千束の元相棒が自殺しかけた (曇らせピエロ)
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一話

 曇らせ息抜きを書きたかっただけの話。
 時間系列はたきなが来る前の二年前です。


 

 

 少女には見えていた。

 人間に対して最もベストな殺しの道筋を辿る。銃撃戦の中、弾丸は当たらずにナイフが、銃が急所を抉る。悲鳴が、絶望が飛び交う中、血に濡れて死んだ人間を見下ろす少女に誰もが背筋を強張らせた。

 

 冷たくなった手、伽藍堂の瞳、死んでいるのではないかも思わせるほどに覇気も殺気も感じ取れない少女は次の標的を見つけると機械的に銃を撃った。

 

 標的(ターゲット)である男の一人は痙攣起こす暇もなく脳幹を貫かれ、殺された。応戦する弾丸の雨、全員が一斉に撃ち続ける射撃に少女はゆらりと動いていた。

 

 血が飛ばない、撃たれた反応もない、まるで撃った弾がすり抜けているようにも、避けているようにも見えて、気が付けばギチギチと銃から弾を撃ち尽くし、引き鉄を引けなくなっていた。

 

 

「な…んだよ……」

 

 

 迫り来る少女にナイフを構えようとした手が正確に撃ち抜かれた。横を通り過ぎれば既に首が掻き切られ、殴りかかってくる男は合気の要領で放り投げられ、頭を撃ち抜かれた。

 

 正確無比、冷静沈着、そして何より殺す事に躊躇もしない少女。笑う事も顔を顰める事もせず、ただ無を感じさせる恐怖に男は叫んだ。

 

 

「何なんだオマエはァ!?」

 

 

 その叫びも答える間も無く、男の心臓は撃ち抜かれた。

 火薬の匂い、散乱した血と空薬莢、そして返り血を浴びても死んだ男を見下ろす赤制服の少女。

 

 死体の数と標的の数が一致すると耳につけていた通信機のスイッチを入れる。

 

 

「……標的抹殺、完了しました」

『ご苦労。迎えと掃除屋(クリーナー)を寄越す。何か要望はあるか?』

「……何も、要らないです」

『そうか。暫くそこで待機していろ。十分もすれば迎えが来る』

「はい……」

 

 

 簡素な報告も終わり、死んだ男達の懐を探る。

 財布や銃器、情報となるものは全て回収する。冷たくなった死体に嫌悪感はあれど、それはいつもの事だった。偽造されたカードや保険証、パスポートや隠れ家のIDなど様々なものが出てきた。

 

 

「!」

 

 

 男の懐には小さな黒い箱があった。

 中を開いてみると、そこに入っているのはプラチナの高そうな指輪とメッセージカードだった。

 

 ただ一言、綴られていた言葉。

 それは──ただの愛の言葉だった。

 

 

『marry me 静華』

 

 

 それを見て少女は指輪の箱ごと叩きつけていた。

 無表情だった少女は激情に顔を歪ませてポツリと呟いた。

 

 

「ふざけんな……」

 

 

 堪らずに叫んだ。

 冷静だった鉄仮面は容易く崩れ去った。男には幸せが待っていた。誰かを愛するだけの幸せがあった筈だ。指輪は高そうだが、銃の値段ほどではない。こんな犯罪組織の中にいて、それでも待っていた人が居るはずなのに

 

 

「ふざけないでよ……!」

 

 

 少女はそれを奪い去った。

 命を摘み取った。一々気にしては保たないから考えないのが一番だと思っていても、何百何千と殺して忘れる事など出来はしなかった。

 

 恨むように、憎むように、言葉を吐き散らかした。

 

 

「待ってる人がいるならこんな事するなよ……!!幸せを噛み締めて生きられなかったの……!?」

 

 

 こんな事になるなら最初からこの世界に居るな、と言いたかった。でももう手遅れだった。手遅れだから殺した。自分は悪くはない、自業自得だ。なんて言葉で割り切れない。悪意を生まない世界の存続の為にまた殺し続ける。

 

 心はもう──限界だった。

 

 

「ねぇ……私はあと何人殺さなきゃいけないの……?」

 

 

 死体は何も語らない。

 殺した人間は何も答えてくれない。自分を呪うように、自分が作り上げた惨状に声が響くだけ。

 

 惨めに泣いて、辛い心を吐き出しても何も晴れない。返り血がついた手が冷たくて、それはまるで死んでいるようにも思えた。

 

 

「……ああ、そっか」

 

 

 弾を装填した。

 胸に銃を添えて、引き鉄を引いた。

 パァン、と銃声が高らかに響き渡ると、胸から血が溢れ出した。

 

 

「これで、殺さなくて……いいんだ」

 

 

 ぐらりと、ゆっくりと倒れていく。

 何千も殺したのだ。もうこれ以上殺さなければならないなら、自分が居なくなればいい。そうすればもう、誰も殺さなくていい。

 

 殺し続ける才能しかない少女は遂に幸せが見えなくなった。幸せがあるなら、自分が死ぬ事だと信じてしまったのだ。

 

 

「千…束……」

 

 

 ──私は貴女が羨ましいよ

 そう呟いた言葉と共に骸の惨状に倒れ伏した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 少女の名前は星野真菜。

 DirectAttack、通称『DA』所属のファーストリコリス。日本における、警察・公安とは異なる独立治安維持組織で、赤制服はDAトップクラスの戦闘力を誇る。

 

 これを着ている人間は三人。

 現在では錦木千束、春川フキ、そして星野真菜の三人だ。

 

 歴代最速で赤服を勝ち取った千束と歴代最高傑作と呼ばれた真菜の二人は旧電波塔事件の英雄とされていた。視界にさえ入れれば銃弾が何処に飛ぶのかを見切り躱す千束と人間が最も殺せる殺人の道筋が見える二人はDAの中でもかなり異端だった。

 

 だが、ある日千束はDAから離れた。

 人を殺したくない、その心情からDAを離れていったのだ。別の支部として喫茶店リコリコで殺人以外の捕縛優先の仕事を請け負っていた。

 

 その一方で真菜は仕事の量が増えた。

 正確には殺人の任務が増えたのだ。千束が居なくなった事で『DA』のリコリスの戦力低下、言わば優秀な人材が直ぐに動けなくなり、その代わりとして真菜は殺人を請け負う事が多かった。

 

 断る事はできなかったのは、真菜が千束と親友であったから。

 

 千束には夢があって、人を殺さない。

 救世主を見つける為に、助けられた命で今度は誰かを助けようと志していた。

 

 眩しかった。尊かった。

 羨ましいと思えるほどにその夢を語る千束に憧れた。

 

 千束がDAから離れてもいい許可を出したのは千束が不殺を貫く事もあってその意見を変えられないと判断した事、そしてもう一つは真菜が居たからだ。最高戦力の中で、殺人を受け入れてる真菜の方が使い勝手が良かった。逆に真菜がそれを断れば喫茶店リコリコを潰してでも戻ってこさせるつもりもあり、断る事は出来なかった。

 

 夢を追い続ける千束とただ機械的に殺す真菜は徐々にすれ違っていった。時間が過ぎていく中で、千束に会う時間もなく、リリベルとリコリス、どちらが有用か上層部が判断するようになってからは殺す人数も単独戦闘も増えた。

 

 不幸だったのは、それでも真菜を殺せるだけの人間がいなかった事、殺す事が出来てしまった事、その才能は磨かれ、遂に真菜はリコリス最強の存在となった。

 

 単独の任務が増えた。

 それでも真菜はやり遂げた。傷一つ負わずに殺し尽くした。

 

 それができてしまう事、そしてそれを聞いた上層部や他のリコリス達の期待、殺す事を止めたいと言える状況になれず、命令に従った。

 

 ただ殺した。殺し続けた。

 心は磨耗した。何度も夢見が悪くて吐いた。体重が減らないように管理されているから栄養失調にはならなかった。眠れない日が多くなった。睡眠薬を使って眠ってもストレスは溜まっていく。

 

 やがて笑わなくなった。

 同僚のフキが「大丈夫か?」と尋ねてきても平気と答えた。疲れていようが、誰にも止められない最強に隔たりが出来ていたのはこの頃だった。

 

 二年前の事だ。久々に千束と模擬戦をやった。

 結果は真菜の圧勝だった。強さが圧倒的に磨き上げられた真菜と喫茶店で不殺を貫く千束。余りにも残酷なほどに強さがかけ離れていた。トリックショット、武術、射程距離、そして身体能力だけではなく千束のように弾丸を見切る洞察力と反射神経。鍛え上げられた最高傑作は千束に蹂躙と呼ぶ程の戦闘能力を見せつけた。

 

 

「ええぇ……でも幾らなんでも強過ぎない?」

「経験の差」

 

 

 淡白に告げる強さの差、千束は真菜の手の拳銃のタコを見てゾッとした。手がボロボロになるまで戦い続け、包帯は巻かれては血が滲んでいる。いつも以上に表情を出さなくなった事を少し不安に思った。

 

 

「真菜、ちゃんと休んでる?」

「……大丈夫だよ」

「本当にぃ?隈出来てるし、なんか痩せたっていうか」

「貴女が太ったんでしょ」

「あぁん!?今乙女に言っちゃいけない言葉が聞こえたんですけどぉ!?」

 

 

 軽く笑って平気そうな顔をしていた。それは余りにも自然過ぎて、千束は気付かなかった。平気そうな顔をしている裏にはとても寂しそうだと千束には気付く事が出来なかった。

 

 相棒の嘘をこの時見抜く事が出来たなら、結末は変わっていたのかもしれない。

 

 

「私は平気だよ。そっちはどう?救世主見つかった?」

「いや全然。手掛かりもないけど楽しくやってるよ」

「……そう」

 

 

 千束は元気にやっている。

 それを聞けただけでよかった。でも、それと同時にこれ以上聞きたくなくて、自然と背を向けて千束から離れていく。憎む事はしない、不平等だと言わない、殺したのも選択したのも自分だから。

 

 

「じゃあね、私これから任務だから」

「あっ、うん……偶にでいいから遊びに来てよ。一杯くらいは奢るよ?」

「……そうだね、ありがとう」

 

 

 それが千束との最後の会話だった。

 それから二年間、真菜は喫茶店リコリコに顔を出すことも無かった。会ってしまえば今までやってきた事を許されなくなってしまいそうだったから。自発的に会いにいく事は出来なかった。

 

 そして殺した人間の数が二千を超えたのはこの頃だった。

 

 

 ★★★★★

 

 

「真菜……!」

 

 

 病院だというのに走ってガラス張りの病室の前でかつての相棒の名前を叫ぶ千束。病室の外には燻んだ赤い髪の長身でコートを着たリコリス達の上司、楠木司令官がそこにいた。

 

 

「遅かったな千束」

「楠木さん…真菜は!?」

「意識はないが、一命は取り留めた」

 

 

 出血多量で死にかけてはいたが命は繋いだ。幸い急所を外していたらしく、長く苦しんで死にたかったのか勇気が足りなかったのかは不明だが、どちらにせよ迅速な手術のお陰で真菜は死ぬ事はなかった。

 

 

「誰にやられたの?」

「誰にもやられてなどいない、貫かれた弾丸は真菜のものだった。その意味が分かるか?」

「……自殺、しようとしたの?」

「そうだ」

 

 

 信じられない、と言葉を漏らす千束に楠木司令官は真菜を見ながら淡々と答えた。

 

 

「ラジアータの報告で精神的苦痛を感じていたとは報告を受けていた所で休息を与えたが、それでも精神が磨耗し過ぎた。才能と心は一致しない。リコリスの中でもよくある事だ」

「だからって!なんで……こんなになるまで」

 

 

 俯いている千束に楠木は右手に持っていたものを投げ付ける。咄嗟の事だが、避ける事もせずに反射神経でキャッチする。手に取ったものを見るとそれは小さな本だった。タイトルはなく、これがなんなのか尋ねると楠木は口を開いた。

 

 

「それは真菜の日記だ。同室のリコリスから渡されたものだ」

「ちょっ、勝手に!?」

「いいから読め。全て書かれてる」

 

 

 千束は手にした日記を見るのが怖かった。

 どうして真菜はこんな事になったのか、知りたい反面知りたくなかった。震える手でゆっくりとページを巡っていく。

 

 

 ★★★★★

 

○月○日 晴れ

初めて日記を書く。

今日からファースト、友達の千束と一緒だ。なんでも、千束が救世主さんにフクロウのペンダントを渡されたように私もなんか知らないけどそれを渡された。セカンドの時からみんなの視線は異質で私は普通じゃないらしい。殺せるルートを可視化できないらしい。銃口を見切れないらしい。そんな私にも友達が出来た。ちょっと嬉しい。

 

 

○月☆日 雨

千束と模擬戦をした。負けた。

悔しいけど次は勝ちたい。春川さんと話せた。ツンツンしてちょっと怖かったけど、優しい人だった。お昼の中華丼が美味しかった。

 

 

○月♪日 晴れ

任務だった。外国の裏組織のテロリストの捕縛及び抹殺。銃弾が飛び交う中で手加減すれば私が殺される。だから殺した。それに後悔はないけど、千束は誰一人殺さず制圧出来ていた。凄いなぁ。

 

 

○月*日 曇り

セカンドの子に銃の撃ち方の指導をした。

ピンホールショットは真似出来ないと呆れられた。それが普通だと楠木さんに苦笑された。余談だけど千束って思った以上に距離が遠いとセカンドよりちょっと上程度だった。意外。

 

 

○月◎日 曇り

任務で連続殺人犯の抹殺をした。久しぶりにナイフを使ったけど、やっぱり感触が気持ち悪い。銃の方が便利でいいや。

 

 

○月¥日 晴れ

今日は千束の誕生日だ。リコリスの依頼もなかったから寮のキッチンを借りてケーキを作った、余分な糖質は控えろって言われたから豆乳のケーキ、あんまり甘くないっていいながらも食べてくれた。ハッピーバースデー千束。

 

 

○月%日 晴れ

今日、セカンドの子とコンビを組む事になった。名前は南、明るくてファースト志望の元気な女の子、何処となく誰かさんに似てる気もするけど、でも腕前は確かだった。この子ならきっと、直ぐにファーストに上がれると思う。

 

 

○月●日 雨

春川さんと合同任務。

人殺しは楽しいとは思えないけど、それでも凛々しくてカッコいいと思った。なんか私と千束とフキさんは憧れる子が多いらしい。私なんかを目指さない方がいいのに、不思議な話だ。

 

 

○月◇日 晴れ

銃弾を見切れた。シミュレートや模擬戦で試したけど弾道が見切れるようになった。経験もあるけど、嫌な予感からの推測に磨きがかかってるのかもしれない。こんな事が出来るのは千束くらいって楠木司令官が褒めていた。

 

 

○月◆日 曇り

春川さん達が誕生日を祝ってくれた。

楠木司令官から可愛いシュシュをもらった。誰かに祝われるのは千束以来だ。今日だけ特別に好きな物をリクエストしていいって言われたから、ピザとコーラを頼んでみた。黄金の組み合わせだった。幸せ。

 

 

○月#日 晴れ

殺しのルートが何本も見えた。最適な殺しの道から単独で組織を殲滅できた。いよいよ化け物地味てきたって自覚がある。歴代最高傑作、黄金期、セカンドやサードの子達はそんな風に噂してるらしい。

 

 

○月@日 晴れ

セカンドの南が死んだ。任務中に仲間を庇って撃たれて亡くなったらしい。DAならよくある事なのに、心が晴れない。あの笑顔が見れないって思うと、辛くて涙が出る。

ねえ南、貴女は悔い無く死ねた?取り残された私達は悲しいんだよ?私、貴女に生きてて欲しかったよ。

 

 

●月○日 晴れ

任務中にリリベルが襲ってきた。

全員急所は外して撃ち抜いた。楠木司令官がなんか言ってた気がするけど、気持ちが晴れない。ねえ、手を取り合える筈の組織でなんで殺し合わなきゃいけないの?DAの為に戦って、味方まで警戒しなくちゃいけないなら私はどうすればいいの?

 

 

●月●日 曇り

フキさんと模擬戦した。圧勝した。

なんだろう、このズレ。私がおかしいのかな?勝ったはずなのに喜びも湧かない。笑顔になれない。

ああ、なんか本当に怪物になったみたいだ。

 

 

●月◆日 晴れ

最近、何故か任務が多い。聞いた話、有名なテロリスト軍団が裏で日本を場所として取り引きしているのと、リコリスとの全面戦争としてサード達を殴殺、強姦、射殺と様々な方法で挑発してきている。悪党に慈悲はない。殺そう。

 

 

●月◇日 晴れ

126人殺した。無傷で殺せた。殺そうとしてきたテロリスト達の怯えた目が消えない。いつもそんな事気にしなかったはずなのに、今日はなんか身体が重い。

 

 

●月★日 晴れ

休暇を貰った。組織はまだ多く存在するらしいけど、とりあえず近場の一組織は潰せたから心身を休めろって言われた。何すればいいかわからない、フキさんが私を連れ出して映画館に連れてってくれた。大丈夫か?って聞かれた、大丈夫だって返答したのにフキさんはなんか顔を顰めていた。

 

 

●月☆日 晴れ

また任務だった。テロリスト主部隊の一つ。

ラジアータは私を単独投入した方が勝率が一番高いと言っていた。フキさんは反対していたけど、私は大丈夫って答えた。

泣きそうな顔をしてたみたいだ。私なんかの為にそんな顔しなくてもいいのに。

 

 

●月@日 晴れ

殺し尽くした。一人残らず殺して武器も押収。大金星だというのに笑えない。サードの子もセカンドの子も私を見る目に恐怖が映っていた気がする。単独で100人以上の武装した組織を壊滅出来てしまうのが化け物にでも見えたのだろう。

 

 

●月※日 曇り

また、強くなった気がする。

視線が分かる。ライフルを向けられても私を見ているその感覚がなんとなくわかる。本当、怪物みたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月★日 晴れ

最近、死者が夢に出てきた。

寝不足が続くのは珍しい。先生に頼んで睡眠薬を貰った。

 

 

●月◎日 晴れ

千束と久しぶりに会った。

彼女の前で私は今まで通り過ごせていただろうか。今まで勝てなかった千束に勝てて、嬉しいはずなのに喜べない。

差がついた気がした。不殺の千束と殺戮の私、同じ道を進んでたはずなのにこんなにも離れた。私が人間で無くなったみたいで怖くなった。

 

 

●月♤日 晴れ

殺した数が千を超えた、これは歴代でも類を見ない最強のリコリスだと楠木司令官は言っていた。そんなに殺して、本当に私は生きてていいのかな。私、どうしてDAの為に戦いたいって思ってたんだっけ……

 

 

●月◎日 晴れ

千束に貰った髪留めが壊れた。

あの子、元気にしてるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月■日 晴れ

2311人、私の殺した数だ。

食事も喉に通らずに吐き続けた。痩せた気がした、苦しいのに今はそれが良かった。

 

 

●月♧日 晴れ

殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した

 

 

●月◎日 晴れ

また、殺して殺して……私、もうなんでこうなっちゃったんだっけ。自分で選んだ道なのに、千束に出来ない事を背負うだけな筈だったのに、才能が無ければ私は何処かで死ねたのかな。手が冷たくて、血が纏わりついてるみたいで怖い、生きるのが辛い、死にたい

 

 

●月/日 晴れ

自分の血が冷たく感じた。久しぶりにみた自分の血に私は怖くなった。そんな訳ないはずなのに、冷たいって感じるの。誰にも言えない、この苦しみは私だけで抑えなきゃいけない。それが私の殺してきた責任だ。

 

 

●月◎日 雨

私の友達だったセカンドの子が死んだ。

私が代わりに全部殺した。涙も出ない、頬に触れても冷たくて何も語ってくれない、生きててほしいって願う資格もないのに、

 

 

●月♧日 雨

殺した。また死ねなかった。

 

 

●月■日 晴れ

誰も私を殺せない。

私の才能は殺戮の才能だから、殺せない。

また殺した。

 

 

●月※日

死ねない、殺されられない

私に生きてる価値なんてないのに

生にしがみつく自分が浅ましい

 

 

●月●日

こんな才能、欲しくなかった。

 

 

●月&日 

だれか、たすけて

 

 

 ★★★★★

 

 

 悲惨だった。

 その日記を破り捨てたいほどに悲痛で、真菜の心の叫びが書かれていた。千束が不殺を貫き続ける為に、真菜がずっと心を痛めて殺し続けていた事実に千束は動揺を隠せなかった。人工心臓だというのに胸が痛くて、呼吸が定まらない。

 

 

「……ご、めんな……さい………ごめん…なさい」

 

 

 千束は無意識のうちに謝罪を繰り返していた。

 ずっと苦しめ続けていたのに気付かなかった、気付かせなかった真菜の心は限界だった。もっと早く、もっと真菜を見ていればこんな早まった手に染めなかったのかもしれない。

 

 いや、早まった手ではなかった。

 とっくに()()()()()()。救世主を探している千束の代わりに真菜は殺しの才能を磨き続けて、そして殺し尽くした。

 

 心を痛めている事も、苦しんでいる事も自責し、自罰だと思い込んで隠し続けた。

 

 そんな15歳の少女は死にたがっていた。

 ずっと辛かったから、ずっと苦しみ続けていたから、自ら死のうとした。

 

 助けて、の一言すら千束は気付けなかった。

 

 

「な、ん……で………」

「そこまでは分からない。だが、内容を見るに真菜は貴様を家族のように、姉のようにも思っていたのだろう」

 

 

 きっと自分も同じ立場ならそうしたかもしれない。千束が殺し、真菜が不殺だったらきっと同じように真菜に隠していた。

 

 真菜が笑った顔はいつ見たのだろう。模擬戦で真菜が勝った時も笑っていなかった。笑う事すら出来なくなるまで追い詰めて自分は『やりたい事優先』なんて言葉を掲げて、真菜を見ていなくて。

 

 

「うっ……あ、あ……」

 

 

 後悔してももう遅かった。

 なんで、なんて言葉を垂れ流した時点で千束には真菜を見ていなかった。命を大切に思う千束でさえ、命を終わらせようとした真菜の気持ちは理解出来た。理解できても真菜が感じていた苦しみは想像を絶していた筈だ。親友なら、相棒なら気付けた筈なのに気付けなかった事実に膝をついた。

 

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!

 

 

 慟哭も涙も全て吐き出した。

 自分の声ではないと錯覚するような絶望に満ちた悲痛な声が喉から吐き出された。大切な友達だった筈なのに、ずっと自分が苦しめ続けて、死を選ばせた自分を殺したいとすら思えてしまった。

 

 そんな時だった。

 ベッドで眠っている彼女の指が僅かに動いた。

 

 

「………ん…ぐ……」

 

 

 心拍数も呼吸値も少し異常になった。

 覚醒が近いのか、瞼がピクピクと動き始めた。その様子を見た千束は真菜の手を握った。人殺しの手だとか、冷たくて怖い手だとかそんなの関係なく強く握った。

 

 

「起きて真菜……」

 

 

 涙は止まらなかった。

 命を投げ出そうとした真菜に生きてほしいと願う自分はきっと残酷だ。それでも真菜に生きててほしいと懇願するように手の温もりを真菜に伝えた。

 

 

「私、まだ真菜に何も謝れてない……」

 

 

 謝った所で自己満足に過ぎないのは理解していた。真菜の苦しみは真菜にしか分からない。謝っても真菜はきっと許そうと、隠そうとして重荷にならないように話すだろう。

 

 そんな言葉より、真菜の本音が欲しかった。

 ずっと苦しかった事を嘆いて、吐き出して欲しかった。自分を責めて欲しかった。全部自分の為で、傲慢で独裁的できっと誰よりも罪深い事を分かっていた。

 

 

「起きて、起きてよぉ……!」

 

 

 それでも、生きててほしかった。

 取り残された自分が苦しくて、きっと一生の傷を残す。大好きだった相棒を失いたくなくて、縋る思いで言葉を漏らしていた。

 

 そして……

 

 

「ん………んん」

 

 

 真菜が目を開けた。

 ぼんやりとした表情で首を横に向けると涙目の千束が目に映った。痛みで動けず、顔を顰めて現状を確認するように右手で痛みの場所に触れる。

 

 

「真菜……!!」

 

 

 千束は怒る事も出来ず、真菜が生きている事に安堵した。涙を流しながらよかった、言葉と繰り返す。その後ろで楠木司令官は黙ったまま真菜を見ているが、真菜はきょとんとした顔で見つめ返した。

 

 

「何故自殺しようとした」

「………?」

「真菜…?」

 

 

 真菜は何も答えずに首を傾げた。

 状況が分かっていないのか、キョロキョロと周りを見渡している。その異変に千束は僅かに違和感を覚えた。死にたいとも言わず、自責の念に押し潰されているようにも見えない。

 

 まるで、そんなもの最初からなかったような表情をしていた。

 

 

「あの……」

 

 

 ぼんやりした真菜はゆっくりと口を開いた。

 握られた自分の手をそのままに千束を見つめ、口を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた達は……誰ですか?」

 

 

 

 千束の顔が酷く歪んだ。

 自責に押し潰され、自殺した少女が呟いた言葉の意味は単純な忘却。

 

 星野真菜は全ての記憶を忘れ去っていた。

 

 





 続くかは未定
 曇らせが足りねえ!曇らせをくれ!!って人、感想、評価お願いします。モチベ次第で曇らせます。


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二話


 9時に寝て3時に起きれたから暇つぶしに二話いっきまーす!
 ※一部訂正いたしました。


 

 

 診断の結果は記憶喪失。

 撃ち抜かれた場所からの出血多量、及び心機能の一時的な停止による脳のダメージ、そして何より本人が想像を絶する苦しみから逃げたいと思うほどの地獄からあり得ない話ではないと山岸先生の見解だった。

 

 それでも異常な程回復が早いのはどうにも担当の人が神がかった手術を行なってくれた事と脳のダメージが少なく収まっていたらしい

 

 楠木司令官はショック療法で記憶を元に戻す事を提案したが、自殺しかけたのに直ぐに記憶を呼び覚ませば何が起こるか分からないという千束の言葉を否定出来ず、時間をかけて生きたいと思わせながら記憶をゆっくりと取り戻す事を提案した。

 

 

「確かに真菜には必要な事だ。だがお前に出来るのか?真菜を見ていなかったお前に」

「私が、絶対に死なせないしちゃんと見てる」

「……まあいいだろう。どちらにせよ今の真菜は使い物にならん。処分するにも有能過ぎる、実績も含めて半除隊の許可を出す」

 

 

 今の真菜は確かに使い物にならない。

 時間をかけてメンタルやストレスを取り除き、生きたいと思える為の休息は必要だ。記憶喪失と言っても、忘却したのはエピソード記憶。思い出も苦痛な記憶も失われたがそれは手続き記憶ではない。技術は身体に染み付いている筈だ。

 

 そう言った意味でもミカが居る喫茶店リコリコに真菜を配属させるのは悪い選択肢ではないだろう。半除隊といえ真菜の戦歴や技術の高さを見てもまた直ぐに死のうとするのは避けたいのは本音でもあった。

 

 

「記憶が完全に戻り次第、真菜は此方に戻す」

「っ、まだ真菜を使い潰す気?」

「今度はしくじらない。それだけだ」

 

 

 楠木司令官はまだ真菜に戦わせる気がある。

 その言葉を聞いて千束は睨んだ。千束にも非があるが、当然追い詰めたのはDAだ。これ以上傷付くなら関わりを遮断してでも生きていてほしいと千束は思っていた。

 

 

「絶対ダメ、真菜は」

「意見も聞かないで貴様の願望を押し付けるな」

「っっ……!」

 

 

 その一言が突き刺さり、千束は僅かに俯いた。

 真菜は死にたいから死のうとした。きっと記憶が戻ったらまた死に場所を求める筈だ。故に戦えという発言をする楠木の言葉は正しい。処分するよりも死んでもらうのなら、戦って死んでもらったほうがまだ真菜にとってもDAにとっても()()()()()()()。生きてほしいというのはきっと千束の願望と罪悪感も含まれている。

 

 

「真菜の記憶が戻ったら伝えておけ。死に場所を求めているなら、いつか死ねるための場所を用意すると」

 

 

 楠木司令官はそういうと病室を後にした。

 取り残された千束だけが拳を痛いほど握りしめていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 三週間が経った。

 真菜の傷もすっかり治り、リハビリで定期検診と同じ事をやらせた結果、全盛期の四割低下。自分が持っている技量と記憶の擦り合わせが出来ていない以上、もっと下だと思っていたらしいが。それでも今のまま真菜に再教育するのは過去の技術を捨てるのと同義だった。独学というより、真菜の技術は癖が強過ぎて下手に教えたらそれこそ戦力の低下も考えた。

 

 楠木司令官は全盛期を取り戻すまでは真菜を半除隊、喫茶店リコリコの配属とさせた。そして今日、退院の許可も出た事により千束が真菜を迎えに来た。

 

「すみません、わざわざ迎えに来てくれて」

「いいっていいって、そんな他人行儀みたいな口調は抜きで、私の事は千束って呼んで」

 

 

 真菜の口調も何処か他人行儀だった。

 無理もない。誰が味方で誰が敵かも分からない。思い出に残っていた人も大切な人も分からず一人ぼっちな思いは今の真菜にしか分からない恐怖もあるのだろう。

 

 

「その、ありがと。来てくれて」

「……うん。遅れてごめんね」

「……?時間よりちょっと早いけど」

 

 

 千束は真菜の手を握る。

 銃を使い過ぎてボロボロとなった右手を握って、どうして今まで気づかなかったのか、後悔から僅かに涙ぐんだ。

 

 

「えっと、千束?」

「ああ、ごめん…ちょっと、ね」

 

 

 握る手は何処か優しくて、それが千束にとって苦しくも思えた。ずっと彼女に甘えていた事実を知って、それがとても辛い。こんな小さな手に頼り続けていたのだと誰かが囁いている気がした。

 

 もしも、自分が人を殺せていたら……

 ありもしない過程を考えていると、駐車場の近くで赤い制服を着た目付きの悪い女の子がいた。同じファーストのリコリスの春川フキがそこに居た。

 

 

「よお、久しぶりだな」

「フキ……お見舞い?」

「まあそんなとこだ。久しぶり…って言っても覚えてねえんだよな」

「その…ごめんなさい」

「謝んな。私が悪かった」

 

 

 記憶喪失の人間に久しぶりなんて意味がない。覚えていなければ初対面と同じだ。どうも、と返した真菜を見て本当に記憶を失っているんだなと実感する。他人行儀で、距離を置こうとする。以前の真菜とは変わらないが、圧倒的に距離感が出来ていた事を理解していた。

 

 

「……お前に言っても、多分分かんねえと思うから適当に聞き流せ」

「?」

「私はお前が嫌いだ」

「えっ」

「ちょっと、フキ……!?」

 

 

 唐突に告げられた言葉に唖然とした。

 千束も記憶喪失の真菜に何言ってんだと掴み掛かろうとするが、真菜は手を握ってそれを止めた。

 

 

「私よりも強い事、それを謙虚して大した事ないって思い込んでる事、他人には分かんねえって理解を求めない事」

「やめてよフキ!」

「待って千束」

 

 

 今の真菜に分かるはずがないフキの心情を告げられるが、困惑はしなかった。フキの握り締めた右手は震えていた。

 

 

「辛い時、相談してくれなかった事、苦しい時に無理に笑って誤魔化す事」

 

 

 俯きながら睨んでいた。

 唇を噛み締めて、溢れてしまいそうな涙を抑えて、今にも掴みかかりそうな程に。

 

 

「勝手に置いていって死のうとした事」

 

 

 フキはそれだけが許せなかった。

 自罰と思い、自虐しては苦しい事が正しいと思い込んで幸せを手放す真菜が許せなかった。寂しさも苦痛も、それを抱え込んで助けを求めなかった。見下していたわけではないのは理解してる。真菜は優しい性格だって理解している。

 

 けれど……

 

 

「お前から見て、私はそんなに頼りなかったか……?」

「フキ……」

 

 

 その優しさを捨てて頼ってくれなかったのか。言ってくれなきゃ分からない程、気付けないほど愚鈍でもない。いつも大丈夫と言っていた裏では傷だらけになっていた真菜が居た。

 

 気付かなかった訳じゃない。

 気付いて尚、真菜の言葉を信用した自分の落ち度だって分かっている。

 

 それでも、友達なら言って欲しかった。 

 千束のような犬猿の仲でもなく、お互いに背中を預けられる強さを持った友達なら……

 

 

「悪い、忘れてくれ」

 

 

 それも今となっては遅い話だ。

 記憶が戻らなければ会う事もなくなるだろう。その方がいい、リコリスと関わるのは真菜を苦しめるならきっともう会わない方がいい。

 

 言いたい事も言えてフキは立ち去ろうとしたその時だった。

 

 真菜がフキの手を掴んだのは。

 

 

「おい、何を」

「貴女、ですよね?」

 

 

 真菜はその手を覚えていた。

 フキの手を掴んで、その疑問も確信に変わった。

 

 

「私をよく連れ出してくれたのは」

「お前、記憶……」

「無くても、覚えてます。誰かが手を引いて私を連れ出してくれて、その手の温かさなら覚えてる」

 

 

 エピソード記憶が無くても、経験や刺激を覚えている事はある。フキが手を握って外に連れ出した時のあの強引な手を記憶を失っても忘れる事がなかった。

 

 自分の手は冷たく感じていた以前の真菜にとってそれは忘れられない思い出でもあった。

 

 

「私は死にたかったらしい。今はそれが分からないけど、多分貴女が居なかったら私はもっと早く自殺してたと思う」

「……!」

「ずっと、道を見失ってた私を支えてくれて、以前の私は貴女を信頼して、背を預けられたんだと思う」

 

 

 信頼していたけど、頼れなかった。

 追い詰められて打ち明けてもきっと重荷を増やしてしまうと思っていたはずだ。性格も相俟ってきっと信頼していたから話せなかった。以前の真菜はそういう人間だって千束達を見れば分かる。

 

 きっと彼女が居なければ、もっと早く死のうとしたと思う。フキは生きたいと思えるだけの僅かな希望だった。

 

 

 

「──ありがとう。私は貴女が居てくれたから今日まで生きていたいって思えた」

 

 

 

 今は忘れて何も分からないけど、大切だったという事だけは忘れなかった。だから感謝を伝えた。死にたいと願った真菜にとって繋ぎ止めてくれた親友を真菜は忘れない。掴んだ手は震わせ、流れる涙も気にせずにフキは笑った。

 

 

「……そこは責めろよ。ったく」

 

 

 真菜の手を引き、優しく抱き寄せた。

 きっと最後だ。文句を盛大に言おうとしたのに全然言葉が出ない。だから今思ってる事だけをフキは口にした。

 

 

「帰ってくんな、そのまま忘れて幸せになってろ」

「うん」

「もう死にたいと思えないくらい、生きろ」

「うん」

 

 

 そう言ってフキは千束に真菜を預け立ち去っていく。

 

 

「じゃあな、真菜」

「じゃあね、フキ」

 

 

 二人は手を振って別れていく。今生の別れというわけでもない、また会える日が来る。だから今はさよならを告げた。

 

 いつかまた会えるように二人はお互いの道を歩き始めた。

 

 





 フキはなんか盛大に曇らせられるだけの親密度が足りなかったからこれが限界だった。チクセウ‼︎
 曇らせが足りねえ!曇らせをくれ!!って人、感想、評価お願いします。モチベ次第で曇らせます。


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三話


 今日は愉快に酒飲んで書いてほろ酔い気分で書きました。
 今回は少し曇らせ足りない気がする。


 

 千束が車を運転している様子を助手席に座る真菜は軽く見ていた。DAは特殊な組織でリコリスである以上、あらゆる許可証は17歳以下で発行出来る。免許の偽造登録も許されている。流石に国外に飛ぶパスポートなどは無理だが、普通車の免許ならリコリスなら持っている。

 

 真菜は自分が持っていた免許の数々を見てギョッとしていた。中には大型車、二輪大型、17歳の自分がどうしてそんなもの持っているのか、DAの説明がされるまでは困惑していた。

 

 

「そういえばDAから引き取るって話、まだ全然聞かされてないけど、身元引受人って誰なの?」

「先生。住む場所は私の家」

「えっ」

 

 

 三週間後の今に聞く話ではなかったが、先生なら真菜も知っていた。お見舞いの時に尋ねてくれた黒肌のダンディな男の人、ミカという人だ。身元引受人となってくれるのは真菜も知らなかった。

 

 そもそもリコリス達の殆どが孤児。親元が居ない中、引き取ってくれる人なんてDAの実態を知っている関係者に限られた話だ。適当な場所に預けられると思っていたようだが、そうも出来ないらしい。

 

 

「千束って一軒家に住んでるの?」

「あー違う違う、私の家ちょっとしたセーフハウスでさ、真菜は特にそういう場所が必要だから」

「記憶喪失前の私は何を…いやDAにいた事は分かってるけど」

「………」

 

 

 人めっちゃ殺してました、なんて言える訳もなく沈黙する。対して真菜は口籠る千束を見て、ああなんかやらかしたんだな、と覚えていない過去の自分に呆れ果てている。やらかした方向が別次元でのヤバさである。

 

 今の真菜は知らないが、二千以上も殺戮し続けた最強のファーストはDAの情報操作でも隠し切れない程の噂が裏の世界で流れている。ある意味犯罪に対する抑止力でもあったが、それが弱体化したなんて知られたらあらゆる方面で狙われやすい。隔離出来て、今の真菜を護れる存在といえば千束や隠れ家としては喫茶店リコリコが適任であるのだ。

 

 

「同居って…大丈夫なの?私、千束に迷惑かけそうだけど」

「いいって、むしろドンと来い」

「いやでも」

「いいの」

 

 

 千束は言葉を遮って真菜に告げる。

 

 

「真菜にはちゃんと迷惑かけてほしいの」

 

 

 キョトンとした顔で真菜は聞き返した。

 

 

「何で?」

「そりゃあ、今の真菜に自覚ないだろうけど……」

 

 

 真菜の日記を見て、千束の我儘が許されていた理由が分かってしまった。未だ救世主は見つけられずに浪費していく時間の中、千束が自由であったのは真菜の活躍があったから。

 

 だから今日まで千束は……

 

 

「私、真菜にずっと助けられてきたから」

 

 

 今度は自分が返さなきゃいけない。

 時間は戻らない、人生はゲームのように簡単にリセット出来ない。千束には責任があった。これまで自分が我儘を通して真菜の人生を奪っていた分の責任が。だから今度こそ幸せになれるように、千束は少しずつ真菜に生きててほしいって思えるような人生を歩めるように。

 

 

「千束……」

 

 

 真菜の右手を優しく掴む。今度は自分が返せるようにと千束は手を握ると真菜は震えた様子で口元を抑えた。千束の言葉を聞いて感動したのか顔を俯かせながら、呟いた。

 

 

「ごめん…酔った……何処かで止まれない…?」

「うおおいっ!?ちょっとぉ!?」

 

 

 震えた様子だったのは感動ではなくただの車酔いだった。色々台無しとなったその状況に顔を真っ赤にしながら千束は車内で叫んだ。

 

 

 ★★★★★

 

 

 それから一週間が経った。

 真菜は服や生活必需品などを揃え終えて、いよいよ『喫茶店リコリコ』で働く事になった。千束と元DA情報部のミズキの二人に和服の着付けを教わり、青白磁の和風に二人は素直に称讃した。容姿は整っていて、何処かの令嬢のような雰囲気を出していた。

 

 新しいメンバー、真菜を加えて『喫茶店リコリコ』が始まったのだが……

 

 

「ご注文お待たせ致しました。白玉ぜんざいパフェとなります」

「あっ、はい…ありがとうございます」

 

 

「お会計1980円となります」

「えっと、2000円からで」

「20円とレシートのお渡しになります。ありがとうございましたまたお越しくださいませ」

 

 

「ご注文お伺いいたします」

「ああ、えっとブレンドコーヒーと最中で」 

「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか」

「はい、大丈夫です」

 

 

 真菜は千束が思ってた以上に有能だった。

 新しい事を始める為、色々教える事が多いと思ったのだが最低限の説明で理解して実践しては普通に働いているミズキと遜色ない働きっぷりを見せている。

 

 優秀で行動も早く、テキパキと動いてくれる。同じ場所で働くホールスタッフとしては心強い。

 

 だが……

 

 

「笑顔がないわね」

「と言うより無表情だな。感情が顔に出てない」

「こー見るとゾッとするくらいクソポーカーフェイスなんだけど。そういう訓練だと思い込んでる?」

 

 

 まるで機械を思わせるほどの無表情。

 もはや此処まで来ると氷の女王を思わせる程だ。接客では常連客の対応だったからクレームこそ来ていないが、このままじゃいつかクレームが来る。笑顔もなければ喜怒哀楽の感情が欠如しているその顔に赤ん坊が泣き出すほどに冷たさを感じていた。

 

 お客様が居なくなった事で少しの休憩時間に入ると、千束は真菜に近づいて両手で頬を挟んだ。

 

 

「もー真菜!スマイル!ほらスマイル!」

「えっと……こう?」

「ちょっと口角上がっただけじゃん!?ほらほらー、リラックス…ってめっちゃ表情筋が硬い!?」

「ひはいよひはほ(痛いよ千束)」

 

 

 真菜の頬を抓ってグニグニしようとした千束は絶句するくらい伸びない真菜の頬に目を向いた。少し強めに引っ張っても綱引きをしているみたいで硬すぎる。スマイルと言われて努力して顔を変えてみても、僅かにほくそ笑んでいるようにしか見えない

 

 

「此処まで固いといつか接客にクレームが出るわね」

「私が言うのも何ですけど仕方ない話だと思いますよ?自殺しかけたし、長年こうなら笑顔が作れないのも無理はないんじゃ」

 

 

 店の空気が一瞬にして静まり返った。

 千束は俯き、ミズキとミカの二人も言葉を発さず、コポコポとお湯が沸く音だけが店に聞こえていた。他人事のように話していたが、自分の話である事は間違いない。不謹慎だった発言でこの静まり返った空気に耐えきれず右手をおずおずと上げて真菜は謝罪を口にした。

 

 

「……失言でした。すみません」

「あー、あはは、うん……これから笑えるように練習しよっか?」

「笑顔の練習ってあるの?」

「表情筋動かせば自然と何とかなる、多分!」

「適当じゃん」

 

 

 千束は頬を掴んだままゆっくりと動かし続けているのを真菜は止める事なくされるがままになっている。みょんみょんと頬を動かそうとしてるのに固くて動かない表情筋に千束が悪戦苦闘しているのを、カウンター席の前で珈琲を淹れているミカとミズキは見ていた。

 

 

「よかったの?」

「何がだ」

「あの子引き取った事。だってあの子、()()()()()()いつかまた死ぬでしょ」

「……ミズキもそう思うか」

 

 

 真菜の様子を見たらわかる。

 僅かだけど、真菜は記憶を持っている。殺した人間や任務の事、殉職したリコリスの事は覚えていないけれど、染みついた経験は消えない、ふとしたキッカケからいつ記憶が戻るか分からない。

 

 普通の精神力では二千人以上殺す事はできない。感情が狂っているか壊れているか、そうでなければ耐えきれない。壊れていても耐えられなかった真菜が普通になろうとしているのはいい。それはいいのだが、問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、真菜がどうなるか。

 

 絶望に浸るか、或いは自分がそういう人間だった事を耐え切れずまた自殺を図るか。ある種の爆弾に近い状態だ。キッカケとなる導火線にいつ火がつくかわからない。

 

 

「罪悪感に押し潰されて自殺を図ったって聞いたけど、あの状態で思い出したら耐えれないでしょ。いつ『発作』となって起きるか分かんないのに」

「千束が決めた事だ。あの子が泣きながら私に頼んだ」

「ほんっと、DAってロクでもないわね」

 

 

 孤児を集めて殺し屋を作る組織に嫌気が差してDAを辞めたミズキにとって、あの場所は余りにも非人道的だった。最強のリコリスとして育て上げられて、死のうとした真菜を見てミカは目を細めた。

 

 

「千束次第だ。私も、あの子には色々と負い目がある」

「はっ?店長あの子となんかあんの?」

「………」

 

 

 ミカはあの言葉を思い出す。

 千束を生かした、救世主のその言葉を。

 

『さよならだ。約束だぞ。才能を世界に届けてくれ。類い稀なる、殺しの才能をね』

 

 運命の悪戯か、類い稀なる殺しの才能を持った子が二人も存在していた。殺しの最適なルートを可視化する真菜と弾丸を読み切る洞察力を持った千束、関わりが大きかったのは千束の方だ。ミカは千束を育てる事を選んだ。

 

 千束の夢は尊いものだった。

 救世主のように人を助けたいという思いに、殺しの才能として育て上げる事にミカは躊躇した。育てて、気持ちが膨れ上がると同時に、言い訳の道を作ってしまった。

 

 もしも同じ殺しの才能が二人もいるなら、千束が居なくても……

 

 その結果は同じ殺しの才能を持った真菜が自殺しかけたのだ。ミカがそう望んだわけではなくてもない。千束に殺す力を教えなかったもの後悔をしているわけではない。

 

 けど、その選択で傷付いた人間が目の前にいる。

 ミカは真菜を救う事は出来ない。千束をDAから遠い場所で育て上げたのはミカだ。間接的でもミカは真菜に殺させる事を押し付けるキッカケを作った。

 

 

「……あるにはある。だが、あの子を救えるのは私ではない」

 

 

 頬をさっきより強く弄っている千束と弄られてる真菜の二人を見る。同じような才能を持ちながら歩んできた道は全く別の二人が、今度は同じ道を歩こうとしている。

   

 

「ひさほ、ほろほろやめへ」

「あっ、さっきよりちょっと伸びてきた」

「ふぁ、いふぁい痛い顔攣った!!」

「うえぇ!?ご、ごめん!?」

 

 

 選択肢は変えられない。

 過去には戻れない。だけど、選んだ答えは間違えてないと証明出来るのは千束のこれから次第だ。殺しの才能を救う才能として磨いた千束と、殺しの才能に自分が殺されそうになった真菜、救えるか救えないかは、きっと今日までミカが育て上げた答え(ちさと)次第だ。

 

 

「千束に任せてみようと思う。私が選択したあの子の生き方を」

 

 

 






 日刊三位ありがとう!
 興が乗って三連なので私は寝ます。曇らせが見てぇ……!足りない!もっと曇らせを寄越せ!!という方、感想評価お願いします。モチベ次第で曇らせます。


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四話


 止まるんじゃねえぞって曇らせじっちゃんが言ってた。けど明日は休むと思う。感想は明日返します。
 ※嘔吐表現あり、見る人はご注意を。


 

 

 リコリコが閉店し、働き終えた二人は一緒に帰っていた。いやー疲れた疲れた、と言ってる千束に対して真菜はため息を吐きながら、今の感覚に違和感を感じていた。

 

 

「(変な感じ……)」

 

 

 体力が余っているのに今日が終わる事が変に感じた。今までの任務の慣れ、疲労や疲弊感を感じて眠る事の方が多かったせいか、何か落ち着かない。記憶はなくなっても身体はその日々を覚えている。その体力が有り余った感覚に困惑しているようだ。

 

 

「どしたの?」

「いや、なんか体力が全然余ってて疲れないから……落ち着かないっていうか」

 

 

 楠木曰く、真菜は非番の日でさえ鍛錬していたらしい。それ以外は支給された本を読んでいたりするが、精神的苦痛を鍛錬で誤魔化して眠りにつく事が特に多かった。日々の任務の疲労感を覚えて日常を生きてきた真菜にとって、リコリコで働くだけなのは疲れにもならなかった。

 

 落ち着かない様子の真菜の頭に千束はポン、と手を頭に置き優しく撫でる。やや顔は曇りながら優しく諭すように口を開く。

 

 

「疲れなくていいんだよ。ゆっくり慣れてけばいいし」

「でもこれじゃ眠れる気がしなくて」

「じゃあウチで一緒に映画でも見ようよ!今夜はパジャマパーティーだぁ〜!コンビニ寄ってかない?」

「いいよ。でも何買うの?」

「映画と言えばコーラとかポップコーンでしょ。あっ、ポテチでも可」

「リコリスって余分な脂肪はデメリット……あれ」

 

 

 ほんの少しだけ、記憶がフラッシュバックした。

 非番の日に休み方を知らない真菜をフキが映画館に連れていってくれた時に同じような会話をしていたのを思い出す。

 

 

『あぁ?映画と言えばコーラとポップコーンだろ。一緒に食べるならデカいの買っとけ』

『いいの?余分な脂肪はデメリット』

『今日くらい考えんな、ほら行くぞ』

 

 

 手を引かれて、映画館に入った記憶がある。

 何を観たかは覚えていないけど、真菜にとって楽しかった思い出だった気がした。

 

 

「フキと同じような事言ってる」

「えっ?」

「意外と、二人って似てるのかもね」

 

 

 え〜、絶対似てないでしょ、と千束は苦笑している横で真菜はほんの僅かに微笑んでいた。立ち止まって真菜の顔をもう一度見ると、どうしたの?と首を傾げるだけだった。

 

 でも、少し笑えた。昔みたいにほんの少しだけ笑顔になれた真菜に千束は涙が滲みかけた。

 

 

「千束のオススメは?」

「『ガイ・ハード』!」

 

 

 今日は、眠気が来るまで夜更かし決定。

 満喫する為に二人はコンビニに立ち寄った。

 

 

 ★★★★★

 

 

「うぅ……ん、ん?」

「おはよう、千束」

「あっ、真菜……って時間は!?」

「まだ7時だよ。顔洗ってきたら?」

 

 

 夜更かしして寝坊したと思っていたが思った以上に早かった。

 良い匂いに千束は起き上がると、テーブルにはガレットとサラダとコーンスープ、そして店長のミカ特製ブレンドの珈琲とバランスの良い朝ご飯が並んでいる。

 

 藍色のエプロンをつけて食卓を並べた真菜は先に席に着くと千束も遅れながら席に座り手を合わせた

 

 

「おおー、美味しそう」

「ネットって凄いよね。作り方一瞬で検索できちゃう」

「おばあちゃんみたいな言い方」

「意外と大変なんだよ。感覚的に触れた事があっても記憶が無いから使い方忘れてるし。記憶があればもっとやりやすかったけど」

「……この話やめようか」

「千束が言い出したのに?まあいいけど」

 

 

 真菜はどうして記憶喪失になったのかは知っているが、その過程でどうして自殺しようとしたのかに関しては千束は伝えていない。少なからず今は言える状態じゃないことは確かであるし、このまま話さない方がいいとまで思っている。辛い記憶なんて思い出してほしくないという千束の願望もあるが。

 

 

「と言うか真菜ちゃんと寝た?」

「寝たよ。私ショートスリーパーだし」

「……それ寝つき悪いだけじゃない?」

「………」

 

 

 真菜は何も言わずにガレットを頬張った。

 その様子を千束はじっと見て誤魔化させないようにしていた。居た堪れなくなったのか真菜は視線を逸らした。

 

 

「一週間の間、ずっと私より先に起きてたよね」

「……まあ」

「何時間寝たの?」

「……四時間」

「それ普通の睡眠時間じゃないから」

 

 

 真菜の目の下には隈が出来ている。

 仕事中も欠伸を何回もしていたのを覚えている。普通、社会人の平均睡眠時間は約七時間と言われているが、DAの任務もない真菜がそれしか取れていないことに顔を顰めた。

 

 

「いや……まあ深く眠れなくて」

「山岸先生に頼んで睡眠薬貰おうか?」

「そこまでしなくても」

「寝ないと辛いよ」

 

 

 深く眠れないのは体質だと錯覚しているが、真菜の場合は単純な習慣によるものだ。DAにいた頃の感覚や習慣を身体が覚えている為、睡眠にもそれが影響している。時間が経てば治る筈だが、少し舐めていた。染み付いた感覚はこんなにも厄介なのかと千束は頭を抱えた。睡眠薬を飲んで寝るのも一つの手だが、真菜は首を横に振った。

 

 

「本当にヤバかったらそうするから今は気にしないで」

「……分かった」

 

 

 そう言って千束は渋々納得した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 気が付けば真菜は廃校の教室に立っていた。

 暫くの寝不足で身体が疲れていたのか直ぐに眠れて、浅かった眠りも今回は深く眠れる気がした。微睡んだ感覚で廃校の廊下を歩き始める。

 

 薄暗くて、灯りもなくて、空は曇天に包まれていた。

 意味もなく歩き始めて、辺りを見渡しても変わり映えしない景色。歩き続けるとその奥には体育館の扉が見えた。

 

 関心も何もないのに真菜は体育館の扉の前に立つ。

 この先に何かがある、そんな幼い子供のように好奇心で扉を開いた。

 

 

「───」

 

 

 そこは地獄だった。

 目の前に広がっていたのは無数の死体。

 頭を撃ち抜かれて死んだ名前も知らない誰か、喉を切り裂かれて苦しんで死んだ顔をした知らない男、紺色や白色の制服の知っていた筈の女の子が血濡れて息絶えている。

 

 誰かも知らない、誰も覚えていない。

 ただ無惨に死に絶えて骸となって血みどろの世界を体育館という狭い空間で作り出していた。

 

 

「───」

 

 

 誰かがこっちを見ていた。

 視線を感じた場所に首を向ける。死体の一つが虚な目で此方を見ていた。視線が増えた。名前も知らない死体だった男が、苦しんで絶命した男が、制服を着た女の子が、屈強そうな男が、か弱そうな女が、子供が、青年が、老人が、死体の全てが虚な瞳で此方を見ていた、

 

 気が付けば自分の服は赤い制服で、返り血で黒く滲んでいた。左手にはナイフ、右手には銃が握られて、まるで自分が殺したようなその惨状に慌てて武器を放り投げた。

 

 

 足が動かない、身体が動かない。

 此処から逃げたいと思うのに身体がまともに動いてくれない。ドロドロと溶けていくような自分の感情に恐怖で震える。

 

 手が冷たい。

 震えながらも自分の手に視線を向けた。血で滲んで黒くなった手が目の前で溶けた。肉片がドロドロと溶けて、剝き出しとなった骨の手が投げ捨てた筈の銃に導かれるように引っ張られた。

 

 逃げたい、もう何も見たくない。 

 目を瞑ることすら出来ず手を引かれて捨てられた銃を拾わされた。銃の安全装置を外し、その銃口は此方を見続ける死体にではなく、自分へと向けられた。

 

 

「───!」

 

 

 冷たくなって死に囚われた右手に怖くなって引き鉄を引かせないように力を入れても遅かった。死が近づいてくる恐怖に叫ぶ事も出来ず、その引き鉄は引かれた。

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああっ───!?!?」

 

 

 

 叫び声が部屋に木霊する。

 喉が張り裂けそうなほどの絶叫が響き渡った。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 夢というにはリアルすぎる光景、血みどろの地獄を忘れられず息が上がる。心臓の鼓動は早いというのに身体は異常なほど寒い。特に冷たくなった右手を左手で握りしめても温かさを感じない事に気持ち悪くなってゾッとした。

 

 

「うっ、ぉえ……!」

 

 

 吐き気を噛み殺しトイレへと走る。

 見えた光景に耐えきれず胃の中のものを全てぶちまけた。右手が冷たい、冷え性だというわけでもないのに冷たく感じ、夢の光景がフラッシュバックする。寝汗でパジャマが身体に張り付いていて、寒く感じるのが怖くて身体は震えていた。

 

 

「真菜!?大丈夫!?」

「ち、さと……ちさとぉ……!」

 

 

 眠っていたはずの千束もその叫び声で目を覚まし、トイレに駆け込んだ真菜の背中を摩る。真菜は真っ青な顔をして千束に縋るように顔を胸へと埋めた。涙が出ながら冷たく感じる手を千束の背中に当てる。

 

 人肌の温かさを感じて恐怖を紛らわせようと縋りついて、ぐちゃぐちゃの感情で真菜は泣き続けた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 翌朝、いち早く山岸先生の所に診断に行った。

 夢のフラッシュバックによる発狂に千束もどうすれば良いか分からずに山岸先生に連絡した所、強めの睡眠薬と鎮静剤を処方される事になった。

 

 夢見が悪いのは、真菜が前に少し似たような夢を見たからだ。前回見た悪夢はただ目が覚める程度に収まっていたが、深く眠ろうとすれば悪夢を見てしまうと錯覚し、深く眠ろうとしなかったのが原因らしい。毎回そんな事は起きるはずがないと理解しても、悪夢に苛まれる事を恐れた真菜は睡眠薬すら恐れた。

 

 山岸先生は手が冷たいなら手袋でもしておけと進言され、真菜は日常生活でも黒の革手袋を着けるようにした。忘却した記憶はいつ戻るか分からないが、同じ経験を見たり、同じ感覚を感じたりすれば思い出す事もある。手が冷たく感じると血が滲んで人で無くなったような感覚や悪夢がフラッシュバックするらしく、当然ながら今の真菜は銃も握れない。

 

 皮肉な話だ。

 記憶を呼び覚ますキッカケが見つかったのに喜べずに記憶を思い出させないために処置をするなど。だが、今の真菜に耐えられる記憶ではないのも理解し、記憶を元に戻そうとする試みは暫くは止めるように厳命された。

 

 

「ごめんね……心配かけて」

「ううん、私こそごめん」

 

 

 冷たいと錯覚した手を千束は優しく握る。

 手袋を買うまでは暫く手を握るようにした。冷たくないって思えさせられるように。

 

 ボロボロで、銃で出来たタコだらけの気持ち悪い手を千束は気にする事なく握り続けた。

 

 

「……ありがとう」

「これくらい大丈夫、いつでも言って」

 

 

 冷たく感じていた右手はあたたかい。

 今は、もう怖くなかった。何も思い出さない。今はそれが真菜にとって幸せだった。

 

 

 

「千束の手はあったかいね」

 

 

 

 真菜がそう呟くと、千束は握る手を強くした。

 忘れてしまった方が幸せなのに、忘れられないその記憶はまだずっと真菜を苦しめている。普通にさえ生きさせてくれない過去の業に千束は哀しそうな顔をしていた。

 

 

「……千束?」

「大丈夫、私がついてるから」

 

 

 迷子の子供の手を引くように、ゆっくりと真菜のペースで歩いていく。千束は悟られないように笑って罪悪感を押し殺した。苦しんで、死にかけて、忘却しても尚苦しみ続ける真菜を見て、こうなるまで友達として気付いてあげられなかった自分を千束は呪った。

 

 






 傷だらけにした彼岸花を必死に枯らさないように育ててる千束。結果曇るからマジで滴って曇らせ意欲が止まらない……!多分次回たきな出す。曇らせが見てぇ……!足りない!もっと曇らせを寄越せ!!という方、感想評価お願いします。モチベ次第で曇らせます。


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五話

 明後日まで休み。そろそろ就活がヤバ目。


 

 

 それから二年が経った。

 真菜の精神も大分安定してきた。殺し続ける非日常から漸く普通の生き方が出来るようになった。表情筋も柔らかくなった。無表情である事が多いが、時々微笑む真菜を見た客は清廉な乙女のような神聖さを感じて頬を赤くするらしい。真菜目当てで男性客や学生が増えて経営の状況も上に上がりミカも笑顔だった。千束は面白くない顔をしていた。

 

 ただ、リコリスとしての仕事は千束が殆どさせないようにしていた。やる事は大体は送迎程度。少し過保護ではと思うのだが、仕方のない話でもあった。

 

 今の真菜は銃を握れない。

 銃の感触から記憶のフラッシュバックに千束が真菜に銃を持たせないようにしているのだ。ミカから渡された万が一の時の専用武器も殺傷能力は無い。どうしても千束は真菜に人を殺させたくないようだ。

 

 とはいえ、思い出さなくてリコリスとして復帰させるように依頼した楠木の意見も否定出来ず、渋々ながらミカは一度真菜の戦闘能力を見たのだが……

 

 

「うおっ……!?」

「あっ、す、すみません」

 

 

 絶句した。

 ミカは自分より体格の小さい真菜に容易く投げられた。ミカはペイントの模擬銃を使い、真菜は銃を持っていない状態での勝負。ミカが圧倒的有利な上に記憶を失った真菜に負けるはずが無い筈だった。

 

 真菜には線が見えた。

 その行先に向けられた線の終着点はミカの首、目、心臓へと伸びていて真菜はその感覚のままに動き、気が付けば銃を持つ手を捻り、放り投げていた。

 

 合気道の手捌きだけではなく、対テロリストの制圧術が混合した真菜の技術。記憶を失っているはずなのに、ミカは真菜のペースに呑まれて敗北した。

 

 

「どうしてそんな動きが出来る……」

「えっ、と…行動する時とかって線とか見えませんか?」

 

 

 アラン機関にも認められたその力。

 あらゆる最適解を可視化し、行動する能力は忘却していない。

 

 紛れもない殺しの才能。

 無駄のない殺しのルートが見えている。記憶を失っても尚その技量だけは身体に焼き付いていた。無意識だが、自分がどうすればいいかを可視化して行動出来ている。全盛期の戦闘能力の四割低下の意味は真菜の技量が落ちたのではなく、銃を持てなくなった事にある。

 

 殺しの才能がありながら殺す事が出来なくなった。殺す力を不殺に使う才能の無駄遣いというべきか、四割低下は不殺しか行えなくなった事に対しての評価だ。銃口を向けられても恐怖の前に身体が動いている時点で、普通ではない。

 

 

「ただ、少し怖いんです」

 

 

 黒の革手袋を着けて心情を口にした。

 

 

「手袋を外せばなんとなくどうすればいいかわかるんですけど、ずっと外してると無意識で殺しに走るんじゃないかって」

 

 

 手袋を外す事による一種の暗示。

 暗示やルーティーン、特定の行動を起点に集中に没頭する。山岸先生の所に通う事で、真菜は過去との向き合い方を考え、手袋を外す事を起点とし、自分の過去をフラッシュバックさせる事で忘れていた技量を取り戻す事が出来るようになった。

 

 ただし、暗示は長時間も持たない為、精々十五分程度。それ以上は今の自分が曖昧になるような感覚に陥る事があるらしく、倫理観や価値観、自分が大切だと思っていたものが欠落し始めるようになるというのが真菜が実際感じた感想だ。

 

 その上、人を殺せない。銃もナイフも持てない。

 結果取り戻せたのは可視化出来る道筋、予想による行動、視線を感じ取る感性、武術総称の真菜の制圧術だ。どれも人を殺せる技術に直結してる以上、記憶が戻る可能性も否めない。

 

 

「目の前で死なれたら、私多分……」

「いい。その先は言わなくていい」

 

 

 真菜も暗示中は全能感に酔いしれる感覚ではない。むしろ気持ち悪くて、手袋を外したくないくらいだ。そして、その後ミカの戦闘報告を受けた千束は真菜をより強く依頼に連れて行こうとしなくなった。

 

 

「難儀な話だな、全く」

 

 

 想っているからこそ傷付いてほしくない。

 罪悪感があるからもう苦しんでほしくない。千束の気持ちは痛いほど理解出来るが、真菜は千束の力になれない自分に嫌悪感を抱き始めている。このままじゃ拗れるのも時間の問題だとミカはため息をついた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 店の前の掃き掃除をしながらため息を吐く。

 最近、千束が頑なに任務や依頼に連れて行かない。気が付けば終わらせてごめんと軽口で笑っている。いや、気持ちは分からなくもないのだが、それでも二年間ずっとコレだ。

 

 流石に過保護もここまで来れば束縛とも思える。記憶喪失からまだ日が経っていない時は千束に何度も助けてもらっている。だが、流石に行きすぎている事に不満も覚える。

 

 いや、正確には自分の力をアテにされていない事に少し苛立ちを感じていた。店長であるミカは問題ないと言っていても千束がそれを拒む。そして最近のリコリスの乱射事件、千束に「来ないで、今の真菜じゃ足手纏いだから」と強く言われた。

 

 記憶喪失で弱くなった。けど足手纏いと言われてカチンと来た。それでも、千束のおかげで今を生きれているからその気持ちはグッと抑えた。迷惑かけても、自分に返ってくるだけだから。

 

 

「……ハァ」

 

 

 またため息が溢れた。

 幸せが逃げるというが、既に逃げている気がしてならなかった。

 

 

「あの……此処の店の方ですか」

「ん?そうですけど……」

 

 

 反射的に声をかけられた方向に顔を向けると黒髪ロングで、頬には湿布が貼られ、リコリス指定の紺色の制服を着ている女の子が居た。手に持った藁箒の手を止め、首を傾げた。

 

 

「リコリスの制服、セカンドの」

「本日配属となりました。井ノ上たきなです」

「配属……あっ、そういえばミカさんが言ってたっけ。とりあえず中へどうぞ」

 

 

 近々異動するとは聞いていたが、今日だとは思っていなかったのか拳を掌にポンと置き、納得した様子で新人のセカンドリコリスのたきなを『喫茶店リコリコ』に招いた。

 

 

「ミカさん、ミズキさん。新しい子来ました」

「ん?あぁ、例の子か」

 

 

 珈琲を淹れているミカと開店前だというのに朝からお酒を飲んでいるミズキが反応する。誰その子?と視線を飛ばすミズキにたきなは答えた。

 

 

「本日よりこちらに配属されました、井ノ上たきなです。よろしくお願いします」

「あぁ〜、DAクビになったいう」

「クビじゃないです」

 

 

 例のリコリスの機関銃乱射事件。

 生け捕りという司令の命令を無視した井ノ上たきなの独断による機関銃乱射により、銃千丁の行方が闇に消えた事件。その責任として異動という形で此処に配属されたのだろう。実質クビに近いだろう。厄介払いされたと思えてしまった。

 

 

「此処を預かってるミカだ。そいつは中原ミズキ、元DAの情報部だ」

「元?何故DAを」

「アンタらみたいな孤児を集めて殺し屋育ててるキモい組織に嫌気が差したのよ」

 

 

 盛大な皮肉を溢しながら酒を煽るミズキに、真菜はため息を吐いた。何も本人の前で言わなくてもいいだろと言いたかったが、DAの実態をミズキは嫌っている。秩序を守る裏組織と言っても殺し屋を育ててる事実も、殺しを強要させていることも否定出来ない。

 

 だが、その言葉にも動じることなく無表情のままたきなが真菜に頭を下げた。

 

 

「楠木司令から、こちらに優秀なリコリスがいると聞きました。全力で学ばさせて頂くつもりです。よろしくお願いします、千束さん」

「いや、私は千束じゃないよ」

 

 

 自己紹介が遅れ、千束と勘違いされた真菜は改めて名前を口にした。

 

 

「私は星野真菜、よろしくね井ノ上さん」

「…!貴女が伝説の……!?」

「伝…説……?いやまあDAに居た星野真菜と言ったら私の話だと思うけど」

 

 

 仰け反って僅かに困惑する。

 真菜はファーストリコリスであった事は知っているがそれ以上は知らない。ただ、赤服のファーストリコリスは現在は三人しか居ない。その中の一人であり、優秀であった記憶を覚えていない。伝説と言われてる困惑するのも無理はない話だ。

 

 

「貴女の武勇は京都でも噂されています。電波塔の英雄、裏組織を18箇所壊滅、あらゆる最適解を導く天才、歴代最強のファースト・リコリスと」

「お、おお……ありがとう?」

 

 

 褒められてるのに違和感しかない。

 今の真菜は銃を握れない。握れた時代でそれだけの組織を壊滅させたという事はそれだけ人を殺していたという事だ。取り乱さないようになったが、それでもまだ違和感に顔を僅かに顰めた。

 

 

「貴女からも学ぶ事が多いと思います。ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」

「いや私は……」

「たっだいまー!」

 

 

 記憶喪失のことを言おうとした瞬間、お店の扉を開けて荷物を中に入れる店の和服を着た千束の姿が。元気そうなのは相変わらず、真菜の隣にいるたきなは視線をそちらに向けた。

 

 

「先生大変!『たべモグ』の口コミで、『この店のホールスタッフが可愛い!』って書かれてる!これって私の事だよねー!」

「アタシの事だよ!」

「冗談は顔だけにしろよ酔っ払い」

 

 

 バッサリと告げた千束にジト目を向けるミズキに真菜は口を開いた。

 

 

「ミズキさんも綺麗ですよ」

「おお、なーに褒めてくれるの?」

「整った顔立ちと、綺麗な髪で柔らかくて良い匂いがして、辛い時によく気を遣ってくれて、包容力があって、仕事も出来る素敵な大人な女性で」

「あっ、ちょっとやめて恥ずか死ぬ」

 

 

 褒め殺そうとしてきた真菜にまだ酔ってもいないのに顔が熱くなってきてカウンターに顔を伏せるミズキ。記憶がない分純粋すぎて破壊力がえげつなかった。流石元最強リコリス、こんな殺し方も最強だとは誤算だった。恥ずか死にそうだ。

 

 

「真菜の事も書かれてるよー!『たまに微笑む氷の女の子しゅき』『今日の生き甲斐、結婚したい』『うなじがエロい、めっちゃペロペロしたい』って……」

「いや最後、なんか救いようの無い変態のコメントだったんだけど」

 

 

 此処たまにそんなヤバい客が来ている事に戦慄して身体が震えそうになった。千束は『たべモグ』のツイートに【変態はお断り、何かあったら警察呼びます】と書いて送信していた。真菜は手に持っていた藁箒を倉庫にしまい、自分の髪ゴムに手をかけ、ポニーテールからストレートに髪を下ろした。

 

 

「ミカさん、私上がりますね」

「ああ、わざわざ助かった」

「アレ、真菜予定あったっけ?」

「今日は簡単な清掃だけ。子供達と約束があったから」

「おー、じゃあ行ってらっしゃい!たきなは任せて」

「はいはい」

 

 

 赤い制服ではなく、黒いパーカーと灰色のデニムに着替え腰元に小物バッグを付けて店を出る。制服は着ないのか、とたきなは僅かに疑問を含んだ瞳を向けるが、軽く微笑んで扉に手をかけたのを見て何も言えなくなった。

 

 

「井ノ上さん、また今度ね」

「はい、また今度」

 

 

 伝説とまで呼ばれた最強のリコリス、もっと冷徹で冷酷な仕事人のイメージをしていたが、凛々しさと儚さを兼ね備えた人も殺せなさそうな性格のように思えて、たきなは少し呆気に取られていた。

 

 





 盛大な曇らせを起こす前の前書き。

『星野真菜』
・イメージカラー 灰色、クリムゾンレッド
・髪の色 ワインレッド
・身長155センチ、体重45キロ
・スリーサイズ 76/55/79
【才能】
・最適な殺しのルートの可視化

『能力』
※記憶喪失前
・身体能力S
・射撃精度S
・状況判断力S
・近接格闘術SS
・任務達成率100%
・任務合計436件
・殺害記録2402人

※記憶喪失後 時間制限付き
・身体能力A
・射撃精度─
・状況判断力A
・近接格闘術S
・任務達成率100%
・任務合計7件
・殺害記録0人

 曇らせが見てぇ……!足りない!もっと曇らせを寄越せ!!という方、感想評価お願いします。モチベ次第で曇らせます。


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六話


 千束って曇らせ適正高いけどヤンデレ適正も高くね?


 

 

 真菜は月に二回、公園へと遊びに行く。

 小学生の女の子達と月に二回、遊ぶ約束をしていた。最初は人間らしくなかった真菜を千束が連れてきてから、無表情だというのに子供達は面白可笑しそうにかまってくる。

 

 表情を出せない自分とは何が楽しいのか、いつも分からなかったけれど子供は無邪気に真菜を振り回す。それから奇妙な事に、この関係は続いている。

 

 流行りを教えてくれたり、体育の授業の一環で鉄棒や体操の練習に付き合ったり、鉄棒をしたり鬼ごっこしたりと、色々と遊びに付き合ったりもしている。全員小学一年生、元気いっぱいでこちらの体力が足りなくなるほどだ。

 

 

「おねえちゃん!もっかい回して!」

「私はいいけど、ナナちゃんのお母さんは大丈夫ですか?」

「ちょっと、休憩させて…というか今日は無理、腰が」

「あ、あはは」

 

 

 今日は大縄飛びの練習に付き合っている。

 近々、クラス対抗大縄飛びの学校行事があるらしく、真菜は回す方に付き合っていた。かれこれ飛べずに100以上回しているが疲れた様子はない。ナナの母親の方が疲れていてちょっと休憩する事にした。

 

 自販機に向かい、飲み物を買おうと歩いていると視線を感じた。振り返ると制服を着たたきなと千束が此方を見ていた。

 

 

「随分と早い再会でしたね」

「そこは触れないでくれると助かるかな」

 

 

 後ろにいた千束に笑われた。

 また今度が今日中になるとは思わなかった。自販機で缶ジュースやお茶を数本買うと、それを抱えて休憩している子供達の方へと歩き出す。

 

 

「井ノ上さんは千束の配達の手伝い?」

「いえ、DAの仕事の説明を」

「ああ、でも此処DAより殺伐としてないでしょ?」

 

 

 その言葉に言葉を詰まらせた。

 保育園、英語教室、組長、共通点が全く見当たらずたきなも本当に此処がDA直属の組織の一つなのかすら本気で考え始めていた。

 

 頭を悩ませていると先程の子供達が千束に抱きついて来る。拒む事なく千束は屈んで子供達を抱きしめた。

 

 

「あー!千束おねえちゃんだ!」

「やっほー、久しぶりナナちゃん、真澄ちゃん、トワちゃん!元気にしてたぁ?」

「うん!真菜おねえちゃんと大なわとびやってたの!」

「30回も飛べたんだよ!」

「おおっー!凄いじゃん!これはクラス対抗は優勝かなぁ!」

「疲れたでしょ。好きなの一本選んでいいよ」

 

 

 喜ぶ子供達、ジュース缶を選んでは子供達はベンチまで走って飲み始めた。保護者の母親達にも渡すと、いくらでしたかと言われたが、真菜もリコリコで働いている分は給料が出ている。真菜は給料の殆どを使わずに貯めている。その程度の金額を貰うまでもなかった為、いいですと言って断った。

 

 子供達から少し離れてベンチに座った。

 たきなも今までの案内から仕事の共通点が分からず、真菜に問い詰めた。

 

 

「此処はどんな仕事をする場所ですか」

「何でも屋だよ、DA以外にも結構殺しから離れた依頼も受けてる」

「個人のためのリコリスですか?」

「まあザックリ言えばそんな感じ、だと思う」

 

 

 依頼ならまだしも、任務の回数が二年で数えられる程度だ。何でも屋というのは正しいが、実際には真菜もハッキリと明言できなかった。殺しの依頼は殆どないと断言は出来る。正確には殺しの依頼を受けても不殺で終わらせるのが千束だから。

 

 

「ですが、ファーストの二人が何故こんな小さな支部に?幾ら何でも過剰──」

「たきな」

 

 

 千束が強く名前を呼んだ。

 ファーストは下手をすればリコリスの一部隊に匹敵する。千束は今その代表格と言っても過言ではないだろう。真菜もそういう意味では間違いなく一部隊どころな一組織を壊滅させるだけの戦闘力を保有していた。

 

 ファーストが二人もDAから遠い支部にいる。

 たきなはそれが不思議でならなかった。真菜は困った顔で真実を告げた。

 

 

「私は今はDAから半除隊してる」

「えっ…?」

「私、記憶喪失なの。だからファーストだった頃の記憶が無いの」

 

 

 信じられないものを見る目をしていた。

 使えなくなったリコリスは処分される。DAの情報を不用意に漏らさないための措置としてだが、真菜は半除隊という形を許されている。その為制服も着ていない。リコリスの制服は都会に紛れる迷彩服のようだが、真菜の場合は裏社会でかなり知れ渡っている。絶対に標的が制服である事がバレている為、あえて普段着を着ているのだ。

 

 

「で、でもそれなら普通再教育とか」

「それは上層部が私の記憶を取り戻したいからだよ」

「何故?」

「それは──」

「はい!休憩終わり、行こうたきな!」

 

 

 千束が話を切り、ベンチに立ち上がる。

 この話をすると千束は少し曇る。だからといって少し過保護過ぎる気もするが。

 

 

「この後どこ行くの?」

「お世話になってる警察署の所」

「ああ、私も後で行くよ」

「えぇ、別にいいよ。行っても事件があると思えないし。晩御飯作って待ってて」

 

 

 やんわりと断る千束に真菜も今回ばかりは苛立ちからため息をついた。毎回毎回、危険だから遠ざけようとするのは理解出来ても、いつか失った記憶を取り戻さなければいけない。まるで記憶を戻したくないという千束の我儘が入っているようで、ずっとこうなのだ。

 

 

「……うん、わかった」

 

 

 一体いつまで頼られない事に耐え続ければいいのか、そんな思いをひた隠すように真菜は軽く笑った。たきなには無理して笑っているように見えたが、千束はそれに気付けなかった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 夜にバイクを走らせた。

 大型二輪のバイクとヘルメット、風が気持ちよく走らせるにはいい気候だった。除け者扱いに嫌気もあったのか、真菜は真菜なりに調べてみる事にした。たきなが銃を乱射した現場へと走らせ、バイクを止めた。

 

 

「……此処か」

 

 

 銃千丁の取り引きをした場所、そしてDAが偽の情報を摑まされた場所でもある。老朽化により立ち入り禁止の看板があるが、真菜は気にせずに入った。中を見渡せば、銃を撃った損壊も無く、舗装用のセメントで固められて塞がれている。クリーナーが既に動いている。証拠となるものや遺体は当然の如く無く、銃は一丁も落ちていない。手掛かりなど、見つかるはずもない。

 

 

「……!」

 

 

 そう思っていたが、窓際すぐ近くの木箱の裏側に一発だけ弾丸が落ちていた。クリーナーの回収漏れ、一発だが弾を回収し、それを見続ける。

 

 

「(……10mm弾、リコリスが使う弾じゃない……筈)」

 

 

 断定出来ないのが歯痒いが、触れた感覚からどの弾なのかは理解できる。マグナム以外のハンドガンなら全て一通り使った事がある。覚えていなくても、()()()()()()()()()

 

 リコリスが使うハンドガンは基本的にはグロック17の9mm弾。量産型で、威力や反動のバランスを取った銃である筈。この10mm弾は反動がそれより大きい。女向けの銃なんてないが、この弾はリコリス達が使う銃ではない筈だ。

 

 

「(……それ以外何も分からない)」

 

 

 けど、それだけだ。

 銃弾一発では何も分からない。ハンドガンは少なからず弾が大きければ威力が増すが、反動も高い。使い手は男の可能性が高いというだけ。ただ事件の詳細からたきなが機関銃ぶっ放して殺したのは男。その男達の弾の一発があそこにあっただけで、この話は終わりになる。

 

 

「……帰ろ」

 

 

 結果、調べようとしても意味はない。

 クリーナーやラジアータの人工知能があるDAの方がもっと掴んでいるのだろう。自分が介入して分かるほどのものではない。建物から出て、バイクまで戻ろうと歩き出した瞬間に真菜は僅かに目を細めた。

 

 背筋が僅かに強張る。()()()()()()()()()()()()()()が肌を差す。

 

 

「(視られてる……上から?)」

 

 

 誰かが自分を視ている。

 スマホを弄り、カメラ機能で自撮りモードに切り替えると真菜の上に居たドローンが僅かに写った。黄色のドローンが自分の上を飛び回っている。

 

 

「(DAの……いや、わからない……何処のだ?)」

 

 

 事件現場を調べていたDAのドローンか、または別のドローンか分からない。止めていたバイクを素通りし、別の道を歩き続けた。此処でバイクのナンバーを見られたら危険だと思い、監視されながらもドローンをどうするか考えていた。

 

 もしもDAのドローンでない場合、自分を監視してるあのドローンは何処のものなのか。

 

 ドローンから見えない位置で電話をかける。

 DAに最も詳しい、楠木司令官へと電話をかけた。

 

 

「もしもし」

『楠木だ。貴様が直接連絡するとは珍しいな。記憶でも戻ったか?』

「あっ、えっと記憶はまだ……それより一つだけ聞きたい事があるんですが、よろしいでしょうか?」

『手短に話せ』

 

 

 電話をしながら自販機にお金を入れて缶コーヒーを購入する。手袋を片手だけ外し、プルタブに爪をかける。電話しながらコーヒーを買う一般人、一連の行動に違和感はない筈だ。

 

 

「DAって私を監視してますか?なんか黄色いドローンに見られてるんですけど」

『何…?いや、DAは貴様を監視していない』

「そうですか。──じゃあ遠慮なく」

 

 

 右腕に全集中、振り被り標的に視線を向けた。

 真菜は缶コーヒーを握り締め、豪速球でドローンへと投げ付けた。ガシャン!と音を立てて宙を飛んでいたドローンのプロペラに直撃し、地面へと落ちていくのを見て走り出す。

 

 完全に壊れないように墜落するドローンを身体で受け止めた。スライディングで抱え、ズボンが僅かに破けたが、気にせずに通話中の楠木に現状報告する。

 

 

「今監視してたドローンを撃ち落としました。DAの方で解析出来ますか?最近はドローンも飛ばす許可が必要だったりしますし、ドローンの機種や飛んでいる電波情報さえ分かれば、購入者を割り出せて少しは犯人に近づくかもしれません」

『直ぐに現場付近のリコリスを寄越す。というかどうやって落とした。報告では銃が使えないと聞いていたが』

「自販機で買った缶コーヒーを投擲しました」

『……出鱈目だな、相変わらず』

 

 

 銃を使わずにドローンを落とした真菜にため息が聞こえた。記憶を失っても出鱈目な行動をしている事に呆れているようだ。

 

 

『あまり不用意に事件に首を突っ込もうとするな。今のお前は全盛期から程遠い、中途半端に関われば死ぬ事もある事を心に留めておけ』

「……すみません」

『それと…よくやった』

 

 

 冷たい叱責の声から一転して不器用な声で楠木は褒めた。その事に驚いて、僅かに思考が止まった。楠木は冷徹で合理的だ、時にはリコリスの犠牲も厭わない。そんな楠木が真菜を褒めたのだ。

 

 

『身体には気をつけろ』

「……はいっ」

 

 

 胸が少し温かくなった気がした。

 この後、サードのリコリスに撃ち落としたドローンを引き渡し、真菜は自分のセーフハウスへとバイクを走らせた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

「……真菜、何処行ってたの?」

 

 

 帰ってきたら千束が仁王立ちしていた。

 僅かに怒気を含む赤みがかった瞳を向けながら。

 

 





 ケヒッヒヒ、まだ、まだだぞ……!
 
 曇らせが見たい人、曇らせが足りねぇ…!って人は高評価&感想お願い致します。モチベ次第で曇らせます。次回、曇ります。


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七話

 お待たせ、待たせて済まない。就活マジつらたん。


 

 

 

 玄関で千束が仁王立ちしていた。

 僅かに怒気を含んだ視線で真菜を見ていた。

 

 

「何処行ってたの真菜?」

「……バイク走らせてた。夜ご飯は適当に済ませてって連絡したよね」

「そのあと何処行ってたか返信もらってないけど」

 

 

 バイク走らせるから夜ご飯は適当に済ませてとしか連絡していない。単純に関わらせないようにしてきた腹いせもあったが、千束はご立腹のようだった。今日の当番は真菜だったが、ご飯が無かったことで怒っているわけではなさそうだ。

 

 

「別にいいでしょ。そんな遠い場所じゃなかったし、危険な事もなかったし」

「無断で銃乱射の取引現場に行ったのが危険じゃないって?」

「なんで知ってるの?」

「GPS」

 

 

 背筋が僅かに凍った。

 いや確かにGPSに関しては真菜も了承していた。狙われやすい為、場所を何処でも把握できるようにと千束に教えていた。だが、幾ら何でも過剰過ぎないかと最近は思い始めていた。

 

 流石に居場所が割れた以上誤魔化せる訳もなく、ため息を吐き、真菜は正直に答えた。

 

 

「別に、銃千丁の取引現場に行けば何が分かるかと思ったけど、何も分からなかったから引き返したよ」

「そーじゃなくて!勝手に危険な場所に向かって犯人いたらどうするつもりだったの!?」

「居るわけないでしょ。それに居たとしても撃退ぐらい出来るよ」

 

 

 あの場所でリコリスと撃ち合っていた以上、テロ組織の人間がそこに来る事はあり得ない。そんな事は千束も理解してる筈だ。それにミカにも真菜の腕は認めてもらっている以上、多少テロ組織の人間が居ようと撃退は可能だった。

 

 

「だったらせめて連絡してよ……危なっかしいよ」

「連絡したら行くなっていうでしょ」

「言うよ!今の真菜じゃ危険だし」

 

 

 今の、という言葉に顔を顰めた。

 今の自分が役立たずなら過去の事を思い出させないようにする千束は何なのか。どんな自分ならいいのか。

 

 ずっと危険だからと言って関わらせなかった事が多かった。だけど正直、これはもう限界だった。

 

 

 

「今の、今のってさ……だったら私はいつまで除け者扱いされたらいいの?」

 

 

 

 その苛立ちを込めた言葉を千束にぶつけた。

 千束は狼狽えたかのように動揺した目のまま真菜から僅かに目を逸らした。余りにも冷たい声、二年間の中で一番怒っている声に千束は言葉を返す事が出来なかった。

 

 

「記憶が戻れば解決するのに、過去の境遇とか話してくれないし、それを言い訳にいつまで私を縛り付けるの?」

「そ、れは……」

「私が自殺しようとしたから思い出させるのが怖いって思ってたけど、違うよね。思い出してほしくないって千束の願望も混ざってんでしょ」

「っ」

 

 

 図星だった。

 千束にとってそうでも真菜にとっては違う。あの日記に書かれた悲惨な記憶を思い出す事によって、また死に場所を求めるのではないかと、不安だから言えなかっただけではない。

 

 千束の願望も、混ざっていた。

 このまま知らない方がいいのではないか、そんな事を思って二年が既に経っている。

 

 

「それに襲撃があったんでしょ。硝煙の匂いがする」

「……っ」

「井ノ上さんが来たから私は邪魔者扱い?危険なのは千束も同じなのに、何?そんなに私に関わってほしくないの?いつまで足手纏いって思ってるの?」

「ちがっ」

 

 

 千束にとって傷ついて欲しくないから。

 そんな言い訳はいつまでも通用しない。真菜は人間らしくなったが、それと同時に過去の自分を思い出そうとし始めている。

 

 それが悪いわけじゃない。だが、元に戻ってしまったら真菜はDAとリコリコのどちらを優先するのだろうか。きっと罪悪感からDAを選ぶ。そう思えてしまうのだ。

 

 思い出さない方が幸せなのかもしれないが、真菜にとっては思い出さなければならない大切な記憶だ。碌でもない過去であっても、自分がやってきた事の責任を忘れ続けて生きるのはきっと望んでいない。

 

 千束は思い出してほしくない。

 もう辛い思いをしてほしくない千束の願望は真菜の思いと反発する。真菜にとって、遠ざけられて守られるだけのこの状況は嫌だった。

 

 DAが猛獣を飼い慣らす檻ならこの場所はきっと……

 

 

「ずっと危険な事から遠ざけて、今の私じゃ無理って言って、思い出さなきゃいけないことを思い出すなって言って、私を除け者扱いして、関わらせないのって」

 

 

 鳥籠だ。

 千束が嫌う自由から程遠い、平和という言葉を建前に束縛された人生に思えた。

 

 

 

「全部、千束の我儘じゃん」

 

 

 

 パァン!と、音が玄関に響いた。

 ジンジンと頬に熱が篭ったかのように痛み、叩かれた事で僅かに放心した真菜に対して、無意識のうちに手を出した千束は自分に対して目を見開いている。

 

 意識が覚醒すると真菜は千束を睨みつけた。 

 失望した、と言わんばかりの顔で振り返って玄関のドアに手を掛けた。

 

 

「……っ」

「あっ、ご、ごめん真菜…!」

「もういい、それが答えなんだね」

「ま、待って真菜……!謝るから」

 

 

 部屋から出ようとする真菜を止めようと肩に触れた千束の手を真菜は強く弾いた。その事に千束は戸惑い、真菜は冷たい反応のままただ告げた。

 

 

「触らないで」

 

 

 もう、我儘に付き合うのも限界だった。

 千束にとって、当たり障りのない日常の束縛が都合のいい形だった。それも悪くないと思っていた。

 

 けど、思い出せない過去をいつまでも忘れたい訳じゃない。過去の自分なら頼られてたのに、今の自分が必要とされないなら、もうここにいる意味も分からない。

 

 ずっとこのままでいたくない。

 幸せであり続けるのが幸せではない。束縛を嫌うくせに、自由に生きようとする千束が自分を縛り付ける鳥籠のように感じた。

 

 

 

「暫く千束の顔は見たくない」

 

 

 

 精一杯の拒絶を告げ、セーフハウスから出ていく。

 バタン、とドアが閉まる音だけが遠く聞こえ、千束は伸ばした手とは裏腹に追いかける事が出来なかった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 千束は眠る事が出来なかった。

 その日、その言葉が呪いのように頭の中で反復する。頭を抱えて、眠くなるようにホットミルクも淹れたのに、身体は眠る事を拒否する。

 

 真菜を追いかけられない。

 GPSを切られて、バイクに乗って何処かに行ってしまった。ミカに連絡したが、真菜が『暫く有給を貰います』と突如メールで送られてそれっきり、通話は拒否されたらしく、暫くはリコリコで働かないだろう。真菜は二年も働いていて有給なら二週間もある。しかも節約家なので貯金は二年間殆ど使っていない。ホテルを転々としても二ヶ月は帰らなくても問題ないだろう。

 

 真菜の心配と同時に、今日の事を思い出すと身体が震えた。

 

 

『全部、千束の我儘じゃん』

 

 

 その言葉を否定する事が出来なかった。

 あんな真菜の顔は初めて見た。怒っていて睨み付けられて、そして怖かった。あの時どうして手を出してしまったのか、自分の言葉を否定したかったはずなのに、それ以上の言葉を紡いでほしくなかったのか、手が出てしまった。

 

 最低だ、と後悔しても遅い。

 ずっと縛り付けていて苦しかったと思っている真菜を見ていなかったのか。怖くて、踏み込むのを恐れてずっと遠ざけた結果がこれだ。

 

 

「うっ…く……ううぅぅぅ……!」

 

 

 枕が涙で濡れた。

 後悔が嗚咽して満足に泣き叫ぶ事も出来ない。記憶をいつか戻さなきゃいけないって真菜自身が言っていた事は知っていたのに、戻ってほしくないと我儘を続けて真菜を知らずの内に苦しめていた。

 

 

「どうし…て……わ"…だし……!」

 

 

 また、真菜を見てなかった。

 あんな顔させて、本当は真菜の方が苦しい筈なのに。今は心臓がないのに張り裂けるほどに胸が痛くなった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 仕事の依頼が来たらしく、千束は準備を整えて家を出た。いつも朝食を交代で作っていて、二人で食べるのが日課だったのだが、余りにも静かな朝、テレビの音も聞こえなければ家がいつもより広く感じていた。

 

 真菜は家に帰ってこなかった。

 コーヒーを淹れる音とテレビのニュースの音で誤魔化そうとしても心が落ち着く事はなく、寧ろ昨日の事を思い出して涙ぐんだ。

 

 

「……おはよー」

「うわっ、凄い隈ですね……」

 

 

 依頼の為の準備をしているたきなの顔が僅かながら引き攣っていた。

 

 

「真菜は帰ってきてないのか?」

「うん……」

「真菜さんがどうしたんですか?」

「家出だ」

「いえ……はっ!?」

 

 

 たきなは心底驚いていた。

 まさか伝説のファーストリコリスが依頼直前に家出をかましているのだ。依頼は大丈夫なのかと思ったが、真菜が記憶喪失なら実質頼りになるのは千束だ。例の偽の沙織さんの事件で千束の強さは知っていたが、真菜に関しては本当にファーストなのか些か疑問が出てきた。

 

 

「依頼は行けるのか、千束」

「……行く」

「真菜に関してはどうする」

「……帰ってきたら謝る」

「そうするといい、あの子は寂しがり屋だ」

 

 

 寂しがり屋というミカの評価に千束はそれに気付かなかった罪悪感が蘇る。ちゃんと真菜を見てると楠木にも約束したというのにこのザマに頭を掻きむしりたくなった。

 

 

「……ううぅぅぅ……!やっぱり依頼行きたくないぃぃ!真菜を置き去りに仕事してる罪悪感がぁぁ!」

「子供ですか」

 

 

 たきなの端的な言葉に千束は更に沈んだ。

 

 その後、リコリコに依頼されたウォールナットの護衛任務では元気がなくても仕事を行い、死んだと思ったリスによって気持ちがどん底に叩きつけられ、生きていると分かっていても千束の心境は更にぐちゃぐちゃにされて顔が死にかけているのを見て、護衛対象であったウォールナットもといクルミは居た堪れない気持ちで謝っていた。

 

 





 真菜 鳥籠から羽ばたいている
 千束 色々あり過ぎて顔が死んでいる
 たきな 本当に優秀なリコリス…?
 クルミ 作戦を伝えなかったせいか目の前で死なれたと思った千束を見てめっちゃオロオロしていた。

 
 ヨシさん キングクリムゾンッ!!
 
 真菜がいないのでウォールナット編は大幅カット。曇らせは更に力を貯めている。次回がDA編、真菜のSAN値となります。

 曇らせが見たい人、曇らせが足りねぇ…!って人は高評価&感想お願い致します。モチベ次第で曇らせます


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