Fate×HUNTER 欲望島の聖杯戦争 (八尾四季)
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プロローグ

「いや、何処だよここ」

 

 暗闇が広がる空間の中で一人の男が疑問を口にする。

 声が反響していることから自身が今居る場所が“閉鎖された何処か”であることは認識できるが、視界には見渡す限り黒一色で染め上げられており自分が立っているのか座っているのかさえ曖昧だった。

 全くもって意味不明である。

 

「――ああ、ようやく揃ったか」

「あん?」

 

 暗闇の中に男以外の声が響く。

 それは高いような、低いような、若者のような、老人のような、老若男女の判別が付かない、聞く者によって印象がバラバラになる不可思議な声色をしていた。

 その異様な声に不気味さを感じながらも、聴覚以外がろくに機能していない暗闇の中でようやく新たな情報が得られそうな予感に男は謎の声に向けて問いかける。

 

「アンタが俺をここに連れ込んだのか?」

「私は管理者。お前達(・・・)をこの場に呼び堕とした者だよ」

「……達?」

 

 返された答えは複数形。

 どうやらこの暗闇には自分と謎の声以外の存在がいるらしい。真贋を確かめるために男は改めて周りを見渡すが、やはり見えるのは暗闇だけで何の成果も得られそうにない。

 耳を澄ませてみるも聞こえるのは自分の心臓の鼓動くらいで、返答してきた謎の声以外の存在は認識できなかった。

 他の者と声が届かぬよう遮音されているのか、あるいは物理的に距離が離れすぎていて聞こえないだけなのか。男にはフィクションのように気配を察するなんて真似もできない以上、新たな疑問が増えただけで終わってしまった。

 

「つーか、いま堕とした(・・・・)とか不穏なワードが出てきた気がすんだが――」

「お前達には私の駒として生まれ変わってもらう」

「いや無視かよ」

 

 どうやら謎の声は男の疑問に答えるつもりはないらしい。最初の質問すら、答えを返した訳ではなく一方的な宣言をしただけであったようだ。

 男は無視された上に駒呼びされたことに小さな苛立ちを感じつつも、新たな情報に思考を巡らせる。

 

(生まれ変わり、ねぇ)

 

 荒唐無稽なことをさらりと告げられるが、暗闇しかない謎空間に連れ込まれている時点で相手は真っ当な存在ではないのだろう。

 現に男は“自分が死んでいるはずだ”と自覚している。

 こうして意識があるのに死の自覚というのも奇妙なものだが、男は信号無視をした自動車に撥ね飛ばされて致命傷を負った記憶があるのだ。ノンブレーキで突っ込んできた車体と激突し、無数の骨が砕け内臓に突き刺さる感触と僅かな滞空時間、そして地面に叩き付けられたことをハッキリと覚えている。

 医学のいの字も知らない素人でも致命傷だと判別できる重体。

 助かる見込みなど皆無だと言うのに――

 

(今は無傷ときたもんだ)

 

 光源が存在しない暗闇の中だが、自分の身体がここにあることくらいは分る。

 先ほど耳を澄ませたときに聞こえた自分の心臓の鼓動、本来ならその伸縮運動による微弱な振動だけでも激痛が走るほどの重体はすっかり直ってしまっているらしい。

 

「お前達には生まれ変わった先の世界で二十年後に始まる聖杯降臨の儀式――聖杯戦争へ備え、参加券となる【クラスカード】を【覚醒】させる逸話を積み上げてもらう」

 

 男が身体の状態を確かめている間にも謎の声は話を進め、【クラスカード】という新たな情報が告げられると同時に男の目の前へ唐突に"何か”が出現する。

 暗闇しかない空間で物体が視認できていることにかすかな疑問を感じるが、いい加減出鱈目な事態の連続で感覚が麻痺してきた男は何気なしにそれを手に取ってみる。

 それは長方形で厚紙程度の薄さをしており、実物は知らないが何となく「タロットカードみてぇだな」という印象を抱かせた。

 表面は真っ白で何も描かれておらず、何気なしにひっくり返して裏面を見ると”盾を構えた騎士”のイラストがモノクロで描かれていた。

 

「一つ。二十年の間に七つの【指令(オーダー)】を下す。

 二つ。【指令失敗(オーダーミス)】を犯した参加者には罰を与える。

 三つ。聖杯戦争に余人を招き入れた参加者には罰を与える。

 四つ。約束の日までに【覚醒】に至らなかった者は強制敗退に処する」

 

 男が【クラスカード】を眺めている間にも謎の声の語りは進む。

 おそらくルール説明のつもりなのだろうが、下す、罰、処する――不穏な言葉が散りばめられた内容は聞かされる側からすれば不安を煽っているように思えてくる。

 事実、ルールを聞かされた男は上から目線の物言いに苛立ちを募らせ、思わず手の中にある【クラスカード】を握り潰しそうになっていた。

 しかし――

 

(……潰せない、だと?)

 

 【クラスカード】は潰れるどころか皺が寄る様子すら見せず、健在だった。

 今度は両手で掴んで引きちぎってやろうと意図的かつ全力で力を込めてみるものの、びくともしない。

 その手応えは物理的に頑丈なのではなく(・・・・・・・・・・・・)そもそも力が伝わっていない(・・・・・・・・・・・・・)と感じる奇妙なもので、男はこの空間に連れ込まれてから麻痺したままだった危機感がようやく再稼働しだして、手の中の物体に得体の知れない不気味さを覚える。

  

「十五名によるバトルロワイヤルであり、要な犠牲は六名。その命をもって聖杯は世界に降臨する。もっとも、結末は分りきっているが……お前達は駒らしく、演者らしく、せいぜい足掻いて私を愉しませておくれ」

 

 男の徒労を嘲笑うかのように、謎の声はこれまでの説明の中でも最も不穏な殺し合い(バトルロワイヤル)という言葉を投げ落としてきたのだった。

 

 

 □

 

 

 必要なことは告げ終えたのか、謎の声は聞こえなくなり再び静寂が訪れる。

 一方的に告げられた情報は男に取って意味不明な固有名詞が大半で大まかにしか理解出来なかったが、分る範疇でも物騒極まりない内容だ。

 

(要約すりゃ、転生させてやるから二十年後に殺し合えってか?)

 

 なんだそれは。人の命をなんだと思っていやがる。巫山戯んな。

 謎の声に対する罵詈雑言を激情のままに吐き出そうとするが、男の意思に反して口がまるで動かない。

 いや、口だけではなく全身の自由が利かなくなっている。

 まるでお前達に自由など無いとばかりに、身体の制御を奪われているのだと気づいた。

 次第に意識も薄れ始め、自分の最も根幹的な部分――魂がこの暗闇の閉鎖空間の外へと放流されようとしていることを本能で悟る。

 朦朧とする意識を必死でつなぎ止め何とか抗おうとするも全て無意味に終わり、いつの間にか手に持っていた筈の盾騎士が描かれたカードが独りでに眼前に浮かび上がって男の胸――否、魂に突き刺さる感触を最後に意識を失った。

 



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序章①

「この程度の粛正程度で俺が出張る必要あったのか?」

 

 街が寝静まる深夜の時間、薄暗い屋内で黒髪の眼帯男は懐疑的な独り言を呟く。

 髪の隙間から見える相貌は右目を皮の眼帯で覆っていること以外は特徴に乏しい顔つきで、サラリーマンの様な黒のビジネススーツに身を包んでいることもあり本当に眼帯以外に特徴が無い。

 

 ――周囲に散らばる死体の山を創り出した張本人であることを無視すれば、だが。

 

 元は振興マフィアの本拠地であったその場所は見る影もなく破壊され、硝煙と血の匂いが漂う空間には発生源である銃火器と無惨な死体が転がり床に血溜まりを作っている。

 周りには壁や天井には無数の弾痕が刻まれており、この場所で荒事が起こったことは明白だった。

 その最たる異常は今まさに"見えない何か"に上下から挟まれ、宙に浮きながらゆっくりとプレス機に潰されるよう身体と拉げさせているマフィア男の存在である。

 敵対者を圧殺せしめんとする"見えない何か"――厳密には"常人には見えないもの"――は今も尚圧力を強め続けており、マフィア男の身体から垂れ流された鮮血が"見えない何か"を伝って床に円形の血溜まりを作っていた。

 

「――だ……助け゛ゲェっ」

「余所の縄張り(シマ)荒らしといて、んな言い訳通じるかよ」

 

 マフィア男が声も絶え絶えに命乞いをするも、眼帯男にその嘆願を聞いてやる義理はない。

 最後の言葉は言い切る前に左腕を前に翳し、五指に嵌められた指輪の一つに意識を向けて「潰せ」と念じる。

 次の瞬間、男を挟み込んでいた"見えない何か"――眼帯男の念能力である二枚の"オーラの盾"によって押し潰されて絶命した。

 

 ――念能力、それはこの世界に存在する超常の力。

 

 生物の身体から溢れ出す生命エネルギー『オーラ』を自在に使いこなす技術。

 常識では考えられない力を発揮するその技術は一般人には秘匿され、その一端でも習得できたものは天才や超人として世間から特別視されてしまう。

 管理者を名乗る存在によりこの世界で生まれ変わり、所謂転生をさせられて二十年。転生者である眼帯男にとって嘗ては未知の、今ではすっかり使い慣れてしまったものだった。

 戦闘の為に動き回ったせいか多少服が乱れていること以外は無傷であり、この程度は日常であるかのように平静で佇んでいるのが場違い感を醸し出している。

 前世では気配を探るなんてフィクションの中にしかなさそうな技術さえ、殺伐とした今生では職業病あるいは習性といえるほどに身体に染みついてしまった。

 眼帯男は発動していた自身の能力を解除してから念の四大行の応用技である『(エン)』――身体に纏うオーラの範囲を広げて周囲の気配を探り、屋内の敵を片付け終えたのを確認すると、ながら小さくため息を吐いた。

 

「たく、理由は聞いたが短期間に仕事詰め込みすぎたろ」

 

 先ほどまでの平静な様子と打って変わり、心底疲れた表情を浮かべながら眼帯男は愚痴を吐いた。

 今回の事件が調子に乗って余所の組のシマを荒らした振興マフィアへの見せしめ――所謂カチコミであり、その実行役として自分が派遣されたことが嫌でしかたなかった。

 これでも(ファミリー)の中では上位の立場にいるはずなのに、たった一人で「特攻してこい」と命じてきた(ファミリー)のボス――厳密にはその娘であり、ボスを傀儡にしてを裏から掌握している女からの命令なのだが――に対する不満は日々溜まる一方である。

 とりあえず仕事は自分の仕事は終わったと判断し、警察や犯罪(クライム)ハンターが現れる前に現場からずらかろうと考えたとき、スーツのポケットにしまっていた携帯電話が振動した。

 

「……」

 

 眼帯男は無言のまま手の中の携帯電話を見つめる。

 まるで見計らったようなタイミングの着信に、眼帯男は嫌な予感しかしなかった。

 このまま無視すれば電話先の相手が諦めたりしないかな、と内心無駄な抵抗と分りつつも一抹の希望を捨てられず10秒ほど放置してみるも、着信を知らせる振動は一向に収まらず「早く出ろ」と主張し続けている。

 これ以上の抵抗は事態が悪化するだけだと覚悟を決めて通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てた。

 

「はいもしも「遅わよカスラ」し――」

 

 耳に入ってきたのは音程の高い女性の声。

 それは眼帯男――カスラの予想通りの相手。

 現職の雇い主であり、多少の恩とそれを上回る厄介事を押しつけてくる存在、そしてこの世界で初めて出会った"魂の同郷"と呼べる自分以外の転生者からの連絡だった。 

 

「あー、お嬢? カチコミの最中に電話掛けられても出られるかわかんねぇから困るんだけど」

「貴方なら今回の仕事くらいとっくに終わっているはずよ。陰獣の一人になったせいで頭の中身まで獣並みに退化したのかしら?」

「んなわけあるか! 罵倒するために連絡してきたのかテメェは!?」

「あら、反抗的ね。まるで通話を無視しようとしたのを勢いで誤魔化そうとしてるみたい」

 

 付合いの長さ故にあっさりと着信無視の意図を看破されてしまった。

 カスラからお嬢と呼ばれた女――アリアレーネとの会話は気安いものだったが、これは本来なら有り得ないことである。

 同じマフィアに所属している二人の関係は変則的ながらも上司と部下であり、下の立場であるカスラは上の立場であるアリアレーネに対して舐めた態度を取った時点でケジメで済めば幸運、最悪は裏社会総出で抹殺されても可笑しくはないのだ。

 なにせアリアレーネの父親は十老頭(・・・)――この世界の裏社会を束ね、6大陸10地区を縄張りにしている大組織マフィアンコミュニティーの頭として君臨する10人の長達の1人なのだから。

 

「カスラ。そもそも貴方、わたくしが陰獣に推薦しなければ【指令(オーダー)】をクリア出来なかったでしょう?」

「ッ……」

 

 痛いところを突かれて眼帯男は思わず押し黙ってしまう。

 これまで転生者達には生まれ変わる直前に魂に突き立てられた物体――【クラスカード】を介して都合六回の【指令(オーダー)】が下されてきた。

 その指令は大半が理不尽、希に意味不明な内容で、【指令成功(オーダークリア)】させても報酬はないくせに【指令失敗(オーダーミス)】すれば容赦なくペナルティーを科されてしまう。

 かつて【指令失敗(オーダーミス)】の代償を身をもって体験し、"今生の両親"と"己の右目"を奪われた経験は眼帯男にとって忘れられない苦い記憶なのだ。 

 

「ぐうの音も出ないとは今の貴方の為にある言葉かしら」

「だぁーくそッ! すぐ通話に出なかったからってネチネチ言葉責めしてくるんじゃねえよ!」

「恩を忘れる駄亀にはこれくらいが丁度良いでしょう?」

「あーはいはい、俺がわるぅございましたっ!」

 

 不毛な口論を終わらせるための白旗宣言。

 カスラとアリアレーネはこの世界に転生を果たしてから十年来の付合いが続いているが、カスラ側が口で勝てたことは片手の指で数えられる程度の回数しかないのだ。

 さっさと本題に入るために強引にでも話の流れを変えることにした。

 

「それで、例のアレは手に入ったのか?」

「アレではなくグリードアイランドよ。発売日当日に手元に届くように手配したわ」

「……ふぅ。んじゃ、これで今回の【指令(オーダー)】は概ねクリアなのか?」

 

 色よい返事を聞けたことにカスラは安堵の表情を浮かべながら小さく息を吐いた。

 曰く、グリードアイランドのプレイには最低でも一週間の時間か掛るらしい。そのプレイ時間を確保するために今回の仕事も、その前の仕事も、その前の前……と途中から数えるのが面倒になるほど仕事を前倒しで済ませた甲斐が有ったというものだ。

 

「そう簡単にはいかないでしょうね。これまでの【指令(オーダー)】も大半が無理難題、今回のグリードアイランドだってそう」

「あー、確かプロハンター専用のゲームなんだったか?」

「正確には念能力者専用、が正しいわね。ハンターライセンスが必要ならわたくしも貴方もプレイ出来ないのだから」

「あん? お嬢、前にライセンス使ってなかったか?」

「買い取っただけよ」

「だけってお前……」

 

 ハンターライセンスとはハンター協会が試験の合格者に発行するプロハンターの証であり、各種交通機関・公共機関のほとんどを無料で利用できたり、一般人立ち入り禁止区域の8割以上に立ち入りを許されるようになる等、多大な付加価値によって売り払えば七代は遊んで暮らせる(・・・・・・・・・・・・・・・)とも言われる代物である。

 そんな値段の品をアリアレーネは日常の買い物程度の感覚で「買った」と言い放ち、カスラはあまりの金銭感覚の違いに目眩を感じてしまう。

 

「お嬢の固有技能、毎度思うが反則過ぎんだろ。特技が『黄金律(金持ち)』とか意味分んねえぞ」

「貴方の『毒耐性』だって大概じゃない。0.1mgでクジラが動けなくなる猛毒を食事に盛られてピンピンしているなんて、人としてどうかしているのではなくて?」

「毒盛られてるの知ってて食わせたテメェにだけは言われたくねぇよッ!?」

 

 転生者達が所持するクラスカードには所有者の磨き上げてきた"特記に値する"特技・体質が固有技能という形で記載されている。

 カスラの場合、幼少期の劣悪な食生活や敵対者が使用してきた毒攻撃、そしてアリアレーネの護衛者として毒味をした際に盛られた数々の毒物に悶え苦しみ、時には生死の境を彷徨いながらも生き残ってきた結果、『毒耐性』の固有技能を獲得するに至ったのだ。

 

「カスラのせいで話が脱線してしまったわね」

「俺のせいかよ」

「とにかく一度帰ってらっしゃい。聖杯戦争について打ち合わせをするわよ」

「へいへい」

 

 通話が途切れ、カスラは携帯電話を懐にしまう。

 本来ならマフィアの抗争現場などさっさと離れるべきなのだが、上司からの電話対応で随分と足止めをくらってしまった。

 帰還命令も受けたことだし、帰りが遅れてアリアレーネに機嫌を損ねられても面倒なのでさっさと現場を去ろうと動き出した。

 血溜まりを避けるために外への出入り口の前まで跳躍――それも常人では助走をつけても不可能な飛距離を一足飛びで移動し、突入のときに蹴破って破壊した扉を通って早足気味に歩き出した。

 

 



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序章②

「なんだかんだ、あっという間に二十年過ぎちまったな」

 

 敵対マフィアからのカチコミから無事に生還したカスラは、夜の街を歩きながらなんとなく今生の人生を振り返ってみた。

 管理者と名乗る謎の存在によってこの世界――アリアレーネ曰く、『HUNTER × HUNTER』という漫画に類似した世界らしい――に堕とされて、前世では中小企業のサラリーマンでしかなかった自分が今や立派な悪党、それも裏社会を牛耳る十老頭がそれぞれの組織から選抜した武闘派10人で構成される実行部隊『陰獣』の一人である。

 それもこれも管理者から下された【指令(オーダー)】の一つである「陰獣を倒せ」という無茶振りのせいなのだが、失敗すれば命は無かったためカスラは死に物狂いで格上殺し(ジャイアントキリング)を成し遂げた結果、十老頭の一人であるアリアレーネの父親からの推挙で新たな陰獣『六亀(りくがめ)』に任命されてしまったのだ。

 カスラにとって陰獣の就任など身に余る有り難迷惑でしかないが、推挙の裏には父親(組織のボス)を骨抜きにしている(アリアレーレ)の意向も絡んでいると推測している。

 

(お嬢は色々と知っていやがるからな)

 

 アリアレーネと出会ってから数年後、唐突に「わたくしたちの状況はサブカルチャーを模倣した状況下にあるの」と聞かされたときには耳を疑った。

 曰く、オーラや念能力は『HUNTER × HUNTER』という漫画の、聖杯戦争とクラスカードは『Fateシリーズ』なるゲームの用語であるらしい。

 どちらの作品も前世ではかなりの知名度を誇っていたらしいが生憎と前世のカスラは仕事に忙殺される毎日でサブカルチャーには疎く、自分たちが臨むことになる聖杯戦争の知識はもっぱらアリアレーネ頼みになってしまうのが歯痒かった。

 

「――……【召喚(コール)】」

  

 カスラの呼び掛けに応じて虚空からカード状の物体――【クラスカード】が出現する。

 それを手に取り、記載されている情報に改めて目を通した。

 

 □

 

配役:シールダー

系統:放出

練度:秀

筋力:C

耐久:C

敏捷:C

顕現:A

潜在:D

幸運:E

 

固有技能:

『毒耐性』

 

念能力 

『盾の指揮者』

『集う指輪』

 

受注【指令】「グリードアイランドに入島し、聖杯戦争を開始せよ」

 

 □

 

 最初に管理者から渡された際の裏面にモノクロの盾兵だけが描かれているだけだったカード。

 それが今は黄金色を基調にして盾兵の絵柄が彩られており、白紙だった表面にも様々な情報が記されるようになっていた。

 このクラスカードに色が付く現象が"覚醒"とやらなのだろう。

 カスラが己のカードの変化に気づいたのは六つ目の【指令(オーダー)】のせいで先代の陰獣との戦い、辛くも勝利を収めた後だった。

 それ以前の【指令(オーダー)】も、管理者の言っていた「逸話を積み上げる」という条件を満たすためのものだったのだろう。

 思い返してみれば、【指令(オーダー)】の内容はカスラの配役(クラス)『シールダー』に沿うような誰かを守り(・・・・・)戦いに身を置く(・・・・・・・)――といった方向性に偏っていた気がするのだ。

 

(けど、全部守れたわけじゃねぇ)

 

 一つ目の【指令(オーダー)】であった「旅行先で両親を守れ」を達成できなかった記憶が頭をよぎり、無意識に顔をしかめる。

 十二年前、家族旅行でヨルビアン大陸西海岸にあるヨークシンシティに立ち寄った際に犯罪組織が取り仕切る闇オークションのいざこざに巻き込まれてしまい、父親は妻子を逃がすために自ら囮となって拳銃で射殺され、母親は息子(カスラ)を守ろうと我が身を盾にして命を落とした。

 両親を守るどころか逆に両親から守られるだけで何も成すことができす、前世を自覚しているせいで歳不相応な態度で周囲から不気味がられていた自分に真っ当な愛情を注いでくれた父母の死を思考が受け入れられず心が壊れた様に錯乱することしか出来なかった。

 そのうえ偶然か、或いは【指令失敗(オーダーミス)】のペナルティーだったのか、銃撃戦に紛れ込んでいた念能力者の放った念弾――オーラの弾を飛ばす放出系の初歩的な技がカスラを庇い抱きしめる様に守って居た母親の亡骸を貫通してカスラの右目に直撃したのだ。

 

(あの時は二重の意味で死にかけたな……)

 

 オーラを自覚できていない非能力者に対して念能力者がオーラを用いた攻撃を行った場合、希に精孔――オーラを体外へ溢れ出させる穴を無理やり開いてしまうことがある。

 本来、非能力者の精孔は閉じていて微弱なオーラを垂れ流しにしている状態であり、オーラが拡散しないようを留める為には念の四大行の一つである『(テン)』を習得しなければならない。

 オーラの源は生命エネルギーであるため、開かれた精孔からオーラを体外に出し尽くしてしまえば良くて気絶、最悪は衰弱死も有り得る。

 念能力について何の事前知識もなかったカスラが気絶で済んだのはただの偶然でしかなかった。

 過去の失敗を思い出したことで思考がネガティブな方向へ進んでいることを自覚し、意識を切り替えるために自販機で飲み物でも買って一服しようと考えた――その瞬間、

 

 ――カスラの背後からオーラが込められた拳が振り抜かれた。

 

「――ッ!!」

 

 何の前触れもなく仕掛けられた攻撃にカスラは反射的に対応する。

 間合いが近すぎて『盾』の展開が間に合わないと経験則から判断し、身を捩って回避を選択。

 そのまま避けた勢いで身体を回転させて、襲撃者を粉砕せんと身体に纏っていたオーラを右拳に集中――四大行の応用技である『(ギョウ)』を用いて、常人ならば反応すらできない早さの裏拳をお見舞いする。

 顕現オーラに優れたカスラの一撃は、並みの念能力者なら防御の上からでもダメージを負う威力を秘めている。

 繰り出された反撃は吸い込まれるように襲撃者の側頭部に直撃し、頭蓋を粉砕た手応えが拳に伝わってくる。

 

「潰れろ――ッ!」

 

 それでもカスラは手を緩めない。

 右手に集めていたオーラを今度は左手に集中。オーラの攻防力移動に淀みは無く、陰獣として培ってきた経験が如実に表れている。

 オーラの集まった左拳を襲撃者の胴体に向ける。さながら砲門の如く照準を合わせ、己が念能力『盾の指揮者(センターガード)』を発動した。

 左の五指に嵌められた指輪の一つから円い盾状に圧縮・形状変化されたオーラが放出され、路面を抉りながら直進して襲撃者に叩き込まれた。

 爆発に等しい激突音が響く。

 大型トラックの衝突事故を遙かに超える域の衝撃、常人ならば撥ね飛ばさるどころか身体が四散しかねない盾撃(シールドバッシュ)を叩き込まれ、襲撃者は土煙を上げながら幾度も路面をバウンドし、向かいの民家の壁に激突することでようやく沈黙した。

 誰がどう見ても明らかな過剰攻撃(オーバーキル)であり、頭部粉砕の時点で致命傷、オーラの盾による殴打はもはや轢殺と言える惨状だった。

 ――しかし、

 

「アハ、アハハ、ハハハハハッ!」

 

 砂煙の中から楽しげな声が聞こえてくる。

 夜風によって煙が晴れると、そこには無傷の襲撃者が立っていた(・・・・・・・・・・・・)

 粉砕された筈の中性的な相貌にも、男性としては小柄な体躯にも負傷の後が見受けられない。

 しいて言えば、ピエロのような奇抜な服装と虹色にグラデーションしたお下げ髪が土埃で汚れているくらいだろうか。

 

「カスラ、久しぶりだね! 元気にしてた~?」

「やっぱ死なねぇのかよ、ゾンビ野郎」

「あ、ゾンビなんて酷~い。ちゃんとザクロって呼んでよ~」

「ウザぇ……」

「も~、相変わらずカスラは口が悪いよね。転生者同士仲良くしようよ~」

 

 虹色髪のピエロ――ザクロは、直前までのやり取りを忘れ去ったかのように陽気な口調でカスラに話しかけながらゆっくりと歩き出した。

 邪険に扱われていることなど気にも止めず、遊び相手を見つけた幼子の様に、或いは飼い主に構ってもらえてた小型犬のように、虹色のお下げ髪を尻尾の如く揺らしながら、純粋な笑みを浮かべて距離を詰めていく。

 ザクロの喜色満面の表情からはまるで戦意を感じ取れないが、決して気を抜くわけにはいかない。

 雇い主(アリアレーネ)の次に付合いの長いこの転生者(ザクロ)には出会うたびに似たような襲撃を仕掛けてられてきたのだから。

 カスラは『盾の指揮者(センターガード)』で放出した盾を解除せず、直ぐにでも追加の『盾』を展開できるよう左手の指輪を翳しながら隻眼で相手を睨み付ける。

 

「俺はテメェに構ってる暇なんかねぇんだよ」

「うん、知ってるよ。もうすぐ聖杯戦争が始まるもんね!」

「……テメェにも【指令(オーダー)】が下ってんのか」

「そうだよ! て言うか~、今回のは参加者全員に同じ内容なんじゃないかな?」

 

 ザクロは唐突に【召喚(コール)】と唱え、【クラスカード】を出現させた。

 その裏面に描かれているのはトランプのジョーカーを思わせるピエロの絵柄――まるでザクロの服装そのままである。

 手に取った【クラスカード】をくるりと指先で反転させて、他者に見せるべきではない(・・・・・・・・・・・・)表面を見せつけてきた。 

 

 □

 

配役:アルターエゴ

系統:具現化

練度:優

筋力:D

耐久:D

敏捷:D

顕現:D

潜在:A

幸運:C

 

固有技能:

『専科百般』

 

念能力 

名称:???

 

受注【指令】「グリードアイランドに入島し、聖杯戦争を開始せよ」

 

 □

 

「テメェ、一体何を考えてやがる」

「ふぇ? 何が?」

「とぼけんじゃねぇ」

 

 開示された情報にはカスラに下された【指令(オーダー)】と同一のものが記載されていた。

 元々管理者から儀式の開始は二十年後と明言されていたのだから、参加者に儀式の日付と開催場所が通達されるのは納得がいく。

 実際、カスラとアリアレーネにも同日に同じ【指令(オーダー)】を下されたことを確認し合っている。

 故に問題はそこではない。

 転生者は【クラスカード】の記載を偽れない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 おそらく無敵型の念能力に近い性質なのだろう。特定の条件を満たしてしまえば、それが物理的な手段でだろうが念能力を使った手段だろうが一切の攻撃を受け付けなくなってしまう。

 【クラスカード】には転生者からの偽証と破壊を受け付けず、非転生者には触れることも視認することも出来ない性質が備わっているのだ。

 だからこそ、いずれ殺し合うことが分っている相手に自身のステータスが記載されている表面を見せるのは自らを不利に追い込む所業に他ならない。

 

「ん~ザクロはカスラ達と仲良くしたいだけだよ?」

「じゃあさっきの攻撃は何だよ」

「……じゃれ合い?」

「馬鹿かテメェ」

「あ~、カスラが馬鹿って言ったー!?」

 

 心外とばかりにザクロは指を突きつけながらショックを受けた表情を浮かべる。

 喜怒哀楽の激しさは道化の服装に似つかわしいのだろうが、リアクションが一々大仰過ぎて非常に胡散臭い。

 カスラの隻眼から警戒と呆れの視線を向けられながら、なおも手足を振り回して虹色道化は抗議を続けるも、遠くから聞こえてきたパトカーのサイレンを耳にしてピタリと動きを止めた。

 

「ざ~んねん。今日はここまでだね」

 

 サイレンの聞こえてきた方角に一瞬だけ目を向けた後、残念という言葉通りに哀しげな顔を浮かべ、やれやれと頭を振る。

 二人の転生者の小競り合い――ザクロ曰く、じゃれ合いはカスラがカチコミを行った現場からさほど距離が離れていない。

 現地の警察機構が包囲網を引いている近場で騒ぎを起こせば直ぐに察知されてしまうのは必然だった。

 

「ザクロはさ、カスラのこと心配してたんだよ? 【クラスカード】の【覚醒】もすっごく遅くて、聖杯戦争に間に合わないんじゃないかなって」

「余計なお世話だ」

 

 実際の所、カスラ自身も"覚醒"に至ったのはタイムリミットである二十才間近であったため、聖杯戦争のスタート地点にすら立てずに敗退するのではないかと当時はかなり焦っていたのだ。

 身近に居たもう一人の転生者(アリアレーネ)はカスラよりも五年も早く【クラスカード】の"覚醒"を果たしていたことも焦りを助長する要因になっていた。

 

「そもそも、何でテメェがそんなことを知っていやがる」

「でも良いんだ。こうして最後の配役(クラス)が埋まって、みんな揃って聖杯戦争が始められるんだから!」

「無視か」

 

 会話になっていない応酬を続けながら、虹色道化はお遊戯を披露する幼子の様にクルクルと回りながら笑みを深めて、待ち望んだ瞬間が近づいていくことに喜悦を漏らす。

 

「ずっと、ずっと、ず~と待ってた! みんなで楽しむ最後のお祭り! 十五人の同胞達が共演する夢の舞台! 脱落するのは誰なのか? 聖杯を手にするのは誰なのか? その結末は悲劇か喜劇か、今から楽しみでしかないよ!」

 

 クルクルと、クルクルと、虹色道化の一人芝居は調子を上げながら狂ったように唄い上げる。

 

「……」

「だからカスラも、そんな仏頂面してな「黙れ」ブベ――」

 

 なおも一人芝居を続けようとしていたザクロに対し、カスラは盾撃(シールドバッシュ)による強制中断させた。

 心底どうでも良い口上を無視しながら新たに展開した盾を『(イン)』――オーラを見えにくくする応用技を用いてひっそりと相手の背後に移動させて退路を塞ぎ、会話の最中も維持し続けていた盾を再度射出して前後からの挟撃を実行する。

 背後に吹きとんだ先ほどとは異なり、衝撃の逃げ場の無い圧殺攻撃は虹色道化の身体をグシャリと拉げさせ、プレス機に挟まれた人体のように無惨で悪趣味な血肉の押し花と化した。

 

「聞こえてるかは知らねぇが、どうせ復活するんだろうか言っとくぞ。俺は負けてやる気なんかねぇし、管理者の思い通りにもさせねぇ」

 

 能力を解除し、圧殺の拘束から解かれ、路面に倒れ伏した血と骨と臓物が飛び出たザクロの身体を見下ろしながら無表情に、されど深い怒りを隻眼に宿しながら宣言する。

 十二年前、【指令失敗(オーダーミス)】のペナルティーという形で今生の両親を奪った管理者へ憎悪は今なおカスラの心に消えることのない暗い炎を灯しており、その復讐者(アヴェンジャー)配役(クラス)と見まがう程の熱量を原動力として、聖杯戦争へ挑むつもりなのだ。

 

「――……ふぅ。余計な時間取らせやがって」

 

 カスラは膨れ上がった怒りを静めるように息を吐き、本格的に近づいてきた警察から逃れるために夜の街に消えていった。



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序章③

 十老頭の一角であるオレスト組。

 それは数多の傘下マフィアからの上納金、膨大な数のフロント企業による稼ぎ、そして後ろ暗い闇仕事の数々によって世界の富豪ランキングの上位にも名を連ねる、歴史と実績を兼ね備えた裏社会の重鎮である。

 近年ではボスの娘が発揮した先見の明により"電脳ネット"という新たなベンチャー業界への投資に成功したことで更なる躍進を遂げた巨大組織の本拠地は、先進国の大都市が三つは収まるほどの広大な土地の中に立てられていた。

 その外観は屋敷を通り越してもはや城と呼べる威容を誇り、建築や美術に造詣の深い者が見れば感嘆の声を上げてしまうだろう。

 そんな城の一室にて、二人の男女が対峙していた。

 屋内は高級感の溢れる調度品で彩られており、一見すると成金趣味と思われかねない品々を芸術的に配置することで見る者を楽しませ、部屋の主の気品をさらに引き立てている。

 もっとも、部屋の主である女――アリアレーネは自身の目の前に正座する眼帯男(カスラ)に石抱き拷問を強要しながら紅茶の香りを楽しむという、下品な行為の真っ最中なのだが。

 

「無様ね、カスラ」

「……ッ」

「オーラを使いすぎて疲労困憊、そのまま現地の警察と一晩中追いかけっこしていたんですって? そのうえ身体を万全に戻すのに丸一日かける始末。貴方、陰獣として恥ずかしくないの?」

「……悪かった」

 

 純白の髪をツインテールに結い上げ、小柄な身体にゴシックロリータなドレスを着こなす少女は鈴を転がすような可憐な声で配下の失態を罵る。

 綺麗な姿勢で椅子に腰掛けながら優雅にティーカップを手にしている様は深窓の令嬢のようで、見る者に高貴さを感じさせる。

 されど床に正座しているカスラを見下ろす真紅の瞳からは見かけ不相応の知性と高慢さが宿っており、聡い者なら決して見かけ通りの少女ではないと気づくだろう。

 ――その実年齢がカスラと同じ二十才であることまで見抜ける者は希であろうが。

 

「おかげで発売当日にプレイする予定だったグリードアイランドへの入島が三日も遅れてしまったわ。六亀(りくがめ)のコードネーム通り、亀のように鈍間になってしまったのかしら」

「悪かったって言ってんだろ!? これでも反省してんだよ!!」

 

 アリアレーネが嗜虐的な愉悦を宿した視線を向けてくるのに対し、カスラは我慢の限界に達しそうになっていた。

 オーラとは元を正せば能力者から捻出される生命エネルギーであるため、使いすぎば体力を大きく消耗してしまう。

 仕事帰りにザクロからの横やりがあったとはいえ、オーラ枯渇などという素人染みた失態を犯したことは事実で有り、オレスト組に帰還した後は叱責の一つや二つはあるだろうと覚悟はしていた。

 それが実際に帰還してみれば、武闘派組員たちを動員した有無を言わせぬ拘束からの石抱き拷問である。

 ご丁寧に膝の上に置かれた巨岩は亀の彫像に加工されており、その口元に「わたしは鈍間な亀です」と彫り込まれたた巻物を咥えた造形となっている。

 カスラが指定の時刻に遅刻するのを知ってから子飼いの部下に超特急で創らせたのか、或いはいつか使用するために事前に用意していたのか。どちらにしろ手の込んだ煽りであることには違いない。

 石の重さは体感で五百キロ程度。カスラの身体能力なら程度の重量はたいした負担にはならないが、落として亀の彫刻を割ったり、床に傷でもつければ賠償金を請求されかねないので下手に動くことが出来ないのだ。

 

「つーかこの石像は何なんだよ!?」

「見て分らない? 亀よ」

「見た目のことは聞いてねぇよ!」

「名のある彫刻家に彫らせた物なのだからそこそこの値打ちね」

「値段のことでもねぇよ!! わざと言ってんだろ!?」

「あら、わたくしのことをよく分ってるじゃない」

 

 クスクスと小さく笑いながらとぼけた返答をしてくるアリアレーネだったが、いい加減飽きてきたのか話を進めることにしたらしい。

 部屋に備え付けられた呼び鈴で使用人を呼びつけ、入室してきた三人のメイド姿の女給仕に亀の彫像とカスラをからかっている間に冷めてしまった紅茶を片付けるよう命じる。

 メイド達は会話に参加するつもりは無いらしく、粛々と命令を遂行し始めた。

 一人は紅茶の片付けをしているから分らないが、残る二人はカスラの膝に乗せられていた五百キロの石像を女の細腕で軽々と運ぶ怪力を発揮している光景は転生者達の前世では有り得ない異常事態だろう。

 しかしカスラの隻眼は三人のメイド達が身に纏うオーラが一般人ではなく念能力者のそれであると捉えていた。十頭老の一角であるオレスト組の令嬢、それも次期首領(ボス)の筆頭候補であるアリアレーネの傍仕えなら念能力者であることは最低限の条件と言えるだろう。

 その程度ならカスラが驚くには値しない。十年もオレスト組に所属している上級組員ともれば自然と知れる情報である。

 問題なのはメイド達は数日前まで非能力者であった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)はずなのだ。

 三人のメイド達が退室した後、カスラは床に正座していた姿勢からゆっくりと立ち上がり胡乱な目つきをアリアレーネに向ける。

 

「……お嬢、お前また眷属(・・)を増やしたのかよ」

「貴方が仕事中にね。切れるカードを増やしておくことは大事なことよ。組織にとっても、わたくしにとってもね」

「八割方お嬢の私欲だろーが」

「馬鹿ね、カスラ。結果的に組織にも貢献しているのだから同じことじゃない」

「あーそーかよ」

 

 二人の身長差が激しいせいで座ったままのアリアレーネをカスラが見下ろす形になり、第三者がこの場にいれば厳つい眼帯男が可憐な白い少女を叱っている光景に見えるだろう。しかし合法ロリな二十才児のお嬢様に反省の様子は皆無であり、すまし顔で堂々と私欲であることを認める始末である。

 アリアレーネの体質(・・)のことを考えれば彼女の念能力を使って眷属を増やしておくことは確かに重要なことなのだが、どうせ相手の了承は得ていないのだろう。 

 あまりの自己中心な態度にカスラは始末に負えないと呆れた顔でため息を吐いた。

 

「それで? そこに置いてあるのが例のグリードアイランドってやつなのか?」

 

 メイド達が用意したのか、先ほどまで紅茶セットが置かれていたテーブルの上には見知らぬ機械が鎮座していた。

 娯楽知識に乏しいカスラには知るよしも無いが、その機械は『ジョイステーション』という名のゲーム機であり、名作ゲームが多いゲームハードとして相応の知名度がある代物である。

 

「貴方、本当にいつまで経っても娯楽に疎いのね。それはゲーム機でグリードアイランドはこれよ」

 

 アリアレーネは優雅な仕草で立ち上がり、ゴシックドレスの広い袖の中にしまっていたらしいゲームソフトのケースを取り出した。

 色白で細い指に摘ままれたケースの表面には確かにグリードアイランドという簡素な印刷が見て取れた。

 

(こんな物に五十八億ジェニーなんて馬鹿げた値段がつくのかよ)

 

 かつてスラムでその日暮らしを余儀なくされていたカスラにとっては、腹の足しにもならない遊び道具より一切れのパンの方が余程価値があるように思えてならなかった。

 わざわざ見せつけるために未開封にしていたらしいパッケージを破き、アリアレーネはゲームを開始するための準備をし始める。

 普段ならそのような雑事は傍仕えかカスラ(パシリ)にやらせるのだが、珍しく今回は自ら行うつもりらしい。

 もっとも、テレビゲームをやったことのないカスラに任されてもセッティングの仕方など分らないのだが。

 そんなカスラの思考を余所に、ゲームのセッティングを終えたらしいアリアレーネがくるりと振り返る。

 

「準備ができたわ」

「――ついに始まるんだな」

「あら、緊張しているのかしら」

「そういうお嬢はどうなんだよ」

「愚問ね、カスラ。わたくしが殺し合い如きで余裕を失うとでも?」

 

 カスラの指摘に巨大マフィアの跡継ぎ(アリアレーネ)は不遜な笑みを浮かべながら返事を返す。

 畳まれた愛用の日傘を杖のように携え、ゴシックドレスのフレアスカートから覗く足には特注の厚底ロングブーツ。絹のようになめらかな純白の髪を歳不相応に幼く見えて、低身長も相まってまるで外出準備を終えたお嬢様のような出で立ちだ。

 しかし真紅の瞳の奥には確かな戦意が宿っている。

 (ファミリー)のボスからアリアレーネの護衛を任されているカスラからすれば、護衛対象が前線に出てくるのは勘弁してほしいのが本音なのだが。

 

「それじゃ、カスラ。エスコートをしてちょうだい」

「やる気があるのはいいが、あんま前には出てくんなよ」

「それは貴方次第ね、わたくしの護衛者さん」

「へーへーそーですか」

 

 元よりカスラには組員としてボスの命令に拒否権はないのだから是非も無し。

 そして何より、勝ち抜く気概を持つのはカスラも同じである。

 何故なら、この聖杯戦争こそがようやく巡ってきた管理者に一矢報いられるかも知れない好気(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)かもしれないのだ。

 カスラが家族と右目を奪われた様に、アリアレーネも"あるもの"を失い不自由を強いられている。

 きっと他の転生者の中にも【指令(オーダー)】という理不尽によって何か諦め、失い、絶望に晒されてきたのだろう。

 管理者の呪縛をどうにかしない限り、転生者に真の自由は訪れない。

 この世界に生まれ変わってからずっと、彼等は管理者の掌の上で弄ばれてきたのだから。

 故に、全ての元凶である管理者をマフィアの二人組は欠片も許す気はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――さあ、聖杯戦争を始めましょう」

 



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哀れな先達

 中天に上る太陽から降り注ぐ日差しに照らされた広々とした草原。

 柔らかなそよ風が吹く長閑な景色の中にぽつんと佇む風変わりな建物が一軒。

 一階部分が柱のみとなっている所謂"ピロティ方式"と呼ばれる建物の支柱に、一人の眼帯男が寄りかかって気の抜けた表情で眼前の風景を眺めながら佇んでいた。

 いつも通りの黒いビジネススーツを身に付けた姿は牧歌的とも表せるような風景には場違い甚だしく、端的に言って浮いていた。

 

 「ここがゲームの中ねぇ……作った奴ら暇人か?」

 

 眼帯男ことカスラは失礼なことを口走りながら、その内心ではゲームの制作者に対する複雑な感情を抱いていた。

 よくもまぁ、こんな手の込んだ箱庭を作り上げたものだと賞賛しつつも、その熱意をもっと生きるために必要な事柄に向けられなかったのかという呆れ、そして自分たちがこれから行うことのでゲームが台無しになってしまうのだろうという一欠片の罪悪感。

 非道な裏社会――それも巨大マフィアの組員だろと、堅気の住人に配慮する程度の仁義は持ち合わせている。

 もっとも、ゲームオーバーが現実の死とイコールであるグリードアイランド(頭のイカレたゲーム)のプレイヤー達を堅気扱いするべきかは意見の分かれる所だろうが。

 

「にしても、こいつはちょいと拍子抜けだな」

 

 グリードアイランドの発売からは三日――七十四時間もの時間が経っている。

 今回下された【指令(オーダー)】も毎度の如く期限が不明なため、いつ唐突な期限切れを言い渡されて【指令失敗(オーダーミス)】になってしまうか分ったものではない。

 ゆえに突発的な【指令失敗(オーダーミス)】を避けるためにも大半の転生者達は早期の入島を済ませているものだと予想していたのだ。

 聖杯戦争が殺し合いを前提とした儀式である以上、出遅れたカスラ達は先にゲームプレイを開始している転生者から罠なり奇襲なり狙撃なり、何かしらを仕掛けられる可能性を想定していたのだが――何も来ない。

 既に戦地である故に完全に油断しているわけではないが、建物の中でゲームの説明を聞いているアリアレーネが外に出てくるまでカスラは暇を持て余していた。

 

「暇そうね、カスラ」

「あん? ようやく来やがったか」

 

 頭上から話しかけてきた声にカスラが目線を向けると、支柱に備えられた螺旋階段をアリアレーネが優雅な足取りで降りてくる。

 

「鈍間な駄亀でも、"待て"の命令くらいは熟せるようね」

「何でお嬢はそう上から目線なんだよ……」

「何故って、わたくしは貴方の飼い主(上司)なのだから当然でしょう」

「――おい。なんか今、含みのある言い方しなかったか?」

 

 (ファミリー)内の序列を持ち出されてしまえばカスラに反論の余地はないのだが、セリフの中に不穏な気配が隠れているようで素直に納得できない。

 隻眼に猜疑心を込めて睨んでみるも、アリアレーネは小さく微笑むだけで答えを返すことは無く、そのままゆったりと螺旋階段を降り続けてカスラの横に並ぶ位置で立ち止まった。

 アリアレーネの履く厚底ブーツによって多少はましになっているものの、カスラの顎先にようやく頭が届くかどうかという身長差は大人と子供に見えてしまうことだろう。

 ゴシックドレスを着こなし、草原を抜けるそよ風に絹のような純白のツインテールを靡かせるその姿は小柄で可憐な容姿も相まって、さながら観光名所の景色を楽しむお嬢様そのものである。

 一人で待っていた時は景観から浮いていたモブ顔の眼帯男(カスラ)も、見目麗しい美少女(アリアレーネ)が隣に立つだけで"貴人のボディーガード"に見えてくるのだから、世の中は不公平である。

  

「そんなことより。貴方、随分と外に出るのが早かったわね。ちゃんとナビゲーターの説明は聞いたのかしら?」

「いや、まったく」

「……呆れた。愚か者とは貴方のためにある言葉ね」

 

 カスラがゲーム説明をすっ飛ばしたことを告げると、アリアレーネは真紅の瞳をジト目にしながら冷たい視線で批難した。

 グリードアイランドをプレイした直後、二人は見知らぬ屋内に転移させられていた。

 事前に知識のあったアリアレーネにはそこがゲーム開始直後の待合室であり、隣の部屋でナビゲーターの少女からゲームに関する説明があること、説明は一人ずつしか受けることが出来ないことを知っており、カスラを先に行かせて外の警戒に当たらせていたのだ。

 しかしカスラが隣室に入って直ぐにアリアレーネの番が回ってきたため、もしやと思い確認をすれば案の定である。

 カスラからすれば、自分たちは聖杯戦争をしにきたのに何故ゲームの説明を一々聞かねばならない理由の方が分らないのだが。

 

「カスラ、よく聞きなさい。グリードアイランドにはわたくしたちにも危け――あら」

「ん? て、何だありゃ?」

 

 アリアレーネがグリードアイランドにおける最低限の危険事項を伝えようとしたそのとき、マフィアの二人は何かが迫ってくる気配(・・・・・・・・・・)を感じた。

 気配のもとに視線を向けると、遠方の上空からオーラの輝きに包まれた謎の飛行物体が飛来してくるのが見える。

 

「移動系の能力者か?」

「いいえ、あれは呪文(スペル)カードね――"ブック"」

「なんだか知らんが、とりあえずお嬢は下がっとけ」

 

 謎の飛行物体はカスラ達から二十メートル程離れた地点に落下、いや着地(・・)した。

 アリアレーネが呪文(スペル)カードと言っていたがカスラはそのことを一旦思考の隅に追いやり、意識を戦闘へと切り替える。

 現れたのはヘッドホンを被りオレンジ色のタンクトップを身につけた男。

 ヘッドホン男の傍には開かれた状態の分厚い本が浮遊しており、何かしらの念能力なのだろうか? 

 かなりの勢いで地面に当たったように見えたが、激突音がしないどころか着地地点には何の跡も存在しない。

 そのことからカスラは相手を飛行型移動系能力と仮定し、アリアレーネのカバーに入れるポジションを意識しながら左手の指輪をヘッドホン男へ翳した。

 

「……テメェ、何者だ」

「キシシシ、さぁて、何者だろうね~ルーキーくぅん」

 

 ヘッドホン男は軽薄な笑みを浮かべながらカスラを初心者(ルーキー)と断定し、神経を逆撫でするような口調で話しかけてくる。

 次いで浮遊する本に向けて何かをセットし、携帯電話を弄るように指を動かすと――

 

「あれ? 小さくて見えなかったけど後ろにも――ッ!!?」

「馬鹿かテメェ」

 

 ヘッドホン男の言葉は最後まで続かなかった。

 本に意識を向けた直後、最短距離を一直線に駆け抜けたカスラによって二十メートルの間合いを瞬く間に潰され、鉄槌の如き拳により痛烈な肝臓打ち(レバーブロー)を突き刺され、悶絶しながら蹲った。

 

「ご、ぉ……ァ」

「おら立てよ。情報源が自分から飛んできたんだ、色々ゲロってもらうぞ」

 

 ヘッドホン男の敗因は二つ。

 一つはグリードアイランドの定石、『相手が"(バインダー)"を出したら自分も直ぐに"(バインダー)"を出す』という行為に慣れすぎていたこと。

 "(バインダー)"とはグリードアイランドのプレイヤーなら誰でも使えるゲーム内の基本の魔法の一つであり、ゲームに慣れてきた者にとって"(バインダー)"に"(バインダー)"で対抗するのは常套手段である。

 序盤で躓く者の多い中、呪文(スペル)カードを購入できる魔法都市マサドラまでゲーム開始三日目で辿り着けたヘッドホン男はそこそこの実力者なのだ。

 もう一つは、彼我の意識の違い。

 ヘッドホン男がゲームをプレイしに来ている(・・・・・・・・・・・・・)のに対し、カスラは聖杯戦争をしにきている(・・・・・・・・・・・)のである。

 端的に言って、相手が悪かった。

 

 

 

 こうしてマフィア二人によるグリードアイランドの最序盤は、聖杯戦争に関係のない哀れな先達プレイヤーに対する尋問から始まったのだった。

 



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戦利品と賞金首

 ヘッドホン男への尋問と強奪を一通り終えたカスラ達は始まりの草原――戦利品である島の地図には"シソの木"と記された場所から北へと歩みを進めていた。

 日傘を差しながら草原を歩くアリアレーネの隣ではカスラがこれまた戦利品であるコンパスで時折方角を確かめながら、地図に記された懸賞都市アントキバへ向けて進路を修正していた。

 身長差ゆえに歩幅に大きな違いのある二人だが、三年前からアリアレーネの護衛者として過ごしてきたカスラ側が自然と歩調を合わせているため片方が置いて行かれることなく隣り合うように歩き続けていく。

 

「さっきのヤツが詳しい地図を持ってて助かったな」

「わたくしの幸運の(たまもの)ね」

「……情報を吐かせたのも、カード分捕ったのも俺なんだが?」

 

 ヘッドホン男は哀れではあったが、同時に幸運でもあった。

 身ぐるみを剥がされ、グリードアイランド特有のゲームシステムである"カード化されたアイテム"も根こそぎ奪われ、ゲーム開始から三日間で集めた知りうる限りの情報を全て吐かされた。

 それでも裏社会の住人――それも他者から舐められることを何よりも嫌うマフィアの重鎮に喧嘩を売っておきながら、人として再起可能な程度の仕打ち(・・・・・・・・・・・・・・・)で解放されたのだから。

 

「馬鹿ね、カスラ。雑事は従者の仕事なのだから貴方が対処するのは当然でしょう。そもそも、あの男の呪文(スペル)カードの標的になったのは貴方でしょうし」

「……何で俺が標的だったって断言できんだよ」

「返答に間があったということは、自分で答えにたどり着いているのではなくて?」

「……チッ」

 

 アリアレーネが向けてくるからかい混じりの視線に対し、カスラは図星を突かれて舌打ちを返した。

 尋問により、ヘッドホン男がカスラ達の前に飛んできたのは移動型呪文(スペル)である"衝突(コリジョン)"の使用したからだと聞き出している。

 その効果は「会ったことのないプレイヤーのいる場所へ飛ぶ」というものであり、対象はゲーム内で会ったことのないプレイヤーの中からランダムに選出される。

 ヘッドホン男はゲームのスタートダッシュに成功したことで調子に乗り、呪文(スペル)への対策が取れているプレイヤーが少ない状況を活かすべく"衝突(コリジョン)"の対象となった運の悪いプレイヤーの元へ移動し、調査型呪文(スペル)を仕掛けて情報を抜き取ろうとしていたのだ。

 結果、幸運E(カスラ)はゲーム開始早々に上位プレイヤーに絡まれる羽目になり、幸運A(アリアレーネ)は労せずして魔法都市マサドラにたどり着くより前に呪文(スペル)カードの入手に成功しする事態となったのだった。

 

「いずれにせよ、カスラ。これで貴方も最低限の知識は得られたわね。戦い以外のことになると途端に大雑把に癖は早く直しなさい」

「余計なお世話だ。……つぅか、さっきのヘッドホン野郎はあれでよかったのか?」

「構わないわ。事前知識の検証も出来たのだから、命までは獲らない余裕くらい見せるべきでしょう」

「――命までは、ねぇ……」

 

 口には出さなかったが、カスラは機嫌良さげに歩く上司の徹底的な搾取振りに内心ドン引きしていた。

 尋問の過程で知ったことだが、グリードアイランドとはゲーム内で入手したアイテムは自動的にカード化され"指定された百種類のカード"をコンプリートすることがゲームのクリア条件であるらしい。

 ただし入手したカードは一分間で元のアイテムへ戻ってしまい、一部の例外を除いて再カード化できない仕様となっているのだ。

 それを防ぐために必要なのが"指輪"と"(バインダー)"。

 ゲーム開始時のチュートリアルで支給される"指輪"――それに付属する"ブック"の魔法で呼び出す本型のアイテムであり、"(バインダー)"の空欄に入手したカードを収めている間はカード状態のままアイテムを保管しておける。

 他にもゲーム内で出会ったプレイヤー名の自動登録やログイン状況の確認、調査型呪文(スペル)による情報確認などの機能もあり、グリードアイランドを攻略する上で"指輪"は必須アイテムなのだ。

 だというのに――

 

(お嬢のやつ、"指輪"のデータを上書き消去(・・・・・)しやがった)

 

 アリアレーネ曰く、プレイヤーはゲーム用の"指輪"を複数指に嵌めると"(バインダー)"のデータが後から嵌めた"指輪"のものに上書きされてしまうらしい。

 その検証のために、カードを奪った後にヘッドホン男に自身に支給された指輪を嵌めさせて三日間の苦労を消し去ってしまったのだ。

 

(俺がボコったときより絶望面してやがったな)

 

 娯楽に疎いカスラにはいまいちピンとこなかったが、ゲームを書類仕事に使うパソコンに置き換えて考えればヘッドホン男の絶望に多少は共感出来た。

 ようはバックアップの無い状態でパソコンの中身(保存データ)を初期化されたような状態というわけだ。

 呪文(スペル)カードの中には「出会ったことのある相手」や「行ったことのある街」といった使用条件を持つ種類もあるようなので、これからヘッドホン男は自身が馬鹿にした初心者(ルーキー)としてゲームをやり直す羽目になるのだろう。

 彼にゲームを続ける気力が残っていればの話だが……。

 

「さっきの男の話はもうお終いよ。それよりも、気になる情報があったのはちゃんと覚えているのでしょうね?」

「流石に覚えてるっつーの」

 

 真紅の瞳で試すように見上げてくるアリアレーネは、日傘の陰で暗くなっているはずなのに美しく整った色白の相貌は可憐さを損なわず、地面から照り返す僅かな光を受けて純白のツインテールが淡く輝いて見える。

 容姿だけは無駄に良いよなと失礼なことを考えながら、カスラも隻眼で見下ろしながら「馬鹿にし過ぎだ」と言外の圧を視線に込めてにらみ返した。

 部下の反抗的な態度にアリアレーネは楽しげに微笑み、目線で話の続きを促してくる。

 

「先にグリードアイランドに入った聖杯戦争の参加者の一部は派手にドンパチやってるって話だろ」

 

 ヘッドホン男曰く、開始三日で既に噂になっている二名のプレイヤーがいるとのこと。

 

 ――魔法都市に度々出没している"不死身の道化師"

 ――賭博都市の南部ある森を壊滅させた"巨大な獣"

 

 前者は行動の不気味さで、後者は危険性ゆえにプレイヤー間で噂になっているらしい。

 

「道化師ってのはまず間違いなくゾンビ野郎(ザクロ)のことなんだろうが……店の前でサイコロ振ってたら突然死んで? かと思えば生きててケラケラ笑ってるって? ――意味分んねえぞ、あの野郎」

「巨大な獣の方も、十中八九は転生者と考えておいた方がよさそうね。破壊規模からして対軍……考えたくはないけれど、もしかしたら対城の域に届くかもしれないわ」

「対……なに? また何かの用語なのか?」

「――……ねぇ、カスラ。先入観を持たずに済むメリットより無知すぎるデメリットを抱えた駄亀はどう躾たものかしらね」

「とりあえず、お嬢が俺を馬鹿にしてることだけは分った」

 

 マフィアの二人は気の抜けた雑談を続けながら北へ北へと歩き続け、やがて懸賞都市アントキバに辿り着いたのだった。

 

 

 □

 

 

 カスラ達がアントキバに辿り着いたのと同時刻。

 

 グリードアイランドの南部に存在する賭博都市ドリアス。

 そこは都市名に冠された賭博の名に恥じぬギャンブルがそこかしこで行われ、日夜多額の金銭、希少品が流動している都市である。

 巨万と富を勝ち取った勝者の歓喜と、有り金全てを溶かし尽くして尻の毛までむしり取られた敗者の怨嗟――相反する感情が混沌の坩堝となって蔓延る風景が日常のその都市に、普段とは違う二つのとある布告(・・・・・)がなされた。

 

 一つは『求人募集』。

 都市の南方に広がる森林地帯、その中央にまるで隕石の落下でも起きたのか(・・・・・・・・・・・・)と思わせるほどの巨大なクレーターが生じており、その修繕に従事する日雇い労働の勧誘が行われている。

 件の森林はゲームクリアに必要な指定ポケットカードの一つであるNo.086『挫折の弓』が入手できるイベントが起きると予想されていたエリアであったのだが、盛大に森林が破壊された現状では「イベント進行に難あり」と判断したグリードアイランドを運営しているゲームマスターが梃子入れを行ったのだろう。

 

 もう一つは『賞金首の指名手配』。

 森林破壊の実行犯と思わしき二人のプレイヤーに賭博都市ドリアスの市長名義による懸賞金が掛けられ、生死を問わず討伐した者に巨額の賞金が小切手で支払われるという告知が都市の至る所に張り出されていた。

 これがゲームの元々の仕様なのか、はたまたゲームマスターによる悪質プレイヤーへの警告なのかは定かではないが、賞金首となった二人のプレイヤーは賭博都市ドリアスへの出入りを著しく制限され、賞金目的の他プレイヤーにも狙われる事態となったことだろう。

 二種類の指名手配書には次のような内容が記されていた。

 

 ――『道化師のザクロ』懸賞金三億ジェニー。

 ――『巨獣ダーウィン』懸賞金五億ジェニー。

 



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追われる弓兵、追う獣

「ザクロの阿呆ーーっ!! なんちゅうもん押しつけてくれたんやっ!?」

 

 賭博都市ドリアスの南部に広がる森林跡地。

 つい先日まで鬱蒼と茂る森だった(・・・)エリアを金髪長身の男が一人、絶叫気味に叫びながらひたすらに疾走していた。

 普段は糸目に細められている目元はあまりの窮地ゆえか開き気味になっており、額には疲労か、焦りか、或いは恐怖心からなのか、大量の汗が流れており、バンドマン染みたパンクファッションも汗でぐしょ濡れとなり身体に張り付いてしまっている。

 

("交信(コンタクト)"で呼びつけてきたかと思えば、なんやねんあの化け物(・・・)はッ!?)

 

 しかしパンク男がそんなことは気にする余裕は欠片もなく、人の身で発揮できる限界域の速力をもって背後から迫る敵対者(・・・・・・・・・)を振り切ろうとまだ木々が残る方へ向けて全霊を振り絞って走り続けている。

 森の中には不釣り合いなギターケースを担いだ格好でありながら疾走する姿に淀みはなく、密林に住まう猛獣のように、あるいは森の木々の間を吹き抜ける風のように障害物をすり抜け奥へ奥へと逃げ込んでいく。

 その速度は圧巻の一言であり、仮にこの光景を見ている第三者がいたのなら、常人ではパンク男の姿を一瞬で見失い、超人的な動体視力を持っていたとしてもパンク男の額から滴る汗が地に落ちる頃には豆粒以下の大きさにしか見えない距離まで離脱されていることだろう。

 

 ――では、それほどの速力を持ってしても振り切れない相手とは何なのだろうか?

 

 それは狼ではなく、牛でもなく、河馬(カバ)でもない、されどそれらが混ざり合い、ひらすら巨大化を果たしたような出鱈目な外見をした巨獣だった。

 全長二百メートル近い体躯(・・・・・・・・・・・・)を超常の速度で駆動させ、パンク男を森諸共押し潰してやるとばかりに進撃していた。 

 

「■■■、■■■■■■■■―――!」

「くっそ、もう追いついッ――!?」

 

 背後からの人語とは程遠い巨獣の咆吼。

 パンク男は強烈な悪寒を感じ、体制を崩してでも無理矢理に横へと飛び退く。無茶な機動の代償として足に無視できない負担を強いたが、背に腹は代えられない。

 直後、先ほどまで居た場所に五百発の砲弾――否、樹木そのもの(・・・・・・)が撃ち込まれた。

 怪物の顎から放たれた樹木の砲弾は機関砲の連射力と質量ゆえの破壊力を兼ね備え、オーラは込められていないものの一発一発がバスターバンカーの如く大地を抉り、粉砕しながら破壊を振りまいていく。

 災害に等しい暴力の具現を前に、逃れる場所など存在しない。

 仮に初弾を回避できたとしても怪物の駆動は未だに終わっていないのだ。足を止めれば待っているのは轢殺の未来。

 ゆえに、パンク男の命運はここで潰えたかと思われたが、見開いた糸目に諦めの色はない。

 背負っていたギターケースの中から慣れた動作で弓を取りだし、刹那の早業で矢を番える。

 

「死ん、で、たまるかァァッ!!」

 

 電光石火、強弓掃射――超高速で放たれるオーラを込めた矢の連射が、五百発の飽和攻撃を撃ち落としていく。

 狩人として鍛え抜かれた観察眼で直撃する樹木のみを見抜き、的確に撃墜することで後続の砲弾の射線を塞いで見事に死線の中に生存の隙間を確保してみせた。

 されど撃墜比(キルレシオ)は怪物側に軍配が上がり、パンク男は飛来する樹木を一本を撃墜するのにおよそ三~五本の矢を消費する羽目になってしまい、僅かな猶予と引き換えに矢玉の大半を使い果たしてしまう。

 これは両者の攻撃の質の違いで有り、大質量の面攻撃(樹木砲弾)に対して対人武器である点攻撃(弓矢)で対抗したのだから当然の帰結といえるだろう。

 

(けど、十分やッ!!)

 

 互いの攻撃によって起きた砲撃と射撃の変則的な銃弾撃ちの玉突き事故(ビリヤード)を数瞬の内に突き破り、怪物の突撃がパンク男へと迫る。

 処刑器具を彷彿とさせる乱杭歯の生えた顎が開かれ、得物を飲み込もうとした瞬間――

 

「――『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』」

 

 パンク男が静かに呟き、己が切り札を開帳した。

 弓を手放し、腰元の拳銃嚢(ホルスター)からリボルバー式拳銃を抜き取り発砲。

 迫る死の暴威に晒されたことで平時よりも研ぎ澄まされた集中力、それによって成された驚異の早撃ち(クイックドロウ)が後手から先手を追い抜く不条理を実現させる。

 パンク男の使用した『(ハツ)』――『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の効果である『自分が触れたものにオーラを付与し蓄積する能力』によって弾丸に蓄積されたオーラはおよそ一年分。

 一度に込められるオーラ量は念能力者としては中堅止まりであったとしても、費やした年月は裏切らない。まして能力の対象としたのが思い入れのある品――滅びた故郷の遺産(・・・・・・・・)を使い捨てる覚悟が伴うとなれば尚更である。

 念能力とは思い念ずることで行使する力、それがどのような方向性であれ思いは『念』の強さに直結するのだから。

 

 そして、結末は劇的であった。

 

 その弾丸が乱杭歯の一本に着弾した瞬間、先ほどまでの矢玉とは比較にならない桁違いのオーラが炸裂して怪物の頭部を吹き飛ばす。

 小さな銃弾によってもたらされた破壊は射撃の域を超越し、炸裂という方向性が与えられていたこともあってミサイルによる爆発(対城宝具)に等しい規模で顕現した。

 牙に角、目玉に頭蓋、そして脳漿。口内で引き起こされた大破壊により巨獣の頭部を構成していた部品(パーツ)が吹き飛び散らばっていく。

 パンク男自身も、あまりにも近距離で『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』を使ってしまったため、

瞬間的なオーラの大規模放出によって大気の鳴動が伴う爆風に吹き飛ばされてしまい巨獣の咆吼により荒らされた地面を転げ回ることとなった。

 それでも直前まで玉突き事故(ビリヤード)の流れ弾から的を小さくして身を守るべく屈んだ姿勢で弓を射っていたこと、何より己の能力で起きるであろう事態を予想していたためキッチリ受け身を取った上に手放した弓まで回収してのける強かさは狩人としての面目躍如だろう。

 

「――……痛ぅ~、めっちゃ痛いんやけど」

 

 地面を転がる勢いが弱まった瞬間にパンク男は回転受け身の要領で立ち上がり、己が戦果を確認するべく周囲を見渡した。

 『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の余波で巻き上げられた土煙で視界は悪いが、確実に頭部を破壊した手応えはある。

 だと言うのに、狩人として培われた感覚が警戒を解いてはならない(・・・・・・・・・・・)と警鐘を鳴らしているのだ。

 死の危機を凌いだことで僅かに緩んだ意識を引き締め直し、どんな些細な変化も見逃すまいと目に『(ギョウ)』を行いながら薄れてきた土煙を注意深く観察する。

 そして――

 

「嘘……やろ……」

 

 巨獣は生存していた。

 受け入れがたい現実にパンク男の口から無意識の呟きが漏れる。

 切り札たる『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の弾丸を直撃させて粉々に吹き飛ばしたはずの頭部は健在であり、先ほどまで自身が居た場所を大口の顎で地面ごと食い抉る姿はまるで質の悪い白昼夢のようで、夢なら早く覚めてくれと願わずにはいられない。

 

「■■、■■■■■■■■―――」

「――まさか、再生したんか? あの短時間で? 冗談やないぞ……」

 

 巨獣がゆっくりとパンク男に向き直る。その動作は緩慢に見えて、巨体ゆえにただ旋回するだけでも身体の末端が風切り音を鳴らす速度となって周囲の物体を薙ぎ倒してしまう。

 速度では振り切れず、弓矢では相手が巨体すぎて焼け石に水。そして切り札でも仕留めきれないとなれば、選べる手段は呪文(スペル)カードを使用した戦線離脱のみ。

 パンク男は"ブック"と唱えて"(バインダー)"を呼び出すのと、巨獣が小さな獲物を見下ろす視線が交錯するのは同時だった。

 

(あかん!! 間に合わん――!?)

 

 轢殺狙いの疾走か、圧殺狙いの咆吼か、どちらにしろパンク男が呪文(スペル)カードを使うより早く、巨獣の暴威は再開されるだろう。

 あまりの絶望にパンク男は表情が引きつり、死の間際に長い走馬灯を見るような時間感覚が引き延ばされるのを自覚する。

 巨獣が動く、その瞬間――

 

「あ、トリーカ~、そこにいると危ないよ~!」

「死ね、死ね死ね死ねェ!」

 

 横合いから繰り出された拳の一撃で巨獣の片前足が吹き飛んだ(・・・・・・・・・・・・)

 

「――……は?」

 

 突如現れた虹色道化と半裸の偉丈夫の乱入に、パンク男――トリーカ=ブートは本日何度目かも忘れてしまった驚愕に思考が止まり、引きつった顔のまま思考停止した。



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乱入者達の奮闘

「■■■■■■■■■――!」

「ォォォォオオオオオッ!!」

 

 唸りを上げる半裸偉丈夫の豪腕から繰り出される拳が、巨獣の足爪と激突して弾き合う。

 両者の間には圧倒的な質量差がありながらも互いの攻撃が拮抗している。それは偉丈夫の極まった筋力と耐久を加味しても異常事態なのだろうが、事実として巨獣の攻撃を何十何百と真っ向勝負(・・・・・)で迎え撃ち続けているのだ。

 それを成しているのは(ひとえ)に偉丈夫の立ち回りの巧みさだろう。

 体系だった武術を学んだことはないのであろう。我流の色が多分に見て取れる雑味の多い荒々しい動きではあるものの、その体捌きは力強く、雄々しく、勇壮だった。

 

「■■■■■、■■■■■■、■■―――!!」

「疾く死ね! 死に絶えろッ!! 聖杯に注ぐ贄となれェエエ!!」

 

 巨獣の二十メートル近い前足を振るって行われる災害の如き暴威に対して、足捌きによって絶妙に間合いをずらし攻撃の芯を外すことで威力を減じさせている。その上で激突する瞬間に己の拳へと卓越した『(リュウ)』――オーラの量を振り分ける応用技を用いて大質量を打ち払う。

 拳に集めるオーラが少なすぎれば威力で負けて耐久の極まった鋼の肉体であろうと藁のように引き裂かれ、逆に多すぎれば他の肉体部位、特に荒れに荒れた足場で踏ん張るための脚力が足りなくなって弾き飛ばされてしまう。

 命の掛った瀬戸際で寸分の狂いも許されないオーラ運用を熟しながら、常識外れの巨獣を相手に立ち向かうその姿はまるでおとぎ話の英雄のようだった。

 

 だが足りない(・・・・・・)

 

 偉丈夫が大砲の如き拳打を打ち込もうともそれは守りの行動(・・・・・)に過ぎず、辛うじて相殺に持ち込めてはいても射程(リーチ)の差は埋めがたい。

 初撃の不意討ちで巨獣の片足を吹き飛ばしてみせた一撃を再び繰り出す様子を見せないのは、オーラを練り上げる時間が足りないのか、あるいは何らかの誓約により今は使用できないのか――どちらにしろ、偉丈夫一人では巨獣の爪牙を凌ぐので手一杯であり、パンク男(トーリカ)を追い詰めた暴威の進撃が再開するのは時間の問題だった。

 ゆえに、巨獣の足を止めさせているのはもう一人の異分子(・・・・・・・)の存在。

 

「アッハハハハハハ――! いい、いい、いいよ! ダーウィンもオリヴァンも! もっとも~と楽しもうッ! これこそ聖杯戦争だッ!! ハハハハハ――!!」

 

 道化師が虹色のお下げ髪を振り乱しながら狂ったように哄笑し、少女のような中性的な相貌を歓喜で歪めながら戦場を掻き乱す。

 巨獣と偉丈夫の激突に巻き込まれて幾度も致命傷を負いながら、されど瞬きの間に復活して、木々と荒れた土砂の山を足場にしながら一気呵成に狂喜に塗れた自殺紛いの突撃と繰り返す。

 この場に集った四者の中では最も劣る能力値(ステータス)である筈なのに巨獣に痛打を与えることが出来ているのは、乱入時から振り回している奇妙な両刃剣(・・・・・・)の恩恵なのだろう。

 剣技の技量は二流の域にすら届かず、剣に施した『(シュウ)』――自身の肉体以外の物質にオーラを纏わせる応用技さえ及第点。その『(シュウ)』のオーラ量さえ凡庸で、ダメ押しに道化本人のオーラ系統が『具現化系』――物の力や働きを強める『強化系』を苦手としている系統であることを加味すれば、道化師が行っている攻撃では単純に火力不足が過ぎる。

 その程度で巨獣にダメージを通すことなど本来は不可能なのだ。

 だというのに――

 

「■■■、■■■■■■■――!?」

「そ~れ、ドンドン行くよ――!!」

 

 両刃剣で巨獣の身体をいとも容易く斬り刻んでいく。

 まるで熱したナイフをバターに当てるように、さしたる抵抗もなく巨体の血肉を削ぎ落としている様は虹色道化と巨獣の能力値(ステータス)差を完全に無視していた。

 攻撃の規模が巨体に対して小さすぎる(対人宝具)レベルであるため致命打には程遠いものの、脚部に斬撃を集中させることで相手の機動力を削ぎ続ける。

 巨獣の疾走を再開させれば勝ち目は無いと理解しているのだろう。

 この行動がなければ偉丈夫も、虹色道化も、パンク男も、巨獣に轢殺されてとっくに全滅していたはずだ。

 それでも巨獣の優勢は変わらない。

 何故なら、偉丈夫と道化師は同一の敵を相手取りながら、一切共闘などしていない(・・・・・・・・・・・)のだから。

 

 

 □

 

 

(え? いや、なんやこれ? てかザクロはまだしも、あの褐色半裸は誰やねんッ!?)

 

 巨獣と偉丈夫と道化師――三者の奏でる破壊音の三重奏に叩き起こされるようにして、パンク男(トーリカ)の停止していた思考がようやく復活した。

 眼前で繰り広げられる常軌を逸した闘争劇は激しさを増すばかりで、トーリカが命を拾ったのは思考停止状態でも狩人として鍛えてきた本能が身体を動かしたからにすぎない。

 仮にその場で固まったまま動けずにいた場合、耐久力に劣る(耐久Dの)トーリカでは身体を粉微塵に砕かれて絶命していただろう。

 防御の面では戦場を跳ね回っている虹色道化も大差が無いのだが、アレの不死身具合はトーリカ自身もよく知るところなので今さらである。

 現に虹色道化は焦れた巨獣の咆吼(樹木の弾幕)に飲まれて木っ端のように吹き飛ばされ、挽肉(ミンチ)のようになりながら偉丈夫の方向へと飛んでいく。

 すると今度は 弾幕諸共、偉丈夫に殴り飛ばされ(・・・・・・・・・・・・・・・)てトーリカのいる方向へ――

 

「って、うおぉぉい!?」

 

 不意討ち気味に飛来してきた流れ弾(樹木片)と 挽肉(ザクロだった物)をステップを踏むように回避する。

 先ほどまでとは違いトーリカが直接狙われたわけではなく、偉丈夫が弾き飛ばしたことで威力が減衰、距離も開いていたため隙間を見切って避けることができたが、ここまでの逃走劇で体力(スタミナ)もオーラも大幅に消耗削していたこともあり、トーリカの極まった敏捷性を持ってしても楽な作業とは口が裂けても言えなかった。

 流れ弾が止んだ後には、無作為に大地に突き刺さった樹木の残骸、そして血と土砂で汚れながらもやはり無傷で復活している(・・・・・・・・・・・)の虹色道化が転がっていた。

 

 

「いや~失敗しちゃったな~」

「おいこらザクロ」

「って、あ~~!! 『真実の剣』折れちゃった~!?」

「話聞けや! このド阿呆!!」

「あ痛っ!? も~トーリカなにするのさ~」

 

 トーリカは話を聞かないザクロの頭を軽くひっぱたいて無理矢理意識を向けさせた。叩かれたザクロは不服そうな表情を浮かべながら刀身が半ばからへし折れた剣を振り回しながら抗議しており、まるで親の折衝に不満を訴える幼子のようである。

 

「元はと言えばおまえがわいを呼びつけたんやろうが!」

「うん! ダーウィンにリベンジしようと思ってさ~」

「まずそのダーウィンって誰やねん!?」

 

 知らない名前が出てきたことでトーリカは出したままにしていた"(バインダー)"からの呪文(スペル)カード"磁力(マグネティックフォース) "を取り出し、最終ページの空きポケットにセットした。

 これはグリードアイランド攻略に用いられる小技の一つである。

 "(バインダー)"の最終ページにはディスプレイと十字キーが取り付けられており、空きポケットに呪文(スペル)カード"をセットすることで口頭で呪文を唱えず、対象に出来るプレイヤー名をディスプレイで確認できるのだ。

 

「ダーウィン……みっけた。ほんならあそこで戦っとるやつがオリヴァンか?」

「そうだよ?」 

 

 ディスプレイに表示されるプレイヤー名は"出会った順"に並べられているため、下へ下へとスクロールしていくと、下から三番目の欄にダーウィンのプレイヤー名があり、一番下にはオリヴァンのプレイヤー名が表示されている。

 間に一人見知らぬプレイヤー名が挟まっているが、巨獣から逃げ回っている途中で半径二十メートル以内(出会った判定)にいた人物がいたのかもしれない。生憎と逃走に必死すぎてトーリカの記憶にはなかったが。

 図らずも巻き込んでしまったらしい未知のプレイヤーに内心で「すまん」と謝罪しながら、未だ終わる様子を見せない死闘へ視線を戻す。

 

「ていうか、オリヴァンってば酷いんだよ! トーリカとパンゲアを巻き込んでダーウィンにリベンジしようとしたのに、いきなり襲いかかってきてさ~!?」

「いや、おまえら敵対しとったんかい!?」 

「ほんとはカスラとアリアレーネも呼びたかったんだけど、まだゲーム内で会ってないから連絡取れなくて」

「ええい、知らん名前をぽんぽん出すなや! あとしれっと巻き込んでって言い切りよったな!?」

「あ痛っ!」

 

 まるで幼子のように言葉が拙いザクロの説明に、トーリカは子守をする保育士のような心境になっていた。

 そして自分を呼び出した目的が怪物退治の戦力目当て出会ったことをさらっと告げられ、ツッコミの感覚で虹色の髪で目立ちすぎる道化の頭をひっぱたく。

 

「でもトーリカはザクロに借りがあるでしょ? 金欠でグリードアイランド買えないって泣きついてきたからパンゲアの所に連れて行ってあげたのはザクロだよ?」

「――……あ~」

 

 借りの話を持ち出されると言い返せなくなり、トーリカは緊張感を保っていた表情を普段の胡散臭い糸目に戻して気まずげに目をそらした。

 確かに酒と美女で散財して財布が軽くなっていた所に【指令(オーダー)】が重なり、同期のプロハンターであるザクロに頼ったはトーリカ自身である。

 そして解決策としてこれまた同期のプロハンターかつ転生者であるパンゲアの居所を教えられ、必死に拝み倒した末にグリードアイランドに入島をしているのだ。 

 

「ていうか、トーリカはなんでパンゲア連れてきてくれなかったの?」

「パンちゃんは無理や。移動系の呪文(スペル)相性が悪すぎる(・・・・・・・)。てか、今はあのデカブツをどうするかが問題やろ」

 

 二人が雑談をしている間にも、戦いは続いているのだ。 

 巨獣の疾走を封じていたザクロの一時的な戦線離脱によって、偉丈夫は劣勢に立たされ、二対一によってギリギリのところで釣り合っていた勝敗の天秤が巨獣側へと徐々に傾いていく。

 

「ザクロ、さっきの折れた剣、スペアとかあるんか?」

「ゲームのアイテムだから呪文(スペル)カードで増やしたのがあるよ? "ブック"」

 

 トーリカが尋ねるとザクロはおもむろに"(バインダー)"を呼び出し、一枚のカードを取り出した。

 そのカードには先ほどまでザクロが「折れちゃった」と嘆いていた両刃剣とそっくりのイラストが描かれており、カード名には『真実の剣』と記載されていた。

 

「何か見覚えあると思っとったが、やっぱそうやったか」

「あれ? トーリカはこの世界のことそこそこ知ってるって昔言ってなかった?」

「二十年も経てば記憶も薄れるっちゅーの」

 

 まあええ、とトーリカはザクロの疑問を切り上げ、自身の"(バインダー)"から数枚のカードを取り出し、"ゲイン"と唱えて即座にアイテム化させる。するとカード達は矢筒に収まった複数の矢に変化した。

 

「腹立つ部分もあるが、あの化け物倒すの手伝ったる」

「え! いいの! やった~!!」

「流石にアレは野放しにはできんしな……――それに、離れて観察したおかげでタフさのカラクリも読めた(・・・・・・・・・・・・)

 

 周囲に不自然に溜まっている巨獣の頭部に等しい質量の土砂(・・・・・・・・・・・・・・)、咆吼と共に吐き出していた周囲の木々と同種の樹木(・・・・・・・・・・・)、そしてザクロが斬りつけるたびに削ぎ落とされていた血肉が土塊へと変わる瞬間(・・・・・・・・・・・・)――否、戻る瞬間を目撃したことでトーリカは確信を得る。

 矢玉の補充を済ませ、汗で額に張り付いた金髪を掻き上げながら、胡散臭い糸目のままにやりと笑い獲物を狩る狩人として宣誓する。

 

「――さあ、獣狩りの時間や」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汗だくで言っても格好つかないね」

「……――それは言わんお約束やろ」



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狂戦士の独白、弓兵の考察

 褐色半裸の偉丈夫――ザクロとトリーカからオリヴァンと呼ばれた男は、色の抜けた金髪を振り乱しながら、単身で死の舞踏を続けていた。

 眼前の巨獣から繰り出される爪は区画ごと裁断するような一撃であり、顎を開けば鼓膜を破壊しかねない大音量の咆吼と共に吐き出される砲弾の嵐、そして僅かな隙を見せれば踏みしめる大地ごと腹へ収めてやるとばかりに乱杭歯の敷き詰められた口へと呑まれて殺されかねないというこの状況。

 端的に言って窮地である。

 

「■■■、■■■■■■■■■■■―――!!」

「ぐぅ、ぉ……ッ! ――ォォォオオオッ!!」

 

 それでも英雄の如き偉丈夫の目に恐れはなく、決意と殺意を瞳に灯して巨獣の暴威を捌き続ける。

 無論、無傷で済む筈もなく、どれだけ巧みにオーラを配分し、二メートルを超える恵体からは想像できないほどの機敏な体捌きを駆使しようとも、彼我の圧倒的な質量差は覆しようがない。

 巨腕と拳が激突する度に全身が軋み、骨まで響く衝撃が身体を襲う。虹色道化が戦線から離れたことで巨獣の攻撃がさらに激化しており、古傷だらけだった色黒の身体に更なる生傷が刻まれていき、その数は刻々と増え続けている。

 偉丈夫が大砲の如き豪腕を振りかざす度に傷口から流れる出血が血飛沫となって舞い散り、腰に巻かれた麻布は元の色の方が少ないほどに流血を吸って真っ赤に染まっている有様だ。

 本来ならば撤退して然るべき戦況だろう。相手がそれを許すかどうかはともかく、巨獣を相手取るのに偉丈夫一人では手に余ることはこれまでの攻防で明白である。

 一体何がここまで偉丈夫(オリヴァン)を駆り立てるのだろうか。

 

 聖杯が欲しいから?

 偉丈夫は否定はしないだろう。管理者に儀式の参加を強要されたとはいえ、聖杯に縋ってでも叶えたい願いがある。取り戻したい者達がいるのだ。

 

 犠牲を肯定するのか?

 偉丈夫は否定はしないだろう。殺して、殺して、数多を殺して、鉄臭さが取れなくなるほど血で汚れきった己の両手。言い訳などで許される範疇などとうの昔にを逸脱している自覚がある。ゆえにいずれ報いを受ける日が来ると覚悟の上だ。

 

 エゴの押しつけ?

 偉丈夫はその通りだと認めるだろう。今現在も彼を呪いのように縛り続ける三つの【指令(オーダー)】で在り方を歪められていようと、根底にあるのは偉丈夫自身のエゴイズムに他ならない。その勇士に他者を惹き付けるカリスマは有れど、導く指導力が欠如している善意は何処まで行っても独善に終わる。

 

 だが、しかし――ああだから?

 

「私は、彼らを取り戻すのだ! ォォォォオオオッ!!」

 

 知ったことかと偉丈夫は吠え立てる。

 もとより理由を並べ立てただけで止まるなら、とうの昔に自死を選んで終わっている。終われていないからグリードアイランドまでやって来たのだ。

 下された【指令(オーダー)】より狂戦士(バーサーカー)として生きることを強要されていようとも、前世より続く魂の底に根付いた善性が眼前の巨獣を逃がしてはならない存在だと強く強く訴えかけている。

 たとえそれが巨獣に対する無自覚な同族嫌悪(・・・・)だったとしても。

 

「■■■■■■、■■■■■■―――!」

「がッ――!?」

 

 そして転機が訪れる。

 咆吼によって再び放たれた樹木砲弾を偉丈夫の剛拳がまるで発泡スチロールでも粉砕するかのように砕き散らした僅かな一瞬。続く弾幕と砕けた破片によって視界が塞がれた僅かな隙を巨獣は逃さず、側頭部から生えた牛の洞角(ほらづの)を大地へ深く深く突き刺して、偉丈夫を足場ごと掘り返して跳ね上げた。

 天地が逆転するような衝撃と共に偉丈夫は宙へと放り上げられ、致命的な隙を晒す。

 偉丈夫がどれだけ優れた立ち回りをしようとも、それは足場有ってこそのもの。『強化系』のみをひたすら鍛えた能力は天性の肉体と合わさり白兵肉弾の闘いでは無双を誇るものの、特化型であるがゆえに持ち味を活かせない状況下に置かれれば途端に弱点が露呈する。

 それは応用性の無さ、一切の遠距離攻撃を持ち得ないこと。

 投擲物の一つでもあればまだやりようはあっただろうが、砲弾と砕けた破片、そして巻き上げられた土砂で視界が塞がれ、上下左右の把握すらままならない状況では打つ手がなかった。

 

 巨獣が四肢で大地を掴む。

 ちまちまと斬撃を行っていた虹色道化は戦場から弾かれ、爪牙を受け止めていた褐色の偉丈夫も中空で身動きが取れないならば、もはや足を止める必要などありはしない。

 全身全霊の大疾走で眼前の全てを押し潰さんと暴力的な加速の一歩を踏み出そうとした。

 その瞬間――

 

「■、―――!?」

 

 唐突に莫大なオーラを発する矢の嵐(・・・・・・・・・・・・・)が巨獣へ向かって飛来した。

 その全ての矢には先ほど仕留め損ねたパンク男が巨獣の頭部を吹き飛ばした銃弾の一撃に匹敵する存在感を発しており、着弾を許せば全長二百メートル近い巨体であろうと大打撃は免れない。

 ゆえに巨獣は咄嗟に駆け出そうとしていた足を止め、とどめを刺す寸前であった偉丈夫を後回しにしてでも矢の嵐の迎撃を優先せざる得ない。

 巨体を急旋回させ、その挙動だけで周囲に残った木々を薙ぎ倒して破壊しながら矢の嵐へと向き直り咆吼を放った。

 一度直撃を受けたからこそ、巨獣はパンク男の切り札の性質をある程度見抜いていた。――あれは着弾点を起点に大出力の破壊を起こす能力であり、直撃する前に撃ち落としてしまえば問題はない、と。

 樹木の砲弾と狩人の弓矢が正面から激突する。

 それはパンク男を追い詰めたときの再現のようであり、されど先の攻防とは込められたオーラの量が違う。よって矢の嵐は巨獣の咆吼を相殺する、かに思えたが――

 

「■■、―――?」

 

 矢の嵐は巨獣の放った砲弾を破壊するどころか、樹木砲弾の一本すら止めることができず一方的に蹴散らされていく。

 いやそもそも、互いの弾幕が激突するより前に放っていた危険な存在感が霧散しており、オーラすら纏っていない(・・・・・・・・・・・)

 

「あはっ! ダーウィンってば騙されちゃったね!」

「■■■■―――!?」

 

 不可解な現象に戸惑った一瞬、狙い澄ましたタイミングで虹色道化が戦線に復帰した。

 まるで悪戯に成功した童のような笑顔を浮かべて巨獣の顔面へと飛びかかり、片手で振るわれた粗雑な太刀筋で巨獣の洞角の一本を切り落とす。

 手にしている『真実の剣』は真新しい物へと変わっており、"(バインダー)"にストックしていた分を新たにアイテム化させたのだろう。

 そしてもう片方の手には折れた方の『真実の剣』が握りしめられており、刀身が中頃から折れていることなどお構いなしに、飛びかかった勢いのままその刃を眼球へ深々と突き刺した。

 

 

 

 

「ザクロのやつは上手くやったようやな」

 

 戦場から離れた場所、弓による連続狙撃を行った木の上から別の狙撃ポイントへ移動しつつパンク男(トリーカ)は己の策が上手く嵌まったことを観察していた。

 トリーカが矢の嵐に用いたの二つ目の『発』――『狩猟の宣言(ハンティングサイン)』の効果は『自分が触れたものにオーラを付与し感知する能力』というものだ。

 これはかつて【指令(オーダー)】のせいで途方もない逃走能力を持つ大鷹の魔獣を狩る羽目になったことで編み出した追跡能力なのだが、『込めたオーラを全消費することで一時的に存在感を高める』という応用技を駆使することで巨獣を止めるためのブラフを行ったのだ。

 その結果は覿面だった。

 とどめを刺される寸前であった偉丈夫(オリヴァン)の窮地を救い、巨獣に対して特攻効果のある『真実の剣』を装備し直した虹色道化(ザクロ)が戦線復帰する時間を見事に稼いでみせた。

 

「んで、やーっぱりあのデカブツの身体は張りぼて(・・・・)やったか」

 

 ザクロに切り落とされた洞角が地に落ちる前に土塊に変わった光景を見たことでトーリカは巨獣の念能力について確信を抱く。

 『具現化系』や『特質系』の中には自身や物体を別の存在に変える――所謂『変身能力』を編み出す者がいる。そういった能力は能力を行使する対象を元にして別の姿を具現化するパターンが多いのだ。

 巨獣(ダーウィン)の場合、当人の身体だけではなく周辺の物体(・・・・・)を取り込んだ上で変身を行っているのだろう。巨大な物体、それも全長二百メートル近い大質量を具現化するのは途方もないオーラを消費することになるが、実在の物質を取り込むことで質量を賄っているのなら後は(見た目)を取り繕うだけで済む。

 加えてザクロの装備している『真実の剣』はグリードアイランド内で入手できる指定ポケットカードであり『偽りのものを一刀両断にする。真実を切ると刃が砕け散る』という効果をもっている。

 巨獣の身体は容易く切れるのに吐き出された砲弾(樹木)には通じていないことからも巨獣の外見は"偽り"であり、吐き出された砲弾は取り込んだ物質を流用している可能性が高い。 

 さらには受けたダメージを取り込んだ物質に肩代わりさせることで、驚異的な耐久力を実現させているのだろう。 

 損傷を負う度に飛び散る巨獣の血肉が土塊に変わることや、吐き出す樹木が周囲の木々と同種の物であることがその証拠だ。

 恐らくダメージを与え続けて取り込んだ物質――今回の場合は戦場である森林エリアの一角を体外に排出しきれば巨獣の変身は解除されるとトーリカは予想していた。

 

「それでもあのパワーは色々おかしいんやけど……」

 

 次の狙撃に適した位置を確保したトーリカは新たな矢を番えながら疑問を口にする。

 遊び人気質であるとはいえ、一端のプロハンターであるトーリカは念能力者として相応の場数を踏んでいる。これまで見てきた他の念能力者や自身の経験から踏まえて、巨獣の能力はそうとう重い誓約を設けねば成立しない類いだろう。

 あるいは、人間の限界を超えた潜在オーラ(ランクEX)を秘めているのか――

 

「ま、今は考えんとこ」

 

 トーリカは思考を切り替え、糸目の奥に狩人としての冷徹さを秘めながら獲物を見据える。

 仕込みは上々。ザクロに秘策を授け、偉丈夫も体制を立て直して既に巨獣へ向き直っている。

 

「仕返しや。狩人に追われる獲物の気持ち……タップリと味わってけや」



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歪な共闘、獣の切り札

 トーリカの援護が加わったことで、巨獣を相手取るザクロとオリヴァンの動きには変化が生じていた。

 両者が共闘など欠片も考えずバラバラに戦っている部分は先ほどまでと同じだが、後方からの牽制射撃の恩恵を受けて攻勢に回る頻度が明らかに増加しつつある。

 

「それ、それ、そ~れ! 斬って! 抉って! アッハハハハハ!!」

 

 虹色道化は戦い方を二刀流に変えたことで純粋に手数が倍になっており、トーリカの助言を受けたのか斬撃だけでなく刺突も交えて喜悦のままに踊り狂う。

 けたたましく笑いながら繰り出す双剣の乱舞は一刀状態であったときと同様に二流にも届かない練度であるものの、不格好にならず形になっているのは【クラスカード】に記載された固有技能『専科百般』の現れだろう。

 (ライセンス)ハンターとして世界を旅しながら無数の技能・資格を習得(ハント)してきたザクロはハッキリと言えば器用貧乏の類いである。

 しかし"できることの多さ"という点のおいてはこの場に集った転生者達の中では最も秀でており、手を替え品を替えて状況に対応できるのは特化型にはない強みだろう。

 

「死ね! 死ね! 砕け散って死に絶えろッ!」  

 

 褐色の偉丈夫は掘り返されてしまった大地から巨獣の身体へと足場を移し、敵手の手足を踏み砕く勢いで駆け上がって顔や胴体へ裂帛の気合いとともに剛拳を打ち込んでいく。

 全身の傷から血飛沫を振りまきながらも纏うオーラに陰りや揺らぎはありはしない。恵まれた天性の肉体と優れた潜在オーラによって継戦能力を維持したまま猛る戦意を轟と燃やして、身体の内から更なるオーラを振り絞りながら戦意と殺意を込めて豪腕を振るう。

 攻勢に転じた狂戦士の攻撃は一撃ごとに巨獣の身体を殴り、砕いて、穿っていく。二メートルを超える並外れた体格ゆえに握りこんだ拳は常人のそれよりも遙かに大きく、硬く、まるで黒金の鉄球であり、着弾のたびに破城槌で城門を叩き壊すような轟音を奏でながら無数の破壊痕を巨獣の体表に刻んでいる。

 

「■■■■■■■■―――!」

 

 そして巨獣とてただ一方的に攻撃を受けているわけではない。

 自身の洞角(ほらづの)による突き上げで大地が掘り返されたことで足場は巨大な轍か塹壕のように抉れてしまい、虹色道化と偉丈夫は陸上での移動に大きな支障を来たしている。

 実際に両名共に巨獣の身体を足場として戦っているのだから振り落としてしまえばいいのだ。

 爪を振るって木っ端のように払ってもよいし、自傷を無視して咆吼を浴びせて弾いてしまうのもよい。いっそのこと巨躯を旋回させて戦場まるごと薙ぎ払うのもありだろう。

 だができない(・・・・・・)

 巨獣がそれらを実行に移そうとした瞬間、狙い澄ましたように隠れ潜んだパンク男による弓矢の援護が行われて邪魔をする。

 ときには存在感を錯覚させるブラフによって追撃を躊躇わせてくる。普通にオーラを込めただけの矢ならば巨獣の身体にたいした損傷を負わせることはできないため無視して攻撃に専念すればよいのだが、頭部を一撃で吹き飛ばしてみせた実績が思考に待ったをかけてしまう。

 またあるときには巨獣にではなく虹色道化と偉丈夫に対して意図的に矢を着弾させることでその身体を弾き飛ばし不可避のタイミングで放たれた爪牙を回避させてしまうのだ。

 

「ぬ、ぐっ……――ォォォオオオオオオオッ!」

「がっひゅ――もうトーリカっ! 酷いよっ!」

 

 無論、無茶な回避(矢の直撃)の代償として虹色道化と偉丈夫にはダメージが蓄積されていく。

 体重が軽く耐久力にも乏しい虹色道化は矢を受けるたびに大きな負傷をして血反吐を吐きながら弾き飛ばされ、即座に復活するもののさながら交通事故の被害者めいた有様だ。

 対して偉丈夫の方は、人体として極まった耐久を『強化系』によって更に強化した身体ゆえにさしたるダメージは受けていない。されど事前の打ち合わせすらないパンク男の独断による完全な不意討ちなせいで肉体よりも精神(こころ)を削られている。

 それでも二人が未だに戦闘から脱落していないのは、全体の動きを俯瞰しながら弓矢という貫通力が重視される武器で意図的に"人体を弾く"という曲芸染みたことを行っているパンク男の功績と言えるだろう。

 パンク男は『放出系』に属する念能力者であり、オーラを身体から切り離して運用しても攻撃の威力に低下は起こり得ない。加えて『放出系』は『操作系』とも相性が良いため、例え『操作系』の練度が低くとも己の放つ矢に対して「衝突した対象を弾け」という簡易的な命令を込めておく程度の操作は可能なのだ。

 

 徐々に、されど確実に削られ続ける巨獣は追い詰められている。

 パンク男の銃弾による頭部の爆散、偉丈夫の剛拳による片前足の粉砕、どちらも取り込んでいた物質にダメージを肩代わりさせることで継戦に支障は無いしたものの、相応に体内にストックされた物質の残量を減らされてしまった。

 虹色道化の『真実の剣』を用いた斬撃は巨獣の体躯に対して破壊規模が小さすぎるため巨大な砂山を爪楊枝で削っているような微々たる損傷なのだが、「塵も積もれば山となる」という諺の通り微量であろうと着実にダメージを与えている。なにより、ほかの二人と違って巨獣の耐久を無視して当てるだけでダメージを通せる特攻性能は鬱陶しいことこの上ない。

 そして度重なる咆吼で吐き出した大量の樹木砲弾として用いた物量も加味すれば、あと数発も大規模破壊(対城宝具)クラスの攻撃を受けることになれば巨獣の耐久限界に達して変身能力が解けてしまう可能性が生まれていた。

 

 ゆえに、巨獣(ダーウィン)は勝負を決めることにした。

 

 

 □

 

 

 パンク男(トーリカ)は途中で幾度も狙撃地点を移動しながら弓による速射や曲射、果ては風の流れを利用した揺れ動く奇怪な軌道の射撃を行うことで全戦で戦う二人の支援を行っていた。

 ときおり矢の軌道からトーリカの位置を予想した巨獣が幾度かの咆吼を放ってきたが、本領である遠距離戦闘に徹していることで弾幕の回避は近距離戦を強いられていた先ほどよりも遙かに容易い。

 移動の際には『狩猟の宣言(ハンティングサイン)』によるマーキングを戦場の各所に施すことで立体的な距離の把握を行いつつ、必要に応じて気配偽装の応用技も織り交ぜることで完全に巨獣を翻弄することに成功していた。

 そして『狩猟の宣言(ハンティングサイン)』の気配感知能力はトーリカの射る矢玉にも適応されトーリカのオーラを纏った物体の数が戦場に増えれば増えるほど、戦場は狩人の狩猟場と化していくのだ。

 

「さて、そろそろ焦れる頃合いやな」

 

 戦場からやや離れた木の上から獲物が最後の攻勢に移るタイミングを計る。

 自分たちが三人がかりで削った物量(血肉)と、巨獣自身が吐き出した物量(砲弾)、それらを合計した質量を目測で大雑把に計算し、あと数発の決定打を叩き込めれば巨獣の総体を支える物質を削りきれると狩人として、そして念能力者としての経験則から予測した。

 背負ったギターケースの中に収めた切り札を意識しながら、パンク男は糸目の奥に寒気を感じさせるほどの冷徹な意思を宿して時を窺う。

 そして――

 

「――来よった」

 

 パンク男が睨み付ける最中、ついに巨獣が勝負を決めに動く。

 己に向けられる全ての攻撃を無視して大地に這うように四肢を撓ませた次の瞬間、真上に向けて大跳躍を行った。

 大地にこれまでと移動とは比較にならない陥没が生み出され、発生した衝撃が地面を揺るがし局所的な地震に等しい破壊を起こす。

 これまで陸戦に拘っていた巨獣の唐突な行動にその身体を足場としていた虹色道化と褐色偉丈夫の二人は不意を突かれて対応が遅れてしまい、そのまま大地に振り落とされた。

 森の木々の倍異常の高さまで飛び上がった巨体はまるで天蓋のように太陽を遮って地上に巨大な陰を落とし、頂点に達した瞬間に宙返りをして真下に向けて顎を開く。

 次の瞬間――

 

 

 

 

 

 森が堕ちてきた(・・・・・・・)



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守護者の右手

「■■■■■■■―――!!」

  

 これまでの砲撃とは次元の違う大咆吼が放たれる。

 樹木が、土砂が、岩石が――巨獣の体内に取り込まれていたあらゆる物質(森林エリア)を砲弾として射出されていき、大地を蹂躙して押し流す怒濤の土石流が地上へ向けて超高速で降り注ぐ。

 まるで天界が崩落し神々の森が堕ちてきたかのような悪夢めいた光景に対し、地上へ振り落とされ空からせまる絶望の大瀑布を見上げた虹色道化と偉丈夫の二名に攻撃を回避する選択肢は存在しない。

 超広範囲の大咆吼(対軍宝具レベル)に逃げ場など何処にも存在せず、一つ二つ凌いだとしても次々と降り注ぐ土砂の山に埋もれて生き埋めにされるのが関の山である。

 仮に生き残ったとしても、天から落下してくる巨獣の追撃により死は免れないだろう。

 巨獣が繰り出すであろう重力を味方につけた大質量の爪撃は敵対者達によって封じられていた超速疾走の轢殺にも劣らぬ破壊力となって大地に消えぬ傷跡を残すに違いない。

 ゆえに二人が選べる選択は真っ向からの迎撃(・・・・・・・・)のみである。

 

「ザクロが先にやるね!」

「…………」

 

 絶体絶命と呼ぶに相応しい状況でありながら虹色道化は依然として喜色満面の笑みのまま、唯々楽しいと声色を弾ませて宣言する。

 それに偉丈夫は沈黙で返し、未だ止まらぬ出血すら気にする素振りも見せず、ただ静かにオーラを練り上げる準備を始めた。

 

「トーリカ! 使うよ!」

 

 虹色道化は切り札の開帳をこの場にいないパンク男(トーリカ)へと告げる。

 手にしていた二振の『真実の剣』を足下に放り捨て、両手を握り合うように組みながら天へ向けて突き出した。その手の中には手品のようにいつの間にか握られてるのはパンク男から託された(・・・・・・・・・・)リボルバー式拳銃が一丁。

 射撃の衝撃に拳銃が自壊しないよう銃身に全力の『(シュウ)』を施し、一秒未満の時間で自分たちを土葬するであろう引き金に指を掛ける。

 

「『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』!!」

 

 放たれる銃弾はやはりパンク男の切り札たる『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』であった。

 この『(ハツ)』は事前にオーラを込めておく特性上、撃ち出すのは能力者本人である必要はなく、他者へと託しておくことが可能となる性質を持つのだ。

 放たれた弾丸は一直線に空を飛翔し、天を覆い尽くす土石の瀑布へと着弾した。

 続けて起きる大破壊。対軍級火力と対城級火力の激突に大気がはじけ飛び、空間そのものが悲鳴を上げているかのような轟音を響かせる。

 弾丸に込められた『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の効果は過たず発動し、ザクロとオリヴァンの頭上に一時(いっとき)の空白地帯を作り上げてみせる。

 されど森そのものが堕ちてきたと言えるほどの土石流は未だ止まず、生み出された空白領域を瞬く間に侵食して塗り替えていく。その速度は巨獣の落下に伴う彼我の距離が縮まるにつれて加速しており、対城級火力の一撃ですら無駄な抵抗として押し流してしまうだろう。

 ゆえに――

 

「連射だー!!」

 

 更なる二連射を持って閉じ駆けた空白こじ開ける。

 回転式弾倉に装填されていた残り二発の弾丸を惜しげもなく撃ち尽くしたことで虹色道化の現状における手札を使い切ってしまったが、その二連撃は先の一撃目よりも大きな効果をもたらした。

 初弾の『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の直後、即座に発動した次弾の『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』が壁の役割を果たすこととなり、本来は全方位に拡散する筈だった初弾による衝撃を下方から遮る形となっていた。

 それは密閉空間内での爆発が力の逃げ場を失うことで開放空間よりも高い威力になる現象と同じ原理となり、降り注ぐ土砂の濁流を穿ち、消し飛ばしながら破壊の奔流を上方へと昇らせていく。

 ついには一時の時間稼ぎでしかなかった抵抗は森落としの大瀑布を切り抜けて見せた。

 それでも絶望は終わらない。

 

「■■■■■■■―――!!」

 

 土砂の瀑布を穿った天には空など見えず、そこにあるのは迫る巨獣が身がすくむほどの雄叫びを上げながら前腕を振りかぶる姿。

 射程に捉えた敵手たちを降り積もった土石ごと圧殺してやろうと、太く巨大な爪撃を振り下ろす。

 偉丈夫が相殺できていた爪撃が体重を乗せ切れていない手打ちの攻撃出会ったのに対し、この爪撃は巨体の全体重を乗せきった一撃だ。たとえオリヴァンが残る全てのオーラを拳に集約したとしても、競り合いにすらならずその身を大地ごと粉砕されて終わるだろう。

 

「……――」

「うわぁ! うわぁ~!!」

 

 コンマ数秒後に訪れるであろう絶命の一撃に対し、オリヴァンはまだ動かない(・・・・・・)

 祈るように、或いは捧げるように右の掌を眼前に掲げたまま微動だにせず、あろうことか目を瞑り視界まで閉ざしてオーラを練り上げることに集中している。

 男神像のように佇むオリヴァンが発するオーラの威圧感は四者激闘の中で行われたどの攻撃と比べても最高潮であり、ザクロが借り受けた拳銃で大破壊を起こしてみせた『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の圧すら超えて今なお増大し続ける。その迫力に傍に立つザクロは泡立つような感覚を覚え、同時に期待に目を輝かせながらオリヴァンの切り札の開帳を待ちわびている有様だ。

 死が迫る二人が動かないのは歪な信頼の現れである。

 ザクロは知人故に、オリヴァンはこの闘いを通して感じたパンク男の実力に。この場にいない弓兵に対して奴なら何とかするだろう(・・・・・・・・・・・)という確信を抱いているのだ。

 ゆえに動かず時を待ち、そしてパンク男は応えて見せた。

 

「■■■■■■■―――!?」

 

 一条の矢が巨獣の肩に着弾する。

 銃弾の速度すら凌駕する超高速で飛来した矢は待機の壁を突き破る衝撃波(ソニックブーム)を起こして音を置き去りにしながら巨獣の肩深くまで突き刺さり、肉体の内側で矢に溜め込まれた莫大なオーラを解放した。

 それはトーリカの最後の切り札である矢に施した(・・・・・)人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』。

 狩人として育ったトーリカにとって銃とは旅の途中で覚えた余技に過ぎない。携帯性の良さ故に銃弾で用いることが多かっただけで、思い入れは亡き父親に仕込まれた弓矢の方が遙かに勝るのだ。

 そして念能力とは思い入れの強い物品ほどより強い念を込めることが可能であり、トーリカの場合は愛用の弓矢こそが最も強い念を込めることができるのだ。

 ゆえに同じ『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』で有ったとしても、銃弾と矢では威力に優劣が生まれる。

 発生した大破壊は銃弾を用いたものよりも数割増しの規模となりって顕現した。

 これまで以上の破壊力は巨獣の肩を起点にその肉体を蹂躙し、両前足を全損させ頭部の大半までも消し飛ばす威力を発揮する。

 血肉が飛び散り、頭部は潰れた果実のように惨たらしい傷跡を晒すダメージを与えてみせる。それどころか地上に立つザクロとオリヴァンにまで破壊の余波で生じた大気の爆発したような衝撃を叩き付けてくるほどだ。

 だが、まだだ(・・・)

 

「■■―――」

 

 巨獣の変身は解かれない。

 取り込んでいた質量の全てを大咆吼の砲撃に費やしたことで、ダメージの肩代わりはできなくなっている。それでも潜在オーラの膨大さによって二百メートル近い巨体は未だ維持されており、頭部の半分が抉られてなお、残った片眼に戦意を宿して地表を睨み付けている。

 爪を失い、片眼を失った――それがどうした、まだ闘えると言わんばかりに人ならざる獣性の唸り声を上げながら、最後の体当たりを敢行してみせるのだ。

 およそ六十六階建の建築物の倒壊に匹敵する巨体の墜落が地上を押し潰そうと迫り来る。

 

「――……ふー」

 

 ここでついに、これまで不動を貫いていた最後の男が動き出す。

 オリヴァンが瞼を開き、ゆっくりと息を吐きながら構えを変える。

 突き出していた右の掌を柔らかく握りながら腰だめに引き、間合いを計るように左手を頭上に向けて、突き出した指の隙間から敵意と戦意と殺意に滾る視線を巨獣に対して向けた。

 練り続けていた顕現オーラの出力は共闘者たちが時間を稼ぎ、自身の『(ハツ)』に掛けた「右の掌を眼前に掲げた状態でオーラを貯める」という制約を完全に満たしたことで先ほどまでの攻防よりも三段階は増大しており、人間の限界を超えた領域に足を踏み入れていた。

 

 巨獣と偉丈夫の視線が交錯する。

 

 視界を埋め尽くす巨体が拳の間合いに入る。

 

 そして――

 

「――『守護の右手(ガーディアンライト)』」

 

 狂戦士(オリヴァン)の『(ハツ)』が繰り出された。

 

 

 □

 

 

「……うっそやろ」

 

 戦場を俯瞰していたトーリカは愕然とした表情で決着の付いた戦場を見つめていた。

 オリヴァンが繰り出した最後の一撃は、言ってしまえばただオーラを込めただけの右ストレートパンチである。

 それが自身の切り札である矢を用いた『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の威力を凌駕し、巨獣の総身を粉砕してみせるとう大破壊を超えた超破壊を成し遂げてみせた光景を魅せつけられてしまった。

 

「あいつ絶対に『強化系』やろ……。てか、あの身体能力で『強化系』って狡やないか?」

 

 今回の闘いを通して、トーリカは共闘者の一人である偉丈夫が『強化系』に属する念能力者であると確信を抱いていた。

 念能力者の中には「『強化系』は『(テン)』と『(レン)』を磨くだけで必殺になる」などと語る者がいるが、現実にその域まで到達できるものなどほんの一握りしかいない。

 その一握りの内に入るであろう存在(オリヴァン)が聖杯戦争に敵対者として参戦している事実に、トーリカは目眩のする思いだった。

 そもそも『強化系』とは「物の持つ働きや力を強くする」ことを得意とする系統であり、強化対象の持つ元々の力が貧弱であった場合は恩恵が薄くなりやすい。

 非能力者相手ならばそこそこの身体能力を強化しただけでも十分な優位を得られるだろうが、念能力者同士の闘いで肉体を強化して戦闘を行うとなれば顕現オーラ量に余程の隔絶した差でもない限り肉体の鍛錬も必須と言える。

 その点を踏まえて考察すれば、偉丈夫は筋力と耐久の分野において間違いなく人類最高峰の肉体性能を備えた『強化系』の念能力者であろうことは明白だった。

 

「手札は使い尽くしてしもうたし、ザクロから拳銃回収してさっさとずらかっとこ」

 

 グリードアイランドへ入島するに際に、プレイヤーは手荷物――具体的には衣服や携帯武器、鞄などの"ゲーム開始時に身に付けていた物品"しかゲーム内に持ち込めない仕様となっている。

 ゆえにトーリカの場合も、鞄代わりに愛用しているギターケースにしまっていた分の物品しか持込めておらず、『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』を準備するために必須となる"故郷の残骸"の補充ができない

状態に陥っているのだ。

 初戦で大盤振る舞いをしてしまった感はあるものの、あの獣を生かしておくのは危険すぎると判断したためトーリカに後悔はない。

 現状手元に残っているのは製造途中の『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の矢が一本のみであり、それも完成にはまだ時間が掛ってしまう状況だ。後は今回は出番の無かった鉈と銃弾の残りが少々といったところで、矢の補充はゲーム内でもできることは確認済みだがこの先を戦い抜くにはハッキリ言って火力不足感が否めないのだ。

 もともと聖杯戦争に対しても強要されたから渋々参加しているだけで、生きて帰れれば自分が優勝する必要はないと考えていた部分もある。

 脳内で今後の身の振り方をあれこれ考えながら、早く同盟者であるパンゲアの元へ帰ろうと思い疲れ果てた身体に鞭打って共闘した者等のもとへ向かうのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

その背後を狙う存在(・・・・・・・・・)に気づかないまま。

 



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最初の犠牲者

 

 トーリカは土砂塗れの大地に乱雑に突き立った木々の上を(マシラ)の如く飛び移りながら巨獣の討たれた戦場跡地を目指していた。

 軽快ながらもその動きには戦闘時に発揮していた速力は陰りを見せており、疲労の色が明確に現れていると言えるだろう。

 滴るほどに吹き出ていた汗によって身体に張り付いていたパンクファッションも既に乾いており、激しい運動をした後特有の汗臭さを漂わせてしまっている。

 獣や魔獣を相手取ることを本業としているトーリカにとっては、鼻の利く獲物に体臭を嗅ぎ取られかねない状態は狩人失格と断言できる。

 仮に亡き父親に今の姿を見られてしまえば、叱責を受けることは避けられなかっただろう。

 

「……この森、もう駄目なんとちゃうか?」

 

 背負ったギターケースと背中の間が汗でじっとりと湿る嫌な感触を覚えながら、トーリカは独り言を呟いた。

 眼下に広がる光景は超大規模な土砂崩れでも起きたのかといった有様であり、元から壊滅状態だった森林は致命的な損害を受けていた。

 もしも真っ当な手段で森林を復興させようとすればいったい何十年、あるいは何百年の歳月を要するのか分かったものではない。

 もしかしたらグリードアイランド内には環境を元に戻すための便利アイテムが存在する可能性もあるが、それでも相応の時間が掛ってしまうだろう。

 

「これ、わいも責任追及されるんかな……ま、ザクロに押しつけたろ」

 

 巨獣から逃れる為とはいえ、意図的にまだ無事だった森林側へ戦場を移したのはトーリカである。

 被害を拡大させてしまったことに対して若干の負い目を感じてしまい、胡散臭さの漂う糸目が僅かな諦観の色を湛えているものの、元を正せばトーリカを巻き込んだ虹色道化が元凶なのだから自分に非はないと思い直して責任を押しつけることを決意した。

 

「――と、あそこやな」

 

 ほどなくしてトーリカは激戦の行われていた中心地に辿り着いた。

 そこはつい先ほどまでは巨獣の度重なる爪撃と洞角による一撃、そして大跳躍に伴う踏み込みの影響で月面のクレーターもかくやという荒れ果て具合であったはずなのだが、最後に放たれた土石流の大瀑布によって悉くが埋め尽くされしまい、長身の部類であるトーリカでも軽く見上げる大きさの(おか)が形成されていた。

 ザクロに預けた『人狼殺しの呪弾(ウルブスベイン)』の三連射で相殺してこれなのだ。抵抗できていなければ目の前の丘は比喩ではなく山の如き大きさになっていたことだろう。

 

「ほんま、あいつらよく生き残ったもんやな」

 

 遠目からではあったが、最後の援護射撃を行ったときに両名が健在であったことは確認している。

 そして現在も丘の中央辺りから二人の気配(オーラ)を感じ取れるので、あの惨状からしっかりと生き残ってみせたのだろう。

 トーリカは呆れなのか感嘆なのか己でも判断がつかない感想を口にしながら緩やかな傾斜を登っていく。

 土砂と数多の岩石、へし折れた樹木が降り注いで形成された丘はとても登り辛く、一歩ごとに傾斜を流れる砂や木片、千切れた枝葉に足を滑らせそうになる。

 疲弊した身体に鞭を打って頂上まで登っていくと、そこには丘の内側から爆発でもしたようにぽっかりと穴が空いており火山の火口を思わせる惨状となっていた。

 それは褐色の偉丈夫――狂戦士オリヴァンが最後に繰り出した一撃、その余波で周囲の土砂が吹き飛んだ結果であり、巨獣の巨体を粉砕した拳がどれだけの威力を秘めていたのかを物語っている。

 仮に、ザクロではなく己があの爆心地にいた場合どうなったであろうかと考えると、生き残ることは難しかっただろう。

 土砂の瀑布は凌げても、オリヴァンの攻撃の余波だけで身体を粉微塵にされかねない。残るオーラのすべてを出し切り防御に徹したとしても、良くて重傷、最悪死んでいないだけの瀕死状態に陥っていたはずだ。

 ひとえにザクロが無事なのは未だに正体不明の不死性があったからと言うほかない。

 

「いや、そもそもアイツはどうやったら死ぬんやろ……?」

 

 今さらながら、あの頭のおかしな虹色道化の不死身っぷりはいったい何だのだろうか。

 トーリカの記憶が確かならグリードアイランド内で死亡したプレイヤーの死体は当人がゲームプレイに使用したゲーム機の前に転送される仕組みであったはずである。

 巨獣の攻撃を受けて全身を無惨な挽肉と化してもゲーム内に止まっているのだから、ゲームシステムに死亡判定を受けていないのは間違いない。

 かつて確認したザクロの【クラスカード】には『具現化系』と記載されていたので、そこから推論を建ててみようとするものの――

 

「あかん、さっぱり分らん」

 

 肉体的には死んでいない方が異常な損壊具合からすら復活することから死後に発動するタイプの念能力の可能性を考えて見るも、おそらく不可能だろう。死んだ時点で死体がグリードアイランドの外へ弾き出されてしまい、復活は入島に使用したゲーム機の傍で行われるのが自然だろう。

 では虹色道化の配役(クラス)がアルターエゴでる側面から考えてみるも、そもそも別人格 / 別側面(アルターエゴ)という配役(クラス)が特異すぎる。

 シンプルに考察するなら本体とは別の自分(・・・・・・・・)を生み出す――要は『自分そっくりの念獣を具現化して操作する能力』というのが順当なところなのだろうが、先ほどまで共闘していた件の相手はゲーム開始時に支給される"指輪"を使用してみせた。

 グリードアイランドの制作者達がプレイヤー以外の存在に"指輪"を使用を許すほど(ぬる)い仕様にしているとは思えない。

 仮に人型の念獣が"指輪"の認証に干渉しているとしたら、それは他者の念能力を干渉・使用していることになる。そこまで異質な能力なら『具現化系』ではなく『特質系』の領分であると思えてしまい、結局ザクロの不死性に関する答えは出ないままなのだ。

 

(考えても分らんことは一旦放置しとこ)

 

 そもそもトーリカ自身に積極的に聖杯戦争を行う意思はないのだ。

 よほど目に余る相手でなければ態々自主的に倒しに行くことなどしないし、聖杯を欲しているわけでもない。

 戦後も生き残れていれば万々歳で、それは同盟者であるパンゲアも同様である。

 ゆえにザクロの能力を探ることが時間の無駄でしかないと感じて、こんがらがる思考を打ち切ってザクロとオリヴァンの捜索を再開しようとした。

 ――その瞬間、唐突にトーリカの身体から【クラスカード】が出現してきた(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「おわっ、なんや急に。えーと何々――……っ!?」

 

 反射的に己の胸元から飛び出してきた【クラスカード】を手に取った。

 この世界に転生してから二十年の経験の中で、己の意思に反して【クラスカード】が出現するのは管理者からの【指令(オーダー)】関係であると理解しているため、受注【指令】の項目に目を通す。

 そこに表示された情報を理解した途端、トーリカは糸目を見開くほど驚愕し胡散臭さの漂う表情が凍り付いた。

 

 

 □

 

 

配役:アーチャー

系統:放出

練度:秀

筋力:D

耐久:D

敏捷:A

顕現:C

潜在:B

幸運:C

 

固有技能:

『追い込みの美学』 

 

念能力

『狩猟の宣言』

『人狼殺しの呪弾』

 

受注【指令】「グリードアイランドに入島し、聖杯戦争を開始せよ」【成功】

  【指令】「他の聖杯戦争参加者を敗退させよ」

 

 □

 

 

「ふざけんなやクソがッ! 戦わないことは認めないっちゅーことか!!」

 

 七つ目の【指令(オーダー)】を成功させたにもかかわらずトーリカの表情に喜びは一欠片も存在しない。

 それどころか自分と同盟者(パンゲア)の「極力戦わずに聖杯戦争をやり過ごす」という計画が崩れた事実に声を荒げながら悪態をつく。

 このタイミングで「聖杯戦争の開始」という【指令(オーダー)】が成功扱いになった。

 それ即ち、今回の達成条件が聖杯戦争の参加者同士で戦闘を行うこと(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)であるという可能性に他ならない。

 

「こら貸した銃を回収しとる場合やないぞ! 早く戻らんとパンちゃんがヤバい!?」

 

 聖杯戦争の舞台となったグリードアイランドは前世の世界でいえば北海道と同程度の広さであり、そんな広大なフィールドの中でたった十五人の参加者が偶然遭遇する確率など高いはずがない。

 まして「戦わずにやり過ごす」という方針で行動してしまえば遭遇率はさらに低下するだろう。

 ゆえに遭遇率を上げるためには自前の索敵能力で他の転生者を見つけ出すか、ゲーム内の移動型呪文(スペル)を上手く活用する必要がある。

 しかしトーリカにとって最悪なのは同盟者であるパンゲアの念能力が移動型呪文(スペル)と致命的に相性が悪く、戦法も待ち伏せや防衛戦が主体で機動力に欠けてしまっている点である。

 このまま放置してしまえばパンゲアは十中八九期限切れによる【指令失敗(オーダーミス)】のペナルティーを受けてしまうことになるだろう。

 新たに記載された八つ目の【指令(オーダー)】の内容も加味すれば、誰とも戦わないままやり過ごすのは不可能であり、ペナルティーを受けた状態で交戦するのは悪手に過ぎる。

 

「"ブック"っ! こうなりゃわいがパンちゃんと戦っ――」

 

 戦って【指令成功(オーダークリア)】する――そう告げようとしたトーリカの言葉は胸から突き出た刃(・・・・・・・・)によって中断された。 

 

「っがハ、ッ――!?」

 

 呪文(スペル)カードに意識を移した一瞬の隙。

 背後から肋骨の隙間を通すように突き刺された刃が胸部を貫通し、肺を傷つけ心臓を串刺しにする。

 胸元から滴る鮮血がパンクファッションをじわじわと鮮血色に染めていき、臓腑を傷つけられたことで喉から血がせり上がり、口内を鉄臭さで満たしていく。

 どこからどう見ても致命傷。

 そしてトーリカに襲いかかった凶手は手を緩めず、水平に近かった刃の向きを垂直まで捻ることで肋骨ごと内臓を徹底的に、決して助かることがないように破壊していく。

 拡大された傷口から更に大量の血液が噴き出して、流れ落ちた赤色は上半身だけでなく下半身まで穢していった。

 

「…………」

(なん……や、こい、つ。いつの間に――っ!!?)

 

 一切の気配も感じさせぬまま背後を取られ、攻撃を受けるまで存在に気付けなかった。

 トーリカは致死の激痛に苛まれながら背後にいる凶手の姿を確かめようとするも、破壊し尽くされた胸部は背骨すらも蹂躙されており、もはや喋ることはおろか自慢の足を動かすことすら叶わない。

 止めとばかりに更なる捻りを加えながら引き抜かれた刃は被害者に致死の激痛をもたらし、千切れた肉片と砕けた骨を巻き込みながら胸部から抜け落ちて人体の中央に赤黒い風穴を作りだした。

 重力に引かれてうつ伏せに倒れた身体からは血溜まりが広がり、心臓(ポンプ)が壊されたゆえに循環を止めた血液が風穴からゆっくりと、されと着実に命が漏れ出て失われていく。

 

「――……く、そ……」

 

 いっそショック死したほうが楽になれる激痛の中でトーリカは己がもう助からないと悟り、せめて凶手の存在を同盟者(パンゲア)に伝えようと最後の力を振り絞って指先を動かす。

 死期が迫り霞む視界の中、記憶を頼りに手探りで"(バインダー)"を操作し、最終ページの空きポケットに"交信(コンタクト)"をセットして即座に決定ボタンを押した。

 "交信(コンタクト)"の効果は「他プレイヤーとバインダーを通じて最大3分間会話することができる」というものだ。

 

『なんですか突然。ザクロからの要件は終わったんですか?』

「――――」

『無言のままでいられると困るのですが』

「――――」

『――……トーリカ?』

 

 "(バインダー)"に備わったスピーカーから丁寧な口調をした女性の声が響く。

 突然連絡してきた相手が無言のままでいることを訝しんでいる様子だが、生憎とトーリカには声を出す余力もない。

 

 (これで、パンちゃんにわいが死んだことは伝わる、はずや……多分)

 

 それでも不自然な無言から「何かがあった」という最低限の情報が連絡先の相手に伝わると信じて、血の気の失せた振るえる指先で"(バインダー)"を操作し連絡を中断した。

 そして最後の力を使い果たし、何故か邪魔をしてこなかった凶手(・・・・・・・・・・・・・・・)に看取られながらトーリカ=ブートは死亡した。

 

 

 □

 

 

 血溜まりに沈んだパンク男の最期を看取った凶手の男は、その死体が消え去る瞬間を見届けて(きびす)を返す。

 今しがた殺めた男の他にも、この戦場には己以外にまだ三人(・・)の転生者が残っている。全員が疲弊しているだろうが最悪三対一の闘いになる可能性を考慮して、即座に戦場からの離脱を選択した。

 

(この状況は俺の信条に反する。――いや、一人殺ったくせにこれは言い訳だな……)

 

 複雑な内心を抱えながらもその速度は人類最高峰の速力を発揮する。

 その敏捷性は巨獣という例外を除けば最も速く戦場を駆けていたパンク男に劣らぬ速さでありながら驚くほど静かな足音で、凶手がそれを成せるだけの修練を積み上げてきたことが窺えると言えるだろう。

 風のように疾走することでミディアムヘアの黒髪が靡き、髪の隙間から覗く顔は左半分が酷い火傷跡に覆われていながら端正さを損なわず、見る者を惹き付ける魅力を備えている。

 しかしその端正な顔立ちを凶手は苦悶の表情で歪め、まるで己の成した所業を悔いるかのように、あるいは激しい怒りを押し殺すように奥歯を強く強く噛みしめた。

 

「――これが今回のペナルティーなのか……」

 

 左手に持った大型ナイフを鋭く振るうことで刃から滴っていた鮮血を払うと、火傷顔の凶手は手品のように大型ナイフを消し去りながら疾走の風音にかき消されてしまうほどの小さな声で呟いた。

 己の流儀に反する殺しを行ってしまった原因に心当たりは一つしかなく、厄介なペナルティーを課してきた管理者に対して激しい怒りを抱いてしまう。

 次瞬、まるで見計らったようなタイミングで火傷顔の凶手の身体から【クラスカード】が出現した。

 カードの背面に描かれているのは暗殺者の姿――それはこの凶手がアサシンの配役(クラス)であることを示す証である。

 

「……七つ目を達成か」

 

 凶手が静音の疾走を止めないまま【クラスカード】に追加された情報を流し読みし、己が七つ目の【指令(オーダー)】をクリアしたことを確認すると、すぐさま「戻れ」と念じて【クラスカード】の実体化を解除した。

 そして戦場から十分な距離を取れた地点で"(バインダー)"を呼び出し、フリーポケットから移動型呪文(スペル)を取り出して使用する。

 

「"磁力(マグネティックフォース)"オン。クローゼ=オルケストラ」

 

 直後、火傷顔の凶手は光に包まれて上空へと射出される。

 使用した移動呪文《スペル》"磁力(マグネティックフォース)"の「指定した会ったことのある他プレイヤーのいる場所へ飛ぶ」という効果により、自身の同盟者が待つ場所へと飛び去って行ったのだった。

 



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幕間・魔術師と暗殺者

 魔法都市マサドラ。

 そこはグリードアイランドの中央部に存在する不思議な外観をした都市である。

 他の都市群が牧歌的な村落や中世風の都市としてデザインされている中で最も幻想的――有り体に言えばファンタジー色の強い街並みであり、住居としては住みづらそうな曲線や球形を多用した様式の家屋や巨大な植物の蕾のような謎の建築物が建ち並んでいる。

 そしてグリードアイランド内で唯一呪文(スペル)カードを購入できるスペルカードショップが営まれているため、ゲームに慣れ初め呪文(スペル)カードの重要性を理解したプレイヤーが頻繁に訪れる場所でもある。

 夜間になっても人々の往来は途絶えることなく活気に満ちており、原始的な篝火とも近代的な電灯とも違う、都市のNPC達が魔法の力と称する空想的な光で道行く人々を照らしている。

 そんな風変わりな都市の片隅に、ゲームをプレイしてから数日という短い期間で大枚を叩いて拠点を購入した変わり種のプレイヤーが存在していた。

 そのプレイヤーはスペルカードショップやデパート、カードの売買や貯金を行える交換ショップといった利便性の高い施設から離れた場所に拠点を購入しており、他者との接触を拒んでいることが窺える。

 

「――ハァ、……ああもう、また弾かれたわ」

 

 屋内に小さく響く美声。

 その風変わりなプレイヤーは現在、辺鄙な拠点に引き籠もりながら作業台の上に置かれたパソコンを操作し、芳しくない成果に対して忌々しげにため息を吐きながら愚痴をこぼしていた。

 薄暗い屋内をディスプレイの光だけが弱々しく照らしており、幻想と空想で構成されたような魔法都市には似つかわしくないことこの上ない光景だろう。

 照明の点けられていない屋内には所狭しと多様な機械部品が散らかっており、床を這う無数のコードもあいまって足の踏み場もない有様だ。

 拠点の主であるプレイヤーは一人の女性。同性の中では高身長かつ起伏に富んだ肉感的なスタイルでありながら喪服のような飾り気のない服を身に纏い、全身から漂うネガティブな雰囲気も上乗せされて色気というものが感じられなかった。

 白に近い銀髪を大きなリボンで一本結びに纏めているのが唯一のオシャレと言えるかも知れないが、目の下に隈ができているせいで疲れ切ったOLの如き様相を醸し出している。

 唯一、聞き惚れるような奇跡の美声だけがPCの駆動音の中でもハッキリと存在を主張していた。

 

「持ち込んだパソコンもニコイチやサンコイチどころじゃない部品を寄せ集めて? 対グリードアイランド用にフルカスタム、フルチューニングまでして? 部屋に神字まで描き込んで能力にブーストを掛けてるのにこの結果って……これ絶対に運営がジョイント型の能力を使って妨害しにきてるわ……」

 

 喪服女が作業台に突っ伏すように頭を抱えると、豊満な胸元が押し潰されて柔らかに形を変えた。

 電脳戦に特化した喪服女は拠点に引き籠もりながら、事前に雇った同盟者の念能力を利用してゲーム外から多数の電子機器持ち込んで"ゲーム内からの電脳ネットにアクセス"という禁じ手を試みていたのだが、その結果は散々であった。

 ハッカーとして超一流(ウィザード)を名乗れる域にある喪服女のハッキング技術をもってしても、グリードアイランドの運営陣が施した"ゲーム内外の不正アクセス対策"には手を焼かされている様子である。

 そもそも運営陣の『ジョイント型念能力』――複数の能力者によって合作された強力な『(ハツ)』を相手に喪服女はプレイヤー単独でありながら不正アクセス(ハッキング)遮断&修正(ブロック&デバッグ)のイタチごっこが成立していること事態が力関係として異常なのだが……。

 

『おねーちゃん、元気出して!』

「ありがとハクア……」

 

 運営陣との情報戦に使用していた魔改造PCの隣、普段使いの愛用タブレットPCのスピーカーから発せられた音声に喪服女は身体は突っ伏したまま顔だけを上げてディスプレイを見る。

 そこには喪服女の隈を消して白いドレスに着替えさせたようなデフォルメ絵が表示されており、喪服女を姉と呼びながら励ましの言葉を贈っていた。

 喪服女とは対照的に明るい雰囲気を漂わせるデフォルメ少女――ハクアは画面の中の存在であるにもかかわらずまるで生きているかのように身振り手振りで落ち込んでいる姉を元気づけようとしており、その姿に喪服女は隈の浮かぶ疲労の溜まった顔を小さく微笑ませた。

 喪服女とデフォルメ少女、二人が奏でる美声は姉がネガティブ、妹がポジティブと正反対の性質を宿していながら根底の音質は瓜二つでありまるで双子の姉妹のようであった。

 

「クライアント、戻ったぞ」

「うひゃぁぁあ!?」

『きゃあぁぁぁ!?』

 

 姉妹の団欒で疲れた頭をリフレッシュしている最中、突如背後に現れた火傷顔の男に声を掛けられた喪服女は驚いた声を上げながら顔だけティスプレイに向けた状態で作業台に伏せっていた身体を飛び上がらせた。

 その衝撃でタブレットPCがガタガタと揺れながら床に落下しかけたことで画面に映るデフォルメ少女からも悲鳴があがり、和やかだった拠点は一気にあわただしくなるのだった。

 

 

 □

 

 

「あなたね! 部屋でくつろいでる女の後ろに突然現れないでくれる!?」

「お前が気づかない方が悪いだろ。俺は特に気配は消してなかったのにそれじゃ、暗殺し放題だぞ」

暗殺者(アサシン)のあなたがそれを言うと洒落にならないのよ!!」

『おねーちゃん落ち着いて!? グリムも煽らないでよ!』

「俺は事実を指摘してるだけだが?」

「っ――、はぁぁぁぁぁ……」

 

 不意討ち気味に現れた火傷顔の凶手――グリムに対して喪服女は隈のできた目をつり上げながら怒りを露わにし、人差し指を突きつけながら文句を言うも正論という名の油を注がれたことで怒りの炎は益々激しさを増してしていく。

 この場は喪服女――魔術師(キャスター)配役(クラス)である己が整えた陣地であるとはいえ、戦闘力に乏しい自覚がある身としては雇用関係にあるとはいえ裏社会に名の知れた殺し屋であるグリムが背後に立つのは心臓に悪いのだ。

 タブレットPCから妹のハクアが宥めてくれるが、凶手は目元に巻かれた包帯(・・・・・・・・・)越しでも分るほど心外そうな表情を浮かべながら自分の言い分が正しいと主張を崩さない。

 このままでは埒が明かないと判断した喪服女は湧き上がる文句をぐっと飲み込んで、長い溜め息とともに無理矢理怒りを静めることにした。

 目隠し状態のグリムは"美声で発せられるネガティブ満載な汚い溜め息"に「器用な声の出し方だな」という失礼な感想を抱いたが、タブレットPCから「余計なことは言わないでね」というハクアの視線を向けられた気がして口に出すことはしなかった。

 

「まあいいわ。それで、結果はどうだったの?」

 

 喪服女は転生者と思われる賞金首"巨獣ダーウィン"の元に向かうであろう好戦的な転生者たちの偵察、あわよくば排除をグリムに対して依頼していた。その結果報告を尋ねると、グリムは一瞬だけ苦虫を噛みつぶしたように表情を歪めるも、雇用主に向けて淡々と仕事の成果を報告する。

 

「参戦した転生者は巨獣を含めて四人。顔ぶれはクライアントが事前に渡してきた資料通りならビースト、アルターエゴ、バーサーカー、アーチャーだった」

「その戦闘で脱落者は?」

「……アーチャーだけだ。他の三人は"(バインダー)"の名簿に載った名前がまだ消えていない」

 

 "(バインダー)"に表示させることができる"ゲーム内での遭遇プレイヤー一覧"には対象プレイヤーが現在ゲーム内にいる場合はプレイヤー名が光って表示され、死亡(ゲームオーバー)による強制転送や呪文(スペル)などを用いてゲーム外に帰還している場合はプレイヤー名が暗く表示される仕様となっている。

 その機能を用いれば、あの大規模戦闘で死亡した転生者はグリムが殺したアーチャー以外は未だゲーム内で生存していることは直ぐに知ることができた。

 

「そう――正直、全員が共倒れしてくれるのが最上だったのだけれど、あなたじゃ生き残った連中を仕留められなかったの?」

『そうだよ。むしろアーチャー以外の三人はグリムの信条的にもOKな相手じゃないの?』

「無茶を言うなよ。流れ弾の一発でも貰えばお終いな状況で潜み続けるだけでも神経を削られたんだぞ」

 

 事実、グリムは森林に潜伏していた際に逃げ回るパンク男(アーチャー)に巻き込まれる形で巨獣(ビースト)に轢殺されかけ、不覚にもパンク男の遭遇者リストに名前が載る失態を犯してしまったのだ。

 その後も虹色道化(アルターエゴ)半裸偉丈夫(バーサーカー)の乱入で更に激化していった戦場から飛んでくる流れ弾の被害を被っており、幾度かは回避が間に合わず己の念能力を使わされる羽目になってしまった。

 そしてなにより――

 

「……ペナルティーのこともある」

「ああ、転生者に対する抹殺衝動(・・・・・・・・・・・)ね」

『そうだ、それがあるんだった……』

 

 喪服女の不健康そうな隈つきの視線に同情の色が浮かび、デフォルメ少女も画面の中で額を片手で覆い「忘れてた」とジェスチャーで示す。

 指摘された当人であるグリムは包帯で目隠しされた火傷顔を忌々しげに歪め、屈辱を堪えるように奥歯が砕けそうな強さで歯がみをしてしまう。

 グリムに下されていた六つ目の【指令(オーダー)】「聖杯戦争の参加者を1人以上殺害せよ」がグリードアイランド入島直後に期限切れで【指令失敗(オーダーミス)】となって以来、視界に転生者を捉えると堪えようのない抹殺衝動に駆られるようになっていた。

 入島して最初に出会った聖杯戦争参加者が謎の不死性を持つザクロであったから大事には至らなかったものの、もしもザクロと遭遇するより前に雇用契約という形で同盟を結んでいた喪服女と合流していたら、グリムは喪服女を衝動のままに惨殺していたことだろう。

 今グリムが転生者の一人である喪服女を前にして正気を保っていられるのは、衝動の引き金であると判明した視覚を包帯によって封じているからに他ならない。

 

「さっきあなたが報告し辛そうにしていたのはそれで……」

『アーチャーを殺しちゃったのグリムだったんだね……』

「――ああ、そうだ」

 

 "凶手"としてのグリムは見合う報酬さえ支払われれば相手がどんな素性であれ殺害する冷徹さを備えているが、そんなものは後付けの精神防衛でしかない。

 "人間"としてのグリムはむしろ殺しというを大罪と捉え、忌避するような常識的な感性の持ち主なのである。

 それでも暗殺者(アサシン)配役(クラス)を割り振られ、暗殺一家の一員として生まれ落ちた今生に「殺さない」という選択肢は許されなかった。

 苦悩の末に見出した「人々を守る為に殺す」という信条さえ、「無駄な足掻きだ」と嘲笑うかのように自分たちを転生させた管理者の意思で歪まされてしまっている惨状に、喪服女とデフォルメ少女は掛ける言葉を見つけられないでいた。

 薄暗い室内に三人の重たい沈黙が木霊する。

 

「……それと、知らせがもう一つある」

「あ、あら! なにかしら!?」

『う、うん! 早く教えて!?』

 

 沈黙を破ったグリムの言葉に、二人の女は食い気味に反応を示した。

 先ほどまでの重苦しい雰囲気を変えてくれるならどんな些細な情報でも構わないとばかりにネガティブな視線とポジティブな眼差しがグリムに集中する。

 

 

 

 

 

 

「七つ目の【指令(オーダー)】なんだが、どうやら転生者同士で戦闘しないと達成にならないらしい」

「――え?」

『――へ?』

 

 

 

 

 

 告げられた重大情報に、非戦闘員である喪服女とデフォルメ少女――クローゼ=オルケストラとその妹のハクア=オルケストラは本日二度目の悲鳴を上げるのだった。



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幕間:降臨者の観測

「―――、――、――」

「――――っ」

 

 薄雲の隙間から降り注ぐ朧気な明けの明星に照らされた黎明の時刻に、人気のない海岸で一人の少女が歌を口ずさんでいた。

 ハーフアップに纏めた桃色の髪を海風に揺られながら、潮騒の音をBGM代わりにして楽しげに愛らしい声を響かせる。

 独特な三拍子の歌はいつまでも耳に残り続ける不思議な魅力をもっており、肩をむき出しにした上質なオールインワンドレスを着こなす立ち姿も相まって、もしもこの場に居合わせた者がいたのなら思わず見惚れてしまうことだろう。

 人目を惹き付けて止まない魅力はまるで偶像(アイドル)のようで――事実、桃色の少女は本物(プロ)のアイドルであった。

 

「―――、――、――」

「――っ」

 

 強く、弱く、弱く――三拍子のリズムの中に幻想と仄かな狂気の混じる歌を、嘲るように、嗤うように、『Rain(レイン)』という芸名でアイドル界に名を馳せる桃色の偶像は歌う。

 その細腕の片側には何故か手錠が嵌められており、鎖で繋がれたもう片方の輪には棒のように見える長細いなにかが海風に煽られて振り子のように揺れ動いているが、少女は特に気にした様子も見せず、不吉な旋律を止めることをしない。

 華奢な両手で持ち上げた丸い物体(・・・・)をそっと差し出すように佇みながら。

 

「―――、――、あれ?」

「っ」

 

 唐突に、桃色の少女の歌が途切れた。

 なにかを疑問に思ったらしく小首をかしげ、黎明時の薄雲に隠されていた明星へと向けていた視線を持ち上げていた物体――人間の生首(・・・・・)へと向けられる。

 

「おかしいなー? 共有した情報によると、人間は首を切られると十一秒程度で脳機能が停止するはずなのに……何でこれ(・・)はまだ消えないんでしょう?」

 

 これ、と呼ばれた人間の生首は切断面が高熱で溶断されたように焼け焦げており、周囲に人肉が焼けた不快な香ばしさをまき散らしていた。

 死者の表情は恐怖と絶望で彩られ、光を映さなくなったった瞳からは命の輝きが完全に失われている。

 少女が知識との差異を確かめるために表情が見えるように抱えていた生首の角度や向きを幾度も変えながら観察するようすに嫌悪感は全く存在せず、瞳に宿るのは小さな好奇心のみ。

 それがより一層、アイドルとして世界に配信される偶像との乖離を生み出していた。 

 黎明の空を覆っていた薄雲が風に流されることで晴れ間が広がり、薄暗かった海岸に光が差すことで少女の周囲に広がる悍ましい光景が鮮明に曝け出される。

 桃色の少女の細腕と手錠で繋がれていたのは人間の腕であり、肘の辺りから切断された傷跡は生首と同様に骨まで焼け焦げ、血を滴らせることはない。

 そして少女の足下には生首と腕の持ち主であったと思わしき一人の死体と、未だ息のある四肢をバラバラに解体された瀕死の生者が一人うち捨てられていた。

 

「あ、消えました。首を刎ねてから二十秒も持つあたり、念能力者という存在は凡庸な人間よりも生命力が強いようです。やはり記憶と知識の違いを体感するのは新鮮ですね! 共有共有っと」

 

 手に抱えていた生首が消失したことで偶像の少女は小さな好奇心が満たされたことに愛らしく嗤い、生首と同時に消えた手錠の嵌められていた手首を一瞥(いちべつ)してからもう一人の被害者――詐称者(プリテンダー)配役(クラス)である転生者をを見下ろした。

 

「でも具現化された手錠まで消えてしまったのは残念ですね。死者の念というレア現象も体験したかったのに……。貴方はどう思いますか、私のそっくりさん?」

「――お、お前はいっ、たいなん……なンだァ……」

「大人気アイドルの『Rain(レイン)』でーす。ピースピース。あ、サインしてあげましょうか?」

「ふざ、けるなァ……――あッ、がァァアアア!?」

 

 四肢欠損(ダルマ)状態で地べたに転がされたプリテンダーが息も絶え絶えに吐き出した問いかけに対して偶像の少女はまともに返答する気はないらしい。

 舞台映えのする輝くような笑顔を浮かべながら両手でVサインを行って物理的に指先を輝かせて(・・・・・・・・・・・)光球を作りだし、まるでレーザー照射のように射出していく。

 一つ着弾するごとにプリテンダーの悲鳴が上がり、数瞬後にはその胴体に『Rain(レイン)』という焼き跡(サイン)が刻まれていた。

 

「あははは! 私に変身してるのに鳴き声は全然かわいくないですね」

「グっ……うァ……」

「ちゃんと返事をしないと駄目ですよ? コール&レスポンスはアイドルのライブでは基本なんですから」

「づぅッ、ぁ――」

 

 指摘と共に刻まれたばかりの焼き跡(サイン)を踏みつけられ、苦痛に呻き声を漏らしながらプリテンダーは何故こんなことになってしまったのだと後悔していた。

 管理者から下される【指令(オーダー)】によって他者を演じる人生を強要され、その過程で受けたペナルティーで記憶障害を発症して前世と今世の"名前"を奪われた。

 編み出した変身能力の『(ハツ)』に「二度と元の姿に戻らない」という誓約を設けることで幾人もの人物に成り代わり逸話を積み上げてきた。

 あるときは善人とすり替わり善行を成し、あるときは悪人を姿形を騙り悪行を成す。ただの一度も"本来の自分"に対する称賛も批難も得られず、自己同一性(アイデンティティ)が摩耗し磨り減っていく日々。

 そんな地獄からの解放を願って聖杯へ縋り、手段を選ばず勝ちを狙いにいったのだ。

 犯罪(クライム)ハンターとして活動していた裁定(ルーラー)の恋人を殺して成り代わることで偽りの信頼を獲得し、悲劇のヒロインを演じることで同情を誘い聖杯戦争中の全面協力を約束させることに成功した。

 ルーラーを"恋人(ニセモノ)を守る正義の使途(オロカモノ)"に仕立て上げることで裏から操り、彼の『具現化した手錠を嵌めた相手を強制(ゼツ)状態にする』という対人特化の念能力を利用して闘いを勝ち抜く算段を構築。

 その作戦は上手く嵌まり、ルーラーが犯罪(クライム)ハンターといて築き上げた人脈と情報網から割り出した"転生者候補"を見つけて二対一の状況に持ち込んでみせた。

 全てはプリテンターの作戦通りに進んでいた、いたはずなのだ。

 だというのに――

 

(有り得ない、何故この(バケモノ)は『(ゼツ)』のまま能力を使えているッ!?)

 

 圧倒的有利な状況の中、何か(・・)が煌めいた瞬間、気づけばルーラーは斬首されプリテンダーは四肢を切断され地を舐める事態となっていた。 

 念能力を行使する上で、オーラはガソリンに例えられることがある。

 ガソリン(オーラ)が無ければ念能力を駆動させることは不可能であり、『(ゼツ)』――生命エネルギーたるオーラを体外に溢れ出させる出口の精孔を閉じた状態では念能力が封じられたも同然なのだ。

 ゆえに、プリテンダーを無意味な拷問に掛けながら嗤っている桃色の少女(バケモノ)は念能力の原則を逸脱している存在と言えるだろう。

 あるいは、念とは理論の異なる力(・・・・・・・・・・)でも行使したとでも言うのだろうか?

 嗤う偶像少女は苦痛と困惑で混乱するプリテンダーの様子を心底愉快そうに眺めながら、踏みつける足の力を徐々に強めていく。

 

「死にゆく貴方に、私からの贈り物です。堪能して逝ってくださいね」

「え、ァッ――……ァァァアァア!?」

 

 『(ゼツ)』状態が解かれたことで偶像少女の身体に再びオーラが纏われ、踏みつける足の圧力が増大する。

 否、踏まれた箇所だけでなくプリテンダーの全身(・・・・・・・・・)が余すことなく押し潰されていく。

 謎の能力は海岸に手足のない人型を徐々にめり込ませていき、外的な圧力だけでなく体内にまで影響を及ぼし蹂躙していく。

 肋骨が、内臓が、まるで超重量の金属にでも変わったように重量を増してプリテンダーの腹を突き破ってこぼれ落ち、そのまま自重に耐えきれず水風船のように容易く割れて圧壊していく。

 脳の血流異常によって視界がブラックアウトを起こし、陸に揚げられた深海魚のように眼球が飛び出していく。やがて視神経が眼球の重さによって引き千切れ、ブラックアウトで済んでいた視界は永遠の闇に閉ざされた。

 そしてついに――

 

「はい、お終い」

 

 異常な力場で生じたクレーターの中心で、五臓六腑の残骸を撒き散らし頭部を拉げさせた肉塊と成り果てたプリテンダーは息絶えて消失した。

 

 

 

 □

 

 

 

 海風が運ぶ潮の香りと死体の焼けた匂い、潰れた臓腑の鉄臭さが混じり合う黎明の空の下。

 敗者の遺体が消失したことで不快な残り香が風に流され徐々に薄まっていく惨殺現場で実行犯たる偶像少女は一仕事終えたとばかりに大きく伸びをしながら身体を(ほぐ)す。

 

「ん~~、はぁ。しょーもない相手でしたね。悲鳴もイマイチでしたし」

 

 気軽な様子で己が手に掛けた二人の転生者を酷評する様はドレス姿も相まって、まるでドラマや映画の共演者に対して駄目出しを口走る舞台裏のアイドルのようであった。

 愚鈍で下等な存在(ニンゲン)が無様に滅ぶところを見られたのは良かったが、末期の鳴き声はお気に召さないものであったらしい。

 たった十五人しかしない転生者(レア物)なのだから、もっと嗤えるような珍奇な断末魔の一つでもあげてほしい。

 そんな冒涜的な思考を巡らせていると、偶像少女の身体から【クラスカード】が飛び出してきた。

 背面に描かれているのはローブを羽織る顔の見えない人型――それは偶像少女の配役(クラス)降臨者(フォーリナー)である証である。

 少女は現れたカードを手に取ると【指令(オーダー)】の項目に目を通し、七つ目の【指令(オーダー)】が達成になっていることを確認してニンマリと歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

 □

 

配役:フォーリナー

系統:強化系

練度:秀

筋力:D

耐久:E

敏捷:D

顕現:C

潜在:C

幸運:A

 

固有技能:

『浸触』

『光操作』

 

念能力 

『普く百閃星』

 

受注【指令】「グリードアイランドに入島し、聖杯戦争を開始せよ」【成功】

  【指令】「マサドラに行き、他の聖杯戦争参加者を敗退させよ」

 

 

 □

 

 

「へぇー。次は場所の指定もあるんですか。まぁ三人(・・)脱落したのだから、残りを意図的に集合させるのは妥当な【指令(オーダー)】ですね」

 

 偶像少女は新たな【指令(オーダー)】に納得を示しながらも、この場に少女以外の者がいれば不可解に感じる言葉を呟いた。

 今しがた少女自身が殺害した裁定者(ルーラー)詐称者(プリテンダー)を脱落者として数えることは当然だろう。

 しかし何故もう一人脱落者がいること(・・・・・・・・・・・・)を知っているのだろうか――?

 知り得ないはずの情報を口にした偶像少女は朝焼けと明星が輝き始めた視線を向ける。

 常人なら瞼を閉じるか細めるほどの眩しさを苦もなく目を開いたまま受け止め、何処に焦点を合わせるでもなくぼうっと虚空を眺めはじめた。

 そして数瞬の沈黙の後――

 

「なるほど、共有によると現地にはキャスターとアサシンが陣取っていて、シールダーとムーンキャンサーが都市に向かって移動中、と」

 

 再び口を開いた偶像少女は、まるで現地を見てきたかのように魔法都市マサドラの状況を把握していた。

 次なる玩具(オモチャ)を見定めて、今度はどんな壊し方をしようかなと考えながら、知り得た情報を整理するように言葉にしていく。

 

「アルターエゴは獄中で、バーサーカーは……何で温泉街? セイバー、ランサー、アヴェンジャーの三つ巴は敗者なし。あとは――――え?」

 

 海風で乱れ始めた髪型を手櫛で整えながら、次々と他の参加者の動向を把握していく偶像少女。

 残る二名の情報を『共有』と呼んだ謎の力で取得した瞬間、ピタリと言葉が止まる。

 沈黙のまま唖然とした表情を浮かべて次第に顔を俯かせていき、桃色の髪で表情が隠れると手櫛のために上げていた腕で身体を抱えるように静止した。

 腕に締め付けられる形でオールインワンドレスに包まれた肢体のラインが強調されてしまうも、偶像少女は動かない。

 そのまま身体が小刻みに震えだし、俯いて垂れ下がった桃色髪で隠された口元から小さな音が漏れた。

 瞬間――

 

「あははははははははははははははは!!!」

 

 歪んだ喜悦の嗤い声が響き渡る。

 嘲るように、見下すように、辛抱たまらないと腹を抱えながら呵々と嬌笑しながら天を仰いだ。

 

「ライダー! ああライダー!! お前、なんてもの拾ってるんだ(・・・・・・・・・・・)!? アハハ、アハハハハハ、アッハハハハハ――!!」

 

 狂ったように嗤いながら偶像少女は想定外を歓迎する。

 口角が人間の可動域を超えてつり上がり、唇の端が切れて血を流しながら、まるで別人が乗り移ったように口調すら変化させながら、喉を壊さんばかりに嗤い続ける。

 自身の本体(・・・・・)を封じ得るものを掘り当てた騎兵(ライダー)に対して、片手間としか思っていなかった聖杯戦争に対して、ようやく領域外の悪意(フォーリナー)は本腰を入れる気になったのだ。

 

「いいですよ。気に食わない管理者の前に、『私達』は貴方と遊びましょう。――丁寧に、壊して、揃えて、並べて、晒してあげますよ」

 

 ひとしきり嗤い終えた後、黎明の空に浮かぶ明星を仰ぎながら誓うように告げる。

 降臨者(フォーリーナ―)――ニアレは、まだ見ぬ騎兵(ライダー)を次の遊び相手(オモチャ)に定めたのだった。



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魔法都市へ集う者達

 懸賞都市アントキバの北方に聳える山を越えた先にある岩石地帯。

 そこはグリードアイランドのスタート地点である"シソの木"の草原から魔法都市マサドラへと繋がる行路であり、多種多様な"モンスター"達が生息する土地である。

 ゲームの序盤に訪れることを想定されているためかプレイヤーを積極的に害そうとする危険なモンスターこそ少ないものの、実力の低いプレイヤーでは入手難易度が低ランク――それこそSSからHまでの十段階で評価される中で下から数えた方が早いEランク程度の弱いモンスターすら打倒出来ず逃げ回る羽目になるだろう。

 そんな岩石地帯に高さ十メートルほどの大地の津波(・・・・・)が発生していた。

 ただしその構成物は海水ではなくオーラを纏った土塊であり、厳密には土砂崩れと表現した方が正しいのかもしれない。

 しかし"津波の上に座する眼鏡の少女"の身体から広がる広大な『(エン)』に触れた途端、大地が液体のように波打って隆起していく様子は嵐の海で発生する大型の波浪と酷似していた。

 オーラに接触した大地を即座に支配下に置き、大質量を意のままに操っている『操作系』に属するであろうその能力は凄まじい練度と言うほかない。

 原則として『操作系』の能力で物体を操ろうとした場合、方法はいくつかあるが共通するのは"操作対象にオーラでマーキングを施すこと"である。

 念能力者ごとの性格や趣向、才能などによって物体に直接オーラを込めたり、事前にオーラを込めた媒介を取り付けるなど操作条件(マーキング)に差異は生じるものの、『(エン)』で接触しただけで条件を満たしてしまえるのは破格の発動条件であると断言できる。

 そんな極まった物体操作を行っている眼鏡の少女は大地の津波で波乗り移動を行いながら"(バインダー)"を開きフリーポケットの整理を行っていた。

 

「このカードは要りません、これも要らない。――はぁ、やはりフリーポケットに四十五枚までしか保存できないのは調査するのに不便ですね」

 

 ゲームの仕様に不満を漏らし、眼鏡の少女は自身が創成した大地の津波の上にちょこんと腰掛けながらフリーポケット内の不要なカードを抜き取って放り捨てていく。

 カードを整理に意識を向けながらも能力の制御に淀みはなく、自身が座る部分の土は適度に押し固めて座りやすくし、それ以外の部分を目まぐるしく流動させて操り続けているにも関わらず、その色白の顔に不満の表情ははあれど披露の色は見られない。

 自動車並みの速度で移動する大地の津波は進路上に現れたモンスターを雑に蹴散らしながら一直線に魔法都市マサドラへと進んでいた。

 

「あれからトーリカとも連絡が取れませんし、何があったのでしょうか?」

 

 不要なカードの整理が一段落付いたとき、眼鏡少女は波乗り移動の風圧でアルビノ系な白髪を煽られながら自身の同盟者である糸目のパンク男(トーリカ=ブート)について思案する。

 小さく小首を傾げる仕草は女児と見紛うほど小柄な体躯は、土汚れを意識してか洒落っ気のないサスペンダー付きの作業服を着込んでいることも相まって非常に幼く見えることだろう。

 

「ザクロに殺された可能性――ないですね。トーリカの足なら逃げ切れます。では、別の誰かに嵌められた? ……お酒か女性絡みなら十分に有り得ますね、あの軟派者なら」

 

 同期のプロハンターである虹色道化(ザクロ)パンク男(トーリカ)の実力はそれなりに把握しているため、戦闘になればトーリカに軍配が上がるだろう。両者の速力には大きな差があり、聖杯戦争に消極的なトーリカが逃げ切ってお終いになると容易く想像できる。

 では第三者の介入が行われた場合どうなるかと考えるが、眼鏡少女にはどんな結果になるか判断が付かない。

 なにせ眼鏡少女もまた聖杯戦争に対して消極的であり、グリードアイランドに入島してから聖杯戦争そっちのけで趣味かつ仕事である地質調査に精をだしていたのだ。

 そんな眼鏡少女が他の転生者に関する情報を積極的に調べるはずもなく、事前に知っていたのは今生でたまたま出会った同期のプロハンター二名と、己が地質(ジオロジー)ハンターとして活動する上で資金援助をしてもらったパトロンの計三名のみである。

 聖杯戦争が始まってから新たに遭遇した転生者は、トーリカが"交信(コンタクト)"の呪文(スペル)で無言連絡をしてきた後に偶然事故った(・・・・)――もとい、出会った一人しか存在しない。

 その偶然の出会いが意図せず七つ目の【指令(オーダー)】の達成に繋がってしまったのだが……。

 

「なんにせよ、トーリカのこともこれ(・・)のことも、八つ目の【指令(オーダー)】を済ませてから考えましょう――うぷっ」

 

 小柄なアルビノ少女は移動の振動でズレた野暮ったい眼鏡の位置を直しながら、何故か少々顔色を悪くしつつ自身の傍らに拘束(・・)された者へチラリと目を向ける。

 野営に使用していた片付け済みのキャンプセット一式と、その脇に眼鏡少女の念能力で創り出された大きな"土塊の掌"で掴まれ全身を拘束されてまま苦しげな寝息を立てている少年。

 その正体が同盟者(トーリカ)を聖杯戦争敗退に追いやった原因の一端であり、グリードアイランド内で指名手配されている五億ジェニーの賞金首『巨獣ダーウィン』であることに、地質調査に夢中で岩石地帯に引きこもっていた眼鏡少女は気付けない。

 彼女に情報を届けてくれていた相棒(トーリカ)はもういないのだから。

 

 

 

 □

 

 

 昼時の魔法都市マサドラ。

 その一角で営まれている喫茶店のテラス席で、日中の日差しをキノコと葉っぱの中間のような不思議な素材製パラソルで作られた日陰の下、黒髪の眼帯男(カスラ)と白いツインテールを結った御令嬢(アリアレーネ)のマフィア組が会議を行っていた。

 

「……なぁお嬢。何で俺等はこんなところで茶を飲んでるんだ?」

「馬鹿ねカスラ。そんなのわたくしがティータイムをしたくなったからに決まっているでしょう」

 

 カスラが新聞を片手に持ちながら対面に座る護衛対象に向けて疑問と批難の籠もった視線で睨むが、とうのアリアレーネは視線の意味を理解した上で意に介さず、優雅にティーカップを傾けてマサドラ産の紅茶に似た飲み物の味と香りを楽しんでいた。

 マフィアの令嬢として育ったアリアレーネにとって、部下の男から抗議の視線を向けられる程度の事態では小揺るぎもしないらしい。

 

「俺等、未だに七つ目の【指令(オーダー)】が終わってないんだが?」

「達成条件が不明瞭なのはいつものことでしょう。それに期限が危なくなっているのはカスラが原因なのだからその視線はお門違いよ」

「チッ。あーそーかよ」

 

 会話の旗色が悪くなったカスラは舌打ちをしつつ頬杖をつき、ここに到着するまでの道中を思い出してみる。

 最初に立ち寄った街の懸賞都市アントキバに到着した二人は、前世由来のグリードアイランドに関する事前知識を持ち合わせているアリアレーネの発案によりアントキバをそのまま通過し、そのまま一直線に魔法都市マサドラまで移動することにしのだ。

 道中で多数のモンスターに襲われたり、歩くのに飽きたと我が侭を言いだしたアリアレーネをカスラが念能力の『盾』に乗せて運ぶ羽目になる等のトラブルはあったものの、返り討ちにした他プレイヤーから奪った島の詳細な地図が手元にあったこともあり最短距離で目的地まで到着することができた。

 しかし――

 

「目的の呪文(スペル)カードが売り切れってどういうこだよ……」

「多数のプレイヤーが徒党を組んで買い占めをおこなったのでしょうね。正直、今の時点でその手段を実行できる者がいるのは誤算だったわ」

 

 グリードアイランドでプレイヤーが入手できるアイテムにはカード毎にカード化限度枚数が設定されており、呪文(スペル)カードも例外ではない。

 全四十種類ある呪文(スペル)カードのカード化限度枚数が全て上限に達してしまった場合、マサドラのスペルカードショップで一袋五枚入りで売り出されている呪文(カード)は品切れという扱いとなり流通しなくなってしまうのだ。

 ただし個人の"(バインダー)"のだけでは全ての呪文(スペル)カードを限度枚数上限まで確保するにためのフリーポケットのスペースがまったく足りておらず、必然大多数のプレイヤーが人海戦術で協力しあう必要があるのだが……。

 

「凄腕の『操作系』の転生者が裏で糸でも引いてんのか……?」

「可能性としては"不可能ではないけれど現実的ではない"程度でしょうね。わたくしたちは管理者の敷いたルールのせいで外部から部外者を招けない以上、操ろうとしても対象は自主的にゲーム内にやってきたプレイヤーに限定されてしまうもの」

 

 カスラが転生者の黒幕説を上げるも、アリアレーネが即座にそれを否定する。

 人間を操ることに特化した念能力を編み出した『操作系』の念能力者なら大人数を支配下に置くことも不可能ではないだろうが、転生前に集められた"暗闇の空間"で告げられたルールが問題となる。

 事前に操作状態にした人間をグリードアイランド内に連れ込む行為は「聖杯戦争に余人を招き入れた参加者には罰を与える」というルールに抵触してしまう恐れがある。

 ならばゲーム内に自主的に入ってきたプレイヤー達を操作すればよいかもしれないが、呪文(スペル)カードの独占を行うために必要な人数を揃えるのは難しい。

 誰よりも早く入島しスタート地点で待ち伏せを行って操作条件を満たすためのマーキングを行おうとしても、途中で他の転生者とかち合って戦闘になってしまうのがオチだろう。

 寝込んだカスラのせいで入島の遅れたマフィア組の二人がスタート地点の草原に降り立ったときに周囲に戦闘跡が見られなかったことから、この方法論も可能性は低いと見てよい。

 結論として、『操作系』の念能力による人海戦術はアリアレーネの述べた通り「不可能ではないが現実的でない」という答えに行き着くのだ。

 

「もっとも、念能力以外で完全かつ精密な人体支配ができるなら話は変わるのだけれどね」

「おいおいお嬢、そりゃもう人外の域だろう」

「『巨獣』なんていう埒外プレイヤーが確認されている時点で今さらよ」

「――あー、まぁな。つうか、もう一人の賞金首は何してんだよ」

 

 紅茶もどきを飲み干したアリアレーネが上品に口元を拭きながら結論を覆すようなことを言い出してことでカスラは咄嗟に反論するも、既に例外じみた実例がいることを指摘されて納得を示す。

 連鎖的にもう一人、ゲーム開始早々に指名手配を受けている虹色道化(ザクロ)のことが頭によぎり手元の新聞に目線を向ける。

 そこには大きな見出しで「賭博都市ドリアスを騒がせた『道化師のザクロ』が逮捕!!」と掲載されていた。

 

「大方、ハメ組もどきの資金源はザクロに掛けられていた賞金を元手にしているのかしらね」

「あん? お嬢、ハメ組ってなんだよ?」

「前世の知識の中には、呪文(スペル)カードの独占でゲームクリアを目論んだ集団がそう呼ばれていたのよ――あら」

「――おいおい、なんだよありゃ」

 

 話の流れが脱線し始めたとき、唐突に街を行く人々がざわめきだす。

 何やら都市の外を指さしている者もおり、二人の視線が騒ぎの元であろう方角へ向けられる。

 そこには土の壁――否、津波が都市へと迫ってきていた。

 

「たいした出力ね。カスラ、顕現オーラは貴方を超えているんじゃなくて?」

「かもしれねぇな。けど敵意がねぇな(・・・・・・)

 

 カスラの顕現オーラ量は人類の発揮出来る範疇では最高峰であり、その出力を超えるであろうオーラが土塊の津波には込められていた。

 あんなものが都市になだれ込めば大被害は免れないだろうが、近くに迫る脅威に対して二人は焦る様子を見せなかった。

 それはカスラが述べた通り土塊を操るオーラに敵意が込められていないことを感じ取ったことに加え、あの程度の驚異ならアリアレーネを守り切れるという自身の現れでもある。

 アリアレーネも自身の護衛者の実力を知っているがゆえに余裕を見せており、またカスラとは違いもう一つ別の理由(・・・・)もある。

 自動車並みの速度で迫る大地の津波に周囲が慌てる中、テラス席からゆったりとした仕草で立ち上がり日傘を差した御令嬢(アリアレーネ)は護衛の眼帯男(カスラ)に視線で会計を促した。

 カスラからの「自分で払え」と訴えてくる視線を笑顔の圧で黙らせて支払いを済ませると、騒ぎの元凶へ向けて歩き出す。

 後ろから追いついてきたカスラがその隣に並び、左手の五指に嵌めた指輪を確かめながら何故か機嫌の良さそうな護衛対象(アリアレーネ)に問いかける。

 

「んでお嬢。あれを起こしてるのは知り合いなのか?」

「ええそうよ。有能な地質学者で、わたくしがパトロンをしてあげてる同胞でもあるわ」

「やっぱ転生者なのか……殺り合う可能性は?」

「その時はその時ね」

 

 顔見知りであっても遠慮は要らない――微笑みながら戦闘許可を部下に下して、マフィアの御令嬢は数年ぶりにの再開となる友人の元へ向かうのだった。



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対面する騎兵、盾兵、月ノ癌

 都市の南方から迫る大地の津波から逃げ惑う人々の流れに逆らうように、カスラとアリアレーネは進んでいく。

 ときおり迫る津波に意識を取られてか、あるいは恐慌に陥ったゆえの前方不注意によって二人にぶつかりそうになる者がいるが、護衛者である眼帯男は守るべき御令嬢に被害が及ばぬよう培った技術――というには些か力任せに人波を押し退けて直進していく。

 そんな部下の押し広げた道に続くように日傘を差した白い御令嬢が悠々と進み、部下の苦労を労うこともなく歩いていた。

 厚底のロングブーツを履いた細い足からは機嫌の良さの現れか軽快な足音が響き、白磁のように美しい相貌に可憐な微笑みを浮かべ、真紅の瞳で事態の元凶へと目線を向けていた。

 流動する土砂と砂礫が巨壁のように陽光を遮り、都市へと落ちる影が刻々とその長さを増していく。

 自動車並みの速度で伸びる影はある種の境界線となり、日の当たる場所から影の中へと呑まれたプレイヤー達は「もう逃げられない」と悟ったように絶望の表情を浮かべている者が大半だ。

 

(なんか違和感があんだよな……)

 

 人波を押し退けながら、カスラは内心で上手く言語化できない違和感を感じていた。

 この程度(・・・・)の事態で生存を諦めるような輩は実力不足の低級プレイヤーであり、裏社会を牛耳るマフィアンコミュニティーの最高戦力集団たる"陰獣"の一人であるカスラの見立てでは、ハッキリ言って取るに足らない連中である。

 例え戦闘能力に乏しい者であっても、魔法都市に辿り着くだけならひたすら戦闘を回避して進んでいけば到達は不可能な道のりではない。

 ゆえに周囲が逃げ惑っているプレイヤーばかりなのはさほど不思議ではないのだが――

 

(コイツら全員、どこか嘘臭ぇ(・・・)んだよな)

 

 完全な嘘ではないが、本気の絶望でもない。

 マフィアの一員として、常人よりも遙かに後ろ暗い今生を歩んできたカスラにとって、他者の恐怖や絶望の表情は見慣れたものである。

 だからこそ、周囲のプレイヤー達全員が浮かべる恐怖と絶望の中に一抹の余裕(・・・・・)が混じっていることを見抜いていた。

 カフェテリアでアリアレーネと話していた際に上がった『操作系』の能力で操られている可能性も考えたが、偽りの意思を植え付ける『暗示型』であれ、自由意志を剥奪して操る『支配型』であれ、この状況でわざわざ妙な演技をさせるメリットは無いだろう。

 むしろ、騒ぎに乗じて奇襲の一つや二つ仕掛けるほうがよほど有効な策だ。

 意図の見えない"推定『操作系』転生者"の思惑に対して頭の片隅で思考を巡らせていると、程なくしてカスラ達は都市の南口まで到着したのだった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 魔法都市マサドラには都市の内外を隔てる外壁が存在せず、入ろうと思えば都市外のどこからでも侵入できる作りとなっている。

 都市と名付けるには少々お粗末で無防備な構造といえるだろうが、そもそも外壁とは"外から侵入してくる外敵を防ぐための建築物"である。

 ハンティングゲームであるグリードアイランドではプレイヤー同士の争いはあれど都市同士での戦争が起こっている訳ではないし、ゲーム内のモンスター達も生息エリアの外に出てくることもない。

 ゆえに都市を囲う外壁を必要としていないのだが、現在の魔法都市の南方には高さ十メートル程の分厚い土壁が聳え立っていた。

 その土壁はつい先ほどまで魔法都市に迫っていた大地の津波だったものであり、あと数秒もあれば都市の外縁部を押し潰し、さらに数十秒もあれば都市南部に甚大な被害をもたらしていたことだろう。

 だがその被害予想は現実になることはなく、眼帯男と白い御令嬢が津波の前に立ちはだかった瞬間、物理法則を無視したように進行を停止してしまったのだ。

 

「これだけの質量を完全支配って、どんな制御力してんだよ……」

「相変わらず念能力の練度という一点はたいしたものね」

 

 聳え立つ土壁を前にして、カスラとアリアレーネは大地の津波を引き起こした相手に対して各々別の感想を抱いていた。

 カスラは殺し合うかもしれない相手の念能力の出力と制御力を脅威と判断し、強い警戒心を露わにする。いざとなれば潜在オーラを枯渇させてでも討ち取る腹づもりであり、最悪アリアレーネだけでも逃がせるよう護衛対象の数歩前に踏み出して前衛に立つ。

 アリアレーネは僅かに舞い上がっている土埃を吸わないように高級感のあるハンカチで口元を覆いながら、旧知の相手の腕前が鈍っていないことを確認して上から目線の評価を下していた。

 

「とりあえず、お嬢は後ろに下がってろよ」

「あら、駄亀の分際で一丁前に気遣っているのかしら?」

「うるせぇよ。……相手はお嬢の友達(ダチ)なんだろ? 今回は素直に引っ込んでろ」

「嫌よ」

「――あ? 今なんて言った?」

「嫌、と言ったのよ。カスラ、貴方は顔だけでなく耳まで悪いのかしら」

「我が侭言うんじゃねぇよ! あとさらっと人の顔貶してくんな!!」

 

 裏社会の住人として血塗れの道を歩んできたモブ顔(カスラ)は、己が殺し合いの場に立たされることに文句はあっても忌避感はない。

 スラムで過ごした幼少期も、マフィアに拾われ組員として働くようになってからも、見知った顔と刃傷沙汰になる機会など数えきれぬほどに経験してきた。

 だがオレスト(ファミリー)の御令嬢として蝶よ花よと育てられたアリアレーネは策謀や政略で他者を蹴落とした経験は豊富でも、己の手で直接人間を殺めた経験が乏しいのだ。

 そして今回の相手は高慢高飛車な御令嬢が"友人"と明言した極めて希少な存在である。

 だからこそカスラはアリアレーネに"友人殺し"などという後味の悪い経験をさせないために気を回したというのに、帰ってきた返答は罵倒付きの拒否であった。

 これがただの共闘関係であったのなら即座に殴って黙らせていただろうが、哀しきかな相手は己が属する(ファミリー)の次期首領であり護衛対象。意図的に怪我でもさせようものならグリードアイランドから帰還した後でカスラの首が物理的に飛ばされる間柄である。

 

「カスラ、ここはあの子の射程内なのだから多少下がったところで意味はないのよ」

「~~ッ、それでも!!」

「それに、今は後ろの都市の方が危険(・・・・・・・・・・)でしょう」

「――……ッ!」

「わたくしは人に見られることには慣れているの。あの都市のプレイヤー達が異常性は貴方よりも早く気づいていたわ」

 

 真紅の瞳に見つめられながら聞かされた言葉に、カスラは苛立ちで沸騰しそうになっていた頭が急速に冷えていく。

 どうやら己が人並みを掻き分けるときにようやく気づいた異常に、アリアレーネはより早い段階で察知していたらしい。

 一人でヒートアップしていたことを自覚したカスラは大きく息を吐いて思考をリセットし、ばつが悪そうに眼帯に覆われた右頬を指で掻いた。

 そんな従者の姿に、主である白い少女は躾を覚えたペットを褒めるような微笑みを浮かべていた。 

 

「――わかった。けどなお嬢、マジで無茶はすんなよ」

「それはカスラ次第ね。わたくしに動いて欲しくなければ相応の働きをして頂戴。――来るわよ」

 

 マフィア組の会話が一段落した瞬間、まるで機を窺っていたように土壁が形を失っていく。

 それは自然の崩落などではなく、大地の支配者による一糸乱れぬ統率の取られた変形であった。

 高さ十メートルはあった土塊は一切の土埃を散らすこともなく、まるで大地に雨水が吸われるような滑らかさで地中へと沈んでいき、数秒後には跡形もなく消え去ってしまった。

 大量の土が潜り込んだにも関わらず周囲の大地には僅かな凹みも隆起も存在せず、均されたばかりの歩道のように整った状態へ変わってしまった。

 土壁の近くに立っていたカスラ達にさえ影響を及ぼすことはなく、仮に目を瞑っていたらなら大地の変形に気付ける要素は土に込められたオーラの気配のみだっただろう。

 目の前で披露された念能力の極まった練度に、カスラは背中に冷や汗を感じながらも思考は即座に戦闘状態へと移行した。

 消え去った土壁の中心地点には二人の人物。

 一人は子供のような背丈に白髪白目という特徴的な容姿に、野暮ったい眼鏡とサスペンダー付きの作業服を身につけた顔色の悪い少女。

 もう一人は首から下を"土塊で構成された手"で拘束された状態で寝転んでいる少年。

 両者の関係性は不明だが、感じるオーラの圧力は双方がプロハンターの上位陣に引けを取らない強さを宿している。

 カスラは相手の気配から大地操作を行ったのは眼鏡少女の方であると断定し、『(イン)』を施した視認困難な『盾』を三枚放出する。

 一枚をアリアレーネの守りに回し、相手の操作対象であろう『大地』に最大限の警戒を向けながら一歩を踏み出そうとした。

 瞬間――

 

 

 

 

 

「お゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」

 

 

 

 

 

「――……は?」

「やっぱりこうなったわね」 

 

 眼鏡少女の嘔吐(ゲロ)によって出鼻を挫かれたのだった。



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騎兵と盾兵の激突

 眼鏡少女の突然の嘔吐によって魔法都市の南口に集った者達の間には微妙な雰囲気が流れていた。

 殺し合いが前提となる儀式の参加者が複数揃っている以上、一瞬即発の状況であることは変わらぬまま珍妙な膠着状態に陥ってしまっている。

 予想外過ぎる展開に出鼻を挫かれたカスラは背後に護衛対象を庇いながら臨戦態勢を維持し続けているものの、戦闘どころではない場の雰囲気に内心「どうしてこうなった……」と頭を抱えたい気分になっていた。

 その空気を作った張本人は胃の中身を吐き出しきって一息ついたのか、俯いていた顔を上げて汚れた口元を袖で雑に拭いながら大地を操作し、証拠隠滅とばかりに足下に飛び散っていた吐瀉物を地中に隠してしまった。

 

「――……はぁ、すっきりしました」

「おいこら、ゲロ女。なに一人で全部解決したって顔してやがる」

「……?」

「キョロキョロ周りをみてんじゃねえ! テメェのことだよ!!」

「あぁ、私のことでしたか。初対面の女性に対して失礼な呼び方をするのはどうかと思いますよ」

「出会い頭にゲロぶち撒けたヤツに礼儀を言われたくねえよ!」

「あ、口を濯ぎたいので少し待ってください」

「コイツ、話が全っ然進まねぇ……」

 

 ビジネススーツを着込んだ大柄な眼帯男という堅気には見えない相手を前にしても、眼鏡少女はどこまでもマイペースを貫いていた。

 宣言通りに背後に置かれたキャンプセットの中から水筒のような物を取り出し、中身を口に含んで暢気にうがいをし始める始末である。

 

(このゲロ女、身体は貧弱なのに念の練度が半端じゃねぇ……)

 

 それでもカスラは格闘戦の間合いに飛び込むことを躊躇っていた。

 出会い頭の速攻を想定外の奇手(ゲロ)で挫かれたのは痛恨の悪手だと思っていたが、現状では迂闊に踏み込まずに済んだことを幸運に感じている。

 念能力は意思の力で制御するものであり、その日の体調や戦闘で追ったダメージ、精神的な不調などによって念能力の精度にムラが生じるのが常だ。

 そして眼鏡少女は一目で分るほど顔色が悪く嘔吐するほどの体調不良にも関わらず、広げている『(エン)』の範囲は綺麗なドーム状の輪郭を描いており、僅かな揺らぎも生じていない。

 明らかに念能力の扱いに熟達している証である。

 

「ま、足踏みしてちゃなんも進まねぇか」

 

 試しとばかりに、宣言通りカスラは眼鏡少女の『(エン)』の範囲へと足を踏み入れた。

 その途端、侵入者を感知した大地がオーラによって操られ迎撃が開始される。

 地面の一部が迫り上がって人間の腕をもした形を取り、人間程度は容易く鷲掴みできるサイズとなって襲いかかる。

 先ほどまでとは違って周囲への配慮は存在せず、意図的なのか侵入者の足場を巻き込む形で変形しながら真下という人体の死角から高速で放たれた。

 掴みかかるように迫る土塊の腕に一度捕まれば抜け出すことは至難の業であり、並みの実力では抵抗もできずに終わるだろう。

 しかし武闘派マフィアの集団『陰獣』の一員である眼帯男は並みではない。

 

「ハッ、邪魔だ!」

 

 瞬時に顕現オーラを『(レン)』により増大させ、踏み込む足に『(ギョウ)』を用いて気合いと共に放たれる振脚。

 圧縮され岩を超える硬度となっていた大地の腕を一撃で粉砕し、周辺の大地が陥没する威力の踏み込みは足下に蜘蛛の巣状のひび割れを起こす。

 振脚の勢いを推進力に変えて一輝果敢に間合いを詰め寄り、未だに背中を見せたまま口を濯いでいる巫山戯た相手の後頭部をかち割るつもりで拳を振りかぶった。

 その攻勢を阻むように大地から幾十幾百の遮蔽物が迫り出してくるも、高出力のオーラを纏った肉弾で強引に蹴散らしながら力尽くで突き進む。

 陰獣(カスラ)は止まらない。

  

「お嬢の友人(ダチ)だ、せめて一撃で終わらせてやるよッ!」

 

 眼鏡の少女に近づくほどに迎撃の密度は増していき、それに比例するように眼帯男の進撃もより攻勢を増していく。

 両者の顕現オーラはともに人類屈指、互角の出力を発揮しているが、互いが属するオーラ系統と運用法が現状の結果を生んでいた。

 眼鏡の少女の系統は『操作系』。

 大地を自由自在に操ることで圧倒的な手数と応用性を発揮しているものの、操作する数を増やせばその分オーラが分散してしまう。

 対するカスラの系統は『放出系』。

 オーラを身体から切り離して運用することに長けており、『操作系』と同じくオーラを"自身"と"その他"に分散している点は同じである。

 しかしカスラは己の能力――『盾の指揮者(センターガード)』は『オーラを指輪に集め、盾状に形状変化させて放出する能力』であり、出せる盾の枚数は指輪の数に比例する。そして一度に使用する盾の枚数(手数)を敢えて絞ることで個々に割り振るオーラ量を増大させていた。その結果、眼鏡の少女が大地を操るために分散させたオーラ量を凌駕する形となり、この戦局においてはそれが有利に働いていた。

 激突する"大地の造形物"と"オーラの盾"。

 騎兵(ライダー)の行う数多の迎撃、防御、妨害。あらゆる数の暴力を、盾兵(シールダー)は凝縮された質の威力で粉砕していく。

 そして遂に、両者の距離は拳の間合い(クロスレンジ)に到達した。

  

「オラ、潰れ――ッ!?」

「……はぁ」

 

 大地の支配者の領域を突破した刹那、戦闘に目を向けていなかった眼鏡の少女が小さく溜め息をつきながらカスラの方へ振り向いく。

 瞬間、カスラの背筋に強烈な悪寒か走った。

 これまで培ってきた戦闘経験からくる直感が攻撃を中断させる。

 直後、カスラが四枚目の『盾』の展開するのと大地の爆発(・・・・・)が起きたのは同時だった。

 

「ぐぅ、ぉ……ッ!」

 

 守りに使った『盾』の一枚が砕かれ、相殺しきれなかった余波がカスラの身体へと直撃して吹き飛ばされる。

 意識を飛ばされそうな衝撃を受けながらも地に落ちるのは不味いと判断して、まだ残っていた二枚の『盾』の片方を足場にすることでカスラは空中着地を行った。

 姿勢を整えながら見下ろした先には、眼鏡越しの白い瞳にハッキリと億劫そうな色を浮かべた女児と見紛う騎兵の姿。その直ぐ傍には半ばから消し飛び、煙を噴き上げる土塊の腕らしき物体があった。

 

「テメェ……さっきまでは手ぇ抜いてたのか」

「まぁ、やる気はありませんから」

 

 至近距離で爆発が起きたというのに、眼鏡の少女には一切負傷していない。

 棒立ち状態で水筒を片手に持ちながら空中に立つカスラを見上げ、太陽の光が眩しいのか空いている手で影を作りながら目を細めている。

 戦場には不釣り合いなフィールドワーカーは未だに戦う気概を見せないまま、けれども攻撃を仕掛けられた為かオーラに微量の敵意が混ざる。

 それに呼応するように、小柄な身体が発する気配の質が変わっていく。

 

自動(オート)迎撃だけでは対応しきれないようだったので、ここからは手動操作(マニュアル)にしようと思います」

「あーそーかよ。そいつは物騒だ――なッ!」

 

 言い終わると同時にカスラは足場にしていた盾から軽く跳躍して体勢を変える。

 空中で身体を屈め、頭を大地に、脚を空に。天地の逆転した姿勢のまま待機させていたオーラの盾に足を着け、地上の敵手に対して隻眼で射貫くような鋭い視線の投げつけると、大地に向けて全力の突撃を敢行した。

 

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 

「駄亀が捧げる見世物としては及第点ね」

 

 眼前で繰り広げられる闘争をアリアレーネは離れた場所から眺めていた。

 並みの実力者では立ち入った瞬間に命を落としかねない破壊者たちの激突を上から目線で評価しながら、真紅の瞳に恐怖の色は存在しない。

 むしろグリードアイランドに入島してから初めてまともな戦闘を目の当たりにして、及第点と言いながらも小さな笑みを浮かべている。

 従者(カスラ)が置いて行った『盾』のおかげで戦闘の余波は遮断されているため余裕すら感じさせる佇まいであった。

 

「それにしても、パンゲアの練度は称賛に値するわね」

 

 上空から猛スピードで突撃して拳を振り下ろし、オーラによる盾撃(シールドバッシュ)を繰り出すカスラの一撃の威力は爆撃機が行う強襲空爆のような威力となって大地を荒らしている。

 その一撃を友人である眼鏡の少女――パンゲアは自身の足下を陥没させながら距離を稼ぎ、周辺の大地を変形・圧縮した岩の壁を積層装甲のように多重展開することで凌いでいた。

 自動(オート)操作から手動操作(マニュアル)に切り替わったことで操作精度は大幅に引き上がり、アリアレーネの目測では先ほどまでの二倍以上の速度に感じられる。

 それでも生きた質量爆撃と化したカスラの攻撃を完全に防ぐことはできず、岩壁の大半を力任せに砕かれてしまうも――

 

「あら、また爆発。地中の成分で火薬を調合しているのかしら? 器用なものね」

 

 カスラに全ての岩壁が突き破られる直前、岩壁――というよりもはや地層のようになった壁の内部で爆発音が響く。

 戦場から漂ってくる煙はマフィアの御令嬢として嗅ぎ慣れた硝煙の香りに酷似しており、そこから爆発の原理に推測を立てる。

 おそらく友人(パンゲア)は当人の『(ハツ)』である『大地こそ我が愛おしき愛機(ジ・ガイア)』による大地操作の応用で地中から火薬の材料となる物質を抽出して混ぜ合わせているのだろう。

 普通はそこまでの精密操作は不可能だろうが、極まった『操作系』の練度と、地質学の権威であり大地に愛されていると言っても過言ではないパンゲアならばやってのけるだろう。

 着火に関しても地中から鉄鉱石を集めてぶつけ合わせれば即席の火打ち石となる。火薬調合すら可能とする技量ならば児戯にも等しい難易度に違いない。

 あとは火薬をオーラで強化してやれば、立派な爆弾の感性だ。

 

「カスラは――ちゃんと生きてるようね。……このままじゃれ合いを眺めているのも悪くはないけれど、そろそろ止めに行きましょうか」

 

 このまま戦闘を続行させればどちら片方、あるいは両方が命を落とす。

 そう判断したアリアレーネは、魔法都市の南口を破壊し続けている者達が奥の手(・・・)を使い出す前に介入することを決める。

 我が侭な御令嬢は、従者も友人もこんな所で失うつもりは微塵もないのだから。



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月が落ちる

「クソッ、埒が明かねーな」

 

 爆発によって生じた煙が晴れた中、カスラは生存していた。

 全身から煤と硝煙の臭いを漂わせながらも肉体に傷を負った様子はなく、爆発によって吹き飛んだ大地の壁の中心で三角形の盾(・・・・・)を足場にしながら宙に座している。

 カスラの傍には足場にしている盾と同じ三角形の盾が二枚浮遊しており、周囲を警戒するようにゆっくりと旋回していた。

 その光景が想定外であったのか、陥没した大地の中心から見上げていたパンゲアは色白の顔に困惑した表情を浮かべていた

 

「はぁ、人体が木っ端微塵になるくらいの威力だったはずなんですが……」

「生憎だったな。馬鹿正直に受け止めるだけが盾の使い方じゃねーんだよ」

「しつこい男は嫌われますよ。あとお腹空きました」

「知るか。そこら辺の土でも食ってろ」

 

 カスラの『(ハツ)』である『盾の指揮者(センターガード)』で放出される盾の形状は『左手に嵌めた指輪の中石(キーストーン)の形状を模す』ことでオーラの形状変化に重要なイメージを補っている。

 これは『変化系』の練度不足を補うための小細工であると同時に、放出の起点に使用する指輪を変えることで盾の形状を変化させられる利点(メリット)となり得る。

 周囲を岩盤に取り囲まれた状態で再び爆発を受けたカスラはオーラの盾を割られた一度目の時とは異なり、三枚の盾を三角錐のように組み合わせることで爆発を受け流して凌いでみせてたのだ。

 

(さて、どーしたもんかね)

 

 強がっては見せたものの、カスラは内心で現状が手詰まりであると感じていた。

 白い眼鏡少女が行う大地操作は凄まじい練度であり、マフィアの戦闘員として過ごしてきた戦歴の中でも際立った強敵である。

 操作方法が手動操作(マニュアル)に切り替わってからは特に顕著であり、迂闊に大地に足をつけた途端、大幅に速さを増した操作速度によって瞬く間に大地の底まで引きずり込まれても不思議ではない。

 カスラのように宙に浮く手段を持つ者か、眼鏡少女の射程外から一方的に攻撃できる者、あるいは何かしらの方法で大地操作を無効化しないかぎり闘いの舞台に立つことすらままならないだろう。

 この強敵を相手に本気で勝ちを狙いにいこうとすれば己の切り札(・・・)を使う必要がでてくるだろう。

 しかし、ここで手札を晒しすぎるのは問題がある。

 

「何なんだこの鬱陶しい視線の数は……」

 

 視られている。

 背後の都市、街道の周辺、他にも至る所から感じる一人二人では済まない無数の視線。

 魔法都市の外に出るときに感じた違和感も含めて、この戦闘を観測している複数の存在が確実にいる。

 この視線の中に転生者が紛れているのか、あるいは全ての視線が転生者による情報収集なのかは分らない。

 故にカスラは切り札の使用を躊躇っていた。  

 

「――チッ、考える暇もやらねぇってか」

 

 攻略の糸口を見つけようと思考を巡らせる眼帯男に対して、眼鏡少女の操る大地が再び流動をはじめる。

 その有様は荒ぶる大海のようでありながら、周囲に響く音は潮騒ではなく地鳴りの如き擦過音。土が、砂礫が、岩石が、一人の少女を大地の支配として崇め仕えるように統率されて彼女の元に形を変えて集っていく。

 相手の切り札が開帳される気配を感じたカスラは牽制に盾の射出しようとしたが――

 

「――ッ! 誰だ!?」

 

 刹那、眼下の相手とは異なる別人の殺気(・・・・・)を感じ取り牽制を中断した。

 眼鏡少女の広大な『(エン)』によって辺り一帯に個人のオーラが充満しているせいで眼鏡少女以外の気配を酷く感じ辛い空間の中、それは一秒の百分の一にも満たない僅かな間隙、されど護衛者としての経験に裏打ちされた危機察知能力が感じ取った確かな害意。

 

(方角は魔法都市(マサドラ)側から、――不味い、お嬢ッ!)

 

 殺気の出所が守るべき護衛対象(アリアレーネ)のいる方角であったことで、カスラは相対する少女から目を離してしまう。

 明らかな愚行。戦闘を生業とする者として失格の烙印を押されても文句の言えない軽挙妄動。これでもはや相手の切り札を止める機会を逸してしまった。

 だがしかし、カスラにとってそんなものは知ったことではない(・・・・・・・・・)

 優先するべきは主の護衛。守護者として今生を歩んできた眼帯男が隙を晒してでもアリアレーネの守護へ向かおうと敵対者(パンゲア)に背を向けた瞬間――有り得た欲しくない光景を目の当たりにした。

 

「げッ! おい待て、お嬢ッ!?」

 

 アリアレーネは眼鏡少女が広げる『(エン)』の内側――敵対者の間合い(・・・・・・・)に自ら足を踏み入れていた。

 いくら戦闘経験が浅いとはいえ、相手の念能力の性質を見抜けないほど知恵の回らない少女ではない。

 むしろ知略の面ではカスラを大きく突き放し、念能力者としても天才と呼べる素養を持つ御令嬢は眼鏡少女の念能力が『『(エン)』の内側にある大地しか操れない』ことを理解したうえで行動している。

 次の瞬間には足下が底なしの蟻地獄か地雷原にでも変貌しかねない大地の上をまるで実家の庭園を散策するような気軽さで歩いていた。

 しかし、カスラが慌てているのはアリアレーネがやる気(・・・)を出していることに対してであった。

 

「おい! ホントに待て、止めろお嬢!?」

「いやよ。わたくしに指図しないで頂戴」

 

 冷や汗をかく従者からの懇願を主たる御令嬢はにべもなく拒否する。

 ゴシックドレスで着飾った小さな体躯に漲る顕現オーラは莫大な量であり、人間の範疇で最高峰(ランクA)の出力を誇る眼帯男(カスラ)眼鏡少女(パンゲア)の顕現オーラを足し合わせても尚届かない異常出力。

 支配領域に出現した桁違いのオーラに驚いたのか、切り札を発動しようとしていたパンゲアまでもが焦りの気配を滲ませる。

 

「わざわざ手加減までしてあげるのだから、生き残ってみせてなさい」

 

 アリアレーネは何の構えも取らず優雅に佇んだまま、日傘の先端から規格外のオーラを圧縮して念弾として空へと放つ。

 盾に乗って浮いていたカスラよりも高い位置へと達した段階で念弾に掛けられていた圧縮が解除され、瞬く間にその大きさを増していく。

 戦場となった魔法都市の南口の空を覆い尽くして尚余りある巨大念弾は見上げる者全員に絶望を与える凶星のように輝き、闘争の空気を畏怖と恐怖に塗り替えてしまった。

 それは前世の創作物に登場する技の模倣。

 管理者の手で主催された聖杯戦争という儀式が登場する"運命の物語"と根底の世界観を同じくする"別の世界線"に描かれた『月の王』とその『後継者』が行使する力の劣化再現。

 本家本元には遠く及ばず、己の『(ハツ)』で見た目を似せただけの贋作とも呼べない矮小な代物。

 それでも前世からのサブカルチャー好きであるアリアレーネ――『月の癌細胞(ムーンキャンサー)』の『配役(クラス)』を割り振られた転生者にとってお気に入りの技であった。

 

「――『偽・月落とし(ブルート・ディ・シュヴェスタァ)』」

 

 月を模した巨大念弾が地上へ向けて落ちてくる。

 顔を青くした眼帯男は余力の全てを盾へと注いで守りを固め、眼鏡少女は切り札の発動を中断して地中へと潜り大地を地下シェルターのように圧縮・硬質化させて全身全霊の防御姿勢を取った。

 

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 

「――……少しはしゃぎ過ぎたかしら」

 

 戦場跡に一人で佇み、アリアレーネは色白の頬に指を当てながら思案していた。

 騎兵と盾兵の激突によって原型を留めないほとに破壊されていた魔法都市の南口は、アリアレーネの放った対軍規模の広域破壊によって戦闘の痕跡ごと消し飛ばされ、まるで水を抜かれたダムの如き窪地と化していた。

 これほどの大破壊を行っておきながら可憐に整った美貌には全く悪びれた表情はなく、「淑女としてはしたなかったかも知れない」という的外れなことを考えている有様である。

 仮に都市の中で同じ攻撃を放っていた場合、魔法都市マサドラがグリードアイランドの地図から消えて無くなっていたかも知れない所業なのだが、自他共に認める自己中である御令嬢は欠片も気にしていなかった。

 むしろこれ以上手加減をした場合、己の従者(カスラ)友人(パンゲア)を動じに止めることは難しかっただろうと判断している。

 事実として、カスラは窪地の中で全身が地面に埋もれしまっているがキッチリと生存しているし、パンゲアの気配(オーラ)も地面の下から感じ取れる。友人は昔から『(ゼツ)』系統の技能を苦手としているため油断を誘う偽装(フェイク)という線も薄いだろう。

 負傷の程度は知れないが、どちらも生存しているため「二人を止める」という目的は果たせたので良しとしようと結論づけた。

 次の瞬間、アリアレーネの身体から【クラスカード】が出現する。

 毎度ながらこちらの都合を完全に無視した唐突な出現に驚いて真紅の瞳を瞬かせるが、内容を確認しないわけにはいかないため直ぐに手に取って記載された事項に目を通した。 

 

  

 

 □

 

 

配役:ムーンキャンサー

系統:特質

練度:天賦

筋力:E

耐久:E 

敏捷:D

顕現:C

潜在:B

幸運:A

 

固有技能:

『色素欠乏』

『黄金律』

 

念能力 

『月の血戒』

『C.C.C』

 

受注【指令】「グリードアイランドに入島し、聖杯戦争を開始せよ」【成功】

  【指令】「マサドラに行き、他の聖杯戦争参加者を敗退させよ」

 

 

 □

 

 

「――ああ、そういうことなのね」

 

 七つ目の【指令(オーダー)】が達成扱いになったことで、アリアレーネは今回の達成条件が何であったのかを即座に把握した。

 試しに地面から這い出そうとしている従者に真紅の瞳を向けてみれば、あちらも身体から【クラスカード】が出現しているため【指令(オーダー)】の達成が記載されているのだろう。

 

「戦場の指定に敗退者が確実に出る内容、……意地の悪い【指令(オーダー)】ね。やはりパンゲアをこちら側に引き入れた方が得策ね」

 

 アリアレーネは高慢であれど、慢心しているわけではない。

 己と従者が他の参加者より出遅れていることはしっかりと認めているため、先に七つ目の【指令(オーダー)】を達成した転生者達が魔法都市に潜んでいる可能性が高いと認識していた。

 恐らくパンゲアが魔法都市マサドラにやって来たのも八つ目の【指令(オーダー)】が関わっているのだろう。

 都市に蔓延っていた異質なプレイヤー達(・・・・・・・・・)のことも含めて、索敵も熟せるパンゲアは是非とも自陣に引き入れておきたい人材である。

 

「カスラが戦闘中に妙な反応をしていたのも気になるし、直ぐに交渉を始めましょうか」

 

 己の部下ごと友人に向けて大技を叩き込んだ御令嬢は、すまし顔で交渉の段取りを頭の中で組み立て始める。

 もしも第三者がこの場にいれば「どの口が言ってるんだ」と呆れてしまうだろうが、ここにいるのは巨大マフィアの御令嬢であり次期首領。

 どれだけ戦闘力を持っていようと、暴力を背景にした脅迫(交渉)こそが本領なのだ。



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停戦と友好

「……ぺっぺっ、くそ、口の中に土入っちまった」

「あらカスラ、全身が土埃だらけじゃない。わたくしの従者なのだから身だしなみには気を遣いなさい」

「誰のせいだと思ってんだ!? つーか躊躇無く味方を攻撃に巻き込んでんじゃねぇよ!!」

「貴方、あんな見かけ倒しで死ぬような鍛え方はしてないでしょう?」

「そういう問題じゃねぇよ!」

「そんなことより、パンゲアはそろそろ出てくるかしら?」

「あ~くそ、もう無茶苦茶じゃねーか……」

 

 アリアレーネの放った巨大念弾の落下によって窪地と化した戦場に抗議の声が響き渡る。

 抗議主である眼帯男は事前に防御姿勢を整えていたことで身体に大きなダメージを負うことはなかったが、巻き添えによって眼鏡少女もろとも攻撃されたことが腹に据えかねているらしく、乱雑に頭を掻いて髪に着いた土埃を落としながら険しい表情で怒りを露わにしている。

 一方、従者からの抗議を受けたマフィア育ちの御令嬢はたいした問題ではないと切り捨て、真紅の瞳で周囲を見渡しながら戦場で戦っていたもう一人の人物であるパンゲアを探していた。

 

オーラの込められていない土埃(・・・・・・・・・・・・・・)が舞っているということは、あの子は『(ハツ)』を解除している。ならもうそろろそ出てきてもいい頃合いのはずよね)

 

 アリアレーネは友人が念能力によって大地を支配したままであれば土埃であろうと僅かなオーラが込められているはずなので、防御よりも回避を優先したのだと判断していた。

 事実、己の攻撃が着弾するより前にパンゲアが切り札の発動を中断して地中に潜っていたのは目視で確認している。

 不発に終わったことで切り札に回していたオーラ量は無駄になり、魔法都市までの移動に使った大地の津波と先ほどまでのカスラとの戦闘で消費したオーラ量は眼鏡少女の類い希な潜在オーラをもってしても馬鹿にならない消耗だろう。

 それこそアリアレーネ自身が行っているような反則まがいな方法(・・・・・・・・)でも使わない限りは。

 ゆえに今こそ停戦を提案する好気。もともと眼鏡少女が戦闘に消極的な点も含めて交渉の席に着かせることはできるだろうと考えていた。

 そして――

 

「――ぷはぁ! はぁ、はぁ……」

「あら、ようやく出てきたわねパンゲア」

「……しぶてぇヤツな。てかどんなオーラ量してやがんだ」

 

 巨大念弾の落下した地点から二十メートルほど離れた場所の地面が隆起し、白髪白目の眼鏡少女が飛び出してきた。

 地中に潜った地点から離れた位置に出現してくるあたり、どうやら攻撃から待避しつつも追撃を逃れるために地中を移動していたのだろう。

 防ぐのに手一杯で土に埋まってしまった眼帯男とは異なり眼鏡少女の着込んだサスペンダー付きの作業服には土汚れはついておらず、せいぜい汗ばんで湿っている程度だ。

 さすがに地中に潜り続けるのは流石に息が苦しかったのか、眼鏡少女は遠泳を終えた水泳選手のように酸素を求めて深呼吸を繰り返していた。

 大技と断言できるほどの念能力の大規模行使を連発していたにも関わらず身に纏うオーラは未だ枯渇しておらず、並みの念能力者を凌駕する圧を放っている。

 その事実に潜在オーラの乏しさを自覚しているカスラは隻眼に呆れと羨望が混ざった色を浮かべつつ、息を荒げている様から体力面では己が勝ると判断し、再び能力を行使される前に潰しにかかろうと突撃の姿勢を取るも――

 

伏せ(ステイ)

「痛ってぇ!?」

 

 隣にいたアリアレーネの足払いをかけられてすっ転んだ。

 膨大なオーラを纏った合金入りの厚底ブーツはカスラの足を粉砕しかねない威力で繰り出され、『(ギョウ)』による防御が間に合っていなければ本当に骨折に至っていただろう。

 

「おいお嬢! さっきから何なんだよッ!?」

「カスラ、わたくしが何のために動いたと思っているのかしら。少しは闘い以外にも思考を巡らせて頂戴」

 

 地面に転がされた眼帯男の怒声に冷ややかな一瞥を向けた後、アリアレーネは荒れ果てた戦場を優雅に歩き出す。

 向かう先にいる旧知の相手はようやく息が整ったのか平静を取り戻しており、マフィア主従のじゃれ合い――もとい、内輪もめをぼんやりと眺めていた。

 その立ち姿にはやる気が感じられず、展開している『(エン)』も範囲こそ狭まっているものの敵意は込められていない。

 そしてアリアレーネが『(エン)』の内側に足を踏み入れた。

 

「お久しぶりねパンゲア。乗り物酔いはもう収まったかしら」

「お久しぶりですアリア。あと嘔吐は慣れているのでもう大丈夫です」

「それは大丈夫と言えるのかしら?」

 

 未だ警戒を解かない隻眼の従者に見守られながら二人のアルビノは再会の言葉を交わす。

 御令嬢は真紅の瞳で相手を見据えながらも口元に小さく笑みを浮かべ、眼鏡少女も純白の瞳で見つめ返しながら相槌を打つ。

 両者とも成人女性には見えないほど小柄な部類であり、顔立ちこそ異なるもののアルビノ特有の肌の白さや極端に色素の薄い髪色が似通っているため、事情を知らない者が遠目からこの様子を眺めていれば年頃の姉妹が対話しているように勘違いするだろう。

 

「申し訳ないわね。(ファミリー)の者が先走ってしまって」

「いえ、特に気にしてません。私は降りかかる危険に対処しようとしただけなので」

「そう言ってもらえると助かるわ」

「むしろ貴方の攻撃の方が危なかったのですが……」

「友人との再会に少しはしゃいでしまったのよ」

 

 和やかに話す女達の後ろでは上司が素直に謝罪を口にした挙げ句、アリアレーネの父親でありオレスト(ファミリー)の現首領(ボス)以外に呼ばせたことのないアリアという愛称を許していることに驚愕して従者(カスラ)が隻眼を見開いて口をあんぐりと開ける阿呆面を晒しているが、二人は無視して会話を続ける。

 

「貴方が魔法都市にやってきたのは【指令(オーダー)】が関わっているのかしら」

「そうです。本当ならもっと土の観察をしていたかったのですが、ペナルティーを受けるのも面倒なので」

「……あれだけ酷い乗り物酔い(ペナルティー)を課せられているのに面倒の一言で済ませてしまうのね貴方は」

「私は前世でも今世でも、知りたいことを知るために生きていますから」

 

 知識欲を何よりも優先するパンゲアの矜持は転生前から何も変わっていない。

 知りたいから調べる、そのための労力は惜しまない。

 それは"馬鹿は死ななきゃ直らない"という言葉を真っ向から否定する在り方だが、どこまでも強固に己を貫く強い意志はアリアレーネにとって面白いと思える生き方である。

 友人の変わらぬ有様に高慢なマフィア令嬢は真紅の瞳を楽しげに細めて上品に微笑んだ。

 

「――まぁいいわ。ここは土埃が酷いことだし、場所を変えて話を詰めましょう」

「あ、それなら何か奢って下さい。出来れば食べ歩きができる物が良いです」

 

 直後、パンゲアの女児の如き体躯から腹の虫が鳴きだした。

 胃の中身が空になったことで身体が栄養を求め、早く何か食わせろと大きな音を立てて騒ぎ立てている。

 

「そうね。ならカスラに何か買いに行かせましょう」

「は? 何で俺が――」

「ついでに都市の様子を見てきて頂戴。何か感じた(・・・・・)のでしょう?」

「――……わーたよ」

 

 話には入れず、闘いの決着も有耶無耶になったことで手持ち無沙汰になっていた眼帯男は唐突に上司から買い出しを命じられ異を唱える。

 しかし続いたアリアレーネの言葉で前言を翻した。

 戦闘中に感じた無数の視線。その中に混じっていた明確な殺意の正体を探ってこいという命令。

 種類の異なる視線は十中八九、魔法都市に複数の転生者が潜んでいる可能性の証である。その詳細を調べるためにカスラは単身、魔法都市マサドラへと乗り込むことになるのだった。

 

「鬼が出るか蛇が出るか――或いは暗殺者(アサシン)か」

 

 冷静になったカスラの頭によぎるのは覚えのある(・・・・・)殺意を放った者の正体。

 陰獣を就任するより依然、仕事(カチコミ)先で遭遇し、同じ標的を巡って戦闘にもつれ込んだ火傷顔の凶手の姿。

 

「あのときのリベンジをさせてもらうぜ、火傷野郎」

 

 かつて敗北を喫した暗殺者への思いを馳せて、カスラは戦意を滾らせた。



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