ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜 (つばめ勘九郎)
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第一章
プロローグ


 

 何気ない朝、いつも通りの朝がやってきた。

 

 と言っても外はまだ完全に日が昇っておらず、冬の寒さを未だに引っ張っているかのように肌寒い。

 

 

「ん、ぅうぅ〜〜......さむい」

 

 

 寝静まっていた部屋にそんな気怠そうな声と、外から聞こえる鳥の声が妙に響く。ゴソゴソとベットの上で布が擦れる音がすると、一瞬止まる、そしてまたゴソゴソと掛け布団が動けばまた止まる、なんてことを何度か繰り返した後、ガバッと意を決したように勢いよく布団が捲り上がり、隠れていた主が起き上がった。

 

 その主が眠気を体から弾くように上半身を伸ばすとポキポキと体が鳴る。まるで体がよく寝ていたと合図を送るかのように。

 

 そしてその体の主である彼は勢いよくベットから飛び出し、着ていた寝巻きを雑に脱ぎ捨て、慣れた手つきで手早く運動用のジャージに着替える。鏡に映る自身の体に満足そうな頷くと足早に自分の部屋から出ていく、と見せかけて部屋に戻ってきた彼は「あぶない、あぶない」と呟きながらスマホとワイヤレスイヤホンを手に取り今度こそ部屋を出ていき、階段を静かに降りて、玄関を抜け、外に出た。

 

 

「さてと、今日は何キロ走ろうかなっと」

 

 

 簡易的に準備運動をしながら、スマホでいつもの音楽アプリを起動させ「今日は進撃の巨◯の“Barricades”がいいかもな♪」なんて言いつつイヤホンを耳につける。

 

 そして耳に届く熱いBGMで体に喝をいれ、今日も日課のランニングに勤しむオタクだった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 月曜日。登校時間ギリギリのチャイムと共に教室に入ってきた男子生徒がいた。

 

 彼の名は南雲ハジメ。教室について早々、徹夜で気怠い体を自分の机まで辿り着かせると事切れたように机に突っ伏してしまった。

 

 そんな彼を見て近寄ってくる男子生徒がいた。

 

 

「オラッ」

 

 

 近づいてすぐに南雲の机の足を蹴った男子生徒。それに驚いて顔を上げる南雲を見下ろす男は“檜山大介”。いつも南雲に絡む生徒筆頭の男だった。

 

 

「よお、キモオタ。また。徹夜でゲームしてたのか?どうせエロゲーだろ?」

 

「うっわ、普通にキモいわ〜〜」

 

 

 檜山の言葉に反応する男子生徒達。ゲラゲラと笑う姿は南雲が今クラス内でどういう立場なのかハッキリとわからされる物だった。と言っても中心的に南雲に絡むのは檜山に加え斎藤良樹、近藤礼一、中野信治といった四人組だが他の男子生徒達は遠巻きで笑うか、傍観のどっちがだった。

 

 ただ一人を除いて。

 

 ゲラゲラと下品に笑う声が響く教室の扉がガラリと開く。そして入ってきたのは高身長で凛々しい目鼻立ちに太い眉毛をした好青年だった。彼はまっすぐ南雲の方に歩み寄ってくる。それを見た檜山達のグループはあからさまに嫌そうな顔になる。

 

 

「ヨッ!南雲、おはよう」

「あ、要くん、おはよう」

 

 

 (かなめ) (しん)。クラス内で二番目に身長が高く、体格も良い快活な好青年。南雲とはアニメや漫画の話で盛り上がれる南雲の唯一と言っていいほどの友人だ。その上、バスケ部に所属しており去年の新人戦で優勝を納めたほどの実力者。

 

 そんな彼は南雲の前の席に座ると、檜山を睨んだ。

 

 

「な、なんだよ要。なんか文句あんのかよ!」

「大アリだダボ。とっとと自分の席に戻れよ根性無し」

「なっ、なんだとコラッ!てめぇもキモオタの癖に調子よってんじゃねぇぞ!」

 

 

 要の檜山を小馬鹿にした物言いに声を荒げて要に掴み掛かろうとする檜山。それを止めようと斉藤、近藤、中野が檜山を止めに入る。そんな彼らを無視して要は南雲に話しかけ「昨日の深夜アニメ見たか?」と話題を変えていた。そんな様子を苦笑いを浮かべながら南雲は一応要と話を続ける。

そんな様子につまらなくなったのか檜山達は離れていった。

 

 それを見届けて要は深い溜息を吐いて南雲に掌を合わせて謝った。

 

 

「悪い!また面倒なことにしちまって」

「いいよ別に、気にしてないから。それより要くんの方は平気なの?」

「俺はいいんだよ。いざとなれば殴って終わりだからよ!」

「いや、スポーツ選手としてそれはどうかと思うよ?」

 

 

 「それもそうか」なんて言いながら笑う要に、南雲は心配しつつも笑って答えた。そして再びアニメや漫画の話をしたり、眠たそうな南雲を気遣う要達の元に彼女がやってきた。

 

「おはよう、南雲くん、要くん」

「あ、白崎さん、おはよう」

「おう、おはよう白崎...あぁ〜俺ちょっと用事思い出したわ。南雲、また後でな!」

「え、ちょっと!要くん?」

 

 

 白崎香織というこの学校の二大女神の一人と挨拶を交わした途端、要はいかにもわざとらしくその場を足早に去っていく。南雲は一人取り残されてしまい、先ほどまで座っていた要の席に今度は白崎が腰を落とし南雲に話しかける。

 

 

「要くん、もうすぐ授業なのにどっか行っちゃったね」

「そ、そうだね白崎さん」

「それより今日もギリギリだったね南雲くん。もっと早く来ようよ」

(どうして置いていったの要くん!!)

 

 

 二大女神の一人である白崎香織に話しかけられている、ということだけで周りからの男子の視線が南雲に突き刺さり、とても居た堪れない気持ちになってくる。平穏に学生生活を謳歌したい南雲にとって男子の注目の的である白崎香織という人物の接近はなるべく避けたいのだ。そしてなんとか話を切り上げれるようにと考えていると、彼らがやってきた。

 

 

「南雲くん、おはよう。いつも大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツには何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 

 唯一南雲に挨拶をした女の子。彼女は八重樫雫。白崎香織と並ぶ二大女神の一人である。そしてそれ続いて言葉を発したのは天之河光輝と坂上龍太郎だった。二人とも要に負けず劣らずの高身長であるが体格的には坂上が一回り大きく、それよりも少し劣るのが要で、その次に天之河といった順番になるだろう。

 

 

「八重樫さん、天之河くん、坂上くん、おはよう。はは、まあ自業自得とも言えるから仕方ないよ」

「それより要の奴はどこ行ったんだ。もうすぐ授業だっていうのに。全く、南雲といい要の奴といい、このクラスには不真面目な生徒が多いぞ」

「あいつは特にだろ。授業はサボるは、女癖は悪いは、俺はああいう奴が一番嫌いなんだ」

「光輝に龍太郎も、それは勘違いだって言ってるでしょ」

「何を言ってるんだ雫。あの時雫は嫌がってたじゃないか。それに現に他の女子からも苦情が出ている」

「あ、あれは.....」

 

 

 そう、要 進には悪い噂が立っていた。それは授業をサボって多数の女生徒と不純異性交遊を繰り返していると。もちろんそれは真っ赤な嘘だ。

 

 とある女子生徒が要に告白をした。それを要は手酷くフったのだが、その理由は告白してきた女子生徒が南雲や八重樫、白崎の陰口を言っていたのを聞いていたためだ。それを快く思わなかった要がかなりキツい態度でその女子生徒をフったのだが、それに腹を立てた女子生徒とその取り巻き達が要のある事ない事を言い振り撒き、結果“要 進は女遊びをする最低なクズ野郎”という噂がたったのだ。

 

 その真相を知っている八重樫や白崎、それに南雲も要がそんな人間ではないとわかっている。しかし、それを否定しない要。要曰く「本人を見もしないで噂だけで嫌うならそれで結構。そんな奴に好かれたいとも思わない」と実にあっさりと言い放った。

 

 せめてクラスメイトだけでもと天之河や坂上がその話を持ち出す時は八重樫が積極的に否定しているのだが、八重樫自身少し前に要と色々あって、それを見て勘違いをしている天之河のご都合解釈は八重樫の反論を受け付けず、結果要と天之河はかなり仲が悪くなっている。

 

 先ほど要が教室から出ていったのは恐らく八重樫や白崎、南雲を気遣ってのことだろう。これ以上、八重樫達に苦労かけないために。

 

 そんな彼の気遣いにますます八重樫は溜息をつきたくなる。

 

 

(どうしてあの時、返事を言えなかったんだろ)

 

 

 すると教室の扉が開き、先生が入ってくると授業開始のチャイムが鳴る。

 

 天之河達はそれを見て各々の席に着くが、八重樫は結局教室に帰ってこなかった要の席に振り返り少し表情を暗くした。

 

 その後、彼のいない教室はあっという間に時間が過ぎてゆき、とうとう昼休みの時間となった。

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 お昼休みになってようやく帰ってきた要は、南雲と一緒に飯を食べていた。と言っても要は弁当で、南雲は10秒でチャージできるゼリーだった。

 

 

「珍しいな南雲、普段ならこの時間にはもう教室出ていってるだろ?」

「うん、今日はこのまま食べ終わったら寝ようかなって」

「おいおい、昨日そんなに忙しかったのか?体調とか平気か?飯、分けてやろうか?」

「大丈夫、全然平気だよ、ありがとう」

 

 

 要が心配そうにするが南雲は心配無用とサクッと手早くゼリーを飲み干した。さて、そろそろ寝ますか、と考えていた時ふと要がいつもと違うことに気づいた。

 

 

「要くん、今日弁当なんだね」

「ん?あー、これ貰いもんなんだよ。おかげで昼飯用のパンが余ってるからどうしようかなってさ」

「そうなんだ、美味しそうだねそのお弁当。なんか僕も少しお腹が空いてきたよ」

「お!そうかそうか!なら俺の昼飯用だったパンやるよ」

 

 

 「ちょっと待ってろよ〜」と要が机の下に置いていた自分のカバンの中を漁っていると二人の横にやってきた人物が声をかけてきた。

 

 

「だったら私のお弁当食べる?」

「え、白崎さん?」

「イタッ!」

「ちょ、大丈夫要くん?」

 

 

 声の主が白崎だと判明した瞬間、ビクッと反応した要が頭を机にぶつけたらしい。白崎が心配して声をかけるが、そんな白崎には目もくれず要は白崎の後ろの人物達に視線を向けていた。

 

 

「香織、そんな奴らは放って置いてこっちで一緒に食べよう。南雲だってまだ寝足りないみたいだし、せっかくの香織の手料理をそんな寝ぼけたままの顔で食べるなんて俺が許さないよ」

「え?どうして光輝くんの許可がいるの?」

「「ブフッ」」

 

 

 天之河と白崎のやり取りに要と八重樫が思わず吹き出した。天然の白崎による直球ストレートのピッチャー返しに天之河はもたつきながら困った顔であれこれ話している。

 

 

「フッ、俺のパンはいらないみたいだな」

「なにちょっとかっこよく言ったみたいに言ってるの?」

「いいじゃないか、白崎の手料理を望んで食べれるやつなんて早々いないぞ?」

「勘弁してよ、僕は平穏に学校生活を送りたいだけなのに」

 

 

 取り出していたコロッケパンをキメ顔で静かにカバンにしまおうとする要の手を、珍しく機敏な南雲の手が掴んできた。優しそうに話をしている二人だが、彼らの手元のコロッケパンの袋が二人の手によってミチミチと音を立てている。

 

 この難局を乗り越える方法として南雲が思いついたのはお腹を満たすことだった。そのため要が差し出していたコロッケパンは得難いチャンスと言える。パンならば持ち運びも簡単な上、手軽に済ませれる。教室の外ででも食べれる。もしくは今ここで食せば「あ、ごめん、もうお腹いっぱいなんだ」を発動して早々に眠りにつける。そのためにもこのパンはここで頂かなければ!

 

 なんてことを考えている南雲はやはり疲れているのだろう。そしてそんな南雲の内なるテンションに知ってから知らずか要も内なるテンションが高まっていた。

 

 

「あいにくだが南雲、このコロッケパンはコロッケの具が少ない。お前が求めて止まないコロッケパンとはもはや呼ばない代物だ!だからその手をどけるんだ」

「それなら平気だよ要くん、僕は!その!コロッケだけで十分だから」

「いやいやいや、そんなことはないぞ南雲。お前の腹を満たすためには、そして栄養バランスを考えるならば!白崎のお弁当こそ相応しいと俺は思う。それにお前も言ったじゃないか、俺の()()()()()()()()()()だって。つまりがお前が本能的に求めているのは弁当だ!」

「な、それは言葉のあやじゃないか!」

「そしてここで俺は最終兵器を投入する!おーい、白崎〜、南雲がお前の弁当食べたいってさ!」

 

 

 ハッとなる南雲が視線を向けた先には、なんとも嬉しそうに「え!ほんとに?!」とキラキラと輝く笑顔の白崎がいた。そして目の前の要はなんと邪悪な笑みか。

 

 

「貴様ァァ〜〜〜!!」

「フハハハッ!もうお前は逃げられない!大人しくその手を離せ!」

 

 

 珍しくテンションが高い南雲と要に教室に残っている生徒の視線が刺さる。あとその手に握られている元コロッケパンの何か。面白くなさそうにする檜山達のグループや、意味深な視線を送る園部達グループ、他にも教室内にいたクラスメイト達はなんとも珍しいものを見るような視線を二人に向けていた。

 

 

「...何やってるのあの二人」

「珍しく二人が教室にいると思ったら、なんだか面白いことになってるね!雫ちゃん」

「まあ、面白いと言えば面白いわね。キャラ崩壊してるけど」

 

 

 南雲と要をニコニコしながら眺める香織の発言に、多少は同意する雫。そして雫はそんな彼らを見て少し羨ましく思えた。

 

 

「お前達、いくら昼休みだからってそんな教室で騒ぐんじゃない!みんなに迷惑だろう」

 

 

 さすがに騒ぎすぎたため、天之河が二人を注意しに行こうと席から立ち上がったその時、それは起きた。

 

 突然、天之河の足元に円形の光の模様が現れ、それは一瞬で教室全体に大きく広がった。

 

 教室内にいた生徒達が一斉に立ち上がり何事かと騒ぎ出す。

 

 それは魔法陣だった。アニメや漫画でよく見るような幾何学的模様を規則的に配列された本物の魔法陣だった。

 

 いまだに教室に残っていた愛子先生が何かを言っているが、そんなものは聞こえない。何故ならその魔法陣がより一層の光を放ち、教室にいた生徒達に教師を一名加えた全員が光に飲み込まれたのだから。

 

 




 


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相棒

 

 魔法陣の猛烈な光に包まれた後、教室にいたはずの彼らは全く知らない場所に放り出されていた。

 

 

(知らない天井だぁ、てか天井高っ!?あとなんか全体的に白いし、壁によくわからない人の絵が描かれてるし、なんぞこれ?!?)

 

 

 と、要は先程まで南雲とおふざけをしていたテンションを若干引きずっていた。隣で尻餅をついてる南雲もきっと同じことを考えているのだろうと要は南雲に視線を向け、他のクラスメイト達にも視線を回した。

 

 すると、いかにも教会関係で偉そうなタイプの長く白いお髭を携えた老人がここにいるクラスメイト達全員に向けて言葉を口にした。

 

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

(うん、なるほど。とりあえずドッキリなら早くネタバレしてくれないかな?)

 

「要くん、もう少し落ち着こ?今の要くんの顔すごいことになってるから」

 

 

 いきなりこんなところに連れてこられたことに対しての怒りや不満が要の顔に表れていたらしく、南雲がなんとか要を落ち着かせようと声をかける。要が本気でドッキリ系バラエティ番組恒例の隠しカメラを探し出そうと不用意に動かないように。

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 イシュタルという人物が話しかけてきた後、要達は場所を移して長い机に椅子がずらりと並ぶ大広間にやってきており、そこでイシュタルの話を聞いていた。

 

 簡単にまとめるとこういうことらしい。

 

 イシュタル曰く、ここは要達がいた世界と違う異世界で名を“トータス”、人と魔人族が長い間戦争を続けている世界とのこと。そして、その戦争をなんとかしようとこの世界の神エヒトが、“神の使徒”として力を与え、要達を呼び寄せたらしい。

 

 

「ふざけないでください!」

 

 

 その説明に対し、いの一番に声を張り上げ抗議したのは愛子先生だった。

 

 彼女は要達クラスの担任ではない、しかし生徒にそんな危ない橋を渡らせるわけにはいかない「早く元の世界に帰してください!」と懇願するが、イシュタルは首を横に振りながら答えた。

 

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

 

 イシュタルの言葉に力無く視線が俯く愛子。それを皮切りにクラスメイト達も口々に不安の言葉を漏らし、パニックに陥る。

 

 その様子を静かに見つめるイシュタル。彼の瞳の奥にクラスメイト達に対しての侮蔑的な感情が見え隠れしていた。

 

 それをしっかりと見ていた要と不意にイシュタルの視線が合う。ハッキリとは態度に表さなかったが、どこか驚いたように眉を上げたと思ったら、すぐに視線を逸らされた。

 

 そんな時、この状況に見かねて立ち上がった天之河は、パニックに陥っているクラスメイト達に落ち着くようにと促して言葉を発した。

 

 

「俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

「そういうことなら俺も手伝うぜ!」

 

「龍太郎...」

 

 

 天之河の決意に賛同するように、彼の幼馴染である坂上も立ち上がった。それに同意するように八重樫や白崎も立ち上がり、天之河は「一緒に世界を救ってみんなで元の世界に帰ろう!」と高らかに宣言した。

 

 他のクラスメイト達も今はそれしかないか、と諦めにも似た面持ちで事の成り行きを見守っていた。

 

 果たして、そう上手くいくだろうかと要は内心呟きながら、他のクラスメイト達と同様に諦めた面持ちで溜息を漏らした。

 

 そんな中、クラスメイト達の中の()()()()に視線を向けていたイシュタルの顔は、先程よりも少しばかり険しくなっていたことをこの場の誰も気づかなかった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 あの後、イシュタルの話を聴き終えた一行は場所を変え、ハイリヒ王国の王宮、その王様との謁見のため玉座に向かっていた。

 

 どうやらハイリヒ王国では要達“神の使徒”を迎え入れる準備ができているのだとか。先程までいた場所は神山と呼ばれる山にある聖教教会本山の施設の一つで、その神山の麓にハイリヒ王国があるだそうだ。

 

 神山を下山する際、要と南雲はみんなを先導するイシュタルの耳に入らないよう小声で話をし、結論なんかきな臭いということで纏った。

 

 そして今後どう動くべきかまた後で話し合うことにし、神山を降りた後、予定通りハイリヒ王国国王との謁見となった。

 

 その後、勇者様一行“神の使徒”を歓迎する晩餐会が行われて、初めて見る料理や本物の貴族の立ち居振る舞いや衣装に圧巻されていた。

 

 

「本当に異世界に来ちまったな」

 

「だね。まだ実感湧かないけど」

 

 

 要と南雲は晩餐会の会場の外、バルコニーで話をしていた。外から見る会場の中は実に煌びやかで誰かの話し声がちらほら聞こえてくる。

 

 流石に今日一日の情報量が多すぎて疲れた頭をリラックスさせるために、二人はバルコニーにこっそり出ていた。

 

 要は赤い飲み物が注がれたグラスと会場の料理を皿の上に山盛りにしてバルコニーに来ていたが、南雲は要と同じ飲み物だけだった。

 

 

「とりあえずイシュタルって人は要注意だね。何考えるのかわからないし」

 

「だな。目下の目標はこの世界の知識と常識の獲得、いざという時に戦える戦闘力、聖教、またはエヒト神の情報ってところか」

 

「僕は図書館とかがあればそこで本を読んで勉強してみるよ」

 

「なら聖教に関しての情報収集は俺の担当だな。頼んだぜハジメ!」

 

「うん、あれ?今僕のことハジメって」

 

「ばっか!そういうのは突っ込んじゃいけないの!なんか照れ臭いだろ、こういうの....俺達もう長いこと友達してるんだから今さら苗字で呼ぶのも、その、どうかと思ってよ...」

 

「......ぷふっ」

 

「なっ!笑うことないだろ!」

 

「いや、ごめん...はは、まさか要くんがそんな不器用だなんて思わなかったからさ、もっと堂々とやると思ってたからさ、はは」

 

「ぐぅ〜〜....はぁ、で?どうなんだよ...ハジメ」

 

 

 照れながらも要が拳を突き出した。

 

 それを見て南雲は決意した顔を見せ、要の拳に自分の拳を合わせコツッと小さな音が鳴る。

 

 

「もちろん、任せてよシン」

 

「おう、頼んだぜ相棒」

 

「.....」

 

「.....」

 

「なんかこういうの、臭くない?」

 

「わかってるよ、ちょっとイキった感あったの知ってるよ!でもいいじゃん!ちょっとぐらいハメ外してもいいじゃん!ゴリとミッチーみたいにやってもいいじゃん!」

 

「あぁ〜、そういえばシンってバスケ部だもんね」

 

「理解が早くて助かるわー、さすがハジメだわ、うん、さすハジ」

 

「それ馬鹿にしてない?」

 

「あぁ〜なんか腹減った。俺ちょっとつまめるもん皿に盛ってくるわ」

 

「その山盛りのお皿のどこに盛る場所があると?」

 

「んがぁ〜〜〜〜、もぐもぐもぐ...ひょっほ、ふまへるほんほってふうわ(ちょっと、つまめるもん盛ってくるわ)

 

「はぁ、お行儀悪いからお口のものちゃんと飲み込んでから行きなよ。って、待って待って!その頬袋膨らませすぎたリスみたいな顔で会場に戻ったらダメって!」

 

 

 山盛りの料理を一気に口に入れた要の姿は、さながらちょっと間抜けなリス、いや、それはリスに失礼かもしれない。ただの間抜けでいいかもしれない。

 

 そんな二人のやりとりを陰で見ていた少女がいた。

 

 他の神の使徒達と違う二人の雰囲気が少女の好奇心をくすぐった。

 

 

「ふふっ、面白い人達ですね」

 

 

 淡い桃色のドレスを纏った金髪の少女、この国の王女であるリリアーナ・S・B・ハイリヒは、そんな彼らを見て微笑ましくも思いつつ、彼らを自分達の事情に巻き込んでしまったことに対し胸を痛め、微笑んでいた表情に暗さを滲ませた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 神山、聖教教会本山の礼拝堂。

 

 そこにシスターと彼女に頭を下げるイシュタルがいた。

 

 

「表をあげなさい」

 

「はい」

 

「それでどうですか、勇者一行の様子は」

 

「期待はずれですな。あれほど無知で愚かな子供達で神のご意志に添えるかどうか些か一抹の不安が残る次第です」

 

「それを判断するのは神エヒト様です。貴方は事実だけを述べれば良いのです」

 

「申し訳ありませんノイント様」

 

「それで、どうなのです?」

 

「.....一つ、気になることがあります」

 

「なんですか?」

 

「召喚された子供達の中で一人、得体の知れない存在が紛れ込んでいます」

 

「得体の知れない存在?」

 

「はい、名を(かなめ) (しん)。彼らの中で特に目立っていたわけではありませんが、一瞬私を見るあの者の目に何かを感じました」

 

「...なるほど、貴方がそこまで言うのでしたら()()()あるのでしょう。わかりました、その者に関しての逐一報告をなさい」

 

「御意に」

 

 

 イシュタルはノイントと呼ばれるシスターの命を受けると礼拝堂から出て行った。おそらくシスターの命を全うするためになんらかの準備のために出ていったのだろう。

 

 

「要 進。神のご意志にそぐわぬイレギュラーであるなら早々に排除する必要があるかもしれませんね」

 

 

 シスター服を纏った彼女はそう呟くと、イシュタルの跡を追うように礼拝堂から出て行った。そして彼女が立っていた場所に一枚の銀の羽が落ちていた。

 

 



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箱庭の出会い

 

 晩餐会の翌朝、要やハジメ達クラスメイト全員が騎士達の訓練所に集められた。

 

 どうやら早速早朝から座学と訓練に入るらしい。

 

 訓練の教官を担当するのは、この国で一番強い騎士団長メルド・ロギンスで素人目でも戦士としての風格を感じさせる豪快な男だ。第一印象でもイシュタルより何倍もいい、この人物ならある程度信用できると要は直感した。

 

 さて、そんなメルドからクラスメイト全員に配られたのは、手のひらに収まる程の大きさと薄さの銀のプレートだった。

 

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ」

 

 

 そんな説明を受け、言われるがまま要は「ステータスオープン」と適当に口ずさむ。すると、その銀のプレートに色々と文字や数値が現れた。

 

=======================================

 

(カナメ) (シン) 17歳 男 レベル:1

天職:付与魔術師

筋力:50

体力:70

耐性:30

敏捷:50

魔力:100

魔耐:90

技能:付与魔法・特異点・■■■練・言語理解

 

======================================

 

 

(ん?技能(スキル)のところがなんか文字化けしてるぞ?)

 

 

 要は自分のステータスプレートに違和感を覚えつつも、隣のハジメのステータスを覗き見た。

 

=====================================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

 

======================================

 

 お互いにステータスを見せ合っていると、メルドが色々追加の情報を口にしていた。その言葉の中に、一般的ステータスの平均値がレベル1で10らしい。それを聞いた瞬間、要とハジメはなんともコメントしづらい空気になった。

 

 

「.....その〜、なんだ...伸びシロですねー」

 

「今ものすごくイラっときた」

 

「まあ、おふざけ抜きにしてもまだレベル1なんだから、これからだろ」

 

「そうだといいなぁ〜」

 

 

 そんな会話を二人がしているとメルドが驚いたような声をあげていた。どうやら天之河の天職が勇者な上にステータス値がオール100、技能もてんこ盛りというとんでもチートステータスだったらしい。

 

 そして一通り他のクラスメイト達のステータスをチェックし終えたメルドは要とハジメのところにやってきた。

 

 

「ほお、要 進の天職は付与魔術師か。ステータスもそれなりに高いじゃないか.....ん?この技能はなんだ、特異、点?初めて聞く技能だな。それに一部の技能も文字化けしてよくわからないな」

 

「これってステータスプレートが壊れてるんですかね?」

 

「どうだろうな、俺にはよくわからん。一応新しいステータスプレートは用意しておくから今はそれで我慢してくれ」

 

「了解です」

 

 

 メルドにも要のステータスプレートに写し出されたものがわからないようだ。こうなってくるとイシュタルあたりに聞くのがいいのだろうが、それは直感的に避けたほうがいい気がする。後でハジメに手伝ってもらって調べるのもいいな。など、難しい顔で色々と考えを巡らせていた要だったが....

 

 

(う〜ん.......まあ、いっか)

 

 

 逡巡の末、考えるのがめんどくさくなったらしく思考を放棄した要の表情は実に清々しかった。

 

 その後、愛子先生によって自身のステータスの低さに嘆いている南雲を無自覚ながら死体蹴りしてしまい、より一層遠い目をしていた南雲の背中を要はそっと優しく叩いてやった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 自身のステータス確認と軽い訓練を終えた要達は座学の講義を受け、今は昼の休憩の時間。昼休憩を終えればまた座学になるが、ある程度の話を聞いて諸々予想通りだった要はふらふらと王宮内を探索し、完全に昼以降の座学はサボる気でいた。

 

 

(しっかし広いなぁ〜。こんだけ広いなら隠れて訓練できそうな場所もありそうだが...)

 

 

 一人で鍛錬できそうな場所を散歩がてら探していると、王宮内なのに芝生が生え開けた場所があった。花壇もあり、休憩もできるようベンチも置かれていた。吹き抜けで正午の日の光がその空間を照らしていた。ここに名前をつけるなら“王宮の箱庭”と言った感じだろうか。

 

 そこにただ一人、ベンチに座っている少女がいた。長く綺麗な金髪に淡い桃色のドレスを纏った少女は、昼時の陽気にあてられているのかボーッとしていた。

 

 

(たしかこの国のお姫様、だったよな?)

 

 

 晩餐会で目にしていた彼女の姿を思い出した要は彼女のところに歩み寄る。

 

 

「こんなところで何してるんですか、リリアーナ王女殿下」

 

「え?あ、貴方はたしか...」

 

「はじめまして、要 進と言います。以後お見知り置きを」

 

 

 歩み寄ってきた要を見上げていたリリアーナに対して、頭を下げた要は自分の中に蓄積されたオタク知識を総動員してなるべく角が立たないような言動をとった。するとリリアーナはベンチから立ち上がり、実に王族らしい立ち居振る舞いで言葉を返した。

 

 

「はじめまして、要様。ご存知のようですが改めまして、ハイリヒ王国 国王エリヒドの娘、リリアーナ・S・B・ハイリヒと申します」

 

「あ、この場合って跪いて手の甲にキスしたらいいんですかね?」

 

「....ふふ、そんなことしなくてもいいのですよ。要様達勇者様一行は王国の騎士や兵士、というわけではないのですから」

 

「なるほど、勉強になりました。よろしければ隣に座っても構いませんか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 

 要がベンチに腰掛けるとリリアーナもそれに続くようにベンチに腰掛けた。

 

 

「リリアーナ王女はいつもこの時間、ここにいるのですか?」

 

「いいえ、今日はたまたまです。ちょうど取り掛かっていた仕事も終わり一息ついていたところです」

 

「あ、もしかして俺、邪魔ですか?」

 

「いいえ、むしろいいタイミングだったと思います」

 

「ん?タイミング?」

 

 

 なんのことかと要が首を傾げると、リリアーナがベンチから立ち上がり、要の正面に立ち、深々と頭を下げてきた。

 

 

「この度は私達の勝手な都合に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」

 

「....へ?」

 

「私が頭を下げた程度では到底償えきれない事ではありますが、皆様が元の世界に帰還できるその日まで全力で助力いたします。本当に申し訳ありませんでした」

 

「.......頭を上げてください、リリアーナ王女。別に俺は貴方を責めるつもりはないし、一国の王女がそんな軽々しく頭を下げていいんですか?」

 

「体裁よりも誠意が大事です。私達にできないことをやってもらうのですから、お願いする立場の人間として当然のことです。何かお困り事があればなんでも言ってください。出来る限りのことは致します」

 

「そうですか、ならお願いがあるんですけど」

 

「なんでしょうか?」

 

「俺とお友達になってくれませんか?」

 

「.....ふぇ?」

 

 

 先程まで深々と頭を下げていたリリアーナは、要の言葉に虚を衝かれたらしく王女にしては実に間抜けな声が漏れた。そしてその原因である要に視線を向けるため頭を上げた。

 

 

「いやぁ〜、実は俺友達少ないんですよ。もしよかったら俺の異世界友達第一号になってくれませんか?」

 

「そんな事でよろしいのですか?」

 

「そんな事でいいんですよ、俺には。それに日本(むこう)に帰った時、異世界のお姫様と友達になったっていう土産話をチビ達に聞かせられますし」

 

「チビ達?もしかしてお子さんが!?」

 

「いやいや、違いますよ。俺、養護施設出身なんでそこで一緒に暮らしてるガキ共のことです」

 

「あ、そうなのですね」

 

「で、どうです?友達になってくれますか?」

 

 

 リリアーナに手を差し出す要。リリアーナはそんな彼の手を見つめた後、要の顔に向き直り、その瞳を見た。まっすぐで力強い瞳、不思議と安心感を覚えるリリアーナは自然と差し出された手に自身の手を重ね、笑顔で答えた。

 

 

「はい、喜んで!」

 

 

 リリアーナの笑顔を見て、要も笑顔で答えた。そんな彼の笑顔は純粋で、豪快で、少年のような明るさを思わせるものだった。それを見たリリアーナはふと思ったことを口にした。

 

 

「貴方が勇者なのですか?」

 

「え?違いますよ。俺はただの付与魔術師で、勇者の天職を持ってるのは天之河っていういつもキラキラした感じのやつですよ。なんでまた唐突に?」

 

「いえ、その....なんといいますか、雰囲気ですかね。なんとなくそう思って、つい口に出てしまいました」

 

「なるほど、そうでしたか。まあ、リリアーナ王女殿下が勘違いする気持ちもわかりますよ、なんせ俺の方が強そうですし」

 

「あら、すごい自信ですね」

 

「自信ではなく事実ですから。まあもっとも、現状ステータスでは完全に劣ってますので、将来的にはって意味ですが」

 

「ふふっ、ではその日を楽しみにしていますね。いつかお父様に『私のお友達の付与魔術師は勇者様より強いんですよ!』って自慢させてください、近いうちに」

 

「できれば長い目で見守ってください」

 

 

 などと他愛ない話を続ける要とリリアーナ。要がこの世界のことや、リリアーナの日常での出来事を聞いたりすれば、今度はリリアーナが要から日本の話、要の元いた世界での日常などをお互いに聞かせ合う。

 

 リリアーナの表情は要が最初話しかけた時より何倍も豊かになっていた。要の話す出来事ひとつひとつに関心を持ち、時には笑ったり、時にはあわあわと驚いたり、時には優しく微笑んだりと楽しそうにしているリリアーナ。

 

 要自身、そんな彼女の姿につい元いた世界に残してきたチビ達の姿を重ねるが、別に辛くはならない。何故か?それは決まっている。帰ると決めているからだ。来ることができるなら、逆もまた然り。何年かかったとしてもやり遂げる、そしてチビ達にこの異世界での冒険話をいっぱいしてやるんだ、と要はリリアーナと話しながら改めて決意した。

 

 そんなこんなでいつのまにか昼の休憩時間はとっくに過ぎており、太陽もすっかり傾き、この箱庭に届いていた日の光も今は壁の影に包まれていた。

 

 

「ハッ!もうこんな時間なんですか!?」

 

「随分話し込んじゃいましたね、これじゃあ座学の時間はとっくに過ぎてますね、残念ながら」

 

「すいません要様、私のせいで座学の時間が過ぎてしまいました!」

 

「あ、全然気にしてませんから。元々そのつもりだったので」

 

「へっ?....要様〜!私をからかいましたね!」

 

「へへっ、まあまあ〜、そうプリプリしないでください。せっかくの綺麗なお顔に皺ができちゃいますよ?」

 

「誰のせいですか!誰の!」

 

「あっはははは!!てか、そろそろ敬称も丁寧な口調もいらなくないですか?これだけ楽しく話し合って様付けされるとちょっとむず痒いです」

 

「そ、そうですか?なら、なんとお呼びすれば?」

 

「下の名前でいいですよ、シンって呼んでくれれば」

 

「ではシンさんと。私のことは是非リリィとお呼びください。親しい間柄の方にはいつもそう呼んでもらっていますので」

 

「了解だリリィ。できれば気軽な口調で頼む。じゃあ改めて、これからもよろしくな」

 

「はい、シンさん。こちらこそ」

 

 

 二人は改めて握手を交わした。紛れもなく友人として。そしてお互いに自室に戻ろうとした時、要が振り返ってリリアーナを呼び止めた。

 

 

「そうだ、リリィ。ひとついいこと教えといてやる」

 

「いいこと?」

 

「ああ、俺の他にいる神の使徒メンバー、その中でリリィと気が合いそうな奴、“治癒師”の白崎香織と“剣士”の八重樫雫、あと“投術師”の園部優花、この三人がお前と気が合いそうだ。今度声をかけてみるといい、きっとリリィの気持ちを汲んでくれる」

 

「!...はい、わかりました」

 

「じゃあな」

 

 

 そう言って要は背中越しに手を振って自分の部屋へと歩き出した。

 

 そんな彼の背中を眺めるリリアーナは、彼の優しさを受け止めるように握りしめた手のひらをそっと抱き寄せた。

 

 

(本当によく見ていらっしゃる)

 

 

 リリアーナは要に謝り、許され、そして友達になった。

 

 だがそれは要のみの話で、他の勇者達“神の使徒”全員というわけではない。もしかしたら他の方達には責められるかもしれない、罵声を浴びせられるかもしれない。そこに生じるリリアーナの一抹の不安を要は感じ取っていたのだろう。だから最後のあの言葉『気持ちを汲んでくれる』と言ったのだ。

 

 

(きっと彼が勧めてくれた御三方も、彼と同じぐらい優しい方々なのでしょうね。どうやら私の目は節穴ではなかったみたいですよ、シンさん)

 

 

 リリアーナはそんな事を想い、彼女も自身の部屋へと歩み出した。

 

 後日、要が勧めた人物達とリリアーナは話をした。要の助言通り、気の合う方達ですぐに友達になれた。優しく、リリアーナの言葉を真摯に受け止めてくれた。

 

 だからこそ、リリアーナはちょっぴり複雑な気分でもあった。

 

 

「なんだか見透かされてるみたいで、少しばかり悔しいです」

 

「どうしたのリリィ?」

 

「いえ、なんでもありません雫。それより止めなくていいのですか?」

 

「あー、そうだよね」

 

「それでね、南雲くんがね!『白崎さん、ありがとう』って言ってくれたの!ふふ、それでそれで!」

 

「ちょっと香織、一人で盛り上がらないでよ!」

 

 

 一人呟いたリリアーナに対して八重樫が声をかける。その横では“今日の南雲くんエピソード”にトリップしている白崎と、それを止めようとする園部。

 

 リリアーナの不安なんて嘘のように吹き飛ぶ光景。

 

 それをプレゼントしてくれた彼は今頃王宮のどこかでふらふらしているのだろう、と異世界から来た最初の友達に想いを馳せた。

 

 



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勇気

 

 異世界に召喚され、かれこれ二週間があっという間に過ぎていた。

 

 戦闘訓練には最低限参加する要だったが、座学の時間はほとんどサボっていた。その不真面目な態度にイシュタルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ハジメやメルドが溜息を吐くほどだった。

 

 もちろんそんな要が許せない天之河は何度も要を注意した。しかし、その度に要は「忙しいから無理だ」「俺に構う時間があるなら自分の訓練に精を出せ」などと実に尊大な態度で返事をするばかり。だが天之河以外のクラスメイト達は表立って要を批判するものがいなかった。

 

 それは何故か。

 

 その答えは単純なもので、要のステータスが天之河に匹敵するほどまでに成長していたからだ。

 

 現在、天之河のステータスはレベル12でステータス値が平均250ほど。それに対して要のステータスは現在こうなっている。

 

 

======================================

 

(かなめ) (しん) 17歳 男 レベル15

天職:付与魔術師 職業:冒険者   ランク:紫

筋力:250

体力:250

耐性:200

敏捷:200

魔力:300

魔耐:300

技能:付与魔法[+身体強化付与][+攻撃力上昇][+防御力上昇][+自然治癒力上昇][+消費魔力減少][+魔力譲渡」[+魔法強化付与」・■■試練・特異点・言語理解

 

======================================

 

 

 ぶっちゃけて言えば要も大概チートだった。

 

 何せレベルは天之河より高いうえに、ステータス値も平均値は天之河と同等だが魔力や魔耐は天之河を大きく上回っていた。

 

 それを知ったリリアーナは『これで私の目は節穴ではなかったって事ですね、ふふ』と微笑んだ後、これからも頑張ってください♪などと存外にもっとやれ!と言っている様に見えたのは要の勘違いではないだろう。

 

 そんな事を思い出しながら要は自分の尻の下にいる友人に声をかけた。

 

 

「てなことがあったんだよ。あのお姫様、なかなか強かだと思うんだが、そこんとこどう思うよハジメ?」

 

「フンッ!ギッギギギィ〜イ....!!」

 

「ぎ?」

 

「ギブぅ〜〜」

 

「おいおい、まだ3セット目の25レップだぞ!あと25レップ足りないだろー」

 

「む、無茶言わないでよ...もう、支えるだけで、せいいっぱいなんだか、ら〜〜!てか、もう...無理」

 

 

 ハジメがそういうと地面にうつ伏せとなって倒れた。さっきまでしていたのは日課の腕立て伏せで、今日は要がハジメの背中の上に乗って重りとして負荷をかけていた。それもハジメの背中の上で胡座をかいて割とくつろぎながら。

 

 何故こんな事をしているのか?それは単純な話、ハジメを鍛えるためだ。最初ハジメのステータスはかなり伸び悩んでいた。ハジメ自身かなりの努力を積み重ねていたが、それでもなかなか実りがなく、見かねた要がハジメの鍛錬に協力しているのだ。

 

 だが、それはハジメにとって地獄の始まりだった。時には体力づくりのために限界まで走り込みをしたり、時には対人格闘戦をレクチャーすると見せてボッコボコにやられたり、時には今さっきの様に筋力アップのトレーニングをしたり、時にはハジメの錬成師としての戦い方模索のため実験をしたりと様々な事をやった。

 

 ある時、ハジメの回避能力向上と耐久性向上のために殴り合いをしたら、ハジメの顔面が思いの外ボッコボコに腫れ上がってしまい、血相を変えて飛び込んできた白崎がハジメを治療した後、鬼の様な形相で要は正座&お説教を受けたりもした。

 

 そんな今は遠き地獄の思い出を振り返るハジメ。

 

 全身のありとあらゆる筋肉がぶちぶちと悲鳴をあげ、その度に動けなくなったハジメを何故か嬉しそうな白崎が治療するという光景がハジメの脳裏で蘇る。最も未だに地獄の鍛錬は終わっていないが。まあ、そのおかげで以前より大分体が逞しくなったハジメは、戦士系天職のクラスメイトのステータスと比べたらまだまだだがレベル7でステータス値が平均60を超えていたりする。

 

 

「さて、ハジメも大分ステータス上がったし、そろそろ新しいステップに入ってもいいかもな」

 

 

 要は立ち上がり、今も地面にダウンしているハジメを見下ろしながら口を開いた。

 

 すると荒い息遣いながらもハジメは地面に座り直し要を見上げた。

 

 

「次のステップって?」

 

「つまるとこ、実戦だな」

 

「それってつまり.....」

 

「ああ、冒険者として魔物討伐の依頼をこなす」

 

「ですよね〜」

 

 

 ちなみに、ちゃっかり冒険者登録を済ませていた要は、すでに何度か魔物討伐の依頼をこなしており、ランクも紫まで上がっている。もちろんクラスメイトや愛子先生、他の王宮の人には内緒で。この事を知ってるのは、ハジメとメルド、あとリリアーナだけである。

 

 ハジメやリリアーナはともかくメルドにバレたのは偶然だった。てっきりかなり怒られると予想していた要だったが、メルドは予想外な態度をとった。

 

『おい、進!どこに行く気だ?』

『げっ!?メルド団長...』

『お前が常々座学をサボって王都でふらふらしている事は副団長のホセから聞いている。何をしているんだ?』

『..........魔物討伐に行ってました』

『なにっ』

『強くなるために実戦を一度経験しておこうかなぁ〜と思って冒険者ギルドで登録して依頼を受けてました』

『.....ランクは?』

『黄です』

『!....ちょっと待ってろ』

『え?』

 

 そう言ってメルドがどこかに行って少し時間が経った頃、ようやくメルドが要のところに戻ってきた。一振りの刀剣を持って。そしてメルドはそれを要に手渡してきた。

 

『これを持っていけ』

『これは?』

『俺がまだ騎士団見習いだった頃、父親から貰った業物だ。手入れはちゃんとしてある。普通の剣より刀身は短いが扱いやすく、折れにくく丈夫でしなやかな刀剣だ。お前の戦い方にもよく合うだろう』

『.....止めないんですか?』

『なんだ、止めてほしいのか?』

『いえ、ただメルド団長ならこういう勝手な行動には厳しいだろうなと思って』

『よくわかってるじゃないか。正直、お前の普段の勝手な振る舞いは団体行動を乱す行為で褒められたものじゃない』

『........』

『だが、俺はお前がいつも陰ながら誰よりも努力を積み重ね、時には情報を集め、友のために己を奮い立たせているのを知っている。だからこそ、これをお前にやる』

『メルド団長....』

『己を磨け、進。お前はお前のやりたい様に上を目指せ。そして俺がこれを渡したことが間違っていなかったと俺に示してくれ』

『はい!』

『ただし、無理はするなよ?あとわからないことがあればなんでもいいから聞きにこい。お前に何かあったら俺の首が飛ぶ』

『ははっ、くれぐれも気をつけます』

『ならばよし、頑張ってこい進!』

『はいッ!!」

 

 

 あの時の事を思い出し、要は腰に携えた刀剣をそっと撫でた。

 

 メルドから譲り受けたこの刀剣。メルドの言う通り要の手にとても良く馴染んだ。魔物討伐の際にはよく重宝しており、寝る前はいつも手入れを忘れないほど今では愛着のある要の武器の一つである。

 

 他にも付与魔術師として王国から支給された錫杖も要の装備品の一つだが、実は魔物討伐初日にポッキリ折れてしまい、リリアーナにこっそり修理を頼んでいたりする。

 

 と、まあ今では冒険者ランクは紫にまで昇格しており、冒険者ギルドでも破竹の勢いでランクアップする謎の冒険者がいると噂になっているほどだ。

 

 

「まあ、実際に戦ってみないとわからないこともあるもんね。うん、シンの言う通りにしてみるよ」

 

「よし!そうと決まれば早速冒険者登録して魔物討伐に行くぞ!!」

 

「ちょっ!?シン!声が大きいって!シンが冒険者登録してることバレたら大変なんだから!」

 

「おっと、そうだったな。わるいわるい」

 

 

 ここには他のクラスメイト達もちらほら訓練をしているので、今の話を聞かれるのは非常にまずい。主にメルドの首的な意味で。だが、耳聡い奴らはしっかりと聞いていたらしい。

 

 

「誰が冒険者になって魔物を討伐するって?」

 

「檜山くん....」

 

「南雲が魔物討伐?絶対無理だろ、すぐ死ぬじゃん」

 

「おいおい信治、そんなこと言ったら可哀想だろ。南雲なりに努力してんだからさ、まぁクソ雑魚に変わらないけど」

 

「つーか、要と南雲でパーティー組んでも前衛がいないで盛り上がってるの草生えるんだけど」

 

 

 やっぱりと言うべきか、檜山大介率いる子悪党四人衆がゲラゲラと笑い、暴言を吐きながらこちらに歩いてきた。

 

 

「何の用だ檜山、別にお前を呼んだ覚えはないぞ」

 

「ああ?付与魔術師のくせに調子乗ってんじゃねえぞ!ろくな魔法も使えないくせによ!好き勝手しやがって。どうせ、座学サボって王宮のメイドのストーカーでもしてんだろ!学校の時みたいにさ!」

 

「なっ!檜山くんッ!!」

 

「うるせぇよ!雑魚の南雲のくせに要とつるんで頭沸いたか?無能が俺に意見しようとしてんじゃねぇよ。せっかく俺達がお前達のために訓練に付き合ってやろうと思ったのによ」

 

「本当だぜ、人の親切はちゃんと受け取れっつーの」

 

「ていうか、こんな奴が天之河とためはれるステータスなわけないじゃん。サボり魔のくせに」

 

「あれだろ?あいつの変な技能でステータスにイカサマしてんだろ。そうじゃないとおかしいっての」

 

「ハハハッ!だな、おいインチキストーカー野郎。なんとか言ってみろよ」

 

 

 下衆な笑い声が訓練場内で響く。檜山達の言動はとても横暴なものだが、他のクラスメイト達は触らない神に祟り無し、といった感じで視線を逸らして騒ぎが収まるのを待っているばかり。ただ一人、鋭い目つきで檜山達を睨んでいる女子もいるが、周りの女子がそれを抑えていた。

 

 

「しょーもない。ハジメ、行くぞ」

 

「う、うん」

 

 

 檜山達に付き合いきれない要はハジメと一緒に訓練場を出て行こうとする。だが、それでもまだ食い下がってくる檜山。

 

 

「知ってるぜ要。お前、孤児院出身なんだってな。親がいねぇからそんなクソ野郎になったんだろ?同情するぜ、不味い飯食って育ったからストーカーなんてことできるんだよなぁ!きっと他の孤児院の奴らもお前みたいに将来犯罪者予備軍になるんだろうなー」

 

 

 その瞬間、ブチって要の中で何かが弾ける音が聞こえた様な気がした。

 

 自分のことはいい、だが自分をここまで育て、毎日美味しいご飯を作ってくれた施設のおばさん達やチビ共の事を悪く言われたら要も黙っているためには行かない。

 

 何故檜山はこんなに要や南雲に突っかかってくるのだろうか。

 

 南雲の場合は簡単だ、ようは檜山にとって南雲は恋敵なのだ。白崎に惚れている檜山は南雲を目の敵にしている。好きな女が惚れている男を貶して見せることで自分を優位に見せようとしているのだ。

 

 だが要に対しては違う。

 

 要と檜山の関係は高校一年の頃からだ。

 

 檜山は元々バスケ部だった。だが、特待生として入学してきた要を目の敵にし、何度も突っかかってくるがその度にバスケで返り討ちにしてきた。結果、檜山は新人戦の前にバスケ部を辞めていった。

 

 正直何が檜山にとって気に食わないのかわかりかねるが、ああいう手合いに理解など示す必要はない。

 

 今は内から湧いてくるこの怒りをあいつにぶつけたいという欲求が要の心を支配していた。

 

 

「覚悟できてんだろうなぁ、檜山」

 

 

 要は静かに怒りの炎を燃やし、腰の刀剣に手をかけた。

 

 だが、それは意外な形で踏みとどまることになる。

 

 ハジメが走り出し、思いっきり腰を捻って渾身の拳を檜山の顔面に叩き込んだのだ。

 

 助走と捻った腰からの反動、それに加えて今まで地道に鍛え抜いた体が生み出したハジメの拳は檜山の体を宙に浮かせるほど力がこもっていた。

 

 いきなりのことでハジメ以外の全員が驚いていた。もちろん要も。

 

 

「それ以上、僕の友達に暴言を吐いてみろ。今度は君が泣くまで殴るのを辞めないぞ!!」

 

 

 ハジメが見たことないほど怒っていた。

 

 いや、怒っているのは見ればわかる。わかるのだが、何故そこでジョナサンなのだ、友よ。

 

 どうやらハジメ自身不意に出てきた言葉らしく、言い終えてようやく自分がちょっと恥ずかしいことしたと自覚したらしい。だが、要はスカッとしていた。先程までの怒りが嘘の様に引いていく。そして同時にこうも思った。

 

 

(ハジメ、やっぱお前かっけぇよ....)

 

 

 要は()()()()()()()()()()()()の事を思い出した。そして要の方を向いてちょっと恥ずかしそうな顔をしているハジメを見て、要は苦笑した。

 

 

「なかなかいいパンチだったじゃん。腰の入った右ストレート、鍛錬の成果が出たな」

 

「ごめん、ついカッとなって....」

 

「なんでお前が謝ってんだよ。....俺の方こそ悪かった、カッコ悪いところ見せちまったな。けどさっきのセリフ良かったぜ、残念ながら相手は役不足だけど」

 

「蒸し返さないでよ!」

 

「だが、お前のおかげで冷静になれた。ありがとよ、ハジメ」

 

 

 そう、冷静になってようやく気づけた。自分が手をかけていた代物に。腰に携えた刀剣、それはメルドから貰った大事な剣で、こんなことの為にメルドから貰ったわけではないと要は改めて沸いていた自分の精神に渇を入れ直す。

 

 一方、檜山がぶっ飛ばされて近藤達は倒れた檜山に声をかけていた。檜山自身、何が起こったのかまだ理解しきれていないのだろう。だがらこそ、畳み掛ける。

 

 

「なあ、檜山。お前さっき俺達に訓練をつけてくれるって言ってたよなぁ.....いいぜ、相手になってやるよ。俺と、ハジメでな!」

 

「え.......えぇ〜〜〜〜ッ!!」

 

「俺達二人とお前ら四人で来いよ」

 

「しかも四対ニ!?流石にそれは無茶だよ」

 

「大丈夫だって、作戦があるから。案外簡単に終わっちまうかもよ」

 

「そ、そうかなぁ」

 

 

 いきなり決められた訓練相手のカード。もはやこれは対戦といっても過言ではないだろう。しかも、相手は前衛職の檜山と近藤。果たしてどうなってしまうのか。

 

 

「んで、どうなんだよ檜山?」

 

「.....ってやるよ」

 

「ん?なんだって?」

 

「やってやるつってんだろ!」

 

 

 要の口角がニヤリと上がる。

 

 

「そうこなくちゃな、早速やるぞ」

 

 

 そういって要はハジメに肩を組んでズンズンと訓練場の中心へと進んでいく。そして、檜山達に聞こえない大きさの声でハジメに耳打ちをし出す。それをハジメは真剣な顔つきで相槌を打っていた。

 

 そんな二人を追う様に四人も訓練場の中心まで進んでいく。そんな彼らをまじまじと見つめる他のクラスメイト達。

 

 そしてクラスメイトの一人がメルドを呼びに行ってたのだろう、駆けつけたメルドは訓練場の中心に立っている要や檜山達を見つけ怒鳴ろうとしたが、要とハジメの真剣な表情を見て、それを辞めた。

 

 メルドに続いて白崎、八重樫、天之河に、坂上も訓練場にやってくるが、彼らを見て真っ先に声をかけようとしたのは天之河だった。

 

 

「待て、光輝」

 

「な、なんでですかメルドさん!こんなの間違ってます!」

 

「いや、これも訓練の一環だ。互いの実力を確かめるいい機会だ」

 

「ですが!檜山達四人に対して要と南雲の二人ですよ、結果なんて見えてます!」

 

「いいから黙ってみていろ。香織、雫、龍太郎も同じだ、今はこの場を見届けろ」

 

(南雲くん.....)

 

 

 中央に立つ南雲を見て心配そうな表情を浮かべる白崎、だがそこに立っている南雲の表情を見て昔の事を思い出した。

 

 白崎香織が()()()()()()()()()()()()()()の事を。あの時と同じ決して揺るがない強さを秘めた彼のまっすぐな瞳、それを見ては白崎ももう言葉が出なかった。

 

 そんな南雲の決心を汲んだ親友の真剣な表情に、八重樫もまた静かにことの成り行きを見守る事を決めた。

 

 

 そして、そんな三者三様に思いを巡らせている中、メルド・ロギンスは密かに期待を寄せていた。

 

 

(南雲ハジメ。最初こそ才能のかけらもない坊主だったが、友の隣に立とうと必死で食らいつく強さを持っている。ーーーーそして、要 進。あいつは()()()()()()。光輝とは違う何かを持ち、まるで大きな渦の中心の様な奴だ。周りを巻き込み、より大きな渦へと変えていく。そんな気がしてならない男だ。あわよくば勇者を支える存在になってくれた思っていたが、そんな生ぬるいものではない。ーーーだからこそ、期待してしまう!ーーーさあ、俺に何を見せてくれるんだ、進!!)

 

 

 

 

 檜山達と対峙する要とハジメ。

 

 檜山達は自身の天職に合った武器装備を持ち、構える。

 

 ハジメは手に着用したグローブを深くはめ込み、要はメルドから貰った刀剣を抜き、不敵に笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「さあ、始めようぜ」

 

 

 




 補足
●要がメルドから貰った刀剣はアラビアン風な剣。名前合ってるかちょっとわからないですけど“シミターソード”っぽい奴です。刀身はそれほど長くなく、片刃で刀身の先に向かうほど太くなっている感じですね。装飾も少しだけ華美な感じです。鞘もなかなかの一級品です。


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別に、アンタなんか!

 

ーーside:クラスメイト(勝気な少女)ーー

 

 

 訓練場の中心で相対する要&ハジメペアと檜山大介率いる小悪党グループ。

 

 訓練場には他のクラスメイト達や騎士団の兵士達が彼らから離れたところで立っており、要やハジメ達に不安そうな視線を向けていた。その中の一人の少女も周りと同様に要を見ていた。

 

 

「さあ、始めようぜ」

 

 

 要はそう言うと腰の刀剣を抜いた。一週間ぐらい前から急に彼が持ち始めた武器。片刃のアラビアン風な剣、素人目でもかなり値を張りそうな代物を構えた。その姿は妙にさまになっていると思った。

 

 

「「「「........」」」」

 

「どうした、来ないのか?......なら、こっちから行くぞ!」

 

「ー錬成!ー」

 

 

 要は刀剣を構えたまま檜山達に向かって駆け出した。それと同時に南雲は訓練場の地面を隆起され壁を作る。檜山達から南雲の姿が見えない様に体を隠せるぐらいの大きな壁だ。

 

 向かってくる要に対して檜山が率先して攻撃を仕掛ける。

 

 

「ここに風撃を望むーー“風球”!!」

 

「ここに焼撃を望むーー“火球”!」

 

 

 檜山の風属性魔法と中野の火属性魔法が要に向かって飛んでいく。だが要はそれを難なく躱し、あっさり檜山に近づき剣の間合いに入った。

 

 

「こ、ここに....!!」

 

「遅い」

 

 

 咄嗟に魔法を繰り出そうと詠唱に入った檜山だったが、要の腹パンがメリメリと檜山の腹に突き刺さった。『グヘェッ!』と潰れたカエルの様な呻き声を上げると、腹を抑え数歩後退する檜山。

 

 

「くそがっ!こうなったら切り刻んでやる!!...あれ?」

 

 

 檜山は悪態をつきながら腰の剣に手をかけた。だが、自分の得物である剣がどこにもないことに気づいた檜山は視線を彷徨わせ、目の前の要の手を見てさらに悪態をついた。

 

 

「返しやがれ!俺の剣!!」

 

「素直に返すかよ、ほーれ」

 

 

 要は檜山から奪った剣を明後日の方向に投げ捨てた。それを見てさらに怒りのこもった目で要を睨んでいる。

 

 そんな檜山を見かねて近藤が自身の得手である槍を構え、要に向かって突撃してくる。すぐに槍の間合いに到達した近藤は大上段からの大振りで要を叩きのめそうとしたのが、それをいとも容易いと言った様子でギリギリ当たらない程度の半身で躱される。おまけに振り下ろした槍が地面に到達した瞬間を狙って、要は槍の穂先を足で踏みつけた。

 

 

「なっ!?」

 

「こんな簡単に武器を足蹴にされて、お前ら本当に前衛職かよ」

 

「ぐっ、ふざけんな!」

 

 

 おちょくられて怒った近藤が無理やり槍を要の足下から引き抜こうとする。しかしそれならちょうどいいと、要はにやりと口角を上げ、一歩踏み出した。だが、踏み出した先は地面ではなく槍の長い持ち手の部分。

 

 

「はぁッ!?ーーブフッッ!?」

 

 

 驚いた様な声を出した近藤だったが、すぐに蹴り飛ばされた。ここにいるみんなも近藤と同じ様に驚き、目の前で起きた一連の流れに衝撃を受けただろう。何せ、要がまるで軽業師の様に近藤が持っている槍に乗ったと思ったら、近藤の顔面に向けて空中で回し蹴りを繰り出したのだから。繰り出した本人も驚いて、なんか嬉しそうにしている。

 

 

「だ、大介に礼一も!何やってんだよ!」

 

「うるせぇ!!お前らこそさっさと魔法打ちまくれ!当たんなきゃ意味ねぇだろうが!」

 

「そっちこそ、さっきから全然勝負になってねぇじゃん!」

 

「はぁ〜、おいおい、ここに来て仲間割れかよ....(ま、時間稼ぎにはちょうどいいけど)」

 

 

 檜山達が言い争っていると、要が呆れた様に溜息を吐きつつそう言った。そして地面に転がっている近藤の槍を拾ってそれをあっさりと近藤に投げ返した。

 

 

「お前らさ、ハジメをフリーにしてていいの?」

 

「あ?あいつ壁の後ろから出てこないじゃん」

 

「あんな雑魚、無視しても余裕だっての」

 

「それよりまず、お前を潰す!南雲のクソはその後だ。そんで俺を殴った分の倍、あいつの顔をボコボコにしてやる!」

 

 

 檜山達がいかにもな態度で南雲をナメた言動をとっていた。特に檜山は殴られた事を気にしている。

 

 友人に対して危ない発言している檜山、それを黙って聞いている要。だが、そんな彼の口角がニヤリと静かに上がっているのを少女は見逃さなかった。

 

 

「へぇー、じゃあさっさとかかってこいよ。四対一で俺に手も足も出ないんじゃお前らハジメ以下だからな」

 

 

 明らかな挑発、だがそんな要の言葉は全て檜山達にとっては火に油を注ぐ様なもの。

 

 檜山と中野、斎藤が火魔法、風魔法と繰り出し、近藤も槍を拾って応戦する。だが、それら全てが要に全く当たらない。まるでひらひらと風に舞う葉っぱの様に簡単にあしらわれていた。

 

 

「...すごい」

 

 

 そんな彼の姿に少女はただ一言、率直な感想がポロリと溢れた。

 

 以前から要のステータスが天之河に匹敵することは知っていた。けど、彼は付与魔術師だ。前衛職の、それも勇者の天職を持つ天之河には絶対に敵わないと思っていた。けど、目の前の光景を目にすれば、そんな考えは吹き飛んでいく。

 

 前衛職四人を相手取り、魔法も使わず技術だけでここまで渡り合っている姿を見れば、天職がどうだとか、才能がどうだとか、そんな考えは意味がないとわからされる。

 

 そしてこの試合もとうとう終わりを告げようとしていた。

 

 

「シンっ!!」

 

「おう、いいタイミングだ!こっちはもう出来上がってるぜ!」

 

 

 今まで壁にずっと隠れていた南雲が顔を出し、要に向かって声をかけた。それを待ってました!とばかりに要が笑顔で応える。

 

 すでに檜山達は疲弊しており、魔力も尽き、息も荒げ、さっきから四人はただ殴りにかかっているばかりだった。

 

 

「仕上げだ。ーー猛き力をここに施せーー“剛力付与”」

 

 

 要がこの試合で初めて付与魔法を使った。付与の先は自分自身。筋力を強化する魔法の付与で、要は淡い光を纏い輝く。そして要はハジメがいる壁の方に駆け出した。

 

 

「逃げんな!要ぇ!!」

 

「お前はメインディッシュ、だ!」

 

 

 いの一番に要を追いかけてきた檜山を要は蹴り飛ばした。強化された要の肉体が繰り出す横蹴り、見事に不意をつき檜山の腹に突き刺さり吹き飛ばした。それも数回バウンドさせ、五メートルは飛んだ。試合開始すぐなら近藤、中野、斎藤は檜山を心配していただろうが、要にいい様にあしらわれ頭に血が昇っているため、転げ回る檜山を見向きもしないで要を追う。それを見て、要もまた駆け出す。

 

 そして壁の前に到着した要は振り返って、手に持つ刀剣を鞘に収めると、地面に思いっきり拳を叩き込んだ。

 

 強化された膂力で放つ鉄拳が地面に突き刺さる。

 

 すると突き刺さった拳の先から地面にヒビが入り、そのヒビは向かってくる近藤達の足元に到達すると、地面に大きな穴が生まれた。

 

 

「「「なっ!!??」」」

 

 

 三人は同じ様なリアクションで簡単に穴に落ちて行った。

 

 

「ーー錬成!!ーー」

 

 

 壁に隠れていた南雲がそう唱えると、壁にしていた土の塊が穴の方へと倒れていく。そう、まるで落ちた三人が出てこられないよう穴に蓋を被せるがごとく。

 

 ズドンッーーーー

 

 やけに訓練場内に壁が倒れた音が響いた。

 

 目の前の光景に、周りで見届けていたクラスメイトや兵士のみんなも驚いて声を出せないでいた。しかし、そんな中でも二人だけは笑顔で上手くいったとハイタッチをした。

 

 

「さすがハジメ、錬成師としていい仕事だったぜ。タイミングもバッチシ!」

 

「シンこそ、四人を相手によくもまあ凌いだものだよ。まあ、シンなら余裕だっただろうけど」

 

 

 要は笑いながら南雲を労い、南雲は全身土汚れが目立ち疲労している様に見えるが、それでも笑いながら要に応えていた。

 

 

「そういえばシン。なんで檜山君だけ残したの?確か作戦だと....」

 

「ああ、気が変わった。ちょっとあいつに()()()()()()()と思ってな」

 

「....え?」

 

 

 なんとも意味深な発言をした要。それを聞いた南雲が何やら顔を引き攣らせていた。

 

 そして要は檜山の方に歩み寄って行く。そんな要を見て尻餅をついている檜山は怯えた様な声を漏らし、顔を引き攣らせた。要はそんな檜山を見下ろしてながら口を開く。

 

 

「お前達の負けだ。どうだ?舐め腐ってた相手にいい様にされた気分は?」

 

「な、なんだよアレ...なんで南雲が...」

 

「お前達がハジメを舐めて放置してたから、あいつが自由に動いていただけだ」

 

「嘘だ!!無能の南雲があんな真似できるわけねぇ!お前がなんかやったんだろ!」

 

「つまりお前はあいつに負けだわけじゃないと?」

 

「あ、ああ!!」

 

「だったら証明してみろよ。今度こそ()()()()()()()()

 

「「え?」」

 

「てなわけだハジメ。ちょっと檜山ぼこってこい」

 

「え、ちょっ、えぇ〜〜〜!!??」

 

「お互い疲れてるんだし武器無し、魔法無しの素手で勝負をつけようじゃねぇか」

 

「何言っちゃってるのかなぁ〜、何言ってくれちゃってるのかなぁ〜〜!」

 

 

 急な展開に檜山は呆然と要を眺めていた。そして唐突にとんでもない企画を通してきた友人に南雲は普段しない言動で要に掴み掛かり、要の体をガックンガックン揺らしていた。それを無抵抗のまま、されるがまま「あっはは♪」と穏やかに笑っている。

 

 もちろん急な展開に檜山はもちろん、周りの人達も何が何だかと言った様子で訝しそうに二人を見ていた。ただ一人、笑顔でとんでもないオーラを放ち、静かな様相で要に怒りを募らせる治癒師がいたが、今は触れないでおこう。

 

 

「...上等だ!」

 

 

 先程まで要と南雲を呆然と眺めていた檜山が、キッと睨み、立ち上がって南雲に殴りかかろうとした。だがーー

 

 

「くたばれ南雲ぉッ!」

 

「え、あ、....ふんっ!」

 

「ぐぼぉっ!」

 

 

 咄嗟のことながら檜山の拳を躱し、カウンターの南雲の拳が見事に檜山の顔面にクリーンヒットし今度こそ完璧に檜山はダウンした。

 

 呆気なく決着がついてしまった。

 

 

「.....ユー、アー、チャンピオン!」

 

「シン〜〜〜〜〜!!!」

 

 

 なんとも締まらない空気の中、南雲の手を掴み掲げさせる要。それを振り払って南雲が怒った様子で要を追い回す。それを笑って謝りながら逃げる要。なんとも檜山が哀れでならない。

 

 

「そこまでだお前達!」

 

 

 するとこの戦いを見守っていたメルドが声を張り上げて訓練場の中心にやってきた。そして散り散りだったクラスメイト達、兵士たちに集まれ!と声をかけ、みんながメルドの元に駆け寄ってくる。檜山や近藤達は他の兵士達が介抱している。

 

 

「見事な勝負だった、シン、ハジメ。特にシン、あれほど卓越した戦闘技術を持っていたとは驚きだ、今後とも()()に励めよ」

 

「はい」

 

「それからハジメ、あの大穴はお前が作ったものだな?壁に隠れた後、密かに地面に潜り、壁の手前で穴を広げていた。そしてシンがおびき寄せた信治達を一網打尽にし、あらかじめ作っておいた壁で蓋をした。そうだな?」

 

「はい、それにもし誰かが僕を追ってきていたら作っていた穴から脱出して穴を崩落させる。そういう段取りでした」

 

「やはりな。それに最後の腰の入った拳もなかなかの物だ。ちゃんと鍛錬の成果が出ているみたいだな」

 

「あっはは.....まぁ、檜山君が残っていたのは予想外だったんですけど」

 

 

 渇いた苦笑をこぼす南雲がジト目で要を見るも、ツゥーっと要は視線を逸らした。そんな様子を見て少女は「あ、南雲知らなかったんだ」と思った。

 

 

「うむ、二人は今後とも精進する様に」

 

「「はい!」」

 

 

 要と南雲はメルドの言葉に力強く返事をし、今度は全員に向かってメルドが口を開いた。

 

 

「お前達も見ていた通り、例え数で不利になろうと、力で劣っていようとやり方次第でいくらでも逆転できる!それを成しえるためには努力を(おこた)ってはならない。自分を守るためにも、誰かを守るためにも、成し遂げたい目標のためにも、自分がやれることを精一杯やれ!いいな!」

 

「「「「「「「「「「はい!!!!!」」」」」」」」」

 

「よし、では今後の予定を伝える。明日、早朝より王宮を出立し、オルクス大迷宮のあるホルアドへと向かう。そこで実戦訓練を行い、魔物討伐を実際に体験してもらう。そのためにも今日は明日に備え、早めに休むように!では解散」

 

 

 そう言ってメルドは訓練場を後にした。

 

 他のクラスメイト達もそれぞれ散り散りになり、明日のことについて話し合ったら、さっさと部屋に帰って行ったらしていた。

 

 初めての本物の戦闘。そう思うと無意識に手が震えて、それを感じ取った少女の友人が声をかけてきた。

 

 

「優香っち大丈夫?」

 

「あ、うん。平気だよ」

 

「とうとう来たって感じだね、魔物討伐。大丈夫だよね?」

 

「大丈夫だって。天之河君達もいるし、メルド団長もいるんだから」

 

「それにほら、優花っち愛しの王子様もいるわけだしね〜」

 

「は、はあ!?何言ってんのよ!」

 

「あぁ、愛しの要様、どうか私をお守りください!」

 

「安心するといい優花、いや姫!俺が貴方を必ずお守りします!そして貴方を守り抜いた暁にはその唇を貰い受けます」

 

「ちょっ、二人とも何言ってーー」

 

「まあ、そんな!守り抜いた暁にとは言わず、今でも構いません!」

 

「姫!」

 

「要様!」

 

「「キャーーーーッ!!」」

 

「変な妄想するな!別に要のことなんて好きじゃないし!てか声大きいのよ!!」

 

 

 園部優花、菅原妙子、宮崎奈々がなんとも女子らしい会話で盛り上がっていた。妙子と奈々の即興寸劇に慌てて声を被せる優花、そんな三人に視線を向けている人物がいた。

 

 

「ちょ、要が見てるじゃん!!」

 

「もぉ〜なんで隠れるのよ優花っち」

 

「べ、別に隠れてるわけじゃないし!ちょっと日差しが暑いからお妙の影に入ってるだけだし!」

 

「いや優花〜、その言い訳は苦しいって」

 

「ほんっと優花っちはツンデレのツンが激しいなぁ〜」

 

 

 妙子の後ろに隠れる優花、その時点で要を意識していることの証明なのだが本人は全く気づいていない。そして妙子の後ろからそっと顔を覗かせ、要がいなくなったのを確認してホッと胸を撫で下ろした。

 

 

「もう二人ともバカ言ってないでさっさとお昼食べに行くよ!」

 

「もう待ってよ優花っち」

 

「待ってよ〜」

 

 

 優花がさっさと訓練場を出ていくので、それを追って妙子と奈々も訓練場を出て食堂へと向かう。

 

 

(また要に聞きそびれちゃった。ほんと私、何やってんだろ........)

 

 

 なんてことを思い、自分のこの勝気な性格にちょっぴり嫌気がさしながら、優花は食堂までの歩みを緩めることなく進んだ。

 

 ちなみに何故要がいなくなったのかは、香織に聞けばきっと笑顔で答えてくれるだろう。鬼のオーラを纏って。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 白崎(鬼)の説教からようやく解放された要は昼食後、一人で王都の街にやってきていた。

 

 というのも以前からリリアーナに聞いていた魔道具市場が今日開かれるらしく、冒険者稼業で稼いだお金もたんまりあるし、暇つぶし程度で使えそうな道具を探しに来ていたのだ。

 

 ハジメにも声をかけ、ついでに冒険者登録を済ませようと誘ったのだが流石に今日は疲れたらしく、冒険者登録の件はオルクス大迷宮から帰ってからということになった。

 

 市場の規模はそれほど大きくないのだが、かなりの冒険者でごった返していた。こう言う時、大抵漫画やアニメだと常識知らずが無警戒に歩いて財布をスられるというのがお決まりだが、そんな間抜けなことにはならない。今の格好はいつも王宮でいるような格好ではなく、冒険者として働く時の装いで、財布も完全ガードしている。抜かりはないのだよ。

 

 と内心で某悪魔な閣下みたいな声で大笑いをしていた。そう、要は割とテンションが高かった。

 

 すると少し先の小物店が何やら客と揉めていた。

 

 こういうことはよくあることだろうと、スルーもできるのだが客の声に聞き覚えがあり近寄っていく見ると案の定知り合いだった。というかクラスメイトだった。

 

 

「こんなところで何やってんだ、園部?」

 

「え、要!?なんでここに!?」

 

「いや、それはこっちのセリフなんだが。それより何かあったのか?」

 

「聞いてよ要!このおっさんが私に難癖つけてくるのよ!」

 

「おや、兄ちゃんこの子の知り合いかい?困るよぉ〜、うちの商品に傷をつけられてねぇ〜。こっちはお金を払ってくれれば大丈夫だって言ってるのに払わないの一点張りなんだし、代わりに兄ちゃんが払ってくれるのかい?」

 

「なっ!?要は関係ないでしょ!それに私は傷なんてつけてないっての!」

 

 

 ふむ、どうやらお約束展開に園部が捕まってしまったらしい。

 

 

「それで?その傷の入った商品ってのは?」

 

 

 店主がその商品、花型の細工が施された髪飾りを手渡してきた。それを受け取り、見ると確かに花細工の部分にくっきりと傷が入っていた。

 

 

「いくらだ?」

 

「一万ルタだよ」

 

 

 はい、ぼったくり確定。お世辞にもこの程度の細工なら高く見積もっても五百ルタってところだろうに、その二十倍と来た。

 

 

「随分ふっかけるな」

 

「あぁん?あんたも俺の店に難癖つける気かい?そこのお嬢ちゃんと一緒に警邏に突き出してもいいんだよ?」

 

「な!このおっさん!!」

 

「まあ待て園部。なあ店主、この傷どうやって着いたんだ?」

 

「そんなの決まってるだろ、何か鋭利なもので擦ったから傷がついたんだ」

 

「へぇ〜、じゃあ試してみるか。園部、爪でもナイフでもいいからそれを擦ってみろ」

 

「え!?で、でも.....」

 

「いいから」

 

「....うん」

 

 

 園部は渋々要に言われた通りに爪でその傷が入った髪飾りを引っ掻いてみた。だがいくら引っ掻こうと先程の傷のようなものは一歳つかない。

 

 

「ナイフは?」

 

「え.....持ってないけど?」

 

「はぁ〜.....園部、お前不用心すぎるぞ?」

 

「え!ご、ごめん.....」

 

「だが今回はナイスだ」

 

 

 要の言葉に不思議そうに首を傾げる園部。

 

 

「というわけだ店主、こいつの爪でいくら強く引っ掻こうがこんな傷元々つきようがないんだ。それにナイフのような鋭利なものもない。まぁ、もっとも.....」

 

 

 そう言うと、要は店主の襟首を強引に引き寄せ、懐を漁る。すると案の定だった。店主の懐の中に、傷のついた髪飾りと同じ色、形状の花細工の髪飾りがあった。それを見た園部の驚くと同時に店主を静かに睨んだ。店主はバツが悪そうに視線を逸らした。

 

 

「てなわけでだ。俺もこいつももう行っていいよな?それとも警邏に突き出されたいか?」

 

「ちっ、わかったよ。まったく運が悪いぜ、ほら!さっさとどっか行け!」

 

「な!人を騙しておいて謝罪もないの、このおっさん!」

 

「まあまあ、いいから。ほら行くぞぉ〜」

 

「ちょっと要!」

 

 

 悪態をつく店主にまだまだ文句を言い足りない!と噛みつこうとする園部の背中を押して、要達はさっさとその場を離れていった。

 

 後日、その店の悪徳店主はタチの悪い冒険者にぼったくろうとして逆に高い金をふっかけられたらしい。

 

 悪徳店主の店から離れた二人は並んで歩いていた。すると、園部が口を開いた。

 

 

「その....さっきはありがとう、助かった」

 

「いいってことよ。しっかし、園部がこんなところにいるなんてな。なんか目当ての物でもあったのか?」

 

「別にそういうわけじゃないけど...アンタこそどうなのよ?」

 

「まあ俺も園部と同じ感じかなぁ。冒険者ギルドに顔を出すついでに何か掘り出し物があればなと思って」

 

「冒険者ギルド?」

 

「あ、やっべ....」

 

「アンタ、まさか冒険者やってるの?」

 

「内緒にしてくれよ?」

 

「さあ、どうしたものかなぁ〜」

 

「なんか奢ってやるから、頼む!メルド団長の首もかかってるんだ!」

 

「なんでそこでメルド団長が出てくるのよ?あ、もしかしてメルド団長、黙認してるの!?」

 

「ぐぅ....」

 

 

 さらに墓穴を掘る要。これ以上の情報はやらん!

 

 

「南雲は要と仲いいから当然知ってそうだし、他にいるとしたら〜....まさかとは思うけど、リリィも知ってたりする?」

 

 

 なんでわかるんだ!?これが女の勘ってやつなのか?それとも探偵か?探偵なのか!?探偵なんだな、園部は!!と、秘密を知ってる面子を全て言い当てられて、若干思考が残念な方向に向かっている要。

 

 

「顔に出てるわよ、要」

 

「......................それマ?」

 

「もしかして、アンタって意外と馬鹿なの?」

 

 

 色々残念な方向に振り切り始める要、そんな要を見てくすくすと楽しそうに笑う園部。気づけば二人は魔道具市場の露天には目もくれず、ずっと話しながら歩いていた。

 

 そんな二人を陰ながら見守る二人の少女がいた。もちろん菅原妙子と宮崎奈々だ。二人はニマニマと表情を緩ませながら要と園部、二人の尾行を続けていた。

 

 そもそも何故、園部がこんな市場にやってきたのかと言うと、原因は二人にあった。

 

 実はたまたま要と南雲が話しているところに遭遇した菅原と宮崎。その話によると王都で開かれている市場に要が一人で行くと言うではないか。ならば!と二人は園部に一緒に市場に行こうと誘い、だがしかし用事ができたので先に市場に行っててと促したわけだ。園部の性格上、真面目に二人が戻ってくるのを待っていから市場に行ったかもしれなかったのだが、園部の脳裏で「もしかしたら要に会えるかも?」という疑念が浮かび、結果園部はついつい二人の話に乗せられたのだ。

 

 先程の悪徳店主の時も二人は陰で見守っていたのだが、もし要がやってくるタイミングがもう少し遅ければ二人は飛び出していただろう。だが、ナイスタイミングで要が現れたことで二人の乙女ボルテージは最高潮!その上、楽しそうに要と喋っている友達を見て、二人はすっかり出来上がっていた。

 

 というわけで任務(尾行)続行である、と二人は友達とその想い人を追うのだった。

 

 そんな二人が尾行しているともつゆ知らず、要と園部は冒険者ギルドにやってきた。まるで場末の酒場のような趣きある雰囲気で、昼間からのんだくれる冒険者達がちらほらいる。

 

 ギルドに入ってきた要と園部を見る冒険者達。

 

 流石に園部もこの雰囲気に萎縮し、自然と要の服の袖を掴んでいた。

 

 そして厳つい顔をしたガタイのいい冒険者の一人が要達に近寄ってくる。それを見てますます怯える園部は要の影に隠れるがーーー

 

 

「よお、シン!なんだよ女連れか?いい御身分じゃねえか」

 

「うるさいぞイワン。それより、また昼間から飲んで、嫁さんに尻叩かれても知らないぞ?」

 

「うっ、やめてくれぇ〜、今は考えないようにしてんだ」

 

「へ?」

 

 

 思っていた展開と違うらしく、厳つい顔の冒険者と要が親しく話していた。要の背中に隠れていた園部がちょっこり顔を出す。そんな園部を見て要が苦笑すると、それを見た園部は気恥ずかしくなり、要の背中から離れた。しかし、袖を掴んだ手はまだ離れていない。

 

 

「おい、イワンの旦那!シンの彼女が怯えてっぞ?そんな厳つい顔で近寄られちゃ俺だって隠れたくなるぜ」

 

「うるせぇ!気にしてることいちいち言ってんじゃねぇ!」

 

「おーい、シン!悪いけどまた依頼手伝ってくれねぇか?お前の腕が必要なんだよ」

 

「悪いがまた今度だ。今日は依頼を受けにきたわけじゃないんでな」

 

「まじかよぉ〜〜!ぬわぁ〜〜、これで今日断られたの3回目だ、くそ!もういいや!今日はヤケ酒だ!明日のことは明日の俺に任せる!」

 

「荒れてるなぁ〜バッカスの奴」

 

「要 進、待っていたぞ。さあ悠久の時より続く我々の因縁を今日こそ決着させようではないか!」

 

「あ、悪い。また今度だ」

 

「ぬおぉ〜〜〜〜〜〜んん!!」

 

「まーたやってるよ、レクタ」

 

「構うな、病気がうつる」

 

 

 なんとも騒がしい様相のギルド内。その中心にいるのが要らしく、先ほどから強面の男達から声をかけられては随分と親しく話している。それはまさに、要に対しての親愛と信頼を表しているようで、そんか要を園部は素直にすごいと思った。

 

 

「悪いな、騒がしい奴らで」

 

「それは全然気にしてないけど、要ってこの人達に信頼されてるんだ」

 

「一緒に仕事したり、アドバイスしたり、愚痴を聞いたりしてるだけさ」

 

「ふーん」

 

 

 そんなやりとりをして要は依頼受付のカウンターに向かった。それについていく園部。受付のカウンターには要や園部より五歳は歳上っぽい綺麗なお姉さんが立っていた。

 

 

「いらっしゃい、シン。今も依頼を受けにきたの?」

 

「いや、今日はちょっと挨拶をしておこうと思ってな。明日()()()でオルクス大迷宮に行くから、少しばかり留守にするって話だよ」

 

「!....なるほど、わかったわ。ギルドマスターには私から伝えておくわ。それよりシン、そっちの可愛らしい女の子は?」

 

「ああ、俺の()()の仲間だよ」

 

「なるほどね、てっきりシンの恋人かと思っちゃった」

 

「こいッ!?」

 

「揶揄わないでくれ」

 

「ふふっ、ごめんなさい、つい」

 

 

 恋人と勘違いされたと思って顔を真っ赤にする園部。だが、それは受付さんの冗談だと知り、なんとか平静を保つ。

 

 だが、この受付と要が妙に親しげなのが園部は面白くないらしく、段々目に力が入る。それを見ていた受付は微笑ましそうに園部を見て、ある提案をしてきた。

 

 

「そういえばシン、以前から魔道具探してたわよね?」

 

「うん?まあ確かに」

 

「実は今朝入ってきたばかりの魔道具が数点あるんだけど、よかったら見てかない?どうせ魔道具市でろくなもの見つけられなかったんでしょ?」

 

「確かにそうだが。う〜ん、まあ、そういうことなら。少し時間もらうけどいいか、園部?」

 

「ええ!私?う、うん、別に構わないけど」

 

 

 そういうことでギルドが所有している魔道具を見せてもらうことになった。そうして受付の綺麗なお姉さんこと“スーシー”がいくつか魔道具を持ってきた。

 

 首飾りや指輪、腕輪に小手などと大小様々なものがある。その中でも特に気になるのは首飾りと指輪だろう。首飾りは一度だけ着用者を即死級のダメージから守ってくれるもので、指輪は火魔法の付与が込められていた。

 

 ぶっちゃけ首飾りと指輪、両方欲しい要は、スーシーに頼んでその二つを売ってもらうことにした。

 

 

「園部は買わないのか?」

 

「私はいいわよ、今の手持ちじゃ買えないもん。それよりアンタ、結構高い買い物だけど平気なの?」

 

「ああ、伊達に冒険者稼業で稼いでないし、稼いだ分も結構貯まってるからな。せっかくのお金なんだから貯めるより、使って経済を回した方がいいだろ?」

 

「なんか理屈っぽいけど、ようするに要がお金使いたいだけでしょ?」

 

「そうとも言える」

 

 

 そしてスーシーが小包を二つに分けて入れ、魔道具を渡してきた。一つは普通の包装、もう一つは妙に小綺麗な感じで、スーシーが要にウィンクして合図を送ってくる。

 

 それを見て要は何かを察し、少し考えた後、小綺麗な包装に包まれた指輪の魔道具を園部に渡した。

 

 

「園部、ほれ。これやるよ」

 

「え、私に!?私、欲しいなんて言ってないけど」

 

「お前、投術師だろ?ナイフとかに魔法を付与する方が威力も上げられるし、便利だと思うぞ?それに指輪だからあんまり嵩張らないし、お手軽に強化ができる」

 

「いや、そういうことじゃなくて!」

 

「今日半日、俺に付き合ってくれた礼だ。あとあの時の()()()()()()()()お返し」

 

「!!.....覚えてたんだ」

 

「当たり前だろ?とっても美味かったぜ、園部」

 

 

 その言葉は園部が要からずっと聴きたかった言葉だった。唐突なことだが、それを聞けて本当に嬉しいらしく、園部は自分の髪をくるくると弄りながら、少し照れつつ礼を述べた。

 

 

「えっと、その.......ありがとう、要」

 

「ああ、どういたしまして」

 

 

 ニマニマと笑顔を浮かべるスーシー。それを見て要が「言っておくが、こいつはダメだからな?」と言うのだが、園部にはそれがどういう意味かわからずにいた。後で聞いてみようと思った園部、そしてスーシーが男も女も両方イケる口だと知り、今日一番のびっくり顔を見せたのだった。

 

 そんなこんなで用事を済ませ、王宮に帰ってきた二人。

 

 何故かニヤニヤ顔の菅原と宮崎が園部の部屋の前で待っていた。園部が何かを察したらしく、二人を部屋の中に連れ込み「じゃあね、要」と言って早々に解散となった。

 

 

「さてと、暇だしリリィのところにでも行って今日のこと話しやるか〜」

 

 

 なんて言いながら要はふらふらと歩いていった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

ーーside:クラスメイト(勝気な少女)ーー

 

 

 自分の部屋に戻った優花は、要にもらった火魔法の付与が込められた指輪を指につけたり外したりを繰り返し、指輪をつけて手を俯瞰して眺めてみたりしていた。

 

 先程まで妙子と奈々に今日のことを根掘り葉掘りと聞かれ、うんざりしつつも適当に答えていた。だが、なんでそれを知ってる?という二人が知り得ないはずの話も出てきて、実は二人が自分と要のことを尾行していたと知り、顔を真っ赤にしてワーキャーワーキャーと騒いでいたりしていた。

 

 だが、そんな喧騒も今は静かで、外行きの装いから寝巻きに着替え、今はリラックスした状態でベッドに寝転がっていた。

 

 

「明日は大迷宮.....」

 

 

 その言葉を呟き、僅かながらに不安を覚える。そして指に嵌めている指輪をもう片方の手で握りしめ、それを胸に優しく抱く。

 

 すると少しだけ不安が晴れるようで、心が落ち着く気がした。

 

 

「うん、大丈夫だよね。みんながいるし、それに.....アンタもいるんだから」

 

 

 指輪を眺めながら優花はそう呟く。

 

 そして部屋の明かりを消し、いつもよりずっと安心して眠りについた。

 





割と長くなりました。

オリキャラ登場、名前のあったキャラはここに詳細書いときます。

イワン
・酒好きの厳つい顔をしたガタイのいい男。医者にお酒の飲み過ぎは控えるように言われているのに、稼ぎがいいとつい飲みすぎてしまう。そしてその度に恰幅の良い嫁さんに尻を叩かれる。尻が腫れて痛い日は酒を飲む気分になれなくなり、その反動で飲み過ぎてしまうという悪循環に陥っている。
要とは何度かパーティーを組み、その実力を認めている。

バッカス
・行き当たりばったりな猿顔の男。シンと同じ固定のパーティーを持たないなんでも屋の冒険者。見た目が弱そうなせいでパーティーに入れてくれないことを悩んでいる。

レクタ
・ただの厨二病患者。ランクは要と同じ。双剣士の天職持ち。要と出会った当初、要に絡んでおり、その際要にボコボコに殴られてから何故か要のことを気に入っており、よく話しかけてくる。

スーシー
・王都冒険者ギルドの受付嬢。綺麗でスタイルも良く、艶めかし女性。男も女も両方食えるタイプ。特に園部のような女の子が好きだが、色恋沙汰も大好きでそれを密かに応援することに精を出している。要の顔は好みらしいが、絶対に手を出さないと決めている。スーシー曰く、「シンは怖い男よ。ついのめり込んでしまいそうになるから。だから手を出さないの、私は色んな恋や出会いを楽しみたいもの!」らしい。



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チェスト!!

 

 翌日、要達クラスメイトはオルクス大迷宮がある宿場町ホルアドにやってきていた。

 

 そして訓練の間は、王国の兵士達が訓練のためよく使う宿屋に要やハジメ、他クラスメイトが寝泊まりすることになっている。今日はここで一泊し、明日早朝からオルクス大迷宮へと潜ることになっている。

 

 要の同室はやっぱりハジメだった。まあ要自身、ハジメ以外と同室になるのは気が休まらないので辞退したい、と思っていたがメルドの計らいで同室にしてくれた。

 

 

「まさかオルクス大迷宮でハジメの実戦デビューになるとはな〜。できればその前に実戦を積ませたかったんだけど」

 

「今回は二十階層までしか降りないから心配ないし、これもいい経験になるよ」

 

「.....ま、そうだな。師匠として、弟子の成長がどんなものか楽しみだ」

 

「誰が弟子だよ、まあ鍛錬に付き合ってくれたのはありがたいけど。変にプレッシャーかけるのはやめてよね?」

 

「わかってるって。お互い明日は頑張ろうぜ、相棒」

 

「うん、頼りにしてるよ、相棒」

 

 

 そう言って二人は拳を合わせた。なんだかんだ言ってこれが二人の挨拶みたいになっている。最初こそ恥ずかしそうにしていた要だったが、今では自然とそれが二人の挨拶だという風にカッコつけている。

 

 すると誰かが訪ねてきたのか、部屋の扉をノックする音が室内に響いた。二人は顔を見合わせ、「今開ける」と言っても要が扉を開けると、そこには白崎が立っていた。純白のネグリジュにカーディガンを羽織った姿をしていた。

 

 

wow(ワーオ)

 

「なんでやねん....」

 

「え?」

 

 

 二人はそれぞれ違うリアクションをとる。要は白崎のなんとも無防備な姿に、ハジメはそんな姿で何故ここに?という気持ちで漏れた発言だった。そんな二人のリアクションにキョトンとする白崎。だが、そこで気を取り直してハジメが白崎に尋ねた。

 

 

「えっと、白崎さん。こんな時間にどうしたの?」

 

「.....その、ちょっと、南雲くんと話がしたくて」

 

「OK、了解だ。俺は席を外す、あとは若い者達でご自由に」

 

「ちょ、シン!?」

 

「俺は一時間、いや二時間ぐらい席を外すからその間にちゃんと済ませとけよ。あと換気もしといてくれよぉ?」

 

「おいシン!?笑いながら何言っちゃってくれてるの!?」

 

「じゃ、ごゆっくり〜ぐふふ...」

 

「おい待て!」

 

 

 わざとらしく気を利かせた要がそんな事を言いながら白崎に部屋に迎え入れ、自分はそそくさと部屋を出ていった。まあ要の意味深な発言の意図に気付いたのはハジメだけで、白崎はずっと頭に疑問符を浮かべていたので、要が思うようなことにはならないだろうと考えていた。

 

 そして、部屋の扉を閉め、要は暇つぶしにちょっと鍛錬でもしようと宿屋の屋外広間に向かって歩いて行った。

 

 屋外広間に到着するとすでに先客がいた。

 

 その人物はこの世界に来てずっと使っている愛用の剣を振り続け、長い黒髪を揺らし、一心不乱に剣を振り続けていた。

 

 

「よお、八重樫」

 

「ん?要、くん.....」

 

「自主練か?」

 

「ええ、同室の子がこんな夜更けに男の子のところに行っちゃったもんで手持ち無沙汰なの」

 

「奇遇だな、俺も同室の男子が女子を連れ込んだから気まずくて逃げてきた」

 

「「ふふっ、あはは」」

 

 

 そんな冗談を言い、二人は笑い合った。

 

 

「なんだか久しぶりね、こういうの。一年生の頃以来かしら?」

 

「そうだな。二年になってからは、まあ色々あったから、なかなか話す機会がなかった」

 

「......ねぇ、要、くん」

 

「みずくせぇよ八重樫、昔みたいに要でいい」

 

「じゃあ要、今までごめんなさい」

 

「何がだ?」

 

()()()貴方を疑ってしまった事、その後もずっと貴方に返事を返さなくてごめんなさい、今まで貴方に辛い思いをさせて本当にごめんなさい」

 

 

 頭を深々と下げる八重樫の言葉は震えていた。まるで償えきれない罪を断罪してほしいように、八重樫を言葉を振り絞っていた。

 

 

「八重樫、頭を上げてくれ。あれは全部俺が蒔いた種が原因だ、それは前にも言っただろ?だからお前が謝る必要はない」

 

「でも!!」

 

「なら聞かせてくれ、()()()俺が聞けなかった返事を。お前に告白して聞けず終いだった、お前からの返事を。それでこの話は終いだ」

 

「.............」

 

 

 それを聞いた八重樫は数秒を沈黙した後、頭を上げた。そして意を決したように、また頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい、貴方とは付き合えないわ」

 

「理由を聞いても?」

 

「今は、誰とも付き合う気にはなれないの。貴方の気持ちはすごく嬉しいけど、私にとって貴方は、友達だから」

 

「........................そうか」

 

 

 八重樫の言葉を受け止め、要は大きく深呼吸した。そして気持ちを切り替え、豪快に笑って見せた。

 

 

「ならしょうがない、ようやくスッキリしたぜ!ちゃんと返事を返してくれてありがとな、八重樫」

 

「ううん、私こそ今まで放置してて本当にごめんなさい」

 

「気にすんな、俺が避けてたってのもあるから、悪いのは俺の方だ。それよりフったからって友達やめてくれるなよ?流石にそれは寂しいからよ」

 

「もちろん、友達やめないわよ。むしろ貴方が私を避けないか、そっちが不安だわ」

 

 

 なんて軽口を言い合い、二人はまた笑って見せた。

 

 

「それじゃあ私はもう戻るは、多分香織も戻ってきてるだろうし」

 

「ああ、俺はここで鍛錬して戻るからお先にどうぞ」

 

 

 そう言って八重樫は親友のところへ駆けて行った。それを見届けた要は、壁に背を預けながら、ずるずると座り込んだ。

 

 

「はぁ〜、これで俺の初恋は終わったな。まったく、片想いの時間が長いとその分心にダメージがくるなぁ〜」

 

 

 誰もいない中、消え入りそうな声でそんな事を独り言ちる。すると頬が何かに濡れたのを感じそれを拭ってみると、視界がぼやけ始めていた。

 

 

「まったく、かっこつかねぇなぁ〜俺ぇ.......さてと!さっさと鍛錬済ませて、風呂に入ったら、寝ちまわねぇとな!明日はオルクス大迷宮なんだ、切り替えねぇと」

 

 

 要は目元を雑に擦り、頬を叩き、立ち上がる。

 

 そして筋力トレーニングを一心不乱に行い、精神を整えた。

 

 そんな要の様子を見ていた者がいた。

 

 壁の影に隠れ、結局声をかけるタイミングが掴めず、ずっとそこで要と八重樫のやりとりを聞いていた園部。

 

 園部は一心不乱に鍛錬に精を出す要を見て、そして先程までの二人のやりとりを思い出し、何かを決意したような顔でその場を後にした。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 

 場所は変わってオルクス大迷宮十九階層。

 

 メルドの声が洞窟内で響き渡れば、今度は剣撃の音、硬い何かに金属を打ち付けるような音、または小さな爆発音といったものが忙しなく聞こえてくる。

 

 現在、要達“勇者一行”は騎士団の兵士達、そしてメルド団長と共に迷宮内を進んでいた。

 

 そして迷宮に入って何度も繰り広げられる魔物との本物の実戦に、クラスメイト達はそれほど苦戦もせず楽々ここ十九階層までやってきていたのだ。

 

 異世界人のほとんどがチート持ちの集団なうえ、勇者といった格別チート能力の天之河に彼を中心として坂上、八重樫、中村、谷口、そして白崎のパーティーは見事な連携プレイであっという間に魔物を討伐してしまう。

 

 そんな優秀な生徒達に苦笑するメルド。だが、驚くという意味でメルドがさらに苦笑いしてしまうパーティーが他にもいた。それはーーー

 

 

「いくぞ、ハジメ、遠藤!ーー“剛力付与”!」

 

「ーー錬成!ーー」

 

「お、おう!」

 

 

 要 進率いる南雲ハジメ、遠藤浩介、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々の六人だ。

 

 まず要が自身と遠藤に身体強化を施す。そしてハジメが遠距離から錬成で洞窟内の岩の形状を操作し、敵を分断する。分断した魔物達を要と遠藤、園部が各個撃破していく。そのサポートを操鞭師の菅原が魔物の足止めや中距離から攻撃をし、氷術師の宮崎が遠距離で魔法を放つ。

 

 即席パーティーでありながらかなりの連携を見せている。

 

 その要因となるのが、やはり要とハジメだろう。全体的にパーティーに指示を飛ばすのは要だが、要は前線で魔物を屠っている。なので副官として臨機応変に一人一人に指示を出し動かしているのはハジメだった。さらに戦いでの反省点や考慮すべき点などを逐一話し合い情報交換を念蜜に行っていた。それももちろん要とハジメが中心となって。

 

 

(まったく、この二人。俺の出る幕がないじゃねぇか)

 

 

 なんて思いつつ、もはや呆れ気味に肩をすくめるメルドだった。

 

 すると園部が倒したはずの魔物が急に動き出し、園部に襲いかかった。驚いた園部が尻餅をつき、「危ない!」と誰かが言った。

 

 だが園部は無事だった。

 

 

「大丈夫か、園部」

 

「か、要....」

 

「こういう奴は割と頭の骨が硬いから、仕留めるなら首を切り飛ばすか、心臓をぶっ刺すぐらいじゃないと」

 

 

 襲い掛かろうとしていた魔物は要の錫杖で腹部を貫かれ、地面に磔にされていた。要が園部に説明する間も魔物は痛みで暴れるが錫杖は抜けない。そして説明が終わるとあっさり要の刀剣で首を刎ねられた。

 

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

「おう、どういたしまして」

 

「でもアンタ、その錫杖でボコスカ魔物を殴るのはどうかと思うわよ?」

 

「え?便利だぞ、棍棒みたいに使えるから」

 

「いや、アンタの使い方間違ってるから。香織を見なさいよ、ちゃんと杖として使ってるじゃない。ほら、南雲もなんか言ってやりなよ」

 

「え?シンは杖を強化してるから、棍棒とか槍代わりに使えて物凄い便利だと思うけど?」

 

「ダメだ、聞いた相手間違えた」

 

「もぉ〜優花っちは〜、要が心配なのはわかるけど、そんなツンケンしないの♪」

 

「そうそう、要くん私たちなんかよりよっぽど強いんだからさ。それにいざとなったら優花がその指輪の力で守ってあげればいいじゃん」

 

「な!?私は別に要を心配して言ったんじゃないし!」

 

「またまたぁ〜、素直になれって優花っち!」

 

「もぉー!ほんとにそんなんじゃないって!」

 

 

 などと実戦の場にしてはえらく気の抜けた会話をする要パーティーの面々。ちなみに遠藤は影が薄すぎて会話に参加できていなかったりする。哀れ、遠藤。

 

 そんな要と園部のやりとりを遠目で見ていた八重樫。以前より確実に仲を深めている二人を見て八重樫は、少し自分の中でモヤっとしたものが芽生えたが、それがなんなのか分からず不思議に感じていた。

 

 すると要達を見ている八重樫に対して声をかけてくる男がいた。

 

 

「どうしたんだ雫、要達を見て。まさかまた要が何かやったのか?」

 

「そうじゃないわよ光輝。ていうかいい加減、何でもかんでも要が悪いみたいな捉え方やめた方がいいわよ?」

 

「何を言ってるんだ雫。要は危ない奴だ、また雫に何をしでかすか分からないからな。俺がちゃんと見張ってるから雫は要のことなんか気にしなくていい」

 

「はぁ〜、もういいわよ。ほら、早く行くわよ、勇者様」

 

 

 天之河の発言に胸がチクリとした八重樫。これ以上彼に対する幼馴染の変な勘違いを加速させないために、八重樫は話を打ち切り、洞窟を進んだ。そして親友の白崎が南雲のところに駆け寄り、何か話している姿を見て微笑ましそうにしつつ、そんな二人にちょっぴり羨ましいと思ってしまうのだった。

 

 

 

 さらに迷宮内を進み、二十階層に到着。

 

 到着早々、魔物に襲われるクラスメイト達だが天之河や坂上、八重樫に要が率先して道を切り開く。

 

 何故要が八重樫達と同じように率先して魔物退治をしているかというと、単純に要の暴走である。

 

 つい冒険者稼業で体に刻まれた“魔物、即、殺”というイワンの教えが反応し、天之河達よりも早く魔物の中に飛び出してしまったのだ。

 

 錫杖と刀剣、そして要自身の肉体に攻撃力、耐久力上昇の効果を付与し、さらに軽量化という付与したものの重さを軽くするという付与を施し、魔物を蹂躙する。

 

 ちなみにこの暴走はオルクス大迷宮に来て、すでに二度三度はみんなが見ている現象だ。

 

 そんな要の姿に呆気にとられる他のクラスメイト達、要に負けじて天之河達が参戦、そしてハジメが錬成で強制的に要を回収。勝手に行動した要に呆れるハジメ、要を叱る園部、それを嗜めようとするもまったく反応されない遠藤、園部を茶化す菅原、宮崎達と、もはや恒例と化している彼らのやり取りに兵士達も思わず苦笑していた。

 

 

「うわ、アンタまた魔物の血でベトベトじゃん!汚いって!」

 

「え?これくらいーー」

 

「ばっ!袖で拭おうとしないの!あぁ〜もう、こんなに汚して〜....て、コラ!ズボンに擦るなぁ!」

 

「なんていうか、優花っち.....ママみたいになってるね.....」

 

「うん、なんか思ってたのと違う.....」

 

 

 もはや慣れた手つきで園部が持ってきていたタオルで要の顔や手をゴシゴシと拭く。別に魔物との戦闘なのだから汚れて当然なのだろうが、要の場合それが酷すぎるので園部が仕方なく文句を言いながら要の世話をしていた。

 

 

「ぷふっ、シンが....くく、小学生みたいに、くく、なってる....」

 

「おいコラ、ハジメ!何笑ってんだ!」

 

「もぉー!動かない!」

 

「はい.....」

 

「「ぶふーっ」」

 

「遠藤、あとで覚えてろ....」

 

「なんで俺だけーー!?」

 

 

 まるで外で泥だらけになって帰ってきた小学生の息子のように甲斐甲斐しく世話を焼かれる要。そんな光景にハジメや遠藤が必死で笑わないように堪えていた。

 

 そんなやり取りを白崎や八重樫も遠目で笑って見ていた。まるで学校で要が諦めていた友人との笑い合う日常が、ここにきてようやく取り戻せたかのように、八重樫はそう感じていた。

 

 

「お前達、緩みすぎだぞ。今日はこの階層で終わりだが最後まで気を抜くなよ!」

 

 

 メルドが気を引き締めるようにと注意する言葉を発した。

 

 それに同調するように天之河が要を睨んでいた。注意勧告のつもりなのだろう、まあ騒ぎすぎたのは事実なので甘んじて受け入れた。

 

 そして何度目かの魔物との戦闘の後、それは起きた。

 

 檜山がメルドの制止を振り切り、立派なグランツ鉱石を掴んだその時、要達はこの世界に来て二度目の転移を体験するのだった。

 

 





補足

・現状において要の戦闘スタイルは、ステッキを掲げて「エ○スペリ○ームス」と言って戦うような魔法使いではなく、物理特化魔法使いとなってます。錫杖と刀剣を強化し、切って、殴って、突いてをします。薩摩ホグワーツ生よろしく杖を武器にしてます。現状脳筋です。(※手心はあります、あくまで薩摩ホグワーツ生“みたい”ということですので悪しからず)


・南雲ハジメの戦闘力がこの時点で割と高めです。派生技能[魔力消費減少]を獲得しているので中規模の錬成が可能です。具体的なイメージでいうとハガレンみたいな感じです。


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幽鬼の慟哭

 

 視界全体を眩しく覆う光に包まれた要達は、いつのまにか知らない場所に放り出されていた。

 

 そこは巨大な石橋、その下は何もない真っ暗な暗闇だけが広がっている。そしてその石橋の中腹部に兵士達、クラスメイト達がまとめて居た。

 

 そして橋の前方、後方に魔法陣が出現した。後方には無数の骨の魔物“トラウムソルジャー”がざっと百体、それがまだまだ増え続けている。そして前方、黒く巨大な体躯に二本の大きな角、牛のようにも見える巨獣ーーー

 

 

「まさか、アレは....!」

 

「おい、ハジメ!」

 

「うん、間違いないアレは!」

 

 

 ーーーベヒモス!?ーーー

 

 

 かつて最高位の冒険者達が到達した階層の主、つまりここは六十五階層。瞬間的に要とハジメは現状の戦力では絶対に敵わないと直感した。それはメルドも同じだったようだ。

 

 

「直ちにここから撤退する!後方のトラウムソルジャーを蹴散らして向こう側の階段に逃げるんだ!」

 

「何言ってるんですか、メルドさん!俺たちならやれます!」

 

「馬鹿野郎!!アレがもし本当にベヒモスなら今のお前達では絶対に勝てない!お前達はすぐに撤退しろ、俺達が時間を稼ぐ!」

 

 

 敵わない、と言われなおも食い下がろうとする天之河。だが、魔物達は待ってくれない。言い争っている暇などないほど、状況は逼迫していた。

 

 要やハジメ以外のクラスメイト達は、もはや魔法も訓練で鍛えた技もへったくれも無いと言った様子で武器を振り回し、パニック状態に陥っていた。

 

 その中で一人、園部は一番トラウムソルジャーの近くに転移していたため最初に狙われてしまう。そして震える体で武器を持とうとして取り落としてしまう。それを拾おうとした時、一体のトラウムソルジャーが剣を振り下ろした。

 

 ガキィィィンッッ!!

 

 振り下ろされたトラウムソルジャーの剣は園部もよく知る人物の錫杖で受け止められていた。

 

 

「要....!」

 

「大丈夫か、園部?」

 

「う、うん.....」

 

「お前はそのまま後ろに下がってろ、あとは俺達がなんとかするから、よぉっ!!」

 

 

 受け止めていた剣を要は錫杖で弾き、続け様に刀剣でトラウムソルジャーを切り伏せた。園部は要に言われた通りに行動し、兵士たちがようやくトラウムソルジャー側に集まってきた。

 

 

「ハジメ!!」

 

「わかってる!ーー“錬成!!」

 

 

 要の掛け声に合わせてハジメが錬成を使ってトラウムソルジャーの足元を滑らせ、石橋の下へと突き落としていく。

 

 この状況下でも二人は冷静に対処していた。

 

 天之河でさえ、この戦況に対して適切な行動が取れていない中、目の前にいる二人の少年に兵士達は思わず感心してしまうほどだった。

 

 そして要は撤退するための道を切り開くため、兵士達と一緒にトラウムソルジャーに突撃する。周りの兵士達にも身体強化を施し、手早く間引くために奮闘していた。

 

 

「くっそぉッ!俺じゃあ火力が足りない!何やってんだ、こんな時に勇者は!」

 

 

 そんな悪態をついていると要達の遥か後方から衝撃音が聞こえてくる。どうやら天之河や坂上、メルド率いる数人の兵士達がベヒモスに吹き飛ばされていた。

 

 それを見てハジメが動き出した。要と反対側の方へ走っていく。そう、ベヒモスのところへ。

 

 それを見た要はハジメに声をかけるが彼の耳には届いていなかった。

 

 

(まったく....こんな時でもお前はよぉ!!ーーーお前一人でカッコつけさせるかっての!)

 

 

 要は自身に再び強化を付与する。この時、要は新しい派生技能の[重複付与]を獲得し、完全に天之河のステータスを上回った。そして膂力、敏捷値が劇的に上昇した肉体でトラウムソルジャーを屠る姿は、さながら鬼人の如き活躍だったと、後にそれを見ていた兵士達は語った。

 

 

「よし!全員、早くこちらに!!君もよくやってくれた!あとはーーーー」

 

 

 兵士が要に言葉をかけ、それを言い終える前に要は駆け出した。ハジメの方へ向かって。

 

 後ろから要を止めようとする声が聞こえるが、それらはまったく要の耳には届いておらず、重複付与の効果で強化された要の足はあっという間にハジメのところに辿り着いた。

 

 ハジメはベヒモスを一人食い止めようとしていた。天之河はどうやらベヒモスの攻撃で気絶しているらしい、その上、白崎は足を挫いたらしくうまく歩けない様子だった。

 

 これは来て正解だった、と要は内心焦りつつも状況を把握した。そしてやってきた要を見て、メルドが声を荒げる。

 

 

「シン!何故来た!!」

 

「シンっ!?」

 

「そんなことよりメルド団長は早く白崎達を!ハジメの錬成に俺が付与して時間を稼ぐ!その間に早く!」

 

「....わかった、頼むぞお前達!」

 

 

 二人の決心を汲み、メルドは天之河を抱え、白崎に肩を貸して撤退していく。後方でもまだトラウムソルジャーが数体残っているが、それは時間の問題だろう。クラスメイト達も着々と階段の方に集まっている。

 

 

「なんで来たのさ、シン!」

 

「馬鹿野郎が、俺が来て正解だっただろうが。それよりーーーー“譲渡”!」

 

 

 要がそういうとハジメは少しずつ魔力が回復していった。これは魔力回復の魔法ではなく、付与魔術師の派生技能の一つ[魔力譲渡]である。要は残り少ない魔力を全てハジメに注ぎ込み続ける。ハジメが魔力は徐々に回復していく。[魔力譲渡]は直接譲渡する相手に触れないといけない上に、少しずつしか譲渡できない。

 

 だが、それでもハジメにとっては充分すぎる援護だった。魔力が尽きかけていたさっきに比べれば、十分時間稼ぎができる。

 

 

「南雲くん!要くん!」

 

「待たせたな、二人とも!!全員魔法による一斉攻撃の用意だ!!二人が離脱したら一斉に魔法を放てよ!」

 

 

 どうやらメルド達は無事に後退できたようだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

 だが、ハジメが驚愕したように声を漏らし、それを聞いて要はハジメの方を見ると、ベヒモスの角が赤熱化し出したのだ。どうやら豪を煮やしたベヒモスが無理矢理ハジメの錬成から逃れようと本気の抵抗をしてきたのだ。

 

 

「いくぞハジメ!俺の背に乗れ!」

 

「え!?」

 

「いいから、早く!!」

 

 

 ハジメは言われるがまま要の背中に乗った。すると要は物凄い速度で駆け出し始めた。重複付与の効果はまだ持続しているのでハジメ一人背負っても対して苦にならない。だが、錬成が解かれたことでベヒモスが自由に動き出し、赤熱化されながら要達に迫ってくる。巨大のくせに物凄いスピードで駆けてくるので、要でなければギリギリ追いつかれていただろう。

 

 さらに要達が駆けていく前方からはベヒモスを狙撃する魔法の援護射撃。これなら難なく撤退できる。

 

 そう思った時だった。

 

 要の重複付与の効果が切れ、ガクリと要は膝を折った。

 

 それだけに止まらず、猛烈な倦怠感に襲われた。先程とは明らかにスピードが落ちた瞬間、それはやってきた。

 

 何故かベヒモスを迎撃するはずの魔法の一発が要とハジメに向かってきていた。それにいち早く気づいたのはハジメだった。

 

 

「シンッ!!」

 

 

 要が必死で走っていた時、後ろから蹴り飛ばされ、そこにちょうど魔法が飛び込んできた。

 

 

「ガハッ!!」

 

「ぐあぁぁぁッ!!」

 

 

 要はクラスメイト達側の方に吹き飛ばされ、後方から飛んできた石橋の魔法で砕けた破片が要の頭に物凄い勢いでぶつかった。そのせいで一瞬視界がぼやけたが、地面に衝突した衝撃で気絶せずに済んだ。しかし、頭からの出血がひどい。

 

 そしてハジメはベヒモス側に吹き飛ばされ、そこに飛び込んできたベヒモスが石橋を砕いた。

 

 崩壊する石橋、それを見た要はハッとなりハジメの方に駆け寄る。視界も悪く、ふらふらする意識を強く保ち、ハジメに手を伸ばす。

 

 必死で伸ばした手は、無情にもハジメの手を掠めるだけだった。ハジメの手を掴むことが出来ず、奈落の底へと落ちていくハジメの姿とハジメの絶叫が要の目と耳に残る。

 

 

「ハジメぇぇえええええええええええええ!!!!!」

 

「いやあぁあああああ!!」

 

 

 要がハジメの後を追って石橋から飛び降りようとするのをメルドが強引に掴みかかり止まる。白崎も八重樫に阻まれ、伸ばした手は何も掴めずにいた。

 

 

「くそっ!くそぉっ!!クソォォォォッッ!!!」

 

 

 要の絶叫が沈黙したこの状況に響き渡る。地面を拳が壊れるぐらい殴り続ける要にメルドは拳を受けた、これ以上要が傷つかないように労った。

 

 

(なんであの時、手を掴めなかった。そもそもなんで俺はハジメを担ぎなんてしたんだ!なんで俺はーーーこんなに弱いんだ.......)

 

「シン、まずはその怪我を治療してもらえ。綾子....頼めるか?」

 

「は、はい.....」

 

 

 メルドと入れ替わるように治癒師の少女が要のところに駆け寄ってくる。

 

 メルドは未だパニック状態の白崎の元へと向かい、白崎を気絶させた。

 

 

「ひ、酷い怪我....すぐ治すから」

 

 

 辻に声を掛けられるが、それにも反応しない要。要は俯いていた血塗れの顔をあげ、それをたまたま見つけてしまった。 

 

 檜山大介がうっすらと笑みを浮かべ、白崎を見ている姿を。

 

 その時、要の中で何かが弾けた。確実な証拠は無いが、要の中では答えが出てしまったのだ。あの時、要とハジメを襲った魔法は檜山が意図的に放った物で、普段からハジメや要を目の敵にしている檜山ならやらかねない、と。そしてここ最近、檜山とは訓練場での一件もあるし、檜山が白崎を意識しているのを要は知っていた。白崎がハジメを想っていることを檜山が知ってることも、要は知っていた。そしてクラスメイトが橋から落ちたというのに、あの笑み。

 

 だからだろう。

 

 要は幽鬼のように、ふらふらと立ち上がり歩き出した。

 

 そして明確な殺意を宿して檜山を睨む。

 

 

「要、くん....?」

 

「要....?」

 

 

 要の治療をしていた辻と、それを見守っていた園部が不思議そうに要の名を呟いた。だが、それは要の耳には届かず、途端、要の怒りの咆哮が響いた。

 

 

「檜山ァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 まるで怪物の咆哮の如き、怒りと憎しみがこもった雄叫び。

 

 それを聞いた檜山が要の顔を見て、酷く怯えていた。

 

 檜山に向かって要は走り出した。何事かと兵士が要を止めようとするが要は止まる気配がなく、あっさりと檜山の元に辿り着くと力いっぱい拳を握り込み、それを檜山に振り抜いた。

 

 だが檜山の意識を刈り取ることは出来なかった。出血多量であまり力が入っていなかったらしい。だが、殴られた檜山は痛みよりも要の血塗れでふらふらな癖に瞳だけは真っ直ぐ檜山を射抜き、殺意を滾らせる姿にいつも以上に怯え縮こまり、小さな声で「ごめんなさい、ごめんなさい」と連呼していた。

 

 追撃をしようとする要だが、兵士に天之河、坂上が要を地面に押さえつける。

 

 

「何をしているんだ要!錯乱しているのか!」

 

「こいつ、なんでこんな力強いんだよ!」

 

「離せぇぇっ!!こいつがぁ!こいつがハジメを殺した!!」

 

「何を根拠に!檜山が何をしたって言うんだ!よく見ろ、檜山も酷く怯えているじゃないか!」

 

「何をしているんだシン!!」

 

 

 場は騒然としていた。

 

 ハジメが橋から落ち、錯乱し暴れる要、それを必死で抑える天之河達。周りのクラスメイト達は何がなんだかわからずにいた。メルドも駆けつけてくる。そして兵士達に介抱される檜山は殴られた顔を腫らしながら真っ青になっていた。

 

 

「檜山ァアアァ!!てめぇは絶対に許さない!!絶対だァァアア!!」

 

 

 あまりの狂気と怒りに、天之河達はまるで要が何かに取り憑かれているのではと思ってしまう。それほど要の殺意の慟哭は真に迫っていた。

 

 しかし、大量に血を流しすぎた要は貧血で目を回し、ぱたりと気絶した。

 

 やっと落ち着いた要。

 

 そして天之河は要が危険な人物であると再認識した。

 

 

「地上に戻るぞ、お前達.....」

 

「......はい」

 

 

 静かに交わされるメルドと天之河の言葉。

 

 メルドの言葉に従い、クラスメイト達も地上への道を歩いていく。気絶した白崎と要は兵士が運んでいく。

 

 

 

 

 その後、要 進は五日間の謹慎、地下室への拘禁処分を言い渡された。

 

 そして、銀髪のシスターは動き出す。

 

 主の邪魔になる存在を、排除する準備のためにーーー。

 

 

 





 ようやくハジメが落ちた。描きたいところはまだまだ先、ここから作者の想像力が試される。


補足

付与魔術師の派生技能

[+重複付与]
・一度付与した魔法をさらに重ねて付与することができる。しかし付与を重ねる分、持続時間が短くなる。

[+魔力譲渡]
・文字通り魔力を譲渡できる。回復魔法とはまた分類別のもので、譲渡したい相手に触れながらでないと使えない上に、徐々に魔力を送るので戦闘中は割と使い所が難しい。

技能
「英傑試練」
・文字化けしていた要の技能のひとつ。今回の一件で文字化けを解消。実は勇者以上の破格な性能を秘めていたりする。


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銀の翼

 

 あの惨劇から二日が経ち、天之河達はすでに王宮に戻ってきていた。

 

 王宮内では勇者一行に犠牲者が出たという話が広まっていた。その犠牲者が無能な錬成師、南雲ハジメだと知るや貴族や教会関係の人間達は「死んだのが無能で良かった」「無能でも死んで勇者達の役に立った」などと話していた。それに対して勇者一行と共にいた兵士達、それと天之河が抗議し、その話は今後表立って話されることは無くなった。そして無能にも心を痛める慈悲深い勇者だと何故か天之河の株が上がっていた。

 

 一方、要はいま王宮の地下にある石造りの小さな部屋で監禁されていた。鉄格子の扉と相まって、まさに牢屋と言った感じの一室だった。その中でただ一人壁にもたれ、静かに座り込んでいた。

 

 すると牢屋の外から石造りの階段を誰かが降りてくる足音が響いてきた。そしてその足音の主が要のいる部屋の鉄格子の前で立ち止まり、こちらを向いた。

 

 

「シンさん...」

 

「リリィか。どうした、顔色が悪いぞ?」

 

「シンさんこそ、目の下のクマが酷いですよ?全然寝てないみたいですけど」

 

「こんなところで満足に寝られるわけがないだろ?」

 

「.....申し訳ありません」

 

「なんでお前が謝る?これは俺の失態からの理解できる措置だ」

 

「ですが!......このような仕打ちを....それに王宮内での噂も....」

 

 

 要がこのような状況に陥っている原因は、あの時檜山を殴ったことである。と言っても、ただ殴っただけならこんな重い罰にはならない。

 

 要には今、三つの嫌疑がかけられている。

 

 一つ、檜山大介を迷宮内で殺そうとしたこと。

 

 一つ、南雲ハジメを殺したという疑い。

 

 一つ、座学もサボってばかり、ステータスにある謎の技能、勇者をも越える実力、これらと上記の前文を踏まえ要には魔人族のスパイと噂されていた。

 

 実に馬鹿馬鹿しい話だ。

 

 檜山大介を殺そうとした、というのはあながち間違っていない。あの時の要は檜山に確かな殺気を放っていたから反論するつもりもない。だが二つ目を飛ばして、魔人族側のスパイというのは飛躍しすぎている。スパイがそんなに目立っていいはずないのだから。だが、王宮内ではそれすらも作戦で、教会が召喚した勇者達を裏切り者扱いへと仕立て上げる罠だともっぱらの噂らしい。そしてあわよくば勇者を殺そうと、とのことだ。

 

 そして、飛ばした二つ目の嫌疑。

 

 ハジメを殺したというのは絶対にあり得ないとリリィを始め、多くのクラスメイト達が否定していた。

 

 だが、それに対して王宮内では「勇者に匹敵するほどの者が誤作動を起こした魔法一つ避けられないのはおかしい」とのことだった。そんな無茶苦茶な、と誰もが思った。

 

 そもそもハジメを橋から落ちた原因はその魔法なのだから、その魔法を繰り出した相手を探せばいい。そう思う者もいたが、今はそれに触れないようにされていた。クラスメイト達ももし自分の魔法だったらと思うと、犯人を探そうとは思えなかった。

 

 それらのこともあって要はいま、この地下の牢屋に閉じ込められていた。

 

 

「気にするな。それにリリィ達が必死になってその噂を無くそうとしてるんだろ?」

 

「そうなのですが.....教会側からある提案がされました」

 

「......どんな?」

 

「シンさんを国外追放するという提案です」

 

「それはまた、神の使徒の一人で貴重な戦力だから殺せない、ならば国外に追い出そうってことか。くく、笑えるな」

 

「笑えません、こんなこと!一体、誰がこんな噂を.....!」

 

 

 リリィやメルド、八重樫に園部達がいま必死になって方々を駆け回り、要を解放するために働いてた。そして出鱈目な噂を蒔いた犯人を突き止めようとしていた。

 

 要はなんとなく噂の出所に心当たりがあった。

 

 檜山大介だ。だが、あの檜山が噂を広めた犯人ならすぐに突き止められそうなものだが、と要は考える。そして、もし檜山が犯人でないなら、この騒動は行くところまで行くだろうと要は直感した。

 

 

「......とにかく、一刻も早く噂を広めた犯人を見つけますので、どうかお待ちください」

 

「ああ、だがくれぐれも気をつけてくれよ?」

 

「はい、わかっています。ではシンさん、また来ます」

 

 

 そう言ってリリィは要に頭を下げ、来た道を戻って行った。

 

 ハジメがいなくなって気落ちしているだろうに。リリィや八重樫、それに園部達が要のために必死になって動いている。八重樫や園部もそうだが、クラスメイト達はハジメが死んだことにショックを受けていた。中には部屋から出てこないほど塞ぎ込んでいる者もいるが、そんな中でも今できることを必死にやろうとしている者達がいる。

 

 そんな彼らを思い、いつまでもこんなところにいられないな、と思う要だったが、今はリリィ達を信じることに決めた。

 

 

「そう言えば、園部達、元気にしてってかな............ハジメ、お前今何してんだ.....生きてんだよな?」

 

 

 不意にそんな言葉が漏れた要は楽しかったこともあったなと思い出す。そして早く牢屋を出て、オルクスに向かいたい気持ちを抱いていた。

 

 だが、事態はかなり深刻だったらしく、後日要の処遇が決まった。

 

 要 進の疑惑を晴らすことができず、王都の混乱を避けるため、“王都追放”の処分となった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 それから数日後、ようやく牢屋から解放された要だったが、即座に玉座の間に連れていかれエリヒド王から直々に王都追放を言い渡される。

 

 リリィや八重樫、園部達が何度もエリヒド王やイシュタル教皇に抗議していたが、これ以上王宮内で騒ぎを大きくさせないために、それに王都に広まることを恐れて決定は覆らなかった。最初は国外追放だったのをリリィとメルドの強引な説得でなんとか王都追放に止まったが、それでも二人は歯痒そうにしていた。

 

 玉座での出来事からその後の流れはあっという間だった。

 

 簡単に荷物を纏めた要、せめてもの情けとして王宮から馬車を用意してもらい、目的地まで運んでもらう手筈となっていた。

 

 そして王都の門にやってきた要、それを見送りにきたリリィやメルド、クラスメイト数人達がなんとも言えない面持ちでいた。

 

 

「シンさん....」 

 

「なんだよリリィ、そんな辛そうな顔して。それにお前達も、別に最後の別れってわけじゃねぇんだからそんな悲痛な顔するなよ」

 

「シン....本当に申し訳ない、私の力不足だ。お前も、ハジメも....救うことができなかった!」

 

「メルド団長....あなたのせいじゃないです。俺にも至らないことがあったのでお互い様ですよ。また会いましょう」

 

「!.....フッ、そうか。お前なら一人でもやっていけるか、頑張れよシン!」

 

「ええ」

 

 

 要が差し出した手をメルドが握り、固く握手をした。

 

 

「要くん...」

 

「要....」

 

「白崎、八重樫....俺は先に行ってるぞ」

 

「先にって?」

 

「ホルアドだ。白崎もハジメがまだ生きてるって信じてるんだろ?」

 

「も、もちろん!」

 

「なら俺はひと足先にオルクスでハジメを探してくる。早く来ないと俺がさっさとハジメを見つけて感動の再会を独り占めしちまうぞ?」

 

「も、もぉ〜!」

 

「あっはははっ!八重樫、またな」

 

「.....ええ、またね」

 

 

 白崎、八重樫の二人と冗談を交えて手早く挨拶を済ませる。 

 

 

「要、その....元気でね」

 

「ああ、園部もな」

 

「.......ねぇ、要。次会う時に、ちょっと伝えたいことがあるんだけど、その時は聞いてくれる?」

 

「ん?今じゃダメなのか?」

 

「今は.....いい。もっと強くなって、アンタに少しでも追いついたら....ッ〜〜、話すから!」

 

「お、おう。まあのんびり待ってるよ」

 

 

 そんな園部と要のやりとりに後ろで見ていた宮崎と菅原が何やらニマニマしていた。八重樫は視線を晒していた。そして宮崎と菅原、あと遠藤にも簡単に挨拶を済ませる。

 

 

「シンさん、これを」

 

 

 するとリリィが要に近寄り、短剣を手渡してきた。

 

 

「これは?」

 

「アーティファクトです。王宮に伝わる不破の短剣で、手に入れるのに苦労しました」

 

「おいおい、そんな大事な物もらっていいのか?ん、苦労したって?」

 

「いえ、少しだけ父上をおど...ゴホン、説得して手に入れただけですから」

 

 

 今一瞬、脅してと言いかけたリリィ。王女らしくニッコリと笑っていうあたり腹黒いが、要の王都追放には相当腹に据えかねていたらしい。その意趣返しだろう。

 

 

「まあ、お前が言うなら遠慮なく貰っておく。役に立ちそうだしな」

 

「ええ、存分に使い潰してください!」

 

 

 そうして各々と挨拶を済ませ、馬車に乗り込む要。

 

 

「カイル!ベイル!イヴァン!くれぐれも道中は気をつけて要をホルアドまで送り届けろ、いいな!」

 

「「「ハッ!!」」」

 

 

 護衛はメルドの部下三人。ベヒモス戦で要達と共に戦った兵士達だ。メルドの過保護っぷりもますます増しているらしい。

 

 そして馬車が出発する。

 

 要は馬車の窓から手を振り、しばしの別れを告げたのだった。

 

 

 

 それから数時間が経ち、ホルアドまであと少しならところまで来ていた要達一行。

 

 馬の手綱を握っているのはイヴァン。

 

 そして馬車の中で要、カイル、ベイルは話を弾ませていた。途中イヴァンも話に混じり、三人との馬車に揺られての語らいはとても和やかだった。

 

 カイルは要と同年代の好青年。体格が要と似ており、話が意外と合う優しい顔をした男。ベイルはそんなカイルより先輩の兵士で、ガタイのいい髭面のお兄さん。メルドに憧れて兵士になったらしく、メルドを真似て髭まで生やしたらしいが周りから似合わないと言われているそうだ。そしてイヴァンは、そんな二人よりさらに年上のおじさん。メルドよりも年上で今度子供が生まれるそうだ。

 

 他にもベヒモス戦での要の活躍を振り返ったり、今回の王と教皇の決定に不満を漏らしたり、実はこんな魔道具を持ってるんです自慢とか、女の好みやフェチについて語ったりと実に有意義な時間だった。

 

 そんな三人と楽しく話していたら、事態は急変した。

 

 

「前方!魔物の群れが接近中!狼型の魔物、その数十!」

 

 

 イヴァンの張り詰めた声が馬車の中に届き、要、カイル、ベイルも戦闘の準備に入った。

 

 

「ちっ!もうすぐホルアドだってのについてないぜ」

 

「無駄口叩かないでください先輩!数はこっちが不利ですが、こちらには要様がいるので大丈夫ですよ!」

 

「おいおい、護衛対象を当てにしてたら団長にどやされるぞ。だが、確かにそうだな。負ける要因が一つもねぇ」

 

「あんまり過大評価しないでくださいよ....」

 

 

 などと緊張感を持ちつつ、そんな軽口を叩き合っていると、いきなり馬車が大きく揺れた。そしてーーー

 

 

 ゴオオオォォォォォッンッッ!!!

 

 

 大きな爆発音のようなものが聞こえたと思ったら、馬車が激しく揺り動かされ、そのまま横転してしまう。

 

 突然のことで馬車の中にいた要達は呻き声を上げる。

 

 そして、横転した馬車の中から這いずって出てくるとーーー

 

 

ーーーーそれはいた。

 

 馬車から出てきたカイルとベイルが頭上を見上げ、膝を折り、小さく呟いた。

 

 

「......神よ」

 

 

ーーーーはい、なんでしょうか?ーーーー

 

 

 その呟きはカイルとベイル、どちらのものだったのかはわからない。

 

 だが、その小さく消え入りそうな呟きに、凛として女の声が返事をする。

 

 

「まじかよ.....!」

 

 

 要も頭上で佇むそれを見て言葉を失う。

 

 (おおとり)のように大きい一対の銀の翼。

 

 修道女の服装を纏う、銀髪の美しい顔をした女性。

 

 その女は神々しく、空を浮遊していた。

 

 現実離れした光景に唖然とするなか、要はあることにきづいた。

 

(ハッ!!イヴァンさんは!!)

 

 馬の手綱を引いていたイヴァンがどこにも見当たらないことに気づき、あたりを見回す要。

 

 それに気づいたのか銀翼の修道女が指を差した。

 

 

「あそこに、()()()()()

 

 

 彼女が指した方向に視線を向ける要。その要が見たのは狼型の魔物の大群。

 

 その群れの中心部、グチャグチャと咀嚼音を奏でる魔物達。一体、何を食べているのか。決まっている、イヴァンだった肉の塊だ。

 

 すでにそこは血溜まりとなり、魔物の群れの隙間から見えた光景に要は顔を引き攣った。はらわたを引き摺りだされ、骨も噛み砕かれ、四肢は引きちぎられ、片目だけとなった虚な瞳をしたイヴァンの頭をグシャリと噛み砕かれる、その光景。

 

 

「ウッ!?ボゲェェェェェッ!!....うぇッ、がはッ!」

 

 

 要は過去最高量の嘔吐をした。あり得ないくらい吐いたゲロ、要は涙目になり、荒く口で呼吸する。口の臭さで余計に吐きそうになるが、口元を拭い、頭上の女を睨んだ。

 

 

「汚いですね。こんな矮小な人間が主の障害と、本当になりえるのか疑問ですが主のご意志は絶対。ここで死んでください、イレギュラー」

 

「イッ...イレギュラーだと....?なんのことだ....!」

 

「あなたが知り必要はありません」

 

 

 要は心を落ち着かせ、冷静に思考を巡らせる。

 

 今も脳裏にイヴァンの死の光景が思い浮かぶが、ここはそう言う世界。現実に生と死が隣り合わせの世界なんだと自身に理解させる。その覚悟は王宮のバルコニーでハジメと誓った時から決めていた。なら、やることはただ一つ。

 

ーーー生きてここを乗り切り、ハジメに会いに行く!ーーー

 

 

 強い闘志を心に宿し、要は立ち上がる。

 

 錫杖と刀剣を構え、強化の付与を行う。

 

 

「あんた....一体何者だ。」

 

「私は神エヒト様に仕える使徒、ノイント」

 

「!?....エヒト神の使徒さまがなんでこんなことする?」

 

「先ほども言いました。主があなたの死を望んでいるからです」

 

(ふざけろっ!!)

 

「質問は以上ですか?では、死んでください」

 

「舐めんな、こっちはまだやらなきゃならなぁことが山積みなんだよ!あと、俺のことイレギュラーって言ったよな?」

 

「それが何か?」

 

「訂正しろ。俺はイレギュラーなんて名前じゃねぇ、南雲ハジメの友、付与魔術師の“要 進”だ」

 

「その必要があれば訂正します」

 

「可愛くねぇ奴、綺麗な顔の癖につまらねぇな」

 

「なんとでも言ってください、ではーー」

 

 

 銀翼の修道女が片手に大きな銀の剣を構えた。それに合わせて、要も的を絞るように刀剣を構え直す。

 

 

(ここでやらなきゃ男じゃない。そうだろ、ハジメ.....!だから、俺はーー)

 

 

「死んでください」

(生きてやる!!)

 

 

 

 要とノイントと名乗る銀翼の修道女が激突する。

 

 それは奇しくもオルクス大迷宮、奈落の底で宿敵“爪熊”と戦おうとする、変貌した南雲ハジメと同じ時間だったことは、誰も知らない。

 

 





補足

・奈落に落ちた南雲ハジメがドンナーを生み出す時間は地上での時間で五日〜七日程度としました。ちょうど要達がホルアドから王宮に帰り、要が王都を追放された時間と被ります。追放系なろう作品の主人公みたいになりましたが、もうちょっと主人公くんには苦しんで貰います。

『不破の魔剣』
・リリアーナから貰ったアーティファクトの短剣。王族伝来の絶対に壊れない短剣だが、その真価は“あるべき姿に戻す”という再生魔法の効果が付与されたものです。その副次的効果の“絶対に壊れない”という性能のせいで王族に間違って言い伝えられてきた代物。使い方次第でその超有用性能を発揮する。今後の活躍に期待。


イヴァン
・メルドより少し年上な朗らかで優しいおじさん兵士。妻と二人で仲睦まじく暮らしており、妻のお腹の中には子供がいる。どんな父親になろうか真剣に考え「威厳のある父親と優しい父親、どっちが子供のためになりますかね!?」とメルドに相談し、「俺なら両方兼ね備えた、頼れる父親が望ましいな」と言われそれを目指していた。妻と子供の三人で明るく楽しく暮らすはずだった.......


ベイル
・似合わない髭面のお兄ちゃん兵士。元冒険者でガタイもよく、メルドに憧れて兵士になった。カイルを本当の弟のように可愛がっており、明るく豪快に振る舞っている。だが女運がなく、女に振られるたびにイヴァンやカイル、メルドに泣きついて相談に乗ってもらっていた。

カイル
・要と同い年のまだまだヒヨっ子の新米兵士。背丈や肌の色、髪色も要と同じだが、顔は要に比べると見劣りする優しそうな元貴族の好青年。ベイルと同じでメルドに憧れて兵士になった。新米の中でも腕が立ち、努力とベイル直伝の根性で憧れのメルドに認められた。幼馴染の恋人がおり、名前はニア。王宮でメイドをしているらしい。いつも実家の父から貰った魔道具を所持している。



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神の使徒 VS 付与魔術師

 

 ノイントと名乗る銀翼の修道女。

 

 はたから見ればそれは(まご)う事なき神の御使に相応しい、神秘的で美しい姿だろう。

 

 だが、天使もかくやと言うほどの女が今、無感情な殺意を孕んだ銀羽の雨を振り落としてくる。

 

 とても視認できるものじゃないその速度に、要は内心焦りを覚えつつ必死で避けていた。視覚を強化し、肉体の防御力も強化した上で要の体を切り裂き、抉る銀羽。地面に激突した要に被弾しなかった羽達を見れば、それが地面を抉るほどの脅威の破壊力だと知り、今までに無いほど要の精神を揺るがしてくる。

 

 

(くそっ!!なんて破壊力だ。まともに受けただけでバッドエンド確定じゃねぇか!)

 

 

 もちろん、これはゲームではないのでセーブポイントに戻ることもできない。いや、むしろそうあってくれた願いたいばかりだった要。

 

 そして先程要達が乗っていた馬車を大きく揺らしたのおそらくこの攻撃なのだろうと要は予想し、他にもこれ以上の攻撃手段があることも考慮しつつ思考を巡らせる。

 

 

(何せ、あの手に持ってる大剣。あれも相当やばい代物だろ。ーーーくそっ!何か打開策を.....!!)

 

 

 すると今度は肉を貪っていた魔物達が要に襲いかかってきた。人の肉に味を占めたのか、それとも単に腹をすかしているの知らないが、(よだれ)を垂らしながら要に飛びかかってくる。

 

 だが、そう簡単にはやられない。

 

 飛びかかってきた狼型の魔物達を強化した錫杖と刀剣で殴り殺し、斬り殺し、刺し殺す。要の手に力が入る。それほど強い魔物ではない。だが、イヴァンを貪り食ったこの魔物達に明確な怒りの殺意が要に力を湧き上がらせた。

 

 

「やはりこの程度の魔物では仕留めることはできませんか」

 

 

 瞬間、また銀羽の乱れ撃ちが要を襲う。一瞬の遅れで肩や膝裏、脇腹、太腿が抉られる。だが、ダメージを負いながら横っ飛びで更なる被弾を回避する要。要に襲いかかっていた魔物達も今の攻撃でかなりの数がミンチになった。

 

 そしてふらふらな体に力を滾らせ、しっかりと見開いた瞳で要はノイントを見上げる。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ.......」

 

「意外にしぶといですね、要 進。ですがそれ程の傷を負えば、もはや立つのがやっとでしょう」

 

「そうでもないさ....俺はまだ諦めてないし、腕も足もまだ動く.....なら戦える!俺にあきらめないことの大切さを教えてくれた憧れ達、憧れをくれた日々を無駄にするわけにはいかないからなァ!」

 

 

 そう、今まで生きてきた中で、バスケの次に熱中した漫画やアニメ、ゲームで学んだのは何も楽しむコツばかりではない。現実にはない世界で必死に生き描かれる彼らの生き様を学んだのだ。

 

 

「だからこそ俺ァ.....絶対に生き延びてみせる!」

 

「無駄な足掻きです、今度こそ仕留めます」

 

 

 要の覚悟が吼える。そしてノイントの機械的な声と言葉と同時に、再び銀羽の雨が降り注ぐ、それもかなりの広範囲で。

 

 被弾は必至、なら挑戦するしかない。

 

 要は視覚や肉体、錫杖、刀剣に重複付与を施す。だが二重ではなく三重の付与。さらに思考にも強化を施す。ぶっつけ本番の賭けであったが、それが見事にハマる。思考速度が上がり、集中力も増し、処理能力が上がった。

 

 銀羽を錫杖で弾き、そのまま流れるような動きで刀剣を振り、さらに弾く。掠りもしない銀羽は無視。被弾しそうな銀羽は躱す、逸らす、弾く。流れるように華麗な舞踊を披露する要。神速の銀羽を神速の如き超反応で対応してみせた。最後の刃弾はもはや吐き捨てるように振り払った。

 

 

「!!.......」

 

 

 これには流石のノイントも驚きを隠せなかった。呆然としていたカイルとベイルも要の動きが明らかに変わったのを感じ取った。

 

 この時、要の文字化けしていた技能[英傑試練]が発動した。強い感情の発露や試練を乗り越える度に、それに最適な新しい技能を自動で獲得するぶっ壊れ技能[英傑試練]。肉体能力も上昇し、反射速度も桁違いに上がる。気分はまさに神速のインパルス。

 

 付与魔法の新たな使い方によって要は“壁”を越えた。そしてその技を最適化する[英傑試練]。その結果、要は新しい技能を獲得した、技能[瞬光]。知覚拡大に反応速度を桁違いに上昇され、肉体能力も上昇させる技能。先程までとは明らかに違う思考の鮮明さに要も内心驚いていた。

 

 

「い、一体何が......」

 

「付与魔術師があれほどの動きを.....要様、あなたは.....」

 

 

 ベイルとカイルの目は要を捉え、驚き、そして幻視した。自分達が憧れた存在、メルドと要の背中が重なったように思えたのだ。それと同時に自分達の今の情けない姿に歯噛みした。

 

 先程から彼らは一歩も動いていない。何故なら要がノイントと魔物の注意を意図的に引き付けていたからだ。

 

 

「カイル、俺は情けねぇ....団長に任されておきながらこの醜態、本当に情けねぇ話だ。だが.....!」

 

「ええ、ベイルさん。僕も同じ気持ちです...ここで動かないようじゃメルド団長にドヤされますよね!」

 

「行くぞ、カイル!要殿の元へ!」

 

「はい!」

 

 

 二人の兵士は駆け出した、要の元へ。兵士として自分の任務を全うするべく、誇りを穢さないために、亡きイヴァンの仇を討つために。

 

 二人が要の元に駆け出した時、ノイントは自身の前に未だ立っている男を見下ろし、考えを改めていた。

 

 

「まさか、これほど早く成長するとは。これが()()()ですか....」

 

「特異点.....?お前、俺の()()知っている.....?」

 

「貴方に教えることは何もありません」

 

 

 どうやらこれ以上はペラペラと情報を喋るつもりがないらしい。 

 

 すると、後ろから要の名を呼び、駆け寄ってくるベイルとカイル。彼らの顔は戦う兵士の、覚悟を決めた顔だった。三人は無言で頷き、ノイントを睨む。

 

 

「羽虫が増えたところで何の足しにもなりませんよ?」

 

「羽虫と来たか....だが一人で出来ないことも、三人でなら出来るかもしれない。それが人の力だ。いつまでも高いとこから上から目線キメてると、痛い目を見るぞ?」

 

「挑発ですか?」

 

「いいや違う、これは決意だ。お前のその羽を()ぎ取り、地べたに引き摺り下ろすって言う決意だ」

 

「........」

 

「敵わないかもしれない、死ぬかもしれない....それでも!俺達は生きて帰る!王都へ、家族の元へ、愛する人の元へ、そして友の元へ...............覚悟はいいか、俺達は出来ている」

 

 

 要の大見栄をきる言動にベイルとカイルもより一層の覚悟と力を滾らせる。ちなみに最後の言葉は、ふと出てきた言葉で決してふざけているわけではない。

 

 そして、ノイントは目の前の要 進という男に確かな脅威を抱いた。要の成長速度と戦意に、或いは他の人間とは違う()()に。

 

 

「いいでしょう、貴方を確実に殺すにはこちらも少しばかり本気を出した方が良さそうです、イレギュラー」

 

 

 ノイントは背中の羽をはためかせ、手に持っている大剣を構えた。

 

 

「来るぞ、どうする要殿?」

 

「ベイルさんとカイルさんは残った魔物の掃討を、まずは退路を確保します。その後は二人の魔法で煙幕を張り、俺が二人に身体強化を付与してホルアドまで一気に駆け込みます」

 

「要様、もしアレが我々を追ってきたら....」

 

「その時は二人だけで逃げてください」

 

「なっ!?」

 

「ホルアドに被害を出すわけにはいきませんからね、それにあの女は俺が目当てみたいですから時間稼ぎをします。その間にホルアドにいる冒険者に協力を仰いでいただければ」

 

「.....わかりました!」

 

「相談は終わりましたか?....では、死んでください」

 

 

 ノイントが空を急降下しながら要達に迫ってきた。それに対して要はノイントの迎撃、ベイルとカイルは魔物を掃討しに走る。

 

 再び重複付与で身体強化三倍を自身に施し、新しい技能である瞬光も発動させる要。重複付与もベヒモス戦より持続時間はかなり伸びている。王宮で監禁されていた時、二度とあんなことを起こさないため重複付与の限界を徹底的に調べた要。三倍でおよそ三十分、四倍でおよそ二十分、五倍でおよそ十分、六倍でおよそ五分。実際、戦闘時に使えるのは四倍までで、五倍以上となると肉体が強化に耐えきれなくなるのだ。  

 

 要に肉薄したノイントが大剣を振り下ろす。だが、要は錫杖でそれを受け止め、刀剣で反撃する。それに合わせるようにノイントが銀羽の刃弾を至近距離で放つが、要の超反応と強化された肉体能力が織りなす刀剣の高速連撃が全て撃ち落とす。それだけにとどまらず、要はノイントに反撃する。

 

 流石のノイントも防御体勢をとるが、今の要にはそれが()()()()()

 

 ノイントの防御体勢に対してファイトをかまし、強烈な横蹴りがノイントの腹に突き刺さった。

 

 

「くッ!」

 

 

 初めてノイントの顔が歪んだ。すかさず錫杖で追撃の殴打を喰らわせようとする要だったが、ノイントが大剣でガードすると錫杖が折れた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 今度は要が顔を歪ませた。だが、折れたと言えどまだ錫杖は使える。折れた部分でノイントに突き刺そうとするがまたしても大剣でガードされる。そして、同じように錫杖が欠けた、いや、削られた。

 

 

「これは!?」

 

 

 要はノイントから距離を取り、手に持てる部分がほとんど残っていない錫杖に目を向ける。  

 

 錫杖は綺麗さっぱり折れている。いや、綺麗すぎた。

 

 使い物にならなくなった錫杖を要はノイントに向かって投擲した。するとノイントは大剣を一振りして錫杖を弾いたが、弾かれた錫杖はまたしても大剣に当たった部分が綺麗に削られていた。

 

 

「削った....いや、分解か」

 

「御名答です」

 

 

 ノイントの大剣は青白く発光していた。おそらく魔力光だろう。つまり、ノイントの魔力は分解の効果を持っていると言うことだ。

 

 

「私にこれを使わせるとは、危険ですね」

 

「ッ......厄介だな」

 

「もはや貴方に勝ち目はありません」

 

 

 ノイントがそう言うと修道服のスカートの中からもう一振りの大剣を取り出した。武器を取り出すのはいいが、そこから?とつい緊張感のないツッコミをしそうになる要。

 

 

「貴方にこれを突破する手段はないでしょう」

 

「確かに難しいな。だが、これならどうだーー“螺炎”!“魔法強化”!」

 

 

 要は懐から取り出した紙をばさりと広げ魔力を注ぎ、刻まれた魔法陣を発動させる。すると渦巻き状の炎が現れる、そして今まで使う機会が少なかった付与魔法の派生技能[魔法強化付与]を施し、火属性魔法“螺炎”を強化する。

 

 要が待っていた魔法陣が刻まれた紙は王都の冒険者ギルドで出会ったレクタに貰った物。そしてこの魔法強化付与もレクタと魔物討伐した際に獲得した技能。ちなみにレクタから貰った紙はあと四枚、どれも“螺炎”だ。彼曰く「我は劫火をもたらす者ゆえ!」らしい。あっそ。

 

 

(.....さて、どうだ)

 

 

 強化された螺炎に包まれたノイント。しかし、やはりと言うべきかノイントは無傷だった。自身の銀翼に分解の魔力を纏わせ防御していた。

 

 

(やっぱこれ単体じゃダメか.....てか、見た目すげぇメルヘンチックな癖に、なんて殺意高い能力だ。これじゃあ学園都市第二位みたいじゃねぇか、いや、性格も能力も全然違うけど........てか、こんな時に何考えてんだ俺は.....!)

 

 

 冷静に分析する要は、ふと某とある作品のレベル5の一人を思い出してしまう。要の右手には異能を消せる物は宿ったないし、反射できるわけでもないのに、そんなことを思い出すあたり要は疲れているのかもしれない。

 

 だがその思考が要にヒントを出した。

 

 

(待てよ....突破するために、アレを消すんじゃなく、こっちが壊れなければいいのか、なら.........やってみるか)

 

 

 要は再び懐からもう一枚、魔法陣が刻まれた紙を出す。それを口に加え、短剣を抜く。

 

 

「またそれですか。私には効きませんが」

 

ほんなほとはあはっへう!(そんなことはわかってる!)

 

 

 要はそのままノイントに向かって駆ける。それに対してノイントは双大剣を振り上げた。

 

 

「“らえん(螺炎)”“まほうきょうか(魔法強化)”!」

 

「同じこと....」

 

 

 再び現れた渦巻く炎。それに対してノイントは今度は片翼だけに魔力を纏わせ防御し、双大剣を構えている。

 

 そして炎の中を突っ切ってきた要、それを見越していたのかノイントは何の躊躇いもなく魔力を纏った剣を振り下ろした。

 

 だが、見えている。

 

 片方の大剣は半身で避け、もう片方は刀剣の刃の逆側、反りの部分で受け流す。避けられる思わなかったのか、完璧にノイントの不意をついた。そして本命の短剣を要は振りかぶり、分解の魔力を纏ったノイントの体を斜めに切り裂いた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 驚愕の声を漏らすノイントの体から血が飛び散る。

 

 そして続け様に短剣を心臓目掛けて突き刺そうとするが、要はノイントの片翼で吹き飛ばされ、強制的に距離を取らされた。しかし分解の魔力を纏っていなかったので大したダメージではない。

 

 

「ッ...........アーティファクトですか」

 

「御名答」

 

「なるほど、()()()()()()()ですか。侮りました」

 

(神代魔法だと....?確かハジメに聞いた創世神話の話の中でそんなこと....)

 

 

 ノイントの言葉に要の記憶にある単語と被り、思考していると、後方からベイルとカイルが声を上げた。

 

 

「要殿ッ!!準備ができました!」

 

「こちらはいつでも行けます!」

 

「......」

 

「あんたには山ほど聞きたいことがあるが、今はその時じゃない......今です!!」

 

「“炎浪”!」

 

「“封禁”!」

 

 

 ベイルとカイルは手筈通り、足止めの魔法を行使した。すでに詠唱を済ませており、要の合図とともにそれは放たれた。

 

 火属性中級魔法の“炎浪”と光属性中級魔法“封禁”。

 

 炎浪は炎の津波となってノイントの体を飲み込み、封禁は光の牢で身動きを取れなくした。

 

 そして要はすぐさま二人の元に駆け寄り、重複付与で身体強化を付与し三人は一目散でホルアドに駆け出した。

 

 一方、ベイルとカイルの魔法を受けたノイントは銀翼でそれら全てを防いでいたが、出遅れたことに変わりはなく、このまま行けば要達はノイントから逃れることできるーーーー

 

 

「なるほど、してやられました。どうやら私は彼を過小評価し過ぎていたみたいです。このままでは主のご意志に反してしまいます.....ですので、()()で行かせて貰います。ーー“禁域解放”」

 

 

ーーーーーはずだった。

 

 

 

 

 ノイントからかなり距離を取った要達三人は、必死で足を動かしていた。

 

 実は要も、もう魔力がほとんど無く、先程ベイルとカイルにかけた身体強化付与は二倍で精一杯だった。

 

 だが、距離は充分稼げた上にまだ身体強化の効果時間には余裕がある。ギリギリだがホルアドに飛び込むことができるはず。

 

 そう思って要は来た道を走りながら振り返り、二人が行使した魔法がどうなっているか確認した時、視線の先で二人の魔法が弾けた。

 

 

「グハッ!?」

 

 

 視界の端でベイルが声を上げた。

 

 ベイルの腹から大剣の刀身が現れた。そして刀身は上に登り、ベイルの頭が真っ二つに割れた。

 

 

「「ベイルさんッ!!!」」

 

 

 唐突に殺されたベイル。要とカイルは彼の名を呼ぶがもう二度と返事は返ってこない。

 

 ベイルを殺した犯人は要のすぐ横にいた。

 

 魔力のオーラを放出させ、静かに、冷淡な瞳が要を見ていた。さっきと明らかに違うノイントに要の直感が「ヤバい」と要自身に忙しなく告げる。

 

 

「逃げろッ!カイル!!」

 

 

 もはや要に余裕はなかった。せめてカイルの名を叫べただけ大したものである。

 

 だが、カイルは足を止めた。あまりの恐怖に言葉も出ず、尻餅をついていた。

 

 

「クソォオオオッ!!」

 

 

 要は短剣を構え、ノイントを切り裂こうとする。

 

 だが、短剣を待っていた腕は切り落とされ、短剣を掴んだままの要の腕ごとノイントはそれを掴み、短剣を要の胸に深く差し込んだ。そして、続けてざまに大剣で肩から斜めにバッサリ切り裂かれた。

 

 くもんの声も出ない要。

 

 

「要様ァァァァッ!!」

 

「うるさいですよ」

 

「グボォッ!?!」

 

 

 ようやく体が動くようになったカイルは剣を振りかぶり突撃しようとするが、力無く倒れようとする要をノイントが蹴り飛ばし、それを正面からまともにくらったカイルは、まるで要を抱き込みながらはるか後方に吹き飛ばされた。

 

 吹き飛ばされた先は雑草地帯、カイルの背中に衝撃が走り、その原因が大木にぶつかったことなのだとカイルは薄れそうな意識の中、実感した。

 

 そして、ダメ押しでもするかのように飛んできた大剣が要ごとカイルを貫いき、その大木に縫い留めた。

 

 

「ガハッ!!.......はぁ....はぁ......かなめ、さまぁ.....」

 

 

 あたり一帯地の海。カイルと要の血が混じり、今もそれはどんどん広がっていく。

 

 要にはもう意識がない。

 

 力んで離さなかった刀剣を手に持ち、要の胸に深々と突き刺さった短剣とそれを未だに手放していない要の切断された腕。肩から腰まで斜めにバッサリ切り裂かれた痛々しい光景。そして腹に刺さり、カイルごと大木に磔にした大剣。

 

 カイルは吐血で真っ赤に染まった口を動かし、聞き取りにくいが小さく「すいません、すいません」と泣きながら要に謝っていた。

 

 すると要の指が少しだけ、ほんの少しだけピクリと動いた。

 

 それを見たカイルは涙を止め、最後の力を振り絞って身を起こそうとする。

 

 

「まだ息があるのですね」

 

 

 ノイントが斜め頭上で翼を広げて二人を見下ろしていた。

 

 カイルは涙で濡れていた瞳でノイントを力の限り睨む。そして口を開き、小さく、か細い声で言葉を紡ぐ。

 

 

「.........はぁ、はぁ.....いつ、か.....かならず......」

 

「聞く気はありません。死になさい、“劫火浪”」

 

(ーーごめん、ニア.....僕は、君の幸せをいつまでも祈ってるーー)

 

 

 不意にカイルは薄く笑みを浮かべる。

 

 

 ドゴォォオオオオオオッ!!!!

 

 

 地響く轟音を奏でた劫火に二人は包まれた。

 

 ノイントが放った劫火の魔法はあたり一帯を焼き尽くし、二人に突き刺さっていた大剣すら融解させるほどの高火力であった。

 

 二人が確実に死んだのを確認したノイントは、何も変わらない無表情のままその場を飛び去っていった。

 

 

 後日、王宮に知らせが入った。

 

 

 付与魔術師、要 進の死亡。

 

 その理由は盗賊に襲われ、そのまま火属性魔法と思われる高火力の炎での焼死。死体は炭となり、もはや以前の凛々しい顔立ちが嘘のように、見る影も無く、無惨な最後だったそう。

 

 異世界人、二人目の死亡に王宮は騒然となった。

 




随時、修正入ります。
まず1回目、アニメ版ばかり見てると勘違いしてしまう


補足

現在の要進のステータス

=========================================

要 進 17歳 男 レベル20
天職:付与魔術師  職業:冒険者  ランク:紫
筋力:300 → 最高身体強化時[+1500]英傑試練効果[+?]
体力:300 → 最後身体強化時[+1500]英傑試練効果[+?]
耐性:250 → 最後身体強化時[+1100]英傑試練効果[+?]
敏捷:250 → 最後身体強化時[+1100]英傑試練効果[+?]
魔力:400 → 英傑試練効果[+100〜?]
魔耐:400 → 英傑試練効果[+100〜?]
技能:付与魔法[+身体強化付与][+攻撃力上昇][+防御力上昇][+自然治癒力上昇][+消費魔力減少][+魔力譲渡][+魔法強化付与][+重複付与]
英傑試練[+能力上昇]
瞬光・特異点・言語理解

==========================================

[英傑試練]
・英雄になる器を持つ者のみに与えられる技能。強い感情の発露や、生死を分けた困難や試練を乗り越える度に、その試練を乗り越えた褒美のように新しい技能を獲得するぶっ壊れ性能。おまけに各ステータス値を一時的に上昇させる。上昇の値はその時次第で変動する。要するに敵が強ければ強いほどぶっ壊れていく能力です。

[魔法強化付与]
・文字通り魔法の威力を強化する付与魔法。

[瞬光]
・英傑試練の効果で獲得した新しい技能。知覚能力、視野、情報処理能力、反応速度といったものが桁違いに強化される。そして肉体能力も大幅アップ。
(南雲ハジメと違って天歩からの派生では無いので、縮地や空力は使えない)

装備
『レクタ謹製 魔法のスクロール』
・レクタが要に渡した魔法陣の刻まれた紙。魔法陣以外にも色々と意味深な文字や記号の羅列が描かれているが特に意味は無い。血が滴ったような模様があるが特に何もなかった。
最初は巻かれていた紙だったが、嵩張って邪魔だったので要が折りたたんだ。
渡された紙は五枚、残り三枚。


カイル
・さらばカイル、お前のことは忘れない....RIP



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訃報〜前編

  

 

side:メルド・ロギンス

 

 

 付与魔術師 要 進の死と、それに同行していた三人の兵士の殉職。

 

 王宮にその知らせが届いた時、すぐさま箝口令(かんこうれい)が言い渡された。

 

 そして、その知らせをエリヒド王から聞いたメルドは異世界人、勇者一行にその事を知らせるようにと王に言い渡される。

 

 メルドが玉座の間をでて最初に向かったのは四人の遺体安置所。

 

 部下の一人は魔物に食い荒らされた姿で発見、もう一人は体を両断され魔物に体を数箇所食われた形跡あり、そしてもう一人と要は()()()()()()()()()を伴い焼死体となって発見されたらしい。二人の遺体は体のほとんどが炭と化しており、もはや以前の様な姿は見る影もない。身につけていた貴重品などステータスプレートでさえ無くなっていたことから、盗賊の仕業だろうと判断された。そしてかなりの手練だと推測され未だに行方知らず。

 

 そんな報告を横で聞きながら、メルドは王都に運び込まれた四人の遺体を目にし絶句した。

 

 四人の変わり果てた姿。一体何があったのだと目を疑うほどの惨状にメルドは様々な憶測と感情が内側で入り混じり、何も考えが纏まらず、ただ呆然としていた。

 

 そしてメルドは自身の愚かさと際限なく押し寄せる悔しさと後悔に己の拳を握り込んだ。

 

 

 そこからの記憶は曖昧でいつの間にか自分の執務室に戻っており、メルドは部屋の扉を閉めた。そして吠えた。

 

 

「ふざけるなァアアッ!!」

 

 

 玉座の間と遺体安置所では行き場の無かった怒りと後悔が拳に乗って自室の机を砕いた。

 

 

「何が王国騎士団長だッ!何が王国最強だッ!何が必ず救うだッ!何が!何が!何がァアッ!!」

 

 

 机を砕き、壁を砕き、そして自身の頭を何度も何度も壁に叩きつける。まるで自分が砕けるのを渇望する様に。

 

 

「.......俺は....こんなにも、無力だったのか.....」

 

 

 最後は力無く自身の頭を壁に当て、己の良さを痛感した。

 

 すると、メルドの部屋の扉をノックする音が部屋の中に響いた。

 

 

「........誰だ」

 

「自分です。ホセです、入室よろしいでしょうか?」

 

「ふぅ〜〜.....入れ」

 

「はい、失礼しま....ッ!あの、団長.....」

 

「大丈夫だ、少し荒れていただけだ」

 

「.....そうですか」

 

 

 少し、というにはかなり部屋の中が散らかっている。机は木っ端微塵に砕き抜かれ、壁も数箇所殴られたような跡と大きく(へこ)んでいた。

 

 だがホセはあえてそれには触れず、真っ直ぐメルドの元に歩み寄った。治癒魔法のように、傷に触れることが優しさというわけでは無いのだ。

 

 

「それで、一体どうした?」

 

「はい、実は訓練の件で勇者様一行のメンバーの数人から次のオルクス大迷宮行きを早めて欲しい、と言われまして」

 

「ッ....!」

 

「どうしますか?次の迷宮行きはまだ先の予定ですが....?」

 

「.......ホセ」

 

「はい?」

 

「お前には伝えておく、ベイルと仲が良かったのはお前もだからな....」

 

 

 そうしてメルドは語った。王宮に届いた知らせのことを。要 進をはじめとしたイヴァン、ベイル、カイルの四人がどうなったかを。そしてホセはそれを聞いて酷く狼狽え、絶句した。「ベイル、お前ェ....」と涙を堪えて、その言葉を漏らした。

 

 

「....ホセ、光輝達 “異世界人”を食堂に集めろ。今からこのことを伝える」

 

「....はい、わかりました」

 

 

 そうしてホセは悲痛な面持ちでメルドの部屋を後にした。

 

 

「はぁ、これは神が下した私への罰なのかもしれないな.....だが、せめて他の奴らだけでも守り抜いて見せなければ。でなければお前達に顔向けできない、そう思わないか?ハジメ、シン....」

 

 

 その問いに答えるものは、もういない。

 

 メルドは自分の惨めさにひとつ鼻を鳴らし、自身の部屋を後にした。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

side:リリアーナ・S・B・ハイリヒ

 

 

 

 リリアーナは自身の執務室にいた。

 

 今日も今日とて書類と格闘し、あっという間に仕事を片付けてしまう。

 

 要が王都を追放されてすでに二日が経っている。

 

 そして要が王宮にはもういないと言うのに、この二日間、要と話していた時間にはついつい足があの中庭のベンチに向いてしまっていた。

 

 

「さて、これで今日の書類仕事は終わりですね。それにしてもヘリーナ遅いですね、何かあったのでしょうか?」

 

 

 すでに日は落ち、外はすっかり暗くなっている。ヘリーナはメイドのニアと共に兵士に呼び出され、どこかに行ってしまっている。

 

 少し手持ち無沙汰になったリリアーナは、自室を出てあの場所へと向かった。

 

 そして緑光石で仄かに照らされた小さな中庭にやってきたリリアーナは、いつもの様にベンチに腰掛けた。

 

 

(そういえばシンさんが以前、この中庭を箱庭と言っていましたね。確か、「そっちの呼び方の方がなんかかっこいい感じがする」でしたっけ?ふふっ、意外と子供なんですよね、シンさんって.....♪)

 

 

 なんて以前シンと話したことを思い出しながら、この箱庭の景色を楽しそうに眺めていた。

 

 すると、ヘリーナが慌てた様子でリリアーナのところにやってきた。

 

 

「姫様!ここにいらしたんですね....!」

 

「どうしたのヘリーナ、そんな慌てて!それに顔色も悪いわ、何かあったの?」

 

 

 ヘリーナを労るリリアーナ。しかし、ヘリーナは心配そうな瞳でリリアーナを見る。そして、どう伝えるべきか悩んだ末にヘリーナはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「落ち着いて聞いてください、姫様。先程、ホルアドの使者より知らせがあった様です.....要様が、亡くなりました」

 

「.......................うそです」

 

「同行していた兵士三名も共に殉職。要様を合わせた四名は.......無惨な最後を遂げたとのことです」

 

「......嘘ですよね、ヘリーナ....?」

 

「............」

 

「嘘だと言ってください、ヘリーナ!」

 

「姫様!!」

 

 

 珍しく声を荒げたリリアーナをヘリーナが優しく抱きしめた。そして二人は、膝から崩れ落ち、お互いに涙を流した。

 

 リリアーナは声を押し殺す様にヘリーナのメイド服に口元を当てながら、嗚咽(おえつ)する。そしてリリアーナの手はヘリーナのメイド服の掴み、まるでヘリーナに縋る様に涙を流した。

 

 最初の異世界人の友達であるシン。

 

 彼が死ぬとはこれっぽっちも思っていなかったリリアーナにとって、この日の出来事は一生忘れられない傷跡を残した。

 

 そして思い出の箱庭で少女の鳴き声が小さく響き続けた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

side:クラスメイト

 

 

 

 副長の声がけによって集められた異世界人達。

 

 彼らは何故呼び出されたのかすらわからないまま食堂としていつも使っている広間に集まっていた。

 

 

「優花っち、妙っち、何か知ってる?」

 

「私は知らないわよ。お妙は?」

 

「私も知らない」

 

「そっかぁ〜....ねぇ雫っち、何か聞いてない?」

 

「いいえ、私は何も知らないわ。光輝達はどう?」

 

「いや、俺も何も聞かされてない」

 

「俺もだ」

 

「私も何も聞いてない。みんな知らない感じだね」

 

 

 園部と菅原の三人で話していた宮崎が八重樫に尋ねる。しかし彼女も何も知らない様子で天之河に坂上、白崎も訝しそうに頭を捻っていた。

 

 

「もしかしてオルクス大迷宮に行く日が決まったのかな?」

 

「いいえ香織、多分違うわ。もしそうなら部屋に閉じこもってた他のみんなまで呼ばれたりしないはずよ」

 

 

 あの日、南雲がオルクス大迷宮で奈落の底へ落ちていった日から、おそらくこの場にいる全員が明確な死を感じたとった。それも当然だろう、目の前でクラスメイトが死んでいく様を目撃してしまったのでだから。そのせいで数日間、自室で塞ぎ込んでいた生徒が何人もいた。

 

 もう以前の様に、魔人族と戦おう!自分達ならできる!なんて自惚れたことを思える生徒はいなかった。

 

 

(愛ちゃん先生、きっとものすごく悲しむわよね.....)

 

 

 畑山愛子はあの日、王都の外にいた。かなり遠方に行っていたらしいので帰ってくるのは明日の朝にはなるだろうとのことだ。

 

 そんな生徒思いの先生のことを八重樫が思い出していると、メルドが食堂にやってきた。

 

 

「お前達、全員集まっているな?」

 

「メルドさん、一体どうしたんですか?何かトラブルとか....まさか、魔人族が攻めてきたんですか!?」

 

「滅多なことを言うな光輝。今回はそんな話じゃない」

 

「じゃあ、一体......」

 

 

 妙に言い渋るメルド。メルドの横に立っている副長のホセが心配そうにメルドに視線を向けていた。

 

 その様子に八重樫や園部達はお互いに顔を見合わせ、訝しむ。

 

 そして、メルドの口がようやく開いた。

 

 

「.....つい先程、ホルアドから知らせが届いたことだが、落ち着いて聞いてくれ.........シンが....要 進が死んだ」

 

「「へ.......?」」

 

「す、すいませんメルドさん....よく聞こえなかったのですが、要が、今なんて....?」

 

「.......死んだのだ」

 

「冗談、ですよね...?確かに要は不真面目で、乱暴で、良くない噂とかありましたけど、でも、でも......あ、俺達をからかってるんですね、メルドさん!いくらなんでもそんな冗談でーー」

 

「こんなことを面白半分で言えるわけないだろッ!!」

 

 

 瞬間、メルドの怒声が食堂に響いた。

 

 彼の顔は、とても冗談を言っている様には見えない。

 

 

「いや........」

 

 

 園部がメルドの言葉を拒絶する様な声を漏らす。自分の手を口元で抑え、まるで溢れ出そうなものを押さえ込む様に。

 

 

「すまない....怒鳴りつける様な声を出して。だが事実だ」

 

 

 メルドの言葉を聞いて、動揺を隠せない生徒達。天之河はそれ以上何も言えなくなった。

 

 そして、今度は八重樫がメルドにか細い声で尋ねる。

 

 

「.....本当に...本当に要なんですか....?何かの見間違いということは....」

 

「運び込まれた遺体も確認した。顔も確認できないほど焼き尽くされていたが、背丈や髪色、体格も一致している。装備品は全て剥ぎ取られていたが、間違いないだろう。護衛の兵士三人も同様に無惨な死に方をしていた。おそらく王都を出たその日に.....ッ、殺されたのだろう」

 

「そんな......」

 

「雫ちゃん....!」

 

「雫!」

 

 

 詳細を聞かされて、()()()()八重樫の心は折れた。力無く膝をついた八重樫に白崎と天之河が慌てた様な声を出し、近寄る。

 

 せっかく以前の様な関係に戻れたと思ったら、王都を追放され、挙げ句の果てに無惨な死。また会おうと誓い、それを何処か()()()思っていた八重樫にとって彼の死は予想外に大きかった。

 

 そしてもう一人、八重樫以上に大きなダメージを受けた生徒がいた。

 

 

「優香っち!!」

 

「優花!!」

 

 

 園部が気を失い倒れた。それを見て宮崎と菅原が園部に駆け寄ると、園部の目尻に大粒の涙が溜まっていた。

 

 

「ホセ、優花を部屋に運べ。雫のことは香織に任せる、香織、頼めるか....?」

 

「はい.....」

 

「俺も雫を!」

 

「光輝は残れ。まだ話は終わっていないのだからな、心配なら後で見に行けばいい」

 

「だけど....!」

 

「光輝、お前は勇者だ。戦うと決めたのなら、お前がみんなを引っ張って行かなくてはならない。お前ができることをやり通さなくてはならない、違うか?」

 

「.....わかりました。香織、雫を頼む」

 

「うん、任せて...」

 

「あの、団長....私達は優花についていったらダメですか?」

 

「かまわん、奈々と妙子は優花のそばに居てやれ」

 

「「はい....」」

 

「ふぅ〜〜......では今後について話をする。全員、良く聞いて考えてくれ」

 

 

 そう言ってメルドは話を再開した。

 

 そして倒れた園部と心が折れた八重樫はそれぞれ自室に運ばれ、まる二日間寝込んだそうだ。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 メルドの話が終わり、解散となった後、一人の男子生徒は笑みを浮かべていた。

 

 ずっと目の敵にしていた要が死んだという報告はその男子生徒にとって棚から牡丹餅の様な幸運だった。

 

 

(俺は生きてる、南雲とも要とも違う.....!生きてる奴が強いんだ.....!)

 

 

 要という存在のせいで長い間劣等感に苛まされ続けてきたその男子生徒は、少しでも自身が優れていると自己を肯定させる為そんなことを考えていた。

 

 

(噂を広めたおかげで邪魔者は完全にいなくなった!もう白崎は俺が手に入れたも同然.....!あとは、アイツだ....アイツも手に入れられたら、それで俺は確実に要に勝てる!.....あの女にもう一人追加だと言っとかねぇとな.....)

 

 

 夜闇の中で笑顔を浮かべるその男子生徒“檜山大介”は完全に心が歪みきっていた。

 

 小悪党気取りだった彼の今の顔は、悪党そのものだ。

 

 

(待ってろよ香織ィ......優花ァ......!)

 

 

 まるで自分のモノのように心の内で彼女らの名前を楽しそうに呟く彼は、月の光も届かない闇へと隠れていった。

 

 





NGシーン

take 1

檜山(待ってろよ香織ィ....優花ァ......)
作者「もっと下卑た感じで」
檜山(待ってろよォ〜)
作者「もっと舌を出して、レロレロ言いながら」
檜山(待っレロよォ〜香織ィ〜レロレロ、優花ァ〜レロレロレロレロ)
作者「.....飴も加えてみるか?」
南雲「やめんか」ドパンッ!
作者「あいた〜ッ」
要 「こんな作者でいいのか....?」



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訃報〜後編

 

 園部が倒れ寝込み、八重樫が自室で塞ぎ込みがちになって、すでに二日が経っていた。

 

 メルドから要が死んだことを報告された生徒の中で何人かは部屋から出てこなくなっていた。

 

 そして訃報の翌日、王宮に帰ってきた畑山愛子は要の死を聞かされ激怒した。自分が知らない間に要の王都追放が決まり、その後の死。ただでさえ南雲の訃報を聞かされ、急いで帰ってきたのに、立て続けに二人目の死亡報告は愛子の心を苦しめた。何より要が裏切り者という噂を流した相手に、要を王都追放にした王宮側に尋常ではない怒りを見せた。これには事の重大さを甘く見ていたエリヒド王、イシュタル教皇が驚き、慌てて弁明した。

 

 なんとか怒りを鎮めさせることができたが、「これ以上生徒達を苦しめないでください!」という愛子の思いと嘆願により、戦闘に参加する意思の無い者には何もしないと誓わされたエリヒド王とイシュタル教皇。

 

 そして愛子は要の死を受け入れるためにメルドと共に遺体安置所へと赴き、目の前の変わり果てた要の姿に絶句した。

 

 あまりに酷い有様に「ごめんなさい、ごめんない、ごめんなさい...」と何度も要の遺体の前で愛子は謝った。

 

 そんな愛子の姿にメルドも彼と愛子に深く詫び、二人はその場を後にした。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

side:クラスメイト(勝気な少女)

 

 

 

 その日の夜、園部優花は夢を見ていた。

 

 もう四年以上前のことだ。園部優花が通っていた中学には一人の有名人がいた。

 

 その男子生徒は天才だった。スポーツも学力も喧嘩も全て学校で一番だった。「あ〜、居るところには居るんだなぁ、こういう人」と園部優花は、そんな男子生徒にこれといった感情を持ち合わせていなかった。

 

 だが中学二年の時、彼と同じクラスになり彼を間近で見る機会が増えたことで彼に対する感情が変わった。

 

 いつもつまらなそうにしている彼。他人と関わらそうとせず、まるで余裕綽々で人を見下す態度にだんだん腹が立っていた。

 

 そしてある時、彼女の友人が彼に告白した。だがそれは実らず、手酷い振られ方をしたらしく友人は泣いていた。

 

 それに腹を立てた彼女は彼に対してこう言ってやった。

 

 『私、あんたみたいな奴嫌い』と。彼は面食らった様な顔をしていたが、すぐにいつものつまらなそうな顔に戻り『俺もたった今、お前のことが嫌いになった』と言い返してきた。ムカつく。なんでも出来るからって人の気持ち踏み躙る様な最低な奴を園部優花は許せなかった。

 

 だがそんなある日、彼が教室に持ってきた物にクラスメイト達一同は騒然とした。

 

 それは漫画やライトノベル小説といった創作物だった。

 

 今までそんな素振りも興味も持っていなかった様な奴が急にそれらを学校に持ってきて、授業中に読み耽っていたのだ。いや、そんな物学校に持ち込むなよ、と誰もがツッコムが教師すら委に返さず、我が道を征く!とばかりに堂々としていた。

 

 だがそれだけにとどまらず、彼が部活に入ったのだ。しかも弱者チーム。彼の才能ならこの中学で一番強いサッカー部に入るだろう予想は見事に外れた。友達が目撃した話では、他の部活動の顧問がこぞって彼を勧誘したらしいが、それら全部を蹴っての入部だったらしい。

 

 益々わからない。

 

 以前の彼は何もしない、何も見ない、誰にも近づかない、近づいた相手は傷つける、といった感じだったのに、明らかに何かが違っていた。

 

 教室ではアニメや漫画の話で盛り上がれる友達を見つけた様でいつも誰かと楽しそうに話しているし、バスケ部だって自分が見かけた時には楽しそうに部員とスポーツをしていた。彼に告白する女子だって、以前より明るくてかっこいいという理由で増え、その悉くが振られたが全部やんわりと角が立たないようにだった。  

 

 だからだろうか。

 

 何が彼をそこまで変えたのかすごく気になった。

 

 それが彼女に気まぐれを起こさせた。

  

 

『.......今度、うちの店にご飯食べに来なよ』

『いいのか?お前、俺のこと嫌いだろ?』

一見(いちげん)のお客さん相手に好きも嫌いもないわよ、お金払ってくれるなら。でも作った料理残したら許さない』

『そうか....なら今度部活帰りにでもやらせてもらうわ』

 

 そして、本当に来た。

 

 彼は彼女の実家の洋食屋の味を気に入ったらしく、ちょくちょくお店に通うようになった。

 

 園部優花がお店の手伝いをしてる時間帯とよく被って彼はやってくる。

 

 いつの間にか彼は常連となり、他の常連さんとも仲良くなって、終いには固定の席までできた上に両親とも仲良くなってしまっていた。

 

 そんな日常になんだかんだ彼女の心は絆されていた。

 

 そして、トドメは彼がバスケの試合を学校の体育館でしていた時だ。たまたま友達に声をかけられ、一緒に試合を見ていたのだが、素人目でもわかるほど彼はすごかった。中学生離れした身体能力に、相手チームを翻弄するテクニック、積み重ねた努力が滲み出るパスワークや連携、試合の結果は圧勝だった。

 

 大はしゃぎの友人の横で、彼女は彼を見た。

 

 以前の様な暗く鋭い表情ではなく、同年代の無邪気で頼もしい男の子の顔で清々しい汗を流しながら笑顔の花を咲かせていた。

 

 この時から園部優花の彼に対する評価や感情が一気に逆転した。

 

 それからというもの、彼女は彼に色々とお節介という名のアプローチを仕掛けていた。まあ、そのほとんどが最終的に言う必要のない言葉でいま一歩踏み込まずにいた。

 

 ぶっちゃけ言うと照れ隠しだ。

 

 だって、仕方ないじゃない!もし、この気持ちを、想いを口に出しちゃったら、きっとーーーーーー

 

 刹那、走馬灯のように思い浮かぶ色んな情景の中で豪快に快活な笑顔を咲かせる彼。そして自分の記憶の中で、真新しい彼の最後の笑顔が浮かんだ。

 

 

『お、おう。まあのんびり待ってるよ』

 

 

 どこか困った様な、それでも周りを心配させまいと明るく笑う要。胸が高鳴るのを感じる。だから。

 

 

ーーーーきっと、好きを抑えきれなくなる。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 寝ていた園部の瞼がゆっくりと開き、不意に先程までの夢が脳裏をよぎり、声が漏れた。

 

 

「........か、な...め」

 

「優花!」

 

「優花っち!」

 

 

 目を覚ました園部に気づいた菅原と宮崎が彼女の名を呼ぶ。そして覚醒した園部はた辿々しく声を呟く。

 

 

 

「....ふたりとも、どうしたの?.....なんで、ないてるの?」

 

「優花が起きないからじゃん」

 

「本当に心配したんだから!」

 

「.......そっか....ごめんね、心配かけて」

 

「それより優花、具合はどう?お腹空いてない?」

 

「何か食べたいものあるなら私、メイドさん達に頼んでくるけど?」

 

「もう、心配しすぎだって二人とも.......ねぇ、要のことなんだけど....」

 

「ゆ、優花っち!まずお水飲みなって!ほら、二日近く寝込んでたんだから喉乾かない?」

 

「え?私そんなに寝てたの....?」

 

「うん、たまに(うな)されてたよ?ついさっきだって『ぅ〜ん、かなめぇ』って」

 

「ちょっと奈々っち!」

 

「あ、ごめん!」

 

 

 宮崎と菅原がそんなやりとりをしていると、園部は少しだけ頬を赤らめ、意を決したように口を開いた。

 

 

「ねぇ、聞いて二人とも.......私ね、要のことが好きなの」

 

「「..............」」

 

 

 園部の言葉に二人は長い沈黙をし、二人は視線を一度合し、アイコンタクトをとった。そしてーーーー

 

 

「「今さらぁーーー!?」」

 

「うぐっ」

 

 

ーーーー今さらだった。

 

 

「ほんっと今さらだよね優花っち!私たちが気づいてないとでも思ったの!?」

 

「バレンタインで手作りチョコあげてるし、こっちにくる直前だって『今度お店で出すメニューの練習してるから、よかったら食べて。べ、別にあんたのために作ってきたわけじゃないんだからね!』とか言って実質手作り弁当渡してたら、こっちだって気づくよ!」

 

「ま、真似しないでよぉ〜〜!」

 

「まあ、優花っちは生粋のツンデレだから仕方ないけど」

 

「ていうか要くん、多分気づいてたよね」

 

「えッ?嘘ッ!?」

 

「う〜ん、あれは気づいてたなぁ〜。うん、間違いなく」

 

「うん、王都の門で別れた時だって....あっ」

 

 

 そこで二人はようやく踏みとどまった。要の死で傷ついている園部に対して、傷に触れる様な発言をしてしまったことに気づいた。

 

 

「優花っち....その.....」

 

「大丈夫、私は信じてるから要のこと」

 

「え、信じてるって.....?」

 

「要が生きてるって」

 

 

 二人は園部の言葉に沈黙した。いくらなんでも今の園部の発言は現実逃避してる様にしか聞こえなかった。

 

 

「優花、辛いだろうけど要くんは死んだんだよ。遺体だって確かに運び込まれてるみたいだし.....」

 

「こう言っちゃアレだけど、もう信じる信じないの話じゃないよ、優花っち.....」

 

「その遺体は本当に要だったの?」

 

「え?うーん....愛ちゃん先生に聞いたからハッキリとは言えないけど、顔も確認できないほど酷い遺体だって言ってた。ステータスプレートも無くしてるみたいだから本人確認はできてない、かな.....」

 

「でも、体格も髪色も同じだって愛ちゃん先生言ってたよ!」

 

「それだけなら、まだ要本人とは決まったわけじゃないと私は思う」

 

「「優花(っち).....」」

 

 

 希望は限りなくゼロに等しい。だが園部には要が簡単にやられる様な男ではないと、なんとなく思っていた。具体的な根拠はない、けど園部は信じた。彼の強さを。長年、彼を見てきたからこそ園部はそう思えた。

 

 

「でも、もし要っちが生きてたらとしてどうするの?手がかりとか何もないよ?」

 

「それに私、もう天之河くん達についていく自信ないし、戦うのも....」

 

「手がかりならあるわよ。オルクス大迷宮と要の装備品よ」

 

「装備品を探す、ってことだよね?けど、なんでオルクス大迷宮?」

 

「あの南雲大好きっ子の要が簡単に南雲の捜索を諦めると思う?」

 

「あ、それは確かに」

 

 

 どうやら園部達の間では要は南雲が大好きだからいつも一緒にいるのだと思われていたらしい。実際、南雲贔屓なので要はきっと反論の余地がないだろう。

 

 

「てことは優花、もしかして天之河くん達と一緒に.....?」

 

 

 菅原の言葉に園部は首を横に振った。

 

 

「強くなることを諦める気はないけど、私も天之川河くん達についていく自信はない。だから協力してもらうの」

 

「天之河っちに?」

 

「天之河くんに、ていうより雫と香織、かな....ほら、天之河くん、要のこと嫌ってる、ていうか苦手じゃん?」

 

 

 園部がそういうとまた二人の顔が暗くなった。園部が怪訝そうにしていると、二人は言いにくそうに口を開いた。

 

 

「実はーーーー」

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

side:クラスメイト(苦労性な少女)

 

 

 

 八重樫は今日も訓練に参加しなかった。

 

 この二日間ずっと自分の部屋に篭り、暇さえあればベッドの上で膝を抱え、虚空を見つめていた。

 

 彼女を心配して訪ねてくる宮崎や菅原、谷口や中村は八重樫をなんとか励まそうとするがどれもイマイチ手応えがなく不発で終わった。天之河に至ってはーーーーー

 

 『雫、いつまでもクラスメイトの死を引きずってちゃいけない。それに君と要は仲が悪かっただろ?要のことでクヨクヨするなんて雫らしくないぞ!要の死は唐突過ぎたが心配しなくていい、俺が雫を守ってみせるから!』

 

ーーーーーこの有り様だ。

 

 白崎が速攻天之河にはご退席させ、今は白崎が八重樫の面倒を見ていた。

 

 そして今も八重樫の隣でずっと座って彼女に寄り添っていた。

 

 

(雫ちゃんがこんなになるなんて、やっぱり雫ちゃんは要くんのことをーーー)

 

 

 コンコンコンっ

 

 と、部屋の扉をノック音が聞こえた。

 

 

(こんな時間に誰だろ?もしかして、また光輝くん.....?)

 

 

 と、トラブルメイカーの幼馴染を想像しつつ扉を開けた白崎。だが、白崎の予想とは違った意外な相手だった。

 

 

「あれ!?優花ちゃん、もう大丈夫なの?」

 

「うん、もう平気。奈々達から聞いたけど、心配かけたみたいでごめんね」

 

「いいよ全然、それより目覚めて本当によかったぁ....ところで、どうして優花ちゃんが?」

 

「そうだった....雫、いるかな?」

 

「うん、いるけど.....」

 

「そっか、ちょうどよかった。二人に聞いてほしいことがあるんだけど、いいかな?ああ、やめた方がいいなら日を改めるけど.....?」

 

 

 園部は菅原と宮崎から今の八重樫の状態について聞いていた。本来、話をするなら日を改めた方がいいのだろうが、思い立ったが吉日。こういうのは早い方がいいよね、と八重樫の部屋を訪ねたのだ。もっとも八重樫本人が日を改めて欲しいというなら、仕方ないが。

 

 

「雫ちゃん.....優花ちゃんの話聞いてみてもいいかな?」

 

「うん、香織がいいなら私も大丈夫よ....」

 

 

 以前より明らかに覇気のない八重樫の声に園部は来てよかった、と思った。  

 

 そして部屋の中に入った園部は、八重樫が座っているベッドの横に置かれた椅子に腰掛けた。それに続いて白崎ももう一つの椅子に座った。

 

 

「ねぇ雫......雫は要のこと、どう思ってるの?」

 

「へ.....?」

 

「え、優花ちゃん....?」

 

 

 思わぬ方向から飛んできた先制パンチに面食らっている八重樫と白崎。二人が予想していたのは優花による励ましの言葉だったのだが、そのあてがあっさり外れ、二人は一度視線を合わせて質問の意図を聞こうとした。

 

 

「えっと......それはどういう意味の質問なの?」

 

「言葉通りの意味よ、今の雫の状態でこんなこと聞くのは酷だと思うけど.....どうしても聞いておきたいの」

 

 

 何故そんなことを園部が聞いてくるのか。それはオルクス大迷宮に潜る前日の夜、宿屋での出来事が要因だった。

 

 あの日園部は、要が八重樫のことを好きだったのだと初めて知った。そして要が振られるところも見ていた。その後の八重樫と要は、以前のように距離を置いた関係性にはならず、むしろ以前よりも仲が深まり友人として互いを信頼しているようだった。

 

 だからこそ園部は確認しておきたかった。

 

 八重樫雫が要進という男を本当に信頼しているのか。そこに友愛か、はたまた友人に向けるものとは違う()()()()があったとしても、園部が要を信じているように、八重樫に要を信じて欲しいのだ。

 

 

「彼は....すごい人だと思っていたわ。努力家で、才能もあって、私なんかよりよっぽど強かった....だけど、あんなに強かった彼ですら.....死んじゃったわ.....」

 

 

 上手く言葉にできないながらも、彼に対して感じていたものを一つずつ並べていく。だがそれは、どこか他人行儀な、主観とは別な視点での感想のようにも園部は聞こえた。言っている本人ですら少し違和感を覚えていた。

 

 だが、それももはや意味のないこと。

 

 八重樫は再び彼の死を思い出し、言葉に詰まった。だが、園部が八重樫に希望の道標を口にした。

 

 

「雫、私は要がまだ生きてると思ってるの、ううん、信じてるの」

 

「.....え?」

 

「ちょ、優花ちゃん!いくらなんでもそれは.....」

 

「違うわ、香織....雫思い出してみて、メルド団長の言葉を。メルド団長は要の遺体は焼き尽くされて()()()()()()()()って言ってたのよ、つまりまだ要本人だと決まったわけじゃない。それに本人確認できるステータスプレートや装備品が何一つ残って無いなんて、いくら盗賊でも焼死体から遺留品を全部奪っていくなんておかしいと思わない?」

 

「でも.....背丈や髪色が」

 

「そんなの似ている人がいればいくらでも偽装できるわ。ていうか、焼死体なのに髪の毛が残ってるのもおかしいでしょ?体を覆うほどの火力で焼かれたのならまず最初に髪の毛が燃えて無くなってるはずよ」

 

「......確かに」

 

「でも待って優花ちゃん!もしそれで要くんの遺体が別の誰かの遺体だって言うなら、一体誰なの?そもそもそんな人、どうやって用意したの?」

 

「それは私にもわからない.....ただ、私が言えるのは、物的証拠が何一つ無いなら要と断定できないってこと。それにさっき雫も言ってたじゃん、要はすごい人だって。雫がすごい人だって認めるくらいの奴なんだから、そう簡単にやられるわけないでしょ?」

 

「優花.....」

 

「だから手伝って欲しいの、要を探すことを。お願い!」

 

 

 園部の言葉を全て聞いた八重樫は少しだけ瞳を濡らすが溢れる前に瞼を下ろした。そして再びその瞳を開いた時には、以前の苦労性で頼れる女の、決意を改めた強い目をしていた。

 

 

「ありがとう優花......うん、任せて。私にできることがあるならなんでもするわ」

 

「雫ちゃん....!」

 

「今までごめんなさい、香織、心配をかけて」

 

「ううん、そんなこと全然気にしてないよ!私の時だって雫ちゃんがずっとそばにいてくれたんだから、親友として当然だよ」

 

「うん、ありがと、香織」

 

 

 数日ぶりに見た親友の頼もしい顔と優しい瞳に白崎は瞳をうるうるさせ、当然のことだと言ってのけた。それに対して八重樫は心から感謝した。

 

 

「それで優花、私は何をしたらいいのかしら?」

 

「うん、そのことは香織にも頼みたいんだけど、いいかな?」

 

「うん!全然構わないよ!私にも手伝わせて!」

 

「ありがとう、香織。二人に頼みたいのは、オルクス大迷宮で要を捜索してもらうことと、ホルアドでの情報収集よ」

 

「どうしてオルクス大迷宮なの?」

 

「要が生きてるなら、あいつは絶対南雲を探しに戻ってくるはずだから」

 

 

 それを聞いて八重樫と白崎はハッとし、確かに、と頷いた。要と別れた日も要自身がそう口にしていたのだから、要が生きているならそこを目指すのは必然。

 

 

「うん、要くんなら絶対オルクス大迷宮攻略を目指すね」

 

「まあ、要だし。南雲くん贔屓なのは地球にいた時からだから仕方ないわ」

 

「案外、南雲も悪くないと思ってたりして」

 

 

 夜中に良からぬ考えを起こす少女三人。想像するのは要と南雲のボーイズラブ、気前よく「oh、Ye〜s」なんて効果音つき。園部と八重樫は南雲に迫る要を想像して少し顔を赤らめた。一方、白崎も二人と同じように熱いボーイズラブを想像したが、途中から妄想の中の要が自分と置き換わり、南雲に迫られる自分を想像していた。白崎の夢想の相手こと、奈落の底の化け物さんは不意に悪寒を感じたのだった。

 

 

「ゴホンッ、まあ妄想を膨らませるのはここまでにして話を続けましょう」

 

「香織〜、戻ってきて〜」

 

「ハッ!?ち、違うのよ!ちょっと要くんが羨ましいなって思って途中から私とハジメくんでアレコレすること考えてたなんて、そんなことないからね!あ、でもハジメくんにぎゅっと抱きしめてもらえたらいいなって思うのは別にいいよね?むしろその後、優しく耳元で囁かれたりなんかして「君を離さない」なんて言われてみたいとか思っちゃったりーーーーー」

 

「雫、止めなくていいの?」

 

「大丈夫、すぐ戻ってくるから」

 

「それでね、それでね〜〜ッ....ハッ!?.....ごめんなさい」

 

「ほらね」

 

「手慣れてるわね、さすが香織の親友」

 

「ちょっとその意味合いだと素直に喜べないわ」

 

「も、もう!雫ちゃんのイジワルぅ!」

 

「えっと....話を戻すけど、いい?」

 

「ええ、続けてちょうだい。さっきまでの話は私と香織でオルクス大迷宮内またはホルアドで要に関する情報収集と要の捜索でいいのよね?」

 

「優花ちゃんはどうするの?」

 

「私は愛ちゃんについて行こうと思ってる。色んな農地をまわるみたいだから、そこで情報収集と要の行方を探るつもり」

 

 

 つまり、八重樫と白崎はオルクス大迷宮とその周辺での捜索と情報収集、園部は愛子の農地開拓の手伝いをしつつ、情報収集と要の行方の探索になる。手がかりがほとんどない以上、この作戦が妥当なところである。

 

 それに白崎や八重樫にとって、オルクス大迷宮での探索はちょうど良かった。何せ、白崎も南雲を探そうとしているからだ。それを手伝うと言った八重樫もこの作戦案は好都合なのだ。

 

 三人はお互いに顔を合わせ、力強く頷き、新たに決意を固めた。

 

 

「優花....ありがとう。おかげで前を向けたわ」

 

「気にしないで雫、私なんて気絶しちゃってたんだからお互い様よ」

 

「要くんもハジメくんも!二人を連れ戻してハッピーエンドにしちゃお!」

 

「ふふ、そうね。どっち片方が欠けてるなんて、あの二人からしたらあり得ないだろうし」

 

「要と南雲、二人揃ってって感じだもんね」

 

 

 最初の重々しい雰囲気はもうどこにもなかった。三人は柔らかな笑みを浮かべ、笑い合った。再度、お互いに頑張ろうと励まし、女の子らしい話で盛り上がったあと、三人は同じベッドの上で並んで眠りに落ちた。

 

 

 あれから数日後の早朝、八重樫と白崎、他にも天之河や坂上など他の生徒達が王都の門に集まり、愛子率いる農地開拓グループの出発の見送りに来ていた。

 

 農地開拓グループ、通称“愛ちゃん護衛隊”。

 

 メンバーは園部を筆頭に宮崎、菅原、玉井、清水の生徒五人に加え、教会から派遣された神殿騎士数名が愛子の護衛役として同行することになっている。

 

 

「先生、どうか気を付けてください」

 

「留守の間は俺達に任せてください。俺がみんなを守って見せますから!」

 

「寂しくなるけど頑張ってください」

 

「ありがとうございます、八重樫さん、天之河くん、白崎さん。皆さんもどうか気をつけてくださいね」

 

 

 生徒達の心温まる見送りに愛子は笑顔で受け答えをする。

 

 そして出立の時間が来ると、愛子や玉井達が馬車に乗り込む。

 

 

「雫、香織、じゃあ行ってくるね」

 

「ええ、優花達も気をつけて」

 

「優花ちゃん、元気でね!私達も頑張るから!」

 

「うん、ありがとう二人とも。それじゃあ、またね!」

 

 

 八重樫と白崎に軽く挨拶を済ませると園部も馬車に乗り込んだ。

 

 少しだけ寂しくはあるが、お互いに目的のために頑張らなければならない。あの夜、三人でそう誓ったのだから。

 

 そして動き出した馬車を見送る八重樫と白崎。他の生徒達も離れていく馬車に手を振って元気よく送り出していた。

 

 

「香織、私達も頑張りましょう!」

 

「うん、雫ちゃん!」

 

 

 八重樫は馬車に手を振る腕と反対の手で白崎の手のひらを握り、それに応えるように白崎も強く、だけど優しく握り返した。

 

 

(あの時、優花の質問に上手く答えられなかった........私の中でまだ()()()()()()()()()想いがあるみたいなの......だから、貴方を、要を....必ず見つけてみせるわ、そしてその想いがなんなのかハッキリさせる....)

 

 

 三人の少女達は決意を胸に、それぞれの道を歩き出した。

 

 想いを確かめるため、想いを伝えるため、想いを叶えるために。

 

 八重樫雫、苦労性でいつも誰かを支えてきた少女。

 

 彼女の表情はいつもより頼もしく、気概で満ち、艶やかだった。

 





「少女SKY」の一幕でした。
雫のS、香織のK、優花のYでチームSKY。
次回から要登場。さてさてさぁて〜、一体彼はどこにいるのでしょうか。

南雲ハジメの困難に比べたら今の要はまだまだ序の口。
強くなるには試練が必要ですからね、少し過去の自分とも見つめあってもらわないと。


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雪原の出会い

ごめんなさい、長くなりました。
新キャラ登場します。


 

 夢を見ていた。

 

 見たことのある無数の魔物と対立し、剣を振り下ろし、魔法を駆使する誰か(自分)だが、自分には見に覚えがなかった。

 

 しばらくその光景が続いた後、この景色は誰が見ていたものかわかった。

 

 

(カイルさんーー)

 

 

 自分がカイルの視点であの時の記憶を見ているのだとようやく理解した。カイル(自分)が自分の背中を見た時、それでようやく理解できたのだ。そして、あの時のカイルがあの戦場で何を思っていたのか、どんな思いで戦っていたのか、カイルの感情が流れ込んでくる。

 

 絶望、恐怖、焦り、気概、高揚感、使命感、尊敬、そして憧れと後悔、最後に祈り。

 

 カイルはあの戦いで多くの感情をうちに秘めて戦っていた。相手の強大さに恐怖と絶望を抱き、それでも立ち上がり勇気を振り絞る。自分と同じ歳だというのに一歩も引かず、強大な敵に立ち向かう男に尊敬と憧れを持つ。だが敵はどこまでも理不尽だった。逆境を乗り越える勇気すらも塗り潰す、圧倒的な絶望がカイルの心を折った。

 

 だが、最後の最後で彼は小さな希望を見つけた。

 

 そして託した。

 

 

『.........はぁ、はぁ.....いつ、か.....かならず......』

 

 

 カイルはもうほとんど感覚が無い指を動かし、彼に自慢した魔法の道具を発動させた。かつて自分を救った命の恩人から貰った秘密の魔道具、友情の証である指輪を。

 

 それが淡い光を輝かせると、カイルの体に覆い被さって倒れている男が虚空に消え、入れ替わるように予め用意していた()()()()()()()男の遺体を召喚した。そして指輪は砕けた。

 

 カイルとその男の遺体は劫火に包まれた。

 

 カイルの口元は薄っすらと笑みを浮かべ、口にしたかった最後の言葉を心に浮かべる。

 

 

ーーーーー勝ってください!と

 

 

 カイルは男に全てを託した。

 

 そして恋人への想いを祈り、涙と共に焼かれ、朽ちていった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 静かに目を開いた要は、自分が寝ていたことに気づいた。

 

 その目には大粒の涙が溢れて、目を開けたと同時に耳の方へと落ちていった。

 

 そして要の視界に入ったのは木の屋根だった。天井はそれほど高くなく、それを支える柱も全て木材だ。

 

 ここが一体どこなのか、あたりを見渡そうとして首を動かした時、体に激痛が走った。

 

 

「〜ッ〜ッ.....!?!」

 

 

 痛みが全身に駆け抜け、それに連動するように他のところからも痛みが押し寄せてくる。ここを動かせばそこが、そこを動かせばあそこが、と某児童向けテレビ番組のピタ○ラ○イッチを要に連想させた。もっとも、楽しい要素は微塵もない。やられた本人からすれば、これを作った相手を本気で呪うぐらい酷いものだ。

 

 などと、無駄に思考が働いていた要の元に一人の男が現れた。

 

 

「....目が覚めたらようだな。その様子だと意外に元気らしい、甲斐甲斐しく世話をする手間が省ける」

 

 

 どこが元気なものか!?とツッ込もうとした要。だが、その男を見て要は目を見開いた。

 

 ぶっきらぼうな物言いに何処か皮肉めいた口調の男は、黒い肌に長く伸びた耳、赤い髪を携えていた。

 

 

「.........あんた、魔人族なのか....?」

 

「俺を見て判断できないのか?今の人間族はよっぽどお気楽なようだな」

 

「ぐっ....(抑えろ、今は動けない。それに命の恩人に失礼な態度は良くない....)」

 

「...........少しは物分かりがいいみたいだな。まあ、お前を助けたのは俺ではないがな」

 

「.....じゃあ、誰が?」

 

 

 要がそう質問すると同時に、木造部屋の奥の扉が開き、一人の女性が入ってきた。

 

 

「あ、起きたんですね!本当に良かったです、最初見つけた時はもうダメかと....」

 

 

 その女性は亜人族だった。金髪のミディアムヘアに、垂れた犬耳、目鼻立ちがくっきりとした美しい顔立ち、背丈は日本の成人男性の平均よりやや下ぐらいだろう。だがそれよりも、ひと目で男の目を釘付けにするほどのデカい乳!そして肉付きのいい腰にウエストはキュっと引き締まって細い!それを見た要は心の中で「異世界スゲェエエエエッ!!」と絶叫した。

 

 だが、流石に命の恩人に対してこのような考えは失礼だと思い、まずは挨拶をしようと心を鎮め、一言。

 

 

「おっぱい.....」

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 

(俺はいつから女性の胸を見て「おっぱい....」と神妙な顔で言うようになった!見ろ、魔人族の男が俺をゴミを見るような目をしてるじゃないか!くそっ!訂正しなくては....!)

 

「ふふっ、正直な方ですね。でもダメですよ?女性の胸を見てそんなことを言ったら、他の女性に嫌われちゃいますから、今後は気をつけてくださいね?」

 

「おっしゃる通りです、以後気をつけます.....」

 

「はい、素直なのはとても良いと思います♪」

 

(え、何この人、すげぇ優しい.....)

 

 

 思わぬ失態を晒した要だったが、最後は彼女の優しさに心がポカポカした。味噌汁飲みたい。

 

 すると魔人族の男がひとつ咳払いをして、口を開いた。

 

 

「さて、人間の男。お前にひとつ問う....カイルという男を知っているか?」

 

「!?....なんで、あんたがカイルさんの名前を...」

 

「知っているのだな....カイルをどうした?返答次第では貴様を殺す」

 

 

 魔人族の男があり得ないくらい濃密な殺気を要にぶつけてきた。今にも意識を手放したくなるほどで、あの時戦ったノイントとか言う銀翼の修道女と同等以上の脅威だと認識させられた。要の呼吸が自然と荒くなる。

 

 

「その辺にしてください師匠。彼が怯えています、それにそんな態度では彼も答えられませんよ?」

 

 

 途端、魔人族の男の殺気が弱まった。と言っても殺意はいまだに要には向けられているので、とてもじゃないが穏やかな気持ちにはなれない。

 

 

「答えていただけませんか?あなたが何者でも、この場で殺すことは致しませんので」

 

「.....わかった、正直に話す。元より今の俺では何もできないから、話終わった後は好きにしてくれ」

 

 

 そう言って要は全てを話した。

 

 異世界から召喚されたこと、オルクス大迷宮でのこと、王都追放のこと、そしてノイントなる女に襲撃され、呆気なく敗れたことを。

 

 そこまで話してようやく魔人族の男は殺気をおさめた。

 

 

「.....嘘は言っていないようだな」

 

「信じてくれるのか?」

 

「俺に嘘は通じない、そういう力を持っているからな」

 

「なら.....」

 

「ああ、殺しはしない、治療も続けてやる。餞別としてお前の装備も直してやる。だが、それが終わったらさっさと出ていってもらう」

 

「.....助かる」

 

「礼を言うならロクサーヌに言え。お前を殺そうとした俺を説得して治療までしたのだからな」

 

「ロクサーヌ?そこの亜人の女性はロクサーヌと言うのか?」

 

「はい、申し遅れましたが私は狼人族のロクサーヌと言います。そして貴方をここまで運んでくれたのは私の師匠、ここにいるロバートです」

 

「その名は好かん、俺のことはロンと覚えておけ人間族の小僧」

 

「ロクサーヌさんにロンさん、か。改めて礼を言わせてくれ、救ってくれたこと本当に感謝している。寝ている姿で申し訳ないが、俺は進、要 進だ」

 

「ではシンさんと呼ばせてもらいますね」

 

「フンッ、とりあえず貴様は早く体を治せ。俺は工房に行く」

 

「待ってくれ」

 

 

 話すことは話し、挨拶も名前も聞くことができたところでロバートが部屋から出て行こうとするが、それを要が呼び止めた。

 

 

「なんだ?」

 

「どうして貴方がカイルさんのことを知っている?親しい間柄だと察しはつくが....」

 

「.......お前と同じだ。昔、ここに迷い込んだアイツを俺が拾った、それだけだ。お前がここにいるのは、俺がアイツに餞別として渡した魔道具のおかげだろう」

 

 

 それを聞いて先程見た夢を思い出した要。

 

 あの時、カイルは最後の最後で要を助けるためにロバートから貰い受けた魔道具を起動させ、ここに要を送ったのだ。恩人であるロバートに要を託すように。

 

 

「これでいいか?」

 

「最後にもうひとつ」

 

「.....まだあるのか?」

 

「貴方がカイルさんに渡した魔道具、あれには使用者の感情を他者に伝える機能でもあったのですか?.....寝ていた時、確かに俺はカイルさんの最後を見た。それにあの時のカイルさんの想いも知った。あれは、俺の妄想なんかじゃないと確信している....一体、どうして.....」

 

「さあな.........だが、時として魔法は人智を超えた力を発揮する。まるで人の意思に応えるかのようにな......その時のカイルがどんな想いだったのかは俺にはわからん。ただ、お前をここに送るだけの決意があって、アイツはお前に()()()を託した。なら、そんな奇跡もあっていいだろう......」

 

 

 そう言って今度こそロバートは部屋から出て行き、締め切った部屋の中に残された要とロクサーヌ。

 

 要はロクサーヌが隣に寄ってくることにも気づかず、涙を流してカイルの最後の想いを受け止めた。

 

 そんな要を見てロクサーヌは要の頭を優しく撫でる。

 

 要は恥ずかしそうに顔を逸らすが、それでもお構いなくロクサーヌは優しく微笑みながら要が泣き止むまで頭を撫で続けた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 あれから二日が経過した。

 

 体はすっかり元通り。腹にあいた穴も、肩からバッサリ切られた切り傷も、焼けた肌も、切断されたはずの腕すら元のように動いていた。

 

 なんでもロバートは神水というどんな傷でも立ち所に治してしまう魔法の回復薬を持っているらしい。切断された腕は状態が良かったため、縫合し、それでくっつけたとか。凄まじい技量だ。しかし、傷跡は残った。あの時の戦いの跡として、まるであの敗北を忘れさせないように身体中に傷跡となって残っている。

 

 だが、それだけで要が助かるわけがなかった。

 

 元々致命傷だった要が今でも生きているのは、胸に刺さっていた短剣、つまりリリアーナから貰った短剣と、園部と一緒に冒険者ギルドで買った首飾りの効果が大きかったらしい。短剣には神代魔法のひとつ、“再生魔法”が付与されていたらしく、その効果で傷付いた要の体を徐々に癒していたらしい。そして首飾り、あの首飾りのおかげでノイントの肩から切り裂かれた傷もある程度防がれていた。その効果で一命を取り留めていたのだ。もしあの時、ノイントが要に短剣を刺していなかったら、そして首飾りを身につけていなかったら話は変わっていただろう。おまけに付与魔法の派生技能[自然治癒力上昇]の効果もあって回復も早かった。それに冷えた要の体をロクサーヌが人肌で温めてくれていたらしい。ちょっとだけ惜しいと思った要、何がとは言うまい。

 

 これだけの要因が無ければ今頃要はカイルに託された命を無駄にしていただろう。

 

 だが自然と要は、この奇跡の如き一連の流れを偶然と思わず、()()()()だと思えた。なんとなくだが。

 

 

 そして要は今、どこにいるのか。

 

 最初ロクサーヌから聞かされた時、要は驚いた。

 

 そこは遥か南方、ライセン大峡谷を超えたその先の東側に位置する雪原。常に雪が深く積もり、雲が晴れることはない極寒の吹雪が吹き荒れるシュネー雪原だった。その山脈地帯の山の中でロバートとロクサーヌは住んでいた。

 

 

「相変わらずすげぇ景色だな。日本じゃまず見れない光景だ(.....それにしても、シュネー雪原、ねぇ.....ハジメの予想が正しければ、ここにも.......)」

 

 

 要は体を動かすため、ロバートの家から出て木剣を振っていた。ロクサーヌも剣の鍛錬のために外に出てきている。

 

 お互いに防寒用の厚い熊の毛皮を着込んでおり、要のはロバートのお古だ。「いつでも出ていけるように体を動かしていろ」と、木剣と共に渡された物だが、あの人絶対ツンデレだ、と要は確信していた。なんとなく園部に似ていると思った要だが、園部の方がもう少し可愛げがあるな、と自己完結させた。

 

 

「シンさんの居た世界にはこういう場所はなかったんですか?」

 

「いや、あるにはあるんだろうけど、俺が住んでた場所ではまず見られないかな......よし、素振りもこれぐらいでいいだろう。やろうぜ、ロクサーヌさん」

 

「....あの、ほんとにやるんですか?」

 

「ああ、遠慮なく来てくれ」

 

「わかりました....では.....」

 

 

 そう言ってロクサーヌは木剣を要に向けて構えた。それを見て要も木剣を構え直した。

 

 要からの提案で今から二人は木剣による試合を行う。

 

 何故こんな話になったかと言うと、理由は至極単純、要が強くなるためだ。

 

 ロクサーヌの剣の師匠はロバート。ロクサーヌから聞いた話だと、五年程前にシュネー雪原で倒れていたロクサーヌをロバートが拾い、以来ロクサーヌはロバートを師事しているそうだ。実の娘のように時に優しく、時に厳しくするロバートはロクサーヌにとって親代わりの存在らしい。そして、そのロバートの剣の腕は相当らしい。実際に見ていないのでどれ程なのかわからないが、あの時の殺気、要が目を覚ました時に要にぶつけてきた殺気から考えるに、あのノイントとタメを張れるぐらいの実力はあるだろう。そしてそんな男に鍛えられているロクサーヌ、ロバートに挑む前の肩慣らしにはちょうどいいだろうと要は考えて試合を申し込んだのだ。

 

 

(あのノイントとまた戦う時の為にも、もっと強くならねぇと....それに、こっちは託されたんだ!必ず仇はとる....!)

 

 

 より一層気合を入れ、要はロクサーヌを見据える。だが、気づいた時にはロクサーヌが目の前にいた。

 

 

(は、速ッ!?)

 

「ふっ!!」

 

 

 飛び込んできたロクサーヌの上段振り下ろしをなんとか躱わす要。だが、ロクサーヌは止まらない。要が剣の軌道を目で追う中、ロクサーヌはそれを見逃さず、要の死角に即座に移動し、華麗に剣を振る。それを防げばバックステップを踏み、フェイントを織り交ぜながら距離を詰め、再び剣を振り下ろす。

 

 だが要も負けてはいなかった。

 

 瞬光を使い、知覚能力を上げ応戦する。

 

 それには流石に驚いたロクサーヌ。だが、ならば!とさらに剣を振る速度を上げ、手数がさっきの倍以上となったロクサーヌ。流石に今の要では防ぐので精一杯。

 

 そして最後はロクサーヌが要の木剣を手放させ、幕を閉じた。

 

 

「ふぅ〜、強いなぁロクサーヌさん。手も足も出なかったぜ」

 

「シンさんこそすごいです、付与魔法も使ってないのにここまで動けるなんて!世の中の付与魔術師さんはみんなそうなんですか?」

 

「はは、まさか。普通は遠距離からの支援が基本だそうですよ。にしても、やっぱり強いですね」

 

「私なんてまだまだです。師匠と比べたら足元にも及びません」

 

(これでまだまだ、か.......世界は広いな)

 

 

 瞬光を使っても勝てなかったのは正直意外だった。

 

 ロバートならともかく、ロクサーヌにならいい線行けると思っていた要にとって自分がどれだけ慢心していたのか痛いほど痛感させられた。

 

 

(ぶっちゃけ今の俺なら八重樫にだって剣技で負けない。だが、ロクサーヌさんはスピードもテクニックも八重樫以上、いや、下手したらメルド団長以上なんじゃないか?)

 

 

 付与を使えば要はロクサーヌに勝てただろう。だが生憎、今の要は付与魔法が使えない。

 

 魔法陣を刻んだ手袋も、錫杖も、刀剣も、装備一式全て、今は手元にないのだ。

 

 錫杖はノイントに壊され紛失、手袋もノイントの最後の魔法で焼けて使い物にならない、刀剣と首飾りはロバートが修復中、短剣は元々魔法陣を刻んでいないので論外、服もレクタから貰ったスクロールも全て燃えた。

 

 結果、要の手元には何も残っていない。

 

 だからこそ、ロクサーヌに試合を申し込んだ。

 

 魔法が使えなくても強くなる方法はいくらでもある。ハジメがそうであったように。

 

 

(まあ、舐めてかかった結果がこのざまだけどな.....)

 

 

 なんてことを思っているとロクサーヌが要に尋ねてきた。

 

 

「......シンさんはどうして強くなろうとするのですか?」

 

「?いきなりどうしたんです?」

 

「いえ、えっと.....単純に疑問に思ったんです。あれほどの怪我を負って、ようやく傷が癒えたというのに、シンさんは強くなってまた戦場に行こうとしてます。普通なら怖いって思いませんか?もう嫌だって、死にたくないって思いませんか?」

 

「......つまり、どうして怯えていないのかってことですか?」

 

「はい.....」

 

「う〜ん、俺だって死ぬのは怖いですし、出来ることなら戦いたくないですよ?」

 

「では、どうして.....?」

 

「そんなの決まってます、勝つためです。弱い自分に、打ち負かされた相手に」

 

 

 笑顔で答える要。それを見てロクサーヌは息を呑んだ。

 

 

「それに俺にはやらなければいけないことが二つもありますから」

 

「例のオルクス大迷宮で落ちた友人と、カイルさんのことですか?」

 

「ええ、俺はハジメを探しに行かなくちゃいけません。もちろん生きてる保証はどこにもありませんけど、あいつはきっと生きてる、俺にはわかるんです......それにカイルさんが託してくれたこの命の為にも、強くなってあのノイントを倒さないといけない.....(園部や八重樫達が危険に晒される前に...!)」

 

「でも、死ぬかもしれないんですよ?今度こそ、もう奇跡は起きないかもしれないんですよ?」

 

「大丈夫です」

 

「どうしてそこまで.....」

 

 

 自信が持てるのか?とロクサーヌが言いかける前に、彼女は要の目を見て、口を閉じた。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 要の言葉を聞き、そして目を見てロクサーヌはなんとも言えない凄みを要から感じた。師匠であるロバートとは少し違うが似ている、強者ゆえの確信した瞳。一定の強さを持った強者のみに許された、まるで未来を知っているかのような言動。ロクサーヌは息を呑んだ。

 

 そして一拍置いて要は豪快に笑ってみせた。

 

 その瞬間、ロクサーヌはまるで胸を射抜かれたような錯覚をするほどの、甘い衝撃を受けた。

 

 同年代の人間族、その彼が見せた自分とは違う強さ、自信、気概、頼もしさ、そして一拍置いての無邪気で可愛らしい要の笑顔にロクサーヌは胸をときめかせた。

 

 今までの人生において初めての体験に、ロクサーヌは慌てて顔を体ごと逸らし、熱くなった顔を手で(あお)ぐ。

 

 

(わ、私、どうしちゃったんだろぉ....こんなこと初めてで、どうしたら......!?)

 

「どうしました、ロクサーヌさん?」

 

「ひゃいッ!?」

 

「.....ひゃい?」

 

「い、いえぇ、なんでもありません。そ、それより少し体も暑くなってきたので、汗をかいて体を冷やすのもアレなんで、中に入りましょう!」

 

「は、はい....?」

 

(やだ、シンさんの顔がまともに見られない....!私、本当にどうしちゃったんだろぉ.....うぅ〜、助けて師匠ぉ〜!)

 

 

 その後、ロクサーヌはなかなか要と顔を合わせられずにいた。

 

 不思議そうにする要は、「もしかして俺、嫌われた....?」と見当違いのことを思っていたのだが、数時間後には前と同じように顔を見て話ができたので、要は杞憂だったと考えを改めた。ちなみにその数時間の間、ロクサーヌは要にバレないように顔をガン見してただ慣れただけということは誰も知らない。

 

 

 

 そんなこんながあって、今は要とロクサーヌ、ロバートは夕食を共にとっていた。ロバートが一緒に食事を取るのはかなり珍しいらしい。

 

 ロバートはいつも工房でひがな一日剣を打っており、ロクサーヌが作った料理をいつもは工房で食べているそうだ。時間が空けばロクサーヌに剣の稽古をつけ、そして何処かに一人で行って、数日経てば戻ってくる。そんな毎日だそうだ。そしてロクサーヌはそんなロバートの家事全般を行い、鍛錬しつつ生活しているのだとか。

 

 正直、あまりに退屈そうな日常すぎて、要は「俺と一緒に冒険に行かない?」と冗談半分で優しく誘った。最終的に断られたが、思ってた以上に狼狽えてたロクサーヌを見れて面白いものが見れたと要は笑い、ロクサーヌは揶揄われたと思って「もぉ〜!」と可愛らしく頬を膨らませてプンスカしていた。

 

 そして今、ロクサーヌが作った料理を黙々と食べるロバート。要はロクサーヌの料理の美味さに感激し素直に褒めると、ロクサーヌも嬉しそうに笑う。

 

 

「師匠も美味しいぐらい言ってくれてもいいと思うんですけどね」

 

「......うまいぞ?」

 

「それじゃあ言わされた感がするので、私が聞く前に言って欲しいんです」

 

「.......そんなことより、小僧」

 

「あ、話逸らしましたね!」

 

 

 あからさまに話を逸らされたロクサーヌがまたプンスカしている。そんな二人を見て苦笑いを浮かべていた要に、ロバートは真剣な面持ちで要に話を振った。

 

 

「お前の装備、刀剣と短剣は修復と手入れも終えたぞ?それとお前が使っていた手袋の代わりになりそうなちょうどいい奴があったから勝手に魔法陣は刻んでおいた」

 

「あ、ありがとうございます....」

 

「首飾りの方は残念だが魔法の効力を失ったと同時に宝石も砕けて俺の手では直せなかった。だが、どうせ大事なものなのだろう?首飾りではなく腕輪に仕立て直した。身に付けられるようになっただけ有難いと思え」

 

「は、はぁ....えっと、ありがとうございます」

 

「少し待て、お前に必要そうな物を持ってくる」

 

「え、ちょ...!」

 

 

 一気に捲し立てられ、お礼しか言わせてくれないロバート。そしてロバートは何処かに行ってしまった。そんなロバートを見てロクサーヌがため息混じりに苦笑しつつ、教えてくれた。

 

 

「カイルさんの時もこんな感じだったんです。なんだかんだ言って一度面倒を見た相手は放っておけないんですよ」

 

「はは、でしょうね。俺にもここまでしてくれるんですから」

 

 

 要もこれには苦笑してロクサーヌに同意した。

 

 それと同時に心苦しくなった。

 

 要はロバートに聞きたいことがあった。

 

 もし要の予想が正しければ、このシュネー雪原には()()がある。それはハジメも同じ見解だった。そしておそらくロバートはその在処(ありか)を知っている。なら、聞かなければならない、強くなる為に。

 

 だからこそ、心苦しい。ここまでしてくれた相手に対して()()()()()と、言っているようなものだから。

 

 戻ってきたロバートが軽装の鎧を持って来た。

 

 

「お前は接近戦の素質があるみたいだからな、これを持っていけ。人間族の貧弱な防御力の足しにはなるだろう」

 

「あの、ロンさん....」

 

「あと小僧の燃えた服の代わりに俺の使い捨てをーー」

 

「ロバートさん」

 

「ーー.....なんだ小僧?」

 

「聞きたいことがあります」

 

「......言ってみろ」

 

()()()ってどこにありますか?」

 

「!?......何故それを聞く」

 

「強くなる為に」

 

「くだらん、拾った命を捨てるようなものだ」

 

「貴方は違うんですか?」

 

「!?.....何故わかった?」

 

「カマをかけただけですよ、やっぱりロンさんも挑んでたんですね」

 

 

 明らかに不機嫌な表情になったロバート。そんなロバート相手に要は肩をすくめ、少しだけ笑みを浮かべた。

 

 二人が醸し出している空気はかなりピリついており、話についていけていないロクサーヌは戸惑いを隠さないでいた。

 

 

「.....えっと、シンさん一体なんの話をしているんですか?師匠も、これはどういうことなんですか?教えてください」

 

 

 ロクサーヌが説明を求めるが、二人はそんなロクサーヌを無視し続けて、目の前の相手を見極めようと真剣な面持ちで構えていた。

 

 

「お前が力を求める理由はわかる。だが、あそこに行っても得られるものはない」

 

「何故そう断言できるのですか?」

 

「俺が直接見て来たからだ」

 

「つまり攻略したと?.....そんなことが言えるのは大迷宮の最奥まで見た人間、つまり攻略した者でない限り断言できませんよね?」

 

「....俺を苛立たせたいならそう言え、小僧」

 

「そうなつもりありませんよ、ロンさん。俺はただ聞いているだけです、大迷宮はどこですか?って」

 

「くどいぞ。俺がそれをお前に教える義理はない」

 

「そうですね、確かにその通りです。でも教えていただきたい」

 

「何故そこまで俺にこだわる!行きたければ一人で勝手に行けばいいだろうッ!!」

 

 

 この時、初めて明確にロバートは苛立った様子で声を荒げた。近くに座っているロクサーヌがロバートの怒号に肩を振るわせた。要はそれを平然と受け流す。

 

 

「貴方だからこそ聞きたい。カイルさんの恩人であり、カイルさんの仇を討つ手掛かりを握っているかもしれない貴方に!」

 

「ッ!?」

 

「あれだけの魔道具をカイルさんに持たせたのは、カイルさんを死なせたくなかったから。神水を持っている貴方ならカイルさんがどんなに重傷でも癒せたから。そして、転移する先もこの近くに設定されていたのは、貴方やロクサーヌさんがカイルさんがやって来た時に見つけやすくするため。貴方はカイルさんを誰よりも心配していた.....違いますか?」

 

「.............」

 

「だからこそ、俺はカイルさんの仇が討ちたい。託された側の人間として、勝ってくれと言われた一人の男として!あれを放って置くわけにはいかない!その為に協力して欲しいんです!......お願いします、教えてください」

 

 

 長い沈黙が続いた。

 

 要は途中からただ熱意のみで口を開いていた。それがどれほどロバートの心に届いたかはわからない。だが、言いたいことは言えた。要は深く頭を下げ、お願いする。ロクサーヌももはや何も言えなかった。

 

 そして、長い沈黙のあと、深く溜息の声が聞こえた。

 

 

「いいだろう、場所は教えてやる。だが一緒に付いては行かない、お前が死のうが生きようが俺には関係無いからな」

 

「ありがとうございます....」

 

「明日の朝出発する。それまでせいぜい体を休めておけ」

 

「え?師匠、今付いては行かないって....」

 

「場所を教えるのに案内役がいないでどうする?迷宮内まで付いて行かないと言ったまでだ.....それと、今晩中に装備の感触を確かめておけ、どこか問題があるなら言え、俺は工房内でいる」

 

「はい」

 

「最後に聞かせろ小僧....死ぬ覚悟はできてるんだろうな?」

 

()()()()()()()()

 

 

 ロバートは真剣な表情で背を向けながら要に問う。だが、それに対して実にあっさりと、しかし明確な自信を持って要は答えた。

 

 

「フッ....そうか」

 

 

 初めてロバートは要の前で笑った。そしてさっさと部屋を出て行った。

 

 ロバートが笑うと思っていなかった要は素直に驚いていた。

 

 

「よかったですねシンさん!師匠、シンさんのこと認めたんですよ!」

 

「え?そういうことなんですか?」

 

 

 笑ったら合格ってイ○モネアかよ!っと内心でツッコむ要。

 

 だが、これで大迷宮に挑める。

 

 実力が足りないのは百も承知、大迷宮攻略がそんな甘いものではないと重々理解している。何せ、オルクス大迷宮での出来事はいまだに記憶に新しいのだから。そして、蘇るのは奈落に落ちていくハジメの姿。

 

 

(もう二度と、失わない為に....!)

 

 

 要は明日、大迷宮に挑む。

 

 何故ここまで要は大迷宮に拘るのか。その理由は前に述べたように数多くある。だが、要をそこまで駆り立てる理由はもう一つあった。

 

 それはただの直感。

 

 人に説明しても理解されない、() ()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな予感が、要にはあったのだ。

 

 そして、運命は動き始める。

 

 





補足

『狼人族の少女・ロクサーヌ』
・文字通りロクサーヌ、とよく似たトータスの狼人族とお考えください。
外見はほとんど異世界迷宮のロクサーヌと同じですが、戦闘スタイルは剣一本のみのスピード特化スタイルです。(あんなデカいのぶら下げてすげぇよ、色んな意味で)


『魔人族の男・ロバート』
・長く伸びた赤い髪をした魔人族の男。剣の腕だけでノイントに匹敵するほどの実力者。何か色々抱えてます。自分の名前が気に入らないらしく、ロンと呼ばせたがります。イメージはダイの大冒険のロン・ベルクみたいな感じですね。あれを赤くして黒くした感じ。


『要 進』
・本作の主人公。イメージはタイトルで気づいてると思いますが、マギ“シンドバッドの冒険”のシンドバッドをイメージしてます。ですが、髪は後ろでくくれない程度の長さで、髪色も黒です(だって日本人だから...)
まあ後々変身しますけど、イケメンなのは間違いないでしょうね。
性格も本作主人公として変わっていますので悪しからず







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氷雪洞窟

新キャラ登場。



 

 シュネー雪原の奥深くに、深く大きな峡谷がある。

 

 ロバートとロクサーヌが暮らしている山からかなり離れている場所に峡谷はあった。

 

 そして、大迷宮攻略を決意した要はロバートに案内してもらう形で今、峡谷の谷底を歩いていた。ロクサーヌも付いてきており、要と一緒にロバートの後ろを歩いていた。

 

 いつものようにシュネー雪原は猛吹雪、それは谷底でも変わらないらしく、ロバートが用意していた魔物の毛皮で出来た防寒用魔道具がなければ要達はとっくに凍死していただろう。と言っても魔道具の効果は微々たるもので、完全に寒さを凌げる代物ではなかった。風も強く、目の前を歩いているロバートを見失いそうになるほど、視界は最悪な上に声も聞き取りにくい。自然と三人の話し声は大きめになる。

 

 

「師匠、一体いつになれば大迷宮に着くのですかー?」

 

「もうすぐだ.....ロクサーヌ、これぐらいで根を上げているようでは大迷宮に行っても無駄死にするだけだぞ?今からでもかまわん、お前は戻れ」

 

「いえ、私も行きます。私だって強くなりたいんです!」

 

「..........」

 

「ロクサーヌさん、本当に付いて来るつもりですか?こう言ってはなんですけど、大迷宮はそんな生優しい場所ではないんですよ?」

 

「大丈夫です、別に舐めているわけじゃありません.....(ただ、私もそろそろ強くならないとダメだと思ったんです、()()()()()()()()()())........それにシンさん一人で大迷宮に入るより、二人の方が生還率も上がるはずです」

 

「そうかもしれませんけど.....」

 

「ついたぞ」

 

 

 昨日の夜の要とロバートの問答の後、ロクサーヌはロバートに自分も大迷宮に挑戦したいと告げた。もちろんロバートは反対した、要も止めたがロクサーヌの決意は固く、結局付いて来る事になったのだ。

 

 そんな昨日の事を思い出しながら猛吹雪の中を掻き分けるように進んだ先、谷底の道の奥、大迷宮“氷雪洞窟”の入り口に辿り着く。

 

 

「この先が大迷宮だ」

 

「この先が........案内ありがとうございました、ロンさん。それに装備も整えてくれた上に食料や魔道具まで貰えるとは、本当に何から何までありがとうございます」

 

「礼を言うのはまだ早い......俺の仕事はここまでだが、小僧の実力を確かめさせてもらう。ロクサーヌも付いて行くと言うんだ、ならウチの弟子が背中を預けるに足る実力なのかどうか、見極めねばならん」

 

「まさか、ここでロンさんと戦えと?」

 

「そんなわけないだろ」

 

 

 すると、吹雪も風も大分落ち着いてきた大迷宮入り口前に魔物の声が響き渡ってきた。どうやら魔物が数体、洞窟の中から出て来る様子。

 

 

 

「ここから先は大迷宮、挑戦者を試すのはやはり大迷宮だろう。ロクサーヌ!お前は参加するな」

 

「ッ!ですが.....」

 

「小僧が死にそうになるまで、手出しは許さん」

 

「そんな....(シンさん...)」

 

 

 そして魔物が現れた。

 

 白い体毛に覆われた二足歩行のゴリラのような魔物が五体。体長は三メートルを超え、ゴリラよりも二足歩行に優れたような動きは、さながら地球で言うところのビックフットだろう。だが要が最初に抱いた考えは違った。

 

 

(めっちゃでかいホワイトゴレ○ヌ....!?)

 

 

 某プロハンターの念獣を思い浮かべた要。

 

 目の前の魔物の姿に思わず興奮する要だったが、その表情はすぐに険しい物になった。

 

 仮称ホワイトゴレ○ヌは要とロバート、ロクサーヌの三人に襲いかかってきた。だが、ロバートが威圧し五体の魔物達は怯んだ。そのタイミングでロバートより前に出た要は、背負っていた大きい荷物を下ろし、刀剣を抜いた。

 

 

「さあ、力を示してみろ」

 

「わかりましたッ!」

 

 

 目の前の魔物目掛けて駆け出し、要は強化を自身と刀剣に施した。そしてその勢いのまま一体目の脳天に刀剣を突き刺した。

 

 

「ギギギギギィィ〜〜ッ!!」

 

「一体目.......次ッ!」

 

「ギィ!?」

 

 

 仲間の一体がやられたことで残りの四体は我に返り、要一人を屠る事に全力で襲いかかってきた。仮称ホワイトゴレ○ヌ達はどうやらロバートには敵わないと判断したようだ。

 

 

「行くぞ、今度は四倍だ....ッ」

 

 

 四倍身体強化を施した要、踏み込んだ足元が弾け飛び、気づけば二体目の首が飛んでいた。

 

 

(は、速いっ!?まさか、ここまで強かったなんて....!)

 

「フッ、多少はやるようだな......だが、次はどうする?」

 

 

 ロクサーヌは要の強さに驚き、ロバートは興味深そうにニヤリと笑った。そしてロバートが考えていた通りに魔物達の動きが変わった。

 

 魔物達が氷の塊を生み出し、それを要に投げつけたり、或いは矢の様に鋭く形成された氷柱を飛ばしてきたのだ。だが、この程度の攻撃は要には効かない。

 

 

「でりゃアァッッ!!」

 

 

 飛んできた氷の塊を瞬間的に強化を五倍にした蹴りであっさり砕き、瞬光を発動させ飛んでくる氷柱をスルリと躱したり刀剣で砕いたりする。

 

 要の動きに驚く仮称ホワイトゴレ○ヌ達だが、今度は氷の道を生み出しそれを足場にして華麗に滑り出した。それを見た要は地面を踏み砕き、砕けた地面の岩粒を魔物に向けて蹴り飛ばした。すると魔物達はプロフィギュスケーター顔負けの氷上のダンスを披露し華麗に躱わす。地味にレベルの高いアイススケート、地球でなら高得点確実の技術に要は少しだけ顔をポカンとさせた。

 

 

「......はは、面白い魔物だな。いいぜ、なら俺もお前らに(なら)って踊るとするかッ」

 

 

 要も仮称ホワイトゴレ○ヌと同様に魔物達生み出した氷の道を滑り出した。その上、魔物達より早く滑る要は簡単に魔物を抜きさりそのまま首を刎ねて行く。

 

 

「ギギィッ!!」

 

「残りニ体、さあどうする?」

 

「ギギギギギッ!!」

 

 

 氷上を逃げるように滑る魔物達、それに対して両手を腰の後ろで組んで余裕で追いついて来る要。

 

 

「この程度は余裕か」

 

「師匠、なんかシンさん楽しんでますよ?ほら見てください、シンさんあっさり魔物を抜いて今度は後ろ向きで滑ってますよ!?.........飽きたみたいですね」

 

 

 ロクサーヌの言う通り、久しぶりのアイススケートを十分楽しんだ要はあっさりゴレ○ヌもどきを倒し、刀剣についた魔物の血を振り払いながらロバートのいるところに帰ってきた。

 

 

「どうでした、俺の戦いぶりは?」

 

「フン、あの程度の魔物に時間をかけすぎだ。それと楽しむのも程々にしろ、大迷宮ではその油断が命取りになるぞ?」

 

「う、すいません。確かに少し浮かれてました....」

 

「だが、あの魔物を相手に苦戦しないならお前はこの大迷宮に挑む資格がある。......ロクサーヌ、お前は強い。それを忘れるな」

 

「それって.....」

 

「行ってこい」

 

「ッ.....ありがとうございます、師匠!シンさん、一緒に頑張りましょう!」

 

 

 どうやら要の実力はロバートのお眼鏡にかなったようだ。許可が降りた事を喜ぶロクサーヌに要は仕方ないと肩をすくめ、「ええ、こちらこそよろしく」と苦笑しつつ頷いた。

 

 

「ここから先はお前達にとって過酷な道になるだろう。持っていける食料や備品も限られている、モタモタしていると迷宮内で氷漬けになるから、さっさと済ませて来い。それと間違っても魔物の肉を食おうとか考えるなよ?まあ、わかっているとは思うが」

 

「流石にそれはしないですよ、死んだら元も子もないんですから......(やっぱりこの人、お人好しだな〜)」

 

 

 魔物の肉を食えば人は死んでしまう。それはハジメからも聞いていた事なので、当たり前の事を当たり前のように否定した。もっとも、それを行い変貌した奈落の化物がこの世にいることを要達はまだ知らない。

 

 

「ロクサーヌ、雪原で生きてきた知恵を存分に活かせ。ひ弱な人間をお前が助けてやれ」

 

「はい!」

 

「もしお前達が無事に帰ってきたなら......いや、なんでもない」

 

「「??」」

 

「とにかくお前達、存分に暴れてこい!」

 

「「はい!!」」

 

 

 ロバートは何か言いかけるが、自嘲するように首を振ってそれを打ち切った。そして二人に最後の激励を送っり、要とロクサーヌは元気に返事をし、荷物を背負い直した要とロクサーヌは氷雪洞窟の中へと入って行った。

 

 

「......行ったか」

 

 

 ロバートは二人を見送り、自身の背後の峡谷の壁を睨んだ。

 

 

「姿を隠しているようだが俺には()()()()()()?.....いい加減姿を現したらどうだ、出てこないならそのまま切る」

 

 

 ロバートは視線を送っていた壁にひとりでに話しかけた。(はた)から見れば痛い人っぽい行為だが、剣呑な雰囲気を醸し出すロバートは本気だった。

 

 そして腰に携えたロバート謹製のアーティファクトの剣に彼が手を添えた時、壁が揺らいだ。いや、正確には壁の手前の空間が()()()()()()揺らぎ、隠されたモノが現れたのだ。

 

 それは人だった。

 

 この雪原ではあまりに不恰好な薄生地の黒いローブを纏い、ローブの中から銀色の鎧が見える。そして一番ロバートの顔を顰めさせたのは、その人物が仮面をつけていたからだった。

 

 

「何者だ?先程からずっと俺達を監視していたらしいが、まさか魔王軍の者か?それとも.....()()()()か?」

 

「いいえ、どちらも違いますロバートさん。私は神に仇なす存在、そして()()()()()()()です」

 

「?....どういう意味だ」

 

「まずは自己紹介から。私の名前は“ヴィーネ”、先程も申したように神に仇なす者.....言い換えるなら()()()()()()です」

 

 

 ヴィーネと名乗ったその者はローブの頭を覆っていたフードを脱いだ。その瞬間、風が強くなり積もった雪を巻き上げながら吹き荒れた。そしてロバートは目にした、その者の髪がまるで先程吹き荒れた雪で変色したかのように、真っ白く色が抜け落ちているのを。

 

 

「貴様は、一体......」

 

「話をしに来ました。彼等の未来と、貴方の運命について」

 

 

 そしてロバートはその者の言葉が()()()()()と見抜き、二人は峡谷を後にした。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「これが大迷宮....!」

 

「なるほどね、そりゃあ氷雪洞窟と言われるだけのことはある.....」

 

 

 眼前に広がる光景に要とロクサーヌは感嘆の声を漏らす。

 

 クリスタルのように純度の高そうな氷壁の洞窟。道の幅はかなり広めだが、ミラーハウスのように景色が反射しているため感覚的に手狭に思えた。さらに洞窟内だというのに要達の前方から雪が降ってきており、その雪が当たった肌は凍傷を引き起こされる。そんな幻想的な光景とは裏腹に殺人的な厳しい環境に、要は顔を歪ませた。

 

 

「早速師匠から貰った魔道具の出番みたいですね」

 

「ええ、このタリスマンが無ければ攻略は危うかったでしょう」

 

 

 そう言って二人が取り出したのはロバートが渡した質素な装飾が施された銀のタリスマン。それを首にかけ魔力を通すと吹いてくる雪による凍傷がある程度緩和された。と言ってもある程度なので寒さを凌げるわけでも、雪事態を防げるわけでは無い。あくまでダメージの緩和である。

 

 

「行きましょう、ロクサーヌさん」

 

「はい」

 

 

 そう言って氷のミラーハウスを進んでいく二人。途中、魔人族の死体らしきものが氷壁の中に埋まっていたりしたが、現状何も起きないので無視して進んでいく。

 

 

「そういえばシンさん、先程から迷わず進んでますけど道がわかるんですか?」

 

「いや全然」

 

「........え?」

 

「地図なんて持って無いですし、俺がここに来るのは初めてなんですから道なんて分かるわけないじゃないですか」

 

「じゃ、じゃあ先程から分かれ道とかどうやって....」

 

「勘です」

 

「ええぇぇぇぇ〜〜!!大丈夫なんですか!?こんなにズンズン歩いて行って、迷ったりしないですか?!」

 

「一応頭の中でマッピングはしてますよ?それになんとなくですけど、こっちで合ってると思います」

 

「その根拠は....?」

 

「勘です」

 

「ええぇぇ....」

 

「まあ任せてください。昔からこういう事で俺の勘が外れたことはないんです」

 

「うぅ〜....信じますよぉシンさん....」

 

 

 予想外な要の返答に驚きと呆れと諦めの感情が複雑に入り混じった声を漏らすロクサーヌ。だが要の言う通り、二人は一度も行き止まりや来た道に戻ったらするような事にならず、どんどん奥に進んでいた。

 

 実際、要の勘は昔から驚くほど当たる。大事な試験の時や、会いたくない人間を避けたい時やその逆だったり、まるでその先の未来に導かれているかのように、要は正解を掴み取ってくる。

 

 そうして進む途中、何度も魔人族の凍った死体を目視し、既にその回数は五十は超えただろう頃、異変が起きた。

 

 

 ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛

 

 

 呻き声の様なものが四方八方から聞こえてきたのだ。

 

 そして近場にあった氷壁に閉じ込められた死体が壁から迫り出し、まるでゾンビの様に要とロクサーヌに歩み寄ってくる。

 

 

「これは!?」

 

「なんとなくわかってたけど、そういうパターンか!後ろからも来ますよ!」

 

「どうしますか?」

 

「もちろん先手必勝、狩り尽くします!」

 

「わかりました!」

 

 

 後方からも氷のゾンビがやってくる。

 

 それを確認した要とロクサーヌは武器を構え、背負っている荷物を地面に置き、駆け出した。

 

 魔物の毛皮で作られた厚手の防寒着をはためかせ、要とロクサーヌはフロストゾンビ達に向かって剣を振り下ろす。

 

 既にロクサーヌにも身体強化を施しており、ロクサーヌ自身も身体強化を発動しているのでスピードもパワーも以前要と手合わせした時より数倍以上の力を発揮していた。

 

 華麗な剣技と体捌きであっという間にフロストゾンビ達の首が飛ぶ。

 

 そして要もロクサーヌに負けじとフロストゾンビを切り伏せていく。強化された肉体能力でフロストゾンビを殴った要の手が凍傷を負う。それを厄介そうに要が顔を歪ませた後、ロバートから貰った銀色の脛当てに防御力強化を施し、その脛当てでゾンビ達を蹴り飛ばしていく。

 

 だがどんどんフロストゾンビ達は増えていく。そればかりか倒したそばからフロストゾンビが再生し、再びゾンビの軍団の一部となって襲いかかってくる。

 

 

「これではキリがありません!」

 

「魔物なら魔石があると思ったんですけど、どうやらコイツらは違うみたいですね。奥に進みましょう!」

 

「ですが!」

 

「おそらくコイツらを動かしてる何かが奥にあるはずです!それを叩けばなんとかなるはずです!」

 

「その根拠は!」

 

「勘です、信じられませんか?」

 

「......はぁ、信じます、信じますとも。シンさんになら付いて行けます」

 

「その根拠は?」

 

「ふふ、そんなの決まってるじゃないですか.....勘です」

 

 

 戦いながら二人はそんなやり取りをして薄く笑みを浮かべた。そして荷物を背負い、奥へと続く道に向かって走り出した。前方にいるフロストゾンビの大群を要とロクサーヌはするりと身軽に躱し抜けていく。

 

 時にはフロストゾンビ達の頭上を飛び、顔面を踏みつけ足場にしてどんどん奥に進んでいく。

 

 すると上空から何かが襲いかかってきた。

 

 それを回避した二人が見たのは氷の大鷲、つまるとこフロストイーグルだ。

 

 地面に着地した二人。すると氷の壁から氷の人狼、フロストワーウルフまで現れ、流石にこれ以上奥に行かないと判断した二人は荷物を壁際に蹴り飛ばし戦闘の構えに入る。

 

 

「これ以上進めませんがどうしますか?」

 

「いえ、その必要はないかもしれません」

 

 

 どういう意味ですか?と、ロクサーヌが聞く前に前方の奥から巨大な氷の亀型の魔物、フロストタートルが現れた。そしてそのフロストタートルは他の氷の魔物と違い、明確にコアらしきものが見てとれた。

 

 

「あれがおそらく、コイツらのボスってところでしょうね」

 

「ですがこの数かなりキツいですね。上空には氷の鳥、壁側には氷の人狼、その奥には氷の死体、さらにその奥には私達の本命である巨大な氷の亀。正直ここまで囲まれると無傷では無理です」

 

「ならここが最初の関門ですね。奥の亀と上の大鷲は俺がやります、ロクサーヌさんは人狼をお願いします」

 

「わかりました!強化をお願いしてもいいですか?」

 

「もちろんそのつもりです、今度は三倍にしときますので、存分に暴れてください」

 

「ええ、お任せください!」

 

 

 そう言って要はロクサーヌに三倍身体強化とロクサーヌの剣に防御力、攻撃力上昇を施した。

 

 そして要自身にも同様に三倍身体強化と防御力、攻撃力上昇を付与し、さらに英傑試練の効果を発動させ能力値を格段に上昇させた。

 

 要は刀剣と短剣を抜き構え、瞬光も発動させた。

 

 

「行きますよ、ロクサーヌさん!」

 

「はい、シンさん!」

 

 

 そうして二人は駆け出した。

 

 ここから要 進とロクサーヌの氷雪洞窟攻略の幕が開けた。

 





補足

登場キャラ

『ヴィーネ』
・自らを“現代の解放者”と名乗る謎の人物。その正体は不明
黒いローブ、銀の甲冑、仮面をつけた存在。  

登場アイテム
『ロバート謹製 銀のタリスマン』
・凍傷などの環境ダメージの軽減化。

『ロバート謹製 毛皮の防寒着』
・シュネー雪原に生息する寒さに強い魔物の毛皮を加工して作った物。保温効果抜群だが晒している肌はもっぱら寒い。しかし猛吹雪の中でも活動を可能にする優れたアイテム、だがシュネー雪原以外ではクソ暑い。シュネー雪原専用のアイテム。

『ロバート謹製 シンの鎧』
・ロバートが要 進のためだけに作った装備。胸当、両腕、両足に装着する特殊な魔物の鱗で作られた軽装備。とても軽い上に、滅多に壊れない優れもの。
美しい銀色の鱗を何重にも重ねた様な見た目の鎧で、ロバートがシンのために付与魔法用の魔法陣を刻んでいる。胸当はロバートから貰った上着の下に、それ以外の鎧は上着の上、ズボンの上から装備している。


『ロバートのお下がりの服』
・昔、ロバートが来ていた服。青く少し丈が短めの長袖ジャケット、Vネック部分にボタンが付いた白い生地の長袖シャツに、紫色のベスト、ジャケットと同じ色と生地の燕尾がついた腰巻き、白いサルエルパンツの様な物を着用している。
(マギ “シンドバッドの冒険”に出てくる青年期のシンドバッドが来ている服の様な物)


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守るべき存在

 

 本格的な戦いの幕が上がった要とロクサーヌの迷宮攻略初戦。

 

 お互いに別方向に駆け出した要とロクサーヌ。

 

 氷の巨亀“フロストタートル”目掛けて走り出した要に、フロストイーグル三体が上空から要に向かって勢いよく向かってくる。それに対して要は前方のフロストワーウルフを踏み台にして飛び上がった。

 

 

「はあァッ!!」

 

 

 気合いの入った要のオーバーヘッドキックがフロストイーグルの首元にめり込み、吹き飛ばされなフロストイーグルがもう一体のフロストイーグルにぶつけられた。そして最後の一体の凶爪を顔面スレスレで躱し、すれ違い様に刀剣をフロストイーグルに突き刺した。

 

 

「ギィィィィーッ!!」

 

「三体目!....なっ!?」

 

 

 空中で体勢を立て直し三体目に止めを刺そうとした刹那、要に向かってフロストタートルの氷のブレスが眼前に放ってきた。

 

 

「シンさん!!」

 

「ちっ......大丈夫です!」

 

 

 その言葉通り要はフロストイーグルを蹴り、氷のブレスを直撃寸前で回避してみせた。

 

 そしてロクサーヌの隣に着地した要。

 

 

「シンさん、倒したはずの氷の魔物達が倒してすぐに復活してます。おそらくあの氷の亀の固有魔法だと思います」

 

「でしょうね。おまけにあのブレス、防寒着の端が凍って砕けてます、直撃したらまず助からないでしょうね......」

 

「ということは、片付けるなら....」

 

「ええ、まずはアイツが先です」

 

 

 二人は背中合わせで襲いかかる氷の魔物達を切り伏せていく。だが、その途端に両断された部分が元の様に戻っていく。さらに時間が経てば経つ程どんどん魔物達の数が増していき、絶望的な数の差となっていく。

 

 

「少し無理をします、フォローをお願いしてもいいですか?」

 

「何か策があるんですね、わかりました。背中は必ず守ってみせます!」

 

「頼みます.....“七倍身体強化”!!」

 

 

 その瞬間、要の全身の筋肉が悲鳴を上げた。

 

 要の青い魔力光が全身から吹き出し、自然と要の口から苦悶の声が漏れる。だが、それを無視して自分が纏っていた防寒着を脱ぎそれを片手で持って体の前に構えた。そして英傑試練の能力向上も発動させて地面を踏み抜き、フロストタートル目掛けて一騎驀進(いっきばくしん)する。

 

 要の突撃に危険を感じたのか、フロストタートルは眼前の氷の魔物諸共迫ってくる要に向けて極太のブレスを放った。自身のブレスで周りの魔物が倒れてもすぐ再生させれると判断したのだろう。実際その判断は正しかった。地面を踏み抜きながら猛スピードで突撃してくる要は誰も止められていなかった。それどころか、あまりの勢いで要に迫っていた氷の魔物達は攻撃しようとして弾かれた上に体の一部を砕かれていた。

 

 そして遂に要とフロストタートルのブレスがぶつかった。

 

 ブレスは要が構えていた防寒着に直撃し、その瞬間から防寒着は簡単に凍っていく。だがそう簡単に砕けない様に防御力上昇を施しなんとか凌いでいた。

 

 一瞬だけ要の足が止まり、後退させられる。

 

 

「ぐっ、ぐぅっ!.....はぁぁぁあアアアアアアッッ!!」

 

 

 一歩、まるで大地が揺れたかの様な振動がその場に響いた。

 

 二歩、氷の塊となった防寒着に亀裂が入り、要が確かに押し返した。

 

 三歩、さらに亀裂が入るが、着実に前に進み出した。

 

 そして四歩、五歩とさらに力を増していく要の歩み。

 

 それを見て不味いと思ったのか、氷の魔物達が要の背後から攻撃を仕掛けるがその全てが切り伏せられた。

 

 

「やらせません!!」

 

 

 要の背後で隠れていたロクサーヌは背後から迫る魔物達から要を守っていた。前方、左右、上空から数多くの魔物達が押し寄せてくるが、それを寄せ付けないロクサーヌの見事な剣技と忍耐力、そして気合がロクサーヌの能力を引き上げていた。

 

 要はニヤリと笑みを浮かべ、それを知ってか知らずかフロストタートルの赤黒い双眸が驚愕した様に見開いた。

 

 と同時に要の驀進が勢いを増した。

 

 ロクサーヌの踏ん張りに呼応する様に、要の技能[英傑試練]がその本領を発揮する。全身の骨と筋肉が軋みをあげ、服も血が滲む端から凍りつく中、新たな技能[豪脚]を獲得、さらにその派生技能[驀進]まで獲得した要に少しだけ余裕が生まれる。そしてもう一つ、限界ギリギリの要の体を支えたの要因は、新たに獲得した英傑試練の派生技能[戦闘続行]の効果が大きかった。例え瀕死の傷を負っても死の間際まで戦い続けることができるという要の気合と根性の結晶だ。

 

 そんな技能が増えたことにかまけていられない要は戦えるならそれで良し!とフロストタートル目掛けて足を動かす。

 

 だが、残り五メートルの距離に差し掛かった時、とうとう盾にしていた氷の塊となっていた防寒着が完全に砕けた。しかし、盾が砕ける直前で要は胸当の鎧を体から引き剥がし、今度はそれを盾にした。

 

 凍りついていく胸当だが、先ほどの防寒着より何百倍もの硬度を誇るそれは砕けない。

 

 そして三メートルまでに到達。

 

 

「ロクサーヌ!!」

 

「はい!!」

 

 

 背後で守りを固めていたロクサーヌが要の呼び声と共に地面を這う様な低い姿勢でブレスの下を掻い潜ってフロストタートルの真下に滑り込んだ。そして流れる様な剣捌きでフロストタートルの足を切断。

 

 体勢を崩したフロストタートル、その瞬間要が盾を投げ捨て一気にフロストタートルの体内にある魔石付近に飛び込んだ。

 

 

「ハアアアアアアッ!!」

 

 

 凍てついた空気を切り裂く様な気迫に満ちた声をあげ、要は豪脚の力がのった右足で全力の飛び後ろ蹴りを撃ち込んだ。

 

 

「クオオオオオオンッ!!」

 

 

 悲鳴にも似たフロストタートルの叫び声が響く。

 

 現代格闘技においても最強と言われる蹴り技、それに今の要の全力全開の能力が加われば鬼に金棒、いやそれ以上の力を発揮するのは必然だった。

 

 硬い氷の肉体はあっさりと砕かれ全身にも(おびただ)しい亀裂が走る。そして吹き飛ばされたフロストタートルは魔石を剥き出しにしてしまう。

 

 すぐに魔石の移動を!と慌てるフロストタートル、だが遅かった。

 

 要は飛び後ろ蹴りから着地した瞬間に吹き飛ばされたフロストタートルに追いすがり、剥き出しの魔石に渾身の拳を打ち込んだ。

 

 

「ぜやァッ!」

 

「クアアアッ.....」

 

 

 要の右拳が魔石を木っ端微塵に砕いた。それに倣う様にフロストタートルの全身にも亀裂が走り、最後は氷の破片となって砕け散った。巨大なフロストタートルが砕け散ったことで、その破片がまるでダイヤモンドダストの様に要に降り注ぐ。

 

 だがまだ終わっていない。

 

 フロストタートルを倒しても、まだ増えに増え続けた氷の魔物達が何百と要とロクサーヌを囲んでいた。

 

 

「シンさん、体が!」

 

「ごほっ....大丈夫だ、問題ない....あと五分、あと五分で片をつけるぞ。やれるな、ロクサーヌ?」

 

「.....ええ、任せてください!」

 

「いくぞッ!」

 

「はいッ!」

 

 

 要の体はすでに満身創痍、全身から血が吹き出しており、その血はすでに凍っていた。おまけに手足は凍傷を患っており、立っているのがおかしいぐらいの姿だった。

 

 そんな姿を見て心配するロクサーヌだが、要の戦意は途切れておらず、むしろここからだと要の力強い瞳が物語っていた。その瞳を見てロクサーヌは改めて気合を入れ直し力強く返事した。

 

 そして二人は駆け出した。

 

 要が動けるタイムリミットの五分間、二人は一秒に一体を目安に一撃一撃に全霊を込めて戦い続けた。

 

 そうして五分間はあっという間に過ぎ、要は氷の残骸の上に背中から倒れた。だが、背中に硬い感触はなく、待っていたのは柔らかい温もりだった。

 

 

「はぁ、はぁ......お疲れ様です、シンさん」

 

「あ、ああ....お疲れ、様です....ロクサーヌ、さん....」

 

「今治療しますね」

 

 

 倒れた要はロクサーヌに抱き止められ、流石に疲れ切ったロクサーヌも要を受け止めきれず一緒に倒れた。しかし、要はロクサーヌの太ももの上に倒れた形になるので、それほど倒れたダメージはない。ロクサーヌも倒れたと言っても尻餅をついた形なので平気そうだった。

 

 二人の体勢は俗に言う膝枕の状況だった。

 

 そしてロクサーヌは腰のポーチから小瓶を四つ取り出し、まず一つを要に飲ませ、もう一つはロクサーヌ自身が服用した。

 

 すると傷だらけだった二人の体がみるみる癒えていった。

 

 これはロバートがロクサーヌに持たせていた回復薬、具体的に言えば神水で、ロクサーヌの荷物の中には神水の大元となる拳二つ分ぐらいの大きさの神結晶の塊が入っている。ロバートは二人の回復手段としてこれ以上ない程の贈り物をしてくれていたのだ。

 

 そして残り二つの小瓶は魔力回復薬。それも二人はすぐに服用した。

 

 魔力回復薬は数に限りがあるので使い所が難しいのだが、疲弊し切り、魔力もほとんど空で、また魔物の襲撃があればひとたまりも無いので、ここで使うのが正解だろうとロクサーヌがポーチから取り出したのだ。

 

 

「傷も癒え、魔力も回復しましたけど体力の限界ですね。

う.....はは、見てくださいよ、俺もう動けないです」

 

「ふふ、私もです」

 

 

 体を動かそうとした要だったが、思いの外全身の気怠さが重過ぎて、全く体が言うことを聞かなかった。そんな様を笑ってロクサーヌに見せると、彼女も自分も同じだと言いながら腰を上げようとしてすぐに脱力した。

 

 そんなやり取りをして笑っていた二人は、少しの間このままで居ることにした。

 

 

「そういえばさっき、シンさん私のこと“ロクサーヌ”って呼び捨てにしてましたよね?」

 

「あ、気に障りました?」

 

「いえ全然、むしろ嬉しかったです。信頼されてるんだなって感じて気合が入りました!」

 

「そうなんですか?ロクサーヌさんは年上で命の恩人なんですから敬称は必要だと思ってたんですけど」

 

「そんなの必要ないですよ、むしろこれからは気軽にロクサーヌと呼んでください。あと敬語も禁止です」

 

「わかりました。じゃ、じゃあ次からは遠慮なく.....」

 

「呼んでみてくださいよ」

 

「え........ロクサーヌ」

 

「はい」

 

「さっきは助かった。これからもよろしく頼む」

 

「はい、私の方こそよろしくお願いします、シンさん」

 

「「.......はは(ふふ)」」

 

「てか、ロクサーヌは敬語のままなのか?」

 

「わ、私はこれでいいんです!」

 

「なんでぇ!?この流れだと普通お互いに呼び捨てにし合う様になるものでしょ?!」

 

「そ、そうかもしれませんが、そうじゃないかもしれません....よ?」

 

「なんで最後疑問系?」

 

「と、とにかく!今はこれでいいんです!私が満足してるんですから、これでいいんです!」

 

「ええ〜〜〜」

 

「そんな甘えた様な声を出してもダメです。ほら、少しは体力回復したはずですから今のうちに場所を移しましょう」

 

「ちぇっ、まあロクサーヌの言う通り、場所は移した方がいいからとりあえず移動するか」

 

 

 側から見ればじゃれあっている様な二人のやり取りは、ロクサーヌが強制的に打ち切ったことで要の意識は切り替わった。

 

 まだ体がふらつく要だが歩けるくらいには回復したので、戦闘で邪魔だった荷物やまだ使える胸当を回収しに行く。生憎、凍って砕けた防寒着はもう使えないので、要は荷物を覆っていた予備の防寒着を着込んでいた。ちなみにロクサーヌの荷物にも同じ様に予備の防寒着が覆われている。

 

 そんな要の背中を見ていたロクサーヌの顔は少し赤くなり、自分の顔が紅潮していることに気づくと顔を逸らし、両手で赤くなった顔を覆い隠した。

 

 

(私、咄嗟だったとは言えシンさんに膝枕してたのよね?.....〜〜ッ!!!どうしよう、今さら気づいて顔が赤くなってる!たしかにシンさんに呼び捨てされて嬉しかったのもあるけど、ここは大迷宮なのよ。もっとシャキッとしなさい、ロクサーヌ....!)

 

「おーい、ロクサーヌ」

 

「うひゃっ!?」

 

「ん?なんか随分と可愛い声が漏れたみたいだけど、早く行くぞ〜?」

 

「かわっ!?い、いえ、すぐ行きます」

 

 

 不意に呼ばれたロクサーヌは素っ頓狂な声をあげ、挙句には要の何気ない発言につい反応してしまう。が、すぐに心を落ち着かせ要に追いつき、自分の荷物も回収していた要からそれを受け取って迷宮の奥へと進んでいく。

 

 そして要の隣を歩き、チラリと要の顔を見上げるロクサーヌ。

 

 先ほどの休憩時に見せた顔とは違う真剣な表情をする要、試合した時や大迷宮入り口前での戦闘時もそうだったがやっぱり要の真剣な眼差しに心奪われるロクサーヌ。思わず見惚れてしまう。

 

 するとロクサーヌの視線に気づいた要がロクサーヌを見て二人は目が合う。そしてすぐに要はロクサーヌを安心させる様に優しく笑って見せた。

 

 その表情にロクサーヌの心が再びわざついた。

  

 要の微笑みを見た瞬間に顔を逸らしたロクサーヌ、それを見て要は不思議そうにして再び視線を前方に向けた。

 

 

(うぅ〜、シンさんはずるいです。もはや狙ってるのではと思ってしまいます.....でも、これで本人は全くの無自覚、シンさんは天然なんですね....)

 

 

 ロクサーヌが思う通り、要にそんな意図はこれっぽっちもなかった。あからさまな好意に気づかないわけではないが、気づいてからもずっとこれなのだ。と言ってもロクサーヌの要に対する好意は全く気づいていない。これが要クオリティー、のちに“七界の天然”と呼ばれる男の(さが)なのであった。

 

 そうして要の天然さに気づき、何度か休憩を挟みんで進むことはや一時間が過ぎた頃、氷の壁を抜けた先で見たのは、眼前に広がる大迷宮内の迷路だった。

 

 

「今度は迷路ですか」

 

「ああ、察するにあの氷壁からも魔物が出てくるのは想像がつく。またあの時みたいに大群が出てくるかもしれないから、ここいらで休憩を挟もう。まだ体力が回復し切ってないしな」

 

「ですね、無理して攻め入った結果返り討ちにあっては元も子もありませんから」

 

 

 そう言って二人は氷の迷路を眼下に収められる場で休憩に入った。

 

 要は荷物の中から火を起こせる魔道具を取り出し、それを発火させた。と言っても普通に魔法で火を起こしたり、木材を燃やして焚き火をするのではない。黒い枠で覆われたガラス製のランタンの魔道具、その中にある小石程の大きさの魔石に魔力を通すことで簡単に火がランタンの中に灯った。そしてそのランタンの魔道具は外界の魔法効果や環境阻害を一切寄せ付けず、近くにいる者達に適度に熱を伝える効果を持っているのだ。

 

 それを地面に置き、ランタンが入っていた荷物箱を広げ、さらに布も広げれば人ひとり分を一面だけ隠せる簡易的な風避けの完成だ。

 

 

「ほんとロバートさんは優しい人だな。俺達がどう大迷宮を攻略するかも考えてこれを渡してくれたんだろうな」

 

「師匠は本当に面倒見がいい人ですから。口が悪いのは玉に瑕ですけど、それも愛嬌みたいなものです」

 

「だな、あれじゃないとロバートさんじゃないって感じだな」

 

 

 ロバートの心遣いに感謝する要にロクサーヌが冗談めかしく自身の師匠を語る。それに同意した要、二人は穏やかな気分でランタンの温もりを感じていた。

 

 ロクサーヌも荷物箱のギミックを使用し、要のと合わせて二面分の雪と風を凌げる場所を作った。

 

 だがロクサーヌが異様に要と距離を空けて座っているのを見て、要はロクサーヌに近寄った。

 

 

「ロクサーヌ寒いだろ?もっと近くに寄った方がランタンの火も当たりやすいからこっちに寄って来い」

 

「いいんですか?」

 

「?何言ってんだ、俺とお前は仲間だろ。遠慮なんかしないで距離を詰めて来い」

 

「距離を....詰める.....」

 

 

 その言葉にハッとしたロクサーヌ。今なら仕返しができるかもしれない、なんて事を考えたわけでなく、ただロクサーヌは好奇心でひとつの閃きを実行することにした。

 

 それはロクサーヌの狙い通り要の心を同様させるには十分な行為だった。

 

 

「では、その、お互いに身を寄せ合うのも体を温めるのにいいと思いますので、もし良かったらシンさんのその防寒着の中に入っても.....いいですか?私のも一緒に使えばさらに温まると思いますので!」

 

「え、え〜と.........どうぞ」

 

「では、その.......お邪魔します」

 

 

 そう言ってロクサーヌは要が胡座を組んでいる足の上に腰を下ろし、要の上半身に背を預けた。そんなロクサーヌを覆い隠す様に要は自分の防寒着の端を持ちながら、まるで後ろからロクサーヌを抱きしめる様に前を閉じた。ロクサーヌは自身の防寒着を自分の前側に掛け、要の肩に引っかかる様にかけた。

 

 

「.....あったかいですね」

 

「そうだな......」

 

(これは、少し、いえかなり......恥ずかしいです!!)

 

 

 我ながらなんと大胆なことを!と顔を真っ赤にして自身の行動に恐れを抱くロクサーヌ。

 

 だが、その自身すらも恐れさす大胆さが今回は功を奏したらしく背中から伝わってくる熱と鼓動に気づいた。

 

 

「シンさん、すごくドキドキしてますね」

 

「ぐっ、当たり前でしょ!こんなの意識しない方がおかしいぞ!」

 

「ふふ、シンさんもそんな風に思うんですね」

 

「あのなぁ、俺をなんだと思ってるんだ?」

 

「天然の女誑しです」

 

「え.....俺いつの間にそんな天之河みたいな評価されてんの....?てかなんかロクサーヌさん、言い方に棘がある」

 

「棘なんてありませんよ。それよりアマノガワって誰ですか?まさか女性の方ですか?」

 

「違うよ?!天之河は男ですよロクサーヌさん!え、待って、俺そんな女癖悪いと思われてるの!?」

 

「別にそういうわけじゃありませんけど.....ただ、シンさんは女性に好かれそうだなって思ったんです、その.....かっこいいので」

 

「........」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、ロクサーヌみたいないい女にかっこいいって言われて、素直に嬉しかっただけだよ.....ありがとう」

 

「ッ〜〜.....からかってるんですか?」

 

「なんでそうなる?今のお礼は本心からだぞ?」

 

「そこじゃないです!いえ、そこも少し引っ掛かりますけど.....もういいです!」

 

 

 ロクサーヌがむくれてしまった。

 

 そして少しの間、沈黙が続くと要の耳に静かな寝息が聞こえていた。ロクサーヌの顔を覗いてみると案の定、彼女は安心した様に眠っていた。おそらく疲労がピークに達したのだろう。

 

 殺人的な雪が降る大迷宮の中でこれだけ安心して眠れるのは世界でこの女性だけかもしれない、なんて考え苦笑した要はロクサーヌの体が冷え切ってしまわぬ様に上に羽織った防寒着を彼女に掛け直した。

 

 そして要は静かにランタンに灯った灯りを眺め、警戒を怠ることなく周囲の音に気を配りながら改めて決心した。

 

 彼女をなんとしても守り切らなければ、と。

 

 自然と彼女を抱き込む腕に力が入る。

 

 するとロクサーヌは要の腕に抱かれることを良しとする様に、より要の胸元にもたれ込み、ロクサーヌの頭が要の片側の肩に納まった。さっきよりも二人の顔は近く、今ロクサーヌが起きて顔を上げればきっと二人の唇はそれほど動くことなく重なってしまうだろう。

 

 そんなロクサーヌの静かで綺麗な寝顔を見て、要は優しく微笑んだ。

 

 

(豪胆と言うか、大胆と言うべきか。やっぱりお前はいい女だよ、ロクサーヌ.....)

 

 

 そんな感想を抱き、要はさらにあたりの気配に神経を研ぎ澄ませた。

 

 もっとも、彼女がこれほど大胆に眠りについた要因は疲労によるものだけでなく、彼女が感じる温もりの暖かさと、要という背中を任せるに足る最愛の存在が大きいことは彼女以外知るよしもなかった。

 




イチャイチャしやがって。危うくこっちも毒されそうになったわ。


補足

新しく獲得した技能

『豪脚』
・脚力が大幅に上昇。

『驀進』
・歩数を重ね、真っ直ぐに進むほど脚力が上昇し、全身の肉体強度も上昇する。

『戦闘続行』
・瀕死の重傷を負っても明確に死に直結するダメージを受けない限り戦い続けられる。往生際の悪い奴の根性の結晶体。


新しく登場したアイテム

『ロバート謹製 魔法のランタン』
・黒い枠で囲われたガラスのランタン。中の魔石に魔力を注ぎ込めば数時間は熱を出し続ける超低燃費の優れた魔道具。灯りにするも良し、焚き火代わりに暖をとっても良しの優れ物。おまけにかなりの強度を誇るので滅多なことでは壊れない。

『ロバート謹製 荷物箱』
・成人女性二人分の広さと大きさを誇る頑丈な荷物入れ。荷物箱の骨組みを変形させれば人ひとり分の一面を覆い隠せる垂れ幕に変身する代物。
頑丈性、凍結耐性、保存性に優れている。


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無敵の桃色模様

 

 体力も回復し、休憩を終えた要とロクサーヌ。

 

 寝ていたロクサーヌは起きた時、物凄く申し訳なさそうにしていたが、問題ないと微笑みながら要は告げた。そして次の休憩の時は要が少しだけ寝させてもらうことにし、それで手打ちとした。

 

 さて、二人は第二の関門“氷の大迷路”の入り口の前で立っていた。

 

 

「なかなか広そうですね。上が吹き抜けになってますけど、上を通って行きますか?」

 

「いや、やめておこう。こういうのは大抵セオリーを守らないと余計な手間が増えると相場が決まってる。何があるかわからないんだから、ここは大人しく迷路を通って行こう」

 

「ですね。シンさんならこれぐらいの迷路はどおってことないですもの!ただ....問題があるとすれば」

 

「まあ、間違いなく、この氷壁からも()()()()だろうな」

 

「その時は私がシンさんを守ります!さっきの休憩ではシンさんに負担をかけてしまったので、今度は私が頑張ります!」

 

「おいおい、張り切るのはいいけど無茶だけはするなよ?」

 

「はい、お任せください!」

 

 

 果たして要の言葉の意味をちゃんと理解しているのか少し怪しいロクサーヌ。まあ、ロクサーヌに限って無茶なことはしないだろう、と要は思い直した。

 

 そして二人は氷の大迷路“ラビリンス”へと歩み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 氷の迷路に入って二時間以上が経過した頃、二人は迷路の道幅よりもずっと広い開けた空間に足を踏み入れていた。

 

 その空間の中央には台座が置かれ、台座の上には拳大程の黄色い宝珠が置かれていた。

 

 

「あれは一体......」

 

「まああんな風に置かれてるって事はこの後必要になる()()って事だろうよ。なんにせよ、貰える物は貰っておこう」

 

 

 警戒しつつも要とロクサーヌは宝珠が供えられた台座へ歩いていく。

 

 

「あの.....こういう場合って、よく物語だとそれを守る存在が現れたりとかするんじゃないですか?」

 

「だろうな。ま、手にとってみるのが手っ取り早い」

 

「あ、そんな不用心に.....!」

 

 

 要が宝珠を手にとった瞬間、それは起きた。

 

ーーグオオオオオオオンッ!!

 

 突然、氷の壁から巨大な手が現れた。そしてそれは徐々に氷壁から姿を現し、体調五メートル程の巨大なフロストオーガがその全貌をあらわにした。

 

 

「ロクサーヌの予想通りだな。こういうのは世界共通、いや異世界共通でお決まりらしい」

 

「シンさん......わかってたならもう少し慎重にしましょうよ....」

 

 

 にっこり笑いながら、手にとった黄色の宝珠をお手玉にして要がお気楽そうに口を開いた。そんな彼を見て、ロクサーヌは溜息を吐きながら手で顔を押さえた。

 

 そんなやり取りをしている間にも巨大フロストオーガは二人に迫ってくる。

 

 それを見てロクサーヌが腰の剣を抜き構えた。

 

 

「私がやります」

 

「一人で大丈夫か?」

 

「ご心配なく。いざとなればシンさんに押し付けます」

 

「もしかしてロクサーヌ、怒ってる......?」

 

「いえ、そんな事ありませんよ。ただシンさんがちょっと不注意だなとか、お気楽そうにしているのがイラっとするとか、全然これっぽっちも思ってません」

 

「.........ごめんなさい」

 

「まあ、それは冗談です。色々と新しい技能を試してみたいのが本心なので.....ではーーーー行きます!」

 

 

ーーダンッ!!

 

 ロクサーヌは地面を蹴り、フロストオーガの注意が自身に向くように要から離れる。そしてロクサーヌの狙い通りフロストオーガはロクサーヌの方に向かってくる。

 

 フロストオーガがロクサーヌに向けて拳を振り抜いたが、彼女はそれを背面飛びで回避して見せるとそのままフロストオーガの腕に乗り、そのまま駆け出した。

 

 

「相変わらず身軽だなぁ〜ロクサーヌは.....」

 

 

 ロクサーヌの戦闘風景を眺める要、その言葉はとても気の抜けた物言いだった。しかし要はその言葉の軽さとは裏腹にすでに身体強化を三倍施し瞬光まだ発動するという警戒ぶりだ。いざとなればロクサーヌが危険になる前に介入する気満々なのだが、その心配はないだろうと要は踏んでいた。

 

 要はロクサーヌの実力を誰よりも知っていると自負している、それはロクサーヌの師匠であるロバートよりもだ。ロバートが知っているロクサーヌの実力は大迷宮に入る前までの話、しかし今の彼女は数多くの戦闘を経験した事で冷静な対応力や戦術眼、戦闘技術や剣技が飛躍的に成長しているのだ。

 

 それこそ、目の前のフロストオーガ相手ならほぼ互角に渡り合えるほどに。

 

 

「はあああああッ!!」

 

「グオオオォオンッ!?」

 

 

 巨大なフロストオーガがその巨体を倒さられ、悲鳴を上げた。どうやらロクサーヌはあの巨大を蹴り飛ばしたらしい。その様を見て要は「はは.....」と渇いた笑みを溢した。

 

 

(どんどんロクサーヌが化物染みた強さになってくな.....)

 

 

 ロクサーヌの新たな派生技能[金剛強化]と魔力操作の派生技能[部分強化]によって硬度が増し、さらに[豪脚]によって威力が増した蹴り技が炸裂したのだ。フロストオーガの肉体とロクサーヌの蹴りがぶつかった時、まるで鉱物同士が衝突したような音が響いていた。

 

 ロクサーヌに蹴られたフロストオーガの頬が見事に砕かれており、一方のロクサーヌは無傷。今のロクサーヌなら前回戦ったフロストタートル相手でも余裕でその装甲を蹴り砕いているだろう。

 

 そしてロクサーヌは倒れたフロストオーガの胸部に登り、トドメを刺すべく突き立てるように剣で魔石ごと貫いた。

 

 完全に動きを止めたフロストオーガから剣を引き抜きこちらに歩み寄って来る姿はとても貫禄があり、その勇ましさに思わず歓声を上げたくなるほど様になっていた。だが要の元にやってきたロクサーヌの顔はとても眩しい笑顔を浮かべていた。

 

 

「ふぅ、なんとか倒せました!」

 

「いや超余裕じゃん。俺の出番がほんとになかったよ」

 

「ふふ。そう言いながらシンさん、ちゃんと準備してましたよね?いざという時に戦いに割って入れるように」

 

「当たり前だろ。ロクサーヌに何かあったらと思うと気が気でならない」

 

「ッ!〜〜〜〜.....」

 

 

 要の言葉に赤面したロクサーヌは何か言いたそうな表情を浮かべる。かと思ったら俯いたまま要の胸元にコツンと頭を当てて、指先で要の服の裾を掴んだ。

 

 

「そういうのは......私の心臓に悪いです.....」  

 

「あ、あ〜.....えっと、すまん.....?」

 

「なんで疑問系なんですか、ふふ.....」

 

 

 流石にここまであからさまな態度を取られれば要だって気づく。ロクサーヌが自分に対してどんな想いを抱いているのか。

 

 だからこそ要は自分に問いかけた。自分が今誰が好きなのか、誰が一番愛おしい存在なのかと。八重樫に告白し、振られたことにはもう区切りをつけてある。彼女を想っていた時間はもう終わったのだ、ならば今愛おしいと思った相手を大事にしようと考え、そして決意した。

 

 

「ロクサーヌ、お前の気持ちすごく嬉しいよ。だからこそ今言わせてくれ」

 

「え、シンさん.......?」

 

「お前が欲しい。だから......ずっと俺の側にいてくれ」

 

 

 唐突に告げられた要の言葉。

 

 それを理解するのに時間がかかったロクサーヌはさらに顔を赤く染めて要の顔を見上げた。

 

 

「本当に私なんかが一緒になってもいいんでしょうか.....?」

 

「お前だからいいんだ。背中を預けられる上に、可愛らしくて、美人で、人当たりも良くて、気が利いて、俺を嗜めれるこの世に二人といないいい女だから俺はお前が欲しいんだ」

 

「でも、私は亜人で....シンさんの迷惑になるかもしれませんよ?」

 

「亜人かどうかなんて関係無いだろ。気持ちさえ通じ合っているなら人種なんて何一つ関係無い」

 

「........毛深いですよ.....?」

 

「愛嬌があっていいじゃないか。それにロクサーヌの綺麗な毛並みなら全く気にならない」

 

「......本当に、いいんですか?」

 

「ああ。何度もそう言ってるだろ?」

 

「じゃあ......証明してください。私を貰ってくれるという証明を、私にください」

 

「わかった」

 

 

 そう言って要はロクサーヌを抱きしめて、彼女の唇に自分の唇を当てた。

 

 それに驚き目を見開くロクサーヌだったが、すぐにその温まりに身を委ねるように(まぶた)を閉じた。

 

 魔物が湧いて来ないのをいい事に二人は雪が降る中、しばらくそのままキスをした。そしてようやく唇を離した二人はお互いに瞳を見つめ合い、そしてクスっと笑った。

 

 

「私達、こんな大迷宮の中でキスしちゃいましたね」

 

「ロバートさんが見たら怒るだろうな。危険な場所で気を抜くような真似してって、あとロクサーヌを誑かした事にも」

 

「ふふ、そうかもしれませんね。娘のように育ててもらったと私自身そう思っていますから」

 

「だろうな。ロバートさんがロクサーヌをどれだけ大事にしてるか俺にはわかる。だからこそ、ちゃんと二人で帰ってあの人に報告しよう」

 

「はい!」

 

 

 そして二人はまた口づけをし、お互いを強く抱きしめあった。

 

 

 

 その後、二人は迷路攻略を再開した。

 

 先程の甘い雰囲気とは一転して油断なく迷路を進み続ける二人。流石に大迷宮の中でいつまでも甘い雰囲気に浸る事はせず、場を弁え警戒を怠らずに探索を続けていた。

 

 そして二つ目の宝珠を見つけ、巨大フロストオーガとの戦闘に入った。

 

 先程はロクサーヌが一人で倒したので今度は要が一人で相手をする。

 

 

「でりゃああああああッ!!」

 

「グオオオオオオンッ!!」

 

 

 真正面からフロストオーガと拳を撃ち合う要。

 

 フロストオーガの拳と要の拳がぶつかり風が巻き起こる。要自身もロクサーヌと同様にかなり強くなっていた。

 

 瞬光の派生技能[天眼]によって肉眼では確認できない相手の弱点や魔力総量などの可視化、俯瞰的視点という効果がある技能も獲得しており、瞬時に相手の情報が頭に入って来る。さらに新しい技能[豪腕]によって腕力も上がり、豪脚の派生技能[震脚]と合わせる事によって震脚で踏み込んだ力を拳に転換して豪腕で強化された拳の威力をさらに跳ね上げた。

 

 結果、ぶつかり合った要とフロストオーガの拳でどちらが負けるのかは明白で、フロストオーガの拳から肩にかけてヒビが入り途端に砕けた。

 

 

「グオオンッ!?!?」

 

「終わりだ」

 

 

 トドメの飛び蹴りをフロストオーガに喰らわそうとすらが、フロストオーガが砕かれた腕の先、鋭利に尖った氷の部分を槍のように形状を変化され、それを要に向けてばら撒くように射出した。

 

 

「シンさん!!」

 

 

 心配するようなロクサーヌの声が聞こえる。

 

 だが、そんな物は今の要には全く通用しない。

 

 瞬光を発動している要には降り注ぐ氷の槍が全て目に見えていた。それにこのフロストオーガと戦闘に入る以前に戦ったフロストイーグルとの一戦で、英傑試練の派生技能[矢避]を獲得しているので視界に入れた相手からの飛び道具による攻撃は回避することができる。

 

 その結果、フロストオーガが降らせる無数の氷の槍は一本たりとも要には当たっていなかった。もし当たっていたとしてもこの極寒の中、散々戦ってきたおかげで獲得できた[環境耐性]と[凍結耐性]で氷の攻撃によって引き起こされるダメージや凍結化、凍傷といったアドバンテージはほとんど無くなった。

 

 つまるところ、氷雪洞窟という大迷宮の環境に適応したのだ。

 

 氷の槍の雨は一切要に当たらず、そればかりか飛んできた槍の一本を弾き、それを強化して蹴り返したら。

 

 蹴り返された一本の氷の槍はフロストオーガの胸部に刺さり、それを見た要は再び地面を飛び上がり、突き刺さった氷の槍を蹴り込んだ。するとその槍は深々とフロストオーガの胸部を突き刺し、自らが作った氷の武器によって魔石を砕かれたのであった。

 

 力無く倒れるフロストオーガ。

 

 そんな相手に目もくれず要はロクサーヌのところに歩み寄っていく。

 

 

「お見事ですシンさん、まさかあんな風に魔物を倒すだなんて.....!」

 

「本当はもっと格好良く飛び蹴りであいつの魔石ごと貫いてやろうと思ってたんだけどな」

 

「十分凄いです!それに.....かっこよかったです。あの身のこなしには恐れ入りました」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ、ロクサーヌ」

 

「シンさん.....」

 

 

 またしても桃色の雰囲気になる二人は自然とキスをする。より一層愛を確かめ合う二人、あれほどの戦闘を要が出来たのも、きっとロクサーヌと分かち合える愛の力が大きくかったのだろう。

 

 そして二人はさらに迷路内を探索する。

 

 環境耐性を獲得した要はさらに[環境耐性付与]も使えるようになっていたので、迷わずロクサーヌに付与を施した。一定時間の間、付与した相手を環境によるダメージなどから守ってくれる付与魔術の派生魔法。吹雪の寒さで凍える心配が無くなったことでより一層二人の愛は熱く燃え上がること間違いなしだろう。これも愛の力だ。

 

 探索を続けること数時間。

 

 二人はさらに三体目、四体目と宝珠の守護者達をあっさりと撃破した。その度に二人の愛が加速していくのだが、戦闘の時にはまるで人が変わったように二人の戦闘は苛烈になる。まるで愛の炎で燃え滾っているかの如く。そして無惨に散っていく氷の魔物達が最後に目にするのは二人がイチャイチャする姿で、精気の無い氷の目がより一層死んだように見えたのはきっと気のせいだろう。

 

 そんなこんながあって、二人は迷路の先にある荘厳な氷の扉の前にやってきていた。

 

 薔薇を模した彫刻が施された巨大な両開きの扉。その全てが氷でできているので、二人は思わず息を呑み、その凄さに感嘆の声を漏らす。

 

 

「凄く綺麗ですね。これだけ装飾を施した扉は初めて見ましたが、私の目からでもこれを作れる技術がどれだけ凄いかわかります」

 

「だな。これを作った奴は一体何者なんだろうか......まあ先に進めば自ずとわかるか」

 

「ですね......どうしたしますか、シンさん。一度ここで休憩でも取りますか?」

 

「ああ、そうしよう。かなりの時間歩き回ったから腹も減ったし、さすがに疲れた」

 

 

 荷物を下ろし、地面に座り込んだ要は手を地面に付きながら頭上を仰ぎ見た。そんな要を見てロクサーヌも隣に腰を下ろし、簡易的な風除けを荷物箱から展開した。

 

 そして荷物の中から携帯食の干し肉を出して要に渡した。

 

 

「ありがとうロクサーヌ、しっかしこの携帯食は....なんていうか.....」

 

「美味しくない、ですよね.....」

 

「ロバートさんが渡してきた物だろ、これ?」

 

「はい。『栄養価の高い物を見繕った。死にたくなければちゃんと食え』って言ってました」

 

「その言い方だと不味いのわかってて渡してきたっぽいな。ああ〜、久しぶりにロクサーヌの手料理が食べたい。前にロバートさんの家でロクサーヌが作ってくれたあのシチュー、あれが絶品だった」

 

「あれは昔、母から教わった料理なんです。幼い頃に教わったので母の味を再現するのにかなり時間がかかりましたが、今では得意料理の一つです」

 

「そうか......ちなみにその母さんは.....?」

 

「........母は幼い頃に亡くなりました。父もその時に....」

 

「すまん、悪いこと聞いちまった.....」

 

「いえ気にしないでください。両親が亡くなった時はすごく怖かったですけど、今は師匠もいます。それにシンさんもいますから、今の私はとても幸せです。亡くなった二人に自慢できることが増えました」

 

「そうか.....ロクサーヌ」

 

「はい?わっ!........ん!?」

 

 

 要は強引にロクサーヌを抱き寄せて、彼女の唇を奪った。

 

 最初は驚いていたロクサーヌもキスされたことで次第に顔を蕩けさせ、要の首に腕を回した。

 

 

「シンさん.....んっ......」

 

 

 寂しさで空いた穴を埋めるようにロクサーヌはより強く要の唇を(むさぼ)る。次第に二人の舌が絡み、より一層の熱を帯びてくる。そして二人は唇を離し、超至近距離でお互いを見つめ合う。

 

 

「......帰ったら思い出の料理を食べさせてくれ、ロクサーヌ。そして教えてくれ、お前の両親のことを」

 

「シンさん.......はい、必ず話します。だから、今はシンさんを感じさせてください」

 

「ああ.......」

 

 

 二人は溺れるようにお互いの唇を貪りあった。

 

 熱を帯びたロクサーヌの頬を優しく撫でる要、それを嬉しそうに目を瞑って自分の手を重ねるロクサーヌ。お互いに相手の温もりを感じつつ、より深く舌を絡め合い、とろけていく。ここが大迷宮の中でなければとっくに一線超えてるだろうという程に二人は愛を確かめ合う。

 

 ちょくちょく氷の魔物が出てくるが、ロクサーヌが持っている投擲武器を要が強化し、それをロクサーヌが正確無比に魔石ごと射抜く、そしてキスを続行。流れるような連携プレイで雑に処理される氷の魔物達がなんと哀れなことか。その数が二十に届いた時、ロクサーヌは剣術の派生技能[投剣]を獲得した。

 

 ようやく桃色の世界から帰ってきた二人は辺り一帯が氷の魔物の残骸だらけになっていることに驚き、少し反省した。

 

 そして氷の扉に集めた四つの宝珠を窪みに嵌め込むと、嵌め込まれた宝珠が発光し、その光が刻まれた模様に沿って伸びていく。それが扉全体に行き渡ると扉はひとりでに開き出した。

 

 ゴゴゴゴゴゴォと重厚な音をあげながら開かれた扉の先には、今までの氷壁とは一味違う、光の反射性能が高まった、まるで鏡の世界のような氷壁の道となっていた。

 

 

「こりゃまた、厄介そうな試練だな.....」

 

「まるで鏡の中みたいです......なんだか見てるだけで迷ってしまいそうな、二度と戻って来られないような怖さがあります」

 

「フッ、心配するなよロクサーヌ。お前の手は俺が絶対に離さない、迷う暇なく突破してみせるさ」

 

「シンさん......はい、どこへだってついて行きます!」

 

 

 不安に駆られていたロクサーヌの手を要が強く握りしめた。そしてロクサーヌはそんな要の顔を見上げて力強く返事をする。握られた手で要の手を握り返し、ちょっぴり甘い雰囲気が漏れ出しそうになるが、気を引き締めて二人は進んだ。

 

 のちにこの合わせ鏡の世界のような光景を見たハジメとその最愛の女性が、要達と同様、或いはそれ以上に愛情がオーバーヒートしてしまうという珍事が起こるが、それはまだ先の話。そしてこの氷雪洞窟の鏡の世界が、のちにカップルの聖地と呼ばれるようになるのは、それからずっと先の話なのだった。

 

 





補足

ステータス


==========================================

要 進 17歳 男 レベル65
天職:付与魔術師  職業:冒険者  ランク:紫
筋力:1000 [+英傑試練効果100〜?]
体力:1500 [+英傑試練効果100〜?]
耐性:2000 [+英傑試練効果100〜?]
敏捷:1500 [+ 英傑試練効果100〜?]
魔力:3000 [+ 英傑試練効果100〜?]
魔耐:3000 [+英傑試練効果100〜?]
技能:付与魔法[+身体強化付与][+攻撃力上昇][+防御力上昇][+自然治癒力上昇][+消費魔力減少][+魔力譲渡][+魔法強化付与][+重複付与][+環境耐性付与]
英傑試練[+能力上昇][+戦闘続行][+矢避]瞬光[+天眼]豪腕・豪脚[+驀進][+震脚]環境耐性・凍結耐性・特異点・言語理解

==========================================

新しく獲得した技能
 
[環境耐性付与]
・読んで字の如くの効果。ロクサーヌへの愛に目覚めてから獲得した付与魔術の派生魔法。ロクサーヌが寒さで凍えないように。by要 進


[凍結耐性]
・英傑試練の効果で氷雪洞窟の環境に慣れてきたことをきっかけに獲得。凍結や凍傷によるダメージや弱体化を防ぐ。


[矢避]
・英傑試練の派生技能。読んで字の如く矢を避ける。狙撃手を肉眼で捉えてさえいればどんな遠距離攻撃だろうと回避、または迎撃を可能とする。当たる直前の狙撃すら対処可能とする。


==========================================

ロクサーヌ 20歳 女 レベル:38
天職:獣戦士
筋力:100
体力:120
耐性:100
敏捷:150
魔力:2200
魔耐:2300
技能:獣戦術[+攻撃速度上昇][+斬撃威力上昇][+駿足][+危機感知][+気配感知]
魔力操作[+身体強化][+部分強化][+金剛強化]
剣術[+流水剣][+剛剣][+投剣]・豪脚


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『狼人族』
・狼人族は嗅覚が鋭く、匂いで個体を式別することも可能。
その上、高い身体能力を持っているため、昔から狩りが得意と言われている。




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喚び声


創造の後に破壊があるのか、或いは破壊の後に創造があるのか。

何事も壊す覚悟が必要なのかもしれない.......




 

 氷の巨大な扉を超えた先、まるでミラーハウスのような迷路を歩き続ける要とロクサーヌ。

 

 魔物の強襲や陰湿な罠などが一切無く、少し拍子抜けしていた二人だったが不意にその顔が歪んだ。

 

 

「シンさん.....!」

 

「ああ、何か聞こえたな。これは.....声か?」

 

「ですね。まるで女の人が囁いているような感じです」

 

「女?俺は男だが......個人で聞こえる声が違うのか....?」

 

 

 二人の見解が食い違い、要が思考しているとそれは再び二人の耳に届いた。

 

ーー〝また奪われるわよ?〟

 

ーー〝気づいているのだろ?〟

 

 二人は顔を見合わせ頷きあった。

 

 おそらく精神干渉系の何らかの魔法によって揺さぶりをかけているのだろう。しかし、それが具体的にどう二人に影響を及ぼすか、今の段階では判断できないため二人はとりあえず声を無視して歩き続けることを決めた。

 

 

「ちなみにロクサーヌはどんな声を聞いたんだ?」

 

「私は〝また奪われるわよ?〟って言われました。おそらくですが、私が両親を亡くした時の事を言っているんだと思います」

 

「なるほどな。俺は〝気づいているんだろ?〟って言われたが、どうやらこの声は自分の過去や内に秘めてる負の感情を刺激してくる類のもののようだな。まったく、悪趣味な試練なことだ」

 

「正直、不快感を覚えます。耳を塞げない上で、ずっと聴かされるのはあまりいい気分にはなれません。それに....昔の事を思い出してしまうので.....」

 

「そうだな.....ロクサーヌ、俺の手をしっかり握ってろ」

 

「シンさん....?」

 

 

 要はロクサーヌの手をしっかりと握り、彼女に向けて微笑んで見せた。

 

 

「不安になる気持ちもわかる。もしかしたらこの試練で、お前は強制的に自身の過去と向き合わなければいけなくなるかもしれない.........だが心配するな、お前は強い。それに俺もついてる。いざとなれば俺がお前を支えてみせるし、いくらでも勇気を分けてやる」

 

 

 握られた手から暖かさを感じ取るロクサーヌ。そしてその温もりと彼の強さに先程の不快感が拭い去られていく。

 

 

「........ありがとうございます、シンさん。大好きです」

 

「俺もだ、ロクサーヌ」

 

 

 彼女は先程までの暗くなりがちだった表情を綺麗さっぱりに吹き飛ばして優しく微笑みながら想いを伝えた。そんな彼女を見て要も微笑み返し、自然と顔が近くなる。

 

 そしてお互いの唇が触れ合おうとした時。

 

 

ーーグオオオオオオオン!!

 

 

 空気を読まないフロストオーガ五体が鏡の氷壁から姿を現した。

 

 

「空気を読まない、悪い魔物には即刻お帰りいただきます」

 

「だな。精神攻撃してくるわ、そこら辺の配慮も全く無いとは救いようが無い奴らだ。まさか、このタイミングの悪さも大迷宮側の攻撃なのか.....?」

 

「グオオン、グオオオオオオン(違います、単に間が悪かっただけです)」

 

「あ、そうなの?なら俺の深読みか......その、なんか悪かったな....?」

 

「グオ、グゥゥオン(いえ、お気遣いなく)」

 

「だが空気を読めないことに変わりはない。あんたには悪いが、ここでやられてもらう」

 

「グオオオオオオオン!グオオオオオオオン!!(来るなら来い!返り討ちにしてやる!!)」

 

「ハン、上等だ....!」

 

「いや、何で会話が成立してるんですか!!?」

 

 

 途端、ロクサーヌのツッコミが入った。まるで今から熱いバトルが始まるぜ!みたいな雰囲気を醸し出していた要とフロストオーガの一体がロクサーヌの言葉を聞いて、構えを解いた。ちなみにロクサーヌは絶賛フロストオーガ四体を相手にしながらである。

 

 

「何でって..........勘だ」

 

「それで何でも解決できると思ったら大間違いです、よ!!」

 

「グオオンッ!!」

 

 

 ロクサーヌがフロストオーガの一体を仕留めた。

 

 

「そんなこと言われてもわかっちまうもんは仕方ないよな。なぁ?」

 

「グオン(ええ、全くです)」

 

「そこ!わかり合わないでください!」

 

「グオオンッ!?」

 

 

 さらにもう一体仕留めた。華麗なロクサーヌの後ろ回し蹴りが見事にフロストオーガの一体の頭を砕き、魔石ごと粉砕してみせた。その姿に思わず要とフロストオーガが「オオ〜」と拍手をしながら称賛の声を漏らした。

 

 

「凄いだろ。あの子、俺の恋人なんだぜ?」

 

「グオォオオン、グオングオン!(いい女捕まえてましたね、このこの!)」

 

「はは、照れるな〜」

 

 

 要がロクサーヌのことを自慢気に口にすると、フロストオーガさんがニヤついた表情?で氷の肘を使って要の脇腹を小突いた。

 

 

「なんで仲良くなってるんです.....」

 

 

 ロクサーヌ、三体目を撃破。残った一体が助けて欲しそうに要の横にいる仲間に視線を送る。

 

 

「この先あとどれくらい試練があるかわかる?」

 

「グオングオオン。グゥグオオオオン(ここを越えればあと二つぐらいですね。もう少し進めば休める場所もあります)」

 

「おお、それはありがたい。いやぁ〜親切にしてもらって助かるよ」

 

「グオグオ、グオオオンググオオオオン。(いえいえ、こちらこそ話せてよかったです)」

 

 

 今も楽しそうに男と話している?のを見てフロストオーガは諦めた。

 

 

「なんか、すいません.....」

 

「グオオオオオオオオオオオン!!(こんな筈じゃなかったのに!!)」

 

 

 ロクサーヌは最後の一体を剣を突き刺してトドメを刺した。ちなみに最後のフロストオーガの断末魔は要の翻訳である。

 

 

「それで、そちらのフロストオーガさん?はどうしたらいいんですか?」

 

 

 油断なくロクサーヌは要の隣にいるフロストオーガに向けて剣を構える。それを見て要とフロストオーガは肩をすくめた。

 

 

「せっかく仲良くなれたあんたをここで殺すのは忍びないが、どうする?」

 

「グオオオン。グオグオグオオン(私も貴方と戦う気にはなれない。ここは大人しく引きます)」

 

「そうか、その方が俺もありがたい。色々教えてくれてありがとな、またいつか機会があれば会おうぜ」

 

「ググ、グオングオン。ググオオオオン(ええ、またどこかで会いましょう。大迷宮攻略頑張ってください)」

 

 

 そう言ってフロストオーガさんは要に手を振りながら出てきた氷壁の中へと帰っていった。そして要は清々しい顔で手を振りながら彼を見送った。

 

 

「.......よし、行くか!」

 

「ちゃんと説明してください。なんなんですかさっきのは!相手は魔物ですよ?なんでいきなり仲良くなってるんですか!」

 

「そんなこと言われてもなぁ。なんか急に何言ってるか分かっちまったんだから仕方ないだろ?もちろん他の魔物相手には容赦しない。ロクサーヌを危険に晒すような真似はしないって」

 

「......さっき、私一人で戦ってましたけど....?」

 

「あの程度の相手にお前が負けるわけないだろ?」

 

「信頼してるってことですか.........はぁ〜、わかりました。これ以上は追求しません。なにやら情報も聞き出してたみたいですから、今回は大目に見ます」

 

「ありがとう、ロクサーヌ」

 

「ですが次はシンさん一人で戦ってください。それとなんだか疲れましたので、後で抱きしめてください.....あとキスも」

 

「おお、大胆になってきたな.......だがその程度お安いご用さ。声の方はどうだ?まだ不安か?」

 

「大丈夫です。シンさんが隣にいてくれるなら全然平気です」

 

「そうか、なら行くぞ」

 

「はい!」

 

 

 色々あったが二人は奥へと進んだ。とりあえずロクサーヌの要望を叶えるために、フロストオーガさんから教えてもらった休める場所へと向かった。

 

 そこに到着してしばらく休憩に入ると、二人は誰もいないのをいい事に強くお互いを抱きしめ合って深い口づけを数十分近く繰り返した。

 

 その後、再び奥へと進み出した二人。未だに不快感を催させる声は継続して聞こえてくるが、その度に二人はお互いの存在を確認するように抱きしめ合って口づけを交わす。二人にとってそれこそが精神干渉系魔法に対抗する精神安定剤だった。

 

 奥に進み続ければ続けるほど、聞こえてくる声はより狡猾に心の奥底に眠っていた負の感情を撫でてくる。その上、魔物や罠がまるで狙ったようにタイミング良く二人を襲う。

 

 しかし、そんなものは今の二人の前では全く効かない。

 

 声が聞こえてくるたびに愛情のパラメーターが鰻登りに上昇し、待ってましたとやってくる魔物を粉砕、これでも喰らえ!と言うような罠もあっさり回避される始末。

  

 もはやこの合わせ鏡のような空間では二人を止めることはできなかった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、二人は大きく開けた空間にやってきた。

 

 その部屋の奥に見えるのは氷の巨大な扉。氷の迷路で見た荘厳な扉に良く似ており、意匠が凝らされた見事な門だ。

 

 先程のフロストオーガの情報が正しければ残り二つのうち一つがここになるだろうと予想する要。

 

 そしてその予想は正しかった。

 

 部屋の中に踏み込んだ瞬間、頭上から暖かい光が差し込んだ。そして天井に覆われている雪煙が光を溜め込むように輝き始めた。いや、雪煙がと言うより、正確には雪煙を形成している極小さな氷粒がというのが正しいだろう。そして刻一刻とその光がより輝きを増していく。

 

 

「っ、シンさん!!」

 

「わかってる!!」

 

 

 途端、その氷粒からレーザービームが放たれ、二人を襲った。要の直感とロクサーヌの危機感知がそれを捉え、お互いが左右に回避する。しかしその一回では収まらず、乱れるようなレーザーの嵐が二人に降り注いだ。

 

 

「ッ!ここに来てレーザー攻撃とはなッ!」

 

 

 瞬光によって知覚能力を引き上げ、さらに自身の直感に身を任せ乱れ舞うレーザーを必死で回避する要。一方、ロクサーヌも流石に華麗にバク転で回避したり、柔軟な体で掻い潜るように回避を続けているがその顔は必死そのものだった。さらに言えば二人は荷物箱を背負ったままなので、躱しきれなかったレーザーが荷物箱に被弾する。かなりの強度があるロバート謹製の荷物入れだが、そう何度も攻撃を喰らえば壊れるのは目に見えていた。

 

 

「っ、ロクサーヌ!!壁伝いに扉まで一気に駆け抜けるぞ!」

 

「わかりました!」

 

 

 要とロクサーヌはレーザーに対する回避行動でかなり距離を離されてしまっている。なのでお互いに左右の壁側から一気に扉まで駆け抜けることを提示した要。それに対してロクサーヌは力強く返事を返した。

 

 そして二人は足裏に力を込め、強く地面を蹴った。

 

 危機感知と自前の身体能力で華麗に舞い踊るようにレーザーを避けながら進むロクサーヌ。知覚能力を引き延ばしてレーザーを掻い潜りつつ、手甲で受けながら強引に突破していく要。

 

 だが順調に進んでいけると思われた時、頭上で溢れていた雪煙が手の前に落ちか来た。それと同時に雪煙の中から大きな氷塊が二つ落ち、要とロクサーヌの進路を塞いだ。要とロクサーヌは氷塊から距離を取り走り出そうとしたが手遅れだった。

 

 二人の周囲に雪煙が充満し、辺り一帯が霧のように覆われ視界に収めることができるのは降ってきた氷塊のみ。

 

 そしてその氷塊は姿形を変え、体長五メートルほどの人形になり、ハルバートのような武器とタワーシールドを携え、その人型の胸には赤黒い結晶が見てとれた。

 

 

「ようはコイツを倒せってことか。上等だ、速攻片付けてロクサーヌのところに行かせてもらう!」

 

ーーーまだ偽るのか?

 

「..........」

 

ーーーお前にとって所詮他人なんて存在は自分以下の存在。

 

「......るさい

 

ーーー他人を見下すことしかできない存在。

 

「.....うるさい」

 

ーーー何故、まだ()()()()()をする?

 

「うるさいッ!!」

 

 

 氷の巨人がハルバートで一帯を薙ぎ払おうとした。

 

ーーーゴオンッ!!

 

 だが、それは要の身につけていた手甲で簡単に受け止められた。手甲への付与も施し、すでに身体強化もしていた要の膂力が巨人のハルバートをあっさりと巨人の攻撃力を凌駕したのだ。それを成した要の表情は先程とは違い、酷く怒りに満ちていた。

 

 合わせ鏡のような氷の迷路に入ってからずっと聞こえていた自分の声。最初は誰の声かもわからなかったが、それを聞き続けていれば自ずとその声の主が誰なのか否が応でもわからされる。

 

 その声がずっと要の心を揺さぶっていたのだ。

 

 ロクサーヌがいる前ではそんな素振りは一つも見せず、堂々を振る舞い、ロクサーヌを不安にさせまいとしていた。しかしこの声を聞き続けて一番精神的に効いていたのは他でもない要だったのだ。

 

 それを隠すようにロクサーヌに甘えていた要。

 

 彼女の温もりが要の精神安定剤だったのだが、今はその彼女もいない。  

 

 それを知ってか知らずか、さらに要の内側を突いてくる。

 

 

ーーー滑稽だよなぁ、女に溺れる自分を感じるのは。

 

ーーー都合のいい女でよかったな、お前の側にいたのが。

 

ーーーお前はロクサーヌ()()()()()()

 

 

「さっきからゴチャゴチャ、うるせぇって言ってるだろうがッ!!」

 

 

 八つ当たりするように氷の巨人を刀剣で斬り刻み、蹴り飛ばし、拳で砕く。それ程の威力ならば氷の巨人の核をすぐに破壊できるというのに、まるで痛めつけるように攻撃を氷の巨人に与え続ける要。

 

 

ーーーそうやって壊すことしかできない。

 

ーーー()()()()()()()()()

 

ーーー所詮は他人の真似事。

 

ーーーお前は()()()()()()()()()()()

 

 

「ッ!俺でもない奴が、俺と同じ声で知ったような事言ってんじゃねェッ!!!」

 

 

 要の一撃で足を砕かれた氷の巨人が仰向けで倒れる。ズドオオオオンッ!と雪煙をあげ、砕かれた氷塊の欠片も風圧で巻き上げられキラキラと輝いく。だが、倒された氷の巨人はすでに至る所がボロボロになっており、まるで壊れた人形のようにギコギコと挙動がおぼつかない様子で首を動かして敵対者である要を見上げていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ.......」

 

 

 呼吸が荒くなる要。そして先程までの激情を悔いるような表情を浮かべ冷静さを取り戻すようにひとつ大きく息を吐いた。そして刀剣を持っていない左手で額を抑え、そのまま顎の先まで掌で顔を拭うように切り払った。

 

 ひとつ区切りをつけた要は巨人の胸部に飛び乗った。ちょうど核となる赤黒い結晶の真上に。

 

 

「......情けない話だ、まったく」

 

ーーーそうやっていつまでも誤魔化せると思うな。

 

「.................黙れ」

 

 

 吐き捨てるように呟いた要。

 

 そして強化した足であっさりと氷の巨人の胸部を踏み砕き、核を捻り砕いた。まるで煙草の火を足で踏みながら消すように、()()()()()()()()()()()()()()()()入念に。

 

 

「ふぅ.....とりあえずこれで終わりか。ロクサーヌが少し心配だな」

 

 

 そんなことを考えながら要はその場を足早に去り、雪煙を抜け出した。その先は要とロクサーヌが目指していた巨大な扉の前で、いつの間にかその場所に辿り着いていたらしい。

 

 すると要より少し遅れてロクサーヌも扉の前にやってきた。ロクサーヌも要と同様、あまりダメージを受けていない様子で要はそんな彼女の姿を見てホッとした。

 

 

「無事で良かった」

 

「少し苦戦しましたが何とか勝てました。シンさんはどうでしたか?」

 

「..........」

 

「シンさん......?」

 

 

 ロクサーヌの質問に先程の自分の激情やら情けない態度を思い出し、返答に困ってしまった要。

 

 そんな要の様子を見てロクサーヌは困ったような笑みを浮かべ歩み寄り、要の頭をその豊満な胸に抱え込んだ。

 

 

「っ、ろろ、ロクサーヌ....?」

 

「いつも支えてもらってばかりの私ですが、こういう時ぐらい私に甘えてください」

 

「お、俺まだ何も言ってないけど.....?」

 

「言われなくてもわかります。さっきの一戦で何か思うところがあったんですよね?そうでなければそんな寂しそうな顔しません」

 

「........俺、そんな寂しそうな顔してた?」

 

「はい、してました。思い詰めたように自分を責める、まるで誰かに叱って欲しそうな、そんな寂しそうな顔です」

 

「はは、まるで子供だな.....」

 

「いいじゃないですか子供でも。無理に大人のフリをしても、それはそれで私が寂しいです。私はシンさんに頼って欲しいんですし、支え続けたいと思ってます。それにもっと貴方が知りたいんです、例えどんな一面でも。だから今は思う存分私に甘えてください」

 

 

 それが彼女の想いだった。

 

 この大迷宮に入ってから彼女はずっと要に支えられ続けてきた。そして要という彼女にとって大きな存在が自分に与えた勇気や愛はロクサーヌという女性をより一段と成長させた。戦士として、女として。

 

 それを自覚し、要に対してより深い愛を抱いているからこそロクサーヌは彼の力になりたいと強く思った。彼が甘えられる存在、自分をさらけ出せる存在に。そして彼をもっと知りたいから。

 

 

「.......ロクサーヌ」

 

「はい」

 

「この大迷宮を攻略した後、話したいことがある。今はまだ自分と向き合わないといけないから.......向き合って、答えが出たらちゃんと話す」

 

「はい、待ってます」

 

「すぅーー.......とりあえず今はロクサーヌのお言葉に甘えて、ロクサーヌ分を補給する」

 

「なんですかそれ?」

 

「俺専用のエネルギー養分だ、すぅーーーー」

 

「あ、あまり匂いは嗅がないでくださいね?汗臭いですし....聞いてますか?」

 

「聞いてる聞いてる、すぅーーーー」

 

「も、もお!イジワルしないでください!」

 

 

 なんやかんやありつつも、結局はこういう形で収まった二人。

 

 少しだけふざけている要だが、内心では自分にとってロクサーヌという女性がどれだけ大きい存在なのかを実感し、より一層彼女には強い自分を見せ続けたいと思った要だった。

 

 確かに彼女はどんな要の姿だろうと優しく包み込むように受け入れるだろう。それに対して要も甘えたり、少しばかりの本音を漏らすことは今後必ずあるはずだ。だとしても、要がロクサーヌに見せたいと思う自分の姿は弱さではなく強さである。いつまでも弱さを引き摺った姿ではなく、鮮烈に生き、逆境から立ち上がり、例え無様を晒してもそれを乗り越える、彼女自身が着いて行きたいと思わせるのが自分のあるべき姿だ。

 

 理想なのかもしれない。

 

 驕りなのかもしれない。

 

 それでも自分が思い描く彼女の隣に立つ男は、きっとそういう男だと要は思った。

  

 男のつまらないプライドだと嘲笑う者もいるだろうが、そんなことは知らないし聞く耳も持たない。

 

 彼女の胸に抱かれた時、彼はそう決めたのだから。

 

 

 

 そんな新たな決心を胸に秘めた要と、彼を支え続けたいと表明したロクサーヌは辿り着いた氷の扉の前に立った。すると巨大な扉は勝手に開かれ、その先は光の膜で覆われ見えなくなっていた。

 

 だが、次で最後。

 

 ここを乗り越えれば大迷宮攻略。

 

 俄然燃える二人の戦意。

 

 そして二人は手を繋ぎ、お互いに顔を見て頷くと同時にその先に踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 要が気がついた時、氷の壁に覆われた一本道の中央に立っていた。

 

 

「ッ!?ロクサーヌ!?......くっ!」

 

 

 握っていたはずの彼女の感触が無く、辺りを見回しても彼女の姿は見当たらなかった。

 

 

(はぐれた?いや、どこでだ?扉を一緒に潜った時までは一緒にいたはずだ.......なら原因はあの光の膜か.....?)

 

 

 思考を巡らせる要。

 

 ついさっき彼女にはいいところを見せると決めたばかりなのに、さっそく離れ離れになったことを歯噛みする。

 

 先程まで感じていた温もりが消えたことに焦りを覚える要。

 

 そしてそれが彼女にどれだけ依存していたかを実感させた。

 

 そんな自分の弱さを感じとり、要はあからさまに息を吐き、冷静に思考を重ねた。

 

 

(さっき決めたばかりじゃ無いか。俺は強くあり続けると。それはロクサーヌが見ていない時でも同じことだ.......なら、やるべきことは決まってる.....!)

 

 

 そして要はもう一度辺りを見渡して、先に続く道が一つしかないことを確認し、その先を見据えた。

 

 

「.......行くぞ」

 

 

 誰に言ったわけでもないが、強いて言うなら自分自身に向けて喝を入れたのだろう。

 

 要は一人、先に続く道を歩み出した。

 

 そうして辿り着いた先は氷壁に囲まれた開い空間。その中央には天井と地面を繋ぐ太い氷柱が一本だけ聳え立っていた。

 

 その氷柱に近づいていく要。とうとう要の手が氷柱に触れる距離までに辿り着いた時、その氷柱は先程の合わせ鏡のような氷壁の迷路の氷と同じように、鮮明に要の姿を反射させていた。

 

 反射して写っている自分の姿をまじまじと見つめる要。地球にいた頃より少し背が伸びたか?と最近まったく考えていなかったことが不意によぎり、自分の姿を頭の先からつま先まで事細かくチェックする。

 

 ロバートから貰った服もすっかりボロボロになっており血が滲んでいる箇所も含めて見ると何だか痛々しく見えた。

 

 

「俺ってこんな顔だったっけ......?」

 

 

 なんて言いながら真剣な表情で自分の顔を見つめていると、その顔の口がニヤリと裂けた。

 

 

「うおおっ!?」

 

 

 唐突に自分とは違う行動をとった氷の中の自分に驚き、数歩後ろに下がった要。絶賛鳥肌と背中にゾクッとする寒気を感じていた。こう見えて要はホラー映画の類が苦手なのだ。

 

 

『はは。そういう反応をするのは久々か、俺?』

 

 

 要が言葉を吐いた。誰に?いや、その言葉を吐いたのは要本人では無く、氷の中にいる要の姿をした要だった。

 

 そして氷の中にいた要が何の躊躇いもなく自然に氷柱から出てきた。そしてその姿が氷柱から出てきた途端、色が変わった。

 

 髪色は白に、服の色すらも黒と白のモノクロカラーになり、ゲームでいうところの2Pカラーと言った趣きだ。

 

 それを見た要本人は偽者の自分を睨んだ。

 

 

「........とうとう出てきやがったな、偽者野郎」

 

『偽者?おいおい何の冗談だよ。俺こそが本物のお前であり、お前が殺した本物を写した存在だ』

 

 

 嫌らしい笑みを浮かべて、そんなことを口走る偽要。

 

 

「今度の相手はお前ってことでいいんだよな?いや、いいよなぁ。その癪に障る笑い顔を今すぐぶん殴ってやる.....!」

 

『やれるものならやってみろよ。今度は俺がお前を()()()()()()

 

 

 両手を広げ、まるでやってくる相手を抱きしめるぞと言わんかばかりに待ちの姿勢をとった偽者相手に、要は刀剣を抜き強化した脚力で地面を蹴った。

 

 最後の試練が幕を開けた。

 

 





補足


登場人物

「フロストオーガさん」通称〝フローガさん〟
・要進とロクサーヌがミラーハウスみたいな迷路で出会った氷の魔物。要曰く、気さくで話しやすいお兄さんで親切な上に礼儀正しい魔物の鏡みたいな存在。何故要と話せたのか?フロストオーガさん曰く、「彼には何か感じるものがあった」とのこと。

もしかしたら、また登場するかも.......?


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愛の狼


一万文字近くいってしまった。




 

 眩しい光の膜を潜った先は一面氷の壁に覆われた一本の道だった。

 

 

「シンさん、ここは......シンさん?」

 

 

 握っていた手に感触が無く、辺りを見回すロクサーヌ。だが声をかけた相手はどこにもおらず、氷雪洞窟にやってきて初めて孤独になったことに焦りを感じる。

 

 要と繋いでいた手を胸元に引き寄せ、焦りの表情を浮かべつつもロクサーヌは道の先を強い眼差しで見つめた。

 

 

(きっとシンさんならこういう時、迷わず進むはず......!)

 

 

 何が起こったのかさっぱり理解できないロクサーヌだったが、やるべき事だけはいち早く理解し、氷壁の道が続く先へと歩み出した。

 

 腰に携えた剣をすぐ抜けるよう構えながら、警戒を怠らず進み続けるロクサーヌ。

 

 そしてその先に待っていたのは氷壁に囲まれた大きく開けた空間、その中央に天井から地面に聳え立つ一本の太い氷柱だった。

 

 

「ここは.......シンさんはいないみたいですが......」

 

 

 少しだけ期待していた彼の姿が見当たらず気落ちするロクサーヌ。しかし、すぐにそんな軽い落胆は捨て、辺りを注意深く観察する。そして荷物箱を置き、一番気になる物、中央に聳え立つ太い氷柱へと歩み寄っていき、何事もなく氷柱の前に辿り着いた。

 

 

「これも先程の迷路と同じ鏡のような氷の壁ですね......

はぁ、私ではこれが何なのか皆目検討がつきませんが、シンさんなら.......」

 

 

 そこまで言葉を口にして、ハッとなるロクサーヌ。自然と彼に頼ろうとしている自分がいることを知り、慌てて口を押さえる。自分を頼って欲しいとさっき言ったばかりの口で彼に頼ろうとする発言を口にしてしまい、ますます自分の弱さを自覚してしまうロクサーヌ。

 

 

『本当に私はダメね....』

 

 

 口を開きかけていたロクサーヌの耳にそんな声が聞こえた。その言葉はちょうどロクサーヌが言いそうになっていた台詞で、先を越されたことに驚くと同時に気持ちを切り替え剣を抜いく。

 

 

「誰です?姿を隠していないで早く出てきたらどうですか?」

 

『誰って決まっているじゃない。私は貴方よ、ロクサーヌ。そして私は貴方のすぐ目の前にいるわ』

 

 

 目の前?

 

 その言葉が耳に届いた途端、目の前から横薙ぎの剣閃がロクサーヌを襲った。だが、それを視界の端で捉えたロクサーヌは柔軟な体で上体を逸らし、そのまま数回バク転をして距離を取った。

 

 そして回避した後、ロクサーヌは目の前に剣を構える存在を見つけ、その目を見開いた。

 

 氷柱の中から剣だけが出てきていた。それを手にしている存在は鏡の氷壁に映った自分自身、そんな自分は怖いくらい真顔でロクサーヌ本人を見つめていた。

 

 そして何の抵抗感もなく鏡に写っていた自分があっさりと氷柱から出てきた。その途端、自分と同じ姿をしていたそれの髪色が白くなり、服装は黒く染まっていった。

 

 

「貴方は一体.......?」

 

『ふふ。言ったはずですよさっき、私は貴方だと』

 

「ふざけているのならこれ以上は聞きません。貴方を斬って私はシンさんのところへ行きます』

 

『シンさん、ねぇ......貴方が彼に抱いている物は本当に愛なのかしら?』

 

「.....どういう意味ですか?」

 

(貴方)ならわかるでしょ?貴方が根本的に求めているのは自分を守ってくれる存在、都合の良い道具。そしてその根底にあるのは他者に対する恐怖。彼もきっと貴方を裏切り、使い潰して、最後は何もかも奪っていくわ。あの日、()()()()()()()時と同じようにね』

 

「ッ!黙りなさいッ!!」

 

 

 刹那。ロクサーヌは激昂し、白い姿の自分へと斬りかかった。

 

 幾多もの氷の魔物達を屠ってきたロクサーヌの剣閃。身体強化で跳ね上がった肉体能力に豪脚を合わせ、ロバートから教わった剣術によって繰り出される一太刀。

 

 今の異世界組ですら知覚不能とも思える、目が覚めるような鮮烈な一撃を白い自分は、あろうことか片手で受け止めた。

 

 いや、正確に言うなら五指でその一撃を摘んで受け止めたのだ。

 

 

「なッ......!?」

 

『ほら、弱い。そんな風だから貴方は奪われるのよ』

 

 

 そして白いロクサーヌはロクサーヌ本人の剣を摘んだまま自身の剣をロクサーヌに向けて振り下ろした。しかし引き戻した剣で何とか防ぐロクサーヌ、そして鍔迫り合いになるが白いロクサーヌの押しが圧倒的にロクサーヌよりも優っていた。

 

 思わず苦悶の表情を浮かべるロクサーヌ。

 

 

「くっ......!」

 

『所詮この程度なのよ、貴方()は。貴方の力じゃ何一つ守れない。怯えているのよ、貴方の剣と心が。それが私には手に取るようにわかる。だって私は貴方なのだか、らッ!!』

 

「ぐあっ!!」

 

 

 白いロクサーヌに競り負けたロクサーヌは力任せに振り飛ばされた。地面に背中を叩きつけられたロクサーヌは痛みで苦悶の表情を浮かべながらも、その弾みで体を引き起こし体勢を立て直した。口を切ったらしく、垂れてきた血を自分の服の裾で雑に拭い去り、ロクサーヌの視線と剣は真っ直ぐ相手に向けられていた。

 

 そんなロクサーヌの姿を面白くなさそうに見つめる白いロクサーヌが口を開いた。

 

 

『まだそんな目をできるのね。なら昔話をしましょう。そう、貴方がまだ師匠と出会う前の話を』

 

「そんなこと、貴方に言われなくても私は知っています」

 

『いいえ。貴方は何も知らない、というより見ていないわ』

 

「昔語りがしたいならご自由に。私は私のやるべき事をしますッ!」

 

 

 再びロクサーヌは白い自分へと攻撃を再開した。

 

 今度は剣だけでない。投擲用の武器である棒手裏剣を数本手に持ち、それを器用に片手で一本ずつ投げつける。だが迫り来る棒手裏剣をあっさり切り払い防ぐ白いロクサーヌ。それを見たロクサーヌは再び白い自分へと距離を詰める。そして棒手裏剣を数本投擲して隙を作ろうとする。

 

 

『無駄な事ですね。まあ良いでしょう、貴方の好きなようにしてください。私も好きなようにしますので』

 

 

 白いロクサーヌも棒手裏剣を懐から取り出し、お互いに中距離から相手に駆け込みながら投擲する。そしてお互い同じ間合いに到達すると剣を振り抜く。乱れるような剣の舞。金属同士が高速でぶつかり軽く火花を散らす。

 

 

貴方()はかつて両親と共に同族から故郷であるフェアベルゲンから追い出された。何故か?それは貴方()が魔力を持って生まれたから。両親が死ぬ要因を生み出したのは貴方なんです』

  

 

 白いロクサーヌは言葉を発しながら、剣を乱舞させる。その速さに対応しきれないロクサーヌは徐々に切り付けられていく。そして彼女の言葉が耳に届くたびあの時の光景が脳裏によぎってきた。

 

 白いロクサーヌの言う通り、ロクサーヌはかつて両親と共に故郷であるハルツィナ樹海にある亜人族の国“フェアベルゲン”で暮らしていた。狼人族には珍しい黄金色の毛並みに周囲は訝しんでいたが、それでも幸せに楽しく暮らせていた。

 

 しかし五歳の時、同年代の子供と一緒に遊んでいた際、彼女は()()()()()に足が早かった。とても五歳児が出せる速度ではなかったのだ。

 

 そんな彼女を見た同族の大人達は何の根拠も無く、ロクサーヌは魔力持ちだと断定した。疑わしきは罰せよ、というやつだろう。魔力持ちの子供匿っていると知られれば一族全員フェアベルゲンから追い出されてしまう。そうなる前にと狼人族の大人達は彼女を殺すか追放するかの二択をロクサーヌの両親に迫った。

 

 その結果、ロクサーヌの両親はロクサーヌと共に追放の道を選んだ。

 

 ロクサーヌの耳には今もあの時の同族達が怒声をあげ自分を糾弾する声が残っていた。

 

 

『追放され、行き場の無い(貴方)と両親はハルツィナ樹海でひっそりと暮らしていた。でもそれは長くは続かなかった。人間達の欲望を満たすだけの暴力によって!』

 

 

 彼女の言う通りだ。

 

 故郷を追われたロクサーヌ達は樹海の片隅でひっそりと息を潜めて暮らしていた。だが、突然現れた人間達によってロクサーヌは両親を奪われた。

 

 樹海の草花に隠れていたロクサーヌはその光景を最後まで見ていた。

 

 父は抵抗するたびに痛めつけられ、母は衣服を破り去られる。

 

 母を助けようとした父は腕を切り落とされ、足の腱を切られ、目の前で人間達に犯される母の一糸纏わぬ姿を見せつけられ怒りの慟哭をあげていた。そして最後は人間達が一頻(ひとしき)り楽しんだ後、悪魔のような笑みを浮かべながら父を剣で滅多刺しにした。

 

 母は複数の人間達に犯され続け、最後は首を絞められながら犯され息を引き取った。

 

 そんな光景を陰で涙と嗚咽を手で押さえつけ堪えながら見ていたロクサーヌ。

 

 人間達が去った後、両親の元へ駆け寄り涙を流し続けたロクサーヌの元に現れたのは二つ首に二足歩行する巨大な蜥蜴の魔物だった。

 

 恐怖で足を竦ませるロクサーヌの耳に微かに声が聞こえた。

 

 

『ぃ、にげ、ろ.....ぉく....ヌッ』

 

 

 死んだと思っていた父が立ち上がったのだ。そんな父に縋りつこうとするロクサーヌに父は最後の気迫で吠えた。

 

 

『くっ.....逃げろォ!ロクサーヌッ!!』

 

 

 ロクサーヌは逃げた。溢れんばかりの涙を散らして、背後から聞こえる骨肉を砕くような音が聞こえないように耳を塞ぎながら。

 

 一体、どれほど走っただろうか。

 

 力の限り、体力の続く限り、目に見えるもの全てを見ないように駆け抜けた先は真っ白は雪原だった。

 

 ボロボロの体にボサボサの毛並み。服など着ているかどあか関係ないぐらいに汚れていたロクサーヌ。

 

 そして無意識にただ父の最後の言葉だけが彼女の体を動かして、雪原を素足で歩かせた。当てなど一切なく、寒さで凍りつく体、手足はとっくに凍傷を引き起こし感覚など一切なかった。

 

 その結果、彼女は倒れた。

 

 そして薄れ行く意識の中、彼女に近寄る存在がいた。

 

 それが彼女の師であり第二の父であるロバートだった。ロバートに拾われたロクサーヌは何とか一命を取り留めるのだった。

 

 

『師匠に救われた貴方は殺された両親のことを忘れ、ただ守られるだけの日常に甘んじた。けど奪われたことに変わりはないのよ。父を傷つけ母を犯した人間達が憎い、両親を裏切り見捨てた同族達が憎い.......貴方もそう思うでしょ?そして何よりその原因を作った自分という存在に、弱さに貴方は絶望している』

 

「...............」

 

『黙っていても貴方のことは手に取るようにわかるわ。もっと貴方の心の奥にあるものを掻きむしりなさい!憎悪と怨嗟に身を焦がしなさい!自分を否定しなさい!貴方の負の感情は私の力となる!』

 

 

 より一層激しくなる剣戟。

 

 なんとか不意をついてロクサーヌが棒手裏剣を逆手に持ち、それを白い自分の首に突き立てようとする。

 

 

『無駄よ』

 

「くはッ!!」

 

 

 あっさりそれを掴まれ、白いロクサーヌの横蹴りがロクサーヌの腹に突き刺さった。そしてそのまま流れるように白いロクサーヌは斜め下からの袈裟斬りをロクサーヌに当てた。

 

 

「ぐああッ!!」

 

 

 防御が間に合わずロクサーヌの横腹から胸部にかけて赤い線が走った。

 

 たまらずロクサーヌは手に持っていた全ての棒手裏剣を投擲し、無理やり距離を取る。そして腰の鞄から小瓶を一つ取り出しその中身を自身にかけた。すると切られた箇所の流血が治り、傷も癒やされる。

 

 地面に膝を着きながら、荒い呼吸をするロクサーヌ。

 

 そんな彼女の姿を面白そうに見下す白いロクサーヌ。

 

 

『随分辛そうですが、まだまだこの程度は序の口ですよ?貴方の心の底にある物はこの程度ではないもの.........貴方、カイルを覚えてる?』

 

「っ!?」

 

『覚えるわよね。何せあの男と()()()()()()()()()()もまた貴方から日常を奪おうとした許せない相手だもの』

 

「くっ.......」

 

(貴方)が師匠に救われて十年、平穏な毎日だったわ。手慰めに教えてもらった剣技を毎日欠かさず練習して、上手く出来ればあの仏頂面の師匠が稀に褒めてくれる。そんなささやかな幸せが続いていたのに、ある日あの男達はやってきた』

 

 

 そう、今から五年も前になることだが今でも覚えている人間の欲深さ。それを向けられる恐怖を。  

 

 あの日、魔物に襲われ重傷を負った人間族の男カイルとその双子の兄ライルが、ロバートが留守にしている間にたまたま二人の隠れ家を見つけ飛び込んできた。

 

 隠れ家に入ってきたライルはロクサーヌを見つけると高圧的な態度でカイルの治療を命じた。そして父と母を殺した同じ人間族ということで怯えるロクサーヌは言われるがままカイルの治療し、なんとかカイルは命を繋ぎ止めることができた。  

 

 しかしそんな仲間の命の恩人であるロクサーヌを見ていたライルは持っていた剣でロクサーヌを脅し、強引に服を脱がし、強姦しようとした。

 

 当時のロクサーヌも今と同様に見目麗しく、魅惑的な四肢に、溢れんばかりの豊満な胸をしており、簡単に言えばライルはロクサーヌに欲情したのだ。

 

 自分に覆い被さってくる男に恐怖を覚え、頭が真っ白になるロクサーヌは不意に手が床に落ちていた訓練用の木剣を掴んだ。

 

 その後の事はあまり覚えていないロクサーヌ。

 

 ただ、血塗れの木剣と横たわるライル。そして戻ってきたロバートがロクサーヌに優しく布を身体に被せ、何かをしていた。

 

 

『当然の報いよね。(貴方)を襲おうとして返り討ちに遭っただけなのだから。それに師匠にも感謝しないとね。貴方があの男を殺せたのも師匠から剣を教わっていたから。おかげで貴方()の初めては守られたわ。あんなゴミに与える物なんて何もないもの』

 

「けど.....あの人の兄弟を殺したわ」

 

『それがなんだと言うの?まさか犯された方が良かったなんて言うつもり?』

 

「違うわ、私が冷静に対処していれば殺さずに済んでいたはずだわ」

 

『........そうね。そうなってたかもしれないわね。でも、そうはならなかった。結果貴方はあの男を殺した。憎い人間族に一矢報いた。ねぇ、あの時の貴方、どんな顔をしていたのかしらね?憎い憎い人間族の血で染まった凶器を見て、どんな感情が芽生えたのかしらね?きっと、貴方はこう思ったはずよーーーーーーーーーーーやった♪って』

 

「ッ.......!」

 

 

 確かにあの時、えも言えぬ達成感があった。

 

 その時のことを思い返し、ロクサーヌは途端に吐き気を覚えた。喉の奥から出かかる胃酸の強烈な刺激に思わず口を押さえながら、そんな事はないと彼女の言葉を内心で否定する。

 

 

『また力が強くなったわ。教えてあげましょうか?この場所では自分の心の声を否定するほど相手の力が増すのよ。まあ、それを今知ったところで貴方にはどうする事もできないだろうけど、ねッ!!』

 

 

 さっきよりも数段早くなった白いロクサーヌが一瞬でロクサーヌの懐に潜り込み、顎を蹴り上げた。その威力も先程とは比べ物にならず、簡単にロクサーヌの体が浮き上がる。

  

 

「ぐはっ!!!」

 

『私がどこまで強くなれるのか試させてください、ね!』

 

「ぐふっ!!」

 

  

 浮き上がったロクサーヌに今度は強烈な回し蹴りを打ち込む白いロクサーヌ。腕ごと脇腹に刺さったその攻撃はあまりの威力にロクサーヌの体をくの字に折り、吹き飛ばされた彼女は数回地面にバウンドして地面を転がった。この攻撃でロクサーヌの左腕が折れ、右手で掴んでいた剣も取りこぼしてしまう。

 

 

「くっ.....ぐッ.....!」

 

 

 なおも立ちあがろうとするロクサーヌ。痛みで手が震え、頭を強くぶつけた事で頭部から血を垂れ流していた。

 

 それでもロクサーヌは歯を食いしばり、体を起こそうとする。その表情は要の前で見せていたものより、猛々しい獣のようだった。

 

 

『思った以上に諦めが悪いわね。彼の影響かしら、それとも助けが来ると思っているの?無駄よ、彼は絶対ここには来れない。貴方がここを越えなければ彼には会えないわ』

 

「はぁ、はぁ......それを聞けて、安心しました」

 

『?』

 

「貴方を倒せばシンさんに会えると言うことですね.....なら、私は何があっても倒れません、ッ.......!」

 

 

 真っ直ぐ白いロクサーヌを見つめるロクサーヌ。彼女の闘志はまだ折られておらず、震える手足で踏ん張り、折れた片腕を押さえながら片膝立ちをした。

 

 ボロボロな姿の彼女の、一体何がそこまでさせるのか。

 

 それは単純な話で、ただ要に会いたいという欲求だった。

 

 たったそれだけの理由が今も彼女に闘志を滾らせていた。

 

 だからこそ、白いロクサーヌはそれを折ろうとする。

 

 

『あの男のどこにそんな価値があるの?貴方も気づいているんでしょ?あれは正真正銘の()()だって。瀕死の傷を負ってなお生きている底知れない生命力、桁外れな付与魔法による身体強化、得体の知れない能力(チカラ)、魔物と会話をする悍ましさ、そして何もかもを飲み込もうとする存在感。世界に愛されているとか、希望の光だとか、そんな夢見がちな言葉で片付けるにはあまりにも怖すぎる危険な存在よ?』

 

「たしかに.....彼は、不思議な人です。たまにすごく怖い目をします.....でも、その瞳は力強く、人を惹きつける力がある。あの人について行きたいと思ってしまう自分がいる........貴方もそれを感じているのではないですか.....?」

 

『ッ!?』

 

 

 ここに来て初めて白いロクサーヌが動揺した。それは図星だったのかもしれない。魔物すら惹きつけてしまう彼の何か、それは同じ大迷宮の魔物である白いロクサーヌも感じていたのだろう。だからこそ怖いと、危険な存在だと言った。自分の存在理由がたった一人の男の存在で揺らいでしまいそうだから。

 

 

「それに、彼は怪物なんかじゃないわ。悩み、傷つき、考え、苦しみ、笑って進む、私と同じ〝人〟よ」

 

『その〝人〟に、人間に貴方は苦しめられてきた。欲望のままに奪われた。あの男もまた同じように貴方から全てを奪うわ』

 

「いいえ、奪われないわ。何故なら私が与えるから」

 

『なん、だと.....』

 

 

 驚愕したような声を漏らした白いロクサーヌ。そして、意味がわからないと言った様子でロクサーヌを見つめ続けた。

 

 

「私はあの人に私の持てる全てを与えたいの。心も体も、愛情も、欲望も、力も、この命すらも」

 

『馬鹿な、貴方はあの男の為なら命すら投げ出せると言うの!?』

 

「ええ、でも一つだけ言わせてもらうなら、ただ命を投げ出す事はしないわ。だってあの人なら必ず私を守ってくれるもの。無為に命を捨てるようなことなんて絶対望まないわ。だから信頼して預けられるのよ」

 

『それは依存ではないの....?』

 

「違うわ。愛ゆえの共存よ」

 

 

 そう言い切ったロクサーヌは腰の鞄から小瓶を再び取り出し、中身を飲み干した。それが鞄の中にある最後の一本。その効果で傷ついた体も、折れた左腕も元通りになり、ロクサーヌは落とした自分の剣を拾いに行く。

 

 それを見つめる白いロクサーヌは不意に自分の内側から力が抜けていくのを感じた。

 

 

『嘘でしょ、この土壇場で自分の負の感情を克服したというの.....どうやって.....!?』

 

 

 今日一番の驚く声を上げた白いロクサーヌ。

 

 何故、このタイミングで彼女の力が落ちていったのか。それはロクサーヌに要のことを思い出させたからだ。

 

 要と一緒に始めた大迷宮攻略。

 

 彼と一緒にいれば否が応でも自分の弱さを認識させられる。だが、その度に要がロクサーヌを勇気付け、励まし、愛を持って支え続けた。それは本物だ、彼の人となりをずっと見てきた自分だからわかる。何よりあの温もりが偽物のはずがない。

 

 そして自分が信頼されていると実感すればするほど、彼の支えになりたいと強く思った。自身の弱さを責めるのではなく、強さを求めたのだ。

 

 過去の自分は弱かった。

 

 両親を失った事は今でもとても悲しく、悔しい。だが自分が生きているのは今なのだ。過ぎたことを嘆くのではなく、今を生きる強さを求める。

 

 人間の欲望や醜悪さは恐ろしくて怖い。だがそれを大きく上回る愛で恐怖を跳ね除けることができる。

 

 生まれて来なければ良かったなんてもう思えない。だって、あの人と出会ってしまったんだから。今さら出会わない道なんて考えたくもない。

 

 カイルの兄を殺し、えも言えぬ達成感を感じていたことも認めよう。だが今はそんな思いは微塵もない。欲望を満たすために剣を振えば、きっと師匠や彼を悲しませてしまうから。そんな事は絶対にしたくない。

 

 ライルを殺してしまった事は申し訳なく思う。だが吹っ切れた。白い自分の言う通り最低なゴミクズ野郎にかける情けは無い。情けは無いが感謝はしている。自分がライルを殺していなければ、きっと要は助かっていなかったし、出会う事もなかった。もし過去に戻ってやり直しが利くと言われてもロクサーヌは何度でもライルを撲殺するだろう。要と出会うために。そして内心でやった♪と喜ぶだろう。

 

 

 思考が纏まり、胸中で渦巻いていた嫌な感情や迷いがどんどん晴れていくロクサーヌ。

 

 途中かなり過激な考え方で負の感情を克服しているが、それもロクサーヌの強さの一面である。のちに以前より過激になったロクサーヌを見て要が戦慄するがそれはまだ先の話。

 

 そしてロクサーヌの表情が以前より格段に凛々しくなった。

 

 それを察し、自分の力がどんどん弱まっていくのを感じた白いロクサーヌが冗談めかしく口を開いた。

 

 

『貴方、色々彼を理由にして吹っ切れてない?私でもちょっと引くぐらい彼本位になってるわよ......』

 

「これぐらいの方がシンさんの相方を務めるにはちょうどいいはずです」

 

『思考が吹っ飛んでますね。彼が尻に敷かれる姿が目に浮かぶわね』

 

「お尻に敷くだなんて、そんなマニアックな事してもいいんでしょうか?」

 

『話聞いてました?.......はぁ、もういいです。さっさと終わらせましょう、構えなさい』

 

 

 そう言って白いロクサーヌは剣を構えた。

 

 それを見てロクサーヌも白い自分と同じような構えを取った。

 

 先程までなら白いロクサーヌが勝つのが目に見えているが、今のロクサーヌと白いロクサーヌは完全に力関係が逆転していた。後半にきて弱体化し続けた白いロクサーヌと、体はボロボロでも気力は十分な今のロクサーヌ。これだけなら力関係が逆転したとは思えないが、白いロクサーヌは確信していた。確実に自身の力が目の前の自分を下回っている事に。

 

 構えていた二人は同時に地面を蹴り、お互いの懐に飛び込んだ。

 

 そして渾身の一閃を放つ。

 

 

「『はああッ!!』」

 

 

 お互いの気合いの声が重なるが、白いロクサーヌの確信通り先に相手を斬ったのはロクサーヌだった。

 

 白いロクサーヌの体はロクサーヌの斬撃によって剣ごと切り裂かれ、折れた剣の先が宙を舞って消えていった。

 

 

 

『いい一撃でした.....迷いを斬り払う清々しいほどの斬撃です。だからこそ、私からのお願い.......どうか彼のそばでその剣を見せ続けてあげてください。この先、彼が待ち受ける困難や試練を共に乗り越えてあげてくださいね』

 

「貴方も、シンさんが好きなんですね......」

 

『どうでしょうか。ただ......本心を言うなら、私も彼の力強さを身近で感じたかったですね』

 

「..........貴方の分まで私が彼の隣で彼を支え続けます」

 

『ええ、どうかご武運を』

 

 

 そう言って白いロクサーヌはロクサーヌ本人と同じように優しい微笑みを浮かべて、まるで陽炎のようにゆらゆらと宙に溶けて消えた。

 

 そんな白い自分を見送ったロクサーヌは、空間の奥に氷壁が溶け、新しく道が開かれたのを確認した。

 

 

「この先に進めって事ですよね.......シンさん」

 

 

 一刻も早く要と再会したいロクサーヌは手早く荷物箱を回収し、新たに腰の鞄に回復薬を備えて、新しく開けた道を足早に進んでいく。

 

 そしてたどり着いた先で見たのは予想外なものだった。

 

 

「よお、ロクサーヌ。意外と早かったな」

 

「.......誰ですか、貴方は......!」

 

 

 要の声で()()()()()その人物がロクサーヌに声をかけ、ロクサーヌはその存在を睨んだ。

 

 

「ハッ、決まってるだろ俺は俺だよ。まぁもっとも、お前が知ってる要 進はすでに死んだがなぁ〜ッ!!」

 

 

 白く長い髪を振り払い、要と同じ顔、同じ服装の色違いを見に纏ったそれが嫌に口を裂き、笑って言った。

 

 

「さぁ、()()()の大事なものを俺が壊してやるぞ」

 

 

 狂喜の声を上げるその存在は、まるでやってきたロクサーヌを抱きしめようと自然な感じで両手を広げた。

 

 





補足

登場人物


「ライル」
・カイルの双子の兄。ロクサーヌに撲殺され死亡。ロクサーヌを襲おうとした不届者。ただのクズ。死んで当然の男。女を物としか扱わないゴミクズ野郎。カイルの恋人であるニアにもちょっかいをかけていた。もし生きていたら要か南雲のどちらかに確実に殺さらていたであろうクソ野郎。
カイルや要とよく似た背丈をしており、体格はやや筋肉質で現在の要に似ている。しかし顔は全く違っており、顔はカイルの爽やかフェイスが歪みまくったモブ細マッチョみたいな感じ。だが顔のパーツ的にはカイルに似ている。
今までずっとシュネー雪原のとある場所で死体として保管されていた。いざと言うときの身代わりのために.....


「ロクサーヌの父と母」
・父は狩りが上手かった。狼人族の大人達の中でもとても足が早く、そんな自分を越えるであろう娘の才能を高く評価し、褒めちぎっていた。
母は料理が上手だった。ロクサーヌに似てとても美人でスタイルが良く、今のロクサーヌより少し背が高く、長く綺麗な灰色の髪をしていた。得意料理は赤色のシチュー(ボルシチみたいな奴)


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崩壊


ここからが本番です。





 

 ロクサーヌが最後の試練で白い自分に打ち勝つ数十分前、一方の要はロクサーヌ以上に白い自身との戦いで苦戦していた。

 

 

「はあああああッ!!」

 

『ハンッ』

 

 

 要の強化された打拳に対して白い要が鼻で笑いながら拳をぶつけた。わざわざ()()()()()()()()()

 

 

「舐めやがって...,!」

 

『なんだこの拳は?蚊でも止まってるのか?』

 

「チッ、人を見下しやがって....!」

 

『それはお前だろう。ハジメと出会う以前のお前は俺以上に他人を見下していたくせに、よくそんな口が聞けるものだ』

 

「うるさいッ!!」

 

 

 要は相殺された拳を引き、刀剣による斬撃を乱れ撃つ。しかし、それら全てを簡単に見切りあしらう白い要。七倍までに引き上げた身体強化と英傑試練の能力上昇が発動しているというのに、手も足も出なかった。

 

 要はこの氷雪洞窟に入って幾多もの魔物との戦闘や経験によって以前より確実に強くなっている。それこそ以前なら数分ともたなかった身体強化七倍も一回の戦闘でならある程度使える程に。一瞬だけなら十倍にも耐えられる肉体にもなった。

 

 しかし、それでも目の前の相手には届かない。

 

 明らかに要より強いというのに、白い要は自分自身との戦闘を楽しむためにわざわざ力を押さえてすらいる始末。

 

 

(こんな筈じゃ......ッ!)

 

『こんな筈じゃないって?つまり、お前が()()()()()()っていうのは所詮この程度の存在なのさ』

 

「くっ......!」

 

『怪物は怪物らしく、孤独の中で踠き苦しみながら全てを壊せばいいのさ』

 

「黙れェエエエエエッ!!」

 

 

 激昂した要は瞬間的に身体強化を十倍に跳ね上げ、豪脚の驀進、震脚を組み合わせ地面を爆発させるほどの踏み込みをし、その全てのエネルギーが込もった飛び後ろ蹴りを炸裂させた。  

 

 

ーーードゴンッドガオオオオオオン!!

 

 

 要の蹴り技が見事に白い要の腹部に突き刺さり、吹き飛ばされる白い自分。その威力は白い要を砲弾の如き速さで後ろに吹き飛ばし、背後にあった氷柱を砕き、さらに突き抜けて向こう側の氷壁へと叩きつけた。砕かれた氷柱は豪快な音を鳴らしながら崩れ落ち、白い要の着弾点である氷壁は蜘蛛の巣のように亀裂を走らせ細氷の煙を巻き上げていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ.......ふぅ、ッ.....」

 

 

 やはり無理をしたらしい要は激しく肩を上下に動かし荒い呼吸をしていた。蹴り技を繰り出した右足が震えており、骨も折れていた。

 

 確実に今出来る最高の一撃を奴に撃ち込めたと満足する要は勝利を確信し表情を緩ませていた。だが、それは唐突に聞こえた拍手で一気に現実へと引き戻された。

 

 

「嘘、だろ.......!?」

 

『いい蹴りだったぜ、お前()。けどなぁ、全然足りないんだよ。今のお前じゃあ俺には何一つ届きっこないんだよ』

 

 

 驚愕の表情を浮かべる要。そんな要に対して白い要はわざとらしく手を叩きながら見下したように笑みを浮かべていた。

 

 

『いい機会だ。俺がお前に()()()を見せてやるよ』

 

 

 そう白い要が口にした途端、その姿が掻き消えた。そして気付いた時には要の懐に潜り込んでいた。

 

 

「なッ!?」

 

『これが[縮地]だ。そしてこれがァッ』

 

 

 白い要が拳を握り込み、それを思いっ切り要の腹目掛けて振り抜いた。要は咄嗟にガードを固め、身体強化をさらに引き上げる。だが襲いかかった拳はそれら全てを軽々と打ち砕いた。

 

 

「ガハァアアッ!?!?」

 

『.......豪腕の派生[覇拳]だ』

 

 

 先程、要が白い要に繰り出した飛び後ろ蹴りの数倍以上の威力が白い要の拳にはあった。

 

 打ち上げるような腹部へのアッパーカットが、簡単に要の体を天井へと叩きつけた。その衝撃で天井の氷が砕かれ、まるでガラス片が砕かれたようにキラキラと舞い、拳を天に突き上げている白い要に降り注いだ。

 

 そして天井まで吹き飛び、叩きつけられた要は数秒天井の氷壁にめり込んで動けなかったが、自重で落下し背中から地面に衝突した。

 

 ロバートから貰った頑丈な防具も、衝撃で全て砕かれてしまった。白い要の拳に触れてすらいないというのに。

 

 もはや息をするのも儘ならない程に要は傷つき、全身の骨が確実に折れ、拳を受けた腹部は内臓がぐちゃぐちゃになっていた。

 

 それでもまだ息があるのは、英傑試練の戦闘続行による恩恵と要自身の根気だった。

 

 そんな要は近づいてくる白い要を見上げ、困惑の眼差しを向けた。

 

 

『何が起きたかわからないって顔だな。さっきも言っただろ、()()()()()()()()()と。お前が持ってる技能[英傑試練]は所有者の想いに応えて成長する能力(チカラ)だ。だから手に入れたのさ、強引に、新しい力を。一瞬でお前との距離を詰めれる[縮地]とお前を一撃で粉砕出来る[覇拳]をな』

 

「そん....な、こ、ぉ....ゴホっ....はぁ、はぁ.....」

 

 

 実際それを白い要は成していた。

 

 英傑試練は強い意志や想いによって成長する技能。そう易々と新しい技能をポンポン獲得出来るわけではない。しかし、白い要は要の負の感情を汲み取り強化されていた。そして強化され続けた事で肉体や技能、意志までもが要を大きく凌駕する程に強固なものへと進化していた。

 

 望めばいくらでも力を手に入れられる存在へと。

 

 

『俺をここまで強化させたのはお前の不甲斐無さだ。過去を否定し、今の自分こそが本物だと頑なにお前()を拒み続けた結果がこれさ。どうだ、宣言通りお前を壊してやったぞ?()()()()()()()()()()

 

「くっ.......!」

 

『おいおい、まだ俺を強化させるのかよ。はぁ、とんだ期待はずれだ。やはりお前は()()()ではない』

 

「はぁ、はぁ.....王、の......うつ、わ.......だと?」

 

『これから死ぬ(お前)にそれを教える意味は無い。大人しく俺に踏み潰されるがいいさ』

 

 

 白い要が要の頭の上で足を持ち上げた。階段を登る時ぐらいの自然な足の持ち上がり方だ。

 

 そしてその足で要の頭を踏み抜こうとした時、それがピタリと止まった。白い要の靴裏が要の目と鼻の先にまで迫っていたそれが、急に止まったのだ。

 

 

『ちょうどいいタイミングだ。少し趣向を変えよう』

 

「......なん、の......つも、り.....だ、ぁ.....!」

 

『なに、ちょっとした悪戯さ。なぁ、お前()に殺されるロクサーヌは一体どんな顔をするんだろうな?』

 

「ッ!?き、さまァァァァッッッ」

 

 

 憤慨した要が無理やり傷付いた体を起こそうとし、明確に怒りがこもった瞳で白い要を力強く睨む。裂けた肉から血が噴き出し、骨が軋む音が要の体中から響いた。

 

 

『うるさい』

 

「グゥッ」

 

 

 体を起こそうとうつ伏せになった要。そしてなんとか持ち上がった要の頭を、白い要はなんの感情も無いままに踏みつけ要を地面に縫い付けた。

 

 そして白い要は口角をあげ、要の頭に乗っていた自分の足を下ろし、要の髪を掴んで持ち上げた。

 

 

『お前は次期に死ぬ。今のお前じゃあどう足掻いても俺を超えることは出来ない。ならその体はもういらないよな?俺がどう使おうと、俺がどう奪おうと、俺の自由だ』

 

「なに、を......言ってやがるッ.......!」

 

『フッ。貰うぜ、その体』

 

 

 途端、白い要は手に掴んでいた要の髪を手放した。いや、消えた。

 

 そしてその体は赤黒い粒子となって要の体に纏わり付く。

 

 

「ぐッ、ガハッ、がああああああああああああッ!!!!」

 

 

 あり得ないぐらいの痛みが全身を襲い絶叫する要。

 

 纏わり付いてきた赤黒い粒子が要の体に入り込み、全身を侵す。

 

 立つ事も、悶えることも許さない痛みに、うずくまった要は地面に爪を立て、力の限り地面を掴もうとする。だがそれは叶わず、突き立てた爪が割れ、指先から血が溢れ出す。

 

 そして要の体に異変が起きた。

 

 筋肉が肥大し一回り大きくなり、髪が伸び始め、その根本から色が真っ白に抜け落ちてゆくように変色する。内臓もさらにぐちゃぐちゃになり、まるで直接腹の中に腕を突っ込み掻き回されているかのようだった。まるで、奈落の底で南雲ハジメが魔物を喰らい変質したように。

 

 そこでとうとう要の意識が闇へと落ち始めた。

 

 痛みで意識が薄れゆく中、要は口に出す事もできない言葉を思い浮かべた。

 

 

(ッ、すまない.....ロクサーヌ.........ハジメ.........)

 

 

 要の体は変態を終え、痛みによる震えが止まった。

 

 そして要の肉体は静かに立ち上がり、幽鬼のような顔が歪み切った笑みを浮かべた。

 

 

「は、はは、はははは......ははははははははははッ!!!」

 

 

 要の愉悦に浸った様な笑い声がその場の空間全体に響き渡る。

 

 

「これが要進の肉体!凄まじい万能感だッ!!これほどの物を持っていながらお前は負けたのか!くく、くははははっ!!まさしく()()()に相応しい肉体だ。そうさ!俺こそが王になる存在なんだ!!」

 

 

 白い要が要の肉体を乗っ取り、歓喜の笑みを浮かべ高笑いする。

 

 先程までとは明らかに()()が違う白い要。彼は要の肉体を得た事で、その内に秘められた力の凄まじさに酔いしれていた。要の肉体、才能、英傑試練、付与魔法、そして特異点。特に特異点から感じる力は、まるで自分が世界の中心にいる様な気分にさせた。運命を選び掴み取る力、超直感、それこそが奇怪な技能[特異点]の力なのだと白い要は悟った。

 

 そして、それらを手に入れたことで白い要に一つの欲が芽生えた。

 

 全てを壊す、と。

 

 要のコピーであった白い要は正体不明の技能[特異点]まではコピーできなかった。しかし要の肉体を乗っ取り、それに触れたことで感じた万能感が白い要の在り方を変質させてしまった。まるで欲望に目が眩んだ狂人のように。

 

 もはや白い要に攻略者と敵対し、試練を与えるなどといった使命は一切残っていない。

 

 あるのは己の欲望を満たしたいという傲慢な考えのみ。

 

 その衝動は白い要の精神が変質する前の片鱗でもある。終始要に「壊す」という言葉を使って、彼の精神を揺さぶっていた。その結果、それが変質し「全てを壊す」という破壊衝動に昇華してしまったのだ。

 

 そして、その破壊衝動を向ける最初の客が崩れた氷壁からやって来た。

 

 

「よぉ、ロクサーヌ。意外と早かったな」

 

 

 やって来たロクサーヌを流し目で見つめ、陽気に、されど狂気を含んだ声で話しかける白い要。

 

 そして最初の客をどう調理して壊すか、白い要は下卑た笑みを浮かべながら考えていた。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 ところ変わってオルクス大迷宮。

 

 その奈落の底の底に、二人の人物がいた。

 

 

「ーーーーっ?」

 

「..........どうしたの、ハジメ?」

 

「ーーーーいや、なんでもねぇよ」

 

 

 一人は南雲ハジメ。あの日、オルクス大迷宮の六十五階層から落ちた要の親友。彼は魔物の肉を食い、死線を何度も潜り抜け、生きながらえていた。故郷に帰る、その思いを胸に抱き、ひたすらに己を磨き続けていた。そして彼は以前の彼と違い、大きく変質していた。精神も、肉体も。精神はどんな相手だろうと邪魔する者、敵対する者は必ず殺すという鋼の牙の如き精神へと変わり、肉体は魔物の肉を食らった事でまるで魔物の様な人間へと変態していた。それはまるで今の要の肉体の様に。

 

 そしてもう一人は、オルクス大迷宮の奈落の底の五十階層でハジメが救った亡国の吸血姫〝ユエ〟だった。無詠唱無陣のとんでもない実力の魔法使いでありながら、彼女の容姿は少し幼いながらも絶世の美少女と表現するのが当たり前なぐらいに優れていた。そんなユエはハジメと共に地球に帰ることを約束し、奈落の底を降り続けている。

 

 そして、二人が今いるのは八十ニ階層。

 

 ある程度、迷宮の魔物を間引いたハジメとユエは八十三階層へと降りる階段の手前で休息をとっていた。

 

 そんな中、ハジメはふと懐かしい顔を思い出していた。

 

 

(ーーあいつは今頃、何してんだろうな.......)

 

「......ハジメ、昔を懐かしんでる」

 

「なんでわかったんだよ.....?」

 

「......前にハジメが今と同じような顔してた時があった。確か....シン?って言う男友達の話をしてくれた時。あの時もなんだか懐かしそうな顔をしてた」

 

「はぁ〜。よく覚えてるな、お前」

 

「......ん、珍しくハジメが笑ってるように見えたから」

 

「そうかよ......」

 

 

 そう言うとハジメは愛銃であるドンナーの手入れをし始めた。存外のこの話は終わりだと言うような態度だが、ユエはお構いなしに質問してきた。

 

 

「......ハジメとその友達はどんな感じだったの?」

 

「はぁ?それ聞いて意味あるか?」

 

「......教えて。ハジメの事をもっと知りたい。ハジメが向こうの世界で友達とどんな遊びをしてたのかとか、ハジメにとってその友達がどんな相手だったのか」

 

 

 基本的にはハジメの事以外は知る気にならないユエだが、ハジメが浮かべる表情を見て、なんとなく気になった様子。

 

 ハジメの顔にズズゥ〜と迫ってくるユエ。その瞳はキラキラと輝いており、「私、気になります!」とでも言ってきそうな勢いだ。

 

 ハジメが話さない限り、いつまでもユエの顔が至近距離まで迫ってきそうだったので観念したハジメはドンナーとシュラーゲンのメンテナンスをしながら口を開いた。

 

 

「俺とアイツは趣味が合う友人って感じだ。一緒に何かしたのはこっちに来てからだったが、アイツのシゴキのおかげで俺は戦えてる。俺を鍛えるとか言ってボコボコに殴られた事もあったが、まあ今となればー.......いや、ムカつくな」

 

「.......ハジメをボコボコにした奴は私がボコる」

 

「やめとけ、ユエ。いくらお前でも近距離に持ち込まれたらお前もボコられる」

 

「.......!?そんなに強いの?」

 

「強いって言うより執念深いな。おまけに好奇心旺盛だから、もしユエがアイツを怒らせた日には、いくらでも回復するのをいいことに泣くまでボコってくるぞ?」

 

「........ハジメをボコボコにしたことは許す」

 

「そうしとけ。まあ、ようするに俺とアイツは気兼ねなく殴り合える関係ってことだ」

 

「........ハジメなら私の変わりにそいつをボコれる。頑張って!」

 

「お、おう。これで満足か?」

 

「.......ハジメはその友達のことどう思ってるの?」

 

「まだ聞くのかよ.......あ〜、一言で言えば馬鹿だな。アイツは」

 

「.........お馬鹿さんなの?」

 

「違う違う。アイツ、頭いいから。俺が言いたいのは自分に対しての考え方が大馬鹿野郎だってことだ。そんで優しすぎるんだよ」

 

「........ん?どういうこと?」

 

「なんでかは知らねぇけど、アイツは基本的に自分が嫌いなんだよ。その嫌いな自分に他人を踏み込ませないようにしてる。こういうのはなんて言えばいいんだっけか....あ〜、自己肯定感か、それが低すぎるんだよ。そのくせ他人には甘い、もう甘々だ。ハッキリと拒絶すればいいのに、それが出来るくせに、まるで産まれたばかりの赤ん坊にどう接してたらいいか判らず、距離を取ったり大事そうに優しく撫でるみたいにするんだよ。まったく、こっちはそんなやわじゃねえっつうのに」

 

「........その割にはハジメをボコってるけど?」

 

「そこら辺の距離感は掴んだんじゃねえのか?俺的には遠慮が無い方が有難いし、おかげで近接戦闘技術も上がった。それにほら、その、あれだ.........俺とアイツは、親友だからよ......」

 

「........む、ハジメがデレた」

 

「デレてねぇよ!男相手にデレるとか気持ち悪い事言うな!」

 

「.........ハジメ、ツンデレ?」

 

「OKユエ。今からちょっと長めのOHANASIをしようじゃないか」

 

 

 ユエの発言にこめかみをヒクつかせるハジメ。その手には紅の雷を帯電したドンナーが持たれている。その様子を見て、さすがのユエもハジメの様相に全力で頭を横に振り、これ以上は話を突っ込んでこなかった。

 

 そしてハジメはその怒りを鎮めた後、小さく呆れたような溜息を吐き、話題を変えてユエと今後の話をしたり、愛銃のメンテナスや強化の試行錯誤を繰り返した。

 

 そこでふと思い出す。

 

 以前もこんな事があったと。

 

 ハジメの能力[錬成]をどう戦闘に活かすかを要と共に話し合い、試行錯誤した日々。あーでもない、こうでもないと繰り返しながら、それが成功した時にハジメ以上に要の喜んだ笑顔を。

 

 ハジメの気掛かりはそんな要が自分がいない今、どう過ごしているかだった。

 

 要の在り方は酷く哀しい物だ。自分を傷つけ、その痛みを一切表に出さず他人に優しさを向け続ける。嘆かわしい事だ、その優しさが僅かでも自身に向けば多少は変わるというのに。要自身が自分を認めない限り、きっと永遠に彼は自分を責め続け、一層自身を嫌いになる。傷つき、汚れた醜い自分を嫌悪するように。他人の評価は彼の心の奥には響かない。周りの人間が出来ることと言えば、それはハジメが要にやった事と同じように隣にいてやる事だけ。結局は自分で解決するしかないのだ。

 

 もし要がハジメと別れて以降、自分を責め続けていたなら。

 

 彼はきっと壊れてしまうだろう。

 

 ハジメはそれが気掛かりだった。

 

 焚き火の音が妙に耳に届いてくるハジメは作業中の手を動かしながら、誰にも届かない胸の内の言葉を親友に向けた。

 

 

(ーーー折れるなよ、シンーーー)

 

 

 それは偶然なのか、必然なのか。

 

 今まさにその言葉にピッタリな現状に陥っている要。

 

 きっとその言葉が届いていたなら何かが変わっていたかもしらない。

 

 しかし現実は無情で、すでに折れてしまった彼に向ける言葉としてはあまりにも遅かった。

 

 そして、それを知ることも出来ないハジメは目の前の現状を打開する為の牙を静かに研ぎ続けた。

 

 






補足


新しい技能

[覇拳]
・今作オリジナルの豪腕の最終派生技能。乱発は出来ないが超高威力の打拳を繰り出せる技能で、その威力は単純に要進の身体強化十倍以上を誇り、使用者のステータスが高ければ高いほど威力が跳ね上がる。高い硬度のアーティファクトすら砕く技で、空振りしたとしてもその衝撃で殴られたように吹き飛ばされる。






  



「■■■■■■」

[特異点]
・謎に包まれた異能。白い要曰く、その力は運命を選び掴み取る力。世界の波を掴む事ができるほど優れた直感や万能感があり、ひと度これに触れれば簡単に人の精神は堕ちてしまう。
王の器を持つ者にはこれが発現する。


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シンの道


文字数13000文字を超えました。

めっちゃ長くなった。




 

 暗い泥の様な物に、深く沈んでいく感覚になる要。

 

 大迷宮最後の試練である己との対話。自分自身との戦いに敗れた要は、白い自分に体を乗っ取られ、何ひとつ抵抗できず、先述の様な底など知れない闇の汚泥に膝を抱えて込みながら沈められていた。

 

 

ーーー逃げるのかい?

 

 

 不意にそんな声が聞こえた。

 

 子供の声だ。それも年端も行かない様な幼さを思わせる男の子の声。なんとなくその声に聞き覚えがあった要だが、その声の主が一体誰なのかすら確認する気にもなれなかった。

 

 

ーーーそうやって(うずくま)ってても、何も変わらないんだよ?

 

(うるさい。もうほっといてくれ.....俺は、俺は......)

 

ーーーそうやって、過去から逃げ続けて一体何になるっていうのさ。君の試練はまだ終わってないんだよ?

 

(ッ.......俺に何が出来る!体も砕かれて、心も折れてしまった俺に一体どんな試練があるっていうんだ.....!)

 

ーーー決まってるよ。過去()を乗り越える試練さ。

 

 

 そこでようやく要はその顔を上げた。

 

 いつの間にか汚泥の底に沈みきっていた要は、その顔を上げ、それが誰なのかようやく理解した。

 

 どおりで聞き覚えがあるわけだ。

 

 何せ、その少年は今の要が否定し続けて来た幼い頃の自分。壊す事で自分を守って来た破壊の権化だったのだから。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

side:ロクサーヌ

 

 

 

 自分の試練を終え、辿り着いた先で待っていたのは彼ではなかった。

 

 白く長い髪に、彼より少し背丈が伸び体格もより筋肉質になった存在。彼と同じ顔、同じ声でその存在は自身と相対していた。

 

 

「シンさんをどうしたんですか!!」

 

「あの男は死んださ。俺を否定し続けた結果ボロ雑巾みたいに身も心も砕かれてな。この体もあの男の名残みたいなものさ、ゴホッ............少しはしゃぎすぎたか。ロクサーヌ、その鞄の中身を一つ分けてくれないか?俺がやったとは言え、せっかく手に入れた体が持ちそうに無いようだ。早めに回復したい」

 

「............」

 

「どうした?愛しい俺の頼みが聞けないのか?」

 

「私が愛しているのは貴方ではありません!それに、死ぬのが怖い様でしたらその体から出て行ってください。その後、私が回復させます」

 

「ハンッ、強情な女だ。だが良いのか?お前がそうやって時間を稼げば稼ぐ程、この男の肉体は使い物にならなくなるかも知らないぞ?俺に骨肉を砕かれ、内臓もほとんど機能していない。持ってあと数分と言った命だ」

 

「ッ!?」

 

 

 ロクサーヌはそれを聞いて怒りと焦りの表情を浮かべ、思わず腰の鞄に視線を移動させた。しかし、それが相手に先手を打たせる鍵になってしまった。

 

 

「ーーー“発勁”」

 

「ガハッ!?」

 

 

 いつの間にかロクサーヌと距離を詰めていた白い要がそう口にした。そして腹部に静かに添えられた白い要の手から衝撃波が伝わり、氷壁の方まで吹き飛び叩きつけられた。吹き飛ばされたロクサーヌはその一撃だけで意識が飛びかけ、視界がチカチカと明滅し、腹に伝わった衝撃と背中に受けた痛みで蹲った。

 

 

「ゴホッ、ガハッ.....一体、何が......!」

 

「ちょっとした軽い衝撃波さ。発勁、自身の魔力を相手に叩きつける技能さ。ついさっき手に入れた新しい技能だったもんで、試してみたくなった。あ、そうそう......これは貰っておいたぞ?」

 

「ッ!!」

 

 

 白い要の手にはロクサーヌが腰に身につけていた鞄がベルトごと引きちぎられ、手でそれを掴んでいた。

 

 そしてその中から彼のお目当てである回復薬を二本取り出すと、栓を開け浴びる様に二本同時に飲み干した。

 

 

「ぷはーっ!染みるなぁ〜。ん、まだ完全には治りきっていないが、問題無い。お前を壊すには十分回復出来た」

 

「くッ.......!」

 

「さて続きだ。この体を手に入れた記念にお前は簡単に壊しはしない。俺の実験に付き合ってもらうからなぁ〜!せいぜい俺を楽しませてくれよ?なぁ〜、ロクサぁぁヌぅぅ〜!」

 

 

 彼の顔、彼の声で下卑た笑みと言葉使いをする目の前の存在。

 

 それを見たロクサーヌはより一層に怒りの表情を浮かべ、剣を抜き、身体強化を施した。

 

 

「彼と同じ様な声、同じ姿で私の名前を呼ぶなッ!」

 

 

 ロクサーヌは駆け出た。

 

 白い自分と最後に交わした約束、それを守るために。そして愛しいシンを取り戻すために。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー

 

 

 

 目の前の存在に慄いた様な表情を浮かべる要。

 

 

(なんで......お前が.......)

 

ーーー酷い言い草だね。君のせいなんだよ?過去()を認めてくれないから、わざわざこうやって過去()からやって来たのに。本当に君は弱虫だ。

 

(くっ......)

 

ーーー君は何をそんなに恐れているの?過去()がそんなに怖いかい?

 

(ああ、怖いさ。俺にとって過去(お前)は破壊の象徴だ)

 

 

 そう。要にとって幼い頃の姿は誰にも見せたく無いもので、自分自身ですらそう思っていた。

 

 何故ならそれが、その姿こそが自分が過ちを犯してしまった時の姿なのだから。

 

 

 ......................

 

 

 幼い頃の要進は劣悪な環境の元で育った男の子だった。

 

 両親は要が物心つく以前に共にこの世を去っており、ひとり残された要は母の姉である伯母の家族に引き取ららた。要という苗字は母の旧姓だ。

 

 しかし、伯母に引き取られた要は家族の愛などというありふれた物に一切触れてこなかった。伯母は要の両親が我が子のために残した遺産が目当で、それを得る為に要を引き取ったのだ。

 

 だが要の母は用心深く、要が成人するまでその遺産は信頼できる弁護士に託しており、結局伯母はその遺産を手にする事が出来なかった。その腹いせなのだろう。伯母は要に陰湿な虐待を始めた。バレない様に、日々のストレスをぶつけ、要は食事も満足に摂ることが出来なかった。そして伯母の要に対するいじめは日に日に過剰になっていき、とうとう外に出歩く事も出来なくなっていった。

 

 それに加え伯母の家族、旦那や子供達も最悪だった。

 

 伯母の旦那は要に対して無関心を貫き、たまに顔を合わせたと思ったら無意味に殴る蹴るの暴行。それを見た伯母が「顔はやめてよね」と無感動に言って通り過ぎるのみ。

 

 伯母の子供、要より歳が上の男兄弟が二人いた。家でも笑いながらいじめてくるが、要が小学生になってからより酷くなった。その理由は二人の要に対する嫉妬だった。要は幼いながらも運動やスポーツでも他クラスの同学年、または上級生より優れていた。おまけに顔も整っていたので女子からも人気で、大人びていた事もあって上級生からも要に好意を寄せる女子が多かった。そんな要が気に入らないらしく、二人はいつも要を陰でいじめていた上に、友人も呼んでリンチをした事もあった。極め付けは伯母に要の学校の様子を有る事無い事言いつけ、伯母の苛立ちを故意に加速させ、意図的に伯母からの虐待を要にやっていた。

 

 だからこそ、要は壊した。何もかもを。

 

 低学年の小学生が思い付かない様な、ありとあらゆる方法でその家族をバラバラにした。

 

 伯母の旦那が勤めている会社の社長と知り合い、そこから自分がされていた事を包み隠さず話し、証拠として虐待の痣も見せ、会社を首にさせた。さらに伯母の旦那が援助交際している瞬間を携帯を持っているクラスの女子に撮影させ、それを親に言いふらせた。結果、伯母の旦那は離婚。その上、援助交際相手の女生徒を妊娠させたという事で多額の慰謝料を請求されたらしい。

 

 伯母とその旦那が離婚した後、同様に伯母の虐待も公の場で公開した。当然会社は首になった。さらにわざと伯母を煽り、ストレスが限界値に達した伯母に旦那の事を暴露したのは自分だと告白。鬼の形相となった伯母は手元にあったハサミで要の掌を刺し、その瞬間に弁護士が警察と共に押しかけ、現行犯で逮捕された。

 

 そして伯母が最後に見た要の全てを見透かした様な瞳を見て要にこう言い放った。

 

 

『化物.......ッ』

 

 

 その言葉通り、幼い要の表情は達成感に満ちた笑顔を浮かべていたのだから(あなが)ち過大表現とも言えないだろう。

 

 そして伯母の二人の子供達は両親共に最低のクズ大人という事がすでに学校中に広まっていた為、腫れ物のように周りから距離を置かれ、それを仕組んだ要を校舎裏に呼び出して殴りかかったが今度は要にあっさり返り討ちに遭った。その結果、要の正当防衛だけが認められ二人はより一層学校にはいられなくなり、転校して行った。

 

 要は自身の希望によって児童養護施設に入ることになり、自分も転校した。

 

 

(そうだ。俺はあの家族を壊した。もっとやりようはあったのに......)

 

ーーーあれは僕が僕自身を守る為の行為だよ。あれがなかったらきっと今ここに君はいなった。

 

(でも......!!あれがなければあの兄弟は死なずに済んだ.....)

 

 

 あの後、伯母の子供達は色々あってそれぞれが別の学校に転校した。しかしその転校先で上手くいかず兄が飛び降り自殺、弟は不慮の事故でトラックに撥ねられ死亡。伯母の両親、要の母方の祖父母達が要の前にやって来て、それを要に伝えた。

 

 そして最後に祖父母達が去り際に、要に言った言葉は今でも耳に残っている。

 

 

『なんであの子はこんな怪物を産んだんだい....』

 

『お前なんて産まれて来なければ良かったんだ.....』

 

 

 それを聞いていた弁護士は激怒していたが、要は当時そんな祖父母の言葉を聞いても何一つ思わなかった。だが明確に思った事はあった。

 

 こいつらも壊そうかな、て。

 

 だがその必要は無かった。その祖父母達は要と会った帰り道に不慮の事故で二人とも死亡したのだ。それを知った時、弁護士は明確に要という得体の知らない子供に恐怖を抱いた。なにせ、関わった人物の殆どが悲惨な末路を辿っているのだから。

 

 要に恐怖を抱いた弁護士は数年間、要のところに顔を出さなくてなった。

 

 しかし自身が家庭を築き、子供も生まれた事で数年ぶりに要の様子が気になり、要が新しく入った児童養護施設に顔を出しに行った。

 

 ちょうどそのタイミングで世間に大きく報じられたニュースがあった。それはとある児童養護施設の児童虐待事件という内容で、要が過ごしている施設の名前でもあった。

 

 そして要に再び会った時、彼は今度こそ本当に目の前の子供をが本物の怪物なのだと認識した。

 

 要が過ごしていた児童養護施設が潰れた。

 

 正確には施設は火事で全焼し、職員全員が逮捕され、警察に連行されていた。そして大人達に介抱される子供達の中で昔より成長した姿の要がいた。

 

 話を聞くと、今回の一件は要が性的な虐待や不当な扱いをする施設の内情を知ったことで行動を起こしたことらしい。警察やマスコミ、その他関係各所に根回しをし、徹底的に潰しにかかり、施設の子供達を救ったのだ。

 

 それだけを聞けば、なんと勇敢な子供なのだろうと賞賛の声をあげたくなるが、それだけでは無かった。

 

 一部施設の職員達が不慮の事故で死んでいたり、あるいは自殺、または社会的報復によって失踪しているのだ。もちろんそれら全て要の仕業である。だが要は一切手を出していない。出したの情報のみ。それだけで要は人を踊らせ、他者を地獄まだ追い詰め、精神を病ませ、死においやった。まるで何もかもが要には筒抜けなように。だが何一つ要が手を下したという証拠はない。事故も自殺も失踪も全て本人の責任。

 

 これらを弁護士が知ったのは要自身が話した事と弁護士自身が調べ上げた結果だ。

 

 目の前の怪物に今後も関わり続けなくてはならない弁護士の男は仕事を辞め、要の担当も交代した。

 

 いつか自分も壊されてしまうのではないか、という恐怖に怯えたからだ。

 

 そして弁護士は酷く怯えた様子で要に対してこう言い放った。

 

 

『お前は.....本当に人間なのか.......ッ!人の人生を滅茶苦茶にして楽しいのか!?君の伯母夫婦も、施設の人達も!』

 

『何言ってるだい、お兄さん。他人の人生を奪い続けてきたのはあの家族と、あの施設に関係していた人間達だろ?僕はただ奪われる前に壊しただけだよ?それにアイツらは元々そういう運命だっただけに過ぎないんだよ。僕はただ水面に小石を投げただけ。壊れたのはアイツらの勝手さ』

 

『なんで.....罪悪感とか無いのか?自分が間違っているかもと思わないのか.......?』

 

『思わないよ?なんで思うわけさ。お兄さんの方こそどうかしてるんじゃないの?前から思ってたけど、お兄さんって現実が見えてないよね』

 

『何を..........』

 

『だってそうじゃん。お兄さんが僕を助けた事が一度でもあった?簡単に人を信じて、悪人にすら情けをかける。正悪の前に情を優先する。それってさ、自分が見たくないものを必死で見ないようにしてるだけなんじゃないの?』

 

『ッ!?』

 

 

 要は弁護士の全てを見透かしていた。図星だった弁護士はもはや何も言えなかった。

 

 

『お兄さん......弁護士に向いてないよ?なんなら弁護士辞めるの僕が手伝ってあげようか?』

 

『ひぃっ!!く、くるなぁぁッ!!私まで、壊そうとするなぁ!ッ!』

 

 

 弁護士は要の言葉に腰が抜け、大の大人が出すにはあまりにも情けない声で悲鳴をあげていた。そして要の目を見て全てを理解した。

 

 力強い眼力、全てを見透かしたような恐ろしい瞳が弁護士の男に恐怖を与え、目の前の存在が異質な怪物なのだと彼は理解した。そして最後に出た言葉は伯母や祖父母と同じ様な言葉だった。

 

 

『お、お前は.....怪物だ、人の人生を滅茶苦茶にする化物だ!.........なんで、なんでお前みたいなのが存在してるんだ......!?!』

 

 

 そう言って彼は二度と要の前に現れることはなかった。

 

 風の噂では彼は弁護士を辞め、酒に溺れ、他の仕事も手に付かず、家庭は崩壊し妻とは離婚。子供は母親が引き取ったらしい。

 

 

ーーー確かに()は多くの人達の幸せな時間を壊した。でもそれは()()()()()()だった。いつかは壊れてた。それは君もわかっているんだろ?

 

(賽を投げたのは俺だ。俺は.....怪物なんだ、人に理解されない恐ろしい化物なんだよ。自分を守る為に、自分以外の存在を利用した。それに、壊さなくてもいい人の人生まで俺が歪めてしまった.......俺は、自分の力に酔ってたんだよ。全ての流れが掴める、自分が世界の中心なんだと自惚れていた.....人はそれぞれの世界があって、その中心は俺では無いのに.....)

 

ーーーだから自分は不要な存在だって?それじゃあ君が.....

 

 

 白い自分にも言われたことだ。

 

『お前は、この世に生まれてくるべきではなかった』

 

 望んで生まれてきたわけでも、手にした力でもないのに。

 

 生まれた時から備わっていた才能。勉強ができるとか、スポーツでいい成績が出せるとか、そんなありふれた才能ではない。〝運命の流れが直感的に理解できてしまう〟という才能。それこそが多くの者達に怪物や化物と言わしめた、生まれた時から要に備わった力だ。

 

 その力で何度も多くの人達を苦しめた。

 

 その事実が要の心を苦しめていた。

 

 以前の自分、幼い頃の自分ならそんな事で心を痛めることはなかっただろう。だが、ハジメと出会い、人として真っ当な感情や理性をようやく獲得した要にはそれが耐えられなかった。否定したかった。

 

 弁護士に言われた事が今なら理解できる。

 

 もしこの力を使って別の方法で自分を守っていたなら違う道があったんじゃないだろうか、と。苦しめられた事に変わりは無いが、それでも別の方法で解決できたのでは無いかと思ってしまう。もっと幸福な道が。あの頃の自分がどれだけ人を見下していたのかを思い出すと、自身の幼稚さと愚かさ、浅はかさを痛感させられる。

 

 過ぎた事はどうしようもない。

 

 だが、過去の自分はそうしなかった。仕方ないで済ませるにはあまりに重い事実なのだ。できる事ならこの重荷を無くしたいと思う程に。

 

 だから否定した。否定するしかなかった。あの白い自分の言葉を。

 

『お前は壊す事を楽しんでいた』

 

 その通りだ。あの頃の自分は力に酔いしれ、壊す事に快感を覚えていた。

 

『お前は人の人生に関心が無い。だから平気な顔で壊せる。まるで他人が時間をかけて完成させた砂の城を足蹴にして崩せる様に』

 

 その通りだ。俺は人それぞれが得た大切な物の価値を見出せなかった。

 

『お前にできるのは壊す事をだけだ。お前はどこまで行っても怪物なんだよ』

 

 その通りだ。俺は壊す事でのみ自身の存在を証明していた。だから怪物、化物と言われたこの力に蓋をした。

 

 これら全てを要が否定し、その結果白い自身を強化させ、敗北した。

 

 

ーーー君は過去()を否定し続けるの?

 

(そうだ。お前がいたから俺はこんな結末になった。お前さえいなからば、お前さえ、お前さえ......俺さえいなければ...)

 

ーーー君は大事な事を忘れているよ。

 

(.............大事なこと.......?)

 

ーーーそう、大事な事。君は君が救った子供達の事を忘れていないかい?

 

(...................)

 

 

 要が救った子供達。つまり最初に要が入った児童養護施設の子供達だ。

 

 彼らは施設の虐待を当たり前の様に受け入れていた。

 

 聞こえる鳴き声、悲鳴、暴力を振るわれ怯える姿、衣服がボロボロになって自分の身を苦しそうに抱きしめ震えながら泣いていた子供達。

 

 そんな子供達の姿を見て、要は以前の自分と子供達の姿を重ね、この地獄を壊すと決めた。

 

 もう誰も泣かない様に。

 

 そして、要の有言実行によって彼らは救われた。地獄から解放されたのだ。子供達の中には要に積極的に協力して、この環境を変えようと動いた子供達もいた。未来予知の様に要の言った言葉が現実となり、要の思惑通り事は運んだ。それを見た子供達は、要に付き従った。要こそが自分達の光だと信じて。

 

 そうしてあの地獄の所業は白日の元にさらされ、そこに従事していた職員、並びに関係者全てがその報いを受けた。その後、子供達は新しい施設に移って行った。大半の子供達は要と同じ小さな施設に迎え入れられた。その中には養子として迎え入れられ幸せに暮らしている子達もいる。

  

 あの施設とは違って、みんなが仲良く楽しく暮らしている。

 

 地獄は終わったのだ。

 

 そしてあの事件以来、子供達は要を慕っている。

 

 まるで子供向けアニメ番組に登場する正義のヒーローを見ている様な眼差しを向けて。

 

 

ーーーあの子達を救った事、それも後悔してるの?事件の後、数年近く避けていたけど今は君もあの子達を大事にしてるじゃないか。ううん、君は施設の実態を知って、泣いてる子供達を見て、壊すと決めたあの時から子達を大事にしていた。あの決意は嘘だったのかい?

 

(それは.............だがあの事件の後、何年かはアイツらを避けてた。大切になんてしていなかった)

 

ーーーそれは違う。君はあの子達が自分と関わって、あの弁護士のお兄さんのように変わってしまうのが怖かった。だから遠ざけた。壊したくなかったから。

 

 

 要があの頃、唯一信頼していた大人は母と親しかったという弁護士の彼だけだった。

 

 そんな弁護士のお兄さんが自分と関わった事で変わってしまった事は、まだ小学生だった要にとって何気にショックだった。その上、彼に言われた最後の言葉はずっと要の奥底でシコリの様に残り続けている。

 

 そしてあの優しかった弁護士のお兄さんが変わり果てた姿を見て、自分と関わった事で人生が狂わされたのだと気づき、要は人と距離を置いた。

 

 もう二度と壊さない様に。

 

 

ーーー君は、君が思っている以上に優しい。そして臆病なだけなんだよ。何年も他人と関わり合おうとしなかったけど、退屈だったろ?あの力を使わなくても、君は他の誰よりも優れていた。それこそ世界を変えられるほどに。

 

(それは違う。いや、臆病なのは認めるけど、世界を変えられるなんて俺には到底無理な話だよ。それこそそんな幻想を抱くのは傲慢だ)

 

ーーーそうかな?君は何度だって自分で望んだ世界を作ってきたじゃないか。世界と呼ぶには少し小さい規模かもしれないけど、それでもちゃんと結果を掴んできた。自分がこれ以上傷つかない世界(居場所)を、子供達が安心して暮らせる世界()を、そしてあの時出会った君の()()と笑い合える世界(自分)を。

 

 

 親友、その言葉を聞いて要は思い出した。

 

 もう四年以上前の話だ。

 

 何に対してもやる気になれず、無気力で、他人を遠ざけようと敢えて高慢な態度を取り続けていた頃の自分は街をふらついていた時、彼と出会った。

 

 南雲ハジメ。

 

 最初見た時はどこにでもいる普通の男子中学生だった。見た目通りパッとしない、自分と関わることなど恐らく永遠に無いと思われる通りすがりの存在としか思っていなかった彼。

 

 そんな彼は不良に絡まれた老婆と小さな男の子を庇い街中で堂々と土下座をした。

 

 信じられなかった。

 

 だって土下座だぞ?しかも街中で。臆面もなく堂々と綺麗なフォームで見事な土下座のムーブを決めていた。

 

 そんな彼を見て不良は老婆や子供に絡むのを辞めてどこかへ行ってしまう。助けた老婆と子供は彼にお礼の言葉を告げていた。しかしそれを誇らしげにするわけでもなく、彼は颯爽とどこかへ行ってしまう。

 

 それを見て要は思った。

 

 そうか、俺に足りなかったのは勇気なんだ、と。

 

 力に溺れた自信ではなく、何かに一歩踏み込む勇気がなかったんだと要は直感した。

 

 もしあの時、最初にあの家で叔母と和解する為に勇気を持って踏み出していたら違っていたのかもしれない。誰かに相談する勇気、誰かに頼る勇気、強く否定する勇気、そして分かり合おうとする勇気。要は最初から諦めていたのだ。現状を変える為には壊すしかない、と。

 

 その点で言えば要よりよっぽど施設の子供達の方が勇気がある。

 

 恐怖で足を竦ませながら、絶対的に勝つ事できない大人達を相手に勇気を持って立ち向かっていた。

 

 それに気づいた時、要はすぐに行動に出た。

 

 どうしてあの土下座野郎はあんな行動を取れたのか。

 

 彼の何がそこまでさせたのか。それが気になり、彼の後をつけた。

 

 土下座野郎が何やらお店に入って行った。

 

 

『アニ○イト......?』

 

 

 その店に入って行った彼の後を追い要も中に入り、絶句した。

 

 見た事ないキャラクターデザインのイラストやグッズ、小説、漫画、果てはゲーム、DVD、CDが青と白の棚に無数に陳列されていた。

 

 それを見て新鮮な空気感に圧倒されていた要。だが彼の様子はしっかりと伺っていた。そして何度か彼があちこちの商品棚を行ったきり来たりを繰り返した後、いつの間にか彼の手には商品が握られていた。あ、カゴを取りに行った。それから数十分後、彼はカゴに入れた数点のグッズと漫画を購入しにレジへと向かって行き、会計を済ませるとホクホク顔で店を出て行った。

 

 後をつけようかと思ったが、要は目の前の未知に興味が湧いていた。そして手始めに彼が買って行った漫画の第一巻を手に取り、それを買った。

 

 それからだ、要が漫画やアニメにどっぷりハマったのは。

 

 あの土下座野郎がウキウキな様子であのお店に通うわけ、漫画やアニメにハマる理由はすぐにわかった。

 

 面白いからだ。

 

 ただ面白いわけではない。登場するキャラクターのデザインや斬新な設定、魅力的なキャラクター同士の駆け引き、戦闘、恋模様、日常生活、そして出会いと別れ。そして見続ける事で見えてくるストーリーの奥深さ、または爽快なほどまでの単純さ、或いは複雑さ。それら全てが渾然一体となって押し寄せてくる味わい深さに、作品ひとつひとつの魅力があり、面白さがあった。

 

 喜劇や悲劇、白熱するバトルに悲しい戦いの展開や結末、希望や絶望といった見た事ない物語達に要は魅了され、まるで冒険をしている様に心が躍った。

 

 そして学んだ。

  

 人生にはまだまだ面白い事がたくさんあるのだと。

 

 それに人して大事な事があるのだと。

 

 友情や愛情、優しさや弱さ、慈しみや憎しみ、気合や根性、努力、勝利、そして色んな形の強さと勇気。それらを何度も何度も要は自身の心に刻む様に学んでいった。

 

 それから要は変わった。

 

 人と関わることに怯えていた自分に勇気を振るわせ、歩み寄る努力を重ねていた。

 

 以前すげなく告白を断った相手。中学の同級生で、要に告白する為に勇気を振り絞って気持ちを伝えてくれた女の子。その子がどれだけ必死だっかを思うと、自分がいかに相手を侮辱していたのかを思い知った。だから謝りにも行った。

 

 あの時は雑な対応をして申し訳なかった、と。

 

 律儀だと思うかもしれないが、それが要なりのせめてもの誠意だった。

 

 するとどうだろう。退屈だと思っていた日常に彩りが加わり始めたのだ。 

 

 学んだこと、教わったことを活かし、要は徐々に変わっていった。壊すのではなく、生み出す様になった。友を、仲間を、居場所を、絆を。

 

 その全てのきっかけをくれたあの少年。大事なことに気づかせてくれたあの土下座少年。彼には心の底から感謝していた。もしもう一度会えたなら、その時は自分から声をかけて友達になろうと、そう要は決意していた。

 

 そして高校受験を終え、迎えた登校初日の春。要はその決意を実行する為に教室の窓際に座っていた彼へと歩み寄った。勇気を振り絞って。以前とは全く別人の様な明るい笑顔を浮かべながら。

 

 

ーーーそれが君とハジメとの出会い。そして君は変わった。でもね、君がハジメと出会う事が出来たのは過去があったからなんだ。君は過去()を許せないかもしれない。でもね、それでも君は今までの選択を間違っていたなんて言っちゃダメなんだ。あの過去があったからこそ、出会えた新しい絆がある。施設のおばちゃんや子供達、白崎に園部、八重樫とハジメ、それからロバートさん、そしてロクサーヌも。

 

(..............)

 

ーーーそれでも君は自分は産まれて来なければ良かったって言える?

 

(.......俺は.....過去(お前)は......あの場所に居ていいのか......?)

 

ーーーその答えを君はすでに持ってる。いや、掴んでいるよ。

 

 

 要は自分の震える手を見つめ今までを振り返った。

 

 確かにこの手で傷つけた物は数多く存在する。でも、それでも、この手が掴んだ大切な物は確かにあった。

 

 友人や仲間、家族、恩人、親友、そして愛しい女性。

 

 彼らの笑顔がふと脳裏に過ぎる。その明るい笑顔、楽しかった思い出や、馬鹿みたいな思い出、甘酸っぱい思い出、託された想い、辛く苦しかった出来事。そして守りたい存在と掛け替えのない日々達。

 

 

「うっ....うっ....くっ......」

 

 

 目頭が熱くなり、要の口から嗚咽が混じった声が漏れ出した。頬を伝って泥の底に落ちていく涙。流れていく涙がとめどなく溢れてくる。

 

 いつ以来だろうか。こんな風に泣いたのは。八重樫に振られた時よりずっと酷い泣き顔だ。こんな風に泣いたのはきっと幼い頃以来だろう。

 

 伯母の家で虐待を受け続け、苦しくて、辛くて、でもどうしようもなくて、小さて暗い部屋に閉じこもって泣いていたあの時以来だろう。

 

 過去()はずっとあの部屋で蹲ったままなのだ。

 

 弱い自分を切り捨てたあの暗い場所に、過去の自分はずっと取り残されたままだ。

 

 勇気が出せず、誰かが助けてくれるのを、今も待っている。

 

 

ーーーどうか過去()を認めて欲しい。その手で掴み出して欲しい。勇気ある()にしか出来ないことなんだ。

 

「........そうか......俺は、また臆病になってただけなんだな.....」

 

ーーーそうさ。君の力は君自身の物さ、それを壊すことに使うのも、生み出すことに使うのも、望んだ物を掴むのも、全て君次第なんだ。だからどうか恐れないで。君を、過去()を。君にはそれだけの勇気と強さと力がある。支えてくれる存在がいる。守りたいと思えるモノがある。忘れちゃいけない大切なモノ達さ。

 

「俺は........過去(自分)を認めていいのか......?」

 

ーーーそうだよ。今の君ならそれが出来る。

 

 

 今の要がいるのは過去の自分がいたから。

 

 大切だと思えるモノと出会えたのは過去の自分がいたから。

 

 そんな過去(自分)を一体誰が認めてあげればいい?

 

 そんのは最初から決まっている。

 

 

「........長いこと待たせたみたいだな」

 

ーーー本当だよ。

 

 

 要は涙を拭い、立ち上がった。

 

 

ーーー怖くないかい?

 

「正直、まだ怖い。過去を認めるってことは怪物()を認めるってことだからな。けど覚悟は決まったよ。俺は、俺の中にある怪物を自分が掴みたいモノの為に使う。大切なモノを守る為に。その為に何かを壊すことになっても、もう何も見失わない」

 

ーーーそっか........君はようやく()()()()()()

 

「..........一つ、聞いてもいいか?」

 

ーーーなんだい?

 

「君は一体()()なんだ?俺はずっと君のことを俺の過去の幻影だと思ってた。でも違う、過去の俺はずっと()()()()()()()。今も蹲って泣いている、自分を認めて欲しくて........そんな過去の自分がこんなことをするわけがない。まるで俺が立ち上がるのを手助けする様なことを」

 

ーーー........僕は過去()さ。でも君の言う通り少し違うのは確かかな。僕はね、過去()の写し身みたいな魔物なんだよ。過去の願望を汲み取って変質した、氷雪洞窟最後の試練、それが僕の原型さ。まあ、君と白い要()が同化したことで試練の在り方が少し変わったみたいだけど、本質は同じ物で君達挑戦者に試練を乗り越えて欲しいと願ってる存在なんだよ。

 

「........そうか。はは、そうだったんだな......」

 

ーーーショックかい?

 

「はは、まさか。感謝こそすれど、君を責める気なんてこれっぽっちもない...........ありがとう。君のおかげで俺は過去(自分)を認める事ができた。踏み出す事ができた。本当に、ありがとう........」

 

 

 要は幼い自分の姿をした彼を抱きしめ、心の底から湧き上がった感謝の気持ちを伝えた。そして彼もそんな要の抱擁を受け入れ、抱きしめ返してくれた。

 

 

ーーーこれでも一応僕は魔物の分類に入るんだけどね。君ってやっぱり変わってるよ。

 

「はは、そうかもな。でも()()なんだからそれもアリだろ?」

 

ーーーッ.......!ふふ、君は本当に不思議な人だ。魔物と心を通わせる存在なんて聞いた事ない。でも、それが君本来の力なのかもしれないね。魔物も、人も、亜人や、魔人も、全ての存在を導く王の器があるのかもしれない。

 

「王の器、か。そこら辺はまださっぱりだが........でも一つ、やりたい事ができた」

 

ーーー........聞かせておくれ。君の願いを。

 

「冒険さ!昔、俺がアニメや漫画を見て心を躍らせた様な冒険を、今度は俺がチビ達に見せてやりたい。俺がやってみたい!時には悲しくても、辛く苦しいものでも、最後は笑顔で前に進む冒険を!そしてこの世界を!もちらん今までずっと一人だった昔の俺にも見せてやるつもりだ。何年と孤独だった過去(アイツ)が、好奇心と冒険心で胸いっぱいに躍らせられる俺の冒険を!」

 

 

 自分がそうであった様に。

 

 要が施設の子供達と仲良くなれたきっかけであるアニメや漫画の世界にある大冒険。

 

 今でも思い出せる。

 

 娯楽が少なかった施設で、要が語って見せた漫画やアニメに目をキラキラさせていた子供達の姿を。

 

 今度は自分の物語であの子達ワクワクさせたいと要は思った。

 

 そんな要の言葉を聞いて彼は微笑えんだ。

 

ーーーそうか、なら見せてあげるといい。過去(あの子)もきっと喜ぶ。

 

「何か勘違いしてないか?君も一緒に見るんだよ」

 

ーーーえ?

 

「俺と一緒に来い!君には俺を焚き付けた責任がある。なら俺がこの先どう進み続けるのか見守ってもらわないと困る」

 

ーーー何を......僕は魔物で、それに.......。

 

「君はすでに俺の一部だ。なら、俺と共に居るのが普通じゃないか?」

 

ーーー............ぷっ、ははほははははははははっ!!君って奴は、はは、本当に.......僕にもついて来いって、それはちょっと強欲すぎないかい?

 

「そうかもな。けど、俺は君にも一緒に俺のこれからを見て欲しい」

 

 

 彼はきっと、もう大丈夫だろう。

 

 こんなにも前を向いてキラキラしている。

 

 本来、ここで僕の役目は終わりだ。

 

 でもどうしてだろう。ただの、試練で生まれただけの存在だと言うのに、彼の言葉でこんなにも心が躍ってしまう。

 

 彼について行きたくなる。

 

 

ーーーやっぱり君は変わってるよ。ふぅ、なら見せておくれ。僕と過去(あの子)に、とびっきりの大冒険を。

 

「ああ!」

 

 

 彼がそう力強く返事をすると、僕の手を掴んで歩き出した。

 

 その先には過去(あの子)がいた。

 

 暗く閉ざされた小さな部屋の中、そこに彼はいた。

 

 そして彼と僕はその子の手を掴みんだ。

 

 泣きじゃくる過去(その子)を優しく抱きしめる()は「待たせて悪かった、共に行こう」と語り、泣き顔をくしゃりと崩して笑顔を浮かべた。

 

 ()が僕らの手を引いて歩き出した。

 

 その先で待っている大切なモノ達と会う為に、共に進み冒険を始める為に。

 

 

「準備はいいか、お前達!ちゃんと俺を見ておけよ」

 

 

 ()の言葉に頷く僕ら二人。

 

 嗚呼、見せておくれ。

 

 君が進むその先の光景を。

 

 (シン)の冒険を!

 

 




修正入りました。叔母× 伯母○


補足

新しい技能

[発勁]
・豪腕の派生技能のひとつ。魔力変換の派生技能[衝撃変換]に少し似ているが、発勁は掌や拳に込めた魔力を相手の内部に浸透させる技能。打撃破壊というより、内部破壊系の格闘技です。



登場人物

『要の伯母』
・伯母は要の母の姉。旧姓は要の母と同じ「要」だったが結婚後は別の苗字になっている。離婚後は消息不明。要の母とは少し顔立ちが似ているらしいが、性格が正反対。平気で人を蹴落とすような性悪女。学生時代から要の母と反りが合わず、妹である母に手を挙げていたらしい。ストレスが溜まると物に当たり散らす悪癖があり、そのせいで何度も諍いを起こしている。旦那とはデキ婚のため、割と若い。


『伯母の元旦那』
・浮気性で普段から他の女性と性的関係を持っていた上に、援助交際の常習犯。女癖が悪く、女の前ではいつもカッコつける様にいい面をする。しかし、肉体関係を築くと暴力的な性格が表に出てくるクズ男。
離婚後、多額の賠償金に頭を悩ませ追い詰められた結果、逃亡し今は行方不明。


『伯母の子供達』
・男二人の兄弟。典型的な悪ガキ。クラス内でも威張り散らしていたため、周りからはかなり嫌われていた。しかし、精神的にはまだまだ子供だった為、転校してからはその性格のせいですぐにいじめられた。上級生からも酷い仕打ちを受けた結果、一人は自殺。もう一人は下校途中に溜まったストレスを発散しようと盗みを働き、その逃走中に大型トラックに轢かれて死亡。


『伯母の両親(要の母の両親・要の祖父母)』
・「要」の姓だった頃の夫はすでに他界しており、今は名前も変わっているを現在の祖父は再婚相手。要の母が「要」の姓を使用しているのは要の母が現在の両親が嫌いだった為でもあり、無くなった「要」姓の父が好きだったため。
要の母とその現在の両親(祖父母)は仲が悪く、昔から姉ばかり贔屓にする母とは口喧嘩ばかりしていた。その上、再婚相手も要の母を嫌らしい視線で見てきていたので逃げる様に実家を出たらしい。
この親(祖父母)にして、この子(伯母)ありと言ったところ。
要に文句を言った帰り道に、高齢者の不注意運転と暴走によって轢かれ、二人とも死亡済み。


『弁護士のお兄さん』
・正義感が強く、基本的には誰にでも優しい眼鏡の男性。しかし、いざという時に現実から目を背ける事が多々あり、それを自覚していた事もあって精神的に追い詰められていた。要の母とは友人だが、弁護士の彼は要の母に恋していたらしい。しかし、突然現れた要の父に母を掻っ攫われ自暴自棄に。だが友人として母を支えようとしていたが、その母も他界し、残った彼女の遺産と息子である要を守ろうとしていた。
だが、結果は要に精神を振り回され再び自暴自棄になり、家庭を蔑ろにしたため離婚。
少し性格的なところは天之河光輝に似ているが、全体的スペックは天之河より数段劣る。
要が天之河を避け続ける理由でもあったりする......



『過去の写し身』
・白い要と要が同化した事で、試練の本質が過去の要の姿や思いを写した存在。挑戦者に試練を超えて欲しいという願いのみが残ったモノで、分類上は魔物に該当する。しかし、立ち直った要と同化した事で...........

『過去の要』
・怪物の象徴であり破壊の権化。しかしその本質は自身を守るという弱者ゆえに生じる怯えと恐怖、他者に認めて欲しい、愛されたいという願望などの塊。
立ち直った要が優しく抱きしめたい事で彼は要と同化し...........






............


ーーーーーー奇跡を起こす。



   

 


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虹霓の覚醒


新キャラの伏線あり。
よくやくここまで来た。


 

 氷雪洞窟最後の試練の間。

 

 そこで目にも止まらぬ剣戟の応酬が続いていた。

 

 戦っているのは白い要の姿をした存在と、ロクサーヌ。白い要は終始余裕の笑顔を崩さず、ロクサーヌの高速に振るわれる剣撃を簡単にあしらっていた。対してロクサーヌは身体中が傷だらけとなり、服もボロボロ。今にもロクサーヌの豊満な胸が零れ落ちそうな程に全身がズタボロにされていた。

 

 それでも必死で白い要に喰らいつくロクサーヌ。

 

 しかし、その戦闘は長く続かなかった。

 

 

「ガハッ......!!」

 

 

 とうとうロクサーヌの剣が砕かれてしまった。そしてそれを行った白い要は「ハンッ」と見下す様に鼻で笑い、あえて刀剣で斬らず、蹴り飛ばした。

 

 何度も地面に体が叩きつけられ、肺の中の空気が一瞬で外に漏れる。  

 

 そしてあっという間にロクサーヌの体は氷壁まで転がってきてしまった。

 

 

「はぁ〜〜〜、そろそろ飽きてきたな。この体も大分慣れたし、技能も随分と多く獲得できた。実験に付き合ってくれてありがとうな、ロクサーヌ」

 

「はぁ、はぁ.......くっ!」

 

「おいおい〜、そんな目で睨むなよぉ。俺はお前が大好きで大好きで仕方ない、愛してやまない要進なんだぞ?そんな目を向けられるなんて、俺は悲しいぜ」

 

「誰が.........貴方なんかを、愛しますか......!私が愛しいと思える人は.....ただ一人、シンさんだけです!......断じて貴方なんかでは、はぁ、はぁ......ありませんッ!」

 

「あーはいはい。そういうお涙頂戴みたいな根性丸出しなセリフはもう聞き飽きたよ。つまんねぇなぁ〜、もっと無様に喚いてくれないと俺が楽しめないだろ?」

 

「それは残念でしたね........生憎、私は貴方を喜ばせる事なんて考えていませんので」

 

「チッ、威勢だけはいいみたいだなぁ雌犬風情が」

 

 

 白い要はつまらなそうに表情が一瞬で無になった。そして警戒などする必要無いという様子でロクサーヌまで無造作に歩み寄り、乱暴にロクサーヌの髪を掴んだ。

 

 ロクサーヌは乱暴に髪を扱われた事で、その痛みで引っ張られる様に苦悶の表情を浮かべた。

 

 もはやロクサーヌは満身創痍で白い要に対抗する余裕すらなかった。

 

 

「.........最後に言い残す事はあるか?」

 

「くっ.........!」

 

「無いみたいだな。じゃあ宣言通りここでお前を壊す。じゃあな」

 

(シンさん......申し訳ありません.......!)

 

 

 白い要が刀剣でロクサーヌにトドメを刺そうと構える。それを見てロクサーヌは、内心で要に対して謝った。

 

 そして白い要が刀剣を振り下ろそうとした時だった。

 

 

ーーー『それはさせない』

 

「なッ.......!?」

 

 

 振り下ろされた白い要の刀剣が何かに遮られた。

 

 ロクサーヌも、白い要もそれを見て驚きの表情を浮かべる。

 

 淡い虹霓の輝きを放つ魔力の塊がそこにあった。

 

 虹色、と表現するには些か言葉足らずな物を感じるその輝き。全体的には緑色っぽいかもしれない光。だがその中には赤や黄色、暗い青、白やその他複数の色が混じり溶け合っており、暖かく力強い存在感を感じさせた。

 

 その虹の光がロクサーヌの首に刀剣が当たる寸前で止めて見せたのだ。まるで刀剣を()()()()()()

 

 ぼやけていたその魔力の輝きは徐々に形を整えていく。

 

 

「あぁ......この暖かさ......間違いありません......!」

 

 

 ロクサーヌが歓喜の声を漏らし感涙する。

 

 そしてその虹色の魔力光はどんどん人型となり、それが一体何で、誰がこんな奇跡を起こしたのか明確にした。

 

 白い要が振るった凶刃を掴む手、その手の先には薄布を羽織った様な姿をした長い髪を靡かせる要進(シン)がいた。

 

 

「シンさん!!」

 

「馬鹿なッ!?何故お前が生きている、要進ッ!!」

 

 

 愛しい男の名を喜びで身を震わせながら呼ぶロクサーヌと、目の前の存在に理解が追いつかず絶叫する様にその名を呼ぶ白い要。

 

 

ーーー『悪いが少し離れてくれないか、邪魔だ』

 

 

 魔力光の体であるシンが白い要にそう言うと、片方の手を白い要の方にかざした。すると白い要は虹霓の魔力光による衝撃波を受け、後方へと吹き飛ばされた。

 

 吹き飛ばされた白い要はすぐに体勢を立て直し、手を地面につけながら土煙りを上げ後退する。

 

 

ーーー『待たせて悪かったなロクサーヌ』

 

「いいえ........シンさんならきっと帰ってきてくれると信じてました.......でも、それでも....っ本当に.....ぅっ.....嬉しいです」

 

 

 ロクサーヌは涙を浮かべ、心の底からシンの帰りを喜んでいた。そして万感の思いでシンに抱きつき、それを受け止めるシンはロクサーヌの頭を撫でながら優しくその体で包み込んだ。

 

 魔力で出来た体だと言うのにその質感や暖かさはシンそのもの。ほんの数刻ぶりの再会だというのにロクサーヌには、彼との再会がとても久しく思え、シンの温もりに浸っていた。

 

 

ーーー『俺も嬉しいよロクサーヌ、お前とまたこうして会えた事が.........少し待っていてくれ。この試練を終わらせてくる』

 

「ぐすっ......はい。ご武運を......!」

 

「人前でイチャイチャするとはいい御身分じゃないか。ああッ?要進!!それにそこの雌犬は俺の女だ!お前の所有物は全て俺がお前の肉体ごと奪ったんだからよぉ!」

 

ーーー『随分()()()()。もはや試練の本質すら見失ってるようだ.......これから俺が進む道にお前は邪魔でしかない。ここで消えてもらう』

 

「馬鹿が!言ったはずだぞ、俺はお前!お前が俺を否定すればするほど俺の力は増していく!それにその体、お前はただの魔力の塊でしかない!今のお前に俺を止める(すべ)は無い!さあ、来るぞぉ!お前が俺を否定した事で、俺の力がどんどん!..................何故だ.....どういう事だッ!?何故俺の力が増えない!?いや、待て。それどころか、これは.......!」

 

ーーー『()()()()()、か?』

 

「くっ!何をしたァァァァッ!!」

 

ーーー『そんなの決まってるだろ?()()()()()()()()()()。まあ随分と情けないところを()()()に見せてしまったがな...........だが、仮にもし俺が試練を乗り越えていなかったとしても今のお前が力を増す事は絶対に無い』

 

「はぁ?」

 

ーーー『お前はもはや()()()()()。俺の越えるべき壁ではなくなってるんだよ。力に溺れ、ただ破壊する事のみに変質してしまったお前は俺の過去ではない。()()はそんな姿を望んでなんかいない』

 

「ハッ、ハハ、ハハハハハハハハッ!!そうかよ。そうかもしれねぇなァッ!だが、そうだったとしてもただの魔力体でしかないお前に一体何が出来る?お前ご自慢の身体強化は使えない!そんなお前が一体どうやって俺を倒すって言うんだ!」

 

ーーー『そんなものは簡単さ。こうやるんだ......!』

 

 

 シンがそう口にし白い要に向かって手をかざした途端、白い要は身動きが取れなくなり驚愕した様な声を漏らす。

 

 まるでその場に縫い付けられる様な感覚を覚えた白い要。口は動く。だがそれ以外が全く動かせない。指先ひとつ動かすことすら叶わず、どれだけ白い要がその肉体に力を込めようとそれを振り払う事が出来ない。それどころか負の感情で強化されていた白い要の力がどんどん抜け落ちていく。

 

 

ーーー『それともう一つ、お前の言葉で間違ってる事がある...........ロクサーヌは俺の大切な女性だ。お前の様な成り損ないが軽々しくその手で触れる事も、名前を口にしていい存在じゃないんだよ....!』

 

「くっ......!」

 

ーーー『返して貰うぞ、俺の体を』

 

 

 途端、空間に固定されていた白い要は衝撃波を受ける。だが肉体にではない。白い要の肉体、その中に存在する邪悪なモノのみに向けた魔力の圧だった。

 

 必死で肉体にしがみつこうとする白い要の中にいる存在。だがシンの放つ魔力圧はそんな邪悪なモノを簡単に肉体から弾き出した。

 

 

『がああッ!!!』

 

 

 白い要から弾き出された存在。それはもはや要進の姿を(かたど)っておらず、人の形をギリギリ保っている何かだった。魔物と呼ぶには少々役不足なほど貧弱な姿で、赤黒い魔力の塊。どちらかと言うと今の魔力体のシンに近い存在だろう。

 

 だがその貧相な魔力体の姿から見るに、相当弱っている。

 

 いや、正確には弱らされたと言うべきだろう。

 

 シンは目の前の魔物もどきから全てを掴んでいた。魔力も、技能も、魔法も。あの魔物もどきが持ち得ていた力の全てを根こそぎ奪い取いとったのだ。精神と魔力、()()()()()()()()()よる綱引きによって。そして醜悪な精神とそれが付随する魔力だけを要進の肉体から追い出した。

 

 もはや目の前の存在はただの搾りカスでしたかない。

 

 そしてソレが体から弾き出された事で、長い白髪の要進の肉体が倒れた落ちる。とその寸前でロクサーヌがいち早くその場に割り込み、要進の肉体を受け止めた。

 

 ロクサーヌは受け止めた要進の肉体の胸元に耳を添え、その胸の奥から小さく鼓動が聞こえるのを確認し安堵の表情を浮かべた。当然、そこら辺を考慮した上でシンは力を奪ったのだ。いざ自分が肉体に戻った時にもう肉体は死んでます、なんて笑い話にもならないからだ。

 

 そして肉体が無事だということをシンにアイコンタクトで伝え、シンはロクサーヌに相槌で返した。

 

 

『馬鹿なぁ、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なァァッ!!こんな事が!俺はァ!俺はこの世界の王になる存在じゃないのかァアアアッ!?全てを奪い、破壊する唯一の存在じゃあッ!?!?』

 

ーーー『お前は王の器ではない。少なくともお前は俺以下の存在だ。さて、手早く済ませてしまおうか』

 

『があっ』

 

 

 再びシンは魔物もどきに向かって、手をかざした。だが今度はかざした掌がまるでそこにある何かを掴む様に、徐々に握り込んでいく。

 

 その行動に連動する様に魔物もどきの魔力体が徐々に圧力で押し潰されていく。

 

 これこそがシンが新しく会得した魔法、付与魔術師の特殊派生技能[力魔法]だ。引力、圧力、反発力などの現象を指先ひとつで自在に操る魔法。それはまさに星のエネルギーに干渉する魔法、のちにシンがライセン大迷宮攻略によって獲得する〝重力魔法〟と同質の魔法であった。シンは過去の“怪物”と過去の“魔物”(写し身)達と同化することにより、自力でその境地に到達し会得して見せたのだ。この力はまさに〝運命を選び掴み取る力〟が魔法として現実になった物そのものだ。

 

 そしてその魔法によってどんどん握り潰されていく魔物もどき。

 

 

『がああ、あああああああッ!!』

 

ーーー『無駄だ。お前がどんなに足掻こうと俺が一度掴んだモノは絶対に離さない。もう二度とな......』

 

『ふ、ふざけるなァアアッ!!こんな事があって言い訳がない!俺はァッ!世界をォォッ..........』

 

ーーー『お前に世界は掴めない。いや、掴ませるものか』

 

『くっ!グググ〜ッッ!このォ化物がァァッ!!』

 

ーーー『ああ、俺は化物だ。全てを掴む怪物さ。だがそれがどうした?俺は、俺の全力をもって俺が掴みたいものの為にこの力を使う。さらばだ、名も無き異物』

 

 

 シンは掌を強く握り込み、魔物もどきの魔力体は握り潰された。断末魔の悲鳴を上げながら、魔力を霧の様に霧散させ消滅した。

 

 そしてシンはロクサーヌに振り返り、笑顔を浮かべた。

 

 その笑顔はロクサーヌがよく知っている要進の明るく大らかで包み込む様な優しい笑顔だった。

 

 

「試練達成、おめでとうございます。シンさん」

 

ーーー『かなり無様な姿を晒したし、ロクサーヌにも迷惑をかけた.......けどまぁ、ここは素直に喜んでおこうか』

 

「はい。それでシンさん、肉体に戻った方がいいのでは?」

 

ーーー『おっと、そうだった。つい試練達成の余韻に浸ってしまった。早く戻らないとな』

 

 

 そう言ってシンは眠っている自分の肉体に歩み寄り、その体に触れた。

 

 すると虹霓の光を放つシンの魔力体がシンの肉体に入り込み、虹の光が空間全体を照らし出した。その光は徐々にシンの体に纏う程度までに収まり、肉体と一つに戻った彼の姿が露わになった。

 

 白かった長い髪は色を取り戻す。だが以前と違って青寄りの濃い青紫色に変色し、長髪のまま髪質も少し硬く癖のある感じになった。肉体はそのままだが、白い要に乗っ取られて際に見てとれた血管の様な赤い模様は消え、肌の色艶も精気があふれるものへと戻って行った。

 

 

「.......シンさん」

 

 

 その様子を見てロクサーヌは、まだ目を閉じているシンに声をかける。

 

 ロクサーヌの声に反応したシン。そして閉じられた重い瞼を開いた。以前と瞳の色が違う黄金の瞳がそこにあった。だがその瞳からは以前の様に、いやそれ以上に力強さと暖かさを感じたロクサーヌ。

 

 そんな彼女は目端に輝く雫を頬に伝わせ、本当の意味でシンの帰りを喜んだ。

 

 

「おかえりなさい、シンさん......」

 

「......ああ、ただいま。ロクサーヌ」

 

 

 

 この時、シンの魔力体と肉体がひとつになった瞬間、世界各地に衝撃が走った。

 

 勝気な少女や王国の姫達は夜空に流れる無数の流れ星を目撃したり、幼い海人族の子供は西の海が大荒れをする様を見たり、魔人族の将軍は決して晴れることのない雪原上空に浮かぶ分厚い雲が唐突に消える様を見たり、ハルツィナの兎人族達は今まで見た事がない綺麗なオーロラを目にしたりした。

 

 そして各地に散らばる実力者達はそれを魔力の波動として感じ取った。

 

 それは暗い暗い奈落の底にいる化物と吸血姫にも感じ取れる程の大きな力の唸りだった。

 

 苦労性の少女も、帝国にいる二人の戦乙女も、公国にいる女戦士も、遥か彼方の大地で暮らす強大な魔物も、竜人の姫も、神の真なる使徒も、反逆者と呼ばれた小さなゴーレムも、魔人族の弟子の帰りを待つ師匠も、皆一様にその変化を感じ取った。

 

 そしてもう一人。この異変に気づき、改めて覚悟を決めた仮面の女がいた。

 

 

「至ったのですね、彼は.........なら私も、もう止まらない」

 

 

 そう言い残した彼女は、北の方角へと歩みを続けた。

 

 雪原をしっかりと踏み締めて進む彼女は、己の願いの為に約束の日まで歩き続ける。

 

 

 

 

 

 そして、とある大迷宮の最奥に刻まれた魔法陣。

 

 そこでこの世界の異変に同調する様に、その魔法陣が起動した。

 

 いや、正常な魔法陣の起動ではない。

 

 まるで、かつてシンやハジメ達が巻き込まれた()()()()()した時と同じ様な激しい光を放つ魔法陣。

 

 七つの門が開かれたのだ。

 

 

『ついに来たか』

 

『ああ、ようやくだ』

 

()()()の時に終止符を討つ存在』

 

『我らが王の誕生』

 

『神を打ち滅ぼす存在』

 

『母に選ばれた男』

 

『王の器を持つ()()()の再来』

 

『『『『『『『世界を変える我らが王がここに来る』』』』』』』

 

 

 七つの異なる声色がその大迷宮の最奥で響いた。

 

 そして、七体の()()()()()()は待っている。

 

 (シン)の到着を。

 




シンの覚醒。これからは“要”ではなく、“シン”として物語が進みます。

補足


新しい技能

[力魔法]
・怪物の“掴み取る力”と写し身の“魔力操作”(魔物特有の力)と要進の“願い”によって会得した付与魔法の特殊派生技能。重力魔法と違い大規模な重力場を発生させることは難しいが、その分魔力消費が少なくコンパクトに使用できる重力魔法と同質の魔法。掴む、引き寄せる、突き放す、押さえる、浮かせると言った事が空間に付与する事で近距離から中距離で使用できる要進専用の固有魔法。


[虹霓の魔力光]
・要進が過去を受け入れ、己の力を掌握した事で変質した魔力の輝き。
(極光というより七つの色味が混じり合った事で生まれたオーロラの様な虹霓。イメージはアニメ機動戦士ガンダムUC RE:0096 episode15「宇宙で待つもの」より虹の光みたいなものです)


登場人物

[シンの姿]
・身長188cmの高身長な上に筋肉質でウエストが引き締まっている。そして体型は綺麗な逆三角形のシルエットで、胸板も厚い。腕も太すぎず、しかし圧倒的な肉質感で力強さがより一層際立っている。元々運動が得意だったこともあって、より筋肉質な体に磨きがかかっている。(白い要が要進の肉体を乗っ取った時点でこの体となっている)
髪色は青寄りの濃い青紫。腰まで伸びた長い髪は以前の髪質より硬く若干癖が入っている。
(イメージはマギのシンドバッドとダビデを足して割った感じ)
瞳の色は黄金色に、顔は以前と大差ない造りだが大人びた雰囲気を醸し出しており、色気が倍増している。優しく微笑めばその色香で女性が色めくほど。


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七体の魔神


※原作マギやシンドバッドの冒険を見た方ならわかると思いますが、かなり改変しました。オリジナル要素も含まれますので悪しからず......




 

 世界各地で異変が起きていた頃、氷雪洞窟最後の試練の間ではそんな事が起こってるとは露知らずシンが絶叫を上げていた。

 

 

「いっっっってええええええええええッッッ!!!」

 

「あ、シンさん!そんなに暴れたら余計に痛みますよ?」

 

「わかってるけど......くぅ〜、あの野郎こんな体でよく暴れてられたなぁ。ぁぁぁぁ〜、くっそ痛ぇぇ〜」

 

 

 シンは絶賛自分の肉体に蓄積されていた激痛に悶えていた。

 

 白い要がシンの肉体を覇拳で殴り上げた時の衝撃で内臓はぐちゃぐちゃ、骨は至る所が砕けまくっていた。しかし、その後白い要がシンの体を乗っ取りロクサーヌから神水を強奪し回復を済ませていた。だが痛みは残る。未だに治りかけなため、強烈な腹痛と全身の骨が軋む様に痛む。

 

 むしろそれだけの痛みで死んでいなかったシンの肉体が恐ろしいぐらいだ。

 

 そしてこの程度で済んでいた事には理由があった。

 

 

「師匠がシンさんを守ってくれたんですね」

 

「ああ、ロバートさんが作ってくれた防具が無かったら、あの一撃を喰らった時点で死んでただろうな」

 

 

 ロバートがシンとロクサーヌに渡していた特殊な素材で作られた防具。それには着用者が受けるダメージを肩代わりしてくれる効果が付与されていた。そのことを知ったのはついさっきだ。

 

 シンの新しい付与魔法の派生技能[鑑識]で砕けた防具の破片を見た時、そのことに気づいたのだ。それならそうと言っといて欲しかった、とシンが思ったのは言うまでもない。

 

 だがそのダメージを肩代わりする効果を持ってしても、あの白い要の一撃を完全には防ぎきれなかった。そのうえ防具を全て壊し、シンにこれだけのダメージを負わせた。それ程極まった一撃だったのだ。

 

 そしてシンは鑑識でもう一つ、気になることを知った。

 

 

(ロバートさんから貰ったあの防具、あれに使われた魔物の素材、あれは一体.......)

 

 

 鑑識の効果の結果、シンとロクサーヌがロバートから貰ったあの防具に使われていた魔物の素材は〝()()()〟という魔物の鱗らしい。

 

 だがそんな魔物の名前は聞いた事がない。ハジメから聞いていた魔物の種類にも無く、冒険者の間でも来た事が無い。シュネー雪原に生息する魔物でもない。それはロクサーヌから事前に雪原に生息する魔物について聞いていたからわかる。ロバートの口からも聞いた事がない。 

 

 つまりシンにとってその魔物は未知なのだ。

 

 

(なんか匂うな。冒険の匂いが......)

 

 

 シンの直感がそう訴えかける。

 

 未知との邂逅はまさに冒険の醍醐味。

 

 大迷宮を出た後にやりたい事が増えたと内心喜ぶシン。だが、今後の展望に期待を膨らませる事を妨害してくる激痛。

 

 内心でさっき以上の悪態を吐きつつ、痛みが治るまでロクサーヌの膝枕に甘んじた。ロクサーヌも相当白い要に痛めてつけられていたが、神水をすでに服用していたので完治している。

 

 神水様様である。

 

 そんなこんなであっという間に完全回復を遂げたシン。

 

 体力的にはかなり消耗しているが、この場所にいつまでも居るわけにもいかず、二人はその試練の間の奥へと続く道を進んで行った。

 

 その道中で二人は白い自分とどういうやり取りをしたのか、そして何を抱えていたのかを話した。

 

 ロクサーヌの辛い過去や負の一面、それをどうやって乗り越えたのかを聞いたシンは、唐突にロクサーヌのことがとても愛しくなり彼女を抱きしめた。

 

 

「ロクサーヌ、お前は強い。それはお前の師匠も言ってたことだ。だから、今ここにいる自分に胸を張れ。他人を信じるよりお前はお前自身を信じてやれ...........まあ、俺が言えた話じゃないけどな。でも、俺から言いたいことが一つある。よく頑張った、ロクサーヌ」

 

「........はい。ありがとうございます、シンさん」

 

「しっかし、まさかカイルさんに兄がいたとはな。それも俺のロクサーヌを襲おうとするとは、けしからん!」

 

「心配しなくていいですよ。あの男は私がすでに()ってますので。それに何一つあの男には奪わせてません!」

 

 

 どうやらカイルの兄は相当ロクサーヌから恨みを買っていたらしい。ロクサーヌは自信満々な様子で片腕の力こぶを作るようなガッツポーズをし、爽やかに笑って見せた。笑顔の裏に隠れた執念深さ。割と言ってることが過激なロクサーヌ、その清々しい笑顔と発言の過激さにギャップを覚えたシンは、今後ロクサーヌを本気で怒らせない様にしようと思った。

 

 そんな事を考えていると、今度はロクサーヌがシンを抱き寄せた。それもシンの後頭部に腕を回し、優しく自身の胸に抱き込む様に。その豊満なお胸に顔を埋めたシンは少し戸惑うも、その抱擁を受け入れる。

 

 ちょっと元気になったシン。何がとは言うまい。

 

 

「シンさんも、よく頑張りました。貴方が一体何を抱えていたのか知れて私は嬉しいです。私には貴方の過去に同情することしか出来ません。ですが、これからの貴方を支えて行くことはできます。ですから、どうかこれからも私を貴方のお側に居させてください」

 

「ロクサーヌ.......」

 

「貴方には才能があります。でも一人で出来ることなんてきっと限られてます.........ですから私を頼ってください。私は貴方の恋人であり、貴方を支え続ける剣、これからもずっと貴方を愛し続けるパートナーなんですから」

 

「ロクサーヌ!!」

 

「わっ!」

 

 

 ロクサーヌの言葉を聞いたシンは、あまりの愛おしさについロクサーヌを抱え上げた。ロクサーヌのお尻の下に両腕を回し、彼女をそのまま持ち上げる。自然とロクサーヌの視線は高くなり、愛しい女性を見上げるシンと愛しい男性を見下ろすロクサーヌの構図になる。

 

 

「ロクサーヌ、俺はお前が大好きだ、愛してる!だからこそ、俺のそばでずっと俺を見続けてほしい。俺のこれからを。俺の冒険を!だから、共に歩んでくれ!一生!」

 

「〜〜ッッ......はい。私の一生を貴方に捧げます」

 

「ロクサーヌ!!」

 

「わわっ!もぉ〜、シンさんたら....ふふ」

 

 

 嬉しさのあまり抱え上げたロクサーヌの腹部に頬擦りをするシン。そんな彼を見て嬉しさと恥ずかしさで赤面するロクサーヌだが、すぐにその顔は眩しく輝く様な笑顔になった。

 

 その後、シンがロクサーヌを抱えたまま先に進もうとしたので、恥ずかしさのあまり必死で降ろして欲しいと懇願したロクサーヌ。なんとか降ろしてもらえたロクサーヌ、ちょっと残念そうなシン。だが、そのかわりに二人はお互いの手を絡めて繋ぎ、先を進んだ。

 

 程なくして行き止まりに到着した。

 

 その行き止まりの氷壁には七角形の魔法陣が刻まれており、シンとロクサーヌが近付くと淡く輝き始めた。そして、壁全体が光の膜のようなもので覆われていく。

 

 シンが軽く指先で触れると、水面に石を投げ込んだように波紋が広がる。この感じは、最後の試練の間の前に戦闘を繰り広げた、あの光の扉と同じだろう。

 

 それを見てシンとロクサーヌはお互いを見て頷くと、その光の膜へと飛び込んだ。

 

 

 数瞬、光が視界を覆ったがそれはすぐに晴れ、目の前の光景に二人は息を呑んだ。

 

 

「ここが.......」

 

「ああ、ここが氷雪洞窟の最奥......!」

 

 

 綺麗な四角の広い空間。何本もある円柱型の氷柱が地面から天井を支えて、地面には水が張り巡らされていた。

 

 そして、二人の視線が最も注視したのはこの空間の奥、氷の神殿だ。

 

 全てが氷でできた神殿、その氷は先程までの鏡の様な物とは違い、純粋な氷として在り、それら全てが綺麗に整形されている。その外観はまさにこの世の物とは思えないほどの神秘を二人に見せつけていた。

 

 

「なんと言いますか、本当に凄いですね......今までにも装飾が凝らされた氷の扉とか見て来ましたけど、ここは格別な気がします........」

 

「だな。ここの澄んだ空気といい、外観といい、神聖的な何かを感じる」

 

 

 そして二人は氷の神殿へと足を踏み入れ、その神殿の奥には両開きの氷の扉があった。

 

 それに触れた時、シンは何かを感じ取った。

 

 

「どうしたのでか、シンさん......?」

 

「............フッ、行くぞ」

 

 

 シンが挑戦的な笑みを浮かべ、その扉を開け放った。

 

 中はとても広々とした邸宅のエントランス。

 

 二階もあり、目視で確認出来る限りでも部屋の数は多い。装飾品が純氷でできており、その豪華さにロクサーヌの表情が輝いた。しかし、シンはそれらに目もくれず真っ直ぐに、奥へと続く正面通路を歩き出した。

 

 

「シンさん、一体.......」

 

「ロクサーヌ、多分だがこの奥に()()()ある。それも特大の未知の匂いがする......!」

 

「まさか、敵ですか?」

 

「いいや違う。俺達を待ってやがる。いや......()()......?」

 

 シンの直感がそう告げていた。この先に何かがあると。

 

 そして二人はその通路を進み続けた先にあった、重厚な扉の前に到着し、シンがその重い扉を開け放った。

 

 中は綺麗な氷壁に囲まれた四角い部屋で、かなりの広さがある。天井は吹き抜けとなっており、大迷宮の中だと言うのに日の光が差し込み、部屋を暖かく照らし出していた。

 

 一見するとそれだけの部屋。中には誰もいない。

 

 しかし、その部屋の中央には大きな魔法陣が床に刻まれており、それを取り囲む様に七つの銅製の装飾品や道具が氷の台座に置かれていた。

 

 シンは迷わず、その魔法陣の中へと踏み込んだ。それに倣ってロクサーヌも魔法陣の中に入ると、魔法陣が輝き出す。

 

 そして頭の中に刻み込まれる情報。正確には魔法で、それが今は無き神代の魔法[変成魔法]だと理解した。

 

 思わず頭を押えるロクサーヌ、シンも少し顔を苦痛で歪ませているがお互いに耐えられない痛みではない。

 

 そして二人の脳に情報が刻まれた後、魔法陣の輝きは徐々に薄れていった。

 

 

「凄い魔法ですね。まさか魔物に干渉出来る神代の魔法だなんて。恐ろしい話ですが、この魔法があれば魔物の軍勢すら掌握できるます」

 

「いや、正確にはこの魔法は生物に干渉出来る魔法だ。()()()()()()()が少し断片的すぎる。生物を魔物にする事も可能なら、その逆も出来るはず。魔物に固執する神代魔法なんて、神代魔法にしてはありきたりすぎだ。それに、魔物を多数従わせるなら闇魔法の洗脳で十分なんだからな」

 

「つまりこの魔法は人を魔物に、魔物を人にも変えることができると?」

 

「ああ、だが効率重視で行くなら魔物を強化して従わせるのが一番費用対効果がいい。数も質もいいからな」

 

「なるほど。ですがどうしてその様な事がわかったんですか?私に与えられた情報にはそんな事.........」

 

「それは多分、()()()()のおかげだろうな」

 

 

 そう言ってシンが見たのは、魔法陣に囲まれた台座に置かれた装飾品達だった。

  

 ロクサーヌは不思議そうにその装飾品達を見つめ、何故シンが()()()()、と言ったのか疑問を浮かべていた。

 

 シンもロクサーヌと同様、最初は魔物を従わせる神代魔法だと錯覚していた。しかし、シンの中で疑問が浮かんだ時、まるで何者かに後押しされたかの様に情報が追加された。より変成魔法の本質的な情報を。その時の頭痛はロクサーヌの比ではなかったが、耐えられない痛みではなかったのでシンは堪えていた。

 

 しかし、その後押しが一体どこから来たのか。

 

 シンはその後押し、もとい魔力の流れを感知し、それがどこから来たのかを明確に理解していた。

 

 

「さて、そろそろ出てきてもらおうか」

 

 

 そう言ってシンは力魔法を使い、七つの銅製の道具を同時に掴んだ。

 

 その時、世界が変わった。

 

 黄金のオーラが部屋全体を包み込み、その粒子がシンとロクサーヌの二人に降り注ぐ。そしてシンが力魔法で掴んだ装飾品が変色、いや変質した。銅製だった装飾品や道具が金銀の貴金属へと変わり、豪華な装飾が施された物へと様変わりした。

 

 そして最も大きな変化が起きた。

 

 七つの貴金属製の道具から青い煙の様な物が現れる。それは普通の煙の様に掴めそうな物では無いが、煙とは思えないほどの質量感があり、それが徐々に形を形成していく。

 

 やがてそれは人型となり大小様々だが男の姿や女の姿、獣の様な顔、鬼の様な角、大鷲の様な翼、竜の様な鱗、牙や爪などを生やし、額には第三の目、或いは宝石を宿し、豪華な装飾を身に纏った巨大な魔神となった。

 

 現れた七体の魔神にシンとロクサーヌは驚愕の表情を浮かべた。

 

 そんな二人を見下ろし、魔神達はそれぞれ名乗りをあげる。

 

 

『我が名は〝バアル〟憤怒と英傑の精霊(ジン)なり』

 

『我の名は〝アガレス〟不屈と創造の精霊(ジン)

 

(ボク)の名は〝ゼパル〟精神と傀儡の精霊(ジン)

 

『我が名は〝フェニクス〟慈愛と拒絶の精霊(ジン)であります』

 

(ワタシ)の名は〝フォカロル〟支配と服従の精霊(ジン)である』

 

(オレ)の名は〝クローセル〟自由の叛逆の精霊(ジン)なり!』

 

『我が名は〝キマリス〟悲嘆と豪傑の精霊(ジン)である』

 

 『『『『『『『我らが王、()()()()()()()()()よ。我ら七人、御身の前に』』』』』」

 

 

 思わず身構えるロクサーヌ、しかしそれを嗜めるシンは一歩前に出て、目の前に居る七体の魔神達に向かって堂々と話しかけた。

 

 

「俺の名前はシン、要進だ。それで、お前達が俺をここに呼び、さっきの魔法の情報付与を後押ししたのか?」

 

『御尊名拝聴した。そしてその問いに我は然りと答えよう。我ら七人でその魔法陣により行われる情報付与の制限を解除致した』

 

『王の力をより高めるため。そして、悪しき偽りの神を打倒していただくために』

 

 

 シンの問いかけに、この中で一番の巨体と竜の様な翼を持つバアルが答え、それに付随して女性型の鳥の様な翼と神をしたフェニクスが答えた。さっきから気になっていたが、フェニクスと名乗った魔神とキマリスと名乗った女性型の魔神、この二体は登場時から乳房丸出しな上に乳首もモロ見えである。共に巨体ではあるが、整った顔立ちとスタイルで若干目のやり場に困る。

 

 ハッ!鋭い殺気!?

 

 ロクサーヌ、シンが何を見ているか察したらしく、ちょっと怒ってる。笑顔を浮かべシンを見ているが、その視線がグサグサ背中に刺さるのを感じたシンはわざとらしく咳払いをし、会話を続ける事にした。

 

 

「ゴホンッ....悪しき神と言ったな?それはこの世界の神エヒトを差す言葉か?」

 

『そうだよ。あの偽神は元々()()()()()()()では無いんだ。アレはこの世界にやってきて、世界を盤上に見立てて狂った遊戯を続けている。君にはそれを止めて欲しいんだ』

 

『我らにとって、あの憎き偽りの神は討ち滅ぼさねばならない存在。王よ、どうか我らと共にあの偽神と戦ってください!』

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 

 シンの問いにゼパル、キマリスが答え、エヒト打倒を懇願して来た時、それを遮る様に口を開いたのはロクサーヌだった。

 

 

「神の打倒って、そんな事をシンさんに押し付ける気なんですか!」

 

『何者だ、我らと王の話を遮る不届な獣の女よ。己が身分を慎め』

 

 

 ロクサーヌの異議を強く否定するキマリス。それに同調する様に他の精霊(ジン)達がロクサーヌを威圧し、ロクサーヌはその強大な重圧感に表情が歪みかけるが強く意識を保ち、絶対に屈しないという気概を見せた。

 

 だが、その睨み合いはすぐに収まった。

 

 何故ならシンが魔力を解放し、途端に広がった虹霓の魔力光が部屋全体に染み渡った黄金の光を飲み込み、シンの魔力光一色に染め上げたのだ。そして解放されたシンの[()()]。威圧の特殊派生技能であり、王の威厳そのもの。相手を心を折り、屈服させるただの威圧ではない。それは己の存在感で相手の全てを飲み込み、畏敬の念をより強くさせる圧倒的なカリスマと言える物だった。

 

 それを感じ取った七体の精霊(ジン)達は改めてシンに対して(こうべ)を垂れる。

 

 圧倒的な魔力の質と量、そして王としてのカリスマ。

 

 目の前に居る王が正真正銘自分達が求めていた存在なのだと精霊(ジン)達は理解した。それ故に、これ以上王の御前でみっともない姿を晒す事などできなかった。

 

 

「ここに居る女性は俺の女だ。その名もロクサーヌ。お前達が俺を王と敬うのなら、彼女は王妃に当たる存在だぞ?」

 

『なんとッ!?すでに王妃を娶られておりましたか!』

 

『それでこそ我らの王である!!』

 

『申し訳ありません王妃ロクサーヌ様。このキマリス、王妃様への無礼、謹んでお詫び申し上げます』

 

「い、いえ....それより頭を上げてください。私は気にしてませんから」

 

『寛大なお言葉、有難く思います王妃様」

 

「あ、はい」

 

 

 先程の発言に詫びを入れるキマリスはロクサーヌに対する態度が一転して変わった。そしてその巨体でロクサーヌに(へりくだ)るので彼女は慌ててキマリスの行為を嗜める。

 

 そんな様子を見ていたシンの顔が若干ニヤついていた。まさにしてやったり、と言った様子。

 

 だが、頭を下げられているロクサーヌ本人としては申し訳なく思うのと、急な王妃呼びに対して表情が若干の驚きと照れの要素が入り混じっていた。そんな彼女がシンを見て、その顔がニヤついていたので、照れた様にシンをジト目で睨んだ。

 

 そんなロクサーヌを見て、内心で「いい物が見れた」と思ったシンは話を再開させた。

 

 

「お前達の言い分はわかった。エヒトがどういう存在なのかも。俺は一度、神の使徒に殺されかけている。その事実を加味すればお前達が嘘を言っていないというのもわかる。それに俺や俺と同じ同郷の奴らもそのエヒトに呼ばれた身だからな。大方、その狂った遊戯で足りない駒を補うために俺達を呼んだのだろう」

 

『やはりそうだったか。して、我らが王は何処(いずこ)の世界からこの地に?』

 

「地球だ。この世界とは違って魔法も存在しない世界だ。知っているのか?」

 

『申し訳ないが、(ワタシ)たちにはその世界はわからない。ただ帰れる方法はある』

 

 

 クローセルに聞かれて、シンがどこの世界から来たのか答えた時、フォカロルがそんな事を言った。シンの表情が明らかに変わった。

 

 

「それはどんな方法だ?」

 

『それはこの大迷宮と同様の残り六つの大迷宮を攻略し、神代魔法を獲得すること。そして王が強く願えばその門は開かれます』

 

「つまり、この世界にある七大迷宮を攻略しろってことか」

 

『そうです。しかし......』

 

「俺達を呼んだエヒトが黙ってるわけがない、と。なるほどな」

 

 

 アガレスがその問いに答え、フェニクスがその先の言葉に言い淀んだ。だが、それを簡単に言い当てたシン。エヒトを打倒しなければ元の世界には戻れないと、そういうことらしい。

 

 シンは冒険をすると決めた。

 

 その冒険の果てを地球にいる子供達、隣にいるロクサーヌ、そして過去の自分と俺と共に歩むと決めたシンの写し身に見せると約束した。

 

 そのために必要な覚悟はすでに決まっている。掴み取る事も、守り抜くために壊す事も厭わない。

 

 なら、どうするべきか。

 

 エヒトはこの世界の人達を盤上の駒に見立て、狂った遊戯をしている。人を玩具の様に。その魔の手がロクサーヌや、八重樫、園部、そしてハジメたちに伸びるかもしれない。さらに言えば、エヒトが新たに地球からシンの大切な家族である子供達や施設のおばちゃん達まで巻き込むかもしれない。自分達をこの世界に呼び込んだ様に。

 

 この世界の大きな渦に大切な者達が飲み込まれない様にするにはどうすればいいのか?

 

 それはエヒトを打倒する事。

 

 だが本当にそれだけか?偽りの神が築き上げて来た歴史や信仰は根強い。それこそ大切な恋人であるロクサーヌを苦しめた様に。

 

 さらに言えば魔人族が信仰するアルヴ神とやらもキナ臭い。エヒトがそんな存在を見逃すはずがない。つまりアルヴ神とやらもグル、或いはそれに類する協力者か何かだろう。

 

 つまり、シンの敵は偽神が築き上げた世界の現状そのもの。

 

 ならば、どうするべきか?

 

 そんなものは簡単だ。

 

 生み出せばいいのさ、神に頼らない人の世界を。その()()()()()()()を。

 

 そのための第一歩に必要な力はここに揃っている。

 

 

「ああ、そうだ。俺が王の器だというなら......」

 

「シンさん?」

 

「決めたぞ、ロクサーヌ!俺はこの世界を変える国を作る!」

 

「く、国をですか!?」

 

「そうだ!神に頼らない、人の国を作る!それも亜人族や魔人族、それに知性を持つ魔物も、全てを巻き込んだこの世界で最初の他種族共生国家だ!」

 

「ッ......!」

 

「どうだ、ワクワクしないか?戦争も差別も存在しない、ただそこにある全ての命が等しく理性と秩序を持って新しい世界の在り方を築いていく!こんなにワクワクすることはないだろ!」

 

「シンさん、貴方は........!」

 

 

 目の前の彼はその力強くキラキラした瞳でそう語ってくる。ただ神の打倒という事では収まらない、まるで夢物語の様な彼の野望。

 

 彼が口にした言葉がロクサーヌの心を震わせる。そして理解した。彼はこの世界に舞い降りた次代の王なのだと。これが王の器。野望を謳い、万物を束ね、覇道を成す。そう確信させる程に彼の魂の輝きはとても眩しかった。

 

 

「俺と一緒に世界を変える冒険をしないか、ロクサーヌ?」

 

「ッッ!!」

 

 

 シンがその手をロクサーヌに差し出しながらそう言った。

 

 彼が私を必要としてくれている。

 

 私が愛してやまない彼が共に歩もうとしている。

 

 それがとても嬉しくて、ロクサーヌはシンに歩み寄りその手を優しく両手で包んだ。

 

 

「私の居場所はすでに決まってます。私が共に居たいのは貴方の隣だけ、私は貴方を支える剣です.......ええ、どうか私に貴方が描いた世界を見せてください」

 

 

 そうロクサーヌが返事をし、それを受け取ったシンはロクサーヌを自分の体に引き寄せそのまま抱き止めた。

 

 

「そういうわけだ。俺はただ神の打倒だけでは収まらない。神が築き上げてきたもの全てをひっくり返す。それでもついてくるというなら、俺と共に来いお前達!」

 

『これが特異点、王の器か......!』

 

『ええ、望むところです』

 

『我々は貴方様と共に歩む存在』

 

『例え王が拒んでも張り付いてついていくさ』

 

『左様。我らの主人はただ一人』

 

『見せていただきたい、貴方の輝きを』

 

『世界を変える冒険を!』

 

「ああ、ついてくるといい。俺が神の盤上の悉くをひっくり返し、この手に世界を掴む姿を!」

 

 

 高らかに宣言するシン。

 

 その周囲で乱れ舞うシンの魔力の輝き、そしてそれに呼応する様に七体の精霊(ジン)の魔力が吹き荒れシンの魔力と混じり合っていく。

 

 一切の淀みがない虹霓の魔力、それに吸い寄せられる様に七体七色の魔力光がシンの魔力の輝きをより際立たせた。

 

 そして、七体のジンとの縁が結ばれた。

 

 ここからが本当の意味でシンが覇王となる物語の始まり。

 

 序章が終わり、破章の始まり。

 

 しかしそれは破壊の章ではなく、覇業の章。つまり覇章の始まりなのだった。

 




・最初は七体のジンをそれぞれ大迷宮に配置しようと思ってましたが、後々ややこしくなりそうだったので一気に出しました。人選は個人的な好みです......が、これ以上は言えません。


補足


新しい技能


[鑑識]
・付与魔法の派生技能。物体に刻まれた情報を読み解く力。ハジメの鉱物鑑定みたいなもの。だが、その鑑識範囲は広く、人や防具、或いは魔物まで情報を見抜く。本来の使い方としては味方のバフ、デバフ管理のための能力で、相手の武器や状態なども見抜く。



[覇気]
・威圧の特殊派生技能。圧倒的なカリスマが元々なければ発現しない技能。威圧と効果は似ているが、ただ力の差を見せつけるものではなく圧倒的な王の風格や雰囲気、カリスマが凝縮され、まるで眩しい光を眺める様にその光に導かれる。思わず平伏したくなる様な威圧。発動させた者の感情によって、それを受けた相手が抱く心情が変化する。希望を抱いたり、絶望を抱かされたりと。






登場したジン(精霊)
※登場するジン達はあくまで原作マギに登場するジンとよく似た存在という扱いです。性格も経歴も別物です。

【バアル】
・憤怒と英傑の精霊。厳格なジン。見た目や言動、能力は大体原作通り。雷を操る。

【アガレス】
・不屈と創造の精霊。割と無口なジン。見た目や言動、能力は大体原作通り。大地を操る。(ちょっと可愛い面強めに表現します)

【ゼパル】
・精神と傀儡の精霊。責任感が強いジン。一人称が我と僕に変わる。見た目や言動はある程度原作通り。能力は少し改変予定(もう少し使い勝手良くしたいから)精神干渉系の魔法を扱う。

【フェニクス】
・慈愛と拒絶の精霊。おっとりした女型のジン。全身魔装時は赤い髪色。原作マギとは違い精神干渉系ではなく、不死鳥をイメージしています。見た目はそのまま。炎と回復魔法を扱う。

【フォカロル】
・支配と服従の精霊。浮気性のジン。見た目や言動、能力は大体原作と同じ。風を扱う。

【クローセル】
・自由と叛逆の精霊(オリジナル要素)見た目はそのまま。能力や言動は原作であまり情報がなかったので作者の想像で描きます。豪快なジン。光を扱う。

【キマリス】
・悲嘆と豪傑の精霊(オリジナルキャラ)戦乙女の様な高潔な女型のジン。全身魔装時は薄い紫色の髪色になる。おっぱい大きいジン。氷を扱う。
(イメージは“ガンダムキマリスヴィダール”を女擬人化された感じです。氷の壁とか槍とかちょっとかっこいいと思ったので出しました。完全に作者の趣味です。え?ブァレフォールはって?.......それは今後のお楽しみです)


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旅立ち

 
第一章最終話となります。

新衣装のお披露目とロクサーヌした話の回です。




 

 ついに大迷宮攻略を達成し、新たな目標を掲げたシン。

 

 彼は現在、ロクサーヌの着せ替え人形と化していた。

 

 

「ろ、ロクサーヌ〜......?もういいんじゃないかぁ〜?」

 

「いいえ、ダメです!()()()()()()に似合う最高のスタイルを完成させるまでこの手は止まりません!」

 

「し、しかしだなぁ........」

 

「言い訳は無用です!七体もの精霊(ジン)を従え、王になると決めた方がただの冒険者の装いをするなんて言語道断!優雅で、何者にも犯し難く、それでいて動きやすさも兼ね備えた至高の装いに仕上げて見せます!」

 

「左様ですか〜........」

 

 

 かれこれ一時間近くされるがままのシン。

 

 ロクサーヌはあーでもない、こうでもないとかき集めた服を眺め、それをシンに着せては脱がしてを繰り返していた。

 

 

 

 ことの発端は精霊(ジン)達との話し合いを済ませた後の事だった。

 

 シンが国づくりを決意したのち、七体の精霊(ジン)達から聞きたいことを大体聞き終え、精霊(ジン)達が今後どうやってシンについていくのか問うた際、『その心配は必要ない』とバアルがいい、その青い巨体がシンの刀剣に宿ったのだ。その証拠としてバアルが宿った刀剣には八芒星の魔法陣が刀身に刻まれていた。

 

 これなら移動も楽々だな!と関心していたシンだったが、一つの金属に宿れる精霊(ジン)は一体までらしい。だが困ったことにシンが所持している金属類は残り三つ。短剣と園部と一緒に買い、のちに壊れロバートが加工しなおした腕輪と、ロバートから貰った銀のタリスマンである。無事だった物がこれだけしかなかったのだ。

 

 あと三つは精霊(ジン)が宿る金属器が必要なのだ。

 

 さて困った物だと頭を捻っていた時、精霊(ジン)達が唐突にジャンケンを始めた。え、精霊(ジン)ってジャンケン知ってるの?と目の前のシュールな光景より、まずそっちに疑問が浮かんだ。

 

 そして公平な勝負の結果、短剣にはフェニクスが、腕輪にはフォカロルが、タリスマンにはアガレスが宿ることになった。ギリギリでタリスマンを勝ち取ったアガレスは表情を全く動かしてないのに凄く嬉しそうだった。それを見て悔しそうにするゼパル、クローセル、キマリス。「こいつらめっちゃ面白いな」とロクサーヌと話していたシン。

 

 そして残った三体は元々宿っていた装飾品に戻り、それをシンが身につけることになった。

 

 てか開幕速攻で刀剣に宿ってきたバアルよ、お前抜け目ねぇな。

 

 とまぁそんなこんなで無事に精霊(ジン)の移動問題は片付いた。そう、片付いたのだが新たに問題が発生した。

 

 それは新たに身につけることになった装飾品が滅茶苦茶豪華だと言うことだ。

 

 ゼパルは赤い宝石が付いた指輪に宿った。それはまだいい。問題はクローセルとキマリスだ。

 

 クローセルが宿ったのは黄金のかなり大きめの装飾が凝った腕輪。もはや腕輪と言うより手甲である。そしてキマリスは黄金のこれまた装飾が凝った首飾りで、まるで儀式用の装飾品なのだ。

 

 これらを身につけるにしても今の格好では明らかに浮いてしまう。

 

 さらにバアルさんからありがたい豆知識。

 

 金属器が壊れた際に精霊(ジン)を移し替える金属類を身につけておくこと。普段から身につけている物で無いとダメらしい。

 

 (よう)するにもっと装飾品を増やせ、との事だ。

 

 

「際ですかー......」

 

 

 シンは遠い目をした。

 

 そして古い記憶が蘇る。

 

 ちょうどシンがアニメや漫画にハマり出した時、憧れてついバトル漫画やアニメに出てくる装飾品を集めそれを身につけていた時期があった。そう、あれは中学二年生の冬ぐらいだ。

 

 指には髑髏の指輪や、とある高校生マフィア漫画に出てくるボ○ゴレリ○グを身につけ、腰のベルトにチェーンで括り付けた匣兵器の玩具。首には某シャーマンの王様を目指す漫画の主人公が身につけている首飾りを模したグッズ。もはやわけがわからない程、装飾品の情報量が多すぎた。

 

 それを身につけ自室で遊んでいた時、施設のおばちゃんが部屋に入ってきて、数秒の沈黙。速攻で装飾品を外し、思考をフル回転させて言い訳をした懐かしくもあり........いや、思い出すだけで地面を転げ回りたくなる恥ずかしい記憶だ。

 

 そんな時期がシンにもあったんです。

 

 そしてそんな記憶が今蘇り、早速心が挫けそうになった元患者さん。

 

 しぶしぶバアルの言う通り装飾品を身につけることにしたシンは、元々フェニクス、フォカロル、アガレスが宿っていた装飾品の銀の髪留め、金の耳飾り、銀の首飾りを身につけることにした。バアルが宿っていた金のランプはロバートの家にでも飾ってもらおうと考えた。

 

 そんなシンの姿(ジャラジャラした格好)を見てロクサーヌが立ち上がった。

 

 ロクサーヌはこの邸宅にある衣服をかき集め、金銀の装飾を身につけていてもおかしくない格好の選抜をしだしたのだ。

 

 そして話は冒頭に戻る。

 

 

「ふぅ〜、これならバッチリですね!」

 

「ま、まあ、これならいい、かな......?」

 

 

 結局、さらに一時間はかかったシンの着せ替えコーディネート。

 

 ロクサーヌが厳選の末に選んだのは、真っ白な衣服だった。

 

 真っ白な羽織に、襟が立った白のベスト、そして着物に少し似ている一枚布を全身に覆った様な白い衣装。しかしズボンは袴の様にゆったりしている。所々に金の細工が施されており、両側の肩横にある金の留め具が羽織とその下の衣装と繋がっている。着心地も悪くなく、生地の厚みも厚すぎず、薄すぎない程良さ。全力で動いても関節の動きも阻害されない快適感。

 

 ロクサーヌの根気が成せるコーディネートだった。

 

 

「凄くお似合いです、シンさん!」

 

「そ、そうか?まあ、なんだ....ありがとなロクサーヌ」

 

「どういたしまして。それでシンさん、今後はどうなさるおつもりなんですか?」

 

「そうだな.....もう少しこの場所に(とど)まろうとおもってる。見たところ書庫もあるみたいだし、情報は集めれるだけ集めたい。それにせっかく手に入れた変成魔法をある程度は使いこなせる様になりたいし、この体で出来ることも把握しておきたい」

 

「ですが食料などはどうしますか?先の戦闘でほとんどが駄目になってますが?」

 

 

 ロクサーヌの言う通りで、あと何日かは大迷宮を潜っていられたはずの食料は全て白い要との戦闘で駄目になっている。あれだけ「壊す!壊す!」と言っていた白い要だから、壊せる物は手当たり次第壊している。ロバートが与えてくれた荷物箱やその中身も全て。もちらんシンが背負っていた荷物箱も同様だ。あれが最後の試練でなかったら確実に詰んでいただろう。

 

 そして食料問題だが、それはあっさり解決しそうだ。

 

 

「それならさっき、ロクサーヌが服をかき集めてた時に台所に結構な量の食料が備蓄されてるのを見つけたぞ?」

 

「そうなんですか!?」

 

「ああ。見た感じ食えそうだったから多分食料問題は大丈夫だと思う。あれだけの量を誰が持ってきたのはわからないが、まああるに越したことはない。遠慮なく使わせてもらおう」

 

「そうですね。なら今日は私が腕によりをかけてシンさんにご馳走を作ります!」

 

「できればロクサーヌのシチューがいいなぁ〜」

 

「シチューですか......調味料が揃ってないと難しいですが、シンさんがそこまでおっしゃるなら頑張ってみます!」

 

「おう!楽しみにしてるよ」

 

「では私も着替えたあと、台所に向かいますので」

 

「ああ、わかった」

 

 

 そう言ったあと、ロクサーヌは部屋を出て行った。

 

 へやにのこったシンは一人、思考を巡らせた。

 

 何故、あれほどの食材が腐らずに残っているのか。食材が保管されていた場所は明らかにこの迷宮内の作りとは違う、金属製の物だった。それに付与されている魔法の構築にシンは覚えがあった。ロクサーヌが使っていた荷物箱。壊されたあの箱には食材が保管されていた金属物と同様の魔法が組み込まれていたのだ。

 

 つまり、食材を置いて行ったのはロバート。

 

 シン達がここに来ることを見越していたわけでは無い。ロバートにその猶予は無かった。なら、あの食材はロバートが(あらかじ)め用意していた物で、その理由はここに滞在する事が多かったからか、或いはこの場所をいざという時の()()()()と想定していたか。そのどちらかだろうとシンは結論付けた。

 

 ここを出た後、ロバートに聞きたい事が出来たと自身の胸の内に留めたシン。

 

 その後、シンは邸宅内の探索をした。しかし、めぼしい情報収集源はやはり書庫にしかないと再度認識しロクサーヌに自分は書庫にいるから、と伝えた。

 

 ロクサーヌはすでに台所で調理を開始しており、着替えも済ませていた。彼女の装いは白のワンピース姿で一枚布造りの簡易的な部屋着みたいな物だったが、ロクサーヌのスタイルの良さをより一層強調させていた。その上、どこから見つけたのかピンクのエプロンまで身につけている。久しぶりの料理を楽しそうにしているロクサーヌ、見たところ献立はシンご希望のシチューだろう。ウキウキ気分で彼女が体を揺らす度、それに釣られてお胸が揺れる。そんな彼女を見て思わず生唾を飲み下したシンは一旦心を落ち着かせ、書庫で本を読み漁ることに、台所を後にした。

 

 書庫でしばらく本を読み漁っていたシンは、久しぶりの読書でつい時間を忘れて没頭していた。

 

 料理が出来たことを知らせに来たロクサーヌは、そんなシンの姿を見て思わず呆けてしまう。だが、ロクサーヌが来たことに気づいたシンが彼女に微笑んで見せた時、完全にロクサーヌのハートはシンの微笑みで撃ち抜かれた。「ずるいです、シンさん.......」と口元を隠し、細々と口にしたロクサーヌ。何故ロクサーヌが照れているのかわかっていない様子のシンだったが、それでも彼女に対する愛おしさを感じ、軽く口付けをした後、二人は食事をしに書庫を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、久しぶりにロクサーヌお手製のシチューを口にしたシンは、あまりの美味さに思わず涙をぽろぽろ溢し、鍋いっぱいに作られたシチューを残さず平らげた。

 

 

「久しぶりのまともな食事、それもロクサーヌが作ったシチュー.....これだけでも大迷宮攻略した甲斐があったと思ってしまうなぁ」

 

「ふふ、大袈裟ですよシンさん。でも、美味しそうに食べてくれる姿を見るとやっぱり嬉しいです」

 

「実際ロクサーヌの料理は美味い。俺の胃袋はもうロクサーヌに掴まれてるな..........さてと、腹も満たされた事だし風呂にでも入るか!」

 

「庭園に露天風呂があるんですよね?」

 

「ああ、氷で出来た露天風呂だ。浴槽は広いし、外観や景色も綺麗なところだったよ。久しぶりに体を洗いたかったから願っても無い代物だな.............その、なんだ......一緒に入らないか、ロクサーヌ.....?」

 

「ッ!?.......よ、よろしいのですか.....?」

 

「いいに決まってるだろ。正直、もう我慢の限界だ......いいよな?」

 

 

 なんの我慢?と聞くのは無粋だろう。

 

 ロクサーヌはシンの意図を察し、赤面した顔でコクリと小さく頷いた。そんなロクサーヌを見てシンは彼女の手を引き、そのまま庭園の氷の露天風呂に直行した。

 

 庭園にある純氷で作られた広い円形の浴槽。どういう原理か定かでは無いが、常に適温が保たれたお湯が張られており、そのお湯が湧き出る竜の頭を模した氷の蛇口から綺麗なお湯が注がれている。

 

 そんな浴槽に入れば、眼前に広がる神秘的な氷の竜の彫像や地面に張り巡った水の上にかかる氷の橋、まるで橋が架けられた孤島の様に水面に浮かぶ茶会が開そうな西洋風あずまや。

 

 開放感のある造りが凝った浴槽に、それに見合うだけの庭園の風景。それら一つ一つを取っても一級の芸術品と言って差し支えない程だった。

 

 そんな芸術的空間の中で、シンは開放的に衣服を全て脱ぎ去り湯船に使っていた。

 

 シンの鍛え抜かれた肉体とそこに刻まれた歴戦の古傷が露わにされた中、彼は期待を胸にその時を待っていた。

 

 

「し、失礼します........」   

 

「お、おう.......」

 

 

 一糸纏わぬロクサーヌがシンの隣に入浴した。

 

 ロクサーヌは自分の大事なところを両手で恥ずかしそうに隠し、骨身に染みるお湯加減を感じて「ぁんっ」と艶めかしい声を上げた。隣でそんな声を聞いたシンが元気になった。

 

 この大迷宮攻略でお互いに疲労が溜まっていたのだろう。その発散にこのお湯加減は端的に言って最高だった。

 

 何より、こうして愛しい相手と一緒にまったり浸かる湯船が二人の幸福感をより高めた。

 

 そしてシンは隣にいるロクサーヌの肩を抱き、自分の方に引き寄せた。

 

 

「ロクサーヌ、お前がいたおかげで俺はここまで来れた。色々あったが心の底からお前の存在に感謝してる.........愛してる、ロクサーヌ」

 

「私もシンさんに感謝しています。貴方と出会えた事、貴方と戦えた事、それにこれからも貴方の隣で歩める事を心から嬉しく思います.......私も愛しています」

 

「ロクサーヌ......」

 

「シンさん.........んっ....ぁはぁ、ちゅ....はむ、んっ......」

 

 

 程よく暖かい湯船に浸かりながら、情熱的な口付けを交わす二人。お互いの肌が密着し合い、まるで湯船の熱でお互いの体が溶け合う様な錯覚を覚える。軽く触れる様な口付けから、唇を(ついば)む様な甘噛みの接吻、お互いの唾液を絡め合う様な舌同士のディープなキスなど、愛しい相手にその唇と舌で愛情表現をしていた。

 

 一頻りお互いの唇を堪能した二人。

 

 ロクサーヌはシンの鎖骨辺りに頭を預け、そんなロクサーヌの頭にシンは自身の頬を当て、目の前の景色を眺めていた。

 

 

「凄く綺麗ですね......」

 

「ああ。こんな風景は滅多に拝める物じゃないが、俺の国が出来た暁にはこういう開放的な浴場を作るのもありだな」

 

「いいですね!完成した際にはまたこうして一緒に入りましょう」

 

「もちろんだ......」

 

 

 シンの体に寄り添うロクサーヌと、そんな彼女を抱き寄せながら口にするシン。

 

 その後、じっくり湯船を堪能した二人は風呂から上がり、体から滴る水滴を適度に拭き取り、体にタオルを巻き付けた。そんなロクサーヌの姿を見たシンはもはや我慢の限界だったらしく、ロクサーヌをお姫様抱っこで寝室に強制連行し、彼女から許可を貰って一晩中愛し合った。のちにロクサーヌは頬を赤らめながらこう語る、「あれは竜です。勇者が強大な敵に立ち向かう気持ちが今ならわかります.....」と、そして勇者には強力な仲間が必要なのだと口にしたそうだ。

 

 

 

 ...........

 

 .....................

 

 ..............................

 

 

 

 二人が情熱的な契りを交わしてから数十日が経過した。

 

 その間に二人は様々なことに着手した。

 

 書庫にある本で知識を蓄え情報共有をしたり、戦闘訓練をしたり、愛を確かめ合ったり、獲得した技能や魔法の実験をしたり、愛を確かめ合ったり、新しい技能や魔法の獲得に挑戦してみたり、愛を確かめ合ったりなどをしていた。決して遊んでばかりではなかった事だけは保証しよう。ただ、ちょっとばかし所構わず情事に励んでいた事には反省している二人であった。

 

 そんな事がありつつも、二人はこの数十日間でかなりの成長を遂げていた。

 

 シンは白い要が自分の体を乗っ取っていた際、手当たり次第獲得していた技能を把握する事やそれを使いこなす事にも励みつつ、精霊(ジン)の宿る金属器を使いこなす事に勤しんでいた。だが金属器を扱うにはまだまだ修練が足りないらしく、今一番まともに扱える精霊(ジン)の力はバアルとフェニクスだけである。しかし、その代わりと言うにはあれだが、力魔法の扱いはかなり上達し、神代魔法の一つ変成魔法はシンと相性が良かった。付与魔術師としての力量もかなり成長していた。

 

 一方のロクサーヌはその速さと剣技に、より一層の磨きをかけていた。ロクサーヌが元々持っていた愛剣は破壊されてしまったが、この氷雪洞窟最奥の邸宅には様々な武具が保管されていた。それらを使い自己鍛錬をしたり、時にはシンと試合をしたり、大小様々な剣を扱える様に特訓をしていた。[豪脚]の派生技能を幾つか習得し、彼女のスピードはより洗練させている。その速さはまさに雷速。それこそシンが瞬光を使わなければ反応するのが難しい程に成長をしていた。

 

 そして二人は今邸宅の外にある氷の神殿風建造物、つまりシン達がこの氷雪洞窟の最奥にやってきて最初に見た場所へと戻ってきていた。

 

 

「ようやくですね」

 

「ああ。ようやく俺達の冒険を始められる.....!」

 

 

 最初にこの場所に訪れた時とは装いが違う二人。

 

 シンはロクサーヌが見立てた金細工が施された白い衣装に身を包み、七つの金属器を身につけている。他にも金の耳飾りや銀の首飾りを身に纏い、長い髪を纏める銀の髪留めをつけている。髪留めで纏めきれなかったシンの長く少し癖のある襟足の髪は首元から体の前に垂れ下がっている。

 

 その姿は威風堂々とした佇まいで、まさに一国の王と思わせる姿だ。

 

 一方ロクサーヌもここに来た時とは衣服が違う。

 

 以前着ていた緑色のベストやピッチリしたレギンスパンツはボロボロになり、今は邸宅で見繕った服装を身に纏っている。

 

 襟のついた白色のノースリーブに、濃紺のベリーショートパンツ、黒のサイハイブーツ姿。首元には今のシンの髪色によく似たスカーフを巻いている。そして何より目を引くのが、がっつり丸見えなロクサーヌのヘソと中途半端に締めたノースリーブから稀に見える下乳である。ロクサーヌ曰く、『大事なところは絶対に見えないので大丈夫です!』との事だが、違う、そうじゃない。

 

 ロクサーヌの引き締まった魅力的なウエストに、暴力的な胸部が生み出す健康的な下乳。それもロクサーヌという超絶美人がこんな格好をしていたら、すれ違う男全員が四度見ぐらいはするだろう。

 

 似合ってはいるが心配になったシン。

 

 だがシンから似合っていると言われ、余程嬉しかったのかロクサーヌはとびっきりの笑顔を浮かべた。そんなロクサーヌの表情を見ては、もはや何も言えなかったシン。ちなみに、つい褒められた事で調子に乗ったロクサーヌがその格好でシンを誘惑した結果、見事に返り討ちに遭い、シンに美味しくいただかれたそうだ。

 

 とまぁ、そんなこんなで二人は新たな装いと決意を胸に神殿の床に刻まれた魔法陣に立った。

 

 すると攻略の証として手に入れた水滴型のペンダントが反応し、魔法陣が発光し出した。

 

 そして、眼前にある神殿の下の地面に張り巡らされた水が凍り出しそれが巨大な卵形の氷解に形成された。

 

 それがビキビキッ!と音を立て氷の卵が割れた後、中から出てきたのは氷で出来た竜だった。その竜は長い首を二人の前に差し出し、背中に乗るよう指示する態度を示した。

 

 

「ははは!これはまた、粋な事を考えたものだ!」

 

「私、竜の背に乗るなんて初めてです.....!」

 

「俺もだよ。開幕の合図に最高の演出だよ、まったく」

 

 

 これからの冒険により一層期待で胸が膨らむ二人。しかし、この先待ち受けている他の大迷宮でなんとも言えない気持ちに塗り変わって行く二人なのだが、それはまだ先の話。

 

 二人を背に乗せた氷竜はその翼をバサッ!と大きく広げはためかせると、上へと飛翔した。

 

 そして天井とぶつかる寸前、天井の氷が溶け出し、円形の通り道が出来上がり、その通り道を止まる事なく氷竜が抜けていく。

 

 円形の通り道を抜け外に出たが、氷竜はさらに上昇し、分厚い雪原の雲も飛び越えた。

 

 その先で二人が見たのは、分厚い雲の世界を照らす朝焼けの眩しい光景だった。思わず二人は歓喜の声を漏らす。のぼり始めている太陽の暖かさが二人の体を優しく温め、照らし出す。

 

 そんな景色を見せてくれた氷竜は雲海の上を飛翔し、太陽の方角から見て北西に向かって飛んでいた。

 

 

「シンさん、このままだと師匠の家から遠ざかってしまいます!」

 

「ああ、少し名残惜しいがこの氷竜とはここでお別れだな。行くぞ、ロクサーヌ!」

 

「はい!」

 

 

 二人は手を繋ぎ、氷竜の背から飛び降りた。

 

 しかし、そのまま落下する事はなかった。シンの力魔法によって二人は雲海の上でシンの虹霓の魔力光に包まれ、その場で停滞していた。

 

 

「ありがとなぁ〜!氷の竜!」

 

「いい景色を見せてくれてありがとうございま〜す!」

 

 

 二人はここまで連れて来てくれた氷竜に手を振り、感謝の言葉を伝えた。

 

 それに応えるかの様に氷竜は咆哮を上げると、バサッ!と翼をはためかせ、雲海の下へと潜っていった。その際、二人に対して最後の祝福を送るかの様に、氷竜が通った道に残った細氷が朝焼けで照らされ、キラキラと輝き、綺麗な道となっていた。

 

 本当に粋な事をするなぁ、と思ったシン。

 

 大迷宮内での試練の内容は少し嫌らしかったが、それでも芸術的な面では最高の物を見せてもらった。

 

 ヴァンドゥル・シュネー。氷雪洞窟最奥の邸宅で知った解放者の一人で、あの大迷宮の創設者。

 

 

「あんたに敬意を表するよ、ヴァンドゥル・シュネー......」

 

「行きましょうシンさん。師匠に攻略の報告をしませんと」

 

「そうだな......行くぞロクサーヌ!手を離すなよ?」

 

「はい、絶対に離しません!シンさんこそ、勢い余って手を振り解かないでくださいね?」

 

「何言ってんだロクサーヌ。俺がお前の手を離すわけないだろ?........さあ、行くぞロクサーヌ!ロバートさんに聞きたいことや、報告しないといけない事がたくさんあるんだからな!」

 

「はい!」

 

 

 そうして二人はロバートが待つシュネー雪原の山脈地帯にある隠れ家へと飛んで行った。

 

 彼らが通った雲海上の空には、虹霓の光が尾を引いて残っており、まるで二人がこの先辿るであろう道の軌跡の様に見えた。

 

 

 






補足


『要進が所持する金属器』

【刀剣】
・メルドから貰った刀剣に〝バアル〟が宿っている。

【短剣】
・リリアーナからの贈り物である短剣に〝フェニクス〟が宿っている。

【銀のタリスマン】
・ロバートから貰ったタリスマンに〝アガレス〟が宿っている。

【銀の腕輪】
・園部優花に贈り物をした際、一緒に購入した首飾りを加工し直した物。シンの右手首にある銀の腕輪に〝フォカロル〟が宿っている。

【赤い宝石の指輪】
・新たに身につけた指輪。シンの右手中指に嵌められており〝ゼパル〟が宿っている。(シンドバッドの金属器と大体同じ)

【金の腕輪】
・新たに身につけた腕輪。腕輪と言うより、腕の防具の様に大きく装飾が凝らされた手甲の様な銀の腕輪。左手首に身につけており〝クローセル〟が宿っている。(シンドバッドの金属器と大体同じ)

【金の首飾り】
・三つの赤い宝石が付いた金の首飾り。楕円形の黄金が連なった様な首飾りで〝キマリス〟が宿っている。(シンドバッドが身につけている金の首飾りと大体同じ感じ)



『シンが新しく身につけた予備の装飾品&衣装』

「金の耳飾り」
・金の細い円柱状の棒を円形に丸めた一対の耳飾り。(シンドバッドが身につけている物と大体同じ物)

「銀の首飾り」
・金の首飾りより断然サイズが大きい銀の首飾り。大きめの青い宝石が埋め込まれ、三日月型の金板やボールチェーンなどが付けられている代物。(シンドバッドが身につけている物と大体同じ)

「銀の髪留め」
・筒型の銀の髪留めで、緑色の小さな宝石が埋め込まれ、幾何学的模様が刻まれた物。これでシンは長い髪を束ねている。(オリジナル)

「シンの新しい服装」
・全身白で統一された服装。所々に金の装飾が施されている。
(原作マギの単行本第29巻の表紙に描かれているシンドバッドの服装と大体同じ。ズボンは白の袴っぽい物に変えてます)



『ロクサーヌの新しい服装』

「ロクサーヌの新衣装」
・黒のカチューシャはそのまま。襟が付いた白のノースリーブに、青寄りの濃い青紫色のスカーフ、濃紺のベリーショートパンツ、黒のサイハイブーツを着ている。(ゴッドイーター2のアリサの服装に近いものをイメージしています。流石にスカートは違うかなと思ったのでショートパンツに変更しました)





次回から第二章開幕です。
新キャラ続々登場。シンの隣にはやっぱり赤い髪が必要だなと思います。


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第二章
カタルゴ大陸



新章開幕により続々と新キャラ登場予定。


(※ヒロインとのイチャラブR18シーン第一話投稿しました。気になる方は本作説明欄のURLからどうぞ)




 

 世界各地で大規模な異変が起こり、早くも一カ月近くが経とうとしていた頃、ロバートはいつもの様に自身の工房で新たに魔道具を開発していた。

 

 そして完成させた一本の剣。

 

 それは片刃の湾刀でサーベルにもよく似ているが抜刀のし易さと斬撃性に特化した造りをしていた。さらに二匹の銀の蛇が絡み合った様な形の鍔が付けられている。この場所にシンが居ればそれを見た瞬間真っ先にこう思うだろう。

 

 日本刀だ、と。

 

 ロバートは()()()と魔道具や武器の製作を続けてきた魔道具製作の名工。その果てに、彼はこのトータスで初となる太刀の開発に成功していた。そしてその太刀にはロバートが長い生の中で冒険し、手に入れた()()()()が付与されている。

 

 ロバートが作り上げたアーティファクトの中で、その太刀は()()()の出来であった。

 

 そんな三番目の傑作を眺めながら、ロバートは一人呟いた。

 

 

「これではまだ届かない、か.......フッ」

 

 

 自嘲気味に鼻で笑ったロバートは、その太刀を投げ捨てた。すると、投げ捨てられた太刀は地面に落ちる寸前で空中で停止した。いや、正確には何者かによってキャッチされていたのだ。

 

 

「それも閉まっておいてくれ、バウキス」

 

 

 ロバートはなんでもない事の様にその者の名を呼んだ。だが、それは人ではなく、体長一メートル程の真っ白な鱗と空色の瞳をした蛇の魔物だった。

 

 ロバートがまだ若かりし頃に出会った番の一匹であり、ずっと一緒に暮らしてきた相棒的存在。

 

 バウキスの事を知っている者は、今やロバートのその子供のみ。ロバートの弟子であるロクサーヌにすら未だ教えていない。バウキスは人見知りというか、極度に他人と関わろうとしないのだ。だからロバートは安易に彼女(バウキス)の存在を他人には漏らさなかった。最もロバートがバウキスの存在を口にしなかった理由はもう一つあるのだが。

 

 そんなバウキスはロバートが投げ捨てた太刀を受け取り、それを丸呑みにした。その体ではどうあっても飲み込めるわけがない太刀をだ。それも体の形を全く変える事なく。

 

 ただ特殊な個体というにはあまりにも説明不足な現象を前にロバートはそれすらなんでもない様に視界の端で捉えていた。

 

 

「ゴホッ、ゲホッ、ガハッ........はぁ、あまり()()()()()な......」

 

 

 ロバートが唐突に咳込み、そんな事を口にした。

 

 そんなロバートを心配そうに見つめる白蛇のバウキス。

 

 

「心配するな、いつもの事だ........」

 

 

 そう言ってロバートは自身に()()()()()を施した。そして不意に視界に入った自身の赤い髪の中に数本白い毛を見つけ、それを雑に抜き捨てた。

 

 その時、彼は工房の外に現れた二つの気配を感じとり、工房の入り口である重い扉を開いた。

 

 

「随分と遅い帰りだったな、二人とも.....」

 

「お久しぶりです、ロバートさん....いえ、ロンさん」

 

「只今戻りました師匠!」

 

 

 そこに居たのは、一ヶ月以上前に送り出した弟子と人族の少年だった。いや、目の前の男を子供扱いするのは失礼かもしれない。何せ以前ここに流れ着いた時とは違い、纏っているオーラや魔力が明らかに変わっていた。憑き物が取れたかの様に、そして以前よりどことなく()()()に似ている。

 

 

「.......もうお前を小僧呼ばわりは出来ないな」

 

「なら俺のことは“シン”と普通に呼んでください、お義父さん」

 

「ああ、わかった。ならそう呼...............待て、今なんと言った?」

 

「お義父さんと呼びました」

 

 

 その一言と二人の様子で全てを察したらしいロバート。

 

 

「........はぁ〜、お前達は大迷宮で一体何をしていたんだ.....?」

 

「まぁまぁ師匠。そういう事も含めて色々話したいですから、まずは家の中に入りましょう!」

 

「........はぁ〜。ああ、そうだな.........シン、詳しく聞かせろ」

 

「ええ、もちろんです」

 

 

 ロバートは工房を出て、シンとロクサーヌと共に隠れ家の中に入って行った。

 

 そしてロバートは帰ってきた二人が硬く手を繋いでいる姿を見て、溜息が出る思いでありつつも成長した弟子の嬉しそうな顔を見て少しホッとしたのであった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 隠れ家に入り、軽い食事をしながら会話を始めた三人。

 

 久しぶりにロクサーヌの手料理を口にしたロバートは相変わらず彼女の手料理に対しての感想が少なかった。そんなロバートを見て苦笑を浮かべたシンとロクサーヌは、戻ってきたのだと改めて実感した。

 

 そしてシンとロクサーヌは大迷宮での出来事を掻い摘んで説明した。

 

 それをロクサーヌが淹れてくれたお茶を飲みながら無言で聴き続けていたロバートがようやく口を開いた。

 

 

「大体の経緯は理解した。お前達がどれほどの山場を超えてきたのか、そしてその末にお前達が今の関係をどんな風に築いたのかもな.....」

 

「ロクサーヌは俺にとって大切な女性で、手放したくない俺の恋人です。お義父さん、娘さんを俺にください!」

 

「シンさん........!」

 

「お前それを言いたいだけだろ?お前の目からは、『もう貰ったから口出しするなよ?』という意思しか感じられん」

 

「えへへ.......やっぱわかりますか?」

 

「ああ。まぁ、俺はそれに反対する気はない。それに、これはロクサーヌが選んだ道だ。俺がとやかく言う話ではないだろう...............だが、ロクサーヌを泣かせる様な真似だけはするな、いいな?」

 

「それは勿論。俺自身と俺の夢に賭けて誓います」

 

「夢、か...........」

 

 

 不意にロバートが少しだけ遠い目をし、まるでシンの言葉に浸っている様だった。

 

 

「師匠......?」

 

「.......なんでもない。それで、お前がその夢とやらを成し遂げる為の力が.....それか?」

 

 

 先程の様子とは打って変わって、ロバートは険しい視線をシンが身につけている装飾品に移した。それを見てシンは腰に携えていた刀剣を抜き、ロバートの前でその刀身に刻まれた八芒星の魔法陣に魔力を送り発光させて見せた。

 

 

「ええ、これが精霊(ジン)の金属器。異界の精霊が宿った道具です。この世界での分類上ではアーティファクトに該当するらしく、アーティファクトと同様にそれぞれの魔法が使えます。これをあと六つ、俺は所持しています」

 

「そうか..........シン、その力はこの世界では異端の物だ。扱い方は十分に注意しておけ」

 

「はい、それはもちろん重々理解しています」

 

「........盗まれたりするなよ?」

 

「はは、そんなヘマしませんって!」

 

 

 そんな馬鹿な事するわけない、と笑って返すシン。だがその後に、盛大にフラグを回収することになるとは誰も思わなかった。

 

 

「そもそもこの金属器は他人には扱えない代物です。盗んだところで使い物にはならないですから、他人に悪用されるなんてことはありません」

 

「..........ふむ、やはりそうか........」

 

 

 するとロバートが自身の顎を撫でながら何かを考え始めた。そんなロバートを見てシンとロクサーヌは訝しそうにお互いの顔を見合わせていると彼の口が開いた。

 

 

「.........シン。俺は、それと同じ物を知っている」

 

「「ッ!?」」

 

「正確には()()()()()()()と言うべきだろうな。お前が先程言った〝他者には扱えない〟という点、それと〝異界の精霊が宿る〟という点で俺が知ったものと同じ物、或いは同系統のアーティファクトであるのは間違いないはずだ」

 

「シンさんと、同じ金属器使い.....?そんな人が他にもいたんですか.....!?」

 

「お義父さん、それをどこで知ったんですか?いや、一体誰に()()()()()()()んですか?」

 

「お義父さんはやめろ、気が抜ける.....」

 

 

 シンはそれが一体誰なのか気になった。もしかしたら、打倒神を志す同志にして自分と同様に精霊(ジン)に選ばれた存在、王の器と認められた特異点持ちかもしれないからだ。

 

 その問いにロバートは数秒()を置き、決心した様な顔つきになって語り始めた。

 

 

「.......お前達が大迷宮攻略に向かった後だ。俺はとある女と出会った」

 

「女性の方、ですか......?」

 

「そうだ。黒いローブの様な布を頭から被り、銀の鎧を身につけた白髪の仮面の女だ。名前は〝ヴィーネ〟」

 

「ヴィーネ、ですか。その女性が俺と同じ金属器を?」

 

「ああ。その女はお前が見せた物と同じ様に、黒い筒の様な鉄の塊に魔法陣を刻んでいた。そしてそれが精霊が宿る金属器だと俺に見せた」

 

「その女性は今どこに?」

 

「ここには居ない。あの女は俺に作って欲しい物があると言ってきて、それが完成してすぐにそれを持って北へ向かった。一ヶ月くらい前のことだ」

 

「師匠が会って間もない怪しい女性にそこまでしたんですか!?」

 

「少なくとも信頼は出来ると判断した。お前達の事も知っている様子で怪しいとは変わりとは思ったが、あの女の言葉に嘘は無かった。だから頼みを聞いてやったまでだ。そしてあの女はこうも言っていた。()()()()()()だと」

 

「解放者.......」

 

「お前達も知っているだろう。この大陸において解放者とは、七大迷宮の創設者にして遠い昔に神に抗った存在だと」

 

「はい。氷雪洞窟の奥にそんな事が書かれた書物がありました。ですがその人達は......」

 

「ああ、すでに死んでいる。何千年も昔の人物なのだ、当然の話だ。だが奴は“現代の”と言った。大方どこかの大迷宮を攻略し、世界の真相知ってそれを名乗っているのだろう」

 

「.........ロンさんも、この世界が神の玩具にされている事を知ってたんですね」

 

「ああ、知っている.......知っているとも..........」

 

 

 ロバートは珍しく怒りの籠った声でそう呟いた。その顔はロクサーヌですら今まで見た事ない程に憎悪を煮え滾らせた表情を浮かべており、それと同時に何かを嘆く様な悲しい瞳をしていた。

 

 そしてそんな激しい感情を落ち着かせる為にロバートは一度息を吐き捨て、冷静さを取り戻し話し合いを再開させた。

 

 

「とにかく、あの女は神を打倒する為にと俺に協力を求めた。俺の[心眼]の力はどんな存在だろうと、その者の言葉の真意を見抜く事ができる。その結果、あの女の言葉に偽りがないのは証明できた。それに過去だろうと現代だろうと、あの女が何者かなど俺には関係ない。あの憎き邪神を葬り去る為に協力すると言うのなら是非もない話だ」

 

 

 ロバートの決意は本物だった。

 

 そこにどんな思いが詰まっているのは定かではないが、信頼している彼がそこまで言うのだ。そんな彼の言葉を信じるのは当然だと、シンとロクサーヌは強い意志を持って応えた。

 

 

「ロンさんがそこまで言うのなら俺もその人を信じます。それに同じ様に神を倒すことを掲げている身としては少しでも戦力は欲しいですから」

 

「はい。シンさんの夢の為には多くの人達の力が必要ですからね」

 

「...........そういえば、その夢について聞いていなかったな。お前が掲げた夢とは一体なんだ?神を殺す事か?」

 

「神を殺すのは、俺の夢の過程でしかありません」

 

「ほお、神殺しはあくまで夢の為の前座でしかないと?お前はその先で何を求める?」

 

「国です。()()()()()()()を作ります」

 

「ッ!?」

 

 

 シンの言葉にロバートは目を見開き驚いていた。

 

 シンの口からまさかその言葉が出てくるとは思ってもいなかったロバートは、真っ直ぐにシンの瞳を見つめた。

 

 瞳の色が以前と変わっているが、ここに来た時と同じ様に真っ直ぐで力強い瞳。あの時感じた自傷的な淀みはもうどこにもない。あるのはただ、自分の言葉を信じて疑わない信念と覚悟だった。

 

 

「ククク.......」

 

 

 ロバートは笑っていた。顔を俯かせ、掌で顔の上半分を覆い隠し、とても嬉しそうにクツクツと笑っていた。そして彼の手で覆い隠された両目に、何か熱いものが込み上げてくるのをロバートは感じていた。

 

 

(嗚呼、貴様の言う通りだったぞヴィーネ。この男なら託せる。俺と(アイツ)の果たせなかった夢を........!」

 

 

 唐突に笑い出したロバートを見て『師匠が壊れた!?』とオドオドしているロクサーヌ。だが、シンは真剣な表情でロバートを見つめていた。彼の掌で隠された瞳の端で煌めく水粒を見たからだ。それが決して笑いすぎたせいで生じた物ではないと理解して。

 

 ほどなくしてロバートは何事も無かったかの様に顔を上げて見せた。その目に水粒はもうない。

 

 

「.........お前達に見せなければならない物がある」

 

「見せなければ、ならないモノ.........?」

 

 

 ロバートがそう告げると席を立ち、どこかへ行ってしまった。

 

 おそらく、ロバートの言う見せなければならない何かを持ってくるつもりなのだろうと思い、彼の行動をただ見ていたシンとロクサーヌ。

 

 するとロバートはそんなに時間を掛けずに戻って来た。

 

 だが、彼の手には何も無かった。その代わりにロバートの腕には真っ白い何かが巻き付いていた。それが何なのか二人はすぐにわかった。

 

 蛇だ。それも体長一メートル程の真っ白い蛇で、その瞳は晴天の空の様に透き通った色をしている。滑らかな体表にある全身の鱗はまるで雪の様に真っ白だった。

 

 その白蛇は体をロバートの腕に巻き付けながらモゾモゾと動き、舌をチョロチョロと出しながらシンの方をじっと見ていた。

 

 

「それが、師匠が私達に見せなければならないモノ.....ですか?」

 

「いや、違う。彼女をここに連れて来たのは、その準備のためだ。バウカス、いつもの奴を出してくれ」

 

 

 バウカス、それが白蛇の名前らしい。

 

 ロバートにそう頼まれた白蛇(バウカス)は口をガパッと開き、ロバートの掌の上に何かを吐き出した。

 

 吐き出された物は指輪だった。二匹の蛇が絡み合った様な姿を模した宝石付きの指輪だ。蛇の口から出て来たわりに、粘液らしい物は一切付着していない。それを慣れた手つきで指に嵌めたロバート。

 

 

「この指輪は俺が作ったアーティファクトだ。これには空間魔法という俺が大迷宮を攻略し手に入れた神代魔法が付与されている」

 

「空間......そんな神代魔法が......!」

 

「ちなみにそれで異世界に渡るという事は?」

 

「残念だがそこまでの力は無い。お前が元居た世界に行くのは無理だ」

 

「やはりそうですか..........ん?」

 

 

 空間魔法と言えどそこまでの力は無いらしい。シンは念の為にとロバートに尋ねるが、返ってきたのは予想通りな言葉で、そんなに甘くは無いかと肩をすくめた。

 

 するとその時、シンは自分の足元で何かがモゾモゾと動く気配を感じた。

 

 

「あれ?こいつさっきまでロンさんの腕に巻き付いてた....」

 

 

 そう、白蛇(バウカス)がシンの足に絡み付いていた。さらにバウカスはニョロニョロとシンの体を這いながら服の中に潜り込み、とうとうシンの首元にまで登って来ていた。

 

 

「し、シンさん!?」

 

「ほお。お前のことが気に入ったみたいだぞ、シン」

 

「マジですか.....」

 

 

 シンとバウカスの目が合う。だがバウカスはすぐにそっぽを向き、シンの服の中に潜り込んでしまった。本当に気に入ったのかな?

 

 

「師匠、その白蛇って雌なんですよね?」

 

「ああ。もう五百年は生きている雌の雪蛇で、(つがい)の雄が居たんだが今はもういない。かなり珍しい個体の魔物だ」

 

「魔物で未亡人、ですか.........」

 

 

 シンを見つめるロクサーヌの視線が何やらジトッとしていた。その視線がシンの懐に、具体的に言うと服の中にいるバウカスに刺さっている。

 

 

「ろ、ロクサーヌ......?」

 

「やっぱりシンさんって、天然の女誑しなんじゃないですか?いえ、この場合ですと......雌誑し?」

 

「言い方がひどい。流石にそれは偏見だと思うぞ?大体何を根拠に......」

 

「女の勘、いえ匂いですね。雌の本気臭を感じます!」

 

「言い方ァ!!」

 

「おいお前達。イチャついてないで早くこっちに来い」

 

「あ、はい!」

 

「うぅ、俺何かしたかなぁ〜.......?」

 

 

 ロバートが二人に近くに来る様に催促をする。ロクサーヌは小走り気味にロバートの隣に歩み寄り、シンは泣きそうな面でロバートに言われるがまま、とぼとぼと歩み寄って行く。

 

 そんなシンを見兼ねてバウカスが尻尾でシンの頭を撫でていた。その優しさが心に沁みたシンはお礼にバウカスを撫でてやろうとするも、あっさりと躱され、バウカスはまたシンの懐の中に引っ込んでしまった。やっぱり悲しい。

 

 

「何をするのですか、師匠?」

 

「この指輪を使ってある場所に転移する」

 

「その場所というのは?」

 

「遥か太古からこの世界で人知れず君臨する最強の魔物、()()()達が住まう未開の地〝カタルゴ〟だ」

 

「!?赤獅子......!」

 

 

 その名は大迷宮攻略でシン達を何度も救ってくれたロバート謹製の防具、その素材として使われていた魔物の名であった。

 

 シンがロバートに聞こうと思っていた事で、まさかこんなタイミングでその真相を知れるとは思ってもいなかった。

 

 

「そして彼らはこうも呼ばれている。“戦闘民族ファナリス”と」

 

 

 するとロバートが指に嵌めた蛇の指輪が発光し、三人が立っている床に魔法陣が現れた。

 

 次第に魔法陣の輝きが強くなり次の瞬間には三人の姿が消え、ロバートの隠れ家には誰も居なくなった。

 

 

................

 

..........................

 

.......................................

 

 

 

 異世界転移から始まり、すでに何度も経験した事のある空間転移。

 

 転移の光に包まれ体が浮き上がる様な感覚が消えた後、シンは転移先の地に降り立った。

 

 もはや転移自体に驚く事がなくなっていたシンだったが、流石に目の前の光景には驚きを隠せず、思わず空いた口が塞がらなかった。

 

 

「は、はは.......ここが、“カタルゴ”......!」

 

 

 思わず目の前の光景に笑みを溢すシン。

 

 太陽から感じる強い日差しは王国でも感じた事がないほどで、その日の光がどこまでも続く赤銅色の大地と岩肌を明るく照らしていた。

 

 点在する木々や草花は見た事も聞いた事もない物ばかりで奇妙な形をしている。シダの葉に形が似ている赤く大きな花や、地面から伸びる蔦だけの植物は渦巻き状の形でまるで蚊取り線香の様に煙を出している。その他にも卵みたいな形の植物や、変な色をした大きなキノコなど気になる物ばかり。

 

 木々もシンが見た事ない物ばかり。それはロクサーヌも同じらしく、目の前の光景全てにキラキラと瞳を輝かせていた。

 

 すると、何かが大地を強く踏み歩く様な地響きがシンとロクサーヌ、そしてロバートの耳に届いた。

 

 それは徐々に三人のところに近づいて来ており、ロクサーヌが少し警戒していた。しかし、その正体が何なのかわかると、シンと警戒していたロクサーヌは唖然とソレを見上げ、またまた空いた口が塞がらなくなった。

 

 

『おお!転移陣が起動する光が見えたと思えば、やっぱり来ていたかロン!今回は随分と早かったな。ん?そこの二人は?』

 

「ああ、こいつらは俺の弟子とその恋人だ。お前達に紹介しておこうと思ってな」

 

『お前がここに連れて来たという事は、同志という事だな?』

 

「ああ。実力も俺が保証しよう」

 

『そうかそうか!!お前が認めるほどの同志か!ならば盛大にもてなしてやらねばな!』

 

 

 上機嫌っぽい巨大な“ソレ”はガハハハッ!と笑い、ソレが自身がやって来た方角に向かって手招きをしていた。

 

 すると同じ様な見た目と巨体をした者達が続々とシン達の前に姿を現した。中には子供もいるがやはり巨体である事は変わらず、シンの身長の三、四倍は大きかった。そんな巨体の子供達は珍しい物を見る様な瞳で、キラキラと瞳を輝かせシン達を見ていた。

 

 

「あ、あの師匠.......これは一体...........」

 

「さっきも言っただろ。俺達が今いるのは未開の地“カタルゴ”、そして目の前にいる奴らが高い知能と戦闘力を誇る最強の魔物“赤獅子”だ。又の名をファナリス」

 

「これが.......!」

 

「こいつらがファナリス.......!はは、すっげぇ.....!」

 

 

 鋼の様な硬い鱗に覆われ、猫の様な耳を生やし、筋骨隆々な巨獣。尻尾の形は獣というより竜の様に太く長い。剥き出しの鋭い牙に、口角から耳の方へと伸びる槍のような突起物、目の縁をなぞる様な黒い模様。

 

 そして何より特徴的なのは赤獅子達全員が同じ様に深紅の長い立髪を生やしている事だ。頭から尻尾の先まで生えている深紅の長い髪。この深紅の髪こそ、赤獅子と呼ばれる由縁なのだろう。

 

 そんな赤獅子達の中で一匹だけ、長い赤髪を前に垂らし顔を隠している奴がいた。

 

 その赤獅子は自分よりも背の小さいシン達を見つめていた。

 

 彼の名は“レオニス”。

 

 一族の中で特に“臆病者”と罵られて来た、気弱な赤獅子。

 

 そんな彼がシンと出会った事で、今後の自分の運命を変える事になるとは彼自身わからなかった。

 





補足


『登場した技能』

「心眼」
・ロバートが持つ技能で、相手の言動の真偽を見破る力がある。



『登場した魔道具orアーティファクト』

「ロバート謹製の太刀」
・今までロバートが手掛けて来た武器系アーティファクトの中で、トップ3に入る武器。刀身は片刃で細く、鍔には二匹の銀の蛇を模した形をしており、柄と鞘は黒色で統一されている。神代魔法が付与されている。


「ロバート謹製の空間魔法を行使できる指輪」
・二匹の蛇が絡み合った様な形をした銀の指輪で、小さな宝石も埋め込まれている。この指輪を使う事でいつでもカタルゴの転移陣に転移する事ができる。



『新キャラ』


「雪蛇の〝バウキス〟」
・かつてロバートが大迷宮攻略をした際に出会った白い蛇の番の一匹。雪蛇という雪原に生息すると魔物で、空色の眼は特殊個体である事を表す。ロバートの変成魔法によって強化されているが、付与された空間魔法によってバウキスの胃袋は異空間と化している。人見知りで臆病な性格のためロバート以外にはあまり顔を見せようとしないが、シンの事は気に入ったらしい。


「赤獅子“ファナリス”」
・カタルゴという未開の大陸にいる魔物。赤獅子が種族としての正式名称で、ファナリスはファミリーネームみたいな物。最もそれを名乗る事が許されるのは、大人達に認められた戦士だけの特権。
鋼の様な硬い鱗に覆われ、猫の様な耳を生やし、筋骨隆々な巨獣。尻尾の形は獣というより竜の様に太く長い。剥き出しの鋭い牙に、口角から耳の方へと伸びる槍のような突起物、目の縁をなぞる様な黒い模様。そして何より特徴的なのは赤獅子達全員が同じ様に深紅の長い立髪を生やしている事だ。頭から尻尾の先まで生えている深紅の長い髪。この深紅の髪こそ、赤獅子と呼ばれる由縁の物。
大人の個体であるなら全長20m強はある。数は少ないが、長命。
大昔に竜と戦い勝った事があるとかないとか.......


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王と赤獅子


 未開の大陸“カタルゴ”で出会った赤獅子達。
 
 彼らとの出会いはこれからのシンの冒険にとって必然だったのかもしれないーーーーーー。




 

 未開の大陸カタルゴにやって来たロバート、シン、ロクサーヌの三名。

 

 そこに遥か太古から住まう知性を持った魔物“赤獅子”。ロバート曰く、赤獅子は今まで出会って来たどの魔物よりも強大な戦闘力を有しているらしい。魔力量は少ないが、魔法耐性が高いうえに強靭な肉体と硬い鱗、圧倒的な身体能力で狩りを行う。

 

 道中その狩りの様子を見せてもらったのだが、カタルゴに着いてすぐは確認できなかった他の魔物達は赤獅子と同様の巨体を有していた。

 

 王都にいた頃に冒険者をやっていたシンでも驚く程の巨体と規格外な能力を持つ魔物ばかり。そんな原生する魔物達をいとも容易く蹂躙する赤獅子。ハッキリ言って、赤獅子はオルクス大迷宮で遭遇したベヒモスが霞む程の強さだった。今のロクサーヌでも正直勝てるかどうか怪しいぐらいだ。

 

 そんな赤獅子達と出会ったシン達一行は現在、赤獅子達と共に彼らが生活している里へと向かっていた。

 

 

『ほんとに浮いてるーー!』

 

『シンすごいすごぉーい!』

 

『なぁなぁ。人間なのに何でシンってそんなに力があるんだぁ〜?』

 

『シンはファナリスなのか〜?戦士なのか〜?』

 

「俺はファナリスでも、戦士でもないぞ〜?それよりさっきから頭を噛んでるのは誰だ〜?」

 

『私ぃ〜!ガジガジ....』

 

「やめろクポン。お前もチックみたいに放り投げるぞ〜?」

 

『投げて投げて〜!!』

 

「何でそこで喜ぶんだよ。あーらよっとォッ!」

 

『キャ〜〜〜!!』

 

『俺も俺も!』

 

『ペールも投げて〜!』

 

 

 シンは早速、赤獅子の子供達と仲良くなっていた。

 

 シン達がここに来たのを珍しそうに見ていた赤獅子の子供達(体長五メートル強)はシンとロクサーヌに興味津々だった。だがその巨体で人間相手に(じゃ)れ付かれるとひとたまりもない。

 

 そこでシンは身体強化と[力魔法]で赤獅子の子供達の牙や爪を防御し、手始めに子供達でお手玉をして見せたのだ。やられている赤獅子の子供達はワーキャーと楽しそうな声をあげ、そんな事を続けているうちに放り投げる事を前提とした遊びが確立してしまった。赤獅子は子供でも丈夫ならしい。

 

 今シンの周りにいる子供達は五匹。シンの頭をガジガジと噛んでいたのは“クポン”。クポンの前に放り投げたのが“チック”。最後におねだりして来たのが“ペール”で、絶賛力魔法で宙に浮かせている二匹は“ミュロン”と“ムー”である。

 

 あしらっているとは言え、体長五メートル以上の魔物の子供を相手に奮闘するシンは平然としていた。その上、久しぶりに子供と遊んでいる事を実感しているのか意外と楽しそうにも見える。しかし、側から見ていたロクサーヌとロバートは段々シンの姿が赤獅子の子供達で埋め尽くされていくのを見て戦慄していた。

 

 ちなみにシンがクポン達から聞いた話によれば、赤獅子が種族としての名称で、ファナリスは戦士として認められた者に与えられる名前らしい。

 

 

「あ、あの、師匠.......シンさんが.......!」

 

「放っておけ。お前があの輪の中に入ったらひとたまりもない。あいつなら大丈夫なはずだ」

 

「で、ですが........」

 

 

 何とも微妙な表情を浮かべシンを心配しているロクサーヌ。そんなロクサーヌに対してロバートは彼女の事を考えた上で言葉を口にした。

 

 実際、ロクサーヌがあの輪の中に入ればひとたまりもないだろう。未だに子供達をポンッポンッ、ホイホイ、と放り投げているシンが異常なのだ。それも無傷で。

 

 子供達がはしゃいでいる姿を見て、彼らの親御さん達は大満足な様子。

 

 そんなこんなで、到着した彼らの里。

 

 里と言ってもそこに彼らの家が建っているわけではなく、綺麗な水場に囲まれた大きな岩山を切り崩した崖に巣穴を掘っており、そこが彼らの寝床らしい。

 

 そして彼らの中で最も強い雄がその岩山の天辺に巣穴を作り、雌を何匹か囲っているそうだ。つまり彼ら赤獅子達をまとめる群れのボスだ。

  

 そんな群れのボスに会う為、シン達は幅の広い川を渡り、岩肌を登っていきボスのいる頂上に到着した。

 

 

「かなり登りましたね」

 

「ああ。それにしても、ここからの眺めは絶景だな」

 

「ですね......」

 

 

 シンの言う通り、岩山の頂上から眺める景色は圧感だった。燃える様な赤銅色の岩山と大地が続く地平線、所々に点在する水場やそれを囲う様に生い茂る奇天烈な植物、空はとても高く、吹き抜ける風は今までで体感したどんな風よりも清々しかった。

 

 そんな光景を目にしていた二人は自然と肩を寄せ合い、目の前の光景と風を体に覚え込ませる様に浸っていた。

 

 そして三人は群れのボスの所にやって来た。

 

 

『今回は早かったな、ロン。まだひと月も経っていないだろうに』

 

「どうしてもお前に会わせておきたい奴がいたんだ、レグルス」

 

 

 “レグルス”、それが赤獅子達をまとめる群れのボスの名前らしい。群れのボスと言うだけあって、その身に纏うオーラはまさに歴戦の王と呼ぶに相応しい貫禄があった。他の赤獅子達より一回り大きい体とそこに刻まれた無数の傷跡。威風堂々とした振る舞いはどことなくロバートに似ている様にも思えた。彼はその巨体を地面に伏せ、(くつろ)いだ状態のまま片目だけを開いてロバートに話しかけている。

 

 だがレグルスはロバートの言葉を聞き、その視線をシンに移した。

 

 

『そうか、そこにいる人間の雄が“例の異世界からやって来た男”か。我々の悲願を成就させる為の鍵となる存在........。膨大な魔力を感じる.....そこのお前、名はなんと言う?』

 

「シン、要進だ」

 

『シン.......そうか、お前が“特異点」なのだな』

 

「ッ!?あんた、特異点を知ってるのか!?」

 

『知っているとも。我ら赤獅子の中でも群れの長が“ファナリス”の名と共に代々祖先から受け継いできた唯一の言い伝え、時代の変革者を指す言葉だ』

 

「時代の、変革者.......」

 

『そうとも。我らの宿命であり悲願、“神殺し”を成す存在。それが変革者であり、特異点だ。そして我ら赤獅子はその者を王と仰ぎ、助力する』

 

 

 レグルスの言葉を聞いてシンは、ある可能性が頭に浮かんだ。もしかすると赤獅子の先祖は()()()()からやって来た存在なのではないかと。そして、[特異点]とはこの世界で由来の力では無いかもしれないと言う可能性を。

 

 この世界にやって来た時からずっと疑問であった、自身のステータスに刻まれた[特異点]。それを知っていた()()は全く居なかった。しかし、シンが持つ特異点を一番理解していたのは精霊(ジン)達で、彼らはこの世界の住人ではない。そして、特異点の事を知っている様なそぶりを見せた真の神の使徒“ノイント”。ノイントを創造したであろう偽りの神エヒトもまた、元々はこの世界の存在ではない。

 

 つまり[特異点]を知る者はこの世界由来の存在では無く、[特異点]もまた別の世界が生み出した力、或いは名称なのではないかとシンは考えた。

 

 だが確証はどこにも無い。

 

 精霊(ジン)達からこれ以上の情報は得られなかった。まるでその先を口にする事を憚る様に『今はまだ話せない』の一点張りだった。

 

 レグルスの口ぶりから察するに、彼もこれ以上の情報を持ち合わせていないのだろう。口伝にせいで情報が欠落したか、或いは意図的に伝えなかったか。

 

 どちらにしろこれ以上の情報は得られない。今考えたらところで仕方がない事なのだろう。

 

 だが、シンは最後にもう一つの疑問が浮かび上がった。

 

 

(母は確かに地球生まれの日本人だった。だが父は一体.....。俺は、本当に()()()()()なのか.......?)

 

 

 一体、自分は何者なのか。

 

 疑問が疑問を呼ぶ。

 

 だが、さっきも言った様に今考えても仕方がない話だ。

 

 自分が何者かなど大迷宮を攻略し、精霊(ジン)達を従えたあの時から決まっている。

 

 シンはレグルスの前に歩み寄り、魔力を解放し覇気を解き放った。

 

 虹霓の光が辺り一帯を優しく照らし、見る者全てを魅了した。

 

 

「レグルス、お前が俺を王と呼ぶなら是非とも俺の夢のために力を貸してくれ」

 

『夢......。それは神殺しのことか?』

 

「少し違う。俺の夢は世界を変える事、そしてその先駆けとなる国を創る事だ。人間や魔人族に亜人族、そして魔物すら巻き込んだ世界初の国の創設。神殺しはあくまでそのついで。偽りの神エヒトは俺の夢の前では邪魔でしかないからな」

 

『多種族だけで無く魔物も?それはあまりに荒唐無稽な話ではないのか?』

 

「そうとも言えないぜレグルス。何せ、俺はすでにそれを揃えているからな」

 

 

 シンが後ろに視線を向ける。それに倣ってレグルスも視線をシンの後方へと向けた。

 

 そこには“亜人族”のロクサーヌと“魔人族”のロバートが立っていた。ロクサーヌはシンの視線を受け硬い決意を宿した瞳をしており、ロバートはシンの視線を受け鼻で笑いながらも満更ではない様子だった。

 

 そしてシンの懐にいた雪蛇の“魔物”バウキスも空気を読んでその顔を出した。

 

 それらを見てレグルスは納得した様子で口角を上げた。

 

 

『なるほど。お前の言う通り、すでに揃っている様だな.....』

 

「ああ。だからレグルス!俺の夢のため、お前達赤獅子の悲願のためにも、俺に協力してくれ。俺はお前達の力も必要だ。俺と一緒に世界を変えようじゃないか!」

 

『ッ........!?』

 

 

 シンの言葉を聞いた瞬間、レグルスは衝撃を受けた様な感覚を覚え、長年渇き切っていた心を熱く滾らせた。

 

 

(なんだ、この胸の高鳴りは......!それにこの魔力......!これが、これこそが王の器たる証明なのか!?)

 

 

 レグルスは今までの長い生で感じ事がない存在感と魔力の奔流に圧倒され、シンという眩しい光を前に唖然としていた。

 

 

(嗚呼......きっと、これこそが我らの先祖が待ちに待った瞬間なのだ.......!私もこの男について行きたくなる!そして、シンが目指す未来を共に見てみたい......!)

 

 

 この瞬間、レグルスは真の意味で彼を王と認めた。

 

 それを示す様にレグルスは体を起こし、しっかりと両眼で彼を見据え、頭を下げた。その姿を見た周りの赤獅子達もレグルスと同じ思いだったのだろう。彼らもまたレグルスに倣って同じ様な態勢を取った。

 

 

『我ら赤獅子一族及び“ファナリス”はこの瞬間よりお前を主と認め、ここに忠誠を誓う』

 

 

 一斉に赤獅子達がシンに向かって平伏したため、ロバートは驚いていた。ロクサーヌはどこか誇らしげな表情を浮かべシンを見つめており、その瞳がうっとりとしていた。

 

 一方のシンは仰々しく平伏された為か、戸惑いながら覇気を解いた。

 

 

「おいおい、そんな畏まった態度はしなくていいんだぞ?俺を敬ってくれるのは嬉しいが、俺とお前達は同志であり“友”なんだからもっと気軽に接してくれ。俺はそういう奴だからな」

 

『そうか。我らは“友”、か.........。ならばそうしよう。我らが友シンよ』

 

「ああ、そうしてくれ!」

 

 

 シンは顔を上げたレグルスに笑って見せた。

 

 

『フッ。ロバートの言う通り、お前は不思議な男だ.........ロバートよ、この後はどうするのだ?いつもの様に()()()()の元へと行くのか?』

 

「ああ、そのつもりだ」

 

『そうか。ならば私も行こう。シンとはもう少し話したいからな、私がお前達を背中に乗せて送ってやろう』

 

「ッ!?」

 

「おお!赤獅子の背に乗れるのか!実はずっと乗ってみたいなぁ〜って思ってたんだよ!」

 

「シンさん、はしゃぎすぎですよ?」

 

「ロクサーヌは乗ってみたくないのか?」

 

「ぅ〜〜.....それは確かに、私も少しは乗ってみたいなぁとは思ってましたが......」

 

「ならいいじゃないか!頼むぜ、レグルス!」

 

『フッ。ああ、任せておけ』

 

 

 赤獅子の背中に乗れるという事で大興奮のシン。それを嗜めるロクサーヌもなんだかんだで楽しそうにしていた。そしてそんな二人の姿を見て笑みを溢すレグルス。

 

 何気ない会話の様に聞こえるが、ロバートは心底驚いていた。

 

 

(あのレグルスに、ここまでさせるのか.......!?)

 

 

 レグルスは赤獅子の中でも最強と呼ばれる“ファナリス”一番の戦士であり、群れの長だ。そんな彼にだって誇りがあり、ましてや出会ったばかりの他種族を背中に乗せるなんて事は絶対にしない。その根拠はロバートが彼の背に一度も乗せてもらった事がないためであり、レグルスが今までで背中に乗せた()()()()()を知っているからだ。

 

 そんな思い出やレグルスの誇りを知っているからこそ、ロバートは驚き、それと同時にシンへの期待をより一層際立たせた。

 

 

(シン.......やはりお前は(アイツ)と同じなのだな。俺達が果たせなかった夢の続きを、シンが描こうとしているーーーーーーならば俺は、最後に.........!)

 

 

 ロバートは決意を固め、最後の大仕事を果たすべく歩き出した。

 

 

「師匠、どこに行くのですか?」

 

「俺は戻る」

 

「「ええ〜〜!!」」

 

「ここから先はレグルスに任せておけば大丈夫だ。()()()の事もよく知っているうえに、事情も把握している」

 

「いやいや.......そもそも戻って何するんですか!?」

 

「まだ作りかけのアーティファクトの仕上げをする。()()()()()()()()()だろうからな。お前達が旅をするためにも必要な事だ」

 

「で、ですが........」

 

「レグルス、後は頼むぞ?()()には俺からすでに伝えてある」

 

『.........わかった』

 

 

 そう言うとロバートはさっさと来た道を戻って行く。シンの懐にいたバウキスが顔を出してロバートを追いかけようとしたが、ロバートはそれを制し、シンのそばにいる様に告げた。

 

 

(どうしても行くのか、ロバート?)

 

(ああ、これが俺の()()らしいからな。やる事はすでにやり終えてる。頼むぞ、レグルス......!)

 

(...........わかった。お前はお前がなすべき事を全力で果たせ!)

 

(フッ、言われずともそうするさ.........)

 

 

 ロバートとレグルスは他の者に聞かれない様に[念話]で会話をし、別れを告げた。

 

 立ち去って行くロバートを背中を見つめるシンとロクサーヌ。カタルゴからの帰り方はすでにロバートから聞いているので、問題なく隠れ家に帰還できるので大丈夫だろう。

 

 ロクサーヌは溜息を吐き、若干ロバートの性格に呆れつつも微笑んで見送った。シンは少し嫌な予感を感じたが、いつも通りの様子なロバートだったため特にその事を気に留めず、苦笑しながら遠ざかって行くロバートの背中を見守った。

 

 シンの懐に戻って来たバウキスはそれ以降外に出てこなかった。

 

 

『さて、では向かうとするか』

 

「そういえば聞いていませんでしたが、今から向かう場所というのは一体........?」

 

「そういえばそうだな。レグルスの背中に乗れるって事で頭が一杯だったが、どこに行くんだレグルス?」

 

『うむ。今から向かう場所はここから西南の方角にある魔人族の里だ』

 

「魔人族!?」

 

「魔人族がこのカタルゴに住んでるんですか!?」

 

『ああ。こことは違い、一面自然に囲まれた場所であの者達はひっそりと暮らしている。お前達が知っている魔人族とは違い、戦争を良しとしない穏健派だそうだ』

 

「そんな魔人族もいたんですね.........」

 

「言われてみればそうだな。戦争を良しとするのが過激派なら、それに反対する勢力も存在する。つまり穏健派が居るのは当然か.......」

 

『ロバートはその穏健派達のために、たまにここに来ては制作した魔道具を提供しに来ていた』

 

「ああ!だから師匠はたまにいなくなってたんですね!」

 

「で、その里長はなんて言う人なんだ?レグルス」

 

『カマルだ、カマル・ダストール』

 

 

 カマル・ダストール。それが穏健派を束ねる魔人族の里長らしい。

 

 そんな彼とこれから会いに行く二人は、レグルスの背に飛び乗り、レグルスはその巨体を起こした。

 

 

『私はシン達を里に連れて行く。私が留守の間は残っている戦士達でここの守りを頼むぞ』

 

『親父!!』

 

 

 いざ魔人族の里へ行こうとした時、レグルスに向かって声をかけた赤獅子がいた。

 

 その赤獅子は、シンがカタルゴについた時に見かけた赤い立髪を顔の前に垂らした奴だった。目はよく見えないが、立派な体付きをしており、どことなくレグルスに似ている様にも見えた。

 

 

『息子か、なんだ?』

 

『お、俺も.....!俺もついて行ってもいいか?』

 

『..........構わん。ちょうどもう一人は欲しいと思っていたところだ。それに()()()()()()お前がついて来ても問題ないだろう。だが、遅れる様ならそのまま置いて行く。それでも構わないな?』

 

『あ、ああ!!』

 

「レグルス殿、彼は?」

 

『あれは私の息子“レオニス”だ』

 

「へぇ〜、息子か!お前と同じでいい名前じゃないか!」

 

『だが彼奴(あやつ)()()()()()()。頑なに戦士の儀式をサボり、フラフラと何処かに行くわ、ファナリスの名も受け継ごうとしないのだ.........身内として恥ずかしい思いだ.....』

 

「あはは.....苦労してるんですね......」

 

「ザボリ魔ねぇ.......まぁ、里に向かう仲間なんだ。短い道中かもしれないが、よろしくなレオニス!」

 

『ああ!よろしく頼む!』

 

『では行くぞ!』

 

「「おお!(はい!)」」

 

 

 そうして走り出したレグルスと、それについて行くレオニス。

 

 流石は赤獅子最強の男というだけあって、レグルスの走る速度は尋常ではなかった。背中に乗っている二人にかかる風圧は暴力的だった。しかし、そんな風圧もシンにかかればなんのその。力魔法によって向かってくる風を全て逸らしていた。

 

 レグルスの話だと、このまま行けば数時間で魔人族達が住まう里に到着する様だ。

 

 こうして始まった二人と二匹の短い旅。

 

 シンとロクサーヌはレグルスの背中の上から見える景色を堪能しつつ、赤銅色の大地を駆け抜けて行った。

 

 





補足


『新しい登場人物』


「レグルス」
・正式名称は[レグルス・ファナリス]。赤獅子達のまとめ役にして、歴戦の戦士。サラサラで長い赤髪を持ち、身体中に古傷を刻んでいる。赤獅子達の中でも一回り大きな体をしており、複数の雌を囲っている。息子の名前は“レオニス”で、いつまでも戦士にならない彼が悩みの種。大昔に“赤竜”と戦った事があるらしい。


「レオニス」
・レグルスの息子。レオニスとは違い、巻き気味な髪質をしている赤獅子。体つきは普通の赤獅子と同じだが、どことなくレオニスに似た雰囲気を持っている。戦士になりファナリスの名を継ぐ事を頑なに拒んでいる自由奔放は赤獅子。


「赤獅子の子供達」
・クポン......赤獅子の女の子。イタズラ好きで気に入った相手を噛む癖がある。
 チック.......赤獅子の男の子。一番最初にシンに放り投げられた子供。
 ペール........赤獅子の男の子。珍しい物に興味津々な好奇心旺盛な子供。
 ミュロン.......赤獅子の女の子。将来は立派な戦士になる事。
 ムー.......赤獅子の男の子。ミュロンの兄。他の赤獅子の女の子と仲が良い。


「カマル・ダストール」
・穏健派の魔人族を束ねる里長。(web版原作アフターストーリーに登場したキャラです。気になる方は“ありふれたアフターストーリーⅤトータス旅行記”をご覧ください)



「赤獅子達の棲家」
・イメージはアメリカの観光地“アンテロープ・キャニオンです。ぜひググって見てください。



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魔人族の里


書いていくと段々自分の思い描いた物からズレていく......




 

 レグルスの背に乗り、駆け抜ける事数時間ちょい。

 

 シンとロクサーヌ、そしてレグルスとレオニスは魔人族の里がある森の入り口の前までやって来ていた。

 

 その道中、改めてレグルスと話し、親睦を深め合っていた。自身がエヒトによってこの世界に召喚された事や大迷宮の一つを攻略した事、その時の経緯や魔物と仲良くなった事などをシンは話した。その話を聞いて益々の忠義を示したレグルスと、シンの話を率先して質問して来たレオニス。どうやらレオニスは外の世界に憧れているらしい。

 

 そんなこんなで話を続けていたら、あっという間に魔人族の里がある森の入り口に到着した。

 

 森の前には魔人族の男女五名が待ち構えていた。

 

 

「よくぞおいでくださいました、シン殿」

 

「?.......俺を知ってるのか?」

 

「ええ。話はすでにロバートから聞いております」

 

 

 五人の中心にいた魔人族の老人がシンに声をかけた。

 

 彼がレグルスから話を聞いていた、穏健派の魔人族を束ねる里長“カマル・ダストール”である。長い白髪を後ろで束ね、魔人族特有の褐色肌を持つ老人。どこか体が悪いのか体も細く、やつれた姿をしている。しかし眼光は鋭く、その体からは貫禄を感じさせる声を出していた。

 

 

『カマル老よ、お主がここに居ていいのか?』

 

「問題ありませんレグルス殿。()()()()は健在ですゆえ。それに、たまにはこの老体をこうして動かしてやらねば鈍って仕方ありませんからな」

 

『フッ、無理はするなよ?』

 

「過分なお言葉ありがたく思います」

 

 

 カマルとレグルスがそんなやり取りをしていた。その話を聞いていたシンとロクサーヌは疑問符を浮かべていた。

 

 

「魔剣の力.......?」

 

「一体なんの事なんですかね?」

 

『.......気になるか?』

 

「そりゃあまぁ.....ねぇロクサーヌ?」

 

「ええ!?私に振らないでくださいよ.........もしかして、その魔剣っていうのは師匠が作ったものなんですか?」

 

「詳しい話は里で致しましょう。ご案内します」

 

 

 そう言ってカマルとその他四人の男女が森の中に入って行く。それについて行くシン達。

 

 森の中の植物はやっぱり見た事が無い物ばかりだった。不思議な形をした果実を実らせた木花や、巨大な食虫植物、葉先が巻かれた草などが群生しており、生い茂った木々や草花を見れば森というより密林と言った方が正しい様に思えた。

 

 レグルスとレオニスがそんな森の中を木々や草花を薙ぎ倒して進んでいくものだから、溜息を吐いたシンは[力魔法]で木々や草花をしならせ、なるべく森を傷つけない様にした。

 

 そんなシンの行動を見て、カマルがこちらにお辞儀をして来た。お爺ちゃんも、ちょっと無いわ〜って思ってたらしい。やって良かった!

 

 そうして一行は浅い川に辿り着き、今度は川沿いを進み森の奥を目指した。

 

 程なくして巨大な丸太を地面に打ち込んだ巨大な柵の前に辿り着き、目の前には複数の丸太を組み合わせ縄で縛りつけた立派な門があった。

 

 門前に辿り着くとカマルが門の上の方を見て、門の上に備え付けられた物見櫓にいる魔人族に合図を送った。

 

 すると丸太の門が徐々に下側からシン達の方に向かって重々しい音を上げながら徐々に持ち上がって行く。丸太の柵といい原始的な門と開門の仕方といいーーーー

 

 

「完全にも〇〇け姫のたたら場じゃん.......」

 

「はい?もの.....なんですか?」

 

「いや、なんでもない。しかしこれ、どうやって開門してるんだ.....ハッ!まさか十人の男達で開門してるのか.....!?」

 

「魔法だと思いますよ?こんな重い門を人力で開けるなんて、魔人族の方々からすれば無駄な労力でしょうし......」

 

「だよな〜......うん、知ってた。魔法ってほんと便利だよな。宮〇駿はこれ見たらなんて言うんだろうな.......」

 

 

 ファンタジー世界様様である。

 

 そうして開かれた門を潜り中に入ったシン達。案の定、門の開閉は魔法の行使による物だった。というより魔道具の力だった。ちなみにその魔道具の開発者はロバートらしい。なんとなくげせぬ。

 

 想像以上に中は広々としており、農作物を作る畑や水田が多数見てとれた。木で作られた小さな家が複数点在しており、魔人族の子供達が里の中で駆け回っている。

 

 そしてこの里の中心に聳え立つ一本の大樹。

 

 その大樹の根本には少し大きめの木の家が建てられておりそこがカマルが暮らす家で集会所の役割をしているらしい。そしてその頭上、大樹の太い枝にはツリーハウスが建てられており、そこがいつもロバートが里に訪れた際に使う場所らしい。

 

 

「あの大樹の名は“フィレモン”。とある魔物の遺体から芽を生やし、成長した大樹です。今晩御二方はあの大樹にあるツリーハウスで寝泊まりしていただく予定です」

 

「“フィレモンの大樹”か.......いい名前じゃないか。なぁバウカス」

 

 

 大樹の名をカマルから聞いたシン。シンの服の中から顔を出し、大樹を見つめていたバウカスになんとなく話を振って見たシンだったが、バウカス(彼女)はすぐにシンの懐に潜り込んでしまった。

 

 

「ひとまず私の家で食事を摂りながら話をしましょう。レグルス殿達も休息をお取りください。以前好物だと伺っておりました一角牛を数体捕えてますので、どうぞお召しになってくだされ」

 

『わかった。里の端にあるいつもの場所でいいのだな?』

 

「はい」

 

『そうか、では行くぞレオニス。シン達も食事をしながらカマル老に聞きたい事を聞くといい』

 

「そうだな、一先ずそうさせてもらう。レグルス、レオニス、また後でな」

 

『『ああ(お、おう)』』

 

 

 そう言って二人の親子はのしのしと歩きながらシン達から離れて行った。

 

 そしてシンとロクサーヌも話し合いも兼ねた食事を摂るためにカマルの家に入った。

 

 家の中は至って質素な物で、装飾品などは全くなかった。その代わりに集会所として機能するために必要な大きめなテーブルや椅子、ソファなどと言った物は大体揃っている。二階も備わっているらしく、何人かの魔人族は二階の部屋で寝泊まりをしているそうだ。カマルの寝室は一階の奥にあるらしい。

 

 そうしてシンとロクサーヌはカマルに招かれるまま椅子に座り、目の前の大きめなテーブルに次々と料理が運ばれてくる。よくわからない魚の兜煮や、ここに来る道中で見かけた果実、里で育てた野菜のサラダに黒パン、肉の腸詰や厚切りのステーキと、二人が想像していた物以上の豪勢で豪快な食卓となった。

 

 芳しい香りがシンの鼻口をくすぐり、食欲をそそる。ぶっちゃけ部屋の装いのイメージとかなりかけ離れている。

 

 

「なぁカマル老や、もしかしてあなた達はいつもこんなに食べてるのか.......?」

 

「ハハハ、まさか。ロバートからシン殿は健啖家と聞いておりましたので今回特別に用意した物です。お気に召しませんでしかな?」

 

「いやいやいや!そんな事これっぽっちも思っちゃいない!なぁロクサーヌ?」

 

「え、ええ。ただ少しばかり圧倒されたと言いますか......あの、こんなに豪勢な食事をしてもよろしいのですか?」

 

「構いませぬ。ここの土地は実りが豊かな物で、少し離れたところでは家畜も飼っております。先程レグルス殿達が休息を摂りに向かわれた場所に用意した一角牛。あれはおそらくトータスにおいて最高級の肉となるでしょうし、他の物などもこの地の気候が安定しているため定期的に確保できます。ですので食に困る事は無いためご安心を」

 

「な、なるほど.....です」

 

「........その割にカマル老は随分痩せ細ってるが?」

 

「なにぶん私も歳なもので。それにこの体となった主な原因は別にあります」

 

「それを聞いても?」

 

「構いませぬ」

 

 

 そう言ってカマルは腰に携えていた一本の剣をシン達に見せた。その剣は尋常ならざるオーラが纏っており、シンは直感でそれがどういう代物なのかなんとなく察した。

 

 

「それが魔剣か。それも、ただの魔剣じゃないな?」

 

「ご明察です。この魔剣には魔力を断つ力があり、その上使用者の肉体を復元させる事もできるのです。その力のおかげで私達は今もこうして神の目から逃れる事が出来ているのです」

 

「?........どういう事ですか?」

 

「簡単に言うと魔力を断つ力で結界の様な物を張り、神の目、つまり干渉系の魔法またはそれに類する力が結界内に及ばない様にしているってわけだ。それも常時。いちいち魔剣の力をオンオフしている様じゃ、見つけてくださいと言ってる様なもんだしな..............その体も魔剣の力で延命し続けた結果か」

 

「左様でございます。この魔剣を扱える物は限られており、今これを扱えるのは私ただは一人。里を守る為にはこの力を行使し続けなければならないのです」

 

 

 さらにその魔剣には様々な能力があり、長所だけを見るなら天之河が持つ聖剣以上かもしれない代物なんだとか。

 

 魔剣の名は“イグニス”。魔人族が人間族と戦争を始めるずっと前から存在していたらしく、制作者はロバートではない誰か。それが一体何者なのかは長い年月の間に伝わらなくなったそうだ。

 

 そんな話を食事を摂りつつ続ける三人。

 

 ロバートがカマルに伝えた通り、シンはテーブルに置かれた料理をあっという間に平らげた。その豪快な食事っぷりにカマルは愉快そうに笑みを溢していた。

 

 そして食後のお茶を飲みつつ、話題はこの里が生まれた経緯について語る方向へと流れた。

 

 

「元々我々はこの大陸に里を構えておりませんでした。しかし()()()()()昔、ある日突然隠れ潜んでいた私達の前に彼等がやって来ました。その彼等と言うのが“ガイル”と“ロバート”でございます」

 

「ガイル......?」

 

「師匠から聞いたこと無い名前ですね.........え、ちょっと待ってください......今、三百年以上昔って言いませんでしたか!?」

 

「はい。私を含め、この里の者達とロバートの交流は三百年以上前から続いております。ご存知ありませんでしか?」

 

「俺達がこの里の存在を知ったのはついさっきの事だ。だが、そうか.........。結構長く生きてるんだろうなぁとは思ってたが、あの人少なくとも三百歳は歳食ってたんだな......」

 

「私も師匠の年齢は聞かされていなかったので、少し驚いてます。ですが、まあ納得ですね」

 

「それで今さっき出てきた“ガイル”って奴は一体誰なんだ?」

 

「それも聞かされておりませんでしたか。シン殿ならわかりますが、まさか自身の弟子にまで伝えていなかったとは......相変わらずの口不調法者らしいですな」

 

 

 流石のカマルも口下手が過ぎるロバートに溜息混じりの軽い愚痴を溢した。

 

 

「“ガイル”と言うのは今は亡きロバートの友の名です。ロバートが若かりし頃、大迷宮を攻略の為に旅をしていた事はご存知で?」

 

「それっぽい事はそれとなく聞いてる。まあ口に出したのはほんの一瞬だったけど」

 

「左様でございますか........では、あの者の代わりに私が知る限りのロバートの昔話を致しましょう」

 

「あの〜......師匠の許可も無く話して大丈夫なんでしょうか......?後で叱られたりとか......」

 

「心配は無用でしょう。あの男がこの様な些末事を気にするとは思いませぬ。弟子に自身の武勇を語り聞かせるのも、また師としての役目。この話を聞き、ロクサーヌ殿の今後の励みと成るならばロバートとて強くは言えませんでしょうから。それに.............」

 

 

 カマルは微笑みながらロクサーヌにそう言い聞かせた後、その顔がほんの少しだけ影を帯びた。その様子にシンとロクサーヌは訝しんだがすぐにカマルは元と顔に戻った。

 

 そしてロバートの過去について語り始めたカマル。

 

 滅多に自分のことを語らないロバート。そんな彼をさらに知る事ができるまたと無い機会に、二人は集中してカマルの言葉に耳を傾けた。

 

 

「先程も申しました様に、ロバートは三百年以上前に私達穏健派に接触して来ました。そして彼と共に居たのが、当時魔国内において次期魔王の呼び声高い魔法使い“ガイル”でした。卓越した魔法の才を持ち、幾つかの神代魔法を自在に操るガイルは()()()()()()()()をその身に纏わせ、共としておりました。その一匹が今シン殿の懐におります“雪蛇バウキス”でございます」

 

「お前、そんな昔から生きてたのか......!」

 

 

 カマルの話を聞き、興味深そうにシンは懐にいるバウキスに視線を送った。もぞっ、と少し懐が動いたが顔を出す気はないらしい。

 

 

「それで、もう一匹の雪蛇は今どこに?」

 

「この地におります。と言っても以前の様な美しい白い蛇の姿ではなく、魔剣と共にこの里を守護する大樹へとその遺骸を変えました........」

 

「そうか......それが“フィレモンの大樹”か」

 

「はい。何故亡くなったかは聞かされておりませぬが、守護樹“フィレモン”は不思議な力を宿しており、周囲に魔物を寄せ付けないのです。その力を知ったロバートは我々をここに招き、赤獅子達の協力の元、この地に移住し里を起こしたのです。以前居た里はあまり環境がよろしくなかったものですから」

 

 

 里に入ってすぐ、妙にバウキスがソワソワしていた理由がわかった。バウキス(彼女)は亡き伴侶が眠るこの地に並々ならぬ想いがあったのだ。

 

 ちょっぴりツンデレみたいなところがあるバウキスの亡き夫への愛情を感じ、シンは少し嬉しく思った。

 

 

「カマル老達にとって、ロンさんの招待はまさに鶴の一声だったわけだ」

 

「はい。そしてこの地に住み着いた我々はロバートとある約束を交わしました。それは“のちの神との戦に備え、赤獅子達と共に戦える戦士を作り上げる事”です。ガイルやロバートから世界の真実を聞かされ、ただ何もせず滅びを待つばかりだった我々に新たな選択肢が生まれました。共に良き未来を勝ち取るという選択を。我々にとってロバートが示した道は険しくもありますが、自らの力で未来を掴み取る希望の光でもあったのです」

 

 

 希望の光。

 

 全ての種族と世界を巻き込む様な夢を掲げたシンにとって、その言葉はとても感慨深いものがあった。

 

 ロクサーヌも、自分の尊敬する師匠が彼等に大きな影響を与えた事を知り、とても誇らしそうな表情を浮かべていた。

 

 

「それでこの里で戦える者達はどれほどいるんだ?」

 

「この里にいる大人のほとんどがカタルゴの魔物相手なら狩りを行える者です。しかし赤獅子達と肩を並べる強さを基準とするなら、高く評価しても五人と言ったところでしょうな。レグルス殿の協力のおかげで鍛錬相手は事欠かないのですが............」

 

「まっ、そこは嘆いても仕方ない。むしろ五人も居ると言う事を誇るべきだ」

 

「寛大なお言葉ありがたく思います」

 

「それで?この里の経緯はわかったがロンさんと“ガイル”は一体どんな冒険をしたんだ?」

 

「シンさん、少しがっつき過ぎですよ?」

 

「ロクサーヌだって気になるだろ?」

 

「それは、まあ......そうですが......」

 

「ふふふ、ではここからは私が知り得ている彼等の冒険のお話をしましょう」

 

 

 そう言ってカマルは再び語り出した。

 

 ガイルとロバートが攻略した氷雪洞窟での友愛溢れる攻略秘話、フィレモンとバウキスとの出会い、グリューエン大火山にある大迷宮を攻略した冒険の一幕、海人族との淡く切ない恋路、前向きな魔法使いと口下手な剣士の珍道中、二人の成長、吸血鬼のガサツな男との出会い、そして三人でオルクス大迷宮を攻略し世界の真実に辿り着いた。

 

 そんな冒険の後に彼等とカマルは出会ったのだそうだ。さらに赤獅子との出会いもカマル達と出会った後の様で、カマルの話の中には出てこなかった。

 

 ちなみにこの話のほとんどが、カマルがガイルから聞いた話なんだとか。

 

 ガイルは冒険の話を楽しそうにカマルに語り聞かせたらしく、その際必ずと言っていいほどガイルは最後にこう付け足していたそうだ。

 

ーーー〝俺の親友は凄い奴だ!〟とーーー

 

 そんな話を聞いてシンはふとハジメの事を思い出した。

 

 

(今頃あいつは何してんだろうな........?俺が生きてたぐらいなんだ、ハジメが生きてないわけがない。だからこそ俺の勘がこう言ってくるんだ。ーーー〝お前とはまた会える〟ってな..........元気にしてろよ、ハジメ。必ずお前に会いに行くからよ.......!)

 

 

 シンはここよりずっと遠くに居るであろう親友を想い、いつかまた会えるその日を待ち遠しそうにしていた。

 

 一方の奈落の底に居る南雲さんちのハジメくんはオルクス大迷宮の最深部にある解放者の隠れ家にて、修羅場を乗り越えた後という事もあってか恋人とのあま〜い営みを満喫していた。

 

 当然の様にシンの想いはハジメには届かないのだが、もしかすると二人が織りなす桃色空間と甘い声でシンの想いを打ち消されていたのやもしれない。

 

 

 

..........................

 

.......................................

 

....................................................

 

 

 

 カマルとの話し合いを終えた頃にはすっかり日が沈んでいた。

 

 話を終え外に出たシンとロクサーヌはレグルス達と合流し里を見て回った後、予定通りフィレモンの大樹にあるツリーハウスで今晩を過ごすことになった。

 

 レグルスは自身の里に戻り、レオニスは魔人族の里で一晩を明かす事になった。そしてレグルスを見送った後、レオニスと少し喋り意気投合し、魔人族の里で取れた葡萄で作った酒を酌み交わした。

 

 初めての飲酒、それも美味しい酒だったためついつい飲み過ぎたシンは泥酔しレオニスをお手玉にして遊んでいた。

 

 一緒に飲んでいた魔人族の人達はそんなレオニスを見て歓声をあげ大盛り上がり。シンは里の魔人族達とも仲良くなった。シンの樽ジョッキにお酒を注ごうとした綺麗な魔人族のお姉さんをシンがナチュラルに口説こうとし、それに対して意外と乗り気な魔人族のお姉さんは赤面しイヤンイヤンと体をくねらせていた。そんな調子に乗っているシンをロクサーヌが嗜め後頭部を遠慮なく(はた)く。そしてロクサーヌを見てシンは公衆の面前で彼女を大胆に抱き寄せ、唇を奪って見せると場はさらに大盛り上がり。流石に怒ったロクサーヌが脳天に重いチョップをシンに喰らわせノックアウトにした。そんな光景にすら魔人族達は大盛り上がり。

 

 ダウンしたシンを引き摺りながらロクサーヌはツリーハウスへと向かった。

 

 宴はまだまだ続くらしく、今度は酔って大胆になったレオニスが場を盛り上げていた。この様子だと一晩中盛り上がっていそうだ。

 

 そんな中、ロクサーヌはシンを引き摺って辿り着いたツリーハウスの寝室にシンを寝かせ、シンの衣服を全て脱がせた。バウキスはいつの間にかどこかに消えている。そしてロクサーヌ自身も服を脱ぎ捨て、ペロリと舌なめずりをしながら潤んだ瞳と紅潮した顔でシンの体に跨った。

 

 

「ぅぅ〜ん......はぇ?なんれぇロクサーヌ裸〜.......?」

 

「うふふ。シンさん、私怒ってるんですよ?他の女性を無闇に口説こうとするなんて、いけないんですよ?シンのお嫁さんはたくさん居ても構いませんが、手当たり次第は絶対にだめなんです」

 

「???........おれのヨメはロクサーヌだろぉ......?」

 

「うふふ。はい、そうですよ♪でも、この節操無しさんの手綱はちゃ〜んと握っておかないとだめなんです。それに今だけは私があなたを独占していたいんです。あんな公衆の面前で激しく唇を奪ってくれたんですから........責任、とってくださいよね♪」

 

 

 なんだかんだでロクサーヌも大分酔っているらしく、言動がいつもより大胆で、妖艶な雰囲気を纏っていた。

 

 そして宴の喧騒に紛れて寝室に響く甘い吐息と嬌声は絶え間なく続き、日を跨ぐまで続いた宴の終わりと同時に二人の営みも途切れた。満足そうな顔を浮かべるロクサーヌは裸のシンに抱きつき頬をすり寄せ、綺麗なシーツを体に被せ、シンと共に眠りに落ちた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 宴が終わってすぐに、カマルは里の門の前にやって来ていた。

 

 そして門の開閉用の魔道具を起動させ、重い丸太の門を開いた。

 

 すると門の向こう側にはロバートがいた。

 

 

「ん?カマル、お前酒を飲んだのか。少し匂うぞ?」

 

「まさか。私は一滴も飲んでいない。里の者の酒気が残っているだけだ。さっきまで宴会だったからな」

 

「そうか......それで、シンとロクサーヌは?」

 

「今はもうお休みになられている」

 

「それなら好都合だ。手筈は整っている。明日は予定通りに頼むぞ?」

 

「本当に、お主一人でやるつもりなのか?せめてシン殿に相談すれば道は違うのではないのか?」

 

「あいつらには余計な重荷を背負わせたくない。それに、これは俺が始めた()()だ。と言っても俺の運命は決まっているがな.......」

 

「............ロバート。いや、かつて()()()()()()と呼ばれた“ロバート・ヴィラム”よ。それがお主の決めた道なのだな?」

 

「ああ。これが俺にできるあいつらへの最後の手向だ」

 

「..........そうか。ならば存分にやり切ってくるが良い」

 

「元々そのつもりだ........それと、これをロクサーヌに渡しておいてくれ」

 

 

 ロバートは腰に携えていた自身が愛用する剣をカマルに渡した。

 

 ロバートが渡したの剣はロングソードで、純白の鞘から見てもその刀身が少し細めなのが伺えた。だが造りはかなり凝っており、中心に青い宝石が埋め込まれ蛇の姿を模した白銀の鍔、握りも丁寧な造りでロバートの手より細く小さな手を想定した長さと握りやすさに仕上げている。そして濃紺一色に染まり力強い輝きを放つ刀身。

 

 剣の名は〝アンサラ〟

 

 ロバートが長い生涯で作り上げた二番目の最高傑作であり、()()()()()()()()を壊し、神を殺す為に作られた最高の硬度と靱性を誇る高速戦闘と斬撃能力に特化したアーティファクトである。

 

 そのロングソードを渡したロバートはカマルに背を向け、立ち去りながら声をかけた。

 

 

「せいぜい俺より長生きしてくれよ、カマル爺」

 

「ふっ。ぬかせ、小童」

 

 

 あっという間に夜闇の森に消えていったロバート。

 

 そしてカマルは門を閉じ、自身の家へと足を向けた。

 

 

(ガイルよ。どうかお前の友を最後まで見守ってやってくれ.........)

 

 

 受け取った剣を握り締める手に自然と力が入るカマル。

 

 こんなにも穏やかな夜だというのに、カマルの心は様々な想いや感情によって複雑に絡み合い波立っていた。

 

 





補足


『登場人物』

「カマル・ダストール」
・穏健派の魔人族を束ねる里長。魔剣イグニスの使い手。かつてカタルゴにやってくる以前にガイルとロバートと知り合った古い仲。


「ガイル」
・本名“ガイル・エルダート”。故人。かつてのロバートが心を許した唯一の友。親友。ロバートと共に神代魔法取得の旅をし、愉快痛快な冒険をしてきた魔法使い。雪蛇の“フィレモン”と“バウキス”を手懐けていた。フィレモンはガイルの首元がお気に入りで、バウキスはガイルの懐がお気に入りだった。卓越した魔法の才能を持ち、次代の魔王とまで呼ばれていた実力者。


「ロバート」
・本名“ロバート・ヴィラム”かつて魔人族の英雄と呼ばれた男。『空間魔法』『変成魔法』『生成魔法』の神代魔法を獲得した攻略者。剣の達人であり、魔道具製作においても最高峰の実力者。変成魔法による延命措置によって生きながらえてきたが........



『登場した魔道具』


「魔剣 “アンサラ”」
・濃紺の刀身を持つ細身のロングソード。青い宝石が埋め込まれ、蛇の姿を模した形をした銀の鍔が付いている。握りの部分は元々の形から変わり、ロクサーヌ用に改修されている。高速戦闘と斬撃能力に特化しており、ロバートが太刀を作るヒントとなった元。神代魔法が付与されている。


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戦火の予言


オリジナルキャラ登場。



 

 赤髪の魔人族はかつて剣技において魔国最強と呼ばれていた。

 

 人間族との戦争が膠着状態の最中、若き日の彼は大人達からの期待を一身に背負い、日々その剣技に磨きをかけていた。

 

 そんなある日当然、魔国を襲った強大な魔物達がいた。

 

 その魔物は獣の如き巨体に蜥蜴の様な尻尾を生やし、背中には鋭く生えた無数の針と蝙蝠の様な翼、そして人の様な顔をした見た事がない醜悪な存在だった。

 

 それらを率いて現れたのは()()()()()()()()。見た事も聞いた事もない強大で恐ろしい魔物だ。

 

 人を食い、焼き焦がし、捻り潰す。同胞達の無惨な骸が一面に広がり、それはまさに地獄と言える光景だった。

 

 次々と魔人族の大人達が蹂躙されていく中、立ち上がったのが彼とその“友”であった。

 

 彼とその友は醜悪な獣の様な魔物を次々と屠り、最後に黒い巨人を満身創痍でありながら撃退する事に成功した。

 

 彼らは“救国の英雄”と呼ばれる様になった。それが現在、赤髪の魔人族が“伝説の魔人族の英雄”と呼ばれる由縁である。

 

 のちに醜悪な獣の様な魔物の名は〝マンティコア〟と名付けられ、黒い巨人は〝ゴライアス〟と呼ばれる様になり、魔人族達の間では後世まで語り継がれる嫌忌の対象となった。

 

 そして魔国を救った後、彼とその友は冒険の旅に出た。

 

 争いの無い世界を作るため。

 

 ロバートの友“ガイル”が掲げた()()()()()()()()()()ために、彼等は最初の大迷宮“氷雪洞窟”攻略を目的とした。

 

 

 

..........................

 

.......................................

 

....................................................

 

 

 

 あの黒い巨人襲来から三百年以上経った今、かつて魔人族の英雄とまで呼ばれた赤髪の魔人族“ロバート・ヴィラム”は弟子への最後の贈り物を届けた後、雪原に戻って来ていた。

 

 彼は今シンが氷雪洞窟攻略時に来ていた服と似た物を身に纏い、腰に両側合わせて六本の長剣を帯刀し、背中にも四本の剣を背負っていた。赤獅子の鱗で拵えた防具を身につけ、左指の中指に指輪を一つ嵌めている。カタルゴに行く為の転移用の指輪はロバートの足元で砕け散っている。

 

 これが今のロバートの完全武装状態であり、とっくの昔に覚悟をしていた男の姿であった。

 

 そして赤い長髪を靡かせ雪原の吹雪が吹き荒れる中静かに佇み、その時を待っていた。

 

 

 

 一体どれほど待っただろうか。

 

 最後にカタルゴからこの地に戻って来た時には日が登ろうとしていたが、あれから数時間は経ったと思う。

 

 三時間、四時間、或いは半日程かもしれない時を彼は真っ白い世界でひたすら待ち続けた。

 

 そしてその時が来た。

 

 ロバートの視線の先の奥。雪原の向こう側からズンズンと黒い影が塊の様に近づいてくる。

 

 幾万の魔物の大群と数名の魔人族を引き連れた、銀の三叉の槍を肩に担ぎ雪原には不釣り合いのビキニアーマーを纏った白髪の女魔人族が現れた。

 

 

「テメェが()()()()()()()ロバート・ヴィラムか?随分つまらなそうな男だなァ?」

 

 

 乱暴な口調の女魔人族は、ロバートにそう聞いて来た。

 

 それを耳にしてもロバートはピクリとも動かず、ただじっと目の前の()()()()()を見ていた。

 

 

「チッ。口も聞けねぇのかよ。オレ様の名前は“アリエル”、魔王軍武装兵団の将軍だ。一応聞いといてやる。降伏しろ」

 

「.........降伏だと?魔王は俺に降伏させて来いと命じたのか?」

 

「いんや。魔王様はお前を殺せと命じて来た。降伏なんざ認めねェって構えだ。だが、オレ様はお前を殺すには少しばかし惜しいと思ってる.......テメェが無様に命乞いをしてどうしてもって言うなら、オレ様がお前を部下にして飼ってやる..........さあ、どうする?」

 

「断る。お前の様なガサツな女に飼われる趣味は無い」

 

「ハッ!どうせそう言うだろうと思ったよ!だが.....オレ様に飼われる気がねェって言うならお前の首をここで刎ね落とすまでだ。フリードの奴にはさっさと戻って来いと言われてるが、少しぐらい楽しんでも構わねェよなァ?テメェみたいな強い奴と戦うってんなら、戻るのがちょっとばかし遅くなっても仕方ねェよなァア!!」

 

 

 アリエルの気合の込もった怒号が響き渡り、一瞬雪原に吹き荒れる吹雪が掻き消した。

 

 そんなアリエルを険しい表情で見据えるロバート。

 

 アリエルの後方で控えていた魔物達が一斉に前に出て来た。

 

 

「まずは小手調べだ。かつての英雄が一体どれほどの物か見せてもらおうじゃないかァ!」

 

 

 アリエルの声を号令とし、幾万といる魔物達がロバートに襲い掛かろうとする。様々な個体の魔物達がロバートの周りの雪原を埋め尽くしていく中、ロバートは腰な剣を抜き構えた。

 

 そんなロバートを期待を込めて見つめるアリエルのその後ろ。彼女が引き連れて来た魔人族の中の一人がニヤリと笑っていた。

 

 ロバートと()()()()をした魔人族の女が。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 魔人族の里で宴会を催した翌朝。

 

 太陽もすっかり昇り切っていた。

 

 目を覚ましたシンは自分がいつツリーハウスの寝室に入ったのか、いつの間に寝たのか、そして何故自分が裸でその隣に裸のロクサーヌが寝ているのかすら記憶に無く、不思議そうにしながら欠伸をした。

 

 

「ぅ〜ん.....レオニスと楽しく酒を飲んでたとこまでは覚えてるんだけどなぁ......」

 

 

 シンは自分が酒に弱い事をこの時初めて自覚した。

 

 記憶は無いがとりあえず楽しかった事だけは覚えているシン。隣で静かに寝息を立てているロクサーヌを見てなんとも言えない何か湧き立つ物を感じ、無性に彼女を抱きしめたくなった。そして股間がモゾモゾとシーツ越しに動いた。

 

 そこで違和感を覚えたシンは自身に体に被さっているシーツを剥ぎ、自分の股間に目を向けた。

 

 するとそこには蛇がいた。

 

 いや、下ネタとかそういう話では無い。

 

 シンの下半身に巻き付いた白蛇、つまりバウキスがそこに居たのだ。

 

 

「なにやってんだ、お前.........」

 

 

 バウキスの体はシンの太ももから腰にかけて巻き付いており、彼女の頭が完全にシンのシンくんを覆い隠していた。

 

 一体いつからこんな風に巻き付かれていたのか。

 

 この瞬間、自分がどれだけ酒に弱いのかを痛感し切実に心の内で願った。

 

〝毒耐性ください.......!〟と。

 

 だが、その願いはシンの[英傑試練]に届かなかった。

 

 のちに発覚することだが、シンはあの宴会の夜[英傑試練]でとある技能を獲得していた。それは[乱酒]と[酩酊]。シンはあの宴会でこんな事を口走っていた。〝もっと酒を飲ませろ!〟〝酒は酔ってなんぼらぁ!〟〝いいぞいいぞ!もっと飲メェ〜!〟と。それを英傑試練さんが聞き届けた結果が[乱酒]と[酩酊]の獲得である。シンは毒耐性を獲得する機会を失ったのであった。

 

 そんな事とは知らず、シンはバウキスを揺さ振り起こした。

 

 目を覚ましたバウキスは数瞬固まった後、まるで照れてを隠す様にさっさと寝室を出て行った。

 

 その後ロクサーヌも目を覚まし、昨日の事をロクサーヌから聞いたシンはちょっとショックを受けていたが、ロクサーヌの励ましによって気落ちした心を回復させた。

 

 そして二人は服を着込み、カマルの家を訪ねた。

  

 玄関の扉を数回ノックし声をかけると、中からカマルが出てきた。

 

 

「おはようございますシン殿、ロクサーヌ殿。昨晩は随分と盛り上がっておりましたがお加減の方がいかがですかな?」

 

「色々あったが、まあ概ね問題無い。ロクサーヌ共々よく眠れたよ」

 

「昨日は豪勢な食事に続いて宴会まで。本当にありがとうごいました、カマルさん」

 

「いえいえ。こちらこそ、昨晩は御二方とレオニス殿のおかげで大変良き一夜を過ごせました。特にレオニス殿を浮かせて見せたシン殿の魔法が大変盛り上がっておりました。魔法に優れた種族と言えど、あれほど繊細で大胆な魔法は見た事ありませぬ。感服致しました」

 

「そ、そうか?あははは......(やべぇ、何ひとつ覚えてねぇ。ていうか、俺そんな事やってたのか........?後でレオニスに謝っておくか........)」

 

「ささ、どうぞ中へ。お食事もできております」

 

 

 そうしてカマルの家に通されたシン達は、昨日より落ち着いた献立の食事を摂った。

 

 そして食事を終え今後の話に入ろうとした時、カマルが一本の細身の長剣をロクサーヌに渡してきた。

 

 

「これは?」

 

「実は昨日の深夜にロバートがこの里に参られたのです。その際、これをロクサーヌ殿に渡してほしいと言われました」

 

 

 白い鞘から刀身を露わにさせたロクサーヌがそれを見て『すごい....』と一言呟き、シンもその長剣の美しい造りと内包する魔力の膨大さに目を見開き、それを眺めていた。

 

 

「その剣の名は〝アンサラ〟。ロバートが愛用していた魔剣の一振りでございます。今後はそれをロクサーヌ殿に使っていただきたい様子でした」

 

「こんな凄い物、私が貰ってもいいのでしょうか......?」

 

「ええ。どうか貰ってあげてください。その方があの者も満足致しましょう」

 

「.......わかりました。有難く使わせていただきます.......ところで師匠は?」

 

「すでに帰られましたぞ?」

 

「ええ.....!?」

 

「プッ、はははっ!姿が見えないと思ったらやっぱり帰ってたか、あの人!くくくっ.....!」

 

 

 あんまりにもロバートらしい愛嬌の無い行動に、思わず吹き出し笑いをしてしまうシン。

 

 

「笑い事じゃないですよシンさん!いくら師匠がぶっきらぼうでも弟子にお礼すら言わせてやらないなんてあんまりですよ、もぉ!」

 

「まぁそう言ってやるなロクサーヌ。帰ったらお礼言えるんだし、その時にこの鬱憤もぶつけてやろうぜ!」

 

「...........」

 

 

 まだまだ文句が言い足りない様子のロクサーヌを宥めるシン。なんだかんだ言いつつもロバートに対する感謝はあるらしく、ロクサーヌはそこで怒りを鎮めた。そんな様子を見ていたカマルはどこかやらせなさそうに見えた。

 

 一旦落ち着いたところで話は今後二人がどうするのかと言う話題に移り、カマルがある提案をしてきた。

 

 

「ライセン大峡谷.......?」

 

「はい。ロバートの話によればそこに大迷宮があるそうです」

 

「師匠はそのライセン大峡谷にある大迷宮も攻略してたのですか?」

 

「いいえ。昨日お話した通り、彼が攻略したのは三つです。一つ目はシュネー雪原にある氷雪洞窟。二つ目はグリューエン大火山にある大迷宮。そして最後の三つ目がオルクス大迷宮。この三つの大迷宮です。ライセン大迷宮には挑戦しておりませぬ」

 

「では一体何故そこに大迷宮があると?」

 

「ロバートの元に現れたと言う女性、“ヴィーネ”なる者がその情報を提供し、シン殿をそこに向かわせる様に提案してきた。そうロバートから聞かされております」

 

「ヴィーネ.......」

 

 

 ここに来てまた聞く事になった謎の女の名前。

 

 現代の解放者を名乗る仮面の女。

 

 一体彼女は何者なのか。それは定かでは無いが、ロバートはヴィーネを信頼している。なら、その情報も嘘では無いのだろう。もしかしたらライセン大峡谷にある大迷宮で、彼女の一端を知る事ができるやもしれない。

 

 そう思ったシンはカマルの提案、もといヴィーネの招待を受ける事に決めた。

 

 

「カマル老の言う通り、ライセン大峡谷に向かう事にしよう」

 

「はい!大迷宮攻略は勿論ですが、そのヴィーネという仮面の女性の事も気になりますからね」

 

「そうと決まれば早速ロンさんの隠れ家に戻るとしよう」

 

「それには及びません。ロバートはすでにこの地に転移陣を設置しておりますので、そこから直接ライセン大峡谷へと向かえます」

 

「え、そうなのですか!?」

 

「はい。ロバート曰く、『二度手間になるからそのまま行かせろ』との事です」

 

「あ〜、師匠らしいやり口ですね........」

 

「まったく、困った男です」

 

「................」

 

 

 ロバートの素っ気無い態度が目に浮かんだロクサーヌは若干呆れていた。そしてそんなロクサーヌを見てカマルは和やかに苦笑いを浮かべていた。その表情を少しだけ曇らせて。

 

 だがシンはそんなカマルを訝しんだ。

 

 意味深な別れ方をしたレグルスといい、先手を取るやり口と急ぐ様に帰ってしまったロバートの行動、時折見せるカマルの複雑そうな表情、そしてそんなロバートの行動に一枚噛んでいそうなヴィーネの存在。

 

 まるで()()()に二人を遠ざけようとするロバートのやり方に、シンは嫌な予感を感じた。

 

 

「シンさん........?」

 

「シン殿どうかされましたか?」

 

「........ロクサーヌ、帰るぞ」

 

「え、あ、はい......」

 

「お待ちくださいシン殿!もう少し、この里に留まって行かれませぬか?里の者達もシン殿のお話を聞きたいと思いますので........」

 

「カマル老、貴方は一体何を隠してる?」

 

「ッ!?」

 

「今思えば色々とタイミングが良過ぎた。森にやって来た時も俺達が来るのを予め知っていた様な素ぶりで貴方は森の入り口で待っていた。ロンさんから俺やロクサーヌの事を聞いていたとしても、あまりに俺達を信頼しすぎだ。里長ともあろう者が態々(わざわざ)自ら迎えに行くのも警戒心が足りなさ過ぎる」

 

「それは、貴方方の事をロバートから聞き信頼に足る存在だと思い至った為でして..........」

 

「なら先程の話はどうだ?ロンさんがこの里に来たと言っていたが、何故貴方は引き止めなかった?貴方ほどの人格者であるなら、弟子の旅路を見送らないロンさんを叱りつけてでも止めた筈だ」

 

「っ..........」

 

「そして、貴方はロンさんの話をする時、決まって()()()な表情を不意に浮かべていた。まるで自身の気持ちを押し殺すかの様に、な」

 

「...............」

 

「もう一度聞こう、カマル・ダストール。貴方は一体何を隠している?何が貴方をそこまで苦しめている?」

 

 

 カマルは押し黙ってしまった。シンに見透かされていた事に対してなのか定かではないが、やるせなさそうな表情を浮かべ、眉間に皺を寄せ、強く瞳を閉じていた。

 

 程なくしてカマルは瞳を開いた。

 

 そして力強くシンを見据え、心の中で『許せ、ロバート』と呟き、重く閉ざしていた口を開いた。

 

 

「シン殿の言う通り、私奴(わたくしめ)は貴方方にお伝えしなければならない事を隠しておりました」

 

「.........ロバート(あの人)の差金だな?」

 

「はい、仰る通りで御座います..........ひと月以上前、ロバートの前にヴィーネなる者が現れた際、その者はある“()()”を残したそうです」

 

「予言、ですか......?」

 

「その予言の内容は?」

 

「.........貴方方がカタルゴに来て一晩が経った後、シュネー雪原山脈地帯に、かつて魔人族の英雄と呼ばれたロバートを討つべく魔王軍が襲来すると.....」

 

「ッ!?......ちょっと待ってください!それは一体どういう事ですかッ!!」

 

「落ち着け、ロクサーヌ」

 

「ですが!!」

 

「わかってる、だから落ち着け」

 

「ッ..........」

 

 

 珍しく取り乱したロクサーヌを宥めたシン。

 

 魔王軍の襲来。

 

 それだけならシンとロクサーヌ、そしてロバートがいれば善戦できた筈だ。それだけの力をシン達は得ているのだから。

 

 だが、ロバートはその選択をしなかった。むしろシン達を遠ざけようとした。

 

 つまり、ヴィーネがロバートに伝えた“予言”の核心は、シンとロクサーヌに()()()()()()という事なのだろう。それを良しとしなかったんロバートが、こうしてカマルに協力を仰ぎ、直接ライセン大峡谷への転移を勧めさせ、それが出来なければ引き留める様にさせたのだ。

 

 そしてロバートは一人で魔王軍を相手取る事を選んだ。

 

 その理由はわからない。

 

 だが、予言が正確な物だったとするならば、ロバートは今一人で戦っている事になる。

 

 

「カマル老。話してくれたという事は向かってもいいって事だよな?」

 

「.......はい。最早止める気など一抹も御座いませぬ。故に伏してお頼み申しあげます!シン殿、どうか....どうかロバートをお救いください!あの者は今なお復讐の炎に囚われ、その身を焼き焦がしております!友を奪われた悲しみの渦中でもがき苦しんでおります!私奴(わたくしめ)はそれを鎮める事も、見守る覚悟も出来ませんでした!」

 

 

 そう言うとカマルは切実な思いでテーブルに額を擦り付け、シンに乞い願った。

 

 

「ですから何卒、ロバートをお救いください!」

 

 

 その声音は震えていた。

 

 カマルとてロバートが死地に赴く事や良しとは思っておらず、だが里長として彼を止める事ができなかった。

 

 カマルが口にしなかった予言の核心。その一つはこの里すらも巻き込む激戦への発展と里の崩壊。そしてもう一つがシン達が重傷を負い、ロバートが無念の死を遂げる事だった。

 

 それをロバートの口から聞かされた時、カマルは絶句した。しかし回避する方法が無いわけではなかった。

 

 その筈なのにロバートは単身で戦う道を選んだ。そんな選択を選んだロバートをカマルは怒鳴る様に叱りつけ、何度も思い直す様に説得を試みた。

 

 それでもロバートは曲げなかった。

 

 その理由をロバートは終始口にしなかったが、おそらく亡き友への弔いと神と魔王に対する最後の反抗と復讐。そして()()のためだろうとカマルは思い至った。

 

 そんなロバートとその想いを慮ればカマルはそれ以上何も言えなくなり、心に重い蓋をしロバートの背中を見送った。

 

 しかし、蓋をした筈の心がシンの前では漏れていたらしく、最早これ以上自身を偽ることが出来なかった。

 

 だからこそ、今更ではあるがシンに伏して願った。情けない自身の弱さを臆面もなく晒して。

 

 そして、カマルが床に手を着こうとした時、彼の肩に手が乗せられた。

 

 

「カマル老、よく言ってくれた。後は俺に任せておけ。俺は絶対に仲間を見捨てやしない.......だからそんな顔をするな。貴方の想いは確かに受け取った」

 

「ッ.....!シン殿.....!」

 

 

 カマルは確信した。目の前にいる彼こそがロバートやガイル、そしてカマルが夢見た世界を造る希望の光なのだと。

 

 彼から溢れるオーラと力強い瞳と声はカマルの想いを正面から受け止め安心させた。

 

 そして眩しい光を前に人が無意識に手を伸ばす様に、カマルは彼に縋った。

 

 

「この森を抜け、南方に進んだ先に転移用の魔法陣があります。そこからシュネー雪原に戻れます、どうかお急ぎを.....」

 

「わかった。行くぞロクサーヌ!」

 

「はい!」

 

 

 シンとロクサーヌはカマルの家を飛び出した。それと同時にどこかに行っていたバウキスがシンの懐に飛び込んで来た。どうやら話を聞いていたらしく、ついてくる様だ。

 

 そしてもう一人、同行者がシン達の前に現れた。

 

 

『話は聞いたぞシン!俺の背に乗れ!俺ならそう時間もかからず最短で転移陣まで走って行ける!』

 

 

 レオニスがそう言って来たので、ただ一言シンは『頼む』と言ってレオニスの背に飛び乗った。それに続いてロクサーヌも背中に飛び乗り、すぐにレオニスは軽やかに駆け出した。

 

 物凄いスピードで里を駆け抜けるレオニス。その速力は周囲に猛風を立ち上がらせ、畑仕事をしていた魔人族の女性達のスカートを風で(めく)り、短い悲鳴をあげスカートを抑えていた。

 

 一瞬で辿り着いた里の巨大な門を一息で飛び越えたレオニスは森の木々や草花など躊躇なく踏み倒し、遭遇した魔物は障害にすらならず蹴散らさせてしまった。

 

 あっという間に森を向け、赤銅色の大地を駆けるレオニス。背中に乗っているシン達を爆風が襲うが里に来た時と同様にシンの[力魔法]で逸らして行く。

 

 

『見えたぞ!もうすぐ..........ッ!?アレは.....!』

 

 

 レオニスがシン達に声をかけたが、その声はすぐに驚愕した声色に変わった。

 

 レオニスが見た物。シン達は視界の先に見えた巨大な影を見つけた。

 

 

「............遅かったか」

 

 

 カマルが最後に言った『どうかお急ぎを.....』の意味がよくやくハッキリした。

 

 ロバートの協力者は何もカマルだけではない。

 

 カマルより長い時を生き、強大で、神に対抗する切り札の一つとして数えられた、この地上で最も猛き存在がそこにいた。

 

 

『親父ぃ.......!』

 

『やはり来てしまったかシン』

 

「そこをどいてくれないかレグルス。急いでるんだ」

 

『我等が王の頼みと言えど、今回ばかりは聞き届けられん。古き友の最後の願いを無碍にするわけにはいかないのです』

 

 

 シン達の前で立ち塞がる歴戦の赤獅子“レグルス”。

 

 その決意は揺るがないらしく、王と認めたシンに対して確かな敵意を剥き出しにしていた。

 

 

「どうしてもそこを退かないって言うなら仕方がない.......強引にでも押し通らせてもらう!!」

 

 

 シンは開幕速攻で[力魔法]による衝撃波を放った。

 

 だが、それを難なく受け止めたレグルスが大きく息を吸った。

 

ーーーGWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!!

 

 レグルスが吠えた。

 

 まるで大陸全土に轟きそうな程の爆発的な咆哮がシン達を襲った。

 

 レグルスの咆哮によって生じた衝撃波と風圧があっさりとシンの[力魔法]を弾き返し、そのまま力任せに押し返されたのだ。その上シンとロクサーヌの聴覚を奪い、まるで塵を転がすかの様に二人の体が吹き飛ばされた。

 

 レオニスの背中から強制的に引き摺り下ろされたシン。

 

 だがそこで終わらなかった。

 

 

『シン......!!』

 

「ッ!?」

 

 

 レオニスが警告の声を上げたと思った矢先、シンの頭上から巨大な影が覆い被さった。

 

 一瞬のうちにシンとの距離を詰めていたレグルスが拳を振り被っていた。

 

 それを見てすぐさま身体強化を施し、力魔法による防壁を張ったシンだったが気がつくとその体は宙を舞い、視界がぐらつき、肺の中の空気が一気に放出された。

 

 

「ガハッ!?(一体何が.....ッ!?)」

 

『安心しろ、命までは取らない。俺とて王をこの手にかける事など致しはしない.......』

 

 

 レグルスは拳を振り抜いていた。

 

 そこで理解した。

 

 レグルスはシンが張った力魔法の防御ごと殴り飛ばしていたのだ。

 

 シンとて油断は無かった。先程の咆哮を見て赤獅子の凄まじさを理解したからこそ、シンは最大出力で力魔法を発動させレグルスの拳を受け止めるつもりでいた。その防御力は氷雪洞窟最後の試練でシンが受けた白い要の覇拳すら受け止められる程だ。

 

 だが、それをレグルスは簡単に乗り越えて来た。

 

 レグルスの豪腕から繰り出された拳はシンの力魔法の防御などお構い無しに振り抜かれ、単純な腕力のみでシンを撃ち抜いたのだ。

 

 ハッキリ言ってノイントの存在が霞む程の威力だ。もしレグルスがノイントと戦ったなら、間違いなくレグルスの圧勝だろう。

 

 

(これが魔物.....?はは、魔物なんて言う括りで収まる様な存在じゃない!これは、間違いなく本物の“怪物”だ......!!)

 

「これが赤獅子......これがファナリスかッ.......!」

 

 

 まさに大陸の覇者。

 

 その頂点に立つ歴戦の赤獅子レグルス。

 

 シンはその巨体がいつも以上に大きく見えた。

 

 だが、止まるわけには行かない。

 

 シンは腰の刀剣に手をかけ、“詠唱”を始めた。

 

 

「〝憤怒と英傑の精霊よ。汝と汝の眷属に命ずるーー〟」

 

『来るか、シン。ならば骨の二、三本は覚悟してもらうぞ』

 

 

 シンが手にかけた刀剣から光が溢れ出し、徐々にその光が強さを増して行く。

 

 赤獅子の王とのちの覇王がここに激突する。

 





補足


『登場人物』


「アリエル」
・白髪ショートヘアの魔人族の女。魔王軍武装兵団の将軍を務める女戦士。三叉の槍と盾で主武装とし、ビキニアーマーを纏っている。高身長で鍛え抜かれた腹筋が露出している。豪快で利己的な考えをしており、闘争を渇望している。(イメージはFGOのカイニスです。アレをもう少しを肌を黒くした感じです。性格とかは若干異なります)


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父と娘


めっちゃ長くなりました。一万七千文字超えです。

オリジナル要素盛り沢山の回です。




 

 猛吹雪が吹き荒れる雪原の中、ロバートは重く降り積もった雪の大地を軽い足取りで疾風の如く駆けていた。

 

 吹き巻く雪風がロバートを視界を塞ごうと彼の顔に雪が幾粒もぶつかり溶けていく中、瞬きの間にーー〝一閃!〟

 

 魔物が上下に両断され、ズルリと落ち、血肉をばら撒く。

 

 四方八方から襲いかかる魔物の軍勢。

 

 数はざっと見積もっても三万強、その殆どが雪原に生息している魔物達ばかりで、おそらく何らかに強化が施されているのだろう。ロバートに肉薄する魔物達の強さが通常の個体よりも数段上がっているのだから。

 

 しかしその強さが数段上がっていると言えど、驚く程の強さではなく、ロバートの剣撃の前では呆気なく斬り伏せられていく。

 

 二刀流の構えで迫り来る魔物達を片っ端から斬り殺していくロバート。剣に付与された魔法の効果なのか、突き刺し、斬りつけた魔物達は、まるで肉体がブクブクと泡立つ様にして爆散していく。

 

 ロバートが手にしている二刀の長剣もまた彼が作ったアーティファクトで、変成魔法が付与されている。その変成魔法の効果で肉体を爆発的に活性化させ、その活性化に耐え切れなかった相手の肉体を爆散させるというエゲつない効果が付与されている。

 

 そんな魔剣を巧みに操り、代わる代わる目の前に現れる魔物達を容赦なく斬り伏せていく。

 

 剣の能力も相当な物だがそれを操るロバートの無駄な動きが無い華麗な体捌きや、的確に急所のみを狙う剣の技術はまさに歴戦の剣士と呼ぶに相応しい姿であった。

 

 

ーーー乱れ咲く剣閃の嵐が魔物の肉を断つーーー

 

ーーー鋭い剣閃を浴びた魔物が泡吹き爆ぜるーーー

 

ーーー疾く駆ける両脚は雪原を踏み締め、縦横無尽に踊るーー

 

ーーー彼に伸ばした魔物の腕はその腕の端から剣閃が走り、魔物の巨体を細かく寸断し、血肉をばら撒くーーー

 

ーーー拳も魔法も牙も爪も届かない。ヒラヒラと舞う木葉の如き体捌きで気づいた時には首が宙を舞うーーー

 

ーーー細く鋭い眼光の中で敵を見据える瞳孔。その瞳と視線が合う事は無く、肉薄した彼が剣で心臓を穿つーーー

 

 

 そんな彼を見ていた魔人族の女将軍アリエルは実に愉快そうな笑みを浮かべていた。

 

 

「いいじゃねェかァッ!ロバート・ヴィラム!まさに英雄と呼ばれるに相応しい実力だァ!伝説の英雄が生きてると聞いて最初は半信半疑だったが、アイツは間違いなく本物だァ!」

 

「アリエル様、このままでは魔物の大軍があの男に壊滅させられます。フリード様から貸して頂いた魔物をここでみすみす使い潰すのは得策ではありません」

 

「わかっている。ちょうどオレ様もあの男と矛を交えたいと思っていたところだ............邪魔はするなよ?もし、お前の()()でオレとあの男の戦いに余計な手出しをする様なら容赦はしない」

 

「分かっていますアリエル様。ですが私との約束は守っていただきます」

 

「ああ、分かっている........トドメはお前に譲ってやる」

 

 

 そう言ってアリエルはロバートに向かって一直線に駆け出した。目の前に居る魔物達はアリエルの突進によって轢き潰され、またはアリエルが持つ銀の三叉槍を高速に振り回した斬撃によって挽肉にされて行く。それを見たアリエルの部下達が溜息を吐いていた。先程アリエルと会話をしていた魔人族の女は顔を引き攣らせていた。

 

 そしてロバートの目の前までに迫ってきたアリエルは嬉々としてその槍を振り上げた。

 

 

「ロバートォオオオオオッ!」

 

「チッ......!」

 

 

 アリエルが槍をロバートの脳天目掛けて振り下ろしたが、それを両手の長剣をクロスさせて受け止めたロバート。

 

 

(ッ!?.........なんだ、この重さはッ.........?!)

 

 

 受け止めた槍からどんどん力が加わり押し込まれていく。

 

 衰えたと言えロバートは剣の達人。勿論腕力にも自信がある。並大抵の競り合いではロバートの防御は小揺るぎもしない。

 

 しかし現状ロバートは一方的に力で押し込まれていた。

 

 

「随分驚いてそうな面だなァ。そんなにオレの力が不思議か?言っておくが、今テメェを押し返しているのは魔力による強化じゃねェ。オレ様の純粋な腕力さァッ!」

 

 

 途端、さらに力を込めたアリエルはロバートの二刀を砕き、その槍の矛先がロバートの右腕を掠め、浅い切り傷を刻んだ。

 

 まずい!と思ったロバートはアリエルから距離を取ろうと後方に跳躍した。アリエルは追撃してこない。何故ならその必要が無いからだ。

 

 

「ーーー〝灰塵と成せ〟ーーー」

 

 

 アリエルがその言葉を小さく呟いた刹那、ロバートの右腕がアリエルに付けられた切り傷をから波紋の様に燃え尽きた灰屑の様にボロボロと崩壊し始めた。

 

 悪態を吐きながらロバートはその波紋が右肩に広がる前に、腰から抜いた長剣でその腕を切り落とした。そして新しく抜いた長剣に付与された火属性魔法の爆発で傷口を焼き、止血する。

 

 切り落とされたロバートの右腕はそのまま灰塵になり果て、吹き荒れる猛吹雪で簡単に腕の原形を崩し、跡形も無く消え去った。

 

 

「殺す気は無かったが、やはりこの“力”を使ってしまうと加減が効かなくなるな.......」

 

「はぁ、はぁ....ふぅー........その槍、お前の様な女が()()を使っているとはな」

 

「ああ。魔王様から賜った物だが、話は聞いているぞ?()()()()()()()()()()()()()()()()、ロバート」

 

 

 そう。アリエルが持っている銀の三叉槍。

 

 それはかつてロバートが作り出したアーティファクト。

 

 だが、正確にはロバートのみで作り上げた物では無い。亡き友ガイルとオルクス大迷宮で出会った吸血鬼の友()()()。二人の協力があって初めて完成した一撃必殺の槍なのだ。

 

 その名も〝三叉槍ダインスレイヴ〟

 

 様々な鉱石を掛け合わせた事で高い硬度と靱性を持つその槍は敵を即死させる事に特化した代物。

 

 先程ロバートと受けた攻撃、あれは生物の肉体を灰塵の様に崩壊させるガイルの変成魔法が付与された物。さらに吸血鬼の友ディンが考案した魔力の蓄積と解放、そして循環が付与されており、蓄積された魔力を使用者に分け与える事も出来るうえに、魔力を一気に解放して爆発を引き起こす事も可能。その上、ロバートがオルクス大迷宮で獲得した生成魔法で様々な効果を持つ複数の鉱石を掛け合わせた事で使用者の手元に任意で戻ってくる能力も備わっている。

 

 三人の男がこの槍の製作に携わっていた事から槍の形状は三叉となり、友情の証でもある。

 

 その槍こそがロバートが生み出した最初で最後の()()()()()()()()であり、()()()()()()()死の槍なのだ。

 

 

「正直この槍を使うのはオレの主義に反する事だが、生憎これ以外の槍はオレが使うと壊れちまうからなァ。今はありがたく使わせてもらってる。さて、片腕を失ったテメェは一体どこまでやれるのか見物だなァ」

 

 

 挑発的な態度を取るアリエル。

 

 すると周りにいた魔物の数体がロバートの背後から襲おうとした。

 

 それに気づいていたロバートは背後の魔物達を切り伏せようと左腕の剣を構えた時、アリエルが槍を投擲しロバートに近づいていた魔物達を串刺しにした。そして串刺しにされた魔物達はあっという間に灰塵と成り、吹雪と共にその塵が舞い上がっていく。

 

 そしてダインスレイヴは一人でにアリエルの手に戻って行った。

 

 

「どういうつもりだ?さっきも言ったよなァ、オレ様の邪魔はするなって........返答次第ではまずお前からぶち殺すぞ、()()()()?」

 

「......カトレア、だと........?」

 

「アリエル様こそ、何故先程追撃なされなかったのですか?あのままもう片方の腕を切り落として仕舞えばすぐに終わっていたものを......」

 

「アア?戦士であるオレに、フリードの駒使いの分際で意見しようってのかァ?幾らお前がコイツの息女(むすめ)だからって、オレの戦場に私怨を持ち込むんじゃねェよ」

 

「これは私怨ではありませんよ、アリエル様。私はさっさとその男を殺してフリード様の元に帰らねばならないのです。ですから早めにその男を動けない様にして欲しいのですがね......」

 

 

 アリエルと赤髪の魔人族の女がそんな会話をしていた。

 

 この会話を耳にしていたロバートはこの場に来て初めて大きく動揺し、アリエルと話している女に視線を向けた。

 

 そこには深く被ったフードで顔を隠し、僅かにフードの中からはみ出している赤い髪が見てとれた。

 

 そんなロバートの視線に気づいたのか、その女はフードを外し、その顔を露わにした。

 

 

「お久しぶりですね、()()

 

「.........カトレア、魔王軍に入ったのだな.........(やはり()()()()()()()()、魔王軍に与していたか.......)」

 

「貴方の仰る通り、私は魔王軍の者です。正確には魔王軍魔導兵団の将軍フリードバグワー様の部下ですが.........父上を....いいや、“()()”を殺す為に、私は魔王軍に入った」

 

「......母親はどうした?.........あいつは、()()()()はお前を止めなかったのか?」

 

「母は既に死んだわ。十年前、病でね。本当に憐れな女だった.......貴方が迎えに来てくれるとずっと信じて、心を病ませ、体も病気で侵され........最後は私に父を許してやれなんて馬鹿みたいな事を言って死んでいったわ」

 

 

 ロバートには妻と子供がいた。

 

 ロバートが妻と出会ったのはロクサーヌを雪原で拾う十二年以上前の事だ。

 

 当時、神に対する復讐を掲げ、アーティファクト製作とカタルゴ大陸の赤獅子や穏健派の魔人族達に会う為行き来をしていた時、偶々(たまたま)雪原を移動していた彼が見つけたのが、雪原で行き倒れていた魔人族の女性“カーリー”だった。

 

 カーリーを助けて以降、彼女は頻繁にロバートの元に訪れる様になった。

 

 ロバートに助けられ、一目惚れしたカーリーはロバートに猛アタックをし続け、絆されたロバートは長い人生で初めて妻を娶り、子も授かった。子供の名前は“カトレア”。二人と同じ赤毛の女の子だった。

 

 家庭を持った事でロバートは穏やかになった。だがそれを良しとしなかったロバートは妻の静止を振り切り、工房に籠り続け、頻繁に家を空ける様になった。

 

 友を奪われた怒りと悲しみが消える事を恐れたロバート。

 

 ロバートを心配するカーリー、当時四歳になっていたカトレア。

 

 次第にロバートとカーリーは口論が増え、カトレアが五歳になった年のある日、二人はロバートの元を去って行った。

 

 当時はそれほどショックでは無かった。

 

 自分の復讐に妻と子供の人生を巻き込むわけには行かないなどと様々を理由を並べ、自身の過ちを正当化しようとしていた。

 

 そんな時、ふと昔の記憶が蘇った。

 

 古い記憶だ。まだロバートが若かりし頃の話。

 

 ガイルと冒険を始め、オルクス大迷宮で吸血鬼の男“ディン”と出会い、その果てで世界の真実を知った後の何気ない別れの会話だ。

 

 

『“ダインスレイヴ”も完成した事だし、そろそろ地上に戻ろうか』

 

『ああ、そうだな......ディン、お前はどうする?俺達に着いてくるか?』

 

『いや、私は国に帰るよ。近々兄の子供が産まれるんだ。エヒトの事もある、私は国に帰ってここで得た力と知識を国の為に、生まれてくる子供の為に使うよ』

 

『そうか.....なら、次に会う時は酒を酌み交わしながらお前の甥っ子の話を聞かせてもらおうじゃないか!』

 

『おい。ディンは甥だなんて一言も言ってないぞ?』

 

『そうだぞガイル。もしかしたら姪かもしれない。もし生まれてくる子供が女の子だったら、きっと兄の奥さんの様に綺麗で聡明な女性になる事間違い無しだ!』

 

『そして甥なら、お前に似て大雑把な男になる.......』

 

『いやいや、そこはディンの兄に似て、だろ?』

 

『どっち道、その子供とコイツは血縁関係だろ?なら当たらずとも遠からずって奴だ』

 

『あはは....相変わらず酷い言い草だなぁロンは。大体私のどこが大雑把だって言うんだ?』

 

『『隠し味などとぬかして、作った料理に余計な事をするところだ(だな)』』

 

『ほんと君達って息ピッタリだね.......まあ、さっきガイルが言ってくれた事はいつか必ず叶えよう。その時は是非とも私の国に来てくれると嬉しいかな。美味しいお酒も用意するし、兄の子供も会わせられるしね』

 

『しっかし、子供かぁ〜〜。ディンは自分の子供を作ろうとは思わないのか?』

 

『私はいいかな。国に帰ったらそれどころじゃ無さそうだし』

 

『この中で先に結婚しそうなのはガイルだな』

 

『あ〜、この前話してくれたっけ.......確かエリセンで出会った“海人族の女性”と恋人関係なんだってね。ふふ、いいじゃないか。二人に子供が出来たらそれもお祝いしないとだね!ロンはそういう関係の人はいないのかい?』

 

『俺は興味無い。この馬鹿を王にするまでは余計な事に時間を費やすつもりはないからな』

 

『余計な事って........結構大事な事だと思うんだけどな』

 

『ま、俺が王になった暁にはロンを強制的に結婚させるから心配するなディン!』

 

『おい、さらっと王権濫用を宣言するな』

 

『お母さん、アンタの為に良い人見つけてくるからね?』

 

『しれっと母親ポジションに就こうとするな!』

 

『あはははは!本当に君達は面白いね!出来る事ならもっと早く君達と出会いたかった』

 

『遅いと早いもの無いだろ?俺達の人生はこれからなんだから』

 

『ああ、そうだね......ガイル、ロバート、君達と出会えて本当に良かった。君達の夢を私は応援している。手伝える事があればなんでも言ってくれ。吸血鬼の国“アヴァタール国”は君達の来訪を歓迎する』

 

『ありがとう、ディン。俺もお前に会えて本当に良かった。その時は是非頼むよ、ディン.....いや、吸血鬼の国の次期宰相ーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()殿』

 

『.......じゃあな、ディン。また会おう』

 

 

 それが吸血鬼の友“ディン”との別れだった。

 

 ガイルの死後、色々あったロバートは吸血鬼の国が滅び、生き残りが誰もいないという事をあとで知る事になった。

 

 もう二人はこの世にいない。

 

 酒を酌み交わす事も、ディンの姪の自慢話を聞くことも出来ない。

 

 だが、ロバートは父親になった。

 

 きっと今のロバートを見た二人は、彼を叱責するだろう。

 

 そんな自身の不甲斐なさにようやく気づけたロバートだったが、それはあまりに遅く、気づいた時には妻も子供も家を去った後だった。

 

 そして妻子が出て行った五年後に、ロバートは雪原でロクサーヌを拾った。

 

 そんな経緯があった事からロバートは不器用ながらも幼いロクサーヌを男手一つで育て上げた。

 

 弟子として自分が教えられる事を拙いながらも教えてきた。

 

 それは二人に対するせめてもの罪滅ぼしだったのかもしれない。だからと言ってロバートは自身をロクサーヌの父だと思う事も語る事もしなかった。

 

 ロバートにその資格がないからだ。妻と子を蔑ろにした事実は決して消えない。

 

 もし名乗る事が出来る日が来るとすれば、それは家を去った妻と娘と再会し、ふたりに許された時のみだとロバートは思っていた。

 

 そして今、ロバートの目の前に自分の娘が現れた。

 

 最も忌むべき神の配下である魔王軍の一人として。

 

 

 

「お前は母を殺したも同然の男。トドメは必ず私が刺す、これは復讐なんだよ。私達を捨て、母を見殺しにしたアンタに対するね!」

 

 

 皮肉な話だ。

 

 神に対する復讐に囚われた父。その娘もまた復讐に囚われている。

 

 

「その前にまずは、オレ様がお前のもう一つの腕を切り落とす。オレにとっちゃお前と戦えるだけで十分なんだ。だからせいぜい足掻いてオレ様を楽しませてくれよ、ロバートォッ!!」

 

「チッ.....!」

 

 

 瞬間、力強く踏み込んだアリエルがロバートに肉薄し、三叉槍の高速連続刺突を繰り出した。

 

 僅かに傷を負うだけで致命傷となる刺突の嵐に、舌を巻き左腕一本で長剣を振り続けるロバートはそれを凌ぐ。

 

 剣の速さでならロバートはアリエルを凌ぎ、力ではアリエルに及ばない。

 

 今アリエルの槍撃を凌げているのは、(ひとえ)にロバートが長年積み重ねてきた研鑽と技術、そして圧倒的な実戦経験の差があるからだ。

 

 

「たかだか二十年とそこらを生きた程度の小娘如きに、これ以上遅れを取るわけにはいかんッ!」

 

「ッ!?」

 

 

 その瞬間、ロバートの左手の中指に嵌められていた指輪が光を放った。

 

 咄嗟にアリエルはロバートから距離を取った。

 

 そして現れたのは銀の鎖だった。

 

 鎖の太さはロバートの持つ長剣の刃渡りと同等程度。鎖の両端にはV字型に尖った赤い楔と白い楔が備わっている。長さは多く見積もって十メートル前後。もしかしたらそれ以上かも知れない。

 

 そんな鎖が指輪の光と共に、ロバートの体にまるで()()()()巻き付いた状態で現れたのだ。ロバートの体に巻き付ききれず余った鎖は雪原に垂れ落ちている。

 

 

「そんな物で何が出来るってんだァ、アアッ!」

 

 

 突然現れた鎖には多少驚きはしたアリエルだったが、「そんな物は関係ねェ!」とロバートに突っ込んで来る。

 

 そんなアリエルの突進をロバートは見据えながら、垂れ下がっていた鎖の一方の赤い楔を切断された腕の断面に差し込んだ。

 

 その瞬間、銀の鎖が(うね)り、まるで意思を持った生き物の様に鎖の端に付いている赤い楔が鎌首をあげアリエルに襲い掛かった。

 

 真っ直ぐにアリエルの胸を貫こうとする鎖をアリエルは躱す。だが、躱わされた瞬間に鎖は方向転換し、アリエルの背後から襲い掛かった。

 

 

「鬱陶しいッ!」

 

 

 背後からの鎖の攻撃も躱わしたアリエルは、その鎖を断ち切ろうと槍で斬り付ける。だがダインスレイヴの斬れ味ですら切断、または砕く事も敵わず、斬りつけられた鎖はその衝撃で一度は地面に叩きつけられるが、そこから跳弾して再度アリエルに襲い掛かった。

 

 何をしても無意味な程に、何度も何度もアリエルに向かってくる鎖。

 

 それを本格的に対処しようと隙を見せれば、今度はロバートがアリエルに肉薄し剣閃を見舞う。

 

 鎖とロバートの攻撃を槍で逸らし、躱わし、弾き返すが徐々にその足が止まり、完全にアリエルが足を止めた瞬間鎖がアリエルの周囲を囲み螺旋状に鎖の籠となって閉じ込めた。

 

 そして楔がアリエルの胸に突き刺さり、物凄いスピードで自分の魔力が鎖に吸われているの感じ、次の瞬間には鎖が完全にアリエルの体に巻き付き身動きが取れない様に雁字搦めにした。

 

 

「へッ、オレ様を拘束したつもりだろうがこの程度の鎖.............。ッ!?これはッ.......!」

 

「気づくのが少しばかり遅かったな。お前の胸に突き刺さっている楔、それはお前の魔力を吸って鎖の拘束力を強化にする。いくらダインスレイヴの力が強力だろうと腕を振れなければ意味は無い。ダインスレイヴの魔力供給も無意味だ」

 

 

 今アリエルを閉じ込めている鎖。

 

 その名は〝縛鎖フィレモン〟

 

 ロバートが生み出した拘束用アーティファクトで、赤い楔を持つ方が鎖を操作する事ができ、長い鎖の先にある白い楔が相手に刺さればその瞬間から相手の魔力を際限なく吸い取り、その魔力で鎖の強度を高め縛りを強くする。さらに相手を弱体化させる効果もある為、肉体強化系の技能を有していようと保有する魔力量が多ければ多い者ほどその餌食となる。その名の由来の様に獲物に食らいつく、執念深い蛇の様なアーティファクトだ。

 

 そして拘束した相手が魔力を全て吸い取られて仕舞えば、あとはロバートの思う壺。魔力を空にした相手などロバートの相手になり得ない。

 

 操作するのにかなりの魔力消費を強いるが、相手を捉えさえすれば後は勝手に拘束し続ける。

 

 アリエルはまさにこの鎖にとって格好の餌食なのだ。魔人族特有の魔力量の多さに加え、ダインスレイヴの魔力供給がある為、縛鎖フィレモンの力が最も刺さる相手なのだ。

 

 

「アリエル様ッ!!」

 

「アリエル様、今お助けします!」

 

「おのれぇッ!よくもアリエル様......!」

 

 

 アリエルの部下と思わしき魔人族の男達が魔法による攻撃を放とうとし、カトレアは魔物達を操りロバートに(けしか)けようとする。

 

 それに気づいていたロバートは左手に持っていた剣を地面に刺し、背中に背負っていた四本の剣を抜き取り、四本の剣の柄を器用に指の間に挟み込んだ。

 

 そしてそれを魔物の大軍とカトレア以外の魔人族の男達の上空に向けて投擲し、その切先が彼等に向いた。

 

 その瞬間、投擲された四本の剣が強い光を放ち剣は自壊。だが自壊した剣は千の小刃となって雪原を突き刺す様に降り注いだ。

 

 〝千刃ヘッジホッグ〟

 

 ガイルとロバートが旅の途中で遭遇したハリネズミの様な魔物の能力を参考に制作したアーティファクトで、一本の剣の中に千の小刃が詰め込まれており、魔力を通すことで剣を自壊させ一方向に小刃の雨を浴びせる事が出来る代物だ。

 

 本来は切先から小刃を一本ずつ射出し、中距離から牽制攻撃に使う物だが、大軍を相手に使用する場合はこういう風な使い方もできる。その場合は自壊させることが前提なので一回きりの大技になってしまう。

 

 だが、この戦場に於いてはそれが最も有効な手段だった。

 

 千の小刃を浴びた魔物や魔人族が肉を裂かれ、大量に出血し倒れている。

 

 魔物の数もかなり減り、生き残っている魔物達は目の前の惨状を目の当たりにして酷く怯えていた。

 

 そしてそれは目の前で同族が無惨に殺されたカトレアも同じだった。

 

 

「そ、そんな.....ッ、魔物の大群が一瞬で.....!?」

 

 

 目の前に広がる地獄を目の当たりにして、カトレアの足が震え、膝を折り、尻餅をついた。

 

 ザクっ、と雪を踏み締めたロバートの足音が聞こえ、カトレアが怯えた表情で彼を見上げる。

 

 そしてカトレアに歩み寄って来たロバートが口を開いた。

 

 

「カトレア、お前が俺を父として認めない事は理解しているつもりだ。今更父親面をするつもりも無い........だが、お前に母を想う気持ちがあるのなら、魔王軍から手を引け」

 

「なっ......!?」

 

「この世界の神は狂っている。神エヒトは盤上の遊戯の様に一時の気まぐれで世界の秩序を崩壊させる。まるで玩具の様にな.......そんな神の配下を名乗る魔王の軍に身を置くなど、お前の母は絶対に許さないはずだ」

 

「わ、私達の神はアルヴヘイト様だ!魔王様はエヒトの配下じゃないっ!」

 

「違うぞ、カトレア。魔王の正体は()()()()()()だ。そして、そのアルヴヘイトは神エヒトの眷属.........俺が最も憎み続けた、殺したい相手だ..........!」

 

 

 アルヴヘイトの名を口にした途端、彼の語気が重い物となった。ロバートの剣を握る手の力が強くなり、彼の表情はとても険しいものとなっていた。

 

 そんなロバートを見て、カトレアは彼がどれだけアルヴヘイトを強く憎んでいるのかを本能的に理解させられた。

 

 

「お前も知っているはずだ。三百年以上も昔、魔国を崩壊寸前まで追い込んだ地獄の様な惨劇を」

 

「.........“ゴライアス”と“マンティコア”の襲来......?」

 

「そうだ。あれらは全て神が仕組んだ物だ」

 

「ッ!?うそだ.......そんな出鱈目っ.........!」

 

「お前も魔王軍に入っているのなら理解しているはずだ。アレがどれだけ異質で醜悪な物かを........自然発生する様な魔物ではないという事も。アレらは全て人為的に発生させられた物。そして唐突に魔国に現れた......まるで()()()()()()()()()()()な」

 

 

 そう。魔国に惨禍を(もたら)した“ゴライアス”と“マンティコア”の群勢はなんの前触れなく魔国内で唐突に現れたのだ。

 

 そのせいで当時の魔王軍は対処に遅れ、被害が甚大化し、多くの犠牲者を出す事になった。

 

 

「当時魔国には戦争の均衡を崩す程の力を持った存在が二人居た。それは魔法の天才“ガイル”と、“俺”だった。神エヒトはその均衡を保たせる為にわざと魔国にあの魔物達を解き放ち、魔人族の戦力を削らせたのだ.........これは、俺が直接魔王から......いや、アルヴヘイトから聞いた事実だ」

 

「..........そんな話、信じられるわけ....ないじゃないか........ッ」

 

「あれだけの数の魔物を人為的に一瞬で発生させる事など、いくら優れた魔法使いでも不可能だ。無限にも等しい膨大な魔力が無ければまず実現できない.......そんな事ができる物がいるとすれば、それは神以外に他ならない」

 

「..............ッ」

 

 

 正直なところ話の根拠としてはあまりに情報が少ない。

 

 だがカトレアは目の前の男が語る言葉がとても出鱈目だとは思えなかった。

 

 何せ彼の目がとても真っ直ぐで、力強く、幼かった頃に見た昔の父の瞳だったからだ。

 

 幼い頃のカトレアはよく父であるロバートの工房を出入りしていた。

 

 その時に見た父の背中と真っ直ぐな瞳に彼女は憧れていた。いつか父の様に魔道具を作る事を夢見て。

 

 そして工房に入って来たカトレアを見たロバートは溜息混じりに笑って見せ、昔の冒険の話を語り聞かせてくれた。その時に父の親友“ガイル”の話も聞いていた。

 

 あの時の不器用ながらも優しさを感じさせる、真っ直ぐで力強い瞳を、今ロバートはカトレアに向けていた。

 

 カトレアがロバートを憎んだ本当の理由は、父が自分と母を迎えに来なかった事にある。

 

 母はずっと待っていた。カトレアもずっと待っていた。

 

 だが父は来なかった。

 

 二人を自分の戦いに巻き込まない為にと敢えて迎えに行かなかったロバート。それを知る故も無い妻子。両者の間で一番足りなかったのは、お互いの理解を深める為の話し合いだったのだ。

 

 それを怠った結果、カトレアは父を憎む羽目になった。

 

 

「カトレア.......先程俺はお前に父親面をするつもりはないと言ったが、あれは本心ではない。本当はお前やカーリーを心から愛している。だからこそ言わせてほしいーーー......すまなかった。お前とカーリーを迎えに行く事ができなくて。俺はお前達を俺の戦いに巻き込む事を恐れ、遠ざけてしまった.......本当にすまない......」

 

 

 ロバートはカトレアに頭を下げ、謝罪した。

 

 その姿を見たカトレアは、自分が本当に求めていた事を(ようや)く理解した。

 

 父に謝って欲しかったのだ。

 

 自分達が本当に愛されていたのかが知りたかったのだ。

 

 その事に気づいたカトレアは胸の内で様々な感情が複雑に絡み合い、思いが強く迫り上がり、そして込み上げて来た感情が涙となって溢れてしまっていた。

 

 

「ぅっ......ぅっ.....いまさらっ....ぅぅッ.....」

 

「カトレア......」

 

「ほんとぉは.......ゆるしたくないのに.......ぅっ.....おそいわよぅ......()()()()().......!」

 

 

 泣きじゃくるカトレアを見て、ロバートは幼い頃のカトレアを思い出した。

 

 

(嗚呼、お前は昔からそんな泣き方だったな........)

 

 

 そんな彼女の肩にロバートが優しく手を触れようとした時、突然後方から物凄い爆発音が轟き、その震源地である雪の大地がまるで火山の噴火の様に爆ぜた。

 

 そしてロバートはすぐにそれが何なのかを理解した。

 

 

「まさかッ.......自力で抜け出したのか.......ッ!?」

 

 

 爆発の震源地付近には吹き飛ばされた雪塊や土砂、そしてアリエルを縛っていた筈の鎖の残骸が空から降って落ち、辺りに撒き散らされた。

 

 

「ったく、復讐がしたいっつうから連れて来たってのによォ。とんだ三文芝居を見せられたぜ」

 

 

 三叉槍を肩に担ぎ、首をポキポキと鳴らすアリエルが平然とその震源地から歩いてくる。

 

 アリエルの体は酷くボロボロになっており、全身至る所から血を垂れ流していた。槍を持っていない腕が折れ、ぶらりと垂れ下がっている。その上、顔の半分が酷く焼け爛れ、彼女の豊満な胸部も抉れた様に焼き消されている。おそらく先ほどの衝撃は自分ごと爆発させた影響だろう。生きているのが不思議なくらいな重傷だ。だがーーー

 

 

「ーーー何をした?お前の魔力は既に枯渇寸前だった筈だ。何故縛鎖から逃れられた?」

 

「アア?んなもん決まってるだろォ。魔力が完全にカラになる前に鎖をぶっ壊したんだよォ」

 

「それは不可能だ。お前がどれだけ魔力や肉体で優れていようと、お前の魔力で強化された鎖の力を破壊する事など出来るわけがない!」

 

「なら()()()()()()()()()()()()()?それを可能にする力を」

 

「まさか......お前も持っているのか!?[()()()()」を.......!」

 

「へぇ〜、その様子だとやっぱりアンタもオレ様と同じ力を持ってるみたいだなァ!」

 

 

 ロバートの言う通り、アリエルもまた英雄になる為の試練を与えられる存在。つまり[英傑試練]を持つ者なのだ。

 

 その力でアリエルは鎖を破壊し、強引に縛りを解いた。

 

 

「オレ様にしか使えなねェ力だと思ってたが、まさかもう一人居たなんてなァ。ハハハッ、これだから強い奴と戦うのはやめらねェんだァ!」

 

「だがお前は既に満身創痍。それだけの傷を負って俺と戦えるなど.......」

 

「傷だァ?んなもんどこにあるってェ?」

 

「なっ!?」

 

 

 アリエルがそんな訳のわからない事を口にしロバートが怪訝そうな表情を浮かべようとした時、それは一気に驚愕の表紙へと塗り変わった。

 

 先程まであったアリエルの傷がどこにも()()()()()()()()()()

 

 抉れた胸部も、折れた腕も、焼け爛れた顔もまるで元からそんな傷は負っていなかったかの様に元のアリエルの姿だった。

 

 

「〝超速再生〟ーーーそれがオレ様の固有魔法だァ。魔力が僅かにでも残ってればすぐにでも傷は塞がる。ダインスレイヴ(コイツ)の魔力爆発とオレ様が新しく獲得した[自爆]で鎖の縛りをぶっ壊したが流石のオレ様でも今のは堪えたぜェ?まあ、見ての通りだがなァ」

 

「だが、それだけの力を使えばお前はもう動けまい」

 

「そうでねェさァッ!!」

 

 

 ロバートの推測に対し、アリエルは槍を適当に振って答えた。

 

 ただ無造作に振られた槍。だがそれによって引き起こされた風圧がアリエルの近くで怯えていた魔物達を吹き飛ばした。その余波がロバートとカトレアにも到達し、激しい暴風となって二人の体を後退させた。

 

 あり得ない......!?

 

 あれだけの力をまだ隠し持っていた事に驚きを隠せないロバート。そもそも鎖の拘束によって肉体能力は低下し、魔力もほとんど無い筈の彼女がここまでの力を発揮できるわけがないのだ。

 

 

「アリエル様は魔力量もかなりの物だけど、真に恐ろしいのは肉体能力そのもの........あの人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ステータスは平均で一万以上なの」

 

「ッ!?魔物を、食っただと......!?そんな事をすれば肉体が...........なるほど、それで[超速再生]か......」

 

 

 カトレアの説明を聞き最初は驚いたロバートだったが、アリエルの馬鹿げた力の源が全て彼女が保有する固有魔法に起因している事に気がつく。

 

 本来魔物と人は相容れない存在同士。人が魔物を捕食すれば、立ち所に肉体が崩壊し死に至る。ダインスレイヴも元はそこから着想を得た物だから、当然その事を理解しているロバート。だがあろう事か、アリエルはそれを意図的に行い、肉体の崩壊を[超速再生]で無理矢理食い止め、それを超えた先にある“進化”に自力で至ったのだ。

 

 アリエルのステータスの平均値は一万強とのこと。

 

 正直化け物染みている。

 

 

「オレ様のステータスの事をペラペラと......カトレアァ、お前は復讐はもう良いのかァ?もう良いんだろォ?なら、その獲物はオレ様が喰い殺すァッ!!」

 

 

 ここに来て()()本気になったアリエルが、さっきの攻防とは比べ物にならない速度でロバートに迫った。

 

 一瞬でロバートに肉薄したアリエルがカトレアごとロバートを叩き斬ろうとしたのを見て、即座にロバートはカトレアを蹴り飛ばした。

 

 振り下ろされた三叉槍を受け止めた左手の長剣で受け止める。だが、受け止めたロバートの剣はあっさりと砕かれ、槍刃が深々とロバートの上半身を切り裂き、血飛沫を上げた。

 

 

「お父さんッ!!」

 

 

 カトレアが父の名を叫ぶ様に呼んだ。

 

 いつの間にか彼女のロバートに対する呼び方が“お父さん”に戻っていた。

 

 だがそんな事を気にする余裕は無い。

 

 斬られた以上、崩壊(アレ)が来る。

 

 そう思って身構えていたロバートだったが、崩壊は起きなかった。

 

 

「もうダインスレイヴ(コイツ)の力は使わねェよ。言っただろ?オレ様の主義じゃねェってェ.......それにもうダインスレイヴ(コイツ)の魔力もカラだ。オレ様もさっきの回復で魔力が殆ど尽きてる。つまり、こっから先はガチンコの勝負ってワケさァッ!!」

 

「くっ.......!!」

 

 

 ロバートは再び指輪に魔力を通して新しい剣を出現させ、それを掴んだ。

 

 先程からロバートが光らせている指輪。それは空間魔法が付与された魔道具で、バウキスの異袋をヒントに開発された物。

 

 ロバートが制作した武器などがその異空間に保管されており、魔力を通せばいつでも収納や取出しが可能なのだが、今のロバートは残りの魔力が少ない為、取り出せて後二、三本が限度。

 

 その上、ロバートはここに来て肉体の衰えと変成魔法で延命し続けて来た反動が現れた。

 

 ロバートの髪の色がどんどん白く染まり出し、鮮やかな赤い髪はもう何処にもなかった。肉体能力も格段に落ち、正直なところ剣を振るのがやっとの状態。だが、アリエルを見据える瞳だけは気高く覇気を放っており、俄然ロバートの戦意に衰えは無かった。

 

 

「何だその姿はァ?まるでさっきと別人じゃねェか。フンッ、三百年も生きてる伝説の英雄も老いには敵わねェって事か.......だが、流石と云うべきか。未だ衰えないその敵意は誉めてるよォロバート・ヴィラム.......!」

 

「お父さん........」

 

「カトレア.......こんな惨めな父ですまなかった......せめてお前だけでも生きながらえてくれ........情けない駄目な父からの、最後の願いだ.........ッ」

 

 

 そう言ってロバートは重い体を引き摺るようにアリエルに剣を向け、振り降ろす。

 

 だがそれをアリエルが簡単に掌で受け止め、ロバートを蹴り上げた。

 

 宙に浮くロバートの体、さらにアリエルが追撃してロバートに回し蹴りを喰らわせ、雪原の地面に叩きつけた。

 

 もはや先程までのロバートの勇ましさは見る影もない。

 

 只々アリエルに痛めつけられるロバート。それでも立ちあがろうとし、その度に槍で傷をつけられ、痛ましい姿になっていく。

 

 

「ガハッ.....!!」

 

「オレ様とてこれ以上テメェを無闇に辱める事は気が引ける。せめてもの慈悲だ、魔人族最強の戦士であるオレ様の手でかつての英雄に引導を渡そう.......」

 

 

 ロバートにトドメを刺そうとするアリエル。

 

 それを見たカトレアが「待ってください!アリエル様!」とアリエルの名を呼びながらそれを中断させた。

 

 

「その男は不思議な魔道具を作る事が出来ます!この男を魔国に連れ帰り治療すれば魔王軍の戦力拡大に繋がるかも知れません!」

 

 

 カトレアそんな事を口走った。

 

 それはロバートを殺さずに済むための、咄嗟に思いついた苦し紛れの言い訳だった。

 

 

「アア?何言ってやがる。オレ様達はコイツを殺せと魔王様から命じられてんだぞ?一度は勧誘したがコイツは既に断った。なら生かす理由はもう無ねェ.......カトレアァ。テメェ、最初はコイツを殺すだの言ってた癖に次は助けろだァッ?オレはテメェの部下じゃねェんだよォッ!!」

 

 

 そう言ってアリエルは槍の矛先を払い、それによって発生した風圧の衝撃がカトレアを吹き飛ばした。

 

 その重たい衝撃にカトレアの体は雪原を転がり、苦しそうに顔を歪ませた。

 

 

「テメェがなんと言おうとコイツはここで殺す!テメェも軍人なら親を殺す程度の事は覚悟しろォ!」

 

「.........私には、まだ.....その人から聞かなければいけない事があるんですッ......!」

 

 

 カトレアが聞きたい事。それは何故父が家族を遠ざけてまで魔王と離反しているのか、そして何故父が自分達を迎えに来なかったのか。

 

 聞きたい事が山程ある。話したい事が山程ある。言い足りない文句が山程ある。だからこそ、カトレアはここで屈する訳にはいかないのだ。

 

 彼女にとって家族は魔王軍よりも優先されるべき存在なのだからーーー!

 

 その覚悟の現れなのか、未だに生き残っているごく僅かな魔物達がアリエルに殺気を放ち出した。

 

 

「........本気か?オレ様と事を構えるつもりなのか、カトレアァ?」

 

「例えアリエル様が相手でもこれだけは譲れません......」

 

「いい度胸だァ.....ならァ、テメェから先に殺してやる....!」

 

「そんな事、させる訳ないだろッ.....!」

 

 

 既に死に体だったロバートが立ち上がり、アリエルに剣を投げつけた。

 

 だがその剣はあっさりとアリエルの三叉槍に弾かれる。

 

 酷く荒い呼吸をしているロバート。止めどなく溢れ出すロバートの血が地面の雪を赤く染め上げていく。

 

 そしてふらついたロバートを見てカトレアがロバートの体を支えようと駆け寄った。

 

 

「ハッ!随分親子らしくなったじゃねェかァ。だが今のロバートと周りの魔物だけでオレ様を止められると思ってるのかァ?」

 

「ぐっ......!」

 

 

 カトレアが魔物達に指令を出し、アリエルを襲わせる。

 

 今度はアリエルが魔物の群れに囲まれているが、焼石に水程度の時間稼ぎにしかならない魔物(それ)はアリエルが槍を振った途端に次々と血肉をぶち撒けていく。

 

 

「.........カトレア、逃げろ.....俺はもう長くない。世界の真実を知ったお前が、魔王軍に戻れば.......神に、アルヴヘイトに何をされるかわからん.....!」

 

「逃げる訳ないだろバカ親父っ!アンタを置いて逃げるくらいなら、私はここで戦う!そんでアンタと二人でここを逃げ切る!それ以外の道は私にはないのよ!」

 

「........ふっ、強引だなぁ........まるでカーリーみたいだ.......」

 

「こんな時に冗談言ってる場合じゃないんだよッ!」

 

 

 どんどん魔物が無惨な骸に変えられていく。

 

 そしてとうとうアリエルの前に魔物が居なくなった。

 

 

「これで終いだァ。親子共々ここでオレ様がテメェらを葬り去ってやるァッ!!」

 

 

 そう言って遂にアリエルが二人に向かって突進してきた。

 

 もはやこれまでかと思われた矢先、それは突然起こった。

 

 

「ーーー〝雷光剣(バララーク・サイカ)!〟ーーー」

 

「ッ!?」

 

 

 詠唱の様な言葉が聞こえた時、青白い雷撃の太い柱が雪原の大地をなぞる様に伸びた。まるで竜が咆哮を上げたかの様な轟音を鳴らし、一帯の雪原を焼き滅ぼした。

 

 それはロバート達に突進したアリエルの進路を妨げ、咄嗟にアリエルはその場から飛び退いた。目の前の異質な光景を凝視した後、アリエルはそれが伸びて来た先に視線を向けた。

 

 

「一体、何が.......!?」

 

「........ふっ、まったく.....これは運命を変えたと言うべきなのか、ヴィーネ.......」

 

 

 驚くカトレアと呆れた様な声を漏らすロバートも、雷光が伸びて来た先に視線を向けた。

 

 アリエルとカトレア、そしてロバートが見たのは二人の男女だった。

 

 女は狼人族。もう一人の男は人間族だろう。

 

 だが、人間の男が持つ刀剣とその腕の様子が少しおかしかった。

 

 ()()()()()()()()()は緩やかな反りが入っており剣先に向かうほど若干刃渡りが太くなっている。さらに鍔には青い鱗の竜の様な物が巻き付いており、鍔の中心には赤い宝石が見てとれた。そしてその刀剣を握っている彼の腕、これが最も異能な物で、まるで刀剣から何かに侵食されたかの様に指先から前腕部にかけて青い鱗で覆われていた。

 

 

「テメェ.....一体何者だァ.....?」

 

「俺か?俺の名前はシン。そこにいるロバート・ヴィラムを迎えに来た王だ」

 





補足



『登場したアーティファクトor魔道具』


「三叉槍ダインスレイヴ」
・ロバート、ガイル、ディンリードの三人で生み出した最強の槍。傷つけた相手の肉体を灰塵の様に崩壊させる変成魔王が付与されており、他ににも魔力蓄積、魔力循環、魔力解放といった使用者を魔力枯渇させないための機能が備わっている。さらに使用者の任意で槍を手元に引き寄せる効果もあり、槍を投擲した後勝手に手元に戻ってくる。攻撃力、破壊力共に優れた頑丈なアーティファクト。ロバートが言う〝一番目の最高傑作〟がこのダインスレイヴである。


「縛鎖フィレモン」
・拘束用アーティファクト。カタルゴで採取された珍しい鉱石を掛け合わせて作られた鎖。鎖の太さはロバートの持つ長剣の刃渡りと同等程度。鎖の両端にはV字型に尖った赤い楔と白い楔が備わっている。長さはおよそ十二メートル。赤い楔を持って鎖を操り、白い楔で相手を捉え拘束する。拘束した相手の魔力をガンガン吸い、さらに肉体に対して弱体化、または衰弱化をもたらす。魔力量が多ければ多いほどその餌食となり、拘束力を強め、弱体化を早める。


「千刃ヘッジホッグ」
・一つの刀身に千の小さな刃が埋め込まれている。剣先を相手に向け、魔力を通す事で一本ずつ小刃を射出する事ができる。自壊させる程の魔力を送り込むと、剣先から刀身が弾け、千本の小刃の雨を降らす。
カタルゴ大陸に生息するハリネズミの魔物から着想を得た。

「指輪型魔道具〝武器庫〟」
・簡単に言えば南雲ハジメがオスカー・オルクスの隠れ家で手に入れた“宝物庫”と同じ物だが、宝物庫と違い収納できる物の数は限られている。


「変爆の魔剣」
・ロバートが使っていた二振りの長剣。肉体を強引に活性化させる変成魔法が付与された魔剣。変成魔法の魔物を強化させる力を敢えて失敗させる。

「火爆の魔剣」
・ロバートが使った火属性魔法の爆破が付与された魔剣。



『登場したキャラクター』

「アリエル」
・魔物を食い、ステータスや技能を獲得しまくった女戦士。三叉槍ダインスレイヴの使い手。ロバートやシンと同様に[英傑試練]を持ち、戦士としての能力は超一流の魔人族の将軍。戦闘を楽しむ悪癖があるため、スロースターター気味である。ステータスの平均値は一万以上。南雲ハジメと同等以上の化物である。[超速再生]という珍しい固有魔法を持っていたおかげで魔物を食っても生きていた。


「カトレア」
・ロバート・ヴィラムの娘。ロクサーヌより五つ歳上。五歳の時に父と離れ離れになり、その後は魔国で母と二人で暮らしていた。母が亡くなった時に父が迎えに来なかった事を恨み続けていたが、本当は誰よりも父を愛していた。そしてロバートからただ一言謝って欲しかった。母と自分をどう思っていたのかがずっと気になっていた。母の死後、魔王軍に入りフリードの部下になった。父への復讐ばかりを考え、仕事に明け暮れていた為恋人はいない。


「カーリー」
・カトレアの母で、ロバートの妻。雪原でロバートに助けられて以降、恋に落ちた彼女はロバートに猛アタックをし、籠絡し、既成事実を作った。ロバートの復讐については聞かされていなかった為、彼の体を労っていたが、口喧嘩ばかりになりカトレアを連れて一度はロバートの元を離れた。外で生きていたということもあって、周りの魔人族達に非難を受け続けていた。その結果、カーリーは心労で倒れ、病に侵され、カトレアが二十歳の頃に亡くなった。


「ディン」
・ガイル、ロバートと共にオルクス大迷宮を攻略した吸血鬼の友。本名は“ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタール”。のちに滅んだ吸血鬼の国の宰相を務めていた。大雑把で味音痴な金髪の男。三叉槍ダインスレイヴを作るのを協力した。


『登場した技能』


[超速再生]
・アリエルの固有魔法。魔力がある限りどんな傷も立ち所に癒すが、痛みは残る。即死さえしなければどんな重傷を負っても治してしまう。


[自爆]
・アリエルが[英傑試練]で獲得した技能。自身の肉体を魔力で爆発させる。使用者の精密な魔力操作がなければ即死する頭のおかしい技能。
(アリエルはこれをダインスレイヴから供給させた大量の魔力で行い、同時にダインスレイヴの魔力解放で内側と外側の爆破で鎖を破壊した)


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盾と剣


いつか「もしも要進達異世界組がトータスに召喚されなかったら」みたいな短編IFストーリーとか書いてみたいですね。

まあその前に物語進めないとなんですが.........

今回もオリジナル要素盛り沢山です。



 

 シンとロクサーヌが雪原に到着する数分前の事だ。

 

 ロバートがアリエルと戦闘を行っていた頃、シンとロクサーヌ、そしてレオニスは最強の赤獅子“レグルス”と対峙していた。

 

 圧倒的なレグルスの一撃を受けたシンは、精霊(ジン)の力を行使すべく刀剣に手をかける。

 

 

「〝憤怒と英傑の精霊よ。汝と汝の眷属に命ずる〟ーー」

 

『来るか、シン。ならば骨の二、三本は覚悟してもらうぞ』

 

 

 シンが刀剣を抜き頭上に掲げながら魔力が込めると、刀剣に刻まれていた八芒星の陣が青白く輝いていた。

 

 

「〝我が魔力を糧として、我が意志に大いなる力を与えよ〟ーーー来い、〝バアル!〟」

 

 

 途端、シンとレグルスの上空に青白い雷光の玉が幾つか生まれ帯電していた。

 

 そしてシンが掲げた刀剣を振り下ろすと同時に雷光の玉から無数の雷が降り注ぎ、レグルスを襲った。   

 

 全ての雷が直撃し、帯電する雷光に包まれたレグルスだがーー

 

 

『..........この程度か、シン?』

 

「っ!」

 

『ダメだシン!親父はその程度の攻撃じゃ止まらないっ!』

 

「そんな......!バアルの雷撃が効かないほど頑丈だなんて....」

 

 

 レグルスは一歩も動かず、無数の雷光を意図的に受けたのだ。それを見ていたロクサーヌが驚いた声を漏らし、シンは「やはりこの程度じゃ足りないか......」と呟き、素直にレグルスの強さに感服していた。

 

 そしてレグルスが腰を落とし再びシンに攻撃する為の体勢を取った。一刻も早くロバートの元に行かなければならないシンは最早()()()を切るしかないと判断した。

 

 その時だったーーーー

 

 

ーーー〝GRAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!〟

 

 

 レオニスが吠え、レグルスに向かって突進してきた。

 

 レグルスの超大咆哮には明らかに劣る咆哮だが空気が揺れる程の圧迫感があった。四足走行でレグルスの背中に迫ったレオニスの突撃で、レグルスは背後に振り向きそれを両手でしっかりと受け止める。だが突撃の衝撃でレグルスが数歩後退する。

 

 

『ここは俺に任せろシン!親父は俺が食い止めるッ!!』

 

「っ!..........わかった、任せたぞレオニス!」

 

 

 必死な形相でレオニスが吠えた。それを聞いたシンはレオニスの意図を察しロクサーヌの方を見た。すると彼女もレオニスの意図を汲みシンと視線を合わせ頷くと、二人は転移魔法陣がある場所へと駆け出した。

 

 

『行かせるわけがないだろォッ!!』

 

『それはコッチのセリフだぜ親父ィッ!!』

 

 

 二匹の巨獣が巨体をぶつけ合い、強靭な鱗が擦れ合い火花を散らす。

 

 シン達を先へは行かせまいとするレグルスと、そんなレグルスをシン達に追い付かせまいと奮闘するレオニス。

 

 数度に渡ってレオニスはレグルスの進路を妨害する。爪や牙、拳、尻尾、足、そして己の肉体。赤獅子にとって全身が凶器であるため、それらを使ってレオニスはレグルスに喰らいつく。

 

 大地を揺らす程の取っ組み合い。もしこの場に観戦客がいたなら大興奮間違いなしで、この怪獣バトルに熱狂するだろう。

 

 レグルスとレオニス。

 

 両者の間には決定的な差がある。それは実践経験の差だ。

 

 命懸けの戦いを五百年以上前から繰り広げ、実力で未だに赤獅子のトップに君臨するレグルス。そんな自分を相手に再三“戦士の儀式”を拒み続け、他の赤獅子達から“臆病者”“弱虫”などと言われ続けてきた奔放息子が相手になるはずが無い。

 

 レグルスはそう思っていた。

 

 だが、実際は違った。

 

 自分に必死な形相でこの場に押し留めようとする息子に対し、レグルスが本気で拳を撃ち込んだ時、レオニスはそれを少し後退しながらも両腕で完全に受け止めていた。そして眼前で構えたレオニスの両腕の奥、長く前に垂れ下がった赤い長髪の隙間からギロリと鋭い視線が覗いていた。

 

 先程シンを殴った時は全力ではなかった。殺さない程度に加減をしていたレグルス。

 

 だが、さっきの一撃は違う。

 

 殺さないという縛りはあったが、それでも限りなく本気に近い全力の拳だった。それを息子が受け止めたのだ。

 

 レグルスは素直に驚いていた。

 

 

『お前......いつの間にこれだけの力をつけた......?』

 

『そんなに驚く事かよ親父?......俺はなァ、ずっとアンタを越える為に力をつけて来た......例え臆病者、弱虫だと言われ続けようとな。アンタさえ倒しちまえば俺は自由だからよ......』

 

『自由........そうか、やはりお前の夢は変わっていないのだな』

 

『ああ。俺はアンタを超えて()()()()へ行く!だから俺は“戦士の儀式”を拒み続けた』

 

 

 赤獅子達の言う“戦士の儀式”。

 

 それは永久的に里の長、つまりレグルスに忠誠を誓う儀式のことを指す言葉である。

 

 先祖代々から神エヒトに抗い続けてきた赤獅子の一族には、絶対不変のルールがあった。

 

 一つ、〝神に汲みする者は必ず殺すこと〟

 

 一つ、〝神に我等の存在が漏れぬよう、赤獅子は神が支配する大陸に近づいてはならないこと〟

 

 一つ、〝適齢期となった赤獅子は戦士の儀式を受ける事〟

 

 一つ、〝カタルゴの地に棲まう魔物、()()()()との戦いに挑戦する事を戦士の儀式とし、勝利した者は戦士と認め、ファナリスの名を与えること〟

 

 一つ、〝ファナリスの名を与えられた戦士はその身を里の長に捧げ、来たる神との決戦に備え力を蓄えること〟

 

 一つ、〝争いは決闘で決め、お互いに何かを賭ける事。また決闘により里の長に勝利した者が新たな里の長になる。但し、その決闘で里の長に敗れた者は二度と里の長に決闘を挑む事を認めないこと〟

 

 一つ、上記六つの掟を破る者は速やかに粛清、或いは処分すること〟

 

 

 これが赤獅子達が大体受け継いできた七つの掟である。

 

 そしてこれの他に里の長のみが口伝で受け継ぐ事があり、それがシンに話した“特異点”の話だ。

 

 

『お前は俺との決闘を望んでいるんだな?』

 

『ああ、だが今じゃない。今の俺じゃ、どうあっても親父を越えられない.......だからこうやって()()()()()()()()をし続けて来たんだ。そうすれば掟に違反していようと周りの奴らが仕方ないって済ませてくれると思ったからな。案の定その通りにだったよ』

 

『だが.....それを今俺に喋った以上、もうお前は掟から逃れる事は出来ない。俺がそれを許さない。我等の掟は絶対不変のルール。決して変わる事はない。故にお前は外の世界に出る事は不可能だ』

 

『いいや、変わるさ。()()()()()()()()()

 

『............?何が変わったと言うんだ』

 

『この地にアイツが来た......シンっていう変革をもたらす新たな王が生まれたことさ!』

 

『ッ!?』

 

 

 特異点、つまり変革者であるシンがこの地に来た事によって、赤獅子達の長い歴史に変化が生まれた。

 

 長い生の中、決して誰にも頭を下げる事がなかったレグルスが、シンに(こうべ)を垂れ、彼を王と認めたのだ。

 

 レグルスがシンを王と認めた事にはいくつか理由がある。

 

 その中には勿論、赤獅子達の長が代々伝えて来た特異点、つまり時代の変革者に忠誠を誓うという口伝があったというのも一つの理由だ。

 

 だがそれだけで歴戦の覇者である最強の赤獅子レグルスが納得するわけがない。

 

 では、何故彼はシンを王と認めてたのか。

 

 その最大の理由が一つある。

 

 それは“強者”であったからだ。

 

 ここで言う強者とは、ただ単純な暴力だけを指す言葉ではない。何かを成し遂げようとする志や意志の強さ、器の大きさ、自信と誇り、そして前に進み続けようとする勇気と強欲な彼の在り方。その全てがシンという男の強さの正体、レグルスがシンを強者と認めた所以である

 

 そしてシンから感じた眩しい程に輝く王威にレグルスは魅了され、彼の夢に一族全ての運命を賭けても良いと判断したのだ。

 

 さらに最大ではない理由が一つある。

 

 それはかつて、シンと同じような夢を抱いた魔人族の男をレグルスが知っていたからだ。

 

 その男の名はガイル。当時レグルスはガイルにシンと同じような魅力を感じ、彼こそが変革者なのではと期待した。そして彼の夢を手助けする事を誓い、一度は王と仰ぎ、彼を背に乗せカタルゴの大地を駆けた事もあった。

 

 だがガイルは死んだ。彼は変革者ではなかったのだ。

 

 それでもレグルスはガイルを友とし、彼の夢が潰えた事に悔しさを覚えていた。

 

 そんな時にシンが現れて、彼はガイルと同じような夢を抱いていた。その上、シンはガイル以上に強欲な強者であった。

 

 故にレグルスは、ガイルとロバートの夢の続きを描こうとするシンを王と認めた。

 

 

『アイツはきっと全てを変える!俺達の里も、そして世界も!俺はそんなアイツと旅をしてみたい、アイツについて行きたいんだ!.......だからこそ俺は親父を止める。アイツが望む道を阻もうとするアンタを!』

 

『.................本気なのだな』

 

『ああ!』

 

 

 レオニスの目は依然戦意を滾らせ、真っ直ぐレグルスを見つめてた。

 

 それを見ればレオニスがどれだけの覚悟を持って自分に言葉を吐いたのかが嫌でも理解できた。

 

 王と共に歩む。

 

 その選択はかつてのレグルスには出来なかった事だ。

 

 ガイルやロバートがカタルゴに来た当時もレグルスが里の長をしていた。そんな立場の自分が同胞を置いて二人に同行するなど無責任だと判断し、神との決戦の時にこそ二人の為に力を振るおうと決意していた。

 

 しかしその時は訪れず、次にロバートがレグルスの前に現れた時にはガイルは既にこの世を去った後だった。それを知ったレグルスは“もしもあの時二人に付いて行っていれば....”と過ぎた事に対して何度も考えさせられた。

 

 そして今、自分の息子が自分と同じように王の夢に魅せられ、自分とは違う道を歩もうとしている。

 

 ならばーーーー

 

 

『ーーー..........俺はシンを止める』

 

『親父ッ!』

 

『だが、俺を止めたければお前の力と意志を示して見せろ。シンの夢に追い縋るな!王の夢を守ると言うなら、自分こそが“王の盾”であるとお前自身が証明して見せろ.......言っておくが、ここから先はお前を殺すつもりでシンを止めに行くぞ?』

 

『ッ!...........やれるもんならやってみろよ!』

 

ーーーGWAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!

 

ーーーGRAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!

 

 

 二頭の赤獅子が吠える。

 

 友の最後の願いを果たす為、王が望む道を守る為。

 

 両者互いに譲れない物を守る為、強靭な巨躯同士が再度ぶつかり合う。

 

 お互いに放たれる凶拳、凶爪、凶牙。一撃一撃が大気を揺らす程重く、大地を揺らす程豪快で、巨体から繰り出しているとは思えない程に速く鋭い。

 

 野生的で原始的な獣の如き攻撃や動きに合わさる理性的な格闘技術。

 

 二人の攻防は苛烈を極め、熾烈さを増す。

 

 もうレオニスを臆病者や弱虫などと罵る事など出来ないだろう。

 

 何せ彼は、強敵を前に一歩も引かず、王の盾であろうとする赤獅子の誇り高き戦士なのだから。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 大地が揺れ、二頭の咆哮が大気に轟く中、二人は雪原へと飛べるという転移魔法陣の場所まで辿り着いていた。

 

 

「.........やっぱりか」

 

「そんな.............」

 

 

 ロバートが設置していたであろう転移陣のあった白い台座は、巨大な拳で粉々に打ち砕かれ陥没していた。これをやったのは間違い無くレグルスだろう。そしてこんな事をする様に仕向けたのはロバート以外にいない。

 

 魔人族の里を出は際、カマルが急いだ方がいいと言ったのはこれを見越していたためだ。

 

 

「ここに来た時点でレグルスが居たから、もしかしたらとは思ったが.......。案の定だったか」

 

「どうすれば......」

 

「............バウキス」

 

 

 途方に暮れているロクサーヌ。そんな彼女の隣でシンは懐にいるバウキス(彼女)に声をかけた。するとバウキスがシンの服の中から顔を出し、シンを見つめる。

 

 

「お前の“異袋”の中に、ここから雪原まで移動できる魔道具はあるか?」

 

「(ふるふる.......)」←首を横に振る

 

「そうか。逆に雪原からカタルゴに飛ぶ魔道具は?」

 

「(ふるふる......)」←首を縦に振る

 

「やっぱり........。俺達がいざという時の為に必要な逃走手段を元々作っていた、か...........(これもヴィーネとかいう女の差金だろうな。予言といい、精霊(ジン)の事といい、本当に何者なんだ.......)」

 

 

 シンの予想通り、ヴィーネ(彼女)はロバートに予言を伝えた時にそれを回避する為の策やロバートが取るべき行動を提示していた。

 

 これによりロバートはシン達と行動を共にさせようと考えていたバウキスに、二人の旅路に必要な物を全て自身の“武器庫”から写し、シン達が雪原に戻って来れない様に帰還手段を潰していた。

 

 だが、そんなロバートでも一つ致命的なミスをしている。

 

 

「ロクサーヌ、魔剣を抜け」

 

「.........?どうするおつもりなんですか......?」

 

「その魔剣に付与されている魔法で空間に穴を開ける。それで向こうに行く!」

 

「っ!?そんな事が可能なんですか!?」

 

「いや、魔剣単体の力じゃ無理だ」

 

「では一体........」

 

 

 魔剣アンサラに付与されている魔法。それは神代魔法の一つ、“空間魔”だ。

 

 シンは最初、自身が保有している派生技能[鑑識]で魔剣アンサラを見た時、魔剣に付与された力が“空間魔法”であると一目で見抜いた。しかしシンが鑑識で見たところ、その力の出力は小規模な物で、離れた相手に斬撃を飛ばす類の魔法だと理解し、人や物を転移させる程の力は無いとわかった。でなければロバートが魔剣をロクサーヌに託すはずがない。

 

 では一体どうやって空間移動を可能にしようというのか。

 

 

「俺の力でこの壊れた転移陣から()()()()()()再構築する。そこにお前の魔剣で空間に穴を開けてロンさんのところに向かう..........やれるか、ロクサーヌ?」

 

「........はい、やれます。私は貴方の道を切り開く剣です!」

 

「よし!ならお前は魔剣に魔力を最大限込めて、付与された空間魔法の威力を高めておけ」

 

「わかりました!」

 

 

 ロクサーヌは腰に携えた魔剣アンサラを抜き、魔力を送り込む。魔剣が反応しているのを感じ取ったロクサーヌは、魔法の発動を抑え限界まで魔力を高めて行く。すると魔剣の刀身が徐々に青白い光を放ち出し、濃紺色の刀身が徐々に空の様に透き通った蒼白色に変色し始めた。まるでロクサーヌの強く純粋な想いに呼応するかの様に、暗雲が晴れ渡る様に染め上がっていく。どうやらこの魔剣は使用者の魔力によって刀身の色を変えるらしい。

 

 魔剣アンサラ製作に使用されている鉱石の殆どがカタルゴで採取された鉱石。その中には“アブソーブ鉱石”という魔力を吸い込む事で色を変え、魔力を蓄える機能を持った鉱石も使われている。その効果がロバートが蓄積してきた魔力を塗り替えたのだろう。

 

 そしてこの時、バアルが宿るシンの刀剣と魔剣アンサラが()()()()。言い換えるならロクサーヌが持つ魔剣に何かが宿ったのだ。

 

 それはシン()()()としての証。

 

 だが彼女がその力に目覚めるのはまだ先のようだ。

 

........................

 

 一方のシンは自分が持てる全ての技能と魔法を駆使して、壊れた転移魔法陣から魔力の残滓、緻密に構築されていた術式の残骸、座標、規模、出力等を全て汲み取り、再構築しようとしていた。

 

 ハッキリ言って無茶である。

 

 普通の魔法なまだしも神代魔法の再現などほぼ不可能に近い。

 

 それを欠片など殆ど残っていない様な転移陣の残骸から情報を読み取り道を開こうとするなど、シンがやろうとしている事は、謂わばゼロから空間魔法を構築するという事に等しい行いなのだ。

 

 そんな無謀とも思える賭けの勝ち筋をシンは全力で掴みに行こうとしていた。

 

 [瞬光]で知覚能力を拡大させ、[天眼]と[鑑識][魔力感知]で残骸から魔力の網を詳細に読み取り、[力魔法]と[魔力操作]で緻密に組み立てて行く。それだけでは無い。新たに獲得していた瞬光の派生技能[空間掌握]と[並列思考]で具体的な出口を想像し、[想像構成]でイメージ力を補強し、シンに元々備わっていた[超直感]で正しく組み立てて行く。そして限界を超えてようとするシンの想いに応えた[英傑試練]が各能力を底上げし、それらを支える。

 

 脳に多大な負担がかかり、シンの表情が苦痛で歪む。

 

 それでもシンは休む事なく構築して行く。そんなシンの精神に呼応する様に七つの金属器が輝き、精霊(ジン)達がシン()の手助けをすべく、力魔法と魔力操作に乗った彼らの手が残骸に宿る情報を掬い上げて行く。

 

 魔力的、精神的に繋がっている精霊(ジン)達の助力もあり、構築されて行く魔法がさらに安定した。

 

 そして(シン)の手がそれを掴んだ。

 

 

「ぐっ......ロクサーヌ、やるぞ!」

 

「はいッ!いつでも行けます!!」

 

 

 構築だけで精一杯だったシンは、掴み取ったそれをロクサーヌの魔剣に付与した。

 

 それはシンが自力で掴み、辿り着いた神代級の“空間転移魔法”。魔剣に定着していない為、一度きりの大業。この一撃が最後のチャンスだ。

 

 ロクサーヌはそれが付与された瞬間、虚空に向けて剣を大上段で振りかぶった。青白い光がより一層の輝きを増し、全神経をその一刀に集中させる。

 

 

(シンさんが掴んだこのチャンス、絶対に無駄にはしません.......!!)

 

 シンが掴み辿り着いた空間魔法。それに名をつけるならきっとこうだろう。

 

 その名はーーーーーー

 

 

「ーーー〝進空〟!!ーーー」

 

 

 強固な意志と想いを乗せ、[進空]が付与された魔剣を大上段から鋭く振り抜いた。ロクサーヌは付与された瞬間にその魔法の名を感じとっていた。

 

 青白い剣閃が虚空を切り裂き、虚空が歪み、空間が捩じ切れた。

 

 そして虚空に生まれたのは大きな白く靄がかかった様な穴だった。

 

 その捩じ切った空間の穴の奥から微かに見えるのは、二人もよく知っている雪原の大地。

 

 

「シンさん!」

 

「ああ、行こう!」

 

 

 二人はその白い空間の穴に飛び込んだ。その瞬間、穴は収縮し、元のカタルゴの景色のみが二人がいた場所に映った。

 

 空間の穴に飛び込んですぐに二人は深く積もった雪の地面に足をつけた。

 

 そして若干遠くの方に見えたのは複数の魔物と男一人と女二人の三人。周りに無数の魔物の死体と魔人族と思わしき人の遺体が見える。

 

 男は確実にロバートなのだろうが、何故か元々の髪色が白く抜け落ち、遠目で見ただけでもかなりの傷を負っていた。

 

 残りの女二人は見た事が無い魔人族だが、そのうちの一人はロバートを抱え上げており、ロバートと同じ赤い髪色の魔人族だった。

 

 そしてもう一人は槍を持ったビキニアーマーの白髪の女魔人族。アレはヤバい。見ただけで敵だとわかる程に殺意と戦意を滾らせている。

 

 そんな槍を持った女魔人族が周りの魔物を蹴散らし、ロバートに突撃しようとしていた。

 

 それを見た瞬間のシンの行動は早かった。

 

 

ーーー〝我の力を使え、主よ〟

 

「ああ!行くぞバアルッ」

 

 

 シンは刀剣を抜き、バアルの力を刀剣とそれを握る腕に()()()、刀剣の矛先をロバートと彼に向かって行く女魔人族の間に向けた。

 

 そして放つ。

 

 

「ーーー〝雷光剣(バララーク・サイカ)〟!!ーーー」

 

 

 その瞬間、剣先から青白い雷撃の太い柱が伸びた。

 

 シンの狙い通りそれはロバートと女魔人族の間を駆け走り、雪原に降り積もった雪を掻き消した。

 

 そしてその一撃を目の当たりにしたシンとロクサーヌ以外の、この場にいる三名がこちらに視線を向けた。

 

 

「テメェ.....一体何者だァ.....?」

 

 

 自分の突撃を妨害され、怒りと戸惑いが含まれた言葉をシンに向かって口にした槍を携える女魔人族。

 

 そんな彼女の問いに、シンは堂々と相手を見据えながら口を開いた。

 

 

「俺か?俺の名前はシン。そこにいるロバート・ヴィラムを迎えに来た王だ」

 

 

 こうしてシンとロクサーヌはロバートが一人で向かった戦場に舞い降りた。

 




魔剣アンサラに眷属の種が宿りました。そして武器化魔装のお披露目と赤獅子の掟+レグルスのちょっとしたら過去話でした。


補足


『新しく登場した魔法』


「神代級空間転移魔法〝進空〟」
・オリジナル空間魔法。シンがロバートが造った転移魔法陣から必要な情報を読み取り新しく構築した神代級の空間魔法。本来魔法や神代魔法は肉体や魂に定着した上で、適性があって初めて行使可能ですが、今回は一度きりの構築と付与。


『登場した魔物』

「ベヒモス」
・カタルゴ大陸に生息する巨大な魔物。オルクス大迷宮にいるベヒモスはその劣化版。赤獅子達が戦士として認められる為に戦う相手で、その実力はオルクス大迷宮奈落の底の最深部で挑戦者を待ち構える“ヒュドラ”に匹敵する。
オルクス大迷宮のベヒモス以上の巨体と強靭な肉体を持ち、固有魔法[暴食]で喰らった魔物の固有魔法を得る事ができる強力な大地の獣。隕石を降らせてくる。
(イメージはFFのベヒーモスです。やっぱベヒモスって名前がつくぐらいなんだからもうちょっと強くないとね.....)


『登場した技能』

[超直感]
・特異点の派生技能。元々シンが無意識に使っていた不思議な力がそのまま技能として目覚めた。

[想像構成]
・シンが力魔法に目覚めた時点で獲得した技能。文字通り想像した通りに魔法を構築する技能。

[天眼]
・瞬光の派生技能。肉眼では見通せない事でも自在に見通す眼。魔力総量の可視化、魔力の流動の視認、相手の弱点、俯瞰的視覚などが可能。

[空間掌握]
・瞬光の派生技能。力魔法を獲得した時点で獲得済み。空間に対する認識力の拡大を促す。

[並列思考]
・瞬光の派生技能。力魔法を獲得した時点で獲得済み。文字通り思考を分割して同時に考える事ができる。下手に思考を分割しすぎると脳が焼き切れる。


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最恐の魔人族 VS 付与魔術師の王


ここからが因縁の始まり。





 

「王だァ?ハン、人間の分際でエラく大きく出たじゃねェか。そこでくたばってやがるロバートがテメェみたいな雑魚を王と選ぶとは思えねェなァー」

 

「くっ.....!!」

 

 

 アリエルの言葉を聞いてロクサーヌが今にも食ってかかりそうな程の怒りの表情を浮かべていた。

 

 自分の師匠を痛めつけた上に、敬愛する愛しい男性を侮辱された事で冷静さを欠いていた。

 

 そんなロクサーヌをシンが嗜める。

 

 そしてシンはバウキスに一つ質問し、バウキス(彼女)がそれに頷いたのを見てロクサーヌに命じた。

 

 

「ロクサーヌ、バウキスの“異袋”の中に僅かだが神水があるらしい。それを使ってロンさんを回復させてやってくれ、バウキスもロクサーヌについてやってくれ」

 

「...........わかりました」

 

「(ふるふる.......)」←首を縦に振る

 

「あと、ロンさんの隣に居るあの魔人族。彼女の事も聞いておいてくれ。おそらくロンさんと何らかの関係があるはずだ、必要なら一緒にカタルゴに転移する。その為の準備も済ませておいてくれ」

 

「わかりました。シンさんは........」

 

「もちろん、あの女の相手をする......見たところ、かなり厄介そうな相手らしいからな」

 

「...................」

 

「.......心配か?」

 

「いいえ、私は貴方の強さを誰よりも知ってます。ですから叩きのめしてください!」

 

「ああ!」

 

 

 ロクサーヌの激励にシンが力強く頷くと、ロクサーヌはバウキスを伴ってロバートの方に駆けていった。

 

 そんな彼女達の行動を無視してシンだけを見つめてくる槍使いの女魔人族。どうやら彼女達に何かするつもりは無いらしい。

 

 

「作戦会議は終いかァ?」

 

「........てっきり問答無用で襲ってくるかと思ったぞ」

 

「ハン、亜人風情に構う様な安い槍をオレ様は持ち合わせちゃいねェんだよ。それに今オレ様が興味を持ってんのはテメェだ、シン!」

 

「お前に興味を持たれても嬉しくないな.......。それで、アンタの名前は?」

 

「アリエルっ!魔王軍武装兵団将軍にして最強の魔人族、それがオレ様だ」

 

 

 アリエル。それが彼女の名前らしいが、洗濯物の汚れがよく落ちそうだ。

 

 背も高く、容姿も整い美しく、スタイルも抜群な白髪の美女だ。そんな彼女はその容姿からは想像出来ないほど野生的な笑みをシンに向けていた。まるで腹を空かせた獣が獲物をじっくりと値踏みする様な視線を向けながら。

 

 そんな視線を向けられながら、シンは自然にロクサーヌ達から距離を取る様に歩き出す。それに釣られてアリエルも歩き出し、徐々にシンとの距離を縮めて来る。

 

 そしてアリエルはさらに言葉を重ねて来る。

 

 

「伝説の英雄と呼ばれたロバートですらオレの飢えは満たせなかったが、テメェはオレ様の飢えを満たせるのかァ?」

 

「生憎だが俺はお前の餌じゃない。だが、戦いたいなら相手になってやる。魔王軍の将軍だろうが最強の戦士だろうと関係なく、お前を握り潰してやる」

 

「ハハッ!いい啖呵だァ、ゾクゾクするぜェ。お前からは強者(つわもの)の匂いがプンプンする。オレ様はなァ、強い奴と戦うのが大好きなんだァ!」

 

戦闘狂(バトンジャンキー)って奴か........」

 

「さァ!オレ様と血湧き肉踊る死闘をしようゼェッ!」

 

 

 そう言うとアリエルは槍を巧みに槍を振り回し、一足でシンに距離を詰めてきた。

 

 まるで砲弾の様な爆発的な速度だが、アリエルがシンに向かって踏み込んで来たと同時に、シンもまた強化した脚力と豪脚でアリエルに向かって踏み込んでいた。

 

 瞬きの間に、互いが互いに肉薄し、両者の得物がぶつかる。途端、その衝撃で二人を中心に積雪が外側に向かって巻き上げられる。

 

 ギチギチと槍と剣が鍔迫り合いする音が聞こえる。

 

 

「いいじゃねェかァ、シンッ!オレ様の踏み込みに反応するとはなァッ!!」

 

「お前こそッ、魔王軍の将軍なんかにして置くには惜しいぐらいだ、よォッ!!」

 

 

 鍔迫り合いを制したのはシンだった。シンはアリエルの槍を上段から力任せに叩きつけ、槍の矛先が僅かに下を向いた瞬間、それを片足で踏みつけ地面に縫い止めた。そして槍の持ち手を一歩踏み出し、渾身の飛び後ろ蹴りをアリエルに向けて放った。この動きはシンが以前檜山達との模擬戦で見せた軽技。

 

 しかしアリエルは槍を握っていた手を離し、上体を反らしてシンの飛び後ろ蹴りを回避した。その勢いのまま彼女はサマーソルトキックをシンに喰らわせた。そしてそのまま全身を捻らせ、まるでブレイクダンスをするかの様に続けざまに蹴り技をシンに浴びせた。

 

 流石に防御はしていたシンだが、その一瞬でアリエルが戦士としてどれだけ秀でているのか理解した。

 

 

(チッ、上手いな。ただの戦闘狂じゃないってことか........)

 

「まだまだァ、これからだぜェッ!!」

 

 

 雪に埋もれるていた槍を足で掬い上げ、それを掴んだアリエルが再度シンに突撃して来る。その速度はさっきよりもさらに上がっている。

 

 [瞬光]と[天眼]を合わせる事でその速度に反応してみせたシンは、懐に潜り込んできたアリエルが放つ刺突の連撃をいなし、逸らし、躱し、弾き捌く。

 

 一撃一撃の刺突が致命的なダメージを負いかねない威力。

 

 だが、シンとてただアリエルの攻撃を防ぐばかりではない。肉体をさらに強化し、剣を振る速度を跳ね上げ、防御と同時に攻撃も織り交ぜていく。

 

 すると二人の攻防はより激しくなり、何合か打ち合えば距離を開け、再び距離を詰めまた撃ち合う。そんな激闘を何度も繰り返す二人がぶつかる度、積雪が巻き上げられ、白い柱が何度も立ち上がっていた。

 

 

 ガキンッ‼︎キンッ‼︎ドガンッ‼︎ガンッ‼︎キンッ‼︎キィンッ‼︎カンッ‼︎ギカンッ‼︎ズドンッ‼︎

 

 

 音を置き去り、雪原の大地を舞台に二人は剣槍の閃きが無数に舞う。

 

 二人が激しい攻防を繰り広げている中、ロクサーヌとバウキスはロバート達の元に駆け寄り、バウキスの“異袋”に収納されていた神水を使ってロバートを回復させていた。

 

 その際、ロクサーヌは軽くカトレアと会話をし、彼女が何者なのか聞き、驚いた表情を浮かべた。しかしロクサーヌはそれ以上は何も訊かず、真剣な表情で撤退の準備を済ませ、シンの戦う姿を目に焼き付けていた。

 

 そして少しだけ回復したロバートはカトレアに支えられながら上体を起こし、ロクサーヌと同様に二人の戦闘を見つめる。

 

 ロクサーヌとロバートは、目の前のシンとアリエルの攻防をなんとか目で追うことが出来た。だが自分があの場所に立ち、同じ様にしろと言われてもハッキリ無理だと断言するだろう。それ程二人の攻防は隔絶した領域の闘争だった。

 

 ロクサーヌは瞠目すると同時に歯痒い思いだった。

 

 

(今の私ではあれ程までの戦闘は出来ません..........。私はシンさんの剣であると言うのに...........ッ!)

 

 

 悔しさでつい拳に力が入る。そんなロクサーヌをロバートは見ていた。

 

 

「........焦るなロクサーヌ。今は届かなくとも、お前なら必ず届く.......今はその為にも、アイツの戦いを見届けろ」

 

「.............はいっ」

 

 

 ロクサーヌは真剣な表情で二人の戦いを注視する。

 

 一方、カトレアはシンとアリエルの攻防を目にして戦慄していた。

 

 

(これが、アリエル様の力..........!?ハッキリ言って次元が違いすぎる!それにアリエル様の攻撃に対応?してるのかわからないけど、あのシンって男も相当だ..........。一体何者なんだい..........)

 

 

 目の前の光景に只々慄くばかりのカトレア。

 

 シンとアリエルの攻防はより激しさを増す。

 

 

「最高だァ....最高だぜェ、シィィィンッ!!」

 

「チッ......!(スロースターターって奴かぁ?動きがさっきよりも断然鋭い、段々コイツの槍がノッて来てやがる........!)」

 

 

 シンは舌を巻く思いで冷静に分析していた。

 

 シンの分析通りアリエルは基本尻上がりに調子を上げていくタイプの戦士で、膂力や速力、そして槍技の冴えや戦闘センスが徐々に上がっていく。まるで一速ずつギアを上げていく暴れ馬(モンスターマシーン)の様に。

 

 このまま戦闘が長引けば不利になるのは間違いなくコチラだ。

 

 

「どうしたァどうしたァァッ!!!テメェの力はそんな物かァッ!!」

 

「ならこれはどうだッ!ーーー〝雷光剣(バララーク・サイカ)‼︎〟ーーー」

 

「ッ!?」

 

 

 アリエルから一度距離を取ったシンは、アリエルが自分に突っ込んで来るタイミングを見計らい、横薙ぎの雷撃をお見舞いする。まるでシンの刀剣から(しな)る様に伸びた青白く太い雷撃がアリエルを襲った。

 

 絶好のタイミング。アリエルは躱わす事が出来ず、雷撃が直撃した。はずだったーーーー

 

 

「ハッハハッ!!」

 

「なッ!?嘘だろッ!?」

 

 

 なんとアリエルはバアルの雷撃をまともに受けながらシンに突っ込んで来ていた。彼女の身体中から体を焼いた煙が上がり、肉が焼け爛れた跡が無数に残っている。

 

 雷撃で自分がダメージを負う事などお構い無しにアリエルは特攻して来たのだ。ハッキリ言って異常な選択。

 

 だがアリエルにとってはこの選択こそが()()

 

 そして一瞬の隙を突かれたシンはアリエルが振り抜いた槍に嫌な予感がした。

 

 

(この槍、さっきと()()()()()ッ!?)

 

 

 咄嗟にシンは力魔法でアリエルの槍撃を受け止め、再び距離を取った。そして距離を取った後、この戦闘中()()()()()()()()力魔法での捕縛をシンは試みたが、やはりアリエルにはそれが()()()()()らしく、躱わされる。

 

 

(やっぱり効かないか........魔力感知が高い証拠だな)

 

 

 そんな事が考えているとアリエルが足を止め、口を開いた。

 

 

「やっぱ()()()()勘がいいみてェだなァ。それともロバートから聞いてたかァ?」

 

「..........なんの話だ?」

 

「ふ〜ん、()ぼけてるわけじゃなさそうだなァ。いいぜェ、教えてやるよ。ーーーーこの槍の名は“ダインスレイヴ”。そこにいるロバートが作ったアーティファクトさ。貫いた相手の肉体を一撃で崩壊させる最恐の槍、それがこの凶槍の力だ」

 

「肉体の崩壊..........」

 

 

 おそらく変成魔法の事だろう。変成魔法の、それもかなり高度な魔法の付与。ロバートがその槍を作ったと言うのはあながち嘘では無さそうだ。そこら辺の事情も今回ロバートが単独で戦場に赴いた理由と関わりそうだ。

 

 しかしーーーー

 

 

「良いのか?敵に情報をペラペラと喋って?」

 

「気にするな。これがオレ様にとっての戦いの流儀だ。それに隠したところでいつかはバレる。だが、バレたところで最後にオレ様が勝てばいいだけだからなァ」

 

「なるほどな。ならもう一つ聞こうか........アリエル、お前は傷を一瞬で癒す固有魔法を持っているな?」

 

「フッ。ああ、待ってるぜェ。“超速再生”って言うオレ様だけの力をなァ」

 

 

 シンの言葉が指す傷とは、さっきバアルの雷撃でアリエルが負った火傷の事だ。それが今のアリエルには見当たらない。いや、シンはアリエルから視線を外していない為何が起こったのか見えていたし、その様子から予想もついていた。

 

 アリエルが負った重度の火傷が治る様。まるで時間が巻き戻っていくかの様に傷が塞がって行く様子をシンは見ていた。

 

 そしてシンの予想通り、アリエルは己の肉体を再生させる固有魔法を持っていた。

 

 シンの正直な感想は「化物(チート)かよ......」の一言に尽きる思いだった。こんなのを相手に今の天之河が善戦するなど到底不可能だとシンは内心苦笑いを浮かべていた。

 

 

「さっきまで魔力は殆どカラだったがァ、オレ様の魔力回復速度は常人の比じゃねェ。こっからは(崩壊)の力も、この超速再生もバンバン使ってやるから、もっとオレ様と楽しい事しようぜェ!」

 

 

 アリエルは実に楽しそうな笑みを浮かべながら、そんなことを口にした。まるで無邪気な子供が遊び相手を見つけてはしゃいでいる様だ。

 

 

(これが戦いじゃなければ、相手してやっても良かったんだがなぁー.......)

 

 

 ついついアリエルの子供っぽい一面に、シンの兄貴肌な一面がそんな事を思わせた。

 

 しかし、これ以上戦いを長引かせるのは肉体的には魔力的には負担が大きすぎる。それにいつまでもロバートをあのままにする訳にはいかない。

 

 かと言って、現状ではどうする事も出来ない。

 

 ならば、切るしかないだろうーーーーー

 

 ーーーーーー()()()を。

 

 

「ロクサーヌっ!()()をやる。いつでも撤退出来る様に準備しておけ!」

 

「ッ!!シンさん、まさか完成させていたんですか!?」

 

 

 そのロクサーヌの問いにシンは振り返り、笑って見せた。

 

 

「何をする気かは知らねェがァ、撤退だァ?そんな事をこのオレ様が許すとでも思ってんのかよォ?」

 

「例えお前でもこの力の前では無力だ。それを今ここで証明してやる」

 

 

 途端、シンが待つ刀剣がより一層強い輝きを放った。

 

 心臓の鼓動の様に脈動するシンの刀剣。いや、正確に言うならそこに宿る存在が何かが胎動しており、シンの膨大な魔力がそこに注ぎ込まれる。

 

 

ーーー〝憤怒と英傑の精霊よ。汝に命ずる〟

 

 

 シンが詠唱を始めた。

 

 嫌に響くシンの声。それはまるで祝詞の様だ。

 

 

ーーー〝我が身に纏え、我が身に宿れ〟

 

 

 さらに綴られる詠唱。

 

 そしてシンの体に異変が起き始めた。

 

 まるでシンの体を内側から突き破る様に肉が盛り上がり、衣服の飲み込み、新たな肉体を形成していく。

 

 両腕が硬く鮮やかな青い鱗に包まれ、まるで竜鱗の様に密集し鎧となる。両肩には腕からはみ出した竜鱗が鋭く突き出し、雄々しさを感じさせた。さらに露出された上半身の上部にも竜鱗が纏われ、黄金の装飾を首から飾り、シンの鍛え抜かれた肉体がより強固な物となる。

 

 腰には白い布が巻かれ、シンの魔力の奔流によって靡いている。下半身には青い竜の鱗で作られた脚部全体を覆う鎧。そして再三、竜の鱗などと表現していた理由。それはシンの背後、正確には尾骶骨あたりから太く長く伸び生えた竜の尾が要因だ。アレを見れば誰もがその姿形を“竜”と表現したくなるだろう。

 

 だが、まだ終わらない。

 

 

ーーー〝我が身を大いなる魔神と化せ、“バアル”〟

 

 

 シンの髪色が変色し青色へと成り、その額には第三の目の様に赤い宝石が輝き、その両端から折れ曲がった雷の角を生やした。

 

 そして青白い膨大な魔力が溢れ出し、雪原の巨大な雲海に天に登る柱を突き立て、曇天の中ただ一人太陽の光を一身に浴びるシン。

 

 バアルの力をその身に纏い、青白い稲妻を帯電させ、シンは人型の青い竜として顕現した。

 

 これこそがシンの奥の手である〝全身魔装〟であり〝魔装バアル〟。

 

 そんなシンの姿を見てカトレアとロバートが戦慄く。

 

 

「なんだい........アレはッ.........!?!?」

 

「竜人族.......?いや違う......あれは人が成せる技なのか.....!?」

 

「あれこそが精霊(ジン)の本当の力。以前は未完成だったのですが、いつの間に.........」

 

 

 ロクサーヌの言う通り、シンの全身魔装は未完成だった。

 

 しかし雪原への道を開くために極限に集中し、より緻密な魔力制御と魔力の圧縮を成したシンは、全身魔装を可能とするレベルまで引き上げられていた。

 

 怪我の功名と言うべきか、塞翁が馬と言うべきか。

 

 あの過程があったからこそ、シンはこの極地へと至れた。

 

 そしてもう一人、シンの姿を見て驚愕しつつも興奮が抑えられない女がいた。

 

 

「クククッ、クハハハハハハハハハッ!!!!最高だぜェ、シィンッ!!お前みたいな化物がこんなところに居やがるとわよォーッ!!」

 

 

 圧倒的なシンのオーラと魔力の重圧に歓喜の声をあげるアリエル。

 

 アリエルは直感した。今のシンには到底敵わないと。

 

 圧倒的だったと思われたアリエルという壁を軽々と踏み越えたシンを見て、最早興奮なんて言葉では片付けられない程