どうにかしてベル・クラネルを手に入れようとするのは間違っていないですよね? (ゴリラズダンジョン)
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シル・フローヴァのざわめく日常

「ベルさん、これお弁当です」

 

「ありがとうございます、シルさん。じゃあ行ってきます!」

 

 娘として生きる事を決めた女神は、日常を送っていた。まだ陽が射さない時間帯、こうしてその少年に手作りのお弁当を渡すのも、以前と何ら変わらない。

 

 でもその走り去っていく白の背が、深紅(ルベライト)の瞳が愛おしくて仕方が無い。

 悠久の神々にも関わらず、焦燥感は増していくばかりだ。

 

「まだまだ、飽きられ無さそうですね」

 

 胸に抱く淡い炎は、きっとこれからも燻り続ける。

 薄紅色の髪を揺らす少女は、この先もベル・クラネルに恋をし続ける。

 

 だがそれは成就する事のない悲運神だが、代わりにこっぴどく玉砕、『失恋』をしてしまった。

 

 所謂、負けヒロインの座を確固としているシルが、将来的に想い人の少年を結ばれる可能性は――ない。

 

 神々の叡智を有しているからこそ、それを断言できる。

 一連のベル・クラネルの冒険を物語として見た時に、シルは彼の伴侶争奪戦からは既に外れているに違いない。

 

 だからこそ、砂粒ほどの可能性しかないシルは早い段階から一手を進める必要がある。

 

 しかし、気持ちとかそう言った問題ではなく、ベルを攻略する上で立ちはだかるのがその【憧憬一途(スキル)】だ。

 

 それがある限り、シルに関わらず甘美な誘惑を押し退けて少年は走り続ける。

 何時かその憧憬の先に辿り着いても、その隣に居るのは他でもない【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

 と言う訳で――、

 

 

「そんなのズルいと思いませんか?」

 

「……すまない、話の脈絡が見えないのだが。つまりどうして、貴方は私をこんな場所に連れて来たのだ?」

 

 『豊穣の女主人』、まだ開店前の魔石灯がぼんやりと照らす店内で、薄紅色の娘と向かい合うのは彼女に劣らない容姿を有するエルフだった。

 

 結った金の長髪に深緑の瞳は正にエルフらしく、妙齢の年齢故に残る幼さは異性を惹き付ける。

 

 ローリエ・スワル、シルと面識はないが、最近とあるアンケートをしている際に知った少女だ。

 

「ローリエさん。貴方は白髪赤眼の十四歳ヒューマンに恋をしていますよね?」

 

「なっ……!どうしてそれをっ!」

 

 知っての通りエルフは高潔な精神の持ち主で、こと恋愛に関してはポンコツになる事も多いが、ローリエは包み隠す素振りも見せなかった。

 

「でも単刀直入に言います。貴方は所謂、負けヒロイン……というか、本遍に出ていないキャラが主人公と結ばれる事はありません」

 

「違う、ベル君はダンジョンで助けた私の事を覚えていた。そうこれは、運命の導き。つまり、ダンジョンで白兎と出会ったのは間違っていない……!」

 

「わぁ。その表情、邪神に組する妄信的な信者にそっくりです」

 

 

「口を慎め、フローヴァ女史。第一、メタ的な発言はルール違反だ、私にだって可能性はある」

 

「そう、きっと可能性はあります。だけど、それはずーっと小さな砂粒……遠い空にある星屑の欠片程度です。ベルさんを追ってる貴方なら、それに気付いているんじゃないですか?」

 

 シルの透徹とした瞳に、ローリエは静かに目を瞑った。

 

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】、その効果や抱いている対象を知らない彼女だが、調査活動と称して所属する【ヘルメス・ファミリア】の情報源も活用し、ベル・クラネルを研究(ストーカー)しているローリエも、薄々は気付いている。

 

 相手を選ばなければ直ぐに結婚できる金髪のエルフでも、きっとあの少年の心を動かす事は出来ないと。

 

「で・す・か・ら、一緒に可能性を紡ぎましょう!」

 

「……言っておくが、私はLv2だ。上級冒険者ではあるが、武力に期待しない方がいい」

 

「大丈夫です、私がローリエさんを選んだのにはちゃんと理由があります」

 

「それは……?」

 

「妹認定されてしまっている小人族や、明らかに出遅れている予知夢系少女もいますけど、彼女達と比べても貴方は圧倒的に出番が少ない!なら、適当な設定もこじつけ易いと思ったからです!」

 

「やっぱりそんな理由か!」

 

 

 こうして恋する乙女二人は結託(シルの一方的な圧力)する事になったのである。

 

 ――ややあって。

 

「つまり、ベル君が抱く憧憬がある限り、私達に可能性は無いと言う訳か?」

 

 【憧憬一途(スキル)】には触れる事無く、負けヒロイン脱却の唯一の希望をシルはローリエに語った。

 流石【ヘルメス・ファミリア】に所属しているだけあって、理解が早いし、余計な詮索をしない所は弁えている。

 

「そう言う事です。でも、その憧憬は凄く強い『金の糸』で剣でも切れてはくれない。と言う訳でローリエさん」

 

 改まったシルは、小悪魔染みた笑みを宿して。

 

「どうにか時、戻してくれませんか?」

 

「時……というのは、不可逆に流れる私達の住む時間軸の事を言っているのか?」

 

「その通りです」

 

 手遅れな状況なら、そもそもその状況を防ぐために時を戻せばいい。

 シルが口にした事には現実味がなく、当然ローリエも難しい顔を浮かべる。

 

「仮に出来たとして、今のベル君を壊す事にならないか?」

 

「私が言っているのは、あくまで憧憬の対象を変更しちゃいましょうってことです」

 

 まだ神の力も授かって間もない無名の少年だった時、彼が【剣姫】に抱く筈だった憧憬を変革する。

 

「当然、女性じゃ駄目です。ベルさんと結ばれるフラグが立たない男性ではないと」

 

「とはいうが、フローヴァ女史。ベル君は金髪金眼の少女だからこそ、憧憬を抱いたのではないか?」

 

「確かにそうかもしれないですね。でも、私の知り合いに【剣姫】以上の実力を有していながらも、更に男女関わらず冒険者になら誰しもが認める人が居ます。私は今からその人を説得して連れて来るので、ローリエさんはどうにかして時を遡る方法を探してください!」

 

 制服を翻して小走りで去っていくシルに、もはやローリエは声を荒げない。

 

 ―まぁこの後、なんやかんやあってローリエは過去に行く方法を見付けた。

 方法とか、そもそも世界観をぶち壊すなとか、そう言った事は大人の事情で許して欲しい。

 




ほのぼのと書いていきます。
アイズより強くて冒険者全員の憧れ、一体どこの猪なんだ……。


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1-2

「ヴヴォォオオオオオオオオオッ!」

 

「ひぃっ!?」

 

 端的に言うと、ベル・クラネルは死にかけていた。英雄に焦がれて、冒険を夢見ていた白髪の少年は、余りにも無残な現実を前に成す術がない。

 何がダンジョンに出会いを求めるだ、ベッドの上でぬくぬくとして何もしない罪悪感に駆られていた方がずっとマシだった。

 

 だが言っても仕方が無く、既に死神の鎌はベルの細い首にあてがわれている。

 

 ただ文句は言わせて欲しい。ベルは決して自殺願望がある訳ではなく、初めてのダンジョンに細心の注意を払っていた。

 悪いのは全部、異常事態(ミノタウロス)だ。

 

 怪物の称号に相応しい牛の巨躯、奇跡が起きる事のない絶対的な膂力。ベルが潜っている階層に居てはいけない筈の強者。

 

 ああ、終わった。僕の人生オワタ、さよならバイバイ理想の女の子――。

 

「うわぁ!?」

 

 心が完全に負けてしまった直後、体が浮いて均衡を失った。

 

 ミノタウロスの蹄。

 

 その絶命の一撃はベルを背後から捉える事はなかったが、代わりに地面を砕いて足場を破壊したのだ。そのまま少年は無残にごろごろと転がって――、

 

「いててて……」

 

「フゥー!フゥーッ!!!」

 

「いぎぃ!?」

 

 ぐるぐると回る視界が戻った頃、その巨躯はもう手の届く距離だ。とは言ってもベルの攻撃でその分厚い皮膚を傷付ける事は出来ないのは明白であるからして。

 

(あ、死んだ)

 

 背後は壁で、既に逃げ道はない。勝てないと、戦う意思を失った冒険者に『光』はなく。

 

 臀部を見っともなく地面に落として、後はこのまま死を待つだけだった。だが次の瞬間、その巨躯に線が走る。

 

 それは美しい銀色の一閃ではない。

 

 「――――」

 

 音を置き去りにするそれは、猛獣の一振り。あろうことか、瞬きの内にベルを喰らおうとしていたミノタウロスは灰燼に帰したのだ。

 赤い血も散らすことなく起こったその光景に、ベルは目をぱちぱちとすることしかできない。

 

「………………」

 

「ひぃ、又ミノタウロスが!?」

 

 だが間もなく、強制的にベルは現実に引き戻されてしまった。というのも、折角いなくなったミノタウロスの代わりに、別の個体が――いや。

 

「人……猪人(ボアズ)?」

 

 それは『岩』だった。

 ミノタウロスの野生の肉体とは違う、鍛錬の末に築き上げられた鉄の要塞。敏捷性の為ではなく、そもそも防具に頼る必要がないと思わせるほど人間離れしている印象の男だった。

 

 顔も武人のそれで、ベルとは威圧感が桁違い。

 

 咄嗟に逃げ出しそうにもなったが、はと気付く。突然一刀両断されてしまったミノタウロス、そしてその怪物が見劣りする超越者の存在。

 

 その二つが結びついて、目の前の猪人(ボアズ)がベルを救ってくれたことを理解する。

 

「た、助けてくれたんですよね?ありがとうございます」

 

 直ぐに立ち上がって誠心誠意の感謝を示す。

 

「……構わない。女神の意思だ」

 

 ミノタウロスを葬った大剣を背に戻す彼の所作、表情は共にどこまでも武人だった。

 

(本当は金髪金眼の少女に助けて欲しかったけど……)

 

 ふと、そんな事を思って、ちょうど視界の端に今言った特徴の少女が横切った気がしたが……きっと気のせいだろう。

 ベルを助けたのは確かに、目の前の武人なのだ。

 

「本当に何とお礼を言っていいか……」

 

「いらん。俺は成すべきことをしただけだ」

 

「ま、待って下さい!その、何と言うか……」

 

 彼は礼を望まない。ただ目の前に居た怪物を葬っただけで、きっとベルを救いたくて救った訳ではないのだ。

 

 だから、その去り行く背を止めないのが正解だと分かっている。でも、知りたい。

 

「どうしたら、そんなに強くなれますか。貴方のように、僕も強くなりたい」

 

 武の頂を魅せられた(オス)として、ベルは自然と零していた。

 

「……敗北と屈辱は行く手を阻む沼では無く、超克の為の礎だ。『冒険』に臨め。お前の見るべきものは前だけだ」

 

 振り返ることなく、遠ざかっていく足音と共に淡々と語った。最後まで名を名乗る事すらもなく、風のように去って行った武人。

 彼はベル・クラネルが初めてその目で見た英雄で、今の瞬間、ダンジョンに出会いを求めていた痴れ者の目的が変わる。

 

 同性に敬意と憧憬を抱き、彼のような武人でありたいと願ったのだった。

 

◆◆

 

「……今、戻って参りました」

 

「はーい、お疲れ様でした」

 

 武人の帰宅を待っていたのは、薄紅色の少女と金髪のエルフだ。

 

「それにしても、あの【猛者(おうじゃ)】に命令を聞かせるとは……一体何者だ、フローヴァ女史」

 

「お店の常連で良くして貰ってるってだけです。ね、オッタルさん?」

 

「……はい」

 

 明らかに違う背後関係がある返答の仕方だが、ローリエはそれ以上は言及しなかった。今は、名実共に最強の冒険者が勝ち取って来た『結果』に興味がある。

 ローリエが頑張って製作した『タイムマシン』を使って、オッタルは確かに過去に行ったのだから。

 

「それで、どうでしたか?上手く、ベルさんを魅了出来ましたか?」

 

「分かりません。ですが、普段通りの振る舞いはしたつもりです」

 

「じゃあ大丈夫です。ならさっそく、現在のベルさんを見に行きましょう」

 

「待て。もう一度聞くが、本当に大丈夫なのか?過去が変わったと言う事は、ベル君がその……もう死んでしまっている可能性もあるのだろう?」

 

 ベル・クラネルにとっての『起点』は間違いなく【剣姫】との出会いだ。それが変わってしまったと言う事は、未来に大きな影響を及ぼしているに違いない。

 そして冒険者とは常に細い糸を歩いているほど危険な職業であるからして、些細な運命の歯車のズレが取り返しのつかない事態を引き起こす可能背もある。

 

「歴史には『修正力』があって、多少過程が変わっても結果は同じになるんです」

 

「分からないが、そう言う事なら大丈夫か」

 

 用済みとなったオッタルに別れを告げて、二人はベルの元に向かう事にした。お弁当を渡す時に今日は早めに探索を切り上げると言っていたので、【ヘスティア・ファミリア】の拠点である『竈火(かまど)の館』に居るだろう。

 

 間もなく眷属の数に比例しない大屋敷に到着したシルは、扉をノックした。

 

「はーい」

 

 最初はメイドの狐人(ルナール)が出てくると思ったが、反応したのは聞き間違う筈の無い少年のそれだった。

 そしてガチャリと扉を開けて出て来た彼を見て、

 

「…………」

 

「ベベベベベベベベ、ベルしゃん!?」

 

 ローリエは沈黙、そしてシルは珍しく特大の動揺を露にしてしまった。というのも仕方のない事で、二人の知っているベルと目の前の少年の様相が余りにも異なっていたから。

 上裸(ワイルド)スタイル、何処かの変神(アポロン)が鳴いて踊って涎を垂らしながら襲い掛かるに違いない、大胆過ぎる恰好。

 

 まさか普段のラフな格好が何も着ないスタイルなのかとも勘ぐるが、前のベル・クラネルと違って良く日焼けした肌を見ると、単純に彼が憧れた武人の影響だと考えるのが妥当である。

 

「えーっと……大丈夫ですか?」

 

「私は大丈夫です、はい。でも――」

 

「…………」

 

 刺激が強すぎたのか、ローリエは既に意識を失ってしまっていた。右腕を天高く突き上げて清々しい顔をしているので、木の陰に放置しておくことにする。

 

「服、寒くないですか?」

 

「鍛えてますから、平気です」

 

 確かに、幼さが残る顔には不相応なほどの筋肉を蓄えている。よほどオッタルに影響されてしまったのか、しかしその表情や仕草は前と変わらないようにシルの瞳には映った。

 かつての純白の魂は決して泥に塗れていないと断言できる。

 

 些細な変化はしているだろうが、先に一番問うべきことを。

 

「ベルさん、突然ですが【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインさんに関してどう思いますか?」

 

 もし憧憬の対象が彼女から移っているのなら、ここで取り乱す反応を見せない筈だ。

 

「えーっと……強くて凄く素敵な方だと思います」

 

 よしっ!

 

 シルは心の中で、小さくガッツポーズする。勿論、ベルがアイズに抱く好感は相も変わらず他の女性と比べて高いかも知れないが、それでも【憧憬一途】の対象ではない以上勝ち目がある。

 

 それだけで、わざわざ時を改変した価値は十分にあった。

 

 後は日々の積み重ねで好感度を上げていくだけで、十分に『勝機』はある。目的は果たしたので去ってもいいが、出来る時にアプローチしておかないと。

 

「ベルさん、良かったらこの後デートを――」

 

「ごめんなさい、この後用事があって……」

 

 理由があるから拒否、にしては余りにも即答過ぎる。まるで最初からその質問に対する模範解答を用意していたようだった。

 

「本当ですか?」

 

 女神を捨てて、急事以外はその力の一端も使わないと決めたシルだが、今だけはその瞳に確固たる神の色を宿す。

 元々押しに弱いベルはうっと喉を鳴らして、わざわざ真偽を見抜く必要もなくなった。

 

「ご、ごめんなさい。でも日課で、どうしてもやらなくちゃいけなくて……その、筋トレを……」

 

「……はい?」

 

 シルの誘いを断った理由、まさかの『筋トレ』にシルも目を丸くした。その単語を知らない訳ではないが、余りにも突拍子がな――いいや。

 

(オッタルさん=筋肉。そんな彼に憧れたなら、マッスル万歳!になる可能性も有り得る……?)

 

 だが鍛錬に励むのはいい事だ。強くなるために、前に進む為に頑張ってる少年に自分との逢瀬を優先しろと傲慢になる気はない。

 しかし、シルは知っている。鍛錬、鍛錬と口にして、脳が筋肉に侵されてしまった猪の末路を――。

 

「ベルさん。女の子に興味ってあります?」

 

「女の子、ですか?あるにはありますけど……でも今、恋人が居るんです」

 

「その恋人というのは?」

 

「待っててください、()()()()()()()()!」

 

 恋人に使用する言葉にしては明らかに不穏な言葉。そして当然、戻って来たベルの手が繋いでいるのは血の通った人の手ではない。

 

湖の騎士の聖剣(アロンダイト)、すっごく可愛いですよね。もう僕、ずっと目が離せなくって……」

 

 剣身が青く閃く剣、それは確かに惚れ惚れしても仕方のない技物だ。

 

 だがベルが瞳に宿しているのは少年の輝きではなく、盲目的で厄介な『狂信者』のそれ。

 

 ああ、失敗した。このベル・クラネルはそもそも女性に対する興味がなく、己を強くする事しか興味がない。

 

「ベル様ぁああああああ!また剣の購入にファミリアの資金ちょろまかしましたねぇえええええ!」

 

「ヤバイ、リリが来るっ!ごめんなさいシルさん、今更に急用が出来ました!」

 

 走り去っていく兎の背。

 

 

 この後ローリエを叩き起こしたシルは、直ぐに過去に戻ってオッタルを送り出す事を静止するのだった――。

 

 

 




 本篇だとベルの心理描写は一人称ですが、上手く書ける自信がないので三人称で書いてます。


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Time is gone

「――という事があって、オッタルさんを起用するのは棄却されました」

 

「なるほど。だが残念だ、研究の為にもベル君の裸を……いや至極当然な個人的感情で、筋肉兎を目に焼き付けておきたかった」

 

 確かに大胆なベルもそれはそれで趣があるが、本来の目的を損なう事になる。必然、別の策を練るのが次にやるべき事だ。

 

 とはいっても、進むべき道は明白。

 

 【憧憬一途】をどうにかするのが絶対条件であって、過去に戻る方法があるなら新たな『刺客』を送り込むのだ。

 

 

「で、次に僕が選ばれた訳かい?」

 

 一見、幼い少年の見た目をしている金髪の美少年だが、双眸に宿る落ち着きは知性を伺わせる。

 迷宮都市(オラリオ)で彼の名を知らぬ者はいない。今や一強と成った【ロキ・ファミリア】の団長を務める、小人族(パルゥム)の英雄。

 

「フィン・ディムナ……フローヴァ女史の人脈にも驚きだが、まさかこのような一興に興味を示すとは」

 

 オッタルに関しては、シルの声を決して無視しない。だがフィンは別で、義理立てするほどの貸しもない筈だ。

 

 しかし事情を話すと、二つ返事で了承してくれた。

 

「ベル・クラネル。今の僕が彼に憧れられる器なのか、純粋に興味がある」

 

 オッタルの純粋な武力とは違う、カリスマ性がフィンにはある。【剣姫】の代替としてはもう彼以外に思い当たらないが、あの脳金【猛者(おうじゃ)】と違って常識的で社交性もあって、正に勇者的な性格。

 

 歪な憧憬を抱くとは考えにくく、ぴったしだと思った。

 

「じゃあ早速行きましょう!」

 

「この箱を被るといいのかな?」

 

 

 ピピ、ピピピ。

 『タイムトラベルをする為の箱』でフィンは顔をすっぽり覆った直後、ローリエが箱に取り付けてあるダイアルを弄る。間もなくウィーンと機械音が鳴り響いて、眩い光が周囲に拡散した。

 

 

「……なるほど、興味深い装置だ」

 

 すると10秒も経たずに、フィンは自ら箱を取り外す。

 時間にして僅か数秒ほどだが、実際に【勇者(ブレイバー)】はやるべき事を成してきた筈だ。

 

「どうでしたか?」

 

「僕もベル・クラネルに接触した後、直ぐに戻ったからね。だけど、カッコ良く颯爽と助けたつもりではあるよ」

 

「そうですか。じゃあ今から実際に確かめに行きましょう!」

 

「残念だけど、僕は団長としての業務を投げ出してここに来ている。又後日、結果は聞きに行くよ」

 

 そう言って身を翻して、そそくさとフィンは出て行った。

 

「私たちもベル君の元に向かうとしよう。大丈夫だ、今度は気絶しないようポーションを飲んでいく」

 

 ぐびぃと喉に付与効果のあるポーションを流したローリエを見て、外に出ようとしたシル。

 

 だが直後、バタンと。

 

「あれ、フィンさん?」

 

 今さっき出て行ったはずのフィンが、額に汗を流しながら戻って来た。確かに今日は炎天下だが、過酷な環境で鍛え上げた一級冒険者が値を上げる程でもないが……。

 

「少し長くなるが聞いて欲しい。僕はありがたい事に、街中を歩くだけでも女性から熱い視線を頂く事が多い」

 

 美少年、人格者、それでいて超が付くほどの強者。そのギャップも相まって、フィンのモテ度が天元突破している事は周知の事実である。

 

「だが外に出てもそれを感じなかった。自分に己惚れている訳じゃないが、まるで自分がフィン・ディムナではない感覚に陥って、戻って来た次第だ」

 

「えーっと、それはつまり……?」

 

「分からない、分からないさ。僕は一体何を……いやベル・クラネルに何をされたんだ?」

 

「……ぴきーーん!!!」

 

 そうやって頭を抱えるフィンの傍ら、突然ローリエが深緑の瞳を輝かせる。幻影か、その金髪の付近にはビックリマークが幾つも出現していた。

 きっと、何かに気付いたのだろう。

 

「憧憬、美少年……これは仮定だが、ベル君はフィン氏にその……ただならぬ感情を抱いてしまったのではないだろうか」

 

「…………はっ!」

 

 そこでシルの脳内にも星が駆けて、神々の知恵が掘り出される。

 まさかのBL展開……いやそもそも、あれだけベルが女性に靡かないのはそっちの素質があったから?

 

 まさか、次は禁断の扉を開いてしまったのか!

 

「ひやぁ。駄目です、それは駄目ですよフィンさん!」

 

「ロキのおかげで何を考えているのかおおよそ想像が付くよ。全く頭が痛い」

 

「どうする?ディムナ史が望むなら、直ぐに過去に戻ってなかった事にするべきだと提案するが」

 

 シルも他人に迷惑、それも立場が大いに揺るぐ可能性があるなら、中断するのもやむを得ないと思っている。視線を向け意思決定をフィンに尋ねると、彼は片目を瞑って

 

「僕が未来を変えたのなら、それを観測する責務がある。それになぜか親指が疼く、このまま逃げるのは得策ではないと提案するよ」

 

 前者に関しては理解出来るが、後者の『勘』に関してはシルであっても把握できないフィン・ディムナの権能。

 

「その親指って、何か不穏な事が起きる時の前兆って聞いた事がありますけど……」

 

「そう不安になる必要はないよ。あくまでこれは只の勘で、杞憂かも知れない」

 

「ともかく、ベル君に会いに行けば全て分かるだろう」

 

 この後、シル達は直ぐにベルを探す為に発った。

 

 昼過ぎから酒場の娘と他派閥のエルフを侍らせる金髪の美少年。周囲から嫉妬や懐疑の視線を向けられても仕方が無いが、一切感じない。

 だがしばしば、同性からフィンは熱い視線を向けられている気もする。もはや、彼とベルのただならぬ関係を肯定してるとしか思えないが、よくよく考えるとベルはその年齢もあってか周囲に勘違いを振りまく性格をしている。

 

 客観的にはそう見えてしまって誤解されている、という可能性も高い。

 

 ともかく、ベルに会ってフィンへの反応を見れば全てが分かること。良くも悪くも、ベル・クラネルは正直者だ。

 

 以前と同じく『竈火(かまど)の館』に向かったシル達。

 

「はい、少々お待ちくださいまし」

 

 ノックして帰って来たのは、落ち着いた女性の声。間もなく出て来たのは、メイド服を装った金髪の狐人(ルナール)だ。

 

「貴方は……シル様、それにフィン様と――」

 

「気にするな。通りすがりの白兎応援者(ファン)だ」

 

「いきなりごめんなさい。少しベルさんに用事があって来ました」

 

「ベル……」

 

 何処か釈然としない反応を見せる春姫。彼女はベルと同じ【ヘスティア・ファミリア】であると同時、彼に対して確かな好意を抱いている事はシルも知っている。

 なのに、まるで想い人を忘れてしまったのかのような反応を見せるというのだから、もしかして名前を聞き間違ったのかと思ってシルは言い直した。

 

「ベル・クラネル。【ヘスティア・ファミリア】の団長に会いに来たんです。春姫さん寝ぼけちゃってます?」

 

「えーっと……申し訳ありませんが、わたくしはその方を存じ上げません……」

 

「なっ!ふざけるな、常時私の脳内を飛び回っているベル君を、同じ館で寝食を共にする貴方が知らぬわけないだろう!ああ羨ましい、出来る事なら私も改宗(コンバージョン)したい!いいや待て、遠くから眺めておくのも又一興か……?」

 

 一足早く声を上げて、どんどん話が脱線していくローリエ。おかげで少し、春姫が言った言葉の理解が遅れてしまったが――。

 

「君は本当にベル・クラネルを知らないのかい?」

 

「冒険者の方、でしょうか?わたくしもまだまだ勉強中の身でして……」

 

 酔狂でも、ましてや訪問者をからかう性質に春姫は見えない。何よりも、シルの瞳に映る彼女は決して嘘を吐いてはいなかった。

 

「どういうことだ、フローヴァ女史!話と違うぞ!」

 

 どれだけ過程が変わっても、歴史の『修正力』が働いて正史通りに落ち着く。そう言ったのは他ならないシルであって、それは紛れもない真実だ。

 天界で時に干渉する神に会った時、確かにそう聞いた。

 

 ならこの状況は?なぜここに居る筈のベル・クラネルがいない?

 

 以前、美の権能によって【ヘスティア・ファミリア】の少年が【フレイヤ・ファミリア】のベル・クラネルに改変された事があった。

 だがそれとは訳が違う。確かに、春姫は白髪の少年自体の存在を知らないと言ったのだ。

 

 それは彼がこのオラリオで名を馳せていない事に他ならない。

 

「だがベル・クラネルなしに【ヘスティア・ファミリア】はどうやってこの屋敷を手に入れたのか」

 

 元々この屋敷は【アポロン・ファミリア】から戦争遊戯(ウォーゲーム)で奪い取ったものだ。

 その功績は紛れもないベル・クラネルのものであって、彼が居ないのならば誰が成したのかとフィンは勘ぐった。

 

「フィン様も知っている筈ですが……あ、丁度帰って来ました!」

 

 シル達の背後を見て、尻尾を揺らす春姫。皆咄嗟に振り向くと、其処にいるのは白髪の少年――ではなかった。

 

 覆った鉄兜、露出する銀の義手。そんな機械仕掛けな見た目に関わらず、一切がちゃがちゃとした音を鳴らさない不気味な静音の人物。

 もし彼が著名な冒険者であれば様相も含めて忘れる筈はないが、春姫以外の誰も知らない様子だった。

 

「アル・グレイグ。彼が【ヘスティア・ファミリア】の団長です」

 



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世界の瑕疵

 【ヘスティア・ファミリア】団長、アル・グレイグ。怒涛の勢いでLv5になった冒険者、二つ名を【白兎の脚《ラビット・フット》】。

 彼が成した数々の功績はオラリオ中に広がっていて、今や一番激熱(ホット)な人物である。

 

 

 『竈火(かまど)の館』を出たシル達は、ベルが居る筈だったポジションに居る『アル』なる人物に関して調べた。

 ギルドやフィンの知名度、それに【ヘルメス・ファミリア】であるローリエの情報網を使って調べ上げたが、その軌跡はベルとほぼ同じだった。

 

 18階層でのゴライアスの撃破、【アポロン・ファミリア】との『戦争遊戯(いざこざ)』。地上に現われた怪物(ミノタウロス)との一騎打ちに、【フレイヤ・ファミリア】との史上最大の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』。

 

 それはシルも知っている所であって、何なら最後の出来事は自身が大きく関わっている。

 

 となると、この世界で女神を救った騎士はベルではなく、アル・グレイグになるが――。そもそもこの世界は異常な『結果』で、過程を色々詮索したとて益体がない。

 

 今はこの狂った歯車を戻す為に頭を使うべきだ。

 

「アル・グレイグ。彼がこの『ズレ』に関わっているのは前提として、それが果たして故意か偶然か」

 

「渦中に居る以上、どちらの可能性も又否定できないか」

 

「そうですね。現状、どうしてこうなったのか分かってません。解き明かすべきは、どこで歯車が狂ってしまったのか。それまで、アルさんには接触しない方が賢明だと思います」

 

 幸いな事に、シルを含めてこの場に居る全員はキレる頭の持ち主だ。少ない情報の中でもやるべきことを探してす事が出来るし、フィンに関してはLv7の実力も兼ねている。

 

「どこに行ってしまったのだ、ベル君……いやまさか、『時の狭間』に落ちてこの世界には存在しない……?」

 

 ただエルフとしてはまだ幼いローリエは、冷静を装いながらも不安が隠しきれていない様子だった。

 

「これは仮定ですけど、きっとベルさんはどこかで生きてると思います。そもそもフィンさんが過去のベルさんと接触したからこの状況が起こってる訳ですからね」

 

「そ、そうか、確かにそうだな!だがアル・グレイグに接触するのは危険、ベル君も何処に居るのか分からないとなると、私達は一体何を頼りに……」

 

「大いなる力には大いなる責任が伴う、か。好き勝手に過去を変えた張本人たちが、その世界の成行を観測できないのは致命的な欠陥だ。だが賽は投げられてしまったのだから、僕達は進み続けるしかない」

 

 暫く顎に手を当てて、フィンは次なる思考への『一考』をする。

 

「……現状、この世界で大きく変わっているのは君が言った"二人の人物"と、僕に対する"周囲の視線"だ。てっきり、これはベル・クラネルと何かあった結果だと思ってたけど、その彼はどこにもいない」

 

「冒険者として没落した兎と、秘密で禁断の恋……!って可能性もありますよ?」

 

「ともかく、僕は一度本拠地(ホーム)に戻って情報を探るよ。君達は引き続き、世界の『瑕疵』がないか探して待っておくといい」

 

 真剣な面立ちで去って行ったフィン。ローリエも事の重大さを実感し始めて、というかベルの事が気が気でない様子だった。

 ただ、シルだけは別だ。この細い糸を辿っていく探偵劇を、内心割と楽しいと思っている。

 

(全く悪い(ひと)ですね)

 

 そうやって自分の好奇心を諫めるシルだが、彼女は分かっていない。

 

 時とは正しく神をも上回る力であって、そのままの軽い気持ちでは決して乗り越えられない『試練』となって何れ降り注ぐことを――。

 

●●

 

「突然だがラウル、僕は君にどう思われているのかな?」

 

 【ロキ・ファミリア】の本拠地、『黄昏の館』から戻ったフィンはそう問いかけていた。ベル・クラネルの消失、そしてフィンに対する周囲の目が無関係とは考えられない。

 

 とはいっても、過去に戻った当の本人であるフィンはこの世界でフィン・ディムナが歩んだ『過程』を知らない為、気の知れた仲に聞いて探ることにした。

 

 正直者、というか気弱なラウルなら問いただせば、偽ることもましてや詭弁を垂れる事も無いだろうという算段だ。

 

「えーっと、どう思うと言われても……」

 

「忌憚のない意見を聞かせて欲しい。僕の事が嫌いで仕方が無いと言うなら、答えないのもやむを得ないけれど」

 

「そんな事はないっす!団長はカッコ良くて凄くて、自分の憧れっす!」

 

「そうか、それは良かった。でもそうは思わない者も居る。ラウル、僕に対する『噂』を聞いた事はあるかい?」

 

「噂っすか?えーっと、特に団長を貶すようなものは……あっ」

 

「何かあるなら正直に語って欲しいな」

 

「な、ナニモナイデスヨ!」

 

 明らかに硬直しているラウルに、フィンは表情を崩さずに優しい目を向け続ける。その無言の圧力に「ひぃ」と声を漏らした彼は気まずそうに頬を引き攣らせながら、

 

「そのえーっと……ここ最近、あの……団長が――」

 

「男色趣味って噂かな?」

 

「えっ、知ってる?じゃあどうして自分は犯人見たいに問いただされるんすか!?」

 

「確認したかっただけだよ。でもやっぱりそうか」

 

 だがフィンにとって重要なのは、客観的にそう見えるに至った『理由』である。

 

「ラウル、どうして僕がそう言われてるのか知ってるかい?」

 

「最初に言っておきますけど、自分はまじでそう思ってないっすから!そもそも最初の噂は、団長が――フィン・ディムナがヒューマンの少年に付き纏ってるって話から始まったっす」

 

「なるほど。その少年というのは?」

 

「名前は知らないっすけど、確か白髪で赤い目の……」

 

 其処まで人物像を聞けば、もうフィンの脳内に浮かぶのは一人だ。ベル・クラネル、何故だか分からないが冒険者として有名ではないにも関わらず、彼とフィンは多分な面識があるらしい。

 

 ―冒険者として没落した兎と、秘密で禁断の恋……!って可能性もありますよ?

 

 そんな言葉を思い出して頭が痛くなる。

 

(違うだろう、フィン・ディムナ。……違うよね?」

 

 ここまで不安に駆られるのは何時振りか。ただ団員の前で弱い姿を見せる事は出来ないので、フィンは毅然と姿勢を貫いて、それ以上考えるのを止めた。

 

「その少年が何処に居るかは?」

 

「確か【北区】の商店でアルバイトをしてたような気がするっす」

 



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what your name?

「ジャガ丸くんはいかがですか~?新商品の混沌のブルーホワイト味がお勧めですよ!」

 

「いたね」「いましたね」

 

 戻って来たフィンの情報を頼りに、ギルドの方面に向かったシル達。活気に湧くメインストリートの露店で、腹の奥から声を出して接客する白髪の少年を見付けた。

 幼さが残る容姿と高い声、其処にいたのはベル・クラネルに違いない。

 

 だがシルが知っている彼は可愛らしいエプロンを付けてせっせことお金を稼がずに、日々ダンジョンに明け暮れている筈だ。

 

「やあ、まだ営業中かな?」

 

「あ、はい。いらっしゃいま――ってフィンさんじゃないですか!」

 

「偶々通りかかってね」

 

「そうなんですね。えーっと後ろに居るのは……確か『豊穣の女主人』の人?」

 

 グサッと。錆びたナイフがシルの心臓を撫でる。

 

 冒険者でもない彼と接点がないのは不思議ではないが、好きな相手に忘れられるのは娘には荷が重い。

 

 更に自分が一度、ベル・クラネルの存在を上書きした事を思い出して、大勢に忘れられてしまった彼はこれ以上の『悲痛』を背負っていたのかと罪悪感が募る。

 

「くはっ!」

 

 シルのHPが大幅減少!暫く立ち上がる事は出来なさそうだ!

 

「ええ!?」

 

「彼女は少し具合が悪いようだ。私の名はローリエ、単刀直入に聞くが金髪のエルフは好きか?」

 

「えーっと……嫌いではない、です。はい」

 

「よし、ではジャガ丸くんをあるだけ貰おうか。スパイスは勿論、白髪赤眼ヒューマンの愛でお願いする」

 

「すまない、彼女は厄介な病気を患っていてね。偶に突拍子もなく意味不明な事を言うけど、無視していいよ」

 

「なっ、私は至極当然でやるべき責務を――ぐもっ!?」

 

 突然暴走してしまったローリエを止める為に、フィンはその素早さ(ステータス)を遺憾なく発揮してジャガ丸くんを彼女の口に放り込む。

 幾つもある種類の中でも『十倍の時間楽しめる!デラックス倍々バージョン』と記載されているので、暫くは口を開く事が出来ないだろう。

 

「ベル・クラネル、今から少し時間を空けられないかな?」

 

「店を開けると店長に怒られちゃうので……」

 

「それでも、僕達は君と話す必要がある。どうか呑み込んで欲しい」

 

「で、でも……ノルマは捌かないと、又クビに……」

 

「それなら心配いらないよ。ほら、丁度そこにじゃが丸君が大好きな金髪金眼の精霊が」

 

「……私は精霊。ジャガ丸くんが其処にあるなら、私もまた其処にいる」

 

「という事で、このお金で買える分だけ貰おうか」

 

 フィンは持っていた金銭で袋いっぱいにジャガ丸くんを詰め込む。偶々通りかかった精霊こと、何処かの【剣姫】は何も尋ねる事無く、満足そうな顔で去って行った。

 

「君、さっきの少女と面識は?」

 

「よくジャガ丸くんを買いに来ますよ。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインさんですよね」

 

「彼女の印象は?」

 

「……小豆クリーム味が好きな人?」

 

 当然と言うべきか、冒険者としての憧れや興味は全く抱いていないらしい。あれだけ『英雄』だの『冒険』だの口にしていた少年が、安全地帯に腰を下ろしているのか。

 

 それを知るためにも、詳しい事を本人の口から聞かなければならない。

 

 

 どこか落ち着いて話を聞ける場所、という事でローリエの案内で洒落た茶屋に入店した。

 

「詳しい事情は語れないけど、質問に答えて欲しい。まず君がこの都市に来て、今まで何をしていたのか教えて欲しい」

 

「……最初は、冒険に夢を見てました。可愛い女の子とはーれむらいふ、ダンジョンに出会いを求めてオラリオに来ましたから。でもあの時フィンさんに助けられて、純粋に強くなりたいと思いました」

 

 赤眼(ルベライト)の瞳を申し訳なさそうに逸らして、ベルは声のトーンを落とす。

 

「でも"あの時"、僕は打ちのめされてしまった。あの強さが言葉が、声が……完全に冒険者としてのベル・クラネルを壊したんです」

 

「一体、誰に?」

 

「――アル・グレイグ」

 

 怒りではなく、恐れで唇を震わせながらベルはその名を語る。おおよそ分かっていた事だが、やはり彼がこの世界における『異常事態(イレギュラー)』の原因だった訳だ。

 

「でもどうして冒険者でもない……それも夢を諦めた君と僕に接点が?」

 

「逃げ出した時に、もう僕はフィンさんに会わないと決めました。でもなぜか貴方から頻繁に僕の所を訪れては他愛もない会話をしてくるんです。おかげで、"あらぬ噂"まで経って……まぁ炎上効果?って奴でジャガ丸くんの売れ行きはいいですけど」

 

 今のベル・クラネルに光るものはない。なら、フィンが目に掛ける可能性は極めて少ないが――。

 

(親指か)

 

 あるとすれば、その『勘』にフィンが頼ったか。そしてそれは、言わずもがな大正解だ。

 

 実際に今、フィン達は未曽有の事態――それこそ正史を壊しかねない事件に巻き込まれている。

 

(でも僕もここまでは予想していなかっただろう)

 

 しかし何も分からない状態で、この都市にベルを繋ぎとめていたのは流石のフィンと言うべきか。彼のおかげで今、円滑に物語は進もうとしている。

 

 もし何の情報もなく都市外に行ってしまっていた場合、どれだけ捜索に時間を費やしたのかは想像に難い。

 

 自分であって自分ではないフィン・ディムナに、フィンは感謝しなければ。

 

「ここまで聞いてどう思う、シル・フローヴァ」

 

「聞いた事もないLv5の冒険者、そして故意的にベルさんを陥れたとなると、十中八九『ズレ』の原因は彼だと思います」

 

「僕もその意見には賛成だよ。それで、彼を倒せば全てが元に戻るのかな?」

 

「はい、確証は出来ませんけどね」

 

「ふぐ、ふぐふぐー!(敵を倒せばどうにかなる!)」

 

 未だにジャガ丸くん、デラックス倍々バージョンを頬張るローリエ。確かにボスを倒せばストーリーは大体先に進むのが定石で、それに分からないことだらけの中では可能性を潰していくしかない。

 

 アル・グレイグを問いただして、必要であれば倒す。

 

 次の目標が明確になった訳だが――、

 

「ベル・クラネル。良かったら、君も一緒に来ないかい?」

 

「今のベルさんは只の一般人です。戦闘に巻き込むのは、どうなんでしょうか」

 

「だがさっきから親指が疼く。僕は仮にもLv7、Lv5とされるアル・グレイグに実力で負ける事は無いと思うから、それ以外で何か必要なのかも知れない」

 

「それが、ベルさんの存在だと?」

 

「ああ、仮にLv0でも僕が知るベル・クラネルは何かやって見せる」

 

「ちょちょ、待って下さい!」

 

 それは紛れもない『信頼』だが、身に覚えのない今のベルからしたらたまったものではない。【ロキ・ファミリア】の団長、それも以前は憧れていたフィンから激押しされるのは過分で恐れ多すぎると少年は高い声で静止した。

 

「正直、話の内容が見えないですけど、僕が付いていっても役に立たない事だけは分かります」

 

「役に立つ必要はない。ただ付いてくるだけでいい、どうかな?」

 

 何もしなくていいと勧誘しても、きっと何かする。ベル・クラネルは真性のお人良し、そして『冒険者』で、それはきっとこの世界でも変わらない。そう信じているからこそ、緩い前提条件をフィンは囁いた。

 

 実際、シルの瞳に映るベルの魂は決して穢れていない。

 

「無理ですよ、僕には……」

 

 

 だがただの白兎にはその一歩が重い。

 

 無理やり引っ張っていくことも可能だろうが、元々はシル達が軽い気持ちでやったことが発端で起きた『結果』であって、どうしてもと彼に助力と頼むのは筋が通っていない。

 

「残念ですけど、ここはやめておきましょうか」

 

「そうだね、無理強いは良くない。ベル・クラネル、もしその気になったら僕は何時でも君を歓迎するよ」

 

 後腐れないように、爽やかな笑みを添えたフィンも強制しない事に決めた。一抹の不安を拭う事は出来ないが、持てる手札でやれる事をやるのが『最善』というものだ。

 だが共感性が強いベルには逆にその優しさが心に刺さっている様子で、憧れていたフィンに応じる事の出来ない申し訳なさと自分の弱い心に視線を伏せている。

 

 鼓舞する事に関して定評のあるフィンだが、燻っている火種に大炎を灯す事は中々難しい。

 

「ふぐ、ふぐぐ――!ベル君!!!」

 

 だが去り際、そんな少年に声を掛けたのはやっと口を自由に動かせるようになったローリエだ。シルも何と声を掛けるか躊躇う状況でエルフの少女は一体、どんな言葉を語るのか。

 

 ローリエはがっとベルの方を掴み、食い気味に深緑の瞳を大きく開く。

 

「君は笑っていた方がカッコいいぞ!」

 

 このエルフ、やはりポンコツエルフ2だったかと。直球で捻りの無い馬鹿らしい言葉だと一瞬思ったシルとフィンだったが、

 

「あ、ありがとうございます?」

 

 案外、そんな言葉が凍った心を溶かす。今まで俯いていた灰色の少年は、顔を上げ真紅(ルベライト)の輝きと共にベル・クラネルとして笑ったのだ。

 

 冒険心を失った彼に必要なのは、英雄の一声ではなく女の子のありきたりな賞賛だった。

 

「……ローリエさんズルいです。私も、もう少ししたら言うつもりだったのに」

 

「何故に張り合おうとしているのだ?」

 

 ただ、本人は特に考えもなさそうだった。悔しいので、貴方の言葉がベルの心を揺さぶっているなどと、シルは絶対に言うつもりはないが。

 

「中身のない軽い言葉でも、女の子の言葉なら直ぐに聞く。やっぱりベルさんは破廉恥ちょろ兎ですね」

 

「どうして僕は笑っただけで罵倒されてるんですか……」

 

「君は変わらないと言う事だよ。じゃあ"又後で"」

 

 これ以上言わなくても、彼は後できっとホイホイと付いてくることだろう。何ら変わっていないベルを見て確信したシルとフィンだったが、当の本人は釈然としない様子だった。

 

「言われても僕は行かないですからね!」

 

「む、そうか。それは残念だな……」

 

「うっ……」

 

 ベルとそれほど付き合いの長くないローリエは、既に自身の言葉が彼を揺さぶっている事に気付かない。

 その純粋な妖精の落胆は、更に少年へダメージを与える。

 

「無理ですから、僕は絶対この場所から動かないですから!」

 

「ベル君がそういうなら」

 

 ローリエも踵を返して、遂にシル達背が声が届くギリギリまで遠ざかった所で。

 

「無理な者は無理ですからね!」

 

 

 ――で、結局。

 

「これで布陣は整ったね。行こうか、ベル・クラネル」

 

「うぅぅ……僕の馬鹿、頭では分かってる筈なのに…‥‥!」

 

 おおよそ「期待を裏切っていいのか」僕の事をカッコイイと言った女の子(エルフ)を無視していいのか、もはやそれはベル・クラネルではなく『男』としての名折れだ。

 そうやって自問自答して、走り出すに至ったのだろう。

 

「共感性が強くて、押しに弱い。やっぱりベルさんはベルさんでしたね。」

 

「さっきからまるで僕が僕じゃないみたいなものいい、釈然としない……」

 

「言い得て妙だね。詳しい事はあとで説明するよ」

 

「……説明はなくて大丈夫です。なんとなくですが、分かります」

 

「どういうことかな?」

 

「最近、良く夢を見ます。自分だけど自分じゃない僕の夢を。ただの質が悪い夢だと思ってましたけど、フィンさん達の反応を見てれば分かります。あれはきっと本当にあった話……ですよね?」

 

 夢、もう一人の自分。それらは正しく非現実的で、フィンも納得出来る程の説得力を持たせられる自信はなかった。

 ただ、まるで夢物語りな『英雄譚』を多く目にして来た甲斐があってか、少年は既に信じて疑っていない様子だ。

 

 ならばこそもっと自分に自信を持っていい気もするが、その世界、その本人が辿って来た軌跡が『真実』で、幾ら自分であっても同一視して希望を抱く事は中々難しい。

 ベルの場合、逆に比べて劣等感に苛まれているのだろう。

 

「なら、話が早い。別に僕は君が見た輝かしい『少年』に成れと言ってる訳じゃない。僕が君に期待してるのは、『ベル・クラネル』さ」

 

「えーっと……?」

 

「直に分かるさ。だって君はベル・クラネルだろう?」

 

 問いの意味が分からず、ベルは頭を抱える。ぐーとこめかみを強く押して、やがて納得する訳でもなくため息を吐いた。

 そもそも、少年が陥ってるのは分からないことだらけな状況。どれだけ悩ませても、それが無駄だと言う事に気付いたのだろう。

 

 ただ直後、何か気付いたのか「はっ」と肩を震わせる。

 

「まだ何か言う事があるのかい?」

 

「いや、異を唱える訳じゃなくて、そのエルフさんの頬にクリームが」

 

「む、さっきのジャガ丸くんか。――取れたか?」

 

「もっと上の方、あ、僕が取りますよ」

 

 口元を拭ったローリエだが、まだ微かにクリームが残っている。近くに居たベルは、袖で拭ってあげて――、

 

「へっ?」

 

 瞬間、シルの思考は停止する。

 

「これで大丈夫ですね」

 

 ぺろり。

 

 なめとった。

 

 兎がエルフの頬を、クリームを。

 

 唇で拭った。

 

 公衆の面前で!?こんなことを!?

 

 全く、主神の教えはどうなってんだ教えは!――いや、この世界のベルは【ファミリア】に所属していなかったか。

 

 箇条書きでシルの頭に綴られる事実。ともかく、絶対に許せない(羨ましい)状況。

 

 いやもっと許せないのは、それほどの幸福を授かっておきながら毅然とした表情をしている彼女か。

 

「……私の生涯に只欠片の悔いなし。白兎の夢に溺れるならば本望」

 

「あっ、既に絶頂しちゃってましたか……」

 

 ローリエはその深緑の瞳と掲げた腕で蒼天を貫いていた。

 

 その状況を作り出した少年だけは、目を丸くして悪びれなく首を傾げていた。

 

「えーっと、僕何かやっちゃいました?ごめんなさい、店長が年上のお姉さんが頬に付けたクリームを舐めとると、顧客が増えるって言ってましたから……」

 

「これは、"変わってない"と言うべきなのかな?」

 

 無意識に周囲を惚れされるスケコマシ兎は、ベル・クラネルらしくもあるが更に悪化しているとも見えるのだった。



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四手の差

「僕達がアル・グレイグの存在に違和感を持っているなら、彼も又、こちらの存在に気付くのも時間の問題だ」

 

「それは今すぐ彼の元に赴いて事を構える、という認識であっているだろうか?」

 

「僕はそうすべきだと考えている。勿論、他の考えがあるなら歓迎するよ」

 

「……此処に居ない他の者に頼って戦力増強すべきだと私は考える。この世界でも、フィン氏は【ロキ・ファミリア】の団長なのだろう?」

 

 フィン・ディムナが団員達から絶大な信頼を得ているのは疑いようもない。そんな彼が一声助けを求めれば、理由を話さずとも二つ返事で手を貸してくれる事だろう。

 

 だがフィンは、ゆるゆると首を横に振った。

 

「本来居るべき場所、世界という共同体が別である以上、細心の注意を払うべきだと僕は考えている。確かに、さっき話した仲間は僕の知っている彼だったけど、もしアル・グレイグが人を操る力を持っていたら?」

 

「流石に考えすぎじゃないですか?」

 

「単純な実力なら僕がアル・グレイグに負ける事は考えずらい。なのに疼く親指を考慮すると、あれこれどうしても思考を張り巡らせてしまう。弱気に感じるかも知れないが、勿論失敗する気は微塵もない。――偽りの世界なら、好き勝手暴れても問題ないからね」

 

 一瞬赤く輝いて、凶猛を宿した双眸。それは理知的なフィンとは違う、獣の荒々しさを体現している。勇者として、戦いに求める『勝利』とは只単に敵を葬ることではなく、"被害を出さない"、"仲間を守る事"も含まれる。

 

 その点、偽りのこの世界では多少の荒事は問題ない。勇者としての実力を遺憾なく発揮できる、これとない機会と言う訳だ。

 

「実はワクワクしてたりしますか?」

 

「急事に楽しさを求めるほど、僕は戦闘狂じゃないよ。ただ少しの期待があるだけだ」

 

「やっぱり僕、いらないんじゃ……」

 

「いらないに越したことはないさ。ただ僕が敗北した場合……いや、縁起が悪いか」

 

 いいかけて、再び勇者は歩き出す。

 

 本人はその槍で道を切り開くつもりだが、冒険とはそう思い通りに行くものではない。それこそ、ダンジョン以上の『未知』であるこの世界では何が起きるか。

 

 

 もう日が落ち切った頃、人通りも疎らになって来た。

 

「性には合わないが、ここは確実性を持たせる為に『奇襲』で行く。ローリエ・スワン、君は二人の護衛を頼む」

 

 もうそろそろ『竈火の館』に到着する頃だ。

 

 後先考える必要がない以上、わざわざ玄関を開けて戦闘の申し建てをする必要もない。故に、奇襲の策を選んだフィンだが……。

 

「聞くが、フィン氏はこの館の間取りが分かるのか?奇襲するにも、ゆっくり位置を探れるほど安全対策は甘くないと思うが」

 

「その心配はいらない」

 

 ピタとフィンが立ち止まったのは、壮大な館の全容がはっきりと見える距離。

 

「館もろとも吹き飛ばす。それが一番手っ取り早い」

 

「なっ……待って下さい、流石にそれは!」

 

「あくまで館を崩落させるだけで、槍を誰かにあてる気はない」

 

 そう言って、フィンはさっき【本拠地(ホーム)】から持って来た金の長槍を掲げる。

 『フォルテイア・スピア』、フィン自慢の一振り。

 

 腰を落として、深く引き、双眸を細める。湖に落ちる一粒の水滴のような静けさを以て、その『真技』を放とうとした。

 

 しかし次の瞬間、からりと地面に落ちた長槍が静寂を取り払う。

 

「これ、は……」

 

 あまつにも、自慢の一振りを手から滑り落としたフィン。それが彼のうっかりミスではないのは、まるで自分の手が自分のものでないかのように瞠目する姿を見ていれば分かる。

 

「どうしたんですか、フィンさん!?」

 

「――孫子の兵法って聞いたことありますか?」

 

 ベルに限らず、どうしたのかと抱いた疑問に帰って来たのは、フィンの声ではなかった。

 

 向こう、ギィと扉を開けて深淵から唸る不気味な声を発するのは鉄兜の男だ。アル・グレイグ、街灯でちらと輝く銀の義手を揺らしながら、彼はこちらに一歩一歩と近付いて来る。

 

 だが最大の対抗策でもあるフィンは、未だに長槍を取ろうとしない。

 

「勝つ者は戦う前に、しっかりと準備を整え、勝てると思える戦いに勝ち、負ける者はいきなり戦って、それからどう勝とうと考えるわけです。その点、実力はさながら頭脳も兼ね備えている貴方、フィンさんは厄介極まりない。――だけど残念、ここは俺の世界だ。一手……いや五手遅かったですね」

 

「アル・グレイグ……一体、何を――」

 

 遂にフィンの体は小刻みに震え始めて、やがて膝を付いた。同時に喀血し、手を血で濡らしている所を見て、ベルは一際(ひときわ)の動揺を露にする。

 

「さっき茶屋で出した飲み物に、少し細工をしただけですよ」

 

 既にフィン達の敵意に気付いていたのか、どうやらさっきベルを誘う為に寄った茶屋で細工をされていたらしい。

 

 ただ、それには少し疑問点が湧く。

 

「……冒険者様、それもフィンさんともなるときっと高い状態異常適正を持っている筈です。それも私の記憶だと、せいぜい二口しか飲んでいなかった」

 

「薬も過ぎれば毒となる。ユニコーンの角にマーメイドの生血、それに聖女の血も少々。とびきりの毒ですからね、効いて貰わないと困ります」

 

「してやられた、と言う訳か……」

 

「毒に伏した勇者なんて、もう怖くない。俺の平穏の為に、じゃあね」

 

 直後、アルは指を鳴らした。

 

 血が通っている方ではない、銀の奏でた音は良く夜空に響く。

 

 そしてその音に攫われるが如く、目の前に居た筈のフィンが"消失した"。

 

「うわぁ、フィンさんが消えた!?」

 

 影も残さず、一切の形跡もない。まるで元からその場に居なかったと錯覚するほど、きれいさっぱりと居なくなったのだ。

 

「心配しなくても死んだわけじゃないですから。この世界に何の違和感も持たない、『フィン・ディムナ』に戻っただけです。ですけど、本当に憂鬱です。ここは俺の世界、俺が命令するだけで全てが変革できる。でも使いたくはなかった。偽った創造など、生きるには虚無ですから。だけどね、貴方達を排除すれば又、平穏な世界を生きる事が出来る」

 

 淡々と語るアルは、その声の不気味さと表情の無機質さも相まって恐ろしくも感じる。

 

 調べた所、アル・グレイグは正真正銘のLv5。

 

 Lv0のベル、Lv2のローリエ。そしてただの町娘。

 

 その不安定どころか、戦う『資格』すらもないパーティーで彼にどう対抗できるわけでもない。

 

 だが相変わらず「ひぃ」と恐怖に小動物と同等の反応を見せるベルと違って、二人の『乙女』は俯かなかった。

 

「……じゃあどうして、さっさと私達を排除しないんですか?」

 

「…………」

 

 シルはその違和感に詰め寄った。もしフィンに毒を盛れるなら、同じくシル達にも飲ませるべきだったし、べらべらと喋らずにさっさと始末すればいい。

 それなのに彼はそれをやろうとしないし、シルの指摘にもだんまりだ。

 

「確かに、俺は分け合って貴方達を『リセット』する事は出来ない。ただ無力化する事は容易い」

 

「力技で来るのか?だがこっちにはまだ『切り札』がいるぞ!」

 

 そしてローリエは信じている。全てを失った訳ではなく、こちらにはまだJOKERが――。

 

「ひぃ、やっぱり僕には無理ですぅうう!!!!」

 

「あっ………‥‥」

 

 逃げた。

 

 唯一の希望が白い髪を振り乱して、正に脱兎の如く逃げて行った。

 

 その様は冒険者ではないジャガ丸くん店員としては余りに見事で、直ぐに闇に紛れてしまう。

 

「……で、誰が『切り札』だと?」

 

「えーっと……あっ冒険者様、やっちゃってください!」

 

「おい、こういう時だけ冒険者扱いするな!だが、私も上級冒険者の端くれ。決してひ弱なエルフではない!」

 

 息巻いて、深緑の瞳を閃かせるローリエ。絶対的なLv差があるのにも関わらずアルは嘲笑こそしないが、代わりに鉄兜を傾けて、

 

「さっきから思ってるんですけど、貴方誰ですか?」

 

「私はローリエ・スワンだ!無名エルフで悪かったな、このっ!」

 

「ロールケーキだかロリエルフだが知らないが、俺の敵じゃあない。――さっきの兎も含めて、時の狭間に落ちて貰います」

 

 フィンを消した時と同じく、アルは指を弾いて甲高い音を鳴らした。

 

 殆ど一致していない名前の言い違いに、ぷんすかと腹を立てていたローリエの体が浮く。――いや違う、それは上に向かって浮遊した訳ではなく、逆に重力を支える足場が無くなっただけだ。

 

 世界に突然開いた『穴』、地下の迷宮よりも先が見えない一直線の暗闇にエルフの少女は落ちていく。ひゅんと風の断末魔をあげて、彼女は地上から姿を消した。

 

 去っていたベルも同じ状況に見舞われているのだろうか。

 

 ただその一部始終を見てもなお、(シル)だけはその場にとどまっている。

 

「あっもしかして「ぐへへ、面のいいお前だけはじっくり楽しんでやる」って奴ですか?」

 

「やらないですよ?!?」

 

 そうやって素っ頓狂な声を出す程には、まだ『未熟な精神』をしているだとシルは察する。それを分かってもどうにもできないのが、この身の欠点ではあるが。

 

「俺はこの世界で、本来のベル・クラネルと同じ軌跡を歩いて来てます。なら、貴方の『秘密』を知らない訳がない」

 

「その秘密のせいで、貴方は私を葬る事が出来ないって事ですか?」

 

「そうです。時の事態に気付いていない神ならまだしもですけど……ですが、無力な貴方にはこの『箱庭』で成すすべがない。大人しく『豊穣の女主人』に戻る事を提案しますよ」

 

 只の町娘ではないシルを葬る術をアルは持っていないようだ。

 

(でもどうして?フィンさんやローリエさんに使った技を使わなくても、彼の武力なら私を簡単に無力化できるのに)

 

 それをしない『理由』が何かあると考えるのが自然だ。更にアルの言い草的に、フィンはまだしもローリエ、それにベルは完全に無力化されてしまった訳ではなく、彼曰く『時の狭間』に送られている。

 ならば希望を捨てるには早く、こうして地上に残されてしまったシルにも出来る事はある筈だ。

 

 そうやって一人になってなお、糸口を探して俯かない娘にアルは首を左右に振る。擦れてカタカタと成る鉄兜は、まるで死者の合唱(コーラス)でシルを嘲笑っているようにも感じた。

 

「以前の貴方なたまだしも、今のシル・フローヴァに運命に干渉する程の力はない。自分でも薄々気付いてますよね?」

 

「どういうことですか?」

 

「以前までの貴方なら、そもそも今の状況は起こらなかった。貴方は賢くて強い人だから」

 

「買い被り過ぎです」

 

「少なくとも、僕が知っている貴方は感情を理性で抑えられる人でした。でも弱くなった、貴方は自分の『価値』を損なってる」

 

「…………」

 

 シルが返すのは沈黙だ。

 

 それは話の流れで得てして必要となる『沈黙』ではなく、言い返す言葉もない『強制』。

 

 悠久の時を生きて来たこの身が、"動揺"している。ベルとは別のベクトルで、アルはシルをかき乱してくる。

 

 だが、そうだ。シルは事実、"弱くなった"。

 

 どうにかしてベルを手に入れるべく奮闘して来たわけだが、心の中では思ってしまっている。

 

 自分はきっと"彼"を手に入れる事が出来ない。自分は決して物語の『ヒロイン』になることはないのだと。

 

 欲しいもの全てを手に入れて来た美神として、それは塞がらない致命的な『傷』だ。

 

 

 薄紅の唇は何時まで経っても開く事はない。そして気付くと、アルはどこかつまらなそうに踵を返す所だった。

 

「娘として慎ましく生きろ。シル・フローヴァ、今の貴方にはそれが必要だ」

 

 自分を救ってくれる騎士は訪れない。その無情な事実だけが、シルの心に静かに突き刺さる。

 

 見渡す夜闇はさっきよりもずっと、暗い気がした。




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試練は供え物

「うぁあああああああ!?」

 

 落ちていく。

 

 重力に逆らって、どこまでも先に進む。ただ果てにあるのが希望ではなく『暗闇』なのは、それが前進ではなく『後退』である事を意味する。

 

 もうどれほど落ちただろうか。

 

 ただ断言できるのは、少年の声が途切れたが最後、それは今生の別れとなること。

 

 つまるところ、死ぬ。このまま地面に激突すれば、あっさりと転落死。

 

(嫌だ、嫌だ嫌だ!)

 

 ベルはつくづく、自分が不幸だと思った。まだオラリオに来て半年足らずなのに、こうまで生に執着するのはもう三度目だ。

 

 ダンジョンではミノタウロスに捕食されかけるわ、鉄兜の男から襲撃されるわ。

 

 いっそまだ冒険者で居た方が、厄介事が少なかったかもしれない。

 

 そんな愚痴を心で零していると、段々と視界に色が戻って、遂に終点が見えてしまう。うっすらと見える地面に、もう声を上げる気力すらもない。

 

 このまま、14歳にして命を落とすのか。

 

「――ふっ!」

 

 だが瞬間、ベルの体を疾風(かぜ)が攫った。それが神の奇跡ではなく、"誰か"による『救済』であることは体を支える温もりから分かる。

 

 加速度的に落ちて来た少年の体を正確に空中で拾い上げる御業。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 そして丁寧に地面に降ろされて、直ぐにベルは礼を告げた。空気抵抗でぼやける視界を凝らすと、自分を助けてくれたのが長い耳の人……エルフだと気付く。

 段々と晴れていく視界、ハッキリと分かる金の長髪。

 

 だがそれはベルが思っていたエルフよりも少し長くて……それに瞳も空色で、何よりも幼さが残るローリエと比べて『鋭さ』があった。

 

「確か貴方は……」

 

「その反応、やはり私の知っているベルではないようだ」

 

 全貌が明らかになったエルフは、やっぱりさっきまで一緒に居た筈のローリエではない。リュー・リオン、ベルの認識ではシルと同じく『豊穣の女主人』で働いて、最近は『疾風』としても話題になっている冒険者でもある。

 

「えーっと、どうして貴方がここに……?」

 

「申し訳ないですが、事態が読めていない貴方に話せるほど、私も状況を理解出来ていない」

 

「シルさんも一緒に来てる筈なんですけど……」

 

「シルも一緒に居るのですか?それは頼りになる、では彼女を探しに――」

 

「ふざけるなっ!!!!!」

 

 この場所、『時の狭間』は一見するとダンジョンと変わらない造りだ。尖った大地に、時折壁に埋まっている魔石、そして先の暗闇。

 

 その奥から響いた怒号は、一瞬モンスターの咆哮と聞き間違い兼ねない。実際、リューは得物を咄嗟に構えて臨戦態勢を取った。

 ただ姿を現した彼女――ローリエを見て腕を降ろす。

 

「貴方は……。」

 

「分からないなら、素直に言わないか!逆に心が傷付く、ではなくてこれは一体どういうことだ!」

 

「どういうこと、とは?」

 

「何故にベル君を助けるのが私ではなく、ぽっとでエルフの貴方なのだ!明らかに可笑しい、ストーリー構成はどうなっているっ!!!」

 

 この期に及びふざけているのかとリューは思ったが、今にも涙を流しかねない彼女を見ていると、どうやら本気の様子だった。

 

「す、すいません……」

 

 自分がひとかけらも悪くないと分かっているのに、何となくリューは謝罪する。そんな大人な対応を見て、目を瞑って深呼吸したローリエはエルフらしい毅然とした表情に戻した。

 

「すまない、少し取り乱した。貴方はリュー女史で間違いないな、どうしてこんな場所に?」

 

「最近やたらと姿を消すシルを尾行して、小屋に辿り着きました。何をしているのか恐る恐る除くと、何やら見慣れないものが光を発して――」

 

「なるほど、分かった。運が良いのか悪いのか、貴方は巻き込まれてしまったらしい」

 

「どうやら、私よりよほどこの状況に詳しい様子だ。何が起こっているのか、聞かせて貰いたい」

 

 

 この後、ローリエは自分が知る限りの事に関してリューに語った。

 

 それは客観的に馬鹿げた話ではあるが、巻き込まれてしまった彼女には否定する理由がない。あっさりと何が起こっているのか理解して、そして協力を約束してくれた。

 

「アル・グレイグ。不覚にも、彼にやられてしまいました。この場に居ないシルもきっと糸口を探っている筈だ、私達はとにかくここを出る術を考えましょう」

 

 突然現れた助っ人、それも都市にそういないLv6の彼女は幸運な拾い物に違いない。ただ同時に、ローリエの心中は少し複雑だった。

 

 なにせ、彼女が居なければベルと二人だった。

 

 共に苦難を分かち合って、共同作業でキャッキャウフフな冒険が出来た。

 

 以前はダンジョンで助けてもらったローリエだが、ここではきっと彼を幾度と救う事が出来た筈だ。

 

 たが、リューの登場で全てがひっくり返る。自分より年上でしっかりしている、しかも圧倒的な実力を有する彼女はローリエの上位互換。

 もはや目の前で、兎の唇を奪われてしまう可能性もある。

 

(いっそ、闇討ちを……)

 

 とも過ったが、事実、彼女はこの何も分からないダンジョン(仮)で大いに活躍するに違いない。

 

 個人的な感情と世界を天秤に掛けた時、流石のローリエでも後者が勝る。

 

「……頼りにしているぞ『疾風』」

 

 フィンは居なくなったしまったが、新たな戦力増強があってベルも安定している様子だ。

 

 その後一行は周囲の捜索をしたが、やはり造りはダンジョンと変わらない。ただ唯一違うのは、モンスターの気配が一切ないということ。

 他の冒険者の姿、リューと同じように巻き込まれてしまった者も特に居なさそうだった。

 

「――あっ!」

 

「どうしましたか、ベル……いやクラネルさん」

 

「いや、ここに何だか不思議な突起が……」

 

 ベルのいる壁際、無機質な岩壁の一か所に半透明な魔石で作られた『四角の突起』があった。

 

「私が調べましょう。……どうやら更に中に何かある構造になっているようだ。お二人は少し離れていて下さい」

 

 得体の知れないものではあるが、今はその危険性を犯すくらいしか糸口がない。得物を上手く使ってリューは突起を砕いた。

 

「それはボタンか?」

 

「ええ、そのようです」

 

 更に出て来たのは丸型のボタン。何かを起動するスイッチのようだが……。

 

「都市外の人口ダンジョンに行った事があるが、こういうのは押せば大体悪い事が起こる。私は押さない方がいいと提言しよう」

 

「そうですね、他に何か隠されているかも知れない。本当に後先が無くなった時まで保留しておいた方が――」

 

 ピコッ。

 

 二人のエルフの解釈が一致して、ボタンから目を逸らした直後だった。何やら場に不相応な楽し気な音が響き渡る。

 

 その音の出処はやけに近く、何ならさっきまで見ていた方向だった。再び振り返ったリューとローリエ、彼女達が見たのは少年の白い指がちゃんと赤いボタンを陥没するまで力強く押す光景だった。

 

「……クラネルさん?」

 

「あ、ごめんなさい!その、お爺ちゃんが『ギミック』は男のロマンだって……押せるものは押しとけって言ってたから……」

 

 まるで自分の責任ではないかのように白々しく語ったベルは、いっそ清々しい表情だ。

 

「ベル君、君はお爺ちゃんがやれと言ったら何でもやるのか!?」

 

 ベルの少年心を叱咤するには既に遅かった。

 

 直後、『ウィーン』と不穏な音が響いて周囲を照らしていた魔石が一斉に赤色へと発光する。

 

「っ、下です!」

 

 リューはベルを咄嗟に抱えて後退して、ローリエはそれを見て「まだ、私の出番を……!」と心で零しながらも、同じく跳躍する。

 間もなく空間の中央に地面を抉る形で、大きな鉄扉が出現した。

 

 ギィ。

 

 手動で開ける必要もなく独りでに開き始めた扉に、どんな『化け物』が出て来るのかと一同は表情を強張らせる。

 

「汝、時の干渉者よ。試練を貫け」

 

 厳格な声と共に出て来る三つの影――それは案外、人と同等の大きさだ。そして姿を現して――思わず拍子抜けする。

 

「ぴぎぃ!」

 

 甲高い声を鳴らすのは、確かに怪物の類だ。だが『生存本能』に語り掛けてくるほどの恐ろしさはなく、むしろ一角兎(アルミラージ)のような可愛げがあった。

 

「あれは……ジャガ丸くん、ですか?」

 

「言われてみれば確かにそうです」

 

 じゃがいもと素材をカラッと揚げた、ベルも所縁のある食べ物。それに飴か何かで形どった手足が生える、ジャガ丸くんスペシャルバージョンだ。

 

「左から、普通の味、小豆クリーム味、それから激辛ソース味ですね」

 

「流石ベル君、まさか一瞬で見抜くとは!」

 

「言ってる場合ではないでしょう。確かに『試練』と聞こえました、ならばあれらは倒すべき『敵』」

 

 目を細め、鋭い眼光でジャガ丸君たちに向かって駆ける。

 

 そして一閃。

 

 Lv6として緩みの無い剣筋は、深層の階層主でも無傷では済まない一太刀だ。

 

「……抜けたか」

 

 だがその見事なパリパリの衣が崩れる事は一切なかった。それは分厚い防御が原因というよりは、表面に『細工』がある。

 

「油、でしょうか。攻撃を完全に流されてしまった」

 

「なら魔法はどうだろうか?」

 

「――星屑の光を宿し敵を討て、ルミノス・ウィンド!!!」

 

 緑風を纏った無数の大光弾がジャガ丸くん達を襲う。立ち込めた煙が晴れた後、やはりそこに居るのはツヤツヤの油を誇示する怪物だった。

 

「攻撃が効かない……かといって、反撃もしてこない。何か、カラクリがある?」

 

「何分、時の狭間とか言う厄介な場所だ。そうに違いない」

 

「試練、ジャガ丸くん……一体何の因果関係が――っ、クラネルさん!?」

 

 警戒してそれ以上の行動を起こさないリューとローリエと違って、ベルは一人歩き出した。

 

 今の彼は冒険者ではない。

 ベルを尊敬しているリューであっても、その独断行動は保護者として許容できない。直ぐにその背に向かって走り出そうとするが、すっと横から手が伸びる。

 

「なっ、どうして止めるのですか!」

 

「リュー女史、確かにあの少年の背は小さく、実力もLv0だ。だが彼はベル・クラネルだ、その名を有する少年が何をやって来たか知らない訳でもあるまい」

 

「ですが――いや分かりました」

 

 ローリエの言葉にグッと堪えて、この場はベルに託すことに決めた。やがて少年は一体のジャガ丸くんの前に立って、その衣にそっと手を当てる。

 

「……ジャガ丸くんは、出来立てが一番美味しいです。だから、冷めるとふやふやでしばしば食べられずに捨てられてしまう。――今分かりました、これは食べられなかったジャガ丸くんの集合体です」

 

「なるほど……なるほど?」

 

「彼らはただ、美味しく食べられたかっただけなんです。という事で、食べましょう!」

 

「待ってください。この量を三人で食べるのは……それに油ものは余り――」

 

「なら、僕が食べる。やらなければ、何もかもやらなければ、そこに立つことさえ出来ないんだ……やるんだ! そこにたどり着きたいのなら!」

 

 ゴォーン、ゴォーーン。

 なぜだろうか、大鐘楼の音が響いた気がする。急に赤瞳(ルベライト)を爛々と輝かせた少年は、次に裂帛の勢いで吠えた。

 

「あああああッ!!!」

 

 

 原寸と比べて優に100倍はあるジャガ丸くん達。食べるのは余りに億劫だが、少年を見ていると何故かやらなければいけない気がして来る。

 

「周囲を巻き込むその雄姿、やっぱりベル君はベル君だ……!」

 

「果たしてそうなのだろうか……?」

 

 キラキラと目を輝かせるローリエと違って、頭を抱えるリューだった。




もう終着点が見えてくる頃なので、今しばらくお付き合いください!


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試練は成長のために

「あと少し……あと、少しだ」

 

「エルフの私達には流石にキツイな……」

 

「貴方は普通の味だからまだましでしょう。この小豆クリーム味の甘味は中々に強敵だ」

 

 二人のエルフが苦戦する一方、ベルは既に綺麗に食べ終わっていた。彼の言った通りジャガ丸くんの化け物は大人しく体を差し出して、其処には何も残っていない。

 いっそ非道な化け物であった方が妖精(エルフ)にとっては嬉しかったが――。

 

 しかし一度食べ始めた以上、命の恵みに感謝して平らげるのが作法というもの。ただ、食欲旺盛とされる冒険者ではあるが、流石に100倍ジャガ丸は無理難題である。

 

「二人とも駄目ですよ。食べ物は美味しそうに食べないと」

 

「……ならベル君、君が魔法の言葉を掛けてくれ。そうすればきっとどうにかなる、うん」

 

「えーっと……美味しくなあれ?」

 

 手をハート型にして心ばかりの祝福を言葉にしたベルを見て、ローリエの口に広がる味が変化する。それは満腹感を消し去ってしまう魔法、どこまでも頬張りたくなる、言わば天国味。

 

「うぉおおおお!私は食べるぞっ!!!」

 

「今は貴方が羨ましいです、私は――」

 

「あっ!」

 

 パクパクと口に頬張るローリエを他所目に、完全に手が止まってしまったリューを見てベルは思わず声を上げる。

 まさか弱音を吐くエルフを叱咤するほど、ジャガ丸くんへの愛が重いのかと戦慄するリューだったが、

 

「頬にクリームが、付いてますよ」

 

「……そうですか、見っともない姿を晒してしまってすみません」

 

「っ待て、リュー女史!体を動かすな!」

 

「な、何ですかいきなり」

 

 ベルの指摘に微かな羞恥を抱いたリューは、袖で頬を拭おうとしたがローリエの一声で止められてしまった。

 

(さっきから喜怒哀楽が激しい人だ。彼女は本当に同族なのだろうか……)

 

 冷静沈着なエルフとはかけ離れている変わり者の彼女に、思わずリューは心で零す。だがそんなローリエだからこそ、『何か』に気付いたのかもしれない。

 

「これは『フラグ』だ!貴方はきっとクリームを拭えずに、ぺろりん兎の登場だ!」

 

「……何を言っているのか理解に苦しみますが、取り敢えず浅はかだった自分を叱りたい」

 

「と・に・か・く、其処を動くな!私がそのクリームをとってやる」

 

 この人は何を言っているんだろう……。ベルがそう言わんばかりに苦い顔をしているが、今のローリエは気付かない。

 そして彼女は、リューに向かって加速した。

 

 何としてでも『ぺろりん兎』を阻止したいローリエと違って、その意味すらも検討が付かないリューは別に彼女が自分の頬に付着するクリームを拭う事を拒否する理由もない。

 故に、特段の動きは見せなかったが――、

 

「あっ、そんな所に丁度人が躓きそうな小石が」

 

「いぎゃっ!?」

 

 全力で加速した手前、一度挫くと止まる術がない。

 

 ふと、そこで思う

 

(ああ、分かった。きっと私がこのままコケる事によって、あれやこれやとすいすいなって、ベル君の唇が彼女に向かうのだ。それが引力、運命の力――)

 

「手のかかるエルフだっ!」

 

 だがそうはならなかった。

 一歩出遅れてしまったリューだが、そのステータスがあれば目の前で転ぼうとしている一人救うのは容易い。『疾風』の二つ名の如く、風を追いこす速度でローリエをすくいあげた。

 

 ――ちゅっ。

 

「えっ?」

 

「あっ……」

 

 だがその際、上手く形が嵌まってローリエはリューに寄りかかる形になってしまった。身長差が噛み合って、ローリエの唇がリューの頬を――クリームを拭う形になったのである。

 

 やったね、ぺろりん兎阻止成功だ!

 

「じゃない!違う、これは違う!!!」

 

「なっ、人の頬にその……く、口付けをしておいて何たる反応ですか!」

 

「五月蝿い、キス位で騒ぐなポンコツエルフ!」

 

「誰がポンコツですか!」

 

 

「待って下さい二人共!何か、何か聞こえないですか?」

 

 口論に割って入ったベルに耳を貸すと、確かに何かぼそぼそと呟きが響いている。

 

「ご―――だ」

 

「扉の向こうから……?」

 

「合格だッ!!!!!」

 

 扉から飛び出して来たのは、次なるジャガ丸くんだ。さっきと違うのは、立派な王冠と髭を蓄えている点か。

 

「私の名前はジャガ丸くん大王、この試練の試験官である!そして貴殿らは達した、おめでとう!いやしかし、素晴らしい『絆』を見せて貰った!美少女エルフカップルとくれば、儂も飛び出して来るしかないだろう!」

 

「どうやら、この試練は『絆の力』を見せれば良かったようだな。そして私とリュー女史の雑事が、意図しなくとも試験官に引っ掛かった」

 

「……?なら私達が頑張ってジャガ丸くんを食べていたのは……?」

 

「さて儂の息子たちはどこかな!何分、あやつらは未熟で主体性がなく――」

 

 ジャガ丸くん大王は気付いた。

 

 自分が送り出した息子達が、その場に居ない事に。

 

 愛する娘の『小豆クリーム(アン)』が体の大半を失ってしまっている事に。

 

「く、クラネルさん?あのジャガ丸くん達は食べられなかった思念の集合体ではなかったのですか?」

 

「…………ご、ごめんなさぁあああああい!!!」

 

「待つのだ、ベル君!」

 

「我が子の仇、許してなるものかぁ!」

 

「くっ!このジャガ丸くんはかなりの強敵だ。非常に不本意ではあるが、ここは私が止める。後は頼みました、同胞!」

 

●●

 

 と言う訳で、残念ながらリューとは別行動する事になった。

 

 非常に遺憾だが、仕方のない事だ。

 

「頑張ってくれ、リュー女史。――少しでも私がベル君とイチャイチャできるよう、出来るだけ戦闘を長引かせてくれよ……」

 

「何かボソっと聞こえましたけど、実はローリエさん喜んだりしちゃってないですか?」

 

「そ、そんな訳ないだろう!これでも私は仲間想いの良いエルフだ!」

 

 事実、ローリエは決して非道な性格ではない。

 リューに対して心配をしていないのは、彼女の実力を買っているからである。

 

 黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)との一騎打ちも勝ち越したのだから。

 

(いや待て。やっぱりリュー女史と離れたのは不味いのでは……?)

 

 ベルの魔性の魅力に当てられてしまっていたおかげで失念していたが、ローリエはLv2だ。それも戦闘派ではなく、どちからというと頭脳派。

 化け物が出て来たとして、果たして勝てるのか。

 

(いいや大丈夫だ、どうにかなる。そう悪い事ばかり起きるのが冒険ではないし、そろそろラッキースケベだって……!)

 

 だが期待とは得てして裏切られるものであって、とくにこの『時の狭間』という大きな試練を前には、嘲笑うかのように『最悪』が訪れるのが運命である。

 

「……来ます」

 

「どうしたベル君、急に顔を青くして」

 

「"あれ"が来るんです。こっちに向かって近付いて来る」

 

 当然、冒険者であるローリエの方があらゆる感覚においてこの世界のベルより優れている。しかし彼女が気付けない『危険』を、確かに少年は察知している様子だった。

 レベルが関係ない感覚となると、代表格では『生存本能』。弱者として、只の白兎として生きて来た経験、思い出が作り出した形のない『指針』だ。

 

「ヴヴォォオオオオオオオオオッ!」

 

 そして現われたのは、本来、白髪の少年の宿敵、起源(ルーツ)とも呼ばれる怪物。だがこの世界の彼にとって、それは一二を争う悪夢(ナイトメア)だ。

 

「ミノタウロス……それも白い!?」

 

 ダンジョンではそれほど珍しくない牛の怪物。以前、変異種として黒い個体が現れたことがあったが――目の前に居るのはそれとも違う品種だった。

 分厚い野性の肉体を覆うのは白い毛並みだが、美しい天使とは思わないほど鋭い眼光と獰猛な牙を曝け出している。

 

 『未知』とは冒険者にとってそれだけで脅威だ。Lv2のローリエはただのミノタウロス程度なら、単独撃破も可能だろうが訳が違う。

 直ぐに襲い掛かって来ない所を見ると、ある程度の知能も兼ね備えているのか。

 

「汝、時の干渉者よ。第二の試練を貫け、我は『時の番人』なり」

 

 先ほど、扉からジャガ丸くん達が出て来た時と同じ声が、白いミノタウロスーー時の番人の口から発せられる。名前から察するに、この化け物を倒せばこの『迷宮』から脱出する事が出来そうだ。

 

 だが言い換えると、この白いミノタウロスは階層主(モンスターレックス)、あるいは『ラスボス』という事になる。

 

「うわぁあああ!」

 

「逃げるな、ベル君!背を向けた兎を逃がすほど、この相手は甘くない!」

 

「で、でも……リューさんもいないのに、どうやって――」

 

「私が居る、私がやって見せる。貴方は其処で、応援でもしていて欲しい」

 

 自分より遥か大きな強敵に立ち向かう勇者。あるいはローリエの姿は、ベルにそう映っているかも知れない。

 

 だが、酷いやせ我慢だ。

 

 本当は恐ろしくて逃げ出したいし、勝算もない。

 

 だけど守るべき相手、傷付いて欲しくない人が背後に居る。ならばその深緑は俯かず、次には体が動いていた。

 

「はぁっ!」

 

 先手必勝、携帯している短剣で時の番人を斬り付ける。間髪置かずに、隠し持っていた『魔剣』を取り出してゼロ距離の雷鳴を轟かせた。

 

「…………」

 

 だがその全てが"浅い"。獰猛な牙は折れる素振りも見せず、正真正銘の怪物は呻き声も上げない。

 

「くっ、ならば!」

 

 物理な攻撃が駄目と分かったら、当然、後退して魔法の選択肢に移るのが普通だ。息を整えて、詠唱を紡ごうとしたローリエだったが、それを赤い双眸は許さない。

 時の番人は太い腕を前に伸ばして、何かを潰すように掌を握った。

 

「フゥー!フゥーッ!!!」

 

 直後、明瞭な風が行き場のない『時の狭間』に吹く。最初は心地良いそよ風と思ったが、斬新的に風力が増して、遂にローリエの華奢な体が少し浮いた。

 

「か、体がもってかれるぅ!」

 

「ベル君、其処の岩に捕まっていろ!」

 

 ローリエとベルに対しての追い風。つまりそれは、時の番人の方に引き寄せられる『引力』だ。

 

 近くに掴まる所がないローリエの踵は遂に地面から離れて、風に体の主導権を奪われてしまった。何か反撃をしようともしたが、こうなるともう罠にかかった鼠だ。

 

「があっ!?」

 

 転瞬、爆拳。拳から放たれた白の衝撃が、ローリエを穿つ。

 追い風による加速はそれを決定的な一撃にして、妖精の体をいともたやすく吹っ飛ばした。

 

「ローリエさん!?」

 

 今だけはその少年の声が雑音に聞こえるほど、ローリエが感じる世界は煩わしかった。血が逆流するような果てしない痛みに囚われている今は、何も感じたくはない。

 

 地面を何度も跳躍(バウンド)、正に身を削られながら、やがてローリエの体は壁に激突する事によって止まった。

 ただ同時に『衝撃』という更なる痛みが襲ってくるため、安息する事は出来ないが。

 

「―――さん!し―――さい!」

 

 直ぐに駆け寄って来たベルの声が、やけに遠い。

 

(ああ、どこまでも私は……)

 

 一撃、たったの一撃だ。それなのに、骨は砕けて視界は血で染まってしまっている。

 どこまでも、ローリエは主役にはなれないのだ。主に都市外で活動している彼女は、Lv2ながらもオラリオでは知名度が低く、ファミリアの方針故にその功績が明るみになる事もない。

 

 所謂、日陰者、あるいは脇役という奴。縁の下の力持ちと言えば聞こえはいいが、結局は片翼で飛ぶことのできない鳥だ。

 

 自分には英雄のような才、ベルが成した所業の一つも達成できない事は分かっている。彼と結ばれるなんてものは、夢の又永久の果てだ。

 

 だから。

 

「私……はっ。立つ……立ち上がることが――出来るっ!!!」

 

 せめて愛する人位は守ってあげたい。

 

 エルフの矜持も自分の弱さも忘れて、今だけは血が滴る脚を奮い立たせる。

 

「どうして、そこまで……」

 

「君が私を、救ってくれた。ただ、それだけだ」

 

「それは貴方の前に居る僕じゃない」

 

「……そう、かも知れないな。だが許して欲しい、君がベル君である以上私はきっと何度でも守るために立ち上がる」

 

「………‥」

 

 立ち上がってベルに背を向けたローリエ。今彼がどんな表情しているのか分からない。

 

 もしかして、勝手な事を言って勝手に猛るなと眉間を寄せているかも知れない。

 

 だが想いを貫くために、彼女は怪物から目を背ける事はなかった。

 

「……その勇気に賞賛して、武器をやろう」

 

 再び人語を介した時の番人、直後に閃光が空間(ルーム)に瞬く。すると不規則に、地面の至る所に『武器』が出現した。

 片手剣、短剣、細剣(レイピア)、槍、槌……など、ありとあらゆる武器である。

 

「どうせなら、万能薬(エリクサー)の方が嬉しかったがなッ!」

 

 直ぐ傍にあった斧を引き抜いて、ローリエはボロボロの体とは思えない滑走を始めた。

 

 見た目を反して握り心地は軽く、それでいて振う際はずっしりと重みが乗る。正しく技物、それこそローリエでは手の届かない第一級冒険者が扱うものと遜色はないようだ。

 

 証拠に、次の一閃は時の番人の分厚い肉を削った。先ほどとは違う確かな感覚だが、それでもまだ足りない。

 

「フゥーッ!!!」

 

「くっ!?」

 

 反撃(カウンター)に咄嗟に斧で防御したが、衝撃が骨まで響く。ただ思ったよりダメージがないのは、武器自体が衝撃を吸収する構造になっているからだろうか。

 

(直接攻撃を被れば終わり。だがこれなら後、十数回は持つ)

 

 骨と筋肉の疼きを意思で制御し、血を滾らせる彼女はどこまでも元来の冒険者を体現していた。

 




最速退場エルフ見参


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試練は勇気で終結する。

「はあっ!」

 

 戦場を駆けまわる妖精が謳うのは、朗々とした詠唱ではなく剣戟の賛歌だ。

 

 対面で打ち合っても勝てないなら、手数で翻弄して隙を突く。その為に、ローリエが採択している戦い方は"武器を使い捨てる"事だった。

 時の番人が施した慈悲のおかげで、至る所に武器が埋まっている。その利点を生かして、行動する時は回避に専念するために武器を手放し、攻撃する時だけ得物を握った。

 

 いわゆる、"必要な時に必要なだけ戦法"。

 

 鍛冶師からはこれほどの武器を粗末に扱うとは何事だと言われてしまいそうだが、死の五を言っていられない。

 

 時にはまるで投擲物かのように斧を、短剣を、力任せに振りかぶった。

 

「……ヴヴォォ」

 

 それでも決定打にならない。

 白い毛並みは微かに傷付くばかりで、一瞬でも気を抜けばあっさりと"喰らわれる"。

 

 そして、一つ又一つと。

 

 ローリエのライフは徐々に減っていく。

 

 結局、時間稼ぎだけで何も出来ないな。何がエルフ、知恵の種族だ。

 幼く資格のないお前は、日陰者がお似合いだ。

 

 今のローリエを見て、あるいはそう罵る者も居るかも知れない。

 

 だがローリエは非力であっても『無能』ではない。

 

 次に吹き荒れたのは、先ほどより強力な風。獲物を確実に、無防備に自分の前に引き寄せる為の『引力』が、少女の華奢な体を吸い寄せ始める。

 避けることのできない絶命の罠に、しかしローリエはニィと口角をあげてやった。

 

「……これを、待っていたのだ!」

 

 正真正銘、これが最後の『一手』。ローリエがこの絶体絶命な状況で思い付いた、最善の策。

 

 その引力が引き寄せるのは、小石などを含める"あらゆるもの"だ。

 そこに『意思』はなく、ローリエだけ、特定の『何か』を引き寄せる事が出来ないのなら――。

 

「この引力は、貴様を滅ぼす災厄となろう!」

 

 何もローリエは考えもなしに武器を投げ、振っていた訳ではない。その全てを、隠し持っていた『糸』で繋いでいたのだ。

 そして大本の糸は、時の番人の脚に隙を見て括り付けてある。

 

 糸は特注の品で暗いこの場所では目を凝らしても視認する事は難しく、それでいて強度はお墨付きだ。

 

 例え小さな星でも、繋がれば『星座』となる。

 

 ただガラクタの如くおざなりに向かう筈だった武器は、束となって、そして正確に牛の巨躯に走った。

 ローリエを凌駕する質量と成った『武器の塊』は、ローリエを追い越してそのまま分厚い肉体を"貫く"。

 

 意表を突いたその策に咄嗟に防御はできず、度重なった金属音の後、重厚な轟音が響き渡った。

 

 それは、時の番人が倒れた音だ。難攻不落と思えた『山』が今確かに"崩落した"。

 

「はぁはぁ……エルフを、舐めるなよ。向かい風は悪を貫くためにある」

 

 金の髪をさらりと流して、バシッとローリエは決めてやった。傷は決して浅いものではないが、初めて余力を尽くし切った感覚はいっそ清々しくもある。

 

 さて。

 

 強大な敵を倒した報酬は、それはもう素晴らしいものに違いない。

 

 さぁ何をくれるんだい、愛しのベル君!

 

 そうして踵を返そうとしたローリエだったが――、

 

「見事、だ。だが、足りない。お前では"務まらない"」

 

 荘厳な声に振り向くと、胸に菊の花の如く武器を生やす時の番人は起き上がっていた。深層の怪物であっても灰に還していないのは不思議な程の傷を背負いながらも、悠然と息を奏でている。

 

(ああ、そうか)

 

 時の番人は決してローリエの策にしてやられた訳ではない。奴には余裕があった、避けずに胸を貫かれても『敗北』の二文字は有り得ない自信があったのだ。

 証拠に双角が光ると、手品みたいに時の番人が負っていた傷の全てが"完治"した。

 

 巨躯を侵略していた武器も消失して、白く厚い胸板を晒している。

 

 より爛々と朱い双眸が閃くが、もうローリエは一歩も動けない。悲憤を胸に、来たる敗北を受け入れようと目を瞑ろうとした。

 

 だが刹那、白影が視界を走る。

 

 それは記憶に焼き付いている、『幕間』とは違う。あの時、ローリエが絶体絶命の状況に降り立った白色の英雄と比べてずっと儚く、そして『愚鈍』な色だ。

 

 でもなぜだろうか、凄く心がときめく。その少年の背を見ていると、高鳴りが止まらない。

 

「やっぱり……やっぱり、ベル君だ」

 

 女の子(ローリエ)を背に、巨躯に立ち向かっているのは白髪の少年(ベル・クラネル)。英雄処か冒険という言葉からはかけ離れている貧弱兎は、安全地帯でもガクガク震えていた筈の脚を奮い立たせている。

 

「僕は……僕は、もう一人の自分が凄い人だなんて、そんな事は良く分からないです。――でも貴方は僕を守ろうとしてくれた、その勇気に答えられないほど僕は恥知らずでありたくはない」

 

 今、断言できる。

 

 その白い髪を揺らして、真紅(ルベライト)の瞳を輝かせる少年は皆が知っているベルだ。

 強敵に恐れず、想いを胸に走ろうとするその様は稀代の英雄の卵。

 

 もう憂いは無くなった。

 

「ベル、君……次会った時は、約束の買い物に……いやいっその事、私を愛の花道(バージンロード)に――」

 

「ちょ、ローリエさん!?最後の最後で意味不明な事言って、消えそうにならないで下さい!?」

 

「……混乱している顔もカッコイイ、ぞ」

 

 

 そして、ローリエは『光粒』になった。

 命を落とした訳ではなく、敗北した事によってフィンと同様にこの世に不満を持たないローリエ・スワンへと戻ったのだ。

 

 彼女の出番は此処で終わり。

 

 だからこそ、ベルは俯いてはいけない。紡がれた想いは繋いでいくのが、英雄譚の定番(セオリー)だ。

 今だけは何時も頭に過る『弱音』を振り払って、戦う意思を示した。

 

「来い、僕が相手だ!」

 

 とはいっても、真面に冒険者としての軌跡を歩んできていないその構えは形にもなっていない。上手く定まらなくて、脇を何度も締め直す姿は不格好そのものである。

 それでも瞳の光はくすませない。

 

 さぁ、いくぞ。やってやる!

 

 そうして無謀な挑戦に挑む為、ベルは思いっきし地を蹴った。

 

「……合格、である」

 

「えっ?」

 

 出鼻をくじかれたのは直ぐだった。

 

 さきほどから必要な事以外は怪物として唸っていただけの時の番人が確かに語った。"合格"だ、それはもっと簡単に意味を砕くと、これ以上ベルが"何をする必要もない"事を意味する。

 

「ば、馬鹿にしないで下さい!」

 

「馬鹿にしてなどおらぬ。第二の試練に必要だったのは勇気、そして貴様はそれを示した」

 

「勇気……でもローリエさんの方が……」

 

「勇気の尺度が違う。娘も大したものだったが、貴様が示した勇気とはそれ以上だ」

 

 そう言う事なら、そう言う事なのだろう。

 

 ただベルはやりきれない気分だ。折角助けてもらったのに、形として返す事が出来ていないのだから。

 

「……勘違いするなよ、小僧。此処が冒険の終点ではない、まだ成すべき事は残っている」

 

「成すべきこと……?」

 

「アル・グレイグ、世界の『瑕疵』だ。あれを倒さぬ限り、先ほどの娘が報われる事はない」

 

「アル・グレイグ……」

 

 ベルがミノタウロスと同等、いやそれ以上に忌避するべき相手。

 

 ここまでローリエがお膳立てしないと膝を付いて弱音を吐く事しか出来なかった、始点(トラウマ)

 

 

 ―お前は弱い。

 

 まだ志が高かった頃、迷宮でその鉄兜はベルの前に現われた。

 

「この先どれだけ強くなってもお前は『英雄』に成れない。朽ちて、懺悔と後悔の日々を送る事になる」

 

 アルは確かな瞋恚と微かな悲憤を宿しながら、少年を罵った。

 

「今すぐ【ファミリア】を去って、冒険者を止めろ。さもなくば――」

 

 仮に未来がそうだったとしても、別の道を切り開く。憧憬という名の希望があったベルは、その言葉を鵜呑みにしておめおめと逃げるつもりはなかった。

 

 しかし、アル・グレイグは驚異的な強さを誇っていた。

 

 Lv1のベルでは勝ち目がなく、かといってミノタウロスの時のような奇跡も、救済は訪れなかった。

 

 まるで運命がそれを望んでいるかのようにベルは打ちのめされて、挙句の果てには、

 

「これ以上歯向かうならお前の大切な奴らを殺す。主神、ギルドのアドバイザー……あとは言わせるなよ?」

 

 そう脅されて、なくなくベルは主神の元を去り、冒険者を止めた。

 

「ベル君、僕は――」

 

 既にベルの心が折れてしまった事に気付いていたのか、最後までヘスティアは何も言わなかった。

 

 

「どうだ、ベル・クラネル。今でも貴様は怖気づくか?」

 

「……今でもあの時を夢に見ます。あの名前が都市を駆ける度に、肩身の狭い思いを抱く。――でももう嫌だ、これ以上、期待を裏切る僕で在りたくない」

 

「その意気込みや良し。良し、貴様を現実に返してやろう」

 

「ま、待って下さい。その……ヒントとか、強力な仲間とか貰う事って出来たりしますか?ほら、試練を突破した報酬って奴で」

 

 急にへっぴり腰になったベルは、時の番人の顔色を伺う。覚悟が決まったのか決まっていないのか良く分からない少年に「はぁ」と溜息を吐く牛の怪物は余りにもシュールだった。

 

「アル・グレイグは英雄を恐れている」

 

「えっ?」

 

「褒美だ、覚えておけ。後は仲間だが……必要はないだろう。既に、現実世界では貴様を健気に待っている『娘』がおるわ」

 




ローリエの戦闘方法に関しての描写がないので、勝手に糸とか使わせちゃいました。頭は回るし、強キャラっぽい台詞を吐くなんて絶対LV2じゃないだろ!って話はベル君効果と言う訳でお許しください。


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歴史の修正力

「……来ましたか」

 

 光のベールが視界を遮った後、ベルの前に現われたのは鉄兜の男だった。

 

 紫陽花が咲き誇るその庭園は、さっきまで居た『時の狭間』と比べてよっぽど非現実的な場所だ。

 

「ここが何処でどうしてオレが居るのか。簡単ですよ、最初からお前が……ベルが戻って来ると見越して待っていた。ここは創り出し『決戦の場』、誰にも介入は出来ません」

 

「僕が戻って来ると……?」

 

 おかしな話だ。

 

 あれほどベルを才能がないと罵ったアルが、リューやましてやローリエではなく少年が戻って来ることを予知していた。

 

「でも……いやだけどそれならどうして、わざわざ変な場所に飛ばして僕を殺さなかったんですか」

 

「そうですね、間違ってました。だから、今度は正しく殺す」

 

 抑揚を捨てて、アルは死刑宣告を下す。

 

 血の通っていない左腕をカチカチと鳴らすその姿は酷く不気味だ。徐々に距離を詰めて来るアル、全身の肌が泡立つ感覚を味わうが、ふと気付く。

 ベルにとっては死神のような男だが、殊の外その足取りは"優しい"。まるで花を慈しむ少女のように紫陽花を避けて歩いている。

 

 ―思ったんだけど。

 

 実はアル・グレイグは優しい男なのではないか。

 

 というか実際の所、ベルは彼に関する一切の黒い噂を聞いた事がない。自分が打ちのめされてしまった経験があるだけで、アルは人望に熱く、大勢の女性にも好かれていると聞く。

 

「ベルさんも、気付いたみたいですね」

 

 銀鈴の声に振り向くと、純白のワンピースを纏った娘が居た。そよ風が吹く庭園を背景に、余りにも美しい薄紅色の容姿を揺らすのはシルだ。

 

「貴方は、一体どうやってこの場所に……いや、どうやって立ち直った?」

 

 仮面の奥に微かな動揺を露にする。ベルは何が起こったのか知らないが、確かにシルはアル・グレイグの言葉に心を刺されてしまった。

 

 アルが作り出したこの空間は、誰の介入も防ぐ。異常事態(イレギュラー)であるシルであっても、弱い『娘』では侵入する事ない。

 ならば、答えは簡単だ。

 

「ありがとうございます、私の弱さに気付かせてくれて。おかげで今はすっきりした気分です」

 

 在り方を見失っていた娘は、強くなって帰って来た。それだけだ。

 

 少年を手に入れられなかった事で付いた『傷』は、シルを弱くしてしまったと思っていた。

 

 でも違った。

 

 今のこの身は神ではなく、娘。女神(フレイヤ)ならまだしも、只のヒューマンの娘が負った傷など価値を貶める要因にはならない。

 というか一度駄目だったからといって諦めるほど、シルはお淑やかでは居られなかった。

 

「私、結構剛胆なんですよーっと」

 

 シル・フローヴァを舐めるな。彼女は其処まで弱くない。

 

 ひらひらとワンピースをはためかせるシルに、アルは面食らった様子で仮面を手で覆う。

 

「そうですか……だが貴方に何が出来る」

 

「もうやることはやって来ました。ずばりアルさん、貴方の正体を突き止めちゃったんです!」

 

 歴戦の探偵の如くドヤっとシルは指を決めた。

 

「正体?俺はただベル・クラネルの代わりに発生した『変異体』でしかない筈です」

 

「とぼけても無駄です。こういうのはアーニャやクロエの方が得意なんですけど……頑張って話してみます」

 

 暴いた正体を語るのは二人の猫探偵に任せたい所だが、彼女達は此処に居ない。

 

「最初は私も、アルさんの言った通り偶発的に生まれたただの変異体だと思ってました。でも良く考えると、それは"有り得ない"んです」

 

「……続けて下さい。戯言を言うくらいの猶予は上げます」

 

 そもそもの話だと、過去に戻ってどう改変したとしても、『歴史の修正力』が働いて概ねの結果は同じになるという話だった。

 

 最初アイズの代わりにオッタルをベルとダンジョンで会合させた際は、確かにベル・クラネルはその世界にいたし、大きな異常もなかった。

 だが次にフィンが接触したこの世界では、ベル・クラネルは冒険者ですらなかった。

 

 ベル憧憬の力が足りなくて、代替として現れたのがアル・グレイグ?

 

 状況証拠から分析するとそう結論付けられるが、もっと『根本的な問題』を考慮すると別だ。

 

 そもそも、憧憬の力が足りないなどあり得るのだろうか。

 『歴史の修正力』は必ず働く。ベル達と別々に成った後、シルはその事に関しては再び『言質』を得た。

 

 だが事実、この世界ではベル・クラネルはジャガ丸くん店員で、アル・グレイグが稀代の英雄の卵だろう?

 

 シルにはその矛盾を解く、推測がある。

 

「ずばり、です。私はその仮面の奥に、紅瞳(ルベライト)の少年――ベル・クラネルが居ると推測してます」

 

 アル・グレイグがベル・クラネル本人なら、『歴史の修正力』が働く必要はない。仮に一方のベルが冒険者でなくとも、もう一方のベルがその責務を全うしているのなら世界の『目』を異常を感知しない。

 

 一つの世界に同じ人物が二人いるなど。その可能性を疑うなら、まだ『歴史の修正力』がバグっている方が現実味があると言われてしまうかもしれない。

 

「アルさんの知り合いの女の子達にそれとなく聞くと、皆貴方の事好きって言うんです」

 

 生粋の女たらし、そして勇敢さ、強さ、そして優しさを兼ね備えている。

 

 いやそんなのベルさん以外に出来る訳ないです。

 

 最も、確信を得ている訳ではない。その仮面を脱いで別の顔なら、それまでだが――。

 

「……やっぱりこうなりますか。貴方が来てしまった時点で、こうなる事は薄々分かってました」

 

 愚鈍な動作で、一度と外さなかった鉄兜をアルは外す。

 

「僕の顔……?」

 

「やっぱり、ベルさんでしたね」

 

 驚きに目を見開く少年と瓜二つの顔が、その下にはあった。真紅の瞳、少し癖のある白髪。

 

 ただその双眸には心なしか光がなく、瞼にも色濃い隈が残っていた。

 

「僕は悪夢の世界に居た。この腕は勿論、主神を友を、仲間を失って……だけど気付けば此処に居ました。惨めな話ですよね、この世界は自分が居るべき場所ではないと分かっていながらも、僕は縋る事しか出来なかった」

 

 苦しそうに語るその表情を、シルは幾度も見たことがある。英雄譚に記される煌びやかな者達とは違う、何も出来ずに挙句の果て生き残ってしまった冒険者の顔。

 

「シルさんが知ってる少し先の未来。そこで俺は『全て』を失いました。リリにヴェルフ、春姫さんに……あとは神様も」

 

 絶句。

 

 14歳の多感で、人一倍正義感の強い少年が全てを失った気持など想像を絶する。他の世界の話なのにシルは強く唇を噛むほど恐ろしい話で、そんな時に"まだ全て救う事が出来る真っ白な世界"が現れて、拒否できる訳がない。

 

 いわば、ベルーー便宜上、アルと呼ぶとして彼は立派な『被害者』だ。

 

「ベル、ベル・クラネル。どうかこの世界ではアル・グレイグを英雄にして欲しい。申し訳ないですけど、お前はお前で別の道を歩んで欲しい」

 

 シルに口出しをする権利はない。安易に時を遡った事で、異常事態(イレギュラー)だったとは言っても彼に『光』を与えてしまったのだから。

 それに縋るのは当然の権利であって、何も悪くない。

 

「……僕は――」

 

 アルの苦しみと悲しみは、同じ人物であるベルが一際ひしひしと感じる事が出来る。

 きっとベルも同じ状況だったらそうしてたし、人の良い少年はアルが救われるべき人物だと思った。

 

 今の生活に、それほど不満がある訳でもない。バイトを転々として、様々な人と関わる事で毎日新しい発見もある。

 本当は自分が皆にチヤホヤされる冒険者だったと聞くと、少し悔いは残るけど。

 

 少なくとも、ベルはその願いを肯定してあげたい。

 

 でも――。

 

「僕に貴方の望みを叶えることなんて出来ない」

 

「どうして……どうしてですか?又俺に、地獄に行けと!?」

 

「僕は、貴方だ。同情できるし、幸せに生きて欲しい。――でも本当に今の生き方で正解なんですか?」

 

「正解かだと!?最高に決まってる、これが俺の行きたかった未来だッ!!!」

 

「偽った創造など、生きるには虚無。貴方が言った言葉です」

 

「っ!!!!!」

 

 どこまで言っても、アルにとってこの世界は『偽り』だ。失った仲間は戻る事はないし、どれだけ思い出を作っても本当の意味で心の『傷』が埋まる事はない。

 

「今、貴方は凄く寂しそうです」

 

「黙れ……黙れ黙れ!お前に何が分かる!」

 

「僕は貴方ですから」

 

 義手を強く抑えて身を捩ろいでいたアルは、その一言で脱力する。ベルに全て見透かされて、観念する気になったのか。

 

 否、だ。

 

「もう、俺は戻れません。一度吸い始めた極上の蜜を捨てれるほど、俺は強くないんです――力づくで、俺が唯一のベル・クラネルと成る。もうそれしか道はない」



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ベル・クラネル

「ファイア・ボルト!!!!!」

 

 先手必勝。アルの右手から生じた炎雷がベルに向かう。

 もはや安寧以外を望まないその攻撃は、紫陽花を無造作に焼き尽くした。

 

「ひぃい、やっぱり無理ぃ!?」

 

「ベルさん、逃げちゃ駄目です!この場所は、普通の世界と違います。『覚悟』、想いがあればきっとどうにかなります!」

 

「逃げちゃ駄目だ逃げちゃだめだ!」

 

「その場しのぎの覚悟がどうにかなると思うなッ!」

 

 無詠唱の速攻魔法でありながらも、威力は十分。というか、恩恵を授かっていない一般人のベルは簡単に灰になる。

 

 だが殊の外、そうはならなかった。

 

「えーっと、案外いける?」

 

 爆炎から申し訳なさそうに歩み出るのは、火傷の後もない五体満足な少年だ。

 

「へ……?いや有り得ない、俺はLv5ですよ?」

 

「何かごめんなさい……」

 

「まさかベルさん、それほどまでの覚悟を……?もしかしてハーレム兎ざまぁって事ですか?」

 

「違いますよ!?アルさんに個人的な思念はないです。――それに僕を救うのに、理由なんていらないですよ」

 

 覚悟とかそう言った問題ではない。生粋のお人良しに、それほど大した理由なんてものはいらなかった。

 

「はは。そうでした、僕はどうしようもない『馬鹿』だった。ですが仮にどれだけ強くなっても、俺とは絶対に埋まられない『差』があります。経験、は戦いのやり方を知らない」

 

 ぐぎぃと、義手が骨を鳴らすみたいに唸った後、アルは一気に加速する。

 

 覚悟のおかげである程度の力を手に入れているがため、その超影はベルにとっても捉えられないものではない。逆に反撃を狙って、軌道に合わせて拳を打つ。

 

「甘い!」

 

「うぇっ!?」

 

 ぐるんと。

 

 次にはベルの視界が反転する。

 

 あれだけ加速していたにも関わらず、アルは器用に腕を取って見せたのだ。完全に止まったのではなく、勢いを残す事によって繰り出された『投げ』は衝撃力を上乗せする。

 

「があっ!?」

 

 槌で鉄を打つみたいに、ベルの体は大地に強く叩き付けられた。

 

 凄まじい熱がじわじわと少年を襲って、意識が持っていかれそうになる。だが本当にヤバイ時は体から熱を失われていくと聞くし、まだ熱を感じる事が出来るなら大丈夫か。

 

「丈夫な体ですね。だが折ってあげます、覚悟と共に」

 

 ただこれは一ラウンド制の公正的な戦いではない。

 

 次が来る。体制を立て直す時間もないまま、アルはベルの脚を引っ張り上げて、

 

「ファイア・ボルト」

 

「~~~~~~~~~~っ!」

 

 ゼロ距離での速攻魔法をお見舞いした。

 

 瞬く閃光。端的過ぎる死刑宣告。先ほどは無傷だったが、今回は確かな痺れと灼熱がベルの体を蝕む。

 

 高く体を打ち上げられてしまった兎を、しかし『蛇』は逃がさない。

 

 目を細め、腰を落として。

 

 今度は確実に決着の音色を告げる為に、その自慢の義手を掲げた。

 

 

 ―アル・グレイグが本来のベル・クラネルより優れている点が幾つかある。

 

 Lvもステータスの値も全く同じだが、『経験』と『義手』が違う。

 

 この世界に来る前、全てを失った後。アルはもう誰も失わない為に戦い続けた。

 

 誰かや自分を守るための戦いではなく、ただ"敵を葬る"事だけを目的として、日夜問わずダンジョンに潜ってそしてアイズなどの一級冒険者にも頭を下げた。

 妄執にも近いその感情はアルの戦闘能力を一つ上の段階まで押し上げている。

 

 極め付けにはその義手。

 錆びず、魔法伝導性も高い特注性のそれは、少年が故の未発達な骨と筋肉を補う。

 

 この場に居るのは同じ少年の筈なのに、彼は唯一無二の戦場の『死神』だ。

 

「終わりだ――ファイア・ボルト」

 

 先ほどまでより抑揚のない詠唱。

 

 右手ではなく、義手から放たれるそれは炎雷に収まらない。

 

 銀の輝きによって威力は増幅し、白の衝撃となって墜落して来る兎を突き抜ける。空中で身動きの取れないベルは、ただ眼下の死を仰ぐ事しか出来なかった。

 

 このままだと、確実に死ぬ。残酷までな実力差が、二人のベルの間にはある。

 

(……それがなんだ)

 

 だがベルは諦めない、だってそうだろう。

 真紅の瞳(ルベライト)に映るアルは今、望む『未来』を手にする直前なのに凄く苦しそうだった。ボロボロのベルよりもずっと痛そうで、その目はまるで何処も視ていない。

 

 望まない事をやらせるだなんて、絶対に嫌だ。

 

(僕は彼を……僕を助けたい)

 

 覚悟を再定義し、更に輝きが増す。すると少年の器に、少しばかりの水が注がれた。

 何もなかった『乾いた力』に、それは十分な潤いを授ける。

 

「っ!ファイア・ボルト!!!!!」

 

「なに!?」

 

 無意識だった。

 

 はたと喉に熱が宿って、気付けばベルはその魔法を紡いでいた。間一髪、白の衝撃は覚醒の炎雷によって相殺されて、少年は地面に尻餅を付く。

 

 いてて……と腰をさするベルを他所目に、アルはまるで有り得ない光景をみるかのような仰天を露にしていた。

 

「有り得ない、どうやって魔法を!?」

 

「……簡単な話です」

 

 ベル自身も何故一度も使った事のない魔法を使用できたのか口では説明できないが、状況を俯瞰しているシルは違った。

 

「世界の『認識』がアルさんじゃなくて、こっちのベルさんをベル・クラネルと認め始めている。だから、力の逆流が始まったんです」

 

「確かに何だか凄い体が軽く感じます!」

 

「俺じゃなく、この弱虫がベル・クラネルに相応しいと……?」

 

 本来、世界に居るべきベル・クラネルは一人だ。

 

 アルがベルに意地悪したおかげで今まで唯一無二として君臨出来ていたが、もう少年は走り始めてしまった。

 

 対してアルは間違っていると分かっている希望に縋っている為、ここからは『後退』していく一方。今はまだアルの実力が上回っているかも知れないが、徐々に形成は逆転し始める。

 

「辞めろ、それ以上抗うな。頼む、間違った道を進む事で得られる幸せもあるんだ……」

 

「僕がそれを肯定するか、貴方なら分かる筈だ」

 

「……ああ、分かりますよ。本当に嫌いです、俺も、お前もッ!」

 

 アルは怒りを、ベルは覚悟を原動力に衝突する。

 さっきまで『戦いのやり方』をてんで理解していなかったベルだったが、反射的に攻撃、防御を行う事が出来るようになった。

 

 シルの言った通り、アルにあった筈の力が逆流し始めているのだ。証拠に、彼の動きは斬新的に悪くなる一方である。

 

 打ち合っては削り合う自分と自分の覚悟の戦い。庭園で行われる最終決戦は美しい物語とは程遠かった。

 

 これはアル・グレイグを救う英雄譚ではない。彼の夢を終わらせる、ひどい物語だから。

 

 でもシルは、それが必ずしも寂しい事だとは思っていない。だって女神はそれで救われた。

 

 終わって、傷付いてから初めて気付ける事もある。

 

「これで、終わりです。防いで見せろ、ベル。次の一撃に全てを掛ける」

 

 それは大鐘楼の音ではない。地獄の底、鎖の響き。

 

 宿るのは純白の光粒ではなく、漆黒の光。英雄願望(アルゴノゥト)が歪に変容した、アルのレアスキルだ。

 

 恐らく、互いの実力は今殆ど変わらない。だからこそ、アルはここで決めないと敗北が濃厚となる。

 

 一方ベルは本来の英雄願望を展開して、右手に光粒を増幅させる。互いに10秒待機(チャージ)、拮抗する闇と光が作り出した境界線は、同時に『衝突点』となるだろう。

 

「「はぁあああああああっ!」」

 

 二人は裂帛の気迫と共に地を蹴った。一切の余力を残さない為に、ただ目の前に(自分)を眼に焼き付ける。

 だが、そこで異変は起きた。今まさに滾る血潮を力に変えていた筈のベルの中で、プツンと何が切れる音が響く。

 

 それは冒険者であれば誰しもが陥る状況だ。大幅なステータス更新、最たる例で言うとレベルアップ時。成長したステータスが体に慣れずに本来の実力を発揮できない時がある。

 それを直感でどうにか誤魔化していたベルだが、先に体が参ってしまった。

 

 

(勝ったッ!!!)

 

 膝を付く獲物に慈悲を掛ける余裕はない。

 闇は光を侵略して、拮抗は傾く。

 

「ファイアーー」

 

 ボルト。

 

 そう、漆黒の妄執で龍すらも舐り殺す炎雷をお見舞いしようとしたところで、声が止まった。

 

 ベルの背後、白いワンピースを纏って紫陽花香りを嗜む娘に気付いたのだ。思わず目を奪われてしまったのもあるが、アルが声を噤んでしまったのはその性が理由である。

 

 このまま放てば、シルもろとも灰燼へと化す。

 

 ベル・クラネルは女の子を傷付ける事が出来ない。どれだけ心が朽ちてもそれだけは出来ないのだ。

 

「やっぱり、ベルさんはベルさんです」

 

 まるで最初からこうなることが分かっていたかのように、シルはアルに向かって微笑む。彼女のおかげで生まれた数秒、それをベルは見逃さない。

 

「15秒待機(チャージ)、これで僕が『上』だ」

 

 闇は再び押し戻されて――いやそれ以上に圧倒される。今の数秒で実力の均衡すらも、純白の少年に傾いてしまったのだ

 

(ああ、やっぱりそうですか)

 

 光が周囲を呑み込む直前、アルは確かに笑った。だってそうだろう、この結末は凄く馬鹿馬鹿しい。

 弱さを捨て切れずに、未完な自分よりもずっと弱い少年に負けてしまうだなんて。

 

 でもベルがこうして自分の前に再び現れた時点で予想はしていた。彼はアルが知っている。最も身近な英雄だったから――。




次で最後です!


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冒険は終わらない!

「最近、腕が上がったと思うんです。今日のお弁当、美味しかったですよね!?」

 

「はい、凄く美味しかったです」

 

 その少年の瞳に色はない。

 

 日常の一コマである筈なのに、彼――ベルが安らぎを感じる事はなかった。

 

「……実は今日、お砂糖とお塩を間違えちゃって……凄く辛い味付けになってたと思います。ベルさん、貴方は味覚が無いんじゃないですか?」

 

「そう、かも知れないです。でも、僕に食べ物を美味しく食べる資格はない」

 

「でも食べ物を美味しく食べないと、牛さんや鳥さんが悲しみますよ?」

 

「確かにそうですね」

 

 数か月前の一件で、【ヘスティア・ファミリア】はベルを残して全滅。更に、友や知り合いも大勢失った。

 それからというもの、彼は一人で冒険に明け暮れている。数年前、まだ『剣姫』が幼かった頃よりもずっと強い狂気で戦い続けている。

 

 そんな彼にシルを含めて、優しい言葉を掛けるがそれでも自分を痛めつけるのを止めようとしない。冗談を投げかけても、帰って来るのは空笑いだ。

 

「……私は、ベルさんを救う事は出来ない。でも――」

 

 確か他の世界に飛ばされたのは、その言葉を聞いた直ぐ後だった。

 

●●

 

「俺は、負けたんですか……」

 

 青い空だ。

 

 こうして頭上を見上げたのは何時振りだったか。

 

 気持ちのいい風も吹いている。それに、頭はあったかくて――、

 

「うぇっ、膝枕!?」

 

 何時ぞやに感じた事のあるその温もりは、シルの膝元。思わず飛び上がりそうになったアルだったが、生憎と体がそれを許してくれ無さそうだった。

 

「…………」

 

 このまま説教でもされるのかと思ったが、彼女は何も言わなかった。言葉を探している訳ではなく、アルが何かを言い出すのを待っているようだ。

 

「皆が居なくなって凄く悲しくて。がむしゃらに頑張って、でも満たされなかった。そんな時、俺――僕はこの世界に来ました。ここなら皆が生きている、今度は絶対守って見せる、これが僕の未来だ」

 

「だけどずっと苦しかった。偽りと分かっていながらも皆と接するのが、恐ろしくもあった。ほんと、僕って馬鹿ですよね」

 

「実はシルさん達が来た時、嬉しかったんです。ああ、やっとこれで解放されるって、僕はきっとこの苦しみから解放される事を望んでた。――だから、終わらせてください」

 

 目線の先。

 

 アルの懐に入っている短剣を、シルに取り出すよう顎をしゃくる。死ぬのは怖くないし、むしろ膝枕されたまま可愛い女の子に殺されるのは本望だ。

 謝罪は終わった、もう言うべきことは――。

 

「ぶぶー!ぜーんぜん駄目です!」

 

 シュトン。

 

 満身創痍の体でもギリギリ痛くない手刀が、アルのおでこに振り下ろされる。どうしてシルが頬を膨らませて怒っているのか分からず、アルはきょとんとした様子だ。

 

「やっぱり、何処の世界でもベルさんはベルさんですね。私が聞きたかったのは、謝罪じゃない」

 

「僕はもう立ち上がる事は出来ない。きっと貴方の期待には答えられない……」

 

「そう言う所ですよ。はぁ、アルさんの世界の私の心労を考えると頭が痛くなります。あ、私ってまだ生きてます……よね?」

 

 こくりと首を縦に振ったアルに安堵の表情見せつつ、再びシルは薄紅の唇を開く。

 

「確かに、私はベルさんを救う事は出来ない。――でも、貴方を見続ける事は出来る」

 

 ずっと暗かった瞳が、微かな光を宿して。そして初めて、アルはシルを見た。

 

「この先、貴方の世界がどうなっても。生きてる限り、私はきっとベルさんを見続ける。凄い事をしたら頭を撫でてあげますし、悪い事をしたら「こらー!」って叱ってあげます。――ベル・クラネルに救われた人が居る限り、仮にこの先どうなっても貴方は誰かの英雄なんですから。英雄は一人じゃない、偶には誰かに頼ったっていいじゃないですか」

 

 救えなかった自分は一人で居るべきだと思った。

 

 孤独であることが失った皆に、そしてその友人や家族に対する贖罪だと信じて疑わなかった。優しい言葉もきっと体だけで、心の中ではアルを卑下して恨んでいるのだと。

 

 でも違った。

 

 目の前にいる女の子から、その言葉を聞くのは二回目。二つの世界が、シル・フローヴァは本当にアルを助けたいと思っているのだと肯定した。

 

 アルの行動は贖罪なんかじゃなくて、逆に誰かを悲しませる酷い我儘(エゴ)だった。事実に向き合っていたつもりだったが、その実、盲目的で何も見えてなかっただけだ。

 

 彼の心を縛っていた鎖はこの瞬間、遂に音を立てて灰と成る。それは解放の筈なのに、だけど凄く悲しくてアルの瞳からは自然に涙が溢れ出していた。

 

 涙――そう、涙だ。

 

 そう言えば今まで忘れていたかのように、仲間を失った時も流さなかった。

 

「苦しみも悲しみも、今ここで全部吐き出しちゃいましょう。アルさんの世界の私には悪いですけど、今は私が聖母になってあげます」

 

「……怖かった。寂しかった、苦しかった……!時の支配者らしく気取ってながらも、僕はずっと貴方達に助けて欲しかったっ!」

 

 前の世界で一人になってからを含めると、優に一年以上、アルは一人で背負っていた。この世界で失った仲間達と過ごしながらも、何時か来たる『あの惨劇』が頭から離れなかった。

 

 アルは泣いた。

 

 年相応の少年らしく泣きじゃくって、シルのスカートを濡らした。その間も、彼女はその白い髪を優しく撫で続けてくれた。

 

 語る言葉もなくなって、涙を流しきった後。言うべきだった言葉をアルは思い付いて、その真紅(ルベライト)を輝かせる。

 

「ありがとう、ございます。」

 

「こんなの当たり前です。また何時でもシル・フローヴァに頼って下さい」

 

 自分ではない他の世界の彼女でも、きっとそう言うに違いない。だから代弁として、シルは力強く胸を叩いた。

 

「あ、あの……結局この後ってどうなるんですか?」

 

 そよ風が止んだ頃、遠くで待っていたベルが恐る恐る近寄って来る。

 

「もう僕はこの世界のベル・クラネルじゃないと自任しました。正史に戻る、貴方は冒険者となって僕は元の世界に返される」

 

「…………あの、僕は――!」

 

「言わなくて大丈夫です。きっと、"僕は貴方が見た未来を変えてみせる!"って意気込もうとしてるんですよね?」

 

「うっ、筒抜け……さすがは僕」

 

「それを信じた所で、僕の世界が変わる事はない。――それに、ベル・クラネルなら当たり前だ。絶対やって見せろ、僕」

 

「……はい!」

 

 空が色を失って、花は散っていく。数奇な運命によって導かれた出会いの時は今、終わろうとしている。

 

「うわぁ、体が薄く――」

 

 先にベルが光粒となって消失した。これできっと、次会った時はシルが知っているベル・クラネルだ。

 

 だが今、膝上で去って行こうとしているのも、又同じベル。どれだけシルが言っても、彼が元の世界で失った人たちは戻る事はないだろう。

 

 過去を変革する事は出来ない。

 シルはこの長くも短くもあった時間で痛い程知った。もし安易に手を出せば、今回以上の惨事が訪れるかも知れない。

 しかしきっと、彼なら大丈夫だ。

 

 だってもう彼はアルじゃなくて、シルが知ってる『ベル』なのだから。

 

「……シルさん」

 

 もうすっかり互いの体が薄くなったところでベルはシルに向かって膝立ちになる。予想外の行動に目を丸くする娘の手をそっと取って、少年は曇りなく笑った。

 

「本当に、大好きです!」

 

 消えかかる白陽を背景に、まるで姫に愛の告白をする騎士の如く彼は言い放った。さっきまで頼れるお姉さんだった筈のシルが、ポッと急激に紅潮する。

 

「そ、それってどういうことですか!?どういう好きですか!?」

 

 その真意を聞くために問いただすが、もう遅い。最後に紫陽花の花弁が散ったのを見届けて、世界は白く染まった――。

 

●●

 

「最近、不思議な夢を見る」

 

「ほう」

 

「私がベル君を救って、「ローリエさん……しゅき!」って言いながら強く抱きしめられる夢なのだが、これは正夢という事でいいだろうか?」

 

「多分、ただの夢だと思います。でもどうして私にそんな事を?」

 

「うろ覚えだが、確かシル女史も出てきたような気がしてな……」

 

「きっとただの夢ですよ。後、ミア母さんが五月蝿いので早く出てってもらえますか?」

 

 早朝、『豊穣の女主人』に現われたのは金の髪を結ったエルフの少女――ローリエだった。まるで都合の良い解釈をして『夢』を語っている彼女だが、的を得ていない訳ではない。

 

 事実、シルは彼女と共に大冒険をした。

 

 一歩間違うと、というか実際やらかしてしまった訳だが、過去を修正した事で綺麗サッパリ解決した。その事を彼女は完全ではないが、殆ど忘れてしまっている様子だ。

 

 今日の日付は、まだ"過去に戻る"という選択肢すら出ていない日。だからこそ、仮に時戻しに関わったとしても何も覚えていないのは納得がいく。

 

 ただ特殊であるシルだけはしっかりと記憶に焼き付いている。

 

 別に意図して隠している訳ではない。というか、一度離れ離れになって、ベルと一緒に戻ってこなかった彼女の活躍をシルは全く知らず、大して語る事もなかった。

 

「帰りたいのは山々だが、私は外に出たら死ぬ」

 

「そんな迫真の表情で物騒な事を語るほど、オラリオの治安は悪くないと思いますよ」

 

「私を狙っているのはLv4だ。しかも透明になる事も出来る、もっと詳しく言うと万能者(ペルセウス)という名の、所属しているファミリアの団長だ。自慢の『機械』が壊れていたのを、何故か私のせいにして激昂した彼女と今は追いかけっこを繰り広げている。いやしかし、私も記憶にないようで身に覚えがあるような気がして……」

 

「あぁ……とにかく、謝りましょう!」

 

「やはり貴殿は何か知っているな!?」

 

 この後、何処からともなく現れたアスフィに無事、ローリエは連行されて行った。

 

 余談だが、数日後に尋ねて来た彼女から話しを聞くと、罰として魔道具の人体実験で酷い目を見たという。だが上機嫌な顔で「ベル君、ベル君~~~」と鼻歌を歌っていた。

 どうやら何故がベルがローリエの元を訪れてデートに誘って来たらしい。

 

 悔しいので、今度店に訪れた時は毒を盛る事にした。

 

 

 其処からは……まぁ何時も通りの日常だ。

 

 でも少しだけ。変わった事もある気がする。

 

「ベルさん、これお弁当です」

 

「ありがとうございます、シルさん。じゃあ行ってきます!」

 

 何時も直ぐに遠ざかっていくその背が、最近は少し感じて。

 

「待って下さい!」

 

 アルは仲間を失っても、決して諦める事はしなかった。自分が間違っていると分かっていながらも、抗った。

 だからこそ、シルも負けてはいられない。もう負けヒロインだなんて言わせない。

 

 振り向いた少年に、娘は決まって最近こういう。

 

「いってらっしゃい、大好きですよー!」

 

「声が大きすぎです!?――でも、行ってきます!」

 

 未来がどうなるかなんて誰にも分からない。だけど過去を変える事が出来ないのなら、シルは悔いのない生き方をしたいと思う。

 

「シル、朝から五月蝿いニャ!リューが帰った来たと思ったニャ!」

 

 あと、実は数日前からリューが居なくなった。良くふらりと居なくなるので心配はしてないが、もしかして時の狭間にでも落ちて……。

 

(そんな訳ないですよね。第一巻き込まれたなら、リューはあの世界で颯爽と助けに来てくれるに決まってる)

 

 確かにリューと出会っていないシルは、そう結論付けて仕事に戻るのだった。

 

●●

 

「……ジャガ丸くん大王、中々に手ごわい相手でした」

 

 かなり時間が掛かってしまったが、リューは託された責務を全うした。

 

(奥で何か輝いたが、ベル達は大丈夫だろうか)

 

 一刻も早く駆け付けたいが、今行っても加勢できる状況じゃない。それに、強さは劣ってもベルに対する愛の妄執が凄いローリエならどうにかして彼の事を守るだろう。

 

「……お前は……【疾風】か?」

 

「っ、誰だ!?」

 

 凄まじい威圧感に振り向くと、其処にいたのは岩のような男だった。一瞬、リューはミノタウロスとも見間違ったが、それは余りにも失礼な誤認だった。

 

「貴方は……どうして猛者(おうじゃ)がここに?」

 

 猪人(ボアズ)の武人。Lv6となったリューでも届かない都市最強の男が、其処には悠然と立っていた。

 

「分からない。異変を感じて、鉄兜の男が現れた」

 

「なるほど、理解しました。貴方もシルのお遊びに巻き込まれてしまったようだ」

 

時を戻す装置(あれ)、が原因か。あの方……シル様は何処に?」

 

「分かりません。此処に居るのは、私と弱いベル、それに同胞だけだ」

 

「お前意外に誰の気配も感じないが」

 

「一足先にこの場所から脱出したのかも知れない。私達も急ぎましょう」

 

「共闘はしない」

 

「四の五の言ってる場合じゃないでしょう。貴方が一刻も早くシルに会う為には、私の力は役に立つ」

 

「……必要なら勝手に来い」

 

 それからリューはオッタルに同行する事になった。この『時の狭間』をぐるりと探したが、既にベルやローリエの姿はなく、新しい試練が訪れる気配もない。

 

 そんな時ふと、オッタルは足を止める。

 

「……音が聞こえる」

 

「音、ですか?私には何も――」

 

「下だ」

 

 その眼差しの先には小さな水溜まり。まさか人が隠れるほど大きい訳ではないが――、

 

「――うわぁああああああ!?」

 

 直後、見っともない咆哮と共に人間が飛び出して来た。特殊なスキルによる襲撃かと咄嗟に身構えるが……。

 

「ベル……?」

 

 その容姿はベルと瓜二つ、というか全くの同一人物だった。だがさっきのベルよりも体の線は細いし、何より纏っている服が学区の生徒が纏っているようなそれだ。

 下から来たのに、まるで落っこちて来たかのように頭を抱えている少年は、立ち上がってリューとオッタルを交互に見るや否や、

 

「貴方達、何てことをしたんですか!」

 

「落ち着いて下さい、ベル……?いやベルに似た少年。話が読めない」

 

「僕は1200宇宙のベル・クラネル。科学と魔術が発展した世界から来ました。ここはどの世界からも唯一干渉される事のない『時の狭間』、だからこそこの場所には全世界を管理する『時の支配者(マスター)が存在します』」

 

「それは、アル・グレイグの事ですか?」

 

「あれはただここを勝手に使ってるに過ぎない。と・も・か・く!貴方達がそのマスターを殺しちゃったおかげで、今、全宇宙がとんでもない事になってるんです!その異常を察して、わざわざ僕はこうして――」

 

「待って下さい。あのジャガ丸くん大王が、ですか?」

 

「……?違います!時の支配者とは、もっとカッコ良くて赤い外套を被った魔術師の事です!」

 

猛者(おうじゃ)、見に覚えは?」

 

 問いかけると、珍しくオッタルは額に冷や汗を浮かべた。言葉にせずとも、それが答えだった。

 

「と言う訳で、彼が殺したようです」

 

「いやまじで、冗談じゃないですって!?責任、きちんととって貰いますよ?」

 

「責任とは?」

 

「あらゆる宇宙、世界で起きてる『瑕疵』を修復して貰います!さぁ、僕と一緒に――」

 

「待って下さい。この展開は余りに突拍子が無く、今までの物語との整合性も欠きます」

 

「……というと?」

 

「恐らく、次のページを捲った頃には「冒険はここからだ……!」とか言って『終わり』の言葉が書かれているかと」

 

「メタ的な発言やめて貰えますか!?というかそんな訳ないです、まだまだ僕達の冒険はこれからなんですから!!!!!」

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 ~fin~

 




 ここまで見てくれた方はありがとうございます!初めての二次創作で、感想を頂いた方には感謝しかないです。
 文章力など反省点は多々ありますが、兎に角タイトルが悪かったと思います。元々五秒で考えた奴で、正直内容とは全く不一致ですね。

 気が向いたらまた書くと思います。内容的には今回と同じでギャグ寄りのシリアスになると思うので、又是非に!


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