鳥人族の後継者は世界最強 (ウエストモール)
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アビリティ一覧

原作(メトロイド)にはないオリジナル設定が含まれます

随時追加します


〈ビーム〉

・パワービーム

装着者の生体エネルギーを変換して放つ、アームキャノンに標準装備されたビーム。速射性能が高い。

 

+チャージビーム

アームキャノンの内部でエネルギーを増幅することで破壊力を高めたビーム。最大までチャージすると、ノーマルミサイルと同等の威力を持つ。

 

+スペイザー

横に三列に並んだビームを同時に発射する。三発同時の発射によって攻撃範囲が広がるだけでなく、ビームの出力が強化されている。

 

+アイスビーム

直撃した対象を凍結させる効果を持つ青いビーム。高温地帯の生物や魔獣に対して有効。しかし、保有しているビームの中で威力が最低であるため、使える場面は限られている。

 

・グラップリングビーム

左腕のデバイスから発射されるロープのような水色のビーム。天井に打ち込んでぶら下がる、敵の武器を奪う、障害物を排除するなど、様々な使い方が存在する。

 

〈ミサイル〉

・ノーマルミサイル(最大保有数:30→50発)

通常のミサイル。対象をロックオンして発射する。生体エネルギーによって生成されており、補給の際にはコンセントレーションという行動で補給するが、その際は身動きが取れなくなってしまうため、撃ち過ぎとタイミングに注意する必要がある。

 

・スーパーミサイル

最大チャージビーム一発とノーマルミサイル五発を組み合わせることで発射する、強化されたミサイル。高い威力を誇る他、着弾時に強力な爆風を拡散させる。入手時、ミサイルの最大保有数が十発増加する。

 

・シーカーミサイル

同数のノーマルミサイルを消費することで最大五発の小型ミサイルを斉射し、複数の標的に命中させるアビリティ。小型ミサイルの威力はノーマルミサイルよりも高いものとなっており、侮ることはできない。入手時、ミサイルの最大保有数が十発増加する。

 

〈ボム〉

・ボム

小型の時限式爆弾。原作ではモーフボール状態の時のみ使用可能だが、本作においてはアームキャノンからも撃てる設定となっている。

 

〈スーツ〉

・バリアスーツ

ノーマルスーツを強化したパワードスーツ。防御機能の強化だけでなく、超高熱環境に対する耐性の付与、ビームの威力向上が施されている。球状の肩アーマーが特徴的。

 

・グラビティ機能

自身にかかる重力を制御することにより、水圧や重力変動の影響を無視した活動を可能にする機能。浮遊することも可能であるが、空中戦にはあまり向いていない。発同時は全身に紫色のオーラが纏われ、溶岩との接触に耐えられる程に防御機能が向上する。

 

〈バイザーシステム〉

・コンバットバイザー

通常視界となっているバイザー。エネルギー残量や残弾数、マップ等を表示し、敵の捕捉も行う。

 

・スキャンバイザー

対象を解析するバイザー。魔力も感知できる。

 

・Xレイバイザー

対象を透視したり、不可視の対象を視認することが可能なバイザー。

 

〈その他〉

・モーフボール

自走が可能な球体に変形する能力。

 

・スピードブースター

走行中に背面ブースターを噴射して高速ダッシュを行うことが可能な能力。その際に発生したエネルギーを纏うことで、ダッシュ中に接触した敵や障害物を破壊する。

 

・ライトニングアーマー

装着者の魔力を消費してスーツ表面に展開する、緑色の電撃のフォースフィールド。大抵の攻撃を無力化する効果がある。制限時間は25秒となっているが、更に魔力を消費することで時間を伸ばすことができる。また、蓄積したダメージを変換・増幅した衝撃波を前方に飛ばすこともできるが、ライトニングアーマーが消失する。

 



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1話 予期せぬ帰還


「南雲ハジメはバリアスーツと共に」の別バージョンだと思ってください


 南雲ハジメは六歳のとき、宇宙人の犯罪勢力であるスペースパイレーツによって地球から連れ去られた。突然、両親と引き離されたハジメは、ただ恐怖に怯えるだけだった。

 

 だが、そんなハジメに手を差し伸べる者達がいた。彼らは鳥人族、またはチョウゾと呼ばれる鳥類によく似たヒューマノイド型の宇宙人である。

 

 鳥人族によって保護されたハジメは、彼らの居住する惑星ゼーベスに連れて行かれ、育てられることになった。その際、過酷なゼーベスの環境に適応するため鳥人族の遺伝子が移植されており、身体能力が大幅に上昇している。

 

 鳥人族は古来より高い知能と戦闘力、高度なテクノロジーを誇っており、その力によって銀河系の各地に勢力を拡大して繁栄を極め、銀河社会の発展に貢献していた。だが、それは既に過去の話である。長命であるが故の高齢化、加えて出生率の低下により、鳥人文明は衰退の道を辿っていた。

 

 衰退しつつある鳥人文明の未来を託し、「銀河の守り手」とするため、鳥人族はハジメに対して高度な教育と戦闘訓練を施し、鳥人族の先進技術を結集したパワードスーツを与えた。ハジメは、その力を使ってスペースパイレーツや凶暴な原生生物と幾度となく戦った。

 

 それから九年が経過した。完全に鳥人族の一員となったハジメは、地球の家族に関する記憶が薄れつつあった。そんな中、鳥人文明を揺るがす大事件が発生する。

 

 それは、機械生命体マザーブレインの反乱である。鳥人族によって開発されたマザーブレインは高度な演算能力を持ち、鳥人文明の中枢として機能していた。彼女はハジメと同じく、鳥人文明の未来を託される存在であった。だが、人間的な感情が芽生え始めたマザーは、自分以外にも未来を託されたハジメに対して嫉妬し、鳥人族に対して不満を抱いていた。

 

 マザーブレインは判断した。衰退しつつある鳥人族よりも、勢力を拡大しつつあるスペースパイレーツこそ銀河に繁栄を導く存在であると。そして、スペースパイレーツが惑星ゼーベスを襲撃した際、マザーは鳥人族を見捨ててパイレーツに寝返った。

 

 ゼーベスはたちまち陥落し、マザーに統制されたパイレーツによって多くの鳥人族が殺害された。戦士達と共にハジメも立ち向かったが、多勢に無勢である。結局、生き残った鳥人族を脱出させる時間稼ぎしかできなかった。

 

 ハジメはこの事件で多くのものを失った。家族であるチョウゾ達を、第二の故郷であるゼーベスを。さらに、ハジメにとって父親同然の存在であり、師匠であるレイヴンクローという戦士を失っている。

 

 彼を殺したのは、スペースパイレーツの最高指揮官であるリドリーだ。ドラゴンや翼竜を思わせる巨大な爬虫類型エイリアンであり、性格は極めて残忍で好戦的。パイレーツ戦闘部隊を率いて銀河の各地で虐殺・略奪を繰り広げる悪魔のような存在だ。

 

 事件の際、ハジメはリドリーの圧倒的な戦闘能力に追い詰められ、命を奪われる寸前だった。だが、師匠であるレイヴンに助けられた。そして、レイヴンはハジメを逃がすために奮闘したが、ハジメの目の前で無惨にも殺害された。

 

 彼の犠牲により、ハジメは生き残ることができた。それと同時に、ハジメは後悔した。自らの弱さが彼を殺してしまったのだと。そして、とあることを誓った。

 

 リドリーとマザーブレイン、その指揮下にあるスペースパイレーツを倒し、惑星ゼーベスを必ず奪還するということを。それこそが、レイヴンや亡くなった多くの鳥人族への弔いになるのだと信じて…

 

 その誓いを胸に、ハジメはゼーベスを脱出する。その後、ハジメは鳥人族とは別行動を取り、バウンティハンターとしてスペースパイレーツに対する孤独な抵抗を始めた。常に敵の方が多い戦いであったが、ハジメは恐れずに立ち向かった。

 

 だが、そんな生活を始めて一年が経った頃、予期せぬ事態が起こる。なんと、スターシップで航行していた際、目の前に突然現れたワームホールに吸い込まれてしまったのだ。そして、目が覚めた時には何処かの惑星に不時着しており、船は大破していた。

 

その惑星の正体を、ハジメは知っていた。

 

 それは、“地球”である。もう二度と戻ることは無いと思っていた故郷。何の因果か、ハジメは地球に流れ着いてしまったらしい。

 

 この時のハジメは知らなかった…地球に流れ着いたことで、とある異世界を舞台に戦うことになろうとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中、聞き慣れた男の声が聞こえてくる。まるで、何かを訴えかけてくるかのように。その声は少しずつはっきりとしてきた。

 

「お前は鳥人族の未来に必要な存在だ…死なせるわけにはいかない…」

 

「行くべき者が行き、残るべき者が残るだけだ。異論は無いな?…」

 

「後は託したぞ… ハジメ!!」

 

 それは、ハジメに対する声だった。その正体こそ、ハジメの師匠であり父親同然の存在であるレイヴンクローだ。

 

 ふと、暗闇が晴れる。目の前に現れたのは、花畑が広がる光景であり、その奥には死んだはずのレイヴンクローがいた。

 

「親父!」

 

 その姿を見た瞬間、ハジメは走り出していた。だが、彼に近づくと景色は一変する。花畑は火の海となり、レイヴンはパワードスーツの姿となる。そして、ハジメの視界はバイザー越しのものになった。

 

 変化はこれだけに留まらない。レイヴンの背後に、紫色の巨体… スペースパイレーツ最高指揮官リドリーの姿が現れたのだ。その口は大きく開かれ、口内に蓄えられたエネルギーが放たれるのも秒読みの段階だった。

 

 このままでは、レイヴンはリドリーの熱線によって消し飛ばされてしまう。ハジメは叫んだ。

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

 

 その叫びは届かない。レイヴンは消し飛ばされ、その衝撃波とエネルギーでハジメも吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

「はっ!?  夢か…」

 

 ハジメは目を覚ました。今いる場所は薄暗いスターシップの中であり、操縦席に腰掛けた状態だった。どうやら、座ったまま寝てしまったらしい。

 

「親父は死んだ… 背中を追ってはいけない」

 

 ハジメは、レイヴンが死んだことを受け入れたつもりだった。だが、夢を見る限り、心の何処かでは彼の死を完全には受け入れられていなかったようだ。同時に、リドリーに対する憎悪が特に強いことも分かる。

 

『ノーマルスーツ起動中…』

 

 ハジメの身体が光に包まれ、チョウゾテクノロジーが詰め込まれた基本型のパワードスーツが装着される。

 

 地球に流れ着いてから、すでに一日が経過している。ハジメは座標を見て現在地が地球であることを知り、パワードスーツの確認や大破したスターシップの隠蔽を行っており、それだけで一日が過ぎてしまったのだ。

 

 スターシップの損傷は酷いものだった。自動修復装置を使ったとしても修復と調整に2〜3年を要するというのが、ハジメの見立てであった。三年間、ゼーベスに戻るどころか宇宙に出ることすら不可能だという事態。ハジメが選択したのは、地球の両親の所に身を寄せるということだった。

 

 とにかく、動かなければならない。ハジメはスターシップ上部のハッチから外に出ると、高く跳躍して前回転しながら地面に降り立つ。

 

「まずは…情報収集だ」

 

 最初にハジメが探すことにしたのは、インターネットにアクセスすることが可能なポイント。そこからスキャンバイザーによるハッキングを仕掛け、両親の情報を集めようとしていた。

 

 スターシップが不時着した場所は山の中。急な斜面もあるため、移動は楽ではない。だが、それは常人に限った話だ。ハジメの身体能力は常人のそれを超えているし、今はパワードスーツを着ているため、山中を素早く動き回ることができている。

 

 やがて、ハジメは山の麓で基地局を発見した。周辺の監視カメラをスキャンバイザーで無効化し、基地局のアンテナに接近して再びスキャンバイザーを使用する。

 

「これでつながった…」

 

 ハジメは再びスターシップに戻ると、スーツを経由する形で、シップに搭載されている鳥人族製の高性能コンピューターを地球のインターネットに接続し、情報をコンソールの画面に映し出す。

 

「南雲菫、少女漫画家。南雲愁、ゲーム会社社長。どちらも生存確認。住所は…変わらないな」

 

 コンソールの画面にハジメの両親の名前、写真、プロフィール、住所などの詳細な情報が表示されていた。普通なら知り得ないような情報もあるが、それはハッキングによるもの。

 

「父さん…母さん…元気そうでなによりだ」

 

 ハジメはコンソールのキーボードを叩き、自分自身の情報も調べる。すると、ハジメに関する情報が出てきた。

 

「警察は捜査を打ち切り、南雲夫婦は仕事を続けながらも情報を収集中……そうか、十年も捜し続けていてくれたのか」

 

 早急に会いに行き、自身に何が起こったのか説明する必要があるだろう。そう判断したハジメは、懐かしき我が家へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 ハジメの両親、南雲菫と南雲愁は失踪したハジメのことを十年も捜し続けていた。それも、各々の仕事もしっかりこなした上で。

 

 二人が仕事を疎かにしない理由は、どこかにいるであろうハジメに、作品を発表し続けることで自分達が元気に生きていることを知らせるためだ。

 

 ある日の夜中、南雲家のインターホンが鳴った。夜中に人が訪ねてくるのだから、よほど重要な用事なのだろうと思い、二人は玄関に出る。そこには、一人の青年が立っていた。

 

「こんな夜中にすいません。私は南雲ハジメと申します。信用していただけますか?」

 

 二人は、南雲ハジメと名乗る青年のことをじっくり見た後、目を見合わせる。

 

「菫、彼は…」

 

「えぇ、彼にはハジメの面影があるわ」

 

「あぁ、俺達には分かる。十年間もずっと捜してきた俺達の息子、ハジメだ!」

 

 南雲夫妻は、目の前にいる青年がハジメであることにすぐに気付いた。

 

「ただいま。父さん、母さん…」

 

 これが、南雲夫妻と南雲ハジメの実に十年ぶりの再会であった。

 

 両親と再会した後、ハジメは過去に起きた出来事について全て話した。宇宙海賊に連れ去られたこと、鳥人族という種族に保護されたこと、彼らによって育てられたこと、ゼーベスにおける惨劇のことを…

 

 まるでSF映画のような話であり、普通なら精神病の類いを疑われるような話であったが、パワードスーツを見せたこともあって信じてくれた。

 

「息子をここまで立派に育ててくれたんだ。レイヴンさんという人には感謝しないといけないな」

「ええ。でも、お礼を言えないのは残念ね…」

 

 当然、育ての親で師匠であるレイヴンが死んだことも話しており、両親は彼に感謝すると同時に、直接お礼を言えないことを残念に思っていた。

 

「それで、ハジメは宇宙船が直るまでここに居るんだよな?」

「まあ、そんな感じだな。船の修理が終わったら、すぐにでも戻らないといけない。そして、ゼーベスを連中の手から奪還する」

 

 ハジメは、戦いから逃げるつもりは無かった。十字架を背負っている以上、現実から目を逸らすわけにはいかないのだから。それに、スペースパイレーツが地球に手を出す可能性だってある。

 

「もしも、戦いが終わったら… また帰ってきてくれるか?」

「勿論。俺が生きていたら、顔くらいは見せに帰ってくる」

 

 ゼーベスに再び向かい、生きて帰ってこられる保証はない。仮に戦いに勝ったとしても、相討ちで死ぬ可能性もあるのだから。

 

「俺達は信じてる。ハジメが生きて帰ってきてくれると…」

「そうね…」

 

 三人は、夜が明けるまで話し続けた。




バリアスーツは標準装備から外すことにしました。


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2話 出会い


ヒロインとの出会いを書くのは大変



 十年間も行方不明だった者、それも幼い時に消えた者が帰ってきた。その事実に興味を抱かない者はいないだろう。また、大気圏外から地上に落下する物体が観測されており、墜落した現場に政府の人間が出入りしている。

 

 ハジメとその周囲に関しても、警察等の国家機関や記者、国外の勢力までもが探りを入れてきている他、各種の精密検査を受けるように迫られている。

 

 ハジメとしては精密検査を受けるわけにはいかなかった。鳥人族の遺伝子の存在を洩らさないためだ。遺伝子を利用して強化兵士でも作られてしまえば、大問題となる。

 

 それを含めた面倒事を回避して家族を守るためにも、ハジメは全てを隠蔽することをやめ、日本政府と接近することにした。

 

 紆余曲折あって、ハジメは日本政府との間に契約を結んだ。それは、ハジメによる技術提供との引き換えによるものであり、ハジメとその周囲に手を出さないこと、その他の勢力から全力で保護するといった内容を筆頭とし、場合によってはハジメによる実力行使が待っている。国内でハジメにドンパチやってほしくない政府は、要求を簡単に飲んでくれた。

 

 ちなみに、ハジメが提供したのはパワードスーツ関連の技術だ。渡したのは銀河基準でいえば相当な旧式に当たる技術ではあったが、完成したパワードスーツは地球基準でいえば十分に強力なものだった。ちなみに、コストの面から大量生産は不可能であり、少数生産に留まった。

 

 それはさておき、ハジメは身体に関する検査に関しては政府との契約によって回避していたが、学力に関しては検査を受けていた。その結果、英語を除けば高校に通っても問題無いことが判明している。ゼーベスで高度な教育を受けたお陰である。

 

 ハジメは当初、学生になることは断っていた。スターシップの修理と鍛錬に勤しむためだ。だが、特定の組織に属していた方が保護しやすいという意見が公安から出たため、ハジメはとある高校に通うことになった。

 

 そんなある日、ハジメの所に一本の電話がかかってくる。

 

「お久しぶりです、南雲さん」

「服部さんか。最近はどうですか?」

 

 ハジメに電話をかけてきたのは、公安の服部幸太郎という男だ。彼は、政府とハジメとの窓口を担っていると同時に、非公式の特殊部隊を率いる隊長でもある。パワードスーツが配備されたのは、その特殊部隊だ。

 

「最近ですか……そうですね、ちょっかいを仕掛けてくる勢力も相当減りましたし、どちらかと言うと暇な方です」

 

 パワードスーツの力により、武装した工作員が次々と制圧されている。重機関銃の銃撃に耐え、RPG(対戦車擲弾)の直撃にもある程度耐える性能があり、各国の諜報機関や工作員からしたら恐怖の存在だった。二度と手を出さないと誓う程に。

 

「そうですか。今まで、服部さんには随分と無理をさせてしまったようだ…」

「連中はこっちの都合に構わず来ますからね。定時で帰れると思った日に限って来るんですよ。まあ、パワードスーツのお陰で楽させてもらってますが」

 

 パワードスーツの導入は、色々な勢力と事を構えている方々の労力を減らすことに貢献しているらしい。

 

「それで、要件は?」

「南雲さんが通う高校側の準備が整いました。こちらの人間も、用務員として潜り込ませましたので。一週間後から通ってもらいます」

 

 ハジメは学校に通うことになった。一年後、あんな事件が起こることなど知らずに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメとしては、誰かと深い関わりを持つつもりは無かった。ハジメはスターシップの修理が終わったら、すぐにでもゼーベスに戻る予定であり、誰かと深く関わる意味は無いからだ。また、無駄なことに時間を使いたくないという考えもあった。

 

 だが、ハジメはとある少女との出会いをきっかけに、人と関わる道を選んでいくことになる。ハジメがその少女と出会ったのは、高校に通う数日前のことだ。

 

 ハジメは高校周辺の下見ということで町を歩いていた。高校はハジメの住む町にあり、治安の良い町の中でも特に治安の良い地域に存在していた。

 

「平和……だな」

 

 町の様子を見て、ハジメはふと呟く。地球の中でも特に治安の良い部類に入る国であり、平和であることは当たり前だろう。だが、危険な勢力や存在が跋扈している銀河社会を見てきたハジメからすれば、平和は当たり前では無かった。平和を勝ち取るためには、武器を手に取る必要があったのだから。

 

「むっ…!?」

 

 そんな中、ハジメの聴覚はとある異変を察知した。聞こえてきたのは、激しいエンジン音。歩いている道は車通りが少なく、高校生がよく通る通学路になっている。今は登校の時間であり、ハジメの目の前を大勢の高校生が歩いていた。

 

「これはまずい…」

 

 エンジン音が聞こえてきた方向を見ると、そこには道路を爆走する一台の乗用車の姿があった。大勢の学生が歩いている時間帯に車を飛ばすなど、正気の沙汰ではない。否、そもそも意識が無かった。

 

 常人を軽く越える視力で運転席を見ると、運転手が気絶していることが分かった。持病の悪化か、ただの居眠りかは分からないが、このまま人混みに突っ込んだ場合、大惨事になるだろう。

 

 幸い、高校生達も異常事態に気付いたのか、車の方に意識を向けていた。そして、事態は動いた。なんと、急にハンドルが切られたのだ。そして、車が向かう先には一人の女子高生がいた。

 

「あ…」

 

 女子高生に逃げる時間は無かった。急な事態に対応できておらず、迫り来る死への恐怖で体が硬直している。その時、ハジメの体は勝手に動き出していた。

 

 

 

 女子高生は車に轢かれる寸前、謎の浮遊感を感じていた。車が何かに激突する音が聞こえた後、いつまで経っても衝撃が来ないことに疑問を覚えた彼女は、ゆっくりと目を開く。

 

「大丈夫か?」

 

 そこには見知らぬの青年の顔があり、彼は彼女を抱えていた。所謂、お姫様抱っこというやつである。その青年こそハジメであり、彼女が車に轢かれる寸前に高速で接近し、彼女を抱えて離脱したのだ。

 

「はっ、はい…」

 

 突然の出来事に、彼女は状況の整理が出来ていなかったようだが、ハジメの問いに答える。一応、ハジメに助けられたことだけは理解できたようであった。

 

「おっと、運転手も助けなくては…」

 

 ハジメは女子高生を丁寧に降ろすと、電柱に突っ込んでいた車に近付く。バンパーとボンネットがひしゃげていたが、運転席の部分は無事だったため、救出に成功した。運転手に意識は無かったが、命に別状はなかった。

 

「あの…助けていただきありがとうございます」

 

 ハジメが警察に通報した後、先ほどの女子高生がお礼を言ってきた。この時、ハジメは彼女の顔を初めてはっきりと見たのだが、彼女から目を離せなくなってしまった。

 

 彼女は美少女だった。腰まである長く艶やかな黒髪、優しげな少し垂れ気味の瞳、スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、桜色の薄い唇。それらが完璧に配置されている。

 

(綺麗だ…)

 

 ハジメは彼女に見惚れてしまった。今まで、ハジメは恋などと無縁な生活をしており、同年代の異性と関わることも無かった。そんなハジメにとって、美少女という存在は少々刺激が強すぎたようだ。

 

「えっと…私の顔に何か付いてますか?」

「いや、何も。それより、怪我は無いようで良かった」

 

 彼女の声で現実に引き戻されたハジメは、見惚れていたことが悟られないように適当に返答する。

 

「私、白崎香織っていいます。そ、その…何かお礼をしたいのですが、お名前は?」

「俺は南雲ハジメ。別に礼はいい。助けたくて助けただけだ」

 

 ハジメはそれだけ彼女に告げると、その場から立ち去った。美少女…白崎香織は彼の後を追い、彼が通っていった曲がり角を覗き込むが、そこには誰もいなかった。

 

(南雲ハジメ君か……また、会えるかな…? その時は、ちゃんとお礼しなきゃ…)

 

 白崎香織は知らなかった。数日後、ハジメが自分の身近な場所に現れるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南雲ハジメは高校に来ていた。パワードスーツではなく高校の制服を着ており、手には武器ではなくカバンを持っている。そして、担任の先生と対面した後、クラスに向かった。

 

「今日からクラスの仲間になる南雲ハジメ君です。皆さん、仲良くしてくださいね」

 

 担任に導かれて教室に入ると、ハジメは同級生から視線の集中砲火を浴びる。いきなりの転入生に驚いているようだ。また、彼の身長が180センチメートルもあって目立つということもあり、驚きに拍車をかけていた。

 

そして、その中で最も驚いている人物がいた。

 

(あの時の!? フフッ…これは運命かも)

 

 それは、数日前にハジメが助けた白崎香織だった。ハジメが彼女と同じ高校に入り、偶然にも同じクラスになった。香織はこの事実に驚く一方で、運命じみた何かを感じていた。

 

 香織がハジメに気付いたのと同じく、ハジメも香織の存在に気が付いていた。正確には、獲物を狙うスナイパーのように自身を見つめる彼女の視線に気付いただけだが。

 

(まさか、同じクラスとは…)

 

 そして、簡単に自己紹介したハジメは席を指定される。180センチメートルという高身長ということもあり、席は最後列だった。

 

 ハジメは、授業の合間にクラスメイト達から質問攻めを受け、その対応に追われていた。なお、その間に香織が話しかけてくることは無かった。やがて、お昼の時間になるのだが、そこで香織が動いた。

 

「久しぶり、南雲君。この前はありがとう。お昼はどうするの?」

 

 南雲ハジメと白崎香織の接触に、周囲は関心を向ける。実を言うと、香織は学校内において二大女神と呼ばれる女子生徒の片割れであり、クラスのマドンナなのだ。

 

 周囲はヒソヒソと会話しており、クラスのマドンナに話しかけられたハジメへの嫉妬や、香織とハジメの間に面識があったことへの驚きが主な内容だった。

 

「あぁ、白崎さん。元気そうで何よりだ。お昼なら、こいつらで済ませるつもりだが…」

 

 ハジメはそう言うと、カ○リーメイトを筆頭とする数本のプロテインバーをカバンから取り出して卓上に並べる。

 

「これだけなの?」

「これだけだ。一応、栄養は取れる」

 

 ハジメとしては、お昼はこれだけでも問題なかった。だが、香織はそれを許さなかった。

 

「南雲君、ちゃんと食べないとダメだよ。あっ、そうだ! 明日からお弁当作ってきてあげるよ」

 

 香織の発言に、クラスの全員が注目する。特に、クラスの男子の大半はハジメに対して殺気を向けるのだが、パイレーツと対峙してきたハジメからしたら可愛いものだった。

 

「お弁当を? だが、白崎さんに迷惑をかけるわけには…」

「大丈夫だよ。それに、南雲君には何らかの形でお礼をしたいと思ってたから…」

 

 その瞬間、香織の顔が真っ赤になる。ハジメのお弁当を毎日作る宣言をクラスメイトの面前でしてしまったことが、今更になって恥ずかしくなったのだろう。

 

(みんなの前で言っちゃった///)

 

なお、ハジメの方は…

 

「白崎さん、熱でもあるのか?」

 

 明らかに恥ずかしさから顔が赤くなっているだけなのだが、ハジメはそういうところに関しては鈍感だった。なお、クラスメイト達は一斉に口を揃えて心の中でツッコミしていた。

 

 この日は波乱に満ちた一日だったとハジメは記憶している。だが、波乱は終わらない。この学校内には、白崎香織以外にも複数の火種が存在するのだから。

 



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3話 異世界召喚


前の作品よりもクラスメイトとの絡みを増やしました


 あれから一年が経過した。ハジメは二年生となり、クラスも新しいものとなったのだが、相変わらず香織と同じクラスであった。更に、いざこざの火種となりそうな生徒が何故か集まっていたが、その話は後回しにしておこう。

 

 一年の間、出会いも多かったが、その全てが良い出会いではなかった。校内の不良四人組に呼び出され、暴力を振るわれたので普通に返り討ちにしたり、香織の幼馴染を名乗るイケメンに絡まれて敵愾心を向けられたりするなど、面倒事もあった。

 

 ハジメと香織の距離は、以前よりも近づいていた。鈍感なハジメも流石に香織の好意には気付いており、友達以上の関係にはなっている。また、香織と関わることでハジメの人間関係も広がりを見せていた。

 

 ハジメとしては、香織を一度助けただけなのに、彼女が自分に好意を向けてくるのか疑問だった。あの一回を除けば、彼女と接触したのは全て校内であり、彼女に好かれるようなことは目の前でしていない。よくしている人助けの瞬間だって見られていない。

 

 ハジメは知らなかった。香織が自分のことを謎に高度な技術を駆使してストーカーしており、ハジメの行動は結構な割合で監視されていたということを。白崎香織という人間は、興味を持った相手に執着してしまう存在なのだ。

 

 香織がハジメのことを完全に好きになったのは、人助けをよくしているハジメの優しさを知ったからだ。なお、ハジメのことをストーカーして知ったというおまけ付きであるが…

 

 その気になれば二人は恋人の関係になれそうなものであり、ハジメも彼女のことが好きになっていた。だが……とある理由から友達以上恋人未満の関係に留めていた。

 

(彼女と俺は、生きる世界が違う…)

 

 平和な世界で暮らしてきた者と、戦いと隣り合わせの世界を生きてきた者。両者は決して完全に惹かれ合ってはならないのだと、ハジメは考えていた。また、船の修理が終わればハジメは戻らなければならない身であり、なおさら恋人関係になるわけにはいかなかった。そもそも、親密な関係になった時点で手遅れ感が半端ないのだが……

 

 それはさておき……ハジメのクラスメイト達からの評価は、大半は良いものであった。それは、普段のハジメの振る舞いから来ているものだ。

 

 ハジメは鍛錬と船の修理のために早寝早起きしており、決して授業中に居眠りをしないため、授業態度は良好だ。勉強について質問すれば分かりやすい説明をしてくれるし、運動神経も抜群である。そのお陰で、当初は香織と一緒にいるハジメに対して敵愾心を向けてきた男子生徒も、一部を除いて態度を一変させていた。

 

 敵愾心を向けてくる一部の馬鹿という火種を抱えている状況ではあるが、ハジメは平和な世界に馴染みはじめている。だが、その日常はある日を境にして崩壊することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜日。それは、多くの人が憂鬱に感じる日であり、一週間の始まりの日である。だが、そんな日でもハジメは変わらない。

 

 この日もハジメの朝は早い。早起きするとスターシップの修復状況の確認へと真っ先に向かい、その場で戦闘訓練も行う。家に戻ると母が忙しい仕事の合間を縫って作り置きしてくれた朝食を食べると、そのまま学校に向かう。

 

「ハジメ君、おはよう!」

 

 教室に入ったハジメは、窓際の一番後ろにある自席に座って本を読んでいた。そこに、香織が歩み寄ってくる。

 

「おはよう、白崎さん」

 

 ハジメは香織に挨拶を返すのだが、四人の男子生徒からの敵愾心を乗せた視線が突き刺さる。彼らはハジメと因縁のある者達だ。檜山大介、斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の四人であり、以前ハジメに返り討ちにされた不良四人組だった。

 

 小悪党組と呼ばれている彼らはまだ懲りていないのか、敵愾心を向け続けている。まあ、ハジメは彼らを取るに足らない存在であると認識しているため、完全に視線を無視しているのだが。

 

 小悪党組の視線を無視して香織と会話を楽しむハジメ。だが、そこに少々面倒な乱入者が現れる。

 

「香織、今日もまた南雲に構っているのか? 恩人とはいえ、南雲も学校に慣れたはずだし、サポートはもう要らないと思う。本当に、香織は優しいな……」

 

 そんなことを抜かす彼は、天之河光輝。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人。それに加え、身長約180センチメートル、引き締まった体、サラサラの茶髪に優しげな瞳、強い正義感を持つモテ男。

 

 その特徴を聞くなら、彼は最高の人間だろう。だが、彼は思い込みが激しい人間だ。先ほどの発言もそうだ。

 

 光輝は、香織がハジメといつも一緒にいる理由を、学校に慣れていないハジメをサポートすること及び、校内に知人のいないハジメが一人にならないようにするためだと思い込んでいた。以前、ハジメに絡んできたイケメンとは彼のことだ。

 

 だが、香織は純粋にハジメのことが好きなのだ。校内の大半の人間はそれを理解しているが、彼だけは理解していなかった。

 

「光輝君、何言ってるの? 私は楽しいからハジメ君と話しているだけだよ?」

 

「え? ああ、本当に香織は優しいな」

 

 やはり光輝は分かっていない。結局、いつも通りの光輝だった。

 

「光輝、また南雲君に構って欲しいのかしら?」

 

 そんなことを言いながら、今度はとある女子生徒が現れる。彼女の名は八重樫雫。二大女神の片割れであり、香織の親友だ。身長172センチメートル、長い黒髪のポニーテール、侍を彷彿とさせる凛とした雰囲気。

 

 その雰囲気の通り、雫は剣道の大会で何度も優勝している猛者であり、彼女の実家は剣道場を営んでいる。ちなみに光輝もそこの門下生であり、彼女の幼馴染だ。そして、美少女剣士として取材をよく受ける彼女は、年下の女子から『お姉さま』と呼ばれて慕われている。

 

「し、雫!? 別に南雲に構って欲しいわけじゃ……」

 

 雫の発言が余程効いたのか、天之河は逃げるように去っていった。

 

「南雲君、うちの光輝がごめんなさいね」

 

「別に大丈夫だ。もう慣れた」

 

 雫はまるで光輝の母親かのようにハジメに謝罪する。彼女は暴走しがちな光輝のストッパーとしての役目を持っており、いつも苦労しているようだ。

 

「よっ、南雲。今日も光輝の奴に絡まれたみたいだな。ほんと、光輝は全くブレないぜ…」

 

「おはよう、坂上。天之河の奇行には慣れたが、ずっとあのままでは困る。叩いたら直ったりしないか?」

 

 また別の男子生徒が現れる。彼の名は坂上龍太郎といい、光輝の親友だ。短く刈り上げた髪、鋭さと陽気さを併せ持つ瞳、身長190センチメートル、熊のような大柄な体格が特徴的な脳筋野郎であり、努力や熱血、根性が大好きな人間だ。

 

「フッ、それで直るなら何度でも叩いてるぜ……。しかし、南雲の奴が冗談を言うようになるなんてなぁ。俺、感動してるぜ」

 

 当初、ハジメは冗談を全く言わない人間であり、真面目でつまらない人間という評価をされていた。だが、香織をはじめとする同級生と交流していくうちに、冗談を言うことを学んだのだ。

 

 これが、このクラスの名物とも呼べる毎朝の光景だった。皆、この日常がいつまでも続くと思っていた。しかし、今日ばかりはそうとはいかない。

 

 

 

 

 

 それは、昼食の時間の時だった。教室には、先ほどの授業の片付けをしている社会科教師の畑山愛子と、クラスの三分の二くらいの生徒が残っていた。

 

 この場にいない生徒は真っ先に購買に向かった者達であり、教室に残っているのは弁当を持ち込んでいる者達だ。

 

「ハジメ君、今日も作ってきたよ」

「ありがとう、白崎さん」

 

 そんな中、香織がハジメの席にやって来る。両手に持っているのは二つのお弁当箱であり、それを机の上に置くと、当たり前のようにハジメの目の前に近くの椅子を持ってきて座った。

 

 香織はハジメの弁当を作るだけに留まらず、一緒の席で昼食を食べる関係でもあった。そのため、クラスメイト達は二人が恋人の関係であると認識している。

 

「やっほー、カオリン。今日も南雲君のために愛妻弁当を作ってきたんだね」

 

 二人がいざ昼食を食べようとした時、香織と親しい女子生徒である谷口鈴が吸い寄せられるようにやって来た。

 

 彼女は身長142センチメートルというクラスの中で最も低身長であるが、その小さな体躯には無尽蔵の元気が詰め込まれており、短いツインテールが特徴的だ。よくピョンピョンと跳ねており、その愛らしさからマスコット的な存在として扱われている。

 

「鈴ちゃん!? べ、別にそんなんじゃないから! いつもハジメ君が楽しそうに食べてくれるから、作ってるだけで……」

 

 香織は必死に否定するが、手遅れである。

 

「あぁ…私もカオリンの愛妻弁当食べたいなぁ。本当に南雲君が羨ましいよ……」

 

 結局、いくら香織が否定したとしても愛妻弁当の判定であった。

 

「も、もう……愛妻弁当じゃないのに///」

 

 ハジメは『実質、愛妻弁当では?』という声が口から飛び出そうになったが、何とか飲み込んだ。

 

 その後、光輝が乱入してくるトラブルもありながらも、何とか二人はお弁当を完食する。だが、その直後に事件が起きた。

 

 突然、光輝の足元が光り始めたのだ。その光は、魔法陣に変化すると更に輝きを増していく。その異常事態には教室の全員が気がついたのだが、まるで金縛りに遭ったかのように魔法陣を注視していた。

 

「皆! 教室から出て!」

 

 魔法陣が教室の全体に広がった時、未だに教室に残っていた愛子先生が、すぐに教室から出るように叫ぶが、時すでに遅し。

 

 ハジメは教室から離脱することができなかった。窓を突き破って飛び降りれば脱出も可能だったかもしれないが、それでは香織を置いていくことになるからだ。

 

 その後、魔法陣から強烈な閃光が発され、光が消失した時には教室にいた者全てが何処かに消えていた。この事件は、白昼の教室で起きた集団神隠しとして世間を騒がせることとなる。

 




次回からようやく異世界です。


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4話 トータス

 クラスメイトの中で最初に目を覚ましたハジメは、見知らぬ場所にいることに気付いた。そして、すぐさま周囲の状況を確認する。状況判断は大切なことである。

 

 周りを見渡すと、ハジメがいるのは大きな広間であり、ドーム状の天井を持つ白い石造りの建物であることが分かる。構造だけを見るならば、聖堂のような場所であると推測される。

 

 やがて、遅れて目を覚ましたクラスメイト達は、唐突の異常事態に呆然として周囲を見渡すだけだった。今いる場所は、周囲より一段高くなっている台座。そして、その台座の前には跪きながら祈りを捧げる人々が三十人おり、白地に金の刺繍の入った法衣を着ていた。この不可解な状況を説明できるのは、彼らくらいだろう。

 

 その中でも特に衣装が煌びやかな老人が、手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らし、ハジメ達の方へ歩みでてくる。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いております、イシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 イシュタルと名乗った老人は見たところ七十代くらいに見えた。だが、纏っている覇気は老人のそれではない。顔の皺や老熟した目が無ければ、五十代と言っても通用していただろう。

 

 イシュタルの案内で、ハジメ達は長いテーブルがいくつも並んだ大広間に通される。最前列には天之河達と愛子先生が座り、後ろにはそれぞれの取り巻き達が座っている。ハジメは不測の事態を警戒して後方に座っており、その隣には当たり前のように香織がいる。そして、香織はハジメの手を握っていた。

 

 そのタイミングで、飲み物等を載せたカートを押しながらメイド達が大広間に入ってくる。彼女達の容姿は例外なく美女か美少女だ。クラスの男子達の殆どは彼女達を凝視し、それに対する女子達の視線はアイスビームのように冷たい。ハジメだって男だ。美女や美少女に興味はあるが、ハニートラップを警戒して凝視するようなことは無かった。また、飲み物にも口を付けなかった。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 やがて、飲み物が全員に行き渡った後、イシュタルによる説明が始まる。あまりにも長すぎる説明だったので、要約する。

 

 まず、この世界〈トータス〉には人間族、魔人族、亜人族の三種族がいる。人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配し、亜人族は東の巨大な樹海でひっそりと暮らしているらしい。そして、人間族と魔人族は何百年にも渡って戦争状態にある。

 

 人間族は高い戦闘力を持つ魔人族に対して数で優位に立っており、戦力の拮抗により大規模な戦争はここ数十年起きていなかった。しかし、魔人族が魔獣というクリーチャーを大量に使役し始めたことでパワーバランスが崩れた。

 

 魔獣とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質したクリーチャーのこと……とされている。この世界の人々にも正確な魔物の正体は分かっておらず、それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。本来、本能のままに活動する彼らを同時に操れるのはせいぜい1〜2匹が限度のはずだった。

 

 魔人族による魔獣の大量使役という異常事態は、人間族を滅亡の危機に陥らせた。

 

 そこで、人間族の信仰する聖教教会の唯一神である創世神エヒトは、人間族を救うために上位世界から勇者とその同胞を召喚するという神託をイシュタルに授けた。なお、上位世界の人間は例外なく強力な力を有しているらしい。

 

 その話をしている際、神託を受けた時のことを思い出しているのか、イシュタルは恍惚とした表情を浮かべていた。彼によれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒であり、神託を聞いた者は例外なく教会で高位の地位につくらしい。

 

最後に、イシュタルはこんなことを言った。

 

「エヒト様の御意志の下、魔人族を打ち倒し、我ら人間族を救って頂きたい」

 

 この世界の人々にとって、神の意思は絶対なのだろう。だが、異世界人であり異教徒であるハジメ達がそれに従う道理はない。そもそも、これは完全に誘拐なのである。

 

 勝手に異世界から召喚もとい誘拐し、神の意思を押し付けて戦争に参加させようとする行為。かつて誘拐されたことのあるハジメとしては腸が煮えくり返る思いであったが、精神力で抑え込んでいた。何故なら、怒りに任せて何かしらの行動を起こしたとしても、クラスメイト達が人質にされる可能性が高いからだ。

 

 今は向こうを刺激しないように立ち回り、戦争への参加を回避する方法を見つけなければならない。無事に地球に帰り、ゼーベスの奪還に向かうためにも、余計な消耗は避けるべきだとハジメは判断した。だが、このような状況下で冷静に動ける者はハジメくらいだった。

 

「ふざけないで下さい! この子達に戦争をさせようなんて許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! あなた達のしていることはただの誘拐です!」

 

 愛子先生が激しく抗議する。25歳の社会科教師である彼女は、身長150センチメートルという低身長にボブカットと童顔が特徴的だ。その愛子先生がイシュタルに食ってかかるのだが、その容姿のため子供が駄々をこねているようにも見えなくない。本人は威厳ある教師を目指しているらしいのだが、その可愛らしい容姿と動きでは無理がある。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 イシュタルは残酷な現実を突き付けた。理解はできるが、理解はしたくない現実。皆、それを受け止めきれず、一時的に思考がフリーズした。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

 帰還が不可能な理由…イシュタルによると、異世界に干渉できるのはエヒトのみであり、帰れるかどうかもエヒトの意志次第とのことだ。

 

 そして、ようやく再起動した周りの生徒達が口々に騒ぎ始める。

 

「ウソだろ? 帰れないってなんだよ!」

「イヤよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「こんな所にいられるか! 俺は地球に戻るぞ!」

 

 パニックに陥る生徒達。死亡フラグを建てた奴がいるが、気にしてはいけない。イシュタルを含めた異世界の人々は軽蔑するような目でその様子を見ていた。このままパニックが続いた場合、ハジメ達を洗脳なり薬漬けにして操り人形にしようとするかもしれない。それが、ハジメが最も危惧している事態である。

 

 だが、その事態は訪れなかった。

 

 突然、誰かが机をバンッと叩いて立ち上がる。全員の注意がそこに向いた。そこにいたのは天之河光輝であり、全員に対して話し始める。

 

「皆、ここで文句を言っても仕方がない。俺達が帰れないのは紛れもない事実なんだ。俺は、魔人族によって苦しんでいる人々の存在を知った以上、見捨てるなんてことは出来ない。それに、人々を救いさえすれば地球に帰してくれるかもしれない。イシュタルさん、どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「説明にあった通り、俺達には大きな力があるんですよね?」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!」

 

 光輝のカリスマは効果を発揮した。絶望していた生徒達が活気と冷静さを取り戻す。彼を見る目は光り輝いており、希望を見出だしていた。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。気に食わないけど、私もやるわ」

「雫……」

 

 香織を除いた彼の幼馴染が賛同し、それに追随するようにしてクラスメイト達も賛同していく。平和な世界であれば、これは感動的な場面だろう。しかし、彼らが挑もうとするのは体育祭などではなく、戦争である。これは、独裁者によって戦争に突き進む国家と同じ状態だった。

 

 それではいけないのだ。彼らは理解していない。戦争という行為を、戦うということを、相手の命を奪うということを。このままでは、彼らは今の選択を後で後悔することになるだろう。

 

「ちょっと待った。これから何をしようとしているのか分かっているのか? これは戦争だ、敵の命を奪うということだぞ?」

 

 ハジメが声を上げる。その場のノリで賛成したも同然のクラスメイト達は、現実を突き付けられてどよめいた。

 

「南雲、どうしてクラスの和を乱すようなことを言うんだ!? この世界の人達が困ってるんだぞ! ここは一致団結するべきだ!」

 

 案の定、光輝はハジメを批判する。だが、ハジメは批判に怯まずに話を続けた。

 

「天之河、魔“人”族というくらいだから、間違いなく彼らは人の形をしているはずだ。平和に生きてきた俺達が、人の形をした存在を殺せるだろうか?」

「まっ……魔人族は化け物なんだ! 人の形をしていたって殺せる!」

 

 光輝が彼らを化け物と呼ぶ理由は、イシュタルの説明にあった。イシュタルは魔人族の冷酷非道さや残酷さを強調して話しており、正義感の強い光輝には彼らが化け物であるとしか思えなかったのだ。魔人は魔獣の上位種であると説明されたのも、それに拍車をかけた。

 

「確かに殺せるかもしれないが、精神的にくるものがあるかもしれない。ここは、全員参加ではなく志願制にすべきだ」

「困ってる人がいるというのに、何もしない奴がいていいのか? 俺達には力があるんだ。だったら、戦わないと!」

「適材適所という言葉があるだろう? 別に、全員が前線に出る必要はない。後方を守る者や、生産する者も必要だ。戦いだけが戦争ではない」

「でも……」

 

 ここまで言ってもなお、力があるから戦うという考えを捨てきれないらしい。二人の問答でクラスが揺れる中、イシュタルが助け船を出した。

 

「では、こう致しましょう。ひとまず、皆様方に対して前線に出ることは強制しません。ですが、自衛のための戦闘訓練や座学は受けて頂きます。そうすれば、自らの力の強さも分かるはずです」

 

 事情を察したイシュタルは自衛ということでハジメ達に戦闘訓練を受けさせることを提案した。自身が持っている強い力を理解すれば、戦争に参加する気が起きると考えたのだろう。

 

 こうして、戦争への強制参加という事態は回避されたわけなのだが、ハジメとしてはこんな所から抜け出したかった。元の世界へ帰る手段を探し、リドリーとマザーブレインを倒してゼーベスを奪還しなければならないのだから。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 南大陸一帯を支配し、人間族と敵対している魔人族の国家、ガーランド王国。そこは、魔王と呼ばれる存在によって統治されていた。魔王の名はアルヴといい、ガーランド王都上空に浮かぶ魔王城から国を支配している。

 

 人間族が勇者召喚を行ってから数日が経過した頃、勇者召喚に対応するかのように魔人族の所にとある集団が来訪した。それも、異世界から。

 

 王都上空に浮かぶ魔王城。魔王のいる謁見の間に繋がる巨大な廊下を進む異様な一団がいた。ドラゴンを思わせる紫色の巨体に、その周囲を甲殻類のような多数のヒト型が固めている。すれ違った魔人族の文官や近衛兵は、彼らを必ず二度見していた。

 

 この時点でお分かりの人もいるだろうが、彼らはハジメの宿敵、スペースパイレーツである。ハジメがこの世界に来たのと同様に、彼らもこの世界にやって来たのだ。

 

 紫色の巨体はリドリー、甲殻類のようなヒト型はゼーベス星人である。ゼーベス星人は両手がハサミになっているが、決してバ○タン星人とは関係ない。ちなみに、ゼーベス星人というのはゼーベスを支配した彼らが勝手に名乗った種族名だ。アメリカ大陸に渡ってきた移民がアメリカ人を名乗るのと同じ理屈である。

 

「ここから先は魔王様の居られる場所だ。リドリー、くれぐれも無礼を働かないことだな」

 

「フンッ、そんなことは分かってんだよ フリード。俺だってなぁ、ある程度の礼儀は弁えてるぜ?」

 

 リドリー達を先導していたフリードという名の魔人族が注意する。赤髪で浅黒い肌の彼はガーランドの将軍であり、着込んでいる漆黒の鎧が特徴的だ。

 

 やがて、フリードの合図で謁見の間の入り口にある重厚で巨大な両開きの扉が、門番の手によって重い音を立てて開く。その場にフリードを残し、リドリー達は謁見の間に入っていった。

 

 再び扉が閉まり、リドリー達の姿が完全に見えなくなった時、フリードはこう呟いた。

 

「魔力を持たぬ獣共め……!」

 

 魔人族からのスペースパイレーツに対する評価は、総じて彼の呟きとほぼ同じだと言えるだろう。彼らからすれば、リドリー達は亜人族と同列の存在だったのだ。

 

 彼らの来訪が“神託”で事前に伝達されてなければ、間違いなくパイレーツと魔人族は武力衝突していただろう。

 

 この世界では、魔法は神から与えられたギフトであるという価値観が強く、魔力が無いために魔法が使えない亜人族は、神から見放された悪しき種族とされている。

 

 魔力が無いとはいえ、スペースパイレーツの戦闘員であるゼーベス星人の戦闘力は高く、一般兵や並みの騎士では相手にならない。人間族が異世界から呼んだ神の使徒であれば、戦闘力だけなら互角かそれ以上だろうが。

 

 リドリーの強さはそれ以上だ。口から放つ熱線やその巨体から繰り出される格闘など、攻撃力の高さは然ることながら、強力な武装の数々を防ぐ強固な外皮で覆われており、それが巨大な翼によって高速で空を飛び回る。加えて、高い知能と残虐性、ならず者集団を纏め上げるカリスマ性を持っているなど、とても厄介な存在である。もはや、勇者が敵う相手ではない。

 

 交渉の結果、スペースパイレーツと魔人族は協力する関係となった。普通のリドリーなら手始めに魔人族を虐殺する道を選ぶだろう。だが、現在のパイレーツには最高の司令塔たるマザーブレインが君臨している。協力関係になったのも、全て彼女の指示によるもの。狂暴なリドリーも、彼女の指示には従うのだ。

 

 トータスにやって来た南雲ハジメとスペースパイレーツ。やがて、異世界の大地にて彼らは再び激突するのだろう。両者の存在がトータスに何をもたらすのか、それは誰にも分からない。

 




・リドリー&ゼーベス星人
メトロイドシリーズから参戦。他にもパイレーツに所属するエイリアンを出していく予定。


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5話 ステータスプレート

 その日、ハジメ達は聖教教会本山がある【神山】の麓に存在する国家、ハイリヒ王国の国王一家に謁見した。その際、イシュタルに対する国王の態度から、国王より教皇の方が立場は上であり、国家権力よりも宗教の力が強い国だとハジメは理解した。

 

 ちなみに、国王の名はエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃はルルアリア、王女はリリアーナ、その弟である王子はランデルという。

 

 さらに、宰相などの権力者や王国騎士団長、魔法師団長が紹介された。ハジメ達の訓練を担当する教官は王国騎士団と魔法師団から選ばれているため、この場で紹介されていた。まあ、ハジメには戦闘訓練など要らないのだが。

 

 その後、親睦を目的とした晩餐会が開かれた。異世界の料理は地球の洋食に近いものだったが、ピンク色のソースや虹色に輝く飲み物、ギャグ漫画に出てきそうな巨大な骨付き肉などもあった。

 

 大変美味しそうな料理が長いテーブルに並べられ、お腹が空いていたハジメとしては今すぐにでも食べたかったが、何かが盛られているのではないかと警戒していた。なお、異世界人の参加者が普通に食べていたので、すぐにハジメも料理に手をつけた。

 

「ハジメくん、これ美味しいね」

「あぁ、そうだな。色々と警戒していたのが馬鹿みたいだった……」

 

 ハジメは隣に座っている香織の感想に反応しつつも、頭を押さえながら自虐的なことを言う。

 

 晩餐会が終了した後、一人につき一部屋が与えられ、それぞれの部屋に別れた。ハジメも自室に入ると、戸締まりをした上でカバンの中から大型ハンドガンのような武器を取り出した。

 

「武器は無事か…」

 

 これはブラスター*1という武器だ。ビームを放つ大型のハンドガンであり、ハジメがパワードスーツを着用していない時の護身用である。いつもは厳重なロックを掛けられた上でカバンの中に収納されている。召喚された際、ハジメは咄嗟にカバンを掴み取っていたのだ。

 

「ビームウィップ機能も問題無し」

 

 ブラスターは変形させることで、ビームの鞭による近接攻撃が可能となる。その威力は凄まじく、ゼーベス星人の甲殻すら切り裂く程だ。普通の人間が扱えば自身を傷つけることになるため、各種の感覚が優れているハジメにしか扱えない。

 

 ちなみに、ブラスターには非殺傷モードが存在しており、相手を痺れさせて行動不能にすることが可能となっている。ビームウィップに関しても同様である。

 

 現在、ハジメが保有している装備は、このブラスターとリフレクター*2、そしてパワードスーツである。リフレクターは六角形の手のひらサイズの装備であり、手を翳すことで飛び道具を反射する六角形のバリアーを任意の方向に展開できる。ブラスターとリフレクター、この二つが生身で使用する装備だ。

 

 ブラスターとリフレクターはハジメが鳥人族の技術を使って開発したオリジナルの装備であり、唯一無二の存在だ。その開発には彼の師匠も関わっており、師匠の形見と言ってもいい。

 

 パワードスーツに搭載されているアビリティは、ミサイルとチャージビーム、モーフボール、ボム、幾つかのバイザーのみである。本来ならばこれら以外に強力なアビリティが搭載されているのだが、あの事件の時のダメージでその多くが失われてしまっている。弱体化しているとはいえ、この世界には過ぎた力である。この力を利用されないため、スーツのことは完全に秘匿することにした。

 

 ハジメは装備の確認を終えた後、そのままベッドで眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、訓練と座学が始まった。

 

 最初に配られたのは、12cm×7cm の金属製の薄いプレートだった。それについて、騎士団長メルド・ロギンスが説明してくれた。

 

「このプレートはステータスプレートと呼ばれているアーティファクトで、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。くれぐれも無くすなよ?」

 

 アーティファクトとは、今では再現することができない強力な魔法道具のことであり、神が地上にいた神代に作られたという。なお、その一種であるステータスプレートは大量に複製されているため、昔から世界中に普及している。

 

「使い方は簡単だ。プレートに刻まれている魔法陣に血を一滴垂らして登録し、“ステータスオープン”と呟くとステータスが表示される」

 

 ハジメはそれに従い、指先に針を刺して血を少し出すと、魔法陣に擦り付ける。そして、ステータスオープンと呟くと同時にステータスが表示された。

 


南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:戦士/錬成師

筋力:1000

体力:920

耐性:700

敏捷:1100

魔力:200

魔耐:100

技能:槍術・棒術・短剣術・操鞭術・投擲術・格闘術・射撃術[+狙撃][+早撃]・気配感知・夜目・遠目・錬成・言語理解


 

 そして、団長がステータスについて説明する。

 

「まず、最初に“レベル”があるだろう? それは、各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100であり、その人間の限界を示す。レベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできるぞ」

 

 ちなみに、レベル1の平均はおよそ10である。ハジメ達のステータスは基本的にその数倍から数十倍は高いものとなっている。そのため、ハジメのステータスは異常といってもいいだろう。

 

 レベル1…つまりまっさらな状態であるという表示を見て、ハジメはゼーベスでの鳥人族や師匠との思い出を否定されたような気がしていた。

 

 だが、裏を返せば自分に伸び代があるということでもある。実を言うと、ハジメは自らの能力に限界を感じており、異世界に来たことで能力を更に伸ばせることへの喜びもあった。強くなれば強くなるほど、ゼーベス奪還の成功率が上がるのだから。

 

「次に“天職”ってのがあるだろう? それは言うなれば才能だ。末尾の“技能”と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する」

 

 ハジメの天職は戦士と錬成師の二つだった。戦士というのは分かる。彼は鳥人族によって鍛えられた宇宙戦士であるからだ。だが、錬成師という天職には身に覚えがなかった。

 

「ハジメくん、私はこんな感じだったよ」

 

 ハジメが自分のステータスを見ていると、香織がステータスプレートを見せにやって来た。

 


白崎香織 17歳 女 レベル:1

天職:聖女

筋力:58

体力:46

耐性:46

敏捷:48

魔力:138

魔耐:138

技能:弓術[+狙撃]・先読・回復魔法・光属性適性・高速魔力回復・言語理解


 

「聖女か……それと、技能の方には弓術があるが……」

「多分、私が弓道部だからかな? 他に、回復魔法とか光属性適正なんてものがあるけど、いかにも聖女って感じがするね」

 

 香織は弓道部のメンバーである。大会でも何度か優勝経験があるため、クラスメイト達の中で最も弓の扱いが上手だと言える。

 

「ハジメくんのステータスは凄いね。もしかしたら、クラスの中で最強かも」

 

 二人で話していると、メルド団長が生徒達に対してステータスプレートを提示するように求めてくる。

 

「お前達、ステータスプレートの内容を報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 真っ先に報告したのは光輝だった。

 


天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解


 

「おお! 流石は勇者様だ! 既に三桁じゃないか! それに、技能がこんなに沢山! これは頼もしいな」

 

「いや~、あはは……」

 

 団長に称賛され、光輝は照れたように頭を掻く。レベル62である団長のステータスの平均は300前後であり、世界トップクラスの強さとなっている。光輝はレベル1の時点ですでに100であり、成長次第では団長を早い段階で追い抜くだろう。

 

 光輝に続くようにして、クラスメイト達はステータスプレートを団長に見せていく。皆、光輝に及ばない部分が多かったが、この世界の基準では強力な戦力だった。

 

 そして、香織がプレートを見せる。

 

「おぉ、聖女か! 過去の英雄が持っていたとされる天職じゃないか!」

 

 団長によると、“聖女”は神官や治癒師系列の最上級に当たる天職であり、“勇者”と同じように過去の英雄が持っていた天職らしい。“聖女”は光属性や回復魔法の適性が高く、勇者と並んで人々の希望となっていたとのことだ。

 

 最後に、ハジメがプレートを見せたのだが…

 

「こ、これは凄い!」

 

 団長は思わず大きな声で叫んだ。先ほど彼が褒め称えた光輝の平均ステータスが100である所に、その数倍のステータスを最初から持つ者が現れたのだ。驚くのも無理はないだろう。

 

「非戦闘系と戦闘系の両方の天職を持っているのは珍しいな。技能を見る限りでは、各種の戦闘術に優れているようだ。これは頼りになるな!」

 

 この瞬間、照れたようにしていた光輝の表情が凍りついた。そして、光輝の心の中ではとある感情が浮かび上がっていた。

 

(どうして南雲の奴が……あんなに高いステータスを持っているんだ!)

 

 ハジメが来る前、成績優秀でスポーツ万能な光輝はあらゆる一位の座を総ナメにしていた。だが、ハジメという存在が現れたことで、彼の常勝は砕かれた。彼は、常に一位になれるとは限らなくなったのだ。

 

 ステータスについて褒められた光輝は、これならハジメに対して優位に立てるのではないかと考えていたのだが、ステータスですらハジメに勝てない事実に、光輝は苛立った。

 

 この苛立ちは、いつか彼の崩壊を引き起こすだろう。表面上は笑顔の仮面で隠せてもその感情は消えず、心の奥深くに刻み込まれるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界にはファンタジーでは定番の魔法と呼ばれる技術が存在する。

 

 まず、亜人族を除いたこの世界の人々は体内に魔力(エーテル)と呼ばれるエネルギーを内包している。ステータスプレートの魔力の欄を見ればその量が分かるだろう。魔力の値が高いほど他のステータスも上がるようになっており、魔力が身体を強化していると考えられている。

 

 ハジメ達には本来、魔力と呼ばれるエネルギーは存在しない。恐らく、トータスに召喚された際にエヒトによって何らかの形で魔力を付与されたのだろう。一種の人体改造とでも言える所業である。

 

 魔法の発動のためには、魔力と詠唱と魔法陣の三つが必須となっている。体内の魔力を詠唱によって魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔法が発動するという過程を経る。

 

 魔力は直接操作することができないため、正しく正確に魔法陣を構築しなければ魔法を行使することはできない。

 

 詠唱の長さに比例して流し込める魔力は多くなり、その量に比例して威力や効果も上がる。また、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなり、魔法陣は大きくなっていく。

 

 なお、適性を持つ者はこの式をある程度省略することができる。魔法には火・水・風・光・闇・雷・氷・土の属性系魔法と身体強化・装備強化の強化系魔法、回復魔法が存在しており、人によって適性は異なる。例えば、光輝や香織は光属性に対して高い適性を持つ。

 

 ハジメには属性系魔法と回復魔法に対する適性は無かった。その代わり、強化系魔法に対しては適性が存在した。身体能力や防御力、攻撃の威力を上げることが可能であり、ハジメの戦闘術と組み合わせることで強力な武器となるだろう。

 

 そういえば、魔力は直接操作できないとされているのだが、それには例外がいる。それは魔獣だ。彼らは詠唱も魔法陣も使わずに固有魔法を発動しており、人間族が苦戦するのも分かる。

 

 だが、ハジメはもう一つだけ例外を見つけてしまった。それは、ハジメの纏うパワードスーツだった。

 

 時々ハジメは点検のためにパワードスーツを起動させていたのだが、その際にハジメは違和感を覚えた。その違和感を調べた所、ハジメはパワードスーツを装着している状態であれば魔力を直接操作できることに気付いたのだ。

 

 ハジメのパワードスーツにはモジュール機能が存在しており、鳥人族の装備どころか未知の装備やエネルギーに対応してスーツを強化したり、新たな機能を発現させることができる。どうやら、スーツは魔力に適応したらしい。

 

 また、パワードスーツはバイオ素材の金属で構成されており、ハジメの肉体と一体化していることから身体強化魔法の効果がスーツ自体にも掛かることが判明している。

 

 異世界に来たことで、ハジメの戦闘力は確実に上がっている。銀河の守り手となるべくして育てられた彼は、自身の強さを求めて常に進化し続けるだろう。

 

*1
フォックス(スマブラ)の武器から名前を借りました

*2
出典はブラスターと同様





◯ブラスター
名前の由来はスマブラにおけるフォックスやファルコの通常必殺技で使用するレーザー銃。見た目はゼロスーツサムスのパラライザーであり、スマブラオリジナルの鞭化機能が付いている。

メトロイドにおけるハンドガン(パラライザー)は攻撃力が極めて低いが、本作品においては攻撃力を高めに設定しており、ビームウィップに関してはゼーベス星人の装甲を切り裂ける。


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6話 衝突

 この作品ではメトロイド以外の任天堂作品から装備やネタを輸入したりします。メトロイドだけではネタが足りないので。

 ネタは主にスマブラ、スターフォックス、ファイアーエムブレム、新・光神話パルテナの鏡あたりから持ってくる予定です。なお、大半が未プレイです。


 

 訓練と座学が始まってから二週間が経過した。ハジメは騎士団員を相手に模擬戦を繰り返す一方で、自身の持つ技能である錬成を練習していた。それらの結果、ハジメのステータスに変化が生じた。

 


南雲ハジメ 17歳 男 レベル:10

天職:戦士/錬成師

筋力:1100

体力:1020

耐性:800

敏捷:1200

魔力:300

魔耐:150

技能:槍術・棒術・短剣術・操鞭術・投擲術・格闘術[+身体強化]・射撃術[+狙撃][+早撃][+命中率上昇]・気配感知・夜目・遠目・錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成]・言語理解


 

 ここで、ハジメの持っている技能について解説しよう。

 

 まずは、天職の名前にもなっている“錬成”だ。金属や地面の形を変えたり、金属同士をくっつけたりする技能であり、主に金属製の武具や道具の生産に使用されている。武器に対する知識が豊富にあるハジメにピッタリな技能といえるだろう。

 

 その派生技能として“鉱物系鑑定”と“精密錬成”が出現している。前者はあらゆる鉱物を触れることで解析する技能であり、王国直属の鍛冶師達の中でも上位の者しか持っていないという。後者はその名の通り精密な錬成を行う技能である。

 

 槍術、棒術、短剣術、操鞭術、投擲術、格闘術といった面々は見ての通りであるし、“射撃術”はあらゆる飛び道具に関して適性があることを示している。

 

 “気配感知”は付近の敵の気配を感知する技能。“夜目”は暗闇でも明るい場所と同様に周囲を視認できる技能であり、暗視装置も必要ない。“遠目”は遠方まで視認できる技能であり、ある程度の距離までなら望遠鏡いらずである。

 

 “言語理解”というのはあらゆる言語を理解することができる技能であり、トータスの言語を理解することができたのはこれのお陰だ。

 

 また、ハジメは戦闘訓練や錬成の練習以外に、トータスに関する情報収集も行っている。その際、ハジメは反逆者という存在を知った。

 

 “反逆者”とは、神代に神に挑んだ神の眷属達のことであり、その幹部は七人いたと伝わっている。彼らは世界の全てを手に入れようと神に対して反旗を翻したらしい。無論、その目論見は破られており、彼らは世界の果てに逃亡している。

 

 また、彼らに協力していたとされる者達の名も残されていたのだが、それはハジメがよく知っている存在だった。

 

 その名はチョウゾ。ハジメを自らの後継者として今まで育ててきた鳥人族の正式な種族名である。彼らは、トータスにおいて反逆者と同列の存在とされていたのだ。

 

 鳥人族は高度な技術と戦闘能力を持つ種族として伝わっており、大昔に異世界からトータスに来訪したという。彼らは反逆者に手を貸していたが、反逆者の敗走と同時に姿を消した。彼らは元の世界に帰ったのではないかと言われている。

 

 鳥人族はその名の通りに鳥のような姿をしているため、トータスでは現在に至るまで鳥の意匠を使うことは禁じられている。なお、鳥の肉を食べることは禁じられていない。

 

 ハジメは鳥人族がそのような扱いをされていることに驚愕した。鳥人族は平和を大切にする種族であり、世界を征服しようとした者達に力を貸すはずがないのだから。

 

 神の意向で動くこの世界に残されている情報は、事実をねじ曲げられている可能性が高い。ハジメは鳥人族に関わる者として、反逆者や鳥人族について真相を明らかにしたいと考えた。

 

 それらの情報に加えて、ハジメは七大迷宮という存在を知った。

 

 七大迷宮はトータスにおける危険地帯のことである。七大迷宮は七大と呼ばれてはいるが、場所が判明しているのは【オルクス大迷宮】と【グリューエン大火山】、【ハルツェナ樹海】の三つのみだ。残りの四つは古文書においてその存在が仄めかされているだけであり、詳しい場所は不明となっている。

 

 予想されている場所としては、大陸を分断している【ライセン大峡谷】や南大陸の奥地にある【氷雪洞窟】という場所があるようだった。

 

 七大迷宮は誰にも攻略されておらず、その奥底は前人未到となっている。そして、これらの迷宮は反逆者が作ったのではないかと予想されている。

 

 ハジメはこの七大迷宮に目を付けた。反逆者が作ったのであれば鳥人族が関わっている可能性があり、奥底には世界を越えるための手段が眠っているかもしれない。

 

 神に反逆するほどの者達であれば世界を越える手段を持っているだろうし、鳥人族は異世界から来訪したのだから、同様の手段を持っているだろう。そして、反逆者と鳥人族の真実も分かるだろう。

 

 ハジメは、最初は近場にあるオルクス大迷宮に乗り込もうと考えた。訓練と座学が全て終わり次第、ここを離脱して迷宮の攻略に挑もうというのだ。

 

 当然、魔人族とは戦わないということであり、間違いなく光輝はハジメのことを非難するだろうし、戦争に強制参加させようとするだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなある日、事件が起きた……

 

 その日、ハジメは訓練時間前から鍛練していたのだが、ある光景を目撃した。それは、クラスメイトの一人である清水幸利が数体の人影によって訓練場の人気のないエリアに連れ込まれるところだった。

 

 闇術師の清水幸利は、地球においてオタクと分類される存在であった。性格は根暗に近く、夜中までゲームをしていたことによる授業中の居眠りや寝坊をよくしているため、授業態度はよいとは言えない。そして、彼は裏で虐められていた。

 

 ハジメがその後を尾行していくと、彼は四人の男子生徒に囲まれて殴る蹴るの暴行を受けていた。その四人とは、小悪党組である。強い者に媚びを売り、弱い者には徹底的に攻撃する彼らのことを、ハジメは良く思っていなかった。

 

「なあ、清水。俺達と訓練しようぜ! お前はサンドバッグな!」

 

 檜山がそんなことを言った直後、近藤が槍の石突を使って清水の背中を殴打する。清水は「ぐぁ!?」という声を上げて前方に倒れた。

 

「訓練はまだ終わらないぞ?」

 

 今度は中野と斎藤が、各々が得意とする属性の下級魔法を倒れている清水に向けて撃つ。中野は炎術師、斎藤は風術師の天職を持っており、それぞれ火属性と風属性を得意としていた。

 

「ここに燃撃を望む、“火球”」

 

「ここに風撃を望む、“風球”」

 

 清水はその場から何とか飛び退いて火球を回避するが、その直後に風球が腹部に突き刺さり、体をくの字に折って嘔吐した。

 

「おいおい、ここで倒れられても困るぜ。折角、訓練相手として選んでやったのによぉ」

 

 檜山は蹲る清水に接近すると、その腹部を何度も蹴りつける。他の三人も加勢したことで、その暴力はエスカレートしていった。だが、それはいつまでも続かない。

 

「そこまでだ」

 

 乱入してきた声の方に檜山達の視線が集中する。そこにいたのは、もちろん南雲ハジメである。

 

「たった一人に寄ってたかって……恥ずかしくないのか?」

 

「まっ、待てよ南雲……俺達はこいつを訓練してやってただけで……」

 

 ハジメの問いかけに檜山は狼狽する。ハジメは彼らの所業にキレており、無意識に殺気も飛ばしていた。力で弱い者を押さえ付けるという所業が、スペースパイレーツと重なったからだ。

 

「訓練? 違う……これは一方的な暴力だ。団長に報告させてもらう」

 

「ちょ、待てよ!」

 

(こうなったら口封じだ! 俺達は強くなってるし、四対一なら勝てるはず……)

 

 この場を切り抜けるため、ハジメを数の暴力で倒すことを画策する檜山。彼が他の三人にアイコンタクトを取ると、その意図を察したのか三人は戦闘準備を始める。常に一緒にいる彼らだからこそ、檜山の考え方をよく理解しているのだろう。

 

 だが、彼らには誤算があった。確かに彼らは強くなったのだが、ハジメはそれ以上に強い。そして、実戦を知らない彼らと異なり、ハジメは場数を踏んでいるし、トータスに来てからも鍛練は怠っていない。少なくとも、ハジメに勝てる要素など存在しないのだ。

 

(おっと……やはりそう来るか)

 

 雰囲気の変化から、ハジメは小悪党組が何か仕掛けようとしていることを察知していた。まあ、元々予想していたのもあるが。

 

「お前ら、やっちまえ!」

 

 檜山の号令で、子悪党組はハジメに襲いかかる。

 

「くらいやがれ!」

 

 最初に突っ込んできたのは近藤だった。槍術師の天職を持つ彼は、並みの人間の目では捉えられない程の速さで槍を突き出す。その槍は鞘が外されて刃が剥き出しとなっているため、人を殺せる状態だった。なお、彼には人殺しをしようとしている自覚はない。

 

 対するハジメの武器は両腕に装備した黒色の籠手。つまり、格闘のみである。だが、ハジメには槍を捌ける自信があった。この籠手はハジメが製作したものであり、アザンチウム鉱石というこの世界で最高硬度の素材でできている。

 

 ハジメは右の籠手で槍先を受け流しながら距離を詰め、空いている左手で手刀を作ると、急所のこめかみに一撃を叩き込む。

 

 こめかみに強い衝撃を受けた近藤は平衡感覚を失ってふらつき、最終的に気絶する。その際に手放した槍は、ハジメによって回収された。

 

「てめぇ!」

 

 近藤が倒れたのを見た軽戦士の檜山がショートソードを抜刀して動き出した。近藤と同時に向かって来なかったところを見るに、連携など全く考えていないらしい。

 

「はっ!」

 

 ハジメは槍の柄を使って檜山の足を払う。足元への注意がお留守になっていた檜山は対応できず、そのまま転倒する。そして、ハジメは彼の頭部に槍を突き刺そうとした。

 

 殺気を乗せて放たれた槍は檜山へと一直線に向かい、彼の頭部に刺さる……ことはなく、頭部の側の地面に深々と刺さった。

 

「ひっ!?」

 

 先ほどまでの威勢は何処に行ったのだろうか?彼は死への恐怖で悲鳴を上げると、得物を手放してしまう。ハジメは得物を奪うと、檜山の鳩尾に拳を叩き込む。檜山は激痛に悶絶し、気絶した。

 

「ここに焼撃を……」

 

「ここに風撃を……」

 

 少し離れた所にいた術師の二人は、接近戦担当が倒れた瞬間、魔法の詠唱を始める。だが、それをハジメが見逃すはずがない。槍とショートソードを投擲して詠唱を妨害する。

 

 槍とショートソードはそれぞれ二人の頭部の真横ギリギリを通過して背後の壁に突き刺さる。二人が怯んだことで魔法は不発に終わり、その隙にハジメは動き出した。

 

 地面を蹴り、ハジメは二人との距離を詰める。ハジメのステータスは筋力と敏捷が特に優れており、普通に地面を蹴るだけでも“縮地”という技能に匹敵する素早い移動が可能だ。次の瞬間、二人の鳩尾に拳が突き刺さった。

 

「清水、大丈夫か?」

 

 全員が気絶したのを確認すると、ハジメは清水の所に駆け寄り、起き上がらせようと肩を貸す。暴行を受け、清水はボロボロの状態だった。

 

「ありがとう、南雲……」

 

 見たところ命に別状はないようだ。だが、骨や内臓にダメージが入っている可能性があるため、ハジメは清水を香織の所に連れていって回復魔法をお願いしようとした。が、その手間は省けた。

 

「ハジメ君! 何があったの?! 檜山君達は倒れてるし、清水君はボロボロみたいだけど……」

 

 訓練時間が近付いており、訓練場に移動中の香織が近くを通りかかったらしい。

 

「こいつらが清水に暴力を振るっていたので止めに入ったんだが、こいつらに攻撃されたので反撃した。それだけだ」

「ハジメ君、怪我はない?」

「大丈夫だ。それよりも、清水の方を頼む」

 

 元々檜山達のことを良く思っていなかったこともあり、檜山達ならやりそうだということで香織はハジメの言うことを信じた。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん “天恵”」

 

 香織の回復魔法が発動し、ボロボロになった清水の身体を癒していく。完全に治った訳ではないので、しばらく安静にする必要はあるだろう。

 

 その後、ハジメは香織と清水を伴ってメルド団長の所へ行き、事が起きた経緯を説明した。メルド団長も彼らが何かをやらかすのではないかと予想していたらしく、檜山達には謹慎が言い渡されることになった。

 

 

 数日後、メルド団長からとある発表があった。それは、訓練の最終段階として実戦訓練を行うため、【オルクス大迷宮】へ向かうということであった。

 

 この訓練の後、魔人族との直接的な戦いに参加する者と後方に留まる者に別れることになっているのだが、現時点において九割以上の者が戦いに参加するつもりらしい。

 

 彼らには戦いに対する危機感はないようだ。もしかすると、彼らは戦いをゲームのようなものだと思っているのかもしれない。ハジメからすれば、戦場など碌な場所ではない。果たして、彼らは戦力として使い物になるのだろうか?



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7話 オルクス大迷宮

序盤で光輝アンチと恵里の改変が入ります。


 檜山達とハジメが衝突する事件が起こった日。訓練が終わった後、香織と一緒にいたハジメに突っかかってきた者がいた。

 

「見損なったぞ南雲! 檜山達を攻撃したあげく、濡れ衣まで着せるなんて!」

「濡れ衣? 何の話だ。清水の証言を聞いていなかったのか?」

 

 その者とは、天之河光輝である。何を思ったのか、彼の頭の中ではあの事件においてハジメが悪いことになっていたらしい。光輝の大声に反応し、クラスメイト達が集まってくる。

 

「確かに清水は檜山達に殴られたかもしれないが、あれは檜山が鍛えてあげようとしていただけだ! 南雲はそれを邪魔したんだぞ!」

 

 どうやら、檜山が清水を鍛えてやろうとしていたと思っているようだ。素晴らしい。今お前が言ったことは全て間違っている。どこぞの隠居ジェダイならそう言うかもしれない。

 

 そもそも、光輝はハジメに対して敵愾心を抱いており、無意識にハジメを責めるのに都合の良い解釈をしていた。

 

「お前は何を言っているんだ? あんなものは訓練でも何でもない。ただのイジメ……暴力だ。清水に聞けば、すぐにでも分かる」

「どうせ、清水を脅したに違いない! 暴力で押さえつけるなんて、俺は許さないぞ!」

 

 もう滅茶苦茶である。様子を見ているクラスメイト達も冷たい目で見ており、ハジメの隣にいた香織は不愉快そうだった。

 

「ねえ、光輝君。根拠もないのに何でそんなことを言うの? ハジメ君は人を脅したりなんてしないよ」

「香織?! どうして南雲の味方をするんだ? あぁ……もしかして、南雲に脅されているんだな?」

 

 結局、彼の頭の中ではハジメが悪いことになっていた。そんな状況を見かねたのか、光輝を止めようと動く者が二人いた。

 

「光輝! いい加減にしなさい!」

 

 その一人は雫だった。

 

「雫!?」

「今の光輝は格好悪いわよ。それに、双方の証言を聞いてきたけど、明らかに悪いのは檜山君達の方よ」

「そうだよ光輝君。一応、僕の降霊術を使ってその場にいた幽霊に聞いてみたけど、やっぱり檜山達が悪かったよ」

 

 雫に続いて発言したのは、中村恵里という女子生徒だ。黒髪をナチュラルボブにした美人で眼鏡っ娘の彼女は鈴の親友であり、香織とも親しい間柄だ。そして、彼女は“降霊術師”の天職を持っており、死者の残留思念に干渉することができる。元の世界に戻ったら警察が欲しがる人材になるかもしれない。

 

 本来の世界線では光輝を手に入れるためにクラスメイトを裏切った彼女だが、この世界では違う。光輝など欲しがっておらず、ハジメを擁護する側に回っている。何故そうなったのかは、別の話で語らせていただく。

 

「で、でも……清水にも原因があるはずだ……」

 

 二人によって光輝はハジメを責めることができなくなると、今度は清水に責任を擦り付けた。が、ハジメはそこに止めの一撃を叩き込んだ。

 

「天之河……原因があったとしても、そいつに何をしてもいい理由にはならない。仮にお前の理屈が通るのなら、人間族が魔人族に攻撃されるのも人間族に原因があることになる。違うか?」

「うっ、それは……でも、あっ……」

 

 次の瞬間、光輝は気絶した。クラスメイト達の前で滅茶苦茶なことを言ったあげく、それを幼馴染に批判され、ハジメから核心を突かれたことがとどめとなり、頭がオーバーフローを起こしたようだ。

 

「南雲君……何度も言うけど、うちの光輝がごめんなさいね。目が覚めたら叱っておくわ」

 

「本当に大変だな……」

 

 ハジメは雫に同情した。とりあえず、雫には胃薬が必要かもしれない。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 ハジメ達はオルクス大迷宮のある宿場町ホルアドに来ていた。ホルアドには王国が運営している宿があり、オルクスへと向かう前に一泊している。

 

 現在、ハジメ達はオルクス大迷宮の入口の正面にある広場に集まっていた。博物館のような入場ゲートが存在しており、冒険者ギルドから派遣された職員が出入りを管理している。何故なら、戦争を控えている状態で多大な死者を出すわけにはいかないからだ。

 

 オルクス大迷宮は魔獣の素材や魔石の産地としてだけでなく、王国騎士団や王国兵士、冒険者の訓練場として利用されており、入口前の広場は大勢の人々で溢れ、彼らをターゲットとする露店が多く並んでいた。

 

 そして、オルクス大迷宮に入ったハジメ達は第一階層を隊列を組んで進んでいた。オルクスの壁には緑光石という鉱物が埋め込まれており、そのぼんやりとした発光によってそれなりの明るさが確保されている。

 

 今回の訓練で進むのは二十階層までとなっており、複数のパーティがローテーションで交代しながら戦闘訓練を行う予定である。なお、ステータスが高すぎるハジメはパーティを組んでおらず、場合に応じて味方を援護する役目を任されていた。

 

 しばらく進んでたどり着いたのは、ドーム状となっている広間だ。一行が周囲を警戒していると、壁の隙間から灰色の毛玉が次々と湧いて出てきた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。その魔獣はラットマンという名であり、名前の通りネズミを二足歩行にしたような見た目の魔獣なのだが、上半身がムキムキであり、その腹筋や大胸筋をボディビルダーのように見せつけてくる。筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。

 

 前衛として立っている光輝、雫、龍太郎の三人がラットマンを迎撃する。その後ろでは香織が弦のない弓のような武器を構え、香織と親しい二人の女子、鈴と恵里が詠唱を始める。

 

 “勇者”である光輝は純白に輝くバスタードソードを使い、数体をまとめて斬り捨てる。その剣は“聖剣”と呼ばれており、王国が管理するアーティファクトだ。光属性の力を纏っており、近づいた敵の弱体化や使用者の身体能力の強化を自動的に行ってくれる。

 

 “拳士”である龍太郎はアーティファクトの籠手と脛当を装備している。衝撃波を放つ機能があり、彼の見事な拳撃と脚撃、それらと同時に放たれる衝撃波によって敵を後ろに通さない。まるで鉄壁の城塞のようだ。

 

 “剣士”の雫はシャムシールのような曲がった刀身の剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一撃で敵を切り裂く。その動きには無駄が無く、騎士団の面々は見惚れている。

 

 一方的な戦いであるのだが、やはり実戦経験が無いために何体かのラットマンが前衛の守りを抜けて後衛に迫る。後衛をいつでも守れるようにメルド団長とハジメが待機する中、後衛が迎撃を開始する。

 

 最初に攻撃したのは香織だった。彼女が装備している弦の無い弓のような武器は“聖弓”と呼ばれており、光輝の聖剣と対になるアーティファクトだ。これも光属性の力を纏っており、光の矢を放つことができる。また、弓本体の両側が刃となっており、近接攻撃も行える。

 

 香織は構えた聖弓の横に手を添え、想像上の矢を掴んで後ろに引く。すると、水色に輝く光の矢が出現し、手を放すと同時に光の矢は飛んでいき、ラットマンを射貫いた。

 

 その直後、詠唱が響き渡る。

 

「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ “螺炎”」」

 

 二人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い込んでいき、完全に燃やし尽くす。断末魔と共に灰へと変わり、大地へと帰る結果となった。

 

 

 

 更に進んでいくと、新手が現れた。それは、赤い球体の体を持つ単眼の魔獣だった。空中をフワフワと浮遊しており、それが編隊を組んで飛来してきた。

 

「あれはモノアイだ。目から光弾を撃ってくるが、お前達なら簡単に避けられるはずだ」

 

 モノアイ達は前衛の頭上を素通りすると、後衛の香織達に向けて目から光弾を放ってくる。だが、弾速はそこまでではないため、三人はバックステップで回避すると、反撃に移行した。

 

 香織は光の矢を素早く連射する。特に狙いをつけずに放った光の矢だったが、この矢には多少の誘導性があるため、次々とモノアイ達を撃ち落としていった。他の二人も風の刃や火球を放ち、確実に撃墜していった。

 

「お前達、よくやったぞ! 迷宮には空を飛ぶ魔獣も出るからな。対空警戒も怠るなよ。それと、ここからは交代で戦ってもらう。決して油断しないようにな」

 

 ラットマンとモノアイとの戦いを通し、生徒達の優秀さを見たメルド団長。彼らを褒めると同時に気を抜かないように釘を刺すことも忘れない。

 

 ここから先は大きな問題は起こっておらず、交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げて行った。戦闘経験の無さから危ない場面もあったが、ハジメがカバーしたことで切り抜けている。

 

 そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。現在の迷宮最高到達階層は六十五階層であり、それは百年前の記録となっている。超一流は四十階層、一流は二十階層を越えることが条件である。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

 一行は交代で戦闘を続けながら二十階層を探索していき、やがて一番奥の部屋にたどり着いた。そこは鍾乳洞のようになっており、つらら状の岩が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。

 

 同行している騎士団員にトラップを確認してもらいながら進んでいくのだが、突然メルド団長が足を止めた。

 

「擬態しているぞ! 周りをよく注意しておけ! 

 

 団長が忠告する。どうやら、壁に擬態している魔獣がいるようだ。やがて、壁の一部が変色したかと思うと、そこからゴリラのような魔獣が現れた。その名はロックマウント。豪腕とカメレオンのような擬態能力が特徴だ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 光輝達が前に出る。龍太郎がロックマウントの豪腕を弾き返し、光輝と雫が取り囲んで倒そうとする。だが、その地形のせいで上手くいかない。その隙にロックマウントが大きくバックステップをとる。そして、大きく息を吸った直後、強烈な咆哮を発した。

 

「グゥガガガァァァァアアアア!!」

 

 その咆哮を浴びた三人は、体が麻痺してしまう。これは、ロックマウントの固有魔法である“威圧の咆哮”だ。ロックマウントは、硬直した三人を無視して傍らにあった岩を投げつける。綺麗な放物線を描いて三人の頭上を飛んだ岩は、後衛へと降ってくる。

 

 香織達は魔法で迎撃しようとしたのだが、その岩がロックマウントに変わり、両手を広げてダイブしてきたことで、思わず悲鳴を上げて硬直し、魔法の発動や光の矢の発射は中断されてしまった。

 

「残念だったな。俺がいるぞ」

 

 籠手を装備したハジメが咄嗟に動き、ダイブしてきたロックマウントに対してアッパーカットを放ち、その身を粉砕した。

 

「大丈夫か?」

「う、うん……ありがとう、ハジメ君」

 

 ロックマウントダイブ事件は何とかなったのだが、香織達が青ざめている様子を見てキレる若者がいた。皆さんはお分かりだろうが、正義感と思い込みの塊、天之河光輝である。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 彼女達を怯えさせたという微妙な理由で怒りを燃やす光輝。以前、雫やクラスメイト達の前でハジメを非難した際に醜態を晒してしまったこともあり、少しでも勇者らしい所を見せたいと思ったのだ。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ “天翔閃”!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 光輝の詠唱と共に、聖剣へ強烈な光が纏われる。メルド団長が制止しようと声をかけるが、光輝はそれを無視して大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろす。

 

 その瞬間、纏われた強烈な光自体が斬撃となって放たれた。弓なりに曲がった光の斬撃は、閉所で逃げ場のないロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くす結果となった。

 

 格好いい技であるのだが、崩落の可能性がある狭い場所で放とうと考えるなど愚の骨頂。勇者らしいところを見せようと焦った結果であり、光輝が無計画な人間であることが垣間見えた。

 

 案の定、光輝にはメルド団長による拳骨の制裁が待っていた。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 尊敬するメルド団長に叱られ、流石の光輝もバツが悪そうに謝罪する。なお、光輝を慰める者はいなかった。

 

 その時、香織が崩れた壁の方に視線を向け、壁に光る何かが埋まっているのを発見した。

 

「あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 香織が指差す方向を見ると、そこには青白く輝く美しいクリスタルが埋まっていた。その美しさから、クラスの女子達はうっとりとする。

 

「あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 と、メルド団長が説明する。グランツ鉱石は宝石の原石になる鉱石であり、貴族の女性に人気なのだという。

 

「素敵……」

 

 香織は頬を赤く染めて呟く。ハジメは一瞬、グランツ鉱石を香織の為に取ってあげたいと考えたが、多分罠なのでやめた。こんなものを取りに行くのは、欲に目が眩んだ馬鹿だけだろうし、トラップの確認が済んでいない場所に行ってはいけないと厳命されているので、取りに行く奴などいないだろう。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 前言撤回。馬鹿はすぐ側にいた。この馬鹿の正体は檜山であり、彼は壁をよじ登ってグランツ鉱石に手を伸ばした。

 

「待て! それは罠だ!」

 

 フェアスコープという魔道具で罠の存在を知った団長が叫ぶが、檜山はそのまま鉱石に触れてしまった。

 

 その瞬間、床に大きな魔方陣が出現し、光り輝く。まるで、召喚されたあの日のように。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 団長の警告は間に合わなかった。いた場所を光が埋め尽くし、一行は浮遊感を感じる。そして、次の瞬間に一行は地面に叩きつけられた。景色も先ほどと異なる。

 

 先ほどの魔方陣は、転移させるタイプのものであったのだ。ハジメ達は周囲を警戒する。

 

 転移した先は、石造りの大きな橋の中間地点。百メートルはあるその橋には手すりや柵はなく、その下には闇で埋め尽くされた奈落がある。

 

「お前達! 直ぐに立ち上がって階段の場所まで行け! 急げ!」

 

 団長は、後方にある階段に行くように叫ぶ。一行は動き出すのだが、魔法陣から出現した骸骨の魔獣、トラウムソルジャーの群れが道を塞いでしまった。

 

 そして、目の前の大きな魔法陣からは巨大な魔獣が出現する。それを見たメルド団長は呟いた。

 

「まさか……ベヒモスなのか?」

 




元ネタ一覧
・聖弓
→見た目は完全にパルテナの神弓

・モノアイ
→新・光神話パルテナの鏡からの参戦。原典では冥府軍の偵察部隊を構成する魔物となっている。


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8話 ベヒモス

パワードスーツが活躍するのは奈落に落ちた後ですので、しばらくお待ちください。


「まさか……ベヒモスなのか?」

 

 メルド団長がベヒモスと呼んだ魔獣は、体長十メートル級のトリケラトプスのような存在だった。頭部には二本の角が生えた兜のようなパーツが取り付けられている。赤黒く光る瞳でこちらを睨み付け、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の角からは絶えず炎が放出されている。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

「っ!?」

 

 ベヒモスは大きく息を吸い、凄まじい咆哮を上げて空間を震わせる。それによってメルド団長は正気を取り戻したのか、間断無く指示を飛ばす。

 

「サム、アラン! 生徒達を率いてソルジャー共を突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん! 俺もやります! 勇者として、敵から逃げるわけにはいかないんです! だから……」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔獣。かつて、最強の冒険者をして歯が立たなかった奴だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 鬼気迫る表情のメルド団長に光輝は怯むが、「見捨ててなど行けない!」と踏みとどまる。さらに、光輝はこんなことを言った。

 

「どんなに強い敵がいようと、立ち向かうのが勇者です! だから、俺は絶対に引きません!」

 

 どこかの主人公が言いそうな台詞を吐く光輝。だが、ここは現実である。普通に考えたら、現時点で勝てない相手に挑むなど、命知らずがすることだ。無論、そうせざるを得ない状況に置かれることもありえるので、一概にそうは言えないが。

 

 団長達が残るのは未来ある生徒達を逃がすという理由があるためであり、光輝が残る必要は全くない。というか、光輝が速やかに撤退すれば、団長達を含めた全員が生き残れる確率は間違いなく上がるだろう。光輝はそれを理解せず、その正義感で人を殺そうとしていることに気付いていない。

 

 次の瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達が全員ミンチになってしまうだろう。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず “聖絶”!!」」」

 

 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。使える回数は一回という使い捨てであるが、純白に輝く半球状の障壁は簡単には破られない強固な盾である。そこに、ベヒモスが突進を仕掛けた。

 

 矛と盾が激突した瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。石造りの橋全体が大きく振動する。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次いだ。

 

 生徒達の目の前にいるトラウムソルジャーは、三十八階層に現れる魔獣だ。剣を装備した不気味な骸骨であり、今まで戦った魔獣以上の戦闘力を持つ。不気味な骸骨の大軍と背後の巨大な魔獣の気配に挟まれ、先ほどの振動もあって生徒達は半ばパニック状態だ。

 

 皆、隊列やパーティ、連携など無視し、我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。サムとアランが必死にパニックを抑えようとしているが、実戦をゲーム感覚で捉えていた彼らは初めて感じる死への恐怖に飲み込まれ、言葉に耳を傾ける余裕はなかった。

 

 そんな中、ハジメはクラスメイト達を守るために戦っていた。装備する武器は籠手のみだが、格闘術を駆使してソルジャーを粉砕していく。時にはソルジャーの剣を拾って己の武器とし、危機に陥った者がいた際には剣を投擲して援護する。

 

(状況は最悪だ……)

 

 ハジメの奮戦と生徒達のステータスの高さから死者は出ていないが、いつか限界が来るのは目に見えていた。誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。誤射で死ぬ生徒が出てきてもおかしくない。魔法陣からは増援が続々と出現して押し寄せており、いくらハジメでも守りきれないだろう。

 

「火力が足りない……」

 

 大量のソルジャーを食い止めるためには、火力が必要だった。属性魔法に適性のないハジメの攻撃手段は格闘くらいであり、一体ずつ地道に倒すしかない。ブラスターの使用も検討したが、誤射の可能性があるし、同様の理由でビームウィップも使えない。パワードスーツという選択肢もあるが、それは最終手段だ。

 

 その時、ハジメの視界の片隅にとある光景が映った。それは、一人の女子生徒が味方に突き飛ばされ、転倒した先にいたソルジャーに剣を振り下ろされそうになる光景だった。ハジメの手が届かない範囲で起こった出来事。投擲する剣も付近になく、万事休すかと思われたが、一つだけ方法が残されていた。

 

「“錬成”」

 

 その瞬間、ソルジャーの足元が隆起した。ブーツの底に刻まれている錬成の魔法陣によるものだ。ソルジャーがバランスを崩したことで攻撃は空振りする結果に終わる。その隙にハジメは接近し、直後に転倒したソルジャーの頭を踏み砕いた。

 

 ハジメは背後に迫るソルジャーをノールック裏拳で倒しながら、先ほど助けた園部優花という名の女子生徒に近寄る。彼女はまるでアクション映画のようなノールック裏拳に呆然とし、それを放ったハジメを見上げた。

 

「園部さん、大丈夫か?」

「だ、大丈夫……ありがとう、南雲」

 

 ハジメは彼女の手を取り、立ち上がらせる。そして、肩に手を置いてとあることを頼んだ。

 

「園部さん、頼みがある。可能な限り生徒達をまとめて抵抗を続けてくれ」

「わ、私が?」

 

 園部優花は二大女神には及ばないものの、クラスの中で人気な部類の女子生徒であるとハジメは記憶していた。その彼女なら、ある程度生徒達をまとめられるだろうと判断したのだ。

 

「大丈夫だ、君ならできる」

 

 ここまでで目撃したハジメの勇姿と、今の言葉が優花を勇気づけた。「分かった、やってみる!」と言って、抵抗を続ける生徒達の方へと駆け出した。

 

 ハジメはその姿を見送り、片手間にソルジャーを片付けながら、この事態を打開する術を考える。

 

(とにもかくにも道を切り開く火力だ……天之河の使った大技なら……あいつ、こんな時に何処で何を……?)

 

 ハジメは天之河の姿を探し、ベヒモスの方向を見る。そこには、障壁に体当たりを続けるベヒモスと、その障壁の内側で押し問答を続ける光輝とメルドの姿があった。その後ろにはパーティのメンバーがおり、香織もそこにいた。

 

「何をやっているんだ、あいつ!」

 

 ハジメは珍しく感情を露にする。団長の命令では生徒全員が撤退することになっていた。だが、何故か光輝とメルドが押し問答しており、そのせいでメンバーが撤退できていない。

 

 このままではメンバーどころか全員が死ぬ。経緯は分からないが、光輝の我が儘によって全員が死の危機に直面していることに、ハジメは怒りを覚えた。そのせいで香織が危険な目にあっていることも、怒りに拍車をかけている。

 

(今すぐ奴を連れてくるべきだが……俺がここを離れるわけには……)

 

「南雲!」

 

 その時だった。先ほど助けた優花が数人の生徒と二人の騎士を連れてハジメの所に戻ってきたのは。

 

「園部さん……いいタイミングだ! しばらく奴らを食い止めてくれないか? 俺は天之河を呼んでくる、あいつの技なら……」

 

 急にそんなことを言われて首を縦に振る奴などいない。だが、集まってきたのはこの場でハジメに助けられた者が大半であり、恩返しということで協力してくれた。

 

 ハジメは戦える者のみに指示を飛ばして防衛ラインを構築すると、ベヒモスの方へと駆け出した。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 ベヒモスは障壁への突進を続けていた。衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。いつ崩落してもおかしくないだろう。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く!!」

「嫌です! 置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時に我が儘を……」

 

 皆で生き残ると言っておきながら全体を危険に曝す光輝に、メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

 若さ故に光輝は自分の力を過信しているようだ。メルド団長は褒めて伸ばす方針が裏目に出てしまったのだと後悔した。

 

「光輝! 団長の言う通りにして撤退しましょう!」

 

 状況を理解できていない光輝を雫が諌めるのだが、馬鹿は一人だけではなかった。

 

「親友としてお前だけに無茶はさせねぇ。俺も付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな!」

 

 それは熱血が大好きな男、龍太郎だった。まるで熱血漫画のような胸が熱くなる展開……なのだが、こんな所でやるべきことではない。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

 光輝パーティの中で状況を理解できているのは雫と香織、恵里、鈴という女子四人組だけだ。恵里と鈴に関しては雫の指示で既に下がっており、ソルジャーと戦う生徒達を援護していた。

 

 雫が苛立ち、香織が心配そうにそれを見つめる中、一人の男子生徒……ハジメが飛び込んできた。

 

「天之河!」

「なっ、南雲!?」

 

 驚く光輝。時間との戦いであるため、ハジメは間髪入れずに話し始める。

 

「お前の火力が必要だ! 今すぐ下がり、こちらに加勢してくれ!」

「いきなりなんだ? 俺は勇者としてあいつを倒さなければならないんだ。相手は強いが、俺は死を恐れない!」

「お前の都合を周囲に押し付けるな! お前がいないせいで皆が死の危険に直面しているぞ!」

 

 ハジメは光輝の胸ぐらを掴み、叱咤する。

 

「死ぬなら勝手に死ね! だが、周囲を巻き込むな! せめて、退路を確保してからベヒモスに特攻でもすればいい!」

「仲間に死ねなんて言うべきじゃない!」

 

 ハジメの「死ね」発言に光輝が反論する。さらに光輝が何か言おうとするが……

 

「下がれぇぇ!!!」

 

 団長の悲鳴が響く。それと同時に、今まで突進を受け止めていた障壁が砕け散った。こちらに強力な衝撃波が襲いかかる。ハジメは咄嗟に錬成で壁を作り、一瞬で砕かれたものの、多少は威力を殺すことができた。

 

 ベヒモスの咆哮により、舞っていた粉塵が吹き飛ぶと、そこにはメルド団長ら四人の騎士が倒れ付し、呻き声を上げていた。衝撃波の直撃を受けており、体が動かないようだ。一方、光輝達はハジメの行動によって軽傷で済んでおり、倒れていたものの、すぐに立ち上がる。

 

 頼れる大人が倒れた今、何とかできるのは自分達のみ。光輝は雫と龍太郎にベヒモスを足止めするように指示を出し、大技の詠唱をしようしたが、その前にハジメが動いた。

 

 ハジメは前方に向けて跳躍すると片足を高く掲げ、降下しながらベヒモスの頭部に踵落としを浴びせる。それによって角の片方が砕かれ、ベヒモスの頭部が地面に食い込む。その際、地面に大きな亀裂が幾つもできていた。

 

(全力で戦えば……橋が崩落するかもしれない)

 

 ハジメの実力であればベヒモスを倒すことは可能だ。だが、今立っている石橋はベヒモスが障壁に突進を続けたことで多大な負荷がかかっており、ハジメがベヒモスを攻撃した時や、ベヒモスが攻撃を繰り出した時の余波で崩落する可能性が高く、最悪の場合ベヒモスは倒せても全員が奈落に落ちることになるだろう。そこでハジメが選んだのは、ベヒモスを拘束することだった。

 

「“錬成”」

 

 ハジメはベヒモスの頭部を踏みつけながら、錬成を発動する。ベヒモスの周囲が隆起し、地面に食い込んだ頭部が飲み込まれていく。ベヒモスも抵抗して頭を引き抜こうとするが、魔力回復薬を片手に錬成を繰り返すことで押さえ込む。ダメ押しとばかりに脚部も拘束していき、ベヒモスは間抜けな格好となった。そして、ハジメは後ろを振り返る。

 

「メルド団長! 今のうちに行ってください!」

「すまない、ハジメ……撤退は援護する! 頼んだぞ!」

 

 メルド団長と三人の騎士は既に香織によって魔法で癒されており、動ける状態になっていた。メルド団長の指示を受け、光輝パーティは騎士達と共に下がっていく。だが、一人だけ残ろうとする者がいた。それは香織だった。

 

「ハジメ君! 私も残る!」

「ダメだ! 白崎さんも下がれ!」

「で、でも……」

 

 ハジメだけでなく、団長も香織に下がるように促すが、香織は何としても残ろうとした。

 

「白崎さん、俺は大丈夫だ。必ず戻る」

「ハジメ君……」

 

 ハジメは香織の目を真っ直ぐ見つめ、彼女を安心させようと言葉を発する。香織はハジメの気迫に満ちた雰囲気に安心感を覚え、ハジメの言うことを聞いて撤退することを選ぶ。

 

「必ず帰ってきてね……」

「あぁ、約束だ」

 

 トラウムソルジャーと戦う生徒達を助けるため、騎士団と光輝パーティは撤退していく。香織はハジメの無事を祈りながら、それに続いた。

 

 この時はハジメも香織も知らなかった。二人の間が物理的に引き裂かれ、離れ離れになってしまうということを。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 ソルジャーと戦う生徒達や騎士には限界が近付いていた。生徒達はまだ精神が未熟であり、倒しても倒しても押し寄せるソルジャーに圧倒され、絶望しかけている。だが、そこに希望の一撃が飛んできた。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ “天翔閃”!!」

 

 純白に輝く光の斬撃がトラウムソルジャー達の真ん中に着弾し、その多くを吹き飛ばす。その余波により、橋の両側にいたソルジャーが奈落に落ちていく。その光景に、誰しもが希望を抱いた。

 

「皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」

 

 光輝の声と共に二発目の天翔閃が着弾し、再び多くのソルジャーが吹き飛ばされる。光輝に対して生徒達が抱いている感情は様々だが、この瞬間だけは光輝が希望の光であり、カリスマを発していた。

 

「お前達! ここまでよく頑張った! ここからが正念場だぞ!」

 

 続いてメルド団長も現れ、三人の騎士達と共にソルジャーを次々と斬り捨てていく。

 

 光輝とメルドの攻撃が、反撃の狼煙となった。ソルジャーに怯えて戦えなかった者達も戦列に加わり、魔法と武技の嵐がソルジャーを蹴散らしていく。その速度は遂に魔法陣による魔物の召喚速度を超え、階段への道が開けた。

 

「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」

 

 戦力を一ヵ所に集中させ、全員で包囲網を中央突破する。背後で橋との通路がソルジャーによって封鎖されるが、香織が光の矢を連続で放って蹴散らし、ハジメの退路を確保する。

 

「よし、ハジメの撤退を援護する! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! ハジメの離脱と同時に、化け物に集中砲火を浴びせろ!」

 

 メルド団長の命令を受け、準備を始める生徒達。あの時助けてくれたハジメを助けるということもあり、大半の生徒がやる気に満ちていたし、そうでない者も大勢が動いているのを見て動き出す。

 

 その中には檜山大介の姿もあった。自分が鉱石に触れてしまったせいで起こった事態であるのだが、本気で恐怖を感じていた檜山は、すぐにでも逃げたいという気持ちが心の五割を占めていた。

 

 残りの五割は、ハジメに対する殺意だった。

 

 檜山がハジメに対して初めて敵愾心を持ったのは、ハジメが高校に入ってきた頃だ。檜山は中学生の時、香織に対して恋心を抱いていたのだが、天之河光輝という文武両道のイケメンが周囲にいたことで諦めていた。

 

 高校に入学した時、状況が変わった。香織が光輝ではなく、突然現れた転入生と親密な間柄になったのだ。転入生とはハジメのことであり、香織と恋人の関係にまではなっていなかったようだが、明らかに友人の関係は越えていた。

 

 この様子を見て檜山は思った。どうして学校一の美少女がハイスペックのイケメンではなく、いきなり現れたぽっと出の奴なんかと親しくしているのかと。そして、ハジメのことを美少女と親密になって調子に乗っているふざけた野郎として認識し、シメてやろうと考えた。まあ、相手が高身長であることにビビッて仲間と徒党を組んで襲撃しているので、完全に小悪党なのだが……

 

 四人がかりで行って返り討ちにされた後、しばらくは大人しくしていた檜山だが、異世界に来て力を得て調子に乗り、清水を虐めていた時に乱入してきたハジメと戦って返り討ちに遭い、その際にハジメに対する殺意が芽生えてきた。この世界には日本の刑法など存在しないため、殺しても殺人罪にはならないし、バレなければ問題ない。

 

 そして今、バレずに殺せそうな機会がやってきた。一人でベヒモスを拘束しているハジメを見て、檜山は怪しい笑みを浮かべる。もう、白崎香織なんてどうでもいい。自分に恥をかかせ、異世界で活躍を続けている南雲ハジメ。彼を消すことさえできれば何でもよかった。

 

 

 

 

 

 ハジメはもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。魔力回復薬のストックはもう無い。後ろを振り返ると、全員の撤退が完了しており、魔法攻撃の準備に入っていることを確認できた。

 

 ベヒモスは藻掻き続けている。だが、今の状態なら錬成を止めても数秒は時間を稼げる筈だ。魔力の欠乏が近いことで身体能力や感覚も若干低下しているが、撤退に支障はないだろう。ハジメは最後の錬成を行うと、階段の方向へと走り出した。

 

 その数秒後、地面を粉砕して起き上がったベヒモスは、自身に無様な格好をさせた怨敵を鋭い眼光でロックオンし、咆哮を上げるとハジメを追いかけるために四肢へと力を溜める。あらゆる属性の魔法がベヒモスに殺到したのはその時だった。

 

 ハジメは、あらゆる属性の攻撃魔法が頭上を飛んでいく中で走っていた。当たれば唯では済まない魔法が頭上を通るのは、普通に考えたら恐ろしいものだが、クラスメイト達を信じて進む。攻撃魔法の雨による足止めにより、ベヒモスとの距離は開いていく。このまま、ハジメの撤退は成功するかと思われた。

 

 しかし、運命の女神は微笑まなかった。なんと、無数に飛び交う魔法の中で一つの火球が急に軌道を変え、ハジメの方へと飛来したのだ。明らかに、誰かによって誘導された魔弾だった。

 

(何だと!?)

 

 ハジメの反応は僅かに遅れた。何故なら、魔力の欠乏によって身体能力と感覚が低下してしまったからだ。火球はハジメの進行方向に着弾し、範囲攻撃となる強烈な爆発を巻き起こし、ハジメは爆風を浴びて体勢を崩す。それだけではなく、ハジメに足を止めさせた。

 

 その状況に、ベヒモスは黙っていなかった。自身を間抜けな格好にさせたハジメを鋭い眼光が再びロックオンする。そして、ハジメを叩き潰すべく跳躍すると、赤熱化させた頭部を下に向けて隕石のように突っ込んできた。

 

 爆風を浴びた影響からギリギリで回復したハジメは、すんでの所で回避する。しかし、今までの戦闘によって脆くなっていたこともあって、ベヒモスが突っ込んだ場所を中心に大きい亀裂が入る。亀裂は広がっていき、ついには橋が崩壊を始める。橋は遂に耐久限度を超えたのだ。

 

 ベヒモスはすぐに暗黒の奈落へと落ちていく。そして、ハジメも崩壊に巻き込まれてしまう。何とか復帰を試みるも、掴まれる崖はもう存在しない。そのまま、ハジメは瓦礫と共に奈落に吸い込まれていった。

 

「離して! ハジメ君を助けないと! きっと助けを待ってる! だから離してぇ!」

 

 悲痛な叫びを響かせて飛び出していきそうな香織を、光輝と雫が羽交い絞めにして必死に引き留める。今の香織はその細い体が限界を迎えそうな程の力を出しており、このままでは体を壊してしまうだろう。

 

「香織っ、ダメよ! 香織!」

 

 雫が必死に声をかける一方で、光輝は狂気に包まれた香織に何と言葉をかけていいか分からず、無言でいるしかなかった。その直後、メルド団長の手刀が首筋に打ち込まれたことによって香織は気絶した。

 




随分と無理矢理な感じはありますが、ハジメが奈落にINしました。本作ではデフォルトでスペースジャンプとグラップリングビームを保有してないので、復帰は不可能となってます。


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9話 動き出す者達

題名の通り、色々と動き出します

一部キャラクターの口調、資料が少ないから難しいな……


「落ちてしまいましたか……南雲ハジメ」

 

 魔人族領の地下に建設されたパイレーツの基地にて、試験管に浮かぶ巨大な脳髄『マザーブレイン』はカメラアイを備えた球状のインターフェイスを通して、ハジメ達の訓練の一部始終を全て監視していた。ちなみに、ハジメがこの世界に来ていることを彼女が認識したのはこれが最初である。

 

「あなた方が最も危険視している存在であるそうですが、思ったよりもあっけない最後でした」

 

 そんなことを言いながら、マザーブレインの側に銀髪碧眼の女が降り立つ。白をベースとしたドレスのような甲冑を纏っており、背部からは銀色に光る翼を展開している。

 

「ノイント……来ていましたか」

 

 その女の名はノイント。エヒトに仕えている存在……神の使徒の一人である。美しい容姿の彼女であるが、高い戦闘能力を保有しており、上級使徒に分類される彼女のステータスはオール12000となっている。それに加えて“分解”の固有魔法があるなど、危険な存在だ。

 

 量産型の下級使徒も存在しているのだが、ノイントのような上級と異なり、名前ではなく個体番号で管理されている。ステータスはオール1200であり、数値は下がっているものの、“分解”の固有魔法も健在であり、強力な存在であることには変わりない。

 

「あなたは、南雲ハジメのことを見くびっているようですね。今となっては敵ですが、彼は優秀な戦士です。簡単に死ぬことはないでしょう。それに……」

「それに?」

 

 マザーは少し間を置いて発言する。

 

「彼のパワードスーツは私が開発に関わった最高傑作です。それを装備し、使いこなせる彼ならば、帰還することなど容易いでしょう」

 

 マザーブレインはスペースパイレーツに寝返った敵であると同時に、ハジメのことをよく知っている存在であり、ハジメの実力と最高傑作たるパワードスーツの性能を信頼していた。

 

「取り敢えず、彼がいない間に色々と進めたいものですが、その前に少し気になる者がいます。それは、ハジメに魔法を当てた男です」

「檜山大介……ですか。愚かな男だと記憶しています」

 

 マザーが関心を示したのは、あの檜山だった。

 

「あの者をこちら側に引き込もうと思います。戦闘能力もそれなりに高いようですし、役には立つでしょう……」

 

 

 

※※※

 

 

 

 ホルアドの町外れの一角にある目立たない場所にて、檜山大介は体育座りで膝に顔を埋めていた。その様子を周囲が見れば、落ち込んでいるように見えるだろう。だが、実際は味方を撃った罪人である。

 

「ヒ、ヒヒヒ。あ、あいつが悪いんだ。調子に乗って俺の邪魔しやがって……て、天罰だ……俺は間違ってない……ヒ、ヒヒ」

 

 彼から漏れる言葉は、全て自己弁護の塊。自分が殺人を犯したことを正当化していた。

 

 使用したのは火属性魔法の火球。自分の魔法の適性は風属性魔法であり、魔法が入り乱れていたこともあって疑われることはまず無い。そんなことを自身に言い聞かせる檜山。そして、彼に背後から近付いて声をかけてくる者が一人。

 

「あなたが檜山大介ですね?」

「ヒッ?! 誰だっ!?」

 

 聞こえてきた声に檜山が振り向くと、そこには金髪ショートヘアの若い女性が立っていた。

 

「初めて人を殺した気分はいかがですか?」

「な、な……何の話だ……?」

 

 自分のしたことがバレていることに、檜山は動揺する。

 

「図星のようですね。我々は証拠を握っています。教会には協力者がいますので、それを通じて告発すれば、神の使徒と言えどもただではすみません」

「ま、待ってくれ……!」

「安心してください。もしも我々に協力して頂けるのでしたら、悪いようにはしません。元の世界に帰る手段……欲しくはありませんか?」

「元の世界に?」

 

 元の世界に帰れる手段があることに、檜山は食いつく。

 

「はい。我々はあなたと同じ宇宙から渡ってきました。我々の技術力であれば、人を一人帰すくらい造作もありません。どうでしょう……我々と共に来ませんか? 今でしたら、勇者を越える力もお付けします」

「天之河の奴をぶっ飛ばせる力……欲しいな。南雲もいない今、クラスの奴らや王国を支配できる。そのついでに、白崎も八重樫も、この国の姫さんも俺のものに……ヒ、ヒヒ」

 

 檜山の頭の中には、クラスメイト達や王国を支配して君臨し、クラスの美少女や王女を侍らせている自分の姿があった。

 

(愚かなものです。簡単に力が手に入るとでも思っているのでしょう。力を与えられたところで、体が適合しなければ死に至るというのに……)

 

「なあ、一体あんたは何者なんだ?」

 

 檜山は聞く。流石の檜山でも、元の世界に帰る手段や勇者を越える力を与えてくれる相手について気になったらしい。

 

「私はMB……正式名称はマザーブレイン。スペースパイレーツの最高司令官です。あなたを我々の幹部としてスカウトしに来ました」

 

 目の前の女性の正体はマザーブレインであった。とは言っても、マザーブレインそのものではない。この体はマザーが開発した人型インターフェイスであり、本体からの遠隔操作で動くだけでなく、本体と同様にテレパシーを使い、クリーチャーを操ることができる。小さなマザーブレインと呼んでもいいだろう。また、魔人族による技術協力もあり、魔法を使うこともできる。

 

「分かった……俺はあんたに従う。その代わり、天之河の奴を潰せる力を寄越せ」

「交渉成立です。では、私の半径一メートル圏内に入ってください。我々の基地に案内します」

 

 檜山はMBが言った通り、彼女に近付く。

 

「ワープデバイス起動。目標座標……」

 

 その時、檜山はオルクスのトラップを起動させた時と同じような感覚を覚える。そして、SFに出てきそうな建造物の中へと転移していた。

 

「今のは……ま、魔法?」

「いえ、これはワープデバイス。魔法ではなく、純粋な科学技術です」

 

 やがて、MBに案内された檜山は広い空間に出る。そこには巨大な脳髄が浮かぶ試験管があり、その脳髄の単眼が檜山を凝視していた。

 

「デカい脳味噌……」

「あれは私の本体です。この体は、遠隔操作されているに過ぎません。それはさておき、あなたに力を与えます。(適合すればの話ですが)」

 

 次の瞬間、MBの掌に青白く輝く光球が現れる。

 

「この光球は、パイレーツの強化兵士計画の核心となっているものです。これを体内に取り込むことにより、戦闘力を著しく向上させることかできます」

「とっとと寄越せ!」

 

 光球は掌から離れると、檜山の胸の中に入っていく。これで最強になれる。檜山はそのことを喜んだが、そう簡単に強くなれるわけではない。

 

「ヒヒ、これで俺は最強に……あっ!? アガァ!!! ぐぅあああっ。な、何がっ!? 体が……痛い! て、てめえ、何を!?」

 

 光球が体内に入った直後、自身を襲った激しい痛みに檜山は酷く苦しみ、絶叫する。痛みと共に体全体が脈動し、体内で激しい変化が起こっているようだ。

 

「最強になりたいのでしょう? 力を得るという行為には、痛みが伴うものです……おや、気絶したようですね」

 

 MBが話している間に、激痛に耐えかねた檜山は気絶していた。

 

「檜山大介……適合しましたか。後は、目を覚ますのを待つのみです」

 

 そんなことを言いながら、MBは視線を檜山から別の方向に移す。その先には、緑色のパワードスーツが鎮座していた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 このトータスには、五百年前に滅亡したとされている種族がいた。それは、竜人族と呼ばれる種族である。

 

 竜人族は最強の種族だった。何故なら、その名の通りにドラゴンへと変身する能力を持っていたからだ。竜はその巨体そのものが武器になるし、竜の鱗はこの世界の生物の中で最も硬く、竜のブレスは最強の威力を誇る。それが空を飛ぶのだから、もはや勝てる者はいない。ただ、高い戦闘力を持つのと引き換えに、その数は少なかった。

 

 高い戦闘力を持ち、最強の種族と呼ばれていた彼らだったが、決して傲慢を見せることはなかった。彼らの治める国には様々な種族が共存し、かつて交流のあった鳥人族が掲げる調和の精神が形となっていた。

 

 無力な者を庇護し、弱き者を支え、邪悪が現れれば国を問わず立ち向かう国家。それを治める竜人族の王族は高潔であり、自国の民のみならず、周辺の国からも“真の王族”と呼ばれて称えられていた。

 

 だが、そんな日は突然終わりを迎えた。

 

「竜人族は魔獣である」

 

 誰が言い始めたのかは分からないが、そんな馬鹿げた考えが人々の中に浸透していったからだ。原型を残さず、人からドラゴンに完全に変化する種族など、竜人族以外に存在しない。確かに、そんなことを言う者がいてもおかしくはないだろう。

 

 とはいっても、今まで竜人族は数々の功績を残しているし、世界中の多くの人々が彼らの存在を認めていた。あんなものは少数派の考えに過ぎず、人々の中に浸透するはずがなかった……はずだった。

 

 人々はまるで、何者かによって洗脳されたかのようにその考えに染まっていき、人々の目は畏敬から畏怖へ、信頼から疑惑へ、そして憧れから侮蔑へと変わっていった。こうして始まったのが、竜人族に対する大迫害であり、聖教教会が主導する竜人殲滅戦争である。

 

 竜人族は大きくその数を減らし、当時の王と王妃は同族を逃がすために最後まで戦い、戦死している。二人の献身によって生き残った竜人族は何処かへと旅立ち、世界の表舞台から消えた。

 

 

 

 

 

 人間族と魔人族が戦い、亜人族が隠れている大陸から遠く離れた海上に、その島は存在した。巨大な島を完全に包む程のエネルギーシールドで守られ、島の外周には堅固な防壁と二連装ビーム砲が配備されている。

 

 島の内部は三層からなる防壁で仕切られており、その防壁の上には対空兵器が設置されている。並んでいる建物は全て和風であり、江戸時代の町並みのようにも見えた。島内には自然も残されているなど、文明と自然が調和している。

 

 この島で生きているのは、世界的には滅亡したとされる竜人族である。彼らは部分的に受け継いでいたチョウゾテクノロジーを持って逃亡し、この島に辿り着いた。そして、チョウゾテクノロジーと竜人族の文化を融合させ、独自の文明を築くに至る。

 

 和風な市街地の中を闊歩するのは、和服を着た竜人族とチョウゾテクノロジー由来のメカノイド達だ。メカノイドは彼らの文明を支える重要な存在であり、様々な場面で活用されている。

 

 この島の中心部に位置し、最後の防壁で守られた最重要区画。ここは竜人文明の防衛や技術開発、統治における中核であり、王族の住まう居所もそこにある。

 

 天守閣を備える王族の居所。その敷地内にある、白い砂利が敷き詰められた中庭に、黒色の和服を着た黒髪の美女が立っていた。長く艶やかな長い髪を後頭部で一つにまとめて縛っていて、腰には三鈷柄剣によく似た剣を差している。

 

 彼女の名はティオ・クラルス。竜人族の王族、クラルス族の末裔だ。彼女の両親は、同族を逃がすために殿となり戦死した王と王妃である。

 

 中庭に立っている彼女の周囲には多数の巻藁が配置されており、彼女は抜剣すると巻藁を次々と斬っていく。その太刀筋は美しく、雫の抜刀術といい勝負になるだろう。

 

「相変わらず素晴らしい太刀筋だ……ティオ。流石は私の孫だな」

 

 全ての巻藁が地面に落ちた所で、突然現れた赤髪の和装の美丈夫がティオの剣術を称賛する。彼の名はアドゥル・クラルス。彼女の祖父であり、竜人族の族長である。

 

「じい様!? 来るのであれば、事前に連絡してくだされ。驚いたではないか……」

「すまないな。可愛い孫が大陸へ調査に出る前に、その姿を目に焼きつけたいと思ったのだ」

「じい様……それなら写真があるではないか」

 

 祖父にツッコミを入れるティオ。彼女が大陸に行く目的は二つ。一つは異世界から召喚された勇者の調査、もう一つは魔人族の動きに関する調査である。

 

「それはさておき……わざわざ来るということは、何か重要なことがあるのではないか?」

「そうだ。調査のついでに頼みたいことがあってな。この書簡を魔人族の隠れ里に届けて欲しい」

 

 アドゥルはそう言いながら、懐から一通の書簡を取り出し、ティオに手渡す。

 

「魔人族の隠れ里……ふむ、カマル様の所じゃな。しかし、隠れ里と連絡をとるということは……鳥人族の後継者に関する事柄か?」

 

 魔人族の隠れ里とは、魔王による国の支配に反対する者達が住む土地のことだ。竜人族と彼らは、共にチョウゾテクノロジーを所有する者として、不定期であるが交流を持っていた。

 

「あぁ。つい昨日、我々の有する優秀な占術師達が、鳥人族の後継者の出現を予言してな。情報を共有することにしたのだ。それと、もしも彼の者が現れた際には、その捜索と見極めを頼みたい」

「なるほど……その役目、妾に任せるのじゃ。新たな解放者を組織するためにも、反魔王派との連携は重要じゃからな。それに、彼の者の協力も必要不可欠じゃ」

 

 会話する二人の周囲を複数のメカノイドが蠢き、地面に落ちた巻藁を片付けていく。竜人族からすれば見慣れた光景なのか、二人は特に気にすることはない。

 

「ティオ、気を付けて行ってくるのだ。神の使徒による妨害が考えられるからな」

「大丈夫じゃ。妾には父上と母上が遺してくれた、この“竜帝”がある。決して、神の使徒を恐れたりはしないのじゃ」

 

 先ほどの剣を再び抜剣するティオ。この剣は“竜帝”という名であり、ティオの両親が遺してくれたアーティファクトの剣だ。チョウゾテクノロジーも組み込まれており、神の使徒の分解攻撃を受け止めることができる。

 

「それに、妾には“竜穿”の能力もある。神の使徒とも十分に戦えるはずじゃ」

 

 翌日、竜帝や様々なアーティファクトを携えたティオはアドゥルと従者達に見送られ、島を旅立った。




緑色のパワードスーツですが、見た目はメトロイドシリーズのウィーヴェルというキャラクターから持ってきてます。

ティオの剣の見た目はファイアーエムブレムのカムイの専用武器、夜刀神です。


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10話 鳥人族の足跡

お待たせしました、ようやくパワードスーツの出番です。
メトロイド要素も強くなってます。


 奈落の底にて、南雲ハジメは立ち上がった。その身には既にパワードスーツを身に付けており、そのお陰で落下死を避けることができている。

 

「ひどい目に遭った……だが、これでオルクス大迷宮の探索を始められる」

 

 ポジティブな発言をするハジメだったが、内心では置いてきてしまった香織のことを心配していた。

 

(必ず白崎さんの所へ戻らなければ……大迷宮の探索及び地上への帰還……それが俺のミッションか)

 

 ハジメはとにかく歩みを進める。緑光石の発光があるとはいえ、奈落の底は薄暗い空間だ。まあ、“夜目”を発動させているのでハジメには関係ないのだが……

 

 ハジメのパワードスーツの姿を見ていこう。まず、このスーツはノーマルスーツと呼ばれており、最低限の防御機能や生命維持装置が備わっている。様々な惑星や水中、宇宙での活動が可能だ。

 

 ノーマルスーツは赤・黄・橙の三色を基本のカラーリングとしている。そして、尖った肩部の装甲や逆三角形状のバイザー、左胸にあるL字の発光部位が特徴だ。バイザーとL字の部位は黄緑色に輝いており、薄暗い奈落で特に目立っていた。

 

 右腕にはアームキャノンが装備されている。このスーツのトレードマークであり、ハジメが最も信頼している武器だ。各種のビームやミサイル、ボムを撃ち分ける*1ことができ、その頑丈さから敵を殴るのにも使われる。

 

 ハジメは周囲を警戒しながら進む。パワードスーツのスペックであれば、この世界の魔獣は全く脅威にならないことは分かっているが、ここは未知の場所。パワードスーツでも苦戦するような魔獣が出てきてもおかしくないのだ。

 

 複雑にうねり、岩などの障害物があちこちから飛び出ている通路を進むこと数十分。ハジメはこの世界に似つかわしくない人工物を発見した。

 

 それはブルーゲート。銀河社会において標準規格の青い六角形のゲートであり、誤作動防止のために表面には弱いエネルギーシールドが張られている。通過のためにはビームを当ててシールドを解除する必要がある。

 

 ハジメはパワービームを一発撃ち込んでブルーゲートを解放する。ハジメは構えたアームキャノンに左手を添えながら、その向こう側に突入した。

 

「これは……」

 

 ゲートの向こう側は今まで通ってきたような通路とは異なり、殆どが銀色の金属で構成された空間だった。その空間を見て、ハジメはゼーベスのツーリアンを連想した。

 

 カン…カン…と金属音を立てながら、ハジメは奥の方へと進んでいく。その先には鳥人族のオブジェが配置されており、穴の空いた金属製のプレートを保持していた。

 

(キャノンを差し込めそうだ……)

 

 アームキャノンを差し込むための穴であると即座に理解したハジメは、オブジェが持っているプレートの穴にアームキャノンを突っ込む。すると、オブジェが音声を発した。

 

『チョウゾ製パワードスーツを認識。迷宮制御用マザーコンピュータ、セントラルユニットへパワードスーツデータを送信中……』

 

(セントラルユニット……?)

 

『セントラルユニットより返答……鳥人族の後継者を確認、碑文及びアイテムを解放し、迷宮を後継者仕様に変更します』

 

 音声が止まった後、オブジェの背後の壁が左右に開き、岩壁で覆われた小部屋が出現する。小部屋の壁には、古代チョウゾ文字の碑文が彫られてあった。

 

(古代チョウゾ文字か……“言語理解”の技能には対応してないようだが、スキャンバイザーがある)

 

 師匠から習っていたため、ハジメもある程度なら古代チョウゾ文字を読める。完全ではないので、ハジメはスキャンバイザーを頼った。

 

 碑文の内容はこうだ。

 


後継者の予言

我々、チョウゾと解放者は邪神の卑劣な所業によって追い詰められてしまった。世界の全てを敵に回し、反逆者となった我々に、もはや成す術はない。だが、我々は予見した。チョウゾの鎧を身に纏い、「最強なる戦士(メトロイド)」へと至りて邪神を討つ後継者の存在を。我々は彼の者を支援するため、チョウゾの武器と神代魔法を大迷宮に位置付ける。


 

 碑文にある“解放者”とは反逆者のこと、“邪神”とはエヒトのことだと思われる。この碑文の内容を信じるのならば、鳥人族と解放者はエヒトによって世界の敵に仕立て上げられたということになるのだろう。

 

 問題は、後半の内容だった。チョウゾの鎧=チョウゾ製パワードスーツであることは間違いなく、ハジメが現れることを鳥人族と解放者が予言していたことになる。

 

(最強なる戦士……メトロイドか。今の俺とは程遠い言葉だな)

 

メトロイド。それは鳥人族の言語で「最強なる戦士」を意味する言葉だ。

 

 ハジメは、自分がすでに負けた存在であると認識していた。師匠を含めた大勢の鳥人族を失い、第二の故郷たるゼーベスを失い、一年間の抵抗を続けたが、ゼーベス奪還に至っていないのだから。

 

「リドリー……奴を倒さなければ」

 

 闘志を燃やすハジメ。ハジメはリドリーに一度敗北しており、リドリーを倒すことで敗北者という存在から脱却できるのではないかと考えていた。師匠を殺したのもリドリーであり、彼を倒すのは師匠の仇討ちという側面もある。そのためにも、ハジメはこの世界から脱出しなければならない。それはさておき、碑文の続きを確認しよう。

 

 “邪神を討つ”との文言があるが、この通りだとハジメは「最強なる戦士」へと至り、神と激突することになる。そして、それを支援するために大迷宮へと鳥人族のアイテムと“神代魔法”なるものを配置しているようだ。

 

(鳥人族のアイテムはなんとなく分かるが、神代魔法とは……?)

 

 そもそも、この碑文の真偽も分かっていないのだ。鳥人族関連と言えども、鵜呑みにすることはできない。真偽を知るためにも、先に進む必要がある。

 

 ハジメはパワードスーツに碑文の内容を記録すると、探索しながらブルーゲートの外へと戻った。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 最初の通路に戻り、隅々まで探索を続けていると、先程まで何も無かったはずの場所に、下へと向かう昇降装置を発見した。上に行く道は存在しないことは分かっているため、迷いはない。その上に乗ると、スキャンバイザーを使って昇降装置を起動する。

 

 昇降装置は降下していき、数百メートルは下がった所で止まる。目の前に広がるのは、全く未知の階層だ。何が待ち受けているのかは分からない。だが、先に行くしか道はないのだ。ハジメは、未知の場所への第一歩を踏み出した。

 

 

 

 奈落の第一村人……ではなく魔獣と遭遇するまで、そう時間はかからなかった。目の前に現れたのは、二本の尾がある狼のような五匹の魔獣の群れだ。二尾狼と名付けられたそれらは、尻尾から電撃を放つ固有魔法を保有している。

 

「「グルゥア!!」」

 

 そのうちの二匹が、咆哮と共に逆立てた二本の尻尾の先から電撃を放ってくる。ハジメは重そうなパワードスーツには見合わない鳥の如き身軽さで側宙して電撃を回避。回転する視界の中でビームを連射する。

 

 ハジメが一回転し、再び地面に足を着いた瞬間、五匹の二尾狼が一斉に崩れ落ちる。その全てが頭を吹き飛ばされており、ハジメの射撃技術の高さが窺える。

 

 ハジメが二尾狼の死体に近づくと、そこから紫色の小さな光球が出現し、パワードスーツに吸収されていく。これは、エネルギーボールと呼ばれるものであり、パワードスーツのとある機能によって抽出されたものだ。

 

 ハジメのパワードスーツにはエネルギー吸収機能が存在している。倒した生物の生体エネルギーや破壊した機械のエネルギーを抽出し、エネルギーボールに変換してスーツに取り込むことができ、そのエネルギーを栄養素や水に変換することで飲み食い無しでの長期間の任務を可能とする。また、他者にエネルギーを分け与えることもできる。

 

 エネルギーの吸収を終え、さらに進んでいくと、ハジメは奇妙なフォルムの魔獣に遭遇した。一対の複眼と牙のある蜻蛉のような頭部を、異常に大きな二本足で支えており、バッタのように跳躍する虫型の魔獣だ。それが三体現れた。だが、ハジメはそれに似た生物を知っていた。それは、ゼーベスに生息するサイドホッパーというクリーチャーであり、高い跳躍力が特徴的である。

 

 もしかすると、この魔獣は鳥人族と解放者がサイドホッパーを再現した存在なのかもしれない。そう思いつつ、ハジメはホッパーモドキとの戦闘を開始した。

 

 ホッパーモドキは高く跳躍すると、ハジメを押し潰そうと急降下してくる。パワードスーツを着ているとはいえ、大きな質量のものが上から降ってくれば、ダメージを受けることは避けられない。ハジメはバックステップで押し潰しを回避しつつ、ノーマルミサイルを選択する。

 

『ノーマルミサイル、オンライン』

 

 ホッパーモドキの着地際を狙い、赤い弾頭のミサイルを放つ。ミサイルは後部から炎を吹き出しながら直進し、ホッパーモドキの頭部に直撃する。頭部は一撃で粉砕され、二本の大きな足がその場に残った。

 

 二体目のホッパーモドキに対しては、ハジメの方から接近していき、大きな足による蹴りを跳躍で回避すると、ホッパーモドキの頭部に着地する。アームキャノンの内部では既にエネルギーが増幅されており、その先端を頭部に押し付けると至近距離から最大威力のチャージビームを放った。

 

 これはオーバーブラスト。敵の上に飛び乗り、至近距離から最大威力のチャージビームを叩き込むという技だ。飛び乗られた敵から抵抗を受けることもあるため、振り落とされる前に素早くやらなければならない。

 

 二体目を撃破し、三体目に向かおうとした所で、突然ハジメは足を止めた。何故なら、ゴゴゴゴ……という音と共に大きな球体が転がってきたからだ。

 

 その球体の高さはパワードスーツを纏ったハジメの身長(百九十センチメートル)よりも少し高いくらいだ。それが進路上の二尾狼を次々と轢き殺し、ホッパーモドキを吹き飛ばすとハジメの目の前で停止する。そして、本当の姿を現した。

 

「……グルルル」

 

(装甲を背負った……熊?)

 

 それは、体長が二メートル以上はある熊のような魔獣だった。背中には装甲を背負っており、モーフボールのように球体へ変化する能力を持っている。

 

 その鎧熊に対し、ハジメは先手必勝とばかりにミサイルを三連続で放つ。同時に鎧熊は装甲に包まれた球体に変形し、そこにミサイルが連続で着弾する。だが、その装甲には傷一つ付けることもできなかった。

 

「これはタマげた……球だけに……」

 

 つまらないダジャレを呟きながらも、ハジメは踵を返して鎧熊と逆方向に走り出していた。何故なら、球体モードの鎧熊がその場で高速縦回転を始めたからだ。この次の鎧熊の行動は、ハジメに対する高速回転突進しか考えられない。

 

 その直後、球体はハジメを追いかけて突進してくる。その勢いは凄まじく、ハジメなど簡単に粉砕してしまうだろう。ハジメは全力で走るが、少しずつ距離を詰められている。

 

(あの装甲にミサイルは通用しない……元の状態に戻し、一瞬の隙を突いて装甲の無い部位に攻撃を叩き込む。それしかないな……)

 

 倒す作戦を考えながら、ハジメは全力で走る。その視線の先には袋小路があり、つまるところ行き止まりだった。追い詰められたようなシチュエーションに見えるが、ここに来ること自体が作戦の第一段階である。

 

 ハジメは袋小路に向かって跳躍し、奥の壁を蹴って斜め上後方に跳ぶ。美しいフォームで後方宙返りをするハジメの下を球体が通り抜けていき、壁に勢いよく激突する。鎧熊は元の姿に戻ると、ハジメを探して後ろを向くのだが……

 

「こいつを持っていけ!」

 

 そこには既にアームキャノンを構えたハジメの姿があり、間髪入れずにミサイルを連射してきた。球体への変形は間に合わず、装甲の無い腹部に複数のミサイルが直撃した。

 

「グルゥアアア!?」

 

 初めてダメージを受けて悲鳴を上げ、大きく怯んで尻餅をつく鎧熊。ハジメはそんな鎧熊に止めを刺すべく、地面を蹴って接近する。

 

「グルゥア!!」

 

 鎧熊が両腕を振り下ろし、青いエネルギー衝撃波を放って迎撃してくるが、それをスライディングで躱して更に接近。ビームをチャージした状態で鎧熊に飛びかかり、腹部に着地する。そのままチャージビームを放ち、頭部を吹き飛ばした。

 

 絶命した鎧熊の手足が力を失い、地面に叩きつけられる。ハジメは死体の上から降り、エネルギーボールを全て吸収すると、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鳥人像……やはりあったか」

 

 鎧熊を倒した後、ハジメは鳥人像という造形物を発見した。鳥人像は鳥人族が自らを模して造った彫像であり、高度なバイオテクノロジーが使われている生物兵器だ。基本的に体育座りの状態で配置され、前に出された両手の上にアビリティスフィアを持っていることがある。目の前の鳥人像は、アビリティスフィアを持っていた。

 

 早速、アビリティスフィアを撃って破壊し、中のアイテムをパワードスーツに吸収する。スーツ全体を白い光が走った後、バイザーに表示が出た。

 

『スペイザーを入手しました』

 

『横に三列に並んだビームを同時に発射します。三発同時の発射によって攻撃範囲が広がるだけでなく、ビームの出力の方も強化されています』

 

 ハジメのパワードスーツは、アイテムを取得してアビリティを入手することで、その戦闘能力を高めることができる。スペイザービームであればビームの出力を高め、三発同時の発射によって攻撃の範囲を広げる効果がある。

 

 鳥人像とアイテムの発見で、大迷宮に鳥人像のアイテムを置くとした碑文の内容は、間違っていなかったことが判明した。これから先にもアイテムが置いてあるのであれば、なおさら先に進む必要があるだろう。

*1
ボムをキャノンから発射するのは本作のオリジナル設定。勿論、モーフボールからも出せる




メトロイドシリーズでドロップアイテムとして出てくるエネルギーボール及び、パワードスーツの機能について独自解釈を入れました。

ちなみにミサイルはOtherM仕様となっているので補給の心配はないです。


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11話 溶解液に潜むもの


メトロイド世界の敵クリーチャー、耐久力が現実の生物よりも明らかに高いですね。クリーチャーによってはミサイル一発で死なない奴とかいるし。そういうわけで、本作の大迷宮では原作よりも敵の耐久力が上がってます。

今回の話は少し短いです。


 鎧熊を倒し、鳥人像からスペイザービームを入手したハジメは、階下への階段を発見する。階段を降りていくと、先程とは雰囲気が異なっていた。

 

 そこは、無数の気泡が常に発生する透明な黄色い液体の上に足場が浮いている階層だった。その液体の正体は水ではない。

 

(溶解液か……落ちたらまずいな)

 

 黄色い液体は溶解液であった。それも強力なものであり、最低限の防御機能しかないノーマルスーツでは完全に防ぐことはできず、長時間浸かってしまえばスーツが崩壊し、ハジメは死に至るだろう。

 

 ハジメは溶解液の上に浮く足場を飛び移りながら進んでいく。溶解液に落ちれば大ダメージは確定であり、最悪の場合死ぬので慎重に進む。

 

 所々で溶解液に生息するサメやワームのような魔獣が溶解液から飛び出てくるが、“気配感知”の技能で奇襲を察知し、スペイザービームの弾幕かアームキャノンによる打撃、蹴り技で対処していた。

 

 さらに足場の上を進むと、広々とした空間に出た。そこには百メートルはある橋がかけられており、その先には道があるのが見える。橋の周囲には空中足場もある。勿論、橋の下は溶解液で満たされており、危険度は変わらない。

 

 アームキャノンを構えて周囲を警戒しつつ、橋の上を進んでいく。何も起こらないことを願って進むのだが、橋の半ばまで来たところで異変は起きた。突然、溶解液の中からコポコポ……という音が聞こえてきたのだ。

 

 ハジメは足を止め、音が聞こえてきた方を向くのだが、その瞬間に何かが飛び出してきた。“気配感知”の技能があるにも関わらず、ハジメは反応できなかった。飛び出してきた何かは大きな顎でハジメの下半身に噛みつくと、その勢いのまま溶解液に頭から潜っていく。

 

(クソ……!)

 

 現れた敵に噛みつかれたまま、溶解液にダイブすることになったハジメ。溶解液による持続ダメージを受け続け、エネルギーシールドが削られていく。

 

(巨大な海蛇か……気配が一切感じられなかった)

 

 敵の正体は、黄色い複数の目と鋭い牙を持ち、体が甲殻に覆われている巨大な海蛇だった。気配遮断の技能を持つ大海蛇は、溶解液の中を素早く泳ぎ回り、気配を遮断したまま、勢いのままに空中へ飛び出してハジメを捕まえたのだ。

 

 ハジメは状況を打開すべく、ミサイルを大海蛇の頭部に直撃させて怯ませるのだが、大海蛇の身体が光るエネルギーに包まれたかと思うと、泳ぐ速度が倍以上となった。

 

(この加速……まさか、スピードブースターか!)

 

 スピードブースターはハジメのパワードスーツに搭載することのできるアビリティであり、残像が生じる程の高速ダッシュを可能にする。その際に生じたエネルギーを体に纏うことで、あらゆる敵を粉砕する体当たりを繰り出せる。この大海蛇はスピードブースター能力を持っているようだ。

 

 大海蛇はスピードブースター能力で加速し、ハジメを捕まえたまま溶解液の海を縦横無尽に駆け巡る。エネルギーを纏った大海蛇は無敵状態となっており、いくらミサイルを当てても傷を付けることはできない。

 

(これ以上溶解液に浸かるわけには……)

 

 エネルギーシールドは相当削られており、ノーマルスーツの表面に溶解液の影響が出ていた。だが、脱出のチャンスが訪れた。

 

 次の瞬間、大海蛇はイルカのジャンプのように空中へ飛び出す。それと同時にスピードブースターの制限時間が来たのか、通常の状態に戻っていた。すかさず、ミサイルを連続で直撃させると大海蛇は口を開き、空中でハジメを解放した。

 

 空中に放り出されたハジメは姿勢を巧みに制御して空中足場に着地すると、すぐさま大海蛇の奇襲を警戒する。その直後、コポコポ……という音が聞こえてきた。

 

 ハジメは音が聞こえはじめた瞬間に、その方向を向いていた。そして、大海蛇が高速で飛び出してくるが、背部のスラスターでジェット噴射しながら側宙を行って高速で回避し、そのまま橋に飛び移る。

 

 何度も大海蛇は常人では回避不能な速さで突撃を繰り返してくるが、ハジメはその尽くをジェット噴射を併用した側宙で回避していき、余裕があればすれ違いざまにミサイルを頭部に叩き込んでいく。

 

 それを繰り返すうちに、ハジメは大海蛇の性質を理解した。それは、大海蛇がスピードブースター能力を使用するのは攻撃を受けた直後のみであり、受動的であるということだ。実際、ミサイルを叩き込んだ瞬間に使用してきている。

 

(スピードブースターは使わせない……次で終わらせる……)

 

 溶解液の中で大海蛇は泳ぐスピードを上げ、その勢いのまま水面から飛び出し、獲物に襲いかかろうとする。だが、飛び出した瞬間その獲物がこちらを向いて待ち構えていた。

 

「“豪腕”」

 

 腕力を強化する魔法を右腕に集中させ、待ち構えていたハジメ。そのまま、飛び込んできた大海蛇の下顎を狙い、右腕のアームキャノンを超高速で振り上げる。その突進は強烈なカウンターで弾き返され、大海蛇は脳震盪を起こして昏倒。その頭部を橋の上に横たえる。

 

 ハジメは昏倒する大海蛇の頭部にアームキャノンを向けると止めのチャージビームを叩き込み、頭部を吹き飛ばした。

 

 頭部を失った大海蛇の死体は急速に崩壊していき、その場には多数のエネルギーボールと謎の球体が残される。ハジメが球体に触れると、それはパワードスーツの中に入っていく。スーツ全体を白い光が走った後、バイザーに表示が出た。

 

『スピードブースターを入手しました』

 

『走行中に背面ブースターを噴射して高速ダッシュを行うことが出来ます。その際に発生したエネルギーを纏うことで、ダッシュ中に接触した敵や障害物を破壊します』

 

「やはり、スピードブースターだったか」

 

 スピードブースターを入手した後、ハジメはその場を立ち去る。橋を渡った所にある道を進むと、その先には次の階層に続く階段が存在していた。本当ならすぐにでも行きたいところだが、ハジメは休憩することにした。

 

 パワードスーツを見てみると、溶解液によって装甲が溶けた痕跡が多く存在し、無残な姿になっていた。また、精神力によって維持されるパワードスーツが多くのダメージを受けたことで、ハジメの精神も疲弊している。

 

 パワードスーツのダメージであれば、スーツの自己修復機能により、あまり時間をかけずに修復されるだろう。だが、それと同時にハジメの精神を休ませる必要があった。

 

 ハジメは錬成で通路の壁に穴を空け、休憩用の小部屋を作り出す。空間がある程度広がったところで入口を閉じ、ボロボロのパワードスーツを解除すると壁に寄りかかって寝た。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「まったく……無粋な連中じゃ」

 

 島を出発したティオは、“竜化”の派生技能である“部分竜化”で展開した黒き竜翼で空を飛び、海上を進んで大陸を目指していた。彼女が竜化して飛ばないのは、目立たないようにするためだ。だが、彼女の祖父が危惧した通りに神の使徒による妨害があった。

 

 空中のティオを包囲するのは数百体の下級使徒であり、それを指揮する上級使徒が一体存在していた。

 

「アインスと申します。神の使徒として、主の盤上より不要な駒を排除します」

 

 ティオの目の前にいるのは、アインスと名乗る上級使徒。ノイントと同じ顔と姿をしており、美しい顔だが常に無表情だ。

 

「まあ、よい。妾を邪魔立てするというのなら、押し通るのみじゃ……“竜穿”」

 

 ティオがそう呟くと、彼女の体が光に包まれ、動きやすさを重視したような黒色の薄いアーマーに覆われる。和風というよりは、洋風な雰囲気だ。さらに、顔面には竜の頭部を模した仮面が形成された。

 

 これは彼女の持つ技能、“竜穿”によって竜鱗を変化させて形成したアーマーだ。“竜穿”は人の形を保ったまま竜化形態以上の能力を発揮し、体の一部を自由自在な形に変化させる技能であり、ごく稀に竜人族の王族にのみ発現する。

 

 “竜化”の派生技能である“部分竜化”に似ているが、部分竜化の場合はステータスが竜化形態ほどに上昇せず、変化させられる形も竜の体に存在するパーツに限られているため、自由自在に変形できる“竜穿”は、非常に汎用性に優れた技能であるといえる。なお、燃費が悪いので長時間の使用はオススメできない。

 

「その能力……たしか、五百年前の記録に……なおさら排除する必要がでてきました。総員、攻撃開始……」

「ティオ・クラルス……推して参る!!」

 

 下級使徒が一斉に銀翼から分解効果のある銀羽の魔弾を射出する。銀羽にはホーミング性能があり、まるで生きているかのようにティオへと殺到した。

 

「これを避けられるはずがありません。あなたはここで終わりです…………何っ!?」

 

 無表情だったアインスの顔が歪む。彼女が見たのは、銀羽の群れを翻弄する黒い人型の姿。竜翼にブースターのようなパーツを形成し、魔力を噴射して超高速で飛行している。

 

 銀羽の群れは必死に食らいつこうとしているが、ティオは急加速や急制動を駆使して全ての銀羽を振り切っていく。

 

「一度に多く撃てばよいというものではないぞ。せめて、数回に分けて撃つべきじゃ。さて、今度はこちらからいかせてもらうかの……“竜砲”」

 

 ティオが右腕を横に向けると、右腕に竜の頭を模したアームキャノンのようなパーツが形成される。これは“竜砲”といい、腕部のアーマーが変形したものだ。

 

「竜のブレスを食らうのじゃ!」

 

 ティオは竜砲を下級使徒の集団に向けると、砲口から極太の継続型ブレスを発射する。複数の下級使徒が防御もできずに飲み込まれ、その付近にいた者はその熱量で火の玉に変わっていく。右腕をさらに動かし、生き残りの下級使徒を容赦なく凪ぎ払っていった。

 

「ふむ、汚い花火じゃ……」

 

 空中に僅かに残る火の玉を見て、ティオはどこぞの王子のようなセリフを吐く。そんな彼女の背後からアインスが双大剣で斬りかかるが、直撃の寸前で彼女の姿が掻き消えた。

 

「消え……が、がはっ?!」

 

 次の瞬間、大剣を握ったアインスの両手が切り飛ばされ、宙を舞う。そして、ほぼ同じタイミングで胸から黒色の馬上槍のような物体が突き出てきた。

 

「な、何故……?」

「お主が遅すぎた、それだけのことよ」

 

 ティオは槍に変形した右腕をアインスの背中から引き抜く。左に持っていた竜帝と同様、槍にもベッタリと血が付着している。双方についた血を振り払った後、竜帝を鞘に戻し、右腕の変形を解除する。

 

「さて、行くとするかの」

 

 ティオは燃費の悪い“竜穿”を解除し、再び竜翼を羽ばたかせて大陸への針路を取る。その場に残されたのは、海面にプカプカと浮かぶアインスの死体だけだった。

 




大海蛇の元ネタはメトロイドフュージョンのイシュタルですが、教皇と名前が被っているので名称は大海蛇になりました。当初は溶解液ではなく、普通の水のつもりでした。

ティオがアーマーを纏った姿は、カラーを黒にしたカムイ(女)みたいな感じです。ティオさん、本来の世界線よりも戦闘能力が上がってます。

竜穿の元ネタはファイアーエムブレムですが、オリジナル要素が強めになってます。


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クラスメイトside1

本編を書くのに疲れたので、今回はクラスメイトsideです。下手な文章ですが、毎度読んでいただきありがとうございます。


 オルクス大迷宮にて死闘と喪失を味わった日から既に五日は経過した。勇者一行はホルアドで一泊した後、早朝に高速馬車で王都に戻ってきたのだが、五日間の間に波乱が起こった。

 

 それは、やはり南雲ハジメに関することだ。勇者の同胞の死は王国や教会に伝えられていたのだが、その際の王国や教会の反応が波乱を巻き起こした。国王やイシュタルはハジメの死について、優秀な人材が失われたことを嘆いていたが、多くの貴族や司祭はハジメのことを悪し様に罵っていた。

 

 無論、公の場で言われたのではなく、物陰でこそこそとする世間話という感じであったが。“勇者様を越える力を持って調子に乗っていたから天罰を受けた”とか、“自らの強さを誇示しようとして無謀な戦いをして死んだ”とか、“力があるだけの無能に過ぎなかった”など、貶し放題だった。

 

 死人に鞭打つ行為にクラスメイト達は怒りを覚え、抗議の声を上げた。特にそれが顕著だったのが光輝だ。彼はハジメに敵愾心を抱いていたはずだが、それよりも正義感の方が勝ったらしく、ハジメを擁護していた。彼の抗議もそうだが、王国騎士団の方からも抗議があったこともあり、ハジメを罵った者達は処罰を受けている。ただ、それによって光輝は愚か者にも心を砕く優しい勇者であるという噂が広まる結果となった。

 

 檜山が行方不明になるという事態もあったが、クラスメイト達はそこまで気にしていなかった。何故なら、彼は団長の注意を無視してあの事態を招いた元凶であり、そんな奴と共に歩みたくないと思ったからだ。彼が行方不明になったお陰で、危険な目に遭う可能性が下がったという認識だった。なお、神の使徒の一人が消えたということで、王国は全力で捜索を行っている。

 

 波乱が起こる一方、クラスメイト達はハジメが奈落に落ちる原因となった魔法の“誤爆”については、全く話題にも出さなかった。皆、自分の放った魔法を把握していたはずだが、当時は大量の魔法が嵐のように飛び交っており、“もしも自分の魔法だったら”と思うと、話もできないのだ。それは、自分が人殺しであると言っているのと同じなのだから。魔法の誤爆についてメルド団長が調査しようとしたことがあるが、イシュタルや国王によって禁止されたことで、有耶無耶となってしまった。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 あの日以来、白崎香織は眠り続けていた。王宮専属の医者によると、体に異常はないものの、受けた精神的ショックから心を守るために深い眠りについているのであり、時が来れば目を覚ますだろうとのことだ。

 

「香織……」

 

 自室のベッドで眠り続ける香織の側に、二人の女子生徒がいた。香織の名を呼んだのは雫であり、その隣にいる恵里と同様に暗い表情をしている。

 

「まさか、こんなことになるなんて……」

 

 恵里が呟く。彼女はとある理由からハジメと香織の関係を応援しており、二人の仲が急に引き裂かれてしまったことにショックを受けていた。

 

「お願い……目を覚まして……」

 

 雫は香織の手を握りながら、自分の親友が目を覚ますように祈る。彼女はこれ以上、優しい親友に傷ついてほしくなかった。

 

 そんな彼女の祈りが通じたのかは定かではないが、不意に香織の手がピクッと動いた。

 

「香織!?」

「動いた……?」

 

 雫が香織に呼び掛けると、香織はそれに反応して雫の手を強く握り返す。やがて、ゆっくりと香織は目を開いた。

 

「香織……よかった……」

「……雫ちゃん? それに、恵里ちゃん?」

 

 二人はベッドに身を乗り出して香織を見下ろす。香織は寝起きということもあって焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたが、やがて頭が活動を始めたのか、二人の存在を認識して名前を呼んだ。

 

「ええ、そうよ。ここには私と恵里がいるわ。体はどう? 違和感はない?」

「う、うん。平気だよ。少し怠いけど、寝てたからかな?」

「そうだよ。もう、五日間は眠っていたからね」

 

 と、香織がどれだけ眠っていたか補足する恵里。香織はそれに反応するのだが、その反応に恵里はマズイことを言ったことに気付く。

 

「五日? そんなに……どうして? 私は確か、迷宮に行って……それで……あ、ハジメ君は?」

 

(完全にやらかした……)

 

「香織……それは……」

 

 二人は苦しげな表情でどう伝えるべきか悩むのだが、香織はその様子を見て悲劇が現実であったことを悟る。しかし、その現実を受け入れられるほど精神が強い訳では無かった。

 

「嘘だよ、ね。ハジメ君も助かったんだよね? ね、ね? 皆で帰ってきたんだよね? ハジメ君は言ってたもん、必ず帰ってくるって……ハジメ君はどこにいるの? ねえ、雫ちゃん……ハジメ君はどこ?」

 

 現実逃避に走る香織。焦点の合わない目で雫に迫り、ハジメがどこにいるのか聞き出そうとする。雫は悲痛な表情を浮かべるも、それでは何も解決しないと考え、事実を受け入れさせることにした。

 

「香織……分かっているでしょう? 南雲君は……ここにいないわ」

「やめて……」

「あなたの記憶通りよ。受け入れたくないかもしれないけれど、それが事実なの」

「やめてよ……」

「香織……彼は死んだのよ……」

「違う! ハジメ君が死ぬわけない! 絶対に、そんなことない! 酷いことを言わないで! いくら雫ちゃんでも許さないよ!」

 

 香織は更に錯乱する。もはや正気ではなく、雫が抱き締めていなければ、部屋から飛び出していただろうし、周囲に不安を与えることは間違いない。

 

「離して! 離してよぉ! ハジメ君を探しに行かせて! 絶対に生きてるんだからぁ……」

「恵里、お願い……」

「うん……任せて」

 

 イヤイヤと首を降りながら拘束から逃れるために暴れる香織を落ち着かせるため、恵里が闇魔法に属する沈静化の効果がある魔法を発動する。その魔法により、香織は少しずつ落ち着いていき、数十分で完全に沈静化した。

 

「ねえ、雫ちゃん。あの時、ハジメ君は私達の魔法が当たりそうになってたよね。誰の魔法なの?」

「分からないわ。誰も話題にすらしないもの。もしも犯人が自分だったら……と思うと言い出せるはずがないわ」

「でも、恵里ちゃんの降霊術なら分かるんじゃないかな?」

 

 香織は恵里の降霊術の存在を思い出す。光輝がハジメに突っかかった時、檜山が黒であることを証明しており、その場に香織もいたからだ。

 

「香織ちゃん……ごめん。あの時は、撤退のことしか頭になくて……調べてなかった。本当にごめん……」

「ううん。別に大丈夫だよ。だって、もしも犯人が分かったら……私、その人を必ず恨むし、何をしてしまうか分からないから……もしかしたら、殺すかもしれない……」

 

 申し訳なさそうな恵里をフォローする香織だったが、やるかもしれない行為が本気過ぎるものであり、背後に薙刀を構えた般若の姿が見えたような気がした。

 

「雫ちゃん。私は信じないよ。ハジメ君が死んだなんて……」

「香織、それは……」

 

 香織の言葉に、雫は再び悲痛な表情を浮かべるのだが、香織は雫を安心させるかのように彼女の両頬を両手で包むと、微笑みながら言葉を紡いでいく。

 

「分かってる。あんな所から落ちて生きていると信じる方がおかしいって。でも、ハジメ君の生死を確認したわけじゃない。確認するまでは生きている可能性があるって……私は信じたい」

「香織……」

「私、もっと強くなるよ。あの時、私はハジメ君の隣に立つことができなかった……だから、隣に立てる程に強くなって、ハジメ君のことを確認したい……雫ちゃん、力を貸してください……」

 

 雫は香織の目を見つめ返す。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えず、そこには純粋な意思のみが宿っている。もはや、誰にもそれを止めることはできないだろう。

 

 だが、ハジメの生死を確認するということは、オルクス大迷宮に行くということであり、神の使徒として前線に出るということになる。

 

「香織、本当にいいの? 南雲君のおかげで志願制になったのよ。香織が無理する必要はないわ」

「うん。ハジメ君の思いを無下にすることになるけど……私は、それでもハジメ君を探しにいく。だって、彼のことが好きだから……」

 

 香織の覚悟を見て、雫は一つの意思を固めた。

 

「いいわよ、あなたが納得するまで私も付き合うわ」

「ありがとう、雫ちゃん!」

 

 香織は雫に抱きつき、「ありがとう」と何度も礼を言う。前線に出れば敵を殺すことになるため、前衛である雫が付いてきてくれるか心配だったからだ。だが、雫は親友を助けることに決めた。

 

「香織ちゃん、僕も付き合うよ。南雲君と香織ちゃんには、この前助けてもらったばっかりだからね」

「恵里ちゃんもありがとう!」

 

 雫に続き、恵里も香織を助けることにした。こうして、香織と雫、恵里の三人は戦いに残ることになった。

 

「ねえ、恵里は香織と南雲君に助けられたと言っていたけれど、私は初耳だわ。香織と恵里が急に親しくなったのも、それが関係しているの?」

「あぁ、そのことは……内容が内容だけに殆ど周囲に話してなかったからね。この際、雫には話すよ。香織ちゃん、いいよね?」

 

 恵里の言葉に香織は頷き、肯定の意を示す。それを受けた恵里は、最初に衝撃的なことを言った。

 

「僕は、少し前に香織ちゃんを殺そうとした」

「殺そう……とした? それって……一体、どういうことなの?」

 

 雫は恵里の一言目に驚きを隠せない。クラスメイトが人……それも自分の親友を殺そうと考えていたのだから、驚かない方がおかしいだろう。

 

「どうして僕が香織ちゃんを殺そうとしたのか……それを知るには、僕の過去を知ってもらう必要があるよ」

 

 恵里は自分の過去について語り始めた。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 昔、五歳の恵里は父親を目の前で亡くした。それも、彼女を原因として。彼女は父親と二人で公園に遊びに来たのだが、大好きな父親とのお出かけに浮かれていた彼女が不注意にも車道に飛び出し、そのタイミングで運悪く突っ込んできた自動車があった。そして、彼女を庇った父親が亡くなってしまったのだ。

 

 これだけなら、ありふれた交通事故に過ぎないだろう。裁判によって賠償金が支払われるだろうし、自らの行為で父親が死んだ事実に傷ついた恵里を、母親が一人の大人として涙を呑みながら支える。普通はそうなるだろう。しかし、母親の態度は全く異なるものであった。

 

 恵里の母親は良家のお嬢様であったのだが、家の反対に逆らって父親と結婚しており、依存といってもいいレベルで父親とべったりしていた。

 

 精神的に弱かった母親は、精神的支柱たる夫を亡くしたことに耐えられず、その原因となった恵理に対して憎悪を向けた。元々、母親が恵理を愛していたのは「夫の娘」であるからであり、心から愛していた訳では無かったことも一因である。

 

 恵里は、毎日の暴力と罵詈雑言に耐え続けた。自分が罰を受けるのは当然であり、この罰が終われば元の穏やかな母に戻ってくれると信じて。そのため、恵里は虐待を受けていることを口外しなかった。

 

 よく考えて見れば、どんな理由があろうと子供に暴力を振るい暴言を吐くというのは思慮分別に欠けた行為であり、大人げないものだろう。そもそも、虐待自体ご法度な行為である。

 

 ある時、母を信じていた……というか現実から目を逸らしていた恵里は、母の本質を直視することになる。

 

 小学三年生の時、恵里の母親は再婚した。その相手は典型的なクズ男であり、あろうことか性的欲求を幼い恵里に向けた男は、母親が居ない隙に彼女を襲った。

 

 恵里がその事態を予測して窓を開けており、悲鳴を聞いた近隣住民が通報したことで男は逮捕され、恵理も無事だった。だったのだが…

 

 母親は恵里を心配するどころか、更なる憎悪を向けてきた。この事件に対する母親の認識は、恵里がまた男を奪ったということであり、男がクズであったと理解する切っ掛けにもならなかったのだ。

 

 関係の改善を期待していた恵里は、打ちひしがれた。母親は決して昔の穏やかな姿に戻ることはなく、男に執着する醜い姿こそが母の本質であるということを理解させられた。

 

 今までの我慢が意味の無いものだったことを知った恵里は、ついに壊れた。早朝、家から抜け出した彼女は、大きな川に架かる鉄橋から飛び降り自殺を図った。

 

 そこに通りかかったのが、ジャージ姿でランニング中の天之河光輝だった。彼は恵里を欄干から降ろし、正義感を発揮してしつこく事情を尋ねた。

 

 光輝がしつこかったため、恵里はかなり省略して事情を説明した。そうしなければ、光輝が放してくれそうになかったからだ。そして、断片的な情報であったものの、事情をある程度理解した光輝はこんなことを言った。

 

「もう一人じゃない。俺が恵里を守る」

 

 学校で人気を集める光輝に助けられ、イケメンフェイスでそんなことを言われた恵里の目には、光輝が自分を完全に救ってくれる王子様のように見え、自分は彼の“特別”になりたいと思った。

 

 だが、光輝の周囲には白崎香織や八重樫雫といった少女が既におり、殺してでも排除したいと考えていた。勿論、そんなことをすれば犯罪者なので抑え込んでいた。

 

 しかし、いつまでも抑え込むことは出来なかった。それは、彼女が高校生になった時だった。丁度、南雲ハジメが現れた時であり、ハジメと香織が親しくしているのを見て、光輝が自分の方を見てくれるのではないかと思った。

 

 現実はそうはならなかった。光輝は恵里のことを見てくれるどころか、ハジメを敵視して香織に執着したのだ。それもそうだ。光輝にとって恵里は既に救済した存在であり、“その他大勢”に過ぎなかったのだから。

 

 そして、恵里は凶行に走る。それは、白崎香織殺害未遂事件である。なんと、香織を殺害しようとしたのだ。恵里は包丁で香織を刺殺しようと試みるのだが、案の定ハジメによって阻止される結果に終わった。

 

 恵里は自らの短絡的な行動に後悔した。警察に突き出されれば学校に行けなくなり、光輝の側に行くことも叶わなくなるからだ。

 

 恵里の考えに反して、ハジメと香織はすぐに警察を呼ぶことはなく、彼女の事情を聞くことを優先した。

 

「中村さん。どうしてこんなことを?」

「うん、私も気になる……恵里ちゃん、教えてくれる?」

 

 人を殺そうと思うからには、何かしら理由があるはずだ。二人は特に彼女を詰問するわけでもなく、優しく声をかけた。

 

「わ、私は……」

 

 二人の対応に安心したのか、恵里は包み隠さず話した。勿論、過去の話も含めて。

 

「酷い親がいたものだ……」

「うん、ずっと辛いのを我慢してきたんだね……それにしても、光輝君が原因だったなんて」

 

 恵里の境遇に二人は同情した。そして、ようやく全てを吐き出せたことで憑き物が落ちた恵里は、警察に通報するように頼んだ。

 

「白崎さん、どうする? できれば彼女を犯罪者にしたくはないが……」

「私も、恵里ちゃんを犯罪者にしたくないよ。私は恵里ちゃんを許す」

「でも、私は殺そうとした……」

 

 恵里は自らの罪を自覚し、警察に突き出されることを拒否しなかった。だが、ハジメはしゃがんで彼女と同じ目線になり、彼女を諭す。

 

「君は、人を殺せる人間ではない。君が包丁を握る手は震えていたし、怯えていた。きっと、刺す直前に取り落としていただろう。今ならまだ、やり直せる」

 

 その瞬間、恵里の目から涙が溢れだす。こんなことをしでかした自分に、まだやり直せると言ってくれたのだから。

 

「恵里ちゃん、もう一度やり直そうよ。また、お友達になってもらえる?」

「う、うん……ありがとう。香織ちゃん、南雲君……」

 

 このようにして、中村恵里はハジメと香織に救われたのだ。なお、ハジメは公安と繋がりがあることを利用して警察と連絡を取っており、恵里の母親は逮捕された。また、後に恵里は自分のしたことについて鈴に告白しているが、友人の関係が壊れることはなかった。

 

 

「まあ、こんな感じで僕は救われたんだ」

「そう……ずっと一人で辛い思いをしてきたのね……私、知らなかったわ……」

 

 雫はクラスのまとめ役であり、クラスメイトのことは大体把握しているつもりだった。恵里のことは小学生の頃から知っていたが、辛い事情を抱えていたことまでは知らなかった。

 

「ありがとう、僕に同情してくれて……」

 

 この日、女子三人は戦いへの覚悟を決めた。好きな人のため、恩人のため、親友のため……それぞれの理由で覚悟を決めた彼女達の行く末に何があるのか……それは、まだ分からない。



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クラスメイトside2

勇者を愚かにし過ぎた感がある。


 ベヒモスとの死闘から生還したクラスメイト達は主に三つの道に別れた。

 

 一つは、ハジメの死がトラウマとなり戦いを拒否する者達だ。彼らはあの日、戦いが死と隣り合わせであることを知ってしまい、冒険者になることすら拒否していた。

 

 当然、教会からはよく思われていない。教会としては、彼らの殆どが自らの力を理解し、戦いに残ってくれるだろうと期待していたからだ。確かに、彼らは自らの能力の強さを理解していたが、平和な世界からやって来た彼らの頭からは、死ぬ可能性というものが完全に抜け落ちていた。

 

 まあ、ハジメによって志願制が決まっていた以上、教会としては彼らが生産に従事することに文句は言えないのだが。教会の人間の中には、彼らに対して戦いに参加するように促してくる者もいたが、愛子先生がそれに抗議した。

 

 愛子先生の天職は“作農師”というものだ。トータスにおける食料事情を一変させる可能性を秘めており、戦争においてもキーマンというべき存在である。その彼女は農地開拓に派遣され、大迷宮での訓練には参加していなかった。

 

 ハジメの死を知り、彼女は寝込んでしまった。自分が安全圏にいる間に生徒達が危ない目に遭い、一人が帰らぬ人となったことを知り、責任感の強い彼女はショックを受けたのだ。

 

 もう、誰も死なせなくない。そんな思いを胸に抱く彼女としては、戦えない生徒達をこれ以上戦場に送り出したくなかった。彼女は自らの持つ能力や発言権を盾にして抗議し、関係の悪化を避けるために抗議を受け入れた教会は、戦争への参加を促した教会関係者を処罰した。

 

 二つ目は、農地開拓や改良を行う愛子に護衛隊として同行し、各地を巡る者達だ。一つ目の集団の中から分岐した集団であり、戦争への参加や冒険者となることを拒否したが、先生を守るためならば戦うことを厭わない者達だ。彼らについては、現時点で語ることはない。

 

 三つ目は、戦争に参加する者達だ。彼らは打倒ベヒモスを掲げ、再びオルクス大迷宮に挑むことになっていた。

 

 所属しているのは、光輝が率いる勇者パーティと、永山重吾という大柄な柔道部の男子が率いる男女五人で構成された永山パーティ、檜山不在の旧小悪党組である。近藤達はパーティとしての体をなしておらず、各パーティの補助に入ることになっている。

 

 リーダーは当然、勇者である光輝だ。彼は戦争参加組の中で最も強く打倒ベヒモスを掲げていた。彼は、自分達がベヒモスを撃破することで、戦意を喪失したクラスメイト達が再び立ち上がることを期待していた。

 

 彼らは今日も、これまで以上に訓練に励んでいる。全ては、自分達を危機に陥れ、仲間が死ぬ原因となったベヒモスを倒すために……

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 香織が目を覚ましてから、数日が経過した。彼女は毎日欠かさず訓練しており、今日も訓練をしていた。彼女が立っている場所から五十メートルの地点に直径約一メートルの的が複数設置され、彼女と親しい女子達が見守る中、彼女は聖弓を構える。

 

 聖女専用アーティファクト“聖弓”は、光の矢を放つ弓型の武装である。持ち手を除く部分が金色で縁取られており、まるで芸術品のようだ。

 

 一方、香織の服装は白を基調とする女神官のようなものになっており、彼女が美少女であることもあって神秘的な雰囲気を醸し出している。

 

 身に付けているのは白い衣装だけではない。弓を持たない右腕にはアーティファクトの籠手を装備している。この籠手には回復魔法や光属性魔法の魔法陣が刻まれており、あの日も装備していた。また、ファンタジーの弓使いが持っていそうな胸当てを装備している。

 

 香織はいつも通りに弓の横に右手を添え、後ろに引く。すると、出現した光の矢が三本に増えた。手を離すと三本の矢は飛んでいき、それぞれが別の的に命中する。全ての矢が的の中央に命中していた。

 

 この聖弓が放つ光の矢は、使い手の意思に応じて形を変化させたり、同時発射数を増やすなど、バリエーションが豊かになっている。その変化にも限度があるが、使い手の練度次第で変わってくる。

 

 先ほど放った三本の矢はその機能によるものだ。香織は医者の指示で安静にしている間もイメージトレーニングを重ねており、いくつかの変化を編み出している。それによって彼女の戦闘能力は高まったといえる。

 

 香織はハジメへの想いを胸に魔法や聖弓の訓練に力を入れ、時には残されていたハジメの制服の匂いを嗅いで元気を出しつつ、訓練に励んでいた。

 

「カオリン……とても神秘的……もはや天使だよね」

 

 うっとりとした表情で香織を見守っていたのは、クラスのマスコット的な存在である谷口鈴だ。

 

「鈴の言う通りだよ。白い翼と光る輪っかがあったら、天使になりそう……」

「エリリンもそう思うよね! この世界じゃ大きな声で言えないけど、今すぐにでも信仰したい気分だよ」

 

 人間族の世界はエヒトを中心に回っている。そんな世界で別の存在を信仰すれば、異教徒扱いされて排斥されるのだから。まあ、エヒトから遣わされた存在にすれば信仰は可能だろうが。

 

「恵里ちゃん、鈴ちゃん、お疲れさま」

 

 二人の所に香織がやってきて、労いの言葉をかける。二人も同様に、労いの言葉を香織にかけた。もう訓練は終わりの時間であり、疲労が溜まっていた。

 

「香織ちゃん、お疲れさま」

「お疲れさま。カオリン、前よりも訓練に力を入れていて凄いよね!」

「鈴ちゃん、ありがとう。ハジメ君のことを想うとね、いつも以上に頑張れるの」

「愛の力ってやつだね」

 

 女子三人の会話が続く。話す内容は歳相応のものであり、戦闘に備えるための訓練という非日常に身を置いていたとしても、彼女達が若い学生であることには変わりない。そんな中、空気を読めない乱入者が現れた。

 

「香織! 香織はいるか?!」

「光輝君? どうしたの?」

 

 その乱入者の正体は、勇者の天之河光輝であった。彼は香織に近付くと、開口一番こう言った。

 

「香織、君の優しいところは好きだ。だが、いつまでも南雲に囚われてちゃいけない! 南雲のことは忘れるんだ!」

「「「は?」」」

 

 香織達は困惑した。おまえは何を言っているんだ?と。彼がどうしてこんなことを言ったのか。それは、香織が訓練をしている間に遡る。

 

 

 

(何故だ!! どうして香織は俺のことを見てくれない!? 南雲はもういない! だから、香織は南雲に囚われる必要は無いんだ!)

 

 ハジメへの想いを胸に訓練に励む香織を見て、光輝は激情に駆られていた。

 

 今まで、香織の近くにいたのは幼馴染の光輝だった。しかし、ハジメが現れてから香織は完全にハジメのことしか見なくなった。それを、光輝は香織をハジメに奪われたのだと認識していた。

 

 光輝はハジメが消えたことで香織が再び自分のことを見てくれるのではないかと期待していた。だが、見ての通り香織はハジメのことしか考えていない。

 

(香織は南雲の呪縛に囚われている! 香織、絶対に君を解放する!)

 

 相手の事情を一切考慮しない、光輝の自分勝手な正義感。香織が絡んでいることもあって冷静な判断を欠いた彼は暴走特急の如く突き進み、今に至るわけだ。

 

「香織は南雲の呪縛に囚われている! 南雲の物をいくつか持っているみたいだが、全て捨てるんだ! そうすれば、君は苦しみから解放される!」

 

 そこに、カリスマのある光輝はいない。いたのは、一人の女に執着する小物と化した光輝のみだ。

 

「光輝君、どうしてそんなことを言うの?」

 

 ハジメに関する物など、ハジメを想っている香織に捨てられるはずがない。

 

「酷いかもしれないが、これは君を救うためなんだ。大丈夫、俺が傍にいる。俺は死んだりしないし、もう二度と誰も死なせはしない」

 

 そのイケメンフェイスで口説くようなセリフを言い連ねる光輝。しかし、香織には響かない。

 

「私は、光輝君のことが信用できない」

「俺を信じて欲しい。俺は南雲のようなヘマはしないし、ベヒモスだってきっと倒してみせる!」

 

 その時、香織の中で何かが切れた。

 

「ハジメ君はヘマなんてしてないよ! そもそも、あの時に光輝君が意地を張ってベヒモスに挑まなければ、こんなことにはならなかったのに!」

 

 クラスの女神と呼ばれる香織は、滅多に怒らない。また、大迷宮における光輝の失態について批判もしていなかった。しかし、彼の失言が怒りの導火線に火を付けた。

 

 次の瞬間、パンッ!という乾いた音が訓練場に響く。それは、怒りのあまり香織が光輝をビンタした音だ。

 

「香織…!?」

 

 光輝はヒリヒリする頬を手で押さえ、目を見開いて香織を見る。

 

「ごめん、光輝君。どうしても我慢できなくて……私のことを心配して言ってくれたのは分かったけど、私にも譲れないものがあるの……大丈夫、私は勇者パーティーを抜けるようなことはしないから……」

 

 元々の優しい性格もあり、やり過ぎたと思ったのか謝罪する香織。そんな香織は女神の如き微笑を浮かべているが、その目はハイライトが消えており、目だけ笑っていない。それどころか、その背後に般若の幻影が浮かんでいた。

 

「あ…あぁ…その、すまなかった…!」

 

 光輝は初めて香織に恐怖を覚え、思わず少し後ずさりする。何とか謝罪の言葉を捻りだした後、逃げるようにして訓練場から去った。

 

「エリリン、今の見た?」

「う、うん……香織ちゃんの背後に般若みたいなス○ンドが見えたような気が……」

 

 香織を決して怒らせてはいけない。それが、二人の間での共通認識となった。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 清水幸利は決意した。ここから離脱して冒険者となることを。

 

 その一番の理由は、ハジメが消えたことにあるだろう。あの時助けてくれたハジメがいなければ、檜山不在とはいえ小悪党組によって訓練と称した暴行を再び受けてしまう可能性がある。そのため、王宮に残る理由は無いし、トラウムソルジャーに殺されかけた経験から大迷宮の攻略に赴く気も更々無かった。

 

 近々、志願した生徒達が護衛隊として各地を巡る愛子先生に同行するらしいが、誰も自分のことを知らない世界に行きたいと考えていたため、清水は冒険者の道を選んだというわけだ。

 

 清水の天職は闇術師であり、闇属性魔法を一番得意としている。闇属性魔法には相手の精神や意識に作用したり、闇のエネルギーで相手の体を拘束するような魔法が多く、基本的には敵にデバフを与える魔法とされている。攻撃魔法も存在するが、その方面の研究をする者がほぼいないらしく、数は少ない。ただし、清水には闇属性以外にも風属性と雷属性への高い適性があるため、攻撃手段に乏しい訳ではない。

 

 彼はオタクだ。様々な漫画やアニメに出てくる魔法や技の知識が豊富であり、特に闇属性を愛していた。清水はこの世界の闇属性魔法に失望していることもあり、冒険者として活動しながらも攻撃魔法の開発に力を入れるつもりだった。

 

 そして、清水はクラスメイトの大半が起きていないであろう早朝に王宮から抜け出そうとしていたのだが、ここでとあるクラスメイトと遭遇してしまう。それは…

 

「ええっと、清水君よね? こんな時間にどうしたのかしら?」

「八重樫さん……」

 

 清水が遭遇したのは、早起きして鍛錬している八重樫雫だった。彼は完全に失念していた。彼女が早朝に鍛錬しているということを。

 

(まさか、八重樫さんに遭遇するとは…それにしても、八重樫さんは綺麗だな。黒髪ポニーテールの美少女……最高だ)

 

 実を言うと、清水にとって八重樫雫はドストライクな女性だった。美人なのは勿論のことだが、彼の好みは黒髪ロングであり、その長い髪を縛ってポニーテールにしていると更に好みになるという。

 

 清水はそんな彼女に対して、自分が王宮から抜け出して冒険者になろうとしていることを包み隠さず話した。

 

 遭遇したのが別の人だったのなら、ここまで話すことは無かっただろう。しかし、雫は意中の人である。清水は、少しでも彼女の記憶の片隅に残りたいと考えていた。もしかすると、二度と彼女と遭遇できない可能性だってあるのだから。

 

「なるほどね。別に、清水君を引き留める気はないわ。せっかく異世界に来たんだもの、冒険者になるのもいいと思うわ」

 

 雫は清水がしようと思っていることを否定しなかった。その事実に、清水は内心驚いていた。そして、もう少し彼女と話をしてみたいと考えた。

 

「八重樫さんは、こんなところを抜け出したいと思ったことは無いのか?」

「私だって、逃げられるなら逃げたいと思うわよ。でも、光輝が何をしでかすか分からないし、幼馴染として傍にいてあげないとダメな気がするから……」

 

 雫には光輝を見捨てる選択肢など存在しなかった。たとえ、かつて光輝のせいでイジメに遭い、己の親友である香織に対して彼が酷いことを言ったとしても。

 

「よく見捨てないな……」

「光輝のせいで酷い目に遭ったこともあるわ。空気は読めないし、他人の事情は考慮しないし、思い込みで突っ走るし、挙げたらキリがないけど、光輝は悪人というわけじゃないの」

「悪いことの方が多くないか?」

 

 清水はツッコミを入れる。

 

「実際そうだもの。けど、光輝は正義感で動く存在だし、決して嘘をつくような真似はしないわ。でも、このままだと光輝はいつか現実を見て狼狽えることになる。その時、誰かが傍にいてあげないと……」

「そうか……八重樫さんは苦労人だな」

 

 清水は雫に同情する。光輝が彼女の幼馴染でなかったら、雫はここまで光輝のことを考えていないだろう。光輝の幼馴染……その肩書きが雫を拘束していると言っていい。

 

「清水君は人と話さないイメージがあったけれど、意外と話せるのね。光輝よりも話しやすい気がするわ」

「軽くディスられてる気がするけど、ここを出ていく前に話したのが八重樫さんで良かった。それじゃあ……」

 

 清水は王宮の外を目指して歩き始める。そこに、背後から雫が声を掛ける。

 

「清水君、また何処かで会えるといいわね。その時はまた、お話ししましょうね」

「あぁ。八重樫さん、お元気で……」

 

 その日、清水は王宮から去った。



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12話 封印部屋


現在の保有アビリティをまとめました
・パワービーム
装着者の生体エネルギーを変換して放つ、アームキャノンに標準装備されたビーム。

+チャージビーム
アームキャノンの内部でエネルギーを増幅することで破壊力を高めたビーム。最大までチャージすると、ノーマルミサイルと同等の威力を持つ。

+スペイザービーム
横に三列に並んだビームを同時に発射する。三発同時の発射によって攻撃範囲が広がるだけでなく、ビームの出力が強化されている。

・ノーマルミサイル(最大保有数:30発)
通常のミサイル。対象をロックオンして発射する。生体エネルギーによって生成されており、補給の際にはコンセントレーションという行動で補給するが、その際は身動きが取れなくなってしまうため、撃ち過ぎとタイミングに注意する必要がある。

・モーフボール
自走が可能な球体に変形する能力。再現の難しい鳥人族の技術の一つであり、スペースパイレーツが再現を試みた際に被験者が複雑骨折で死亡した。本作においては、ブーストボールとスプリングボールの能力も内包している。

・ボム
小型の時限式爆弾。原作ではモーフボール状態の時のみ使用可能だが、本作においてはアームキャノンからも撃てる設定となっている。

・スピードブースター
走行中に背面ブースターを噴射して高速ダッシュを行うことが可能な能力。その際に発生したエネルギーを纏うことで、ダッシュ中に接触した敵や障害物を破壊する。


 ハジメは再び大迷宮の探索を開始した。寝ている間にパワードスーツの修理は完了しており、ピカピカの状態である。現時点で最初の階層から五十層は降りているのだが、突破にはパワードスーツが必須な場面が多かった。

 

 例えば、生身を晒せば即死するような超高温の階層が存在していた。その温度はゼーベスのノルフェア並みであり、ノーマルスーツでは完全に防ぐことができず、スーツは持続ダメージを受け続け、肉体にも負荷がかかっていた。バリアスーツがあればダメージ無しで通過できるのだが、無い物ねだりはできない。

 

 超高温の階層では、いかに速く通過するかが重要だった。この階層には超高温に適応した魔獣が生息し、その熱耐性によってビームに対する耐性も高かった。この地獄を速く抜け出すため、ハジメは無駄な交戦を避け、道を塞ぐものだけを排除するしかなかった。

 

 その際、スピードブースターが大いに役立った。使用は助走できる空間がある場合に限られるが、高速ダッシュを可能とするこのアビリティは、突破するまでのタイムを大幅に短縮することに貢献した。

 

 エネルギーを纏った高速ダッシュで進路上の障害物を破壊し、接触した敵を問答無用で粉砕していくその姿は、魔獣からしたら恐ろしいものだったに違いない。

 

 また、地下にも関わらず密林が広がる階層もあった。ものすごく蒸し暑い階層であり、所々に生身なら即死する毒液で満たされた池があるなど、生身で来たい場所ではない。

 

 ハジメがそこで最初に遭遇したのは、巨大なワームだった。大海蛇と同じく“気配遮断”を持っているのか、地中からハジメを襲撃して丸飲みにしてしまった。ハジメは消化液によるダメージを受けるが、モーフボールに変形すると複数のボムを出し、体内で爆発させることで撃破した。

 

 また、地球のファンタジーで出てくるトレントに酷似した魔獣も現れた。トレントモドキの攻撃手段として、鋭い木の根による串刺し攻撃や、先端に鎌がついた腕状のツルによる攻撃、幹から爆発する種を飛ばす攻撃があった。

 

 なかなか殺意の高い植物なのだが、頭部に実っている赤い果実は食用になるものだった。本来、魔獣の肉は人間にとって毒であるが、スキャンによってこの果実には毒が無いことが分かったのだ。

 

 久しぶりの食事であり、その果実が美味しかったこともあって、ハジメはトレントモドキの殆どを狩り尽くしてしまった。そのことについて、後にハジメは鳥人族の後を継ぐ戦士としてあるまじき行為であったと反省している。

 

 そして、気付いた時には五十階層に到達していた。五十階層を探索していると、明らかに後付けされている異質な場所を発見する。その開けた空間には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉があり、扉の両脇の壁には、地球の神話に登場する単眼の巨人であるサイクロプスのような彫刻がそれぞれ一体ずつ埋め込まれていた。

 

 この扉の向こう側には状況を変える何かがある。ハジメはそんな予感を感じると同時に、危険な何かと直面する予感も感じていた。

 

(一体、何が潜んでいるのだろうか?)

 

 ハジメは構えたアームキャノンに左手を添え、油断せずに扉に近づいていく。“気配感知”はもちろん発動させているし、全ての感覚を研ぎ澄ましていた。

 

 特に何も起こらず、ハジメは扉の目の前に立つ。扉をよく見ると装飾が施されており、中央には二つの窪みのある魔法陣があった。

 

(見たことのない魔法陣だ……)

 

 ハジメは魔法に対する理解を深めるため、魔法陣についても徹底的な調査を行っていた。だが、目の前にある魔法陣はいずれにも該当せず、式を読み取ることができなかった。おそらく、相当古い形式の魔法陣なのだろう。

 

(錬成なら開けられるか?)

 

 そう思いながら、おもむろに魔法陣へと左腕を伸ばすハジメ。もう少しで左手が魔法陣に触れるのではないかと思われた瞬間、扉から放たれた赤い放電によってハジメの手は弾き飛ばされてしまった。スーツのエネルギーシールドが若干削られたようだ。

 

 その直後、異変が起こった。

 

「「オォォオオオオオオ!!」」

 

 突然、雄叫びが部屋全体に響き渡る。ハジメは咄嗟にバックステップで扉から離れると、アームキャノンを扉の方向に照準し、構えた。

 

「なるほど、お前達は警備員というわけか」

 

 扉の両脇に埋め込まれてあった二体のサイクロプスが、周囲の壁を破壊して現れる。最初は壁と同化するため体色は灰色だったが、少しずつ暗緑色に変化していく。サイクロプスは近くの壁から全長四メートルの大剣を取り出すと、侵入者に対処しようと接近してきた。

 

 最初に接近してきたのは、ハジメから見て右側のサイクロプスだった。雄叫びを上げながら大剣を高く掲げると、ハジメに向かって勢いよく振り下ろしてくる。

 

 位置エネルギーと大剣の重み、サイクロプス自身のパワーも合わさった一撃であり、まともに受ければ無事ではすまない。だが、ハジメは避けなかった。

 

 次の瞬間、ガキンッ!という金属同士がぶつかり合う音が響き渡り、サイクロプスの大剣が半ばからへし折られる。分離した刀身が回転しながら宙を舞い、ハジメの背後に突き刺さった。

 

 振り上げられたアームキャノンとぶつかり、半ばからへし折られた自慢の得物を見て、困惑するサイクロプス(右)。だが、ハジメは容赦なくミサイルを放ち、その頭を粉砕してしまった。満を持して登場したと思ったら、この有り様である。これを哀れと言わずしてなんと言うのか。

 

(悪く思わないでくれ……)

 

 そう思いつつも、ハジメは左のサイクロプスにアームキャノンの砲口を向け、次のミサイルを発射する。ミサイルは哀れな獲物の命を刈り取るのかと思われたが、サイクロプスの体が直撃の寸前に発光し、ミサイルに耐えてしまった。

 

(固有魔法……防御力を上げたのか……)

 

 これはサイクロプスの固有魔法、“金剛”である。魔力を使って金剛の如く防御力を向上させる魔法なのだが、このサイクロプスの場合はノーマルミサイルに耐える程の強化が可能らしい。

 

「オォォオオオ!!」

 

 ミサイルに耐えたサイクロプスは雄叫びを上げてハジメに突進すると、振り下ろしでは弾かれると思ったのか大剣を横薙ぎに振るう。ハジメは咄嗟にモーフボールに変形して回避すると、サイクロプスの足元に置き土産のボムを複数配置して退避した。

 

 数秒後、ボムが一斉に起爆する。ボムを武器だと思っておらず、油断していたサイクロプスは爆風に足を取られて仰向けに転倒するのだが、その視界には自分の頭に向けられたアームキャノンの砲口が映る。

 

「終わりだ」

 

 発射されたチャージビームがサイクロプスの眼球に吸い込まれる。眼球は一瞬で蒸発し、増幅されたビームのエネルギーによって内側から膨れ上がった頭部が風船のように破裂した。この時、サイクロプスは“金剛”を使用していたが、その効果は眼球に及ばなかったようだ。

 

 直後、ハジメが倒した二体のサイクロプスの体が粉末状に崩れ落ち、それぞれが倒れていた場所には拳大の魔石が残されていた。

 

(この形、まさか……)

 

 ハジメは二つの魔石を回収すると、扉にある窪みに嵌め込む。すると、赤黒い光が魔法陣に走り、魔力が供給される。何かが割れるような音の後、少し扉が開いた。

 

 扉の隙間から中を覗き込むと、そこは光源の無い暗黒の世界だった。そこで、ハジメは“夜目”を発動して暗闇に適応する。

 

 その中は大理石のように艶やかな石造りになっており、幾本もの太い柱が規則正しく二列になって並んでいる。その部屋の中央にあるのは、光沢のある巨大な立方体の石が置かれていた。ズームして石をよく見ると、ハジメはその石の中央から人間の上半身が生えていることに気が付いた。

 

(人間……!?)

 

「……だれ?」

 

 弱々しい女の子の声が聞こえてくる。

 

 声の主は下半身と両手が立方体の中に埋められており、長い金髪が垂れ下がっている。その髪の隙間から覗いているのは、低高度の月を思わせる紅の瞳。年齢はおそらく十二、三歳くらいだろう。そして、美しい容姿をしていた。

 

「君は……何者だ?」

 

 迷宮の奥に封印されているのだから、危険な存在の可能性がある。ハジメはアームキャノンを向けて警戒しながら問いかけた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 スペースパイレーツはマザーブレイン主導の元、強化兵士計画を推し進めていた。対銀河連邦軍は勿論のこと、腕利きのバウンティハンターや南雲ハジメに対抗するためだ。

 

 この強化兵士計画だが、サイボーグ化と肉体強化の二つの側面から進められている。サイボーグ化は文字通り、生身を機械化することによる強化である。肉体強化はあくまでも生身のままの強化であり、肉体を変質させるものとなっている。

 

 肉体強化の際に使用されるのは、とある放射性物質だ。とある星で発見されたこの物質は、それを取り込んだ生物の体力や筋力を増幅させる効果がある。だが、多量の放射性物質を体に取り込むことは死と隣り合わせの行為であり、急激な変化に耐えられずに死亡するか、死亡しなくとも脳神経がイカれて廃人コースである。

 

 パイレーツは実験で大量の死者と廃人を生産していたのだが、そんなある日、異世界からの使者が現れ、魔法という技術が発展している世界のことをマザーブレインは知る。そして、魔力というエネルギーに目を付けた。

 

 魔力には物体や肉体を強化する効果がある。マザーは高濃度の魔力を注入して予め被験者の肉体を強化した上で、例の放射性物質を投与する方式に切り替えた。高濃度の魔力を注入する時点で死亡する個体もいたが、放射性物質よりも死亡率は低かった。魔力による強化が施された被験者は放射性物質に対する耐性も上がっており、当初よりも死亡率は下がっている。

 

 あの時、MBが檜山に投与した光球は例の放射性物質を塊にしたものであり、檜山は元々魔力によって肉体が強化されていたため、魔力注入は省かれていた。死亡する可能性がある代物であるが、檜山は肉体強化に適合している。すぐ死ぬチンピラのようなキャラの彼が肉体強化に耐えるなど、一体誰が予想できただろうか。

 

「目が覚めたようですね、檜山大介。気分はいかがですか?」

「チッ、ふざけやがって……あんなに苦しいとか聞いてねえぞ……だが、体から力が溢れてくる感じがする……いいぜ、これなら天之河の野郎をブッ飛ばせるなぁ……」

 

 MBを睨み付ける檜山だったが、体内から力が沸いてくるのを感じたことで、態度を一変する。

 

「取り敢えず、適合したようですね。そんなあなたに贈り物があります」

 

 部屋が明るくなり、円筒形の透明なカプセル型のユニットが姿を現す。人が一人収まるサイズであり、中には緑色を基調とするパワードスーツが鎮座していた。

 

「こいつは何だ?」

「あなた専用のパワードスーツです。強化されたとはいえ、あなたは地球人種に過ぎません。耐久力の面で不安があるため、これを贈らせていただきました」

 

 それは、マザーブレインが開発したパワードスーツだった。基本性能だけならハジメのパワードスーツに匹敵している。全身を緑色の装甲で包み、ヘルメットの前面を黄色のバイザーで覆い、後頭部には赤いポニーテール状のパーツが存在していた。

 

 武装は右腕から展開する鎌状のビームブレードと、バトルハンマーという拳銃型の飛び道具だ。バトルハンマーは別の世界線ではエネルギー弾を撃つ武装であるが、ここでは生体エネルギーを変換した大口径実体弾を放つ武装となっている。

 

「俺専用のパワードスーツ……こいつで俺は最強だ! フ、フハハハハッ!!!」

 

(やはり、檜山大介は愚かな男です。最終的には南雲ハジメにでも始末してもらいましょう……)

 

「檜山大介、あなたにはこのパワードスーツを運用するための訓練をしていただきます。扱うことができなければただの棺ですので……」

 

 スペースパイレーツの手によって強化兵士となった檜山。渋々ながらも訓練を終えた後、彼はパイレーツ戦闘部隊を率いて殺戮に加担していくことになる。彼の運命やいかに……

 




この話で言及した放射性物質ですが、フェイゾンではないのでご安心?ください。フェイゾンを出したら流石に世界が終わるのでね……


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13話 戦士、父となる


ようやくユエを出せました……今回は少し短いです。


「君は……何者だ?」

 

 ハジメは右腕のアームキャノンを構えたまま、目の前の女の子に問いかけた。相手は迷宮の奥に封印されており、危険な存在の可能性もあったため、当然の対応だった。

 

「何故、こんなところに封印されているんだ?」

 

 彼女が封印されている理由によっては、ハジメの対応は大きく変わるだろう。金髪の女の子は、枯れた喉に鞭打って自らの境遇を話し始めた。

 

「私……先祖返りの吸血鬼……王として国のために頑張った……でも、信頼してたおじ様に裏切られた……お前はもう必要ない……これからは自分が王になるって……私、それでもよかった……でも、私、すごい力があるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

 語られた彼女の境遇には、ハジメも同情した。彼女が嘘を言っているようには見えず、しまいにはアームキャノンを突き付けるのをやめている。

 

「吸血鬼族の王族か……記録だと三百年前に滅んだようだったな……しかし、凄い力というのは?」

「自動再生……首を落とされても魔力があれば復活できる。それと、魔力の直接操作もある……全属性の最上級魔法も簡単に出せる」

「たしかに、それは凄い力だ……」

 

 実質不死身であり、魔力の直接操作によって詠唱も魔法陣もなしに魔法を繰り出せる。それも、全属性への適性ときた。ハジメはスーツが無ければ魔力の直接操作はできないが、彼女はそれを生身でやってしまうのだ。おそらく、彼女は戦場でその力を行使したのだろう。

 

(裏切られた……俺と同じだな)

 

 信頼していた者に裏切られるという経験は、ハジメもしている。マザーブレインの裏切りだ。ハジメはマザーのことを鳥人族と同様に家族のような存在と認識しており、彼女が裏切った時は強いショックを受けていた。

 

 ハジメも女の子も同じ経験をしているが、境遇の重さは彼女の方に軍配が上がるだろう。吸血鬼族は三百年前に滅びていることから、彼女が暗闇に幽閉されていたのは三百年以上の長い間だと思われる。

 

 拘束されたまま暗闇の中に囚われ、数百年も閉じ込められれば、間違いなく発狂する。もしかすると、自動再生の効果は精神にも及び、発狂しても元の精神状態に戻されるのかもしれない。話していた彼女は常に無表情であり、感情を出すこともない。自害もできず、狂うことすら許されない状態で長い時が経ち、徐々に感情を失っていったのだろう。

 

(かつて、俺はレイヴンに助けられた。なら、今度は俺が誰かを助けよう……)

 

 ハジメはスペースパイレーツに誘拐された時、檻に閉じ込められて船倉の暗闇に放置された。一寸先は闇であり、幼いハジメは怯えるだけだった。だが、そこに一筋の光が差し込んだ。それは鳥人族の戦士レイヴンクローであり、ハジメにとって偉大な存在だった。

 

 ハジメは自らが一筋の光となって、レイヴンクローがそうしたように、彼女を暗闇から救いたいと思った。

 

「助けて……お願い……」

 

 彼女はハジメに懇願する。明らかに目の前にいるのはパワードスーツを身につけた得体の知れない人物なのだが、助けてもらえれば誰でもいいらしい。

 

「分かった。俺に任せろ……」

 

 ハジメは女の子の目の前に移動すると、ヘルメットのみを解除して彼女の紅い目を見る。彼女は驚いていたが、パワードスーツ姿のハジメを人間だと思っていなかったらしい。

 

「“錬成”」

 

 ハジメは立方体に左手を当て、錬成によって形を変えようと試みる。だが、立方体はハジメの魔力に抵抗し、錬成を弾いてしまう。立方体の素材は魔力を弾く性質を持っているらしく、錬成の効果は少しずつしか現れない。

 

(生半可ではダメか……ならば、全力で!)

 

 ハジメは更に錬成を続け、魔力をつぎ込んでいく。その魔力量は詠唱に換算すると六節分に相当する。ようやく魔力が抵抗を上回り、ハジメの赤い魔力光が部屋全体を照らす。七節分……八節分……と魔力をつぎ込むうちに、立方体が震え出す。

 

(よし、これなら……!)

 

 そして、九節分に差し掛かったところで立方体が溶け始める。ハジメ自身の魔力はお世辞にも多いとは言えないのだが、パワードスーツそのものが多量の魔力を蓄えていたため、問題ない。

 

 十節分に突入したところで赤い光の輝きは最高潮に達する。その直後、ついに立方体は完全に融解し、解放された彼女はペタリと地面に座り込む。身に付けているものはボロ布一枚のみであり、裸同然の格好である。立つ力は今のところ無いようだ。ハジメは、そんな彼女に左手を差し出した。

 

 ハジメの手に反応し、彼女も手を伸ばす。その手は、生まれたての小鹿のように弱々しく、震えている。やがて、彼女の手はハジメの手を握った。ハジメの手には、スーツ越しに熱が伝わってきた。

 

「ありがとう……」

「別に礼はいい。助けたくて助けただけだ」

 

(体が弱っているな……生体エネルギーを譲渡する必要がある……)

 

 ハジメは女の子の手を握る左手に意識を向け、生体エネルギーを集中させる。そして、左手を通して彼女にエネルギーを流し込んだ。

 

「……!?」

 

 今まで無表情だった女の子だが、いきなり活力が湧いてきたことに驚きの表情へと変わる。

 

「驚かせてすまない。生体エネルギーを譲渡させてもらった。栄養までは回復しないが、動くだけなら可能なはずだ」

「体が動く……」

 

 ハジメの手を支えにしつつも、女の子は立ち上がる。そして、ハジメの手をさらに強く握った。

 

「……名前、なに?」

 

 女の子が小さな声で尋ねる。まだ、お互いに名前を名乗っていなかったことをハジメは思い出し、返答する。

 

「俺はハジメだ……南雲ハジメ。君は?」

「名前……覚えていない」

 

 女の子は名前を覚えていなかった。信頼していた者に裏切られたショックに加え、暗闇に幽閉されたことで心的外傷に陥り、記憶喪失になったのだろう。

 

「名前……つけてほしい」

「名前か……そうだな……」

 

 それが、彼女のアイデンティティとなるのなら。ハジメは彼女の名前を考え始めた。

 

 彼女の金髪や紅い目から連想されるのは夜空に輝く月。“月”を意味する単語や関係する単語がハジメの脳内に溢れ出てくる。ハジメはその中から一つを掴み取ると、それを彼女に告げる。

 

「君の名前はユエだ」

「ゆ……ユエ?」

 

 ユエ……それは、中国語における“月”の発音である。ルナという名前の案もあったが、それは安直過ぎるので却下された。

 

「ん……今日から私はユエ。ありがとう、ハジメお父様」

 

 ユエはハジメをお父様と呼んだ。

 

「お……お父様だと!?」

「ん……ハジメは私の名付けの親。だから、お父様と呼んだ。今日からハジメは私のお父様……異論は認めない」

 

 彼女の“お父様”発言に、流石のハジメも度肝を抜かれる。ある意味、ユエは危険な存在だったらしい。

 

「ふっ……しょうがないな。今日からユエの父親をやらせてもらう。よろしく頼む」

「よろしく、ハジメお父様……」

 

 度肝を抜かれていたハジメだったが、すぐに気を取り直して保護者となることを了承する。今後の迷宮攻略に同行してもらう以上、良好な関係を築いておかない理由は存在しないからだ。

 

(まさか、俺が父親になるとはな……レイヴン、俺はあんたみたいな偉大な父親になれそうにない……)

 

 その方が合理的であるという理由での了承であったが、その一方で師匠のような立派な父親になれそうにないと卑下していた。

 

「ユエ、これからのことだが……っ?!」

 

 ユエにこれからのことを相談しようとするハジメ。だが、急に部屋がぼんやりと明るくなり、“気配感知”に引っ掛かる反応が頭上へ現れたため、ユエを抱えて退避する。

 

(チッ……いつの間に!?)

 

 退避したハジメが振り返ると、先程までいた場所にズドンッと地響きを立てながら何かが姿を現した。

 

 その魔獣はサソリに近い見た目だった。体長五メートル、巨大なハサミを持つ四本の腕。八本の足をわしゃわしゃと動かし、先端に鋭い針のある二本の尾を有している。名付けるならばサソリモドキだろう。

 

 部屋に入ってから今まで、“気配感知”に引っ掛かる反応はなかった。ユエを解放した直後に現れたということは、サイクロプスと同様にユエを逃がさないための仕掛けなのだろう。少なくとも、ユエを置いていけばハジメだけなら逃げられる可能性はある。だが……

 

(一度助けると決めた以上、ユエを見捨てるわけにはいかない……)

 

 ハジメとしては目の前のサソリモドキに背を向けて逃げるつもりはなかった。

 

「ユエ……」

 

 ハジメは腕に抱かれているユエを見る。彼女の紅い目はハジメの目を真っ直ぐと見つめており、自分の命運をハジメに託す覚悟を決めていた。かつて裏切られた彼女が、再び誰かを信用しようというのだ。父親となった者として、彼女の覚悟に答えない理由はない。

 

「任せろ……ここから出してやる」

 

 ハジメは再びヘルメットを形成し、右腕のアームキャノンの先をサソリモドキに向ける。そして、バイザーを黄緑に発光させて臨戦態勢へと移行する。

 

「ユエ、しっかりと俺に掴まっていろ」

 

 決して全開とはいえる状態ではないが、手足に力が戻ってきたユエは自身を抱えているハジメの左腕にしがみついた。

 

「戦闘開始……」

 

 ギチギチと音を立ててにじり寄ってくるサソリモドキ。ハジメは静かながらもはっきりとした声で戦闘の開始を告げた。




ユエとハジメの関係がサムスとベビーメトロイドの関係みたいになりました。
両者の出会い方的には亜空の使者のサムスとピカチュウのコンビに近いかもしれないが……


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14話 封印部屋の怪物


本作品のサソリモドキは相手がパワードスーツなので防御力が強化されてます。


『ノーマルミサイル、オンライン』

 

 武装はミサイルを選択。通常視界のバイザーであるコンバットバイザーによってサソリモドキの姿が捉えられ、ピピッ!という音と共にロックオンされる。

 

 サソリモドキに向けられたアームキャノンの砲口が変形し、そこからミサイルの赤い弾頭が露出する。ミサイルはそのまま、サソリモドキに向けて発射された。

 

 ドォンッ!

 

 後部から炎を吹き出して高速で飛翔したミサイルがサソリモドキの頭部に着弾し、起爆する。

 

「凄い爆発……上級魔法に匹敵してる……それを、魔法以外で……」

 

 ユエはミサイルの威力に驚き、思わず心の声を漏らす。だが、ハジメはそれに反応せず、サソリモドキの方にアームキャノンを構え続けていた。何故なら、サソリモドキは健在だったからだ。

 

 あの時、サソリモドキはミサイルの運動エネルギーと爆発に殴られ、その衝撃を受けて少しばかり後退していた。しかし、肝心のダメージは強固な外殻に阻まれて通らなかったようだ。

 

(ミサイルは効かないか……)

 

 今度はサソリモドキの攻撃が始まる。片方の尻尾の先から紫色の液体を噴射する。間違いなく、普通の液体ではない。ハジメは咄嗟に飛び退き、高速で飛来した液体を回避する。着弾した液体は溶解液だったらしく、ジュワーという音を立てて床を溶かしていく。 

 

(また溶解液……まともに受けたら……っ!?)

 

 ハジメの視線の先で、もう片方の尻尾が動きを見せる。その尻尾はハジメに照準され、先端が肥大化した直後に大きな杭のような針を射出する。ハジメは避けようとしたが、針は空中で破裂して大量の針を一帯に降り注がせる。まるで、フレシェット弾のようだ。

 

(この針……ユエを狙って?!)

 

 少なくとも、その程度ではパワードスーツの防御を抜くことは不可能だ。だが、生身のユエだけはそうはいかない。

 

『スペイザービーム、オンライン』

 

 ハジメはスペイザービームで弾幕を張り、針の嵐を迎撃する。何発かは抜けてくるが、アームキャノンを振り回して叩き落とし、最悪の場合はそのボディを盾にしてユエを守る。

 

(これなら抜けるか?)

 

 ハジメは反撃に移る。アームキャノンの内部でエネルギーを増幅して放つのだが、スペイザービームの効果で三発の最大チャージビームが同時発射される。三発は目標に向かっていき、全てが同じ一点に着弾した。

 

 爆煙に包まれるサソリモドキ。現在のハジメが持つ飛び道具の中で最も威力の高い攻撃であり、これなら効くのではないかとハジメは考えていた。だが、サソリモドキは絶叫を上げて煙の中から飛び出てきた。それも無傷で。

 

「キシャァァァァア!!!」

 

(これも効かない!?)

 

 サソリモドキは八本の脚を激しく動かすと、ハジメに向かって突進する。そして、四本の大きなハサミを使って近接攻撃を仕掛けてきた。その速度は凄まじく、風を唸らせてハジメに迫る。

 

 一本目はアームキャノンで殴って軌道を逸らし、二本目は後方宙返りで回避。三本目を蹴り流して姿勢を崩したハジメを四本目が襲うが、ジェット噴射で緊急回避する。激しい動きであり、左腕のユエが必死に堪えていた。

 

 しばらくの間、ハジメは回避に専念しながら状況を打開する術を考える。

 

(あれなら防御を抜けるかもしれない。だが、それではユエを守れない……)

 

 ハジメの考える“あれ”というのは、シャインスパークという突進攻撃のことだ。ハジメの攻撃の中で最大の威力を誇るのだが、今は使える状態ではなかった。

 

 シャインスパークを発動するためには、スピードブースターを使ってエネルギーを貯める必要がある。だが、それを使えば左腕のユエが巻き添えとなって死ぬ。かといって、ユエを手放す訳にはいかない。準備中にユエが襲われてしまえば、元も子もないからだ。そもそも、部屋が狭いので準備自体が困難である。

 

「キィィィィィイイ!!!」

 

 その時、サソリモドキが再び絶叫する。それに嫌な予感がしたハジメは距離を取ろうとしたが、既に遅かった。周囲の地面が波打ち、ハジメの下半身を拘束してしまったのだ。

 

(これは!?)

 

 ハジメはサソリモドキの固有魔法である“地形操作”に驚きながらも、スーツのパワーで地面を砕いて脱出する。しかし、それは大きな隙を作る結果となってしまった。

 

「はっ?!」

 

 ハジメが視線を少し上に向けると、紫色の液体の塊が目前に迫っていた。どうやら、ハジメを拘束している間に溶解液を放ったらしい。もはや避けることは不可能。ハジメは、咄嗟にユエを後方に放り投げた。

 

「お父様!?」

 

 ユエが溶解液の影響を受けない地点まで到達した直後、溶解液はハジメに直撃した。

 

「がぁぁああ!!!」

 

 溶解液は強力であり、エネルギーシールドを貫通してパワードスーツを侵食する。スーツと一体化している体に激痛が走り、戦闘中は滅多に声を発しないハジメも悲鳴を上げた。ハジメは数発のミサイルをサソリモドキに叩き込みながら地面に倒れる。

 

「お父様!」

 

 大ダメージを受けたハジメに駆け寄るユエ。パワードスーツは無残な姿となっており、侵食が酷い部位からは煙が出ている。さらに、バイザーには亀裂が入っていた。

 

「ユエ……俺には触れるな。溶解液にやられる……」

 

 自身にユエが触れないように、左手で制するハジメ。パワードスーツの中で最も侵食を受けている部位は、右肩の装甲だ。あの時、ハジメは被弾面積を減らすために体の右側を向けていた。

 

「しかし、恐ろしい防御力だ。こうなったら、死ぬまでキャノンで殴るしかなさそうだ……」

 

 ハジメは最終手段として身体強化を発動した上で頑丈なアームキャノンを使って殴り続けることを考える。だが、それはハジメが被弾する可能性が上がるということでもある。

 

「……どうして」

「ん?」

「どうして逃げないの?」

 

 自分を置いて逃げれば助かる。それを理解しているはずだと遠回しに訴えるユエ。それに対して、ハジメは自身の信念を語る。

 

「一度助けると決めた者を見捨てたりはしない。それに、俺は君の父親だ。子を見捨てる親など存在しない……彼もそうだった」

「お父様……」

 

 ハジメはレイヴンクローから多大な影響を受けていた。ゼーベス陥落の日、レイヴンはハジメのことを最期まで助けて戦死している。子を守るのが親の役目というのが、ハジメの当たり前だった。ユエはその様子を見て、本当にハジメのことを信用することにした。

 

「お父様、最上級魔法ならあの外殻を無力化できると思う。でも、放てるだけの魔力がない……」

「……魔力なら、ここにある」

 

 ユエの提案に対して、ハジメは左手でパワードスーツの胸部を叩きながら返答する。パワードスーツの本体は魔力を蓄えており、最上級を放てるだけの魔力がまだ残っていた。

 

「今すぐにでも譲渡したいが、その前に敵の動きを止める」

 

 ハジメが視線を戻すと、咄嗟に放ったミサイル攻撃の影響から回復したサソリモドキが突進してきていた。ハジメは“豪脚”で脚力を強化すると、ジェット噴射しながら地面を蹴り、サソリモドキに突進する。

 

「“豪腕”」

 

 両者が最接近した刹那、ハジメはアームキャノンでサソリモドキを殴る。サソリモドキは四本のハサミを重ねて頭部を守るが、勢いを殺せずに後方へ吹き飛ばされ、壁に激突して地面に落下すると、その場でもがき苦しむ。

 

「今だ」

 

 ハジメはユエの側に戻ると、魔力操作を行って左手に魔力を集中させる。そして、掌に赤く輝く魔力の塊が出現し、ユエの体に入っていく。

 

「ありがとう」

 

 次の瞬間、その華奢な体から黄金に輝く魔力光が発生し、周囲を照らす。そして、魔力光と同じ黄金の髪をなびかせ、片手を掲げながら、これから発動する魔法名を呟く。その目線の先では、サソリモドキが既に立ち直っていた。

 

「“蒼天”」

 

 サソリモドキの頭上に出現したのは、直径六、七メートルはある青白い炎の球体。そこから発される強力な熱からサソリモドキは逃げようとするが、吸血姫はそれを許さない。

 

 ピンっと伸ばされた綺麗な人差し指がタクトのように振られ、それに従って青白い炎の球体はサソリモドキを追いかける。そして、サソリモドキに着弾した。

 

「グゥギィヤァァァアアア!!!」

 

 青白い炎の球体に飲み込まれたサソリモドキが苦悶の悲鳴を上げ、部屋全体を響かせる。やがて、魔法の効果時間が終わって球体は消滅するのだが、そこには外殻が赤熱化して表面がドロリと融解し、悶え苦しみながら体を上下させるサソリモドキの姿があった。尻尾は完全に蒸発しており、敵の飛び道具も無効化されている。

 

 ミサイルもチャージビームも無効化し、近接攻撃もある程度は防いでいた外殻を一瞬で溶かしたユエの魔法。今のハジメでは出せない火力であり、それを放ったユエを称賛すべきだろう。

 

 その直後、後方でトサリと物音がする。ハジメが振り返ると、そこには魔力が枯渇したのか座り込んで肩で息をするユエの姿があった。

 

「ユエ、大丈夫か?」

「ん……流石に疲れる」

「そうか……後は任せておけ」

 

 ハジメはアームキャノンにエネルギーをチャージしながら、地面を蹴って瞬時にサソリモドキと距離を詰める。ハジメに対して残っていたハサミが振るわれるが、跳躍で回避して背中に飛び乗る。そして、融解した背中の外殻に右腕を突き刺すと、エネルギーを解放した。

 

「消え失せろ……」

 

 直後、サソリモドキの体内に直接叩き込まれたチャージビームが炸裂し、ドォンという音が響く。体内に広がった衝撃波でサソリモドキの体が一瞬で膨張し、そのまま破裂した。

 

 サソリモドキだったものの中でハジメが立ち上がる。ユエにサムズアップすると、ハジメはユエの所へ戻った。

 

「ユエ、勝ったな」

「ん……私達の勝利……」

 

 ハジメはユエを抱えて部屋を後にしようとするが、部屋の中央からガチャという音が聞こえ、直後に床が割れて中から箱が出現する。

 

「ん……あの箱は?」

「分からない。確認しよう」

 

 ハジメは何時でもユエの盾になれるように備えながらも、共に箱へ近づく。スキャンバイザーで確認するが、物理的なトラップの存在は認められない。魔法のトラップの可能性もあるが、ハジメは蓋を無理矢理こじ開けた。

 

「これは……何かあるな」

 

 箱の中を覗き込むハジメ。中に何か入っていたため、ハジメはそれを取り出す。それは、小さなサイズのドレスのような形状の黒い衣装だった。

 

「ドレス……」

「このサイズ、ユエが着られそうだな」

「ん……本当だ」

 

 ユエが早速着てみようとするが、罠の可能性を考えてハジメは制する。そして、ドレスをスキャンした。すると……

 

「これは凄い……ただの布のように見えるが、防御力が騎士鎧よりも上だ……それに、バイオ素材の使用も確認されている。もしかするとチョウゾテクノロジーかもしれない」

 

 少し興奮気味で話すハジメ。罠ではなかったため、ユエはドレスを着用する。下着などは身につけていないが、ボロ布一枚よりはマシだろう。

 

 ドレスを着用したユエの姿は、完全にお嬢様だった。ドレスは黒一色という地味なものだが、彼女の金髪との組み合わせは見事なものだ。また、ドレスとはいっても動きやすそうな造りとなっており、戦闘時の足枷にはならなそうだ。

 

「ん……でも、どうして服がこんな所に?」

「分からないが、使えるものは持っておいて損はないだろう?」

「まぁ、それはそう。お父様、行こう?」

「あぁ、そうだな」

 

 ハジメはユエを抱えると、今度こそ封印部屋を後にした。




スーパーミサイルならサソリモドキは瞬殺できますね


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15話 語らい

今回、後半でメトロイドのキャラクターのそっくりさんが登場します。前作を見てる人なら分かると思います。


 サソリモドキを倒した後、ハジメ達は封印部屋を立ち去り、壁に穴を開けて作った小部屋の中で情報交換することにした。ハジメはヘルメットのみを解除すると、壁に背中を預けて座り、足を投げ出した状態になる。そして、ユエはその隣に座っていた。

 

「お父様、ちょっと眠い……」

 

 座り込んでいたユエはそのまま眠ってしまう。ハジメとしては今すぐにでも情報を得たいと考えていたが、これでは無理そうだ。ハジメは彼女が起きるのを待つことにし、その間に今までのこと……特に封印部屋における出来事や情報について整理していたのだが、ハジメはとある考えを持つに至った。

 

(本当にユエのおじは裏切ったのだろうか?)

 

 ユエの話では、おじ様によって裏切られ、“自動再生”の固有魔法によって殺せない危険な存在として奈落の底に封印されたということになっていた。

 

 だが、“自動再生”が効果を発揮するのは魔力が残っている間だけである。捕らえた後、魔力を枯渇させてから殺せば、わざわざ封印などする必要はない。本当に裏切ったのであれば、殺す方を選んでいたはずだ。さらに、封印部屋には衣服が残されていたが、永遠に封印してしまうのであれば、そんなものを残しておく必要はない。そのサイズがユエにピッタリだった以上、ユエのために残したということになる。

 

 少なくとも、彼が封印に留めたということは、ユエの命を奪うつもりはなかったといえる。また、衣服を封印部屋に残していることから、彼女が誰かに助けられ、再び外に出ることを想定していたのだろう。

 

(殺さなかった理由として考えられるのは……ユエの隠蔽?)

 

 ユエという存在を狙いそうな存在なら、この世界に既にいる。それはエヒトだ。勇者という強力な存在を召喚したように、ユエを利用してもおかしくない。自動再生、魔力の直接操作、全属性適性を持つユエは、魅力的に見えたはずだ。

 

 ユエを守るために裏切りを装って奈落の底に封印した。そんな可能性がハジメの頭の中に浮上する。だが、この可能性についてユエに話すべきではないだろう。何故なら、どんな理由があろうとも、ユエが苦痛を味わった事実は変わらないからだ。関係の悪化を防ぐためにも、なおさら言うべきではない。

 

 

 

 数十分後、目を覚ましたユエとハジメは情報交換を始めた。

 

 ユエが話したのはこの大迷宮に関することだったが、その内容はハジメが王国で調べた内容と殆ど違いがないものだった。ユエはそれに加え、自身の能力について全て教えてくれた。一方、ハジメが話した内容は今に至るまでの全てだった。鳥人族に育てられたこと、第二の故郷や大切な存在を失ったこと、地球に戻ってからのこと、異世界に召喚されたこと等を話している。

 

 それについて特にユエが反応していたことは、鳥人族に関係する所だ。この世界において鳥人族は反逆者扱いされており、正確な情報は残されていない。鳥人族の文化や思想、ゼーベスでの生活といった情報は、彼女にとっては新鮮なものだっただろう。もちろん、碑文の内容も伝えている。

 

「お父様の話を聞いて、チョウゾが反逆者とは思えなくなった。私も彼らの真実を知りたい。それに、解放者のことも気になる……」

 

 鳥人族や解放者の真実を明らかにするため、大迷宮を攻略する。その方針が、二人の間で共有された。

 

「お父様、もう一つだけ詳しく聞きたいことがある……」

「何だ?」

「話にあったカオリという女性とお父様の関係について知りたい」

 

 鳥人族の次にユエが興味を持ったのは、香織だった。地球でのことについて話す以上、香織のことを語らないわけにはいかなかったのだが、省略している部分も多かった。

 

「話を聞く限り、お父様はカオリのことが好きで、カオリもお父様のことが好きということは分かる。でも、お父様とカオリは恋人ではないようだった……どうして?」

「なるほど……分かった、全て話そう」

 

 ハジメは語り始めた。自身が香織のことをどのように認識し、どのような思いを抱いているのか。

 

「すでに話しているが、俺と彼女の出会いは彼女を助けたことに始まる。その時、俺は彼女に惚れた。彼女の美しさもあるが、彼女に惹かれた理由の一つには、俺と正反対な存在であるということがある」

 

 南雲ハジメは地球に戻るまでの間、問題の解決や人助けの手段として暴力を使ってきた。悪事のために暴力を使ったわけではないが、いくら正当な目的のためであっても、暴力には変わらない。そのため、ハジメは自身の本質は暴力であると考えていた。

 

「彼女を見たとき、俺には分かった。彼女の本質は暴力とは正反対の慈愛であることを。俺は彼女の美しさだけでなく、優しい雰囲気に惹かれた」

 

 今まで、スペースパイレーツや原生生物といった存在から殺意を向けられていたハジメは、殺意だけでなく正反対の慈愛の存在にも敏感だった。

 

「俺は思った。本質が暴力の俺と本質が慈愛の彼女という両者は惹かれあってはならないのだと。だからこそ、俺は彼女に深入りしないようにした」

「でも、深く関わってしまった?」

「あぁ。彼女は予想以上にグイグイと距離を詰めてきた。周囲の目もあり、俺は優しい彼女に冷たい態度をとれなかった。そして、関係の着地点を探した結果、友達以上だが恋人未満という中途半端な関係になってしまった」

 

 ハジメが思っている以上に、香織はハジメに執着している。距離の詰めかたも半端ないものだった。愛の暴走特急と呼んでもいいだろう。

 

「俺は、彼女に暴力とは無関係でいてほしかった。だが、そこで異世界召喚というイレギュラーが発生した」

 

 異世界に召喚されたハジメ達は戦争への参加を要求された。勝手に参加を決めようとする光輝達にハジメが割って入ったのは、香織が戦争に参加することになるのを阻止するためでもあった。最終的に志願制となったため、ハジメの目的は達成できていた。

 

「今頃、白崎さんは訓練には参加せずに医療院に所属しているか、もしくは先生に同行して各地を巡っている……と信じたい」

 

 なお、現実は非情である。実際のところ、香織はハジメへの想いを胸に迷宮攻略組の一員としてオルクス大迷宮に潜っている。

 

「俺のことは死んだとでも思っているだろう。彼女はパワードスーツのことは知らないし、あんな所から生身で落ちて、無事な人間など普通はいないからな」

 

 ハジメは見くびっていた。白崎香織という人間のハジメ自身に対する執着を。後に、ハジメは彼女が戦争参加を決めたと知ることになるのだが、その時ハジメは冷静でいられるのだろうか?

 

「ん……お父様は優しい。暴力を使ったとしても、その行動はきっと優しさから来るものだと思う」

「俺が……優しい?」

「そう。お父様は私を魔獣から守ってくれた。それに、カオリを大切にしている。慈愛と暴力……それは相反するものだけど、同時に存在することもある。その例がお父様」

 

 ユエはハジメを肯定する。王族として教育を受けていることもあり、その一言一言に教養を感じ取れる。

 

「ありがとう、ユエ」

 

 その後も二人はしばらく話し、二人の情報交換が終わるのだが、ユエはこんなことを言った。

 

「そういえば、お父様は元の世界に帰るの?」

「あぁ、そうだな。可能ならば、白崎さんやクラスメイト達も元の世界に帰したい。それに、ゼーベスも奪還しなければならない」

「そう……」

 

 それを聞いた瞬間、ユエは俯いてしまった。ユエは、再び自分が孤独になることを不安に思っているのだろう。ハジメはそんな姿のユエを見ると、その頭を撫でながら言った。

 

「安心しろ。ユエを置いて行ったりはしない。地球では戸籍の問題もあるが、銀河連邦もある。住める場所は沢山あるからな。それに、鳥人族に生き残りがいれば、彼らも受け入れてくれるはずだ」

「え……いいの? ありがとう、お父様!」

 

 こうして、二人は共に歩むことになった。

 

 

 

 

 

「そういえば、ユエは食事はどうするんだ? 俺にはスーツがあるから問題はないが……」

 

 ハジメの食料問題は、腹は満たされないもののパワードスーツの機能によって解決している。だが、スーツのないユエだけはそうはいかない。かといって、毒である魔獣の血肉を食べさせるなんて以ての外だ。

 

「大丈夫。私は吸血鬼だから血を吸っておけば生きていられる」

 

 そして、ユエはハジメを指差して言う。

 

「私、お父様の血が飲みたい」

「俺の血か……構わない」

 

 ハジメはパワードスーツを完全に解除し、吸いやすいように姿勢を低くした上、その首筋を見せる。ユエはハジメに密着すると、首筋に牙を突き立てた。

 

 その際、ハジメはチクリと痛みを感じる。そして、首筋を通して体内から力が抜けていくような感覚を覚えた。普通、血を吸われるという行為に恐怖・嫌悪しそうなものだが、ハジメは特に動じない。

 

 やがて、ユエは首筋から口を離すと、熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐め、血を余すことなく摂取する。幼い容姿である彼女だが、その仕草からは妖艶さが感じられた。なお、ハジメにはロリに対して欲情する趣味はないし、手を出すことはない。

 

「ごちそうさま。おいしかった……」

「それならよかった。で、味は?」

 

 血に味はあるのか?という単なる好奇心からハジメはユエに聞く。

 

「ん……一言で言うなら、鳥の肉を煮込んだスープみたいな味。ただ……少し味が薄い……」

「なるほど」

 

(鳥の肉を煮込んだスープ……まさか、鳥人族の遺伝子の影響か? それに、味が薄いのは食事を殆んどしていないからか? 血の味……研究したいところだ)

 

 ハジメの脳内で考察が渦巻く。ハジメには戦士としての側面だけでなく、科学者や技術者の側面も存在し、関心を持った事柄について考え込むことがある。ハジメが気付いた時には、ユエが顔を覗き込んでいた。

 

「お父様、大丈夫? 体調でも悪いの?」

「っ!? あぁ、大丈夫だ。今後のことを考えていた。そろそろ出発するが、異論はないな?」

「ん……準備はできてる」

 

 立ち上がったハジメの体が光に包まれ、パワードスーツの姿に変わる。その隣には黒いドレスに身を包んだユエの姿がある。錬成で出口を作ると、二人は戦いの場に出撃した。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 畑山愛子25歳は社会科教師である。生徒の味方になることを信条としていた彼女は、生徒達と共に異世界トータスに召喚されてしまう。

 

 彼女が突然の非常識な出来事に混乱している間、色々なことが生徒の手によって決まってしまい、志願制になったとはいえ大切な生徒達が戦闘訓練を始めてしまった。

 

 彼女は可能な限り生徒の近くに居ようと決心したものの、作農師という貴重な天職を持っていることに加え、生徒達からの説得を受けたことから、戦闘とは無縁な農地開発に行くことになってしまった。

 

 生徒達を心配しながら、各地を護衛の騎士と共に巡っていく彼女だったが、そんな彼女に気さくに話しかけてくれる一人の騎士がいた。

 

 

 

「はぁ……」

 

 王宮にいた愛子はため息をついていた。三人の生徒が短期間で消えてしまったという事実は、一人の大人として……先生として生徒達を守ろうとしていた彼女の心に重くのしかかっており、メンタルはボロボロだった。

 

「何だか浮かない顔だな、プリンセス」

 

 愛子が顔を上げると、目の前に大柄な騎士が立っていた。笑顔と白い歯が素敵な褐色肌のマッチョマンであり、スキンヘッドだ。

 

「アンソニーさん……」

 

 彼の名はアンソニー。愛子が各地を巡る際、最初の頃から護衛してくれていた神殿騎士だ。神殿騎士というのは、教会が独自に保有する戦力であり、神や教会に仇なす者を斬る刃である。

 

 神殿騎士のアンソニーは愛子のことを勝手にプリンセスと呼んでいる。そして、彼の得物は大剣のような重量の両手剣なのだが、彼はそれを片手で軽々と扱っている。教会に所属する騎士にしては陽気でフレンドリーな彼は、生徒達から人気があり、アンソニーの兄貴と呼ばれていた。

 

「事情は聞いているぜ、プリンセス」

 

 既に語られているが、クラスメイトの死によって生徒達の多くが戦いを拒絶しており、王国や教会の人間の中には戦いへの参加を催促してくる者もいた。それに対して愛子が抗議し、自身の能力や立場を盾にして生徒達を守っている。

 

 愛子の行動は彼女の人気を更に高める結果となり、戦いは望まないが、彼女の護衛をしたいという生徒達の一団が現れた。その名も、愛ちゃん護衛隊。そのリーダー格となっているのは、あの時にハジメに助けられた園部優花である。

 

 当初、自身を助けてくれたハジメの死がトラウマになり、他の生徒以上に戦いを拒否していた優花だったが、愛子と接触して精神が安定してきた彼女は、ハジメに救われた意味を考えるようになった。

 

 その結果、自分はハジメに助けられたのだから、自分も誰かを助けるという結論に至り、他の生徒に声をかけて護衛隊を結成したわけだ。

 

「生徒達が護衛をしてくれるのは嬉しいですが、私はこれ以上誰も失いたくないんです。アンソニーさん、いざというときは生徒達を守ってください。お願いします……」

 

 愛子はアンソニーに頭を下げる。

 

「まあ、プリンセスの頼みなら……分かった、生徒達は俺が守るぜ。勿論、プリンセスのこともな」

 

 アンソニーはニカッと笑うと、その素敵な真っ白い歯を見せた。それを見て愛子も笑顔になる。彼の笑顔は、愛子にとっての精神的な支えになっていた。

 

 数日後、愛子は護衛隊の生徒やアンソニーと共に、再び農地開発や改良へ向かうことになった。その際、アンソニー以外に新しく加わった四人のイケメン騎士と生徒達の間に愛子を巡っていざこざがあったり、それをアンソニーが仲介するなど、色々な出来事が起こるのだが、それはまた別の話である。




神殿騎士アンソニーの元ネタはメトロイドOtherMのアンソニー・ヒッグスです。両手剣を片手で扱う辺りは、FEのアイクが元ネタだったりする。


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クラスメイトside3

今回はベヒモス戦です!


 ハジメとユエが出会い、サソリモドキを撃破したその日、光輝達迷宮攻略組は再びオルクス大迷宮に足を踏み入れていた。メンバーは勿論、勇者パーティと永山パーティ、旧小悪党組であり、メルド団長ら数人の騎士団員も同行していた。

 

 現時点で攻略を始めてから六日目。既に六十層まで到達しており、確認されている最高到達階数まで後五層となっていたのだが、光輝達は立ち往生していた。

 

 別に行き止まりで先に行けないわけではない。彼らは何時かの悪夢を思い出し、足を止めてしまったのだ。何故なら、目の前にあの時と同じような断崖絶壁が広がっていたからだ。

 

 次の階層に行くためには、断崖絶壁の上にかかる吊り橋を渡らなければならないのだが、やはり何時かの悪夢を思い出してしまう。その断崖絶壁の下に広がる闇を見て、各々が様々な思いを抱いている。

 

(あの時、俺が光輝に同調しなければ、南雲は……)

 

 例えば、坂上龍太郎は自分が光輝に賛同してしまったせいで撤退が遅れ、ハジメを死地に追いやってしまったことを後悔していた。

 

(今度は同じ間違いはしねぇ……絶対に……)

 

 龍太郎はハジメに対して好印象を抱くクラスメイトの一人である。本来の世界線と異なり、怠惰ではないハジメが、熱血な彼に好印象を持たれるのは当然だった。自身の行動がハジメを喪う一因となったことが、彼の目を覚ましたのだ。

 

 もう一人注目すべきなのは、やはり香織だろう。香織は奈落へと続いているかのような断崖絶壁を強い眼差しで見つめたまま動かない。

 

「香織……」

 

 雫が心配そうに声を掛けるが、香織は「大丈夫だよ」と微笑みながら雫に言葉を返す。

 

「香織、無理はしないでね。辛いときはいつでも言うのよ」

「えへへ、ありがと、雫ちゃん」

 

(香織は強いわね……)

 

 現時点でハジメの生存は絶望的。だが、香織は逃避したりはせず、ハジメの生死を確かめて納得するために進む香織に、雫は親友として誇らしい気持ちになった。

 

 光輝も香織に何か言いたげな様子だったが、あの時の一件が後ろめたいのか声を掛けることはない。また、光輝が香織に話しかけることができるのは、戦闘の際に指揮する時のみだった。

 

(香織、どうして現実を見ようとしない? 何日も経過した今、南雲が生きているわけがないというのに……)

 

 光輝の脳内ではハジメが死んだことになっている。それ故、香織の持つ熱意がハジメの生存を信じてのものだとは思っておらず、現実逃避をしているのだと決めつけていた。

 

 また、香織が熱意を持って訓練に取り組んだ結果、ステータスや技能に変化が見られた。

 


白崎香織 17歳 女 レベル:46

天職:聖女

筋力:260

体力:160

耐性:160

敏捷:180

魔力:1060

魔耐:1060

技能:弓術[+狙撃][+早撃][+命中率上昇]・先読・回復魔法[+効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+遠隔回復効果上昇]・光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇]・高速魔力回復・言語理解


 

 特筆すべきなのは、回復魔法と光属性魔法に複数の派生技能が出現したことだろう。魔法の腕は確実に上達しており、魔力の値も一行の中で最高の四桁に突入するなど、安定した支援が可能となった。また、聖弓から放つ光の矢のバリエーションも更に増加しており、戦闘面も強化されている。

 

 香織だけではなく、皆それぞれの思いを胸に訓練に励んできた。その甲斐もあり、一行は特に問題なく六十五層に辿り着いた。ついに、歴代最高到達階層に到達したのだ。

 

「気を引き締めろ! ここのマップは完全ではない。何が起こるが分からんぞ!」

 

 メルド団長の警告を受け、光輝達は気を引き締めながら未知の領域に踏み込む。しばらく進むと大きな広間に出るのだが、侵入と同時に巨大な魔方陣が浮かび上がる。その魔方陣は赤黒い光を放ち、直径は約十メートル程であり、ベヒモスの魔方陣と同じものだった。さらに、一行の後方には小さな無数の魔方陣が浮かび上がっていた。

 

「ま、まさか……ベヒモスなのか!? それに、トラウムソルジャーまで!?」

「マジかよ、あいつは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

 光輝と龍太郎が驚愕の表情で叫ぶ。消えたはずのベヒモスが再び現れようとしていること、あの時と同じように挟み撃ちにされそうになっているという事実に、一行の緊張度が一気に跳ね上がる。

 

「迷宮の魔獣の発生原因は解明されていない。倒した魔獣と何度も遭遇することもある。油断するなよ、退路の確保を忘れるな!」

 

 メルド団長の指示を受け、部下達が小さい魔方陣の方へと向かおうとする。だが、光輝はそれに不満そうだった。

 

「メルドさん。俺達はあの時の俺達じゃありません! 何倍も強くなった! 必ず倒してみせます!」

「待てよ光輝。今回は前より人が少ないんだ。流石に退路くらいは確保しておこうぜ」

 

 ベヒモスを倒すことに固執する光輝。普通なら龍太郎も賛同しそうなものだが、以前よりも冷静になったのか光輝を諌める。

 

「りゅ、龍太郎? ベヒモスを倒したくはないのか?」

「光輝のために言ってるんだ。お前を死なせるわけにはいかないからな……」

「龍太郎……大丈夫だ、俺は勇者である限り死なない」

 

 あの時の二の舞になりそうな光輝。勇者どころか愚者である。メルドも説得に加わろうとしたが、とある一声が状況を変えた。

 

「あの、メルド団長。私なら後方の確保と魔方陣の破壊ができると思います。そうすれば、ベヒモスに集中できるはずです」

 

 それは香織だった。押し問答が続いて同じことになるくらいなら、退路の確保を素早くやった方がいいと考えたのだ。

 

「カオリ、できるんだな?」

「はい。私ならできます」

 

 香織の目は本気だった。光輝よりも覚悟が決まっているようであり、メルド団長はすぐに許可した。

 

「トラウムソルジャーの対処はカオリに任せる! 光輝達はベヒモスとの交戦を許可する!」

「何を言ってるんですか、メルドさん?! 香織が一人で出来るはずがありません!」

「少なくとも光輝君よりはできるよ。光輝君はベヒモスを倒したいんでしょ? だったら私に構ってる暇はないよね」

 

 案の定、口を挟む光輝。だが、香織からの淡々とした冷たい反論に押され、香織以外の仲間に指示を飛ばす。

 

「ぐっ……皆、ベヒモスに備えて陣形を整えるんだ! 今度こそ奴を倒すぞ!」

 

 やがて、輝いた魔方陣からベヒモスとトラウムソルジャーが出現し、あの時と同じく光輝達を挟み込むように配置される。ベヒモスが咆哮を上げるが、怯む者は誰一人いなかった。

 

 一方の香織はベヒモスに背を向けてトラウムソルジャーと対峙すると、聖弓を構えてソルジャーの方へ指向し、光の矢を番える。

 

(ハジメ君……私も戦うよ)

 

 香織は光の矢を最大限引いた状態で保持し、エネルギーを数十秒かけてチャージしていく。光属性のエネルギーが矢に集束していき、光の矢は長く太く成長する。そして、香織はそれをソルジャー達の頭上に向けて放った。

 

 大型化した光の矢は放物線を描いて飛んでいき、頂点に達した所で爆発すると、大量の光矢を降り注がせる。強力な範囲攻撃でトラウムソルジャー達は一方的に掃討され、無数の魔方陣も全てが破壊された。

 

「カオリン凄い……一瞬でやっつけちゃった」

「鈴、それだけじゃないよ。魔方陣までも破壊しているみたい」

 

 香織による殲滅に反応したのは後衛に属する者達だ。ベヒモスと直接対峙する訳ではないため、香織の方を見る余裕があったからだ。特に香織と親しい鈴と恵里がその筆頭である。

 

 香織の攻撃とほぼ同じタイミングで、ベヒモスとの交戦が始まっていた。攻撃の先手は、もちろん光輝だった。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ “天翔閃”!」

 

 光の斬撃がベヒモスに直撃し、その強靭な肉体に傷を刻む。

 

「グゥルガァアア!?」

 

 ベヒモスは悲鳴を上げて地面を削りながら後退する。その胸には一筋の線が斜めに入っており、そこから赤黒い血を流していた。

 

「いける! 俺達は確実に強くなってる! 永山達は左側から、近藤は背後を、メルド団長達は右側から! 後衛は魔法準備! 上級を頼む!」

 

 光輝が素早く指示を飛ばす。メルド団長から受けた指揮官としての訓練の成果が出ている。色々と愚かな姿をクラスメイト達に見られてしまった光輝は、その分を取り返すために訓練に打ち込んでいたのだ。

 

「迷いのない良い指示だ。皆、聞いたな? 総員、光輝の指揮で戦闘を行え!」

 

 前衛の生徒やメルド団長ら騎士団員達が動き出し、ベヒモスを包囲する。そして、ベヒモスを後衛に行かせないために必死の防衛線を張った。

 

「グルゥアアア!!」

 

 目障りな人間達を排除するため、ベヒモスは地面を砕きながら突進する。以前であれば結界を張って防ぐだけの人間だったが、今回ばかりは違った。

 

「「猛り地を割る力をここに! “剛力”!」」

 

 二人の人間……クラスの二大巨漢である坂上龍太郎と永山重吾がスクラムを組むようにベヒモスに組み付いたのだ。膂力を強化する魔法、“剛力”を使用している。元々筋力が高いこともあり、地面を滑りながらも受け止めることができていた。

 

「ガァアア!!」

「らぁあああ!!」

「おぉおおお!!」

 

 ベヒモス、龍太郎、重吾が三者三様に雄叫びを上げる。さながら怪獣映画のようだ。そして、その隙を狙って他のメンバーが動き始める。

 

「全てを切り裂く至上の一閃 “絶断”!」

 

 雫の抜刀術がベヒモスの角に叩き込まれる。魔法によって切れ味が強化され、瑠璃色の魔力光を纏った剣は半ばまで食い込んでいたが、切断には及ばない。

 

「くっ、堅い!」

「俺に任せろ! 粉砕せよ、破砕せよ、爆砕せよ “豪撃”!」

 

 メルド団長は剣速を上げる魔法を使うと、雫の剣の上から自らの騎士剣を叩き付けて押し込む。すると、ベヒモスの角の片方が切断された。

 

「ガァアアアア!?」

 

 ベヒモスは角を切断された痛みで暴れ、重吾と龍太郎、雫、メルド団長を吹き飛ばしてしまう。

 

「優しき光は全てを抱く “光輪”!」

 

 だが、吹き飛ばされた四人を受け止めたのは硬い地面ではなく、光の輪が無数に合わさって出来た網であり、四人を優しくキャッチした。

 

「雫ちゃん、間に合ってよかった」

「ありがとう、香織!」

 

 それを発動した者の正体は香織だった。彼女は先ほどの“光矢・星嵐”の発動で少なくない魔力を消費したのだが、魔力回復薬を飲むとすぐにベヒモス戦に加わっていた。

 

「天恵よ 遍く子らに癒しを “回天”」

 

 さらに、香織はアーティファクトの籠手に白菫の魔力光を纏わせながら中級回復魔法を発動すると、遠隔で四人を同時に癒す。以前、香織が清水に使った“天恵”の上位版である。

 

 香織はまだ止まらない。聖弓を構えると先程のように光の矢を最大限引いてエネルギーを集束させ、大型の光の矢を生み出す。そして、今度は打ち上げるのではなくベヒモスに直接叩き込む。

 

 彗星のように尾を引く大型の光の矢が飛翔し、ベヒモスの胸部にある傷に突き刺さる。光の矢は大爆発を起こして大きなダメージをベヒモスに与えた。

 

「ガァアアア!!」

 

 香織の攻撃で傷を抉られ、大量に出血するベヒモス。憎しみを込めた目で光輝達を睨み付けると、折れた角にもお構いなく赤熱化させていく。

 

「皆、あれが来るぞ! 気をつけろ!」

 

 光輝が警告する。ベヒモスが跳躍したのは、それと同時だ。皆、その威力を知っているため身構えるのだが、予想外のことが起こった。なんと、ベヒモスは光輝達前衛組の頭上を飛び越えて後衛組に突っ込んできたのだ。

 

 予想外の事態に慌てる前衛組。だが、詠唱を中断した後衛組の一人が前に出て対処する。結界師の谷口鈴である。

 

「ここは聖域なりて 神敵を通さず “聖絶”!!」

 

 現れた光のドームに激突するベヒモス。凄まじい音と共に衝撃波が周囲に撒き散らされ、石畳を蜘蛛の巣状に粉砕するが、障壁はベヒモスを確実に受け止めていた。

 

 だが、不完全な詠唱で無理矢理発動した“聖絶”では本来の力を発揮することはできず、障壁にヒビが入る。結界師の鈴だからこそ発動できたようなものであり、彼女は歯を食いしばりながら魔力を注ぎ込んで必死に障壁を維持しようとする。

 

「ぅううう……! 負けるもんかぁ!」

 

 だが、限界が近い。ベヒモスは突進を続けており、多くのヒビが入った障壁は十秒程しか持たないだろう。このままでは破られてしまう。鈴がそう思った瞬間だった。

 

「光の鎖よ、悪しき者を縛りて罰を与えよ “縛煌鎖”」

 

 ベヒモスの周囲から無数の光の鎖が伸びていき、絡み付くことでベヒモスを拘束する。ベヒモスは暴れるが、強固に絡み付いた光の鎖は外れることはない。締め付けは更に強くなり、ベヒモスを完全に押さえ込んだ。同時に、障壁も消失している。

 

「鈴ちゃん、遅れてごめん」

「ありがとう、カオリン愛してる!」

 

 光属性捕縛魔法“縛煌鎖”は、無数の光の鎖で対象を捕縛する魔法である。発動には詠唱が必要ない簡易的な魔法なのだが、香織は詠唱することで魔法の効果を上げており、光属性への高い適性もあって一人だけでベヒモスを押さえ込むレベルに達していた。

 

(私だって、ハジメ君みたいに!)

 

「今のうちに後衛は上級魔法を! 前衛は不測の事態に備えろ!」

 

 光輝の指示を受けて後衛組が上級魔法の詠唱を始め、前衛組がそれを守るように布陣する。そして、ついに詠唱が完成する。

 

「「「「「「“炎天”」」」」」

 

 恵里を含めた術者五人によって火属性上級魔法“炎天”が発動する。超高温の炎が球体となり、さながら太陽のようだ。それは拘束された状態のベヒモスの頭上へと移動すると、直径八メートルまで巨大化して落下した。

 

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 

 炎に包まれたベヒモスの絶叫が響き渡る。“炎天”はベヒモスの堅固な肉体を融かし、その叫びはそれに比例するように細くなっていく。やがて、その叫びは完全に消えるのだが、その代わりに残されたのは、ベヒモスだと思われる黒焦げの残骸だけだった。

 

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」

 

 その光景を前に皆が唖然とし、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く。光輝も唖然としていたが、最初に我を取り戻すと聖剣を頭上へと掲げた。

 

「俺達の勝利だ!」

 

 聖剣を掲げた光輝による勝利宣言に、皆が歓声を上げる。クラスメイト達は互いに喜びを分かち合い、それを見る団長達は感慨深そうな表情になっていた。

 

 一方、香織だけはベヒモスの残骸を静かに見つめていたのだが、多くの魔力を消費したのかフラッと倒れそうになる。しかし、香織は誰かに支えられた。

 

「香織、大丈夫? 魔力回復薬よ」

「雫ちゃん……ありがとう」

 

 倒れそうな香織を支えたのは雫だった。最初こそ喜びを分かち合う方にいた彼女だが、周囲を見る目がある彼女は香織が倒れそうになっているのに気付いたのだ。

 

「ふぅ……生き返るよ。ねえ、雫ちゃん……ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」

「どうしたの?」

「その……私を背負ってほしいの。足が疲れちゃった……」

「フフッ……いいわよ」

 

 そして、香織は雫におんぶされる。

 

「私達、もうここまで来たんだね」

「そうね。私達は強くなってるわ」

「もっと先に行けば……ハジメ君も……」

 

 背中から聞こえる香織の声が弱くなる。先に進むということはハジメの生死が分かるということを示している。答えが出てしまう恐怖に弱気になってしまったのだろう。

 

「香織……」

「大丈夫。どんな結果でも、私はそれを受け入れるから」

 

 心配そうな雫に対して、現実を受け入れる覚悟を表明する香織。全てが分かるその時まで、彼女の戦いは終わらない。

 

(ハジメ君……私はまだ、あなたの隣に立てる気がしない。私、もっと努力するよ……)

 

 この日、一行はベヒモスという悪夢に打ち勝った。その後、六十五階層を完全に攻略した彼らは、人々からの称賛の声に出迎えられることになる。




原作と異なり、香織の活躍を増やしました


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16話 娘の実力

今回はオリジナル要素が出ます。


「ユエ、一人で大丈夫か?」

「ん……問題ない。お父様に私の戦いを実際に見せてあげる」

 

 ハジメの十メートル前方に黒衣のユエの姿がある。ハジメはユエの戦い方について情報を得ているが、実際に見るのは初めてだった。アームキャノンを構えて何時でも援護できるようにしながら、ハジメは娘の戦いを授業参観のように見守るのであった。

 

「ユエ、治るとはいえ怪我には気をつけろよ」

 

 やがて、ユエの目の前にある草むらから狼のような魔獣の群れが出現する。その数は数十匹だ。ハジメが最初に遭遇した二尾狼に似ているが、体が甲殻に覆われており、鎧を装備しているように見える。間違いなく耐久力は二尾狼も高く、単発のビームでは倒せないだろう。

 

「“爆炎”」

 

 ユエは右手を鎧狼の群れに向けて魔法を行使する。右手付近から炎の球体が飛び、着弾すると範囲攻撃となる強力な爆発を起こして大半を一度に屠る。だが、爆煙の中から生き残りが飛びかかってきた。

 

「ユエ!」

「大丈夫……」

 

 警告するハジメ。魔法使いであるユエは接近戦を積極的にするタイプではない。しかし、接近戦が不可能な訳ではなく、接近戦に対応する術を持っていた。ハジメもそれは知っていたが、不安を隠せなかった。

 

「“魔闘術・斬”」

 

 次の瞬間、金色に輝く魔力のエネルギーがユエの右腕に絡み付く。そして、それを手刀にした右手に集中させた。

 

「はっ!」

 

 ユエは飛び込んでくる鎧狼に対して、身体強化を発動しながら金色に輝く手刀を振り下ろす。その手刀は容易く甲殻を切り裂き、鎧狼を縦に両断してしまった。その後も他の個体が連続で襲いかかるが、その全てが一撃で屠られる結果となった。

 

「見て、お父様。私もしっかりと戦える。だから、お父様の足手まといにはならない」

「ユエは凄いな。だが、油断大敵だぞ?」

 

 ハジメはユエの背後から迫る鎧狼の存在に気付き、アームキャノンを二連続で発砲する。一発目で鎧狼の体勢を崩し、二発目で甲殻の無い腹部を撃ち抜いた。

 

「やっぱり、足手まとい?」

「そんなことはない。誰にも弱点や失敗はあるが、仲間と連携することでそれは補える。互いに助け合う……それが重要だ」

「互いに助け合う……考えたことも無かった。なら、今度は私がお父様を助ける」

「あぁ、その時は頼む」

 

 それはさておき……先ほどユエが使った魔闘術は、ユエが接近戦に対応するために編み出した技である。魔力を直接操作して手足に纏い、近接攻撃を強化するものとなっている。

 

 魔法を行使するよりも消費魔力は少なく、燃費が良い。だが、それと引き換えに魔法ほどの火力を叩き出すことはできず、あくまでも護身用である。ユエ自身も接近戦はあまり好んでおらず、基本的には魔法を主な攻撃手段としている。

 

 本来の世界線であれば接近戦が不得意な彼女であるが、この世界では接近戦にもある程度は対応できるという違いがある。流石に接近戦特化型と同じ土俵に立つのは苦しいだろうが、そこは遠距離も近距離も強いハジメと組むことで解決はできるし、今のハジメに足りない殲滅力をユエの魔法でカバーできる。

 

 現時点でハジメとユエのコンビに対抗できる敵は殆んどおらず、すでに十階層ほどは順調に降りることができている。そんな二人が降り立ったのは、十メートルは超える木々が鬱蒼と生い茂る樹海だったのだが、魔獣の姿を一切見ることができなかった。

 

「大量の微かな気配は感じるが、姿が見えないな。地中にいるようだが、近づくと気配が逃げてしまう……」

「ん……もしかして臆病?」

「だといいのだが、イヤな予感がする」

 

 “気配感知”の技能により微かな気配の存在は把握されていたが、その正体を見るに至っていない。ハジメは胸騒ぎを覚えながらも気配の追跡を続けるのだが、木々が存在していない場所に辿り着く。そこは周囲を木々に囲まれた自然の円形闘技場のようになっており、その中央の地中に微かな気配が集中していた。

 

『ノーマルミサイル、オンライン』

 

 ハジメはその地点に向けてミサイルを放つ。着弾して爆発し、巻き上げられた土煙が晴れた直後、そこから紫色の何かが大量に溢れ出てきた。その正体は足で潰せる程の小さな甲虫の軍団であり、その数は百匹や二百匹では収まらず、千匹以上いるのは確実だった。

 

「なるほど、気配が微かだったのは小さな虫だったからか」

「ん……小さな虫とはいえ、多すぎて気持ち悪い……」

 

 やがて、甲虫の集団の中に全長一メートルはある大きな甲虫が出現する。その巨体だけでなく、白い体色もあって紫色の中で目立っている。また、その背中には目玉のような模様が存在していた。

 

「連中の親玉のようだな」

 

 紫色の小さな甲虫、バグ達は指揮官であるエンペラーバグを中心に集まっていき、紫色の大きな塊を形成する。紫色の塊は急激にその質量を膨らませ、ギチギチと音を立てて巨大化する。まるで、一本の苗が大木に成長していく様を早送りで見ているかのようだ。

 

 その巨大化した姿を例えるなら、三角のワイングラスだろう。それも、高さ十二メートルというおまけ付きではあるが。そして、逆三角形の部分にエンペラーバグが埋め込まれ、目玉のような模様から単眼の化け物に見える。また、鞭状の腕が逆三角形の両側から生えていることが確認されており、腕を含めた体全体が小さな甲虫の集まりによって構成されていた。

 

「グォォォォォォォォン!!!」

 

 三階建てのビルと同等の高さの巨大集合体、ヒュージ・バグは前のめりになってハジメ達を威嚇した。

 

「ユエ、いくぞ」

「ん……!」

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

「グォォォォォン!!!」

 

 ヒュージ・バグの初手は腕の叩き付けだった。ハジメは側宙で、ユエはダンスのターンのような華麗な動きで回避する。

 

「“緋槍”」

 

 ターンの直後にユエが火の槍を放つ。同時にハジメはミサイルを放っており、火の槍とミサイルが紫色の巨体に直撃した。だが、その結果は数匹のバグがパラパラと剥がれ落ちるだけであり、ヒュージ・バグは無傷に近い状態だった。

 

「虫型の魔獣なのに火属性が効いてない……」

「どうやら、こいつは複数の個体が結合することによって防御力が上がるようだ」

 

 本来、バグは非力な魔獣に過ぎないのだが、エンペラーバグを中心に結合することでヒュージ・バグに変化し、エンペラーによる統率で巨大な生命体のように振る舞う。“結合硬化”という固有魔法によって結合時の防御力が飛躍的に上昇しており、火属性や火矢による攻撃、上級魔法も通用しない。

 

 ヒュージ・バグからの反撃が来る。襲いかかるのは、鞭状の両腕を交互に叩き付ける攻撃。ユエでは避けきれないため、ハジメはユエを掴みながら回避に徹した。

 

「お父様、私の“蒼天”なら……」

「駄目だ。確かに勝てるだろうが、最上級を使えば一発でユエが倒れる。倒しきれるか分からない以上、無茶はさせられない」

 

 サソリモドキの時もそうだったが、最上級魔法を一回使っただけで、ユエの魔力は枯渇し、彼女は戦闘不能となってしまうのだ。

 

「なら、どうしたら……」

「策はある……というか似たようなのと戦ったことがある。その時の方法を試す。だが、今の俺一人だけではできない。ユエ、力を貸してくれ……」

「ん……これでお父様の役に立てる」

「それで、作戦はこうだ……」

 

 ハジメはヒュージ・バグの攻撃を回避しながら、作戦の概要を話した。そして、ハジメ達は反撃を開始した。

 

 

「頼んだぞ、ユエ!」

「ん……任せて」

 

 最初に動き出したのは、ハジメだった。攻撃を自身に引き付けるように前進し、鞭状の腕による連撃を素早く回避していく。さらに薙ぎ払い攻撃がくるが、ハジメは高く跳躍して回避し、巨体に飛び乗ってエンペラーバグに至近距離からチャージビームを浴びせる。

 

 結合した状態であるために倒すことはできないが、ヒュージ・バグは大きく怯み、一時的に動きが止まる。ハジメは離脱しながら、すかさず合図を出した。

 

「今だ!」

 

 ハジメの合図を受けてユエが動く。

 

「ん……“凍雨”」

 

 するどい氷の針が雨のように降り注ぎ、ヒュージ・バグの右腕に次々と刺さっていく。すると、右腕全体が凍結した。

 

(そこだ!)

 

 ロックオンしてミサイルを放つ。ミサイルは凍結した右腕に直撃し、一撃で粉砕する。周囲には氷の破片とバグの死骸が散乱し、ヒュージ・バグは右腕を喪失する結果となった。

 

 ハジメは以前、集合体を形成するクリーチャーと交戦したことがあった。個体同士が固く結合しているために攻撃が通らない敵だったが、アイスビームで凍らせた部位をミサイルで破砕することで撃破していた。特徴が似ているという理由で同じ作戦を使った訳であり、同じように通用するか分からなかったが、氷属性による攻撃は無事に通った。

 

「よし、次だ」

 

 片腕を喪失したことで戦闘力が下がったヒュージ・バグ。ハジメは右側に回り込み、その巨体そのものを盾としながら、エンペラーにミサイルを叩き込む。再び怯んだ集合体の左腕に氷の針が襲いかかり、凍結したところをミサイルで粉砕される。

 

「グォォォォォォォン!!」

 

 両腕を喪失したヒュージ・バグの攻撃手段は、その巨体を地面に叩き付ける攻撃のみだ。そして、ボディプレスでユエを押し潰そうとするが、読みやすい動きであるためバックステップで普通に回避される。

 

「これで終わり……“凍柩”」

 

 ヒュージ・バグは足下から凍っていき、そのまま逆三角形の胴体以下が完全に凍結する。そこにミサイルが叩き込まれたことで、下半身は完全に粉砕された。

 

 エンペラーバグは残された部分から飛び出し、ゴキブリのようにカサカサと逃亡しようとする。このままでは、再びバグ達と結合してしまうだろう。無論、それを黙って見ているハジメ達ではない。

 

「逃がさない。“緋槍”」

 

 炎の槍を放つユエ。炎の槍はエンペラーバグの胴体に突き刺さり、その身を焼き尽くす。指揮官であるエンペラーバグの死亡により、残ったバグ達は戦意を喪失してどこかに消えた。

 

「お父様……私、役に立てた」

「あぁ、お疲れ様。ユエのお陰で乗り越えることができた……ありがとう」

 

 ハジメの役に立てたことで、ユエは満足そうな表情だ。ハジメはそんなユエに労いと感謝を伝えると、その頭を撫でた。迷宮における戦いを通して、父と娘の関係は以前よりも深まっている。二人は力を合わせ、今後も試練に立ち向かっていくだろう。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 魔人族の国、ガーランド王国は魔人族至上主義を唱える魔王の指導の元、人間族に対する侵略を行っていた。だが、全ての魔人族がそれに賛成しているわけではない。

 

 魔人族の中には穏健派も存在しており、平和や他種族との共存を望む者が数千年前からいた。無論、思想教育や密告による排除を受けているが、それでも残った者は魔人族至上主義を崩さない王国に愛想を尽かし、反魔王派として南大陸の辺境に隠れ里を作って暮らしていた。

 

 その中にはチョウゾテクノロジーを有する者もいたため、隠れ里には鳥人族の技術が溶け込んでいる。そして、同じ技術を有する竜人族と交流を持つのは当然の帰結だった。

 

 そんなある日、全ての隠れ里を統括している本部的な里に、数百年ぶりの来訪者があった。それは、竜人族の姫であるティオ・クラルスであった。

 

「姫殿下、お久しゅうございます。このような辺境まで足を運んでいただき、感謝しております」

 

 隠れ里のとある建物にて、ティオはとある老人と対面していた。その老人は長い白髪を後ろで束ねた魔人族であり、やつれ気味で体も細かったが、その声には覇気があった。

 

「お久しぶりじゃ、カマル殿。本来であれば数週間ほど早く到着する予定だったのじゃが、思わぬ足止めを受けてしまい、ここまで遅れた次第。申し訳ありませぬ」

 

 老人の名はカマル・ダストール。全ての隠れ里を統括する長老であり、とある理由から最近になって引退したものの、隠れ里の運営には今だに関わっている。

 

「足止め……まさか、神の使徒か?」

「神の使徒による妨害は確かにあったのじゃが、それよりも厄介だったのは、人間族の町の変化じゃ。百年の間の変化に興味を持った妾は……目的を忘れて物見遊山を始めてしまったのじゃ……」

 

 その話を聞いたとたん、カマルは笑いだした。笑ったとはいっても、別に嘲笑うとかそういう系統ではなく、暖かさを感じられる。例えるなら、孫の話を聞いて微笑む老人のようなイメージだ。

 

 ちなみに、ティオが最初から隠れ里に向かわなかったのは、人間族が支配する北大陸の対空警戒が薄いからである。魔獣を嫌う人間族は魔人族と違って航空戦力を持っておらず、北大陸なら空から気付かれずに潜入できるのだ。

 

「百年経っても姫殿下は変わっておりませんな。百年ぶりに来ていただいて本当に良かった。もう、私は先が長くない身なのです。次に会う時は墓の中でしょうな」

「カマル殿……やはり、魂の方に限界が?」

「はい。魔剣イグニスによって常に延命されておりましたが、魂はすり減る一方です。そして、魔剣は次の所有者の手に渡っていますので、今は延命もされておりません」

 

 隠れ里において受け継がれているアーティファクトの剣が存在した。その名は魔剣イグニス。魔力を断つ能力、魔力刃の展開能力、手元への召喚能力、使用者の肉体を含めた復元能力といった様々な能力を備えており、所有者の魔力を吸い上げることで能力を発揮する。

 

 魔剣イグニスは所有者を選定する能力も備えており、カマルは数百年前に所有者として選ばれていた。そして、選ばれた者は“復元能力”によって魂の限界まで延命することすら可能となるのだ。

 

「うむ、魂までは竜人族の技術でも治すことはできぬ。カマル殿、あなたは長きに渡る守護者としての役目を果たされた。ゆっくりとお休みくだされ」

「すまんの……」

 

 

 やがて、二人は本題に入る。

 

「妾がここに来たのは、鳥人族の後継者の出現について情報共有をするためじゃ」

 

 ティオはそう言いながら書簡をカマルに渡す。カマルは書簡を開くと中身に目を通した。

 

「なるほど、後継者の予言……実を言うと、我々の方でも出現が予言されております。やはり、竜人族の方でも予言しておりましたか」

「我々としては、彼の者との接触を目指しているところ。最終的には新たな解放者の結成を目指しているわけじゃが、その際には“反魔王派”の力をお借りしたい」

「分かりました。その際は我々も力添えをいたしましょう」

 

 反魔王派と竜人族の間で情報共有がなされ、両者は鳥人族の後継者に協力し、新たな解放者を組織するという点で一致した。これは、後に魔人族という種族を未来に残すための第一歩であったと記録されることになる。

 

「そういえば、姫殿下はこの先どのようになさるおつもりか?」

「魔人族領を偵察した後、人間族が召喚したという勇者を観察しつつ、鳥人族の後継者を探すつもりじゃ」

「姫殿下。出発する前に会ってほしい者がいるのだが、構わぬだろうか?」

「うむ、構わぬ」

 

 すると、部屋の中に誰かが入ってくる。現れたのは、騎士服を着用している銀髪が特徴的な魔人族の青年であり、帯剣していた。そして、その剣からは異様なオーラを感じ取ることができた。その剣こそ、魔剣イグニスである。

 

「はじめまして、姫殿下。私はノクサス・ウォゾン、魔剣イグニスの所有者として本日をもって長老を務めることになりました」

「そなたが魔剣イグニスの所有者か。是非、剣士の端くれとしてそなたと手合わせしたいものじゃが、今は時間がない故、またの機会に」

「姫殿下が優秀な剣士であることは伺っております。是非、その時はよろしくお願いいたします」

 

 二人は握手を交わす。お互い、自らの種族の未来を背負う者。同じ剣士であるということもあり、互いに敬意を払って接していた。二人は後に、新たな解放者の一員として戦うことになる。





〇魔闘術
本作オリジナルのユエの技。モチーフはスマブラのゼルダやネスの近接攻撃。

〇ヒュージ・バグ
元ネタはメトロイドOtherMのヒュージ・バラッグ。

〇カマル・ダストール
ありふれアフターの登場人物

〇魔剣イグニス
ありふれアフターに出てきたアーティファクト

〇ノクサス・ウォゾン
メトロイドシリーズのキャラクター名と種族名を合体させただけのオリキャラ

アンケートへの回答ありがとうございます。アンケートの通り、通常のゼーベス星人の色は赤にすることにしました。また、容姿に関してはOtherMのゼーベス星人に近くするつもりです。


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17話 守る力

今回はヒュドラ戦です!
前作品よりも内容を濃くしたつもりです。


 ヒュージ・バグを撃破した日から数日が経過した。現時点で最初にハジメが目覚めた階層から九十九層目を攻略するに至っており、次は百階層であった。

 

 そして、ハジメ達は百階層に踏み込む。その階層は、無数の巨大な柱に支えられた広大な空間。柱の一本一本が直径五メートルはあり、螺旋模様の彫刻と蔦のような装飾で彩られている。その柱は規則正しく一定の間隔で配置されており、まるでパルテノン神殿のようだ。この空間こそ、オルクス大迷宮の最深部である。

 

 ハジメ達は歩みを進め、二百メートル進んだところで突き当たりが見えてくる。そこには全長十メートルはある巨大な両開きの扉が存在し、美しい彫刻が彫られていた。特に、七角形の頂点に描かれた文様が印象的だ。

 

 二人は更に扉に接近するのだが、そこで異変が起こった。なんと、ハジメ達と扉の間の三十メートル程の空間に、赤黒い光を放つ巨大な魔方陣が出現したのだ。ベヒモスの魔方陣の三倍の大きさがあり、おまけに複雑である。

 

「ユエ、どうやら最後の戦いのようだ」

「ん……こんなに大きいのは初めて。でも、お父様と一緒なら乗り越えられる。そんな気がする」

 

 これから始まるのは、オルクス大迷宮の攻略者となるための試練。当然、現れる魔獣は今までとは桁違いの強さを誇るもの。やがて、そいつは魔法陣から現れた。

 

 体長三十メートル、蛇のような六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の魔獣であり、頭の色はそれぞれ赤・青・黄・緑・白・黒だった。その名は神話の怪物と同じく“ヒュドラ”という。そして、六対の眼光がハジメ達を睨み付けた。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 その咆哮を常人が聞けば、蛇に睨まれた蛙のようになってしまうだろう。だが、二人はこの大迷宮を突破してきたのだ。恐れる理由などない。

 

 咆哮の直後、赤頭が口を大きく開いて火炎放射してきた。ハジメとユエは迫り来る炎の壁を左右に散開して回避すると、反撃を開始する。

 

ドオッ!

 

 ハジメのアームキャノンが火を吹き、発射された最大チャージビームが赤頭を一撃で吹き飛ばすのだが、白頭が咆哮したかと思えば、赤頭が白い光に包まれて何事もなかったかのように復活する。白頭は回復役であったのだ。さらに、ユエの放った氷の槍が緑頭を吹き飛ばすも、同様に回復されてしまった。

 

「ユエ、白を狙うぞ!」

「んっ!」

 

 ハジメが指示した直後、青頭が現れて氷の礫を大量に吐き出してくる。回避した二人は、白頭を狙って同時攻撃を行う。

 

ドオッ!

 

「“緋槍”!」

 

 チャージビームと炎の槍が白頭に向けて飛んでいく。だが、直撃する前に黄頭が割り込んでくる。その黄頭はコブラのように頸部を広げると輝き、攻撃を全て受け止めてしまった。

 

「なるほど……盾役か。ユエ、ここは任せろ」

「ん……」

 

『ノーマルミサイル、オンライン』

 

 ハジメは黄頭をロックオンし、数発のノーマルミサイルを放つ。先ほどと同じく黄頭が防いでしまうが、黄頭の視界は爆煙で覆われる。

 

『スピードブースター、オンライン』

 

 ハジメは背面ブースターを噴射し、高速ダッシュでヒュドラの方へと走り出す。他の頭が攻撃を仕掛けてくるが、高速ダッシュで発生した青いエネルギーを纏っているため、全く効かない。そして、加速を利用して黄頭に向かって高速で跳ぶ。

 

「クルゥアン?!」

 

 ハジメは煙を引き裂いて黄頭の目前に現れる。突っ込んできたことに驚く黄頭だったが、直後に踏み台として利用され、ハジメは白頭の上に着陸する。

 

「この手に限る」

 

 ハジメはアームキャノンの砲口を白頭に押し付けると、至近距離から最大チャージビームを撃ち込んで離脱。白頭は何が起こったのか理解する前に撃破されてしまった。

 

 普通に撃ったところで黄頭によって防がれてしまうのだから、割り込まれない程の至近距離で撃てばいい。それこそが、ハジメの考えた白頭の攻略方法だった。

 

「ユエ、一気に畳み掛けるぞ!」

 

 ハジメはユエと共に残った首を掃討しようとする。だが、いきなりユエの悲鳴が響き渡った。

 

「いやぁあああああ!!!」

「ユエ?!」

 

 何があったのかと思い、急いで駆け寄ろうとするハジメ。赤頭と緑頭が火炎弾と風の刃を無数に放って妨害してくるが、何とか回避していく。その間も、ユエは悲鳴を上げ続けていた。

 

(そういえば……)

 

 こうなった原因を考えていると、ハジメは黒頭が何もしていないことを思い出す。そして、ハジメは一つの結論を出した。

 

(まさか……精神攻撃?)

 

 黒頭がユエに対して精神攻撃の類いを仕掛けたのではないかと予測したハジメは、素早くミサイルを黒頭に叩き込み、一撃で吹き飛ばす。そして、それと同時にユエの悲鳴は終わり、その場に倒れた。

 

 だが、今度は青頭が口を大きく広げてユエを飲み込もうと迫る。

 

(まずい!)

 

 ハジメは青頭とユエの間に割って入ると、青頭の下顎を踏みつけ、左腕で上顎を持ち上げることで押さえ、口内にミサイルを叩き込む。口内で爆発したミサイルにより、破裂した青頭の肉片が飛び散った。

 

「しっかりしろ! ユエ!」

 

 ハジメはユエを抱えて柱の裏に退避すると、青ざめた表情で震えているユエを目覚めさせるために呼びかける。当初は虚ろな目であったが、しばらくしてユエの目に光が戻る。

 

「大丈夫か?」

「お……お父様?」

「あぁ、俺だ。何があった?」

 

 目覚めたユエは、涙を流しながらその小さな手でハジメの手を握った。

 

「よかった……また見捨てられたかと……」

「見捨てられた……どういうことだ?」

 

 疑問符を浮かべるハジメ。ユエによると、ハジメに見捨てられて再びあの部屋に封印される幻覚を見させられたらしい。

 

「大丈夫だユエ。俺は絶対に見捨てない」

「お父様……」

 

 ユエにとって、ハジメは心の支えであった。自分に名前を付けてくれたハジメは父親のような存在であり、彼女が吸血鬼族であっても恐れることがなく、おまけに血を吸わせてくれるのだから。

 

「ユエ、必ず一緒に地上へ戻るぞ」

「はい、お父様……必ず一緒に」

 

 ヒュドラから白頭と黒頭が消えた今、戦いにおける心配事はないに等しい。

 

「俺が囮になるから最後は任せる。異論はないな? ユエ」

「んっ!」

 

 そして、2人は柱の陰から飛び出すと、行動を開始する。残っている攻撃用の頭である赤頭と緑頭が火炎弾や風刃を無数に飛ばしてくるが、ハジメの早撃ちによって撃ち抜かれていく。その隙に、ユエは最上級魔法を発動した。

 

「“天灼”」

 

 三つの頭を囲むように現れる、六つの放電する雷球。球体同士の放電が繋がることにより、雷で構成される檻となる。そして、檻の中を強力な電撃が埋め尽くした。

 

ズガガガガガガガガガッ!!

 

 雷属性の最上級魔法はその威力を発揮し、防御力の高い黄頭を含めた三つの頭は苦しそうに断末魔を上げながら消し炭と化してしまった。

 

 魔力の大半を使い果たし、座り込むユエ。完全にヒュドラを倒したと思ったハジメは、ヒュドラに背を向けて彼女の元へ向かおうと歩き出す。だが、ユエの切羽詰まった声が響き渡った。

 

「お父様!」

 

 ハジメがユエの視線を辿ると、そこには今までいなかった七つ目の頭があり、銀色の頭だった。その口内には光がチャージされており、次の瞬間には強烈な継続型ビームが放たれる。その向かう先は、ユエだ。

 

「ユエ! 逃げろ!」

 

 その瞬間、ハジメは咄嗟にビームの射線に割り込んでいた。ビームはその身をシールドとしたハジメに直撃し、ハジメは爆炎に飲み込まれてしまった。

 

「お、お父様?」

「……」

 

 煙が晴れた後、現れたのはその場に仁王立ちするハジメ。スーツの各所からはスパークと煙が出ており、ユエの呼びかけに反応しない。そして、ハジメは膝を折って前のめりに倒れてしまった。

 

「お父様! しっかりして! お父様!」

 

 魔力が枯渇してまともに動けないユエは、無理やり体に力を入れてハジメに駆け寄る。スーツの重量によって重いハジメを必死に揺するが、起きる気配はない。更にヘルメットを外そうと試みるが、全く外れない。実は、ハジメのパワードスーツの着脱には装着者の意思が必要であり、展開したまま気絶すると脱がすことが不可能なのだ。

 

「今度は……私がお父様を守る!」

 

 ユエは意を決すると、懐からハジメのブラスターを取り出す。本来はハジメの武器だが、ハジメは魔力切れの際の護身用としてユエに貸しており、使い方を教えていた。

 

 ユエに残されているものは、ハジメのブラスターと身体強化を施した吸血鬼の肉体、少量の魔力でも使用可能な魔闘術のみ。ユエはハジメを守るため、たった一人でヒュドラに立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

 ハジメは夢を見ていた。それは、戦士としての訓練を始めたばかりの頃の話であり、まだ幼いハジメの声が聞こえてきた。

 

「ねえ、お父さ……師匠。僕、メトロイド(最強なる戦士)になれるかな?」

 

 幼いハジメの目の前にいるのは、今は亡き師匠であるレイヴンクローだ。

 

「メトロイドか……意味は知っているな?」

「うん、最強の戦士って意味でしょ。僕は、メトロイドになってパイレーツを倒したいんだ」

 

 最強になって悪を倒したい。小さかった頃にそのような願望を抱いた人もいることだろう。幼いハジメも、そのようなことを考える少年だった。

 

「確かに、最強の力があればパイレーツを倒すこともできるだろう。だが、それだけではだめだ。攻めるだけではなく、守るということを忘れてはならない」

「守る……」

「単純に力を敵に行使するだけでは、スペースパイレーツの同類となってしまう。我々は銀河の平和を守る存在なのだ。自らの後ろにいる力無き人々の存在を忘れるな」

 

 当時のハジメには少し難しい話だった。だが、ハジメは誰かを守るために戦うということを初めて意識した。

 

「師匠、僕は最強の戦士になりたい。スペースパイレーツからみんなを……大切なものを守れる戦士に」

「分かった。ハジメ、俺はお前を立派な戦士に育ててやる。人々や大切なものを守れる最強の戦士にな」

 

 ハジメは思い出した。自分がどのような思いで戦士としての訓練を開始したのか。人々を、そして大切なものを守れる最強の戦士、メトロイドとなる。それこそが、ハジメが抱いていた思いだった。

 

(実際はどうだ? 南雲ハジメ、お前は大切なものを守れたか?)

 

 夢の中でハジメは自己問答する。

 

(いや、守れてなどいない。力無き人々を守れなかったこともある。リドリーやパイレーツには多くの大切なものを奪われた。そして、今度はユエを失いかけている……)

 

 現在、ユエは魔力の大半を使い果たしており、その状態ではヒュドラに対抗することは不可能である。戦えるハジメが倒れた以上、ユエがヒュドラに殺されてしまうのは時間の問題だった。再び大切なものを失いそうになっている事実に、ハジメは自分を恨んだ。

 

(クソッ! また俺は大切なものを失うのか……ダメだ、それではいけない。俺は最強の戦士となると誓った。もう二度と、悲劇を繰り返したくはない!)

 

 その瞬間、ハジメの意識は覚醒した。スーツのエネルギー残量が大幅に低下したことを知らせる警報が鳴り響いており、視界はヒビが入ったバイザーに覆われている。そして、視線の先にはヒュドラに立ち向かうユエの姿が。

 

 

 

 ヒュドラはユエに対して多数の光弾を発射してくるが、ユエは魔闘術によって迎撃していく。同時に片手のブラスターのエネルギーを最大までチャージすると、最大威力のビームを銀頭に発射する。

 

 ビームは銀頭に直撃した。しかし、その威力はスーツの武装には及ばないため、銀頭に傷一つ付けることも叶わない。

 

「効かない……」

 

 ヒュドラはさらに光弾を発射する。魔闘術を使うための魔力すら残っておらず、回避に専念するのだが、ついに被弾する。当たったのは肩だった。

 

「あぐっ!?」

 

 さらに、ユエが姿勢を崩したところに銀頭がビームを放つ。ユエは何とか飛びのくことで躱すが、その代わりに光弾が腹部に直撃。吹き飛ばされたユエは、地面に叩き付けられた。

 

「うぅ……うぅ……」

 

 呻き声を上げるユエ。銀頭はユエを見下ろすと、勝ち誇ったかのように咆哮する。そして、ビームのチャージを始めた。

 

「ごめんなさい、お父様。私、ここで死ぬみたい……」

 

 ユエは完全に諦め、銀頭の口内から溢れている光を見上げる。このままビームが発射されれば、ユエは間違いなく消し飛ぶだろう。そして、ヒュドラはビームを発射した。

 

 ユエに迫る破壊の閃光。だが、次の瞬間……一陣の風が吹いた。

 

「えっ?」

 

 浮遊感を感じるユエ。気がついた時には誰かに抱えられており、その横をビームが通過していた。自分を抱えている人物を見ると、それはボロボロのパワードスーツを纏ったハジメだった。

 

「お父様……?」

「すまない、ユエ。遅くなった」

 

 ハジメはユエを抱えながら後方に跳ぶ。そして、ユエを柱の影に退避させる。

 

「ユエは隠れていろ。俺の不手際でユエには迷惑をかけた。ケジメは自分自身の手でつける」

「お父様……」

 

 ハジメはユエに背を向け、ヒュドラの方へと歩き出す。それを柱の影から見守るユエには、ハジメの背中がいつもより大きいように感じられた。ハジメは、そのまま走り出してヒュドラに突撃する。

 

「クルゥァァアアン!!」

 

 銀頭が多数の光弾をハジメに向けて放つ。ユエに放った時よりも大量であり、本気の攻撃であると伺える。だが、その程度で怯むハジメではない。

 

 ハジメは光弾の嵐の中に突入し、まるで稲妻かのような複雑な軌跡を描いて高速ですり抜けていく。継続型ビームも飛んでくるが、スライディングで回避しながらミサイルを連射して銀頭に打撃を与えていく。

 

「お父様、凄い……」

 

 そして、背中のブースターを吹かして高く跳んだハジメは、銀頭に取り付くと口をこじ開けて中にミサイルを何十発単位で叩き込んでいく。銀頭は口を塞ぐ異物を排除するために至近距離からビームを放つが、ハジメは上方向に跳んで一時的に空中へ離脱することで免れる。

 

(次で終わりにしてやる!)

 

 空中のハジメはアームキャノンにエネルギーをチャージしながら、上下逆さまの状態になって眼下の銀頭を睨む。そのままブースターを吹かせて急降下すると再び銀頭に取り付き、その口をこじ開けた。

 

「今すぐ消えろ!」

 

 ハジメはエネルギーを最大まで増幅した状態のアームキャノンを銀頭の口内に突っ込む。

 

ドオッ!

 

 最大チャージビームが銀頭の口内で放たれ、その脳蓋をぶち抜く。銀頭は糸が切れたかのように活動を停止し、地面に体を横たえると崩壊していく。その後に残されたのは、交差する二本のリングに囲まれた球状のアイテムだった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 とどめの直後に離脱して地面に降りたハジメは、片膝を着いて肩で息をしていた。今回の戦いは受けたダメージが最も多く、激しい動きもあって身体への負担が多大なものだったからだ。そこへ、ユエが駆け寄ってくるのだが……

 

「お父様! あっ……!?」

 

 ユエはハジメの目の前で盛大に転倒した。ハジメと同様にダメージが多く、魔力が枯渇してしまったために体がフラフラなのだ。

 

「ユエ、大丈夫か!?」

「だ、大丈夫……ちょっと転んだだけ」

 

 ハジメは慌てて起き上がらせるが、ユエはサムズアップしながら大丈夫だと表明する。

 

「お父様、とてもカッコよかった……ねえ、これからも私のお父様でいてくれる?」

「あぁ、勿論だ……」

 

 こうして親子で団欒すること数分。ようやくヒュドラの残骸から出てきたアイテムを獲得するときがきた。ユエの目の前でハジメはアイテムに触れる。その直後、パワードスーツが眩い光に包まれ、あまりの眩しさにユエは思わず目を覆った。

 

 やがて、ユエが目を開けると変化したパワードスーツの姿があった。新品同様となっており、カラーリングは変わらないのだが、肩アーマーが球状のものに変化し、全体的にマッシブな体型に変化している。また、胸部にあったL字の発光体が消滅していた。

 

「変わった……?」

 

『バリアスーツを入手しました』

 

『防御機能が強化されたパワードスーツです。耐熱機能が強化されている他、ビームの威力が強化されています。球状の肩アーマーが特徴的です』

 

「バリアスーツ……なるほど、銀頭が他の頭よりも耐久力があったのは、こいつを持っていたからか」

 

 この日、ハジメはさらなるパワーアップを果たした。過去に失われた全てのアビリティを取り戻し、フルスペック状態のパワードスーツを目指してハジメは進み続ける。




ここでバリアスーツを入手です。本作品におけるバリアスーツの効果は、原作にある防御力UP(ダメージ減少)と超高温への耐性に加え、ビームの威力向上を追加してます。


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18話 鳥人族の後継者


お待たせしました、18話です


「後は、この扉だけか……」

「ん……」

 

 死闘の末にヒュドラを倒し、バリアスーツを入手したハジメ達。二人は休憩した後、魔法陣の奥にある巨大な扉の前に立っていた。そして、二人が扉に近づくと、ギギッという音を立てて扉が独りでに開く。

 

「開いた……ユエ、どうやら入っていいらしい」

「ん……でも、警戒はした方がいい」

「そうだな。俺が先行して安全を確認する、ユエはカバーしてくれ」

「ん……任せて」

 

 すでにユエは血を吸っているので完全に回復している。そのため、ハジメをカバーするのに支障はない。

 

「3……2……1……突入」

 

 ハジメは扉の向こう側に飛び込み、縦に一回転しつつ着地すると、アームキャノンを左右に向けて安全を確認する。

 

(周囲に脅威はなし。クリア)

 

「ユエ、来ても大丈夫だ」

 

 安全が確認されたため、ハジメはユエを呼ぶ。二人は並び立つと内部の景色を眺めるのだが、その光景は地下の迷宮であると信じられないようなものであった。

 

 まず、扉の向こう側の空間はちょっとした球場くらいの大きさとなっており、天井には太陽のように輝く球体が浮かんでいる。また、奥の壁は一面が滝になっていて、滝からの水が小川となって奥の洞窟に向かっていた。小川では魚も泳いでいる。

 

 川から離れた所には畑や果樹園、家畜小屋が見え、家畜の気配はないが野菜や果実が育っている。そして、一部の岩壁がそのまま加工された大きな石造りの建物があった。

 

 そんな光景を眺めていると、遠くから接近してくる小さな物体があった。その物体はフヨフヨと浮遊しており、球体だ。そして、その中央にはカメラアイのようなものが埋まっている。

 

「あれは……まるでマザーブレインの……」

「マザーブレインって、鳥人族を裏切ったっていう……」

 

 その物体はマザーブレインのインターフェイスによく似ていたため、ハジメは思わず警戒する。アームキャノンを構えており、ピリピリとした空気が漂う。やがて、その球体はハジメ達の目の前に来て言葉を発する。

 

「お待ちしておりました、後継者様。私は迷宮制御用有機生体マザーコンピュータのセントラルユニット。鳥人族からはイヴという個体名を与えられています」

 

 目の前の球体は女性の声でイヴと名乗った。あの音声にあったセントラルユニットの正体が彼女らしい。有機生体コンピュータとのことだが、マザーブレインと同系統の技術なのだろうか?

 

「イヴ……といったな。本体は別にあるのか?」

「はい。この機体はあくまでも警備用ユニットであり、別に本体があります。また、全ての迷宮にも分身が存在します」

 

 イヴの説明が続く。彼女によるとセントラルユニットは精神感応能力を有しており、大陸の各地で広範囲に散らばる迷宮に配置された分身との間に物理的な距離を無視したネットワークを確立している。

 

「やはり、マザーブレインと同系統か……」

「マザーブレイン?」

「あぁ、マザーブレインというのは……」

 

 今度はハジメがマザーブレインについて説明する。話したのは誕生の経緯とマザーの裏切りについてだ。当然、鳥人族の衰退についても話している。

 

「なるほど。鳥人族はそのような状況になっているのですね。しかし、マザーブレインと私には共通点が多い。もしかすると、私はマザーブレインのプロトタイプである可能性があります」

 

 イヴは鳥人族の衰退やゼーベスの壊滅について、悲しむようなことはなかった。事実を認識しただけであり、後継機といえるマザーブレインと比べて感情が薄いようだ。

 

「後継者様、そしてその同行者様。所定のプロトコルに基づき、あなた方を迷宮の攻略者として案内いたします」

「分かった。それと、俺のことは後継者ではなくハジメと呼んでくれないか?」

「ん……私のことはユエと呼んでほしい」

「了解。両名の個体名を記録しました。ハジメ様、ユエ様、私についてきてください」

 

 ハジメとユエはフヨフヨと飛ぶ警備ユニットについていく。やがて、最初に見た石造りの大きな建物の前に到達した。イヴによって扉のロックが解除され、中に招き入れられる。

 

 建物は三階建てだった。一階は生活スペースとなっており、リビングや台所、トイレ、暖炉、そして露天風呂が存在する。二階は書斎や工房となっており、何かしらの作業をするスペースのようだ。工房には例の場所と同じ鳥人族のオブジェがあったのだが、現時点ではノータッチである。そして、三階は階層がまるごと一部屋となっていた。

 

 この三階なのだが、部屋の中央の床に魔方陣が刻まれていた。それも直径七、八メートルのものであり、今まで見たこともないほど精緻で繊細だった。そして、イヴは部屋の中央付近に移動する。

 

「では、これを見ていただきます。再生開始」

 

 すると、魔方陣の中央に立体映像が映し出される。そこに映ったのは、黒衣を纏った眼鏡の青年だった。

 

『この映像が流れたということは、鳥人族の後継者が迷宮を突破したということだろう。強化された試練を乗り越え、よくたどり着いた。私はオスカー・オルクス、鳥人族と共にこの迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?』

 

 青年はオスカー・オルクスと名乗った。おそらく、あの骸骨は彼のものなのだろう。そして、彼は鳥人族と共に迷宮を創設したらしい。

 

『予言にあった鳥人族の後継者に、世界の真実を知る者としてメッセージを残させてもらうことにした。どうか聞いて欲しい。我々は反逆者であって反逆者ではないということを……我々と鳥人族がどのように関わり、何をしようとしていたのかを……』

 

 こうして始まったオスカーの話。それは、ハジメが収集した情報とは大きく異なっており、あの碑文の通りであった。

 

 神代の少し後の時代、多くの種族が自らの信じる神の神託を受け、神敵を滅ぼすという大義名分の元に戦争を続けていた。だが、何百年と続いた争いに終止符を打とうとする“解放者”と呼ばれる集団が現れた。

 

 そんな中、解放者達は異世界からの来訪者である鳥人族と接触する。解放者達は鳥人族と協力し、長い戦争で停滞していたトータスの技術レベルの向上を目指した。その際、交流のあった種族や派閥にチョウゾテクノロジーが部分的に提供されている。

 

 また、鳥人族の中には戦士も混じっており、解放者と肩を並べて戦ったこともあるようだ。彼らは技術力を結集したアーマーを身に纏い、槍やアームキャノンで武装し、魔法は扱えないが高い身体能力で活躍したという。

 

 鳥人族の活躍もあって順調に争いが終わりつつあったある日、解放者と鳥人族は神の真意を知ってしまった。それは、神々が世界の全てを操って遊戯のつもりで人々に戦争を行わせていたということだ。

 

 それを許せなかった彼らは、神々がいるとされる空間である“神域”を突き止めると、解放者の中で強力な力を持つ七人を中心に戦いを挑んだ。

 

 だが、その目論みはその前に破綻してしまう。何と、神は人々を操って解放者と鳥人族を世界に破滅をもたらす神敵……“反逆者”に仕立てあげてしまったのだ。守るべき人々に力を振るえなかった彼らは次々と討たれ、最後に残ったのは七人の解放者と鳥人族のみだった。

 

 敗北を喫した七人の解放者は、バラバラに大陸の果てに迷宮を作り、神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って、迷宮を攻略した者に自らの持つ力……“神代魔法”を授けることにした。だがその時、予言能力を持つ一人の鳥人族がある予言をする。

 

 それは、鳥人族の遺伝子と叡知、力を受け継ぎ、チョウゾの鎧を纏った後継者がオルクス大迷宮を攻略し、邪神を討つ意思を受け継ぐというものであり、最強なる戦士へと至った後継者が邪神を討つとされていた。

 

 そこで、解放者と鳥人族は後継者を支援するため、チョウゾの武器……パワーアップアイテムを迷宮等に設置すると共に後継者用のコースを準備した。また、真のオルクス大迷宮の最初の階層には鳥人族のオブジェと碑文を配置し、後継者に真実を伝えると同時にコースの切り替えを行うことにした。

 

 その後、解放者はそれぞれが作った大迷宮に留まり、鳥人族を戦いに巻き込んでしまったことに罪悪感を抱いた解放者からの提案もあって、鳥人族はセントラルユニットを代理人として配置して元の世界へと撤退した。その際、技術の漏洩を防ぐために転移装置は完全に破壊されている。

 

 長い話が終わり、オスカーは微笑む。

 

『長い話をしてしまってすまない。だが、我々の真実を君に知っておいて欲しかった。私は、鳥人族の後継者である君に力を授ける。また、今後の活動で必要になるであろう情報やデータを準備してあるので、工房のオブジェからダウンロードしてほしい。きっと役に立つはずだ。君に神殺しを強要するつもりはないが、その力を悪しき心を満たすために振るわないでくれ。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが、調和の精神と共にあることを願っているよ』

 

 話が終わると、オスカーの立体映像は消えた。

 

「ハジメ様、ユエ様、魔法陣の中央に立ってください。オスカー様が仰っていた神代魔法の一つを手に入れることができるはずです」

 

 イヴに言われ、二人は魔法陣の上に立つ。すると、魔法陣が輝くと同時に二人の脳裏に魔法が刷り込まれていく。その際、二人は頭がズキズキと痛んだのだが、ハジメはパワードスーツの方にも何かが刷り込まれるような違和感を味わっていた。やがて、魔法陣の輝きが収まると頭痛や違和感は止まり、脳裏に情報が浮かんできた。

 

「生成魔法……なるほど、鉱石に魔法を付与して特殊な鉱石を……」

「お父様、私も習得したけど相性が悪いみたい……」

 

 ハジメが入手したのは生成魔法という神代魔法であり、ハジメが言ったように鉱石に魔法を付与するものとなっている。それにより、アーティファクトを生み出すことが可能である。

 

「オスカー・オルクス……ありがとう、解放者と鳥人族の真実を伝えてくれて。あなた方の汚名は必ずそそぐと約束する……安らかに眠ってくれ……」

 

 ハジメはオスカー・オルクスだった骸骨の目の前に行くと、感謝の言葉をかける。彼らを反逆者のままにしてはいけない。そして、彼らの名誉を必ず回復させるのだとハジメは誓った。

 

 

 その後、ハジメはオスカーの遺骨を埋葬することにした。ユエと共に遺骨を外に移動させると、付近にあった石材を“錬成”で加工して棺と墓石を製作する。

 

「安らかに眠ってくれ……」

「ん……お疲れ様」

 

 館の近くの地面を“錬成”で掘り、オスカーの遺骨を入れた棺を埋める。そして、オスカー・オルクスの名を刻印した墓石を立て、二人は彼を弔った。

 

 そして、ハジメ達は館の二階にある工房に行き、オスカーの話にもあったオブジェの目の前に立つと、穴にアームキャノンを差し込んでデータをダウンロードしていく。これから対峙するであろう神の尖兵の情報やら、概念魔法なる魔法の情報等、多くのデータがあったのだが、データの中には新たなアビリティも含まれていた。

 

『アイスビームデータをダウンロードしました。アイスビームが新たに使用可能です』

 

『アイスビームは、直撃した対象を凍結させる効果を持つビームです。高温地帯のクリーチャーに対して有効ですが、ビームの威力が低下する欠点があります』

 

 新たなアビリティはアイスビームだった。アイスビームは威力の低下という欠点があるが、高温地帯の敵に対する特効武器となっている。大迷宮の一つであるグリューエン大火山は高温地帯であり、そこを攻略する際に役に立つだろう。

 

 また、ハジメ達は工房の中を見て回ったのだが、本棚や扉にロックがかかっている場所が存在していた。だが、オスカーの遺骨が持っていた指輪を翳すことで解除することができた。

 

「ハジメ様、ユエ様、あなた方に見せなければならないものがあります」

 

 工房の中を一通り見終わった後、イヴがそんなことを言う。彼女を追って向かった先は館の一階であり、隠し部屋が存在していた。そして、その中にはエレベーターがあった。

 

 エレベーターに乗って地下室に降りると、そこにはチョウゾテクノロジーを使った機械がひしめいていたのだが、その部屋にはセントラルユニットの本体が鎮座していた。

 

「あれが君の本体か……マザーに似ているな」

 

 セントラルユニットはマザーブレインよりも小ぶりなのだが、巨大な単眼のある大脳の形をしていることは共通していた。なお、彼女の本体は金属製の装甲で覆われており、その中身は青色になっているという。

 

「本当に見せたいのはこれではありません。奥の部屋に向かってください」

 

 イヴの指示でハジメ達は奥に向かう。スライドドアを通った先で、ハジメはそれを目撃した。

 

「こ、これは……スターシップ!」

「ん……スターシップって、お父様の話にもあった空飛ぶ船……」

 

 ハジメの目の前にあったのは、黄色のスターシップだった。ハジメが持っていたスターシップと同様に黄色の船体と緑色のフロントバイザーが特徴なのだが、シルエットは大きく異なっている。

 

 地球に置き去りになったハジメのスターシップは甲虫のようなデザインであるが、目の前のスターシップは宇宙戦闘機のようなデザインだった。鋭いナイフのような印象を受けるこの船は、三胴船のような構造になっていた。

 

「これは、鳥人族があなた方のために残した船です。今後、役に立つでしょう」

「彼らには感謝しなくてはな……イヴ、この船の中を見てもいいか?」

「ええ。現時点であの船はあなたの所有物になりました。自由に使ってください」

「未知のスターシップ……そそるなこれは」

 

 ハジメは舐め回すようにスターシップを隅々まで調査した。なお、数時間にわたって調査に熱中したことでユエが拗ねてしまい、その機嫌を直すのに色々と苦労したとか。




当初はセントラルユニットの名前をアダムにするつもりでした。本作品におけるセントラルユニットの設定には、マザーブレインとオーロラユニットの設定を混ぜてます。

最後に出てきたスターシップですが、見た目はプライム3のものを想像してください


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19話 ハジメの意思

 

 ヒュドラを倒し、解放者と鳥人族の真実を知り、ユエの機嫌を損ねた波乱万丈の日が終わり、翌日の朝となった。

 

 地底なので時間が分からなさそうなものだが、それは天井に浮かんでいる太陽のような輝く球体が解決してくれた。イヴによると例の球体は解放者と鳥人族が協力して作ったアーティファクトであり、外の時間と同期して夜には月に変わるとのことだ。

 

 それはともかく、ハジメはユエの機嫌を直すために苦労した。ハジメ曰く、スペースパイレーツと戦うより大変だったらしい。あの手この手で機嫌を直そうとした末、添い寝をしてあげることで決着がついた。

 

 そのようなこともあり、手に入れた情報を精査するのは翌日に持ち越されてしまった。現在、ハジメはスターシップのあった部屋に籠り、情報の精査を行っていた。

 

「概念魔法……それなら元の世界に帰れるかもしれないな……」

 

 存在した情報の中で、ハジメが最も注目しているのは概念魔法という魔法だ。ダウンロードしたデータには次のような説明があった。

 

「概念魔法」

概念魔法はあらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法。七つの神代魔法を手に入れることが条件であり、極限の意思こそがそれを生み出すだろう。

 

 あらゆる概念を顕現させ、作用させる魔法ということは、元の世界の位置を特定する概念と、世界と世界を繋ぐ概念を生み出すことで、元の世界に帰ることができるのではないかとハジメは考えた。

 

 大迷宮を攻略すれば神代魔法が手に入る。ハジメは全ての大迷宮を攻略するという意思を固めた。元の世界に帰る手段があれば、香織を含めたクラスメイト達を逃がすことができるだろう。だが、それをエヒトが黙って見逃すはずがない。

 

 当然、大迷宮の攻略を妨害してくるだろうし、異世界からハジメ達を召喚した以上、エヒトは異世界に干渉することができる。再び、勇者とその同胞をトータスに召喚するだろう。

 

(神と戦わない理由はないな……)

 

 元の世界に帰ったから『はい、終わり』というわけではないのだ。異世界召喚の被害者をこれ以上出さないためにも、悪意をもって干渉してくる異世界の存在は殲滅しなければならないとハジメは考えていた。

 

「俺が奴を終わらせる……」

 

 ハジメは解放者と鳥人族の意思を継ぎ、エヒトを倒すことにした。なお、ハジメはエヒトを倒せば一件落着だとは微塵にも思っていない。エヒトを排除したところでトータスでは争いが続くだろうし、他の異世界からの干渉もあり得るからだ。

 

(トータスの争いを終わらせることはできるのだろうか? いや、難しいだろうな……)

 

 人間族と魔人族は千年に渡って争ってきた。元凶のエヒトを倒し、真実を公表したとしても憎しみが消えるはずがない。それに、両者からハジメが反逆者として敵視される可能性もあるのだ。

 

 ハジメの方針としては、残りのアビリティと七つの神代魔法を集め、戦闘力の強化と帰還用の概念魔法の開発を行い、最終的には神を倒すということになった。なお、世界を救うか否かという点については保留である。

 

 その後、ハジメは今後の方針についてユエに話した。神と敵対するということは世界を敵に回す可能性が非常に高く、彼女の意思を無視して巻き込むわけにはいかないからだ。なお、ユエの返答は一瞬で返ってきた。

 

「私も戦う。世界の真実を知った者として、逃げるわけにはいかない。それに、お父様には恩を返したい……」

「ユエがそう言うのなら、俺は否定しないさ。あぁ、そうだ。ユエ用に装備を作ろう。それも、最高のものをな」

「ありがとう、お父様……私、最高の装備に釣り合うように強くなってみせる」

 

 帰還する手段を作るために大迷宮を攻略し、神に立ち向かうということで二人の意思は統一された。そして、大迷宮の攻略や神の尖兵と戦う準備をするため、しばらくオスカーの隠れ家に留まることにした。

 

 

 

 

 

 滞在中、ハジメはオスカーの工房で二つのアイテムを発見していた。一つは、“宝物庫”と呼ばれる指輪型アーティファクトだ。

 

 “宝物庫”には直径一センチ程の紅い宝石が取り付けられており、その中に存在している空間に物を保管できる。その小ささからは想像できない程の広さの空間であり、スターシップのような大型の物体すら収納してしまう性能がある。ハジメは、このアイテムに空間に関連する神代魔法が付与されているのではないかと予想していた。

 

 もう一つは、鳥人族のアイテムだった。その名はグラップリングビームといい、光のロープのようなビームを発射するアビリティである。入手時には、次のような表示がバイザーにあった。

 

『グラップリングビームを入手しました』

 

『左手と一体化したデバイスから発射される、ロープのようなビームです。天井に打ち込んでぶら下がる、敵の武器を奪う、障害物を排除するなど、様々な使い方が可能です』

 

 グラップリングビームは攻撃用のアビリティではないが、探索から戦闘の補助までこなしてくれる多用途なものとなっている。大迷宮の攻略においても、役に立ってくれることだろう。

 

 また、ハジメは館の地下室にあった鳥人族の設備を利用し、イヴの協力を受けながら装備の製作や改良を行っていた。

 

 その例として、ハジメが生身で扱う武装が挙げられる。パワードスーツを着ていれば、ハジメは大抵の敵と戦うことはできるが、町や都市の中だったり、近くに他者がいる場合など、スーツを纏えない状況が想定されているからだ。

 

 その一つとして、ハジメはフィールドナックルという武装を製作した。籠手型の武装であり、ベヒモス戦で装着していた籠手を改造したものだ。この武装の機能として、力場発生機能が搭載されている。

 

 フィールドナックルは使用者の魔力や生体エネルギーを動力として力場を発生させるのだが、その力場を拳に纏うことでビームブレードの直撃すら容易に受け止められる。また、両腕の籠手同士を近づけることによって、大きなバリアを展開できる。これではリフレクターの出番が無くなってしまいそうなものだが、手札が多いに越したことはない。

 

 武器ではないが、パワードスーツ未装着時の情報収集能力の低下を補うためのスマホ型デバイスも製作した。バイザーシステムの機能が全て搭載されており、スターシップの遠隔操作もできる。

 

 また、ハジメは宣言通りにユエ用の装備を作った。封印部屋で見つけ、ここまでユエが着ていた黒いドレスを修繕・改造したドレス型戦闘服であり、防御力の向上が図られている。

 

 元々は黒一色のドレスだったが、金色のラインが入れられたり、紅い宝石が各所に配置されている等、お洒落な見た目となっている。なお、紅い宝石は魔力タンクとなっており、最上級を使ったとしても、一発で魔力が枯渇することはなくなっている。

 

 戦闘時にはその上から銀色のアーマーを装備することになっており、アーマーを起点に展開するエネルギーシールドで全身を敵の攻撃や熱気、冷気等から防護する。アーマーを装備した姿は某セイバーに見えなくもない。

 

 ユエの低い機動力をカバーするための装備も作られた。ローラーダッシュ機能が搭載された特殊なブーツである。これは、神の尖兵との戦いを想定した装備だ。

 

 神の尖兵……真の神の使徒は“分解”の固有魔法を持っており、それを利用した攻撃を繰り出してくることが、オスカーが残した情報から判明している。エネルギーシールドによってある程度は無効化できるとのことだが、被弾は減らした方がいい。ユエのように機動力が低いと分解の餌食にされてしまうため、ローラーダッシュ装備を製作していた。

 

 他にも色々と作った装備があったのだが、ここでは割愛させていただく。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 あれから一ヶ月後、ハジメ達が地上へと旅立つ日が来た。情報の精査、装備の製作・改良とその慣熟訓練、対神の使徒を想定した戦闘訓練を重ねており、準備は万端である。

 

 その間、二人は父と娘のように過ごしていた。二人で料理をして大失敗してみたり、風呂でハジメがユエの頭を洗ってあげたり、ユエがハジメに甘えたりと、とても親密だった。

 

 現在、ハジメとユエは館の三階で見つけた帰還用の魔法陣の前に来ていた。二人は共に新しい装備を身につけており、新たな旅立ちに相応しいと言えるだろう。

 

 ハジメは赤いパイロットスーツを着込み、その上に銀色のジャケットを羽織っている。腰にはブラスターを収めたホルスターとリフレクターが下げられていた。そして、履いているブーツはジェットブーツになっており、スーツの未着用時の機動力低下を補っている。フィールドナックルも装備済みだ。

 

 ユエはハジメが製作した金のラインと赤い装飾品が特徴的な黒いドレスに身を包んでいる。某騎士王のようなアーマーが既に装着された鎧ドレスの状態であり、臨戦態勢であることが分かる。見たところ重そうな装備のようだが、生身の状態と変わらない感覚で動けるほど軽量な装備となっている。

 

「ハジメ様、ユエ様、私はナビゲーターとして遠隔で旅に同行させていただきます」

 

 二人の近くにはイヴが操作する球状の警備ユニットが来ている。イヴは精神感応能力を利用した遠隔通信で同行することになっていた。スターシップやスマホ型デバイス、アームキャノンに搭載されたホログラム装置を通してハジメ達をナビゲートしてくれることだろう。

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

 そして、ハジメはオスカーの指輪……攻略の証を使って魔法陣を起動させながら、ユエに対して静かな声で告げる。

 

「ユエ、俺達の力はこの世界では異端だ。教会や各国が黙っていることはないだろう。当然、俺達を排除するか力を戦争に利用しようとするだろうが、この力を渡すわけにはいかない……」

「ん……」

「俺達はどの国家にも属さないし、媚びへつらうようなこともしない。彼らの私利私欲のために力を振るうようなこともだ……」

「ん……」

「だが、困っている人を助けることまでは否定しない。神を倒したところで、人々が救われていなければ意味がないからだ。あくまでも、俺達が救うのは国家ではなく“人”だ……」

 

 ハジメはこの世界で行動する際の心構えをユエに伝えた。国家や勢力ではなく人を助けるというものであり、ハジメはトータスを完全に見捨てたわけではなかった。世界を救うかどうかは保留のハジメだが、人は救うつもりだった。

 

「各勢力どころか、世界を敵に回すかもしれない危険な旅路だ。命がいくつあっても足りないくらいだろうな……」

「それは覚悟の上……」

 

 覚悟はすでに決まっている。

 

「障害は実力をもって排除し、突破口を開く。全て乗り越え、目的を果たすぞ。異論はないな?」

「ん……異論はない。お父様と共に全て乗り越える……」

 

 そして、二人は手を繋いで魔法陣に飛び込み、閃光と共にその姿を消した。





○フィールドナックル
→元ネタはサムス&ジョイに出てくる同名の武装。名前と機能は同じだが、仕組みや構造は全く異なる。

○ローラーダッシュ
ボトムズとかコードギアスでよく見るやつ。

○ハジメの服装
→鳥つながりでスターフォックスのファルコの服装をイメージしてます。


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クラスメイトside4

最近はメトロイドプライムリマスタードに熱中してます。サーモバイザーを獲得した後の帰り道が怖すぎる件


 ハジメがヒュドラを撃破し、バリアスーツを獲得した頃、勇者一行は迷宮の攻略を中断して王都に戻ってきていた。それには、二つの理由がある。

 

 まず、マッピングが完全に済んでいる今までの階層と異なり未知の階層が広がり、探索と戦闘を並行して行う必要があることから攻略速度が落ちたこと、魔獣も強くなっていることから、それによるメンバーの疲労も考慮して休養を取らせることにした。これが第一の理由である。

 

 もう一つの理由は、この世界における人間族の国家の一つであるヘルシャー帝国から、勇者一行と会うために皇帝陛下が向かうという通達を受けたためである。そのため、休養する場所はホルアドではなく王都に変更になっていた。

 

 それまで、帝国は勇者に興味を持っていなかった。何故ならば、ヘルシャー帝国は三百年前に名を馳せた傭兵が建国した国家であり、“力こそ全て”の完全実力主義の国家だからである。

 

 そんな彼らが、いきなり現れた何処の馬の骨か知れない勇者を、人間族のリーダーとして、救世主として認めるはずがないのだ。

 

 だが、勇者一行が歴史上の最高記録であるオルクス大迷宮の六十五層を突破したことで、帝国は勇者一行に興味を持った。そして、帝国から使者ではなく皇帝陛下が直々にやって来るという異例の事態に発展したわけだ。

 

 王国の人間からそのような説明を受けながら、勇者一行は王宮に到着する。全員が馬車から降りたところ、王宮の方から一人の少年が駆けてくるのが見えた。十歳位に見える金髪碧眼の美少年である彼の名は、ランデル・S・B・ハイリヒ。ハイリヒ王国の王子である。

 

 ランデル殿下は、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気を纏っており、子犬のように駆け寄ってくると大声で叫んだ。

 

「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」

 

 人間族の救世主である勇者を差し置いて、彼は香織のみに声をかけていた。どうやら、香織のことしか眼中にないらしい。それもそのはずだ、彼は香織に恋心を抱いているのだから。

 

 ランデル殿下は召喚の翌日の時点で、香織にアプローチをかけていた。しかし、彼は十歳である。香織からしたら、子犬に懐かれている程度の認識だったため、その思いが実ることはない。そもそも、香織はハジメ一筋なのだ。

 

「ランデル殿下。お久しぶりです」

 

 香織は笑みを浮かべてランデル殿下に挨拶する。香織の笑顔を見た彼は一瞬で顔を真っ赤にしながらも、男らしい表情を精一杯作っていた。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

 

 悔しそうなランデル殿下。香織からしたら誰かに守られるつもりはないのだが、その微笑ましい心意気に思わず頬を緩めてしまう。

 

「お気づかい下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫です。自分で望んでやっていることですから」

「いや、カオリに戦いは似合わない。そ、その……ほら、もっと安全な仕事もあるだろう? 例えば……余の侍女とかどうだ?」

 

 香織から離れたくない。そう思っていたランデル殿下は、香織を自身の侍女にしようとする。

 

「侍女ですか? いえ、すいません。私は聖女です……人を癒すのが仕事ですから……」

「なっ、なら……医療院に入ればいい。迷宮とか前線とか……危険な場所に行く必要などないだろう?」

「いえ、前線でなければ直ぐに命を救うことができませんから。心配してくださり、ありがとうございます。殿下」

「し、しかし……」

 

 何としても香織を近くに置きたいランデル殿下だったが、強くなりたいという意志を固めた香織の気持ちは梃子でも動かない。彼は更なる一手を繰り出そうとするが、涼やかだが厳しさを含んだ声が響く。

 

「ランデル。いい加減にしなさい。カオリが困っているでしょう?」

「あ、姉上!? ……し、しかし……」

「しかしではありません。皆さんお疲れなのです。あなたの都合で振り回してはいけませんよ。相手のことを考えてください」

 

 ランデルを注意したのは、彼の姉であるリリアーナ王女だ。彼女の言う通り、ランデルが香織にしつこくしている間、王族の前ということもあって他の面々は勝手に移動も出来ずに引き留められていた。

 

「うっ……余はカオリのことを考えて……」

「カオリはあなたの所有物ではありませんよ。自らの我が儘を通せるかと思ったら大間違いです」

「あっ……姉上のわからず屋!!」

 

 ランデルは自らの過ちを認めたくないのか、捨て台詞を吐いて逃げ出してしまった。

 

「カオリ、弟が失礼しました。皆さんも、引き留めてしまって申し訳ありません。代わってお詫び申し上げますわ」

 

 リリアーナはそう言って頭を下げた。

 

「気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は私のことを心配してくれているだけだから……」

 

 香織はリリアーナのことを愛称で呼ぶ。リリアーナ王女は十四歳であり、香織達と歳が近いということもあって、彼らと親しくなるのも早かった。彼女は特に香織と雫と親しく、互いを愛称と呼び捨てで呼び合う仲である。

 

「改めて、お帰りなさいませ。皆様、無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

 香織と話した後、全員に向き直ったリリィは労いの言葉を掛けると、ふわりと微笑む。王族としての気品や優雅さを併せ持った美少女など身近にいなかったため、それを見た生徒達は男女の区別なく顔を赤くした。

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

 

 そんな中、光輝は息をするようにキザなセリフを爽やかな笑顔で言う。なお、光輝には下心などない。再会できたことを単純に喜んでいるだけなのだ。彼はあまりにも鈍感過ぎた。自身のイケメンフェイスや言動の効果というものに対して。

 

 なお、言われた本人の様子は……

 

「えっ、そ、そうですか? え、えっと」

 

 リリィの顔は真っ赤に染まっており、返答に困ってオロオロとしている。彼女は王族として様々な人々と接してきた経験から、相手に下心があるかどうか見分けるのは容易であり、光輝に下心がないことは分かっていた。しかし、あのような言葉を本心から言われたことがなかったため、動揺してしまったのだ。

 

「えっと、とにかくお疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。皇帝陛下が来られるには数日は掛かりますから、お気になさらず」

 

 その後、光輝達は疲れを癒しつつも、居残り組に対してベヒモスの討伐報告をしたり、愛子先生に“豊穣の女神”という異名が付いたことが話題となって彼女が身悶えたりしたが、帝国の使者が来るまでに疲れを癒すことができた。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 それから三日後、ついにヘルシャー帝国の皇帝陛下一行が乗った馬車が王宮に到着した。

 

 馬車から最初に降りてきたのは、四十代位のワイルドな雰囲気を纏う男だった。その銀髪は短く切り上げられ、鋭い碧眼は狼を連想させる。体は見事に鍛え上げられており、筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでも分かる程だ。彼こそがヘルシャー帝国の皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーである。

 

 現在、謁見の間において皇帝ガハルドと四名の同行者がレッドカーペットの中央に立っており、エリヒド陛下と教皇イシュタル、光輝達迷宮攻略組と向かい合っている。

 

「ガハルド殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「エリヒド殿、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝している。して、どなたが勇者様か?」

「うむ、まずは神の使徒の方々を紹介させて頂こうか。光輝殿、前に出てくれるか?」

「はい」

 

 定型的な挨拶が行われた後、光輝達が紹介されることになった。最初に光輝が紹介されるのだが、平和な世界にいた頃と比べてとても精悍な顔つきになっていた。

 

 全員が紹介された後、ガハルドは光輝に対してこんなことを言った。

 

「ほぅ、随分と若いな。失礼だが、本当に六十五層を突破したのか? あそこには、ベヒモスとかいう奴がいたはずだが……」

 

 ガハルドは光輝に疑わしそうな眼差しを向けており、他の者達は光輝を値踏みするかのように上から下までジロジロと見ている。光輝は、向けられた視線に居心地の悪さを感じながらも答えた。

 

「えっと、ではお話しましょうか? どのように倒したかとか、あっ、六十六層のマップを見せるとかどうでしょう?」

「いや、結構だ。話やマップだけでは実力が分からん。そうだな、うちの誰かと模擬戦でもしてもらえないか?」

「えっと……俺は構いませんが……」

 

 光輝はガハルドの提案に戸惑い、エリヒドの方を振り返って指示を求める。そして、エリヒドはイシュタルの方を見て確認を取っていた。その結果、イシュタルが頷いたことで勇者との模擬戦が始まることになった。実力主義の帝国を分からせるためには、これが一番だと判断したのだろう。

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりだな。で、うちからは誰が出るんだ?」

 

 その時、同行者の一人が手を挙げた。

 

「でしたら、このわたくしが立候補いたしますわ!」

 

 この場にいた全員の視線がその人物に集束する。それは、豪奢なドレスを着こなした金髪縦ロールの美女だった。彼女の名はトレイシー・D・ヘルシャー。ヘルシャー帝国の第一皇女である。彼女には“戦闘姫”の異名があり、自ら戦場に出陣する姫として有名だ。

 

「トレイシー、お前がやるのか?」

「父上、何か問題がありますの? 何度も戦場(いくさば)を経験している私なら、十分に戦えますわ!!」

「止めても無駄そうだ。トレイシー、勇者の相手をしてこい」

 

 こうして、勇者vs帝国の戦闘姫による模擬戦が行われることが決定し、光輝達は闘技場に移動した。

 

 

 

 

 

 光輝が闘技場に入った時、トレイシーは既に準備を終えて待機していた。

 

「待っていましたわ、天之河光輝!」

 

 トレイシーの服装は先程の豪奢なものと比較して、簡素なドレスとなっており、その上から胸甲を装備していた。なお、履いているのはヒールであり、とても戦いをするような履き物ではなかった。

 

 そんな彼女の得物は大鎌である。柄の部分は彼女の背丈と同じ位の長さであり、肩に立て掛けられている。一応、鎌の部分は刃引きされているが威圧感があることに変わりはない。

 

「何処からでもかかってくるといいですわ!」

 

 トレイシーは大鎌を担いだまま、光輝を挑発する。大鎌を構えることもせずに光輝の攻撃を待っている姿に、光輝は舐められているのかと怒りを抱いた。

 

(最初の一撃で度肝を抜いてやれば、真面目にやってくれるはず……なら、本気の一撃を……!)

 

「いきます!」

 

 光輝は“縮地”を使い、風となって急速に距離を詰めると、並みの戦士では視認できない速度で唐竹に剣を振り下ろす。トレイシーが反撃する素振りを見せなかったため、勝ちを確信した光輝は寸止めしようとする。

 

 相手が女性だったこともあり、光輝は確実に寸止めするために腕へ強く意識を向けるのだが、むしろ光輝の方がトレイシーを舐めていたのだと証明することになってしまった。

 

「っ!?」

 

 次の瞬間、光輝は足に走った痛みと共に横方向に倒れる。

 

「足元がお留守ですわ!」

 

 あの時、トレイシーは光輝の意識が足元から外れていた瞬間を狙って大鎌の長い柄で足払いを仕掛けていた。そして、倒れた光輝へと大鎌を振り下ろすのだが、光輝は咄嗟に転がることで回避すると、すぐに起き上がって距離を取り、中段の構えでトレイシーと向かい合った。

 

「真っ直ぐ突っ込んでくるなんて、あなた馬鹿ですの?」

「ば、馬鹿……!?」

 

 皇女による発言に戸惑う光輝。模擬戦の様子を見ていたイシュタル達教会関係者に関しては、救世主を馬鹿呼ばわりされたことに不機嫌そうだった。

 

「まあ、真っ直ぐな剣も嫌いではありませんわ。しかし、戦場(いくさば)ではそれが命取り……実戦に次などありませんが、次は実戦のつもりでかかってくるといいですわ」

 

 ここで、トレイシーは大鎌を構える。光輝は気合いを入れ直すと、再び踏み込んでいった。

 

 今度は全てを一撃にかけるようなことはしない。唐竹、袈裟斬り、斬り上げ、突きといった多彩な剣撃を、“縮地”を織り混ぜた不規則な動きで放っていく。残像が生み出される程の速度であり、トレイシーでも対処できないかと思われた。

 

 だが、トレイシーは最小限の動きのみで回避していき、隙を突いて大鎌を振るう。光輝は大鎌持ちとの戦闘経験がなかったが、スペックの高さで何とか攻撃を凌いでいた。

 

 さらに、光輝は距離を詰めることで長柄武器の利点であるリーチの長さを無効化しようとするが、トレイシーもそれは分かっているため、大鎌を大きくぶん回すことで距離を取る。振り回す度に風切り音が発生し、それが光輝に恐怖を与える。

 

 トレイシーに対して一度も決定打を与えられない光輝。しまいには、地面に垂直に突き立てた大鎌の柄を軸にしてポールダンスのように回転することで一撃を回避し、その動きのまま背後に回った彼女からドロップキックを受けて吹き飛ばされたりしていた。履いているのがヒールなので、地味に痛かったりする。

 

「あなた、もしかして手を抜いていらっしゃるのですか? 明らかに寸止めばかりを意識しているようでしたわ」

 

 トレイシーは光輝と対峙しているうちに、彼の攻撃に違和感を感じていた。

 

「手を抜くも何も、女性……それもお姫さまを傷付けるなんて出来ません!」

「わたくしは、実戦のつもりで来なさいと言いましたわ。もしも、女の魔人族が攻撃してきた時、あなたはどうするおつもりですか?」

「そ、それは……」

 

 言葉が詰まる光輝。それもそのはずだ。彼は魔人族を魔獣と同様の存在だと考えていたのだから。魔人族は実際には人間族と同じく文明を築き、魔獣と違って男女の区別もある。魔人族の女性が攻撃してくるシチュエーションなど、彼は考えたことすらなかった。

 

「な、なら……何とか殺さないように無力化します。それなら……」

「無力化するのは、殺すよりも遥かに難しいことですの。無力化するために反撃で自分が死んだら元も子も無いですわ!」

 

 トレイシーはそう言い放った直後、一気に踏み込む。光輝程の速さではなかったのだが、動揺していたこともあって反応が遅れてしまい、気がついた時には目の前に迫っていた。

 

「っ!?」

 

 大鎌を振り抜こうとするトレイシー。光輝は彼女の放つ濃密な殺気に貫かれ、自分は殺されるのではないかと思ったのと同時に、生存本能が刺激されたのか無意識に魔力の奔流が全身から迸り、トレイシーを吹き飛ばしていた。

 

 空中に飛ばされたトレイシーは大鎌を振るうことで姿勢を制御して着地する。

 

「今のは……“限界突破”ですわね」

 

 光輝は無意識に“限界突破”という技能を使っていた。一時的に全ステータスを三倍に引き上げる技能であり、ピンチの際に使う主人公らしい技能である。

 

「トレイシーさん、限界突破を発動した俺に敵うはずがありません。俺の勝ちです」

「あなた、まさか自分だけが特別とか思っているわけではないですわね? 教えてあげますわ。あなただけの専売特許ではないということを! “限界突破”!」

 

 トレイシーの全身から魔力の奔流が迸る。“限界突破”の技能を持っていたのは、光輝だけではなかったのだ。その光景に、光輝は開いた口が塞がらなかった。

 

「おーーーほっほっほっほっ! 天之河光輝! 次の一撃で終わりにしてさしあげますわ!」

 

 トレイシーは高笑いしながら大鎌を構えると、驚きで動けない光輝に迫ろうとする。しかし、トレイシーと光輝の間に光の障壁がそそり立ったため、不発となった。

 

「それくらいにしましょうか、姫殿下。これ以上は、殺し合いになってしまいますのでな」

 

 障壁を出したのは教皇のイシュタルだった。戦いに水を差されたトレイシーは不満そうだったが、教皇の前なので流石に武器を収めた。こうして、模擬戦は引き分けに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、予定されていた晩餐においてガハルドは勇者を認めると宣言した。だが、その晩にトレイシーとガハルドはこのように語った。

 

「あれはダメですわ。相手が女だっただけであの体たらく。魔人族の女が刺客として放たれればお仕舞いですわ」

「それだけじゃねえ。そもそも、敵を殺すという覚悟すらないようだ。魔人族も俺達と同じ人であることを理解してねえな」

「まったく、戦場(いくさば)を知らない教会の腰抜け共は勇者に何を教えてきたんですの? あの体たらくでは、おそらく十回以上は死にますわよ」

 

 勇者の評価は最悪だった。それどころか、ご法度なはずの教会への批判まで口にしてしまう始末だ。

 

「勇者の小僧よりも、その仲間にいた女剣士の方が有望かもな。連中の中で一番覚悟が決まっているように見えた。それに、俺好みの強そうな美女ときた」

「父上……愛人にでもするつもりですの?」

「あぁ……たしか、シズクといったな。是非、俺のものにしたい。ま、とにかく戦争が本格化したら勇者の小僧も変わるかもしれない。今は、自滅に巻き込まれないように立ち回るしかねえ」

「ええ、そうですわね」

 

 翌日、皇帝陛下一行は王国から去った。なお、ガハルドは出発前に雫を愛人に誘ったが、普通に断られていた。しかし、ガハルドは諦めたりはせず、次の機会を窺うようだった。




光輝とトレイシーを戦わせる異例の事態となりました。こうでもしないと、原作と殆ど変わらなくなってしまうので。本作品では最初から彼女が限界突破の技能を持っている設定になってます。


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20話 怪物

今回で原作の一章に当たる部分は最後です。


「檜山大介、あなたには会ってもらわなければならない者がいます。すでに名前くらいは知っているでしょうが……」

 

 訓練を終えた檜山はマザーブレインに呼び出され、そのインターフェイスであるMBの案内で基地のとある区画に来ていた。檜山の目の前には、ゲートのような構造物が鎮座している。

 

「リドリーとかいう奴だよな。確か、戦闘部隊を率いる指揮官……」

「はい、その認識で構いません。彼は我々の最高戦力です」

 

 やがて、ゲートのような構造物が光に埋め尽くされたかと思うと、そこから紫色のドラゴンのような怪物が出現する。それこそがスペースパイレーツの指揮官、リドリーである。

 

「リドリー、ゼーベスの方はどうでしたか?」

「連邦軍の攻撃を受けたが問題はねえ。どうせ、ゼーベスは最低限の人員と兵器しか置いてねえからな」

 

 スペースパイレーツの中でも、マザーブレインとリドリーの支配下にある者達は、その大半の配属先がゼーベスから異世界に移されており、ゼーベスは拠点としての使用を殆どされていない。

 

「連邦の連中も想定外だろうなぁ。まさか、俺達が複数の異世界に拠点を作っているとは」

 

 スペースパイレーツはトータス以外にも拠点を構えていた。マザーブレインによって世界の間を繋ぐゲートが開発されており、異世界の拠点は銀河連邦に見つからない拠点として機能していた。

 

 また、ゼーベスは最低限の人員しか残していないが、固い岩盤に覆われたゼーベスは天然の要塞であると共に、強固な防御シールドで守られており、難攻不落の惑星である。銀河連邦軍は何回か攻勢をかけているが、防御の固さに手こずっている間にリドリーや配備された兵器による攻撃で損害を受けていた。

 

「ええ。連邦は我々の重要な基地がゼーベスであると思い込んでいます。連邦が気付かないうちに異世界で勢力を拡大させ、最終的には銀河を完全支配します」

 

 そして、マザーとの話が終わったリドリーはパワードスーツを着用した檜山の方を向くと接近してきた。サイズの差により、リドリーが檜山を見下ろす形となった。

 

「ヒヤマだったか? 話は聞いてるぜ。味方を撃った裏切り者のクソ野郎なんだってなぁ?」

 

 リドリーは檜山の肩に指を置きながら、その悪魔のような顔を至近距離に近付けて言う。その瞬間、檜山はたじろいでしまった。顔は黄色いバイザーに覆われているが、その下では恐怖の表情に染まっている。

 

「はっ、俺様にビビってるのか?」

 

 檜山がリドリーにビビらない方がおかしいだろう。リドリーは話し方こそチンピラのようだが、宇宙においてハジメの師匠を含めた大勢の命をその手で奪ってきた正真正銘の悪党である。檜山のような小悪党とは格が違う。檜山はリドリーが放つ悪党の雰囲気に圧倒されたのだ。

 

(何なんだよこいつ……やばい、怖すぎて漏らしそうだ……)

 

 カッコいいパワードスーツの姿からは想像できない程、檜山は完全にビビっていた。

 

「リドリー、それくらいにしておいてください。檜山大介は我々の新たな同胞なのです。逃げられてしまっては困ります」

「チッ、分かったよ……“最高司令官殿”」

 

 マザーブレインもといMBに注意され、渋々ながら檜山へのイビりをやめるリドリー。マザーブレインなど瞬殺できるリドリーだが、マザーの高い演算能力を認めているため、注意を聞き入れた。

 

「今後のことですが……檜山大介、あなたには戦闘部隊を率いて辺境にある人間族の集落を襲撃してもらいます。場合によっては勇者との遭遇もあるでしょう」

「天之河の野郎が来るのか?」

 

 マザーはとある情報をノイントから入手していた。それは、勇者とその一行が迷宮の攻略を中断して遠征に出るという情報だった。

 

「はい。あの勇者の性格を考えると、虐殺が行われたという情報を知れば、間違いなく突っ込んでくるでしょう。あなたの力を示すいい機会です。ただし、殺してはいけません」

「ダメなのか?」

「はい。今の段階で死なれると都合が悪いので」

 

 現時点で光輝は人間族の最高戦力ということになっている。そんな彼がすぐに死んでしまうと魔人族との勢力のバランスが崩れてしまうということで、マザーは彼をすぐに殺すつもりはなかった。

 

「痛めつけるくらいならいいんだろ? あいつをボコれるなら文句はない」

 

 檜山はマザーブレインの指示に従うことにした。殺せないのは残念だったようだが、とりあえず力を示せればよかったらしい。

 

「そして、リドリー。あなたには勇者が遠征から戻ってきたタイミングで王都を襲撃してもらいます」

「はっ、いきなり本拠地を襲撃かよ。で、どのくらいやればいいんだ?」

「そうですね、取り敢えず暴れて勇者を引きずりだした後、殺さない程度に勇者と戦ってください」

 

 辺境で檜山と戦った後、今度はリドリーと戦うことになる光輝。しかも、王都という大都市ということもあって巻き添えになる人々の数は計り知れないだろう。

 

「まあいい、平和ボケしている王都の連中に恐怖を刻んでやるぜ」

 

 ハジメが地上に出るのと同時に、スペースパイレーツも表舞台に姿を現そうとしている。双方の存在がトータスに波乱をもたらすのは間違いないだろう。

 

「さて、行きましたか……では、私もすべきことをしましょう」

 

 その後、檜山とリドリーは立ち去るのだが、マザーブレインは二人とは別に行動を起こそうとしていた。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

「素晴らしい性能だ……連中の技術力だけは認めねばならんな……」

 

 ガーランド王国の将軍フリードは、目の前の光景を見て言葉を漏らす。

 

 目の前にあるのは、魔獣同士を戦わせて強い魔獣を選出する目的で建造された円形の闘技場。現在、そこは何十体もの魔獣の死骸が折り重なる状態にあるのだが、この光景を作り出した元凶がその中を闊歩していた。

 

 それは、緑色の甲殻に覆われた爬虫類のような大型の魔獣だった。強靭な四肢の先には鋭い爪が目立ち、頭部には左右で合計八個の赤く染まった目が存在しているなど、いかにも怪物である。また、腹部にはコアのような部位が存在していた。

 

 怪物なのは見た目だけではなく、耐久力も怪物クラスだ。先ほどまで怪物が対峙していた魔獣達は、フリードがとある神代魔法を使って作り出したものであり、戦闘能力や耐久力は地上の魔獣とは桁違いのものだったのだが、怪物は彼らの攻撃など意に介さず、口から吐く強烈な火炎弾と強靭な四肢から繰り出される近接攻撃で一方的な殺戮を繰り広げたのだ。

 

「どうですか? 我々スペースパイレーツの技術が導入された魔獣の力は?」

「貴様は……マザーブレインだったな」

 

 フリードの所にMBが来ていた。護衛付きであり、赤い甲殻に身を包んだ通常のゼーベス星人が周囲を固めている。ちなみに、一般兵である通常のゼーベス星人の戦闘能力は基本的に勇者と同等である。

 

「貴様らの技術力だけは認めよう。あの怪物についてはヘルシャー帝国との戦いの際に何体か投入してもいいだろうと私は考えている。して、あの怪物の名は何といったか?」

「あの怪物の名はゼータ。現時点において最強の魔獣と言ってもいいでしょう」

 

 ゼータはスペースパイレーツによる魔獣強化計画〈Project Metroid〉の産物であった。これまでにアルファ、ガンマという二体の実験体がいたが、いずれも制御不能となったことで、パイレーツ側に犠牲を出しながらも殺処分されていた。そして、過去の二体のことを踏まえて三体目の実験体であるゼータが産み出された。

 

 なお、実験体には共通して何故か冷気に弱いという弱点がある。とはいっても、寒冷な気候に放り込まなければ問題はなく、最上級クラスの氷属性魔法しか効果がないため、特に問題視されていない。

 

 やがて、闘技場の中に新たな魔獣が送り込まれてきた。それは、強靭な四本の腕がある筋骨隆々のカ○リキーのような体長三〜四メートル程の馬頭の魔獣だった。その名はアハトド。フリードが造り出した魔獣の中で最も高い近接戦闘能力を持っている。

 

「ガァァァァァ!!」

「ルゥアアアア!!」

 

 響き渡る二体の咆哮。ゼータとアハトドが激突している光景を横目に、MBとフリードも向かい合う。

 

「そういえば、あなたが進めている計画の貴重な被験者が連れ去られたと聞きましたが……」

「あぁ、苦労して掴まえた神の使徒だったのだがな。半魔獣化させることには成功したが、完全に洗脳する前の段階で何者かに研究所が襲撃された」

 

 フリードは独自に魔獣の特性を組み込んだ強化兵士を作ろうとしていた。その被験者として選ばれたのは、異世界から召喚された人間族の救世主の一人だった。敵が召喚したという存在を調査していたフリードは、その一人が単独行動しているのに目を付け、抵抗を受けながらも捕獲に成功した。

 

「貴様らの計画が成功した以上、こちらの計画は凍結だ。別に被験者の行方を追うつもりもない」

「そうですか。では、我々の技術をこれからも利用していただけるということで……」

 

 その後、人間族・亜人族に対する侵攻作戦時の両者の行動について話し合いが行われ、会談は終了した。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

「はっ?!」

 

 上半身を勢いよく跳ね上げ、布団に寝かされていた白髪で赤目の青年が目を覚ました。

 

「俺は……今まで何を……」

 

 彼は過去の出来事を思い返す。彼はクラスごと勇者一行としてトータスに召喚されたが、とある出来事を理由に離脱を決意し、冒険者となったはずだった。この時点でお分かりだろうが、彼の正体は清水幸利である。

 

 ある日、清水はソロの冒険者として活動中に謎の一団による襲撃を受け、そのまま連れ去られてしまう。次に彼が目を覚ましたときには、某秘密組織に捕まったIQ600の人のように両手両足を拘束された状態で寝かされていた。そこで、彼は自分を連れ去った者の正体を知る。

 

 清水の目の前に現れたのは、フリードと名乗る魔人族。フリードから告げられたのは、清水を実験の被験者として連れ去ったという事実。清水は仮○ライダーのようなシチュエーションだと思っていたが、そんなことを考えていられたのはその時までだった。

 

 清水はフリードによる実験で、死んだ方がマシな程の苦痛を数週間に渡って味わい続けた。彼が受けたのは人間を魔獣と同じ性質を持つ存在に変えるという実験であり、激痛が走る程の急激な変化をもたらすものだった。

 

 その結果、清水の髪からは色素が抜け、目は赤くなり、肉体は魔獣のように強靭なものに変わった。そして、魔獣と同じく魔力の直接操作が可能となっていた。これは、本来の世界線で南雲ハジメが変貌した姿と同じである。

 

「八重樫さん……」

 

 清水は意中の人の名を呟く。実験で苦痛を味わっている間、彼が正気を保っていられたのは彼女への思いがあったからだ。また会って話したいという、純粋な気持ちが彼の正気を繋ぎ止めていた。

 

「しかし……ここは何処だ?」

 

 清水には最近までの記憶が殆ど無い。あるものといえば、薄れた視界の中で見た黒髪の女性の後ろ姿くらいだ。

 

 その時、清水がいる部屋の中に女性が入ってくる。女性は起きている清水の姿を見ると近付いてきた。

 

「ふむ。どうやら目覚めたようじゃな」

 

 その女性は和服のような服を着た黒髪の美女であり、記憶に残っている女性の姿と一致していた。

 

(和装の黒髪美女だと!? それも、のじゃ口調とか最高じゃねえか!)

 

 改造を受けても健在だったオタクの魂が騒ぐのか、内心興奮する清水。

 

(すごく……大きい……)

 

 何よりも清水が注目していたのは、彼女の胸元に実っているスイカサイズの双丘だった。彼は、自己主張の激しいそれに目を奪われていた。

 

 彼女はそういう視線に鈍感なのか、特に気にすることなく清水に話しかけてきた。

 

「妾はティオ・クラルスと申す者。お主を救出した者じゃ。お主、自分の名を覚えておるか?」

「し、清水幸利です」

「ふむ、記憶に問題はなさそうじゃな。ユキトシよ、お主に起こったことについてじゃが……」

「多少は分かってる。おそらく、魔獣の特性を持った人間になった。直接魔力操作もできる」

 

 ティオは清水自身の理解度を確認した後、清水の身に起こった変化について説明を始める。

 

「たしかに、お主は魔獣の特性を持った存在になっておる。調べたところ、お主の心臓に魔石のような器官があった」

「そんなものが俺の体に……」

 

 清水はそう言うと、自身の心臓がある胸の左側に手を当てる。

 

「肉体に関しては、例の器官から精製される魔力が体内を直接巡ることで、筋肉と骨格が強靭なものに変質しておる。それだけでなく、神経までも強化されておった。おそらく、常人を越えた反射神経が備わっているはずじゃろう」

 

(俺は仮○ライダー……って言うよりは、マ○ターチーフみたいになったのか)

 

「そうじゃ……お主のステータスプレートを渡していなかった」

 

 ティオは懐から一枚のプレートを取り出すと、清水に手渡す。どうやら、ステータスプレートも回収してくれたらしい。そして、その内容を見てみると……

 


清水幸利 17歳 男 レベル:???

天職:闇術師

筋力:5475

体力:6595

耐性:5335

敏捷:6725

魔力:7390

魔耐:7390

技能:闇属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+遅延発動]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・雷属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・高速魔力回復・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化]・言語理解


 

 清水のステータスは恐ろしいものになっていた。魔獣の特性を得てしまったことで、その数値は光輝どころかハジメよりも上になっており、ハジメの数倍はある。まさに怪物だ。

 

 直接の魔力操作も可能であり、高い適性のある属性に関しては魔法陣と詠唱無しで発動できるし、身体強化を使えば上級使徒ともタイマンでやり合えるだろう。また、肉体が大きく変質した影響なのか、レベルが表示されなくなってしまった。

 

「マジかよ……俺は本当に怪物になっちまったのか……これから先、俺はどうすれば……」

 

 自分が本当に怪物になってしまったのだと、ステータスプレートによって思い知らされた清水は、頭を抱える。その様子を見たティオは、とある提案を彼に持ちかけた。

 

「ユキトシよ、妾と共に来ないか?」

「クラルスさんと?」

「ティオでよいぞ。我らはお主の力を欲しておる。今なら、その肉体を完璧に扱えるようにするための訓練は勿論、特別な装備も付いてくるのじゃが……ちなみに、お主の訓練は妾が行うぞ」

 

(これは魅力的だ……だが、何のために俺の力を……?)

 

「俺の力を何に使うつもりですか?」

「そうじゃな……“世界の解放”のためとでも言っておくべきじゃろうな」

「“世界の解放”……面白いな。ティオさん、俺は貴方に付いていきたい」

「ふむ。交渉成立じゃ」

 

 この日、清水幸利はティオ・クラルスと出会った。彼もまた、ハジメと同様に世界の真実と向き合い、戦いに身を投じていくことになる。





複数の異世界にスペースパイレーツを進出させている設定ですが、これはアフターのための布石だったりする。

また、ゼータの元ネタは完全にゼータメトロイドですが、原作のメトロイドとは別物です。メトロイドの名前も計画名にしか入れてません

 清水君については、原作ハジメの劣化版だと思ってください。まあ、属性魔法が使えるので一概に劣化版とは言えないですが。ステータスプレートの方は暫定なので変更する可能性あり。


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クラスメイトside5

本編(ハジメside)を書くのが楽し過ぎて、こちらが疎かになってました。


 ヘルシャー帝国の皇帝陛下一行が王国を訪れ、光輝とトレイシー皇女による模擬戦が行われてから一か月後、勇者一行は迷宮攻略を中断して辺境へと遠征に出ていた。

 

 辺境への遠征が決まったのは、教会の内部において人間族の救世主である勇者の存在を辺境にも知らしめるべきだという意見が出たからである。

 

 ただし、理由はそれだけではない。最近、王国の辺境において本来ならいないはずの魔獣の群れの目撃例が相次いでおり、魔人族が人為的に持ち込んだ可能性が高いとされたこともあった。

 

 こうしたこともあって教会は勇者一行を辺境に派遣し、勇者の存在と神の威光を示すと共に事態を解決することを図った。

 

 勇者一行は王国騎士団を伴って王都を出発し、一週間後には辺境の村……その名もハテノ村に入る。村長をはじめとする村人達に歓迎され、村の付近に現れた魔獣の説明を受けると、翌日に村の守りを騎士団に任せて勇者一行は単独で討伐に向かった。

 

「刃の如き意志よ、光に宿りて敵を切り裂け “光刃”!」

 

 光の刃を纏ってビームサーベルのようになった聖剣を振り下ろし、オークのような魔獣であるブルタールを両断する。ブルタールは岩塊をそのまま打撃部位にしたようなメイスを装備しており、それを盾にしていたようだが、光輝の一撃はメイスごと敵を切り裂いていた。

 

 ブルタールは本来、大陸の北方にある山脈地帯に生息する魔獣なのだが、勇者一行がやって来たのは王国領内でも南の方面であり、本来ならいるはずがなかった。

 

 光輝の付近にはパーティーのメンバーもおり、各々が自分らしい方法でブルタールを倒していっている。

 

「はぁっ!」

 

 俊敏のステータスが優れている雫は、素早い動きでブルタールを翻弄し、ヒットアンドアウェイで死角から鋭い斬撃を何度も食らわせて倒していく。

 

「おりゃあ!」

 

 龍太郎は筋力のステータスが優れており、メイスの一撃を拳で弾くと、がら空きになったブルタールの胴体に正拳突きを叩き込む。ブルタールの体は脂肪で守られており、打撃系の技は効果が薄いのだが、それは純粋な現地人の場合だ。彼のステータスであれば、吸収しきれない程の衝撃を与えるのは容易く、ブルタールの胴体は爆発四散していた。

 

「やったぜ!」

 

 内心どころか実際にガッツポーズする龍太郎。なお、その背後から別個体がメイスを振り下ろそうとしているが、彼は気づかない。しかし、振り下ろされたメイスは光の壁によって受け止められ、直後に頭部を光の矢で撃ち抜かれて絶命した。

 

「うおぉ!?」

 

 龍太郎はメイスと障壁が衝突した際の音で背後から敵が迫っていたことに気付き、驚きの声を上げる。そして、自分を助けてくれた者達の方を見て感謝を伝えた。

 

「わりぃ! 助かった!」

「もぉ、龍君……大事な所で油断しちゃダメだよ」

 

 龍太郎のことを「龍君」と親しげに呼ぶのは、クラスのマスコット的存在である谷口鈴。この二人は意外にも仲がよく、周囲からは凸凹コンビと呼ばれていたりする。

 

「ふふっ……龍太郎君には鈴ちゃんが必要みたいだね」

 

 鈴の隣には香織が立っており、二人の様子を微笑ましく見ながらも、聖弓を構えている。先程、ブルタールの頭を撃ち抜いたのは香織だった。

 

 恵里が指揮する後衛組から光の矢だけではなく多種多様な魔法が飛来して敵を屠っていき、場合によっては結界師の鈴が発動した結界が前衛組を守る。前衛と後衛の連携で、ブルタールの群れは瞬く間に蹴散らされていった。

 

「よし、討伐完了だ! 後片付けをして村に戻るぞ!」

 

 光輝の指揮の下、ブルタールの死体を片付ける一行。死体を野外に放置すると異臭が出るだけでなく、その肉を食べる他の魔獣が集まってしまうため、死体を焼却する必要があった。死体は一ヶ所に集められた後、結界で圧縮した上で火属性上級魔法で灰へと変えられた。

 

(これで、村人達も救われる。この調子で強くなれば、いつかは人間族だって救えるはずだ……)

 

 光輝は遠征について非常に満足していた。何故なら、迷宮の中と違って直接的に現地の人間を魔獣の脅威から守れるのだから。村人に大歓迎されたこともあり、自分は人間族を救う“勇者”であるという認識が強くなっていた。

 

 やがて、勇者一行は村への帰路に就いた。その様子を遠くから眺めている存在がいることに気付かずに……

 

「天之河……マザーの情報通りに来やがったか。てめえの鼻っ柱、へし折ってやる……ヒヒヒッ」

 

 緑色のパワードスーツを着用した存在……檜山は、一行の後ろ姿を見た後、俊敏な動きで何処かへと姿を消した。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 勇者一行が村に戻ると、村人達とメルド団長が出迎えてくれた。

 

「お前ら、よく戻った! 誰も欠けていないな?」

「メルドさん。大丈夫です、誰一人欠けていませんし、怪我人もいません」

「そうか、それなら良かった。もう、俺達が側にいなくとも、お前らだけで行動できるようになったんだな……」

 

 メルド団長は光輝達の成長を喜んでいた。ある日、戦いを知らない平和な国からやって来た若者達を戦えるようにするという任務を与えられ、文化の異なる彼らとどのように接し、導いていくのかと思い悩みながら、数か月の時を共に過ごしてきた。彼らの立派な姿を見て、メルドは涙が出そうだった。

 

「勇者様、あなた方には深く感謝しております。おかげさまで、この村は以前のような活気を取り戻すことができました」

「いえ、俺は勇者ですから。困っている人達を助けるのは当たり前です」

 

 村長のお礼に対して、光輝は絵に描いた勇者のような台詞を言う。まあ、実際に天職が勇者なのだが。

 

「聖女様にも感謝しております。聖女様のおかげで、重い怪我を負った村人が以前のように暮らせるようになりました」

 

 村長は香織だけ名指しでお礼を言う。というのも、いきなり現れたブルタールに襲われた何人かの村人が重傷を負って再起不能となっており、寝たきりになってしまうのではないかと言われていた。

 

 しかし、勇者一行が訪れたことで状況は一変する。聖女であり、弛まぬ努力によって回復魔法の腕を磨いた香織が治療に当たり、再起不能と言われていた村人達が復活したのだ。ブルタールの方も一行によって倒されたため、村人達は勇者一行に感謝していた。

 

 村の中では香織が最も人気だった。それも、彼女を崇める新興宗教が生まれてしまいそうな程に。彼女によって立ち直った村人からの支持がある他、軽い怪我を治してあげた小さな子供達から人気であり、勇者を差し置いて目立っていた。

 

「わ、私は出来ることをしただけですから。皆さんが元気になったようで、私は嬉しいです」

「せ、聖女様……」

 

 微笑む香織。彼女の笑顔は多くの男を惚れさせる性能を備えており、年寄りの村長すらも顔を赤らめる。

 

 その後、一行は村人達と交流を深めるのだが、最も人だかりが出来ていたのは香織の周辺だった。特に、小さな子供達が集まっている。

 

「聖女のお姉ちゃん……僕、大きくなったらお姉ちゃんと結婚するんだ」

「何言ってんだ、結婚するのは俺だ!」

「いや、私でしょ? 聖女と村娘の組み合わせこそ至高だよ。夜はあんなこと、そんなことを……グフフ」

 

 村の子供達は、男子だけでなく女子までも自分こそが香織と結婚する人物であると自己主張していた。一名ほど変な奴がいたが、気にしてはいけない。

 

「そんなに私のことが好きなの? でもね、私には心に決めている人がいるから……今はここにいないけどね」

「え、どんな人なの?」

「そ、それは……」

 

 香織の脳内にハジメの姿が大量に投影され、脳のキャパシティと処理能力を圧迫した結果、香織の顔は真っ赤に染まる。オーバーフロー目前であったが、そこに助け船が現れる。

 

「なにやってんだゴルァ! 聖女様が困っているだろうが! クソガキ共、とっとと離れやがれ!」

「「「で、出たぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

 怒りながら現れたのは一人の若い女性。子供達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。彼女は香織に治療されて再起不能から立ち直った村人の一人であり、香織の熱心な信者である。

 

「すいません、聖女様。子供達が迷惑を……」

「別に大丈夫ですよ」

 

 本来なら彼女はおっとりとした女性なのだが、香織のことになると少々?過激になってしまう。後に彼女は香織を崇める宗教組織の幹部になったらしい。

 

「いやー、香織ちゃんは子供達に人気だねえ」

「エリリン、もしかして嫉妬?」

「もちろん、嫉妬してるよ。香織ちゃんに甘えている子供達の方にね」

「そっちか~い!」

 

 香織と子供達の様子を見て、コントのようなやり取りをする恵里と鈴であった。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 翌日、事件は起きた。朝、赤子を抱えているボロボロになった女性が村に駆け込んできたのだが、女性は赤子を騎士に託した直後に亡くなった。

 

 女性が死に際に言っていた内容から推測するに、彼女は近隣の村に住んでいたが、謎の集団によって村が壊滅し、赤子を抱えて命からがら逃げてきたのだと思われる。

 

「ごめんなさい、あなたを助けられなかった……」

「香織……あなたは何も悪くないわ」

 

 既に息絶えた女性の亡骸を見て、香織は悲しそうな表情を浮かべ、謝罪の言葉を口にする。そんな親友の様子に反応し、雫は彼女を慰める。

 

「彼女は赤子だけでも生き残らせようと、執念で生にしがみついてこの村に駆け込んできたんだろうな……」

 

 メルド団長は言う。彼女は自身の子供を守るという親としての責務を全うし、死んでいったのだ。

 

「許せない……平和に暮らしてきた人々から平穏な日常を奪うなんて……!」

 

 光輝は彼女の村を襲った集団に対して怒りを露にしていた。そして、彼は独断専行に走る。

 

「メルドさん、その村に行ってきます! まだ、生きている人だっているかもしれません!」

「駄目だ。敵の集団の概要すら分かっていない。偵察を含めた戦闘の準備をする必要もある。罠の可能性だってあるぞ」

「そんな悠長なことをしていては、救える人も救えません!」

 

 光輝は完全に怒りに飲み込まれ、現実が見えていない。もしも罠だった場合、運が悪ければ人間族は象徴たる勇者を失うことになるというのに。以前よりも成長したとはいえ、結局は理想論に至ってしまうのだ。

 

「すいません、メルドさん! 俺は行きます!」

「待て! コウキ!」

「光輝! 待ちなさい!」

 

 光輝は騎士団の馬を強制的に借り、団長や雫の制止を無視して全速力で村から飛び出ていった。

 

 

 

 

 

 数分後、光輝は村の付近まで到達していた。その目に映る風景は、全体的に炎上して黒煙が立ち上る村。そして、村の方からフラフラと走ってくる人影を見た。

 

「た、助けてくれ!」

「大丈夫ですか? 俺は勇者です、安心してください。俺が守ります」

 

 走ってきたのは農夫と思われる男性だった。光輝は彼を安心させるため、声を掛けたのだが……

 

ドパンッ!

 

 突然、この世界で聞こえるはずのない乾いた破裂音……銃声が響いたかと思うと、その男性の頭が破裂してしまった。

 

「うっ……!」

 

 目の前でいきなり起こったグロテスクな出来事に、光輝は思わず口を手で塞ぐ。魔獣の頭部が弾け飛ぶ光景なら見慣れていたが、人間がこのように死ぬのを見たのは初めてだった。

 

「おいおい、何が“安心してください、俺が守ります”だよ。全く守れてないじゃねえか」

「だ、誰だ?!」

 

 声のした方向を見ると大岩があり、その上に緑色の人影があった。それは、ファンタジーに似つかわしくない容貌のSF的なパワードスーツだった。

 

「本当にお前は滑稽な奴だ。守ると言っておきながら、結局は何も守れてないからなぁ……フハハハハハッ!」

「う、うるさい! それは、お前が卑怯な手段を使ったからだ!」

「卑怯だ? 馬鹿だな、天之河。戦いに卑怯もラッキョウもねえんだよ」

「ば……馬鹿? てっ、どうして名前を……」

 

 その時、目の前の存在は大型拳銃のような武器を瞬時に構え、光輝に向けて発砲する。

 

ドパンッ!

 

「ぐあっ?!」

 

 実体弾の一撃を受け、光輝の胸部から火花が散る。ダメージ自体は装備している聖鎧が防いでくれたが、着弾の衝撃までは防げずに落馬してしまった。

 

「その鎧に助けられたな、天之河」

 

 勇者専用の装備である聖鎧にはエネルギーシールドのような薄い結界が常に展開されており、装甲の硬さも合わせて高い防御力を誇っている。

 

「どうして、俺の名前を知っているんだ?」

「まさか、俺のことを忘れたのか? この声に聞き覚えがあるはずだぜ」

「……も、もしかして……お前は!!」

 

 光輝がその正体に気付いた時、目の前の存在に向かって光輝の後方から光の矢が飛来する。その存在は右腕からビームブレードを展開すると、飛来した光の矢を斬り捨てた。

 

「光輝! 大丈夫!?」

 

 光輝の傍に雫が駆け寄ってくる。やって来たのは彼女だけではなく、香織や龍太郎、鈴や恵里といった勇者一行の面々が揃っていた。彼らは、光輝の後を馬で追いかけてきたのだ。一応、騎士団も遅れて到着することになっている。

 

「なあ、光輝。あいつは誰なんだ?」

「龍太郎……あいつは……信じられないかもしれないが……」

「あぁ、俺だよ。檜山大介本人だ」

 

 光輝が言う前に目の前の存在が先に答えた。同時にバイザーを開いて素顔を晒しており、行方不明だった檜山であることは全員が理解できた。

 

「だ、大介……その姿は何なんだよ?」

 

 檜山とよく一緒に行動していた子悪党組の中でも、特に近藤が驚いている様子だった。

 

「パワードスーツだよ。これのおかげで、俺は最強の力を手に入れた! 俺に敵はいねえ!」

「大介……どうしちまったんだよ……」

 

 狂気の表情を浮かべ、自分の力を誇示する檜山。以前と変化した彼の様子に近藤達は困惑していた。

 

「檜山、村を襲ったのは君なのか? どうして襲ったんだ? 人を殺すなんて……」

「あぁ、村を襲ったのは俺だぜ。理由は……上からの命令に従っただけだ」

「そうなのか?! 檜山、君は逆らえずに仕方なく人を殺したんだろう? 今、こちらに戻ってきてくれるなら、俺は君を赦す。その力があれば、人間族も救える」

 

 光輝はあんなに怒っていたにも関わらず、犯人がクラスメイトであり、命令に従っただけだと知った瞬間、手の平を返すように檜山を赦そうとした。

 

「何を言ってるんだよ、光輝。檜山は村の人々を虐殺したんだろ? そんな奴と俺は一緒にいたくないぜ」

「そうよ、光輝。そもそも、大迷宮であんなことがあったのは檜山君の勝手な行動のせいよ。その辺りも含めて、お咎めなしというわけには……」

 

 苦言を呈する龍太郎と雫。檜山が人を殺した事実に変わりはない。そんな彼がそのまま戻ってくるなんて、許しがたいものであった。香織に関しては特に発言することはないものの、二人と同じ気持ちなので光輝を睨んでいた。

 

「天之河。残念だが、俺はてめえらの敵だ。戻るつもりはないぜ」

「ど、どうして? 敵対する理由なんて……」

「あぁ……いいことを教えてやろうか? 魔法を撃って南雲を奈落に落としたのは俺だぜ。要するに、俺はクラスメイトを殺したんだよ」

「なっ!? あれは、誰かの誤射だったんじゃ?」

 

 ハジメが奈落に落ちた原因が魔法の誤射ではなく、檜山が意図的に魔法を撃ったためであるという事実に、勇者一行に衝撃が走る。

 

「………い」

 

 そんな中、香織が小声でボソッと何かを呟いた。

 

「カオリン……っ!?」

 

 鈴が香織に話しかけるが、香織から発された異様なオーラに曝され、次の言葉がでない。

 

「許さない……!」

 

 香織は檜山に怒っていた。異様なオーラの正体は濃密な殺気であり、彼女と付き合いのある面々は、そんな状態の香織を見たことがなかった。

 

 今まで、香織はハジメに魔法を当てた犯人が分からないからこそ、感情を抑えることができていた。だが、その犯人が自分の仕業であると目の前でカミングアウトした今、香織を抑えるものは消えた。大迷宮で起きた事態の元凶であり、先ほど救えなかった女性が死亡した原因でもあったので、怒りが大爆発していた。

 

 そして、香織は聖弓を構えると何度も光の矢を檜山に向けて発射していく。なお、怒りで狙いがブレている上、誘導性を付与することも忘れているので、簡単に回避されているが。

 

 皆、香織の行動を邪魔したら自分に矛先が向くのではないかと思い、たった一名を除いて香織を制止しようとしなかった。

 

「ま、待つんだ香織! 檜山を攻撃したって、何も戻ってはこない!」

「光輝君は本当にこんな奴を赦すの? 私は絶対に赦せない。雫ちゃんも言っていたけど、お咎めなしで終わらせるなんておかしいよ」

「天之河、白崎ですらそう言っているんだぜ。それでも、お前は俺を赦せるのか? あぁ?」

 

 攻撃を受けている状態だというのに、檜山は余裕そうだ。

 

「お、俺は……」

「これ以上話すことはないぜ。今回はお前を見逃してやるが、次に会う時にはお前をぶち殺して、八重樫や白崎を奴隷にしてやるよ。フハハハハッ!」

 

 そして、檜山は拳銃型の武装であるバトルハンマーを光輝達の周囲に何発も撃ち込み、視界を遮る程の土煙を巻き上げる。視界が回復した時、檜山の姿は消えていた。

 

 その後、到着した騎士団が目撃したのは、その場に立ち尽くす光輝の姿だった。




完全にオリジナルのシーンは上手く書けない……


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クラスメイトside6

クラスメイトsideは今回で最後です。

残酷な描写に注意。


 事件があった日の夜、雫が宿泊している部屋に来客があった。それは、親友の香織だった。

 

「こんな時間にごめんね、雫ちゃん」

「大丈夫よ。それで、どうしたの……いや、聞くまでもないわね……あの時のことについて話したいのでしょう?」

「うん……」

 

 香織は悲しそうな表情で返事をする。

 

「雫ちゃん……今日、私は初めて殺意というものを抱いてしまったの。今までも誰かへの怒りというものはあったけど、こんなことは初めて。嫌だよね、殺意なんてものを抱いている親友なんて……」

「香織……そんなことはないわ。あんなことがあって、殺意を抱かないはずがないもの。許せないわよね」

 

 雫は香織を抱き締める。

 

「私は檜山君が……いや、あいつが許せないの。殺意どころか、本当に殺したいと思ってしまった。そんな人の隣に、雫ちゃんはいられる?」

 

 檜山をあいつ呼ばわりする程、香織は檜山のことを殺したいと思っていた。そして、香織は問いかけに対して、雫が答える。

 

「香織……私はあなたの隣にいるわ。香織がどんな風になったとしても、周囲が何と言ったとしても、あなたの味方よ。地獄だって一緒に行ってやるわ」

「雫ちゃん……ありがとう」

 

 香織と雫は固い絆で結ばれている。今後、何が起きようとも、それが絶たれることはないだろう。その日、香織と雫は互いに寄り添って眠りについたという。

 

 数日後、勇者一行が王宮に戻り、同行していた騎士団から王国と教会に報告がなされ、行方不明だった神の使徒の一人が裏切った事実に、王国と教会の上層部に衝撃が走る結果となった。

 

 なお、檜山の裏切りについては箝口令が敷かれた。神の使徒が裏切ったことが公にされれば、他の神の使徒への信頼が落ち、信仰や教会の影響力が削がれるからである。情報が共有されているのは当事者と王国&教会の上層部の人間、その他の生徒と愛子先生のみだ。特に、愛子先生は檜山の裏切りを知った際に倒れてしまい、しばらくは立ち直れなくなっていた。

 

 この事件は生徒達への影響も強く、檜山と仲良くしていた近藤や中野、斎藤は深く落ち込むようになり、しばらくは訓練すらできないような状態に追い込まれた。彼らほどではないが、他の生徒達も仲間の裏切りにショックを受けている。

 

 精神面にダメージを受けた彼らに対して数日間の休息が与えられたのだが、そんな中で新たな事件が起こる。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 王都に向かって飛ぶ物体があった。それは、全身が紫色の巨大なドラゴンを思わせる凶悪な外見の存在。スペースパイレーツの戦闘部隊を率いる指揮官のリドリーである。彼は王都を襲撃するという目的のため、巨大な翼を広げて単独で飛行していた。

 

 やがて、彼の目に王都が映る。ハイリヒ王国の首都は、今に至るまで敵の攻撃を受けたことがない。何故なら、王都にはアーティファクトによって展開された三重の結界が存在しており、都市全体を覆っているからだ。この結界はかなり堅牢であり、外からやって来る敵や攻撃を完璧に防ぎ続けているのだ。

 

「あれが王都か。巨大なバリアで守られているらしいが……俺様には関係ねぇぜ!」

 

 リドリーは長い時間をかけて口内にプラズマエネルギーを集束させると、王都に向けて強力な熱線『デストロイビーム』を放つ。空中を走る極太の禍々しい光線に、地上にいた人々は一斉に空を見上げる。

 

 極太のビームは結界の防御と拮抗することなく三枚の結界を容易に一撃で貫き、そのまま粉砕してしまう。ビームが着弾した地点はちょうど人口が密集している住宅地となっていたため、一瞬で死体すら残さずに大勢の命が奪われた。

 

 そして、リドリーは王都のど真ん中に堂々と着地すると、勇者を誘きだすために破壊活動を開始する。

 

「ハハハッ!! 久しぶりの血と肉だ! 殺戮と破壊を楽しませてもらうぜ!」

 

 突然の出来事に、その場にいた一般市民達は動くことができない。リドリーはそこに向かって長い豪腕を横薙ぎに払い、指先の鋭い爪で複数人を一気になます斬りにする。血と肉が大量に飛び散り、辺り一面が赤く染まった。

 

「ば、化け物だ! 逃げろ!」

 

 運良くリドリーの凶爪の餌食にならなかった何人かの市民が逃げ出していくが、悪魔から逃れることはできない。

 

「逃がすかよ」

 

 リドリーの尾が突き出される。先端にある矢尻状の部位が空気を切り裂いて進み、市民の体を貫いて真っ二つにする。さらに、口から火球を放って別の市民を灰に変えてしまった。

 

 リドリーはその場に留まって破壊活動を続けていたのだが、しばらくして背後から魔法の雨を浴びせかけられた。

 

「あぁ?」

 

 なお、その程度の攻撃では掠り傷すら付けることができない。彼が背後に振り向くと、王国の兵士達と一人の騎士が展開しており、攻撃が効いていないことに驚いていた。

 

「ひ、怯むな! 倒せない魔獣などいない!」

「おいおい、俺を魔獣なんかと一緒にするんじゃねえよ! 俺様はリドリー、スペースパイレーツのリドリーだ!」

「魔獣が喋っただとぉ!?」

「てめえは喋るな」

 

 騎士に苛立ったのか、リドリーはその騎士を大きな手で掴んで持ち上げる。

 

「は、離せっ! 化け物!」

「てめえには、こいつがお似合いだ!」

 

 次の瞬間、リドリーは掴んだ騎士を地面に叩き付け、うつ伏せの状態で強く地面に擦り付ける。騎士が悲鳴を上げるが、リドリーはそれを楽しんで何度も何度も繰り返し、ついには悲鳴すら聞こえなくなる。

 

「おい、何か喋ってみろよ! はっ、この程度でくたばりやがって」

 

 手の中に残されたのは、先ほどまで生きていた騎士だったもの。人の形をギリギリ保ってはいるが、体の前面が鎧ごと削り取られており、付近には金属片が混じったミンチ肉が散乱していた。

 

「さて、てめえらも泣き叫ぶか?」

 

 今度は兵士達を標的にし、にじり寄っていく。皆、目の前で起きた大惨事に腰を抜かしており、顔は絶望に染まっていた。

 

 だが、リドリーの前に降り立つ存在がいた。

 

「そこまでだ! これ以上、人を殺させない!」

 

 降り立ったのは、金色の聖なる鎧を纏い、聖なる剣を構えた存在。人間族の救世主であると言われている勇者。天之河光輝である。

 

「皆さん、大丈夫です! 勇者であるこの俺が守ります!」

 

 勇者の登場に、兵士達は希望を取り戻していく。光輝は有名になっており、誰もがこれで助かると思った。

 

「思ったよりも早く来たなぁ、勇者」

 

 実を言うと、リドリーが暴れているのは王宮に割と近い場所だったりする。そのため、勇者は素早く駆けつけることができたわけだ。なお、勇者パーティーの他の面々は違う場所にいたので間に合っていない。

 

「ま、魔獣が言葉を?!」

「そいつは聞き飽きたぜ。ま、もう一度名乗ってやるよ。俺様はリドリー! スペースパイレーツの指揮官様だ!」

「スペースパイレーツ……宇宙海賊?」

「悪の宇宙人ってことだよ」

「そうか、悪者なのか! 悪を倒すのが勇者の使命だ。お前に好き勝手にさせない!」

「へえ……やってみせろよ! 勇者!」

 

 リドリーは光輝に向かって一発の火球を放つ。光輝はそのまま回避し、敵に攻撃しようとしたのだが……

 

「ぎゃぁぁぁ!」

「熱い! 助け……」

「死にたくない……死にたくなっ……」

 

 光輝が回避した火球は後ろにいた兵士達を飲み込み、一瞬で焼き尽くしてしまった。

 

「あ〜あ、てめえが避けたせいで死んじまったなぁ。回りくらい見ろよ。結局、何も守れてねえじゃねぇか。なあ?」

「あ、あぁ……」

 

『守ると言っておきながら、結局は何も守れてないからなぁ……フハハハハハッ!』

 

 光輝の頭に、数日前の出来事がフラッシュバックする。檜山に言われたことが何度も頭の中で反響し、光輝から正常な判断力を奪った。

 

「う、うわぁぁぁ!」

 

 光輝は半狂乱になりながらリドリーに突撃する。全身から魔力の奔流が迸っており、無意識に“限界突破”を使用しているようだ。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ “天翔閃”!」

 

 光輝は聖剣を振り下ろして大きな光の刃を放つ。”限界突破”で全ステータスが三倍になった状態での発動であり、光輝のステータスも上がっているため、その威力は今までと比べ物にならない。ベヒモスすらも瞬殺できるだろう。

 

 リドリーは天翔閃を特に避けることはせず、そのまま胸部の辺りに直撃を受けた。

 

「ぐあぁぁぁぁ!」

 

 リドリーは悲鳴を上げ、吹き飛ばされる。そして、衝撃で巻き上げられた土煙が辺り一面を覆った。

 

「はぁ……はぁ……どうだ、やったか?!」

 

 肩を上下させる光輝。彼は完全にリドリーを倒したと思っていた。しかし……

 

「おいおい、今のが本気か?」

 

 土煙が吹き飛ばされ、翼を広げた無傷のリドリーの姿が現れる。

 

「どうして……俺の一撃が……」

「そんなもの、痛くも痒くもねえぜ」

 

 光輝の攻撃が効かなかったのは、攻撃力が防御力を大きく下回ったからだ。リドリーの外皮は強固であり、倒すにはスーパーミサイルか最強の破壊兵器であるプラズマビームを使うしかない。ベヒモスを倒せる程度の一撃では、リドリーには通用しないのだ。相手が悪すぎたとしか言い様がない。

 

「次はこっちから行くぜ」

「がぁっ!?」

 

 光輝はリドリーに殴り付けられ、体をくの字形に折って吹き飛ばされた。地面を何度かバウンドして漸く停止するのだが、ダメージが深刻なのか、しばらく起き上がることができず、吐血もしている。“限界突破”も制限時間で解除され、副作用の倦怠感とステータス半減を受けてしまう。

 

(体が……うまく動かない……骨も何本か……)

 

 光輝の技能には“物理耐性”というものがあるが、リドリーの近接攻撃はパワードスーツにすら大ダメージを与えられるものだ。いくら物理攻撃に耐性があるといっても、所詮は生身。リドリーの攻撃に耐えることは不可能であり、“限界突破”を発動していなかったらバラバラにされていただろう。

 

「上からは殺すなって言われちまってるが、気が変わった。血祭りに上げてやるぜぇ!」

 

 丁度、光輝が聖剣を杖にして立ち上がったところだ。リドリーはそんな光輝に向けて長い尾を突き出す。先端の鋭い矢尻状の部位が急速接近し、光輝の肉体を貫くのではないかと思われた。しかし、次の瞬間に聞こえてきたのは肉体が割ける音ではなく、重い金属音だった。

 

ガギィィィィンッ!

 

「勇者の坊主! 今の内に逃げろ!」

 

 光輝の目の前では、褐色肌の騎士が大剣のような両手剣で矢尻状の部位を必死に受け止めていたが、少しずつ押されていた。騎士の名はアンソニー。愛子の護衛をしている神殿騎士である。

 

「アンソニーさん、どうして?!」

「早く行け! 俺はプリンセ……いや、愛子から頼まれたんだ。生徒達を守ってほしいとな。ぐっ……」

「くっ、分かりました。すいません!」

 

 流石の光輝もベヒモス戦と同じような愚行を繰り返さず、大人の指示に従って退避する。退避が完了したのと同時に、リドリーは尾を引っ込めた。

 

「ちっ、邪魔しやがって」

「悪いな、化け物。何がなんでも死なせるわけにはいかねえからな」

「まぁ、いい。てめえから殺してやらあ!」

「この野郎、かかってこい! てめえにはお仕置きが必要だ!」

 

 アンソニーに対して豪腕が横薙ぎに振るわれる。鋭い爪が彼を切り裂こうと迫るが、彼は後方宙返りでギリギリで回避する。

 

「そんなもん当たるかよ! って、うわぁぁぁぁ!?」

 

 しかし、次の瞬間にはテールアタックを受けてアンソニーは吹き飛ばされ、近くの壁に激突して動かなくなってしまった。

 

「アンソニーさん!?」

「ま、今のところはこれくらいにしておいてやる。今度はヒヤマの野郎がてめえを殺しにくるかもしれねえがな」

「まさか、檜山に人を殺させたのは……」

「あぁ、俺達だ。装備を与えたのもな。命令したのはマザーだが。それじゃ、俺は帰らせてもらうぜ。あばよ」

 

 リドリーは翼を大きく広げて飛び去る。その速度はかなり速く、瞬く間に空の彼方へと消えていった。

 

「何故だ……何故だあぁぁぁっ!!」

 

 光輝の叫びが瓦礫となった一帯に響く。何故、誰も守れなかったのか。何故、目の前の存在に勝てなかったのか。そんな思いが込められた無念の叫びであった。

 

 王都襲撃事件は多数の死者と行方不明者、負傷者を出して終わった。行方不明者がいるのは、リドリーの攻撃で死体すら残らなかった者がいたからだ。また、教会は事件の犯人であるリドリーについて、魔人族が崇める邪教の神が召喚した神の使徒であると発表し、勇者の奮闘によって撃退されたとした。

 

 敵を撃退したとして光輝は王都の人々から讃えられることになったが、彼は人々の前に姿を現すことはなく、回復魔法で治療された後は自室に引き込もっていた。

 

「俺は撃退なんてしてないというのに……結果的にそうなっただけなんだ……」

 

 自身がリドリーを撃退したという教会からの発表に、光輝は心苦しく思っていた。自分はリドリーに全く敵わず、リドリーは好き勝手暴れた末に撤退しただけなのだから。

 

「人を助けることも出来なかった。俺は勇者であるはずなのに、負けてばかりだ。勇者は常に勝たないといけないのに……」

 

 光輝の中では、勇者という存在は必ず敵を倒して光り輝く存在だった。思い描く勇者という存在とは程遠いような出来事しか起こらないことに、光輝は苛立っていた。

 

「どうして都合の悪いことばかり。大体、南雲が現れてからだ。全てがおかしくなったのは……」

 

 光輝は思う。ハジメが現れてから都合の悪いことが起き始めたのだと。運動や学業では常に一位になれるとは限らなくなり、香織は光輝の周囲から離れてしまい、他の幼馴染達は自分の言うことに必ずしも賛同してくれなくなった。クラスメイト達だって、ハジメを支持する者が増えていた。

 

「もっと強くならないと。俺が強くなって敵を倒せば、みんな俺のことを見てくれるはずなんだ。香織も雫も龍太郎も、みんな死んだ南雲のことなんか忘れてくれるはずだ」

 

 光輝はハジメの存在を諸悪の根源であるとした。消えた後も影響力を残しているハジメは邪魔であると考え、自分が強くなることで彼の影響力を消し去ろうと考えたのだ。

 

 数日後、怪我から完全に回復した光輝の姿は朝早くから訓練場にあり、病み上がりだというのに今まで以上に激しい訓練をしているのが目撃されたという。

 

 後、言い忘れていたがアンソニーは大怪我しながらも普通に生きており、体の頑丈さと香織の回復魔法のおかげで五体満足である。

 

「ふぅ、あの時は死ぬかと思ったぜ……体の頑丈さには自信があったんだがな……聖女の嬢ちゃんには感謝しねえとな……」




元ネタ的にアンソニーは歩く生存フラグなので絶対に死なない。


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21話 突入、グリューエン大火山


この作品のスターシップについてはオリジナル要素があります。別の任天堂作品から輸入した技術も含まれていたりする。


 ライセン大峡谷。それは、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ大樹海】までを繋ぎ、大陸を南北に二分する巨大な大地の割れ目。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから八キロメートルまである大峡谷には、魔力が分解されてしまうという厄介極まりない特徴があった。

 

 その特徴により、魔法を発動するために込めた魔力が分解されてしまい、魔法を使うために必要な魔力の量が上がってしまうのだ。その上、魔法の減衰が速くなるため、射程も短くなってしまう。

 

 それに加え、大峡谷には凶悪な魔獣が生息しているため、罪人が追放される場所になっているのだという。隠れ家の魔法陣で転移した後、隠し通路を通ったハジメ達が出てきた場所は、そのライセン大峡谷だった。

 

「どうやら、歓迎されているらしい」

「ん……」

 

 ハジメ達は地上に出てきて早々、魔獣の群れに包囲されていた。

 

「ユエ、ここでは魔力が分解される。ここは俺に任せろ」

 

 ハジメはユエが無言で頷くのを横目に、ホルスターから引き抜いたブラスターを鞭モードに変形させる。

 

『ビームウィップ、オンライン』

 

 銃口だった部分から鞭のようにしなるビーム刃もといビームウィップが出現し、ハジメは巧みにそれを操って魔獣を斬り付けていく。一応、ビームウィップは鞭の判定となっているので、“操鞭術”の技能によって操作の精度が高くなっていた。

 

 ビームウィップが振るわれる速度は常人や並みの魔獣では視認できない程であり、風切り音と共に光の線が空間を走ったかと思えば、数体の魔獣が綺麗な切断面を見せてドサドサと倒れていく。もはや蹂躙であり、両断された魔獣の屍で周囲が埋め尽くされるのに五分もかからなかった。

 

「周囲に敵影なし」

「ん……でも、死体はいっぱい」

「掃除どころか汚してしまったな……取り敢えず片付けるか」

 

 ハジメはフィールドナックルに生体エネルギーを流して力場を発生させると、両腕を近付けて大きなバリアを展開する。そして、ブルドーザーのようにバリアを使って魔獣の死体を押し出していった。

 

 死体を片付けた後、ハジメはスターシップを宝物庫から取り出して開けた空間に置く。

 

「ユエ、次の目的地は何処だか覚えているか?」

「たしか、グリューエン大火山……」

「そうだ。俺達はこれからスターシップに乗って砂漠を越え、グリューエン大火山に突入する」

 

 グリューエン大火山は、オルクス大迷宮と同じく七大迷宮の一つとして知られている。見た目は直径約五キロメートル、標高三千メートル程の巨石だ。溶岩円頂丘のように平べったい形をしているその火山は、巨大な渦巻く砂嵐に包み込まれていた。

 

 その影響に加え、砂嵐の中にはサンドワーム等の砂漠環境に適応した魔獣が潜んでおり、視界が悪い中で奇襲を仕掛けてくるので、並みの冒険者では砂嵐を突破して火山に辿り着くことは不可能だ。そのため、オルクス大迷宮と比べて冒険者が頻繁に訪れることはない。

 

 だが、それは地上を進む場合の話だ。スターシップで空を飛べば魔獣に襲われることはなく、砂嵐を簡単に突破することが可能である。

 

「少し短いが、空の旅とでもいこうか」

 

 二人はスターシップの下部にある昇降機タイプの搭乗口から中に入る。ハジメは操縦席に、ユエはその後ろに増設されたシートに座った。

 

 ハジメが操縦席周りの電源を入れると、機体の状態を示す計器や画面に光が灯り、周囲にホログラムが投影される。ホログラムの中には、イヴの姿もあった。

 

『お二方、無事にスターシップに乗れたようですね。グリューエン大火山までの空路は私がナビゲート致しますので、お任せください』

 

「あぁ、頼む。ユエ、そろそろ船を出すぞ。準備はいいな?」

「ん……いつでも大丈夫」

 

 ユエの返事を聞いた後、ハジメは操縦席の左側にあるタッチパネルを操作し、格納されていたエンジン始動用レバーを出現させる。

 

「プラズマエンジン始動」

 

 レバーを少しずつ押し込み、エンジンの出力を徐々に上げていく。出力が安定してきたところで、次の段階に移行した。

 

「G-ディフューザーシステム、オンライン」

 

 次に、前方のタッチパネルを操作して反重力発生装置を起動させる。スターシップを大気圏内で運用するためには必須の装備であり、銀河社会ではありふれた技術だ。起動してから数秒後、機体が地面からフワッと離れた。

 

「ん……これは初めての感覚。面白い……」

 

 ユエは、スターシップが浮いた瞬間に味わった独特の浮遊感について感想を述べる。浮遊感自体は味わったことはあるが、このタイプは初めてだったようだ。

 

 さらにスターシップは高度を上げていき、ついにはライセン大峡谷から完全に脱出する。イヴの誘導に従って方向転換した後、機体後方の左右にあるスラスターを吹かして飛び去った。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 スターシップは砂漠の上空を巡航していた。操縦は自動操縦に切り替えられており、イヴによるナビゲートと搭載されている高性能バイオコンピュータによる操縦で動いていた。

 

「ユエ、これをつけてみてくれ」

 

 シップの中でハジメはゴーグルのようなアイテムをユエに渡す。

 

「ん……何これ?」

「つけてからのお楽しみだ」

 

 ユエはゴーグルを装着する。すると、ユエの視界に大きな変化が起きた。なんと、スターシップが透けて外の景色が見えるようになったのだ。

 

「す、透けた!?」

「どうだ? そのゴーグルはシップの外側にある多数のセンサーとリンクしていて、外の景色が透けて見えるようになっている。外が見えないのも退屈だと思ってな……」

「凄い……こんなに高い所からの景色なんて初めて……!」

 

 いつも無表情のユエが目をキラキラさせて喜ぶ。年齢こそ三百歳を超えているが、見た目が幼いので本当に子供のようだった。

 

『そろそろ、グリューエン大火山近郊です』

 

 しばらく時が流れ、イヴによるアナウンスが流れる。ハジメは操縦を手動に戻すと、機体をホバリングさせた。

 

 フロントバイザー越しに見えるのは、グリューエン大火山を覆っている巨大な砂嵐。入ったら帰れなくなるのではないかと思わせる程の威圧感があった。

 

「エネルギーシールド、起動」

 

 ハジメはスターシップのエネルギーシールドを展開するとエンジンの出力を上げ、スラスターを激しく吹かして砂嵐の中に突入する。

 

 砂嵐の内部は赤銅一色で塗りつぶされており、視界は劣悪だった。イヴによるナビゲートを信じながらも、最大限に警戒して砂嵐の中を突っ切っていく。

 

 スターシップが砂嵐を突破したのは、突入から数分後のことだった。急速に視界が改善してきたかと思えば、ハジメ達の目に巨大な岩山が飛び込んでくる。

 

 岩山……グリューエン大火山の周囲だけ台風の目のように砂嵐が存在しておらず、静かなものだった。直上を見てみれば、青空が広がっていた。

 

 大火山の入り口は頂上にあるという情報だったため、スターシップで空から直接乗り付けることにした。丁度、頂上の付近にスターシップを着陸させられそうな平らなスペースがあったため、その真上にシップを向かわせた。

 

 反重力発生装置を制御して高度を下げつつ、後方に向いていたスラスターを下方向に転換して着陸態勢に移行。左右のパーツを降着装置に変形させ、そのまま着陸した。

 

『バリアスーツ起動中…』

 

 着陸したスターシップの中で二人は戦闘準備を整える。ハジメがバリアスーツを装着する一方、ユエは騎士を彷彿とさせるフルフェイスの兜を装着していた。この兜の内部にはHUDが搭載されており、シールドエネルギーやタンク内の魔力の残量、マップ等を表示する機能がある。

 

 また、バイザーシステムと殆ど同じものが搭載されているため、情報収集能力もハジメと遜色ないものとなっている。

 

 やがて、スターシップの底面からカプセルのような形の搭乗口が降りてくる。そこに乗っているのはハジメとユエであり、二人はグリューエン大火山の地に足を踏み入れた。

 

 ランディングゾーンから少し歩いた所にある頂上は、無造作に乱立した大小様々な岩石で埋め尽くされた空間だった。その中でも特に目立つのは、歪にアーチを形作る全長十メートルほどの岩石であり、そのアーチの下には大火山の内部に続く階段があった。

 

「今すぐ突入したいところだが、少し待ってくれ」

 

 ハジメはそう言ってアームキャノンを操作する。すると、スターシップが独りでに動き出し、そのまま上空へと舞い上がってしまった。

 

「ん……行っちゃった」

「スターシップは上空待機にした。敵に壊されたら困るからな」

 

 砂嵐を突破してやって来る奴は少ないだろうが、敵として想定されているのは恐るべき神の尖兵である。トータス最強クラスの彼らであれば砂嵐ぐらい突破できるだろうし、着陸したスターシップはただの的になってしまう。そのため、速やかに逃げられる空中待機にしたのだ。

 

 スターシップを送り出した後、二人は入り口の目の前に並び立つ。そして、ハジメは大迷宮挑戦の号令をかけた。

 

「ユエ、行くぞ!」

「んっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリューエン大火山の内部の構造は、オルクス大迷宮でも、地球でも、広い銀河でも見られないような特殊なものだった。

 

 なんと、マグマが空中を流れていくのだ。水路のようになっているのではなく、マグマが空中に浮いており、そのまま川のような流れを形成している。空中をうねりながら流れていく様子は、まるで巨大な龍が飛び交っているようにも見えた。

 

 もちろん、地面を流れるマグマも健在であり、攻略に挑む者は空中と地面のマグマに注意するという二正面作戦を強いられる。時折、マグマが吹き出てくるようなこともあり、警戒を緩めることは許されない。

 

 マグマほど恐ろしいものはない。高温環境への耐性があるバリアスーツにすらダメージを与えてくるので、いくらエネルギーシールド搭載のパワードスーツを装備していたとしても、接触は可能な限り避けたいものだ。

 

 生身の人間からすれば茹だるような暑さの中、二人は装備のおかげで暑さを感じることもなく、吹き出るマグマを警戒しつつ進んでいく。しばらくして広間に出るのだが、そこには人の手が入った痕跡があった。壁がツルハシか何かで削られており、その一部から薄い桃色の小さな鉱石が覗いている。

 

「これは……」

 

 ハジメはその欠片を採取すると、“鉱物系鑑定”を使って調べる。

 


〈静因石〉

魔力の活性を静める効果のある特殊な鉱石です。


 

「静因石というのか……」

「ん……知識にはあるけど初めて見た」

 

 どうやら、ここは冒険者が静因石を採掘するポイントになっているらしい。

 

「サンプルとして少し貰っておくか」

 

 ハジメは地面に落ちていた静因石の欠片を幾つか拾うと、“宝物庫”に収めた。

 

 その後、ハジメ達は七階層ほど下に降りていく。記録に残っている冒険者が到達した最高階層はそこまでとなっており、そこから先に降りた者で生きて帰ってきたものはいないという。

 

 そして、次の階層へと続く階段を降りきった瞬間、巨大な火炎が襲ってきた。火炎は壁となって通路を埋め尽くし、こちらへと向かってくる。

 

「“聖絶”」

 

 ユエが結界魔法を発動し、光の壁で炎の壁を受け止める。結界を前に動かすことで炎を押し退けていき、通路を安全地帯に変えた。

 

 結界越しに襲撃者の姿が見える。それは全身にマグマを纏わせた雄牛であり、マグマの中に立っている。曲線を描く二本の鋭い角を生やしており、口からは呼吸の度に炎を吹き出している。

 

 そのマグマ牛は自らが放った火炎の砲撃を防がれたことにご立腹なのか、足元のマグマを足踏みで飛び散らせながら突進の構えを取る。

 

『アイスビーム、オンライン』

 

 ハジメが新たに入手したアビリティを起動させて結界から飛び出たのと、マグマ牛が猛烈な勢いで突進を開始したのは同時だった。

 

 アームキャノンが唸りを上げ、その内部でエネルギーを最大まで増幅していく。構えたキャノンの砲口から発射されたのは、最大威力の青いビーム。チャージアイスビームは突進してくるマグマ牛に対して真っ直ぐに進んでいき、直撃する。

 

 その瞬間、マグマ牛が氷の彫刻に変わる。凍結したマグマ牛は慣性のまま突っ込んできたが、振り上げられたアームキャノンによって粉砕された。

 

「凄い……魔法じゃない方法で凍らせるなんて。これが、鳥人族の技術……」

 

 それから、さらに二階層ほど降りていくのだが、道中に現れる敵のバリエーションは豊かだった。

 

 マグマを翼から撒き散らして空爆してくるコウモリ型の魔獣や壁面を這いながら複数のマグマ弾を噴出してくるフジツボ型の魔獣、マグマの中から顔を出して火炎弾を発射してくるタツノオトシゴ型の魔獣、空中にあるマグマの川を泳ぐ蛇型の魔獣などがいた。いたのだが……

 

 悲しいことに、片っ端からアイスビームかユエの氷属性魔法で氷像に変えられていき、直後に粉砕されてシャーベットが量産される結果になった。

 

 ハジメ達ならまばたきする間に皆殺しにできるのだが、トータスの冒険者からすれば脅威である。彼らの攻撃は生身の人間が受ければ致命傷になる上、マグマがエネルギー源なので武器は無限大にある。ピンチの時はマグマに逃げ込むという手段もあるため、厄介極まりない。

 

 八階層に踏み込んだ冒険者が生きて戻れなかったのも頷ける。また、厄介なのはマグマに適応した魔獣だけではない。階層を下げるごとに大きく気温が上昇していくという、この迷宮の特性も厄介だった。ハジメ達が十階層に差し掛かった頃には、特殊な装備かアーティファクトが無ければ通行不可になる程の暑さになっていた。

 

 こうして、ハジメ達は十階層に辿り着いたのだが、そこにあった広間に鳥人族の痕跡が存在していた。

 

 それは、表面に四つの紋章が刻まれた金属製のゲートであり、広間の地面には同じ四つの紋章が埋め込まれている。ハジメがゲートをスキャンすると、次のように表示された。

 


高硬度の金属で構成されたゲートです。表面に四つのルーニックシンボルを確認。部屋内のシンボルマークと連動しており、全てスキャンすることで開くようです。


 

 どうやら、一部の者にしか開けられないような仕組みになっているらしい。

 

 早速、ハジメは地面に埋め込まれた四つのシンボルをスキャンしていく。スキャン直後に地面の紋章が白色に発光し、それに連動してゲートの紋章も全てが白色に発光。全てのシンボルがアクティブになったことで、重い音を立ててゲートが開いた。

 

 ゲートの向こう側にあったのは、オルクス大迷宮にもあった部屋と同じく、銀色の金属で構成された空間だった。基本的な構造は一致しているのだが、鳥人族のオブジェだけでなくホログラムの投影機が設置されていた。

 

「お父様、ここがイヴの言っていた……」

「そのようだ」

 

 地上へ旅立つ前、二人はイヴからこの部屋の存在を聞いていた。彼女によると、この部屋は迷宮を後継者仕様に切り替えるだけでなく、イヴと通信することのできるアクセスステーションとして機能しているらしい。

 

 ハジメがオブジェのプレート部分にある穴にアームキャノンを挿入すると、エネルギーが供給されたことでホログラムが投影され、イヴの姿が映し出される。

 

「無事に到達したようで何よりです。では、ここの仕様変更を行います」

 

 イヴによって迷宮の仕様が後継者仕様に変更される。本来よりも難易度が上がり、パワードスーツを装備していたとしても死ぬ可能性がある領域である。だが、それと同時に鳥人族のアイテムが配置されるため、更なるパワーアップを期待できるだろう。




今回はメトロイドプライム要素を出してみました。また、道中で出てきた敵は一部を除いて元ネタがメトロイドのクリーチャーです。


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22話 溶岩竜

メトロイドプライム、メタリドリーを倒すところまで来ました。四回目の挑戦でようやく勝利できた……


 後継者仕様となったグリューエン大火山は危険度が上がっていた。

 

 通路のあちこちにはトラップの火炎放射器が配置され、パワードスーツにダメージを与える程の火炎を一定のインターバルで放射して行く手を阻んでくる。

 

 特にマグマの上に浮かぶ足場の近くに設置されていることが多く、タイミングを合わせて足場から足場に飛び移らなければならない。場所によっては空中と地面の両方のマグマから顔を出したタツノオトシゴのような魔獣の攻撃も同時に来るので、気を抜くことはできない。

 

 ちょうど、ハジメ達が進んでいるのは多数の足場がマグマの上に浮いている場所であり、火炎放射器や魔獣の攻撃を掻い潜りながら別の足場に飛び移っていた。

 

『グラップリングビーム、オンライン』

 

 左手と一体化しているデバイスからロープ状のビームを斜め前の天井に撃ち込み、ジャンプでは到達できない程に離れた足場へターザンのように飛び移る。

 

 着地した瞬間を狙って空中のマグマから顔を出した海馬モドキが火炎弾を放ってくるが、体を少し傾けることで回避すると、アイスビームで反撃する。標的は瞬時に凍結し、足場の上に落下して砕け散った。

 

「ユエ、来ていいぞ」

 

 足場の周囲を“気配感知”も駆使して警戒し、安全を確認したハジメは対岸のユエを呼ぶ。ユエは頷くと、ローラーダッシュで勢いを付けて空中に飛び出す。それではハジメのいる足場に届かず、重力に引かれて高度が下がっていくが、心配はご無用だ。

 

「“来翔”」

 

 ユエは風属性魔法を発動し、自身の周囲に上昇気流を発生させた。ユエが軽いこともあり、上昇気流は彼女の体を容易に持ち上げる。上昇気流を使った擬似的な二段ジャンプにより、ユエは無事に対岸に渡った。

 

 やがて、踏み外したらマグマ真っ逆さまの足場エリアの先にあったブルーゲートを通過し、マグマが全く存在しないエリアに出る。そこを進んでいく二人だったが、接近してくる気配があった。

 

「ユエ、前方から何か来るぞ」

「ん……」

 

 やがて、通路の向こうから蟹のような魔獣が姿を現す。ハサミとなっている第一歩脚が大きく発達し、それ以外の歩脚は殆ど退化しているような状態だ。一対の複眼は蜻蛉のようであり、胴体に完全に埋め込まれている。だが、問題はその胴体の幅がニメートル近くあるような巨体であり、それが浮遊しているということだ。

 

「こいつは……ゼーベスに似たような奴がいたな……」

 

 ゼーベスにいた似たような奴というのは、高温地帯のノルフェアに生息するゲルーダという飛行生物のことだ。硬い甲殻を持っている蟹のようなクリーチャーであり、体内の高熱エネルギーを放出することで飛行し、ハサミを振りかざして突進してくるのだ。

 

 この蟹モドキもゲルーダと同じ特性があり、固有魔法によって生成された高温エネルギーを放射することで空中を飛び回る。蟹モドキは二人を発見すると、空中を突進してきた。

 

「俺が防ぐ。魔法の準備を」

 

 ハジメはユエの前に出る。両腕のハサミを振りかざしてくる蟹モドキに対して高速でアームキャノンを振り上げ、突進を弾き返す。普通ならここからハジメが反撃するのだが、ここではユエが反撃の担当だ。

 

「“瞬凍”」

 

 ユエが魔法名を呟いたのと同時に発射されたのは、超低温の冷気を圧縮した冷却弾。アイスビームと同等の効果を発揮する氷属性魔法であり、ユエのオリジナルだ。

 

 ユエの冷却弾によって瞬時に凍結させられた蟹モドキは、地面に落下したのと同時に爆発した。体の表面が凍結したことで高熱エネルギーを逃がす場所がなくなり、甲殻が内側からの圧力に耐えられずに砕け散ったのだ。

 

「よくやった、ユエ」

「ん……これくらい当たり前」

 

 ハジメはユエの頭をヘルメット越しに撫でようとするのだが、ハジメの手はアームキャノンに添えられる。そして、通路の奥にキャノンを構えた。

 

「ユエ、新手だ。しかも、複数体……」

 

 通路の奥から現れたのは、先ほどの蟹モドキも含めた魔獣の集団であり、今までの階層に出てきたものを強化したような個体もチラホラ見受けられた。

 

「ん……複数種類による集団……ちょっと面倒だけど負けるつもりはない」

「あぁ。やるぞ、ユエ」

 

 ハジメとユエは、前方より迫る魔獣の集団に対して攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

「“風刃”……“氷槍”……“雷槍”……」

 

 ローラーダッシュ特有の甲高い駆動音を響かせながら、ユエは魔獣の集団を高機動で翻弄して魔法を叩き込んでいく。魔法の天才であるユエの魔法は本来のものより高い火力を持っており、強化された魔獣であっても一撃で倒されてしまう。

 

 その背後からコウモリ型の魔獣が迫るが、別の場所で戦っていたハジメが反応し、チャージビームで撃破する。

 

「ありがとう、お父様。後ろから来てる」

「あぁ、お互い様だな」

 

 ハジメが咄嗟にしゃがむと同時に、ユエの放った氷の槍がハジメの背後の蟹モドキに突き刺さり、内側から凍結させる。二人は互いの背後をカバーする形で連携し、魔獣の集団を蹴散らしていった。

 

 散発的に襲ってくる魔獣と交戦し、トラップを回避しつつ二十五階層ほど降りていったハジメ達。グリューエン大火山の三十五階層に到達したわけなのだが、そこには大きなマグマの池が存在していた。

 

 ハジメとユエがマグマ池の畔に接近した時、急に巨大な気配が池の中に出現する。そして、マグマから飛び出てきた巨大な長い腕がハジメ達に迫ってきた。

 

「逃げろ!」

 

 ハジメは咄嗟にユエを突き飛ばす。そのお陰でユエは腕から逃れられたが、ハジメは巨大な腕に捕まってしまった。しかも、両腕を自由に動かせない状態である。

 

「くっ……!」

 

 長い腕によって振り回されるハジメ。常人であれば気絶してしまうような勢いであったが、ハジメは意識を失うことはなく、自身を掴んでいる手の中でチャージビームを放って拘束を解除すると、マグマ池の畔に着地した。

 

「お父様、大丈夫? 私なら普通に避けられたのに……」

「すまない。体が勝手に動いてしまった。どうやら、咄嗟にユエを庇う癖があるらしい」

 

 オルクス大迷宮を攻略していた時、ハジメは結構な割合でユエを庇っていた。装備も充実している今となっては庇う必要性が下がっているのだが、父親として子を守る意識は根強く残っているらしい。

 

 やがて、先ほどの長い腕の本体がマグマ池の中から姿を現す。長い腕に比例するように体は巨大であり、上半身だけをマグマから出してハジメ達を見下ろしていた。

 

「溶岩竜……とでも呼ぶべきか」

 

 溶岩竜の長い両腕は鞭のようにしなり、胴体から伸びている首は首長竜のように長い。首の先についている頭部には牛のような二本角があり、両目は飛び出ているなど、その全てが特徴的だった。完全に異形である。

 

 溶岩竜は長い首にある赤く発光する放熱孔から蒸気を噴出すると、縄張りの侵入者に対して咆哮した。

 

「ギエェェェェェェッ!!!」

 

 咆哮の後、溶岩竜は長い腕を沿岸に叩き付けるとそのまま横方向に打ち払い、侵入者を磨り潰そうとするが、二人は跳んで回避すると攻撃を始める。

 

『ノーマルミサイル、オンライン』

 

「“氷槍”!」

 

 ミサイルと氷の槍が主の体表に直撃するが、その強固な体表は攻撃を一切受け付けない。溶岩竜の耐久力はこれまで出てきた小型の魔獣をゆうに超えており、ミサイルは勿論のこと氷属性魔法を受けても平然としている。

 

 さらに、周囲のマグマに腕を突っ込み、腕を引き抜くと同時に複数のマグマの塊を飛ばしてくる。マグマの直撃を受ける訳にはいかないため、ユエはローラーダッシュで、ハジメは背面ブースターを噴射することで回避した。

 

『お父様。あの魔獣、体の孔から蒸気をずっと出してる。もしかすると、その孔が弱点かも』

『そのようだな。おそらく、放熱するための孔だろう。ピンポイントでそこを突けば、ダメージを与えられるかもしれない』

 

 互いの距離が離れてしまったため、ヘルメットに装備された通信機で会話する二人。攻撃を回避しつつ観察していたところ、溶岩竜の放熱孔は首と両手の甲、頭頂部にあることが判明していた。

 

『首と手の甲にある放熱孔を攻撃したところで致命傷にはならないだろうが、頭頂部なら致命的なダメージを与えられるはずだ』

『でも、頭頂部の孔に攻撃が届くかどうか』

『大丈夫だ。作戦は考えてある……』

 

 ハジメの立てた作戦に基づき、二人は動き始めた。薙ぎ払い攻撃と飛来するマグマの塊を続けて回避すると、ハジメがチャージアイスビームを首の放熱孔にぶつける。

 

(凍れ!)

 

 アイスビームが直撃した瞬間、溶岩竜は怯む。そして、放熱孔から噴出されていた蒸気が凍りつき、放熱孔も含めた首の大半が氷に覆われた。

 

「“緋槍”!」

 

 ユエが凍結した放熱孔に炎の槍を直撃させる。アイスビームの効果で超低温になった所に高温の攻撃が直撃したため、その温度差もあって大きなダメージが入った。

 

「グガァァァァァァ!!!」

 

 矮小な人間風情の攻撃でダメージを受けたことに怒り狂い、鼻と頭頂部から激しく蒸気を吹き出しながら咆哮する溶岩竜。

 

 両腕に炎を纏わせ、そのまま地面に叩き付けるのだが、同時に二人の足元が赤熱化する。嫌な予感がして退避した直後、そこから火柱が発生した。

 

『ユエ、足元に気をつけろ!』

『んっ!』

 

 溶岩竜は両腕を交互に激しく叩き付けていき、叩き付ける度に二人の足元から火柱が発生する。ユエはいつも通りにローラーダッシュで、ハジメはブースターを噴射しながらの連続側宙で全て回避していく。

 

 やがて、怒りのままに激しく動き続けたツケが回ってきたのか、疲弊した溶岩竜は手を地面に置いたまま動けなくなる。手の甲の赤く光る放熱孔からは絶えず蒸気が吹き出しており、激しい動きで体内の温度が上昇し過ぎたことが窺える。完全に無防備であり、攻撃のチャンスだ。

 

(今だ!)

 

 手の甲の放熱孔にチャージアイスビームが直撃し、蒸気の凍結によって腕が地面に拘束される。ハジメは拘束された腕に接近すると、長い腕の上を駆け抜けて溶岩竜の頭部に到達した。

 

(こいつで終わりだ!)

 

 アームキャノンが唸りを上げ、内部でアイスビームが増幅されていく。溶岩竜が片方の手でハジメを払い落とそうとするが、高く跳躍して回避。再び着地すると放熱孔にキャノンを突き刺し、増幅されたエネルギーを解放した直後に退避する。

 

「ギエェェェッ?!」

 

 致命的なダメージを受けた溶岩竜は悲鳴を上げ、身体中から爆発が発生する。長い腕がちぎれ飛び、腹部が破裂し、ついには頭部が吹き飛ぶ。溶岩竜の死体はゆっくりとマグマに沈んでいった。

 

「ん……終わった?」

「あれで生きていたら逆に怖いぞ……」

 

 溶岩竜が完全に沈んだ後、マグマ池の水位が徐々に下がりはじめる。やがて、池のマグマが全部抜けるのだが、その底はかなり深いものであり、そこにはアイテムが配置されていた。

 

「ユエ、少し待ってろ。アイテムを取ってくる」

 

 ハジメは斜面を滑り降り、アイテムのある底まで到達する。そして、アイテムに触れた。

 

『シーカーミサイルを入手しました』

 

『シーカーミサイルは、最大五発の高威力小型ミサイルを斉射し、複数のターゲットに命中させる能力です。入手時、ミサイルの最大保有数が十発増加します』

 

 ハジメが新たに入手したアビリティは、シーカーミサイルだった。複数の標的に対して同時に高い火力を叩き付けることが可能なこのアビリティは、ハジメに高い殲滅力を与えてくれるだろう。

 

 新たなアビリティの獲得後、ハジメとユエは再び動き出す。これ以降、特に何事もなく三十五階層の探索を終えると、発見した次の層へと続くエレベーターに乗って降下していった。




溶岩竜の元ネタはメトロイドOtherMのゴヤケードですが、改変した部分もあります。


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23話 二つの試練

今回でグリューエン大火山の攻略が完了します。


 溶岩竜を撃破し、先に進んだハジメ達は五十階層に到達していた。

 

「もう五十階層か……オスカーの情報によると、この迷宮は全部で五十五階層あるらしい」

「ん……そろそろ終盤」

「引き続き、気を抜かずに行こう。おそらく、ヒュドラのような奴が出てくるだろうからな」

 

 五十階層は一本道のようになっており、迷うことは絶対にない親切設計の階層だった。特にトラップや魔獣もなく、真っ直ぐ進むのみ。やがて、一本道の突き当たりに辿り着くのだが、そこにはブルーゲートによく似たゲートが配置されており、その周囲には五つの的のようなものが配置されていた。

 

「これ、ブルーゲート?」

「いや、少し違うようだ。スキャンすれば分かるだろう」

 

〈マルチゲートロック〉

セキュリティが強化されたゲートロックです。ロックの解除には、付設されている全てのターゲットに対して同時に衝撃を与える必要があります。

 

「ん……全てのターゲットに同時に衝撃を与える。ターゲットが五つあるということは、あれの出番?」

「そのようだな。ここの通過はシーカーミサイルの入手が前提ということか」

 

 ハジメは誤爆の防止のためにユエが離れたのを確認した後、発射準備に入る。

 

『シーカーミサイル、オンライン』

 

 アームキャノンの先端が変形し、砲口が広がる。そして、砲口の中に装填された五発の小型ミサイルが円形に並んでいる。ハジメは五つのターゲットをロックオンすると、シーカーミサイルを斉射した。

 

 五つのミサイルは各々のターゲットに向けて突き進み、同時に着弾。センサーが同時に衝撃を感知したため、ゲートロックは解除される。二人が向こう側に踏み込むと、そこの地面に魔法陣が刻まれていた。

 

「この魔法陣……オルクスの隠れ家にあった転移魔法陣に似ているな」

「ん……転移魔法陣なのは間違いない。お父様、わざわざ転移させるということは、何かしらの試練が待ち構えているかも」

「あぁ、そうだな。行こう、ユエ」

 

 ハジメはユエと共に魔法陣の中に入る。魔法陣が起動し、視界が閃光に覆われると共に浮遊感を感じる。視界が回復して再び地面に足を着いた時、ユエの姿が消えていた。

 

「ユエがいない……分断されたのか?」

 

 周囲を見渡しても、ユエの姿はない。やがて、ハジメが今いる場所の全貌が見えてくるのだが、そこは周囲をマグマに囲まれた円形闘技場のような部屋だった。そして、その中央には直径十メートル程の魔法陣が刻まれていた。

 

「これは……魔獣を召喚する魔法陣か」

 

 ハジメはアームキャノンを構えて警戒しつつ、ベヒモスのものと同じ大きさの魔法陣に接近する。五メートルの距離まで接近すると魔法陣が赤黒く発光し、魔獣が出現した。

 

「こいつは……」

 

 出現した魔獣は、ハジメが見上げる程の大きさの巨人だった。身長十メートル、二本角が特徴的な牛のような頭部。筋骨隆々な体にアザンチウム製と思われる黒いアーマーを纏い、口からは吐息に混じってマグマの飛沫が飛んでいるのが確認できる。

 

 腕部のアーマーには鋭い爪が装備され、左肩には多連装ミサイルランチャー、右肩にはプラズマ砲と思われる大砲が搭載されている。防御力も火力も十分であり、移動要塞とでも呼ぶべきだろう。だが、問題はそこだけではない。

 

「この気配……ヒュドラと同格か」

 

 目の前の存在は、オルクス大迷宮で最後に待ち構えていたヒュドラに近い威圧感を放っていた。この巨人は、グリューエン大火山で最強の魔獣を強化した存在であり、ここのガーディアンである。

 

(ユエがいないのも寂しいが……たまには一人で戦うのもいい。ユエに出会う前を思い出すな……)

 

「久しぶりの一人の戦いだ。ヒュドラと同格の魔獣であれば、相手にとって不足はない!」

 

 闘志を燃やすハジメ。ハジメの発言に呼応したのかは分からないが、巨人……いや、大火山のガーディアンは咆哮した。

 

「ウオォォォォ!!!」

 

 咆哮と同時に、ガーディアンの全身に黄色の電撃が纏われる。これはライトニングアーマーといい、鳥人族の技術である。ハジメはその正体をすぐに理解できた。

 

(ライトニングアーマー。電撃のフォースフィールドを展開し、ダメージを無効化するアビリティだったな。だが、それはあくまでも耐久力が残っている限り……)

 

「なら、剥がれるまで叩くだけだ。お前を倒し、ユエと合流させてもらう!」

 

 こうして、ハジメとガーディアンの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を少し戻そう。ハジメが闘技場のような場所に飛ばされた一方、ユエは別の場所に飛ばされていた。

 

「ここ……どこ? お父様もいない……」

 

 気が付いた時、ユエがいたのはマグマの海に浮かんでいる足場であり、周囲には同じような小さな足場がいくつも存在していた。

 

 何よりも目につくのは、マグマの海の中央に浮かぶ小さな島だ。マグマから十メートル程の高さにせり出ており、その上をマグマのドームが覆っていた。また、島の岸壁には拳大の鉱石が規則正しく埋め込まれていることが確認され、その数は百個に達していた。

 

「お父様……」

 

 ハジメと分断されたユエは、不安そうな声で呟く。封印部屋の光景が脳内にちらつき、一人になってしまった恐怖に押し潰されそうになっていた。

 

 ハジメと出会ってから、ユエはいつもハジメと一緒にいた。ヒュドラ戦では再び封印されるという幻覚を見せられたが、ハジメを信頼することで恐怖を振り払っていた。しかし、それはハジメの存在があってこそ。彼女は一人になると、恐怖が再発してしまうのだ。

 

(また一人になった……怖い……)

 

 恐怖に苛まれるユエ。だが、そんな事情にお構いなくマグマから飛び出してくる存在がいた。

 

「ゴォアアアアア!!!」

 

 咆哮と共に飛び出してきたのは、全身にマグマを纏わせた巨大な蛇だった。大口を開けたマグマ蛇はユエに襲いかかるが、咄嗟にユエは風刃を放って縦に真っ二つにした。

 

 マグマ蛇の体は魔石の破片を飛び散らせながら崩壊していき、再びマグマの中に還る。それと同時に、中央の島の岸壁に埋め込まれた鉱石の一つがオレンジ色の光を放った。

 

(光った……もしかして、あれの撃破と連動している? 鉱石が百個くらいあるということは、鉱石の数だけ倒せば……)

 

 ユエは知らないが、この空間はグリューエン大火山の五十五階層である。そして、ここには通常コースと共通する最後の試練が待ち受けており、百体のマグマ蛇を倒すという持久戦形式の試練だ。魔石の破壊でカウントされるため、生半可な攻撃では撃破判定にならないので注意する必要がある。

 

 その間、マグマから次々とマグマ蛇が出現しており、二十体以上のマグマ蛇がユエを取り囲んで鎌首をもたげ、睥睨するに至っていた。

 

「あなた達を倒して……この試練を突破する。そして、お父様に再会してみせる!」

 

 ユエは勇気を振り絞り、マグマ蛇の群れに対して宣言する。それは、マグマ蛇に対する宣戦布告と同時に、自身に巣食う恐怖に対する宣戦布告でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウオォォォォ!!!」

 

 ガーディアンの初手は左肩から放つ多連装ミサイルだった。数十発のミサイルがハジメを追尾して向かってくる。

 

 ハジメはガーディアンから見て右側に回り込む形で駆け抜け、常にミサイルが右側から来るようにしながら、右腕の火力を発揮してミサイルを迎撃していく。自分も対象も動きながらの射撃であるというのに、光弾は寸分の狂いもなくミサイルを次々と撃ち抜いた。

 

「チッ……」

 

 ミサイルを全弾迎撃したのと同時に、ガーディアンは右肩のプラズマ砲を発砲する。ハジメは咄嗟に側宙で回避した後、反撃に転じた。

 

『ノーマルミサイル、オンライン』

 

 ガーディアンの周囲を移動し、真正面に入らないようにしながらミサイルを連続で放っていく。攻撃はライトニングアーマーで受け止められるが、ダメージが徐々に蓄積しているのか、ミサイルを十発以上叩き込んだ頃には黄色から赤色に変色していた。

 

(よし、ダメージは蓄積している。このまま続ければ、ライトニングアーマーを剥がせるはずだ……)

 

 だが、ここでガーディアンが想定外の動きを見せた。

 

「ウオォォォォォォォォ!!!」

 

 長めの咆哮と同時に、赤色に変色していた全身のライトニングアーマーが右腕に集束し、ガーディアンは右腕を高く掲げる。

 

(何を……?)

 

 ハジメがガーディアンの行動に疑問を抱く中、高く掲げた右腕から電撃の色と同じ赤い霧らしきものが発生し、高度一メートル以下を除いた部屋全体を埋め尽くしていく。

 

「ウオォォォ!!」

 

 そして、電撃が集束した右腕が振り下ろされ、そこから強烈な衝撃波が放たれる。衝撃波は霧のようなものを媒介に部屋全体に拡散し、ガーディアン以外の存在を排除しようとする。

 

ガガガガガァッ!!

 

 轟音を響かせ猛烈な速度で迫る衝撃波。ハジメが半ば本能的に上半身を振り回すようにして姿勢を低くしたのと、その頭上を衝撃波が通り過ぎたのは同時だった。

 

(ライトニングアーマーにこんな使い方があったとはな……蓄積したダメージを衝撃波に変換・増幅し、攻撃に転用する……)

 

 ハジメの分析は百点満点である。ガーディアンの放った衝撃波は受けたダメージを変換し、増幅したものであり、凶悪な威力を誇るものだ。それをもろに受けた場合、バリアスーツであっても崩壊寸前に追い込まれていただろう。

 

(恐ろしい攻撃だ……だが、ライトニングアーマーは剥がれた。今ならば!)

 

 なお、この攻撃はライトニングアーマーを全て消費して放つ諸刃の剣でもある。たった今、ガーディアンにダメージを与えるチャンスであった。

 

 ハジメは地面を蹴ってガーディアンに急速接近する。遠距離攻撃が来る前にアイスビームで両肩の武装を凍結させ、ミサイルで破壊する。そのまま、突進しながらミサイルを連射していく。

 

 間合いに入ってきたハジメに対してガーディアンは踏みつけ攻撃を繰り出すが、股の下を潜り抜けて回避。背後に回り込んでミサイル攻撃を継続する。振り向きざまに豪腕が振るわれ、鋭い爪でハジメを切り裂こうとするが、モーフボールになって躱す。

 

『シーカーミサイル、オンライン』

 

 人型に戻ると後方へ飛び退きつつ、五発の小型ミサイルを斉射する。ロックオンした箇所は胸部アーマーであり、全ミサイルが同じタイミングで胸部アーマーに直撃した。

 

「ウオォォッ?!」

 

 ガーディアンは怯み、受けたダメージから膝をつく。最大の防御力を誇っていたであろう胸部アーマーが激しく損壊しており、割れ目から赤いコアのようなものの一部が露出しているのが見えた。

 

(これが弱点か)

 

『グラップリングビーム、オンライン』

 

 すかさず、ハジメはグラップリングビームを胸部アーマーに撃ち込み、引っ張ることで胸部アーマーを剥がして赤いコアを完全に露出させる。

 

(くらえ!)

 

 ハジメは露出したコアにミサイルを叩き込んでいく。四十発あったミサイルの残量は現時点で十発程度にまで減っていたが、出し惜しみせずに全て放出する。ミサイルは弾切れしてしまったが、コアには大きな亀裂が入っていた。

 

 ダメージの影響から回復したガーディアンが腕を振り回すが、ハジメは後方宙返りで回避しながらアームキャノンを唸らせる。着地と同時にアームキャノンをコアに指向し、最大チャージビームを叩き込んだ。

 

「ウオアァァァァァッ!!!」

 

 砕け散るコア。断末魔の叫びの直後、ガーディアンの体は糸が切れた人形のように倒れる。そして、ガーディアンの死体は急速に崩壊していき、その場に一個のアイテムが残された。

 

『ライトニングアーマーを入手しました』

 

『使用者の魔力を変換した電撃のフォースフィールドを展開し、大抵の攻撃を無効化できます。制限時間は二十五秒ですが、さらに魔力を消費することで時間を伸ばすことが可能です』

 

『また、ライトニングアーマーが受け止めたダメージを変換・増幅した衝撃波を前方に放つことも可能ですが、展開していたライトニングアーマーは消失します』

 

 ハジメが入手したのは、ガーディアンが使っていたライトニングアーマーだった。ガーディアンのものと異なり制限時間付きであるが、神の使徒の分解攻撃に対する有効な対抗手段となることが期待できるだろう。

 

「しかし……ユエは大丈夫だろうか? 早く合流しなくては……」

 

 その時、ガーディアンが最初に立っていた地点に転移魔法陣が出現する。ハジメは使いきってしまったミサイルを生成すると、魔法陣に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメがガーディアンと戦っていた頃、ユエは多数のマグマ蛇と対峙していた。すでに五十体以上のマグマ蛇を屠っており、それに対応する数の鉱石に光が灯っている。

 

「ゴォアアアアア!!!」

 

 現在、二十体のマグマ蛇がユエに迫っている。この試練において同時に出現する個体は二十体までとなっており、二十体倒されても全個体が再び復活してくる仕組みだ。この行程を五回繰り返し、合計百体を倒す必要がある。

 

「“砲皇”」

 

 ユエは風属性の中級魔法“砲皇”を発動し、真空の刃を伴う竜巻をマグマ蛇の群れに向かわせる。八体が竜巻に巻き込まれ、グルグルと振り回されながら真空刃でズタズタに切り刻まれていった。

 

 残りが迫るが、ユエは足場から足場に連続で飛び移ることで逃げつつ、追いかけてくるマグマ蛇に魔法を叩き込んで倒していく。着地際を狙い、近くのマグマから飛び出して奇襲してくる個体もいたが、ユエは手に纏った金色の魔力を光剣に変化させて手刀から伸ばし、魔石ごと一刀両断した。

 

 この時点で、残りのマグマ蛇は十体。真空刃の竜巻に続いて雷属性の上級魔法“雷砲”を発動し、なぎ払うように雷の砲撃を放つことで一掃する。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 肩で息をするユエ。これまで五十体以上のマグマ蛇を撃破しているわけだが、魔力・体力を大幅に消耗しており、限界が近付いていた。マグマ蛇の攻撃に被弾していたこともあってエネルギーシールドの残量も心許ない。

 

 戦闘服には魔力タンクも装備していたが、魔法を主体とするユエが、たった一人で百体の敵を相手にするにはギリギリだった。大量の敵を相手にしていたことで気力の消耗も激しい。

 

(このままじゃ、押しきられる……)

 

 マグマ蛇の攻撃は終わらない。二十体が再び復活し、襲いかかってくる。

 

「んっ……」

 

 ユエは魔法と光剣で迎撃するが、当初よりも動きにキレが無くなっており、マグマ蛇の波状攻撃によって徐々に追い込まれていく。

 

「うっ……!」

 

 マグマ蛇の一体が放った火炎弾が直撃したことで姿勢が崩れ、直後に本体による体当たりを受けて吹き飛ばされる。ユエは咄嗟に“来翔”を使って姿勢を立て直して着地するが、目の前に五体の影が迫る。

 

「「「「「ゴォアアアアア!!!」」」」」

 

(あっ……)

 

 五体のマグマ蛇が顎門を大きく開いて襲いかかる。だが、火炎弾と体当たりのダメージでユエは動くことができない。もはや、回避は不可能。

 

「お父様……助けて……」

 

 精神的な支えといっても過言ではないハジメがいない状況下、恐怖を押さえつけて戦っていたユエだが、迫りくる死を前にして彼女の精神は決壊寸前。届くはずがないというのに、ハジメに助けを求めていた。

 

 だが……

 

「あぁ、任せろ」

「え……?!」

 

 聞こえるはずがない声が聞こえてくる。そして、驚くユエを余所にして何処からか五発の小型ミサイルが飛来し、同じタイミングで五体に着弾。マグマ蛇は一撃で爆散させられた。

 

「ユエ、遅くなってすまない」

「お父様……私……」

「よく一人でここまで頑張ったな。後のことは、俺……いや、お父さんに任せてくれ……」

 

 ハジメはユエの頭を撫でると、ユエを守るように立つ。アームキャノンを構え、迫りくるマグマ蛇との戦いを開始する。

 

『アイスビーム、オンライン』

 

 複数のマグマ蛇に対して次々とアイスビームを放ち、凍結させる。その身に纏う超高温のマグマに超低温のビームが直撃したことで、彼らの体は氷ごと粉々に砕け散った。

 

 また、ハジメではなくユエを狙って大量の火炎弾を放ってくるが、ハジメが割って入る。ハジメがその身を盾にしようとした光景に対してユエが悲鳴のような声を出すが、何ら問題はない。

 

『ライトニングアーマー、オンライン』

 

 パワードスーツの表面に緑色の電撃のフォースフィールドを展開し、火炎弾の雨を受け止め続けるハジメ。それと並行してシーカーミサイルをオンラインにすると、火炎弾を放ってきた敵を沈黙させた。

 

 ちょうど二十体が倒されたところで、次のウェーブに移行する。次は五番目のウェーブであり、これを乗り越えれば倒した合計が百体に達する。二十体のマグマ蛇が瞬時に再生し、ハジメの正面から一斉に襲いかかってくる。

 

 一方、ハジメはライトニングアーマーを展開したままであり、ダメージの蓄積で赤色に変化していた。次の瞬間、ライトニングアーマーが激しく発光したかと思えば、ハジメの前方に強烈な衝撃波が放出された。

 

ガガガガガァッ!!

 

 轟音と共に空気が震える。マグマ蛇の群れは衝撃波に飲み込まれ、為す術もなく粉砕される。それと同時に百個の鉱石全てに光が灯り、中央の島にあったマグマドームが消失。漆黒の建造物が出現した。

 

 グリューエン大火山が攻略された瞬間である。




本作品におけるライトニングアーマーは魔力を使って展開する仕組みにしてます。また、魔力が分解されるライセン大峡谷&大迷宮では殆ど使えない設定です。これくらいしないとハジメが強すぎてしまうので。


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24話 遭遇

「この先に二つ目の神代魔法が……」

「ん……私と相性がいい魔法だといいけど……」

 

 二つの試練を突破した後、二人は体力の回復を待ってから中央の島に足を踏み入れた。島には漆黒の建造物が存在しており、形状は長方体になっていた。

 

 壁の一部には七大迷宮を示す紋章が刻まれており、その前に立つと自動ドアのように壁がスライドする。二人が中に入ると、壁は再びスライドして閉じられた。

 

「ここが、解放者の一人……ナイズ・グリューエンの隠れ家か」

「ん……それにしては殺風景……」

 

 目の前に広がっていたのは、生活感が全くない殺風景な部屋だった。オルクスの隠れ家と異なり、生活に必要なものが一切配置されていない。あるものと言えば、神代魔法を覚えるための魔法陣のみ。

 

「オスカーの情報によると、ナイズ・グリューエンは寡黙な人物だったらしいな」

 

 そして、二人は魔方陣に踏み込む。脳内にある迷宮攻略の記憶がスキャンされ、迷宮の攻略が認められたことで新たな神代魔法が脳内に刻まれた。

 

「ん……空間魔法……瞬間移動とかできる。私と相性が良いみたい」

 

 新しい神代魔法に適性があったことに、ユエはどことなく嬉しそうだ。

 

「それは良かったな。俺には適性が無いみたいだが……しかし、人でありながら空間に干渉できるようになるとは……流石は神代魔法だ」

 

 新たに手に入れた神代魔法は“空間魔法”だった。空間魔法を習得し、魔法陣の輝きが収まっていくと同時に音を立てて壁の一部が開き、更に正面の壁に文字が浮き出てきた。

 

“人の未来が 自由な意思のもとにあらんことを 切に願う”

“ナイズ・グリューエン”

 

「彼が残したのは神代魔法だけではないらしい。シンプルだが、ここには彼の願いも残されていた。ナイズ・グリューエン、あなたの願いは俺達が叶えよう……」

「ん……神の意志ではなく、人の意志による未来を勝ち取ってみせる……」

 

 彼の願いを前にして、神を倒すという意志を再確認した二人は、開いた壁の一部から攻略の証を取り出す。それは、サークル状のペンダントだった。

 

 そして、魔法と証を手に入れた二人は隠れ家を後にしようとするのだが、突然アームキャノンにホログラムが投影されたかと思うと、セントラルユニット“イヴ”の姿が形成された。

 

「お疲れ様です、お二方。突然ですが、次の行き先については私が指示させていただきます。次の行き先は、亜人族の国“フェアベルゲン”です 」

 

 イヴは、大火山を出た後に二人が向かう先を示してくれた。フェアベルゲン、それはハルツィナ樹海の中に存在する亜人族の国家のことである。

 

「フェアベルゲンか……オスカーの情報によると、解放者の一人リューティリス・ハルツィナが鳥人族と共に“鳥人族の後継者”の予言を伝えた場所だったな」

「ええ、そうです。今の亜人族は人間族を嫌っているようですが、そのパワードスーツがあれば、あなたに敵対する可能性は低いでしょう」

「分かった」

 

 次の目的地はフェアベルゲンに決まり、二人はすぐさま大火山を出発する。

 

 ハジメはユエと共に建造物の外に出ると、攻略の証であるペンダントを天井に掲げる。すると、天井に亀裂が入って左右に開いていく。開いた穴の先には扉が何重にも配置されており、次々と開いて頂上まで通じた。

 

 ハジメは地上へショートカットできる穴を見て、とあることに気付いた。

 

「この穴……ちょうどスターシップが通れる広さになっているな……」

「ん……確かに」

 

 すかさずハジメはアームキャノンを操作し、空中待機にしていたスターシップを呼び出す。ハジメ達の直上にシップが駆けつけ、中央の島の付近にまで降りてくるのに一分もかからなかった。

 

「ん……本当に降りてきちゃった」

「ユエ、行くぞ」

 

 二人は近くでホバリングしているスターシップの搭乗口に飛び移る形で乗り込む。シップは自動操縦で縦穴を登っていき、頂上まで出ると手動に切り替えて東の方角に機首を向け、大火山を囲む砂嵐に突入して姿を消した。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 大火山の攻略後、二人は一時的にオルクスの隠れ家に戻ってきており、装備開発や改良を行っていた。ちなみに、オルクスの攻略の証には一方通行で隠れ家に転移できる機能があり、それで戻ってきている。

 

 まず、ハジメは空間魔法を生成魔法で宝石に付与することによって、もう一つの宝物庫を製作した。しかし、ハジメ製の宝物庫はオスカー製の宝物庫ほど物を入れることができず、完全な劣化版となっている。まあ、ジ○とガ○ダムのような関係である。

 

 ただし、劣化版とはいってもトータスの人々からすれば、喉から手が出るほど欲しい性能を持っている。

 

 アーティファクト以外にもユエの装備を改良したり、追加の武装を製作するなどして三日後、二人は再び地上に戻った。

 

「ユエ、装備を試してみてくれ」

「ん……」

 

 二人の姿はライセン大峡谷にあり、ハジメはパワードスーツを纏っている一方、ユエはアーマーを外付けしていない状態であるが、その首にはネックレスを装着している。

 

 ユエがネックレスに意識を向けた瞬間、ネックレスが輝き始め、その輝きはユエの体を覆う。そして、輝きが収まるとアーマーとヘルメット一式を装備したユエの姿があった。

 

「ん……装着完了」

 

 これは、ハジメのパワードスーツの展開の仕組みを応用したアーマーの展開システムである。これまで、アーマーとヘルメットは自分で装着する手間が必要だったが、瞬時に装着できるようになったのだ。普段、バイオ素材製であるアーマーとヘルメットはネックレスと一体化しているが、ユエの意思に応じて展開される仕組みだ。

 

「ユエ、武装を試してみてくれ。三時の方向に複数の敵の気配を感知した。実験台にしてやろう」

「ん……お父様、ちゃんと見てて」

「あぁ、勿論だ。娘の勇姿を見逃すわけにはいかないからな。映像も撮って永遠に残す」

「ん……親バカ?」

 

 ユエの目の前には左手にビデオカメラを持つハジメの姿があった。完全に、運動会や発表会とかで子供の勇姿をカメラに収めようとする親のそれである。

 

 ユエはハジメに親バカの評価を下すと、ブーツからローラーダッシュの機構を展開し、甲高い駆動音を響かせて魔獣の群れの方向に前進していく。

 

「ん……見えた」

 

 ヘルメット内部のHUDに魔獣の姿が映る。ユエは目線と連動するシステムを使って全ての魔獣にマーカーをつけ、全体を把握する。

 

「リストブレイド……展開」

 

 両腕に装備しているガントレットの甲の部分からリストブレイドを展開する。その刃は振動刃となっており、奈落の魔獣の甲殻すら切り裂く程だ。この武装には魔力が使われておらず、魔力が切れた状態であっても使用可能である。魔力が分解されてしまうライセン大峡谷でも問題無いため、接近戦の能力が失われることはない。

 

 そのまま、ユエは敵の一体をロックオンすると、ローラーダッシュで突貫していく。そして、すれ違いざまにリストブレイドを一閃し、一撃で両断してしまった。

 

「二つ目も試す」

 

 ローラーダッシュによる高い機動力とリストブレイドを駆使して魔獣の群れを突破し、反転しながらもう一つの武装を起動させる。

 

「ディスクカッター、展開」

 

 すると、腰の後ろの辺りに二本の長いアームが装着され、アームの先にはそれぞれ丸い回転するノコギリが存在しているのが確認できる。いわゆる丸ノコである。

 

 ユエは魔獣の群れに再び突貫すると、二本のアームをまるで自分の体の一部のように巧みに操り、甲高い音を出している先端の丸ノコで虐殺を繰り広げていく。

 

 ユエの腕が四本あるようなものであり、格上でも出てこない限り接近戦で遅れを取るようなことはないだろう。

 

 この二本のアームは、ハジメがオスカーの工房で発見した義手のアーティファクトが応用されており、魔力の直接操作で動かすことができる。丸ノコの駆動も魔力が使われているが、魔力の消費量は他と比べたら微々たるものであり、最後の方まで使い続けられる武装である。

 

 最後の魔獣が丸ノコの餌食となり、ユエの新たな武装の試験は完了した。

 

(ん……ここまで爽快なのは初めて……もっと、もっと……この丸ノコで敵を切り刻んでみたい……フフッ……)

 

 なお、回転ノコギリを使ったことで、ユエは危ないものに目覚めてしまったかもしれない……というか、間違いなく何かに目覚めてしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから、俺達はライセン大峡谷を東に進み、ハルツィナ樹海近郊に向かう」

「ん……もしかしたら、迷宮の一つも見つけられるかも」

 

 ライセン大峡谷は、迷宮の1つがあると言われている場所なのだ。移動中に見つけられれば、一石二鳥である。

 

 ハジメは宝物庫から何やら大きな物体を取り出し、地面に置く。その瞬間、ズシンという音が響いた。

 

 それは、六個のタイヤを備えた大型装甲ビークルだった。全長十メートル、全幅五メートルはあるこの装甲車はジャガーノートといい、ハジメが製作した地上移動用ビークルである。

 

 金属製のタイヤには生成魔法によって錬成が付与されており、悪路を整地しながらの走行が可能だ。車体にはアザンチウムを採用し、装甲化された車体の各所には古代鳥人族の文字が刻まれている。車体表面にはエネルギーシールドが装備され、内部には自己修復装置も装備されている。

 

 驚きの機能としてホバリング機能も存在しており、車体の下部に装備されているブースターを噴射することで限定的だが宙に浮くことができる。

 

 積載能力としては、操縦者一名以外に八名の乗客を乗せることができるスペースが存在する。現時点では乗客がユエしかいないので、空いているスペースは荷物置場と化すだろう。

 

 ハジメがアームキャノンのスイッチを押すとジャガーノートの車体の後部にあるハッチが開き、タラップが降りてくる。内部はパワードスーツを着用したハジメでも動ける程に広くなっており、乗り降りする度にスーツを着脱する必要はない。

 

 二人はジャガーノートに乗り込む。ハジメは操縦席に、ユエはその後方に設置されたシートに座った。

 

「ユエ、出発だ。シートベルトは締めたか?」

「ん……大丈夫」

 

 ハジメが球体型の操作デバイスを操るとプラズマエンジンに火が入り、エンジンの回転数が上がっていく。そして、特徴的な六輪のタイヤが回り始め、ジャガーノートは発進した。

 

 ライセン大峡谷の一本道を進んでいくジャガーノート。道とはいっても整備されていないため、中々の悪路である。だが、この車両なら心配ご無用だ。多少のデコボコであれば六輪のタイヤで簡単に乗り越え、大きな段差もタイヤに付与された錬成による整地で緩やかな道に変えられる。大岩等の障害物はホバリング機能で飛び越えて進んでいく。

 

 しばらくの間、魔獣を轢き殺しながら大峡谷を進んでいたジャガーノート。しかし、ジャガーノートは急にその足を止めた。

 

「お父様? どうかした……っ?!」

 

 何があったのか尋ねようとしたユエだが、言葉が途中で止まる。何故ならば、ハジメが異様な雰囲気を纏っていたからだ。

 

(お父様、すごい殺気を出してる……こんな様子、初めてみた……)

 

 ハジメは、ユエすら動けなくなる程の殺気を放っていた。その理由は、ハジメの目線の先にあった。

 

「お父様……あれって、もしかして……」

 

 殺気に慣れて動けるようになったユエは、ハジメの近くに移動すると、車内に備え付けられていた双眼鏡を覗いて前方を見る。そして、ハジメが殺気を向ける程の何かを目にした。

 

「あぁ、奴らだ。誰かを追いかけている」

 

 ハジメの目線の先にいたのは、甲殻類を思わせるような五体の赤い人型であり、両手がハサミになっている。彼らはウサミミの少女を追いかけていた。

 

「スペースパイレーツ……何故、奴らが」

 

 人型の正体はゼーベス星人。ハジメが最も憎む組織、スペースパイレーツの構成員だ。ハジメはその姿を視界に捉えた瞬間、ゼーベスで起きた事件の記憶がフラッシュバックし、檜山達に対して出した殺気とは比べ物にならないような殺気を放出していた。

 

 ゼーベス星人はウサミミの少女を追いかけ、開いたハサミの中から光弾を発射して少女の足元に撃ち込んでいる。ウサミミ少女は必死に逃げており、半泣きの状態だった。ゼーベス星人の目的は彼女を殺すことというより、必死に逃げ惑う彼女の姿を楽しみ、嘲笑うことにあるのだろう。

 

(スペースパイレーツによる犠牲者を出すわけにはいかない……何としても助けなければ)

 

 すでに、ハジメはウサミミ少女をスペースパイレーツから助けることに決めていた。ライセン大峡谷にいるくらいだから追放された犯罪者の可能性もあるが、そんなことは二の次だ。

 

「ユエ、少し行ってくる」

「ん……気をつけて」

 

 ハジメはジャガーノートの車内から外に出ると、ゼーベス星人とウサミミ少女がいる方向へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ?!」

 

 五体のゼーベス星人から逃げていたウサミミ少女。彼女は段差に足を引っ掛けてしまい、ドサッという音と共に盛大に転倒した。

 

「もう走れないですぅ……」

 

 体力の限界なのか、少女は立ち上がることができない。だが、ゼーベス星人はそれを嘲笑うかのようにハサミからビームを放ち、彼女の周囲に撃ち込んでいく。

 

「ひっ?!」

 

 ウサミミ少女に為す術はない。ただ怯えるだけであり、踞ることしかできない。やがて、ゼーベス星人はビームを撃つのに飽きたのか、ハサミを開閉して音を鳴らしながら接近してくる。今度は、ハサミで直接危害を加えるつもりなのだろう。

 

「まだ、ここで死ぬわけには……ここで死んだら、家族も死んでしまいますぅ……」

 

 ウサミミ少女は地面を這いずり、懸命に生き延びようとするが、そんなものは一秒に満たない程度の時間稼ぎにしかならない。しかし、それでも諦めない希望が彼女にはあった。

 

「この先に……家族を助けてくれる存在がいるはずなんです……え?」

 

 なお、その希望はすぐ近くにあった。彼女が上を見上げると、そこには異様な存在が立っている。それは、全身を金属のようなもので包んだ人型であり、肩の球状アーマーや右腕の筒のようなものが特徴的だった。

 

「これで、助かりますぅ……」

 

 その姿を見たウサミミ少女とゼーベス星人の反応は対照的だった。少女は希望を見つけたことに涙ぐむ一方、ゼーベス星人は少し狼狽するような素振りを見せる。

 

 お分かりだろうが、希望の正体はバリアスーツを装備した南雲ハジメである。ゼーベス星人たちは、多くの同胞を倒してきた戦士の姿を見て動揺していた。

 

「君は隠れていろ。事情は後で聞かせてもらう」

「は、はい……」

 

 ウサミミ少女に対して隠れるように指示した後、ハジメは再びゼーベス星人の方に向き直る。

 

「スペースパイレーツ……この世界にも手を出そうというのなら、容赦はしない!」

 

 ハジメはゼーベス星人の一体を照準の中央に捉えると、アームキャノンを唸らせてエネルギーを増幅し、それを一気に解放する。最大威力のチャージビームはゼーベス星人に直撃し、上半身を吹き飛ばしてしまった。

 

 同胞の一人が殺られたことで、ようやく我に返ったゼーベス星人達はハサミを開いてビームを一斉に放ってくるが、ハジメは軽々と跳躍して回避すると、一人の上に飛び乗って至近距離からチャージビームをお見舞いして頭部を消し飛ばす。

 

 両腕のハサミによる格闘戦を挑んできた星人もいたが、その全てを最小限の動きで回避され、頭部を掴まれて地面に叩き付けられた直後に首を踏み砕かれていた。

 

「まだ俺とやりあうか?」

 

 ゼーベス星人を三体屠ったところで、ハジメは残りの星人に対して問いかける。残り二人のゼーベス星人の返答は、ビームの発射で行われた。

 

「想定内だ」

 

 ビームを素早く回避し、ハジメは星人に肉薄する。顔面に左腕でジャブを叩き込み、怯んだところにアームキャノンを振り下ろして撲殺する。最後の一体に関しては顔面を単発のビームで撃ち抜かれて即死する結果となった。

 

 トータスにおけるハジメとスペースパイレーツの初戦闘は、ハジメの圧倒的な勝利に終わった。しかし、ハジメは最後にとあることに気付いてしまった。

 

(やってしまった……尋問用に一体くらい半殺しにすればよかった……聞かなければならないことがあるというのに……)

 

 トータスにスペースパイレーツがいる理由は勿論だが、ハジメはマザーブレインとリドリーも来ているかどうかも気になっていた。

 

(もしもいるのならば……倒さなければならない)

 

 マザーブレインとリドリーはスペースパイレーツの幹部であると同時に、ハジメの怨敵でもある。

 

「先程は助けて頂きありがとうございます。 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです」

 

 その時、先ほどの少女が背後からお礼を言ってきた。一応、彼女は何とか立ち上がっている。

 

「シアと言ったな。事情を聞かせてもらっても構わないか?」

「は、はい……」

 

 ハジメがアームキャノンを操作すると、ジャガーノートが轟音を立ててやって来る。それを見たウサミミ少女改めシアは、魔獣か何かだと勘違いしてハジメにしがみついた。

 

「ひいっ?! お助けぇ~!」

「安心しろ。あれは俺の乗り物だ」

 

 やがて、ジャガーノートからユエが降りて来る。ユエが降りてきたことによって魔獣でないことを理解したシアは、しがみつくのを止めた。

 

「話ならこの中で聞かせてもらう」

 

 こうして、シアに対する事情聴取が始まろうとしていた。




今回はシアが初登場しました。彼女の戦闘スタイルは原作とは違う感じにするつもりです。

 本作の南雲ハジメはスペースパイレーツ絶対殺すマンなので、スペースパイレーツに襲われている人がいれば間違いなく助けに行きます。


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25話 ハウリア族を救え


前作のコピペになっている部分が多いですが、加筆訂正した部分も結構あります。


 外では襲われる危険性がある為、ハジメはシアをジャガーノートに収容して話を聞くことにした。右側にあるユエの席の向かい側に席が増設され、そこにシアは座る。ハジメはスーツを解除しており、シアはハジメが人間族であることに驚いていた。

 

 シアはウサミミと少し青みがかったロングの白髪が特徴的な少女なのだが、それ以上に存在感があるものを持っていた。それは、彼女が動く度に揺れる二つの双丘。シアは巨乳の持ち主だった。

 

 ユエはシアの巨乳をガン見しており、その視線には嫉妬が込められていた。自分の小さな胸と見比べているユエは、余程シアの巨乳が羨ましいのだろう。

 

「今までの経緯を聞かせてもらおうか」

 

 そして、シアに対する事情聴取が始まる。

 

「改めまして、私は兎人族ハウリアの長の娘シア・ハウリアと言います。実は……」

 

 シアは改めて名乗ると、今までの経緯を語り始めた。それを要約するとこうだ。

 

 【ハルツィナ樹海】に住んでいる兎人族の一派、シア達ハウリア族は数百人規模の集落を作って暮らしていた。兎人族は聴覚と隠密行動に長けた種族なのだが、その他の能力に関しては他の亜人族よりも劣っていたために見下されており、フェアベルゲンの長老会議に代表を派遣することが許されていなかった。

 

 争いを嫌う温厚な彼らは一つの集落全体を家族として扱っており、仲間同士の絆が特に強い種族であった。また、特に女性や少年は可愛らしい容姿をしており、人間の国では愛玩奴隷として高い値が付けられる。

 

 ある日、そんなハウリア族に異常な女の子が生まれた。本来ならば、彼らは濃紺の髪をしているのだが、その子は青みがかった白髪であった。何よりも問題だったのは、その子が亜人族にないはずの魔力を持っており、直接魔力を操る能力と、とある固有魔法を使うことができたということだ。

 

 その女の子こそがシア・ハウリアである。つまり、シアはユエと同類であったのだ。それを聞いた瞬間、ユエはハッとした表情になった。

 

 彼女の固有魔法は“未来視”というものであり、「〇〇したらどうなるか?」という風に仮定した選択の結果としての未来を見ることができる。ただし、一回の使用で魔力が枯渇してしまうらしい。また、危険が迫っている際に勝手に発動することがあるが、その場合は通常の三分の一の魔力しか使わないらしい。

 

 そして、魔獣と同じ力を持つ子が生まれたことに、ハウリア族は困惑した。普通であれば迫害されることは間違いないのだが、彼らは仲間や家族の絆が深い種族であったためにシアを見捨てるようなことはせず、隠して育てることにした。

 

 樹海深部のフェアベルゲンでは、発見した魔獣は速やかに殲滅しなければならないという規則があり、魔獣がどれだけ忌み嫌われているか分かるだろう。そんなフェアベルゲンにシアの存在が露見すれば、間違いなく処刑されてしまう。また、魔力を持つ他種族が樹海に侵入した際には、すぐに抹殺することが暗黙の了解となっている。

 

 ハウリア族は十六年もの間彼女を隠して育てていたのだが、つい最近になってシアの存在がフェアベルゲンに露見してしまった。そして、ハウリア族は全員で樹海から脱出した。

 

 行く先の無い彼らが目指したのは、北の山脈地帯。未開地なのだが、山の幸があれば生きていけると彼らは考えた。人間に捕まって奴隷になるよりはマシだと思ったのだろう。しかし、運悪く彼らは人間族の国家であるヘルシャー帝国の部隊に見つかってしまった。

 

 一個中隊と出くわしたことで、やむを得ず南に逃走するハウリア族。女子供を逃がすため、男達が勇敢にも立ち向かっていくのだが、訓練された兵士との戦力差は歴然であり、半数程が捕らわれることになった。

 

 最終的に、魔法の使えないライセン大峡谷に逃げ込むことで帝国から逃れることができた。しかし、帝国軍は大峡谷の入口に陣を敷いてしまった。ハウリア族が大峡谷の魔獣に襲われて出てくるのを待っているのだろう。

 

 やがて、ハウリア族は魔獣に襲われる。食われる前に帝国に投降しようとしても、魔獣に回り込まれてしまい、大峡谷の奥に逃げるしかなかった。

 

 絶対絶命の状況に置かれた最中、シアは“未来視”で自分達を助けてくれるバリアスーツを纏ったハジメの姿を見る。シアが単独行動していたのはハジメに助けを求めに行くためであり、その途中でゼーベス星人と遭遇し、ハジメに助けられるに至る。

 

「気がつけば、六十人いた家族も今は四十人しかいません。このままでは全滅です、どうか助けて下さい!」

 

 シアは悲痛な表情で懇願した。

 

「状況は理解した。君の家族を助けてもいいと思っているが、条件を付けさせてほしい」

「条件……ですか?」

「あぁ。君達を助ける代わりに、樹海の案内人として雇ってもいいだろうか?」

 

 亜人族以外の種族は、樹海において必ず迷うと言われている。そのため、樹海を移動する際は亜人族の協力が不可欠であった。

 

 だが、普通に考えて人間族に協力してくれる亜人族など居るはずがない。奴隷を使う手もあるだろうが、それではフェアベルゲンからの印象が悪くなるだろう。

 

 そこで、ハジメはシアを利用することにした。彼女の家族を助ける代わりに、彼女達に樹海を案内してもらおうというのである。

 

「もちろんです! 家族を助けてもらえるなら、樹海の案内だって何でもします!」

「なら、交渉成立だ」 

「あ、ありがとうございます! これで家族を助けられますよぉ……」

 

 ハジメが右手を差し出すと、シアはその手を取って感謝しながら大粒の涙をポロポロと流す。

 

「状況は刻一刻と悪化していくだろう。シア、家族の場所は分かるな? 今すぐ救助に向かうぞ」

「はい。お願いします、ええと……」

「ハジメだ。こっちはユエ」

「ん……よろしく」

「ハジメさんとユエさんですね。二人とも、よろしくお願いします!」

 

 ハジメはハウリア族を救助するため、ジャガーノートを発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? ユエさんも私と同じように直接魔力を操れたり、固有魔法が使えるんですか?」

「ん……」

 

 シアの家族を助けに行くためにジャガーノートで移動中、シアはユエと後部座席で会話していたのだが、そこでユエが自身と同類の存在である事実を知る。

 

 すると、シアは目を輝かせてユエの小さな手を両手で包み込み、こう言った。

 

「ユエさん! 私とお友達になってくれませんか?」

「お友達……? 私、友達との付き合い方が分からない……」

 

 今まで、ユエには友人と呼べる存在は皆無だった。一応、王族だったユエには遊び相手のような存在はいたらしいが、遊び相手として与えられた存在であったために友情が育まれることはなく、先祖返りで力に目覚めて王位に就いてからは両親を含めた周囲から畏怖や尊崇の念を向けられ、友人のように接してくれる者はいなかった。

 

 そして、叔父に裏切られて王座を奪われ、オルクス大迷宮の地下深くに封印されてから三百年間、全く身動きを取れないまま誰とも接することなく孤独な状態だった。そこから解放してくれたハジメのことは父親として、戦士として尊敬しており、友人ではない。そこに現れたのが、シアだった。

 

「でしたら、私が最初のお友達になります! 人はみんな違う存在なんですから、付き合い方は少しずつ理解していけばいいんです」

 

(まるで、太陽みたい……)

 

 ユエはシアのことを太陽のような存在だと評価した。シアは自身と正反対な明るい存在であり、光を放っているように見えたからだ。月とは異なり、太陽は自ら輝く。自身が月なら、彼女は太陽だとユエは考えた。

 

(もっと、シアのことを知りたい……)

 

 ユエは、寡黙な自分と正反対なシアという存在に感心を持った。自分と異なる存在について知ることで、何か変われるのではないかと。

 

「ん……私、シアと友達になりたい。これからよろしく、シア」

「はい! よろしくです!」

 

 二人は握手する。その時のユエはいつもの無表情ではなく、微笑んでいた。

 

(これでよし……)

 

 一方、二人の会話に聞き耳を立てていたハジメは、ユエが新しい人間関係を構築できたことに安堵していた。

 

 元々、ハジメはユエに自分以外の様々な人と関わってほしいと考えており、その第一歩として選ばれたのがシアである。ユエのことをここまで気にかける辺り、ハジメは親バカなのかもしれない。否、親バカだ。

 

 やがて、ジャガーノートはシアの家族が隠れている辺りに到達する。

 

「ハジメさん! あそこです!」

 

 いつの間にか操縦席のすぐ後ろに来ていたシアは、座っているハジメの上に身を乗り出して前方を指差す。頭の上にシアの巨乳が乗る状態になったが、ハジメは動じない。

 

 フロントガラス越しに見えたのは、岩場に身を潜めるハウリア族達のウサミミだった。その数から推測するに間違いなく二十人はいる。四十人いるとシアは言っていたため、見えない部分に残りの二十人がいるのだろう。

 

 そんなハウリア族を上空から狙っているのは、ワイバーンのように前脚と翼が一体化している飛行型の魔獣であり、体長は五メートル程であり、長い尾の先にはモーニングスターのような棘のついた膨らみが存在していた。

 

「ハ、ハイベリア……」

 

 それを見たシアの声は震えており、怯えていることが分かる。どうやら、あの魔獣はハイベリアというらしい。そのハイベリアが六頭、ハウリア族が隠れている岩場の上を旋回していた。

 

「ハジメさん、お願いします!」

「任せろ」

 

 ハジメはジャガーノートの上部にあるハッチを解放して外に出ると、白い光に包まれてバリアスーツを装着する。そして、コンバットバイザーでハイベリアを捕捉してアームキャノンを構えた。

 

 それと同時に、一頭のハイベリアが動く。ハウリア族が隠れている大岩に急降下すると、縦に一回転して勢いを付け、その勢いのまま遠心力を乗せて尻尾の先端を大岩に叩き付けることで、その大岩を粉砕する。隠れていたハウリア族は悲鳴を上げて飛び出した。

 

 ハイベリアは地面に這いつくばる獲物に対し、その大顎を開いて襲いかかる。奥の方でも同じ事態が起こっており、それも合わせて合計二体のハイベリアが地上の獲物をロックオンしていた。

 

 しかし、ハイベリア達は知らなかった。獲物としてロックオンされているのは、自分達の方であったということを。

 

ドォンッ! ドォンッ!

 

 突如として飛来する、光の尾を引く二発の飛翔体。一発目は手前の個体に、二発目は少し遅れて奥の個体に突入する。爆音が二連続で峡谷に響き渡り、標的は肉片に変わった。

 

「な、何が……?」

 

 ハウリア族の一人が呆然としながら、自分達に襲いかかろうとしていたハイベリアが一瞬で肉片となり、その肉片の雨が周囲に降り注ぐ光景を見て呟く。

 

 飛翔体は更に飛来する。仲間がやられたことで警戒していたハイベリアであったが、音速で突っ込んでくる飛翔体に反応できず、さらに二体の肉片が増えた。

 

「だ、誰か……向こうから来るぞ!」

 

 誰かが叫ぶ。全員の視線が飛翔体が飛来してきた方向に向く。そこから姿を現したのは、右腕にアームキャノンを備えたパワードスーツの戦士。ハウリア族もハイベリアもその姿に釘付けになっており、それは現れただけでこの場を支配していた。

 

 だが、それが仲間を肉片に変えた存在であると判断した残り二体のハイベリアは、咆哮を上げてパワードスーツの戦士……ハジメに攻撃を仕掛けていく。

 

(取り敢えず、死者は出ていないようだな)

 

 ハウリア族の状態を確認しつつ、ハジメはハイベリアに対応する。

 

 先に向かってきた個体が大岩を割る威力を誇る尻尾叩き付けを繰り出してくるが、ハジメは冷静にアームキャノンを振るって弾き、お返しにチャージビームを叩き込む。

 

 もう一体の方については、急速に接近して尻尾を掴んで地面に叩き付け、踏みつけることで動きを封じ、頭部をチャージビームで吹き飛ばした。

 

「周辺に脅威なし。オールクリア」

 

 直後、ジャガーノートがハジメの背後で停車し、そこからシアが飛び出てきた。

 

「シア! 無事だったのか!」

「父様!」

 

 出てきたシアに真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の髪をした初老の兎人族の男性。ウサミミを生やしたおっさんという微妙な組み合わせである。シアは父親と抱きしめ合い、涙を流しながら互いの無事を喜ぶ。そして、シアは今までの出来事を父親に説明した。

 

 ハジメとユエはその様子を温かい目で見守っていたのだが、互いの話が終わったのかシアとその父親が近づいてきた。

 

「ハジメ殿、ユエ殿でよろしいか? 私はカム・ハウリア、シアの父でハウリア族の族長をしております。この度は我々を救ってくださり、ありがとうございます。この恩、一族総出で返させて頂きます」

 

 カムと名乗ったハウリア族の族長は、ハウリア族一同と共に深々と頭を下げた。

 

「それには及ばない。こちらとしては、樹海の案内さえしてもらえれば十分だ。しかし、亜人族は人間族に対していい感情を持っていないと聞いていたが……」

 

 彼らは人間族によって仲間を失っており、更には峡谷に追い詰められている。それにも関わらず、彼らは人間族のハジメに対して一族総出で恩を返す意志を示した。生き残るにはそれしかないと割り切っている可能性もあったが、彼らからは嫌悪感のようなものが一切見えなかった。

 

 ハジメの疑問に対して、カムは苦笑いで返す。

 

「シアが信頼する相手です。ならば、我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから」

 

 ハジメは思った。彼らは警戒心が薄すぎると。彼らが一族全体を家族として扱うほど絆の深い種族であることは知っていたが、仲間が信頼しているからといって初対面の人間族を信用するとは、人がいいにも程がある。だが、簡単に信用してもらえるに越したことはない。

 

「ところで……聞きたいことがあるのだが、構わないか?」

「えぇ、答えられる範囲でしたら」

「鳥人族……またはチョウゾという種族に聞き覚えはあるか?」

 

 ハジメがそんなことを聞いた理由。それは鳥人族を亜人族がどれ程度まで認識しているか調べるためである。予言が失伝している可能性もあり、フェアベルゲンとの無意味な争いを避けるためにも必要なことだった。

 

「鳥人族ですか。勿論、知っております。かつて、フェアベルゲンの前身だった亜人族の国が滅亡の危機に瀕した際、鳥人族の助力で乗り越えたという話が語り継がれていますので」

 

 さらに、カムはこんなことを語った。

 

「そういえば、小耳に挟んだ程度の話なのですが、各種族の長老には鳥人族に関するとある予言が伝わっているそうです。内容までは分かりませんが」

「なるほど、それを聞いて安心した」

 

 鳥人族の予言は忘れられていない。そのことに安堵するハジメであった。それと同時に、亜人族の長老達に会う必要があると考えた。

 

「もしかして、ハジメ殿は鳥人族と関係があるのですか? 着ている鎧が鳥人族のものに良く似ていましたので」

「関係もなにも、俺の鎧……パワードスーツは鳥人族が作った代物だ。俺自身、彼らに育てられ、彼らの因子を受け継いでいるからな」

 

 ハジメが鳥人族の関係者であるという事実に、ハウリア族の間に衝撃が走り、普段なら静かな筈のライセン大峡谷が騒がしくなった。




☆ゼーベス星人
スペースパイレーツの中でも惑星ゼーベスを本拠地とする連中。体の色は赤く、茹でられたカニにも見えなくない。その甲殻は一般的な銃火器による攻撃を容易に弾き、ハサミから放つビームは人間の体に大穴を開ける程であるが、パワードスーツを着用したハジメの敵ではない。ザコ敵扱いなので沢山出てくる。

前話でゼーベス星人の情報を載せるのを忘れてました。


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26話 脱出

メタリドリーは倒したが、メトロイドプライムが倒せない……


「ちくしょう……どうしてこんな目に……!」

 

 何かから逃げるように走る男がいた。カーキ色の衣服を纏い、その上から鎧を着用している。腰には鞘があったが、武器はすでに喪失しているのか、何も収められていない。そんな彼の正体は、帝国の兵士であった。

 

 彼の所属する部隊は奴隷狩りを専門とする部隊であり、いつものように亜人族を狙って樹海の周辺に展開していた。

 

 そんな中、彼らは樹海から出てきた兎人族の集団……ハウリア族を発見する。集団で樹海から出てきたことに驚きつつも、彼らは兎人族を捕らえようと動き始める。

 

 相手は最弱の兎人族であるため、捕まえるのは楽勝だと考えていた。高く売れるのは間違いなく、白髪の珍しい個体がいたこともあって、帝国兵はいつも以上にやる気があった。

 

 だが、思ったよりも逃げ足が早く、仲間を逃がすため無謀にも立ち向かってきたハウリア族の男を捕らえることしかできなかった。やがて、ハウリア族がライセン大峡谷に逃げ込んだため、その入り口に陣を敷き、出てくるのを待ち構えることにした。

 

 後は、魔獣に追い立てられて投降してくるのを待つだけの簡単なお仕事のはずだった……

 

「クソッ! あんな悪魔が来るなんて聞いてないぞ!」

 

 しかし、彼らは正体不明の集団によって襲撃され、部隊は瞬く間に壊滅してしまう。兵士の記憶にあるのは、両手がハサミになった甲殻類のような赤い人型の姿。そう、彼らを襲ったのはゼーベス星人だった。

 

 帝国兵はゼーベス星人に抵抗した。だが、相手は残忍で攻撃的なエイリアンである上、戦闘能力に大きな差がありすぎた。

 

 ゼーベス星人の身体能力は高く、帝国兵では相手にならない。魔法は素早く回避され、ハサミの一撃で頭蓋骨や首の骨が粉砕される。ハサミから放たれる光弾は容易に盾と鎧をぶち抜き、帝国兵の体に大穴が空けられる。何とか剣や槍を星人の甲殻に叩き付けたとしても、武器の方が壊れる始末である。

 

 奴隷狩りの部隊ということもあり、弱者を力で押さえ付けることしか知らない帝国兵。そんな彼らは、圧倒的な強者であるゼーベス星人によって弱者の気持ちを知ることになったのだ。

 

「ここまで来れば、追ってこないだろう……何としても、このことは報告しなければ……!」

 

 命からがら逃げ出した帝国兵は、惨劇の現場からかなり離れたことで、安心する。しかし、悪魔はすぐ近くにいた。

 

「がはっ……!」

 

 突然、上空から発射された緑色の光弾が帝国兵の背中に直撃し、鎧と肉体を貫通して地面に着弾する。帝国兵は心臓や肺を撃ち抜かれ、直後に死亡した。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 ハジメ達はハウリア族を引き連れて峡谷を進んでいた。

 

 すぐ後ろを子供を乗せたジャガーノートが速度を落とした状態で付いてきており、多くの魔獣は装甲車を恐れて接近してくることはない。散発的に接近してくる大型の魔獣がいたが、未チャージのビーム一発を頭部に撃ち込まれただけで絶命している。

 

 大型の魔獣を一撃で屠るその光景を見たハウリア族達が畏敬の念をハジメに向ける一方で、車内から見ていた子供達はハジメの姿をまるでヒーローのように認識している。ハジメは子供達に対してサムズアップしていた。

 

 魔獣を屠りながらしばらく進んでいたところ、ハジメ達はライセン大峡谷から出られる場所の付近に到達した。ハジメは車内から子供達を降ろすとジャガーノートを収納し、出口の方を見る。

 

 そこには岸壁に沿う形で壁を削って作ったと思われる立派な石の階段が存在していた。その階段は、約五十メートルで反対側に折り返す構造になっていた。そして、岸壁の向こう側には樹海が薄っすらと見えている。その樹海は、この出口から徒歩で半日の所にあるらしい。

 

 そして、遂に階段を登りきり、ハジメ達はライセン大峡谷から脱出する。その先にあったのは、地獄のような光景だった。

 

「帝国兵が……死んでいるだと?」

 

 そこには、カーキ色の服を着た帝国兵の死体が多数転がっていた。体に大穴が空いていたり、手足と首があり得ない方向に曲がっていたり、頭部が叩き潰されていたりと、モザイク必須な状態のものばかりである。

 

 ハジメとユエなら見ても大丈夫であるが、ハウリア族については同じようにいかない。惨状を見ると口を押さえて「ウッ……」と気持ち悪そうにする者や、意識が飛びそうになっている者がいた。

 

「ユエ、ハウリアを結界で守る準備を。もしかすると、パイレーツの仕業かもしれない」

「ん……分かった」

 

 ユエに指示した後、ハジメは帝国兵の遺体に接近して調べる。

 

(この穴は間違いない……ゼーベス星人のビームで撃ち抜かれたものだ……)

 

 帝国兵の死体に空いている大穴を見て、ハジメはゼーベス星人のビームによるものであると瞬時に理解する。そして、同時に数体の気配が接近してきた。

 

(ゼーベス星人の気配……!)

 

 顔を上げると、そこには数体のゼーベス星人がいた。ハジメは先手必勝と言わんばかりにアームキャノンを構え、パワービームをマシンガンのように連射する。

 

ドガドガドガドガドガッ!

 

 まるで乱射しているように見えるが、ビームはターゲットを正確に捉えており、全てのゼーベス星人がハジメの早撃ちによって一瞬で蜂の巣にされる。バリアスーツになったことでビームの威力が向上しており、ゼーベス星人の甲殻を抜ける程になっていた。

 

(これで終わるはずがないな……)

 

 目の前のゼーベス星人は一瞬で全滅したが、まだ戦いは終わらない。ハジメの予想通り、新たに三体の気配が現れるのだが、その気配は上空に現れた。

 

「どうやら、空を飛ぶことを覚えたらしいな」

 

 それは、ハジメも知らない存在だった。背中にジェットパックを背負ったゼーベス星人であり、片腕のハサミの上にアームキャノンが装備されている。ハジメは、彼らを空戦型ゼーベス星人と呼称することにした。

 

 三体の空戦型ゼーベス星人は、アームキャノンをハウリア族の方に向けて緑色のビームを連射する。だが、ユエが咄嗟に“聖絶”を発動したことでハウリア族は守られた。

 

(ユエ、守りは頼むぞ……)

 

 彼らのホームグラウンドである空中から、空戦型ゼーベス星人はビームの雨を降り注がせてくる。ハジメは激しい砲火の中を臆することなく駆け抜け、何発か直撃を受けながらも反撃する。

 

『ノーマルミサイル、オンライン』

 

 空中の標的をロックオンし、ミサイルを放つ。ミサイルに狙われたゼーベス星人は追尾を振り切ることができず、ジェットパックに被弾。煙を吹き出しながら墜落していくのだが、刺し違えてでもハジメを倒すつもりなのか、ハジメに向かって突っ込んでくる。

 

(自爆覚悟か!?)

 

 突っ込んできた星人をアームキャノンで殴り、その反動も利用して後方に飛び退く。直後、星人は地面に激突し、爆発した。

 

「自爆なんてロマンでも何でもない。まあ、お前達に言っても分からないだろうが……」

 

『アイスビーム、オンライン』

 

 自爆特攻などされては困るため、ハジメはアイスビームで凍結させることにした。

 

「これで頭を冷やせ」

 

 アイスビームを次々と放ち、空戦型ゼーベス星人を凍結させていく。全身が凍結した状態でもジェットパックは生きているのか、宙に浮いたままである。宙に浮く二体の氷像にミサイルが叩き込まれ、破片が周囲に降り注いだ。

 

(今度こそ、片付いたようだ……)

 

 “気配感知”に引っ掛かる存在は、ユエとハウリア族のみ。スペースパイレーツはこの場から完全に排除された。

 

 その後、ハジメはハウリア族と共に帝国兵の遺体を丁重に埋葬し、ゼーベス星人の肉体に関してはユエの魔法で完全に焼却する。そして、再びジャガーノートを取り出すと、残されていた馬車を連結し、馬に乗る者と分けて樹海の方へと出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七大迷宮の一つと亜人族の国フェアベルゲンを内部に抱えている【ハルツィナ樹海】を前方に見据え、一行は平原を進んでいた。ジャガーノートにはハジメとユエ、シアの三人が乗っている。

 

「ハジメさん、ユエさん……お二人のこと、もっと教えてくれませんか?」

 

 移動中、シアは二人についてもっと知ろうしてくる。これまでシアに対して説明したことは全体のほんの一部だけであり、これまでの経緯については殆ど説明していなかった。

 

「ある程度は話したはずだが……」

「能力とか名前とかは聞いてますけど、お二人がどうしてライセン大峡谷なんかにいたのか、今まで何をしていたのか知りたいです。あと、パイレーツ?が何なのかも知りたいです」

「別に構わないが……ユエはどうだ?」

「ん……私も話す。本当にシアと友達になるためには、私の過去も話した方がいい……」

 

 そして、ハジメとユエはこれまでの経緯をシアに語るのだが、その結果……

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ〜、ユエさんもハジメさんもがわいぞうですぅ~。そ、それと比べたら、私はなんで恵まれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

 普通にシアは号泣した。家族同然の鳥人族達がパイレーツによって虐殺され、惑星ゼーベスが奪われた話とか、ユエが叔父に裏切られて奈落に三百年近く封印されていた話は特にショックが強かったようで、滂沱の涙を流しながら、「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いている。

 

 自分は不幸な境遇だと思っていたら、ハジメとユエがもっと辛い目に遭っていたことを知り、この程度で不幸だと思っている自分が情けなくなったようだ。

 

 しばらくしてシアは泣き止むのだが、大人しく後部座席に座り、何かを考え込んでいる様子だった。

 

(やっぱり、逃げるだけではダメです……)

 

 シア・ハウリアは気付かされた。弱音を吐いて逃げるだけでは何も変わらず、戦わなければ、生き残れないということを。

 

(今はハジメさんによって守られているけれど、樹海の案内が終わったら敵から逃げる生活に逆戻り……フェアベルゲンも助けてくれません……パイレーツという危険な敵だって現れました……)

 

 そこで、シアはとある決心を固める。

 

(決めました! 鍛えてくれるようにハジメさんに頼みます! 鍛えればきっと、魔力は武器になってくれるはずです!)

 

 シアは樹海に着いたら鍛えてくれるようハジメとユエに頼み込むことにした。

 

(争いに関わるのは、私だけで十分なんです。もう、私は逃げません!)

 

 

 

 

 

 数時間後、一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。ハジメは境界付近でハウリア族に休憩を取らせようとするのだが、そこでシアが深く頭を下げて頼み事をしてきた。

 

「ハジメさん、私を鍛えてください! お願いします!」

 

 自分を鍛えてほしいと頼み込むシア。戦う意思を示した彼女を見て、カム達ハウリア族は驚きを隠せていなかった。

 

「……別に俺は構わないが、何故だ?」

 

 ハジメは元より、ハウリア族による樹海の案内が完了した後にシアを戦士として鍛えるつもりだった。

 

 樹海の案内が終われば、ハジメという盾を失ったハウリア族が再び窮地に陥ることは確実である。そのため、ハウリア族には戦える存在が必要なのだ。

 

 魔力を保有している上、魔力の直接操作ができるシアのポテンシャルは、ハウリア族の中で最も高いと言える。彼女を戦士として鍛え、ハジメ製の装備を与えれば魔力による身体強化も相まって間違いなく化けるだろう。

 

 ハジメは、シアが自ら頼み込んで来るとは予想していなかった。そこで、シアにその理由を聞いた。

 

「私は今まで、家族みんなに守られて成長してきました。魔力を持った私の存在がバレた時だって、みんなが一緒に樹海を出てくれました。だから、今度は私が家族を守りたいんです!」

 

 シアは、覚悟を宿した表情でハジメに言う。その一言一言には、明らかに強い意識が宿っていた。また、シアの言葉を聞いたカム達は号泣していた。

 

「君の覚悟は分かった。君を戦士として鍛えよう」

「あ、ありがとうございます! 今度から師匠って呼ばせてもらいます!」

 

 こうして、シアはハジメによって鍛えられることになったのだが、鍛えたいという者が他にも現れた。

 

「ハジメ殿、我々ハウリア族一同も鍛えていただきたい! シア一人だけに戦わせるわけにはいかないのです!」

 

 それは、カムだった。

 

「父様!?」

「シア、私は娘に守られてばかりの父親になりたくはないんだ。家族みんなで戦う……みんなでやれば怖くない……」

 

 カムの背後には、決然とした表情のハウリア族が並んでいる。男のみならず、女子供までもが立ち上がっており、ハウリア族の絆の深さが窺える。

 

 ハウリア族の精神を言葉で表すのであれば、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」だろう。シアが家族のために戦うのなら、家族はシアのために戦うのだ。

 

(ここまで絆が深いとは……シア、君は良い家族を持ったな……)

 

 やがて、カムが前に進み出て言う。

 

「ハジメ殿……宜しく頼みます」

「あぁ。教える側として未熟な部分もあるかもしれないが、全力でやらせてもらう」

 

 こうして、シアを含めたハウリア族はハジメによる戦士としての教育を受けることになった。

 

 鳥人族の戦士に鍛えられた男が、今度はハウリア族を戦士として鍛える。戦士の魂が再び受け継がれる時が来たのだ。




帝国兵は犠牲となったのだ。

空戦型ゼーベス星人の元ネタは、メトロイドプライムのフライングパイレーツです。プラズマビームを獲得するまで苦戦していた記憶があります。自爆特攻するのはフライングパイレーツの再現になります。キハンター星人?知らない子ですね。


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27話 生まれる戦士達

今回はオリジナル要素を加えてハウリア族とシアの強化をしていきます。


『そうですか。ライセン大峡谷に派遣した部隊が全滅しましたか』

 

 ライセン大峡谷にいるゼーベス星人が全滅したことは、マザーブレインの知るところとなっていた。

 

『南雲ハジメ、あなたなのですね』

 

 部隊と連絡が途絶えた直前、マザーブレインはハジメが現れた報告を受けており、ハジメが地上に戻ってきたことを認知した。

 

 ちなみに、ライセン大峡谷に部隊を派遣していた理由は迷宮を探すためである。マザーは魔人族からライセン大迷宮を探すように依頼を受けており、ゼーベス星人は魔力を持っていないので大峡谷の特性の影響を受けずに探索できていた。

 

『あなたなら必ず戻ってくると信じていました。神の人形など当てになりません。あの程度で死ぬはずがないのです』

 

 敵が戻ってきたというのに、どこか嬉しそうなマザーブレイン。マザーは鳥人族を裏切った存在であるが、鳥人族と共にハジメの成長を見守る立場にもあった。

 

 マザーブレインにとってハジメは敵であると同時に息子のような存在でもあったため、ハジメの帰還を喜んでいた。

 

『仕方がありません。大峡谷の探索は中止し、もう一つの依頼を進めるとしましょう』

 

 マザーはハジメの強さを知っているため、彼とかち合う可能性がある大峡谷の探索を中止することにした。

 

『ハジメ、早く私を殺しに来なさい。あなたとパイレーツ、生き残った一方が銀河に繁栄をもたらすのです』

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 ハウリア族に戦士としての教育を行うことに決まったのだが、ハジメは数週間かけて育成するつもりだった。何故ならば、短い期間でも戦闘技術自体は身に付くだろうが、精神面の教育まで手が回らないからだ。

 

 今まで戦いとは無縁だった者が強い力を手に入れ、それに溺れるようなことがあれば、それは只のならず者だ。ハジメはそのような例を実際に見ているため、精神面の教育は不可欠だと考えていた。

 

 それはさておき、ハジメはハウリア族を鍛えるために幾つかの準備を行った。一つは、ハウリア族が寝泊まりするための拠点である。

 

 拠点としてはオルクスの隠れ家を使うことにし、地球でありふれているプレハブのような簡易的な建物を寝泊まり用に複数設置し、数人のグループに分けて住まわせた。今後の実戦訓練を考えると外部との行き来が大変そうだが、生成魔法と空間魔法の組み合わせにより、どこでもドアの劣化版的な(子機を配置した場所としか行き来ができない)アーティファクトを製作したので問題はない。

 

 もう一つは、武器の製作だった。以前に錬成と練習で製作した武器の数々に加え、追加で黒い刃のコンバットナイフを製作している。錬成の派生技能である“精密錬成”の技能によって極薄に整形されており、切れ味は抜群。タウル鉱石というアザンチウム鉱石ほどではないが硬い鉱石を圧縮して製作しており、簡単に破損することはない。使用した鉱石はオルクスの隠れ家に大量に保管されていたものである。

 

 なお、コンバットナイフを大量に生産している内に、“複製錬成”という派生技能が出現した。ある物の構造を記憶して、3Dプリンターのように全く同じ構造の物を錬成することができる技能である。

 

 準備に関しては、これで完了だ。今度は、実際に彼らを鍛えることになる。ハジメブートキャンプの始まりである。

 

 いきなり敵と戦わせるのは流石に無茶なので、最初は武器の扱いを叩き込む。教科書など存在しないため、ハジメの体に染み付いている合理的な実戦の動きを教えていくだけだ。ハウリア族は索敵能力と隠密能力に長けているため、いずれは奇襲と連携に特化した特殊部隊になっていくだろう。

 

 戦闘訓練だけではなく、精神面の教育や必要な知識を教える座学も忘れずに行う。畑の脇辺りに人数分の机と椅子を並べ、ハジメが教壇に立って教えていく。訓練と座学を交互に行うことが、最初の二週間のカリキュラムである。ここまではハウリア族全員に共通なのだが、これ以降はシアだけ別に訓練を行うことになる。

 

 シア以外のハウリア族は、動きに慣れてきたところで訓練用ホログラムを相手に戦闘訓練を一週間行う。投影装置はオルクスの隠れ家にあったものである。映し出されるホログラムには帝国兵とゼーベス星人、魔獣の三種類が存在し、実戦さながらの訓練を可能とする。

 

 ハウリア族がホログラム相手に訓練する一方、シアはユエから魔力操作による身体強化を教えてもらい、ハジメから格闘戦やナイフ戦闘の指導を受け、ハジメを相手に訓練を積み重ねていった。

 

 ホログラムによる訓練を終えたハウリア族は、ついに小型魔獣を相手に実戦訓練に入る。ハジメは当初、温厚な彼らが実際に敵を殺すことを拒否するのではないかと考えていたが、それは杞憂に終わる。彼らも生きるためには狩猟が必要であり、生物を殺めた経験があったからだ。

 

 本日で実戦訓練を始めてから一週間、訓練全体で四週間が経過していた。

 

グサッ!

 

 ネズミのような魔獣の頭部にコンバットナイフが突き刺さり、その一撃で絶命する。そのナイフを突き刺したのは、族長のカムだった。

 

「お嬢、今日の目標は達成しました」

「ん……お疲れ」

 

 カムはノルマの達成をユエに報告する。ハジメがシアに付きっきりで指導しており、魔力操作についても教えることが無くなったため、ユエがハウリア族の実戦訓練を監督していた。

 

 毎日、定めた数だけ魔獣を狩るということを繰り返しており、続々とハウリア族が目標を達成して戻ってくる。皆、四週間前とは見違えた顔つきであり、戦う者の顔をしていた。そして、例外なく返り血を浴びていた。

 

「族長! 全員、戻りましたよ!」

「それは良かった。今日も、家族が誰一人欠けることなく終えられた。これからも助け合っていこう」

「「「「はい! 族長!」」」」

 

 訓練を通じて、元から強かったハウリア族の絆はさらに強まり、戦闘時の連携は一級品となった。また、高い戦闘能力も獲得したが、ハジメから受けた教育によって力に溺れることはなく、秩序のある戦闘集団となった。

 

 カムは全員の帰還をユエに報告する。

 

「総員四十名、無事に帰還しました。怪我人はありません」

「ん……分かった。全員、返り血を洗い流した後、再集合。お父様とシアが戻るのを待つ」

「了解!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シア、次の一回で今日の訓練は終わりだ」

「はい、師匠! 次こそ師匠に一撃加えてやりますよ!」

 

 ライセン大峡谷の出口付近……帝国兵が陣を敷いていた場所にて、ハジメとシアが向かい合っている。ハジメはいつも通りの服装であるが、シアは装いを新たにしていた。

 

 ユエの戦闘服と同じ素材で構成されるシアの服の基本的なカラーリングは紺色だ。下半身はプロテクターを配置したコンバットパンツ、上半身はノースリーブで体のラインが出るピッタリとした服、腕にはアームカバーを装着している。そして、シアの要望によってヘソが露出する構造になっていた。

 

 シアが元々着ていた服もヘソ出しであり、彼女によるとお腹周りが露出していないと落ち着かないらしい。ハジメとしては、腹部の防御力が低下してしまうのであまり露出させたくなかったが、それによってパフォーマンスが低下してしまうのも問題なので、ヘソ出しは認めるが露出は最低限にすることで妥協した。

 

 シアの変化は服装だけではない。ユエ先生のパーフェクト魔力操作教室によって身体強化が順調に上達し、ステータスに換算すれば平均で約8000を叩き出せるようになっており、生身のハジメを凌駕している。ただ、最大値を長時間維持するのは難しいようだ。

 

 現在、シアは生身のハジメを相手に訓練しているが、身体強化の細かい調整の訓練を兼ねており、身体能力をハジメと同等にしていた。

 

「いきます!」

 

 シアは地面を蹴り込み、拳をハジメに向かって放つ。高速の拳が迫るが、ハジメは冷静に右の裏拳で弾き、お返しに左ジャブを放つ。

 

 シアはジャブを屈んで回避し、そのままハジメの懐に潜り込むと、腹部目掛けて拳を突き上げた。

 

「動きは悪くない」

「うわっ?!」

 

 無論、ハジメも黙って直撃を受けるつもりはない。前蹴りを放ってシアを吹き飛ばす。宙に浮いたシアは地面に叩きつけられそうになるが、咄嗟に手を着いて側転の要領で綺麗に着地する。だが、すぐ側に迫っていたハジメの猛攻が始まった。

 

「くっ!」

 

 シアは次々と放たれる拳や手刀、蹴りを何とか捌き続ける。反撃に転じようにも捌くので精一杯であり、徐々に追い込まれていく。

 

「前より強くなっているな、シア」

 

 捌くので精一杯とはいえ、以前のシアであれば数発すら対処できていなかったので、成長した方である。やがて、シアは腹部に一撃をもらって怯み、そこにハジメが回し蹴りを繰り出した。

 

「ちょっ?!」

 

 シアは両腕を盾にして回し蹴りを受け止めるが、怯んでいたことから衝撃に備える余裕がなく、そのまま吹き飛ばされて近くの木に激突する。今日の訓練は終了した。

 

「結局、師匠には勝てませんでした……」

 

 悔しそうに呟くシア。地面に仰向けで倒れており、その視界は空で埋め尽くされていたが、そこにハジメの顔がぬっと現れる。

 

「シア、悲観することはない。君は確実に強くなっている。それに、今のは俺がハンデをもらっていたようなものだ。本気で身体強化をされたら、生身の俺では負けていたからな」

 

 ハジメはシアを見下ろしながら言う。純粋な戦闘技術であればハジメが上であるが、相手の身体能力がかなりの格上となれば、技量の面で差を埋めることは不可能。対抗するには、パワードスーツといった外付けの強化装備が必要となる。

 

「とはいっても、私としては生身の師匠と同等の身体能力で勝ちたかったです」

「シアにはまだ早い。戦闘技術をもっと向上させてから出直してくれ。ところで、木に強くぶつかったようだが……体に異常はないか?」

 

 そういえば木に激突したことを思い出し、ハジメはシアの体を心配する。

 

「ぶつかる直前に身体強化を上げたので心配いりませんよ。へいき、へっちゃらです!」

「それならよかった。早く戻ろうか、みんなが待っている」

「はい、師匠!」

 

 差し出された手を掴み、シアは立ち上がる。近くに停めてあるジャガーノートへと向かうハジメの後を追う足取りは軽く、顔には笑顔が咲いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が戻ると、すでにハウリア族が整列して待っていた。

 

「大将。総員四十名、集合済みです」

 

 ハジメは、ハウリア族から敬意を表して大将と呼ばれており、ユエはお嬢と呼ばれていた。

 

「四週間にわたる訓練、ご苦労だった。シアと同様に見違えたな。かつてのハウリアが嘘のようだ」

 

 ハウリア族は大きく変化した。悪意から逃げるだけだった者達が、自らの力で悪意に抗えるようになったのだ。

 

「我々を拾ってくださった大将のおかげです。大将がいなければ、今頃どうなっていたことか……」

「カム。ハウリア族がここまで強くなったのは、家族の絆を大切にしているからこそだと俺は思う。今後も、助け合って戦うということを忘れないでくれ」

 

(家族を失うほど嫌なことはないからな……)

 

「はい。ハウリア族一同、肝に命じておきます」

 

 この間、整列しているハウリア族は直立不動であり、左右に体が揺れることもなく、ハジメだけを見ていた。

 

「おまえ達のために、装備を用意させてもらった。拠点に戻ったら渡す」

 

 そして、アーティファクトを使って拠点に帰還するのだが、そこにはイヴの球体ユニットの姿があり、付近には腕輪のようなアイテムが多く入っている箱があった。

 

『お待ちしておりました、ハジメ様。準備は完了しています』

「すまない。カム、こちらに来てくれ」

 

 ハジメに呼ばれ、カムが前に出る。ハジメは箱から黒い腕輪を一つ取り出すと、カムに手渡した。

 

「これは?」

『パワードスーツの待機形態です。腕に付けた後、鎧を纏うイメージを浮かべてください』

 

 カムは言われた通りに腕輪をはめ、鎧を纏うイメージを頭に浮かべる。すると、腕輪を起点として黒いインナーが全身を覆っていき、その上に緑色のアーマーとフルフェイスヘルメットが装着され、左肩アーマーには武装らしきものが出現する。

 

「おぉ……」

 

 カムは手を開いたり閉じたりして、パワードスーツの感覚を確かめる。これは、ハジメとイヴが開発した量産型パワードスーツであった。

 

 黒いインナーはバイオ素材製の人工筋肉で構成されており、装着者の身体能力を引き上げ、最低限の防御力を提供する。肩と胸部、前腕、腰部、大腿、下腿、各部の関節に展開されたアーマーには、エネルギーシールドを備えている。スーツ自体には最低限の自己修復装置を備え、余程の損傷や不具合がなければ元通りになる。

 

「カム。ヘルメットの左側のスイッチを押すとヘルメットの前面を開閉できるはずだ」

 

 このスーツのヘルメットには黄色に発光する半透明なバイザーが装備されており、前面の大半がそれに覆われている。カムが頭の左側に手を添えるとバイザーが上方向に開き、顔が露になった。

 

 ちなみに、ヘルメットに入りきらないウサミミに関しては上部にある2つの穴から出す方式にしており、ヘルメットの展開と同時に丈夫なバイオ素材でウサミミが覆われる。

 

「このパワードスーツには二つの固定武装が存在するのだが、これについては俺が実演しよう」

 

 ハジメも量産型パワードスーツを纏い、カムと同じ姿に変わる。

 

「まず、第一の固定武装は右腕アーマーに仕込まれたリストブレイドだ」

 

 すると、右腕アーマーからシャキンという音を立ててアザンチウム製の黒い刃が展開される。仕様はユエのものと同じであり、刃が細かく振動しているのが分かる。

 

「第二の武装は、すでに見ていると思うが左肩アーマーに装着されているショルダービームキャノンだ」

 

 左肩アーマーにはアームがあり、その先に小さなビームキャノンが取り付けられていた。

 

「キャノンの照準はヘルメットの右側に付いているレーザーサイトから照射される三本の赤いレーザーで行う」

 

 放たれるビームは強力であり、威力を最大にすればゼーベス星人の甲殻すら破ることが可能。弾数は無限だが、エネルギーをチャージする時間が必要である。

 

 早速、ハジメが実際に使用する。いつの間にか標的が用意されており、ヘルメットから照射された赤いレーザーが三つの赤い点となって的の表面に現れ、それにビームキャノンが追従する。直後、放たれた一発の光弾によって的は木っ端微塵になった。

 

「これらの武装は、俺がトータスに来る前に交戦した狩猟民族の宇宙人のものを参考にしている」

 

 その宇宙人とは、かの有名な筋肉モリモリマッチョマンと戦った例の捕食者である。なお、ハウリア族は武装に驚き過ぎて最後の発言は聞いていなかった。

 

「この装備を一人につき一つ渡す。今日から一週間、パワードスーツの慣熟訓練を行う」

 

 ハウリア族はハジメの前に列を作ると、一人につき一個の腕輪を受け取っていき、四十名にパワードスーツが行き渡る。

 

「そして、シア。君には別に装備を作ってある。付いてきてくれ」

「待ってました!」

 

 シアが案内されたのは、館の地下室に設置されたハジメのラボだった。様々な機材や装備が置いてあり、シアはキョロキョロと眺めながらハジメの後ろを付いていく。やがて、とある作業台の前でハジメは立ち止まる。

 

「あった。これだ」

「これが……私の?」

 

 作業台の上にあったのは、ガントレットのような装備やブーツのような装備、金属製の紺色のチョーカーだった。

 

「そうだ。まず、ガントレットを装着してみてくれ」

 

 シアは肘の近くまで覆うようなガントレットを装着する。重戦車のような重厚な見た目であり、紺色の本体の前腕部分に黄色の厚い装甲パーツが被せられている。その内部にはギミックが詰まっているのだろう。拳の方にはナックルダスターのような黄色のパーツが存在し、打撃に特化されていた。

 

「師匠、まるで体の一部のような感じがします!」

「あぁ、俺のパワードスーツと同じ仕組みになっているからな。文字通り、体と一体化しているし、展開と解除もシアの意思で行える」

 

 この装備の名はフィールドガントレット。ハジメのフィールドナックルの後継機であり、バリアとして使用可能なフィールドを発生させる機能がある。チョウゾ製パワードスーツと同様、展開の維持には装着者の精神力を必要とするが、腕だけなので精神的な負担はそこまで重くない。他に隠された機能もあるのだが、ここでは割愛する。

 

「今度はブーツの方を」

 

 シアは紺色の本体に黄色の装甲やパーツが配置された膝から下を覆うブーツを装着する。

 

「このブーツは空間魔法が付与されたアーティファクトになっていて、足元に足場として使える力場を発生させることができる」

「じゃあ、空中を走れるってことですか?」

「そこは練習次第だろうな」

 

 最後に、シアはチョーカーを手に取る。

 

「そのチョーカーはアーマーを展開するためのものだ」

「ユエさんの装備と同じですね」

 

 チョーカーを首に付け、それに意識を集中させる。すると、チョーカーが輝き始めて光がシアの全身を覆い、アーマーを纏ったシアの姿が現れた。

 

 胸と肩、腰周り、大腿、そしてウサミミにエネルギーシールド発生装置を内蔵した濃紺のアーマーが装備され、腰周りのアーマーにはスラスターのようなパーツが見受けられる。頭部にはヘッドセットのようなパーツがあり、そこから展開された黒いフェイスガードが顎から鼻までを完全に覆っていた。ガントレットとブーツとアーマーの三つが揃うことで、シアはフル装備となるのだ。

 

 そして、二人はみんながいる場所に戻る。

 

「父様! 見てください! 師匠が作ってくれました!」

 

 シアはカム達の前でクルクルと回ったり、跳び跳ねたりしながらフル装備の姿を見せつけており、喜びを体全体で表していた。

 

「おお! よく似合っている! 我が娘がこんなにも立派になろうとは……私は今、とても感激している!」

「ん……シア、かっこいい」

 

 シアの姿を見て、カムとユエが感想を言う。特に、カムは感激して号泣しており、それに釣られてハウリア族全員が号泣していた。

 

「大将。我々のために訓練を施してくださるどころか、このような装備を作ってくださり、感謝しています。我々はこの命の続く限り、あなたに忠誠を誓う所存です」

 

 総勢四十名のパワードスーツの軍団が、ハジメ達を前にして跪いた。




シアの服装はドルフロのAK-15みたいな感じです。量産型パワードスーツのヘルメット部分については、メトロイドOtherMの連邦軍のバトルスーツを想像してください。


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28話 霧の中で

今回はオリキャラが出ます


 翌日、シアは新装備を使用した訓練を開始した。場所は昨日と同じであるが、シアはフル装備になっているし、ハジメはバリアスーツの姿になっていた。

 

「シア、今日からは身体強化を好きに使っていい」

「いいんですか?」

「あぁ。ただし、俺もパワードスーツを使わせてもらう」

 

 身体強化を本気で使用したシアに、生身のハジメでは勝てるはずがない。そのため、ハジメはパワードスーツを使うことにした。

 

「シア、新装備の使い方は理解しているか?」

「大丈夫です」

「今回からは訓練が少し厳しくなる。自身の能力と装備の性能を理解し、最大限に活かすことができなければ、乗り越えることは不可能だ」

「はい、師匠!」

 

 やがて、二人は対峙する。シアが本気で身体強化をしながらファイティングポーズをとる一方、ハジメは腕組みをしたまま仁王立ちしていた。

 

「そうだ。言い忘れていたが、今回からは飛び道具を普通に使用する。一応、使用するのはパワービームで、非殺傷出力に下げておくが……」

「……が?」

「当たると死ぬほど痛いぞ」

 

 エネルギーシールドがあったとしても、身体強化で体を硬化させていても、丈夫な素材やアーマーで守られていたとしても、攻撃のダメージは防げるが着弾の衝撃までは無効化できない。そして、攻撃が非殺傷だとしてもゴム弾と同様に威力は本物である。

 

「だからこそ……死ぬ気で避けろ!」

「わわっ?!」

 

 その時、腕組みをしていたはずのハジメが違和感の無い自然な動きで攻撃態勢へと至り、アームキャノンを連続で発砲する。

 

「ちょ……師匠!?」

 

 あまりにも自然な動きだったためにシアは反応が遅れるが、飛来するビームをギリギリのところで何とか躱していく。

 

「立ち止まるな! 止まったら死ぬと思え! 動け! 自身の能力と装備の性能を最大限に活かし、状況を見極め、その場を切り抜けろ!」

「はっ、はい!」

 

(これから先、厳しいことが何度もあるはずだ。それらを乗り越えるためにも、今は……)

 

 強い言葉を使うハジメだったが、それは弟子のシアを思ってこその行動。今後、厳しい状況がくる可能性を考えると、多少は厳しくする必要がある。ハジメはそう考えていた。

 

 そして、シアはその場で立ち止まるのを止め、今度はハジメの方へと突進してきた。ハジメの放つビームをステップで回避し、避けきれないものはエネルギーフィールドを張った拳で弾きながらも、少しずつ距離を詰めていく。

 

 そして、シアは地面を砕く勢いで蹴り込み、腰のスラスターを噴射しながら、ハジメに対して一直線に突き進み、拳の一撃を浴びせようとする。射撃の格好の的ではあるが、両腕のフィールドを結合させてバリアとし、前面に展開することで射撃を防ぐ。

 

「でりゃぁぁぁぁ!!」

 

 裂帛の気合いと共に右の拳を打ち出すシア。身体強化を最大にした状態であり、岩をも砕く鉄拳は雷の如き速度でハジメに迫る。

 

(もらいました!)

 

 しかし、拳が直撃するかと思われた瞬間、ハジメの姿が掻き消えた。

 

「消えた?!」

 

 直撃すると確信していたため、シアは驚いて立ち止まる。立ち止まってはいけないことを思い出してすぐに動き出したが、その一瞬が戦いでは命取りである。

 

ドガッ!

 

「ふんぎゃぁぁぁぁ!!」

 

 背後から放たれたビームが尻に直撃し、叫び声を上げながら倒れこむシア。彼女は美術館のオブジェのような体勢で動けずにいた。

 

「し、師匠……どうやって私の後ろに……」

「飛び越えただけだが?」

 

 ハジメの動体視力はシアの鉄拳を完璧に見切っており、スーツの重そうな外見に見合わない身軽な動きで跳躍して回避し、体操選手のように空中で体を捻りながら着地すると、即座に振り向きながら発砲していた。

 

「女の子の尻を狙うなんて、もしかして師匠は変 t……ぐぎゃぁぁぁ!!!」

 

 余計なことを言おうとした……というか殆ど言ってしまったシアは、死ぬほど痛いビームを尻に再びぶち込まれるという制裁を受けた。なお、ハジメに尻を狙う趣味はない。

 

「余計なことを言えるだけの元気はあるようだな。なら、もう少し本気で射撃させてもらうぞ」

「待って! 止まって! うぁあああ!!!」

 

 ハジメのアームキャノンからビームの連射が始まり、シアの悲鳴が辺り一帯に響き渡った。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 パワードスーツをハウリア族に渡した一週間後、ハジメ達はハルツェナ樹海の入り口に集結していた。外側から見る限りでは草木が鬱蒼と生い茂る森にしか見えないのだが、中に入ると一瞬で霧に覆われてしまうのだという。

 

「カム。俺達はこれからフェアベルゲンに向かう。この作戦はハウリア族の……そして、将来産まれてくるであろう魔力持ちの亜人族の運命を左右するものとなる」

「その通りですな、大将」

「最初は任せる。俺とユエでは迷うことが確実だからな」

 

 濃い霧に覆われた樹海の中では視界が塞がれ、自分が何処にいるのか分からなくなってしまうのだが、感覚の鋭い亜人族は迷うことなく樹海を通り抜けることができる。また、この霧は透視機能を持つXレイバイザーを妨害することが確認されており、どう足掻いても霧を透視することは不可能である。

 

「これより、各小隊は樹海内に散開し、本隊周辺の脅威の排除と並行してフェアベルゲンの警備隊の位置を捕捉、報告せよ」

 

 カムの指令を受け、パワードスーツを装備した五人で構成される七個小隊が樹海に散開していく。その場に残ったのはカムが率いる本隊、フル装備のユエ&シア、バリアスーツを展開したハジメであった。

 

「大将、お嬢、それでは行きましょう」

 

 散開した七個小隊に続き、本隊も樹海に足を踏み入れた。ハジメ達の周りをカム達が囲む形で霧に包まれた道無き道を進んでいくのだが、カムの足取りに迷いはない。

 

 時折、散開した小隊が撃ち漏らした魔獣が接近してくるが、最高戦力であるハジメが動くまでもない。

 

 ある時、襲いかかってきたのは腕が四本ある体長六十センチ程度の猿。そんな彼らが三匹、霧を掻き分けるようにして飛びかかってきた。その内の一体が、先頭のカムに迫る。

 

「分かりやすい動きだ」

 

 カムはバックステップで飛びかかりを回避すると、コンバットナイフを構えて踏み込み、その刃を連続で振るう。すると、次の瞬間には猿の四本腕が宙を舞う。

 

「はっ!」

 

 コンバットナイフを一閃。その首を飛ばされた猿は、その断面から血を吹き出した。

 

「グギャァァ!」

 

 二体目の猿が、頭に光の矢を受けて絶命する。矢が飛んで来た方向には、ボウガンのような武器を構える小柄な戦士がいた。ハウリア族最強の狙撃手、パル君(十一歳)である。

 

「ふっ、止まって見えるぜ」

 

 話し方からは信じられないかも知れないが、彼は十一歳の少年である。彼はハジメから射撃の腕を見込まれ、ビームボウガンという光の矢を放つ武器を任されていた。

 

 二体の魔獣がカムとパルによって狩られたが、その隙に最後の一体がハウリア族の囲いをすり抜けてハジメ達に迫る。だが、ここでシアが動いた。

 

「どりゃぁぁぁ!!」

 

 飛び込んでくる猿に対して、シアが拳を突き出す。攻撃と同時にガントレットがキィイイイイイ!!!という甲高い音を響かせて高速振動しており、一撃で猿の肉体を粉砕する。これは“振動粉砕”といい、ガントレットの機能の一つである。高速振動させることで、攻撃の威力を上げることができるのだ。

 

 そして、彼らが樹海に入ってから数時間が経過する。その間、魔獣の襲撃が何度かあったが、ハジメ達の敵では無かった。

 

〈こちら、第一小隊。フェアベルゲンの警備隊を捕捉しました。マーカーを打って位置を共有します〉

 

 すると、全員のバイザーにマーカーが表示され、警備隊の居る場所が共有される。

 

〈よくやった。各隊は打ち合わせの通りに行動を……〉

 

 本隊は警備隊の居る地点に向けて一直線に移動を開始する。案の定、数分で警備隊と真正面から接触した。

 

「貴様ら! 何者だ!?」

 

 目の前に現れたのは、筋骨隆々の虎の亜人で構成された部隊だった。その全員が両刃の剣で武装しており、パワードスーツに身を包んだハジメ達を、殺気を放ちながら警戒していた。

 

 そして、ハジメはヘルメットを解除し、亜人達の視線が一斉にハジメへと向けられる。

 

「人間族!? そうか、貴様らは奴隷狩りか!フェアベルゲンに手を出させはしないぞ!」

 

 そんな中、シアが前に一歩進み出るのだが、隊長と思われる亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれた。

 

「白い髪の兎人族……だと? なるほど、貴様らは報告にあったハウリア族だな!? 亜人族の面汚し共め! 同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! 総員、かッ!?」

 

バシュッ! ズガァァァン!

 

 攻撃命令を出そうとした瞬間、何処からか飛来した一発の光弾が彼の頬のスレスレを通過し、背後の木に着弾すると雷のような轟音と共に木片を飛び散らせる。そして、それを皮切りに周囲から姿を現したハウリアの戦士達が警備隊を包囲した。

 

「なっ!?」

 

 急に起こった事態に、虎の亜人達は状況を飲み込むことができない。それどころか、四方八方からカミソリのような殺気を浴びせられ、心なしか浮き足立っているように見えた。

 

(こいつら、本当にあの軟弱な兎共なのか!? まるで、命を確実に刈り取る処刑人ではないか!)

 

 フェアベルゲン第二警備隊の隊長であった虎の亜人は、冷や汗を流しながら内心で喚く。矮小な存在だったはずのハウリアの姿が、今では命を刈り取る凶刃を首元に振り下ろさんとする処刑人に見えていた。

 

 彼は確信した。攻撃命令を出した瞬間、先程の光弾とハウリアが装備する刃が自分達に襲いかかり、生き残れる可能性が低いことを。

 

「人間族……何が目的だ……?」

 

 隊長はハジメを睨み付けて端的な質問をする。その目には、ハジメの返答によっては最後の一人となるまで立ち向かうという覚悟が籠っていた。

 

「長老衆と話がしたい」

「長老衆と話したい……だと? 何のために?」

 

 隊長は少し困惑する。亜人族を奴隷にするために来たのかと思えば、単純に長老衆と話がしたいという予想外の目的だったのだから。無論、それは嘘である可能性も彼の頭には浮かんでいたが。

 

「俺は鳥人族の後継者だ。亜人族であれば、鳥人族の名ぐらいは知っているはずだが……」

「勿論だ。亜人の国を鳥人族が救ったという伝説なら知っている。しかし、人間族が鳥人族の後継者というのは……」

「俺は鳥人族に育てられ、彼らの因子を受け継いでいる。そして、迷宮の一つを攻略したことで彼らの代理人から後継者として認められ、フェアベルゲンに向かうように指示を受けている」

 

 隊長は、ハジメの言っていることが信じられなかった。人間族であるハジメが鳥人族に育てられたこと、その因子を受け継いでいること、迷宮を攻略し、後継者として認められたということ等……普通なら戯言として切り捨てているだろう。

 

 しかし、ハジメはハウリアという戦力のお陰で圧倒的に優位な立場にある。そんな彼が適当なことを言う必要はなく、一言一言が確信に満ちているように感じられる。そこで、隊長はハジメに提案した。

 

「本当に長老衆と話がしたいのなら、少人数であればフェアベルゲンに案内してもよいと、俺は判断する。部下の命を無駄に散らしたくはないからな」

 

 隊長の言葉に、周囲の亜人達からは動揺する気配が広がる。何故なら、樹海に侵入した他種族を抹殺するのが通例だった彼らにとって異例の判断だったからだ。

 

「だが、警備隊長に過ぎない私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。長老衆ならば、何か知っておられるかもしれない。本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

「その提案、承知した。俺が鳥人族の後継者であることを伝えてもらいたい。あなた方の譲歩に感謝する」

 

 ハジメは彼の提案を受け入れ、感謝の言葉と共に頭を下げる。人間族が亜人族に頭を下げるという衝撃の光景に、亜人達は驚愕した。

 

「ざ、ザム! 聞こえていたな! 長老衆の方々に嘘偽りなく伝えろ!」

「りょ、了解!」

 

 ザムと呼ばれた虎の亜人は、包囲するハウリアの一人が退いた所を通してもらい、霧の中に消えていった。

 

 両者とも警戒を解くことはない。そして、樹海の一角を重苦しい雰囲気が支配する状態のまま約一時間経過した頃、霧の奥から数人の亜人が現れた。

 

 彼らの中央にいる初老の男が特に目立つ。美しい金髪、深い知性を感じられる碧眼、吹けば飛んでいきそうな細い体、先が尖った耳が特徴的であり、森人族であることが分かる。その威厳に満ちた顔にはシワが刻まれており、彫刻のような美しさを放っていた。

 

 ハジメは、彼が長老の一人であると推測する。しかし、彼はここで想定外の行動を見せた。

 

「おおっ! この鎧は鳥人族が作ったものに違いない! 丸い肩、腕の火を吹く筒、橙色の装甲! まさしく、“鳥人族の後継者”の予言にある装備だ!」

 

 なんと、ハジメの姿を見た長老(仮)は目を見開き、威厳に満ちた姿を何処に捨ててしまったのか、腕をブンブンと振り回しながら、興奮したような様子で駆け寄ってくると、スーツをペタペタと触り始めたのだ。

 

 周囲のハウリア族は彼の正体を知っているのか、彼を止めたり捕えるようなことはしない。だが、その挙動を見た全ての者がドン引きする。皆、口をポカンと開けており、微妙な空気が流れた。

 

「父上! 何をしているのですか? 彼も困っています。落ち着いてください」

「おぉ……すまんな、アリア……少し興奮してしまった……」

 

 娘と思われる森人族の女性に注意され、流石にやり過ぎたと思った彼は、バリアスーツに触るのを止めてハジメから少し離れると、気を取り直して名乗った。

 

「私はアルフレリック・ハイピスト、フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている」

「アリア・ハイピストだ。父上が無礼なことをしてしまい、申し訳ない」

 

 ハジメの予想通り、アルフレリックと名乗った彼は長老の一人だ。そして、その娘の名はアリアといった。彼女は目付きが鋭い気が強そうな長身の美女であり、体が細い森人族にしては筋肉があった。ハジメは、彼女から戦士の風格を感じていた。

 

「お前さん、名は何と言ったか?」

「南雲ハジメと申します。長老殿」

 

 ハジメは左手を胸に当てながら、長老のアルフレリックに対して一礼する。この日、ハジメは、誰の血も流すことなく亜人族の長老の一人と接触することに成功した。




普段のハウリア族はこれまでとあまり変わらないですが、戦いの時になると口調が軍人みたいになったり、普通に殺気を飛ばしたりします。

アリア・ハイピスト
→オリキャラ。アルフレリックの娘で、この話では言及していないが、アルテナの母である。


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29話 偽りの調和

お待たせしました、29話です。
前作にはなかったシーンやセリフ、オリジナル装備を追加してます。


「話は聞いている。お前さんは、鳥人族の後継者を名乗ったそうだが」

「あぁ、そうだ」

「……鳥人族の後継者として認めるための条件が二つある。一つは、鳥人族の装備を身に付けていることだ。一応、その点に関しては合格しているようだが」

 

 先程、アルフレリックがバリアスーツを見て口走った内容こそ、鳥人族の装備の条件。肩の球状の防楯、右腕のアームキャノン、橙色の装甲の三点である。

 

「もう一つは、解放者の作った迷宮のいずれかを攻略しているということだ。何かしら、攻略した証拠はあるだろうか?」

「証拠か……」

 

 証拠を求められ、首を捻るハジメ。だが、そこでユエが助け船を出す。

 

「お父様、オスカーの持っていた指輪は?」

「あぁ、そうだな」

 

 ハジメは“宝物庫”から指輪を取り出してアルフレリックに見せる。彼は指輪に刻まれた紋章を見ると、目を見開いた。

 

「なるほど、お前さんは迷宮の一つを攻略したようだ。お前さんを鳥人族の後継者と認め、フェアベルゲンに招待しよう。もちろん、ハウリアも一緒にな」

 

 アルフレリックの発言に周囲の亜人達が驚愕の表情を浮かべ、激しい抗議の声も上がる。それもそのはずだ。今まで、フェアベルゲンに人間族が招待されたことなど無いのだから。それに、あの鳥人族の後継者が憎き人間族であったということも、抗議の一因だろう。

 

「彼は鳥人族の後継者として、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

 アルフレリックは長老の一人らしく威厳を発揮し、厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。

 

「感謝する、長老殿」

 

 そして、ハジメ達はフェアベルゲンに案内されることになったのだが、ここでアリアが待ったをかけた。

 

「お待ちください、父上」

「アリア、どうかしたのか?」

「単刀直入に言おう。南雲ハジメ、私と戦え」

 

(そう来たか……)

 

「何故、俺と?」

「目の前に強そうな者がいたら戦う。それが当たり前ではないのか? 鳥人族の後継者は強者であると言われている。お前が本当に後継者であるのなら、その力を示してみろ」

 

 アリア・ハイピストはいわゆる戦闘狂だった。彼女は森人族で最強の戦士であり、フェアベルゲン全体でも指折りの実力者である。ヘルシャー帝国の第一皇女と気が合うかもしれない。

 

「分かった。その要求に応えよう。だが、この装備で生身の相手と戦うわけにはいかない。こちらも同じ条件でやらせてもらう」

「それには及ばない。こちらがお前に合わせる。父上、あれの使用許可を……」

 

(あれ……とはなんだ? 俺に合わせるということは、パワードスーツの類か?)

 

 亜人族の国に鳥人族がそのようなアイテムを残したという情報は、オスカーが残してくれたデータの中にも存在しなかった。

 

(どうやら、全ての情報を残してくれたわけではないらしいな。まあ、未知が既知に変わる過程を楽しめると考えればいいか……)

 

「うむむ……まともに稼働するチョウゾギアは我々が所有する一機しか残っておらんのだ。できれば、無駄な使用は控えたいところだが……」

「これは無駄ではありません。後継者の実力を確認するという大事なことのために使うのです。壊れたとしても、彼ならば修理する術を持っているでしょう」

「止めても無駄なようだな……分かった、チョウゾギアの使用を許可する」

 

 問答が終わり、アリアは再びハジメの方に向くと、鳥人族の頭部を模した装飾のペンダントを取り出して首にかける。彼女が目を閉じて精神統一すると体全体が光に包まれていき、次の瞬間にはその姿が変化した。

 

「これは、まるで……」

「南雲ハジメ。これがフェアベルゲンに鳥人族が残した数少ない遺産……チョウゾギアだ」

 

 アリアはパワードスーツのようなもので全身を覆っていた。その形状は戦士型鳥人族が着用していたアーマーに酷似しており、丸い肩アーマーに至ってはバリアスーツとほぼ同じだ。ヘルメットに関してはフルフェイスではないが、鳥の頭部を模したものとなっている。

 

 アリアによると、この装備はチョウゾギアといい、鳥人族が亜人族のために残したパワードスーツなのだという。当初は二十機ほどあったらしいが、現在では経年劣化によって使い物にならないギアが殆どであり、まともに使用可能なのは森人族が所有するギアだけであった。

 

「飛び道具はなしだ。射撃では本当の強さが分からないからな」

「構わない。飛び道具だと一瞬で終わってしまいそうだ」

 

 ハジメが自然体でいる一方で、アリアは槍を構える。それも普通の槍ではなく、チョウゾギアと同様に鳥人族が残したチョウゾスピアと呼ばれるものだ。

 

「これより、アリア・ハイピストと南雲ハジメによる模擬戦を行う。両者、準備はよろしいか?」

「「問題ない」」

「では、はじめ!」

 

 こうして、樹海で二人の戦士が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樹海の中、二つの影が素早く動き回る。二体が接触する度に金属同士がぶつかる音が響き渡り、巻き込まれた木々が粉砕されていた。

 

 二体の正体はアリアとハジメである。二人の戦闘能力とパワードスーツからもたらされる強力なパワーが組み合わさり、常人では付いていくことのできない高機動戦闘に発展している。

 

「あんな所に私が混じったら一瞬で置いていかれそうです。というか、目で追うのがやっとなんですけど……」

「シア、それでも十分凄いぞ。父さん達は目で追うのも難しいんだが……」

「ん……お父様の動きなら何度も見てるから、その気になれば混じれると思う……」

「流石はユエさんですね……」

 

 二人の戦いの速さに反応する一行。なお、他の亜人達の大半はその速さに目を回しており、アルフレリックに関しては、二人が激突する度に破壊されていく樹海の様子に頭を抱えていた。

 

「あぁ……樹海が壊れていく。使用許可を出すんじゃなかった……森人族が木々を壊してどうする……」

 

 住んでいる森を人間に焼かれるエルフはいるが、自ら森を壊すエルフが何処にいるだろうか。いや、ここにいた。

 

 スポットライトは現在進行形で激突している二人に向けられる。二人は互角の近接戦闘を繰り広げていたが、しばらくして足を止めるに至る。

 

「南雲ハジメ、お前は強い。迷宮を攻略し、鳥人族の後継者として認められただけはあるな」

「あなた程の優秀な戦士にそのような評価を頂けて光栄だ」

「次の激突で勝負をつけよう。南雲ハジメ」

「あぁ、そうだな……」

 

 不意に樹海に風が吹く。木々が揺れ、一枚の葉っぱがフワフワと地面に落ちていく。その葉っぱが地面に触れたのが激突の合図となった。

 

「はぁっ!」

 

 アリアは地面を踏みしめると、構えていたチョウゾスピアを素早く前方に突き出す。まるで閃光のような一撃であり、それに対応できる存在は殆どいないだろう。

 

カキンッ!

 

 だが、人並み外れた動体視力を備えたハジメには関係ない。迫る穂先を見切り、アームキャノンで横から殴り付けることで槍の軌道を逸らした。

 

「見事だ」

 

 ハジメの技量を褒めつつも次の動作に移る。アリアは空中に飛び上がると、グルンと一回転しながら槍をハジメに叩き付けようとする。が、ハジメはアームキャノンで裏拳を放ち、遠心力と重力によって威力が上がった槍の一撃を真っ向から迎え撃った。

 

ガギィィンッ!

 

 結果、勝利したのはアームキャノンだった。槍は弾き飛ばされ、アリアの手から離れて回転しながら宙を舞う。

 

「くっ……」

 

 次の瞬間、ハジメは弓を引き絞るようにしてアームキャノンのある右腕を後ろへ引き、そのまま突き出す。キャノンの先端はアリアの胴体を捉え、彼女を強烈にふっとばした。

 

 ふっとばされたアリアは、そのまま数本の木々をバキバキと薙ぎ倒した末に運動エネルギーを失って地面に落下した。

 

「南雲ハジメ……私にここまで激しい戦いをさせたのはお前が初めてだ。ありがとう」

 

 アリアは倒木を背もたれにして地面に座り込んでいた。ハジメはそんな彼女に手を差し出した。

 

「こちらこそ。ここまで胸が躍る戦いをしたのは初めてだ。良い経験になった」

 

 差し出された手をアリアは掴み、立ち上がる。そして、二人は握手を交わしたのだが……

 

「お前を我が娘の夫にしてやろう。強さと優しさを備えているお前ならば、我が娘の夫に相応しいと私は思う」

「え?」

 

 唐突の発言にハジメは固まる。どうやら、アリアがハジメに戦いを挑んだ理由には、彼女の娘に相応しい男かどうか見極めるという目的も含まれていたらしい。

 

「こら、アリア。彼が困っているだろう。これ以上時間を食うわけにはいかない。そろそろ、フェアベルゲンに案内しなくては」

 

 アルフレリックに注意されるアリア。ハジメと最初に会った時とは、二人の立場が逆になっていた。

 

「そうでした。申し訳ない、南雲ハジメ。今の発言は忘れてくれ……」

 

 模擬戦というイレギュラーがありつつも、今度こそハジメ達はフェアベルゲンに案内されることになった。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 濃霧の中を隊長の虎の亜人……ギルの先導で進む一行。先程まで睨み合っていたハウリアと虎人族の戦士達が共同で周囲を固め、フェアベルゲンへと向かう。

 

 移動している間、アルフレリックは長老衆に伝えられる掟の内容について語った。

 

「かつて、【ハルツィナ樹海】の迷宮を創設したリューティリス・ハルツィナが複数の鳥人族を伴い、自らが“解放者”なる存在であることと、鳥人族による予言を伝えた」

 

 鳥人族は解放者の一人と共に予言を伝えていた。なお、亜人族は解放者がどのような存在であるか知らない。

 

 その予言では、はるか未来の樹海に“鳥人族の後継者”が現れるとされており、どのような者であっても敵対してはならず、鳥人族の遺跡と大樹ウーア・アルトへと案内することになっていた。

 

 そして、“鳥人族の後継者”の条件として鳥人族の装備と迷宮攻略の有無があった訳だが、後継者と敵対してはならない理由として十分と言える。何故なら、大迷宮を攻略した者の実力は途轍もないものであり、そこに鳥人族の強力な装備が加わるからだ。

 

「大樹というのは?」

「樹海の最深部にある巨大な樹木のことだ。我々はその周囲を聖地としているのだが、本当の迷宮の入り口がそこに隠されていると伝わっている」

 

 こうして暫く歩いていると、まるで一本の道を形成するかのように霧が晴れている場所に出た。霧との境目には青く光る拳大の結晶がいくつも埋め込まれており、それが霧を防いでいるようだ。ハジメはその結晶に関心を持ち、アルフレリックに尋ねた。

 

「あの結晶は?」

「あれは鳥人族が残してくれたフェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔獣が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲まれている。ただし、魔獣に関しては“比較的”という程度だが」

「なるほど」

「ん……便利」

 

 集落に霧が存在しない事実は、ハジメ達にとって朗報だった。霧が余程鬱陶しかったのか、それを聞いたユエはどことなく嬉しそうに見えた。

 

 霧のトンネルを通り抜けると、目前に巨大な門が現れた。太い木同士が絡み合ってアーチを形成し、十メートル程はある木製の両開きの門がどっしりと構えている。防壁もまた木で作られており、高さは三十メートル程であった。

 

 この門こそが、フェアベルゲンへの入り口である。ギルが門番に合図すると、重そうな音と共に扉が少しずつ開いていく。

 

 門番達は、怪しい集団が来たことに動揺しているようだった。アルフレリックやアリアがいなければ、いきなり戦闘となってもおかしくなかっただろう。

 

 ハジメ達は彼らを威圧しないために、パワードスーツを解除した状態で入城する。そこには、別世界が広がっていた。

 

 直径が十メートル程もある大木が乱立し、その太い幹の内部には居住スペースが作られている。大木同士は吊り橋や渡り廊下で接続されており、その間を人々が盛んに行き来する。また、滑車を利用したエレベーターのような機構や空中水路等も整備されていた。

 

 その光景に、ハジメは感嘆した。

 

「素晴らしい……まるで、鳥人族の調和の思想が形になったようだ…」

 

 鳥人族は高度な機械文明を有しているが、自然環境との調和・共存を重視している種族であり、惑星ゼーベスでは自然環境をそのまま残したエリアが多く存在する。

 

 また、モジュール機能が搭載されているハジメのパワードスーツは様々な技術を装備として取り込むことができ、彼らの調和の思想を体現していると言ってもいいだろう。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷を気に入ってくれたようだ。このフェアベルゲンの街は、鳥人族に倣って自然と調和するように作られている」

 

 美しい街並みにハジメが感嘆する一方、隣のユエは口をポカンと開けて見惚れている。そんな二人の様子にアルフレリックは微笑み、亜人達もどこか誇らしげだった。

 

 そのようなこともあり、亜人族がハジメとユエに対して抱く印象は少なくとも良好であった。そして、二人はハウリア族を連れて彼の用意した場所に向かった。

 

 

 

 

 

「なるほど……試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

 

 ハジメとユエは、オルクスの隠れ家で知った世界の真実や王国の状況をアルフレリックに話した。解放者のことや神代魔法のこと、ハジメが神の使徒の一員として異世界から召喚されたこと、神代魔法を全て集めると元の世界に帰るための手段を入手できる可能性があること等が主な内容だ。

 

「解放者がそのような存在だったとは……まあ、真実を知ったところで世界が我々に厳しい事実に変わりは無いが…」

 

 神が狂っているかどうかに関係無く、魔人族と人間族に狙われている現状は変わらない。この場所には教会の権威など無く、信仰心もない。一応、亜人族には自然崇拝の文化があると同時に、鳥人族に対する崇拝があるようだ。

 

「とにかく、今後の話だが……」

 

 ハジメは長老衆に伝わる掟によってフェアベルゲンに招き入れられたが、ハジメは人間族である。本来ならば許されることではない。そして、全ての亜人族が事情を知っているわけではないため、事情を周知していくためにも今後の話をする必要があった。

 

 その時、階下から怒号が聞こえてきた。階下にはシア達が待機している。階下で何か良からぬことが起こっていることは確実であり、ハジメとアルフレリックは顔を見合わせて同時に立ち上がると、状況を確認するために降りていった。

 

 階下では、ハウリア族が数人の亜人族と睨み会っていた。大柄な熊人族、虎人族、狐人族、背中に翼を有した翼人族、ドワーフのような土人族がそれぞれ一人ずついる。

 

「忌み子は抹殺してやる!」

 

 突然、身長二メートル半のある大柄な熊人族の男がシアに殴りかかる。熊人族は腕力と耐久力に優れた種族であり、一撃で野太い木の幹をへし折るだけのパワーを持つ。そんな存在に殴られれば、ただでは済まないだろう。

 

 階下に降りてきた三人が最初に見たのは、そのような瞬間であった。周囲の亜人達はシアが一撃で叩き潰される光景を幻視しただろうが、シアは普通の兎人族ではない。

 

 魔力による身体強化を発動すれば、彼女は熊人族に匹敵する力など簡単に出せる。それに、彼女はハジメから直々に訓練を施されているため、力だけでなく技の面でも強い。

 

 次の瞬間、亜人族達は衝撃の光景を見た。

 

「なにぃ!?」

 

 それは、可愛らしい兎人族の少女が熊人族の拳を片手で受け止めている光景。叩き潰すつもりで自慢の豪腕を振るった張本人は、驚きの声を上げていた。

 

「意外と軽いですね。これで本気ですか?」

 

 シアは熊人族を背負い投げして床に叩きつけると、そのまま取り押さえて動きを封じる。熊人族は逃れようと暴れるが、シアから逃れる術はない。兎人族に制圧されるなど、彼にとっては屈辱的だろう。

 

「アルフレリック! 貴様、なぜ人間族を招き入れた!? この忌み子とその一族もだ! 場合によっては、長老会議で貴様に処分が下ることになるぞ!」

 

 取り押さえられ、生殺与奪の権を握られた状況の熊人族の男。彼は階下に降りてきた三人に気付くと、鋭い視線でアルフレリックを睨み付け、剣呑さを声に乗せて発言する。その他の亜人達も同様に睨み付けていた。

 

 だが、アルフレリックは平然としている。

 

「長老衆に伝わる掟に従ったまでだ。お前達も長老ならば、事情は理解できるはずだ」

「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないぞ!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」 

「“鳥人族の後継者”が人間族であるなど、俺は認めないぞ! 我々にとって人間族は不倶戴天の敵だ!」

「だが、彼は条件を全て兼ね備えている。人間族を憎む気持ちは分かるが、彼こそが“鳥人族の後継者”なのだ」

 

 フェアベルゲンでは、能力の高い幾つかの各種族の代表が長老となって長老会議に参加し、国の方針を決める仕組みをとっている。ここに集まっている亜人達こそ、当代の長老達だ。

 

 ちなみに、現在進行形で取り押さえられている熊人族の長老はジンという名であった。ジンは少し考え込むと、一つの結論を出した。

 

「一歩譲って、“鳥人族の後継者”が人間族であることに俺は目をつぶろう。だが、忌み子とその一族に関してはそうはいかない」

 

 次に、ジンはカム達を睨み付ける。なお、シアによって取り押さえられている状況は変わっていない。

 

「魔力を持った忌み子は危険分子だ! それを匿ったハウリア族は罪人の一族! 忌み子も含め、すぐに処刑しなければならない!」

 

 熊人族の族長ジン・バントンは、忌み子に対する迫害の急先鋒と言える存在だった。熊人族の中で最強の戦士であるジンに逆らえる者は同族の中にもおらず、長老会議でも幅を利かせていた。

 

「聞きたいことがある」

 

 ジンの過激な発言に疑問を持ったハジメは、彼にあることを聞く。

 

「忌み子というのは本当に危険な存在なのか? シアを見ている限り、そうとは思えない」

 

 忌み子を危険分子とする彼の思想に、ハジメは異を唱える。忌み子に分類されるシアは可憐な十六歳の少女であり、家族を守るために戦う心優しい存在だ。シアを直々に訓練したハジメには、彼女が彼の言うような危険分子であるようには見えなかった。

 

「その忌み子があなた方に危害を加えたことがあったか?」

「そんなこと知るか! 忌み子は魔獣に等しい存在! 同胞に危害を加える前に排除するのは当然のこと!」

 

 どうやら、忌み子が危険な存在であると勝手に決めつけて排除しているらしい。ハジメは、そんなフェアベルゲンの姿勢は間違っていると判断する。

 

「なら、言わせてもらおう。フェアベルゲンは鳥人族の調和の思想を元に作られたと聞いたが、結局は見かけ倒しだったようだな」

「貴様、フェアベルゲンを愚弄するか?!」

 

 ジンはハジメの発言に怒りを露にした。

 

「決めつけだけで魔力持ちの亜人を排除する行為は、調和の思想からかけ離れている。鳥人族は個体によって様々な能力を持ち、その能力を研究・活用することで文明を発達させてきた。彼らの姿勢に倣うのであれば、種族の個性と同様に魔力持ちを個性として扱うべきだ。そうすれば、フェアベルゲンに更なる繁栄がもたらされるだろう」

 

 ハジメの発言が突き刺さったのか、ジン以外の長老達は一斉に視線を下げる。

 

「そもそも、昔のフェアベルゲンには魔力持ちの亜人による部隊が存在していたそうだ。この様子だと、その情報すら失われてしまったようだ」

 

 オスカーの情報では、かつてのフェアベルゲンには魔力を持った亜人だけが所属する精鋭部隊が存在しており、外部の脅威から亜人族を守る守護者として君臨していたという。

 

「まあ、今からやり直せばいい。今度こそ、フェアベルゲンは魔力持ちの亜人と共存し、手を取り合わなければならない」

「この化け物と共存しろとでも言うのか? たった今、俺に危害を加えているではないか!」

 

 そこで、ユエが初めて発言する。

 

「それは、あなたが先に殴りかかったから。攻撃されたら反撃する。それは当たり前のこと」

 

 ユエはシアの友人であり、同類だ。化け物と呼ばれてもおかしくない能力を持っている。ジンがシアを“化け物”と呼んだことを、彼女は許せなかった。

 

「くっ……だが、俺はこのような化け物が同胞から生まれることが気に入らない!」

 

 もはや、彼の忌み子嫌いは筋金入りといっても過言ではない。

 

「これでは埒が明かない。シア、彼は死ぬほど疲れているようだ。眠らせてやれ」

「はい、師匠」

 

 直後、ジンの首元にシアの手刀が振り下ろされ、彼は意識を刈り取られた。

 

「ゴホン。現時点において、熊人族の長老ジン・バートンは長老としての執務を遂行する能力を一時的に喪失した。よって、熊人族は不参加として今回の長老会議を執り行う」

 

 会議の議長であったアルフレリックは咳払いすると、熊人族の長老が不在のまま長老会議の開始を一方的に宣言した。




槍をアームキャノンで弾く動きはメトロイドドレッドから、アームキャノンを突き出す攻撃はスマブラから輸入しました。

オリジナル装備のチョウゾギアは、メトロイドドレッドの鳥人兵士のイメージです。ギアという名称にしたのは、最近見たシンフォギアの影響だったりする。


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30話 大軍神への誓い

今回はメトロイド要素を強くできた気がする


「南雲ハジメ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんを“鳥人族の後継者”として認める。また、本日をもって魔力を持って生まれた同胞に対する差別的な扱いを廃止し、保護するものとする」

 

 熊人族不在で始まった長老会議は、最終的に二つの結論を出した。一つは、ハジメを“鳥人族の後継者”として認定すること。もう一つは、魔力持ちの亜人に対する迫害をやめて保護するということだ。それに伴い、シアとハウリア族は無罪となる。

 

 長老会議での決め事は全会一致が原則であるのだが、ハジメを“鳥人族の後継者”として認めることについては、すんなりと全会一致で可決した。条件と完全に一致していたし、亜人達に対して差別的なこともしなかったため、印象が良かったのだろう。

 

 ただ、忌み子に対する差別撤廃に関しては一悶着あった。森人族のアルフレリックは勿論のこと、元より差別意識がそこまで強い訳ではなかった狐人族のルアや翼人族のマオはすぐに賛成したが、比較的過激派の部類に入る虎人族のゼルと土人族……いわゆるドワーフのグゼは難色を示した。

 

 ゼルは同族がハウリア族に追い詰められたことを、グゼは仲の良かったジンがシアによって制圧されたことをそれぞれ根に持っており、反対派へ回るに至った。

 

 一応、ゼルはグゼと比べてそこまで頭に血が上っていなかったため、説得に応じて最終的に賛成派へ回っている。熊人族が不慮の事故で不参加だったことが、過激派の劣勢に拍車をかけているといっていい。

 

 最後までしぶとく抵抗していたのがグゼであった。アルフレリックらの説得では効果が全くなかったが、そこでハジメがとある提案を投げ掛けた。それは、差別撤廃に賛成した種族の保有するチョウゾギアをハジメが修理・改良するという内容だった。

 

 チョウゾギアは魔力を持たない亜人族にとって、魔法に対抗可能な数少ない力である。しかし、彼らの技術力ではギアの修理は不可能。再び使えるようにするには、鳥人族の後継者にして錬成師であるハジメの力か、竜人族の力を借りる必要がある。竜人族は滅んだことになっているため、彼らとしてはハジメの力を借りなければならなかった。

 

 動かせるギアを保有することは、フェアベルゲン内における各種族のパワーバランスに影響してくる。ギアを稼働状態にしなければ国内で取り残されてしまう。そう考えたグゼは渋々ながら差別撤廃に賛成し、ようやく全会一致となった。

 

「このように我々は決定したわけだが、基本的に亜人族は魔力を持った他種族を嫌う。我々の通達を無視してお前さんやハウリア族を襲おうとする、血気盛んな者がいる可能性も否定できない。もしもその時は、襲った者達を殺さないでほしい」

「可能な限り努力はする」

 

 殺意を持って向かってくる相手を不殺で制圧するのは難しい。やり過ぎれば相手を殺してしまうし、中途半端にやれば自分の命が危うくなるからだ。一応、ブラスターには相手を痺れさせるスタンモードがあるが、相手を殺さずに制圧できる保証はない。

 

「すまんな……」

 

 亜人族からも“鳥人族の後継者”として認められたハジメは、鳥人族の遺跡(チョウゾルーインズ)及び大樹への案内を受けることになったのだが、大樹に関してはその周辺のみ亜人族が迷う程に霧が濃く、その霧が薄くなる周期が十日後に来るらしく、遺跡に行った後はしばらく滞在することになった。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

「フェアベルゲンの地下には鳥人族の遺跡が残されている」

 

 ハジメ達はフェアベルゲンの地下にある遺跡に案内された。この場所は、長老衆やその他認められた者しか入ることのできない区画となっている。昇降機で降りた後、アルフレリックの先導で通路を進んでいくのだが、その壁には鳥人族の戦士の壁画や刻印された鳥人族の文字が多く見受けられた。

 

「フェアベルゲンの地下にこんな所があったんですね! 何だかワクワクします!」

「ん……まさか、こんなに大規模な鳥人族の遺跡があるとは思わなかった」

 

(鳥人族の遺跡は落ち着く……まるで、ゼーベスに帰ってきたかのようだ……)

 

 そうこうしているうちに、彼らは通路の終点に辿り着く。そこにはかなり広い空間が広がっており、空間の中央の地面には魔法陣があり、奥の壁には巨大な壁画や各迷宮に対応している七つの紋章が存在していた。

 

 部屋に入って早々、ハジメは奥の壁画に注目する。何故なら、描かれているものに見覚えがあったからだ。

 

「大軍神……まさか、ここで再び見ることになるとはな……」

 

 描かれていたのは、バリアスーツによく似た甲冑を着込んだ鳥人が両手で丸い何かを支えている巨大な壁画。丸い部分は光を反射しており、鏡のようなものが埋め込まれている。この鳥人の正体は、大軍神と呼ばれる存在だった。

 

「ダイグンシン! って、何ですかそれ?」

「お父様、あれが何か知ってるの?」

「あぁ。あれは大軍神といって、古代の鳥人族が崇めていた存在だ。これと同じものがゼーベスの古代鳥人族の遺跡にもあった」

 

 ハジメは説明した後、壁画に接近していく。

 

(懐かしい……昔、ゼーベスに来たばかりの頃、師匠に連れられて大軍神の壁画を見たことがあったな……)

 

 壁画を前にしてバイザーの下で目を瞑るハジメ。視界はゼロであるが、初めて大軍神を見た時の記憶が心象風景として瞼裏に映し出されていた。

 

(かつて、俺は大軍神に誓った。最強の戦士となることを……)

 

 ハジメが大軍神を見たのは一回だけだったが、今までで特に印象に残った存在の一つであった。

 

(そういえば、大軍神の壁画に少し落書きしたことがあったな……相当下手な絵だったが、俺と師匠を描いたような……あの絵はまだ残っているだろうか?)

 

 実は罰当たりなことをやっていたハジメ。大軍神に雷を落とされそうだが、再びゼーベスの大軍神の壁画を見に行きたいと思いを馳せていた。

 

「あの、師s「待って、シア」……」

 

 壁画の前でしばらく動かないハジメに対して、待ちきれなくなったのか声を掛けようとしたシア。だが、ユエによって制される。

 

「きっと、お父様は過去に思いを馳せているのだと思う。だから、もう少し待ってあげて」

「ユエさん……そうですね、今のは無粋でしたね」

 

(大軍神……俺は歩みを止めるつもりはない。必ずこの世界から帰還し、銀河を守る最強の戦士になってみせる)

 

 そして、ハジメは目を開いて過去の光景から現在に戻る。目の前にあるのはゼーベスではなくフェアベルゲンの大軍神の壁画。七つの紋章が壁画を囲むように埋め込まれ、正面の床には魔法陣がある。ハジメが魔法陣に乗ると、何もなかった空中空間に鳥人族の文字でメッセージが投影された。

 


七つの試練。それを乗り越え、全てのチョウゾの武器と七つの大いなる力を手にした戦士にのみ、我は力を授ける。その力は最強にして強大。それを使いこなしてこそ、真の最強の戦士(メトロイド)といえよう。


 

 投影されたメッセージが消えた直後、壁画の周囲にある紋章のうち、二つに光が灯る。一つは十字に円が重なった紋章、もう一つはサークル状の紋章であり、それぞれオルクス大迷宮とグリューエン大火山に対応していた。また、大軍神が持つ丸鏡にはハジメの姿が映し出されていた。

 

「師匠、あれには何と書いてあったんですか?」

 

 ハジメがユエ達の所に戻ると、シアがあのメッセージについて聞いてきた。この場で鳥人族の言語を理解できるのはハジメのみ。ハジメはメッセージの内容を簡単に説明してあげた。

 

「最強にして強大な力……それがあれば、神すらも倒せるのでしょうか?」

「分からない。だが、その力を求める価値はあるだろうな」

「ん……結局、全ての迷宮を攻略することに変わりはない」

「あぁ……そうだな、ユエ。次の迷宮攻略にはシアを同行させるつもりだ。神代魔法による戦力強化は勿論だが、迷宮攻略は実戦訓練にちょうど良い」

 

 こうして、大軍神が守護する最強で強大な力を手にするために迷宮を攻略するという新たな目的が定まった。

 

「お前さん……いや、ハジメ殿と呼ぶべきだろう。この遺跡に出入りする権限をハジメ殿に付与させていただく。もしも大軍神と面会したい時は、自由に来ていただいて構わない」

「感謝します、長老殿」

 

 そして、ハジメ達は地上に戻ろうとするのだが、そこに慌てた様子で駆け込んでくる一人の森人族の戦士がいた。ハジメ達は知らないが、アリアの側近だったりする。

 

「一大事です! フェアベルゲンが謎の集団による襲撃を受けています!」

「「何だって!?」」

 

 寝耳に水の緊急事態に、ハジメとアルフレリックは驚きの声を上げるが、すぐさま状況確認に移る。

 

「どのような集団だ?」

「後継者様、敵は蟹を人型にしたような化物の集団です。中には空を飛ぶ者も。我らの兵士では全く歯が立たず、市民も含めて死傷者多数。現在、アリア様が単独で迎撃しておりますが、多勢に無勢です……」

「スペースパイレーツか……何故、ここに……」

 

 完全にスペースパイレーツの愉快な仲間達である。ハジメとしては、パイレーツがフェアベルゲンに攻めてくることなど想定外であった。霧に包まれている樹海は、亜人族でなければ迷ってしまうのだから。

 

 だが、驚いている暇など無い。宿敵であるスペースパイレーツが現在進行形で破壊活動に勤しんでいると思われ、それを止める以外の選択肢は存在しない。

 

「長老殿、襲撃者は俺の宿敵で間違いない。フェアベルゲンの防衛に我々も参加させてもらう」

「それは助かる。ハジメ殿、フェアベルゲンを頼む……」

「あぁ。総員、戦闘準備を……」

 

 ユエとシアは専用の戦闘装備を瞬時に身に付け、カム達ハウリア族は緑色の量産型パワードスーツの姿に変わる。ハジメはフル装備の彼らを引き連れ、地上へと戻った。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 奴らがフェアベルゲンに現れたのは突然のことだった。

 

 フェアベルゲンは他種族では迷ってしまう霧に覆われ、入り口の門までたどり着くのは至難の技。人間族や魔人族といった敵が侵入してくる可能性は極めて低い。しかし、奴らは亜人族が想定していなかった方法で現れた。

 

 なんと、スペースパイレーツは転移して現れたのだ。奴らは門の付近に数百体単位で現れたかと思うと、陸と空からの攻撃で門を吹き飛ばし、壁の内側へと侵攻を開始した。

 

 急な出現に対応できなかったことが、被害の増大に拍車をかけた。迎撃や避難の態勢が整う前に襲撃されたことで、亜人族は効果的な対応ができていない。もっとも、仮に態勢が整っていたとしても、彼らの力ではスペースパイレーツに歯が立たず、犠牲者は多数になるのだが。

 

 パイレーツの攻撃により、フェアベルゲンの市街を構成する多数の大木が炎に包まれ、焼け落ちていく。

 

 激しく炎上し、黒煙が立ち上る市街をゼーベス星人が我が物顔で闊歩し、空を空戦型ゼーベス星人が支配している。彼らは兵士や逃げ惑う市民を虐殺して回っており、女子供に対しても慈悲はない。すぐさま、燃え盛る死体の山に放り込まれる。

 

 だが、パイレーツの暴力に抗う者が一人……

 

「おのれ、化け物共……これ以上の狼藉はこの私が許さん!」

 

 アリアはパイレーツの部隊に対して勢いよく言い放つ。彼女はパイレーツの鬼畜な所業に対する激しい怒りに燃えており、その気迫を受けたゼーベス星人は破壊活動の手を一瞬止め、その矛先をアリアに向けた。

 

「そちらがその気なのであれば……アリア・ハイピスト、推して参る!」

 

 チョウゾギアを装着した彼女は、槍であるチョウゾスピアと盾であるチョウゾシールドを構えて突撃し、接触した全てを撥ね飛ばしていく。その姿はまるで重騎兵のようだった。

 

 彼女は獅子奮迅の戦いを繰り広げた。重騎兵のような突撃で敵集団に切り込み、槍を振り回す度に複数のゼーベス星人が宙を舞う。盾を攻撃に使用することも忘れず、シールドバッシュで撲殺する場面もあった。

 

 これを見ただけなら、アリアがゼーベス星人を圧倒しているように思えるだろう。しかし、物量に関しては敵が圧倒的である。別の方面から応援のパイレーツ部隊が現れてから、彼女は押され始めた。

 

「くっ……空からも来るとは……」

 

 空戦型ゼーベス星人は飛び道具を持たないアリアにとって苦手な部類の相手だった。彼らは常に一定の距離を保っており、彼女が跳躍したとしても退避されるので攻撃を届かせることは困難。彼女は一方的に空から撃たれる状態となり、地上の敵を相手にするのに支障が出ている。

 

 今回、空戦型ゼーベス星人は新兵器を引っ提げてフェアベルゲン攻撃に参加していた。彼らの背部にはパーツが増設されており、ハジメが戦った個体とシルエットが少し異なっている。彼らはアリアを黙らせるため、その新兵器を発射した。

 

 複数の空戦型の背部から放たれたのは、多数の小型ミサイルだった。小型ミサイル群はアリアが咄嗟に構えた盾に殺到。酷使で耐久力が大幅に下がっていた盾は数発で砕け散り、本体の方が激しい攻撃に曝される。ミサイルの運動エネルギーと爆発に連続で激しく殴られ、吹き飛ばされた彼女は近くの建物に突っ込んでしまった。

 

「ぐっ……がぁ……」

 

 苦しそうにしながらも、建物から這い出てきたアリア。目の前に見えたのは、自分を完全に包囲しているゼーベス星人の姿。開かれたハサミの内部は輝きを放っており、次の瞬間にはビームの集中砲火を浴びることになるのだろう。だが、その時は訪れなかった。

 

ドガドガドガドガドガドガッ!!!

 

 突然、多数の光弾が何処からか飛来し、ビームを撃とうとしていたゼーベス星人の頭部をぶち抜いていく。さらに……

 

「“砲皇”」

 

 空中に竜巻が出現し、付近にいた空戦型ゼーベス星人の集団を巻き込んでいく。真空刃を伴う竜巻であり、巻き込まれた彼らはズタズタに切り刻まれる結果となった。この一撃で、フェアベルゲン上空に存在する大半の空戦型が取り除かれた。

 

「な、何が……?」

 

 直後、アリアの近くにパワードスーツの戦士とその娘、弟子が降り立つ。

 

「南雲ハジメ……!?」

「すまない、俺の世界の連中がとんでもないことを仕出かしてしまった」

「連中のことを……知っているのか……?」

「あぁ。奴らはスペースパイレーツ。平和を脅かす海賊にして、俺の宿敵だ」

「つまりは賊ということか……」

「奴らの撃退に力を貸す。まだ戦えるか?」

「ふっ、この程度でくたばる私ではない……」

 

 アリアは立ち上がり、ハジメとユエ、シアと共に並び立つ。すでにハウリアの部隊は市民の保護のために動いており、所々で戦闘音が聞こえてくる。今、勇敢な戦士達による反撃が開始されようとしていた。




大軍神とその壁画はメトロイドゼロミッションから、ルビになっているチョウゾルーインズはメトロイドプライムからの出典です。壁画への落書きも原作再現だったりする。


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31話 フェアベルゲンの英雄達

ゼーベス星人はいくら殺してもいい。
古事記にもそう書かれている。

今回は戦闘シーンから大樹に行くまでを一気に駆け抜けます。


『スピードブースター、オンライン』

 

 背面ブースターを噴射し、全身に青いエネルギーを纏って高速で大地を駆けるハジメ。彼が突き進む先にいるのは、多数のゼーベス星人だ。

 

 スピードブースターの発動時は無敵状態であり、大半の攻撃は無効化する。また、発動時に接触した敵を一撃で粉砕する攻撃性能も備えており、某配管工兄弟でお馴染みの無敵になる星と同じである。

 

 ハジメはスピードブースターで進路上のゼーベス星人を蹂躙しながら進んでいくのだが、いきなり急ブレーキをかける。慣性で少し滑りながら停止し、その場にしゃがんだハジメの全身は明滅する白い光に覆われた。

 

 これは、スピードブースターの派生アクションであるシャインスパークを発動するための準備だ。

 

 やがて、ハジメは一体の空戦型ゼーベス星人に狙いを定めて地面を蹴る。全身を黄色に光り輝かせ、強烈な衝撃波を周囲に撒き散らしながら、自身を砲弾に見立てて敵に体当たりする。現在のハジメが使用可能な攻撃の中で最大の攻撃力を誇るシャインスパークの直撃を受けた空戦型ゼーベス星人は一撃で粉砕された。

 

 そして、ハジメはズシンッ!という音と共に三点着地で地上に降り立ち、地面にヒビが入る。目の前には敵の集団、背後には逃げ遅れた亜人達がおり、ハジメはゼーベス星人に対して啖呵を切った。

 

「パイレーツ共、この俺が相手だ!」

 

 罪無き人々を虐殺するパイレーツに対し、ハジメは怒りに燃えていた。そんなハジメの気迫に押され、星人達は浮き足立っている。

 

『スペイザー、オンライン』

 

 アームキャノン内でエネルギーを増幅し、浮き足立つゼーベス星人の集団に向けて放つ。最大威力のビームが三発同時に放たれ、横並びになっていた三体の星人を同時に撃破した。

 

 少し練度が高いゼーベス星人が反応してビームを放つが、手遅れだ。すでにハジメは地面を蹴り込み、地面スレスレを滑空するようにしてビームの下を潜り抜け、至近距離に迫っていたからだ。

 

「グギャァ!?」

 

 そして、アームキャノンによる正拳突きが頭に叩き込まれる。その一撃で頭の外骨格が歪み、その砲口から発生した爆発で完全に粉砕された。

 

「さて、次は誰から殺られたい? リクエストには答えてやる」

 

 その瞬間、ゼーベス星人達が次々と襲いかかってきた。

 

 迫り来るゼーベス星人の集団に対して、ハジメは休むことなくアームキャノンを動かし、ビームを発砲し続けて敵の物量に対抗する。たった一人から無数の光弾が四方八方にばら撒かれ、次々と敵を撃ち抜いて近くに寄せ付けない。

 

 それでも限界があるので至近距離に迫るゼーベス星人も現れたが、そこもハジメのキルゾーンである。アームキャノンを装備していることから飛び道具を使う遠距離タイプに見えるが、実際には遠近両方に対応可能な万能型であり、やっとの思いで接近したとしても近接攻撃で叩き潰されてしまうのだ。

 

 前方から来たゼーベス星人に対して強烈なショルダータックルをかまし、その衝撃で外骨格や内臓を粉砕する。その勢いは人間大でありながら全速力の自動車に匹敵しており、盛大に吹き飛んだ味方の死体に突っ込まれ、何体かの星人がボーリングのピンのようになっていた。

 

  左側のゼーベス星人が突き出したハサミは体を少し後ろに傾けることで容易に回避し、カウンターの回し蹴りを叩き込んで胴を砕く。直後に右側から迫ってきた二体に対しては、ノールックでアームキャノンだけを向けて素早く二連射して始末する。

 

 その背後ではハサミが振りかざされるが、低めに跳ぶと後方に向かって勢いよく脚部の先端を槍のように突き出し、星人の胸部を粉砕する。

 

 少し離れた地点から何発かの射撃がくるが、ハジメは鳥のようにフワリと跳躍して回避し、付近の壁を砕く勢いで蹴って更に高く舞い上がると、アームキャノンを地上に向けて撃ち下ろす。

 

ドガドガドガドガッ!!

 

 破壊の流星群が降り注ぎ、ゼーベス星人達は一方的に蜂の巣にされていく。

 

 着地した隙を狙って射撃してくる個体もいたが、ハジメはそれすらも察知すると前方に倒れこむようにしながらモーフボールに変形して回避し、そのまま高速で転がって体当たりする。星人の体を利用して空中に跳び上がると、人型に戻って頭頂部を真上からぶち抜いた。

 

 別の場所ではシアが戦っていた。

 

「うりゃぁぁぁぁ!!」

 

 本気で身体強化したシアの鉄拳を胴体に受け、ゼーベス星人はグシャッ!という音と共に甲殻の破片と血を飛び散らせて絶命する。そして、シアはゼーベス星人の集団に突貫した。

 

「師匠の射撃の方が正確ですぅ!」

 

 多数のビームが飛来するが、シアは難なくビームの隙間をすり抜けていく。ハジメによるスパルタ特訓の賜物である。両腕を構え、ボクサーのような前傾姿勢で前進し、以前よりも射撃を回避する技術が向上していた。

 

「一番槍、突貫します!」

 

 別に一番槍でも何でもないのだが、その勢いのままにゼーベス星人の集団へと乱入して駆け抜ける。ハジメ仕込みの格闘術を駆使し、拳撃と脚撃を次々と繰り出して星人を撃破していく。一撃一撃が敵にとって致命的な攻撃であり、振るわれる度に先程まで命だったものが転がっていく。

 

(私……ちゃんと戦えてます!)

 

 以前、シアはゼーベス星人から逃げることしかできなかった。だが、彼女は覚悟を決めてハジメに弟子入りし、戦闘技術を身に付け、戦闘用の装備を手にした。抗う力を得た彼女は、敵に背を向けるのではなく、目を逸らさずに敵へと一直線に向かうという選択ができるようになったのだ。

 

 そして、シアは腰のスラスターを噴射しながら上空にいる空戦型ゼーベス星人を目掛けて高く跳躍する。同じ高度に上がってきたシアの姿に驚いた空戦型は距離を取ろうとするが……

 

「逃がしません!」

 

 瞬時に足元に出した力場を蹴って距離を詰めるとボレーキックのような空中回し蹴りを繰り出し、その頭をサッカーボールのように蹴り飛ばす。ジェットパックが残っている本体の処理も忘れず、別の空戦型に向かって蹴り飛ばして爆殺していた。

 

 空戦型の処理が終わると、シアは力場を蹴って地上の敵集団を目指して急降下する。腰のスラスターも噴射した状態であり、凄まじい勢いで降下していくのだが、今回はガントレットの三つ目の機能を起動させていた。

 

『ブースター起動』

 

 右腕のガントレットがガチャガチャと変形し、何処にそんなものが収まっていたのか疑問に思える程の大きなブースターが右腕に展開される。これはハジメのパワードスーツの技術の応用である。ブースターを噴射することで拳の威力を向上させる機能なのだが、シアは加速に使用していた。

 

「でりゃぁぁぁぁ!!」

 

 それは、一筋の流星の如く。装備の機能と自身の能力を最大限に利用して加速したシアは、己を恐るべき質量兵器に変えて地上に着弾した。

 

 運悪く真下にいたゼーベス星人は黄金の右腕に叩き潰され、着弾時の衝撃波によって周囲のゼーベス星人が吹き飛ばされ、至近距離にいた者は絶命していた。

 

 息をつく間もなく、シアは四方八方から殺意に晒される。それは衝撃波によって吹き飛ばされた星人達のものであり、彼らはすぐさま起き上がっていた。全員がボロボロになっているが、殺意だけは衰えないらしい。

 

「ここを、あなた達の死に場所にしてあげます!」

 

 シアは最も近くにいたゼーベス星人に狙いを定めると、低めに跳躍して踵落としを叩き込む。直撃を受けた星人の頭部はトマトのように潰され、外骨格と血液、脳髄を撒き散らして死に絶えた。

 

 

 

「遅い……それでは私に届かない」

 

 ローラーの独特な駆動音を響かせ、ユエは戦場を縦横無尽に駆け回っていた。そんな彼女に対して、ゼーベス星人は一斉にハサミを開くとビームを殺到させていく。しかし、小さい体で素早く動き回る彼女には全く届かず、掠りもしない。接近戦をしようにも、近付くことすら不可能だった。

 

 スケーターのように滑らかな動きでビームを回避していくが、その動きにアクセルジャンプや上半身を反らせるタイプのイナバウアーのような動きを織り混ぜていた。ユエが戦い方を研究していた時に生み出された動きであり、偶然にもスケートの動きと同じだったのだが、何故か敵を翻弄するのに向いていた。

 

「“風刃”」

 

 回避してばかりではない。ユエは動き回りながらも風の刃を次々と放ち、ゼーベス星人の頭と胴体を永久に破局させていく。

 

「“破断”」

 

 続けて、水属性中級魔法“破断”による細いレーザーのような水流を放ち、すれ違いざまにゼーベス星人を両断する。何とか隙を見つけて飛びかかる個体もいたが、即座に展開されたディスクカッターによって切り刻まれ、鮮血を撒き散らす。

 

 本来なら接近戦は苦手なユエだが、ハジメが製作した装備によって遠距離から至近距離まで対応可能なオールラウンダーと化していた。

 

「フフッ……みんな切り刻んであげる。だから、私から逃げないで?」

 

 敵を切り刻むことに快楽を覚えたのか、ユエはディスクカッターを取り付けた二本のアームを振りかざしてゼーベス星人に襲いかかる。もはや、どちらが襲撃者なのか分からない。

 

 生きた殺人草刈り機とでも呼ぶべきだろう。ユエが通った後に命は残らず、無惨なバラバラ死体だけが残されていく。彼女は本当に後衛職の魔法使いなのか怪しくなってきた。

 

 なお、半ば暴走しているような状態であっても、周囲への警戒は怠らない。空から降り注ぐビームの雨は華麗なターンで回避し、小型ミサイル群に関してはギリギリまで引き付けた上で“破断”を放って薙ぎ払う。

 

「“緋槍”」

 

 そして、撃ってきた空戦型ゼーベス星人に炎の槍を直撃させる。炎の槍は本体どころか背部のジェットパックまでも貫いており、自爆特攻は不可能。体内から焼き尽くされ、彼は死体も残さずに消えた。

 

 

 

 三人によって敵が蹴散らされていく一方、彼らがいないある場所をゼーベス星人の一団が進軍していた。空戦型は三人の方に向かっており、ここにはいない。

 

「?」

 

 先頭を行くゼーベス星人は首を傾げる。何故なら、いくら進んでも人っ子一人いないからだ。いつまでも無人地帯であることに、流石の彼らも疑問を抱いた。

 

 彼らは知らない。自分達が誘い込まれており、見られているということを。今、この瞬間からお前達は捕食者から獲物に転落する。一方的に狩られる存在に。

 

 それとは反対に、今まで逃げるだけだった獲物から、敵を打ち払う戦士へと進化を遂げた者達がいた。

 

『敵部隊、予定地点に入りました。族長、指示をお願いします』

『こちら、カム。作戦は打ち合わせ通りに行うぞ。狙撃班、強襲班、掃討班、準備はいいか?』

『『『問題なし!!』』』

『よし、カニパーティーの始まりだ! 各班、打ち合わせ通りに攻撃開始!』

 

 最初に動いたのは、狙撃班だった。彼らは木の上や物影に潜んでおり、ショルダービームキャノンの発射準備を行う。ヘルメット横のレーザーサイトを起動させ、各自に割り振られた敵に照準する。

 

 何体かのゼーベス星人の頭に三つの赤い光点が現れるが、彼らは気づかない。そして、その赤い光点に目掛けて光弾が飛び込んでいき、頭部を一撃で吹き飛ばした。

 

「強襲班、突撃! 奴らの首を討ち取れ!」

「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」

 

 近接武器を装備した強襲班は喊声を上げて突撃する。ここに、もはや以前のハウリアはいない。完全に戦国時代の戦いである。

 

 強襲班で先陣を切ったのはカムだ。ビームキャノンによる狙撃で崩れた敵の隊列に突っ込み、左腕の振動刃コンバットナイフと右腕のリストブレイドによる二刀流で暴れ回る。

 

 ハサミの一撃を回避しつつ、リストブレイドを一閃して腕を飛ばし、左手に逆手持ちしたナイフで首を討ち取る。他のハウリア達もカムに劣らず、敵の首を順調に落としている。

 

 狙撃と強襲により、ゼーベス星人の集団は総崩れである。敵が次々と逃げ出していくが、カム達は追撃の手を緩めない。定期的にビームキャノンによる射撃が行われ、その外骨格をぶち抜いていく。

 

 ここで、掃討班が動いた。逃げ出したゼーベス星人の前に躍り出て退路を塞ぎ、確実に倒していく。パルのビームボウガンによる狙撃も加わりゼーベス星人達はその命を散らしていった。

 

「悪く思わないでくれ。これはお前達の自業自得だ」

 

 カムは最後の一体の首に突き立てたリストブレイドを引き抜きながら、そう呟いた。

 

 

 

 

 

(これが、鳥人族の後継者の本気……!)

 

 自身も戦いながら、ハジメの戦いを見ていたアリアは、その力に感嘆していた。

 

(何なのだ、あの飛び道具の命中率は……まさに百発百中ではないか……あの時、飛び道具が使われていたとしたら……)

 

 あの模擬戦の時、ハジメは飛び道具を封印した近接オンリーの状態だった。その状態であれば対等に戦えていたが、あの百発百中と言える命中率を見たアリアには、全力のハジメに勝てるビジョンが見えなかった。

 

(我々でもあの命中率は不可能だ……彼の射撃技術は素晴らしい……!)

 

 森人族は弓を持って産まれてくると言われるほど、弓を始めとする飛び道具を得意とする種族である。そんな森人族の彼女に褒められるのは名誉以外の何者でもない。

 

(他の二人も高い戦闘力を持っている……彼らなら、この世界に変革をもたらすことができるかもしれないな……)

 

 アリアはそんなことを思いつつ、槍や格闘で敵を叩きのめしていた。受けたダメージが大きいとはいえ、タフな彼女はまだまだ戦える。そのまま、彼女は戦場を最後まで駆け抜けた。

 

 その後も、パイレーツ部隊はハジメ達によって蹂躙され続けた。ビームや魔法を撃ち込まれ、格闘や槍で叩きのめされ、回転鋸で切り刻まれ、首を刈り取られる。ハジメ達の攻撃に対し、ゼーベス星人たちに為す術は無い。一人、また一人と同胞が倒れていき、数の上では有利だったはずのパイレーツの勢力が急速に衰退する。逃げ出す者も現れ、フェアベルゲンを襲ったパイレーツ部隊は壊滅した。

 

 この戦いは、ハジメ達の勝利に終わった。だが、忘れてはならない。スペースパイレーツの手によって多くの罪無き人々の命が奪われたということを。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 あの惨劇から十日が経過した。

 

 その間、ハジメ達とハウリア族による残党狩りや被害地域の復興支援が行われており、パイレーツを撃退したこともあって、住民は彼らに対して総じて良い印象を持っていたし、フェアベルゲンを救った英雄として扱う動きがあった。

 

 特にシアは、扱いが魔力持ちの忌み子から救国の英雄に変わっており、その変化は手のひら返しといってもいいだろう。そして、ハウリア族は英雄の一族として扱われている。

 

 無論、当初は同胞ではないハジメやユエに対して、熊人族を中心に懐疑心を抱く者が少なくなかった。

 

 長老会議によって掟の内容が公表され、ハジメが“鳥人族の後継者”として、ユエがその娘として紹介されたとはいえ、他種族に対して排他的な彼らが簡単に信用できるはずがない。

 

 だが、そんな二人の行動が彼らの態度を変える。それは、犠牲者の葬儀が行われた時のことだ。二人も参列していたのだが、他の参列者からは他種族ということで良く見られていなかった。

 

「すまない、君達を救うことができなかった……」

 

 だが、二人が犠牲者の墓標の前で膝をつき、謝罪すると共に目を瞑って冥福を祈ったことで、亜人族の態度が変わる。

 

 亜人族にとって、人間族は自分達のことを全く人として見ていないという認識が当たり前であり、一部の亜人族はハジメ達もそうであると考えていた。

 

 彼らはハジメとユエの行動を見て、二人が亜人族の死を悲しみ、冥福を祈ることができる者であることを知った。まだ、全ての亜人族から支持されている訳ではないが、当初よりは関係が改善したといえる。

 

 そして十日目の今日、ハジメ達がフェアベルゲンを出発する時が来た。その見送りには英雄達を一目見ようと大勢の亜人族が詰めかけている。

 

「カム、本当に後は任せていいのか?」

「はい、大将。これ以降の復興作業及び樹海の防衛は我々ハウリア族が引き受けます」

 

 フェアベルゲンの軍隊に大きな被害が出たことで、臆病者から立派な戦士となったハウリア族は戦力として重宝され、巷では“亜人族の守護者”と呼ばれている。

 

 また、ハジメによってチョウゾギアの修理と改良が行われ、自己修復装置の搭載やエネルギーシールドの強化が行われた他、飛び道具が搭載されている。ギアの新造も為され、三十体のギアが追加された。

 

 四十人のハウリア部隊と五十人のチョウゾギア部隊、ハジメ製戦闘服や武装を装備した兵士達がフェアベルゲンと樹海の防衛の任に就くことになった。

 

「そうか、後は任せる」

「こちらこそ、我が娘のことをよろしくお願いいたします」

「任せろ。シアのことは立派な戦士に育て上げてみせる。そして、必ず樹海に戻ってくる」

 

 ハジメはシアを旅の仲間として迎えていた。ハウリア全員が戦士となり、フェアベルゲン内での居場所を確保した以上、シアがフェアベルゲンに残る理由はない。シア自身、ハジメと肩を並べて戦いたいと思っていた。

 

 そんな中、詰めかけていた人々の集団が割れ、その間を通って三人の森人族が現れる。長老のアルフレリック、娘のアリア、最後の一人は金髪碧眼の美少女だった。

 

「ハジメ殿。大樹への案内には私と娘、孫娘も同行させていただく」

「我が娘を助けて頂いたこと、感謝している」

「アルテナです。ハジメ様、この前は危ない所を助けていただき、ありがとうございました」

 

 美少女の正体はアリアの娘であるアルテナ・ハイピストであった。森人族のお姫様的な存在であるアルテナは、ハジメに頭を下げる。十日前の襲撃の際、逃げ遅れたアルテナはゼーベス星人に殺されそうになっていた所をハジメに救われていた。

 

「当然のことをしただけだ」

 

(ハジメ様は素敵な殿方ですわ……強く、優しく、熊人族の族長と違って驕り高ぶるようなことをしない……それに、あの時のハジメ様は……)

 

 アルテナはハジメに助けられた時のことを思い浮かべる。当時、彼女はゼーベス星人に追い詰められ、ハサミを振り下ろされる一歩手前であった。だが、そのゼーベス星人は駆けつけたハジメの放ったグラップリングビームで動きを封じられ、引き寄せられて右腕の一撃で仕留められていた。

 

 なお、この時点でハジメは彼女がアリアの娘であることは知らなかった。そして、ハジメとアルテナは敵に包囲されてしまうが、ハジメは彼女を背後に庇い、こんなことを言った。

 

「俺から離れるな。必ず君を助ける」

 

 この発言に他意はない。単純に、ハジメから離れなければ生きて帰れるという事実を伝えたに過ぎない。アルテナも一応それは理解していたが、吊り橋効果でもあったのか、彼女がハジメに好意を抱く一因となった。

 

(後でお祖父様から彼が人間族であることを聞いて驚きましたわ。でも、私達の知る人間族とは違い、ハジメ様は亜人を差別しないお方でしたわ……)

 

「アルテナさん!?」 

「はっ……! シアさん? 少しボーッとしてましたわ」

 

 ハジメのことを考えて別の世界に旅立っていたアルテナは、シアの声で元の世界に引き戻された。

 

「お父様、揃ったみたいだから行こう?」

「あぁ、そうだなユエ」

 

 すでに大樹に向かうメンバーは集結済みだ。ハジメとユエ、シア、アルフレリック、アリア、アルテナ、何名かのハウリアである。

 

「シア、大樹に行くまでの先導は頼む」

「了解です、師匠!」

 

 出発の時が迫る。シアはしばらく会えなくなるカムに対して別れの挨拶をした。

 

「父様、行ってきます!」

「シア、気を付けて行ってくるんだ。父さん達は、お前の帰る場所を守り続ける。だから、必ず生きて帰ってこい」

「大丈夫、私は絶対に帰ってきます」

 

 シアは父親に対してサムズアップした。

 

「では、行こう」

 

 巨大な木造の門が開き、一行はそこを通り抜けるべく歩みを進める。詰めかけていた人々の歓声を背に受け、フェアベルゲンを後にした。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 シアに先導された一行は、およそ十五分で大樹ウーア・アルトの下へ辿り着いた。

 

「……枯れている」

 

 ハジメの第一声。その通り、大樹は見事に枯れていた。想像と違ったのか、ユエの方は微妙な表情をしている。

 

 大樹と呼ばれるくらいなのでその大きさは途轍もなく、その幹の直径はおよそ五十メートルはあると思われる。周囲の木々とは桁違いの大きさであるのだが、その大樹だけ葉が無かった。

 

「ハジメ殿、大樹は建国前から枯れていると伝わっている」

 

 アルフレリックが解説する。彼によると、今に至るまで朽ちることなく枯れたままの状態で残っており、神聖視される所以となっているらしい。なお、多くの亜人族は観光名所扱いしているとのことだ。

 

「ハジメ様、こちらへ」

 

 アルテナに案内されてハジメ達が大樹の根元に近づくと、そこに石板が建てられていた。

 

「指輪と同じだ……」

「ん……同じ文様」

 

 その石板には七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれており、その文様の1つがオルクスの指輪の十字に円が重なった文様と同じだった。

 

「ここに迷宮の入口があるようだな」

 

 ハジメは石板の回りを調べていく。石板の裏側に回り込んだ時、あるものをハジメは発見した。それは、表側の7つの文様に対応する様に開けられている小さな窪みだった。

 

「これは……」

 

ハジメはオルクスの指輪を窪みに嵌めてみる。すると、石版が淡く輝きだした。しばらく輝く石板を見ていると、次第に光が収まる代わりに文字が浮かび上がる。そこにはこう書かれていた。

 

“四つの証”

 

“再生の力”

 

“紡がれた絆の道標”

 

“全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう”

 

「どうやら、迷宮への入口を開くには条件があるらしい。“四つの証”というのは、間違いなく迷宮を攻略した証のことだろうな」

「ん……“再生の力”と“紡がれた絆の道標”は?」

「ユエさん、紡がれた絆の道標は亜人の案内人を得られるかどうかじゃないですか? 師匠は多くの亜人族から信頼されてますし」

「ん……なるほど。“再生の力”は、もしかして神代魔法? 多分、私の“自動再生”とは関係無いと思う」

 

 

 ユエが試しに薄く指を切って“自動再生”を発動しながら石板や大樹に触れるが、変化はない。再生の力というのは、間違いなく神代魔法なのだろう。

 

「まとめると、七大迷宮の過半数を攻略した上で再生に関する神代魔法を入手し、亜人族の案内で大樹まで来いということだろうな」

 

 ハジメは再生に関する神代魔法……言うならば再生魔法で目の前の枯れている大樹を再生させる必要があると推測していた。

 

「ん……ということは今すぐの攻略は不可能ということ?」

「そうらしいな」

 

 ハジメはアルフレリック達の方を見る。

 

「長老殿、俺はここ以外の迷宮から攻略することにします。しばらくの間、お世話になりました」

「いえ、フェアベルゲンと孫娘を救ってもらったのだ。お互い様というものだろう」

「南雲ハジメ。また、手合わせできるのを楽しみにしている」

「ハジメ様、あなたが再びフェアベルゲンに来るときまで、首を長くしてお待ちしておりますわ」

 

 ハジメは胸に手を当てて一礼すると、同行していたハウリアの戦士を集めて言う。

 

「俺が戻るまで、大樹とフェアベルゲンを守護するようにカムに伝えてくれ。それと、三人を無事にフェアベルゲンまで送り届けてくれ。まあ、一人だけ護衛がいらなそうな人がいるがな」

「「「了解しました!」」」

 

 ハジメ達はシアの案内で樹海から出ると、ジャガーノートに乗って出発した。これからは、シアを加えた三人で旅をすることになる。




ようやくシャインスパークを使わせることができた。スピードブースターに至っては久しぶり過ぎる。

そろそろ、ゼーベス星人を強化していこうと思います。流石に、このまま一方的に蹂躙され続けるのも可哀想なので。


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32話 ブルックの町 前編

可能なら今年の内にライセン大迷宮を攻略させたいですね


 樹海を後にしたハジメ達は、ジャガーノートに乗り込んで平原を進んでいた。

 

「師匠、次の目的地はライセン大峡谷でしたよね?」

 

 ハジメの左斜め後ろに座っていたシアが目的地を再確認する。ちなみに、車内にあるユエとシアの席は人が一人通れる程のスペースを隔てて設置されている。

 

「そうだ。ライセン大峡谷には七大迷宮の一つがあると言われているからな。しばらくはそこに留まり、迷宮の入り口を探すつもりだ」

「ライセン大峡谷……師匠とユエさんに出会った懐かしい場所ですね」

「ん……魔力が分解されるからあまり行きたい場所じゃない」

 

 ライセン大峡谷はシアの一族が全滅しそうになった場所だが、今のシアは精神的に成長しているのか動揺することはなかった。一方、ユエの方は魔力が分解されるライセン大峡谷の性質から、あまり気乗りしないようだったが。

 

「それで、今日はこの乗り物の中で一泊ですか? それとも近場の町に?」

「町で一泊しよう。素材の換金や物資の調達もしておきたいからな」

「そうですね。フェアベルゲンで何も受け取ってませんでしたから」

 

 実を言うと、フェアベルゲンから報酬や物資補給の打診があった。だが、復興の方を優先してほしいということで全て断っていた。

 

 大樹を訪れた後、三人は樹海で大量の魔獣を狩っており、珍しい樹海産の素材を売却すればかなりの金額になることが予想されている。

 

「向こうは復興中だ。こちらに物資を寄越すくらいなら、復興に使ってもらった方がいい」

 

 数時間後、夕日が沈みそうな頃になって前方に町が見えてきた。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町であり、その入り口には門がある。門の上の櫓には弓を持った兵士が配置され、門の脇には門番の詰所があった。

 

 そろそろで町の方からハジメ達を視認できる距離であるため、目立つジャガーノートを収納して徒歩に切り替えて進む。もしもこのまま行けば、魔獣の襲来として町から攻撃を受ける可能性があるからだ。もちろん、パワードスーツも装着していない。

 

「ユエ、シア、門番との問答は俺に任せてくれ。ユエはステータスプレートを持っていないし、シアは……言わなくても分かるな?」

 

「私は師匠の奴隷のふりをすればいいんですよね?私みたいな超絶☆美少女だと拐われる可能性がありますから」

 

 シアの首に装着されているチョーカーは色を自由に変えることができ、奴隷の首輪と同じ黒にすることで奴隷のふりをすることが可能である。白髪の兎人族で珍しく、容姿もスタイルも抜群なシアは、誰かの奴隷であることを示さなければ、人攫いに狙われるからだ。

 

「よく分かってるな。だが、超絶☆は余計だ。まあ、美少女という点は否定はしないが……」

「師匠って、意外と私のことを美少女だと思っていたんですね」

 

 やがて、町の門に到着する。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 町の門に到着すると、脇にある詰所から門番の男が出てきた。皮鎧と長剣を装備した冒険者風の門番は、ハジメ達にマニュアル通りの質問をした。

 

「食料の補給だ。旅の途中だからな」

 

 ハジメは門番の質問に答えながら、隠蔽機能で隠蔽したステータスプレートを提示した。何故なら、そのステータスの高さや“言語理解”の存在によって神の使徒であることがバレてしまうからだ。また、名前の表記はこの世界に合わせてある。

 


ハジメ・ナグモ 17歳 男 レベル:20

天職:戦士/錬成師

筋力:150

体力:132

耐性:100

敏捷:160

魔力:70

魔耐:35

技能:槍術・棒術・短剣術・操鞭術・投擲術・格闘術[+身体強化]・射撃術[+狙撃][+早撃][+命中率上昇]・気配感知・夜目・遠目・錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]


 

 ちなみに、本来のステータスは次のようになっている。

 


南雲ハジメ 17歳 男 レベル:50

天職:戦士/錬成師

筋力:1500

体力:1320

耐性:1000

敏捷:1600

魔力:700

魔耐:350

技能:槍術・棒術・短剣術・操鞭術・投擲術・格闘術[+身体強化]・射撃術[+狙撃][+早撃][+命中率上昇]・気配感知・夜目・遠目・錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・生成魔法・空間魔法・言語理解


 

「ほぉ……意外と強いんだな。それに、天職が二つもあるなんて珍しいな」

 

 隠蔽されたステータスを見た門番が言う。隠蔽によって大幅な下方修正を受けているが、この世界ならば十分に強い部類に入る。また、天職が二つあることにも注目された。

 

「それで、そっちの二人のステータスプレートは……」

 

 門番はユエとシアにもステータスプレートの提出を求めようと二人に視線を動かした瞬間、硬直してしまった。そして、顔を真っ赤に染め上げると、焦点の合わない目で二人を交互に見ている。ユエとシアは美少女の部類であり、門番は二人に見惚れて正気を失っていた。

 

 ハジメはわざとらしく咳払いして門番をこちらの世界に引き戻すと、二人のステータスプレートについて説明する。

 

「実を言うと、魔獣の襲撃の際に娘がステータスプレートを紛失してしまってな。こちらの兎人族は……分かるだろ?」

 

 それだけで門番は納得し、ステータスプレートをハジメに返却する。

 

「それにしても、随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪でスタイルのいい兎人族なんて相当なレア物では? あんたって意外と金持ち?」

 

 門番は、羨望と嫉妬の混じった表情でハジメに尋ねる。

 

「想像にお任せする」

「まぁいい。通っていいぞ」

「ああ、どうも。そうだ……素材を換金できるような場所はあるか?」

「それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるはずだ」

「ご親切にどうも。ユエ、シア、行くぞ」

 

 門番から情報を得たハジメ達は門をくぐって町に入ると、冒険者ギルドを目指してメインストリートを進んでいく。ちなみに、この町はブルックの町という。ブルックのメインストリートは露店が多く出ており、呼び込みや値切り交渉の声で賑やかだ。しばらく進むと、冒険者ギルドの看板が見えてきた。

 

 “ギルド”という言葉を聞いた時、ハジメが真っ先に思い浮かべるのは賞金稼ぎ(バウンティハンター)ギルドだった。ゼーベスが陥落した後、バウンティ・ハンターとして活動していたハジメは、パイレーツと戦う依頼をよく受けていた。

 

 賞金稼ぎギルドは荒くれ者が多く、冒険者のことを賞金稼ぎのような存在として認識していたハジメは、冒険者ギルドもそのようなものだとイメージしていた。

 

 だが、実際の冒険者ギルドはそのようなことは無く、清潔さが保たれていた。入り口の正面にカウンターがあり、左手には飲食店、右手の壁には依頼の契約書が貼られた長大な木製のボードが設置されていた。

 

 ハジメ達がギルドに入った直後、中の冒険者の視線が一斉に突き刺さる。最初は見慣れない者達が入ってきた程度の注目であったが、美少女であるユエとシアに気付いた瞬間、冒険者……特に男性が強い好奇心を抱いた。

 

 見惚れる者、感心する者、二人を凝視し過ぎて恋人の女冒険者に殴られる者など多種多様であるが、意外と理性があるのか目で見るだけで接触してくる者はいなかった。予想されたトラブルが無かったことに安心しながらも、ハジメは正面のカウンターに向かった。

 

 カウンターにいたのは、ベテランと思われる受付のオバチャンだった。大変魅力的な笑顔で応対してくれたオバチャンは恰幅が良く、ユエ二人分の横幅があった。

 

「すまない、素材の買い取りはここでいいだろうか?」

「ええ、ここよ。しかし、あんたは受付嬢がこんなオバチャンで落胆しないのかい?」

「あなたはベテランに見える。経験が豊富な方が信頼できるからな」

「へえ、珍しいわねぇ。若くて美人な受付嬢を期待している男の冒険者連中が多くてねぇ。そんな奴が来た時は、つい口を酸っぱくして説教しちゃうのよ」

 

 おそらく、ここにいる男の冒険者の殆どは彼女に説教されているのだろう。彼女に説教されない男は珍しいらしく、ギルド内の冒険者は驚きの表情でハジメを見ている。冒険者が大人しかったのは、オバチャン受付嬢のおかげだった。

 

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

「素材の買取りをお願いしたい」

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」 

「買取りにステータスプレートが必要なのか?」

 

 ハジメの疑問に、オバチャンは「おや?」という表情を浮かべる。

 

「あんた、冒険者じゃなかったのかい? 買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」

「そうなのか。なら、冒険者としての登録をさせてもらえないだろうか?」

「構わないけど、登録には千ルタ必要だよ」

 

 オバチャンによると、登録していればギルドと提携している店や宿で割引が使えるし、高ランクなら移動馬車を無料で使えるらしい。

 

 ルタというのは、北大陸共通の通貨のことである。通貨の色には青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタとなっている。日本円と通貨の価値が同じため、日本人にはありがたいだろう。

 

「実は、持ち合わせが無いんだ。買取金額から差し引く形にしてくれないだろうか?」

「そういうことなら、買取金額に上乗せしてあげるよ。可愛い子を二人も連れているんだから、不自由させちゃだめよ。特に、あんたの娘さんにはね」 

「何故、俺の娘だと?」

 

 ハジメには、ユエが自分の娘であると彼女に紹介した覚えが無かった。門番には言ったが、そのままギルドに直行したので伝わるはずがない。

 

「オバチャンの勘よ。その反応だと、本当に娘さんのようだねぇ。お嬢ちゃん、お父さんはどうだい?」

「ん……お父様は強くて優しい人。いつも助けてくれる、自慢のお父様……」

 

 ユエは顔を赤くしながらも、ハジメのことを話す。自分への評価を聞いたハジメは口元が緩んでいた。

 

「あんた、若いのに素敵な父親ね。素材の買取金額にボーナス付けとくよ」

「すまないな」

 

 ハジメはオバチャンの厚意を受け取り、ステータスプレートを差し出した。なお、ハジメはユエとシアに関しては登録を断っている。ステータスプレートを持っていない二人はプレートの発行からしなければならず、技能欄に載っているであろう魔力操作の存在が知られてしまうからだ。

 

 戻ってきたステータスプレートは、載っている情報が増えていた。天職欄の隣に現れた職業欄に“冒険者”の表記があり、その隣に青色の点が付いている。

 

 この点の色が冒険者のランクを示しており、上昇するにつれて赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する仕組みだ。この色は通貨の価値を示す色と一致しているのだが、青は最低ランクの色であり「お前は一ルタ程度の価値しかないんだよ」と言われているようなものだ。

 

「男なら最低でも黒を目指しなさいよ? 娘さん達にカッコ悪いところ見せないようにね?」

「努力する。それで、これが買取を希望する素材なのだが……」

 

 ハジメは予め宝物庫から袋に入れ換えておいた素材を取り出し、カウンター上の籠に入れていく。素材は全て樹海のものである。

 

「これは……樹海産だね? 樹海産の素材は良質ものが多いし、売ってもらえるのは助かるよ」

「やはり、珍しいか?」

「そりゃあねぇ。樹海の霧の中じゃ感覚を狂わされるし、危険度も高い。好き好んで入る人はいないねぇ。あんたが樹海に入って戻ってこれたのは、兎人族のお嬢さんのお陰だろう?」

「まぁ、そんなところだ」

 

 そして、オバチャンは買取金額を提示した。四十八万七千ルタ。中々の金額である。

 

「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね」

「いや、この額で構わない」

 

 ハジメは五十一枚のルタ通貨を受けとる。この貨幣は異様に軽く、かなり薄いので持ち運びに困ることはない。尤も、ハジメ達には宝物庫が複数あるので、いくらあっても問題ないのだが。

 

「そういえば、この町の簡易な地図をギルドで貰えると聞いたんだが」

「ああ、ちょっと待っといで………ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

 渡された地図はとても精巧なものだった。店や宿についての有用な情報が簡潔に記されており、十分に金を取れるレベルだった。

 

「こんな凄い地図を無料で貰っていいのか? 

「別に大丈夫よ。あたしが趣味で書いているものだし、“書士”の天職を持ってるから落書きみたいなもんだよ」

 

 何と、この地図は落書きのようなものだったのだ。こんなに優秀であるなら、辺境のギルドの受付ではなく設計の仕事に携わった方がいいのではないか?というのがハジメの感想だった。

 

「いろいろとすまないな」

「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊まりなよ。治安が悪いわけじゃないけど、その二人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

「あぁ、そうさせてもらう」

 

 オバチャンは気配り上手な良い人だった。ハジメは彼女に頭を下げた後、入り口へと踵を返す。ユエとシアも頭を下げるとハジメに追従していく。その場にいた冒険者達は、二人の姿が完全に見えなくなるまで目で追い続けていた。

 

「ふふ、色々と面白そうな連中だねぇ……」

 

 オバチャンはそんなことを呟きながら、立ち去るハジメ達を見送った。



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33話 ブルックの町 後編

前話にて主人公に偽名を使わせましたが、修正して元の名前をそのまま使わせることにしました。


 ハジメ達がオバチャン特製の地図の中から選んだ宿は、“マサカの宿”という宿屋だった。もはやガイドブックと呼んでも差し支えないその地図によると、料理が美味く防犯がしっかりしている上にお風呂に入れるらしい。その分少し割高となっているが、金はあるので問題ない。

 

 宿屋の一階は食堂になっており、食事を取っている男の冒険者達がいた。ハジメ達が足を踏み入れると、ギルドの時と同様にユエとシアに視線が集まる。

 

 そのような視線にはギルドで慣れていたため、無視して宿のカウンターに向かう。すると、十五歳くらいの女の子が元気な挨拶と共に現れた。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ“マサカの宿”へ! 本日は宿泊ですか? それとも、お食事だけですか?」 

「宿泊だ。この地図を見て来たのだが、記載されている通りでいいか?」

 

 ハジメはオバチャンに貰った地図を見せる。女の子はそれを見て理解したのか、大きく頷いた。

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 

 女の子は仕事に慣れているらしく、すぐさまテキパキと宿泊の手続きを始める。なお、ハジメはオバチャンがキャサリンという名前だったことに内心驚いていた。

 

「一泊で頼む。食事とお風呂付きで」

「はい。お風呂は十五分で百ルタです。今のところ、この時間帯が空いていますよ」

 

 女の子が時間帯表を見せる。日本人といえばお風呂の文化であるが、ハジメは長いこと鳥人文明に身を置いており、そこまでお風呂に思い入れがあるわけではない。そのため、ハジメはお風呂の時間を長く確保しなかった。

 

 確保した時間は三十分。ハジメで十五分、ユエとシアが一緒に入って十五分という内訳である。

 

 

「お部屋はどうされますか?二つ部屋と三人部屋が空いてますが…」 

「二人部屋を二つで頼む」

 

 ハジメの考えとしては、ユエとシアで一部屋、自分は別室にするつもりであり、男女で分けることは当然だと思っていた。だが、ここでユエとシアが意見した。

 

「ん……三人部屋がいい。お父様とシアと私で同じ部屋で寝たい」 

「わ、私もユエさんと同意見です!」

 

 二人の発言に、男の冒険者達はザワッとなった。そして、嫉妬の表情を浮かべてハジメを見る。美少女二人と同室なんて妬ましいと思ったのだろう。

 

 ハジメは、三人部屋を希望する娘と弟子の説得を試みようとする。

 

「ユエ、シア……たまには二人だけで過ごしてみるのもいいんじゃないか? 男女で同室になることに抵抗がなさすぎるのも問題だと思う。それに、俺がいると話しづらいこともあるだろう?」

 

 そういえば、今までハジメ達が行動する時は、単独や三人だったり、ハジメとユエの親子コンビだったり、ハジメとシアの師弟コンビだったりと、ユエとシアの二人で行動することは殆どなかった。

 

 ハジメの説得は通じた。

 

「ん……分かった。シアとあんなことやそんなことをしてイチャイチャと……」

「ユエさん? いったいナニをする気ですか?」

「ふふっ……今夜は寝かさない……」

「こっちこそ、ユエさんを寝かせませんよ」

 

 唐突に百合営業を始めた二人の様子に周囲がニヤニヤする。特に顕著だったのは受付の女の子であり、色々と妄想しているのか天を見上げながらブツブツと何やら呟いている。

 

 なお、その女の子は母親の手で宿の奥にドナドナされ、代わりに父親が対応してくれた。彼は同情の目でハジメのことを見ており、彼もまた娘の扱いに苦労しているのだろう。この父親と仲良くなれそうだと思ったハジメであった。

 

 その後、宿の美味しい食事に舌鼓を打ち、お風呂に入り、それぞれの部屋に別れた。ハジメが頼んだ通りに二人部屋が二つであり、ハジメだけ別室になっている。

 

 

 

「ハジメお父様のこと、シアはどう思う?」

 

 ユエとシアは同じベッドの中で身を寄せあっていた。二人は会話していたのだが、ユエはハジメについてどう思っているのかシアに質問した。

 

「そうですね。師匠……ハジメさんは尊敬する人です。戦い方や戦士としての心構えを教えてくれましたから」

 

 シアは、師匠としてのハジメについて語る。だが、それはユエの聞きたいことではなかった。

 

「ん……私が聞きたいのは、師匠としてではなく男としてのハジメお父様についてどう思うか」

「男として……ですか」

 

 シアは言葉に詰まる。彼女は弟子になってからハジメのことを師匠としか呼んでおらず、気付けば異性として見ることが無くなっていた。改めて、彼女はハジメのことを異性の視点から見つめ直す。

 

「ハジメさんは理想的な男の人だと思います。生身でも強いのは勿論ですけど、優しさも兼ね備えてます。それに……」

「それに?」

「ハジメさんの肉体は魅力的なんです。中々の長身で、体が引き締まっていて、彫刻みたいに素敵な筋肉がついてます」

 

 シアによると、以前ハジメが水浴びしているところに遭遇し、上半身裸のハジメを覗き見たそうだ。なお、ハジメの気配感知に引っ掛かって覗きはバレてしまっているが。ここまで話した時点が顔が真っ赤になっており、ハジメを完全に好きな異性として認識していた。

 

「確かに、お父様の身体は素敵……この前一緒に風呂に入った時、隅々まで観察した」

「ユエさん、ズルいですね。でも、流石にハジメさんと同じ風呂に入る度胸はないです。それに、ハジメさんには好きな女性がいるみたいですし……」

 

 シアは香織のこともハジメから聞いていた。

 

「師匠とカオリさんという女性の関係を邪魔するつもりはないですよ。師匠のことは好きですけど、師匠がその人と恋人になったら諦めます」

「二人目にしてもらうというのは?」

「私はいいですけど、師匠は誠実な人です。複数人の恋人を作ることを好まないと思うんですよ」

「ん……それはそうかも。お父様ならあり得る」

 

 その後、ハジメの前ではできないような会話が数時間繰り広げられ、話すのに疲れた二人は同じベッドの中でぐっすりと眠った。なお、話すことがメインだったため、イチャイチャはあまり無かった。一応、シアがユエの抱き枕にされるということはあったが。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

「これで必需品は全て揃いましたね、師匠」

 

 翌日、朝食をとったハジメ達は買い出しに出掛けていた。購入したものは食料と調味料、薬であり、道具に関してはハジメが作るので問題なかった。

 

「あぁ。必要な買い物は終わったから、後はお昼くらいまで観光でもするか。二人共、行きたい所はあるか?」

「そうですね……服を買いに行きたいです」

「服? 服ならお父様が作ってくれたものがあるけど……」

「必要なら今度、新しいものでも作るが……」

 

 服を買いに行きたいというシアの意見に対して、ハジメとユエは首を傾げる。

 

「二人共、分かってないですね。年頃の女の子というものはですね、いつもファッションを気にしているんですよ?」

「ん……そうなの?」

「そういえば、白崎さんもファッションに気を使っていたな……そうだな、シアも女の子だったな……」

 

 こうして、ハジメ達は服を扱っている店に向かうことになった。オバチャン……ではなくキャサリンさんの地図にはオススメの店が記載されていて、きちんと普段着用の店、高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けられているため、店選びはスムーズに進んだ。

 

 選ばれたのは、冒険者向けの衣服を扱っている店だった。ある程度の普段着も買えるという点が決め手である。しかし、その店はボス部屋となっており、とんでもない奴がいた。某捕食者や未来から来た抹殺者すら裸足で逃げ出すような化け物が。

 

「あら〜ん、いらっしゃい♥️可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥️」

 

 それは、筋肉モリモリマッチョマンの変態だった。全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。

 

 ハジメのことすら可愛い子達に含めてきた、肉密度1000%でタフネス設計のそいつは、はち切れそうな露出度の高いメイド服を着ており、多くのリボンやフリルで重武装している人間武器庫だ。

 

 クリーチャーを見慣れているハジメは大丈夫だったが、ユエは硬直してしまい、シアに至っては意識が飛びかけている。ハジメはその化け物の姿にゼーベスのとある原生生物の姿を重ね、思わずその名を呟いてしまった。

 

「く、クレイド……?」

 

 その瞬間、化け物は激昂した。

 

「だぁ~れが、地底の奥深くに生息している、全長29フィートの目覚めた巨獣生物だゴラァァアア!!」

「す、すまない……」

 

 ハジメがすぐに謝ったので事なきを得たが、このまま奴が暴れだしたらパワードスーツを持ち出して口内にミサイルを何発もぶち込む事態になっていたかもしれない。そして、化け物は笑顔を取り戻して接客に勤しむ。

 

「いいのよ〜ん。それでぇ? 今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」

「連れの服を見繕ってほしい」

「いいわよぉ、おねぇさんに任せてぇ~ん」

 

 お前はどう見ても男だろう?とか指摘してはいけない。あの化け物は漢女という新人類であり、下手なことを言ったら強制的に同族にされるからだ。

 

「俺は別の店を見てくる。終わったら、この店の前で待っててくれ」

「ん……分かった。新しい服、楽しみにしてて」

「ちょ……師匠、何処に行くんですか!?」

 

 ハジメは二人にお小遣いを渡した後、ボス部屋から脱出する。ユエは普通に見送っていたが、シアの方はまるで見捨てられたかのような絶望的な表情になっていた。

 

 なお、悪夢(ナイトメア)みたいな中身超きめぇボスキャラ……ではなくクリスタベル店長はユエとシアの服を見事なセンスで見立ててくれた。購入した服に着替えた後、二人は店から出た。

 

 

 

 

 

「師匠、遅いですね……」

「ん……お父様のことだから、何か気になるものでも見つけたのかも……」

 

 二人はハジメに言われた通りに店の前で待っていたのだが、十分くらい経過してもハジメが戻ってこなかった。

 

「お父様は何かに集中すると時間を忘れることがある」

「師匠は一体、何を見つけたんですかね?」

「分からない。お父様を探しに行こう」

 

 ユエとシアはハジメを探しに行こうとするのだが、ここでトラブルが起こる。なんと、数十人の男に囲まれてしまったのだ。男達は冒険者が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている者もいる。

 

 その内の一人が前に進み出た。ユエ達は知らないが、実はハジメ達がキャサリンと話しているとき冒険者ギルドにいた男だったりする。

 

「ユエちゃんとシアちゃんで名前あってるよな?」

「? ……合ってる」

 

 唐突な問いかけに疑問を浮かべつつも、ユエは返事する。シアの方は亜人族なのにちゃん付けで呼ばれたことに驚いた表情をしていた。

 

 ユエの返答を聞いた男達は、事前に示し合わせていたのか、二人の前に進み出る。そして……

 

「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」

「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」

 

 つまり、男達の目的はそういうことである。二人は美少女だ。彼らがその見た目に一目惚れしないはずがないのだ。

 

 そんな男連中への返事は当然……

 

「「断る(ります)」」

 

 眼中にないと言わんばかりの返事に、男達は崩れ落ちる。だが、それでも諦められない者達が暴走を始めた。 

 

「なら、力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

 暴走男の一人が野獣のような雄叫びを上げ、諦めていた者達もそれに釣られて二人を包囲する。そして、雄叫びを上げた暴走男がユエの小さな体に掴みかかろうとした。だが、その男の肩が誰かに掴まれたことで、目論見は阻止された。

 

 肩を掴まれた男が殺気を感じて振り返ると、そこには笑顔だが目が笑っていない長身の男の顔があった。

 

「俺の娘と弟子に何か用でも?」

 

 長身の男の正体はハジメである。ハジメは店の前に戻ってきたところ、二人が男達に絡まれているのを目撃していた。ハジメは彼らが二人に手を出そうとしたことにキレており、割と強めに殺気を暴走男に叩きつけていた。男はハジメの殺気に身震いしながらも、何とか声を発する。

 

「ユ、ユエちゃんのお、お父さん、この俺にユエちゃんをください……!」

 

 だが、それは彼の寿命を縮める結果となる。

 

「俺の可愛い娘に手を出すとは、度胸があるな。面白い奴だ、気に入った。お前を殺すのは最後にしてやる」

 

 そして、ハジメは男連中に対して言い放った。「二人に手を出すのなら、俺を倒してからにしろ」と。完全な宣戦布告である。

 

「相手は一人だ! やっちまえ!」

 

 男達は一斉にハジメに襲いかかる。しかし、相手が悪すぎた。何故なら、相手はアクション映画の主人公のような強さを持つ超人だからである。結果、男達はアクション映画のやられ役のように一方的に叩かれ、店の前には男達の屍(死んでない)が転がることになった。その時のハジメの暴れっぷりは、まるでセ○ールみたいだったとでも言っておこう。

 

「お前は最後に殺すと約束したな?」

 

 その中で、先程の暴走男はハジメに首を掴まれた状態で持ち上げられていた。

 

「お義父さん…た、助けて…」

「お前が最後だ。ぶっ飛べ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 暴走男の命乞いも虚しく、彼はハジメによってどこかへと放り投げられた。そして、ハジメはユエ達の方へ向く。

 

「すまない、遅れた。少し気になる情報を耳にしてしまったものでな」

「ん……遅い。それで、どんな情報?」

 

 ハジメは少し間をおいて話し始める。

 

「リドリーがこの世界に現れた」

「ん……リドリーって確か……」

「師匠の宿敵でパイレーツの幹部でしたっけ?」

「あぁ。そのリドリーが一ヶ月前、王都を襲撃したらしい」

 

 リドリーの襲撃によって王都を守る三重の結界が破られ、多数の犠牲者が出ている。リドリーという名前については伝わっていなかったが、この町の情報屋までも頼って収集した情報を纏めた結果、襲撃した存在がリドリーであると確定した。

 

「師匠は王都に向かうんですか?」

「いや、今向かったところで無意味だ。そもそも、現在の装備では奴と対等に戦うことすら不可能」

「ん……迷宮攻略を続行して新たなアイテムを手に入れる必要がある」

 

 リドリーと戦うのであれば、せめてスーパーミサイルは所持しておかないと話にならない。倒すのであればプラズマビームも必須である。戦力強化のために迷宮の攻略を続行することに変わりはない。

 

「ユエ、シア、立ち話はこれくらいにしよう。時間的にもちょうどいい、お昼を食べに行くぞ」

「ん……肉が食べたい」

「肉ですか、いいですねユエさん!」

 

 どのような状況であれ、食事を欠かすわけにはいかない。食欲は三大欲求の一つであり、精神状態に直結する。また、栄養という燃料が無ければ肉体は動いてくれない。

 

 食事という行為は精神と肉体に影響を及ぼす行為なのだ。緊急時に最大のコンディションを発揮するためにも食事が必要だった。三人は腹ごしらえのため、町に繰り出していった。

 

 なお、その後も町の男達がユエとシアを自分のものにしようと徒党を組んで何度も暴力的な手段に出てきたが、その全てがハジメによって一方的にボコボコにされており、ハジメは“抹殺者(ターミネーター)”や“地獄の番犬”といった二つ名で呼ばれて恐れられることになった。

 

 ユエとシアに手を出せばハジメによる制裁を受けるということがブルックの男連中の共通認識であり、後に冒険者ギルドを通して王都にまでその異名が轟いたというが、それはまた別の話だ。

 

 余談ではあるが、店の前で倒された男達の一部はクリスタベル店長によって回収され、彼女?から教育を受けて漢女軍団が誕生し、ハジメと同様に恐れられる存在になったとか。




メトロイドネタに加えて洋画ネタをぶち込んだせいで闇鍋になってしまった。

リドリーによる王都襲撃についてはクラスメイトside6を見てください。


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34話 ライセン大迷宮

話が前作に追いついてしまった……


「いたぞぉ! いたぞぉぉぉぉぉ!!!」

 

 翌日になっても面倒事は終わらなかった。ライセン大迷宮の捜索に出発するため、ハジメ達は町の門の方へと歩いていたのだが、男達の中にはユエとシアを諦められない者もおり、ハジメ達を見つけた瞬間、宇宙人と遭遇したかのような声を上げて向かってきた。

 

「まったく、懲りない奴らだ……はぁ」

 

 ハジメはため息をつきながらも、向かってきた男を迎撃する。男は棍棒を握っていたが、それが振るわれる前に男の腹部を蹴り上げて宙に浮かせ、落ちてきたところを百裂脚で滅多打ちにして吹っ飛ばした。

 

 処理が完了したのでハジメは二人を連れて町を出ようとするのだが、後ろから声をかけてくる者がいた。

 

「あ、あの……」

 

 ハジメ達が振り返ると、そこにいたのはむさ苦しい男共ではなく、気が弱そうな一人の少年だった。

 

「どうした? 二人なら渡さないぞ」

「ちっ、違うんです……僕が用があるのはハジメさんなんです」

「俺か……珍しい奴だ。で、要件は?」

「ぼ、僕を……」

 

 少年は緊張しながらも、言葉を発する。

 

「あなたの門弟にしてください!」

「も、門弟……? 弟子ってことか?」

 

 少年の唐突な発言にハジメも驚きを隠せない。

 

「はい! 僕はあなたの強さに憧れました。僕だけじゃなくて、この町の子供達はみんな、あなたに憧れてるんです!」

 

 すると、数十人の子供達が何処からともなく現れ、ハジメの目の前に整列する。みんな、ヒーローを見るかのように例外無く目をキラキラさせていた。

 

「こんなことを言って悪いが、俺はシア以外に弟子をとるつもりはないんだ」

 

 ハジメに弟子入りを断られ、子供達はガッカリして俯いてしまう。その様子を見て、流石に罪悪感を感じたのかハジメはとある提案をする。

 

「だが、護身術くらいなら軽く教えてもいい。今すぐには無理だが、俺が町に戻ってきたら教えてやる」

「いいの!?」

「あぁ。約束だ。じゃあな」

 

 約束したハジメは二人を連れて子供達に背を向けて門を潜っていく。

 

「師匠は優しいですね。どうして約束してあげたんですか?」

「子供は未来を担う宝だからな。多少はお願いを聞いてやる必要もあるだろう?」

「ん……お父様は子供には優しい」

 

 三人は町から十分に離れたことを確認すると、ジャガーノートに搭乗して大峡谷の入り口へと向かった。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 この世の地獄として、処刑場として人々から恐れられる地、ライセン大峡谷。普通なら簡単に人間が死体に変わるこの場所で、魔獣が一方的に蹴散らされる事態が起こっていた。

 

 その事態を引き起こしたのは、紛うことなきハジメ達であった。ハジメのブラスターが魔獣の頭部を撃ち抜き、シアの肉切り包丁のようなサイズのナイフが魔獣を一撃で斬り捨て、ユエが装備する文明の利器であるディスクカッターが次々と切り刻んでいく。

 

「たまには刃物を使うのもいいですね、師匠」

 

 シアが振り回している大型ナイフは、ブルックの町に滞在している間、ハジメがシア専用に製作した振動刃ナイフである。シアは他のハウリアと同様にナイフ類を扱う訓練も受けていたのだが、樹海やフェアベルゲンではナイフを扱う機会はなく、今回が初めての実戦使用だった。

 

「使い心地はどうだ?」

「使いやすいですよ。このサイズのナイフを渡された時は流石に驚きましたけどね」

 

 ブルックの町を出発してから、すでに二日が経過している。彼らはライセン大迷宮の入り口を発見するべく、ジャガーノートを走らせていた。野営もしつつ、【オルクス大迷宮】の転移陣が隠されている洞窟も既に通り過ぎている。入口らしき場所を見つける度に足を止めて周囲を探索し、必ずと言って良いほどに魔獣に襲われる。その繰り返しだった。

 

 地上の魔獣は迷宮のものよりも弱く、パワードスーツなど使わなくとも生身で十分に対処できる存在である。そのため、パイレーツや迷宮の魔獣以外と戦う時は生身で戦うということが暗黙の了解となっており、ハジメは生身にブラスターを装備して二人と肩を並べていた。

 

「お父様、前方からハイベリアが」

「あぁ。そのようだな」

 

 前方から現れたのは二体のワイバーンのような魔獣。以前、ハウリア族を襲っていた連中の同族である。彼らは大峡谷でも強い部類に入る魔獣なのだが、今のハウリア族にかかれば瞬きする間に皆殺しにできるだろう。

 

「師匠、一体は私にやらせてください!」

「任せる。もう一体は俺がやろう」

 

 あの時はハジメに任せるしかなかったが、今は違うことを証明してみせると言わんばかりに志願するシア。パイレーツとの戦いを乗り越えた彼女なら大丈夫であろうと、ハジメは片方の相手を任せた。

 

「行きます!」

 

 シアは身体強化を脚部に集中させて高く跳躍し、ハイベリアの真上に到達する。部分的に身体強化を集中させることを覚えたシアは、スラスターに頼らなくても使用時と同等の高さに飛ぶことができるのだ。

 

「せりゃぁ!」

 

 腕に身体強化を集中させ、フィールドを張った拳をハイベリアの胴体に上から叩き付ける。その一撃を受けたハイベリアは胴体が内部の魔石ごと大きく抉られ、重力に引かれていった。

 

「見事だ、シア」

 

 今度はハジメがハイベリアに向かう。以前は緊急時だったのでパワードスーツで対処していたが、今は護衛対象もいないので生身で対処する。

 

「はっ!」

 

 ハジメはジェットブーツを噴射しながら跳躍し、ハイベリアの頭部をサマーソルトキックで蹴り砕く。そのまま空中で美しい宙返りを決めると、ジェットブーツで落下の勢いを殺しつつ着地した。

 

 こうして、探索と戦闘を繰り返していたところ、更に三日が経過する。

 

「ライセン大迷宮……やはり、簡単に見つかるものではないか……」

 

 分かっていることは、大峡谷の何処かに入り口があるということだけである。迷宮を管理するイヴは位置を知っているようだが、それでは試練にならないので教えてもらえない。

 

 この日も収穫はなく、日暮れの時間となった。夜の探索は危険なため、ここで一泊する。ジャガーノートの後部にはキャンピングカーのようなトレーラーが連結されており、ここで一夜を明かす予定だ。

 

 宿泊用トレーラーの内部にはベッドやキッチン、シャワー、冷暖房が完備されており、水は大気中から水分を抽出する水分凝結機によって確保している。また、トレーラーは強固な装甲とビームタレット、シールド発生装置で守られているため、安心して眠ることができる。

 

「ご飯ですよ!」

 

 夕食が完成したため、シアが二人を呼ぶ。料理が得意なシアはご飯を作る担当となっており、料理の腕が微妙であるハジメからすれば救世主だった。ちなみに、王族だったユエも料理が作れなかったが、最近はシアの指導で上達してきている。

 

 その日の夕食はクルルー鳥のトマト(モドキ)煮である。クルルー鳥とは空飛ぶ鶏のことだ。肉質や味は鶏そのものであり、この世界において一般的な鳥肉だ。それを一口大にカットし、穀物を加工した粉をまぶしてソテーにしたものを各種野菜と共にトマト(モドキ)スープで煮込んだ料理となっている。

 

 え?ハジメが鳥を食べたら共食いだって? 問題はない。鳥を食べる鳥は普通にいるのだから。そもそも、鳥人族は鳥類とは別物であるし、彼らの遺伝子があるとはいえ、ハジメは人間族である。

 

 それはさておき、夕食は絶品だった。それも、本当に野営をしているのか怪しくなるほどに。 夕食を食べ、食後の雑談をし、交代でシャワーを浴びた後、就寝時間が来る。全自動のビームタレットとシールドがあるとはいえ、念には念を入れて三人で見張りを交代しながら朝を迎えた。

 

 

 

 

 

翌朝、状況が変わった。

 

「師匠! ユエさ~ん! こっちに来てください!」

 

 起床して朝食を取った後、シアが用を足すために拠点から離れていたのだが、しばらくしてシアが二人を大声で呼んだ。

 

 何事か?と思ったハジメとユエはその声がした方へと向かう。そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れており、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアがいるのは、その隙間の前である。

 

「見つけましたよ! ここの中です!」

 

 シアの誘導に従って隙間に入ると、その中はそれなりに広い空間になっており、中には鳥人族のオブジェが置いてあった。その側には壁を直接削って作ったと思われる長方形型の見事な装飾の看板があり、文字が彫られていたのだが…

 

「何だこれは……?」

「ん、ん……?」

 

 ハジメとユエはそれを見ると、思わず困惑してしまった。何故なら、次のように文字が彫られていたからだ。

 

“おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪”

 

 地獄の谷底には似つかわしくない、女の子らしい丸っこい字で彫られた、まるで遊園地の入り口かのような文章。それが鳥人族のオブジェの側にあったのだから、なおさら困惑していた。

 

「大迷宮の入り口なのか?」

「ん……それにしてはふざけすぎ。でも、ミレディの名前があったということは…」

「ミレディの名は知られていないはず……それに、鳥人族関係の遺物も置いてある。本物の可能性が高いな……」

 

 ミレディ・ライセン。その名はオスカーが残した情報にあった。世間で知られているのは姓の方であり、名の方は知られていない。そのため、その名があるここはライセン大迷宮である可能性が高かった。

 

 それはそうなのだが、ハジメは鳥人族の遺物の側にこんなふざけた書き込みをするミレディの神経を疑った。とはいっても、これはようやく掴んだ大迷宮の手がかりである。とりあえず、ハジメ達は迷宮の入り口を探すことにした。

 

「ジャミングされているようだ……」

 

 ハジメはパワードスーツを装着すると、スキャンバイザーやXレイバイザーを使用して壁を調べていくのだが、人為的にジャミングされているらしく、視界にノイズが入ってしまっていた。そのため、実際に壁に触って調べ始めたのだが……

 

ガコンッ!

 

「なっ!?」

 

 ハジメが壁に触れた途端、その壁が突然勢い良く回転した。それに巻き込まれてしまったハジメは、壁の向こう側へ姿を消してしまう結果となった。そして、ハジメの視界の先に現れたのは、薄暗い部屋の天井から生えている砲塔のような機械であった。

 

「ビームタレットだと!?」

 

 叫んだ直後、強力なビームがハジメに向けて発射される。ハジメは咄嗟にサイドステップで回避すると、反撃のミサイルを数発放ってビームタレットを完全に破壊した。

 

「危ない……俺以外だったら死人が出ていたぞ……」

 

 そうハジメが呟くと、再び壁が回転してユエとシアが現れる。

 

「お父様!? 大丈夫?」

「師匠、無事ですか!?」

「あぁ、大丈夫だ…」

 

 心配している二人に返事を返すハジメ。そうしていると、周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。ハジメ達のいる場所は十メートル四方の部屋であり、部屋の中央にある石板には看板と同じような文字でとある言葉が彫られていた。

 

〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟

 

〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟

 

 「「「…………」」」

 

 皆、無言となる。考えていることは一緒だ。「ウザイ」の一言に尽きる。もしも本当に誰か死んでいれば、生き残りは確実に憤慨するだろう。

 

「ミレディ・ライセン、お前は本当に解放者の一員なのか? 変人なのは聞いていたが、ここまでとは……」

「ん……こいつだけは人類の敵でいいかも」

「ユエさん、それだけは激しく同意です!」

 

 どうやら、ライセン大迷宮はオルクス大迷宮やグリューエン大火山とは別のベクトルで攻略者を苦しめてくるようだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、ライセン大迷宮の奥深くでは、ハジメ達の様子を監視している者達がいた。

 

「ねえ、イーくん。パワードスーツの彼が鳥人族の後継者でいいんだよね?」

「はい、ミレディ様。彼こそが鳥人族の後継者、南雲ハジメです」

 

 そこには大脳型の機械であるセントラルユニットが鎮座し、その前には金髪を後頭部で一つにまとめて垂らした、ミニスカートの白いドレスの美少女がいた。この美少女こそ、解放者の一人であるミレディ・ライセン。

 

「この前、いきなりコールドスリープから叩き起こされて何事かと思ったけど、イーくんの言っていた通りに鳥人族の後継者が来てくれて良かった」

「私に嘘はありません」

 

 鳥人族の後継者であるハジメがオルクス大迷宮を攻略したその日まで、ミレディはコールドスリープによって眠っていた。彼女は解放者唯一の生き残りであり、鳥人族の後継者を導く役目を背負っていた。

 

「南雲ハジメ。鳥人族の後継者である君なら、あのクソ神野郎をぶっとばせるかもしれない。期待してるよ?」

 

(これで私の役目を終えられる。奴が死んだら、私も死ぬ。みんな、待ってて……)

 

 ミレディはウザいメッセージを書くような人間ではあるが、解放者としての覚悟や責任感は本物だった。

 

「イー君、戦闘用メカノイドの起動をお願い。通常攻略者用のゴーレム騎士の方は私が」

「了解。各戦闘用メカノイドを起動させます」

 

 現時点をもって、ライセン大迷宮は完全に稼働を始める。ミレディとハジメ達が対面する時は刻一刻と迫っていた。




この作品におけるライセン大迷宮は基本は原作と変わりませんが、対ハジメ用にゴーレム騎士だけでなくメカノイド(メトロイド世界のロボット)を配備してます。


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35話 トラップを突破せよ

魔力分解だけだとヌルゲーなので、この作品のライセン大迷宮にはとある特性を追加してます


 ライセン大迷宮は厄介な場所だった。

 

 まず、大峡谷以上の効力を持つ魔力分解作用が働いている。そのため高い殲滅力を誇る上級魔法が封じられ、中級魔法に至っても射程が極端に短い。五メートルも効果を出せれば御の字という状況だ。魔力を外部に出すような技に至っては使用不可であり、シアの力場ブーツは使えない。そのため、魔力を体内で使用する身体強化が重要になってくる。

 

 また、魔力を使用しているライトニングアーマーも弱体化し、ライセン大迷宮のもう一つの特性も合わさったことで、まともに使えない状態である。

 

 この迷宮を厄介であると言わしめるもう一つの特性は、エネルギーシールド・力場の弱体化である。各自が装備するエネルギーシールドは勿論のこと、シアのフィールドガントレットやハジメのライトニングアーマーが本来の効果を発揮できなくなるのだ。

 

「ユエ、シア、気を付けろ。ここではエネルギーシールド系統が弱体化する。敵の攻撃やトラップは可能な限り回避するんだ」

「ん……かなり厳しい状況」

「防御という選択肢が取れないのは困りますね」

 

 少しでも攻撃の直撃を受ければ、エネルギーシールドが消失しかけるような状態だ。今までならばエネルギーシールドを信じて攻撃の雨の中に突っ込むこともできた。だが、今は冷静に状況を見極め、脅威を回避することが求められている。

 

「それにしても、随分と入り組んだ迷宮ですね。これじゃ、迷子になっちゃいます」

「そりゃ、迷宮だからな」

 

 ライセン大迷宮の内部では、階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃにつながり合っており、まるでランダム生成されたような感じである。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっていたり、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、階段を登った先が何もないただの壁であったりと、迷宮という言葉に相応しい迷宮だった。

 

「一応、俺のパワードスーツには自動マッピング機能があるから、進み続ければ正しい道も分かるだろうな」

「ん……根気強く進む以外に道はない」

 

 ハジメのパワードスーツはその戦闘力や防御力が注目されがちだが、自動マッピング機能やグラップリングビーム、各種のバイザーのような探索を補助してくれる機能も満載だったりする。今まで、ほとんど触れられてこなかったが、ハジメは迷宮攻略において自動マッピング機能を活用していた。

 

 ハジメ達は一度も通っていなかった右脇の通路を探索するため、歩みを進める。周囲を警戒しながら通路を行くのだが、突然……

 

ガコンッ

 

 という音を響かせてハジメの足が床のブロックの一つを踏み抜く。すると、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する円形でノコギリ状の巨大な刃が飛び出してきた。右からは首の高さで、左からは腰の高さで飛び出してきており、殺意が高い。

 

「回避!」

 

 ハジメはモーフボールになり、元々小さいユエはしゃがんで回避する。シアに関しては、マトリッ○スの主人公のように後ろに倒れ込む形で二本の凶刃を回避するのだが、彼女の厚い胸部装甲に刃が掠りそうになっていた。

 

 二枚の殺意が高い刃はハジメ達を通り過ぎ、壁の中に消えていく。しばらく周囲を警戒し、何事も起こらなかったので安堵したハジメだったが、急にシアが警告を発した。

 

「上から来ます!」

 

 シアの警告を疑うことなく、全員が即座に退避する。直後、天井に複数の赤い光点とエネルギー反応が現れ、そこから複数の赤いレーザーの柱が降り立った。その場にいた場合、レーザーで串刺しにされていただろう。

 

「助かった、シア」

「ん……お手柄」

 

 シアが危険に気付けたのは、彼女の固有魔法である“未来視”の自動発動のお陰だ。ハジメとユエは彼女の“未来視”を信頼しており、故に彼女の警告には即座に従うようにしていた。

 

「隙を生じぬ二段構え……悪意しか感じられないです」

 

 凶刃を回避した後、しばらく何事も起こらなかったことで警戒を解いたところをレーザーで串刺しにする算段だったと思われる。だが、未来予知格闘ウサギのシアがいたことで串刺しは未遂に終わった。

 

「このようなトラップは今後もあるはずだ。一度回避したとしても、気を緩めないようにしよう」

「ん……シアばかりに負担をかけるわけにはいかない。可能な限り自分の力で回避する」

 

 自動発動であっても“未来視”は少なくない魔力を消費する。何度もそれに頼ってばかりでは、シアの身体強化にも影響が出てしまうため、トラップを可能な限り各自の感覚で察知する必要があった。

 

 ハジメ達は今まで以上にトラップを警戒して更に奥へと進む。

 

 この迷宮ではまだ魔獣とは遭遇していない。元からそういう仕様の迷宮の可能性もあるが、トラップとして魔獣が奇襲してきてもおかしくないだろう。

 

 やがて、通路の先にある空間に出た。その部屋には三つの奥へと続く道がある。マッピングを継続しつつ、階下へと続く階段がある一番左の通路を選んだ。

 

「何だか嫌な予感がする……」

「お父様、それはフラグ」

「そうですよ。本当に何か起こ『ガコンッ!』」

 

 階段の中程まで進んだところで、ハジメがフラグを立ててしまう。そして、そのフラグは一瞬で回収された。

 

 嫌な音が響いたかと思うと、いきなり階段から段差が消える。かなり急勾配の下り階段だったのだが、その段差が引っ込んだことによってスロープに変化したのだ。しかも、地面に空いた無数の穴からよく滑る液体が溢れ出すオマケ付きである。

 

「今日は厄日だ!」

 

 為す術なく滑落していくハジメ達。その先には道がなくなっており、その果てに何処かへと放り出されるのは確定である。

 

「ユエ、シア、俺に掴まれ!」

「ん!」

「はい!」

 

 ハジメにしがみつく二人。直後、スロープが終わりを迎え、ハジメ達は空中へと投げ出された。

 

『グラップリングビーム、オンライン』

 

 ハジメは左腕を天井に向かって掲げ、手首付近のデバイスからグラップリングビームを発射して天井にぶら下がる。そして、全員が何気なく下を見たのだが、そのことを後悔することになった。

 

 何故なら、その下の空間ではおびただしい数のサソリがカサカサと音を立てて蠢いていたからだ。体長は十センチ程度なのだが、生理的な嫌悪感がヤバい。パワードスーツを装着しているハジメならサソリプールの中に落ちても大丈夫だが、ユエとシアに関してはそうはいかない。二人共、自分が落下した場合を想像して嫌そうな顔をしている。

 

「ん……気持ち悪い」

「こんなのに全身を這い回られるなんて嫌です」

 

 やがて、目線をサソリプールから天井に移すのだが、グラップリングビームを打ち込んだ箇所の付近に発光する文字があることに気がついた。

 

“彼等に致死性の毒はありません”

“でも麻痺はします”

“存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!”

 

「なんて趣味の悪さだ……」

 

 これが、自分が必ず汚名をそそぐと決意した解放者の一人の姿なのだろうかと、ハジメは嫌悪感を露にしていた。

 

「お父様、あれ……」

 

 その時、ユエが何かに気がついて下方を指差す。そこには、人が通れる大きさの横穴が空いていた。

 

「横穴か……上に戻っても行く場所はない。あそこに降りるぞ」

 

 ハジメはグラップリングビームを伸ばして横穴のすぐ近くに降下すると、振り子のように勢いを付けて横穴に飛んだ。

 

 横穴を進んだ後も殺意の高い罠が満載だった。溶解液で満たされた落とし穴、こちらをサイコロステーキに変えようと後方から迫る格子状のレーザー、床が液状化して中央に巨大なワーム型の魔獣が待ち受けている部屋などだ。そして、今はというと……

 

「師匠、天井が!」

 

 シアが“未来視”で罠の発動を察知した。天井が落ちてくるのだろう。三人は即座に部屋の出口へと駆け出すのだが、それと同時に天井が落ちてくる。ユエはローラーダッシュで、ハジメとシアはスラスターを噴射して加速し、ギリギリで出口に駆け込むことで危機を脱した。

 

「ふぅ……今のは焦りました……ん?」

 

 そして、シアは発見してしまった。本日何度目か分からないウザい文を。

 

“ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い”

 

 これまで、罠を回避した先には見た人を必ず逆撫でするようなウザい文が存在しており、十回目以降は数えていなかった。

 

 そんなものを十回以上も見させられてきたシアの反応はというと……

 

「ふざけやがってぇぇ!!」

 

 某筋肉モリモリマッチョマンの変態のように叫ぶシア。彼女の精神はハジメやユエほど強くはない。そのため、幾度となく直面してきた命の危機とウザい文によって彼女のストレスはマッハだった。

 

「シア、落ち着け。それではミレディの思うつぼだ。一応、俺だってイライラしている」

「シア、大丈夫?」

「師匠、ユエさん……すいません、つい……」

 

 そんなことがありながらも全てのトラップを突破した一行は幅が六、七メートルはある大きな通路に出る。急なスロープのような地形であり、緩やかに右カーブしていた。このような場所にトラップが無い方がおかしい。

 

 案の定、「ガコンッ!」という音が響いて罠が作動する。ハジメ達が警戒していると、上方に位置するカーブの向こう側から巨大な岩石の球体がゴロゴロと転がってきた。おそらく、逃げた先にはウザい文が添えられているだろう。

 

 ユエは退避しようとするが、すぐに立ち止まる。何故なら、ハジメとシアが球体に向かい合って動かないどころか、球体に向かって歩みを進め始めたからだ。

 

「シア、俺が何をしたいか分かるな?」

「はい、分かりますよ師匠。迎え撃つんですよね?」

 

 大岩を前に並び立つ二人。ハジメが左、シアが右であり、それぞれ右腕と左腕を限界まで振り絞っている。

 

「「やられっぱなしでたまるか!」」

 

 シアの左腕から機械音が響き、装着しているガントレットから展開されたブースターが噴射を開始する。振動粉砕とブースターの併用である。直後、前方に突き出されたハジメとシアの鉄拳が同時に大岩へと炸裂。大岩を木っ端微塵に粉砕してしまった。

 

「やりましたね!」

「あぁ。スッキリした」

 

 ハジメもミレディのトラップとウザい文には耐えかねており、弟子と一緒になって大岩粉砕に加わっていた。バイザーに隠れて表情は見えないが、爽やかな顔をしているのは間違いない。シアとハイタッチもしていたりする。

 

「これでこの道をゆっくり行けそうだ」

「師匠、それは多分無理です。また、ゴロゴロという音が聞こえてきました」

「ん……ここも二段構えだった?」

 

 他の亜人と比べて耳が発達している兎人族は、この世界で最も聴力が高い種族であり、シアは真っ先に音に気付くことができた。

 

「だが、また粉砕すれ……前言撤回、あれは無理だな……」

 

 また粉砕しようと考えたハジメだったが、転がってきた球体の姿を見て考えを改める。なんと、目の前に現れた球体は黒光りした金属製であり、その表面に空いた無数の穴から溶解液を撒き散らしていたのだ。実際、液体が付着した部分が溶けはじめているのが確認できている。

 

「溶解液なんて御免だ! 逃げるぞ!」

「合点承知です!」

「ん……また溶解液」

 

 ハジメは溶解液に対して良い思い出がない。オルクス大迷宮におけるパワードスーツの被ダメージは、ヒュドラのブレスを除けば溶解液によるものが最大だったりする。サソリモドキが尾から放った溶解液がその最たる例だ。

 

 三人は踵を返して球体から逃げるが、背後からは球体が速度を徐々に上げて迫ってくる。スロープを急いで駆け降りていくと、通路の出口が見えてきた。

 

「対岸に飛ぶぞ!」

「んっ!」

「は、はいっ!」

 

 出口には床がなく、そこに空いている大穴には真っ暗な奈落が広がっている。そして、奈落の向こう側には通路が見えた。ハジメ達はスロープの終着点ギリギリの部分で地面を蹴り、空中へと飛び出す。

 

 宙に浮くハジメ達。ユエはシアによって抱えられた状態だ。対岸との距離が縮まる度、重力によって高度が下がっていく。次の瞬間、彼らが踏んだのは虚空ではなく、対岸の地面だった。何とか、穴を飛び越えることに成功したのだ。

 

「ユエ、シア、無事か?」

「ん……生きた心地がしない」

「はい、何とか生きてます」

 

 安否を確認するハジメ。その耳には二人の声と同時に、金属製の球体が激しい音と共に溶けていく音が入ってくる。奈落の下は溶解液だったのだろう。

 

「全員生きているな。少し休もう」

 

 ハジメ達はしばらく休憩した後、通路を進む。長い通路を抜けた先には小部屋があり、そこには魔法陣が存在していた。

 

「これは……」

「ん、転移魔法陣……」

「これに乗ったら何処かに飛ばされるってことですか?」

「そうだ。何処に飛ばされるのか、全員が同じ場所に飛ばされるのかは分からない。何が起こってもいいように備えておけ」

 

 二人は無言で頷く。大火山では転移魔法陣によって分断された例があるため、ここでも同じようになると予想された。おそらく、ハジメだけが単独で行動することになる。

 

 そして、三人は魔法陣の中に飛び込んだ。




メトロイドをやってて思うけど、グラップリングビームを使った飛び移りって失敗しやすい


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36話 鉄の軍団を突破せよ

前半はハジメside、後半はユエシアsideです

ブルアカにはまってしまい、投稿が遅れました。


「やはり、俺が一人か」

 

 案の定、ハジメは単独行動となった。魔法陣によって飛ばされてきたのは、これまで通ってきた石造りの空間から一変してゼーベスのツーリアンのように金属で構成された場所だった。

 

 ハジメの視覚には配管や機械、徘徊するメカノイドの数々が捉えられ、聴覚はこの一帯から発されている複数の機械音を受信している。

 

(鳥人族製のメカノイド。これは倒すのに苦労しそうだ……)

 

 鳥人族のメカノイドは何百年も動き続ける程の耐久性がある。戦闘用のものとなれば生半可な威力の攻撃では破ることのできない防御力と高い火力を持っており、弱体化しているハジメとしては骨が折れる相手であった。

 

 その時、ハジメを狙ってリング状のビームである『リンカ』が複数方向から飛来する。その弾速はそこまで速くないのだが、対象を包囲するように発射されるので油断はできない。

 

(早く行けということか)

 

 リンカによる攻撃で急かされ、ハジメは動く。進行可能な方向は一つしかなく、左右から迫るリンカを素早く撃ち抜き、進路を塞ぐように配置されたものについてはアームキャノンで打ち払いながら進む。

 

 彼の行く道は決して平坦ではない。段差や障害物が多い道であるが故に視界が悪く、機械系の敵は“気配感知”に掛かりにくいため、急な敵との遭遇を警戒しなければならない。

 

 そんなハジメを最初に出迎えたのは、空中を浮遊する楕円形に近いシルエットの小型戦闘ドローン。その赤いモノアイでハジメを視認すると戦闘モードに移行し、折り畳まれていたアームやスラスターを展開して襲いかかってきた。

 

 アームに仕込まれた二挺の機関銃で射撃してくる戦闘ドローン。被弾するわけにはいかないハジメは咄嗟に横へ飛んで回避しながら何発かビームを撃ち返すも、ダメージを与えるには至らない。

 

(小型のドローンすらここまでの防御力。チャージビームとミサイルのみが有効か……)

 

『ノーマルミサイル、オンライン』

 

 ハジメは即座に発射可能なミサイルを選択する。ドローンがモノアイから発射してきた赤色レーザーを避けると、ミサイルを放って撃破した。

 

 その後もハジメはメカノイドとの戦闘を繰り広げながら進んでいく。先ほどの戦闘ドローンに加えて、高威力のスナイパーレーザーライフルを備えた自走砲台『オートスナイパー』、壁や床のドックから射出される、本体の外側に回転式エネルギーブレードを備えた『オートシャープ』、本体の両側のシリンダーを地面に叩きつけ、同心円状に地面から炎を噴出させてくる『オートクラスト』の三種類が配備されており、ハジメの進行を妨害していた。

 

(ミサイルの消費量が多い……定期的に補給しなければ……)

 

 いずれも単発のビームを受け付けず、チャージビームかノーマルミサイル以上の威力でようやく撃破可能な彼らとの戦いで、ハジメが最も使用したのはミサイルだ。チャージビームよりも短い時間で撃てるので多用してきたが、あまりにも敵が多すぎるので消費量が恐ろしいことになっている。

 

 今は丁度、敵が来ないのを確認した上でミサイルの生成を行っているところだった。ミサイルの生成中は身動きが取れなくなってしまうため、防御力が下がっていることもあり、タイミングを見計らって補給する必要があった。

 

 補給が終わったタイミングで天井から強力なレーザーがハジメに対して放たれる。

 

「くっ、もう来たのか……!」

 

 ギリギリで避けたハジメがレーザーが飛んできた方向を見ると、そこには天井に張り付いているオートスナイパーの姿があった。オートスナイパーは床だけでなく壁や天井の移動が可能となっている。しばらくして二射目がくるが、ハジメはビームをチャージしながら回避し、そのまま最大威力のビームを叩き込んで破壊した。

 

 そして、ハジメは戦闘メカノイド達による妨害を何とか潜り抜け、このエリアの終着点にある部屋に辿り着く。そこは縦に長い空間となっており、壁面には上に昇るための多くの足場があった。

 

「あれは……?」

 

 ハジメが空間の高い天井を見上げると、そこには浮遊する謎の物体が存在していた。それは、縦横の長さが八メートル程の正八面体で、黄色の半透明な装甲で全体が覆われている。半透明な装甲からは内部の赤いコアや骨格が微かに透けて見えていた。

 

 その正八面体が動き出したのは、ハジメが空間の中央に立った時だった。内部のコアの輝きが強くなり、無音でゆっくりと降下してくるとハジメの数メートル頭上で停止する。

 

『スキャンバイザー、オンライン』

 

 得体の知れない存在の正体を確かめるため、ハジメはスキャンバイザーを使用してスキャンする。

 


チョウゾテクノロジーを使用した迎撃用兵器と推測されます。液体金属で構成される外側の装甲はエネルギー系武装を無効化する性質を、その内側に存在するバリアは実体弾武装を無効化する性質を備えています。また、内部に格納式の砲台の存在を確認しました。


 

「なるほど、戦闘用の大型ドローンということか……」

 

 その時、頭上の正八面体……否、試作型大型戦闘ドローン〈テスター〉に更なる変化が起こる。液体金属で構成される装甲が変形し、全体がウニのようにトゲトゲになったのだ。そして、高速回転すると突撃を仕掛けてきた。

 

 ハジメは咄嗟にスライディングでテスターと床の間を潜り抜けるのだが、テスターは壁で跳ね返ってハジメの方に向かってくる。

 

「はっ!」

 

 今度は後方宙返りでテスターの上を飛び越えるハジメ。上下逆さまの状態となったハジメの頭スレスレをテスターが通過していった。その後もテスターはビリヤードの玉のように何度も壁に跳ね返ってハジメに突撃してきたが、直線的な動きなので直撃することはなかった。

 

 やがて、テスターは定位置に戻ると元の正八面体に変形する。そして、装甲がスライドしたかと思うと正八面体の各頂点から砲台が出現した。テスターのメイン武装である計六基の砲台は複数の飛び道具を備えている。

 

 最初に各砲台から発射されたのは、継続的に放たれ続ける緑色のビーム。各所からエネルギーの剣を伸ばした状態のテスターは、その場で自転を開始する。

 

(こんなのを受けたら真っ二つじゃないか!)

 

 六本の緑色の光芒がハジメを切り裂かんと連続で迫ってくる。しかも、テスターは不規則に回転しているため、一度回避したレーザーが再び戻ってきたり、予期せぬ方向からレーザーが迫ったりと、並みの戦士では対処できないだろう。

 

 ハジメは感覚を研ぎ澄ましてレーザーを回避していきながらも、レーザーとレーザーの合間を縫ってノーマルミサイルを叩き込んでいく。数十発のミサイルを受けたところで装甲の一枚が破損し、内部のコアを覆う緑色のバリアが剥き出しとなった。

 

 後はそこからビームを撃ち込むだけなのだが、そう簡単に狙わせてくれるわけではない。テスターは回転しているので剥き出しの部分が常に目の前に来てくれることはなく、砲台からは新たな種類の攻撃を放ってくる。

 

 次に放たれたのは、各砲台から多方向にばら撒かれる無数の光弾。光弾の密度は相当なものであり、すり抜けられる隙間も存在しなかった。

 

「ふざけやがって……」

 

 あっという間にハジメの視界は光弾の雨に埋め尽くされる。取ることの出来る選択肢は、可能な限り被弾面積を減らした状態で逃げ回ることのみ。ハジメは文句を言いながらもモーフボールに変形し、高速で転がることによって光弾の雨をギリギリで避けていく。

 

 多方向ショットが終了した後、テスターは多数のミサイルを全ての砲台から発射する。ミサイル群はモーフボール状態で移動するハジメを追尾してくるが、瞬時に人型に戻ったハジメが迎撃する。

 

『スペイザー、オンライン』

『アイスビーム、オンライン』

 

 一度に三発のビームを放つスペイザーと凍結させる効果を持つアイスビームを合成したスペイザーアイスビームで弾幕を張り、迫るミサイル群に対応する。先頭集団のミサイルが次々と凍っていき、そこに後ろのミサイルが突っ込んで自爆していった。

 

「ミサイルのお返しだ」

 

『シーカーミサイル、オンライン』

 

 五発の高威力で小型のミサイルが発射され、各々が指定された目標に直撃する。シーカーミサイルによる攻撃で二基の砲台と三枚の装甲が破損し、内部のコアを狙える箇所が増えたと同時に火力を減らすことができた。

 

 テスターは射撃を再開するが、砲台の数が減ったので回避するのは余裕だった。そして、破損箇所が増えたことでコアに対しても徐々にダメージを与えられている。

 

「こいつで終わりにしてやる!」

 

 緑色のバリアに包まれた赤いコアに狙いを定め、アームキャノンの内部でエネルギーを増幅する。スペイザーはすでにオンラインであるため、放たれるのは三発の最大チャージビームだ。そして、発射されたチャージスペイザービームは緑色のバリアを貫通し、コアに大ダメージを与えた。

 

 機械であるテスターは悲鳴を上げるようなことはしない。外装や砲台、骨格が崩れ落ちていき、緑色のバリアが消失し、最後に残った赤いコアのひび割れから光の筋が激しく放出され、大爆発を起こした。

 

 爆発した赤いコアの中からアイテムが出現する。それは、緑色の弾頭を持つ極太のミサイル『スーパーミサイル』であった。

 

『スーパーミサイルを入手しました』

 

『チャージビーム一発とノーマルミサイル五発を組み合わせることで発射する、強化型ミサイルです。高い威力を誇っており、防御力の高い対象にもダメージを与えることが可能。着弾した際には周囲に強力な爆風を巻き起こす。入手時、ミサイルの最大保有数が十発増加します』

 

「スーパーミサイル、こんな所にあったのか。これで、リドリーの討伐に一歩近づいたな……」

 

 最強のミサイル系武装であるスーパーミサイルを入手したハジメ。リドリーに対して有効なダメージを与えられるアビリティの一つを入手したことに喜びを感じていた。

 

 その後、ハジメは壁面の足場を使って縦長の空間を登っていき、最も高い場所に到達する。そこには横穴があり、奥にはブルーゲートの存在も確認されている。そのまま横穴に移動すると、ハジメはブルーゲートを潜った。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 転移魔法陣に踏み込んだ直後に遡る。ハジメがメカノイドの蠢くエリアに飛ばされた一方、ユエとシアはまた別の場所に飛ばされていた。

 

 二人がやって来たのは長方形型の奥行きのある広めの部屋だった。両側の壁には多数の窪みが存在し、その中には身長二メートル程の騎士甲冑が立ったまま格納されており、その全てが大剣と盾を装備している。

 

 部屋の奥に目をやると大きな階段が見え、そこを登った先には祭壇のような場所があり、奥の壁には巨大な扉がある。そして、祭壇には菱形の黄色の水晶が置いてあった。

 

「ユエさん、この騎士甲冑……いきなり動き出して襲いかかってくる気がします」

「ん……お約束は守られる」

 

 やがて、二人は部屋の中央まで進むのだが、やっぱりお約束は守られる。トラップが作動する時の例の音が響き、周囲の騎士甲冑に変化が起こった。

 

「ですよね……」

 

 騎士達の兜の隙間から見えている目のような部分に光が灯り、ガシャガシャと音を立てながら窪みから騎士甲冑が出撃していく。その数、総勢四十体。騎士達は盾を前面に押し出し、大剣を突きの型で構えた状態で二人を包囲した。

 

「ん……動く前に壊しておけばよかった」

「とにかく、この場を切り抜けないとダメですね。やりましょう、ユエさん」

「ん……命を持たないゴーレムなんかに負けるつもりはない」

 

 敵の数は二十倍であるが、二人はその物量に対して物怖じせずに対峙する。フェアベルゲンで多数のゼーベス星人と戦闘した経験が二人の自信となっていた。

 

「かかってこいやぁ! ですぅ!」

 

 シアは拳を構えて騎士達を睨み付け、挑発する。それに反応したのかは知らないが、それを皮切りにゴーレム騎士達は一斉に侵入者達を切り裂かんと襲いかかってきた。

 

 その巨体にも関わらず、ゴーレム騎士達の動きは俊敏だった。動く度にガシャンガシャンと騒音を発生させながら迫ってくるのだが、その眼光も相まって迫力が凄い。

 

 そんなゴーレム騎士達に対して最初に攻撃したのはユエだった。手には拳銃のような武器が握られており、その下部に小型のタンクが取り付けられているのが見える。ユエはその武器を構えて照準すると、トリガーを引くのではなく魔法名を呟く。

 

「“破断”」

 

 その瞬間、銃口から飛び出したのは細いレーザーのような水流であり、鋭いウォーターカッターがゴーレム騎士達を容易に両断していく。盾を構えていたとしても、盾ごと真っ二つにされる結末だ。

 

 ユエの持つ武器の名はウォーターガンといい、水属性中級魔法“破断”と組み合わせて使うことを前提とした銃型の武器である。下部に取り付けられている小型タンクには大量の水が圧縮された状態で貯蔵されており、魔法名を呟く度に銃口から飛び出して敵を切り裂く。

 

 “破断”は空気中の水分を超圧縮して発射する魔法なのだが、最初から水を用意しておくことで魔力の消費が少なくて済む。また、発射されるウォーターカッターはただの水に過ぎないので、魔力分解の影響を受けない。そのため、ライセン大迷宮で使用するのにピッタリな魔法だった。

 

 それはさておき、ユエの放ったウォーターカッターでゴーレム騎士達の隊列が乱れた所に、突っ込んでいく蒼い人影があった。

 

「でぇやぁああ!!」

 

 それはシアだ。彼女は跳躍すると右腕を高く掲げ、落下しながら真下のゴーレム騎士に対して拳を勢いよく振り下ろす。彼女の限界まで強化した身体能力と位置エネルギーが合わさった問答無用の一撃であり、咄嗟に頭上へ構えていた盾ごとゴーレム騎士をペチャンコに押し潰した。

 

 叩き付けられたシアの腕は地面にめり込んでおり、亀裂を生じさせている。完全に無防備な瞬間を狙って傍らの騎士が大剣を振りかぶっているが、シアはその程度でやられるような戦士ではない。

 

 騎士の動きはシアも横目で確認していた。右肩に装備していた肉切り包丁のようなサイズの大型ナイフを左手で掴むと、鞘から引き抜きながら左斜め上から迫る大剣に向かって振り上げる。

 

 次の瞬間、大剣の刀身が宙を舞う。そして、シアは大型ナイフを一閃し、ゴーレム騎士の胴体を斜めに両断してしまった。

 

「私にこのナイフを抜かせましたね?」

 

 ナイフを逆手に持ちかえ、付近のゴーレム騎士に襲いかかるシア。騎士の首を飛ばし、背後から胸部を貫き、足を切断するといった容赦のない攻撃が繰り出されていく。

 

 なお、格闘術も忘れられてはいない。ナイフを持っていない方の拳で殴ったり、足払いをかけて転倒させたところにナイフを突き立てるなど、ナイフ術と織り交ぜて運用している。

 

 このようにシアが大暴れしているわけだが、一人でこんなに突出していては包囲されてしまうだろう。しかし、そんなシアの背中を守る存在がいるので心配はいらない。騎士がいきなり盾を投げつけてくるが、ユエの放った水流によって軌道を逸らされ、背後のゴーレム騎士に激突する。

 

「すいません、ユエさん!」

「シア、背中は気にしないでいい。好きに暴れて」

 

 ユエの援護により、シアは安心して暴れることができる。暴れるシアの背後に回ろうとする騎士がいれば、すかさずウォーターカッターが飛来して切り刻んでいく。シアの近接戦闘能力と、その死角をカバーするように放たれるユエの水刃によって翻弄された騎士達は、次々と駆逐されていく。

 

 だが、ここで二人はとあることに気がついた。

 

「ユエさん、なんかゴーレム騎士が再生してませんか?」

「ん……そうみたい。これだとキリがない」

 

 よく見ると、最初の方に倒したゴーレム騎士の残骸が綺麗さっぱりと消えている。なんと、彼らは破壊されたとしても再生し、再び戦列に加わっているのだ。

 

「ゴーレムなら核があるはず。それさえ壊せば再生は止まるかも」

「ユエさん、それが出来たらよかったんですけど……こいつらは核を持ってないみたいですぅ」

 

 シアは風穴の空いたゴーレム騎士の胴体の断面をユエに見せる。その中には簡単な骨格があるだけでそれ以外は空洞となっていた。

 

「一応、魔力自体はあるみたい。もしかすると、何か特殊な金属で構成されている?」

 

 ユエの知識では、ゴーレムは魔石を加工して作られる核という動力が無ければ作動しないものだ。だが、核の無いゴーレムが動くという異常な事態が目の前で起こっている。そこでユエは思った。このゴーレムは特殊な金属で作られているのではないかと。

 

「お父様がいれば何か分かりそうだけど……」

 

 錬成師であるハジメならば、“鉱石系鑑定”によって鉱石の名称と特性を知ることができるが、今はここにいないので不可能となっている。

 

「とにもかくにも、このままではジリ貧ですよ」

「ん……立ち止まっていては何も変わらない。強行突破しよう」

 

 二人の視線はゴーレム騎士の隊列を越えたその先にある祭壇と扉に向けられる。再生を止める手段がない以上、ここに長居するのは危険だと判断したのだ。

 

 ユエがウォーターガンで数体のゴーレム騎士を切り裂き、それによって隊列に空いた穴へと飛び込むシア。彼女はブレイクダンスのような動きで回転しながら脚を振り回し、周囲のゴーレム騎士を蹴散らす。そこに更なる援護射撃が飛び、その隙に包囲網を突破したシアは階段を登って祭壇の前に出る。

 

 シアに続いてユエも祭壇に向かう。ローラーダッシュで飛び出しながらディスクカッターを展開し、左右から迫るゴーレム騎士をすれ違い様に切断しながら突破すると、祭壇を飛び越えて奥の扉の前に到着した。

 

「ユエさん! 扉は!?」

「ん……だめ、封印されてる」

「やっぱりですか……」

「おそらく、この水晶が鍵になってると思う。何とか解除してみる」

「分かりました! 私はそれまで敵を食い止めておきます!」

 

 シアは踵を返して階段を登ってくるゴーレム騎士と対峙する。やがて、先頭の個体が最上段に足を踏み入れるが、シアによって蹴り飛ばされ、階段を登っている途中の集団を巻き込みながら転げ落ちていく。

 

「地の利はこちらにあります!」

 

 低い場所と高い場所では後者にいる方が有利である。某銀河の騎士だって地の利を得たことで勝利を掴んでいたりする。シアは階段の上という有利な位置取りを活用し、敵が登ってきたら即座に蹴り落とし、落下に多くの敵を巻き込むことで時間を稼いでいた。

 

 一方、ユエは扉の封印と格闘していた。祭壇に置いてあった水晶は複数の立体ブロックで構成された黄色の正八面体であり、少し後にハジメが戦う敵と同じ姿だ。これを分解し、扉の窪みに嵌まる形に作り変えることがユエのミッションだったのだが、扉に何か彫られてあった。それは……

 

“とっけるかなぁ~、とっけるかなぁ~”

“早くしないと死んじゃうよぉ~”

“まぁ、解けなくても仕方ないよぉ! 私と違って君は凡人なんだから!”

“大丈夫! 頭が悪くても生きて……いけないねぇ! ざんねぇ~ん! プギャアー!”

 

 例に漏れずウザい文があった。こちらを逆撫でするような文のオンパレードにイラっとしたユエだったが、集中を乱されてなるものかと視界から外し、解読に専念する。

 

「よし、できた……」

 

 しばらくして、扉の窪みに嵌まる形に組み換えることができた。完成した鍵を手に取り、窪みに嵌めてみると扉が開く。

 

「シア、扉が開いた! 下がって!」

「流石はユエさんですぅ!」

 

 シアは背後から迫るゴーレム騎士を裏拳で倒し、ユエの方へと駆ける。ユエの援護射撃で追っ手はすぐに倒され、無事に扉の前に辿り着く。

 

「行きましょう、ユエさん!」

「んっ!」

 

 扉の向こう側へと飛び込む二人。ユエが薙ぎ払うように放ったウォーターカッターで追っ手をまとめて始末した隙に、シアが扉を閉めた。

 

「ふぅ……なんとか逃げ切れて良かったですぅ」

「ん……連携が上手くいった」

「ユエさんの魔法には助けられましたよ」

「それはこっちも同じ。シアの近接戦闘能力のお陰で苦手な接近戦をしなくて済んだ。ありがとう、シア」

「ユエさん……」

 

 二人は手を繋ぎ、見つめ合う。この戦いを通して、二人の絆はより強まったと言える。今後、何があったとしても絆が途絶えることはないだろう。




リンカ
→2Dメトロイドシリーズ(OtherMも)からの出典

ドローン
→メトロイドプライムからの出典

オートスナイパー、オートシャープ、オートクラスト
→メトロイドドレッドからの出典

大型戦闘ドローン〈テスター〉
→元ネタはAM2RのThe Testerだが、エヴァに出てくる青い正八面体のあいつの要素が突っ込まれている。

ウォーターガン
→見た目はメトロイドOtherMに出てくるフリーズガン


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37話 ミレディ・ライセン

遅くなりましたが、今年初の投稿です。あけましておめでとうございます!

お気に入り登録者さんが100人に到達しました!この作品を読んでいただき、ありがとうございます!


「師匠、いつになったら会えるんですか……?」

 

 ゴーレム騎士軍団を突破して扉を潜った後、二人は長い通路を進み続けていた。特に罠らしいものも敵もなく、ここに来るまでは完全な一本道だった。そして、しばらく進むとT字路が見えてきた。

 

「大丈夫。そろそろお父様に会える気がする」

「ユエさん、分かるんですか?」

「ん……お父様レーダーに感がある。多分、そこの角から飛び出してくる」

 

 説明しよう。ユエにはハジメの存在を感知するお父様レーダーが搭載されており、ハジメとの距離が近づいたことを知ることができるのだ。

 

 もちろん、そんなものは嘘である。

 

「ユエさん、冗談はよしてくださいよ。特定の誰かを感知するなんてユエさんにできるはずが……」

「シア、静かに……音が聴こえてこない?」

「たっ、確かにそうですね。足音みたいな……」

 

コツコツコツコツ……

 

 聴こえてきたのは一定のリズムで刻まれる独特な足音。その音は少しずつ大きくなっていき、ハッキリと聞こえるようになった瞬間、曲がり角から足音の主であるオレンジ色の人型が飛び出してきた。

 

「ユエ、シア、久しぶりだな」

 

 ユエのお父様レーダーとやらは正確だった。飛び出してきたのはハジメであり、すでに“気配感知”によって二人の存在を把握していたようだ。

 

「お父様、そろそろ来てくれると思ってた」

「なんで師匠のことを感知できてるんですかね……私だってそんなことはできませんよ」

 

 ユエはハジメと再会できたことに嬉しそうだったが、シアの方はユエのハジメに対する感知能力に若干引いていた。

 

「そうか、それは大変だったな……」

 

 お互いに起きたことについて、三人は情報を交換しながら進む。

 

「それにしても、核を持たない上に何度も再生するゴーレムか……次に遭遇するようなことがあれば、その材質を調べたいものだ」

「師匠の火力さえあれば、ゴーレムとの戦いはかなり楽になりそうですね」

「そいつらがそのまま出てきてくれればの話だがな……」

「ん……ミレディのことだから、通常のゴーレム騎士だけをお父様にぶつけてくるとは考えにくい」

 

 こうしてしばらく進んだ先にあったのは、扉でもアイテムでも道でもなく、袋小路だった。そして、行き止まりの部分の壁だけ色が異なっていた。

 

「なんで行き止まりなんですか! おのれ、ミレディ!」

「ん……ミレディは必ず潰す」

「落ち着け、二人共。少し調べてみるから待ってろ」

 

『スキャンバイザー、オンライン』

 

 スキャンバイザーを起動させ、目の前の壁をスキャンするハジメ。その結果はすぐにバイザーへと表示された。

 


材質:コルダイト*1

高レベルの強度を持つ特殊な合金です。劣化したとしても一定の耐久性を維持するため、通常の兵器で破壊することは困難です。スーパーミサイルの使用を推奨します。


 

「ユエ、シア、新たなアビリティを使って壁を破る。強力な爆風が拡散するから、かなり後ろに下がってくれ」

「たしか、スーパーミサイルでしたっけ?」

「ん……対リドリーの切り札の一つ」

 

 情報交換の時点でスーパーミサイルの存在についても共有されている。今後も、使用時に味方を巻き込みかねないアビリティについては最優先で情報を共有する方針である。

 

『スーパーミサイル、オンライン』

 

 二人が退避したのを見届けた後、ハジメは砲口周辺のパーツを展開させたアームキャノンを構え、ビームを最大までチャージする。その最大チャージビームにノーマルミサイル五発を合成するとスーパーミサイルが完成し、砲口から緑色の弾頭が露出した。

 

「スーパーミサイル、発射……」

 

 アームキャノンから飛び出したのは、緑色の弾頭を持つ極太のミサイル。発射直後に後部のブースターが点火し、通常のミサイル以上のスピードで壁に激突すると大爆発を起こした。

 

ズガァァァンッ!!!

 

 耳をつんざくような爆音が通路に響き渡り、スーパーミサイルによってコルダイト製の壁が粉砕される。それと同時に発生した強烈な爆風と共に大小の破片が拡散し、最も爆心地に近い位置にいたハジメに降りかかった。

 

 しばらくして視界が回復する。ハジメは健在であり、壁にぽっかりと空いた大穴を前にして、パワードスーツの表面に付着した塵や小さな破片を手で払い落としていた。そして、退避していた二人がハジメのところに戻ってきた。

 

「いやぁ、凄い音でしたね……耳を塞いでいなかったらウサミミが大惨事になるところでしたよ」

「ん……でも、スーパーミサイルの威力は頼りになる。通常のミサイルは上級魔法クラスだけど、あれは最上級魔法と同等かそれ以上だった」

「とりあえず、突破口は開けた。先に進むぞ」

 

 この先に何が待っているのかは不明だ。ハジメ達は鬼でも悪魔でもパイレーツでも何でも来いと思いながら大穴を潜り抜けた。

 

 そこは……

 

「この部屋、見覚えがあるな」

「ん……たしかに見覚えがある」

「そうですね。特に、あの石板なんか見覚えがあり過ぎるんですけど……」

 

 大穴を潜った先には別の部屋があった。その部屋は十メートル四方であり、その中央に石板が立っている。見覚えがあるはずだ。なぜなら、その部屋は……

 

「最初の部屋……みたいですね?」

 

 全員の思っていたことをシアが代弁する。最初に入ったウザイ文が彫り込まれた石板のある部屋なのは確かだった。単なるよく似た部屋ではない。それは、扉を開いて数秒後に部屋の床に浮き出た文字が証明してくれた。

 

“ねぇ、今、どんな気持ち?”

“苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?”

“ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ”

 

「「「……」」」

 

 その場を沈黙が支配する。皆、能面のような無表情のまま、石像のように一ミリも動かない状態になり、無言で文字を見つめていた。すると、更に文字が浮き出てくる。

 

“あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します”

“いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです”

“嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!”

“ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です”

“ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー!!”

 

「は、ははは」

「フフフフ」

「フヒ、フヒヒヒ」

 

 三者三様の壊れた笑い声が辺りに響く。ハジメに至っては現実逃避のつもりなのか、モーフボールに変形して周囲をコロコロと転がりはじめた。

 

 その後も色々と大変だった。ミレディの言葉通り、最初の通路を抜けた先では階段や回廊の位置、構造が前に見たのとは大幅に変わっており、ハジメすら怨嗟の声を上げる事態だ。大量の罠も相変わらずであり、大抵の場合はこれまで通りにやられっぱなしである。

 

 唯一、溶解液を散布してくる黒い金属製の大玉に関してはスーパーミサイルで粉砕できたが、溶解液が飛び散ったので大慌てする始末だった。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 ライセン大迷宮へのファーストアタックから一週間が経過してしまった。その間、ハジメ達は何度も迷宮に挑んでいたが、数々のトラップとウザい文によって精神をゴリゴリと削られ続けた。振り出しに戻されることが七回、致死性のトラップに襲われることが四十八回、全く意味のない唯の嫌がらせが百六十九回である。

 

 全てが無駄に終わっているように思われるが、収穫がなかったわけではない。何度も挑んでいるうちに、ハジメ達はライセン大迷宮の構造の変化には法則性があるということを知った。

 

 スーツの自動マッピング機能で作成されたマップは全て保存されており、それらを見比べてみたところ、法則性を発見するに至ったのだ。

 

「迷宮の中だというのに、よく寝ている。まあ、疲れるのも無理はないか……」

 

 目の前ではユエとシアが寄り添って寝ている。ハジメはそんな二人の様子を微笑ましいと思い、優しい表情で見守っていた。

 

「休める時に休んでおけ。また疲れるだろうからな……」

 

 ハジメは二人の頭を交互に撫でる。二人ともハジメが側にいることに安心しており、穏やかな表情で眠っていたが、撫でられたことで更に表情がゆるくなっていた。

 

 しばらくして、二人が目を覚ましたので迷宮の攻略を再開する。振り出しに戻されないことを祈りつつ進んでいくのだが、ここでハジメにとって初見の部屋に出くわした。その部屋とは、ユエとシアが激闘を繰り広げたゴーレム騎士の部屋である。なお、今度は扉が最初から開いており、封印を解かなくても素通りできるようになっている。

 

「随分と二人が世話になったようだな……」

 

 すでに目の前ではゴーレム騎士達が隊列を組んで待ち構えており、まるで城壁のようにこちらの通行を阻んでいた。

 

「お前達にはたっぷりとお礼をしてやる」

 

 そう言ってアームキャノンを構えるハジメ。二人の報告では、ゴーレム騎士の耐久力はそこまで高いわけではなく、わざわざ破壊力の高い兵器を使う必要はない。

 

『スペイザー、オンライン』

 

 アームキャノンから投射された大量の光弾に曝され、ゴーレム騎士達は無惨にも破壊されていく。さらに……

 

『シーカーミサイル、オンライン』

 

 斉射された小型ミサイルがゴーレム騎士の集団に着弾する。次の瞬間には複数の爆発が発生し、ゴーレム騎士達はその衝撃によって原型を留めないレベルで滅茶苦茶に破壊された。彼らが再生するにも時間がかかるだろう。

 

「師匠の火力は素晴らしいですね。ゴーレム騎士がバタバタとやられていきますよ!」

「ん……それでも再生されてる」

 

 シアの言う通り、ゴーレム騎士達はハジメの圧倒的な火力によって蹴散らされているが、ゴーレム騎士には謎の再生能力が存在している。破壊された個体もしばらくすると復活して戦線に加わっていき、前線を少しずつだが押し上げていた。

 

(再生能力は厄介だ。連中の再生はどのような仕組みなのだろうか……?)

 

 そこで、ハジメは“鉱物系鑑定”を使ってゴーレム騎士の破片を分析してみた。

 


感応石

魔力を定着させる性質を持つ鉱石。同質の魔力が定着した二つ以上の感応石は、一方の鉱石に触れていることで、もう一方の鉱石及び定着魔力を遠隔操作することができる。


 

 感応石で体が構成されているゴーレム騎士達は、この鉱石の特性によって遠隔操作されていた。また、再生だと思われていたのは、鉱石を直接操ったり、足りない部分を他から継ぎ足すことによる再構成であったようだ。床も感応石によって構成されており、そこから不足分を補っていたことが判明した。

 

「現時点で再生を止める手段はないということか……ユエ、シア、騎士を操っている存在を倒すしかなさそうだ。ここは突破するぞ」

「んっ!」

「結局、突破するしかないんですね……」

 

 こうして、開いている扉へと前進するハジメ達。前方にいるゴーレム騎士達は放たれたビームやウォーターカッターで蹴散らされ、背後から迫る騎士は殿を務めるシアによって叩き潰されていく。二人だけだった時と比べると、比較的容易に扉へとたどり着いた。

 

 そのまま、三人は扉を潜り抜ける。ゴーレム騎士達の行動範囲が決まっているのか、追撃してくる者はいない。だが、立ち塞がる者達は存在していた。

 

「師匠、新手のゴーレムです! しかもデカイです!」

「あぁ、それは見れば分かる」

 

 目の前に現れたのは、全長十メートルはある大型のゴーレム騎士だった。全身は漆黒の装甲で覆われており、その体躯に見合うほどのサイズの大剣を装備していた。

 

「ん……おそらく今までのゴーレム騎士よりも防御力が高いと思う」

「だが、倒せないわけではない」

 

 漆黒騎士は大剣を振り下ろしてくるが、ハジメはアームキャノンによる近接攻撃でそれを弾き返すと、がら空きの胴体にミサイルを連続で叩き込んだ。漆黒騎士は衝撃波を連続で受けたことにより、動くことができない。

 

「どりゃぁっ!!」

 

 さらに、ハジメと入れ替わって前へと出てきたシアが跳び上がり、漆黒騎士へと右の拳を振りかぶる。ガントレットからは既に大型のブースターが展開されており、ブーストの勢いを乗せたシアの鉄拳が漆黒騎士の胸部に突き刺さり、その巨体を大きく後退させた。

 

 二人の攻撃を受けて胸部装甲はヒビが入ったり歪んだりするなど、少なくないダメージが入っていたのだが、追い討ちは止まらない。

 

「ん、私の速さには付いてこれない」

 

 ローラーダッシュの駆動音を響かせ、ユエが飛び出す。小柄な体躯とスピードを活かし、足元付近を動き回りながらリストブレードやディスクカッターで脚部を斬り付けていく。当然、漆黒騎士も迎撃を試みるのだが、色々と相性が悪いので失敗に終わる。やがて、脚部の耐久力が限界を迎えたのか、騎士は姿勢を崩して膝立ちの状態へとなり、大剣はただの杖になってしまった。

 

「こいつは再構成機能を持っていないようだな」

「ん……防御力が高い代わりに再構成機能が省略されているみたい」

「防御力が高いとはいえ、相手が悪すぎたみたいですね」

 

 ハジメはアームキャノンを構え、漆黒騎士の胸部へと向けると、そのままエネルギーを最大まで増幅してチャージビームとして解き放つ。漆黒騎士の胸部装甲は貫かれ、この個体だけが核を持っていたのか、完全に機能を停止した。

 

 

 

 

 

◾◾◾

 

 

 

 

 

 扉を潜り抜け、漆黒騎士を三人で瞬殺してから五分ほどが経過した。その後も立ち塞がる存在を破壊しながら進んでいたのだが、その途中で特殊な通路に差し掛かる場面もあった。

 

 それは、重力が変動する通路だった。急に重力の方向が変化して天井や壁だった場所が床になったりするのだ。そのため、ハジメ達は急な重力の変化に対応しながらゴーレム騎士や戦闘ドローンと戦うことを強いられていた。

 

 重力変動通路における戦いを制したハジメ達が辿り着いたのは、超巨大な球状の空間であった。直径は二キロメートル以上あり、多様な形や大きさの岩石ブロックが浮遊して滑らかな動きで不規則に移動している。重力変動通路との大きな違いは、完全に重力を無視した空間であるということだ。だが、不思議なことにハジメ達はしっかりと重力に引かれている。おそらく、この部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。

 

 また、ハジメ達はとあることにも気づいた。

 

「なんか、エネルギーシールドの出力が元に戻ってる気がしませんか?」

「ん……本当だ」

「そのようだな……」

 

 この空間に入った瞬間、今まで受けていたエネルギーシールド系統の弱体化が消えていた。普通に考えたら喜ばしいことだろう。だが、いきなりデバフがなくなるからには、それ相応の理由があるはずだ。

 

「これで、ガントレットも最大限の力を発揮できそうですね」

「だが、喜んでばかりではいられない。防御面が強くなるということは、敵の攻撃も強力なものになるということだからな」

「ん……油断はできない」

 

 とりあえず、ハジメ達はブロックの一つに乗ってみる。そのブロックは入り口付近から移動を始め、空間の中央に近づいていくのだが……

 

「逃げてぇ!」

「「!?」」

 

 突然、シアの焦燥に満ちた声が響く。毎度お馴染みの“未来視”による危険の察知であり、その場から弾かれたかのように退避すると、近くを通りかかった別のブロックに飛び乗った。

 

その直後……

 

ズゥガガガン!!

 

 上から高速で飛来した巨大な何かがハジメ達のいたブロックに激突し、隕石が落下したかのような衝撃を発生させてブロックを木っ端微塵に破壊すると、勢いそのままに通り過ぎていった。

 

 直撃を受けていた場合、即死とまではいかないが最悪の場合は瀕死くらいにはなっていただろう。その可能性に冷や汗を流しながらも次の攻撃を警戒していると、何処からか声が聞こえてきた。

 

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~!」

 

 ハジメ達がその方向へ一斉に向くと、少し高い位置を浮遊するブロックの上に金髪の少女が立っていた。

 

「あなたがミレディ・ライセンか。俺は南雲ハジメ。鳥人族の後継者を名乗らせてもらっている」

「君達のことはイー君から聞いてるよ。私達、解放者の意思を継いでくれるんでしょ? ミレディさん、感動しちゃったよ。でもね、それだけで神代魔法をあげるわけにはいかないからさ……最後の試練、行こっか?」

「あぁ、俺達はそれを望んでいる。何もせずに力を受け取るつもりはない」

「じゃあ、それで決まりだね〜☆ それで、試練の内容なんだけど、君達には最後の戦いをしてもらいます。ミレディちゃんの最強究極ゴーレム君とね!」

 

「「「………!」」」

 

 戦いの二文字を聞いたとたん、戦闘態勢に移行する三人。それを見たミレディはなだらかな胸を最大限に張り、腕組みをして足を肩幅より少し広めに開くと叫んだ。

 

「いでよ、スーパーミレディゴーレム!」

 

 ゴゴゴゴゴ……という音と共に、全長が二十〜三十メートルはあるような超巨大なゴーレムがミレディの背後に浮上してくる。ポージングは彼女と同じであり、腕組みをした状態である。

 

「彼こそがミレディちゃん達の最高傑作、スーパーミレディゴーレム君です。せいぜい、無様に死なないように頑張りなよ? それじゃあ、ミレディちゃんはクールに去るぜ」

 

 ミレディがその場から姿を消した後、頭部の赤いモノアイが輝き、ハジメ達をロックオンする。肩の二連レールキャノンや腰のガトリング砲、背部の光翼といった装備が動き始め、三人と同様に戦闘態勢へと移行したようだ。

 

「行くぞ……ユエ、シア。スーパーミレディゴーレムを破壊する!」

「んっ!」

「はいっ!」

 

 こうして、ライセン大迷宮における最後の戦いのゴングが鳴らされた。

 

*1
メトロイドプライムからの出典。現実にある同名の物質とは無関係である。




まさかのスーパーミレディゴーレム仕様です。一応、色々と変更点はあったりします。


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38話 G破壊作戦

ブルアカにハマり過ぎて書くのに時間がかかってしまいましたが、今回はミレディゴーレム戦です

書いている途中でミサイルの数(最大50発)が足りなくなることに気づいたので、一部をチャージビームに変更しました


ヴィィィィン……!!

 

 スーパーミレディゴーレムのモノアイが赤く輝き、そこから強力な赤いビームが発射される。視界が赤い閃光に埋め尽くされそうになる中、シアは迫るビームに向かって飛び出していき、両腕を前方に出してガントレットに意識を集中させた。

 

「フィールドウォール!」

 

 その瞬間、両腕のガントレットから発生した力場同士が結合し、まるで壁のようなバリアに変化してビームを防ぐ。これはフィールドウォールといい、三人分の範囲をカバーすることのできる強力なバリアである。その強度は“聖絶”による結界に匹敵している。

 

「師匠! 今のうちに!」

「あぁ…!」

 

 フィールドウォールの上からアームキャノンだけを出し、ハジメはミサイルを連射して攻撃する。狙いは現在進行形でビームを放出している頭部であり、何発かは腰のガトリング砲で迎撃されるものの、砲撃を中断させることができた。

 

『ちょっとぉ、隠れながら撃ってくるのは卑怯じゃない!?』

 

 何処からかミレディの声が聞こえてくる。いわゆる、天の声というやつだろう。彼女は別の場所からモニターしているようだが、こちらに声を届けることができるらしい。

 

『しょうがないなぁ、こうなったら無理矢理に出もでてきてもらおうからね』

 

 その時、五十体のゴーレム騎士がハジメ達の背後に出現し、襲いかかってくる。武器が振動刃になっていたり、下半身がブースターに換装されて自由自在に飛び回るなど、明らかに強化されていた。

 

「“破断”!」

 

 ただし、耐久力に関してはあまり変化がないのか、ユエが二挺のウォーターガンから放った水のレーザーによって近づく前に撃破されている。再構築されるのは時間の問題であるが、しばらくは邪魔が入らないだろう。

 

「シア、本体を叩くぞ!」

「はい!」

 

 騎士の相手はユエに任せ、二人は浮遊する足場を乗り継ぎながらミレディゴーレムに接近していく。それを迎え撃つのはガトリング砲と二連レールキャノンだ。

 

 二門のガトリング砲から光弾の雨がばら撒かれるが、二人は変則的な動きでそれを掻い潜り、ハジメがアイスビーム&ミサイルを叩き込んで沈黙させる。残っているレールキャノンからは次々と超高速の砲弾が飛来するが、ハジメはチャージビームで相殺し、シアに至っては拳で砲弾を弾き飛ばしていた。

 

『砲弾を弾くなんてどうなってんの?!』

 

 ミレディが驚いているが、そんなことは無視してハジメはミサイルのつるべ撃ちを敢行する。ただし、ミレディゴーレムはミサイルによって殴られ続けたものの、殆どダメージが通ることはなかった。

 

『ミレディちゃんのゴーレムにそんなものは効かないよぉ~』

 

 ミレディの声が響いた直後、ミレディゴーレムは左腕を向けてくる。左腕の先端にはフレイル型モーニングスターが存在しており、刺々しい鉄球に搭載されたブースターを噴射した勢いのままに射出してきた。

 

 シアは跳躍して上方のブロックに乗り、ハジメは回避行動を選択せず、最大チャージスペイザービームを迫り来るモーニングスターに向けてぶちかます。

 

ドガガガッ!

 

 三発のチャージビームは同時にモーニングスターへと直撃し、破壊にまでは至らなかったが軌道を大きく逸らすことに成功する。それと同時に上方のブロックにいたシアがミレディゴーレムの頭上を取り、飛び下りながら拳を振り下ろした。

 

『見え透いてるよぉ~』

 

 だが、ミレディゴーレムは自身にかかる重力を操作することによって、急激な勢いで横方向にスライドしてシアから逃れる。

 

「くっ!」

 

 このままでは攻撃が空振りに終わり、足場の無い空中で大きな隙を見せることになってしまう。シアは歯噛みしながらも全身を振り回して軌道を修正すると、腰のスラスターを吹かしてミレディゴーレムに突進し、右腕でブーストパンチを叩き込んだ。

 

ズゥガガン!!

 

 シアの一撃を左腕でガードするミレディゴーレム。それを受けた左腕はひしゃげてしまうが、ゴーレムなので問題はない。何事もなかったかのように左腕を横薙ぎにしてシアを吹き飛ばしてしまった。

 

「きゃぁああ!!」

 

 シアは悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。本当なら彼女の身を心配するべきかもしれないが、彼女を信用しているハジメはゴーレムから意識を外すことをせず、ひしゃげた部分に向かって最大チャージビームを叩き込むことで左腕を完全に欠損させた。

 

 なお、シアの方は巧みな姿勢制御技術によって無事に着地している。そこから更に追撃しようとする二人であったが……

 

「お父様、シア、そっちに何体かの騎士が向かった! 気をつけて!」

 

 ユエからの警告で振り返る二人。彼女が戦っている方から十体のゴーレム騎士が飛んできており、初期に破壊された個体が再構成されたものだった。

 

『さ~て、今のうちに再構成させてもらうね』

 

「くっ、こんな時に!」

「こんな時だからこそだろうな……」

 

『シーカーミサイル、オンライン』

 

 ハジメは小型ミサイルを斉射して半数のゴーレムを一瞬で撃破する。そして、煙の中から残りの五体が飛び出してきた。

 

 そのうちの二体はシアの方へと向かってくる。先行してきた個体を撃破した直後、もう片方が振り下ろしてきたブレードを右のガントレットで受け止め、同時に叩き込んだ左の拳で騎士の土手っ腹に風穴を開けてやった。

 

 尊敬する師匠の方へと目をやれば、すでに三体のゴーレム騎士が屠られている状態だった。そして、ミレディゴーレムの方は鉄球が失われたものの左腕が完全に再生していた。

 

『君達、思っていたよりもやるねぇ。ここは、ミレディさんも本気を出さねば無作法というもの……』

 

 その時、ミレディゴーレムの胸部以外の装甲がスライドし、総勢百二十発の弾頭がその姿を覗かせる。それらは全てミサイルであり、一斉に発射されるとハジメ達がいる一帯に着弾した。

 

ドゴォォォォンッ!!!

 

 爆音と共に衝撃波と爆炎に襲われ、煙に包まれる一帯。動く存在は見えず、空間は静寂によって支配された。煙が晴れた後、その場に現れたのはフィールドウォールに守られたシアとユエの姿のみだ。

 

『あれぇ、後継者君がいないよぉ? 流石に木っ端微塵にはなってないと思うけど、瓦礫の下に埋もれちゃったのかなぁ?』

 

 ミレディはゴーレムのカメラアイを通して二人を見下ろしながら言う。ゴーレムの視界にはハジメの姿は見えず、最大戦力が消えたかと思われた。だが、ゴーレムのセンサーは予想外の近さから音声を拾った。

 

「俺はここだが?」

 

『!?』

 

 慌ててゴーレムを操り、声が聞こえた辺りにカメラアイを向けたミレディ。そこには、スライドした装甲の隙間に左腕と左足を引っ掛けて体を固定し、砲口から緑色の弾頭を露出させたアームキャノンを胸部に突き付けているハジメの存在があった。

 

『い、いつの間ッ!?』

 

ズガァァァンッ!!!

 

 次の瞬間、至近距離から発射されたスーパーミサイルが炸裂し、轟音でミレディの驚きの言葉が遮られる。その凄まじい爆発はゴーレムを吹っ飛ばし、胸部の装甲を木っ端微塵に粉砕した。

 

 胸部から煙を吹き上げて弾き飛ばされるミレディゴーレム。ハジメの方は発射直後に反動と爆風を利用して離脱しており、二人のいるブロックに着地してゴーレムを観察する。

 

「……やりましたか?」

「いや、これでは終わらないだろう。ミレディがスーパーミサイルの対策をしていないと思うか?」

「ん……どうやら、お父様の言う通りみたい」

 

 案の定、胸部の装甲が大破した状態のミレディゴーレムが何事もなかったかのように再び動き出した。

 

『その通りだよ、後継者君。ミレディちゃんがスーパーミサイルの対策をしないはずがないからねぇ。とても頑丈な合金を用意させてもらったよ』

 

 ゴーレムの胸部装甲の破損箇所を見てみると、破られた装甲の奥に暗い色の装甲が存在していて、傷一つなかった。どうやら、ゴーレムの装甲は胸部限定で二重になっており、内側の装甲はコルダイト以上の強度を持っているらしい。

 

『さて、第二ラウンド行ってみようかぁ!』

 

 ミレディゴーレムが動き出す。カメラアイからはビームを、肩のレールキャノンからは砲弾を放ってくるが、三人の実力ならば回避するのは容易である。しかし、ゴーレムに対して有効なダメージを未だに与えられていなかった。

 

「師匠、どうしますか!?」

「慌てるな、まだ手段はある。シア、渡しておいたガントレット用の試作アタッチメントがあったな?」

「あ、そうでした……あれなら!」

「だが、あれを当てるためには接近しなければならない。とりあえず、ゴーレムの武装を破壊するぞ!」

「ん……了解」

 

 ハジメはシアのガントレットに外付けするタイプの武装を開発していた。それも、硬い装甲を突破する用途に適したものである。ただし、戦闘スタイルが格闘であるシア専用に開発されたため、かなり敵に近づく必要があった。

 

「“破断”」

 

 ユエはウォーターガンで肩のレールキャノンの砲身をズタズタに切り裂き、使用不能とする。カメラアイに内蔵されたビーム砲は長いクールタイムを要するのか、撃ってくる様子はない。

 

『君達に面白いものを見せてあげるよ』

 

 その瞬間、ゴーレムの周囲のブロックが内側から粉砕され、十字架のようなパーツが大量に出現する。それらはゴーレム騎士のように宙に浮いており、くるりと回転すると先端にある銃口をハジメ達に向けてきた。

 

「これは……ビット兵器か!」

 

 ビット兵器達は鉄砲隊のように整列し、一斉に光弾の嵐を放ってくる。シアのフィールドウォールによって防御されるが、一部のビットは無防備な防壁の後方に回り込んできた。

 

「ん……させない」

 

 当然、ハジメとユエによる迎撃が待っており、回り込んだビットは殆んど発砲出来ずに散っていく。放たれてしまったものもあるが、そこはバリアスーツによって高い防御力を誇るハジメが盾になることで無効化する。

 

 だが、狙いすましたようにミレディゴーレムは右腕の拳を赤熱化させると、背部の光翼を輝かせて突進してきた。フレイムナックルがフィールドウォールに叩きつけられ、その衝撃でブロックが粉砕される。

 

「くぅう!!」

 

 フレイムナックルを真正面から受け止めたシアは、苦悶の声を漏らしながら吹き飛んでいき、その先にあったブロックの上に退避していたハジメによってキャッチされる。

 

「シア、大丈夫か?」

「全身が痺れる感じがします。でも、まだ私は動けますよ!」

「そうか。ユエ、シア、奴の動きを封じる策を思い付いた。それは……」

 

 ハジメは全員の装備に内蔵されている通信機を介して作戦を説明する。

 

『作戦会議は終わった感じかな? では、戦いを再開するよぉ!』

 

 ミレディの合図と共にビット兵器群が動き出す。ハジメはシーカーミサイルの連発で数十機を破壊すると、単独で前に出る。ハジメは生き残りのビット兵器に取り囲まれ、様々な方向から砲火に晒される。

 

 しかし、その程度であれば問題ない。四方八方から取り囲まれることなら経験済みであり、今回は的が小さかったが、ハジメの脅威的な早撃ちの技術で容易に叩き落とされていく。

 

「“破断”!」

 

 ハジメがビット兵器を引き付けてる間にユエが飛び出し、二挺のウォーターガンからいくつもの水のレーザーをゴーレムの頭部や腕、肩に浴びせ、表面装甲を僅かに削っていく。

 

『おいおい、そんなのが効くとでも思っているの?』

 

 ミレディの方は“破断”が大したダメージにならないことを理解しており、ユエのことは無視してハジメへの対処に集中する。その隙に、ユエはゴーレムの背後に回り込み、背中にも水のレーザーを浴びせている。時折、ゴーレムとは関係のない方向にも放っていたが、ミレディが気付くことはない。

 

「これで最後だ」

 

 そして、ついに最後のビットが撃破される。そこにゴーレムがビーム砲撃を繰り出してきたが、シアがフィールドウォールによって防御し、ハジメはゴーレムに向かって前進していく。

 

『スーパーミサイル、オンライン』

 

 走りながらスーパーミサイルを準備するハジメ。ゴーレムが振り下ろしたフレイムナックルによって足場が破壊されるも、そのまま腕に飛び乗ってその上を駆け抜け、胸部に取り付いてアームキャノンを突き付ける。すでにミサイルの発射準備は完了していた。

 

『あはは、それじゃあ貫けないよ?』

 

「知っている!」

 

 ハジメの言葉と共にスーパーミサイルが射出され、その爆発によってゴーレムが弾かれて吹き飛んでいく。

 

 そして、ハジメは離脱せずに背面のブースターを吹かしてゴーレムを押し出し、キャノンからはミサイルを弾切れまで撃ち続けることで更に吹き飛ばし、最終的には背後に浮いていたブロックにゴーレムを叩きつけた。

 

「ユエ!」

「ん……凍って! “凍柩”!」

 

 ハジメの合図で、ユエは氷の棺に対象を閉じ込める上級魔法を発動する。ここでは上級魔法の使用は不可能なはずなのだが、拘束のためにはアイスビームよりも高い効果のあるこの魔法が必要不可欠であり、ユエはとある裏技を用いて使用可能とした。

 

 ブロックに叩きつけられたゴーレムの背中や腕が凍り付き、その巨体がブロックに固定される。その姿はまるで、磔にされた罪人のようであった。

 

『なっ!? どうして上級魔法が!?』

 

 驚くミレディ。ライセン大迷宮で上級魔法を使用できた理由は、“破断”と同じように元となる水を用意して消費魔力を減らしたからだ。最初の“破断”でゴーレムの全身に水を付着させ、叩きつける予定のブロックにも付着させておいたのだ。ユエがゴーレムとは別の方向にも水を放っていたのは、このためである。

 

 なお、裏技を使ったとしても魔力の消費は激しいものであり、魔力タンクもすっからかんの状態となる程だ。ユエは肩で息をしながら、近場のブロックに着地する。

 

「よくやった! 次はシアだ!」

「はい!」

 

 いい返事と共に、シアは宝物庫からアタッチメントを取り出し、右腕のガントレットに装着する。

 

「ドリルヘッド、装着!」

 

 その正体はドリルだった。装着と同時にドリルは回転を開始し、瞬く間に回転数が上昇していく。

 

キィイイイイイ!!!

 

 高速回転して甲高い音の旋律を響かせるドリル。シアは足場を蹴ってゴーレムの方へと飛び出すとスラスターを吹かし続け、胸部に急速接近すると共に身体強化の全てを右腕に注ぎ、ドリルの先端を勢いよく突き立てた。

 

 高速回転するドリルの先端と接触し、激しく火花を散らす胸部装甲。ガリガリガリと装甲が削られていき、少しずつ亀裂が入り始める。脆弱となった部分をドリルは見逃さず、奥へ奥へと侵食していく。

 

「いっけぇぇぇぇ!!!」

 

 シアの叫びと共にスラスターの出力とドリルの回転数が急激に上昇し、装甲の侵食が早まる。やがて、ドリルは装甲を突破して核に達し、深々と突き刺さった。

 

 ゴーレムのカメラアイから光が消え、活動を停止する。シアはそれを確認するとドリルを引き抜き、安堵の息を吐いた。視線を感じて振り向いてみれば、ハジメとユエがシアに向かってサムズアップしており、シアは満面の笑みでサムズアップを返した。

 

 たった今、七大迷宮の一つであるライセン大迷宮が攻略された瞬間であった。




フィールドウォールはサムス&ジョイからの出典なので、一応はメトロイド世界のものです


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39話 俺がすべてを終わらせる

今回でライセン大迷宮はラストです


『お疲れ様、よく頑張りました。最後の試練を乗り越えたので、君達にはプレゼントをあげるね。まず、パワードスーツの君には……』

 

 その時、機能を停止していたゴーレムの胸部装甲がパージされ、その中から亀裂の入ったコアが飛び出てくる。

 

『ゴーレムの浮遊にはこの中のアビリティが関係しているんだよね』

 

 浮遊するコアが紫色に輝き、その姿がランプのようなアイテムに変貌すると、ハジメのパワードスーツに融合して新たなアビリティを発現させた。

 

『グラビティ機能を入手しました』

 

『自身にかかる重力を操作することで水の抵抗や重力変動の影響を完全に無効化し、空中浮遊すら可能とするパワードスーツの拡張機能です』

 

『発動時には紫色のオーラがスーツを覆い、防御機能がさらに向上します。溶岩との接触にも耐える程ですが、溶解液への耐性はありません』

 

 ハジメが新たに入手したアビリティはグラビティ機能。その名の通り、重力を操ることのできる能力であり、水中や超重力空間で戦うためには必須となっている。

 

『さて、後は神代魔法を伝授するだけなんだけど、ミレディちゃんの隠れ家に来てもらうよ。三名様、ご案内!』

 

 光っている足場ブロックが下の方から現れ、乗ってくれと言わんばかりに点滅する。三人が飛び乗るとブロックはスィーと水平移動し、壁の一角の前へと移動する。

 

 すると、目の前の壁が消失して白い壁で出来た通路が現れた。三人の乗るブロックはそのまま通路を滑るように移動を開始。そうして進んだ先には、他の迷宮や大軍神の壁画にあった七大迷宮を示す七つの紋様が刻まれた壁があり、近づくとスライドして道となった。

 

「やっほー! 天才魔法少女のミレディちゃんだよ!」

「お待ちしておりました、ハジメ様、ユエ様、シア様。お久しぶりです」

 

 潜り抜けた壁の向こう側にいたのはミレディとイヴだった。三人はそのまま魔法陣の場所まで案内され、ミレディが起動させた魔法陣の中に入った。

 

 そして、三人の脳の中に神代魔法の知識やその使用方法が直接刻まれていく。ハジメとユエは三度目なので無反応であるが、完全に初めてだったシアはビクンッと体を跳ねさせていた。

 

「なるほど、やはり重力を操る魔法か。グラビティ機能を手に入れた辺りで察してはいたが……」

「正解! ミレディちゃんの魔法は重力魔法だよ。ただ、後継者くんとウサギちゃんは適性がないね。それも、びっくりするレベルで!」

「あぁ。それは理解している」

 

 神代魔法の知識が刻まれた段階で、ハジメとシアは自分に適性がなく、まともに使えない気がしていた。

 

「まあ、後継者くんはグラビティ機能がある程度代わりになってくれるから大丈夫じゃないかな。金髪ちゃんの方は適性がありまくりだね。修練すれば使いこなせるよ。ウサギちゃんは、体重の増減くらいなら……」

「えぇ……そんな……」

 

 それを聞いて意気消沈するシア。ユエは適性バッチリで、ハジメはアビリティによってある程度であれば代替することができるというのに、自分だけは体重の増減しかできないという現実。こうなるのも当然である。

 

「落ち込むな、シア。体重の増減は戦いの役に立つぞ。体重が変われば体の動きが変わり、相手を翻弄することだってできる」

「おぉ、ミレディちゃんが言いたいこと全て言われちゃったよ」

「だったら最初からそう言えばよかっただろ。ミレディ、あまり俺の弟子をいじめないでくれ」

「ごめんねぇ、久しぶりの人間でテンションが上がっちゃって。てへぺろ☆」

 

 あまり反省した様子がないミレディ。ハジメはため息をつくと、ミレディの顔面にアイアンクローをしてやった。もはや、ミレディに対する敬意などない。

 

「アダダダッ!?」

 

 生身ではなくパワードスーツでのアイアンクローなので、普通に痛い。本気でやったら顔が潰れたトマトになるので、手加減はしているが。

 

「ごめんごめん、今からは真面目にやるからさ」

「分かればよろしい」

 

 アイアンクローから解放された解放者ミレディは、気を取り直して話を再開する。

 

「重力魔法に適性がある金髪ちゃんに提案があるんだけど、私からの指導を受けてみない?これでも、重力魔法の最高の使い手である自負はあるんだけど」

「ん……お父様はどう思う?」

 

 ミレディからの提案を受け、ハジメに意見を求めたユエ。だが、ハジメは彼女の意志決定に介入するつもりはなかった。

 

「ユエ。重要なのは自分自身が何をしたいかだ。俺はユエの意思を尊重する」

「わ、私は……お父様やシアの力になりたい。だから、重力魔法について指導を受けようと思う」

 

 ユエは、自分自身の意思でミレディから重力魔法について指導を受けることに決めた。

 

「ということだが、しばらくここに滞在してもいいのか?」

「別にいいよ。ミレディちゃんとしては賑やかな方がいいからね」

「分かった。しばらく世話になる」

 

 こうして、ハジメ達はミレディの隠れ家にしばらく滞在し、魔法の修行や装備の開発・改良をすることになった。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 二日後、ハジメ達が帰る時がきた。

 

「いやぁ、金髪ちゃんの飲み込みが早くて助かった。このまま鍛練を続けていけば、間違いなく最強の魔法使いになれるよ」

「ん……そう言われると嬉しい」

 

 たったの二日という短い期間での修行であったが、重力魔法の使い手であるミレディの指導とユエ自身の才能によって、ユエはミレディに認められる程の成果を上げた。

 

「君達が帰る前に聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

「あぁ、構わない」

 

 帰る直前、ハジメ達を呼び止めるミレディ。彼女はハジメと真っ直ぐに向き合うと、とあることを聞いた。

 

「君がこれからすることは、失敗した解放者の尻拭いのようなもの。本当に、私達の尻拭いを君にさせてしまっていいの?」

 

 それは、神殺しに失敗し、願いと力を後世の人間に託すことへの罪悪感から生み出された、解放者唯一の生き残りの言葉。しばらくの間、その場に静寂が流れるのだが、それに対するハジメの答えは単純だった。

 

「問題ない……俺がすべてを終わらせる」

 

 それを聞いたミレディは微笑んだ。

 

「君達のような若人がいれば、世界は安泰だよ。私も安心して後を任せられる」

「あぁ、任せてくれ」

「そうだ、今後行くことになる残りの迷宮について教えてあげるよ」

 

 ミレディからもたらされた情報により、これまで不明であった三ヵ所の迷宮について知ることができた。さらに、攻略の証として上下の楕円を一本の杭が貫いているデザインの指輪を渡されている。

 

「実を言うと、ここから出る手段がちょっと特殊でね。水を使って流す仕様になっているんだ……」

「なら、グラビティ機能の出番だな。ユエ、シア、俺にしがみつけ」

「ん……」

「はい!」

 

 ハジメは指定された位置に移動すると、ユエとシアを自身にしがみつかせ、グラビティ機能を発動する。

 

『グラビティ機能、オンライン』

 

 パワードスーツが紫色のオーラに覆われ、この瞬間からハジメは重力という縛りから解放される。

 

「それじゃあ、流すよ。行ってらっしゃい!」

 

 いつの間にか天井からぶら下がっていた紐をミレディが掴んで下に引っ張ると、ガコンというトラップの作動音が響き渡り、部屋の四方から大量の水が流れ込んでくる。

 

 たちまち部屋は激流に満たされ、そのままでは足を取られてしまうような状況になるが、グラビティ機能を発動させているハジメが動じることはない。重力を操作して空中に浮遊した直後、部屋の中央の床に穴が空き、そこに向かって激流が一気に流れ込み始めた。

 

「ミレディ、世話になったな」

「ん……色々と教えてくれてありがとう」

「お邪魔しました~」

 

 そして、ト○ロのようにユエとシアを掴まらせた状態で、水が流れ込んでいる穴へと下降していくハジメ。ユエもシアも呼吸器を備えた装備を身につけており、準備は万端だ。そのまま水中に突入し、ハジメ達は迷宮を後にした。

 

「イー君、私達も出来ることをやらないとね」

「はい、その通りでございます。ミレディ様」

「それじゃ、クソ神との決戦に備えてゴーレムの修復と戦力の増強をするとしようかな☆」

 

 ミレディは全てを後世の人間に押し付けるつもりではない。いずれ来るであろうエヒトとの決戦に備え、物量の面でハジメ達をサポートすべく、迷宮に隠されていた工場を稼働させた。

 

 一方、ハジメ達は激流の先にあった地下水脈を進んでいた。魚達が多く泳いでおり、地上の川や湖とも接続されているようだ。中々の激しい流れではあったが、グラビティ機能で浮遊しているハジメ達には関係ない。

 

 しばらくして、ハジメ達の目の前に光が射し込む水面が現れる。彼らはそのまま浮上していき、水面を突破して地上に出た。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

「最初は性根が捻じ曲がった最悪の人だと思ってましたけど、ミレディさんは結構良い人でしたね」

「まあ、性格が悪い傾向にあるのは間違いないが、あのウザさは俺達の精神を鍛えるためにやっていた部分も大きいだろうな」

「ん……彼女は嫌われることを承知であれをやっていたのだと思う」

 

 ハジメ達は地下水脈の出口となっている泉の近くで休憩しつつ、ミレディに対する評価を改めていた。

 

 迷宮の各所にあったウザい文と嫌らしい配置のトラップの数々。ミレディは攻略に来た人間に対して様々な嫌がらせをしてきたが、その真意は神に立ち向かうための精神力を養うことにあった。神によって世界が敵になってしまった状況で追い詰められた解放者だからこそ、強い精神力の重要性を理解していたのだ。

 

「そろそろ出発しよう。あれだけ目立っていた俺達が一週間も姿を消していたのだから、町の人々も心配しているだろうな」

「それに、師匠は子ども達と約束してましたからね」

「ん……みんな待っている」

 

 ハジメ達は泉の周辺から出発し、ブルックの町の方面へと歩き始める。だが、通り道にあった森の近くに差し掛かった時、ハジメとシアは森の中から接近してくる何かの気配を感じた。

 

「!?」

「師匠!」

 

 森の中から飛び出してきたのは、二体の気配。目の前に現れた彼らの姿を見て、ハジメ達は即座に戦闘態勢に突入した。何故なら……

 

「ゼーベス星人……!」

「でも、体の色が違います!」

「ん……黒い」

 

 現れたのは二体のゼーベス星人であったが、通常の赤い個体と異なり、黒い甲殻に覆われていた。すかさずチャージビームと“緋槍”をそれぞれに直撃させるも、その一撃で倒すことができなかった。

 

「師匠とユエさんの攻撃があまり効いてないです!」

「パイレーツめ、俺達の火力に対抗するために強化兵士を出してきたか……」

 

『スキャンバイザー、オンライン』

 


人工変異形態:強化型ゼーベス星人

強化されたゼーベス星人です。通常のゼーベス星人と比較して体力と筋力、耐久力の増加を確認。体内からは魔力と放射性物質の反応を検知しました。


 

「なるほど、耐久力が上がっているのか」

「お父様。だったら、重力魔法の試し撃ちに使っていい?」

「それは名案だ。シア、魔法発動までの時間を俺達で稼ぐぞ」

「承知です!」

 

 そうこうしている間に、強化型ゼーベス星人は急速に接近すると飛び蹴りを放ってくる。だが、その程度の攻撃を見切れない二人ではなく、近接攻撃で弾かれる結果となった。

 

 弾かれた二体が空中で激突し、地面に落下したタイミングで、すでに準備を整えていたユエが神代魔法のトリガーを引く。

 

「“禍天”」

 

 ゼーベス星人の頭上に現れたのは、直径四メートル程の黒く渦巻く球体だ。これは“禍天”といい、重力球を作り出して消費魔力に比例した重力で対象を押し潰す危険な技である。

 

 重力球がゼーベス星人に向かって落下し、星人は上から超重力を受けて徐々に押し潰されていく。肉体が地面に磔にされ、歪んだ甲殻にはヒビが入り、そこから体液が吹き出し始める。

 

ベキベキベキッ……グシャァッ!!

 

 そして、ついに強化された耐久力の限界を超重力が上回り、二体の強化型ゼーベス星人は二つの染みとして大地に刻み込まれた。いくら耐久力があるとはいえ、超重力には耐えられなかったようだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ユエは消耗した様子だった。重力魔法は自分に使う分には魔力消費は激しくないのだが、それ以外に行使する時は別だ。高い才能や解放者からの手解きがあったとはいえ、彼女はまだ初心者。数秒程の発動準備と多くの魔力が必要となってしまう。

 

「うわぁ、こんなの受けたら私でも死んじゃいますね」

「これが重力魔法の力か……ユエ、よくやったな」

「ん……これで役に立てる」

 

 目の前の障害を排除したので、ブルックの町に戻ろうとするハジメ達。だが、障害物はこれで終わりではなかった。

 

「ん?」

 

 ハジメは今までとは桁違いに強い気配を感じて上空を見上げる。そこからは雪のように多数の何かが地上に降り注いでおり、その一つ一つが銀色の羽であった。

 

 そして、銀の羽の発生源である存在が上空からその姿を現した。天使や戦乙女を思わせる神々しい風貌で、背中からは銀色に光る翼を展開している。ハジメはその正体を知っていた。

 

「真の神の使徒……」

 

 ハジメを見下ろす瞳は氷の如き冷たさを放っており、ひたすらに無感情で機械的だ。そして、神の使徒は告げた。

 

「ツヴァイトと申します。イレギュラー……コードネーム・メトロイド。“神の使徒”としてあなたを主の盤上から排除します」

 

 それは、神からの宣戦布告。今ここで、“真の神の使徒”と“鳥人族の後継者”が激突する。




急展開に次ぐ急展開となってしまったな……

○グラビティ機能
本作品ではグラビティスーツではなくグラビティ機能となっています。本来なら溶岩への耐性がないですが、グラビティスーツの設定も組み合わせているので耐性があります。なお、溶解液に関しては……

空中浮遊に関しては完全なオリジナルです。

○強化型ゼーベス星人
元ネタはスーパーのメタルゼーベス星人とゼロミッションの黒いゼーベス星人。せっかく強化されたのに重力魔法の餌食にされてしまって可哀想ですね。いったい、誰がこんな展開を考えたのでしょうか(お前だよ)

しばらくはこいつらがパイレーツのメインになっていく予定


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40話 使徒、襲来

今回は短いです


「ツヴァイトと申します。イレギュラー……コードネーム・メトロイド。“神の使徒”としてあなたを主の盤上から排除します」

 

 それは突然の出来事だった。強化型のゼーベス星人を撃破した直後、空から銀の羽が雪のように降り注ぎ、天使が舞い降りたのだ。これが天より遣わされた救世主であったら、どんなに良かったことか。

 

 邪神エヒトが生み出した忠実なる人形であり、神に仇なす者や想定外の危険分子を排除するために送り込まれる存在。それが奴の正体である。

 

 次の瞬間、神の使徒ツヴァイトの肉体から銀色の魔力が噴き出し、常人であれば気絶してしまうようなプレッシャーが一帯を支配する。

 

 戦いを潜り抜けてきたユエとシアであっても体が硬直する程であり、冷や汗を滝のように流している。だが、そんな状況でも動じない男が一人……

 

「メトロイド……やはり、パイレーツをこの世界に連れてきたのはお前達か。マザーブレインもいるのだろう?」

 

 ハジメだけは通常運行である。神の使徒から放たれるプレッシャーは確かに強力であるが、それでもリドリーや狂暴な巨大クリーチャーには遠く及ばない。この程度で動揺していては、多数の危険な存在が跋扈している宇宙では戦えないのだ。

 

 そんなハジメの様子に安心感を覚えたのか、ユエとシアは体の硬直から回復する。そして、ハジメは言葉を発さずに手振りで待避するように伝えた。

 

 ここから先は、ハジメ一人の戦いである。

 

「イレギュラー、あなたとのお喋りに付き合っている暇などありません。我が主のため、即刻消えていただきます」

「それはこちらの台詞だ。神の木偶人形……今すぐ消えろ!」

 

ドガッ! ドガッ!

 

 ハジメの発砲が戦闘開始の合図だった。撃ち上げられた二発のパワービームがツヴァイトに迫るが、彼女は蝶のようにフワリと舞うことで容易に回避すると、背中の銀翼をはためかせる。

 

 その目的は飛翔のためではない。次の瞬間、その銀翼から銀羽のミサイルが大量に射出された。高い連射性能に加え、一発一発に“分解”の固有魔法が付与されており、最後まで獲物を追いかけ回してその存在を抹消するのだ。

 

 それに対抗するのは、生命のエネルギーより無限に生み出され、アームキャノンから高速で連射される無数の光弾だ。ハジメは全力で地面を蹴って後方に飛び退きながら、正面から迫り来る銀羽の群れをビームで次々と撃ち抜いていく。

 

 ハジメが地面に着地した直後、銀羽の弾幕を突き破るようにして銀色の砲撃が飛来してくる。これは分解砲撃といい、手数を重視する銀羽とは対照的に、威力を重視した一撃である。

 

「くっ!」

 

 ハジメは横方向に飛んで回避したが、その背後にあった大岩が文字通りに分解され、何もなかったかのように消滅してしまった。

 

「まさか、これほど放ったというのに全く被弾しないとは……これがイレギュラーの力ですか。評価を上方修正する必要があります」

「随分と舐められていたようだな……」

「イレギュラー、あなたを侮っていたことは認めましょう。ただし、今のは小手調べに過ぎません。今度こそあなたを排除します」

「あぁ、やれるものならな」

 

『ノーマルミサイル、オンライン』

 

 ハジメは上空のツヴァイトをロックオンし、ミサイルを連続で放つ。だが、あろうことか彼女はミサイルを双大剣で切り裂きながらハジメへと真っ直ぐに迫ってくる。

 

「チッ!」

 

 突っ込んでくる彼女に対してチャージビームを放つが、交差させた双大剣によって防御されてしまう。そのまま、至近距離に踏み込んで来た彼女は回転して遠心力を乗せた大剣の一撃を浴びせてきた。

 

ガキィィィンッ!!!

 

 大剣の腹をアームキャノンで殴り、かち上げることで軌道をずらして回避する。もう片方の大剣も振り下ろされ、ハジメを真っ二つにしようとするが、咄嗟に半身になったことで肩アーマーから火花を散らす程度に終わった。

 

「何故です。何故、“分解”が効いていないのです!?」

 

 無表情ではあるが驚きを隠せないツヴァイト。当然だが双大剣にも“分解”は付与されており、あらゆる物質を切り裂いてしまう危険な代物だ。パワードスーツに大剣が直撃したにも関わらず、切り裂くことができなかった事実に、彼女は驚いていた。

 

 ハジメのパワードスーツは彼の精神力によってその形態を維持しており、ハジメの精神が折れない限り一瞬であれば分解に抗ってくれる。その上をエネルギーシールドが覆う二層構造であり、自己修復機能を備えたパワードスーツは簡単に切り裂かれることはないのだ。

 

「鳥人族が授けてくれたパワードスーツを簡単に貫けると思うな」

 

 ハジメはそう言い放ちながら、青いチャージビームを発射する。ツヴァイトは先ほどと同様に大剣を交差させて防御するが、それが間違いであったことを知る。今のビームは凍結効果が付与されたアイスビームであり、全身を氷漬けにされてしまったからだ。

 

 ツヴァイトは自身を覆っている氷を分解するが、その一瞬の隙をハジメに突かれてしまい、いつの間にか至近距離に迫られる。彼女の無防備な腹部には、輝くアームキャノンの先端が接触していた。

 

「この距離なら防げないな」

 

 その直後にゼロ距離から最大チャージビームが放たれ、ツヴァイトは弾かれるようにして吹き飛ばされた。

 

「ぐぉっ!?」

 

 吹き飛んだ彼女は森の中に突っ込み、進路上の木々を何本もへし折って停止する。ゼロ距離からチャージビームの直撃を受けた胴体部分の戦装束はボロボロになり、素肌は少しばかり爛れていた。

 

「凍結攻撃……そんなものは提供されたデータにはなかったはずです」

「どうやら、俺の能力がここまで戻っているのはマザーも想定外だったようだな」

 

 戦場は森の中へと移行する。薙ぎ払うように放たれた分解砲撃の下をスライディングで潜り抜け、アイスビームの連射で反撃する。この一瞬で多くの木々が消し飛び、氷漬けにされ、自然環境が破壊されていく。

 

『シーカーミサイル、オンライン』

 

 五発の小型ミサイルがツヴァイトに殺到するが、彼女は銀翼を大きく広げて自身を包み込み、着弾したミサイルを全て分解してしまった。だが、その直後に飛来したロープ状のビームに反応できず、片方の大剣の持ち手部分に巻き付かれる。

 

「これは!?」

 

 それはグラップリングビームである。ハジメは左腕に力を込めて彼女を引っ張り、ブンブンと振り回して近くの大木に背中から叩きつけた。

 

「ぐうぅっ!?」

 

 大木の太い幹に放射状の割れ目が走り、叩きつけられた衝撃でツヴァイトは片方の大剣を手放してしまう。

 

「こいつをくらえ!」

 

 幹にめり込んだツヴァイトに向けてチャージビームを放つハジメ。しかし、咄嗟に回避されてしまい、大木を粉砕する結果に終わる。

 

「私の武器を奪うのは想定外でした。ですが、私の姉妹達に同じ手段が通用するとは思わないことです」

 

 そして、ツヴァイトは空高く舞い上がると、森の中にぽっかりと空いた空間にいるハジメを見下ろした。

 

「仕方がありません。ここら辺一帯ごと貴方達を焼き払わせていただきます」

 

 銀色の光を纏い、激しく輝くツヴァイト。その姿は夕暮れで薄暗くなり始めている空でかなり目立つ。彼女は擬似的な限界突破である“禁域開放”という技能を使用しており、全ステータスが数倍に引き上げられているのだ。

 

 ハジメがミサイルを連射するが、宙にばら撒かれた銀羽によって全てが相殺される。一部の銀羽は彼女の下方に集まると、何枚も重なって銀色に輝く魔方陣を形成する。次の瞬間……

 

「“劫火浪”」

 

 発動されたのは、津波のような炎を生み出す最上級魔法。しかも、“禁域開放”でステータスが引き上げられている都合上、本来のものよりも威力と攻撃範囲が高まっている。

 

(ライトニングアーマーなら防げるが……ユエとシアは!? ならば……)

 

 ハジメ達を飲み込まんとする炎の大津波が頭上から迫り、視界の殆んどが炎で埋まる。そんな中、ハジメはアームキャノンにエネルギーをチャージし始めていた。

 

『スーパーミサイル、オンライン』

 

 選択されたのはスーパーミサイル。超高温の巨大熱源が出現したことで周囲の植物や地面から水分が奪われ、火の粉が舞い始める状況でスーパーミサイルが完成し、その姿を覗かせる。

 

「スーパーミサイル、発射!」

 

 狙いは壁の向こう側の使徒だ。発射されたミサイルはブースターの噴射で瞬時に音速に達し、炎の壁に突入する。衝撃波を纏ったスーパーミサイルは炎の壁に大穴を空けてその殆んどを消滅させ、そのままツヴァイトに迫る。

 

「そんなものっ!」

 

 ツヴァイトが採った行動は、二枚の銀翼で自身を包み込むことによる分解防御。あらゆるものを分解する自身の能力であれば、どんなものでも防ぐことができると考えたのだ。

 

 そして、スーパーミサイルは分解能力を秘めた銀色の繭に激突するのだが、彼女の予想に反して二重の防御は極太の弾頭を備えたミサイルによって容易に貫通されてしまった。

 

「なっ!?」

 

 もはや、ツヴァイトに為す術はなかった。防御を貫いたスーパーミサイルが胸部に突き刺さり、肉体にねじ込まれる。死を悟った直後、弾頭が起爆して強烈な爆風が撒き散らされ、彼女の上半身は木っ端微塵に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 戦闘終了後、ハジメ達は地面に落下していた使徒の下半身の周囲に集まっていた。

 

「神の使徒……とんでもない奴でしたね」

「ん……あれは間違いなく上級使徒。私とシアでは手に負えない」

「スーパーミサイルでようやく撃破できた相手だ。量産型の使徒なら他の武装でもいけそうだが、あれが複数体同時に現れたとすると……」

「「最悪(です)……」」

 

 上級使徒のステータスはパワードスーツを装備したハジメの基本能力に匹敵する。チャージビームのゼロ距離射撃を受けても、アイスビームで氷漬けにされても死ぬことはなく、さらには戦闘経験が他の個体にフィードバックされる仕様になっているため、次からは同じ手段が通用しなくなる。それが複数現れることを想像し、ハジメ達は顔を青ざめていた。

 

「師匠、私も使徒と戦えるように頑張ります」

「ん……私も頑張る」

 

 人間は努力して成長し、先に進むことのできる生き物だ。それは、フィードバックからしか学ぶことができない神の使徒と大きく異なる点であり、人間の長所である。

 

 戦闘データがフィードバックされてしまうのであれば、常に努力を重ねて進化することによって敵の予想を上回ればいいのだ。

 

「心強いな。シアは身体強化を、ユエは重力魔法を極めれば、きっと使徒にも対抗できる」

「でも、正直言ってしまうと……二、三人くらいは新しい仲間が欲しいところですけどね」

「ん……簡単に見つかったら苦労はしない」

「使徒と戦えるような存在は竜人族くらいだ。仮に生き残っていたとしても、表舞台に出てきてくれるだろうか……」

 

 この時のハジメ達は知らない。この先、新たな出会いがあるということを。

 

「まあ、無い物ねだりをしても仕方がない。今度こそ、ブルックの町に帰るぞ」

「「は~い!」」

「元気でよろしい」

 

 使徒の死体と武器を回収し、もはや原型を留めていない森を後にするハジメ達、ちなみに、ここはブルックの町から一日程の場所に位置しており、町に帰ることができたのは早朝であった。




この作品でハジメの射撃が回避されたのは今回が初めてかもしれない。真の神の使徒(名前有り)の性能はパワードスーツハジメの基本性能に匹敵しているので、数少ない同格の相手になってます。ただし、アビリティの入手状況や戦闘経験の積み重ねによって左右される模様。


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番外編①

前半(と言いつつも全体の2/3くらい)はトレイシー、後半は檜山の話になります。


「状況はどうなっていますの?」

「はっ。現在、最前線の陣地が謎の集団による襲撃を受け、死者多数。また、一つだけ敵の死体を回収しているとのこと」

 

 トレイシー・D・ヘルシャーは部隊を自ら率い、対魔人族の最前線へと続く街道を進んでいた。ここ最近、魔人族による攻勢が強まっており、前線の兵士を鼓舞するために彼女は出陣したのだ。

 

 そんな中、彼女は最前線の陣地が襲撃を受けたという連絡を受ける。多くの死者を出しながらも撃退し、一体のみだが撃破にも成功したとのことだった。

 

「謎の集団……何だか面白くなってきましたわね」

「殿下、くれぐれも無茶をし過ぎるようなことは……」

「分かってますわ。でも、未知の敵との戦いほど胸が踊ることはありませんわ」

 

 しばらくして、トレイシーの軍勢は最前線の陣地に入る。現地の兵士に案内された天幕で彼女が見たのは、蟹を人型にしたような謎の生物……ゼーベス星人の死体だった。

 

「これが、襲撃者ですの? あまり、強そうには見えませんわ。どちらかというと、食料になりそうな……」

「殿下、こやつは見かけによらず強力でした。筋力も俊敏も我々以上であり、ハサミからは鎧や盾を貫通する光弾を連射してくる。まさに悪魔です」

「是非、動いているところを見てみたいですわ」

 

 そして、トレイシーはゼーベス星人の死体に近付き、ナイフを甲殻に突き立ててみるが、それだけで刃が欠けてしまう。

 

「中々の硬度ですわ。おそらく、アーティファクトに類する武器か、貫通力に優れた魔法でなければ、対抗は不可能。この武器を持ってきて正解でしたわ」

 

 トレイシーは背負っていた大鎌を手に取る。刃の部分は布でグルグル巻きにされていたのだが、その内部から禍々しい雰囲気を感じ取れた。この大鎌は魔喰大鎌エグゼスといい、帝国の初代皇帝がとある町の付近にある湖の底から発見したアーティファクトである。

 

「殿下、問題なのはそれだけではありません。こやつの体内には魔石が存在していませんでした。それが示すことは……」

「正体が魔獣ではないということですわね。魔力もないようですし、新種の亜人とでも考えるべきですわ」

「亜人風情が……」

 

 その時、外の方で怒号と絶叫が響き渡り、天幕の中に負傷した兵士が飛び込んできた。

 

「奴らが……き、来た……」

 

 それだけを言い残して息絶える兵士。その体は一部が抉りとられたように欠損していた。

 

「どうやら、噂の彼らが現れたようですわね。今こそ、エグゼスの力を見せる時が来ましたわ!」

 

 トレイシーはゼーベス星人と一戦交えることしか考えておらず、エグゼスを担ぐと戦場へと飛び出していった。

 

「お、お待ちください! 殿下ぁぁぁ!!」

 

 その場に部下達とその叫びを置き去りにしながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレイシーが向かった先では、数十体のゼーベス星人が活動していた。彼女は、周囲に帝国兵の死体や装備が散乱している状況を作り出した彼らに臆することなく接近していく。

 

 ゼーベス星人の方からも彼女の姿は視認できているのだが、特に彼女に対して攻撃するわけでもなく、単純に見ているだけだ。その視線は彼女に対する侮りが殆んどを占めており、完全に舐めていた。

 

 だが、トレイシーから一定の範囲内に入った瞬間から彼らの態度が露骨に変わる。侮りから警戒へと切り替わり、一斉に飛び退いて距離を取ったのだ。

 

 ゼーベス星人には戦闘能力の高い支配種に従う習性が備わっており、相手の強さを感じとる能力が比較的高いものとなっている。彼らは二つの強力な気配を感じ取り、本能的に理解した。自分達の指揮官には及ばないものの、目の前の女とその得物が危険であると。

 

「酷いですわ、レディが近づいた瞬間に逃げるなんて……この私と踊ってくれる勇敢な者はいないんですの? これにはガッカリですわ!」

 

 挑発するトレイシー。彼女の話す言葉の意味など異星人であるゼーベス星人には理解できないのだが、自らへの挑発であることは伝わっていたらしく、獣のような唸り声を上げて怒り狂っていた。

 

「そう、それでいいんですわ! さあ、私と死の円舞曲(ワルツ)を踊りなさい!」

 

 そう叫びながら、トレイシーはエグゼスを覆っている布を一気に取り去る。そこから姿を現したのは漆黒の大鎌であり、常にドス黒いオーラを放っている。そして、そのオーラは彼女の全身にも纏われていた。

 

「トレイシー・D・ヘルシャー、いきますわ!」

 

 黒いオーラを纏ったトレイシーは鋭い踏み込みを見せ、素早くゼーベス星人との距離を詰めると、大鎌を横薙ぎに振るって攻撃する。

 

 風を切り裂く音を立てて迫る斬撃をバックステップで回避する星人だったが、トレイシーはそれを見て不敵に笑った。

 

 何故なら、振り抜いた直後にエグゼスから噴き出していたオーラが斬撃となって放たれ、ゼーベス星人を追撃するからだ。いきなり飛来した斬撃を回避できず、星人は斬首された。

 

 エグゼスは使用者の魔力を喰らうことで様々な機能を発動する。一つは、使用者の身体強化だ。黒いオーラを纏っている間は使用者の身体能力が上昇し、勇者とも対等に戦えるようになる。二つ目は先ほど見せた黒いオーラを斬撃として飛ばす機能であり、その威力は勇者の放つ天翔閃に匹敵している。

 

「さあ、次は誰が踊ってくれるんですの?」

 

 動き出すゼーベス星人の集団。各々がトレイシーを包囲するように位置取りしており、決して頭が馬鹿というわけではない。そして、ゼーベス星人は唸り声を上げて襲いかかる。

 

「ふふっ、そうこなくってはぁっ!!」

 

 嬉々としてゼーベス星人との交戦に入るトレイシー。エグゼスによって強化された身体能力を活かし、多数の敵を相手に大立ち回りを演じていた。

 

 飛びかかりを数歩下がって躱し、すれ違いざまにエグゼスを振るって両断する。ビーム射撃はエグゼスをバトンのように高速回転させることで防ぎ、その動きを的確に次の攻撃へと転化させ、超高速の連撃を繰り出していく。

 

 重量級の武器に分類され、長い柄のある大鎌は扱いが難しい武器である。だが、トレイシーはそれを自分の体の一部のように扱い、その圧巻とも言える技量をもって敵に襲いかかるのだ。

 

「あら、逃げるんですの!? 舞踏会はまだ終わっていませんわ!」

 

 すでにゼーベス星人達は逃げ腰である。トレイシーはエグゼスの刃を地面に突き立てると、高笑いしながら機能の一つを解放する。

 

「おーーーほっほっほっ!! 砲撃ですわぁ!」

 

 トレイシーの魔力を喰らい、変形したエグゼスの先端から現れたのは大口径の銃口。トレイシーは柄の中程にあるコッキングレバーを引くと、砲撃形態となったエグゼスから魔力弾を放つ。

 

ズガッ! ズガッ! ズガッ!

 

 一定の間隔で放たれた魔力弾はゼーベス星人を追尾し、頭部を正確に貫いていく。反撃のビームが飛んでくることもあったが、瞬時にエグゼスから展開された防楯に阻まれ、逆に撃ち抜かれて終わりを迎えた。

 

「最後はあなただけですわ」

 

 最後の一体になったところでトレイシーは砲撃モードを解除し、ゼーベス星人に歩いて近づいていく。

 

「あなた達は一体、何処から来たんですの? そして、何者なんですの?」

 

 トレイシーが問いかけながら接近する度に、ゼーベス星人も後退する。だが、死神の凶刃から逃げることは叶わない。

 

「ふふっ、断罪のお時間ですわぁ!」

 

 相手を処刑すべく、急速に接近するトレイシー。最期の足掻きとして放たれたビームを跳躍して回避すると、エグゼスの刃を折りたたんで戦斧形態に変形させ、そのまま叩きつけた。

 

「死になさい!」

 

 エグゼスの一撃はゼーベス星人の頭部をかち割り、その肉体を引き裂いて地面に達する。強い衝撃が大地に走り、大きな放射状の割れ目が盛大に刻まれることになった。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

「どういうことだマザー! 南雲が生きているだと!?」

「どうもこうも、それが事実です。我々の部隊が彼と交戦し、全滅した報せが上がってきています」

 

 いつものように虐殺を行い、基地へと帰還した檜山大介に告げられたのは、自分が殺したはずの男が生存しているという事実だった。

 

「全滅? 普通の人間だとパイレーツに勝てないはずだろ?」

「その辺りも含めて説明します。パイレーツと南雲ハジメの関係について……」

 

 そして、映像や画像を交えてハジメに関して説明していくマザー。クラスメイトや周囲の人間に明かされていない情報が始めて開示され、檜山は驚きを隠せない様子だった。

 

「どうして最初から言わなかった?」

「当時、我々は彼が死亡したとものと考えていました。すでに死んだ者の情報を開示する必要などありません」

「まあいい。でもよ、あいつは最初からパワードスーツを持っていたくせに、使わなかったんだな。クソが、力を隠しやがってぇ!」

 

 檜山は思った。ハジメが力を隠さずに最初からパワードスーツを使っていれば、今頃の自分はこんな面倒なことにはならず、甘い汁だけを吸っていられたのではないかと。

 

「今のあなたにとって最善なのは、彼を殺害することでしょう。たった一人を殺す……それだけであなたは幸せを手にすることができますよ」

「そうか、そうだよな。あいつを今度こそ完全に消してやれば……ヒヒッ」

 

 檜山はマザーの口車に乗せられ、ハジメの殺害を考える。たった一人の命で幸せが手に入るのであれば、彼が話に乗らないはずがない。そもそも、虐殺を繰り返したことで命に対する感覚が軽くなっており、彼を後押ししていた。

 

 ちなみに、檜山が繰り返した虐殺の情報は勇者一行や先生にも報告されており、かなりの衝撃を彼らに与えている。先生に至っては落ち込みがかなり深いものとなっていた。

 

「ですが、その前に北の山脈地帯へ向かってもらいます」

「山脈地帯だと? どうしてそんな辺鄙な場所に行かなきゃならねえんだ?」

「現在、山脈地帯では魔人族がとある作戦を準備しています。我々はその作戦に協力し、とあるターゲットを殺害します。最終的には、南雲ハジメを誘き出すこともできるでしょう」

 

 北の山脈地帯には、迷宮ほどではないが強力な魔獣が生息している。魔人族の作戦は、山脈地帯の魔獣を使役して大軍団を編成し、付近にあるウルという町を壊滅させるというものだった。

 

 ウルは湖畔に位置しており、その豊富な水源によって稲作が盛んな土地だ。稲だけでなく様々な農作物が生産されていることから重要拠点となっていて、王国の食料の多くはそこで育てられたものである。

 

 また、ウルは後方にあるために守りが重視されておらず、物々しい雰囲気など全くない観光地となっている。魔人族からすれば格好の獲物であり、王国に大ダメージを与えられるアキレス腱であった。

 

「そのターゲットというのは誰なんだ?」

「豊穣の女神と呼ばれている女、畑山愛子。あなた達の先生です」

 

 ウルの町が狙われたもう一つの理由は、彼女の存在である。作農師である彼女は各地を巡って農地開発・改良を行っており、いつしか〝豊穣の女神〟という二つ名で呼ばれ、王国において影響力を強めていた。

 

 そんな彼女の次の目的地はウルの町だ。王国の重要拠点に重要人物が訪れている。その両方を同時に潰せる貴重な機会を魔人族が見逃すはずがないのだ。

 

「もしかして、先生は殺せませんか?」

「いや、俺は先生でも殺す。そもそも、あんなチビは好みじゃねえ」

「欲望に忠実ですね。時が来たら、あなたには山脈地帯で魔人族と合流してもらいます。詳細は現地にて説明しましょう」

 

 かつてのクラスメイトや先生を殺すため、動き出す檜山。ウルの町における彼らとの再会がどのような結果をもたらすのか。それはまだ分からない。

 

 彼らの運命や如何に……




トレイシーvsパイレーツは書いてみたかった


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41話 再びのブルック

おかげさまで原作の3章に相当する部分まで到着できました。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


「ふふっ、女の子同士のイチャイチャ、今日こそじっくりねっとり見せてもらうわ!」

 

 健気な月明かりが地上のとある建物……の屋根の上にいる少女を照らし出す。どこぞの特殊部隊(コマンドー)の大佐みたいに顔面をペイントしている彼女は、その建物の屋根からロープを垂らし、華麗な動きで最上階のとある部屋の窓まで降下すると、逆さまになりながら窓の上部より顔を覗かせる。

 

「この日のためにクリスタベルさんに教わったクライミング技術その他! まさかこんな場所にいるとは思うまい、ククク。さぁ、どんな過酷をしているのか、この目で確認してあげる!」

 

 静かな夜に、ハァハァと興奮したような気持ち悪い荒い呼吸音だけを響かせているこの少女は、まさかの“マサカの宿”の看板娘ソーナちゃんである。明るく元気で働き者の彼女は、美人というわけではないものの、野に咲く一輪の花のように素朴な可愛さがあり、彼女を狙う独身男もそれなりにいるのだが……

 

 現在、そんな彼女は無駄に高度な技術を駆使して覗き中である。その表情は完全にエロオヤジのそれであり、惚れている男達が見てしまったら幻滅すること間違いなしだ。

 

「よく見えないわ……でも、もうちょっとだけ降りれば……」

「それ以上はいけない」

「え?」

 

 その瞬間、ソーナの体が上方向に引っ張られ、先程までいた屋根と誰かの足が視界に入ってくる。片足が誰かに掴まれている感覚があり、よく見てみると真顔のハジメが左手のみで自身の足を持っていた。要するに、彼女は宙吊りになっているのだ。

 

「何をしていた?」

「誤解ですよお客様〜。こ、これは、その、宿の定期点検です!」

「夜中にやれば目立たないだろうからな……それは当然か」

「そ、そうなんですよ〜。昼間にやるとボロ宿だと思われてしまうんで、ね?」

「まあ、評判は大事だからな。そういえば、この宿には覗き魔が出るという悪評があるそうなんだが……」

「そ、それは由々しき事態です! の、覗きだなんて、ゆ、許せません、よ?」

「お前だ」

 

 そして、ハジメはソーナを宙吊りにしたまま、足場のない空中に突き出す。このまま手を離されたら、真っ逆さまに落ちて地面と盛大に抱擁すること間違いなしである。

 

「ひぃーー、ごめんなざぁ~い!」

 

 落ちたら人生が終了する高さで宙吊りにするなんて、一般人の女の子にするような所業ではない。これが初犯であれば手加減されただろうが、ライセン大迷宮から帰還した翌日、再び宿に泊まった夜から毎晩のように覗きをされたとしたら、話は違う。飯が旨くなければ、こんな宿はすぐに出ていっていただろう。

 

「下を見てみろ。お前の母親が待っているぞ」

「ひ、ひぃ!!」

 

 真下にいる鬼の存在に気づき、悲鳴を上げるソーナ。母親はゆっくりと手を掲げ、おいでおいでしている。満面の笑みを浮かべているにも関わらず、目は笑っていない。

 

「尻叩きで済めばいいほうだろうな」

「いやぁああーーー!」

 

 この日も、夜中の町に彼女の悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドブルック支部の扉が開き、入ってきたのは三人の人影だった。その正体は、最近になって町で有名人となったハジメとユエ、シアである。

 

 ギルドのカフェにいる冒険者達はその姿を見ると片手を上げて軽く挨拶したり、ただ見つめるだけであったりと、過激な様子は全く見受けられない。

 

 この町に滞在して一週間。暴走した冒険者に対処したり、子供達に護身術を教えたりしているうちに、この町でハジメに関する様々な評判が伝播していった。

 

 その最たるものは、男の冒険者連中の間で囁かれている、“抹消者”や“地獄の番犬”といった二つ名だろう。これは当初から言われていたものであり、〈娘と弟子を狙う奴絶対殺すマン〉ということで今でも恐れられている。

 

 それとは対照的なのは、子供達や奥様方からの評判だ。子供達からは護身術を教えてくれるお兄さんとして人気であり、奥様方からは護身術に加えて道徳的な面も教えてくれるので、教育に良いとして高い評価を頂いている。

 

 また、ブルックの町には様々な派閥が出来ており、例えば「ユエちゃんのお父様になり隊」や「シアちゃんの奴隷になり隊」、「ハジメ様の門弟になり隊」といった連中が存在し、鎬を削っているらしい。

 

 なお、行動が過激だったのでハジメによって全てしばかれている。最後の派閥に至っては町で謎の集会を行い、ハジメのことを「偉大なる指導者」と呼んで騒いでいる。あまりにも煩かったのでハジメによって壊滅させられたが、残党がまだいる。その構成員の殆どはハジメにぶっ飛ばされて何かに目覚めた冒険者だったりする。

 

「あら、いらっしゃい。三人一緒なのは珍しいねえ」

 

 カウンターに近付くといつも通りにキャサリンがおり、声をかけてくる。彼女の言う通り、ここ一週間でギルドにやってきたのは基本的にハジメ単独か女子二人組だからである。

 

「あぁ。翌日に町を出る前に挨拶をしておこうと思って。あなたにはかなりお世話になったのでね。ついでに、目的地に関係する依頼を受けられるといいのだが…」

 

 この町でいざこざに遭遇した時、その後処理でハジメ達はキャサリンに助けられることが多かった。それに加え、アーティファクトの実験ができる広い部屋を欲していたハジメに無償でギルドの部屋を貸してくれたこともあり、かなりの恩があった。

 

「そうかい。行っちまうのかい。寂しくなるねえ、あんた達が来てから賑やかで楽しかったんだけどねぇ…」

「賑やかだったのは間違いないのだが、この町の変人達はどうにかならないのか?」

「ごめんねえ。この町は変人が何故か集まってくるのよ。でも、みんな根は悪い子達じゃないから、慣れれば大丈夫よ」

 

 そう言いつつも、キャサリンは苦笑いを浮かべている。

 

「それで、何処まで?」

「フューレンだ」

 

 フューレンとは、中立商業都市のことだ。ハジメ達の次の目的地は七大迷宮の一つ【メルジーネ海底遺跡】である。そこに行くためには以前攻略した大火山のある【グリューエン大砂漠】を越えていく必要があり、砂漠に向かう途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に立ち寄ってみようという話になったのだ。

 

 本当ならスターシップで飛んでいけば簡単に砂漠を越えられるのだが、神の使徒による襲撃があったこともあり、使徒やパイレーツに補足されやすい目立つ移動手段を避けて陸路を行くことにした。また、現時点でスターシップは非武装であり、連中に狙われたらひとたまりもないという事情もある。

 

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後一人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」

「受けたいところだが、連れを同伴しても構わないのか?」

「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを雇ったり、奴隷を連れた冒険者もいるからね。それに、二人とも結構な実力者だし、一人分の料金で三人の優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」

「分かった、受けよう。たまには急がずに移動するのも良さそうだ」

 

 ハジメは依頼を受けることをキャサリンに伝える。地上移動用のビークルを持っているので商隊に同行する必要などないのだが、二人を楽な移動手段に慣れさせてしまっては教育に悪いと思ったのだ。

 

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

「承知した」

 

 ハジメが依頼書を受けとった後、キャサリンはユエとシアに目を向けた。

 

「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子のことで困ったことがあったら、何時でもここにおいで。あたしが叱ってやるからね」

「……ん、お世話になった。ありがとう」

「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」

 

 まるでオカンのようなキャサリンの人情味溢れる言葉に、二人の頬が緩む。特にシアはそれが顕著だ。彼女はブルックに来てから自分が被差別種族であることを忘れそうになっており、全員が友好的というわけではないのだが、差別的な扱いをしてくるものは全くいない。極端な例を挙げれば、自分がシアの奴隷になりたいという変人集団がいるくらいである。それはさておき、彼女にとってブルックの町は故郷のように温かい場所だった。

 

「あんたも、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」

「承知している。言われなくても、二人を守ることが俺の責務だからな」

 

 そんなことは当然だと返すハジメ。そんな彼に、キャサリンは一通の手紙を差し出した。

 

「これは?」

「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せなさい。少しは役に立つかもしれないよ」

 

 手紙一枚でお偉いさんに影響を及ぼすことのできる女、キャサリン。もしかすると、昔はギルドの中枢かそれに近い場所にいたのかもしれない。

 

「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」

「あぁ、そうだな。有難く受け取っておこう」

「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

 謎多き、片田舎の町のギルド職員キャサリン。そんな彼女の愛嬌のある魅力的な笑みを受け、ハジメ達は見送られた。

 

 

 

 

 

 そして、翌日の早朝。ハジメ達は町の正面門の前に来ていた。彼らを出迎えたのは、商隊のまとめ役と護衛依頼を受けた他の冒険者達。ハジメ達の到着が最後であり、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者がハジメ達を見てざわついた。

 

「お、おい。まさか残りの奴ってあの抹消者なのか!?」

「マジかよ……下手なことしたら消されるぜ」

「見ろよ、俺の手……さっきから震えが止まらないんだが?」

「それはアル中だからだろ?」

 

 ハジメの登場に恐怖を覚える冒険者達。手の震えをハジメのせいにするアル中野郎もいたが、気にしてはいけない。

 

「君達が最後の護衛かね?」

「あぁ、これが依頼書だ」

 

 すると、商隊のまとめ役らしき人物が声をかけてきたので、ハジメは依頼書を提示する。彼はそれを確認し、自己紹介を始めた。

 

「私はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

「ハジメ・ナグモだ。こちらはユエとシア。よろしく頼む」

「ところで、この兎人族を売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが……」

 

 値踏みするようなモットーの視線がシアに向けられる。嫌そうな表情のシアがハジメの後ろに隠れ、ユエからは非難するような厳しい視線がモットーに浴びせられる。だが、これは樹海の外にいる亜人に対する一般的な感覚であり、彼は別に悪くない。

 

「ほぉ、随分と懐かれていますな……中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」

「手放すつもりはない。シアは大事な仲間だからな。たとえ、どこぞの神が欲したとしてもだ。理解してもらえただろうか?」

 

 何か交換材料がないかと会話を引き延ばそうとするモットーだが、ハジメの意志は絶対に揺るがない。

 

 神は一人ではないので直接教会にケンカを売るものではないが、教会を敵に回しかねないグレーゾーンな発言によって、そのことを理解させられた彼は、とりあえず引き下がることにした。

 

「えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ」

 

 そして、モットーは商隊の方へと戻っていくのだが、今のやり取りを見た冒険者達がざわつき始める。

 

「すげえ……俺達には言えないことを平然と言ってのけるッ!」

「そこにシビれる! 憧れるゥ!」

「いいわねぇ、私も一度は言われてみたいわ!」

「いや、お前、男だろ? 誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっウワァァァ!!」

 

 やはり、ブルックの町の冒険者は愉快な連中ばかりだった。阿保ともいう。そんな彼らを眺めていたハジメにシアが話しかけるが、心配そうな表情だった。

 

「師匠、私なんかのためにあんな危険な発言をしちゃって良かったんですか?」

「言い過ぎたかもな……だが、そのくらいの覚悟があるのは本当だ」

 

 今度は顔を真っ赤にするシア。好きな男から“神にも渡さない”と宣言されたのだ。嬉しくないはずがない。

 

 こうして、シアの身柄を巡って一波乱ありつつも商隊は【中立商業都市フューレン】を目指してブルックの町を出立した。




この作品ではスターシップという移動手段がありますが、使徒に襲われたばかりということで、しばらくは封印させます。そもそも、そうしないとウルに向かう理由が消えてしまうので


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42話 護衛任務

カットした部分もありますが、流れは原作と殆ど同じです。


 中立商業都市フューレンはブルックの町から馬車で六日ほどの場所に位置している。

 

 最大の商業都市に繋がる道は街道として整備されているのだが、地球の都市のように街灯の類いは存在しない。それに加えて魔獣や盗賊に襲撃される可能性があるため、安全のために商隊の移動は太陽が出ている時間帯のみだ。

 

 現時点で三日目であり、道程はあと半分だ。時々、普通の魔獣が単発で出てくる程度であり、ハジメ達が動かなくとも他の冒険者達で対処できていた。まさに順調であり、この日に関しては特に何もなく野営の準備となった。

 

 ちなみに、冒険者達の食事は自腹であり、荷物が増えてしまったり、周囲を警戒しなければなならない都合上、干し肉や乾パンといった簡易な食事で済まされる。その代わり、任務が終わって報酬を受け取った後に町で美味いものを沢山食べるのだという。ハジメ達もそれに倣い、簡易的な食事を持ち込んでいた。

 

 それから二日。残り一日でフューレンに到着する地点に到達したのだが、遂にのどかな旅路の破壊者が現れた。

 

 それに気付いたのは、感知能力の高いハジメとシアである。二人は街道沿いの森を一瞥した後、同じタイミングで顔を見合せ、警告を発する。

 

「敵襲だ! 数はおそらく百体以上! 森の中から来るぞ!」

 

 冒険者達の間に緊張が走る。フューレンまでの街道の危険度はかなり低く、安全はそれなりに確保されている。そのため、仮に魔獣と遭遇したとしても、これまでのように単体であるか、せいぜい二十体程度なのが当たり前だった。多くても四十体が限度であるとされている。

 

「くそっ、百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

 一人の冒険者が悪態をつきながら苦い表情をする。彼の名はガリティマといい、護衛隊のリーダーを務めているベテランだ。護衛の冒険者は全部で十五人。そこにユエとシアを入れても十七人だ。この人数で百体を防ぎきることは難しい。物量に押し潰されるのが目に見えていた。

 

 ちなみに、彼が最弱で有名な兎人族であるシアを戦力として普通に数えているのは、ブルックの町で「シアちゃんの奴隷になり隊」の過激派による行動に我慢できなかったシアが、変態共を拳だけで制圧した事件が知れ渡っていたからである。

 

 ガリティマが、護衛隊の大部分を足止めにして商隊だけでも逃がそうかと考え始めた時、その考えを遮るように提案の声が上がった。

 

「なら、私が殺る?」

「えっ?」

 

 それはユエだった。彼女の唐突な提案に驚きを隠せなかったガリティマは、提案の意味を掴みあぐね、思わず間抜けな声で聞き返した。

 

「ん……私なら魔獣の群れを何とかできる」

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが……えっと、ユエちゃんに出来るのか? このあたりに出現する魔獣はそれほど強いわけではないが、数が……」

「問題ない。私なら瞬きする間に皆殺しにできる」

「え、ええ……」

 

 突拍子のない発言に困ったガリティマはユエの保護者であるハジメに助けを求めるような視線を向けるが、彼は頷くだけであり、ユエに任せることを容認しているようだった。

 

 一応、彼も噂でユエが類希な魔法の使い手であるという事は聞いている。仮に、言葉通り殲滅できなくても、ハジメやユエの様子から相当な数を削ることができるようだ。ならば、戦力を分散する危険を冒して商隊を先に逃がすよりは、堅実な作戦と考えられる。

 

「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。皆、わかったな!」

「「「「了解!」」」」

 

 冒険者達が隊列を組み、商隊の前に陣取る。皆、覚悟を決めた良い顔付きであり、ベテランに相応しい姿だ。商隊の人々は魔獣の群れの規模に怯え、馬車の影から彼らの背中を覗いている。誰も、ユエだけで対処できるとは思っていない様子だ。

 

 一方、ユエは馬車の上におり、ハジメとシアは馬車の両脇を固めている。

 

「ユエ、分かっているとは思うが、詠唱を忘れるなよ」

「ん……大丈夫。素敵な詠唱を考えてある」

「それは楽しみですね」

 

 やがて、接敵十秒前となる。森の中から百体ほどの魔獣が飛び出し、その全貌が明らかとなった。商人達が頭を抱え、冒険者達が思わず一歩下がってしまう中、透き通る声による詠唱が響いた。

 

「彼の戦士、常闇に希望の光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強たるこの力、彼の戦士と共にありて、天すら呑み込む光となれ、“雷龍”」

 

 詠唱の途中から上空に立ち込めた暗雲。魔法のトリガーが引かれるのと同時にそこから顕現したのは、雷で体が構成されている竜だった。その姿は、蛇を彷彿とさせる東洋の龍だ。

 

「な、なんだあれ……」

 

 誰かが呟く。冒険者達も商人も百体の魔獣も、その全てが天より舞い降りた雷龍の異様を凝視しており、完全に釘付けになっていた。

 

 雷龍は商隊と森の中間地点で立ち止まり、長い体をうねらせながら、魔獣達を睥睨する。やがて、ユエが細くて綺麗な指を指揮棒のように振るうと、雷龍はそれに従って顎門を開放して魔獣達に襲いかかった。

 

ゴォガァアアア!!!

 

 轟音を迸らせながら大口を開く雷龍。すると、その場にいた魔獣の多くが自らその顎門に吸い込まれ、抵抗すら出来ずに一瞬で塵と化していく。

 

 更に雷龍は生き残りの魔獣達の周囲でとぐろを巻くことによって逃げ道を塞ぎ、その上から雷のブレスを吐いて完全に滅却してしまった。全ての魔獣を消し去った雷龍は、雷鳴の如き咆哮を上げると霧散した。

 

 その場には炭化した大地のみが残っており、目撃者達はそれによって先ほど起こった非現実的な現象が実際に起こっていたという事実を認識することができた。

 

「ユエ、今のは……」

 

 ユエの魔法に驚いているのは冒険者達だけではなく、ハジメもその例外ではない。まさか、ユエがこんな魔法を編み出しているなんて、ハジメとしては想定外だったのだ。

 

「ん、やりすぎた」

「物凄い殲滅力だ、俺には真似できないな。ところで、さっきの詠唱は?」

「お父様との出会いと冒険を詠ってみた」

「そうか。いいセンスだ」

 

 それを聞いたハジメはどこか嬉しそうに見えた。例えるならば、親が子供の描いた自身の似顔絵や自身に向けて書いた手紙を見て感動するようなものだろう。未成年だというのに、気持ちは完全に親である。

 

 それはさておき、先ほどの魔法は“雷槌”という暗雲を発生させて極大の雷を落とす雷属性上級魔法と重力魔法を組み合わせた複合魔法であり、落ちるだけの雷を重力魔法でコントロールする仕組みとなっている。また、雷龍は口の部分が重力場になっていて、顎門を開くことで対象を引き寄せることができ、魔獣が自ら吸い込まれていったかのように見えたのはそのせいだ。

 

 そして、ふと我に返る冒険者達。そして、猛烈な勢いで振り向きハジメ達を凝視すると一斉に騒ぎ始める。

 

「おいおいおいおいおい、何なのあれ? 何なんですか、あれっ!」

「へへ、俺、町についたら結婚するんだ」

「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが」

「魔法は生きているんだ! そうに違いない!」

「いや、魔法は現象に過ぎないからな? 明らかに異常事態だからな?」

「なにぃ!? てめぇ、ユエちゃんが異常だとでもいうのか!? アァン!?」

「落ち着けお前等! いいか、ユエちゃんは女神、これで全ての説明がつく!」

「「「「なるほど!」」」」

 

 冒険者達にとってユエの魔法は衝撃的であり、彼らは少し壊れ気味のようだ。何せ、既存の魔法に生き物をモチーフとしたものは存在しておらず、その魔法を自由自在に操るという国お抱えの魔法使いでも不可能な所業を目撃してしまったのだから。そもそも、雷属性は風属性から派生した難易度の高い属性であり、その上級魔法を行使できるだけでも一流とされている。

 

 ついには「ユエ様万歳!」と叫ぶ冒険者まで現れ、唯一正気だったリーダーのガリティマが頭を抱えながらも殴って気絶させていた。このままでは“ユエ教”とかいう新興宗教が誕生してしまいそうな勢いだったので、彼には感謝である。聖教教会との間に問題でも起こったら大惨事大戦確定だ。

 

 やがて、鎮圧を終えた彼がハジメ達のところにやって来た。

 

「はぁ、まずは礼を言う。ユエちゃんのおかげで被害ゼロで切り抜けることが出来た」

「……ん、仕事しただけ。礼は不要」

「はは、そうか……で、だ。さっきのは何なのか聞かせてくれないか?」

 

 ガリティマが困惑を隠せずに尋ねる。

 

「……オリジナル」

「自分で創った魔法ってことか? 上級魔法、いや、もしかしたら最上級を?」

「……創ってない。複合させた」

「複合させた? だが、何を組み合わせればあんな……」

「……秘密」

「それは、まぁ、そうだろうな。切り札のタネを簡単に明かす冒険者などいないしな……」

 

 切り札のタネの秘匿は冒険者にとって暗黙のルールだ。ベテランなのでそれを承知している彼は、深い溜息と共に追及を諦めた。切り札やそのタネの秘匿は銀河社会で活動するバウンティハンターにとっても常識であり、世界が違っても荒事に従事する者の常識は同じだった。

 

 こうして、多少の混乱はありながらも商隊は一人の死者を出すことなく歩みを再開した。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 翌日、一行は遂に中立商業都市フューレンの東門前に到着した。東門には六つの入場受付が存在し、そこで荷物のチェックを行うそうだ。

 

 ハジメ達はその内の一つに並んでおり、どこも長蛇の列を成しているので、順番までには時間がかかるだろう。ハジメはユエを肩車し、隣のシアと共に順番を待っていた。

 

 が、そんな彼らに周囲から多くの視線が浴びせられる。ハジメは身長約180センチの長身であり、その彼にビスクドールのような美少女が肩車され、珍しい青みがかった白髪の兎人族を側に置いているのだから、注目されるのは必然だ。

 

 そんな中、モットーがハジメのもとにやって来る。

 

「周囲の目が凄いですな。気になりませんか?」

「致し方ない。こんな異物がいて注目しないはずがないだろう。だが、嫌らしい視線が混じっていて不快だ」

 

 ハジメはユエを降ろしながらも彼に答える。嫌らしい視線というのは、主にユエとシアに対するものだ。二人とも美少女であるため、邪な感情を抱く者は少なくない。一応、ブルックの町で経験済みだが、町の連中は良くも悪くも直球なので対処しやすい。

 

 だが、ここの連中は商人が多いので利益に絡んだ注目が多い。特にシアに対しては値踏みするような視線が増えている。ユエに対しても似たような視線があるので、ユエを売り飛ばそうと企む奴もいるだろう。まあ、そんな奴は返り討ちにされるのが確定なのだが。

 

「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女を売る気は……」

「その話は終わりだ。何度でも言うが、俺は仲間を売るような真似はしない」

 

 さりげなくシアの売買交渉を再開しようとするモットーだが、ハジメがもう終わった話だということを主張するので、両手を上げて降参する。

 

「それで、他に要件があるんだろう?」

「ええ。似たようなものですが、あなたの持っているアーティファクトの売買交渉です。やはり譲ってもらえませんか? 商会に来ていただければ一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ」

 

 彼の言うアーティファクトとは、宝物庫のことである。ある時、彼はハジメが宝物庫に荷物を出し入れしているのを偶然目撃してしまい、それ以降しつこく交渉を持ちかけてきていた。それさえあれば、商品を安心確実に大量輸送することが可能となるため、欲しがるのも無理はない。手に入れるためであれば、どんな大金でも払うだろう。

 

 ハジメは何度も断り続けていたのだが、やはり諦めきれないのか、再び交渉を持ちかけてきたようだ。ハジメとしては、劣化版であれば売ってもよかったのだが、色々な勢力から目をつけられること間違いなしなので、一つたりとも譲るつもりはなかった。

 

「残念だが、何度言われても答えは同じだ」

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりにも有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ? そうなれば、彼女達の身にッ!?」

 

 モットーが、脅すようなことを言いながらユエとシアにチラリと視線を向けた瞬間、喉仏に鋭い何かが突き付けられた。それも、濃密な殺気と共に。そこにはハジメの手刀の先端が喉仏スレスレの位置に迫っていた。

 

 ハジメは喉仏を狙って貫手を放ち、当たる直前で寸止めしていた。もしも直撃した場合、窒息するか何らかの後遺症が残る可能性もあっただろう。

 

「それは、俺への宣戦布告か?」

 

 静かな声音。重いプレッシャーが叩きつけられ、モットーは全身からナイアガラの滝のように冷や汗を流し、必死に声を捻り出した。

 

「ち、違いますよ。どうか……私は……そういうこともある……かもしれないと。ただ、それだけなのです……」

「そういうことにしておこう。少々、早とちりをしてしまったようだ」

 

 そして、殺気が解かれる。縛りから解放されたモットーはその場に崩れ落ちた。相変わらず滝のように汗を流し、肩で息をしている。

 

「はぁはぁ、割に合いませんな……とんだ失態を晒してしまいましたが、ご入り用の際は我が商会を是非ご贔屓に。特異な人間とは繋がりを持っておきたいのでね。では、失礼しました」

「面白い奴だ。こんな状況でも商会の宣伝をするなんて、商魂逞しいな」

 

 モットーは踵を返して前列へと戻っていく。彼の言う通り、この先では波乱が待っているだろう。ハジメはそんな気がした。




ユエの詠唱は原作とは少し変えてあります


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43話 フューレン支部にて

今回は長かった……


 中立商業都市フューレンには案内人と呼ばれる職業が存在する。高い需要から案内人はそれなりに社会的地位のある職業なのだが、その理由はフューレンの巨大さにある。

 

 大陸一の商業都市であるフューレンは 高さ二十メートル、長さ二百キロメートルの外壁で囲まれ、四つの地区に分かれている。行政やギルド関係の施設が集まる中央区、娯楽施設の集まる観光区、武器防具や家具といった製品を生産している職人区、何でも揃っている商業区の四つである。

 

 また、中央区からは東西南北にメインストリートが走っており、中心部やメインストリートに近いほど信用のある店が多い。中心部からもメインストリートからも遠い場所はブラックマーケットとなっており、場所によっては犯罪組織の温床であるため、一般人が行っていい場所ではない。何かあっても自己責任だ。

 

 なお、これらの話はハジメが雇った案内人の女性であるリシーからの説明で知ったことだ。フューレンは広い上、行政の手が届かない治安の悪い危険な地域もあるため、迷わないために案内人の存在は不可欠となっている。彼らは日々、客の獲得のためにサービスの向上に努めていた。

 

 現在、ハジメ達は冒険者ギルドフューレン支部内にあるカフェにて、軽食を食べながら案内人のリシーから都市の基本的な事項を聞いていた。

 

「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

「そうか。なら、観光区の宿にしておこう。何かオススメはあるか?」

「お客様のご要望次第ですわ。観光区には様々な種類の宿が数多くございますから」

「警備がしっかりしている方がいい。二人の安全が第一なんでな。それと、食事の美味しさが評判の宿であれば尚更いい」

「警備が厳重で食事が美味しい宿なら紹介できますわ。お客様は連れのお二人をとても大切に思っていらっしゃるのですね」

 

 リシーはハジメの両側にいるユエとシアに目をやり、美味しそうに軽食を食べる二人の様子を見て微笑む。彼女はユエがハジメの娘であることは聞いており、良い父親を持っていることに感心していた。

 

「大切な娘と弟子なのでね。守るためならば最大限の努力をする所存だ」

 

 それから、他の区に関しても話を聞いていたのだが、ハジメ達は不意に強い視線を感じた。その視線はユエとシアに強く向けられており、ねっとりとした粘着質な視線であった。かなり気持ち悪いのか、二人は僅かに眉を顰めた。

 

 ハジメがその視線を辿ると、そこにはクレイドみたいなお腹のデブがいた。男性、体重百キロ以上、髪は金、全身に脂肪モリモリの豚野郎だ。顔は油ぎっており、正直言うと不快な印象なのだが、貴族なのか身なりはいい。

 

 そのデブは欲望に濁った瞳でユエとシアを凝視していたが、やがて重そうな体を揺らしながらハジメ達の方へと向かってくる。ハジメ達に逃げる暇はない。頼むから地底に帰ってほしいところだ。

 

 ハジメ達は平然としていたが、デブがあまりにも気持ち悪かったのか、リシーはいつもの営業スマイルすら忘れて「げっ!」という下品な声を上げてしまった。

 

 そして、ニヤついた目でユエとシアをジロジロと見ると、いま気づいたかのような素振りを見せてハジメに意識を向け、傲慢な態度で要求を突き付けてきた。

 

「お、おい、お前。ひゃ、百万ルタをくれてやる。この兎を、わ、私に渡せ。そ、そっちの金髪は、私の妾に……ひぃ!?」

 

 発言の最後の方でデブがユエに触れようとしたので、ハジメは壮絶な殺意を周囲に降り注がせた。デブは情けない悲鳴を上げて尻餅をつき、無様にも失禁してしまった。周囲にいた者達は一斉にハジメ達から距離を取り、机や椅子をバリケードにして隠れていた。

 

「お前のような奴にうちのユエを渡しはしないぞ。いくら金を積まれようが、脅されようが関係ない。お前には地底がお似合いだ。目の前から消えろ」

 

 継続して叩きつけられる殺気に、ガクガクと震えるデブ。失禁パート2が始まっており、カフェの床は黄色い水でびしょ濡れである。その様子を見ていた周囲の連中は顔を青ざめさせており、ユエやシアを狙う者に対する威嚇にもなっていた。

 

 そして、ハジメ達は案内人と共にギルドの外へと出ようとするのだが、いきなり現れた大男が進路を塞ぎ、仁王立ちした。その大男は先ほどのデブとは対照的に全身が筋肉であり、筋肉モリモリマッチョマンとはこのことだ。それを見たデブは喚き、大男に命じた。“奴を嬲り殺しにしろ”と。

 

「そ、そうだ、レガニド! や、奴を殺せ! こ、公衆の面前で私に無様な格好をさせたのだ! 嬲り殺せぇ!」

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。ここは、半殺し位にしときましょうや」

「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

「か、金ならいくらでもやる! さっさとやれぇ!」

 

 レガニドと呼ばれた大男は、あのデブに雇われた護衛だったのだ。金さえ積まれれば何でもやるような奴らしく、いくらでもやると言われた瞬間にニヤついていた。

 

「わりぃな、俺の金のためにも半殺しにされてくれや。まあ、嬢ちゃん達の方は諦めるんだな」

 

 そう言って拳を構えるレガニド。腰には長剣を差していたが、相手を殺してしまう可能性があるため使うつもりはないらしい。彼は有名人だったのか、周囲はその名を聞いてざわついていた。

 

「お、おい、あいつはまさか“黒”のレガニドか?」

「“暴風”のレガニドだろ。どうしてあんなデブの護衛なんてやってんだ?」

「いや、“金好き”のレガニドじゃなかったか?」

 

 と、彼には様々な呼び名があるようだ。黒と言われていることから、おそらく冒険者ランクは黒。上から数えて三番目であり、一流の冒険者ということになる。

 

「俺を半殺しにすると言ったな。なら、試してみるか?」

「言ってくれるじゃねえか」

 

 互いに拳を構え、臨戦態勢となる両者。ハジメもレガニドも闘志を火山のように吹き上がらせており、周囲に誰も寄せ付けない。一触即発の状態に周囲の連中は全員が身構えており、両者の激突に備えている。

 

 だが、ここで想定外のことが起こった。

 

「やめだ。お前に勝てる気がしない」

 

 なんと、レガニドが拳を下げて臨戦態勢を解いたのだ。

 

「どういう風の吹きまわしだ?」

「言っただろ? お前に勝てる気がしないとな。俺の勘がそう言っているんだ」

 

 レガニドは睨みあっている間にハジメの強さを感じ取ったらしい。金で釣られる程に落ちぶれていても黒ランクの実力者であることは本当であり、相手を見極める能力も辛うじて残っていた。

 

「な、何をしているレガニド!? まさか、金だけでは不満なのか!?」

「わりぃな坊っちゃん、このまま奴と戦っても不利益の方が大きそうなんでね」

 

 こうして、デブは孤立無援となった。

 

「わ、私はあのミン男爵家の長男、プーム・ミンだぞ! き、貴族である私の命令に逆らうというのか!」

 

 みっともないとしか言いようがない。傲慢な要求をしてきたかと思えばハジメの殺気で失禁し、強力な護衛が命令に背けば、自身が貴族であることを振り回して喚く。彼は地位にしがみつくだけの愚者であった。なお、彼の発言は完全に無視されている。

 

「レガニドだったか? 二度とこういう奴に雇われないほうがいい」

「忠告どうも。少し金に目が眩みすぎたかもしれねえな。そういえば、あんたの名は?」

「ハジメ・ナグモだ」

「ナグモか。あんたならすぐに金ランクに行ける気がするぜ」

 

 ここで、ひとまず騒動は落ち着いた。だが、ここはギルド内である。ギルドで起こされた問題は、ギルド当局が双方の当事者の言い分を聞いて公正に判断することになっており、ハジメ達はギルド職員から事情聴取を受けることになった。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 事情聴取に現れたのは、ドット秘書長というメガネをかけた理知的な雰囲気の細身の男性だった。彼は事情を聞いて、ハジメ達が被害者であることを理解してくれたが、それと同時に身元証明を求めてきた。

 

 要するにステータスプレートを提示する必要があり、ハジメは即座に提示したのだが、ハジメ側の人間としてユエとシアのプレートの提示までも求められてしまった。

 

 しかし、二人のステータスプレートは存在せず、ギルドで発行しようにも固有魔法や神代魔法という不都合が晒されることになるので、大騒ぎ間違いなしだ。

 

 そこで、ハジメはブルックの町でキャサリンに貰った手紙の存在を思い出す。ギルドで揉めた時にお偉いさんに見せるように言われた、あの手紙である。秘書長は手紙の中身を見た途端に目の色を変えており、驚く程の何かが記されているようだ。

 

「この手紙が本当ならば身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますので、少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせませんよ。十分、十五分くらいで済みます」

「あぁ、構わない。お手数をおかけしてすまないな」

 

 彼の反応を見るにキャサリンがただ者でないことは確かだ。一体彼女は何者なのだろうか。そんなことを思いながら、ハジメ達は職員によって応接室に通された。

 

 なお、放置されていた案内人のリシーに対しては迷惑料として追加の報酬を支払い、そのまま帰ってもらっている。

 

 十分後、応接室に入ってきたのは金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性とドット秘書長だった。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長のイルワ・チャングだ。ハジメ君、ユエ君、シア君……でいいかな?」

 

 この男こそフューレン支部長である。彼は簡単に自己紹介すると、確認するようにハジメ達の名を呼んで握手を求める。ハジメも握手を返し、返事をした。

 

「ハジメ・ナグモだ。名前は手紙に?」

「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。将来有望な実力者だけど、トラブルに巻き込まれやすいので力を貸してやってほしいという旨の内容だったね」

「たしかにトラブルばかりだったな。それで、身分証明の方は……」

「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙で君達の身分証明とするよ」

 

 キャサリンの手紙は本当に役に立った。イルワが彼女のことを“先生”と呼んでいることから、濃い付き合いがあることが分かる。彼女がそう呼ばれている理由が気になったシアがおずおずと彼に尋ねた。

 

「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」

「ん? 本人から聞いてないのかい? 彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね……」

「キャサリンさんって凄い人だったんですね~」

「ん、キャサリン凄い」

「なるほど、それなら納得がいく」

 

 キャサリンの過去に感心するハジメ達。これで身分証明も無事に終わったので帰れると思ったのだが、まだ話は終わりではなかった。彼は隣のドットから依頼書を受け取ると、ハジメ達の前に差し出す。

 

「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」

「依頼……それは?」

 

 イルワはハジメ達に依頼を提案する。ギルドの支部長である彼から直々に提案された依頼に対して、ハジメは関心を持った。

 

「話を聞いてくれるようでよかった。この依頼を受けてもらえたら、今回の件は不問にするつもりだよ。それで、その内容は……」

 

 彼は依頼の内容を話し始めた。

 

「最近、北の山脈地帯において魔獣の群れの目撃例が相次いでいてね、ギルドに調査依頼がなされた。山脈地帯はそれなりに危険な魔獣が出るから、高ランクの冒険者パーティーに行ってもらったのだが……」

 

 結果的に、彼らが帰ってくることは無かった。それに対し、冒険者の一人の実家が捜索願を出したのだという。

 

「わざわざ実家が捜索願を出すということは、その冒険者は高貴な家の出身なのか?」

 

 普通、一介の冒険者が依頼中の行方不明になったとしても、家族が捜索願を出すようなことはしないし、死んだものとして扱われる。それが高ランクであっても、それは変わらない。

 

「その通り。そのパーティーに本来のメンバー以外に強引に同行を申し込んだ者がいてね。ウィル・クデタといって、クデタ伯爵家の三男という肩書の人物だ。彼は冒険者になるといって家を飛び出し、今回の依頼に飛び入り参加した」

 

 父、クデタ伯爵は飛び出していった息子の動向を追っていたのだが、密かに息子に付けていた連絡員からの報告が途絶えたため、慌てて捜索願を出したとのことだ。

 

「伯爵は家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど、手数は多い方がいいということでギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。高ランクのパーティーが一緒にも関わらず、このようなことになったのだから、並の冒険者では同じ目に遭うことになる。しかし、この依頼を出せる冒険者パーティーは出払っている……そこに現れたのが君達だった」

「しかし、俺達は最低の青ランクだ。それで構わないのか?」

「問題ないよ。君は黒のレガニドを睨んだだけで退かせたようだし、彼も君を褒めていた。それに、ライセン大峡谷や樹海から無事に帰ってこられる者なら申し分ないだろう?」

「おかしいな。大峡谷の話までは誰にも言っていないはずだが……まさか?!」

 

 急にハジメの目がユエとシアに向けられる。大峡谷の探索の話は誰にもしておらず、それを彼が知っているのは手紙に書かれていたからということになる。そして、そのことをキャサリンに伝えた者として考えられるのは二人しかあり得ないのだ。

 

「お、お父様……これは、その……」

「え~と、つい話が弾みまして……」

 

 ハジメに見られて狼狽える二人。キャサリンに大峡谷の探索をしたことを話したのはユエとシアだった。

 

「「ごめんなさい……」」

「まあ、すでに言ってしまったことは仕方がない。次からは情報の扱いに気をつけてくれ」

「「はい……」」

 

 二人は完全にフニャフニャになってしまっている。イルワはそんな様子を見て苦笑いしながら話を続けた。

 

「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は昔からの友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」

 

 ハジメは即答する。

 

「分かった、その依頼を引き受けよう。人の命がかかっているんだ。無視はできない」

「本当かい!? 報酬は弾ませてもらうよ。冒険者ランクの方は“黒”以上を約束する。そして、揉め事があった際には私が君達の後ろ楯となろう」

「十分過ぎる報酬だ。だが、友人の息子のためにどうしてここまで……」

 

 それを指摘されて表情を初めて崩すイルワ。その表情には後悔が多分に含まれているように感じられた。

 

「実を言うと、ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。彼は冒険者に憧れていたけれど、その資質は全くと言っていいほど無かった。強力な冒険者の側で、そこそこ危険な場所に行けば、冒険者は無理だと悟ってくれるのではないかと思った。幼い頃から私に懐いてくれていてね……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」

 

 いつしか独白するイルワの声は震え、その目はうるうるとしている。彼は過去の自分自身の選択をかなり後悔していた。彼がハジメ達に無茶な報酬を提示したのも、その現れである。

 

「あなたの気持ちは分かった。そんな中で悪いのだが、一つだけ条件を付けてもいいだろうか?」

「あぁ、程度にもよるけど構わないよ」

「依頼の完了後、二人にステータスプレートを発行してほしい。そして、表記内容に関しては他言無用にしてくれ」

「そのくらいなら問題ない。必ず他言無用にすることを約束しよう」

 

 ここに、契約は成立した。

 

「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。君達には、どんな形であれウィル君本人か痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、ユエ君、シア君……彼を宜しく頼む」

「あぁ、最善を尽くす」

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

「師匠、不問にしてくれる条件とはいえ、あの依頼を受けてよかったんですか? 寄り道になってしまいますよ」

 

 資料と依頼書を受け取って応接室から出た後、依頼を受けたことについてシアが尋ねてきた。

 

「シアの言う通り、寄り道になってしまう。だが、俺は救える者は可能な限り救う方針で行動している」

「ん……オルクスから出る前、お父様はそんな感じのことを言っていた。国や勢力に縛られずに人を救うのがお父様の方針……」

「そういえば、活動の方針をシアには言っていなかったな」

 

 神を倒したとしても、それでは世界を救うことにはならない。何故なら、人々は神によって分断されているからだ。

 

 例外もいるが、多くの人々は自ら考えることをやめ、自らの信じる神に対して盲目的に救済を求めることしかできない。いきなり神が消えたとしても、彼らはそれを受け入れることはできずに争いを繰り返すだろう。だからこそ、勢力に縛られずに人を救う必要があるのだ。

 

 ハジメがフェアベルゲンの亜人達を守ったのには、パイレーツが人々を襲ったからというのもあったが、その行動の根幹には“人”を救うという方針が介在していた。

 

 ギルド内なので小声であるが、そんな話をシアにするハジメ。それを聞いたシアは頬をゆるめてこう言った。

 

「師匠にはそんな考えがあったんですね。私、師匠に拾われて本当に良かったですぅ」

「俺も君に会えて良かったと思っている」

「ん、私も……」

 

 こうして、絆が一層強いものとなった三人は外に出る扉へと向かう。だが、テンションが上がっていたシアが小走りでドアノブに手を掛けようとした瞬間、いきなり扉が開いてシアの顔面に直撃してしまった。

 

「へぶっ!?」

 

 シアは鈍い音と共に後ろへ倒れ、ハジメによって支えられる。そして、扉を開けた張本人がシアに声をかけた。

 

「すまん、勢いよく開けてしまった。大丈夫か?」

「うへ~、沢山の星が見えますよぉ……」

 

 なお、シアはフラフラである。そんなシアの代わりにハジメが返答しようとして目の前の人間の顔を見たのだが、その顔に見覚えがあった。

 

「お前はまさか、しm……」

 

 体格や顔付き、気配に変化があったものの、ハジメは知っている誰かの面影を感じていた。その名前を言いかけたとき、ハジメは人差し指を口に当てられる形で名を呼ぶのを制止された。

 

「ここではマズイ。南雲、場所を変えよう」

「分かった。どうやら、お前も訳ありのようだな」

 

 依頼に出ようとした矢先、ハジメはとある人物との再会を果たす。この出会いはきっと、今後のハジメ達の助けとなるだろう。




最後に出てきた彼……いったい何処のS君なのだろうか?(すっとぼけ)


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