ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜 (つばめ勘九郎)
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第一章
プロローグ


 

 何気ない朝、いつも通りの朝がやってきた。

 

 と言っても外はまだ完全に日が昇っておらず、冬の寒さを未だに引っ張っているかのように肌寒い。

 

 

「ん、ぅうぅ〜〜......さむい」

 

 

 寝静まっていた部屋にそんな気怠そうな声と、外から聞こえる鳥の声が妙に響く。ゴソゴソとベットの上で布が擦れる音がすると、一瞬止まる、そしてまたゴソゴソと掛け布団が動けばまた止まる、なんてことを何度か繰り返した後、ガバッと意を決したように勢いよく布団が捲り上がり、隠れていた主が起き上がった。

 

 その主が眠気を体から弾くように上半身を伸ばすとポキポキと体が鳴る。まるで体がよく寝ていたと合図を送るかのように。

 

 そしてその体の主である彼は勢いよくベットから飛び出し、着ていた寝巻きを雑に脱ぎ捨て、慣れた手つきで手早く運動用のジャージに着替える。鏡に映る自身の体に満足そうな頷くと足早に自分の部屋から出ていく、と見せかけて部屋に戻ってきた彼は「あぶない、あぶない」と呟きながらスマホとワイヤレスイヤホンを手に取り今度こそ部屋を出ていき、階段を静かに降りて、玄関を抜け、外に出た。

 

 

「さてと、今日は何キロ走ろうかなっと」

 

 

 簡易的に準備運動をしながら、スマホでいつもの音楽アプリを起動させ「今日は進撃の巨◯の“Barricades”がいいかもな♪」なんて言いつつイヤホンを耳につける。

 

 そして耳に届く熱いBGMで体に喝をいれ、今日も日課のランニングに勤しむオタクだった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 月曜日。登校時間ギリギリのチャイムと共に教室に入ってきた男子生徒がいた。

 

 彼の名は南雲ハジメ。教室について早々、徹夜で気怠い体を自分の机まで辿り着かせると事切れたように机に突っ伏してしまった。

 

 そんな彼を見て近寄ってくる男子生徒がいた。

 

 

「オラッ」

 

 

 近づいてすぐに南雲の机の足を蹴った男子生徒。それに驚いて顔を上げる南雲を見下ろす男は“檜山大介”。いつも南雲に絡む生徒筆頭の男だった。

 

 

「よお、キモオタ。また。徹夜でゲームしてたのか?どうせエロゲーだろ?」

 

「うっわ、普通にキモいわ〜〜」

 

 

 檜山の言葉に反応する男子生徒達。ゲラゲラと笑う姿は南雲が今クラス内でどういう立場なのかハッキリとわからされる物だった。と言っても中心的に南雲に絡むのは檜山に加え斎藤良樹、近藤礼一、中野信治といった四人組だが他の男子生徒達は遠巻きで笑うか、傍観のどっちがだった。

 

 ただ一人を除いて。

 

 ゲラゲラと下品に笑う声が響く教室の扉がガラリと開く。そして入ってきたのは高身長で凛々しい目鼻立ちに太い眉毛をした好青年だった。彼はまっすぐ南雲の方に歩み寄ってくる。それを見た檜山達のグループはあからさまに嫌そうな顔になる。

 

 

「ヨッ!南雲、おはよう」

「あ、要くん、おはよう」

 

 

 (かなめ) (しん)。クラス内で二番目に身長が高く、体格も良い快活な好青年。南雲とはアニメや漫画の話で盛り上がれる南雲の唯一と言っていいほどの友人だ。その上、バスケ部に所属しており去年の新人戦で優勝を納めたほどの実力者。

 

 そんな彼は南雲の前の席に座ると、檜山を睨んだ。

 

 

「な、なんだよ要。なんか文句あんのかよ!」

「大アリだダボ。とっとと自分の席に戻れよ根性無し」

「なっ、なんだとコラッ!てめぇもキモオタの癖に調子よってんじゃねぇぞ!」

 

 

 要の檜山を小馬鹿にした物言いに声を荒げて要に掴み掛かろうとする檜山。それを止めようと斉藤、近藤、中野が檜山を止めに入る。そんな彼らを無視して要は南雲に話しかけ「昨日の深夜アニメ見たか?」と話題を変えていた。そんな様子を苦笑いを浮かべながら南雲は一応要と話を続ける。

そんな様子につまらなくなったのか檜山達は離れていった。

 

 それを見届けて要は深い溜息を吐いて南雲に掌を合わせて謝った。

 

 

「悪い!また面倒なことにしちまって」

「いいよ別に、気にしてないから。それより要くんの方は平気なの?」

「俺はいいんだよ。いざとなれば殴って終わりだからよ!」

「いや、スポーツ選手としてそれはどうかと思うよ?」

 

 

 「それもそうか」なんて言いながら笑う要に、南雲は心配しつつも笑って答えた。そして再びアニメや漫画の話をしたり、眠たそうな南雲を気遣う要達の元に彼女がやってきた。

 

「おはよう、南雲くん、要くん」

「あ、白崎さん、おはよう」

「おう、おはよう白崎...あぁ〜俺ちょっと用事思い出したわ。南雲、また後でな!」

「え、ちょっと!要くん?」

 

 

 白崎香織というこの学校の二大女神の一人と挨拶を交わした途端、要はいかにもわざとらしくその場を足早に去っていく。南雲は一人取り残されてしまい、先ほどまで座っていた要の席に今度は白崎が腰を落とし南雲に話しかける。

 

 

「要くん、もうすぐ授業なのにどっか行っちゃったね」

「そ、そうだね白崎さん」

「それより今日もギリギリだったね南雲くん。もっと早く来ようよ」

(どうして置いていったの要くん!!)

 

 

 二大女神の一人である白崎香織に話しかけられている、ということだけで周りからの男子の視線が南雲に突き刺さり、とても居た堪れない気持ちになってくる。平穏に学生生活を謳歌したい南雲にとって男子の注目の的である白崎香織という人物の接近はなるべく避けたいのだ。そしてなんとか話を切り上げれるようにと考えていると、彼らがやってきた。

 

 

「南雲くん、おはよう。いつも大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツには何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 

 唯一南雲に挨拶をした女の子。彼女は八重樫雫。白崎香織と並ぶ二大女神の一人である。そしてそれ続いて言葉を発したのは天之河光輝と坂上龍太郎だった。二人とも要に負けず劣らずの高身長であるが体格的には坂上が一回り大きく、それよりも少し劣るのが要で、その次に天之河といった順番になるだろう。

 

 

「八重樫さん、天之河くん、坂上くん、おはよう。はは、まあ自業自得とも言えるから仕方ないよ」

「それより要の奴はどこ行ったんだ。もうすぐ授業だっていうのに。全く、南雲といい要の奴といい、このクラスには不真面目な生徒が多いぞ」

「あいつは特にだろ。授業はサボるは、女癖は悪いは、俺はああいう奴が一番嫌いなんだ」

「光輝に龍太郎も、それは勘違いだって言ってるでしょ」

「何を言ってるんだ雫。あの時雫は嫌がってたじゃないか。それに現に他の女子からも苦情が出ている」

「あ、あれは.....」

 

 

 そう、要 進には悪い噂が立っていた。それは授業をサボって多数の女生徒と不純異性交遊を繰り返していると。もちろんそれは真っ赤な嘘だ。

 

 とある女子生徒が要に告白をした。それを要は手酷くフったのだが、その理由は告白してきた女子生徒が南雲や八重樫、白崎の陰口を言っていたのを聞いていたためだ。それを快く思わなかった要がかなりキツい態度でその女子生徒をフったのだが、それに腹を立てた女子生徒とその取り巻き達が要のある事ない事を言い振り撒き、結果“要 進は女遊びをする最低なクズ野郎”という噂がたったのだ。

 

 その真相を知っている八重樫や白崎、それに南雲も要がそんな人間ではないとわかっている。しかし、それを否定しない要。要曰く「本人を見もしないで噂だけで嫌うならそれで結構。そんな奴に好かれたいとも思わない」と実にあっさりと言い放った。

 

 せめてクラスメイトだけでもと天之河や坂上がその話を持ち出す時は八重樫が積極的に否定しているのだが、八重樫自身少し前に要と色々あって、それを見て勘違いをしている天之河のご都合解釈は八重樫の反論を受け付けず、結果要と天之河はかなり仲が悪くなっている。

 

 先ほど要が教室から出ていったのは恐らく八重樫や白崎、南雲を気遣ってのことだろう。これ以上、八重樫達に苦労かけないために。

 

 そんな彼の気遣いにますます八重樫は溜息をつきたくなる。

 

 

(どうしてあの時、返事を言えなかったんだろ)

 

 

 すると教室の扉が開き、先生が入ってくると授業開始のチャイムが鳴る。

 

 天之河達はそれを見て各々の席に着くが、八重樫は結局教室に帰ってこなかった要の席に振り返り少し表情を暗くした。

 

 その後、彼のいない教室はあっという間に時間が過ぎてゆき、とうとう昼休みの時間となった。

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 お昼休みになってようやく帰ってきた要は、南雲と一緒に飯を食べていた。と言っても要は弁当で、南雲は10秒でチャージできるゼリーだった。

 

 

「珍しいな南雲、普段ならこの時間にはもう教室出ていってるだろ?」

「うん、今日はこのまま食べ終わったら寝ようかなって」

「おいおい、昨日そんなに忙しかったのか?体調とか平気か?飯、分けてやろうか?」

「大丈夫、全然平気だよ、ありがとう」

 

 

 要が心配そうにするが南雲は心配無用とサクッと手早くゼリーを飲み干した。さて、そろそろ寝ますか、と考えていた時ふと要がいつもと違うことに気づいた。

 

 

「要くん、今日弁当なんだね」

「ん?あー、これ貰いもんなんだよ。おかげで昼飯用のパンが余ってるからどうしようかなってさ」

「そうなんだ、美味しそうだねそのお弁当。なんか僕も少しお腹が空いてきたよ」

「お!そうかそうか!なら俺の昼飯用だったパンやるよ」

 

 

 「ちょっと待ってろよ〜」と要が机の下に置いていた自分のカバンの中を漁っていると二人の横にやってきた人物が声をかけてきた。

 

 

「だったら私のお弁当食べる?」

「え、白崎さん?」

「イタッ!」

「ちょ、大丈夫要くん?」

 

 

 声の主が白崎だと判明した瞬間、ビクッと反応した要が頭を机にぶつけたらしい。白崎が心配して声をかけるが、そんな白崎には目もくれず要は白崎の後ろの人物達に視線を向けていた。

 

 

「香織、そんな奴らは放って置いてこっちで一緒に食べよう。南雲だってまだ寝足りないみたいだし、せっかくの香織の手料理をそんな寝ぼけたままの顔で食べるなんて俺が許さないよ」

「え?どうして光輝くんの許可がいるの?」

「「ブフッ」」

 

 

 天之河と白崎のやり取りに要と八重樫が思わず吹き出した。天然の白崎による直球ストレートのピッチャー返しに天之河はもたつきながら困った顔であれこれ話している。

 

 

「フッ、俺のパンはいらないみたいだな」

「なにちょっとかっこよく言ったみたいに言ってるの?」

「いいじゃないか、白崎の手料理を望んで食べれるやつなんて早々いないぞ?」

「勘弁してよ、僕は平穏に学校生活を送りたいだけなのに」

 

 

 取り出していたコロッケパンをキメ顔で静かにカバンにしまおうとする要の手を、珍しく機敏な南雲の手が掴んできた。優しそうに話をしている二人だが、彼らの手元のコロッケパンの袋が二人の手によってミチミチと音を立てている。

 

 この難局を乗り越える方法として南雲が思いついたのはお腹を満たすことだった。そのため要が差し出していたコロッケパンは得難いチャンスと言える。パンならば持ち運びも簡単な上、手軽に済ませれる。教室の外ででも食べれる。もしくは今ここで食せば「あ、ごめん、もうお腹いっぱいなんだ」を発動して早々に眠りにつける。そのためにもこのパンはここで頂かなければ!

 

 なんてことを考えている南雲はやはり疲れているのだろう。そしてそんな南雲の内なるテンションに知ってから知らずか要も内なるテンションが高まっていた。

 

 

「あいにくだが南雲、このコロッケパンはコロッケの具が少ない。お前が求めて止まないコロッケパンとはもはや呼ばない代物だ!だからその手をどけるんだ」

「それなら平気だよ要くん、僕は!その!コロッケだけで十分だから」

「いやいやいや、そんなことはないぞ南雲。お前の腹を満たすためには、そして栄養バランスを考えるならば!白崎のお弁当こそ相応しいと俺は思う。それにお前も言ったじゃないか、俺の()()()()()()()()()()だって。つまりがお前が本能的に求めているのは弁当だ!」

「な、それは言葉のあやじゃないか!」

「そしてここで俺は最終兵器を投入する!おーい、白崎〜、南雲がお前の弁当食べたいってさ!」

 

 

 ハッとなる南雲が視線を向けた先には、なんとも嬉しそうに「え!ほんとに?!」とキラキラと輝く笑顔の白崎がいた。そして目の前の要はなんと邪悪な笑みか。

 

 

「貴様ァァ〜〜〜!!」

「フハハハッ!もうお前は逃げられない!大人しくその手を離せ!」

 

 

 珍しくテンションが高い南雲と要に教室に残っている生徒の視線が刺さる。あとその手に握られている元コロッケパンの何か。面白くなさそうにする檜山達のグループや、意味深な視線を送る園部達グループ、他にも教室内にいたクラスメイト達はなんとも珍しいものを見るような視線を二人に向けていた。

 

 

「...何やってるのあの二人」

「珍しく二人が教室にいると思ったら、なんだか面白いことになってるね!雫ちゃん」

「まあ、面白いと言えば面白いわね。キャラ崩壊してるけど」

 

 

 南雲と要をニコニコしながら眺める香織の発言に、多少は同意する雫。そして雫はそんな彼らを見て少し羨ましく思えた。

 

 

「お前達、いくら昼休みだからってそんな教室で騒ぐんじゃない!みんなに迷惑だろう」

 

 

 さすがに騒ぎすぎたため、天之河が二人を注意しに行こうと席から立ち上がったその時、それは起きた。

 

 突然、天之河の足元に円形の光の模様が現れ、それは一瞬で教室全体に大きく広がった。

 

 教室内にいた生徒達が一斉に立ち上がり何事かと騒ぎ出す。

 

 それは魔法陣だった。アニメや漫画でよく見るような幾何学的模様を規則的に配列された本物の魔法陣だった。

 

 いまだに教室に残っていた愛子先生が何かを言っているが、そんなものは聞こえない。何故ならその魔法陣がより一層の光を放ち、教室にいた生徒達に教師を一名加えた全員が光に飲み込まれたのだから。

 

 




 


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相棒

 

 魔法陣の猛烈な光に包まれた後、教室にいたはずの彼らは全く知らない場所に放り出されていた。

 

 

(知らない天井だぁ、てか天井高っ!?あとなんか全体的に白いし、壁によくわからない人の絵が描かれてるし、なんぞこれ?!?)

 

 

 と、要は先程まで南雲とおふざけをしていたテンションを若干引きずっていた。隣で尻餅をついてる南雲もきっと同じことを考えているのだろうと要は南雲に視線を向け、他のクラスメイト達にも視線を回した。

 

 すると、いかにも教会関係で偉そうなタイプの長く白いお髭を携えた老人がここにいるクラスメイト達全員に向けて言葉を口にした。

 

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

(うん、なるほど。とりあえずドッキリなら早くネタバレしてくれないかな?)

 

「要くん、もう少し落ち着こ?今の要くんの顔すごいことになってるから」

 

 

 いきなりこんなところに連れてこられたことに対しての怒りや不満が要の顔に表れていたらしく、南雲がなんとか要を落ち着かせようと声をかける。要が本気でドッキリ系バラエティ番組恒例の隠しカメラを探し出そうと不用意に動かないように。

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 イシュタルという人物が話しかけてきた後、要達は場所を移して長い机に椅子がずらりと並ぶ大広間にやってきており、そこでイシュタルの話を聞いていた。

 

 簡単にまとめるとこういうことらしい。

 

 イシュタル曰く、ここは要達がいた世界と違う異世界で名を“トータス”、人と魔人族が長い間戦争を続けている世界とのこと。そして、その戦争をなんとかしようとこの世界の神エヒトが、“神の使徒”として力を与え、要達を呼び寄せたらしい。

 

 

「ふざけないでください!」

 

 

 その説明に対し、いの一番に声を張り上げ抗議したのは愛子先生だった。

 

 彼女は要達クラスの担任ではない、しかし生徒にそんな危ない橋を渡らせるわけにはいかない「早く元の世界に帰してください!」と懇願するが、イシュタルは首を横に振りながら答えた。

 

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

 

 イシュタルの言葉に力無く視線が俯く愛子。それを皮切りにクラスメイト達も口々に不安の言葉を漏らし、パニックに陥る。

 

 その様子を静かに見つめるイシュタル。彼の瞳の奥にクラスメイト達に対しての侮蔑的な感情が見え隠れしていた。

 

 それをしっかりと見ていた要と不意にイシュタルの視線が合う。ハッキリとは態度に表さなかったが、どこか驚いたように眉を上げたと思ったら、すぐに視線を逸らされた。

 

 そんな時、この状況に見かねて立ち上がった天之河は、パニックに陥っているクラスメイト達に落ち着くようにと促して言葉を発した。

 

 

「俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

「そういうことなら俺も手伝うぜ!」

 

「龍太郎...」

 

 

 天之河の決意に賛同するように、彼の幼馴染である坂上も立ち上がった。それに同意するように八重樫や白崎も立ち上がり、天之河は「一緒に世界を救ってみんなで元の世界に帰ろう!」と高らかに宣言した。

 

 他のクラスメイト達も今はそれしかないか、と諦めにも似た面持ちで事の成り行きを見守っていた。

 

 果たして、そう上手くいくだろうかと要は内心呟きながら、他のクラスメイト達と同様に諦めた面持ちで溜息を漏らした。

 

 そんな中、クラスメイト達の中の()()()()に視線を向けていたイシュタルの顔は、先程よりも少しばかり険しくなっていたことをこの場の誰も気づかなかった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 あの後、イシュタルの話を聴き終えた一行は場所を変え、ハイリヒ王国の王宮、その王様との謁見のため玉座に向かっていた。

 

 どうやらハイリヒ王国では要達“神の使徒”を迎え入れる準備ができているのだとか。先程までいた場所は神山と呼ばれる山にある聖教教会本山の施設の一つで、その神山の麓にハイリヒ王国があるだそうだ。

 

 神山を下山する際、要と南雲はみんなを先導するイシュタルの耳に入らないよう小声で話をし、結論なんかきな臭いということで纏った。

 

 そして今後どう動くべきかまた後で話し合うことにし、神山を降りた後、予定通りハイリヒ王国国王との謁見となった。

 

 その後、勇者様一行“神の使徒”を歓迎する晩餐会が行われて、初めて見る料理や本物の貴族の立ち居振る舞いや衣装に圧巻されていた。

 

 

「本当に異世界に来ちまったな」

 

「だね。まだ実感湧かないけど」

 

 

 要と南雲は晩餐会の会場の外、バルコニーで話をしていた。外から見る会場の中は実に煌びやかで誰かの話し声がちらほら聞こえてくる。

 

 流石に今日一日の情報量が多すぎて疲れた頭をリラックスさせるために、二人はバルコニーにこっそり出ていた。

 

 要は赤い飲み物が注がれたグラスと会場の料理を皿の上に山盛りにしてバルコニーに来ていたが、南雲は要と同じ飲み物だけだった。

 

 

「とりあえずイシュタルって人は要注意だね。何考えるのかわからないし」

 

「だな。目下の目標はこの世界の知識と常識の獲得、いざという時に戦える戦闘力、聖教、またはエヒト神の情報ってところか」

 

「僕は図書館とかがあればそこで本を読んで勉強してみるよ」

 

「なら聖教に関しての情報収集は俺の担当だな。頼んだぜハジメ!」

 

「うん、あれ?今僕のことハジメって」

 

「ばっか!そういうのは突っ込んじゃいけないの!なんか照れ臭いだろ、こういうの....俺達もう長いこと友達してるんだから今さら苗字で呼ぶのも、その、どうかと思ってよ...」

 

「......ぷふっ」

 

「なっ!笑うことないだろ!」

 

「いや、ごめん...はは、まさか要くんがそんな不器用だなんて思わなかったからさ、もっと堂々とやると思ってたからさ、はは」

 

「ぐぅ〜〜....はぁ、で?どうなんだよ...ハジメ」

 

 

 照れながらも要が拳を突き出した。

 

 それを見て南雲は決意した顔を見せ、要の拳に自分の拳を合わせコツッと小さな音が鳴る。

 

 

「もちろん、任せてよシン」

 

「おう、頼んだぜ相棒」

 

「.....」

 

「.....」

 

「なんかこういうの、臭くない?」

 

「わかってるよ、ちょっとイキった感あったの知ってるよ!でもいいじゃん!ちょっとぐらいハメ外してもいいじゃん!ゴリとミッチーみたいにやってもいいじゃん!」

 

「あぁ〜、そういえばシンってバスケ部だもんね」

 

「理解が早くて助かるわー、さすがハジメだわ、うん、さすハジ」

 

「それ馬鹿にしてない?」

 

「あぁ〜なんか腹減った。俺ちょっとつまめるもん皿に盛ってくるわ」

 

「その山盛りのお皿のどこに盛る場所があると?」

 

「んがぁ〜〜〜〜、もぐもぐもぐ...ひょっほ、ふまへるほんほってふうわ(ちょっと、つまめるもん盛ってくるわ)

 

「はぁ、お行儀悪いからお口のものちゃんと飲み込んでから行きなよ。って、待って待って!その頬袋膨らませすぎたリスみたいな顔で会場に戻ったらダメって!」

 

 

 山盛りの料理を一気に口に入れた要の姿は、さながらちょっと間抜けなリス、いや、それはリスに失礼かもしれない。ただの間抜けでいいかもしれない。

 

 そんな二人のやりとりを陰で見ていた少女がいた。

 

 他の神の使徒達と違う二人の雰囲気が少女の好奇心をくすぐった。

 

 

「ふふっ、面白い人達ですね」

 

 

 淡い桃色のドレスを纏った金髪の少女、この国の王女であるリリアーナ・S・B・ハイリヒは、そんな彼らを見て微笑ましくも思いつつ、彼らを自分達の事情に巻き込んでしまったことに対し胸を痛め、微笑んでいた表情に暗さを滲ませた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 神山、聖教教会本山の礼拝堂。

 

 そこにシスターと彼女に頭を下げるイシュタルがいた。

 

 

「表をあげなさい」

 

「はい」

 

「それでどうですか、勇者一行の様子は」

 

「期待はずれですな。あれほど無知で愚かな子供達で神のご意志に添えるかどうか些か一抹の不安が残る次第です」

 

「それを判断するのは神エヒト様です。貴方は事実だけを述べれば良いのです」

 

「申し訳ありませんノイント様」

 

「それで、どうなのです?」

 

「.....一つ、気になることがあります」

 

「なんですか?」

 

「召喚された子供達の中で一人、得体の知れない存在が紛れ込んでいます」

 

「得体の知れない存在?」

 

「はい、名を(かなめ) (しん)。彼らの中で特に目立っていたわけではありませんが、一瞬私を見るあの者の目に何かを感じました」

 

「...なるほど、貴方がそこまで言うのでしたら()()()あるのでしょう。わかりました、その者に関しての逐一報告をなさい」

 

「御意に」

 

 

 イシュタルはノイントと呼ばれるシスターの命を受けると礼拝堂から出て行った。おそらくシスターの命を全うするためになんらかの準備のために出ていったのだろう。

 

 

「要 進。神のご意志にそぐわぬイレギュラーであるなら早々に排除する必要があるかもしれませんね」

 

 

 シスター服を纏った彼女はそう呟くと、イシュタルの跡を追うように礼拝堂から出て行った。そして彼女が立っていた場所に一枚の銀の羽が落ちていた。

 

 



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箱庭の出会い

 

 晩餐会の翌朝、要やハジメ達クラスメイト全員が騎士達の訓練所に集められた。

 

 どうやら早速早朝から座学と訓練に入るらしい。

 

 訓練の教官を担当するのは、この国で一番強い騎士団長メルド・ロギンスで素人目でも戦士としての風格を感じさせる豪快な男だ。第一印象でもイシュタルより何倍もいい、この人物ならある程度信用できると要は直感した。

 

 さて、そんなメルドからクラスメイト全員に配られたのは、手のひらに収まる程の大きさと薄さの銀のプレートだった。

 

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ」

 

 

 そんな説明を受け、言われるがまま要は「ステータスオープン」と適当に口ずさむ。すると、その銀のプレートに色々と文字や数値が現れた。

 

=======================================

 

(カナメ) (シン) 17歳 男 レベル:1

天職:付与魔術師

筋力:50

体力:70

耐性:30

敏捷:50

魔力:100

魔耐:90

技能:付与魔法・特異点・■■■練・言語理解

 

======================================

 

 

(ん?技能(スキル)のところがなんか文字化けしてるぞ?)

 

 

 要は自分のステータスプレートに違和感を覚えつつも、隣のハジメのステータスを覗き見た。

 

=====================================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

 

======================================

 

 お互いにステータスを見せ合っていると、メルドが色々追加の情報を口にしていた。その言葉の中に、一般的ステータスの平均値がレベル1で10らしい。それを聞いた瞬間、要とハジメはなんともコメントしづらい空気になった。

 

 

「.....その〜、なんだ...伸びシロですねー」

 

「今ものすごくイラっときた」

 

「まあ、おふざけ抜きにしてもまだレベル1なんだから、これからだろ」

 

「そうだといいなぁ〜」

 

 

 そんな会話を二人がしているとメルドが驚いたような声をあげていた。どうやら天之河の天職が勇者な上にステータス値がオール100、技能もてんこ盛りというとんでもチートステータスだったらしい。

 

 そして一通り他のクラスメイト達のステータスをチェックし終えたメルドは要とハジメのところにやってきた。

 

 

「ほお、要 進の天職は付与魔術師か。ステータスもそれなりに高いじゃないか.....ん?この技能はなんだ、特異、点?初めて聞く技能だな。それに一部の技能も文字化けしてよくわからないな」

 

「これってステータスプレートが壊れてるんですかね?」

 

「どうだろうな、俺にはよくわからん。一応新しいステータスプレートは用意しておくから今はそれで我慢してくれ」

 

「了解です」

 

 

 メルドにも要のステータスプレートに写し出されたものがわからないようだ。こうなってくるとイシュタルあたりに聞くのがいいのだろうが、それは直感的に避けたほうがいい気がする。後でハジメに手伝ってもらって調べるのもいいな。など、難しい顔で色々と考えを巡らせていた要だったが....

 

 

(う〜ん.......まあ、いっか)

 

 

 逡巡の末、考えるのがめんどくさくなったらしく思考を放棄した要の表情は実に清々しかった。

 

 その後、愛子先生によって自身のステータスの低さに嘆いている南雲を無自覚ながら死体蹴りしてしまい、より一層遠い目をしていた南雲の背中を要はそっと優しく叩いてやった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 自身のステータス確認と軽い訓練を終えた要達は座学の講義を受け、今は昼の休憩の時間。昼休憩を終えればまた座学になるが、ある程度の話を聞いて諸々予想通りだった要はふらふらと王宮内を探索し、完全に昼以降の座学はサボる気でいた。

 

 

(しっかし広いなぁ〜。こんだけ広いなら隠れて訓練できそうな場所もありそうだが...)

 

 

 一人で鍛錬できそうな場所を散歩がてら探していると、王宮内なのに芝生が生え開けた場所があった。花壇もあり、休憩もできるようベンチも置かれていた。吹き抜けで正午の日の光がその空間を照らしていた。ここに名前をつけるなら“王宮の箱庭”と言った感じだろうか。

 

 そこにただ一人、ベンチに座っている少女がいた。長く綺麗な金髪に淡い桃色のドレスを纏った少女は、昼時の陽気にあてられているのかボーッとしていた。

 

 

(たしかこの国のお姫様、だったよな?)

 

 

 晩餐会で目にしていた彼女の姿を思い出した要は彼女のところに歩み寄る。

 

 

「こんなところで何してるんですか、リリアーナ王女殿下」

 

「え?あ、貴方はたしか...」

 

「はじめまして、要 進と言います。以後お見知り置きを」

 

 

 歩み寄ってきた要を見上げていたリリアーナに対して、頭を下げた要は自分の中に蓄積されたオタク知識を総動員してなるべく角が立たないような言動をとった。するとリリアーナはベンチから立ち上がり、実に王族らしい立ち居振る舞いで言葉を返した。

 

 

「はじめまして、要様。ご存知のようですが改めまして、ハイリヒ王国 国王エリヒドの娘、リリアーナ・S・B・ハイリヒと申します」

 

「あ、この場合って跪いて手の甲にキスしたらいいんですかね?」

 

「....ふふ、そんなことしなくてもいいのですよ。要様達勇者様一行は王国の騎士や兵士、というわけではないのですから」

 

「なるほど、勉強になりました。よろしければ隣に座っても構いませんか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 

 要がベンチに腰掛けるとリリアーナもそれに続くようにベンチに腰掛けた。

 

 

「リリアーナ王女はいつもこの時間、ここにいるのですか?」

 

「いいえ、今日はたまたまです。ちょうど取り掛かっていた仕事も終わり一息ついていたところです」

 

「あ、もしかして俺、邪魔ですか?」

 

「いいえ、むしろいいタイミングだったと思います」

 

「ん?タイミング?」

 

 

 なんのことかと要が首を傾げると、リリアーナがベンチから立ち上がり、要の正面に立ち、深々と頭を下げてきた。

 

 

「この度は私達の勝手な都合に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」

 

「....へ?」

 

「私が頭を下げた程度では到底償えきれない事ではありますが、皆様が元の世界に帰還できるその日まで全力で助力いたします。本当に申し訳ありませんでした」

 

「.......頭を上げてください、リリアーナ王女。別に俺は貴方を責めるつもりはないし、一国の王女がそんな軽々しく頭を下げていいんですか?」

 

「体裁よりも誠意が大事です。私達にできないことをやってもらうのですから、お願いする立場の人間として当然のことです。何かお困り事があればなんでも言ってください。出来る限りのことは致します」

 

「そうですか、ならお願いがあるんですけど」

 

「なんでしょうか?」

 

「俺とお友達になってくれませんか?」

 

「.....ふぇ?」

 

 

 先程まで深々と頭を下げていたリリアーナは、要の言葉に虚を衝かれたらしく王女にしては実に間抜けな声が漏れた。そしてその原因である要に視線を向けるため頭を上げた。

 

 

「いやぁ〜、実は俺友達少ないんですよ。もしよかったら俺の異世界友達第一号になってくれませんか?」

 

「そんな事でよろしいのですか?」

 

「そんな事でいいんですよ、俺には。それに日本(むこう)に帰った時、異世界のお姫様と友達になったっていう土産話をチビ達に聞かせられますし」

 

「チビ達?もしかしてお子さんが!?」

 

「いやいや、違いますよ。俺、養護施設出身なんでそこで一緒に暮らしてるガキ共のことです」

 

「あ、そうなのですね」

 

「で、どうです?友達になってくれますか?」

 

 

 リリアーナに手を差し出す要。リリアーナはそんな彼の手を見つめた後、要の顔に向き直り、その瞳を見た。まっすぐで力強い瞳、不思議と安心感を覚えるリリアーナは自然と差し出された手に自身の手を重ね、笑顔で答えた。

 

 

「はい、喜んで!」

 

 

 リリアーナの笑顔を見て、要も笑顔で答えた。そんな彼の笑顔は純粋で、豪快で、少年のような明るさを思わせるものだった。それを見たリリアーナはふと思ったことを口にした。

 

 

「貴方が勇者なのですか?」

 

「え?違いますよ。俺はただの付与魔術師で、勇者の天職を持ってるのは天之河っていういつもキラキラした感じのやつですよ。なんでまた唐突に?」

 

「いえ、その....なんといいますか、雰囲気ですかね。なんとなくそう思って、つい口に出てしまいました」

 

「なるほど、そうでしたか。まあ、リリアーナ王女殿下が勘違いする気持ちもわかりますよ、なんせ俺の方が強そうですし」

 

「あら、すごい自信ですね」

 

「自信ではなく事実ですから。まあもっとも、現状ステータスでは完全に劣ってますので、将来的にはって意味ですが」

 

「ふふっ、ではその日を楽しみにしていますね。いつかお父様に『私のお友達の付与魔術師は勇者様より強いんですよ!』って自慢させてください、近いうちに」

 

「できれば長い目で見守ってください」

 

 

 などと他愛ない話を続ける要とリリアーナ。要がこの世界のことや、リリアーナの日常での出来事を聞いたりすれば、今度はリリアーナが要から日本の話、要の元いた世界での日常などをお互いに聞かせ合う。

 

 リリアーナの表情は要が最初話しかけた時より何倍も豊かになっていた。要の話す出来事ひとつひとつに関心を持ち、時には笑ったり、時にはあわあわと驚いたり、時には優しく微笑んだりと楽しそうにしているリリアーナ。

 

 要自身、そんな彼女の姿につい元いた世界に残してきたチビ達の姿を重ねるが、別に辛くはならない。何故か?それは決まっている。帰ると決めているからだ。来ることができるなら、逆もまた然り。何年かかったとしてもやり遂げる、そしてチビ達にこの異世界での冒険話をいっぱいしてやるんだ、と要はリリアーナと話しながら改めて決意した。

 

 そんなこんなでいつのまにか昼の休憩時間はとっくに過ぎており、太陽もすっかり傾き、この箱庭に届いていた日の光も今は壁の影に包まれていた。

 

 

「ハッ!もうこんな時間なんですか!?」

 

「随分話し込んじゃいましたね、これじゃあ座学の時間はとっくに過ぎてますね、残念ながら」

 

「すいません要様、私のせいで座学の時間が過ぎてしまいました!」

 

「あ、全然気にしてませんから。元々そのつもりだったので」

 

「へっ?....要様〜!私をからかいましたね!」

 

「へへっ、まあまあ〜、そうプリプリしないでください。せっかくの綺麗なお顔に皺ができちゃいますよ?」

 

「誰のせいですか!誰の!」

 

「あっはははは!!てか、そろそろ敬称も丁寧な口調もいらなくないですか?これだけ楽しく話し合って様付けされるとちょっとむず痒いです」

 

「そ、そうですか?なら、なんとお呼びすれば?」

 

「下の名前でいいですよ、シンって呼んでくれれば」

 

「ではシンさんと。私のことは是非リリィとお呼びください。親しい間柄の方にはいつもそう呼んでもらっていますので」

 

「了解だリリィ。できれば気軽な口調で頼む。じゃあ改めて、これからもよろしくな」

 

「はい、シンさん。こちらこそ」

 

 

 二人は改めて握手を交わした。紛れもなく友人として。そしてお互いに自室に戻ろうとした時、要が振り返ってリリアーナを呼び止めた。

 

 

「そうだ、リリィ。ひとついいこと教えといてやる」

 

「いいこと?」

 

「ああ、俺の他にいる神の使徒メンバー、その中でリリィと気が合いそうな奴、“治癒師”の白崎香織と“剣士”の八重樫雫、あと“投術師”の園部優花、この三人がお前と気が合いそうだ。今度声をかけてみるといい、きっとリリィの気持ちを汲んでくれる」

 

「!...はい、わかりました」

 

「じゃあな」

 

 

 そう言って要は背中越しに手を振って自分の部屋へと歩き出した。

 

 そんな彼の背中を眺めるリリアーナは、彼の優しさを受け止めるように握りしめた手のひらをそっと抱き寄せた。

 

 

(本当によく見ていらっしゃる)

 

 

 リリアーナは要に謝り、許され、そして友達になった。

 

 だがそれは要のみの話で、他の勇者達“神の使徒”全員というわけではない。もしかしたら他の方達には責められるかもしれない、罵声を浴びせられるかもしれない。そこに生じるリリアーナの一抹の不安を要は感じ取っていたのだろう。だから最後のあの言葉『気持ちを汲んでくれる』と言ったのだ。

 

 

(きっと彼が勧めてくれた御三方も、彼と同じぐらい優しい方々なのでしょうね。どうやら私の目は節穴ではなかったみたいですよ、シンさん)

 

 

 リリアーナはそんな事を想い、彼女も自身の部屋へと歩み出した。

 

 後日、要が勧めた人物達とリリアーナは話をした。要の助言通り、気の合う方達ですぐに友達になれた。優しく、リリアーナの言葉を真摯に受け止めてくれた。

 

 だからこそ、リリアーナはちょっぴり複雑な気分でもあった。

 

 

「なんだか見透かされてるみたいで、少しばかり悔しいです」

 

「どうしたのリリィ?」

 

「いえ、なんでもありません雫。それより止めなくていいのですか?」

 

「あー、そうだよね」

 

「それでね、南雲くんがね!『白崎さん、ありがとう』って言ってくれたの!ふふ、それでそれで!」

 

「ちょっと香織、一人で盛り上がらないでよ!」

 

 

 一人呟いたリリアーナに対して八重樫が声をかける。その横では“今日の南雲くんエピソード”にトリップしている白崎と、それを止めようとする園部。

 

 リリアーナの不安なんて嘘のように吹き飛ぶ光景。

 

 それをプレゼントしてくれた彼は今頃王宮のどこかでふらふらしているのだろう、と異世界から来た最初の友達に想いを馳せた。

 

 



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勇気

 

 異世界に召喚され、かれこれ二週間があっという間に過ぎていた。

 

 戦闘訓練には最低限参加する要だったが、座学の時間はほとんどサボっていた。その不真面目な態度にイシュタルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ハジメやメルドが溜息を吐くほどだった。

 

 もちろんそんな要が許せない天之河は何度も要を注意した。しかし、その度に要は「忙しいから無理だ」「俺に構う時間があるなら自分の訓練に精を出せ」などと実に尊大な態度で返事をするばかり。だが天之河以外のクラスメイト達は表立って要を批判するものがいなかった。

 

 それは何故か。

 

 その答えは単純なもので、要のステータスが天之河に匹敵するほどまでに成長していたからだ。

 

 現在、天之河のステータスはレベル12でステータス値が平均250ほど。それに対して要のステータスは現在こうなっている。

 

 

======================================

 

(かなめ) (しん) 17歳 男 レベル15

天職:付与魔術師 職業:冒険者   ランク:紫

筋力:250

体力:250

耐性:200

敏捷:200

魔力:300

魔耐:300

技能:付与魔法[+身体強化付与][+攻撃力上昇][+防御力上昇][+自然治癒力上昇][+消費魔力減少][+魔力譲渡」[+魔法強化付与」・■■試練・特異点・言語理解

 

======================================

 

 

 ぶっちゃけて言えば要も大概チートだった。

 

 何せレベルは天之河より高いうえに、ステータス値も平均値は天之河と同等だが魔力や魔耐は天之河を大きく上回っていた。

 

 それを知ったリリアーナは『これで私の目は節穴ではなかったって事ですね、ふふ』と微笑んだ後、これからも頑張ってください♪などと存外にもっとやれ!と言っている様に見えたのは要の勘違いではないだろう。

 

 そんな事を思い出しながら要は自分の尻の下にいる友人に声をかけた。

 

 

「てなことがあったんだよ。あのお姫様、なかなか強かだと思うんだが、そこんとこどう思うよハジメ?」

 

「フンッ!ギッギギギィ〜イ....!!」

 

「ぎ?」

 

「ギブぅ〜〜」

 

「おいおい、まだ3セット目の25レップだぞ!あと25レップ足りないだろー」

 

「む、無茶言わないでよ...もう、支えるだけで、せいいっぱいなんだか、ら〜〜!てか、もう...無理」

 

 

 ハジメがそういうと地面にうつ伏せとなって倒れた。さっきまでしていたのは日課の腕立て伏せで、今日は要がハジメの背中の上に乗って重りとして負荷をかけていた。それもハジメの背中の上で胡座をかいて割とくつろぎながら。

 

 何故こんな事をしているのか?それは単純な話、ハジメを鍛えるためだ。最初ハジメのステータスはかなり伸び悩んでいた。ハジメ自身かなりの努力を積み重ねていたが、それでもなかなか実りがなく、見かねた要がハジメの鍛錬に協力しているのだ。

 

 だが、それはハジメにとって地獄の始まりだった。時には体力づくりのために限界まで走り込みをしたり、時には対人格闘戦をレクチャーすると見せてボッコボコにやられたり、時には今さっきの様に筋力アップのトレーニングをしたり、時にはハジメの錬成師としての戦い方模索のため実験をしたりと様々な事をやった。

 

 ある時、ハジメの回避能力向上と耐久性向上のために殴り合いをしたら、ハジメの顔面が思いの外ボッコボコに腫れ上がってしまい、血相を変えて飛び込んできた白崎がハジメを治療した後、鬼の様な形相で要は正座&お説教を受けたりもした。

 

 そんな今は遠き地獄の思い出を振り返るハジメ。

 

 全身のありとあらゆる筋肉がぶちぶちと悲鳴をあげ、その度に動けなくなったハジメを何故か嬉しそうな白崎が治療するという光景がハジメの脳裏で蘇る。最も未だに地獄の鍛錬は終わっていないが。まあ、そのおかげで以前より大分体が逞しくなったハジメは、戦士系天職のクラスメイトのステータスと比べたらまだまだだがレベル7でステータス値が平均60を超えていたりする。

 

 

「さて、ハジメも大分ステータス上がったし、そろそろ新しいステップに入ってもいいかもな」

 

 

 要は立ち上がり、今も地面にダウンしているハジメを見下ろしながら口を開いた。

 

 すると荒い息遣いながらもハジメは地面に座り直し要を見上げた。

 

 

「次のステップって?」

 

「つまるとこ、実戦だな」

 

「それってつまり.....」

 

「ああ、冒険者として魔物討伐の依頼をこなす」

 

「ですよね〜」

 

 

 ちなみに、ちゃっかり冒険者登録を済ませていた要は、すでに何度か魔物討伐の依頼をこなしており、ランクも紫まで上がっている。もちろんクラスメイトや愛子先生、他の王宮の人には内緒で。この事を知ってるのは、ハジメとメルド、あとリリアーナだけである。

 

 ハジメやリリアーナはともかくメルドにバレたのは偶然だった。てっきりかなり怒られると予想していた要だったが、メルドは予想外な態度をとった。

 

『おい、進!どこに行く気だ?』

『げっ!?メルド団長...』

『お前が常々座学をサボって王都でふらふらしている事は副団長のホセから聞いている。何をしているんだ?』

『..........魔物討伐に行ってました』

『なにっ』

『強くなるために実戦を一度経験しておこうかなぁ〜と思って冒険者ギルドで登録して依頼を受けてました』

『.....ランクは?』

『黄です』

『!....ちょっと待ってろ』

『え?』

 

 そう言ってメルドがどこかに行って少し時間が経った頃、ようやくメルドが要のところに戻ってきた。一振りの刀剣を持って。そしてメルドはそれを要に手渡してきた。

 

『これを持っていけ』

『これは?』

『俺がまだ騎士団見習いだった頃、父親から貰った業物だ。手入れはちゃんとしてある。普通の剣より刀身は短いが扱いやすく、折れにくく丈夫でしなやかな刀剣だ。お前の戦い方にもよく合うだろう』

『.....止めないんですか?』

『なんだ、止めてほしいのか?』

『いえ、ただメルド団長ならこういう勝手な行動には厳しいだろうなと思って』

『よくわかってるじゃないか。正直、お前の普段の勝手な振る舞いは団体行動を乱す行為で褒められたものじゃない』

『........』

『だが、俺はお前がいつも陰ながら誰よりも努力を積み重ね、時には情報を集め、友のために己を奮い立たせているのを知っている。だからこそ、これをお前にやる』

『メルド団長....』

『己を磨け、進。お前はお前のやりたい様に上を目指せ。そして俺がこれを渡したことが間違っていなかったと俺に示してくれ』

『はい!』

『ただし、無理はするなよ?あとわからないことがあればなんでもいいから聞きにこい。お前に何かあったら俺の首が飛ぶ』

『ははっ、くれぐれも気をつけます』

『ならばよし、頑張ってこい進!』

『はいッ!!」

 

 

 あの時の事を思い出し、要は腰に携えた刀剣をそっと撫でた。

 

 メルドから譲り受けたこの刀剣。メルドの言う通り要の手にとても良く馴染んだ。魔物討伐の際にはよく重宝しており、寝る前はいつも手入れを忘れないほど今では愛着のある要の武器の一つである。

 

 他にも付与魔術師として王国から支給された錫杖も要の装備品の一つだが、実は魔物討伐初日にポッキリ折れてしまい、リリアーナにこっそり修理を頼んでいたりする。

 

 と、まあ今では冒険者ランクは紫にまで昇格しており、冒険者ギルドでも破竹の勢いでランクアップする謎の冒険者がいると噂になっているほどだ。

 

 

「まあ、実際に戦ってみないとわからないこともあるもんね。うん、シンの言う通りにしてみるよ」

 

「よし!そうと決まれば早速冒険者登録して魔物討伐に行くぞ!!」

 

「ちょっ!?シン!声が大きいって!シンが冒険者登録してることバレたら大変なんだから!」

 

「おっと、そうだったな。わるいわるい」

 

 

 ここには他のクラスメイト達もちらほら訓練をしているので、今の話を聞かれるのは非常にまずい。主にメルドの首的な意味で。だが、耳聡い奴らはしっかりと聞いていたらしい。

 

 

「誰が冒険者になって魔物を討伐するって?」

 

「檜山くん....」

 

「南雲が魔物討伐?絶対無理だろ、すぐ死ぬじゃん」

 

「おいおい信治、そんなこと言ったら可哀想だろ。南雲なりに努力してんだからさ、まぁクソ雑魚に変わらないけど」

 

「つーか、要と南雲でパーティー組んでも前衛がいないで盛り上がってるの草生えるんだけど」

 

 

 やっぱりと言うべきか、檜山大介率いる子悪党四人衆がゲラゲラと笑い、暴言を吐きながらこちらに歩いてきた。

 

 

「何の用だ檜山、別にお前を呼んだ覚えはないぞ」

 

「ああ?付与魔術師のくせに調子乗ってんじゃねえぞ!ろくな魔法も使えないくせによ!好き勝手しやがって。どうせ、座学サボって王宮のメイドのストーカーでもしてんだろ!学校の時みたいにさ!」

 

「なっ!檜山くんッ!!」

 

「うるせぇよ!雑魚の南雲のくせに要とつるんで頭沸いたか?無能が俺に意見しようとしてんじゃねぇよ。せっかく俺達がお前達のために訓練に付き合ってやろうと思ったのによ」

 

「本当だぜ、人の親切はちゃんと受け取れっつーの」

 

「ていうか、こんな奴が天之河とためはれるステータスなわけないじゃん。サボり魔のくせに」

 

「あれだろ?あいつの変な技能でステータスにイカサマしてんだろ。そうじゃないとおかしいっての」

 

「ハハハッ!だな、おいインチキストーカー野郎。なんとか言ってみろよ」

 

 

 下衆な笑い声が訓練場内で響く。檜山達の言動はとても横暴なものだが、他のクラスメイト達は触らない神に祟り無し、といった感じで視線を逸らして騒ぎが収まるのを待っているばかり。ただ一人、鋭い目つきで檜山達を睨んでいる女子もいるが、周りの女子がそれを抑えていた。

 

 

「しょーもない。ハジメ、行くぞ」

 

「う、うん」

 

 

 檜山達に付き合いきれない要はハジメと一緒に訓練場を出て行こうとする。だが、それでもまだ食い下がってくる檜山。

 

 

「知ってるぜ要。お前、孤児院出身なんだってな。親がいねぇからそんなクソ野郎になったんだろ?同情するぜ、不味い飯食って育ったからストーカーなんてことできるんだよなぁ!きっと他の孤児院の奴らもお前みたいに将来犯罪者予備軍になるんだろうなー」

 

 

 その瞬間、ブチって要の中で何かが弾ける音が聞こえた様な気がした。

 

 自分のことはいい、だが自分をここまで育て、毎日美味しいご飯を作ってくれた施設のおばさん達やチビ共の事を悪く言われたら要も黙っているためには行かない。

 

 何故檜山はこんなに要や南雲に突っかかってくるのだろうか。

 

 南雲の場合は簡単だ、ようは檜山にとって南雲は恋敵なのだ。白崎に惚れている檜山は南雲を目の敵にしている。好きな女が惚れている男を貶して見せることで自分を優位に見せようとしているのだ。

 

 だが要に対しては違う。

 

 要と檜山の関係は高校一年の頃からだ。

 

 檜山は元々バスケ部だった。だが、特待生として入学してきた要を目の敵にし、何度も突っかかってくるがその度にバスケで返り討ちにしてきた。結果、檜山は新人戦の前にバスケ部を辞めていった。

 

 正直何が檜山にとって気に食わないのかわかりかねるが、ああいう手合いに理解など示す必要はない。

 

 今は内から湧いてくるこの怒りをあいつにぶつけたいという欲求が要の心を支配していた。

 

 

「覚悟できてんだろうなぁ、檜山」

 

 

 要は静かに怒りの炎を燃やし、腰の刀剣に手をかけた。

 

 だが、それは意外な形で踏みとどまることになる。

 

 ハジメが走り出し、思いっきり腰を捻って渾身の拳を檜山の顔面に叩き込んだのだ。

 

 助走と捻った腰からの反動、それに加えて今まで地道に鍛え抜いた体が生み出したハジメの拳は檜山の体を宙に浮かせるほど力がこもっていた。

 

 いきなりのことでハジメ以外の全員が驚いていた。もちろん要も。

 

 

「それ以上、僕の友達に暴言を吐いてみろ。今度は君が泣くまで殴るのを辞めないぞ!!」

 

 

 ハジメが見たことないほど怒っていた。

 

 いや、怒っているのは見ればわかる。わかるのだが、何故そこでジョナサンなのだ、友よ。

 

 どうやらハジメ自身不意に出てきた言葉らしく、言い終えてようやく自分がちょっと恥ずかしいことしたと自覚したらしい。だが、要はスカッとしていた。先程までの怒りが嘘の様に引いていく。そして同時にこうも思った。

 

 

(ハジメ、やっぱお前かっけぇよ....)

 

 

 要は()()()()()()()()()()()()の事を思い出した。そして要の方を向いてちょっと恥ずかしそうな顔をしているハジメを見て、要は苦笑した。

 

 

「なかなかいいパンチだったじゃん。腰の入った右ストレート、鍛錬の成果が出たな」

 

「ごめん、ついカッとなって....」

 

「なんでお前が謝ってんだよ。....俺の方こそ悪かった、カッコ悪いところ見せちまったな。けどさっきのセリフ良かったぜ、残念ながら相手は役不足だけど」

 

「蒸し返さないでよ!」

 

「だが、お前のおかげで冷静になれた。ありがとよ、ハジメ」

 

 

 そう、冷静になってようやく気づけた。自分が手をかけていた代物に。腰に携えた刀剣、それはメルドから貰った大事な剣で、こんなことの為にメルドから貰ったわけではないと要は改めて沸いていた自分の精神に渇を入れ直す。

 

 一方、檜山がぶっ飛ばされて近藤達は倒れた檜山に声をかけていた。檜山自身、何が起こったのかまだ理解しきれていないのだろう。だがらこそ、畳み掛ける。

 

 

「なあ、檜山。お前さっき俺達に訓練をつけてくれるって言ってたよなぁ.....いいぜ、相手になってやるよ。俺と、ハジメでな!」

 

「え.......えぇ〜〜〜〜ッ!!」

 

「俺達二人とお前ら四人で来いよ」

 

「しかも四対ニ!?流石にそれは無茶だよ」

 

「大丈夫だって、作戦があるから。案外簡単に終わっちまうかもよ」

 

「そ、そうかなぁ」

 

 

 いきなり決められた訓練相手のカード。もはやこれは対戦といっても過言ではないだろう。しかも、相手は前衛職の檜山と近藤。果たしてどうなってしまうのか。

 

 

「んで、どうなんだよ檜山?」

 

「.....ってやるよ」

 

「ん?なんだって?」

 

「やってやるつってんだろ!」

 

 

 要の口角がニヤリと上がる。

 

 

「そうこなくちゃな、早速やるぞ」

 

 

 そういって要はハジメに肩を組んでズンズンと訓練場の中心へと進んでいく。そして、檜山達に聞こえない大きさの声でハジメに耳打ちをし出す。それをハジメは真剣な顔つきで相槌を打っていた。

 

 そんな二人を追う様に四人も訓練場の中心まで進んでいく。そんな彼らをまじまじと見つめる他のクラスメイト達。

 

 そしてクラスメイトの一人がメルドを呼びに行ってたのだろう、駆けつけたメルドは訓練場の中心に立っている要や檜山達を見つけ怒鳴ろうとしたが、要とハジメの真剣な表情を見て、それを辞めた。

 

 メルドに続いて白崎、八重樫、天之河に、坂上も訓練場にやってくるが、彼らを見て真っ先に声をかけようとしたのは天之河だった。

 

 

「待て、光輝」

 

「な、なんでですかメルドさん!こんなの間違ってます!」

 

「いや、これも訓練の一環だ。互いの実力を確かめるいい機会だ」

 

「ですが!檜山達四人に対して要と南雲の二人ですよ、結果なんて見えてます!」

 

「いいから黙ってみていろ。香織、雫、龍太郎も同じだ、今はこの場を見届けろ」

 

(南雲くん.....)

 

 

 中央に立つ南雲を見て心配そうな表情を浮かべる白崎、だがそこに立っている南雲の表情を見て昔の事を思い出した。

 

 白崎香織が()()()()()()()()()()()()()()の事を。あの時と同じ決して揺るがない強さを秘めた彼のまっすぐな瞳、それを見ては白崎ももう言葉が出なかった。

 

 そんな南雲の決心を汲んだ親友の真剣な表情に、八重樫もまた静かにことの成り行きを見守る事を決めた。

 

 

 そして、そんな三者三様に思いを巡らせている中、メルド・ロギンスは密かに期待を寄せていた。

 

 

(南雲ハジメ。最初こそ才能のかけらもない坊主だったが、友の隣に立とうと必死で食らいつく強さを持っている。ーーーーそして、要 進。あいつは()()()()()()。光輝とは違う何かを持ち、まるで大きな渦の中心の様な奴だ。周りを巻き込み、より大きな渦へと変えていく。そんな気がしてならない男だ。あわよくば勇者を支える存在になってくれた思っていたが、そんな生ぬるいものではない。ーーーだからこそ、期待してしまう!ーーーさあ、俺に何を見せてくれるんだ、進!!)

 

 

 

 

 檜山達と対峙する要とハジメ。

 

 檜山達は自身の天職に合った武器装備を持ち、構える。

 

 ハジメは手に着用したグローブを深くはめ込み、要はメルドから貰った刀剣を抜き、不敵に笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「さあ、始めようぜ」

 

 

 




 補足
●要がメルドから貰った刀剣はアラビアン風な剣。名前合ってるかちょっとわからないですけど“シミターソード”っぽい奴です。刀身はそれほど長くなく、片刃で刀身の先に向かうほど太くなっている感じですね。装飾も少しだけ華美な感じです。鞘もなかなかの一級品です。


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別に、アンタなんか!

 

ーーside:クラスメイト(勝気な少女)ーー

 

 

 訓練場の中心で相対する要&ハジメペアと檜山大介率いる小悪党グループ。

 

 訓練場には他のクラスメイト達や騎士団の兵士達が彼らから離れたところで立っており、要やハジメ達に不安そうな視線を向けていた。その中の一人の少女も周りと同様に要を見ていた。

 

 

「さあ、始めようぜ」

 

 

 要はそう言うと腰の刀剣を抜いた。一週間ぐらい前から急に彼が持ち始めた武器。片刃のアラビアン風な剣、素人目でもかなり値を張りそうな代物を構えた。その姿は妙にさまになっていると思った。

 

 

「「「「........」」」」

 

「どうした、来ないのか?......なら、こっちから行くぞ!」

 

「ー錬成!ー」

 

 

 要は刀剣を構えたまま檜山達に向かって駆け出した。それと同時に南雲は訓練場の地面を隆起され壁を作る。檜山達から南雲の姿が見えない様に体を隠せるぐらいの大きな壁だ。

 

 向かってくる要に対して檜山が率先して攻撃を仕掛ける。

 

 

「ここに風撃を望むーー“風球”!!」

 

「ここに焼撃を望むーー“火球”!」

 

 

 檜山の風属性魔法と中野の火属性魔法が要に向かって飛んでいく。だが要はそれを難なく躱し、あっさり檜山に近づき剣の間合いに入った。

 

 

「こ、ここに....!!」

 

「遅い」

 

 

 咄嗟に魔法を繰り出そうと詠唱に入った檜山だったが、要の腹パンがメリメリと檜山の腹に突き刺さった。『グヘェッ!』と潰れたカエルの様な呻き声を上げると、腹を抑え数歩後退する檜山。

 

 

「くそがっ!こうなったら切り刻んでやる!!...あれ?」

 

 

 檜山は悪態をつきながら腰の剣に手をかけた。だが、自分の得物である剣がどこにもないことに気づいた檜山は視線を彷徨わせ、目の前の要の手を見てさらに悪態をついた。

 

 

「返しやがれ!俺の剣!!」

 

「素直に返すかよ、ほーれ」

 

 

 要は檜山から奪った剣を明後日の方向に投げ捨てた。それを見てさらに怒りのこもった目で要を睨んでいる。

 

 そんな檜山を見かねて近藤が自身の得手である槍を構え、要に向かって突撃してくる。すぐに槍の間合いに到達した近藤は大上段からの大振りで要を叩きのめそうとしたのが、それをいとも容易いと言った様子でギリギリ当たらない程度の半身で躱される。おまけに振り下ろした槍が地面に到達した瞬間を狙って、要は槍の穂先を足で踏みつけた。

 

 

「なっ!?」

 

「こんな簡単に武器を足蹴にされて、お前ら本当に前衛職かよ」

 

「ぐっ、ふざけんな!」

 

 

 おちょくられて怒った近藤が無理やり槍を要の足下から引き抜こうとする。しかしそれならちょうどいいと、要はにやりと口角を上げ、一歩踏み出した。だが、踏み出した先は地面ではなく槍の長い持ち手の部分。

 

 

「はぁッ!?ーーブフッッ!?」

 

 

 驚いた様な声を出した近藤だったが、すぐに蹴り飛ばされた。ここにいるみんなも近藤と同じ様に驚き、目の前で起きた一連の流れに衝撃を受けただろう。何せ、要がまるで軽業師の様に近藤が持っている槍に乗ったと思ったら、近藤の顔面に向けて空中で回し蹴りを繰り出したのだから。繰り出した本人も驚いて、なんか嬉しそうにしている。

 

 

「だ、大介に礼一も!何やってんだよ!」

 

「うるせぇ!!お前らこそさっさと魔法打ちまくれ!当たんなきゃ意味ねぇだろうが!」

 

「そっちこそ、さっきから全然勝負になってねぇじゃん!」

 

「はぁ〜、おいおい、ここに来て仲間割れかよ....(ま、時間稼ぎにはちょうどいいけど)」

 

 

 檜山達が言い争っていると、要が呆れた様に溜息を吐きつつそう言った。そして地面に転がっている近藤の槍を拾ってそれをあっさりと近藤に投げ返した。

 

 

「お前らさ、ハジメをフリーにしてていいの?」

 

「あ?あいつ壁の後ろから出てこないじゃん」

 

「あんな雑魚、無視しても余裕だっての」

 

「それよりまず、お前を潰す!南雲のクソはその後だ。そんで俺を殴った分の倍、あいつの顔をボコボコにしてやる!」

 

 

 檜山達がいかにもな態度で南雲をナメた言動をとっていた。特に檜山は殴られた事を気にしている。

 

 友人に対して危ない発言している檜山、それを黙って聞いている要。だが、そんな彼の口角がニヤリと静かに上がっているのを少女は見逃さなかった。

 

 

「へぇー、じゃあさっさとかかってこいよ。四対一で俺に手も足も出ないんじゃお前らハジメ以下だからな」

 

 

 明らかな挑発、だがそんな要の言葉は全て檜山達にとっては火に油を注ぐ様なもの。

 

 檜山と中野、斎藤が火魔法、風魔法と繰り出し、近藤も槍を拾って応戦する。だが、それら全てが要に全く当たらない。まるでひらひらと風に舞う葉っぱの様に簡単にあしらわれていた。

 

 

「...すごい」

 

 

 そんな彼の姿に少女はただ一言、率直な感想がポロリと溢れた。

 

 以前から要のステータスが天之河に匹敵することは知っていた。けど、彼は付与魔術師だ。前衛職の、それも勇者の天職を持つ天之河には絶対に敵わないと思っていた。けど、目の前の光景を目にすれば、そんな考えは吹き飛んでいく。

 

 前衛職四人を相手取り、魔法も使わず技術だけでここまで渡り合っている姿を見れば、天職がどうだとか、才能がどうだとか、そんな考えは意味がないとわからされる。

 

 そしてこの試合もとうとう終わりを告げようとしていた。

 

 

「シンっ!!」

 

「おう、いいタイミングだ!こっちはもう出来上がってるぜ!」

 

 

 今まで壁にずっと隠れていた南雲が顔を出し、要に向かって声をかけた。それを待ってました!とばかりに要が笑顔で応える。

 

 すでに檜山達は疲弊しており、魔力も尽き、息も荒げ、さっきから四人はただ殴りにかかっているばかりだった。

 

 

「仕上げだ。ーー猛き力をここに施せーー“剛力付与”」

 

 

 要がこの試合で初めて付与魔法を使った。付与の先は自分自身。筋力を強化する魔法の付与で、要は淡い光を纏い輝く。そして要はハジメがいる壁の方に駆け出した。

 

 

「逃げんな!要ぇ!!」

 

「お前はメインディッシュ、だ!」

 

 

 いの一番に要を追いかけてきた檜山を要は蹴り飛ばした。強化された要の肉体が繰り出す横蹴り、見事に不意をつき檜山の腹に突き刺さり吹き飛ばした。それも数回バウンドさせ、五メートルは飛んだ。試合開始すぐなら近藤、中野、斎藤は檜山を心配していただろうが、要にいい様にあしらわれ頭に血が昇っているため、転げ回る檜山を見向きもしないで要を追う。それを見て、要もまた駆け出す。

 

 そして壁の前に到着した要は振り返って、手に持つ刀剣を鞘に収めると、地面に思いっきり拳を叩き込んだ。

 

 強化された膂力で放つ鉄拳が地面に突き刺さる。

 

 すると突き刺さった拳の先から地面にヒビが入り、そのヒビは向かってくる近藤達の足元に到達すると、地面に大きな穴が生まれた。

 

 

「「「なっ!!??」」」

 

 

 三人は同じ様なリアクションで簡単に穴に落ちて行った。

 

 

「ーー錬成!!ーー」

 

 

 壁に隠れていた南雲がそう唱えると、壁にしていた土の塊が穴の方へと倒れていく。そう、まるで落ちた三人が出てこられないよう穴に蓋を被せるがごとく。

 

 ズドンッーーーー

 

 やけに訓練場内に壁が倒れた音が響いた。

 

 目の前の光景に、周りで見届けていたクラスメイトや兵士のみんなも驚いて声を出せないでいた。しかし、そんな中でも二人だけは笑顔で上手くいったとハイタッチをした。

 

 

「さすがハジメ、錬成師としていい仕事だったぜ。タイミングもバッチシ!」

 

「シンこそ、四人を相手によくもまあ凌いだものだよ。まあ、シンなら余裕だっただろうけど」

 

 

 要は笑いながら南雲を労い、南雲は全身土汚れが目立ち疲労している様に見えるが、それでも笑いながら要に応えていた。

 

 

「そういえばシン。なんで檜山君だけ残したの?確か作戦だと....」

 

「ああ、気が変わった。ちょっとあいつに()()()()()()()と思ってな」

 

「....え?」

 

 

 なんとも意味深な発言をした要。それを聞いた南雲が何やら顔を引き攣らせていた。

 

 そして要は檜山の方に歩み寄って行く。そんな要を見て尻餅をついている檜山は怯えた様な声を漏らし、顔を引き攣らせた。要はそんな檜山を見下ろしてながら口を開く。

 

 

「お前達の負けだ。どうだ?舐め腐ってた相手にいい様にされた気分は?」

 

「な、なんだよアレ...なんで南雲が...」

 

「お前達がハジメを舐めて放置してたから、あいつが自由に動いていただけだ」

 

「嘘だ!!無能の南雲があんな真似できるわけねぇ!お前がなんかやったんだろ!」

 

「つまりお前はあいつに負けだわけじゃないと?」

 

「あ、ああ!!」

 

「だったら証明してみろよ。今度こそ()()()()()()()()

 

「「え?」」

 

「てなわけだハジメ。ちょっと檜山ぼこってこい」

 

「え、ちょっ、えぇ〜〜〜!!??」

 

「お互い疲れてるんだし武器無し、魔法無しの素手で勝負をつけようじゃねぇか」

 

「何言っちゃってるのかなぁ〜、何言ってくれちゃってるのかなぁ〜〜!」

 

 

 急な展開に檜山は呆然と要を眺めていた。そして唐突にとんでもない企画を通してきた友人に南雲は普段しない言動で要に掴み掛かり、要の体をガックンガックン揺らしていた。それを無抵抗のまま、されるがまま「あっはは♪」と穏やかに笑っている。

 

 もちろん急な展開に檜山はもちろん、周りの人達も何が何だかと言った様子で訝しそうに二人を見ていた。ただ一人、笑顔でとんでもないオーラを放ち、静かな様相で要に怒りを募らせる治癒師がいたが、今は触れないでおこう。

 

 

「...上等だ!」

 

 

 先程まで要と南雲を呆然と眺めていた檜山が、キッと睨み、立ち上がって南雲に殴りかかろうとした。だがーー

 

 

「くたばれ南雲ぉッ!」

 

「え、あ、....ふんっ!」

 

「ぐぼぉっ!」

 

 

 咄嗟のことながら檜山の拳を躱し、カウンターの南雲の拳が見事に檜山の顔面にクリーンヒットし今度こそ完璧に檜山はダウンした。

 

 呆気なく決着がついてしまった。

 

 

「.....ユー、アー、チャンピオン!」

 

「シン〜〜〜〜〜!!!」

 

 

 なんとも締まらない空気の中、南雲の手を掴み掲げさせる要。それを振り払って南雲が怒った様子で要を追い回す。それを笑って謝りながら逃げる要。なんとも檜山が哀れでならない。

 

 

「そこまでだお前達!」

 

 

 するとこの戦いを見守っていたメルドが声を張り上げて訓練場の中心にやってきた。そして散り散りだったクラスメイト達、兵士たちに集まれ!と声をかけ、みんながメルドの元に駆け寄ってくる。檜山や近藤達は他の兵士達が介抱している。

 

 

「見事な勝負だった、シン、ハジメ。特にシン、あれほど卓越した戦闘技術を持っていたとは驚きだ、今後とも()()に励めよ」

 

「はい」

 

「それからハジメ、あの大穴はお前が作ったものだな?壁に隠れた後、密かに地面に潜り、壁の手前で穴を広げていた。そしてシンがおびき寄せた信治達を一網打尽にし、あらかじめ作っておいた壁で蓋をした。そうだな?」

 

「はい、それにもし誰かが僕を追ってきていたら作っていた穴から脱出して穴を崩落させる。そういう段取りでした」

 

「やはりな。それに最後の腰の入った拳もなかなかの物だ。ちゃんと鍛錬の成果が出ているみたいだな」

 

「あっはは.....まぁ、檜山君が残っていたのは予想外だったんですけど」

 

 

 渇いた苦笑をこぼす南雲がジト目で要を見るも、ツゥーっと要は視線を逸らした。そんな様子を見て少女は「あ、南雲知らなかったんだ」と思った。

 

 

「うむ、二人は今後とも精進する様に」

 

「「はい!」」

 

 

 要と南雲はメルドの言葉に力強く返事をし、今度は全員に向かってメルドが口を開いた。

 

 

「お前達も見ていた通り、例え数で不利になろうと、力で劣っていようとやり方次第でいくらでも逆転できる!それを成しえるためには努力を(おこた)ってはならない。自分を守るためにも、誰かを守るためにも、成し遂げたい目標のためにも、自分がやれることを精一杯やれ!いいな!」

 

「「「「「「「「「「はい!!!!!」」」」」」」」」

 

「よし、では今後の予定を伝える。明日、早朝より王宮を出立し、オルクス大迷宮のあるホルアドへと向かう。そこで実戦訓練を行い、魔物討伐を実際に体験してもらう。そのためにも今日は明日に備え、早めに休むように!では解散」

 

 

 そう言ってメルドは訓練場を後にした。

 

 他のクラスメイト達もそれぞれ散り散りになり、明日のことについて話し合ったら、さっさと部屋に帰って行ったらしていた。

 

 初めての本物の戦闘。そう思うと無意識に手が震えて、それを感じ取った少女の友人が声をかけてきた。

 

 

「優花っち大丈夫?」

 

「あ、うん。平気だよ」

 

「とうとう来たって感じだね、魔物討伐。大丈夫だよね?」

 

「大丈夫だって。天之河君達もいるし、メルド団長もいるんだから」

 

「それにほら、優花っち愛しの王子様もいるわけだしね〜」

 

「は、はあ!?何言ってんのよ!」

 

「あぁ、愛しの要様、どうか私をお守りください!」

 

「安心するといい優花、いや姫!俺が貴方を必ずお守りします!そして貴方を守り抜いた暁にはその唇を貰い受けます」

 

「ちょっ、二人とも何言ってーー」

 

「まあ、そんな!守り抜いた暁にとは言わず、今でも構いません!」

 

「姫!」

 

「要様!」

 

「「キャーーーーッ!!」」

 

「変な妄想するな!別に要のことなんて好きじゃないし!てか声大きいのよ!!」

 

 

 園部優花、菅原妙子、宮崎奈々がなんとも女子らしい会話で盛り上がっていた。妙子と奈々の即興寸劇に慌てて声を被せる優花、そんな三人に視線を向けている人物がいた。

 

 

「ちょ、要が見てるじゃん!!」

 

「もぉ〜なんで隠れるのよ優花っち」

 

「べ、別に隠れてるわけじゃないし!ちょっと日差しが暑いからお妙の影に入ってるだけだし!」

 

「いや優花〜、その言い訳は苦しいって」

 

「ほんっと優花っちはツンデレのツンが激しいなぁ〜」

 

 

 妙子の後ろに隠れる優花、その時点で要を意識していることの証明なのだが本人は全く気づいていない。そして妙子の後ろからそっと顔を覗かせ、要がいなくなったのを確認してホッと胸を撫で下ろした。

 

 

「もう二人ともバカ言ってないでさっさとお昼食べに行くよ!」

 

「もう待ってよ優花っち」

 

「待ってよ〜」

 

 

 優花がさっさと訓練場を出ていくので、それを追って妙子と奈々も訓練場を出て食堂へと向かう。

 

 

(また要に聞きそびれちゃった。ほんと私、何やってんだろ........)

 

 

 なんてことを思い、自分のこの勝気な性格にちょっぴり嫌気がさしながら、優花は食堂までの歩みを緩めることなく進んだ。

 

 ちなみに何故要がいなくなったのかは、香織に聞けばきっと笑顔で答えてくれるだろう。鬼のオーラを纏って。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 白崎(鬼)の説教からようやく解放された要は昼食後、一人で王都の街にやってきていた。

 

 というのも以前からリリアーナに聞いていた魔道具市場が今日開かれるらしく、冒険者稼業で稼いだお金もたんまりあるし、暇つぶし程度で使えそうな道具を探しに来ていたのだ。

 

 ハジメにも声をかけ、ついでに冒険者登録を済ませようと誘ったのだが流石に今日は疲れたらしく、冒険者登録の件はオルクス大迷宮から帰ってからということになった。

 

 市場の規模はそれほど大きくないのだが、かなりの冒険者でごった返していた。こう言う時、大抵漫画やアニメだと常識知らずが無警戒に歩いて財布をスられるというのがお決まりだが、そんな間抜けなことにはならない。今の格好はいつも王宮でいるような格好ではなく、冒険者として働く時の装いで、財布も完全ガードしている。抜かりはないのだよ。

 

 と内心で某悪魔な閣下みたいな声で大笑いをしていた。そう、要は割とテンションが高かった。

 

 すると少し先の小物店が何やら客と揉めていた。

 

 こういうことはよくあることだろうと、スルーもできるのだが客の声に聞き覚えがあり近寄っていく見ると案の定知り合いだった。というかクラスメイトだった。

 

 

「こんなところで何やってんだ、園部?」

 

「え、要!?なんでここに!?」

 

「いや、それはこっちのセリフなんだが。それより何かあったのか?」

 

「聞いてよ要!このおっさんが私に難癖つけてくるのよ!」

 

「おや、兄ちゃんこの子の知り合いかい?困るよぉ〜、うちの商品に傷をつけられてねぇ〜。こっちはお金を払ってくれれば大丈夫だって言ってるのに払わないの一点張りなんだし、代わりに兄ちゃんが払ってくれるのかい?」

 

「なっ!?要は関係ないでしょ!それに私は傷なんてつけてないっての!」

 

 

 ふむ、どうやらお約束展開に園部が捕まってしまったらしい。

 

 

「それで?その傷の入った商品ってのは?」

 

 

 店主がその商品、花型の細工が施された髪飾りを手渡してきた。それを受け取り、見ると確かに花細工の部分にくっきりと傷が入っていた。

 

 

「いくらだ?」

 

「一万ルタだよ」

 

 

 はい、ぼったくり確定。お世辞にもこの程度の細工なら高く見積もっても五百ルタってところだろうに、その二十倍と来た。

 

 

「随分ふっかけるな」

 

「あぁん?あんたも俺の店に難癖つける気かい?そこのお嬢ちゃんと一緒に警邏に突き出してもいいんだよ?」

 

「な!このおっさん!!」

 

「まあ待て園部。なあ店主、この傷どうやって着いたんだ?」

 

「そんなの決まってるだろ、何か鋭利なもので擦ったから傷がついたんだ」

 

「へぇ〜、じゃあ試してみるか。園部、爪でもナイフでもいいからそれを擦ってみろ」

 

「え!?で、でも.....」

 

「いいから」

 

「....うん」

 

 

 園部は渋々要に言われた通りに爪でその傷が入った髪飾りを引っ掻いてみた。だがいくら引っ掻こうと先程の傷のようなものは一歳つかない。

 

 

「ナイフは?」

 

「え.....持ってないけど?」

 

「はぁ〜.....園部、お前不用心すぎるぞ?」

 

「え!ご、ごめん.....」

 

「だが今回はナイスだ」

 

 

 要の言葉に不思議そうに首を傾げる園部。

 

 

「というわけだ店主、こいつの爪でいくら強く引っ掻こうがこんな傷元々つきようがないんだ。それにナイフのような鋭利なものもない。まぁ、もっとも.....」

 

 

 そう言うと、要は店主の襟首を強引に引き寄せ、懐を漁る。すると案の定だった。店主の懐の中に、傷のついた髪飾りと同じ色、形状の花細工の髪飾りがあった。それを見た園部の驚くと同時に店主を静かに睨んだ。店主はバツが悪そうに視線を逸らした。

 

 

「てなわけでだ。俺もこいつももう行っていいよな?それとも警邏に突き出されたいか?」

 

「ちっ、わかったよ。まったく運が悪いぜ、ほら!さっさとどっか行け!」

 

「な!人を騙しておいて謝罪もないの、このおっさん!」

 

「まあまあ、いいから。ほら行くぞぉ〜」

 

「ちょっと要!」

 

 

 悪態をつく店主にまだまだ文句を言い足りない!と噛みつこうとする園部の背中を押して、要達はさっさとその場を離れていった。

 

 後日、その店の悪徳店主はタチの悪い冒険者にぼったくろうとして逆に高い金をふっかけられたらしい。

 

 悪徳店主の店から離れた二人は並んで歩いていた。すると、園部が口を開いた。

 

 

「その....さっきはありがとう、助かった」

 

「いいってことよ。しっかし、園部がこんなところにいるなんてな。なんか目当ての物でもあったのか?」

 

「別にそういうわけじゃないけど...アンタこそどうなのよ?」

 

「まあ俺も園部と同じ感じかなぁ。冒険者ギルドに顔を出すついでに何か掘り出し物があればなと思って」

 

「冒険者ギルド?」

 

「あ、やっべ....」

 

「アンタ、まさか冒険者やってるの?」

 

「内緒にしてくれよ?」

 

「さあ、どうしたものかなぁ〜」

 

「なんか奢ってやるから、頼む!メルド団長の首もかかってるんだ!」

 

「なんでそこでメルド団長が出てくるのよ?あ、もしかしてメルド団長、黙認してるの!?」

 

「ぐぅ....」

 

 

 さらに墓穴を掘る要。これ以上の情報はやらん!

 

 

「南雲は要と仲いいから当然知ってそうだし、他にいるとしたら〜....まさかとは思うけど、リリィも知ってたりする?」

 

 

 なんでわかるんだ!?これが女の勘ってやつなのか?それとも探偵か?探偵なのか!?探偵なんだな、園部は!!と、秘密を知ってる面子を全て言い当てられて、若干思考が残念な方向に向かっている要。

 

 

「顔に出てるわよ、要」

 

「......................それマ?」

 

「もしかして、アンタって意外と馬鹿なの?」

 

 

 色々残念な方向に振り切り始める要、そんな要を見てくすくすと楽しそうに笑う園部。気づけば二人は魔道具市場の露天には目もくれず、ずっと話しながら歩いていた。

 

 そんな二人を陰ながら見守る二人の少女がいた。もちろん菅原妙子と宮崎奈々だ。二人はニマニマと表情を緩ませながら要と園部、二人の尾行を続けていた。

 

 そもそも何故、園部がこんな市場にやってきたのかと言うと、原因は二人にあった。

 

 実はたまたま要と南雲が話しているところに遭遇した菅原と宮崎。その話によると王都で開かれている市場に要が一人で行くと言うではないか。ならば!と二人は園部に一緒に市場に行こうと誘い、だがしかし用事ができたので先に市場に行っててと促したわけだ。園部の性格上、真面目に二人が戻ってくるのを待っていから市場に行ったかもしれなかったのだが、園部の脳裏で「もしかしたら要に会えるかも?」という疑念が浮かび、結果園部はついつい二人の話に乗せられたのだ。

 

 先程の悪徳店主の時も二人は陰で見守っていたのだが、もし要がやってくるタイミングがもう少し遅ければ二人は飛び出していただろう。だが、ナイスタイミングで要が現れたことで二人の乙女ボルテージは最高潮!その上、楽しそうに要と喋っている友達を見て、二人はすっかり出来上がっていた。

 

 というわけで任務(尾行)続行である、と二人は友達とその想い人を追うのだった。

 

 そんな二人が尾行しているともつゆ知らず、要と園部は冒険者ギルドにやってきた。まるで場末の酒場のような趣きある雰囲気で、昼間からのんだくれる冒険者達がちらほらいる。

 

 ギルドに入ってきた要と園部を見る冒険者達。

 

 流石に園部もこの雰囲気に萎縮し、自然と要の服の袖を掴んでいた。

 

 そして厳つい顔をしたガタイのいい冒険者の一人が要達に近寄ってくる。それを見てますます怯える園部は要の影に隠れるがーーー

 

 

「よお、シン!なんだよ女連れか?いい御身分じゃねえか」

 

「うるさいぞイワン。それより、また昼間から飲んで、嫁さんに尻叩かれても知らないぞ?」

 

「うっ、やめてくれぇ〜、今は考えないようにしてんだ」

 

「へ?」

 

 

 思っていた展開と違うらしく、厳つい顔の冒険者と要が親しく話していた。要の背中に隠れていた園部がちょっこり顔を出す。そんな園部を見て要が苦笑すると、それを見た園部は気恥ずかしくなり、要の背中から離れた。しかし、袖を掴んだ手はまだ離れていない。

 

 

「おい、イワンの旦那!シンの彼女が怯えてっぞ?そんな厳つい顔で近寄られちゃ俺だって隠れたくなるぜ」

 

「うるせぇ!気にしてることいちいち言ってんじゃねぇ!」

 

「おーい、シン!悪いけどまた依頼手伝ってくれねぇか?お前の腕が必要なんだよ」

 

「悪いがまた今度だ。今日は依頼を受けにきたわけじゃないんでな」

 

「まじかよぉ〜〜!ぬわぁ〜〜、これで今日断られたの3回目だ、くそ!もういいや!今日はヤケ酒だ!明日のことは明日の俺に任せる!」

 

「荒れてるなぁ〜バッカスの奴」

 

「要 進、待っていたぞ。さあ悠久の時より続く我々の因縁を今日こそ決着させようではないか!」

 

「あ、悪い。また今度だ」

 

「ぬおぉ〜〜〜〜〜〜んん!!」

 

「まーたやってるよ、レクタ」

 

「構うな、病気がうつる」

 

 

 なんとも騒がしい様相のギルド内。その中心にいるのが要らしく、先ほどから強面の男達から声をかけられては随分と親しく話している。それはまさに、要に対しての親愛と信頼を表しているようで、そんか要を園部は素直にすごいと思った。

 

 

「悪いな、騒がしい奴らで」

 

「それは全然気にしてないけど、要ってこの人達に信頼されてるんだ」

 

「一緒に仕事したり、アドバイスしたり、愚痴を聞いたりしてるだけさ」

 

「ふーん」

 

 

 そんなやりとりをして要は依頼受付のカウンターに向かった。それについていく園部。受付のカウンターには要や園部より五歳は歳上っぽい綺麗な赤縁眼鏡のお姉さんが立っていた。

 

 

「いらっしゃい、シン。今も依頼を受けにきたの?」

 

「いや、今日はちょっと挨拶をしておこうと思ってな。明日()()()でオルクス大迷宮に行くから、少しばかり留守にするって話だよ」

 

「!....なるほど、わかったわ。ギルドマスターには私から伝えておくわ。それよりシン、そっちの可愛らしい女の子は?」

 

「ああ、俺の()()の仲間だよ」

 

「なるほどね、てっきりシンの恋人かと思っちゃった」

 

「こいッ!?」

 

「揶揄わないでくれ」

 

「ふふっ、ごめんなさい、つい」

 

 

 恋人と勘違いされたと思って顔を真っ赤にする園部。だが、それは受付さんの冗談だと知り、なんとか平静を保つ。

 

 だが、この受付と要が妙に親しげなのが園部は面白くないらしく、段々目に力が入る。それを見ていた受付は微笑ましそうに園部を見て、ある提案をしてきた。

 

 

「そういえばシン、以前から魔道具探してたわよね?」

 

「うん?まあ確かに」

 

「実は今朝入ってきたばかりの魔道具が数点あるんだけど、よかったら見てかない?どうせ魔道具市でろくなもの見つけられなかったんでしょ?」

 

「確かにそうだが。う〜ん、まあ、そういうことなら。少し時間もらうけどいいか、園部?」

 

「ええ!私?う、うん、別に構わないけど」

 

 

 そういうことでギルドが所有している魔道具を見せてもらうことになった。そうして受付の綺麗なお姉さんこと“スーシー”がいくつか魔道具を持ってきた。

 

 首飾りや指輪、腕輪に小手などと大小様々なものがある。その中でも特に気になるのは首飾りと指輪だろう。首飾りは一度だけ着用者を即死級のダメージから守ってくれるもので、指輪は火魔法の付与が込められていた。

 

 ぶっちゃけ首飾りと指輪、両方欲しい要は、スーシーに頼んでその二つを売ってもらうことにした。

 

 

「園部は買わないのか?」

 

「私はいいわよ、今の手持ちじゃ買えないもん。それよりアンタ、結構高い買い物だけど平気なの?」

 

「ああ、伊達に冒険者稼業で稼いでないし、稼いだ分も結構貯まってるからな。せっかくのお金なんだから貯めるより、使って経済を回した方がいいだろ?」

 

「なんか理屈っぽいけど、ようするに要がお金使いたいだけでしょ?」

 

「そうとも言える」

 

 

 そしてスーシーが小包を二つに分けて入れ、魔道具を渡してきた。一つは普通の包装、もう一つは妙に小綺麗な感じで、スーシーが要にウィンクして合図を送ってくる。

 

 それを見て要は何かを察し、少し考えた後、小綺麗な包装に包まれた指輪の魔道具を園部に渡した。

 

 

「園部、ほれ。これやるよ」

 

「え、私に!?私、欲しいなんて言ってないけど」

 

「お前、投術師だろ?ナイフとかに魔法を付与する方が威力も上げられるし、便利だと思うぞ?それに指輪だからあんまり嵩張らないし、お手軽に強化ができる」

 

「いや、そういうことじゃなくて!」

 

「今日半日、俺に付き合ってくれた礼だ。あとあの時の()()()()()()()()お返し」

 

「!!.....覚えてたんだ」

 

「当たり前だろ?とっても美味かったぜ、園部」

 

 

 その言葉は園部が要からずっと聴きたかった言葉だった。唐突なことだが、それを聞けて本当に嬉しいらしく、園部は自分の髪をくるくると弄りながら、少し照れつつ礼を述べた。

 

 

「えっと、その.......ありがとう、要」

 

「ああ、どういたしまして」

 

 

 ニマニマと笑顔を浮かべるスーシー。それを見て要が「言っておくが、こいつはダメだからな?」と言うのだが、園部にはそれがどういう意味かわからずにいた。後で聞いてみようと思った園部、そしてスーシーが男も女も両方イケる口だと知り、今日一番のびっくり顔を見せたのだった。

 

 そんなこんなで用事を済ませ、王宮に帰ってきた二人。

 

 何故かニヤニヤ顔の菅原と宮崎が園部の部屋の前で待っていた。園部が何かを察したらしく、二人を部屋の中に連れ込み「じゃあね、要」と言って早々に解散となった。

 

 

「さてと、暇だしリリィのところにでも行って今日のこと話しやるか〜」

 

 

 なんて言いながら要はふらふらと歩いていった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

ーーside:クラスメイト(勝気な少女)ーー

 

 

 自分の部屋に戻った優花は、要にもらった火魔法の付与が込められた指輪を指につけたり外したりを繰り返し、指輪をつけて手を俯瞰して眺めてみたりしていた。

 

 先程まで妙子と奈々に今日のことを根掘り葉掘りと聞かれ、うんざりしつつも適当に答えていた。だが、なんでそれを知ってる?という二人が知り得ないはずの話も出てきて、実は二人が自分と要のことを尾行していたと知り、顔を真っ赤にしてワーキャーワーキャーと騒いでいたりしていた。

 

 だが、そんな喧騒も今は静かで、外行きの装いから寝巻きに着替え、今はリラックスした状態でベッドに寝転がっていた。

 

 

「明日は大迷宮.....」

 

 

 その言葉を呟き、僅かながらに不安を覚える。そして指に嵌めている指輪をもう片方の手で握りしめ、それを胸に優しく抱く。

 

 すると少しだけ不安が晴れるようで、心が落ち着く気がした。

 

 

「うん、大丈夫だよね。みんながいるし、それに.....アンタもいるんだから」

 

 

 指輪を眺めながら優花はそう呟く。

 

 そして部屋の明かりを消し、いつもよりずっと安心して眠りについた。

 





割と長くなりました。

オリキャラ登場、名前のあったキャラはここに詳細書いときます。

イワン
・酒好きの厳つい顔をしたガタイのいい男。医者にお酒の飲み過ぎは控えるように言われているのに、稼ぎがいいとつい飲みすぎてしまう。そしてその度に恰幅の良い嫁さんに尻を叩かれる。尻が腫れて痛い日は酒を飲む気分になれなくなり、その反動で飲み過ぎてしまうという悪循環に陥っている。
要とは何度かパーティーを組み、その実力を認めている。

バッカス
・行き当たりばったりな猿顔の男。シンと同じ固定のパーティーを持たないなんでも屋の冒険者。見た目が弱そうなせいでパーティーに入れてくれないことを悩んでいる。

レクタ
・ただの厨二病患者。ランクは要と同じ。双剣士の天職持ち。要と出会った当初、要に絡んでおり、その際要にボコボコに殴られてから何故か要のことを気に入っており、よく話しかけてくる。

スーシー
・王都冒険者ギルドの受付嬢。少し癖のある明るい色の長い茶髪、赤縁眼鏡をかけ、綺麗でスタイルも良く、艶めかし女性。自称恋愛アドバイザー(性的な意味も込めて)。男も女も食えるタイプ。特に園部のような恋する女の子を食うのが好みらしいが、それと同時に恋する乙女を応援する事にも精を出している。要の顔は好みらしいが、絶対に手を出さないと決めている。スーシー曰く、「シンは怖い男よ。ついのめり込んでしまいそうになるから。だから手を出さないの、私は色んな恋や出会いを楽しみたいもの!」らしい。



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チェスト!!

 

 翌日、要達クラスメイトはオルクス大迷宮がある宿場町ホルアドにやってきていた。

 

 そして訓練の間は、王国の兵士達が訓練のためよく使う宿屋に要やハジメ、他クラスメイトが寝泊まりすることになっている。今日はここで一泊し、明日早朝からオルクス大迷宮へと潜ることになっている。

 

 要の同室はやっぱりハジメだった。まあ要自身、ハジメ以外と同室になるのは気が休まらないので辞退したい、と思っていたがメルドの計らいで同室にしてくれた。

 

 

「まさかオルクス大迷宮でハジメの実戦デビューになるとはな〜。できればその前に実戦を積ませたかったんだけど」

 

「今回は二十階層までしか降りないから心配ないし、これもいい経験になるよ」

 

「.....ま、そうだな。師匠として、弟子の成長がどんなものか楽しみだ」

 

「誰が弟子だよ、まあ鍛錬に付き合ってくれたのはありがたいけど。変にプレッシャーかけるのはやめてよね?」

 

「わかってるって。お互い明日は頑張ろうぜ、相棒」

 

「うん、頼りにしてるよ、相棒」

 

 

 そう言って二人は拳を合わせた。なんだかんだ言ってこれが二人の挨拶みたいになっている。最初こそ恥ずかしそうにしていた要だったが、今では自然とそれが二人の挨拶だという風にカッコつけている。

 

 すると誰かが訪ねてきたのか、部屋の扉をノックする音が室内に響いた。二人は顔を見合わせ、「今開ける」と言っても要が扉を開けると、そこには白崎が立っていた。純白のネグリジュにカーディガンを羽織った姿をしていた。

 

 

wow(ワーオ)

 

「なんでやねん....」

 

「え?」

 

 

 二人はそれぞれ違うリアクションをとる。要は白崎のなんとも無防備な姿に、ハジメはそんな姿で何故ここに?という気持ちで漏れた発言だった。そんな二人のリアクションにキョトンとする白崎。だが、そこで気を取り直してハジメが白崎に尋ねた。

 

 

「えっと、白崎さん。こんな時間にどうしたの?」

 

「.....その、ちょっと、南雲くんと話がしたくて」

 

「OK、了解だ。俺は席を外す、あとは若い者達でご自由に」

 

「ちょ、シン!?」

 

「俺は一時間、いや二時間ぐらい席を外すからその間にちゃんと済ませとけよ。あと換気もしといてくれよぉ?」

 

「おいシン!?笑いながら何言っちゃってくれてるの!?」

 

「じゃ、ごゆっくり〜ぐふふ...」

 

「おい待て!」

 

 

 わざとらしく気を利かせた要がそんな事を言いながら白崎に部屋に迎え入れ、自分はそそくさと部屋を出ていった。まあ要の意味深な発言の意図に気付いたのはハジメだけで、白崎はずっと頭に疑問符を浮かべていたので、要が思うようなことにはならないだろうと考えていた。

 

 そして、部屋の扉を閉め、要は暇つぶしにちょっと鍛錬でもしようと宿屋の屋外広間に向かって歩いて行った。

 

 屋外広間に到着するとすでに先客がいた。

 

 その人物はこの世界に来てずっと使っている愛用の剣を振り続け、長い黒髪を揺らし、一心不乱に剣を振り続けていた。

 

 

「よお、八重樫」

 

「ん?要、くん.....」

 

「自主練か?」

 

「ええ、同室の子がこんな夜更けに男の子のところに行っちゃったもんで手持ち無沙汰なの」

 

「奇遇だな、俺も同室の男子が女子を連れ込んだから気まずくて逃げてきた」

 

「「ふふっ、あはは」」

 

 

 そんな冗談を言い、二人は笑い合った。

 

 

「なんだか久しぶりね、こういうの。一年生の頃以来かしら?」

 

「そうだな。二年になってからは、まあ色々あったから、なかなか話す機会がなかった」

 

「......ねぇ、要、くん」

 

「みずくせぇよ八重樫、昔みたいに要でいい」

 

「じゃあ要、今までごめんなさい」

 

「何がだ?」

 

()()()貴方を疑ってしまった事、その後もずっと貴方に返事を返さなくてごめんなさい、今まで貴方に辛い思いをさせて本当にごめんなさい」

 

 

 頭を深々と下げる八重樫の言葉は震えていた。まるで償えきれない罪を断罪してほしいように、八重樫を言葉を振り絞っていた。

 

 

「八重樫、頭を上げてくれ。あれは全部俺が蒔いた種が原因だ、それは前にも言っただろ?だからお前が謝る必要はない」

 

「でも!!」

 

「なら聞かせてくれ、()()()俺が聞けなかった返事を。お前に告白して聞けず終いだった、お前からの返事を。それでこの話は終いだ」

 

「.............」

 

 

 それを聞いた八重樫は数秒を沈黙した後、頭を上げた。そして意を決したように、また頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい、貴方とは付き合えないわ」

 

「理由を聞いても?」

 

「今は、誰とも付き合う気にはなれないの。貴方の気持ちはすごく嬉しいけど、私にとって貴方は、友達だから」

 

「........................そうか」

 

 

 八重樫の言葉を受け止め、要は大きく深呼吸した。そして気持ちを切り替え、豪快に笑って見せた。

 

 

「ならしょうがない、ようやくスッキリしたぜ!ちゃんと返事を返してくれてありがとな、八重樫」

 

「ううん、私こそ今まで放置してて本当にごめんなさい」

 

「気にすんな、俺が避けてたってのもあるから、悪いのは俺の方だ。それよりフったからって友達やめてくれるなよ?流石にそれは寂しいからよ」

 

「もちろん、友達やめないわよ。むしろ貴方が私を避けないか、そっちが不安だわ」

 

 

 なんて軽口を言い合い、二人はまた笑って見せた。

 

 

「それじゃあ私はもう戻るは、多分香織も戻ってきてるだろうし」

 

「ああ、俺はここで鍛錬して戻るからお先にどうぞ」

 

 

 そう言って八重樫は親友のところへ駆けて行った。それを見届けた要は、壁に背を預けながら、ずるずると座り込んだ。

 

 

「はぁ〜、これで俺の初恋は終わったな。まったく、片想いの時間が長いとその分心にダメージがくるなぁ〜」

 

 

 誰もいない中、消え入りそうな声でそんな事を独り言ちる。すると頬が何かに濡れたのを感じそれを拭ってみると、視界がぼやけ始めていた。

 

 

「まったく、かっこつかねぇなぁ〜俺ぇ.......さてと!さっさと鍛錬済ませて、風呂に入ったら、寝ちまわねぇとな!明日はオルクス大迷宮なんだ、切り替えねぇと」

 

 

 要は目元を雑に擦り、頬を叩き、立ち上がる。

 

 そして筋力トレーニングを一心不乱に行い、精神を整えた。

 

 そんな要の様子を見ていた者がいた。

 

 壁の影に隠れ、結局声をかけるタイミングが掴めず、ずっとそこで要と八重樫のやりとりを聞いていた園部。

 

 園部は一心不乱に鍛錬に精を出す要を見て、そして先程までの二人のやりとりを思い出し、何かを決意したような顔でその場を後にした。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 

 場所は変わってオルクス大迷宮十九階層。

 

 メルドの声が洞窟内で響き渡れば、今度は剣撃の音、硬い何かに金属を打ち付けるような音、または小さな爆発音といったものが忙しなく聞こえてくる。

 

 現在、要達“勇者一行”は騎士団の兵士達、そしてメルド団長と共に迷宮内を進んでいた。

 

 そして迷宮に入って何度も繰り広げられる魔物との本物の実戦に、クラスメイト達はそれほど苦戦もせず楽々ここ十九階層までやってきていたのだ。

 

 異世界人のほとんどがチート持ちの集団なうえ、勇者といった格別チート能力の天之河に彼を中心として坂上、八重樫、中村、谷口、そして白崎のパーティーは見事な連携プレイであっという間に魔物を討伐してしまう。

 

 そんな優秀な生徒達に苦笑するメルド。だが、驚くという意味でメルドがさらに苦笑いしてしまうパーティーが他にもいた。それはーーー

 

 

「いくぞ、ハジメ、遠藤!ーー“剛力付与”!」

 

「ーー錬成!ーー」

 

「お、おう!」

 

 

 要 進率いる南雲ハジメ、遠藤浩介、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々の六人だ。

 

 まず要が自身と遠藤に身体強化を施す。そしてハジメが遠距離から錬成で洞窟内の岩の形状を操作し、敵を分断する。分断した魔物達を要と遠藤、園部が各個撃破していく。そのサポートを操鞭師の菅原が魔物の足止めや中距離から攻撃をし、氷術師の宮崎が遠距離で魔法を放つ。

 

 即席パーティーでありながらかなりの連携を見せている。

 

 その要因となるのが、やはり要とハジメだろう。全体的にパーティーに指示を飛ばすのは要だが、要は前線で魔物を屠っている。なので副官として臨機応変に一人一人に指示を出し動かしているのはハジメだった。さらに戦いでの反省点や考慮すべき点などを逐一話し合い情報交換を念蜜に行っていた。それももちろん要とハジメが中心となって。

 

 

(まったく、この二人。俺の出る幕がないじゃねぇか)

 

 

 なんて思いつつ、もはや呆れ気味に肩をすくめるメルドだった。

 

 すると園部が倒したはずの魔物が急に動き出し、園部に襲いかかった。驚いた園部が尻餅をつき、「危ない!」と誰かが言った。

 

 だが園部は無事だった。

 

 

「大丈夫か、園部」

 

「か、要....」

 

「こういう奴は割と頭の骨が硬いから、仕留めるなら首を切り飛ばすか、心臓をぶっ刺すぐらいじゃないと」

 

 

 襲い掛かろうとしていた魔物は要の錫杖で腹部を貫かれ、地面に磔にされていた。要が園部に説明する間も魔物は痛みで暴れるが錫杖は抜けない。そして説明が終わるとあっさり要の刀剣で首を刎ねられた。

 

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

「おう、どういたしまして」

 

「でもアンタ、その錫杖でボコスカ魔物を殴るのはどうかと思うわよ?」

 

「え?便利だぞ、棍棒みたいに使えるから」

 

「いや、アンタの使い方間違ってるから。香織を見なさいよ、ちゃんと杖として使ってるじゃない。ほら、南雲もなんか言ってやりなよ」

 

「え?シンは杖を強化してるから、棍棒とか槍代わりに使えて物凄い便利だと思うけど?」

 

「ダメだ、聞いた相手間違えた」

 

「もぉ〜優花っちは〜、要が心配なのはわかるけど、そんなツンケンしないの♪」

 

「そうそう、要くん私たちなんかよりよっぽど強いんだからさ。それにいざとなったら優花がその指輪の力で守ってあげればいいじゃん」

 

「な!?私は別に要を心配して言ったんじゃないし!」

 

「またまたぁ〜、素直になれって優花っち!」

 

「もぉー!ほんとにそんなんじゃないって!」

 

 

 などと実戦の場にしてはえらく気の抜けた会話をする要パーティーの面々。ちなみに遠藤は影が薄すぎて会話に参加できていなかったりする。哀れ、遠藤。

 

 そんな要と園部のやりとりを遠目で見ていた八重樫。以前より確実に仲を深めている二人を見て八重樫は、少し自分の中でモヤっとしたものが芽生えたが、それがなんなのか分からず不思議に感じていた。

 

 すると要達を見ている八重樫に対して声をかけてくる男がいた。

 

 

「どうしたんだ雫、要達を見て。まさかまた要が何かやったのか?」

 

「そうじゃないわよ光輝。ていうかいい加減、何でもかんでも要が悪いみたいな捉え方やめた方がいいわよ?」

 

「何を言ってるんだ雫。要は危ない奴だ、また雫に何をしでかすか分からないからな。俺がちゃんと見張ってるから雫は要のことなんか気にしなくていい」

 

「はぁ〜、もういいわよ。ほら、早く行くわよ、勇者様」

 

 

 天之河の発言に胸がチクリとした八重樫。これ以上彼に対する幼馴染の変な勘違いを加速させないために、八重樫は話を打ち切り、洞窟を進んだ。そして親友の白崎が南雲のところに駆け寄り、何か話している姿を見て微笑ましそうにしつつ、そんな二人にちょっぴり羨ましいと思ってしまうのだった。

 

 

 

 さらに迷宮内を進み、二十階層に到着。

 

 到着早々、魔物に襲われるクラスメイト達だが天之河や坂上、八重樫に要が率先して道を切り開く。

 

 何故要が八重樫達と同じように率先して魔物退治をしているかというと、単純に要の暴走である。

 

 つい冒険者稼業で体に刻まれた“魔物、即、殺”というイワンの教えが反応し、天之河達よりも早く魔物の中に飛び出してしまったのだ。

 

 錫杖と刀剣、そして要自身の肉体に攻撃力、耐久力上昇の効果を付与し、さらに軽量化という付与したものの重さを軽くするという付与を施し、魔物を蹂躙する。

 

 ちなみにこの暴走はオルクス大迷宮に来て、すでに二度三度はみんなが見ている現象だ。

 

 そんな要の姿に呆気にとられる他のクラスメイト達、要に負けじて天之河達が参戦、そしてハジメが錬成で強制的に要を回収。勝手に行動した要に呆れるハジメ、要を叱る園部、それを嗜めようとするもまったく反応されない遠藤、園部を茶化す菅原、宮崎達と、もはや恒例と化している彼らのやり取りに兵士達も思わず苦笑していた。

 

 

「うわ、アンタまた魔物の血でベトベトじゃん!汚いって!」

 

「え?これくらいーー」

 

「ばっ!袖で拭おうとしないの!あぁ〜もう、こんなに汚して〜....て、コラ!ズボンに擦るなぁ!」

 

「なんていうか、優花っち.....ママみたいになってるね.....」

 

「うん、なんか思ってたのと違う.....」

 

 

 もはや慣れた手つきで園部が持ってきていたタオルで要の顔や手をゴシゴシと拭く。別に魔物との戦闘なのだから汚れて当然なのだろうが、要の場合それが酷すぎるので園部が仕方なく文句を言いながら要の世話をしていた。

 

 

「ぷふっ、シンが....くく、小学生みたいに、くく、なってる....」

 

「おいコラ、ハジメ!何笑ってんだ!」

 

「もぉー!動かない!」

 

「はい.....」

 

「「ぶふーっ」」

 

「遠藤、あとで覚えてろ....」

 

「なんで俺だけーー!?」

 

 

 まるで外で泥だらけになって帰ってきた小学生の息子のように甲斐甲斐しく世話を焼かれる要。そんな光景にハジメや遠藤が必死で笑わないように堪えていた。

 

 そんなやり取りを白崎や八重樫も遠目で笑って見ていた。まるで学校で要が諦めていた友人との笑い合う日常が、ここにきてようやく取り戻せたかのように、八重樫はそう感じていた。

 

 

「お前達、緩みすぎだぞ。今日はこの階層で終わりだが最後まで気を抜くなよ!」

 

 

 メルドが気を引き締めるようにと注意する言葉を発した。

 

 それに同調するように天之河が要を睨んでいた。注意勧告のつもりなのだろう、まあ騒ぎすぎたのは事実なので甘んじて受け入れた。

 

 そして何度目かの魔物との戦闘の後、それは起きた。

 

 檜山がメルドの制止を振り切り、立派なグランツ鉱石を掴んだその時、要達はこの世界に来て二度目の転移を体験するのだった。

 

 





補足

・現状において要の戦闘スタイルは、ステッキを掲げて「エ○スペリ○ームス」と言って戦うような魔法使いではなく、物理特化魔法使いとなってます。錫杖と刀剣を強化し、切って、殴って、突いてをします。薩摩ホグワーツ生よろしく杖を武器にしてます。現状脳筋です。(※手心はあります、あくまで薩摩ホグワーツ生“みたい”ということですので悪しからず)


・南雲ハジメの戦闘力がこの時点で割と高めです。派生技能[魔力消費減少]を獲得しているので中規模の錬成が可能です。具体的なイメージでいうとハガレンみたいな感じです。


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幽鬼の慟哭

 

 視界全体を眩しく覆う光に包まれた要達は、いつのまにか知らない場所に放り出されていた。

 

 そこは巨大な石橋、その下は何もない真っ暗な暗闇だけが広がっている。そしてその石橋の中腹部に兵士達、クラスメイト達がまとめて居た。

 

 そして橋の前方、後方に魔法陣が出現した。後方には無数の骨の魔物“トラウムソルジャー”がざっと百体、それがまだまだ増え続けている。そして前方、黒く巨大な体躯に二本の大きな角、牛のようにも見える巨獣ーーー

 

 

「まさか、アレは....!」

 

「おい、ハジメ!」

 

「うん、間違いないアレは!」

 

 

 ーーーベヒモス!?ーーー

 

 

 かつて最高位の冒険者達が到達した階層の主、つまりここは六十五階層。瞬間的に要とハジメは現状の戦力では絶対に敵わないと直感した。それはメルドも同じだったようだ。

 

 

「直ちにここから撤退する!後方のトラウムソルジャーを蹴散らして向こう側の階段に逃げるんだ!」

 

「何言ってるんですか、メルドさん!俺たちならやれます!」

 

「馬鹿野郎!!アレがもし本当にベヒモスなら今のお前達では絶対に勝てない!お前達はすぐに撤退しろ、俺達が時間を稼ぐ!」

 

 

 敵わない、と言われなおも食い下がろうとする天之河。だが、魔物達は待ってくれない。言い争っている暇などないほど、状況は逼迫していた。

 

 要やハジメ以外のクラスメイト達は、もはや魔法も訓練で鍛えた技もへったくれも無いと言った様子で武器を振り回し、パニック状態に陥っていた。

 

 その中で一人、園部は一番トラウムソルジャーの近くに転移していたため最初に狙われてしまう。そして震える体で武器を持とうとして取り落としてしまう。それを拾おうとした時、一体のトラウムソルジャーが剣を振り下ろした。

 

 ガキィィィンッッ!!

 

 振り下ろされたトラウムソルジャーの剣は園部もよく知る人物の錫杖で受け止められていた。

 

 

「要....!」

 

「大丈夫か、園部?」

 

「う、うん.....」

 

「お前はそのまま後ろに下がってろ、あとは俺達がなんとかするから、よぉっ!!」

 

 

 受け止めていた剣を要は錫杖で弾き、続け様に刀剣でトラウムソルジャーを切り伏せた。園部は要に言われた通りに行動し、兵士たちがようやくトラウムソルジャー側に集まってきた。

 

 

「ハジメ!!」

 

「わかってる!ーー“錬成!!」

 

 

 要の掛け声に合わせてハジメが錬成を使ってトラウムソルジャーの足元を滑らせ、石橋の下へと突き落としていく。

 

 この状況下でも二人は冷静に対処していた。

 

 天之河でさえ、この戦況に対して適切な行動が取れていない中、目の前にいる二人の少年に兵士達は思わず感心してしまうほどだった。

 

 そして要は撤退するための道を切り開くため、兵士達と一緒にトラウムソルジャーに突撃する。周りの兵士達にも身体強化を施し、手早く間引くために奮闘していた。

 

 

「くっそぉッ!俺じゃあ火力が足りない!何やってんだ、こんな時に勇者は!」

 

 

 そんな悪態をついていると要達の遥か後方から衝撃音が聞こえてくる。どうやら天之河や坂上、メルド率いる数人の兵士達がベヒモスに吹き飛ばされていた。

 

 それを見てハジメが動き出した。要と反対側の方へ走っていく。そう、ベヒモスのところへ。

 

 それを見た要はハジメに声をかけるが彼の耳には届いていなかった。

 

 

(まったく....こんな時でもお前はよぉ!!ーーーお前一人でカッコつけさせるかっての!)

 

 

 要は自身に再び強化を付与する。この時、要は新しい派生技能の[重複付与]を獲得し、完全に天之河のステータスを上回った。そして膂力、敏捷値が劇的に上昇した肉体でトラウムソルジャーを屠る姿は、さながら鬼人の如き活躍だったと、後にそれを見ていた兵士達は語った。

 

 

「よし!全員、早くこちらに!!君もよくやってくれた!あとはーーーー」

 

 

 兵士が要に言葉をかけ、それを言い終える前に要は駆け出した。ハジメの方へ向かって。

 

 後ろから要を止めようとする声が聞こえるが、それらはまったく要の耳には届いておらず、重複付与の効果で強化された要の足はあっという間にハジメのところに辿り着いた。

 

 ハジメはベヒモスを一人食い止めようとしていた。天之河はどうやらベヒモスの攻撃で気絶しているらしい、その上、白崎は足を挫いたらしくうまく歩けない様子だった。

 

 これは来て正解だった、と要は内心焦りつつも状況を把握した。そしてやってきた要を見て、メルドが声を荒げる。

 

 

「シン!何故来た!!」

 

「シンっ!?」

 

「そんなことよりメルド団長は早く白崎達を!ハジメの錬成に俺が付与して時間を稼ぐ!その間に早く!」

 

「....わかった、頼むぞお前達!」

 

 

 二人の決心を汲み、メルドは天之河を抱え、白崎に肩を貸して撤退していく。後方でもまだトラウムソルジャーが数体残っているが、それは時間の問題だろう。クラスメイト達も着々と階段の方に集まっている。

 

 

「なんで来たのさ、シン!」

 

「馬鹿野郎が、俺が来て正解だっただろうが。それよりーーーー“譲渡”!」

 

 

 要がそういうとハジメは少しずつ魔力が回復していった。これは魔力回復の魔法ではなく、付与魔術師の派生技能の一つ[魔力譲渡]である。要は残り少ない魔力を全てハジメに注ぎ込み続ける。ハジメが魔力は徐々に回復していく。[魔力譲渡]は直接譲渡する相手に触れないといけない上に、少しずつしか譲渡できない。

 

 だが、それでもハジメにとっては充分すぎる援護だった。魔力が尽きかけていたさっきに比べれば、十分時間稼ぎができる。

 

 

「南雲くん!要くん!」

 

「待たせたな、二人とも!!全員魔法による一斉攻撃の用意だ!!二人が離脱したら一斉に魔法を放てよ!」

 

 

 どうやらメルド達は無事に後退できたようだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

 だが、ハジメが驚愕したように声を漏らし、それを聞いて要はハジメの方を見ると、ベヒモスの角が赤熱化し出したのだ。どうやら豪を煮やしたベヒモスが無理矢理ハジメの錬成から逃れようと本気の抵抗をしてきたのだ。

 

 

「いくぞハジメ!俺の背に乗れ!」

 

「え!?」

 

「いいから、早く!!」

 

 

 ハジメは言われるがまま要の背中に乗った。すると要は物凄い速度で駆け出し始めた。重複付与の効果はまだ持続しているのでハジメ一人背負っても対して苦にならない。だが、錬成が解かれたことでベヒモスが自由に動き出し、赤熱化されながら要達に迫ってくる。巨大のくせに物凄いスピードで駆けてくるので、要でなければギリギリ追いつかれていただろう。

 

 さらに要達が駆けていく前方からはベヒモスを狙撃する魔法の援護射撃。これなら難なく撤退できる。

 

 そう思った時だった。

 

 要の重複付与の効果が切れ、ガクリと要は膝を折った。

 

 それだけに止まらず、猛烈な倦怠感に襲われた。先程とは明らかにスピードが落ちた瞬間、それはやってきた。

 

 何故かベヒモスを迎撃するはずの魔法の一発が要とハジメに向かってきていた。それにいち早く気づいたのはハジメだった。

 

 

「シンッ!!」

 

 

 要が必死で走っていた時、後ろから蹴り飛ばされ、そこにちょうど魔法が飛び込んできた。

 

 

「ガハッ!!」

 

「ぐあぁぁぁッ!!」

 

 

 要はクラスメイト達側の方に吹き飛ばされ、後方から飛んできた石橋の魔法で砕けた破片が要の頭に物凄い勢いでぶつかった。そのせいで一瞬視界がぼやけたが、地面に衝突した衝撃で気絶せずに済んだ。しかし、頭からの出血がひどい。

 

 そしてハジメはベヒモス側に吹き飛ばされ、そこに飛び込んできたベヒモスが石橋を砕いた。

 

 崩壊する石橋、それを見た要はハッとなりハジメの方に駆け寄る。視界も悪く、ふらふらする意識を強く保ち、ハジメに手を伸ばす。

 

 必死で伸ばした手は、無情にもハジメの手を掠めるだけだった。ハジメの手を掴むことが出来ず、奈落の底へと落ちていくハジメの姿とハジメの絶叫が要の目と耳に残る。

 

 

「ハジメぇぇえええええええええええええ!!!!!」

 

「いやあぁあああああ!!」

 

 

 要がハジメの後を追って石橋から飛び降りようとするのをメルドが強引に掴みかかり止まる。白崎も八重樫に阻まれ、伸ばした手は何も掴めずにいた。

 

 

「くそっ!くそぉっ!!クソォォォォッッ!!!」

 

 

 要の絶叫が沈黙したこの状況に響き渡る。地面を拳が壊れるぐらい殴り続ける要にメルドは拳を受けた、これ以上要が傷つかないように労った。

 

 

(なんであの時、手を掴めなかった。そもそもなんで俺はハジメを担ぎなんてしたんだ!なんで俺はーーーこんなに弱いんだ.......)

 

「シン、まずはその怪我を治療してもらえ。綾子....頼めるか?」

 

「は、はい.....」

 

 

 メルドと入れ替わるように治癒師の少女が要のところに駆け寄ってくる。

 

 メルドは未だパニック状態の白崎の元へと向かい、白崎を気絶させた。

 

 

「ひ、酷い怪我....すぐ治すから」

 

 

 辻に声を掛けられるが、それにも反応しない要。要は俯いていた血塗れの顔をあげ、それをたまたま見つけてしまった。 

 

 檜山大介がうっすらと笑みを浮かべ、白崎を見ている姿を。

 

 その時、要の中で何かが弾けた。確実な証拠は無いが、要の中では答えが出てしまったのだ。あの時、要とハジメを襲った魔法は檜山が意図的に放った物で、普段からハジメや要を目の敵にしている檜山ならやらかねない、と。そしてここ最近、檜山とは訓練場での一件もあるし、檜山が白崎を意識しているのを要は知っていた。白崎がハジメを想っていることを檜山が知ってることも、要は知っていた。そしてクラスメイトが橋から落ちたというのに、あの笑み。

 

 だからだろう。

 

 要は幽鬼のように、ふらふらと立ち上がり歩き出した。

 

 そして明確な殺意を宿して檜山を睨む。

 

 

「要、くん....?」

 

「要....?」

 

 

 要の治療をしていた辻と、それを見守っていた園部が不思議そうに要の名を呟いた。だが、それは要の耳には届かず、途端、要の怒りの咆哮が響いた。

 

 

「檜山ァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 まるで怪物の咆哮の如き、怒りと憎しみがこもった雄叫び。

 

 それを聞いた檜山が要の顔を見て、酷く怯えていた。

 

 檜山に向かって要は走り出した。何事かと兵士が要を止めようとするが要は止まる気配がなく、あっさりと檜山の元に辿り着くと力いっぱい拳を握り込み、それを檜山に振り抜いた。

 

 だが檜山の意識を刈り取ることは出来なかった。出血多量であまり力が入っていなかったらしい。だが、殴られた檜山は痛みよりも要の血塗れでふらふらな癖に瞳だけは真っ直ぐ檜山を射抜き、殺意を滾らせる姿にいつも以上に怯え縮こまり、小さな声で「ごめんなさい、ごめんなさい」と連呼していた。

 

 追撃をしようとする要だが、兵士に天之河、坂上が要を地面に押さえつける。

 

 

「何をしているんだ要!錯乱しているのか!」

 

「こいつ、なんでこんな力強いんだよ!」

 

「離せぇぇっ!!こいつがぁ!こいつがハジメを殺した!!」

 

「何を根拠に!檜山が何をしたって言うんだ!よく見ろ、檜山も酷く怯えているじゃないか!」

 

「何をしているんだシン!!」

 

 

 場は騒然としていた。

 

 ハジメが橋から落ち、錯乱し暴れる要、それを必死で抑える天之河達。周りのクラスメイト達は何がなんだかわからずにいた。メルドも駆けつけてくる。そして兵士達に介抱される檜山は殴られた顔を腫らしながら真っ青になっていた。

 

 

「檜山ァアアァ!!てめぇは絶対に許さない!!絶対だァァアア!!」

 

 

 あまりの狂気と怒りに、天之河達はまるで要が何かに取り憑かれているのではと思ってしまう。それほど要の殺意の慟哭は真に迫っていた。

 

 しかし、大量に血を流しすぎた要は貧血で目を回し、ぱたりと気絶した。

 

 やっと落ち着いた要。

 

 そして天之河は要が危険な人物であると再認識した。

 

 

「地上に戻るぞ、お前達.....」

 

「......はい」

 

 

 静かに交わされるメルドと天之河の言葉。

 

 メルドの言葉に従い、クラスメイト達も地上への道を歩いていく。気絶した白崎と要は兵士が運んでいく。

 

 

 

 

 その後、要 進は五日間の謹慎、地下室への拘禁処分を言い渡された。

 

 そして、銀髪のシスターは動き出す。

 

 主の邪魔になる存在を、排除する準備のためにーーー。

 

 

 





 ようやくハジメが落ちた。描きたいところはまだまだ先、ここから作者の想像力が試される。


補足

付与魔術師の派生技能

[+重複付与]
・一度付与した魔法をさらに重ねて付与することができる。しかし付与を重ねる分、持続時間が短くなる。

[+魔力譲渡]
・文字通り魔力を譲渡できる。回復魔法とはまた分類別のもので、譲渡したい相手に触れながらでないと使えない上に、徐々に魔力を送るので戦闘中は割と使い所が難しい。

技能
「英傑試練」
・文字化けしていた要の技能のひとつ。今回の一件で文字化けを解消。実は勇者以上の破格な性能を秘めていたりする。


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銀の翼

 

 あの惨劇から二日が経ち、天之河達はすでに王宮に戻ってきていた。

 

 王宮内では勇者一行に犠牲者が出たという話が広まっていた。その犠牲者が無能な錬成師、南雲ハジメだと知るや貴族や教会関係の人間達は「死んだのが無能で良かった」「無能でも死んで勇者達の役に立った」などと話していた。それに対して勇者一行と共にいた兵士達、それと天之河が抗議し、その話は今後表立って話されることは無くなった。そして無能にも心を痛める慈悲深い勇者だと何故か天之河の株が上がっていた。

 

 一方、要はいま王宮の地下にある石造りの小さな部屋で監禁されていた。鉄格子の扉と相まって、まさに牢屋と言った感じの一室だった。その中でただ一人壁にもたれ、静かに座り込んでいた。

 

 すると牢屋の外から石造りの階段を誰かが降りてくる足音が響いてきた。そしてその足音の主が要のいる部屋の鉄格子の前で立ち止まり、こちらを向いた。

 

 

「シンさん...」

 

「リリィか。どうした、顔色が悪いぞ?」

 

「シンさんこそ、目の下のクマが酷いですよ?全然寝てないみたいですけど」

 

「こんなところで満足に寝られるわけがないだろ?」

 

「.....申し訳ありません」

 

「なんでお前が謝る?これは俺の失態からの理解できる措置だ」

 

「ですが!......このような仕打ちを....それに王宮内での噂も....」

 

 

 要がこのような状況に陥っている原因は、あの時檜山を殴ったことである。と言っても、ただ殴っただけならこんな重い罰にはならない。

 

 要には今、三つの嫌疑がかけられている。

 

 一つ、檜山大介を迷宮内で殺そうとしたこと。

 

 一つ、南雲ハジメを殺したという疑い。

 

 一つ、座学もサボってばかり、ステータスにある謎の技能、勇者をも越える実力、これらと上記の前文を踏まえ要には魔人族のスパイと噂されていた。

 

 実に馬鹿馬鹿しい話だ。

 

 檜山大介を殺そうとした、というのはあながち間違っていない。あの時の要は檜山に確かな殺気を放っていたから反論するつもりもない。だが二つ目を飛ばして、魔人族側のスパイというのは飛躍しすぎている。スパイがそんなに目立っていいはずないのだから。だが、王宮内ではそれすらも作戦で、教会が召喚した勇者達を裏切り者扱いへと仕立て上げる罠だともっぱらの噂らしい。そしてあわよくば勇者を殺そうと、とのことだ。

 

 そして、飛ばした二つ目の嫌疑。

 

 ハジメを殺したというのは絶対にあり得ないとリリィを始め、多くのクラスメイト達が否定していた。

 

 だが、それに対して王宮内では「勇者に匹敵するほどの者が誤作動を起こした魔法一つ避けられないのはおかしい」とのことだった。そんな無茶苦茶な、と誰もが思った。

 

 そもそもハジメを橋から落ちた原因はその魔法なのだから、その魔法を繰り出した相手を探せばいい。そう思う者もいたが、今はそれに触れないようにされていた。クラスメイト達ももし自分の魔法だったらと思うと、犯人を探そうとは思えなかった。

 

 それらのこともあって要はいま、この地下の牢屋に閉じ込められていた。

 

 

「気にするな。それにリリィ達が必死になってその噂を無くそうとしてるんだろ?」

 

「そうなのですが.....教会側からある提案がされました」

 

「......どんな?」

 

「シンさんを国外追放するという提案です」

 

「それはまた、神の使徒の一人で貴重な戦力だから殺せない、ならば国外に追い出そうってことか。くく、笑えるな」

 

「笑えません、こんなこと!一体、誰がこんな噂を.....!」

 

 

 リリィやメルド、八重樫に園部達がいま必死になって方々を駆け回り、要を解放するために働いてた。そして出鱈目な噂を蒔いた犯人を突き止めようとしていた。

 

 要はなんとなく噂の出所に心当たりがあった。

 

 檜山大介だ。だが、あの檜山が噂を広めた犯人ならすぐに突き止められそうなものだが、と要は考える。そして、もし檜山が犯人でないなら、この騒動は行くところまで行くだろうと要は直感した。

 

 

「......とにかく、一刻も早く噂を広めた犯人を見つけますので、どうかお待ちください」

 

「ああ、だがくれぐれも気をつけてくれよ?」

 

「はい、わかっています。ではシンさん、また来ます」

 

 

 そう言ってリリィは要に頭を下げ、来た道を戻って行った。

 

 ハジメがいなくなって気落ちしているだろうに。リリィや八重樫、それに園部達が要のために必死になって動いている。八重樫や園部もそうだが、クラスメイト達はハジメが死んだことにショックを受けていた。中には部屋から出てこないほど塞ぎ込んでいる者もいるが、そんな中でも今できることを必死にやろうとしている者達がいる。

 

 そんな彼らを思い、いつまでもこんなところにいられないな、と思う要だったが、今はリリィ達を信じることに決めた。

 

 

「そう言えば、園部達、元気にしてってかな............ハジメ、お前今何してんだ.....生きてんだよな?」

 

 

 不意にそんな言葉が漏れた要は楽しかったこともあったなと思い出す。そして早く牢屋を出て、オルクスに向かいたい気持ちを抱いていた。

 

 だが、事態はかなり深刻だったらしく、後日要の処遇が決まった。

 

 要 進の疑惑を晴らすことができず、王都の混乱を避けるため、“王都追放”の処分となった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 それから数日後、ようやく牢屋から解放された要だったが、即座に玉座の間に連れていかれエリヒド王から直々に王都追放を言い渡される。

 

 リリィや八重樫、園部達が何度もエリヒド王やイシュタル教皇に抗議していたが、これ以上王宮内で騒ぎを大きくさせないために、それに王都に広まることを恐れて決定は覆らなかった。最初は国外追放だったのをリリィとメルドの強引な説得でなんとか王都追放に止まったが、それでも二人は歯痒そうにしていた。

 

 玉座での出来事からその後の流れはあっという間だった。

 

 簡単に荷物を纏めた要、せめてもの情けとして王宮から馬車を用意してもらい、目的地まで運んでもらう手筈となっていた。

 

 そして王都の門にやってきた要、それを見送りにきたリリィやメルド、クラスメイト数人達がなんとも言えない面持ちでいた。

 

 

「シンさん....」 

 

「なんだよリリィ、そんな辛そうな顔して。それにお前達も、別に最後の別れってわけじゃねぇんだからそんな悲痛な顔するなよ」

 

「シン....本当に申し訳ない、私の力不足だ。お前も、ハジメも....救うことができなかった!」

 

「メルド団長....あなたのせいじゃないです。俺にも至らないことがあったのでお互い様ですよ。また会いましょう」

 

「!.....フッ、そうか。お前なら一人でもやっていけるか、頑張れよシン!」

 

「ええ」

 

 

 要が差し出した手をメルドが握り、固く握手をした。

 

 

「要くん...」

 

「要....」

 

「白崎、八重樫....俺は先に行ってるぞ」

 

「先にって?」

 

「ホルアドだ。白崎もハジメがまだ生きてるって信じてるんだろ?」

 

「も、もちろん!」

 

「なら俺はひと足先にオルクスでハジメを探してくる。早く来ないと俺がさっさとハジメを見つけて感動の再会を独り占めしちまうぞ?」

 

「も、もぉ〜!」

 

「あっはははっ!八重樫、またな」

 

「.....ええ、またね」

 

 

 白崎、八重樫の二人と冗談を交えて手早く挨拶を済ませる。 

 

 

「要、その....元気でね」

 

「ああ、園部もな」

 

「.......ねぇ、要。次会う時に、ちょっと伝えたいことがあるんだけど、その時は聞いてくれる?」

 

「ん?今じゃダメなのか?」

 

「今は.....いい。もっと強くなって、アンタに少しでも追いついたら....ッ〜〜、話すから!」

 

「お、おう。まあのんびり待ってるよ」

 

 

 そんな園部と要のやりとりに後ろで見ていた宮崎と菅原が何やらニマニマしていた。八重樫は視線を晒していた。そして宮崎と菅原、あと遠藤にも簡単に挨拶を済ませる。

 

 

「シンさん、これを」

 

 

 するとリリィが要に近寄り、短剣を手渡してきた。

 

 

「これは?」

 

「アーティファクトです。王宮に伝わる不破の短剣で、手に入れるのに苦労しました」

 

「おいおい、そんな大事な物もらっていいのか?ん、苦労したって?」

 

「いえ、少しだけ父上をおど...ゴホン、説得して手に入れただけですから」

 

 

 今一瞬、脅してと言いかけたリリィ。王女らしくニッコリと笑っていうあたり腹黒いが、要の王都追放には相当腹に据えかねていたらしい。その意趣返しだろう。

 

 

「まあ、お前が言うなら遠慮なく貰っておく。役に立ちそうだしな」

 

「ええ、存分に使い潰してください!」

 

 

 そうして各々と挨拶を済ませ、馬車に乗り込む要。

 

 

「カイル!ベイル!イヴァン!くれぐれも道中は気をつけて要をホルアドまで送り届けろ、いいな!」

 

「「「ハッ!!」」」

 

 

 護衛はメルドの部下三人。ベヒモス戦で要達と共に戦った兵士達だ。メルドの過保護っぷりもますます増しているらしい。

 

 そして馬車が出発する。

 

 要は馬車の窓から手を振り、しばしの別れを告げたのだった。

 

 

 

 それから数時間が経ち、ホルアドまであと少しならところまで来ていた要達一行。

 

 馬の手綱を握っているのはイヴァン。

 

 そして馬車の中で要、カイル、ベイルは話を弾ませていた。途中イヴァンも話に混じり、三人との馬車に揺られての語らいはとても和やかだった。

 

 カイルは要と同年代の好青年。体格が要と似ており、話が意外と合う優しい顔をした男。ベイルはそんなカイルより先輩の兵士で、ガタイのいい髭面のお兄さん。メルドに憧れて兵士になったらしく、メルドを真似て髭まで生やしたらしいが周りから似合わないと言われているそうだ。そしてイヴァンは、そんな二人よりさらに年上のおじさん。メルドよりも年上で今度子供が生まれるそうだ。

 

 他にもベヒモス戦での要の活躍を振り返ったり、今回の王と教皇の決定に不満を漏らしたり、実はこんな魔道具を持ってるんです自慢とか、女の好みやフェチについて語ったりと実に有意義な時間だった。

 

 そんな三人と楽しく話していたら、事態は急変した。

 

 

「前方!魔物の群れが接近中!狼型の魔物、その数十!」

 

 

 イヴァンの張り詰めた声が馬車の中に届き、要、カイル、ベイルも戦闘の準備に入った。

 

 

「ちっ!もうすぐホルアドだってのについてないぜ」

 

「無駄口叩かないでください先輩!数はこっちが不利ですが、こちらには要様がいるので大丈夫ですよ!」

 

「おいおい、護衛対象を当てにしてたら団長にどやされるぞ。だが、確かにそうだな。負ける要因が一つもねぇ」

 

「あんまり過大評価しないでくださいよ....」

 

 

 などと緊張感を持ちつつ、そんな軽口を叩き合っていると、いきなり馬車が大きく揺れた。そしてーーー

 

 

 ゴオオオォォォォォッンッッ!!!

 

 

 大きな爆発音のようなものが聞こえたと思ったら、馬車が激しく揺り動かされ、そのまま横転してしまう。

 

 突然のことで馬車の中にいた要達は呻き声を上げる。

 

 そして、横転した馬車の中から這いずって出てくるとーーー

 

 

ーーーーそれはいた。

 

 馬車から出てきたカイルとベイルが頭上を見上げ、膝を折り、小さく呟いた。

 

 

「......神よ」

 

 

ーーーーはい、なんでしょうか?ーーーー

 

 

 その呟きはカイルとベイル、どちらのものだったのかはわからない。

 

 だが、その小さく消え入りそうな呟きに、凛として女の声が返事をする。

 

 

「まじかよ.....!」

 

 

 要も頭上で佇むそれを見て言葉を失う。

 

 (おおとり)のように大きい一対の銀の翼。

 

 修道女の服装を纏う、銀髪の美しい顔をした女性。

 

 その女は神々しく、空を浮遊していた。

 

 現実離れした光景に唖然とするなか、要はあることにきづいた。

 

(ハッ!!イヴァンさんは!!)

 

 馬の手綱を引いていたイヴァンがどこにも見当たらないことに気づき、あたりを見回す要。

 

 それに気づいたのか銀翼の修道女が指を差した。

 

 

「あそこに、()()()()()

 

 

 彼女が指した方向に視線を向ける要。その要が見たのは狼型の魔物の大群。

 

 その群れの中心部、グチャグチャと咀嚼音を奏でる魔物達。一体、何を食べているのか。決まっている、イヴァンだった肉の塊だ。

 

 すでにそこは血溜まりとなり、魔物の群れの隙間から見えた光景に要は顔を引き攣った。はらわたを引き摺りだされ、骨も噛み砕かれ、四肢は引きちぎられ、片目だけとなった虚な瞳をしたイヴァンの頭をグシャリと噛み砕かれる、その光景。

 

 

「ウッ!?ボゲェェェェェッ!!....うぇッ、がはッ!」

 

 

 要は過去最高量の嘔吐をした。あり得ないくらい吐いたゲロ、要は涙目になり、荒く口で呼吸する。口の臭さで余計に吐きそうになるが、口元を拭い、頭上の女を睨んだ。

 

 

「汚いですね。こんな矮小な人間が主の障害と、本当になりえるのか疑問ですが主のご意志は絶対。ここで死んでください、イレギュラー」

 

「イッ...イレギュラーだと....?なんのことだ....!」

 

「あなたが知る必要はありません」

 

 

 要は心を落ち着かせ、冷静に思考を巡らせる。

 

 今も脳裏にイヴァンの死の光景が思い浮かぶが、ここはそう言う世界。現実に生と死が隣り合わせの世界なんだと自身に理解させる。その覚悟は王宮のバルコニーでハジメと誓った時から決めていた。なら、やることはただ一つ。

 

ーーー生きてここを乗り切り、ハジメに会いに行く!ーーー

 

 

 強い闘志を心に宿し、要は立ち上がる。

 

 錫杖と刀剣を構え、強化の付与を行う。

 

 

「あんた....一体何者だ。」

 

「私は神エヒト様に仕える使徒、ノイント」

 

「!?....エヒト神の使徒さまがなんでこんなことする?」

 

「先ほども言いました。主があなたの死を望んでいるからです」

 

(ふざけろっ!!)

 

「質問は以上ですか?では、死んでください」

 

「舐めんな、こっちはまだやらなきゃならなぁことが山積みなんだよ!あと、俺のことイレギュラーって言ったよな?」

 

「それが何か?」

 

「訂正しろ。俺はイレギュラーなんて名前じゃねぇ、南雲ハジメの友、付与魔術師の“要 進”だ」

 

「その必要があれば訂正します」

 

「可愛くねぇ奴、綺麗な顔の癖につまらねぇな」

 

「なんとでも言ってください、ではーー」

 

 

 銀翼の修道女が片手に大きな銀の剣を構えた。それに合わせて、要も的を絞るように刀剣を構え直す。

 

 

(ここでやらなきゃ男じゃない。そうだろ、ハジメ.....!だから、俺はーー)

 

 

「死んでください」

(生きてやる!!)

 

 

 

 要とノイントと名乗る銀翼の修道女が激突する。

 

 それは奇しくもオルクス大迷宮、奈落の底で宿敵“爪熊”と戦おうとする、変貌した南雲ハジメと同じ時間だったことは、誰も知らない。

 

 





補足

・奈落に落ちた南雲ハジメがドンナーを生み出す時間は地上での時間で五日〜七日程度としました。ちょうど要達がホルアドから王宮に帰り、要が王都を追放された時間と被ります。追放系なろう作品の主人公みたいになりましたが、もうちょっと主人公くんには苦しんで貰います。

『不破の魔剣』
・リリアーナから貰ったアーティファクトの短剣。王族伝来の絶対に壊れない短剣だが、その真価は“あるべき姿に戻す”という再生魔法の効果が付与されたものです。その副次的効果の“絶対に壊れない”という性能のせいで王族に間違って言い伝えられてきた代物。使い方次第でその超有用性能を発揮する。今後の活躍に期待。


イヴァン
・メルドより少し年上な朗らかで優しいおじさん兵士。妻と二人で仲睦まじく暮らしており、妻のお腹の中には子供がいる。どんな父親になろうか真剣に考え「威厳のある父親と優しい父親、どっちが子供のためになりますかね!?」とメルドに相談し、「俺なら両方兼ね備えた、頼れる父親が望ましいな」と言われそれを目指していた。妻と子供の三人で明るく楽しく暮らすはずだった.......


ベイル
・似合わない髭面のお兄ちゃん兵士。元冒険者でガタイもよく、メルドに憧れて兵士になった。カイルを本当の弟のように可愛がっており、明るく豪快に振る舞っている。だが女運がなく、女に振られるたびにイヴァンやカイル、メルドに泣きついて相談に乗ってもらっていた。

カイル
・要と同い年のまだまだヒヨっ子の新米兵士。背丈や肌の色、髪色も要と同じだが、顔は要に比べると見劣りする優しそうな元貴族の好青年。ベイルと同じでメルドに憧れて兵士になった。新米の中でも腕が立ち、努力とベイル直伝の根性で憧れのメルドに認められた。幼馴染の恋人がおり、名前はニア。王宮でメイドをしているらしい。いつも実家の父から貰った魔道具を所持している。



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神の使徒 VS 付与魔術師

 

 ノイントと名乗る銀翼の修道女。

 

 はたから見ればそれは(まご)う事なき神の御使に相応しい、神秘的で美しい姿だろう。

 

 だが、天使もかくやと言うほどの女が今、無感情な殺意を孕んだ銀羽の雨を振り落としてくる。

 

 とても視認できるものじゃないその速度に、要は内心焦りを覚えつつ必死で避けていた。視覚を強化し、肉体の防御力も強化した上で要の体を切り裂き、抉る銀羽。地面に激突した要に被弾しなかった羽達を見れば、それが地面を抉るほどの脅威の破壊力だと知り、今までに無いほど要の精神を揺るがしてくる。

 

 

(くそっ!!なんて破壊力だ。まともに受けただけでバッドエンド確定じゃねぇか!)

 

 

 もちろん、これはゲームではないのでセーブポイントに戻ることもできない。いや、むしろそうあってくれた願いたいばかりだった要。

 

 そして先程要達が乗っていた馬車を大きく揺らしたのおそらくこの攻撃なのだろうと要は予想し、他にもこれ以上の攻撃手段があることも考慮しつつ思考を巡らせる。

 

 

(何せ、あの手に持ってる大剣。あれも相当やばい代物だろ。ーーーくそっ!何か打開策を.....!!)

 

 

 すると今度は肉を貪っていた魔物達が要に襲いかかってきた。人の肉に味を占めたのか、それとも単に腹をすかしているの知らないが、(よだれ)を垂らしながら要に飛びかかってくる。

 

 だが、そう簡単にはやられない。

 

 飛びかかってきた狼型の魔物達を強化した錫杖と刀剣で殴り殺し、斬り殺し、刺し殺す。要の手に力が入る。それほど強い魔物ではない。だが、イヴァンを貪り食ったこの魔物達に明確な怒りの殺意が要に力を湧き上がらせた。

 

 

「やはりこの程度の魔物では仕留めることはできませんか」

 

 

 瞬間、また銀羽の乱れ撃ちが要を襲う。一瞬の遅れで肩や膝裏、脇腹、太腿が抉られる。だが、ダメージを負いながら横っ飛びで更なる被弾を回避する要。要に襲いかかっていた魔物達も今の攻撃でかなりの数がミンチになった。

 

 そしてふらふらな体に力を滾らせ、しっかりと見開いた瞳で要はノイントを見上げる。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ.......」

 

「意外にしぶといですね、要 進。ですがそれ程の傷を負えば、もはや立つのがやっとでしょう」

 

「そうでもないさ....俺はまだ諦めてないし、腕も足もまだ動く.....なら戦える!俺にあきらめないことの大切さを教えてくれた憧れ達、憧れをくれた日々を無駄にするわけにはいかないからなァ!」

 

 

 そう、今まで生きてきた中で、バスケの次に熱中した漫画やアニメ、ゲームで学んだのは何も楽しむコツばかりではない。現実にはない世界で必死に生き描かれる彼らの生き様を学んだのだ。

 

 

「だからこそ俺ァ.....絶対に生き延びてみせる!」

 

「無駄な足掻きです、今度こそ仕留めます」

 

 

 要の覚悟が吼える。そしてノイントの機械的な声と言葉と同時に、再び銀羽の雨が降り注ぐ、それもかなりの広範囲で。

 

 被弾は必至、なら挑戦するしかない。

 

 要は視覚や肉体、錫杖、刀剣に重複付与を施す。だが二重ではなく三重の付与。さらに思考にも強化を施す。ぶっつけ本番の賭けであったが、それが見事にハマる。思考速度が上がり、集中力も増し、処理能力が上がった。

 

 銀羽を錫杖で弾き、そのまま流れるような動きで刀剣を振り、さらに弾く。掠りもしない銀羽は無視。被弾しそうな銀羽は躱す、逸らす、弾く。流れるように華麗な舞踊を披露する要。神速の銀羽を神速の如き超反応で対応してみせた。最後の刃弾はもはや吐き捨てるように振り払った。

 

 

「!!.......」

 

 

 これには流石のノイントも驚きを隠せなかった。呆然としていたカイルとベイルも要の動きが明らかに変わったのを感じ取った。

 

 この時、要の文字化けしていた技能[英傑試練]が発動した。強い感情の発露や試練を乗り越える度に、それに最適な新しい技能を自動で獲得するぶっ壊れ技能[英傑試練]。肉体能力も上昇し、反射速度も桁違いに上がる。気分はまさに神速のインパルス。

 

 付与魔法の新たな使い方によって要は“壁”を越えた。そしてその技を最適化する[英傑試練]。その結果、要は新しい技能を獲得した、技能[瞬光]。知覚拡大に反応速度を桁違いに上昇され、肉体能力も上昇させる技能。先程までとは明らかに違う思考の鮮明さに要も内心驚いていた。

 

 

「い、一体何が......」

 

「付与魔術師があれほどの動きを.....要様、あなたは.....」

 

 

 ベイルとカイルの目は要を捉え、驚き、そして幻視した。自分達が憧れた存在、メルドと要の背中が重なったように思えたのだ。それと同時に自分達の今の情けない姿に歯噛みした。

 

 先程から彼らは一歩も動いていない。何故なら要がノイントと魔物の注意を意図的に引き付けていたからだ。

 

 

「カイル、俺は情けねぇ....団長に任されておきながらこの醜態、本当に情けねぇ話だ。だが.....!」

 

「ええ、ベイルさん。僕も同じ気持ちです...ここで動かないようじゃメルド団長にドヤされますよね!」

 

「行くぞ、カイル!要殿の元へ!」

 

「はい!」

 

 

 二人の兵士は駆け出した、要の元へ。兵士として自分の任務を全うするべく、誇りを穢さないために、亡きイヴァンの仇を討つために。

 

 二人が要の元に駆け出した時、ノイントは自身の前に未だ立っている男を見下ろし、考えを改めていた。

 

 

「まさか、これほど早く成長するとは。これが()()()ですか....」

 

「特異点.....?お前、俺の()()知っている.....?」

 

「貴方に教えることは何もありません」

 

 

 どうやらこれ以上はペラペラと情報を喋るつもりがないらしい。 

 

 すると、後ろから要の名を呼び、駆け寄ってくるベイルとカイル。彼らの顔は戦う兵士の、覚悟を決めた顔だった。三人は無言で頷き、ノイントを睨む。

 

 

「羽虫が増えたところで何の足しにもなりませんよ?」

 

「羽虫と来たか....だが一人で出来ないことも、三人でなら出来るかもしれない。それが人の力だ。いつまでも高いとこから上から目線キメてると、痛い目を見るぞ?」

 

「挑発ですか?」

 

「いいや違う、これは決意だ。お前のその羽を()ぎ取り、地べたに引き摺り下ろすって言う決意だ」

 

「........」

 

「敵わないかもしれない、死ぬかもしれない....それでも!俺達は生きて帰る!王都へ、家族の元へ、愛する人の元へ、そして友の元へ...............覚悟はいいか、俺達は出来ている」

 

 

 要の大見栄をきる言動にベイルとカイルもより一層の覚悟と力を滾らせる。ちなみに最後の言葉は、ふと出てきた言葉で決してふざけているわけではない。

 

 そして、ノイントは目の前の要 進という男に確かな脅威を抱いた。要の成長速度と戦意に、或いは他の人間とは違う()()に。

 

 

「いいでしょう、貴方を確実に殺すにはこちらも少しばかり本気を出した方が良さそうです、イレギュラー」

 

 

 ノイントは背中の羽をはためかせ、手に持っている大剣を構えた。

 

 

「来るぞ、どうする要殿?」

 

「ベイルさんとカイルさんは残った魔物の掃討を、まずは退路を確保します。その後は二人の魔法で煙幕を張り、俺が二人に身体強化を付与してホルアドまで一気に駆け込みます」

 

「要様、もしアレが我々を追ってきたら....」

 

「その時は二人だけで逃げてください」

 

「なっ!?」

 

「ホルアドに被害を出すわけにはいきませんからね、それにあの女は俺が目当てみたいですから時間稼ぎをします。その間にホルアドにいる冒険者に協力を仰いでいただければ」

 

「.....わかりました!」

 

「相談は終わりましたか?....では、死んでください」

 

 

 ノイントが空を急降下しながら要達に迫ってきた。それに対して要はノイントの迎撃、ベイルとカイルは魔物を掃討しに走る。

 

 再び重複付与で身体強化三倍を自身に施し、新しい技能である瞬光も発動させる要。重複付与もベヒモス戦より持続時間はかなり伸びている。王宮で監禁されていた時、二度とあんなことを起こさないため重複付与の限界を徹底的に調べた要。三倍でおよそ三十分、四倍でおよそ二十分、五倍でおよそ十分、六倍でおよそ五分。実際、戦闘時に使えるのは四倍までで、五倍以上となると肉体が強化に耐えきれなくなるのだ。  

 

 要に肉薄したノイントが大剣を振り下ろす。だが、要は錫杖でそれを受け止め、刀剣で反撃する。それに合わせるようにノイントが銀羽の刃弾を至近距離で放つが、要の超反応と強化された肉体能力が織りなす刀剣の高速連撃が全て撃ち落とす。それだけにとどまらず、要はノイントに反撃する。

 

 流石のノイントも防御体勢をとるが、今の要にはそれが()()()()()

 

 ノイントの防御体勢に対してファイトをかまし、強烈な横蹴りがノイントの腹に突き刺さった。

 

 

「くッ!」

 

 

 初めてノイントの顔が歪んだ。すかさず錫杖で追撃の殴打を喰らわせようとする要だったが、ノイントが大剣でガードすると錫杖が折れた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 今度は要が顔を歪ませた。だが、折れたと言えどまだ錫杖は使える。折れた部分でノイントに突き刺そうとするがまたしても大剣でガードされる。そして、同じように錫杖が欠けた、いや、削られた。

 

 

「これは!?」

 

 

 要はノイントから距離を取り、手に持てる部分がほとんど残っていない錫杖に目を向ける。  

 

 錫杖は綺麗さっぱり折れている。いや、綺麗すぎた。

 

 使い物にならなくなった錫杖を要はノイントに向かって投擲した。するとノイントは大剣を一振りして錫杖を弾いたが、弾かれた錫杖はまたしても大剣に当たった部分が綺麗に削られていた。

 

 

「削った....いや、分解か」

 

「御名答です」

 

 

 ノイントの大剣は青白く発光していた。おそらく魔力光だろう。つまり、ノイントの魔力は分解の効果を持っていると言うことだ。

 

 

「私にこれを使わせるとは、危険ですね」

 

「ッ......厄介だな」

 

「もはや貴方に勝ち目はありません」

 

 

 ノイントがそう言うと修道服のスカートの中からもう一振りの大剣を取り出した。武器を取り出すのはいいが、そこから?とつい緊張感のないツッコミをしそうになる要。

 

 

「貴方にこれを突破する手段はないでしょう」

 

「確かに難しいな。だが、これならどうだーー“螺炎”!“魔法強化”!」

 

 

 要は懐から取り出した紙をばさりと広げ魔力を注ぎ、刻まれた魔法陣を発動させる。すると渦巻き状の炎が現れる、そして今まで使う機会が少なかった付与魔法の派生技能[魔法強化付与]を施し、火属性魔法“螺炎”を強化する。

 

 要が待っていた魔法陣が刻まれた紙は王都の冒険者ギルドで出会ったレクタに貰った物。そしてこの魔法強化付与もレクタと魔物討伐した際に獲得した技能。ちなみにレクタから貰った紙はあと四枚、どれも“螺炎”だ。彼曰く「我は劫火をもたらす者ゆえ!」らしい。あっそ。

 

 

(.....さて、どうだ)

 

 

 強化された螺炎に包まれたノイント。しかし、やはりと言うべきかノイントは無傷だった。自身の銀翼に分解の魔力を纏わせ防御していた。

 

 

(やっぱこれ単体じゃダメか.....てか、見た目すげぇメルヘンチックな癖に、なんて殺意高い能力だ。これじゃあ学園都市第二位みたいじゃねぇか、いや、性格も能力も全然違うけど........てか、こんな時に何考えてんだ俺は.....!)

 

 

 冷静に分析する要は、ふと某とある作品のレベル5の一人を思い出してしまう。要の右手には異能を消せる物は宿ったないし、反射できるわけでもないのに、そんなことを思い出すあたり要は疲れているのかもしれない。

 

 だがその思考が要にヒントを出した。

 

 

(待てよ....突破するために、アレを消すんじゃなく、こっちが壊れなければいいのか、なら.........やってみるか)

 

 

 要は再び懐からもう一枚、魔法陣が刻まれた紙を出す。それを口に加え、短剣を抜く。

 

 

「またそれですか。私には効きませんが」

 

ほんなほとはあはっへう!(そんなことはわかってる!)

 

 

 要はそのままノイントに向かって駆ける。それに対してノイントは双大剣を振り上げた。

 

 

「“らえん(螺炎)”“まほうきょうか(魔法強化)”!」

 

「同じこと....」

 

 

 再び現れた渦巻く炎。それに対してノイントは今度は片翼だけに魔力を纏わせ防御し、双大剣を構えている。

 

 そして炎の中を突っ切ってきた要、それを見越していたのかノイントは何の躊躇いもなく魔力を纏った剣を振り下ろした。

 

 だが、見えている。

 

 片方の大剣は半身で避け、もう片方は刀剣の刃の逆側、反りの部分で受け流す。避けられる思わなかったのか、完璧にノイントの不意をついた。そして本命の短剣を要は振りかぶり、分解の魔力を纏ったノイントの体を斜めに切り裂いた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 驚愕の声を漏らすノイントの体から血が飛び散る。

 

 そして続け様に短剣を心臓目掛けて突き刺そうとするが、要はノイントの片翼で吹き飛ばされ、強制的に距離を取らされた。しかし分解の魔力を纏っていなかったので大したダメージではない。

 

 

「ッ...........アーティファクトですか」

 

「御名答」

 

「なるほど、()()()()()()()ですか。侮りました」

 

(神代魔法だと....?確かハジメに聞いた創世神話の話の中でそんなこと....)

 

 

 ノイントの言葉に要の記憶にある単語と被り、思考していると、後方からベイルとカイルが声を上げた。

 

 

「要殿ッ!!準備ができました!」

 

「こちらはいつでも行けます!」

 

「......」

 

「あんたには山ほど聞きたいことがあるが、今はその時じゃない......今です!!」

 

「“炎浪”!」

 

「“封禁”!」

 

 

 ベイルとカイルは手筈通り、足止めの魔法を行使した。すでに詠唱を済ませており、要の合図とともにそれは放たれた。

 

 火属性中級魔法の“炎浪”と光属性中級魔法“封禁”。

 

 炎浪は炎の津波となってノイントの体を飲み込み、封禁は光の牢で身動きを取れなくした。

 

 そして要はすぐさま二人の元に駆け寄り、重複付与で身体強化を付与し三人は一目散でホルアドに駆け出した。

 

 一方、ベイルとカイルの魔法を受けたノイントは銀翼でそれら全てを防いでいたが、出遅れたことに変わりはなく、このまま行けば要達はノイントから逃れることできるーーーー

 

 

「なるほど、してやられました。どうやら私は彼を過小評価し過ぎていたみたいです。このままでは主のご意志に反してしまいます.....ですので、()()で行かせて貰います。ーー“禁域解放”」

 

 

ーーーーーはずだった。

 

 

 

 

 ノイントからかなり距離を取った要達三人は、必死で足を動かしていた。

 

 実は要も、もう魔力がほとんど無く、先程ベイルとカイルにかけた身体強化付与は二倍で精一杯だった。

 

 だが、距離は充分稼げた上にまだ身体強化の効果時間には余裕がある。ギリギリだがホルアドに飛び込むことができるはず。

 

 そう思って要は来た道を走りながら振り返り、二人が行使した魔法がどうなっているか確認した時、視線の先で二人の魔法が弾けた。

 

 

「グハッ!?」

 

 

 視界の端でベイルが声を上げた。

 

 ベイルの腹から大剣の刀身が現れた。そして刀身は上に登り、ベイルの頭が真っ二つに割れた。

 

 

「「ベイルさんッ!!!」」

 

 

 唐突に殺されたベイル。要とカイルは彼の名を呼ぶがもう二度と返事は返ってこない。

 

 ベイルを殺した犯人は要のすぐ横にいた。

 

 魔力のオーラを放出させ、静かに、冷淡な瞳が要を見ていた。さっきと明らかに違うノイントに要の直感が「ヤバい」と要自身に忙しなく告げる。

 

 

「逃げろッ!カイル!!」

 

 

 もはや要に余裕はなかった。せめてカイルの名を叫べただけ大したものである。

 

 だが、カイルは足を止めた。あまりの恐怖に言葉も出ず、尻餅をついていた。

 

 

「クソォオオオッ!!」

 

 

 要は短剣を構え、ノイントを切り裂こうとする。

 

 だが、短剣を待っていた腕は切り落とされ、短剣を掴んだままの要の腕ごとノイントはそれを掴み、短剣を要の胸に深く差し込んだ。そして、続けてざまに大剣で肩から斜めにバッサリ切り裂かれた。

 

 くもんの声も出ない要。

 

 

「要様ァァァァッ!!」

 

「うるさいですよ」

 

「グボォッ!?!」

 

 

 ようやく体が動くようになったカイルは剣を振りかぶり突撃しようとするが、力無く倒れようとする要をノイントが蹴り飛ばし、それを正面からまともにくらったカイルは、まるで要を抱き込みながらはるか後方に吹き飛ばされた。

 

 吹き飛ばされた先は雑草地帯、カイルの背中に衝撃が走り、その原因が大木にぶつかったことなのだとカイルは薄れそうな意識の中、実感した。

 

 そして、ダメ押しでもするかのように飛んできた大剣が要ごとカイルを貫いき、その大木に縫い留めた。

 

 

「ガハッ!!.......はぁ....はぁ......かなめ、さまぁ.....」

 

 

 あたり一帯地の海。カイルと要の血が混じり、今もそれはどんどん広がっていく。

 

 要にはもう意識がない。

 

 力んで離さなかった刀剣を手に持ち、要の胸に深々と突き刺さった短剣とそれを未だに手放していない要の切断された腕。肩から腰まで斜めにバッサリ切り裂かれた痛々しい光景。そして腹に刺さり、カイルごと大木に磔にした大剣。

 

 カイルは吐血で真っ赤に染まった口を動かし、聞き取りにくいが小さく「すいません、すいません」と泣きながら要に謝っていた。

 

 すると要の指が少しだけ、ほんの少しだけピクリと動いた。

 

 それを見たカイルは涙を止め、最後の力を振り絞って身を起こそうとする。

 

 

「まだ息があるのですね」

 

 

 ノイントが斜め頭上で翼を広げて二人を見下ろしていた。

 

 カイルは涙で濡れていた瞳でノイントを力の限り睨む。そして口を開き、小さく、か細い声で言葉を紡ぐ。

 

 

「.........はぁ、はぁ.....いつ、か.....かならず......」

 

「聞く気はありません。死になさい、“劫火浪”」

 

(ーーごめん、ニア.....僕は、君の幸せをいつまでも祈ってるーー)

 

 

 不意にカイルは薄く笑みを浮かべる。

 

 

 ドゴォォオオオオオオッ!!!!

 

 

 地響く轟音を奏でた劫火に二人は包まれた。

 

 ノイントが放った劫火の魔法はあたり一帯を焼き尽くし、二人に突き刺さっていた大剣すら融解させるほどの高火力であった。

 

 二人が確実に死んだのを確認したノイントは、何も変わらない無表情のままその場を飛び去っていった。

 

 

 後日、王宮に知らせが入った。

 

 

 付与魔術師、要 進の死亡。

 

 その理由は盗賊に襲われ、そのまま火属性魔法と思われる高火力の炎での焼死。死体は炭となり、もはや以前の凛々しい顔立ちが嘘のように、見る影も無く、無惨な最後だったそう。

 

 異世界人、二人目の死亡に王宮は騒然となった。

 




随時、修正入ります。
まず1回目、アニメ版ばかり見てると勘違いしてしまう


補足

現在の要進のステータス

=========================================

要 進 17歳 男 レベル20
天職:付与魔術師  職業:冒険者  ランク:紫
筋力:300 → 最高身体強化時[+1500]英傑試練効果[+?]
体力:300 → 最後身体強化時[+1500]英傑試練効果[+?]
耐性:250 → 最後身体強化時[+1100]英傑試練効果[+?]
敏捷:250 → 最後身体強化時[+1100]英傑試練効果[+?]
魔力:400 → 英傑試練効果[+100〜?]
魔耐:400 → 英傑試練効果[+100〜?]
技能:付与魔法[+身体強化付与][+攻撃力上昇][+防御力上昇][+自然治癒力上昇][+消費魔力減少][+魔力譲渡][+魔法強化付与][+重複付与]
英傑試練[+能力上昇]
瞬光・特異点・言語理解

==========================================

[英傑試練]
・英雄になる器を持つ者のみに与えられる技能。強い感情の発露や、生死を分けた困難や試練を乗り越える度に、その試練を乗り越えた褒美のように新しい技能を獲得するぶっ壊れ性能。おまけに各ステータス値を一時的に上昇させる。上昇の値はその時次第で変動する。要するに敵が強ければ強いほどぶっ壊れていく能力です。

[魔法強化付与]
・文字通り魔法の威力を強化する付与魔法。

[瞬光]
・英傑試練の効果で獲得した新しい技能。知覚能力、視野、情報処理能力、反応速度といったものが桁違いに強化される。そして肉体能力も大幅アップ。
(南雲ハジメと違って天歩からの派生では無いので、縮地や空力は使えない)

装備
『レクタ謹製 魔法のスクロール』
・レクタが要に渡した魔法陣の刻まれた紙。魔法陣以外にも色々と意味深な文字や記号の羅列が描かれているが特に意味は無い。血が滴ったような模様があるが特に何もなかった。
最初は巻かれていた紙だったが、嵩張って邪魔だったので要が折りたたんだ。
渡された紙は五枚、残り三枚。


カイル
・さらばカイル、お前のことは忘れない....RIP



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訃報〜前編

  

 

side:メルド・ロギンス

 

 

 付与魔術師 要 進の死と、それに同行していた三人の兵士の殉職。

 

 王宮にその知らせが届いた時、すぐさま箝口令(かんこうれい)が言い渡された。

 

 そして、その知らせをエリヒド王から聞いたメルドは異世界人、勇者一行にその事を知らせるようにと王に言い渡される。

 

 メルドが玉座の間をでて最初に向かったのは四人の遺体安置所。

 

 部下の一人は魔物に食い荒らされた姿で発見、もう一人は体を両断され魔物に体を数箇所食われた形跡あり、そしてもう一人と要は()()()()()()()()()を伴い焼死体となって発見されたらしい。二人の遺体は体のほとんどが炭と化しており、もはや以前の様な姿は見る影もない。身につけていた貴重品などステータスプレートでさえ無くなっていたことから、盗賊の仕業だろうと判断された。そしてかなりの手練だと推測され未だに行方知らず。

 

 そんな報告を横で聞きながら、メルドは王都に運び込まれた四人の遺体を目にし絶句した。

 

 四人の変わり果てた姿。一体何があったのだと目を疑うほどの惨状にメルドは様々な憶測と感情が内側で入り混じり、何も考えが纏まらず、ただ呆然としていた。

 

 そしてメルドは自身の愚かさと際限なく押し寄せる悔しさと後悔に己の拳を握り込んだ。

 

 

 そこからの記憶は曖昧でいつの間にか自分の執務室に戻っており、メルドは部屋の扉を閉めた。そして吠えた。

 

 

「ふざけるなァアアッ!!」

 

 

 玉座の間と遺体安置所では行き場の無かった怒りと後悔が拳に乗って自室の机を砕いた。

 

 

「何が王国騎士団長だッ!何が王国最強だッ!何が必ず救うだッ!何が!何が!何がァアッ!!」

 

 

 机を砕き、壁を砕き、そして自身の頭を何度も何度も壁に叩きつける。まるで自分が砕けるのを渇望する様に。

 

 

「.......俺は....こんなにも、無力だったのか.....」

 

 

 最後は力無く自身の頭を壁に当て、己の良さを痛感した。

 

 すると、メルドの部屋の扉をノックする音が部屋の中に響いた。

 

 

「........誰だ」

 

「自分です。ホセです、入室よろしいでしょうか?」

 

「ふぅ〜〜.....入れ」

 

「はい、失礼しま....ッ!あの、団長.....」

 

「大丈夫だ、少し荒れていただけだ」

 

「.....そうですか」

 

 

 少し、というにはかなり部屋の中が散らかっている。机は木っ端微塵に砕き抜かれ、壁も数箇所殴られたような跡と大きく(へこ)んでいた。

 

 だがホセはあえてそれには触れず、真っ直ぐメルドの元に歩み寄った。治癒魔法のように、傷に触れることが優しさというわけでは無いのだ。

 

 

「それで、一体どうした?」

 

「はい、実は訓練の件で勇者様一行のメンバーの数人から次のオルクス大迷宮行きを早めて欲しい、と言われまして」

 

「ッ....!」

 

「どうしますか?次の迷宮行きはまだ先の予定ですが....?」

 

「.......ホセ」

 

「はい?」

 

「お前には伝えておく、ベイルと仲が良かったのはお前もだからな....」

 

 

 そうしてメルドは語った。王宮に届いた知らせのことを。要 進をはじめとしたイヴァン、ベイル、カイルの四人がどうなったかを。そしてホセはそれを聞いて酷く狼狽え、絶句した。「ベイル、お前ェ....」と涙を堪えて、その言葉を漏らした。

 

 

「....ホセ、光輝達 “異世界人”を食堂に集めろ。今からこのことを伝える」

 

「....はい、わかりました」

 

 

 そうしてホセは悲痛な面持ちでメルドの部屋を後にした。

 

 

「はぁ、これは神が下した私への罰なのかもしれないな.....だが、せめて他の奴らだけでも守り抜いて見せなければ。でなければお前達に顔向けできない、そう思わないか?ハジメ、シン....」

 

 

 その問いに答えるものは、もういない。

 

 メルドは自分の惨めさにひとつ鼻を鳴らし、自身の部屋を後にした。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

side:リリアーナ・S・B・ハイリヒ

 

 

 

 リリアーナは自身の執務室にいた。

 

 今日も今日とて書類と格闘し、あっという間に仕事を片付けてしまう。

 

 要が王都を追放されてすでに二日が経っている。

 

 そして要が王宮にはもういないと言うのに、この二日間、要と話していた時間にはついつい足があの中庭のベンチに向いてしまっていた。

 

 

「さて、これで今日の書類仕事は終わりですね。それにしてもヘリーナ遅いですね、何かあったのでしょうか?」

 

 

 すでに日は落ち、外はすっかり暗くなっている。ヘリーナはメイドのニアと共に兵士に呼び出され、どこかに行ってしまっている。

 

 少し手持ち無沙汰になったリリアーナは、自室を出てあの場所へと向かった。

 

 そして緑光石で仄かに照らされた小さな中庭にやってきたリリアーナは、いつもの様にベンチに腰掛けた。

 

 

(そういえばシンさんが以前、この中庭を箱庭と言っていましたね。確か、「そっちの呼び方の方がなんかかっこいい感じがする」でしたっけ?ふふっ、意外と子供なんですよね、シンさんって.....♪)

 

 

 なんて以前シンと話したことを思い出しながら、この箱庭の景色を楽しそうに眺めていた。

 

 すると、ヘリーナが慌てた様子でリリアーナのところにやってきた。

 

 

「姫様!ここにいらしたんですね....!」

 

「どうしたのヘリーナ、そんな慌てて!それに顔色も悪いわ、何かあったの?」

 

 

 ヘリーナを労るリリアーナ。しかし、ヘリーナは心配そうな瞳でリリアーナを見る。そして、どう伝えるべきか悩んだ末にヘリーナはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「落ち着いて聞いてください、姫様。先程、ホルアドの使者より知らせがあった様です.....要様が、亡くなりました」

 

「.......................うそです」

 

「同行していた兵士三名も共に殉職。要様を合わせた四名は.......無惨な最後を遂げたとのことです」

 

「......嘘ですよね、ヘリーナ....?」

 

「............」

 

「嘘だと言ってください、ヘリーナ!」

 

「姫様!!」

 

 

 珍しく声を荒げたリリアーナをヘリーナが優しく抱きしめた。そして二人は、膝から崩れ落ち、お互いに涙を流した。

 

 リリアーナは声を押し殺す様にヘリーナのメイド服に口元を当てながら、嗚咽(おえつ)する。そしてリリアーナの手はヘリーナのメイド服の掴み、まるでヘリーナに縋る様に涙を流した。

 

 最初の異世界人の友達であるシン。

 

 彼が死ぬとはこれっぽっちも思っていなかったリリアーナにとって、この日の出来事は一生忘れられない傷跡を残した。

 

 そして思い出の箱庭で少女の鳴き声が小さく響き続けた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

side:クラスメイト

 

 

 

 副長の声がけによって集められた異世界人達。

 

 彼らは何故呼び出されたのかすらわからないまま食堂としていつも使っている広間に集まっていた。

 

 

「優花っち、妙っち、何か知ってる?」

 

「私は知らないわよ。お妙は?」

 

「私も知らない」

 

「そっかぁ〜....ねぇ雫っち、何か聞いてない?」

 

「いいえ、私は何も知らないわ。光輝達はどう?」

 

「いや、俺も何も聞かされてない」

 

「俺もだ」

 

「私も何も聞いてない。みんな知らない感じだね」

 

 

 園部と菅原の三人で話していた宮崎が八重樫に尋ねる。しかし彼女も何も知らない様子で天之河に坂上、白崎も訝しそうに頭を捻っていた。

 

 

「もしかしてオルクス大迷宮に行く日が決まったのかな?」

 

「いいえ香織、多分違うわ。もしそうなら部屋に閉じこもってた他のみんなまで呼ばれたりしないはずよ」

 

 

 あの日、南雲がオルクス大迷宮で奈落の底へ落ちていった日から、おそらくこの場にいる全員が明確な死を感じたとった。それも当然だろう、目の前でクラスメイトが死んでいく様を目撃してしまったのでだから。そのせいで数日間、自室で塞ぎ込んでいた生徒が何人もいた。

 

 もう以前の様に、魔人族と戦おう!自分達ならできる!なんて自惚れたことを思える生徒はいなかった。

 

 

(愛ちゃん先生、きっとものすごく悲しむわよね.....)

 

 

 畑山愛子はあの日、王都の外にいた。かなり遠方に行っていたらしいので帰ってくるのは明日の朝にはなるだろうとのことだ。

 

 そんな生徒思いの先生のことを八重樫が思い出していると、メルドが食堂にやってきた。

 

 

「お前達、全員集まっているな?」

 

「メルドさん、一体どうしたんですか?何かトラブルとか....まさか、魔人族が攻めてきたんですか!?」

 

「滅多なことを言うな光輝。今回はそんな話じゃない」

 

「じゃあ、一体......」

 

 

 妙に言い渋るメルド。メルドの横に立っている副長のホセが心配そうにメルドに視線を向けていた。

 

 その様子に八重樫や園部達はお互いに顔を見合わせ、訝しむ。

 

 そして、メルドの口がようやく開いた。

 

 

「.....つい先程、ホルアドから知らせが届いたことだが、落ち着いて聞いてくれ.........シンが....要 進が死んだ」

 

「「へ.......?」」

 

「す、すいませんメルドさん....よく聞こえなかったのですが、要が、今なんて....?」

 

「.......死んだのだ」

 

「冗談、ですよね...?確かに要は不真面目で、乱暴で、良くない噂とかありましたけど、でも、でも......あ、俺達をからかってるんですね、メルドさん!いくらなんでもそんな冗談でーー」

 

「こんなことを面白半分で言えるわけないだろッ!!」

 

 

 瞬間、メルドの怒声が食堂に響いた。

 

 彼の顔は、とても冗談を言っている様には見えない。

 

 

「いや........」

 

 

 園部がメルドの言葉を拒絶する様な声を漏らす。自分の手を口元で抑え、まるで溢れ出そうなものを押さえ込む様に。

 

 

「すまない....怒鳴りつける様な声を出して。だが事実だ」

 

 

 メルドの言葉を聞いて、動揺を隠せない生徒達。天之河はそれ以上何も言えなくなった。

 

 そして、今度は八重樫がメルドにか細い声で尋ねる。

 

 

「.....本当に...本当に要なんですか....?何かの見間違いということは....」

 

「運び込まれた遺体も確認した。顔も確認できないほど焼き尽くされていたが、背丈や髪色、体格も一致している。装備品は全て剥ぎ取られていたが、間違いないだろう。護衛の兵士三人も同様に無惨な死に方をしていた。おそらく王都を出たその日に.....ッ、殺されたのだろう」

 

「そんな......」

 

「雫ちゃん....!」

 

「雫!」

 

 

 詳細を聞かされて、()()()()八重樫の心は折れた。力無く膝をついた八重樫に白崎と天之河が慌てた様な声を出し、近寄る。

 

 せっかく以前の様な関係に戻れたと思ったら、王都を追放され、挙げ句の果てに無惨な死。また会おうと誓い、それを何処か()()()思っていた八重樫にとって彼の死は予想外に大きかった。

 

 そしてもう一人、八重樫以上に大きなダメージを受けた生徒がいた。

 

 

「優花っち!!」

 

「優花!!」

 

 

 園部が気を失い倒れた。それを見て宮崎と菅原が園部に駆け寄ると、園部の目尻に大粒の涙が溜まっていた。

 

 

「ホセ、優花を部屋に運べ。雫のことは香織に任せる、香織、頼めるか....?」

 

「はい.....」

 

「俺も雫を!」

 

「光輝は残れ。まだ話は終わっていないのだからな、心配なら後で見に行けばいい」

 

「だけど....!」

 

「光輝、お前は勇者だ。戦うと決めたのなら、お前がみんなを引っ張って行かなくてはならない。お前ができることをやり通さなくてはならない、違うか?」

 

「.....わかりました。香織、雫を頼む」

 

「うん、任せて...」

 

「あの、団長....私達は優花についていったらダメですか?」

 

「かまわん、奈々と妙子は優花のそばに居てやれ」

 

「「はい....」」

 

「ふぅ〜〜......では今後について話をする。全員、良く聞いて考えてくれ」

 

 

 そう言ってメルドは話を再開した。

 

 そして倒れた園部と心が折れた八重樫はそれぞれ自室に運ばれ、まる二日間寝込んだそうだ。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 メルドの話が終わり、解散となった後、一人の男子生徒は笑みを浮かべていた。

 

 ずっと目の敵にしていた要が死んだという報告はその男子生徒にとって棚から牡丹餅の様な幸運だった。

 

 

(俺は生きてる、南雲とも要とも違う.....!生きてる奴が強いんだ.....!)

 

 

 要という存在のせいで長い間劣等感に苛まされ続けてきたその男子生徒は、少しでも自身が優れていると自己を肯定させる為そんなことを考えていた。

 

 

(噂を広めたおかげで邪魔者は完全にいなくなった!もう白崎は俺が手に入れたも同然.....!あとは、アイツだ....アイツも手に入れられたら、それで俺は確実に要に勝てる!.....あの女にもう一人追加だと言っとかねぇとな.....)

 

 

 夜闇の中で笑顔を浮かべるその男子生徒“檜山大介”は完全に心が歪みきっていた。

 

 小悪党気取りだった彼の今の顔は、悪党そのものだ。

 

 

(待ってろよ香織ィ......優花ァ......!)

 

 

 まるで自分のモノのように心の内で彼女らの名前を楽しそうに呟く彼は、月の光も届かない闇へと隠れていった。

 

 





NGシーン

take 1

檜山(待ってろよ香織ィ....優花ァ......)
作者「もっと下卑た感じで」
檜山(待ってろよォ〜)
作者「もっと舌を出して、レロレロ言いながら」
檜山(待っレロよォ〜香織ィ〜レロレロ、優花ァ〜レロレロレロレロ)
作者「.....飴も加えてみるか?」
南雲「やめんか」ドパンッ!
作者「あいた〜ッ」
要 「こんな作者でいいのか....?」



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訃報〜後編

 

 園部が倒れ寝込み、八重樫が自室で塞ぎ込みがちになって、すでに二日が経っていた。

 

 メルドから要が死んだことを報告された生徒の中で何人かは部屋から出てこなくなっていた。

 

 そして訃報の翌日、王宮に帰ってきた畑山愛子は要の死を聞かされ激怒した。自分が知らない間に要の王都追放が決まり、その後の死。ただでさえ南雲の訃報を聞かされ、急いで帰ってきたのに、立て続けに二人目の死亡報告は愛子の心を苦しめた。何より要が裏切り者という噂を流した相手に、要を王都追放にした王宮側に尋常ではない怒りを見せた。これには事の重大さを甘く見ていたエリヒド王、イシュタル教皇が驚き、慌てて弁明した。

 

 なんとか怒りを鎮めさせることができたが、「これ以上生徒達を苦しめないでください!」という愛子の思いと嘆願により、戦闘に参加する意思の無い者には何もしないと誓わされたエリヒド王とイシュタル教皇。

 

 そして愛子は要の死を受け入れるためにメルドと共に遺体安置所へと赴き、目の前の変わり果てた要の姿に絶句した。

 

 あまりに酷い有様に「ごめんなさい、ごめんない、ごめんなさい...」と何度も要の遺体の前で愛子は謝った。

 

 そんな愛子の姿にメルドも彼と愛子に深く詫び、二人はその場を後にした。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

side:クラスメイト(勝気な少女)

 

 

 

 その日の夜、園部優花は夢を見ていた。

 

 もう四年以上前のことだ。園部優花が通っていた中学には一人の有名人がいた。

 

 その男子生徒は天才だった。スポーツも学力も喧嘩も全て学校で一番だった。「あ〜、居るところには居るんだなぁ、こういう人」と園部優花は、そんな男子生徒にこれといった感情を持ち合わせていなかった。

 

 だが中学二年の時、彼と同じクラスになり彼を間近で見る機会が増えたことで彼に対する感情が変わった。

 

 いつもつまらなそうにしている彼。他人と関わらそうとせず、まるで余裕綽々で人を見下す態度にだんだん腹が立っていた。

 

 そしてある時、彼女の友人が彼に告白した。だがそれは実らず、手酷い振られ方をしたらしく友人は泣いていた。

 

 それに腹を立てた彼女は彼に対してこう言ってやった。

 

 『私、あんたみたいな奴嫌い』と。彼は面食らった様な顔をしていたが、すぐにいつものつまらなそうな顔に戻り『俺もたった今、お前のことが嫌いになった』と言い返してきた。ムカつく。なんでも出来るからって人の気持ち踏み躙る様な最低な奴を園部優花は許せなかった。

 

 だがそんなある日、彼が教室に持ってきた物にクラスメイト達一同は騒然とした。

 

 それは漫画やライトノベル小説といった創作物だった。

 

 今までそんな素振りも興味も持っていなかった様な奴が急にそれらを学校に持ってきて、授業中に読み耽っていたのだ。いや、そんな物学校に持ち込むなよ、と誰もがツッコムが教師すら委に返さず、我が道を征く!とばかりに堂々としていた。

 

 だがそれだけにとどまらず、彼が部活に入ったのだ。しかも弱者チーム。彼の才能ならこの中学で一番強いサッカー部に入るだろう予想は見事に外れた。友達が目撃した話では、他の部活動の顧問がこぞって彼を勧誘したらしいが、それら全部を蹴っての入部だったらしい。

 

 益々わからない。

 

 以前の彼は何もしない、何も見ない、誰にも近づかない、近づいた相手は傷つける、といった感じだったのに、明らかに何かが違っていた。

 

 教室ではアニメや漫画の話で盛り上がれる友達を見つけた様でいつも誰かと楽しそうに話しているし、バスケ部だって自分が見かけた時には楽しそうに部員とスポーツをしていた。彼に告白する女子だって、以前より明るくてかっこいいという理由で増え、その悉くが振られたが全部やんわりと角が立たないようにだった。  

 

 だからだろうか。

 

 何が彼をそこまで変えたのかすごく気になった。

 

 それが彼女に気まぐれを起こさせた。

  

 

『.......今度、うちの店にご飯食べに来なよ』

『いいのか?お前、俺のこと嫌いだろ?』

一見(いちげん)のお客さん相手に好きも嫌いもないわよ、お金払ってくれるなら。でも作った料理残したら許さない』

『そうか....なら今度部活帰りにでもやらせてもらうわ』

 

 そして、本当に来た。

 

 彼は彼女の実家の洋食屋の味を気に入ったらしく、ちょくちょくお店に通うようになった。

 

 園部優花がお店の手伝いをしてる時間帯とよく被って彼はやってくる。

 

 いつの間にか彼は常連となり、他の常連さんとも仲良くなって、終いには固定の席までできた上に両親とも仲良くなってしまっていた。

 

 そんな日常になんだかんだ彼女の心は絆されていた。

 

 そして、トドメは彼がバスケの試合を学校の体育館でしていた時だ。たまたま友達に声をかけられ、一緒に試合を見ていたのだが、素人目でもわかるほど彼はすごかった。中学生離れした身体能力に、相手チームを翻弄するテクニック、積み重ねた努力が滲み出るパスワークや連携、試合の結果は圧勝だった。

 

 大はしゃぎの友人の横で、彼女は彼を見た。

 

 以前の様な暗く鋭い表情ではなく、同年代の無邪気で頼もしい男の子の顔で清々しい汗を流しながら笑顔の花を咲かせていた。

 

 この時から園部優花の彼に対する評価や感情が一気に逆転した。

 

 それからというもの、彼女は彼に色々とお節介という名のアプローチを仕掛けていた。まあ、そのほとんどが最終的に言う必要のない言葉でいま一歩踏み込まずにいた。

 

 ぶっちゃけ言うと照れ隠しだ。

 

 だって、仕方ないじゃない!もし、この気持ちを、想いを口に出しちゃったら、きっとーーーーーー

 

 刹那、走馬灯のように思い浮かぶ色んな情景の中で豪快に快活な笑顔を咲かせる彼。そして自分の記憶の中で、真新しい彼の最後の笑顔が浮かんだ。

 

 

『お、おう。まあのんびり待ってるよ』

 

 

 どこか困った様な、それでも周りを心配させまいと明るく笑う要。胸が高鳴るのを感じる。だから。

 

 

ーーーーきっと、好きを抑えきれなくなる。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 寝ていた園部の瞼がゆっくりと開き、不意に先程までの夢が脳裏をよぎり、声が漏れた。

 

 

「........か、な...め」

 

「優花!」

 

「優花っち!」

 

 

 目を覚ました園部に気づいた菅原と宮崎が彼女の名を呼ぶ。そして覚醒した園部はた辿々しく声を呟く。

 

 

 

「....ふたりとも、どうしたの?.....なんで、ないてるの?」

 

「優花が起きないからじゃん」

 

「本当に心配したんだから!」

 

「.......そっか....ごめんね、心配かけて」

 

「それより優花、具合はどう?お腹空いてない?」

 

「何か食べたいものあるなら私、メイドさん達に頼んでくるけど?」

 

「もう、心配しすぎだって二人とも.......ねぇ、要のことなんだけど....」

 

「ゆ、優花っち!まずお水飲みなって!ほら、二日近く寝込んでたんだから喉乾かない?」

 

「え?私そんなに寝てたの....?」

 

「うん、たまに(うな)されてたよ?ついさっきだって『ぅ〜ん、かなめぇ』って」

 

「ちょっと奈々っち!」

 

「あ、ごめん!」

 

 

 宮崎と菅原がそんなやりとりをしていると、園部は少しだけ頬を赤らめ、意を決したように口を開いた。

 

 

「ねぇ、聞いて二人とも.......私ね、要のことが好きなの」

 

「「..............」」

 

 

 園部の言葉に二人は長い沈黙をし、二人は視線を一度合し、アイコンタクトをとった。そしてーーーー

 

 

「「今さらぁーーー!?」」

 

「うぐっ」

 

 

ーーーー今さらだった。

 

 

「ほんっと今さらだよね優花っち!私たちが気づいてないとでも思ったの!?」

 

「バレンタインで手作りチョコあげてるし、こっちにくる直前だって『今度お店で出すメニューの練習してるから、よかったら食べて。べ、別にあんたのために作ってきたわけじゃないんだからね!』とか言って実質手作り弁当渡してたら、こっちだって気づくよ!」

 

「ま、真似しないでよぉ〜〜!」

 

「まあ、優花っちは生粋のツンデレだから仕方ないけど」

 

「ていうか要くん、多分気づいてたよね」

 

「えッ?嘘ッ!?」

 

「う〜ん、あれは気づいてたなぁ〜。うん、間違いなく」

 

「うん、王都の門で別れた時だって....あっ」

 

 

 そこで二人はようやく踏みとどまった。要の死で傷ついている園部に対して、傷に触れる様な発言をしてしまったことに気づいた。

 

 

「優花っち....その.....」

 

「大丈夫、私は信じてるから要のこと」

 

「え、信じてるって.....?」

 

「要が生きてるって」

 

 

 二人は園部の言葉に沈黙した。いくらなんでも今の園部の発言は現実逃避してる様にしか聞こえなかった。

 

 

「優花、辛いだろうけど要くんは死んだんだよ。遺体だって確かに運び込まれてるみたいだし.....」

 

「こう言っちゃアレだけど、もう信じる信じないの話じゃないよ、優花っち.....」

 

「その遺体は本当に要だったの?」

 

「え?うーん....愛ちゃん先生に聞いたからハッキリとは言えないけど、顔も確認できないほど酷い遺体だって言ってた。ステータスプレートも無くしてるみたいだから本人確認はできてない、かな.....」

 

「でも、体格も髪色も同じだって愛ちゃん先生言ってたよ!」

 

「それだけなら、まだ要本人とは決まったわけじゃないと私は思う」

 

「「優花(っち).....」」

 

 

 希望は限りなくゼロに等しい。だが園部には要が簡単にやられる様な男ではないと、なんとなく思っていた。具体的な根拠はない、けど園部は信じた。彼の強さを。長年、彼を見てきたからこそ園部はそう思えた。

 

 

「でも、もし要っちが生きてたらとしてどうするの?手がかりとか何もないよ?」

 

「それに私、もう天之河くん達についていく自信ないし、戦うのも....」

 

「手がかりならあるわよ。オルクス大迷宮と要の装備品よ」

 

「装備品を探す、ってことだよね?けど、なんでオルクス大迷宮?」

 

「あの南雲大好きっ子の要が簡単に南雲の捜索を諦めると思う?」

 

「あ、それは確かに」

 

 

 どうやら園部達の間では要は南雲が大好きだからいつも一緒にいるのだと思われていたらしい。実際、南雲贔屓なので要はきっと反論の余地がないだろう。

 

 

「てことは優花、もしかして天之河くん達と一緒に.....?」

 

 

 菅原の言葉に園部は首を横に振った。

 

 

「強くなることを諦める気はないけど、私も天之川河くん達についていく自信はない。だから協力してもらうの」

 

「天之河っちに?」

 

「天之河くんに、ていうより雫と香織、かな....ほら、天之河くん、要のこと嫌ってる、ていうか苦手じゃん?」

 

 

 園部がそういうとまた二人の顔が暗くなった。園部が怪訝そうにしていると、二人は言いにくそうに口を開いた。

 

 

「実はーーーー」

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

side:クラスメイト(苦労性な少女)

 

 

 

 八重樫は今日も訓練に参加しなかった。

 

 この二日間ずっと自分の部屋に篭り、暇さえあればベッドの上で膝を抱え、虚空を見つめていた。

 

 彼女を心配して訪ねてくる宮崎や菅原、谷口や中村は八重樫をなんとか励まそうとするがどれもイマイチ手応えがなく不発で終わった。天之河に至ってはーーーーー

 

 『雫、いつまでもクラスメイトの死を引きずってちゃいけない。それに君と要は仲が悪かっただろ?要のことでクヨクヨするなんて雫らしくないぞ!要の死は唐突過ぎたが心配しなくていい、俺が雫を守ってみせるから!』

 

ーーーーーこの有り様だ。

 

 白崎が速攻天之河にはご退席させ、今は白崎が八重樫の面倒を見ていた。

 

 そして今も八重樫の隣でずっと座って彼女に寄り添っていた。

 

 

(雫ちゃんがこんなになるなんて、やっぱり雫ちゃんは要くんのことをーーー)

 

 

 コンコンコンっ

 

 と、部屋の扉をノック音が聞こえた。

 

 

(こんな時間に誰だろ?もしかして、また光輝くん.....?)

 

 

 と、トラブルメイカーの幼馴染を想像しつつ扉を開けた白崎。だが、白崎の予想とは違った意外な相手だった。

 

 

「あれ!?優花ちゃん、もう大丈夫なの?」

 

「うん、もう平気。奈々達から聞いたけど、心配かけたみたいでごめんね」

 

「いいよ全然、それより目覚めて本当によかったぁ....ところで、どうして優花ちゃんが?」

 

「そうだった....雫、いるかな?」

 

「うん、いるけど.....」

 

「そっか、ちょうどよかった。二人に聞いてほしいことがあるんだけど、いいかな?ああ、やめた方がいいなら日を改めるけど.....?」

 

 

 園部は菅原と宮崎から今の八重樫の状態について聞いていた。本来、話をするなら日を改めた方がいいのだろうが、思い立ったが吉日。こういうのは早い方がいいよね、と八重樫の部屋を訪ねたのだ。もっとも八重樫本人が日を改めて欲しいというなら、仕方ないが。

 

 

「雫ちゃん.....優花ちゃんの話聞いてみてもいいかな?」

 

「うん、香織がいいなら私も大丈夫よ....」

 

 

 以前より明らかに覇気のない八重樫の声に園部は来てよかった、と思った。  

 

 そして部屋の中に入った園部は、八重樫が座っているベッドの横に置かれた椅子に腰掛けた。それに続いて白崎ももう一つの椅子に座った。

 

 

「ねぇ雫......雫は要のこと、どう思ってるの?」

 

「へ.....?」

 

「え、優花ちゃん....?」

 

 

 思わぬ方向から飛んできた先制パンチに面食らっている八重樫と白崎。二人が予想していたのは優花による励ましの言葉だったのだが、そのあてがあっさり外れ、二人は一度視線を合わせて質問の意図を聞こうとした。

 

 

「えっと......それはどういう意味の質問なの?」

 

「言葉通りの意味よ、今の雫の状態でこんなこと聞くのは酷だと思うけど.....どうしても聞いておきたいの」

 

 

 何故そんなことを園部が聞いてくるのか。それはオルクス大迷宮に潜る前日の夜、宿屋での出来事が要因だった。

 

 あの日園部は、要が八重樫のことを好きだったのだと初めて知った。そして要が振られるところも見ていた。その後の八重樫と要は、以前のように距離を置いた関係性にはならず、むしろ以前よりも仲が深まり友人として互いを信頼しているようだった。

 

 だからこそ園部は確認しておきたかった。

 

 八重樫雫が要進という男を本当に信頼しているのか。そこに友愛か、はたまた友人に向けるものとは違う()()()()があったとしても、園部が要を信じているように、八重樫に要を信じて欲しいのだ。

 

 

「彼は....すごい人だと思っていたわ。努力家で、才能もあって、私なんかよりよっぽど強かった....だけど、あんなに強かった彼ですら.....死んじゃったわ.....」

 

 

 上手く言葉にできないながらも、彼に対して感じていたものを一つずつ並べていく。だがそれは、どこか他人行儀な、主観とは別な視点での感想のようにも園部は聞こえた。言っている本人ですら少し違和感を覚えていた。

 

 だが、それももはや意味のないこと。

 

 八重樫は再び彼の死を思い出し、言葉に詰まった。だが、園部が八重樫に希望の道標を口にした。

 

 

「雫、私は要がまだ生きてると思ってるの、ううん、信じてるの」

 

「.....え?」

 

「ちょ、優花ちゃん!いくらなんでもそれは.....」

 

「違うわ、香織....雫思い出してみて、メルド団長の言葉を。メルド団長は要の遺体は焼き尽くされて()()()()()()()()って言ってたのよ、つまりまだ要本人だと決まったわけじゃない。それに本人確認できるステータスプレートや装備品が何一つ残って無いなんて、いくら盗賊でも焼死体から遺留品を全部奪っていくなんておかしいと思わない?」

 

「でも.....背丈や髪色が」

 

「そんなの似ている人がいればいくらでも偽装できるわ。ていうか、焼死体なのに髪の毛が残ってるのもおかしいでしょ?体を覆うほどの火力で焼かれたのならまず最初に髪の毛が燃えて無くなってるはずよ」

 

「......確かに」

 

「でも待って優花ちゃん!もしそれで要くんの遺体が別の誰かの遺体だって言うなら、一体誰なの?そもそもそんな人、どうやって用意したの?」

 

「それは私にもわからない.....ただ、私が言えるのは、物的証拠が何一つ無いなら要と断定できないってこと。それにさっき雫も言ってたじゃん、要はすごい人だって。雫がすごい人だって認めるくらいの奴なんだから、そう簡単にやられるわけないでしょ?」

 

「優花.....」

 

「だから手伝って欲しいの、要を探すことを。お願い!」

 

 

 園部の言葉を全て聞いた八重樫は少しだけ瞳を濡らすが溢れる前に瞼を下ろした。そして再びその瞳を開いた時には、以前の苦労性で頼れる女の、決意を改めた強い目をしていた。

 

 

「ありがとう優花......うん、任せて。私にできることがあるならなんでもするわ」

 

「雫ちゃん....!」

 

「今までごめんなさい、香織、心配をかけて」

 

「ううん、そんなこと全然気にしてないよ!私の時だって雫ちゃんがずっとそばにいてくれたんだから、親友として当然だよ」

 

「うん、ありがと、香織」

 

 

 数日ぶりに見た親友の頼もしい顔と優しい瞳に白崎は瞳をうるうるさせ、当然のことだと言ってのけた。それに対して八重樫は心から感謝した。

 

 

「それで優花、私は何をしたらいいのかしら?」

 

「うん、そのことは香織にも頼みたいんだけど、いいかな?」

 

「うん!全然構わないよ!私にも手伝わせて!」

 

「ありがとう、香織。二人に頼みたいのは、オルクス大迷宮で要を捜索してもらうことと、ホルアドでの情報収集よ」

 

「どうしてオルクス大迷宮なの?」

 

「要が生きてるなら、あいつは絶対南雲を探しに戻ってくるはずだから」

 

 

 それを聞いて八重樫と白崎はハッとし、確かに、と頷いた。要と別れた日も要自身がそう口にしていたのだから、要が生きているならそこを目指すのは必然。

 

 

「うん、要くんなら絶対オルクス大迷宮攻略を目指すね」

 

「まあ、要だし。南雲くん贔屓なのは地球にいた時からだから仕方ないわ」

 

「案外、南雲も悪くないと思ってたりして」

 

 

 夜中に良からぬ考えを起こす少女三人。想像するのは要と南雲のボーイズラブ、気前よく「oh、Ye〜s」なんて効果音つき。園部と八重樫は南雲に迫る要を想像して少し顔を赤らめた。一方、白崎も二人と同じように熱いボーイズラブを想像したが、途中から妄想の中の要が自分と置き換わり、南雲に迫られる自分を想像していた。白崎の夢想の相手こと、奈落の底の化け物さんは不意に悪寒を感じたのだった。

 

 

「ゴホンッ、まあ妄想を膨らませるのはここまでにして話を続けましょう」

 

「香織〜、戻ってきて〜」

 

「ハッ!?ち、違うのよ!ちょっと要くんが羨ましいなって思って途中から私とハジメくんでアレコレすること考えてたなんて、そんなことないからね!あ、でもハジメくんにぎゅっと抱きしめてもらえたらいいなって思うのは別にいいよね?むしろその後、優しく耳元で囁かれたりなんかして「君を離さない」なんて言われてみたいとか思っちゃったりーーーーー」

 

「雫、止めなくていいの?」

 

「大丈夫、すぐ戻ってくるから」

 

「それでね、それでね〜〜ッ....ハッ!?.....ごめんなさい」

 

「ほらね」

 

「手慣れてるわね、さすが香織の親友」

 

「ちょっとその意味合いだと素直に喜べないわ」

 

「も、もう!雫ちゃんのイジワルぅ!」

 

「えっと....話を戻すけど、いい?」

 

「ええ、続けてちょうだい。さっきまでの話は私と香織でオルクス大迷宮内またはホルアドで要に関する情報収集と要の捜索でいいのよね?」

 

「優花ちゃんはどうするの?」

 

「私は愛ちゃんについて行こうと思ってる。色んな農地をまわるみたいだから、そこで情報収集と要の行方を探るつもり」

 

 

 つまり、八重樫と白崎はオルクス大迷宮とその周辺での捜索と情報収集、園部は愛子の農地開拓の手伝いをしつつ、情報収集と要の行方の探索になる。手がかりがほとんどない以上、この作戦が妥当なところである。

 

 それに白崎や八重樫にとって、オルクス大迷宮での探索はちょうど良かった。何せ、白崎も南雲を探そうとしているからだ。それを手伝うと言った八重樫もこの作戦案は好都合なのだ。

 

 三人はお互いに顔を合わせ、力強く頷き、新たに決意を固めた。

 

 

「優花....ありがとう。おかげで前を向けたわ」

 

「気にしないで雫、私なんて気絶しちゃってたんだからお互い様よ」

 

「要くんもハジメくんも!二人を連れ戻してハッピーエンドにしちゃお!」

 

「ふふ、そうね。どっち片方が欠けてるなんて、あの二人からしたらあり得ないだろうし」

 

「要と南雲、二人揃ってって感じだもんね」

 

 

 最初の重々しい雰囲気はもうどこにもなかった。三人は柔らかな笑みを浮かべ、笑い合った。再度、お互いに頑張ろうと励まし、女の子らしい話で盛り上がったあと、三人は同じベッドの上で並んで眠りに落ちた。

 

 

 あれから数日後の早朝、八重樫と白崎、他にも天之河や坂上など他の生徒達が王都の門に集まり、愛子率いる農地開拓グループの出発の見送りに来ていた。

 

 農地開拓グループ、通称“愛ちゃん護衛隊”。

 

 メンバーは園部を筆頭に宮崎、菅原、玉井、清水の生徒五人に加え、教会から派遣された神殿騎士数名が愛子の護衛役として同行することになっている。

 

 

「先生、どうか気を付けてください」

 

「留守の間は俺達に任せてください。俺がみんなを守って見せますから!」

 

「寂しくなるけど頑張ってください」

 

「ありがとうございます、八重樫さん、天之河くん、白崎さん。皆さんもどうか気をつけてくださいね」

 

 

 生徒達の心温まる見送りに愛子は笑顔で受け答えをする。

 

 そして出立の時間が来ると、愛子や玉井達が馬車に乗り込む。

 

 

「雫、香織、じゃあ行ってくるね」

 

「ええ、優花達も気をつけて」

 

「優花ちゃん、元気でね!私達も頑張るから!」

 

「うん、ありがとう二人とも。それじゃあ、またね!」

 

 

 八重樫と白崎に軽く挨拶を済ませると園部も馬車に乗り込んだ。

 

 少しだけ寂しくはあるが、お互いに目的のために頑張らなければならない。あの夜、三人でそう誓ったのだから。

 

 そして動き出した馬車を見送る八重樫と白崎。他の生徒達も離れていく馬車に手を振って元気よく送り出していた。

 

 

「香織、私達も頑張りましょう!」

 

「うん、雫ちゃん!」

 

 

 八重樫は馬車に手を振る腕と反対の手で白崎の手のひらを握り、それに応えるように白崎も強く、だけど優しく握り返した。

 

 

(あの時、優花の質問に上手く答えられなかった........私の中でまだ()()()()()()()()()想いがあるみたいなの......だから、貴方を、要を....必ず見つけてみせるわ、そしてその想いがなんなのかハッキリさせる....)

 

 

 三人の少女達は決意を胸に、それぞれの道を歩き出した。

 

 想いを確かめるため、想いを伝えるため、想いを叶えるために。

 

 八重樫雫、苦労性でいつも誰かを支えてきた少女。

 

 彼女の表情はいつもより頼もしく、気概で満ち、艶やかだった。

 





「少女SKY」の一幕でした。
雫のS、香織のK、優花のYでチームSKY。
次回から要登場。さてさてさぁて〜、一体彼はどこにいるのでしょうか。

南雲ハジメの困難に比べたら今の要はまだまだ序の口。
強くなるには試練が必要ですからね、少し過去の自分とも見つめあってもらわないと。


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雪原の出会い

ごめんなさい、長くなりました。
新キャラ登場します。


 

 夢を見ていた。

 

 見たことのある無数の魔物と対立し、剣を振り下ろし、魔法を駆使する誰か(自分)だが、自分には見に覚えがなかった。

 

 しばらくその光景が続いた後、この景色は誰が見ていたものかわかった。

 

 

(カイルさんーー)

 

 

 自分がカイルの視点であの時の記憶を見ているのだとようやく理解した。カイル(自分)が自分の背中を見た時、それでようやく理解できたのだ。そして、あの時のカイルがあの戦場で何を思っていたのか、どんな思いで戦っていたのか、カイルの感情が流れ込んでくる。

 

 絶望、恐怖、焦り、気概、高揚感、使命感、尊敬、そして憧れと後悔、最後に祈り。

 

 カイルはあの戦いで多くの感情をうちに秘めて戦っていた。相手の強大さに恐怖と絶望を抱き、それでも立ち上がり勇気を振り絞る。自分と同じ歳だというのに一歩も引かず、強大な敵に立ち向かう男に尊敬と憧れを持つ。だが敵はどこまでも理不尽だった。逆境を乗り越える勇気すらも塗り潰す、圧倒的な絶望がカイルの心を折った。

 

 だが、最後の最後で彼は小さな希望を見つけた。

 

 そして託した。

 

 

『.........はぁ、はぁ.....いつ、か.....かならず......』

 

 

 カイルはもうほとんど感覚が無い指を動かし、彼に自慢した魔法の道具を発動させた。かつて自分を救った命の恩人から貰った秘密の魔道具、友情の証である指輪を。

 

 それが淡い光を輝かせると、カイルの体に覆い被さって倒れている男が虚空に消え、入れ替わるように予め用意していた()()()()()()()男の遺体を召喚した。そして指輪は砕けた。

 

 カイルとその男の遺体は劫火に包まれた。

 

 カイルの口元は薄っすらと笑みを浮かべ、口にしたかった最後の言葉を心に浮かべる。

 

 

ーーーーー勝ってください!と

 

 

 カイルは男に全てを託した。

 

 そして恋人への想いを祈り、涙と共に焼かれ、朽ちていった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 静かに目を開いた要は、自分が寝ていたことに気づいた。

 

 その目には大粒の涙が溢れて、目を開けたと同時に耳の方へと落ちていった。

 

 そして要の視界に入ったのは木の屋根だった。天井はそれほど高くなく、それを支える柱も全て木材だ。

 

 ここが一体どこなのか、あたりを見渡そうとして首を動かした時、体に激痛が走った。

 

 

「〜ッ〜ッ.....!?!」

 

 

 痛みが全身に駆け抜け、それに連動するように他のところからも痛みが押し寄せてくる。ここを動かせばそこが、そこを動かせばあそこが、と某児童向けテレビ番組のピタ○ラ○イッチを要に連想させた。もっとも、楽しい要素は微塵もない。やられた本人からすれば、これを作った相手を本気で呪うぐらい酷いものだ。

 

 などと、無駄に思考が働いていた要の元に一人の男が現れた。

 

 

「....目が覚めたらようだな。その様子だと意外に元気らしい、甲斐甲斐しく世話をする手間が省ける」

 

 

 どこが元気なものか!?とツッ込もうとした要。だが、その男を見て要は目を見開いた。

 

 ぶっきらぼうな物言いに何処か皮肉めいた口調の男は、黒い肌に長く伸びた耳、赤い髪を携えていた。

 

 

「.........あんた、魔人族なのか....?」

 

「俺を見て判断できないのか?今の人間族はよっぽどお気楽なようだな」

 

「ぐっ....(抑えろ、今は動けない。それに命の恩人に失礼な態度は良くない....)」

 

「...........少しは物分かりがいいみたいだな。まあ、お前を助けたのは俺ではないがな」

 

「.....じゃあ、誰が?」

 

 

 要がそう質問すると同時に、木造部屋の奥の扉が開き、一人の女性が入ってきた。

 

 

「あ、起きたんですね!本当に良かったです、最初見つけた時はもうダメかと....」

 

 

 その女性は亜人族だった。金髪のミディアムヘアに、垂れた犬耳、目鼻立ちがくっきりとした美しい顔立ち、背丈は日本の成人男性の平均よりやや下ぐらいだろう。だがそれよりも、ひと目で男の目を釘付けにするほどのデカい乳!そして肉付きのいい腰にウエストはキュっと引き締まって細い!それを見た要は心の中で「異世界スゲェエエエエッ!!」と絶叫した。

 

 だが、流石に命の恩人に対してこのような考えは失礼だと思い、まずは挨拶をしようと心を鎮め、一言。

 

 

「おっぱい.....」

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 

(俺はいつから女性の胸を見て「おっぱい....」と神妙な顔で言うようになった!見ろ、魔人族の男が俺をゴミを見るような目をしてるじゃないか!くそっ!訂正しなくては....!)

 

「ふふっ、正直な方ですね。でもダメですよ?女性の胸を見てそんなことを言ったら、他の女性に嫌われちゃいますから、今後は気をつけてくださいね?」

 

「おっしゃる通りです、以後気をつけます.....」

 

「はい、素直なのはとても良いと思います♪」

 

(え、何この人、すげぇ優しい.....)

 

 

 思わぬ失態を晒した要だったが、最後は彼女の優しさに心がポカポカした。味噌汁飲みたい。

 

 すると魔人族の男がひとつ咳払いをして、口を開いた。

 

 

「さて、人間の男。お前にひとつ問う....カイルという男を知っているか?」

 

「!?....なんで、あんたがカイルさんの名前を...」

 

「知っているのだな....カイルをどうした?返答次第では貴様を殺す」

 

 

 魔人族の男があり得ないくらい濃密な殺気を要にぶつけてきた。今にも意識を手放したくなるほどで、あの時戦ったノイントとか言う銀翼の修道女と同等以上の脅威だと認識させられた。要の呼吸が自然と荒くなる。

 

 

「その辺にしてください師匠。彼が怯えています、それにそんな態度では彼も答えられませんよ?」

 

 

 途端、魔人族の男の殺気が弱まった。と言っても殺意はいまだに要には向けられているので、とてもじゃないが穏やかな気持ちにはなれない。

 

 

「答えていただけませんか?あなたが何者でも、この場で殺すことは致しませんので」

 

「.....わかった、正直に話す。元より今の俺では何もできないから、話終わった後は好きにしてくれ」

 

 

 そう言って要は全てを話した。

 

 異世界から召喚されたこと、オルクス大迷宮でのこと、王都追放のこと、そしてノイントなる女に襲撃され、呆気なく敗れたことを。

 

 そこまで話してようやく魔人族の男は殺気をおさめた。

 

 

「.....嘘は言っていないようだな」

 

「信じてくれるのか?」

 

「俺に嘘は通じない、そういう力を持っているからな」

 

「なら.....」

 

「ああ、殺しはしない、治療も続けてやる。餞別としてお前の装備も直してやる。だが、それが終わったらさっさと出ていってもらう」

 

「.....助かる」

 

「礼を言うならロクサーヌに言え。お前を殺そうとした俺を説得して治療までしたのだからな」

 

「ロクサーヌ?そこの亜人の女性はロクサーヌと言うのか?」

 

「はい、申し遅れましたが私は狼人族のロクサーヌと言います。そして貴方をここまで運んでくれたのは私の師匠、ここにいるロバートです」

 

「その名は好かん、俺のことはロンと覚えておけ人間族の小僧」

 

「ロクサーヌさんにロンさん、か。改めて礼を言わせてくれ、救ってくれたこと本当に感謝している。寝ている姿で申し訳ないが、俺は進、要 進だ」

 

「ではシンさんと呼ばせてもらいますね」

 

「フンッ、とりあえず貴様は早く体を治せ。俺は工房に行く」

 

「待ってくれ」

 

 

 話すことは話し、挨拶も名前も聞くことができたところでロバートが部屋から出て行こうとするが、それを要が呼び止めた。

 

 

「なんだ?」

 

「どうして貴方がカイルさんのことを知っている?親しい間柄だと察しはつくが....」

 

「.......お前と同じだ。昔、ここに迷い込んだアイツを俺が拾った、それだけだ。お前がここにいるのは、俺がアイツに餞別として渡した魔道具のおかげだろう」

 

 

 それを聞いて先程見た夢を思い出した要。

 

 あの時、カイルは最後の最後で要を助けるためにロバートから貰い受けた魔道具を起動させ、ここに要を送ったのだ。恩人であるロバートに要を託すように。

 

 

「これでいいか?」

 

「最後にもうひとつ」

 

「.....まだあるのか?」

 

「貴方がカイルさんに渡した魔道具、あれには使用者の感情を他者に伝える機能でもあったのですか?.....寝ていた時、確かに俺はカイルさんの最後を見た。それにあの時のカイルさんの想いも知った。あれは、俺の妄想なんかじゃないと確信している....一体、どうして.....」

 

「さあな.........だが、時として魔法は人智を超えた力を発揮する。まるで人の意思に応えるかのようにな......その時のカイルがどんな想いだったのかは俺にはわからん。ただ、お前をここに送るだけの決意があって、アイツはお前に()()()を託した。なら、そんな奇跡もあっていいだろう......」

 

 

 そう言って今度こそロバートは部屋から出て行き、締め切った部屋の中に残された要とロクサーヌ。

 

 要はロクサーヌが隣に寄ってくることにも気づかず、涙を流してカイルの最後の想いを受け止めた。

 

 そんな要を見てロクサーヌは要の頭を優しく撫でる。

 

 要は恥ずかしそうに顔を逸らすが、それでもお構いなくロクサーヌは優しく微笑みながら要が泣き止むまで頭を撫で続けた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 あれから二日が経過した。

 

 体はすっかり元通り。腹にあいた穴も、肩からバッサリ切られた切り傷も、焼けた肌も、切断されたはずの腕すら元のように動いていた。

 

 なんでもロバートは神水というどんな傷でも立ち所に治してしまう魔法の回復薬を持っているらしい。切断された腕は状態が良かったため、縫合し、それでくっつけたとか。凄まじい技量だ。しかし、傷跡は残った。あの時の戦いの跡として、まるであの敗北を忘れさせないように身体中に傷跡となって残っている。

 

 だが、それだけで要が助かるわけがなかった。

 

 元々致命傷だった要が今でも生きているのは、胸に刺さっていた短剣、つまりリリアーナから貰った短剣と、園部と一緒に冒険者ギルドで買った首飾りの効果が大きかったらしい。短剣には神代魔法のひとつ、“再生魔法”が付与されていたらしく、その効果で傷付いた要の体を徐々に癒していたらしい。そして首飾り、あの首飾りのおかげでノイントの肩から切り裂かれた傷もある程度防がれていた。その効果で一命を取り留めていたのだ。もしあの時、ノイントが要に短剣を刺していなかったら、そして首飾りを身につけていなかったら話は変わっていただろう。おまけに付与魔法の派生技能[自然治癒力上昇]の効果もあって回復も早かった。それに冷えた要の体をロクサーヌが人肌で温めてくれていたらしい。ちょっとだけ惜しいと思った要、何がとは言うまい。

 

 これだけの要因が無ければ今頃要はカイルに託された命を無駄にしていただろう。

 

 だが自然と要は、この奇跡の如き一連の流れを偶然と思わず、()()()()だと思えた。なんとなくだが。

 

 

 そして要は今、どこにいるのか。

 

 最初ロクサーヌから聞かされた時、要は驚いた。

 

 そこは遥か南方、ライセン大峡谷を超えたその先の東側に位置する雪原。常に雪が深く積もり、雲が晴れることはない極寒の吹雪が吹き荒れるシュネー雪原だった。その山脈地帯の山の中でロバートとロクサーヌは住んでいた。

 

 

「相変わらずすげぇ景色だな。日本じゃまず見れない光景だ(.....それにしても、シュネー雪原、ねぇ.....ハジメの予想が正しければ、ここにも.......)」

 

 

 要は体を動かすため、ロバートの家から出て木剣を振っていた。ロクサーヌも剣の鍛錬のために外に出てきている。

 

 お互いに防寒用の厚い熊の毛皮を着込んでおり、要のはロバートのお古だ。「いつでも出ていけるように体を動かしていろ」と、木剣と共に渡された物だが、あの人絶対ツンデレだ、と要は確信していた。なんとなく園部に似ていると思った要だが、園部の方がもう少し可愛げがあるな、と自己完結させた。

 

 

「シンさんの居た世界にはこういう場所はなかったんですか?」

 

「いや、あるにはあるんだろうけど、俺が住んでた場所ではまず見られないかな......よし、素振りもこれぐらいでいいだろう。やろうぜ、ロクサーヌさん」

 

「....あの、ほんとにやるんですか?」

 

「ああ、遠慮なく来てくれ」

 

「わかりました....では.....」

 

 

 そう言ってロクサーヌは木剣を要に向けて構えた。それを見て要も木剣を構え直した。

 

 要からの提案で今から二人は木剣による試合を行う。

 

 何故こんな話になったかと言うと、理由は至極単純、要が強くなるためだ。

 

 ロクサーヌの剣の師匠はロバート。ロクサーヌから聞いた話だと、十五年程前にシュネー雪原で倒れていたロクサーヌをロバートが拾い、以来ロクサーヌはロバートを師事しているそうだ。実の娘のように時に優しく、時に厳しくするロバートはロクサーヌにとって親代わりの存在らしい。そして、そのロバートの剣の腕は相当らしい。実際に見ていないのでどれ程なのかわからないが、あの時の殺気、要が目を覚ました時に要にぶつけてきた殺気から考えるに、あのノイントとタメを張れるぐらいの実力はあるだろう。そしてそんな男に鍛えられているロクサーヌ、ロバートに挑む前の肩慣らしにはちょうどいいだろうと要は考えて試合を申し込んだのだ。

 

 

(あのノイントとまた戦う時の為にも、もっと強くならねぇと....それに、こっちは託されたんだ!必ず仇はとる....!)

 

 

 より一層気合を入れ、要はロクサーヌを見据える。だが、気づいた時にはロクサーヌが目の前にいた。

 

 

(は、速ッ!?)

 

「ふっ!!」

 

 

 飛び込んできたロクサーヌの上段振り下ろしをなんとか躱わす要。だが、ロクサーヌは止まらない。要が剣の軌道を目で追う中、ロクサーヌはそれを見逃さず、要の死角に即座に移動し、華麗に剣を振る。それを防げばバックステップを踏み、フェイントを織り交ぜながら距離を詰め、再び剣を振り下ろす。

 

 だが要も負けてはいなかった。

 

 瞬光を使い、知覚能力を上げ応戦する。

 

 それには流石に驚いたロクサーヌ。だが、ならば!とさらに剣を振る速度を上げ、手数がさっきの倍以上となったロクサーヌ。流石に今の要では防ぐので精一杯。

 

 そして最後はロクサーヌが要の木剣を手放させ、幕を閉じた。

 

 

「ふぅ〜、強いなぁロクサーヌさん。手も足も出なかったぜ」

 

「シンさんこそすごいです、付与魔法も使ってないのにここまで動けるなんて!世の中の付与魔術師さんはみんなそうなんですか?」

 

「はは、まさか。普通は遠距離からの支援が基本だそうですよ。にしても、やっぱり強いですね」

 

「私なんてまだまだです。師匠と比べたら足元にも及びません」

 

(これでまだまだ、か.......世界は広いな)

 

 

 瞬光を使っても勝てなかったのは正直意外だった。

 

 ロバートならともかく、ロクサーヌにならいい線行けると思っていた要にとって自分がどれだけ慢心していたのか痛いほど痛感させられた。

 

 

(ぶっちゃけ今の俺なら八重樫にだって剣技で負けない。だが、ロクサーヌさんはスピードもテクニックも八重樫以上、いや、下手したらメルド団長以上なんじゃないか?)

 

 

 付与を使えば要はロクサーヌに勝てただろう。だが生憎、今の要は付与魔法が使えない。

 

 魔法陣を刻んだ手袋も、錫杖も、刀剣も、装備一式全て、今は手元にないのだ。

 

 錫杖はノイントに壊され紛失、手袋もノイントの最後の魔法で焼けて使い物にならない、刀剣と首飾りはロバートが修復中、短剣は元々魔法陣を刻んでいないので論外、服もレクタから貰ったスクロールも全て燃えた。

 

 結果、要の手元には何も残っていない。

 

 だからこそ、ロクサーヌに試合を申し込んだ。

 

 魔法が使えなくても強くなる方法はいくらでもある。ハジメがそうであったように。

 

 

(まあ、舐めてかかった結果がこのざまだけどな.....)

 

 

 なんてことを思っているとロクサーヌが要に尋ねてきた。

 

 

「......シンさんはどうして強くなろうとするのですか?」

 

「?いきなりどうしたんです?」

 

「いえ、えっと.....単純に疑問に思ったんです。あれほどの怪我を負って、ようやく傷が癒えたというのに、シンさんは強くなってまた戦場に行こうとしてます。普通なら怖いって思いませんか?もう嫌だって、死にたくないって思いませんか?」

 

「......つまり、どうして怯えていないのかってことですか?」

 

「はい.....」

 

「う〜ん、俺だって死ぬのは怖いですし、出来ることなら戦いたくないですよ?」

 

「では、どうして.....?」

 

「そんなの決まってます、勝つためです。弱い自分に、打ち負かされた相手に」

 

 

 笑顔で答える要。それを見てロクサーヌは息を呑んだ。

 

 

「それに俺にはやらなければいけないことが二つもありますから」

 

「例のオルクス大迷宮で落ちた友人と、カイルさんのことですか?」

 

「ええ、俺はハジメを探しに行かなくちゃいけません。もちろん生きてる保証はどこにもありませんけど、あいつはきっと生きてる、俺にはわかるんです......それにカイルさんが託してくれたこの命の為にも、強くなってあのノイントを倒さないといけない.....(園部や八重樫達が危険に晒される前に...!)」

 

「でも、死ぬかもしれないんですよ?今度こそ、もう奇跡は起きないかもしれないんですよ?」

 

「大丈夫です」

 

「どうしてそこまで.....」

 

 

 自信が持てるのか?とロクサーヌが言いかける前に、彼女は要の目を見て、口を閉じた。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 要の言葉を聞き、そして目を見てロクサーヌはなんとも言えない凄みを要から感じた。師匠であるロバートとは少し違うが似ている、強者ゆえの確信した瞳。一定の強さを持った強者のみに許された、まるで未来を知っているかのような言動。ロクサーヌは息を呑んだ。

 

 そして一拍置いて要は豪快に笑ってみせた。

 

 その瞬間、ロクサーヌはまるで胸を射抜かれたような錯覚をするほどの、甘い衝撃を受けた。

 

 同年代の人間族、その彼が見せた自分とは違う強さ、自信、気概、頼もしさ、そして一拍置いての無邪気で可愛らしい要の笑顔にロクサーヌは胸をときめかせた。

 

 今までの人生において初めての体験に、ロクサーヌは慌てて顔を体ごと逸らし、熱くなった顔を手で(あお)ぐ。

 

 

(わ、私、どうしちゃったんだろぉ....こんなこと初めてで、どうしたら......!?)

 

「どうしました、ロクサーヌさん?」

 

「ひゃいッ!?」

 

「.....ひゃい?」

 

「い、いえぇ、なんでもありません。そ、それより少し体も暑くなってきたので、汗をかいて体を冷やすのもアレなんで、中に入りましょう!」

 

「は、はい....?」

 

(やだ、シンさんの顔がまともに見られない....!私、本当にどうしちゃったんだろぉ.....うぅ〜、助けて師匠ぉ〜!)

 

 

 その後、ロクサーヌはなかなか要と顔を合わせられずにいた。

 

 不思議そうにする要は、「もしかして俺、嫌われた....?」と見当違いのことを思っていたのだが、数時間後には前と同じように顔を見て話ができたので、要は杞憂だったと考えを改めた。ちなみにその数時間の間、ロクサーヌは要にバレないように顔をガン見してただ慣れただけということは誰も知らない。

 

 

 

 そんなこんながあって、今は要とロクサーヌ、ロバートは夕食を共にとっていた。ロバートが一緒に食事を取るのはかなり珍しいらしい。

 

 ロバートはいつも工房でひがな一日剣を打っており、ロクサーヌが作った料理をいつもは工房で食べているそうだ。時間が空けばロクサーヌに剣の稽古をつけ、そして何処かに一人で行って、数日経てば戻ってくる。そんな毎日だそうだ。そしてロクサーヌはそんなロバートの家事全般を行い、鍛錬しつつ生活しているのだとか。

 

 正直、あまりに退屈そうな日常すぎて、要は「俺と一緒に冒険に行かない?」と冗談半分で優しく誘った。最終的に断られたが、思ってた以上に狼狽えてたロクサーヌを見れて面白いものが見れたと要は笑い、ロクサーヌは揶揄われたと思って「もぉ〜!」と可愛らしく頬を膨らませてプンスカしていた。

 

 そして今、ロクサーヌが作った料理を黙々と食べるロバート。要はロクサーヌの料理の美味さに感激し素直に褒めると、ロクサーヌも嬉しそうに笑う。

 

 

「師匠も美味しいぐらい言ってくれてもいいと思うんですけどね」

 

「......うまいぞ?」

 

「それじゃあ言わされた感がするので、私が聞く前に言って欲しいんです」

 

「.......そんなことより、小僧」

 

「あ、話逸らしましたね!」

 

 

 あからさまに話を逸らされたロクサーヌがまたプンスカしている。そんな二人を見て苦笑いを浮かべていた要に、ロバートは真剣な面持ちで要に話を振った。

 

 

「お前の装備、刀剣と短剣は修復と手入れも終えたぞ?それとお前が使っていた手袋の代わりになりそうなちょうどいい奴があったから勝手に魔法陣は刻んでおいた」

 

「あ、ありがとうございます....」

 

「首飾りの方は残念だが魔法の効力を失ったと同時に宝石も砕けて俺の手では直せなかった。だが、どうせ大事なものなのだろう?首飾りではなく腕輪に仕立て直した。身に付けられるようになっただけ有難いと思え」

 

「は、はぁ....えっと、ありがとうございます」

 

「少し待て、お前に必要そうな物を持ってくる」

 

「え、ちょ...!」

 

 

 一気に捲し立てられ、お礼しか言わせてくれないロバート。そしてロバートは何処かに行ってしまった。そんなロバートを見てロクサーヌがため息混じりに苦笑しつつ、教えてくれた。

 

 

「カイルさんの時もこんな感じだったんです。なんだかんだ言って一度面倒を見た相手は放っておけないんですよ」

 

「はは、でしょうね。俺にもここまでしてくれるんですから」

 

 

 要もこれには苦笑してロクサーヌに同意した。

 

 それと同時に心苦しくなった。

 

 要はロバートに聞きたいことがあった。

 

 もし要の予想が正しければ、このシュネー雪原には()()がある。それはハジメも同じ見解だった。そしておそらくロバートはその在処(ありか)を知っている。なら、聞かなければならない、強くなる為に。

 

 だからこそ、心苦しい。ここまでしてくれた相手に対して()()()()()と、言っているようなものだから。

 

 戻ってきたロバートが軽装の鎧を持って来た。

 

 

「お前は接近戦の素質があるみたいだからな、これを持っていけ。人間族の貧弱な防御力の足しにはなるだろう」

 

「あの、ロンさん....」

 

「あと小僧の燃えた服の代わりに俺の使い捨てをーー」

 

「ロバートさん」

 

「ーー.....なんだ小僧?」

 

「聞きたいことがあります」

 

「......言ってみろ」

 

()()()ってどこにありますか?」

 

「!?......何故それを聞く」

 

「強くなる為に」

 

「くだらん、拾った命を捨てるようなものだ」

 

「貴方は違うんですか?」

 

「!?.....何故わかった?」

 

「カマをかけただけですよ、やっぱりロンさんも挑んでたんですね」

 

 

 明らかに不機嫌な表情になったロバート。そんなロバート相手に要は肩をすくめ、少しだけ笑みを浮かべた。

 

 二人が醸し出している空気はかなりピリついており、話についていけていないロクサーヌは戸惑いを隠さないでいた。

 

 

「.....えっと、シンさん一体なんの話をしているんですか?師匠も、これはどういうことなんですか?教えてください」

 

 

 ロクサーヌが説明を求めるが、二人はそんなロクサーヌを無視し続けて、目の前の相手を見極めようと真剣な面持ちで構えていた。

 

 

「お前が力を求める理由はわかる。だが、あそこに行っても得られるものはない」

 

「何故そう断言できるのですか?」

 

「俺が直接見て来たからだ」

 

「つまり攻略したと?.....そんなことが言えるのは大迷宮の最奥まで見た人間、つまり攻略した者でない限り断言できませんよね?」

 

「....俺を苛立たせたいならそう言え、小僧」

 

「そうなつもりありませんよ、ロンさん。俺はただ聞いているだけです、大迷宮はどこですか?って」

 

「くどいぞ。俺がそれをお前に教える義理はない」

 

「そうですね、確かにその通りです。でも教えていただきたい」

 

「何故そこまで俺にこだわる!行きたければ一人で勝手に行けばいいだろうッ!!」

 

 

 この時、初めて明確にロバートは苛立った様子で声を荒げた。近くに座っているロクサーヌがロバートの怒号に肩を振るわせた。要はそれを平然と受け流す。

 

 

「貴方だからこそ聞きたい。カイルさんの恩人であり、カイルさんの仇を討つ手掛かりを握っているかもしれない貴方に!」

 

「ッ!?」

 

「あれだけの魔道具をカイルさんに持たせたのは、カイルさんを死なせたくなかったから。神水を持っている貴方ならカイルさんがどんなに重傷でも癒せたから。そして、転移する先もこの近くに設定されていたのは、貴方やロクサーヌさんがカイルさんがやって来た時に見つけやすくするため。貴方はカイルさんを誰よりも心配していた.....違いますか?」

 

「.............」

 

「だからこそ、俺はカイルさんの仇が討ちたい。託された側の人間として、勝ってくれと言われた一人の男として!あれを放って置くわけにはいかない!その為に協力して欲しいんです!......お願いします、教えてください」

 

 

 長い沈黙が続いた。

 

 要は途中からただ熱意のみで口を開いていた。それがどれほどロバートの心に届いたかはわからない。だが、言いたいことは言えた。要は深く頭を下げ、お願いする。ロクサーヌももはや何も言えなかった。

 

 そして、長い沈黙のあと、深く溜息の声が聞こえた。

 

 

「いいだろう、場所は教えてやる。だが一緒に付いては行かない、お前が死のうが生きようが俺には関係無いからな」

 

「ありがとうございます....」

 

「明日の朝出発する。それまでせいぜい体を休めておけ」

 

「え?師匠、今付いては行かないって....」

 

「場所を教えるのに案内役がいないでどうする?迷宮内まで付いて行かないと言ったまでだ.....それと、今晩中に装備の感触を確かめておけ、どこか問題があるなら言え、俺は工房内でいる」

 

「はい」

 

「最後に聞かせろ小僧....死ぬ覚悟はできてるんだろうな?」

 

()()()()()()()()

 

 

 ロバートは真剣な表情で背を向けながら要に問う。だが、それに対して実にあっさりと、しかし明確な自信を持って要は答えた。

 

 

「フッ....そうか」

 

 

 初めてロバートは要の前で笑った。そしてさっさと部屋を出て行った。

 

 ロバートが笑うと思っていなかった要は素直に驚いていた。

 

 

「よかったですねシンさん!師匠、シンさんのこと認めたんですよ!」

 

「え?そういうことなんですか?」

 

 

 笑ったら合格ってイ○モネアかよ!っと内心でツッコむ要。

 

 だが、これで大迷宮に挑める。

 

 実力が足りないのは百も承知、大迷宮攻略がそんな甘いものではないと重々理解している。何せ、オルクス大迷宮での出来事はいまだに記憶に新しいのだから。そして、蘇るのは奈落に落ちていくハジメの姿。

 

 

(もう二度と、失わない為に....!)

 

 

 要は明日、大迷宮に挑む。

 

 何故ここまで要は大迷宮に拘るのか。その理由は前に述べたように数多くある。だが、要をそこまで駆り立てる理由はもう一つあった。

 

 それはただの直感。

 

 人に説明しても理解されない、() ()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな予感が、要にはあったのだ。

 

 そして、運命は動き始める。

 

 





補足

『狼人族の少女・ロクサーヌ』
・文字通りロクサーヌ、とよく似たトータスの狼人族とお考えください。
外見はほとんど異世界迷宮のロクサーヌと同じですが、戦闘スタイルは剣一本のみのスピード特化スタイルです。(あんなデカいのぶら下げてすげぇよ、色んな意味で)


『魔人族の男・ロバート』
・長く伸びた赤い髪をした魔人族の男。剣の腕だけでノイントに匹敵するほどの実力者。何か色々抱えてます。自分の名前が気に入らないらしく、ロンと呼ばせたがります。イメージはダイの大冒険のロン・ベルクみたいな感じですね。あれを赤くして黒くした感じ。


『要 進』
・本作の主人公。イメージはタイトルで気づいてると思いますが、マギ“シンドバッドの冒険”のシンドバッドをイメージしてます。ですが、髪は後ろでくくれない程度の長さで、髪色も黒です(だって日本人だから...)
まあ後々変身しますけど、イケメンなのは間違いないでしょうね。
性格も本作主人公として変わっていますので悪しからず







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氷雪洞窟

新キャラ登場。



 

 シュネー雪原の奥深くに、深く大きな峡谷がある。

 

 ロバートとロクサーヌが暮らしている山からかなり離れている場所に峡谷はあった。

 

 そして、大迷宮攻略を決意した要はロバートに案内してもらう形で今、峡谷の谷底を歩いていた。ロクサーヌも付いてきており、要と一緒にロバートの後ろを歩いていた。

 

 いつものようにシュネー雪原は猛吹雪、それは谷底でも変わらないらしく、ロバートが用意していた魔物の毛皮で出来た防寒用魔道具がなければ要達はとっくに凍死していただろう。と言っても魔道具の効果は微々たるもので、完全に寒さを凌げる代物ではなかった。風も強く、目の前を歩いているロバートを見失いそうになるほど、視界は最悪な上に声も聞き取りにくい。自然と三人の話し声は大きめになる。

 

 

「師匠、一体いつになれば大迷宮に着くのですかー?」

 

「もうすぐだ.....ロクサーヌ、これぐらいで根を上げているようでは大迷宮に行っても無駄死にするだけだぞ?今からでもかまわん、お前は戻れ」

 

「いえ、私も行きます。私だって強くなりたいんです!」

 

「..........」

 

「ロクサーヌさん、本当に付いて来るつもりですか?こう言ってはなんですけど、大迷宮はそんな生優しい場所ではないんですよ?」

 

「大丈夫です、別に舐めているわけじゃありません.....(ただ、私もそろそろ強くならないとダメだと思ったんです、()()()()()()()()()())........それにシンさん一人で大迷宮に入るより、二人の方が生還率も上がるはずです」

 

「そうかもしれませんけど.....」

 

「ついたぞ」

 

 

 昨日の夜の要とロバートの問答の後、ロクサーヌはロバートに自分も大迷宮に挑戦したいと告げた。もちろんロバートは反対した、要も止めたがロクサーヌの決意は固く、結局付いて来る事になったのだ。

 

 そんな昨日の事を思い出しながら猛吹雪の中を掻き分けるように進んだ先、谷底の道の奥、大迷宮“氷雪洞窟”の入り口に辿り着く。

 

 

「この先が大迷宮だ」

 

「この先が........案内ありがとうございました、ロンさん。それに装備も整えてくれた上に食料や魔道具まで貰えるとは、本当に何から何までありがとうございます」

 

「礼を言うのはまだ早い......俺の仕事はここまでだが、小僧の実力を確かめさせてもらう。ロクサーヌも付いて行くと言うんだ、ならウチの弟子が背中を預けるに足る実力なのかどうか、見極めねばならん」

 

「まさか、ここでロンさんと戦えと?」

 

「そんなわけないだろ」

 

 

 すると、吹雪も風も大分落ち着いてきた大迷宮入り口前に魔物の声が響き渡ってきた。どうやら魔物が数体、洞窟の中から出て来る様子。

 

 

 

「ここから先は大迷宮、挑戦者を試すのはやはり大迷宮だろう。ロクサーヌ!お前は参加するな」

 

「ッ!ですが.....」

 

「小僧が死にそうになるまで、手出しは許さん」

 

「そんな....(シンさん...)」

 

 

 そして魔物が現れた。

 

 白い体毛に覆われた二足歩行のゴリラのような魔物が五体。体長は三メートルを超え、ゴリラよりも二足歩行に優れたような動きは、さながら地球で言うところのビックフットだろう。だが要が最初に抱いた考えは違った。

 

 

(めっちゃでかいホワイトゴレ○ヌ....!?)

 

 

 某プロハンターの念獣を思い浮かべた要。

 

 目の前の魔物の姿に思わず興奮する要だったが、その表情はすぐに険しい物になった。

 

 仮称ホワイトゴレ○ヌは要とロバート、ロクサーヌの三人に襲いかかってきた。だが、ロバートが威圧し五体の魔物達は怯んだ。そのタイミングでロバートより前に出た要は、背負っていた大きい荷物を下ろし、刀剣を抜いた。

 

 

「さあ、力を示してみろ」

 

「わかりましたッ!」

 

 

 目の前の魔物目掛けて駆け出し、要は強化を自身と刀剣に施した。そしてその勢いのまま一体目の脳天に刀剣を突き刺した。

 

 

「ギギギギギィィ〜〜ッ!!」

 

「一体目.......次ッ!」

 

「ギィ!?」

 

 

 仲間の一体がやられたことで残りの四体は我に返り、要一人を屠る事に全力で襲いかかってきた。仮称ホワイトゴレ○ヌ達はどうやらロバートには敵わないと判断したようだ。

 

 

「行くぞ、今度は四倍だ....ッ」

 

 

 四倍身体強化を施した要、踏み込んだ足元が弾け飛び、気づけば二体目の首が飛んでいた。

 

 

(は、速いっ!?まさか、ここまで強かったなんて....!)

 

「フッ、多少はやるようだな......だが、次はどうする?」

 

 

 ロクサーヌは要の強さに驚き、ロバートは興味深そうにニヤリと笑った。そしてロバートが考えていた通りに魔物達の動きが変わった。

 

 魔物達が氷の塊を生み出し、それを要に投げつけたり、或いは矢の様に鋭く形成された氷柱を飛ばしてきたのだ。だが、この程度の攻撃は要には効かない。

 

 

「でりゃアァッッ!!」

 

 

 飛んできた氷の塊を瞬間的に強化を五倍にした蹴りであっさり砕き、瞬光を発動させ飛んでくる氷柱をスルリと躱したり刀剣で砕いたりする。

 

 要の動きに驚く仮称ホワイトゴレ○ヌ達だが、今度は氷の道を生み出しそれを足場にして華麗に滑り出した。それを見た要は地面を踏み砕き、砕けた地面の岩粒を魔物に向けて蹴り飛ばした。すると魔物達はプロフィギュスケーター顔負けの氷上のダンスを披露し華麗に躱わす。地味にレベルの高いアイススケート、地球でなら高得点確実の技術に要は少しだけ顔をポカンとさせた。

 

 

「......はは、面白い魔物だな。いいぜ、なら俺もお前らに(なら)って踊るとするかッ」

 

 

 要も仮称ホワイトゴレ○ヌと同様に魔物達生み出した氷の道を滑り出した。その上、魔物達より早く滑る要は簡単に魔物を抜きさりそのまま首を刎ねて行く。

 

 

「ギギィッ!!」

 

「残りニ体、さあどうする?」

 

「ギギギギギッ!!」

 

 

 氷上を逃げるように滑る魔物達、それに対して両手を腰の後ろで組んで余裕で追いついて来る要。

 

 

「この程度は余裕か」

 

「師匠、なんかシンさん楽しんでますよ?ほら見てください、シンさんあっさり魔物を抜いて今度は後ろ向きで滑ってますよ!?.........飽きたみたいですね」

 

 

 ロクサーヌの言う通り、久しぶりのアイススケートを十分楽しんだ要はあっさりゴレ○ヌもどきを倒し、刀剣についた魔物の血を振り払いながらロバートのいるところに帰ってきた。

 

 

「どうでした、俺の戦いぶりは?」

 

「フン、あの程度の魔物に時間をかけすぎだ。それと楽しむのも程々にしろ、大迷宮ではその油断が命取りになるぞ?」

 

「う、すいません。確かに少し浮かれてました....」

 

「だが、あの魔物を相手に苦戦しないならお前はこの大迷宮に挑む資格がある。......ロクサーヌ、お前は強い。それを忘れるな」

 

「それって.....」

 

「行ってこい」

 

「ッ.....ありがとうございます、師匠!シンさん、一緒に頑張りましょう!」

 

 

 どうやら要の実力はロバートのお眼鏡にかなったようだ。許可が降りた事を喜ぶロクサーヌに要は仕方ないと肩をすくめ、「ええ、こちらこそよろしく」と苦笑しつつ頷いた。

 

 

「ここから先はお前達にとって過酷な道になるだろう。持っていける食料や備品も限られている、モタモタしていると迷宮内で氷漬けになるから、さっさと済ませて来い。それと間違っても魔物の肉を食おうとか考えるなよ?まあ、わかっているとは思うが」

 

「流石にそれはしないですよ、死んだら元も子もないんですから......(やっぱりこの人、お人好しだな〜)」

 

 

 魔物の肉を食えば人は死んでしまう。それはハジメからも聞いていた事なので、当たり前の事を当たり前のように否定した。もっとも、それを行い変貌した奈落の化物がこの世にいることを要達はまだ知らない。

 

 

「ロクサーヌ、雪原で生きてきた知恵を存分に活かせ。ひ弱な人間をお前が助けてやれ」

 

「はい!」

 

「もしお前達が無事に帰ってきたなら......いや、なんでもない」

 

「「??」」

 

「とにかくお前達、存分に暴れてこい!」

 

「「はい!!」」

 

 

 ロバートは何か言いかけるが、自嘲するように首を振ってそれを打ち切った。そして二人に最後の激励を送っり、要とロクサーヌは元気に返事をし、荷物を背負い直した要とロクサーヌは氷雪洞窟の中へと入って行った。

 

 

「......行ったか」

 

 

 ロバートは二人を見送り、自身の背後の峡谷の壁を睨んだ。

 

 

「姿を隠しているようだが俺には()()()()()()?.....いい加減姿を現したらどうだ、出てこないならそのまま切る」

 

 

 ロバートは視線を送っていた壁にひとりでに話しかけた。(はた)から見れば痛い人っぽい行為だが、剣呑な雰囲気を醸し出すロバートは本気だった。

 

 そして腰に携えたロバート謹製のアーティファクトの剣に彼が手を添えた時、壁が揺らいだ。いや、正確には壁の手前の空間が()()()()()()揺らぎ、隠されたモノが現れたのだ。

 

 それは人だった。

 

 この雪原ではあまりに不恰好な薄生地の黒いローブを纏い、ローブの中から銀色の鎧が見える。そして一番ロバートの顔を顰めさせたのは、その人物が仮面をつけていたからだった。

 

 

「何者だ?先程からずっと俺達を監視していたらしいが、まさか魔王軍の者か?それとも.....()()()()か?」

 

「いいえ、どちらも違いますロバートさん。私は神に仇なす存在、そして()()()()()()()です」

 

「?....どういう意味だ」

 

「まずは自己紹介から。私の名前は“ヴィーネ”、先程も申したように神に仇なす者.....言い換えるなら()()()()()()です」

 

 

 ヴィーネと名乗ったその者はローブの頭を覆っていたフードを脱いだ。その瞬間、風が強くなり積もった雪を巻き上げながら吹き荒れた。そしてロバートは目にした、その者の髪がまるで先程吹き荒れた雪で変色したかのように、真っ白く色が抜け落ちているのを。

 

 

「貴様は、一体......」

 

「話をしに来ました。彼等の未来と、貴方の運命について」

 

 

 そしてロバートはその者の言葉が()()()()()と見抜き、二人は峡谷を後にした。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「これが大迷宮....!」

 

「なるほどね、そりゃあ氷雪洞窟と言われるだけのことはある.....」

 

 

 眼前に広がる光景に要とロクサーヌは感嘆の声を漏らす。

 

 クリスタルのように純度の高そうな氷壁の洞窟。道の幅はかなり広めだが、ミラーハウスのように景色が反射しているため感覚的に手狭に思えた。さらに洞窟内だというのに要達の前方から雪が降ってきており、その雪が当たった肌は凍傷を引き起こされる。そんな幻想的な光景とは裏腹に殺人的な厳しい環境に、要は顔を歪ませた。

 

 

「早速師匠から貰った魔道具の出番みたいですね」

 

「ええ、このタリスマンが無ければ攻略は危うかったでしょう」

 

 

 そう言って二人が取り出したのはロバートが渡した質素な装飾が施された銀のタリスマン。それを首にかけ魔力を通すと吹いてくる雪による凍傷がある程度緩和された。と言ってもある程度なので寒さを凌げるわけでも、雪事態を防げるわけでは無い。あくまでダメージの緩和である。

 

 

「行きましょう、ロクサーヌさん」

 

「はい」

 

 

 そう言って氷のミラーハウスを進んでいく二人。途中、魔人族の死体らしきものが氷壁の中に埋まっていたりしたが、現状何も起きないので無視して進んでいく。

 

 

「そういえばシンさん、先程から迷わず進んでますけど道がわかるんですか?」

 

「いや全然」

 

「........え?」

 

「地図なんて持って無いですし、俺がここに来るのは初めてなんですから道なんて分かるわけないじゃないですか」

 

「じゃ、じゃあ先程から分かれ道とかどうやって....」

 

「勘です」

 

「ええぇぇぇぇ〜〜!!大丈夫なんですか!?こんなにズンズン歩いて行って、迷ったりしないですか?!」

 

「一応頭の中でマッピングはしてますよ?それになんとなくですけど、こっちで合ってると思います」

 

「その根拠は....?」

 

「勘です」

 

「ええぇぇ....」

 

「まあ任せてください。昔からこういう事で俺の勘が外れたことはないんです」

 

「うぅ〜....信じますよぉシンさん....」

 

 

 予想外な要の返答に驚きと呆れと諦めの感情が複雑に入り混じった声を漏らすロクサーヌ。だが要の言う通り、二人は一度も行き止まりや来た道に戻ったらするような事にならず、どんどん奥に進んでいた。

 

 実際、要の勘は昔から驚くほど当たる。大事な試験の時や、会いたくない人間を避けたい時やその逆だったり、まるでその先の未来に導かれているかのように、要は正解を掴み取ってくる。

 

 そうして進む途中、何度も魔人族の凍った死体を目視し、既にその回数は五十は超えただろう頃、異変が起きた。

 

 

 ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛

 

 

 呻き声の様なものが四方八方から聞こえてきたのだ。

 

 そして近場にあった氷壁に閉じ込められた死体が壁から迫り出し、まるでゾンビの様に要とロクサーヌに歩み寄ってくる。

 

 

「これは!?」

 

「なんとなくわかってたけど、そういうパターンか!後ろからも来ますよ!」

 

「どうしますか?」

 

「もちろん先手必勝、狩り尽くします!」

 

「わかりました!」

 

 

 後方からも氷のゾンビがやってくる。

 

 それを確認した要とロクサーヌは武器を構え、背負っている荷物を地面に置き、駆け出した。

 

 魔物の毛皮で作られた厚手の防寒着をはためかせ、要とロクサーヌはフロストゾンビ達に向かって剣を振り下ろす。

 

 既にロクサーヌにも身体強化を施しており、ロクサーヌ自身も身体強化を発動しているのでスピードもパワーも以前要と手合わせした時より数倍以上の力を発揮していた。

 

 華麗な剣技と体捌きであっという間にフロストゾンビ達の首が飛ぶ。

 

 そして要もロクサーヌに負けじとフロストゾンビを切り伏せていく。強化された肉体能力でフロストゾンビを殴った要の手が凍傷を負う。それを厄介そうに要が顔を歪ませた後、ロバートから貰った銀色の脛当てに防御力強化を施し、その脛当てでゾンビ達を蹴り飛ばしていく。

 

 だがどんどんフロストゾンビ達は増えていく。そればかりか倒したそばからフロストゾンビが再生し、再びゾンビの軍団の一部となって襲いかかってくる。

 

 

「これではキリがありません!」

 

「魔物なら魔石があると思ったんですけど、どうやらコイツらは違うみたいですね。奥に進みましょう!」

 

「ですが!」

 

「おそらくコイツらを動かしてる何かが奥にあるはずです!それを叩けばなんとかなるはずです!」

 

「その根拠は!」

 

「勘です、信じられませんか?」

 

「......はぁ、信じます、信じますとも。シンさんになら付いて行けます」

 

「その根拠は?」

 

「ふふ、そんなの決まってるじゃないですか.....勘です」

 

 

 戦いながら二人はそんなやり取りをして薄く笑みを浮かべた。そして荷物を背負い、奥へと続く道に向かって走り出した。前方にいるフロストゾンビの大群を要とロクサーヌはするりと身軽に躱し抜けていく。

 

 時にはフロストゾンビ達の頭上を飛び、顔面を踏みつけ足場にしてどんどん奥に進んでいく。

 

 すると上空から何かが襲いかかってきた。

 

 それを回避した二人が見たのは氷の大鷲、つまるとこフロストイーグルだ。

 

 地面に着地した二人。すると氷の壁から氷の人狼、フロストワーウルフまで現れ、流石にこれ以上奥に行かないと判断した二人は荷物を壁際に蹴り飛ばし戦闘の構えに入る。

 

 

「これ以上進めませんがどうしますか?」

 

「いえ、その必要はないかもしれません」

 

 

 どういう意味ですか?と、ロクサーヌが聞く前に前方の奥から巨大な氷の亀型の魔物、フロストタートルが現れた。そしてそのフロストタートルは他の氷の魔物と違い、明確にコアらしきものが見てとれた。

 

 

「あれがおそらく、コイツらのボスってところでしょうね」

 

「ですがこの数かなりキツいですね。上空には氷の鳥、壁側には氷の人狼、その奥には氷の死体、さらにその奥には私達の本命である巨大な氷の亀。正直ここまで囲まれると無傷では無理です」

 

「ならここが最初の関門ですね。奥の亀と上の大鷲は俺がやります、ロクサーヌさんは人狼をお願いします」

 

「わかりました!強化をお願いしてもいいですか?」

 

「もちろんそのつもりです、今度は三倍にしときますので、存分に暴れてください」

 

「ええ、お任せください!」

 

 

 そう言って要はロクサーヌに三倍身体強化とロクサーヌの剣に防御力、攻撃力上昇を施した。

 

 そして要自身にも同様に三倍身体強化と防御力、攻撃力上昇を付与し、さらに英傑試練の効果を発動させ能力値を格段に上昇させた。

 

 要は刀剣と短剣を抜き構え、瞬光も発動させた。

 

 

「行きますよ、ロクサーヌさん!」

 

「はい、シンさん!」

 

 

 そうして二人は駆け出した。

 

 ここから要 進とロクサーヌの氷雪洞窟攻略の幕が開けた。

 





補足

登場キャラ

『ヴィーネ』
・自らを“現代の解放者”と名乗る謎の人物。その正体は不明
黒いローブ、銀の甲冑、仮面をつけた存在。  

登場アイテム
『ロバート謹製 銀のタリスマン』
・凍傷などの環境ダメージの軽減化。

『ロバート謹製 毛皮の防寒着』
・シュネー雪原に生息する寒さに強い魔物の毛皮を加工して作った物。保温効果抜群だが晒している肌はもっぱら寒い。しかし猛吹雪の中でも活動を可能にする優れたアイテム、だがシュネー雪原以外ではクソ暑い。シュネー雪原専用のアイテム。

『ロバート謹製 シンの鎧』
・ロバートが要 進のためだけに作った装備。胸当、両腕、両足に装着する特殊な魔物の鱗で作られた軽装備。とても軽い上に、滅多に壊れない優れもの。
美しい銀色の鱗を何重にも重ねた様な見た目の鎧で、ロバートがシンのために付与魔法用の魔法陣を刻んでいる。胸当はロバートから貰った上着の下に、それ以外の鎧は上着の上、ズボンの上から装備している。


『ロバートのお下がりの服』
・昔、ロバートが来ていた服。青く少し丈が短めの長袖ジャケット、Vネック部分にボタンが付いた白い生地の長袖シャツに、紫色のベスト、ジャケットと同じ色と生地の燕尾がついた腰巻き、白いサルエルパンツの様な物を着用している。
(マギ “シンドバッドの冒険”に出てくる青年期のシンドバッドが来ている服の様な物)


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守るべき存在

 

 本格的な戦いの幕が上がった要とロクサーヌの迷宮攻略初戦。

 

 お互いに別方向に駆け出した要とロクサーヌ。

 

 氷の巨亀“フロストタートル”目掛けて走り出した要に、フロストイーグル三体が上空から要に向かって勢いよく向かってくる。それに対して要は前方のフロストワーウルフを踏み台にして飛び上がった。

 

 

「はあァッ!!」

 

 

 気合いの入った要のオーバーヘッドキックがフロストイーグルの首元にめり込み、吹き飛ばされなフロストイーグルがもう一体のフロストイーグルにぶつけられた。そして最後の一体の凶爪を顔面スレスレで躱し、すれ違い様に刀剣をフロストイーグルに突き刺した。

 

 

「ギィィィィーッ!!」

 

「三体目!....なっ!?」

 

 

 空中で体勢を立て直し三体目に止めを刺そうとした刹那、要に向かってフロストタートルの氷のブレスが眼前に放ってきた。

 

 

「シンさん!!」

 

「ちっ......大丈夫です!」

 

 

 その言葉通り要はフロストイーグルを蹴り、氷のブレスを直撃寸前で回避してみせた。

 

 そしてロクサーヌの隣に着地した要。

 

 

「シンさん、倒したはずの氷の魔物達が倒してすぐに復活してます。おそらくあの氷の亀の固有魔法だと思います」

 

「でしょうね。おまけにあのブレス、防寒着の端が凍って砕けてます、直撃したらまず助からないでしょうね......」

 

「ということは、片付けるなら....」

 

「ええ、まずはアイツが先です」

 

 

 二人は背中合わせで襲いかかる氷の魔物達を切り伏せていく。だが、その途端に両断された部分が元の様に戻っていく。さらに時間が経てば経つ程どんどん魔物達の数が増していき、絶望的な数の差となっていく。

 

 

「少し無理をします、フォローをお願いしてもいいですか?」

 

「何か策があるんですね、わかりました。背中は必ず守ってみせます!」

 

「頼みます.....“七倍身体強化”!!」

 

 

 その瞬間、要の全身の筋肉が悲鳴を上げた。

 

 要の青い魔力光が全身から吹き出し、自然と要の口から苦悶の声が漏れる。だが、それを無視して自分が纏っていた防寒着を脱ぎそれを片手で持って体の前に構えた。そして英傑試練の能力向上も発動させて地面を踏み抜き、フロストタートル目掛けて一騎驀進(いっきばくしん)する。

 

 要の突撃に危険を感じたのか、フロストタートルは眼前の氷の魔物諸共迫ってくる要に向けて極太のブレスを放った。自身のブレスで周りの魔物が倒れてもすぐ再生させれると判断したのだろう。実際その判断は正しかった。地面を踏み抜きながら猛スピードで突撃してくる要は誰も止められていなかった。それどころか、あまりの勢いで要に迫っていた氷の魔物達は攻撃しようとして弾かれた上に体の一部を砕かれていた。

 

 そして遂に要とフロストタートルのブレスがぶつかった。

 

 ブレスは要が構えていた防寒着に直撃し、その瞬間から防寒着は簡単に凍っていく。だがそう簡単に砕けない様に防御力上昇を施しなんとか凌いでいた。

 

 一瞬だけ要の足が止まり、後退させられる。

 

 

「ぐっ、ぐぅっ!.....はぁぁぁあアアアアアアッッ!!」

 

 

 一歩、まるで大地が揺れたかの様な振動がその場に響いた。

 

 二歩、氷の塊となった防寒着に亀裂が入り、要が確かに押し返した。

 

 三歩、さらに亀裂が入るが、着実に前に進み出した。

 

 そして四歩、五歩とさらに力を増していく要の歩み。

 

 それを見て不味いと思ったのか、氷の魔物達が要の背後から攻撃を仕掛けるがその全てが切り伏せられた。

 

 

「やらせません!!」

 

 

 要の背後で隠れていたロクサーヌは背後から迫る魔物達から要を守っていた。前方、左右、上空から数多くの魔物達が押し寄せてくるが、それを寄せ付けないロクサーヌの見事な剣技と忍耐力、そして気合がロクサーヌの能力を引き上げていた。

 

 要はニヤリと笑みを浮かべ、それを知ってか知らずかフロストタートルの赤黒い双眸が驚愕した様に見開いた。

 

 と同時に要の驀進が勢いを増した。

 

 ロクサーヌの踏ん張りに呼応する様に、要の技能[英傑試練]がその本領を発揮する。全身の骨と筋肉が軋みをあげ、服も血が滲む端から凍りつく中、新たな技能[豪脚]を獲得、さらにその派生技能[驀進]まで獲得した要に少しだけ余裕が生まれる。そしてもう一つ、限界ギリギリの要の体を支えたの要因は、新たに獲得した英傑試練の派生技能[戦闘続行]の効果が大きかった。例え瀕死の傷を負っても死の間際まで戦い続けることができるという要の気合と根性の結晶だ。

 

 そんな技能が増えたことにかまけていられない要は戦えるならそれで良し!とフロストタートル目掛けて足を動かす。

 

 だが、残り五メートルの距離に差し掛かった時、とうとう盾にしていた氷の塊となっていた防寒着が完全に砕けた。しかし、盾が砕ける直前で要は胸当の鎧を体から引き剥がし、今度はそれを盾にした。

 

 凍りついていく胸当だが、先ほどの防寒着より何百倍もの硬度を誇るそれは砕けない。

 

 そして三メートルまでに到達。

 

 

「ロクサーヌ!!」

 

「はい!!」

 

 

 背後で守りを固めていたロクサーヌが要の呼び声と共に地面を這う様な低い姿勢でブレスの下を掻い潜ってフロストタートルの真下に滑り込んだ。そして流れる様な剣捌きでフロストタートルの足を切断。

 

 体勢を崩したフロストタートル、その瞬間要が盾を投げ捨て一気にフロストタートルの体内にある魔石付近に飛び込んだ。

 

 

「ハアアアアアアッ!!」

 

 

 凍てついた空気を切り裂く様な気迫に満ちた声をあげ、要は豪脚の力がのった右足で全力の飛び後ろ蹴りを撃ち込んだ。

 

 

「クオオオオオオンッ!!」

 

 

 悲鳴にも似たフロストタートルの叫び声が響く。

 

 現代格闘技においても最強と言われる蹴り技、それに今の要の全力全開の能力が加われば鬼に金棒、いやそれ以上の力を発揮するのは必然だった。

 

 硬い氷の肉体はあっさりと砕かれ全身にも(おびただ)しい亀裂が走る。そして吹き飛ばされたフロストタートルは魔石を剥き出しにしてしまう。

 

 すぐに魔石の移動を!と慌てるフロストタートル、だが遅かった。

 

 要は飛び後ろ蹴りから着地した瞬間に吹き飛ばされたフロストタートルに追いすがり、剥き出しの魔石に渾身の拳を打ち込んだ。

 

 

「ぜやァッ!」

 

「クアアアッ.....」

 

 

 要の右拳が魔石を木っ端微塵に砕いた。それに倣う様にフロストタートルの全身にも亀裂が走り、最後は氷の破片となって砕け散った。巨大なフロストタートルが砕け散ったことで、その破片がまるでダイヤモンドダストの様に要に降り注ぐ。

 

 だがまだ終わっていない。

 

 フロストタートルを倒しても、まだ増えに増え続けた氷の魔物達が何百と要とロクサーヌを囲んでいた。

 

 

「シンさん、体が!」

 

「ごほっ....大丈夫だ、問題ない....あと五分、あと五分で片をつけるぞ。やれるな、ロクサーヌ?」

 

「.....ええ、任せてください!」

 

「いくぞッ!」

 

「はいッ!」

 

 

 要の体はすでに満身創痍、全身から血が吹き出しており、その血はすでに凍っていた。おまけに手足は凍傷を患っており、立っているのがおかしいぐらいの姿だった。

 

 そんな姿を見て心配するロクサーヌだが、要の戦意は途切れておらず、むしろここからだと要の力強い瞳が物語っていた。その瞳を見てロクサーヌは改めて気合を入れ直し力強く返事した。

 

 そして二人は駆け出した。

 

 要が動けるタイムリミットの五分間、二人は一秒に一体を目安に一撃一撃に全霊を込めて戦い続けた。

 

 そうして五分間はあっという間に過ぎ、要は氷の残骸の上に背中から倒れた。だが、背中に硬い感触はなく、待っていたのは柔らかい温もりだった。

 

 

「はぁ、はぁ......お疲れ様です、シンさん」

 

「あ、ああ....お疲れ、様です....ロクサーヌ、さん....」

 

「今治療しますね」

 

 

 倒れた要はロクサーヌに抱き止められ、流石に疲れ切ったロクサーヌも要を受け止めきれず一緒に倒れた。しかし、要はロクサーヌの太ももの上に倒れた形になるので、それほど倒れたダメージはない。ロクサーヌも倒れたと言っても尻餅をついた形なので平気そうだった。

 

 二人の体勢は俗に言う膝枕の状況だった。

 

 そしてロクサーヌは腰のポーチから小瓶を四つ取り出し、まず一つを要に飲ませ、もう一つはロクサーヌ自身が服用した。

 

 すると傷だらけだった二人の体がみるみる癒えていった。

 

 これはロバートがロクサーヌに持たせていた回復薬、具体的に言えば神水で、ロクサーヌの荷物の中には神水の大元となる拳二つ分ぐらいの大きさの神結晶の塊が入っている。ロバートは二人の回復手段としてこれ以上ない程の贈り物をしてくれていたのだ。

 

 そして残り二つの小瓶は魔力回復薬。それも二人はすぐに服用した。

 

 魔力回復薬は数に限りがあるので使い所が難しいのだが、疲弊し切り、魔力もほとんど空で、また魔物の襲撃があればひとたまりも無いので、ここで使うのが正解だろうとロクサーヌがポーチから取り出したのだ。

 

 

「傷も癒え、魔力も回復しましたけど体力の限界ですね。

う.....はは、見てくださいよ、俺もう動けないです」

 

「ふふ、私もです」

 

 

 体を動かそうとした要だったが、思いの外全身の気怠さが重過ぎて、全く体が言うことを聞かなかった。そんな様を笑ってロクサーヌに見せると、彼女も自分も同じだと言いながら腰を上げようとしてすぐに脱力した。

 

 そんなやり取りをして笑っていた二人は、少しの間このままで居ることにした。

 

 

「そういえばさっき、シンさん私のこと“ロクサーヌ”って呼び捨てにしてましたよね?」

 

「あ、気に障りました?」

 

「いえ全然、むしろ嬉しかったです。信頼されてるんだなって感じて気合が入りました!」

 

「そうなんですか?ロクサーヌさんは年上で命の恩人なんですから敬称は必要だと思ってたんですけど」

 

「そんなの必要ないですよ、むしろこれからは気軽にロクサーヌと呼んでください。あと敬語も禁止です」

 

「わかりました。じゃ、じゃあ次からは遠慮なく.....」

 

「呼んでみてくださいよ」

 

「え........ロクサーヌ」

 

「はい」

 

「さっきは助かった。これからもよろしく頼む」

 

「はい、私の方こそよろしくお願いします、シンさん」

 

「「.......はは(ふふ)」」

 

「てか、ロクサーヌは敬語のままなのか?」

 

「わ、私はこれでいいんです!」

 

「なんでぇ!?この流れだと普通お互いに呼び捨てにし合う様になるものでしょ?!」

 

「そ、そうかもしれませんが、そうじゃないかもしれません....よ?」

 

「なんで最後疑問系?」

 

「と、とにかく!今はこれでいいんです!私が満足してるんですから、これでいいんです!」

 

「ええ〜〜〜」

 

「そんな甘えた様な声を出してもダメです。ほら、少しは体力回復したはずですから今のうちに場所を移しましょう」

 

「ちぇっ、まあロクサーヌの言う通り、場所は移した方がいいからとりあえず移動するか」

 

 

 側から見ればじゃれあっている様な二人のやり取りは、ロクサーヌが強制的に打ち切ったことで要の意識は切り替わった。

 

 まだ体がふらつく要だが歩けるくらいには回復したので、戦闘で邪魔だった荷物やまだ使える胸当を回収しに行く。生憎、凍って砕けた防寒着はもう使えないので、要は荷物を覆っていた予備の防寒着を着込んでいた。ちなみにロクサーヌの荷物にも同じ様に予備の防寒着が覆われている。

 

 そんな要の背中を見ていたロクサーヌの顔は少し赤くなり、自分の顔が紅潮していることに気づくと顔を逸らし、両手で赤くなった顔を覆い隠した。

 

 

(私、咄嗟だったとは言えシンさんに膝枕してたのよね?.....〜〜ッ!!!どうしよう、今さら気づいて顔が赤くなってる!たしかにシンさんに呼び捨てされて嬉しかったのもあるけど、ここは大迷宮なのよ。もっとシャキッとしなさい、ロクサーヌ....!)

 

「おーい、ロクサーヌ」

 

「うひゃっ!?」

 

「ん?なんか随分と可愛い声が漏れたみたいだけど、早く行くぞ〜?」

 

「かわっ!?い、いえ、すぐ行きます」

 

 

 不意に呼ばれたロクサーヌは素っ頓狂な声をあげ、挙句には要の何気ない発言につい反応してしまう。が、すぐに心を落ち着かせ要に追いつき、自分の荷物も回収していた要からそれを受け取って迷宮の奥へと進んでいく。

 

 そして要の隣を歩き、チラリと要の顔を見上げるロクサーヌ。

 

 先ほどの休憩時に見せた顔とは違う真剣な表情をする要、試合した時や大迷宮入り口前での戦闘時もそうだったがやっぱり要の真剣な眼差しに心奪われるロクサーヌ。思わず見惚れてしまう。

 

 するとロクサーヌの視線に気づいた要がロクサーヌを見て二人は目が合う。そしてすぐに要はロクサーヌを安心させる様に優しく笑って見せた。

 

 その表情にロクサーヌの心が再びわざついた。

  

 要の微笑みを見た瞬間に顔を逸らしたロクサーヌ、それを見て要は不思議そうにして再び視線を前方に向けた。

 

 

(うぅ〜、シンさんはずるいです。もはや狙ってるのではと思ってしまいます.....でも、これで本人は全くの無自覚、シンさんは天然なんですね....)

 

 

 ロクサーヌが思う通り、要にそんな意図はこれっぽっちもなかった。あからさまな好意に気づかないわけではないが、気づいてからもずっとこれなのだ。と言ってもロクサーヌの要に対する好意は全く気づいていない。これが要クオリティー、のちに“七界の天然”と呼ばれる男の(さが)なのであった。

 

 そうして要の天然さに気づき、何度か休憩を挟みんで進むことはや一時間が過ぎた頃、氷の壁を抜けた先で見たのは、眼前に広がる大迷宮内の迷路だった。

 

 

「今度は迷路ですか」

 

「ああ、察するにあの氷壁からも魔物が出てくるのは想像がつく。またあの時みたいに大群が出てくるかもしれないから、ここいらで休憩を挟もう。まだ体力が回復し切ってないしな」

 

「ですね、無理して攻め入った結果返り討ちにあっては元も子もありませんから」

 

 

 そう言って二人は氷の迷路を眼下に収められる場で休憩に入った。

 

 要は荷物の中から火を起こせる魔道具を取り出し、それを発火させた。と言っても普通に魔法で火を起こしたり、木材を燃やして焚き火をするのではない。黒い枠で覆われたガラス製のランタンの魔道具、その中にある小石程の大きさの魔石に魔力を通すことで簡単に火がランタンの中に灯った。そしてそのランタンの魔道具は外界の魔法効果や環境阻害を一切寄せ付けず、近くにいる者達に適度に熱を伝える効果を持っているのだ。

 

 それを地面に置き、ランタンが入っていた荷物箱を広げ、さらに布も広げれば人ひとり分を一面だけ隠せる簡易的な風避けの完成だ。

 

 

「ほんとロバートさんは優しい人だな。俺達がどう大迷宮を攻略するかも考えてこれを渡してくれたんだろうな」

 

「師匠は本当に面倒見がいい人ですから。口が悪いのは玉に瑕ですけど、それも愛嬌みたいなものです」

 

「だな、あれじゃないとロバートさんじゃないって感じだな」

 

 

 ロバートの心遣いに感謝する要にロクサーヌが冗談めかしく自身の師匠を語る。それに同意した要、二人は穏やかな気分でランタンの温もりを感じていた。

 

 ロクサーヌも荷物箱のギミックを使用し、要のと合わせて二面分の雪と風を凌げる場所を作った。

 

 だがロクサーヌが異様に要と距離を空けて座っているのを見て、要はロクサーヌに近寄った。

 

 

「ロクサーヌ寒いだろ?もっと近くに寄った方がランタンの火も当たりやすいからこっちに寄って来い」

 

「いいんですか?」

 

「?何言ってんだ、俺とお前は仲間だろ。遠慮なんかしないで距離を詰めて来い」

 

「距離を....詰める.....」

 

 

 その言葉にハッとしたロクサーヌ。今なら仕返しができるかもしれない、なんて事を考えたわけでなく、ただロクサーヌは好奇心でひとつの閃きを実行することにした。

 

 それはロクサーヌの狙い通り要の心を同様させるには十分な行為だった。

 

 

「では、その、お互いに身を寄せ合うのも体を温めるのにいいと思いますので、もし良かったらシンさんのその防寒着の中に入っても.....いいですか?私のも一緒に使えばさらに温まると思いますので!」

 

「え、え〜と.........どうぞ」

 

「では、その.......お邪魔します」

 

 

 そう言ってロクサーヌは要が胡座を組んでいる足の上に腰を下ろし、要の上半身に背を預けた。そんなロクサーヌを覆い隠す様に要は自分の防寒着の端を持ちながら、まるで後ろからロクサーヌを抱きしめる様に前を閉じた。ロクサーヌは自身の防寒着を自分の前側に掛け、要の肩に引っかかる様にかけた。

 

 

「.....あったかいですね」

 

「そうだな......」

 

(これは、少し、いえかなり......恥ずかしいです!!)

 

 

 我ながらなんと大胆なことを!と顔を真っ赤にして自身の行動に恐れを抱くロクサーヌ。

 

 だが、その自身すらも恐れさす大胆さが今回は功を奏したらしく背中から伝わってくる熱と鼓動に気づいた。

 

 

「シンさん、すごくドキドキしてますね」

 

「ぐっ、当たり前でしょ!こんなの意識しない方がおかしいぞ!」

 

「ふふ、シンさんもそんな風に思うんですね」

 

「あのなぁ、俺をなんだと思ってるんだ?」

 

「天然の女誑しです」

 

「え.....俺いつの間にそんな天之河みたいな評価されてんの....?てかなんかロクサーヌさん、言い方に棘がある」

 

「棘なんてありませんよ。それよりアマノガワって誰ですか?まさか女性の方ですか?」

 

「違うよ?!天之河は男ですよロクサーヌさん!え、待って、俺そんな女癖悪いと思われてるの!?」

 

「別にそういうわけじゃありませんけど.....ただ、シンさんは女性に好かれそうだなって思ったんです、その.....かっこいいので」

 

「........」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、ロクサーヌみたいないい女にかっこいいって言われて、素直に嬉しかっただけだよ.....ありがとう」

 

「ッ〜〜.....からかってるんですか?」

 

「なんでそうなる?今のお礼は本心からだぞ?」

 

「そこじゃないです!いえ、そこも少し引っ掛かりますけど.....もういいです!」

 

 

 ロクサーヌがむくれてしまった。

 

 そして少しの間、沈黙が続くと要の耳に静かな寝息が聞こえていた。ロクサーヌの顔を覗いてみると案の定、彼女は安心した様に眠っていた。おそらく疲労がピークに達したのだろう。

 

 殺人的な雪が降る大迷宮の中でこれだけ安心して眠れるのは世界でこの女性だけかもしれない、なんて考え苦笑した要はロクサーヌの体が冷え切ってしまわぬ様に上に羽織った防寒着を彼女に掛け直した。

 

 そして要は静かにランタンに灯った灯りを眺め、警戒を怠ることなく周囲の音に気を配りながら改めて決心した。

 

 彼女をなんとしても守り切らなければ、と。

 

 自然と彼女を抱き込む腕に力が入る。

 

 するとロクサーヌは要の腕に抱かれることを良しとする様に、より要の胸元にもたれ込み、ロクサーヌの頭が要の片側の肩に納まった。さっきよりも二人の顔は近く、今ロクサーヌが起きて顔を上げればきっと二人の唇はそれほど動くことなく重なってしまうだろう。

 

 そんなロクサーヌの静かで綺麗な寝顔を見て、要は優しく微笑んだ。

 

 

(豪胆と言うか、大胆と言うべきか。やっぱりお前はいい女だよ、ロクサーヌ.....)

 

 

 そんな感想を抱き、要はさらにあたりの気配に神経を研ぎ澄ませた。

 

 もっとも、彼女がこれほど大胆に眠りについた要因は疲労によるものだけでなく、彼女が感じる温もりの暖かさと、要という背中を任せるに足る最愛の存在が大きいことは彼女以外知るよしもなかった。

 




イチャイチャしやがって。危うくこっちも毒されそうになったわ。


補足

新しく獲得した技能

『豪脚』
・脚力が大幅に上昇。

『驀進』
・歩数を重ね、真っ直ぐに進むほど脚力が上昇し、全身の肉体強度も上昇する。

『戦闘続行』
・瀕死の重傷を負っても明確に死に直結するダメージを受けない限り戦い続けられる。往生際の悪い奴の根性の結晶体。


新しく登場したアイテム

『ロバート謹製 魔法のランタン』
・黒い枠で囲われたガラスのランタン。中の魔石に魔力を注ぎ込めば数時間は熱を出し続ける超低燃費の優れた魔道具。灯りにするも良し、焚き火代わりに暖をとっても良しの優れ物。おまけにかなりの強度を誇るので滅多なことでは壊れない。

『ロバート謹製 荷物箱』
・成人女性二人分の広さと大きさを誇る頑丈な荷物入れ。荷物箱の骨組みを変形させれば人ひとり分の一面を覆い隠せる垂れ幕に変身する代物。
頑丈性、凍結耐性、保存性に優れている。


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無敵の桃色模様

 

 体力も回復し、休憩を終えた要とロクサーヌ。

 

 寝ていたロクサーヌは起きた時、物凄く申し訳なさそうにしていたが、問題ないと微笑みながら要は告げた。そして次の休憩の時は要が少しだけ寝させてもらうことにし、それで手打ちとした。

 

 さて、二人は第二の関門“氷の大迷路”の入り口の前で立っていた。

 

 

「なかなか広そうですね。上が吹き抜けになってますけど、上を通って行きますか?」

 

「いや、やめておこう。こういうのは大抵セオリーを守らないと余計な手間が増えると相場が決まってる。何があるかわからないんだから、ここは大人しく迷路を通って行こう」

 

「ですね。シンさんならこれぐらいの迷路はどおってことないですもの!ただ....問題があるとすれば」

 

「まあ、間違いなく、この氷壁からも()()()()だろうな」

 

「その時は私がシンさんを守ります!さっきの休憩ではシンさんに負担をかけてしまったので、今度は私が頑張ります!」

 

「おいおい、張り切るのはいいけど無茶だけはするなよ?」

 

「はい、お任せください!」

 

 

 果たして要の言葉の意味をちゃんと理解しているのか少し怪しいロクサーヌ。まあ、ロクサーヌに限って無茶なことはしないだろう、と要は思い直した。

 

 そして二人は氷の大迷路“ラビリンス”へと歩み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 氷の迷路に入って二時間以上が経過した頃、二人は迷路の道幅よりもずっと広い開けた空間に足を踏み入れていた。

 

 その空間の中央には台座が置かれ、台座の上には拳大程の黄色い宝珠が置かれていた。

 

 

「あれは一体......」

 

「まああんな風に置かれてるって事はこの後必要になる()()って事だろうよ。なんにせよ、貰える物は貰っておこう」

 

 

 警戒しつつも要とロクサーヌは宝珠が供えられた台座へ歩いていく。

 

 

「あの.....こういう場合って、よく物語だとそれを守る存在が現れたりとかするんじゃないですか?」

 

「だろうな。ま、手にとってみるのが手っ取り早い」

 

「あ、そんな不用心に.....!」

 

 

 要が宝珠を手にとった瞬間、それは起きた。

 

ーーグオオオオオオオンッ!!

 

 突然、氷の壁から巨大な手が現れた。そしてそれは徐々に氷壁から姿を現し、体調五メートル程の巨大なフロストオーガがその全貌をあらわにした。

 

 

「ロクサーヌの予想通りだな。こういうのは世界共通、いや異世界共通でお決まりらしい」

 

「シンさん......わかってたならもう少し慎重にしましょうよ....」

 

 

 にっこり笑いながら、手にとった黄色の宝珠をお手玉にして要がお気楽そうに口を開いた。そんな彼を見て、ロクサーヌは溜息を吐きながら手で顔を押さえた。

 

 そんなやり取りをしている間にも巨大フロストオーガは二人に迫ってくる。

 

 それを見てロクサーヌが腰の剣を抜き構えた。

 

 

「私がやります」

 

「一人で大丈夫か?」

 

「ご心配なく。いざとなればシンさんに押し付けます」

 

「もしかしてロクサーヌ、怒ってる......?」

 

「いえ、そんな事ありませんよ。ただシンさんがちょっと不注意だなとか、お気楽そうにしているのがイラっとするとか、全然これっぽっちも思ってません」

 

「.........ごめんなさい」

 

「まあ、それは冗談です。色々と新しい技能を試してみたいのが本心なので.....ではーーーー行きます!」

 

 

ーーダンッ!!

 

 ロクサーヌは地面を蹴り、フロストオーガの注意が自身に向くように要から離れる。そしてロクサーヌの狙い通りフロストオーガはロクサーヌの方に向かってくる。

 

 フロストオーガがロクサーヌに向けて拳を振り抜いたが、彼女はそれを背面飛びで回避して見せるとそのままフロストオーガの腕に乗り、そのまま駆け出した。

 

 

「相変わらず身軽だなぁ〜ロクサーヌは.....」

 

 

 ロクサーヌの戦闘風景を眺める要、その言葉はとても気の抜けた物言いだった。しかし要はその言葉の軽さとは裏腹にすでに身体強化を三倍施し瞬光まだ発動するという警戒ぶりだ。いざとなればロクサーヌが危険になる前に介入する気満々なのだが、その心配はないだろうと要は踏んでいた。

 

 要はロクサーヌの実力を誰よりも知っていると自負している、それはロクサーヌの師匠であるロバートよりもだ。ロバートが知っているロクサーヌの実力は大迷宮に入る前までの話、しかし今の彼女は数多くの戦闘を経験した事で冷静な対応力や戦術眼、戦闘技術や剣技が飛躍的に成長しているのだ。

 

 それこそ、目の前のフロストオーガ相手ならほぼ互角に渡り合えるほどに。

 

 

「はあああああッ!!」

 

「グオオオォオンッ!?」

 

 

 巨大なフロストオーガがその巨体を倒さられ、悲鳴を上げた。どうやらロクサーヌはあの巨大を蹴り飛ばしたらしい。その様を見て要は「はは.....」と渇いた笑みを溢した。

 

 

(どんどんロクサーヌが化物染みた強さになってくな.....)

 

 

 ロクサーヌの新たな派生技能[金剛強化]と魔力操作の派生技能[部分強化]によって硬度が増し、さらに[豪脚]によって威力が増した蹴り技が炸裂したのだ。フロストオーガの肉体とロクサーヌの蹴りがぶつかった時、まるで鉱物同士が衝突したような音が響いていた。

 

 ロクサーヌに蹴られたフロストオーガの頬が見事に砕かれており、一方のロクサーヌは無傷。今のロクサーヌなら前回戦ったフロストタートル相手でも余裕でその装甲を蹴り砕いているだろう。

 

 そしてロクサーヌは倒れたフロストオーガの胸部に登り、トドメを刺すべく突き立てるように剣で魔石ごと貫いた。

 

 完全に動きを止めたフロストオーガから剣を引き抜きこちらに歩み寄って来る姿はとても貫禄があり、その勇ましさに思わず歓声を上げたくなるほど様になっていた。だが要の元にやってきたロクサーヌの顔はとても眩しい笑顔を浮かべていた。

 

 

「ふぅ、なんとか倒せました!」

 

「いや超余裕じゃん。俺の出番がほんとになかったよ」

 

「ふふ。そう言いながらシンさん、ちゃんと準備してましたよね?いざという時に戦いに割って入れるように」

 

「当たり前だろ。ロクサーヌに何かあったらと思うと気が気でならない」

 

「ッ!〜〜〜〜.....」

 

 

 要の言葉に赤面したロクサーヌは何か言いたそうな表情を浮かべる。かと思ったら俯いたまま要の胸元にコツンと頭を当てて、指先で要の服の裾を掴んだ。

 

 

「そういうのは......私の心臓に悪いです.....」  

 

「あ、あ〜.....えっと、すまん.....?」

 

「なんで疑問系なんですか、ふふ.....」

 

 

 流石にここまであからさまな態度を取られれば要だって気づく。ロクサーヌが自分に対してどんな想いを抱いているのか。

 

 だからこそ要は自分に問いかけた。自分が今誰が好きなのか、誰が一番愛おしい存在なのかと。八重樫に告白し、振られたことにはもう区切りをつけてある。彼女を想っていた時間はもう終わったのだ、ならば今愛おしいと思った相手を大事にしようと考え、そして決意した。

 

 

「ロクサーヌ、お前の気持ちすごく嬉しいよ。だからこそ今言わせてくれ」

 

「え、シンさん.......?」

 

「お前が欲しい。だから......ずっと俺の側にいてくれ」

 

 

 唐突に告げられた要の言葉。

 

 それを理解するのに時間がかかったロクサーヌはさらに顔を赤く染めて要の顔を見上げた。

 

 

「本当に私なんかが一緒になってもいいんでしょうか.....?」

 

「お前だからいいんだ。背中を預けられる上に、可愛らしくて、美人で、人当たりも良くて、気が利いて、俺を嗜めれるこの世に二人といないいい女だから俺はお前が欲しいんだ」

 

「でも、私は亜人で....シンさんの迷惑になるかもしれませんよ?」

 

「亜人かどうかなんて関係無いだろ。気持ちさえ通じ合っているなら人種なんて何一つ関係無い」

 

「........毛深いですよ.....?」

 

「愛嬌があっていいじゃないか。それにロクサーヌの綺麗な毛並みなら全く気にならない」

 

「......本当に、いいんですか?」

 

「ああ。何度もそう言ってるだろ?」

 

「じゃあ......証明してください。私を貰ってくれるという証明を、私にください」

 

「わかった」

 

 

 そう言って要はロクサーヌを抱きしめて、彼女の唇に自分の唇を当てた。

 

 それに驚き目を見開くロクサーヌだったが、すぐにその温まりに身を委ねるように(まぶた)を閉じた。

 

 魔物が湧いて来ないのをいい事に二人は雪が降る中、しばらくそのままキスをした。そしてようやく唇を離した二人はお互いに瞳を見つめ合い、そしてクスっと笑った。

 

 

「私達、こんな大迷宮の中でキスしちゃいましたね」

 

「ロバートさんが見たら怒るだろうな。危険な場所で気を抜くような真似してって、あとロクサーヌを誑かした事にも」

 

「ふふ、そうかもしれませんね。娘のように育ててもらったと私自身そう思っていますから」

 

「だろうな。ロバートさんがロクサーヌをどれだけ大事にしてるか俺にはわかる。だからこそ、ちゃんと二人で帰ってあの人に報告しよう」

 

「はい!」

 

 

 そして二人はまた口づけをし、お互いを強く抱きしめあった。

 

 

 

 その後、二人は迷路攻略を再開した。

 

 先程の甘い雰囲気とは一転して油断なく迷路を進み続ける二人。流石に大迷宮の中でいつまでも甘い雰囲気に浸る事はせず、場を弁え警戒を怠らずに探索を続けていた。

 

 そして二つ目の宝珠を見つけ、巨大フロストオーガとの戦闘に入った。

 

 先程はロクサーヌが一人で倒したので今度は要が一人で相手をする。

 

 

「でりゃああああああッ!!」

 

「グオオオオオオンッ!!」

 

 

 真正面からフロストオーガと拳を撃ち合う要。

 

 フロストオーガの拳と要の拳がぶつかり風が巻き起こる。要自身もロクサーヌと同様にかなり強くなっていた。

 

 瞬光の派生技能[天眼]によって肉眼では確認できない相手の弱点や魔力総量などの可視化、俯瞰的視点という効果がある技能も獲得しており、瞬時に相手の情報が頭に入って来る。さらに新しい技能[豪腕]によって腕力も上がり、豪脚の派生技能[震脚]と合わせる事によって震脚で踏み込んだ力を拳に転換して豪腕で強化された拳の威力をさらに跳ね上げた。

 

 結果、ぶつかり合った要とフロストオーガの拳でどちらが負けるのかは明白で、フロストオーガの拳から肩にかけてヒビが入り途端に砕けた。

 

 

「グオオンッ!?!?」

 

「終わりだ」

 

 

 トドメの飛び蹴りをフロストオーガに喰らわそうとすらが、フロストオーガが砕かれた腕の先、鋭利に尖った氷の部分を槍のように形状を変化され、それを要に向けてばら撒くように射出した。

 

 

「シンさん!!」

 

 

 心配するようなロクサーヌの声が聞こえる。

 

 だが、そんな物は今の要には全く通用しない。

 

 瞬光を発動している要には降り注ぐ氷の槍が全て目に見えていた。それにこのフロストオーガと戦闘に入る以前に戦ったフロストイーグルとの一戦で、英傑試練の派生技能[矢避]を獲得しているので視界に入れた相手からの飛び道具による攻撃は回避することができる。

 

 その結果、フロストオーガが降らせる無数の氷の槍は一本たりとも要には当たっていなかった。もし当たっていたとしてもこの極寒の中、散々戦ってきたおかげで獲得できた[環境耐性]と[凍結耐性]で氷の攻撃によって引き起こされるダメージや凍結化、凍傷といったアドバンテージはほとんど無くなった。

 

 つまるところ、氷雪洞窟という大迷宮の環境に適応したのだ。

 

 氷の槍の雨は一切要に当たらず、そればかりか飛んできた槍の一本を弾き、それを強化して蹴り返したら。

 

 蹴り返された一本の氷の槍はフロストオーガの胸部に刺さり、それを見た要は再び地面を飛び上がり、突き刺さった氷の槍を蹴り込んだ。するとその槍は深々とフロストオーガの胸部を突き刺し、自らが作った氷の武器によって魔石を砕かれたのであった。

 

 力無く倒れるフロストオーガ。

 

 そんな相手に目もくれず要はロクサーヌのところに歩み寄っていく。

 

 

「お見事ですシンさん、まさかあんな風に魔物を倒すだなんて.....!」

 

「本当はもっと格好良く飛び蹴りであいつの魔石ごと貫いてやろうと思ってたんだけどな」

 

「十分凄いです!それに.....かっこよかったです。あの身のこなしには恐れ入りました」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ、ロクサーヌ」

 

「シンさん.....」

 

 

 またしても桃色の雰囲気になる二人は自然とキスをする。より一層愛を確かめ合う二人、あれほどの戦闘を要が出来たのも、きっとロクサーヌと分かち合える愛の力が大きくかったのだろう。

 

 そして二人はさらに迷路内を探索する。

 

 環境耐性を獲得した要はさらに[環境耐性付与]も使えるようになっていたので、迷わずロクサーヌに付与を施した。一定時間の間、付与した相手を環境によるダメージなどから守ってくれる付与魔術の派生魔法。吹雪の寒さで凍える心配が無くなったことでより一層二人の愛は熱く燃え上がること間違いなしだろう。これも愛の力だ。

 

 探索を続けること数時間。

 

 二人はさらに三体目、四体目と宝珠の守護者達をあっさりと撃破した。その度に二人の愛が加速していくのだが、戦闘の時にはまるで人が変わったように二人の戦闘は苛烈になる。まるで愛の炎で燃え滾っているかの如く。そして無惨に散っていく氷の魔物達が最後に目にするのは二人がイチャイチャする姿で、精気の無い氷の目がより一層死んだように見えたのはきっと気のせいだろう。

 

 そんなこんながあって、二人は迷路の先にある荘厳な氷の扉の前にやってきていた。

 

 薔薇を模した彫刻が施された巨大な両開きの扉。その全てが氷でできているので、二人は思わず息を呑み、その凄さに感嘆の声を漏らす。

 

 

「凄く綺麗ですね。これだけ装飾を施した扉は初めて見ましたが、私の目からでもこれを作れる技術がどれだけ凄いかわかります」

 

「だな。これを作った奴は一体何者なんだろうか......まあ先に進めば自ずとわかるか」

 

「ですね......どうしたしますか、シンさん。一度ここで休憩でも取りますか?」

 

「ああ、そうしよう。かなりの時間歩き回ったから腹も減ったし、さすがに疲れた」

 

 

 荷物を下ろし、地面に座り込んだ要は手を地面に付きながら頭上を仰ぎ見た。そんな要を見てロクサーヌも隣に腰を下ろし、簡易的な風除けを荷物箱から展開した。

 

 そして荷物の中から携帯食の干し肉を出して要に渡した。

 

 

「ありがとうロクサーヌ、しっかしこの携帯食は....なんていうか.....」

 

「美味しくない、ですよね.....」

 

「ロバートさんが渡してきた物だろ、これ?」

 

「はい。『栄養価の高い物を見繕った。死にたくなければちゃんと食え』って言ってました」

 

「その言い方だと不味いのわかってて渡してきたっぽいな。ああ〜、久しぶりにロクサーヌの手料理が食べたい。前にロバートさんの家でロクサーヌが作ってくれたあのシチュー、あれが絶品だった」

 

「あれは昔、母から教わった料理なんです。幼い頃に教わったので母の味を再現するのにかなり時間がかかりましたが、今では得意料理の一つです」

 

「そうか......ちなみにその母さんは.....?」

 

「........母は幼い頃に亡くなりました。父もその時に....」

 

「すまん、悪いこと聞いちまった.....」

 

「いえ気にしないでください。両親が亡くなった時はすごく怖かったですけど、今は師匠もいます。それにシンさんもいますから、今の私はとても幸せです。亡くなった二人に自慢できることが増えました」

 

「そうか.....ロクサーヌ」

 

「はい?わっ!........ん!?」

 

 

 要は強引にロクサーヌを抱き寄せて、彼女の唇を奪った。

 

 最初は驚いていたロクサーヌもキスされたことで次第に顔を蕩けさせ、要の首に腕を回した。

 

 

「シンさん.....んっ......」

 

 

 寂しさで空いた穴を埋めるようにロクサーヌはより強く要の唇を(むさぼ)る。次第に二人の舌が絡み、より一層の熱を帯びてくる。そして二人は唇を離し、超至近距離でお互いを見つめ合う。

 

 

「......帰ったら思い出の料理を食べさせてくれ、ロクサーヌ。そして教えてくれ、お前の両親のことを」

 

「シンさん.......はい、必ず話します。だから、今はシンさんを感じさせてください」

 

「ああ.......」

 

 

 二人は溺れるようにお互いの唇を貪りあった。

 

 熱を帯びたロクサーヌの頬を優しく撫でる要、それを嬉しそうに目を瞑って自分の手を重ねるロクサーヌ。お互いに相手の温もりを感じつつ、より深く舌を絡め合い、とろけていく。ここが大迷宮の中でなければとっくに一線超えてるだろうという程に二人は愛を確かめ合う。

 

 ちょくちょく氷の魔物が出てくるが、ロクサーヌが持っている投擲武器を要が強化し、それをロクサーヌが正確無比に魔石ごと射抜く、そしてキスを続行。流れるような連携プレイで雑に処理される氷の魔物達がなんと哀れなことか。その数が二十に届いた時、ロクサーヌは剣術の派生技能[投剣]を獲得した。

 

 ようやく桃色の世界から帰ってきた二人は辺り一帯が氷の魔物の残骸だらけになっていることに驚き、少し反省した。

 

 そして氷の扉に集めた四つの宝珠を窪みに嵌め込むと、嵌め込まれた宝珠が発光し、その光が刻まれた模様に沿って伸びていく。それが扉全体に行き渡ると扉はひとりでに開き出した。

 

 ゴゴゴゴゴゴォと重厚な音をあげながら開かれた扉の先には、今までの氷壁とは一味違う、光の反射性能が高まった、まるで鏡の世界のような氷壁の道となっていた。

 

 

「こりゃまた、厄介そうな試練だな.....」

 

「まるで鏡の中みたいです......なんだか見てるだけで迷ってしまいそうな、二度と戻って来られないような怖さがあります」

 

「フッ、心配するなよロクサーヌ。お前の手は俺が絶対に離さない、迷う暇なく突破してみせるさ」

 

「シンさん......はい、どこへだってついて行きます!」

 

 

 不安に駆られていたロクサーヌの手を要が強く握りしめた。そしてロクサーヌはそんな要の顔を見上げて力強く返事をする。握られた手で要の手を握り返し、ちょっぴり甘い雰囲気が漏れ出しそうになるが、気を引き締めて二人は進んだ。

 

 のちにこの合わせ鏡の世界のような光景を見たハジメとその最愛の女性が、要達と同様、或いはそれ以上に愛情がオーバーヒートしてしまうという珍事が起こるが、それはまだ先の話。そしてこの氷雪洞窟の鏡の世界が、のちにカップルの聖地と呼ばれるようになるのは、それからずっと先の話なのだった。

 

 





補足

ステータス


==========================================

要 進 17歳 男 レベル65
天職:付与魔術師  職業:冒険者  ランク:紫
筋力:1000 [+英傑試練効果100〜?]
体力:1500 [+英傑試練効果100〜?]
耐性:2000 [+英傑試練効果100〜?]
敏捷:1500 [+ 英傑試練効果100〜?]
魔力:3000 [+ 英傑試練効果100〜?]
魔耐:3000 [+英傑試練効果100〜?]
技能:付与魔法[+身体強化付与][+攻撃力上昇][+防御力上昇][+自然治癒力上昇][+消費魔力減少][+魔力譲渡][+魔法強化付与][+重複付与][+環境耐性付与]
英傑試練[+能力上昇][+戦闘続行][+矢避]瞬光[+天眼]豪腕・豪脚[+驀進][+震脚]環境耐性・凍結耐性・特異点・言語理解

==========================================

新しく獲得した技能
 
[環境耐性付与]
・読んで字の如くの効果。ロクサーヌへの愛に目覚めてから獲得した付与魔術の派生魔法。ロクサーヌが寒さで凍えないように。by要 進


[凍結耐性]
・英傑試練の効果で氷雪洞窟の環境に慣れてきたことをきっかけに獲得。凍結や凍傷によるダメージや弱体化を防ぐ。


[矢避]
・英傑試練の派生技能。読んで字の如く矢を避ける。狙撃手を肉眼で捉えてさえいればどんな遠距離攻撃だろうと回避、または迎撃を可能とする。当たる直前の狙撃すら対処可能とする。


==========================================

ロクサーヌ 20歳 女 レベル:38
天職:獣戦士
筋力:100
体力:120
耐性:100
敏捷:150
魔力:2200
魔耐:2300
技能:獣戦術[+攻撃速度上昇][+斬撃威力上昇][+駿足][+危機感知][+気配感知]
魔力操作[+身体強化][+部分強化][+金剛強化]
剣術[+流水剣][+剛剣][+投剣]・豪脚


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『狼人族』
・狼人族は嗅覚が鋭く、匂いで個体を式別することも可能。
その上、高い身体能力を持っているため、昔から狩りが得意と言われている。




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喚び声


創造の後に破壊があるのか、或いは破壊の後に創造があるのか。

何事も壊す覚悟が必要なのかもしれない.......




 

 氷の巨大な扉を超えた先、まるでミラーハウスのような迷路を歩き続ける要とロクサーヌ。

 

 魔物の強襲や陰湿な罠などが一切無く、少し拍子抜けしていた二人だったが不意にその顔が歪んだ。

 

 

「シンさん.....!」

 

「ああ、何か聞こえたな。これは.....声か?」

 

「ですね。まるで女の人が囁いているような感じです」

 

「女?俺は男だが......個人で聞こえる声が違うのか....?」

 

 

 二人の見解が食い違い、要が思考しているとそれは再び二人の耳に届いた。

 

ーー〝また奪われるわよ?〟

 

ーー〝気づいているのだろ?〟

 

 二人は顔を見合わせ頷きあった。

 

 おそらく精神干渉系の何らかの魔法によって揺さぶりをかけているのだろう。しかし、それが具体的にどう二人に影響を及ぼすか、今の段階では判断できないため二人はとりあえず声を無視して歩き続けることを決めた。

 

 

「ちなみにロクサーヌはどんな声を聞いたんだ?」

 

「私は〝また奪われるわよ?〟って言われました。おそらくですが、私が両親を亡くした時の事を言っているんだと思います」

 

「なるほどな。俺は〝気づいているんだろ?〟って言われたが、どうやらこの声は自分の過去や内に秘めてる負の感情を刺激してくる類のもののようだな。まったく、悪趣味な試練なことだ」

 

「正直、不快感を覚えます。耳を塞げない上で、ずっと聴かされるのはあまりいい気分にはなれません。それに....昔の事を思い出してしまうので.....」

 

「そうだな.....ロクサーヌ、俺の手をしっかり握ってろ」

 

「シンさん....?」

 

 

 要はロクサーヌの手をしっかりと握り、彼女に向けて微笑んで見せた。

 

 

「不安になる気持ちもわかる。もしかしたらこの試練で、お前は強制的に自身の過去と向き合わなければいけなくなるかもしれない.........だが心配するな、お前は強い。それに俺もついてる。いざとなれば俺がお前を支えてみせるし、いくらでも勇気を分けてやる」

 

 

 握られた手から暖かさを感じ取るロクサーヌ。そしてその温もりと彼の強さに先程の不快感が拭い去られていく。

 

 

「........ありがとうございます、シンさん。大好きです」

 

「俺もだ、ロクサーヌ」

 

 

 彼女は先程までの暗くなりがちだった表情を綺麗さっぱりに吹き飛ばして優しく微笑みながら想いを伝えた。そんな彼女を見て要も微笑み返し、自然と顔が近くなる。

 

 そしてお互いの唇が触れ合おうとした時。

 

 

ーーグオオオオオオオン!!

 

 

 空気を読まないフロストオーガ五体が鏡の氷壁から姿を現した。

 

 

「空気を読まない、悪い魔物には即刻お帰りいただきます」

 

「だな。精神攻撃してくるわ、そこら辺の配慮も全く無いとは救いようが無い奴らだ。まさか、このタイミングの悪さも大迷宮側の攻撃なのか.....?」

 

「グオオン、グオオオオオオン(違います、単に間が悪かっただけです)」

 

「あ、そうなの?なら俺の深読みか......その、なんか悪かったな....?」

 

「グオ、グゥゥオン(いえ、お気遣いなく)」

 

「だが空気を読めないことに変わりはない。あんたには悪いが、ここでやられてもらう」

 

「グオオオオオオオン!グオオオオオオオン!!(来るなら来い!返り討ちにしてやる!!)」

 

「ハン、上等だ....!」

 

「いや、何で会話が成立してるんですか!!?」

 

 

 途端、ロクサーヌのツッコミが入った。まるで今から熱いバトルが始まるぜ!みたいな雰囲気を醸し出していた要とフロストオーガの一体がロクサーヌの言葉を聞いて、構えを解いた。ちなみにロクサーヌは絶賛フロストオーガ四体を相手にしながらである。

 

 

「何でって..........勘だ」

 

「それで何でも解決できると思ったら大間違いです、よ!!」

 

「グオオンッ!!」

 

 

 ロクサーヌがフロストオーガの一体を仕留めた。

 

 

「そんなこと言われてもわかっちまうもんは仕方ないよな。なぁ?」

 

「グオン(ええ、全くです)」

 

「そこ!わかり合わないでください!」

 

「グオオンッ!?」

 

 

 さらにもう一体仕留めた。華麗なロクサーヌの後ろ回し蹴りが見事にフロストオーガの一体の頭を砕き、魔石ごと粉砕してみせた。その姿に思わず要とフロストオーガが「オオ〜」と拍手をしながら称賛の声を漏らした。

 

 

「凄いだろ。あの子、俺の恋人なんだぜ?」

 

「グオォオオン、グオングオン!(いい女捕まえてましたね、このこの!)」

 

「はは、照れるな〜」

 

 

 要がロクサーヌのことを自慢気に口にすると、フロストオーガさんがニヤついた表情?で氷の肘を使って要の脇腹を小突いた。

 

 

「なんで仲良くなってるんです.....」

 

 

 ロクサーヌ、三体目を撃破。残った一体が助けて欲しそうに要の横にいる仲間に視線を送る。

 

 

「この先あとどれくらい試練があるかわかる?」

 

「グオングオオン。グゥグオオオオン(ここを越えればあと二つぐらいですね。もう少し進めば休める場所もあります)」

 

「おお、それはありがたい。いやぁ〜親切にしてもらって助かるよ」

 

「グオグオ、グオオオンググオオオオン。(いえいえ、こちらこそ話せてよかったです)」

 

 

 今も楽しそうに男と話している?のを見てフロストオーガは諦めた。

 

 

「なんか、すいません.....」

 

「グオオオオオオオオオオオン!!(こんな筈じゃなかったのに!!)」

 

 

 ロクサーヌは最後の一体を剣を突き刺してトドメを刺した。ちなみに最後のフロストオーガの断末魔は要の翻訳である。

 

 

「それで、そちらのフロストオーガさん?はどうしたらいいんですか?」

 

 

 油断なくロクサーヌは要の隣にいるフロストオーガに向けて剣を構える。それを見て要とフロストオーガは肩をすくめた。

 

 

「せっかく仲良くなれたあんたをここで殺すのは忍びないが、どうする?」

 

「グオオオン。グオグオグオオン(私も貴方と戦う気にはなれない。ここは大人しく引きます)」

 

「そうか、その方が俺もありがたい。色々教えてくれてありがとな、またいつか機会があれば会おうぜ」

 

「ググ、グオングオン。ググオオオオン(ええ、またどこかで会いましょう。大迷宮攻略頑張ってください)」

 

 

 そう言ってフロストオーガさんは要に手を振りながら出てきた氷壁の中へと帰っていった。そして要は清々しい顔で手を振りながら彼を見送った。

 

 

「.......よし、行くか!」

 

「ちゃんと説明してください。なんなんですかさっきのは!相手は魔物ですよ?なんでいきなり仲良くなってるんですか!」

 

「そんなこと言われてもなぁ。なんか急に何言ってるか分かっちまったんだから仕方ないだろ?もちろん他の魔物相手には容赦しない。ロクサーヌを危険に晒すような真似はしないって」

 

「......さっき、私一人で戦ってましたけど....?」

 

「あの程度の相手にお前が負けるわけないだろ?」

 

「信頼してるってことですか.........はぁ〜、わかりました。これ以上は追求しません。なにやら情報も聞き出してたみたいですから、今回は大目に見ます」

 

「ありがとう、ロクサーヌ」

 

「ですが次はシンさん一人で戦ってください。それとなんだか疲れましたので、後で抱きしめてください.....あとキスも」

 

「おお、大胆になってきたな.......だがその程度お安いご用さ。声の方はどうだ?まだ不安か?」

 

「大丈夫です。シンさんが隣にいてくれるなら全然平気です」

 

「そうか、なら行くぞ」

 

「はい!」

 

 

 色々あったが二人は奥へと進んだ。とりあえずロクサーヌの要望を叶えるために、フロストオーガさんから教えてもらった休める場所へと向かった。

 

 そこに到着してしばらく休憩に入ると、二人は誰もいないのをいい事に強くお互いを抱きしめ合って深い口づけを数十分近く繰り返した。

 

 その後、再び奥へと進み出した二人。未だに不快感を催させる声は継続して聞こえてくるが、その度に二人はお互いの存在を確認するように抱きしめ合って口づけを交わす。二人にとってそれこそが精神干渉系魔法に対抗する精神安定剤だった。

 

 奥に進み続ければ続けるほど、聞こえてくる声はより狡猾に心の奥底に眠っていた負の感情を撫でてくる。その上、魔物や罠がまるで狙ったようにタイミング良く二人を襲う。

 

 しかし、そんなものは今の二人の前では全く効かない。

 

 声が聞こえてくるたびに愛情のパラメーターが鰻登りに上昇し、待ってましたとやってくる魔物を粉砕、これでも喰らえ!と言うような罠もあっさり回避される始末。

  

 もはやこの合わせ鏡のような空間では二人を止めることはできなかった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、二人は大きく開けた空間にやってきた。

 

 その部屋の奥に見えるのは氷の巨大な扉。氷の迷路で見た荘厳な扉に良く似ており、意匠が凝らされた見事な門だ。

 

 先程のフロストオーガの情報が正しければ残り二つのうち一つがここになるだろうと予想する要。

 

 そしてその予想は正しかった。

 

 部屋の中に踏み込んだ瞬間、頭上から暖かい光が差し込んだ。そして天井に覆われている雪煙が光を溜め込むように輝き始めた。いや、雪煙がと言うより、正確には雪煙を形成している極小さな氷粒がというのが正しいだろう。そして刻一刻とその光がより輝きを増していく。

 

 

「っ、シンさん!!」

 

「わかってる!!」

 

 

 途端、その氷粒からレーザービームが放たれ、二人を襲った。要の直感とロクサーヌの危機感知がそれを捉え、お互いが左右に回避する。しかしその一回では収まらず、乱れるようなレーザーの嵐が二人に降り注いだ。

 

 

「ッ!ここに来てレーザー攻撃とはなッ!」

 

 

 瞬光によって知覚能力を引き上げ、さらに自身の直感に身を任せ乱れ舞うレーザーを必死で回避する要。一方、ロクサーヌも流石に華麗にバク転で回避したり、柔軟な体で掻い潜るように回避を続けているがその顔は必死そのものだった。さらに言えば二人は荷物箱を背負ったままなので、躱しきれなかったレーザーが荷物箱に被弾する。かなりの強度があるロバート謹製の荷物入れだが、そう何度も攻撃を喰らえば壊れるのは目に見えていた。

 

 

「っ、ロクサーヌ!!壁伝いに扉まで一気に駆け抜けるぞ!」

 

「わかりました!」

 

 

 要とロクサーヌはレーザーに対する回避行動でかなり距離を離されてしまっている。なのでお互いに左右の壁側から一気に扉まで駆け抜けることを提示した要。それに対してロクサーヌは力強く返事を返した。

 

 そして二人は足裏に力を込め、強く地面を蹴った。

 

 危機感知と自前の身体能力で華麗に舞い踊るようにレーザーを避けながら進むロクサーヌ。知覚能力を引き延ばしてレーザーを掻い潜りつつ、手甲で受けながら強引に突破していく要。

 

 だが順調に進んでいけると思われた時、頭上で溢れていた雪煙が手の前に落ちか来た。それと同時に雪煙の中から大きな氷塊が二つ落ち、要とロクサーヌの進路を塞いだ。要とロクサーヌは氷塊から距離を取り走り出そうとしたが手遅れだった。

 

 二人の周囲に雪煙が充満し、辺り一帯が霧のように覆われ視界に収めることができるのは降ってきた氷塊のみ。

 

 そしてその氷塊は姿形を変え、体長五メートルほどの人形になり、ハルバートのような武器とタワーシールドを携え、その人型の胸には赤黒い結晶が見てとれた。

 

 

「ようはコイツを倒せってことか。上等だ、速攻片付けてロクサーヌのところに行かせてもらう!」

 

ーーーまだ偽るのか?

 

「..........」

 

ーーーお前にとって所詮他人なんて存在は自分以下の存在。

 

「......るさい

 

ーーー他人を見下すことしかできない存在。

 

「.....うるさい」

 

ーーー何故、まだ()()()()()をする?

 

「うるさいッ!!」

 

 

 氷の巨人がハルバートで一帯を薙ぎ払おうとした。

 

ーーーゴオンッ!!

 

 だが、それは要の身につけていた手甲で簡単に受け止められた。手甲への付与も施し、すでに身体強化もしていた要の膂力が巨人のハルバートをあっさりと巨人の攻撃力を凌駕したのだ。それを成した要の表情は先程とは違い、酷く怒りに満ちていた。

 

 合わせ鏡のような氷の迷路に入ってからずっと聞こえていた自分の声。最初は誰の声かもわからなかったが、それを聞き続けていれば自ずとその声の主が誰なのか否が応でもわからされる。

 

 その声がずっと要の心を揺さぶっていたのだ。

 

 ロクサーヌがいる前ではそんな素振りは一つも見せず、堂々を振る舞い、ロクサーヌを不安にさせまいとしていた。しかしこの声を聞き続けて一番精神的に効いていたのは他でもない要だったのだ。

 

 それを隠すようにロクサーヌに甘えていた要。

 

 彼女の温もりが要の精神安定剤だったのだが、今はその彼女もいない。  

 

 それを知ってか知らずか、さらに要の内側を突いてくる。

 

 

ーーー滑稽だよなぁ、女に溺れる自分を感じるのは。

 

ーーー都合のいい女でよかったな、お前の側にいたのが。

 

ーーーお前はロクサーヌ()()()()()()

 

 

「さっきからゴチャゴチャ、うるせぇって言ってるだろうがッ!!」

 

 

 八つ当たりするように氷の巨人を刀剣で斬り刻み、蹴り飛ばし、拳で砕く。それ程の威力ならば氷の巨人の核をすぐに破壊できるというのに、まるで痛めつけるように攻撃を氷の巨人に与え続ける要。

 

 

ーーーそうやって壊すことしかできない。

 

ーーー()()()()()()()()()

 

ーーー所詮は他人の真似事。

 

ーーーお前は()()()()()()()()()()()

 

 

「ッ!俺でもない奴が、俺と同じ声で知ったような事言ってんじゃねェッ!!!」

 

 

 要の一撃で足を砕かれた氷の巨人が仰向けで倒れる。ズドオオオオンッ!と雪煙をあげ、砕かれた氷塊の欠片も風圧で巻き上げられキラキラと輝いく。だが、倒された氷の巨人はすでに至る所がボロボロになっており、まるで壊れた人形のようにギコギコと挙動がおぼつかない様子で首を動かして敵対者である要を見上げていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ.......」

 

 

 呼吸が荒くなる要。そして先程までの激情を悔いるような表情を浮かべ冷静さを取り戻すようにひとつ大きく息を吐いた。そして刀剣を持っていない左手で額を抑え、そのまま顎の先まで掌で顔を拭うように切り払った。

 

 ひとつ区切りをつけた要は巨人の胸部に飛び乗った。ちょうど核となる赤黒い結晶の真上に。

 

 

「......情けない話だ、まったく」

 

ーーーそうやっていつまでも誤魔化せると思うな。

 

「.................黙れ」

 

 

 吐き捨てるように呟いた要。

 

 そして強化した足であっさりと氷の巨人の胸部を踏み砕き、核を捻り砕いた。まるで煙草の火を足で踏みながら消すように、()()()()()()()()()()()()()()()()入念に。

 

 

「ふぅ.....とりあえずこれで終わりか。ロクサーヌが少し心配だな」

 

 

 そんなことを考えながら要はその場を足早に去り、雪煙を抜け出した。その先は要とロクサーヌが目指していた巨大な扉の前で、いつの間にかその場所に辿り着いていたらしい。

 

 すると要より少し遅れてロクサーヌも扉の前にやってきた。ロクサーヌも要と同様、あまりダメージを受けていない様子で要はそんな彼女の姿を見てホッとした。

 

 

「無事で良かった」

 

「少し苦戦しましたが何とか勝てました。シンさんはどうでしたか?」

 

「..........」

 

「シンさん......?」

 

 

 ロクサーヌの質問に先程の自分の激情やら情けない態度を思い出し、返答に困ってしまった要。

 

 そんな要の様子を見てロクサーヌは困ったような笑みを浮かべ歩み寄り、要の頭をその豊満な胸に抱え込んだ。

 

 

「っ、ろろ、ロクサーヌ....?」

 

「いつも支えてもらってばかりの私ですが、こういう時ぐらい私に甘えてください」

 

「お、俺まだ何も言ってないけど.....?」

 

「言われなくてもわかります。さっきの一戦で何か思うところがあったんですよね?そうでなければそんな寂しそうな顔しません」

 

「........俺、そんな寂しそうな顔してた?」

 

「はい、してました。思い詰めたように自分を責める、まるで誰かに叱って欲しそうな、そんな寂しそうな顔です」

 

「はは、まるで子供だな.....」

 

「いいじゃないですか子供でも。無理に大人のフリをしても、それはそれで私が寂しいです。私はシンさんに頼って欲しいんですし、支え続けたいと思ってます。それにもっと貴方が知りたいんです、例えどんな一面でも。だから今は思う存分私に甘えてください」

 

 

 それが彼女の想いだった。

 

 この大迷宮に入ってから彼女はずっと要に支えられ続けてきた。そして要という彼女にとって大きな存在が自分に与えた勇気や愛はロクサーヌという女性をより一段と成長させた。戦士として、女として。

 

 それを自覚し、要に対してより深い愛を抱いているからこそロクサーヌは彼の力になりたいと強く思った。彼が甘えられる存在、自分をさらけ出せる存在に。そして彼をもっと知りたいから。

 

 

「.......ロクサーヌ」

 

「はい」

 

「この大迷宮を攻略した後、話したいことがある。今はまだ自分と向き合わないといけないから.......向き合って、答えが出たらちゃんと話す」

 

「はい、待ってます」

 

「すぅーー.......とりあえず今はロクサーヌのお言葉に甘えて、ロクサーヌ分を補給する」

 

「なんですかそれ?」

 

「俺専用のエネルギー養分だ、すぅーーーー」

 

「あ、あまり匂いは嗅がないでくださいね?汗臭いですし....聞いてますか?」

 

「聞いてる聞いてる、すぅーーーー」

 

「も、もお!イジワルしないでください!」

 

 

 なんやかんやありつつも、結局はこういう形で収まった二人。

 

 少しだけふざけている要だが、内心では自分にとってロクサーヌという女性がどれだけ大きい存在なのかを実感し、より一層彼女には強い自分を見せ続けたいと思った要だった。

 

 確かに彼女はどんな要の姿だろうと優しく包み込むように受け入れるだろう。それに対して要も甘えたり、少しばかりの本音を漏らすことは今後必ずあるはずだ。だとしても、要がロクサーヌに見せたいと思う自分の姿は弱さではなく強さである。いつまでも弱さを引き摺った姿ではなく、鮮烈に生き、逆境から立ち上がり、例え無様を晒してもそれを乗り越える、彼女自身が着いて行きたいと思わせるのが自分のあるべき姿だ。

 

 理想なのかもしれない。

 

 驕りなのかもしれない。

 

 それでも自分が思い描く彼女の隣に立つ男は、きっとそういう男だと要は思った。

  

 男のつまらないプライドだと嘲笑う者もいるだろうが、そんなことは知らないし聞く耳も持たない。

 

 彼女の胸に抱かれた時、彼はそう決めたのだから。

 

 

 

 そんな新たな決心を胸に秘めた要と、彼を支え続けたいと表明したロクサーヌは辿り着いた氷の扉の前に立った。すると巨大な扉は勝手に開かれ、その先は光の膜で覆われ見えなくなっていた。

 

 だが、次で最後。

 

 ここを乗り越えれば大迷宮攻略。

 

 俄然燃える二人の戦意。

 

 そして二人は手を繋ぎ、お互いに顔を見て頷くと同時にその先に踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 要が気がついた時、氷の壁に覆われた一本道の中央に立っていた。

 

 

「ッ!?ロクサーヌ!?......くっ!」

 

 

 握っていたはずの彼女の感触が無く、辺りを見回しても彼女の姿は見当たらなかった。

 

 

(はぐれた?いや、どこでだ?扉を一緒に潜った時までは一緒にいたはずだ.......なら原因はあの光の膜か.....?)

 

 

 思考を巡らせる要。

 

 ついさっき彼女にはいいところを見せると決めたばかりなのに、さっそく離れ離れになったことを歯噛みする。

 

 先程まで感じていた温もりが消えたことに焦りを覚える要。

 

 そしてそれが彼女にどれだけ依存していたかを実感させた。

 

 そんな自分の弱さを感じとり、要はあからさまに息を吐き、冷静に思考を重ねた。

 

 

(さっき決めたばかりじゃ無いか。俺は強くあり続けると。それはロクサーヌが見ていない時でも同じことだ.......なら、やるべきことは決まってる.....!)

 

 

 そして要はもう一度辺りを見渡して、先に続く道が一つしかないことを確認し、その先を見据えた。

 

 

「.......行くぞ」

 

 

 誰に言ったわけでもないが、強いて言うなら自分自身に向けて喝を入れたのだろう。

 

 要は一人、先に続く道を歩み出した。

 

 そうして辿り着いた先は氷壁に囲まれた開い空間。その中央には天井と地面を繋ぐ太い氷柱が一本だけ聳え立っていた。

 

 その氷柱に近づいていく要。とうとう要の手が氷柱に触れる距離までに辿り着いた時、その氷柱は先程の合わせ鏡のような氷壁の迷路の氷と同じように、鮮明に要の姿を反射させていた。

 

 反射して写っている自分の姿をまじまじと見つめる要。地球にいた頃より少し背が伸びたか?と最近まったく考えていなかったことが不意によぎり、自分の姿を頭の先からつま先まで事細かくチェックする。

 

 ロバートから貰った服もすっかりボロボロになっており血が滲んでいる箇所も含めて見ると何だか痛々しく見えた。

 

 

「俺ってこんな顔だったっけ......?」

 

 

 なんて言いながら真剣な表情で自分の顔を見つめていると、その顔の口がニヤリと裂けた。

 

 

「うおおっ!?」

 

 

 唐突に自分とは違う行動をとった氷の中の自分に驚き、数歩後ろに下がった要。絶賛鳥肌と背中にゾクッとする寒気を感じていた。こう見えて要はホラー映画の類が苦手なのだ。

 

 

『はは。そういう反応をするのは久々か、俺?』

 

 

 要が言葉を吐いた。誰に?いや、その言葉を吐いたのは要本人では無く、氷の中にいる要の姿をした要だった。

 

 そして氷の中にいた要が何の躊躇いもなく自然に氷柱から出てきた。そしてその姿が氷柱から出てきた途端、色が変わった。

 

 髪色は白に、服の色すらも黒と白のモノクロカラーになり、ゲームでいうところの2Pカラーと言った趣きだ。

 

 それを見た要本人は偽者の自分を睨んだ。

 

 

「........とうとう出てきやがったな、偽者野郎」

 

『偽者?おいおい何の冗談だよ。俺こそが本物のお前であり、お前が殺した本物を写した存在だ』

 

 

 嫌らしい笑みを浮かべて、そんなことを口走る偽要。

 

 

「今度の相手はお前ってことでいいんだよな?いや、いいよなぁ。その癪に障る笑い顔を今すぐぶん殴ってやる.....!」

 

『やれるものならやってみろよ。今度は俺がお前を()()()()()()

 

 

 両手を広げ、まるでやってくる相手を抱きしめるぞと言わんかばかりに待ちの姿勢をとった偽者相手に、要は刀剣を抜き強化した脚力で地面を蹴った。

 

 最後の試練が幕を開けた。

 

 





補足


登場人物

「フロストオーガさん」通称〝フローガさん〟
・要進とロクサーヌがミラーハウスみたいな迷路で出会った氷の魔物。要曰く、気さくで話しやすいお兄さんで親切な上に礼儀正しい魔物の鏡みたいな存在。何故要と話せたのか?フロストオーガさん曰く、「彼には何か感じるものがあった」とのこと。

もしかしたら、また登場するかも.......?


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愛の狼


一万文字近くいってしまった。




 

 眩しい光の膜を潜った先は一面氷の壁に覆われた一本の道だった。

 

 

「シンさん、ここは......シンさん?」

 

 

 握っていた手に感触が無く、辺りを見回すロクサーヌ。だが声をかけた相手はどこにもおらず、氷雪洞窟にやってきて初めて孤独になったことに焦りを感じる。

 

 要と繋いでいた手を胸元に引き寄せ、焦りの表情を浮かべつつもロクサーヌは道の先を強い眼差しで見つめた。

 

 

(きっとシンさんならこういう時、迷わず進むはず......!)

 

 

 何が起こったのかさっぱり理解できないロクサーヌだったが、やるべき事だけはいち早く理解し、氷壁の道が続く先へと歩み出した。

 

 腰に携えた剣をすぐ抜けるよう構えながら、警戒を怠らず進み続けるロクサーヌ。

 

 そしてその先に待っていたのは氷壁に囲まれた大きく開けた空間、その中央に天井から地面に聳え立つ一本の太い氷柱だった。

 

 

「ここは.......シンさんはいないみたいですが......」

 

 

 少しだけ期待していた彼の姿が見当たらず気落ちするロクサーヌ。しかし、すぐにそんな軽い落胆は捨て、辺りを注意深く観察する。そして荷物箱を置き、一番気になる物、中央に聳え立つ太い氷柱へと歩み寄っていき、何事もなく氷柱の前に辿り着いた。

 

 

「これも先程の迷路と同じ鏡のような氷の壁ですね......

はぁ、私ではこれが何なのか皆目検討がつきませんが、シンさんなら.......」

 

 

 そこまで言葉を口にして、ハッとなるロクサーヌ。自然と彼に頼ろうとしている自分がいることを知り、慌てて口を押さえる。自分を頼って欲しいとさっき言ったばかりの口で彼に頼ろうとする発言を口にしてしまい、ますます自分の弱さを自覚してしまうロクサーヌ。

 

 

『本当に私はダメね....』

 

 

 口を開きかけていたロクサーヌの耳にそんな声が聞こえた。その言葉はちょうどロクサーヌが言いそうになっていた台詞で、先を越されたことに驚くと同時に気持ちを切り替え剣を抜いく。

 

 

「誰です?姿を隠していないで早く出てきたらどうですか?」

 

『誰って決まっているじゃない。私は貴方よ、ロクサーヌ。そして私は貴方のすぐ目の前にいるわ』

 

 

 目の前?

 

 その言葉が耳に届いた途端、目の前から横薙ぎの剣閃がロクサーヌを襲った。だが、それを視界の端で捉えたロクサーヌは柔軟な体で上体を逸らし、そのまま数回バク転をして距離を取った。

 

 そして回避した後、ロクサーヌは目の前に剣を構える存在を見つけ、その目を見開いた。

 

 氷柱の中から剣だけが出てきていた。それを手にしている存在は鏡の氷壁に映った自分自身、そんな自分は怖いくらい真顔でロクサーヌ本人を見つめていた。

 

 そして何の抵抗感もなく鏡に写っていた自分があっさりと氷柱から出てきた。その途端、自分と同じ姿をしていたそれの髪色が白くなり、服装は黒く染まっていった。

 

 

「貴方は一体.......?」

 

『ふふ。言ったはずですよさっき、私は貴方だと』

 

「ふざけているのならこれ以上は聞きません。貴方を斬って私はシンさんのところへ行きます』

 

『シンさん、ねぇ......貴方が彼に抱いている物は本当に愛なのかしら?』

 

「.....どういう意味ですか?」

 

(貴方)ならわかるでしょ?貴方が根本的に求めているのは自分を守ってくれる存在、都合の良い道具。そしてその根底にあるのは他者に対する恐怖。彼もきっと貴方を裏切り、使い潰して、最後は何もかも奪っていくわ。あの日、()()()()()()()時と同じようにね』

 

「ッ!黙りなさいッ!!」

 

 

 刹那。ロクサーヌは激昂し、白い姿の自分へと斬りかかった。

 

 幾多もの氷の魔物達を屠ってきたロクサーヌの剣閃。身体強化で跳ね上がった肉体能力に豪脚を合わせ、ロバートから教わった剣術によって繰り出される一太刀。

 

 今の異世界組ですら知覚不能とも思える、目が覚めるような鮮烈な一撃を白い自分は、あろうことか片手で受け止めた。

 

 いや、正確に言うなら五指でその一撃を摘んで受け止めたのだ。

 

 

「なッ......!?」

 

『ほら、弱い。そんな風だから貴方は奪われるのよ』

 

 

 そして白いロクサーヌはロクサーヌ本人の剣を摘んだまま自身の剣をロクサーヌに向けて振り下ろした。しかし引き戻した剣で何とか防ぐロクサーヌ、そして鍔迫り合いになるが白いロクサーヌの押しが圧倒的にロクサーヌよりも優っていた。

 

 思わず苦悶の表情を浮かべるロクサーヌ。

 

 

「くっ......!」

 

『所詮この程度なのよ、貴方()は。貴方の力じゃ何一つ守れない。怯えているのよ、貴方の剣と心が。それが私には手に取るようにわかる。だって私は貴方なのだか、らッ!!』

 

「ぐあっ!!」

 

 

 白いロクサーヌに競り負けたロクサーヌは力任せに振り飛ばされた。地面に背中を叩きつけられたロクサーヌは痛みで苦悶の表情を浮かべながらも、その弾みで体を引き起こし体勢を立て直した。口を切ったらしく、垂れてきた血を自分の服の裾で雑に拭い去り、ロクサーヌの視線と剣は真っ直ぐ相手に向けられていた。

 

 そんなロクサーヌの姿を面白くなさそうに見つめる白いロクサーヌが口を開いた。

 

 

『まだそんな目をできるのね。なら昔話をしましょう。そう、貴方がまだ師匠と出会う前の話を』

 

「そんなこと、貴方に言われなくても私は知っています」

 

『いいえ。貴方は何も知らない、というより見ていないわ』

 

「昔語りがしたいならご自由に。私は私のやるべき事をしますッ!」

 

 

 再びロクサーヌは白い自分へと攻撃を再開した。

 

 今度は剣だけでない。投擲用の武器である棒手裏剣を数本手に持ち、それを器用に片手で一本ずつ投げつける。だが迫り来る棒手裏剣をあっさり切り払い防ぐ白いロクサーヌ。それを見たロクサーヌは再び白い自分へと距離を詰める。そして棒手裏剣を数本投擲して隙を作ろうとする。

 

 

『無駄な事ですね。まあ良いでしょう、貴方の好きなようにしてください。私も好きなようにしますので』

 

 

 白いロクサーヌも棒手裏剣を懐から取り出し、お互いに中距離から相手に駆け込みながら投擲する。そしてお互い同じ間合いに到達すると剣を振り抜く。乱れるような剣の舞。金属同士が高速でぶつかり軽く火花を散らす。

 

 

貴方()はかつて両親と共に同族から故郷であるフェアベルゲンから追い出された。何故か?それは貴方()が魔力を持って生まれたから。両親が死ぬ要因を生み出したのは貴方なんです』

  

 

 白いロクサーヌは言葉を発しながら、剣を乱舞させる。その速さに対応しきれないロクサーヌは徐々に切り付けられていく。そして彼女の言葉が耳に届くたびあの時の光景が脳裏によぎってきた。

 

 白いロクサーヌの言う通り、ロクサーヌはかつて両親と共に故郷であるハルツィナ樹海にある亜人族の国“フェアベルゲン”で暮らしていた。狼人族には珍しい黄金色の毛並みに周囲は訝しんでいたが、それでも幸せに楽しく暮らせていた。

 

 しかし五歳の時、同年代の子供と一緒に遊んでいた際、彼女は()()()()()に足が早かった。とても五歳児が出せる速度ではなかったのだ。

 

 そんな彼女を見た同族の大人達は何の根拠も無く、ロクサーヌは魔力持ちだと断定した。疑わしきは罰せよ、というやつだろう。魔力持ちの子供匿っていると知られれば一族全員フェアベルゲンから追い出されてしまう。そうなる前にと狼人族の大人達は彼女を殺すか追放するかの二択をロクサーヌの両親に迫った。

 

 その結果、ロクサーヌの両親はロクサーヌと共に追放の道を選んだ。

 

 ロクサーヌの耳には今もあの時の同族達が怒声をあげ自分を糾弾する声が残っていた。

 

 

『追放され、行き場の無い(貴方)と両親はハルツィナ樹海でひっそりと暮らしていた。でもそれは長くは続かなかった。人間達の欲望を満たすだけの暴力によって!』

 

 

 彼女の言う通りだ。

 

 故郷を追われたロクサーヌ達は樹海の片隅でひっそりと息を潜めて暮らしていた。だが、突然現れた人間達によってロクサーヌは両親を奪われた。

 

 樹海の草花に隠れていたロクサーヌはその光景を最後まで見ていた。

 

 父は抵抗するたびに痛めつけられ、母は衣服を破り去られる。

 

 母を助けようとした父は腕を切り落とされ、足の腱を切られ、目の前で人間達に犯される母の一糸纏わぬ姿を見せつけられ怒りの慟哭をあげていた。そして最後は人間達が一頻(ひとしき)り楽しんだ後、悪魔のような笑みを浮かべながら父を剣で滅多刺しにした。

 

 母は複数の人間達に犯され続け、最後は首を絞められながら犯され息を引き取った。

 

 そんな光景を陰で涙と嗚咽を手で押さえつけ堪えながら見ていたロクサーヌ。

 

 人間達が去った後、両親の元へ駆け寄り涙を流し続けたロクサーヌの元に現れたのは二つ首に二足歩行する巨大な蜥蜴の魔物だった。

 

 恐怖で足を竦ませるロクサーヌの耳に微かに声が聞こえた。

 

 

『ぃ、にげ、ろ.....ぉく....ヌッ』

 

 

 死んだと思っていた父が立ち上がったのだ。そんな父に縋りつこうとするロクサーヌに父は最後の気迫で吠えた。

 

 

『くっ.....逃げろォ!ロクサーヌッ!!』

 

 

 ロクサーヌは逃げた。溢れんばかりの涙を散らして、背後から聞こえる骨肉を砕くような音が聞こえないように耳を塞ぎながら。

 

 一体、どれほど走っただろうか。

 

 力の限り、体力の続く限り、目に見えるもの全てを見ないように駆け抜けた先は真っ白は雪原だった。

 

 ボロボロの体にボサボサの毛並み。服など着ているかどあか関係ないぐらいに汚れていたロクサーヌ。

 

 そして無意識にただ父の最後の言葉だけが彼女の体を動かして、雪原を素足で歩かせた。当てなど一切なく、寒さで凍りつく体、手足はとっくに凍傷を引き起こし感覚など一切なかった。

 

 その結果、彼女は倒れた。

 

 そして薄れ行く意識の中、彼女に近寄る存在がいた。

 

 それが彼女の師であり第二の父であるロバートだった。ロバートに拾われたロクサーヌは何とか一命を取り留めるのだった。

 

 

『師匠に救われた貴方は殺された両親のことを忘れ、ただ守られるだけの日常に甘んじた。けど奪われたことに変わりはないのよ。父を傷つけ母を犯した人間達が憎い、両親を裏切り見捨てた同族達が憎い.......貴方もそう思うでしょ?そして何よりその原因を作った自分という存在に、弱さに貴方は絶望している』

 

「...............」

 

『黙っていても貴方のことは手に取るようにわかるわ。もっと貴方の心の奥にあるものを掻きむしりなさい!憎悪と怨嗟に身を焦がしなさい!自分を否定しなさい!貴方の負の感情は私の力となる!』

 

 

 より一層激しくなる剣戟。

 

 なんとか不意をついてロクサーヌが棒手裏剣を逆手に持ち、それを白い自分の首に突き立てようとする。

 

 

『無駄よ』

 

「くはッ!!」

 

 

 あっさりそれを掴まれ、白いロクサーヌの横蹴りがロクサーヌの腹に突き刺さった。そしてそのまま流れるように白いロクサーヌは斜め下からの袈裟斬りをロクサーヌに当てた。

 

 

「ぐああッ!!」

 

 

 防御が間に合わずロクサーヌの横腹から胸部にかけて赤い線が走った。

 

 たまらずロクサーヌは手に持っていた全ての棒手裏剣を投擲し、無理やり距離を取る。そして腰の鞄から小瓶を一つ取り出しその中身を自身にかけた。すると切られた箇所の流血が治り、傷も癒やされる。

 

 地面に膝を着きながら、荒い呼吸をするロクサーヌ。

 

 そんな彼女の姿を面白そうに見下す白いロクサーヌ。

 

 

『随分辛そうですが、まだまだこの程度は序の口ですよ?貴方の心の底にある物はこの程度ではないもの.........貴方、カイルを覚えてる?』

 

「っ!?」

 

『覚えるわよね。何せあの男と()()()()()()()()()()もまた貴方から日常を奪おうとした許せない相手だもの』

 

「くっ.......」

 

(貴方)が師匠に救われて十年、平穏な毎日だったわ。手慰めに教えてもらった剣技を毎日欠かさず練習して、上手く出来ればあの仏頂面の師匠が稀に褒めてくれる。そんなささやかな幸せが続いていたのに、ある日あの男達はやってきた』

 

 

 そう、今から五年も前になることだが今でも覚えている人間の欲深さ。それを向けられる恐怖を。  

 

 あの日、魔物に襲われ重傷を負った人間族の男カイルとその双子の兄ライルが、ロバートが留守にしている間にたまたま二人の隠れ家を見つけ飛び込んできた。

 

 隠れ家に入ってきたライルはロクサーヌを見つけると高圧的な態度でカイルの治療を命じた。そして父と母を殺した同じ人間族ということで怯えるロクサーヌは言われるがままカイルの治療し、なんとかカイルは命を繋ぎ止めることができた。  

 

 しかしそんな仲間の命の恩人であるロクサーヌを見ていたライルは持っていた剣でロクサーヌを脅し、強引に服を脱がし、強姦しようとした。

 

 当時のロクサーヌも今と同様に見目麗しく、魅惑的な四肢に、溢れんばかりの豊満な胸をしており、簡単に言えばライルはロクサーヌに欲情したのだ。

 

 自分に覆い被さってくる男に恐怖を覚え、頭が真っ白になるロクサーヌは不意に手が床に落ちていた訓練用の木剣を掴んだ。

 

 その後の事はあまり覚えていないロクサーヌ。

 

 ただ、血塗れの木剣と横たわるライル。そして戻ってきたロバートがロクサーヌに優しく布を身体に被せ、何かをしていた。

 

 

『当然の報いよね。(貴方)を襲おうとして返り討ちに遭っただけなのだから。それに師匠にも感謝しないとね。貴方があの男を殺せたのも師匠から剣を教わっていたから。おかげで貴方()の初めては守られたわ。あんなゴミに与える物なんて何もないもの』

 

「けど.....あの人の兄弟を殺したわ」

 

『それがなんだと言うの?まさか犯された方が良かったなんて言うつもり?』

 

「違うわ、私が冷静に対処していれば殺さずに済んでいたはずだわ」

 

『........そうね。そうなってたかもしれないわね。でも、そうはならなかった。結果貴方はあの男を殺した。憎い人間族に一矢報いた。ねぇ、あの時の貴方、どんな顔をしていたのかしらね?憎い憎い人間族の血で染まった凶器を見て、どんな感情が芽生えたのかしらね?きっと、貴方はこう思ったはずよーーーーーーーーーーーやった♪って』

 

「ッ.......!」

 

 

 確かにあの時、えも言えぬ達成感があった。

 

 その時のことを思い返し、ロクサーヌは途端に吐き気を覚えた。喉の奥から出かかる胃酸の強烈な刺激に思わず口を押さえながら、そんな事はないと彼女の言葉を内心で否定する。

 

 

『また力が強くなったわ。教えてあげましょうか?この場所では自分の心の声を否定するほど相手の力が増すのよ。まあ、それを今知ったところで貴方にはどうする事もできないだろうけど、ねッ!!』

 

 

 さっきよりも数段早くなった白いロクサーヌが一瞬でロクサーヌの懐に潜り込み、顎を蹴り上げた。その威力も先程とは比べ物にならず、簡単にロクサーヌの体が浮き上がる。

  

 

「ぐはっ!!!」

 

『私がどこまで強くなれるのか試させてください、ね!』

 

「ぐふっ!!」

 

  

 浮き上がったロクサーヌに今度は強烈な回し蹴りを打ち込む白いロクサーヌ。腕ごと脇腹に刺さったその攻撃はあまりの威力にロクサーヌの体をくの字に折り、吹き飛ばされた彼女は数回地面にバウンドして地面を転がった。この攻撃でロクサーヌの左腕が折れ、右手で掴んでいた剣も取りこぼしてしまう。

 

 

「くっ.....ぐッ.....!」

 

 

 なおも立ちあがろうとするロクサーヌ。痛みで手が震え、頭を強くぶつけた事で頭部から血を垂れ流していた。

 

 それでもロクサーヌは歯を食いしばり、体を起こそうとする。その表情は要の前で見せていたものより、猛々しい獣のようだった。

 

 

『思った以上に諦めが悪いわね。彼の影響かしら、それとも助けが来ると思っているの?無駄よ、彼は絶対ここには来れない。貴方がここを越えなければ彼には会えないわ』

 

「はぁ、はぁ......それを聞けて、安心しました」

 

『?』

 

「貴方を倒せばシンさんに会えると言うことですね.....なら、私は何があっても倒れません、ッ.......!」

 

 

 真っ直ぐ白いロクサーヌを見つめるロクサーヌ。彼女の闘志はまだ折られておらず、震える手足で踏ん張り、折れた片腕を押さえながら片膝立ちをした。

 

 ボロボロな姿の彼女の、一体何がそこまでさせるのか。

 

 それは単純な話で、ただ要に会いたいという欲求だった。

 

 たったそれだけの理由が今も彼女に闘志を滾らせていた。

 

 だからこそ、白いロクサーヌはそれを折ろうとする。

 

 

『あの男のどこにそんな価値があるの?貴方も気づいているんでしょ?あれは正真正銘の()()だって。瀕死の傷を負ってなお生きている底知れない生命力、桁外れな付与魔法による身体強化、得体の知れない能力(チカラ)、魔物と会話をする悍ましさ、そして何もかもを飲み込もうとする存在感。世界に愛されているとか、希望の光だとか、そんな夢見がちな言葉で片付けるにはあまりにも怖すぎる危険な存在よ?』

 

「たしかに.....彼は、不思議な人です。たまにすごく怖い目をします.....でも、その瞳は力強く、人を惹きつける力がある。あの人について行きたいと思ってしまう自分がいる........貴方もそれを感じているのではないですか.....?」

 

『ッ!?』

 

 

 ここに来て初めて白いロクサーヌが動揺した。それは図星だったのかもしれない。魔物すら惹きつけてしまう彼の何か、それは同じ大迷宮の魔物である白いロクサーヌも感じていたのだろう。だからこそ怖いと、危険な存在だと言った。自分の存在理由がたった一人の男の存在で揺らいでしまいそうだから。

 

 

「それに、彼は怪物なんかじゃないわ。悩み、傷つき、考え、苦しみ、笑って進む、私と同じ〝人〟よ」

 

『その〝人〟に、人間に貴方は苦しめられてきた。欲望のままに奪われた。あの男もまた同じように貴方から全てを奪うわ』

 

「いいえ、奪われないわ。何故なら私が与えるから」

 

『なん、だと.....』

 

 

 驚愕したような声を漏らした白いロクサーヌ。そして、意味がわからないと言った様子でロクサーヌを見つめ続けた。

 

 

「私はあの人に私の持てる全てを与えたいの。心も体も、愛情も、欲望も、力も、この命すらも」

 

『馬鹿な、貴方はあの男の為なら命すら投げ出せると言うの!?』

 

「ええ、でも一つだけ言わせてもらうなら、ただ命を投げ出す事はしないわ。だってあの人なら必ず私を守ってくれるもの。無為に命を捨てるようなことなんて絶対望まないわ。だから信頼して預けられるのよ」

 

『それは依存ではないの....?』

 

「違うわ。愛ゆえの共存よ」

 

 

 そう言い切ったロクサーヌは腰の鞄から小瓶を再び取り出し、中身を飲み干した。それが鞄の中にある最後の一本。その効果で傷ついた体も、折れた左腕も元通りになり、ロクサーヌは落とした自分の剣を拾いに行く。

 

 それを見つめる白いロクサーヌは不意に自分の内側から力が抜けていくのを感じた。

 

 

『嘘でしょ、この土壇場で自分の負の感情を克服したというの.....どうやって.....!?』

 

 

 今日一番の驚く声を上げた白いロクサーヌ。

 

 何故、このタイミングで彼女の力が落ちていったのか。それはロクサーヌに要のことを思い出させたからだ。

 

 要と一緒に始めた大迷宮攻略。

 

 彼と一緒にいれば否が応でも自分の弱さを認識させられる。だが、その度に要がロクサーヌを勇気付け、励まし、愛を持って支え続けた。それは本物だ、彼の人となりをずっと見てきた自分だからわかる。何よりあの温もりが偽物のはずがない。

 

 そして自分が信頼されていると実感すればするほど、彼の支えになりたいと強く思った。自身の弱さを責めるのではなく、強さを求めたのだ。

 

 過去の自分は弱かった。

 

 両親を失った事は今でもとても悲しく、悔しい。だが自分が生きているのは今なのだ。過ぎたことを嘆くのではなく、今を生きる強さを求める。

 

 人間の欲望や醜悪さは恐ろしくて怖い。だがそれを大きく上回る愛で恐怖を跳ね除けることができる。

 

 生まれて来なければ良かったなんてもう思えない。だって、あの人と出会ってしまったんだから。今さら出会わない道なんて考えたくもない。

 

 カイルの兄を殺し、えも言えぬ達成感を感じていたことも認めよう。だが今はそんな思いは微塵もない。欲望を満たすために剣を振えば、きっと師匠や彼を悲しませてしまうから。そんな事は絶対にしたくない。

 

 ライルを殺してしまった事は申し訳なく思う。だが吹っ切れた。白い自分の言う通り最低なゴミクズ野郎にかける情けは無い。情けは無いが感謝はしている。自分がライルを殺していなければ、きっと要は助かっていなかったし、出会う事もなかった。もし過去に戻ってやり直しが利くと言われてもロクサーヌは何度でもライルを撲殺するだろう。要と出会うために。そして内心でやった♪と喜ぶだろう。

 

 

 思考が纏まり、胸中で渦巻いていた嫌な感情や迷いがどんどん晴れていくロクサーヌ。

 

 途中かなり過激な考え方で負の感情を克服しているが、それもロクサーヌの強さの一面である。のちに以前より過激になったロクサーヌを見て要が戦慄するがそれはまだ先の話。

 

 そしてロクサーヌの表情が以前より格段に凛々しくなった。

 

 それを察し、自分の力がどんどん弱まっていくのを感じた白いロクサーヌが冗談めかしく口を開いた。

 

 

『貴方、色々彼を理由にして吹っ切れてない?私でもちょっと引くぐらい彼本位になってるわよ......』

 

「これぐらいの方がシンさんの相方を務めるにはちょうどいいはずです」

 

『思考が吹っ飛んでますね。彼が尻に敷かれる姿が目に浮かぶわね』

 

「お尻に敷くだなんて、そんなマニアックな事してもいいんでしょうか?」

 

『話聞いてました?.......はぁ、もういいです。さっさと終わらせましょう、構えなさい』

 

 

 そう言って白いロクサーヌは剣を構えた。

 

 それを見てロクサーヌも白い自分と同じような構えを取った。

 

 先程までなら白いロクサーヌが勝つのが目に見えているが、今のロクサーヌと白いロクサーヌは完全に力関係が逆転していた。後半にきて弱体化し続けた白いロクサーヌと、体はボロボロでも気力は十分な今のロクサーヌ。これだけなら力関係が逆転したとは思えないが、白いロクサーヌは確信していた。確実に自身の力が目の前の自分を下回っている事に。

 

 構えていた二人は同時に地面を蹴り、お互いの懐に飛び込んだ。

 

 そして渾身の一閃を放つ。

 

 

「『はああッ!!』」

 

 

 お互いの気合いの声が重なるが、白いロクサーヌの確信通り先に相手を斬ったのはロクサーヌだった。

 

 白いロクサーヌの体はロクサーヌの斬撃によって剣ごと切り裂かれ、折れた剣の先が宙を舞って消えていった。

 

 

 

『いい一撃でした.....迷いを斬り払う清々しいほどの斬撃です。だからこそ、私からのお願い.......どうか彼のそばでその剣を見せ続けてあげてください。この先、彼が待ち受ける困難や試練を共に乗り越えてあげてくださいね』

 

「貴方も、シンさんが好きなんですね......」

 

『どうでしょうか。ただ......本心を言うなら、私も彼の力強さを身近で感じたかったですね』

 

「..........貴方の分まで私が彼の隣で彼を支え続けます」

 

『ええ、どうかご武運を』

 

 

 そう言って白いロクサーヌはロクサーヌ本人と同じように優しい微笑みを浮かべて、まるで陽炎のようにゆらゆらと宙に溶けて消えた。

 

 そんな白い自分を見送ったロクサーヌは、空間の奥に氷壁が溶け、新しく道が開かれたのを確認した。

 

 

「この先に進めって事ですよね.......シンさん」

 

 

 一刻も早く要と再会したいロクサーヌは手早く荷物箱を回収し、新たに腰の鞄に回復薬を備えて、新しく開けた道を足早に進んでいく。

 

 そしてたどり着いた先で見たのは予想外なものだった。

 

 

「よお、ロクサーヌ。意外と早かったな」

 

「.......誰ですか、貴方は......!」

 

 

 要の声で()()()()()その人物がロクサーヌに声をかけ、ロクサーヌはその存在を睨んだ。

 

 

「ハッ、決まってるだろ俺は俺だよ。まぁもっとも、お前が知ってる要 進はすでに死んだがなぁ〜ッ!!」

 

 

 白く長い髪を振り払い、要と同じ顔、同じ服装の色違いを見に纏ったそれが嫌に口を裂き、笑って言った。

 

 

「さぁ、()()()の大事なものを俺が壊してやるぞ」

 

 

 狂喜の声を上げるその存在は、まるでやってきたロクサーヌを抱きしめようと自然な感じで両手を広げた。

 

 





補足

登場人物


「ライル」
・カイルの双子の兄。ロクサーヌに撲殺され死亡。ロクサーヌを襲おうとした不届者。ただのクズ。死んで当然の男。女を物としか扱わないゴミクズ野郎。カイルの恋人であるニアにもちょっかいをかけていた。もし生きていたら要か南雲のどちらかに確実に殺さらていたであろうクソ野郎。
カイルや要とよく似た背丈をしており、体格はやや筋肉質で現在の要に似ている。しかし顔は全く違っており、顔はカイルの爽やかフェイスが歪みまくったモブ細マッチョみたいな感じ。だが顔のパーツ的にはカイルに似ている。
今までずっとシュネー雪原のとある場所で死体として保管されていた。いざと言うときの身代わりのために.....


「ロクサーヌの父と母」
・父は狩りが上手かった。狼人族の大人達の中でもとても足が早く、そんな自分を越えるであろう娘の才能を高く評価し、褒めちぎっていた。
母は料理が上手だった。ロクサーヌに似てとても美人でスタイルが良く、今のロクサーヌより少し背が高く、長く綺麗な灰色の髪をしていた。得意料理は赤色のシチュー(ボルシチみたいな奴)


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崩壊


ここからが本番です。





 

 ロクサーヌが最後の試練で白い自分に打ち勝つ数十分前、一方の要はロクサーヌ以上に白い自身との戦いで苦戦していた。

 

 

「はあああああッ!!」

 

『ハンッ』

 

 

 要の強化された打拳に対して白い要が鼻で笑いながら拳をぶつけた。わざわざ()()()()()()()()()

 

 

「舐めやがって...,!」

 

『なんだこの拳は?蚊でも止まってるのか?』

 

「チッ、人を見下しやがって....!」

 

『それはお前だろう。ハジメと出会う以前のお前は俺以上に他人を見下していたくせに、よくそんな口が聞けるものだ』

 

「うるさいッ!!」

 

 

 要は相殺された拳を引き、刀剣による斬撃を乱れ撃つ。しかし、それら全てを簡単に見切りあしらう白い要。七倍までに引き上げた身体強化と英傑試練の能力上昇が発動しているというのに、手も足も出なかった。

 

 要はこの氷雪洞窟に入って幾多もの魔物との戦闘や経験によって以前より確実に強くなっている。それこそ以前なら数分ともたなかった身体強化七倍も一回の戦闘でならある程度使える程に。一瞬だけなら十倍にも耐えられる肉体にもなった。

 

 しかし、それでも目の前の相手には届かない。

 

 明らかに要より強いというのに、白い要は自分自身との戦闘を楽しむためにわざわざ力を押さえてすらいる始末。

 

 

(こんな筈じゃ......ッ!)

 

『こんな筈じゃないって?つまり、お前が()()()()()()っていうのは所詮この程度の存在なのさ』

 

「くっ......!」

 

『怪物は怪物らしく、孤独の中で踠き苦しみながら全てを壊せばいいのさ』

 

「黙れェエエエエエッ!!」

 

 

 激昂した要は瞬間的に身体強化を十倍に跳ね上げ、豪脚の驀進、震脚を組み合わせ地面を爆発させるほどの踏み込みをし、その全てのエネルギーが込もった飛び後ろ蹴りを炸裂させた。  

 

 

ーーードゴンッドガオオオオオオン!!

 

 

 要の蹴り技が見事に白い要の腹部に突き刺さり、吹き飛ばされる白い自分。その威力は白い要を砲弾の如き速さで後ろに吹き飛ばし、背後にあった氷柱を砕き、さらに突き抜けて向こう側の氷壁へと叩きつけた。砕かれた氷柱は豪快な音を鳴らしながら崩れ落ち、白い要の着弾点である氷壁は蜘蛛の巣のように亀裂を走らせ細氷の煙を巻き上げていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ.......ふぅ、ッ.....」

 

 

 やはり無理をしたらしい要は激しく肩を上下に動かし荒い呼吸をしていた。蹴り技を繰り出した右足が震えており、骨も折れていた。

 

 確実に今出来る最高の一撃を奴に撃ち込めたと満足する要は勝利を確信し表情を緩ませていた。だが、それは唐突に聞こえた拍手で一気に現実へと引き戻された。

 

 

「嘘、だろ.......!?」

 

『いい蹴りだったぜ、お前()。けどなぁ、全然足りないんだよ。今のお前じゃあ俺には何一つ届きっこないんだよ』

 

 

 驚愕の表情を浮かべる要。そんな要に対して白い要はわざとらしく手を叩きながら見下したように笑みを浮かべていた。

 

 

『いい機会だ。俺がお前に()()()を見せてやるよ』

 

 

 そう白い要が口にした途端、その姿が掻き消えた。そして気付いた時には要の懐に潜り込んでいた。

 

 

「なッ!?」

 

『これが[縮地]だ。そしてこれがァッ』

 

 

 白い要が拳を握り込み、それを思いっ切り要の腹目掛けて振り抜いた。要は咄嗟にガードを固め、身体強化をさらに引き上げる。だが襲いかかった拳はそれら全てを軽々と打ち砕いた。

 

 

「ガハァアアッ!?!?」

 

『.......豪腕の派生[覇拳]だ』

 

 

 先程、要が白い要に繰り出した飛び後ろ蹴りの数倍以上の威力が白い要の拳にはあった。

 

 打ち上げるような腹部へのアッパーカットが、簡単に要の体を天井へと叩きつけた。その衝撃で天井の氷が砕かれ、まるでガラス片が砕かれたようにキラキラと舞い、拳を天に突き上げている白い要に降り注いだ。

 

 そして天井まで吹き飛び、叩きつけられた要は数秒天井の氷壁にめり込んで動けなかったが、自重で落下し背中から地面に衝突した。

 

 ロバートから貰った頑丈な防具も、衝撃で全て砕かれてしまった。白い要の拳に触れてすらいないというのに。

 

 もはや息をするのも儘ならない程に要は傷つき、全身の骨が確実に折れ、拳を受けた腹部は内臓がぐちゃぐちゃになっていた。

 

 それでもまだ息があるのは、英傑試練の戦闘続行による恩恵と要自身の根気だった。

 

 そんな要は近づいてくる白い要を見上げ、困惑の眼差しを向けた。

 

 

『何が起きたかわからないって顔だな。さっきも言っただろ、()()()()()()()()()と。お前が持ってる技能[英傑試練]は所有者の想いに応えて成長する能力(チカラ)だ。だから手に入れたのさ、強引に、新しい力を。一瞬でお前との距離を詰めれる[縮地]とお前を一撃で粉砕出来る[覇拳]をな』

 

「そん....な、こ、ぉ....ゴホっ....はぁ、はぁ.....」

 

 

 実際それを白い要は成していた。

 

 英傑試練は強い意志や想いによって成長する技能。そう易々と新しい技能をポンポン獲得出来るわけではない。しかし、白い要は要の負の感情を汲み取り強化されていた。そして強化され続けた事で肉体や技能、意志までもが要を大きく凌駕する程に強固なものへと進化していた。

 

 望めばいくらでも力を手に入れられる存在へと。

 

 

『俺をここまで強化させたのはお前の不甲斐無さだ。過去を否定し、今の自分こそが本物だと頑なにお前()を拒み続けた結果がこれさ。どうだ、宣言通りお前を壊してやったぞ?()()()()()()()()()()

 

「くっ.......!」

 

『おいおい、まだ俺を強化させるのかよ。はぁ、とんだ期待はずれだ。やはりお前は()()()ではない』

 

「はぁ、はぁ.....王、の......うつ、わ.......だと?」

 

『これから死ぬ(お前)にそれを教える意味は無い。大人しく俺に踏み潰されるがいいさ』

 

 

 白い要が要の頭の上で足を持ち上げた。階段を登る時ぐらいの自然な足の持ち上がり方だ。

 

 そしてその足で要の頭を踏み抜こうとした時、それがピタリと止まった。白い要の靴裏が要の目と鼻の先にまで迫っていたそれが、急に止まったのだ。

 

 

『ちょうどいいタイミングだ。少し趣向を変えよう』

 

「......なん、の......つも、り.....だ、ぁ.....!」

 

『なに、ちょっとした悪戯さ。なぁ、お前()に殺されるロクサーヌは一体どんな顔をするんだろうな?』

 

「ッ!?き、さまァァァァッッッ」

 

 

 憤慨した要が無理やり傷付いた体を起こそうとし、明確に怒りがこもった瞳で白い要を力強く睨む。裂けた肉から血が噴き出し、骨が軋む音が要の体中から響いた。

 

 

『うるさい』

 

「グゥッ」

 

 

 体を起こそうとうつ伏せになった要。そしてなんとか持ち上がった要の頭を、白い要はなんの感情も無いままに踏みつけ要を地面に縫い付けた。

 

 そして白い要は口角をあげ、要の頭に乗っていた自分の足を下ろし、要の髪を掴んで持ち上げた。

 

 

『お前は次期に死ぬ。今のお前じゃあどう足掻いても俺を超えることは出来ない。ならその体はもういらないよな?俺がどう使おうと、俺がどう奪おうと、俺の自由だ』

 

「なに、を......言ってやがるッ.......!」

 

『フッ。貰うぜ、その体』

 

 

 途端、白い要は手に掴んでいた要の髪を手放した。いや、消えた。

 

 そしてその体は赤黒い粒子となって要の体に纏わり付く。

 

 

「ぐッ、ガハッ、がああああああああああああッ!!!!」

 

 

 あり得ないぐらいの痛みが全身を襲い絶叫する要。

 

 纏わり付いてきた赤黒い粒子が要の体に入り込み、全身を侵す。

 

 立つ事も、悶えることも許さない痛みに、うずくまった要は地面に爪を立て、力の限り地面を掴もうとする。だがそれは叶わず、突き立てた爪が割れ、指先から血が溢れ出す。

 

 そして要の体に異変が起きた。

 

 筋肉が肥大し一回り大きくなり、髪が伸び始め、その根本から色が真っ白に抜け落ちてゆくように変色する。内臓もさらにぐちゃぐちゃになり、まるで直接腹の中に腕を突っ込み掻き回されているかのようだった。まるで、奈落の底で南雲ハジメが魔物を喰らい変質したように。

 

 そこでとうとう要の意識が闇へと落ち始めた。

 

 痛みで意識が薄れゆく中、要は口に出す事もできない言葉を思い浮かべた。

 

 

(ッ、すまない.....ロクサーヌ.........ハジメ.........)

 

 

 要の体は変態を終え、痛みによる震えが止まった。

 

 そして要の肉体は静かに立ち上がり、幽鬼のような顔が歪み切った笑みを浮かべた。

 

 

「は、はは、はははは......ははははははははははッ!!!」

 

 

 要の愉悦に浸った様な笑い声がその場の空間全体に響き渡る。

 

 

「これが要進の肉体!凄まじい万能感だッ!!これほどの物を持っていながらお前は負けたのか!くく、くははははっ!!まさしく()()()に相応しい肉体だ。そうさ!俺こそが王になる存在なんだ!!」

 

 

 白い要が要の肉体を乗っ取り、歓喜の笑みを浮かべ高笑いする。

 

 先程までとは明らかに()()が違う白い要。彼は要の肉体を得た事で、その内に秘められた力の凄まじさに酔いしれていた。要の肉体、才能、英傑試練、付与魔法、そして特異点。特に特異点から感じる力は、まるで自分が世界の中心にいる様な気分にさせた。運命を選び掴み取る力、超直感、それこそが奇怪な技能[特異点]の力なのだと白い要は悟った。

 

 そして、それらを手に入れたことで白い要に一つの欲が芽生えた。

 

 全てを壊す、と。

 

 要のコピーであった白い要は正体不明の技能[特異点]まではコピーできなかった。しかし要の肉体を乗っ取り、それに触れたことで感じた万能感が白い要の在り方を変質させてしまった。まるで欲望に目が眩んだ狂人のように。

 

 もはや白い要に攻略者と敵対し、試練を与えるなどといった使命は一切残っていない。

 

 あるのは己の欲望を満たしたいという傲慢な考えのみ。

 

 その衝動は白い要の精神が変質する前の片鱗でもある。終始要に「壊す」という言葉を使って、彼の精神を揺さぶっていた。その結果、それが変質し「全てを壊す」という破壊衝動に昇華してしまったのだ。

 

 そして、その破壊衝動を向ける最初の客が崩れた氷壁からやって来た。

 

 

「よぉ、ロクサーヌ。意外と早かったな」

 

 

 やって来たロクサーヌを流し目で見つめ、陽気に、されど狂気を含んだ声で話しかける白い要。

 

 そして最初の客をどう調理して壊すか、白い要は下卑た笑みを浮かべながら考えていた。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 ところ変わってオルクス大迷宮。

 

 その奈落の底の底に、二人の人物がいた。

 

 

「ーーーーっ?」

 

「..........どうしたの、ハジメ?」

 

「ーーーーいや、なんでもねぇよ」

 

 

 一人は南雲ハジメ。あの日、オルクス大迷宮の六十五階層から落ちた要の親友。彼は魔物の肉を食い、死線を何度も潜り抜け、生きながらえていた。故郷に帰る、その思いを胸に抱き、ひたすらに己を磨き続けていた。そして彼は以前の彼と違い、大きく変質していた。精神も、肉体も。精神はどんな相手だろうと邪魔する者、敵対する者は必ず殺すという鋼の牙の如き精神へと変わり、肉体は魔物の肉を食らった事でまるで魔物の様な人間へと変態していた。それはまるで今の要の肉体の様に。

 

 そしてもう一人は、オルクス大迷宮の奈落の底の五十階層でハジメが救った亡国の吸血姫〝ユエ〟だった。無詠唱無陣のとんでもない実力の魔法使いでありながら、彼女の容姿は少し幼いながらも絶世の美少女と表現するのが当たり前なぐらいに優れていた。そんなユエはハジメと共に地球に帰ることを約束し、奈落の底を降り続けている。

 

 そして、二人が今いるのは八十ニ階層。

 

 ある程度、迷宮の魔物を間引いたハジメとユエは八十三階層へと降りる階段の手前で休息をとっていた。

 

 そんな中、ハジメはふと懐かしい顔を思い出していた。

 

 

(ーーあいつは今頃、何してんだろうな.......)

 

「......ハジメ、昔を懐かしんでる」

 

「なんでわかったんだよ.....?」

 

「......前にハジメが今と同じような顔してた時があった。確か....シン?って言う男友達の話をしてくれた時。あの時もなんだか懐かしそうな顔をしてた」

 

「はぁ〜。よく覚えてるな、お前」

 

「......ん、珍しくハジメが笑ってるように見えたから」

 

「そうかよ......」

 

 

 そう言うとハジメは愛銃であるドンナーの手入れをし始めた。存外のこの話は終わりだと言うような態度だが、ユエはお構いなしに質問してきた。

 

 

「......ハジメとその友達はどんな感じだったの?」

 

「はぁ?それ聞いて意味あるか?」

 

「......教えて。ハジメの事をもっと知りたい。ハジメが向こうの世界で友達とどんな遊びをしてたのかとか、ハジメにとってその友達がどんな相手だったのか」

 

 

 基本的にはハジメの事以外は知る気にならないユエだが、ハジメが浮かべる表情を見て、なんとなく気になった様子。

 

 ハジメの顔にズズゥ〜と迫ってくるユエ。その瞳はキラキラと輝いており、「私、気になります!」とでも言ってきそうな勢いだ。

 

 ハジメが話さない限り、いつまでもユエの顔が至近距離まで迫ってきそうだったので観念したハジメはドンナーとシュラーゲンのメンテナンスをしながら口を開いた。

 

 

「俺とアイツは趣味が合う友人って感じだ。一緒に何かしたのはこっちに来てからだったが、アイツのシゴキのおかげで俺は戦えてる。俺を鍛えるとか言ってボコボコに殴られた事もあったが、まあ今となればー.......いや、ムカつくな」

 

「.......ハジメをボコボコにした奴は私がボコる」

 

「やめとけ、ユエ。いくらお前でも近距離に持ち込まれたらお前もボコられる」

 

「.......!?そんなに強いの?」

 

「強いって言うより執念深いな。おまけに好奇心旺盛だから、もしユエがアイツを怒らせた日には、いくらでも回復するのをいいことに泣くまでボコってくるぞ?」

 

「........ハジメをボコボコにしたことは許す」

 

「そうしとけ。まあ、ようするに俺とアイツは気兼ねなく殴り合える関係ってことだ」

 

「........ハジメなら私の変わりにそいつをボコれる。頑張って!」

 

「お、おう。これで満足か?」

 

「.......ハジメはその友達のことどう思ってるの?」

 

「まだ聞くのかよ.......あ〜、一言で言えば馬鹿だな。アイツは」

 

「.........お馬鹿さんなの?」

 

「違う違う。アイツ、頭いいから。俺が言いたいのは自分に対しての考え方が大馬鹿野郎だってことだ。そんで優しすぎるんだよ」

 

「........ん?どういうこと?」

 

「なんでかは知らねぇけど、アイツは基本的に自分が嫌いなんだよ。その嫌いな自分に他人を踏み込ませないようにしてる。こういうのはなんて言えばいいんだっけか....あ〜、自己肯定感か、それが低すぎるんだよ。そのくせ他人には甘い、もう甘々だ。ハッキリと拒絶すればいいのに、それが出来るくせに、まるで産まれたばかりの赤ん坊にどう接してたらいいか判らず、距離を取ったり大事そうに優しく撫でるみたいにするんだよ。まったく、こっちはそんなやわじゃねえっつうのに」

 

「........その割にはハジメをボコってるけど?」

 

「そこら辺の距離感は掴んだんじゃねえのか?俺的には遠慮が無い方が有難いし、おかげで近接戦闘技術も上がった。それにほら、その、あれだ.........俺とアイツは、親友だからよ......」

 

「........む、ハジメがデレた」

 

「デレてねぇよ!男相手にデレるとか気持ち悪い事言うな!」

 

「.........ハジメ、ツンデレ?」

 

「OKユエ。今からちょっと長めのOHANASIをしようじゃないか」

 

 

 ユエの発言にこめかみをヒクつかせるハジメ。その手には紅の雷を帯電したドンナーが持たれている。その様子を見て、さすがのユエもハジメの様相に全力で頭を横に振り、これ以上は話を突っ込んでこなかった。

 

 そしてハジメはその怒りを鎮めた後、小さく呆れたような溜息を吐き、話題を変えてユエと今後の話をしたり、愛銃のメンテナスや強化の試行錯誤を繰り返した。

 

 そこでふと思い出す。

 

 以前もこんな事があったと。

 

 ハジメの能力[錬成]をどう戦闘に活かすかを要と共に話し合い、試行錯誤した日々。あーでもない、こうでもないと繰り返しながら、それが成功した時にハジメ以上に要の喜んだ笑顔を。

 

 ハジメの気掛かりはそんな要が自分がいない今、どう過ごしているかだった。

 

 要の在り方は酷く哀しい物だ。自分を傷つけ、その痛みを一切表に出さず他人に優しさを向け続ける。嘆かわしい事だ、その優しさが僅かでも自身に向けば多少は変わるというのに。要自身が自分を認めない限り、きっと永遠に彼は自分を責め続け、一層自身を嫌いになる。傷つき、汚れた醜い自分を嫌悪するように。他人の評価は彼の心の奥には響かない。周りの人間が出来ることと言えば、それはハジメが要にやった事と同じように隣にいてやる事だけ。結局は自分で解決するしかないのだ。

 

 もし要がハジメと別れて以降、自分を責め続けていたなら。

 

 彼はきっと壊れてしまうだろう。

 

 ハジメはそれが気掛かりだった。

 

 焚き火の音が妙に耳に届いてくるハジメは作業中の手を動かしながら、誰にも届かない胸の内の言葉を親友に向けた。

 

 

(ーーー折れるなよ、シンーーー)

 

 

 それは偶然なのか、必然なのか。

 

 今まさにその言葉にピッタリな現状に陥っている要。

 

 きっとその言葉が届いていたなら何かが変わっていたかもしらない。

 

 しかし現実は無情で、すでに折れてしまった彼に向ける言葉としてはあまりにも遅かった。

 

 そして、それを知ることも出来ないハジメは目の前の現状を打開する為の牙を静かに研ぎ続けた。

 

 






補足


新しい技能

[覇拳]
・今作オリジナルの豪腕の最終派生技能。乱発は出来ないが超高威力の打拳を繰り出せる技能で、その威力は単純に要進の身体強化十倍以上を誇り、使用者のステータスが高ければ高いほど威力が跳ね上がる。高い硬度のアーティファクトすら砕く技で、空振りしたとしてもその衝撃で殴られたように吹き飛ばされる。






  



「■■■■■■」

[特異点]
・謎に包まれた異能。白い要曰く、その力は運命を選び掴み取る力。世界の波を掴む事ができるほど優れた直感や万能感があり、ひと度これに触れれば簡単に人の精神は堕ちてしまう。
王の器を持つ者にはこれが発現する。


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シンの道


文字数13000文字を超えました。

めっちゃ長くなった。




 

 暗い泥の様な物に、深く沈んでいく感覚になる要。

 

 大迷宮最後の試練である己との対話。自分自身との戦いに敗れた要は、白い自分に体を乗っ取られ、何ひとつ抵抗できず、先述の様な底など知れない闇の汚泥に膝を抱えて込みながら沈められていた。

 

 

ーーー逃げるのかい?

 

 

 不意にそんな声が聞こえた。

 

 子供の声だ。それも年端も行かない様な幼さを思わせる男の子の声。なんとなくその声に聞き覚えがあった要だが、その声の主が一体誰なのかすら確認する気にもなれなかった。

 

 

ーーーそうやって(うずくま)ってても、何も変わらないんだよ?

 

(うるさい。もうほっといてくれ.....俺は、俺は......)

 

ーーーそうやって、過去から逃げ続けて一体何になるっていうのさ。君の試練はまだ終わってないんだよ?

 

(ッ.......俺に何が出来る!体も砕かれて、心も折れてしまった俺に一体どんな試練があるっていうんだ.....!)

 

ーーー決まってるよ。過去()を乗り越える試練さ。

 

 

 そこでようやく要はその顔を上げた。

 

 いつの間にか汚泥の底に沈みきっていた要は、その顔を上げ、それが誰なのかようやく理解した。

 

 どおりで聞き覚えがあるわけだ。

 

 何せ、その少年は今の要が否定し続けて来た幼い頃の自分。壊す事で自分を守って来た破壊の権化だったのだから。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

side:ロクサーヌ

 

 

 

 自分の試練を終え、辿り着いた先で待っていたのは彼ではなかった。

 

 白く長い髪に、彼より少し背丈が伸び体格もより筋肉質になった存在。彼と同じ顔、同じ声でその存在は自身と相対していた。

 

 

「シンさんをどうしたんですか!!」

 

「あの男は死んださ。俺を否定し続けた結果ボロ雑巾みたいに身も心も砕かれてな。この体もあの男の名残みたいなものさ、ゴホッ............少しはしゃぎすぎたか。ロクサーヌ、その鞄の中身を一つ分けてくれないか?俺がやったとは言え、せっかく手に入れた体が持ちそうに無いようだ。早めに回復したい」

 

「............」

 

「どうした?愛しい俺の頼みが聞けないのか?」

 

「私が愛しているのは貴方ではありません!それに、死ぬのが怖い様でしたらその体から出て行ってください。その後、私が回復させます」

 

「ハンッ、強情な女だ。だが良いのか?お前がそうやって時間を稼げば稼ぐ程、この男の肉体は使い物にならなくなるかも知らないぞ?俺に骨肉を砕かれ、内臓もほとんど機能していない。持ってあと数分と言った命だ」

 

「ッ!?」

 

 

 ロクサーヌはそれを聞いて怒りと焦りの表情を浮かべ、思わず腰の鞄に視線を移動させた。しかし、それが相手に先手を打たせる鍵になってしまった。

 

 

「ーーー“発勁”」

 

「ガハッ!?」

 

 

 いつの間にかロクサーヌと距離を詰めていた白い要がそう口にした。そして腹部に静かに添えられた白い要の手から衝撃波が伝わり、氷壁の方まで吹き飛び叩きつけられた。吹き飛ばされたロクサーヌはその一撃だけで意識が飛びかけ、視界がチカチカと明滅し、腹に伝わった衝撃と背中に受けた痛みで蹲った。

 

 

「ゴホッ、ガハッ.....一体、何が......!」

 

「ちょっとした軽い衝撃波さ。発勁、自身の魔力を相手に叩きつける技能さ。ついさっき手に入れた新しい技能だったもんで、試してみたくなった。あ、そうそう......これは貰っておいたぞ?」

 

「ッ!!」

 

 

 白い要の手にはロクサーヌが腰に身につけていた鞄がベルトごと引きちぎられ、手でそれを掴んでいた。

 

 そしてその中から彼のお目当てである回復薬を二本取り出すと、栓を開け浴びる様に二本同時に飲み干した。

 

 

「ぷはーっ!染みるなぁ〜。ん、まだ完全には治りきっていないが、問題無い。お前を壊すには十分回復出来た」

 

「くッ.......!」

 

「さて続きだ。この体を手に入れた記念にお前は簡単に壊しはしない。俺の実験に付き合ってもらうからなぁ〜!せいぜい俺を楽しませてくれよ?なぁ〜、ロクサぁぁヌぅぅ〜!」

 

 

 彼の顔、彼の声で下卑た笑みと言葉使いをする目の前の存在。

 

 それを見たロクサーヌはより一層に怒りの表情を浮かべ、剣を抜き、身体強化を施した。

 

 

「彼と同じ様な声、同じ姿で私の名前を呼ぶなッ!」

 

 

 ロクサーヌは駆け出た。

 

 白い自分と最後に交わした約束、それを守るために。そして愛しいシンを取り戻すために。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 目の前の存在に慄いた様な表情を浮かべる要。

 

 

(なんで......お前が.......)

 

ーーー酷い言い草だね。君のせいなんだよ?過去()を認めてくれないから、わざわざこうやって過去()からやって来たのに。本当に君は弱虫だ。

 

(くっ......)

 

ーーー君は何をそんなに恐れているの?過去()がそんなに怖いかい?

 

(ああ、怖いさ。俺にとって過去(お前)は破壊の象徴だ)

 

 

 そう。要にとって幼い頃の姿は誰にも見せたく無いもので、自分自身ですらそう思っていた。

 

 何故ならそれが、その姿こそが自分が過ちを犯してしまった時の姿なのだから。

 

 

 ......................

 

 

 幼い頃の要進は劣悪な環境の元で育った男の子だった。

 

 両親は要が物心つく以前に共にこの世を去っており、ひとり残された要は母の姉である伯母の家族に引き取ららた。要という苗字は母の旧姓だ。

 

 しかし、伯母に引き取られた要は家族の愛などというありふれた物に一切触れてこなかった。伯母は要の両親が我が子のために残した遺産が目当で、それを得る為に要を引き取ったのだ。

 

 だが要の母は用心深く、要が成人するまでその遺産は信頼できる弁護士に託しており、結局伯母はその遺産を手にする事が出来なかった。その腹いせなのだろう。伯母は要に陰湿な虐待を始めた。バレない様に、日々のストレスをぶつけ、要は食事も満足に摂ることが出来なかった。そして伯母の要に対するいじめは日に日に過剰になっていき、とうとう外に出歩く事も出来なくなっていった。

 

 それに加え伯母の家族、旦那や子供達も最悪だった。

 

 伯母の旦那は要に対して無関心を貫き、たまに顔を合わせたと思ったら無意味に殴る蹴るの暴行。それを見た伯母が「顔はやめてよね」と無感動に言って通り過ぎるのみ。

 

 伯母の子供、要より歳が上の男兄弟が二人いた。家でも笑いながらいじめてくるが、要が小学生になってからより酷くなった。その理由は二人の要に対する嫉妬だった。要は幼いながらも運動やスポーツでも他クラスの同学年、または上級生より優れていた。おまけに顔も整っていたので女子からも人気で、大人びていた事もあって上級生からも要に好意を寄せる女子が多かった。そんな要が気に入らないらしく、二人はいつも要を陰でいじめていた上に、友人も呼んでリンチをした事もあった。極め付けは伯母に要の学校の様子を有る事無い事言いつけ、伯母の苛立ちを故意に加速させ、意図的に伯母からの虐待を要にやっていた。

 

 だからこそ、要は壊した。何もかもを。

 

 低学年の小学生が思い付かない様な、ありとあらゆる方法でその家族をバラバラにした。

 

 伯母の旦那が勤めている会社の社長と知り合い、そこから自分がされていた事を包み隠さず話し、証拠として虐待の痣も見せ、会社を首にさせた。さらに伯母の旦那が援助交際している瞬間を携帯を持っているクラスの女子に撮影させ、それを親に言いふらせた。結果、伯母の旦那は離婚。その上、援助交際相手の女生徒を妊娠させたという事で多額の慰謝料を請求されたらしい。

 

 伯母とその旦那が離婚した後、同様に伯母の虐待も公の場で公開した。当然会社は首になった。さらにわざと伯母を煽り、ストレスが限界値に達した伯母に旦那の事を暴露したのは自分だと告白。鬼の形相となった伯母は手元にあったハサミで要の掌を刺し、その瞬間に弁護士が警察と共に押しかけ、現行犯で逮捕された。

 

 そして伯母が最後に見た要の全てを見透かした様な瞳を見て要にこう言い放った。

 

 

『化物.......ッ』

 

 

 その言葉通り、幼い要の表情は達成感に満ちた笑顔を浮かべていたのだから(あなが)ち過大表現とも言えないだろう。

 

 そして伯母の二人の子供達は両親共に最低のクズ大人という事がすでに学校中に広まっていた為、腫れ物のように周りから距離を置かれ、それを仕組んだ要を校舎裏に呼び出して殴りかかったが今度は要にあっさり返り討ちに遭った。その結果、要の正当防衛だけが認められ二人はより一層学校にはいられなくなり、転校して行った。

 

 要は自身の希望によって児童養護施設に入ることになり、自分も転校した。

 

 

(そうだ。俺はあの家族を壊した。もっとやりようはあったのに......)

 

ーーーあれは僕が僕自身を守る為の行為だよ。あれがなかったらきっと今ここに君はいなった。

 

(でも......!!あれがなければあの兄弟は死なずに済んだ.....)

 

 

 あの後、伯母の子供達は色々あってそれぞれが別の学校に転校した。しかしその転校先で上手くいかず兄が飛び降り自殺、弟は不慮の事故でトラックに撥ねられ死亡。伯母の両親、要の母方の祖父母達が要の前にやって来て、それを要に伝えた。

 

 そして最後に祖父母達が去り際に、要に言った言葉は今でも耳に残っている。

 

 

『なんであの子はこんな怪物を産んだんだい....』

 

『お前なんて産まれて来なければ良かったんだ.....』

 

 

 それを聞いていた弁護士は激怒していたが、要は当時そんな祖父母の言葉を聞いても何一つ思わなかった。だが明確に思った事はあった。

 

 こいつらも壊そうかな、て。

 

 だがその必要は無かった。その祖父母達は要と会った帰り道に不慮の事故で二人とも死亡したのだ。それを知った時、弁護士は明確に要という得体の知らない子供に恐怖を抱いた。なにせ、関わった人物の殆どが悲惨な末路を辿っているのだから。

 

 要に恐怖を抱いた弁護士は数年間、要のところに顔を出さなくてなった。

 

 しかし自身が家庭を築き、子供も生まれた事で数年ぶりに要の様子が気になり、要が新しく入った児童養護施設に顔を出しに行った。

 

 ちょうどそのタイミングで世間に大きく報じられたニュースがあった。それはとある児童養護施設の児童虐待事件という内容で、要が過ごしている施設の名前でもあった。

 

 そして要に再び会った時、彼は今度こそ本当に目の前の子供をが本物の怪物なのだと認識した。

 

 要が過ごしていた児童養護施設が潰れた。

 

 正確には施設は火事で全焼し、職員全員が逮捕され、警察に連行されていた。そして大人達に介抱される子供達の中で昔より成長した姿の要がいた。

 

 話を聞くと、今回の一件は要が性的な虐待や不当な扱いをする施設の内情を知ったことで行動を起こしたことらしい。警察やマスコミ、その他関係各所に根回しをし、徹底的に潰しにかかり、施設の子供達を救ったのだ。

 

 それだけを聞けば、なんと勇敢な子供なのだろうと賞賛の声をあげたくなるが、それだけでは無かった。

 

 一部施設の職員達が不慮の事故で死んでいたり、あるいは自殺、または社会的報復によって失踪しているのだ。もちろんそれら全て要の仕業である。だが要は一切手を出していない。出したの情報のみ。それだけで要は人を踊らせ、他者を地獄まだ追い詰め、精神を病ませ、死においやった。まるで何もかもが要には筒抜けなように。だが何一つ要が手を下したという証拠はない。事故も自殺も失踪も全て本人の責任。

 

 これらを弁護士が知ったのは要自身が話した事と弁護士自身が調べ上げた結果だ。

 

 目の前の怪物に今後も関わり続けなくてはならない弁護士の男は仕事を辞め、要の担当も交代した。

 

 いつか自分も壊されてしまうのではないか、という恐怖に怯えたからだ。

 

 そして弁護士は酷く怯えた様子で要に対してこう言い放った。

 

 

『お前は.....本当に人間なのか.......ッ!人の人生を滅茶苦茶にして楽しいのか!?君の伯母夫婦も、施設の人達も!』

 

『何言ってるだい、お兄さん。他人の人生を奪い続けてきたのはあの家族と、あの施設に関係していた人間達だろ?僕はただ奪われる前に壊しただけだよ?それにアイツらは元々そういう運命だっただけに過ぎないんだよ。僕はただ水面に小石を投げただけ。壊れたのはアイツらの勝手さ』

 

『なんで.....罪悪感とか無いのか?自分が間違っているかもと思わないのか.......?』

 

『思わないよ?なんで思うわけさ。お兄さんの方こそどうかしてるんじゃないの?前から思ってたけど、お兄さんって現実が見えてないよね』

 

『何を..........』

 

『だってそうじゃん。お兄さんが僕を助けた事が一度でもあった?簡単に人を信じて、悪人にすら情けをかける。正悪の前に情を優先する。それってさ、自分が見たくないものを必死で見ないようにしてるだけなんじゃないの?』

 

『ッ!?』

 

 

 要は弁護士の全てを見透かしていた。図星だった弁護士はもはや何も言えなかった。

 

 

『お兄さん......弁護士に向いてないよ?なんなら弁護士辞めるの僕が手伝ってあげようか?』

 

『ひぃっ!!く、くるなぁぁッ!!私まで、壊そうとするなぁ!ッ!』

 

 

 弁護士は要の言葉に腰が抜け、大の大人が出すにはあまりにも情けない声で悲鳴をあげていた。そして要の目を見て全てを理解した。

 

 力強い眼力、全てを見透かしたような恐ろしい瞳が弁護士の男に恐怖を与え、目の前の存在が異質な怪物なのだと彼は理解した。そして最後に出た言葉は伯母や祖父母と同じ様な言葉だった。

 

 

『お、お前は.....怪物だ、人の人生を滅茶苦茶にする化物だ!.........なんで、なんでお前みたいなのが存在してるんだ......!?!』

 

 

 そう言って彼は二度と要の前に現れることはなかった。

 

 風の噂では彼は弁護士を辞め、酒に溺れ、他の仕事も手に付かず、家庭は崩壊し妻とは離婚。子供は母親が引き取ったらしい。

 

 

ーーー確かに()は多くの人達の幸せな時間を壊した。でもそれは()()()()()()だった。いつかは壊れてた。それは君もわかっているんだろ?

 

(賽を投げたのは俺だ。俺は.....怪物なんだ、人に理解されない恐ろしい化物なんだよ。自分を守る為に、自分以外の存在を利用した。それに、壊さなくてもいい人の人生まで俺が歪めてしまった.......俺は、自分の力に酔ってたんだよ。全ての流れが掴める、自分が世界の中心なんだと自惚れていた.....人はそれぞれの世界があって、その中心は俺では無いのに.....)

 

ーーーだから自分は不要な存在だって?それじゃあ君が.....

 

 

 白い自分にも言われたことだ。

 

『お前は、この世に生まれてくるべきではなかった』

 

 望んで生まれてきたわけでも、手にした力でもないのに。

 

 生まれた時から備わっていた才能。勉強ができるとか、スポーツでいい成績が出せるとか、そんなありふれた才能ではない。〝運命の流れが直感的に理解できてしまう〟という才能。それこそが多くの者達に怪物や化物と言わしめた、生まれた時から要に備わった力だ。

 

 その力で何度も多くの人達を苦しめた。

 

 その事実が要の心を苦しめていた。

 

 以前の自分、幼い頃の自分ならそんな事で心を痛めることはなかっただろう。だが、ハジメと出会い、人として真っ当な感情や理性をようやく獲得した要にはそれが耐えられなかった。否定したかった。

 

 弁護士に言われた事が今なら理解できる。

 

 もしこの力を使って別の方法で自分を守っていたなら違う道があったんじゃないだろうか、と。苦しめられた事に変わりは無いが、それでも別の方法で解決できたのでは無いかと思ってしまう。もっと幸福な道が。あの頃の自分がどれだけ人を見下していたのかを思い出すと、自身の幼稚さと愚かさ、浅はかさを痛感させられる。

 

 過ぎた事はどうしようもない。

 

 だが、過去の自分はそうしなかった。仕方ないで済ませるにはあまりに重い事実なのだ。できる事ならこの重荷を無くしたいと思う程に。

 

 だから否定した。否定するしかなかった。あの白い自分の言葉を。

 

『お前は壊す事を楽しんでいた』

 

 その通りだ。あの頃の自分は力に酔いしれ、壊す事に快感を覚えていた。

 

『お前は人の人生に関心が無い。だから平気な顔で壊せる。まるで他人が時間をかけて完成させた砂の城を足蹴にして崩せる様に』

 

 その通りだ。俺は人それぞれが得た大切な物の価値を見出せなかった。

 

『お前にできるのは壊す事をだけだ。お前はどこまで行っても怪物なんだよ』

 

 その通りだ。俺は壊す事でのみ自身の存在を証明していた。だから怪物、化物と言われたこの力に蓋をした。

 

 これら全てを要が否定し、その結果白い自身を強化させ、敗北した。

 

 

ーーー君は過去()を否定し続けるの?

 

(そうだ。お前がいたから俺はこんな結末になった。お前さえいなからば、お前さえ、お前さえ......俺さえいなければ...)

 

ーーー君は大事な事を忘れているよ。

 

(.............大事なこと.......?)

 

ーーーそう、大事な事。君は君が救った子供達の事を忘れていないかい?

 

(...................)

 

 

 要が救った子供達。つまり最初に要が入った児童養護施設の子供達だ。

 

 彼らは施設の虐待を当たり前の様に受け入れていた。

 

 聞こえる鳴き声、悲鳴、暴力を振るわれ怯える姿、衣服がボロボロになって自分の身を苦しそうに抱きしめ震えながら泣いていた子供達。

 

 そんな子供達の姿を見て、要は以前の自分と子供達の姿を重ね、この地獄を壊すと決めた。

 

 もう誰も泣かない様に。

 

 そして、要の有言実行によって彼らは救われた。地獄から解放されたのだ。子供達の中には要に積極的に協力して、この環境を変えようと動いた子供達もいた。未来予知の様に要の言った言葉が現実となり、要の思惑通り事は運んだ。それを見た子供達は、要に付き従った。要こそが自分達の光だと信じて。

 

 そうしてあの地獄の所業は白日の元にさらされ、そこに従事していた職員、並びに関係者全てがその報いを受けた。その後、子供達は新しい施設に移って行った。大半の子供達は要と同じ小さな施設に迎え入れられた。その中には養子として迎え入れられ幸せに暮らしている子達もいる。

  

 あの施設とは違って、みんなが仲良く楽しく暮らしている。

 

 地獄は終わったのだ。

 

 そしてあの事件以来、子供達は要を慕っている。

 

 まるで子供向けアニメ番組に登場する正義のヒーローを見ている様な眼差しを向けて。

 

 

ーーーあの子達を救った事、それも後悔してるの?事件の後、数年近く避けていたけど今は君もあの子達を大事にしてるじゃないか。ううん、君は施設の実態を知って、泣いてる子供達を見て、壊すと決めたあの時から子達を大事にしていた。あの決意は嘘だったのかい?

 

(それは.............だがあの事件の後、何年かはアイツらを避けてた。大切になんてしていなかった)

 

ーーーそれは違う。君はあの子達が自分と関わって、あの弁護士のお兄さんのように変わってしまうのが怖かった。だから遠ざけた。壊したくなかったから。

 

 

 要があの頃、唯一信頼していた大人は母と親しかったという弁護士の彼だけだった。

 

 そんな弁護士のお兄さんが自分と関わった事で変わってしまった事は、まだ小学生だった要にとって何気にショックだった。その上、彼に言われた最後の言葉はずっと要の奥底でシコリの様に残り続けている。

 

 そしてあの優しかった弁護士のお兄さんが変わり果てた姿を見て、自分と関わった事で人生が狂わされたのだと気づき、要は人と距離を置いた。

 

 もう二度と壊さない様に。

 

 

ーーー君は、君が思っている以上に優しい。そして臆病なだけなんだよ。何年も他人と関わり合おうとしなかったけど、退屈だったろ?あの力を使わなくても、君は他の誰よりも優れていた。それこそ世界を変えられるほどに。

 

(それは違う。いや、臆病なのは認めるけど、世界を変えられるなんて俺には到底無理な話だよ。それこそそんな幻想を抱くのは傲慢だ)

 

ーーーそうかな?君は何度だって自分で望んだ世界を作ってきたじゃないか。世界と呼ぶには少し小さい規模かもしれないけど、それでもちゃんと結果を掴んできた。自分がこれ以上傷つかない世界(居場所)を、子供達が安心して暮らせる世界()を、そしてあの時出会った君の()()と笑い合える世界(自分)を。

 

 

 親友、その言葉を聞いて要は思い出した。

 

 もう四年以上前の話だ。

 

 何に対してもやる気になれず、無気力で、他人を遠ざけようと敢えて高慢な態度を取り続けていた頃の自分は街をふらついていた時、彼と出会った。

 

 南雲ハジメ。

 

 最初見た時はどこにでもいる普通の男子中学生だった。見た目通りパッとしない、自分と関わることなど恐らく永遠に無いと思われる通りすがりの存在としか思っていなかった彼。

 

 そんな彼は不良に絡まれた老婆と小さな男の子を庇い街中で堂々と土下座をした。

 

 信じられなかった。

 

 だって土下座だぞ?しかも街中で。臆面もなく堂々と綺麗なフォームで見事な土下座のムーブを決めていた。

 

 そんな彼を見て不良は老婆や子供に絡むのを辞めてどこかへ行ってしまう。助けた老婆と子供は彼にお礼の言葉を告げていた。しかしそれを誇らしげにするわけでもなく、彼は颯爽とどこかへ行ってしまう。

 

 それを見て要は思った。

 

 そうか、俺に足りなかったのは勇気なんだ、と。

 

 力に溺れた自信ではなく、何かに一歩踏み込む勇気がなかったんだと要は直感した。

 

 もしあの時、最初にあの家で叔母と和解する為に勇気を持って踏み出していたら違っていたのかもしれない。誰かに相談する勇気、誰かに頼る勇気、強く否定する勇気、そして分かり合おうとする勇気。要は最初から諦めていたのだ。現状を変える為には壊すしかない、と。

 

 その点で言えば要よりよっぽど施設の子供達の方が勇気がある。

 

 恐怖で足を竦ませながら、絶対的に勝つ事できない大人達を相手に勇気を持って立ち向かっていた。

 

 それに気づいた時、要はすぐに行動に出た。

 

 どうしてあの土下座野郎はあんな行動を取れたのか。

 

 彼の何がそこまでさせたのか。それが気になり、彼の後をつけた。

 

 土下座野郎が何やらお店に入って行った。

 

 

『アニ○イト......?』

 

 

 その店に入って行った彼の後を追い要も中に入り、絶句した。

 

 見た事ないキャラクターデザインのイラストやグッズ、小説、漫画、果てはゲーム、DVD、CDが青と白の棚に無数に陳列されていた。

 

 それを見て新鮮な空気感に圧倒されていた要。だが彼の様子はしっかりと伺っていた。そして何度か彼があちこちの商品棚を行ったきり来たりを繰り返した後、いつの間にか彼の手には商品が握られていた。あ、カゴを取りに行った。それから数十分後、彼はカゴに入れた数点のグッズと漫画を購入しにレジへと向かって行き、会計を済ませるとホクホク顔で店を出て行った。

 

 後をつけようかと思ったが、要は目の前の未知に興味が湧いていた。そして手始めに彼が買って行った漫画の第一巻を手に取り、それを買った。

 

 それからだ、要が漫画やアニメにどっぷりハマったのは。

 

 あの土下座野郎がウキウキな様子であのお店に通うわけ、漫画やアニメにハマる理由はすぐにわかった。

 

 面白いからだ。

 

 ただ面白いわけではない。登場するキャラクターのデザインや斬新な設定、魅力的なキャラクター同士の駆け引き、戦闘、恋模様、日常生活、そして出会いと別れ。そして見続ける事で見えてくるストーリーの奥深さ、または爽快なほどまでの単純さ、或いは複雑さ。それら全てが渾然一体となって押し寄せてくる味わい深さに、作品ひとつひとつの魅力があり、面白さがあった。

 

 喜劇や悲劇、白熱するバトルに悲しい戦いの展開や結末、希望や絶望といった見た事ない物語達に要は魅了され、まるで冒険をしている様に心が躍った。

 

 そして学んだ。

  

 人生にはまだまだ面白い事がたくさんあるのだと。

 

 それに人して大事な事があるのだと。

 

 友情や愛情、優しさや弱さ、慈しみや憎しみ、気合や根性、努力、勝利、そして色んな形の強さと勇気。それらを何度も何度も要は自身の心に刻む様に学んでいった。

 

 それから要は変わった。

 

 人と関わることに怯えていた自分に勇気を振るわせ、歩み寄る努力を重ねていた。

 

 以前すげなく告白を断った相手。中学の同級生で、要に告白する為に勇気を振り絞って気持ちを伝えてくれた女の子。その子がどれだけ必死だっかを思うと、自分がいかに相手を侮辱していたのかを思い知った。だから謝りにも行った。

 

 あの時は雑な対応をして申し訳なかった、と。

 

 律儀だと思うかもしれないが、それが要なりのせめてもの誠意だった。

 

 するとどうだろう。退屈だと思っていた日常に彩りが加わり始めたのだ。 

 

 学んだこと、教わったことを活かし、要は徐々に変わっていった。壊すのではなく、生み出す様になった。友を、仲間を、居場所を、絆を。

 

 その全てのきっかけをくれたあの少年。大事なことに気づかせてくれたあの土下座少年。彼には心の底から感謝していた。もしもう一度会えたなら、その時は自分から声をかけて友達になろうと、そう要は決意していた。

 

 そして高校受験を終え、迎えた登校初日の春。要はその決意を実行する為に教室の窓際に座っていた彼へと歩み寄った。勇気を振り絞って。以前とは全く別人の様な明るい笑顔を浮かべながら。

 

 

ーーーそれが君とハジメとの出会い。そして君は変わった。でもね、君がハジメと出会う事が出来たのは過去があったからなんだ。君は過去()を許せないかもしれない。でもね、それでも君は今までの選択を間違っていたなんて言っちゃダメなんだ。あの過去があったからこそ、出会えた新しい絆がある。施設のおばちゃんや子供達、白崎に園部、八重樫とハジメ、それからロバートさん、そしてロクサーヌも。

 

(..............)

 

ーーーそれでも君は自分は産まれて来なければ良かったって言える?

 

(.......俺は.....過去(お前)は......あの場所に居ていいのか......?)

 

ーーーその答えを君はすでに持ってる。いや、掴んでいるよ。

 

 

 要は自分の震える手を見つめ今までを振り返った。

 

 確かにこの手で傷つけた物は数多く存在する。でも、それでも、この手が掴んだ大切な物は確かにあった。

 

 友人や仲間、家族、恩人、親友、そして愛しい女性。

 

 彼らの笑顔がふと脳裏に過ぎる。その明るい笑顔、楽しかった思い出や、馬鹿みたいな思い出、甘酸っぱい思い出、託された想い、辛く苦しかった出来事。そして守りたい存在と掛け替えのない日々達。

 

 

「うっ....うっ....くっ......」

 

 

 目頭が熱くなり、要の口から嗚咽が混じった声が漏れ出した。頬を伝って泥の底に落ちていく涙。流れていく涙がとめどなく溢れてくる。

 

 いつ以来だろうか。こんな風に泣いたのは。八重樫に振られた時よりずっと酷い泣き顔だ。こんな風に泣いたのはきっと幼い頃以来だろう。

 

 伯母の家で虐待を受け続け、苦しくて、辛くて、でもどうしようもなくて、小さて暗い部屋に閉じこもって泣いていたあの時以来だろう。

 

 過去()はずっとあの部屋で蹲ったままなのだ。

 

 弱い自分を切り捨てたあの暗い場所に、過去の自分はずっと取り残されたままだ。

 

 勇気が出せず、誰かが助けてくれるのを、今も待っている。

 

 

ーーーどうか過去()を認めて欲しい。その手で掴み出して欲しい。勇気ある()にしか出来ないことなんだ。

 

「........そうか......俺は、また臆病になってただけなんだな.....」

 

ーーーそうさ。君の力は君自身の物さ、それを壊すことに使うのも、生み出すことに使うのも、望んだ物を掴むのも、全て君次第なんだ。だからどうか恐れないで。君を、過去()を。君にはそれだけの勇気と強さと力がある。支えてくれる存在がいる。守りたいと思えるモノがある。忘れちゃいけない大切なモノ達さ。

 

「俺は........過去(自分)を認めていいのか......?」

 

ーーーそうだよ。今の君ならそれが出来る。

 

 

 今の要がいるのは過去の自分がいたから。

 

 大切だと思えるモノと出会えたのは過去の自分がいたから。

 

 そんな過去(自分)を一体誰が認めてあげればいい?

 

 そんのは最初から決まっている。

 

 

「........長いこと待たせたみたいだな」

 

ーーー本当だよ。

 

 

 要は涙を拭い、立ち上がった。

 

 

ーーー怖くないかい?

 

「正直、まだ怖い。過去を認めるってことは怪物()を認めるってことだからな。けど覚悟は決まったよ。俺は、俺の中にある怪物を自分が掴みたいモノの為に使う。大切なモノを守る為に。その為に何かを壊すことになっても、もう何も見失わない」

 

ーーーそっか........君はようやく()()()()()()

 

「..........一つ、聞いてもいいか?」

 

ーーーなんだい?

 

「君は一体()()なんだ?俺はずっと君のことを俺の過去の幻影だと思ってた。でも違う、過去の俺はずっと()()()()()()()。今も蹲って泣いている、自分を認めて欲しくて........そんな過去の自分がこんなことをするわけがない。まるで俺が立ち上がるのを手助けする様なことを」

 

ーーー........僕は過去()さ。でも君の言う通り少し違うのは確かかな。僕はね、過去()の写し身みたいな魔物なんだよ。過去の願望を汲み取って変質した、氷雪洞窟最後の試練、それが僕の原型さ。まあ、君と白い要()が同化したことで試練の在り方が少し変わったみたいだけど、本質は同じ物で君達挑戦者に試練を乗り越えて欲しいと願ってる存在なんだよ。

 

「........そうか。はは、そうだったんだな......」

 

ーーーショックかい?

 

「はは、まさか。感謝こそすれど、君を責める気なんてこれっぽっちもない...........ありがとう。君のおかげで俺は過去(自分)を認める事ができた。踏み出す事ができた。本当に、ありがとう........」

 

 

 要は幼い自分の姿をした彼を抱きしめ、心の底から湧き上がった感謝の気持ちを伝えた。そして彼もそんな要の抱擁を受け入れ、抱きしめ返してくれた。

 

 

ーーーこれでも一応僕は魔物の分類に入るんだけどね。君ってやっぱり変わってるよ。

 

「はは、そうかもな。でも()()なんだからそれもアリだろ?」

 

ーーーッ.......!ふふ、君は本当に不思議な人だ。魔物と心を通わせる存在なんて聞いた事ない。でも、それが君本来の力なのかもしれないね。魔物も、人も、亜人や、魔人も、全ての存在を導く王の器があるのかもしれない。

 

「王の器、か。そこら辺はまださっぱりだが........でも一つ、やりたい事ができた」

 

ーーー........聞かせておくれ。君の願いを。

 

「冒険さ!昔、俺がアニメや漫画を見て心を躍らせた様な冒険を、今度は俺がチビ達に見せてやりたい。俺がやってみたい!時には悲しくても、辛く苦しいものでも、最後は笑顔で前に進む冒険を!そしてこの世界を!もちらん今までずっと一人だった昔の俺にも見せてやるつもりだ。何年と孤独だった過去(アイツ)が、好奇心と冒険心で胸いっぱいに躍らせられる俺の冒険を!」

 

 

 自分がそうであった様に。

 

 要が施設の子供達と仲良くなれたきっかけであるアニメや漫画の世界にある大冒険。

 

 今でも思い出せる。

 

 娯楽が少なかった施設で、要が語って見せた漫画やアニメに目をキラキラさせていた子供達の姿を。

 

 今度は自分の物語であの子達ワクワクさせたいと要は思った。

 

 そんな要の言葉を聞いて彼は微笑えんだ。

 

ーーーそうか、なら見せてあげるといい。過去(あの子)もきっと喜ぶ。

 

「何か勘違いしてないか?君も一緒に見るんだよ」

 

ーーーえ?

 

「俺と一緒に来い!君には俺を焚き付けた責任がある。なら俺がこの先どう進み続けるのか見守ってもらわないと困る」

 

ーーー何を......僕は魔物で、それに.......。

 

「君はすでに俺の一部だ。なら、俺と共に居るのが普通じゃないか?」

 

ーーー............ぷっ、ははほははははははははっ!!君って奴は、はは、本当に.......僕にもついて来いって、それはちょっと強欲すぎないかい?

 

「そうかもな。けど、俺は君にも一緒に俺のこれからを見て欲しい」

 

 

 彼はきっと、もう大丈夫だろう。

 

 こんなにも前を向いてキラキラしている。

 

 本来、ここで僕の役目は終わりだ。

 

 でもどうしてだろう。ただの、試練で生まれただけの存在だと言うのに、彼の言葉でこんなにも心が躍ってしまう。

 

 彼について行きたくなる。

 

 

ーーーやっぱり君は変わってるよ。ふぅ、なら見せておくれ。僕と過去(あの子)に、とびっきりの大冒険を。

 

「ああ!」

 

 

 彼がそう力強く返事をすると、僕の手を掴んで歩き出した。

 

 その先には過去(あの子)がいた。

 

 暗く閉ざされた小さな部屋の中、そこに彼はいた。

 

 そして彼と僕はその子の手を掴みんだ。

 

 泣きじゃくる過去(その子)を優しく抱きしめる()は「待たせて悪かった、共に行こう」と語り、泣き顔をくしゃりと崩して笑顔を浮かべた。

 

 ()が僕らの手を引いて歩き出した。

 

 その先で待っている大切なモノ達と会う為に、共に進み冒険を始める為に。

 

 

「準備はいいか、お前達!ちゃんと俺を見ておけよ」

 

 

 ()の言葉に頷く僕ら二人。

 

 嗚呼、見せておくれ。

 

 君が進むその先の光景を。

 

 (シン)の冒険を!

 

 




修正入りました。叔母× 伯母○


補足

新しい技能

[発勁]
・豪腕の派生技能のひとつ。魔力変換の派生技能[衝撃変換]に少し似ているが、発勁は掌や拳に込めた魔力を相手の内部に浸透させる技能。打撃破壊というより、内部破壊系の格闘技です。



登場人物

『要の伯母』
・伯母は要の母の姉。旧姓は要の母と同じ「要」だったが結婚後は別の苗字になっている。離婚後は消息不明。要の母とは少し顔立ちが似ているらしいが、性格が正反対。平気で人を蹴落とすような性悪女。学生時代から要の母と反りが合わず、妹である母に手を挙げていたらしい。ストレスが溜まると物に当たり散らす悪癖があり、そのせいで何度も諍いを起こしている。旦那とはデキ婚のため、割と若い。


『伯母の元旦那』
・浮気性で普段から他の女性と性的関係を持っていた上に、援助交際の常習犯。女癖が悪く、女の前ではいつもカッコつける様にいい面をする。しかし、肉体関係を築くと暴力的な性格が表に出てくるクズ男。
離婚後、多額の賠償金に頭を悩ませ追い詰められた結果、逃亡し今は行方不明。


『伯母の子供達』
・男二人の兄弟。典型的な悪ガキ。クラス内でも威張り散らしていたため、周りからはかなり嫌われていた。しかし、精神的にはまだまだ子供だった為、転校してからはその性格のせいですぐにいじめられた。上級生からも酷い仕打ちを受けた結果、一人は自殺。もう一人は下校途中に溜まったストレスを発散しようと盗みを働き、その逃走中に大型トラックに轢かれて死亡。


『伯母の両親(要の母の両親・要の祖父母)』
・「要」の姓だった頃の夫はすでに他界しており、今は名前も変わっているを現在の祖父は再婚相手。要の母が「要」の姓を使用しているのは要の母が現在の両親が嫌いだった為でもあり、無くなった「要」姓の父が好きだったため。
要の母とその現在の両親(祖父母)は仲が悪く、昔から姉ばかり贔屓にする母とは口喧嘩ばかりしていた。その上、再婚相手も要の母を嫌らしい視線で見てきていたので逃げる様に実家を出たらしい。
この親(祖父母)にして、この子(伯母)ありと言ったところ。
要に文句を言った帰り道に、高齢者の不注意運転と暴走によって轢かれ、二人とも死亡済み。


『弁護士のお兄さん』
・正義感が強く、基本的には誰にでも優しい眼鏡の男性。しかし、いざという時に現実から目を背ける事が多々あり、それを自覚していた事もあって精神的に追い詰められていた。要の母とは友人だが、弁護士の彼は要の母に恋していたらしい。しかし、突然現れた要の父に母を掻っ攫われ自暴自棄に。だが友人として母を支えようとしていたが、その母も他界し、残った彼女の遺産と息子である要を守ろうとしていた。
だが、結果は要に精神を振り回され再び自暴自棄になり、家庭を蔑ろにしたため離婚。
少し性格的なところは天之河光輝に似ているが、全体的スペックは天之河より数段劣る。
要が天之河を避け続ける理由でもあったりする......



『過去の写し身』
・白い要と要が同化した事で、試練の本質が過去の要の姿や思いを写した存在。挑戦者に試練を超えて欲しいという願いのみが残ったモノで、分類上は魔物に該当する。しかし、立ち直った要と同化した事で...........

『過去の要』
・怪物の象徴であり破壊の権化。しかしその本質は自身を守るという弱者ゆえに生じる怯えと恐怖、他者に認めて欲しい、愛されたいという願望などの塊。
立ち直った要が優しく抱きしめたい事で彼は要と同化し...........






............


ーーーーーー奇跡を起こす。



   

 


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虹霓の覚醒


新キャラの伏線あり。
よくやくここまで来た。


 

 氷雪洞窟最後の試練の間。

 

 そこで目にも止まらぬ剣戟の応酬が続いていた。

 

 戦っているのは白い要の姿をした存在と、ロクサーヌ。白い要は終始余裕の笑顔を崩さず、ロクサーヌの高速に振るわれる剣撃を簡単にあしらっていた。対してロクサーヌは身体中が傷だらけとなり、服もボロボロ。今にもロクサーヌの豊満な胸が零れ落ちそうな程に全身がズタボロにされていた。

 

 それでも必死で白い要に喰らいつくロクサーヌ。

 

 しかし、その戦闘は長く続かなかった。

 

 

「ガハッ......!!」

 

 

 とうとうロクサーヌの剣が砕かれてしまった。そしてそれを行った白い要は「ハンッ」と見下す様に鼻で笑い、あえて刀剣で斬らず、蹴り飛ばした。

 

 何度も地面に体が叩きつけられ、肺の中の空気が一瞬で外に漏れる。  

 

 そしてあっという間にロクサーヌの体は氷壁まで転がってきてしまった。

 

 

「はぁ〜〜〜、そろそろ飽きてきたな。この体も大分慣れたし、技能も随分と多く獲得できた。実験に付き合ってくれてありがとうな、ロクサーヌ」

 

「はぁ、はぁ.......くっ!」

 

「おいおい〜、そんな目で睨むなよぉ。俺はお前が大好きで大好きで仕方ない、愛してやまない要進なんだぞ?そんな目を向けられるなんて、俺は悲しいぜ」

 

「誰が.........貴方なんかを、愛しますか......!私が愛しいと思える人は.....ただ一人、シンさんだけです!......断じて貴方なんかでは、はぁ、はぁ......ありませんッ!」

 

「あーはいはい。そういうお涙頂戴みたいな根性丸出しなセリフはもう聞き飽きたよ。つまんねぇなぁ〜、もっと無様に喚いてくれないと俺が楽しめないだろ?」

 

「それは残念でしたね........生憎、私は貴方を喜ばせる事なんて考えていませんので」

 

「チッ、威勢だけはいいみたいだなぁ雌犬風情が」

 

 

 白い要はつまらなそうに表情が一瞬で無になった。そして警戒などする必要無いという様子でロクサーヌまで無造作に歩み寄り、乱暴にロクサーヌの髪を掴んだ。

 

 ロクサーヌは乱暴に髪を扱われた事で、その痛みで引っ張られる様に苦悶の表情を浮かべた。

 

 もはやロクサーヌは満身創痍で白い要に対抗する余裕すらなかった。

 

 

「.........最後に言い残す事はあるか?」

 

「くっ.........!」

 

「無いみたいだな。じゃあ宣言通りここでお前を壊す。じゃあな」

 

(シンさん......申し訳ありません.......!)

 

 

 白い要が刀剣でロクサーヌにトドメを刺そうと構える。それを見てロクサーヌは、内心で要に対して謝った。

 

 そして白い要が刀剣を振り下ろそうとした時だった。

 

 

ーーー『それはさせない』

 

「なッ.......!?」

 

 

 振り下ろされた白い要の刀剣が何かに遮られた。

 

 ロクサーヌも、白い要もそれを見て驚きの表情を浮かべる。

 

 淡い虹霓の輝きを放つ魔力の塊がそこにあった。

 

 虹色、と表現するには些か言葉足らずな物を感じるその輝き。全体的には緑色っぽいかもしれない光。だがその中には赤や黄色、暗い青、白やその他複数の色が混じり溶け合っており、暖かく力強い存在感を感じさせた。

 

 その虹の光がロクサーヌの首に刀剣が当たる寸前で止めて見せたのだ。まるで刀剣を()()()()()()

 

 ぼやけていたその魔力の輝きは徐々に形を整えていく。

 

 

「あぁ......この暖かさ......間違いありません......!」

 

 

 ロクサーヌが歓喜の声を漏らし感涙する。

 

 そしてその虹色の魔力光はどんどん人型となり、それが一体何で、誰がこんな奇跡を起こしたのか明確にした。

 

 白い要が振るった凶刃を掴む手、その手の先には薄布を羽織った様な姿をした長い髪を靡かせる要進(シン)がいた。

 

 

「シンさん!!」

 

「馬鹿なッ!?何故お前が生きている、要進ッ!!」

 

 

 愛しい男の名を喜びで身を震わせながら呼ぶロクサーヌと、目の前の存在に理解が追いつかず絶叫する様にその名を呼ぶ白い要。

 

 

ーーー『悪いが少し離れてくれないか、邪魔だ』

 

 

 魔力光の体であるシンが白い要にそう言うと、片方の手を白い要の方にかざした。すると白い要は虹霓の魔力光による衝撃波を受け、後方へと吹き飛ばされた。

 

 吹き飛ばされた白い要はすぐに体勢を立て直し、手を地面につけながら土煙りを上げ後退する。

 

 

ーーー『待たせて悪かったなロクサーヌ』

 

「いいえ........シンさんならきっと帰ってきてくれると信じてました.......でも、それでも....っ本当に.....ぅっ.....嬉しいです」

 

 

 ロクサーヌは涙を浮かべ、心の底からシンの帰りを喜んでいた。そして万感の思いでシンに抱きつき、それを受け止めるシンはロクサーヌの頭を撫でながら優しくその体で包み込んだ。

 

 魔力で出来た体だと言うのにその質感や暖かさはシンそのもの。ほんの数刻ぶりの再会だというのにロクサーヌには、彼との再会がとても久しく思え、シンの温もりに浸っていた。

 

 

ーーー『俺も嬉しいよロクサーヌ、お前とまたこうして会えた事が.........少し待っていてくれ。この試練を終わらせてくる』

 

「ぐすっ......はい。ご武運を......!」

 

「人前でイチャイチャするとはいい御身分じゃないか。ああッ?要進!!それにそこの雌犬は俺の女だ!お前の所有物は全て俺がお前の肉体ごと奪ったんだからよぉ!」

 

ーーー『随分()()()()。もはや試練の本質すら見失ってるようだ.......これから俺が進む道にお前は邪魔でしかない。ここで消えてもらう』

 

「馬鹿が!言ったはずだぞ、俺はお前!お前が俺を否定すればするほど俺の力は増していく!それにその体、お前はただの魔力の塊でしかない!今のお前に俺を止める(すべ)は無い!さあ、来るぞぉ!お前が俺を否定した事で、俺の力がどんどん!..................何故だ.....どういう事だッ!?何故俺の力が増えない!?いや、待て。それどころか、これは.......!」

 

ーーー『()()()()()、か?』

 

「くっ!何をしたァァァァッ!!」

 

ーーー『そんなの決まってるだろ?()()()()()()()()()()。まあ随分と情けないところを()()()に見せてしまったがな...........だが、仮にもし俺が試練を乗り越えていなかったとしても今のお前が力を増す事は絶対に無い』

 

「はぁ?」

 

ーーー『お前はもはや()()()()()。俺の越えるべき壁ではなくなってるんだよ。力に溺れ、ただ破壊する事のみに変質してしまったお前は俺の過去ではない。()()はそんな姿を望んでなんかいない』

 

「ハッ、ハハ、ハハハハハハハハッ!!そうかよ。そうかもしれねぇなァッ!だが、そうだったとしてもただの魔力体でしかないお前に一体何が出来る?お前ご自慢の身体強化は使えない!そんなお前が一体どうやって俺を倒すって言うんだ!」

 

ーーー『そんなものは簡単さ。こうやるんだ......!』

 

 

 シンがそう口にし白い要に向かって手をかざした途端、白い要は身動きが取れなくなり驚愕した様な声を漏らす。

 

 まるでその場に縫い付けられる様な感覚を覚えた白い要。口は動く。だがそれ以外が全く動かせない。指先ひとつ動かすことすら叶わず、どれだけ白い要がその肉体に力を込めようとそれを振り払う事が出来ない。それどころか負の感情で強化されていた白い要の力がどんどん抜け落ちていく。

 

 

ーーー『それともう一つ、お前の言葉で間違ってる事がある...........ロクサーヌは俺の大切な女性だ。お前の様な成り損ないが軽々しくその手で触れる事も、名前を口にしていい存在じゃないんだよ....!』

 

「くっ......!」

 

ーーー『返して貰うぞ、俺の体を』

 

 

 途端、空間に固定されていた白い要は衝撃波を受ける。だが肉体にではない。白い要の肉体、その中に存在する邪悪なモノのみに向けた魔力の圧だった。

 

 必死で肉体にしがみつこうとする白い要の中にいる存在。だがシンの放つ魔力圧はそんな邪悪なモノを簡単に肉体から弾き出した。

 

 

『がああッ!!!』

 

 

 白い要から弾き出された存在。それはもはや要進の姿を(かたど)っておらず、人の形をギリギリ保っている何かだった。魔物と呼ぶには少々役不足なほど貧弱な姿で、赤黒い魔力の塊。どちらかと言うと今の魔力体のシンに近い存在だろう。

 

 だがその貧相な魔力体の姿から見るに、相当弱っている。

 

 いや、正確には弱らされたと言うべきだろう。

 

 シンは目の前の魔物もどきから全てを掴んでいた。魔力も、技能も、魔法も。あの魔物もどきが持ち得ていた力の全てを根こそぎ奪い取いとったのだ。精神と魔力、()()()()()()()()()よる綱引きによって。そして醜悪な精神とそれが付随する魔力だけを要進の肉体から追い出した。

 

 もはや目の前の存在はただの搾りカスでしたかない。

 

 そしてソレが体から弾き出された事で、長い白髪の要進の肉体が倒れた落ちる。とその寸前でロクサーヌがいち早くその場に割り込み、要進の肉体を受け止めた。

 

 ロクサーヌは受け止めた要進の肉体の胸元に耳を添え、その胸の奥から小さく鼓動が聞こえるのを確認し安堵の表情を浮かべた。当然、そこら辺を考慮した上でシンは力を奪ったのだ。いざ自分が肉体に戻った時にもう肉体は死んでます、なんて笑い話にもならないからだ。

 

 そして肉体が無事だということをシンにアイコンタクトで伝え、シンはロクサーヌに相槌で返した。

 

 

『馬鹿なぁ、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なァァッ!!こんな事が!俺はァ!俺はこの世界の王になる存在じゃないのかァアアアッ!?全てを奪い、破壊する唯一の存在じゃあッ!?!?』

 

ーーー『お前は王の器ではない。少なくともお前は俺以下の存在だ。さて、手早く済ませてしまおうか』

 

『があっ』

 

 

 再びシンは魔物もどきに向かって、手をかざした。だが今度はかざした掌がまるでそこにある何かを掴む様に、徐々に握り込んでいく。

 

 その行動に連動する様に魔物もどきの魔力体が徐々に圧力で押し潰されていく。

 

 これこそがシンが新しく会得した魔法、付与魔術師の特殊派生技能[力魔法]だ。引力、圧力、反発力などの現象を指先ひとつで自在に操る魔法。それはまさに星のエネルギーに干渉する魔法、のちにシンがライセン大迷宮攻略によって獲得する〝重力魔法〟と同質の魔法であった。シンは過去の“怪物”と過去の“魔物”(写し身)達と同化することにより、自力でその境地に到達し会得して見せたのだ。この力はまさに〝運命を選び掴み取る力〟が魔法として現実になった物そのものだ。

 

 そしてその魔法によってどんどん握り潰されていく魔物もどき。

 

 

『がああ、あああああああッ!!』

 

ーーー『無駄だ。お前がどんなに足掻こうと俺が一度掴んだモノは絶対に離さない。もう二度とな......』

 

『ふ、ふざけるなァアアッ!!こんな事があって言い訳がない!俺はァッ!世界をォォッ..........』

 

ーーー『お前に世界は掴めない。いや、掴ませるものか』

 

『くっ!グググ〜ッッ!このォ化物がァァッ!!』

 

ーーー『ああ、俺は化物だ。全てを掴む怪物さ。だがそれがどうした?俺は、俺の全力をもって俺が掴みたいものの為にこの力を使う。さらばだ、名も無き異物』

 

 

 シンは掌を強く握り込み、魔物もどきの魔力体は握り潰された。断末魔の悲鳴を上げながら、魔力を霧の様に霧散させ消滅した。

 

 そしてシンはロクサーヌに振り返り、笑顔を浮かべた。

 

 その笑顔はロクサーヌがよく知っている要進の明るく大らかで包み込む様な優しい笑顔だった。

 

 

「試練達成、おめでとうございます。シンさん」

 

ーーー『かなり無様な姿を晒したし、ロクサーヌにも迷惑をかけた.......けどまぁ、ここは素直に喜んでおこうか』

 

「はい。それでシンさん、肉体に戻った方がいいのでは?」

 

ーーー『おっと、そうだった。つい試練達成の余韻に浸ってしまった。早く戻らないとな』

 

 

 そう言ってシンは眠っている自分の肉体に歩み寄り、その体に触れた。

 

 すると虹霓の光を放つシンの魔力体がシンの肉体に入り込み、虹の光が空間全体を照らし出した。その光は徐々にシンの体に纏う程度までに収まり、肉体と一つに戻った彼の姿が露わになった。

 

 白かった長い髪は色を取り戻す。だが以前と違って青寄りの濃い青紫色に変色し、長髪のまま髪質も少し硬く癖のある感じになった。肉体はそのままだが、白い要に乗っ取られて際に見てとれた血管の様な赤い模様は消え、肌の色艶も精気があふれるものへと戻って行った。

 

 

「.......シンさん」

 

 

 その様子を見てロクサーヌは、まだ目を閉じているシンに声をかける。

 

 ロクサーヌの声に反応したシン。そして閉じられた重い瞼を開いた。以前と瞳の色が違う黄金の瞳がそこにあった。だがその瞳からは以前の様に、いやそれ以上に力強さと暖かさを感じたロクサーヌ。

 

 そんな彼女は目端に輝く雫を頬に伝わせ、本当の意味でシンの帰りを喜んだ。

 

 

「おかえりなさい、シンさん......」

 

「......ああ、ただいま。ロクサーヌ」

 

 

 

 この時、シンの魔力体と肉体がひとつになった瞬間、世界各地に衝撃が走った。

 

 勝気な少女や王国の姫達は夜空に流れる無数の流れ星を目撃したり、幼い海人族の子供は西の海が大荒れをする様を見たり、魔人族の将軍は決して晴れることのない雪原上空に浮かぶ分厚い雲が唐突に消える様を見たり、ハルツィナの兎人族達は今まで見た事がない綺麗なオーロラを目にしたりした。

 

 そして各地に散らばる実力者達はそれを魔力の波動として感じ取った。

 

 それは暗い暗い奈落の底にいる化物と吸血姫にも感じ取れる程の大きな力の唸りだった。

 

 苦労性の少女も、帝国にいる二人の戦乙女も、公国にいる女戦士も、遥か彼方の大地で暮らす強大な魔物も、竜人の姫も、神の真なる使徒も、反逆者と呼ばれた小さなゴーレムも、魔人族の弟子の帰りを待つ師匠も、皆一様にその変化を感じ取った。

 

 そしてもう一人。この異変に気づき、改めて覚悟を決めた仮面の女がいた。

 

 

「至ったのですね、彼は.........なら私も、もう止まらない」

 

 

 そう言い残した彼女は、北の方角へと歩みを続けた。

 

 雪原をしっかりと踏み締めて進む彼女は、己の願いの為に約束の日まで歩き続ける。

 

 

 

 

 

 そして、とある大迷宮の最奥に刻まれた魔法陣。

 

 そこでこの世界の異変に同調する様に、その魔法陣が起動した。

 

 いや、正常な魔法陣の起動ではない。

 

 まるで、かつてシンやハジメ達が巻き込まれた()()()()()した時と同じ様な激しい光を放つ魔法陣。

 

 七つの門が開かれたのだ。

 

 

『ついに来たか』

 

『ああ、ようやくだ』

 

()()()の時に終止符を討つ存在』

 

『我らが王の誕生』

 

『神を打ち滅ぼす存在』

 

『母に選ばれた男』

 

『王の器を持つ()()()の再来』

 

『『『『『『『世界を変える我らが王がここに来る』』』』』』』

 

 

 七つの異なる声色がその大迷宮の最奥で響いた。

 

 そして、七体の()()()()()()は待っている。

 

 (シン)の到着を。

 




シンの覚醒。これからは“要”ではなく、“シン”として物語が進みます。

補足


新しい技能

[力魔法]
・怪物の“掴み取る力”と写し身の“魔力操作”(魔物特有の力)と要進の“願い”によって会得した付与魔法の特殊派生技能。重力魔法と違い大規模な重力場を発生させることは難しいが、その分魔力消費が少なくコンパクトに使用できる重力魔法と同質の魔法。掴む、引き寄せる、突き放す、押さえる、浮かせると言った事が空間に付与する事で近距離から中距離で使用できる要進専用の固有魔法。


[虹霓の魔力光]
・要進が過去を受け入れ、己の力を掌握した事で変質した魔力の輝き。
(極光というより七つの色味が混じり合った事で生まれたオーロラの様な虹霓。イメージはアニメ機動戦士ガンダムUC RE:0096 episode15「宇宙で待つもの」より虹の光みたいなものです)


登場人物

[シンの姿]
・身長188cmの高身長な上に筋肉質でウエストが引き締まっている。そして体型は綺麗な逆三角形のシルエットで、胸板も厚い。腕も太すぎず、しかし圧倒的な肉質感で力強さがより一層際立っている。元々運動が得意だったこともあって、より筋肉質な体に磨きがかかっている。(白い要が要進の肉体を乗っ取った時点でこの体となっている)
髪色は青寄りの濃い青紫。腰まで伸びた長い髪は以前の髪質より硬く若干癖が入っている。
(イメージはマギのシンドバッドとダビデを足して割った感じ)
瞳の色は黄金色に、顔は以前と大差ない造りだが大人びた雰囲気を醸し出しており、色気が倍増している。優しく微笑めばその色香で女性が色めくほど。


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七体の魔神


※原作マギやシンドバッドの冒険を見た方ならわかると思いますが、かなり改変しました。オリジナル要素も含まれますので悪しからず......




 

 世界各地で異変が起きていた頃、氷雪洞窟最後の試練の間ではそんな事が起こってるとは露知らずシンが絶叫を上げていた。

 

 

「いっっっってええええええええええッッッ!!!」

 

「あ、シンさん!そんなに暴れたら余計に痛みますよ?」

 

「わかってるけど......くぅ〜、あの野郎こんな体でよく暴れてられたなぁ。ぁぁぁぁ〜、くっそ痛ぇぇ〜」

 

 

 シンは絶賛自分の肉体に蓄積されていた激痛に悶えていた。

 

 白い要がシンの肉体を覇拳で殴り上げた時の衝撃で内臓はぐちゃぐちゃ、骨は至る所が砕けまくっていた。しかし、その後白い要がシンの体を乗っ取りロクサーヌから神水を強奪し回復を済ませていた。だが痛みは残る。未だに治りかけなため、強烈な腹痛と全身の骨が軋む様に痛む。

 

 むしろそれだけの痛みで死んでいなかったシンの肉体が恐ろしいぐらいだ。

 

 そしてこの程度で済んでいた事には理由があった。

 

 

「師匠がシンさんを守ってくれたんですね」

 

「ああ、ロバートさんが作ってくれた防具が無かったら、あの一撃を喰らった時点で死んでただろうな」

 

 

 ロバートがシンとロクサーヌに渡していた特殊な素材で作られた防具。それには着用者が受けるダメージを肩代わりしてくれる効果が付与されていた。そのことを知ったのはついさっきだ。

 

 シンの新しい付与魔法の派生技能[鑑識]で砕けた防具の破片を見た時、そのことに気づいたのだ。それならそうと言っといて欲しかった、とシンが思ったのは言うまでもない。

 

 だがそのダメージを肩代わりする効果を持ってしても、あの白い要の一撃を完全には防ぎきれなかった。そのうえ防具を全て壊し、シンにこれだけのダメージを負わせた。それ程極まった一撃だったのだ。

 

 そしてシンは鑑識でもう一つ、気になることを知った。

 

 

(ロバートさんから貰ったあの防具、あれに使われた魔物の素材、あれは一体.......)

 

 

 鑑識の効果の結果、シンとロクサーヌがロバートから貰ったあの防具に使われていた魔物の素材は〝()()()〟という魔物の鱗らしい。

 

 だがそんな魔物の名前は聞いた事がない。ハジメから聞いていた魔物の種類にも無く、冒険者の間でも来た事が無い。シュネー雪原に生息する魔物でもない。それはロクサーヌから事前に雪原に生息する魔物について聞いていたからわかる。ロバートの口からも聞いた事がない。 

 

 つまりシンにとってその魔物は未知なのだ。

 

 

(なんか匂うな。冒険の匂いが......)

 

 

 シンの直感がそう訴えかける。

 

 未知との邂逅はまさに冒険の醍醐味。

 

 大迷宮を出た後にやりたい事が増えたと内心喜ぶシン。だが、今後の展望に期待を膨らませる事を妨害してくる激痛。

 

 内心でさっき以上の悪態を吐きつつ、痛みが治るまでロクサーヌの膝枕に甘んじた。ロクサーヌも相当白い要に痛めてつけられていたが、神水をすでに服用していたので完治している。

 

 神水様様である。

 

 そんなこんなであっという間に完全回復を遂げたシン。

 

 体力的にはかなり消耗しているが、この場所にいつまでも居るわけにもいかず、二人はその試練の間の奥へと続く道を進んで行った。

 

 その道中で二人は白い自分とどういうやり取りをしたのか、そして何を抱えていたのかを話した。

 

 ロクサーヌの辛い過去や負の一面、それをどうやって乗り越えたのかを聞いたシンは、唐突にロクサーヌのことがとても愛しくなり彼女を抱きしめた。

 

 

「ロクサーヌ、お前は強い。それはお前の師匠も言ってたことだ。だから、今ここにいる自分に胸を張れ。他人を信じるよりお前はお前自身を信じてやれ...........まあ、俺が言えた話じゃないけどな。でも、俺から言いたいことが一つある。よく頑張った、ロクサーヌ」

 

「........はい。ありがとうございます、シンさん」

 

「しっかし、まさかカイルさんに兄がいたとはな。それも俺のロクサーヌを襲おうとするとは、けしからん!」

 

「心配しなくていいですよ。あの男は私がすでに()ってますので。それに何一つあの男には奪わせてません!」

 

 

 どうやらカイルの兄は相当ロクサーヌから恨みを買っていたらしい。ロクサーヌは自信満々な様子で片腕の力こぶを作るようなガッツポーズをし、爽やかに笑って見せた。笑顔の裏に隠れた執念深さ。割と言ってることが過激なロクサーヌ、その清々しい笑顔と発言の過激さにギャップを覚えたシンは、今後ロクサーヌを本気で怒らせない様にしようと思った。

 

 そんな事を考えていると、今度はロクサーヌがシンを抱き寄せた。それもシンの後頭部に腕を回し、優しく自身の胸に抱き込む様に。その豊満なお胸に顔を埋めたシンは少し戸惑うも、その抱擁を受け入れる。

 

 ちょっと元気になったシン。何がとは言うまい。

 

 

「シンさんも、よく頑張りました。貴方が一体何を抱えていたのか知れて私は嬉しいです。私には貴方の過去に同情することしか出来ません。ですが、これからの貴方を支えて行くことはできます。ですから、どうかこれからも私を貴方のお側に居させてください」

 

「ロクサーヌ.......」

 

「貴方には才能があります。でも一人で出来ることなんてきっと限られてます.........ですから私を頼ってください。私は貴方の恋人であり、貴方を支え続ける剣、これからもずっと貴方を愛し続けるパートナーなんですから」

 

「ロクサーヌ!!」

 

「わっ!」

 

 

 ロクサーヌの言葉を聞いたシンは、あまりの愛おしさについロクサーヌを抱え上げた。ロクサーヌのお尻の下に両腕を回し、彼女をそのまま持ち上げる。自然とロクサーヌの視線は高くなり、愛しい女性を見上げるシンと愛しい男性を見下ろすロクサーヌの構図になる。

 

 

「ロクサーヌ、俺はお前が大好きだ、愛してる!だからこそ、俺のそばでずっと俺を見続けてほしい。俺のこれからを。俺の冒険を!だから、共に歩んでくれ!一生!」

 

「〜〜ッッ......はい。私の一生を貴方に捧げます」

 

「ロクサーヌ!!」

 

「わわっ!もぉ〜、シンさんたら....ふふ」

 

 

 嬉しさのあまり抱え上げたロクサーヌの腹部に頬擦りをするシン。そんな彼を見て嬉しさと恥ずかしさで赤面するロクサーヌだが、すぐにその顔は眩しく輝く様な笑顔になった。

 

 その後、シンがロクサーヌを抱えたまま先に進もうとしたので、恥ずかしさのあまり必死で降ろして欲しいと懇願したロクサーヌ。なんとか降ろしてもらえたロクサーヌ、ちょっと残念そうなシン。だが、そのかわりに二人はお互いの手を絡めて繋ぎ、先を進んだ。

 

 程なくして行き止まりに到着した。

 

 その行き止まりの氷壁には七角形の魔法陣が刻まれており、シンとロクサーヌが近付くと淡く輝き始めた。そして、壁全体が光の膜のようなもので覆われていく。

 

 シンが軽く指先で触れると、水面に石を投げ込んだように波紋が広がる。この感じは、最後の試練の間の前に戦闘を繰り広げた、あの光の扉と同じだろう。

 

 それを見てシンとロクサーヌはお互いを見て頷くと、その光の膜へと飛び込んだ。

 

 

 数瞬、光が視界を覆ったがそれはすぐに晴れ、目の前の光景に二人は息を呑んだ。

 

 

「ここが.......」

 

「ああ、ここが氷雪洞窟の最奥......!」

 

 

 綺麗な四角の広い空間。何本もある円柱型の氷柱が地面から天井を支えて、地面には水が張り巡らされていた。

 

 そして、二人の視線が最も注視したのはこの空間の奥、氷の神殿だ。

 

 全てが氷でできた神殿、その氷は先程までの鏡の様な物とは違い、純粋な氷として在り、それら全てが綺麗に整形されている。その外観はまさにこの世の物とは思えないほどの神秘を二人に見せつけていた。

 

 

「なんと言いますか、本当に凄いですね......今までにも装飾が凝らされた氷の扉とか見て来ましたけど、ここは格別な気がします........」

 

「だな。ここの澄んだ空気といい、外観といい、神聖的な何かを感じる」

 

 

 そして二人は氷の神殿へと足を踏み入れ、その神殿の奥には両開きの氷の扉があった。

 

 それに触れた時、シンは何かを感じ取った。

 

 

「どうしたのでか、シンさん......?」

 

「............フッ、行くぞ」

 

 

 シンが挑戦的な笑みを浮かべ、その扉を開け放った。

 

 中はとても広々とした邸宅のエントランス。

 

 二階もあり、目視で確認出来る限りでも部屋の数は多い。装飾品が純氷でできており、その豪華さにロクサーヌの表情が輝いた。しかし、シンはそれらに目もくれず真っ直ぐに、奥へと続く正面通路を歩き出した。

 

 

「シンさん、一体.......」

 

「ロクサーヌ、多分だがこの奥に()()()ある。それも特大の未知の匂いがする......!」

 

「まさか、敵ですか?」

 

「いいや違う。俺達を待ってやがる。いや......()()......?」

 

 シンの直感がそう告げていた。この先に何かがあると。

 

 そして二人はその通路を進み続けた先にあった、重厚な扉の前に到着し、シンがその重い扉を開け放った。

 

 中は綺麗な氷壁に囲まれた四角い部屋で、かなりの広さがある。天井は吹き抜けとなっており、大迷宮の中だと言うのに日の光が差し込み、部屋を暖かく照らし出していた。

 

 一見するとそれだけの部屋。中には誰もいない。

 

 しかし、その部屋の中央には大きな魔法陣が床に刻まれており、それを取り囲む様に七つの銅製の装飾品や道具が氷の台座に置かれていた。

 

 シンは迷わず、その魔法陣の中へと踏み込んだ。それに倣ってロクサーヌも魔法陣の中に入ると、魔法陣が輝き出す。

 

 そして頭の中に刻み込まれる情報。正確には魔法で、それが今は無き神代の魔法[変成魔法]だと理解した。

 

 思わず頭を押えるロクサーヌ、シンも少し顔を苦痛で歪ませているがお互いに耐えられない痛みではない。

 

 そして二人の脳に情報が刻まれた後、魔法陣の輝きは徐々に薄れていった。

 

 

「凄い魔法ですね。まさか魔物に干渉出来る神代の魔法だなんて。恐ろしい話ですが、この魔法があれば魔物の軍勢すら掌握できるます」

 

「いや、正確にはこの魔法は生物に干渉出来る魔法だ。()()()()()()()が少し断片的すぎる。生物を魔物にする事も可能なら、その逆も出来るはず。魔物に固執する神代魔法なんて、神代魔法にしてはありきたりすぎだ。それに、魔物を多数従わせるなら闇魔法の洗脳で十分なんだからな」

 

「つまりこの魔法は人を魔物に、魔物を人にも変えることができると?」

 

「ああ、だが効率重視で行くなら魔物を強化して従わせるのが一番費用対効果がいい。数も質もいいからな」

 

「なるほど。ですがどうしてその様な事がわかったんですか?私に与えられた情報にはそんな事.........」

 

「それは多分、()()()()のおかげだろうな」

 

 

 そう言ってシンが見たのは、魔法陣に囲まれた台座に置かれた装飾品達だった。

  

 ロクサーヌは不思議そうにその装飾品達を見つめ、何故シンが()()()()、と言ったのか疑問を浮かべていた。

 

 シンもロクサーヌと同様、最初は魔物を従わせる神代魔法だと錯覚していた。しかし、シンの中で疑問が浮かんだ時、まるで何者かに後押しされたかの様に情報が追加された。より変成魔法の本質的な情報を。その時の頭痛はロクサーヌの比ではなかったが、耐えられない痛みではなかったのでシンは堪えていた。

 

 しかし、その後押しが一体どこから来たのか。

 

 シンはその後押し、もとい魔力の流れを感知し、それがどこから来たのかを明確に理解していた。

 

 

「さて、そろそろ出てきてもらおうか」

 

 

 そう言ってシンは力魔法を使い、七つの銅製の道具を同時に掴んだ。

 

 その時、世界が変わった。

 

 黄金のオーラが部屋全体を包み込み、その粒子がシンとロクサーヌの二人に降り注ぐ。そしてシンが力魔法で掴んだ装飾品が変色、いや変質した。銅製だった装飾品や道具が金銀の貴金属へと変わり、豪華な装飾が施された物へと様変わりした。

 

 そして最も大きな変化が起きた。

 

 七つの貴金属製の道具から青い煙の様な物が現れる。それは普通の煙の様に掴めそうな物では無いが、煙とは思えないほどの質量感があり、それが徐々に形を形成していく。

 

 やがてそれは人型となり大小様々だが男の姿や女の姿、獣の様な顔、鬼の様な角、大鷲の様な翼、竜の様な鱗、牙や爪などを生やし、額には第三の目、或いは宝石を宿し、豪華な装飾を身に纏った巨大な魔神となった。

 

 現れた七体の魔神にシンとロクサーヌは驚愕の表情を浮かべた。

 

 そんな二人を見下ろし、魔神達はそれぞれ名乗りをあげる。

 

 

『我が名は〝バアル〟憤怒と英傑の精霊(ジン)なり』

 

『我の名は〝アガレス〟不屈と創造の精霊(ジン)

 

(ボク)の名は〝ゼパル〟精神と傀儡の精霊(ジン)

 

『我が名は〝フェニクス〟慈愛と拒絶の精霊(ジン)であります』

 

(ワタシ)の名は〝フォカロル〟支配と服従の精霊(ジン)である』

 

(オレ)の名は〝クローセル〟自由の叛逆の精霊(ジン)なり!』

 

『我が名は〝キマリス〟悲嘆と豪傑の精霊(ジン)である』

 

 『『『『『『『我らが王、()()()()()()()()()よ。我ら七人、御身の前に』』』』』」

 

 

 思わず身構えるロクサーヌ、しかしそれを嗜めるシンは一歩前に出て、目の前に居る七体の魔神達に向かって堂々と話しかけた。

 

 

「俺の名前はシン、要進だ。それで、お前達が俺をここに呼び、さっきの魔法の情報付与を後押ししたのか?」

 

『御尊名拝聴した。そしてその問いに我は然りと答えよう。我ら七人でその魔法陣により行われる情報付与の制限を解除致した』

 

『王の力をより高めるため。そして、悪しき偽りの神を打倒していただくために』

 

 

 シンの問いかけに、この中で一番の巨体と竜の様な翼を持つバアルが答え、それに付随して女性型の鳥の様な翼と神をしたフェニクスが答えた。さっきから気になっていたが、フェニクスと名乗った魔神とキマリスと名乗った女性型の魔神、この二体は登場時から乳房丸出しな上に乳首もモロ見えである。共に巨体ではあるが、整った顔立ちとスタイルで若干目のやり場に困る。

 

 ハッ!鋭い殺気!?

 

 ロクサーヌ、シンが何を見ているか察したらしく、ちょっと怒ってる。笑顔を浮かべシンを見ているが、その視線がグサグサ背中に刺さるのを感じたシンはわざとらしく咳払いをし、会話を続ける事にした。

 

 

「ゴホンッ....悪しき神と言ったな?それはこの世界の神エヒトを差す言葉か?」

 

『そうだよ。あの偽神は元々()()()()()()()では無いんだ。アレはこの世界にやってきて、世界を盤上に見立てて狂った遊戯を続けている。君にはそれを止めて欲しいんだ』

 

『我らにとって、あの憎き偽りの神は討ち滅ぼさねばならない存在。王よ、どうか我らと共にあの偽神と戦ってください!』

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 

 シンの問いにゼパル、キマリスが答え、エヒト打倒を懇願して来た時、それを遮る様に口を開いたのはロクサーヌだった。

 

 

「神の打倒って、そんな事をシンさんに押し付ける気なんですか!」

 

『何者だ、我らと王の話を遮る不届な獣の女よ。己が身分を慎め』

 

 

 ロクサーヌの異議を強く否定するキマリス。それに同調する様に他の精霊(ジン)達がロクサーヌを威圧し、ロクサーヌはその強大な重圧感に表情が歪みかけるが強く意識を保ち、絶対に屈しないという気概を見せた。

 

 だが、その睨み合いはすぐに収まった。

 

 何故ならシンが魔力を解放し、途端に広がった虹霓の魔力光が部屋全体に染み渡った黄金の光を飲み込み、シンの魔力光一色に染め上げたのだ。そして解放されたシンの[()()]。威圧の特殊派生技能であり、王の威厳そのもの。相手を心を折り、屈服させるただの威圧ではない。それは己の存在感で相手の全てを飲み込み、畏敬の念をより強くさせる圧倒的なカリスマと言える物だった。

 

 それを感じ取った七体の精霊(ジン)達は改めてシンに対して(こうべ)を垂れる。

 

 圧倒的な魔力の質と量、そして王としてのカリスマ。

 

 目の前に居る王が正真正銘自分達が求めていた存在なのだと精霊(ジン)達は理解した。それ故に、これ以上王の御前でみっともない姿を晒す事などできなかった。

 

 

「ここに居る女性は俺の女だ。その名もロクサーヌ。お前達が俺を王と敬うのなら、彼女は王妃に当たる存在だぞ?」

 

『なんとッ!?すでに王妃を娶られておりましたか!』

 

『それでこそ我らの王である!!』

 

『申し訳ありません王妃ロクサーヌ様。このキマリス、王妃様への無礼、謹んでお詫び申し上げます』

 

「い、いえ....それより頭を上げてください。私は気にしてませんから」

 

『寛大なお言葉、有難く思います王妃様」

 

「あ、はい」

 

 

 先程の発言に詫びを入れるキマリスはロクサーヌに対する態度が一転して変わった。そしてその巨体でロクサーヌに(へりくだ)るので彼女は慌ててキマリスの行為を嗜める。

 

 そんな様子を見ていたシンの顔が若干ニヤついていた。まさにしてやったり、と言った様子。

 

 だが、頭を下げられているロクサーヌ本人としては申し訳なく思うのと、急な王妃呼びに対して表情が若干の驚きと照れの要素が入り混じっていた。そんな彼女がシンを見て、その顔がニヤついていたので、照れた様にシンをジト目で睨んだ。

 

 そんなロクサーヌを見て、内心で「いい物が見れた」と思ったシンは話を再開させた。

 

 

「お前達の言い分はわかった。エヒトがどういう存在なのかも。俺は一度、神の使徒に殺されかけている。その事実を加味すればお前達が嘘を言っていないというのもわかる。それに俺や俺と同じ同郷の奴らもそのエヒトに呼ばれた身だからな。大方、その狂った遊戯で足りない駒を補うために俺達を呼んだのだろう」

 

『やはりそうだったか。して、我らが王は何処(いずこ)の世界からこの地に?』

 

「地球だ。この世界とは違って魔法も存在しない世界だ。知っているのか?」

 

『申し訳ないが、(ワタシ)たちにはその世界はわからない。ただ帰れる方法はある』

 

 

 クローセルに聞かれて、シンがどこの世界から来たのか答えた時、フォカロルがそんな事を言った。シンの表情が明らかに変わった。

 

 

「それはどんな方法だ?」

 

『それはこの大迷宮と同様の残り六つの大迷宮を攻略し、神代魔法を獲得すること。そして王が強く願えばその門は開かれます』

 

「つまり、この世界にある七大迷宮を攻略しろってことか」

 

『そうです。しかし......』

 

「俺達を呼んだエヒトが黙ってるわけがない、と。なるほどな」

 

 

 アガレスがその問いに答え、フェニクスがその先の言葉に言い淀んだ。だが、それを簡単に言い当てたシン。エヒトを打倒しなければ元の世界には戻れないと、そういうことらしい。

 

 シンは冒険をすると決めた。

 

 その冒険の果てを地球にいる子供達、隣にいるロクサーヌ、そして過去の自分と俺と共に歩むと決めたシンの写し身に見せると約束した。

 

 そのために必要な覚悟はすでに決まっている。掴み取る事も、守り抜くために壊す事も厭わない。

 

 なら、どうするべきか。

 

 エヒトはこの世界の人達を盤上の駒に見立て、狂った遊戯をしている。人を玩具の様に。その魔の手がロクサーヌや、八重樫、園部、そしてハジメたちに伸びるかもしれない。さらに言えば、エヒトが新たに地球からシンの大切な家族である子供達や施設のおばちゃん達まで巻き込むかもしれない。自分達をこの世界に呼び込んだ様に。

 

 この世界の大きな渦に大切な者達が飲み込まれない様にするにはどうすればいいのか?

 

 それはエヒトを打倒する事。

 

 だが本当にそれだけか?偽りの神が築き上げて来た歴史や信仰は根強い。それこそ大切な恋人であるロクサーヌを苦しめた様に。

 

 さらに言えば魔人族が信仰するアルヴ神とやらもキナ臭い。エヒトがそんな存在を見逃すはずがない。つまりアルヴ神とやらもグル、或いはそれに類する協力者か何かだろう。

 

 つまり、シンの敵は偽神が築き上げた世界の現状そのもの。

 

 ならば、どうするべきか?

 

 そんなものは簡単だ。

 

 生み出せばいいのさ、神に頼らない人の世界を。その()()()()()()()を。

 

 そのための第一歩に必要な力はここに揃っている。

 

 

「ああ、そうだ。俺が王の器だというなら......」

 

「シンさん?」

 

「決めたぞ、ロクサーヌ!俺はこの世界を変える国を作る!」

 

「く、国をですか!?」

 

「そうだ!神に頼らない、人の国を作る!それも亜人族や魔人族、それに知性を持つ魔物も、全てを巻き込んだこの世界で最初の他種族共生国家だ!」

 

「ッ......!」

 

「どうだ、ワクワクしないか?戦争も差別も存在しない、ただそこにある全ての命が等しく理性と秩序を持って新しい世界の在り方を築いていく!こんなにワクワクすることはないだろ!」

 

「シンさん、貴方は........!」

 

 

 目の前の彼はその力強くキラキラした瞳でそう語ってくる。ただ神の打倒という事では収まらない、まるで夢物語の様な彼の野望。

 

 彼が口にした言葉がロクサーヌの心を震わせる。そして理解した。彼はこの世界に舞い降りた次代の王なのだと。これが王の器。野望を謳い、万物を束ね、覇道を成す。そう確信させる程に彼の魂の輝きはとても眩しかった。

 

 

「俺と一緒に世界を変える冒険をしないか、ロクサーヌ?」

 

「ッッ!!」

 

 

 シンがその手をロクサーヌに差し出しながらそう言った。

 

 彼が私を必要としてくれている。

 

 私が愛してやまない彼が共に歩もうとしている。

 

 それがとても嬉しくて、ロクサーヌはシンに歩み寄りその手を優しく両手で包んだ。

 

 

「私の居場所はすでに決まってます。私が共に居たいのは貴方の隣だけ、私は貴方を支える剣です.......ええ、どうか私に貴方が描いた世界を見せてください」

 

 

 そうロクサーヌが返事をし、それを受け取ったシンはロクサーヌを自分の体に引き寄せそのまま抱き止めた。

 

 

「そういうわけだ。俺はただ神の打倒だけでは収まらない。神が築き上げてきたもの全てをひっくり返す。それでもついてくるというなら、俺と共に来いお前達!」

 

『これが特異点、王の器か......!』

 

『ええ、望むところです』

 

『我々は貴方様と共に歩む存在』

 

『例え王が拒んでも張り付いてついていくさ』

 

『左様。我らの主人はただ一人』

 

『見せていただきたい、貴方の輝きを』

 

『世界を変える冒険を!』

 

「ああ、ついてくるといい。俺が神の盤上の悉くをひっくり返し、この手に世界を掴む姿を!」

 

 

 高らかに宣言するシン。

 

 その周囲で乱れ舞うシンの魔力の輝き、そしてそれに呼応する様に七体の精霊(ジン)の魔力が吹き荒れシンの魔力と混じり合っていく。

 

 一切の淀みがない虹霓の魔力、それに吸い寄せられる様に七体七色の魔力光がシンの魔力の輝きをより際立たせた。

 

 そして、七体のジンとの縁が結ばれた。

 

 ここからが本当の意味でシンが覇王となる物語の始まり。

 

 序章が終わり、破章の始まり。

 

 しかしそれは破壊の章ではなく、覇業の章。つまり覇章の始まりなのだった。

 




・最初は七体のジンをそれぞれ大迷宮に配置しようと思ってましたが、後々ややこしくなりそうだったので一気に出しました。人選は個人的な好みです......が、これ以上は言えません。


補足


新しい技能


[鑑識]
・付与魔法の派生技能。物体に刻まれた情報を読み解く力。ハジメの鉱物鑑定みたいなもの。だが、その鑑識範囲は広く、人や防具、或いは魔物まで情報を見抜く。本来の使い方としては味方のバフ、デバフ管理のための能力で、相手の武器や状態なども見抜く。



[覇気]
・威圧の特殊派生技能。圧倒的なカリスマが元々なければ発現しない技能。威圧と効果は似ているが、ただ力の差を見せつけるものではなく圧倒的な王の風格や雰囲気、カリスマが凝縮され、まるで眩しい光を眺める様にその光に導かれる。思わず平伏したくなる様な威圧。発動させた者の感情によって、それを受けた相手が抱く心情が変化する。希望を抱いたり、絶望を抱かされたりと。






登場したジン(精霊)
※登場するジン達はあくまで原作マギに登場するジンとよく似た存在という扱いです。性格も経歴も別物です。

【バアル】
・憤怒と英傑の精霊。厳格なジン。見た目や言動、能力は大体原作通り。雷を操る。

【アガレス】
・不屈と創造の精霊。割と無口なジン。見た目や言動、能力は大体原作通り。大地を操る。(ちょっと可愛い面強めに表現します)

【ゼパル】
・精神と傀儡の精霊。責任感が強いジン。一人称が我と僕に変わる。見た目や言動はある程度原作通り。能力は少し改変予定(もう少し使い勝手良くしたいから)精神干渉系の魔法を扱う。

【フェニクス】
・慈愛と拒絶の精霊。おっとりした女型のジン。全身魔装時は赤い髪色。原作マギとは違い精神干渉系ではなく、不死鳥をイメージしています。見た目はそのまま。炎と回復魔法を扱う。

【フォカロル】
・支配と服従の精霊。浮気性のジン。見た目や言動、能力は大体原作と同じ。風を扱う。

【クローセル】
・自由と叛逆の精霊(オリジナル要素)見た目はそのまま。能力や言動は原作であまり情報がなかったので作者の想像で描きます。豪快なジン。光を扱う。

【キマリス】
・悲嘆と豪傑の精霊(オリジナルキャラ)戦乙女の様な高潔な女型のジン。全身魔装時は薄い紫色の髪色になる。おっぱい大きいジン。氷を扱う。
(イメージは“ガンダムキマリスヴィダール”を女擬人化された感じです。氷の壁とか槍とかちょっとかっこいいと思ったので出しました。完全に作者の趣味です。え?ブァレフォールはって?.......それは今後のお楽しみです)


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旅立ち

 
第一章最終話となります。

新衣装のお披露目とロクサーヌした話の回です。




 

 ついに大迷宮攻略を達成し、新たな目標を掲げたシン。

 

 彼は現在、ロクサーヌの着せ替え人形と化していた。

 

 

「ろ、ロクサーヌ〜......?もういいんじゃないかぁ〜?」

 

「いいえ、ダメです!()()()()()()に似合う最高のスタイルを完成させるまでこの手は止まりません!」

 

「し、しかしだなぁ........」

 

「言い訳は無用です!七体もの精霊(ジン)を従え、王になると決めた方がただの冒険者の装いをするなんて言語道断!優雅で、何者にも犯し難く、それでいて動きやすさも兼ね備えた至高の装いに仕上げて見せます!」

 

「左様ですか〜........」

 

 

 かれこれ一時間近くされるがままのシン。

 

 ロクサーヌはあーでもない、こうでもないとかき集めた服を眺め、それをシンに着せては脱がしてを繰り返していた。

 

 

 

 ことの発端は精霊(ジン)達との話し合いを済ませた後の事だった。

 

 シンが国づくりを決意したのち、七体の精霊(ジン)達から聞きたいことを大体聞き終え、精霊(ジン)達が今後どうやってシンについていくのか問うた際、『その心配は必要ない』とバアルがいい、その青い巨体がシンの刀剣に宿ったのだ。その証拠としてバアルが宿った刀剣には八芒星の魔法陣が刀身に刻まれていた。

 

 これなら移動も楽々だな!と関心していたシンだったが、一つの金属に宿れる精霊(ジン)は一体までらしい。だが困ったことにシンが所持している金属類は残り三つ。短剣と園部と一緒に買い、のちに壊れロバートが加工しなおした腕輪と、ロバートから貰った銀のタリスマンである。無事だった物がこれだけしかなかったのだ。

 

 あと三つは精霊(ジン)が宿る金属器が必要なのだ。

 

 さて困った物だと頭を捻っていた時、精霊(ジン)達が唐突にジャンケンを始めた。え、精霊(ジン)ってジャンケン知ってるの?と目の前のシュールな光景より、まずそっちに疑問が浮かんだ。

 

 そして公平な勝負の結果、短剣にはフェニクスが、腕輪にはフォカロルが、タリスマンにはアガレスが宿ることになった。ギリギリでタリスマンを勝ち取ったアガレスは表情を全く動かしてないのに凄く嬉しそうだった。それを見て悔しそうにするゼパル、クローセル、キマリス。「こいつらめっちゃ面白いな」とロクサーヌと話していたシン。

 

 そして残った三体は元々宿っていた装飾品に戻り、それをシンが身につけることになった。

 

 てか開幕速攻で刀剣に宿ってきたバアルよ、お前抜け目ねぇな。

 

 とまぁそんなこんなで無事に精霊(ジン)の移動問題は片付いた。そう、片付いたのだが新たに問題が発生した。

 

 それは新たに身につけることになった装飾品が滅茶苦茶豪華だと言うことだ。

 

 ゼパルは赤い宝石が付いた指輪に宿った。それはまだいい。問題はクローセルとキマリスだ。

 

 クローセルが宿ったのは黄金のかなり大きめの装飾が凝った腕輪。もはや腕輪と言うより手甲である。そしてキマリスは黄金のこれまた装飾が凝った首飾りで、まるで儀式用の装飾品なのだ。

 

 これらを身につけるにしても今の格好では明らかに浮いてしまう。

 

 さらにバアルさんからありがたい豆知識。

 

 金属器が壊れた際に精霊(ジン)を移し替える金属類を身につけておくこと。普段から身につけている物で無いとダメらしい。

 

 (よう)するにもっと装飾品を増やせ、との事だ。

 

 

「際ですかー......」

 

 

 シンは遠い目をした。

 

 そして古い記憶が蘇る。

 

 ちょうどシンがアニメや漫画にハマり出した時、憧れてついバトル漫画やアニメに出てくる装飾品を集めそれを身につけていた時期があった。そう、あれは中学二年生の冬ぐらいだ。

 

 指には髑髏の指輪や、とある高校生マフィア漫画に出てくるボ○ゴレリ○グを身につけ、腰のベルトにチェーンで括り付けた匣兵器の玩具。首には某シャーマンの王様を目指す漫画の主人公が身につけている首飾りを模したグッズ。もはやわけがわからない程、装飾品の情報量が多すぎた。

 

 それを身につけ自室で遊んでいた時、施設のおばちゃんが部屋に入ってきて、数秒の沈黙。速攻で装飾品を外し、思考をフル回転させて言い訳をした懐かしくもあり........いや、思い出すだけで地面を転げ回りたくなる恥ずかしい記憶だ。

 

 そんな時期がシンにもあったんです。

 

 そしてそんな記憶が今蘇り、早速心が挫けそうになった元患者さん。

 

 しぶしぶバアルの言う通り装飾品を身につけることにしたシンは、元々フェニクス、フォカロル、アガレスが宿っていた装飾品の銀の髪留め、金の耳飾り、銀の首飾りを身につけることにした。バアルが宿っていた金のランプはロバートの家にでも飾ってもらおうと考えた。

 

 そんなシンの姿(ジャラジャラした格好)を見てロクサーヌが立ち上がった。

 

 ロクサーヌはこの邸宅にある衣服をかき集め、金銀の装飾を身につけていてもおかしくない格好の選抜をしだしたのだ。

 

 そして話は冒頭に戻る。

 

 

「ふぅ〜、これならバッチリですね!」

 

「ま、まあ、これならいい、かな......?」

 

 

 結局、さらに一時間はかかったシンの着せ替えコーディネート。

 

 ロクサーヌが厳選の末に選んだのは、真っ白な衣服だった。

 

 真っ白な羽織に、襟が立った白のベスト、そして着物に少し似ている一枚布を全身に覆った様な白い衣装。しかしズボンは袴の様にゆったりしている。所々に金の細工が施されており、両側の肩横にある金の留め具が羽織とその下の衣装と繋がっている。着心地も悪くなく、生地の厚みも厚すぎず、薄すぎない程良さ。全力で動いても関節の動きも阻害されない快適感。

 

 ロクサーヌの根気が成せるコーディネートだった。

 

 

「凄くお似合いです、シンさん!」

 

「そ、そうか?まあ、なんだ....ありがとなロクサーヌ」

 

「どういたしまして。それでシンさん、今後はどうなさるおつもりなんですか?」

 

「そうだな.....もう少しこの場所に(とど)まろうとおもってる。見たところ書庫もあるみたいだし、情報は集めれるだけ集めたい。それにせっかく手に入れた変成魔法をある程度は使いこなせる様になりたいし、この体で出来ることも把握しておきたい」

 

「ですが食料などはどうしますか?先の戦闘でほとんどが駄目になってますが?」

 

 

 ロクサーヌの言う通りで、あと何日かは大迷宮を潜っていられたはずの食料は全て白い要との戦闘で駄目になっている。あれだけ「壊す!壊す!」と言っていた白い要だから、壊せる物は手当たり次第壊している。ロバートが与えてくれた荷物箱やその中身も全て。もちらんシンが背負っていた荷物箱も同様だ。あれが最後の試練でなかったら確実に詰んでいただろう。

 

 そして食料問題だが、それはあっさり解決しそうだ。

 

 

「それならさっき、ロクサーヌが服をかき集めてた時に台所に結構な量の食料が備蓄されてるのを見つけたぞ?」

 

「そうなんですか!?」

 

「ああ。見た感じ食えそうだったから多分食料問題は大丈夫だと思う。あれだけの量を誰が持ってきたのはわからないが、まああるに越したことはない。遠慮なく使わせてもらおう」

 

「そうですね。なら今日は私が腕によりをかけてシンさんにご馳走を作ります!」

 

「できればロクサーヌのシチューがいいなぁ〜」

 

「シチューですか......調味料が揃ってないと難しいですが、シンさんがそこまでおっしゃるなら頑張ってみます!」

 

「おう!楽しみにしてるよ」

 

「では私も着替えたあと、台所に向かいますので」

 

「ああ、わかった」

 

 

 そう言ったあと、ロクサーヌは部屋を出て行った。

 

 へやにのこったシンは一人、思考を巡らせた。

 

 何故、あれほどの食材が腐らずに残っているのか。食材が保管されていた場所は明らかにこの迷宮内の作りとは違う、金属製の物だった。それに付与されている魔法の構築にシンは覚えがあった。ロクサーヌが使っていた荷物箱。壊されたあの箱には食材が保管されていた金属物と同様の魔法が組み込まれていたのだ。

 

 つまり、食材を置いて行ったのはロバート。

 

 シン達がここに来ることを見越していたわけでは無い。ロバートにその猶予は無かった。なら、あの食材はロバートが(あらかじ)め用意していた物で、その理由はここに滞在する事が多かったからか、或いはこの場所をいざという時の()()()()と想定していたか。そのどちらかだろうとシンは結論付けた。

 

 ここを出た後、ロバートに聞きたい事が出来たと自身の胸の内に留めたシン。

 

 その後、シンは邸宅内の探索をした。しかし、めぼしい情報収集源はやはり書庫にしかないと再度認識しロクサーヌに自分は書庫にいるから、と伝えた。

 

 ロクサーヌはすでに台所で調理を開始しており、着替えも済ませていた。彼女の装いは白のワンピース姿で一枚布造りの簡易的な部屋着みたいな物だったが、ロクサーヌのスタイルの良さをより一層強調させていた。その上、どこから見つけたのかピンクのエプロンまで身につけている。久しぶりの料理を楽しそうにしているロクサーヌ、見たところ献立はシンご希望のシチューだろう。ウキウキ気分で彼女が体を揺らす度、それに釣られてお胸が揺れる。そんな彼女を見て思わず生唾を飲み下したシンは一旦心を落ち着かせ、書庫で本を読み漁ることに、台所を後にした。

 

 書庫でしばらく本を読み漁っていたシンは、久しぶりの読書でつい時間を忘れて没頭していた。

 

 料理が出来たことを知らせに来たロクサーヌは、そんなシンの姿を見て思わず呆けてしまう。だが、ロクサーヌが来たことに気づいたシンが彼女に微笑んで見せた時、完全にロクサーヌのハートはシンの微笑みで撃ち抜かれた。「ずるいです、シンさん.......」と口元を隠し、細々と口にしたロクサーヌ。何故ロクサーヌが照れているのかわかっていない様子のシンだったが、それでも彼女に対する愛おしさを感じ、軽く口付けをした後、二人は食事をしに書庫を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、久しぶりにロクサーヌお手製のシチューを口にしたシンは、あまりの美味さに思わず涙をぽろぽろ溢し、鍋いっぱいに作られたシチューを残さず平らげた。

 

 

「久しぶりのまともな食事、それもロクサーヌが作ったシチュー.....これだけでも大迷宮攻略した甲斐があったと思ってしまうなぁ」

 

「ふふ、大袈裟ですよシンさん。でも、美味しそうに食べてくれる姿を見るとやっぱり嬉しいです」

 

「実際ロクサーヌの料理は美味い。俺の胃袋はもうロクサーヌに掴まれてるな..........さてと、腹も満たされた事だし風呂にでも入るか!」

 

「庭園に露天風呂があるんですよね?」

 

「ああ、氷で出来た露天風呂だ。浴槽は広いし、外観や景色も綺麗なところだったよ。久しぶりに体を洗いたかったから願っても無い代物だな.............その、なんだ......一緒に入らないか、ロクサーヌ.....?」

 

「ッ!?.......よ、よろしいのですか.....?」

 

「いいに決まってるだろ。正直、もう我慢の限界だ......いいよな?」

 

 

 なんの我慢?と聞くのは無粋だろう。

 

 ロクサーヌはシンの意図を察し、赤面した顔でコクリと小さく頷いた。そんなロクサーヌを見てシンは彼女の手を引き、そのまま庭園の氷の露天風呂に直行した。

 

 庭園にある純氷で作られた広い円形の浴槽。どういう原理か定かでは無いが、常に適温が保たれたお湯が張られており、そのお湯が湧き出る竜の頭を模した氷の蛇口から綺麗なお湯が注がれている。

 

 そんな浴槽に入れば、眼前に広がる神秘的な氷の竜の彫像や地面に張り巡った水の上にかかる氷の橋、まるで橋が架けられた孤島の様に水面に浮かぶ茶会が開そうな西洋風あずまや。

 

 開放感のある造りが凝った浴槽に、それに見合うだけの庭園の風景。それら一つ一つを取っても一級の芸術品と言って差し支えない程だった。

 

 そんな芸術的空間の中で、シンは開放的に衣服を全て脱ぎ去り湯船に使っていた。

 

 シンの鍛え抜かれた肉体とそこに刻まれた歴戦の古傷が露わにされた中、彼は期待を胸にその時を待っていた。

 

 

「し、失礼します........」   

 

「お、おう.......」

 

 

 一糸纏わぬロクサーヌがシンの隣に入浴した。

 

 ロクサーヌは自分の大事なところを両手で恥ずかしそうに隠し、骨身に染みるお湯加減を感じて「ぁんっ」と艶めかしい声を上げた。隣でそんな声を聞いたシンが元気になった。

 

 この大迷宮攻略でお互いに疲労が溜まっていたのだろう。その発散にこのお湯加減は端的に言って最高だった。

 

 何より、こうして愛しい相手と一緒にまったり浸かる湯船が二人の幸福感をより高めた。

 

 そしてシンは隣にいるロクサーヌの肩を抱き、自分の方に引き寄せた。

 

 

「ロクサーヌ、お前がいたおかげで俺はここまで来れた。色々あったが心の底からお前の存在に感謝してる.........愛してる、ロクサーヌ」

 

「私もシンさんに感謝しています。貴方と出会えた事、貴方と戦えた事、それにこれからも貴方の隣で歩める事を心から嬉しく思います.......私も愛しています」

 

「ロクサーヌ......」

 

「シンさん.........んっ....ぁはぁ、ちゅ....はむ、んっ......」

 

 

 程よく暖かい湯船に浸かりながら、情熱的な口付けを交わす二人。お互いの肌が密着し合い、まるで湯船の熱でお互いの体が溶け合う様な錯覚を覚える。軽く触れる様な口付けから、唇を(ついば)む様な甘噛みの接吻、お互いの唾液を絡め合う様な舌同士のディープなキスなど、愛しい相手にその唇と舌で愛情表現をしていた。

 

 一頻りお互いの唇を堪能した二人。

 

 ロクサーヌはシンの鎖骨辺りに頭を預け、そんなロクサーヌの頭にシンは自身の頬を当て、目の前の景色を眺めていた。

 

 

「凄く綺麗ですね......」

 

「ああ。こんな風景は滅多に拝める物じゃないが、俺の国が出来た暁にはこういう開放的な浴場を作るのもありだな」

 

「いいですね!完成した際にはまたこうして一緒に入りましょう」

 

「もちろんだ......」

 

 

 シンの体に寄り添うロクサーヌと、そんな彼女を抱き寄せながら口にするシン。

 

 その後、じっくり湯船を堪能した二人は風呂から上がり、体から滴る水滴を適度に拭き取り、体にタオルを巻き付けた。そんなロクサーヌの姿を見たシンはもはや我慢の限界だったらしく、ロクサーヌをお姫様抱っこで寝室に強制連行し、彼女から許可を貰って一晩中愛し合った。のちにロクサーヌは頬を赤らめながらこう語る、「あれは竜です。勇者が強大な敵に立ち向かう気持ちが今ならわかります.....」と、そして勇者には強力な仲間が必要なのだと口にしたそうだ。

 

 

 

 ...........

 

 .....................

 

 ..............................

 

 

 

 二人が情熱的な契りを交わしてから数十日が経過した。

 

 その間に二人は様々なことに着手した。

 

 書庫にある本で知識を蓄え情報共有をしたり、戦闘訓練をしたり、愛を確かめ合ったり、獲得した技能や魔法の実験をしたり、愛を確かめ合ったり、新しい技能や魔法の獲得に挑戦してみたり、愛を確かめ合ったりなどをしていた。決して遊んでばかりではなかった事だけは保証しよう。ただ、ちょっとばかし所構わず情事に励んでいた事には反省している二人であった。

 

 そんな事がありつつも、二人はこの数十日間でかなりの成長を遂げていた。

 

 シンは白い要が自分の体を乗っ取っていた際、手当たり次第獲得していた技能を把握する事やそれを使いこなす事にも励みつつ、精霊(ジン)の宿る金属器を使いこなす事に勤しんでいた。だが金属器を扱うにはまだまだ修練が足りないらしく、今一番まともに扱える精霊(ジン)の力はバアルとフェニクスだけである。しかし、その代わりと言うにはあれだが、力魔法の扱いはかなり上達し、神代魔法の一つ変成魔法はシンと相性が良かった。付与魔術師としての力量もかなり成長していた。

 

 一方のロクサーヌはその速さと剣技に、より一層の磨きをかけていた。ロクサーヌが元々持っていた愛剣は破壊されてしまったが、この氷雪洞窟最奥の邸宅には様々な武具が保管されていた。それらを使い自己鍛錬をしたり、時にはシンと試合をしたり、大小様々な剣を扱える様に特訓をしていた。[豪脚]の派生技能を幾つか習得し、彼女のスピードはより洗練させている。その速さはまさに雷速。それこそシンが瞬光を使わなければ反応するのが難しい程に成長をしていた。

 

 そして二人は今邸宅の外にある氷の神殿風建造物、つまりシン達がこの氷雪洞窟の最奥にやってきて最初に見た場所へと戻ってきていた。

 

 

「ようやくですね」

 

「ああ。ようやく俺達の冒険を始められる.....!」

 

 

 最初にこの場所に訪れた時とは装いが違う二人。

 

 シンはロクサーヌが見立てた金細工が施された白い衣装に身を包み、七つの金属器を身につけている。他にも金の耳飾りや銀の首飾りを身に纏い、長い髪を纏める銀の髪留めをつけている。髪留めで纏めきれなかったシンの長く少し癖のある襟足の髪は首元から体の前に垂れ下がっている。

 

 その姿は威風堂々とした佇まいで、まさに一国の王と思わせる姿だ。

 

 一方ロクサーヌもここに来た時とは衣服が違う。

 

 以前着ていた緑色のベストやピッチリしたレギンスパンツはボロボロになり、今は邸宅で見繕った服装を身に纏っている。

 

 襟のついた白色のノースリーブに、濃紺のベリーショートパンツ、黒のサイハイブーツ姿。首元には今のシンの髪色によく似たスカーフを巻いている。そして何より目を引くのが、がっつり丸見えなロクサーヌのヘソと中途半端に締めたノースリーブから稀に見える下乳である。ロクサーヌ曰く、『大事なところは絶対に見えないので大丈夫です!』との事だが、違う、そうじゃない。

 

 ロクサーヌの引き締まった魅力的なウエストに、暴力的な胸部が生み出す健康的な下乳。それもロクサーヌという超絶美人がこんな格好をしていたら、すれ違う男全員が四度見ぐらいはするだろう。

 

 似合ってはいるが心配になったシン。

 

 だがシンから似合っていると言われ、余程嬉しかったのかロクサーヌはとびっきりの笑顔を浮かべた。そんなロクサーヌの表情を見ては、もはや何も言えなかったシン。ちなみに、つい褒められた事で調子に乗ったロクサーヌがその格好でシンを誘惑した結果、見事に返り討ちに遭い、シンに美味しくいただかれたそうだ。

 

 とまぁ、そんなこんなで二人は新たな装いと決意を胸に神殿の床に刻まれた魔法陣に立った。

 

 すると攻略の証として手に入れた水滴型のペンダントが反応し、魔法陣が発光し出した。

 

 そして、眼前にある神殿の下の地面に張り巡らされた水が凍り出しそれが巨大な卵形の氷解に形成された。

 

 それがビキビキッ!と音を立て氷の卵が割れた後、中から出てきたのは氷で出来た竜だった。その竜は長い首を二人の前に差し出し、背中に乗るよう指示する態度を示した。

 

 

「ははは!これはまた、粋な事を考えたものだ!」

 

「私、竜の背に乗るなんて初めてです.....!」

 

「俺もだよ。開幕の合図に最高の演出だよ、まったく」

 

 

 これからの冒険により一層期待で胸が膨らむ二人。しかし、この先待ち受けている他の大迷宮でなんとも言えない気持ちに塗り変わって行く二人なのだが、それはまだ先の話。

 

 二人を背に乗せた氷竜はその翼をバサッ!と大きく広げはためかせると、上へと飛翔した。

 

 そして天井とぶつかる寸前、天井の氷が溶け出し、円形の通り道が出来上がり、その通り道を止まる事なく氷竜が抜けていく。

 

 円形の通り道を抜け外に出たが、氷竜はさらに上昇し、分厚い雪原の雲も飛び越えた。

 

 その先で二人が見たのは、分厚い雲の世界を照らす朝焼けの眩しい光景だった。思わず二人は歓喜の声を漏らす。のぼり始めている太陽の暖かさが二人の体を優しく温め、照らし出す。

 

 そんな景色を見せてくれた氷竜は雲海の上を飛翔し、太陽の方角から見て北西に向かって飛んでいた。

 

 

「シンさん、このままだと師匠の家から遠ざかってしまいます!」

 

「ああ、少し名残惜しいがこの氷竜とはここでお別れだな。行くぞ、ロクサーヌ!」

 

「はい!」

 

 

 二人は手を繋ぎ、氷竜の背から飛び降りた。

 

 しかし、そのまま落下する事はなかった。シンの力魔法によって二人は雲海の上でシンの虹霓の魔力光に包まれ、その場で停滞していた。

 

 

「ありがとなぁ〜!氷の竜!」

 

「いい景色を見せてくれてありがとうございま〜す!」

 

 

 二人はここまで連れて来てくれた氷竜に手を振り、感謝の言葉を伝えた。

 

 それに応えるかの様に氷竜は咆哮を上げると、バサッ!と翼をはためかせ、雲海の下へと潜っていった。その際、二人に対して最後の祝福を送るかの様に、氷竜が通った道に残った細氷が朝焼けで照らされ、キラキラと輝き、綺麗な道となっていた。

 

 本当に粋な事をするなぁ、と思ったシン。

 

 大迷宮内での試練の内容は少し嫌らしかったが、それでも芸術的な面では最高の物を見せてもらった。

 

 ヴァンドゥル・シュネー。氷雪洞窟最奥の邸宅で知った解放者の一人で、あの大迷宮の創設者。

 

 

「あんたに敬意を表するよ、ヴァンドゥル・シュネー......」

 

「行きましょうシンさん。師匠に攻略の報告をしませんと」

 

「そうだな......行くぞロクサーヌ!手を離すなよ?」

 

「はい、絶対に離しません!シンさんこそ、勢い余って手を振り解かないでくださいね?」

 

「何言ってんだロクサーヌ。俺がお前の手を離すわけないだろ?........さあ、行くぞロクサーヌ!ロバートさんに聞きたいことや、報告しないといけない事がたくさんあるんだからな!」

 

「はい!」

 

 

 そうして二人はロバートが待つシュネー雪原の山脈地帯にある隠れ家へと飛んで行った。

 

 彼らが通った雲海上の空には、虹霓の光が尾を引いて残っており、まるで二人がこの先辿るであろう道の軌跡の様に見えた。

 

 

 






補足


『要進が所持する金属器』

【刀剣】
・メルドから貰った刀剣に〝バアル〟が宿っている。

【短剣】
・リリアーナからの贈り物である短剣に〝フェニクス〟が宿っている。

【銀のタリスマン】
・ロバートから貰ったタリスマンに〝アガレス〟が宿っている。

【銀の腕輪】
・園部優花に贈り物をした際、一緒に購入した首飾りを加工し直した物。シンの右手首にある銀の腕輪に〝フォカロル〟が宿っている。

【赤い宝石の指輪】
・新たに身につけた指輪。シンの右手中指に嵌められており〝ゼパル〟が宿っている。(シンドバッドの金属器と大体同じ)

【金の腕輪】
・新たに身につけた腕輪。腕輪と言うより、腕の防具の様に大きく装飾が凝らされた手甲の様な銀の腕輪。左手首に身につけており〝クローセル〟が宿っている。(シンドバッドの金属器と大体同じ)

【金の首飾り】
・三つの赤い宝石が付いた金の首飾り。楕円形の黄金が連なった様な首飾りで〝キマリス〟が宿っている。(シンドバッドが身につけている金の首飾りと大体同じ感じ)



『シンが新しく身につけた予備の装飾品&衣装』

「金の耳飾り」
・金の細い円柱状の棒を円形に丸めた一対の耳飾り。(シンドバッドが身につけている物と大体同じ物)

「銀の首飾り」
・金の首飾りより断然サイズが大きい銀の首飾り。大きめの青い宝石が埋め込まれ、三日月型の金板やボールチェーンなどが付けられている代物。(シンドバッドが身につけている物と大体同じ)

「銀の髪留め」
・筒型の銀の髪留めで、緑色の小さな宝石が埋め込まれ、幾何学的模様が刻まれた物。これでシンは長い髪を束ねている。(オリジナル)

「シンの新しい服装」
・全身白で統一された服装。所々に金の装飾が施されている。
(原作マギの単行本第29巻の表紙に描かれているシンドバッドの服装と大体同じ。ズボンは白の袴っぽい物に変えてます)



『ロクサーヌの新しい服装』

「ロクサーヌの新衣装」
・黒のカチューシャはそのまま。襟が付いた白のノースリーブに、青寄りの濃い青紫色のスカーフ、濃紺のベリーショートパンツ、黒のサイハイブーツを着ている。(ゴッドイーター2のアリサの服装に近いものをイメージしています。流石にスカートは違うかなと思ったのでショートパンツに変更しました)





次回から第二章開幕です。
新キャラ続々登場。シンの隣にはやっぱり赤い髪が必要だなと思います。


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第二章
カタルゴ大陸



新章開幕により続々と新キャラ登場予定。


(※ヒロインとのイチャラブR18シーン第一話投稿しました。気になる方は本作説明欄のURLからどうぞ)




 

 世界各地で大規模な異変が起こり、早くも一カ月近くが経とうとしていた頃、ロバートはいつもの様に自身の工房で新たに魔道具を開発していた。

 

 そして完成させた一本の剣。

 

 それは片刃の湾刀でサーベルにもよく似ているが抜刀のし易さと斬撃性に特化した造りをしていた。さらに二匹の銀の蛇が絡み合った様な形の鍔が付けられている。この場所にシンが居ればそれを見た瞬間真っ先にこう思うだろう。

 

 日本刀だ、と。

 

 ロバートは()()()と魔道具や武器の製作を続けてきた魔道具製作の名工。その果てに、彼はこのトータスで初となる太刀の開発に成功していた。そしてその太刀にはロバートが長い生の中で冒険し、手に入れた()()()()が付与されている。

 

 ロバートが作り上げたアーティファクトの中で、その太刀は()()()の出来であった。

 

 そんな三番目の傑作を眺めながら、ロバートは一人呟いた。

 

 

「これではまだ届かない、か.......フッ」

 

 

 自嘲気味に鼻で笑ったロバートは、その太刀を投げ捨てた。すると、投げ捨てられた太刀は地面に落ちる寸前で空中で停止した。いや、正確には何者かによってキャッチされていたのだ。

 

 

「それも閉まっておいてくれ、バウキス」

 

 

 ロバートはなんでもない事の様にその者の名を呼んだ。だが、それは人ではなく、体長一メートル程の真っ白な鱗と空色の瞳をした蛇の魔物だった。

 

 ロバートがまだ若かりし頃に出会った番の一匹であり、ずっと一緒に暮らしてきた相棒的存在。

 

 バウキスの事を知っている者は、今やロバートのその子供のみ。ロバートの弟子であるロクサーヌにすら未だ教えていない。バウキスは人見知りというか、極度に他人と関わろうとしないのだ。だからロバートは安易に彼女(バウキス)の存在を他人には漏らさなかった。最もロバートがバウキスの存在を口にしなかった理由はもう一つあるのだが。

 

 そんなバウキスはロバートが投げ捨てた太刀を受け取り、それを丸呑みにした。その体ではどうあっても飲み込めるわけがない太刀をだ。それも体の形を全く変える事なく。

 

 ただ特殊な個体というにはあまりにも説明不足な現象を前にロバートはそれすらなんでもない様に視界の端で捉えていた。

 

 

「ゴホッ、ゲホッ、ガハッ........はぁ、あまり()()()()()な......」

 

 

 ロバートが唐突に咳込み、そんな事を口にした。

 

 そんなロバートを心配そうに見つめる白蛇のバウキス。

 

 

「心配するな、いつもの事だ........」

 

 

 そう言ってロバートは自身に()()()()()を施した。そして不意に視界に入った自身の赤い髪の中に数本白い毛を見つけ、それを雑に抜き捨てた。

 

 その時、彼は工房の外に現れた二つの気配を感じとり、工房の入り口である重い扉を開いた。

 

 

「随分と遅い帰りだったな、二人とも.....」

 

「お久しぶりです、ロバートさん....いえ、ロンさん」

 

「只今戻りました師匠!」

 

 

 そこに居たのは、一ヶ月以上前に送り出した弟子と人族の少年だった。いや、目の前の男を子供扱いするのは失礼かもしれない。何せ以前ここに流れ着いた時とは違い、纏っているオーラや魔力が明らかに変わっていた。憑き物が取れたかの様に、そして以前よりどことなく()()()に似ている。

 

 

「.......もうお前を小僧呼ばわりは出来ないな」

 

「なら俺のことは“シン”と普通に呼んでください、お義父さん」

 

「ああ、わかった。ならそう呼...............待て、今なんと言った?」

 

「お義父さんと呼びました」

 

 

 その一言と二人の様子で全てを察したらしいロバート。

 

 

「........はぁ〜、お前達は大迷宮で一体何をしていたんだ.....?」

 

「まぁまぁ師匠。そういう事も含めて色々話したいですから、まずは家の中に入りましょう!」

 

「........はぁ〜。ああ、そうだな.........シン、詳しく聞かせろ」

 

「ええ、もちろんです」

 

 

 ロバートは工房を出て、シンとロクサーヌと共に隠れ家の中に入って行った。

 

 そしてロバートは帰ってきた二人が硬く手を繋いでいる姿を見て、溜息が出る思いでありつつも成長した弟子の嬉しそうな顔を見て少しホッとしたのであった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 隠れ家に入り、軽い食事をしながら会話を始めた三人。

 

 久しぶりにロクサーヌの手料理を口にしたロバートは相変わらず彼女の手料理に対しての感想が少なかった。そんなロバートを見て苦笑を浮かべたシンとロクサーヌは、戻ってきたのだと改めて実感した。

 

 そしてシンとロクサーヌは大迷宮での出来事を掻い摘んで説明した。

 

 それをロクサーヌが淹れてくれたお茶を飲みながら無言で聴き続けていたロバートがようやく口を開いた。

 

 

「大体の経緯は理解した。お前達がどれほどの山場を超えてきたのか、そしてその末にお前達が今の関係をどんな風に築いたのかもな.....」

 

「ロクサーヌは俺にとって大切な女性で、手放したくない俺の恋人です。お義父さん、娘さんを俺にください!」

 

「シンさん........!」

 

「お前それを言いたいだけだろ?お前の目からは、『もう貰ったから口出しするなよ?』という意思しか感じられん」

 

「えへへ.......やっぱわかりますか?」

 

「ああ。まぁ、俺はそれに反対する気はない。それに、これはロクサーヌが選んだ道だ。俺がとやかく言う話ではないだろう...............だが、ロクサーヌを泣かせる様な真似だけはするな、いいな?」

 

「それは勿論。俺自身と俺の夢に賭けて誓います」

 

「夢、か...........」

 

 

 不意にロバートが少しだけ遠い目をし、まるでシンの言葉に浸っている様だった。

 

 

「師匠......?」

 

「.......なんでもない。それで、お前がその夢とやらを成し遂げる為の力が.....それか?」

 

 

 先程の様子とは打って変わって、ロバートは険しい視線をシンが身につけている装飾品に移した。それを見てシンは腰に携えていた刀剣を抜き、ロバートの前でその刀身に刻まれた八芒星の魔法陣に魔力を送り発光させて見せた。

 

 

「ええ、これが精霊(ジン)の金属器。異界の精霊が宿った道具です。この世界での分類上ではアーティファクトに該当するらしく、アーティファクトと同様にそれぞれの魔法が使えます。これをあと六つ、俺は所持しています」

 

「そうか..........シン、その力はこの世界では異端の物だ。扱い方は十分に注意しておけ」

 

「はい、それはもちろん重々理解しています」

 

「........盗まれたりするなよ?」

 

「はは、そんなヘマしませんって!」

 

 

 そんな馬鹿な事するわけない、と笑って返すシン。だがその後に、盛大にフラグを回収することになるとは誰も思わなかった。

 

 

「そもそもこの金属器は他人には扱えない代物です。盗んだところで使い物にはならないですから、他人に悪用されるなんてことはありません」

 

「..........ふむ、やはりそうか........」

 

 

 するとロバートが自身の顎を撫でながら何かを考え始めた。そんなロバートを見てシンとロクサーヌは訝しそうにお互いの顔を見合わせていると彼の口が開いた。

 

 

「.........シン。俺は、それと同じ物を知っている」

 

「「ッ!?」」

 

「正確には()()()()()()()と言うべきだろうな。お前が先程言った〝他者には扱えない〟という点、それと〝異界の精霊が宿る〟という点で俺が知ったものと同じ物、或いは同系統のアーティファクトであるのは間違いないはずだ」

 

「シンさんと、同じ金属器使い.....?そんな人が他にもいたんですか.....!?」

 

「お義父さん、それをどこで知ったんですか?いや、一体誰に()()()()()()()んですか?」

 

「お義父さんはやめろ、気が抜ける.....」

 

 

 シンはそれが一体誰なのか気になった。もしかしたら、打倒神を志す同志にして自分と同様に精霊(ジン)に選ばれた存在、王の器と認められた特異点持ちかもしれないからだ。

 

 その問いにロバートは数秒()を置き、決心した様な顔つきになって語り始めた。

 

 

「.......お前達が大迷宮攻略に向かった後だ。俺はとある女と出会った」

 

「女性の方、ですか......?」

 

「そうだ。黒いローブの様な布を頭から被り、銀の鎧を身につけた白髪の仮面の女だ。名前は〝ヴィーネ〟」

 

「ヴィーネ、ですか。その女性が俺と同じ金属器を?」

 

「ああ。その女はお前が見せた物と同じ様に、黒い筒の様な鉄の塊に魔法陣を刻んでいた。そしてそれが精霊が宿る金属器だと俺に見せた」

 

「その女性は今どこに?」

 

「ここには居ない。あの女は俺に作って欲しい物があると言ってきて、それが完成してすぐにそれを持って北へ向かった。一ヶ月くらい前のことだ」

 

「師匠が会って間もない怪しい女性にそこまでしたんですか!?」

 

「少なくとも信頼は出来ると判断した。お前達の事も知っている様子で怪しいとは変わりとは思ったが、あの女の言葉に嘘は無かった。だから頼みを聞いてやったまでだ。そしてあの女はこうも言っていた。()()()()()()だと」

 

「解放者.......」

 

「お前達も知っているだろう。この大陸において解放者とは、七大迷宮の創設者にして遠い昔に神に抗った存在だと」

 

「はい。氷雪洞窟の奥にそんな事が書かれた書物がありました。ですがその人達は......」

 

「ああ、すでに死んでいる。何千年も昔の人物なのだ、当然の話だ。だが奴は“現代の”と言った。大方どこかの大迷宮を攻略し、世界の真相知ってそれを名乗っているのだろう」

 

「.........ロンさんも、この世界が神の玩具にされている事を知ってたんですね」

 

「ああ、知っている.......知っているとも..........」

 

 

 ロバートは珍しく怒りの籠った声でそう呟いた。その顔はロクサーヌですら今まで見た事ない程に憎悪を煮え滾らせた表情を浮かべており、それと同時に何かを嘆く様な悲しい瞳をしていた。

 

 そしてそんな激しい感情を落ち着かせる為にロバートは一度息を吐き捨て、冷静さを取り戻し話し合いを再開させた。

 

 

「とにかく、あの女は神を打倒する為にと俺に協力を求めた。俺の[心眼]の力はどんな存在だろうと、その者の言葉の真意を見抜く事ができる。その結果、あの女の言葉に偽りがないのは証明できた。それに過去だろうと現代だろうと、あの女が何者かなど俺には関係ない。あの憎き邪神を葬り去る為に協力すると言うのなら是非もない話だ」

 

 

 ロバートの決意は本物だった。

 

 そこにどんな思いが詰まっているのは定かではないが、信頼している彼がそこまで言うのだ。そんな彼の言葉を信じるのは当然だと、シンとロクサーヌは強い意志を持って応えた。

 

 

「ロンさんがそこまで言うのなら俺もその人を信じます。それに同じ様に神を倒すことを掲げている身としては少しでも戦力は欲しいですから」

 

「はい。シンさんの夢の為には多くの人達の力が必要ですからね」

 

「...........そういえば、その夢について聞いていなかったな。お前が掲げた夢とは一体なんだ?神を殺す事か?」

 

「神を殺すのは、俺の夢の過程でしかありません」

 

「ほお、神殺しはあくまで夢の為の前座でしかないと?お前はその先で何を求める?」

 

「国です。()()()()()()()を作ります」

 

「ッ!?」

 

 

 シンの言葉にロバートは目を見開き驚いていた。

 

 シンの口からまさかその言葉が出てくるとは思ってもいなかったロバートは、真っ直ぐにシンの瞳を見つめた。

 

 瞳の色が以前と変わっているが、ここに来た時と同じ様に真っ直ぐで力強い瞳。あの時感じた自傷的な淀みはもうどこにもない。あるのはただ、自分の言葉を信じて疑わない信念と覚悟だった。

 

 

「ククク.......」

 

 

 ロバートは笑っていた。顔を俯かせ、掌で顔の上半分を覆い隠し、とても嬉しそうにクツクツと笑っていた。そして彼の手で覆い隠された両目に、何か熱いものが込み上げてくるのをロバートは感じていた。

 

 

(嗚呼、貴様の言う通りだったぞヴィーネ。この男なら託せる。俺と(アイツ)の果たせなかった夢を........!」

 

 

 唐突に笑い出したロバートを見て『師匠が壊れた!?』とオドオドしているロクサーヌ。だが、シンは真剣な表情でロバートを見つめていた。彼の掌で隠された瞳の端で煌めく水粒を見たからだ。それが決して笑いすぎたせいで生じた物ではないと理解して。

 

 ほどなくしてロバートは何事も無かったかの様に顔を上げて見せた。その目に水粒はもうない。

 

 

「.........お前達に見せなければならない物がある」

 

「見せなければ、ならないモノ.........?」

 

 

 ロバートがそう告げると席を立ち、どこかへ行ってしまった。

 

 おそらく、ロバートの言う見せなければならない何かを持ってくるつもりなのだろうと思い、彼の行動をただ見ていたシンとロクサーヌ。

 

 するとロバートはそんなに時間を掛けずに戻って来た。

 

 だが、彼の手には何も無かった。その代わりにロバートの腕には真っ白い何かが巻き付いていた。それが何なのか二人はすぐにわかった。

 

 蛇だ。それも体長一メートル程の真っ白い蛇で、その瞳は晴天の空の様に透き通った色をしている。滑らかな体表にある全身の鱗はまるで雪の様に真っ白だった。

 

 その白蛇は体をロバートの腕に巻き付けながらモゾモゾと動き、舌をチョロチョロと出しながらシンの方をじっと見ていた。

 

 

「それが、師匠が私達に見せなければならないモノ.....ですか?」

 

「いや、違う。彼女をここに連れて来たのは、その準備のためだ。バウキス、いつもの奴を出してくれ」

 

 

 バウキス、それが白蛇の名前らしい。

 

 ロバートにそう頼まれた白蛇(バウキス)は口をガパッと開き、ロバートの掌の上に何かを吐き出した。

 

 吐き出された物は指輪だった。二匹の蛇が絡み合った様な姿を模した宝石付きの指輪だ。蛇の口から出て来たわりに、粘液らしい物は一切付着していない。それを慣れた手つきで指に嵌めたロバート。

 

 

「この指輪は俺が作ったアーティファクトだ。これには空間魔法という俺が大迷宮を攻略し手に入れた神代魔法が付与されている」

 

「空間......そんな神代魔法が......!」

 

「ちなみにそれで異世界に渡るという事は?」

 

「残念だがそこまでの力は無い。お前が元居た世界に行くのは無理だ」

 

「やはりそうですか..........ん?」

 

 

 空間魔法と言えどそこまでの力は無いらしい。シンは念の為にとロバートに尋ねるが、返ってきたのは予想通りな言葉で、そんなに甘くは無いかと肩をすくめた。

 

 するとその時、シンは自分の足元で何かがモゾモゾと動く気配を感じた。

 

 

「あれ?こいつさっきまでロンさんの腕に巻き付いてた....」

 

 

 そう、白蛇(バウキス)がシンの足に絡み付いていた。さらにバウキスはニョロニョロとシンの体を這いながら服の中に潜り込み、とうとうシンの首元にまで登って来ていた。

 

 

「し、シンさん!?」

 

「ほお。お前のことが気に入ったみたいだぞ、シン」

 

「マジですか.....」

 

 

 シンとバウキスの目が合う。だがバウキスはすぐにそっぽを向き、シンの服の中に潜り込んでしまった。本当に気に入ったのかな?

 

 

「師匠、その白蛇って雌なんですよね?」

 

「ああ。もう五百年は生きている雌の雪蛇で、(つがい)の雄が居たんだが今はもういない。かなり珍しい個体の魔物だ」

 

「魔物で未亡人、ですか.........」

 

 

 シンを見つめるロクサーヌの視線が何やらジトッとしていた。その視線がシンの懐に、具体的に言うと服の中にいるバウキスに刺さっている。

 

 

「ろ、ロクサーヌ......?」

 

「やっぱりシンさんって、天然の女誑しなんじゃないですか?いえ、この場合ですと......雌誑し?」

 

「言い方がひどい。流石にそれは偏見だと思うぞ?大体何を根拠に......」

 

「女の勘、いえ匂いですね。雌の本気臭を感じます!」

 

「言い方ァ!!」

 

「おいお前達。イチャついてないで早くこっちに来い」

 

「あ、はい!」

 

「うぅ、俺何かしたかなぁ〜.......?」

 

 

 ロバートが二人に近くに来る様に催促をする。ロクサーヌは小走り気味にロバートの隣に歩み寄り、シンは泣きそうな面でロバートに言われるがまま、とぼとぼと歩み寄って行く。

 

 そんなシンを見兼ねてバウキスが尻尾でシンの頭を撫でていた。その優しさが心に沁みたシンはお礼にバウカスを撫でてやろうとするも、あっさりと躱され、バウキスはまたシンの懐の中に引っ込んでしまった。やっぱり悲しい。

 

 

「何をするのですか、師匠?」

 

「この指輪を使ってある場所に転移する」

 

「その場所というのは?」

 

「遥か太古からこの世界で人知れず君臨する最強の魔物、()()()達が住まう未開の地〝カタルゴ〟だ」

 

「!?赤獅子......!」

 

 

 その名は大迷宮攻略でシン達を何度も救ってくれたロバート謹製の防具、その素材として使われていた魔物の名であった。

 

 シンがロバートに聞こうと思っていた事で、まさかこんなタイミングでその真相を知れるとは思ってもいなかった。

 

 

「そして彼らはこうも呼ばれている。“戦闘民族ファナリス”と」

 

 

 するとロバートが指に嵌めた蛇の指輪が発光し、三人が立っている床に魔法陣が現れた。

 

 次第に魔法陣の輝きが強くなり次の瞬間には三人の姿が消え、ロバートの隠れ家には誰も居なくなった。

 

 

................

 

..........................

 

.......................................

 

 

 

 異世界転移から始まり、すでに何度も経験した事のある空間転移。

 

 転移の光に包まれ体が浮き上がる様な感覚が消えた後、シンは転移先の地に降り立った。

 

 もはや転移自体に驚く事がなくなっていたシンだったが、流石に目の前の光景には驚きを隠せず、思わず空いた口が塞がらなかった。

 

 

「は、はは.......ここが、“カタルゴ”......!」

 

 

 思わず目の前の光景に笑みを溢すシン。

 

 太陽から感じる強い日差しは王国でも感じた事がないほどで、その日の光がどこまでも続く赤銅色の大地と岩肌を明るく照らしていた。

 

 点在する木々や草花は見た事も聞いた事もない物ばかりで奇妙な形をしている。シダの葉に形が似ている赤く大きな花や、地面から伸びる蔦だけの植物は渦巻き状の形でまるで蚊取り線香の様に煙を出している。その他にも卵みたいな形の植物や、変な色をした大きなキノコなど気になる物ばかり。

 

 木々もシンが見た事ない物ばかり。それはロクサーヌも同じらしく、目の前の光景全てにキラキラと瞳を輝かせていた。

 

 すると、何かが大地を強く踏み歩く様な地響きがシンとロクサーヌ、そしてロバートの耳に届いた。

 

 それは徐々に三人のところに近づいて来ており、ロクサーヌが少し警戒していた。しかし、その正体が何なのかわかると、シンと警戒していたロクサーヌは唖然とソレを見上げ、またまた空いた口が塞がらなくなった。

 

 

『おお!転移陣が起動する光が見えたと思えば、やっぱり来ていたかロン!今回は随分と早かったな。ん?そこの二人は?』

 

「ああ、こいつらは俺の弟子とその恋人だ。お前達に紹介しておこうと思ってな」

 

『お前がここに連れて来たという事は、同志という事だな?』

 

「ああ。実力も俺が保証しよう」

 

『そうかそうか!!お前が認めるほどの同志か!ならば盛大にもてなしてやらねばな!』

 

 

 上機嫌っぽい巨大な“ソレ”はガハハハッ!と笑い、ソレが自身がやって来た方角に向かって手招きをしていた。

 

 すると同じ様な見た目と巨体をした者達が続々とシン達の前に姿を現した。中には子供もいるがやはり巨体である事は変わらず、シンの身長の三、四倍は大きかった。そんな巨体の子供達は珍しい物を見る様な瞳で、キラキラと瞳を輝かせシン達を見ていた。

 

 

「あ、あの師匠.......これは一体...........」

 

「さっきも言っただろ。俺達が今いるのは未開の地“カタルゴ”、そして目の前にいる奴らが高い知能と戦闘力を誇る最強の魔物“赤獅子”だ。又の名をファナリス」

 

「これが.......!」

 

「こいつらがファナリス.......!はは、すっげぇ.....!」

 

 

 鋼の様な硬い鱗に覆われ、猫の様な耳を生やし、筋骨隆々な巨獣。尻尾の形は獣というより竜の様に太く長い。剥き出しの鋭い牙に、口角から耳の方へと伸びる槍のような突起物、目の縁をなぞる様な黒い模様。

 

 そして何より特徴的なのは赤獅子達全員が同じ様に深紅の長い立髪を生やしている事だ。頭から尻尾の先まで生えている深紅の長い髪。この深紅の髪こそ、赤獅子と呼ばれる由縁なのだろう。

 

 そんな赤獅子達の中で一匹だけ、長い赤髪を前に垂らし顔を隠している奴がいた。

 

 その赤獅子は自分よりも背の小さいシン達を見つめていた。

 

 彼の名は“レオニス”。

 

 一族の中で特に“臆病者”と罵られて来た、気弱な赤獅子。

 

 そんな彼がシンと出会った事で、今後の自分の運命を変える事になるとは彼自身わからなかった。

 





補足


『登場した技能』

「心眼」
・ロバートが持つ技能で、相手の言動の真偽を見破る力がある。



『登場した魔道具orアーティファクト』

「ロバート謹製の太刀」
・今までロバートが手掛けて来た武器系アーティファクトの中で、トップ3に入る武器。刀身は片刃で細く、鍔には二匹の銀の蛇を模した形をしており、柄と鞘は黒色で統一されている。神代魔法が付与されている。


「ロバート謹製の空間魔法を行使できる指輪」
・二匹の蛇が絡み合った様な形をした銀の指輪で、小さな宝石も埋め込まれている。この指輪を使う事でいつでもカタルゴの転移陣に転移する事ができる。



『新キャラ』


「雪蛇の〝バウキス〟」
・かつてロバートが大迷宮攻略をした際に出会った白い蛇の番の一匹。雪蛇という雪原に生息すると魔物で、空色の眼は特殊個体である事を表す。ロバートの変成魔法によって強化されているが、付与された空間魔法によってバウキスの胃袋は異空間と化している。人見知りで臆病な性格のためロバート以外にはあまり顔を見せようとしないが、シンの事は気に入ったらしい。


「赤獅子“ファナリス”」
・カタルゴという未開の大陸にいる魔物。赤獅子が種族としての正式名称で、ファナリスはファミリーネームみたいな物。最もそれを名乗る事が許されるのは、大人達に認められた戦士だけの特権。
鋼の様な硬い鱗に覆われ、猫の様な耳を生やし、筋骨隆々な巨獣。尻尾の形は獣というより竜の様に太く長い。剥き出しの鋭い牙に、口角から耳の方へと伸びる槍のような突起物、目の縁をなぞる様な黒い模様。そして何より特徴的なのは赤獅子達全員が同じ様に深紅の長い立髪を生やしている事だ。頭から尻尾の先まで生えている深紅の長い髪。この深紅の髪こそ、赤獅子と呼ばれる由縁の物。
大人の個体であるなら全長20m強はある。数は少ないが、長命。
大昔に竜と戦い勝った事があるとかないとか.......


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王と赤獅子


 未開の大陸“カタルゴ”で出会った赤獅子達。
 
 彼らとの出会いはこれからのシンの冒険にとって必然だったのかもしれないーーーーーー。




 

 未開の大陸カタルゴにやって来たロバート、シン、ロクサーヌの三名。

 

 そこに遥か太古から住まう知性を持った魔物“赤獅子”。ロバート曰く、赤獅子は今まで出会って来たどの魔物よりも強大な戦闘力を有しているらしい。魔力量は少ないが、魔法耐性が高いうえに強靭な肉体と硬い鱗、圧倒的な身体能力で狩りを行う。

 

 道中その狩りの様子を見せてもらったのだが、カタルゴに着いてすぐは確認できなかった他の魔物達は赤獅子と同様の巨体を有していた。

 

 王都にいた頃に冒険者をやっていたシンでも驚く程の巨体と規格外な能力を持つ魔物ばかり。そんな原生する魔物達をいとも容易く蹂躙する赤獅子。ハッキリ言って、赤獅子はオルクス大迷宮で遭遇したベヒモスが霞む程の強さだった。今のロクサーヌでも正直勝てるかどうか怪しいぐらいだ。

 

 そんな赤獅子達と出会ったシン達一行は現在、赤獅子達と共に彼らが生活している里へと向かっていた。

 

 

『ほんとに浮いてるーー!』

 

『シンすごいすごぉーい!』

 

『なぁなぁ。人間なのに何でシンってそんなに力があるんだぁ〜?』

 

『シンはファナリスなのか〜?戦士なのか〜?』

 

「俺はファナリスでも、戦士でもないぞ〜?それよりさっきから頭を噛んでるのは誰だ〜?」

 

『私ぃ〜!ガジガジ....』

 

「やめろクポン。お前もチックみたいに放り投げるぞ〜?」

 

『投げて投げて〜!!』

 

「何でそこで喜ぶんだよ。あーらよっとォッ!」

 

『キャ〜〜〜!!』

 

『俺も俺も!』

 

『ペールも投げて〜!』

 

 

 シンは早速、赤獅子の子供達と仲良くなっていた。

 

 シン達がここに来たのを珍しそうに見ていた赤獅子の子供達(体長五メートル強)はシンとロクサーヌに興味津々だった。だがその巨体で人間相手に(じゃ)れ付かれるとひとたまりもない。

 

 そこでシンは身体強化と[力魔法]で赤獅子の子供達の牙や爪を防御し、手始めに子供達でお手玉をして見せたのだ。やられている赤獅子の子供達はワーキャーと楽しそうな声をあげ、そんな事を続けているうちに放り投げる事を前提とした遊びが確立してしまった。赤獅子は子供でも丈夫ならしい。

 

 今シンの周りにいる子供達は五匹。シンの頭をガジガジと噛んでいたのは“クポン”。クポンの前に放り投げたのが“チック”。最後におねだりして来たのが“ペール”で、絶賛力魔法で宙に浮かせている二匹は“ミュロン”と“ムー”である。

 

 あしらっているとは言え、体長五メートル以上の魔物の子供を相手に奮闘するシンは平然としていた。その上、久しぶりに子供と遊んでいる事を実感しているのか意外と楽しそうにも見える。しかし、側から見ていたロクサーヌとロバートは段々シンの姿が赤獅子の子供達で埋め尽くされていくのを見て戦慄していた。

 

 ちなみにシンがクポン達から聞いた話によれば、赤獅子が種族としての名称で、ファナリスは戦士として認められた者に与えられる名前らしい。

 

 

「あ、あの、師匠.......シンさんが.......!」

 

「放っておけ。お前があの輪の中に入ったらひとたまりもない。あいつなら大丈夫なはずだ」

 

「で、ですが........」

 

 

 何とも微妙な表情を浮かべシンを心配しているロクサーヌ。そんなロクサーヌに対してロバートは彼女の事を考えた上で言葉を口にした。

 

 実際、ロクサーヌがあの輪の中に入ればひとたまりもないだろう。未だに子供達をポンッポンッ、ホイホイ、と放り投げているシンが異常なのだ。それも無傷で。

 

 子供達がはしゃいでいる姿を見て、彼らの親御さん達は大満足な様子。

 

 そんなこんなで、到着した彼らの里。

 

 里と言ってもそこに彼らの家が建っているわけではなく、綺麗な水場に囲まれた大きな岩山を切り崩した崖に巣穴を掘っており、そこが彼らの寝床らしい。

 

 そして彼らの中で最も強い雄がその岩山の天辺に巣穴を作り、雌を何匹か囲っているそうだ。つまり彼ら赤獅子達をまとめる群れのボスだ。

  

 そんな群れのボスに会う為、シン達は幅の広い川を渡り、岩肌を登っていきボスのいる頂上に到着した。

 

 

「かなり登りましたね」

 

「ああ。それにしても、ここからの眺めは絶景だな」

 

「ですね......」

 

 

 シンの言う通り、岩山の頂上から眺める景色は圧感だった。燃える様な赤銅色の岩山と大地が続く地平線、所々に点在する水場やそれを囲う様に生い茂る奇天烈な植物、空はとても高く、吹き抜ける風は今までで体感したどんな風よりも清々しかった。

 

 そんな光景を目にしていた二人は自然と肩を寄せ合い、目の前の光景と風を体に覚え込ませる様に浸っていた。

 

 そして三人は群れのボスの所にやって来た。

 

 

『今回は早かったな、ロン。まだひと月も経っていないだろうに』

 

「どうしてもお前に会わせておきたい奴がいたんだ、レグルス」

 

 

 “レグルス”、それが赤獅子達をまとめる群れのボスの名前らしい。群れのボスと言うだけあって、その身に纏うオーラはまさに歴戦の王と呼ぶに相応しい貫禄があった。他の赤獅子達より一回り大きい体とそこに刻まれた無数の傷跡。威風堂々とした振る舞いはどことなくロバートに似ている様にも思えた。彼はその巨体を地面に伏せ、(くつろ)いだ状態のまま片目だけを開いてロバートに話しかけている。

 

 だがレグルスはロバートの言葉を聞き、その視線をシンに移した。

 

 

『そうか、そこにいる人間の雄が“例の異世界からやって来た男”か。我々の悲願を成就させる為の鍵となる存在........。膨大な魔力を感じる.....そこのお前、名はなんと言う?』

 

「シン、要進だ」

 

『シン.......そうか、お前が“特異点」なのだな』

 

「ッ!?あんた、特異点を知ってるのか!?」

 

『知っているとも。我ら赤獅子の中でも群れの長が“ファナリス”の名と共に代々祖先から受け継いできた唯一の言い伝え、時代の変革者を指す言葉だ』

 

「時代の、変革者.......」

 

『そうとも。我らの宿命であり悲願、“神殺し”を成す存在。それが変革者であり、特異点だ。そして我ら赤獅子はその者を王と仰ぎ、助力する』

 

 

 レグルスの言葉を聞いてシンは、ある可能性が頭に浮かんだ。もしかすると赤獅子の先祖は()()()()からやって来た存在なのではないかと。そして、[特異点]とはこの世界で由来の力では無いかもしれないと言う可能性を。

 

 この世界にやって来た時からずっと疑問であった、自身のステータスに刻まれた[特異点]。それを知っていた()()は全く居なかった。しかし、シンが持つ特異点を一番理解していたのは精霊(ジン)達で、彼らはこの世界の住人ではない。そして、特異点の事を知っている様なそぶりを見せた真の神の使徒“ノイント”。ノイントを創造したであろう偽りの神エヒトもまた、元々はこの世界の存在ではない。

 

 つまり[特異点]を知る者はこの世界由来の存在では無く、[特異点]もまた別の世界が生み出した力、或いは名称なのではないかとシンは考えた。

 

 だが確証はどこにも無い。

 

 精霊(ジン)達からこれ以上の情報は得られなかった。まるでその先を口にする事を憚る様に『今はまだ話せない』の一点張りだった。

 

 レグルスの口ぶりから察するに、彼もこれ以上の情報を持ち合わせていないのだろう。口伝にせいで情報が欠落したか、或いは意図的に伝えなかったか。

 

 どちらにしろこれ以上の情報は得られない。今考えたらところで仕方がない事なのだろう。

 

 だが、シンは最後にもう一つの疑問が浮かび上がった。

 

 

(母は確かに地球生まれの日本人だった。だが父は一体.....。俺は、本当に()()()()()なのか.......?)

 

 

 一体、自分は何者なのか。

 

 疑問が疑問を呼ぶ。

 

 だが、さっきも言った様に今考えても仕方がない話だ。

 

 自分が何者かなど大迷宮を攻略し、精霊(ジン)達を従えたあの時から決まっている。

 

 シンはレグルスの前に歩み寄り、魔力を解放し覇気を解き放った。

 

 虹霓の光が辺り一帯を優しく照らし、見る者全てを魅了した。

 

 

「レグルス、お前が俺を王と呼ぶなら是非とも俺の夢のために力を貸してくれ」

 

『夢......。それは神殺しのことか?』

 

「少し違う。俺の夢は世界を変える事、そしてその先駆けとなる国を創る事だ。人間や魔人族に亜人族、そして魔物すら巻き込んだ世界初の国の創設。神殺しはあくまでそのついで。偽りの神エヒトは俺の夢の前では邪魔でしかないからな」

 

『多種族だけで無く魔物も?それはあまりに荒唐無稽な話ではないのか?』

 

「そうとも言えないぜレグルス。何せ、俺はすでにそれを揃えているからな」

 

 

 シンが後ろに視線を向ける。それに倣ってレグルスも視線をシンの後方へと向けた。

 

 そこには“亜人族”のロクサーヌと“魔人族”のロバートが立っていた。ロクサーヌはシンの視線を受け硬い決意を宿した瞳をしており、ロバートはシンの視線を受け鼻で笑いながらも満更ではない様子だった。

 

 そしてシンの懐にいた雪蛇の“魔物”バウキスも空気を読んでその顔を出した。

 

 それらを見てレグルスは納得した様子で口角を上げた。

 

 

『なるほど。お前の言う通り、すでに揃っている様だな.....』

 

「ああ。だからレグルス!俺の夢のため、お前達赤獅子の悲願のためにも、俺に協力してくれ。俺はお前達の力も必要だ。俺と一緒に世界を変えようじゃないか!」

 

『ッ........!?』

 

 

 シンの言葉を聞いた瞬間、レグルスは衝撃を受けた様な感覚を覚え、長年渇き切っていた心を熱く滾らせた。

 

 

(なんだ、この胸の高鳴りは......!それにこの魔力......!これが、これこそが王の器たる証明なのか!?)

 

 

 レグルスは今までの長い生で感じ事がない存在感と魔力の奔流に圧倒され、シンという眩しい光を前に唖然としていた。

 

 

(嗚呼......きっと、これこそが我らの先祖が待ちに待った瞬間なのだ.......!私もこの男について行きたくなる!そして、シンが目指す未来を共に見てみたい......!)

 

 

 この瞬間、レグルスは真の意味で彼を王と認めた。

 

 それを示す様にレグルスは体を起こし、しっかりと両眼で彼を見据え、頭を下げた。その姿を見た周りの赤獅子達もレグルスと同じ思いだったのだろう。彼らもまたレグルスに倣って同じ様な態勢を取った。

 

 

『我ら赤獅子一族及び“ファナリス”はこの瞬間よりお前を主と認め、ここに忠誠を誓う』

 

 

 一斉に赤獅子達がシンに向かって平伏したため、ロバートは驚いていた。ロクサーヌはどこか誇らしげな表情を浮かべシンを見つめており、その瞳がうっとりとしていた。

 

 一方のシンは仰々しく平伏された為か、戸惑いながら覇気を解いた。

 

 

「おいおい、そんな畏まった態度はしなくていいんだぞ?俺を敬ってくれるのは嬉しいが、俺とお前達は同志であり“友”なんだからもっと気軽に接してくれ。俺はそういう奴だからな」

 

『そうか。我らは“友”、か.........。ならばそうしよう。我らが友シンよ』

 

「ああ、そうしてくれ!」

 

 

 シンは顔を上げたレグルスに笑って見せた。

 

 

『フッ。ロバートの言う通り、お前は不思議な男だ.........ロバートよ、この後はどうするのだ?いつもの様に()()()()の元へと行くのか?』

 

「ああ、そのつもりだ」

 

『そうか。ならば私も行こう。シンとはもう少し話したいからな、私がお前達を背中に乗せて送ってやろう』

 

「ッ!?」

 

「おお!赤獅子の背に乗れるのか!実はずっと乗ってみたいなぁ〜って思ってたんだよ!」

 

「シンさん、はしゃぎすぎですよ?」

 

「ロクサーヌは乗ってみたくないのか?」

 

「ぅ〜〜.....それは確かに、私も少しは乗ってみたいなぁとは思ってましたが......」

 

「ならいいじゃないか!頼むぜ、レグルス!」

 

『フッ。ああ、任せておけ』

 

 

 赤獅子の背中に乗れるという事で大興奮のシン。それを嗜めるロクサーヌもなんだかんだで楽しそうにしていた。そしてそんな二人の姿を見て笑みを溢すレグルス。

 

 何気ない会話の様に聞こえるが、ロバートは心底驚いていた。

 

 

(あのレグルスに、ここまでさせるのか.......!?)

 

 

 レグルスは赤獅子の中でも最強と呼ばれる“ファナリス”一番の戦士であり、群れの長だ。そんな彼にだって誇りがあり、ましてや出会ったばかりの他種族を背中に乗せるなんて事は絶対にしない。その根拠はロバートが彼の背に一度も乗せてもらった事がないためであり、レグルスが今までで背中に乗せた()()()()()を知っているからだ。

 

 そんな思い出やレグルスの誇りを知っているからこそ、ロバートは驚き、それと同時にシンへの期待をより一層際立たせた。

 

 

(シン.......やはりお前は(アイツ)と同じなのだな。俺達が果たせなかった夢の続きを、シンが描こうとしているーーーーーーならば俺は、最後に.........!)

 

 

 ロバートは決意を固め、最後の大仕事を果たすべく歩き出した。

 

 

「師匠、どこに行くのですか?」

 

「俺は戻る」

 

「「ええ〜〜!!」」

 

「ここから先はレグルスに任せておけば大丈夫だ。()()()の事もよく知っているうえに、事情も把握している」

 

「いやいや.......そもそも戻って何するんですか!?」

 

「まだ作りかけのアーティファクトの仕上げをする。()()()()()()()()()だろうからな。お前達が旅をするためにも必要な事だ」

 

「で、ですが........」

 

「レグルス、後は頼むぞ?()()には俺からすでに伝えてある」

 

『.........わかった』

 

 

 そう言うとロバートはさっさと来た道を戻って行く。シンの懐にいたバウキスが顔を出してロバートを追いかけようとしたが、ロバートはそれを制し、シンのそばにいる様に告げた。

 

 

(どうしても行くのか、ロバート?)

 

(ああ、これが俺の()()らしいからな。やる事はすでにやり終えてる。頼むぞ、レグルス......!)

 

(...........わかった。お前はお前がなすべき事を全力で果たせ!)

 

(フッ、言われずともそうするさ.........)

 

 

 ロバートとレグルスは他の者に聞かれない様に[念話]で会話をし、別れを告げた。

 

 立ち去って行くロバートを背中を見つめるシンとロクサーヌ。カタルゴからの帰り方はすでにロバートから聞いているので、問題なく隠れ家に帰還できるので大丈夫だろう。

 

 ロクサーヌは溜息を吐き、若干ロバートの性格に呆れつつも微笑んで見送った。シンは少し嫌な予感を感じたが、いつも通りの様子なロバートだったため特にその事を気に留めず、苦笑しながら遠ざかって行くロバートの背中を見守った。

 

 シンの懐に戻って来たバウキスはそれ以降外に出てこなかった。

 

 

『さて、では向かうとするか』

 

「そういえば聞いていませんでしたが、今から向かう場所というのは一体........?」

 

「そういえばそうだな。レグルスの背中に乗れるって事で頭が一杯だったが、どこに行くんだレグルス?」

 

『うむ。今から向かう場所はここから西南の方角にある魔人族の里だ』

 

「魔人族!?」

 

「魔人族がこのカタルゴに住んでるんですか!?」

 

『ああ。こことは違い、一面自然に囲まれた場所であの者達はひっそりと暮らしている。お前達が知っている魔人族とは違い、戦争を良しとしない穏健派だそうだ』

 

「そんな魔人族もいたんですね.........」

 

「言われてみればそうだな。戦争を良しとするのが過激派なら、それに反対する勢力も存在する。つまり穏健派が居るのは当然か.......」

 

『ロバートはその穏健派達のために、たまにここに来ては制作した魔道具を提供しに来ていた』

 

「ああ!だから師匠はたまにいなくなってたんですね!」

 

「で、その里長はなんて言う人なんだ?レグルス」

 

『カマルだ、カマル・ダストール』

 

 

 カマル・ダストール。それが穏健派を束ねる魔人族の里長らしい。

 

 そんな彼とこれから会いに行く二人は、レグルスの背に飛び乗り、レグルスはその巨体を起こした。

 

 

『私はシン達を里に連れて行く。私が留守の間は残っている戦士達でここの守りを頼むぞ』

 

『親父!!』

 

 

 いざ魔人族の里へ行こうとした時、レグルスに向かって声をかけた赤獅子がいた。

 

 その赤獅子は、シンがカタルゴについた時に見かけた赤い立髪を顔の前に垂らした奴だった。目はよく見えないが、立派な体付きをしており、どことなくレグルスに似ている様にも見えた。

 

 

『息子か、なんだ?』

 

『お、俺も.....!俺もついて行ってもいいか?』

 

『..........構わん。ちょうどもう一人は欲しいと思っていたところだ。それに()()()()()()お前がついて来ても問題ないだろう。だが、遅れる様ならそのまま置いて行く。それでも構わないな?』

 

『あ、ああ!!』

 

「レグルス殿、彼は?」

 

『あれは私の息子“レオニス”だ』

 

「へぇ〜、息子か!お前と同じでいい名前じゃないか!」

 

『だが彼奴(あやつ)()()()()()()。頑なに戦士の儀式をサボり、フラフラと何処かに行くわ、ファナリスの名も受け継ごうとしないのだ.........身内として恥ずかしい思いだ.....』

 

「あはは.....苦労してるんですね......」

 

「ザボリ魔ねぇ.......まぁ、里に向かう仲間なんだ。短い道中かもしれないが、よろしくなレオニス!」

 

『ああ!よろしく頼む!』

 

『では行くぞ!』

 

「「おお!(はい!)」」

 

 

 そうして走り出したレグルスと、それについて行くレオニス。

 

 流石は赤獅子最強の男というだけあって、レグルスの走る速度は尋常ではなかった。背中に乗っている二人にかかる風圧は暴力的だった。しかし、そんな風圧もシンにかかればなんのその。力魔法によって向かってくる風を全て逸らしていた。

 

 レグルスの話だと、このまま行けば数時間で魔人族達が住まう里に到着する様だ。

 

 こうして始まった二人と二匹の短い旅。

 

 シンとロクサーヌはレグルスの背中の上から見える景色を堪能しつつ、赤銅色の大地を駆け抜けて行った。

 

 





補足


『新しい登場人物』


「レグルス」
・正式名称は[レグルス・ファナリス]。赤獅子達のまとめ役にして、歴戦の戦士。サラサラで長い赤髪を持ち、身体中に古傷を刻んでいる。赤獅子達の中でも一回り大きな体をしており、複数の雌を囲っている。息子の名前は“レオニス”で、いつまでも戦士にならない彼が悩みの種。大昔に“赤竜”と戦った事があるらしい。


「レオニス」
・レグルスの息子。レオニスとは違い、巻き気味な髪質をしている赤獅子。体つきは普通の赤獅子と同じだが、どことなくレオニスに似た雰囲気を持っている。戦士になりファナリスの名を継ぐ事を頑なに拒んでいる自由奔放は赤獅子。


「赤獅子の子供達」
・クポン......赤獅子の女の子。イタズラ好きで気に入った相手を噛む癖がある。
 チック.......赤獅子の男の子。一番最初にシンに放り投げられた子供。
 ペール........赤獅子の男の子。珍しい物に興味津々な好奇心旺盛な子供。
 ミュロン.......赤獅子の女の子。将来は立派な戦士になる事。
 ムー.......赤獅子の男の子。ミュロンの兄。他の赤獅子の女の子と仲が良い。


「カマル・ダストール」
・穏健派の魔人族を束ねる里長。(web版原作アフターストーリーに登場したキャラです。気になる方は“ありふれたアフターストーリーⅤトータス旅行記”をご覧ください)



「赤獅子達の棲家」
・イメージはアメリカの観光地“アンテロープ・キャニオンです。ぜひググって見てください。



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魔人族の里


書いていくと段々自分の思い描いた物からズレていく......




 

 レグルスの背に乗り、駆け抜ける事数時間ちょい。

 

 シンとロクサーヌ、そしてレグルスとレオニスは魔人族の里がある森の入り口の前までやって来ていた。

 

 その道中、改めてレグルスと話し、親睦を深め合っていた。自身がエヒトによってこの世界に召喚された事や大迷宮の一つを攻略した事、その時の経緯や魔物と仲良くなった事などをシンは話した。その話を聞いて益々の忠義を示したレグルスと、シンの話を率先して質問して来たレオニス。どうやらレオニスは外の世界に憧れているらしい。

 

 そんなこんなで話を続けていたら、あっという間に魔人族の里がある森の入り口に到着した。

 

 森の前には魔人族の男女五名が待ち構えていた。

 

 

「よくぞおいでくださいました、シン殿」

 

「?.......俺を知ってるのか?」

 

「ええ。話はすでにロバートから聞いております」

 

 

 五人の中心にいた魔人族の老人がシンに声をかけた。

 

 彼がレグルスから話を聞いていた、穏健派の魔人族を束ねる里長“カマル・ダストール”である。長い白髪を後ろで束ね、魔人族特有の褐色肌を持つ老人。どこか体が悪いのか体も細く、やつれた姿をしている。しかし眼光は鋭く、その体からは貫禄を感じさせる声を出していた。

 

 

『カマル老よ、お主がここに居ていいのか?』

 

「問題ありませんレグルス殿。()()()()は健在ですゆえ。それに、たまにはこの老体をこうして動かしてやらねば鈍って仕方ありませんからな」

 

『フッ、無理はするなよ?』

 

「過分なお言葉ありがたく思います」

 

 

 カマルとレグルスがそんなやり取りをしていた。その話を聞いていたシンとロクサーヌは疑問符を浮かべていた。

 

 

「魔剣の力.......?」

 

「一体なんの事なんですかね?」

 

『.......気になるか?』

 

「そりゃあまぁ.....ねぇロクサーヌ?」

 

「ええ!?私に振らないでくださいよ.........もしかして、その魔剣っていうのは師匠が作ったものなんですか?」

 

「詳しい話は里で致しましょう。ご案内します」

 

 

 そう言ってカマルとその他四人の男女が森の中に入って行く。それについて行くシン達。

 

 森の中の植物はやっぱり見た事が無い物ばかりだった。不思議な形をした果実を実らせた木花や、巨大な食虫植物、葉先が巻かれた草などが群生しており、生い茂った木々や草花を見れば森というより密林と言った方が正しい様に思えた。

 

 レグルスとレオニスがそんな森の中を木々や草花を薙ぎ倒して進んでいくものだから、溜息を吐いたシンは[力魔法]で木々や草花をしならせ、なるべく森を傷つけない様にした。

 

 そんなシンの行動を見て、カマルがこちらにお辞儀をして来た。お爺ちゃんも、ちょっと無いわ〜って思ってたらしい。やって良かった!

 

 そうして一行は浅い川に辿り着き、今度は川沿いを進み森の奥を目指した。

 

 程なくして巨大な丸太を地面に打ち込んだ巨大な柵の前に辿り着き、目の前には複数の丸太を組み合わせ縄で縛りつけた立派な門があった。

 

 門前に辿り着くとカマルが門の上の方を見て、門の上に備え付けられた物見櫓にいる魔人族に合図を送った。

 

 すると丸太の門が徐々に下側からシン達の方に向かって重々しい音を上げながら徐々に持ち上がって行く。丸太の柵といい原始的な門と開門の仕方といいーーーー

 

 

「完全にも〇〇け姫のたたら場じゃん.......」

 

「はい?もの.....なんですか?」

 

「いや、なんでもない。しかしこれ、どうやって開門してるんだ.....ハッ!まさか十人の男達で開門してるのか.....!?」

 

「魔法だと思いますよ?こんな重い門を人力で開けるなんて、魔人族の方々からすれば無駄な労力でしょうし......」

 

「だよな〜......うん、知ってた。魔法ってほんと便利だよな。宮〇駿はこれ見たらなんて言うんだろうな.......」

 

 

 ファンタジー世界様様である。

 

 そうして開かれた門を潜り中に入ったシン達。案の定、門の開閉は魔法の行使による物だった。というより魔道具の力だった。ちなみにその魔道具の開発者はロバートらしい。なんとなくげせぬ。

 

 想像以上に中は広々としており、農作物を作る畑や水田が多数見てとれた。木で作られた小さな家が複数点在しており、魔人族の子供達が里の中で駆け回っている。

 

 そしてこの里の中心に聳え立つ一本の大樹。

 

 その大樹の根本には少し大きめの木の家が建てられておりそこがカマルが暮らす家で集会所の役割をしているらしい。そしてその頭上、大樹の太い枝にはツリーハウスが建てられており、そこがいつもロバートが里に訪れた際に使う場所らしい。

 

 

「あの大樹の名は“フィレモン”。とある魔物の遺体から芽を生やし、成長した大樹です。今晩御二方はあの大樹にあるツリーハウスで寝泊まりしていただく予定です」

 

「“フィレモンの大樹”か.......いい名前じゃないか。なぁバウカス」

 

 

 大樹の名をカマルから聞いたシン。シンの服の中から顔を出し、大樹を見つめていたバウカスになんとなく話を振って見たシンだったが、バウカス(彼女)はすぐにシンの懐に潜り込んでしまった。

 

 

「ひとまず私の家で食事を摂りながら話をしましょう。レグルス殿達も休息をお取りください。以前好物だと伺っておりました一角牛を数体捕えてますので、どうぞお召しになってくだされ」

 

『わかった。里の端にあるいつもの場所でいいのだな?』

 

「はい」

 

『そうか、では行くぞレオニス。シン達も食事をしながらカマル老に聞きたい事を聞くといい』

 

「そうだな、一先ずそうさせてもらう。レグルス、レオニス、また後でな」

 

『『ああ(お、おう)』』

 

 

 そう言って二人の親子はのしのしと歩きながらシン達から離れて行った。

 

 そしてシンとロクサーヌも話し合いも兼ねた食事を摂るためにカマルの家に入った。

 

 家の中は至って質素な物で、装飾品などは全くなかった。その代わりに集会所として機能するために必要な大きめなテーブルや椅子、ソファなどと言った物は大体揃っている。二階も備わっているらしく、何人かの魔人族は二階の部屋で寝泊まりをしているそうだ。カマルの寝室は一階の奥にあるらしい。

 

 そうしてシンとロクサーヌはカマルに招かれるまま椅子に座り、目の前の大きめなテーブルに次々と料理が運ばれてくる。よくわからない魚の兜煮や、ここに来る道中で見かけた果実、里で育てた野菜のサラダに黒パン、肉の腸詰や厚切りのステーキと、二人が想像していた物以上の豪勢で豪快な食卓となった。

 

 芳しい香りがシンの鼻口をくすぐり、食欲をそそる。ぶっちゃけ部屋の装いのイメージとかなりかけ離れている。

 

 

「なぁカマル老や、もしかしてあなた達はいつもこんなに食べてるのか.......?」

 

「ハハハ、まさか。ロバートからシン殿は健啖家と聞いておりましたので今回特別に用意した物です。お気に召しませんでしかな?」

 

「いやいやいや!そんな事これっぽっちも思っちゃいない!なぁロクサーヌ?」

 

「え、ええ。ただ少しばかり圧倒されたと言いますか......あの、こんなに豪勢な食事をしてもよろしいのですか?」

 

「構いませぬ。ここの土地は実りが豊かな物で、少し離れたところでは家畜も飼っております。先程レグルス殿達が休息を摂りに向かわれた場所に用意した一角牛。あれはおそらくトータスにおいて最高級の肉となるでしょうし、他の物などもこの地の気候が安定しているため定期的に確保できます。ですので食に困る事は無いためご安心を」

 

「な、なるほど.....です」

 

「........その割にカマル老は随分痩せ細ってるが?」

 

「なにぶん私も歳なもので。それにこの体となった主な原因は別にあります」

 

「それを聞いても?」

 

「構いませぬ」

 

 

 そう言ってカマルは腰に携えていた一本の剣をシン達に見せた。その剣は尋常ならざるオーラが纏っており、シンは直感でそれがどういう代物なのかなんとなく察した。

 

 

「それが魔剣か。それも、ただの魔剣じゃないな?」

 

「ご明察です。この魔剣には魔力を断つ力があり、その上使用者の肉体を復元させる事もできるのです。その力のおかげで私達は今もこうして神の目から逃れる事が出来ているのです」

 

「?........どういう事ですか?」

 

「簡単に言うと魔力を断つ力で結界の様な物を張り、神の目、つまり干渉系の魔法またはそれに類する力が結界内に及ばない様にしているってわけだ。それも常時。いちいち魔剣の力をオンオフしている様じゃ、見つけてくださいと言ってる様なもんだしな..............その体も魔剣の力で延命し続けた結果か」

 

「左様でございます。この魔剣を扱える物は限られており、今これを扱えるのは私ただは一人。里を守る為にはこの力を行使し続けなければならないのです」

 

 

 さらにその魔剣には様々な能力があり、長所だけを見るなら天之河が持つ聖剣以上かもしれない代物なんだとか。

 

 魔剣の名は“イグニス”。魔人族が人間族と戦争を始めるずっと前から存在していたらしく、制作者はロバートではない誰か。それが一体何者なのかは長い年月の間に伝わらなくなったそうだ。

 

 そんな話を食事を摂りつつ続ける三人。

 

 ロバートがカマルに伝えた通り、シンはテーブルに置かれた料理をあっという間に平らげた。その豪快な食事っぷりにカマルは愉快そうに笑みを溢していた。

 

 そして食後のお茶を飲みつつ、話題はこの里が生まれた経緯について語る方向へと流れた。

 

 

「元々我々はこの大陸に里を構えておりませんでした。しかし()()()()()昔、ある日突然隠れ潜んでいた私達の前に彼等がやって来ました。その彼等と言うのが“ガイル”と“ロバート”でございます」

 

「ガイル......?」

 

「師匠から聞いたこと無い名前ですね.........え、ちょっと待ってください......今、三百年以上昔って言いませんでしたか!?」

 

「はい。私を含め、この里の者達とロバートの交流は三百年以上前から続いております。ご存知ありませんでしか?」

 

「俺達がこの里の存在を知ったのはついさっきの事だ。だが、そうか.........。結構長く生きてるんだろうなぁとは思ってたが、あの人少なくとも三百歳は歳食ってたんだな......」

 

「私も師匠の年齢は聞かされていなかったので、少し驚いてます。ですが、まあ納得ですね」

 

「それで今さっき出てきた“ガイル”って奴は一体誰なんだ?」

 

「それも聞かされておりませんでしたか。シン殿ならわかりますが、まさか自身の弟子にまで伝えていなかったとは......相変わらずの口不調法者らしいですな」

 

 

 流石のカマルも口下手が過ぎるロバートに溜息混じりの軽い愚痴を溢した。

 

 

「“ガイル”と言うのは今は亡きロバートの友の名です。ロバートが若かりし頃、大迷宮を攻略の為に旅をしていた事はご存知で?」

 

「それっぽい事はそれとなく聞いてる。まあ口に出したのはほんの一瞬だったけど」

 

「左様でございますか........では、あの者の代わりに私が知る限りのロバートの昔話を致しましょう」

 

「あの〜......師匠の許可も無く話して大丈夫なんでしょうか......?後で叱られたりとか......」

 

「心配は無用でしょう。あの男がこの様な些末事を気にするとは思いませぬ。弟子に自身の武勇を語り聞かせるのも、また師としての役目。この話を聞き、ロクサーヌ殿の今後の励みと成るならばロバートとて強くは言えませんでしょうから。それに.............」

 

 

 カマルは微笑みながらロクサーヌにそう言い聞かせた後、その顔がほんの少しだけ影を帯びた。その様子にシンとロクサーヌは訝しんだがすぐにカマルは元と顔に戻った。

 

 そしてロバートの過去について語り始めたカマル。

 

 滅多に自分のことを語らないロバート。そんな彼をさらに知る事ができるまたと無い機会に、二人は集中してカマルの言葉に耳を傾けた。

 

 

「先程も申しました様に、ロバートは三百年以上前に私達穏健派に接触して来ました。そして彼と共に居たのが、当時魔国内において次期魔王の呼び声高い魔法使い“ガイル”でした。卓越した魔法の才を持ち、幾つかの神代魔法を自在に操るガイルは()()()()()()()()をその身に纏わせ、共としておりました。その一匹が今シン殿の懐におります“雪蛇バウキス”でございます」

 

「お前、そんな昔から生きてたのか......!」

 

 

 カマルの話を聞き、興味深そうにシンは懐にいるバウキスに視線を送った。もぞっ、と少し懐が動いたが顔を出す気はないらしい。

 

 

「それで、もう一匹の雪蛇は今どこに?」

 

「この地におります。と言っても以前の様な美しい白い蛇の姿ではなく、魔剣と共にこの里を守護する大樹へとその遺骸を変えました........」

 

「そうか......それが“フィレモンの大樹”か」

 

「はい。何故亡くなったかは聞かされておりませぬが、守護樹“フィレモン”は不思議な力を宿しており、周囲に魔物を寄せ付けないのです。その力を知ったロバートは我々をここに招き、赤獅子達の協力の元、この地に移住し里を起こしたのです。以前居た里はあまり環境がよろしくなかったものですから」

 

 

 里に入ってすぐ、妙にバウキスがソワソワしていた理由がわかった。バウキス(彼女)は亡き伴侶が眠るこの地に並々ならぬ想いがあったのだ。

 

 ちょっぴりツンデレみたいなところがあるバウキスの亡き夫への愛情を感じ、シンは少し嬉しく思った。

 

 

「カマル老達にとって、ロンさんの招待はまさに鶴の一声だったわけだ」

 

「はい。そしてこの地に住み着いた我々はロバートとある約束を交わしました。それは“のちの神との戦に備え、赤獅子達と共に戦える戦士を作り上げる事”です。ガイルやロバートから世界の真実を聞かされ、ただ何もせず滅びを待つばかりだった我々に新たな選択肢が生まれました。共に良き未来を勝ち取るという選択を。我々にとってロバートが示した道は険しくもありますが、自らの力で未来を掴み取る希望の光でもあったのです」

 

 

 希望の光。

 

 全ての種族と世界を巻き込む様な夢を掲げたシンにとって、その言葉はとても感慨深いものがあった。

 

 ロクサーヌも、自分の尊敬する師匠が彼等に大きな影響を与えた事を知り、とても誇らしそうな表情を浮かべていた。

 

 

「それでこの里で戦える者達はどれほどいるんだ?」

 

「この里にいる大人のほとんどがカタルゴの魔物相手なら狩りを行える者です。しかし赤獅子達と肩を並べる強さを基準とするなら、高く評価しても五人と言ったところでしょうな。レグルス殿の協力のおかげで鍛錬相手は事欠かないのですが............」

 

「まっ、そこは嘆いても仕方ない。むしろ五人も居ると言う事を誇るべきだ」

 

「寛大なお言葉ありがたく思います」

 

「それで?この里の経緯はわかったがロンさんと“ガイル”は一体どんな冒険をしたんだ?」

 

「シンさん、少しがっつき過ぎですよ?」

 

「ロクサーヌだって気になるだろ?」

 

「それは、まあ......そうですが......」

 

「ふふふ、ではここからは私が知り得ている彼等の冒険のお話をしましょう」

 

 

 そう言ってカマルは再び語り出した。

 

 ガイルとロバートが攻略した氷雪洞窟での友愛溢れる攻略秘話、フィレモンとバウキスとの出会い、グリューエン大火山にある大迷宮を攻略した冒険の一幕、海人族との淡く切ない恋路、前向きな魔法使いと口下手な剣士の珍道中、二人の成長、吸血鬼のガサツな男との出会い、そして三人でオルクス大迷宮を攻略し世界の真実に辿り着いた。

 

 そんな冒険の後に彼等とカマルは出会ったのだそうだ。さらに赤獅子との出会いもカマル達と出会った後の様で、カマルの話の中には出てこなかった。

 

 ちなみにこの話のほとんどが、カマルがガイルから聞いた話なんだとか。

 

 ガイルは冒険の話を楽しそうにカマルに語り聞かせたらしく、その際必ずと言っていいほどガイルは最後にこう付け足していたそうだ。

 

ーーー〝俺の親友は凄い奴だ!〟とーーー

 

 そんな話を聞いてシンはふとハジメの事を思い出した。

 

 

(今頃あいつは何してんだろうな........?俺が生きてたぐらいなんだ、ハジメが生きてないわけがない。だからこそ俺の勘がこう言ってくるんだ。ーーー〝お前とはまた会える〟ってな..........元気にしてろよ、ハジメ。必ずお前に会いに行くからよ.......!)

 

 

 シンはここよりずっと遠くに居るであろう親友を想い、いつかまた会えるその日を待ち遠しそうにしていた。

 

 一方の奈落の底に居る南雲さんちのハジメくんはオルクス大迷宮の最深部にある解放者の隠れ家にて、修羅場を乗り越えた後という事もあってか恋人とのあま〜い営みを満喫していた。

 

 当然の様にシンの想いはハジメには届かないのだが、もしかすると二人が織りなす桃色空間と甘い声でシンの想いを打ち消されていたのやもしれない。

 

 

 

..........................

 

.......................................

 

....................................................

 

 

 

 カマルとの話し合いを終えた頃にはすっかり日が沈んでいた。

 

 話を終え外に出たシンとロクサーヌはレグルス達と合流し里を見て回った後、予定通りフィレモンの大樹にあるツリーハウスで今晩を過ごすことになった。

 

 レグルスは自身の里に戻り、レオニスは魔人族の里で一晩を明かす事になった。そしてレグルスを見送った後、レオニスと少し喋り意気投合し、魔人族の里で取れた葡萄で作った酒を酌み交わした。

 

 初めての飲酒、それも美味しい酒だったためついつい飲み過ぎたシンは泥酔しレオニスをお手玉にして遊んでいた。

 

 一緒に飲んでいた魔人族の人達はそんなレオニスを見て歓声をあげ大盛り上がり。シンは里の魔人族達とも仲良くなった。シンの樽ジョッキにお酒を注ごうとした綺麗な魔人族のお姉さんをシンがナチュラルに口説こうとし、それに対して意外と乗り気な魔人族のお姉さんは赤面しイヤンイヤンと体をくねらせていた。そんな調子に乗っているシンをロクサーヌが嗜め後頭部を遠慮なく(はた)く。そしてロクサーヌを見てシンは公衆の面前で彼女を大胆に抱き寄せ、唇を奪って見せると場はさらに大盛り上がり。流石に怒ったロクサーヌが脳天に重いチョップをシンに喰らわせノックアウトにした。そんな光景にすら魔人族達は大盛り上がり。

 

 ダウンしたシンを引き摺りながらロクサーヌはツリーハウスへと向かった。

 

 宴はまだまだ続くらしく、今度は酔って大胆になったレオニスが場を盛り上げていた。この様子だと一晩中盛り上がっていそうだ。

 

 そんな中、ロクサーヌはシンを引き摺って辿り着いたツリーハウスの寝室にシンを寝かせ、シンの衣服を全て脱がせた。バウキスはいつの間にかどこかに消えている。そしてロクサーヌ自身も服を脱ぎ捨て、ペロリと舌なめずりをしながら潤んだ瞳と紅潮した顔でシンの体に跨った。

 

 

「ぅぅ〜ん......はぇ?なんれぇロクサーヌ裸〜.......?」

 

「うふふ。シンさん、私怒ってるんですよ?他の女性を無闇に口説こうとするなんて、いけないんですよ?シンのお嫁さんはたくさん居ても構いませんが、手当たり次第は絶対にだめなんです」

 

「???........おれのヨメはロクサーヌだろぉ......?」

 

「うふふ。はい、そうですよ♪でも、この節操無しさんの手綱はちゃ〜んと握っておかないとだめなんです。それに今だけは私があなたを独占していたいんです。あんな公衆の面前で激しく唇を奪ってくれたんですから........責任、とってくださいよね♪」

 

 

 なんだかんだでロクサーヌも大分酔っているらしく、言動がいつもより大胆で、妖艶な雰囲気を纏っていた。

 

 そして宴の喧騒に紛れて寝室に響く甘い吐息と嬌声は絶え間なく続き、日を跨ぐまで続いた宴の終わりと同時に二人の営みも途切れた。満足そうな顔を浮かべるロクサーヌは裸のシンに抱きつき頬をすり寄せ、綺麗なシーツを体に被せ、シンと共に眠りに落ちた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 宴が終わってすぐに、カマルは里の門の前にやって来ていた。

 

 そして門の開閉用の魔道具を起動させ、重い丸太の門を開いた。

 

 すると門の向こう側にはロバートがいた。

 

 

「ん?カマル、お前酒を飲んだのか。少し匂うぞ?」

 

「まさか。私は一滴も飲んでいない。里の者の酒気が残っているだけだ。さっきまで宴会だったからな」

 

「そうか......それで、シンとロクサーヌは?」

 

「今はもうお休みになられている」

 

「それなら好都合だ。手筈は整っている。明日は予定通りに頼むぞ?」

 

「本当に、お主一人でやるつもりなのか?せめてシン殿に相談すれば道は違うのではないのか?」

 

「あいつらには余計な重荷を背負わせたくない。それに、これは俺が始めた()()だ。と言っても俺の運命は決まっているがな.......」

 

「............ロバート。いや、かつて()()()()()()と呼ばれた“ロバート・ヴィラム”よ。それがお主の決めた道なのだな?」

 

「ああ。これが俺にできるあいつらへの最後の手向だ」

 

「..........そうか。ならば存分にやり切ってくるが良い」

 

「元々そのつもりだ........それと、これをロクサーヌに渡しておいてくれ」

 

 

 ロバートは腰に携えていた自身が愛用する剣をカマルに渡した。

 

 ロバートが渡したの剣はロングソードで、純白の鞘から見てもその刀身が少し細めなのが伺えた。だが造りはかなり凝っており、中心に青い宝石が埋め込まれ蛇の姿を模した白銀の鍔、握りも丁寧な造りでロバートの手より細く小さな手を想定した長さと握りやすさに仕上げている。そして濃紺一色に染まり力強い輝きを放つ刀身。

 

 剣の名は〝アンサラ〟

 

 ロバートが長い生涯で作り上げた二番目の最高傑作であり、()()()()()()()()を壊し、神を殺す為に作られた最高の硬度と靱性を誇る高速戦闘と斬撃能力に特化したアーティファクトである。

 

 そのロングソードを渡したロバートはカマルに背を向け、立ち去りながら声をかけた。

 

 

「せいぜい俺より長生きしてくれよ、カマル爺」

 

「ふっ。ぬかせ、小童」

 

 

 あっという間に夜闇の森に消えていったロバート。

 

 そしてカマルは門を閉じ、自身の家へと足を向けた。

 

 

(ガイルよ。どうかお前の友を最後まで見守ってやってくれ.........)

 

 

 受け取った剣を握り締める手に自然と力が入るカマル。

 

 こんなにも穏やかな夜だというのに、カマルの心は様々な想いや感情によって複雑に絡み合い波立っていた。

 

 





補足


『登場人物』

「カマル・ダストール」
・穏健派の魔人族を束ねる里長。魔剣イグニスの使い手。かつてカタルゴにやってくる以前にガイルとロバートと知り合った古い仲。


「ガイル」
・本名“ガイル・エルダート”。故人。かつてのロバートが心を許した唯一の友。親友。ロバートと共に神代魔法取得の旅をし、愉快痛快な冒険をしてきた魔法使い。雪蛇の“フィレモン”と“バウキス”を手懐けていた。フィレモンはガイルの首元がお気に入りで、バウキスはガイルの懐がお気に入りだった。卓越した魔法の才能を持ち、次代の魔王とまで呼ばれていた実力者。


「ロバート」
・本名“ロバート・ヴィラム”かつて魔人族の英雄と呼ばれた男。『空間魔法』『変成魔法』『生成魔法』の神代魔法を獲得した攻略者。剣の達人であり、魔道具製作においても最高峰の実力者。変成魔法による延命措置によって生きながらえてきたが........



『登場した魔道具』


「魔剣 “アンサラ”」
・濃紺の刀身を持つ細身のロングソード。青い宝石が埋め込まれ、蛇の姿を模した形をした銀の鍔が付いている。握りの部分は元々の形から変わり、ロクサーヌ用に改修されている。高速戦闘と斬撃能力に特化しており、ロバートが太刀を作るヒントとなった元。神代魔法が付与されている。


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戦火の予言


オリジナルキャラ登場。



 

 赤髪の魔人族はかつて剣技において魔国最強と呼ばれていた。

 

 人間族との戦争が膠着状態の最中、若き日の彼は大人達からの期待を一身に背負い、日々その剣技に磨きをかけていた。

 

 そんなある日当然、魔国を襲った強大な魔物達がいた。

 

 その魔物は獣の如き巨体に蜥蜴の様な尻尾を生やし、背中には鋭く生えた無数の針と蝙蝠の様な翼、そして人の様な顔をした見た事がない醜悪な存在だった。

 

 それらを率いて現れたのは()()()()()()()()。見た事も聞いた事もない強大で恐ろしい魔物だ。

 

 人を食い、焼き焦がし、捻り潰す。同胞達の無惨な骸が一面に広がり、それはまさに地獄と言える光景だった。

 

 次々と魔人族の大人達が蹂躙されていく中、立ち上がったのが彼とその“友”であった。

 

 彼とその友は醜悪な獣の様な魔物を次々と屠り、最後に黒い巨人を満身創痍でありながら撃退する事に成功した。

 

 彼らは“救国の英雄”と呼ばれる様になった。それが現在、赤髪の魔人族が“伝説の魔人族の英雄”と呼ばれる由縁である。

 

 のちに醜悪な獣の様な魔物の名は〝マンティコア〟と名付けられ、黒い巨人は〝ゴライアス〟と呼ばれる様になり、魔人族達の間では後世まで語り継がれる嫌忌の対象となった。

 

 そして魔国を救った後、彼とその友は冒険の旅に出た。

 

 争いの無い世界を作るため。

 

 ロバートの友“ガイル”が掲げた()()()()()()()()()()ために、彼等は最初の大迷宮“氷雪洞窟”攻略を目的とした。

 

 

 

..........................

 

.......................................

 

....................................................

 

 

 

 あの黒い巨人襲来から三百年以上経った今、かつて魔人族の英雄とまで呼ばれた赤髪の魔人族“ロバート・ヴィラム”は弟子への最後の贈り物を届けた後、雪原に戻って来ていた。

 

 彼は今シンが氷雪洞窟攻略時に来ていた服と似た物を身に纏い、腰に両側合わせて六本の長剣を帯刀し、背中にも四本の剣を背負っていた。赤獅子の鱗で拵えた防具を身につけ、左指の中指に指輪を一つ嵌めている。カタルゴに行く為の転移用の指輪はロバートの足元で砕け散っている。

 

 これが今のロバートの完全武装状態であり、とっくの昔に覚悟をしていた男の姿であった。

 

 そして赤い長髪を靡かせ雪原の吹雪が吹き荒れる中静かに佇み、その時を待っていた。

 

 

 

 一体どれほど待っただろうか。

 

 最後にカタルゴからこの地に戻って来た時には日が登ろうとしていたが、あれから数時間は経ったと思う。

 

 三時間、四時間、或いは半日程かもしれない時を彼は真っ白い世界でひたすら待ち続けた。

 

 そしてその時が来た。

 

 ロバートの視線の先の奥。雪原の向こう側からズンズンと黒い影が塊の様に近づいてくる。

 

 幾万の魔物の大群と数名の魔人族を引き連れた、銀の三叉の槍を肩に担ぎ雪原には不釣り合いのビキニアーマーを纏った白髪の女魔人族が現れた。

 

 

「テメェが()()()()()()()ロバート・ヴィラムか?随分つまらなそうな男だなァ?」

 

 

 乱暴な口調の女魔人族は、ロバートにそう聞いて来た。

 

 それを耳にしてもロバートはピクリとも動かず、ただじっと目の前の()()()()()を見ていた。

 

 

「チッ。口も聞けねぇのかよ。オレ様の名前は“アリエル”、魔王軍武装兵団の将軍だ。一応聞いといてやる。降伏しろ」

 

「.........降伏だと?魔王は俺に降伏させて来いと命じたのか?」

 

「いんや。魔王様はお前を殺せと命じて来た。降伏なんざ認めねェって構えだ。だが、オレ様はお前を殺すには少しばかし惜しいと思ってる.......テメェが無様に命乞いをしてどうしてもって言うなら、オレ様がお前を部下にして飼ってやる..........さあ、どうする?」

 

「断る。お前の様なガサツな女に飼われる趣味は無い」

 

「ハッ!どうせそう言うだろうと思ったよ!だが.....オレ様に飼われる気がねェって言うならお前の首をここで刎ね落とすまでだ。フリードの奴にはさっさと戻って来いと言われてるが、少しぐらい楽しんでも構わねェよなァ?テメェみたいな強い奴と戦うってんなら、戻るのがちょっとばかし遅くなっても仕方ねェよなァア!!」

 

 

 アリエルの気合の込もった怒号が響き渡り、一瞬雪原に吹き荒れる吹雪が掻き消した。

 

 そんなアリエルを険しい表情で見据えるロバート。

 

 アリエルの後方で控えていた魔物達が一斉に前に出て来た。

 

 

「まずは小手調べだ。かつての英雄が一体どれほどの物か見せてもらおうじゃないかァ!」

 

 

 アリエルの声を号令とし、幾万といる魔物達がロバートに襲い掛かろうとする。様々な個体の魔物達がロバートの周りの雪原を埋め尽くしていく中、ロバートは腰な剣を抜き構えた。

 

 そんなロバートを期待を込めて見つめるアリエルのその後ろ。彼女が引き連れて来た魔人族の中の一人がニヤリと笑っていた。

 

 ロバートと()()()()をした魔人族の女が。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 魔人族の里で宴会を催した翌朝。

 

 太陽もすっかり昇り切っていた。

 

 目を覚ましたシンは自分がいつツリーハウスの寝室に入ったのか、いつの間に寝たのか、そして何故自分が裸でその隣に裸のロクサーヌが寝ているのかすら記憶に無く、不思議そうにしながら欠伸をした。

 

 

「ぅ〜ん.....レオニスと楽しく酒を飲んでたとこまでは覚えてるんだけどなぁ......」

 

 

 シンは自分が酒に弱い事をこの時初めて自覚した。

 

 記憶は無いがとりあえず楽しかった事だけは覚えているシン。隣で静かに寝息を立てているロクサーヌを見てなんとも言えない何か湧き立つ物を感じ、無性に彼女を抱きしめたくなった。そして股間がモゾモゾとシーツ越しに動いた。

 

 そこで違和感を覚えたシンは自身に体に被さっているシーツを剥ぎ、自分の股間に目を向けた。

 

 するとそこには蛇がいた。

 

 いや、下ネタとかそういう話では無い。

 

 シンの下半身に巻き付いた白蛇、つまりバウキスがそこに居たのだ。

 

 

「なにやってんだ、お前.........」

 

 

 バウキスの体はシンの太ももから腰にかけて巻き付いており、彼女の頭が完全にシンのシンくんを覆い隠していた。

 

 一体いつからこんな風に巻き付かれていたのか。

 

 この瞬間、自分がどれだけ酒に弱いのかを痛感し切実に心の内で願った。

 

〝毒耐性ください.......!〟と。

 

 だが、その願いはシンの[英傑試練]に届かなかった。

 

 のちに発覚することだが、シンはあの宴会の夜[英傑試練]でとある技能を獲得していた。それは[乱酒]と[酩酊]。シンはあの宴会でこんな事を口走っていた。〝もっと酒を飲ませろ!〟〝酒は酔ってなんぼらぁ!〟〝いいぞいいぞ!もっと飲メェ〜!〟と。それを英傑試練さんが聞き届けた結果が[乱酒]と[酩酊]の獲得である。シンは毒耐性を獲得する機会を失ったのであった。

 

 そんな事とは知らず、シンはバウキスを揺さ振り起こした。

 

 目を覚ましたバウキスは数瞬固まった後、まるで照れてを隠す様にさっさと寝室を出て行った。

 

 その後ロクサーヌも目を覚まし、昨日の事をロクサーヌから聞いたシンはちょっとショックを受けていたが、ロクサーヌの励ましによって気落ちした心を回復させた。

 

 そして二人は服を着込み、カマルの家を訪ねた。

  

 玄関の扉を数回ノックし声をかけると、中からカマルが出てきた。

 

 

「おはようございますシン殿、ロクサーヌ殿。昨晩は随分と盛り上がっておりましたがお加減の方がいかがですかな?」

 

「色々あったが、まあ概ね問題無い。ロクサーヌ共々よく眠れたよ」

 

「昨日は豪勢な食事に続いて宴会まで。本当にありがとうごいました、カマルさん」

 

「いえいえ。こちらこそ、昨晩は御二方とレオニス殿のおかげで大変良き一夜を過ごせました。特にレオニス殿を浮かせて見せたシン殿の魔法が大変盛り上がっておりました。魔法に優れた種族と言えど、あれほど繊細で大胆な魔法は見た事ありませぬ。感服致しました」

 

「そ、そうか?あははは......(やべぇ、何ひとつ覚えてねぇ。ていうか、俺そんな事やってたのか........?後でレオニスに謝っておくか........)」

 

「ささ、どうぞ中へ。お食事もできております」

 

 

 そうしてカマルの家に通されたシン達は、昨日より落ち着いた献立の食事を摂った。

 

 そして食事を終え今後の話に入ろうとした時、カマルが一本の細身の長剣をロクサーヌに渡してきた。

 

 

「これは?」

 

「実は昨日の深夜にロバートがこの里に参られたのです。その際、これをロクサーヌ殿に渡してほしいと言われました」

 

 

 白い鞘から刀身を露わにさせたロクサーヌがそれを見て『すごい....』と一言呟き、シンもその長剣の美しい造りと内包する魔力の膨大さに目を見開き、それを眺めていた。

 

 

「その剣の名は〝アンサラ〟。ロバートが愛用していた魔剣の一振りでございます。今後はそれをロクサーヌ殿に使っていただきたい様子でした」

 

「こんな凄い物、私が貰ってもいいのでしょうか......?」

 

「ええ。どうか貰ってあげてください。その方があの者も満足致しましょう」

 

「.......わかりました。有難く使わせていただきます.......ところで師匠は?」

 

「すでに帰られましたぞ?」

 

「ええ.....!?」

 

「プッ、はははっ!姿が見えないと思ったらやっぱり帰ってたか、あの人!くくくっ.....!」

 

 

 あんまりにもロバートらしい愛嬌の無い行動に、思わず吹き出し笑いをしてしまうシン。

 

 

「笑い事じゃないですよシンさん!いくら師匠がぶっきらぼうでも弟子にお礼すら言わせてやらないなんてあんまりですよ、もぉ!」

 

「まぁそう言ってやるなロクサーヌ。帰ったらお礼言えるんだし、その時にこの鬱憤もぶつけてやろうぜ!」

 

「...........」

 

 

 まだまだ文句が言い足りない様子のロクサーヌを宥めるシン。なんだかんだ言いつつもロバートに対する感謝はあるらしく、ロクサーヌはそこで怒りを鎮めた。そんな様子を見ていたカマルはどこかやらせなさそうに見えた。

 

 一旦落ち着いたところで話は今後二人がどうするのかと言う話題に移り、カマルがある提案をしてきた。

 

 

「ライセン大峡谷.......?」

 

「はい。ロバートの話によればそこに大迷宮があるそうです」

 

「師匠はそのライセン大峡谷にある大迷宮も攻略してたのですか?」

 

「いいえ。昨日お話した通り、彼が攻略したのは三つです。一つ目はシュネー雪原にある氷雪洞窟。二つ目はグリューエン大火山にある大迷宮。そして最後の三つ目がオルクス大迷宮。この三つの大迷宮です。ライセン大迷宮には挑戦しておりませぬ」

 

「では一体何故そこに大迷宮があると?」

 

「ロバートの元に現れたと言う女性、“ヴィーネ”なる者がその情報を提供し、シン殿をそこに向かわせる様に提案してきた。そうロバートから聞かされております」

 

「ヴィーネ.......」

 

 

 ここに来てまた聞く事になった謎の女の名前。

 

 現代の解放者を名乗る仮面の女。

 

 一体彼女は何者なのか。それは定かでは無いが、ロバートはヴィーネを信頼している。なら、その情報も嘘では無いのだろう。もしかしたらライセン大峡谷にある大迷宮で、彼女の一端を知る事ができるやもしれない。

 

 そう思ったシンはカマルの提案、もといヴィーネの招待を受ける事に決めた。

 

 

「カマル老の言う通り、ライセン大峡谷に向かう事にしよう」

 

「はい!大迷宮攻略は勿論ですが、そのヴィーネという仮面の女性の事も気になりますからね」

 

「そうと決まれば早速ロンさんの隠れ家に戻るとしよう」

 

「それには及びません。ロバートはすでにこの地に転移陣を設置しておりますので、そこから直接ライセン大峡谷へと向かえます」

 

「え、そうなのですか!?」

 

「はい。ロバート曰く、『二度手間になるからそのまま行かせろ』との事です」

 

「あ〜、師匠らしいやり口ですね........」

 

「まったく、困った男です」

 

「................」

 

 

 ロバートの素っ気無い態度が目に浮かんだロクサーヌは若干呆れていた。そしてそんなロクサーヌを見てカマルは和やかに苦笑いを浮かべていた。その表情を少しだけ曇らせて。

 

 だがシンはそんなカマルを訝しんだ。

 

 意味深な別れ方をしたレグルスといい、先手を取るやり口と急ぐ様に帰ってしまったロバートの行動、時折見せるカマルの複雑そうな表情、そしてそんなロバートの行動に一枚噛んでいそうなヴィーネの存在。

 

 まるで()()()に二人を遠ざけようとするロバートのやり方に、シンは嫌な予感を感じた。

 

 

「シンさん........?」

 

「シン殿どうかされましたか?」

 

「........ロクサーヌ、帰るぞ」

 

「え、あ、はい......」

 

「お待ちくださいシン殿!もう少し、この里に留まって行かれませぬか?里の者達もシン殿のお話を聞きたいと思いますので........」

 

「カマル老、貴方は一体何を隠してる?」

 

「ッ!?」

 

「今思えば色々とタイミングが良過ぎた。森にやって来た時も俺達が来るのを予め知っていた様な素ぶりで貴方は森の入り口で待っていた。ロンさんから俺やロクサーヌの事を聞いていたとしても、あまりに俺達を信頼しすぎだ。里長ともあろう者が態々(わざわざ)自ら迎えに行くのも警戒心が足りなさ過ぎる」

 

「それは、貴方方の事をロバートから聞き信頼に足る存在だと思い至った為でして..........」

 

「なら先程の話はどうだ?ロンさんがこの里に来たと言っていたが、何故貴方は引き止めなかった?貴方ほどの人格者であるなら、弟子の旅路を見送らないロンさんを叱りつけてでも止めた筈だ」

 

「っ..........」

 

「そして、貴方はロンさんの話をする時、決まって()()()な表情を不意に浮かべていた。まるで自身の気持ちを押し殺すかの様に、な」

 

「...............」

 

「もう一度聞こう、カマル・ダストール。貴方は一体何を隠している?何が貴方をそこまで苦しめている?」

 

 

 カマルは押し黙ってしまった。シンに見透かされていた事に対してなのか定かではないが、やるせなさそうな表情を浮かべ、眉間に皺を寄せ、強く瞳を閉じていた。

 

 程なくしてカマルは瞳を開いた。

 

 そして力強くシンを見据え、心の中で『許せ、ロバート』と呟き、重く閉ざしていた口を開いた。

 

 

「シン殿の言う通り、私奴(わたくしめ)は貴方方にお伝えしなければならない事を隠しておりました」

 

「.........ロバート(あの人)の差金だな?」

 

「はい、仰る通りで御座います..........ひと月以上前、ロバートの前にヴィーネなる者が現れた際、その者はある“()()”を残したそうです」

 

「予言、ですか......?」

 

「その予言の内容は?」

 

「.........貴方方がカタルゴに来て一晩が経った後、シュネー雪原山脈地帯に、かつて魔人族の英雄と呼ばれたロバートを討つべく魔王軍が襲来すると.....」

 

「ッ!?......ちょっと待ってください!それは一体どういう事ですかッ!!」

 

「落ち着け、ロクサーヌ」

 

「ですが!!」

 

「わかってる、だから落ち着け」

 

「ッ..........」

 

 

 珍しく取り乱したロクサーヌを宥めたシン。

 

 魔王軍の襲来。

 

 それだけならシンとロクサーヌ、そしてロバートがいれば善戦できた筈だ。それだけの力をシン達は得ているのだから。

 

 だが、ロバートはその選択をしなかった。むしろシン達を遠ざけようとした。

 

 つまり、ヴィーネがロバートに伝えた“予言”の核心は、シンとロクサーヌに()()()()()()という事なのだろう。それを良しとしなかったんロバートが、こうしてカマルに協力を仰ぎ、直接ライセン大峡谷への転移を勧めさせ、それが出来なければ引き留める様にさせたのだ。

 

 そしてロバートは一人で魔王軍を相手取る事を選んだ。

 

 その理由はわからない。

 

 だが、予言が正確な物だったとするならば、ロバートは今一人で戦っている事になる。

 

 

「カマル老。話してくれたという事は向かってもいいって事だよな?」

 

「.......はい。最早止める気など一抹も御座いませぬ。故に伏してお頼み申しあげます!シン殿、どうか....どうかロバートをお救いください!あの者は今なお復讐の炎に囚われ、その身を焼き焦がしております!友を奪われた悲しみの渦中でもがき苦しんでおります!私奴(わたくしめ)はそれを鎮める事も、見守る覚悟も出来ませんでした!」

 

 

 そう言うとカマルは切実な思いでテーブルに額を擦り付け、シンに乞い願った。

 

 

「ですから何卒、ロバートをお救いください!」

 

 

 その声音は震えていた。

 

 カマルとてロバートが死地に赴く事や良しとは思っておらず、だが里長として彼を止める事ができなかった。

 

 カマルが口にしなかった予言の核心。その一つはこの里すらも巻き込む激戦への発展と里の崩壊。そしてもう一つがシン達が重傷を負い、ロバートが無念の死を遂げる事だった。

 

 それをロバートの口から聞かされた時、カマルは絶句した。しかし回避する方法が無いわけではなかった。

 

 その筈なのにロバートは単身で戦う道を選んだ。そんな選択を選んだロバートをカマルは怒鳴る様に叱りつけ、何度も思い直す様に説得を試みた。

 

 それでもロバートは曲げなかった。

 

 その理由をロバートは終始口にしなかったが、おそらく亡き友への弔いと神と魔王に対する最後の反抗と復讐。そして()()のためだろうとカマルは思い至った。

 

 そんなロバートとその想いを慮ればカマルはそれ以上何も言えなくなり、心に重い蓋をしロバートの背中を見送った。

 

 しかし、蓋をした筈の心がシンの前では漏れていたらしく、最早これ以上自身を偽ることが出来なかった。

 

 だからこそ、今更ではあるがシンに伏して願った。情けない自身の弱さを臆面もなく晒して。

 

 そして、カマルが床に手を着こうとした時、彼の肩に手が乗せられた。

 

 

「カマル老、よく言ってくれた。後は俺に任せておけ。俺は絶対に仲間を見捨てやしない.......だからそんな顔をするな。貴方の想いは確かに受け取った」

 

「ッ.....!シン殿.....!」

 

 

 カマルは確信した。目の前にいる彼こそがロバートやガイル、そしてカマルが夢見た世界を造る希望の光なのだと。

 

 彼から溢れるオーラと力強い瞳と声はカマルの想いを正面から受け止め安心させた。

 

 そして眩しい光を前に人が無意識に手を伸ばす様に、カマルは彼に縋った。

 

 

「この森を抜け、南方に進んだ先に転移用の魔法陣があります。そこからシュネー雪原に戻れます、どうかお急ぎを.....」

 

「わかった。行くぞロクサーヌ!」

 

「はい!」

 

 

 シンとロクサーヌはカマルの家を飛び出した。それと同時にどこかに行っていたバウキスがシンの懐に飛び込んで来た。どうやら話を聞いていたらしく、ついてくる様だ。

 

 そしてもう一人、同行者がシン達の前に現れた。

 

 

『話は聞いたぞシン!俺の背に乗れ!俺ならそう時間もかからず最短で転移陣まで走って行ける!』

 

 

 レオニスがそう言って来たので、ただ一言シンは『頼む』と言ってレオニスの背に飛び乗った。それに続いてロクサーヌも背中に飛び乗り、すぐにレオニスは軽やかに駆け出した。

 

 物凄いスピードで里を駆け抜けるレオニス。その速力は周囲に猛風を立ち上がらせ、畑仕事をしていた魔人族の女性達のスカートを風で(めく)り、短い悲鳴をあげスカートを抑えていた。

 

 一瞬で辿り着いた里の巨大な門を一息で飛び越えたレオニスは森の木々や草花など躊躇なく踏み倒し、遭遇した魔物は障害にすらならず蹴散らさせてしまった。

 

 あっという間に森を向け、赤銅色の大地を駆けるレオニス。背中に乗っているシン達を爆風が襲うが里に来た時と同様にシンの[力魔法]で逸らして行く。

 

 

『見えたぞ!もうすぐ..........ッ!?アレは.....!』

 

 

 レオニスがシン達に声をかけたが、その声はすぐに驚愕した声色に変わった。

 

 レオニスが見た物。シン達は視界の先に見えた巨大な影を見つけた。

 

 

「............遅かったか」

 

 

 カマルが最後に言った『どうかお急ぎを.....』の意味がよくやくハッキリした。

 

 ロバートの協力者は何もカマルだけではない。

 

 カマルより長い時を生き、強大で、神に対抗する切り札の一つとして数えられた、この地上で最も猛き存在がそこにいた。

 

 

『親父ぃ.......!』

 

『やはり来てしまったかシン』

 

「そこをどいてくれないかレグルス。急いでるんだ」

 

『我等が王の頼みと言えど、今回ばかりは聞き届けられん。古き友の最後の願いを無碍にするわけにはいかないのです』

 

 

 シン達の前で立ち塞がる歴戦の赤獅子“レグルス”。

 

 その決意は揺るがないらしく、王と認めたシンに対して確かな敵意を剥き出しにしていた。

 

 

「どうしてもそこを退かないって言うなら仕方がない.......強引にでも押し通らせてもらう!!」

 

 

 シンは開幕速攻で[力魔法]による衝撃波を放った。

 

 だが、それを難なく受け止めたレグルスが大きく息を吸った。

 

ーーーGWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!!

 

 レグルスが吠えた。

 

 まるで大陸全土に轟きそうな程の爆発的な咆哮がシン達を襲った。

 

 レグルスの咆哮によって生じた衝撃波と風圧があっさりとシンの[力魔法]を弾き返し、そのまま力任せに押し返されたのだ。その上シンとロクサーヌの聴覚を奪い、まるで塵を転がすかの様に二人の体が吹き飛ばされた。

 

 レオニスの背中から強制的に引き摺り下ろされたシン。

 

 だがそこで終わらなかった。

 

 

『シン......!!』

 

「ッ!?」

 

 

 レオニスが警告の声を上げたと思った矢先、シンの頭上から巨大な影が覆い被さった。

 

 一瞬のうちにシンとの距離を詰めていたレグルスが拳を振り被っていた。

 

 それを見てすぐさま身体強化を施し、力魔法による防壁を張ったシンだったが気がつくとその体は宙を舞い、視界がぐらつき、肺の中の空気が一気に放出された。

 

 

「ガハッ!?(一体何が.....ッ!?)」

 

『安心しろ、命までは取らない。俺とて王をこの手にかける事など致しはしない.......』

 

 

 レグルスは拳を振り抜いていた。

 

 そこで理解した。

 

 レグルスはシンが張った力魔法の防御ごと殴り飛ばしていたのだ。

 

 シンとて油断は無かった。先程の咆哮を見て赤獅子の凄まじさを理解したからこそ、シンは最大出力で力魔法を発動させレグルスの拳を受け止めるつもりでいた。その防御力は氷雪洞窟最後の試練でシンが受けた白い要の覇拳すら受け止められる程だ。

 

 だが、それをレグルスは簡単に乗り越えて来た。

 

 レグルスの豪腕から繰り出された拳はシンの力魔法の防御などお構い無しに振り抜かれ、単純な腕力のみでシンを撃ち抜いたのだ。

 

 ハッキリ言ってノイントの存在が霞む程の威力だ。もしレグルスがノイントと戦ったなら、間違いなくレグルスの圧勝だろう。

 

 

(これが魔物.....?はは、魔物なんて言う括りで収まる様な存在じゃない!これは、間違いなく本物の“怪物”だ......!!)

 

「これが赤獅子......これがファナリスかッ.......!」

 

 

 まさに大陸の覇者。

 

 その頂点に立つ歴戦の赤獅子レグルス。

 

 シンはその巨体がいつも以上に大きく見えた。

 

 だが、止まるわけには行かない。

 

 シンは腰の刀剣に手をかけ、“詠唱”を始めた。

 

 

「〝憤怒と英傑の精霊よ。汝と汝の眷属に命ずるーー〟」

 

『来るか、シン。ならば骨の二、三本は覚悟してもらうぞ』

 

 

 シンが手にかけた刀剣から光が溢れ出し、徐々にその光が強さを増して行く。

 

 赤獅子の王とのちの覇王がここに激突する。

 





補足


『登場人物』


「アリエル」
・白髪ショートヘアの魔人族の女。魔王軍武装兵団の将軍を務める女戦士。三叉の槍と盾で主武装とし、ビキニアーマーを纏っている。高身長で鍛え抜かれた腹筋が露出している。豪快で利己的な考えをしており、闘争を渇望している。(イメージはFGOのカイニスです。アレをもう少しを肌を黒くした感じです。性格とかは若干異なります)


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父と娘


めっちゃ長くなりました。一万七千文字超えです。

オリジナル要素盛り沢山の回です。




 

 猛吹雪が吹き荒れる雪原の中、ロバートは重く降り積もった雪の大地を軽い足取りで疾風の如く駆けていた。

 

 吹き巻く雪風がロバートを視界を塞ごうと彼の顔に雪が幾粒もぶつかり溶けていく中、瞬きの間にーー〝一閃!〟

 

 魔物が上下に両断され、ズルリと落ち、血肉をばら撒く。

 

 四方八方から襲いかかる魔物の軍勢。

 

 数はざっと見積もっても三万強、その殆どが雪原に生息している魔物達ばかりで、おそらく何らかに強化が施されているのだろう。ロバートに肉薄する魔物達の強さが通常の個体よりも数段上がっているのだから。

 

 しかしその強さが数段上がっていると言えど、驚く程の強さではなく、ロバートの剣撃の前では呆気なく斬り伏せられていく。

 

 二刀流の構えで迫り来る魔物達を片っ端から斬り殺していくロバート。剣に付与された魔法の効果なのか、突き刺し、斬りつけた魔物達は、まるで肉体がブクブクと泡立つ様にして爆散していく。

 

 ロバートが手にしている二刀の長剣もまた彼が作ったアーティファクトで、変成魔法が付与されている。その変成魔法の効果で肉体を爆発的に活性化させ、その活性化に耐え切れなかった相手の肉体を爆散させるというエゲつない効果が付与されている。

 

 そんな魔剣を巧みに操り、代わる代わる目の前に現れる魔物達を容赦なく斬り伏せていく。

 

 剣の能力も相当な物だがそれを操るロバートの無駄な動きが無い華麗な体捌きや、的確に急所のみを狙う剣の技術はまさに歴戦の剣士と呼ぶに相応しい姿であった。

 

 

ーーー乱れ咲く剣閃の嵐が魔物の肉を断つーーー

 

ーーー鋭い剣閃を浴びた魔物が泡吹き爆ぜるーーー

 

ーーー疾く駆ける両脚は雪原を踏み締め、縦横無尽に踊るーー

 

ーーー彼に伸ばした魔物の腕はその腕の端から剣閃が走り、魔物の巨体を細かく寸断し、血肉をばら撒くーーー

 

ーーー拳も魔法も牙も爪も届かない。ヒラヒラと舞う木葉の如き体捌きで気づいた時には首が宙を舞うーーー

 

ーーー細く鋭い眼光の中で敵を見据える瞳孔。その瞳と視線が合う事は無く、肉薄した彼が剣で心臓を穿つーーー

 

 

 そんな彼を見ていた魔人族の女将軍アリエルは実に愉快そうな笑みを浮かべていた。

 

 

「いいじゃねェかァッ!ロバート・ヴィラム!まさに英雄と呼ばれるに相応しい実力だァ!伝説の英雄が生きてると聞いて最初は半信半疑だったが、アイツは間違いなく本物だァ!」

 

「アリエル様、このままでは魔物の大軍があの男に壊滅させられます。フリード様から貸して頂いた魔物をここでみすみす使い潰すのは得策ではありません」

 

「わかっている。ちょうどオレ様もあの男と矛を交えたいと思っていたところだ............邪魔はするなよ?もし、お前の()()でオレとあの男の戦いに余計な手出しをする様なら容赦はしない」

 

「分かっていますアリエル様。ですが私との約束は守っていただきます」

 

「ああ、分かっている........トドメはお前に譲ってやる」

 

 

 そう言ってアリエルはロバートに向かって一直線に駆け出した。目の前に居る魔物達はアリエルの突進によって轢き潰され、またはアリエルが持つ銀の三叉槍を高速に振り回した斬撃によって挽肉にされて行く。それを見たアリエルの部下達が溜息を吐いていた。先程アリエルと会話をしていた魔人族の女は顔を引き攣らせていた。

 

 そしてロバートの目の前までに迫ってきたアリエルは嬉々としてその槍を振り上げた。

 

 

「ロバートォオオオオオッ!」

 

「チッ......!」

 

 

 アリエルが槍をロバートの脳天目掛けて振り下ろしたが、それを両手の長剣をクロスさせて受け止めたロバート。

 

 

(ッ!?.........なんだ、この重さはッ.........?!)

 

 

 受け止めた槍からどんどん力が加わり押し込まれていく。

 

 衰えたと言えロバートは剣の達人。勿論腕力にも自信がある。並大抵の競り合いではロバートの防御は小揺るぎもしない。

 

 しかし現状ロバートは一方的に力で押し込まれていた。

 

 

「随分驚いてそうな面だなァ。そんなにオレの力が不思議か?言っておくが、今テメェを押し返しているのは魔力による強化じゃねェ。オレ様の純粋な腕力さァッ!」

 

 

 途端、さらに力を込めたアリエルはロバートの二刀を砕き、その槍の矛先がロバートの右腕を掠め、浅い切り傷を刻んだ。

 

 まずい!と思ったロバートはアリエルから距離を取ろうと後方に跳躍した。アリエルは追撃してこない。何故ならその必要が無いからだ。

 

 

「ーーー〝灰塵と成せ〟ーーー」

 

 

 アリエルがその言葉を小さく呟いた刹那、ロバートの右腕がアリエルに付けられた切り傷をから波紋の様に燃え尽きた灰屑の様にボロボロと崩壊し始めた。

 

 悪態を吐きながらロバートはその波紋が右肩に広がる前に、腰から抜いた長剣でその腕を切り落とした。そして新しく抜いた長剣に付与された火属性魔法の爆発で傷口を焼き、止血する。

 

 切り落とされたロバートの右腕はそのまま灰塵になり果て、吹き荒れる猛吹雪で簡単に腕の原形を崩し、跡形も無く消え去った。

 

 

「殺す気は無かったが、やはりこの“力”を使ってしまうと加減が効かなくなるな.......」

 

「はぁ、はぁ....ふぅー........その槍、お前の様な女が()()を使っているとはな」

 

「ああ。魔王様から賜った物だが、話は聞いているぞ?()()()()()()()()()()()()()()()()、ロバート」

 

 

 そう。アリエルが持っている銀の三叉槍。

 

 それはかつてロバートが作り出したアーティファクト。

 

 だが、正確にはロバートのみで作り上げた物では無い。亡き友ガイルとオルクス大迷宮で出会った吸血鬼の友()()()。二人の協力があって初めて完成した一撃必殺の槍なのだ。

 

 その名も〝三叉槍ダインスレイヴ〟

 

 様々な鉱石を掛け合わせた事で高い硬度と靱性を持つその槍は敵を即死させる事に特化した代物。

 

 先程ロバートと受けた攻撃、あれは生物の肉体を灰塵の様に崩壊させるガイルの変成魔法が付与された物。さらに吸血鬼の友ディンが考案した魔力の蓄積と解放、そして循環が付与されており、蓄積された魔力を使用者に分け与える事も出来るうえに、魔力を一気に解放して爆発を引き起こす事も可能。その上、ロバートがオルクス大迷宮で獲得した生成魔法で様々な効果を持つ複数の鉱石を掛け合わせた事で使用者の手元に任意で戻ってくる能力も備わっている。

 

 三人の男がこの槍の製作に携わっていた事から槍の形状は三叉となり、友情の証でもある。

 

 その槍こそがロバートが生み出した最初で最後の()()()()()()()()であり、()()()()()()()死の槍なのだ。

 

 

「正直この槍を使うのはオレの主義に反する事だが、生憎これ以外の槍はオレが使うと壊れちまうからなァ。今はありがたく使わせてもらってる。さて、片腕を失ったテメェは一体どこまでやれるのか見物だなァ」

 

 

 挑発的な態度を取るアリエル。

 

 すると周りにいた魔物の数体がロバートの背後から襲おうとした。

 

 それに気づいていたロバートは背後の魔物達を切り伏せようと左腕の剣を構えた時、アリエルが槍を投擲しロバートに近づいていた魔物達を串刺しにした。そして串刺しにされた魔物達はあっという間に灰塵と成り、吹雪と共にその塵が舞い上がっていく。

 

 そしてダインスレイヴは一人でにアリエルの手に戻って行った。

 

 

「どういうつもりだ?さっきも言ったよなァ、オレ様の邪魔はするなって........返答次第ではまずお前からぶち殺すぞ、()()()()?」

 

「......カトレア、だと........?」

 

「アリエル様こそ、何故先程追撃なされなかったのですか?あのままもう片方の腕を切り落として仕舞えばすぐに終わっていたものを......」

 

「アア?戦士であるオレに、フリードの駒使いの分際で意見しようってのかァ?幾らお前がコイツの息女(むすめ)だからって、オレの戦場に私怨を持ち込むんじゃねェよ」

 

「これは私怨ではありませんよ、アリエル様。私はさっさとその男を殺してフリード様の元に帰らねばならないのです。ですから早めにその男を動けない様にして欲しいのですがね......」

 

 

 アリエルと赤髪の魔人族の女がそんな会話をしていた。

 

 この会話を耳にしていたロバートはこの場に来て初めて大きく動揺し、アリエルと話している女に視線を向けた。

 

 そこには深く被ったフードで顔を隠し、僅かにフードの中からはみ出している赤い髪が見てとれた。

 

 そんなロバートの視線に気づいたのか、その女はフードを外し、その顔を露わにした。

 

 

「お久しぶりですね、()()

 

「.........カトレア、魔王軍に入ったのだな.........(やはり()()()()()()()()、魔王軍に与していたか.......)」

 

「貴方の仰る通り、私は魔王軍の者です。正確には魔王軍魔導兵団の将軍フリードバグワー様の部下ですが.........父上を....いいや、“()()”を殺す為に、私は魔王軍に入った」

 

「......母親はどうした?.........あいつは、()()()()はお前を止めなかったのか?」

 

「母は既に死んだわ。十年前、病でね。本当に憐れな女だった.......貴方が迎えに来てくれるとずっと信じて、心を病ませ、体も病気で侵され........最後は私に父を許してやれなんて馬鹿みたいな事を言って死んでいったわ」

 

 

 ロバートには妻と子供がいた。

 

 ロバートが妻と出会ったのはロクサーヌを雪原で拾う十二年以上前の事だ。

 

 当時、神に対する復讐を掲げ、アーティファクト製作とカタルゴ大陸の赤獅子や穏健派の魔人族達に会う為行き来をしていた時、偶々(たまたま)雪原を移動していた彼が見つけたのが、雪原で行き倒れていた魔人族の女性“カーリー”だった。

 

 カーリーを助けて以降、彼女は頻繁にロバートの元に訪れる様になった。

 

 ロバートに助けられ、一目惚れしたカーリーはロバートに猛アタックをし続け、絆されたロバートは長い人生で初めて妻を娶り、子も授かった。子供の名前は“カトレア”。二人と同じ赤毛の女の子だった。

 

 家庭を持った事でロバートは穏やかになった。だがそれを良しとしなかったロバートは妻の静止を振り切り、工房に籠り続け、頻繁に家を空ける様になった。

 

 友を奪われた怒りと悲しみが消える事を恐れたロバート。

 

 ロバートを心配するカーリー、当時四歳になっていたカトレア。

 

 次第にロバートとカーリーは口論が増え、カトレアが五歳になった年のある日、二人はロバートの元を去って行った。

 

 当時はそれほどショックでは無かった。

 

 自分の復讐に妻と子供の人生を巻き込むわけには行かないなどと様々を理由を並べ、自身の過ちを正当化しようとしていた。

 

 そんな時、ふと昔の記憶が蘇った。

 

 古い記憶だ。まだロバートが若かりし頃の話。

 

 ガイルと冒険を始め、オルクス大迷宮で吸血鬼の男“ディン”と出会い、その果てで世界の真実を知った後の何気ない別れの会話だ。

 

 

『“ダインスレイヴ”も完成した事だし、そろそろ地上に戻ろうか』

 

『ああ、そうだな......ディン、お前はどうする?俺達に着いてくるか?』

 

『いや、私は国に帰るよ。近々兄の子供が産まれるんだ。エヒトの事もある、私は国に帰ってここで得た力と知識を国の為に、生まれてくる子供の為に使うよ』

 

『そうか.....なら、次に会う時は酒を酌み交わしながらお前の甥っ子の話を聞かせてもらおうじゃないか!』

 

『おい。ディンは甥だなんて一言も言ってないぞ?』

 

『そうだぞガイル。もしかしたら姪かもしれない。もし生まれてくる子供が女の子だったら、きっと兄の奥さんの様に綺麗で聡明な女性になる事間違い無しだ!』

 

『そして甥なら、お前に似て大雑把な男になる.......』

 

『いやいや、そこはディンの兄に似て、だろ?』

 

『どっち道、その子供とコイツは血縁関係だろ?なら当たらずとも遠からずって奴だ』

 

『あはは....相変わらず酷い言い草だなぁロンは。大体私のどこが大雑把だって言うんだ?』

 

『『隠し味などとぬかして、作った料理に余計な事をするところだ(だな)』』

 

『ほんと君達って息ピッタリだね.......まあ、さっきガイルが言ってくれた事はいつか必ず叶えよう。その時は是非とも私の国に来てくれると嬉しいかな。美味しいお酒も用意するし、兄の子供も会わせられるしね』

 

『しっかし、子供かぁ〜〜。ディンは自分の子供を作ろうとは思わないのか?』

 

『私はいいかな。国に帰ったらそれどころじゃ無さそうだし』

 

『この中で先に結婚しそうなのはガイルだな』

 

『あ〜、この前話してくれたっけ.......確かエリセンで出会った“海人族の女性”と恋人関係なんだってね。ふふ、いいじゃないか。二人に子供が出来たらそれもお祝いしないとだね!ロンはそういう関係の人はいないのかい?』

 

『俺は興味無い。この馬鹿を王にするまでは余計な事に時間を費やすつもりはないからな』

 

『余計な事って........結構大事な事だと思うんだけどな』

 

『ま、俺が王になった暁にはロンを強制的に結婚させるから心配するなディン!』

 

『おい、さらっと王権濫用を宣言するな』

 

『お母さん、アンタの為に良い人見つけてくるからね?』

 

『しれっと母親ポジションに就こうとするな!』

 

『あはははは!本当に君達は面白いね!出来る事ならもっと早く君達と出会いたかった』

 

『遅いと早いもの無いだろ?俺達の人生はこれからなんだから』

 

『ああ、そうだね......ガイル、ロバート、君達と出会えて本当に良かった。君達の夢を私は応援している。手伝える事があればなんでも言ってくれ。吸血鬼の国“アヴァタール国”は君達の来訪を歓迎する』

 

『ありがとう、ディン。俺もお前に会えて本当に良かった。その時は是非頼むよ、ディン.....いや、吸血鬼の国の次期宰相ーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()殿』

 

『.......じゃあな、ディン。また会おう』

 

 

 それが吸血鬼の友“ディン”との別れだった。

 

 ガイルの死後、色々あったロバートは吸血鬼の国が滅び、生き残りが誰もいないという事をあとで知る事になった。

 

 もう二人はこの世にいない。

 

 酒を酌み交わす事も、ディンの姪の自慢話を聞くことも出来ない。

 

 だが、ロバートは父親になった。

 

 きっと今のロバートを見た二人は、彼を叱責するだろう。

 

 そんな自身の不甲斐なさにようやく気づけたロバートだったが、それはあまりに遅く、気づいた時には妻も子供も家を去った後だった。

 

 そして妻子が出て行った五年後に、ロバートは雪原でロクサーヌを拾った。

 

 そんな経緯があった事からロバートは不器用ながらも幼いロクサーヌを男手一つで育て上げた。

 

 弟子として自分が教えられる事を拙いながらも教えてきた。

 

 それは二人に対するせめてもの罪滅ぼしだったのかもしれない。だからと言ってロバートは自身をロクサーヌの父だと思う事も語る事もしなかった。

 

 ロバートにその資格がないからだ。妻と子を蔑ろにした事実は決して消えない。

 

 もし名乗る事が出来る日が来るとすれば、それは家を去った妻と娘と再会し、ふたりに許された時のみだとロバートは思っていた。

 

 そして今、ロバートの目の前に自分の娘が現れた。

 

 最も忌むべき神の配下である魔王軍の一人として。

 

 

 

「お前は母を殺したも同然の男。トドメは必ず私が刺す、これは復讐なんだよ。私達を捨て、母を見殺しにしたアンタに対するね!」

 

 

 皮肉な話だ。

 

 神に対する復讐に囚われた父。その娘もまた復讐に囚われている。

 

 

「その前にまずは、オレ様がお前のもう一つの腕を切り落とす。オレにとっちゃお前と戦えるだけで十分なんだ。だからせいぜい足掻いてオレ様を楽しませてくれよ、ロバートォッ!!」

 

「チッ.....!」

 

 

 瞬間、力強く踏み込んだアリエルがロバートに肉薄し、三叉槍の高速連続刺突を繰り出した。

 

 僅かに傷を負うだけで致命傷となる刺突の嵐に、舌を巻き左腕一本で長剣を振り続けるロバートはそれを凌ぐ。

 

 剣の速さでならロバートはアリエルを凌ぎ、力ではアリエルに及ばない。

 

 今アリエルの槍撃を凌げているのは、(ひとえ)にロバートが長年積み重ねてきた研鑽と技術、そして圧倒的な実戦経験の差があるからだ。

 

 

「たかだか二十年とそこらを生きた程度の小娘如きに、これ以上遅れを取るわけにはいかんッ!」

 

「ッ!?」

 

 

 その瞬間、ロバートの左手の中指に嵌められていた指輪が光を放った。

 

 咄嗟にアリエルはロバートから距離を取った。

 

 そして現れたのは銀の鎖だった。

 

 鎖の太さはロバートの持つ長剣の刃渡りと同等程度。鎖の両端にはV字型に尖った赤い楔と白い楔が備わっている。長さは多く見積もって十メートル前後。もしかしたらそれ以上かも知れない。

 

 そんな鎖が指輪の光と共に、ロバートの体にまるで()()()()巻き付いた状態で現れたのだ。ロバートの体に巻き付ききれず余った鎖は雪原に垂れ落ちている。

 

 

「そんな物で何が出来るってんだァ、アアッ!」

 

 

 突然現れた鎖には多少驚きはしたアリエルだったが、「そんな物は関係ねェ!」とロバートに突っ込んで来る。

 

 そんなアリエルの突進をロバートは見据えながら、垂れ下がっていた鎖の一方の赤い楔を切断された腕の断面に差し込んだ。

 

 その瞬間、銀の鎖が(うね)り、まるで意思を持った生き物の様に鎖の端に付いている赤い楔が鎌首をあげアリエルに襲い掛かった。

 

 真っ直ぐにアリエルの胸を貫こうとする鎖をアリエルは躱す。だが、躱わされた瞬間に鎖は方向転換し、アリエルの背後から襲い掛かった。

 

 

「鬱陶しいッ!」

 

 

 背後からの鎖の攻撃も躱わしたアリエルは、その鎖を断ち切ろうと槍で斬り付ける。だがダインスレイヴの斬れ味ですら切断、または砕く事も敵わず、斬りつけられた鎖はその衝撃で一度は地面に叩きつけられるが、そこから跳弾して再度アリエルに襲い掛かった。

 

 何をしても無意味な程に、何度も何度もアリエルに向かってくる鎖。

 

 それを本格的に対処しようと隙を見せれば、今度はロバートがアリエルに肉薄し剣閃を見舞う。

 

 鎖とロバートの攻撃を槍で逸らし、躱わし、弾き返すが徐々にその足が止まり、完全にアリエルが足を止めた瞬間鎖がアリエルの周囲を囲み螺旋状に鎖の籠となって閉じ込めた。

 

 そして楔がアリエルの胸に突き刺さり、物凄いスピードで自分の魔力が鎖に吸われているの感じ、次の瞬間には鎖が完全にアリエルの体に巻き付き身動きが取れない様に雁字搦めにした。

 

 

「へッ、オレ様を拘束したつもりだろうがこの程度の鎖.............。ッ!?これはッ.......!」

 

「気づくのが少しばかり遅かったな。お前の胸に突き刺さっている楔、それはお前の魔力を吸って鎖の拘束力を強化にする。いくらダインスレイヴの力が強力だろうと腕を振れなければ意味は無い。ダインスレイヴの魔力供給も無意味だ」

 

 

 今アリエルを閉じ込めている鎖。

 

 その名は〝縛鎖フィレモン〟

 

 ロバートが生み出した拘束用アーティファクトで、赤い楔を持つ方が鎖を操作する事ができ、長い鎖の先にある白い楔が相手に刺さればその瞬間から相手の魔力を際限なく吸い取り、その魔力で鎖の強度を高め縛りを強くする。さらに相手を弱体化させる効果もある為、肉体強化系の技能を有していようと保有する魔力量が多ければ多い者ほどその餌食となる。その名の由来の様に獲物に食らいつく、執念深い蛇の様なアーティファクトだ。

 

 そして拘束した相手が魔力を全て吸い取られて仕舞えば、あとはロバートの思う壺。魔力を空にした相手などロバートの相手になり得ない。

 

 操作するのにかなりの魔力消費を強いるが、相手を捉えさえすれば後は勝手に拘束し続ける。

 

 アリエルはまさにこの鎖にとって格好の餌食なのだ。魔人族特有の魔力量の多さに加え、ダインスレイヴの魔力供給がある為、縛鎖フィレモンの力が最も刺さる相手なのだ。

 

 

「アリエル様ッ!!」

 

「アリエル様、今お助けします!」

 

「おのれぇッ!よくもアリエル様......!」

 

 

 アリエルの部下と思わしき魔人族の男達が魔法による攻撃を放とうとし、カトレアは魔物達を操りロバートに(けしか)けようとする。

 

 それに気づいていたロバートは左手に持っていた剣を地面に刺し、背中に背負っていた四本の剣を抜き取り、四本の剣の柄を器用に指の間に挟み込んだ。

 

 そしてそれを魔物の大軍とカトレア以外の魔人族の男達の上空に向けて投擲し、その切先が彼等に向いた。

 

 その瞬間、投擲された四本の剣が強い光を放ち剣は自壊。だが自壊した剣は千の小刃となって雪原を突き刺す様に降り注いだ。

 

 〝千刃ヘッジホッグ〟

 

 ガイルとロバートが旅の途中で遭遇したハリネズミの様な魔物の能力を参考に制作したアーティファクトで、一本の剣の中に千の小刃が詰め込まれており、魔力を通すことで剣を自壊させ一方向に小刃の雨を浴びせる事が出来る代物だ。

 

 本来は切先から小刃を一本ずつ射出し、中距離から牽制攻撃に使う物だが、大軍を相手に使用する場合はこういう風な使い方もできる。その場合は自壊させることが前提なので一回きりの大技になってしまう。

 

 だが、この戦場に於いてはそれが最も有効な手段だった。

 

 千の小刃を浴びた魔物や魔人族が肉を裂かれ、大量に出血し倒れている。

 

 魔物の数もかなり減り、生き残っている魔物達は目の前の惨状を目の当たりにして酷く怯えていた。

 

 そしてそれは目の前で同族が無惨に殺されたカトレアも同じだった。

 

 

「そ、そんな.....ッ、魔物の大群が一瞬で.....!?」

 

 

 目の前に広がる地獄を目の当たりにして、カトレアの足が震え、膝を折り、尻餅をついた。

 

 ザクっ、と雪を踏み締めたロバートの足音が聞こえ、カトレアが怯えた表情で彼を見上げる。

 

 そしてカトレアに歩み寄って来たロバートが口を開いた。

 

 

「カトレア、お前が俺を父として認めない事は理解しているつもりだ。今更父親面をするつもりも無い........だが、お前に母を想う気持ちがあるのなら、魔王軍から手を引け」

 

「なっ......!?」

 

「この世界の神は狂っている。神エヒトは盤上の遊戯の様に一時の気まぐれで世界の秩序を崩壊させる。まるで玩具の様にな.......そんな神の配下を名乗る魔王の軍に身を置くなど、お前の母は絶対に許さないはずだ」

 

「わ、私達の神はアルヴヘイト様だ!魔王様はエヒトの配下じゃないっ!」

 

「違うぞ、カトレア。魔王の正体は()()()()()()だ。そして、そのアルヴヘイトは神エヒトの眷属.........俺が最も憎み続けた、殺したい相手だ..........!」

 

 

 アルヴヘイトの名を口にした途端、彼の語気が重い物となった。ロバートの剣を握る手の力が強くなり、彼の表情はとても険しいものとなっていた。

 

 そんなロバートを見て、カトレアは彼がどれだけアルヴヘイトを強く憎んでいるのかを本能的に理解させられた。

 

 

「お前も知っているはずだ。三百年以上も昔、魔国を崩壊寸前まで追い込んだ地獄の様な惨劇を」

 

「.........“ゴライアス”と“マンティコア”の襲来......?」

 

「そうだ。あれらは全て神が仕組んだ物だ」

 

「ッ!?うそだ.......そんな出鱈目っ.........!」

 

「お前も魔王軍に入っているのなら理解しているはずだ。アレがどれだけ異質で醜悪な物かを........自然発生する様な魔物ではないという事も。アレらは全て人為的に発生させられた物。そして唐突に魔国に現れた......まるで()()()()()()()()()()()な」

 

 

 そう。魔国に惨禍を(もたら)した“ゴライアス”と“マンティコア”の群勢はなんの前触れなく魔国内で唐突に現れたのだ。

 

 そのせいで当時の魔王軍は対処に遅れ、被害が甚大化し、多くの犠牲者を出す事になった。

 

 

「当時魔国には戦争の均衡を崩す程の力を持った存在が二人居た。それは魔法の天才“ガイル”と、“俺”だった。神エヒトはその均衡を保たせる為にわざと魔国にあの魔物達を解き放ち、魔人族の戦力を削らせたのだ.........これは、俺が直接魔王から......いや、アルヴヘイトから聞いた事実だ」

 

「..........そんな話、信じられるわけ....ないじゃないか........ッ」

 

「あれだけの数の魔物を人為的に一瞬で発生させる事など、いくら優れた魔法使いでも不可能だ。無限にも等しい膨大な魔力が無ければまず実現できない.......そんな事ができる物がいるとすれば、それは神以外に他ならない」

 

「..............ッ」

 

 

 正直なところ話の根拠としてはあまりに情報が少ない。

 

 だがカトレアは目の前の男が語る言葉がとても出鱈目だとは思えなかった。

 

 何せ彼の目がとても真っ直ぐで、力強く、幼かった頃に見た昔の父の瞳だったからだ。

 

 幼い頃のカトレアはよく父であるロバートの工房を出入りしていた。

 

 その時に見た父の背中と真っ直ぐな瞳に彼女は憧れていた。いつか父の様に魔道具を作る事を夢見て。

 

 そして工房に入って来たカトレアを見たロバートは溜息混じりに笑って見せ、昔の冒険の話を語り聞かせてくれた。その時に父の親友“ガイル”の話も聞いていた。

 

 あの時の不器用ながらも優しさを感じさせる、真っ直ぐで力強い瞳を、今ロバートはカトレアに向けていた。

 

 カトレアがロバートを憎んだ本当の理由は、父が自分と母を迎えに来なかった事にある。

 

 母はずっと待っていた。カトレアもずっと待っていた。

 

 だが父は来なかった。

 

 二人を自分の戦いに巻き込まない為にと敢えて迎えに行かなかったロバート。それを知る故も無い妻子。両者の間で一番足りなかったのは、お互いの理解を深める為の話し合いだったのだ。

 

 それを怠った結果、カトレアは父を憎む羽目になった。

 

 

「カトレア.......先程俺はお前に父親面をするつもりはないと言ったが、あれは本心ではない。本当はお前やカーリーを心から愛している。だからこそ言わせてほしいーーー......すまなかった。お前とカーリーを迎えに行く事ができなくて。俺はお前達を俺の戦いに巻き込む事を恐れ、遠ざけてしまった.......本当にすまない......」

 

 

 ロバートはカトレアに頭を下げ、謝罪した。

 

 その姿を見たカトレアは、自分が本当に求めていた事を(ようや)く理解した。

 

 父に謝って欲しかったのだ。

 

 自分達が本当に愛されていたのかが知りたかったのだ。

 

 その事に気づいたカトレアは胸の内で様々な感情が複雑に絡み合い、思いが強く迫り上がり、そして込み上げて来た感情が涙となって溢れてしまっていた。

 

 

「ぅっ......ぅっ.....いまさらっ....ぅぅッ.....」

 

「カトレア......」

 

「ほんとぉは.......ゆるしたくないのに.......ぅっ.....おそいわよぅ......()()()()().......!」

 

 

 泣きじゃくるカトレアを見て、ロバートは幼い頃のカトレアを思い出した。

 

 

(嗚呼、お前は昔からそんな泣き方だったな........)

 

 

 そんな彼女の肩にロバートが優しく手を触れようとした時、突然後方から物凄い爆発音が轟き、その震源地である雪の大地がまるで火山の噴火の様に爆ぜた。

 

 そしてロバートはすぐにそれが何なのかを理解した。

 

 

「まさかッ.......自力で抜け出したのか.......ッ!?」

 

 

 爆発の震源地付近には吹き飛ばされた雪塊や土砂、そしてアリエルを縛っていた筈の鎖の残骸が空から降って落ち、辺りに撒き散らされた。

 

 

「ったく、復讐がしたいっつうから連れて来たってのによォ。とんだ三文芝居を見せられたぜ」

 

 

 三叉槍を肩に担ぎ、首をポキポキと鳴らすアリエルが平然とその震源地から歩いてくる。

 

 アリエルの体は酷くボロボロになっており、全身至る所から血を垂れ流していた。槍を持っていない腕が折れ、ぶらりと垂れ下がっている。その上、顔の半分が酷く焼け爛れ、彼女の豊満な胸部も抉れた様に焼き消されている。おそらく先ほどの衝撃は自分ごと爆発させた影響だろう。生きているのが不思議なくらいな重傷だ。だがーーー

 

 

「ーーー何をした?お前の魔力は既に枯渇寸前だった筈だ。何故縛鎖から逃れられた?」

 

「アア?んなもん決まってるだろォ。魔力が完全にカラになる前に鎖をぶっ壊したんだよォ」

 

「それは不可能だ。お前がどれだけ魔力や肉体で優れていようと、お前の魔力で強化された鎖の力を破壊する事など出来るわけがない!」

 

「なら()()()()()()()()()()()()()?それを可能にする力を」

 

「まさか......お前も持っているのか!?[()()()()」を.......!」

 

「へぇ〜、その様子だとやっぱりアンタもオレ様と同じ力を持ってるみたいだなァ!」

 

 

 ロバートの言う通り、アリエルもまた英雄になる為の試練を与えられる存在。つまり[英傑試練]を持つ者なのだ。

 

 その力でアリエルは鎖を破壊し、強引に縛りを解いた。

 

 

「オレ様にしか使えなねェ力だと思ってたが、まさかもう一人居たなんてなァ。ハハハッ、これだから強い奴と戦うのはやめらねェんだァ!」

 

「だがお前は既に満身創痍。それだけの傷を負って俺と戦えるなど.......」

 

「傷だァ?んなもんどこにあるってェ?」

 

「なっ!?」

 

 

 アリエルがそんな訳のわからない事を口にしロバートが怪訝そうな表情を浮かべようとした時、それは一気に驚愕の表紙へと塗り変わった。

 

 先程まであったアリエルの傷がどこにも()()()()()()()()()()

 

 抉れた胸部も、折れた腕も、焼け爛れた顔もまるで元からそんな傷は負っていなかったかの様に元のアリエルの姿だった。

 

 

「〝超速再生〟ーーーそれがオレ様の固有魔法だァ。魔力が僅かにでも残ってればすぐにでも傷は塞がる。ダインスレイヴ(コイツ)の魔力爆発とオレ様が新しく獲得した[自爆]で鎖の縛りをぶっ壊したが流石のオレ様でも今のは堪えたぜェ?まあ、見ての通りだがなァ」

 

「だが、それだけの力を使えばお前はもう動けまい」

 

「そうでねェさァッ!!」

 

 

 ロバートの推測に対し、アリエルは槍を適当に振って答えた。

 

 ただ無造作に振られた槍。だがそれによって引き起こされた風圧がアリエルの近くで怯えていた魔物達を吹き飛ばした。その余波がロバートとカトレアにも到達し、激しい暴風となって二人の体を後退させた。

 

 あり得ない......!?

 

 あれだけの力をまだ隠し持っていた事に驚きを隠せないロバート。そもそも鎖の拘束によって肉体能力は低下し、魔力もほとんど無い筈の彼女がここまでの力を発揮できるわけがないのだ。

 

 

「アリエル様は魔力量もかなりの物だけど、真に恐ろしいのは肉体能力そのもの........あの人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ステータスは平均で一万以上なの」

 

「ッ!?魔物を、食っただと......!?そんな事をすれば肉体が...........なるほど、それで[超速再生]か......」

 

 

 カトレアの説明を聞き最初は驚いたロバートだったが、アリエルの馬鹿げた力の源が全て彼女が保有する固有魔法に起因している事に気がつく。

 

 本来魔物と人は相容れない存在同士。人が魔物を捕食すれば、立ち所に肉体が崩壊し死に至る。ダインスレイヴも元はそこから着想を得た物だから、当然その事を理解しているロバート。だがあろう事か、アリエルはそれを意図的に行い、肉体の崩壊を[超速再生]で無理矢理食い止め、それを超えた先にある“進化”に自力で至ったのだ。

 

 アリエルのステータスの平均値は一万強とのこと。

 

 正直化け物染みている。

 

 

「オレ様のステータスの事をペラペラと......カトレアァ、お前は復讐はもう良いのかァ?もう良いんだろォ?なら、その獲物はオレ様が喰い殺すァッ!!」

 

 

 ここに来て()()本気になったアリエルが、さっきの攻防とは比べ物にならない速度でロバートに迫った。

 

 一瞬でロバートに肉薄したアリエルがカトレアごとロバートを叩き斬ろうとしたのを見て、即座にロバートはカトレアを蹴り飛ばした。

 

 振り下ろされた三叉槍を受け止めた左手の長剣で受け止める。だが、受け止めたロバートの剣はあっさりと砕かれ、槍刃が深々とロバートの上半身を切り裂き、血飛沫を上げた。

 

 

「お父さんッ!!」

 

 

 カトレアが父の名を叫ぶ様に呼んだ。

 

 いつの間にか彼女のロバートに対する呼び方が“お父さん”に戻っていた。

 

 だがそんな事を気にする余裕は無い。

 

 斬られた以上、崩壊(アレ)が来る。

 

 そう思って身構えていたロバートだったが、崩壊は起きなかった。

 

 

「もうダインスレイヴ(コイツ)の力は使わねェよ。言っただろ?オレ様の主義じゃねェってェ.......それにもうダインスレイヴ(コイツ)の魔力もカラだ。オレ様もさっきの回復で魔力が殆ど尽きてる。つまり、こっから先はガチンコの勝負ってワケさァッ!!」

 

「くっ.......!!」

 

 

 ロバートは再び指輪に魔力を通して新しい剣を出現させ、それを掴んだ。

 

 先程からロバートが光らせている指輪。それは空間魔法が付与された魔道具で、バウキスの異袋をヒントに開発された物。

 

 ロバートが制作した武器などがその異空間に保管されており、魔力を通せばいつでも収納や取出しが可能なのだが、今のロバートは残りの魔力が少ない為、取り出せて後二、三本が限度。

 

 その上、ロバートはここに来て肉体の衰えと変成魔法で延命し続けて来た反動が現れた。

 

 ロバートの髪の色がどんどん白く染まり出し、鮮やかな赤い髪はもう何処にもなかった。肉体能力も格段に落ち、正直なところ剣を振るのがやっとの状態。だが、アリエルを見据える瞳だけは気高く覇気を放っており、俄然ロバートの戦意に衰えは無かった。

 

 

「何だその姿はァ?まるでさっきと別人じゃねェか。フンッ、三百年も生きてる伝説の英雄も老いには敵わねェって事か.......だが、流石と云うべきか。未だ衰えないその敵意は誉めてるよォロバート・ヴィラム.......!」

 

「お父さん........」

 

「カトレア.......こんな惨めな父ですまなかった......せめてお前だけでも生きながらえてくれ........情けない駄目な父からの、最後の願いだ.........ッ」

 

 

 そう言ってロバートは重い体を引き摺るようにアリエルに剣を向け、振り降ろす。

 

 だがそれをアリエルが簡単に掌で受け止め、ロバートを蹴り上げた。

 

 宙に浮くロバートの体、さらにアリエルが追撃してロバートに回し蹴りを喰らわせ、雪原の地面に叩きつけた。

 

 もはや先程までのロバートの勇ましさは見る影もない。

 

 只々アリエルに痛めつけられるロバート。それでも立ちあがろうとし、その度に槍で傷をつけられ、痛ましい姿になっていく。

 

 

「ガハッ.....!!」

 

「オレ様とてこれ以上テメェを無闇に辱める事は気が引ける。せめてもの慈悲だ、魔人族最強の戦士であるオレ様の手でかつての英雄に引導を渡そう.......」

 

 

 ロバートにトドメを刺そうとするアリエル。

 

 それを見たカトレアが「待ってください!アリエル様!」とアリエルの名を呼びながらそれを中断させた。

 

 

「その男は不思議な魔道具を作る事が出来ます!この男を魔国に連れ帰り治療すれば魔王軍の戦力拡大に繋がるかも知れません!」

 

 

 カトレアそんな事を口走った。

 

 それはロバートを殺さずに済むための、咄嗟に思いついた苦し紛れの言い訳だった。

 

 

「アア?何言ってやがる。オレ様達はコイツを殺せと魔王様から命じられてんだぞ?一度は勧誘したがコイツは既に断った。なら生かす理由はもう無ねェ.......カトレアァ。テメェ、最初はコイツを殺すだの言ってた癖に次は助けろだァッ?オレはテメェの部下じゃねェんだよォッ!!」

 

 

 そう言ってアリエルは槍の矛先を払い、それによって発生した風圧の衝撃がカトレアを吹き飛ばした。

 

 その重たい衝撃にカトレアの体は雪原を転がり、苦しそうに顔を歪ませた。

 

 

「テメェがなんと言おうとコイツはここで殺す!テメェも軍人なら親を殺す程度の事は覚悟しろォ!」

 

「.........私には、まだ.....その人から聞かなければいけない事があるんですッ......!」

 

 

 カトレアが聞きたい事。それは何故父が家族を遠ざけてまで魔王と離反しているのか、そして何故父が自分達を迎えに来なかったのか。

 

 聞きたい事が山程ある。話したい事が山程ある。言い足りない文句が山程ある。だからこそ、カトレアはここで屈する訳にはいかないのだ。

 

 彼女にとって家族は魔王軍よりも優先されるべき存在なのだからーーー!

 

 その覚悟の現れなのか、未だに生き残っているごく僅かな魔物達がアリエルに殺気を放ち出した。

 

 

「........本気か?オレ様と事を構えるつもりなのか、カトレアァ?」

 

「例えアリエル様が相手でもこれだけは譲れません......」

 

「いい度胸だァ.....ならァ、テメェから先に殺してやる....!」

 

「そんな事、させる訳ないだろッ.....!」

 

 

 既に死に体だったロバートが立ち上がり、アリエルに剣を投げつけた。

 

 だがその剣はあっさりとアリエルの三叉槍に弾かれる。

 

 酷く荒い呼吸をしているロバート。止めどなく溢れ出すロバートの血が地面の雪を赤く染め上げていく。

 

 そしてふらついたロバートを見てカトレアがロバートの体を支えようと駆け寄った。

 

 

「ハッ!随分親子らしくなったじゃねェかァ。だが今のロバートと周りの魔物だけでオレ様を止められると思ってるのかァ?」

 

「ぐっ......!」

 

 

 カトレアが魔物達に指令を出し、アリエルを襲わせる。

 

 今度はアリエルが魔物の群れに囲まれているが、焼石に水程度の時間稼ぎにしかならない魔物(それ)はアリエルが槍を振った途端に次々と血肉をぶち撒けていく。

 

 

「.........カトレア、逃げろ.....俺はもう長くない。世界の真実を知ったお前が、魔王軍に戻れば.......神に、アルヴヘイトに何をされるかわからん.....!」

 

「逃げる訳ないだろバカ親父っ!アンタを置いて逃げるくらいなら、私はここで戦う!そんでアンタと二人でここを逃げ切る!それ以外の道は私にはないのよ!」

 

「........ふっ、強引だなぁ........まるでカーリーみたいだ.......」

 

「こんな時に冗談言ってる場合じゃないんだよッ!」

 

 

 どんどん魔物が無惨な骸に変えられていく。

 

 そしてとうとうアリエルの前に魔物が居なくなった。

 

 

「これで終いだァ。親子共々ここでオレ様がテメェらを葬り去ってやるァッ!!」

 

 

 そう言って遂にアリエルが二人に向かって突進してきた。

 

 もはやこれまでかと思われた矢先、それは突然起こった。

 

 

「ーーー〝雷光剣(バララーク・サイカ)!〟ーーー」

 

「ッ!?」

 

 

 詠唱の様な言葉が聞こえた時、青白い雷撃の太い柱が雪原の大地をなぞる様に伸びた。まるで竜が咆哮を上げたかの様な轟音を鳴らし、一帯の雪原を焼き滅ぼした。

 

 それはロバート達に突進したアリエルの進路を妨げ、咄嗟にアリエルはその場から飛び退いた。目の前の異質な光景を凝視した後、アリエルはそれが伸びて来た先に視線を向けた。

 

 

「一体、何が.......!?」

 

「........ふっ、まったく.....これは運命を変えたと言うべきなのか、ヴィーネ.......」

 

 

 驚くカトレアと呆れた様な声を漏らすロバートも、雷光が伸びて来た先に視線を向けた。

 

 アリエルとカトレア、そしてロバートが見たのは二人の男女だった。

 

 女は狼人族。もう一人の男は人間族だろう。

 

 だが、人間の男が持つ刀剣とその腕の様子が少しおかしかった。

 

 ()()()()()()()()()は緩やかな反りが入っており剣先に向かうほど若干刃渡りが太くなっている。さらに鍔には青い鱗の竜の様な物が巻き付いており、鍔の中心には赤い宝石が見てとれた。そしてその刀剣を握っている彼の腕、これが最も異能な物で、まるで刀剣から何かに侵食されたかの様に指先から前腕部にかけて青い鱗で覆われていた。

 

 

「テメェ.....一体何者だァ.....?」

 

「俺か?俺の名前はシン。そこにいるロバート・ヴィラムを迎えに来た王だ」

 





補足



『登場したアーティファクトor魔道具』


「三叉槍ダインスレイヴ」
・ロバート、ガイル、ディンリードの三人で生み出した最強の槍。傷つけた相手の肉体を灰塵の様に崩壊させる変成魔王が付与されており、他ににも魔力蓄積、魔力循環、魔力解放といった使用者を魔力枯渇させないための機能が備わっている。さらに使用者の任意で槍を手元に引き寄せる効果もあり、槍を投擲した後勝手に手元に戻ってくる。攻撃力、破壊力共に優れた頑丈なアーティファクト。ロバートが言う〝一番目の最高傑作〟がこのダインスレイヴである。


「縛鎖フィレモン」
・拘束用アーティファクト。カタルゴで採取された珍しい鉱石を掛け合わせて作られた鎖。鎖の太さはロバートの持つ長剣の刃渡りと同等程度。鎖の両端にはV字型に尖った赤い楔と白い楔が備わっている。長さはおよそ十二メートル。赤い楔を持って鎖を操り、白い楔で相手を捉え拘束する。拘束した相手の魔力をガンガン吸い、さらに肉体に対して弱体化、または衰弱化をもたらす。魔力量が多ければ多いほどその餌食となり、拘束力を強め、弱体化を早める。


「千刃ヘッジホッグ」
・一つの刀身に千の小さな刃が埋め込まれている。剣先を相手に向け、魔力を通す事で一本ずつ小刃を射出する事ができる。自壊させる程の魔力を送り込むと、剣先から刀身が弾け、千本の小刃の雨を降らす。
カタルゴ大陸に生息するハリネズミの魔物から着想を得た。

「指輪型魔道具〝武器庫〟」
・簡単に言えば南雲ハジメがオスカー・オルクスの隠れ家で手に入れた“宝物庫”と同じ物だが、宝物庫と違い収納できる物の数は限られている。


「変爆の魔剣」
・ロバートが使っていた二振りの長剣。肉体を強引に活性化させる変成魔法が付与された魔剣。変成魔法の魔物を強化させる力を敢えて失敗させる。

「火爆の魔剣」
・ロバートが使った火属性魔法の爆破が付与された魔剣。



『登場したキャラクター』

「アリエル」
・魔物を食い、ステータスや技能を獲得しまくった女戦士。三叉槍ダインスレイヴの使い手。ロバートやシンと同様に[英傑試練]を持ち、戦士としての能力は超一流の魔人族の将軍。戦闘を楽しむ悪癖があるため、スロースターター気味である。ステータスの平均値は一万以上。南雲ハジメと同等以上の化物である。[超速再生]という珍しい固有魔法を持っていたおかげで魔物を食っても生きていた。


「カトレア」
・ロバート・ヴィラムの娘。ロクサーヌより五つ歳上。五歳の時に父と離れ離れになり、その後は魔国で母と二人で暮らしていた。母が亡くなった時に父が迎えに来なかった事を恨み続けていたが、本当は誰よりも父を愛していた。そしてロバートからただ一言謝って欲しかった。母と自分をどう思っていたのかがずっと気になっていた。母の死後、魔王軍に入りフリードの部下になった。父への復讐ばかりを考え、仕事に明け暮れていた為恋人はいない。


「カーリー」
・カトレアの母で、ロバートの妻。雪原でロバートに助けられて以降、恋に落ちた彼女はロバートに猛アタックをし、籠絡し、既成事実を作った。ロバートの復讐については聞かされていなかった為、彼の体を労っていたが、口喧嘩ばかりになりカトレアを連れて一度はロバートの元を離れた。外で生きていたということもあって、周りの魔人族達に非難を受け続けていた。その結果、カーリーは心労で倒れ、病に侵され、カトレアが二十歳の頃に亡くなった。


「ディン」
・ガイル、ロバートと共にオルクス大迷宮を攻略した吸血鬼の友。本名は“ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタール”。のちに滅んだ吸血鬼の国の宰相を務めていた。大雑把で味音痴な金髪の男。三叉槍ダインスレイヴを作るのを協力した。


『登場した技能』


[超速再生]
・アリエルの固有魔法。魔力がある限りどんな傷も立ち所に癒すが、痛みは残る。即死さえしなければどんな重傷を負っても治してしまう。


[自爆]
・アリエルが[英傑試練]で獲得した技能。自身の肉体を魔力で爆発させる。使用者の精密な魔力操作がなければ即死する頭のおかしい技能。
(アリエルはこれをダインスレイヴから供給させた大量の魔力で行い、同時にダインスレイヴの魔力解放で内側と外側の爆破で鎖を破壊した)


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盾と剣


いつか「もしも要進達異世界組がトータスに召喚されなかったら」みたいな短編IFストーリーとか書いてみたいですね。

まあその前に物語進めないとなんですが.........

今回もオリジナル要素盛り沢山です。



 

 シンとロクサーヌが雪原に到着する数分前の事だ。

 

 ロバートがアリエルと戦闘を行っていた頃、シンとロクサーヌ、そしてレオニスは最強の赤獅子“レグルス”と対峙していた。

 

 圧倒的なレグルスの一撃を受けたシンは、精霊(ジン)の力を行使すべく刀剣に手をかける。

 

 

「〝憤怒と英傑の精霊よ。汝と汝の眷属に命ずる〟ーー」

 

『来るか、シン。ならば骨の二、三本は覚悟してもらうぞ』

 

 

 シンが刀剣を抜き頭上に掲げながら魔力が込めると、刀剣に刻まれていた八芒星の陣が青白く輝いていた。

 

 

「〝我が魔力を糧として、我が意志に大いなる力を与えよ〟ーーー来い、〝バアル!〟」

 

 

 途端、シンとレグルスの上空に青白い雷光の玉が幾つか生まれ帯電していた。

 

 そしてシンが掲げた刀剣を振り下ろすと同時に雷光の玉から無数の雷が降り注ぎ、レグルスを襲った。   

 

 全ての雷が直撃し、帯電する雷光に包まれたレグルスだがーー

 

 

『..........この程度か、シン?』

 

「っ!」

 

『ダメだシン!親父はその程度の攻撃じゃ止まらないっ!』

 

「そんな......!バアルの雷撃が効かないほど頑丈だなんて....」

 

 

 レグルスは一歩も動かず、無数の雷光を意図的に受けたのだ。それを見ていたロクサーヌが驚いた声を漏らし、シンは「やはりこの程度じゃ足りないか......」と呟き、素直にレグルスの強さに感服していた。

 

 そしてレグルスが腰を落とし再びシンに攻撃する為の体勢を取った。一刻も早くロバートの元に行かなければならないシンは最早()()()を切るしかないと判断した。

 

 その時だったーーーー

 

 

ーーー〝GRAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!〟

 

 

 レオニスが吠え、レグルスに向かって突進してきた。

 

 レグルスの超大咆哮には明らかに劣る咆哮だが空気が揺れる程の圧迫感があった。四足走行でレグルスの背中に迫ったレオニスの突撃で、レグルスは背後に振り向きそれを両手でしっかりと受け止める。だが突撃の衝撃でレグルスが数歩後退する。

 

 

『ここは俺に任せろシン!親父は俺が食い止めるッ!!』

 

「っ!..........わかった、任せたぞレオニス!」

 

 

 必死な形相でレオニスが吠えた。それを聞いたシンはレオニスの意図を察しロクサーヌの方を見た。すると彼女もレオニスの意図を汲みシンと視線を合わせ頷くと、二人は転移魔法陣がある場所へと駆け出した。

 

 

『行かせるわけがないだろォッ!!』

 

『それはコッチのセリフだぜ親父ィッ!!』

 

 

 二匹の巨獣が巨体をぶつけ合い、強靭な鱗が擦れ合い火花を散らす。

 

 シン達を先へは行かせまいとするレグルスと、そんなレグルスをシン達に追い付かせまいと奮闘するレオニス。

 

 数度に渡ってレオニスはレグルスの進路を妨害する。爪や牙、拳、尻尾、足、そして己の肉体。赤獅子にとって全身が凶器であるため、それらを使ってレオニスはレグルスに喰らいつく。

 

 大地を揺らす程の取っ組み合い。もしこの場に観戦客がいたなら大興奮間違いなしで、この怪獣バトルに熱狂するだろう。

 

 レグルスとレオニス。

 

 両者の間には決定的な差がある。それは実践経験の差だ。

 

 命懸けの戦いを五百年以上前から繰り広げ、実力で未だに赤獅子のトップに君臨するレグルス。そんな自分を相手に再三“戦士の儀式”を拒み続け、他の赤獅子達から“臆病者”“弱虫”などと言われ続けてきた奔放息子が相手になるはずが無い。

 

 レグルスはそう思っていた。

 

 だが、実際は違った。

 

 自分に必死な形相でこの場に押し留めようとする息子に対し、レグルスが本気で拳を撃ち込んだ時、レオニスはそれを少し後退しながらも両腕で完全に受け止めていた。そして眼前で構えたレオニスの両腕の奥、長く前に垂れ下がった赤い長髪の隙間からギロリと鋭い視線が覗いていた。

 

 先程シンを殴った時は全力ではなかった。殺さない程度に加減をしていたレグルス。

 

 だが、さっきの一撃は違う。

 

 殺さないという縛りはあったが、それでも限りなく本気に近い全力の拳だった。それを息子が受け止めたのだ。

 

 レグルスは素直に驚いていた。

 

 

『お前......いつの間にこれだけの力をつけた......?』

 

『そんなに驚く事かよ親父?......俺はなァ、ずっとアンタを越える為に力をつけて来た......例え臆病者、弱虫だと言われ続けようとな。アンタさえ倒しちまえば俺は自由だからよ......』

 

『自由........そうか、やはりお前の夢は変わっていないのだな』

 

『ああ。俺はアンタを超えて()()()()へ行く!だから俺は“戦士の儀式”を拒み続けた』

 

 

 赤獅子達の言う“戦士の儀式”。

 

 それは永久的に里の長、つまりレグルスに忠誠を誓う儀式のことを指す言葉である。

 

 先祖代々から神エヒトに抗い続けてきた赤獅子の一族には、絶対不変のルールがあった。

 

 一つ、〝神に汲みする者は必ず殺すこと〟

 

 一つ、〝神に我等の存在が漏れぬよう、赤獅子は神が支配する大陸に近づいてはならないこと〟

 

 一つ、〝適齢期となった赤獅子は戦士の儀式を受ける事〟

 

 一つ、〝カタルゴの地に棲まう魔物、()()()()との戦いに挑戦する事を戦士の儀式とし、勝利した者は戦士と認め、ファナリスの名を与えること〟

 

 一つ、〝ファナリスの名を与えられた戦士はその身を里の長に捧げ、来たる神との決戦に備え力を蓄えること〟

 

 一つ、〝争いは決闘で決め、お互いに何かを賭ける事。また決闘により里の長に勝利した者が新たな里の長になる。但し、その決闘で里の長に敗れた者は二度と里の長に決闘を挑む事を認めないこと〟

 

 一つ、上記六つの掟を破る者は速やかに粛清、或いは処分すること〟

 

 

 これが赤獅子達が大体受け継いできた七つの掟である。

 

 そしてこれの他に里の長のみが口伝で受け継ぐ事があり、それがシンに話した“特異点”の話だ。

 

 

『お前は俺との決闘を望んでいるんだな?』

 

『ああ、だが今じゃない。今の俺じゃ、どうあっても親父を越えられない.......だからこうやって()()()()()()()()をし続けて来たんだ。そうすれば掟に違反していようと周りの奴らが仕方ないって済ませてくれると思ったからな。案の定その通りにだったよ』

 

『だが.....それを今俺に喋った以上、もうお前は掟から逃れる事は出来ない。俺がそれを許さない。我等の掟は絶対不変のルール。決して変わる事はない。故にお前は外の世界に出る事は不可能だ』

 

『いいや、変わるさ。()()()()()()()()()

 

『............?何が変わったと言うんだ』

 

『この地にアイツが来た......シンっていう変革をもたらす新たな王が生まれたことさ!』

 

『ッ!?』

 

 

 特異点、つまり変革者であるシンがこの地に来た事によって、赤獅子達の長い歴史に変化が生まれた。

 

 長い生の中、決して誰にも頭を下げる事がなかったレグルスが、シンに(こうべ)を垂れ、彼を王と認めたのだ。

 

 レグルスがシンを王と認めた事にはいくつか理由がある。

 

 その中には勿論、赤獅子達の長が代々伝えて来た特異点、つまり時代の変革者に忠誠を誓うという口伝があったというのも一つの理由だ。

 

 だがそれだけで歴戦の覇者である最強の赤獅子レグルスが納得するわけがない。

 

 では、何故彼はシンを王と認めてたのか。

 

 その最大の理由が一つある。

 

 それは“強者”であったからだ。

 

 ここで言う強者とは、ただ単純な暴力だけを指す言葉ではない。何かを成し遂げようとする志や意志の強さ、器の大きさ、自信と誇り、そして前に進み続けようとする勇気と強欲な彼の在り方。その全てがシンという男の強さの正体、レグルスがシンを強者と認めた所以である

 

 そしてシンから感じた眩しい程に輝く王威にレグルスは魅了され、彼の夢に一族全ての運命を賭けても良いと判断したのだ。

 

 さらに最大ではない理由が一つある。

 

 それはかつて、シンと同じような夢を抱いた魔人族の男をレグルスが知っていたからだ。

 

 その男の名はガイル。当時レグルスはガイルにシンと同じような魅力を感じ、彼こそが変革者なのではと期待した。そして彼の夢を手助けする事を誓い、一度は王と仰ぎ、彼を背に乗せカタルゴの大地を駆けた事もあった。

 

 だがガイルは死んだ。彼は変革者ではなかったのだ。

 

 それでもレグルスはガイルを友とし、彼の夢が潰えた事に悔しさを覚えていた。

 

 そんな時にシンが現れて、彼はガイルと同じような夢を抱いていた。その上、シンはガイル以上に強欲な強者であった。

 

 故にレグルスは、ガイルとロバートの夢の続きを描こうとするシンを王と認めた。

 

 

『アイツはきっと全てを変える!俺達の里も、そして世界も!俺はそんなアイツと旅をしてみたい、アイツについて行きたいんだ!.......だからこそ俺は親父を止める。アイツが望む道を阻もうとするアンタを!』

 

『.................本気なのだな』

 

『ああ!』

 

 

 レオニスの目は依然戦意を滾らせ、真っ直ぐレグルスを見つめてた。

 

 それを見ればレオニスがどれだけの覚悟を持って自分に言葉を吐いたのかが嫌でも理解できた。

 

 王と共に歩む。

 

 その選択はかつてのレグルスには出来なかった事だ。

 

 ガイルやロバートがカタルゴに来た当時もレグルスが里の長をしていた。そんな立場の自分が同胞を置いて二人に同行するなど無責任だと判断し、神との決戦の時にこそ二人の為に力を振るおうと決意していた。

 

 しかしその時は訪れず、次にロバートがレグルスの前に現れた時にはガイルは既にこの世を去った後だった。それを知ったレグルスは“もしもあの時二人に付いて行っていれば....”と過ぎた事に対して何度も考えさせられた。

 

 そして今、自分の息子が自分と同じように王の夢に魅せられ、自分とは違う道を歩もうとしている。

 

 ならばーーーー

 

 

『ーーー..........俺はシンを止める』

 

『親父ッ!』

 

『だが、俺を止めたければお前の力と意志を示して見せろ。シンの夢に追い縋るな!王の夢を守ると言うなら、自分こそが“王の盾”であるとお前自身が証明して見せろ.......言っておくが、ここから先はお前を殺すつもりでシンを止めに行くぞ?』

 

『ッ!...........やれるもんならやってみろよ!』

 

ーーーGWAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!

 

ーーーGRAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!

 

 

 二頭の赤獅子が吠える。

 

 友の最後の願いを果たす為、王が望む道を守る為。

 

 両者互いに譲れない物を守る為、強靭な巨躯同士が再度ぶつかり合う。

 

 お互いに放たれる凶拳、凶爪、凶牙。一撃一撃が大気を揺らす程重く、大地を揺らす程豪快で、巨体から繰り出しているとは思えない程に速く鋭い。

 

 野生的で原始的な獣の如き攻撃や動きに合わさる理性的な格闘技術。

 

 二人の攻防は苛烈を極め、熾烈さを増す。

 

 もうレオニスを臆病者や弱虫などと罵る事など出来ないだろう。

 

 何せ彼は、強敵を前に一歩も引かず、王の盾であろうとする赤獅子の誇り高き戦士なのだから。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 大地が揺れ、二頭の咆哮が大気に轟く中、二人は雪原へと飛べるという転移魔法陣の場所まで辿り着いていた。

 

 

「.........やっぱりか」

 

「そんな.............」

 

 

 ロバートが設置していたであろう転移陣のあった白い台座は、巨大な拳で粉々に打ち砕かれ陥没していた。これをやったのは間違い無くレグルスだろう。そしてこんな事をする様に仕向けたのはロバート以外にいない。

 

 魔人族の里を出は際、カマルが急いだ方がいいと言ったのはこれを見越していたためだ。

 

 

「ここに来た時点でレグルスが居たから、もしかしたらとは思ったが.......。案の定だったか」

 

「どうすれば......」

 

「............バウキス」

 

 

 途方に暮れているロクサーヌ。そんな彼女の隣でシンは懐にいるバウキス(彼女)に声をかけた。するとバウキスがシンの服の中から顔を出し、シンを見つめる。

 

 

「お前の“異袋”の中に、ここから雪原まで移動できる魔道具はあるか?」

 

「(ふるふる.......)」←首を横に振る

 

「そうか。逆に雪原からカタルゴに飛ぶ魔道具は?」

 

「(ふるふる......)」←首を縦に振る

 

「やっぱり........。俺達がいざという時の為に必要な逃走手段を元々作っていた、か...........(これもヴィーネとかいう女の差金だろうな。予言といい、精霊(ジン)の事といい、本当に何者なんだ.......)」

 

 

 シンの予想通り、ヴィーネ(彼女)はロバートに予言を伝えた時にそれを回避する為の策やロバートが取るべき行動を提示していた。

 

 これによりロバートはシン達と行動を共にさせようと考えていたバウキスに、二人の旅路に必要な物を全て自身の“武器庫”から写し、シン達が雪原に戻って来れない様に帰還手段を潰していた。

 

 だが、そんなロバートでも一つ致命的なミスをしている。

 

 

「ロクサーヌ、魔剣を抜け」

 

「.........?どうするおつもりなんですか......?」

 

「その魔剣に付与されている魔法で空間に穴を開ける。それで向こうに行く!」

 

「っ!?そんな事が可能なんですか!?」

 

「いや、魔剣単体の力じゃ無理だ」

 

「では一体........」

 

 

 魔剣アンサラに付与されている魔法。それは神代魔法の一つ、“空間魔”だ。

 

 シンは最初、自身が保有している派生技能[鑑識]で魔剣アンサラを見た時、魔剣に付与された力が“空間魔法”であると一目で見抜いた。しかしシンが鑑識で見たところ、その力の出力は小規模な物で、離れた相手に斬撃を飛ばす類の魔法だと理解し、人や物を転移させる程の力は無いとわかった。でなければロバートが魔剣をロクサーヌに託すはずがない。

 

 では一体どうやって空間移動を可能にしようというのか。

 

 

「俺の力でこの壊れた転移陣から()()()()()()再構築する。そこにお前の魔剣で空間に穴を開けてロンさんのところに向かう..........やれるか、ロクサーヌ?」

 

「........はい、やれます。私は貴方の道を切り開く剣です!」

 

「よし!ならお前は魔剣に魔力を最大限込めて、付与された空間魔法の威力を高めておけ」

 

「わかりました!」

 

 

 ロクサーヌは腰に携えた魔剣アンサラを抜き、魔力を送り込む。魔剣が反応しているのを感じ取ったロクサーヌは、魔法の発動を抑え限界まで魔力を高めて行く。すると魔剣の刀身が徐々に青白い光を放ち出し、濃紺色の刀身が徐々に空の様に透き通った蒼白色に変色し始めた。まるでロクサーヌの強く純粋な想いに呼応するかの様に、暗雲が晴れ渡る様に染め上がっていく。どうやらこの魔剣は使用者の魔力によって刀身の色を変えるらしい。

 

 魔剣アンサラ製作に使用されている鉱石の殆どがカタルゴで採取された鉱石。その中には“アブソーブ鉱石”という魔力を吸い込む事で色を変え、魔力を蓄える機能を持った鉱石も使われている。その効果がロバートが蓄積してきた魔力を塗り替えたのだろう。

 

 そしてこの時、バアルが宿るシンの刀剣と魔剣アンサラが()()()()。言い換えるならロクサーヌが持つ魔剣に何かが宿ったのだ。

 

 それはシン()()()としての証。

 

 だが彼女がその力に目覚めるのはまだ先のようだ。

 

........................

 

 一方のシンは自分が持てる全ての技能と魔法を駆使して、壊れた転移魔法陣から魔力の残滓、緻密に構築されていた術式の残骸、座標、規模、出力等を全て汲み取り、再構築しようとしていた。

 

 ハッキリ言って無茶である。

 

 普通の魔法なまだしも神代魔法の再現などほぼ不可能に近い。

 

 それを欠片など殆ど残っていない様な転移陣の残骸から情報を読み取り道を開こうとするなど、シンがやろうとしている事は、謂わばゼロから空間魔法を構築するという事に等しい行いなのだ。

 

 そんな無謀とも思える賭けの勝ち筋をシンは全力で掴みに行こうとしていた。

 

 [瞬光]で知覚能力を拡大させ、[天眼]と[鑑識][魔力感知]で残骸から魔力の網を詳細に読み取り、[力魔法]と[魔力操作]で緻密に組み立てて行く。それだけでは無い。新たに獲得していた瞬光の派生技能[空間掌握]と[並列思考]で具体的な出口を想像し、[想像構成]でイメージ力を補強し、シンに元々備わっていた[超直感]で正しく組み立てて行く。そして限界を超えてようとするシンの想いに応えた[英傑試練]が各能力を底上げし、それらを支える。

 

 脳に多大な負担がかかり、シンの表情が苦痛で歪む。

 

 それでもシンは休む事なく構築して行く。そんなシンの精神に呼応する様に七つの金属器が輝き、精霊(ジン)達がシン()の手助けをすべく、力魔法と魔力操作に乗った彼らの手が残骸に宿る情報を掬い上げて行く。

 

 魔力的、精神的に繋がっている精霊(ジン)達の助力もあり、構築されて行く魔法がさらに安定した。

 

 そして(シン)の手がそれを掴んだ。

 

 

「ぐっ......ロクサーヌ、やるぞ!」

 

「はいッ!いつでも行けます!!」

 

 

 構築だけで精一杯だったシンは、掴み取ったそれをロクサーヌの魔剣に付与した。

 

 それはシンが自力で掴み、辿り着いた神代級の“空間転移魔法”。魔剣に定着していない為、一度きりの大業。この一撃が最後のチャンスだ。

 

 ロクサーヌはそれが付与された瞬間、虚空に向けて剣を大上段で振りかぶった。青白い光がより一層の輝きを増し、全神経をその一刀に集中させる。

 

 

(シンさんが掴んだこのチャンス、絶対に無駄にはしません.......!!)

 

 シンが掴み辿り着いた空間魔法。それに名をつけるならきっとこうだろう。

 

 その名はーーーーーー

 

 

「ーーー〝進空〟!!ーーー」

 

 

 強固な意志と想いを乗せ、[進空]が付与された魔剣を大上段から鋭く振り抜いた。ロクサーヌは付与された瞬間にその魔法の名を感じとっていた。

 

 青白い剣閃が虚空を切り裂き、虚空が歪み、空間が捩じ切れた。

 

 そして虚空に生まれたのは大きな白く靄がかかった様な穴だった。

 

 その捩じ切った空間の穴の奥から微かに見えるのは、二人もよく知っている雪原の大地。

 

 

「シンさん!」

 

「ああ、行こう!」

 

 

 二人はその白い空間の穴に飛び込んだ。その瞬間、穴は収縮し、元のカタルゴの景色のみが二人がいた場所に映った。

 

 空間の穴に飛び込んですぐに二人は深く積もった雪の地面に足をつけた。

 

 そして若干遠くの方に見えたのは複数の魔物と男一人と女二人の三人。周りに無数の魔物の死体と魔人族と思わしき人の遺体が見える。

 

 男は確実にロバートなのだろうが、何故か元々の髪色が白く抜け落ち、遠目で見ただけでもかなりの傷を負っていた。

 

 残りの女二人は見た事が無い魔人族だが、そのうちの一人はロバートを抱え上げており、ロバートと同じ赤い髪色の魔人族だった。

 

 そしてもう一人は槍を持ったビキニアーマーの白髪の女魔人族。アレはヤバい。見ただけで敵だとわかる程に殺意と戦意を滾らせている。

 

 そんな槍を持った女魔人族が周りの魔物を蹴散らし、ロバートに突撃しようとしていた。

 

 それを見た瞬間のシンの行動は早かった。

 

 

ーーー〝我の力を使え、主よ〟

 

「ああ!行くぞバアルッ」

 

 

 シンは刀剣を抜き、バアルの力を刀剣とそれを握る腕に()()()、刀剣の矛先をロバートと彼に向かって行く女魔人族の間に向けた。

 

 そして放つ。

 

 

「ーーー〝雷光剣(バララーク・サイカ)〟!!ーーー」

 

 

 その瞬間、剣先から青白い雷撃の太い柱が伸びた。

 

 シンの狙い通りそれはロバートと女魔人族の間を駆け走り、雪原に降り積もった雪を掻き消した。

 

 そしてその一撃を目の当たりにしたシンとロクサーヌ以外の、この場にいる三名がこちらに視線を向けた。

 

 

「テメェ.....一体何者だァ.....?」

 

 

 自分の突撃を妨害され、怒りと戸惑いが含まれた言葉をシンに向かって口にした槍を携える女魔人族。

 

 そんな彼女の問いに、シンは堂々と相手を見据えながら口を開いた。

 

 

「俺か?俺の名前はシン。そこにいるロバート・ヴィラムを迎えに来た王だ」

 

 

 こうしてシンとロクサーヌはロバートが一人で向かった戦場に舞い降りた。

 




魔剣アンサラに眷属の種が宿りました。そして武器化魔装のお披露目と赤獅子の掟+レグルスのちょっとしたら過去話でした。


補足


『新しく登場した魔法』


「神代級空間転移魔法〝進空〟」
・オリジナル空間魔法。シンがロバートが造った転移魔法陣から必要な情報を読み取り新しく構築した神代級の空間魔法。本来魔法や神代魔法は肉体や魂に定着した上で、適性があって初めて行使可能ですが、今回は一度きりの構築と付与。


『登場した魔物』

「ベヒモス」
・カタルゴ大陸に生息する巨大な魔物。オルクス大迷宮にいるベヒモスはその劣化版。赤獅子達が戦士として認められる為に戦う相手で、その実力はオルクス大迷宮奈落の底の最深部で挑戦者を待ち構える“ヒュドラ”に匹敵する。
オルクス大迷宮のベヒモス以上の巨体と強靭な肉体を持ち、固有魔法[暴食]で喰らった魔物の固有魔法を得る事ができる強力な大地の獣。隕石を降らせてくる。
(イメージはFFのベヒーモスです。やっぱベヒモスって名前がつくぐらいなんだからもうちょっと強くないとね.....)


『登場した技能』

[超直感]
・特異点の派生技能。元々シンが無意識に使っていた不思議な力がそのまま技能として目覚めた。

[想像構成]
・シンが力魔法に目覚めた時点で獲得した技能。文字通り想像した通りに魔法を構築する技能。

[天眼]
・瞬光の派生技能。肉眼では見通せない事でも自在に見通す眼。魔力総量の可視化、魔力の流動の視認、相手の弱点、俯瞰的視覚などが可能。

[空間掌握]
・瞬光の派生技能。力魔法を獲得した時点で獲得済み。空間に対する認識力の拡大を促す。

[並列思考]
・瞬光の派生技能。力魔法を獲得した時点で獲得済み。文字通り思考を分割して同時に考える事ができる。下手に思考を分割しすぎると脳が焼き切れる。


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最恐の魔人族 VS 付与魔術師の王


ここからが因縁の始まり。





 

「王だァ?ハン、人間の分際でエラく大きく出たじゃねェか。そこでくたばってやがるロバートがテメェみたいな雑魚を王と選ぶとは思えねェなァー」

 

「くっ.....!!」

 

 

 アリエルの言葉を聞いてロクサーヌが今にも食ってかかりそうな程の怒りの表情を浮かべていた。

 

 自分の師匠を痛めつけた上に、敬愛する愛しい男性を侮辱された事で冷静さを欠いていた。

 

 そんなロクサーヌをシンが嗜める。

 

 そしてシンはバウキスに一つ質問し、バウキス(彼女)がそれに頷いたのを見てロクサーヌに命じた。

 

 

「ロクサーヌ、バウキスの“異袋”の中に僅かだが神水があるらしい。それを使ってロンさんを回復させてやってくれ、バウキスもロクサーヌについてやってくれ」

 

「...........わかりました」

 

「(ふるふる.......)」←首を縦に振る

 

「あと、ロンさんの隣に居るあの魔人族。彼女の事も聞いておいてくれ。おそらくロンさんと何らかの関係があるはずだ、必要なら一緒にカタルゴに転移する。その為の準備も済ませておいてくれ」

 

「わかりました。シンさんは........」

 

「もちろん、あの女の相手をする......見たところ、かなり厄介そうな相手らしいからな」

 

「...................」

 

「.......心配か?」

 

「いいえ、私は貴方の強さを誰よりも知ってます。ですから叩きのめしてください!」

 

「ああ!」

 

 

 ロクサーヌの激励にシンが力強く頷くと、ロクサーヌはバウキスを伴ってロバートの方に駆けていった。

 

 そんな彼女達の行動を無視してシンだけを見つめてくる槍使いの女魔人族。どうやら彼女達に何かするつもりは無いらしい。

 

 

「作戦会議は終いかァ?」

 

「........てっきり問答無用で襲ってくるかと思ったぞ」

 

「ハン、亜人風情に構う様な安い槍をオレ様は持ち合わせちゃいねェんだよ。それに今オレ様が興味を持ってんのはテメェだ、シン!」

 

「お前に興味を持たれても嬉しくないな.......。それで、アンタの名前は?」

 

「アリエルっ!魔王軍武装兵団将軍にして最強の魔人族、それがオレ様だ」

 

 

 アリエル。それが彼女の名前らしいが、洗濯物の汚れがよく落ちそうだ。

 

 背も高く、容姿も整い美しく、スタイルも抜群な白髪の美女だ。そんな彼女はその容姿からは想像出来ないほど野生的な笑みをシンに向けていた。まるで腹を空かせた獣が獲物をじっくりと値踏みする様な視線を向けながら。

 

 そんな視線を向けられながら、シンは自然にロクサーヌ達から距離を取る様に歩き出す。それに釣られてアリエルも歩き出し、徐々にシンとの距離を縮めて来る。

 

 そしてアリエルはさらに言葉を重ねて来る。

 

 

「伝説の英雄と呼ばれたロバートですらオレの飢えは満たせなかったが、テメェはオレ様の飢えを満たせるのかァ?」

 

「生憎だが俺はお前の餌じゃない。だが、戦いたいなら相手になってやる。魔王軍の将軍だろうが最強の戦士だろうと関係なく、お前を握り潰してやる」

 

「ハハッ!いい啖呵だァ、ゾクゾクするぜェ。お前からは強者(つわもの)の匂いがプンプンする。オレ様はなァ、強い奴と戦うのが大好きなんだァ!」

 

戦闘狂(バトンジャンキー)って奴か........」

 

「さァ!オレ様と血湧き肉踊る死闘をしようゼェッ!」

 

 

 そう言うとアリエルは槍を巧みに槍を振り回し、一足でシンに距離を詰めてきた。

 

 まるで砲弾の様な爆発的な速度だが、アリエルがシンに向かって踏み込んで来たと同時に、シンもまた強化した脚力と豪脚でアリエルに向かって踏み込んでいた。

 

 瞬きの間に、互いが互いに肉薄し、両者の得物がぶつかる。途端、その衝撃で二人を中心に積雪が外側に向かって巻き上げられる。

 

 ギチギチと槍と剣が鍔迫り合いする音が聞こえる。

 

 

「いいじゃねェかァ、シンッ!オレ様の踏み込みに反応するとはなァッ!!」

 

「お前こそッ、魔王軍の将軍なんかにして置くには惜しいぐらいだ、よォッ!!」

 

 

 鍔迫り合いを制したのはシンだった。シンはアリエルの槍を上段から力任せに叩きつけ、槍の矛先が僅かに下を向いた瞬間、それを片足で踏みつけ地面に縫い止めた。そして槍の持ち手を一歩踏み出し、渾身の飛び後ろ蹴りをアリエルに向けて放った。この動きはシンが以前檜山達との模擬戦で見せた軽技。

 

 しかしアリエルは槍を握っていた手を離し、上体を反らしてシンの飛び後ろ蹴りを回避した。その勢いのまま彼女はサマーソルトキックをシンに喰らわせた。そしてそのまま全身を捻らせ、まるでブレイクダンスをするかの様に続けざまに蹴り技をシンに浴びせた。

 

 流石に防御はしていたシンだが、その一瞬でアリエルが戦士としてどれだけ秀でているのか理解した。

 

 

(チッ、上手いな。ただの戦闘狂じゃないってことか........)

 

「まだまだァ、これからだぜェッ!!」

 

 

 雪に埋もれるていた槍を足で掬い上げ、それを掴んだアリエルが再度シンに突撃して来る。その速度はさっきよりもさらに上がっている。

 

 [瞬光]と[天眼]を合わせる事でその速度に反応してみせたシンは、懐に潜り込んできたアリエルが放つ刺突の連撃をいなし、逸らし、躱し、弾き捌く。

 

 一撃一撃の刺突が致命的なダメージを負いかねない威力。

 

 だが、シンとてただアリエルの攻撃を防ぐばかりではない。肉体をさらに強化し、剣を振る速度を跳ね上げ、防御と同時に攻撃も織り交ぜていく。

 

 すると二人の攻防はより激しくなり、何合か打ち合えば距離を開け、再び距離を詰めまた撃ち合う。そんな激闘を何度も繰り返す二人がぶつかる度、積雪が巻き上げられ、白い柱が何度も立ち上がっていた。

 

 

 ガキンッ‼︎キンッ‼︎ドガンッ‼︎ガンッ‼︎キンッ‼︎キィンッ‼︎カンッ‼︎ギカンッ‼︎ズドンッ‼︎

 

 

 音を置き去り、雪原の大地を舞台に二人は剣槍の閃きが無数に舞う。

 

 二人が激しい攻防を繰り広げている中、ロクサーヌとバウキスはロバート達の元に駆け寄り、バウキスの“異袋”に収納されていた神水を使ってロバートを回復させていた。

 

 その際、ロクサーヌは軽くカトレアと会話をし、彼女が何者なのか聞き、驚いた表情を浮かべた。しかしロクサーヌはそれ以上は何も訊かず、真剣な表情で撤退の準備を済ませ、シンの戦う姿を目に焼き付けていた。

 

 そして少しだけ回復したロバートはカトレアに支えられながら上体を起こし、ロクサーヌと同様に二人の戦闘を見つめる。

 

 ロクサーヌとロバートは、目の前のシンとアリエルの攻防をなんとか目で追うことが出来た。だが自分があの場所に立ち、同じ様にしろと言われてもハッキリ無理だと断言するだろう。それ程二人の攻防は隔絶した領域の闘争だった。

 

 ロクサーヌは瞠目すると同時に歯痒い思いだった。

 

 

(今の私ではあれ程までの戦闘は出来ません..........。私はシンさんの剣であると言うのに...........ッ!)

 

 

 悔しさでつい拳に力が入る。そんなロクサーヌをロバートは見ていた。

 

 

「........焦るなロクサーヌ。今は届かなくとも、お前なら必ず届く.......今はその為にも、アイツの戦いを見届けろ」

 

「.............はいっ」

 

 

 ロクサーヌは真剣な表情で二人の戦いを注視する。

 

 一方、カトレアはシンとアリエルの攻防を目にして戦慄していた。

 

 

(これが、アリエル様の力..........!?ハッキリ言って次元が違いすぎる!それにアリエル様の攻撃に対応?してるのかわからないけど、あのシンって男も相当だ..........。一体何者なんだい..........)

 

 

 目の前の光景に只々慄くばかりのカトレア。

 

 シンとアリエルの攻防はより激しさを増す。

 

 

「最高だァ....最高だぜェ、シィィィンッ!!」

 

「チッ......!(スロースターターって奴かぁ?動きがさっきよりも断然鋭い、段々コイツの槍がノッて来てやがる........!)」

 

 

 シンは舌を巻く思いで冷静に分析していた。

 

 シンの分析通りアリエルは基本尻上がりに調子を上げていくタイプの戦士で、膂力や速力、そして槍技の冴えや戦闘センスが徐々に上がっていく。まるで一速ずつギアを上げていく暴れ馬(モンスターマシーン)の様に。

 

 このまま戦闘が長引けば不利になるのは間違いなくコチラだ。

 

 

「どうしたァどうしたァァッ!!!テメェの力はそんな物かァッ!!」

 

「ならこれはどうだッ!ーーー〝雷光剣(バララーク・サイカ)‼︎〟ーーー」

 

「ッ!?」

 

 

 アリエルから一度距離を取ったシンは、アリエルが自分に突っ込んで来るタイミングを見計らい、横薙ぎの雷撃をお見舞いする。まるでシンの刀剣から(しな)る様に伸びた青白く太い雷撃がアリエルを襲った。

 

 絶好のタイミング。アリエルは躱わす事が出来ず、雷撃が直撃した。はずだったーーーー

 

 

「ハッハハッ!!」

 

「なッ!?嘘だろッ!?」

 

 

 なんとアリエルはバアルの雷撃をまともに受けながらシンに突っ込んで来ていた。彼女の身体中から体を焼いた煙が上がり、肉が焼け爛れた跡が無数に残っている。

 

 雷撃で自分がダメージを負う事などお構い無しにアリエルは特攻して来たのだ。ハッキリ言って異常な選択。

 

 だがアリエルにとってはこの選択こそが()()

 

 そして一瞬の隙を突かれたシンはアリエルが振り抜いた槍に嫌な予感がした。

 

 

(この槍、さっきと()()()()()ッ!?)

 

 

 咄嗟にシンは力魔法でアリエルの槍撃を受け止め、再び距離を取った。そして距離を取った後、この戦闘中()()()()()()()()力魔法での捕縛をシンは試みたが、やはりアリエルにはそれが()()()()()らしく、躱わされる。

 

 

(やっぱり効かないか........魔力感知が高い証拠だな)

 

 

 そんな事が考えているとアリエルが足を止め、口を開いた。

 

 

「やっぱ()()()()勘がいいみてェだなァ。それともロバートから聞いてたかァ?」

 

「..........なんの話だ?」

 

「ふ〜ん、()ぼけてるわけじゃなさそうだなァ。いいぜェ、教えてやるよ。ーーーーこの槍の名は“ダインスレイヴ”。そこにいるロバートが作ったアーティファクトさ。貫いた相手の肉体を一撃で崩壊させる最恐の槍、それがこの凶槍の力だ」

 

「肉体の崩壊..........」

 

 

 おそらく変成魔法の事だろう。変成魔法の、それもかなり高度な魔法の付与。ロバートがその槍を作ったと言うのはあながち嘘では無さそうだ。そこら辺の事情も今回ロバートが単独で戦場に赴いた理由と関わりそうだ。

 

 しかしーーーー

 

 

「良いのか?敵に情報をペラペラと喋って?」

 

「気にするな。これがオレ様にとっての戦いの流儀だ。それに隠したところでいつかはバレる。だが、バレたところで最後にオレ様が勝てばいいだけだからなァ」

 

「なるほどな。ならもう一つ聞こうか........アリエル、お前は傷を一瞬で癒す固有魔法を持っているな?」

 

「フッ。ああ、待ってるぜェ。“超速再生”って言うオレ様だけの力をなァ」

 

 

 シンの言葉が指す傷とは、さっきバアルの雷撃でアリエルが負った火傷の事だ。それが今のアリエルには見当たらない。いや、シンはアリエルから視線を外していない為何が起こったのか見えていたし、その様子から予想もついていた。

 

 アリエルが負った重度の火傷が治る様。まるで時間が巻き戻っていくかの様に傷が塞がって行く様子をシンは見ていた。

 

 そしてシンの予想通り、アリエルは己の肉体を再生させる固有魔法を持っていた。

 

 シンの正直な感想は「化物(チート)かよ......」の一言に尽きる思いだった。こんなのを相手に今の天之河が善戦するなど到底不可能だとシンは内心苦笑いを浮かべていた。

 

 

「さっきまで魔力は殆どカラだったがァ、オレ様の魔力回復速度は常人の比じゃねェ。こっからは(崩壊)の力も、この超速再生もバンバン使ってやるから、もっとオレ様と楽しい事しようぜェ!」

 

 

 アリエルは実に楽しそうな笑みを浮かべながら、そんなことを口にした。まるで無邪気な子供が遊び相手を見つけてはしゃいでいる様だ。

 

 

(これが戦いじゃなければ、相手してやっても良かったんだがなぁー.......)

 

 

 ついついアリエルの子供っぽい一面に、シンの兄貴肌な一面がそんな事を思わせた。

 

 しかし、これ以上戦いを長引かせるのは肉体的には魔力的には負担が大きすぎる。それにいつまでもロバートをあのままにする訳にはいかない。

 

 かと言って、現状ではどうする事も出来ない。

 

 ならば、切るしかないだろうーーーーー

 

 ーーーーーー()()()を。

 

 

「ロクサーヌっ!()()をやる。いつでも撤退出来る様に準備しておけ!」

 

「ッ!!シンさん、まさか完成させていたんですか!?」

 

 

 そのロクサーヌの問いにシンは振り返り、笑って見せた。

 

 

「何をする気かは知らねェがァ、撤退だァ?そんな事をこのオレ様が許すとでも思ってんのかよォ?」

 

「例えお前でもこの力の前では無力だ。それを今ここで証明してやる」

 

 

 途端、シンが待つ刀剣がより一層強い輝きを放った。

 

 心臓の鼓動の様に脈動するシンの刀剣。いや、正確に言うならそこに宿る存在が何かが胎動しており、シンの膨大な魔力がそこに注ぎ込まれる。

 

 

ーーー〝憤怒と英傑の精霊よ。汝に命ずる〟

 

 

 シンが詠唱を始めた。

 

 嫌に響くシンの声。それはまるで祝詞の様だ。

 

 

ーーー〝我が身に纏え、我が身に宿れ〟

 

 

 さらに綴られる詠唱。

 

 そしてシンの体に異変が起き始めた。

 

 まるでシンの体を内側から突き破る様に肉が盛り上がり、衣服の飲み込み、新たな肉体を形成していく。

 

 両腕が硬く鮮やかな青い鱗に包まれ、まるで竜鱗の様に密集し鎧となる。両肩には腕からはみ出した竜鱗が鋭く突き出し、雄々しさを感じさせた。さらに露出された上半身の上部にも竜鱗が纏われ、黄金の装飾を首から飾り、シンの鍛え抜かれた肉体がより強固な物となる。

 

 腰には白い布が巻かれ、シンの魔力の奔流によって靡いている。下半身には青い竜の鱗で作られた脚部全体を覆う鎧。そして再三、竜の鱗などと表現していた理由。それはシンの背後、正確には尾骶骨あたりから太く長く伸び生えた竜の尾が要因だ。アレを見れば誰もがその姿形を“竜”と表現したくなるだろう。

 

 だが、まだ終わらない。

 

 

ーーー〝我が身を大いなる魔神と化せ、“バアル”〟

 

 

 シンの髪色が変色し青色へと成り、その額には第三の目の様に赤い宝石が輝き、その両端から折れ曲がった雷の角を生やした。

 

 そして青白い膨大な魔力が溢れ出し、雪原の巨大な雲海に天に登る柱を突き立て、曇天の中ただ一人太陽の光を一身に浴びるシン。

 

 バアルの力をその身に纏い、青白い稲妻を帯電させ、シンは人型の青い竜として顕現した。

 

 これこそがシンの奥の手である〝全身魔装〟であり〝魔装バアル〟。

 

 そんなシンの姿を見てカトレアとロバートが戦慄く。

 

 

「なんだい........アレはッ.........!?!?」

 

「竜人族.......?いや違う......あれは人が成せる技なのか.....!?」

 

「あれこそが精霊(ジン)の本当の力。以前は未完成だったのですが、いつの間に.........」

 

 

 ロクサーヌの言う通り、シンの全身魔装は未完成だった。

 

 しかし雪原への道を開くために極限に集中し、より緻密な魔力制御と魔力の圧縮を成したシンは、全身魔装を可能とするレベルまで引き上げられていた。

 

 怪我の功名と言うべきか、塞翁が馬と言うべきか。

 

 あの過程があったからこそ、シンはこの極地へと至れた。

 

 そしてもう一人、シンの姿を見て驚愕しつつも興奮が抑えられない女がいた。

 

 

「クククッ、クハハハハハハハハハッ!!!!最高だぜェ、シィンッ!!お前みたいな化物がこんなところに居やがるとはよォーッ!!」

 

 

 圧倒的なシンのオーラと魔力の重圧に歓喜の声をあげるアリエル。

 

 アリエルは直感した。今のシンには到底敵わないと。

 

 圧倒的だったと思われたアリエルという壁を軽々と踏み越えたシンを見て、最早興奮なんて言葉では片付けられない程に狂喜乱舞するアリエル。

 

 

「お前みたいな男をオレ様はずっと待ってたんだァッ!」

 

「ふっ。そう言ってくれるのは嬉しいが、遊びも終わりだ。もしお前が生きてたら魔王にはこう伝えておけ。ーーーー“俺が必ず、お前達神を殺すとな”」

 

 

 そしてシンは刀剣の矛先をアリエルに向けた。

 

 それはまるで長い首を持った竜が鎌首をあげ、咆哮(ブレス)を放つ姿に見えた。

 

 

「ーーー〝雷光剣(バララーク・サイカ)‼︎〟ーーー」

 

 

 放たれた雷神の咆哮。

 

 さっきまでとは明らかに質も桁も違う、圧倒的な破壊の一撃。

 

 光の速さで青白い極大の雷光が駆け走り、雪原の大地を割った。

 

 回避不能の雷撃を受けたアリエルはどこにも見当たらない。吹き飛ばされたのか、或いは再生もままならない程に肉体を消滅させられたのか定かではない。

 

 だがこの一撃がどれ程の威力だったのかを見れば、おそらく後者なのではと察してしまう。

 

 何せ雪原の大地を割った極太で超高火力の雷撃は辺り一帯の積雪を消滅させ、その下にあった硬い岩盤をも焼き抉り、さらにその直線上にあった山脈に巨大な風穴を開けたのだから。

 

 そんな一撃をまともに喰らっては例えアリエルとて掻き消されるのは必然。

 

 そんな光景を目の当たりにしたカトレアとロバートは、只々開いた口が塞がらなかった。

 

 

「流石です!シンさん!」

 

 

 ロクサーヌは割と平然としていた。目の前の光景を目の当たりにして、さも当然の様に受け入れていた。

 

 

 そして魔装を解いたシンは少しフラつきながらもロクサーヌ達の元へ歩み寄っていく。

 

 

(流石に魔力を使いすぎたな。転移魔法に続いてアリエルとの戦闘、それに初めての完全な全身魔装。なんとかアリエルを退ける事は出来たが...........)

 

「まだまだ研鑽が必要だな........」

 

 

 そんな事を呟きながらシンはロクサーヌ達の元に辿り着いた。

 

 

「お疲れ様ですシンさん!魔装の完成、おめでとうございます!」

 

「いや、まだまだ完成と呼ぶには程遠い。あっちに戻ったらレグルスに稽古を頼もうと思う」

 

「ッ!わかりました。私も自分の未熟さを痛感していましたので一緒に稽古をしたいと思います!」

 

「ああ、一緒に強くなろう」

 

「はい!」

 

「さて.........貴方のお名前を聞いてもいいかな?それとロンさんとどういう関係なのか?.....と言ってもここで話すのは得策じゃないか.......」

 

「........シン、カトレアも一緒に連れて行ってくれ。頼む......」

 

「..........ロンさんがそこまで言うなら彼女も連れて行きましょ。ロクサーヌ、俺の魔力を譲渡するから転移魔法を起動させてくれ」

 

「わかりました」

 

「..........あんた達は一体........?」

 

「その話も後でしよう」

 

 

 そうしてシンはロクサーヌに自身の魔力を譲渡し、ロクサーヌがバウキスから受け取っていた蛇型の指輪に込められた転移魔法を起動させた。

 

 そして四人は現れた魔法陣の光に包まれ、雪原から姿を消した。

 

 

....................

 

..............................

 

........................................

 

 

 四人が姿を消した雪原の遥か彼方。

 

 シンの雷撃で出来た山脈の風穴部分に横たわる肉塊、アリエと思わしき姿があった。

 

 片腕片足が吹き飛び、両目も蒸発し、綺麗な白い髪も焼かれたアリエル。豊満な胸や秘部を隠していた鎧は全て砕かれ一糸纏わぬ姿となっているが、全身焼け爛れ、傷を負った痛々しい姿を見ればとてもじゃないが性欲を掻き立てられる物ではなかった。

 

 しかし、そんなアリエルの肉体は徐々に治り始めていた。

 

 熱い鉄鍋に水を浸す様なジュゥ〜、という音を立てながら肉体が徐々に再生していく。

 

 そして片目の再生を終えた時、その目が見開かれた。

 

 

「くくく......くふふふ、くッハハハハハハハハハッ!!!」

 

 

 止まらないアリエルの笑い声。まさに抱腹絶倒と言った様子。

 

 

「最高だァ〜、本ッ当に最高だぜェ!ここまでの傷を負ったのは魔物を初めて食った時以来.....いや、あの時以上の痛みだァッ!!シン、シンかァ。覚えたからなァ、シィン!オレ様に火をつけた事、たっぷりと教えてやらねェとなァ!」

 

 

 アリエルはあの雷撃を受けて生き残っていた。

 

 元々ステータス値が高いアリエルは耐性も魔耐も桁外れに高かった。しかしそれを上回る一撃を受けた事で、アリエルは固有魔法[超速再生]で雷撃を受けた段階から再生を始め、英傑試練の派生技能[戦闘続行]によってギリギリのところで生きながらえていたのだ。 

 

 そして漸く再生を終えたアリエルは元の美しく気高い姿に戻った。

 

 但し全裸である。

 

 そんな彼女が何もない空に手をかざすと、その手に収まる様に槍が何処からか飛んで来た。

 

 雷撃を受ける直前で咄嗟に槍を投げ捨てていたアリエル。しかし、その槍には幾つか傷が見て取れた。

 

 それを見て益々笑顔を浮かべるアリエル。

 

 

「さて、フリードにはどう報告すべきかねェ。それより、シンを倒すには力が足りねェよなァ..........。そう言やフリード(アイツ)が以前攻略したって言う大迷宮が近くにあったな............魔国に戻る前にちょっと寄ってみるかァ」

 

 

 もう一度言おう、彼女は全裸である。

 

 側から見れば痴女も同然の姿。

 

 そんな彼女はフリードへの報告が面倒なのか、はたまたシンへの対抗心で燃えているのか、或いは両方か定かでは無いが、軽快な足取りで山脈を降りて行った。

 

 その足が目指すのは七大迷宮に数えられる大迷宮“氷雪洞窟”。

 

 出会(でくわ)した魔物を簡単に屠りながら、アリエルは進んでいく。

 

 

「嗚呼、楽しみで仕方がねェぜェ!待ってよろ、シン!」

 




初の全身魔装バアル登場回でした。あとアリエルが痴女みたいになりました。
次回はロバートの過去話がメインです。


補足


『奥の手』

「全身魔装」
・今回全身魔装が出来たのはシンが転移魔法の再構築をしたおかげです。それがなければ魔装は完成していませんでした。と言っても魔力消費がデカいので訓練次第でその魔力消費を抑える事が出来ます。
全身魔装で必要な技術はまず[魔力操作]。これは基本中の基本。さらに全身を覆うために必要な[想像構成]。魔力を高密度に圧縮する魔力操作の派生技能[魔力解放]と[魔力圧縮]。そして高密度に圧縮された魔力を操作する魔力操作の派生技能[緻密操作]。以上五つの技能が無ければ全身魔装は完全な物とはなりません。


[緻密操作]
・魔力操作の派生技能の一つ。神代級空間転移魔法“進空”の構築時にシンが獲得した技能。より高度な魔力操作を可能とする技能。


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新たな芽吹き


すいません。めちゃくちゃ長くなりました。反省してます。




 

 アリエルとの戦いから魔人族の里に帰還したシンとロクサーヌ、そして二人が連れて帰ったロバートとその娘カトレア。

 

 あれから五日が経った。

 

 その五日の間に様々な事があった。

 

 まず一つはレグルスとレオニスの事だ。シン達が帰還した際にはすでに決着がついており、その結果勝敗はやはりと言うべきか歴戦の赤獅子レグルスの勝利で収まっていた。だが二人の間にあった(わだか)りは解消され、負けたレオニスは以前より清々しい顔つきで、頼もしくなっていた。そして二人はボロボロの姿でシン達の帰りを待っていた。

 

 次にロバートの容体と延命措置の件だ。

 

 カタルゴに着いてすぐ、ロバートは魔人族の里に運び込まれた。変わり果てたロバートを見たカマルは悲痛な面持ちでロバートを迎え、自身の家の一部屋をロバートの部屋としてくれた。

 

 結論から言ってロバートの命は僅か二日の灯火だった。度重なる強引な変成魔法による延命措置とアリエルとの戦闘、そして昔の傷によってロバートは自身が獲得していた技能や魔法の殆どが使えなくなり、これ以上変成魔法での本格的な延命措置は不可能だった。だが余命を幾許(いくばく)か延ばす事は可能ならしく、シンが付与魔法で体力を分け与える事で僅かにその命を引き延ばしした。それで延びた余命が残り二日。

 

 それを知ったロバートは自分の命が繋がっている二日の間にシンとロクサーヌ、そしてカトレアに今までの事を全て話した。

 

 亡き友“ガイル”との出会いから、魔国での悲劇と旅の始まりとなるキッカケ、大迷宮攻略の話、オルクス大迷宮で知った事やそこで出会った今は亡き吸血鬼族の宰相ディンリードの話、三叉槍ダインスレイヴの誕生秘話、カマルや赤獅子達の出会い、そしてーーー

 

ーーー友をこの手で殺した事。

 

 

『魔国に戻った俺達は魔王に呼び出され、玉座の間で魔王とその隣に居た()()()()()()()()()()と顔を合わせた』

 

『修道女、ですか.......?』

 

『.........真の神の使徒、ですね』

 

『おそらくな。以前お前を襲ったと言う真の神の使徒“ノイント”。その女と同一人物、或いはもう一人の真の神の使徒と言ったところだろう...........そして謁見の間で魔王と口論をしていた時、ガイルは神エヒトの眷属アルヴヘイトに体を乗っ取られ、俺とガイルの体を乗っ取ったアルヴヘイトはそのまま戦闘になった。あの時、俺に出来たのはアルヴヘイトにあれ以上ガイルの体を好き勝手させない様にする事だけだった』

 

『その為に使ったのが、あの魔槍ですね.......』

 

『............そうだ。あの槍の力でガイルの肉体を崩壊させた。その後俺は魔王と神の使徒に致命傷を負わされたが、フィレモンとバウキスのおかげで何とか雪原に逃げ延びた。だがすぐにアルヴヘイトからの追手がやってきた。その追手はかつて魔国に災厄を(もたら)した“黒い巨人(ゴライアス)”と“人面魔物(マンティコア)”だった。アルヴヘイト自身も口を滑らせていたが、あの災厄の象徴である“ゴライアス”と“マンティコア”は神が戯れに生み出し、戦争のバランスを保つ為にかつて魔国に解き放ったそうだ』

 

『そんな.....ッ』

 

『そんな事の為だけに.........』

 

 

 戦争のバランス。つまり神は人間族と魔人族の戦争の均衡を保つ為に魔国に魔物を送り込み、大量虐殺を図ったのだ。その要因となったのはロバートとガイルの存在。二人が現れた事で戦争の天秤が魔人族に傾くと考えたのだろう。

 

 それを聞いたカトレアは酷くショックを受けていた。

 

 シンとロクサーヌも改めてこの世界の神がどれほど人の命を弄ぶクズなのか理解し、より一層神への叛逆心を抱かせた。

 

 そして話は続き、ロバートを追って来た“ゴライアス”と“マンティコア”を倒したのはフィレモンであると口にした。

 

 フィレモンは巨大な蛇竜となってマンティコアを一掃し、ゴライアスを食い殺した後、力尽きたそうだ。フィレモンの遺体はカタルゴの森に埋葬され、そこから芽が生え大樹に成長し、ロバートの提案でカマル達穏健派の魔人族がこの地に移住して来たらしい。

 

 そこからロバートは長い年月をかけて数々の強力なアーティファクトや魔道具を製作し、カタルゴ大陸への行き来を自由にし、赤獅子達や穏健派の魔人族と協力し決戦の日に備えていた。

 

 そんなある日、ロバートはカーリーと出会い、カトレアが生まれたそうだ。その後の事はカトレアも知っている事だった。だが自分の父が当時何を思っていたのかを初めて知ったカトレアは、複雑な心境であったがロバートの言葉を最後まで聞き、自分が愛されていた事を改めて理解した。

 

 そしてカーリーとカトレアが出て行った後、ロバートはロクサーヌを拾い育てた。

 

 

『俺はお前を弟子として育てたつもりだったが、心の何処でお前をカトレアの代わりに見立て、贖罪をしていたのかも知れない........カマルの言う通り、俺は駄目な師匠だったな』

 

『そんな事ありません!師匠は私にとって最高の師匠です!確かに私は師匠の娘ではありません。師匠が私をどういう気持ちで育てて下さったのかは分かりませんが、それでも私は師匠の事を父の様に慕っていましたし、師匠を尊敬しています!ですから自分の事を駄目な師匠だなんて言わないでください..........』

 

『....................』

 

『この里に来て、ロクサーヌ(この子)を見てきた私にはわかるよ。親父(アンタ)、いい師匠だったんじゃない?この子の人柄や強さを私はここに来て何度も見たわ。本当にとってもいい子だよ。駄目親父のアンタが育てたとは思えないぐらいにね」

 

『............そうか。俺は、ちゃんと師匠でいられたんだな......』

 

『まぁ、最初は私も複雑な気分だったけど、今じゃ気立てがいい義妹が出来たと思ってるぐらいさ』

 

『ありがとうございます、カトレアさん』

 

『敬称は要らないよ。気軽にカトレアと呼んどくれ』

 

『.........わかりました、カトレア』

 

『ならロクサーヌ、俺の事も名前だけで呼んで欲しいんだけど........?』

 

『アンタは別に構わないだろ、次代の王様なんだし。むしろアンタが王様だった事をわかりやすくする為に、“様付け”にしてもいいくらいだ』

 

『なるほど......確かにカトレアの言う通りかも知れません』

 

『え、嘘でしょ?名前呼びからもっと離れるの?』

 

『大丈夫ですシンさん!呼び方が変わったとしても、私が貴方を愛する気持ちは変わりません!』

 

『うん、気持ちは嬉しいけどそう言う事じゃないと思う.......』

 

『試しにロクサーヌ、ちょっと“様付け”でシンのこと呼んでみな』

 

『わかりました!コホンっ..........〝シン様〟』←潤んだ瞳で上目遣い

 

『うッ........!』←心臓を撃ち抜かれたポーズ

 

『おぉ、これはなかなかの破壊力があるわね.......どうだいシン?』

 

『わ、悪くないッス.......』

 

『........お前達。俺が言うのもなんだが、人の話聞く気あるのか?』

 

 

 とまあ色々とくだらない会話を挟みつつ、ロバートの話を聞いた。その途中で何度かシンとロクサーヌそしてカトレアの三人が質問を挟み、より理解を深めていった。

 

 ちなみにシンが命の恩人であるカイルのお陰で雪原に転移し、ロバートに救われた訳はシンの予想していた通りだった。

 

 ロバートは予めカイルに転移魔法の指輪を渡しており、いざという時にそれで雪原に転移出来るようにしていたらしい。そしてその時の為にカイルの兄であるライルの遺体を冷凍保存し、身代わりにする予定だった。だが、その身代わりをカイルはシンに使い、シンはこうして生き延びロバートとロクサーヌに出会ったという事だ。

 

 ロクサーヌの過去の話を聞いた時から、シンはなんとなくそんな気がしていた。

 

 きっとロバートはカイルに何か思うところがあったのだろう。本当に短い付き合いだったがカイルの人柄を知っているシンは、ロバートがカイルに指輪を渡した気持ちがなんとなくわかった気がした。あとロバートの親友ガイルの名前と一文字違いだし、そこら辺も関係しているのかも知れない。

 

 

『別に名前がガイル(アイツ)と似ていたからという理由で面倒を見たわけではない』

 

 

 などと否定していたが、誰も何も言ってないので完全にロバートが墓穴を掘っただけだった。若干ロバートを見る三人の目がどことなく優しくなった。

 

 そして二日目の朝ロバートはシンやロクサーヌ、カトレアやカマル、レグルスやレオニス、その他里の魔人族や赤獅子達に見守られて彼は静かに息を引き取った。

 

 その直前でロバートはシンにこう言った。

 

 〝夢を叶えろ、シン〟

 

 たった一言、それだけだ。言葉足らずな彼らしい一言。

 

 だが、そのたった一言に詰まったロバートの想いをシンは感じ取り決意をより強固な物にした。

 

 そしてそこに集った多くの者達が英雄の死を悼んだ。

 

 その後、ロバートの遺体は彼の遺言通りに火葬された。死後、なんらかの理由で神に肉体を乗っ取られない様にとのことだ。

 

 火葬され残った彼の灰はフィレモンの大樹の根本に埋められ、その場所には石碑が置かれた。

 

 

 その翌日からシンとロクサーヌは、さらに力をつけるべく赤獅子の戦士ファナリスに協力を仰ぎ、戦闘訓練を始めた。

 

 ロクサーヌはより一層速さと剣技を磨き、シンは全身魔装の魔力消費を抑える訓練や力魔法の強化及び付与魔術師としてのレベルアップに励んだ。

 

 ロバートの死を悲しむ気持ちは残っているが、ロバートならきっと悲しむ姿より前に進む姿を望むはずだと魂を奮わせ、やるべき事の為に全身全霊をかけた。

 

 数日の間にロクサーヌの速力はファナリス達の協力のおかげで、瞬間的にだがファナリスを超え、あのアリエルに迫る程となった。ファナリスとの戦闘訓練で格上相手に立ち回るロクサーヌの剣技にもより一層の磨きがかけられている。だがそれでもおそらくアリエルには届かない。アリエルは[英傑試練]保有者、今まで何度も英傑試練に助けられているシンだからこそそれがわかった。

 

 そしておそらくアリエルはまだ生きている。その為、いずれアリエルと再び遭遇し、戦う事にもなるだろうという事もシンは予見していた。

 

 その事をシンから聞かされたロクサーヌは、赤獅子達の戦士の儀式で戦う相手ベヒモスに戦いを挑んだ。

 

 カタルゴ大陸に生息する魔物“ベヒモス”

 

 最初レグルスからその名前を聞かされた時、シンはロクサーヌなら簡単に倒せる相手だと踏んでいた。

 

 だがーーー

 

 

『これが、()()()()()()だと?.........全然違うだろ、コレ.......』

 

 

 カタルゴ大陸のベヒモスはシンが知っているオルクス大迷宮六十五階層のベヒモスとは全くの別物だった。

 

 闘牛の様な二本の角はシンが知っているベヒモスと変わらない。だがそれ以外は全くの別物。オルクス大迷宮で遭遇したベヒモスとは比べるまでも無く、生物としての桁や格が違っていた。

 

 オルクス大迷宮のベヒモス以上の巨体を持ち、にくたいはより洗練され筋骨隆々、圧縮された肉の塊は強靭な鋼の肉体と化しており、大樹の如き太い両腕に掴まれたら一溜まりも無いだろう。さらに複数の強力な固有魔法を有しおり、竜巻を起こしたり、大地から火を噴かせたり、果ては小隕石を落として来たりする。どうやらベヒモスが持つ固有魔法[暴食]によって捕食した生物の固有魔法を使える様になるらしく、かつてレグルスは自身の父を喰らった強力なベヒモスを倒し、仇を討ったそうだ。

 

 そしてロクサーヌはそんな強力な魔物であるベヒモスに戦いを挑んだだが、結果は惨敗。

 

 スピードでは勝っているロクサーヌだったが、攻撃の威力が足りずベヒモスの硬い表皮に傷をつけるが敵わなかった。

 

 一日、二日目と悪戦苦闘を繰り返して続けたロクサーヌ。

 

 そして三日となる今日、ロクサーヌは単独でベヒモス討伐に赴こうとしていた。

 

 

「シンさん.......私はシンさんの剣として貴方の道を切り開ける様に、貴方の隣で共に歩むために、今日こそ自分の限界を超えて来ます.........!」

 

「........ああ、行ってこいロクサーヌ!そしてちゃんと帰って来い。お前が居ないんじゃ俺の旅は始まらないからな」

 

「はい!............それと、私がベヒモスを倒して帰った時は、その.......いっぱいご褒美をください........」

 

 

 モジモジと照れた様子でロクサーヌがそんな事を言ったので、シンはロクサーヌに笑いかけながら彼女を抱き寄せ、頬を赤らめる彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。

 

 

「ああ。ロクサーヌが幸せでヘトヘトになるまで、いっぱいご褒美をくれてやる」

 

「ッ〜〜〜///........では、期待して帰ってきます」

 

「ロクサーヌ........」

 

「シンさん........」

 

 

 見つめ合う二人、お互いの唇が徐々に近づいていく。

 

 

「アンタら、朝っぱらから何やってんだい。行くならちゃっちゃと行きな」

 

 

 ずぅ〜っと二人の様子を見ていたカトレアがとうとう我慢の限界を迎え、口を挟んだ。その表情は心底呆れた様子である。

 

 そんなカトレアの苦言を素直に受け入れたロクサーヌは、シンの頬に軽くキスをしてベヒモス討伐に向かった。そしてシンとカトレアの二人は、元気よく駆けていくロクサーヌに軽く手を振りながら見送った。

 

 

「まったく、朝っぱらから甘ったるいモノ見せつけてんじゃないわよ。あの子の男ならもうちょっとシャキッとしなさい」

 

「.........へい」

 

「返事は“はい”」

 

「........はい」

 

 

 なんだか口煩い姉が出来た様な気分になったシン。実際カトレアはロクサーヌの義姉に当たる為、可愛い義妹の男にはちゃんとして欲しいのだろう。義姉妹揃ってしっかりしていらっしゃる。

 

 ちなみにシンはこの四日間、カトレアから言葉使いや上に立つ者としての立ち振る舞いについて色々と教えてもらっていた。シンとしてもこの件にはカトレアに感謝しているし、シン自身も彼女を姉の様に慕っている。だがその反面で若干口煩い義姉だなぁ〜、などと思っていたりもする。まあ、ある種の慣れである。

 

 

(絶対男を尻に敷くタイプだよなぁカトレアって......こいつと結婚する男は苦労しそうだ.......)

 

「.........アンタ、今私に対して失礼なこと考えてたろ?」

 

 

 カトレアがギロリと鋭い眼光を向けてきた。

 

 

「滅相も御座いません姉上。おっとレグルス達と約束あったのでした。では私は此処で失礼致しますッ」

 

 

 恐ろしく勘のいいカトレア。小言を言われる前に逃げの選択をしたシンは、早口で捲し立て早々にその場を離れて行った。

 

 呆れた様に笑みをこぼしたカトレアはシンの背中を見送り、ふと彼女の視線がフィレモンの大樹に向けられた。

 

 優しく心地よい風が大樹の葉を揺らし、体に染み渡る様な緑の匂いがカトレアの肺を満たした。

 

 

(まったく。随分と世話のかかる王様だよ.........けど、シンは親父(アンタ)達の想いを繋ごうとしてる。親父(アンタ)がシンに夢を託した気持ちはなんとなくわかるよ。アイツには不思議な力がある、人を惹きつける力。アイツに着いて行けば何か見せてくれるって言う予感がね...........)

 

「..........まっ。まだまだ世話の焼ける弟分って感じだけど」

 

 

 溜息混じりにそんな事を呟くカトレアだが、その表情はどことなく(たの)し気であった。

 

 そして彼女もまたシンやロクサーヌと同様に、ロバートの想いを繋ごうとする一人。

 

 いずれ訪れるであろう狂った神との決戦。その日に備え、今日もカトレアはこの里の実力者と共に魔法の修練に励む。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 さて、ロクサーヌを見送りカトレアの元から離れた(逃亡)したシンは、カトレアに告げた通りレグルス達赤獅子が暮らしている里にやってきていた。

 

 シンはアリエル戦からの帰還時にバウキスがロクサーヌに渡していた転移魔法の指輪を受け取り転移して来た。と言っても直接赤獅子の里に転移したわけではなく、最初雪原からカタルゴ大陸にやって来た時足元にあった魔法陣、その場所への転移だ。

 

 魔人族の里から赤獅子の里まで行くのでかなりの時間を費やす。往復で半日以上、出発の時間が遅ければ最悪日没後になってしまう。

 

 そこでシンは時間を考慮し、敢えて指輪に設定された転移陣へと転移した。元々指輪に付与された空間魔法の転移は、指定した座標への移動という物。設定された転移陣は赤獅子の里にも近い為、この方法でいつも転移している。まあ帰りは自力なのだが、力魔法を使えば多少は早く戻れる。

 

 そしてシンが赤獅子の里に到着し、毎度の様に赤獅子の子供達に揉みくちゃにされつつ、レグルスとレオニスそしてレグルスの奥さん達が迎えてくれた。

 

 

『来たか、シン』

 

『おお、シン!今日もよろしく頼むぜ!』

 

「ああ。んじゃ早速やりますかっ」

 

 

 赤獅子の子供達はレグルスの奥さん達が回収され、ようやく解放されたシンはレオニスに手を翳した。

 

 するとレオニスの身体に異変が起きた。

 

 シンの虹霓の魔力に包まれたレオニスの全身がドクンッドクンッ!と脈動し、外側から圧力がかかっていくかの様に徐々に巨体が縮んでいく。

 

 体の重心が失われていく様な感覚に襲われるレオニス。内臓が浮き上がり、骨が外れ、胃や心臓の位置が変わり、自分の体が自分の物じゃない様な感覚を覚えた。そしてそれが五分以上も続き、ようやくそれが無くなった後、レオニスの身体は()()()になっていた。

 

 

「ふぅ〜。この体も、この三日間でだいぶ慣れたな」

 

『フム。いつ見ても不思議な物だな、自分の息子が()()()()()など』

 

「まあ正確には人の形をした限りなく人に近い魔物だけどな」

 

 

 現在のレオニスは身長二メートル以上の巨体を持つ、()()の大男の姿をしていた。引き締まった筋肉が隆起した姿は、筋骨隆々でまさに益荒男といった姿をしており、太い逞しい腕、分厚く硬い胸板、板チョコの様にくっきりと引き締まった腹直筋とウエスト、無駄な肉など欠片も無い臀部、太くスラッと伸びた健脚となっている。さらに凛々しく精悍な顔つきで、整った顔立ちはイケメンと表現するよりハンサムと言った方が良いだろう。力強い瞳とその周りには縁取ったアイメイクの様な黒い模様がある。そして赤獅子と言えば赤く長い立髪で、人間の姿をしたレオニスの頭には鮮やかで綺麗な長い赤髪が生えていた。

 

 シンがレオニスに行ったのは、氷雪洞窟で獲得した神代魔法の一つ、変成魔法の[天魔転変]。魔石を()()()()()し、それを媒介にレオニスの体を人間大の姿形に変容させたのだ。

 

 元々赤獅子には魔石が備わっておらず、シンが一から魔石を精製した。その性質はシンの緻密な魔力制御とイメージ力によって人の肉体へと変容させる物となった。その結果、分類上はあくまで魔物。しかしその見た目はまさに人間その物であり、誰がどう見ても魔物とは思わないだろう。その巨体を除いては。

 

 

「さすがにこれ以上体を縮めるのは無理だな。どうだ、違和感とか無いか?」

 

「ああ、バッチリだ。最初の頃に味わったあのシラミに襲われる様な激しい痒みはない.......」

 

「あ〜、いや、あの時はほんと悪かった。いやほんと......」

 

 

 レオニスのジトッとした目がシンに刺さり、つい目を逸らしてしまう。

 

 最初シンがレオニスに[天魔転変]をした際、レオニスは今の姿より二回り以上の巨人になり、シンの目の前にはレオニスの股間にある雄の象徴たるアレがぶら下がっていた。その余りのデカさとそれがいきなり目の前に現れた事に驚き、シンの魔力制御が狂い、レオニスは全身シラミまみれになった様な気も狂わんばかりの激しい痒みに襲われたのだ。

 

 痒みでのたうち回るレオニスを見てシンとレグルスは大爆笑。魔法を解いた事でレオニスは痒みから解放されたが、ちょっとしたトラウマになったらしい。

 

 

「まあ、あれ以降ちゃんと成功してるからもういいが........間違っても同じことはするなよ?」

 

「はい。もうしません.......」

 

『俺としては奔放息子にお灸を据えられたから満足しているのだがな。シン、こいつが旅の途中で余計な手間をかけさせる様な遠慮無くシラミまみれにしてやってくれ』

 

「勘弁してくれぇ.......。もう、もうあの痒みだけは懲り懲りなんだ........」

 

「あはは.........ま、まあその話は置いとくとして。体の維持も今のところは問題無さそうだな。下げた耐性を戻せば元の体に戻れるが、その度に魔法を掛け直さないといけないからコレを持ってきた」

 

 

 するとシンは懐にいたバウキスに、ちょいちょいっと手で合図を送り、バウキスが異袋からひし形の赤い宝石がついた耳飾りを一つ取り出した。

 

 

「それは?」

 

「ロンさんが作ってた魔力の回復速度を上げる効果が“耳飾り”だ。それに俺の天魔転変を付与してあるから、これを身につけておけばお前次第でいつでも[人化]出来る」

 

「ロバートが作った物を俺が貰って良いのか?」

 

「良いな決まってるだろ。確かにロンさんが残してくれた魔道具は俺達にとって形見みたいな物だけど、使わなきゃあの人の意志に反しちまうからな。それにお前が()()()()()()祝いの品みたいな物さ。だから遠慮せず受け取れ」

 

「.........わかった。ありがたく頂戴する」

 

「ああ!」

 

 

 レオニスは耳飾りを受け取り、それを自身の左耳に身につけた。

 

 先程もシンが述べた様にその耳飾りにはロバートが付与した魔力回復速度上昇と、シンの天魔転変が付与されている。

 

 元々赤獅子は“魔力”“魔耐”を除く全体ステータス値が高いため、当然耐性値も高く、レオニスもその例外ではなかった。高すぎる耐性は魔耐が低くとも上級魔法を簡単に跳ね除ける程だった。そのためシンの変成魔法[天魔転変]も掛かりにくかったのだが、レオニスはわざと耐性値を下げることで魔法の抵抗力を弱め、天魔転変による人化を成功させたのだ。しかし耐性値を上げる事で人化は簡単に解けでしまうので、この四日間レオニスには無意識下でも耐性値をコントロール出来る様にしてもらい、その間にシンは天魔転変の効率化を図り最適化された術式を耳飾りに付与し、それをレオニスに渡したのだ。

 

 そして祝いの品というのはレオニスが戦士になったからで、レオニスは一つの区切りとしてベヒモスを倒してきたからだ。そのおかげで里の者からはもう“臆病者”や“弱虫”などと言われたりしておらず、レグルスは特例としてレオニスがシンの旅に同行する事を許したのだ。

 

 だが旅に同行するなら赤獅子の姿をどうにしなければならない。そこで今の人化の修練に至ったというわけだ。

 

 ちなみにロクサーヌが現在戦っているベヒモスは別の個体。ベヒモスは単体から分裂して増える魔物らしく、古来から赤獅子の戦士の儀式では倒したベヒモスの角を一本その場に捨てるのが習わしらしい。そこからベヒモスは分裂して増え、獲得した固有魔法も引き継ぐそうだ。おそらくだが赤獅子と戦う以前のベヒモスが、そういう固有魔法を持った別の魔物を食ったからだろう。「それ野放しにして平気なの?」とシンが尋ねたら、レオニスが「親父がいるから」と一言で済ませた。最終兵士レグルス、正直ガチの戦闘を避けたいと心底そう思ったシンだった。

 

 

「じゃあいつもの通り、戦闘訓練やりますかっ」

 

「ああ、頼む。この体での手加減も大分コツは掴んだが、まだまだ微調整が難しいからな、最後の仕上げと行こう。それじゃあ行ってくる、“メガーラ”」

 

『ええ。行ってらっしゃい、“貴方”』

 

「おう!」

 

 

 レオニスは振り返り一頭の雌の赤獅子“メガーラ”に出かけの挨拶し、言葉をかけられたメガーラは微笑みながら手を振っていた。

 

 実はこの数日間でレオニスは結婚していた。

 

 結婚相手であるメガーラとは幼馴染らしく、レオニスがベヒモスを倒し戦士の儀式を終えてすぐに結婚したのだ。二人はとても仲が良く、メガーラもまたファナリスの名を受け継いだ戦士である。そんな彼女はレオニスの夢を密かに応援していた一人であり、二百年以上も未婚のまま彼が戦士になる日を待ち続けていたそうだ。それを聞いた時は二人の冷め切らぬ愛情深さにシンも感嘆の声を上げたぐらいだ。

 

 ちなみにメガーラは、雌の赤獅子達の中でも絶世と呼ばれる程の美女らしい。いや、この場合は美雌だろうか?

 

 

「相変わらず仲が良い夫婦だなぁ........(帰ったら俺もロクサーヌとイチャイチャしよっと).........レグルスはどうする?」

 

『勿論同行する。息子の成長具合も見ておきたいからな。それに、シンも俺が居た方が魔装の練習にもなるだろ』

 

「ま、まあそうなんだがぁ........頼むから加減はしてくれよ?」

 

『ん?フム、心得た』

 

 

 シンの言葉の意味をたぶん理解していない様子のレグルス。赤獅子の最終兵器レグルス相手では、さすがのシンも現状では勝てる気がしない。もうこいつ一人で神倒せんじゃね?と内心思っていたりするが、それを口に出すのは藪蛇である。

 

 そんなこんなでシンとレオニスそしてレグルスは、赤獅子の里よりさらに奥にある赤銅色の荒野にやってきた。

 

 そこは普段赤獅子達が本格的な模擬戦で使用する場所らしく、カタルゴ大陸に生息する強力な魔物達が生息している。その風景はさながら地球のアメリカにある有名な観光スポット“モニュメントバレー”に似ているかもしれない。

 

 

「さて、今日はどの魔装で相手してくれるんだ?」

 

 

 そう訊いてくるレオニス。そんなレオニスの問いに対し、シンは上着を脱ぎ捨てながらバウキスを体に巻きつかせ、ポキポキと指を鳴らしながら答えた。

 

 

「今日は“素の俺”と近接戦だ。大技ばかりの魔装を使ったら、手加減の練習にならないだろ?それにロンさんが残した色んな武器の使い心地も試しておきたいからな」

 

「了解だ。じゃあ遠慮なく行くぜっ」

 

「.........ああ。バウキス、太刀だ」

 

 

 シンはバウキスの異袋から“太刀”を取り出し、それを構えた。

 

 そして二人の模擬戦が始まった。

 

 元の体より数段威力も速度も膂力も落としてあるレオニスだが、それでも彼の身体能力は遥かに高い。それこそ真の神の使徒ノイントと互角以上に戦える具合には。

 

 そんなレオニスはシンに肉薄し両腕両脚を唸らせ、殴撃、蹴撃と豊富な格闘術を披露する。それに対しシンはその攻撃を太刀で捌きながら遠慮無く切り掛かる。シンの斬撃が迫ればそれを拳で弾く。

 

 二人の攻防を何も知らない他人が見れば、ハイレベル過ぎて意味がわからなくなるだろう。

 

 

「頼むから壊さないでくれよ。どんどん脆い奴に切り替えて行くから、そのつもりで加減してくれ。バウキス、次、三節棍」

 

「それはお前次第だろっ!」

 

 

 そんなやり取りしつつ、シンは太刀から始まり三節棍、槍、長剣、鎖鎌、旋棍、両刃剣、大剣、鉄棍、双節棍、短剣と様々な魔道武具に切り替えていく。それを適切に対処し、壊れない様に手加減をするレオニス。

 

 そんな模擬戦を一時間以上続けた二人。シンはまだまだ余裕がありそうだが、レオニスは途中から調節に集中するあまり何度もシンの攻撃を喰らって割とボロボロになっていた。

 

 

「イッてて.....人の体はやっぱ脆いなぁ」

 

「その割には割と平然としてるじゃないか。まあ、人化の維持は十分だが、手加減に集中するあまり手数が明らかに減ってたな。加減の調整にはまだまだ時間がかかりそうだな」

 

 

 そう言いながらシンはフェニクスが宿る短剣を抜き、レオニスにその矛先を向けた。

 

 

「〝癒せ、フェニクス〟」

 

 

 途端レオニスの体は赤黄色の炎に包まれ、その炎は体を焼くこと無く、レオニスが負った傷をジューッと焼ける様な音と煙を上げて癒した。そして全ての傷が癒えた後、その炎は自然と掻き消えた。

 

 シンの短剣に宿る精霊(ジン)“フェニクス”。

 

 その力は名前通りのモノで、不死鳥の如き復活の力を授ける“癒し”と火の鳥を彷彿とさせる赤黄色の“炎”を司る。

 

 レオニスの傷を癒したのもこのフェニクスの力だ。

 

 

「最初炎に包まれた時は殺す気か!って思ったが、今では慣れたもんだ。ほんとお前の持つ金属器って奴は不思議な代物だな」

 

「俺から見たらお前達赤獅子も十分不思議だがな。いや、どちらかと言うと異様だな」

 

「酷い言い草だな」

 

「だってお前の親父、俺が全力で放ったバアルの雷撃を受け止めたんだぞ?!もう恐怖しかなかったわ」

 

「いや、あの人はほら存在自体が伝説級だから。親父と比べないでくれ」

 

「あれを見た時俺ちょっと凹んだし、バアルは攻撃を受け止められた事に驚きつつも終始闘争心燃やしてたしで板挟みの俺は複雑だったんだぞ?最後は大咆哮で吹き飛ばされたし、異様っていうか怖かった」

 

「ア、ウン、ミテタ」

 

 

 赤獅子の最終兵器レグルス、彼の力は底知れないモノだった。

 

 魔装の完成度をより高めるためにシンの特訓に加わって貰った事で魔法の完成度はより高まり、他の精霊(ジン)の魔装も複数習得できた。しかし、彼の圧倒的な力の前にシンは只々脱帽の気持ちしかなかった。アリエルを吹き飛ばした魔装バアルの雷撃も受け止められ、他の魔装による攻撃もバアルの時と同様に受け止められてしまったのだ。

 

 流石のレグルスも魔装状態のシンの攻撃に無傷とはいかなかったが、それでも恐怖は刻み込まれた。

 

 だからこそ気付かされた。最初にレグルスと戦った時、彼がどれだけ手加減していたのかを。

 

 

(あの時、もしレグルス(あいつ)が本気だったら..........ぅぅ、考えただけで股間が縮こまりそうだ.......)

 

 

 まあレグルスとの模擬戦のお陰で、シンはバアルの他に〝フェニクス〟〝アガレス〟〝フォカロル〟の魔装も習得出来たのだが。

 

 

『修練はもう終わりか?なら、次は俺がシンの相手をしよう。今日まででシンが習得した魔装は四つ。せめてあと一つは強制的に習得させてやろう』

 

「今強制的にって言った?ねぇ言ったよねっ!頼むから手加減してください!ほんっと、頼むからっ!!」

 

「あ、俺下がってますんで」

 

「レオニス君っ!?」

 

『では行くぞ、シン!足腰立たなくなるまで殴撃を馳走してやろう!』

 

「な、えっ?ちょっ?....ぅ、うぉおおお!やったろうじゃねぇかぁ〜っ!!」

 

 

 その後、赤獅子達の修練場では雷、炎、土、風の巨大な柱が立ち、広大な大地を耕した。その様子はさながら天変地異。しかし、そんな天変地異の渦中で『こんなものか、シンッ!!』と、巨大な赤獅子が大気を大きく振動させ、大地を砕く様をレオニスは遠い眼差しで安全地帯から眺めていた。

 

 後半から四属性の柱に、氷の柱が加わっていたのでレグルスの目論見通り、シンは精霊(ジン)“キマリス”を使いこなせる様になった。

 

 満身創痍で心身共にボロボロとなり、魔力もスッカラカンとなったシン。そんなシンは夕日が沈む頃、人化状態のレオニスの背に揺られ、ぐったりした状態で魔人族の里に帰還した。

 

 そして先に魔人族の里に戻っていたロクサーヌが、レオニスからシンを受け取ったあと、愛しい女性の膝枕でシンは気力を回復させた。

 

 

「頑張りましたね、シンさん」

 

「ぁぁぁぁ〜、癒されるぅ〜」

 

「まったく、だらしない姿だねぇ。結局ロクサーヌがシンにご褒美をあげてるじゃないかい」

 

「まあ無理もなかろう。シン殿の特訓相手はあのレグルス殿、この大陸一の覇者を相手に緩慢な態度を取るなと言うのは無理からぬ話だ」

 

「そうだぞカトレア、カマル老の言う通りだ!お前はレグルス(あいつ)の恐ろしさを知らないんだ!」

 

「意外と元気じゃないかい.......」

 

 

 クワッと目を見開き、カマルの言葉に果てしなく同意してみせるシン。絶賛ロクサーヌに膝枕&頭ヨシヨシをしてもらいながら。

 

 そんな締まらない態度を取るシンの姿にカトレアは、なんとも言えない気分にさせられた。

 

 

「ところでロクサーヌ、今日はどうだった?」

 

「はい、バッチリです!ちゃんとベヒモスを倒してきました!」

 

「フッ、そうか。流石だな、俺のロクサーヌは」

 

「はい、当然です。何せ私はシンさんのロクサーヌなんですから!」

 

「「........はははっ(ふふふっ)」」

 

「ふふ、相変わらず御二人は仲が良いですな」

 

「まったくだよ.......」

 

 

 シンとロクサーヌの仲睦まじい姿にほっこりした様子のカマル、そして呆れつつもなんだかんだ嬉しく思えたカトレア。幸せそうな二人に胸がいっぱいになった。

 

 その後、完全に復活したシンはロクサーヌとカマル、そしてカトレアの四人で夕食を取り、明日ライセン大峡谷に向かう事を伝えた。

 

 夕食の後、シンは魔人族の里にある公衆浴場で汚れを落とし、朝の約束を果たすべくロクサーヌと共に寝泊まりをしているツリーハウスに戻り、溢れんばかりの情欲をロクサーヌにぶつけた。お互いに命懸けの戦闘の後という事もあってか、二人の夜はいつも以上に燃え上がったそうだ。

 

 

 

....................

 

..............................

 

..........................................

 

 

 

 そして迎えた翌朝。

 

 シンとロクサーヌはロバートの遺灰が埋められた石碑の前にいた。

 

 

「それでは師匠、行ってきます」

 

「ロンさん、どうか見ていてください。俺が必ずこの世界を変える様を.........。じゃあ行ってくるよ。カトレア、カマル老」

 

「ああ、行っておいで」

 

「何かあればいつでもお戻りください。里の者も皆、シン殿のためなら助力は惜しみませぬゆえ」

 

 

 ロバートに旅立ちの挨拶を告げた二人。そんな二人にカトレアとカマル老は思い思いの言葉をかけた。

 

 

「ああ、助かる........みんなも見送りありがとな!じゃあ行ってくる!」

 

「シン殿、どうかお達者で!」

 

「戻って来たらまた酒を飲みましょう!」

 

「俺達シン殿とロクサーヌ殿のためなら力になります!」

 

「シンお兄ちゃん、またね!」

 

「帰って来たらまた遊んでくださいねっ!」

 

「王様〜、帰ってたら私のことも貰ってくださいね〜!」

 

「私は言葉責めがいいですぅ〜」

 

「あ、ずるい!じゃあ私はその逞しい腕で抱きしめて欲しいです!」

 

 

 里のみんなもシンとロクサーヌを見送りに来ており、二人に声をかけて来た。ん?なんか後半聞き捨てならぬ声が聞こえたが.......ハッ、殺気!?

 

 ロクサーヌさん、ちょっとオコなご様子。シンの背中にチクチクと視線が刺さった。

 

 

「シンさん、レオニスの姿が見当たりませんが?」

 

「ん?ああ、もうすぐ来るぞ」

 

 

 レオニスの姿が見当たらず、辺りを見回していたロクサーヌがシンにそう問いかけた。それに対してシンが簡単に答えた時、森の奥から里の門を飛び越えて来た巨大な影が現れた。

 

 

『待たせたか?』

 

 

 それは赤獅子姿のレオニスだった。

 

 

「いいや、ちょうどいいタイミングだったよ。それよりお前、本当に奥さんと離れ離れになって良かったのか?」

 

『まあ、寂しくないかと聞かれたら嘘になるが、メガーラは俺の気持ちを誰よりも理解している最高の妻だ。それに俺がここでお前に着いて行かないと言えば、あいつはきっと怒るだろうからな』

 

「そうか。いい嫁さんをもらったなっ」

 

『へへ、だろ?』

 

 

 誇らしげに笑みを浮かべ、胸を張るレオニス。まあレオニスには悪いが最高の嫁さんになるのはウチのロクサーヌだけどな。

 

 するとロクサーヌが一歩レオニスに歩み寄って、軽くお辞儀をした。

 

 

「レオニス、改めてよろしくお願いします」

 

『ああ、こちらこそだロクサーヌ。共にシンの道を我等で支えようではないか』

 

「ええ」

 

「それじゃあ、行くとしますかっ!」

 

「『はい!(おう!)』」

 

 

 シンの掛け声にロクサーヌとレオニスは力強く答えた。

 

 それと同時にレオニスは自身の左耳につけている耳飾りに魔力を通し、大柄な男に変身する。

 

 そして三人は里の奥に設置されていた、銀色のモノリスの前にやって来た。そこにシンが手を触れると、モノリスに刻まれた文字が浮かび上がる様に発光し、三人の足元に魔法陣が広がった。

 

 

「初めての冒険前の感想はどうだ、レオニス?」

 

「はは、ワクワクが止まらないな」

 

「レオニス、遊びに行く訳じゃないですからね?」

 

「まあ、いいじゃないかロクサーヌ。初めての冒険に出る時は誰だって興奮するもんさ。だが、今から行く場所は神の目が行き届く世界だ。何があるかわからない。それこそ俺達の力は確実に教会から異端者認定されるものだからな」

 

 

 レオニスとロクサーヌは重く険しい表情になった。

 

 シン達の背中には大勢の者達の夢や願いが託されている。

 

 その想いと願いを叶えるために、彼らは歩まなければならない。だがーーーー

 

 

「そんな硬い顔をするなって二人とも。確かに神達が長年築き上げて来た物は重く根強い。俺達がきっと相手にするのはそんな世界の歴史そのものだーーーけど、そんな物は関係ない!相手が世界の歴史なら、俺達は世界を作って来た物達で対抗するんだ!人間や亜人、魔人族に魔物、そして赤獅子達全員の力で世界の歴史をひっくり返す!それが俺の夢の第一歩だからな!」

 

 

 真っ直ぐで力強く、堂々とした気高い瞳が二人を見つめた。

 

 彼は何一つ臆していない。ただこの先に待ち受けているであろう困難や出会いを信じているのだ。きっと自分達が目指す道標になると。

 

 恐れず突き進もうとする彼の瞳を見て、二人は険しい表情を崩し、朗らかに笑って見せた。

 

 

「お前はそういう奴だったな、シン」

 

「ええ。だからこそ私達も迷わず進めます」

 

「準備はいいか、お前達!」

 

「「ええ!(ああ!)」」

 

 

 そして足元の魔法陣はより一層の輝きを放ち、三人の体を優しく包み込んだ。まるで誰かが三人の背中を押してくれる様な懐かしい手の温もり、そんな感覚を覚えた。

 

 

「行ってくるぜ、ロンさん」

 

ーーー〝ああ。行ってこい〟

 

 

 誰かが微笑みながら言葉をかけた声が聞こえた。

 

 それが誰なのかはわからない。

 

 だが、モノリスの前に立っていた三人の姿が消えた時、何の偶然かフィレモンの大樹の根元にある石碑の横に小さな芽が生えたのだった。

 




いざ、ライセン大峡谷へ。
というわけで、今回はロバートのちょっとした昔語りと旅立ち前の準備期間の話でした。そろそろハジメ達や王国メンバー、愛ちゃん親衛隊の話も書こうと思います。

ちなみにレオニスの人化とシラミまみれ事件はYouTubeの“まにむ”さんのチャンネルで見られる「笑い過ぎて一生忘れられないTRPG」でのワンシーンをパロディした物です。気になる方は是非YouTubeで見てみてください。


補足


『ステータス』

==========================================

要 進 17歳 男 レベル85
天職:付与魔術師  職業:冒険者 ランク:紫
筋力:1500 [+英傑試練効果1000〜?]
体力:1500 [+英傑試練効果1000〜?]
耐性:5000[+英傑試練効果1000〜?]
敏捷:1200 [+ 英傑試練効果1000〜?]
魔力:15000 [+ 英傑試練効果1000〜?]
魔耐:16000[+英傑試練効果1000〜?]
技能:付与魔法[+身体強化付与][+攻撃力上昇][+防御力上昇][+自然治癒力上昇][+消費魔力減少][+魔力譲渡VII][+魔法強化付与][+重複付与][+環境耐性付与][+状態低下付与][+認識阻害付与][+部分強化付与][+イメージ補強力上昇][+イメージ付与構築][+無陣行使][+詠唱簡略][+鑑識][+付与持続時間上昇][+魔力付与III][+魔力回復効率上昇] [+魔法付与][+全体付与][+空間付与][+力魔法]
想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+想像構築最適化][+術式解体]
魔力操作[+魔力放射][+効率上昇][+魔力圧縮][+緻密制御][+遠隔操作]魔力変換[+魔力吸収]
英傑試練[+能力上昇][+戦闘続行][+矢避][+弱体化無効][+強壮][+スタミナ上昇]
瞬光[+天眼][+並列思考][+空間掌握]
豪腕[+覇拳][+発勁]
豪脚[+驀進][+震脚][+縮地]
環境耐性・凍結耐性・乱酒・酩酊・限界突破・念話・威圧[+覇気]
特異点[+超直感][+気配感知][+魔力感知]変成魔法・言語理解

==========================================

シンが所有する七体の精霊(ジン)と金属器
【バアル】〜刀剣に宿る精霊(雷魔法、武器化、全身魔装)
【フォカロル】〜右手首の腕輪に宿る精霊(風魔法、全身魔装)
【キマリス】〜金の首飾りに宿る精霊(氷魔法、全身魔装)
【フェニクス】〜短剣に宿る精霊(火魔法、武器化、全身魔装)
【アガレス】〜銀のタリスマンに宿る精霊(土魔法、全身魔装)
【クローセル】〜左手首の腕輪に宿る精霊(光魔法、武器化魔装)
【ゼパル】〜右手中指の指輪に宿る精霊(音魔法)

※金属器が壊れた時の為に予備の貴金属の装飾品を身につける様にと言われた。銀の首飾り、両耳に金の耳飾り、銀の髪留めを身につける様にした。


==========================================

ロクサーヌ 20歳 女 レベル:55
天職:獣戦士
筋力:200
体力:250
耐性:200
敏捷:300
魔力:2500
魔耐:2700
技能:獣戦術[+攻撃速度上昇][+斬撃威力上昇][+駿足][+無拍子][+危機感知][+気配感知][+気配遮断][+魔力消費量減少][+第六感][+急所知覚][+嗅覚強化]
魔力操作[+魔力放射][+身体強化][+部分強化][+金剛強化][+変換効率上昇][+魔力圧縮][+緻密操作]
剣術[+流水剣][+剛剣][+投剣][+斬撃速度上昇][+連撃加速][+イメージ補正強化]
豪脚[+縮地][+震脚][+爆縮地][+神速]
威圧・念話・凍結耐性・雷属性耐性・限界突破・変成魔法

【??????????】
・魔剣アンサラに宿る??????


===========================================

レオニス 216歳 男 レベル:???
天職:戦士
筋力:17000 [人化解除時:17000〜?]
体力:17000 [人化解除時:17000〜?]
耐性:17000[人化解除時:17000〜?]
敏捷:17000[人化解除時:17000〜?]
魔力:1000
魔耐:1000
技能:人化[+大咆哮][+第六感][+生命感知]魔力操作[+魔力制御][+魔力消費減少]

=========================================

・赤獅子達の中で上位に入る強さ(ちなみにレグルスのステータスはもっと上)
・左耳に赤い菱形の宝石がついた耳飾りをつけている。

(ちなみに人化したレオニスの容姿は漫画版Fate/strange fakeに登場するヘラクレスをイメージしています。健康的な肌色の赤髪バージョンです)


=========================================


「赤獅子達の修練場」
・赤獅子の里からさらに奥に行った場所にある赤銅色の荒野。広い間隔で岩山がいくつか点在しているが、元々は岩山が多数見受けられた山脈地帯だったが、長い年月赤獅子達の修練のよって山脈は破壊され、平らな大地に仕上がった。
(イメージはアメリカ西南部にある有名な観光スポット“モニュメント・バレー”)


『登場した魔道武具』

「太刀」命名:雷切
・ロバート謹製の三番目の最高傑作。アーティファクト。雷魔法と空間魔法が付与されている。ロクサーヌがこの太刀を使い、バアルの雷撃を切った事から名前が「雷切」と名付けられた。

「三節棍」
・ロバート謹製のアーティファクト。魔力の衝撃変換が付与されている。当たったらクソ痛い。クッソ頑丈。

「槍」
・ロバート謹製の魔道武具。方天戟の様な物。めっちゃ頑丈。風魔法が付与されている。

「長剣」
・ロバート謹製の魔道武具。人一人分の長さの刀身。わりと頑丈。

「鎖鎌」
・ロバート謹製の魔道武具。魔力操作で自在に操れる。少し頑丈。

「旋棍」
・ロバート謹製の魔道武具。金属製トンファー。魔力の衝撃変換が付与されている。めっちゃ頑丈。

「両刃剣」
・ロバート謹製の魔道武具。柄にも刃があるロングソード。ぶんぶん振り回して相手を切りつける。わりと頑丈。

「大剣」
・ロバート謹製のアーティファクト。別名「ドラゴン○し(なんとなくシンが命名)」シン曰く、「それは剣と言うにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それは正に鉄塊だった......」
意外と頑丈。刃こぼれ一つしない業物。魔力を喰らいながら威力を上げる。

「鉄棍」
・ロバート謹製の魔道武具。意外と脆い。

「双節棍」
・ロバート謹製の魔道武具。多少は頑丈。

「短剣」
・ロバート謹製の魔道武具。心配になる程度には脆い。



『登場したキャラ』

「メガーラ」
・レオニスの奥さん。レオニスとは幼馴染でお互いの両親に隠れて密かにイチャコラしていた。戦士としての腕も高く、赤獅子達の中でも美女ともっぱら呼ばれるほどの雌。



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そよ風の一幕


オルクス大迷宮内でのハジメと、ベヒモスとのリベンジ戦後の雫のサイドストーリーです




 

side:変質したハジメ

 

 

 

 シン達がライセン大峡谷に出発した頃、オルクス大迷宮の最深部にあるオスカー・オルクスの隠れ家で旅の準備を進めていたハジメとユエ。

 

 ハジメはオルクス大迷宮攻略によって獲得した神代魔法“生成魔法”で強力なアーティファクトや旅の道中で使えそうな物を次々と生み出していた。

 

 そして彼が寝食を忘れ、今生み出していたのは移動用アーティファクト、魔力駆動二輪“シュタイフ”。ありていに言えば大型バイクである。

 

 

「ふぅ、これであらかた完成だろ。我ながらいい出来栄えだ」

 

「..........ふわ〜。ハジメ、もしかして寝てない?」

 

「ん?ああ、ユエか。おはようさん」

 

「........ん、おはようハジメ。それでまた寝ないで何してたの?」

 

「言ってなかったか?移動用の魔力駆動二輪を作ってたんだよ」

 

「..........ん?この前、完成させてなかった?えっと、シュタイフだよね、それ」

 

「ああ、前に完成させたと思ってたんだが、俺とした事が肝心な事を忘れてたんだよ」

 

「..........肝心な事?」

 

「サイドカーをつけ忘れてたんだよ」

 

「..........さいど、かー.....?」

 

 

 ハジメが丸一日近く寝ないで試行錯誤していたのは、シュタイフ本体ではなく、そのシュタイフに取り付ける取り外し可能なサイドカーであった。

 

 そしてハジメの手で生み出されたサイドカーはシュタイフのボディカラーに合わせて青と黒の二色で統一されており、流線型の箱の形をしている。乗りやすい様にサイドステップも付いてあり、片側には闇夜を照らす単眼のライトも備わっている。そんなサイドカー製作で(ハジメ)が拘り抜いたのが、内蔵された各種武装である。

 

 サイドカーの側部に取り付けられたボックスから小型のバルカン砲が飛び出し敵を一掃する上、搭乗席の前方からは[遠見]が付与された対物ライフルが出現し、サイドカー搭乗者が狙撃できるという代物だ。勿論走行中、狙撃対象への照準が悪路のせいでズレない様に、耐ショック性能に優れたサスペンションが搭載されている。その上、シュタイフから切り離してサイドカー単体での走行も可能とする。そんな高性能サイドカーは、まさに小さな玩具箱と言った代物である。

 

 しかし何故ハジメがここまでサイドカーに拘ったのか。

 

 寝起きでサイドカーの説明を徹夜テンションで語り聞かせてくれたハジメに対して、ユエは純粋に疑問を浮かべた。

 

 

「..........ハジメ、そんなにこのサイドカー?作りたかったの?」

 

「ん?あ〜................別にそういうわけじゃないんだよなぁ。ただちょっと昔の事を思い出してな。悪ノリしちまっただけだ」

 

「..........昔って、ハジメがいた世界でのこと?」

 

「悪いユエ、その話はまた後でだ。俺はそろそろ寝る」

 

 

 そう言ってハジメはスタスタと工房を後にした。

 

 残ったのはユエとサイドカー付きのシュタイフ。

 

 するとユエはそのサイドカーに何か模様が小さく刻まれているのを見つけた。

 

 

「..........ん、なんの模様だろう?」

 

 

 ユエにわからないのは無理からぬ話だ。何せそこに刻まれた模様は、模様ではなく文字なのだ。但し、トータスで使われる一般言語ではなく、()()()()()であった。

 

 そこにはこう記されている。

 

 〝BMC RR1200〟と。

 

 

....................

 

..............................

 

........................................

 

 

 寝室に辿り着き、ベッドに潜り込んだハジメは小さく舌打ちし、ガラにもない事をしたと若干の気恥ずかしさを交えながら反省していた。

 

 

(ここでのユエとの生活に慣れたせいか?何がB()M()C()だ。帰れなきゃ意味ねぇだろうが。いや今の俺にとって、あの約束はもうどうでもいい話だ.......)

 

 

 何故あんなサイドカーを作ってしまったのか。そして何故あんな文字を彫ってしまったのか。

 

 その原因はハジメがまだ元の世界、高校に入りたての頃の話にある。

 

 あの頃、白崎香織がハジメに話しかけてくる様になり、本格的にクラスからはみ出し者の様に扱われ、友人もまともに作れなかった。いや、正確には作らなかったというのが正しいだろう。

 

 だがそんなハジメにもたった一人だけ友人と呼べる存在がいた。

 

 

『ヨっ、南雲!おはようさん』

 

『あ、要くん。おはよう』

 

 

 その友人とは同じクラスの男子“要 進”である。

 

 彼はハジメとは違い、バスケ部に所属するスポーツ選手。将来を期待される優秀なスポーツマンでありながら、体格も良く、顔も良く、自分とは違う世界の住人だと最初は思っていた。

 

 だが、話してみればそんな事はなかった。

 

 

『南雲。俺昨日久しぶりに遊○王、見返したんだけどよ。初代も捨て難いが、やっぱ俺的には三期のシンクロが熱いと思うんだよ、うん』

 

『また結構前の作品の話を持って来たねぇ。ちなみにその心は?』

 

『バイクでのデュエルが楽しそうだから』

 

『あぁ〜なるほどね。だからSNSのアイコンがバイクになってたんだ.......。あれ、でも要くんのアイコンって普通のバイクだったよね?D・ホ○ールじゃなくて』

 

 

 そうハジメが訊くと、要は机の上に両肘を乗せ、顔の前で両指を組んだ。ゲ○ドウポーズだ。脳内でヤシマ作戦のBGMが流れて来そうな程、完璧に踏襲されたポーズ。だが残念、眼鏡が足りない。

 

 

『南雲、俺は気づいてしまったんだ...........バイクは男のロマンだとッ!!』

 

 

 クワッ!と目を見開く要。知らねぇよ。

 

 

『いや最初な。俺もD・ホ○ール乗りたいなぁって思ってたんだけどさ、無いじゃんアレ。いくらグー○ルで検索してもライディングデュエル出来そうな奴が無いんだよ......』

 

『そりゃあ、まあ、現実でアレがあったら普通にやばいよ?特にキングのD・ホ○ールとか、普通に前見えないし、前方不注意どころの話じゃないよ?』

 

『え?それが良いんじゃん。あの不利としか思えない独創的な車体が最高にクールなんじゃん。俺はな南雲、遊星じゃなくてジャックがいいんだ..........』

 

『要くんって妙なこだわりあるよね.........それでなんで現実のバイクがアイコンなの?』

 

『おお、話がすっかり脱線してたな。それでさ、無いなら作ればいいじゃんって思ったわけよ』

 

(ほんと要くんって、たまにぶっ飛んでいくなぁ〜........)

 

『それでバイクを作るにはどうすればいいのか、色々調べたわけよ。パーツと普通のバイクとか色々見比べたら、構造がどうなってるのかとかさ。そしたら俺、気づいたんだよ........現実のバイクもカッケェって』

 

『キングどこ行ったの.........?』

 

『そんで俺が今一番乗りたいバイクを見つけて、それをアイコンにしたってわけ』

 

『要するにバイクに乗りたいって事だね』

 

『そっ!そういう事!でさ、俺が将来バイクの免許取ったら一緒にツーリング行かないか?』

 

『ええ〜!?僕が要くんと?』

 

『なんだよぉ、嫌なのか..........?』

 

『別に嫌ってわけじゃ無いけど。維持費とか免許取るのにも色々お金かかるし、あと事故して、破損でもしたら大変じゃん。それにもし怪我でもしたら親になんて言われるか......』

 

『..............................』

 

『要くん?』

 

『.........あぁ、いや、なんでもない。なら俺が免許取って、バイク買ったら俺の後ろに乗せてやるよ!』

 

『いや、要くんの後ろでも怖いよ........』

 

『俺そんな危険運転する様な奴に見えるか?世紀末みたいな声とかあげたりしないぞ?う〜ん......ならサイドカーだ!南雲、コードギ○ス好きだろ?俺がリ○ァルポジションで、南雲がル○ーシュポジションだぞ?どうだ!』

 

『ぐぬぬ〜...............................................まぁ、サイドカーなら........』

 

『よっしゃ、決まりだな!んでどこ行くよ?』

 

『え?今から決めるの?』

 

『あくまで仮の予定だ。やっぱアニメの聖地巡礼は欠かせないだろ』

 

『まだ先の話なのに............まぁでも、たまにはそういうのもいいかもね』

 

『お?乗り気になって来たな、南雲ぉ。んじゃまずはーーーーー』

 

 

 そうしてハジメと要は行きたい場所をノートにずらっと書き綴り、近い将来二人でバイク旅の計画を立てた。

 

 ちなみにそんな二人の様子を見ていた白崎が「どうしよう雫ちゃん!私もバイクの免許取った方がいいかな?かな?」と幼馴染に八重樫に迫っていたのを、ハジメは知らない。

 

 そして、そんな過去の思い出話の中で、要がリ○ァルポジだとか、ル○ーシュポジだとか言っていたバイクの名前が〝BMC RR1200〟なのである。

 

 別に干渉に浸っている訳ではない。ただ、ふとした時にそんなどうでもいい昔の事が蘇り、ついそんな名前の文字をシュタイフのサイドカーに彫ってしまったのだ。

 

 

(やっぱ浮かれてんだろうな.........)

 

「..........ハジメ」

 

「うん?ユエか。どうした?」

 

「..........ハジメと一緒に寝る」

 

「なんだよ二度寝か?」

 

「..........そうとも言う。けど、ハジメがなんだか寂しそうに見えたから......」

 

 

 寂しそう、か。確かにそうなのかも知れない。

 

 心も体も変貌してしまった今の自分は、アイツと交わし約束をどうでもいい事だと思っている。そして、そんな自分を俯瞰的に見た時、本当に自分は変わってしまったんだと実感させられた。それを受け入れていたつもりだったのに、まるで思い出に浸る様にあんな物を作ってしまった。

 

 これはきっと浮かれてたんだ、ただの気の迷いだと自分に言い聞かせていたハジメ。それはまるで、そんな自分は変わってしまった今の自分ではない、全てを敵に回しても進み続けると誓った自分ではないと思い込ませる様に。

 

 そんな彼の心情を察し、ユエは寂しそうだと言った。

 

 確かにハジメは変わった。心も体も。

 

 だが残り続ける物はある。

 

 それは家族との思い出だったり、好きな物だったり、昔交わした小さな約束だったり。

 

 そんな何気ない物を捨て去ろうとする自分に、寂しい事だと教えてくれた愛しい存在。

 

 やはりハジメにとって彼女は楔なのだ。

 

 人間としての心や思い出を、変貌した自身に繋ぎ止めてくれる、特別な存在。

 

 

「ユエ、起きたらさっきの話の続きをしてやる。ものすごくくだらない、馬鹿みたいな約束の話だ」

 

「..........ん、聞かせて。ハジメの事ならなんでも知りたい」

 

「そうか。愛してるユエ」

 

「..........私も。ハジメのこと愛してる」

 

 

 そうして二人は真っ白なシーツに包まれて、眠りについた。

 

 大迷宮の奥底だというのに、何処からか風が吹き、二人の髪をそっと撫でた。

 

 その風の匂いに、ハジメは少しだけ懐かしさを覚えながら意識を深く潜り込ませた。

 

 そう。その匂いは、まるで青い春の様な爽やかな物で、くだらない小さな約束を交わした時と同じ様な気がした。

 

 

 それから数日後、ハジメとユエは世界を越えるための旅に出た。

 

 シュタイフのサイドカーに刻まれた文字を消さずに残したまま。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

side:苦労性のケモミミ娘?

 

 

 

 世界各地で歴史上類を見ない程の異常現象が発生したあの夜から一ヶ月と少しが経過した。

 

 あの異常現象の原因を探ろうとする多くの研究者達が激しい論争を繰り広げていたが、最終的にあれは神エヒト様が示した奇跡の現象だと言う話で収まったそうだ。

 

 その話を友人であるリリィことハイリヒ王国第一王女リリアーナから聞いたは雫は、そういう話のまとめ方は大昔の地球とよく似ているなと思った。

 

 雫は現在、王宮内の小さな庭園で一人素振りをしていた。

 

 そこはかつてリリィと要がよく話をしていた場所で、今では雫と親友の白崎香織がリリアーナと話したりする場所にもなっている。そしてたまに素振りする場所として、雫は使わせてもらっていたりもする。

 

 そんな雫が剣を振り続けてかなりの時間が経っていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ.......少しやり過ぎたかしらね」

 

 

 そう言って雫は素振りをやめ、庭園のベンチに腰を下ろした。そして額から流れる汗を持って来ていたタオルで拭い取り、(ほて)った体に少しでも風を送ろうと手で首元を煽った。

 

 

(オルクス大迷宮でようやくベヒモスは倒せた........けど、今のままじゃまだまだ力が足りないわ。愛ちゃんについて行った優花のためにも、もっと力を付けなくちゃ........!)

 

 

 数日前、天之河光輝率いる勇者パーティはオルクス大迷宮六十五階層のボス“ベヒモス”を倒し、歴代最高到達階を更新した。その中には雫と香織の姿もあった。

 

 二人はベヒモス討伐後、降りた階層で南雲ハジメの痕跡を探していたりした。だが、結果は何も痕跡は見当たらず、その時の遠征はそこで終了した。王都に帰還する前に、雫はホルアドにある冒険者ギルドに訪れ、要の情報が何か無いかと探ってみたが、そこでも何も情報は見つからなかった。

 

 香織と約束した“南雲ハジメ”の捜索と、優花の要請に協力を約束した“要 進”の行方を探るための情報収集。

 

 どちらも未だに目ぼしい情報は得られていない。

 

 しかし、焦る事は無い。

 

 南雲くんはもしかしたらずっと下の階層に落ちたのかも知れない。要はもしかしたらまだホルアドに到着していないのかも知れない。

 

 可能性が僅かにでも残っているのなら、それを手繰り寄せる。

 

 

「そのために、私が今できる事を頑張らなくちゃね........(それに、私は要にもう一度会いたい。会って自分の気持ちを確かめないといけない........だから要、ちゃんと生きてなさいよ。そうじゃないと私、許さないから.......)」

 

 

 そんな事を思いながら、雫はベンチに座りながら、トレードマークのポニーテールを風で揺らした。

 

 

「それにしても香織とリリィ、遅いわね。もうそろそろ約束の時間なのに........」

 

 

 訓練後、久しぶりにリリィも交えた三人でゆっくり話す予定だったのだが、手持ち無沙汰で雫はつい予定の時間より早く合流場所であるこの庭園に来ていた。香織は王宮のメイド“ニア”に何か用事があるらしく、今は別行動。

 

 結果、先に庭園についた雫はただ待ってるのもアレなので、手早く素振りをしていたのだ。

 

 約束の時間まであと少し。いつもなら五分から十分の間に二人は来ているのだが、今日は遅れているみたいだ。

 

 

「もう少し素振りでもしていようかしら........」

 

「ナー......」

 

 

 ベンチから立ち上がった雫の耳に何かの鳴き声が聞こえた。

 

 足元を見ると、小さな()()が自分の足に擦り寄っていた。

 

 

「はぅッ!」

 

 

 その黒猫の愛くるしい姿に雫はドキンッと胸のときめかせた。

 

 雫は可愛い物が大好きな女の子。

 

 元の世界の自分の部屋にはクマのぬいぐるみや淡い桃色の小物、猫の愛くるしいポーズ集のカレンダーなどなど、可愛い物が集められている。勿論それら全て、八重樫雫という女の子の趣味で集められた物ばかりだ。

 

 昔から彼女の事を知っている周り人間にとってそれは周知の事実であり、高校に入ってから知り合った要ですらその事を知っている。

 

 ちなみに可愛い物好きな雫のお気に入りはデフォルメされた狐のぬいぐるみ。クレーンゲームの景品だったそれをプレゼントしてくれた相手が実は偶然居合わせた要で、それが要との最初の出会いだった事は二人だけの思い出であったりする。

 

 話は戻り、現在雫は素振りの事などすっかり頭から抜け落ち、キラッキラした瞳で黒猫を見つめていた。

 

 

「はぁぁ〜、よしよしよしよし!一体どこから来たのかにゃ〜?」

 

「ナー......クシュンッ」

 

 

 黒猫の体を優しく撫でながら、ついつい語尾がニャーニャーしてしまう雫。黒猫がくしゃみをするが、そんな姿も愛くるしく思えた彼女だった。

 

 すると雫はある事に気づいた。

 

 黒猫が何かを口に咥えていたのだ。

 

 

「にゃにゃ〜?何を咥えてるのかにゃ〜?」

 

「ナ〜......クシュン」

 

 

 黒猫がまたくしゃみをした。花粉症かな?

 

 

「どこかの飼い主さんから逃げて来たのかにゃ〜?いけにゃい子にゃ〜」

 

「ナー」

 

 

 そう言って雫は黒猫から()()を受け取ろうと手を伸ばすと、黒猫は素直にそれを自分の掌の上に差し出した。

 

 妙に人に懐いているうえ、人の言葉を理解している素振(そぶ)りをする黒猫。どこかの貴族の飼い猫だろうか?

 

 受け取った物から誰の飼い猫なのかわかるかも知れないと思い、雫は()()を注視した。

 

 それはアラベスク調の繊細な金のフレームに赤い宝石を嵌め込んだ小さなペンダントだった。

 

 

「近くで見ると結構綺麗ね......このペンダントを口に咥えてたって事は、やっぱり貴族の飼い猫よね、この子.......」

 

 

 程よい大きさで、下手に飾らない装飾の美しさ。それを見て雫は素直に賛辞の言葉を漏らした。

 

 

「うーん.......放っておいて、飼い主の人が困るのもアレだし、リリィに相談した方がいいかしらね」

 

ーーー〝その必要は無いよ〟

 

「ッ!?誰ッ!?」

 

 

 途端、声が聞こえた。頭の中に直接響く様な声。

 

 辺りを見回しても誰もいない。

 

 では一体どこから?

 

 

ーーー〝君もわかってるんだろ?ここだよ、ここ〟

 

 

 その声の主が言う通り、彼女もなんとなく察していた。

 

 この場に居るもう一人の存在。いや、正確には一匹と言うべきだろう。

 

 その一匹の視線が、まるでこちらに話しかけているかの様に、ずっと自分の方に向けられていた。

 

 

「まさか、喋る猫がこの世界に居たなんてね........」

 

 

 話しかけて来たのは黒猫だった。その黒猫に再度、視線を向ける時、雫は驚きのあまり声が出なかった。

 

 何せその黒猫の額には、先程まで見当たらなかった()()()()があったのだ。

 

 普通では考えられない異常な姿。

 

 それを見た瞬間、雫はバックステップを踏み、黒猫から距離を取って、腰の剣を抜き構えた。

 

 

(いくらなんでも普通の猫が喋るわけない。それに額にあるあの目.......間違いなく魔物だわ。でも、どうしても魔物が王宮内に...........?)

 

ーーー〝まぁまぁ落ち着きなって。僕は君を取って食おうとしてるわけじゃないんだ。それに、僕は君に力を与える存在なんだよぉ?〟

 

「力を与えるですって?魔物にそんな事ができるのかしら?」

 

ーーー〝ふむ、どうやら君は僕の事を勘違いしているみたいだね。僕は魔物じゃなくて、精霊。正確には精霊(ジン)さ〟

 

「ジン.......?」

 

ーーー〝そう、僕は“虚偽と信望の精霊ブァレフォール”。君を僕の主と認めたのさ〟

 

精霊(ジン)?主?.........一体どういうことよっ!」

 

 

 流石にいつもは冷静沈着な雫も考える事が一気に増え、訳のわからない話をされて頭がこんがらがっていた。

 

 

ーーー〝う〜ん、しかし参ったなぁ〜。今の君じゃあ弱過ぎて僕の力も使い熟せそうにない。かと言って()()()()()()()をあの神の匂いがする山で待ち続けるのも絶対嫌だし、君や王様以外で僕が気に入るとも思えない..............まぁ、今回は特例という事で、みんなには許してもらおうかな!〟

 

「ちょっと!なに勝手に話進めてるのよ!ちゃんと説明してっ!」

 

ーーー〝残念だけど、ここでは話せないし、その時間も無い。()()()()()()のも骨が折れるんだ。だから、聞きたい事があるなら、この世界で目覚めた()()に会って訊くといいよ〟

 

 

 そう言って精霊(ジン)“ブァレフォール”、もとい黒猫の姿が徐々に風景に溶け込む様に薄れ始めた。

 

 

「ちょっ、待ちなさい!王様って誰のことよ!」

 

ーーー〝心配しなくても君はいずれ王様と会う。その時までその()()()()()を肌身離さず持っていれば、きっと気づいてくれるさ〟

 

 

 そう言って黒猫は姿を消した、と思ったら一瞬だけ消散する黒猫の姿が止まった。

 

 

ーーー〝あ、そうそう。僕の事やそのペンダントの事をこの世界の神に関係する人間が知ったら、君殺されちゃうから話す相手は選んだ方がいいよ?〟

 

 

 物のついでみたいに物騒な事を言って、声も姿も完全に消え去った黒猫“ブァレフォール”。

 

 何もわからず一人取り残された雫は、こめかみをピクつかせ、ペンダントを握る手が込み上げてくる怒りでワナワナと震え出していた。

 

 そしてーーー

 

 

「なんなのよもぉーーっ!!」

 

 

 地団駄を踏みながら、心が赴くままに声を張り上げた。

 

 すると、ようやく庭園にやって来た白崎とリリアーナが、そんな雫の姿を見て驚いていた。

 

 

「雫ちゃん、どうしたの!?」

 

「雫がこんなにも怒ってる姿、私初めて見ました.......」

 

 

 雫に駆け寄った二人は、一先ず彼女を落ち着かせる事にした。

 

 その後、とりあえず場所を移す事にした三人は、リリィの自室にやって来た。その提案をしたのは怒りをなんとか抑え、ようやく冷静になった雫である。

 

 先程のブァレフォールの言葉を思い出し、なるべく人目が付かない場所を選んだのだ。

 

 そして雫と香織はリリィの自室にあるソファに腰掛けた。リリィは自室の窓を開け、風の通りを良くした後、三人分の紅茶を用意し、二人の対面にあるソファに腰掛けた。

 

 専属侍女であるヘリーナには雫の要望で席を外してもらっている。

 

 

「リリィ、ごめんね。急にリリィの部屋に場所を移させてもらって........」

 

「かまいませんよ。シンさんの話をする時はいつもあの箱庭か、私の自室でしたし............それで雫、一体なにがあったのですか?」

 

「そうだよ雫ちゃん。私、あんなに取り乱した雫ちゃんなんて初めて見たよ」

 

「その........実は二人に、聞いてほしい事があるの。これなんだけど.......」

 

 

 そう言って雫は手に持っていた赤い宝石のペンダントを二人に見せた。

 

 

「そういえば雫ちゃん、ずっとそれ持ってたよね?よく見るとそれ、魔法陣みたいな模様が刻まれてるし、凄く綺麗.......」

 

「魔道具でしょうか?かなり高価そうな物ですね。細工が凝ってますし、細やかで見た事が無い模様、それにその赤い宝石も市場に出回っている物より価値がありそうです。雫はこれを一体どこで.......?」

 

 

 魔道具という言葉を聞いて、雫は再度そのペンダントを注視した。

 

 香織の言う通りペンダントには魔法陣が刻まれていた。ブァレフォールと話す前には見当たらなかったのに。

 

 

「う〜ん.........信じられない話かも知れないけど、実はーーー」

 

 

 そうして雫は二人に、自分が見た事、聞いた事を全て話した。

 

 その話の中で、ブァレフォールが口にした神に対する発言でリリアーナが若干複雑そうな顔をしたが、最後まで彼女の話に耳を傾けた。

 

 

精霊(ジン)かぁ〜.......リリィは何か知ってる?」

 

「残念ながら私にもわかりません。北の山脈近くにあるウルの町には精霊の伝承があると聞いた事がありますけど、詳しい事は何も残ってなかったはずです」

 

「リリィでもわからないとなると、やっぱり一番有力そうなのはブァレフォールが言ってた()()かしらね.......」

 

「王様って事は国王って事だよね?リリィのお父さんが何か知ってるってこと?」

 

「それは無いと思います。父からそんな話を聞いた事は一度もありませんし、何より父は教会と根強い関係を持ってます。そのブァレフォール?の話から察するに、その王という者は神と関わりを持たない方を指していると思います」

 

「それを踏まえて、この世界の神様にあんまり興味無さそうな王様って言ったら.............」

 

「.............ガハルド陛下」

 

「「あぁ〜........」」

 

 

 ヘルシャー帝国の皇帝“ガハルド・D・ヘルシャー”。

 

 その名前が頭に浮かんだ時、雫はどっと疲れた様な表情となり、そんな彼女の心中を察し、香織とリリィが何とも形容し難い同情した面持ちになった。

 

 実は数日前、このハイリヒ王国にヘルシャー帝国から使者がやって来たのだ。なんでもベヒモスを倒した勇者の話を訊くために。と思ったら勇者である天之河光輝と帝国の使者が模擬戦をする事になり、結果光輝は敗北。そして光輝の相手をしていた使者が実は帝国の皇帝で、勇者に興味を失せた皇帝が雫を口説いて来たのだ。もちろん丁重にお断りした八重樫だったが、帝国に戻る際にも口説いていたので諦めた様子は微塵も無かった。

 

 そんな事があって、雫はガハルドと会うのを極力避けたい気持ちなのだ。

 

 

「ま、まあ、ガハルド陛下が精霊(ジン)について何か知っているとは限りませんし、今は自分達で出来ることを探ってみませんか?」

 

「それって..........?」

 

「そ、そうだよ雫ちゃん!ペンダント!そのペンダントに何かヒントがあるかも知れないよ!」

 

「た、確かにそうね........でもコレ、どうしたらいいのかしら.......?」

 

「魔法陣が刻まれていると言う事は、何かの魔道具なのかも知れません。なら魔力を送り込んでみてはどうでしょう。何か反応があるかも知れませんよ?」

 

「そうね。少し試してみるわ」

 

 

 そうして雫はペンダントに魔力を込めてみた。

 

 するとペンダントに刻まれた魔法陣から眩い白い光が溢れて出し、部屋全体を包んだ。

 

 それはすぐに収まり、ペンダントに魔力を注ぎ込んだ雫自身は何も起こらなかった事に落胆した。

 

 だが雫の隣にいる香織と、正面に座っているリリィは何かに気づいたらしくワナワナと口を開いていた。

 

 

「二人ともどうしたのよ?そんな鳩が豆鉄砲を食ったよう顔して」

 

「し、雫......貴方、自分の状況がわからないんですか!?」

 

「え?特に変わった様子はないみたいだけど......?」

 

「し、雫ちゃんが......私の雫ちゃんが........!」

 

「香織、落ち着いなさいって。私がどうしたって言うのよ?」

 

 

 未だに二人の動揺に理解出来ていない雫。そんな雫の不思議そうな顔を見て、香織とリリィは視線を合わせ頷き合った。

 

 そしてリリィは自分の机の引き出しに仕舞っていた手鏡を取り出し、それを雫に手渡した。

 

 

「雫、これで自分の姿を確認してください」

 

「はわわ〜、雫ちゃんが、雫ちゃんが..........」

 

「ほんとどうしたのよ、二人して。私の顔になにか.........」

 

 

 雫はリリィから手渡された手鏡で自分の姿を確認した。

 

 その瞬間 雫は固まり「んん!?」と声を漏らし、もう一度手鏡で自身の姿を確認し、今度は自分の手で頭を触って確認してみる。

 

 そしてようやく二人が動揺している訳を理解した。

 

 手鏡に映った自分の姿、正確には頭の上に身に覚えの無いモノが生えていた。手で触ってみた感触でも間違い無い。

 

 自身の黒い髪と同じ色の獣の様なモフモフした二つの耳。

 

 そう、それは紛う事なき()()()だった。

 

 

「ななな、なによこれぇええ〜〜〜〜っっ!!??」

 

「きゃ〜〜っ!雫ちゃんがケモ耳生やしてるぅっ!すっごく可愛いぃ〜っ!」

 

「これは確かに、神に関係する方々には言えませんね......」

 

 

 驚きのあまり、つい声を張り上げてしまう雫。そんな雫がケモ耳を生やしている姿を見て、香織はときめく乙女の如く黄色い歓声をあげる。リリィはリリィでなんとか冷静さを保とうと紅茶に口をつける。

 

 そして三人がいる部屋の中にそよ風が吹き込み、リリィは遠い目で紅茶を飲みながら、その風に心地良さを感じていた。

 

 

「風が気持ちいですね〜」

 

「リリィ現実逃避しないでぇーーっ!!」

 

「雫ちゃん!ちょっとそれ触ってみてもいいかな!かな!」

 

「香織は香織で落ち着きなさいっ!もぉーーっ!なんなのよぉ〜〜〜!」

 

 

 ひょんな事から摩訶不思議な力?を手にした八重樫雫。

 

 それが一体何で、どんな存在なのかを知るのはもう少し先の話。

 

 だが確実に何かが変わった。

 

 それはまるで大きな嵐を予感させる変化。八重樫雫という苦労性の少女は、後にその嵐を巻き起こす台風の目に導かれる。

 

 今部屋の中に吹き込む風とは比較にならない強い風だ。

 

 そのシン()と出会った時、雫の運命が大きく動き出す。

 




ずっと思ってたんです。雫にブァレフォール持たせたら、きっと可愛いだろうなって。
さて、雫が金属器使いになるという事は、他にも........?
前話にレオニスの人化した姿の補足を書き足しました。普通に書き忘れですので、すいません。


補足

 
『登場したアーティファクト』

「BMC RR1200サイドカー」
・シュタイフ専用取り外し可能なサイドカー。ハジメお得意の武装盛りサイドカー。単独での走行も可能。あと数台作れば、みんなでマ○オカートができそうな程よい大きさ。
(元ネタはコードギアス叛逆のルルーシュより、リヴァル=カルデモンドのバイク)



『登場した精霊(ジン)』

【ブァレフォール】
・虚偽と信望の精霊。八重樫雫が持つ赤い宝石のペンダントに宿っているが、現状雫はジンの力を使いこなせない。そのため、変な形でその力が顕現した。神山の大迷宮に異界からの門が開き、そこでシンの到着を待っていたが、教会近くという事で、ミニフォールちゃんになってさっさと出て行った。赤いペンダントは元々ブァレフォールが宿っていた金属器。


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兎人と兜虫


オリキャラ登場回です。




 

 転移魔法陣の光に包まれたシンとロクサーヌ、そして人化したレオニスの三人は、視界を覆っていた光が晴れ、自分達の足が硬い土の大地を踏み締めていいる事に気づいた。

 

 

「............ここが、ライセン大峡谷ですか。初めて来ましたが、師匠が言っていた通り何もない谷底みたいですね.........」

 

「俺はてっきり、その峡谷の前に転移するのかと思ったが.........それよりロクサーヌはこの近くの樹海出身なんだろ?ここに来た事無かったのか?」

 

「私が樹海で暮らしていた時はまだ幼かったですし、フェアベルゲンから追放された時もこの峡谷には一歩も入っていませんからね」

 

「あ〜......すまない。嫌な事思い出せてしまった」

 

「大丈夫ですよ、レオニス。私は気にしていませんし、両親を亡くした場所もここではありませんから」

 

 

 ロクサーヌの反応からレオニスが意外そうな声で尋ねると、彼女はあっさりとその問いに答えた。

 

 レオニスもロクサーヌの過去を所々掻い摘んだ説明ではあったが、彼女自身から事前に聞かされていた。亜人の国から追放されたことや、両親が人間族に殺されたことも。

 

 それを思い出したレオニスは自身の無配慮な言動に頭を下げたが、ロクサーヌは気にしていなかった。

 

 確かに辛い過去ではあったが、それはすでに彼女は乗り越えている。

 

 悔しいと思う気持ちはあるが、それでもあの過去があったからこそ今があり、その今を大事にするべきだと理解しているのだ。

 

 そして、そのキッカケをくれた最愛の男性に自分の全てを捧げ尽くすとロクサーヌは決意している。

 

 そんなロクサーヌがその最愛の男性ことシンに、声をかけた。

 

 

「それよりも()()()、この後はどう動かれますか?」

 

「ぅっ.................」

 

「..............()()()?」

 

「.......な、なぁロクサーヌ。その呼び方、ほんとに続けるつもりなのか........?」

 

「何を言ってるんですかシン様?そんなの当たり前です!」

 

「ぇぇ、あの時だけのおふざけじゃ無かったのぉ........?」

 

「おふざけだなんてとんでもない。カトレアも言ってたじゃありませんか。シン様は私達の王なのですから、他の者との呼び方は区別しませんと!」

 

「ぅ〜ん、だけどよぉ........」

 

「.........お気に召しませんか、シン様?」←潤んだ瞳で上目遣い

 

「おっふ........!わ、悪くないっス.......」

 

「ではこのままシン様とお呼びいたしますね!」

 

「.............シン。お前、ロクサーヌにチョロすぎないか?」

 

「うん、自覚してる.........」

 

 

 天然の魔性ロクサーヌ。彼女の言動で一つで、シンは素で“おっふ”してしまう。その破壊力は凄まじく、つい様付けを許してしまう程。それは対王様(シン)特効効果を持つ、彼女にのみ許されたカトレア直伝の技なのだ!

 

 ロクサーヌの言う通り、その敬称はカトレアが提案した事で、カタルゴ大陸にいた時から何度も提案されていた。しかし、今まで“さん付け”だった呼び方が今度は“様付け”になる事に対して、シンはそれとなく拒み続けていた。そんな煮え切らないシンの態度に業を煮やしたカトレアが、ロクサーヌに“男を落とす作法”のあれこれを伝授したのだ。

 

 その結果シンは見事に陥落。だが、せめてもの抵抗として、たまには“さん付け”に戻す様にとお願いし、二人っきりの時は“さん付け”に戻すとロクサーヌは約束した。これが決まったのはライセン大峡谷に向かう前夜で、二人の激しい夜の営み中の話。ちなみにロクサーヌがカトレアから教わったものの中には夜の営みに関するテクニックもあったらしく、シン的にはいつもと違う夜になり興奮したとか。そこら辺はカトレア、グッジョブ!

 

 そんなわけで心も体もロクサーヌに掴まれているシンは、彼女にはチョロいのだ。

 

 

「それで話を戻しますが、この後はどうしますか?」

 

「そうだな〜、とりあえずこの辺りを探索して大迷宮の入り口がどこにあるか探ってみよう。水と食料の蓄えは十分あるから数日野宿しても平気だしな。まっ、そう時間も掛からず見つかると思うけど」

 

「その根拠は?」

 

「勘だ」

 

「勘ですね」

 

「お、おいおい、勘って.........そんな物で本当に見つかるのか?」

 

「心配しなくても大丈夫ですよ。シン様の勘の良さは既に氷雪洞窟で実証済みですし、そのおかげで私達は氷雪洞窟を攻略できましたから。それに手掛かりが無い以上、ここはシン様の勘に頼る他ありません」

 

「へぇ〜。今更だがお前って、ほんとなんでもありだよな〜」

 

「そのセリフは物理でなんでもありにするお前の親父に言ってやれ」

 

 

 そんなこんなで三人はライセン大峡谷の探索を始めた。

 

 途中、峡谷に棲まう魔物と何度も遭遇するもシンは力魔法で圧殺、ロクサーヌの剣撃で一刀両断、加減したレオニスの蹴撃で魔物の頭部を一撃粉砕して歩みを進めた。

 

 そんなシン達が歩き始めて数十分が経過した頃、三人は峡谷の出口である岩の階段に辿り着き、ふとレオニスの足が止まった。

 

 

「シン、ロクサーヌ。上の向こう側から何か聞こえるぞ」

 

「ん?ロクサーヌはどうだ?」

 

「私にはまだ何も聞こません」

 

「ここからかなり距離がありそうだからな。赤獅子の俺だからギリギリ聞こえてるんだろう」

 

「ほんと赤獅子は身体能力が優れてるなぁ。それで、その音の正体はわかるから?」

 

「少し待て...........これは、人の話し声か?それと.............悲鳴?」

 

「「っ!?」」

 

 

 レオニスの発言を聞き、シンとロクサーヌの表情が一気に引き締まった。

 

 悲鳴と言うことは何かが起こっていると言うこと。おそらく魔物か、盗賊か。どちらにせよ何かしらの問題が発生しているのは間違いない。

 

 

「ロクサーヌ、レオニス!すぐにそこに向かうぞ」

 

「はい!」

 

「良いのか?大迷宮に向かわずに?」

 

「知ってて見殺しにするのは後味が悪いからな。それになんとなくだが、()()()()()()がありそうな気がするんだ」

 

「その根拠は?」

 

「そんなの決まってるだろーーーー勘だ!」

 

「フッ、わかった!二人とも俺の背中に乗れ!」

 

 

 レオニスがそう言うと、彼は[人化]を解き、元の赤獅子の姿に戻った。

 

 それを見てシンとロクサーヌは迷わずレオニスの背中に飛び乗り、レオニスは一回の跳躍で大峡谷の谷底から頂の地面に着地した。その瞬間からレオニスは風を切る様に一直線に大地を駆け出した。

 

 そんなレオニスとロクサーヌ、そして自身に対して、シンはとある魔法を付与した。

 

 その魔法は付与魔法の一つ、[認識阻害付与]である。

 

 それは読んで字の如くの魔法で、魔法が付与された対象をそれ以外の存在からの知覚、認識を妨げる効果を持っている。平たく言えば周りから認識されなくなるという魔法だ。だが気配感知や魔力感知では居場所を特定されるため、それを保有している相手には効果は薄いという弱点もある。

 

 これはレオニスの人化訓練を始めた際、赤獅子姿のレオニスがその巨体を晒して走り回れば色々と厄介な事になりかねないと思い、シンが密かに透明になれる魔法を会得しようと試みた結果得られた魔法なのだ。

 

 これを使えばいつでもどこでもレオニスは人目を気にせず走り回ることが出来る。そんなレオニスの背中に乗れば気分はまさに、となりのト○ロに出てくるネ○バスである。「メェ〜〜イちゃぁ〜〜ん」と叫ぶお婆ちゃんの前を通り過ぎることもできる。

 

 そんな魔法が付与されたレオニスが走り出して数十秒、何も無い荒野を数キロ駆けた先に見えたのは森だった。

 

 その森の手前、ちょうど森の入り口辺りに馬車が止まっており、その周りにいる鎧を着た四人の男達とでっぷりと太った男が人間大の昆虫型魔物に襲われているのをシン達は目視で捉えた。

 

 

「お、お前達っ!私と()()をなんとしても守りきれっ!」

 

「言われなくてもやってるッ!」

 

「くそッ!なんなんだよ、この魔物は!!刃が全く通らねぇ!」

 

「愚痴言ってないで、そいつを抑えやがれッ!ッ!?また来るぞッ!!」

 

「クソッタレがぁッ!こんな筈じゃねぇだろぉッ!」

 

 

 人間大の昆虫型魔物。それは黒光りする甲殻を持ち、大小異なる二本の角を頭部から生やす、六本足の魔物だった。シンが元いた世界で言うところの兜虫であり、この世界での名前は“カンタロス”と呼ばれる存在。

 

 飛行能力を持ち、頑丈な甲殻と鋭い大剣の様な角で相手を叩き切る。その上、固有魔法[魔法反射]を持っており、下手に魔法を当ててしまえば、それが自分達に跳ね返ってきてしまうのだ。

 

 そんな相手に苦戦を強いられる鎧を着た男達は、突然その場に吹き込んだ強風で尻餅をついた。

 

 途端、ドゴンッ!!という音が響き、男達が気づいた時には、カンタロスが地面に減り込んでいた。動こうとするカンタロスは、まるで何かに()()()()()()()()()()()()()()()()に身動きを取れなくされていた。

 

 

「一体..........」

 

「大丈夫か、お前ら?」

 

 

 何が起きているのかわからない男達に声をかけて来たのは、真っ白な服装に身を包んだ長髪長身の男だった。その男は高価そうな装飾で身を飾り、一目見ただけで身分が高い存在なのだと鎧の纏った男達は理解した。

 

 

「あんたが俺達を助けてくれたのか.......?」

 

「まあな。それで、一つ聞きたいんだが構わないか?」

 

「あ、ああ。なんだ?」

 

()()は一体なんだ?」

 

 

 そう言ってシンが指を()()()のは、男達が必死で守っていた馬車だった。正確にはその馬車の、布で覆われた荷台である。その布が少し動いた。

 

 シンにそう問われた男は、立ち上がりながら答えた。

 

 

()()か?アレはそこにいる帝国貴族様の売物だ」

 

「..........。帝国の貴族、ねぇ........」

 

 

 鎧の男がそう答えると、シンの後ろに居た身なりが良さそうな巨腹の男が立ち上がってシンに声をかけてきた。

 

 

「そこのお前!よくぞ私をあの魔物から救ってくれた!今日からお前を私の部下にしてやろう!」

 

「.............はぁ?(いきなり何言い出しての、こいつ?)」

 

「そういう訳には参りません。シン様は私達の王、残念ながら貴方如きが従えさせれる人ではあらません」

 

 

 するとロクサーヌがシンとその巨腹男の間に割って入った。そのロクサーヌの後に続いて、人化したレオニスもシンのそばにやって来た。

 

 いきなり現れた狼人族の女と赤髪の大男に、周りの男達が驚いている。どうやら二人はシンの認識阻害を解除したらしい。

 

 ロクサーヌの前に立つ巨腹の帝国貴族は、彼女の整った容姿とその美貌、特にたわわに実った胸を下卑た目でジロジロと見ていた。それはシンが助けた鎧を纏った男達も同じだった。

 

 そして巨腹男がニタッと笑みを浮かべて、再び口を開いた。

 

 

「ならそこの白い奴はいらん。だが代わりにお前を私の妾にしてやろう!」

 

「はい?」

 

「ア゛ン?」

 

「シン、落ち着け。顔が怖いことになってるぞ?」

 

「む、そうだな.........ゴホンッ、えー失礼。ここに居るロクサーヌは、すでに私と将来を誓い合た女性です。なので貴方にお渡しするわけには参りません」

 

 

 なるべく冷静に丁重に断りの言葉を述べたシン。いつもの砕けた話し方とは違い、丁寧で上品な口調の話し方である。この話し方はカトレアから教わったもので、人の上に立つ者としての作法なのだとか。

 

 なるべく笑顔で話しているシンだが、こめかみは若干ピクついている。先程の視線といい、ロクサーヌを妾にするという発言でかなりキレてる様子のシン。彼が力魔法を問答無用で使わなかっただけ、かなり抑制出来ている。

 

 

「お前には聞いていない!さあ、こっちに来い!」

 

 

 そう言って巨腹男がロクサーヌの手を掴もうとしたその時、シンがその腕を掴み上げ、止めた。

 

 

「先程も申し上げましたが、彼女は私の大切な女性なのです。その汚い手で触れないでいただきたい......!」

 

「イテテッ!お、お前ぇ、私を誰だと思っている!」

 

「存じ上げませんね。ただ、品位の欠片も感じない貴方が生まれた家など、これっぽっちも知りたくはありませんが」

 

 

 一応まだギリギリ丁寧な口調ではあるが、完璧に相手を煽りに行っているシン。

 

 そんなシンと自分達の主人を見て、周りの護衛達が動き出した。

 

 

「おいおい、白服の兄さんよぉ。助けてくれた事には礼を言うが、それ以上うちの雇い主に手を挙げるなら容赦はしないぞ?」

 

 

 四人の護衛達がシン達を囲む様に移動して来た。

 

 

「へ、へへへへへっ。お前達がどれだけ強いか知らないが、ここにいる私の護衛はあの勇者に匹敵する実力派なのだよっ!お前達なんかゴミだ!それに、そんな亜人(お荷物)を守りながら私の護衛と戦うつもりか?わかったらとっととこの手を離せ。そしてその狼人族の女に私に渡、イタタタタタタッッ!!!」

 

(はぁ.........。この男の護衛が天之河に匹敵する?そんなハッタリでこちらが手を引くと本気で思っているのなら、随分と能天気なお貴族だな)

 

 

 シンは鼻で笑いながらそんな事を考えていた。

 

 そしてさらに、掴んだ腕に力を込めてみる。シンの指が巨腹男の腕の肉を圧迫し、その圧力が徐々に骨に達しようとしていた。

 

 その様子を見て周りを囲む護衛の男達が動こうとすると、レオニスの視線による威圧で男達の足が竦み、それ以上進もうという気にさせなかった。ロクサーヌもまた腰の剣を手をかけ、“斬るぞ?”という闘気を放っている。その凄みで周りの男達は、目の前の狼人族がただの亜人ではないと理解させられた。

 

 

「イダダッ!!お、お前ぇ!離せ、離せっ!!」

 

「よろしいのですか?()()()()()()()()?」

 

「いいからさっさと離せっ!でなければ、ここに居る私の護衛達でお前を襲わせるぞっ!」

 

「それは困りますね。では()()()()()()()()()()

 

 

 シンがそう口にした途端、地面に減り込んで動けなかった筈のカンタロスが羽を広げ、一直線に帝国貴族の巨腹男に向かって襲い掛かって来た。

 

 そしてカンタロスの突進を受けた巨腹男は、まるで轢き潰されたカエルの様な声を漏らしながらボールの様に地面を跳ね、十メートル後方へと吹き飛ばされた。

 

 護衛の男達がそれを見て、吹き飛んだ帝国貴族の名前を口にしながらの彼の元へと駆け寄っていき、再びカンタロスと戦闘になった。護衛の男達がシンを忌々しそうに視線を向けてくるが、すぐにそんな余裕はなくなる。

 

 先程よりも早い速度で護衛の男達に襲いかかるカンタロス。

 

 今は助ける気にもならないシンは、一先ずそれを放置した。

 

 

「シン、お前.........」

 

「俺は別に()()()()とは一言も言ってないぞ?離したのは力魔法の押さえだ。いやぁ〜、長いことあの魔物を押さえてたからちょっと疲れたぜ」

 

「お前なぁ........」

 

 

 シンの言う通り、離したのは掴んだ男の手ではなく、カンタロスを地面に減り込ませていたシンの[力魔法]の魔力()であった。

 

 ロクサーヌにしつこく迫るあの巨腹の態度、下卑た視線、そしてロクサーヌの事をお荷物などと抜かした事が腹に据えかね、ついついシンはやってしまったのだ。

 

 

「シン様。怒ってくれるのは嬉しいですけど、あの人達死んでしまいますよ?」

 

「大丈夫、大丈夫。骨の二、三本は覚悟すればなんとかなるだろうよ、多分だけど..............それよりロクサーヌ、今のうちに馬車の荷台にいる()()()を逃してやれ。あの荷台の中に捕まった亜人族がいる」

 

「っ!?」

 

「どう言う事だ?」

 

「力魔法で荷台に被さってるあの布をチラッと捲ったら見えたんだよ、首輪をつけられてる亜人族の女子供が。どうやらあの布は匂い消しと内側の音を遮断する効果が付与された魔道具らしい。おそらく五感に優れた亜人族の戦士に気づかれないための物だろうな」

 

「くっ........わかりました。今すぐに解放してきます!」

 

「ロクサーヌ.......平気か?」

 

「..........思うところはあります。ですが、今の私はシン様の剣です。ですから大丈夫です」

 

「そうか。なら頼む」

 

「はい!」

 

 

 ロクサーヌは力強く返事をして馬車の方に向かった。

 

 

「レオニスも、あっちを頼む」

 

「わかった。だが、奴らに見つかっては事だぞ?」

 

「そこは抜かりない。さっきお前達にかけてた認識阻害を施すから心配するな。あ、それとレオニス、嫌がらせとして荷台の中に適当な魔物を捕まえてぶち込んどいてくれ」

 

「わかった。手頃そうな奴を見つけてくる」

 

 

 そうしてレオニスもロクサーヌを手伝いに行った。だがすでにロクサーヌが捕えられていた亜人族の女子供を解放していたので、レオニスは森に入って行った。

 

 それを見届けたシンはフィンガースナップをして、囚われていた亜人族の三人の女子供に認識阻害を付与した。その間も、帝国貴族の護衛達はシン達に一切目もくれず、必死な形相でカンタロスの相手をしている。帝国貴族の巨腹男はいつの間にか気絶し、泡を吹いて地面に横たわっていた。

 

 そしてロクサーヌが捕えられていた亜人族の人達を伴ってシンの元に歩み寄って来た。もちろん亜人達の姿は見えないままだ。

 

 

「シン様、捕えられていた方々を解放しましたがレオニスは?」

 

「あいつにはちょっとした用事を頼んでおいた」

 

「用事、ですか?」

 

「ああ。おっ、意外と早かったな」

 

 

 と、レオニスが猪みたいな魔物を担いで森から出て来た。そしてその魔物を馬車の荷台にある檻に放り込み、適当に檻の扉を捻って歪め、魔物が外に出られないようにした。

 

 

「..........何してるんですか、あれ?」

 

「ちょっとした嫌がらせだ。ほら、あいつらを逃がすにしても馬車の荷台が軽過ぎるとすぐバレるだろ?要は時間稼ぎみたいなもんさ」

 

「な、なるほど..........。それよりシン様、あれはどうするのですか?」

 

「あいつらか?う〜ん、相手は帝国の貴族らしいからなぁ。後々面倒な事になってもあれだし、やっぱ助けたい方がいいんだろうなぁ」

 

 

 するとレオニスがシン達の元に戻って来てた。馬車の荷台に覆い被さっていた布で、しっかり檻の中身が見えない様にしてから。

 

 

「あんまり乗り気にはなれないが仕方ない。それに、さっさと()()()の話も聞きたいしな」

 

 

 そう言ってシンは力魔法でカンタロスの動きを封じ、空宙で停滞させた。

 

 ようやく苦戦から解放された護衛の男達は疲労困憊で肩で息をし、脱力と共に地面にへたり込んだ。だが目だけはしっかりとシンを強く睨んでいた。

 

 

「ぜぇ、ぜぇ........て、テメェ.....!どういうつもりだッ!」

 

「お、俺達を見殺しにするつもりか!さっさと助けやがれってんだよッ!」

 

「クソがっ、あとで絶対ぶっ殺してるやるっ.......!」

 

 

 口々に護衛の男達がそんな悪態を吐いてくるが、動く気力もないらしく、口だけは威勢が良い護衛達だった。

 

 

「シン様に助けてもらっておきながら、なんですかその態度はっ.......!」

 

 

 男達の態度の悪さにロクサーヌが剣を抜こうとする。

 

 

「まあ待て、ロクサーヌ........。お前達、これ以上は何もしてやらないからさっさとこの場から去れ。そして二度と、ここに来るなーーーーー“いいな?”」

 

「「「「ッッ!?!?」」」」

 

 

 シンが[覇気]を放ち、溢れ出た膨大な魔力の重圧が男達に乗し掛かる。極まった精神的重圧を受けた護衛の男達は背筋を正し、思わず頭を下げた。

 

 解き放たれた覇気から男達は、目の前の立つ存在が絶対的な覇者であると本能的に理解させられた。敵うわけがない、逆らえるわけがない、そもそもそんな考えを抱く事が間違っていると、そう思わされた。それはまるで、君臨する絶対的な王による沙汰が下されるのを、ただ恐怖しながら待つが如き心境だった。

 

 ビクビクと怯える様に地面に額を擦り付ける男達。

 

 

「も、もうこの様な事は、二度と致しませんッ!」

 

「「お、お許しを.........」」

 

「ハァ、ハァ、ハァ........やべぇ、なんだこれ、胸がキュンキュンする........?!」

 

「なら、さっさとこの場を立ち去れ。そこの気絶してる貴族もちゃんと拾って帰れよ?」

 

「「「「ハ、ハイッ!(ひゃい....)」」」」

 

 

 一人様子のおかしい奴が混じってるが、彼等の態度を見てシンはさっさと帰る様に促した。すると彼等は立ち上がり、貴族の巨腹男を重たそうに担ぎながら馬車と共に速やかに去って行った。

 

 のちにその中の一人がドM性壁に目覚め、罵り系お兄さんとSMプレイが出来る夜の宿に足繁く通う事を誰も知る由はなかった。

 

 

「よぉ〜し、一件落着!.......悪かった二人とも、色々と我慢させて」

 

「気にするな。誰もがお前の様に理解し合える相手ではない事は、ちゃんとわかってるつもりだ」

 

「不快な人達でしたが、最後にシン様に対して平伏する姿を見れたので気分が晴れました。ですから私も平気です」

 

「そうか。さてと..........」

 

 

 シンは二人の言葉を聞いたのち、捕まっていた亜人族の彼女達に付与していた認識阻害を解除した。魔力操作を行えない者では、シンが付与した認識阻害を自力で解除する事は出来ない。

 

 認識阻害を解除した事で姿を現した彼女達。一人はシンと同年代ぐらいの黒髪褐色のナイスバディな兎人族の女性で、残り二人も兎人族だが見た目からしてまだ七歳前後の女の子と言ったところだ。

 

 三人の手足に枷が着けられていたので、シンが[鑑識]でなんらかの魔道具でない事を確認した後、手早く外した。

 

 するとその黒髪褐色の兎人族がシンに一歩近付き、頭を深々と上げた。それに倣って小さな兎人族二人も頭を下げた。

 

 

「あ、あの!助けていただいて本当にありがとうございます!」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 

 三人の兎人族がお礼の言葉を言い、それを聞いたシンは爽やかな笑顔を浮かべながら三人に近寄った。

 

 

「気にするな。今回助ける事が出来たのは偶々(たまたま)だ。それにか弱い女の子を助けるのは当たり前の事だよ、お嬢さん」

 

「キュン.......///」

 

「シンさん.......?」

 

「おっと、いかんな。ついついやってしまった。あっはは...........」

 

 

 ナチュラルにイケメンムーブをかましてしまい、黒髪褐色の兎人族の女性が顔を赤らめていた。それを見たロクサーヌが刺々しい微笑みを浮かべ、含みのある声でシンの名を呼んだ。

 

 そこで自分がやってしまった事に気づいたシンは、それを誤魔化す様に兎人族の子供達の頭を撫でながら「お菓子いる?」と聞いていた。

 

 シンがついやってしまった“お嬢さん”呼び。それはカトレアから教わった話し方の一つで、無駄に顔が良いシンの容姿や声を活かすコミュニケーション方法である。これを体得する為にカトレアの指示で、シンは魔人族の里に暮らしている女性と手当たり次第特訓をさせられ、そのおかげもあって早い段階でそれを体得する事が出来た。しかし、ついつい素で“お嬢さん”呼びなどをしてしまうようになり、結果そのせいで魔人族の里にいる女性達に絶大な人気を獲得し、ロクサーヌが目だけは笑っていない笑顔を向けるようになったのだ。

 

 もっとも、それは話し方だけの問題では無く、元々シンの天然な部分のせいでもあるのだが。

 

 そんな天然女誑しのシンは懐から魔人族の里で作って貰ったお菓子を取り出し、兎人族の子供達に渡した。ちなみに懐からと言うより、バウキスの異袋からと言うのが正解である。

 

 嬉しそうにお菓子を受け取った子供達を見て懐かしい気分になったシン。するとそんなシンに、黒髪褐色の兎人族が声をかけた。

 

 

「あ、あの.....!お名前を伺ってもよろしいでしょうか!」

 

「ん?あぁ、そう言えば自己紹介がまだだったな。俺の名前はシン。そこにいる狼人族の女性はロクサーヌ、そっちにいる大男はレオニスだ」

 

「シン、シンさま.......はい、わかりました!」

 

「ところで君達の名前は?」

 

「あ、はい。私は“リザ・ハウリア”と申します。この子達は“アト”と“サラ”、二人とも私の妹です」

 

「アトー!」

 

「サラー!」

 

 

 お菓子を口いっぱいに頬張っている二人が元気よく名乗った。そんな二人に「もぉ、お行儀が悪いでしょ?」とリザが優しく注意している。

 

 そんな光景を見てシンやロクサーヌ、レオニスもなんだかほっこりした気分になった。

 

 

「それでシン、この子等はどうする?」

 

「とりあえず兎人族の村に送り届けた方がよろしいでしょうね。ここで別れて魔物に襲われては元も子もありませんし、先ほどの様な一党にまた攫われる可能性もあります」

 

「だな。てことで、君達を故郷に送り届けようと思う。亜人族の国フェアベルゲンまで俺達が君等を護衛するから安心してくれ」

 

 

 シンは自分の胸をドンッと叩いて見せ、三人を安心させようとした。そんなシンを見てリザやアト、サラの顔が明るくなった。

 

 

「ありがとうございます!ですが、その.......私達が暮らしているフェアベルゲンは他種族を強く排斥する国ですので、護衛は樹海までで大丈夫です」

 

「ふむ。だが樹海には魔物もいるだろう。そんな中を子供を二人も抱えて進むのは少々心配だぞ?」

 

「レオニスの言う通りですが、私もフェアベルゲンが他種族をどう扱うのかを知っている身ですので、少し悩みますね」

 

「ロクサーヌさん、フェアベルゲン出身なんですか?」

 

「はい。と言っても私があの国で過ごしていたはずもう十五年以上も前の事です。私は生まれながらに魔力持ちでしたので、十五年程前にフェアベルゲンを追放されましたが」

 

「ロクサーヌさん、魔力持ちなんですかっ!?」

 

「え、ええ。そうですよ.......?」

 

「................まさか、()()()以外に亜人族で魔力持ちが居たなんて.........」

 

「あの子.........?」

 

「ああ、いえ、こちらの話です!」

 

 

 ロクサーヌが魔力持ちだと聞いて驚いた様子のリザが何やらブツブツと独り言を漏らしていだ。忍ぶように抑えた小声だったのでロクサーヌは僅かな単語しか聴き取ることができなかった。

 

 そんなやり取りをしていた二人を他所に、シンが歩き出した。

 

 

「シン様?」

 

「ああ、いや。フェアベルゲンにはリザやロクサーヌの言う様に他種族を嫌う傾向があるんだろ?特に人間族ともなれば尚更」

 

「ええ」

 

「もしリザがフェアベルゲンに戻った時、俺達と関わっている姿を他の奴らに見せちまったら、多分リザ達に迷惑をかけちまうからな。リザと提案通り樹海までの護衛としよう」

 

「それでいいのか、シン?」

 

「良いわけ無いだろ?あくまで()()()護衛するのは樹海までで、そこから先は()()()に頼めばいい」

 

「「「別の奴?(ですか?)」」」

 

 

 シンの言葉の意図がまるで理解出来ていない三人が、声を揃えて疑問符を浮かべた。

 

 そしてゆっくりと歩いていたらシンの足が止まり、彼は自身の頭上にいる()()を指差しながら、三人の疑問に答えた。

 

 

「そそ。()()()とか結構お手頃だと思うぜ?」

 

 

 シンが指差した先にあるモノ。それは先程からずぅ〜っとシンの[力魔法]で空宙に停滞させられていた兜虫の魔物()()()()()であった。

 

 

「いつまで経ってもトドメを刺さないと思ったら。そう言う事か..........」

 

「あぁ〜、()()ですか.........」

 

「え?え、えぇ〜と......どういう事ですか?」

 

 

 レオニスはシンの言葉の意図を理解し、ロクサーヌは遠い目で少し前の記憶を思い出し、納得した表情を浮かべている。ただ一人、意味がわからないリザは只々困惑していた。アトとサラはお菓子を食べる事に夢中である。

 

 シンがここに来る前、レオニスに話した“()()()()()()”の予感、そして覇気を放つ前に呟いた“()()()”という二つの言葉が指していた存在は、目の前の兜虫型の魔物()()()()()であった。

 

 愉快そうな笑みを溢したシン。

 

 すると空宙で停滞させられていたカンタロスは、シンの[力魔法]から解き放たれ、ボトッとその体を地面に着地させた。

 

 そしてシンに向き直り、彼を数秒見上げ一人と一匹の視線がぶつかった後ーーーー。

 

 

「へアッ!」

 

 

 カンタロスがシンに対して、立派な角を地面に食い込ませながら頭を下げた。シンは初めて聞いたカンタロスの鳴き声に某ウ○トラ戦士を思い浮かべ、その声に反応した。

 

 

「おお、そうかそうか!はははっ!......だってよ?」

 

「「「いやいやいやいやいやっ!!!」」」

 

 

 何故かコミュニケーションが成立しているシンとカンタロス。

 

 ロクサーヌ、レオニス、リザの三人が揃って同時に突っ込んだ。

 

 

 




現状シアはの存在はまだ他の亜人に知られていませんが、数日後にバレます。


補足


『登場人物』


「リザ・ハウリア」
・長い黒髪と褐色の肌を持つスタイルが良い少女。シンより少し歳下(シアと同じ歳)妹二人と樹海の木の実を探しに行った時に、帝国貴族とその護衛に捕まってしまったが、その後でシン達と出会う。
(イメージはブルアカの角楯カリンです。黒髪褐色でカリン以外イメージに合う他作品キャラがいなかった..........。性格は全然違うので悪しからず)


「リザの妹“アト”と“サラ”」
・リザの妹。二人ともリザと同じ黒髪の可愛らしい幼女。好きな物はシンから貰ったお菓子。


「帝国貴族の巨腹男」
・親が奴隷商会をしている。親の威光で権力を振りかざす、ただのデブ。肉付きが良いのでよく跳ねる。普段から亜人狩りをしており、その際必ず四人の護衛を同行させる。シンとの一件後、護衛の四人全員が退職した。


『登場した魔物』


「カンタロス」
・兜虫の様な魔物。人間大の大きさをした体に、硬く頑丈な黒光りする甲殻、頭部には大小異なる角と六本の足を生やしている。一番大きな角はまるで大剣の様になっており、その角で的を叩き切る。固有魔法[魔法反射]を持っているため、基本的に物理で倒す以外方法がない。しかし、相手との実力差が大き過ぎると魔法反射も意味がなく、魔法の規模の違いで押し負ける。シンの力魔法にもそのせいで簡単に捕まえられた。
鳴き声は「ヘアッ!」「シャアッ!」「ダァ!」「デュワ!」のバリエーションがある。



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魔女達の宴

・まぁた、長くなりました。

????「オリキャラのオンパレードですわぁ!」




 

 所変わって、シン達一行は一度ライセン大峡谷に戻り、その峡谷を超えた道のりを歩いていた。

 

 その中には先程まで帝国貴族の護衛達と相対していた魔物カンタロス、改め〝ジュアル〟(命名シン)がリザの妹達をその背に乗せて空を飛んでいた。

 

 

「すごいすごぉーいっ!!」

 

「お空飛んでる〜っ!!」

 

「デュワ!(しっかり捕まっていなさい、兎人の子等よ)」

 

「はわわわわ〜っ、アト〜!サラ〜!お願いだからジュアルさんに粗相しないでよっ?!」

 

「心配するなってリザ。あー見えてジュアルは意外と紳士な奴だ。子供の戯れにいちいち腹を立てたりしないって」

 

「そ、そうかもですけど〜........」

 

 

 ジュアルの背中に乗っている妹二人が何か仕出(しで)かさないかと気が気でならない様子のリザ。そんなリザに対して軽快に笑って安心させようと彼女に声をかけるシン。

 

 

「話は聞いてはいたが..........まさか本当に魔法を使わずに魔物を従わせるとは。相変わらずシンは不思議と言うか、奇妙と言うか...........」

 

「氷雪洞窟でのフロストオーガに続いて、バウキスにも懐かれてますし、今回に至っては()()でしたからね.......。もう何と言えばいいのか.........」

 

「天然の魔物(たら)しと言ったところだな、()()は.......」

 

 

 レオニスとロクサーヌが横に並び歩きながら、そんなやり取りをしていた。

 

 そして二人が先程から()()と口にしている事。

 

 それはほんの一時間と少し前の出来事を指す言葉であった。

 

 一時間と少し前。

 

 シンに対して平伏して見せたジュアル、もとい兜虫の魔物“カンタロス”。元々平伏しているみたいな姿勢のカンタロス。そんな彼は最大限シンに服従の意を示すべく、角と頭を地面に減り込ませ、尻を突き出した。一言で言うなら頭を地面に埋めた土下座、だろうか。

 

 一体何故、カンタロスがこんな体勢を取ったのか。それはシンが帝国貴族の護衛達に放った[覇気]が原因だった。あの時カンタロスも護衛達と一緒にシンの覇気を真正面から受けたのだが、護衛の男達が恐怖を抱いたのに対し、カンタロスは極まった畏怖と憧憬をシンに抱いたのだ。

 

 その結果、カンタロスはシンこそが絶対の王だと仰ぎ、その場で忠誠を誓い、王の忠実な配下の証としてシンから“ジュアル”の賜ったのだった。

 

 

『ヘア!ヘアッ!ダァ!(この様な名を頂けた事、大変嬉しく思います。王よ)』←減り込み土下座

 

『お、そうか?気に入ってくれたなら何よりだ。ところでさっきの話、本当に良かったのか?』

 

『ヘアッ!ヘア、ヘア!ダァ!ヘアーー、デュワッ!!(はい。其処(そこ)に居る兎人の姉妹を故郷へと送る任、しかと(うけたまわ)りました。このジュアル、王の忠実なる配下として必ずや任を遂行して見せましょう!)』

 

『口調が硬いなぁ〜。まっ、お前の力なら問題ないだろう。期待してるぞ、ジュアル』

 

『ヘアッ!(ハッ!有難き幸せ!)』←より一層の減り込み土下座

 

 

 これはシンとジュアルの会話を一部抜粋した内容だが、終始ロクサーヌ、レオニス、リザの三人はジュアルがただ「ヘア!」「デュワ!」「ダァ!」と言っている様にしか聞こえなかった。ジュアルの話した内容は全てシンの翻訳である。シン曰く、ジュアルは忠誠心が厚い紳士らしい。あとお腹の模様が鬼の顔みたいになってるんだとか。そんな話を開いた口が塞がられない思いでずっと聴いていた三人だった。ちなみにリザの妹二人はジュアルの事を気に入ったらしく、最初は戸惑っていたジュアルも今ではかなり慣れた様子で二人に接していた。

 

 そんなこんなで、リザ達姉妹を樹海の入り口からフェアベルゲンまで護衛する任を受けたジュアルはシン達と現在同行し、ハルツィナ樹海を目指し飛んでいるのであった。

 

 

「しかし偶然とは言え、良い情報も手に入りましたね、シン様」

 

「だな。ジュアルのおかげで大迷宮の入り口を見つけれたし、リザ達を送った後はそのまま大迷宮攻略に向かえそうだ」

 

 

 ロクサーヌのシンが話す通り、ジュアルはライセン大迷宮の入り口を知っていたのだ。一度、ジュアルが案内する通りに大峡谷を進んでみると、その先には確かに大迷宮の入り口らしき場所があった。

 

 その場所の中央には石板があり、そこにはこんな文字が刻まれていた。

 

 

〝おいでませ!“ミレディ・ライセン”のドキワク大迷宮へ♪〟

 

 

 妙に女の子らしい丸文字で、そう綴られていた。

 

 最初は半信半疑だったが、試しにその石板をレオニスに殴って壊してもらうと、その石板の跡に文字が彫られていた。そこにはーーーー

 

 

〝ざんね~ん♪この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス〟

 

 

ーーーーなどと書かれていた。

 

 

『完全にこっちを煽ってるな........』

 

『ですね。それもご丁寧に嘲笑の擬音まで付けて.........』

 

『.............』

 

 

 人を小バカにする様な短い文章を見て、そんな感想を漏らしたシンとロクサーヌ。石板を殴って壊したレオニスのこめかみが若干ヒクついていた。

 

 

『........シン、本当にここが大迷宮の入り口なのか?』

 

『どうなんですかね、シン様?』

 

『まあ、たぶんと言うかほぼ間違いなく当たりだろうな。こんな手の込んだやり方、解放者以外あり得ないだろ。それに、ロンさんが言ってたヴィーネの話、その中に“ミレディ”って名前もあったからな〜』

 

『こんな人をおちょくる様な奴が解放者だと?先が思いやられるんだが.........』

 

『その話はまた後にしましょう。今は先にリザさん達を樹海の入り口まで送りませんと』

 

『だな。というわけでお手柄だったぞ、ジュアル』

 

『ヘアッ!(お役に立てて光栄です)』

 

 

 長大で複雑なライセン大峡谷をシンの直感頼りで探っていれば、きっと一日以上はかかっていただろう。だがジュアルと出会ったおかげでその時間を大幅に短縮でき、その上シンは配下を一人獲得したのだった。まさに一石二鳥。

 

 そんなわけでシン達一行は大迷宮の入り口を後にし、リザ達を樹海まで送り届けるべく今に至るのだが、道中は至って平穏そのものである。

 

 ライセン大峡谷で魔物と何度か会敵はしたが、ロクサーヌとレオニスがそれらをあっさり瞬殺。リザ達姉妹は二人の実力に驚きのあまり口を開けて唖然とし、ジュアルは悔しそうに二人を見つめていた。その後はこれと言った障害も無く、ライセン大峡谷を越え、魔物と出会うことも無くなり、リザの妹達がジュアルの背中で楽しそうに声を上げているので、ちょっとしたピクニック気分であった。シン、ロクサーヌ、レオニス、リザの四人は談笑しながら樹海を目指して歩き続けた。

 

 程なくして樹海の入り口が見えてきた。

 

 だが、樹海の他に厄介そうなモノも見つけてしまった。

 

 

「シン様、樹海の入り口付近に複数の人影があります」

 

「ああ、見えてる。さっきの護衛達とは別の奴らだろうな。絡まれのは面倒だし、ここは迂回して..........」

 

 

 樹海の入り口付近に(たむろ)している集団を避けようとしたシンだったが、少し遅かったらしい。

 

 すでにその集団はシン達の存在に気づいているらしく、向こうからこちらに近付いて来ていた。

 

 

「っ!?()()は.......っ!?」

 

「どうしたのです、リザさん?あれが何なのか貴女は知ってるのですか?」

 

「.........はい。アレは帝国の兵士達です。それも()()()()()()()()()()ーーーー〝ワルプルギス〟」

 

 

 ロクサーヌの問いにリザがそう答えた。

 

 

「ワルプルギス.......?魔女の宴ってことか?」

 

「そういえば。先程からあの集団、男がほとんど見当たらないぞ?ほとんどが女だ」

 

「ん?言われてみればそうだな。一人だけえらく豪勢な甲冑の男がいるが、さながら女性だけの戦闘集団って感じだな..........」

 

 

 シンとレオニスの言う通り、その集団は一人を除いた全員が女性達だけで構成された部隊だった。その構成員のほとんどが黒を基調とした軍服を纏い、膝上丈のスカートを着用していた。その上から腕、肩、胸、足の部位ごとに甲冑を身につけている。まさに女性軍隊といった様子だ。

 

 そんな集団の先頭を歩く銀髪の男と金髪縦ロールの女、その半歩後ろを歩く薄紅の髪と()()()()を持つ女性が一人いた。見たところ、その三名が女性軍隊を率いているのが分かった。

 

 するとその集団の中いる数名の女達が詠唱を行い、シン達と自分達を閉じ込める様に結界を張った。

 

 

「シン様」

 

「わかってる。俺達が逃げられない様に結界を張りやがったな。逃すつもりは更々無いってことか」

 

「この程度の結界ならすぐに壊せるだろ?」

 

「ああ。俺達なら簡単に砕ける程度の結界だが、俺的には彼奴らの思惑が知りたい。ジュアル、アトとサラを降ろしておけ」

 

「ヘアッ!(わかりました)」

 

 

 シンとレオニスがそんなやり取りをし、ジュアルにアトとサラを降ろすように命じた。ジュアルの背から降りた二人はリザの背後に隠れた。そして目の前の集団がシン達から五メートル程離れた場所で歩みを止め、その途端に軍服姿の女性達がシン達を取り囲んだ。

 

 

「「「シ、シンさん.......(お兄ちゃん......)」」」

 

「大丈夫、心配するな三人とも。俺達の後ろに隠れていろ」

 

 

 シン、ロクサーヌ、レオニスが自分達を囲む女達に向かって三方向に対峙し、リザ達三姉妹はそんなシン達の間にその体を隠した。ジュアルは空宙で羽を高速で羽ばたかせ、シンと同じ方向を睨んでいた。

 

 するとシンが視線を向ける五メートル先、シンの真正面で腕を組み、卑しい笑顔を向け、シン達を見下す様な態度を取る銀髪の男が口を開いた。

 

 

「お前達は何者だ?狼人族に兎人族、それに魔物まで従えているとは、奴隷商人というわけでは無さそうだな?」

 

「そちらこそ、一体どちら様ですかな?我々に対してこの様な真似、あまり穏やかな雰囲気ではありませんが」

 

「俺を知らないだと?ハンッ、そんな身なりで随分と世情に疎い奴だな。ああ、田舎から見栄を張って出稼ぎに来た、ただの(うつ)け者か」

 

「「「ーーーッッ」」」

 

 

 シンの事を馬鹿にされ、ロクサーヌとレオニス、そしてジュアルがその男に明確な敵意を示した。そんな二人と一匹にシンは片腕を持ち上げて、その敵意を鎮めるよう無言で促した。

 

 

「フン、躾がなってない奴らだ。なら、お前達の目の前に居る存在が一体誰なのか教えてやろうーー俺の名は“バイアス・D・ヘルシャー”。ヘルシャー帝国の第一皇子だ」

 

「っ!?帝国の第一皇子、ですか.........。そんな方が何故この様な場所に?」

 

「樹海に来たのなら決まってるだろ?俺自らの手で亜人を捕まえに来たんだよ。帝国で出回っている上物奴隷はあらかた食ったからな、暇を持て余していたからこうして自分達で調達しに来たのさ」

 

「お兄様。わたくし達は別に、亜人狩りに来たのではなくってよ。わたくし率いる“ワルプルギス”の強化訓練でこの樹海に来ただけでありますから、一緒くたにしないでいただけます?」

 

 

 バイアスの隣に居る見目麗しい金髪縦ロールの女性が、バイアスに何かを抗議していた。「お兄様?」と彼女の発言を訝しんだシンは、なんとなく予想はついているが、一応彼女の名も尋ねる。

 

 

「..........そちらの方は?」

 

「あら、わたくしの事も知らなくて?本当に世情に疎いお方の様ですわねーーわたくしはヘルシャー帝国第一皇女“トレイシー・D・ヘルシャー”、そしてここに居るワルプルギスの隊長でありましてよ」

 

 

 トレイシーはシンに対してスカートの両端を摘んで優雅に挨拶した。シンに対する対応がバイアスとはえらい違いである。

 

 

「っ!?な、なるほど........(皇子と皇女、両方揃ってるとか豪華過ぎるだろ..........!)」

 

 

 女性軍隊を率いていたのは、なんと帝国の第一皇子と第一皇女の二人だった。流石のシンも大物中の大物二人とこんな場所で出会(でくわ)すとは思っていなかったので、かなり驚いていた。

 

 特にトレイシーの存在にシンは驚きを隠せなかった。何せリアルで金髪縦ロールの語尾が「ですわ」口調の皇女様なのだから。吊り目で整った顔立ち、軍服の上からでも分かる魅惑のワガママボディ。それに他のワルプルギスの隊員達とは違い、胸元をガッツリ開け、複数の装飾品を身に纏ってる。見たところその全てが魔道具、又はアーティファクトであった。まさにゴージャス系金髪ドリル美女である。

 

 

「では私も名乗りま........」

 

「お前の名など興味はない」

 

 

 名乗ろうとしたシンの言葉を遮ったバイアス。ちょっとイラっと来たが今は我慢だ。ロクサーヌ達もバイアスの態度にイラついている。

 

 

「左様ですか..............それで。その帝国の皇子皇女が何故私達にこの様な真似を?」

 

「なに、ちょっとした威嚇だ。俺の要件さえ飲めば、俺の妹がすぐにこの包囲を解く」

 

「..........要件というのは?」

 

「そこにいる兎人族と狼人族を俺に差し出せ」

 

 

 ここに来てからこんなのばっかりだ、とシンは怒りを通り越して呆れていた。

 

 

「...............理由を聞いても?」

 

「たまには肌が黒い兎人族を組み敷くのもアリだと思ってな。それと、そこの狼人族は俺好みだ。一目見た時からそこの狼人族は俺を気丈に睨みつけていた。俺はな、そんな気丈に振る舞う反抗的な奴を屈服させるのが好きなんだよ。苦痛で顔を歪み、俺の股下で快楽のままに喘ぎ、絶望で泣き叫ぶ姿が堪らなく俺を興奮させる。そんな姿を俺は見たいんだよ!ーーーーだから、俺の欲求を満たすのにちょうど良いと思ったから、差し出せと言ったのだ」

 

 

 バイアスの言葉にこの場にいる者の殆どが顔を顰めていた。唐突な性癖暴露でワルプルギスの隊員全員を敵に回したバイアス。トレイシーに至ってはあからさまな溜息を吐いて呆れていた。

 

 シンと心底呆れていた。勝手に自身の性癖を暴露した挙句、その欲求の捌け口をロクサーヌに向けようとするバイアス。

 

 

(嗚呼、心底呆れてくる。こんな奴が後に帝国の皇帝になると奴だと思うと余計に..........)

 

 

 それでも一応返事はするべきだろうと、シンは口を開いた。

 

 

「残念ながら彼女達をバイアス殿下にお渡しするわけにはいきません」

 

「俺に逆らうのか?............なら仕方ない。オイ!」

 

 

 バイアスの合図でシン達を囲んでいるワルプルギスの女兵士達が一斉に武器である魔道具を構えた。バイアスの隣に居るトレイシーは「従っていれば良いものを........」と、シンの発言に溜息を吐いていた。

 

 

「もう一度訊いてやる。命が惜しければその亜人共を渡せ」

 

 

 バイアスが再びシンに命令する。その顔は悦に浸る卑しい笑みで、シンがどう命乞いをするのか楽しみにしている様子だった。

 

 そんな彼の態度を見て、シンは盛大な溜息を吐いた。神と戦う為、より多くの仲間が欲しいシン。だが、目の前の男はどうあってもシンの敵になるだろう。先の性癖暴露といい、今の歪み切った笑顔。こんな奴にシンは背中を預けるつもりなどーーーー毛頭無い。

 

 故にシンはゆっくりと左手を持ち上げ、掌をバイアスに向けた。

 

 

「............ならハッキリと答えてやるよ、下衆野郎ーーーー“お断りだ”!」

 

 

 途端、バイアスの体が遥か後方に吹き飛ばされた。

 

 苦痛の声を漏らす事すら許さない爆発的な衝撃波がバイアスを襲い、彼の体は後方に控えていた集団を飛び越え、百メートル後方へと吹き飛ばした。その勢いのままゴロゴロと地面を転がり、ようやくその体が止まった時、バイアスは気絶し、着用していた豪華な鎧の胸部が人の掌の形で凹んまされていた。

 

 そんな光景を目の当たりにしたトレイシーや、彼女が率いるワルプルギスの隊員達はまるで時間が止まったかの様に、動く事も、喋る事もしなかった。全員が只々、吹き飛ばされたバイアスに視線を向けていた。

 

 その場が静寂に包まれる中、シンはロクサーヌ達に向けて口を開いた。

 

 

「つい手が出ちまった。けど、謝る気はないっ!」

 

「はぁ〜〜〜、本当に貴方って人は.........」

 

「まあ、あんな要求をお前が聞くわけがないわな。寧ろ、お前が何もしなければ、俺がアイツを殴り飛ばしていたところだ」

 

「レオニスまで..........。はぁ、どの道ここでの戦闘は避けられそうにありませんでしたからね。それに、私もあの男の発言には虫唾が走っていたので、スカッとしました」

 

「ヘアッ!(お見事でした、王よ!)」

 

「フッ、お前達ならそう言ってくれると思ってたぜ...........さて、トレイシー皇女殿下。俺の意思は示しました。もし、このまま戦闘を始めるというのならーーーー“容赦はしませんよ”?」

 

 

 唖然としていたトレイシー達に対し、シンは軽く[覇気]を放ちながらそう尋ねた。

 

 シンの[覇気]に当てられたワルプルギスの隊員達の顔が引き攣り、目の前の男“シン”に明確な恐怖を覚えた。だが流石は皇女直属の部隊と言うべきか、一度は恐怖で顔を歪ませたが、強固な意思でそれを跳ね返してみせた。もっとも、シンの全力の[覇気]ならそんな余裕など一ミリも与えないのだが。

 

 そしてトレイシーはと言うと........

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ、〜〜〜ッ.......!」

 

 

 ..........何故かハアハアしていた。シンの[覇気]を受け、ビクッと体を硬直させた後、彼女もワルプルギスの隊員達と同様に恐怖を覚えていた筈なのだが、なんか思ってた反応と違った。

 

 視線を下にし肩で息をしてとても辛そうに見えなくも無いが、シンの目はトレイシーが高揚し、頬を赤く染めている様に見えた。

 

 

「..........ぃですわ.......」

 

「.........はい?」

 

「いいぃ!物凄くいいですわぁ!」

 

「「「........................」」」

 

 

 いきなり大興奮な様子のトレイシー。わけが分からずポカンとしているシン、ロクサーヌ、レオニスの三人。

 

 するとトレイシーがビシッ!と擬音が付きそうな程キレのある動きでシンを指差した。

 

 

「貴方、お名前は?」

 

「え、あ、俺?...........シンです」

 

「そう、シンと言うのね。気に入りましたわぁ!貴方、わたくしの夫になりなさいっ!」

 

「「「.............はあああああ〜〜〜ッッ!?!?」」」

 

「先程、わたくしのお兄様を吹き飛ばしたのは貴方ですわよねぇ?見事な魔法でしたわぁ!それについ先程の威圧、思わず失禁してしまいそうな程の迫力がありましたっ!わたくしの部下の中には、漏らした子が何人かいましてよっ!」

 

「「「「「「バラさないでください!殿下ぁぁぁ〜〜ッッ!!」」」」」」

 

「「「..............................」」」

 

 

 唐突のプロポーズに加え、自分の部下の失禁を暴露するトレイシーにワルプルギスの女性隊員の何名かが涙ながらに悲鳴じみた声をあげた。もう訳がわからないシン達。さっきまでの緊迫感はどこへやら。

 

 

「わたくし、人を見る目には自信がありましてよ?貴方の中にある絶対的な自信と力に屈しない姿勢、王者の如き覇気、まさに強者そのもの!実にわたくし好みの殿方ですわぁ!あと貴方の顔もわたくしの好みでもあります!端的に言って惚れましたわ!是非わたくしと結婚を前提に死合ってくださいましぃ!」

 

「あれ?俺、告白されたんだよな?プロポーズされたんだよな?なのになんで決闘するみたいな話になってんの..........?」

 

「帝国の皇女として強者と戦うのは当然のことでしてよ!わたくしが勝てば貴方を夫に貰い受けます!貴方が勝てばわたくしが嫁ぎに行きます!」

 

「選択肢が詰んでる、だとッ........!?」

 

「さあ、シン!いいえ、旦那様ぁ!いざ尋常に、わたくしとの愛の武闘を舞い踊りましょうっ!」

 

 

 高らかにそう宣言したトレイシーが腰の剣を抜き、シンに突撃して来た。

 

 それを見たシンが一旦[力魔法]で動きを封じようとするが、その前にジュアルがトレイシーの眼前に躍り出た。「ヘアッ!(我が王の妃を名乗るなど!狂人め、身を弁えろ!)」とジュアルがトレイシーを迎撃しようとし、トレイシーがジュアルに斬りかかろうとした。だが突然、ジュアルの体が横からの衝撃で吹き飛ばされた。

 

 

「ッ!ジュアルっ!」

 

 

 吹き飛ばされたジュアルの体をシンが咄嗟に[力魔法]で掴み、自分の元に引き寄せた。ジュアルの甲殻は横から来た()()()()()()によって一撃で砕かれ、ジュアルは瀕死の重傷を負っていた。

 

 

「へ、ヘア.......(申し訳ありません、王よ.....)」

 

「喋るな、すぐ治す。ーーー〝癒せ、フェニクス〟」

 

 

 シンはジュアルの体に短剣を当て、すぐにジュアルの体はフェニクスの先黄色の炎に包まれた。だが.......

 

 

(........治りが異様に遅い。さっきの一撃が原因か.......)

 

 

 フェニクスの癒しの炎でジュアルの傷は徐々に治ってはいるが、その速度が異様に遅かった。間違いなく先程ジュアルを攻撃した()()()()()()が原因だとシンは察した。

 

 そして、その赤い液体の塊を操っていた薄紅の髪と()()()()をした女がトレイシーに近付いていた。

 

 

「テルマ。わたくしならあの程度の魔物、造作もなくてよ?」

 

「お言葉ですが殿下。あの様な雑魚、殿下が相手するまでもありません。それともう一つ進言致しますが、あんな得体の知れない男を殿下の婿に迎え入れるなど私は反対です」

 

 

 トレイシーに諫言(かんげん)する〝テルマ〟と呼ばれる薄紅の髪と尖った耳をした女性。彼女もまたトレイシーに負けず劣らずの美しい容姿をしているが、何処となく幼さが残っている風に見えた。

 

 ワルプルギス隊員と同様に軍服姿だが、スカートや靴が改造されている。フリルがついたミニスカートに後付け可能なロングスカート、靴も意匠が凝ってあり、厚底のピンヒールニーハイブーツとかなりこだわりを感じる作りとなっていた。そんなテルマの身の回りには()()()()が彼女の体を中心にして、まるで蛇が(とぐろ)を巻いた様に空中でソレが待機していた。

 

 

「あれは.......まさか()?」

 

「ああ。それも様々なデバフ効果が付与された特殊な血らしい」

 

 

 ロクサーヌの見立て通り、ソレは血だった。シンの[鑑識]によれば複数の状態異常を引き起こす効果が付与されており、ジュアルの傷が治りにくいのはその為である。

 

 

「だが、あいつは森人族(エルフ)だろ?まさかロクサーヌの様に特殊な亜人なのか..........?」

 

森人族(エルフ)だとッ?貴様、今私を森人族(エルフ)と呼んだな.........?」

 

 

 レオニスの言葉を聞き、テルマが憎悪に満ちた声と視線をシン達に向けた。

 

 

「忌々しいあの低俗な亜人如きと私を同列にするとは.........絶対に許さんッ!」

 

 

 途端、鞭の様にしならせた細い血の塊がシン達を襲った。だが、シンがそれを[力魔法]で受け止める。

 

 

「チッ、先程バイアス皇子を吹き飛ばした魔法と同じ類のものか..........」

 

「テルマ、シンはわたくしの相手でしてよ?わたくしの前で堂々と横恋慕するなんて、なんだか嫉妬してしまいそうですわぁ」

 

「誰が横恋慕などするものかッ!........ゴホンッ。殿下、お戯れは程々にして頂きたい」

 

「あらあら。テルマは素直でありませんこと」

 

「ぐっ..........殿下ぁ〜、私の事は放っておいて構いませんから!他の者に命・令・をっっ!」

 

 

 トレイシーに揶揄われたテルマが怒りを抑えながら催促する。そんな彼女を見てトレイシーは「やれやれですわぁ」と両手を使ってあからさまな態度を取って見せる。テルマのイライラがさらに蓄積された。

 

 そんな光景を見ていたシンは“意外と可愛いところあるじゃん”といった目でテルマを見ていると、その視線に気づいたテルマがキッ!と鋭い目付きで睨みを利かせてきた。

 

 

「さあ、貴女達。魔女の宴(ワルプルギス)の時間でしてよぉ!本日のお客様はわたくしの未来の旦那様率いる計六名と一匹。丁重なおもてなしをしてくださいましぃ!」

 

「「「「「「「「ハッ!!」」」」」」」」

 

 

 トレイシーの号令により、ワルプルギスの全隊員がシン達を包囲し、剣を抜き、槍を構え、矢を(つが)え、杖を向け、いつでも攻撃できる様に体勢を整えた。

 

 それと同時にジュアルの傷も全快した。

 

 

「さて。ここまで完璧に包囲されたとなれば.........」

 

「やるしかないだろ」

 

「ですね」

 

「ヘアッ!(先程は遅れを取ったが、これ以上王の前で不様は晒せんッ!)」

 

 

 シン、レオニス、ロクサーヌ、ジュアルがお互いに背中を向け合い、中心にいるリザ達姉妹を守る様にそれぞれ四方向に向き直った。

 

 

「シン様、あのトレイシーとか言う帝国の皇女は私に任せていただけませんか?」

 

「別に構わないけど、どうしてだ?」

 

「先程から私のことを差し置いて、シン様の事を“旦那様”などと呼んでますのでね.......少々、懲らしめてやりたいのです」

 

「ハハッ!ロクサーヌがいつも以上に燃えているな!俺も負けてられないなっ!」

 

「ヘアッ!デュワ!(流石、王妃殿!私も王のためにッ!)」

 

「まっ、心配なんてこれっぽっちもしてないが........抜かるなよ?」

 

「はい、お任せください!」

 

 

 シンの女としてのプライドなのか、俄然闘志を燃やすロクサーヌが自分からトレイシーの相手をすると申し出た。そんな彼女を見てレオニスとジュアルが、それに負けじと気合を入れ直す。

 

 

「なら、俺はテルマの相手をしようかな。あの血の魔法は厄介だろうからな。ーーーーレオニスとジュアルはリザ達を守りながら周りの連中を相手してくれ。但し殺すのは無しだ。殺さない程度に戦闘不能にさせろ、いいな?」

 

「「任せろ!・ヘアッ!(お任せを!)」」

 

「バウキス、お前もリザ達を守ってやってくれ」

 

「...........(ふるふる)」←首を縦に振ったバウキス

 

 

 ロクサーヌがトレイシーの相手をし、シンがテルマの相手をする。レオニス、ジュアル、バウキスの魔物組がリザ達姉妹を守りながら周りの女達を相手取ることになった。シンの懐から出てきたバウキスは地面に降り、リザ達の前に陣取った。

 

 

「虫の魔物の次は蛇の魔物だと?貴様、まさか魔人族の手先ではあるまいな?」

 

「さあ、どうだろうな.......とりあえず、君の相手は俺だ。よろしく頼むよ、お嬢さん?」

 

「貴様.......!私をその様な呼び方で愚弄するとはっ......!」

 

 

 シンの言葉を挑発だと勘違いしたテルマが血の鞭打をシンに放つ。お嬢さん呼びがまた再発しているあたり、最早それは癖になっているのだが、その事に全く気づいていないシン。これもカトレアの教育の賜物と言えるのだろうか.........

 

 そんな天然女誑しのシンは冷静に血の鞭打を[力魔法]で受け止めていた。

 

 

「君のその固有魔法は厄介だ。“バアル”だと少しやり過ぎてしまうか........?俺の魔法で抑えるのは簡単だが、それじゃあ芸が無い。ならーーー」

 

 

 シンは腰にしまったばかりの短剣を抜いた。

 

 

ーーー〝慈愛と拒絶の精霊“フェニクス”よ、汝と汝の眷属に命ずる。我が魔力を糧として、我が意志に大いなる力を与えよ〟

 

 

 シンの詠唱と共に、短剣に刻まれた魔法陣が輝き出し、赤黄色の炎が溢れ出した。

 

 いきなり現れた目を焼く程の眩い炎にテルマが顔を顰める。だが、その炎からは身を焦がす様な熱気は感じず、むしろその炎からは優しく身も心も包み込む様な温かさを感じた。

 

 まるで自身の()()()()()が癒えていく様に........。

 

 次第にその炎はシンが持つ短剣に収束していく。細く、長く、穏やかに、炎が短剣の形を変えていく。

 

 そしてそれは“完成”する。

 

 

「ーーー〝金属器“炎神錫杖(フェイル・アサヤ)”〟ーーー」

 

 

 炎を振り払ったシンの右手。そこに握られていた筈の短剣は無く、代わりに握られているのは()()()()()だった。

 

 〝シャランッ!〟

 

 錫杖の柄が地面に打ち付けられると、そんな綺麗な音色を奏でた。心を律する凛とした響きだ。

 

 黄金の錫杖、それこそが精霊(ジン)フェニクスの武器化魔装である。何処となくその錫杖の形状は以前シンが使っていた錫杖に似ているが、錫杖の先には槍の如き鋭い刃がある。そして刃先から柄の部分にかけて全てが黄金一色。一度(ひとたび)その錫杖を振れば、炎の波紋が広がる。

 

 

「なんだ.......そのアーティファクトはッ.......!?」

 

「フッ..............さあ、始めようか、テルマ。君の血の()()と俺の炎の癒し、どっちが優っているか試してみようじゃないか!」

 

 




・新しいモノを出すたびにヒヤヒヤしてる自分がいる.........。というわけで帝国の皇子皇女の登場と、新キャラ“ジュアル”と“テルマ”、そしてワルプルギス、さらにトドメのフェニクスの武器化魔装の回でした。こうして文字を並べてみると、情報過多な気がして仕方ないです。


補足


『オリキャラ&新キャラ』


「ジュアル」
・兜虫の魔物カンタロス。シンに対する忠節心が厚く、シンこそが絶対の王であると強く信じている紳士的な魔物。背中側は硬い甲殻で守られているが、腹部が圧倒的に脆い。その為、腹部の鬼の顔の様な形になっており、それで相手を威嚇する。草食の魔物のため、基本的には人を襲わない温厚な魔物。だが縄張り意識が強い。強さに対して貪欲な姿勢もある。


「バイアス・D・ヘルシャー」
・ヘルシャー帝国第一皇子。正妃ではなく側室の子だったが、決闘による実力でその地位に登り詰めた。ヘルシャー帝国皇帝“ガハルド・D・ヘルシャー”と同じ髪色をしている。歪んだ価値観を持ち、女性関係はかなり複雑でやりたい放題な皇子。亜人奴隷を複数囲っており、本人曰く「美味そうな奴は大体食った」との事。ワルプルギスのメンバーには彼の被害者である女性が複数人在籍している。今回、シンに負けた事で次期皇帝の座が揺らぎ始めた。
(web版原作“ありふれた職業で世界最強”の第五章 帝国編で登場するキャラです)


「トレイシー・D・ヘルシャー」
・ヘルシャー帝国第一皇女。金髪縦ロールの碧眼ゴージャス「ですわ」口調。素晴らしい属性持ち。天職は“魔導士”、その特性により魔道具、アーティファクトの習熟速度が早く、どんな物でも使い熟せる。自身が発足した皇女直轄の帝国特殊部隊“ワルプルギス(魔女の宴)”の隊長を務めている。初めてシンを見た時から彼の顔が好みだった上、実力も示された事で人生初の恋をした。ぶっ飛んだ性格で生粋の戦闘狂、しかし上に立つ者としてのカリスマ性や指揮の高さが評価されている。かなり自由人で執念深い。
(web版原作“ありふれた職業で世界最強”の ありふれたアフターストーリー トータス旅行記㉓より登場するキャラです)


「テルマ・H・パルテビア」
・薄紅色の髪に尖った耳、凛していて何処となく幼さを感じさせる顔立ち、バランスの取れたスタイル。気丈な性格をしており、基本的にツン、ツンツンツンツンツン........デレな女性。固有魔法[血操術]という特殊な魔法を操る、ワルプルギス唯一のハーフエルフ(半森人族)で、帝国では「血の魔女」と恐れられている。父親がパルテビア男爵の軍人、母親が森人族の奴隷。バイアスと同様に実力で今の地位に登り詰めた女性。森人族を心の底から嫌っている上、ワルプルギスの隊員以外の者とは親しくない。ワルプルギスの副隊長を務めている。トレイシーは旧友の仲。バイアスから高く評価され、度々寝室に呼ばれているが全て拒否し、人間の男を毛嫌いしている。
(イメージは“マギ シンドバッドの冒険”に登場する「セレンディーネ・ディクメンオウルズ・ドゥ・パルテビア」と“FGO”の「バーヴァンシー」と“まじこい”の猟犬部隊「テルマ・ミュラー」を足して3で割った感じです。正直かなりやりすぎたと思ってます。反省してます。けど個人的にこのキャラが、今後の活躍が期待できるオリキャラだと思ってます)



「ワルプルギス(魔女の宴)」
・ヘルシャー帝国第一皇女“トレイシー・D・ヘルシャー”と、血の魔女“テルマ・H・パルテビア”の両名が発足させた帝国軍特殊部隊。部隊員全員が特殊な経歴を持つ者達ばかりで、総勢百名の中隊。その全てが女性。元冒険者や娼館出身、孤児、捨て子、犯罪者など様々な経歴の者達が集められている。魔法適正のある者、武器の扱いに長けた者など数多の才能ある者を起用し、今では勇者パーティに匹敵、或いは勝るとも言われているが、実際練度で言えば確実に勝っている。全隊員が魔道具で身を固め、黒いスカートの軍服と魔女の刻印が刻まれた部位ごとの甲冑を身に付けている。ちなみに軍服の改造はご自由にとの事。信頼関係も厚く、トレイシーや半森人族であるテルマも慕っている。その為、聖教教会からは目を付けられているはずなのに、未だに異端者認定は受けていない。


『登場した金属器』


「金属器“炎神錫杖”(フェイル・アサヤ)」
・精霊フェニクスの武器化魔装。黄金の錫杖でその先端には槍の穂先の様な刃がある。(刃は短剣の名残)何処となく錫杖の形状が、以前シンが使って壊した錫杖に似ている。赤黄色の炎を纏い、燃やす事も、癒す事もできる錫杖。



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雷の獣


はい。やってしまいました、二万文字超え。

早くライセン大迷宮に行きたい一心で書いた結果、こんな事になりました。

本当に申し訳ないです。

(※惰性による長文 注意)


 

 シンがフェニクスの武器化魔装を披露していた時、ロクサーヌはトレイシーと相対していた。

 

 

「流石、わたくしの未来の旦那様ですわね。あれほど極まったアーティファクトは初めてみましたわぁ..............それで、わたくしの相手を務めてくださるのは貴女かしらぁ?」

 

「はい、皇女殿下。シン様の代わりに私が貴女の相手を致します」

 

 

 ロクサーヌは腰に携えた魔剣アンサラを抜き、中段で構えた。そんな些細な動作を見たトレイシーは、「へぇ〜.....」と剣を構えただけのロクサーヌの一挙手に感嘆の声を漏らした。

 

 

「貴女ぁ、ただの狼人族ではありませんわね?お名前は確か、ロクサーヌ、と言いましたかしら?」

 

「はい。そうですが.........?」

 

「良くってよ、ロクサーヌ!その鋭い剣気と一分の隙も無い見事な構え、称賛に値しますわ。わたくしの部隊に欲しいくらいでしてよ?」

 

「帝国の皇女様にそう言って頂けるとは大変恐縮でが、私はすでにシン様に心も体も捧げた身、あの人の剣であり女です。お誘いは遠慮致します」

 

「忠誠心と言うより、“愛”、ですわね。貴女の様な武人の心すら射止めるとは、流石わたくしの旦那様ですわっ!」

 

「その旦那様って言うの、やめていただけませんか?私は()()、貴女がシン様の側室になる事を認めていませんよ?」

 

「あら?貴女の許可が必要でして? それにわたくしが側室になると、いつお話になりまして?」

 

「シン様の正妻は私です。その私の許可無く勝手にあの人を旦那様と呼ぶなど、例え帝国の皇女だろうと私が許しません」

 

「皇女であるわたくしの方が、正妻に相応しくなくって?」

 

「そもそも貴女はシン様に恋人とすら認められてませんが?」

 

「「............................ふふふふ(おほほほ)」」

 

 

 ロクサーヌとトレイシーの視線がバチバチと火花を散らす様にぶつかり合う。一人の男を巡って言い争う二人の女。女のプライドを賭けた戦いが、そこにはあった。

 

 そんな二人の様子を目の端で捉えていたレオニスとジュアル。二人は魔女達(ワルプルギス)の攻撃を受け止め、捌き、反撃し、リザ達姉妹を守りながら、シンに対して同情にも似た憐れみを抱いた。どうせ(シン)の事だから他にも女性を誑かすに違いなく、その度にロクサーヌが正妻の矜持を示し、夫婦間のパラーバランスが崩れるのは目に見えていた。

 

 

(ロクサーヌの尻に敷かれるのは時間の問題だな.......)

 

(王よ。何卒、ご武運........!)

 

 

 せめて自分達だけは、そんな(シン)一時(いっとき)だけでも女性関係の事など忘れさせて、楽しく酒を酌み交わそうと自身の胸の内で誓った二人。そんな誓いを胸に、二人はより一層激化する戦場でリザ達を守り続けるのだった。

 

 場面が戻り、バチバチと視線がぶつかりあうロクサーヌとトレイシー。

 

 

「では、貴女を倒してから、“ゆっくり”とその件について旦那様と語り合せていただきますわ」

 

 

 トレイシーが手に持つ細剣の切先をロクサーヌに向けた。

 

 

「残念ですがそれは叶いませんね。何せ、貴女では私に敵いませんから」

 

「言ってくれるではありませんか.........。では、どちらが旦那様の正妻に相応しいか、ここで白黒つけてしまいましょう。よろしくて?」

 

「ええ。望むところです」

 

 

 一瞬の静寂が訪れる。

 

 そして先に動いたのはトレイシーだった。

 

 ダンッ!と力強い踏み込みでロクサーヌに迫り、細剣による鋭い刺突を繰り出す。その一突きはロクサーヌの肩を狙ったが、ロクサーヌはそれが肩にヒットする寸前で躱し、反撃をーーーの前にトレイシーが二回目の刺突を放つ。それも躱わすが、再度刺突が迫る。

 

 ロクサーヌの反撃を許さない高速に狂い乱れる刺突の嵐。息つく間も許さない乱れ突き。トレイシーの踏み込みの力強さとは相反して、その剣技は優雅で華麗で洗練された動きだった。

 

 だが、ロクサーヌとてこの程度で根を上げる剣士では無い。迫る刺突を冷静に見極め、対処する。

 

 洗練された刺突に卓越した剣技で対応し、ーーーーいなし、躱し、捌き、弾き、ロクサーヌは余力を残し、後退する事なく、その高速乱れ突きを自身の体に一度たりとも掠らせずーーーー“一歩、踏み砕いた”。

 

 ロクサーヌが繰り出す清流の如き流麗な剣技が一転し、濁流の如き豪快な剣技に切り替わる。その剣技によってトレイシーの細剣が弾かれた時、腕が痺れ、ロクサーヌが大上段からの長剣を振り下ろそうとした。途端、ゾワッと嫌な予感を感じたトレイシーが咄嗟に距離を取る。

 

 トレイシーがその場から離脱すると同時に振り下ろされたロクサーヌの長剣、その刃が空を切る。だが、空を切った筈のロクサーヌの斬撃は地面に見事に切り裂いていた。斬撃の軌跡の先、その()()()()にあった地面を。

 

 

「ッ...........。斬撃を飛ばした........? いいえ、違いますわね。()()()()()、ですわね?」

 

「一撃で見破られてしまうとは、やはり貴女は目が良いですね」

 

 

 そう。先のロクサーヌの斬撃は飛んだのではなく、()()したのだ。それがロクサーヌが持つ、亡き師匠から受け継いだ愛剣〝魔剣アンサラ〟に付与された空間魔法の能力である。

 

 魔剣アンサラは斬撃の延長線上にある対象を直接切り裂くことが出来る。斬撃を飛ばす魔法は数多く存在するが、この魔剣は目標の対象を空間という隔たりを一切無視して斬撃を当てる事が出来る。それこそ具体的な相手との距離、位置、タイミングさえ合えば、魔力量次第で何処からでも切り裂く事が出来る。最も、ロクサーヌの魔力量では目視で捉えた相手との距離が五メートル以内でなければすぐにバテてしまうが.........。そしてこの魔法は斬撃を転移させるのではなく、斬撃を当てるための道をショートカットさせるというのが本質で、空間魔法の一つ[界穿]の応用なのだ。

 

 ちなみに、かつてシンとロクサーヌがロバート救出の際に行ったオリジナル神代級空間魔法〝進空〟はその特性を応用した物。座標の再設定、空間の把握、具体的な距離の演算、魔法の構築、それら全てを成すための膨大な魔力量と演算能力があり、尚且つそれを付与しても壊れない器と空間魔法の土台があったからこそ、あの魔法は初めて行使出来たモノ。もう一度やれと言われたら、きっとシンは力無く膝から崩れ落ちるだろう。それぐらい難しく、消耗が激しい魔法であった。

 

 話は戻り、ロクサーヌが手に持つ青白い刀身の長剣に視線を向けたトレイシーは素直に驚いていた。

 

 

「まさか、それ程の代物が、まだこの世に残っていましたとわね...........それともそのアーティファクトを製作された御仁は、何処(どこ)かにいまして?」

 

「............。残念ながら魔剣(コレ)を作り、私に託してくださった方は、すでにこの世を去りました」

 

「そうですか..........それはとても残念ですわ。出来る事ならわたくしにも一つ、その御仁に作っていただきたかったですわね」

 

「そう言って頂けるだけで、あの方も浮かばれます........」

 

 

 純粋にロバートの死を悼むトレイシーを見たロクサーヌは、彼女を見る目が少し変わった。優秀な者に対して素直に賛辞を贈る彼女には、確かに人を見る目があるのだろうと理解した。それこそが魔女達(ワルプルギス)を率いる彼女の、将としての才覚なのだろう。言動は可笑しいが、先程の帝国の皇子よりも理解出来る人物であるとロクサーヌは評価した。

 

 そんなトレイシーは狂おしい程にシンを見初めた。

 

 彼女がもし、今後シン()を支える一人となるのなら...........

 

 

(..........波乱の予感しかありませんが、まぁ、彼女の実力次第ですね)

 

「さて、では続きと参りますわよ、ロクサーヌっ!狼人族の貴女が魔力を使える事には多少驚きましたが、この際そんな事はどうでもいいですわっ!」

 

 

 するとトレイシーが持つ細剣が光輝き出した。発光するばかりだった光が細剣の刀身に向かってドンドン収束していく。

 

 

「〝光刃〟ですわぁっ!」

 

 

 トレイシーが光を纏わせた細剣をロクサーヌ目掛けて振り抜くと、その光が飛刃となってロクサーヌに向かってきた。

 

 それをヒラリと躱わすロクサーヌ。彼女の反応速度と華麗な身のこなしの前では、光の飛刃の速度など脅威にすらならない。しかし、「そんな事は知ってましてよぉ!」とばかりに、飛んでくる光刃の数がさらに増す。今度は光刃の乱れ切りである。

 

 それら全てを華麗な身のこなしで躱わすロクサーヌ。足元に飛んできた光刃をジャンプして躱わすーージャンプの瞬間を狙う第二、第三の光刃が十字になって襲いかかるが、それを空宙で体を捻り、背面飛びで躱わすーー着地の瞬間を狙った光刃の群、足を百八十度開脚させ地面に密着して躱わすーーなど、ロクサーヌがどう避けるのかわかっているかの様に飛んでくるそれらを、柔軟な体と軽やかなステップ、常人離れした反応速度で巧みに躱わす。その姿はまるでダイナミックに踊るストリートダンサーの様であった。

 

 ふとトレイシーはロクサーヌと目が合い、トレイシーはハッ!と目を見開く光景を目の当たりにする。

 

 片手で地面を跳ね飛び、側転したロクサーヌが逆さまに状態から剣を振った。

 

 まずいっ!と思ったトレイシーが瞬時に横跳びで回避する。転移してきた斬撃をギリギリ避ける事が出来たが、その回避は致命的な隙を生むことになった。

 

 一瞬でトレイシーとの距離を零にしたロクサーヌが逆袈裟で剣を振り抜こうとしていた。それを見た瞬間にトレイシーは胸の谷間から十個の指輪が通されたチェーンを取り出し、十枚の〝聖絶〟クラスの防壁を展開した。ロクサーヌの逆袈裟斬りを防ぐ防壁だが、トレイシーは肝心な事を忘れている。

 

 ロクサーヌの剣に()()()()()()()()のだ。

 

 振り抜かれたロクサーヌの斬撃がトレイシーの胸をバッサリと下斜めから切り裂く。それと同時に展開していた防壁が消えた。

 

 硬い胸当てを切り裂き、軍服すらも破いて、彼女の肌に少しばかりの傷を刻んだ。

 

 手加減された。それがトレイシーにはわかった。

 

 今の一撃、ロクサーヌならトレイシーの胸に深い切り傷を与える事も可能であった。だがそれをしなかった。何故ならシンが殺す事を望んでいないから。そんな単純な理由でロクサーヌはトレイシーに致命傷を与えなかったのだ。

 

 胸に受けた斬撃の勢いでトレイシーは尻餅をついており、切り裂かれた胸当てを手で押さえながらロクサーヌを見上げていた。

 

 そんな彼女を見下ろすロクサーヌは、トレイシーに対する評価を思惟していた。

 

 

(鍛えればまだまだ伸びそうですね。多少言動は可笑しいですが、シン様の国造りにあって損は無い人材です。体力も十分ありそうですし、側室候補としては上々です...........)

 

 

 トレイシーに対してそんな評価を下したロクサーヌ。

 

 そして周りの状況を見て頃合いだと踏んだロクサーヌは、剣腰の鞘に収めながら口を開いた。

 

 

「決着は着きました」

 

「わたくしはまだ降参しておりませわよ?」

 

「貴女がそうであっても、周りを見れば明らかです」

 

 

 ロクサーヌの言葉を聞きトレイシーが周りに見渡すと、すでに戦闘は終結していた。

 

 魔法で抉られ、焼け焦げた地面にワルプルギスの隊員全員が倒れており、お腹を抑えて蹲っていたり、苦痛で悶えていたりしていた。そんな彼女達は、傷を負った患部から赤黄色の炎がメラメラと燃え盛っていた。トレイシーはその炎を見て、ロクサーヌとの戦闘前に見たシンの不思議な治癒の炎を思い出す。炎が勢いを失い、それが鎮火されると彼女達が負っていた傷が炎と共に消えていた。その状況から察するに、シンが倒れているワルプルギスの隊員全員に治癒魔法を施しだという事が見て取れる。

 

 すると黄金の錫杖を持ち、肩に()()()()()()を担いでいるシンがロクサーヌとトレイシーの所にやってきた。肩に担いだ物?が何やらジタバタ動き、声を発しているが、シンはそれを無視してロクサーヌとトレイシーに声をかけた。

 

 

「降ろせ馬鹿っ!きゃっ!ちょっ、どこを触っているこの変態っ!私にこんな真似をしてタダで済むと思っているの!」

 

「全員無事だぞ。治療も済んでるし、誰一人死んじゃいない」

 

「おいっ!聞いてるのか!」

 

 

 そんな罵倒が聞こえて来るが、それを平然と無視するシン。

 

 シンの言葉通り、ワルプルギスの隊員は誰一人命を落としていない。

 

 治療をしたと言っても、治癒した傷の殆どが擦り傷程度の物ばかりで、レオニスとジュアルはシンの言いつけ通り誰も殺さずに彼女達を制圧して見せたのだ。ジュアルは苦戦していたらしいが、リザ達姉妹とバウキスの隣にいるレオニスはかなり余裕の表情を浮かべていた。もちろんリザ達姉妹には傷一つ付けられてはいない。

 

 そしてシンの肩にいる()()がジタバタと激しくもがいているのを見て、流石に無視できないと判断したロクサーヌがシンに尋ねた。

 

 

「あの、シン様。それは一体..............」

 

「ん?ああ、()()()のことか? 戦闘が終結してるのに一向に戦う気を収めないから、こうして担ぎ上げてるんだよ」

 

「いい加減降ろせ、変態っ!痴漢っ!色情魔っ!」

 

 

 シンが肩に担いでいる物、というか者。それはテルマだった。シンの正面にいるロクサーヌやトレイシーにお尻を向けて担がれている彼女は手足をジタバタさせ、シンの肩の上でもがいているのだがシンの体はその程度ではビクともしない。テルマの細い腰をがっしりと掴んで離さないシンの太い腕が、逃れることを許さなかった。

 

 帝国内に於いて、“血の魔女”と恐れられるあのテルマが手も足も出ず、簡単に拘束されている姿を見て、トレイシーが唖然としていた。

 

 

「一体何をしてるんですか?いえ、そもそも何があったらそうなるのですか?」

 

「お、聞いてくれるか?実はなーーーーー」

 

「おーろーせーーっ!!」

 

 

 遡ること数分前。

 

 フェニクスの武器化魔装“炎神錫杖(フェイル・アサヤ)”を展開したシンと、無数の血の鞭を操るテルマは戦闘を始めたのだが、意外にもその勝負は白熱するものであった。フェニクスの力でテルマが操る血に込められたデバフ効果を片っ端から無力化するシン、それに対してテルマは手数や質量で対抗した。シンが赤黄色の炎で血を蒸発させ、迫る血の鞭打を錫杖で叩き落とせば、テルマは血の形状を変え、千にも及ぶ血刃の雨を降らせたり、獣爪の様な大鎌に血の形状を変化させ切り裂こうとしたり、九つの首を持つ蛇みたいな血を操作したり、果てはシンを圧殺するために血の巨槌をぶつけて来たりと多彩な攻撃を仕掛けて来たのだ。

 

 だが、その悉くをシンは跳ね除けた。血の雨も錫杖で全て叩き落とされ、大鎌なのに拳で砕かれたり、九つの首の蛇は炎で焼き尽くされ、バットの様に振った錫杖で巨槌を砕いたりされ、呪い(デバフ効果)が込もった血は片っ端から無害化された。やることなす事全てが出鱈目なシンに、テルマは途中から泣きそうな顔でシンをキッ!と睨んでいた。それでも食いついて来るテルマ。レオニス達はとっくにワルプルギスの隊員達を片付けていたし、どうしたものかとシンは一度考え悩んだ末、出した答えが、肩に担ぐ事だった。正確にはシンの魔力変換の派生技能[魔力吸引]でテルマが血を生成・操作しようとする度に、その為に必要な魔力を吸い取っているのだ。

 

 血が自由に使えないテルマはただの小娘も同然。肩に担いだシンはテルマの体重が軽すぎて驚き、必死で抵抗する彼女のジタバタ攻撃なんてポカポカッと擬音が付きそうな程に非力でこれまた驚き。ここまで無害化してしまうと逆に哀れと言うか、むしろ小動物みたいで愛着を覚えるシンだった。

 

 そしてテルマはシンの肩の上で「馬鹿っ!」「変態っ!」「鬼畜っ!」「痴漢っ!」など罵詈雑言の嵐。そんなテルマと、彼女の罵倒(尻を揺らしながら)を飄々と受け流しテルマを肩に担ぐシンという二人の構図が完成したのである。

 

 

「ーーーーーーてなわけだ」

 

「「な、なるほど......(ですわ......)」」

 

「納得してないで、早くこの男をなんとかして下さいよ殿下っ!この男、さっきから私のお尻を触って来るんです!」

 

「おいコラッ、ロクサーヌの前で人聞きの悪い事を言うなっ!!」

 

「......................触ったんですか?」

 

「誓って言うが、俺は一度たりとも触れてない!ほんとだぞっ?!」

 

「嘘よッ!さっき私のお尻を嫌らしく撫で回してたじゃないっ!下卑た笑みを浮かべながらっ!」

 

「よくそんな嘘を平気で言えるな、おいっ!てかお前の尻はこっち側なんだから、俺の顔見えねぇだろうが」

 

「尻って言うなっ!せめて“お尻”と言いなさい!」

 

「なんのこだわりだっ!」

 

「..............貴方達、もしかして意外と仲が良ろしくて?」

 

「「良くないッ!!」」

 

「「息ぴったりじゃないですか......(ですわね......)」」

 

 

 意外と相性が良いのか、綺麗にハモるシンとテルマ。そんな二人の反応に対してロクサーヌとトレイシーの言葉も重なっていた。

 

 とりあえず戦闘は治り、現状のワルプルギスでは戦闘継続は不可能。しかも、負けた上で敵に治療を施され、シン達にはまだまだ余力があるのが見て取れる。

 

 トレイシーは諦めた様に一つ息を吐き、立ち上がった。

 

 

「完敗ですわね。今回の件、わたくしの独断と偏見で無かった事に致しますわっ!」

 

「な、殿下っ!?」

 

「宜しいのですか?皇女殿下ともなればそれも可能でしょうが........その、皇子の方は..........」

 

「構いませんわ。陛下、いえ帝国の考え方は弱肉強食、強い者が絶対のルールでしてよ。負けたバイアスお兄様が何を言ったところで、貴方達の勝ちは揺るぎませんわ..............それに、旦那様はわたくし達とこれ以上争う事を望んでいないご様子でありますしぃ、そういう事でしたらわたくしが全て揉み消して差し上げますわぁ!つまり職権濫用でしてよぉっ!」

 

「う、うん。それは有難いお話ですが..........その、トレイシー皇女殿下?」

 

「いやですわぁ 旦那様ったらぁ。わたくしの事はどうぞ気楽にトレイシーとお呼びしてよくってよぉ?」

 

「えっと........皇じょ「トレイシー、ですわ」........」

 

 

 ニッコリと笑顔を浮かべ、食い気味に呼び捨てを強要して来るトレイシー。譲る気は毛頭無いご様子である。まあ、呼び捨てぐらいは平気、だよな........?

 

 シンは先程から無言のロクサーヌの顔色を(うかが)ってみるが、特に変わった様子は見受けられない。いつものロクサーヌである。さっきまでシンに対してトレイシーが口にしていた“旦那様”呼びへの明らかな敵意もすっかり消えているし、反論もしていない。

 

 一体トレイシーと何があったのか。

 

 その理由はわからない。だが、ロクサーヌが言及しないのであれば、トレイシーを呼び捨てにする事ぐらい問題ないとシンは思い至った。

 

 

「じゃあ、トレイシー。その、旦那様って言うの、変えられないか?せめて“さん付け”にするとか」

 

「お断りですわぁ!」

 

「即答かいっ!」

 

「呼び方を変えるなんて、それではわたくしが貴方の事を諦めたみたいではありませんか。わたくし、欲しい物は自分で勝ち取る主義でしてよ。 “ねだるな!勝ち取れっ!さすれば与えられんっ!” ですわぁ!」

 

 

 この皇女様、リフボードで飛ぶ気なのか?その内、「アーイ キャーン フラーーーイ‼︎ですわぁ!!!!」とか言い出しそうだ。

 

 

「今回はロクサーヌに負けを譲りましたが、わたくしは何度でも正妻の座を狙いますわぁ!」

 

「え、そういう勝負の内容だったの.........!?」

 

「ですから、次は負けませんわ。よろしくって、ロクサーヌ?」

 

「ええ、望むところです。()()()()()

 

 

 ロクサーヌもトレイシーの事を呼び捨てにしていた。ロクサーヌが誰かを呼び捨てにするなど、早々無い。それこそ初対面の相手なら尚のことだ。一体、ロクサーヌはトレイシーの何を見てそんな風になったのか........

 

 

「.........というわけで、旦那様ぁ!わたくしを側室とお認めくださいましぃっ!」

 

「何が “というわけで”、だよ........。その話はさっきロクサーヌとの勝負でカタがついたんじゃ無いのかよ?」

 

「それは正妻についてのお話ですわ。側室について彼女は何も言っておりませんわよ?それに“側室が正妻の座を奪う”、これほど心燃える言葉の響きはありませんくてよぉ!ーーーーというわけで、先ずは側室からいかがでして?」

 

「その“先ずはお友達から”みたいな言い方どうかと思うぞ?.............はぁ〜。ロクサーヌ、言ってやれ」

 

「はい、シン様..........いいですかトレイシー。側室になると言いましても、先ずは皇帝に許可を頂けませんと話は進みませんよ?」

 

「ハッ!確かにその通りですわね!わたくしとした事が、旦那様を前に思わず先走っていましたわぁ!」

 

「分かれば良いのです」

 

「違う、そうじゃない............」

 

 

 雨降って地固まるという訳ではないが、ロクサーヌとトレイシーの間にはシンの及びもつかない関係が形成されていた。トレイシーをシンの側室に迎える話が勝手に進んでいく。この置いて行かれる感じ、どことなくクラスメイトの暴走列車こと“白崎香織”を彷彿とさせる。

 

 その後、何故かロクサーヌがトレイシー側の味方について、トレイシーを側室に迎え入れた際の利点を説明された。ぶっちゃけて言うならトレイシーを側室に迎え入れるのは悪くない気がしていた。何せ帝国との太いパイプにもあるし、将としての器も十分ある、個人の戦力的にはまだまだ自分達に及ばないが素質はある、何よりバイアス皇子より話が分かる。初見のインパクトがデカ過ぎたが、トレイシーという美女に面と向かって惚れたと言われれば悪い気もしない。

 

 そしてロクサーヌもトレイシーの事を割と気に入っている。帝国の人間に対して思うところがある筈のあのロクサーヌがだ。そんなロクサーヌが「今のうちに気心知れた相手を側室に加えておきたいです」と言うのだ。本当に何があったらそんな風になるのか。

 

 と言っても、先ずは皇帝の許可が()りてからの話だ。まあ()りないと思うが.........。どこの馬の骨ともわからない相手に大事な帝国の第一皇女を正妻ではなく、側室に加えさせるなど皇族なら許す筈がないからな。

 

 そう思ったシンは、一先ずその話は保留という事にし、シン自身も何も考えない様にした。思考の放棄である。

 

 さて。となると次の問題は..........

 

 

「..............いい加減、私を降ろしたらどうだ、変態」

 

「こいつをどうするか、だよなぁ」

 

 

 シンの肩に担がれているテルマをどうするか、だ。 

 

 さっきよりはだいぶ反抗的な態度が薄れている。どうやら彼女も漸く自分が何をしても無駄だと悟ったらしく、ジタバタと(もが)くのを止めたらしい。

 

 

「流石にもう解放して大丈夫じゃありませんか?」

 

「テルマ。貴女、もう暴れませんわね?」

 

「........................」

 

「やっぱこのままでいいか」

 

「なっ!わかった、わかったわ!もう暴れないから降ろしてっ!」

 

「.........本当だな?」

 

「え、ええ........」

 

「トレイシーに誓って言えるか?」

 

「ふぐっ.........!」

 

 

 神に誓わせるつもりなど毛頭ないシンが、トレイシーを引き合いに出した。だがそれが良かったらしい。テルマには効果的な問いになった様だ。

 

 そして押し黙るテルマ。

 

 それを見て「本当にテルマは頑固ですわねぇ」とトレイシーが口にした。シンとロクサーヌも、ここまで来ればテルマの頑固っぷりにはある意味感心してしまう。

 

 するとシン深い溜息を吐き、先程の態度から一転してテルマを地面に降ろした。その様子にロクサーヌとトレイシーが疑問符を頭に浮かべている。降ろされているテルマ自身も、シンが降ろしてくれるとは思っていなかったので若干戸惑っていた。

 

 そしてシンの真正面に降ろされたテルマは、シンと視線が合う。

 

 

「テルマ、戦いはもう終わった。お前が俺をどう思っていようが構わないが、倒れているワルプルギスの面倒を全てトレイシーに任せるつもりか?」

 

「ーーーッ」

 

「そんな状況下でまた俺に戦いを挑んで、今度はお前が倒れたらどうする?誰がトレイシーを守るんだ?」

 

「そ、それは............」

 

 

 シンが優しく諭す様にそう口にした。それは事実であり、確定している結果だ。トレイシーにはすでに戦う気が無い上、他のワルプルギスの隊員達は皆倒れている。その上でシンに戦いを挑んでも、結果は先程と変わらない。テルマ一人では目の前の男には絶対に敵わない。それは嫌と言うほど理解させられた。

 

 それを改めて認識したテルマは何も言い返せなかった。

 

 テルマにとってトレイシーは帝国の皇女であり、ワルプルギスの隊長であり、自分に救いの手を差し伸べてくれたかけがえのない“友”だ。そんな彼女に面倒ごとを全てを押し付けて、自分だけ思うままに力を振るうなど、テルマには到底出来なかった。

 

 目の前の男に敵わない己の弱さと、自身の浅はかさを思い知らされ、テルマは悔しさのあまり俯く。

 

 そんな彼女の頭にポンっと優しく手が添えられた。

 

 

「そう落ち込むなよ、テルマ。こうして踏みとどまってるだけでも大した自制心だ。お前だけはトレイシーの(そば)にいてやれるーーーーー胸を張れテルマ。お前、なかなか強かったぜ?」

 

 

 自分の頭の上に乗せられた大きな手。その温もりにテルマは思わず心地良さを感じてしまうが、すぐにその手を退けさせ、気丈にシンを睨み返した。

 

 

「馴れ馴れしく呼び捨てにしないで。お前達がやったくせに、偉そうに....................次は絶対に負けないわ」

 

「ああ。来るなら来い、いつでも相手してやる」

 

「..........................覚えてなさい。行きましょう、殿下.......殿下?」

 

「.........ロクサーヌぅ。もしかして旦那様って女誑しでありまして?」

 

「もしかしなくてもです。それも扱い方を心得た、人も魔物も関係無く誑しこむ天然ですよ?」

 

「まあ!魔物もですって?!旦那様ったらストライクゾーン広過ぎですわぁ!」

 

「お前達、人をなんだと思ってるんだ............」

 

 

 ロクサーヌとトレイシーがわざと聞こえる様にヒソヒソ話をしていた。せめてそういうのは本人に聞こえない様にして欲しいところだ。

 

 ほら見ろよ。テルマが度し難い汚物を見る様な、蔑んだ目でこっちを睨んでやがる。とある界隈の方々がご褒美だと喜びそうな視線だぞ。

 

 その時だった。

 

 樹海が何やら騒がしくなった。樹海の奥の方では、鳥達が一斉に羽ばたき、蜘蛛の子を散らした様に上空へと逃げ惑っている。

 

 するとレオニスがシン達のところに飛んできた。

 

 ダンッ!と着地したレオニス。どうやらリザ達のところから跳躍して来たらしい。その距離二十メートル。軽々とその距離を飛び越えて来たレオニスに、トレイシーとテルマが驚いていた。

 

 

「シン、樹海から何か来るぞ」

 

「魔物か?」

 

「ああ、それもかなりデカい奴だ。足音から察するに中型の魔物を数十体は引き連れてるな、どうする?」

 

「逃げる訳には行かないだろ。こっちには気絶してるワルプルギスの奴らが大勢居るんだ、迎え討つ」

 

「あ、貴方達の力なんて必要無いわ!私が..........!」

 

「お前はまだ魔力が回復しきってないだろ?俺がギリギリまで魔力吸引してたんだから、そんな事見なくても分かる」

 

「...........ッ」

 

「なら、わたくしがお相手いたしますわ」

 

「いいえ、私がやります」

 

 

 テルマは魔力切れ、なら自分がとトレイシーが名乗りをあげたが、それをロクサーヌが反対した。

 

 

「どういうおつもりかしらぁ、ロクサーヌ?」

 

「トレイシー。貴女の実力ならおそらく問題無いと思いますが、私が一つ()()()を見せてあげます。側室となり、正妻の座を奪おうと言うなら..............貴女が挑む相手、シン様の剣であり“正妻”でもある私が、どれ程の者か、その実力の一端を餞別として見せて上げましょう」

 

 

 そう言ってロクサーヌは入念なストレッチを始めた。両腕を伸ばし、手首をほぐし、軽くステップを踏む様にジャンプする。その度にロクサーヌの豊満な胸が弾み、それにシンがつい見惚れてしまう。そんなシンを見たトレイシーが「わたくしも胸には自信がありましてよぉ!」と斬られた胸当てをバッ!と外して、シンに見せつけようとするが、それを必死で止めるテルマ。

 

 その一方でレオニスはロクサーヌがストレッチをしている間に、シンが開幕で吹き飛ばしたバイアスを肩に担いで回収し終えていた。

 

 ロクサーヌの準備が終わり、彼女はシン達より数歩先樹海の方へと歩み、魔物が来るのを待ち構えた。

 

 それとほぼ同時に樹海の方から地響きが聞こえ出し、それがどんどん大きくなる。樹海の奥から木々が薙ぎ倒され、近付いてくる。そしてーーー

 

 

ーーー〝ブオオオオオオオオンッ‼︎

 

 

 樹海から飛び出し、現れたのは巨大な魔猪だった。体長二十メートル以上はありそうな巨体は全身赤黒い体毛で覆われ、太く硬そうな巨大な二本の牙を生やし、大地を踏み抜く太い足は大木の様である。さらにその巨大な魔猪の後方には体長五メートル程の猪型の魔物が百はくだらない大群を成していた。

 

 

「エリュマントスっ!?それにワイルドボアがあんなにッ........!?」

 

 

 シン達から離れているリザが戦慄の声を上げていた。

 

 巨大な魔猪が“エリュマントス”で、それが引き連れている猪型の魔物が“ワイルドボア”らしい。

 

 後でリザに聞いた話によると、エリュマントスは亜人の国“フェアベルゲン”より、さらに奥深くの密林地帯に棲息している樹海の主の様な存在らしい。基本的に樹海の外には出る事は無く、温厚で人を襲うことは無いらしい。

 

 だが、そんな“エリュマントス”が明らかに気でも狂わせた様に怒っている。しかも、その下位魔物であるワイルドボアを百数体引き連れて。

 

 一直線にシン達に向かって突進して来ているエリュマントス達。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とする勢いだ。

 

 そんな魔物達を前にロクサーヌは腰に携えられている魔剣の柄に、まるで肘掛けに手を置く様に左手を添えた。右手にいたっては宙ぶらりんだ。しかし、拳は握られている。

 

 

「一体、あの狼人族は何をするつもり............」

 

「剣を抜く様子もありませんわね.........」

 

 

 テルマとトレイシーの二人がそんな事を口にした時、それはーーーー

 

 

「眷属器 ーーー〝雷獣光鎧(バララーク・ディルア)〟ーーー」

 

 

ーーーー〝顕現〟した。

 

 

 鞘に収まっている魔剣アンサラから青白い光が溢れ出した途端、ロクサーヌの全身がバチバチッ!と放電する青白い雷光の鎧を纏った。

 

 雷光を纏った狼、それはまさに“雷獣”と呼んで差し支え無いだろう。

 

 そして陸上選手の様にクラウチングフォームを取ったロクサーヌが前傾姿勢のまま、腰を上げ、地面を踏み砕く。

 

 刹那、ロクサーヌは巨大魔猪に肉薄。一秒とも満たない一瞬、零コンマの光の速度で魔猪との距離約二百メートルを走破し、握り込まれた拳が爪を立てる様に開かれ、巨大な魔猪の肉の塊を、その勢いのまま突き抜けた。

 

 雷光を纏い、雷速の一撃で魔猪に真正面から貫き、貫通させたロクサーヌの全身は、謂わば人間大の超電磁砲(レールガン)。頭部から尻尾にかけて貫かれた巨大魔猪は人ひとり分の風穴を開け、突進の勢いのまま倒れた。そしてロクサーヌの右掌の上には人間の頭五つ分の大きさをした魔石が乗っていた。

 

 ロクサーヌが雷光を纏ってから、この時点で二秒半が経過。

 

 巨大な魔石をロクサーヌは宙に放り投げると、纏った雷光が雷鳴を奏でた瞬間にはロクサーヌの姿は消えた。その代わり、シン達に迫っていたワイルドボア達が青白い稲妻が通り抜けた瞬間に次々と肉体が弾け飛んで行く。

 

 四秒が経過。

 

 百以上は居たワイルドボアの殆どがロクサーヌの拳や貫手で爆ぜ、絶命している。そして残り十。

 

 五秒が経過。

 

 雷光の鎧が解けたロクサーヌは空から落ちて来た魔猪の大きな魔石を「ふぅ〜、意外とこれ重たいですね」なんて言いながら両手でキャッチした。そんな彼女の周りには巨大魔猪の死体と、ワイルドボア計百十二体の死体がそこら中に転がっている。まさに死屍累々、屍山血河と言った光景である。

 

 そんな光景を目の当たりにした全員の開口一番は........

 

 

「「「「.........グロい(ですわ)」」」」

 

 

 目の前で起こった出来事があまりに強烈過ぎて、ただ目の前の惨状に対する感想しか出てこなかったシン、レオニス、トレイシー、テルマの四人。

 

 リザに咄嗟にアトとサラの目を覆い隠し、ジュアルに至ってはワナワナと体を震わせ、戦慄していた。タイミング悪く目を覚ましたワルプルギスの隊員が、「ひゅ......」と息を漏らして気絶した。

 

 魔物の返り血を一滴足りとも体に浴びていないロクサーヌが、爽やかな笑顔を浮かべ大きな魔石を抱えながら嬉しそうに駆け寄って来た。

 

 

「あれ、皆さん、どうしたんですか?」

 

「ロクサーヌ、疲れてないか?ストレス溜まってないか?」

 

「...........? 私は至っては普通ですが?」

 

「「「正気かっ!?」」」

 

 

 シン以外の三人がロクサーヌの正気を疑った。ロクサーヌに過激な面がある事を何度も見て来たシンからすれば、まだ納得は行く。だが、これは流石にやり過ぎるだ。しかも子供の目の前で。それを彼女に気付かせなければならない。

 

 

「なんなんですか、一体。私のどこが正気じゃ無いと.........」

 

「ロクサーヌ。後ろを振り返って一言」

 

「はい?..............................ぅっ、グロい、ですね」

 

「うん、グロい。アトとサラの目の前でコレは過激すぎる」

 

「っ!すみません、シンさん..........」

 

 

 シンの呼び方が戻ってる辺り、自分がやってしまった事を自覚し、かなり落ち込んでいるらしい。そんな彼女の頭にシンはポンっと優しく手を置いた。その大きな手からは予想できない程、温かく柔らかな手つきでロクサーヌの頭を撫でた。

 

 

「次から気をつければ良いさ。それよりも.........()()()の習得、おめでとうロクサーヌ。正直、驚いた。まさかここまで力をつけていたなんてな。やっぱりお前は俺に取って最高の女だ」

 

「.........ありがとう、ございます.......///」

 

 

 シンの心からの賞賛に少し照れてくさそうにしているロクサーヌ。そんな彼女を見て穏やかに笑みを浮かべるシン。

 

 

「そうか.........あの夜、ロクサーヌが俺に見せたい物があるって言ってたのは、“()()()”の事だったんだな」

 

「...........どうでしたか?」

 

 

 ロクサーヌの短い問いにシンは爽やかに笑ってサムズアップして見せた。それを見てロクサーヌは嬉しそうに微笑んでいた。

 

 そんな二人だけのやり取りを前に、周りの置いてけぼり感が加速するのだった。

 

 

 先程の戦闘でロクサーヌが見せた物。

 

 その名は〝眷属器 雷獣光鎧(バララーク・ディルア)

 

 それがロクサーヌの持つ王との繋がり、眷属としての力であった。王の金属器と共闘する内に精霊(ジン)に認められた者、それが〝眷族〟であり、眷属としての能力が宿った金属の器が〝眷属器〟なのだそうだ。ヴァンドゥルの隠れ家にて精霊(ジン)達からそう教わった。そしてロクサーヌはバアルの眷属器使いであり、その器は彼女の愛剣 “魔剣アンサラ”である。

 

 眷属器 “雷獣光鎧(バララーク・ディルア)”の能力は雷撃を体の内側から纏う事で、使用する魔力量に応じて雷撃の鎧の出力が上がる。肉体への負担が大きくなるが、その分パワーとスピード、そして貫通力や攻撃威力が格段に飛躍する。身体能力、反応速度も上昇する為、超人以上の肉体パフォーマンスを可能とする。

 

 ロクサーヌが眷属器の力に目覚めたのはカタルゴ大陸でのベヒモス戦三日目の時であった。この力に目覚めた事でロクサーヌはベヒモスに勝利したのだ。ちなみにシンが口にした“あの夜”というのは、ロクサーヌがベヒモスに勝利した夜の事で、二人の夜の営み後のピロートークでの話である。

 

 話は戻るが、現状ロクサーヌの眷属器は最大出力での持続時間が五秒。それを過ぎれば体は麻痺、或いは肉体が内側から焼かれてしまう。彼女が保有する[緻密操作]と[雷属性耐性]、そして[身体強化]でどうにか制限時間を五秒までに引き延ばすことには成功した。しかしたったの五秒。故に限られた時間での一撃必殺を狙うのが、この力の効率的な使い方なのだ。幸いロクサーヌには[急所知覚]があるため、一撃必殺の精度がかなり高い。魔猪の巨大魔石を抉り取ったのも、[急所知覚]のおかげである。

 

 出力を抑えれば五秒以上の継戦は可能だ。しかし、それではダメなのだ。シンが目指す先で待ち構えているであろう障害を彼女が切り払うなら、シンと共に歩むなら、常に上を目指さなくてはならない。それがロクサーヌの剣として、正妻としての矜持なのだ。

 

 そんな彼女の人智を超えた離れ技を目にした四人。

 

 一度は目の前の凄惨な光景にSAN値が削られる思いをしたが、そこに至るまでに積み重ねた鍛錬、強靭な精神、何より上を目指そうというロクサーヌの気概は一級品、それは側から見てる者達に伝わっていた。

 

 シンはロクサーヌの凄さを再認識し、素直に賛辞を送る。他三名も口にはしていないが、シンと同様な思いであった。

 

 

「シンさ....ゴホンッ、シン様。頭を撫でてくれるのは凄く嬉しいのですが.........その、トレイシー達が見てますので」

 

「ん?やめた方が良いか?」

 

「.....................もう少しだけですよ?」

 

「ん、素直で良い子だ」

 

 

 頭ナデナデが継続された。ロクサーヌ、まんざらでも無いご様子。

 

 ロクサーヌの頭を撫でるシンが、トレイシー達に声をかけた。

 

 

「さて、魔物の掃討はロクサーヌがやってくれた。魔物の死骸は俺が後で燃やすとして................トレイシー、これを見てもまだロクサーヌに勝てると思うか?」

 

 

 シンの言葉はどこがトレイシーを突き放す様な言い方だった。

 

 ロクサーヌはトレイシーに見せたかったのだ。貴方が奪おうとしている席は重いぞ、と。それをロクサーヌは力で示した。それも、得手の剣を使わずにだ。

 

 そんなロクサーヌの意図やシンの言葉の意味を理解したトレイシーは、一度深呼吸をしてから口を開いた。

 

 

「勝ちますわぁっ!」

 

「...............虚勢ってわけじゃ無さそうだな。根拠は?」

 

「無くってよぉっ!」

 

「..............はい?」

 

「ですから根拠なんて、これっぽっちも持ち合わせておりませんわっ!わたくしが勝つと言ったら勝つ!それだけでしてよ!」

 

 

 自信満々に言い放つトレイシー。この皇女様、本当に大丈夫か?と帝国の未来に一抹の不安を抱いたシン。だが、トレイシーの言葉はさらに続いた。

 

 

「確かにロクサーヌは強いですわ。ハッキリ言って規格外、今のわたくしではどうあっても敵う気がしませんわね...............ですが!最後に勝つのはわたくしでしてよっ!何百、何千、何万と挑み続けた先で、いつか必ず正妻の座を奪ってみせますわぁっ!何せ、わたくしは欲しいものは必ず手に入れる、“負けず嫌いな魔女”ですものっ!ですからわたくし、何一つ諦めなくってよ?」

 

 

 虚勢では無く、根拠も持ち合わせず、そんな彼女にあるのは必ず勝つという気概であった。そこに一分たりとも迷いは無く、自分を信じて疑わない真っ直ぐな意志を彼女は示して見せた。

 

 テルマがなにやら微笑んでいた。トレイシーの言葉を聞いて、何か思うところがあったのだろう。先程シンに向けていた表情とは明らかに違う。

 

 そしてシンはテルマとは違い、くつくつと笑っていた。

 

 トレイシー・D・ヘルシャーというある意味純粋な女性の気概を受け取り、その真っ直ぐさがシンの琴線に触れた。

 

 

「クククッ.............トレイシー、さっきの言い方は少し意地悪が過ぎたな。どうやら俺はお前の気持ちを舐めていたようだ、悪かった」

 

「あら、わたくしの愛が伝わっていなかったのは少しショックですわねぇ。こんなにも旦那様を愛していますのに、残念でなりませんわねぇ..............ですがぁ、謝って頂けるのでしたら、一つお願いしたい事がございましてよ」

 

「.............俺に出来ることなら応えてやる。出来る事ならだぞ?」

 

「では、わたくしにも頭ナデナデを要求いたしますわっ」

 

「ん?そんな事で良いのか?」

 

 

 てっきり側室にしろと言うと思っていたので、ちょっと拍子抜けだった。

 

 

「先程からロクサーヌが気持ち良さそうにしていらっしゃいましたし、何よりテルマの頭は撫でて、わたくしにはしていただけないなんて、あんまりですわっ!」

 

「なっ!!私は別に.........!」

 

「でも、撫でられてましたわよねぇ?」

 

「ぅっ...........」

 

 

 実際シンに頭を撫でられたのでこれ以上の反論が出来ないテルマ。再びキッ!とシンを睨んだ。別に俺、悪くは〜.........うん、悪かった、ごめん。

 

 という事で、シンはトレイシーの頭も撫でることにした。正直、皇女の頭を撫でるとか色々問題ありそうな気もするが、本人が了承してるのなら仕方ないかと諦め、シンはトレイシーの頭の上に掌をポンッと乗せた。

 

 そしてロクサーヌにやった様に、優しい手つきで、トレイシーのサラサラな金髪を労る様に撫でた。

 

 

「んッ......これは.......はぅっ.......イイですわねぇ........ロクサーヌとテルマが、気持ち良さそうにしていた理由が.........んんッ........わかりましてよ........」

 

「あの、トレイシーさん?そう言ってくれるのは嬉しいが、あんまり変な声は出さないでくれ。なんか俺が変なことしてるみたいで、気が気じゃない...........」

 

 

 妙に艶のある声を漏らすトレイシー。ロクサーヌとテルマのジトっとした視線がシンに注がれた。

 

 居た堪れない気分になったシンがトレイシーの頭から手を退けようとすると、トレイシーが「まだですわぁっ!」と強引に続行させる。それを見てロクサーヌが対抗心でも燃やしているのか、シンの空いているもう片方の手を自分の頭に乗せて頭ナデナデを要求して来た。

 

 シンの両手が二人の美女の頭の上に乗った。テルマの視線がさらに冷たくなる。背中がチクチク痛むシン。レオニスに助けを求めようとしたが、すでにその場を離れ、魔物の死骸の片付けをしていた。チクショウ、あいつ逃げやがった!

 

 その後、漸く頭ナデナデから解放されたシン。ロクサーヌとトレイシーは何故か活き活きとしており、テルマの好感度?が激減した。いや、元々無いに等しいのだけども。

 

 魔物の死骸を一箇所に纏め、それをフェニクスの炎を焼き払い終えたシン。トレイシーとテルマはその間、ワルプルギスの仲間達を馬車に運んでいた。ロクサーヌはトレイシー達を手伝っていた。ちなみにロクサーヌが持っていた魔猪の巨大魔石はバウキスの異袋の中に回収された。

 

 そして、ワルプルギス達の帰還の準備が整い、「陛下から許可をいただいて来ますわねぇ〜、旦那様ぁ〜」と気合十分な様子のトレイシー達ワルプルギスと別れた。その際にもテルマは相変わらずな様子でシンを睨み続けていた。ほんっとブレない奴だ。

 

 漸く嵐が去ったと一息吐くシン達。

 

 

「さてと...........じゃあ予定通り、ジュアル、リザ達を頼むぞ?」

 

「ヘアッ!(王よ、私から一つお願いしたい事がございます!)」

 

「ん、なんだ?」

 

「ヘアッ!ヘアッ!(私も、王の旅に同行させていただきたいのです!)」

 

「え、旅に?う〜ん........」

 

 

 どうやらジュアルはシン達の旅について行きたいらしい。ジュアルはそれほど弱くわない。旅に連れて行っても問題無いだろう。最悪、変成魔法で強化すれば良いのだし。

 

 そう思い、ジュアルに了承の旨を伝えようとした時ーーー

 

 

「待ってください」

 

 

ーーーロクサーヌがシンとジュアルの会話に割り込んだ。

 

 

「ジュアル、私は貴方の事を高く評価しています」

 

「ヘアッ!ヘア、ダァ!」

 

「.................」

 

「ヘアッ!ヘア、デュワッ!」

 

「..........すいませんシン様、通訳をお願いします」

 

「うん、だよな、知ってた」

 

「ヘア.......(伝わらないと言うのは、こんなにも悔しい事だったのですね......)」

 

 

 ジュアル、ロクサーヌ(正妻様)と話せていると思い、舞い上がってたが、一瞬ではたき落された気分になった。

 

 ここからはシンの翻訳付きでどうぞ。

 

 

「ヘアッ!ヘア、ダァッ!(ロクサーヌ殿、私が王の旅について行くことを、どうか許していただきたい!)」

 

「.........ジュアル。先程も言いましたが、私は貴方の事を高く評価しています。貴方のシン様に対する忠誠心は本物です」

 

「ヘアッ......(では......)」

 

「ですが、残念ながら今の貴方の力では私達の足手纏いです」

 

「ッ!?!?」

 

「この際、ハッキリ言いましょう。中途半端なんですよ、貴方は。貴方程度ではシン様を守る事すら叶わない」

 

「ダァッ!デュワッ........!(これでも私は[魔法反射]が使える!いざとなればこの身に代えてでも..........!)」

 

「ええ、そうでしょうね。()()()()()()()()、貴方には出来ない。それだけの差があるのですよ」

 

「ッ!!!!」

 

「シン様の変成魔法なら、貴方を多少は強化出来るでしょうね」

 

「ヘアッ......!(では.......!)」

 

「多少は、です。底が知れた強化など、あって無い様な物です。それに貴方はシン様の力無しでは強くなれないのですか?」

 

「ーーーッ」

 

「ジュアル。もし貴方が本当にシン様の力になりたいと思うなら、この樹海で最強の魔物になりなさい」

 

「ヘア、ダァ.......(最強の、魔物........)」

 

「私達はこの樹海に必ず戻って来ます。その時、貴方がこの樹海で最強の魔物となっていたなら、私が全力で手合わせを致します。そして先程私が倒した魔猪より強いと判断出来たなら、その時は私からもシン様にお願いして、貴方を旅に同行させて頂ける様努めます」

 

「ヘア、デュワ.........?(本当に、その時は連れて行って頂けるのですか.......?)」

 

「それは貴方次第です。ですが、貴方が私達の想像も及ばない程に強くなっていれば、必ずシン様は認めてくださいます」

 

「..............ヘア。ヘアッ、デュワ!(..........わかりました。このジュアル、必ずや、この樹海で最強の魔物となって見せます!)」

 

 

 こうしてジュアルは、より一層王への忠義と忠誠を示すべく、樹海に残ることを決意した。

 

 ハルツィナ樹海一の、最強の魔物へと至る為に。

 

 当初の予定通り、シン達とリザ達姉妹はここでお別れだ。その際、リザ達姉妹はシン達に何度も感謝の気持ちを述べてた。そして別れを惜しみつつ、リザ達姉妹はジュアルを引き連れて、樹海の奥へと進んで行った。別れ際、リザがシンに何やら含みのある視線を向けていた。だがそれは一瞬だった為、その視線の理由を問う事は出来なかった。ちなみにリザのその視線は自分も頭を撫でて欲しかったと言う視線だったそうだ。

 

 ジュアル、リザ達姉妹と別れたシン達。

 

 シンはその三人と一匹を樹海の途中まで見送りに行った。するとレオニスがロクサーヌに向けて口を開いた。

 

 

「にしてもロクサーヌ、最強の魔物とは大きく出たな。ジュアルが本当にその最強とやらに、本気で成れると思っているのか?」

 

「.............彼に素質があるのは事実ですよ?けど、今の彼が私達に付いて来たところで足手纏いになるのは明白、そのせいで苦しむのは彼自身です。中途半端な力ほど、他人(ひと)も自身も傷付けますからね..........」

 

「ジュアルを気遣ったのか?」

 

「まさか。私がそこまで甘い女に見えますか?」

 

「見えないな.........。少なくとも、お前がシンに関する事で妥協するとは思えない」

 

「私は、少しでもシン様の配下を強くする為に動いたまでです。将来シン様に必要な人材や物、それら全て見極めるのも私の役目だと思ってます。シン(彼の人)の力に縋るだけの者などーーーーー“私が切り捨てます”」

 

 

 その言葉には何人も近寄り難い、ロクサーヌだけが放てる凄みがあった。優しさだけで無い、覚悟と冷徹さを内包した剣気。

 

 万人を魅了するシンという光の眩しさは、時には他人の目を曇らせ、悪辣な者、堕落した者まで引き込む。それはまるで、夜闇の中小さく光る灯りに群がる蛾の様に。それを間引くのも自分の務めだと、ロクサーヌは思っているのだ。

 

 だからこそロクサーヌは、良いと思えた人材は早々に手を付けておきたいし、期待出来る者には試練を与え、不要な者は切り捨てる。もしリザが旅に同行したいなんて言って来たら、ロクサーヌはキッパリと無理だと、無駄だと現実を突き付けていただろう。そんな彼女がジュアルに対して試練を与えた。つまり、ジュアルに期待しているって事だ。

 

 そんな彼女の心情が透けて見えたレオニスは、素直に関心しつつも、同時に微笑混じりに溜息を吐いた。

 

 

「そんな怖い顔をするな。お前のシンに対する想いの強さは理解しているが、だからと言ってお前が憎まれ役を演じるのをシンは望んじゃいない。演じ続けるのは疲れるぞ?」

 

「............意外と見てますね。伊達に二百年近く、仮面を被り続けて来たわけでは無いって事ですか.....................ちょっと年寄り臭いですよ、レオニス?」

 

「大人と言え、大人と!」

 

「ですがご心配無く。それを理解してくれる最高の男性を、私は既に得ています、貴方の奥さんの様にね」

 

「............フッ、そうか。なら問題無いな」

 

「ええ........心配してくれてありがとうございます、レオニス」

 

 

 そんなやり取りをしていると、リザ達の見送りを終えたシンが戻って来た。

 

 

「何か話してたのか?」

 

「ええ、レオニスはお爺ちゃんみたいですねって」

 

「人を年寄り扱いするな!お前らより二百歳近く歳上なのは分かっているが、せめて大人と言え!」

 

「あぁ〜。レオニスってたまに爺臭い時あるよなぁ。でもそこがレオニスの良いところでもあるし、信頼出来る一面だからな..............頼りにしてるぜ、お爺ちゃん♪」

 

「引っ叩くぞ」

 

「まぁ、レオニスを揶揄うのもこの辺にして.........ロクサーヌ、ありがとな。ジュアルにとって、お前の判断が一番アイツの為になる」

 

「気にしないでください、私は事実を言ったまでですから」

 

「そうか。だが.......」

 

 

 シンと顔がロクサーヌの顔に迫った。シンにキスされると思ったロクサーヌ。だが彼の唇は触れず、代わりにシンの両手がロクサーヌの両頬を摘んだ。

 

 

「ほへぇ、し、しんはあ(シン様)........?」

 

「お前が俺を想ってやってくれる事は素直に嬉しく。けど、俺に対しても同じ様に演じるなら、キツ〜いお仕置きをしてやる。分かったな?」

 

ふぁ、ふぁぃ(は、はい)

 

 

 ロクサーヌの考えてる事などシンにはお見通しだった。彼女が自分の事をどれだけ想い、支えようと努めているのか、それを理解している上で、シンはロクサーヌにそう言い聞かせた。

 

 シンの意地悪そうで挑発的なイケメンスマイルに、ロクサーヌの顔が赤くなる。特にシンの“キツいお仕置き”という単語に反応してしまう辺り、ロクサーヌはちょっとえっちな女性であった。

 

 そんな二人のやり取りを見ていたレオニスが、ニヤニヤと愉快そうな笑みを浮かべている。無性にレオニスの方を張り倒したくなったロクサーヌ。だが今は自分の頬をムニッと軽く摘むシンの手と甘い視線を堪能する事にした。

 

 程なくして、ロクサーヌの頬を摘むシンの手が離れた。

 

 

「さてと。それじゃあ行きますか、大迷宮!」

 

「ああ、そうだな。ジュアルにあんな啖呵切っといて、いざ再会した時にあっさり追い越されてる様じゃ締まらない。そうだろ、ロクサーヌ?」

 

 

 レオニスがロクサーヌを試す様な視線を流してくる。ムスッと顔を僅かに顰めたロクサーヌ。だが、レオニスの言う通りだ。

 

 

「....................ええ、そうですね。ジュアルに追い抜かれるつもりはありませんが、油断はしません」

 

「フッ、良い意気込みだ二人とも........なら、振り落とされずに付いて来いよ、お前達?」

 

「「ええ!(ああ!)」」

 

 

 新たな出会いを経て、三人の信頼をより一層深めた。

 

 進むため、切り拓くため、守り抜くため。

 

 強い絆を胸に、三人は歩き出す。

 

 目指すはライセン大峡谷にある七大迷宮の一つ、“ミレディ・ライセン大迷宮”

 

 三人の大迷宮攻略の冒険がいよいよ幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある大迷宮の最奥部。

 

 そこにいる人型のゴーレム。一枚布の長いローブを纏い、ニコちゃんマークの()()()()を着けた小さなゴーレムがそこに居た。

 

 

「ふっふふ〜ん♪早く来ないかなぁ〜」

 

 

 小さなゴーレムがウキウキした様子でそんな言葉を口にしていた。

 

 

()()()が言ってた王様って、一体どんな人なのかぁ〜? ()()()の願いは私達の希望でもあるから、それが叶うなら少しは加減してもいいんだけど...................こればっかりは譲れないよねぇ...........()()()には悪いけど、私は試すよ? 本当に世界を変える事が出来る、力の持ち主なのか、ね..............」

 

 

 仮面の小さなゴーレムはそんな事を口にした。

 





 長文閲読、ご苦労様です。無理矢理 納めた感は否めませんでしたが、今回はロクサーヌがメインとなった回でした。トレイシーとの戦闘描写、ロクサーヌの眷属器披露が出来て、多少は満足してます。ただどうしても戦闘描写は思い通りに書けないですね。何か良いアイデアがあれば試してみたいです。

 次回からライセン大迷宮攻略スタートです。その間に園部のサイドストーリーも挟むつもりです。


補足


『登場した眷属器』


【眷属器・雷獣光鎧(バララーク・ディルア)】
・今作オリジナルのロクサーヌの眷属器。魔剣アンサラに宿るバアルの眷属。アンサラの刀身を抜かなくて使用可能。最大出力での使用可能時間は現状五秒。使用者の肉体の内側から雷を纏わせ、肉体能力を飛躍させる。手にした武器にも雷撃は付与される。出力を上げ、体表または武器から雷が放電し出すと攻撃力、速度、貫通力が大幅に上昇し、雷が体を纏う程に出力を上げれば放出系の魔法を霧散させる程の防御力となり、雷速で移動出来る。使用可能時間を過ぎれば体が麻痺、或いは内側から雷に焼かれてしまう。魔力消費も激しく、肉体への負担も馬鹿に出来ないレベルで消耗する。魔力操作の派生技能[緻密操作]と、眷属器の使用で手に入れた[雷属性耐性]、[身体強化]のおかげで最大出力時の使用可能時間が五秒に伸びている。
(イメージはNARUTOに登場する“四代目雷影の雷の衣”です)


『登場したアーティファクト』


「魔剣アンサラ」
・神代魔法の一つ、空間魔法の[界穿]が付与されている。付与された魔法の規模は小さいが、己の技量次第で離れた相手を直接斬りつける事が出来る。斬撃を飛ばすのではなく、斬撃の転移。空間という境界を零にする。



『トレイシーが使用した魔道具」

「十環の防壁」
・十個の指輪が短いチェーンに通された魔道具。瞬時に聖絶クラスの防壁を十枚展開する。

「光の剣」
・トレイシーが愛用する光属性魔法[光刃]が付与された細剣。レイピアの様な物。


『登場した魔物』


「魔猪エリュマントス」
・本来ハルツィナ樹海の奥深く、密林地帯に生息する巨大な猪。温厚な性格をしているが、一度激怒すれば相手の息の根を止めるまで走り続ける。体調二十メートルにも及ぶ巨体の持ち主。
(イメージはFGOに登場する魔猪です)

「ワイルドボア」
・魔猪エリュマントスの下位魔物。体調五メートル程の中型魔物。樹海でよく見受けられる魔物で、冒険者ランク紫から討伐可能。群れを成す事はほとんど無い。


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ライセン大迷宮

 

 トレイシー率いるワルプルギスとの一件が済み、ジュアル、兎人族の三姉妹と別れた後、シン達は再びライセン大峡谷にある大迷宮の入り口にやって来ていた。

 

 

「先程来た時も思いましたが、やっぱり扉らしき物は見当たりませんね........」

 

「................................ほんとに再生してやがる」

 

 

 ロクサーヌは辺りを注意深く見渡し、一面ただの岩の壁である事を再認識していた。一方のレオニスは自分が跡形も無く壊したはずの石板が、僅か数時間足らずで再生されているのを見て微妙な表情を浮かべていた。

 

 

「シン様、何か見つかーーーー」

 

「え?..........」←ガコッ

 

 

 「何か見つかりそうですか?」とロクサーヌが訊く前に、シンは壁の一部を押し、隠し扉を見つけていた。ガコッというのは隠し扉が僅かに開いた音である。

 

 隠し扉を見つけたシンは、さも当然といった様子で至って普通の表情をしている。だが、あっさり扉を見つけたシンを見る二人は「あー、そうだった.......」とシンの直感の良さを思い出していた。

 

 

「何してんだ、行くぞ?」

 

「「............はい(おう)」」

 

 

 シンの呼び掛けに応じた二人は彼の背後に立ち、三人同時に扉をくぐった。その隠し扉は回転する仕様になっており、シンが扉に力を込めると、回転した扉が三人の背を押す様に向こう側へと誘った。

 

 そうして三人が扉を抜けた先にあった真っ暗な空間に踏み入った時、「ヒュヒュン!」と無数の風切り音が聞こえた。

 

 シンの[空間掌握]でそれが飛来する矢だとすぐにわかった。

 

 暗闇の中、飛来する矢の音を聞いたロクサーヌとレオニスの行動は迅速だった。すぐにシンの前に踊り出て、飛んできた数本の矢をレオニスは指と指の間で掴み取り、ロクサーヌは超速の抜刀から数回剣を振って、多数の矢を叩き切る。一方のシンは構える事なく普通に立っていた。二人が対応すると分かり切っていたからだ。

 

 すると真っ暗闇の空間に灯りが徐々に灯されていき、その空間の全体が確認出来るようになった。

 

 シン達のいる場所はわりと広い部屋で、その奥には先へと続く通路が見える。そして部屋の中央には先ほどの入り口と同じ石板があった。

 

 

〝ビビった?ねぇ、ビビっちゃった?チビってたりして、ニヤニヤ〟

〝それとも怪我した?もしかして誰か死んじゃった?……ぶふっ〟

 

 

 入り口で見た石板の文字と同様に、妙に女の子らしい丸文字でそう書かれていた。

 

 なるほど、確かにこれは先が思いやれらる。二百歳を超え、広い心を持つレオニス。そんな彼がイラつくのも良くわかる。彼の長い生においても、これ程ウザい相手と出会った事は無いだろうからな。とりあえずレオニスは、掴んでいた矢の束を石板にぶっ刺した。

 

 

「どうせすぐに再生するのだろう?なら、甘んじて受けろ..............さて、奥に続く通路はアレだけか」

 

「見たところその様ですね。シン様はどうですか?」

 

「う〜〜ん..........とりあえず、真っ直ぐ向かうのが良さそうだな。ロクサーヌ、眷属器の反動はどうだ?」

 

「大丈夫です。時間を置いたおかげで体はかなり回復しました。これならあと一、二回は最大出力で使えると思います。シン様はどうですか?」

 

「あ〜..........駄目みたいだな。ここだと俺の魔法も金属器も殆ど使えそうに無い」

 

「峡谷の特性か。ここは外よりも魔力の分解が強いみたいだな」

 

 

 レオニスの言う通り、大迷宮内ではほとんど魔法が使えない。特に放出系の[力魔法]と金属器を持つシン、そしてロクサーヌの眷属器もその影響の対象であった。

 

 元々ライセン大峡谷は発動された魔法の魔力を分解する作用があり、一般的に魔法を使う事などほぼ不可能に近い。しかし、シンの魔力量と[力魔法]の燃費の良さが合わされば、その程度のハンデはあって無いに等しいぐらいだった。金属器は消費する魔力が無視できないので使うのはなるべく避けたい程度であった。

 

 だが、そんなシンの力魔法もこの大迷宮内ではかなりの制限を受けている。魔力消費を無視してゴリ押しすれば多少は使えそうだが、範囲も出力も格段に落ちてしまう。金属器もこの大迷宮内では全くとは言わないが、流石に使えそうになかった。

 

 

「まっ、金属器が使えなくても、俺には“こっち”があるからな!」

 

 

 シンは自分の“拳”をレオニスに見せつけ、拳を掌に打ちつけて、ポキポキと指の骨を鳴らした。

 

 

「元々シン様は身体強化と近接戦に特化したかたでしたからね」

 

「ああ、里にいた頃に何度も手合わせをしたからよくわかる。ロクサーヌが剣術と速度に特化した剣士なら、シンは対人戦に特化した超人だろうな」

 

 

 二人の言う通り本来シンの戦闘スタイルは、段階的に飛躍させる身体強化と、圧倒的センスで様々な武器を自在に操る武術、そしてそれらを活かす肉体能力と体術であった。そんな彼と何度も手合わせして来たロクサーヌとレオニスは、シンの超人っぷりを身に沁みて理解していた。

 

 

「そう言ってくれるのは嬉しいが、素の俺じゃあお前達に敵わないからなぁ〜............ふむ、金属器が使えないなら、ちょうどいいかもな」

 

 

 シンがおもむろに金属器を外し始めた。さらに羽織、ベストを脱ぎ、着物風の一枚服を片肌脱ぎする。服で着痩せしていた逞しい肉体が片側だけとは言え露わになった。

 

 

「シン様、一体何を...........?」

 

「んー?まぁ、ちょっとした原点回帰だ。どうせここじゃあ金属器は使えないんだし、今回は氷雪洞窟の時と同じスタイルで行く」

 

 

 そう言いながらシンは外した金属器や上着、金属器のスペアとなると装飾品をバウキスの異袋に収納した。残った金属器はバアル、フェニクスのみで、それ以外は異袋の中だ。装飾品は耳飾りと髪留めだけである。

 

 そこで疑問を浮かべたレオニスが、尋ねて来た。

 

 

「フェニクスは治癒の手段として残すのは分かるが、バアルは外さないのか?」

 

「私の魔剣はバアルの眷属器ですからね。バアルが宿る刀剣をシン様が身につけてないと、私は眷属器を使えないんです」

 

「そうだったのか..........」

 

「まあそれもあるが、こいつは俺が氷雪洞窟攻略の時から愛用してる刀剣で、思い出深い奴だからな..........」

 

 

 シンはそう言いながら、そっと腰に携えた刀剣を撫で、彼の表情はどこか昔を懐かしんでいる様に見えた。

 

 その後、いつもシンの懐の中に隠れていたバウキスが、隠れる場所が無くなったため、数秒間シンの体で落ち着ける場所を探し体中を這いずり回った。くすぐったい感覚を覚えたシン。だが程無くして、バウキスはシンの上半身に巻き付き、彼の左肩に頭を乗せたところで動きを止めた。

 

 

「バウキスも落ち着いたみたいだな.........行くぞ」

 

「「はい!(ああ!)」」

 

 

 シンを先頭に三人は奥へと続く通路を進んで行った。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 ライセン大迷宮のスタート地点から出発して数時間が経過した。

 

 現在三人が居るのは、如何にも迷宮内と言った様子の整備された通路。ここに来るまで迷うこと無く、一応順調に進んではいるのだが...........レオニスは憤懣(ふんまん)な態度を取っていた。

 

 

「ーーーーーチッ」

 

「荒れてるなぁ、レオニスの奴.......」

 

「まあ無理もありませんよ。あれだけ不快な煽りをされたんですから。 ミレディ・ライセン.......少々癪に障る解放者です」

 

「お前も相当キてるなぁ..........」

 

 

 舌打ちするレオニス。そんな彼に同情するロクサーヌは平然としている様に見えて、ニッコリと浮かべた笑顔の裏に苛立ちを滲ませていた。そんなレオニスとロクサーヌを見たシンは二人の態度に納得しつつ、ここまでの道のりを振り返り、微妙な表情を浮かべていた。

 

 ここに至るまで、シン達は大迷宮に仕掛けられた無数の罠を掻い潜って来た。

 

 魔法がろくに使えない現状ではあるが、肉体の内側に作用する身体強化は普通に使える。シンとロクサーヌは身体強化に長けている上、レオニスは元々の肉体能力が桁外れに高い。なので三人の前ではこのミレディ・ライセン大迷宮に仕掛けられた罠を掻い潜る事など造作も無かったのだ。

 

 では何故レオニスとロクサーヌがあそこまで苛立っているのか。

 

 その原因は潜り抜けた罠の先に三人を待ち構えていた様に現れる、女の子らしい丸文字で人の神経を逆撫でする文章であった。

 

 

 壁から突然現れ、襲いかかる高速回転・振動する二枚の円形ノコギリをレオニスが蹴り壊した時はーーー

 

ーーー〝ぷぷー、避けずに壊すとか体だけじゃなくて頭も硬いんだー。もっと頭使った方がいいよ〜?あ、ごっめーん、脳筋には無理だったね!ぷぎゃー〟 とか。

 

 落ちて来る天井を猛ダッシュで回避した時はーーー

 

ーーー〝なに必死で走って来てるの?やだ超ダッサーい、ゼェゼェ言ってたりして〜〟 とか。

 

 いきなり足元に現れた小石でロクサーヌが躓きそうになった時にはーーー

 

ーーー〝足元お留守ですよ〜♪ ぷぷぷー〟 とか。

 

 目の前から転がって来る複数の大きな鉄球をシンとレオニスが粉砕した時はーーー

 

ーーー〝あれれ〜、やっぱり脳筋なのかなぁ〜?やーいゴリラ♪ゴリラ〜♪〟 

 

 

 など、罠を突破する度に絶妙な位置とタイミングでそんな文章が目の前に現れるのだ。他にも落とし穴、突き出す無数の槍、ネチョネチョした移動阻害の床、大量の水攻めと様々な罠があったがその度に煽られた。

 

 その結果今に至るのだ。

 

 

「シン様は意外と平気そうですね?」

 

「別に平気というわけじゃないが、まあお前達よりまだマシかな。あー言う子供染みた煽りとかは元の世界に居た頃、周りの奴らとかに散々言われて来たから耐性があるんだよ」

 

 

 子供の頃から人の悪意や揶揄に触れて来たシンにとって、その程度の煽り言葉など、完璧にとは言えないが一々腹を立てる気など起きない。

 

 

「経験が成せる技ですね。私も経験を積んで、もっと精進しなければ........!」

 

「いや、別に技って程の物じゃないけど.........。それよりも、レオニス〜、大丈夫か?」

 

「は〜〜......ふぅ〜〜〜.........。大丈夫だ、問題無い」

 

 

 深呼吸からの多めのロングブレスをしたレオニス。大丈夫とは言っているが、かなり堪えていそうだ。

 

 

「俺のことは構わず先に進もう」

 

「いや、ここで一旦休憩する。ロクサーヌ、軽めで良いからお菓子とお茶を淹れてくれないか?」

 

「わかりました」

 

 

 シンの頼みを快諾したロクサーヌが、シンの肩に頭を置いているバウキスに近付き、「ティーセットとお菓子をお願いします」と頼んだ。するとバウキスはシンの体から離れ、異袋から座るための敷物、ティーセット、茶葉、湯沸かし用の魔道具、水、お菓子と次々に床に吐き出していく。

 

 

「こんなところで茶会とは.........先に進んだ方が良いんじゃないか?それに罠も.........」

 

「大丈夫だって。ここら辺の罠は粗方お前が処理してくれたし、俺達が動かないなら新たな罠が発動するわけもない。もし罠が発動したとしても、俺達ならなんて事無いだろ?」

 

「確かにそうだが...........」

 

「まあ一旦お茶でも飲んで落ち着こうぜ」

 

 

 その場で立ったまま逡巡するレオニスに対し、シンはロクサーヌが床に広げた敷物に腰を落としながら軽い態度で彼を促した。

 

 敷物の上には白い皿に盛られた各種様々な焼き菓子と、バウキスの分も合わせた人数分のティーカップとソーサーがロクサーヌの手で配膳されていた。そしてロクサーヌは慣れた手付きでお茶の用意を進めている。

 

 すでに場が整っている上、シンから催促も受けたことで、レオニスもようやく腰を下ろした。

 

 程なくしてお茶の用意が出来たロクサーヌが、各自のティーカップにお茶を注いで行く。お茶が注がれたティーカップとソーサーを持ち上げたシンが、上品にお茶を飲んだ。

 

 

「.............うん、美味いな。やっぱりロクサーヌはお茶の淹れ方も上手だよな」

 

「ありがとうございます。シン様も飲み方の作法が板に付いて来ましたね」

 

「ははっ。そりゃあ、あれだけカトレアにみっちり仕込まれたんだ、板に付いて無かったらあいつに怒られる」

 

「ふふっ、そうですね。バウキスはどうですか?」

 

「(チョロチョロ.......)」←長い舌で飲んでいるバウキス

 

「美味しそうに飲んでますね」

 

「バウキスはお茶やお菓子が好きみたいだからな。レオニスも早く飲め、お茶が冷めちまうぞ?」

 

 

 大迷宮の中だと言うのに、すっかり気の抜けた様子の二人と一匹。そんな彼らを見て、レオニスもシンに促されるままにお茶を飲んでみる。

 

 

「っ!美味い........」

 

「だろ? このお茶に使ってる茶葉は魔人族の里で分けて貰った物なんだが、味が良いうえにリラックス効果もある。心を落ち着かせる時には打って付けお茶だ。小腹も空いてるだろ?遠慮せずにお菓子も食えよ?」

 

 

 白い皿に盛られた様々な形状の数種の焼き菓子。バウキスやロクサーヌはそこに手(と尻尾)を伸ばし、手に取ったお菓子を口に入れていた。そんな彼女達は見るからな幸せそうな表情を浮かべている。

 

 それを見たレオニスも一つ、小さな焼き菓子を手に取り、口の中に放り込んだ。

 

 

「ッ!?この焼き菓子、外はカリカリで中はしっとり柔らかい。それに程良い甘さで何個でも食べられそうだ」

 

 

 レオニスが口にしたのはカヌレに良く似た焼き菓子で、シンが元居た世界にあったお菓子を魔人族の里で暮らす女性に再現してもらった物である。ロクサーヌとバウキスが好んで食べる焼き菓子のひとつだ。

 

 

「そいつは良かった。少しは気が紛れたか?」

 

「............ああ、いい気分転換になった。すまないな、シン」

 

「気にするなって。それよりホラ、他にもお菓子はあるから遠慮せず食え」

 

 

 シンの言葉を皮切りにレオニスは二個目の焼き菓子を手に取り頬張っている。焼き菓子を美味そうに食べるレオニスを見て、シンは胡座をかいた膝に頬杖を付いてニヤニヤと笑みを浮かべていた。そんなシンの視線を感じ取ったレオニスが、すでに三個目となる焼き菓子を口に含み、それを飲み下した後、口を開いた。

 

 

「..........なんだよ、遠慮するなって言ったのはお前だろう?」

 

「別にお菓子食ってるのを責めてるわけじゃないさ。ただお前があんまりにも美味そうに食うもんだから意外だなぁ〜って」

 

「...............まあ、こんなに美味い菓子は生まれて初めて食べたからな。今更気づいたが、どうやら俺は甘い物が好きみたいだ」

 

「へぇ〜、そうか。なら、街に着いたらスイーツ巡りでもするか?」

 

「スイーツ、巡り? なんだそれは?」

 

「街にある色んな店の甘いお菓子を食べ歩く事だ。それにお前、外の世界にある街がどんな物か気になるだろ?これなら甘い物食べながら、観光も出来る。まさに一石二鳥の策だ」

 

「................街にはこれより美味い菓子があるのか?」

 

「それを見つけるのが観光兼スイーツ巡りの醍醐味だよ」

 

「なるほど.........スイーツ巡り、悪くないな」

 

「じゃあ決まりって事で。ロクサーヌもスイーツ巡り行くだろ?」

 

「もちろんです! その為にも、先ずはこの大迷宮をしっかりと攻略しないとですね」

 

「だな。まっ、とりあえず今は英気を養うために、ゆっくりしようぜ」

 

 

 そうして三人と一匹は優雅にのんびりと大迷宮の中で一時のお茶会を談笑しつつ楽しんだ。

 

 それから三十分後、気分転換も済み、程よく小腹も満たされたシン達は再び大迷宮内の探索を開始した。

 

 程なくして、ふとシンが歩みを止めた。

 

 

「どうかしましたか、シン様?」

 

「何か見つけたのか?」

 

「..............................()()()か」

 

 

 シンがそう呟き、視線を向けた先は通路の壁だった。

 

 

「レオニス、ちょっと」

 

「ん?何をする気だ?」

 

 

 シンが掌でちょいちょいっと手招きすると、レオニスがシンの近くに歩み寄った。

 

 

「レオニス、この壁破壊出来ないか?」

 

「この壁をか?出来なくは無いと思うが.........」

 

「シン様、この先に何かあるんですか?」

 

「十中八九、何かある。そんな予感がする」

 

「ふむ........シンの言う事だ、何かあるのだろう..........よし、二人とも、離れていろ」

 

 

 レオニスが二人にそう促すと、シンとロクサーヌはレオニスから距離を取った。そしてレオニスは壁を正面に、左手を前に軽く突き出し、まるで強弓の弦をギリギリと引き絞る様に右拳を構えた。腰も少し落と、足は左足が前に出ている。

 

 そんなレオニスの体から蒸気が発生し、ゆらゆらと上に立ち上って行く。おそらく全身の筋肉が活性化し体温が急激に上昇しているのだろう。そのせいでレオニスの人化した体が一際大きく見えた。

 

 そして踏み込んだ左足の一歩が床を砕き、ギュンッと腰を捻りながら、引き絞られていた右拳が解放された。

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!‼︎

 

 レオニスの右拳が触れた瞬間、頑丈な大迷宮の壁が爆発したような音と共に大量の土煙を巻き上げ、その風圧でシン達の髪が激しく靡いた。その威力の絶大さを物語ように、壁には大穴が出来ていた。

 

 しかし穴と呼ぶにはまだまだ不完全。予想以上に壁の厚さがあるらしく、レオニスがさっきの一撃で開けれたのは通路から三メートル先までだった。

 

 

「レオニス、まだやれるか?」

 

「問題無い。この壁を貫通させるまで殴り壊してやる!」

 

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオンッッ‼︎‼︎ ドゴオオオオオオオオオオオオオオンッッ‼︎‼︎ ドゴオオオオオオオオオオオオオオンッッ‼︎‼︎ ドガガガガガガガガガガガガッ‼︎‼︎

 

 

 掘削機と言うより寧ろダイナマイト。壁を爆散させて掘り進めるレオニス。そんな彼を通路の方から見守るシンとロクサーヌ。

 

 お茶を飲み甘いお菓子を食べたおかげで気分転換にはなった筈だが、それはそれ。溜まっていた鬱憤はやはりあったらしく、「くたばれッ!ミレディィィッ!」と叫んでいた。溜まった鬱憤を晴らすべく、レオニスはどんどん殴り壊していく。途中から一発一発に力を込めるのが面倒になったのか、乱れ殴打で掘り進める。某ジャ○プ作品の承○郎みたく“オラオラオラオラッ!”と聞こえて来そうな高速連続パンチだが、残念ながらレオニスは「破ァァァァッ!!」としか言っていない。本当に残念だ。大迷宮攻略後、レオニスをスタ○ドに見立てて、ちょっと遊んでみようかな?などと本気で考え出すシン。

 

 そんな事を考えていると、壁が爆散する音が消えた。

 

 

「土煙で何も見えませんね」

 

「だな。とりあえず向かってみるか」

 

 

 シンとロクサーヌはレオニスが掘った大穴を進んで行く。その大穴の長さはざっと見て三十メートル超。舞い上がった土煙で煙たいが、それは徐々に薄れて行き、進んだ先には貫通された穴の出口の前でレオニスが待っていた。

 

 

「シン、ロクサーヌ、これを見てくれ」

 

「ん?.............おお〜、これはまた......」

 

「............すごい場所に繋がりましたね」

 

 

 レオニスがぶち抜いた大穴の出口を指差したので、シンとロクサーヌがレオニスの体越しに出口の先を覗いてみる。

 

 そこには広大な空間が広がっていた。直径二キロ以上はある無辺の空間で、レオニスが元の姿に戻って暴れ回ったとしても十分な広さがありそうだ。だがそれは空間全体を表す広さの表現であって、実際にレオニスが元の姿に戻って自由に移動できるとは限らない。何せその空間には大小様々なブロックが無数に浮遊しているだけで、穴から覗いて見た限り、地面は遥か下方の奥深く。そんな空間の壁面中腹部辺りにレオニスは出口を繋げた。

 

 

「どうする、シン?」

 

「..............まっ、行くしか無いだろ。とりあえずすぐそこのブロックに飛び移るか」

 

 

 一先ず三人は目の前に浮遊していた直径十メートル程の正方形のブロックに飛び移った。

 

 すると飛び移ったブロックが突然急上昇を始めた。その先には他のブロックがあり、このままでは三人ともペシャンコにされてしまう。

 

 

「なんとなく動くとは思ったが、いきなりこれかよ」

 

「忙しないですね」

 

「そんな事言ってる場合か二人ともっ!さっさと移動するぞっ!」

 

 

 どこか間の抜けた会話をするシンとロクサーヌに、レオニスが二人を急かした。三人は他の浮遊するブロックに飛び移った。元々立っていたブロックは予想通り上昇した先のブロックとぶつかり、粉々に砕けて、遥か下方の底にブロック片が落ちて行く。

 

 それを見届けていた三人は唐突に“何か”を察知した。

 

 

「退避ッ!」

 

「「はいッ!(わかってるッ!)」」

 

 

 先程とは打って変わって顔色を変えたシンが二人に呼びかけ、そのまま三人はすぐさまその場から他のブロックにそれぞれ飛び移った。

 

 すると先程まで三人が居た浮遊ブロックが巨大な“何か”によって砕かれた。物凄い速度でシン達に迫っていたそれは、一瞬隕石かと見間違える様に赤熱化していた。

 

 そしてそれは浮遊ブロックを粉砕した後、下方の暗い底へと落ちて行った。シンとは別のブロックに退避していた二人が、一、二回他のブロックを足場に跳躍してシンの元に駆け寄った。

 

 三人がさっきの物体がどこに行ったのか、下の方を覗き込んで見ていると、何が暗い底で動き、物凄い速度で上昇して来た。

 

 それはシン達三人の斜め頭上で静止し、その全貌を露わにした。全長二十メートル弱はありそうな巨体に全身甲冑を纏った巨大ゴーレム騎士がそこにいた。赤熱させた巨大な右腕、鎖を巻き付けた左腕にはフレイル型の巨大なモーニングスターが握られている。驚愕のあまり言葉も出ない三人。

 

 そんな三人を取り囲む様に突然甲冑を纏ったゴーレムが数十体が上空から現れた。そのゴーレムのサイズは目の前の巨大ゴーレム騎士には劣るが、数が数なので油断ならない。

 

 まさに一触即発の様相。自分達が囲まれた事でロクサーヌとレオニスは臨戦態勢を取っているが、シンはただ一人斜め頭上で浮遊する巨大ゴーレム騎士から視線を外す事なく、じっと見つめていた。そんなシンの瞳を見つめ返すように、巨大ゴーレム騎士のギンッ!と光る眼光が一点を見つめていた。お互いがお互いを品定めするように視線の交錯する。

 

 そしてその巨体から不釣り合いな女の子の声が巨大ゴーレム騎士から聞こえた。

 

 

「やっほ〜、はじめまして〜、み〜んな大好きミレディ・ライセンちゃんだよぉ〜♪」

 

「「..................................................はい?」」

 

「なるほどな、そう言うことかーーーー“ヴィーネ”」

 

 

 間抜けな声を漏らすロクサーヌやレオニスとは対照的に、シンは何故ヴィーネがライセン大迷宮を指定したのかようやく理解した。

 







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VS ミレディ・ライセン 〜 L’Arabesque Sindria 〜


戦闘描写難しいっす

暑さのせいで思考が全然まとまらない..........




 

 幾つもの浮遊するとブロックが浮かぶ広大な空間に辿り着いたシン達、そんな彼らの前に現れた巨大ゴーレム騎士が自身を〝ミレディ・ライセン〟だと名乗った。

 

 

「一体、なんの冗談だ..........?」

 

「“ミレディ・ライセン”は何千年も昔の人物、そんな人が生きてるなんてあり得ません。それに、ミレディ・ライセンは()()だったはず..............」

 

 

 巨大ゴーレム騎士の名乗りを聞いたレオニスとロクサーヌが、そんな疑問の言葉を口にした。

 

 ロクサーヌの言う通り、ミレディ・ライセンは大昔の()()。かつてオルクス大迷宮を攻略したロバートは、オルクス大迷宮の最奥、“オスカー・オルクスの隠れ家”にてその情報を得た。それから数百年後、ロバートは旅で得た知識や情報をシンとロクサーヌに語り聞かせてくれた。彼が語った話の中には、解放者のリーダー“ミレディ・ライセン”についても触れられており、それが()()()()()である事も聞かされている。

 

 故に二人は疑問を浮かべ、訝しんでいるのだ。

 

 ()()である筈のミレディが巨大ゴーレムのわけが無いと。それに人間である彼女が何千年と言う時を生きている事など不可能。あのロバートでさえ、たった()()()しか延命出来なかったのだから。

 

 そんな当たり前の考察によってほんの僅かに動揺する二人とは違い、シンは巨大ゴーレム騎士の言葉に納得した様子を見せていた。

 

 

「ほんとの本当に私はミレディ・ライセン本人だよー?」

 

「「..................................」」

 

「えぇ〜〜、信じてくれないのぉ〜?」

 

「信じるさ」

 

 

 ミレディ・ライセン本人だと言い張る巨大ゴーレム騎士に無言で訝しむ視線を向けるロクサーヌとレオニス。しかしシンだけはミレディの言葉に頷いた。

 

 

「え!ほんと〜! 信じてくれてミレディちゃん嬉しい〜!」

 

「ああ、信じるとも。そうでなければ、“ヴィーネ”が俺達をここに招いた理由が見当たらないからな」

 

「....................そっか。やっぱり君がそうなんだね?」

 

 

 シンが口にした“ヴィーネ”と言う単語。それに反応を示したミレディゴーレムはさっきの口調から一転し、知性を感じさせる平坦な声色になった。明らかに先程のふざけた態度と違う巨大ゴーレム騎士の様子にロクサーヌとレオニスは“どう言う事だ?”と視線でシンに訴える。

 

 そんな二人の視線を感じ取ったシンは、ミレディの言葉に返答する。

 

 

「その様子だと、やはりヴィーネの事を知っているんだな。ヴィーネからどう聞いているかは知らないが、ここは敢えて “そうだ” と言っておこう.........ーーーーー申し遅れた。俺の名前はシン、要 進だ。 神を討ち滅ぼし、世界に変革を(もたら)す男。こいつらの主であり次代の新王だ」

 

 

 目の前の存在や現状に臆する事なく、シンは堂々とミレディに名乗る。そんなシンの名乗りを聞いた巨大ミレディゴーレムは「王様ね........」と意味深に呟いた後、再び登場時と同じテンションと口調に戻った。

 

 

「わぁ〜!本当に自分で自分のこと王様って名乗ってるんだね〜!ーーー〝シンおじちゃん〟って♪」

 

「お、おおおお、おじちゃん、だとッ.........!?」

 

 

 いきなり初対面の相手におじちゃん呼ばわりされ、驚愕と精神的ダメージのあまりシンが動揺した声を漏らす。これでもまだ十七歳、確かに氷雪洞窟を攻略し、体つきも変わり、以前より大人っぽくなったが、おじちゃん呼びされるほど老けてはいない.......筈だ。

 

 

「ところでさ〜、あの穴はどう言うこと?」

 

「「「え?(ん?)(はい?)」」」

 

 

 巨大ミレディゴーレムが横に向かって指を刺した。その先にはシン達が通って来た大穴がある。三人がそこに視線を向けるが、なんでも無いただのショートカット、それを“どう言うこと?”と訊かれても答えることは特に無いらしい。“見たまんま察しろ”、と三人が巨大ミレディゴーレムに視線を戻す。

 

 

「いやあの穴だよ、穴ッ! どうして正規ルートで来てくれないのー?! ていうかあそこの壁からは普通来れないんだよ!? いきなり横から君達が来るからミレディちゃん、慌てて飛んで来ちゃったよぉー! プンプン!」

 

 

 どうやらミレディは正規ルートで来て欲しかったらしい。分かりやすく“怒ってるんだぞぉ〜”と示すように擬音まで口にするミレディだった。

 

 

「ゴホンッ、ま、まーあ、この際それは水に流すとして〜..............君のこと待ってたんだよ?あの子から初めて君のことを聞かされた時は、“うっそだぁ〜”って思ったけど、まさか本当に来てくれるなんてね!ミレディちゃん感激しちゃうなぁ〜♪」

 

 

 切り替えの早いミレディ。ゴーレムなので咳払いする必要もないだろ?とは突っ込まないでおこう。話が進まないので。

 

 

「..................ちなみに、ヴィーネからはなんと聞いていたのか教えてくれないか?」

 

「んーとねー、“近いうちに精霊(ジン)の力を手にした人が、神殺しの王様を名乗ってこの大迷宮やってくる”って言ってたかな? あっ、ちなみに君が七体の精霊(ジン)の金属器を持ってる事も教えてくれたよ♪ いやぁ〜、すごいよね〜精霊(ジン)の力って! 流石のミレディちゃんも思わず驚いちゃった☆」

 

「シン様が精霊(ジン)の金属器使いである事まで知ってるなんて........!」

 

「何者なんだ、そのヴィーネという奴は..........」

 

 

 ミレディの話を聞いたロクサーヌとレオニスが、益々ヴィーネという存在が只者では無い事を再認識させた。

 

 ヴィーネがそれを知っていたのはおそらく、いや十中八九、ヴィーネがロバートに伝えたという〝予言〟の力だろう。シンが金属器を手にしたのは氷雪洞窟内での話。その事をロバートに報告したのは大迷宮攻略後の事で、ロバートがヴィーネと会ったのはシンとロクサーヌがまだ大迷宮の中にいた時の話だ。つまりヴィーネはシンが金属器を持っている事など知る(よし)も無い。だと言うのにそれを知っているのは、間違いなくロバートに伝えた〝予言〟の力。或いはそれに付随する別の力なのかもしれない。

 

 

「ちなみに言っておくけど、ここにあの子はもういないからね? 聞きたいことがあるなら本人に聞くのが一番ッ♪」

 

「君の口から教えてもらえるんじゃないのか? そのためにヴィーネは俺達をここに招いたのだろ?」

 

「..............どうしてそう思ったのかな?」

 

「ヴィーネはわざわざ雪原まで赴き、ロンさんに大峡谷に繋がる転移陣を作ってもらうよう頼んだ。早い段階で俺達がライセン大迷宮に挑戦出来るようにな」

 

 

 シンの言葉を黙って聞く巨大ミレディゴーレム。シンの言葉は尚も続く。

 

 

「じゃあ何故俺達を他の大迷宮よりも先にライセン大迷宮に来るよう誘導したのか?ーーーーおそらくヴィーネは俺達に、この大迷宮で何かやって欲しいことがあった。ではそのやって欲しい事とは何か? それは“解放者の生き残り”であるミレディ・ライセン、君に会うこと。そして残りの大迷宮の在処(ありか)や俺達が知り得ていない情報を得て貰うこと..........そういう意図なんじゃないか?」

 

 

 シンはそのようにヴィーネの意図を読んだ。

 

 どの道ライセン大迷宮にはいつか挑んでいただろう。だがヴィーネの行動が無ければ、シン達が次に目指したのはグリューエン大火山にある大迷宮、もしくはオルクス大迷宮のどちらかだった。亡きロバートが攻略した場所であり、その在処も確実にわかるのだから、そう判断するのは当然だろう。

 

 ヴィーネの〝予言〟とやらは、そう言った可能性を予知する物なのかも知れない。実際シンとロクサーヌはロバートを救出する事が出来たし、魔人族の里に災いは起きなかったが、魔王軍の襲撃はあった。つまりヴィーネの予言が全てというわけでは無いのだ。

 

 もしかするとヴィーネの〝予言〟とは“有り得た未来を予知する”、そういう類の固有魔法なのでは?とシンは予想している。

 

 それを確かめる意味もあるから、シンはミレディが話してくれる事を期待しているのだがーーー

 

 

「うんうん! シンおじちゃんの言う通りだよ〜♪ 君達をここに招いたのはあの子、だから私は君達が来るのを待ってたんだ〜」

 

 

 巨大ミレディゴーレムがその巨体には不釣り合いな程に、器用にパチパチパチッと手を叩く。(もっと)も、軽快なラップ音では無く金属同士がぶつかり合う強い衝撃音だ。

 

 しかも、またおじちゃん呼び。気が抜けそうになる。

 

 

「でも〜、私が話すのはあくまで残りの大迷宮の在処とこの世界についてだけ。 あの子の事はノータッチ♪ さっきも言ったけど、聞きたいことがあるなら直接本人に聞くのが一番だよね〜♪」

 

 

ーーーやはりヴィーネについて話す気は無いらしい。

 

 さらにミレディは言葉を続ける。

 

 

「それに私はまだ、君のこと認めてないんだよね〜。認めてない相手に他の大迷宮のことはペラペラ喋れないし〜、実は君が“あの子”の言ってた人の名前を騙ってるだけかも知れないし」

 

「なっ!?シン様が嘘をついていると言うのですかッ!」

 

「あくまでそういう可能もあるよねって話。 だから示してよ、今の君達の〝全力〟で、私を認めさせてみてよ。君達が本当に、あのクソッタレを倒す気概を持ってるのかーーーー“あの子の願いを叶えてあげられるのかを”」

 

 

 力を示せとミレディは言う。その最後の言葉には、悲哀の色が見え、切実に願っている様に思えた。

 

 

「...........つまり、君と戦って勝てば良いのだな?」

 

「そういうこと! それにホラ、ここは大迷宮なんだしぃ〜、私に勝てないと攻略は認められないよ〜?」

 

「フッ、それもそうだな..............なら君の言う通り、俺達の力を示すとしよう」

 

 

 不敵な笑みをこぼすシンは腰の刀剣を抜き、その切先を巨大ミレディゴーレムに向けた。ロクサーヌとレオニスはそんな自信に満ち溢れたシンの姿を見て、強張った表情から破顔し、彼と同じように自信に満ちた瞳で巨大ミレディゴーレムを見上げる。

 

 

「いいねいいね〜♪ いかにも挑戦者って感じで、ミレディちゃんもワクワクしちゃうよ〜!」

 

「その前に一つ言っておこう。君は先程、全力で力を示せと言ったな? 生憎この場所だと、俺は“全力”を出せない...........だが、見せてあげようーーーー全力にも劣らない、俺達の〝本気〟を」

 

 

 〝本気〟という言葉にレオニスがシンの意図を読み、少しだけ口角を上げる。そしてロクサーヌも手に持つ魔剣アンサラに魔力を流し、その刀身がバチッと音を立て僅かに電流が走る。

 

 

「そこまで言うなら見せてみてよ!君が言う〝本気〟ってやつをさッ!!」

 

 

 巨大ミレディゴーレムが戦闘開始の合図を口にし、シン達を取り囲んで居た数十体のゴーレム騎士が一斉に襲いかかって来る。それを三人は軽々と上空に跳躍する事で回避し、巨大ミレディゴーレムより頭上にある浮遊ブロックに飛び移った。

 

 

「足場は少し制限されてるが........いけるか、レオニス?」

 

「余裕だ。寧ろ本当に制限してるのかと疑いたくなる」

 

「そいつは結構。ならお前はミレディを抑えてくれ。その間に俺とロクサーヌで、ゴーレム騎士達(アイツら)を片付ける」

 

「「わかりました!(了解だ)」」

 

「え〜、もう作戦会議終わったのー? 私も混ぜてよーッ!」

 

 

 シン達が飛び移った浮遊ブロックに、巨大ミレディゴーレムが左手に持ったフレイル型モーニングスターをブンブン振り回してながら迫って来る。そしてシン達の目の前に踊り出た巨大ミレディゴーレムは、振り回したフレイル型モーニングスターを三人の上から叩きつけた。

 

ーーーーズドオオンッ!!

 

 棘付きの巨大な鉄球が三人に打ち付けられ、浮遊しているブロックが僅かに高度を下げる。ミレディは確かな手応えを感じていた。

 

 何故避けなかったのか?そんな疑問が浮かび、シン達に落胆しかけたミレディは驚愕の光景を目にした。

 

 

「ハァ〜〜ッ!?う、うそでしょッ!?」

 

 

 三人の頭から打ち付けられた筈のフレイル型モーニングスターの頭部が、手を上に掲げている赤い髪の大男に受け止められていた。しかも片手で。さすがのミレディもこれには驚きを禁じ得ない。

 

 受け止めているレオニスは至って普通の表情。さらにシンとロクサーヌも別段身構える事もせずに居た。

 

 

「この程度の鉄の塊、受け止める事など造作も無いわ」

 

「相変わらずのパワーだ。じゃあ頼んだぞ、レオニス」

 

「.......ところでシン、一つ確認して良いか?」

 

「ん?どうした?」

 

「抑えるのは構わないが、別にアレを倒してしまっても構わんのだろ?」

 

(........................ここでそれ言っちゃう?)

 

 

 本人的にはマジで倒すつもりで言ったみたいだが、地球出身でオタクのシンは有名な死亡フラグを前に、若干返答に困った。某赤い弓兵の有名シーン、赤いと言う意味ではレオニスも同じだが、ここでは少し複雑である。

 

 

「ま、まあ.........倒せるなら全然オッケー」

 

「フッ、了解だッ!!」

 

 

 シンの許可も下りたことで、レオニスは受け止めていた巨大なモーニングスターを片手で払い除け、巨大ミレディゴーレムの頭上に向かって大きく跳躍した。

 

 

「さっきのは驚かされたけど、もう平気だよー!そう何度もミレディちゃんが驚くわけないもんねーッ!」

 

 

 そう言って巨大ミレディゴーレムは自身の頭上に跳躍し、落下して来るレオニスに向けて、赤熱化させた右拳を振り抜いた。それはまさに巨腕のヒートナックル。そんな拳がレオニスに迫る中、彼の体が強い光を放った。それでも巨大ミレディゴーレムの拳は止まらない。

 

 しかし次の瞬間、巨大ミレディゴーレムのヒートナックルは()()()()()によって受け止められた。「うそッ!」と声を漏らすミレディ。だが残念、それはまだまだ序の口。本番はここからである。

 

 レオニスの体から溢れ出ていた光が収束していくと、次第に拳を受け止めた物の正体が何なのか理解出来た。“手”だ。それも巨大ミレディゴーレムとほぼ同じ大きさの手。そして、光が収まった時、巨大ミレディゴーレムの頭上にいたのはーーーー

 

 

「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」

 

「か、かかか怪獣ゥゥゥゥ〜ッッッ?!?!」

 

 

ーーーー赤獅子の姿に戻ったレオニスだった。

 

 レオニスは巨大ミレディゴーレムのヒートナックルを片手で受け止め、もう片方の手で巨大ミレディゴーレムの頭部を掴むと、そのまま落下する勢いに任せ、ミレディを下方に引き摺り下ろして行く。

 

 “驚くわけないもんねーッ!”などとミレディは言っていたが、しっかりとそれに驚かされ、秒の速さでフラグを回収し落ちて行った。

 

 

「さて、レオニスがミレディを倒すのは構わないが相手は解放者、そう簡単には行かないだろう。手早く済ませるぞ、ロクサーヌ」

 

「はい!」

 

 

 シンの言葉に力強く返事をするロクサーヌ。二人が立っている浮遊ブロックにどんどんゴーレム騎士が集まって来る。数十体にも及ぶゴーレム騎士が、二人を囲む包囲網を完成させつつある。

 

 するとシンは肩に頭を乗せているバウキスに何かを囁き、バウキスは口を大きく開き、“異袋”から一塊りの鉄にも見える長い鎖を吐き出した。一見すると鎖と言うより長いロープにも見える細いチェーンで、長さは二十メートルを優に超えている。その細鎖の端には蛇の顔を模した金属の装飾が付いており、それをシンが左手で掴むと細鎖は一人でにシンの左腕に巻き付いた。

 

 その鎖の名は〝延鎖バウキス〟。

 

 縛鎖フィレモンの対となるロバートが製作したアーティファクトである。縛鎖と異なり拘束力は極めて弱く、その長さを活かした使い方しか出来ない。しかし操作性に優れており、僅かな魔力で自由自在に操ることが出来る。鎖の先端に付随している蛇の頭を模した装飾が蛇の口の様に開閉し、一度獲物を掴めば使用者の魔力が続く限り離さないカミツキ能力がある。

 

 そんな延鎖を纏った左腕は二回り以上太くなり、かなりの重量が有る様に伺えるが、シンがその重さに体を傾ける様子は全く無い。延鎖バウキスはとても軽い為だ。頑丈性が縛鎖より圧倒的に低いためだが、それでも並の攻撃では早々に壊れたりはしない。

 

 そうこうしている内に、大剣と盾を構えたゴーレム騎士達が空宙から一斉にシンとロクサーヌに向かって来た。

 

 

 襲いかかる無数の大剣 –––– 二人はヒラリと躱し ––– 反攻の一閃。

 

 ゴーレム騎士の甲冑ごと叩き斬るシン、鎧と鎧の隙間に剣撃を決めるロクサーヌ。そして二人は襲い来るゴーレム騎士達の体を階段の様に見立て、頭上へと駆け上がる。

 

 足場のゴーレム騎士を斬り壊す –––– 上下左右前後、襲来するゴーレム騎士達 –––– 華麗に捻転し躱す ––– 反攻の斬閃 –––– まだ上を目指す。

 

 シンとロクサーヌを見上げるゴーレム騎士達が二人に追い縋ろうと迫る。ゴーレム騎士達より遥か上空に登って行く二人。そこでシンは左腕に巻き付けた延鎖を、並行するロクサーヌの左斜めに射出。延鎖の先端が本物の蛇の様に駆け上がり、小さな浮遊ブロックに巻き付き、そのまま鎖本体に噛み付いた。

 

 

「行ってこい、ロクサーヌッ!」

 

「はいッ!!ーー〝眷属器・雷獣光鎧(バララーク・ディルア)〟!」

 

 

 ロクサーヌの魔剣が輝くと、ロクサーヌの髪や尻尾の毛が浮き立つ。彼女の眷属器は肉体の()()から作用する。つまり出力を抑えて体の内側のみに留めれば、身体強化と同様に魔法分解による阻害を受けなくなるのだ。

 

 眷属器の発動を知覚したシンは自分の右隣にある浮遊ブロックの側面に刀剣を突き立てた。足場が無く、その場で宙吊りになりつつも、伸びた鎖の緩みを引き締める。するとロクサーヌは自身の眼前に伸びて来た鎖を通り過ぎる直前で掴み、体の向きを下向きに修正。そしてバネの様にしならせた鎖の反動を利用し、僅かに体内から漏れ出す電流を体表に走らせ、一気に急降下。ロクサーヌに迫っていたゴーレム騎士達、[第六感][急所知覚]を駆使してギリギリで躱し、剣を振るう。その剣閃はまさに刹那の神業。さらにロクサーヌの剣撃が加速する。[連撃加速]によって剣撃が続く度に速さは増して行く。一瞬で元居た浮遊ブロックに彼女が到達した時には、宙に浮く残りのゴーレム騎士達の半数がバラバラに切断されていた。

 

 

「相変わらずの凄まじい剣技だな」

 

 

 ロクサーヌの神業を目の当たりにし、彼女の強さと頼もしさを改めて痛感したシン。そんな彼に迫って来る残りのゴーレム騎士達。

 

 それを見たシンはニヤッと口角を上げ、浮遊ブロックの側面に突き刺した刀剣を抜き、それを腰に納めた。そして延鎖を自在に操り、自身の体をそこから数メートル先に上昇させ、鎖を一塊りになって迫って来るゴーレム騎士達に向けて射出した。

 

 唸るように伸びた延鎖が複数体のゴーレム騎士をグルグル巻きでまとめて拘束する。しかし延鎖に拘束力は極めて低い。すぐに抜け出そうとゴーレム騎士達が踠く。

 

 

「そんな暇は与え無いーーーバウキス、大剣」

 

 

 バウキスの異袋から大剣の柄が出てくると、シンがそれを引き抜く。引き抜いた大剣の名前はまだ無い。敢えて名前を付けるなら“ドラゴンこ○し”と、今はしておこう。あ、“バス○ーソード”でもいいかもね。

 

 “仮称ドラゴンこ○し”(バ○ターソード)を振り下ろす様に引き抜いたシン。その勢いに身を任せ、シンの体は前転を繰り返し、高速回転する。大剣を持ったまま回転するシンの姿は、まるで落下してくる巨大な回転刃。

 

 巨大回転刃と化したシンは、そのまま一塊りになったゴーレム騎士達を力任せに叩き落とした。回転の勢いと[豪腕]と身体強化八倍が合わさった剣打は、ゴーレム騎士達をまとめて暗い下方の底に落ちて行った。

 

 そして落下して行くシンは、延鎖を操り、ロクサーヌが居る浮遊ブロックに着地する。鎖は再びシンの左腕に巻き直され、右手に持った大剣を肩に担いだシンは周りを見渡す。

 

 

「まだちらほら残ってるな。まっ、モノの数じゃ無いが」

 

「シン様はレオニスの所に向かってください。ここは私一人で大丈夫です」

 

「いや..........どうやらその必要は無さそうだ」

 

 

 シンが言葉を口にしたと同時に、物凄い勢いで下から何かが通り過ぎて行った。巨大ミレディゴーレムだ。巨大ミレディゴーレムは頭上に浮遊するブロックに衝突し、その衝撃で頭部に光る目が一瞬だけ明滅する。そして一瞬だけ浮遊する力が途切れ、力無く落下しそうになったが、「くッ......!」と苦悶の声を漏らして何とかその場に留まった。

 

 

「ほんとなんなのーッ!? あんな怪獣、あの子から聞いて無いんだけどぉ!!」

 

 

 巨大ミレディゴーレムの至るところがボロボロになっている。フレイル型のモーニングスターは紛失しており、片腕ももぎ取られ、頭部も半分抉られていた。シンの[鑑識]で巨大ミレディゴーレムの甲冑にはアザンチウム鉱石が使用させれていることが分かった。この世界で最高硬度を誇る鉱石、それを惜しげもなく大量に使用し作られた甲冑を、いとも容易くボコボコにするレオニス。この世界で一番敵に回してはいけないのは、赤獅子なのかもしれない。

 

 そして愚痴を溢すミレディの視線の先にはレオニスが居た。レオニスは自分で吹き飛ばした巨大ミレディゴーレムを追って、シンとロクサーヌの所に戻って来た。と言っても二人が立っている場所に足を付けたわけでは無く、浮遊ブロックに手を掛け、ぶら下がっている。

 

 赤獅子レオニスが浮遊ブロックの下からひょっこりと大きな顔を出した。

 

 

「まだ終わってなかったんだな」

 

「意外とあのゴーレムが頑丈でな。それに流石はミレディ・ライセンと言ったところか、解放者を名乗るだけあって中々しぶとい。お前達はもう終わったのか?」

 

「粗方片付きました。手を貸しましょうか?」

 

「不要だ。ここでの戦い方もだいぶ慣れた。次で仕留める」

 

 

 ロクサーヌの提言にレオニスは不要だと、自信たっぷりに答えた。どうやらレオニスはこの短い時間の間に少ない足場での戦い方をマスターしたらしい。流石、戦闘民族。

 

 下から獲物を見つめるレオニスの鋭い眼光に「ひぇっ」とミレディが声を漏らす。どうやらミレディもこの短い時間の間に赤獅子に迫られる恐怖が染み付いてらしい。その気持ちはよくわかると、シンは内心ミレディに同情した。

 

 

「け、けど! いくらなんでもここまでは登って来られないでしょ? さっきみたいに足場が無ければ、跳躍することも出来ないよねー? や、やーいやーい!ここまで来れるものなら、来てみなさいよねー!」

 

 

 ミレディ、ここぞとばかりに挑発。しかし後半から声が震えいるあたり、頑張って虚勢を張っている様だ。可哀想に.......何が可哀想かって?そんなものは決まっている。ミレディの見立てが甘いことと、その虚勢がすぐに崩壊する事がだ。

 

 ミレディの挑発に敢えて乗ったレオニスがシン達が乗っている浮遊ブロックから手を離し、落ちて行く。しかし、その途中で左右にあった浮遊ブロックに手を掛けると、レオニスは巨体を前後に揺らし伸身を大きく振りかぶって、勢いよく上に飛んだ。飛ぶ途中にある浮遊ブロックを取手にし、さらに駆け上がり、また浮遊ブロックを掴み立体的に飛んで行く。

 

 

「..............もうターザ○じゃん」

 

「はい?」

 

 

 そんなレオニスを見てシンが思い浮かべたのはディ○ニーのアニメ映画ター○ンだった。レオニスとってここはジャングルなのかもしれない。

 

 昔を懐かしむシンの感想とは違い、奇怪な動きで自身に迫る巨獣を見たミレディは只々恐怖のあまり絶叫していた。

 

 

「もうヤダぁぁーーーッ!!」

 

 

 ミレディが浮遊ブロックを遠隔で操り、レオニスにぶつけようとする。しかしそれすら取手にして迫って来る。そしてミレディの居る空域に余裕で駆け上がったレオニスは、拳を振り抜いた。

 

 半分しか残っていない巨大ミレディゴーレムの頭部にレオニスの拳が迫る。だが巨大ミレディゴーレムも「なんのそのぉぉッ!」と負けじと気合で拳を突き出す。レオニスの右拳と巨大ミレディゴーレムの左拳がお互いの顔面にヒット。

 

 

「「く、クロスカウンターッ......!?」」

 

 

 交差する二人の拳。しかし圧倒的にパワーで優っているレオニスに軍配が上がる。

 

 

「落ちろぉ!」

 

 

 強引に振り抜いたレオニスの拳が巨大ミレディゴーレムの顔半分すら砕き抜き、殴り落とした。落下する巨大ミレディゴーレムはその先にあった幾つかの浮遊ブロックに巨体をぶつけながら落ちて行く。

 

 それでもまだ巨大ミレディゴーレムは落下の勢いを殺し、体勢を立て直した。

 

 

「凄いな。まだ動けるのか」

 

「レオニス相手にここまで追い縋るなんて、やっぱり解放者というのは只者ではありませんね」

 

 

 シンとロクサーヌは素直に巨大ミレディゴーレムを賞賛した。性能と言うべきだろうか、それともミレディのゴーレムを操る技量?どちらにせよレオニス相手にここまでやり合えるとは.........ミレディ・ライセン、やはり侮れない相手である。

 

 

「(ゴーレム達はとっくにやられてるか。あの狼人族の剣士ちゃんもかなりのやり手みたいだねっ!.......... ていうか、この魔物一体なんなのッ!?そもそも本当に魔物なの!?こんな魔物、オーくんの大迷宮のヒュドラすら凌駕する力でしょッ?!)ーーーーーーこうなったらッ!」

 

 

 巨大ミレディゴーレムがその空域から離脱し、レオニス、そしてシンとロクサーヌから距離を取った。ミレディを追いかけようとするレオニス、しかし行動を起こす前にそれは起きた。

 

 

「君達の本気を見習って、私も〝本気〟で君達を試させてもらうからねッ!!」

 

 

 ミレディのそんな言葉が聞こえて来たと思った矢先、天井に敷き詰められた数百、数千、或いはそれ以上の数のブロックがシン達に向かって落ちて来た。それだけでは終わらない。壁面にも密集していたブロックすら天井にかき集め、無数の隕石群の様に降らせて来た。

 

 この数は流石にヤバい。

 

 いくらレオニスと言えど、この数を捌き切るのは不可能だ。ロクサーヌとてそれは同じ。

 

 レオニスが咄嗟にシンとロクサーヌを庇う為、自身の巨体を盾にする。それではレオニスがボロボロになってしまう。

 

 

「バウキス!魔力タンク、ありったけだッ!」

 

 

 シンが咄嗟にそう叫び、両掌を合掌させる。そこに口を大きく開けたバウキスがシンの両手を丸呑みした。そしてバウキスがシンの両手を吐き出した時、その両手の十指には同じ形の指輪が一つの指に三個、嵌め込まれていた。

 

 バウキスの異袋に直接手を突っ込み、指輪を着装させたのだ。その指輪はロバートが用意していた指輪型の魔力タンク、一つの指輪に膨大な魔力が貯蔵されている。

 

 それを全指に付けれるだけ付け、シンは全霊をかけて[力魔法]を発動させた。

 

 

「ぐォ重ッ!?ぐぐぐッ..........魔力がッ..........くッ、ゴリゴリ、削られるッ..........!!」

 

 

 空を支えるように広げた両手が、その重さで腰元まで落ち、思わずシンは中腰になってしまう。

 

 降って来る無数のブロックの勢いが落ちる。だが、まだまだ降って来るブロックはあり、完全に止めることは出来ていない。力魔法の網目から溢れ落ちて来るブロックをレオニスとロクサーヌが対処している。

 

 魔力タンクである指輪が二つ砕けた。

 

 シンの[力魔法]は積み重ねた修練のおかげで、消費する魔力がかなり抑えられている。しかし現状、ライセン大迷宮内においては、適切化された魔力消費が意味を成さない程にどんどん魔力が削られて行く。一個の落下して来るブロックを支えるだけで普段の十倍魔力を持って行かれる。

 

 また魔力タンクの指輪が二つ砕けた。

 

 [英傑試練]も発動しているというのにこの始末。これでは幾ら魔力が有っても意味が無い。

 

 さらに魔力タンクの指輪が二つ砕けた。

 

 なら、どうするべきか。決まっている“限界を越える”しか無い..............!!

 

 

「こんのォォォォッ!ーーー〝限界突破〟ッ!」

 

 

 魔力による強化。自身の膂力や耐久力を三倍に引き上げる技能だが、それは外側から体を補強するような物なので魔力分解の対象である。しかし、外側が分解されても内側は別。限界突破で引き上げられた知覚能力や処理能力が、より[力魔法]発動に必要な魔力消費を最適化して行く。さらに[瞬光]で思考速度が加速し、その派生である[並列思考]や[空間掌握]が[限界突破]発動によってさらに極まったものになる。

 

 指輪が九つ砕けた、残り十五。

 

 

「ふんぬゥゥゥオオオーーッ!!!」

 

「う、嘘でしょ....................ッ!?」

 

 

 ミレディが目の前の光景を目にし、驚愕に満ちた呟きを漏らした。

 

 シンは今度こそ完全に()()のブロックを停止させた。パキパキパキパキッと次々に指輪が砕けて行く。この状態もそう長くは持たない。

 

 それを察したレオニスとロクサーヌの行動は早かった。

 

 

「私が撹乱します!レオニスはトドメをッ!」

 

「言われなくてもそうするつもりだッ!」

 

 

 ダンッ!と一人と一体がシンが受け止めているブロックの隙間を縫って巨大ミレディゴーレムに向かって行く。そして先に巨大ミレディゴーレムに辿り着いたのはロクサーヌだった。

 

 

「もちろん君が来ることもわかってたよぉ!」

 

 

 巨大ミレディゴーレムの左拳がロクサーヌを迫っていた。しかし、ロクサーヌはそれをヒラリと躱し、巨大ミレディゴーレムの腕を駆け抜け胸部を目指す。そこにゴーレムの核があると見抜いたからだ。

 

 そうはさせまいと巨大ミレディゴーレムがその巨体を震わせ、ロクサーヌを振り落とす。

 

 しかし、尚も食らいついてくるロクサーヌ。魔猪戦の時より劣るが、眷属器の能力で強化された肉体能力で浮遊ブロックの側面を蹴り、巨大ミレディゴーレムを撹乱する。

 

 そんなロクサーヌを相手にしながらミレディは、ふとこの場にいないもう一人の存在を思い出した。

 

 

(そういえば、さっきの怪獣はどこ行ったの.......!)

 

 

 “あれだけの巨体が近づいて来るならすぐに分かるはず”、そう考えたミレディは初めて見た赤獅子の姿が衝撃的過ぎて、重要な事を一つ忘れている。

 

 レオニスは最初、人間の姿であった事を。

 

 それを思い出したミレディが、気配を探った時にはもう遅い。

 

 [人化]状態のレオニスが、物凄い勢いで上空から落下し飛び蹴りの構えを取っている。レオニスは再度[人化]をし、シンが受け止めている浮遊ブロックの影に紛れて上空へと駆け上がると、天井から一気に落下して来たのだ。さらに、一瞬だがシンの[力魔法]がその勢いを後押ししてくれている。今のレオニスはまるで赤熱し降って来る小さな隕石の様だった。

 

 この距離、このタイミングでは、巨大ミレディゴーレムは回避する事は不可能。

 

 咄嗟に防御体勢を取ろうとするも間に合わず、レオニスのイ○ズマキック(ライダーキック)が巨大ミレディゴーレムの胸部を貫き、核を破壊した。

 

 

「デタラメだよ.....ほんと.........」

 

 

 そう言って力尽きた巨大ミレディゴーレムが、背中から浮遊ブロックの一つに落ちた。

 

 それを見届けたシンは力魔法の効果範囲を自分の上空だけに絞り、それ以外は全て解除した。途端、止まっていた浮遊ブロックがシンに向かって一斉に降り注いで来るが、[力魔法]の簡易的な結界に守られているシンとバウキスは落ちて来たブロックに一切傷付けられる事なくやり過ごした。漸くそれが治ったタイミングで最後の指輪が砕け散り、魔力もほぼスッカラカン。

 

 途轍もない疲労感と頭痛に吐き気すら感じ始めたシン。するとそこにレオニスがやって来た。

 

 

「立てるか、シン?」

 

「ぁぁぁ〜、疲れたよぉ〜」

 

 

 シンの疲れ具合に覚えたがあるレオニス。今のシンはまるで、自分の父であるレグルスとの特訓後の姿によく似ていた。というより、そのまんまである。

 

 

「はぁ、仕方ないな。ほら、シン。俺の背に乗れ」

 

「ぅぅ〜、助かる..........おぇ、あんまり揺らすなよ?まじで吐きそうだから」

 

「善処するが、俺の背中に吐いたら放り投げるぞ?」

 

「ひでぇ..............」

 

 

 そんなやり取りをする二人は、墜落した巨大ミレディゴーレムのところで待機しているロクサーヌの元に飛んで行った。

 

 途中マジで吐きかけたシンを本気で振り落とそうとしたレオニス。そんな彼を「薄情者めぇ......おぇ」と罵り、最後の力を振り絞ってレオニスにしがみつくシン。シンに巻き込まれて自分も振り落とされるのはごめんだと、レオニスの体に巻き付くバウキス。そんなやり取りをしていた時、レオニスの耳飾りとシンの短剣に繋がりが生まれた。

 

 それは眷属の種。

 

 その事に気づく事も無く二人はロクサーヌの元に漸く辿り着き、ロクサーヌは回収したシンを優しく介抱したのだった。

 




というわけで今回は巨大ミレディゴーレムとの一戦でした。ちょっとしたレオニスの活躍回です。


補足


『登場したアーティファクト』

「延鎖バウキス」
・縛鎖フィレモンの対となるロバート製作の鎖型アーティファクト。縛鎖より細く長い鎖で、その長さは二十メートルを優に越える。一方の端には蛇の頭を模した金属の装飾、もう一方の端には細いフックが付いている。僅かな魔力で自由に操作できる鎖で、蛇の頭を模した装飾が口のように開閉し、カミツキギミックがある。拘束力は極めて低く、頑丈性も縛鎖に比べたら低い。このアーティファクトは『いかに魔力消費を抑えられるか』を追求し製作された物。使用者の肌に鎖が触れてさえいれば自由に扱える。

 
「ドラゴンこ◯し」または「バ○ターソード」
・シンの気分次第で名前がコロコロ変わる大剣。割と使い勝手いい大剣で、敵を纏めてぶった斬りたい時には超便利。
『それはFFと言うにはあまりにも進化しすぎていた。3とか4とかあれくらいのファンタジーが好きだった』


『登場した技能』


「限界突破」
・原作“ありふれた職業で世界最強”に登場する自己強化技能。身体能力を三倍に引き上げる強化外骨格みたいな技能。魔力の分解作用が働くライセン大迷宮ではその恩恵を十全には受けられないが、知覚能力、思考能力、反射速度と言った内部で完結する強化なら魔力分解の対象にはならない。


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攻略後の珍事

 

 巨大ミレディゴーレムを倒し、シンがロクサーヌの膝枕で英気を養い復活した後、三人は自分達の元に移動して来た浮遊ブロックに乗り、ライセン大迷宮最後の部屋に入った。

 

 その部屋の中にはポツンと一つの人影があり、子供の様な小さな背中を丸め、哀愁漂う姿で体育座りをしていた。

 

 それが誰なのかはすぐにわかった。

 

 

「ぅぅ〜、あんなの反則だよぉ〜。みんなぁ、ミレディちゃんこれからやっていける自信ないよぉ〜..........」

 

 

 見るからに落ち込んだ様子のミレディ・ライセンが膝を抱えていた。

 

 先程の巨大ゴーレム騎士の姿とは異なり、今のミレディの姿は子供程度の大きさしかないゴーレムで、一枚布のローブを身に纏い、顔にはニコちゃんマークの白い仮面を付けている。

 

 シン達は特に驚いた様子も無く、そんなミレディに視線を向けていた。

 

 巨大ミレディゴーレムとの戦いの後、力尽きた巨大ミレディゴーレムが何の反応も示さなくなったので、最初は “もはや話す事すら出来ないぐらいに壊してしまったのか?” と疑ったレオニスとロクサーヌ。しかし、ロクサーヌに膝枕されていたシンが「どうせ最深部の部屋で待ってるから気にするな」と一声掛け、いざその部屋にやって来てみればシンの言う通りだった。

 

 (もっと)も、ミレディが落ち込んでいるとは予想外だったが。  

 

 そんなミレディを見てレオニスが追い討ちする様に声を掛けた。

 

 

「力を示せって言ったのはそっちだろ?」

 

「そうだけどぉ! そうなんだけどぉっ! もう何なの君達! 魔法が使えない筈なのに落としたブロックが全部止められるし、そこの狼人族の子なんて動くの早過ぎでしょッ!? というより、一番納得いかないのはーーーー君だよ君ッ!」

 

 

 そう言いながらミレディがビシッ!と指を指した先にいたのはレオニスだった。

 

 

「君は一体何者なのッ?! あんな魔物見た事ないし、どうして人間の姿をしてるのよぉっ! そもそもあんなに強いとかミレディちゃん聞いてないよーーっ!もうもうもうっ!」

 

 

 駄々っ子みたいに地面に寝転がってバタバタするミレディ。

 

 

(ーーーーふむ。ミレディの様子からして、レオニスの事はヴィーネから聞かされていなかったみたいだな。わざと伝えていなかったのか?..............或いは予言の力でレオニスを確認出来なかった、のか.........?)

 

 

 益々ヴィーネの力について疑問を深めるシン。しかしこうして考えていても埒が明かないため、一先ずシンはこの駄々っ子を落ち着かせる事を決め、赤獅子の事や、何故レオニスが人間の姿をしているのかを一から説明した。

 

 

「..........なるほどね。まさかそんな魔物が居たなんて..........出来る事なら私達が生きてた時に出会いたかったよ..........」

 

「仕方ないさ。癪な言い方だろうが、エヒトの目すら欺く大陸だ。この大陸とは真反対に位置するカタルゴ大陸は早々見つけられる場所じゃない。ロンさんも言っていたが、赤獅子と出会えたのは奇跡に等しい幸運なんだ」

 

「..........そうだよね。そもそも私達も、そんなところがあるなんて知らなかったんだし、この時代に出会えただけでも幸運だったんだよね」

 

 

 納得している様子のミレディだが、小さな体の彼女は明らかに気を落としていた。

 

 

「....................確かに君達が生きていた時代に赤獅子達と出会っていれば、何かが変わっていたかもしれない。逆に変わらなかったかもしれない..........けど、君達がやって来たことが赤獅子の存在一つで全て変わるわけじゃ無いだろ?それでは君達解放者の行いが無駄みたいじゃないか」

 

「..........シンおじちゃん」

 

「今更だけどそのおじちゃん呼び、やめてくれないか? こう見えて俺はまだ十七なんだぞ?」

 

「そうだよね。確かにシンおじちゃんの言う通りだよ」

 

「話聞いてたか?」 

 

「うん! ミレディちゃん、もうクヨクヨしないよっ! 今は私達がやって来たことが無駄じゃ無いって事を証明しなくちゃだもんね! じゃあ約束通り、シンおじちゃんにはちゃんと他の大迷宮の在処とか伝えるねっ!」  

 

「オーケー、わざとだな。話を聞かない子にはお尻ペンペンだ。君が泣くまで叩くのをやめないからな」

 

 

 わからずやな子にはお仕置きが鉄則。地球にいた頃もよくチビ達のお尻を叩いていたシンは、そう施設のおばちゃんに教わっている。

 

 本気でミレディ(ミニゴーレム)の尻を叩こうとするシンを何とか止めるロクサーヌとレオニス。そんな三人を見てミレディが「プークスクス」とわざとらしく嘲笑していた。だが結局ミレディはシンに尻を叩かれた。ゴーレムのボディなのに何故かお尻がヒリヒリするミレディは、レオニスに対する恐怖とは別の意味でシンを恐れたのだった。

 

 その後、ゴーレムボディのお尻をさすりながらミレディは残りの大迷宮の在処を話してくれた。西の海にある海底遺跡、聖教教会の総本山である神山、ハルツィナ樹海にある大樹の大迷宮を。グリューエン大火山とオルクス大迷宮はすでに知っているので以下省略。

 

 

「ここからですとグリューエン大火山より、樹海の大迷宮の方が近いですね」

 

「立て続けの挑戦にはなるが、先にそっちを目指すか?」

 

「う〜ん..........」

 

「あ、そうそう!あの子から一つ伝言を預かってるんだった!」

 

 

 ロクサーヌとレオニスの言う通りここからだと樹海の方が近い。グリューエン大火山より先にそっちを目指すべきかとシンが考えていた時、ミレディが気になるワードを口にした。

 

 

「伝言..........?」

 

「うんうん! 『私に会いたいなら樹海より先に大火山を目指せ』、だってさ!」

 

「..........っ、試すような言い方ですね、その伝言」

 

「実際俺達を試しているのだろう、見え透いた誘導であるのは間違いない。正直俺はそのヴィーネとやらが信用出来ないのだが..........どうする、シン?」

 

 

 伝言の内容に不満を漏らすロクサーヌとレオニスの視線がシンに集まる。ミレディもシンがどう判断するのか見守っていた。

 

 そんな中、シンは躊躇うこと無く、笑って答えた。

 

 

「行くさ、大火山」

 

「正気か? その女の伝言通り会えるとは限らないぞ?元々グリューエン大火山には行く予定だったんだ、なら樹海の大迷宮に行った後でも構わないだろ?」

 

「かもな。でも、あのヴィーネがそんな事も考慮せず、ただ俺達を誘うとは思えない。ロンさんが信じた相手だぜ?きっと何か理由がある。まっ、その理由がなんなのかはさっぱりだがな!」

 

 

 最後に肩をすくめ微笑しながら、シンはそう言い切った。

 

 

「シン様がそこまで言うなら私はそれに従います。それに、私も師匠が信じた相手を信じるのはやぶさかではありませんし」

 

「..........はぁ〜、お前がそう言うならそれで構わんよ。ヴィーネの事は信じれないが、俺はお前の進む道を信じて進むまでだ」

 

 

 なんだかんだでシンの判断を了承した二人。そんな二人に対してシンは申し訳程度に細く笑んだ。

 

 

「というわけでミレディ、俺達はグリューエン大火山に向かう。これでいいんだろ?」

 

「うんうん! そう来なくっちゃね♪ なら早いとこ神代魔法も渡しちゃおうか!」

 

 

 その後、部屋の中心に浮かび上がった魔法陣の中に入ったシン達は、神代魔法の一つ“重力魔法”を手に入れた。

 

 

「あらぁ〜、怪物くんと狼人族の君は適性無いね。もう全然無いね」

 

 

 ミレディの言葉にロクサーヌがガクッと肩を落とし、レオニスは「誰が怪物くんだ!誰がっ!」と呼び方に物申した。

 

 ロクサーヌは重力魔法の適性が無いことがかなりショックならしく、いつも以上に尻尾が垂れ下がっている。そんな彼女の頭を優しく撫でて励ますシン。少し尻尾が跳ねた気がした。レオニスは元々魔法が使えるとは思っていなかったので、気にしている様子は全く無い。

 

 

「シンおじ、「ギロ.....」........ゴホンッ、君は適性バッチリだねー! 修練すれば使える様になるよ! あ、でも元々君には似た様な魔法があるからあんまり必要ないかもね!」

 

 

 またシンをおじちゃん呼びしようとしたので、“まだ尻を叩かれたいか?”という意の視線をシンがミレディに向けると素直に訂正した。よっぽどお尻ペンペンが効いたらしい。それはそうだろう。肉体を失っても生きて来た年数は圧倒的にミレディが上。だというのに何千歳と歳下の青年に尻を叩かれるというのは、流石のミレディも遠慮したいのだろう。

 

 

「そうかもしれないが使えるに越したことは無い。せっかく貰った力だ、ありがたく使わせてもらうよ」

 

「いい心掛けだね♪ はい、これが攻略の証だよ!」

 

 

 ミレディがローブの中をゴソゴソと漁って取り出したのは、ライセン大迷宮の紋章が入った指輪だった。

 

 

「ん、確かに受け取った。それじゃあ話の続きをしようかミレディ・ライセン。君達が現状知り得ている敵戦力についてなるべく詳細に教えて欲しい。どういった能力を使うのか、何故解放者達が神殺しに到達出来なかったのか、出来れ限りで構わないから教えて欲しい」

 

 

 シンはミレディから受け取った指輪をバウキスの異袋に収納し、ミレディに要求した。その要求を聞いたミレディは少し驚いた様子でシンの顔を無言で見つめていた。

 

 

「どうした、ミレディ?ゴーレムボディの調子でも悪いのか?」

 

「え?あ、ああ......ううん、なんでも無いよ〜.........ほんとにあのクソッタレをヤるつもりなんだなぁ〜って思ってさ」

 

「当たり前だろ?それが出来なきゃ俺の夢が叶わないんだから」

 

「..........へへ、そうだよね。君の夢は王様になることなんだもんね!それじゃあ先ず、君達がどこまで知ってるのか教えてくれないかな?」

 

「わかったーーーー」

 

 

 そうしてシン、ロクサーヌ、レオニス、ミレディの四名は情報の共有を始めた。シンが知り得ている情報にミレディが補足する様に言葉を交え、さらにロクサーヌやレオニスが疑問に思った事を質問し、それにミレディは答えた。

 

 ミレディの話の中にはシン達が知っている事も多分に含まれていたが、それでも有益な情報交換が出来たのだった。

 

 話始めてから数十分が経過。

 

 

「ーーーー私が知ってるのはこれぐらいかな。他に何か質問とかある?」

 

「いや、今のところは無い。あとは自分達で直接確かめてみるつもりだ」

 

「そっか。気をつけてね、アイツらほんとに油断ならないから」

 

「ああ、心得た。ーーーところでミレディ。この大迷宮にはショートカットみたいな物はあるのか?出来ればここから一番近い街に出たいのだが........」

 

「あるよぉ! しかも君の要望通り、街の近くに出られるとびっきりの奴がね♪」

 

 

 ミレディの言葉を聞いてシンとロクサーヌ、レオニスが「おぉ〜」と感心した様子の声を漏らした。それに対してミレディが「えっへん!」と胸を張っている。

 

 

「君達さえ良ければそれを使おうと思ってたんだけど、どうする?」

 

 

 ミレディの問いにシン達はお互いの顔を見合い、小さく頷くと“やってくれ”とミレディに視線で伝えた。しかし、残念ながらシン達が期待している様な展開にはならないのが、このライセン大迷宮なのである。

 

 

「そっかそっか〜。そんなにやって欲しいなら遠慮無くやらせてもらうね♪ーーーーえい☆」

 

 

 いつの間にか天井から垂れ下がって来た紐をミレディが引っ張ると..........

 

..........ウィーーーーン、ガゴーンッ!

 

 ミレディの部屋の天井が開け放たれ、谷底から地上に繋がる大きな穴が現れた。穴の先には小さく外の空が見える。

 

 この感じ、氷雪洞窟の時の様に何かの背に乗って飛ぶのかな?そんな淡い期待はすぐに崩れて去ることになる。

 

..............ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ズドンッ

 

 今度はシン達が立っていた部屋の中央部分が降下し、途中で止まった。

 

 

「というわけでカウントダウン行くよぉ〜♪」

 

「え?カウントダウンって..............」

 

「何が始まるんだ?」

 

 

 (スリー).........どこからか、妙に発音が良い男の声が聞こえた。

 

 ミレディの言葉に疑問符を浮かべるロクサーヌとレオニス。一方、次に起こる事を一人理解したシンは、無言でロクサーヌの腰を抱き寄せ、レオニスの肩に腕を回した。シンの行動によってさらに疑問符を浮かべる二人。益々訳がわからないと言った様子だ。

 

 (トゥー)..........シンも一緒にカウントダウンを口にし出した。

 

 

「さっきボコボコにされたお返しに、射出速度高めに設定しておいたから♪」

 

「「..........射出、速度??」」  

 

 

 ミレディが部屋の中央に開いた穴から顔を覗かせてそんな事を口にした。

 

 

「すまんな、お前達。俺の魔力はもうカラだ。諦めて一緒に空の旅を楽しもうじゃないか」

 

 

 (ワーン)..........“空” “射出”という二つの単語で、ロクサーヌとレオニスが漸くミレディの意図に気づき、顔を覗かせているミレディをバッ!と見上げた。

 

 

「というわけでぇ〜、応援してるから頑張ってね☆」

 

「「ミレディィィッ!!」」

 

 

 (ゼェロォ)..........降下したシン達の足元の床が天井に開いた穴に向かって、物凄い勢いで上昇!

 

 そのまま三人は勢いよく外の空に射出、いや放り出された。

 

 そしてシン達はそのまま空の彼方に飛んで行ったのだった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

side:愛ちゃん護衛隊(勝気な少女)

 

 

 

 要の訃報を受け、一度は失意に心を沈ませた、〝それでも!〟と立ち上がった優花。あれから二ヶ月近くが経過した。

 

 彼女は友人の宮崎奈々と菅原妙子、そしてクラスメイトの玉井淳史、清水幸利と共に“愛ちゃん先生”こと畑山愛子の農地開拓・改善に同行した。

 

 何故優花が愛子の農地開拓・改善の旅に同行したのか。

 

 一つは愛子を護衛するため。そしてもう一つは要 進の捜索のためである。

 

 村々を回り農地開拓・改善をする為に愛子が聖教教会の神殿騎士数名と共に旅に出ると耳にした優花。その神殿騎士は全員がイケメンだと言うじゃないか。完全に愛子を色仕掛けで教会に取り込もうという意思が感じ取れる。それを阻止するため、そして純粋に愛子を守りたいという意思で優花達は立ち上がった。戦争に参加する自信や勇気は無い、けどそんな自分達でも愛子の護衛だけは立派に果たしてみせる!という気概で優花達は愛子に同行した。

 

 そしてもう一つ、優花はある目的があった。それは先述の通り、要の捜索である。要は死んだことにされているが、確実な物的証拠が何一つ無い。なら、要はまだ生きていると彼を信じた優花は雫や香織にも協力をお願いして手がかりを探ることにした。

 

 その事は愛子に伝えてある。優花がそれを愛子に伝えた時、愛子は複雑そうな面持ちであったが、彼女の意思を否定しなかった。玉井と清水にも一応伝えてはいるが、「現実を見ろ」と再三忠告をされた。それでも優花は自分の意思を曲げず、訪れた村や街で捜索を続けた。

 

 その結果、優花はブルックの街で“ある物”を見つけた。

 

 それは要の制服だった。

 

 あの日、要が王都を追放されホルアドに向かう馬車に積み込んだ要の荷物の一つである。

 

 偶々ブルックの露店で見つかった要の制服。一式ちゃんと揃ってはいるが、かなり傷んでおり、ブレザーやズボンには所々穴が空き焦げ跡も付いている。“よくこれで残っていたな”と思えるぐらいにはボロボロだ。

 

 そんなボロボロの制服を優花は、馬車に揺られながら大事そうに膝の上に置いき、これを見つけた玉井に改めて礼を言う。

 

 

「玉井、見つけてくれてありがとね」

 

「気にすんなって。見つけたのはほんと偶々だからよ」

 

 

 玉井の言う通り、要の制服を見つけたのは偶然であった。偶々通りすがった露店で馴染みのある服が売られていたので、もしやと思いよく見たところ、それが要の制服だけで見つけることが出来たのは本当に偶然なのだ。露店の店主曰く、捨てられていた物を漁って金目になりそうだと思ったから拾ったそうだ。

 

 それ以上の有力な情報は得られなかったが、要の私物を見つけられたのは幸運だった。

 

 

「ううん、それでもありがとう。やっぱり、何か見つかってくれるだけでも気持ちは全然違うからさ」

 

 

 膝の上に乗せた要の制服を優しく撫でながら優花そう言った。

 

 

「要くんの制服、かなりボロボロだけど優花が縫い直すんだよね?」

 

 

 不意に妙子がそんなことを言ってきた。

 

 

「えっ、わ、私が!? 私、裁縫とか得意じゃ無いし..........」

 

「何言ってるのさ優花っち!もし要が戻ってきた時、こんなボロボロの制服を見たらきっと悲しむよー?」

 

「む、確かにそうかもだけど..........」

 

「それに得意じゃなくても良いじゃん! うちのママが言ってたよ?『男は自分に尽くしてくれる女に弱い。所詮男なんてその程度の生き物よ』って!」

 

「前から思ってたけど、奈々のママって男の人に恨みでもあるの?」

 

「まあ、少なくとも良い事はなかったんでしょうね。で、言われてるわよアンタ達。そこんところどうなのよ?」

 

 

 奈々の母親の黒さを以前から知っている妙子と優花が微妙な顔になった。そして優花は男代表として玉井と清水に話を振る。

 

 

「ま、まあ、尽くしてくれる子っていうのは悪く無いかもな、うん。例えばほら、メイドと..........なんでもないっス」

 

「ふーん。とりあえずアンタがメイド好きなのはわかったわ。清水はどうなの?」

 

「..........ノーコメントで」

 

「なっ!清水てめぇ!俺は正直に答えたのに、一人だけずるいぞ!」

 

「こら、ダメですよ玉井くん!人に強要するのはいけないことです!」

 

「あれぇ、これ俺が悪いの.........」

 

「それに玉井くんがメイド好きでも先生は軽蔑なんてしません!趣味は人それぞれですから!」

 

「ぐふっ.........」

 

「愛ちゃん先生、玉井くんにトドメ刺してます」

 

「えぇっ!!」

 

 

 自爆した玉井に巻き込まれまいと言葉を控えた清水。そんな清水を自分と同じところに引き摺り込もうとした玉井を注意した愛子。玉井のメイド好きに理解を示したつまりが、逆にトドメを刺してしまい、愛子はあたふたしていた。

 

 

(あいつも、尽くしてくれる人が好きなのかな..........)

 

 

 別に玉井のメイド好きを参考にしてそう考えたわけではないが、なんとなく〝尽くしてくれる〟という単語で思い当たった人物がいた。八重樫雫だ。美人でスタイルも良く、なんだかんだで面倒見が良い。尽くしてくれるとは少し違うかも知れないが、そういうところに要は惹かれたのではないか?と優花は思い至りーーーー

 

 

(まあ、ボロボロのまま渡すのも申し訳無いし、少しぐらいは治してあげた方が良いよね?)

 

 

ーーーー手元にある要の制服を治すことにした。

 

 すると外で馬車の手綱を引いていた神殿騎士のデビッドが愛子に話しかけてきた。

 

 

「愛子、一度馬を休めさせたいからすぐそこの泉の畔で休憩に入る。構わないか?」

 

「はい、問題ありませんよ」

 

「ありがとう愛子。実はそこの泉は水が物凄く透き通っていて綺麗なのだが、良かったら休憩がてら私と一緒に辺りを散策してみないか?」

 

「良いのですか?では生徒達と一緒に散策をしましょう。デイビットさんが居れば安心ですからね!」

 

「....................あ、ああ。任せておけ、愛子!」

 

 

 さりげなく二人っきりになろうと画策したデビッドだっが、鈍感な愛子はそれがデートのお誘いだと理解出来ず、ナチュラルに回避して見せた。そんな愛子の鈍さに一瞬言葉を失うも、頼りにされているのだと気づき、持ち前のイケメンスマイルを煌めかせて自信たっぷりに頷いた。

 

 愛ちゃん先生こと畑山愛子は現在、複数の男性を虜にしていた。その男達はデビッドを始めとした神殿騎士達である。先程さりげなくデートに誘った神殿騎士であり護衛隊隊長のデビッド、神殿騎士であり副隊長のチェイス、そして近衞騎士のクリスとジェイド、この四名が愛子に惚れ込んでいるのだ。本来愛子を色仕掛けで籠絡する様に言われていた四人が、逆に愛子に堕とされたのだった。

 

 それはさて置き、愛子が優花達に向かって口を開いた。

 

 

「皆さん、先程デビッドさんも言いましたが、次の村に行く前に一度休憩を挟みます。ですので、リフレッシュの為にも綺麗な泉で心を癒しましょうっ!」

 

「先生ー、次の村ってどこでしたっけ?」

 

「玉井もう忘れたの? ブルックを出る前に確認したじゃない!」

 

「そういう園部は覚えてんのかよ?」

 

「当たり前でしょ。カルロー村よ、カルロー村」

 

「確か、王国で有名なお酒の原産地なんだっけ?」

 

 

 妙子の言う通り、今優花達が向かっている村は、王国貴族令嬢達が好んで呑む甘いお酒の原産地〝カルロー村〟。そこで作られるロゼ色のお酒は〝カルローワイン〟と呼ばれているらしい。なんでもその村ではカルローワインの原料である葡萄がここ数年不作が続いているらしく、今年は特に酷いらしい。そこで[作農師]の天職を持つ愛子に白羽の矢が立ったのだ。

 

 

「言っておきますけど、皆さんは未成年なんですからお酒は絶対にダメですからね?」

 

「そんなの言われなくてもわかってるって先生」

 

「わかっているなら良いのです!」

 

「んで、その次はウルの街でしょ?」

 

「休む暇もないよね。でも一応、ウルでの開拓が終わったら王都に帰れるから、この長旅もあともう少しで終わりって事だよね」

 

(お妙の言う通り。それまでに要の情報を少しでも捕まれば良いんだけど...............)

 

 

 カルロー村の次は湖畔の街ウル。そこでの開拓・改善を終えれば王都に真っ直ぐ帰還となる。それまでに何としても要の行方を探れる手掛かりを見つけたいと考えていた優花。

 

 そんな時、外がやけに騒がしくなった。

 

 一体どうしたのだろうか?

 

 すると外に居たチェイスが中に顔を出し、話しかけて来た。

 

 

「皆さんは決して外に出ないでください!」

 

「一体何があったんですか、チェイスさん?」

 

「もしかして魔物?」

 

「いえ、魔物ではありません」

 

「じゃあ、一体.........」

 

「........................変態です」

 

「「「「「はい?」」」」」

 

「外に大変な変態が居ます! 愛子や他の皆さんには目の毒になりますので、中で待っていてください!」

 

 

 そう言ってチェイスが外に戻っていった。

 

 流石に変態と言われても状況が全く理解出来ない愛子達。

 

 馬車の荷台は全面、布で覆われている為外の様子がわからない。なので玉井が馬車の前側の布をチラッと捲る。

 

 

「ちょっと玉井!」

 

「いや、あのチェイスさんが慌てるぐらいの変態だぞ?どんな奴か気になるだろ?」

 

 

 すると外から声が聞こえて来た。

 

 

「なんて格好をしてるんだ貴様っ!」

 

「え?いや、これには深い訳が...........」

 

「言い訳など聞かんっ!」

 

「待ってくれ、こっちも困ってるところなんだ。一度落ち着いて話し合おうじゃないか」

 

「何が話し合おうだッ!股間に葉っぱ一枚の姿など一体どんな神経をしていればそんな格好が出来るんだッ!」

 

「え、割と良い作戦だと思ったんだけどなぁ..............駄目か?」

 

「「「「当たり前だッ!!」」」」

 

 

 なんかコントみたいな会話の内容である。しかし、優花は神殿騎士達と問答をしている相手の男の声に覚えがあった。

 

 その声は以前聞いた物より落ち着きがあり、大人の色香を漂わせているが、根っこの部分は同じである。

 

 

「要..............」

 

 

 そう優花が呟いた時、先に動いたのは愛子だった。

 

 バサッ!と馬車の布を捲り上げ、愛子は荷台から降りた。

 

 

「要くんッ?!」

 

「え? おお、先生じゃないですか!こんなところで一体.......」

 

 

 そう、デビッド達神殿騎士と問答をしていたのは、あの日死んだと思われた要 進だった。腰まで伸びた長い髪はその色が青寄りの青紫に変色しており、体付きも以前よりがっしりしているのが()()()()()

 

 そう()()()()()のだ。以前より断然良い体つきになったということが。

 

 そこで愛子はようやく要の今の姿を認識した。

 

 

「..........要くんッ!?!?な、なななななな、なんて格好してるんですかッ!!!!」

 

 

 愛子に続いて馬車の荷台から降りて来た優花や奈々、そして妙子が要の姿を見て、顔を真っ赤にし全力で明後日の方向を向いた。三人の後から来た玉井と清水は「うわぁ」と声を漏らす。

 

 現在、要は一矢纏わぬ姿で両手を広げ立っていた。そんな彼が身に着けているのは、一枚の大きな葉っぱ。それが股間に張り付いているのだ。それ以外はほぼ全裸である。

 

 

「服を着てくださぁーーいッ!!!!」

 

「いや、だから話を.......」

 

「「「「愛子(さん)に近付くな、この変質者めッ!!」」」」

 

 愛子が必死で懇願の叫びをあげ、理由を説明しようと要が一歩踏み込めば、神殿騎士達が剣を構えた要に一歩踏み込む。

 

 感動の再会となるはずが、何故こうなってしまったのか。

 

 優花は顔を真っ赤にしながら盛大に溜息を吐いたのだった。

 

 





ようやく園部が登場。そして七界の葉王の登場回でした。

今回、ミレディ大迷宮からのショートカットはオリジナルです。ミレディならそう言うのもやりかねないなと思ったので書いてみました。



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過去との再会


私の拙い文章を読んでくださる方々にご報告致します。なんとお気に入り登録者数が500人に到達しました!
今まで誤字報告をしてくださった方々、気軽に感想を送ってくれた方々にも、感謝の言葉を表したいと思います。本当にありがとうございます。
これからも引き続き「ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜」を読んで頂けると幸いです。


はい。というわけで今回も毎度恒例の書き過ぎ案件です。
最近は特に酷い。明瞭で簡潔に、と心掛けておきながらこのザマ。

前回登場した“葉っぱのシン”。元ネタがわからない方は是非「七海の葉王」と調べてみてください。




 

 シンが葉っぱ全裸で園部達と再会する二時間と少し前。

 

 ライセン大迷宮からお空に放り投げられたシン達はブルックから少し離れた泉に向かって落下していた。その際ミレディは三人に重力魔法を掛けていたらしく、泉に着水する直前で一度落下する三人の体が急停止。しかし結局泉に落とされ、シン達はずぶ濡れになったのだった。

 

 落ちた泉の中心からブクブクと泡が立ち、しばらくした後、三人はシンの[力魔法]で水中から飛び出し、泉の畔に着地した。

 

 

「ミレディめ、わざと泉に落しやがったな。次ライセン大迷宮に行った時、迷宮内を壊しまくってやる..........」

 

「ええ。その時は私も手伝います、レオニス..........」

 

「あ〜あ。一番敵に回したくない二人を敵に回したなぁ、ミレディの奴..........」

 

 

 静かに怒りの炎を燃やすレオニスとロクサーヌ。空を飛ぶのは構わないが、泉に落とされた事にはご立腹の様子。そんな二人を横目で見ながら、シンは濡れた服を搾っていた。

 

 その後、濡れた服を乾かすために新しい服に着替えたシン達はブルックに向かう前に長めの休憩を取ることにした。[空間掌握]で自分達が居る場所を把握したシン、どうやらここはブルックから少し離れた西南西に位置する泉のようだ。

 

 そんな泉の畔でシン達は食事を摂る。献立はホロホロ鳥の香草焼きをパンに挟んだバケットサンド、勿論調理したのはロクサーヌ。ホロホロ鳥の肉やパンは魔人族の里で調達した物で、特にパンは〝表大陸〟の物と違い、サクサクでもっちりした食感が堪らない逸品なのである。ちなみに〝表大陸〟とは今シン達が居る大陸、仮称“トータス大陸”の事で、その対となる〝裏大陸〟は“カタルゴ大陸”を指す。ミレディとの話し合いで今後はそう呼ぶことに決まった。

 

 食後は優雅にティータイム、勿論レオニスが大好きな焼き菓子も添えて。その後、体を綺麗にする為にリフレッシュも兼ねた水浴びをすることにした。レオニスとバウキスは木陰で荷物番をしつつ寝るらしいので、水浴びはシンとロクサーヌの二人っきりである。勿論レオニスや通りすがりの誰かにロクサーヌの裸を見られないように認識阻害はバッチリ発動している。

 

 

「水も透き通っていて、程よい水の冷たさが心地良いです!」

 

「....................」

 

「シン様?」

 

 

 開放感あふれる泉の中、生まれたままの姿をしたロクサーヌが水に濡れる。見慣れた姿ではあるが、実に良い!思わずシンの目が釘付けになり、イタズラ心をくすぐられる。

 

 そんなシンの姿を見て、頬に朱色に染めるロクサーヌ。

 

 

「〜〜〜〜///......駄目ですよシン様。外でなんて、その、恥ずかしいです..........///」

 

「わかってるって。認識阻害でレオニス達や他の人に見えないからって、ここでおっ始めるつもりはない」

 

「..........その割には随分と〝元気〟そうですが?」

 

「生理現象だ。ロクサーヌは見慣れてるだろ?」

 

「それは、そうですけど..........」

 

「なんだ?期待してるのか?」

 

「〜〜〜〜〜ッ/// か、揶揄わないでくださいっ!」

 

「照れてるロクサーヌも可愛いなぁ〜」

 

「きゃっ!もぉ〜、シン様っ!」

 

 

 裸でロクサーヌに戯れ付くシン。ロクサーヌの後ろから抱きつき、お互いの肌と肌が密着する。なんだかんだ言いながらロクサーヌはシンの戯れ付きを受け入れ、嬉しそうに笑っていた。そして後ろから抱きついているシンの首に腕を回し、甘い口付けを交わす。

 

 すると泉の奥が何やらボコボコと泡立ち、突然そこから太い水の柱が天に昇った。

 

 何事だ!?とシンとロクサーヌがそこに視線を向けた時、その水柱は弧を描くようにシンとロクサーヌに向かって来た。

 

 シンはすぐにロクサーヌを抱きかかえ、その場から離脱。そしてシン達が先程までイチャついていた場所に大質量の水柱が打ち付けられ、大波を発生させ大量の水飛沫を撒き散らした。

 

 力魔法で水面スレスレに浮遊するシン。そのシンの片腕に抱かれているロクサーヌは局部を晒さないようシンに体を預けていた。

 

 

「魔物? いや、気配は無いから違うな。となると..........」

 

「他者からの魔法攻撃、ですかね。でも認識阻害がかかっているのに正確に私達を狙えるなんて.........」

 

「俺の認識阻害すら看破できる相手ってことになるな。相当な手練れだ」

 

「と言うことは、その..........さっきまでの私達の姿、見られてたんですかね?」

 

「..........その相手の記憶は俺が消す」

 

「..........お願いします」

 

 

 見られた可能性があると思い至ったロクサーヌが恥ずかしそうに俯く。シンは誓った、相手が女ならゼパルの能力で穏便に記憶の抹消を図り、もし男なら物理的に記憶を消し去ろうと。

 

 すると水面がボコボコと泡立ち、再び太い水柱を天に昇らせた。先程とは違い、今度は九本の水柱だ。しかもその水柱はただの水の塊から蛇のような形に成った。

 

 シンはその水の蛇に違和感を感じ、[天眼]と[鑑識]、そして[魔力感知]を同時に発動させ、目の前の九つ首の水蛇を見た。

 

 

(なんだこの歪な魔力は? 明らかに普通の奴じゃないぞ............)

 

 

 自身の技能で認識した魔力にとてつもない違和感を覚えたシン。人でも無い、魔人でも無い、ましてや亜人でも魔物でも無い奇怪な魔力の波長。だが何処となく覚えがある。それはかつてシンが戦ったアリエルに酷似しており、自身の魔力とも似ていた。

 

 シンが思考を巡らせていると、九つ首の水蛇が再度シン達に襲い掛かろうと迫った。だが、そこに割って入って来た赤獅子姿のレオニスが爪を振り下ろし、水蛇の九つの顔を一気に弾き飛ばした。

 

 

「悪いシン、寝坊した..........それでこの状況は一体どう言う事だ?」

 

「さあな。突然襲いかかって来たから、俺達もまだ状況を掴めていない」

 

 

 レオニスが弾き飛ばしたはずの水蛇の首が再生してすぐにシン達に襲い掛かる。その度にレオニスがその巨体から繰り出す殴打や引っ掻き攻撃で水の塊を散らしていく。

 

 

「シン様、辺りにこの魔法を操っている人は?」

 

「それがさっきから探してるんだが全く反応が無いんだ。気配や魔力も全く感知できないし、[天眼]の俯瞰視野でも見当たらない。どうなってんだ..........」

 

 

 シン達を襲う水の蛇を操る魔法、それを行使している相手が全く見つからず、もしかするとアリエルと同等の存在かもしれないと言う推測からシンは内心焦っていた。

 

 しかし、それは杞憂で終わった。

 

 唐突に水蛇達が崩れ去り、泉の水面を波立てながら跡形もなく消え去ったのだ。

 

 歪な魔力は消え去り、元の穏やかな泉に戻った。

 

 

「なんだったんだ、今のは?..........シン、相手は見つかったか?」

 

「いや、駄目だ。尻尾は掴ませてもらえなかった」 

 

「シン様、一先ず私達は服を着て武装を整えましょう。また襲われないとは限りませんし」

 

「..........そうだな」

 

「シン、俺は一応辺りを調べてくる。俺の鼻と足なら何か掴めるかもしれん」

 

「わかった。だがあまり遠くには行くな。何かあったらすぐに合図を出してくれ」

 

 

 そう言ってシンはレオニスに[認識阻害]を施し、レオニスはすぐにその場から駆けて行った。

 

 そしてシンとロクサーヌが泉の畔に降り立ち、荷物を置いていたところに戻るとーーーー

 

 

「「....................うそ」」

 

 

ーーーー荷物がどこにも無かった。

 

 乾かしていた服も、さっきまで着ていた替え着も、武器も全てが消えていたのだ。

 

 

「まさか..........盗まれた?」

 

「ですが先程までレオニスとバウキスが荷物番をしていたはずです」

 

「っ、バウキスはっ?」

 

「..............見当たりません、ね」

 

 

 バウキスも荷物と同様に姿をくらませた。非常に不味い事が起きた。現在シンとロクサーヌは素っ裸、替えの服も無ければ、身を隠せる布切れ一枚無い。

 

 幸いシンの金属器とロクサーヌの眷属器はバウキスの異袋の中だ。バウキスが用心の為にと、異袋に収納していたのを水浴びに行く前に見ている。バウキスさえ戻ってくれば武装も服も元通りだ。

 

 しかし、そのバウキスはどこかに行ってしまった。

 

 木陰に隠れてレオニスとバウキスの帰還を待っていたシンとロクサーヌ。するとシンの気配感知に何かが引っかかった。  

 

 その方向に目を向けると、大きな馬車がこちらに向かって来ていた。

 

 

「しめた! どこの誰かは知らないが、あの馬車に乗ってる人に事情を説明すれば古着とかを分けて貰えるかもしれない」

 

「で、ですがシン様?私達は今、その......裸ですよ?」

 

「心配するなロクサーヌ。人は誰でも最初は裸で生まれてくる。話せばきっとわかってくれるさ!」

 

「ちょ、待ってください! いくらなんでもそれは無理がありますって! せめてその股間にぶら下がってる凶悪なソレを隠して下さい!もし女性があの馬車に乗っていたら、卒倒しますよッ?!」

 

「む、確かにそうだな。しかし隠すにしても、物が無ければ..........」

 

 

 そこでシンの目に止まったのは、目の前の木から生えている大きな葉っぱだった。ちょうどシンの股間を覆い隠せるぐらいの立派な葉っぱである。

 

 シンはそれを一枚捥ぎ取り、ペシッ!と股間に貼り付けた。

 

 

「..............待ってくださいシン様。まさか、それで行くつもりですかッ!?」

 

「問題無いだろ?」

 

「大アリですッ!(はた)から見たらただの変態ですよッ!?まだ全裸の方がマシですッ!というか、なんでその葉っぱは股間に張り付いてるんですか?!」

 

「おいおいロクサーヌ、俺の天職を忘れたのか? 俺は付与魔術師、股間に葉っぱ一枚付与する程度朝飯前さ!」

 

 

 原理は簡単、単純にシンの[力魔法]で抑えているだけである。勿論後ろから見えないように、股間に[認識阻害]を集中させチラ見えしないように対策もしてある。なら[認識阻害]だけで良いのでは?と思うかもしれないが、その場合股間にモザイクがかかったみたいになるので、現状葉っぱこそが最善だと判断した。

 

 

「それじゃあロクサーヌはそこに居てくれ。心配しなくてもきっと何とかなる!」

 

 

 そう言って、シンは股間に葉っぱを貼り付け、まるで馬車に乗っている騎士風の人達を迎え入れるように両手を広げて近づいて行く。

 

 最初に肝心なのは挨拶だ。その際、相手の警戒心を解きほぐす爽やかな微笑みも忘れてはならない。そうカトレアに教わった。

 

 なのでシンは馬車に乗っている騎士達に微笑みながらこう話しかけた。

 

 

「やあ君達、今日はいい天気だね」

 

「「.............................(へ、変態だーーッ!?!?)」」

 

 

 馬車の手綱を引いて居る騎士風の格好をした男二人は、目の前に現れた変態を見て絶句していた。内心見たまんまの光景を叫びながら。

 

 シンはあっという間に男達に囲まれ、剣を向けられた。その光景を影から見守っていたロクサーヌが見て、深い溜息を吐く。

 

 その後シンは馬車に乗っていた愛子達と感動的?な再会を果たすも、愛子には「服を着て下さいッ!」と悲鳴にも似た怒声を浴びせられた。それでも何とか事情を説明する事ができ、シンとロクサーヌは目的の衣類を手に入れる事が出来たのだった。

 

 

....................

 

..............................

 

........................................

 

 

 

 シンとロクサーヌ、それと農地開拓組のメンバーは、泉の畔に居る。

 

 シンは今、園部から渡されたボロボロのブレザーとズボンを着ている。成長したシンの体付きではワイシャツが着れなかったので、ブレザーのみを素肌の上から羽織り、少し丈の長さが物足りないズボンを履いている。

 

 一方ロクサーヌは、園部から渡された女性服を一度は着たのだが、サイズが合わなかった。特に胸が!結局シンが着れなかったワイシャツを借り、シャツの裾を前側で結び、ヘソ丸出しで着た。下にフリーサイズのロングスカートを着用している。

 

 そんなシン達と愛子達は向き合う様に、丸太に腰掛けていた。

 

 

「はぁ〜〜〜。チェイスさん達が慌てていたので何事かと思いましたが、まさか要くんだったは」

 

「俺も最初先生が馬車から出て来た時は驚いたよ。けどまあ、元気そうで何よりです」

 

「それはこちらのセリフです..............要くん、君が生きててくれて本当に良かったです。それと、あの時君を守れなかった事、心から謝罪します」

 

 

 愛子がシンに向かって深々と頭を下げた。愛子が言っているのはシンが王都を追放された時の事だ。あの時愛子は王都にいなかった。その事を悔やんでの謝罪なのだろう。

  

 そんな畑山愛子という教師の姿を見て、シンは少し困ったように微笑んだ。

 

 

「頭を上げて下さい。先生は先生で頑張ってたんですから、貴女に責任を押し付ける気はありません。それにあの追放が無ければ、〝今の俺〟は居なかった..........ですから気にしないで下さい」

 

「要くん..........」

 

「先生は、生きてた生徒を困らせたいですか?」

 

 

 余裕のあるイタズラっぽい微笑みを愛子に向けてシンがそう問いかける。そんな彼の表情についドキッとするも、愛子はハッキリと答えた。

 

 

「いいえ、私も君を困らせたくはありません」

 

「ならこの話はここまでにしましょう。せっかくの再会に暗い雰囲気は似合わないですからね」

 

「要くん、変わりましたね。何と言いますか、大人の余裕?みたいなものが感じられます」

 

「そうですか? まあ色々ありましたからね」

 

 

 そう言ってシンは一瞬遠い目をしたのち、愛子達に軽く微笑んだ。その時シンと園部の視線が合い、園部は顔を少し赤くして顔を背けた。その様子を見ていたロクサーヌが一人考え込んでいる。

 

 

「それで要くん。一体君の身に何が起こったのですか? 髪の色もそうですが、その体の傷は一体..........」

 

 

 以前と明らかに違う要の姿に愛子が問いかける。髪の色もそうだが、愛子や園部達が一番気になっているのは要の体に大小様々な形で刻まれた無数の傷跡である。特に胸と腹に痛々しく残っている傷跡が、愛子達の心を痛ませた。

 

 

「それを説明する前に紹介したい人がいる」

 

 

 そう言ってシンが手を差し出したのは、シンの隣にいる亜人の女性だった。愛子達も、一体どこの誰なのか気になっていた相手だ。特に園部は先程からシンの隣に居る彼女のことが気になって仕方なかった。

 

 

「彼女の名前は“ロクサーヌ”、俺の旅仲間であり、剣であり、恋人だ」

 

「「「「こ、恋人........ッ!?」」」」

 

 

 愛子、宮崎、菅原、玉井の四人がその言葉に強く驚き、園部は声も出さず、ただその瞳を大きく目を見開いていた。

 

 

「ご紹介に預かりました、シン様の剣であり〝正妻〟の“ロクサーヌ”と申します。以後お見知り置きを」

 

「「ちょっと要っち!(要くん!)どういう事よッ!!」」

 

 

 宮崎と菅原が怒気を孕ませた声でシンを問い詰めようと迫った。かなりご立腹の様子である。

 

 

「いや、どういう事って言われても、そのままの意味だが?」

 

「だからなんでこの人と恋人になったのかちゃんと説明してッ!」

 

「そうだよ要くん!要くんにはそれを説明する義務があるよ!」

 

「ま、まあ、説明するのは別に手間ではないけどーーーー」

 

 

 そこからシンは愛子達に語った。何があってロクサーヌとの出会ったのか、どうしても恋人になったのかを。そしてその話の中に、何故シンの体に大きな傷跡が刻まれているのかも説明した。しかし大迷宮やエヒトに関する事は伏せたままで。

 

 

「つまり要っちは命の恩人であるロクサーヌさんに惚れちゃったと」

 

「ああ」

 

「それで二人で旅を続けるうちに恋人になったと」

 

「まあ、端的に言えばそんなところだな。納得してくれたか?」

 

「いいや、納得しかねるな!」

 

 

 シンと宮崎、菅原の会話に割り込んできたのは神殿騎士のデビッドだった。彼はシンの横に座っているロクサーヌをひと睨みし、言葉を続ける。

 

 

「薄汚い亜人如きが人間の恋人だと?我々神殿騎士の前でよくそんな事が言えたものだな、貴様。神に選ばれもしない下等種族が人間と同じ立場に立つなど烏滸がましいことこの上ない!」 

 

 

 聖教教会は魔力を持たない亜人を神に選ばれなかった下等種族だと決めつけ、差別している。その結果亜人を奴隷にするという行為が生まれ、表大陸において亜人族の人権は無いに等しいのだ。

 

 

「話の腰を折らないでくれるか?俺はアンタに聞いたつもりは無い。気に入らないからと言って突っ込まないでくれるか?」

 

「そういう訳にはいかない!聞けば貴様、王都から追放された召喚者らしいな?なるほど道理だな。貴様のような亜人を恋人だと吹聴する痴人は追放されて当然だ。我等の神もさぞ嘆いた事だろう。召喚した使徒達の中に蝿が混じっていた事をな!」

 

「デビッドさん!言い過ぎですよ!」

 

 

 デビッドの物言いに愛子が声を上げた。園部達も明らかな不満の態度を示している。

 

 

「いいや愛子、この愚か者にはここでキチンと言い聞かせなければならん!自分がどれだけ異端であるのかを!過ちを正すのは愛子も本意だろう」

 

「.............言うに事欠いて “過ちを正す” 、だと? 知らないとは言え滑稽な事だ」

 

「貴様ァッ..........そこに直れ!貴様の性根、ここで私が文字通り叩き直してやるッ!」

 

 

 デビッドが腰の剣を抜き、シンに切先を向けた。だがシンはそんなデビッドに一瞥し、すぐに視線を戻した。それが余計にデビッドを不快にさせたらしく、彼はシンを掴み上げようと手を伸ばした。

 

 しかし、その腕はロクサーヌの手に掴まれ止められた。

 

 

「下等な獣風情が私に触れるなッ!」

 

 

 デビッドが剣をロクサーヌに振り下ろした。それを見て愛子達が必死な形相でやめるよう呼び掛けるが、デビッドは止まらない。その場にいる全員がもうダメだと目を逸らす中、シンはただ一人「やりすぎるなよ?」と小さく呟き、それに対しロクサーヌが「はい」と短く応えた。

 

 振り下ろされたデビッドの剣をロクサーヌは奪い取り、その剣の柄頭でデビッドを軽く小突いた。鳩尾に柄頭が刺さり、その痛みでデビッドは思わず跪く。

 

 一瞬の出来事で何が起こったのかわからない様子の愛子達。そんな中でも、自分達の隊長が亜人にやられたとすぐに気づいた他の騎士達が腰の剣に手を携え、ロクサーヌを取り囲んだ。

 

 

「ちょっとした警告です。貴方達に危害を加えるつもりはありませんよ?ただ、私達の〝王〟に対し、この方が無礼を働こうとしたので、少しお灸を据えたまでのことです」

 

「王..........?その王と言うのは、そこにいる彼のことですか?」

 

「ええ、その通りです。シン様はのちにこの世界で大王となる御人、そしてこの世界のかーーー」

 

「ーーーロクサーヌ。それ以上は言わない方がいい」

 

「..........はい。すいませんシン様」

 

 

 チェイスの問い掛けに対し、ロクサーヌが答える。さらにロクサーヌが言葉を続けようとした時、シンがそれを遮った。シンの意思に逆らう気が無いロクサーヌはそれ以上は何も口にしなかった。

 

 神殿騎士の前で〝神を殺す〟などと言ってしまえば、争いの火種になりかねない。それを考慮してシンはロクサーヌの言葉を遮った。ロクサーヌもそれにすぐ気づき、自身の心がいかに荒立っていたのかを思い知り、反省していた。

 

 そんな彼女を見て、「やれやれ」と微笑みながらシンは立ち上がり、ロクサーヌの肩を抱き寄せて口を開いた。

 

 

「悪いが君達も控えてもらえないか? 彼女の言う通り、先に手を出そうとしたのは其方だ。此方はあくまで自衛をしたまで。だが、亜人だからと言ってこれ以上俺の大切な女性を貶めるようなら、相応の報いを受けて貰う」

 

「報い、ですか..........貴方にそれが出来るほどの力があると?我々とて騎士の端くれ、いくら貴方が神の使徒であろうと勇者様程ではないでしょう?」

 

「.............はぁ〜」

 

 

 シンが溜息を吐き、二本の指先をクイッと上に折り曲げた。

 

 途端、チェイスの体が浮き上がり、地上からおよそ二十メートルの高さで停止した。唐突に襲われた浮遊感でチェイスがパニックを起こす。そんな様子を見ていたデビッドや他の近衞騎士、並びに愛子達は何が起こっているのか理解し切れずにいた。

 

 そしてシンの指先のタクトが下に振るわれた。と同時に空宙にいたチェイスの体が急降下し、誰もがチェイスが地面に衝突すると目を逸らした。しかしチェイスの体は地面とギリギリの位置で落下が停止し、死を覚悟したチェイスの心拍数が上がり呼吸は荒れていた。

 

 無事に地上に降り立つことが出来たチェイスは、膝を震わせ、その場にへたり込む。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ..........い、今のは..........」

 

「これで少しは俺の言葉の信憑性が増したかな?」

 

「か、要くん。今のは一体..........」

 

「俺が会得した魔法です。簡単に言えば物を浮かせられる魔法、ってところかな」

 

 

 愛子の問いにシンが簡潔に答える。それを聞いた玉井が「す、すげぇ.....」と素直な感想を述べ、園部達も目の前で起きた事象に唖然としていた。そしてチェイスや他の護衛達はそれ以上何も言ってこなくなった。

 

 すると泉の畔一帯に強風が吹き込み、愛子達が気づいた時には見知らぬ赤毛の大男がシンの隣に立っていた。

 

 

「シン、この者達が先程襲ってきた相手か?」

 

「あー違う違う。ここに居るのは俺と同郷の奴ら。そこにいる騎士達はその護衛。ついさっきバッタリ再会してな」

 

「ほお、そうか..........ところでシン、お前いつもの服はどうした?ロクサーヌもそうだが、金属器も纏っていないじゃないか」

 

「いや、実はなーーーー」

 

 

 シンはレオニスに事の顛末を説明した。荷物が消えた事、バウキスが居なくなった事、葉っぱを股間に付けた事、そしてその果てで愛子達と再会した事を。するとレオニスはシンに頭を下げた。

 

 

「..........すまないシン。俺がしっかりと見張っていれば.....」

 

「お前のせいじゃないさ。金属器とかロクサーヌの剣はバウキスが持ってるだろうから心配いらないし、盗まれたとしても取り返せば良いだけだからな。まあなんとかなるって」

 

「あの〜、要くん。そちらの方は?」

 

「ん?ああ、そうだったな。レオニス、この人は俺が元いた世界で教師をしていた先生で、愛ちゃん先生だ」

 

「ほお先生か。するとアレか? お前で言うところのカトレアと同じ立場の者か」

 

「う〜〜〜ん..........まっ、大体合ってる」

 

「シン様、違うなら違うとちゃんと言った方がいいですよ?」

 

 

 また知らない単語が出てきたと思った愛子達。先程からシン達は〝金属器〟やら〝カトレア〟〝バウキス〟などと愛子達には聞き慣れない単語が飛び交っており、話に全くついて行けていなかった。

 

 

「初めまして、愛ちゃん先生殿。俺の名は“レオニス”、王の盾であり、友だ。今後ともよろしく頼む」

 

「は、はい。こちらこそ」

 

 

 そう言ってレオニスと愛子は握手を交わした。身長差がありすぎるため、レオニスが中腰になって片手を伸ばしていた。まるで大人と幼女みたいな構図である。

 

 愛子と挨拶を交わした後、レオニスは園部達にも自己紹介をし、全員と握手を交わした。全員初めて見る大男におっかなびっくりしつつも、ちゃんと対応している。

 

 

「ところで要くん。先程から気になっていたのですが、〝王〟とは一体どういう事ですか?その言葉と要くんは一体どういった関係があるのです?」

 

「言葉通りの意味ですよ先生。俺がこいつらにとっての王であり、主人という事です」

 

「まさかとは思いますが..........この二人は要くんの、その、奴隷..........なんですか?」

 

「「ーーーッ!!」」

 

 

 奴隷と思われた事に思うところがあったのだろう。ロクサーヌとレオニスが、その問いを投げかけた愛子を睨んだ。二人の威圧に思わず息を呑む愛子。それを察したシンが「コラコラ」と二人に威圧しない様に促した。勿論愛子も本気でそう思ったわけでは無い。あくまで念のための確認。しかし、それでも王の臣下として誇りを持っている二人からすれば、そう思われるのは侮辱以外の何者でもなかった。

 

 

「先生。確認のためとは言え、その発言は控えてください。二人は俺にとって大事な仲間です。二人の誇りを傷付ける様な事はやめて頂けると助かります」

 

「す、すいません!!軽率な発言でしたっ!お二人も、不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんっ!」

 

 

 愛子がペコペコと頭を下げた。それを見たロクサーヌとレオニスは彼女が本気でそう思ってはいないのだと分かり、その謝罪を受け入れ、睨んでしまった事を謝罪した。すると愛子が「いえいえっ!こちらこそ本当にすみませんでした!」とまたペコペコ頭を下げる。その一連のやり取りもあってか、二人は愛子がどういう人物なのかを察し、信頼できる相手だと認識したのだった。

 

 

「それで要くん、貴方は一体何をしようとしてるのですか?」

 

「あ〜、うん、その説明はまた後程。ここだと他の者の目もありますから....................それより先生。先生達はこの後どこに向かうのですか?」

 

「え? 私達はこの後、ここから西南西に向かった先にあるカルロー村に向かいますが..........?」

 

「ふむ.............. 。先生、そこに俺達もついて行っても構いませんか?」

 

「へ? も、もちろんかまいませんよ?」

 

 

 急遽予定を変更したシン。そんなシンにロクサーヌとレオニスが問いかけた。

 

 

「宜しいのですかシン様?グリューエン大火山に向かうために一度ブルックに向かわれるはずでは?」

 

「そうだぞシン!スイーツ巡りはどうなるっ!」

 

「レオニス、貴方って人は....................」

 

 

 ロクサーヌがレオニスの言葉に呆れていた。

 

 

「元々はそのつもりだったが事情が変わった。バウキスが居ないんじゃロクに進めないだろ?それにあいつの異袋の中にはお金やステータスプレート、それに金属器やロクサーヌの剣もある。残念だが今回のブルックでのスイーツ巡りは諦めてくれ、レオニス」

 

「楽しみにしてたのに....................」

 

 

 レオニスが肩を落とした。よっぽどスイーツ巡りが楽しみだったらしい。レオニスには悪いが今回のスイーツ巡りは延期である。

 

 

「ですが、何故愛子さんについて行くのです?何かあるのですか?」

 

「うーん..........なんとなくだが、先生が向かう先で何かある気がするんだよ。それに、そこに行けばバウキスとも会える気がする。まっ、根拠なんてこれっぽっちも無いけどな!」

 

「「..................はぁ〜」」

 

 

 最後の方は(おど)けた態度でそう口にしたシン。そんなシンを見て思わず溜息を吐くロクサーヌとレオニス。

 

 要するにいつもの勘である。直感任せの行き当たりばったりな自分達の王。そんな向こう水なシンを彼の夢のために支えて行くと決めている二人。

 

 なら答えは決まっている。

 

 

「まっ、お前がそう言うならついて行くさ」

 

「ええ。私達の王は貴方だけなんですから、ちゃんと導いてくださいよ?」

 

「フッ、ああ。大船に乗ったつもりでいろ!」

 

 

 シンが自身の胸をドンッと叩いて自信満々に応えた。

 

 

「それに、せっかく先生達と再会出来たのにすぐ別れるのは少し寂しいだろ?あと、制服を見つけてくれたお礼もしたいしさ」

 

 

 そう言ってシンは園部に視線を送った。すると園部もシンの事を見ていたらしく、不意に二人の視線が重なるも、すぐに園部がプイッと視線を逸らした。そんな園部を見たシンは「相変わらずだなぁ〜」と肩をすかして苦笑。シンの態度と園部の様子を伺ったロクサーヌはじっくりと二人を観察している。特に園部の方を重点的に。一体彼女は何を考えているのやら..........

 

 そんなこんなで愛子達、農地開拓・改善グループの馬車に同乗することになったシン達。

 

 愛子達が乗ってきた馬車は大型の部類だったが、流石に二メートル強のレオニスと、百八十センチ強のシンが乗ると重さが増し、馬車を引く馬にも影響が出る。そこでシンは馬車を引く馬達に[身体強化]を付与し、馬力を上げさせたのだが、その際、詠唱も陣も使用していないシンを不思議に思った宮崎や菅原が色々と質問して来たので修行の賜物だと答えておいた。嘘ではない。

 

 ちなみに馬車の荷台内での並びはこんな感じである。

 

 

       馬車の前側

   ーーーーーーーーーーーーー

   | シン  愛子   優花 |

   | レオニス  ロクサーヌ |

   | 玉井       宮崎 |

   | 清水       菅原 |

   |(  荷物置き場  ) |

   ーーーーーーーーーーーーー

      馬車の後ろ側

 

 ちなみにデビッドも含めた護衛の騎士達は全員外で、御者席に四人がぎゅうぎゅう詰めになっている。

 

 

「そういえば園部、制服見つけてくれてありがとな。おかげで助かった」

 

「べ、別に、見つけたのは玉井だから、礼を言うなら玉井に言いなよ」

 

「そうだったのか..........まあ、それでもお前はロクサーヌに服を貸してくれただろ?だからありがとうな、すごく助かったよ。玉井もサンキューな」

 

 

 シンがそう言うと、「どういたしまして」と園部は素っ気なく返事をした。玉井はお返しに、後でシンに魔法で空を飛んでみたいとお願いして来たので、シンはそれを快諾した。

 

 

「てかさ要、さっきロクサーヌさんが言ってけど〝正妻〟ってどういう事だよ?」

 

「........................」

 

 

 予想外な質問をぶち込んで来た玉井。チッ、余計な事を思い出しやがって。しかし、玉井が撒いた種火はどんどん大きくなって行く。

 

 

「あっ、そうだよっ!うちもそれ聞こうと思ってたんだよ!ナイス玉井!」

 

「要くんどういう事なのかな?もしかしてロクサーヌさんの他にも誰か恋人がいるの?」

 

 

 宮崎と菅原が火に薪を配てきた。やはりこういう話題は女子にとっては大好物なのだろうか?なんとなくシンは園部を見ると、彼女は真っ直ぐシンを睨んでいた。どうやら園部も気になるらしい。

 

 そしてそれに一番食いついたのは愛子だった。

 

 

「二股なんて先生は絶対許しませんよっ! ハッ!まさか要くん、王様っていうのはそういう事ですかっ!? 合法的に二股をするために、免罪符としてそう名乗ってるのですかっ!?」

 

「違います先生、落ち着いてください。そして俺の話を聞いてください」

 

「相手は一体誰ですか! ハッ!まさか....................レオニスさん?」

 

「はいストップ〜、先生それ以上の発言は完全な誤解でしか無いので控えましょうかー。 俺にそんな趣味はありませんし、そもそもレオニスには奥さんが居ますから」

 

「じゃあ一体誰なんですかッ!」

 

「いや、そもそも他に恋人なんていませんよ?」

 

「じゃあなんでロクサーヌさんは〝正妻〟なんて言ったの?」

 

「そうだそうだー!白状しろー、要っちー!」

 

 

 食い下がる愛子。さらに菅原と宮崎が横から煽り、園部の視線はより一層キツくなるばかり。ていうか、なんであの時ロクサーヌはわざわざ〝正妻〟なんて言葉を使ったんだ?考えが纏まらず、つい[並列思考]を使ってしまいそうになる。こんな事で技能を使いたく無い!

 

 ということでシンは諦めたように息を吐き、ロクサーヌにアイコンタクトを送る。シンの意図を汲み取ったロクサーヌが口を開いた。

 

 

「相手はヘルシャー帝国の第一皇女“トレイシー・D・ヘルシャー”です」

 

「「「「え?..........えぇーーーーーーッ!!!!」」」」

 

 

 愛子、玉井、宮崎、菅原の四人は、一瞬理解が追いつかず思考停止した後、すぐに叫喚に似た奇声を上げた。

 

 まあ無理もないだろう。何せ帝国の皇女様なのだから。いやほんと、そんな誰もが驚く立場の人が、なーんであんな堂々と惚れた腫れたと口に出来るのか。やっぱり可笑しいのだろう。

 

 

「と言いましても、まだ婚約も成立していない一方的な口約束なんですけどね」

 

「いっ、一方的!?..............か、要くん、貴方という人は〜ッ...........!」

 

「誤解が無いように言っておくが、俺から迫ってないからな?トレイシーが俺に迫って来たんだからな?」

 

「そんな事あるわけ無いじゃないですかっ!相手は帝国の皇女様なんですよっ?! 皇女様から告白するだなんて、そんなの漫画の中だけの話ですッ!」

 

 

 おい、トレイシー。言われてるぞ?

 

 

「シン様の言う通り、求婚を迫ったのはトレイシーからですよ?彼女曰く、『一目惚れですわぁっ!』だそうです」

 

「まじかよ..........なんで要ばっかりモテてんだよ。顔か?やっぱり顔なのか..........?」

 

 

 ロクサーヌの補足を聞いて、玉井があからさまに嫉妬していた。横にいる清水はずっと黙って聞いているが、視線はシンを捉え、その眼差しからは嫉妬の念が感じ取れた。そして時折ロクサーヌにいやらしい視線を送っている清水。後で清水に釘を刺しておこうと決めたシンだった。

 

 すると先程から刺々しい視線を向けていた園部がシンに問いかけて来た。

 

 

「要はどう思ってるのよ。その、皇女様のプロポーズについて」

 

「う〜〜ん..........正直嬉しいとは思う。俺の事が好きだって真っ直ぐに好意を示してくれる相手だ、普通に悪い気はしないな」

 

「ロクサーヌさんの前で良くそんな素直に言えるわね」

 

「一応言っておくが、トレイシーを側室に迎え入れることを提案したのはロクサーヌだからな?」

 

「「そうなの!?」」

 

 

 シンの言葉を聞いて宮崎と菅原が意外そうな声で反応した。一方の園部はシンの発言を訝しみ、その是非を問うため横にいるロクサーヌに視線を向けたが、彼女はシンの言葉に誇らしげに頷いていた。どうやら本当の事らしい。

 

 

「..........その、ロクサーヌさんは要の恋人なんですよね? どうしてそんな提案をしたんですか?」

 

 

 園部の問いにロクサーヌは、彼女にニッコリと笑って答えた。

 

 

「シン様を支えるためです。将来有望な人材を早く囲って置きたいというのもありますが、何よりトレイシーはシン様に対して真っ直ぐに自身の感情を示しました。それに諦める気は無いと、私からシン様を奪うつもりで挑み続けるとも言ってましたねーーーーですから提案しました。あれほど優秀で、シン様を真っ直ぐ慕える方を手放すのは勿体無いですから」

 

「それで良いんですか、ロクサーヌさんは?恋人なら、その..........好きな相手が他の女にデレデレするところとか、見たくは無いんじゃ..........」

 

「確かに、淫ら矢鱈と愛想を振り撒くのは良く無いと私も思います..........ですが、それを補って尚余りあるほどの愛情をシン様は私に向けてくれます。嫉妬なんてする暇も無いくらいに。ですから私はなんの不満も抱いていません」

 

「「へぇ〜〜..........」」

 

 

 ニッコリと微笑みながら、そう言い切ったロクサーヌ。それを見た宮崎と菅原が、ニヤニヤとした表情でシンに含みのある視線を向けてくる。シンの体がむず痒さを覚えた。

 

 

「それにシン様はいずれこの世界で〝王〟となる御方。そんなシン様を愛し、共に〝覇道〟を歩む女傑は多いに越した事ありませんーーーー尤も、正妻の座を譲るつもりはありませんが」

 

 

 ロクサーヌは曇り一つ無い瞳でそう答えた。“愛されている”と、実感しているからこそ生まれる余裕と自信。彼女が綴った言葉の節々にそれが込められていた。

 

 それを聞いた女性陣は、ロクサーヌがどれほどシンを愛し、彼を想い、彼と信頼を築いているのか認識した。端的に言って、女としての格の違いを見せつけられた気がした。

 

 するとロクサーヌが園部の耳元に口を近付け、何かを呟き始めた。一体何を話してるのか?男性陣は不思議そうな顔になる。他の女性陣もロクサーヌが園部に何を話しているのか気になったらしく、二人に不思議そうな視線を向けていると、ロクサーヌがそんな彼女達を小さく手招く。それを受けて宮崎、菅原、愛子の三人がロクサーヌの元に集結。女性だけの密談が始まった。

 

 そんな彼女達をシンは訝しそうに眺めていると、ロクサーヌが口元をシンから見えないように隠した。唇を読まれないようにするためだ。ロクサーヌに抜かりは無いらしい。

 

 ロクサーヌが四人の女性に耳打ちし出し、園部達は小さく相槌を打った後、途端にその顔を真っ赤に染めた。愛子の目がぐるぐると回り出し、宮崎と菅原は「まじか〜」と言葉を漏らす。園部は耳まで真っ赤にして顔を下に俯かせた後、シンを一瞥、彼と目が合い落ち着かない様子で悶え出すと、深めに膝を抱えて座り直し、その膝に顔を埋めた。

 

 話し終えたらしいロクサーヌは、シンにニッコリと微笑みながら淑やかな仕草で座り直した。愛子達もロクサーヌに倣って居住まいを正すが、彼女達は妙な視線をシンに向けている。それにどこか落ち着かない様子だ。園部は未だ膝を抱え込んだまま視線を上げる様子は無い。

 

 

「何を話した.........?」

 

「いえ、シン様の事を少しでも理解して貰えるように補足しただけです」

 

「..........その割には、妙な視線が俺に向いているのだが?」

 

「ふふ、可愛いですね」

 

「答えになってないぞ?」

 

 

 一体ロクサーヌは何を話したのか..........。

 

 すると園部が真っ赤になった顔を僅かに上げ、口を開いた。

 

 

「....................要の変態」

 

「おいこら、ロクサーヌッ!園部達に何話したっ!?」

 

「ふふ..........内緒です」

 

 

 笑顔を崩さないロクサーヌが少しイタズラっぽく答えた。ちくしょうっ、可愛いじゃねぇか..........! ロクサーヌに甘いシンは彼女の笑顔に絆されてたのだった。

 

 それから数時間。

 

 シン達と農地開拓・改善組のメンバーは馬車に揺られながら色々な事を語り合い、カルロー村に着くまでの時間を潰した。途中で何度か休憩を挟み、そのタイミングで玉井の要望通りシンが[力魔法]を使って空を飛ばせたりし、玉井が楽しそうにしているのを見て宮崎や菅原もシンに自分達もとお願いし、結局愛子も含めた異世界組の全員で空を飛んだ。園部は「私は別にいいわよ」と遠慮していたが、シンが手を差し出して誘った事で渋々みんなに付き合う事にした。

 

 出発の時間になり、全員が馬車に向かって行く際にシンは清水の横に寄ってーーーー

 

 

「ロクサーヌは俺の女だからな?」

 

 

ーーーーと、そう呟いた。

 

 シンの言葉を聞いて以降、清水は次の村に着くまで一切口を開かず、不貞寝した。

 

 そして漸く馬車はカルロー村に到着し、一面に広がった葡萄畑にシンや園部達が感嘆の声を漏らす。

 

 ただ一人の生徒を除いて。

 

 




次にシン達が向かったのは今作オリジナルの舞台「カルロー村」です。
今回は謎の相手の水魔法、バウキスの失踪、王様の葉っぱ事件、馬車の中での語らいとなりました。
このカルロー村編が終わった後は、第三章開幕の予定となっています。



補足


『畑山愛子護衛の騎士達』

「デビッド」
・愛子ラブな金髪の神殿騎士。愛子のことになると暴走しがちになる。

「チェイス」
・愛子ラブなもう一人の神殿騎士。デビッドとよりは話がわかる。

「クリス」
・近衞騎士

「ジェイド」
・近衞騎士



『登場したアイテム』

「要進の制服」
・ノイント戦の時に紛失していた思い出の制服。ブレザー、白のワイシャツ、ズボンの一式。巡り巡って玉井がブルックの露店で見つけた。かなりボロボロに傷んでいるが、着れない程ではない。しかし今のシンでは若干小さく感じる。白のワイシャツはロクサーヌが着用しているが大胆におへそを出している。


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カルロー村の異変


強引かも知れませんが、ここからは園部のターンです。




 

 燦々と照り付ける太陽、広大な土地に広がる果樹園、小粒に実った黒い果実、生い茂った青葉。

 

 そんな中で男達の汗と筋肉が雄々しく輝く。

 

 

「さすがシン殿! 健康的で実に農夫に向いた筋肉をしていらっしゃる!」

 

「ハッハッハッ!またまた〜、何を言っておられるのですか村長殿、貴方の筋肉の方が逞しくとても農夫に向いているではありませんかっ!」

 

「フッフッフッ、わかりますかシン殿? 伊達にこの村の村長をしておりません故、我輩の筋肉はこんなにも立派に育ってくれましたよっ!ムッハッハッハッ!」

 

 

 シンと一緒に筋肉談話をかましているのは、ピカッと輝くスキンヘッドに、毛先がカールした黄金の口髭を生やす筋肉ムキムキの大男。彼の名はカルロー村の村長“アレックス・ロッシ・カルロー”である。見た目はほとんど某錬金術漫画に登場するアームス○ロング少佐であるが、残念ながらスキンヘッドの頭に金髪の髪は一房も生えていない。綺麗に磨かれた頭皮のみが太陽の光を反射している。

 

 そんなカルロー村の村長アレックスはこの場にいるもう一人の筋肉を見て「ほほぅ.....」と顎に手を添えた。

 

 

「やはりレオニス殿の筋肉も凄まじいものですな。一目見た時から我輩の筋肉が呼応しておりましたが..........いやはや。我輩以上の巨体に、洗練され、内包された肉の威圧感、感服する他ありますまい」

 

「そう言ってくれるのは素直に嬉しいところだが..........お前達、筋肉談話をしていないで早く作業に戻ってくれないか? あと服を着ろ二人共」

 

 

 アレックスの賛辞を素直に受け取りつつ、レオニスは実った葡萄を収穫する手を休めず、そう口にした。

 

 現在シンとレオニス、そしてアレックスの三人はカルロー村の名産品である葡萄の収穫をしていた。そんなレオニスの隣には上着を脱ぎ捨てた男が二人いる。シンとアレックスだ。二人は日が真上に登る頃、唐突にアレックスが農作業用の服を脱ぎ「これなら服も汚れず、汗で体も冷えませんぞ!」と言うアレックス。それを聞いたシンが「なるほど!確かにその通りですねッ!」と上着を脱ぎ捨てた。結果、二人はお互いの筋肉を褒め称える都合の良い場が完成してしまったのだ。

 

 そんな上半身裸の二人を遠くから見つめるロクサーヌと園部。

 

 

「またやってる。なんで男ってああも筋肉が好きなんですかね? ロクサーヌさん」

 

「私にも分かりかねますが、シン様の筋肉はいつ見ても良いですね」

 

「あー、すいません。聞く相手を間違えました」

 

 

 シンの上半身を見て、いつも以上に朗らかな落ち着いた笑みを浮かべるロクサーヌ。そんなロクサーヌの隣で溜息を吐く園部。しかし、なんだかんだと園部もシンの鍛え抜かれた雄々しい肉体を呆れたような眼差しで、バッチリとその目に焼き付けていた。

 

 そしてロクサーヌが三人に「休憩の時間ですよー!」と呼び掛けると、レオニスは作業する手を止め、シンとアレックスは脱ぎ捨てた上着を肩に掛け、そのままロクサーヌ達のところに向かった。

 

 何故シン達がカルロー村で農作業の手伝いをしているのか。

 

 その理由は遡ること二日の話。

 

 シン、ロクサーヌ、レオニスと愛子率いる愛ちゃん護衛隊のメンバーはカルロー村に到着し、早速村長であるアレックスと話をする場が設けられた。

 

 その際、レオニスを一目見たアレックスが唐突に着ている服を己の筋肉を膨らませて破いたのだ。愛ちゃん護衛隊のメンバー全員が「へっ?」と唖然としていた。しかし、レオニスは違った。アレックスの行為が挑発であるとすぐに悟り、レオニスも己の筋肉を膨張させ着ていた服を内側から見事に破いてみせたのだ。これはアレか!?ラピ○タで出てくる親方と空賊が殴り合うシーンの奴かッ!?と、そんなことがシンの頭の中に浮かび上がった。

 

 そんなシンの期待を裏切るように始まった二人のポージング披露。「フロントダブルバイセップス」から始まり「サイドチェスト」、次に「サイドトライセップス」そして最後に“モストマスキュラー”!胸筋をピクピクと動かすことも忘れていない二人。

 

 その後二人はお互いの筋肉を讃え、固い握手を交わした。それを見ていたロクサーヌが「一体誰が破いた服を治すんですかね〜」とラ○ュタに出てくる親方のおかみさんみたいな事を呟いたが、その表情はとても穏やかな様子ではなかった。

 

 終始二人の筋肉披露会に圧巻の様子だった愛子達は村長とその家族、並びに村に住む住人と挨拶を済ませた後、客人用の大きなコテージに案内された。そこが愛子達の寝泊まりする場所らしい。シン達もそのコテージで寝泊まりする事になり、ちょっとした共同生活を送る事になった。

 

 愛子達がカルロー村に滞在する予定日数は一週間。その間に愛子の天職[作農師]の技能を駆使して、葡萄畑の改善や新たな農地の開拓をするとのこと。しかし村長のアレックス曰く、最近カルロー村に強力な魔物が頻繁に出没しているらしく、元金ランクの冒険であるアレックス一人では対処し切れないでいたらしい。その為、果樹園が魔物によって荒らされ収穫量が例年以上に激減していたそうだ。

 

 そこでシンは自分達が魔物討伐を請け負うとアレックスに提案した。提案した直後にタイミング良く現れた数体の魔物をシンとロクサーヌ、レオニスの三人が瞬殺した事で、村長アレックスはシンの提案を快く受け入れた。そして魔物が出てくるまでは手持ち無沙汰なので、シン達は愛子達の農地開拓や改善作業、または葡萄の収穫などを手伝うことを決めたのだった。

 

 そこから二日が経ち、シン達は今、愛ちゃん護衛隊のメンバーや村の人達と一緒に昼休憩をとっていた。

 

 シンはその場にいる全員の様子が伺える木陰のベンチに腰掛け、昼食を取っていた。

 

 その昼食の献立はベーコン(塩漬けの燻製肉)、レタス(モドキ)、トマト(モドキ)、チーズ(モドキ)を挟んだパンである。地球で言うところの“BLTCサンド”のようなサンドウィッチで、シンはそれを黙々と食べていた。

 

 するとアレックスがシンのところにやってきた。いつもなら快活に笑って歩み寄ってくる彼が、重々しい雰囲気を纏っていた。

 

 

「どうしましたかアレックス殿?」

 

「フム。実はシン殿に、一つ頼みたいことがあるのです。ここでは少し話しにくいので、後ほど我輩の自宅に来てくださいませぬか?」

 

「....................ロクサーヌとレオニスを随伴させても?」

 

「構いませぬ。むしろ御三方にこそ聞いてほしい。愛子殿にも同席していただく予定ですので」

 

「分かりました。では後ほど伺います」

 

 

 シンがそう答えるとアレックスは無言で一礼し、その場を離れて行った。

 

 

(俺だけじゃなくロクサーヌとレオニスも、か。考えられるとすれば、やっぱり魔物に関しての事だろうな。アレックス殿の態度から察するに、人死が出たか..........)

 

 

 シンが簡単に推察していると、園部が葡萄ジュースが入った水差しを持ってシンのところにやって来た。

 

 

「はい要。もう葡萄ジュース残り少ないから全部飲んじゃって」

 

「ん?おぉ、サンキューな」

 

 

 園部が持っていた水差しの中身はどうやら残り一杯分の葡萄ジュースしか残っていなかったらしく、最後の一杯をシンの元にある木のマグカップに注ぎに来たらしい。それを察したシンは園部に礼を言い、マグカップを差し出して、そこに園部がジュースの最後の一滴まで注いでくれた。

 

 

「園部はもう食ったのか?」

 

「まだよ。私とロクサーヌさん、さっきまで村の人達に配膳してたから。ちなみにロクサーヌさん、いま村の女の人と喋ってるわよ?一緒に食べなくて良かったの?」

 

「構わないさ。ロクサーヌにはもっと大勢の人と関わり合って欲しいからな。自分を受け入れてくれる世界はちゃんとあるんだって事、あいつの目で知って欲しいんだ」

 

 

 カルロー村の住人は気さくな者達ばかりだ。最初は亜人ということで、どう接したらいいか分からず戸惑っていたカルローの村人達。しかし、ロクサーヌが村のために魔物を討伐したり、畑仕事をこなす姿を見て村人達は彼女を信頼し、今ではすっかり村に溶け込んでいる。ここでの出会いはロクサーヌにとって、今後待ち受けているであろう排他的な種族差別、言い方を変えるなら世界の現実と向き合うために必要な勇気を築けるとシンは考えていた。

 

 

「ふーん..........意外と考えてるんだ」

 

「意外とってなんだよ.............それより園部、お前まだ食ってないんだろ? ちょうど良いから俺のところに配膳された奴食ってくれよ。流石に俺一人じゃ食い切れん」

 

 

 シンのところに配膳されたサンドウィッチは全部で三十個。そこからシンが胃袋に収めたのは九個。まだ二十一個も残っていた。レオニスの分も含めた数用意されたのだが、当のレオニスは村の女性に囲まれて楽しく?食事をしている。端的に言ってハーレム状態だ。どうやらレオニスのルックスと極限まで引き締まった筋肉、そして巨体が村の女性達を虜にしたらしく、シン以上の人気を博していた。玉井なんかは「くそぉッ、俺も筋肉さえあれば..........!」などと嘆いていると、アレックスが「君もマッチョにならないか?」と玉井に囁き、筋肉談義に花を咲かせていた。服を脱いで。

 

 そんな三者三様の光景を見ていたシンと園部。すると園部がシンが腰掛けている木陰のベンチに腰を降ろし、サンドウィッチを一つ掴んだ。

 

 

「私そんなに食べられないから、要もちゃんと食べてよね?」

 

「ああ、ちゃんと残さず食い切るよ。食べ残したりなんかしたらお前に怒られるからな」

 

「わかってるなら良いのよ」

 

 

 ベンチに腰掛けている二人は黙々とサンドウィッチを口にする。二人の間には山盛りに乗ったサンドウィッチのお皿があり、その分だけ距離が開いていた。しかしその距離は手を伸ばせばすぐにお互いの頬に触れられる程度のもの。それほど近い距離だというのに、園部にはシンがとても遠い存在に思えた。

 

 すると二人がいる場所に葡萄の香りが乗った心地良い軟風が吹いた。シンと園部の髪が揺らされ、園部は靡く髪を抑えようと手を耳元に持って来た時、何気無く、横にいるシンに視線を向けた。以前と違う彼の長く若干の癖を帯びた青紫の髪が靡いていた。その様子はまるでシンが風を纏っているように見え、そんな彼を見た園部の心はザワつき、思わず視線を外す。しかし今度は外した視線の先で、友人である宮崎と菅原が、何やらこちらを見てニヤニヤしていたので、さらに園部の心がザワついた。

 

 園部がそんな一人相撲をしていると、シンが口を開いた。

 

 

「そういえば園部、俺が王都を追放された時、〝話したいことがある〟って言ってたよな? 次会った時に話すって言ってたけど、結局何が伝えたいんだ?」

 

「むぐっ!?..........ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」

 

「おいおい大丈夫かぁ!? どんだけ慌ててんだよ。ホラ、これ飲め」

 

「ゴホッ、ゴホッ..........あ、ありがとう..........」

 

 

 突然()()()()()を振られた園部がサンドウィッチを喉に詰まらせ、咳き込んだ。それを見たシンが自分のマグカップを差し出した。それを受け取った園部は葡萄ジュースを飲み、なんとか落ち着きを取り戻す。そこで園部は自分の飲み物を持って来ていなかった事を思い出し、「何やってんのよ、私..........」と軽く自責する。

 

 

「落ち着いたか?」

 

「う、うん。ありがとう..........」

 

「それで園部。話の続きなんだが、あの時俺に話そうとしてた事ってなんだよ?」

 

「....................まだ内緒」

 

「え? いやいや、お前あの時言ってただろ? “次会ったら話す” ってさ」

 

「その後に私、“もっと強くなってから”って言ったでしょ? だからまだよ..........それにアンタ言ってたじゃない。“のんびり待つ” って。だから気長に待ってなさいよ」

 

「ここに来てお預けかよ。一体いつまで待ってればいいだ?」

 

「そんなの.............」

 

 

 〝要にフラれる覚悟が決まってからよ〟..........それを口に出す事ができなかった園部は、僅かに表情を歪ませ、俯いてしまった。

 

 告白したところで、自分の気持ちを受け入れてくれるとは限らない。園部とて、それは理解していたつもりだった。だが、シンの生存を信じ、彼を見つける事にしか意識が向いていなかったため、そっちの覚悟が十全に出来ていなかったのだ。

 

 そしていざシンと再会してみると、彼にはロクサーヌという最愛の女性がいた。ここ数日ロクサーヌに対するシンの態度を見て分かったが、彼がどれほど心の底からロクサーヌを愛し、彼女と強い絆で結ばれているのか園部には十分理解出来た。帝国の皇女についても、皇女の熱意には敬意を払っている様だが、その皇女を本気で側室に迎え入れようとは思っていないらしい。まあ煮え切らない態度を取っている事には多少腹が立つけど。

 

 そんなこともあって、園部は“あの時”話そうと思っていた事が口に出せないでいた。

 

 不意に途絶えた会話。するとシンが口を開いた。

 

 

「まっ、のんびり待つと言ったのは確かだからな。園部を困らせるつもりも無いから、気長に待ってるよ..........けど、流石に長過ぎると強引に訊き出しちまうかもしれないから、早めに頼むわ」

 

「どんな脅し文句よ、それ。アンタは黙って待ってればいいのよ!」

 

「酷い言われようだなぁ。だがまぁ、そっちの方が園部らしいわ」

 

「私らしいって何よ、まったく」

 

 

 その何気ないやり取りのお陰で、園部はいつもの勝気な態度に戻った。

 

 すると今度は逆に園部が気になっていた事をシンに問い掛けた。

 

 

「ところでアンタ、なんで生きてたこと知らせなかったのよ? それに“自分が生きてた事を皆んなに知らせるな”って.........」  

 

「....................先生から聞いてるだろ?俺が今、()()()()()()()()()()を探ってるって。 色々あって知らせる暇がなかったんだよ」

 

「それは、確かに愛ちゃんから聞いてるけど..........でも、それなら手紙で知らせれば良いじゃない! そっちの方が早いんだし」

 

「手紙だと他の奴の目に触れる可能性があるだろ? もしかしたら、イシュタル辺りが俺を連れ戻そうとするかも知れない。俺と言う戦力を戦争の道具にするために」

 

「それは..........確かにアンタの力を知ったら、そうなるかも知れないけど....................」

 

 

 園部が疑問に思う通り、シンは自身が生きている事をクラスメイト達に知らせなかった。その上、園部達愛ちゃん護衛隊のメンバー全員に口止めもしていた。もちろん神殿騎士の二人や近衞騎士の二人にも、半ば脅す様な形で。

 

 何故そんな事をしたのか。

 

 理由は単純。少しでもエヒトに自分達がやろうとしている事を悟らせないためだ。

 

 王宮にいるクラスメイト達に自分が生きていたと伝えれば、当然聖教教会が動く。もしくは真の神の使徒であるノイントがなんらかの対処をすると踏んだ。いずれ知られるとは言え、神と繋がっている教会にはなるべく知られたくなかったシン。ノイントとは早々に決着を着けるつもりではあるが、それは今じゃない。せめて転移系の神代魔法を獲得し、いざという時にクラスメイト達をカタルゴへ避難させられる様にしていなければ、園部達クラスメイトを神との対決に巻き込んでしまうとシンは考えたのだ。だから自身の生存を伝えなかった。

 

 その事はカルロー村に到着した日の夜に愛子にだけ伝えた。自分に何があったのか、そして自分が今何をやろうとしているのか全て。この世界の神や世界事情について、その神を殺す事、大迷宮を攻略している事、国を造ろうとしている事、そして愛子や園部達、異世界組の全員を逃がし、自分は一人この世界に残ると言う事も。勿論、愛子はシンがやろうとしている事に反対した。大事な生徒に危ない橋を渡らせられない! と。だからと言って、他の生徒達がその戦いに巻き込まれるのは看過できないし、この世界の人達を放って置く事も見過ごせない。シンと一緒に戦うと言っても足手纏いになるだけ。結局、大を生かすために小を切り捨てるしか選択肢は無かった。愛子は歯痒い気持ちで一杯だったが、最終的にシンがやろうとしている事を肯定した。

 

 その後、愛子とシンから園部、宮崎、菅原、玉井、清水、そして護衛のデビッド達に事情説明がされた。この世界の神についてと、シンがこの世界に残り国を起こそうとしている事は省いて。愛ちゃん護衛隊に聞かせられたのは、シンが元の世界に帰る手段を探っていると言うことだけ。ノイントに襲われた事も、盗賊に襲われたのだと偽った。そして口止めもした。口外する事も、手紙で王宮や教会に伝える事も。特に神殿騎士達には、イシュタルやその他教会関係者には絶対口外しない様、口を酸っぱくして言い聞かせた。それに反抗したデビッド達だったが、シンの脅しと愛子の嘆願によって渋々頷いたのであった。

 

 そして園部は要が何か隠している事をなんとなく察していた。それを問い詰める意味も込めて彼女はシンに問い掛けたが、彼から返って来た答えは説明された時のものとほとんど同じ内容だった。

 

 納得のいっていない様子の園部。そんな彼女を見てシンはやれやれ、といわんばかりに軽く微笑んだ。

 

 

「機会があれば、そのうちあいつらのところに顔を出すさ。それにお前達の様子から察するに、ハジメはまだ見つかってないんだろ? 八重樫や白崎に大見栄を切った手前、俺がオルクス大迷宮にいないんじゃ格好がつかないからな」

 

「....................要はさ、南雲が生きてると思う?」

 

「フッ。何言ってんだ、園部?あいつは生きてるに決まってるだろ?」

 

「..........なんで、そんな自信満々に言い切れるのよ」

 

「なんでって、そりゃあアレだ..............勘だ」

 

「勘って..........もっと具体的な理由とか言えないの?」

 

「んなもん無くてもわかるんだよ、俺には。あいつは生きてる、確実にな。俺の直感はそうそう外れないから心配すんな!それに俺が鍛えてやったハジメが、易々と死ぬわけないだろ? 俺が生きてんだから鍛え方は間違って無いはず!そう思わないか?」

 

「..........もしかして、それが具体的な理由?どんな理屈よ、まったく..............けど、そうね。あんたが生きてるぐらいなんだから、南雲が生きてても全然おかしくないわ」

 

「だろ?..........じゃあ園部、俺はちょっとアレックス殿と話があるから、最後の一個は任せた」

 

「ちょっ、流石に私一人じゃ丸々一個は食べきれないわよ。せめて半分持って行きなさいよね」

 

 

 そう言って園部が皿に残っていた最後のサンドウィッチを掴み、それを半分に割ってシンに手渡そうとした。するとシンは「んあ?しょうがねぇなぁ........パクっ」と、そのまま口で受け取った。その行動が予想外だったらしく、園部が「んなッ!?」と狼狽した声を漏らす。シンの唇に自分の指が少し触れた事で、園部の顔が少し赤くなった。

 

 シンは口で受け取ったサンドウィッチの半分をモグモグと口を動かした後、すぐに飲み下した。

 

 

「な、何やってんのよアンタっ! 行儀悪すぎでしょっ!」

 

「ん?手で掴んで口に運ぶより、こっちの方が直接口に入れられるから効率的だろ?」

 

「そういう事言ってんじゃないわよっ!」

 

「まぁそうプリプリするなよって。カップにまだジュース残ってるから、それも飲んで落ち着けって。 あー、あとお前が作ったサンドウィッチ、美味かったぜ。んじゃ、また後でな」

 

 

 そう言ってシンは事も無げにその場から立ち去っていった。しかもさり気なく、園部がサンドウィッチを作った事をあっさり見抜いてだ。園部が作った料理を何度も口にして来たシンだからこそ気づけたのだろう。

 

 最後の最後で特大の爆弾を置いて行ったシンに、園部は悔しさと嬉しさを混ぜ込んだ様な複雑な表情を浮かべる。

 

 そして彼女は、彼が残して行った飲みかけのマグカップに口をつけるのだった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 昼休憩で昼食を食べ終えた後、シンはロクサーヌ、レオニスと共にアレックス宅に訪れた。するとそこにはアレックスの他に、村の男が数名と見知った顔の冒険者が一人、そして愛子と神殿騎士のデビッドとクリスが、すでに家のリビングに集まっていた。

 

 

「待たせたみたいで申し訳ない、アレックス殿」

 

「構いませぬ。御三方も来て頂いた事で、早速ですが話の本題に移りたいと思います。ではパーカー殿」

 

「..............はい」

 

 

 アレックスに呼ばれ、パーカーと名前を呼ばれた青年が暗い面持ちで一歩前に出た。彼はカルロー村に訪れていた三人組高ランク冒険者の一人で、シン達がカルロー村に到着した後にこの村に訪れて来たらしい。シンも数回顔を合わせているし、魔物討伐の際には簡単な連携も取った間柄だ。たしか、彼らのパーティは早朝この村を経ったはずだが..........

 

 すると彼はどこか怯えた様子で話始めた。

 

 

「わ、私達のパーティは今朝方この村を出立し、山向こうにある村を目指していました..........で、ですがその途中...........見た事もない悍ましい魔物と出会したのです..........ぅぅっ」

 

 

 語り出した冒険者の青年パーカーは頭を抱えながら酷く怯えていた。確か彼とそのパーティメンバーの冒険者ランクは銀、最高ランクの金から数えてニ番目に高いランクである。未更新ではあるが今のシンよりランクは高い。

 

 そんな彼らのパーティが手に負えない魔物。パーカーの顔色がより一層悪くなる。

 

 

「して、その魔物はどんな特徴だったのだ?」

 

「ぅっ、ぅっ........................きょ、巨大な、()()()()().....」

 

「「「っ!?」」」

 

 

 神殿騎士デビッドの問いに、パーカーはシン達にとって聞き捨てならない言葉を口にした。

 

 

(シン様、その魔物おそらくは..........)

 

(ああ。十中八九、〝マンティコア〟だろうな)

 

(どうするシン。村長達に伝えるか?)

 

 

 シン達三人は自分達以外の相手に悟られないよう、シンとロクサーヌの[念話]を通して内談し始めた。そしてレオニスは、情報を開示するかどうかシンに問う。

 

 

(いや、今は話さないでおこう。表大陸でマンティコアが確認されたのは史実上魔国のみ、他種族の間では周知の事じゃない。そんな情報を下手に神殿騎士の前で晒し、あらぬ疑いをかけられでもしたら、今後こちらの動きが制限されるかもしれないしな)

 

((わかりました)(わかった))

 

 

 アレックス達には悪いが、今はまだ話せない。それにロバートから聞いた情報と異なり、違う魔物である可能性もある。本格的に情報の開示を検討するのはその後だ。

 

 

「人面の魔物? 村長は見たことあるか?」

 

「我輩にはございませんな。 此処ら一帯では見かけませんし、そもそもそんな魔物が居たなど初耳です」

 

「未登録の魔物か。これは教会本部に報告するべきだろうな。それでパーカー、君の仲間はどうした?」

 

「ぅっ..........ぅぅぅっ!」

 

「そこから先は我輩が話しましょう。すまんがお前達、パーカー殿を客室で休ませてやってくれ」

 

 

 デビッドの問いにもう答えることが出来なかったパーカー。そんな彼を見かねてアレックスは、村の男達にパーカーを客室に連れて行くよう促した。

 

 

「申し訳ありませぬデビッド殿。先程までは彼も落ち着いていたのですが..........」

 

「いや、こちらこそ私の配慮が足りなかったようだ。彼には申し訳ない事をした..............話を戻そうか、村長殿」

 

「はい。彼らのパーティは一人が死亡、もう一人は逃走中にはぐれたそうです」

 

「銀ランクの冒険者パーティがほぼ壊滅か。つまり、我々を此処に呼んだのは..........」

 

「ええ。ご推察通り、パーカー殿の仲間の捜索。それとその魔物の討伐、或いは調査であります」

 

「その捜索と討伐に抜擢されたのが、俺達ってわけだな」

 

「その通りでございます、シン殿」

 

 

 デビッドとアレックスの会話にシンが割って入り、アレックスの考えを言い当てた。そのシンの言葉にアレックスは真剣な面持ちで頷き、この場にいる者達の視線がシン達に注がれる。それを受けてシンは「わかった」と短く返事し、了承の旨を伝えた。

 

 すると困惑した表情を浮かべていた愛子が口を開いた。

 

 

「待ってください! それほど危険な魔物の討伐に要君達だけを行かせるなんて、せめて討伐隊を組むか、他の冒険者に協力者をお願いするとか..........!」

 

「先生、時間をかければかけるほど状況は悪化するのみです。もしパーカーさんの仲間が今この瞬間にも生死を彷徨っているとしたらすぐにでも助けに行くべきだ。最短で山を駆け登り、探索能力を持ち、銀ランク以上の実力者が必要というのならば、()()()()が一番適任です」

 

「それは..........確かに、そうかもしれませんが..............」

 

 

 シンの言う通り、人命救助は時間との勝負。それに“戦闘力や山を登り降りする体力面、そして探索に優れた者を”という条件になると、それを満たせるのはシン達だけであった。実に合理的な人選。愛子はそれ以上何も言えなかった。

 

 そんな愛子を他所にシンはアレックスに問いかけた。

 

 

「だがもし、その魔物が俺達とすれ違う形でこの村を襲いに来たらどうするのです? そもそもその魔物が一体だけとは限らないでしょう。 パーカー()のあの様子から察するにランク金以上の強さはありそうですよ?」

 

「ええ、問題はそこですな。我輩も元は金ランクの冒険者でしたが今は現役を引退した身。最悪我輩達の手に余る相手かもしれませぬ」

 

「私達神殿騎士や玉井達の力を足してもか?」

 

「神の使徒様方の力は重々承知しておりますが、相手がランク金相当かそれ以上となると話は別ですな。相手より劣っている分だけこちらが疲弊しますし、そもそも戦力が圧倒的に足りませぬ」

 

「くっ..........!歯痒いものだな..........」

 

 

 デビッドは自身の無力さを痛感し、悔しそうに歯噛みした。

 

 アレックスの言う通り戦力が足りない現状、高ランク相当の相手に中途半端な戦力では無益に被害を被るだけ。シンやロクサーヌ、レオニスの様な高次元に特出した何かが無ければ、その差を打開する事は出来ない。アレックスは元金ランクの冒険者。彼ならそれも可能にしたかも知れないが、現役から退いた今では厳しいだろう。むしろ彼を失えば一気に状況が悪化する。

 

 そこでアレックスはある提案をした。

 

 

「そこでシン殿、貴方のパーティメンバーであるロクサーヌ殿、もしくはレオニス殿のどなたかをこの村に留めていただけませぬか?」

 

「ふむ。確かに村の足りない戦力を補うならそれが一番妥当だな」

 

「では私が残りましょう」

 

 

 するとロクサーヌがいの一番に声を上げた。

 

 

「いいのか、ロクサーヌ?」

 

「はい、迅速な人命救助が求められるのでしたらレオニスの耳が必要でしょうし。それに村で何か起こり、シン様を呼び戻す事になった際には私の鼻が役に立ちますから」

 

 

 ロクサーヌの言う通り、僅かな物音でも拾う事が出来るレオニスは行方不明者の捜索に欠かせない存在だ。それに狼人族であるロクサーヌの嗅覚であれば匂いを辿って捜索に出たシン達を追跡する事も出来るし、彼女の足ならそう時間もかけずに捜索に出たシン達に追いつく事も可能だ。

 

 本当はロクサーヌの鼻にも頼りたいところだが、後々の事を考えるならそれが一番妥当な人選であった。

 

 

「わかった。ならお前に任せる、頼んだぞ、ロクサーヌ」

 

「はい。お任せください!」

 

 

 シンの言葉を聞き、ロクサーヌは真っ直ぐにシンを見つめ、力強く頷いた。

 

 

「そうなると捜索に行くメンバーが二人だけになってしまうが、どうする?」

 

「では私が同行しますっ!」

 

 

 デビッドのもっともな疑問に、食い気味に発言したのは愛子だった。

 

 

「なっ!何を言っているのだ愛子!」

 

「私の天職は非戦闘職ですので、この村の戦力にはなり得ません。なら要くんの探索メンバーに加わるのが一番かと」

 

「それなら尚のこと愛子を行かせられるわけないだろ! 捜索中、その魔物が現れたらどうする! 危険な目に遭うかも知れないのだぞ!」

 

「そこは心配無いでしょう。シン様の力なら愛子さんを守りながら戦うことなど造作もありませんしね」

 

 

 シンに同行しようとする愛子を止めようとするデビッド。だがロクサーヌが心配する必要は無いと割り込んで発言し、それを聞いたデビッドは若干眉を顰めた。

 

 

「ッ..........! なら私も同行しよう!」

 

「いいえ、デビッドさん。貴方はこの村が必要としている戦力なのですから私のことは気にせず、もしもの時に備えてこの村に残ってください。神殿騎士である貴方が居れば村の人達も安心出来ると思いますから。それに私なら大丈夫です!こう見えて私、山登りには自信があるんですよ!」

 

「愛子..............。わかった、君の期待に応えるとしよう!」

 

 

 デビッドはあっさりと愛子の言い分を受け入れた。もう少し食い下がってくると思ったが、どうやら愛子の真剣な顔つきに魅了されてしまったらしい。ちょろすぎだろ神殿騎士。

 

 

「要くん、かまいませんよね?」

 

「..............ふっ。どうせ俺が何か言ってもあれこれ理由をつけてついて来るんでしょ?かまいませんよ、貴方を守ることぐらい造作も無いです」

 

「では探索のメンバーは要殿、レオニス殿、愛子殿の御三方でよろしいですかな?」

 

「いえ。どうせでしたらあと一人..........三人、愛子さんに同行させて欲しい人達がいます」

 

 

 愛子の同行を許可したシン。そして編成された探索メンバーを改めて確認するアレックスだったが、そこにロクサーヌが人員の追加を要求した。

 

 そしてロクサーヌが口にした人物の名前は....................

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 

「えー、というわけで、皆さんにも探索チームに加わってもらう事になりました。早速ですがこれから山入りしますので、よろしくお願いします!宮崎さん、菅原さん、園部さん」

 

「「「...................」」」

 

「あ、あれっ!?皆さんっ!?」

 

「まあその反応は無理もないだろう。半ば強引にロクサーヌが要求を通したのだしな」

 

「........................」

 

 

 ロクサーヌが要求した三名、それは宮崎と菅原、そして園部だった。彼女達に事の顛末を説明した愛子だったが、まるで鳩が豆鉄砲を食った様な表情で無反応な園部達。それを見て愛子が戸惑っていると、レオニスが園部達の気持ちを(おもんばか)った意見を述べる。一方でシンは頭を抱えていた。

 

 

(たまに強引なんだよなぁ、ロクサーヌって.............)

 

 

 村長宅に集まり探索チームのメンバーがシン、レオニス、愛子の三人に決まった時、ロクサーヌは堂々と園部達の名を口にし、彼女達を探索チームに加える事を勧めた。

 

 ロクサーヌ曰く、ーーーー

 

『自分が抜ける以上、捜索の目は多いに越したことありません。それに愛子さん一人を探索チームに同行させる事を優花さんが許すはず無いでしょう。必ず着いて行くと言うはずです。なら優花さん達にも協力していただき、愛子さんの護衛として参加させましょう』

 

ーーーーとのことだ。

 

 “ なら玉井や清水でもいいのでは? ”と聞いたシンだったが、「女の勘は山の中でも働きます」とのこと。何それッ!?女性の勘ってすげぇ便利だなぁッ!?(←お前が言う?)

 

 なんて思いつつ、何故あえて園部達なのか疑問しか残らなかったが、シンは未だ読み切れていないロクサーヌの意図を信じる事にしたシン。しかし、ロクサーヌの言動に何処となく既視感を覚え、「他意は無いんだよな?」とシンが彼女に問うと「.........ふふ」と微笑みで返された。あとでしっかり問い詰めようと決意するシンだった..........

 

 結局ロクサーヌの要求をアレックスは受け入れた。愛子は最初気が進まない様子だったが最後はロクサーヌの「貴女を心配する生徒の気持ちも受け入れてください」という言葉で頷いた。

 

 二人の許可も下り、早速出発する事にしたシン達捜索チームは園部達に事情説明をしたのだった。

 

 そして現在、計六名の捜索チームは山の入り口付近に居た。

 

 

「事情は分かりましたけど..........私達、本当に役に立つんですか?」

 

「戦うのも正直..........その、怖いですし..........」

 

「足手纏いになるんじゃ..........」

 

 

 園部、宮崎、菅原がもっともな疑問と不安を口にする。無理もないだろう。ただの人命救助ならまだ構わないが、そこにランク金相当の魔物が関わってくるとなれば、不安を抱くのは当然のこと。

 

 そんな彼女達を見てシンは気持ちを切り替え発言した。

 

 

「心配するな、お前達はあくまで先生の護衛役。戦闘になれば俺とレオニスの二人で対象するし、必ず守ってやる。だから、お前達は目視で何か手掛かりになりそうな物とかを見つけて欲しい。急で悪いが、頼めるか?」

 

 

 シンが真剣な表情で園部達を見つめる。そんな彼の強い眼差しを見た彼女達は、一度三人で目配せをし、そして頷いた。

 

「..............わかった。出来る限り力になれるよう頑張るわ」

 

「まあ、要っちとレオニスさんが居るからって愛ちゃん先生を放ってはおけないもんね」

 

「うん。要くん、私達のことちゃんと守ってね?」

 

「ああ、任せろ。それじゃあすぐに出発する。が、その前にーーーー」

 

 

 シンがひとつ指を鳴らし、[認識阻害]を発動させた。これによってシン達六名以外は自分達の事を認識出来なくさせた。愛子や園部達はシンが何をしたのか分からず疑問符を浮かべている。

 

 

「俺達は今、周囲の存在から認識されなくなっている。簡単に言えば見えなくなってるって事だ」

 

「そんな魔法も使えるようになってたんだ..........」

 

「なんか、女子のお風呂とか覗くのに使えそうな魔法だね」

 

「あんた、まさかそんな目的の為にその魔法を覚えたんじゃ.......」

 

「んなわけないだろ?そもそもそんな発想も無かったわ。宮崎が中身おっさんなだけだろ?」

 

「なっ!?要っち酷くないっ!?」

 

 

 シンが軽く認識阻害の説明をすると、菅原が感嘆の声を漏らすが、宮崎が誤解を招く発言をした。それに反応した園部がシンに問い詰めるが、シンはすぐ否定し、不用意な誤解を招いた宮崎に仕返しをした。

 

 

「それで要くん、何故そのような魔法を今?」

 

「これから起こる事を周りに知られないためです..........先生、園部、宮崎、菅原、今から見る事は絶対に他言無用だ。ーーーー良いな?」

 

 

 シンの言葉に頷いた四人。

 

 それを確認したシンはレオニスに「頼む」と短く言葉をかけ、レオニスは頷いた。

 

 するとレオニスの体から眩しい光が溢れ出し、その光は園部達の視界を覆った。あまりの眩しさに目を閉じ、手で光を遮ろうとしていた四人。そしてようやく光が収まったことを感じた園部達は閉じていた瞼を開け、視界に映った光景に目を見開いた。

 

 そこに居たのは巨大な獣。

 

 硬い鱗に覆われ、長い尻尾を持ち、鋭い牙と爪、そして赤く鮮やかな立髪をした巨獣ーーー赤獅子だった。

 

 

「か、かか要くんッ!?.............それは一体..........!?」

 

「さっきお前達が話してたレオニスだ。普段は[人化]って言う俺が付与した魔法の効果で人の姿をしてるが、元はこの姿だ。()()()()では絶対に見られない最強の魔物“赤獅子”、それがレオニスの正体だ」

 

「れ、レオニスさんッ!?!?」

 

「レオニスさんが、まさか魔物だったなんて..............!?」

 

「しかも、最強の魔物って..........」

 

「ちょっと待ってよ要!あんたさっきこの大陸って..........その言い方じゃまるで、()()()()があるみたいな言い方じゃない!」

 

「それについては道中に話してやる。それより急ぐぞ。全員、レオニスの背中に乗れ」

 

 

 愛子の疑問にシンは答えた。それを聞いた愛子、宮崎、菅原が思い思いの言葉を口にする一方、園部はシンの〝大陸〟という言葉に反応を示した。

 

 だが今は時間が惜しいので、レオニスのこと、カタルゴ大陸のことは後ほど説明することにし、レオニスの背中に乗るようシンは促した。

 

 突然現れた巨大な魔物に困惑する園部達は、“背中に乗る”という行為に戸惑っていた。

 

 なのでシンが一気に[力魔法]で彼女達の体を浮かせ、レオニスの背に乗せると、園部達はいきなり自分の体が浮いたことに驚き、「きゃっ!」と女の子らしい声が上がった。その中で園部は突然の浮遊感に驚きつつも、目の前のシンにスカートの中が見えないように素早く押さえた。

 

 言えない、実はちょっと見えたとか..............

 

 

 彼女達を雑に浮かせてしまったことを反省しつつ、シンもレオニスの背に飛び乗った。

 

 

「それじゃあレオニス、頼む」

 

「任せろ」

 

「お前達、ちゃんと掴まってろよ!」

 

 

 シンの掛け声を聞いた愛子や園部達が「ガシッ!」とシンの体にしがみつく。かなり必死な様子で。

 

 そしてレオニスが持ち前の健脚で山道を駆け出した。

 

 赤獅子バス、出発進行ー!




筋肉と園部とマンティコアの回でした。ロクサーヌが残った意味はストーリー的にあります。


補足


『登場人物』


「アレックス・カルロー」
・筋肉ムキムキのスキンヘッドで毛先がカールした黄金の髭を生やしたカルロー村の村長。元金ランクの冒険者で妻と娘の三人で仲良く暮らしている。筋肉に対するこだわりが強く、レオニスとシンの筋肉を高く評価している。カルロー村出身であり、葡萄作りと筋トレに情熱を注いでいる。年子の姉が一人おり、その姉は現在ブルックの冒険者ギルドで働いているらしく、彼の親友も現在ブルックで冒険者向きの店を営んでいるそうだ。姉の名は「キャサリン」、親友の名は「クリスタベル」
(イメージは“鋼の錬金術師”に登場するアレックス・ルイ・アームストロング少佐です)


「パーカー」
・ブルックにやってきた冒険者パーティの一人で、銀ランクの青年。冒険者界隈でもかなり名の通った実力者だが、人面の魔物を見て以降、冒険者を引退することを決め、カルロー村で暮らすようになる。


『登場した舞台』


「カルロー村」
・王国、帝国、公国と共に有名な“カルローワイン”の原産地。村民の数はそれほど多くはなく、村民の住宅が一箇所に密集している。村の男達はみな一様に良い体をしており、村長であるアレックスが鍛えたことでそうなった。広大な葡萄畑を有しており、その畑の周りには魔道具で魔物を寄せ付けないようにしている。しかし近年魔人族の動きが活発になったせいか、日に日に強力な魔物が来るようになっていた。しかし、アレックスや村の男達でも十分対処出来る相手だったため、冒険者に依頼を出すことが無かったらしい。
葡萄以外にも家畜や野菜などの農業が盛んである。


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醜悪なる魔物



毎度と事ながら、長いです。

う〜ん、思っていた方向から段々ズレて行ってますけど、まぁ、うん、修正可能範囲ですね。



 

side:ロクサーヌ

 

 

 

 シン達捜索チームが山に入ってからすでに数時間が経ち、すっかり日が落ちていた。

 

 一応アレックスから数本剣を借り、武装を整えた状態で、ランタンに火を灯し、葡萄畑を巡回していたロクサーヌ。

 

 しかし先程から妙を視線を感じていた。

 

 暗闇の中、まるで全身を舐め回すようないやらしい視線。

 

 そんな不快極まる視線に耐え続けたロクサーヌは、歩みを止め、その視線の元に睨みを利かせた。

 

 周りには誰も居ない。しかしロクサーヌの[気配感知]は確かにその人物を捉えていた。

 

 

「いい加減、私に対してその様な視線を向けるのはやめていただけませんか? 正直吐き気すら感じます.............隠れていても無駄ですよ? シン様程ではありませんが、私も直感には自信があるんです」

 

 

 ロクサーヌがそう言うと、葡萄畑の奥からひとつの人影が動き、葡萄の木を掻き分け、歩み寄ってきた。

 

 そしてロクサーヌから五メートル離れた場所でその人影が止まり、その顔がロクサーヌが手に持つランタンの灯りによって照らされた。

 

 

「やはり貴方でしたかーーーー()()()()

 

「..................................くひっ」

 

 

 シンのクラスメイトである清水幸利がそこに居た。清水の口から漏れた短い笑い声はまるで狂喜的だった。

 

 

「何故私をつけていたのですか?」

 

「........................」

 

「答える気は..............無いようですね。 残念ですが貴方の事は後ほどシン様に報告させていただきます。ここで貴方の口を強引に割ることも可能ですが、シン様の同胞を傷つけるのは忍びないので辞めておきます」

 

「ーーーーーッ!!」

 

 

 先程まで細い笑みを浮かべていた清水が、シンの名前を聞いた途端その顔を明確な怒りで歪ませた。

 

 

「シン、様..............? ああぁ〜もおッ!うるせぇんだよッ! シン、シン、シン、シン、シン、シン、シン、シン、シン、シン、シン、シン、シン、シィンッて!! 人が見てないと思ってず〜っと! イチャつきやがってッ! アイツの何処が良いんだよッ!」

 

 

 激情のままに喚き声を出す清水。ロクサーヌがここ数日見てきた彼の印象は大きく覆った。

 

 清水は尚も口を動かす。

 

 

「なぁ、 知ってるかぁ? 要の奴、元の世界で酷い女誑しの不良だったんだぜ? そんなクズとお前じゃ不釣り合いだろ? あんなクズより俺の方がよっぽどお前を大切にしてやれる。 一目見た時から俺はお前に惚れて..........」

 

「お断りします」

 

「....................へっ?」

 

 

 ロクサーヌが清水がそれ以上口を開かない様に、話の途中でキッパリと返事を返した。それを聞いた清水は素っ頓狂な声を漏らす。

 

 

「聞こえませんでしたか? 〝お断りします〟と言ったんです。“シンさん”のことを何も知らない貴方が、よくもまあそれだけ語れましたね?..............この際ハッキリ言ってあげます。他人を貶めて、自身の評価を上げようとする貴方の言動はとても不愉快です! 私に気があるのは結構ですが、貴方の様な方に心を開く気などさらさらありません。それに、すでに私の身も心も全て、“シンさん”の物。ですから私が剣を抜く前に、どうかお引き取りを」

 

 

 その言葉に確かな怒りを滲ませて、ロクサーヌはキッパリと返事した。“様付け”から“さん付け”に戻っているあたり、相当頭にキているらしい。

 

 そんなロクサーヌの言葉を聞いた清水は下を俯き、ワナワナと肩を震えさせた。

 

 

「ふ、ふざけやがって..........! お前も俺を馬鹿にするのかよッ!! 少し胸がデカくて性格も良いからって亜人如きが調子に乗りやがってッ!..............もういいッ! 無理矢理にでも俺の物にしてやるッ!」

 

 

 そう言って清水が何やらブツブツと小言を呟き、掌をロクサーヌに向かって掲げた。

 

 

「俺の物になれッ!ロクサーヌッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

 途端、ロクサーヌの意識がグラついた。

 

 頭の中に流れ込んでくる何かによって意識が塗り替えられていく様な感覚を覚えた。

 

 だがそれは一瞬だけの事。

 

 ロクサーヌは咄嗟に[魔力放射]で流れ込んで来るソレを内側から弾き飛ばした。

 

 

「なっ!?俺の魔法が弾かれたッ!?」

 

(魔法..........なるほど、確か彼の天職は闇術師。私を洗脳しようとしたのですね)

 

「お前ッ! いっ、一体何をしたァッ!」

 

「貴方に答える義理はありません。 ですがこれでハッキリしましたね。貴方如きの魔法では私を御し得ないと言うことが」

 

「ぐっ............!!」

 

「自分の思い通りにならないと判れば、人の心を捻じ曲げようと魔法で操ろうとするーーーー私達が一番忌み嫌う相手と同じ、最低な人です」

 

 

 そう口にしたロクサーヌの視線には、清水を軽蔑する意思が確かに宿っていた。そしてロクサーヌは清水に対して[威圧]を発動させる。

 

 途端、清水の体がブルブルと震え出し、目の前に居るロクサーヌに対して明確な恐怖を覚えた。

 

 ガクガクと震える膝に力が入らなくなり、清水はその場で尻餅をついた。

 

 

「これ以上の対話は無意味。()()見逃してあげますから、引きなさい。さもなければ..............」

 

 

 ロクサーヌが腰に携えた剣を抜くフリを見せると、清水はみっともなく叫び声を上げ、暗闇の中走り去って行った。

 

 

「ふぅ..........(彼の魔法..........かなり危険ですね。 一応洗脳に対抗するためにと()()()()協力してもらっていたのが幸いしました)」

 

 

 一息つくロクサーヌ。

 

 思いの外、清水の洗脳魔法は極まっていた。それを弾く事が出来たのは、事前にシンの金属器〝ゼパル〟の力を受け、どう対処するかを特訓していたからだ。ゼパルの能力に比べたら清水の魔法はまだまだ隙だらけ。容易に[魔力放射]で弾けるほど脆い物だった。

 

 

「余計な魔力を使ってしまいましたね..........」

 

 

 なんてボヤいていると、突然遠くの方から爆発音の様な物が聞こえた。

 

 その方向にロクサーヌが視線を向けると、巨大な影が僅かに見えた。暗くて良く見えないが、何かが唸り動いている。

 

 するとその方角から誰かが走ってきた。

 

 玉井淳史である。

 

 彼は真っ直ぐにロクサーヌに向かってくると、彼女の目の前で止まり、息も絶え絶えといった様子で両膝に掌を乗せ、中腰で息を整えていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ..............ろ、ロクサーヌさんッ!」

 

「玉井さん。まさか人面の魔物が出たのですか?」

 

 

 ロクサーヌの質問に玉井は大袈裟気味に首を横に振った。

 

 

「俺には分かりません..........けど、みんなが言うのに、“サンドワーム”だって..........!」

 

「ッ!? 砂漠の魔物がどうして..........」

 

 

 “サンドワーム”、それはグリューエン大火山がある大砂漠に生息する巨大なミミズの魔物である。

 

 それが一体何故、砂漠からずっと離れたこの村に..........

 

 

「わかりません! でも今は村長とデビッドさん達が必死で食い止めてますけど、いつまで持つか..........!」

 

「分かりました、すぐに向かいます! 玉井さんはどうされますか?」

 

「お、俺も行きます!」

 

「では私の手をしっかり握っていてください」

 

「え?あ、はいっ!」

 

「行きます」

 

「はーーーー」

 

 

 〝はい〟と、玉井が答える前にロクサーヌは玉井の手を掴み、全力で駆け出した。

 

 まるで猛風で靡くタオルが如く全身が激しく揺さぶられ、ロクサーヌに引っ張られ続ける玉井。ロクサーヌほどの超絶美女に、手を握られているという幸福感、それを満喫する暇など与えない強烈なGが玉井を襲った。もはや玉井は走ってすらいなかった。というよりも走ることすら敵わなかった。

 

 玉井が手を離しても、ロクサーヌの手は離れない。

 

 

「HA☆NA☆SI☆TEッーーーー!!」

 

 

 玉井による魂の叫びは風切り音によって掻き消された。

 

 現場に着くまでずっとこのまま。

 

 天国と地獄?とはまさにこの事だろうと玉井は後に思い返すのだった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 カルロー村にサンドワームが出現する前の夕暮れ時。

 

 カルロー村を出発したシン達探索チームは行方不明となったパーカーの仲間を捜索していた。

 

 しかし討伐対象である人面の魔物“マンティコア”も発見できず、行方不明者の手掛かりも見つからない。

 

 時間ばかりが過ぎた結果、今の時刻になっている。

 

 そして現在、シン達一行は山道を歩いていた。

 

 途中までは赤獅子姿のレオニスに乗っていたシン達だったが、レオニスが崖を飛び越えたり、または飛び降りたり、果ては重力を無視した垂直走行など、めちゃくちゃな動きをした事で愛子や園部達が音をあげた。園部曰く、休むことなくジェットコースターに乗せられている気分、だったらしい。

 

 てなわけで愛子や園部達を落ち着いて進める様にと、レオニスの背から降り、徒歩になったのだ。レオニスも[人化]を発動させ、今は人間の姿をしており、水や食料が入ったリュックを背負っている。その際、「ほんとにレオニスさんなんですね..........」と愛子が呟いていたが、園部達も同様な気持ちだったらしく「ほぇ〜」と目の前の光景に(ほう)けていた。

 

 現在、シンが先頭を進み、最後尾にレオニスが陣取っている。その二人の間に愛子や園部、宮崎、菅原が挟まれ歩いているが、シンが愛子や園部達に身体強化を付与している事で彼女達は大した疲労感も感じずに進めていた。

 

 シンが愛子と何やらコソコソと話している中、園部達はここまでの道中を振り返って話をしていた。

 

 

「やっぱ要っちって凄いねぇ。王都にいた頃も凄かったけど、今はなんていうか、その、頼もしい!って感じがする」

 

「実力もそうだけど、雰囲気も前より落ち着いてるもんね。そこんところ優花はどう思う?」

 

「..........なんで私に振るのよ?」

 

「いいじゃん!別に変なこと聞いてるわけじゃないんだしさっ!で? で? 優花っちはどう思うのよ?」

 

「.......................確かに、前より頼もしくなったと思うわ。村に降りてきた強そうな魔物をあっさり倒しちゃうし、空も飛べるし、今だって私達がこうして楽に進めるように色んな魔法かけてくれてる...............要はきっと、色んな事を経験してきたんだと思う」

 

 

 園部はしみじみとした様子でそう口にし、ここに来るまでの道中でシンが語ってくれた事を思い返していた。

 

 シンが口にした「別の大陸」という言葉。それは言葉通りの言葉で、赤獅子レオニスの故郷〝カタルゴ大陸〟、又の名を〝裏大陸〟を指すモノであった。

 

 曰く、ここ(表大陸)からずっと離れ、海を超えた先にあるのがカタルゴ大陸(裏大陸)とのこと。

 

 曰く、大迷宮攻略後にとある理由でカタルゴ大陸に行く事になったとのこと。

 

 曰く、その大陸で地上最強の魔物として君臨する〝赤獅子〟と出会い、友好関係を築いたとのこと。

 

 曰く、大迷宮攻略後に使えるようになった魔法で、シンがレオニスに[人化]の魔法を掛け、共に旅をしているとのこと。

 

 それを聞いた時、園部達は話のスケールが大きすぎて呆然としていた。愛子は一応シンから事前にカタルゴ大陸について簡単に説明されていたが、レオニスが赤獅子である事は省いていたので驚いていた。ちなみに、カタルゴ大陸に魔人族の里がある事は伝えていない。クラスメイト達を逃す際に説明するつもりなので、今は余計な情報を与えない事にした。最悪自分が語らなくても、カマル老がなんとかするだろうと思っての判断だ。

 

 と言ったように、次から次へと聞き慣れないワードを耳にした園部達は、改めて彼がこの数ヶ月の間でどれほど濃い体験をして来たのか理解したのだった。

 

 すると菅原と宮崎が顔を見合わせてニヤリと一つ、そして二人は園部の左右の耳元に口を近付けて、こう呟いた。

 

 

「「..........惚れ直した?」」

 

「んなッ!? 〜〜〜〜〜ッ」

 

 

 途端、園部の顔が真っ赤に染まった。菅原と宮崎の二人が呟いた耳元までバッチリと。

 

 

「なっ、なんでそういう話になるのよッ!」

 

「いやぁ、だってさ〜。 こう言うのもアレだけど、ぶっちゃけ今の要っちって、その..........かっこいいじゃん?」

 

「うんうん、天之河くんとはまた違った感じだよね。たまにこう、キュンッ!ってさせられるし、同年代の男子とは思えない貫禄がある」

 

「あっ! だからって、別に付き合いたいとか、そういうこと考えてる訳じゃないから、安心しな優花っち!」

 

「だ〜か〜らッ!なんでそういう話になるのよッ!」

 

 

 宮崎と菅原がそんな事を口にした。そして宮崎が念の為にと補足説明するが、園部はそんな事求めてないっ!という風に反発していた。

 

 そんな三人のやり取りを後方から見ていたレオニスは、ロクサーヌの意図をようやく理解し、愉快そうに鼻で笑った。

 

 

(フッ、なるほどな。トレイシーに続いて今度はこの子か..........)

 

 

 なんて事をレオニスが考えていると、シンから念話が飛んできた。

 

 

(後ろは随分と楽しそうじゃないか)

 

(聞いていたのか、シン?)

 

(まさか。こっちはこっちで先生に色々と根掘り葉掘り訊かれてたから、そっちの会話に耳を立てる余裕は無かったよーーーーそれよりレオニス、何か聞こえたか?)

 

(いや、何も聞こえないな。()()()()()くらいだ)

 

(やっぱりか..........)

 

 

 シン達一行は今の山道に来るまで、かなり山の中を進んだ。だというのに魔物や動物と遭遇する事は無く、それどころか広範囲で索敵しても魔物や動物の気配が一切見受けられなかった。レオニスが言う通り、静かすぎるのだ。

 

 それに気づいていたシンとレオニス。園部達はまだ気づいていない。しかし田舎育ちの愛子はだんだん勘付き始めていた。

 

 

(シン、もうすぐ本格的に日が落ちる。現状何も見つかっていないが、早めに切り上げて村に帰ったほうが良いぞ?)

 

(..........そうだな。よし、一度休憩をはさーーーー)

 

 

ーーーーその時だった。

 

 不意に二人が感じ取った悍ましい魔力の波長。

 

 シンとレオニスは歩みを止めた。念話で話していた途中だったが、唐突に感じた醜悪な魔力に顔を顰める二人。

 

 そんな二人の様子を見て訝しそうにする愛子や園部達。

 

 

「要?」

 

「要くん、どうしたんですか?」

 

 

 園部と愛子がシンに声をかける。だが、シンは二人の呼び掛けに応えず、黙っていた。

 

 

「........................何か聞こえるか、レオニス?」

 

「..........(かす)かだが呻き声が聞こえる。だがこの魔力は」

 

「ああ、間違いなく()()()..........」

 

 

 緊迫する二人の空気と短いやり取り。緊張感ある二人の会話を聞いた愛子と園部達もその意味を理解し、途端に不安そうな表情を浮かべる。

 

 二人が感じ取った魔力から察するに、まず間違いなく人面の魔物“マンティコア”が居るのは明らか。

 

 シンは[天眼]と[空間掌握]を同時に発動させ、この道に先、シン達が今いる所からかなり離れた場所に視点を移した。視点の先には開けた更地がある。そしてその更地の中央に血の池に横たわる人影が一つ。パーカーの仲間の一人だ。見覚えのある顔と装備、間違いないだろう。だが、その男の両腕両足は欠損しており、まるで達磨の様に地面に横たわり、大量の血を流しながら悶えていた。よくこれで生きているなと思える程だ。そして、それを行ったであろう人面の魔物“マンティコア”の姿は何処にも見当たらない。

 

 

(誘ってるのか、俺達を..............?)

 

 

 だが捜索していたパーカーの仲間が生きているなら、それを救わないと言う選択は無い。

 

 

「この先、開けた場所にパーカーさんの仲間がいる。かなり酷い怪我だがギリギリ生きてる」

 

「ほんとですかッ!?」

 

 

 愛子がシンの言葉を聞き、行方不明者が生存している事に喜ぶような声を出した。しかし状況は逼迫している。

 

 

「ええ、急ぎましょう」

 

 

 そう言ってシンは愛子や園部達を[力魔法]で浮かせた。大丈夫、今度はちゃんとスカートが捲れないように配慮した。浮いてると言っても地面から二十センチ足が離れた程度。だからそんな必死になってスカート抑えなくていいんだぞ、園部?

 

 園部にちょっと睨まれつつも、シンとレオニスは山道を全力で駆け出した。それに付随して彼女達も物凄いスピードで低空飛行をするが、シンの[力魔法]によって風圧は一切かからない。

 

 そしてシン達はあっという間に開けた更地に到着し、パーカーの仲間の元に辿り着いたがーーーー

 

 

「..............遅かったか」

 

 

ーーーーパーカーの仲間は既に生き絶えていた。

 

 愛子や園部達は目の前の悲惨な光景と遺体を目の当たりにして、顔を真っ青にしている。シンはレオニスが背負っているリュックから遺体回収用の大きな布を取り出し、遺体をその布で包む。愛子もシンの手伝いをするが、彼女の瞳は潤み、それでも涙は流さないよう必死で堪えていた。

 

 悍ましい魔力がここら一帯に充満している。

 

 すると更地の奥、シン達が通ってきた道の反対側の山道から黒い影が現れた。

 

 

「な、なによ、あれ..........」

 

 

 怯えてながらそう呟いたのは園部だった。

 

 園部が見たモノ、それはシンとレオニスが予想していた通りの存在だった。大きさは熊以上の巨体、背中には幾本もの突き出した棘が生え、蝙蝠のような一対の翼と蠍のように鋭い尻尾を持ち、なにより不気味なのはその獣のような姿をしたソイツの頭部が人の顔とまるで同じだったことである。

 

 その醜悪な見た目に園部だけでなく、愛子や宮崎、菅原が絶句していた。

 

 さらにソレと同じ存在が、シン達が通ってきた山道からもう一体現れた。此処の更地は前後に木々が生い茂る山道と、左右に切り立った岩の壁で囲まれた場所。つまり、逃げ道を塞ぐ様に二体の醜悪な獣が現れたのだ。やはりシンの予想通り、誘い込まれたらしい。

 

 

「シン、こいつらが例の..........」

 

「ああ、間違いない。人面の魔物、〝()()()()()()〟だ。ロンさんの言ってた通り、趣味の悪い見た目をしてやがる」

 

 

 シン、ロクサーヌ、レオニスの三人が予想した通り、その魔物はかつて魔国を地獄の淵に陥れた最悪の象徴〝マンティコア〟だった。

 

 

「要くん、レオニスさん..........」

 

「心配しないでください先生」

 

「ああ。俺達の力を信じろ」

 

 

 不安に二人の名を呼んだ愛子。そんな彼女に対しシンとレオニスは何も臆すること無く、力強く言い切った。

 

 そしてもう一人、園部がシンに不安そうな視線を向けていた。そんな彼女の視線に気づいたシンは、彼女の肩にポンッと手を置き、すれ違い様に一言「任せろ」と告げる。

 

 シンとレオニスは園部達の前に背を向け、目の前に居るマンティコアと相対する。

 

 そしてシンが[鑑識]を発動させ、目の前のマンティコアに刻まれた情報を読み解こうとした時、それが()()()()

 

 

(アリエルの時と同じか。やっぱり、魔耐が高い相手に[鑑識]は通用しないみたいだな..............)

 

 

 自身の[鑑識]が弾かれたのはこれで三度目。一度目はアリエル、二度目はレグルス、そして三度目が目の前のマンティコア(コイツ)だ。マンティコア如きに弾かれたのは少し癪だが、[鑑識]で情報を抜けないなら実際に戦って調べればいいだけのこと。

 

 

「レオニス、すぐには殺すな。ある程度コイツらの力を分析しておきたい。やれるか?」

 

「余裕だ。なんだったら俺が二体同時に相手をしてやっても構わないぞ?」

 

「そうかよ。なら二体分の労力で、そっちの奴を調べてくれ」

 

「フッ、仰せのままに、王よ」

 

 

 そしてレオニスが正面側に、シンが背面側のマンティコアに前に立ち塞がった。

 

 途端、二体のマンティコアがタイミングを見計らったかの様に尻尾の先をシン達に向け、そこから無数の針を射出した。  

 

 レオニスは向かってくる全ての針を力任せに放った拳圧で吹き飛ばした。

 

 一方のシンは向かってくる全ての針を、腕組みをした自然体で[力魔法]を発動、針はシンに当たる直前ですか停止させられた。そして腕を組んだまま指先を指揮棒の様に一振り。すると空中で停止していた針の先が百八十度転回し、元の持ち主の方へと向いた。

 

 

「お返しだ」

 

 

 シンの言葉と共に指先が対面にいるマンティコアに向けられると、停止していた全ての針が一斉に射出された。しかし、それを躱わすマンティコア。

 

ーーー(反応速度は悪くない)

 

 するとそのマンティコアは翼手を地面に着け、まるで翼を脚に見立てたようにして六足走行でシンに迫ってきた。その突進力は目を見張るものがある。

 

ーーー(翼脚なのか。スピードもなかなか..........) 

 

 だが、止めてしまえばそれも意味は無い。

 

 シンの[力魔法]がマンティコアの動きを封じた。(もが)くマンティコア。

 

ーーー(大した膂力だ、硬さもある。カタルゴの魔物と同等クラスかもしれないな..........)

 

 力魔法越しに伝わるマンティコアの桁外れな膂力と硬度。それを確かめたシンは、[力魔法]の出力を徐々に弱めた。するとマンティコアがシンの[力魔法]を強引に振り払い、再度突進を仕掛けてきた。と同時にマンティコアは火球を吐いた。

 

ーーー(ロンさんから聞いてた通り、魔法も使える様だな)

 

 向かってきた火球を掻き消すシン。それと同時にマンティコアはシンに肉薄し、太く鋭い爪が生えた片腕を振り抜いた。背後から、シンの名を呼ぶ園部、宮崎、菅原。

 

ーーー(この程度、レオニスの拳に比べればまだまだぬるい..........!)

 

 振り抜かれた巨腕をシンは屈んで躱し、続け様にもう片方の巨腕が屈んだシンに迫る。しかし、シンはそれを跳躍で躱し、マンティコアの頭上を通り背面側に着地。するとマンティコアの背中に生えた幾本もの鋭い棘が、ミサイルのようにシンに発射された。

 

ーーー(そういう使い方なのね、それ..........)

 

 冷静にマンティコアの戦力分析をするシン。勿論向かってきた棘ミサイルは全弾、[力魔法]で撃ち落とした。

 

ーーー(もういいだろう..........)

 

 漸くシンは組んだ腕を解き、再び[力魔法]でマンティコアを拘束した。今度は全力だ、一分の隙も無い。

 

 そして、シンは余裕の表情を浮かべながら、自身の反対側で戦っているであろうレオニスに念話で声をかけた。

 

 

(レオニス、戦力分析は順調か?)

 

(ああ、もう十分だ。この程度の魔物なら警戒すら必要も無い。一撃で屠れる)

 

 

 そう答えたレオニスは、片手でマンティコアの首を掴み、その巨体を持ち上げていた。メキメキとレオニスの手が掴んだ首にめり込み、マンティコアがレオニスの手から逃れようとジタバタと踠いている。だがその程度の抵抗ではレオニスの腕は絶対に振り解けない。レオニスが相手したマンティコアの尻尾は、彼の手で引き千切られていた。さらに片翼も捥ぎ取られ、体中のあちこちがボコボコに凹んでいた。どうやらレオニスは、マンティコアの耐久力重視で戦力分析をしたらしい。

 

 

(じゃあそろそろ終わりにするぞ? これ以上時間を掛けて、先生達に何があっても困るからな)

 

(了解だ。ではーーーー!)

 

 

 最低限のやり取りをしたシンとレオニスは同時に動いた。

 

 レオニスは拳を握り、弓を番える様に拳を後方へと引き絞る。シンは[力魔法]でマンティコアを自分達から離れた場所に移動させ、上空へと打ち上げた。

 

 

「「永眠(ねむ)れ」」

 

 

 レオニスが放った拳が掴み上げていたマンティコアの胸部に直撃し大きな風穴を空けた。そしてシンが浮かせたマンティコアは遥か上空で弾け飛んだ。血肉が雨の様に降って来るが、シンの配慮のお陰でその血肉を浴びる者は一人もいない。

 

 そんな二人が成した光景を目の当たりにした愛子や園部達は、シンとレオニスの戦いぶりを見て愕然としていた。

 

 ハッキリ言って格が違う。二人はそれほど隔絶した強さを持っていた。愛子や園部達が一番強いと思っていた天之河達勇者パーティの実力が霞むほど、おそらく天之河達が束になって襲い掛かろうと全く相手にならないだろう。それほどシンとレオニスには余裕があった。

 

 そしてシンとレオニスは愛子や園部達の元に戻って来ようとその場に背を向け、歩き出した時だった。

 

 

「要ッ!後ろッ!」

 

「レオニスさんッ!」

 

「「ッ!」」

 

 

 園部と愛子の声が同時に聞こえ、シンとレオニスは振り返った。

 

 レオニスが倒したはずのマンティコアは、胸に空いていた風穴をブクブクと肉が泡立つように再生させながら、仰向けに倒れた状態から上体を反りながら立ち上がっていた。一方、シンが爆散させたマンティコアの血肉は、肉片一つ一つが意思を持つ様に集結し、元の姿へと戻ろうとしている。

 

 

(シン、これは一体..........!?)

 

(わからない。だが、確かに()()()()()()()()()()()()は消える様子が無い。俺の鑑識を弾き、気配感知に引っかからない上、この再生能力....................待て、俺は今なんと言った..........?)

 

(再生能力云々と言っていたぞ?)

 

(違う、そこじゃ無い....................俺は今、()()()()()と言ったのか?)

 

 

 シンとレオニスが念話で会話をし、シンは自分が発した言葉に疑問を抱いた。

 

 シンの言った通り、今シン達が居る場所にはマンティコアの悍ましい魔力が充満している。しかしシン達の前に現れた二体のマンティコアは、少なくともさっきまではこの場に居なかった。それに二体のマンティコアが現れた事で此処ら一帯の魔力はより一層濃くなった。その上、うち一体はおそらくシン達の跡をつけていた。それも気配や魔力を察知されないように。つまりシンとレオニスが最初に感じた悍ましい魔力は、今二人が相手しているマンティコアから放たれた物では無い。

 

 じゃあ最初に感知したあの魔力は何奴(どいつ)が..............?

 

 そんなのは決まっている。シンとレオニスの目の前にいる二体以外の存在、つまり()()()のマンティコアだ。

 

 じゃあその三体目のマンティコアは今どこにいる?

 

 

「「「「キャーーーーッ!!」」」」

 

「「ッ!?」」

 

 

 シンが思考を巡らせていた時、シンとレオニスの背後から愛子や園部達の悲鳴が聞こえた。すぐさまシンとレオニスは振り返り、彼女達が居る所に目を向ける。そこには信じられない物があった。

 

 布に包まれた遺体から肉が盛り上がり、巨大で歪な肉塊へと変貌していた。

 

 そして次の瞬間、肉塊は()()()()()()()()()()へと成った。 

 

 

「レオニスッ!!」

 

「わかっているッ!!」

 

 

 シンとレオニスの行動は早かった。

 

 すぐさま彼女達の元へと飛び込もうとしたが、二人は横から強い衝撃を受け、吹き飛ばされた。

 

 再生した二体のマンティコアが二人を攻撃したのだ。しかも先程より格段に威力やスピードが跳ね上がっている。二人にダメージは無い。だがその攻撃を喰らったタイミングが最悪だった。

 

 愛子や園部達の前に現れた三体目のマンティコアが、その蠍の尾のような尻尾を愛子に向けて突き立てようとしていた。

 

 

「先生ッ!!」

 

 

 咄嗟に園部が愛子を突き飛ばした。そのお陰で愛子はマンティコアの攻撃から救われた。

 

 そう、身代わりになった園部のお陰で。

 

 園部の胸から背中にかけてマンティコアの尾が突き刺さった。

 

 

「園部ェェェェーーーーッッ!!!!」

 

 

 シンは無意識で[限界突破]を発動させた。そして身体強化と[驀進]を掛け合わせ、硬い地面を踏み砕き、園部の元へ駆けつけてようとする。

 

 そこに先程シンが相手していたマンティコアが割って入るが、「どけ」と短く呟いたシンはマンティコアの半身を抉り飛ばし、事も無げに園部の元に辿り着いた。

 

 園部を刺したマンティコアは、尻尾に刺さったままの彼女を食おう醜悪な面で口をガパッと開いた。それを見たシンはマンティコアの頭部を[力魔法]で一切の手加減無く握り潰し、岩の壁に向けて吹き飛ばした。

 

 地面に落ちそうになった園部をシンが横抱きでキャッチした。

 

 

「園部ッ! しっかりしろッ! 園部ッ!!」

 

「か.......かな、め..........」

 

「先生、リュックから回復薬と止血剤!早くッ!」

 

「そ、園部さん..........」

 

 

 愛子は自分のせいで生徒を傷付けてしまった事にかなり動揺している。だが、今はそんな時間は無い。

 

 

「グズグズするなッ! 生徒を死なせたいのかッ!」

 

「ッ..........す、すみませんッ!!」

 

 

 我に返った愛子がレオニスが戦闘前にその場に置いて行ったリュックからありったけの回復薬と治療に使える道具を全て出していた。

 

 シンは園部を地面に寝かせ、[自然治癒能力上昇]を[重複付与]で重ね掛けする。だがこれも時間稼ぎにしかならない。園部が受けた攻撃は致命傷となるレベルの深い傷、回復薬でもどうにもならない。

 

 だがシンは必死で[自然治癒能力上昇]を付与し続けた。

 

 そんなシンと地面に横たわる園部の元に宮崎と菅原が涙を流して駆けつけた。

 

 

「「優花ッ!(優花っちッ!)」」

 

「なな..........おたえ..........ごめん..........」

 

「な、何謝ってんのよッ! お願いだから死なないでッ!」

 

「優花ァッ! 気をしっかり持ってッ! 一緒に帰るって約束したじゃんッ!!」

 

「要っちッ! お願いッ! 何でもするから優花っちを助けてッ!」

 

「お願い、要くんッ..........!」

 

 

 涙で目元を真っ赤に腫らした二人がシンに縋り付いて懇願する。それを聞きながらシンがさらに付与魔法を重ね続けていると、愛子が回復薬や応急セット、止血剤などなど必要そうな物を全て持ってきた。

 

 シンは回復薬の一本を傷にかけ、もう一本を園部に飲ませようとする。

 

 だが、上手く飲めないらしい。

 

 シンは躊躇する事なく、その一本の回復薬を自分の口に含み、口移しで園部に飲ませる。少しだけだが飲んでくれた。だが、この程度の回復薬では傷を塞ぐことは出来ない。

 

 現在、三体のマンティコアをレオニスが一人で抑えていた。すでに赤獅子の姿に戻っており、圧倒的な膂力でマンティコア達を蹴散らしているが、すぐに再生して再びシン達に襲い掛かろうとするのでキリが無い。

 

 そんな現状をシンは歯痒そうに見ながらも、園部の治療に専念していた。

 

 

「か、なめ..........」

 

「喋るなッ。少しでも体力を温存しろッ!」

 

 

 必死な様子でそう告げたシン。そんなシンを見た園部は、血の気が引いた顔で苦しそうにしながらも優しく彼に微笑んだ。まるで死期を悟った人の微笑み、一瞬シンの脳裏にロバートの最後がダブった。

 

 すると園部が血に濡れた自分の手をシンの頬に添え、口を動かし、声にならない言葉を発する。誰にも届かない声。しかし、シンはその僅かな唇の動きから園部が何を言ったのか理解し、目を見開いた。園部が口にした言葉、それはーーーー

 

 

 〝あんたが好き〟

 

 

ーーーーシンへの告白の言葉だった。その言葉を口にした後、園部が満足そうな笑顔を浮かべ、その瞳から涙を流していた。

 

 

「園部さんッ!」

 

「優花ッ!」

 

「優花っちッ!」

 

 

 愛子、菅原、宮崎が必死に呼び掛ける。

 

 

「園部ッ!勝手に一人で満足してんじゃねぇッ! 俺はまだ何も返事してないぞッ!」

 

 

 園部の目がゆっくり閉じていく。

 

 その時だったーーーー

 

 

「ーーーー癒しなさい〝()()()()〟!」

 

 

 くぐもった女の声が上空から聞こえ、園部の体が大きな水の塊に包まれた。途端、園部の胸に空いた傷からブクブクと気泡が吹き出し、みるみる癒されていく。

 

 園部の体を包んだ水の塊が霧散すると、彼女の胸に空いていた傷は綺麗に塞がっていた。その場にいた愛子や宮崎、菅原が驚きを隠せずにいた。園部自身も意識が遠のいていたところで、突然水に包まれ、気付いた時には体の痛みも消えていたので目をパチクリさせている。

 

 そして園部は体を起こし、自分の胸に手を添え、傷が塞がっているのを確かめた。

 

 

「あれ.......私..........?」

 

「「「園部さんっ!(優花っ!)(優花っちっ!)」」」

 

 

 起き上がった彼女を見て、愛子、宮崎、菅原が園部の名を呼んだ。宮崎と菅原はガバッと園部に抱きつく。「痛いよ、二人とも......」と強く抱きしめられた事で戸惑う園部だが、その表情はやれやれといった様子で微笑していた。

 

 

「一体何が..............」

 

「今のは要くんが?」

 

「違う、俺じゃない」

 

 

 シンが目の前で起きた出来事に訝しんでいると、愛子が尋ねてきた。しかし、シンが答えたように彼がした事では無い。

 

 では一体誰が..............?

 

 その答えはすぐ現れた。

 

 

「危ないところでしたね」

 

「ッ!? お前は..........!」

 

 

 天から降ってきた黒いローブを纏った女。彼女は軽やかに地面に着地すると、言葉を発し、シンはその女の姿を見て目を見開いた。

 

 

「やっと会えましたね..............要 進さん」

 

「まさか、お前..........!」

 

 

 シン達の目の前に現れたのは黒いローブを羽織り、銀の軽鎧を体に纏った、()()()()()()()()の白い仮面を被った白髪の女だった。

 

 

「..............()()()()、だよな? ミレディじゃなくて」

 

「出来ればそこは断言して欲しかったです..........ええ、合ってますよ。この仮面はミレディからのお下がりなので気にしないでください」

 

「そ、そうか..........」

 

 

 園部の傷を癒したのはヴィーネだった。

 

 まさか、こんな形で彼女と出会う事になるとは。

 

 

「一先ず、アレを片付けた方が良いのでは?」

 

 

 ヴィーネはそう言いながら、レオニスが相手しているマンティコア達を指差した。

 

 

「..............ああ、そうだな。お前には聞きたいことが山程ある。話してくれるんだよな?」

 

「ええ。その為に貴方達を此処に呼んだのですから」

 

「此処に、か..............」

 

 

 まるでマンティコアがこの山に出現する事を予め知っていたかのような口振り。

 

 だがそれを問い詰めるのは後だ。

 

 今は目の前の相手に集中する。園部を傷つけた相手、それを生かしておくわけにはいかない。

 

 

「要..............」

 

 

 園部が心配そうな目をシンに向け、彼の名を呼んだ。そんな彼女にシンは真剣な表情で言葉を返した。

 

 

「さっきは守ってやれなくて悪かった園部。 お前の気が治るなら、あとでなんでもする。だから、今は少し待っててくれーーーー“すぐに終わらせてくるから”」

 

 

 そう言ってシンはマンティコア達の元に歩き出した。

 

 そしてヴィーネはマンティコア達の元へと向かっていく彼の背中を見て、仮面の内側でほくそ笑んだ。

 

 




というわけで、下衆化した清水と、園部危機一髪、ヴィーネ登場の回でした。清水は原作で承認欲求の塊みたいな奴だったので、今作ではロクサーヌという彼好みの美女に出会い、気が狂った事になってます。中途半端に洗脳魔法の才能があったが故の失態です。それに今回は一瞬なのでロクサーヌでも簡単に振り解けました。流石に丸一日洗脳は無理ですが.....



補足


『登場人物』


「ヴィーネ」
・真っ黒なローブを羽織り、銀の軽鎧を身に纏っている。白髪の女性。ミレディと同じニコちゃんマークの仮面をつけている。彼女曰く、「ニコちゃんマークなのは私も不本意なところです」とのこと。金属器の使い手。所有している精霊は〝ヴィネア〟。ヴィーネの名前はヴィネアをもじったもの。本名は不明。


「清水幸利」
・ロクサーヌを一目見て彼女に惚れた闇術師。要進のクラスメイト。後に悲惨な運命を末路が待ち受けている..........。



『登場した魔物』  


「サンドワーム」
・本来グリューエン大砂漠に生息する巨大なミミズの様な魔物。カルロー村を襲撃した特殊なサンドワームで、体表の色素が黒く、皮膚が頑丈。


「人面の魔物“マンティコア”」
・熊以上の巨体と背中に生えた幾本もの棘、蠍のような尻尾、蝙蝠のような翼、そして人の顔のような頭部を持つ魔物。神エヒトが創り出した魔物で、かつて魔国を阿鼻叫喚の地獄に変えた要因。シンの[鑑識]を弾く程の魔耐を持ち、膂力、速力共にカタルゴの魔物に匹敵する。翼脚を使って六足走行や、飛翔も可能。体が細切れになっても再生する。



『登場した金属器』


【ヴィネア】
・ヴィーネが所有している水を操るジン。
(マギに登場する練紅玉が所有する金属器とほぼ同じ能力。夏黄文の眷属器のように水の力で傷を癒す力もある)




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醜悪な魔物 VS 付与魔術師


つくづく思う。ハーレムって難しいんだと..........。



 

「..............ねぇ、いい加減離離れなよ、二人とも」

 

「「やだ」」

 

「はぁ〜、もぉ..........」

 

 

 現在、地面に腰を下ろしている園部は友人の宮崎と菅原が抱きついていていた。

 

 そんな二人に離れるよう呼び掛ける園部だったが、返ってきた答えは「やだ」の二文字。離れるつもりはないらしい。園部が呆れ半分で溜息を吐くが、正直そこまで嫌だとは思ってはいない。ただ一向に離れる様子が無いので試しに聞いてみただけに過ぎない。

 

 

「仕方ないですよ、園部さん。お二人は本気で貴女の事を心配してたんですから」

 

「そうですよね..............二人とも、心配かけてごめんね?」

 

 

 愛子にそう言われた園部は二人を抱き返しながら謝罪した。それに対し宮崎と菅原は鼻を鳴らし、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら「..........ゔん」と返事した。

 

 

「ヴィーネさん..........ですよね? さっきは園部さんを助けてくれて本当にありがとうございました」

 

「私からも! 助けてくれてありがとうございました」

 

「「優花(っち)を助けてくれてありがとうございましたっ!」」

 

 

 愛子、園部、宮崎、菅原がヴィーネにお礼の言葉を述べた。四人ともがヴィーネに対してしっかりと頭を下げている。尤も、宮崎と菅原の二人は未だに園部にくっついているが。

 

 

「気にしないでください。私が園部さんを助ける事が出来たのは偶々です..........それより、愛子さんは私のことをご存じだったのですね」

 

「え、あ、はい。要くんから一応聞かされていましたので..........」

 

「そうですか。愛子さん、貴女が私と此処で会ったことは他言無用でお願いします」

 

「わ、わかりました! 園部さんの命の恩人がそう望むのでしたら!」

 

「..........やはり、聞いていた通りの方なんですね

 

「はい? あの〜、 いま、何か言いましたか?」

 

 

 ヴィーネがボソボソと小声で何かを呟いたが、小声な上に仮面で声がくぐもっているため愛子には全く聞こえなかった。なので愛子が何を言ったのか聞き返してみたが、ヴィーネは「いいえ。お気になさらず」と一言呟き、愛子から顔を背けた。

 

 そっぽを向けられた事で、何か気に障っただろうか?と気を落としそうになった愛子だったが、ヴィーネは顔を背けたのでは無く、こちらに向かってくるレオニスに視線を移しただけだった。

 

 こちらに歩み寄ってくるレオニス。既に彼は[人化]しており、真っ直ぐヴィーネを睨みつけていた。

 

 そしてレオニスはヴィーネの前に立ち、彼女を見下ろながら口を開いた。

 

 

「お前がヴィーネか..............嫌なことを思い出させる仮面だ」

 

「私としても不本意なのでご容赦ください..........はじめましてレオニスさん。貴方の事は友人から聞いております」

 

 

 「友人?」とレオニスが訝しそうに呟く。だが次の瞬間にはヴィーネの言葉に納得しつつ、彼女が羽織るローブの中に隠れている存在に鋭い視線を向けた。

 

 

「どうしてお前がそこにいる、()()()()?」

 

 

 なんとヴィーネが羽織る黒ローブの中には、シンが園部達と再会する前に行方知れずとなったバウキスがいた。ヴィーネの事を未だに信じ切れていないレオニスにとって、バウキスがヴィーネと行動を共にしている姿は裏切り行為に見えたのかもしれない。

 

 レオニスの言葉には明らかに怒気が孕んでいた。それを聞いたバウキスが本当に申し訳なさそうに縮こまっている。

 

 

「彼女を責めないであげてください。彼女は進さんの事を思って私に協力してくれたんです」

 

「.......................バウキスの事も含めて、後できっちり話してもらうぞ?」

 

「はい。そのつもりです」

 

 

 そんな二人のやり取りを横で見ていた愛子は物凄く居心地が悪そうだった。そんな愛子に助け舟が入る。

 

 

「あの、レオニスさん..............要は?」

 

 

 園部がそう問いかけた。内心で「ナイスタイミングです、園部さん!」と愛子が思っているともつゆ知らず、園部は純粋に何故レオニスが此処に戻ってきたのか気になり問い掛けたのだ。

 

 

「一人で相手をするそうだ。さっきみたいな不意打ちに備えて、“君達のそばに居ろ”と言われた」

 

「そんなッ! 要一人でなんてッ...............!」

 

「アイツなりの“けじめ”だ。君を危険な目に合わせてしまった事に対してのな」

 

「けじめって..........」

 

「「要っち.....(要くん.....)」」

 

 

 レオニスの言葉を聞いて園部、宮崎、菅原は、シンがどれだけ責任を感じているのか悟り、不安そうな面持ちになる。

 

 

「ですが、要くん一人で相手するのはいくら何でも酷な事でわっ?!」

 

「いや....................そうでもないぞ?」

 

 

 レオニスが顎で指した先に愛子や園部達が視線を向けた。

 

 そこには三体のマンティコア達に向かって普通に歩いていくシンがいた。彼の体からは虹霓の光が溢れている。

 

 レオニスにやられた傷をあっさりと再生させたマンティコア達がシンを見つけると一斉に駆け出し、シンに襲い掛かろうとする。

 

 だがマンティコア達はシンの[力魔法]によって進路を阻まれている。力魔法越しに伝わるマンティコア達の抵抗力は、ほんの数分前に体感したものより増していた。

 

 

「お前達は再生するたびに力が増していくのか?..........こういうところも、俺が最初に鑑識(見た)時点で気づいていれば、園部にあんな思いをさせずに済んだのかもしれないな..........」

 

 

 シンは己の未熟さに嫌気が差し、自虐的に語り始めた。勿論、マンティコア達からの返事を期待しての発現ではない。ただ己の愚かさを悔いる様に言葉を紡ぐ。

 

 

「お前達を侮った結果があれだった..........ただそれだけのこと..........俺が本当に怒りをぶつけるべき相手は俺自身、そんな事は重々承知している..........己の無力さと未熟さを良く知れたよ」

 

 

 シンが握り込んだ拳から、自身の血がポタポタと溢れ落ちる。沸々と込み上げて来る怒りがその拳に宿って行く。

 

 園部はヴィーネのおかげで助かった。だがもし、ヴィーネが来なかったらどうなっていた?..........考えただけで自責の念がさらに増す。 もし園部ではなく、他の誰かだったら?考え出せばキリが無い。例えば、ロクサーヌや地球に居るチビ達、レオニスや八重樫、リリアーナ、宮崎、菅原、愛子、八重樫、カトレア..........そしてハジメ。 また俺は失うのか? いいや、それだけは絶対に許さない。手に入れたモノ、この手で掴んだモノはもう二度と離さない。その為ならどんなことでもする。

  

 例えそれが、どれほど卑劣で残酷なやり方であっても。

 

 シンは握り込んでいた拳を開き、目の前にいるマンティコア達に向けて掌を向けた。

 

 

「だが、それとこれとは話が別だ–––––––––お前達は此処で、〝排除〟する」

 

 

 途端マンティコアの一体が途轍もない重圧を一身に受け、まるで紙切れをクシャクシャに丸め込んだ様に潰されると、血肉の一片たりとも残さず、()()()()()()()()に飲み込まれて行くように消えた。再生する気配は無い。

 

 残った二体のマンティコア達が小首を傾げる。

 

 

「あぁ、良かった。これで再生されたら流石に打つ手が無かったんだが..........どうやらお前達は肉体が消えれば再生出来ないみたいだな。本当に良かった..........これで心置きなく–––––––––お前達を“消し去れる”」

 

 

 シンの目。それはマンティコアを生物として見ておらず、まるで使い捨ての塵紙程度にしか見ていない至極平然とした冷たい眼差しだった。

 

 そんなシンの言動を見聞きした二体のマンティコアは、本能的に目の前の人間に恐怖を覚えた。

 

 シンが先程行ったのは、[力魔法]に魔法付与で[重力魔法]を付与した技–––––〝黒洞〟–––––。

 

 シンが自在に操る[力魔法]に[重力魔法]の一つ〝絶禍〟を付与したモノで、力魔法の威力を跳ね上げ、物体を内側へと圧縮させて行き、最後は塵一つ残さず消滅させる力魔法の強化技である。普段の[力魔法]より何倍も魔力消費が多いうえに緻密な魔力制御が要求される。しかし構築されたその魔法の威力は絶大、そのうえ射程範囲も広い。

 

 マンティコア達は本能的にシンから逃れようと、シンに背中を向けて一体は山道の方へ、もう一体は岩壁の方へと駆け出した。

 

 

「逃すわけないだろ?」

 

 

 山道の方へと駆け出したマンティコアの背に向けて、シンは片腕を伸ばし、掌を握り込んだ。すると山道に逃げ込もうとしたマンティコアの動きが止まり、先程消滅したマンティコアと同様に消え去った。  

  

 それを見ていた最後のマンティコアは必死な形相で岩壁を駆け上がろうとしている。しかし、途端に上方向からの重圧によって地面に叩きつけられた。それでもこの場から逃げようと立ち上がるマンティコアだが、今度は前方向からの重圧によって岩壁に縫い付けられた。

 

 そしてシンはそのマンティコアの前にやってきた。

 

 

()()()()()()、お前達はこの世界にとって癌そのもの。放置は出来ない.............さらばだ」

 

 

 そう言ってシンは目の前のマンティコアに掌を向けると、今度はそのマンティコアの肉体を爆散させた。飛び散るマンティコアの血肉。しかしその血肉は灰塵の様に風化していき、完全に消滅した。

 

 今シンが行ったのは〝黒洞〟では無く、新たに編み出した[力魔法]の強化技–––––〝壊変〟–––––。

 

 〝黒洞〟とは異なり、[力魔法]に付与したのは[変成魔法]。アリエルが持つ三叉槍ダインスレイヴと同じ[変成魔法]の〝滅禍〟、つまり肉体を塵芥の様に崩壊させる魔法が施されたモノで、その効果によって全身を掴まされたマンティコアの肉体は、一部も余す事なく全てを塵へと変えられたのであった。

 

 更地に静寂が訪れる。

 

 シンは一度深呼吸をし、長く息を吐き捨てた。

 

 するとシンが纏っていた虹霓の光が消え、彼がフラつき始める。それを見た園部達が「要っ!」と彼の名を呼ぶ。そしてシンが倒れそうになった時、レオニスがシンの元に駆けつけ、彼の肩を掴み支えた。

 

 

「まったく、無茶しやがって。けじめとは言え、もっと自分の体を労われ」

 

「へへっ、悪い..........」

 

 

 油断無くマンティコアと相対するためとは言え、無理矢理[限界突破]の制限時間を引き延ばした反動は大きかった。そのうえ初めて使う[力魔法]の強化技〝黒洞〟と〝壊変〟で魔力をゴッソリ持っていかれ、精神的にも負担が大きかった。あまり多様する気にはなれない。

  

 シンはレオニスに支えられ、愛子や園部達の元に戻ってきた。

 

 そして園部の方に重い足取りでやって来たシンは少し目線を外して、園部に話しかけた。

 

 

「園部、体に違和感とか無いか?」

 

「うん、平気。 それよりあんたの方が心配なんだけど..........」

 

「大丈夫だ。少し体がダルいだけで、どこも悪くはない.......................それより園部、その〜、前、隠してくれないか? さっきは気にならなかったが、流石に今は..........」

 

「えっ?」

 

 

 シンの言葉を聞き、園部は思い出した。魔物の尾で胸を貫かれた際、服も一緒に破け、胸元を隠す布面積が圧倒的に足りない事を。

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!?!?!?」

 

 

 途端園部の顔が真っ赤に染まり、元々着ていた丈の短いパーカー付きジャケットでガバッ!と胸元を慌てて隠した。だが逆にその行為が胸を寄せ、より一層胸の谷間を強調していた。隠そうとして隠せていないのは、スタイルが良い事を表しているのかも知れない。一応言っておくが、破れていたとは言え、それでも大事なところは隠れていたのでシンや他のメンバーにも見えていない。ただ少し以前の露出度が割増された程度。

 

 それでも乙女の柔肌が晒されていたのは事実であるため、園部はシンを睨み、口を開いた。

 

 

「み、見たんだよね..........?」

 

「..............はい、見ました。すいません」

 

 シンは素直に認め、頭を下げた。そんな彼を見て園部は何か言いたそうに口を開いたが、自分を助けようと奮闘していた彼を責める事は出来ず、開いた口から出たのは盛大な溜息だった。

 

 

「はぁ〜〜〜〜............いいわよ、許してあげる。 あんな状況で見るなって言うのは違うだろうし............だから、助けてくれてありがと」

 

「園部..........」

 

「私からもお礼言わせて。 あの時、優花っちが刺されて、私達なにも出来なかったけど、要っちは必死で手当してくれてた。きっとそのおかげで優花っちを救えたんだと思う。 だからありがとう、要っち!」

 

「私達の大事な親友を助けてくれて本当にありがとう、要くん!」

 

「お前ら..........」

 

 

 園部がシンにお礼を言ったのを皮切りに、宮崎と菅原もシンに感謝の言葉を述べた。宮崎の言う通り、もしあの時、シンが[自然治癒力上昇]を園部に付与し続けていなかったら、園部の命はとっくに尽きていただろう。それこそヴィーネが駆け付ける前に命を落としていたかもしれない。

 

 だからこそ三人はシンに礼の言葉を述べた。宮崎と菅原は目尻にまだ涙が残っている。

 

 そんな三人を見たシンは腰を下ろし、園部達三人と同じ視線に並び、少し困ったように笑みを浮かべ、口を開いた。

 

 

「その礼は素直に受け取っておく。俺も園部が助かって本当に良かったと思ってるからな。––––––––––––ただ」

 

 

 シンがそう言うと、宮崎と菅原の目尻に浮かんでいた涙の粒が何か温かいモノによって掬い取られた。それはシンの僅かばかりの心尽くし。[力魔法]で二人の涙を拭ったのだ。

 

 

「二人ともひどい顔してるぞ? あとで濡れタオルかなんかで顔を拭いとけよ?」

 

 

 こんな時でもナチュラルにイケメンムーブをかますシン。本人的には軽いジョークのつもりらしいが、された側はたまったものじゃない。宮崎と菅原の顔が少し赤くなった。

 

 

(あ、あれ? 今私、顔赤くなってる..........?)

 

(なんか、要くんの顔、まともに見れないかも..........)

 

「ん? どうしたお前ら?」

 

「要..........あんた、いつもそんな事やってるの?」

 

「えっ? まずかったか?」

 

 

 宮崎と菅原が心の内でそんな事を一人考えていた。宮崎と菅原が何も反応を示さないので不思議そうにしていたシンだったが、園部は呆れた様子でシンを半眼で見ていた。どうやらマジで気づいていないらしい。親友の二人が顔を赤くしてる様子に園部は少し複雑な気持ちになり、あとでロクサーヌに報告しようと決意した。ちなみに、園部は覚えていないらしいが、応急処置とはいえ彼女がシンとキスしていたのをバッチリ見ていた宮崎と菅原が、その事をロクサーヌにしっかり報告し一悶着起こるのだが、それはまだ先の話。

 

 

「話は済みましたか?」

 

 

 シンが園部達との会話がひと段落ついた頃合いに、ヴィーネが話しかけてきた。そんな彼女を見たシンは、重い腰を持ち上げ、レオニスの肩も借りつつ立ち上がった。

 

 

「気になることは幾つかあるが、その前に..........園部を助けてくれて礼を言う。本当にありがとう」

 

「感謝など不要です。私は、私がなすべき事をしたまでですから.................それよりも要進さん、貴方は私に聞きたい事があるんじゃないですか?」

 

「ああ、もちろんだ。 だがその前に..........バウキスっ!」

 

 

 シンがバウキスの名を呼んだ。するとヴィーネの黒いローブの中に隠れていたバウキスがビクッ!と反応し、ビクビクと怯えながら顔を出した。まるでいつ雷が落ちても良いように身構えている子供のようである。

 

 そんなバウキスが顔を出したのを見て、シンは安心した様子で息を吐き、破顔した。

 

 

「戻ってこいバウキス。お前の力が必要だ」

 

「(っ!!..........)」

 

 

 シンの言葉を聞いたバウキスは嬉しそうに舌をチョロチョロと出し、シンの首元に飛びついた。いつもならすぐにシンの懐に隠れるバウキスだが、今回は様子が違うらしく、嬉々としてシンの首元に絡みつき、その顔をシンの頬に擦り寄せた。

 

 そんなバウキスをシンは微笑みながら撫でる。

 

 

「よっぽど寂しかたみたいだな、よしよし」

 

「良いのかシン? コイツはお前に黙って俺達の元から離れたんだぞ? それに大事な金属器も..........」

 

「レオニス、許してやれって。バウキスはバウキスで俺達の事を思って行動したんだ。そうだろ?」

 

「(ふるふる..........)」←首を縦に振るバウキス

 

「だとよ」

 

「..........はぁ〜。お前がそれで良いなら構わないが......ヴィーネ、本当に説明してくれるんだよな?」

 

「ええ。元よりそのつもりです」 

 

 

 ヴィーネに最後の確認をしたレオニスはそれ以上は何も問い詰めなかった。一方いきなりシンの首に巻き付いた白い蛇を見た愛子や園部達は、最初はシンに不安そうな目を向けていたが、白蛇と仲良さそうに振る舞う彼を見て「もう何がなんだが..........」とボヤいていた。

 

 

「ヴィーネ、悪いが説明は村でしてくれるか? ロクサーヌも交えて話を聞きたい。もちろん俺とレオニス、それとロクサーヌだけで聞く」

 

「構いませんよ」

 

「あ、あのっ!」

 

 

 シンとレオニス、そしてヴィーネの三人で話が進んでいく中、愛子が三人に声を掛けた。

 

 

「私も皆さんの話し合いに加えていただけませんか? 今回の件と要くんから聞かされた話を踏まえて、私もヴィーネさんの話を聞きたいです!」

 

「う〜ん................二人はどう思う?」

 

「俺はお前の判断に従うつもりだが、彼女には一度話しているのだから問題無いと思うぞ?」

 

「私も、彼女の同席は問題無いと思います」

 

「..........先生の事も知ってたのか?」

 

「ええ。と言ってもあまり多くの事は知りませんよ?」

 

「........................そうか。ヴィーネに問題が無いのなら俺は構わない..........というわけだ先生。貴女にも同席してもらいます」

 

「わかりましたっ!」

 

 

 三人の許可がおり、愛子も話し合いに参加する事が決まった。

 

 そんな愛子を見ていた園部達は自分達も、その話し合いに混ざりたいという気持ちが顔に出ていた。しかし、園部達がその話し合いに混ざりたいとシン達にお願いしても、それは叶わないだろう。そのことを園部、宮崎、菅原の三人はなんとなく理解していた。自分達とシン達の立つ世界がかけ離れている様に見えたから。

 

 しかし、そんな彼女達の背中を押す鶴の一声がこの場に舞い込んだ。

 

 

「彼女達は同席させなくて良いのですか?」

 

「「「っ!!」」」

 

 

 その声の主はヴィーネだった。愛子が提案するならまだしも、まさかヴィーネがそれを持ちかけるとは思っていなかった園部、宮崎、菅原は驚いていた。

 

 シンは「ふむ」と鼻を鳴らし、眉間にシワを寄せながら悩んでいる。ヴィーネがそんな事を口にするとは思っていなかったので、彼女の真意を掴もうとしていた。

 

 すると今度は愛子が、ヴィーネの言葉に同調するようにシンに話しかけた。

 

 

「私からもお願いします要くん!園部さん達にも貴方がやろうとしている事を知る権利があるはずです!要くんが()()()()()()()事は、いずれクラスメイト全員が知るんですから––––––」

 

()()()()()()()..........? どういうこと要、あんた、元の世界に帰る方法を探してるんじゃないの?」

 

「––––––あっ..........!」

 

 

 愛子の言葉に一番早く反応したのは園部だった。愛子は自分が口を滑らさてしまったことに気づき、慌てて口を抑えたがもう遅い。体に響く鈍痛で顔を歪ませながら立ち上がり、シンに歩み寄ろうとしている園部。そんな彼女を宮崎と菅原が支え、二人も園部と同じ思いらしく、シンに縋るような面持ちをしていた。

 

 そんな園部達の視線を受け、シンは諦めたように溜息を吐き、愛子に向けて少〜し責める気持ちで視線を移した。

 

 

「やってくれたなぁ、先生。これじゃあどうあっても、話さない限り園部達が納得しないじゃないか..........」

 

「すいません..........」

 

「..............こうなることを見越して言ったのか、お前は?」

 

「はて、なんのことでしょう?」

 

 

 白々しくとぼけるヴィーネ。狙ってやったのか、それとも天然なのか..........いや、どう考えても前者だろう。しかし、この的確なタイミングで爆弾を投げ込んでくる手腕、シンはなんとなくクラスメイトの白崎香織を思い浮かべた。まあ彼女の場合は、ド天然からの爆弾投下だったが..........。

 

 そんな事を思い出していたシンは、園部達に視線を向けた。彼女達三人は真っ直ぐシンの視線を受け止め、見つめ返している。

 

 そんな彼女達を見て、シンは眉を下げて笑みを浮かべた。

 

 

「わかった、園部達にも話を聞いてもらう。だが先生、神殿騎士達には絶対に聞かせられない..........口を滑られるなんて、(もっ)ての(ほか)ですよ?」

 

「気をつけますっ! もう二度としませんっ!」

 

 

 シンが割とガチな感じで警告したため、愛子はビシッ!と軍人の敬礼みたいなポーズをとって宣誓した。その言動と、シンとの身長差も相まって、どっちが先生なのかわからないなぁ〜と思った園部達。

 

 

「宜しい。まあ先生のことはちゃんと信頼してますから、誰にどう情報を開示するかは先生に任せます」

 

「はいっ! 私はやれば出来る子ですから、任せてくださいっ! フンスッ!」

 

(本当に大丈夫かな..........)

 

 

 やる気は十分な愛子、そんな愛子を見たシンは若干不安になった。やる気に満ちてる時ほど割と空回りする事がある愛子。まあ、愛子の人間性を知っているシンが彼女を信頼しているのは事実であるし、空回りするところが生徒の受けが良い理由の一つなのだが..........。

 

 そんな事をシンが考えていた時–––––––––

 

 

 〝ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ〟

 

 

––––––––突然地面が揺れ始めた。

 

 震源地が近いのか、その揺れの強さはかなりのものだ。

 

 シン、レオニス、ヴィーネはその揺れで体勢を崩すことは無かったが、愛子や園部、宮崎、菅原は思わず倒れそうになっていた。だが倒れそうになった愛子はヴィーネが支え、園部達は三人で支え合っていた。

 

 揺れがまだ続いている。

 

 するとレオニスが地面に耳を当て、震源地とその原因を探ろうとしていた。

 

 

「これは..........やはり地震じゃないな。巨大な魔物が地面を掘り進んでいる..........それも複数体。 震源地は..........カルロー村か」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

 レオニスの言葉に愛子や園部達が目を見開いて反応し、愛子が口を開いた。

 

 

「もしかして、またさっきの魔物が..........?!」

 

「いえ、それは無いと思います。“マンティコア”は先程、要進さんが倒されたもので全てです」

 

「何故そう言い切れる?」

 

「私が他の“マンティコア”を倒したからです。貴方方とここで出会したのは、取り逃した()()()()()を追っていたためですから」

 

 

 シンの問いに対してヴィーネは確信を持ってそう答えた。そんな彼女の言葉を聞いて「やはりか..........」とシンは呟き、ハッ!とした様子で園部の体を[鑑識]で調べるため、彼女に視線を向けた。不意に視線を向けられた園部は不思議そうにシンを見返している。

 

 するとシンは園部に近寄り、彼女の左手を手に取り、もう片方の掌で園部の額に添えた。いきなりそんな事をされて戸惑う園部。

 

 

「ちょ、ちょっ! 何してるのよ、要ッ!」

 

「良いから黙ってろ」

 

「ッ〜〜〜〜〜............」

 

 

 真剣なシンの声と眼差しに思わず園部は黙り込み、彼にされるがままとなった。その顔はやっぱり赤い。隣に居る宮崎と菅原が何やらニヤニヤして見ている。

 

 シンは入念に園部の体の状態を調べている。[鑑識][気配感知][魔力感知][天眼]など、自身が持ち得ている全ての手段で園部の状態をチェックしていた。その限りでは、どこも問題は無さそうだ。一応シンが触れている園部の手と額から[術式解体]もかけておく。

 

 するとヴィーネが一つ咳払いをした。

 

 

「ゴホンッ............園部さんは大丈夫です。奴らに()()を植え付けられる前でしたので」

 

「.............その様だな」

 

 

 シンは安堵の息を吐き、ようやく園部の額から手を離した。だが、左手を離さない。いや、離せなかった。園部がシンの手を掴んでいたからだ。

 

 

「園部..........?」

 

「えっ........? あっ!違うのっ!これは、そのっ..............」

 

 

 園部が素早く自分の左手を引っ込めた。適当な言い訳を探そうとする園部。そんな彼女を不思議そうに見つめていたシンだったが、つい先程()()()()()()()()()()()()()()()を想起し、気まずくなってしまった。

 

 そんなシンを見た宮崎と菅原は「ああ〜〜〜..........」と今度こそシンが勘付いたことに気づいた。

 

 するとレオニスが先程のヴィーネ以上に咳払いをして話を戻そうとする。

 

 

「ゲッホンッ!!............シン、そういうのは後にしてくれ。今はカルロー村に向かうのが先決では無いのか?」

 

「あ、ああ! そうだな、悪かった。 園部もいきなり触っちまって悪かった」

 

「べ、別に良いわよ..........何か気になる事があったんでしょ? やましい気持ちがある様子じゃなかったし..........」

 

 

 何がいいのでしょうか?とは誰も訊かない。その代わり宮崎と菅原のニヤニヤ具合がさらに増していた。園部は自分の髪の毛先をくるくると指でいじりながら、シンにそう答えたのだった。

 

 

「えーと..........カルロー村に巨大な魔物の影ありって話だったな、それも複数体」

 

「ああ、それもかなりの大きさだ。村長やロクサーヌだけでは手が回らないかもしれない」

 

「わかった。––––––––バウキス、俺の金属器や服、それとロクサーヌの魔剣はちゃんと持ってるな?」

 

「(ふるふる..........)」←首を縦に振るバウキス

 

「良し」

 

「要くん、どうするの?」

 

 

 シンの言葉を聞き、菅原はシンが何をするのか率直に質問した。

 

 

「山を飛び降りて、一気に魔物を掃討する。ヴィーネは先生と園部達と一緒に住民の避難を手伝ってくれ」

 

「わかりました」

 

「バウキス、俺の()()()を出してくれ」

 

 

 シンがそう言うと、バウキスはシンの両腕に呑み込み、“異袋”から金属器をシンに装着させた。そして吐き出した首飾りをシンの首に掛けた。

 

 ようやく、シンの元に〝七つの金属器〟が揃った。いかなりシンが豪華な装飾に身を包んだ事で愛子や園部達がポカンとしていた。だが、それらを纏うシンの姿はどこか様になって見える。

 

 そしてバウキスはロクサーヌの“魔剣アンサラ”を吐き出し、それをレオニスが受け取った。

 

 すると園部がある事に気づいた。

 

 

「あんた、その腕輪..........」

 

「ああ、やっぱ気づいたか? あの時園部と一緒に冒険者ギルドで買った首飾りさ。一度壊れたから“ある人”に加工し直してもらってよ。今じゃこの通り、銀の腕輪さ」

 

 

 シンが右腕に身につけている銀の腕輪、それがかつて王都の冒険者ギルドで彼が購入した首飾りだと気づいた園部。

 

 

「お前も着けてくれてるんだな、その指輪」

 

 

 シンの視線の先には、園部がいつも身につけている指輪があった。それはシンが身につけている銀の腕輪と、同じタイミングで彼が冒険者ギルドで購入し、園部にプレゼントした物だった。その指輪を園部は左手の小指に嵌めている。

 

 

「..........覚えてたんだ」

 

「まあな。–––––––––さて、思い出話に花を咲かせるのは全部片付いてからにしよう。じゃないと、またヴィーネやレオニスにドヤされるからな」

 

 

 肩をすくめ、微笑みながらシンがそう口にした。そしてシンは右腕に装着した銀の腕輪に魔力を通すと、虹霓の光が銀の腕輪〝フォカロルの金属器〟から溢れ出して行く。

 

 [限界突破]を使用してから、それ程時間は経過していない。そのため体力も十分に回復し切っておらず、倦怠感や疲労感が未だ残っていた。しかし、魔力は十分回復していた。ミレディ・ライセン大迷宮攻略後に気づいた事だが、シンの[英傑試練]は新たに[高速魔力回復]を獲得していた。付与魔法の派生技能[魔力回復効率上昇]とその[高速魔力回復]、二つの効果が合わさった事でシンの魔力回復速度は途轍もない速さとなっている。魔力さえどうにかなれば、体の疲労感など些細なこと。

 

 これなら()()を使用することも十分可能である。

 

 シンは銀の腕輪を顔の前に掲げ、詠唱を始めた。

 

 

「––––––〝支配と服従の精霊 “フォカロル”、汝と汝の眷属に命ず〟––––〝我が身に宿れ、我が身に纏え、我が身を大いなる魔神と化せ〟––––––」

 

 

 腕輪から溢れていた虹霓の魔力は吹き荒れる()()へと変わった。

 

 烈風がバウキスとシンの体を包み隠し、次の瞬間、シンがその強風のベールを右腕で切り払い、腕を組んだ姿勢で現れた。

 

 しかし、その姿は先程までの冒険者風の装いでも無く、ましてや姿形も違うものだった。

 

 シンの長い髪は赤黒い紫、どちらかと言うと桑の身色に近い色に染り、長髪の中腹から毛先に掛けてまるで鷲の羽根のような物を纏っている。それは髪だけでは無く、腕や足の先端など、随所に漆黒の羽根が纏われていた。さらにシンが着ていた服は何処から消え去り、代わりに赤い腰布と羽衣、金の装飾のみを身につけている。晒された逞しい上半身、手足には髪色と同じ色をした特徴的な模様が刻まれており、シンの額に縦に割れた第三の目、そして二本の小さな角が生やしており、今の彼の姿を表すなら、〝黒い風神〟或いは〝夜空の浮かぶ怪鳥〟と言った姿だ。

 

 その姿こそ〝魔装フォカロル〟。バウキスの姿が見えないのは、魔装の内側に取り込まれたからである。バウキスが()()()にそうしたらしい。いつの間にそんな事が出来るようになったのか..........

 

 一方、今のシンの姿を見た愛子、園部、宮崎、菅原の四人は「えぇぇ〜〜〜ッ!?!?」と声を張り上げ、驚愕した。

 

 

「「「「要(っち・くん)が変身したぁッ?!?!」」」」

 

「フッ、これも後で説明する。さあ、村に急ぐぞ」

 

 

 シンはトンッと軽くジャンプすると一気に空に飛び上がった。そして彼の両掌に刻まれた八芒星が輝き、リュックを背負ったレオニス、ヴィーネ、さらに愛子や園部達を風で浮き上がらせ、シンと同じ空域に上昇させられた。

 

 それを見届けたシンは物凄いスピードで夜天を翔け抜ける。レオニス達もその後に続くように飛翔し、烈風と化した。

 

 七つの風が夜闇を切り裂き、目的地に向かって行く。

 

 




今回はマンティコアVS要進、力魔法の強化、魔装フォカロルの披露でした。ていうか、ロクサーヌの正ヒロイン補正が強すぎて、まともに他のヒロイン候補とイチャイチャさせずらい..........。登場してないのに、存在感発揮するとかキャラ立ちすぎでは? ロクサーヌという女性が、いかに男性の夢を詰め込んだ存在か改めて理解しました。ごめんねロクサーヌ、ちゃんと君もシンとイチャイチャさせますから..........


補足


『登場した魔物』

「マンティコア」
・何故遺体から現れたのか..........? ヴィーネが追っていたのは一体のみ。では残りの二体は一体..........? 


『登場した魔法』


「力魔法〝黒洞〟」
・神代魔法の一つ[重力魔法]を付与した[力魔法]。力魔法による圧力と重力魔法による引力で、外と内の両方から相手を圧殺する。対象の存在を一欠片も残さず黒点に収束させる。今回は黒点が一箇所のみだってが、熟達すれば力魔法で触れた箇所から黒点が多数発生し、物体を引き千切りながら圧力と引力で黒点に収束させる。魔力の燃費は力魔法の数倍、射程範囲はシンを中心に直径二十メートル。付与された重力魔法は〝絶禍〟


「力魔法〝壊変〟」
・神代魔法の一つ「変成魔法」を付与した「力魔法」。力魔法による圧力と操作性、そこに変成魔法による肉体崩壊の力を合わせた魔法。その魔法に触れられた対象の肉体は灰塵となって崩壊する。魔力燃費は力魔法の数倍、射程範囲はシンを中心として直径十メートル。付与された変成魔法は〝滅禍〟

 
「変成魔法〝滅禍〟」
・シンの〝壊変〟や、アリエルの〝三叉槍ダインスレイヴ〟に付与されている[変成魔法]の一つ。生物の肉体を灰塵に帰す魔法。魔法は今作オリジナルです。


『登場した金属器』


【フォカロル】
・シンの右腕に装着された銀の腕輪に宿る精霊。風を操るジン。全身魔装時は腕と足に漆黒の羽根を生やし、髪が桑の身色に変色し毛先も鷲の羽根のように変化する。上半身裸で、赤い腰布と羽衣、そして金の首飾りを纏う。上半身には特徴的な模様が刻まれた、額には二本の角とその間には縦に割れた第三の目がある。



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カルロー事変 前編〜 L’Arabesque Sindria 〜


脳内でアニメ『マギ』のBGM 〝L’Arabesque Sindria〟を流して書いてます。





 

 所変わってカルロー村近くの大河。

 

 そこには複数の松明の灯りが大河と船乗り場を照らし、村の住民が次々と大河を渡る船に乗り込んでいた。

 

 

「子供を最優先にッ!落ち着いて乗り込むんだーッ!」

 

「慌てず、押さないでーッ! なるべく詰めて乗ってくださいッ!」

 

「よぉしッ! 船を出せぇーッ! 満員になったところから順次、船を中流に出してけよぉッ!」

 

 

 現在、カルロー村に突如現れた巨大な魔物から(のが)れるために、村の女子供、そして年寄りが村の近くに流れている大河へと船を出し、大河の中流へと避難していた。アレックス曰く、村を襲ったのは〝サンドワーム〟の亜種、つまり強化個体、それが複数体である。葡萄畑の地中から突然姿を現した魔物達だが、本来サンドワームはグリューエン大砂漠にのみ生息する巨大なミミズ型の魔物。それが何故砂漠から遠く離れたこの地に出現したのかは未だ原因不明だが、アレックスを筆頭に神殿騎士や村の男達がサンドワームを食い止めようと必死で戦っている。そして戦えない住民に被害を出さないために、一部の村の男達が住民の避難誘導をしていた。サンドワームは地中に生息する魔物、大河の中流に出れば手出しされないため、大河への避難を進めているのだ。

 

 しかし現状、避難は未だ完了しておらず、魔物が現れてからかなり時間が経っているのに完了しているのは避難民の三分のニ。

 

 いつこの場所にサンドワームが現れるかわからない。

 

 一刻も早く住民を大河へと避難させなくては–––––!

 

 そう思っていた矢先に、突然船着場周辺の地面が揺れ動き、地響きが鳴った。

 

 

「ッ!?まずいッ!全員この場から離れろォォォッ!」

 

 

 避難誘導をしていた一人の男が大声で叫んだ。

 

 そして男の声が辺りに響いた途端、大地が盛り上がり、硬い岩盤を砕いて、地中から〝黒いサンドワーム〟が現れた。

 

 この場に集まっている村の住民から悲鳴が上がる。

 

 そんな住民達の前に立ち、サンドワームと相対する村の男達は、手に持つ武器を構えサンドワームを見上げた。

 

 

「く、来るなら来いッ!」

 

「俺達の家族に触れさせやしねぇッ!」

 

 

 声を張り上げ、覚悟を決めた男達。

 

 サンドワームは頭部をガパッと三つに割り、その中から伸びる幾本もの触手を動かし、密集して生えた鋭い牙を見せる。

 

 そして大口を開いてサンドワームが、目の前にいる男達をその鋭い牙で噛み砕こうと巨体を唸られ突進した。

 

 その時だった–––––––––。

 

 

「〝悲哀と隔絶の精霊よ、汝と汝の眷属に命ず〟〝我が魔力を糧として、我が意志に大いなる力を与えよ!〟––––––」

 

 

 大河から天を衝く巨大な水柱が上がった。

 

 

「––––––〝出でよ、“ヴィネア”!〟」

 

 

 どこからか聞こえる女の声。

 

 そして水柱はまるで水竜のような形となり、迫り来るサンドワームを真正面から弾き返した。その衝撃で水竜を形成する水が飛沫を散らし、武器を構えていた男達を頭上から濡らした。男達は目の前の光景にただ茫然としている。

 

 弾き飛ばされサンドワームが、その大口から緑色の体液をばら撒く。先の衝撃で顔が半分潰れていた。しかし、それでもまだ動けるらしく、巨体をのたうち回らせ、再度突進しようとしていた。

 

 それに相対する水竜。だが、その水竜は突然天に昇り始める。その水竜が向かう先には、天から落下してくる黒いローブを羽織った白い仮面の者〝ヴィーネ〟がおり、彼女が手に持つ黒い布で覆われたL字の塊に水竜が纏う。

 

 するとその黒布で覆われた物体が、巨大な水色の剣へと変貌した。水の竜を模した鍔、鍔元には水晶球があり、まるで噴水をイメージさせる造りだ。

 

 

「ハァァァァアッ!」

 

 

 それをヴィーネが自身の前に突き出すと、剣先から水が吹き出し、ヴィーネとその巨大剣が一つの水の槍となった。落下する速度に、水のジェット噴射でさらに加速、そのままヴィーネはサンドワームをいとも容易く貫き、引き裂いた。

 

 スタッと軽い足取りで地面に降り立ったヴィーネ。

 

 戸惑う男達と、先の光景を見ていた住民達。

 

 武器を構えていた男の一人が、突然現れ、自分達を助けてくれた仮面の存在に声をかけようとした時–––––––––

 

 

「「「「キャァァァァァァァッッ!!!!」」」」

 

 

–––––––––突然、複数の女性の悲鳴が聞こえた、空から。

 

 慌てて男達や住民全員が上を見上げた。

 

 そこには物凄いスピードで何も無い月夜の空から落下してくる四人の女性がいた。愛子、園部、宮崎、菅原の四人だ。

 

 そんな彼女達は、地面に叩きつけられる前にその体が風に包まれ、ふわりと浮き上がると、先程の落下速度が嘘のようにゆっくりと地面に降り立った。それを見ていた村の住民達が「神の使徒様たちが帰ってきたッ!」「天から舞い降りてくるとは..........!?」「彼女達は女神かッ!?」と口々に歓喜の声を上げていた。

 

 一方、そんなことを言われている愛子と園部達は、疲れた様子で息を切らしていた。

 

 

「はぁ、はぁ..........死ぬかと思った....」

 

「なんでだろう..........要くんと再会してから、こういうの増えた気がする..........」

 

「ふぅーーー.....愛ちゃん先生、大丈夫ですか..........?」

 

「あぅ〜〜〜..........目が回ってぇ.....」

 

 

 宮崎と菅原は胸に手を当て、早まる心音を抑えようとし、ちょっとした愚痴を漏らしていた。園部は一旦心を落ち着かせ、愛子に声を掛けるが、当の愛子はグルグルと目を回している。

 

 するとそんな彼女達に村の男達が声をかけて来た。

 

 

「戻られたのですね、みなさん!..........愛子殿?」

 

「ハッ!すいません、気が動転して、つい.............」

 

「いえ、それは構いませんが..........あちらの方は?」

 

 

 愛子に話しかけた村の男が、黒いローブを羽織った白仮面に視線を向ける。

 

 

「援軍です。彼女がここを守ってくれている間に、私達は住民の避難を急ぎましょう!」

 

「ッ!..........わかりました」

 

 

 愛子の言葉を聞き、男は頷いた。

 

 すると彼の隣にいるもう一人の村の男が口を開き切望した。

 

 

「それでしたら、あの方を村長のところに向かわせてくれませんかッ?!今も村長や村の男達が魔物と必死に戦っております! 私達のことはお気になさらず、どうか..........ッ!」

 

「大丈夫です!そちらにもすでに頼もしい援軍が向かっていますっ!」

 

 

 男の切羽詰まった表情に対し、愛子は自信に満ちた表情で言い切った。

 

 そんな愛子の傍で一人、村の向こう側に数秒だけ視線を向ける園部。彼女はシンと別れる直前、彼に渡された白い羽織で大胆に破けた胸元を隠すように羽織の両端を胸元で結んでいた。

 

 

(要、頼むわよ..........)

 

 

 羽織の結び目に手を添えた園部は、シンが手繰り寄せる結果を確信し、力強い瞳で今自分がするべき事に目を向けるのだった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 一方、ヴィーネ達が避難する住民達の元に合流する数分前の葡萄畑では、筋肉ムキムキの男達がその肉体を活かし奮闘していた。

 

 

「「「「「ふんぬゥオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」」」」」

 

「グゥゥゥッ..........! お前達ィッ! いつもの馬鹿力はどうしたァッ! その暑苦しい筋肉は飾りなのかァッ?!」

 

「「「「「ヌゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!」」」」」

 

「踏ん張ってくださいッ! 二人が駆けつけるまでッ!!」

 

「ぬぅぅぅっぅぅぅぅッ!!!」

 

 

 筋骨隆々の男達が極太の鎖を力一杯に引っ張っていた。そんな彼等を鼓舞する神殿騎士デビッドもまた、村の男達と共に鎖を引っ張っている。もう一人の神殿騎士クリスも玉井と共に鎖を力一杯鎖を引いていた。

 

 彼等が引っ張る極太の鎖、その先に繋がれているのは三体の〝黒いサンドワーム〟で、地中に潜ろうとするサンドワームを必死で食い止めていた。

 

 カルロー村の葡萄畑に出現したのは十体の〝黒いサンドワーム〟。奴らが出現して早々に葡萄畑の半分が壊滅し、これ以上被害が拡大するのを抑えるためにアレックスが用意したのが極太で丈夫な鎖だった。それをアレックスが三体のサンドワームに巻き付け、デビッドや玉井達、そして村の力自慢達が引っ張っているのだ。

 

 

 一方ロクサーヌとアレックスは残りのサンドワームを相手取っていた。

 

 

「ロクサーヌ殿ォッ!」

 

「ハイッ!」

 

 

 アレックスがバレーボールのレシーブのような姿勢を取ると、そこに両手剣を肩に担いだロクサーヌが駆け込む。そしてロクサーヌがアレックスが下に構えた両手に足を乗せると–––––––

 

 

「おりゃアッ!!」

 

 

––––––力一杯に両腕を振り上げた。

 

 その反動を活かしてロクサーヌが物凄いスピードで上空へと躍り出た。

 

 

「ハアアアアッ!!」

 

 

 気合が乗ったロクサーヌの掛け声がサンドワームの頭上で響き渡り、彼女はサンドワームの脳天に両手剣を突き立てた。途端、サンドワームが悶え苦しみ、巨体をのたうち回らせる。

 

 そのタイミングでサンドワームの脳天に突き立てた両手剣が折れ、苦々しい表情を浮かべるロクサーヌだったが、すぐにその場から離脱。

 

 痛みで悶え苦しむサンドワームが大口を開き、狂ったようにアレックスに向かって猛進して来る。

 

 

「これでも喰らうがいいッ!––––〝錬成ッ!〟」

 

 

 アレックスが拳を地面に突き立てた。すると彼の手に装着されたガントレットが光を放ち、地面から土の槍が現れ、サンドワームは口内から土の槍で突き刺された。そこでようやくサンドワームは力尽き、重い巨体が地面に倒れた。

 

 これで七体目。二人が相手していたサンドワームは全て倒された。

 

 重く息を吐いたアレックスが立ち上がろうとすると彼の足がフラついた。それを見たロクサーヌが心配そうに彼の元へと駆け寄った。

 

 

「大丈夫ですかッ、アレックスさん!」

 

「問題ありませぬ、ロクサーヌ殿。少し魔力を使い過ぎただけです。しかし、やっと七体目のサンドワームが倒れましたな..........現役の頃ならもっと動けたのですが、ここまで時間をかけてしまうとは」

 

「無理もありません。このサンドワームの強さは異常です。まず間違いなく、()()の手によって強化が施されているでしょう」

 

 

 ロクサーヌの言う通り、今回二人が相手した〝黒いサンドワーム〟は通常のサンドワームよりも強さの桁が違った。黒い皮膚は頑丈でロクサーヌ程の卓越した剣技が無ければ斬ることが出来ず、斬れたとしても先程ロクサーヌが突き刺した両手剣ようにすぐ駄目になってしまう。実際、ロクサーヌが使っていた剣は全部折れてしまった。おまけに並の魔法攻撃も簡単に弾かれる。冒険者ランクで例えるなら〝ランク黒〟以上、それが複数体となれば金ランクまで一気に跳ね上がる相手だ。

 

 それ程の魔物が一体ならまだしも、複数体も現れるのは明らかに異常。何者かが裏で糸を引いているのは簡単に推察できる。

 

 

「フム..........とするとやはり今回の件、サンドワームが村に襲撃してきたのも..........」

 

「はい。おそらく、()()()の仕業かと..........」

 

 

 魔王軍、つまり魔人族が関与しているとロクサーヌは答えた。アレックスも薄々そんな気はしていたらしく、ロクサーヌの言葉に同意する。

 

 ここ最近カルロー村に強力な魔物が出没していたのは、おそらく魔人族の差金。山に棲む魔物達が住処を追われ、カルロー村に降りて来たのだろう。その要因は“人面の魔物”と“黒いサンドワーム”のどちらか、或いはその両方。そして狙いはおそらく、カルロー村にある広大な農地。葡萄の他にも数多くの農作物を王都や周辺地域に排出しているこの村が、戦争が本格化した際、邪魔になると踏んだのだろう。

 

 尤も、“人面の魔物”と魔人族は関係無く、ロクサーヌが敢えて“魔王軍”と言った理由なども、アレックスが知る術は無かった。

 

 

「それよりも先ずは、残りの三体を始末しましょう。行けますか、アレックスさん?」

 

「お気遣い無く。我輩の筋肉はこれしきの事で根を上げたりは致しませぬ!」

 

 

 上半身裸のアレックスが両手のガントレットを打ち合わせながら答えた。それを見たロクサーヌは「わかりました」と力強く頷き、アレックスが用意していたもう一本の両手剣を手に取ると、二人はデビッド、玉井、村の男達が抑えている三体のサンドワームの元に駆け出した。

 

 その時だった–––––––。

 

 ()()()()()()()、その振動と地鳴りが徐々に迫って来る。

 

 

「––––––まさかッ!?」

 

「まだ居たのかッ!?」

 

 

 途端、二人が立っていた地面が砕かれ、地中から〝黒いサンドワーム〟が現れた。すぐにその場から飛び退いていた二人は無事だが、それだけでは無かった。

 

 二人から少し離れた、村の男達のところにも二体の〝黒いサンドワーム〟が現れ、その場にいた全員が吹き飛ばされている。鎖から解放された三体のうち一体が地中に潜った。

 

 

「いけないッ!」

 

「待たれよッ、ロクサーヌ殿ッ!!」

 

 

 ロクサーヌが地中に潜ったサンドワームを追おうとするが、アレックスが彼女を止めようと声を掛けた。

 

 地鳴りがまだ続いていたからだ。

 

 アレックスの声と同時に四体目の〝黒いサンドワーム〟が出現し、そのサンドワームは長い巨体を鞭のようにしならせ、ロクサーヌを横から叩き潰そうとする。

 

 それを頭上へと跳躍し回避したロクサーヌ。しかし、さらに五体目の〝黒いサンドワーム〟がそれを見越していたかのように地中から勢い良く出現し、ロクサーヌ目掛けて大きな口を開いて伸びて来た。

 

 苦々しい表情を浮かべたロクサーヌ。彼女は手に持つ両手剣でそのサンドワームを弾き、なんとか回避した。

 

 一方アレックスは新たに出現した一体目のサンドワームの体当たりで吹き飛ばされて、その苦痛で顔を歪ませた。

 

 

「グハッ!!」

 

「アレックスさんッ!!」

 

 

 地面に着地したロクサーヌがアレックスの名を叫び、彼の元へと駆け出す。その間、六体目、七体目の〝黒いサンドワーム〟が地面を穿ち、ロクサーヌに迫るがそれを回避し続けた彼女は無事にアレックスの元に辿り着き、一度態勢を立て直すため彼に肩を貸して後退した。

 

 

「お怪我はありませんかッ!」

 

「ぐっ..........面目ありませぬ。軽く意識が飛びかけましたが、今は大丈夫です。怪我もそれ程大したことありませぬが––––––––これは少々、まずいですな..........」

 

「ですね.............(先の回避で早速剣の刃が欠けましたか..........私の剣技もまだまだですね..........しかし、この現状を打開するにはどうすればッ..........私の装備さえ揃っていれば..........!)」

 

 

 アレックスの言葉に同意したロクサーヌは焦燥感で苛まれ、頬に汗が走った。

 

 新たに出現した七体の黒いサンドワーム。それに加え、まだ倒せていなかった三体、そのうちの一体は地中に潜り姿を現さない。おそらく避難している住民の元に向かったのだろう。デビッド達のところには四体の黒いサンドワームがおり、鎖も断ち切られ、もう足止めも出来なくなっていた。

 

 そしてロクサーヌとアレックスの前には五体の黒いサンドワーム。ロクサーヌは一切ダメージを負っていないがアレックスはかなり疲弊している。それにロクサーヌ自身が無事でも、使用出来る剣は手に持つ両手剣と合わせて残り二本。

 

 現状この場にいるのは九体。ほとんど振り出しに戻ったも同然の現状は、ハッキリ言って最悪の状況下であった。

 

 そこでロクサーヌは決断した。

 

 

「アレックスさんはあちらの加勢に行ってください。こちらの五体は私がなんとかしてみせます」

 

「何を言いますかロクサーヌ殿ッ! 残りの剣は貴女が持つそれと合わせてあと二振りのみ、貴女お一人では手に余りますぞッ!」

 

「心配には及びません。いざとなれば拳で、それが駄目なら中から食い破るってみせます」

 

「なんとッ..........!」

 

 

 ロクサーヌは本気だ。彼女の力強い瞳がそれを物語っている。自分よりも若い彼女が勇猛な戦士の如き気骨を見せる姿に、アレックスは感嘆の言葉を漏らした。

 

 そして彼女の強い意志を目の当たりにしたアレックスの闘志に火が着く。

 

 

「なればこそ..........貴女お一人をここに残すわけには参りませぬ。二人で掛かれば目の前の五体などすぐに片付きましょう、その後で向こうの四体を倒せば良いのです.........それに、村の男達があれしきの事で根を上げる程、私の鍛え方は柔ではありませんぞ?」

 

「信頼されているのですね」

 

「当然です。消えた一体も村の者なら必ずなんとかしてくれます! ですから我々は目の前の相手に集中しましょうッ!」

 

「そうですね..........わかりましたッ!」

 

 

 アレックスは拳を、ロクサーヌは刃が欠けた両手剣を構えた。

 

 そして目の前に居る五体の黒いサンドワーム達が体を反らし、その反動で利用して二人に飛び付こうとする。

 

 その時だった––––––––––

 

〝ズドオオオオオオオオオオオオオッ!!〟

 

–––––––突然アレックスとロクサーヌ、二人の前に何かが()()()()()

 

 それを目にした黒いサンドワーム達は飛び付くのを辞めた。本能的に目の前に落ちて来た存在が、ヤバいと察知したのだ。

 

 土煙が舞い上がり、その全貌はわからない。

 

 だが、ロクサーヌの嗅覚と[気配感知]はそれがなんなのかを正確に捉えた時、舞い上がった土煙が晴れ、それを露わにした。

 

 

「いくら俺が頑丈だからって、流石に投げるのはどうかと思うんだが..........」

 

「レオニス殿ッ!?」

 

 

 空から落ちて来たのはレオニスだった。彼が何やら愚痴を溢しているが、アレックスは驚きのあまり咄嗟に出た声が少し裏返っている。

 

 一方ロクサーヌはもう一つ感じ取った気配の主。この世界で彼女が最も信頼し、尊敬し、愛している男の気配を察知し、先程まで苦々しい表情ばかり浮かべていた顔に明るさが戻った。

 

 

「アレックスさん。私達の勝利が確定しました」

 

「ん?それはどう言う..........」

 

 

 ロクサーヌはそう言いながら頭上を見上げる。それに釣られてアレックスも彼女が見つめる視線の先に目を向けた。

 

 するとそこには、“月の光を一身に受ける赤い衣を纏った黒い天人”が腕を組んで空に佇んでいた。

 

 

「あれは一体..........」

 

「あの方は私達の王、シン様です」

 

「....................なっ! あれがシン殿ですとぉッ!?」

 

 

 ロクサーヌの言葉にアレックスが驚愕し、思わず声を張り上げ聞き返した。そんな彼に対してロクサーヌは自信たっぷりに頷いて見せる。

 

 するとレオニスがロクサーヌに何か投げ渡した。

 

 

「これは、私の剣ッ! まさかバウキスがッ?」

 

「ああ、色々あったが一先ず合流は出来た。それとアレックス殿、避難する住民の方にも強力な援軍が向かった。そっちに向かった魔物は心配しなくて良い」

 

「なんとッ!それは嬉しい知らせですなッ!」

 

「そしてロクサーヌ、シンからの伝言だ。『暴れろ』だとよ」

 

「ッ!! わかりました..........アレックスさん、あちらの四体は私に任せて頂けませんか?」

 

「ロクサーヌ殿?」

 

「シン様の期待に応えたいので、あちらのサンドワームは譲って頂きたいのです」

 

 

 そう言ってロクサーヌがレオニスから渡された剣を鞘から抜くと、彼女の体から青白い電流がバチバチと帯電し始めた。それを見たアレックスは、“彼女がまだ本当の意味で本気ではなかった”のだと理解し、「頼みます」と答えた。

 

 その途端、ロクサーヌは先程以上の速度で地面を蹴り込み、向こう側にいる四体の黒いサンドワームに向かってる駆け出した。

 

 

「さて、アレックス殿。まだ動けるか?」

 

「..........フッ、我輩を舐めてもらっては困りますな、レオニス殿。不甲斐無い姿を晒してしまいましたが、依然我輩の筋肉は健在! まだまだパトスは(ほとばし)っておりますぞぉッ!」

 

 

 ムンッ!とアレックスがその筋肉美をレオニスに見せつけるように胸を張る。するとレオニスがアレックスに張り合うように筋肉を膨張させ着ている服を内側から破ってみせた。胸筋をピクピクさせて。あーあ、まーたロクサーヌに怒られるよ、あいつ..........。

 

 そしてアレックスもレオニスに負けじと己の筋肉に喝を入れ、膨張させてみせた胸筋をピクピクと動かした。

 

 そんな二人に向かって二体のサンドワームが突撃してくる。それを見たアレックスの目がキラリと光り、彼とレオニスは拳を腰に構え、向かって来たサンドワームに全力のパンチをお見舞いした。

 

 

「勇気百倍ッ! 筋肉千倍ィィッ!!」

 

 

 アレックスがそんな事を叫びながら拳を振り抜くと、彼に殴られたサンドワームの頭部が潰れていた。何かの詠唱なのだろうか? レオニスもアレックスと同様にもう一体のサンドワームの頭部をペシャンコに潰していた。

 

 そんな彼らを見ていたシンは、「大丈夫そうだな、うん」と呟いき、戦場を見下ろしていた。

 

 すると、そんな彼に向かって二体のサンドワームが口を開いて噛み付こうとした。しかし次の瞬間、シンの両掌に刻まれた八芒星が輝き、二体のサンドワームはシンが発生させた風の斬撃によって滅多斬りにされ呆気なく倒された。魔法の耐性が上がっている黒いサンドワームでもフォカロルの風を防ぐことは不可能。

 

 そしてシンは[天眼][気配感知][魔力感知]で先程からずっと探していた相手をついに見つけた。

 

 

「レオニスとロクサーヌが居る以上、出番は無いだろうし......... なら俺は、コイツらを差し向けた相手に挨拶でもしに行くしようか.......( ロクサーヌ、レオニス、ここは任せたぞ?)」

 

(ハイッ!お任せくださいッ!)

 

(ああ、任された)

 

 

 シンがロクサーヌとレオニスに念話を飛ばすと、二人は強い意志で応えた。

 

 それを聞いたシンは風を纏い、カルロー村の葡萄畑から少し離れた森に向かって飛んで行った。

 

 

 




「勇気百倍、筋肉千倍」実に良い言葉ですね。


補足


『登場キャラ』


「アレックス・カルロー」
・天職は[芸術家]で、戦闘時には愛用のガントレットを両手に着用して戦う。ガントレットに刻まれた魔法陣には[錬成]と[土属性魔法]が付与されており、対象を拳で殴ることで錬成と土魔法が発動し、鉱物を形状変化させ矢や弾丸のように尖った石や巨大な壁などを作れる。


『登場した魔道具』

「アレックスのガントレット」
・[錬成]と[土魔法]が付与された代物。[芸術家]の天職を持っているアレックスだからこそ使える魔道具。高レベルの[錬成]を可能とし、高位の土魔法も使える掘り出し物。



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カルロー事変 後編〜 L’Arabesque Sindria〜


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タイトルでコレ使ってる時は大抵私がコレを脳内再生しながら書いた回になります。




 

 

 新たに二体の黒いサンドワームが出現し、混乱の渦中へと呑み込まれたデビッドや玉井、クリスや村の男達。

 

 鎖は千切れ、縛り上げていた三体のサンドワームもその縛りから解放され、そのうちの一体は地中に潜り、村の方へと姿を暗ました。しかし現状は最悪。予備の鎖で再度サンドワーム達を縛ろうと村の男達が試みるが、その度に村の男達がサンドワームによって吹き飛ばされ、また一人耕された地面と共に呑み込まれた。

 

 その光景を目の当たりにした玉井は恐怖で腰を抜かし、身動きが取れなくなっていた。そんな彼を守るためにデビッドとクリスが玉井の前に立ち、剣を構えている。

 

 

「何をしている玉井ッ! 早く立てッ! このままではお前も食われるぞッ!」

 

「で、でも..........ッ!」

 

 

 デビッドに叱咤され、玉井は立ち上がろうとする。彼にはまだ戦意があった。しかしそんな彼の僅かばかりの覚悟とは裏腹に、恐怖で手足は震え、立ち上がろうとする彼の意思を邪魔する。

 

 そんな玉井を見たクリスが言葉を掛ける。

 

 

「逃げなさい玉井ッ! ここは私達で食い止めますッ! 愛子さんの大切な生徒をここでみすみす殺させるわけには行きませんッ!」

 

「クリスさん....................」

 

 

 その時、彼等の足元が激しく揺れ動いた。咄嗟にクリスはデビッドを突き飛ばし、玉井の手を掴んで放り投げようと試みるが....................遅かった。

 

 真下から黒いサンドワームが天を衝く勢いで姿を現し、三つに割れた頭部、つまりサンドワームの口が開かれ、サンドワームは玉井とクリスを呑み込んだ。––––––––と思われたが、クリスは掴んだ玉井の手を力一杯に振り回し、サンドワームの口が閉じる前に玉井を離脱させた。

 

 玉井はサンドワームの口の中に取り残されたクリスと目が合う。刹那の一瞬が長く感じられる。クリスは玉井が無事であることを見届けると微笑した。そしてサンドワームはクリスを呑み込み、その口は一切の隙間も無く閉じられた。

 

 

「ッ!––––––クリスさぁぁぁぁぁンッ!!!」

 

「––––––––ッ!! おのれェェッ! よくもクリスをォォッ!!––––––––〝暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れッ!〟–––––〝螺炎ッッ!!〟」

 

 

 玉井の悲鳴をあがり、デビッドは激昂し吠えた。するとデビッドは早口で詠唱を済ませ、ありったけの魔力を込めて中位の火属性魔法を発動させる。螺旋状に渦巻く炎がクリスを飲み込んだ黒いサンドワームに巻き付き、その巨体は業火に包まれた。だが..........

 

 

〝キシャアアアアアアアアンッ!!〟

 

 

..........黒いサンドワームが耳の鼓膜を衝くような甲高い咆哮をあげ、あっさりとデビッドの魔法〝螺炎〟を振り払った。

 

 

「クソッ! やはり効かないのかッ!!」

 

 

 悪態を吐くデビッド。そんな彼と玉井を呑み込もうと黒いサンドワームは口を大きく開き、二人に迫る。「もはやここまでか..........ッ!」とデビッドが諦めのような覚悟を決め、迫り来るサンドワームを睨みつけ、玉井が目を瞑りかけた。

 

 その時、サンドワームの口が縦に割れた。

 

 一瞬デビッドと玉井はサンドワームがさらに口を割ったのかと思ったが、それは違う。口では無く、頭部その物が綺麗に両断されたのだ。まるで鋭利な刃物でスパッと切られたように..........。

 

 サンドワームの巨体が縦に割れ、そこからさらに両断された左右の胴体にも切れ目が入り、頭部から中腹部にかけてサンドワームの巨体が四枚に捌かれた。

 

 二人に迫っていたその巨体は勢いを無くし、緑色の体液をグチャリとばら撒きながら地面に落ち。

 

 

「えっ...............?」

 

「一体、何が............ッ?」

 

 

 目の前の光景を視界に納めた玉井とデビッドの思考が停止する。

 

 そんな二人の後ろから青白い光が眼前へと駆け抜けた。すると倒れ伏した黒いサンドワームの死骸が細かく寸断され、緑色の体液を全身に被った村の男達が気を失った状態で出て来た。その中には先程サンドワームに呑み込まれたクリスの姿もある。

 

 

「クリスさんッ!!」

 

 

 玉井がクリスに駆け寄る。それに続いてデビッドもクリスの元へと急いで走り寄り、二人が目を閉じているクリスに呼び掛けた。するとクリスは閉じていた瞳をゆっくりと開き、数回咳き込んだ後、弱々しく口を開いた。

 

 

「私は..........一体..........?」

 

「クリスさんッ!」

 

「玉井..........それに、隊長も..........私は、生きて、いるのですか..........?」

 

「ああッ!お前はちゃんと生きているッ!だから気をしっかり持てッ!神殿騎士であるお前が、こんなところで死ぬなど、我等の主も! 俺も! 許していないぞッ!」

 

「はは..........どうやら、本物の隊長のようですね..........しかし、私は何故..........?」

 

「無事のようですね」

 

 

 弱々しいクリスと涙を流して彼の無事を喜ぶ玉井、そして同じ神殿騎士としてクリスを鼓舞するデビッド。そんな三人の元に聞き覚えのある声が届いた。

 

 

「ロクサーヌさんッ!?」

 

 

 玉井が思わず驚いたような声を発した相手はロクサーヌだった。彼女の手には見たことが無いほど、色鮮やかな青白い綺麗な刀身をした長剣が握られている。デビッドは一目で、その剣が国宝級に相当するアーティファクトだと見抜き、戦慄した。

 

 そしてロクサーヌの佇まいと言葉を見聞きしたデビッドは、状況を理解し、確信を持って彼女に尋ねる。

 

 

「..............貴様がこれを?」

 

「手荒な方法でしたが..........はい、そうです。気に障りましたか?」

 

「いや、そんな事は無い............同胞を救っていただき、感謝する」

 

 

 そう言ってデビッドは、真剣な眼差しで真っ直ぐに佇立し、頭を深々と下げた。その行為に内心驚くロクサーヌ。デビッドという人間は亜人を忌み嫌い、差別する存在だと判断していたため、ロクサーヌは彼がそんな行動を取るとは一ミリも思っていなかったのだ。

 

 だが彼はロクサーヌに頭を下げた。恩を仇で返すわけには行かない、という彼の“騎士”としてのプライドがそうさせたのだ。

 

 そんな彼を見たロクサーヌは、デビッドに対して声を掛けた。

 

 

「お気になさらず。私は、私がやるべき事をしたまでですから」

 

「お、俺からもッ!クリスさんやみんなを助けてくれて、ありがとうございますッ!」

 

「私からも..........礼を言わせてください...........助けていただき、ありがとうございました..........」

 

「貴方方のお気持ち、素直に受け取られていただきます。それでは、私は他のサンドワームを倒して来ますので–––––ッ!」

 

 

 ロクサーヌの言葉を聞いたデビッドが「待てッ!」と声を掛けようとしたが、その言葉は届かなかった。

 

 何故ならロクサーヌが一瞬でその場から消えたからだ。デビッドの目に映った彼女は、バチバチッ!と青白い稲妻を僅かに放電させ、次の瞬間には姿が掻き消した。そして周りにいる三体のサンドワームが次々と切り刻まれていく。目にも止まらぬ速さ.......いや違う。三人の目で捉えることすら出来ない雷速だ。唯一三人が目に出来るのは彼女が走り去った後に残した青白い雷光の残滓のみ。雷を纏った狼人族が縦横無尽に青白い軌跡を残し、サンドワームを蹂躙する。その光景を目の当たりにしたデビッド達や村の男達は、のちに彼女のことをこう呼んだ。

 

 青き雷の〝()()〟と。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 所変わって、残り三体のサンドワームを相手取っていたレオニスとアレックス。

 

 シンがそのうちの二体を瞬殺し、この場を去ったことで結局二人が相手するのは一体のみとなってしまった。

 

 

「シンの奴、去り際に俺達の獲物を横取りしやがって.....」

 

「ヌハハハッ! まことシン殿には驚かされてばかりですなッ!––––––––しかし、その心配は無用の様ですぞ?」

 

 

 レオニスがボヤき、アレックスはレオニスの言葉を聞いて豪快に笑って見せる。先程まで疲れ切っていたはずの彼が妙にハイテンションだ..........一体どうしたのだろうか?

 

 アレックスの様子を不審がっているレオニス。しかし、アレックスが最後の放った言葉通り、レオニスの不満はあっさり解消された。

 

 大地が揺れ動き、新たに三体の黒いサンドワームが地中から出現したのだ。

 

 

「ヌッハハハハハハッ!! 大漁ですなァッ!」

 

「本当にどうしたんだアレックス殿? 頭でもぶつけたか?」

 

「いえいえ、我輩は至って普通ですぞッ? ただ少しばかり我輩の()()()でハイになっているだけでありますッ!」

 

「奥の手だと..........?」

 

 

 アレックスが口にした〝奥の手〟とは、彼が持つ特殊技能のことである。

 

 その名も〝身魂覚醒〟

 

 かつて彼が冒険者時代に強力な魔物との戦闘中に開花させた()()()()()()()()()()()であり、身体強化の上位に位置する自己強化魔法、それが〝身魂覚醒〟。

 

 一時的に魔力、魔耐を含んだ全ステータスが大幅に上昇し、肉体の疲労感や痛み、精神的ストレスなどを一切寄せ付けない高揚感に至る。魔力消費も大幅に減少、というより高速で魔力が回復し、そのうえ直接魔力を操れるようにもなる。つまり、一時的に[高速魔力回復]と[魔力操作]が使えるようになるということだ。先程硬い皮膚で覆われた〝黒いサンドワーム〟を一撃で殴り潰したのは、[身魂覚醒]を発動したから。発動のトリガーは「勇気百倍、筋肉千倍」という掛け声。文字通り、その言葉に勝るとも劣らない力を発揮する。普通の限界突破とは違い、体から魔力光は溢れ出ないのも、この技の特徴らしい。

 

 しかし、[身魂覚醒]の発動可能時間は四十五分。それにこの技の使用後アレックスは丸二日、体が動かなくなる。そのうえ[身魂覚醒]が使えるのは三ヶ月に一回のみ。常人を超え、超人すら超えた自己強化の代償は相当な物なのだ。

 

 その説明を受けたレオニスは、先程から妙にテンションが高い理由と、[生命感知]で捉えたアレックスの爆発的に上昇した生命力に納得がいった。

 

 

(一時的には言え、()()()に迫る程の膂力..............シンもそうだが、アレックス殿も十分化物だ.............フッ。これもまた、俺が求めていた〝()()()()()()()()()〟という奴かもしれないな..............)

 

 

 ある意味、未知との遭遇とも呼べるアレックスとの出会いはレオニスの心を踊らせた。

 

 

「行きますぞォッ、レオニス殿ッ!」

 

「心得たッ!」

 

 

 二人の益荒男が駆け出した。

 

 レオニスは黒いサンドワームを地面から引っこ抜き、ジャイアントスイング。そして空中に放り投げたサンドワームを、これでもかと超高速殴打の乱れ打ちを浴びせる。

 

 一方アレックスは“ガントレット”に付与された[土魔法]と[錬成]を駆使し、黒いサンドワームを拘束。そして全身の筋肉から湯気を立ち昇らせながら、サンドワームの腹部に潜り込み、強烈なアッパーカットをお見舞いする。

 

 もはやこの場は二人の独壇場、誰も彼等を止める事など不可能だった。

 

 それから数分後、四体の黒いサンドワームは呆気なくレオニスとアレックスにKOされ、二人は己の拳を打ち付け合って固い握手を交わした。

 

 だがやはりアレックスのブランクは早々消えるものでは無かったらしく、四十五分と経たずに彼は白目を剥き、泡を吹きながら倒れた。その後、レオニスはアレックスを担ぎ、彼の家族の元へと送り届けるのだった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「くそッ! どういう事だッ! 何故()()()()()がこうもあっさり敗れるのだッ!」

 

 

 カルロー村付近にある森。その少し開けた小高い丘に、水晶玉を手に持ち、悪態を吐く魔人族の男がいた。

 

 彼の名前は〝ルーク〟

 

 ルークの周りには二体の黒いサンドワーム、又の名を〝デスワーム〟が控えている。

 

 そんなルークは手に持つ水晶玉を怒りに任せて地面に叩きつけようとするが、なんとか思い止まったらしく、荒く息を吐きつけ、再び水晶玉に視線を向ける。その水晶玉にはカルロー村を襲わせたデスワーム達が狼人族の女と脳筋の男二人によって簡単に倒されていく様子が映っていた。

 

 ふざけるなッ!と、思わず現実逃避したくなる光景だ。

 

 ルークはギチギチと歯を鳴らし、再び怒りが込み上げてくるのを感じていた。

 

 

「これでは作戦失敗だ..........ッ。村を壊滅させるつもりが、こっちのデスワームが壊滅させられるとは..........こんな事、フリード様になんと報告すればッ..........」

 

 

 予定ではデスワーム数体で村の住民を全て皆殺しにするはずだった。人間族との戦争で邪魔になると踏んだからだ。そしてあわよくば、王国が異世界から召喚した()()()()()もこの場で殺してしまおうと画策していた。しかし予想以上に抵抗が強く、送り込んだデスワームが倒されてしまった。そこでルークは周りに控えさせている二体を残し、それ以外全てのデスワームを再度村に送り込んだのだ。だが結果は見ての通り。再度送り込んだデスワーム達も時期に倒されるだろう。

 

 つまり作戦は失敗である。

 

 

「くッ.............! やむを得まい、これ以上戦力を失えば()()()()も遂行出来なくなる.........ここは一度、レイスと合流するべき、か..........」

 

 

 そう口にしたルークは指笛を鳴らした。

 

 すると月夜の彼方から一匹の翼竜〝ハイベリア〟がその男のところに向かって飛んで来ていた。翼竜型の魔物〝ハイベリア〟は手頃な移動手段として魔王軍の間では重宝されている。そして魔人族の男はそのハイベリアの視覚と水晶玉をリンクさせて戦況を見守っていたのだ。

 

 そのハイベリアがルークの元にようやく辿り着こうとしたその時、猛烈な強風が吹き抜け、突然ハイベリアの全身がズタズタに切り裂かれ、呆気なく墜落した。

 

 

「ッ!?..........一体何がッ!?」

 

「––––––やあ、こんばんわ。今夜は月が綺麗だね」

 

「ッ!?!?」

 

 

 目の前の状況に混乱していたルークの耳に聞き覚えのない男の声が降って届いた。

 

 その声の主が何処にいるのか分からず、辺りを見回すルークだったが、頭上から視線を感じた彼はようやく声の主をその視界に捉えた。

 

 そして絶句した。

 

 ルークの斜め上前方、高さにして二十メートルといったあたりの空に、月の明かりを背負った男が優雅に佇んでいる。その姿はまるで神話に登場する天人の如き神秘的な物だった。赤い腰布と羽衣、そして金の首飾りを纏い、黒鷲のような羽根を纏った長い髪がまるで翼のように広がり、額に生えた二本角の間には縦に割れた第三の目が開眼していた。

 

 数分前、水晶玉に少しの間映っていた存在だ。最初ハイベリアの視覚から送られた映像でそれを確認した時は、何かの見間違いだろうと踏んでいたルーク。しかし現在、見間違いだと思っていた存在は、いま目の前にいる。

 

 呆然としていたルークは我に返り、口を開いた。

 

 

「き、貴様は一体何者だッ!」

 

「おいおい、俺の言葉は無視か? せっかく()()しに来たってのに。開口一番に名前を訊くなんて、挨拶の仕方がわからないようだな」

 

「ッ..........質問に答えろッ! 貴様は一体何者だと聞いてるんだッ!」

 

「挨拶もロクに出来ない相手に名乗る名も質問に答える理由も、俺は持ち合わせちゃいない。ああ、もちろん君の名を聞くつもりも無いぞ?–––––––どうせすぐに消える(運命)なんだから」

 

「な、なんだと..........ッ!」

 

「だがその前に、君には俺の質問に一つ答えて貰う。–––––()()()()()()()()()()()?」

 

「ッ!? 貴様ァッ、その忌み名をどこで知ったッ!」

 

「言っただろ? 挨拶もロクに出来ない相手に、答える理由はないと..........まぁ君の態度で大体察しはついた。 魔王軍は()()()()()()()()()()()()()()ってことがな」

 

「一体何を言っている..........」

 

「答えは得た、君との問答はここでお終いだ。–––––––––さて、あの村に手を出した君には、きっちりとケジメをつけて貰う。最後に俺なりの()()で幕を下ろすとしよう」

 

 

 そう口にしたシンは、両掌に刻まれた八芒星を輝かせ、掌を上に向けた両腕を左右に構える。すると両掌から天を衝く程に伸びる烈風が発生し、二つの竜巻が唸りを上げた。

 

 それを見たルークは「あいつを殺せッ!デスワームッ!」と、隣に控えさせていたデスワーム達にシンを襲うよう命令し、二体のデスワームがシンに迫る。

 

 だが遅い。

 

 迫り来るデスワームをシンは天上から睥睨し、両掌を頭上で合わせた。

 

 二つの竜巻が重なり、唐竹割りのようにシンがその両腕を振り下ろした。

 

 

「––––〝風裂斬(フォラーズ・ゾーラ)!!〟––––」

 

 

 二つの竜巻が合わさり、荒れ狂う巨大な竜巻となった風の塊が、デスワームやルーク、そして森の大地に叩き付けられた。膨大な風量となった巨大竜巻は触れた物全てを跡形も無く吹き飛ばし、二体のデスワームと魔人族の男ルークは有無を言わさず消滅。さらにそこら一帯の大地が深々と抉られ、直撃した場所はおろか、そこから離れた木々まで風圧で薙ぎ倒され、シンが放った一撃の凄まじさを物語っていた。

 

 すると抉れた地面の地中から水が勢いよく吹き出した。よく見ると湯気も立っている。

 

 

「へぇ、温泉か! まさかこんな所に源泉があったとは。戻ったらアレックス殿に報告しないとな。フッ、出発前にひとっ風呂浴びるのも良さそうだ」

 

 

 そう言ってシンは湧き立つ温泉(抉れた大地)に背を向け、カルロー村へと飛び去って行った。

 

 こうしてカルロー村で起きた騒動、のちに〝カルロー事変〟と呼ばれる魔王軍の策謀は阻止され、怪我の功名とも呼べる温泉をカルロー村の村長アレックスはゲットするのだった。

 

 尤も、シンが村に戻った時にはすでにアレックスがぶっ倒れた後で、彼が温泉の事を知ったのは翌日の昼だったらしい。

 

 




はい。ということで村長は人間辞めてました。アレックス村長が使った「身魂覚醒」については補足で説明します。やっとフォラーズゾーラ出せた!


補足


『登場した技能』


「〝身魂覚醒〟」
・度重なる修練と死闘の末にアレックスが身につけた限界突破の特殊派生技能。今作オリジナル技能。発動のトリガーとなる詠唱は「勇気百倍、筋肉千倍」全ステータスを大幅に上昇させ、[高速魔力回復]と[魔力操作]が使えるようになる。痛みや疲労感、精神的負荷の耐性が強まり、一時的にハイになる。原理的には神代魔法のひとつ、[魂魄魔法]の魂のリミッターを解除する性質に近い作用をもたらす。その反動として丸二日動けなくなり、再使用に三ヶ月はかかる諸刃の剣とも呼べる奥の手。



『登場した魔物』


「デスワーム」
・カルロー村を襲った黒いサンドワーム。魔王軍の誰かが強化を施した結果、サンドワームの体表が黒く染まり、亜種のような姿に変貌した魔物。通常個体と分けるために、「デスワーム」と呼ばれるようになった。
しかしシン達の活躍によってデスワームは全滅。


「ハイベリア」
・翼竜型の魔物。ハルツィナ樹海やライセン大峡谷にも生息するわりとありふれた魔物。手軽に調教できるため、魔王軍では普通の移動手段として重宝されている。


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後日談 前編


カルロー事変後のお話。

 一方その頃、南雲さんちのハジメくんは..........

「よく聞け残念うさぎ共ッ!死にたくなければ魔物を殺せッ! 殺せねぇウサギはただ〝ピー〟だァッ!お前らが殺さねぇなら、俺がお前らを殺すッ!」

「「「「「ヒィ〜〜〜〜ッ!!」」」」」

 心優しいウサギさん達と戯れて?いた。

 そんなウサギさん達の中で気骨を見せる黒いウサギさんこと〝リザ〟は........

「あの人のおそばで仕える為にも、此処で死ぬわけにはいきませんッ!」

 一人心を燃やしていたのだが、その理由をハジメが知る由は無かった。

 そして樹海の奥深くで、ついに樹海最強の座を獲得した兜虫は...........

「ジュワ、ヘアァッ!(この程度で最強など烏滸がましい! もっと力をつけなればッ!)」

 より高度な強さを手に入れる為に〝とある場所〟を目指そうとしていた.....。




 

 カルロー事変から二日目となる朝。

 

 コテージの一室で眠っていた少女は重たい瞼をゆっくりと開き、目覚めた。徐々に意識が覚醒し出し、数回寝返りを打った後、急にその動きが激しくなり身悶え始めた。

 

 

(〜〜〜〜〜〜ッ、私のバカバカ! なんで()()()()()()覚えてなかったのよッ! それにロクサーヌさんが言ったことが本当なら、私の〝告白〟が全部あいつに筒抜けだったってことよね.......ぅっ...........ぅぅぅああーーーーーッ!!!)

 

 

 今度は頭を抱えながら身悶え始めた。そしてベッドの上でうつ伏せになり、両手に掴んだ枕で後頭部を抑えながら足をバタつかせている。寝起きにしてはそれなりの運動量だ。

 

 するとそれが途端に止み、彼女は枕を胸元に抱えて仰向けになった。

 

 

(.........あんな話聞かされた後で、どんな顔して要と会えばいいのよ............)

 

 

 目覚めて早々に内心穏やかではないご様子の少女、園部優花。

 

 何故彼女の心がこんなにも掻き乱れているのかと言うと、その原因はカルロー事変の翌日、つまり昨日の昼頃に遡る。

 

 昨日一日は魔物によって荒らされた土地の整備と、種苗を植えることに明け暮れていた。作農師のスキルを持つ愛子はその能力を遺憾無く発揮し、園部達愛ちゃん護衛隊のメンバー(清水以外)、それにシン、ロクサーヌ、レオニスの三人も村の人達と共に復興作業に従事していた。散らばったサンドワームの死骸はシン達が騒動終結後すぐに片付け、荒らされた土地もシンが〝アガレス〟の力を使用したことで綺麗に整備され、すぐに復興作業を始められるようになっていた。

 

 そんな中、園部が宮崎、菅原、そしてロクサーヌの三人で昼休憩の準備をしていた時、唐突に宮崎と菅原からとんでもない衝撃の事実を告げられた。

 

 

『ねぇねぇ優花っちぃ〜、今更訊くのもあれだけどさぁ〜、要っちとキスした感想教えてよ〜』

 

『.................待って。私、要とキスなんてしてないんだけど?』

 

『覚えてないの? 優花を助けようとした要くんが口移しで回復薬飲ませてくれたこと?』

 

『..........マジで?』

 

『『うん、マジ』』

 

『..........................』←園部の手からぽろっと落ちるお皿

 

『(ササッ!)』←ロクサーヌの早技がお皿をキャッチ

 

『『おお〜!』』←パチパチと拍手する宮崎、菅原

 

 

 二人の発言で園部の思考が停止した。手に取ろうとしたお皿を取り損ねた園部がお皿を落とすが、それをロクサーヌが瞬時にキャッチ。そんなロクサーヌの早技に思わず宮崎と菅原が彼女に拍手を送る。

 

 園部の肩と手がプルプルと震え出し、真っ赤に顔が染まる。そして何か言いたそうな園部の口がワナワナと開いたり閉じたりしていた。

 

 すると園部が発言する前にロクサーヌが口を開いた。

 

 

『そういえば先日、シン様に()()したそうですが、〝側室に加わりたい〟という事でよろしいのですか、優花さん?』

 

『な、なッ...............なんでッ!?』

 

 

 園部の顔がさらに真っ赤に染まった。耳や首まで赤い。若干涙目にもなっている。

 

 

『えッ!? 優花いつの間に要くんに告白したのッ!?』

 

『いつッ!? どこでッ?!』

 

『私が聞いた話だと、優花さんが魔物に襲われ、シン様とキス(口移し)した後の事らしいです』

 

『う、嘘よッ! 私あの時、()()()()()()()()()もんッ!』

 

『言葉にしていないだけで、()()動いていたのではありませんか? 間近にシン様が居たのでしたら、僅かな唇の動きでも言葉を読み取られますよ?』

 

 

 確かにあの時、発音はされていなかったが園部の唇は動いていた。それに園部の傍にはシンがいた。それも至近距離で。

 

 

『ちなみにシン様が読み取った告白の文言は〝あんたが好き〟だそうですが?』

 

『『あ〜、優花(っち)っぽい』』

 

 

 宮崎と菅原の言う通り、実に自分らしいと感じた園部。というか、あの時心に思い浮かべた言葉のまんまである。それに気づいた園部は『もうやだ.......』と口にし、両手で顔を隠しながらしゃがみ込んだ。火照った顔の熱さが自分の掌に伝わり、余計に恥ずかしさが込み上げてくる。

 

 

『なにも恥ずかしがる事はありませんよ優花さん。シン様も言ってました、〝アイツの気持ちは素直に嬉しい〟と。 もし優花さんさえ良ければ、二人の関係を進展させるお手伝いを致しますよ?』

 

『..............それってつまり、側室に加えるためのお手伝い、って事ですよね?』

 

『そうですよ?』

 

『わ、私はあいつのハーレムになんてッ...........!』

 

『..............そうですか。では諦めてください』

 

 

 否定し続ける園部に、ロクサーヌは至って普通な物言いでそう返答した。だが若干語気が強いように感じられる。その言葉を聞いた園部の体がピクッと少しだけ反応し、顔の火照りが徐々に冷めていくのを感じていた。

 

 

『トレイシーのように私からシン様を奪うつもりは無い様子ですし、かと言って側室に入るつもりも無い。なら潔く身を引いてください。 覚悟を持たない貴女では私達の〝王〟の枷にしかなり得ません』

 

『..........なによそれ』

 

 

 ロクサーヌの物言いに園部は苛立ちを覚えた。

 

 

『自分の気持ちを伝えるのは大変素晴らしい事だと思います。 ですが、“得られるモノにすら手を伸ばさない”貴女の恋心に結果は伴いません。シン様には私から伝えておきますよ、“優花さんの告白は手違いでした”と』

 

『ッ!?』

 

『いくらなんでも、それはあんまりじゃないですかロクサーヌさんっ!』

 

『そうですよっ! せめて要くんの返事だけでも..........』

 

『優花さんの意見と私の意見が合わない時点で結果は見えていませんか? 気持ちの押し付けは、時に押し付けられた相手を苦しめる呪いにもなります。 それにシン様にこれ以上、優花さんの事で悩んで欲しくありませんから........』

 

『要が、私のことで悩んでる.........? それって......』

 

『私からは以上です。気が変わったらいつでも言いに来てください。それでは..........』

 

 

 そう言ってロクサーヌは大皿に何十枚と盛られたフレンチパンケーキ(もどき)と葡萄ジュースで満たされた大きめの水差しを両手に持ち、シンとレオニスの元に歩いて行った。

 

 二人の元に辿り着いたロクサーヌは何故かシンにデコピンされていたがその理由は不明である。しかしすぐさまロクサーヌが園部に『言い過ぎました』と謝罪したので、シンに叱られたのだろうと察しがついた。

 

 その後、園部は先のロクサーヌの言葉と不本意な形で伝えてしまった自身の想いの板挟みで悩まされ、シンとろくに顔を合わせることも出来ず、彼を避け続け、その日を終えたのだった。

 

 

 そして今日は人面の魔物との交戦後にシンが約束した事情説明をする日。神殿騎士のデビッドとクリス、そして近衞騎士の二人は朝から農作業に駆り出されおり、シンとロクサーヌ、レオニス、園部等異世界組は森に吹き出した温泉の調査という名目で一日休暇となっている。つまりこのタイミングでシンは事情説明をするつもりなのだ。

 

 説明を聞くのなら、どうあってもシンを避けることは出来ない。

 

 そして話は冒頭に戻り、園部は重い溜息を吐いた。

 

 

「はぁ〜..........私だけでも辞退しようかしら..........」

 

 

 シンと顔を合わせることが段々憂鬱に思えてきた園部。

 

 だが、そんなわけにはいかない。

 

 ここで逃げてしまえば、シン()の事を知る機会はもう二度と来ないかもしれない。それに、“ロクサーヌ(あの人)に言われたから引き下がった”、みたいになるのはなんか違う気がした。シン()にとって自分の気持ちが迷惑になるのは百も承知。それでも自分の気持ちに区切りをつける為、ここで引く訳にはいない。

 

 〝シン(あいつ)に抱いた気持ちはどんなに偽っても本物なんだから〟

 

 決心がついた園部はベッドから起き上がり、いつもの服装に着替える。あの時破れた服はすでに処分済みで、今着込んでいるのは予備として持って来ていたスペア。

 

 そして彼女が着替えている隣、部屋に備えて付けられていたハンガーラックには、シンから借りていた〝白い羽織〟と修繕途中の〝シンの制服〟が掛けられていた。〝白い羽織〟は返すタイミングが無かったため園部が未だに持っていたのだが、〝シンの制服〟はカルロー村に着いて早々シンが村の服に着替えた後、園部が修繕のためにとロクサーヌから預かっていたのだ。修繕にはまだまだ時間がかかりそうだが..........。

 

 着替え終えた園部はハンガーラックから白い羽織を手に取り、部屋を出た。二階の廊下を通り、階段を降りて行くと、リビングには愛子や宮崎、菅原、そしてロクサーヌがいた。

 

 園部が降りて来るのを最初に気づいたロクサーヌが声をかけてきた。

 

 

「おはようございます優花さん」

 

「.................おはようございます、ロクサーヌさん」

 

 

 昨日あんな事があったというのに、ロクサーヌはいつも通りおっとりとした様子で園部に挨拶をする。図太いというか天然というか..........。 少し気まずい園部は返事が若干ぎこちなくなる。

 

 そしてソファに座って紅茶を飲んでいる愛子と、開け放たれた窓から外を眺めている宮崎、菅原も、起きて来た園部に顔を向け朝の挨拶を送ってきた。

 

 

「おはようございます園部さん」

 

「「おはよう優花(っち)」」

 

「うん、みんなもおはよう」

 

「やっと起きてきたぁ。 もうみんな朝ごはん済ませちゃったよー?」

 

「あー、うん、ごめんね。昨日少し寝つきが悪かったみたいで..........」

 

「あれ? 優花が持ってるそれって..........」

 

「うん。要に借りてたままだったから、返そうと思って..........そういえば玉井と清水は?」

 

「玉井は外、清水はまだ起きて来てない」

 

「ふーん.........要は?」

 

「「ん..........」」

 

 

 シンがどこに居るのかと園部が問うと、宮崎と菅原は二人揃って視線を窓の外へと戻し、その言動で答えを示す。

 

 そんな二人に倣って園部は窓から顔を乗り出して外に視線を向けた。

 

 その視線の先、コテージから少し離れた場所でシンとレオニスが素手による組み手をしていた。

 

 二人は鍛え抜かれた上半身を露わにし、激しい攻防を繰り広げている。

 

 

「食後の軽い運動のつもり、がッ!–––––かなり激しくなってない、カッ?」   

 

 

 身体強化を施し、[力魔法]の鎧を纏ったシンがレオニスの乱打を手や肘で防ぎ、躱わし、受け流す。まるで武術の達人のような体捌きである。そして軽く飛び上がったシンがハイキックをレオニスの側頭部に当てた。外に出て二人の組み手を間近で見ている玉井が「おおっ!」と感嘆の声をあげる。玉井の隣にはバウキスもおり、二人の組み手を静かに見守っていた。

 

 

「ッ..........アレックス殿を見て思ったんだッ! 俺もまだまだッ、力をつけないとダメだとなァッ!!–––––それに、まだ親父に勝てていないッ!」

 

 

 蹴られたレオニスは平然とした様子で強烈なボディブローを放つ。[力魔法]の鎧を纏ったシンの体が少し浮き上がった。久しぶりに[力魔法]ごと体が浮き上がる感覚を覚えたシンは、目の前のレオニスが彼の父親であるレグルスの姿とダブって見え、「マジかよ.....ッ」と悪態を吐く。そんなシンを差し置いて、レオニスは攻撃の手を緩める事なく殴打と足蹴を炸裂させる。

 

 

「だからってッ、食後にこれは勘弁しろよなァッ!」

 

 

 だが、シンとて負けてはいない。彼はレオニスが放つ攻撃と攻撃の間を縫うようにカウンターを決めていた。縦拳、肘打ち、裏拳、貫手などを駆使して対抗するシン。レオニスの豪快でダイナミックな身のこなしとは正反対に効率的な動きをしてる。そんなシンの動きを観察し、すぐさま己の技に取り入れるレオニス。

 

 そんな二人の組み手を窓から眺める園部、宮崎、菅原の三人。

 

 

「もうかれこれ一時間はやってるんだよ、あれ」

 

「すごいわね..........」

 

「要くんが凄く強いってのはわかってたけどさ...........ああいう現実的な強さを目の当たりにすると、改めてすごいって思えるよねぇ」 

 

 

 宮崎が補足し、園部と菅原がシンに対する感想を述べた。

 

 

「............白い羽織(これ)を返すのは後の方が良さそうね」

 

今返しても、平気だと思いますよ?

 

「んわっ! ろ、ロクサーヌさん..........!」

 

 

 園部の独り言に対し、いつの間にか外を眺める三人の背後に立っていたロクサーヌ。彼女は手に二枚のタオルを持ち、園部の耳元でそっと囁いた。それに驚いた園部は囁かれた耳を手で押さえながらロクサーヌに振り返る。

 

 

「そろそろ支度を整えて森に出発した方がいいでしょうし、あのままでは二人が()()になりかねません」

 

「「え、あれで本気じゃなかったの..........!?」」

 

 

 ロクサーヌの言葉に宮崎と菅原が反応した。

 

 そしてロクサーヌはシンとレオニスの名を大声で呼び、食後の運動を止めるように促す。すると二人の動きがピタリと止まり、組み手を終えた。

 

 玉井と並び、バウキスを体に巻き付けてコテージに向かって歩いてくるシン。バウキスはシンの体に流れる汗をちょろちょろと伸ばした舌で舐めとっている。そんな二人と一匹の後ろに着いて歩くレオニスは少し名残惜しそうな表情を浮かべていた。

 

 

「なぁ要。その蛇、え〜と、バウキス......?だっけか。 さっきからお前の体舐めてるけど、それ、お前を食べようとしてるわけじゃないよな?」

 

「ははっ、まさか。彼女はそんな真似しないさ。俺に懐いてる証拠だよ」

 

「..........彼女ってことは、メスなんだよな?」

 

「ん? そうだが?」

 

「....................魔物にもモテるってどういう事だよ」

 

 

 魔物にすらモテるシン。そんな彼に生物的な意味でも男として負けた気がした玉井。試しにバウキスを撫でようとするが、彼女は体の一部たりとも玉井に触らせようとしなかった。それで益々ショックを受けた玉井が「お前はあれかっ!フェロモンでも出してんのかっ!」と嘆き、あからさまに肩を落す。

 

 そんな会話をしながら程なくして三人はコテージに辿り着き、中に入って来たシンとレオニスにロクサーヌが先程から持っていたタオルを渡した。

 

 それを受け取った二人は手早く体の汗を拭き取る。バウキスが舐め取り切れなかった箇所をシンが拭き終えたところで、園部がシンに挨拶をして来た。

 

 

「..........おはよう、要」

 

「おう、おはよう園部。今日はいつもより遅い起床だな?」

 

「ぅっ 、まあ、色々あったのよ............昨日は、あんたのこと避けちゃって、ごめん。もう平気だから」

 

「...........そうか」

 

「それと、はい、これ!」

 

 

 園部が手に持っていた白い羽織にシンに手渡した。

 

 

「借りっぱなしで昨日返し損ねたけど、貸してくれてありがと」

 

「ああ、どういたしまして。–––––––––なぁ園部、今晩お前と話がしたい、二人っきりでだ

 

「〜〜〜ッ!!」

 

 

 他の人に聞こえないようにシンが園部の耳元で呟き、少しだけ園部の顔が赤くなった。特に〝今晩〟と〝二人っきり〟というワードに園部の胸がときめく。別に何かを期待しているわけじゃない!断じて違う!と園部は心の内で否定する。

 

 シンが口にした〝話〟というのは、おそらく不本意な形で彼に伝わったてしまった園部の〝本心〟についてだろう。そして、耳元で囁いたのはシンなりに園部を気遣っての行為だった。

 

 未だにシンからの言葉を受け止め切れる自信は無い園部だが、彼女はしっかりとシンと向き合い、彼の瞳を見つめ返した。

 

 

「..............わかった。私も、要と話さないといけないって思ってたから」

 

「そうか。なら時間が空いたら来てくれ。 まっ、その前に事情説明だがな。 それより園部、お前朝食まだなんだろ?早いとこ済ませて森に行こうぜ」

 

「えっ、でももう出発したほうが...........」

 

「朝食を摂る時間ぐらい待ってやるさ。 それに俺やロクサーヌも着替えないとだしな」

 

 

 そう言ってシンとロクサーヌは出発の支度を整えるために、バウキスを連れてシンが使っているコテージの一室に入って行った。

 

 そして園部が手早く朝食を済ませ、清水以外の全員が外出の準備を整えたタイミングで、シンとロクサーヌが部屋から出て来た。

 

 

「「「「.....................ッ!!」」」」

 

「ッ! 要、その格好...........っ!」

 

 

 シンとロクサーヌの服装を見た愛子、宮崎、菅原、玉井の四人は驚きのあまり言葉を失い、園部はシンの姿に衝撃を覚えた。

 

 真っ白な衣を全身に纏い、刀剣、短剣、そして金銀様々な装飾で着飾っているシン。そしてシンの髪色と服装の色に寄せた露出度が高い服装をしたロクサーヌ。

 

 二人にとっては慣れ親しんだ格好でも、園部達からすれば初めて見る姿。特にシンの格好が衝撃的だったらしく、この場にいる異世界組全員が惚けていた。今の彼はまるで純白の衣と豪華な装飾で着飾った何処かの国の王様、もしくは貴族のようである。そのうえ自信に満ちた力強い瞳と威風堂々とした立ち姿からは、とても十代の高校生とは思えない気品と貫禄を醸し出し、別人のように思えた。

 

 そんなシンの姿を見て唖然とする園部達。彼女達の様子から色々察したシンが口を開く。

 

 

「あ〜、そういえば皆んな、この姿見るの初めてだったな。似合ってなかったか?」

 

「いや、似合ってない訳じゃないけどよ..........」

 

「なんていうか、その..............」

 

「..........アニメキャラみたい?」

 

「グハッ!?」

 

 

 シンの言葉に玉井、宮崎が反応を示し、菅原の何気ない感想が彼の心を抉った。さっきまでの威風堂々としたシンの態度が呆気なく崩れ落ち、その様子から「あ、いつもの要っちだ」と宮崎が言葉を漏らす。別人に思えた彼は間違いなく要進だった。

 

 だが彼はすぐに立ち直り、わざとらしく一つ咳払いをする。

 

 

「ゴホン..........言っておくが、断じてこの格好はそういうのを意識した物じゃないからな?」

 

「でも自覚はしてるだろ?」

 

「さっき思いっきり崩れ落ちてたもんね」

 

「こういうなんて言うんだっけ? え〜と..........厨二病?」

 

「ゴホッ!?..........ぅぅっ、ロクえもぉ〜ん、皆んなが俺をいじめてくるよぉ〜」

 

「なんですか、その呼び方?」

 

「俺の世界で子供に大人気な、猫型ロボットの名前をもじった呼び方..........」

 

「なるほど、よくわかりません。..............ですが、よしよし。大丈夫ですよ、シン様。私はシン様の格好、とても良く似合ってると思ってますから」

 

 

 玉井と宮崎、菅原の的確な猛追がさらにシンの心を抉り、シンはロクサーヌに泣きついた。ふざけている辺り意外と余裕があるのかもしれない。いや、こうでもしないと心の平穏が保てないからだ。そんなシンの頭を慈愛に満ちた眼差しで優しく撫でるロクサーヌ。秘密道具は出てこないが、優しさと強さなら二十一世紀の猫型ロボットに引けは取らない彼女である。

 

 そんなシンとロクサーヌを黙って見ていた園部は、胸にチクリと何かが刺るような感覚を覚えた。本当は自分も“似合っている”とシンに告げたい気持ちだが、二人のやり取りを見ていると口にしずらくなり、伸ばしかけた園部の手が静かに元の膝上に収まって行くのだった。

 

 すると愛子が口を開いた。

 

 

「あの、要くん。 もう出発するのですか?」

 

「ん? ええ、そのつもりですけど..........」

 

「清水くんがまだ起きて来ていません。できればもう少し待っていただけませんか?」

 

「..........残念ですが先生、もう時間切れです。ヴィーネを森で待たせてるので、これ以上清水に時間を割くわけにはいきません」

 

「でしたら後程、私達が清水くんに...........!」

 

「それは却下します。確かに情報の開示は先生に一任しましたが、この場で話を聞こうとしない相手にわざわざ労力を費やす必要はありません」

 

「ですがっ!」

 

「それに俺は清水を信用していません。俺が信用していない相手には情報は一切与えないでください。下手に情報を与えて変を気を起こされては(たま)ったもんじゃない」

 

「清水くんはそんなことしませんっ! 彼は大人しくて、少し人付き合いが苦手なだけの()()()()()ですっ!」

 

()()、ですか..........。 先生、清水のことを心から信頼しているのはわかります。それは先生の美徳であり信頼できる一面でもある。ですが、それは先生の解釈であって俺の意見では無い。これ以上ごねるのでしたら、今回の事情説明は無しにします。その上で先生に〝ある魔法〟を掛け、行動を一部制限させてもらいますが––––––––どうしますか?」

 

「ッ!? ..............どうしてもダメなんですか?」

 

「ええ」

 

 

 シンの揺らぐことがない意思を感じ取った愛子。その場にいる園部達もシンの物言いから、彼が本気であることを悟り、二人のやり取りを緊迫した様子で見守っている。

 

 

「.............わかりました。私の我儘で今回の話を台無しにするわけにはいきません。要くんの言う通り、清水くんには一切伝えません。これで構いませんか?」

 

「はい。脅す様な真似をして申し訳ありません先生」

 

「いいえ。要くんには何か考えがあるのでしょうし、私の価値観を君に押し付けるのは間違ってますから」

 

「そう言ってくれると助かります。––––––––お前達も、今回の事情説明で知ったことは一切他言しないでくれ。誰かに伝えるならまず先生に相談すること。勝手な判断で他人に伝え、その結果俺達に迷惑がかかることを忘れないでくれ」

 

 

 清水に関する愛子との会話が終わり、シンは周りの園部達にも忠告をし、彼女達もそれに同意した。

 

 

「さて、少し空気が重くなったが、気を取り直して予定通り森の温泉に行くのするか!」

 

 

 さっきの張り詰めた空気から一転して、シンがそう告げるとロクサーヌとレオニスが彼の言葉に頷き、三人は外に出ようと歩み始める。それに倣って愛子や園部達も動き出した。

 

 そしてはコテージを出て、シン達一行は森に向かって歩み始める。

 

 そんな中、シンは自分の真後ろにいる園部に向かって声を掛けた。

 

 

「そういえば、さっきから随分と大人しいけど、朝食足りなかったか園部?」

 

「人を食いしん坊キャラみたいに言わないでよ!....................私も似合ってると思うわよ、その服

 

「..............ふっ、ありがとな」

 

 

 別に礼など求めていなかった園部の小さな独り言にシンが反応した。だが、そんな些細なことでも園部は嬉しかったらしく、少しだけ頬を紅に染め、シンから顔を背けた。

 

 甘酸っぱい青春の香りがシンと園部から漂い、愛子は訝しみ、宮崎と菅原は何やらニヤニヤしている。玉井は最後尾にいるため全く気づく様子はない。

 

 園部は自身の恋心がどうしようもなく押し止められ無い物だと再認識し、今晩の自分がどうなるのか気になった。尤も、ヴィーネとの話し合いを経て園部の想いは大きく動き始めるのだが、それを今の彼女が知る由はなかった..............。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

  

 

side:清水幸利

 

 

 

 彼は自室のベッドで蹲り、怯えていた。

 

 

「なんなんだよあいつ..........っ! おれが、俺が何したって言うんだッ! くそぉッ!」

 

 

 彼はあの日の事を思い出し、激しい憤りを覚え、抱きかかえいた枕を壁に向かって投げつける。

 

 清水が思い浮かべたあの日の事とは、カルロー事変後の事である。

 

 あの日清水は、シンが居ないのを良いことにロクサーヌを自分の物にしようとした。しかしそれは失敗し、避難もせず、ずっとコテージの自室で塞ぎ込んでいた。

 

 そして黒いサンドワーム、つまりデスワームを全て倒し終え、村が再び平穏を取り戻した後の深夜、自室で塞ぎ込んでいた彼の元にある男が訪ねてきた。

 

 それは七つの金属器を全て身につけたシンだった。清水からすればただ豪華な装飾で着飾っただけの要。

 

 そんな彼は強引に清水が使っている部屋に押し入り、清水に問いかけて来た。

 

 

『清水、話はロクサーヌから聞いた。俺が居ない間に随分と好き勝手言ってくれたみたいだな?』

 

『う、うるさいッ! 良いから早く出ていけッ!ここは俺の部屋なんだぞッ!』

 

『そうはいかない。ここでお前を放置すれば俺と会うのを避けようとするだろ? そしてまた俺のロクサーヌに手を出すかもしれないし、或いは八つ当たりで園部達に何か良からぬ事を仕出かすかもしれん。 そんな危険な奴をみすみす放っておく事は出来ないな』

 

『お、おお俺に何かするつもりなのかッ? は、ははッ、そんなことすれば俺はすぐに大声を出してみんなを呼んでやるッ。そうすれば先生どころか教会の騎士達だってやって来るッ!デビッド(金髪野郎)なんかは真っ先にお前を糾弾すると思うぜぇ? それにお前が声を出させない様に俺を殴っても、その痣が残ればお前にやられた証拠になるッ! それを見せれば先生だって黙っちゃいないッ! つまりお前を俺をどうこう出来様が無いんだよッ!』

 

『歪んでるなぁ、清水。なるべく穏便に済ませたかったが、仕方ないか..........』

 

『ッ! 誰か助けてくれェェェェーーーッ! 要が俺を殺そうとしてくるッ! 誰かァァァーーーッ!』

 

 

 清水が大声で叫ぶが、室内や外は静まり帰っていた。隣の部屋で寝ているはずの玉井すら起きる気配が無い。今度はもっと大きな声で清水が叫び声をあげるが、一向に誰も清水の部屋を訪れる様子が無かった。

 

 

『言っておくが、いくらお前が叫んでもこの部屋には誰も来ないし、偶然お前の部屋に立ち寄る奴もいない。俺の魔法で音も存在も認識されない様になってるからな』

 

 

 シンが清水の部屋に訪れた時点で、この部屋にはシンの[認識阻害]が付与されている。つまりこの部屋自体が認識されない様になっているのだ。清水の叫び声も外に漏れている様で漏れていない。[認識阻害]は音の認識すら阻害するのだから、どれだけ誰かに訴えてもその相手の耳には届かないのだ。

 

 

『それともう一つ、俺がいつお前を殴るなんて言った? もちろん暴力も振るわない。まあロクサーヌを洗脳しようとした事には、今でも腑が煮え繰り返る様な気分だが』

 

『じゃあお前は俺に何をしようって言うんだよッ!!』

 

『そんなの決まってるだろ? お前がロクサーヌにしようとした事を仕返すだけさ。–––––––〝絶対的な恐怖〟を添えてな』

 

 

 途端、シンが[覇気]を発動させた。すると清水は力無く膝から崩れ落ち、恐怖で顔を歪めながらシンを見上げる。清水の目には、シンの姿が七体の巨人とそれを従える人の形をした怪物の様に思えた。

 

 

(な、なな、なんなんだよッ................これッ................!)

 

 

 シンの左手がゆっくりと伸びて来て、清水の顔に触れた。

 

 

『洗脳はお前の専売特許じゃないんだよ。––––––〝刻め、()()()〟』

 

 

 その瞬間、シンの左指に嵌め込まれた指輪が輝き、清水は意識がだんだん遠のいて行く。完全に意思を手放す直前、「もし、また同じ様な事をロクサーヌや園部達にしようとした時は、躊躇いなくお前を〝壊す〟」とシンが口にし、それを聞きながら清水は眠りに落ちた。

 

 そして清水が意識を取り戻した時にはすでに翌朝で、あの時シンに刻み込まれた恐怖によって、彼は丸一日ベッドの上で塞ぎ込んでいた。

 

 シンが最後に残した言葉がずっとこべりついた離れない。

 

 

『くそッ、くそッ、くそォォッ!! どいつもこいつも俺のことを馬鹿にしやがってッ..............! 俺は、俺には才能があるんだッ! 天之河なんかよりずっとすごい才能がァッ! 要みたいなクソ野郎なんかよりよっぽどすごい奴なんだッ!今に見てろよ要ェ...............ッ!」

 

 

 清水は部屋を壁をじっと睨みつけ、その先で幻視するシンに怒りと憎しみを込めた眼差しを向けている。

 

 しかし彼がこの村に滞在中、何かを起こす事は無かった。だがカルロー村の次に行く湖畔の街ウルで清水は大騒動を引き起こし、その結果、誰一人想像出来なかった〝再会〟と〝決別〟が待っているのだが、それはまだ先の話である。

 

 




今回シンが清水に行ったのはゼパルの簡易的な魔力の植え付けです。(今作オリジナル要素)それが今後、作中でどう作用するのかはお楽しみに。



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後日談 中編 上


後日談が終われば新章開幕ですが、もう暫く第二章にお付き合いください。





 

 カルロー村近くの森に入って三十分程で、シン達一行は目的の場所に到着した。

 

 魔装フォカロルの一撃によって丸裸にされた大地。湖と呼ぶには少し物足りないが、湯気を立ち昇らせる薄い乳白色の大きな池はまさに天然の露天風呂である。

 

 そんな光景を目の当たりにするシン達一行。

 

 特に愛子や園部達は異世界に来て初の天然露天風呂。そのうえ元の世界でも見たことがないほど大規模な温泉を前に、自然と瞳が輝いていた。

 

 するとそんな生徒達を代表して愛子が口を開いた。

 

 

「す、すごいですね..........これを全部要くんが?」

 

「まあ、偶然の産物ですけどね。..........入りたいですか?」

 

「「「「ッ!!」」」」

 

 

 シンがそう問うと愛子以外の異世界組メンバーがハッとした様子で反応を示した。どうやら園部達は入ってみたいらしい。

 

「い、いえ! 今日はあくまでお話を聞く日です! 遊びに来たわけではありませんから!」

 

「そうですか? 事情説明なんてすぐに済みますし、その後は自由時間になりそうですが?」

 

「そ.......その後は今日の予定通り温泉の調査です! 水質や温度、人体に害が無いかなどを調べなくては!」

 

「その必要は無さそうですけど?」

 

「はい?」

 

 

 シンが指を指した方向に愛子が視線を向けると、そこにはヴィーネが居た。しかも温泉に浸かってだ。普段着込んでいる黒ローブや甲冑を外し、水着を着て温泉池を泳いでいるヴィーネ。毛先が少し波打った様な程良く癖のある白く長い髪、細くしなやかな白い肢体、程よく実った胸部と腰を覆うフリル付きの水色ビキニ、そしてこちらを見つめているニコちゃんマークの仮面。誰がどう見てもヴィーネである。彼女以外あんな奇天烈な仮面をつける女性はこの世にあと一人ぐらいしかいないだろう。

 

 そんな彼女を見てこの場にいる全員が「温泉入ってる時ぐらい外せばいいのに..........」と思ったのは間違いない。

 

 

「あれを見た限りじゃあ人体に害なんて無さそうですよ? それに俺の()で見た限りかなり質の良い温泉のようですし、調査に関しては俺が受け持ちます」

 

「で、ですが..............」

 

「ちなみに、あの温泉池の効能は[疲労回復][肩凝り腰痛改善][美肌効果][免疫力向上][バストサイズアップ][恋愛成就]..........恋愛成就? とまあ色々ありますが、滅多にお目にかかれない効能ばかりです」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

 シンの[鑑定]によって得た温泉の情報。それを彼がつらつらと述べると、愛子や園部達の顔色が一気に変わった。特に女性陣には聞き捨てならない物ばかりだったらしく、[美肌効果]と聞いた菅原が目の色を変え、[バストサイズアップ]と聞いた愛子と宮崎が自身の胸に手を当て、園部は「恋愛成就.......」と復唱している。

 

 全員が温泉に興味を惹かれた。

 

 

「で、ですが水着などは持って来ていませんので。今から入るのは流石に............」

 

「フッフッフッ..........そんな事もあろうかと! バウキスッ!」

 

 

 シンがバウキスの名前を呼ぶと、シンの懐に潜り込んでいたバウキスが顔を出し、愛子や園部達の手元に[異袋]から取り出した“とある物”を投げて渡す。彼女達がそれを手で持って広げてみると、なんとビックリ! 自分達のサイズにぴったりな“水着”ではありませんか!

 

 

「か、要くんっ!? これは一体っ.........!」

 

「この世界で温泉に入る機会なんて滅多に無いでしょうからね。及ばずながら、こちらで勝手に用意しておきました」

 

「ちょっと待って要............. なんでこの水着、こんなに()()()()()()()()()()()なの?」

 

 

 園部が当然の疑問をシンに投げ掛けた。するとシンはロクサーヌの方に視線を移し、彼女達も彼の視線を追ってロクサーヌの方を見た。

 

 

「みなさんが下着を洗濯している際にサイズを少し拝見させてもらいました。尤も玉井さんの水着はフリーサイズですが..........。水着は村の被服店の女将さんから譲っていただいた物で、デザインは予め皆さんから聞いていたものを参考にさせていただきました」

 

 

 実は昨日の朝からロクサーヌはこっそり女性陣の下着のサイズを確かめ、その上でさりげなく水着の好みを聞いていたのだ。それを思い出した愛子、宮崎、菅原の三人が納得したように「あ〜、そういえば..........」と口に漏らす。だが一人、ロクサーヌが確認出来ていなかった女の子がいた。

 

 

「私、好みの水着とか聞かれてないんですけど?」

 

「優花さんの水着のデザインはシン様が選んだ物です」

 

「へぇー.........ふぇッ!?要がッ!?」

 

「はい。優花さん、昨日一日は忙しそうにしてましたし、唯一絶好の聞くタイミングだった昼休憩の時は、その、色々ありましたから.............」

 

「だからって! なんで要がッ!?」

 

「もしかしてデザイン気に入らなかったか?」

 

「べ、別にそういうわけじゃないけど、さ..........」

 

 

 シンが申し訳なさそうに園部に訊くと、彼女は髪をくるくると指先で弄りながらどっちつかずの言葉で返す。そんな園部の態度を見た宮崎と菅原がシンに言葉を投げ掛けた。

 

 

「ねぇねぇ要っち〜?」

 

「優花の水着はどうやって選んだの〜?」

 

「どうやってって、そりゃあ園部に一番似合う奴をと思ってだが.............こういう水着、園部に似合いそうだろ?」

 

「うんうん、優花っちは意外とスタイル良いからねぇ〜。そっかそっかぁ〜、要っちはこういう水着を優花っちに着て欲しいんだ〜!」

 

「黒のビキニなんて、要くんもなかなか大胆だねぇ〜」 

 

「〜〜〜〜〜〜ッ///」

 

 

 わざとらしい宮崎と菅原がシンに質問し、それに答えたシンの言葉を良い具合に盛り立てる。それを聞いている園部の顔がだんだん赤くなっていく。シンが自分に似合う水着を選んでくれたことがとても嬉しいらしく、園部はさらに髪の毛をくるくると弄る。だが恥ずかしいことには変わりはないらしく、シンを睨みつけていた。しかしその顔はやっぱり赤い。

 

 そうこうしていると、タオルで体の水滴を拭う水着姿のヴィーネがシン達の元にやって来ていた。

 

 

「いつまでそこに居るつもりなのですか? 」

 

「あっ!すみませんっ!お待たせしてしまって!.............ところでヴィーネさん、その仮面外さないのですか?」

 

「..............私の顔はあまり周囲に晒して良いものではないので」

 

「ッ! それは大変失礼なことを聞いてしまいましたっ!」

 

 

 ヴィーネに声をかけられ、愛子が対応するが、不用意な発言をしてしまったことに彼女が謝罪する。しかしヴィーネは特に気にした様子もなく仮面越しに微笑んだような返した。

 

 

「いえ、お気になさらず。 それでは皆さん、席にどうぞ」

 

 

 そう言ってシン達はヴィーネに招かれるまま、水辺から少し離れた森側にある大理石で造られたような円卓と背もたれの無い椅子に向かって歩く。いつの間にそんな物を用意したのか不明だったが、ヴィーネが「椅子が一つ足りませんね」と呟くと、彼女は左手の親指に嵌めた指輪を光らせた。すると突然円卓の周りにもうは一つ椅子が現れる。どうやら彼女が指に嵌めている指輪は[空間魔法]が付与された物らしく、円卓や他の椅子もその指輪から取り出したのだろう。

 

 そしてシン達一行が椅子に着こうとした時––––––––

 

 

「話をする前に一つ、確かめたいことがあります。要進さん、貴方の〝力〟を見せていただけませんか?」

 

「................〝力〟というのは?」

 

「貴方も金属器使いなら分かるはずです。私と精霊(ジン)の〝力〟で、つまり()()()()の勝負していただきたいのです」

 

 

––––––––––ヴィーネが勝負を申し込んできた。

 

 

「お前には一度見せてるはずだが?」

 

「そうですね。ですがアレで戦っている姿を私は見ていません。私の話が聞きたいのであれば、先ずはそれに見合った実力を示して欲しいのです。それに...............実際に見てもらった方が彼女達への説明も楽に済むと思いませんか?」

 

 

 一瞬だけ言葉を詰まらせたヴィーネ。彼女が何故言葉を詰まらせたのは表情が仮面で隠されているためよくわからなかった。だが言っている意味は理解出来る。要は〝話が聞きたいなら私に勝って見せろ〟ということだ。そしてシンが歩んで来た道のりを園部達に語るなら、〝金属器〟と〝精霊(ジン)〟の説明は欠かせない。なら................

 

 

「.................断る理由は、無いな。いいだろう、君の申し出を受ける。ロクサーヌ、レオニス、二人は先生や園部達に被害が出ないよう注意してやってくれ」

 

「「分かりました(分かった)」」

 

 

 シンとヴィーネが温泉池の水辺に向かって歩み出した。するとヴィーネは再び指輪を光らせ、着ていた水着が一瞬でいつもの黒ローブと軽鎧姿になる。おそらくそれも指輪に付与された[空間魔法]によるものだろう。それだけで彼女がどれほど[空間魔法]の扱いに長けているのかが伺えた。

 

 白と黒。

 

 両者が水辺ギリギリで歩みを止め、三メートル程度の間隔を空けて向き合っている。

 

 それを見つめるロクサーヌやレオニス、そして愛子や園部達。そういえば玉井は見るのが初めてかもしれない。彼は「何が始まるんだよ?」と呟き、興味深そうにシンとヴィーネに視線を向けている。

 

 すると園部が口を開き、ロクサーヌに問いかけた。

 

 

「さっきヴィーネさんが言ってた〝魔装〟って、要の()()姿()のことですよね?」

 

「はい。その力の源となる存在の事を我々は精霊、または〝精霊(ジン)〟と呼んでいます。そしてその精霊(ジン)が宿っているが、シン様やヴィーネさんが持っている金属製の装備、それが〝金属器〟です」

 

「えっ? じゃあ要くんが今身に付けてる装飾品って..........」

 

「ええ、ほとんどが〝金属器〟です」

 

「へぇ〜、ファッションじゃなかったんだ、あれ...........」

 

「聞こえてるぞぉ〜、宮崎ぃ〜っ!」

 

 

 園部の問いに答えたロクサーヌ。そして菅原が推察した通りの答えをロクサーヌが返した。宮崎が関心したように言葉を漏らすが、シンの耳にはしっかり届いていたらしい。未だに卒業出来てない奴みたいな言い方だったが、どうやら今回の事情説明でそれは払拭できそうである。中止にしなくて本当に良かった。

 

 

「それで、これから一体何が起こるんですか?」

 

「まあ見ていてください優花さん。貴方が惚れた男性がどれほどの力を持っているのか」

 

「ンッ!?..............その一言は余計ですって」

 

 

 不意にロクサーヌにそんな事を言われた園部はなんとか恥ずかしさを堪えロクサーヌにツッコんだ。ここ数日、散々赤面してきた事で対処法を学んだらしい。

 

 するとシンが[認識阻害]の結界を温泉池周辺と上空に展開した。半径五百メートルにも及ぶ半球状の大結界で、シンの魔力量と[空間付与]があってこそ成せる技である。

 

 そしてついにシンとヴィーネの二人が動いた。

 

 

「〝我が身に宿れ、“ヴィネア”!〟」

 

「〝我が身に宿れ、“フォカロル”!〟」

 

 

 黒布で覆われたヴィーネの金属器とシンの右腕に装着された銀の腕輪が光り輝き、ヴィーネの体は水の膜に覆われ、シンの体には風が巻きつく。

 

 そして二人の〝全身魔装〟が完成した。

 

 シンは園部達も見たことがある、赤い腰布と羽衣、そして黒翼を纏った姿。一方ヴィーネは髪の色が白色から水色に変わり、肩をがっつり出し鎖骨から(へそ)にかけてラインを除く全身が青い鱗に覆われ、長く白い羽衣が腰の前で結び目を作り、下に伸びた羽衣から半透明なスカートみたいなものが展開されていた。額には赤い宝石、頭頂部には金の大きな髪飾り、そして彼女の手には噴水を彷彿とさせる巨大剣が握られている。それはまるで水の天女、この世界で例えるなら〝海人族の女神〟と捉えてもおかしくない程の神秘的な姿であり、それこそ〝全身魔装ヴィネア〟の姿であった。

 

 魔装を纏ったヴィーネの姿を目にしたシンは一つ、気になった事を彼女に尋ねる。

 

 

「それがお前の()()なのか、ヴィーネ? 傷一つ無い、綺麗な顔じゃないか」

 

「褒めてくれるのは嬉しいですけど、これが()()かどうかは分かりませんよ? 今も仮面をつけてるのは確かですから」

 

 

 ヴィーネが薄く不敵な笑みを浮かべ、そう言った。

 

 現在ヴィーネの仮面は魔装によって包み隠され、彼女は今は人の顔を晒していた。端的に言って美人である。幼さを僅かに残した綺麗な顔立ちに、血のように真っ赤な双眸。見た目からしてまだ十代後半といったところだが、彼女の目の奥から感じられる〝力強さ〟は十代の子供だからと侮っていい物では無かった。

 

 ふとシンの脳裏に親友(ハジメ)の姿がチラついた。

 

 するとシンは感慨深そうに優しく微笑を浮かべる。

 

 

「...............何か変でしたか?」

 

「あー、いや、すまない。気分を悪くさせたなら謝る。別にお前を侮辱したわけじゃ無いんだが................なんでだろうなぁ、お前の目を見てると俺の()()を思い出す」

 

「..............................」

 

「折れないハートと優しさ、それがお前の目から感じられて、何処となくハジメ(あいつ)に似てるなぁと思ってよ」

 

「................ ありがとうございます」

 

 

 シンが口にした言葉をヴィーネは素直に受け取った。少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべながら.............。

 

 そして会話が途端、対峙する二人は不敵な笑みを溢し、上空へと勢いよく飛翔した。その速度は凄まじく、二人の動きを目で追う園部達が一瞬見失うほど。この世界の住人より比較的ステータスが高い彼女達ですら、魔装を纏ったシンとヴィーネの速さを捉え切ることは出来なかった。

 

 園部達が視線を向けた上空では風と水が激しくぶつかり合い、舞い踊っていた。

 

 

「ハァァァァッ!」

 

「フンッ!」

 

 

 ヴィーネが持つ巨大剣に水が纏い、水の槍と化した彼女が水流の如き勢いで突っ込んでくる。それを両手から発生させた風の塊をぶつける事で下方へと弾き落としたシン。ヴィーネが温泉池の水面に叩きつけられた。しかし彼女は一切怯むこと無く、水の柱を纏いながら再度シンに向かって突撃する。それを風の柱を纏ったシンが真正面から受け止めた。

 

 唸りを上げる水と風の柱が鬩ぎ合う。その押し合いで勝ったのはシンだった。

 

 しかし、戦いはまだ終わらない。

 

 再び水流と烈風がぶつかり合い、温泉池一帯で風が吹き抜け、雨が降る。

 

 そんな事を何度も繰り返す二人はこの戦いを楽しんでいるらしく、お互いに笑みを浮かべていた。

 

 一方、二人に視線を向けている愛子や園部達の表情は唖然とした様子である。

 

 目の前で繰り広げられている激しく攻防は、もはや彼女達では想像もつかない領域に到達していた。はっきり言って規格外。シンとヴィーネ、二人の攻撃は一発一発が高位の魔法と同等以上の破壊力。自分達もあの中に混じって戦え、なんて言われた日にはオルクス大迷宮のベヒモスと戦った方がまだマシだと思えるぐらいだ。いや、ベヒモスと戦うのも嫌だが..........。

 

 とにかく、それぐらいに二人の戦いは自分達の想像を遥かに超えていたのだ。

 

 だがロクサーヌとレオニスだけは違う。

 

 

「あれがヴィーネさんの〝全身魔装〟ですか。水を操る精霊(ジン)..........ある程度は予想がついてましたけど、やはり村に来る前に私達を襲った水の竜は..............」

 

「ああ、間違いなくヴィーネの仕業だろうな。そして、俺達が水の竜と対峙している間にバウキスを連れて消えた、といったところか」

 

 

 二人は平然とした態度で会話をしている。

 

 すると上空でシンと鬩ぎ合っていたヴィーネがシンに話し掛けた。

 

 

「流石は進さん。十分魔装を使い熟していますね」

 

「そういうヴィーネこそ、俺とここまで渡り合えるとは大したものだ。その様子だと()()も使えるんだろ?–––––––撃って構わないぞ?」

 

「..........本気ですか? いくら貴方でも流石に–––––––」

 

「––––––〝俺が受け止められないと?〟」

 

「..............いいでしょう。貴方の全力を見せていただきます!」

 

 

 ヴィーネの目がより一層楽しそうに輝いた。まるでこれから起きることにワクワクしているように。

 

 そしてヴィーネは温泉池の奥へと後退し、両手で巨大剣を持つと、騎士のように眼前で剣を立てて構える。

 

 すると彼女の背後に巨大な魔法陣が現れ、ヴィーネは詠唱を始めた。

 

 

「–––〝悲哀と隔絶の精霊よ、汝が王に力を集わせ、地上を裁く大いなる激流をもたらさんことを!〟–––」

 

 

 温泉池の水面が激しく波打ち始め、大量の温水が天へと昇っていく。それは巨大な津波だった。太陽光を遮る程の超特大の大波が姿を現し、シンやロクサーヌ達の前に立ち塞がる。

  

 それを目にした愛子や玉井、園部達が戦慄したように面持ちになり、声すら出なくなっていた。ロクサーヌとレオニスはそれでも平然とした様子で頭上を見上げている。

 

 そして、ヴィーネがその名を口にした。

 

 

「〝()()()()!〟––〝水神召海(ヴァイネル・ガネッサ)!〟」

 

 

–––––––〝ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!〟

 

 解き放たれた波濤がシンどころかロクサーヌ達を飲み込もうと迫っている。

 

 精霊(ジン)の力を持ち、全身魔装を習得した者のみが扱える超高位魔法、それが〝極大魔法〟だ。その威力は極大と呼ぶに相応しいほど絶大であり、高位魔法何十発分にも相当する破壊力と規模を秘めている。それを生身で受ければステータスが平均より高い異世界組とて一溜まりも無いだろう。

 

 まさに〝天災〟

 

 だが–––––––––

 

 

「〝風裂斬(フォラーズ・ゾーラ)!〟」

 

 

 突き出されたシンの両掌から二つの竜巻を発生し、広範囲に差し迫った波濤を掻き消す。

 

–––––––––理不尽が理不尽を踏み越えた。

 

 打ち消された波濤は大量の雨粒となって温泉池一帯に降り注がれる。ロクサーヌやレオニス、愛子や園部達はずぶ濡れになり、着ていた服のビシャビシャにされた。

 

 そんな彼女達を見たシンとヴィーネは「あっ......」と素っ頓狂な声を漏らした。特に園部はシンに何か言いたげな視線を送っている。

 

 ということで、二人はこの辺りで戦いを止めることにした。あと二つぐらいはヴィーネに魔装を見せようと考えていたシンだが、不本意な形で園部達を巻き込むのもどうかと思い、彼女に魔装を見せるのはまた今度にした。

 

 二人はロクサーヌ達の元へと降り立とうとする。

 

 だがシンとヴィーネ、それからロクサーヌ、レオニスの四人は森の奥からこちらに向かってくる大量の魔物の気配を感知した。

 

 そして程なくして、それは姿を現した。

 

 数はおよそ二百、森に潜んでいた様々な魔物達が温泉池一帯を取り囲むように現れたのだ。

 

 

「まさか、森中の魔物がここにっ!?」

 

「おいおいおい! すごい数だぞッ!」

 

 

 愛子と玉井がいきなり現れた魔物達に狼狽えている。園部、宮崎、菅原は三人で身を寄せ合っており、そんな愛子や玉井、園部達を守るためにロクサーヌとレオニスが彼女達の前に出た。

 

 そんな彼女達の元へシンとヴィーネはゆっくりと降下して行き、ヴィーネが口を開いた。

 

 

「どうやら少し騒ぎ過ぎたみたいですね。私は先程の一撃で魔力がかなり削られました。これ以上の魔力消費は控えたいので、ここは貴方にお任せしたいと思います............構いませんか?」

 

「ああ、問題ない。どうせなら森の魔物がこの温泉地帯に入って来れないようにしよう」

 

 

 するとシンは降下途中で魔装を解除し、星の引力に身を任せ、高度二百メートルの上空から青空を仰ぎ見ならが落ちて行く。

 

 そして–––––––––

 

 

「〝我が身に宿れ、“アガレス”!〟」

 

 

––––––––二つ目の魔装をその身に纏い、大地に降り立つ。

 

 そこには鰐のような鱗を持つ狼に似た小さな悪魔がいた。

 

 髪と手足は黒茶色に変色し、巨大化した片腕の甲には魔法陣が刻まれており、円環を光背のように背負っている。さらに獅子のような尻尾を生やし、額には第三の目が宿っていた。

 

 再び変化したシンの姿に園部達は驚くが、その一番の要因は彼の身長である。百八十センチを優に超すはずのシンの身長が、今や愛子の身長と同程度。そのうえ顔立ちも幼く、愛子が中学生ぐらいの容姿ならシンの見た目は小学生くらいだ。

 

 そんな子供の悪魔となったシンが巨大化した右腕を上に掲げる。

 

 

「〝地殻散弾槍(アウグ・アルサーロス)〟」

 

 

 突然温泉池の中から頭上に現れた超巨大な岩の塊。それが数百に分裂し、鋭く捻じられた岩の槍へと形状が変化する。そして岩の槍が一斉に射出され、温泉池一帯を囲んでいた数百の魔物を全て串刺しにし土へと帰した。

 

 魔物を一掃した岩の槍は此処ら一帯を囲うように突き立っており、巨大な岩の柵となっている。

 

 

「これなら魔物もそう易々と入って来れないだろう。あとは適当に屠った魔物の死骸を処理すれば二次被害も防げるはずだ」

 

「お見事ですシン様!」

 

「俺達の出る幕が無かったな」

 

 

 シンの元へとロクサーヌとレオニスが歩み寄り、彼に言葉を掛けてくる。魔装状態であるためシンがロクサーヌを見上げていた。

 

 そしてすでに魔装を解除していたヴィーネもシンの元へと歩み寄ってきたので、シンが問い掛けた。

 

 

「これで俺の力は示せたかな?」

 

「はい。あのまま戦っていても私に勝ち目は無かったでしょうしね」

 

「そいつはならよりだ..............ん?どうしたんだ、みんな?」

 

 

 先程から固まっている愛子や園部達を不思議に思い、シンは彼女達に声を掛けながら歩み寄って行く。ちなみに魔装はまだ解除していない。

 

 すると宮崎と菅原がシンの言葉に反応した。

 

 

「いやぁ、要っちが強いのは知ってたけど.........」

 

「要くん、その姿..........」

 

「ん?ああ、この姿か。これは大地を操ることが出来る〝アガレス〟の魔装で、俺が所有する精霊(ジン)の一つさ。見た目は、まあ、ちょっと幼いけど」

 

「「................」」

 

「..........どうした二人とも?」

 

 

 シンの姿をじっと見つめる宮崎と菅原。そんな二人をシンが不思議そうに見ていると、二人の手がポンっとシンの頭に乗った。

 

 

「..........いきなりどうしたお前ら?」

 

「いやぁ〜、なんか急に要っちの頭を撫でたくなって」

 

「話し方とか、まるで頑張って背伸びしてるいつもの愛ちゃんみたいで可愛いなぁ〜って」

 

「ええッ!? そんな風に見られてたんですか私ぃッ!?」

 

 

 菅原の発言が愛子にはショックだったらしい。というか、いつまで撫でるつもりなんだ、この二人は..........?

 

 可愛いと言われて複雑な気分になるシンだが、頭を撫でられるのは新鮮だったらしく、無理に振り払おうとは思わなかった。そんなされるがままにシンを見て、ロクサーヌとレオニスも宮崎と菅原に倣ってシンの頭を順番に撫でてくる。完全に子供扱いだ。

 

 

「園部さんは参加しなくていいのですか?」

 

「..........なんで私に訊くんですか?」

 

「なんとなく羨ましそうに見えましたので」

 

「別に羨ましそうになんか..........それを言うならヴィーネさんが参加したらいいじゃないですか?」

 

「いえ、私はどちらかというと撫でられる方が好きなので」

 

「は、はぁ.........」

 

 

 されるがままのシンを遠巻きで見ているヴィーネと園部がそんな会話をしていた。ちなみに、園部とは違う意味でシンを羨ましそうに見ていた玉井は、シンを揶揄ったせいで巨腕で頭を摘まれ宙吊りにされている。

 

 ふと園部の頭の中である疑惑が浮かび上がった。

 

 

(もしかして、ヴィーネさんも要のことを................?)

 

「言っておきますが、私はあの人を心から信頼していますがそこに恋愛感情はありません。私には()()()()()()が居ますので」

 

「.................もしかして心が読めるんですか?」

 

「..........? いいえ、私にそんな技能はありませよ」

 

「そ、そうですか..........」

 

 

 努めて平静を装う園部。そんな彼女に対し、ヴィーネはさらに語りかける。

 

 

「話の続きなのですが、私は進さんに幸せになって欲しいと思っています。あの人はいずれ多くの命を背負いこの世界の〝()()()〟と相対する。そのためにも、彼を決して孤独にしてはいけないのです。––––––––ですから園部さん、貴女は貴女自身の幸せを掴んでください」

 

「〝真の敵〟?............どういう意味ですか? それに、私の幸せと要の幸せが一体なんの関係が..........」

 

「うふふ、意外と鈍いお方なのですね」

 

 

 意味深な言葉を口にしたヴィーネ。それを訝しんだ園部が彼女に問い掛けると、妙に余裕のある軽い笑い声を漏らし、ヴィーネは仮面越しから園部に耳打ちした。

 

 

諦めたら、そこで試合終了ということですよ

 

「ッ!?」

 

 

 耳打ちされたヴィーネの言葉。それを聞いた園部の心臓の鼓動が跳ねる。ヴィーネが言わんとしていることを、園部は理解した。要するに〝シン()とくっつけ〟と言っているのだ。

 

 何故彼女まで園部の想いを知っているのか?シンやロクサーヌが吹聴するとは思えないし、宮崎や菅原とてそれは同じこと。結局いくら考えても答えは出なかった。

 

 だがヴィーネの言葉から察するに、彼女は園部の恋路を応援している。その意図を園部はしっかりと読み取っていた。

 

 するとヴィーネがシンの元へと歩み寄って行き、魔物の死骸をどう処理するかや、この後の話し合いについて、シンに問い始めていた。未だに玉井を摘み上げているシンに。

 

 その後、園部達はずぶ濡れになった服から水着に着替えることになり、何故か事情説明は温泉に浸かりながら行うことに決まった。愛子や園部達が水着に着替えている間にシンが魔物の死骸を処分するそうだ。ちなみにシンが魔装を解いていなかったのは、女性陣が安心して着替えられるように、地面の土を操って簡易的な更衣室を作るためだったらしい。

 

 そして園部はシンが選んでくれた水着に着替えるために土製の更衣室に足を運ぶ。少しだけ、ちょっぴりほんの少しだけ、自分がこれを着た時にシンがどんな反応を示すのか期待を膨らませて..........。

 

 だが、そんな園部はヴィーネが最後に放った言葉の違和感に気づかなかった。シンや玉井であったら気づけたかもしれない違和感。

 

 それは................

 

 

.............何故、この世界の住人であるはずの彼女が、〝()()()()()()()()()()()()()()()()()〟という違和感を。

 

 




というわけで今回はマギ原作にもあった「シンドバッドVS練紅玉」のワンシーンを再現した回でした。ただマギ原作とはシチュエーションがまるで違うので、今作ではフォカロル→アガレスに魔装を切り替えましたが..........。
 


補足


『登場した魔装』


【ヴィネア】
・全身魔装の姿はほとんどマギ原作と同じですが、練紅玉よりスタイルは良いです。


【アガレス】
・全身魔装の姿はほとんどマギ原作と同じですが、顔つきは幼い頃のシンドバッド寄りです。身長は愛ちゃん先生と同じぐらいにしました。

《地殻散弾槍(アウグ・アルサーロス)》
・今作オリジナルである〝アガレス〟の魔法です。集めた岩石を分裂させ、鋭く捻じられた幾本もの槍に変化したそれを相手に放つ魔法。参考にしたのは〝ヴィネア〟の《水神散弾槍(ヴァイネル・アルサーロス)》です。




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後日談 中編 中


うぅ、自分の文才の無さに頭を抱えたくなる..........。





 

「...............何よ。言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」

 

「あー、いや、似合うとは思ってたけど、まさかここまでとは...............すごく綺麗だぞ園部。ぶっちゃけ他の男に見せるのが勿体無いぐらいだ」

 

「〜〜〜〜〜ッッ!?///...........な、何言ってんのよ要っ!その言い方だとまるで私が、その..............(あんたの彼女みたいじゃない..........)」

 

「...............まるで、なんだ?」

 

「ッ、なんでもないわよっ! それよりあんた、私よりも先に褒めるべき相手がいるでしょ?」

 

「わかってるよ。元々そのつもりで俺はここで待ってるんだから」

 

 

 ヴィーネとの勝負後、突然現れた魔物達を一掃し、その死骸を〝フェニクス〟の炎で処理し終えたシン。彼は現在ショート丈の白い海パンと紺色一色のアロハシャツ(もどき)とビーチサンダルを着用し、首にバウキスを巻きつけた姿をしており、ロクサーヌが水着に着替え終えるのを更衣室の外で待っていた。

 

 シン、ロクサーヌ、レオニス、ヴィーネの四人が魔物の死骸を処理をしている間に愛子や園部達はすでに水着に着替え終え、園部を除いたメンバーが早速温泉に浸かっている。

 

 宮崎は緑色のハイネックタイプのビキニ、菅原は白とピンクのフリル付きトップのオフショルダービキニ、愛子は薄桃色のスカートが付いたワンピースタイプの水着、玉井は普通に黒い海パンをそれぞれ着用している。赤獅子姿に戻ったレオニスと、一瞬で水着姿になったヴィーネもすでに温泉に浸かっていた。玉井はレオニスが巨大な魔物の姿になったことに驚いていたが、愛子や宮崎、菅原の三人が普通にレオニスと接している姿を見たことでなんとか慣れたらしい。ただレオニスの赤獅子姿に驚いたのは玉井だけで無く、ヴィーネも同じだった。どうやらヴィーネは赤獅子について本当に何も知らなかったようだ。

 

 そして、シンが選んだ水着を着ている園部。

 

 彼女の黒いビキニ姿はなかなかにセクシーであった。

 

 トップの紐を首裏で結ぶホルターネックタイプのビキニで、腰にはボトムの紐が二つ巻き付いている。腰のくびれに巻き付いた紐と安産型のお尻に食い込むビキニを直す彼女の仕草がより一層セクシーさを演出している。そして程よく実った彼女の胸がビキニのトップに包み込まれ、谷間を強調していた。

 

 そんな彼女は水着に着替え終え、更衣室を出てすぐにシンと鉢合わせし、冒頭の会話に戻り、園部のスタイルが如何に優れているかを理解させられたシンは素直な感想を彼女に送ったのだ。

 

 すると更衣室から着替え終えたロクサーヌが姿を現した。

 

 

「お待たせしました、シン様」

 

「いや、全然待ってな–––––––」

 

 

 ロクサーヌが着替えた水着は白と紺、ツートンカラーのビキニ姿だった。

 

 はち切れそうな程に実ったお胸を包むビキニのトップは、左右の三角布が白と紺に色分けされ、胸の中心で結ばれた紐とチョーカーと一体化しているビキニの紐が、今にも弾け飛びそうな左右の巨峰を三角布の中に押し留めていた。ボトムは紺色の超ミニスカートと黒のハイレグパンツスタイル。腰上に伸びたハイレグパンツの細布が堪らなくセクシーで、布の質感を手で触って確かめたいぐらいだ。

 

 普段から布面積が少ない服を着用しているロクサーヌだがここまで際どいわけではない。彼女のミニスカ姿はとても珍しく、シンと水着のカラーを合わせているところもまたいじらしい。控えめに言って、今すぐ襲いたい気分になる。

 

 ということで。

 

 

「––––––––悪いが園部。話し合いは一時間、いや二時間後にしよう」

 

「いけませんよシン様、皆さんが待ってます。それに、外でするのはちょっと..........」

 

「あんたねぇ、こんなところで何やろうとしてんのよっ」

 

「(ペシペシ....!)」←バウキスの尻尾がシンの頬を叩く

 

 

 理性が軽く飛んだシンを注意する女性二人と雌一匹。ロクサーヌは指先でシンに鼻をツンツンと小突き、園部は腕組みをした姿で呆れた目を彼に向け、バウキスが尻尾の先で何度もシンの頬を軽く叩く。三者三様の態度でシンの言動を戒めようとする。

 

 残念そうにするシン。だがなんだかんだ言ってシンに甘いロクサーヌが「二人っきりの時に着てあげますから」と、こっそりシンに耳打ちしたことで彼は気持ちを切り替える事ができた。

 

 そしてシンは改めてロクサーヌに水着の感想を述べる。

 

 

「堪らなく魅力的だロクサーヌ。やっぱりお前は最高の女性だよ。一生そばにいてくれ」

 

「ふふ、ありがとうございます。シン様もすごくお似合いですよ。もちろん一生貴方のおそばに居ますから、いつまでも私のことを離さないでくださいね?」

 

「当然だ。他の奴にお前をくれてやるほど、俺は寛容じゃない」

 

「「.............ハハっ(ふふっ)」」

 

 

 至近距離でそんな事を言い合うシンとロクサーヌ。そんな二人を間近で見た園部は少しだけ胸の奥が痛むのを感じて視線を逸らし、逆にバウキスは二人を見続けている。いや、どちらかというとシンの横顔をずっと凝視していた。

 

 

「さて、みんなのところに行くとするか」

 

「はい」

 

 

 そしてシンとロクサーヌは温泉池の方に向かって歩き出し出す。だが園部は腕を組んだままその場から動こうとしない。

 

 園部が自分達に着いて来ていないことに気づいたシンは立ち止まり、園部の方に振り返り声を掛けた。

 

 

「どうした園部? 行かないのか?」

 

「ッ..........い、いくわよ!」

 

 

 我に返った園部はシンと並んで歩くロクサーヌの反対側に駆け寄った。そしてシンの少し斜め後ろの位置と距離を保ちながら愛子達が居る温泉池を目指して歩く。唐突に園部は振り子のように揺れているシンの手に視線を向けた。手を伸ばせばすぐに届く距離にある彼の手。その手を掴もうとする自分の手、だがそれをすぐに引っ込めた園部は、両手を腰の後ろで組んだ。これ以上余計な真似をしないために。

 

 程なくしてシンとロクサーヌ、園部の三人はレオニス達が浸かっている温泉池に到着した。

 

 

「両手に花ですね、進さん」

 

「揶揄うなって。それと玉井、あまり二人をジロジロ見るなよ? 視線がいやらしいぞ?」

 

「い、いやらしくなんてしてねぇッ! 人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよッ!」

 

 

 シンの言葉を聞いた玉井が強く否定した。だが実際先程からロクサーヌと園部の方をチラチラ見ていたので、若干声がドモりかけている。まあ玉井の反応も理解はできる。何せシンの隣に立っている二人は、控えめに言ってもとても魅力的であるのだから。ロクサーヌは笑って済ましているが、園部は玉井の様子に若干引き気味である。

 

 とまあ玉井を揶揄いながら、シンは着ていたシャツをバウキスの[異袋]に収納し、温泉の中に入り、体を湯水に沈めた。それに続いてロクサーヌと園部も足先から伝わる温泉の温かさに心地良さを感じながら、シンと同様に温泉に浸かる。ロクサーヌは兎も角、ちゃっかり園部もシンの隣に座っているが、その事にツッコむ者は誰もいない。

 

 そして三人は幸せそうに息を漏らし、体の芯から温まっていくのを実感していた。

 

 

「ふぅ〜〜...............さて、長話でのぼせたら締まりが悪いからな。さっさと話を済ませよう」

 

「要くん、先ずは王都を出たあと何が起きたのか。その〝真相〟を語ってあげてください」

 

「えっ? 真相って、要っちは盗賊に襲われたんじゃないの?」

 

「あの頃の俺は確かにまだ弱かったが、だからと言ってそこいらの盗賊にやられるほど柔じゃないぞ?」

 

「じゃあ要があの時、私達に話したのは嘘ってこと.............?」

 

 

 愛子が先ず事の発端から語って欲しいとシンに告げる。すると宮崎は愛子が口にした〝真相〟という単語に疑問符を浮かべた。そしてシンが口にした言葉に園部が反応を示す。

 

 

「別に全部が全部嘘ってわけじゃないが、まあ盗賊ではないのは確実だ」

 

「じゃあ一体、相手は誰なんだよ? もしかして魔人族なのか?」

 

「いいや違う。俺にこの傷を刻みつけ、ベイルさん、イヴァンさん、そしてカイルさんを殺したのはノイント、つまり〝真の神の使徒〟だ。まあ平たく言えば、この世界の人間族が崇め立てる存在、〝()()()()〟が俺を殺そうとしたってことさ」

 

「「「................は?(え?)」」」

 

 

 シンが口にした存在。それは玉井や宮崎、菅原にとってはあまりに予想外すぎる相手で、理解し難い事だった。

 

 それは園部も同じらしい。

 

 

「え、待って、どういう事よそれ.........? なんで..........なんで()()()()()()()()がわざわざ召喚した相手を殺すような真似するのよ!」

 

「落ち着け園部..............おそらくエヒトの奴は、俺が持ってる[特異点]って言う不確定要素を排除したかったんだろう。自分の遊戯盤が俺にひっくり返されると思ってな。––––––––––」

 

 

 そこからシンは、自分が見聞きしたこの世界の現状を全て園部達に語った。

 

 その結果、自分達がただエヒトの狂った遊戯に巻き込まれた存在である事を園部達は理解し暗い顔を浮かべる。

 

 だがシンの話はそこで終わりではない。

 

 今度は自分が何をするつもりなのかを語り始めたシン。

 

 自分が経験したことを掻い摘んで説明しつつ、この世界を神の手から解放するべく旅を続け、その果てで新たな国を作るとシンは口にした。途方も無い話だ。最初それを聞いた時、園部達は「そんなこと出来るわけない」と否定的な反応をした。だが彼の目は本気だった。本気で世界を変えるつもりらしく、その覚悟と情熱は本物であった。その誓いを立てた時に彼は〝七体の精霊(ジン)〟の力を手にし、〝王〟になると決意したらしい。その大望を叶えるためシンは旅を続け、ロクサーヌとレオニスは彼を支え抜くと誓い、のちに神を打倒するのだとこの場にいる全員に豪語した。

 

 そして神との戦いにクラスメイト達を巻き込まないために、彼は先生を含めたクラスメイト全員をカタルゴに避難させ、然るのちに元の世界に帰すと約束した。自分だけはこの世界に残ると補足して。

 

 それに異を唱えたのは園部だった。

 

 

「なんで要一人だけがこの世界に残るのよ!施設の子達はどうするの!」

 

「心配するな。エヒトとの戦いが終わって、ある程度こっちの世界が纏ったらチビ達を迎えに行くつもりだ」

 

「..............でもあんたはこの世界に残るんでしょ? 私達を元の世界に帰して」

 

「ああ。エヒトとの戦いがどれだけ長引くか分からない以上、お前達をこの世界に長く留まらせるのは得策じゃない。カタルゴ大陸もいつ戦場になるか分からないしな。それに俺の夢は戦いが終わってからが本番だ」

 

「つまりあんたは私達に〝戦ってる要を置いて元の世界で平和な日常を送れ〟って言いたいわけ?」

 

「...............そうだ」

 

「–––––––––ッッ!!」

 

 

 勢い良く園部が立ち上がった。水面が波打ち、ザバァッと飛沫が散る中、立ち上がった彼女の表情はとても険しく、明らかに怒っているのが見て取れる。

 

 

「なんであんたは自分一人で全部背負い込もうとするのよッ! 私達ってそんなに頼り無い? そりゃあ確かに要と比べたら戦う勇気も自信も力もないけど、それでも何か出来るはずよッ!」

 

「駄目だ。お前達は俺の夢とは何一つ()()()()。これは俺が、いや–––––––〝王〟である俺が進むと決めた道だ。そこにお前達を巻き込むわけにはいかない」

 

「何よ、王って...........ッ! 元々あんたは普通の高校生じゃん...............世界のためだとか、自分の夢を叶えるためとか、そんなの私にはわかんないけど.............要を!あんた自身を!危険な道に進ませないでよッ!!」

 

 

 園部の心からの願いがロクサーヌとレオニスの心に響いた。

 

 園部が今まで見てきた要進という男の子は、少し変わってはいたが普通の男子高校生だった。そんな彼を園部はずっと見てきた。夢見がちな乙女のように彼と叶えたいことを夢想し、素直になれず、それでも彼が自分に振り向いてくれる日を切望していたのだ。

 

 だがそれは叶わなかった。

 

 シンの隣にはすでにロクサーヌという自分よりも綺麗で、お淑やかで、可愛くて、スタイルが良くて、気立も良くて、彼の隣で戦える、頼もしいパートナーがいた。

 

 正直勝てる気がしなかったし、シンに告白をしてもフラれる気しかしなかった。故に諦めようとした。

  

 でも........それでもシンへの想いが捨て切れずにいた。それどころか日に日に彼を好きになり、終いには自分の気持ちを彼に悟られる始末。そしてシンやロクサーヌ、ヴィーネの言葉が彼女に淡い期待を抱かせた。もしかしたら、彼と一緒になれるんじゃないか、と。元の世界に居た頃、密かに夢想していた〝実家の洋食屋「ウィステリア」を彼と共に継ぐこと〟が出来るのではないか、と。

 

 だが、そんな淡い期待は呆気なく崩れ去った。そのうえ彼は平穏な日常ではなく過酷な戦場を選び、訳のわからない理屈を並べて、まるでそれが自分の運命だと言わんばかりに、たった一人でどこまでも突き進もうとする。

 

 それが園部には堪らなく許せなかった。そんな道を選んだシンも、その選択を良しとする周りも、それを止める事が出来ない弱い自分が、とても許せなかった。

 

 園部の険しい視線がシンを見下ろす。だが園部を見上げるシンの瞳は怖いぐらいに真っ直ぐである。

 

 その視線に園部がたじろいだ時、彼女は急に視界が眩み、立ち眩みを起こした。

 

 体がフラつき、園部が力無く倒れ落ちようとしている。そんな彼女を見て慌てる宮崎や菅原、愛子が園部の名を呼び、倒れ落ちる彼女を支えようと動く。だが三人がそれを為す前に、シンが園部を抱き止めた。

 

 

「頭に血が登ってのぼせたみたいだな.......... 一旦休憩を挟もう。構わないですよね、先生?」

 

「は、はい!」

 

「ヴィーネも構わないな?」

 

「ええ、何も問題ありません」

 

 

 そうして事情説明は一時休止となった。園部を横抱きに抱え上げたシンはすぐに温泉から上がり、ヴィーネが指輪から取り出した折り畳み式の簡易ベッド(ローコットみたいな物)に園部を寝かせた。園部の看病は愛子と宮崎、菅原がしてくれている。だがそんな彼女達や玉井も、シンがただ一人、この世界に残ることに納得していなかった。玉井なんかはシンに話しかけようとするが、先程聞かされた話の内容と、彼がどれほどの覚悟と大望を抱いて前に進もうとしているのかを知った今、声をかける事が出来なかった。

 

 そんな彼らを他所にシンは温泉池の水際に佇み、ぼんやりと温泉から立ち昇る湯気を眺めていた。バウキスが気を利かせ、体が冷えないようにとさっきまで着ていた紺色のアロハシャツ(もどき)を[異袋]から取り出し、シンの両肩に掛ける。

 

 そして[人化]したレオニスと、水が入ったコップ三つを手に持ったロクサーヌがシンに歩み寄り、ロクサーヌがシンとレオニスにコップを渡す。

 

 シンとレオニスは渡されたコップの中身を口に含み、飲み下した。程よく冷えた水が喉を潤し、胃の中に入った事で火照った体を内側からじんわりと冷ましてくれる。  

 

 そんな余韻に浸っているとロクサーヌがシンに言葉を掛けた。

 

 

「...............シン様、優花さんを娶りませんか?」

 

「ブフゥーーッ!? ケホッ! ケホッ!」

 

 

 ロクサーヌが口にした言葉が予想外過ぎて、シンは口に含んでいた水を一気に吹き出した。飲みかけていた水が気管に入り、数回咳をする。そんなシンの背中をさするロクサーヌ。レオニスは苦笑していた。

 

 そして濡れた口元を拭いながらシンは口を開く。

 

 

「い、いきなり何を言い出すんだロクサーヌ!?」

 

「いきなりというわけではありません。シン様も分かっていたではありませんか。 私が優花さんを〝側室〟に加えようとしていたのを」

 

「そりゃあ、まあ...............」

 

 

 ロクサーヌの言う通りシンは分かっていた。ロクサーヌが園部を焚き付け、側室に加えようとしていた事を。そりゃあトレイシーという前例があるのだから勘付きもする。昨日の昼頃など、ロクサーヌがまた妙な事をしているなと思い、レオニスに会話の内容を拾って貰ったら、案の定ロクサーヌは園部を焚き付けていた。それもなかなかにキツい言い方で。それには流石のシンもご立腹だったらしく、「やり過ぎだ」とロクサーヌのおでこを弾いた。

 

 下手に園部を煽り、彼女がムキになったりしたら、取り返しがつかない事が起きるかもしれない。それこそ、園部がマンティコアによって死にかけた時のように................。

 

 

「シン様が優花さん達を戦いから遠ざけたい気持ちは分かります。シン様はお優しい方ですから...............ですが私はこうも思います。“それは彼女達のためにならないのでは?”と」

 

「.................」

 

 

 ロクサーヌの言葉は尚も続く。

 

 

「それに優花さんの気持ちも少しは分かります。もし私が彼女と同じ立場なら、きっと私もシン様を止めるでしょうし................ですが私達はシン様の剣と盾です。貴方の背中を押す事や、障害を薙ぎ払い、守り抜く事はしても、止める気はさらさらありません。そうする事を私達が選んだのですから」

 

 

 その言葉にレオニスは静かに頷き、ロクサーヌの意見に同意した。

 

 ロクサーヌとレオニスは良くも悪くもシンがやろうとする事を全力でサポートする。助言はあっても、前に進もうとするシンの歩みを止める事はしない。何故なら二人は心底シンを信じているから。彼が止まらない事を、神を打倒する事を、いずれ必ず夢を叶え、数多の種族を束ねる〝覇王〟になる事を。シンの夢に乗っかった二人は彼を信じて突き進むのみなのだ。

 

 故にシンを止められない。そんな資格は無いと自負しているのだ。だからこそ、シンを止めようとする園部の言葉がロクサーヌとレオニスに響いた。

 

 そして二人は園部の言動を見聞きし、こう思った。

 

 “彼女なら〝王〟であるシンを戒め、〝人〟である要進に寄り添ってくれるのでは?”、と。

 

 ロクサーヌとて〝人〟であるシンに寄り添う事は出来る。しかしどこまで行ってもシンに甘いロクサーヌでは、〝王〟であるシンの行動を戒める事が出来ないかもしれない。それこそシンが道を踏み外しても、彼女は最後まで〝剣〟として、〝女〟として、シンの隣に立ち続ける。それこそがロクサーヌという女性なのだから。

 

 

「ですから、私達では止められない事でも、優花さんがきっと貴方を止めてくれる。〝人〟としてのシン様を見続けて来た彼女なら、貴方が道を踏み外す事を絶対に許さない。だからこそ私は、シン様に彼女を娶っていただきたいのです」

 

 

 ロクサーヌの眼差しは真剣そのものだった。彼女は本気でシンに園部を娶るように進言して来たのだ。

 

 他の誰でもない、シンのために。

 

 この先シンが〝人の王〟として歩み続けられるために。

 

 

「本気なのか?」

 

「ええ、本気です...............それにシン様も優花さんのことを悪くは思ってないんじゃないですか?」

 

「ぅっ..............そりゃあ確かに園部の気持ちは嬉しいし、魅力的な子だと思う」

 

「...............それだけですか?」

 

 

 ロクサーヌの圧が凄い。「他には無いのですか? ん?」とシンを問い詰めるような圧迫感がロクサーヌの瞳に宿っていた。

 

 

「...............ぶっちゃけて言えば他の男に取られたくないぐらいには」

 

「それはもう好きと言ってるも同然だぞ?」

 

 

 割とガチめに園部に気があるシンの物言いにレオニスがツッコんだ。だがロクサーヌは満足気なご様子。

 

 

「けど、だからと言って俺は園部を自分のものにしようとは思わない。あいつの幸せを奪いたくないし、何より俺達の戦いに巻き込みたくない...............あいつの夢は実家の洋食屋を継ぐことなんだよ。それを俺の我儘で台無しにすることなんて以ての外だ」

 

「では、今の言葉を今晩優花さんに伝えるつもりなんですね?」

 

「そのつもりだ。だが俺の好意については語るつもりは無い」

 

 

 シンの言葉を聞いたロクサーヌが盛大な溜息を吐いた。

 

 

「はぁ〜〜〜..........()()()()、貴方の優花さんに対するこれまでの言動を思い返してください。それでは優花さんがあんまりです。釣った魚に餌をあげないなんて酷過ぎます」

 

「うぐッ...............」

 

 

 “さん付け”に戻っている辺り、ロクサーヌの呆れ具合はなかなかのものらしい。そしてロクサーヌに言われ、シンはこれまでの言動を思い返し、苦悶の声を漏らした。

 

 園部の気持ちを知って以降、何度も自分の言動を振り返っていたシンは簡単に思い返せた。無自覚だったとは言え、これまで何度も園部をその気にさせるような言動を取っていたシン。さらに園部の気持ちを知って以降もそれは多々あり、水着の感想を述べた際にも、ちゃっかりシンは本心が漏らしていた。

 

 もはやシンに反論の余地は無かった。

 

 

「いいですかシン様。貴方は〝王〟なのですよ? 理性的なのは大変結構ですが、我儘を貫き通さなくてどうするのです? 貴方は()()()()()のではないのですか?」

 

「ッ!?」

 

「この際 正妻や側室云々は置いておきますが..........想いが通じ、誰もパートナーが居ないのなら、貴方は我儘になって良いのです。––––––––〝我儘〟であるが故に、〝強欲〟であるからこそ、シン様の偉業は成されるのです」

 

「...............お前はそれでいいのか?」

 

「元々私一人がシン様の全てを独占出来ると思っていません。実際、夜のシン様は私一人では手に負えませんから..............

 

「............?」

 

「........................」

 

 

 ロクサーヌはそう口にした。最後の方はシンの耳に届かなかったが、レオニスはバッチリ聞こえていた。だが敢えて聞かなかった事にした。そしてレオニスは内心で「ロクサーヌも苦労しているんだなぁ..........」と呟き、感慨深そうにしていた。

 

 

「とにかく! 私としては優花さんは大歓迎ですし、シン様は優花さんが望むのであれば潔く娶るのが筋なのです!................それにシン様ならきっと優花さんの夢も叶えることが出来ます。貴方の〝力〟と〝欲深さ〟は勝利を掴み取るだけで無く、自身とその周りの〝幸せ〟だって掴めるモノなのですから。答えが一つだとは限りません」

 

「––––––––––ッ!!」

 

 

 ロクサーヌの言葉を聞き、シンは自分が如何に視野が狭かったのかを認識した。

 

 

(ロクサーヌの言う通りだな。何も手を尽くしていない内に手放すなんて俺らしくもない............。 そうだよ、 俺は〝強欲〟な男だった。 俺の力は、俺が望む未来を掴むための物。 そしてそれは俺自身の生き方だ! 望んだ結果を思うままに掴む事こそ、俺の本領。 神を倒す事も、国を創る事も、根っこの部分は何も変わらない! そうさ、俺は–––––––––––〝()()()()()()()()()()()()()()()()〟)

 

 

 彼の中で何かが吹っ切れた。

 

 自分という人間の本質を再認識し、シンは片腕を目の前で握り込む。

 

 

「ロクサーヌ、レオニス。 どうやらお前達の〝王〟はとんでもなく〝強欲な人間〟らしいぞ?」

 

「フッ、今更だな」

 

「ですね」

 

 

 シンの言葉を聞いた二人はえらくご機嫌な様子で短く答えた。

 

 するとそんな三人の元にヴィーネが歩いて来た。

 

 

「話は終わりましたか? 園部さんの体調も良くなりましたし、そろそろ私の方からも事情を説明したいのですが?」

 

「ああ、待たせて悪かった。話を再開しよう」

 

 

 ヴィーネの言葉に頷いたシン。見たところ他のメンバーはすでにヴィーネが用意していた円卓の席に着いていた。全員水着姿のままだが予めシンとロクサーヌが用意していたアロハシャツ(もどき)を羽織っている。園部も同様に上着を羽織った姿で席に着いている。少し顔色が悪そうだが話を聞く気で居るらしい。そんな彼女に視線を送っていたシン。それに気付いた園部はバツが悪そうに目線を下げた。

 

 そんな彼女を見たレオニスとロクサーヌがシンに言葉を掛ける。

 

 

「自分で蒔いた種はしっかりと自分で摘み取らないとな」

 

「そうですね。ここからはシン様が自分の想いを伝える番です」

 

「ああ、分かってる。ロクサーヌ、俺はもう遠慮はしないぞ?」

 

「はい。シン様が望むままに................ですが、私のこともちゃんと可愛がってくださいよ?」

 

「当たり前だ。俺は〝強欲な男〟だからな。掴んだモノは絶対に離せない」

 

 

 そう言ってシンは、バウキスの[異袋]から自分が着ている紺色のアロハシャツ(もどき)と同じ物を取り出し、それをロクサーヌに羽織らせた。

 

 そして愛子や園部達が座っている円卓の席に到着したシン達。ロクサーヌとレオニスは早々に席に着いたが、シンはまだ立っている。

 

 するとシンは園部の横に座っている菅原に声を掛けた。

 

 

「悪いが菅原、一つ席をズレてくれないか?」

 

「え? う、うん..........」

 

 

 シンに言われるまま菅原は園部の方に寄って席をズラした。だが––––––––

 

 

「あー、言葉不足だったな。俺が()()()()に座れるようにズレて欲しいんだ」

 

「「「ッ!?」」」

 

 

–––––––––園部、宮崎、菅原はシンの言葉に耳を疑い、目を見開いた。

 

 だが菅原の行動は早く、すぐさま椅子をズラし、園部と人ひとり分の間隔を空けて、場所を移った。

 

 そこに自分が座る用の椅子を置き、シンは園部の隣に陣取った。

 

 現在の並び順は、ヴィーネ→愛子→玉井→宮崎→園部→シン→菅原→ロクサーヌ→レオニス→再びヴィーネである。

 

 そしてシンが隣に来たことに対し、何がなんだか分からないと言った様子の園部はシンを見ないように宮崎の方に顔を逸らし、椅子をシンから少しでも遠ざけようとした。

 

 だが椅子が全く動かない。綺麗な石の塊である椅子だが、園部でも簡単に動かせる程軽いはずの椅子がビクともしない。それどころか徐々にシンの方に引き寄せられている。

 

 

(ちょっ、要の奴、魔法使ってるッ!?)

 

 

 大当たり。自分から離れようとする園部を見兼ねて、シンが[力魔法]で逆に自分側に引き寄せていたのだ。

 

 最終的にシンと園部の距離は二十センチぐらいまで縮まり、横を向けばお互いの顔がすぐ目の前である。

 

 園部は戸惑いながら、他の者に聞こえないよう小声でシンに話しかけた。

 

 

(ちょっと要っ! 何してんのよ! 魔法まで使って!)

 

(お前が俺から距離を取ろうとするからだろ? だからこうしてズラそうとした分こっちに寄せたんだよ」

 

(だったら元の位置に戻して––––––––てぇッ!?!?)

 

 

 「戻してよっ!」と口にし終える前に、シンの右手が園部の左手を掴んだ。驚きのあまり思わず声が裏返りにそうになる園部。

 

 太腿の上に乗せていた園部の左手。そこに覆い被さったシンの掌はとても大きく、温泉に入る前に園部が一度は掴もうとし諦めたはずの彼の手が、逆に彼女の手を握って来た。

 

 半パニック状態の園部。

 

 先程までシンに対して苛立ちと気まずさを覚えていたのに、それが一瞬で羞恥心で塗り替えられた。頬は朱色に染まり、それを自覚した園部が周りの悟られないよう俯く。

 

 そして園部は俯いたまま少しだけ顔をシンの方に傾け、シンの表情を伺うように視線を動かした。

 

 するとシンが先程と同様の小さな声で園部に話しかける。

 

 

(さっきは悪かったな園部。お前の想いを蔑ろにするようなこと言って)

 

(そんなこと今はいいからっ! 先ずはこの手について教えなさいよっ!)

 

(分からないか? ならハッキリ答えてやる––––––––)

 

 

 そう言ってシンは園部の方に体を少し傾け、彼女の耳元で囁いた。

 

 

(–––––––〝お前を離さないってことだ〟)

 

(なッ!?...........〜〜〜〜〜〜ッッ!?!?///)

 

 

 甘い雰囲気を纏ったシンの低い声が園部の鼓膜に届く。それだけで園部の顔が茹で上がり益々赤みを帯びていく。そして彼が放った言葉の意味が理解できず、彼女は目をぐるぐる回していた。

 

 状況に思考が追いつかず、園部は「なんで?」「どうして?」と頭の中で自問自答を繰り返す。しかし一向に答えは見つからない。

 

 だが一つだけハッキリと分かることがある。

 

 それはシンが本気だという事。本気で園部優花(自分)を口説き落とそうとする意思が、握られた手の圧と、彼の力強い瞳と、囁かれた言葉の中に込められていた。そこに天然な要素なんて欠片も無く、意図的にシンがそうしている事を園部はハッキリと理解させられた。

 

 今日はずっと彼の言動で心を揺り動かされてばかりだ。まるでジェットコースターに乗っている気分で、心の浮き沈みが忙しなく激しい。

 

 すると愛子が、先程から俯いたままの園部を心配して声を掛けた。

 

 

「園部さん体調が優れませんか? 無理はしない方が良いですよ?」

 

「だ、大丈夫ですっ! ほんと、平気ですから」

 

「でも.............」

 

「心配いりませんよ先生。俺がしっかり見ときますんで、いざとなれば俺の魔法で園部を回復させます」

 

「そ、そうですか? では要くんにお願いします」

 

「はい。––––––––じゃあ、話を再開しよう」

 

 

 シンがそう切り出すと、再び事情説明が始まった。シンはクラスメイト達全員をどこに避難させるか、またその場所の詳細を語り、次に自分達がどこに向かうのかなどを補足した。

 

 そしてシンの説明の後、次はヴィーネが口を開き、彼女は人面の魔物〝マンティコア〟について語った。やはりシンの予想通り〝マンティコア〟の正体は()()()()であった。どうやら〝マンティコア〟は殺した相手の肉体に自身の細胞を植え付け、体を乗っ取り、増殖していくらしい。死にかけた園部が助かったのは細胞を植え付けられる前だったため。それを聞いた園部は顔を真っ青にしていたが、その間もシンに手を握られていた事で、押し寄せる恐怖と不安に抵抗する事が出来た。そしてシンに手を握られている事を改めて自覚し、再度顔を赤くする。

 

 今日の彼女の心は忙しなく揺れ動いていた。

 

 その原因は全てシンである。

 

 そんな彼の掌は今も園部の手を包み隠し、一向に彼女の手を離す様子は無い。

 

 結局、話し合いが終わるまでシンの手は園部から離れる事は無かった。

 

 




というわけで今回は水着お披露目回と事情説明パートと遠慮しなくなったシンでした。当初はシンに言い寄る園部を検討していましたが、それは絶対に無いなと思い、シンが園部を口説き落とす方向になりました。というかシンドバッドなら絶対にそっちだと思いましたから...............。天然無自覚と自己意志が混ぜ合わさったハイブリッド女誑し、それがシンです。彼は今後、己が欲したモノにはどこまでも欲深くなるでしょう。それを制御する相手として園部は最適だと思いましたので、そういう立ち位置にしました。



補足


「ロクサーヌの水着」
(イメージは〝白銀ノエル〟の水着姿です。)

「園部の水着」
(〝ありふれた学園で世界最強〟に登場する園部の水着姿を参考にしたものです)


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後日談 中編 下





 

 シンとヴィーネによって新たに開示された情報。

 

 それを頭にインプットさせた愛子や園部達だったが、情報過多によって彼女達は皆一様に頭をパンクさせた。

 

 まあ無理からな事だ。

 

 一度休憩を挟んだとは言え、シンが所有する精霊(ジン)についての事や神エヒトの事、シンが経験したノイント戦や氷雪洞窟内での出来事、さらにシンが国造りを志す理由や覚悟、カタルゴ大陸で暮らす赤獅子や魔人族、そして敵対勢力である魔王軍とマンティコアの存在などなど.............。

 

 これだけの事を一度に全て話されたら、そりゃあ思考が追いつかなくなるのも頷ける。愛子も事前に聞かされていたモノより圧倒的に濃密な情報を付加された事で、目をぐるぐる回していた。

 

 一応必要な事は大体話し終えたので、事情説明は終了となり、遅めの昼食を摂った彼女達は温泉池で遊んでいる。愛子はロクサーヌとヴィーネでゆっくり温泉に浸かり、玉井、宮崎、菅原はレオニスと戯れていた。  

 

 その傍らで園部はシンと並んで水際に座り、足だけを温泉に浸からせている。他のメンバーと少し離れた所でリフレッシュをしている彼女達を遠巻きに眺めているシンと園部。

 

 何故二人は並んで座っているのか?

 

 それは事情説明を終えた後の事である。話が終わり、早々にシンの手を振り解き、その場を離れようとした園部。だがそんな彼女にシンは「話がしたい」と言い、その手を離さなかった。

 

 そして二人は現在、自分達以外の者と離れた所を陣取り、話をするために腰を下ろしていた。

 

 すると開口一番、園部は最初の疑問をシンに投げ掛けた。

 

 

「なんで.............なんであんた、さっき私の手を握ったの? それにあの言葉...............」

 

「言っただろ?〝お前を離さない〟って。言葉通りの意味だ」

 

「違う..........違うわよっ! 私が聞きたいのはそういう話じゃないっ! あんたは私のこと、どう思ってるのかって話よっ! 私達を遠ざけようとしたり、今度は離さないなんて言って...............っ! あんたの言動はめちゃくちゃよっ! 要は私の気持ちを知ってるんでしょっ! ならこれ以上私の心を掻き乱さないでよッ!もう、私に〝期待〟させないでよ...............」

 

 

 感情のままに言葉を捲し立てた園部。だが最後の言葉は悲しく消え入りそうな程覇気が無かった。

 

 園部の言い分はもっともだ。シンとてその自覚はある。一度は〝大切〟だからと遠ざけようとした。しかし自分が如何に〝強欲な男〟であるかを再認識した今、その選択は自分の本心では無いと思い改めた。だがそんな事は園部には関係無い。シンが自分やそれ以外に頼ろうとしない時点で、彼女の恋心は砕かれたも同然だった。だと言うのに、話し合いが再開した途端、シンの態度が急変した。無自覚な振る舞いが意図した行為へと変わったのだ。

  

 まるで〝園部優花は自分の女である〟と主張するかのように...............。

 

 もう園部には訳が分からなかった。シンの想いも、自分の気持ちも、彼は何がしたくて自分はどうなりたいのかさえも。

 

 そんな園部の激情を目の当たりにしたシンは、真剣な面持ちで彼女に深々と頭を下げた。

 

 

「園部、俺の不甲斐ない態度でお前に辛い思いをさせてしまった事、心から深く反省している。〝大切〟だと思うあまり、お前の意思を蔑ろにしてしまった...............本当にすまない。–––––––––その上で言わせてくれ。俺は、お前が好きだ。 園部優花という女性が心底欲しい」

 

「––––––––ッ!?」

 

「今更何言ってんだっていうのも分かる。お前から見れば俺が最低な事をしてるっていうのも知っている。だがな、俺っていう人間は結局のところ、何処(どこ)まで行っても〝強欲な男〟なんだ。そこに〝王〟の自覚とか責任なんかは関係無い。一個の雄として俺はお前が欲しい! お前の夢も幸せも全て俺が掴んでみせる!––––––––––だから園部、俺の〝妻〟になってくれ。こんなどうしようもないほど欲深い俺を、お前の手で繋ぎ止めて欲しい」

 

 

 シンは自分の想いを全てぶつけた。

 

 恥も外聞も捨てて、欲深い己を(さら)け出したシンの瞳はどこまでも真っ直ぐだった。

 

 その瞳に見つめられた園部は彼の瞳に吸い寄せられるような感覚を覚える。怖いぐらい力強いシンの瞳、そこには絶対の自信と何者にも臆さない強い信念と気迫が宿していた。

 

 思わず魅入ってしまいそうになるシンの瞳。その瞳に見つめられれば大抵の者は屈するだろう。

 

 だが園部は違った。目力には目力で対抗し、シンを強く睨み付ける。

 

 

「本気で言ってるの? ロクサーヌさんが居ながら私まで手に入れようとするなんて..........それであんたは本当にロクサーヌさんや私を幸せに出来るって、本気で思ってるの?」

 

「ああ! 俺の〝力〟は、俺が望む〝未来〟を掴むための物。そして俺という〝強欲な人間〟はお前達の幸せな未来すらも欲しいと思ってる。––––––––それに、惚れた女の一人や二人、幸せに出来無い様じゃ〝王〟になる事も、神を打倒する事だって出来やしない..............そう思わないか?」

 

「........................」

 

 

 シンの問いに園部は答えず、ただじっと彼の瞳を見つめ続けている。その瞳に一欠片の曇りも無いことを確認する為に。

 

 彼は本気であった。いや、本気というのも生ぬるい。絶対の自信を持って、園部の言葉に答えていた。

 

 彼にとって〝王〟になる事や〝神を打倒〟する事が確定事項である様に、園部とロクサーヌ、二人の女性を幸せにする事もまた確定事項であったのだ。“そうでなければ自分じゃ無い”と彼はそう言い切った。

 

 何故そこまで言い切れるのかは園部には分からない。彼女は〝特異点(特別な力)〟を持っていないから。

 

 だが、惚れた相手にここまで言われて靡かないほど園部のシンへの想いは軽くは無い。

 

 そして園部はありきたりな質問をシンに問い掛けた。

 

 

「要は...............私のどこが好きなの? 自分で言うのもあれだけど、私、すごくめんどくさい女よ?」

 

「ははっ、それは知ってる」

 

 

 笑いながらそう述べたシンの横腹を園部が指先で強めに(つね)った。「いてて.......」と大して痛くも無い筈のシンがそんな声を漏らし、摘むところがあまり無かった彼の横腹に園部が自分と比べて少し落ち込みかける。

 

 そしてシンは真剣さと爽やかさが混じった清々しい表情で言葉を綴った。

 

 

「けど、その面倒くさいところが俺は好きだ。素直になれない所とか、少し目付きがキツイ所とか、意地張って頑固な所とか、ギャルっぽいのに根は真面目で優しい所とか、そういう所を全部引っ(くる)めて、〝園部優花〟っていう一人の女子に俺は惚れた。手放したくないと心底思ってる」

 

「〜〜〜〜〜ッ! へ、へぇ、そうなんだ.........///」

 

「なんだ? 自分で訊いといて照れてんのか?」

 

「べ、別に照れてなんかっ!...............ごめん、今の無し。 正直に言えば、すっごく恥ずかしい............///」

 

 

 珍しく園部が正直な気持ちを答えた。

 

 その顔はいつの間にか真っ赤に染まっており、鋭い目付きの視線も少し逸らされている。さらに口元を手の甲で隠し、嬉しさやら恥ずかしさやらで緩みそうな口角を押さえていた。

 

 

「あっ、あともう一つ。今みたいに恥じらう姿が凄く可愛い所とかだな!」

 

「可愛いって言うなしっ!」

 

「ははっ!...............園部、俺は自分の意思を示した。お前の答えを聞かせてくれ」

 

「〜〜〜〜〜〜ッ...............言わなくても、あんたなら分かるでしょ?」

 

「俺は鈍い男だからな。言ってくれなきゃ分からない事もある」

 

 

 シンはそう言いながら、腰を下ろした場所に手を着いている園部の片手に自身の手を重ねた。そして穏やかな表情で彼女の顔を覗き込む。  

 

 まるで二人が居る空間が数秒静止した様に、長い沈黙が続く。

 

 そして意を決した園部が口を数回パクつかせた後、シンにのみ聞こえるか細い声で返事した。

 

 

「私も、あんたが好き。ロクサーヌさんが居ても、やっぱり好き..............だから、私のことも、ちゃんとあんたが幸せにしなさいよ? じゃないと承知しないんだから」

 

「ああ、任せろ」

 

 

 シンの手が重なっていた彼女の柔らかい手を解きほぐし、ゆっくりと指を絡めた。それに応える様に園部は指先にほんの少しだけ力を加える。掴んだモノを離さないように.......。

 

 そして、シンの顔が徐々に園部の顔に近付いていく。

 

 彼の意図に気付いた園部が「ま、待って.......」とシンにタイムをかける。

 

 

「どうした?」

 

「ここでするの? その、みんなの目もあるし..........」

 

「心配するな園部。此処ら一帯は俺の[認識阻害]が付与された空間で、すでに俺達の事は認識出来ない様にしてある。姿と会話も、誰一人認識していない」

 

「ほんと便利な魔法ね...........」

 

「だろ? それで園..........()()は俺とするの、嫌か?」

 

「〜〜〜〜〜ッ! い、嫌じゃ、ないわよ............し、()()..........///」

 

「そうか。なら遠慮なく.........ちゅ」

 

「んんっ!.........ん.....///」

 

 

 シンは自分の唇を〝優花〟の唇へと重ねた。それに一瞬驚きつつも、すぐに彼を受け入れた優花が瞳を閉じる。

 

 優しく触れる程度の軽い口付け。数秒間二人はそのままの姿勢を保ち、お互いに自身の唇に触れたモノの温かさと柔らかさを感じ取った。

 

 そして重なっていた唇が離れると、二人は至近距離で相手を見つめる。優花は軽く閉じていた瞼を開き、口を開いた。

 

 

「..............ムードもへったくれも無いわね」

 

「そう言えば意外とロマンチストだったな、優花は」

 

「なによ、悪い?」

 

「いいや。そういう所も可愛いと思う」

 

 

 目と鼻の先でシンがそう囁くと、恥ずかしそうに小さく身悶えた優花。

 

 彼女は赤くなっている顔を少し俯かせ、シンの指と絡まっている手と反対側に位置する左手で彼のシャツをしおらしく掴んだ。

 

 

「か、可愛いと思うなら..........態度で示しなさいよ」

 

「ムードは良いのか?」

 

「う、うるさないわねぇ...........どうするのよ............?」

 

「そんなの決まってるだろ?」   

 

 

 そして再びシンと優花は唇を重ねた。

 

 シャツ越しにシンの胸元に手を添える優花と、彼女の手と繋がった逆の手で優花の肩を抱き寄せるシン。そしてシンはちょっとしたサービスのつもりで[魔力放射]を放ち、二人は虹霓の光に包まれる。

 

 心が満たされていく優花。

 

 漸く彼女はその想いを成就させ、幸せな未来への第一歩を踏み出したのだった...............。

 

 

 その後、シンは優花と手を繋ぎながらこの場に居る全員に事の結果を報告した。その際優花は恥ずかしそうに顔を赤くし、自身と繋がっているシンの腕を抱き寄せていた。

 

 報告を聞き、二人に祝福の言葉を送るロクサーヌ、レオニス、ヴィーネ。親友の想いが成就した事を、涙を流しながら喜ぶ宮崎と菅原。こうなる事をなんとなく予想していた玉井も一応祝福の言葉を優花に送る。だがハーレム野郎になったシンには嫉妬の眼差しを送りつけた。

 

 だが愛子は納得が行っていない様子で「二股なんて許しませんッ!」と断固抗議の姿勢を見せる。それに対してシンは「宜しい。ならば戦争(クリーク)だ」と説き伏せる気満々で真っ向から愛子の言い分に立ち向かった。

 

 結果、愛子は敗北した。

 

 何処からそんな自信が来るのかと思えるシンの言動、ロクサーヌの援護射撃、ヴィーネの後方支援、レオニスの鉄壁。さらに「生徒の気持ちを蔑ろにするんですかっ!」と言う宮崎と菅原の一撃が愛子のハートを撃ち抜いた。多勢に無勢とはまさにこの事。愛子の完全敗北は必然だった。

 

 その後、優花とロクサーヌは話をし、立場の整理や自分達が今後どうシンを支えていくかなどを事細かく擦り合わせていった。優花は〝(シン)〟の第二婦人という扱いに収まり、共に愛する男を支えるとロクサーヌと誓い合う。

 

 するとロクサーヌがまたしても優花にこっそり耳打ちし何かを吹き込んでいた。レオニスが声を拾えない距離で、シンに唇の動きを読まれてない様に。すると優花が頭から煙を出すぐらいに顔を真っ赤にし「流石にそれはっ!」と強く反応を示した。だがロクサーヌの耳打ちを最後まで聞いた優花は、最後に「............わかったわ」と小さく呟いて頷く。一体何が分かったと言うのか...........。

 

 

..........................................。

 

 

 日が暮れ始めた頃、シン達一行は帰り支度を整え村への帰路に着いた。その帰り道、シンの右隣にはロクサーヌ、左隣には優花が並んで歩いており、まるで旅行帰りの夫婦のように今日の出来事を振り返って楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

 しかし、まだ今日のイベントは残っていたらしい。

 

 村に到着したシン達一行を出迎えたのは二日近く寝込んでいたはずのアレックスだった。

 

 

「復活ッ! 我輩復活であ〜るッ!」

 

 

 まるで某格闘漫画に登場する中国拳法の使い手さんみたく高らかに宣言しながら現れたアレックス。  

 

 復活早々元気いっぱいの彼は、騒動解決を祝った宴会を今晩開くと伝え、そこにシン達を招きたいと告げた。

 

 その招待を快く受け入れたシン達。

 

 宴会、つまり()()()

 

 そこにシンが参加するとなれば––––––––––

 

 

............................

 

..........................................

 

........................................................

 

 

 

「–––––––––優花〜、愛してるぜぇ」

 

「きゃっ! ちょっ、どこ触ってんのよ、シンっ!ほら、水飲みなさいって!」

 

「シン様、優花さんばかりに構ってしまわれますと私が寂しくなります」

 

「おいおいロクサーヌぅ。俺がこんなにもお前を抱き寄せてるのに、これでも構って無いって言うのか? ん?」

 

「シン様、耳元で囁くのはずるいです..........///」

 

「あーもぉっ! あんた達、人前でイチャイチャし過ぎてなのよぉっ!」

   

 

 木製の長椅子に腰掛け、両脇に美女美少女を侍らせているシン。案の定、彼は村の酒を飲んですっかり出来上がっていた。と言っても以前程悪い酔い方はしておらず、すこぶる気分が良いぐらいのもの。優花がシンの飲酒量を抑えていたおかげだ。だが気分が良いシンは優花とロクサーヌの腰を掴み、自分の方へと抱き寄せている。そんな彼に甘えるロクサーヌと、なんだかんだ言いながらもシンにベッタリくっつき、甲斐甲斐しく世話を焼く優花。

 

 宴会が始まる前、愛子は「学生の君達は絶対にお酒を飲んではいけませんからね!」とシン達に注意を促していた。しかしそんな彼女は生徒達に見栄を張り、自分がいかに大人であるかを主張しようとした結果、アルコール度数の高いお酒を飲んでしまいすぐにダウン。これぞ正しく反面教師である。なんでも愛子が飲んだ物はアンカジ公国で作られた火酒で、村の男達はよくその火酒を使ってチキンレースをしていたらしい。

 

 そして止める者が居なくなった事でシンは遠慮無くカルローワインを飲み..............今に至るわけだ。

 

 宴会が始まって早くも二時間。すでに空は暗色に染まっている。しかし宴会の会場である噴水広場は昼間の様に明るく活気立っていた。

 

 村で採れた野菜や果物、さらに牛、豚、鳥の様々な肉を使った料理が空樽とテーブルに置かれており、カルロー村自慢のワインが樽ごと用意されている。それらをこの場に集まっている村人や愛ちゃん護衛隊メンバー、そしてシン達全員が思い思いに飲み食いし、笑顔が絶えない空間を作り上げていた。

 

 立って食事やお酒を楽しむ者も居れば、地面に敷いた敷物の上に座り飲み食いする一団、そしてシン達の様に木製の椅子とテーブルで酒盛りをする者も居る。

 

 そんな中でもこの場で一際盛り上がっている集団がいた。

 

 

「四体のサンドワームに成す術が無い状況!誰もが絶望しかけたその時ッ! 青い稲妻が迸ったッ! 鮮やかな剣の閃きが巨大な魔物を絶命させる!『一体何がッ!?』その場に居た誰もが目の前の光景を信じられずに居た。だがそんな男達の前に現れたのは我々もよく知っている狼人族の女性ッ!〝()()()()〟ことロクサーヌさんだったッ!」

 

「「「「おおおおおおおーーーッ!!!!」」」」

 

 

 カルロー事変で活躍したロクサーヌの勇姿を空樽の上に立ちながら語り聞かせる村の男がいた。

 

 そんな彼の周りには村の男達が集まり大盛り上がりっている。ロクサーヌの株がどんどん上がっていく。いつの間にかロクサーヌを讃える別称が〝青き雷獣〟となっており、それはすでに住人達の間では周知のことの様だ。

 

 一方、ロクサーヌの勇姿に盛り上がりを見せる一団とは別で、違う形で盛り上がっている集団がいた。

 

 

「やべぇっ! 三人同時に相手して、あっさり勝ちやがったっ!」

 

「スッゲェ〜!これでレオニスさん、腕相撲勝負で十九連勝目だ!」

 

「馬鹿野郎! さっきの三人も加えたら二十一人抜きだっつうの!」

 

「「「きゃーーっ!レオニスさんかっこいいィ!」」」

 

「くぅ〜〜! さすがレオニスさん! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ、そこにシビれる! あこがれるゥ!」

 

 

 空樽に肘を置き腕相撲をしていたレオニス。そんな彼の周りには村の男女達が集まり、レオニスの連勝記録を見届けていた。彼の強さに羨望の眼差しを送る男達と黄色い声をあげる女達。そして片腕でワインを樽のまま飲み下すレオニス。どうやらカルロー村のワインは彼の口に合ったらしく、レオニスは実に楽しそうに酔っていた。

 

 そんな光景を眺めていたシンが慈愛深く微笑んだ。

 

 

「良い村に来れたな」

 

「ええ、そうですね」

 

 

 感慨深そうに優しくシンに微笑み返したロクサーヌ。彼女は頭を傾け、シンの肩に寄り掛かる。そんなロクサーヌの頭を優しく撫でるシン。それを横目で見た優花がちょっとした対抗意識を燃やし、ロクサーヌと同じ様にシンの肩に頭を預けた。それを見たシンは優花の頭も撫でる。

 

 シンの優しい手付きに心地良さを覚える二人。

 

 そんな光景を間近で見ていた宮崎と菅原は「はわ〜、優花(っち)がデレてる〜」とニヤニヤし、玉井は「要の奴、完全に園部を落としてやがる...........!」と戦慄していた。

 

 するとアレックスがシンの元にやって来た。その両手に酒が注がれた銀のワインカップと銀の水差しを持って。

 

 

「楽しんでおられますかな?」

 

「ええ。お酒や食事、そしてこの光景にも楽しませてもらってます」

 

「ヌハハッ、それは何よりです! ささ、シン殿」

 

 

 シンの言葉を聞き心底嬉しそうに笑って見せたアレックスが手に持っている水差しでシンのワインカップに酒を注ぎ、それをシンは快く受け入れる。

 

 

「シン殿、それから皆様方とこの場にいないレオニス殿にも、今回村が救われたのは皆様のおかげです。この村の村長として心から感謝致します。皆様のお力あってこそ、この村は救われました」

 

 

 アレックスがシン、ロクサーヌ、優花、それから宮崎、菅原、玉井、そして寝ている愛子に視線を回し、頭を下げた。

  

 感謝と謝罪の言葉を述べるアレックス。シンやロクサーヌ、レオニスの様に活躍した訳でもない優花、宮崎、菅原、玉井が困り顔になる。

 

 するとシンが口を開いた。

 

 

「礼には及びませんよ、アレックス殿。俺達は俺達が出来る事をやったまでです。我々も皆さんと同様に、この村が好きですから」

 

「シン殿..............」

 

「それに住人に被害が無かったとは言え、村の全てが無事だったわけではありせん。明日も作業が残ってます。なので今はこの村を守り抜けた事を祝い、〝明日〟に向かいましょう。しみったれた顔はこの村に似合いませんよ?」

 

「............ヌッハハっ! 確かにシン殿の言う通りですな!–––––––––この御恩は決して忘れませぬ。困った事があればいつでも我々を頼ってください。必ずお力になって見せましょう!」

 

「ええ、その時は是非」

 

 

 二つのワインカップが軽く打ち付けられ、それに見合う軽やかな音を奏でる。シンとアレックスは握手の代わりに、この祝いの場に似合うやり方で育んだ縁を確かめ合った。

 

 そしてアレックスはシン達一同に軽く会釈し、その場を離れて行った。次に彼が向かう先に居るのは腕相撲で現在二十一連勝目のレオニス。どうやらお礼がてら、彼と腕相撲で一戦交えるつもりらしい。その証拠に上着を脱ぎ捨てている。   

 

 そんなアレックスを見届けた後、シン達も村の人達と同様に楽しい時間を過ごしていた。

 

 玉井はレオニスとアレックスの腕相撲を観戦しに行き、目を覚ました愛子が口元を押さえて気持ち悪そうにし、そんな愛子を介抱する宮崎と菅原。

 

 一方、お酒を一滴も飲んでいない優花は頬を赤く染めて、シンのワインカップをじっと見つめていた。

 

 すると彼女は意を決した様にシンのワインカップに入っているお酒をグイッと一気に飲み干した。

 

 

「お、おいおい優花、それ俺の..........」

 

「ロクサーヌ! 私ちょっと酔っちゃったから、今日はもう部屋に戻るわ」

 

「分かりました。ではシン様、優花さんを部屋まで送ってあげてください。村の中とは言え、夜道は危険ですから」

 

「えっ? お、え..............?」

 

「それじゃあロクサーヌ。その、シンのこと、借りてくから...............」

 

「はい、頑張ってください。バウキスは私の元に」

 

 

 二人の迅速なやり取り。ロクサーヌの言葉でシンの懐に居たバウキスが顔を出し、何かを感じ取ったのかすぐにシンから離れた。一言も喋らせてくれなかったシン。

 

 本当に酔ってるのか?と優花を疑うシンは彼女に手を引っ張られ、その場を後にした。

 

 優花に腕を引っ張られたままのシン。二人は足早にコテージへの帰路に着く。その道中、優花は一切口を聞いてくれなかった。送るのは別に構わないが、一体どういうつもりなのだろうか?と考えていたシンだったが、あっという間に二人はコテージに到着した。

 

 中に入り、シンは優花に引っ張られるまま二階へと続く階段を登った。そして優花が使っている部屋の前に辿り着くと、「ここで待ってて」と彼女は一人部屋の中へと入って行き、シンを扉の前に待機させて。

 

 益々分からないと言った様子のシン。酔いのせいで思考が定まらない。だが“待ってて”と言われたので取り敢えず待ってみる事にした。

 

 シンが扉の前で待つこと数分。

 

 

「入って、良いわよ............」

 

 

 優花からの許可が下りたので、一応扉を数回ノックをして部屋の中へと入ったシン。そんな彼を出迎えたのは、窓から差し込む月光を背負い、ワンピースタイプの白いネグリジュ姿の優花だった。彼女は部屋の中に入ってきたシンの真正面に立ち、片腕を抱き締め、顔を赤く染めている。

 

 赤みを帯びた頬と、恥ずかしそうに身悶えている仕草、そして純白の薄い布切れを纏った彼女の無防備な姿が男心をくすぐり、シンの酔いが一気に覚めた。

 

 すると優花が口を開く。

 

 

「な、何か言いなさいよ.............」

 

「あ、ああ、そうだな...............すごく綺麗だ」

 

「〜〜〜〜〜ッ...............そ、その.......あんたはさ、私のことが、欲しい、のよね............?」

 

「ッ!!」

 

「だったら.............」

 

 

 そこまで言われればシンとて気付く。彼女が何を求めているのか。

 

 優花は口をパクつかせ何かを言おうとしていたが、その前にシンが優花に歩み寄り、彼女を強く抱き締めた。シンの片手は優花の後頭部に添えられ、優花はシンの胸元に顔がうずくめる。そして両手をシンの背中に回した。

 

 

「お前の気持ちはよく分かった。––––––––()()()()()?」

 

「〜〜〜〜〜ッ!/// ...............う、うん///」

 

「なら顔をこっちに向けてくれ」

 

 

 シンがそう言うと優花はゆっくりと顔を上げ、赤く染まった頬と潤んだ瞳をシンに見せた。そして、シンは優花の唇に自分の唇を重ねる。次第にそれは軽く触れる程度の口付けから、唇を(ついば)む様なものへと変わり、ついにシンの舌が優花の口内へと侵入した。

 

 

「ンーッ.............!?」

 

 

 それに驚いた優花が頭を後ろに引こうとする。しかし後頭部に添えたシンの手で彼女は逃げられない様にされていた。

 

 一度は驚き、僅かに逃げの姿勢を見せた優花だったが、シンの背中に回した手に力を込め、彼から離れない様さらに体を密着させた。ぎこちない舌使いで懸命に応えようとする優花。

 

 そして二人の唇が一度離れた。

 

 

「ハァ、ハァ............お酒くさい」

 

「悪い。嫌ならキスは辞めとくか?」

 

「い、いいわよ、これくらい.........私もさっき飲んじゃったし...........あんたは、その、私の下手なキスでもいいの?」

 

「良いに決まってるだろ? それに、そういうのは回数を重ねて上手くなればいいだけの話だ。––––––––というわけで、()()()に上手くなろう」

 

「〜〜〜〜〜ッ!?/// ...............ばか///」

 

「馬鹿で結構。さあ、続きだ..............ん」

 

「んっ.............ちゅっ..........」

 

 

 二度目の深いキスを始めたシンと優花。

 

 その後二人はお互いの服を脱がせ合い、一糸纏わぬ姿を彼に晒した優花。優花の初夜は甘く熱い夜となり、彼女はシンの逞しい腕の中、彼に寄り添って深い眠りについたのだった。

 

 

............................

 

..........................................

 

........................................................

 

 

 

 翌朝。

 

 目を覚ました優花は昨日の事を思い出し、隣に居るシンの裸を見て顔を真っ赤に染め上げた。

 

 しかし、今も自分を抱き締めている彼の温もりに幸せな気持ちとなり、シンが目を覚ますまで、もう少しこの温もりを堪能しようと二度寝した。

 

 そしていつまで経っても起きてこない優花を起こしに来た宮崎と菅原。そんな彼女達は優花の部屋の中に入り、裸で抱き合って寝息を立てているシンと優花を見て、顔を真っ赤にした。そのうえシンの“アレ”を見てしまった事でさらにお顔が真っ赤っか。悲鳴をあげなかっただけマシである。二人はいそいそと部屋から退散し、何も無かった様に振る舞い、ロクサーヌに二人を起こすよう頼んだ。

 

 結果、宮崎と菅原の二人は、しばらくシンの顔が見れなくなったのだった。

 

 




ようやくシンのハーレムに優花が加わりました。付き合い始めて一日目でヤるとか流石シン様。女誑しに磨きがかかってますね!

次回で第二章は最後となります。第三章はイベント目白押しです。では次回、また会いましょう。


補足


『登場したお酒』


「カルローワイン」
・甘口のワインで女性に大人気。レオニスも気に入っている代物。レオニスが腕相撲でカルローワインが入った樽10個を勝ち取ってきた。


「火酒」
・アンカジ公国で作られたアルコール度数が高いお酒。酒豪が好んで飲むと言われる代物で、夜の砂漠を超える際にはこれが重宝されているらしい。



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後日談 後編


少し長くなりましたが、この回で第二章は閉幕となります。

園部とのイチャイチャもしばらくお預けですか...............な?




 

 優花との甘く熱い夜を過ごしてから早くも三日が経過した。

 

 その間にデスワームによって荒らされた土地も元通りとなり、愛子の作農師としてのスキルによって成長を促進させた葡萄の苗はすっかり大きくなり、黒い実を成らしている。そしてシンやレオニス達によってカルロー村から温泉池までの道も整備され、村の力自慢達が温泉池周辺に木製の小屋を建てたり、景観を整えたりした事で、今ではすっかり村の住民御用達の露天風呂施設が完成していた。これにはアレックスもご満悦の様子らしく、筋トレ後の癒しとしてほぼ毎日露天風呂に通っている。

 

 以前よりもさらに活気立つカルロー村。

 

 そんな村から少し離れた山の中腹にある更地。そこでシンとロクサーヌの二人は、優花、玉井、宮崎、菅原の四人と特訓をしていた。

 

 

「やあッ!」

 

「おっ! 前より鞭の扱いが上手くなったな」

 

「〝凍て付く牙よ、穿て!〟––––〝氷槍〟!」

 

 

 菅原の操る鞭がシンを打ち抜こうと迫るが、それを簡単に躱わすシン。そこに宮崎がシンの背後から氷魔法を放つ。当たれば腹に大きな穴を空け兼ねない大きさと威力の氷のランス。だがシンは宮崎の方へと振り返ると裏拳であっさり氷のランスを砕いて見せた。

 

 すると––––––

 

 

「捕まえたっ!」

 

「ナイスっ、妙っち!」

  

 

––––––––菅原が操る鞭がシンを拘束した。彼を捕まえることに成功した菅原と宮崎が喜んでいる。

 

 菅原の鞭はシンの両腕ごと巻き付いているので()()()()そう易々と振り解けない。

 

 それを好機と捉えシンを氷漬けにするべく宮崎が無警戒に彼の方へと歩いて行く。

 

 

「あっ!待って奈々っ!」

 

「えっ?––––––うわッ!?」

 

「フッ.........よっと!」

 

「え、ちょっ、わわっ!」

 

 

 菅原が宮崎を止めようと声を掛けた。その声に反応した宮崎は、突然目の前に飛んで来た氷の塊に驚き、慌てて回避する。そして体勢を崩し、地面に転んだ宮崎を見たシンが、自身に巻き付いている鞭を掴み、強引に引っ張った。すると菅原が掴んでいる鞭の柄が手元から離れようとする。それに抵抗しようとする菅原だったが、シンとの筋力差は目に見えて明らか。結果菅原は鞭の柄ごと体を引っ張られ、前方に飛び上がった。そしてシンに抱き止められた菅原は逆にシンに拘束されてしまう。そんな状況だというのに、菅原は顔を赤くし、彼の腕の中に居ることを受け入れていた。あまりに菅原が抵抗しないのでシンが彼女を不思議そうに一瞥し、特に問題無さそうなので視線を戻した。

 

 そして鞭の拘束から解放され、菅原が使っていた鞭を奪い取ったシン。彼は片腕で菅原を抱き締め、もう片方の腕で鞭を巧みに操る。

 

 

「警戒を怠ったな、宮崎。距離を保ったまま俺を凍結させていれば、まだ対応のしようもあったろうに..........」

 

「あ、あはは...............」

 

「菅原は武器を取られ、今は俺の手元だ。つまり、俺とお前の一対一だが...............この後の展開は分かるかな?」

 

「お、お手柔らかにお願いします..........」

 

「却下だ。体力作りの一環として、警戒を怠った罰はきっちり受けて貰う」

 

「そんなぁぁッ!」

 

 

 シンが繰り出す鞭打から逃げ惑う宮崎。若干Sっ気が出ているシン。そんな彼の、高みから伺う様な余裕の笑みと瞳を見た菅原が憧れの眼差しをシンに向け、赤みを帯びた表情を浮かべていた。

 

 そしてヘトヘトになった宮崎をあっさり鞭で拘束したシンは、二人を地面に座らせ、()()()()()での反省点を振り返らせていた。

 

 一方、ロクサーヌと訓練をしている優花と玉井。

 

 優花は横目でシンが菅原を抱き締めた姿を目にし、目付きが鋭くなっていた。

 

 そんな優花にロクサーヌが訓練用の刃引きされた剣を振り被りながら迫って来た。

 

 

「よそ見とは感心しませんねッ!」

 

「ッ!!」

 

 

 咄嗟に優花は指の間に挟んでいる三つの刃が無い()()()()()()()に魔力を流した。すると刃渡り八十センチ程の刀身が柄から出現し、それをロクサーヌに向かって三つの刃を三回に分けて投擲する。一つは向かってくるロクサーヌに対して真っ直ぐ向かい、残り二つはロクサーヌの左右から回転しながら半円を描いて迫る。

 

 その三つの刃はロクサーヌが持つ剣によってあっさり切り払われた。しかし、彼女の足は止まった。

 

 

「玉井ッ!」

 

「分かってるよッ!––––ォラァッ!」

 

 

 優花がバックステップを踏み、ロクサーヌから距離を取る。するとすかさず玉井がロクサーヌの背後から曲刀を振り抜く。

  

 だがロクサーヌは振り向き様に玉井の曲刀を剣で弾き返した。

 

 

「ここまでです。––––––ッ!?」

 

 

 曲刀を弾かれた事で僅かに姿勢を乱した玉井。それを見逃さないロクサーヌが剣を振り抜こうとしたその時、背後から六つの刃が真っ直ぐロクサーヌに向かって来ていた。

 

 それに反応したロクサーヌが剣を振るい、三本の投擲された刃を切り払った瞬間、彼女の剣が折れた。それに驚くロクサーヌ。そして自身に迫る残り三つの刃をロクサーヌは後方宙返りを数回し、紙一重で躱す。

  

 投擲主はもちろん優花。

 

 強制的に玉井から距離を取らされたロクサーヌは感心した眼差しで優花に視線を送る。そこには懐から新たに六本分の柄を取り出し構えている優花が居た。

 

 

「お見事です、優花さん。〝()()〟をもう使い熟すとは」

 

「私の天職は投術師よ。これぐらい使い熟せないと、投術師の名折れだもの」

 

 

 先程から優花が投擲している武器。

 

 その名は〝無尽擲《むじんてき》・赤喰(あかばみ)

 

 かつて赤獅子を喰らった個体のベヒモス、その魔石を二つに割り、柄の形へと圧縮錬成させた特殊な投擲剣。それが〝赤喰〟である。特殊な魔石を加工したという事もあって、その能力も極めて特殊で、[変成魔法]によって魔石に記憶されているベヒモスの技能を呼び起こす事に成功し、それを扱う事が出来るのだ。

 

 [分裂再生]によってオリジナルである〝赤喰〟の劣化版コピーを魔力が続く限り生み出し、[刀身化]の効果で刃渡り八十センチの刀身を生み出す事も可能、さらに威力は格段に落ちているが[暴食]の効果で撃ち貫いた相手の技能をランダムで一時的に使えなくさせ、魔力で生み出された物ならどんな物や現象でも喰い破る。しかし物理耐性が弱く、魔力消費も尋常では無い為、ロクサーヌや製作者であるロバートですら使い熟せなかった。シンは並外れた魔力量があった為使い熟すことが出来、優花もまた〝投擲武器ならどんな物でも使い熟せる〟という投術師のスキルによって弊害無く使い熟せるのだ。

 

 物理耐性も弱く、劣化版の複製品は時間経過と共に砕けてしまうが、魔力が続く限り無限に投擲出来る上、物理耐性の代わりに魔法耐性が高い。そして一度当ててしまえば〝赤喰〟の[暴食]効果が発動し、投術師のスキルによって一撃分の威力を底上げ出来る。優花にとってこれ以上無いほど適した投擲武器であり、〝赤喰〟を自在に操る優花は魔法に特化した相手からすれば〝魔術師殺し〟そのものだろう。

 

 そして優花はシンとの個人特訓によってすっかり〝赤喰〟を使い熟せる様になっていた。

 

 そんな彼女にロクサーヌは、続けて言葉を掛ける。

 

 

「先程の六連弾。あれは私の剣を狙った投擲だったのですね」

 

「そうよ。[鉄甲作用]って言う私の技能。いくらロクサーヌでも、下手に受けると剣どころか体も吹っ飛ぶわよ?」

 

 

 そう言うながら、優花は手に持つ六つの〝赤喰〟を[刀身化]させる。彼女の両手指の間から六つの刃が出現する。

 

 そして優花はさらに言葉を続ける。

 

 

「その折れた剣じゃ、次は弾く事もままならないじゃない?」

 

「ふふっ、確かにそうかもしれないですね。–––––––ですがこの程度の不利、既に経験済みですッ!」

 

 

 ロクサーヌが優花に向かって駆け出した。

 

 刀身が根本部分からポッキリ折られたほぼ柄だけの剣、それを構えながら。

 

 そんなロクサーヌが迫る中、優花は投擲のタイミングを見計らっていた。

 

 すると玉井はロクサーヌと優花、二人の直前上に割り込み優花の方に行かせない様にする。

 

 だが此処でそれは悪手だ。

 

 

「そこに割り込むと、優花さんの邪魔になりますよ?」

 

「あっ! そっ–––––––カハッ!?」

 

「玉井ッ!」

 

 

 ロクサーヌの言葉で、自分が投擲の邪魔をしていると気付いた玉井。だがそこで彼の腹部、というより鳩尾に強烈な一撃が入った。ロクサーヌが折れた剣の柄部分で玉井の鳩尾を殴ったのだ。手加減された一撃とは言え、堪らず玉井は膝を折り、四つん這いになって倒れた。

 

 玉井が倒れたのを見た優花が彼の名を呼ぶ。だが玉井が倒れた事で投擲の射線上にはロクサーヌのみとなる。

 

 そこに優花が構えた三本の〝赤喰〟をロクサーヌに向かって投擲した。だがそれと同時にロクサーヌが折れた剣の柄を優花に向かって投擲して来た。まるで野球選手のピッチャーがアンダーハンドスローで投球する様に。

 

 

「くぅッ!...............えっ!?どこっ!」

 

「上ですよ」

 

「––––––––ッ!?」

 

 

 ロクサーヌの豪速球(柄)が優花に迫る。それをなんとか回避した優花だったがロクサーヌを見失ってしまう。だがそれも一瞬のこと。頭上から彼女の声が聞こえた。優花がそこに視線を向けると、ロクサーヌが頭上から落ちて来た。

 

 すぐそばまでに迫っていたロクサーヌの拳。それを回避して見せた優花。だが彼女の拳が狙っていたのは優花では無くその下、彼女の足元にある地面だった。

 

 身体強化が施されたロクサーヌの拳が地面を砕き、土煙を巻き上げ、優花の視界を一瞬だけ塞いだ。

 

 そこから距離を取る優花。ロクサーヌが土煙から出て来た瞬間を狙うつもりで身構える。

 

 そして僅かに土煙が揺らいだ。

 

 

「そこッ!!」

 

 

 放たれた三本の〝赤喰〟

 

 タイミングもバッチリ。

 

 だが優花が放った三本の刃はロクサーヌに当たらなかった。何故なら...............

 

 

「うそッ!? まさか––––––」

 

「そうです。貴女が先程私に投擲した物です」

 

「––––––––なッ!?」

 

 

..............優花が放った三本の刃は同じ刃とぶつかったのだ。

 

 それは玉井が倒れて直ぐに優花が投擲した最初の〝赤喰〟で、ロクサーヌが投擲した柄と交差する形で放たれた物。

 

 ロクサーヌは優花の頭上に飛び上がる直前、優花が放った三本の〝赤喰〟をキャッチしていたのだ。そしてそれを隠し持ち、囮としてわざと目立つ様に土煙の中から放り投げ、優花の注意が逸れたタイミングで、囮の反対側から優花に迫って来た。

 

 死角を突かれた優花、そこに振り抜かれたロクサーヌの拳が迫る。

 

 腰の入った一撃。当たれば只では済まない。

 

 だがロクサーヌの拳は優花の顔面に当たる寸前で止まり、握られた拳から人差し指が伸び、優花の鼻を軽く突いた。

 

 

「私の勝ちです。かなり惜しかったですが、まだまだ詰めが甘いですね」

 

「うぅ.............」

 

「ですが優花さんはなかなか筋が良いと思います。鍛錬を重ねれば確実に強くなれるはずです」

 

「そっか.............ありがとうロクサーヌ。私の.......ううん、()()の特訓に付き合ってくれて」

 

「ふふっ、これぐらい構いませんよ。優花さんだけで無く、皆さんの想いはちゃんとシン様に届いてますから」

 

 

 二人がそんなやり取りする。

 

 この特訓は宴会が開かれた夜以降、優花達の想いを汲み取ったシンが提案し、宴会の翌日から開始された物。

 

 優花達が戦いに巻き込まれる事をシンは未だに良しとはしていない。しかし彼女達の意思を尊重しようという考えはあり、ならばせめてこの世界で自分の身を守れるだけの力を身につけて貰おうと考えた末の提案であった。

 

 戦いへの恐怖はある、覚悟も足りていない。しかし何もしないよりずっとマシだと優花達はシンの提案を受け入れた。

 

 そして愛子達 農地開拓・改善組がカルロー村を離れるまでの間、シンとロクサーヌが優花達を徹底的に鍛えることになった。ちなみに、この場に居ない愛子は戦う力が無いため農地開拓業に専念し、ヴィーネは愛子の仕事を手伝っている。レオニスはアレックスのブランクを埋める為の特訓に付き合っているらしく、今頃レオニスとアレックスは特訓後の温泉で体の疲れを癒し、ワインでも飲んでいる事だろう。そして清水は単純に部屋から出て来ないため不参加。その理由は推して知るべしだろう。

 

 そんな訳でこの三日間、優花達はシンとロクサーヌによる特訓を受けていた。

 

 既に愛子達 農地開拓・改善組は滞在予定日数を超えていた。だが今日中には教会から頼まれた仕事を終え、明日愛子達は湖畔の街ウルに出発する。そのタイミングでシン達もカルロー村を発ち、グリューエン大火山を行く予定だ。それに対して優花はシンに付いて行きたい気持ちを押し留め、愛子達と共にウルに向かう事を決めた。本当はシンのそばにずっと居たいが愛子のことが放って置けない優花。彼女は彼女で自分がやるべき事をやり切ろうとしていた。なのでシンはこの三日間優花を目一杯可愛がり、寝食を共にし、あらゆる手で彼女を強くしようとサポートした。

 

 そのおかげもあって、今の優花は以前と比べて明らかに強くなった。それを示す様に彼女は投術師の技能を新たに複数獲得したらしい。その一つが先に優花が見せた[鉄甲作用]で、投擲威力が何倍にも増大する投擲技法を彼女は自身の想いとシンのサポートのおかげで習得できた。これもひとえに愛の力と言う奴だろう..............。

 

 話は戻り、結局ロクサーヌには敵わなかった優花と玉井。

 

 一旦休憩に入るため、二人は玉井を介抱していた。するとそこにシンと宮崎、菅原の三人も合流し、シンも交えて先程の模擬戦での反省点を全員で振り返り始めた。

 

 それから数十分後、ヴィーネと愛子がその場に現れ、慌てた様子で愛子が口を開いた。

 

 

「た、大変です皆さんっ! 清水くんがっ!清水くんがッ!」

 

 

 清水幸利がカルロー村から姿を消した。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 

 コテージに戻ったシン達。

 

 清水が使っていた部屋は既にもぬけの殻らしく、備蓄されていた携帯食などがいくつか消えていた。そしてリビングのテーブルにはこんな書き置きが残されていた。

 

 〝ウルの街で待ってます〟と。

 

 それを見た優花達は安堵していたが、愛子は当然清水の事を心配していた。カルロー事変の騒動が治って直ぐにこれなのだから、愛子の心配は無理も無い。しかし異世界組である清水もまた、優花達と同様に平均ステータスがこの世界の者達より遥かに高く、並の魔物や盗賊相手では太刀打ち出来ないぐらいだ。そんな清水がそう易々と危険な目には遭わないだろうと、玉井が愛子に言葉を掛けていた。尤も、絶対とは言い切れないが..............。

 

 すると先程からずっと黙っていたシンが唐突に口を開いた。

 

 

「心配しなくても、清水は()()()()()ですよ?––––––––今あいつは〜.........()()()()()()()()()()()()()。おそらく書き置き通り、湖畔の街に向かってるんでしょう」

 

「そ、それは本当ですか! 要くん!」

 

 

 シンの言葉を聞いて愛子が真っ先に反応を示した。

 

 

「ええ。あいつに()()()()()()()()()がまだ反応してますから」

 

「植え付けた.............?」

 

「まあ、そこは気にしないで下さい。簡単に言えば魔力の発信器みたいな物です」

 

「な、なるほど...............」

 

 

 シンが発した言葉には若干不穏な響きがあった。それを訝しんだ愛子だったが、シンはなんて事も無い様子で簡単に説明して見せ、愛子も一応納得した。

 

 確かに発信器の様な作用もするが、シンが清水に植え付けたモノ、つまり〝ゼパルの魔法〟はそんな生優しいモノでは無い。それを語るならそれを行った動機、つまり清水が何をしようとしたかも語らなければならない。なので説明を省いた。清水へのせめてもの情けと、更生のチャンスとして。

 

 

「まあ先生が心配するのも分かりますが、別に無茶な行為という訳では無いのですから、村での仕事を終えてから向かえば良いんじゃないですか? 明日には先生達もウルの街に出発するんですから」

 

「そうっスよ。それにあんまり過保護過ぎるのも良くないと思いますよ」

 

「愛ちゃんを心配させた事には色々言いたい事あるけど、それは明日出発してからでも遅くないですしね」

 

「優花っちは単純に要っちと一緒に居る時間が減るの嫌なだけじゃないの?」

 

「今日が最後の夜だもんね〜」

 

「ちょっ!あんたらっ!私は別にそんな不純な動機で言った訳じゃ無くって!」

 

「優花は俺との夜を〝不純〟だと思ってたのか?」

 

「別にそんなこと言ってないじゃんっ! ていうか、あんたまで乗って来ないでよっ!」

 

「真昼間からなんて事を話してるんですかッ!」

 

 

 シンに続いて玉井と優花が愛子の心配する気持ちを払拭しようと言葉を掛ける。だが優花の言葉に対して宮崎と菅原が彼女を揶揄い出し、それに乗っかるシンとツッコむ優花。さらに、そんな二人の遣り取りを聞いた愛子がツッコむ。

 

 場が和んだ、というより話題が変な方向に逸れた事で愛子の気持ちは切り替り、もはや気持ちが沈む余地も無かった。尤も、切り替わった気持ちの矛先はシンと優花に向き、愛子は先生として二人にお説教をするのだが.............。

 

 その後、全員で昼食を摂り、残り少ない仕事を終えるべく農作業に戻った愛子とヴィーネ。そして再び特訓を始めたシン達だったが、再開された特訓中、今度は宮崎を腕の中に拘束したシン。やはりと言うべきか、菅原と同様に宮崎もそれに対しての抵抗が弱い。その上彼に自身の魔法を褒められ、頭を撫でられた宮崎がシンに熱い視線を向けていた。それを見たロクサーヌは流石にシンの天然女誑しぶりに目が座り出し、優花は全力でシンに向けて〝赤喰〟を投擲する。そこから優花&ロクサーヌVSシンの構図になった。割とガチめなロクサーヌは魔剣を抜き、優花は連続で〝赤喰〟を投擲する。特に優花が放つ〝赤喰〟はシンの[力魔法]すら喰い破って来るので、手加減をする余裕が無かったシン。それを分かってて優花は投擲して来たのでなかなかの強かさであった。

 

 時間はあっという間に過ぎ、カルロー村で過ごす最後の夜がやって来た。

 

 シンはロクサーヌ、優花、バウキスと一緒に露天風呂に入った後、アレックス家族と一緒に賑やかな夕食を迎えた。その際アレックスの娘さんが玉井と親し気だったのを見たシン達。玉井にもついに春が!?と思われた矢先、そんな淡い期待は呆気なく砕かれた。既にアレックスの娘さんは銀ランク冒険者であるパーカーと恋仲になっており、仲睦まじい様子が伺えた。血涙を流す玉井。どうやら玉井の春はまだ先の話らしい。

 

 その後、シンはロクサーヌと優花の二人と床を共にする。もちろんカルロー村最後の夜と言う事で、シンは二人の女性を美味しくいただき、特に離れ離れとなってしまう優花を念入りに可愛がった。暫くは消えない跡を彼女の首元に刻みつけて...............。

 

 そして迎えた翌朝。

 

 グリューエン大火山に向かうシン達を見送りに来た優花や愛子達、そしてアレックスを筆頭に集まった村の人達。

 

 村の人達を代表してアレックスがシンに言葉を掛けた。

 

 

「道中、お気をつけ下さい。そしてまたこの村にいらして下さい。私を含めカルロー村の住人一同は、皆さんの来訪をいつでも歓迎致しますぞ」

 

「ありがとうございますアレックス殿。ええ、その時はまた酒を酌み交わしながら、筋肉談話に花を咲かせましょう」

 

「ヌッハハッ! ではその時が来るまで、我輩はこの肉体美をより一層磨き上げませんとな!シン殿やレオニス殿に笑われないように!」

 

 

 そう言いながらアレックスはシンは堅い握手を交わす。シンの隣では愉快そうにレオニスが鼻を鳴らしていた。

 

 するとアレックスが「おっと、忘れるところでした」と懐から二枚の封書をシンに渡して来た。

 

 

「これは?」

 

「一枚は冒険者ギルド用に我輩が(したた)めた物です。これがあれば行く先々の冒険者ギルドでシン殿の要望をある程度は叶えてくれましょう。機会があればブルックの冒険者ギルドにも顔を出してみてください」

 

「確かブルックの冒険者ギルドにはアレックス殿の姉君が居るのでしたね................分かりました。機会があれば伺ってみます。それで残り一枚は?」

 

「そちらはアンカジ公国に()られる我輩の()()に宛てた手紙です。こう言ってはなんですが...........我輩、少し師匠の事が苦手でして...........あまりの苦手意識でつい手紙を出す事も忘れていたのです...........。良ければシン殿、それを届ける事を頼まれてはくれまいか?」

 

「構いませんよ。どの道、一度はアンカジに寄ろうと思って居ましたので」

 

 

 快く承諾したシン。そんな彼の言葉を聞いてアレックスがホッとした様子で胸を撫で下ろした。よっぽどその師匠とやらが苦手なのだろう..............。

 

 そしてアレックスがシンを小さく手招き、耳を出すように言って来た。周りに聞かれたらまずい事であるのだろうか?

 

 シンはその手招きに従い、アレックスの方へと耳を傾ける。そこにアレックスがシンの耳元に口を近付け、ゴニョゴニョと囁き始めた。周りがそんな二人の様子に訝しんでいると、数秒後シンの顔色が変わった。

 

 

「––––––––––その話、本当なんですか?」

 

「我輩も最初師匠から聞かされた時には耳を疑いましたが、おそらく事実でしょう。それだけの力を師匠は持って居られます。シン殿、この事は...............」

 

「ええ。他言無用、ですね。ロクサーヌ達に聞かせても?」

 

「構いませぬ。御三方なら口も堅いでしょうし」

 

「分かりました。必ずこの手紙は届けましょう」

 

 

 シンはそう言ってバウキスの[異袋]に二枚の封書を収納した。それに対してアレックスが「(かたじけ)ありません」と軽い会釈をする。

 

 そしてシンは優花達 農地開拓・改善組に視線を送った。

 

 

「見送りありがとな、お前ら。先生も清水のところに早く行きたいでしょうに、先に見送ってもらいありがとうございます」

 

「気にしないでください要くん。生徒を見送るのもまた先生の勤めです!」

 

「フッ、そうですか...............優花、無茶はしないでくれよ?」

 

「分かってるわよ。いざとなったら“全員ですぐに逃げろ” でしょ? その為にシンが私達を鍛えてくれたんだから」

 

「ああ、その通りだ。お前達もその事を忘れるなよ?」

 

 

 優花の言葉に頷いたシンは、彼女の後ろにいる玉井や宮崎、菅原に視線を向ける。すると三人は三者三様の答え方でシンの言葉を受け取った。

 

 

「優花、何かあればすぐにその()()で知らせろ。そうすれば、お前が何処に居ようとすぐに俺が駆けつける」

 

「はぁ〜、過保護すぎよ。けど、何かあればすぐに知らせる...............あんたの顔も見たいし..........///」

 

 

 呆れたように溜息を吐く優花。しかし最近の優花はデレが増しているので、正直な言葉も送ってくれる。

 

 ちなみに指輪というのは、かつてシンが優花にプレゼントした魔道具の指輪を指す。その指輪にはシンの[術式解体]と[想像構成]によって元々付与されていた火魔法がより高位の物へと昇華されており、さらにシンが新たに習得した付与魔術の技能[感覚共有]が施されている。シンが言った〝知らせろ〟と言うのは、そのうちの[感覚共有]を指す言葉だ。指輪に魔力を通す事で所有者と設定した相手の感覚をリンクさせ、お互いに相手の位置とその瞬間何を考えているかが把握出来るのだ。

 

 そんな代物を優花は左手の薬指に嵌めている。小指から位置が変わっているのは...............そういう事だ。

 

 

「相変わらずデレた優花は可愛いな」

 

「か、可愛いって言う...............んっ!?」

 

 

 シンは有無を言わさず、優花の唇を奪った。それに驚いた優花は一瞬体を硬直させるが、シンに強く抱き締められた事で優花の目が蕩け、それを受け入れた。周囲の目も気にせずなんと大胆な事か。村人達からは歓声が湧き立ち、愛子は狼狽え、玉井は目を逸らし、宮崎と菅原は少しだけ優花を羨ましそうに見ていた。ヴィーネは仮面を付けているので分からないが、レオニスは「ひゅ〜」と口笛を吹く。ロクサーヌは〝後で自分もしてもらおう〟と固く心に誓っていた。

 

 そしてようやくシンと優花の唇は離れ、周りの反応に気付いた優花が恥ずかしそうに身悶える。

 

 

「今ここで新たにキスマークを付けるのは無理だからな。これで俺の女だと主張しておくよ」

 

「〜〜〜〜〜ッ/// そんな事しなくても、私はとっくにあんたのモノよ............///」

 

「ああ、知ってる。けど俺は独占欲が強いからな。こうしておいた方が悪い虫もくっつきにくくなりそうだ」

 

「だからって、こんな公衆の面前で...............ばか///」

 

「フッ.............。近いうちにまた会おう、優花」

 

「うん、その時まで私、頑張るから。–––––行ってらっしゃい、シン」

 

「ああ。行ってくるよ、優花」

 

 

 シンの胸に顔をうずめる優花。そんな彼女を抱き締め、頭を撫でるシン。

 

 その純愛っぷりにこの場の空気が穏やかな甘さに包まれ、思わず周囲の人達は優しい目を二人に向ける。

 

 そしてシン達は優花や愛子達、そしてカルロー村の人達に別れを告げ、出発した。

 

 旅立って行くシンの背中を見送る優花。そんな彼女の左手の薬指に嵌められた指輪に、シンとの()()()()()()が宿る。

 

 しかし、その事に優花が気付くはまだ先の話であった。

 

 

 

............................

 

..........................................

 

........................................................

 

 

 

 見送りに来ていた村の人達や優花達の姿はシン達が振り返ってもすでに見えないぐらいまで進んでいた。

 

 それを確認したシンは自身とロクサーヌ、レオニス、ヴィーネに[認識阻害]を施し、[人化]を解除したレオニスの背にシン達は乗った。するとレオニスは物凄いスピードで大地を蹴り始める。

 

 

「悪いがレオニス、先にアンカジ公国に向かう」

 

『さっきアレックス殿に頼まれた手紙の件だな?』

 

「ああ、()()()()()()を聞いちまったからな。是非ともアレックス殿の師匠と会ってみたい」

 

「シン様、先程アレックスさんから何を聞かされたんですか?」

 

「............................」

 

 

 元々カルロー村を出発したらそのままグリューエン大火山に向かうつもりだったシン達。しかしレオニスの言う通り、先程アレックスに頼ませた件を先に済ませる事にしたらしい。そしてロクサーヌが、先程アレックスがシンに耳打ちした内容に気になり、彼に質問する。口は開かないが、ヴィーネも同意見らしい。

 

 ロクサーヌの問いに対し、シンは端的に、そしてワクワクした様子で確かにこう答えた。

 

 

「先代勇者の血統。つまり–––––––〝()()()()()〟についてだ」

 

 

 新たな出会いが待っている。

 

 そんな予感に心を躍らせ、シン達はアンカジ公国を目指すのだった。

 




と言うわけで、第二章最後は園部優花の強化イベントと清水幸利の単独行動、そしてカルロー村出立の回でした。宮崎と菅原の様子も何やら怪しいですが...............それは今度の展開次第ですね。

さて次回からいよいよ第三章の開幕となりますが、第三章はイベント目白押しです。一体何話まで行くのやら..............考えただけで宇宙猫みたいになりそうです。    


補足


『登場した魔道具』


「無尽擲・赤喰」
・二振りのT字の赤い柄。かつてレオニスの祖父、先代赤獅子の長を食ったベヒモスの魔石で作られた特殊な投擲剣。[変成魔法]によって魔石に刻まれたベヒモスの技能を複数発現させる事に成功し、[分裂再生]による劣化版柄の増殖、[刀身化]による刃の形成、[暴食]による射貫いた相手のステータス弱体化と技能封印、そしてシンの[力魔法]や聖絶のような防御魔法すらも食い破る能力を持つ。しかし人が扱うにはなかなかにハードルが高く、魔力の消費量も馬鹿にならない上、剣としての性能は低い。剣技に長けたロクサーヌやロバートですら使い熟せなかった特殊な投擲武器。
しかし園部優花の天職によるスキルと投擲武器に置いて圧倒的センスを持つ彼女は、それを自在に扱う事が出来る。
(イメージはFateに登場する〝黒鍵〟と言う武器です)


「優花の指輪」
・園部優花の左手の薬指に嵌め込まれた指輪。王都の冒険者ギルドでシンが購入し、優花にプレゼントした指輪。元々火魔法が付与されていたが、そこにシンが[術式解体]と[想像構成]により改良を重ねた事で、火魔法の威力が大幅に強化させた。その威力は高位の火魔法に匹敵する。さらにシンの[感覚共有]が新たに付与されているため、魔力を流した一瞬だけ設定先であるシンと感覚がリンクする。位置の特定やその時の感情を読み取る事が出来る。
そして、その指輪にはロクサーヌの魔剣やレオニスの耳飾りと同様にある物が宿っている...............


『登場した技能』


「感覚共有」
・シンが新たに習得した付与魔術の技能。自身と相手の五感から得た情報を相互交換する付与魔法の一種。発動させれば問答無用で強制的に相手が現在見ている景色や音、位置情報、温度、体調、気分、感情などが流れ込んでくる。下手をすれば相手が廃人になりかねない魔法。その為、「優花の指輪」に付与したモノは出力を大幅に下げ、限定的な情報のみを共有する様にされている。


『新たに登場を示唆されたキャラクター』


「アレックスの師匠」
・アレックスがまだまだまだ駆け出しの冒険者だった頃、アレックスとクリスタベルを鍛えた存在。今でもアレックスを恐れさせる相手で、非公式の情報らしいが〝先代勇者の子孫〟らしい。教会には悟られない様に秘匿された情報らしく、アレックスの師匠は現在アンカジ公国にて暮らしているそうだ。


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第三章
水の都



新キャラ登場、そして久しぶりに登場するオリキャラもいます。





 

 グリューエン大砂漠を越え、シン達はアンカジ公国に到着した。道中、サンドワーム(通常個体)と遭遇したが、レオニスがあっさり瞬殺し、カルロー村で戦ったサンドワームの強化種〝デスワーム〟との違いを実感した一同だった。

 

 アンカジは不規則に並ぶ白亜の外壁に囲まれた国だった。外壁からは光の柱が幾本も天空に伸び、それが中心で重なり合っている。まさに光のドームと言った感じである。そんな外壁にある巨大な光の門の前に来たシン達。入都の際、門番の兵士達がシン達の格好や容姿を見て驚いた。一人は純白の衣と豪華な装飾で身を包んだ体格の良い美丈夫、一人は男の情欲を唆る様な、なんとも扇情的な衣装を纏った狼人族の美女、もう一人は二メートルを超える巨体と長く赤い髪を靡かせる精悍で凛々しい大男、そして最後の一人は奇妙を仮面を被り、兵士風な軽鎧を纏った白髪の仮面女。なんともバラエティに富んだ集団である。その上に砂漠を越えて来たと言うのに、彼らは砂粒一つ被っていない。そんな四人を見れば門番が驚くのも無理は無い。門番がそんな四人に訝しむ様な視線を送って来たが、その集団の先頭に立つ白服姿の美丈夫ことシンがステータスプレートを見せた事で、一応アンカジの門を潜ることは出来た。シン以外誰一人としてステータスプレートを持っていない事に関しては、「田舎から出て来たから持ち合わせていない」と告げて誤魔化した。

 

 そしてシン達はついにアンカジ公国の中に入る事が出来た。

 

 そこはまさに水の都と表現して良い程、水に囲まれた美しい都だった。乳白色の建物とオアシスから都一帯に張り巡らされた水路、そして緑豊かな自然に囲まれた広大な土地。そこを行き交う無数の人々でアンカジ公国は活気立っていた。大体で区分するなら東側には緑に囲まれたオアシスがあり、北側には広大な土地に広がる農作物、西側には純白の宮殿とその周りには無骨で乳白色の建物が規則正しく建ち並んでいる。そして南側と都の中心には市場があり、木製の小さな屋台や地面に敷物を引いて客引きをする商売人などが多く見受けられた。そこを行き交う人々。公国の民らしき者達や、甲冑や軽装を纏った冒険者、一般的な格好をした観光客や楽しそうに駆け回る子供達などが居た。

 

 そんな中央区を進み、西側にある冒険者ギルドに向かって行くシン達。門番に予め冒険者ギルドが何処にあるのか聞いていたので、迷うこと無くズンズン進んでいく。そんなシン達が一歩踏み出す度に往来を行き交う人々が彼等に注目する。シンやレオニスに熱い視線を向ける奥様方、鼻下を伸ばしロクサーヌの胸と顔を凝視する男達、不思議そうにヴィーネの仮面を見つめる子供達。

 

 すれ違う人全員がシン達を注目する中、特にその視線を気にすること無く、彼等は会話をしていた。

 

 

「国ともなれば、集まる人間の規模も大きくなるか。ここまで来ると逆に邪魔だと思えてしまうな」

 

「まあ、お前の気持ちも分からなくも無い。けど、ここが特別人が集まりやすい国ってのもあるから仕方ないさ」

 

「ええ、アンカジ公国は、エリセンからの海産物や公国内外の野菜や果物を中心に他国へ受け流す交易都市。つまり公国は、表大陸の北側に位置する交易の心臓です。人混みで溢れ返ると言うことは、それだけ交易が盛んなのでしょう」

 

「.............いかにも魔王軍が狙いそうな場所ですね」

 

「だな。––––––––」

 

 

 レオニスが率直な感想を述べる。彼の言葉に同調しつつも、それを受け入れているシン。そこにロクサーヌが補足説明をする。それを聞いたヴィーネが魔王軍の介入を危惧し、シンが同意した。

 

 魔王軍が何かしらの方法でアンカジを攻めるのは、まず間違いないだろう。それぐらいこの国は人族の社会に根付き、影響を齎す場所なのだ。それに気付かない魔王軍ではあるまい。

 

 

「–––––––だが今のところは何も起きていない。それで安心するのは早計だが、公国とて自身の立場を分かっているはず。何かしらの対策は講じてるだろうさ」

 

「そうだと良いのですがね...........」

 

「..............もしかして、何か()()のか?」

 

「いえ、特には。別に深い意味はありませんのでお気になさらず」

 

「..............そうか」

 

 

 ヴィーネの様子に疑問を覚えたシンが彼女に問い掛ける。だがヴィーネはあっさりと、何でもない様子で返答した。

 

 シンがヴィーネに〝見たのか?〟と問い掛けた理由は、彼女が保有している固有魔法に関係している。

 

 ヴィーネが保有する技能の中には[予知夢]という固有魔法がある。その効果は、望んだ未来、或いは回避したい未来の風景や情報を夢の中で知る事が出来ると言うモノらしい。その力でヴィーネはロバートやシンの事を知り、接触を図ったそうだ。ヴィーネが最初、レオニスや赤獅子のことを知らなかったのは、夢の中でそれを確認出来なかったためらしい。それに眠りに着く度に見れる物では無いらしく、寝ている時にしか発動しないため、自在に操ることは出来ない。なかなかにピーキーな固有魔法だ。

 

 それはさて置き、シン達は市場を歩き抜け、西側の区間に入った。そして門番から聞いていた通りの道順を進み、冒険者ギルド “公国支部”に辿り着く。

 

 ギルドの中に入ったシン達。そこには多くの冒険者で賑わっていた。騎士風の格好をした女戦士や盗賊風な装いをした男、露出度の高い服装の女魔法使いや体格の良い剣闘士風の男など、まさに“冒険者”と言った者達ばかりだ。そんな連中が一斉にシン達の方に様々な意思を孕ませた視線を向ける。

 

 シンの姿を見て「何処かの貴族か?」「随分ご立派な身分だなぁ」「あんなに装飾をジャラジャラ付けた奴が、ここに何の用だぁ?」と口にしている。一方で、シンの隣を歩くロクサーヌを見れば「上玉の亜人族だな」「いい乳してやがるぜ」「きっと高値で取引された奴隷に違いねぇ」などと口にし、いやらしい視線を向けていた。レオニスやヴィーネに対しても好奇の視線を向けられている。

 

 そんな周りの声を耳にしたレオニスは、僅かに不快そうな表情となり、周りの冒険者達を一瞥する。すると、そのひと睨みだけで周りの冒険者全員が押し黙った。レオニスの視線を受けた冒険者達は、その一瞥だけで彼等がヤバい集団であると本能的に直感し、物凄い勢いで視線を逸らすと、ビクビクと体を震わせ息を潜める。まるで獅子から逃れるため、死んだフリをする野うさぎの様に。普通の人間が赤獅子に睨まれれば、そうなるのは必至だろう。

 

 そんな周りの様子を見てシンは困った様に笑みを浮かべ、ロクサーヌが溜息を吐く。

 

 

「はぁ〜..........やり過ぎですよ、レオニス」

 

「む、そうか、それはすまなかった。一応加減はしたのだが.............」

 

「技能も無しに、ただの一瞥でコレですか...........やはり貴方も凄まじいですね」

 

 

 ロクサーヌがレオニスを注意し、一応謝罪するレオニス。そして、レオニスの言葉を聞いたヴィーネが改めてレオニス(赤獅子)という存在の頼もしさを実感していた。

 

 するとギルドの受付嬢が居るカウンターの方で、ガタンッと音が鳴る。もしかして、レオニスの視線に当てられ、誰か倒れたのか?とシン達が視線をカウンターの方に向ける。だが、その予想とは逆で、受付嬢の一人がカウンターから身を乗り出す様に立ち上がっていた。シン達を、というより、シンだけを食い入る様に見つめながら。

 

 そんな受付嬢を見たシンが「あっ」と声を漏らす。

 

 そしてシンはカウンターへと歩み寄り、その“赤縁の眼鏡を掛けた綺麗な受付嬢”へ微笑みながら声を掛けた。

 

 

「久しぶりだな、“スーシー”。少し痩せたか?」

 

 

 そこに居たのは、かつてシンが王都の冒険者ギルドで世話になった受付嬢、スーシーだった。少し癖のある明るめの長い茶髪と赤縁の眼鏡がトレードマークの彼女は、以前より少し痩せている様に見えるが、スタイルの良さは今も健在である。

 

 そんな彼女はギルドに現れた謎の集団、その先頭に立つシンに声を掛けられ、体をワナワナと震わせながら口を開いた。

 

 

「ほんとに............本当に貴方、シンなの?」

 

「少しは自分の目を信じたらどうだ? それでも疑うならステータスプレートでも見て確認すると良い、ほら」

 

 

 そう言ってシンはステータスプレートを懐(バウキスの異袋)から取り出し、スーシーに見せた。そこに刻まれた名前を見て、彼女は––––––––

 

 

「ッ!.......シ〜〜〜〜〜ンッ! 会いたかったわ〜〜ッ!」

 

「のわッ! ちょっ、スーシー!?」

 

 

–––––––––自分の胸にシンの顔を抱き寄せた。

 

 シンの頭部が彼女の豊満な胸を押し潰し、若干苦しそうにシンはもがいて居た。そんなシンの素振りなど関係無くハイテンションなスーシー。思わずピョンピョン跳ねるほどに。

 

 そんな彼女を見てギルドに集まっている男達が愕然とした様子でショックを受け、ヴィーネは「おモテですねぇ」と素直な感想を述べる。レオニスは何が何やらと言った様子で呆気に取られ、ロクサーヌは目が笑っていない笑顔をシンに向けていた。

 

 そして、ようやくスーシーから解放されたシン。

 

 

「はぁ〜..............それで、何でスーシーがアンカジの冒険者ギルドで受付してんだ? お前、王都の受付嬢だったろ?」

 

「出張よ。最近アンカジの冒険者ギルドが忙しいから、一時的な人員補充としてこっちで働いてるの............そんな事より、貴方、今までどこで何してたのよ? それにその格好...............まるで何処ぞの王子様みたいよ?」

 

「その表現はむず痒いなぁ。まあ、こっちにも色々事情があるんだよ..............元気そうで何よりだ」

 

「それはこっちのセリフ。ふふ、前より色男になったわね。それで、後ろに居る人達は?」

 

 

 スーシーがシンの背後に視線を向ける。するといつの間にかロクサーヌ達がシンの後ろで控えていた。

 

 

「ああ、紹介するよ。俺の仲間達だ」

 

「ロクサーヌです。“私のシン様”が以前お世話になったみたいで。以後お見知り置きを」

 

 

 語気に若干の棘を含ませるロクサーヌ。それでスーシーは察しがついたのだろう。「へぇ〜」と口に出しながら意味深な表情でロクサーヌを見ていた。エヒトに対する信仰心が薄い彼女は、亜人への差別意識を全く持ち合わせていない。この世界ではなかなか珍しい部類だが、その信仰心の薄さが彼女の姉御肌な性格や恋愛観を形成して居る。そういう彼女だからこそ、シンは以前からスーシーの事を信頼し、自分が異世界からの召喚者である事も打ち明けていた。

 

 そしてスーシーがレオニスとヴィーネの方にも視線を向けたので、二人も簡潔に自己紹介をする。

 

 

「レオニスだ」

 

「ヴィーネです」

 

「ロクサーヌさんにレオニスさん、それからヴィーネさんね。ええ、覚えたわ。私はスーシー、シンとは王都の冒険者ギルドで知り合った、ただの冒険者と受付嬢の間柄よ–––––––“今はまだ”、だけどね、ふふ」

 

「おいスーシー、あまりそういう揶揄いはよしてくれ。さっきから周りの視線が刺さるんだよ。あと、ロクサーヌの視線も..............」

 

「あら、ごめんなさいね。私ったら、嬉しくってついはしゃいじゃったわ♪ ねぇシン、アンカジにはいつまで滞在する予定なの?」

 

「う〜ん、一応二日間ぐらいは滞在しようと考えてる」

 

「意外とすぐ出ちゃうのね。なら今夜とか空いてない?再会を祝って一緒に食事でもどうかしら? もちろん、そちらの三人も一緒で大丈夫ですよ♪」

 

「俺は別に構わないが..............お前達はどうだ?」

 

 

 特に断る理由が無いため、シンはその誘いを受ける。そしてシンはロクサーヌ達の方へと振り返り、彼女達がどうするのか訊いてみた。

 

 ロクサーヌとレオニスは同意したが、ヴィーネだけは断った。砂漠超えで疲れが溜まっているらしく、今日は早めに休むそうだ。

 

 ヴィーネは不参加だがスーシーとの食事を約束したシン達。

 

 そして話は切り替わり、仕事モードに入ったスーシーが「ところで、ここに来た目的は?」と尋ねてきたので、シンは懐(バウキスの異袋)から一枚の封書を取り出した。

 

 

「この手紙を、ある人物へ届けに来たんだ。差出人はカルロー村の村長アレックス」

 

「アレックスッ!? それってもしかして、元金ランク冒険者で、“豪腕”の二つ名を持つ、あのアレックスッ!?」

 

「ああ、そうだが..............知り合いか?」

 

「別に知り合いって訳ではないけど.............私達ギルドの人間なら一度は必ず聞く名前よ。かつて“最強”と呼ばれてた冒険者のお弟子さんだもの。それに、彼の姉君であるキャサリンさんは、ギルドの各支部の支部長を育てたギルド役員みんなの憧れだし、かく云う私もキャサリンさんに憧れてギルドの受付嬢になったもの」

 

「へぇ〜。てっきり恋愛相手を見つけるために、受付嬢になったのかと思ってたぞ」

 

「まあ、それもあるけどね。で、この手紙は誰宛になるのかしら?」

 

「〝()()()()()〟」

 

「「「「ッ!?!?」」」」

 

 

 突然、シン達の背後から男の声が聞こえ、彼等は驚いた様子で勢い良く振り返る。

 

 そこには長い白髪をセンター分けにし、白い髭を貯え、杖を突きながらも背筋がしっかりと伸ばしている老夫が居た。歳は見たところ七十を超えていそうだが、随分と若々しい。体格も大きく、背はシンより少し高いぐらいで、体つきもガッシリしている。声には覇気があり、立ち姿と相まって、“歴戦の戦士”を思わせる風格と貫禄が見受けられた。

 

 そんな彼の存在をシン達は全く気付けなかった。音も無く、気配や魔力すら感知させずに、彼等の背後に忍び寄っていたのだ。

 

 それだけで只者では無いと直感し、あっさりと背後を取られた事に危機感を覚えたロクサーヌ、レオニス、ヴィーネ、バウキスが老夫を警戒する。ロクサーヌは腰の剣に手を掛け、レオニスは拳を握り、ヴィーネは腰裏の金属器に手を伸ばし、バウキスはシンの懐から顔を出して威嚇していた。そして、ロクサーヌ達の殺気が込もった視線が老夫を射抜く。

 

 その殺気を真正面から受けている老夫は一瞬驚いた様な顔を見せる。しかし、動揺している訳では無いらしく、ロクサーヌ達の殺気を柳の様に受け流し、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「良い殺気だ。不肖の弟子達にも見習って欲しいぐらいだな」

 

 

 老夫がそんな事を口にした。

 

 アレックスの手紙について触れた発言といい、気配感知に優れたロクサーヌやレオニスを出し抜く身のこなし。

 

 それらを踏まえ、シンは目の前の老夫こそ、自分が会ってみたいと思った人物だと–––––––––

 

 

「あっ! 支部長!今までどこに行ってたんですかッ!」

 

「んん? そんなの決まってるじゃないか、スーシー君。散歩だよ、散歩。朝食前に目覚めの運動をね」

 

「それを言うなら昼食前ではないのですか? もう昼前です」

 

「あれぇ? そうだっけ?」

 

「はぁ〜〜、お願いですからしっかりしてください、()()()()()()()()

 

「ハハハッ! 君が床を共にしてくれるなら、私も少しは寝起きが良いのだがねぇ」

 

「生憎、私はアズィール支部長の様なお年を召したシワシワな体に興味はありませんので」

 

「ケチくさいなぁ〜。おっぱい揉むぐらい許してくれても良いじゃないか。余るぐらいデカいんだから」

 

「私の体はそんなに安くはありません。いい加減真面目にしないと、“()()()”に言いつけますよ?」

 

「ちぇ〜」

 

 

––––––––––思えなかった。

 

 いや、名前は合ってる。シンがアレックスから聞いた名前は確かに“アズィール”だ。

 

 先代勇者の血を引き、かつて“最強”の冒険者と謳われ、鬼の様な強さと剣技で名を馳せ、過酷な訓練方法でアレックスという元金ランク冒険者にトラウマを植え付けた傑物。元金ランク冒険者にして冒険者ギルド公国支部をまとめ上げる現冒険者ギルド公国支部 支部長。それが“アズィール”という男である。

 

 と、アレックスから聞いていたシンは、厳格で威厳があり、凛々しさと雄々しさを兼ね備えた剣士を想像し、会えるのを楽しみにしていたのだが..................

 

 

「............ただのセクハラ親父じゃん」

 

 

 シンが期待で胸一杯に膨らませたイメージ像が一気に崩れて落ちた。

 

 ロクサーヌやレオニス、ヴィーネ達も目の前の好好爺とスーシーのやり取りを見聞きし脱力している。バウキスなんていつの間にかシンに懐に戻っている始末だ。さっきまでの剣呑な雰囲気は何処へやら。

 

 するとアズィールはスーシーに向けていた視線をシン達に移した。いや、正確に言うならロクサーヌの“胸”である。

 

 

「ほほぉ〜、君もなかなか立派な物をお持ちの様だ。どうだろう、今夜私と...............」

 

「結構です」

 

 

 このジジイ、見境がねぇ〜。明らかな下心で口説いて、速攻でロクサーヌに振られてやがる。と言うか、ほんとにこの人がアズィールなのだろうか? いや、寧ろ、違ってくれ!とシンは心の内で願いつつ、目の前の好好爺に話しかけた。

 

 

「えーと、貴方がアレックス殿の師匠である、アズィール殿ですか?」

 

「いかにも。私があの腑抜けを(いじ)...........ゴホンッ! 鍛え上げたアズィールだ」

 

(今一瞬、“虐めた”って言おうとしてなかったか? ていうか、やっぱりこの人が“アズィールかぁ〜)

 

 

 シンの想いは届かなかった。

 

 どうしよう。別に先代勇者に関して、訊かなくても良い様な気がして来た..........。

 

 

「それで? あの腑抜けがようやく私に手紙を送って来たそうじゃないか。()()()は毎年欠かさず手紙を寄越していると言うのに.............」

 

「あのぉ、取り敢えず手紙、受け取ってくれませんか?」

 

「そうだな。どれ、寛容な私だ。せめてもの慈悲として中身を見てから、どう虐めるか決めてやろう」

 

(虐めるのは確定なんだ............アレックス殿、南無三)

 

 

 そうしてシンが封書をアズィールに手渡し、丁度二人の手が封書に触れている瞬間、それは起きた。

 

 シンが身に付ける七つの金属器とアズィールが持つ杖が光輝いた。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 そして悟った。

 

 お互いに目の前の相手が()()()使()()である事を。

 

 すると、アズィールは人懐っこそうな表情を一気に引き締め、鋭い眼光でシンを見つめると、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「なるほど、アレックスの本命はこっちだったか.............青年、名はなんと云う?」

 

「...............シンです。アズィール殿、何故貴方がそれを?」

 

「おっと、それをここで話すわけには行かない。せめて場所を移させてくれ」

 

「分かりました。ですが、これだけは答えて頂きたい」

 

「何かね?」

 

「先程から貴方の後ろに居る女性は?」

 

「ッ!? しまったッ!」

 

 

 シンはアズィールの背後に立つ()()()()()()()()()に視線を向けながら尋ねる。ちょうどシンの金属器が光り終わった後ぐらいに彼女は冒険者ギルドに現れ、さっきからず〜っとアズィールの後ろで立っていたわけだが...............。一体、何者なのか? それをアズィールに尋ねると、慌てた様子でアズィールが背後に振り返ろうとする。しかし、遅かった。

 

 アズィールの背後に立つ赤毛の女性が、彼の腰を両腕でガッチリとホールドし、そのままアズィールが持ち上げられる。

 

 

「こんのォッ、エロ親父がァァァッ!!」

 

「ちょッ! 待て! ヴィオ––––––ぐぼぁッ!!」

 

 

 赤毛の女性はアズィールを抱えたまま後方へと体を反らし、ブリッジの姿勢で彼の後頭部を地面に叩きつけた。綺麗にジャーマンスープレックスが決まり、でんぐり返しに失敗した様な体勢になっているアズィール。なかなかに恥ずかしいポーズにされ、撃沈している。

 

 それを行った赤毛の女性は軽やかに立ち上がり、良い汗かいた!みたいに額を拭いながら、ふぅーーっと息を吐く。実に清々しい笑顔で。

 

 目の前の光景に呆然とするシン達。一方で周りに居る冒険者達はヴィオラのジャーマンスープレックスに湧き立ち、スーシーは「だから言ったのに............」と口にし、残念な人を見る様な視線をアズィールに送っていた。

 

 置いてけぼりのシン達。

 

 すると彼女はシンの方に向き直り、困った様子ではにかむと、シンに握手を求めて来た。

 

 

「あはは..............恥ずかしいところを見せちゃったわね。その、ごめんね?...............あたしは“()()()()”。非常に遺憾な事だけど、一応そこで伸びてるアズィールの“娘”よ。よろしくね?」

 

「.............あ、ああ、シンだ。こちらこそよろしく」

 

 

 差し出された手を握ったシン。

 

 “ヴィオラ”と名乗った彼女は、実に美しく、爽やかな女性だった。整った顔立ちで、少し短い赤毛を低い位置で纏め、大きく見開かれた碧眼はまるでアンカジのオアシスの様に透き通っており、胸元がガッツリ開いた白い上着と赤いスカート、そして革製のブーツを着込んでいる。程良く実った大きな胸と引き締まったくびれ、女性らしい腰つきと長い手足。端的に言ってモデル体型のすごく健康的な美人だ。厚底のブーツを履いているヴィオラだが、素の身長は目算でも百八十センチ弱と言ったところ。シンの目線と殆ど変わらなかった。

 

 握手を交わした二人の手が離れ、ヴィオラは伸びているアズィールの片足を掴んだ。

 

 

「父と話をするんだったわよね? 奥の執務室なら誰にも邪魔されないと思うわ。それで良いかしら?」

 

「ああ、構わない」

 

「良かった。なら案内するわ、ついて来て」

 

 

 そう言って、ヴィオラはアズィールをずるずると引き摺りながら歩き出した。そしてヴィオラは周りにいる冒険者達に対し、にっこりと微笑みながら小さく手を振る。すると冒険者達はデレっとした顔で、ヴィオラに手を振り返した。その大半が厳つい男性冒険者だが、女性の冒険者達も彼女に手を振り、「いつもご苦労さん!」と声を掛けている。彼女がいかに人気で、人望に厚い女性なのかが垣間見えた。

 

 そしてヴィオラはギルドの奥に繋がる扉を開け、中へと入って行く。シン達もそれに続いて中へと入り、彼女の後を着いて行き、執務室へと向かう。引き摺られているアズィールに哀れなモノを見る様な視線を向けながら。

 

 




アンカジ公国に到着し、ちょっとした再会と新たな出会いを迎えたシンでした。そして新しい金属器使いの登場です。


補足


『登場した技能』

「予知夢」
・ヴィーネが持つ固有魔法。自身が眠りについている間にのみ発動する特殊な魔法。無意識下でしか発動しないため、自在に操る事は出来ない。しかし、一度発動すれば何日も先の未来を見通す事が出来、望んだ未来へ至る為の道順や回避すべき未来で起きる事象を知る事が出来る。その代わり、寝起きでごっそり魔力を持っていかれてしまうが..............。ステータスプレートで確認したわけでは無いので、その真偽は定かでは無い。


『登場したオリキャラ』


「アズィール」
・先代勇者の血を引き、アレックスとクリスタベルの師匠であり、元金ランク冒険者にして現アンカジ公国の冒険者ギルド公国支部の支部長を務めている。歳は77歳。高齢の割にかなり若々しく、体格もしっかりしており、背筋も一切曲がって居ない。センター分けにした白い長髪と、白い髭姿。普段はセクハラばかりの好好爺と言った感じだが、顔立ちは意外と精悍で、若い頃モテただろうなぁ〜と思えるぐらいには勇ましい。身長はシンより高く、レオニスよりは断然低い。杖は仕込み刀。そこにジンが宿っている。
(イメージは「解雇された暗黒兵士(30代)のスローなセカンドライフ」に登場する“アランツィル”です)



「ヴィオラ」または「ヴィオラ・フォウワード・ゼンゲン」
・アズィールの息女。赤毛で高身長、顔立ちもスタイルも良い快活で爽やかな女性。照れ笑いや困った様にはにかむ姿が愛くるしい女性で、歳はロクサーヌよりも上。お姉さん気質で男女関係無く人気がある。特に女性人気が高く、彼女の高身長と相まって、まるで王子様の様な扱いを受けている。母親はアンカジ公国領主であるランズィ・フォウワード・ゼンゲンの姉で、領主とは血縁関係にあたる。そのためランズィの息子であるビィズや娘のアイリーとも仲が良く、慕われている。彼女もまた冒険者でランクは“黒”。自身の身長がコンプレックスだが、それを活かすために冒険者を始めた。そして、彼女もまた先代勇者の血を引く者。
(イメージは「FGO」の“ブーディカ”です。原作キャラと違って身長もキャラ設定も違いますので、あしからず)


「スーシー」
・今作第五話「別に、アンタなんか!」に登場したオリキャラです。癖のある明るい茶髪と赤縁眼鏡がトレードマークに綺麗な女性。スタイルも抜群で男好きのする体をしている。王都の冒険者ギルドで受付嬢をしているが、今はアンカジの冒険者ギルドに出張で来ている。
(イメージは「ママ喝っ」に登場する“津田川桃花”です。※エロアニメのキャラクターなので、気になる方は注意してご確認を)



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酒と女と蛇



おや、バウキスの様子が..............?





 

 アンカジに到着したその夜。

 

 シン達は宿泊先の宿の一階にある酒場で食事をして居た。

 

 そこにはヴィーネを除いたシン、ロクサーヌ、レオニスの三人と、食事に誘ったスーシー、そして何故か食事に参加する事になったヴィオラとアズィールの計六名で、一緒の卓を囲っている。

 

 

「ゴク、ゴク、ゴク..............プハーッ!もう一杯っ!」

 

「おぉ〜!良い呑みっぷりじゃないかシン君! これは私も負けてられないなぁ! そこの可愛いウェイトレスさ〜ん、私にもお酒の追加お願いしま〜すっ!」

 

「かしこまりましたーっ!」

 

 

 お互いに肩を組んでお酒を酌み交わすアズィールとシン。

 

 シンの豪快な呑みっぷりに当てられ、アズィールがウェイトレスにお酒の追加注文をすると、同じくシンもお酒の追加を要求する。二人はすっかり仲良くなっていた。

 

 そんな二人を心配そうに見守る他四名。

 

  

「シン様、あまり飲み過ぎると明日に響きますよ?」

 

「お父さんもよ! シン君達に迷惑かけちゃ駄目なんだから」

 

 

 シンとアズィールの隣に座っているロクサーヌとヴィオラが二人を注意するが、「ダイジョブですッ☆」とシンとアズィールは片方の目尻でピースサインを作る。

 

 そんな二人を見て益々心配になるロクサーヌとヴィオラ。

 

 レオニスは呆れた様子で酒が注がれたジャッキを煽り、スーシーはシンの酔いっぷりに驚いていた。

 

 何故、スーシー主催の食事にアズィールとヴィオラまで参加しているのか。

 

 遡ること六時間と少し。

 

 ヴィオラの案内で、冒険者ギルドの執務室に通されたシン達。部屋に着いたタイミングでアズィールは目を覚まし、部屋の説明をしてくれた。そこは普段、来客が訪れた際、アズィールが対応する為に使う部屋でもあるらしく、他の者に聞かれては不味い内容なども話せるよう防音対策がバッチリ施されているのだとか。そして、その部屋の隣には仮眠用の休憩室があるのだが...............まあ、好色家のアズィールらしい使い方をだった。そんな事を語るアズィールの隣でヴィオラが、ほとほと困り果てた様子で頭を抱えていた。

 

 そんなこんなで始まったシン達とアズィール、ヴィオラの対話。  

 

 簡潔に言って、アレックスから聞かされていた通り、アズィールは先代勇者の末裔だった。と言っても、明確に天職が[勇者]と記載されていた訳ではない。しかし彼の天職は特殊な物であった。

 

 アズィールの天職は〝剣聖〟である。

 

 そして技能欄には[全属性適正]があり、光属性の魔法技能に特化した構成となっていた。他にも多数の技能を保有しており、その構成の殆どが天之河と酷似した内容である。さらにアズィールが保有する技能には、彼が勇者の末裔であると決定付ける証拠があった。

 

 その技能の名は[聖剣適正]。その名の通り、彼は聖剣を扱う適正があるそうだ。元来聖剣を扱える存在は勇者のみ。しかしアズィールは大昔、勇者が居ない時代に教会や王国に黙ってこっそり聖剣を使った事があるらしい。その時に彼は、聖剣に“()()”があると気付き、幼き頃に両親から聞かされた〝自分が勇者の末裔である〟という話が本当であったと確信したそうだ。だからと言ってアズィールは、自身が勇者の末裔であると教会や王国には伝えなかった。口外する事で、余計な争いに巻き込まれるのを避けたかったから。信頼出来る相手にはその事実を伝えているそうだが、現状それを知っているのはアレックスを含めた弟子の二人と娘のヴィオラ、この三名のみ。アズィールの妻もその事を知っていたが、病で倒れ、すでにこの世を去った後らしい。ちなみにアズィールの妻はアンカジ公国の現領主ランズィの姉で、ヴィオラは一応ゼンゲンの名前も名乗っているそうだ。後ほどゼンゲン公とも会わせてくれるとヴィオラが約束してくれた。

 

 そして、シン達はアズィールが先代勇者の末裔であると納得した。嘘を言っている様にも見えなかったし、何よりシンの直感が事実であると確信させた。一応ヴィオラも先代勇者の血を引く存在ではあるが、彼女は天職持ちでは無く、技能欄にも聖剣に関わる物は何も刻まれていなかった。アズィールの両親も、ヴィオラと同様に聖剣に関わる技能を持っていなかったらしい。覚醒遺伝?って奴だろうか...............。

 

 勇者に関しての話はある程度聴き終えたシン達。次にシンはアズィールが持つ“杖”について質問した。

 

 やはり、彼が持つ杖は金属器だった。

 

 どうやらアズィールが持つその杖には刀身が仕込まれており、その刀身に精霊(ジン)が宿っているらしい。精霊(ジン)の名は〝アシュタロス〟。一ヶ月以上前、世界各地で起こった不思議な現象の後日、アズィールがグリューエン大火山へと赴いた際にかの精霊と出会い、そこで自身が持つ“杖”に宿ったそうだ。その際、このトータスで起きている魔人族との戦争の原因やエヒトの事を聞かされ、()()()と呼ばれる王の存在も知ったらしい。

 

 そう語ったアズィールにシンは自分こそがその特異点であると伝え、神との決戦時に協力してもらう約束を交わした。

 

 ちなみにアズィールはアシュタロスの全身魔装を習得していなかった。魔装を完全に使い熟すには並々ならぬ修練と、使い熟せるだけの天性の才能、そして[魔力操作]の派生である[緻密操作]を習得しなければならない。[魔力操作]は持っているそうだが、今のところは武器化魔装で手一杯とのこと。尤も、武器化魔装が扱えるだけでも十分凄いのだが...............。

 

 その後シン達は、アズィール、ヴィオラと色々な事を話し合った。全身魔装習得についてや、アレックスが今何をしているのか、今後シン達がどう動くのかや、シン達が得ている神についての情報など。その会話の途中でシンとアズィールは意気投合し、半世紀に渡ってアズィールが身に付けた夜のテクニックをシンは伝授してもらった。妻が二人に増えたシンは、ロクサーヌと優花を満足させられる様に努力を惜しまない。そんなシンを隣で見ていたロクサーヌは内心で冷や汗を掻く。夜のテクニックが上がったシンによって、いつも以上に喘がされる自分を想像して。だが、少し期待している自分も居て、複雑そうにシンを見守っていた。

 

 話を終えた後、アズィールの計らいでロクサーヌ達のステータスプレートを作成してもらった。そのタイミングでシン達はヴィーネのステータスを拝見し、技能欄に[予知夢]がある事の確認も取れた。ステータスプレート作成後、魔物の素材を買い取って貰い、シン達は大金をゲットする。そのあとアンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンやビィズ、アイリーとの挨拶も手短に済ませ、ヴィオラに案内される形でちょっとしたアンカジ公国の観光をした。その行く先々でヴィオラは領民から元気良く挨拶をされ、彼女はそれに応えていた。ヴィオラが公国内でどれ程信頼に厚い女性で、人気があるのかを垣間見たのだった。観光がてら、レオニスは遂に念願のスイーツ巡りが出来てご満悦の様子。シンやロクサーヌ、ヴィーネも実に楽しい時間を過ごすことが出来た。

 

 そして観光を終えたシン達とヴィオラは、仕事を終えたスーシーと合流。そこにアズィールも無理矢理参加して来て、彼の制御役としてヴィオラも食事を共にする事になったのだ。

 

 話は冒頭に戻り、シンとアズィールは酒を酌み交わして大盛り上がり。スーシーは王都でシンと出会った事や、シンが当時何を行い、どれほど他の冒険者達に慕われていたかをロクサーヌとレオニス、そしてヴィオラに語り聞かせたりする。

 

 そこからさらに一時間後。

 

 アンカジ公国で作られた火酒を浴びる様に飲むシンは、自身が持つ技能も相まって、なかなかの酔いっぷりであった。呂律もだんだん回らなくなり、トイレに行こうとすれば体がフラつき、千鳥足になる。トイレから帰ってくるのが遅いと思えば、知らない人達の席に着き、まるで始めからそこで飲んでいたかの様に盛り上がっている始末。そのうえ知らない女性を膝に乗せて、ナチュラルに口説いていた。そこに何故かスーシーも参加し、シンの膝上に座っている。シンとスーシーの顔がかなり近い。どうやらスーシーも、お酒を飲んだ事で気分が高揚し、自制心が利かなくなっているらしい。

 

 そんなシンとスーシーを見て、レオニスが呆れた様に溜息を吐き、ロクサーヌがやれやれと言った面持ちで二人を迎えに行く。アズィールはシンのモテっぷりに感心し、ヴィオラは苦笑いを浮かべる。

 

 自分達の席に戻るようロクサーヌに言われたスーシーは、彼女に言われるまま元の席に戻って行く。一方のシンは、酔いと眠気で立つ事もままならなくなり、ロクサーヌがシンの体を支えた。

 

 

「すみません皆さん。シン様がもう限界みたいなので、私もここで失礼させていただきます」

 

「うん、分かったわ。後の事は私に任せてちょうだい。ここに居る酔っ払い二人は私が責任持って監督しておくから、気にせずゆっくり休みなね」

 

「ありがとうございますヴィオラさん。レオニスはまだ残りますか?」

 

「ああ。まだ食後のデザートを食べていないからな」

 

「そうですか。それでは皆さん、お休みなさい。シン様、行きますよ?」

 

「ぅ〜ん? あぁ............え〜っとぉ、お休み〜」

 

 

 ロクサーヌの挨拶に続いて、シンもアズィール、スーシー、ヴィオラ、レオニスに向かって挨拶をする。酒酔いで頬を鮮やかな赤に染め、ものすごく上機嫌そうな笑顔を席に座っているレオニス達に向け、手を振っていた。そんなシンの素振りにスーシーとヴィオラも手を振って返し、アズィールは名残惜しそうにしている。レオニスはロクサーヌと視線を合わせ、「シンの事は任せたぞ?」と目だけで語った。それに対してロクサーヌは無言で頷き返す。

 

 シンとロクサーヌのみが解散となったが、レオニス達の夜はまだまだ長いらしい。

 

 部屋に辿り着いたシンとロクサーヌ。着いて早々、シンはベッドに腰掛けるが、そのまま横になってしまった。

 

 

「もぉ、飲み過ぎですよシン様。ほら、衣服を脱がせますのでバンザイしてください」

 

「ぅ〜〜ん............ばんざ〜〜い」

 

 

 シンは重たい体をなんとか起こし、まるで寝起きの子供みたいに両腕を力無く掲げる。

 

 そんな彼を見てクスッと微笑みながら、ロクサーヌはシンの金属器と服を脱がしていく。その途中でシンの懐に居たバウキスが邪魔にならない様、ベッドの上に飛び移り、シンとロクサーヌのやり取りを見つめる。

 

 パンツ一丁にされたシン。ロクサーヌは脱がせたシンの服をハンガーに掛け、外されたシンの金属器はバウキスが[異袋]へと収納していく。そしてロクサーヌも服を脱ぎ、シンの衣服と同じ様に自身の服をハンガーを掛けた。

 

 下着姿になったロクサーヌはシンに抱き付き、そのままベッドに寝転がる。

 

 シンの右腕を枕にし、ロクサーヌは彼の横顔を見ながら口を開く。

 

 

「ふふっ、今日は一段とシン様の体が温かいですね。けど、飲み過ぎはいけませんからね? シン様は飲み過ぎると記憶を無くしますし、知らない女性を無闇に侍らせてしまうんですから」

 

「ぁ〜、わるい...........」

 

「ほんとに悪いと思ってるんですか〜、もぉ」

 

 

 ロクサーヌは若干拗ねた表情を浮かべながらシンのほっぺを人差し指でツンシンと数回突く。

 

 

「他の女性を口説くのは致し方無いとしても、お酒に酔って無闇矢鱈と侍らせるのは見過ごせません。優花が泣いてしまいますよ?」

 

「ぅぐぅ〜、ぜんしょする...............いまごろぉ、ユウカはどうしてるかなぁ〜?」

 

「心配ですか?」

 

「まぁ〜なぁ〜」

 

「大丈夫ですよ。今頃はきっと、カルロー村の時と同じ様にウルでの農作業を終えて、ぐっすり眠っている事でしょう」

 

「そう、だと.........いい、な...............zzz」

 

 

 とうとう限界に達したらしく、シンは静かに寝息を立てて眠りに落ちた。

 

 そんな彼を見て、ロクサーヌはさらにシンへと素肌を密着させ、瞳を閉じる。無意識に動いたシンの右腕に抱き込まれながら。

 

 その傍ら、バウキスはいつもの様にシンの腹上を陣取り、二人と同様に眠りにつく。だが今回は少し違うらしく、シンに抱かれて眠るロクサーヌが羨ましかったのか、バウキスは尻尾で彼の左腕を動かし、シンの左掌が自身の体を包み込む様にした。

 

 それから数時間後、シンとロクサーヌが完全に眠りに着いたタイミングで、バウキスは[異袋]から二つの装飾品を取り出した。一つは〝キマリスが宿る金の首飾り〟もう一つは蛇の装飾が施された指輪である。金の首飾りをシンの手に握らせ、指輪はバウキスの尻尾に嵌め込まれた。そしてバウキスは、カルロー村でシンと再会した日から()()試みている、()()()()()を始めたのだった..............。

 

 

 

............................

 

..........................................

 

........................................................

 

 

 翌朝。

 

 シンは自分の体にのし掛かる重さで目を覚ました。

 

 酒場での記憶が半分近く無いながらも、その重さの原因はおそらくロクサーヌだろうと踏み、重たい瞼を開ける。最初にシンの目に映り込んで来たのは、自分の右腕を枕にして横向きで寝ているロクサーヌの綺麗な寝顔だった。静かに寝息を立てる彼女の豊満な胸が、横向きとなっているため、谷間を強調されている。

 

 そこでシンは、ふと疑問に思った。

 

 ロクサーヌはシンの右隣で寝ている。右腕が彼女の頭の下に敷かれているが、()()のし掛かっている訳では無い。

 

 では一体、今も感じられる()()()()()()()の正体は..............?

 

 そう思い、シンの視線は自身の腹上に向けられる。

 

 するとそこには、青みを含んだ銀髪と白い肌を持つ女性が一糸纏わぬ姿でシンの体の上で寝そべっていた。

 

 

「うそん................」

 

 

 状況に理解が追い付かず、シンは素っ頓狂な声を漏らす。

 

 シンの頭の中では様々な考えが駆け巡っていた。この女性は何処の誰なのか? そもそも何故裸なのか? あれ、なんかヒンヤリして気持ちいいかも。いやいや、そんな事を考えている場合じゃない! もしかして、自分とこの女性は致してしまったのか? だがそんな記憶は...............酒で記憶が飛んでるから思い出そうとしても意味がねぇ!

 

 お酒で記憶が飛ぶのはこれで二度目。そして飲み過ぎた事を後悔したのも二度目。もう二度と、いや、もう三度と、酒を飲み過ぎない事を心に誓ったシン。だが、そんな誓いは酒呑みには全く意味無い事をシンはまだ自覚していなかった..........。

 

 シンがそんな誓いを立てていた時、寝ていたロクサーヌが目を覚ました。

 

 

「..........おはようございます、シンさ............................()()()()、これは一体どういう事ですか?」

 

 

 寝起きのロクサーヌは目元を擦りながらシンに挨拶する。しかし、すぐにシンの上に乗っている女性に気付いたロクサーヌは微笑みながらシンに問い掛けた。口角は上がっているが、目は全然笑っていない。

 

 

「落ち着け、ロクサーヌ。お前と俺は長い付き合いだ。なら分かるだろ?」

 

「..............つまり、私が寝ている間に知らない女性をお持ち帰りして来たと?」

 

「違う違う違うっ! そうじゃ無くてだな! 俺が記憶飛ばすぐらい飲んだ日は、決まってロクサーヌが俺を部屋に運ぶだろ? その後俺は一回も目を覚まさず超爆睡!気付いたら朝!これ鉄板!つまり、俺がこんな事を仕出かす余地は無い!」

 

「お酒で記憶が飛んでる人を信じろと?」

 

「そこは信じろよ! お前達の主を信じろって!」

 

 

 懸命に弁明を図るシン。しかしロクサーヌは未だにジト目をシンに送っていた。どうやらシンは、お酒と女に関しては全く信頼されていないらしい。解せぬ。ちなみに、後でレオニスに確認したところ、そこに関しては彼も同意見らしい。

 

 

「...............はぁ〜〜。まあ確かに、シン様が酷くお酒で酔っている時は、朝まで絶対に起きませんしね。それにシン様を部屋に送ってすぐ、私も一緒のベッドで寝ましたし、何かあればすぐに気付くと思いますが...........念の為––––––––––」

 

 

 そう言ってロクサーヌはベッドのシーツを捲って何か確認しながら、鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅ぐ。

 

 

「––––––––ベッドも汚れてませんし、事後の匂いもしませんね。寝ていた私の下にシン様の腕があった事も加味すると...............白です」

 

「だから最初からそう言ってるじゃん!」

 

 

 ようやくシンの容疑が晴れた。

 

 すると、シンの上に寝そべっていた白い女性が「う〜ん.............」と眠気を引きずる様な声を漏らし、ゆっくりと閉ざされていた瞼を開けた。

 

 その切長な瞳はまるで見た者を吸い寄せる空色の宝石で、()()()()を彷彿とさせる美しさがあった。

 

 そんな彼女の瞳から送られる視線とシンの視線がぶつかると、空色の瞳の彼女はおもむろにシンの顔に自分の顔を近付け、二つに割れた舌でシンの頬をペロっと舐めた。そんな奇行に走った彼女の左手の薬指には、見覚えのある形をした指輪が嵌め込まれている。

 

 それを見た瞬間、シンは直感で先程から()()()()()()()()()の名前を口にした。

 

 

「お、お前、もしかして〝()()()()〟.........なのか............?!」

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「...............つまり、二人が朝起きた時には、バウキスが()()()()していたと?」

 

「まあ、そういう事になるな」

 

 

 レオニスが簡単に話をまとめ、それに頷くシン。

 

 シン達は今、宿泊している宿を出て、朝食を摂るために喫茶店にやって来ていた。その喫茶店のテラスにある丸テーブルを囲むシン、ロクサーヌ、レオニス、ヴィーネ、そして謎の白髪着物美女。そして女性ウェイトレスに注文を終えた後、シンはレオニスとヴィーネに今朝起きた事を説明した。

 

 その傍ら、“謎の白髪着物美女” 改めバウキスは嬉しそうな表情を浮かべてシンの腕に抱き付いている。今バウキスが着ている白い着物は、昨日アンカジの観光をしていた際に見つけた衣服で、珍しくバウキスがシンにおねだりをして来たので買って上げた物だ。ゆくゆくはバウキスにも一度、[人化]を試し、着せて上げようと考えていたが、まさかシンが行動に移す前に、こんな形でバウキスが着物を着ている姿を見る事になるとは...............。

 

 

(にわ)かには信じられないな」

 

「貴方がそれを言いますか」

 

「いやまあ、その通りなのだが...............うーん、今なら親父の気持ちがなんとなく分かるな.............」

 

 

 レオニスの発言にロクサーヌがツッコむ。彼も[人化]をしている身だが、いざ見知った相手が人の姿を取っていると、なんとも言い難い複雑な気分になったみたいだ。自身の父レグルスがどんな心境だったか、なんとなく理解出来たらしい。

 

 まあレオニスの気持ちもわかる。朝、目が覚めたらバウキスが白髪のスタイル抜群な人妻風美女になっていたのだから。なんとも背徳感を唆る言葉だ。まぁ、正確に表現するなら未亡人風が適切だろうが..............いや、そんな事はどうでも良いのだ。

 

 するとヴィーネが、バウキスの姿を見て気になっていた事を質問した。

 

 

「バウキスさんが[人化]を成功させているという事は理解しました。ですがレオニスさんと違い、神代魔法が使われている様子は無さそうですが?」

 

「ああ。ヴィーネの言う通り、バウキスの[人化]は()()()()()()()()()()()。バウキス、説明してあげてくれ」

 

 

 シンがそう言うと、バウキスはシンの腕から名残惜しそうに離れ、「分かりました」と口にした。

 

 

「主人の言う通り–––––––」

 

「「主人?」」

 

「そこは触れなくていい.............」

 

 

 バウキスの言葉にレオニスとヴィーネが反応した。しかし話の腰が折れそうなので、シンはその説明を後回しにさせる。

 

 

「––––––––コホンっ..........シンさんの言う通り、私がこの姿に“変身”、そして維持出来ているのは神代魔法の力ではありません。これは、〝()()()()()()()()()()()()姿()〟なのです」

 

「眷属と、同化.............?」

 

 

 バウキスの言葉を聞き、レオニスは眉間に皺を寄せ疑問符を浮かべる。だがヴィーネは得心が行ったらしく「なるほど、やはりそうでしたか」と呟いていた。どうやらヴィーネは眷属同化について知っていたらしい。その上で、ある程度予想をつけていたのだろう。

 

 レオニスが口にした疑問点に、バウキスが答える。

 

 

「言葉通りの意味です。精霊(ジン)の眷属、つまり眷属器に宿る力と自身の肉体が同化し、人でも魔物でも無い、新たな生命として生まれ変わったのです」

 

「ん? ちょっと待て。お前はロクサーヌと違って、眷属器を持っていなかったはずだ。それがどうやって眷属と同化出来ると言うのだ」

 

「持ってましたよ。これがそうです」

 

 

 レオニスがそう問い掛けると、バウキスは左手の薬指に嵌められた、二匹の蛇を模して指輪をレオニスに見せた。

 

 

「いつの間に.............」

 

「正妃様が眷属器を披露なされた時から、毎夜こっそり身に付けていたのです。私もシンさんとの繋がりが欲しかったので...............そのおかげで、私は〝キマリス〟の眷属と同化を果たせました。尤も、この同化も()()()な物ですが」

 

「どう言うことだ?」

 

「それに関しては俺から説明する」

 

 

 バウキスが放った〝同化も不完全〟と言う言葉にレオニスが顔を顰める。そこでシンが、バウキスの言葉に補足を付け加えた。

 

 一つ、眷属との同化は強力ではあるがリスクを伴う。

 

 一つ、完全な同化を果たせば、理性を失い、言葉も話せず、完全な獣になってしまう。

 

 一つ、同化には、力に対する強い渇望、もしくは激しい感情の発露が必要で、バウキスが人の姿に留まることが出来たのは、彼女が保有する魔力操作の派生技能[性質変化]と強い精神力があってのものらしい。そして完全な同化にならずに済んだのは、彼女の卓越した魔力操作が大きな要因だったそうだ。

 

 それらの情報をシンは今朝、〝キマリス〟とバウキスの口から直接聞いた。規格外の魔力量を誇るシンは精霊(ジン)の顕現化も可能とする。しかし魔力消費が尋常では無いので滅多に使用しないが、今回は特例だ。

 

 そして、先程補足にあった[性質変化]とは読んで字の如く、自身の魔力性質を変化させる魔力操作の派生技能。感知した魔力に自身の魔力を同質の物へと変化させたり、大気中の魔力と同化させる事で魔力感知をすり抜ける事も出来る。ちなみに、バウキスが[性質変化]を会得したのは、カルロー村に行く前、シン達と別れ、ヴィーネと行動を共にしていた時だったらしい。過去、シンが全身魔装をする度にバウキスはシンの懐から弾かれていた。それがバウキスには我慢ならなかったらしく、ヴィーネと行動を共にし、彼女の全身魔装に意地でも張り付き続けた結果、バウキスは全身魔装時に弾かれずに済む[性質変化]を会得した。つまり[性質変化]で魔装した相手の魔力に合わせて、自身の魔力を同化させたのだ。そうすれば、同化した相手の一部と判断され、全身魔装から弾かれる事も無い。シンの懐を離れずに済むと言うわけだ。

 

 それを聞いたヴィーネは、まさか自分に着いて来てくれた動機が、〝シンの懐から弾かれるのが嫌だったから〟と言う理由だとは思っていなかったらしい。

 

 シンが補足を終えたタイミングで、注文していた人数分の朝食と飲み物が女性ウェイトレスによって卓上に並べられた。一応言っておくが、女性ウェイトレスにシン達の会話は聞かれていない。シンが[認識阻害]を施して居るため、話し声が聞こえていても、その内容を後ウェイトレスが思い出すことは出来ない。もちろん通行人や、テラス席に座っている他の客も。

 

 目の前に置かれたティーカップをシンは手に取り、カップに注がれた紅茶に口につける。その動作に一切の淀みは無い。

 

 口内と喉を潤したシンはカップをソーサーに置き、再び口を開いた。

 

 

「今回バウキスは眷属との同化をある意味成功させたが、他の者がそれを可能に出来るとは限らない。同化にはリスクがある。それが分かった以上、俺の許可無く眷属と同化する事は許さない。分かったな、ロクサーヌ?」

 

「はい、分かりました」

 

「レオニスもだ。お前はまだ眷属の力に目覚めていないが、今後発現しないとは限らない。バウキスも、これ以上の同化は認めない。いいな?」

 

「ああ、心得た」

 

「分かりました」

 

 

 三人はシンの言葉に従った。

 

 同化の力は強力だ。〝キマリス〟から聞いた限りでは、カタルゴ大陸で生息する魔物以上の力を発揮するらしい。エヒトと戦う際に戦力は多いに越した事はない。しかし、仲間を理性の無い獣に変えて得る勝利などシンにとっては意味が無く、それ以上にとても悲しい結末だ。そんな物をシンは望まない。もし力が足りないと言うのなら、その分自身が力を付ければ良いだけのこと。

 

 シンは心の中で、〝ゼパル〟と〝クローセル〟の全身魔装を早々に完成させようと思い至った。

 

 

「さて、今朝起きた事に関しては粗方話し終えた。何か質問がある奴はいるか?」

 

 

 シンはロクサーヌ達にそう問い掛けた。

 

 するとシンの隣に座っているロクサーヌが「はい、シン様」と口にして、ビシッと手を挙げた。まるで教室に一人は居そうな優等生キャラ風な挙手の仕方である。

 

 

「はい、ロクサーヌくん」

 

「バウキスをシン様の側室に加えたいと思います!」

 

「..............え? 今それ関係ある?」

 

「大いにあります!シン様は、バウキスが自身の側室に加わる事を拒むのですか?」

 

「そうなのですか、シンさん? 私のこの姿は、シンさんのお気に召しませんか?」

 

「いや、そう言うわけでは...............」

 

 

 ロクサーヌとバウキスがシンに詰め寄る。二人の美女に迫られ、シンは困り顔を浮かべていた。しかもバウキスがシンの左腕を先程より強く抱き寄せた事で、彼女の豊満で柔らかい立派なお胸が押し潰されている。その感触がシンの判断力を鈍らせる。くっ! バウキスめっ、ロクサーヌに負けず劣らずのモノを身につけたな..............!

 

 

「ではシン様、バウキスを貴方の側室に加える事をお認めになるのですね?」

 

「みと.............ぅぐっ...............はい」

 

 

 シンはあっさり認めた。バウキスに好意を向けられていた事は以前から気付いていたし、今更彼女を手放すつもりは無い。しかし––––––––

 

 

「––––––––好きか嫌いかと訊かれれば好きだと断言出来る。手放す気も毛頭無い。だが、ロクサーヌや優花に向ける様な愛情があるかと問われたら...........正直、答えるのは難しい。今までバウキスに向けていた感情は、そういう物じゃなかったらな」

 

「確かに、それは当然の事でしょう。なので今日一日、シン様とバウキスには愛を深めていただきます。私とレオニス、ヴィーネは席を外しますので、その間お二人が、どこで何をしていようと............そう! ドコでナニをしていようと! 私は全てを容認します.............チラッ」

 

 

 えらく後半の方を強調するロクサーヌ。彼女はバウキスに目配せをし、何かを訴え掛けていた。するとバウキスは、ハッ!とした表情を浮かべ、ロクサーヌの意図に気付いたらしい。

 

 

「分かりました正妃様。今日中にシンさんの心を射止めて来ます!」

 

「頼みましたよバウキス。 後程、結果を報告してください。それ次第で今後の方針が変わりますので」

 

「はい。お任せ下さい!」

 

「お前ら一体なんの話をしてんだ?」

 

 

 二人の会話の意味が全く読めないシン。ヴィーネもシンと同様に、ロクサーヌとバウキスのやり取りに疑問符を浮かべていた。しかしレオニスはなんとなく察しがついた。

 

 レオニスとバウキスは、ロクサーヌの “とある悩み” を知っている。いや、“悩み”と言うより“計画”と呼ぶべきだろう。ロクサーヌはその“計画”にバウキスを加え、彼女の戦力を測ろうとしている。なんの戦力かって? 決まってるだろ...............夜の! アレ的な意味での戦力をさ!

 

 そしてロクサーヌの脳内にはある考えが浮かんでいた。

 

 

(確か蛇の交尾は長い時間行われると聞いた事があります。つまり長期戦にも耐えうる体力があると言うこと...............私と優花、トレイシー、そこにバウキスも加われば、シン様の無尽蔵とも言える性欲を抑えることがきっと出来る筈です...............!)

 

 

 なんて事をロクサーヌは考えていた。

 

 ロクサーヌを筆頭に、強大な力を持つ巨竜に立ち向かう女勇者達が着々と集まっている。ロクサーヌ一人では歯が立たず、優花と二人がかりでも力及ばなかったシンの性欲化物っぷり。トレイシーは未参戦だが、その前に強力な助っ人バウキスが参戦してくれた。

 

 これなら勝てるっ!と勝機を見出したロクサーヌ。

 

 しかし、残念ながらロクサーヌの考えは甘かった。

 

 朝食を終えた後、バウキスに連れられてシンは宿に戻って行く。二人が宿に戻っている間、ロクサーヌはレオニスとヴィーネの三人で買い物をしたり、優雅に喫茶店でお茶を飲んでいたのだが..............ロクサーヌが宿に戻りシンの部屋を訪ねた時、ロクサーヌは問答無用でシンに部屋の中へと引き摺り込まれ身ぐるみを剥がされる。バウキスは既にダウンしており、何故かスーシーも疲れ果てていた。そして部屋の中には空になった火酒の瓶があった。どうやらスーシーが火酒を持ち込み、それを飲んだシンは歯止めが利かなくなったらしい。

 

 まあ結果だけを言えば、まだまだ巨竜を制圧するには戦力が足りず、ロクサーヌも二人と同様に撃沈したのであった。

 

 という事で、シンは〝バウキス〟を三番目の妻として迎え入れ、〝スーシー〟は四番目の妻(現地妻)となった。

 

 一日で二人も妻をゲットしたシン。バウキスは兎も角、スーシーまで抱いてしまった事には流石のシンも頭を抱えた。まあ、やってしまった事はどうしようも無い。とうとうスーシーまでも虜にしてしまったシンは責任を取ると誓った。

 

 やはりシンにとって鬼門となるのは酒と女であった..............。

 

 




ということで、着々と嫁を増やしていくシンでした。眷属と同化を果たしたバウキスまで嫁をしたシン。そしてスーシーを本気にしてしまったシン。ロクサーヌの巨竜討伐はまだまだ遠い道のりとなりそうです。


補足


『登場した人物』

「バウキス(眷属同化状態)」
・〝キマリス〟の眷属と同化し、人の姿となったバウキス。身長はロクサーヌに若干劣るが、スタイルは良く、綺麗な青みがかった銀髪と空色の宝石の様に輝く瞳、そして整った顔立ちをしている。白を基調とし、水色の雪の結晶模様が衽に施された着物と、水色の半衿、ピンク色の帯、水色の帯締めを身につけた美しい和服姿。その佇まいと整った容姿、そして纏う雰囲気は、まるで熟れた人妻感を演出している。
(イメージは“ぷぅ崎ぷぅ奈”先生作、「未亡人の雪女」に登場する“雪乃深冬”です。※注:R18作品のキャラですので、あしからず..............)


『登場した天職』


「剣聖」
・アズィールの天職。特殊な天職で、歴史上この天職になった者はアズィールただ一人。聖剣を扱える事にも多少は関係がある。剣に関わる事全てに適性を持ち、[勇者]の下位互換として存在する。


『登場した技能』


「聖剣適性」
・文字通り聖剣を扱える適正を示す技能。勇者が聖剣で出来ることの大半が可能となる。先代勇者の末裔としての才能が色濃く写った技能である。


「性質変化」
・バウキスが保有する魔力操作の派生技能。魔力の性質を自在に変化させられる技能で、ヴィーネと行動を共にしていた際に発現した物。[魔力感知]とその派生である[特定感知]を持つバウキスは、感知した魔力に合わせて自身の魔力を変化させることが出来る。大気中の魔力を感知し、それと同化することで、他者の魔力感知をすり抜ける事ができる。


『登場したジン、または眷属』


【アシュタロス】
・アズィールの仕込み杖に宿り、青い火を操る精霊。現状アズィールは〝アシュタロス〟の力を十全には振るえおらず、武器化魔装が限界らしい。


【キマリスの眷属】
・バウキスの左手の薬指に宿っている。眷属同化をした現状、指輪を外す事は出来ず、二度と白蛇には戻れないが、彼女が元々持っていた「蛇竜化]という技能のおかげで蛇に近しい姿を取る事は出来る。同化の証として、バウキスの両足には蛇の鱗の様な模様があり、青みがかった銀髪は蛇の様に自在に動かす事が出来る。そして、その気になれば..............。



『登場した用語』


【眷属同化】
・ジンの眷属と同化する事によって強力な力を得る事ができる、眷属器使いの最終奥義。長い年月で培ったバウキスの卓越した魔力操作と[性質変化]、そして強靭な精神力によって人の姿になれたが、他の者だとそうは行かない。肉体は獣に近しい物へと変貌し、同化の深度が深まる程、理性は失われていく。その分強大な力を発揮する。


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グリューエン大火山


最近忙しすぎて作品に集中出来てない(泣)

あと外と部屋が暑すぎて頭が全然回らない、扇風機は回ってるのに............。




 

 アンカジに来て三日目の朝。

 

 シン達一行は予定通りアンカジを出立し、大砂漠を越え、三つ目の大迷宮、〝グリューエン大火山〟にやって来ていた。

 

 砂漠を越える際、シン達はアンカジに行く時と同様に赤獅子の姿に戻ったレオニスの背に乗り、吹き荒れる砂塵をシンが[力魔法]でガードする。と言っても、アンカジに赴いた時とは状況が異なり、いつもはシンの懐に居る筈のバウキスは、和服美人となってシンの隣で鎮座していた。愛しい男性の片腕を嬉しそうに抱き締めながら。もう片方の腕はロクサーヌが抱き締めていた。シンに甘々なバウキスと張り合うように。布越しからでも伝わる二人の豊満な乳房の柔らかさ。湧き上がる煩悩を払拭しようと、菩薩の様に悟りを開くシン。我無也、我空也、おっぱいは二也.............これっぽっちも煩悩を捨て切れていなかった。

 

 そんな煩悩まみれのシンは、昨日の事を振り返り、頭の中で独り言ちる。

 

 

(しっかし........成り行きとは言え、あのスーシーが俺の妻になるとはな〜。まあ、あいつは“現地妻”って形で収まったけど)

 

 

 話は遡り、昨日の事だ。

 

 バウキスとシンが昼夜を問わず肉欲を満たし合い、そこにスーシーも巻き込まれ、最後にロクサーヌも参戦した昨日。話し合いの結果、シンはバウキスを三番目の妻に迎え入れる事にした。そしてもう一人、理性が吹っ飛んだシンの獣欲に呑み込まれたスーシー。ロクサーヌはスーシーもシンの妻として迎え入れるべきだと提案したが、スーシーは“自分には荷が重い”と言って断った。だがシンに対して本気になってしまった自分が居るのは事実。他の男性と恋をする事はもう出来ないと、スーシーは自覚していた。そこでスーシーは自分を“ロクサーヌ達公認のシンの愛人”にして欲しいと願った。ロクサーヌの様に魔物と戦う力も、()()()()()()()()()()()()()も無いスーシーには、シンの提案を受け入れる資格が無いと、そう自覚していた。ならせめてロクサーヌ達の二の次で良いから、シンが自分の元に訪れた際、一時の安らぎと幸せを得るため、彼の時間を少しだけ分けて欲しいと切実に願ったのだ。責任を取るつもりで居たシンは渋い顔をしたが、ロクサーヌの許可が下りた事で、スーシーを四番目の妻(現地妻)という形に収まった。正式には妻では無いスーシーを“四番目の妻”と言い表しているのは、シンなりの気持ちの現れである。

 

 そして今朝、シン達一行はスーシー、アズィール、ヴィオラの三人に見送られながら、大火山へと出立した。ちなみにスーシーは予定されていた公国支部での仕事を昨日終えたらしく、今日中にはアンカジを出立し王都に戻るそうだ。

 

 そんな昨日と今朝の出来事を思い出していると、シン達一行は、巨大積乱雲の如く、舞い上がり、大火山をすっぽりと覆い隠す砂嵐を潜り抜け、グリューエン大火山に到着した。砂嵐を越える途中、何度かサンドワームに襲われたが、シンとレオニスが苦も無くあっさり屠って行った。

 

 そしてシン達は大迷宮の入り口である大火山の頂上を目指す。入り口へと続く道は頂上に向かうほど道幅が細くなり、大火山の中腹部でレオニスは[人化]し、シン達一行は徒歩で登って行く。

 

 

「ぅぅっ、蒸し暑いです.............」

 

「これぐらいで根を上げてどうするバウキス。お前はシンに[環境耐性]を付与して貰っているだろう?」

 

「それは、そうですけど..........」

 

 

 蒸し蒸しとした火山の熱気に当てられ、愚痴をこぼすバウキス。そんな彼女に喝を入れる様にと促すレオニス。

 

 レオニスの言う通り、シンはバウキスに[環境耐性]を付与しおり、それはロクサーヌとヴィーネも同じであった。レオニスは平気らしいので、魔力を温存する為、シンの付与無しで歩いている。

 

 

「確かバウキスは、昔師匠と一緒に大火山の大迷宮を攻略したはずでは?」

 

「いえ、あの時私と亡き夫は大火山の大迷宮に挑戦していません。雪蛇ではある私達ではこの大火山の熱気に耐えられませんから、大砂漠の手前で待機していたのです」

 

 

 バウキスは、ロクサーヌに説明し始めた。

 

 バウキスが持っている[異袋]と言う固有魔法は、グリューエン大火山で手に入る神代魔法〝空間魔法〟の付与によって獲得した物。バウキスはロバートとガイルが大火山を攻略し終えた後に彼等と合流し、ガイルの〝変成魔法〟と〝空間魔法〟によって固有魔法[異袋]を手に入れたそうだ。

 

 つまり、今回挑む大火山の大迷宮は彼女にとっても初見なのである。

 

 

「今は眷属と同化した事で耐性も上がり、シンさんが[環境耐性]を付与してくれているおかげで、なんとか暑さに耐える事が出来ていますが..................まさかここまで暑いとは思ってもいませんでした」

 

 

 シンに[環境耐性]を付与して貰っているにも関わらず、肌で感じる熱気が頬から首筋へと汗を伝わせ、バウキスは吐息混じりの呼吸をし、項垂れながら歩みを進める。眷属と同化したことで耐性は上がってるみたいだが、元々暑さに弱い体質であるのは変わらないらしい。シンが[環境耐性]を付与していなかったら、まともに歩けていなかったかも知れない。カルロー村の温泉は平気そうだったが、温泉と外気では感じる暑さが違うようだ。

 

 

「一応バウキスには[環境耐性]を重ねて付与しておこう。ロクサーヌとヴィーネも無理そうなら遠慮無く言ってくれ」

 

「「分かりました」」

 

 

 シンはバウキスに[環境耐性]を重複付与しながら二人にそう伝えた。[環境耐性]×[重複付与]のお陰で、バウキスの顔色は良くなり、足取りが軽くなった。どうやら[環境耐性]の重複付与が効いたみたいだ。これなら問題無く進めるだろう。

 

 

「レオニスは............大丈夫そうだな」

 

「ああ。この程度の暑さはどうって事も無い。カタルゴ(故郷)の熱帯林と比べたら涼しいものだ」

 

「フッ、そいつは頼もしい限りだ」

 

 

 そうしてシン達一行は大迷宮の入り口へと続く道を進み、ついに頂上へと到達した。そして目の前には火山の中へと続く大迷宮の入り口がある。

 

 

「よし、お前達、気を引き締めて行くぞ」

 

「はいっ!」

 

「ああっ!」

 

「分かりました!」

 

「ええっ!」

 

 

 シンの号令に、ロクサーヌ、レオニス、ヴィーネ、バウキスが返事をする。

 

 三つ目の大迷宮 “グリューエン大火山”、ここで得られる神代魔法はすでに把握している。それを得るため、シン達は攻略を開始した。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 大迷宮の入り口から下り、下の階層へと進んでいくシン達。

 

 まるで幾本も走る川の様に赤熱するマグマが宙を流れ、そこから滴るマグマの雫や、地面から噴き出すマグマを避けながら、シン達は下層を目指す。[環境耐性]付与のお陰で大火山内でも彼らは自由に行動が出来ていた。

 

 すると八階層に到着したシン達は、第一村人ならぬ第一魔物を発見!

 

 あ!野生の“マグマ牛”がとびだしてきた!

 

 するとバウキスが、あまりの暑さで醜態を晒した事を帳消しにし、シンに良いところを見せようと開幕速攻を仕掛けた!眷属と同化した事でより一層強力になったバウキスの氷魔法、それによって生み出された巨大な氷の大蛇。それを見たシン達が「おお〜!」と感嘆の声を漏らす。そして氷の大蛇は溶岩を纏い赤熱するマグマ牛を飲み込まんと、大きな口を開き、一直線に向かって行く。そこでシンは次に起こるであろう現象をいち早く察知し、[力魔法]で生み出した透明な壁を彼女達の前に展開した。

 

 何が起こるかって?

 

 超高温に熱せられた溶岩の塊に超低温の氷塊。それらがぶつかれば––––––––––

 

〝ドガーーーーーッン!!!!〟

 

––––––––––爆発が起こるのは必然であった。

 

 バウキスが生み出した氷の大蛇がマグマ牛を飲み込んだ瞬間、マグマ牛に触れている部分の氷が一気に気化し、マグマ牛諸共木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 効果は抜群だ!

 

 爆音を轟かせる大爆発の余波がシン達にも届くが、あらかじめシンが[力魔法]の防護壁を張っていたおかげで被害は一切無い。

 

 水蒸気爆発なんて物を知らないロクサーヌ達には、バウキスの魔法の威力が途轍もない物に見えたらしく、彼女達はその爆発を目の当たりにして唖然としている。魔法を放ったバウキス本人ですら「うそ.........」と驚いている始末だ。

 

 眷属との同化後初の実戦をあっさり終えたバウキス。そんな彼女にシンは、何故あれ程の爆発が起きたのかを説明し、次からは手加減するようバウキスに注意を促した。

 

 張り切っていたバウキスは途端に落ち込み、「次からは気をつけます..........」と十分に反省の色を見せた。表情をコロコロと変える彼女を見て、シンは「しょうがない奴だ」と眉を下げながら微笑み、バウキスの頭を撫でる。

 

 

「同化して初の戦闘なんだから、力をセーブ出来ないのは仕方ない。それに、こういう事もあるって学べたんだから、次から気をつければ良いだけの事さ。だからそう気を落とすな」

 

「シンさん...............ありがとうございます」

 

 

 シンに頭を撫でられながら励まされるバウキス。そんな彼女は、シンに頭を撫でられて嬉しそうにしている。

 

 ちなみにヴィーネの金属器もまた、バウキスの体質と同様に大火山内の環境によって影響を受けていた。ヴィーネの金属器〝ヴィネア〟の能力は水を操るもの。このグリューエン大火山では、大気中から水を集めることもままならず、集まったとしても、その途端に蒸発してしまう。勿論、魔力で水を生成する事も可能だが、魔力の消費量が馬鹿にならないので、それは極力控えたいらしい。と言っても、ヴィーネには〝武器化魔装〟があるため、水に頼らなくても十分戦えるそうだ。

 

 その後、シン達はどんどん下層へと降りて行き、その都度魔物と会敵し、あっさりと倒して行く。

 

 シンの直感のおかげで、一行は一度も行き止まりにぶち当たる事無く進めていた。ロクサーヌ、レオニス、バウキスの三人は彼の直感を信じて進む。ヴィーネはシンが当てずっぽでどんどん進む事に何か言いたそうにしていたが、シンの直感力が埒外の力であると悟り、感心しているのか、それとも呆れているのか分からない溜息を漏らす。

 

 そしてシン達は二十五階層に到達し、マグマに襲われない安全地帯を発見したところで一度休憩を挟む事にした。魔物に襲撃されないようシンが[認識阻害]の結界を張り、一行は軽い食事と水分補給を行う。レオニス以外のメンバーに施した[環境耐性]も、効力が切れる前に再度付与し直していく。

 

 するとレオニスが水を頭から被り、体を冷ましたながら口を開いた。

 

 

「だいぶ進んだと思うが、あとどれくらい階層を下るんだ?」

 

「そうだなぁ、大火山の標高から考えて半分近くは降りた筈だから、残りの階層は大体“三十”ってところだろう。ロンさんの話によると、麓辺りで神代魔法を獲得したらしいからな」

 

 

 レオニスの問われたシンがそう答えた。

 

 ロバートが亡くなる前、シンはロバートからグリューエン大火山にある大迷宮について話を聞いていた。そこで得られる〝空間魔法〟の詳細や、魔物の傾向、そして大迷宮内の大雑把な地形と規模を。何階層あるのかは具体的に明言されなかった。「数える余裕が無かった」とロバートは言っていたが、大体麓辺りに解放者の隠れ家があると聞かされていたので、それを元にシンは大雑把な予想を立てる。

 

 それを聞いていたヴィーネがシンの予想に同意しながら口を開いた。

 

 

「進さんの予想通り、グリューエン大火山は全部で五十五階層に区分されています。そして五十五階層目に在る溶岩の海、そこに〝ナイズ・グリューエン〟の住処があり、この大迷宮の最終試練が行われます」

 

「試練の内容は?」

 

「そこまではミレディから聞かされていないので分かりません。ですが“大迷宮のコンセプト”を考えるなら、その内容も多少は予想がつきます」

 

「コンセプト、ですか?」

 

 

 ヴィーネの言葉を聞き、ロクサーヌが訊き返す。するとヴィーネが答える前に、食事を終えたシンが彼女に代わって説明し始めた。

 

 

「ロクサーヌ、大迷宮は神に挑む為の試練として存在している..........それは分かるよな?」

 

「はい。ミレディを筆頭に、解放者達がこの世界をエヒトの支配から解放するべく後世に残して物だと理解しています」

 

「その解放者側からすれば、他の大迷宮と試練の内容が被るようじゃ試す意味が無いだろ? なら、それぞれの大迷宮には意図、つまり神に挑む為、挑戦者を試す基本理念(コンセプト)があるわけだ。 例えば“ライセン大迷宮”、あそこは魔法を封じて適応能力や状況判断を問う場所で、“氷雪洞窟”は厳しい環境下で己を見つめ直す場所だった。そして今回の“グリューエン大火山”は、忍耐力と思考を鈍らせない臨機応変な対応力、その是非を問う、もしくは鍛える場所って事だ」

 

「なるほど、言われてみれば確かにその通りでしたね」

 

「では、今回の最終試練の内容とは一体............」

 

 

 バウキスがシンに問い掛けた。自然とロクサーヌとレオニス、そしてヴィーネの視線がシンに集まり、彼の答えを神妙な面持ちで待ち構える。そんな彼女達の視線を一身に受け、シンは腕を組みながら不敵に笑みを浮かべ––––––––

 

 

「分からん!」

 

「「「「..........................」」」」

 

 

––––––––清々しい程にえらくあっさりした様子でシンは答えた。そんな彼を見てロクサーヌ達は固まっている。

 

 

「考えたところで、所詮は予想に過ぎない! なら実際にそこまで行って確かめれば良いだけのこと! 未知を堪能するのもまた冒険の醍醐味ってことさ!」

 

「つまり、進さんが言いたい事は..........?」

 

「分かんないけど、なんとかなる!ってことだっ!」

 

「ちなみに、その根拠は..........」

 

「〝勘〟だ!」

 

 

 ヴィーネの問い掛けに快活に笑って答えるシン。そんな彼を見て、ヴィーネは唖然としていた。しかし、ロクサーヌ達は違う。

 

 

「.................フッ、クククっ..........そうだな、お前はそういう奴だった。未知を堪能、か..........良い言葉だ」

 

「まったく、貴方って人は..............ふふっ」

 

「それで今までなんとかして来たんですから、流石は私達の〝王〟ってことですね」

 

 

 レオニス、ロクサーヌ、バウキスがくすくすと笑いながら納得の表情を見せていた。彼女達にとって、シンの〝なんとかなる〟と〝勘〟はどんな言葉や振る舞いより信頼に値し、彼と、その臣下である自分達の強さを示す言葉。そんな言葉を聞かされたら、彼女達は応えずにはいられないのだ。まあ、それに振り回されてる節は否めないが............それもシンが持つ魅力の一つでもある。

 

 ヴィーネはそんなシン達を見て、仮面の下で細く笑んだ。

 

 

(そうでしたね。要進(この人)はそういう人でした............だからこそ私は––––––––!)

 

 

 臆せず進もうとするシン達に倣い、ヴィーネもまた、“自身の願い”を成就させるべく、より強固に決意を固めた。だがこの瞬間だけは、この頼もしい仲間達と共に冒険出来る幸せを噛み締めるのだった。

 

 休憩を終えたシン達は再び最下層に向かって進み始めた。

 

 下層に降りて行くほど熱気は増し、流石のレオニスも汗を掻き始めるが、シンの[環境耐性]が必要な程では無いらしい。

 

 魔物の出現頻度も増して行く。その上、魔物のバリエーションも多彩になり、溶岩を泳ぐ大蛇や、マグマを翼に纏わせた蝙蝠、溶岩に擬態する巨大なカメレオンモドキ、火を吐く大蜥蜴などが単体から複数体と襲ってきた。と言っても、それらに突出した強さは無く、マグマに逃げようとしてもシンが[力魔法]で捕え、レオニスやロクサーヌ、ヴィーネがトドメを刺す。バウキスも積極的に戦闘に参加し、氷魔法の練度を高め、力加減もだいぶ上手くなっていた。正直に言って、シン達が苦戦を強いられる様な相手では無かった。

 

 そして、シン達がグリューエン大火山の最深部、五十五階層に続く下り階段の前に到着し、その階段を降りる直前でシンの足が止まった。

 

 

「どうされましたか?」

 

「..........................」

 

「シン様?」

 

 

 ロクサーヌの言葉に反応を示さないシン。そんな彼を怪訝そうに見つめるロクサーヌとレオニス達。

 

 するとシンは自身の鳩尾部分に当たる服を片手で握り込んだ。

 

 

()()()()()............まさかとは思うが、()()()()()()()............?)

 

「シン様、大丈夫ですか?」

 

「胸が痛むのですか.........?」

 

 

 シンが思考がそんな事を考えていると、ロクサーヌとバウキスが心配そうに彼の顔を覗き込んだ。二人の目には、シンが胸を押さえ苦しんでいる様に見えたらしい。

 

 そんな二人の様子を見て、シンは笑って見せた。

 

 

「心配しなくても大丈夫だ、別に体の調子が悪いわけじゃ無い。ただ、“気合を入れ直すべき”だと思っただけだ」

 

「シン、何か感じたのか?」

 

「............ああ、おそらくこの先に“何か”が居る。そしてそれは間違い無く俺達の“敵”だ。–––––––––〝傷跡が疼く〟」

 

「「「––––––––ッ!!」」」

 

 

 レオニスの問いに答えたシン。そして彼が口にした〝傷跡が疼く〟という言葉。それが何を意味しているのかロクサーヌ、レオニス、バウキスはすぐに理解した。そして、殺気混じりの闘気を鋭く研ぎ澄ませながら、表情を険しくさせるロクサーヌ達。そんなロクサーヌ達の殺気を感じ取ったヴィーネもシンの言葉の意味に気付き、思わず生唾を飲み下す。人外級の隔絶した強さを誇る〝王の臣下達〟が放つ殺気。それを間近で感じ取れば、流石のヴィーネとて緊張で体を強張らせてしまう。

 

 

「落ち着けお前達。まだ居ると決まった訳じゃないぞ?」

 

「ですがシン様の〝勘〟が外れるとは思えません」

 

「だな。お前がそう言うのだから、間違いなく居るだろう」

 

「では、加減は不要と言う事ですね」

 

 

 ロクサーヌが魔剣の柄に手を置き、手の甲からバチバチッと青白い雷を僅かに放電させる。針の様に瞳孔を細めるレオニスは指をポキポキと鳴らし、バウキスの全身から冷気を漏れ出していた。

 

 

「まったく、頼もしい奴らだ............なら、準備はいいか?お前達」

 

「はいっ!」

 

「ああ!」

 

「ええ!」

 

「いつでも!」

 

 

 シンの問い掛けに、ロクサーヌ、レオニス、バウキス、ヴィーネが応える。

 

 そして彼等は五十五階層へと続く階段を降りて行った。

 

 階段を降り切った先には、一面溶岩で埋め尽くされた広大な空間があった。ライセン大迷宮の最終試練の間よりも空間全体が広々としており、溶岩で削り取られたのか、この空間を囲う岩壁は歪な形をしていた。埋め尽くされた溶岩は、先にヴィーネが伝えていた通り、“溶岩の海”と例えて申し分無い光景である。

  

 そんな赤熱する海には()()()()()()。在るのは溶岩の海から突き出た小さな岩の山で、それが複数点在しているのみ。ヴィーネの話によれば、溶岩の海に〝ナイズ・グリューエン〟の住処があるそうだが、それらしき物は全く見当たらない。

 

 だが、そんな事よりもシン達が一番に視線を向けるべきモノがある。

 

 シン達が立っている岩場より遥か頭上、そこには銀髪に白い衣と銀の鎧を纏い、()()()()を広げて佇む〝十人〟の女達が居た。彼女達は体型から服装、顔の形まで全てが同じである。

 

 そんな彼女達のたった“一人”を真っ直ぐ見つめ、シンは口を開いた。

 

 

「久しいなぁ。“あの時”は随分と世話になったが、まさかこんな所で再会するとは思っても見なかった。–––––––お前もそう思うだろ?〝()()()()〟」

 

 

 シンに声を掛けられた銀髪の戦乙女(ワルキューレ)の一人〝ノイント〟は、苦々しそうに眉の間に皺を作り、シンを見下ろす。どうやらシンの皮肉が効いたみたいだ。

 

 するとノイントの横に居る同じ顔の女が口を開いた。

 

 

「まさか本当にあの“異端者(イレギュラー)”が生きていたとは............失態ですね、“九番(ノイント)”。主の命を真っ当出来ない道具など、存在する価値がありません。あの者の生存を報告して来た()()()()の方がまだ道具として使えますよ?」

 

「..............申し訳ありません、“七番(ズィープト)”」

 

 

 どうやら、ノイントの隣に居る同じ顔の女の名前は〝ズィープト〟と言うらしい。

 

 現在ノイント顔の“神の使徒”は彼女達を合わせて十人居るが、おそらくそれぞれで個体番号が違うのだろう。そして番号が若い順で何かしらの序列があるのかも知れない。先程から会話しているのはノイントとズィープトだけで、残りの八人は微動だにしていない。まるで命令が下るのを待っている機械兵の様である。その様子から察するに、おそらくズィープトが指揮官であり、ノイントが副官と言ったところ。エヒトがノイント顔の兵隊をどれだけ作ったかは知らないが、最低でもあと六体は同じ様な存在が居ると仮定して良いだろう。尤も、その程度の数で収まりがつくとは思えないが..............。

 

 現状得られる情報で簡単に考察するシン。そんな彼にはもう一つ気になる事があった。

 

 

(“駒”、ねぇ..............ズィープトの口振りから察するに、俺達の事をノイントに報告した“誰か”が居るって事だよなぁ。それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()..............てことは、俺の事を知らなかったカルロー村やアンカジの住人じゃあ無いな...........あまり考えたくは無いが、先生達(アイツら)の中にスパイが居る可能性もあるって事か.............)

 

 

 ズィープトが発言した“駒”と言う言葉。それについてシンは考えを巡らせていた。

 

 そのスパイが“洗脳”されているのか、或いは自分の意思でノイントに従っているかは定かでは無いが、放置する訳にはいかない。しかし、それが誰なのか分からない現状では手の尽くし様も無いし、ノイント達が簡単に口を割るとも思えない。

 

 ではどうするか?

 

 そこでシンはある考えを思いついた。相手が“洗脳”を使うのなら、こちらも“洗脳”を使えば良いではないか、と。

 

 だがそれを成すためには、未だ完成していない二つの〝魔装〟の内、一つを完成させなければならない。それも、今この場で。

 

 

(まあ、なんとかなるか..............)

 

 

 楽観的な考えかもしれないが、シンには自信があった。

 

 するとロクサーヌがシンに[念話]を繋げてきた。

 

 

(シン様、どうなさいますか?)

 

(とりあえず、“ノイント”と“ズィープト”の相手は俺がする。お前達も好きに暴れろ)

 

(分かりました。––––––––レオニス、バウキス、ヴィーネ、各自二体ずつ“あの神の使徒達(木偶人形)”の相手をしましょう。環境的にヴィーネが多少不利かも知れませんが、そこは我々がカバーします。それで構いませんね?)

 

(了解だ)

((分かりました))

 

 

 ロクサーヌはレオニス、バウキス、ヴィーネの三人にも念話を繋ぎ、的確な指示を下す。それに対してレオニス達は異を唱えず力強く了承した。指揮官として、ロクサーヌの能力は高いのかも知れない。

 

 するとロクサーヌは再度シンに問い掛けて来た。

 

 

(シン様、アレらを相手するのは構わないのですが、大迷宮の最終試練も同時にとなると..............)

 

(その心配は必要無いんじゃないか? 俺達がここに入ってからある程度時間が経っているが、試練が始まる様子は一向に無い。大方、ノイント達がこの場に居るせいで試練が始められないんじゃないかと思うが..............ヴィーネ、そこら辺の事情について何か知っていたりするか?)

 

(はい。ミレディの話によれば、それぞれの大迷宮にはエヒトの手先に力が渡らないようにする“防御機能”と“記憶の精査”があります。その全容は聞かされていませんが、おそらくグリューエン大火山の“防御機能”によって試練は一時中断され、〝ナイズ・グリューエン〟の住処は溶岩の海に隠されたのだと思います)

 

(なるほど、つまりアイツらを倒せば試練は再開されるって事か)

 

(おそらくは)

 

 

 それを聞いて細く笑んだシン。

 

 つまり今から始まる“神の使徒”との戦闘は、最終試練の前哨戦という事だ。

 

 

「なら、さっさと終わらせてしまおう。––––––––〝我が身に纏え、バアル!〟」

 

 

 瞬間、シンが抜いた刀剣が強い光を放ち、彼の体は青白い雷光を包まれた。

 

 その異変に気付いたノイント達が、シンに視線を向け直す。するとそこには〝青い鱗に包まれた人型の竜〟が居た。

 

 シンの姿が変わった事に驚くノイントとズィープトは、明らかに動揺していた。

 

 

「へぇ、少しは人間らしい表情をするようになったじゃないか、ノイント」

 

「私に感情などありません」

 

「その割には俺達がここに来た時、随分と不機嫌そうな顔だったが?」

 

「..........................」

 

「挑発に乗っては駄目ですよ九番(ノイント)。–––––––口を慎みなさい異端者(イレギュラー)。その姿にどんな力があるかは知りませんが、我々はただ、貴方とその仲間達を排除するだけです。潔く首を差し出すのであれば..............」

 

「〝雷光よ(バララーク)〟」

 

 

 ズィープトが喋っている最中だと言うのに、お構い無しにシンはノイント達に向けて雷撃を放った。

 

 シンが手に持つ刀剣の切先から放たれた青白い雷撃が一直線にノイント達を狙う。それを間一髪で避けたノイントとズィープトだったが、後ろで控えていたノイント顔の一体は避け切れず直撃した。雷撃をまともに受けたその一体は全身黒焦げになり、力無く溶岩の海へと落ちて行った。

 

 

「つくづく人を見下すのが好きみたいだな、お前らは」

 

「「ッ!!」」

 

 

 ノイントとズィープトが視線をシンから外した一瞬で、彼はノイント達と同じ高度の宙に移動し、腕を組んだ姿勢で宙に浮いていた。

 

 

「俺が“あの時”と同じ、力の無い矮小な人間だとでも思ってるのか? この姿を見て危機感を抱かないとは、お前達や、お前達を作ったエヒトもよっぽど頭がお花畑なんだろうな」

 

「..............なるほど、これも“特異点”の力と言うわけですか。ですが、我々の同胞を一人倒した程度で良い気にならないでください。此方には七番()も含めた九人の使徒がいます。数で劣る貴方達が我々に勝てる道理などありません」

 

「フッ、その程度の発想しか出来ないから頭がお花畑だって言ったんだよ。お前達は俺らを狩るつもりで居るんだろうが...........生憎、今回は“お前達が狩られる番だ”。あまり俺達を舐めてると–––––––––〝一瞬で終わるぞ?〟」

 

 

 シンの力強い瞳がノイントとズィープトの瞳を射抜き、シンの体から青白い雷光が溢れて出していた。そんな彼の姿を見て、ノイントとズィープトは静かに二振りの大剣を構え、残りの七体をロクサーヌ達の方に差し向ける。

 

 向かってくる七体の使徒達を見て、ロクサーヌ達は各自散開し、使徒達を引きつけていた。シンとノイント、そしてズィープトの下方ではすでにロクサーヌ達と使徒達の戦いが始まっている。

 

 するとシンは腕組みを解き、挑発的な笑みをズィープトとノイントに向けながら人差し指と中指をクイクイッと曲げ「かかって来い」とジェスチャーした。

 

 

「さあ、こっちも始めようか。“あの時”の借りを返させて貰う」

 

 

 亡きカイル達の無念を晴らすべく、今この瞬間、“神の使徒達” VS “付与魔術師の王とその臣下達”によるリベンジマッチの戦端が開かれたのだった。

 

 





と言うわけで、スーシーの扱いについてと、同化したバウキスの初陣と、グリューエン大火山の大迷宮攻略と見せかけて新たな神の使徒“ズィープト”の登場と、ノイント達“神の使徒”との再戦の回でした。

ズィープトが言う“ノイントの駒”とは一体誰なのか?それは近いうちに明かされるでしょうから、今後の展開に乞うご期待。


補足


『新しく登場した人物』

「ズィープト」
・ノイント顔の真の神の使徒。ノイントが九番で、ズィープトは七番目。ノイントと同様に白銀の翼を持ち、修道服ではなく、白い服と銀のプレートアーマーを着用し、まさに戦乙女と言った姿をしている。えろ可愛い姿。



『再登場したキャラ』

「ノイント」
・かつてシンが戦った真の神の使徒。以前と修道服とは違い、服装はズィープトと同じ戦乙女の様な格好をしている。シンに深傷を負わせ、カイル、ベイル、イヴァンを殺したい張本人。詳しくは本作の第七話と第八話をご覧ください。


【眷属の力について】


「バウキスの場合」
・バウキスが同化を果たしたのは〝キマリス〟の眷属。キマリスの能力は“氷を生み出し、操るもの”で、眷属もそれに準ずる能力である。元々氷魔法に特化していた雪蛇のバウキスとは相性が良く、同化した現在は魔法の規模と強度が段違いに上がっている。しかし、元々の体質である“熱さに弱い”というのはあまり改善されていない。大火山の中ではシンの[環境耐性]が無いとロクに活動出来ず、ステータスもダウンする。



『オリジナル設定』

「グリューエン大火山」
・エヒトに関わる存在が強襲して来た場合の“防御機能”として、〝ナイズ・グリューエン〟の住処は溶岩内に隠れるようになっている。ノイント達が大火山の最下層に現れた時点で住処は隠されていた。


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神の使徒 VS 雷の獣


長らくお待たせしました。
『ありふれ覇王』の最新話、ようやく更新出来ました。

事前にお伝えした期間より長くなって申し訳ありません.............。
病気や環境の変化、仕事の都合などが重なって、思ってた以上に忙しい夏になりました。

久しぶりの投稿で正直不安ではありますが、『ありふれ覇王』再始動です。
投稿ペースは以前より落ちると思いますが、地道に書き続け、私が思い描くラストに繋がるようにして行きたいですね。



 

 グリューエン大火山、その最深部でノイントと因縁の再会を果たしたシンは、戦闘の開幕の合図として初撃で神の使徒の一人を撃墜した。

 

 それを皮切りに始まったシン達一行とズィープト率いる神の使徒達の戦い。人数差で優位に立っているのは神の使徒側で、それを自ら認識しているからなのか、はたまた己の能力の高さであれば負けるはず無いとタカを括っているのか定かでは無いが、実に余裕綽々と言った態度で銀翼をはためかせる。ズィープト、ノイントの二人以外の神の使徒達はロクサーヌ、レオニス、そしてバウキスとヴィーネの三手に分かれて降下して行く。

 

 そんな神の使徒八人の動向をチラリと横目で確認したシンは目の前に滞空しているノイントとズィープトを見つめ直す。するとノイントが口を開いた。

 

 

「加勢に行かなくてよろしいのですか?」

 

「加勢? 必要ないだろ」

 

「.............なるほど。あそこにいる者達は貴方にとって使い捨て駒、という事ですか」

 

「大方、私達を倒すための時間稼ぎに使うつもりでしょうが、あの程度の数ならものの数秒で決着が着きます。先程の一撃といい、その姿といい、貴方がどれほどの力を身につけたかは知りませんが、同時に我々使徒九名を相手取りたくないと伺えます」

 

 

 何を勘違いしているのか、ノイントとズィープトはそんな事を口にした。それに対してシンは一つ鼻で笑うとクツクツと笑みを溢し、腕を組んだ。

 

 

「随分と俺達を低く見たものだな。 自分達の都合のいいように解釈するのは勝手だが、あいつらが常識の範疇に収まる存在だと本当に思うのか?」

 

異端者(イレギュラー)である貴方は例外としても、そこに居る貴方の駒が神の使徒に敵う道理などありません。それに、()()()()()()()()()()()()()風情が我々とどう戦うと言うのですか?」

 

「..............」

 

 ズィープトが口にした“人擬きの獣”と言う言葉、それが意味するのは間違いなく亜人であるロクサーヌの事だろう。彼女を侮辱する言葉を聞いたシンの肩が揺れ出し、愉快そうに笑みを溢し出した。

 

 

「フッ、くくくっ..........」

 

「何がおかしいのですか?」

 

「............ズィープトと言ったか? お前、何もわかっちゃいないな.........お前達は始めから見当違いをしている。捨て駒?見捨てられた? 馬鹿馬鹿しい。俺が他の使徒達を見逃したのはもっと単純な理由さ」

 

「では、一体なんだと?」

 

「そんなの決まってるだろ?––––––お前らじゃ、俺の仲間には勝てない。ただそれだけの理由さ」

 

「それこそ見当違いです。何を根拠に............」

 

「それと、もう一つ訂正しておこう」

 

 

 ズィープトの言葉を遮るようにシンの言葉は続く。そして組んだ腕を解き、剣先をズィープトとノイント、二人の方に向けた。

 

 

「あまり俺の女を舐めるなよ?」

 

 

 不敵な笑みを溢しながらシンがそう口にする。

 

 すると––––––––––

 

 

『GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

–––––––––空間一帯を振動させる大咆哮が轟いた。

 

 何事かとズィープトとノイントがシンから視線を逸らし、その咆哮のする方を見て驚愕していた。その主が誰なのかはシンには検討がつくのだが、いざその主に視線を向けた時、シンは驚きつつも愉快そうに笑みを溢した。

 

 

「はは、まじかよ..........!」

 

 

 どうやら戦況はシンが想像していた以上に一方的だったらしい。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 場面は変わり、シンが滞空する下方。溶岩から発生する熱気が最も近く感じられる小さな岩の小島にロクサーヌは立っていた。

 

 その足元に、先程まで動いていた筈の()()使()()()()()()()()()

 

 

「..............何故?」

 

 

 同胞を殺された神の使徒の一体がそう呟いた。不意に呟かれたそれは、別に誰かに問う言葉ではなかったが、それを耳にした彼女は血に濡れた魔剣をひと払いし、口を開く。

 

 

 

「何故、ですか。それは私に動機を問うているのですか?それとも––––––どうして亜人()が使徒を斬れたかを問うているのですか?」

 

「..............」

 

「動機に関しては簡単です。襲われたからそれを返したに過ぎません。私に信仰心なんてものは欠片もありませんから。尤も、貴女が知りたいのは後者の方でしょうが」

 

 

 そう返答したロクサーヌの眼光が彼女の目の前で翼を広げ滞空する神の使徒の一体を射貫いた。まるで剣先を喉元に突きつけられたような威圧だ。

 

 その瞬間、ロクサーヌの目の前にいる神の使徒は悟った。この者は魔力を持たない非力な亜人とは違う。開幕の一撃で同胞を屠ったあの異端者(イレギュラー)と同じ、異質な存在であると。

 

 最初はすぐに済む任務だと思っていた。しかし蓋を開けてみればどうだ。同胞の一体は異端者(イレギュラー)にあっさりと焼き殺され、その次にはまた一人同胞が亜人の女に首を刎ね飛ばされた。あの異端者(イレギュラー)は兎も角、亜人など取るに足らない相手だとばかり思っていた。それこそ早々に目の前の亜人を斬り殺し、七番(ズィープト)九番(ノイント)の加勢に向かおうと考えていた。それが出来ると決まっていた筈だった。だが結果は違う。早々に斬り殺されたのは同胞。それもただの一撃でだ。

 

 

(..............あれは、異常です............)

 

 

 名も知れぬ神の使徒の一体の表情が無機質な物から緊張感を孕んだ物へと変わった。目の前の亜人を脅威であると断定したのだ。

 

 それを目にしたロクサーヌは不敵な笑みを溢した。

 

 

「目の色が変わりましたね。これは先程のようにはいかないでしょう..........ですが、私も負けるわけにはいかないので–––––––()()で行かせていただきます」

 

 

 その宣言と共にロクサーヌは自身の内側に流れる魔力を穏やかに制御し、こう口にした。

 

 

〝眷属器––––––雷獣光鎧(バララーク・ディルア)

 

 

 途端、ロクサーヌは全身と魔剣に雷光を纏わせ、音を置き去りにして小さな足場を踏み砕く。そして瞬きをする暇も無く、ロクサーヌは神の使徒との距離を詰め、手に握る魔剣が神の使徒の首へと吸い寄せられる。

 

 

()ったッ!––––––)

 

 

 神の使徒は反応出来ていない。勝機を確信したロクサーヌ。

 

 しかしロクサーヌの剣が神の使徒の首に辿り着いくであろうその瞬間、そこにある筈の手応えがまるで無かった。

 

 届いたと思われた雷光を纏う魔剣は空を切ったのだ。

 

 

(ッ!? あのタイミングで躱されたっ!?)

 

「..............〝禁域解放〟」

 

「ッ!?」

 

「貴女を葬るには、これが最適解のようです」

 

 

 ロクサーヌは背後からそんな声を耳にする。その後ロクサーヌは眷属器の力を一旦解除し、空宙で体を捻りながら新たな足場に着地。そして見上げた先には銀色の魔力を全身に纏った神の使徒が両翼を広げ佇んでいた。

 

 

(禁域解放、ですか。シン様から事前に聞いていた真の神の使徒が用いる擬似的な限界突破という物ですね。まさか私の眷属器の攻撃すら躱されてしまうとは..............)

 

 

 かつてシンに死を体感させた真の神の使徒の切り札。それをいざ目の前にしたロクサーヌは「やはり一筋縄ではいきませんか」と呟き、どう攻めるかを思案していた時、見上げる先に居る神の使徒が口を開いた。

 

 

「先程の貴女の攻撃。私達が知るこの世界の魔法とは少しばかり理が違うようですね。そして、それはあの異端者(イレギュラー)も同じ。その力の根源を調べるためにも、貴女を捕らえ、拷問............いえ、解剖するのも良いかもしれません」

 

「生憎ですが、そんな悪趣味な物に付き合うつもりはありません」

 

「貴女の意思など我らが主の神意の前では無意味なこと。ですが、抵抗するというのならその四肢を切り落とし、視覚と聴覚を奪い、大人しくさせましょう」

 

「もしそんな事になるなら、その前に舌を噛み切って自害します」

 

「では舌を噛んで死なれる前にその意志を砕くとしましょう––––〝劫火浪〟」

 

 

 そう神の使徒が口にすると、今度は神の使徒がロクサーヌに仕掛けた。

 

 まるで分厚く天を覆う雲の如き大規模な火炎の塊がロクサーヌに降って来る。威力は凄まじそうだが攻撃速度は大した事はない。それを難なく躱したロクサーヌは空宙に飛び上がるが、それを待っていたと言わんばかりに銀色の魔力を纏った神の使徒が大剣を振り被りながら迫った。

 

 いくら光の速さで高速移動出来るロクサーヌと言えど、足場が無ければそれを成す事は出来ない。それを狙った上で、神の使徒は火の魔法を囮に使い、ロクサーヌを足場のない空宙へと誘い上げたのだ。

 

 だが、それを分かった上でロクサーヌは空宙に回避してみせ、わざわざ神の使徒が狙って来るであろう空域に躍り出た。

 

 コンマ数秒の世界の中。ロクサーヌの瞳は高速で自身に迫る大剣を確かに捉え、魔剣を振りかぶりながらその身を丸める。そして彼女の足が––––––––

 

 

〝ダァンッ!!!!〟

 

 

–––––––()()()()()()()()

 

 交差する二人の女。神の使徒が振るった大剣は目標を見失い、その代わりにロクサーヌの魔剣が神の使徒の喉元に迫る。

 

 

「.............眷属器––––〝雷獣光鎧(バララーク・ディルア)〟」

 

「ッ!?」

 

 

 神の使徒の喉元に伸びた刃が青白く放電し、威力が上がった一刀はその首に刃を突き立てた。だがそれもまた首を断つまでには至らない。しかし、先程とは違い、カウンターとして繰り出された魔剣の刃は神の使徒が全身に纏う魔力とぶつかり弾かれたのだ。神の使徒が纏う分解の魔力とロクサーヌが魔剣に纏わせたバアルの雷撃。マイナスとプラスの作用をもたらす魔力の衝突によって、お互いに衝突した個所の魔力が一瞬だけ霧散する。

 

 それを目の当たりにした神の使徒は先程と打って変わり、驚愕の表情を見せた。纏った魔力を相殺された事も驚きだが、それ以上に狼人族の女を捉えた筈の大剣が()()()()()()()()、一瞬だけとは言え自身の首を露わにしてしまったことを。

 

 

「一体、何が..............ッ!?」

 

 

 すぐさま身を翻し、背後に過ぎて行ったロクサーヌをその目で捉えてようとする神の使徒は、何故大剣の軌道がズレたのかを理解した。

 

 神の使徒が見た物。それは過ぎ去って行った筈のロクサーヌが落下する事なく、こちらの様子を伺いながら弧を描くように()()()()()()()()姿()()()()

 

 

「固有魔法..............いえ、違いますね。技能の応用、強化された肉体、そして()()()()()()によってそれを成している、という事ですか。先程の一撃もそれによって回避したのですね」

 

 

 神の使徒が言い当てた通り、ロクサーヌは[身体強化]で脚力を増幅させ、その上に豪脚の派生技能[震脚]によって踏み込む力を跳ね上げていた。だがそれだけで空宙を走るという芸当は到底出来るはずがない。故に彼女は空を踏みつける瞬間のみ、小規模の[重力魔法]を発動させ、自身の重さによって生じる重力を逆転させたのだ。それにより本来足場のない空間を踏みしめたことで神の使徒の攻撃はタイミングを見誤った、というわけだ。

 

 ロクサーヌに神代魔法である[重力魔法]を行使する才能は無い。実際ミレディにも才能が無いという余計なお墨付きも貰っている。だが、それはあくまで現状において[重力魔法]の力を十全に行使出来るか否かの話。小規模な魔法の行使だけなら才の無い彼女でも可能性はあったのだ。そこに至るための努力をロクサーヌが密かに積み重ねてきたからこその結果なのである。しかし、いくら小規模と言っても使っているのは神代魔法。並の魔法とは比較にならないほど魔力消費が尋常では無い。魔力操作の派生である[緻密操作]や[獣戦術]の派生である[魔力消費量減少]でかなり効率が良くなったと言えど、無視出来ない消費スピードである。それも、彼女が一歩踏み込む度に魔力が削られていく。

 

 なのでロクサーヌは出来る限り大股で宙を走り、隙あらば最大出力の眷属器の力で間合いを詰め、一撃で勝負を決めようと画策していた。

 

そんなロクサーヌを観察しながら神の使徒は大剣を構え直す。

 

 

「種が分かれば造作も無いこと。次はそれも考慮し、攻めるのみです」

 

 

するとロクサーヌは懐から投げナイフを数本取り出し、それを神の使徒に向けて走りながら投擲した。それも眷属器の力で強化されたナイフをだ。雷光を纏い、貫通力が増したナイフは光の速さとまでは行かなくとも、高速で飛来し、神の使徒を食い殺さんとする勢いである。だがーーーーーーー

 

 

「児戯ですね」

 

 

ーーーーーーー神の使徒は表情一つ変えず、飛来するナイフを切り払う。

 

青白い雷光の魔力を纏っていたが、そこに込められた魔力は微々たるもの。先程のように神の使徒が大剣に纏わせた魔力を霧散させる事は出来ない。事実、神の使徒はそれを分かっていた上で大剣を用いてナイフを切り払い、案の定大剣に纏わせている分解の魔力は小揺るぎもしなかった。

 

それでもロクサーヌは間髪入れずにナイフを投擲する。

 

 

(無駄なことを。大方こちらの隙を伺っているのでしょうが........ならば、あちらから懐に潜り込んで貰いましょう)

 

 

神の使徒はわざと隙を与えるように投擲されたナイフを大きなモーションで切り払う。

 

刹那、それを見逃さなかったロクサーヌは体を方向転換し、片足と魔剣にのみ眷属器の力を発動させ、一瞬にして神の使徒との距離を詰める。ロクサーヌの雷光を纏った片足が空間を踏み締めた瞬間には雷鳴が鳴り響き、その音が神の使徒の耳に届いたときには既にロクサーヌが神の使徒に刃を振るっていた。

 

だが、それは罠。

 

神の使徒の懐に入ったロクサーヌに対し、神の使徒は片翼をロクサーヌに向け分解砲を放っていた。ロクサーヌの魔剣が届くより先に、凶悪な銀の魔力の塊がロクサーヌに直撃する。

 

そう神の使徒は確信した。

 

だがーーーーーーー

 

 

「やはり、そう来ましたか」

 

「ッ!?」

 

 

ーーーーーーーロクサーヌが笑みを浮かべていた。

 

分解の砲撃がロクサーヌに当たる直前、銀の魔力が彼女の目と鼻の先に来る刹那、魔剣は振り下ろされた。()()()()()()()()()()()

 

途端、分解の力が込められた銀の砲撃が勝手に軌道を変え、ロクサーヌの顔の横スレスレを駆け抜けていく。

 

「何が........ッ!?」

 

 

神の使徒の表情が今まで以上に驚愕した様相に塗り替えられ、理解に苦しむ声を漏らす。だが自身の体のバランスが突然悪くなり、そのうえ視界の端に映ってい片翼の感覚が無い事に気づき、ようやく理解した。

 

 

(斬られたッ!?)

 

 

片翼を両断された事によって、神の使徒はバランスを崩し、その結果、分解砲は起動が逸れたのだ。いや、逸らされたと言うべきだろう。ロクサーヌの斬撃によって。

 

魔剣アンサラに付与されている神代魔法の一つ、空間魔法による斬撃の転移。それをロクサーヌは分解の砲撃が当たる直前で神の使徒の片翼に向けて放ったのだ。今のロクサーヌが斬撃を転移させられる距離は五メートル。射程ギリギリでそれを放てば魔力枯渇によって戦況が不利になりかねない。だが懐に入ればその限りではない。至近距離ならば斬撃の転移距離によって消費する魔力はかなり節約出来る。さらに言えば転移させる場所を強く認識出来ていれば壁や鎧など関係無く、その先にある敵本体を斬る事も出来る。例えそれが神の使徒がその身に纏わせる分解の魔力による鎧であっても.....。

 

 だからこそ、ロクサーヌは待った。

 

 神の使徒が自分を誘い込む瞬間を。そしてロクサーヌの狙い通り、神の使徒はロクサーヌを罠に嵌めようとした結果、その目論見は大きく崩されたのだった。

 

そして、それを知り得ない神の使徒は内心焦っていた。

 

斬られた?いつ?どこで?そもそもどうやって分解の魔力を潜り抜けた?!?と神の使徒は思考を巡らせる。だがそんなことを考えるよりも先に、今も自身の首を狙っているであろうあの異質な狼人族をどうにかしなければならない。

 

そんな切羽詰まった思いで神の使徒はより一層自身に魔力の鎧を纏わせ、迎撃態勢を整えようとする。

 

だが、一瞬でも今のロクサーヌから気を逸らせば、致命的なミスとなり、その瞬間....いや光の刹那で勝負は決まる。

 

神の使徒はその視界の端に青白い光を見た後、力無く落ちていく。

 

 首より下の体を残して。

 

 痛みも無く、まるで元々そういう仕様であったかのように、首から滑り落ちていく頭部。

 

 

(............ばけ、もの............)

 

 

 落ちゆく神の使徒の首。僅かに残っている意識は最後にロクサーヌの姿を見てそんな感想を抱く。だが次の瞬間にはその意識も途絶え、途端に宙に残っていた神の使徒の体も首と同様に溶岩の海へと落ちて行った。

 

 溶岩の海に落ちて行った神の使徒を見届け、復活する素振りもないのを確認したロクサーヌ。

 

 すると彼女は盛大に息を吐き捨て、片膝を岩肌に着く。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ..............かなり、ギリギリ...........でしたね.............」

 

 

 その顔の額には汗が吹き出しており、顔色も悪い。呼吸も荒く、いつに無くロクサーヌには余裕が無かった。どうやら魔力の使い過ぎと、眷属器を限界ギリギリまで使用した結果の弊害による症状で、肉体は悲鳴を上げていた。

 

 特に足が痺れて力が入らない。先の一戦で一番酷使した箇所が眷属器のデメリットを見せていた。

 

 今回ロクサーヌが神の使徒に勝つ事が出来た最大の要因は、剣士であったか否か。神の使徒は確かに強敵だった。魔力量、攻撃威力、持続性、耐久性は神の使徒に軍配が上がる。だが剣士にとって重要な読み合いという要素ではロクサーヌが神の使徒より一枚上手(うわて)だった。だからこそロクサーヌはそこに賭け、その一瞬に繋げるべく全力を注いだ。

 

 結果その賭けにロクサーヌは勝利した。だがもし神の使徒がロクサーヌのことを最初から侮っていなければ勝敗は分からなかったかもしれない。

 

 しかし結果はロクサーヌの勝利。それは揺るぎない物である。

 

 壁を一つ越える事が出来たことに喜びたいところではあるが..............。

 

 

「はぁ、はぁ.............敵はまだ居ます。こんな状態では足手纏いになりかねませんが、バウキスとヴィーネの加勢に行かなくては.............」

 

 

 そんな事を考えながら、震える膝に力を入れようとするロクサーヌ。

 

 だがその必要はないらしい。

 

 

『GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!』

 

 

 聞き慣れた咆哮が、迷宮内に轟く。

 

 その方向に視線を向けたロクサーヌは安心したように笑みを溢し、全身に込めていた力を抜いた。

 

 

「どうやら、その必要はないみたいですね............。これは、私もうかうかしていられません。もっと力を付けなければ」

 

 

 ロクサーヌが見た光景。

 

 それは天変地異でも見ているような、圧倒的な蹂躙劇だった。

 

 そんな光景を目にしたロクサーヌは、()()に負けないようさらに強くなる事を決意するのだった。

 

 





久しぶりの投稿で三ヶ月以上前の自分がどうやって書いていたのか思い出そうと必死の今日この頃。
読んでくださる皆さんにもっと楽しんで頂けるよう、自分なりの表現方法を模索して行きたいと思います。

というわけで、今回は激闘!ロクサーヌvs神の使徒の回でした。少し盛り上がりに欠ける話だったかもしれませんが、ロクサーヌはこれからの子ですから長い目で見守っていてください。あと作者のことも.....。


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