リリィちゃんをFate/Zeroに突っ込んだ安易な奴 (鎖佐)
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プロローグ

 外見上は何の変哲もない民家、と言うには少しばかり豪勢な邸宅があった。それもそのはず、その家はこの冬木一帯の大地主であり、養蜂、養蚕などで確かな財産を積み上げる富豪なのだから。

 

 周囲からは憧憬や敬慕の念を送られるが、嫉妬などの感情は殊の外小さかった。それほど彼の家の人は付き合いが良く、横柄な態度を取ることもなかった。

 

 そんな名家とも言える間桐家の地下に、こんな地獄絵図が広がっているなど、誰が知れようか。

 

虫、虫、虫。蟲の群れだ。常人が見れば一目で大声を出して叫び、失神や失禁は禁じ得ない。ましてや、そんな常軌を逸した蟲の群れが、齢5、6の少女に群がっているともなれば、もはや自分の頭を疑う衝撃だろう。

 

 だが、ここではこれが日常だ。ふざけやがって。

 

 遠坂桜、今となっては間桐桜。彼女を、あるべき場所に返さなくてはならない。

 

 

 

「召喚の呪文は、覚えてきたであろうな」

 

 地獄の底に住まう蟲どもは今日ばかりは姿を見せない。目の前の妖怪が、英霊召喚の為に場所を移させたのだ。アレほどの質、数の蟲を完璧に使役する術など、非才な自分には皆目見当もつかない。であれば、やはり勝ち目は聖杯戦争の勝利以外に無い。

 

「ああ」

 

「いいじゃろう。だがその途中に、もう二節別の詠唱を差しはさんでもらう」

 

 聖杯戦争、英霊召喚、令呪…聖杯戦争と呼ばれる魔術儀式にはブラックボックスとも言える裏道、抜け道が随所にある。本来なら一人3画の令呪をより複数手に入れる方法や、エクストラクラスと呼ばれる基本7騎以外のサーヴァントの召喚方法。等々…各陣営が勝つために魔術的解釈でもって有利に戦おうとしていた。

 

「雁夜よ。今回呼び出すサーヴァントには狂化の属性を付与してもらおうかのお」

 

だが、時として運命は、辿るべき当然の道筋を蹴り飛ばし、数奇な奇跡を齎すこともあった。

 

(頼む、桜ちゃんを救うために、守るために、誰でもいい。力を貸してくれ)

 

「誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

 

されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。

 

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

 

 

 優先されたのは、彼の願い。

 触媒によって本来現れるべき裏切りの騎士は姿を見せず、現れたのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湿った風が頬を撫でる。長く旅をしているけれど。未だ人に出会ったことはない。

 そもそも、果たしてわたしは人と関わることが出来るのだろうか。

 体のあちこちから生えた触手?のような何かは、痛ましい何かに見えるのでは?

 

「リリィ、一雨来そうだ。先ほどの建物で雨宿りをしよう」

 

 雨が降ったら、雨宿りをする。それがなんだかおかしかった。わたしには雨の空の方が親しみがある。雨雲の向こうにあるお日様を初めて見た時は、涙が溢れたけれど、雨は雨でわたしは好きだ。

 

 そうは思ったが、彼の好意を無下にする理由もない。かつては宿と言われる場所だった建物に入り、ベッドに腰かける。

 

「死の雨は王国にしか降っていないと考えていたが、どうやら風に流されてかなりの範囲が穢れに侵されているらしいな」

 

 お母さんを浄化してから、もうすぐ一年。わたしは夏の日差しも冬の寒さも乗り越えた。でも、まだまだたくさん見たいものがある。ウミと呼ばれるしょっぱい水が沢山あるところ。お空の太陽が突然消える日。ピンク色の花だけを咲かせる木。見たい。でも一番は…

 

「…一先ず、今は眠れ。癒しの祈りも、かつてのようには使えないのだから」

 

 そうだね。

 旅は、まだまだ続く。今は、お休みの時間。

 

 

 

 

 

 お世辞にも綺麗とはいいがたい元、宿の一室。当然ではある。もう人の手が加えられなくなって長いのだから。少なくとも死の雨が降り続けていた果ての国よりマシであることは間違いない。

だが、それが何の慰めになろうか。キチンと人の手の行き届いた部屋で、暖かい食べ物を食べるくらいの権利すら、この子には無い。権利が無いというより、モノが無い。

旅を続け、一つの区切りとして、止まない雨を晴れさせたというのに、リリィにはまだ、救いが無い。

寝息を立て始めた少女、傍らに立つ。実体の無いこの身では、撫でることも出来やしない。

 

 

(最早、この世界に希望は無い。この子をこの世界の救いとして擦り切れる迄歩かせるくらいならば、どこか、別の世界で、幸せになれる場所で…)

 

 

彼の願いは、世界を超えた。

運命は、交わることのない世界と、交わった。

 

 

 

 

 

かくして、最後の白巫女は異世界、日本の冬木に召喚された

 

「??????」

 

 寝起き故に事態が飲み込めず目を見開いてあたふたしている彼女を背に庇い、黒衣の騎士が名乗り出た。

 

「サーヴァント、セイヴァー、召喚に応じ参上した。…ああ私は其処であたふたしている少女の騎士だ。彼女がセイヴァーだ」

 



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1

正直フェイトって設定がやたら多くてフェイト世界の創作はする気無かったんだけどな。
活躍させやすすぎるんだよなぁ。


「サーヴァント、セイヴァー、召喚に応じ参上した。…嗚呼、私は其処であたふたしている少女の騎士だ。彼女がセイヴァーだ」

 

 セイヴァーと呼ばれた少女は、ハッっと二人の視線に気が付くと、黒い外套を纏った剣士の後ろに隠れてしまった。

 

 

 …間桐雁夜は頭痛によってダウンした。

 本来ならば、伝説として名高いアーサー王伝説の円卓の騎士、その中から誰かが来るはずだったのだ。ガウェインやランスロットなどと贅沢を言う気は無い、ベディヴィエールやカイであっても聖杯戦争では十分な実力と知名度を有している。だが…

 

「ふむ、またぞろ異なことになったのう。貴殿、名は何という」

 

「私か?名乗ってもよいが、貴様に名乗る気は無い。理由はその身の内にでも問いかけるがいい」

 

「かかっ言ってくれるわい」

 

 心底愉快と思っていそうな臓硯の声が聞こえるが、もはや右から入って左に抜けている状態だ。

 目の前の剣士は腕が立ちそうだが、彼は自分がオマケだと言っていた。つまり、宝具は彼のではなく、少女のほう…期待できない。

 

 ふと、少女と目があった。

 血のような深紅の瞳に、白い髪に混ざる赤い何か。少なくとも良い物ではないだろう。彼女がセイバー?いや、違う。セイヴァー、と言ったか。若干ニュアンスが違う。

 

 ここで雁夜はようやくリリィのステータスを確認した。セイヴァーとは何なのか、それを見るために。

 

筋力E

耐久E

俊敏B+

魔力A---

幸運EX

宝具EX

 

 目についたのは幸運と宝具のEX表記だ。幸運EXは生来から運がいいというだけでは到底到達できない、それこそ、不可能を可能にしたという実績が無ければ獲得できないものだ。宝具EXに至っては神話や伝承レベルの何かを成し遂げた、ということ。

 であれば、セイヴァーとは、まさか救世主か?この少女が?

 

 

 

 ―――深淵を除くとき、深淵もまた…なんて大仰な話ではなく、雁夜が少女を見て思い悩むように、少女もまた思い悩んでいた。

 

 なにせ、廃宿で眠っていたらいきなり見知らぬ石造りの建物の中に居て、人間らしきものが目の前にいるのだから。

 

 …らしきもの、と言うのは、おそらくまだ人間だということだ。正確には、もう手遅れの老人と、まだ助かるかもしれない白髪の男性だ。穢れとは違う、しかし何かによって侵され、今も苦しんでいる二人。助けるべきだろうかと思い、身を乗り出したところを、黒衣の騎士がやんわりと押しとどめた。

 

「ふん、痛ましい物は随分と見てきたが、貴様ら二人して引けを取らんな。うちの白巫女の浄化は現在品切れ中だ。救いなら他所に求めろ」

 

「白巫女…浄化、ふむ。セイヴァーとはさしずめ救う者、救世主という意味かのう。雁夜よ、思いのほかハズレとは限らんのではないか?パラメーターはどうだ」

 

「…ほとんど最低ランクのEだ。だが、幸運と宝具…だけ、やたらと高い」

 

 もう一つ、魔力のステータスも高い、だが何らかの原因によってか劇的に低下しており、-が3つも発生している。これでは碌に術を発生させることは出来ないだろう。もしその原因を取り除くことが出来れば、宝具の内容次第ではこの聖杯戦争を勝ち残る可能性も、あるかもしれない。

 

「ふぅむ、幸運と宝具か。宝具だよりの聖杯戦争は、ちとまずいな。何せ相手は6人。切り札がバレては対策も打たれよう。格上ばかりの此度の聖杯戦争において、それは致命的。故に、のう、騎士殿。貴殿、あるいは其処な少女にも、聖杯に懸ける願いがあろうて。一つ、頼まれてはくれんかのう?」

 

「なるほど、ブレインは貴様か。まったくどうした物か、余り教育に悪いことをこの子に見せてくれるなよ」

 

「かか!それは困った。これは聖杯戦争。人と人との殺し合いを見せぬ訳にはいくまいて」

 

「…殺し合い、か。まあいい。貴様の立てる作戦とやらを聞かせてもらおう。その前に、場所を変えるぞ。ここは臭くて適わん」

 

「うむ、では応接間に案内しよう。雁夜よ、茶でも入れてくるがいい。サーヴァントと言えど、茶の一つはあった方が良かろうて」

 

 

 

 

 

 

 …いや、こういうのってむしろサーヴァントの役目では?と、雁夜は人数分のお茶(来客用)を淹れ終えた後で思い至った。とはいえ、そもそもサーヴァントがお茶の淹れ方を知っているかなど分からないし、ここは間桐邸。下手にうろつかれて蟲の餌なんて目も当てられない。これでいいのだろう。

 

そう自分に言い聞かせてお茶と茶菓子(羊羹)を盆にのせて客間へと向かう。

 

「あ、おじさん」

 

 

『あの人達と、また会えるの?』

『ああ、きっと会える。それはおじさんが約束してあげる』

 

 

気まずい。

アレほどの啖呵を切っておいて、お茶とお茶菓子をお盆にのせている姿を見られるのは、非常に、尋常ではなく気まずかった。だが、そこは間桐雁夜、大人である。そんな素振りを見せずに会話を切り出し自室に向かわせることなど容易そのものだ。

 

「桜ちゃん。まだ居たのかい。もう夜も遅いから」

 

「お盆持つの、手伝うよ?」

 

 …間桐雁夜は、度重なる無理な修練で、体のあちこちが言うことを聞かない状態になっている。特に左足は碌に動かないため引きずっているような形だし、左目もほとんど見えない。そんな状態でお茶の乗ったお盆を運ぶのは、確かに少し無理があった。

 

「………、うん。頼めるかな、桜ちゃん」

 

 間桐雁夜はプライドを蟲蔵に捨てた。

 

「今来ているのはおじさんの、仕事仲間になる人達なんだ。少し恰好が変かもしれないけど、魔術的な理由だから、怖がらないであげて欲しい」

 

「うん、わかった」

 

 黒衣の騎士の方は明らかにおかしな恰好ではあるが、異常ではない。だが、少女の方はそうではない。髪や足元からも謎の赤い触手が伸びた姿は、かなり痛ましい。そういうモノを見慣れてしまったからこそ、雁夜は悲鳴も嫌悪感も抱かずにいられた。だが、桜はどうだろう。

 

「未知数だな」

 

 そもそも合わせる理由などないのだ。怖がる可能性もあるし、扉の前でお盆は与っておくべきだろうか。

 

「おじさん?」

 

「いや、何でもないよ。ありがとう、手伝ってくれて。…最後に、扉だけ開けてくれるかい?」

 

「うん」

 

 お盆片手にドアノブを捻ることすら、この体では難しい。さりげなくお盆を返してもらい、扉だけ開けてもらうことにした。

 

 かくして桜とリリィは出会った。それは決して運命的な出会いでも、衝撃的な1シーンでも無かっただろう。だが、運命の糸は今、僅かに絡まった。

 

「ん、桜。なぜここにおる」

 

「サクラ?ああ、そこの少女の名か」

 

「?」

 

 客間には3人の人物がいた。真っ先に反応したのは遠坂桜を引き取り地獄に招いた張本人、そして得体のしれない黒衣の剣士。どちらも視界に入れば視線を向けずには居られないだろう。

 だが、桜は他の二人が一切視界に入らなかった。祖父から声を掛けられていたことにすら気づかなかった。

 白い少女を一目見た時、間桐桜は理解しがたい怖気に襲われた。

 遠坂家から出された時とも、蟲蔵を見た時とも、蟲に凌辱された時とも違う、形容詞し難い感情が桜の中で渦巻いて、弾けそうで、怖くなった。

 

「ひゅ‼」

 

 桜は悲鳴を上げた。目を合わせていたくない。これ以上、一秒たりとも一緒に居たくない。

 感情が渦巻く中で残った理性は逃走の二文字を弾き出し、桜は走って逃げだした。

 

「こうなったか…すまない、悪い子じゃないんだ。おそらく感受性が高すぎるせいだろう」

 

「成程、この子の中の穢れを感じ取れてしまったのだろう」

 

 パタリと閉じた扉から視線を切り、お茶と茶菓子を差し出す。ちらりと横目で見ると、落ち込んでいるように見えた。

 

「…」

 

 救世主、というクラスとステータスに表記される秩序・善の性質からして、彼女が悪人であるとは全く考えていない。だが、彼女の異様な姿と先ほど騎士が口にした「穢れ」という言葉。はたして彼女はいったいどういう英霊なのか…

 ことは己の命を懸けて臨む聖杯戦争の最も重要な部分だ。凡人である自分が足を引っ張らないようにするのは当然だが、サーヴァントに足を引っ張られる訳にも…

 

「…んぅ‼…!?!?!?」

 

「どうした?火傷でもしたか?…ああ、飲み食い事態が初めてだったか」

 

 …5,60℃のお茶でサーヴァントが火傷するわけが…と思ったところで衝撃的な言葉が飛んできた。

 飲み食いが初めてだと?

 

「失礼だが、飲み食いが初めて、と言ったか?ならどうやって生活していたんだ」

 

「ふむ、何分世界が違うため説明が面倒なんだがな、まあ軽く説明しておこう。

 …セイヴァーの元居た世界は「穢れ」と言う呪いが満ちた世界だった。 この呪いは雨として日夜降り注ぎ、あらゆる動植物は汚染された。人間も、例外ではない。彼女はそんな世界で唯一残った穢れを浄化できる「白巫女」という存在だ。数年前まで生命維持装置の中で成長し、そこから出てからは穢れを浄化して得る魔力を糧に生存してきた。なにせ、土地のすべてが汚染されていたからな」

 

「ほう、聞く限り地獄のような世界のようじゃが、何故救世主と呼ばれるような存在になったのだ?」

 

「なに、止まない雨を止ませた。それだけだ」

 

「ふぅむ」

 

 その言葉は「これ以上は詮索無用」という意図が出ていた。流石の妖怪もサーヴァント相手に意味もなく不興を買うような真似はしない。

 口を噤んだ我々を横目に、茶菓子として差し出した羊羹を爪楊枝で一口大に切って少女の口元に持っていく騎士。

 

 羊羹をみて、騎士をみて、羊羹をみて、騎士をみる。

 

「大丈夫だ。食ってみろ」

 

 十分に小さい一口大の羊羹をさらに小さい口で半分程齧る。

 

「⁉!?????‼‼」

 

「…くくっ」

 

 目をまん丸にして驚く少女を見て、騎士はこらえきれずという様子で小さく笑う。そんな様子に目もくれず、少女は残った半分もパクリと食べてしまう。

 

「俺の分も食べると良い、この世界は随分と食文化が豊かなようだ。それだけで来た甲斐がある」

 

 

端から見ればまるで父と娘のような関係に見える。毒気が抜けるというか、…地獄とやらを乗り越えて、なぜそこまで純粋無垢であれるのだろうか。

 

「さて、聖杯戦争の概要は大聖杯から概ね伝えられている。我々も、勝利と共に願う事がある。そちら側の陣容について、聞かせてもらおうか」

 

「カカ‼戦意有りか。一先ず安心であるな。ここで日和見などされては溜まったものではないわい」

 

 それから少女を脇に騎士と妖怪は戦略を立てる。魔術師としても、戦闘に関わる者としても未熟な自分の出番は無い。

 

少女の方を見ると、羊羹を爪楊枝で切って、口に運び、足をパタパタさせていた。初めての食事にしてはかなりお行儀が良いと言える。

さて、甘い菓子ばかりでは飽きるだろう。煎餅でも取りに行くか。

 

そう考えて、部屋を出る。

燃費は良いサーヴァントらしく、覚悟していた魔力を奪われる感覚もない。心なしか体の痛みもかなり和らいで…

 

「それは気のせいではないわよ」

 

 不意に、後ろから声が掛かる。女の声だ。

 急いで振り返るが、もとより無理の効かない体、バランスを崩して無様に倒れる羽目に、

 

「あまり大きな音を立てないでもらえるかしら。あの蟲男には気づかれたくないの」

 

 俺の体が床に叩きつけられる寸前、背後からしっかりと支えられ、音を立てることなく立ち上がらされる。

 魔術師の自宅に気取られずに侵入してきた!?まさか敵サーヴァントか凄腕の魔術師か…心の中では最大限に警鐘が鳴り響いている。だが、騒ぐことはしない。そんなことをするくらいならすぐさま令呪を使うべきだ。

 

 だが、まだ攻撃らしい攻撃を受けていない。相手が魔術師であるならば受け答えすら危険だが敵であるかどうかすらも分からない。同時に敵であったらならすでに詰みであるという思考も奔る。

 

「はあ、そんなに警戒しなくても、私はリ、…セイヴァーの…そうね使い魔よ」

 

 生気のない灰に近い顔色、赤い瞳、蔦のようなモノが絡んでうねる下半身。はっきり言って異形の女がいる。

 背後を振り返ると鉄製の面具をつけ、深い緑の外套を纏っている男。目の前の女に比べれば幾分まともだ。騎士と言うには装備が軽装のように見える。剣も帯びていない。

 

「さっきの蟲男は、余り味方と考えたくないの。だからこうしてあなたに声を掛けた。まだマシそうだから」

 

「…」

 

「とはいえ拠点としては好都合ね。水の属性で支配された蟲なんて、私の思うがままよ。今あなたを監視している蟲は、主に異常なしと伝えているわ。騎士が気を引いている内に、こちらも詰めるところを詰めておきましょう」

 

 一方的に告げた女は階段を下りていこうとする。何がどうなっているんだ。

 混乱し、つい立ち止まった俺の片腕が不意に持ち上げられる。

 

「あ、ちょ、痛でででで‼」

 

「大人しくついてこい。お前には利用価値がある。その価値を十分に発揮したのなら、我々も悪いようにはしない。なにやら思い立って部屋を出たのだろう。怪しまれない程度の時間で最低限の情報交換をする。いいな」

 

「あ、ああ。…あんたは」

 

「へニールと呼べ、あの女は…一先ず魔女と呼べばいいだろう。部屋にいる剣士も、そのまま騎士と呼んでおけ」

 

「名前、あったのか」

 

 そういえば、あの魔女も少女を名前で呼びかけていたように思う。何か、隠す理由があるのか?

 

「なに、単純な理由だ」

 

 そう切り出した男、へニールは俺の腕を支えながら館を進む。前を向く男の目は見えないが、見なくて正解だろう。

 

「お前たちのような屑共に名を呼ばれなどしたら、腸が煮えくり返ってしまうからな」

 

 その言葉には少女の尊厳を汚すすべてを許さぬ義憤に溢れていた。

 



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2

初戦



「なに?エクストラクラスだと?」

 

「はい。つい先ほどサーヴァントの召喚反応を検知いたしました。しかし、残るバーサーカーともキャスターとも反応が異なります」

 

聖杯戦争開始が近づく報告と共に挙げられた情報は、想像以上に眉を顰める物だった。

 

「まさかまたアインツベルンが?いや、前回の聖杯戦争においてアヴェンジャーは早々に敗北している。同じ轍を踏むユーブスタクハイトではないだろう。となると、間桐家か?」

 

 アインツベルンが犯した反則行為により召喚したサーヴァント、アヴェンジャーは結局最弱のサーヴァントとして僅か4日で敗退している。結局のところ、三騎士たるセイバー、アーチャー、ランサーが安定して強く、残るライダー、アサシン、キャスターは策次第。これに当てはまらない英霊など、さしたる脅威ではないのだ。

 

「無論、前回容易な敵であったとて、油断はしない。仮にも英霊として召喚されているならば、宝具は警戒して然るべきなのだから」

 

「では」

 

「ああ。手筈通り、最後の7騎目を確認次第、アサシンを使って遠坂家への襲撃を演出してくれたまえ」

 

 遠坂時臣は同盟相手である直弟子、言峰綺礼に指示を出す。聖堂教会と魔術協会の双方に席を置く綺礼は揺るぎない信仰心を抱く敬虔な信徒であると同時、根源探求に理解を示す稀有な学徒でもある。

 当人は根源到達を最終目標とはしていないが、根源到達、聖杯降臨という奇跡の成就に同意し、最大限の助力をしてくれている。それこそ、大聖杯が令呪を与える程の熱意でだ。

 

「御意に」

 

 この戦い、勝たねばなるまい。

 最強のサーヴァントに、聖堂教会の協力。信のおける弟子はサーヴァントを従えて助力してくれている。

 

 

 そして同日の日没前、ついに最後のサーヴァント、キャスターが召喚された。

 

 

 

 

 

 

 

 沖沿いの倉庫街にはいくつもの船舶用コンテナが並べられている。本来であれば用心のために警備の人員くらいいるべきだろうが、今は何故か一人として姿は見えない。

 理由は明瞭。神秘の決闘は秘匿されるべきであり、なにより無辜の人々を巻き込むなど英霊のなすべきことでは無いからだ。

 故にここには人払いと認識阻害の結界が張り巡らされている。まかり間違っても一般人が異変に気付き、警察などに通報しないようにだ。

 

 つまり、ここはすでに戦場であり、今ここに足を運ぶ貴婦人と男装の麗人は戦いに身を置く戦士である。

 

『よくぞ来た。 今日一日この町を練り歩いて過ごしたものの、どいつもこいつも穴熊を決め込むばかり』

 

 そして正面に現れた2槍を持つ軽装の男。見るまでもない、語りに込められた闘気、醸し出す戦意。

 

「俺の誘いに応じた猛者は、お前だけだ」

 

 生粋の戦士である。

 

 

 

 

 

 間桐雁夜は焦っていた。臓硯を含めて(むしろ自分がオマケ)戦略を練り、昨日発生したアサシンとアーチャーの対決について、これをアサシン陣営から他陣営向けのブラフであると断定、おそらくはアサシンを脱落に見せかけ、マスターの意識を防衛から攻勢(アサシンはマスター狩りの最適クラスであるため、不用意に自サーヴァントを攻勢に使えない)に向けさせるものと判断した。アサシンであれば蘇生と言うよりは死の偽装が有力だろうと臓硯は語っていた。

 そしておそらく、これを期に他陣営も一当てしようと行動するはず。そのうちの誰かに戦いを挑み、セイヴァーの戦闘スタイルを誤解させる事が目的だ。サーヴァント同士の対決は使い魔や遠見の魔術で観察する陣営がほとんどだろう。故に、この一戦でこちらもブラフを張る。のだが

 

(不安だ‼本当に戦えるのかこの子は⁉)

 

 ちらり視線を向けると、そこにいるのは桜よりもホンの僅かに高い身長の少女がいる。出会った当初にあった肉腫は成りを潜め、純白のワンピースを着た少女。胸に手を当て目を閉じて集中する彼女の様子は、はっきり言ってピアノコンクールに出場する少女にしか見えない。

 

 英霊とはいえ筋力も耐久もEである。俊敏B+は条件付きでAを超える、曰くかなり緩い条件らしく、先日使い魔の蟲越しに見た射出攻撃なら見てから避けられるし、防げる。何なら反撃の一つも打てると、騎士は豪語していた。だが改めてサーヴァント同士の対決をみて異次元であると理解できる。速すぎて視認できないなんて当たり前、剣圧で衝撃波が出ているし、踏み込みでアスファルトは砕けている。後ろの鋼鉄性のコンテナが豆腐か何かのように斬られている。それはつまり、鋼鉄を斬りながら剣速が落ちないということを意味している。

 

「なあセイヴァー、ホントにやるのか」

 

「うん」

 

「今更怖気づくな、みっともない。聖杯戦争は最終的な勝者になればそれでいいとはいえ、我々は仮にも御三家として警戒されている。霊体化が出来ない以上セイヴァーの存在は各陣営が疑問に思うことになる。見た目から侮られるのは不利を招く。戦う理由は利益だけでは無い。戦わなければ、損害を被ることになるからだ」

 

 彼女の騎士が実体化して俺の臆病風に檄を飛ばす。そうだ、弱いサーヴァントだと思われるのは害しかない。加えて何故か、彼女は霊体化が出来ない。つまり、間桐家の周囲を監視していれば容易に発見、追跡出来てしまう。であれば、「倒すためには何らかの方策が必要である」と思わせる必要がある。

 

「二人同時に相手するのは危険だ。こんな序盤でサーヴァントを失うヘマは誰もするまい。令呪の一画でも削れたなら行幸だな。それに、ああは言ったが中々難しい敵だ。見えない剣に、防御を無視する槍。特に槍は守りの宝具の結界を抜いてくる可能性がある」

 

「…なら、もう少し様子見だ。あの遠坂のサーヴァントなら、すでに手の内が割れている。のこのこ出てきたところに一撃入れてやれば、遠坂の奴なら令呪を使ってでも撤退するはずだ」

 

 その言葉には多分に私怨が含まれていた。だが目論見としては悪くない。アーチャーには単独行動スキルがある。自身は魔術工房に籠り守りを固め、アーチャーで攻める。まさに黄金戦術とも言えるやり方で、今もこの戦場を見ている可能性は極めて高い。そしてこれは仮説だが、アサシン討伐の際アーチャーは明らかに過剰な火力でアサシンを吹き飛ばした。逆に、あの宝具は余り精度が無いのではないか、ともすれば射撃宝具ではない物で無理やり射出させているようにすら見えた。

 

「予備動作、弾速は問題ない。あとは射程と、同時に何発撃てるかが問題か。とはいえ、あれら二人と戦うことに比べれば容易いだろう。それでいく、いいか、セイヴァー?」

 

「うん」

 

 こくりと頷き返事を返すリリィ。召喚してから2、3日は無言だったが、最近ぽつぽつと会話できるようになった。それに、気になっていた肉腫と呼ぶようなモノが今はきれいさっぱり無くなっている。それについての説明は、残念だが受けていない。信用も信頼も足りない。

 

「む、戦局が動いたぞ。ランサーの二槍目の宝具、治療不可能の呪いだ」

 

「おいおい、覚えがあるぞ。二槍使いで、不治の傷をあたえる槍を持つ奴。いや、ならあの赤い槍は防御じゃなくて、魔力を断つ槍。ゲイ・ジャルグとゲイ・ボウ‼真名はディルムッド・オディナ‼」

 

「ほう、真名を見抜いたか。となると、死因はなんだ。サーヴァントにはそれが特攻なのだろう?」

 

「…たしか、猪。呪物と化した魔猪による負傷だ。その後、因縁あるフィン・マックールに見捨てられ死亡する」

 

「ほう…猪か。なら有効打になりうる手が一つある。加えて真名も分かった。恐らくは、全マスターが見ているこの場面で」

 

 それはつまり、今最も劣勢に追いやられているのはランサーである、ということだ。

 

「なら、無理にランサーを倒す必要はなさそうだな。むしろ、セイバーへの不治の傷が治る可能性を考えると…」

 

 ランサーは、倒さない方が良い。その宝具で他陣営に傷を与えて回ってくれるとありがたいくらいだ。

 

 もしアーチャーが現れないならセイバーを奇襲、マスターが直ぐそばにいるため、かなり厳しい戦いを強いることが出来る筈。そう算段を付けたとき、

 

 雷鳴が轟いた

 

「AAAALaLaLaLaLaie‼‼」

 

「新手‼ライダーか⁉」

 

「混迷極まって来たな。ここで奥義の一つ二つ放てば、二人程落ちるのではないか?」

 

「そんな博打出来るか‼!?」

 

 くく、と小さく笑う騎士を見て、ちょっとしたジョークであると理解する。意外な一面だ。

 ともかく、三騎士と比較して宝具の数に優位を持つライダーは運用次第で三騎士と真っ向勝負が可能だ。真名が割れたランサー、手傷を負ったセイバーを一網打尽にするべく現れたと考えるべきか?

 

『双方、剣を収めよ。王の前であるぞ。 我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においては、ライダーのクラスを得て顕界した』

 

 

 

 

 

「おい。自己紹介したぞ。今」

 

「ああ、そうだな。…偽名?」

 

 雷を操り、2頭の牡牛で戦車を牽く。イスカンダルを名乗るライダー…

 

「………………いや、……………………………………多分本物だ」

 

「…」

 

 なんとも言えない空気に、きょとんとするセイヴァー。ああ、可愛らしいなと思ってしまった。魔女に殺されるぞ、俺。

 

 

 

 

「サーヴァントの勧誘か」

 

「聖杯が要らないっていう珍しいサーヴァントがいれば、まあ不可能ではないよな」

 

「ふん、その上で、信用に置ける。が最重要だろうよ。…イスカンダルの死因は?」

 

「諸説ある。遠征先での熱病死、深酒による死、毒殺だ。」

 

 

 サーヴァントである以上例えそれが実際の死因で無かったとしても、そう信じられていれば致命的なダメージを負うことになる。だが、3つの死因が今なお究明されていない以上。どれも微妙だ。

 

「成程な。真名を知られるリスクと、名乗ることで得られる信用を天秤にかけて後者を選んだのか」

 

「そんな事考えるタマか?何も考えてないだろうアレ」

 

「覚えておくといい。物事の判断に対し、天秤にかけた事柄が揺れ動く者と、揺れず唯振れたモノを選び取る者が世の中にはいる。優劣は無いが、思考回路が違う。そんな相手は理解出来ないと知っておけ」

 

 …天秤か。確かに比べるというのはそういうことだ。だが、俺には理解できない。

 比べれば比べる程、両皿にどうしようもない程大切なモノが乗っていると理解してしまうのだ。己を天秤として、両皿に、大切なモノを乗せていく。乗せて乗せて乗せ続けて。ついには天秤が壊れるくらい乗せてしまった。

 

「感傷は後だな。そろそろ来る。準備は良いな」

 

「それはこちらのセリフだ。令呪を使うなら今だぞ」

 

「…いや、使わない。頼む。勝利を俺に」

 

「…行くか、セイヴァー」

 

「うん」

 

 

身を隠していた路地裏から少女は気負わずに歩き出す。ふと、歩みを止めて振り返る。

 

「まかせて」

 

 

遂に、黄金の王と白い少女が降り立つ。

 

 

 

 

 

 

「問いを投げるか、雑種風情が」

 

 黄金のアーチャーが霊体化を解いて戦場に降り立ち、ライダーと睨み合いとなっていた

 

 「我が拝謁の栄に浴していなお、この面貌を見知らぬと申すなら…」

 

 

 コン。

 

 小さな。しかし存在感のある足音がした。場所はこの戦場を一望できる倉庫の屋根。そこに白い少女が降り立った。

 

「…おい、アレも~、なんだ。もしかしてサーヴァントなのか?」

 

 突如現れた場違いな少女。だが、此処に現れる以上はサーヴァント又はマスターであり、この状況ならサーヴァントと考える方が自然だ。

 

 だが、英霊と言うからにはもっと戦えそうなのを想像する。ライダーは思わず、隣のマスターに問いかけた。

 

「あ、ああ。間違いなくサーヴァントだ」

 

「ほう、どんなもんだ」

 

「殆ど…Eランク。筋力も耐久もEだ。しかも、魔力が低下しまくっていて、AランクからDランク迄落ちてる」

 

「……何しに来たんだ?」

 

「…喧嘩の仲裁とか?」

 

 外見も、実力も、まかり間違っても白兵戦をする質ではない。魔力Aを見ればキャスターかと考えるが、なおのことこの場に現れる意味が分からない。否、分らなかった。

 

「…小娘、我が話している時に良くも腰を折ってくれたな。あまつさえ、我を見下ろすとはどういう了見だ。今すぐ額突き謝罪を述べて立ち去るならば、一度ばかり見逃してやる。疾く失せよ」

 

 黄金の王の背後に、金の波紋が広がる。誰もが知る、アサシンを撃退した宝具だ。そこから覗く剣と槍は、切っ先を少女に向けている。

 

 だが、当の少女は体を強張らせるも、首を横に振る。どう見ても、戦う者の素振りではない。

 

「そうか、では死ね」

 

 躊躇いは無かった。剣と槍は音速を超えて射出。残るのは少女の肉片ばかりだと、誰もが思った。

 

 

 倉庫が吹き飛ぶ煙の中から少女が飛び出した。

 

「ほう。躱したか。よい、そんなに欲しいならもっとくれてやる。有難く受け取るがよい」

 

 さらにアーチャーは砲門を増加。10発が時間差で射出される。

 

 身動きの取れない空中、避けられない筈。だが、少女は、空中で跳ねた。2本回避。

 さらに飛び上がった地点から滑るように移動。3本回避。

 落下を再開すると同時、彼女の隣に突如何者かが現れる。黒い縄を射出し、街灯に繋がる。一気に高度を下げ地面に着地。3本回避。

 さらに地面を飛ぶように走り出すと同時、その隣に甲冑を着た槍持ちの男が現れる。迫る宝具を弾きながら凄まじい勢いで距離を詰める。1本回避。

 

 甲冑の男が消え、飛び上がってアーチャーに迫る。追加で放たれた槍を次は異形の男が巨大な爪でもって弾き飛ばした。

 

 黒衣の騎士が現れ、剣を抜く。だが、アーチャーはすでに武器を手に取っていた。斧を少女に叩きこまんとすでに振りかぶっている。

 

「褒美だ。我手ずから殺してやる」

 

「侮り過ぎだな。貴様」

 

 盾が、斧を防いでいた。首のない騎士が盾でもって斧を防ぎ、返す刃を奔らせる。

 黒衣の騎士が、アーチャーの首を斬り落とさんと迫る。

 

 

 

 

 

 

チャリィィン……

 

 

 黄金の王は、二つの剣を避けた。だが王の着地の後に続いて鳴る清涼な音。その元を見ると、金の装飾品が落ちていた。間違いなく、先ほどまで王の耳についてた耳飾りだ。

 加えて、王の鎧にも一文字の傷が入っている。貫通はしていないが。確かに届いていた。

 

 

 

 

 この場は、戦場である。

 集う全ての者は、戦士である。

 皆がそう、理解した。

 




なお今作のリリィちゃんは初見ゼロ乙Cルート攻略者であるものとする


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3

ENDER LILIESの二次創作はAルートの浄化してもらった先でのクロスオーバー、Bルートの死後転生したクロスオーバー、Cルート後に転移したクロスオーバーなどなどエンディングによって様々な展開を用意できます。さあ、皆書こう‼


 黄金の王と白い少女の攻防は、少女が王に二撃与えて静の状態に戻る。

 

「…ククク、クハハハハ、フハハハハハハハハ‼良かろう雑種‼褒美だ、好きに取るがいい‼」

 

黄金の王、アーチャーはさらなる砲門を追加、その数は百に迫るか。対面する少女も僅かに後ずさる。

 

 

 

 

「どう見る坊主。さっきから現れる剣士やら槍兵やら。まるでサーヴァントを複数従えるマスターのようでは無いか」

 

「いや、近いんじゃないか?現にサーヴァントを降ろす魔術があるなら、サーヴァントを召喚するキャスターがいても可笑しくない」

 

「成程な。因みに、あれらのサーヴァントらしきもののステータスは見れたか?」

 

「いや、全く見えなかった。恐らく聖杯戦争の英霊召喚とは無関係なんだ」

 

 二人はすでにあの少女がアーチャーによって殺されるとは思っていなかった。10の砲撃を躱しながら反撃したのだ。なら100を躱しきることくらいなら、出来ても可笑しくない。

 だが、展開された100の武器群は射出することなく収められた。

 

「…‼ 貴様ごときの諫言で、王たる我に退けと?大きく出たなぁ、時臣?」

 

 

 言動から察するに、マスターによる撤退命令だろう、恐らくは令呪によるモノ。

 

「命拾いしたな、小娘…‼  ん?小娘、貴様…」

 

 捨て台詞を残して去るかと思った際、アーチャーは少女を見て黙考する。

 

「成程…そういえば我はそういう質であったな。……良い、小娘。此度の狼藉は貴様の価値を示すためのよい余興であった。 ホレ、褒美だ。取っておけ」

 

 そういってアーチャーは残った方の耳飾りを少女に放り投げた。

 少女は警戒もなくそれを受け取る。

 

「雑種ども‼ 次までに有象無象を間引いておけ、我と見えるのは真の英雄のみでよい」

 

 

 そう言い残し、アーチャーは去っていく。

 残るは4騎

 

「ふむ、どうやらアレのマスターはアーチャー自身程剛毅な質では無かったようだな」

 

 当然、注目が集まるのは白い少女。アーチャーから渡された耳飾りをチャリと耳に付けていた。

 

「…女の子にこんな事言いたくないけど、似合ってないな」

 

「言ってる場合か。あ奴、まだやる気みたいだぞ」

 

 

 

 少女の隣に現れたのは、黒衣の騎士。

 

「いけるか」

 

「うん」

 

「ならせっかくだ。手傷のあるセイバーあたりから脱落願おう」

 

「わかった」

 

 

 言うと同時、滑るように加速する少女の隣に先ほども見た甲冑姿の騎士が槍を構えて突撃する。少女はそれにしがみ付いていた。

 

「速い‼というか、無茶苦茶な‼」

 

「ふはは、見習わんか坊主‼とはいえ、流石にこっちに飛び火するのは受け入れがたいぞ」

 

 間合いを瞬時に詰め、セイバーに迫る。間合いの外側で少女が騎士から離れると同時に騎士の渾身のチャージが放たれる。

 セイバーはこれを体捌きにて回避。先ほどの戦いを見ていれば、守勢に回れば手数の違いで圧殺されかねない。次の手は剣士の一撃、不可視の剣を添えて僅かに逸らし、魔力放出で埒外の体捌きを見せる。立ち位置は少女の背後。

 予想外の動きに少女はセイバーを見失ったように見える。相手は戦士、手心は侮辱である。

 上段からの一撃は、見事に外れた。

 何のことは無い。先ほども見せていた滑るような加速だ。彼女の背後に僅かに発生する羽のような魔力の残滓は、まるで彼女が天使から加護を受けているかのようだ。

 

「っつ‼」

 

 呆けている場合ではない。剣士から反撃の切り上げ、こちらは剣を叩きつけて姿勢が悪い。故に勢いを殺さず、跳躍と回転。前方宙返りのような形で回避し、反撃に打って出る。だが、

 

「ここで…‼」

 

 目の前には盾。背後に剣士が控えていて。初見の女がモーニングスターを振りかぶる。

 反撃、回避、防御。すべて選択肢が詰められている。ならば仕方ない。最も御しやすい剣士の攻撃を受ける。

 

 そう判断した時だ。

 

「悪いが邪魔立てさせてもらうぞ」

 

 ランサーの二槍が少女に迫る。首無しの盾持ち騎士が振り返り、二槍を盾と剣で弾き返し、剣士が反撃する。

 モーニングスターは単体なら脅威ではない。剣でいなしながら跳躍回避。

 状況はまたも静の状況へ移る。

 

 

「戦場に立つ雄姿、騎士と戦士を導いて戦う様。さぞ武勲高き英雄と察するが、そなたの名を聞かせてもらおう」

 

「敵に態々名乗る必要があるのか?彼女に武勲などない。ただ救った者としての事実だけがある」

 

「ふむ、伝承に無いサーヴァント、と言うことか?だが、不便だろう。クラス名くらいは告げて欲しいものだ。察するに変わり者のキャスターだと思うのだが」

 黒衣の騎士が少女に視線を送り、少女は頷いて返す。

 

 

「…エクストラクラス。セイヴァー、です」

 

 

 

 

 

『彼女がエクストラクラス。セイヴァーです』

 

「成程。流石は間桐家、いや間桐臓硯。凡俗に落ちた男を使っていったい何をと思っていたが…よもやこのようなサーヴァントを」

 

『セイヴァー…いったいどういう意味でしょう。セイバーは最早明らか。意味合い的には…』

 

「救世主。か、恐らくは廃れた宗教の教祖のような者だろう。戦いを急ぐ節から、魔力の供給が足りていない。故に出来るだけ短期決戦でこの聖杯戦争を終わらせたい…そんな意志が見えるな」

 

『セイヴァーに従う者共を疑似サーヴァントと呼ばせていただきます。彼らのステータスは視認できず、あくまで彼女個人の能力によって疑似サーヴァントは実体化しております。セイバーと剣士の疑似サーヴァントを比較して、恐らくランク一つ分か、二つ分は低いものと思われます』

 

「綺礼、君のアサシンと比較した場合は如何かな」

 

『一騎ずつ比較した場合は、圧倒的に向こうが有利でしょう。ですが、セイヴァーは最大で3騎のみを使っております。種類は剣士、槍騎士、首無しの盾持ち剣士、モーニングスターを使う修道女、強靭な爪をもつ怪物、縄を放つ男。以上の6騎を確認しております』

 

「…セイバーよりランクが低いとはいえ、それだけの疑似サーヴァントを状況に応じて使い分けるサーヴァントか」

 

『厄介ですね』

 

「ああ、極み付きだ。…令呪を切ったのは失策だったか?」

 

『気になされているのですか?』

 

 言峰綺礼が言うのは、先ほど帰還した英雄王、ギルガメッシュの一言だ。

 

―――「時臣、失策であったぞ」

 

 唯その一言のみを告げて去っていったギルガメッシュ。恐れていたほどの関係悪化は無かったが、彼の去り際のセイヴァーへの態度が気がかりだった。

 

「最後のセリフ。 英雄王はセイヴァーを真の英雄であると認めたということなのか」

 

『英雄王の真意までは、』

 

「そう、だな。ふむ、戦局はお開きか。ランサーとライダーは真名が判明、セイバーは不治の傷を負い、私も令呪一画を消費。終わってみれば、間桐の一人勝ちか」

 

『ええ、この第一戦の勝者は、間違いなく間桐でしょう』

 

 

 

 

 

時を遡って戦場にて、セイヴァーとランサーが相まみえていた。

 

「セイヴァーか…。悪いがセイヴァー、このセイバーとはすでに俺が先約を交わしている。続けるというのなら、二対一だぞ」

 

「分は悪いが不可能ではないな。第一このような戦い、そう長引かせる必要もない。相手して欲しいというのならセイバー共々相手になろう」

 

「出来れば、そなた等ともいずれ尋常な勝負を挑みたいと思っているのだがな」

 

 そう言ってランサーは騎士から少女に目線を送る。

 少女はその視線に気丈に睨み返し………目を逸らした。

 

 

 

 

「ねえセイバー、あれ…」

 

「はい、黒子の呪いですね。あのような少女に臆面もなく呪いを行使するとは」

 

「おいランサーとやら。今すぐその黒子をその黄色い槍で抉り取れ。さもなくば殺す」

 

 そういえば、そんなものがあったなとランサーはしょっぱい顔をする。セイバーには対魔力とその意志で跳ね除けられたが、目の前のセイヴァーには対魔力は無く、恐らく恋愛方面での経験が無いのだろう。まあ、四六時中あのような堅物の保護者がいるのなら、さもありなん。

 

『何をしているランサー。その黒子の呪いが有効だと分かったのだ。先の戦いからして、優先するべきはセイヴァーの方であろう。とく仕留めよ』

 

「しかしマスター。周囲にこれだけのサーヴァントが控えている中では、迂闊に戦いを挑むことも…」

 

『…イスカンダルであったな。これは我がサーヴァントの決闘である。邪魔はするまいな。そうであったのならば、後ろに乗せている平凡なマスターがどうなるか、考えておくことだ』

 

「ふむ。吾もまたセイヴァーなる者の実力は気になるところ。戦うというのなら止はしない」

 

『戦局は私が見ている。他の者が怪しい動きをすれば、即座に令呪を使う。気にせず戦うがよい。ランサー』

 

 

 

「……御意。我がマスターよ」

 

 アスファルトを砕いて少女に迫るランサー。初撃は赤槍の叩きつけ、照れもじっていたセイヴァーはこれを難なく回避。続く黄槍の突きを跳躍。剣士の剣撃が首を狙うも、跳ね上げた赤槍で剣を弾く。

 

「ふ、セイバーに比べれば、随分と軽い剣では無いか」

 

「ふん。剣の重さなど、首を落とせるだけの力があればよい」

 

「抜かせ‼」

 

 剣士に対してさらに黄槍の突き、赤槍の中程を持っての叩きつけ、黄槍の突きあげ。一息の間に三連撃。だが少女は滑るように回避し、ランサーの頭上すら超えて跳躍する。

 

(この少女、回避センスが半端ではない‼自ら回避に専念することで、剣士が常に攻勢に出てくる。かと言って、剣士そのものを攻撃しようにも槍が届くより先に霊体化して消えてしまう‼)

 

 故に攻防はランサーの攻撃が3、剣士の攻撃が7の割合だった。

 ランサーは常に盾持ちや槍騎士に備えている。相手もまた、こちらが隙を見せた瞬間に一撃を叩きこむべく機を狙っている。

 

(先ほどのセイバーとの王道の死合とは違う。己の戦技の競い合い。先にボロを出した方が負ける技勝負。心踊る‼)

 

 だが、勝負は決さなくてはならない。赤槍を大きく薙ぎ払う。低い身長に向けて放つのは癖があったが、戦いのさなか姿勢の調整は出来ている。穂先でなくても槍全体が打撃武器として、少女の着地を狙う。彼女の跳躍と空中移動は一度ずつ。ならばここは

 

(盾持ち‼)

 

 分かっていれば、止められる。必殺を籠めて放った全力の殴打。それを盾に触れるより先に停止させる。首無しの盾持ち剣士は攻撃を受けた方向へ反撃している、盲目の剣士なのだ。その技、恐れ入る。

 

 だが、攻撃を受けなければ反撃も出来まい。彼女はまだ着地していない。黄槍が唸る。

 

(剣士の攻撃は止めた赤槍で受ける。恐らく防ぎきれまいが、霊格までは届かない‼)

 

 黄槍は彼女の心を捉えていた。

 

 

ドン

 

 

 体に響く重厚な音が、港に響いた。

 




もうちょっとだけ続くんじゃ(倉庫街戦)


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4

調子よく書けたのは此処迄…
どうするかなぁ


「…防いだな?我が必殺の槍ゲイ・ボウを受けて‼」

 

ランサーは確信していた。 明らかに肉を断った感触では無かった。むしろ、強固な結界を削るような感触。

 

視線の先。コンテナと衝突して土煙に隠れるその先で、優しい光が僅かに漏れた。

 そして晴れた土煙から現れた少女は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ…。無傷…‼」

 

「これは…想像以上の難敵のようだ…おい坊主。セイヴァーの耐久はEだったんじゃなかったか」

 

「それは間違いない。なら、そういう宝具か魔術だ‼」

 

「セイヴァー本人は回避に専念、その上で宝具の一撃を防ぎきる守りの宝具。多対一を強制するエセサーヴァント共。…ふむ」

 

 彼女が現れてからほんの数分しか経っていないにも関わらず、判明した事実を列挙するだけで難敵であると理解できる。それでもウェイバーは其処まで彼女を危険視していなかった。ライダーの神髄は戦車であり、その気になれば空を飛びながら戦うことも出来る。彼女は空中でも尋常ではない機動を見せていたが、所詮跳躍の延長。飛行が出来るライダーなら優位に立ち回ることが出来るだろう。

 

「おい、ライダー?」

 

 だから隣にいるこの大胆と無遠慮をはき違えたこの男の次のセリフは手に取るように分かった。思わずまたかと白けた目を送ってしまう。

 

「そこな少女。セイヴァーよ。其方にも問うておこう。我が軍門に下り、共に天下を取る気は無いか?」

 

 その場にいる誰もが「またか」と思う中、問われた少女に変わって返事を返したのは、剣士では無く槍騎士だった。

 

「戯れるな。貴様も我らが白巫女を穢す気か。我欲の為に民を使い潰す愚王を私は殺した。貴様の事は詳しく知らん。だが私も、白巫女に仕える他の者も、王という生き物が嫌いだ。二度とふざけたことを抜かすな」

 

「む、むう。ありゃ余の天敵だな。性格的に」

 

筋金入りの王嫌いにして王殺しの騎士。下手をすれば「王特攻」なんてモノを持っているかもしれない。全ての者が目の前の少女を脅威であると視線を向ける。そしてある者は策を弄した。

 

『…ライダー、そしてセイバーよ、提案がある。あのセイヴァーは極めて厄介な難敵だ。ここは共同で対処し、仕留めるべきと考えるが、如何に』

 

「な、マスター!?」

 

 それに不服を告げるのはランサーだ。尋常の勝負に水を差されることは、主であっても遠慮願いたい。だが、

 

『そもあのセイヴァー自身が一対一と言う決闘のルールを無視しているではないか。何の問題がある。大体ランサー。貴様が赤槍の方を突き立てていれば、仕留めていたか、あるいは重傷を負わせていたやもしれんモノを、仕留め損なったのは貴様だぞ』

 

「それ、は」

 

「生憎だがランサーのマスターよ。余はそのような無粋な事をするつもりはないぞ」

「悪いが私も同感だ。そもそも、ランサーとは初めて会った。下手に協力しようとしても、むしろ息が合わずに足を引っ張りあう危険が増すだろう」

 

 英霊二騎はさも当然であると否定する。だが、彼らは英霊。サーヴァントだ。

 サーヴァントとは、使い魔。魔術師の道具である。であれば、

 

『…はあ、では……ウェイバー・ベルベット君。令呪を使ってライダーに命令したまえ、「ランサーを援護して、セイヴァーを倒せ」と』

 

 持ち主に命令するのが確実である。

 

「な、貴様…‼おい坊主。聞く耳持つな。おい‼」

 

『令呪一画で私の機嫌を買うことが出来、この聖杯戦争の強敵を一騎落とせるのだぞ?賢い者なら悩むまでもない。この聖杯戦争が終われば、また時計塔に戻れるのだ』

 

 それは、震える程の甘言だった。魔術師の頂点が集う時計塔12のロード。その一角たるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが敵に回る。それは想像をはるかに超える重い事実だった。

 想定では、聖遺物を失ったケイネスは聖杯戦争に不参加になると思っていた。だが、実際には新たに聖遺物を用意して参加してきた。それも十分強力なサーヴァントを連れてだ。

 

 なら、モノを言うのはマスターの能力だ。自分ではケイネスに逆立ちしたって勝ち目はない。

 なら、ならば…

 

「ええい小娘、それに槍騎士よ。このままでは2対1だぞ。流石に分が悪かろう。さっさと引いたらどうだ」

「令呪を使ってくれるというのなら、使えばいいだろう。その後撤退するさ」

「令呪狙いか!?なるほど先ほどのアーチャー戦もそれが狙いか!?だがしかし、いざ戦うとなれば、余の戦車が相手だぞ?逃げられると思うのは、ちと軽率だわな」

 

「おい‼ライダアアアアアア‼‼‼‼」

 

 

絶叫が、響いた。

叫んだ当人、ウェイバー・ベルベットは今にも殴り掛からんという勢いでライダーに迫る。残念ながら、体格差のせいでさまにはならないが。

 

「これは僕の令呪だ‼これは僕の戦いだ‼お前あれだけ調子良いこと言ってたくせに、全く僕のことを信用してないじゃないか‼」

「いやそうは言ってもだな。さっきまでの(テイ)ではダメかもしれんとおもうだろう?」

「じゃあ言ってるよ。マスターの命令だ。帰るぞ‼ お前の‼勧誘は‼失敗だあ‼」

 

 肩で息をしながら、しかしライダーのマスター。ウェイバー・ベルベットは吠え切った。

 先ほどまで震えていた小坊主が、甘言を跳ねのけて、堂々と。

 さまには、残念ながらならないが。

 

 だが、それを受けたライダーは面食らったような顔して、満足げに笑った。

 

「っくく。 あい分かった。マスターよ、我らはこれより帰路に着く。…其方らがこの後決着をつけるか、あるいは次に機会を委ねるかは与り知らんが。悔いのないようにな」

 

 言い切ったウェイバーは言ってしまったという後悔と、奇妙な達成感を抱きながらふと少女を見る。あるいは決戦の相手となるかもしれない少女は。

 

「…?またね?」

 

なぜ見られたのだろう。という態度をしつつ。申し訳程度の別れの挨拶を送ってきた。

 

「あ、うん。また」

 

 思わず素で返事を返したところで、戦車は動き出した。

 

「ではさらばだ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうするか。キリも良いし帰ってもいいのだが。どう思うランサー」

 

「横入りしてきたのは貴様だろうセイヴァーの騎士よ。…如何する我がマスター」

 

 

 

『…ふん、前哨戦としてなら、まずまずの戦果だろう。不測の事態もあったが、失うものは無かった。次セイヴァーと戦うときは必勝の策を持ってあたるとしよう。帰還するぞランサー』

 

「はっ」

 

 直立姿勢からの跳躍で姿が見えなくなるランサー、同時に周囲に貼ってあった人払いの結界も消え去った。残るはセイバーとセイヴァーの二人。

 

 結界は解けたが、今は深夜。人の気配は全くなく、戦いを再開することも可能ではある。勿論、出来れば避けたいというのがセイバー陣営の意志だ。

 セイバーの手傷は決して軽傷ではない。片腕が使えない以上決め手に欠け、消極的な立ち回りを余儀なくされるだろう。だが、剣士と槍騎士の攻撃は十分片手で防ぐことが出来ると予想出来る。そして彼女の尋常ならざる回避センスも自らの直観で十分対応可能。

 

 負傷込みで勝機は六割。セイバーはそう予想した。

 

「…アイリスフィール」

 

 視線をセイヴァーから外さないまま、アイリスフィールにこの場をどうするかを問う。アイリスフィールはその意志を受け取り、セイヴァーに語り掛ける。

 

「人払いの結界が払われたわ。これより先は神秘の秘匿が暴かれるかもしれない。わたしたちとしてはこのままお開きにしてしまいたいのだけど、どうかしら」

 

 〝神秘の秘匿に失敗したら責任は間桐にある〟〝やる気なら結界を張り直せ〟〝その瞬間攻撃を開始する〟

 言外に込められた意味を紐解くならこのような物だろうか。

 セイヴァーのマスターが間桐であるという確証はまだ無いが、特殊クラスの召喚を外部のマスターが出来るとは考えられない。つまり間桐臓硯の小細工だ。そして間桐のマスターが急造の魔術師であることもアイリスフィールは切嗣から教えられ把握していた。ともすれば、人払いの結界すら張れない程に彼は未熟だ。

 

「アイリスフィール、いざとなったら躊躇わずに海に飛び込んでください。着水するより先にあなたを拾い上げて見せます」

 

「ええ、お願いね。セイバー」

 

 彼女たちにとって優位なのはそれだけではなく、立ち位置もある。 背後を海に面したアイリスフィールは一見逃げ場が無いように見えるが、セイバーは水面を湖の乙女から与えられた加護によって走ることが出来る。退路も万全なのだ。

 

 

 どちらに転んでも対処可能。むしろ、恐らくはこの場を観測している衛宮切嗣が間桐雁夜を探し出す時間を稼げると思えば、継戦にもメリットがある。

 

 つまりセイヴァーの返答次第。

 

 

 

 

 

そして、セイヴァーもまた判断を己のマスターに委ねた。

 

『どうするの?』

『そう、だな。悪いが俺は、人払いの結界なんて、使えない。戦いはここまで、だ。ゲホ』

『おじさん?』

『問題ない。分かっていたことなんだ。…最後にこのセリフを、残しておいてくれ』

 

 

「セイバーさん」

 

 口を開いたのは、今まで殆ど喋らなかった白い少女

 

「私なら、その呪い、解けると思う」

「なっ」

「呪いを!?」

 

 予想外の返答に驚く二人。すぐさま敵の言葉を真に受ける事は無いと意識を切り替えるが、驚愕は意識の隙だ。

 

「じゃあね」

「え」

 

 てっきり何らかの取引を持ち掛けてくるものだと考えていた。相手の姿は少女ではあるが、サーヴァントは全盛期の姿で召喚される。計略に長ける者である可能性に思考を傾けている間に、彼女は背を向けて立ち去ってしまった。

 

「ええっと、今のは」

「……ブラフ、ですね」

「ブラフ?」

「ええ、これで私達の陣営は、ランサーとの決着が着くまでセイヴァーを倒すことを避けるべきになりました。この傷の呪いが解ける迄、彼女はもう一つの解決策になる、かもしれない」

「かもしれない以上、優先する相手ではない。ということね」

 

 誰も居なくなった倉庫街を見渡して、今回の戦いを振り返る。

 セイバーに一撃を与えて見せたランサー

 空を駆け雷鳴と共に現れたライダー

 無数の宝具を打ち出すアーチャー

 そして、少女の姿でありながら他のサーヴァント達を相手取って見せたセイヴァー

 

「これが、聖杯戦争」

「ええ、誰一人として尋常な敵は居ない。過酷な戦いになるでしょう。私の負傷をほぼ全ての陣営に知られたのも、かなりの痛手。申し訳ございませんアイリスフィール、無様をお見せしました」

「ううん。これは聖杯戦争。どんな出来事が起こっても、不思議じゃない。…それにね、セイバー」

 

 

「戦っているのはあなただけでは無いのよ?」

 

 

 アイリスフィールは気負いもせず、無邪気な笑みを浮かべてそう微笑んだ。

 

 

 

 

 

 同日、冬木ハイアット・ホテルが吹きとんだ。

 




リュウノスケェ‼キャラが濃い上にマジでリリィちゃんと接触した場合の化学反応が予想出来ねえ‼
マジで難題だわ


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コペルニクス的転回によって冬の城戦が書けそうです


「免許」という物が存在する。

一般的には法律によって禁止、制限されている行為に対し、その人物が十分な知識と技術を有し、責任能力があることを証明するものだ。

そして、免許証と一言だけ言えば大抵の人は自動車免許を想像するだろう。それはこの日本という島国において極めて一般的な身分証明書となるからだ。なんであれば、自動車免許としてではなく、身分証明として獲得する者も多いくらいだ。

 

さて、当然人間である以上学んだ知識も培った技術も、触れない時間が多くなれば忘れ去られ、鈍っていく。だが免許が取り下げになることはない。所謂ペーパードライバーと呼ばれるものだ。

果たして、ペーパードライバーは自動車の運転に対して十分な知識と技術を有していると言えるだろうか。

答えは否。言える訳が無い。つまり、自動車免許など唯の飾り、日本のえらい人は、それが分らないのだ。

 

「ね?ね?結構スピード出るもんでしょこれ‼」

 

 無邪気に玩具で遊んでいるのはアイリスフィール・フォン・アインツベルン(9歳)だ。筋金入りの箱入り娘であるアイリスフィールは玩具の性能を最大限発揮できる今、最高に生を実感していた。

 

 一応キリツグからルールとして日本の道路交通法なる物を学んだが、とりあえずぶつからなければよいのだろう。最早手足の如く操れるこの玩具、メルセデス・ベンツなんちゃらならば対向車が体当たりを仕掛けても避けられる自信がある。だから免許なんかなくてもモーマンタイなのだ。

 

「専門の運転手を雇っても、良かったのでは?」

 

 彼女の付き人として助手席に座るのは男装の麗人、セイバー。凡そ露見しつつある真名を名乗れば、アルトリア・ペンドラゴン。恐らく世界で最も有名な英雄にして、聖剣の担い手だ。

 そんな大層な英雄であっても無邪気な少女(人妻)の我儘を断ることは出来ず、運転席を明け渡してしまった事をやや後悔している最中だ。

 いっそ下手であればやんわりと言いくるめて変わることも出来たろうに、セイバーから見てもそれなりに様になったハンドリングであったために陳言しづらい。オブラートに包みまくった苦言を零すが。

 

「ダメよ。つまんない、じゃなくて、危険ですもの。ここで敵に襲われたらどうするの?」

 

まあ通じる筈もない。ご丁寧に本音と建て前両方を述べられては更なる反論も出来ない。

内心では騎乗スキルもある自分が運転した方が安全であることは確実だが、このお姫様の我儘を覆すのは容易では無いだろう。諦めと共に納得しようとした瞬間、セイバーの第六感が警笛をならす。

 

「止まって‼アイリスフィール‼」

 

 言うが早いか、セイバーはすでにハンドルの制御を奪い、急ブレーキをかける。高加速状態から適切なブレーキングにより車体は驚くほどに安定して停止する。

 状況は、安定しているとは言い難いが。

 

「アイリスフィール、車から降りて私の傍から離れないでください」

 

正面に要るのは、矮躯の老人。見た目相応であれば、メルセデス・ベンツの車体によって吹き飛び、山の斜面を滑落していくことだろう。だが、そうはならない。

 

「この気配、サーヴァントです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャスター討伐命令、か」

 

 昨夜の戦いの翌日、教会からの最優先通達事項が各陣営に伝えられた。内容は『聖杯戦争のルールを無視し魔術の神秘を脅かすキャスター陣営の討伐令』だ。この間、他のマスターは互いの戦闘行為を禁止されている。もし破れば、恐らく令呪獲得の機会を失うことになるだろう。

 

「まあ、真に受ける奴の方が少ないだろう」

「そうなの?」

 

 そんな状況下でセイヴァーとそのマスター、間桐雁夜は私服姿で外出していた。顔色の悪さを化粧で無理やり隠し、少女と手を繋いで歩いている。

 はっきり言って全く似ていない二人であるが、雁夜は魔術の修練により髪色が抜けて白くなっており、偶然にも少女と似たような髪色のため妙な勘繰りを受けることは無かった。

 

「ああ、遠坂時臣と、教会の監督役の息子が師弟関係にあるらしい。繋がりを疑って当然だ」

「…じゃあ、その教会の人って、すごく危険なんじゃ…」

「…ああ」

 

 監督役が有する、無数の令呪。もし監督役と遠坂時臣がグルだった場合、無数の令呪を時臣は有していることになる。

 

「ッチ クソ野郎め」

 

 令呪は空間転移すら叫ぶだけで行使可能になる切り札だ。例えアーチャーが出払っている隙に遠坂邸に侵入し、暗殺しようとしてもすぐさま呼び寄せられてしまう。その後も令呪の大盤振る舞いなどされては勝ち目が無い。

 絶対に許せない、確殺を誓った相手だが、方法を考えれば考える程その背中が遠すぎた。セイヴァーという望外の好相性のサーヴァントと500年の妄執を抱く妖怪を使っても、まだ難しい。

 

『貴様の目的は理解している。ある程度は付き合うが、優先順位を間違えるなよ。計画も戦略も貴様では能力不足だ。現場の人間は目先のことに集中しろ』

 

 思考の渦に飲まれそうになっている雁夜を叱咤するのはセイヴァーの疑似サーヴァント、黒騎士だ。今は特殊な霊体化状態なのか、赤い光が宙に浮かんでいる。或いはそれが魂なのだとしたら。

 

(この子は、魔法使い、なのか?)

 

 抱いた疑問を頭を振って掻き消す。そんなことに関心はない。大事なのは桜の救出だ。その次にセイヴァーとの約束があり、それ以外のすべてが雑事である。

 

 意識を切り替えた先で見たものは、冬木が誇る最高級ホテル、冬木ハイアット・ホテル…跡地である。

 突如発生した大規模災害であったにも関わらず、事前に火災警報器が発報していた為人的被害なし、テレビでは朝から奇跡の倒壊事件と言われている。

 

『…死臭も血痕もなし。ランサー陣営は無傷でここを去っているわ』

 

 そう断言するのは異形の魔女だ。水を操る魔法使いである彼女は周囲の水気に干渉し、周囲一帯に魔術師の痕跡が無いことを告げる。

 彼女こそ間桐臓硯に対する切り札であるが、その作業の手を止めて迄付き合ってもらったのは此処にいたであろうマスターが脱落したのかそうでないかの確認のため、だけではない。

 

『魔力の残渣は2種類、どれも爆発や破壊の為に振るわれたモノではないわ』

 

 つまり、倒壊の原因は魔術を使用しない完全物理攻撃だということ。地震大国である日本の高級ホテルがこうも容易く倒壊するなど早々考えられることでは無い。いったい何キロの爆薬を使えばこうもキレイに潰れるのか。

 

 これをやった人間が、もしタンクローリーをジャックして間桐邸に突撃したらと思うとゾッとする。あの家は対魔術ならともかく、物理に対してそこまでの強度は無い。そして間桐の蟲は陽の光が弱点だ。匠の技によって風通しや日当たりが良くなってはたまらない。

 

「キャスター討伐は遠坂に任せよう。どうせ横からハイエナのようにかっさらって行くに決まっている。まずは衛宮切嗣を排除しよう。セイバーのマスターは女の方らしいからな。無関係な外部の魔術師と戦っても、責められる云われは無い」

 

 この方針は間桐の妖怪にも概ね同意を得ることが出来た。

 次の相手は、衛宮切嗣だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「してやられたよ。ああ、認めよう、これは私の失態だ。よもや魔術の神秘を競う場で、周囲の被害を考えもせず、あのような玩具で私の命を狙う愚物が居るとは想定出来なかった、私の落ち度だとも」

 

「我が主よ。卑劣漢の思考回路など想定するに無意味です。私としてはあの倒壊を完璧に防ぎ切った魔術の手腕に敬服の念が堪えません」

 

「ふん、その程度の事は当然であろう。腹立たしいのは用意した悪霊共を己の手で始末しなければならなくなったことだ」

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは敬虔な魔術の学徒だ。神秘の秘匿は徹底しなければならないという信条から、ホテル倒壊に巻き込まれながらも自身の魔術工房に解き放っていた魍魎、悪霊を瞬く間に駆逐し、魔力炉を安全に停止させて見せた。その手腕は絶技と言うほかない。

 ランサーとしてはその倒壊中、トラップの処理に手一杯になる主と奥方の守りを完全に任されたことが嬉しかった。自身の能力に信頼を置き、主は魔術師としての使命を全うしたあの瞬間、自分たちはまさしく理想の主従であると感じることが出来た。

 

「それだけではない、よもや魔術師の決闘の場に魔術を理解しえぬ凡愚がいるなぞと、度し難いにも程がある」

 

「お怒りは尤もかと。主の華々しき戦果を穢す愚劣なマスター、醜悪なキャスター。共々成敗するに躊躇う理由は存在せぬかと」

 

 セーフハウスとしてキープしていた廃病院の中で魔術師と騎士は今後の方針を練る。

 目の前のサーヴァントは気に食わない点は数多いが彼のブリテンの王、アーサー王と互角以上に戦えることが分かっている。しかし、あのアーチャーの無数の宝具やライダーの飛行能力など驚異が多いのも事実。

 

「考えるべき要素は数多い。宝具二種を早々に明かしたのは痛手であった」

「は、申し開きもなく、私の失態であります。つきましてはキャスター討伐令に先んじ、他陣営の横やりが入る前に成敗する所存です」

「早まるなと言ったであろう。そも我々はこの地にとって外の魔術師。御三家と言える遠坂、間桐、アインツベルンを出し抜いて、仮にも英霊であるキャスターを捜索する事は至難を極める。そして遠坂も令呪を使用し、アインツベルンはランサーの呪いが残っている。令呪の存在はそれらを取り払う可能性も、ある」

「令呪による強引な解呪、ですか」

 

 魔術師としての見解を述べるなら、十分に可能だ。オリジナルの宝具ならまだしも、サーヴァントとして現界している宝具である以上、令呪の干渉は防げない。干渉が可能ならば、呪いを剥がすことも不可能ではないはずだ。となれば、キャスター討伐に遠坂、アインツベルンが積極的になってくる。

これらを出し抜くのは、難しい。

 

「ランサーよ。はっきり言う。貴様は乱戦において最強とは言い難いであろう」

 

「…雑兵に後れを取りは致しません。しかし、昨日見えた戦士と一同に会し、混戦となれば…」

 

「よい、そもそのような事態に陥ることなどない。この私が指揮を執るのだから」

 

「は」

 

「ふむ、今の状況においてサーヴァントを落とすことに固執する必要はあるまい。御三家を監視しキャスター討伐までは静観する」

 

静観する。結論は消極的なそれであったが、ケイネスの戦意は増すばかり、いや、これは怒りであるだろう

 

「が、品性のない東洋の猿を絞めるのは貴族たる私の仕事だ。あ奴は、マスターでは無いからな」

 

 

 

 

次の戦場は、アインツベルン城

 

 

 

 

 

 アインツベルンが保有する冬の館。品の良い調度品や格式ある家具が調和のとれた配置で置かれている。周囲を鬱蒼とした森に囲まれていながら、その内装は温かみのある邸宅であった。

 

 尤も、その中の会話に温かみがあるとは、言い難いが。

 

「ねえ切嗣、他のマスターも全員がキャスターを狙うと見ていいかしら」

 

「まあ間違いないだろうね。だが、そう過信することも出来ない。僕ならキャスター討伐に乗り出すマスターを狙うが、逆もまた然りだ。今は積極的な行動よりも情報収集に重きを置くべきだろう。特にキャスターはセイヴァーに因縁があるようだし、これを機にセイヴァー、キャスターの手の内が分れば幸いだ」

 

 

 

第二戦、倉庫街戦での戦いの後に接触したキャスターは帰還中のセイバーとアイリスフィールに接触した。

緊張状態の二人に対してその人物は、落胆を見せていた。

 

『ああ、やはり、違う。違うのですね。ああ、比べてみれば瞭然です。あの清純にしてあらゆる冒涜を押し流す神聖さ。彼女もまた聖処女ジャンヌに劣らぬ聖者…それと比べれば貴女など、格落ちも良いところだ…』

 

 或いはここで更なる一戦かと身構えたが、呟かれたのは侮辱ともとれる独り言。先ほど見えた英雄達のクラスを考えると、考えられる枠はキャスターかバーサーカー。ふむ、どっちだ?

 この程度の挑発に乗るセイバーでは無いし、なにより相手の目論見が分らない。

もし戦いとなれば、バーサーカーであれば負けはせずとも消耗のリスクが、キャスターであれば呪いなどの弱体化のリスクが伴う。対魔力を有しているとはいえ、先ほど癒えぬ呪いの傷を負ったのだ。無理押しをする場面ではない。

 

『口を開いたかと思えば侮辱か?私としても彼女、セイヴァーが一角の英霊であることは認めるところだが、私と彼女を貴様のような無礼者に比較される云われは無い』

 

『おや、気を害したのならば謝罪を、私はキャスター。ジル・ド・レェ。まあ忘れて頂いても構いません。あなたの名乗りも、不要です。セイバー殿』

 

 そのままキャスターは一礼し、消えた。

 

 

 

 

 奇妙な邂逅であったが得た情報は大きい。キャスター、ジル・ド・レェ。その真名が判明したのは他に無いアドバンテージだ。

 

「ジル・ド・レェと聖処女ジャンヌというセリフからして、相手は百年戦争終結の英雄、元帥ジル・ド・レェで間違いない。しかも、ジャンヌ・ダルクの死後荒み切った晩年の状態で召喚された者だろう。つまり錬金術に傾倒したキャスターという訳だ」

 

「アレ、錬金術師なの?」

 

 仮にも英霊に対してアレ呼ばわりするアイリスフィールの心情も尤もだろう。先の一戦に見えた英霊達と比べれば、誰かの言った通り格落ちも良いところ。なんか目がギョロついているし、失礼かもしれないが、初めて生理的に無理と言う感覚を覚えた相手だ。そんな相手が自分たちの誇りとする錬金術を扱うという。 

何というか、早く脱落してくれればいいのに、という感想だ。

 

「錬金術師としての能力は未知数だが、警戒するべきは其処ではなく、元帥としての戦術眼だろうね。最低限、相手の陣地ではなく、釣り出したところを叩くのが最善の相手だ」

 

 実に理性的で、合理的。但しそれは関わる人間の納得を置き去りにしている。自身を道具として定義する久宇舞弥は反対する訳も無く、世間を知らないアイリスフィールは対案を出すような見識が無い。

 だが聖杯戦争の主力はサーヴァントだ。アーサー・ペンドラゴンという一国の王として君臨した者が『凶悪犯罪者を放置する』などと言う判断を肯定できる筈がない。

 昨今世間を震え上がらせているニュースからするに、相手は相当に手段を選んでいない。あの手の輩は準備を怠ることを知らない。そして、その準備と言うのは相当の犠牲を積み上げて完成するものだ。

 

「マスター、それでは足りません。キャスターの悪行は容認しがたい。これ以上被害が出る前に、こちらから

「ランサーのマスターを仕留めきれなかったのは、僕のミスだ。恐らく今回の命令を無視してでも逆襲にくる恐れがある。いや、来る。敵を複数抱えた状態で攻め込むなど、ありえないんだ」

「っ」

「切嗣‼」

 

 言外に左腕の負傷を挙げられては言葉に詰まる。ランサーからの傷による弱体化を取り返すべく、切嗣はマスター本人へ攻撃を仕掛けた。だが、死亡していない事は確かだ。こちらには聖杯の器であるアイリスフィールがいる。ランサーが何の問題もなく現界し続けていることは確認済み。サーヴァントの力を侮った切嗣の確たるミスだった。

 相手のプロフィールを考えれば、聖遺物を盗んだというウェイバー・ベルベットか、自分たちの元か、どちらかに攻め込んでくるだろう。

 

「アイリは襲撃が来たら地の利を活かして逃げに徹してくれ。人間のマスターは、僕の領分だ」

 




そう。キャスターは来ない‼まさに逆転の発想‼

なお、書いてた冬の城戦は全部書き直しの模様。

あ、そうそう。続き出るそうですよ。エンダーリリィズ。神。マップのど真ん中空いてるからこれDLC来るんじゃねえのとか思ってたら新作出たよ。草。誰だだよエンディング追加されてDエンドとEエンド、ENDER LILIESのタイトル回収だ‼とか言ってたやつ。Cルートをやり直せ。

意味が分かると泣けるエンディングでした。神

(このくらい言っとけば何故か居る未プレイ勢も興味持つでしょ)


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6

作者は格闘ゲームなんかやったことないです。悪ふざけの極みみたいなやつにどんだけ時間かけてんだ。


セイヴァーはかつていた国、果ての国の戦いで、多くの傷を負い、失った。

 

その最たるものは尋常ではない呪詛の蓄積だろう。セイヴァーは常に自身に対して浄化し続けなければならない程に穢れに蝕まれ、言ってしまえば弱体化していた。それこそが魔力A---の正体。今やリリィは、一度たりとも祈りの奇跡による結界修復が出来ないのだ。

 

「いや、でも一回だけ使っていなかったか?ランサーから一撃入れられた後、光っていた奴がそうだろう?」

 

そう、失った祈り奇跡を、一度だけ行使する方法がある。レリックという宝具とは異なるマジックアイテム。しかし、これもまた、大きく弱体化している。

20あった魔導の鎖と呼ばれる、レリックの活性化の為のアイテムが破損した。それらの破片は魔女ととあるクソ野郎が修復したが、運用できるレリックの最大数は5つになった。うち2枠が固定であり、およそ変更不可。そして祈りの奇跡を一度行使できるようにするレリックもまたほぼ固定枠だろう。

 

「そして、残りの二枠は初戦と言うこともあり、防御と攻撃頻度に振っている。とっておきのレリックがあれば、あのランサーの一撃も完璧に防げた可能性も…」

 

「それは無理」

 

 愛娘を自慢するような口ぶりの騎士を遮って、またも触手を体表に表す少女が遮った。

 

 

 

 

 

 

 間桐邸において蟲の目が届かぬ場所など存在しない。そんな認識も今や昔。黒の魔女によって監視の蟲の認識を弄り、見聞きしている内容を書き換えているため、ここ間桐邸の私室こそが唯一臓硯の目から逃れる一室となっていた。

 

 今話し合っている内容は先の戦いの戦果とセイヴァーの状態についてだ。セイヴァーはそもそも死して英霊になった存在ではなく、生きた生身の存在であるらしい。彼女をこの世界の存在であると定義する為に令呪による楔が必要であり、彼女が現界するのに必要な魔力は浄化によって発生した魔力によって賄われている。要するに運用コストがほぼ0なのだ。

 

 その上でスペックは非常に高い。まだまだ晒していない手札があることを考えれば現状はかなり良い波に乗っていると言える。だが、少女の表情は硬い。

 

「わたしね。多分、初めて生きてる人と戦ったの」

 

「…いや、サーヴァントはすでに死んだ英霊なんだけど」

 

「そうだけど、そうじゃなくて」

 

 言いたいことは有るが、言葉に出来ない。そんな風に眉を寄せて悩む少女に騎士が助け船を出した。

 

「言いたいことは分った。雁夜、セイヴァーが今まで戦ってきた相手は殆ど理性のない穢者、こちらで言うバーサーカーばかりだった。駆け引きもなくただ生前の技を繰り出してくる相手だった為、セイヴァーは数十という相手をほぼ無傷で倒してのけ、百を超える穢者を浄化した。だが、今回の相手はサーヴァント、全員生前の全盛期だ」

 

そういわれて思い出すのはランサーから初めて攻撃を受けた時だ。彼は目の前に現れた盾騎士を事前に察知していたかのように赤槍を静止させ、黄槍にて反撃してきた。所謂、フェイント。セイヴァーはまんまとそれに引っかかった訳だ。

 

「盾騎士はセイヴァーの旅を支えた中核的存在だ。ヤツの防御とカウンターから攻勢に出て一気に討ち取る。セイヴァーの黄金戦術だったが、ここでは通用しない可能性がある。セイヴァーの不安も尤もだ」

 

 悪いように言えば「思ったより強くて怖くなりました」と言うところだ。勿論、その程度の弱音でセイヴァーへの評価が下がることなどない。初めて体験したフェイントという概念、そこから強烈な一撃を受けたのにも関わらず、セイヴァーは堂々とした姿を敵に見せた。事前に立てた目論見は完璧に遂行されている。

 

「分かった。要するに、対人戦への駆け引きを学ぶ必要がある。そういうことだな?」

 

「そうは言うが容易ではあるまい。華奢な見た目だがそこいらの一般人よりよほど強いぞ、セイヴァーは」

 

 確かに格闘技などの道場に入ればフェイントや駆け引きを学ぶことは出来るだろう。だが間桐のサーヴァントであるセイヴァーは真っ当なマスターなら監視の目を付ける。霊体化出来ないセイヴァーではそこからどんな情報を抜かれるか分かったものではない。第一セイヴァーの眼をもってすれば一般人のフェイントや駆け引きなど引っ掛かってからでも対処可能だ。むしろそれは変な癖が付く原因だろう。

 

 雁夜が思いついたこのプランは効果的、とは到底自信を持って言えない。だが駆け引きを学ぶという一点に対してのみそれなりに有効で、言うなればローリスクローリターンの策であると言えた。

 

「要するに、一般人とフェアな勝負が出来ればいいんだよ。任せろ、ここは日本だぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『昇・竜・拳‼』『ヨガファイアー』『波動・拳‼』『ヨガファイアー』『竜巻旋風脚‼』『ヨガファイアー』

 

「むううううううう‼」

 

「いやセイヴァーすごいな。この短い時間で完全にリュウ使いになってやがる」

 

「むううううううううううううううううううう‼」

 

「…なあ貴様、さっきから見ていて思ったのだが、リーチ差が酷すぎないかコレは?」

 

「……まあな、正直酷いのはリーチ差だけじゃなくて、喰らい判定から戻り時間からいろいろと酷いんだ」

 

「なるほど、CPU戦とは違ってキャラクター毎の長所短所を把握したプレイヤーには別種の読み合いが必要になるわけか」

 

「むううううううううううううううううううううううううううううう‼」

 

 

 

 

 

 間桐雁夜が外出したかと思えば一時間ほどで帰宅し、その手にはとあるゲーム機本体と数本のソフトが入っていた。興味深げに覗くセイヴァーだったが聖杯から与えられた知識にそのような低俗で下賤な知識(ウェイバー・ベルベット談)があるはずもなく。なんならテレビに対しておっかなびっくりな様子に若干の微笑ましさを感じていた。そんなことから5時間後、セイヴァーはリュウでCPUを降した後、雁夜と対戦していた。

 

『ストリ〇トファイタ〇2』

 

アーケードゲームの据え置き機移植版ゲームであり、懸念もあったが裏切るように高クオリティで発売された本作は格闘ゲームの火付け役として存在感を見せつつある名作ゲームだ。

 そして雁夜が目を付けたのは対人ゲームという性質から、一般人とフェア(?)な条件で戦うことが可能であると考えたのだ。

 実際初めてのテレビゲームということもあって最初、そう、最初の30分程度は非常に拙い操作だった。視線がコントローラーと画面を行ったり来たりするのだからCPUと言えどそう易々と勝てはしない。筈だったのだが、

 

『昇・竜・拳‼』ビシバシビシ

KO‼

 

『昇・竜・拳‼』ビシバシ『波動・拳‼』ビシバシビシ

KO‼

 

『昇・竜・拳‼』『波動・拳‼』『昇竜拳‼』ビシビシ

KO‼

 

 

 

1時間で必殺技を全て扱えるようになり、昇竜拳を軸にコンボを決めて叩きのめすというスタイルをさらに2時間で確立。総プレイ時間4時間にしてストーリーモードクリアという空前絶後の記録を打ち出した。

 

それから本命の対人戦という段に入り、雁夜は初手から手加減を捨てていた。

躊躇いもなく強キャラを選択し、強技、強コンボに、メタ戦術の全てを使ってセイヴァーをボコボコにしていた。言い訳を一つするならば、そこまでやって何故か自キャラの体力が半分減っている時点で手抜きなど出来る程自分は強くないのだ。と弁明する。いや、本当になんなんだこの少女は。2Dアクションゲームの世界から来たとでも言うのか。

いずれセイヴァーは雁夜程度のエセ格闘ゲームプレイヤーを遥かに超えて世界に羽ばたいていくだろう。そう思わせる程に、少女は才能に満ち溢れていた。

 

「むううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう‼」

 

 

 

 

 

 

それはそれとして、少女セイヴァーにも堪忍袋の緒という物がある。

 

 

 

基本穏やかな性質だが、セイヴァーにも普段は見えない一面という物がある。しかし、召喚されてから雁夜の前で、確かにその性質は発露されている。

 

それ即ち、負けず嫌い。

常人なら回れ右して走って逃げるような穢者の群れにも、恐れをなさずに突っ込んでは召喚術と体捌きで振り切ってしまう他、仕掛けによって閉じ込められよう物なら一匹残らず浄化しつくすなど、常在戦場勇猛果敢といった、外見からかけ離れた性質を有している。

 

『立てば白百合、祈れば聖女、戦う姿は戦乙女(ヴァルキリー)

 

こう詠んだシスターは珍しく妹から拍手を送られていた。

 

さて、少しばかり話が良く逸れるが今更今話がコメディ回モドキであることを疑う者は居ないと思うため、良しとする。

 

そんな負けず嫌いな少女であるが、基本ルールは守って勝ちたいと思う派…ではない。

壁の向こう側に敵がいると第六感にて察知したなら壁越しに攻撃するし、遠距離狙撃もする。えらい人は言いました。「勝てば良かろうなのだ」と。

 

相手はリュウの弱みと自キャラの強さを良く理解した強敵である。これに勝つのは容易ではない。

なら、相手の弱点を突くほかない。

 

コントローラーを置いて右手を硬く握りしめ、高く高く持ち上げる。 弓を絞るかのようにゆっくりと振り上げる。

 

「あれ、動いてな、!?」

 

不審な動きに気付いた敵は身構えるがもう遅い。関節の撓りによって握りしめた拳はモーニングスターのように絶大な破壊力を持って加速、着弾点は左肩。軌道良し。

 

「直接攻撃は、」

 

何やら敵が言っているが構うことはない、渾身の一撃は減速することなく、ヒット。

 

「反則っ痛ってえ‼」

 

相手は痛みに怯んでいる。追撃のチャンス。なんなら3騎同時攻撃を行うところだが、皆後ろで呆れているため協力的でない。仕方ないので左手を同じように振り上げる。

 

「ちょ、待って」

 

待ってと言われて待つ奴は居ないと、あらゆる物語で書いていたので待たない事にする。2撃目、発射、ヒット。

 

「マジで痛い‼」

 

2撃目と入れ替わるように右手はすでに振り上がっている。受けるが良い。これが新たなる白巫女の秘儀。

 

アクション

連続攻撃(ぽかぽかパンチ)

少女の渾身の連続パンチを放つ。攻撃性能は無いに等しい。

だが、精神的ダメージが見込めるかも知れない

 

 盤外戦術により雁夜はセイヴァーにボコボコにされ、敗退した。悪は滅びるのだ。

 さて、世の中にはこんな言葉もある。これ驢事未(ろじいま)()らざるに馬事到来(ばじとうらい)す。意味は…

 

 

 

 

 

「雁夜、おじさん?…何してるの?」

 

 

問題が解決する前に、新しい問題が飛び込んでくることである。

 




やったことないゲームをネタに小説を書こうとするからこうなる


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7

お前さあ…前回も言ったよなぁ?やったことないゲームを題材にするなって。


 雨生龍之介は世界を愛していた。とある転機の訪れからずっと、龍之介は死についてずっと考えていた。死とは人生の終着点で、華々しく、或いは惨たらしく、人間の心に強く『何か』を訴えかける。

 その『何か』をずっと探し求めていた。きっとそこに、世界の真実の一かけらがあると確信しているから。

 

最初の殺しはナイフを使った。流れ出る赤い血液と顔を白くしながら眠るように死んでいった姉。ある意味最初の作品である姉はあえて加工せず、そのままの姿で飾っている。

それから暫くナイフによる出血死を題材にアートを作っていった。人は静脈を切った程度ではなかなか死なない。だからどれくらい切れば死ぬのか、どれくらい時間が経てば死ぬのか。様々なデータを実際に殺して集めた。龍之介の下積み時代と言えるだろう。

 

程なくして、龍之介は新しい気づきを得る。喉を割いて殺した時、彼はゴホゴホと咳き込み苦しみだした。

血が、気管支から肺に入ったのだ。

世界の解像度がまた少し上がった。血液だけじゃない、内臓、骨、神経、呼吸…人体の構造は人間程度が知りつくすには余りにも複雑で怪奇で美しい。殺し方は、まだまだたくさんある。

 

 両肺にピックで穴を開けてみた。窒息という発想から真っ先に思いついた手法だ。これもなかなか面白く、呼吸をしても肺が膨らまず、開けた穴からブスブスと血と空気が出てくるのだ。溺れる苦しみと違うのだろう、苦しみかた、死ぬまでの時間、顔の血色変化、どれをとっても変化があり、アプローチを変えるという手段が間違っていなかったことに気付いた。

 

 さらに平行して解体も試してみた。適当なカッターナイフで死んだ男の中身を切り開き、ドラマで見た開腹手術を想像しながらやってみた。

 

 それはさながら、万華鏡。

 神は細部に宿る。普段目に着かないような人体の中に、鮮血に隠れながら白い骨、ピンクの胃腸、肺は黒く斑であったが、それを汚れているなどとは思わなかった。

 

 ここまでくれば、次にやることなど決まっているも同然だ。

 すなわち生きたまま解体する。出来れば麻酔などせず、抜き出した血と内臓の美しさに共感してもらいながら感動と共に死んでほしかった。

 雨生龍之介はこの芸術の理解者が欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、そんな妄想が叶う筈もなく。龍之介はスランプを迎えることになる。

 

 

 

 

 

 

男が二人、森の中を歩いている。

会話は無く、空気は張り詰め、時折鋭い風切り音まで発生しているではないか。

凡人であれば視界に入った瞬間回れ右して立ち去るだろう。どこかの聖遺物窃盗犯ならば這ってでも逃げ出すはずだ。それほどまでに異様な雰囲気を漂わせていた。

 

だが、両者の心情は決して悪い物では無かった。

ランサー、ディルムッド・オディナはこれより魔術師として戦う主の露払いの為に戦意を高め、従者としての本分を全うする決意あり。

マスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは魔術師が集う決戦であるべき聖杯戦争に、何の神秘も無い爆薬と建物の倒壊などという手段で己を殺害できると思いあがった愚物に誅罰を下すと決定した。

 

それぞれが己の役割を理解した上で、黙々と結界を破壊しながらアインツベルンの森を抜け、ついに居城の正門迄辿りついた。

 

「ランサー、開けろ」

 

「はっ」

 

 固く閉ざされた城の門は、当然魔術的にも、物理的にも強固に固められていた。

 それに一体、何の意味があろうか。

『破魔の紅薔薇』 名の通り深紅の長槍はあらゆる魔術的効果を無効化する。

『ディルムッド・オディナ』 ケルト神話の英雄、フィオナ騎士団にて至上の勇士。

このような扉一枚で止められるような男ではない。

 

一閃

それによる破壊の痕跡は一切無い。扉は硬く閉ざされたままだ。但し、

 

「どうぞ、我が主よ」

 

その扉は外敵を阻むという使命を忘れ、至極当然のようにランサーの手によって開け放たれた。

よく見れば扉の施錠の類が両断されている。余りにも滑らかな断面であるため、気づく者の方が少ないのでは無いだろうか。

 

 そうして難なくアインツベルンの居城に侵入したケイネス・エルメロイ・アーチボルト。これから先、ランサーはセイバーの抑えとして起用する為、正しく愚物と己の一騎打ちになる。それこそが、己が此処に来た理由。

 

「エルメロイ家9代目当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが罷り越した。アインツベルンの魔術師とそのサーヴァントよ。その姿を見せるがよい」

 

 返答は沈黙。

 軽く見渡せば周囲には凡俗の世界に普及するかめらなる物がこちらにレンズを向けている。

 

「姿を見せない、と言うのであれば、失礼だがこちらから向わせて頂く」

 

 そう宣言し、極めて自然な姿で、時計塔の廊下を歩く姿勢と何ら変わりない速度でケイネスは歩く、

 

 1歩、2歩、3歩、4歩、5歩、そして…

 

「止まれ、ランサーのマスターよ」

 

 ようやくアインツベルン側の人間、聖杯戦争の敵対者、セイバーが姿を現した。

 姿は当然戦闘態勢。蒼銀の甲冑を身に纏い、室内であるはずのエントランスに風が流れている。

 

 

 

「ランサーのマスターよ。まさか聖杯戦争を取り巻く今の状況を知らぬとは言うまいな。聖杯戦争に無関係な人々を巻き込むキャスターを聖堂教会は討伐せよと指令を出した。その間の停戦指示も合わせてだ。今引き返すなら、目を瞑ってやってもいい。速やかに去るが良い」

 

「何を言うかと思えばセイバー。よもや昨日のホテル倒壊事件を知らぬわけではあるまい。無関係な者を巻き込んだのは、そちらの傭兵も同様だ。よってこの私自ら誅罰を下しに参じたまでの事。其方は此度、手出し無用だ。ランサー、セイバーの動きに注視し、動くようなら掣肘せよ」

 

ギシリと歯を噛み締める音が鳴る。

ホテル倒壊事件の事を云われると痛い。知らなかったこととは言え確かにセイバーの本来のマスター、衛宮切嗣がやったことだ。民間人の避難は完全に終わっており、死者は出なかった奇跡の倒壊事件。しかしあれだけの高層ビルが倒壊し、瓦礫やガラス片が飛散し、誰も怪我を負わなかったなんてことはない。

 

 確かに、間違いなく、我々の陣営は無関係の民間人を巻き込んでいる。

 だが、これに関してセイバーは内心で決着を付けている。

 

 敵サーヴァントと敵マスター、どちらも脅威である以上、アレは手段としてアリだと。

 真にマスターが外道ならば民間人の避難を無視してビルを倒壊、不意を打つことも出来ただろう。だが、そうはしなかった。だから、あの一件はセイバーにとって黒よりのグレーだ。

 

 故に今セイバーを追い詰めているのは其処ではない。即ち、切嗣をアインツベルンの傭兵として補足し、聖杯戦争に横から首を突っ込んでいる部外者を殺しに来たと述べている点だ。加えてランサーも動かないとなればそれは魔術師同士の決闘以外の何物でもない。

 しかし、はい、では切嗣を呼んできます。とはならない。

 

「…その一件については謝罪しよう。ランサーのマスター。どうやら彼は貴殿を今まで殺してきた凡百の魔術師と同一視してしまったようだ。おかげで聖堂教会に睨まれ、抗議文が届いてきた。

よって彼は先の失態を取り返すため、キャスター捜索の為打って出ている。残念ながら不在であるし、キャスター捜索の手が減じるのは聖堂教会も本位では無いはず。機嫌を損ねたくないのなら、彼との決着はキャスター討伐後まで待たれるほうが良いだろう」

 

 腹芸は好きではないが、出来ない訳もない。魔術師と聖堂教会は天敵同士、という情報は(切嗣がアイリスフィールへ教えていたのを聞いた為)知っている。時計塔のマスターであるなら危険な橋は渡りたくないはずだ。

 

「誠に残念なことだが、その提案は却下させていただく。何しろ人の魔術工房を何の対策もなく吹き飛ばすような愚か者だ。聖堂教会はむしろ排除に賛成だろう。故に…」

 

 ケイネスはさらに、一歩を踏み込む。

 足を振り上げ、足元に伸びる一本の鋼線を踏み潰すように。

 

 直後発生するのはC4爆薬の爆発。伴って高速で飛来するベアリング球1400発。

 クレイモア対人地雷。ワイヤー信管などと言うオタワ条約に真っ向から喧嘩を売っている代物は極めて優秀な殺傷能力を発揮して、アインツベルンの内装を容赦なく粉砕した。もちろん…

 

 「品性に欠けるが、少しばかり手荒に行くぞ、ドブネズミめ」

 

 渦中の人物、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトには埃一つ付いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじさんどいて。そいつころせない」

「ごめんなさい、おじさん」

 

この一幕を切り取れば、さも物騒な展開に発展したかのように見えるだろう。大丈夫、表面張力限界まで膨らんだ水面のような緊張感は、今は幾分和らいでいる

 

「むうう。次は、ここ」

「あたらないよ、そんなの」

「じゃあ次はこう、こう、こう」

「だから、無駄。こことここ」

「あ」

 

 

YOU WIN

バトルロワイヤル形式ゲームにおいて桜のアバターキャラが最後に残り、高々と拳を掲げている。現実の桜ちゃんも同じようなポーズをし、我に返ってまた表情を隠す。最後の接戦を演じていた少女セイヴァーも悔し気であるが、どこか微笑まし気で穏やかだ。少なくとも実力行使になるような展開は無いだろう。

おじさん?開始2行後の行間で倒されたよ。

 

『ボンバ〇マン』

 

平面見下ろし型の2Dアクションゲーム。プレイヤーは爆弾魔となって爆弾を設置、3秒後に爆発し、上下左右の4方向に発生する爆風でオブジェクトや敵モブ、対戦プレイなら敵プレイヤーを攻撃するという、実にタイムリーな作品だ。

 (極めてどうでもいいが、例のホテルのオーナーが親父だった為、損害を回収すべく今保険会社と喧々諤々の鍔競り合いをしている。流石に間桐家の金の話になるので親父はその方面に集中していて欲しいところだ。)

 

 

 

 

 桜ちゃんが部屋に入ってきて暫く、緊張の空白時間が発生した。だが、桜ちゃんはセイヴァーを見つめたまま動かなかった。

ふと、可能性を感じたのだ。だから俺はなけなしの度胸と気合を駆使して…

 

『────やるか?』

 

 

 そう、提案してみた。

 桜ちゃんは今まで多分テレビゲームなんてしたことが無い。魔術師と言うのは基本機械関係が嫌いだから時臣の家には下手すればテレビすら無いだろう。そんな彼女がゲームに好感触を抱くかどうかはかなり分の悪い賭けだったと思う。でも。

 

『────やる』

 

 そういって雁夜を挟んでセイヴァーの反対側にボスッと気の抜けた音を立てて腰かけたのだ。

 それから、流石に3人で1対1のゲームをするのは違うだろうと思って取り出したのが、『ボンバ〇マン』だったというわけだ。

 

 

 

 

 

最初こそボタン操作の覚束ない桜ちゃん含め、およそ全員自爆したりしていたが、今ではセイヴァーと勝利を競っている。

おじさん?おじさんは大人だからね。二人が仲良くなるための三枚目って奴さ。

だが、しかし。

 

「だからって12回連続最下位は納得いかねえ!ここらで大人の本気見せてやる‼」

「あ、まって、ダメ…‼」

「よっし‼」

 

 

 

 

 

YOU WIN

堂々とウィナーポーズをとるのは黒色のボンバーマン。現実においても堂々たるウィニングポーズを掲げるのは桜ちゃんだった。一拍置いてすぐさま表情を隠す。

 

 

「こほん、わたしに逆らうから」

 

 …葵さん。すみません。どうあがいても間桐家は、教育的に悪すぎました。

 因みに何故か桜ちゃんの反対側の肩にすごい連撃が響いてくる。なんで?

 ボスっと気の抜ける音を立てながら桜ちゃんはまた深くソファに座りこみ、続きを促す。だが続行を選択できるのは1Pのセイヴァーだ。

 連撃が止まる。だがゲーム画面は動かない。振り向いてみればセイヴァーの表情から穏やかさが消え、怜悧な雰囲気を纏っている。

 

 背後に現れたのは黒衣の剣士

 

「アインツベルンの城で戦闘だそうだ。向かうかどうかはお前に任せる」

 




作者はボンバ〇マンをやったことがありません。
この時代にスマブラかエアライドがあればなぁ。


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8

独自解釈が火を噴きます。そして別に重要ではない。


 セイバーの監視にランサーを残し、すでに間取りを把握したアインツベルンの城をひた歩く。

 礼装によって補足した人影はセイバーの元に走る者と、ガチャガチャと喧しい音を立てて移動する者の二名。

 恐らくではあるが、セイバーの元へ向かっている者は先日の女性マスターだろう。そして品のない鉄擦れ音を立てているのが傭兵で間違いは無いだろう。

 

 歩けばそこいらから爆発と金属球が飛んでくる為、常に走査し続ける事は出来ない。しかし動きの連続性を考えればどこかに誘い込むように動いているのは用意に判る。追いかけっこに興じる趣味も時間も無いためケイネスは内壁を切り飛ばしながら足音の方へ向かっていく。

 

 6時方向(真後ろ)、8m。敵影あり。

 

「なに‼」

 

 あり得ない場所に突如現れた新手。咄嗟に振り返れば放たれる9×19mmパラベラム弾のフルオート射撃。ケイネスにとっては爆竹程度の脅威でしかない。事実それら鉛玉の数々は高密度圧縮流体によって絡めとられ、雨水のように地面に転がっていくのだから。

 故に、重要なのはそこでは無い。

 

「私の背後を取るとはな‼」

 

 自立走査は基本設定に従って人間の心拍、体温を計測するものだ。特に心拍はどれだけ音を小さくしようと一定のリズム。これを隠蔽することはかなり難しい筈だ。

 つまり、己の裏を掻ける程度には学がある猿だという事。

 キャリコM950の一マガジン分が打ち尽くされ、弾幕が切れると共に自動攻撃。速度は音速を超え、先の弾丸より遥かに速い。それが胴体を断ち切るように一閃、頭をカチ割るように二閃。さらに跳躍による回避先を仕留めるための3閃目を待機状態にしてチェックを掛ける。回避・防御を選択しても次手で終わる。そう確信できる盤面だ。

 

「Time Alter Double Accel」

 

 しかし。そうはならなかった。

 一撃目と二撃目を避けるために男は跳躍。放たれる3撃目を猿は壁を蹴りこむことで更に跳躍。高く空中に出た男はリロードを終えた短機関銃を鳴らす。自動防御が反応し、攻撃が止まる

 

 目の前の男は不可避の盤面を避け、またしても爆竹を鳴らしながら壁裏へと逃亡する。ケイネスは呆然とその姿を眺めていた。

 呆気にとられたような表情で、素早く頭脳を回転させ、結論する。

 

「固有時制御、それを二小節で扱うとは。――――残念でならん」

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは魔術師だ。魔導という学問への敬虔たる学徒だ。

 今の魔術が一体どういう物か一目で理解出来る程に優れた魔術師だ。

 

 時間操作に類する物体の固有時間。それを自己体内に限定し、さらに固有結界化。これにより現実と自身に流れる時間にギャップを生みだす。

 

 つまり、先の3秒間の攻防は奴にとって6秒間の戦闘であり、1秒後に殺す筈だった3撃目はその時点で2秒間行動する猿には絶対に当たらないのだ。

 単純な加速ではない。因果律にすら干渉する極小の大魔術。それが、アレだ。

 

「魔術の薫陶を受けておきながら、あのような玩具に頼るとは。残念で、ならない」

 

 弾丸という固有時制御の影響を受けられない玩具では、絶対に月霊髄液の自動防御を突破出来ない。

 固有時制御の魔術がある限り、男を狙った攻撃は全て回避される。

 一見膠着状態のように見えるが、そうではない。自分はたとえ24時間であってもこの月霊髄液を起動状態にしておけるが、あの男の固有時制御は使うたびに修正力が掛かるだろう。3秒間で6秒生きたという事実は間違いなく修正対象だ。

 

「或いはそれがあの男の限界か。哀れだな。実に…」

 

 固有時制御の影響下のまま攻撃手段を持つことが出来れば、或いは脅威足り得た。だがその手段が無いのなら。最早脅威ではない。

 

「では、キツネ狩りの再開と行こうか」

 

 

 

 

 

異様な緊張感が満ちていた。

不審な動きがあればすぐ様に剣を振りぬくだろう。セイバーは一切の力みなく自然体で剣を構えている。

対する男は今にも振り抜かれそうな(不可視の)剣を見ながらも、極めて自然体で壁に背を預けている。

心理的に余裕が無いのはセイバーだ。それも当然。本来守るべきマスターが単独で戦闘状態にあり、しかしもう一人の護衛対象であるアイリスフィールが後ろにいるのだ。ここに居続けることも、マスターの元へ向かうことも、なんなれば目の前の男を打ち倒すことすらも悪手。最悪の状況とはこれ以外に無い。

 

「…セイバーよ。これはほんの些細な思いつきで、所謂世間話の一つなのだが、聞いてもよいか」

 

「…答えるかどうかは質問次第だ。当然真を答えるかどうかも定かではないが、貴様の口を封じる手段も、私には無い。好きにしろ」

 

「ふ、先の一戦とは違って随分と余裕に欠ける。だが、だからこそ見えてくる物がある。…先との違いはやはり、我がマスターが其方の傭兵を狙っている。という一点だ。だからこそ思いついてしまう。まさか、貴様のマスターは件の傭兵の方ではないか?」

 

真実ズバリ。目の前の英霊は見事にこちらの奸計を見破った。とは言えセイバーはこの程度で狼狽えることはない。

 

「ふん、所詮は一時の思いつきだな。その件の傭兵は我がマスターの夫にあたる。まさしく私が守るべき一人だ」

 

「なに?そちらもご夫妻での参加だったのか」

 

「え、ええ」

 

 このような戦場に妻を連れてくるメリットは本来ない。ランサーの発言は正しく失言ではあった。だが、それを拾えるような人生経験がアイリスフィールにはない。そして、真実ズバリを言い当てられて眉目を変えないでいられる程にも、強くなかった。

 

「そしてご両名よ。謝罪する。そちらのご婦人の反応で、先の当てずっぽうが当たっていることが分かってしまった」

 

「っ‼」

 

 唇を噛むのはアイリスフィール。この聖杯戦争において最も未熟な参加者である、という自覚はある。だからこそ切嗣の足を引っ張ることだけはしたくなかった。だが、ここにはもう一人、騎士の王にして老獪なる王が居る。知られてしまったのなら利用するまで。

 

「であれば、どうする。今まさに聖杯戦争の停戦命令中にそちらのマスターが我がマスターを殺害しようとしているのだとして、貴様はどうする」

 

「ふむ。成程難儀なことになった。下手をすればそちらのマスターに令呪を使われ、一転窮地に陥る可能性も有る、という事か」

 

 そう言いながら男はひゅるりと何の気負いもなく赤い長槍を構える。戦意は見られないが、冗談でもない。真剣では無いが本気の構えだった。

 

「何のつもりだ、ランサー」

 

「なに、令呪による転移が発生したとして、何の前兆もなく忽然と、とはいかないだろう。であればその瞬間にこの『破魔の紅薔薇』を触れさえさせられれば、中断させることも出来る。そして、後ろにいる女性もまた其方の護衛対象なら避けるという選択肢も、ない」

 

「っ、貴様‼」

 

「誓って言うが、当てる気は無い。だがそれでも其方は避けられない。そういう問題ではない。後ろに護るべき人が居て。私達騎士に退くという選択肢など、端から存在しない」

 

「聖杯戦争から除名される可能性も有るのだぞ‼」

 

「もとよりこれは我がマスターの聖杯戦争。マスターが戦えと言うのなら戦い、邪魔をするなと言うなら控え、邪魔をさせるなと言うのなら万難を排する。そして、勝利せよというのなら、必ずや勝利を。それが、私の誓いだ」

 

 マスター自身が敗北したのだとしても、失格になったのだとしても、それでいい。これは、マスターの戦いだから。それが真にランサーの心中であった。

 

「貴方は…聖杯が欲しくないのか」

 

 それは、セイバーの抱えた弱さからの発露

 

「ああ、すでに私の願いは叶っている」

 

 その言葉が、セイバーには強さに見えた。まるで、聖杯に頼らなければならない自分を咎めているようで。

 

「────アイリスフィール。申し訳ありません。」

 

「なに?セイバー」

 

「ここで、ランサーを倒します」

 

 決断だった。ランサーとは正しく正々堂々の一騎打ちにて勝敗を決すると、そう騎士の誓いを交わした。

 だが、王として、その誓いを破らなければならない。そう判断した。

 

「いいの?セイバー」

 

「はい。確かに、私はランサーと尋常の勝負にて決着をつけると誓った。しかし、それは貴女方へと誓った勝利への誓いより優先するものではない。ここで決着を付けなければなりません」

 

「そう。…セイバー」

 

 闘気が高まり、風が逆巻く。ランサーはすでに跳躍により間合いを開け、2槍を構えて真剣の構え。

 戦いの火蓋は、

 

「ガツンとやっちゃって‼」

 

 アイリスフィールの声援と共に落とされた。

 

 

 

 

 

聖杯戦争

聖杯そのものに雨生龍之介にとってはさほど興味のあるイベントではない。だが、どうやら推しの一人である青髭の旦那はその優勝賞品である聖杯が欲しいらしい。自分に出来ることは数少ないだろうが、出来る限りの協力はしたいと思う。

 

だが、雨生龍之介にとって最重要なのは聖杯戦争というイベントではなく。参加者。

最推し、セイヴァーだ。

 

スランプを克服する為、余り気乗りしないながらも儀式殺人なる物を行ったが、その甲斐はあった。あり過ぎだった。

死に至るまでの感情の変化。召喚した悪魔、青髭からもたらされたインスピレーションを最高に刺激し、4日程創作活動の為眠れなかったほどだ。しかも青髭の旦那は悪魔らしくも魔術が使え、芸術の幅が一気に広がった。

 龍之介にとって、クリスマスプレゼントとお年玉と誕生日プレゼントが一篇にやって来たような物。寝れる訳が無かった。

 

 青髭の趣旨に合わせて暫くは子供を中心に題材とし、「体内の神秘を晒しながら生きている」をコンセプトに創作を続けた。

 内臓の美しさ、小さな体にたくさんの臓器が詰まっている。成長共にこれらのサイズも変わっていくのだろうか。だとすれば、この切り開いた体のまま十数年と経過すれば、その成長性も見られるのだろうか。成長記録も撮らなければ‼人一人の人生を費やして完成される超大作‼

 創作意欲が尽きることは、無かった。

 

そんななか、青髭が水晶を覗きながら何かを見ていた。

 

「なーに見てんの旦那ぁ」

 

「おや、リュウノスケ、丁度良いところに。これがわたくしめが召喚された聖杯戦争なるいべんとの様子でございます。休憩がてら、少し見てみませんか?」

 

「おー‼みるみる‼」

 

 画材工具を最近作った棚に戻し、一撫でしてから旦那が用意してくれた椅子に座る。うむ、座り心地も処女作にしては中々である。

 

 そこに映っていたのは吃驚仰天の大立ち回り、一級SF映画ですら見られないような大迫力のアクションが、リアルにあるのだ。これが興奮せずにいられるだろうか。

 だが、今の俺はその時の俺にこういうだろう。「こんなところでそんなに興奮してんなよ。本番は、ここからだぜ?」って。

 

 

 

 少女が、いた。

 雪のような、花のような、月のような、真珠のような。

 そんな穢れを知らぬ乙女があの穢れを凝縮したかのような者共を支配して戦場を駆け抜け、リアル吃驚人間たちに一泡吹かせていた。

 痺れた。惚れた。恋焦がれて。我を忘れた。

 俺は芸術家だ。美しい物を見たのなら。感情を動かされたのなら、万の言葉を尽くすより先に作品を作る性だ。

 いつの間にか青髭の旦那はどこかに出かけていて、落胆しながら帰って来ていた。だが、今の自分には慮って上げられそうにない。

 

「旦那‼帰ったんだ‼」

 

「ええ、リュウノスケ。ただいま戻りましたよ」

 

「なんか落胆してる?」

 

「いえ、いえ、落胆している、と言うのは事実です。ですが、わたくしめの使命に依然変わりはありません。ただ、己の目が曇っていたに過ぎないのです」

 

「ならさ、ならさ、予定通りこの聖杯?戦争ってのに噛むんでしょ?」

 

「ええ、もちろんです。ですが…」

 

「だったら最優先目標はあの子だよ‼もう一目でぞっこん‼インスピレーションが湧いて、溢れて、止まんねぇ‼」

 

「リュウノスケ。そのことについてです」

 

 青髭は龍之介の両肩に手を置き、宥めるに語る。

 

「貴方が例の少女に焦がれているのは分ります。私も、或いは聖処女ジャンヌに出会う前であれば、同じように思ったでしょう。しかし、だからこそ分かります。彼女こそ、聖杯戦争における最大の障壁です」

 

 青髭は未だかつてなかったほど冷静に、正確に分析し、最大の脅威を語る。龍之介もまた、真剣に聞きに徹する。

 

「彼女を打ち倒すためには全力を尽くさねばなりません。遊びが介在する余地など無いのです。なにより、彼女もまたサーヴァント。肉体を持たない影法師。残念なのは理解出来ます。しかし、彼女を作品にすることは出来な」

 

「間違ってるぜ、旦那」

 

 真剣に聞いた。真剣に考えた。真剣に向き合った。真剣に生きてきた。

 だからこそ言える。

 

「確かに俺達は傍から見たら遊んでいるように見えるかも知れない。でも俺達は真剣に、『美』っていう奴と向き合ってきた。ずっと、ずっとだ。今更、無視なんて出来ねえ。忘れられる筈がねえ。だって綺麗で美しい物がそこにあるんだから。だから、俺達は俺達の道を歩くべきなんだ。ここで遊びを捨てるなんてそれこそ邪道。俺達の正道を、真っっっすぐに突き進もうぜ」

 

 肩に置かれた手に寄り添って真っすぐ述べる。彼らを取り囲むは数十に及ぶ視線。雨生龍之介が作り上げた外道の美、最醜悪の造形達。しかし、これが彼らの美であり、傑作であり、自信作。

 ここに新しい純白の作品を飾り、完成とする。その意志は強固。

 

「肉体が無いから作品に出来ないなんて、旦那が言う事じゃねえや。俺に題材の感情っていう画材を教えてくれたのは、他ならぬ旦那自身じゃねえか」

 

「感情…

 つまり、リュウノスケ。あなたは…」

 

 

「ああ、あの聖女の感情を‼表情を‼千変万化させて釘付けにするような‼そんな作品を作り上げて……最後にはあの子自身が作品に加わる…タイトルは…」

 

想像する。最も美しい死を。

想像する。いずれ消えてしまう物を残す方法を。

想像する。己に出来る事を、彼に出来る事を。

想像する。設計図、工程、材質、施工、そして、完成を

 

 

創造する。最も美しい美を。

 

 

 

「チャペル・オブ・グローリー」

 



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9

特に発展性の無い独自設定が火を吹きまくります


アインツベルンの冬の城。そのエントランスにて、神話の決戦が繰り広げられている。

劣勢はやはり、セイバー・アルトリア・ペンドラゴン。右手の負傷は今も残っており、天下の聖剣も片手持ちでは真の輝きを発揮出来ない。

しかしランサーもまた攻め切れないでいる。いざ戦端が切られた以上最早首級を上げる迄、後の事は後で考えることにしているが、攻めきれない。その理由はセイバーの戦い方にある。

 

 突っ込むセイバーに対して赤槍の刺突で迎撃を狙う。セイバーの構えは防御、しかし手応えが帰ってこない。見えない刀身と姿勢でブラフを張り、赤槍の切先がセイバーの顔面を貫く数舜前、それこそ顔をなぞっているのではないかと思うほどに際の回避によって空を切る。有ると思っていた衝撃が無い。そのギャップに刹那怯む。修正して黄槍の薙ぎ払い。

 セイバーは静止すらせず槍の柄を掬いあげるように蹴りを放つ。そのまま跳躍、残った足が第二撃、サマーソルトキック。半歩後ろに下がることで回避、引き戻した赤槍を構えるが、相手はすでに空中で予備動作を終えている。後方で構えた刀身から風が唸る。

 

「ストライク・エア」

 

 風の鞘が爆風を生み出し、空中のセイバーを加速させる。振り上げた足が落とされて第三撃の踵落とし、避ければ着地と共に渾身の一太刀が繰り出されるだろう、片手であろうと速度の乗った一撃は脅威。であればいっそ。

 2槍を十字に構えて蹴りを防御、押し返して仕切り直し。はっきり言って、先の倉庫街戦より遥かに厄介だった。

 

「随分と足癖が悪くなったなセイバー」

 

「ふん、一騎打ちには無粋とは私も思う。だが、合戦中にこの程度は良くやることだ」

 

 セイバーの持論としては、剣を持っているのに蹴りだのなんだのは技が鈍る、悪手の一つだ。だが、今は違う。過去アーサー王として在った時、戦場では捨て身の者達が死に物狂いで剣を抑え足を抑え、我が身を顧みずに一矢報いんと迫ることもあった。そうなれば空いた拳や蹴りを使うのは道理だ。今はそれと、同じこと。

 

 足技もそうだが今のセイバーはとにかくインファイトに迫ってくる。そうなれば負傷した右腕ですら肘撃ちなどの攻撃手段足りうるし、2槍を持つランサーでは対応が限られる。何より、セイバーの筋力Bに魔力放出が加われば唯の拳とて脅威となる。

 しかし、ランサーとセイバーでは速度的にややランサーが優勢だ。魔力放出による直線速度こそセイバーが勝っているが、複雑軌道を描いたうえでの高速戦ならランサーが明確に上。

 つまり、セイバーが突っ込んでランサー迎え撃ち、数合打ち合って下がるか押し返すかして仕切り直し。

 これが先ほどから続く攻防の流れである。

 

 

 

 

 決着を急ぎたいのはどちらかと言うとセイバーだ。ここで切嗣が脱落すればセイバーの聖杯の夢は潰えることになる。令呪を切ってくれれば如何に時計塔の魔術師と言えどセイバーの勝利は揺るがない。だが、果たして切嗣が令呪を使うだろうか。

 

『これはマスターの戦いだ』

『戦っているのは貴女だけじゃないのよ?』

 

 思い出すのは二人の言葉。切嗣もまた、願いの為に戦う男の一人。ならば、やはりここは信じて待っても良かったのか?

 一瞬瞑目し、断ずる。事実、アルトリア・ペンドラゴンと衛宮切嗣の間に信用・信頼は介在しない。ただのマスターとサーヴァント…ですらない。

 信用・信頼が無いのであれば、勘案するべきは魔力供給者としての機能。今やそれが危ぶまれているのだ。使う、使われるだけの関係など願い下げ、王として、そんな関係なら使う側とはセイバーの事だ。

 

 事ここに至ってセイバーは割り切った。もう強引に力ずくでやってしまおう。ランサーをぶっ飛ばし、アイリスフィールを説き伏せ、キリツグをいっそどこかの地下室にでも括り付けてしまおう。嫌ならば腹を割って、練っている作戦を、掛ける想いを、彼の口から聞かせてもらおう。令呪を使おうと無駄だ、対魔力のあるセイバーならば行動を一瞬止めることは出来ても、行動の禁止などは不可能だ。

 

 要するに、セイバーは、もう怒ったのだ。

 二進も三進も行かない状況は、力ずくで変えるモノ。セイバーは決断した。

 だが、二進も三進も行かなかった状況は、ここで進路を変えて急展開、急加速する。

 

「セイバー‼新手が‼それも三人‼」

 

 アイリスフィールの悲鳴が、響く。

 

 

 

 

 打倒・衛宮切嗣という方針を立てはした。しかし明確にどうやってと言う部分は全く考えていなかったのが実情だ。というか、昨日の今日って辛抱効かな過ぎだろう、ケイネス何某さんよ。

 

 自身の怠慢を棚の上に作った忘れて良い事入れに仕舞った後、目標相手に暴れ回っているというランサーのマスター、ケイネスへと毒憑く。はっきり言って衛宮切嗣を相手に準備不足で挑むことにはかなり抵抗があった。なんなら見送ってもいいかとも思った。だが、

 

「分かった。行こうおじさん」

 

 セイヴァーが行くと行った。瞬間空気が、彼女に従う全ての疑似サーヴァント達がその決定に賛成したことが肌で理解出来た。

 準備不足。情報不足。なんなら覚悟も決まっていない。それでも、決めなければならない。

 

「すまない桜ちゃん。おじさんとセイヴァーのお姉ちゃんはこれからお仕事だ。先にご飯を食べて、遅くなるようなら先に寝ておいてくれ」

 

「お仕事、こんな時間から?」

 

 太陽はもう間もなく沈み切り、やがて宵の時間となるだろう。

 聖杯戦争が動く時間帯だ。

 

「ああ、夜勤なんだ。ごめんな、桜」

 

「………うん。わかった。行ってらっしゃい、おじさん。…セイヴァーさん」

 

 基本桜ちゃんが間桐家で我儘を言うような事はない。そりゃそうだ。魔術の修練と嘯いて蟲蔵に落とすような家で逆らうようなこと出来る筈が無い。だから、桜ちゃんはまた一人で食事の席に着くのだろう。

 

 ああ、嫌になる。早く。一刻も早く。この子を平穏な日常に返してやりたいと焦る。

 こんな家で、たった一人で食事を摂って、談話もなく、娯楽もなく、苦痛しかないような家で過ごす時間など、一秒でも短い方が良いに決まっているのに、間桐雁夜に、それを成し遂げる力が、無い。

 

「ああ、行ってくる」

 

 覚悟は無い。死にたくなど無い。それはそうだ、そうだったんだ。ここに未練そのものがあるじゃないか。俺には、死ぬ権利なんて端から無かった。俺に出来る事は生きる事だけなんだ。

 

 何かが変わった訳では無いが、思考が明瞭になったような高揚感を感じるまま、俺は扉に手を掛ける。だが、開ける前に肩に手が置かれた。甲冑を纏った黒騎士の手だ。

 

「リリィ」

 

 

 

 

 

「わたしの名前。リリィ。また、あそぼうね?」

 

 

 

 

 

 

 

「おのれ‼猿風情が‼」

 

 ケイネス対切嗣の対戦は思わぬ反撃を受けたケイネスの劣勢、と言っていい状況になっていた。

 いかに魔術師であるケイネスと言えど『銃器』という近、現代を象徴する兵器を知らない訳が無い。そしてそれらの脅威が取るに足らない物であると、正しく認識していた。

 

 切嗣の武装であるトンプソン・コンテンダー。やや大型の拳銃程度のサイズでありながら、単純かつ単発構造であるが故の堅牢性から.308ウィンチェスター等のライフル弾すら打てる代物だ。…その程度であれば、何の問題も無かったのだ。

 

 それは或いは切嗣の先見性であったのかもしれない。このトンプソン・コンテンダーは更に魔改造を施され、使用弾薬は.30-06スプリングフィールド普通弾M1。減装すらされていない、本来ならボルトアクションライフルにでも詰めるべき代物だ。間違ってもこのような大型拳銃でぶっ放すものでは無いし、やれば例え銃身が改造によって耐えたとしても、肘から吹き飛ぶだろう。

 

 だが、切嗣は魔術師だ。瞬間的な肉体強化によって衝撃を吸収し射撃を成立させた。ライフル弾は水銀による高圧膜をぶち破ってケイネスの右肩を貫通した。

 

 本来であれば、この時点で決着していてもおかしくない程の負傷をケイネスは負った。空洞効果により右肩の筋肉、血管はズタズタになり、間もなく出血多量によって死に絶えるだろう程の重症だった。

 尤も、やはり彼も魔術師。即時に体内の出血箇所を止血した。到底戦闘続行が出来るようなコンディションでは無いが。彼には意地とプライドがあった。

 

即ち『このような玩具に敗れるなど、あってはならない。』

 

 事実、自立防御を抜いてくるほどの攻撃であると分かっていれば、防ぐことは容易いのだ。あとは馬鹿の一つ覚えのようにまた同じ手段に訴えようとしたアイツを、返す刃で殺せばよい。

 

 そこかしこで炸裂する地雷を物ともせず、走査によって探し出して追い詰める。相手はこちらの索敵を搔い潜る手段を持っている。故に今度は見つからないように、死角に潜り込むように枝を伸ばして探知を行う。

 既にこの建物の構造も把握した。不意を打つ手段は無い。

 

 そしてついに、観念したのか破れかぶれか、先ほどの拳銃を左に、五月蠅いだけの玩具を右に構えて切嗣は姿を現した。

 

 

 

 

 起源弾

 衛宮切嗣の有する武装に置いて最も信頼する武器。その説明すれば10行くらい必要だろうか。だが、その効果は単純明快。『魔術師及び発動魔術を撃てば相手は死ぬ』だ。魔術師相手に魔術的防御・治療・離脱を赦さないそれは当たれば勝利をもたらす必殺武器足り得た。

 だが欠点もやはり存在する。

 

1.弾頭が一切の欠損、変形なく貫通した場合、効果を発揮するか未知数である。

 何しろ弾頭に混ぜ込んだ肋骨の粉こそが発動の核だ。そこに触れることなく、弾頭が傷つく事無く貫通した場合、効果が発揮するかどうかは未知数だった。人体に当てた場合、骨などに当たらないとそのまま貫通するリスクがある。

 

2.物理的、或いは間接的な魔術防御。

 仮定の話であるが、当然防弾チョッキやヘルメットで防がれた場合、この弾丸は唯の柔らかいFMJ弾だ。

そして、魔術的に瓦礫や鉄板を持ち上げて弾丸を止め、着弾時点で魔術干渉を切っていた場合でも当然効果は発揮しない。これらは先述した『魔術師及び発動魔術を撃てば』を満たしてないのだから当然だ。

 

3.弾数が限られている。

 29発。残された起源弾の数である。今までに37発で37人殺してきたことを考えれば、10発もあればお釣りがくる。聖杯戦争さえ終えれば、こんなものはタバコ一本分の価値すらないゴミになる。だが、まだ終わっていない以上、無駄撃ちは出来ない。

 

 

 

 故に切嗣は、相手が避けない状況を作り出す。

 例えば、相手の研究成果に向けての発砲。それはまさしく自分の命より大事だったのだろう。魔術によって干渉し、死亡。

 例えば、敵指揮官への発砲。魔術使いの男は肉体を強化して弾丸より速く動き、受け止め、握りつぶしてしまったが故に、死亡。

 例えば、敵本拠地への発砲。一番手っ取り早く、楽な仕事だった物の一つだ。ターゲットが自身の魔術工房に手を加えている最中に工房の一部に発射。改造中の工房は崩壊した。死体確認の方が手間だった。

 

 切嗣は今まで一度として、ターゲットの家族に向けての発砲をしたことが無い。

 意味が、無かったから。

 

「ようやく諦めたか、ドブネズミ」

 

 今回の相手、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 初めて出会った、自分より、魔術師としての使命より、妻を優先すると結論した男。

 

「まさかさっきと同じ手が通じるとは思うまいな、下種が」

 

 何度も、何度もデータを見直して、プロファイリングをし直した。結果は同じ、あいつは、魔術刻印と妻ソラウの命を天秤に賭ければ、間違いなく妻ソラウを選ぶ。

 令呪を、サーヴァントを、自身の命を天秤に賭けて、妻を選ぶ男だと、結論した。

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトを殺す最適解とは…妻、ソラウを人質にして魔術契約後、ランサー含めて全員を殺害する。だった。

 

 衛宮切嗣は同じ条件で、どうする?

 

 

 

「貴様が私に一矢を報いたのは、駆け引きでも奇策でも何でもない。ただの不条理という名の偶然なのだ。それを貴様に判らせてやる」

 

 関係無い。知ることも無い。この男は、ここで死ぬ。だから、妻ソラウを人質に取る必要も、無い。

 

「このケイネス・エルメロイ・アーチボルトが、貴様の最期に講義をしてやろう、魔導を貶める罪深さをな‼」

 

 

 

 最早見飽きたであろうキャリコM950のフルオート射撃、当然雨粒の如く防がれる。

 後は、起源弾を放つだけ。この弾丸の弾速、威力を止めるなら渾身の魔術行使が必須。これで、決着する。

 

 サブマシンの発砲音とは違う、体の芯に響くような発砲音。音の数倍早く動く弾丸、それを避けるように動く高圧水銀。

 避けるように、譲るように、水銀の膜は弾丸の為に道を作り、視界が開く。

 

 防御など、ケイネスはしていなかった。

 

 反射的に切嗣は叫ぶ

 

「Time Alter Double Accel‼」

 

 この時のケイネスには、常に一つの圧が掛かっていた。

 即ち、『いつセイバーが来るか分からない』だ。ランサーが抑えているとはいえ、やはり信用して任せきるには不安が…いや、強いて言うなら不審が残る。出来るだけ早く殺すに、越したことはない。

 

 だからこそケイネスは、魔術師としての勝負に出た。

 固有時間制御の攻略。この一点だけを考えれば、確かに魔術師としての勝負足り得た。

 

 因果律にすら干渉するこの魔術に対して、ケイネスが取った手段は明快。

 相手の行動範囲を完全包囲した空間攻撃。相手が倍速で動いたところで、こちらの月霊髄液は音速より数倍早い。薄い膜状にして取り囲む分格段に遅くなるが、それでも人体で発揮できる倍や3倍程度では如何にもならない。

 

 ケイネスは切嗣のキャリコのフルオート射撃を遮ると同時に床を切断。音も立てずに降下して悠々とトンプソン・コンテンダーの射線から外れた。

 後は意気揚々と先ほどの銃弾を放ち、満足げに踏ん反り帰っているところを捉え、押し潰してやれば勝利である。

 

「潰れろ。Fervor,mei Sanguis」

 

 瞬間、ケイネスの魔術回路は、暴走した。

 




多分起源弾の直撃って効果無い感じなのかな。少なくとも綺礼は当たってるけど死んでないし。魔術回路が暴走した様子もない。
よくわかんね。


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10

切嗣に対して独自解釈しかしてないなあ

あと、ランサーは幸運Eです。ご注意下さい。


 間桐雁夜は深呼吸した。完全な不意打ちだった。いや、攻撃を受けた訳では無い。むしろ攻撃した側だ。いや、それでも目の前の相手に何故、と言わざるを得ない

 いや、いいや、言ってしまおう。減る物でもなし。聞いてしまおう。意味わからんし。

 

「何故此処にいる、言峰綺礼」

 

 

 彼こそまさしくアサシンのマスターにして、聖杯戦争の表舞台から退場し、裏工作でのみ活動する者である筈だった。

 

「何故、とはこちらのセリフだ、間桐雁夜。今はキャスター討伐の為、互いの戦闘行動は禁止されている。アインツベルンに何の用だ」

 

 考えていたのか、思いついたのか、淀みなく言い訳を述べるカソックが死ぬほど似合っていない男、言峰綺礼。彼が樹木の裏に潜んでいたのをセイヴァー…リリィが見つけ出し、疑似サーヴァントのアサシン枠へニールのナイフが樹木に突き立ったのだ。

 

「そうだな。だがお前にどうこう言われる筋合いは無い。これからキャスター討伐の為の情報交換に行くのかもしれないだろうが」

 

「現在何を思ったのかアインツベルンの拠点にランサー陣営が攻撃を加えている。私はその仲裁に来た。事態を混乱させたくない故、君は帰りたまえ」

 

「脱落した元アサシンのマスターがする仕事じゃないだろう」

 

「父の宸襟を悩ますキャスター討伐の為なら労を惜しむことは無い。キャスター討伐が為れば私はまた父の庇護下に入るとも」

 

「なら予めそう説明して欲しかったものだな。てっきり新しいサーヴァントを手に入れる為にマスター狩りに来たのかと思ったぜ」

 

マスター狩り。脱落したマスターが参加権を取り戻す最善策と言えるだろう。特に目の前の魔術師狩りの専門家とも言える聖堂教会の代行者ともなれば、マスター一人殺害してサーヴァントを得る、と言うのも選択肢として十分ある。

 

 雁夜の言葉と共にリリィは戦闘態勢にはいる。

 今の言葉を聞いたリリィが、自分を裏切って言峰に付く可能性を考えなかった訳じゃない。

 なにせ、参加しているマスターの中で最弱であることは間違いないのだ。目の前の、マスター自身で十分以上に戦えるマスターの方が圧倒的に有利で、魔力供給どころか自分の体の負担を肩代わりしてもらっているのが現状の、いつ死ぬか分からない ような魔術師モドキ。比べ物にならないだろう。

 リリィが裏切ることに対して、「裏切る」という言葉を使う事すら躊躇われる程に釣り合っていない。

 しかし、リリィの視線は完全に前、注意はアインツベルンの城に向いている。

 間桐雁夜に出来る事など、もうリリィを信じる事だけなのだ。

 

 状況は、言峰綺礼の沈黙をもって膠着する。ギルガメッシュ相手に一矢を報い、その当人が最も関心を向ける相手が目の前のセイヴァーだ。不用意に刺激していい相手では無いし、勝算はほぼ無い。

 セイヴァーとしても目の前の相手から目を離すわけにも行かず、かと言って間桐雁夜を一人にする訳にもいかない。目的地であるアインツベルンの城に向かわせるなどもっての外だ。

 互いに、有効な手が存在しない。そんな膠着状態だった。

 それを理解した言峰綺礼が、口を開いた。恐らく、言峰綺礼本人ですら意図しない、思いつきをそのまま言葉にしたような問い。

 

「時に、間桐雁夜。貴様は何故聖杯戦争に参加する」

 

「は?なんだ急に」

 

「純粋な興味だ。間桐家の束縛から離れ、一般人となった貴様が何故今更、聖杯戦争に参加しようと思ったのだ?」

 

 衛宮切嗣ほどではないが、この男もまた十分理解し難い動機で聖杯戦争に参加していた。故に、目的の相手である衛宮切嗣の替わりに、別段興味など無いが、この男にも問うてみようと、そう思った。

 

「それを教える理由が何処に…」

 

「禅譲葵への恋慕。そしてその子供への親愛。そこまでは調べが付いた」

 

「なっ」

 

 間桐雁夜のプロファイリングなど、言峰綺礼はとうに済ませていた。ギルガメッシュの我儘もあり、参加の動機など当然に。

 

「だが、だからこそ分からない。それは自身の危険を晒すに足る理由か?妻でも娘でもない、他人の妻と娘だ。いや、間桐桜は現在で言えば姪に当たるのか?だが、その程度だ。この聖杯戦争がどのような決着をしたとしても、遠坂葵にも、遠坂凛にも、間桐桜にも、危険は及ばない。違うか」

 

「違う」

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔術師と結ばれてしまった事が、葵さんの不幸であり、魔術師の娘として生まれてしまった事が凛と桜の不幸だ。もう巻き込まれてんだよ。とっくに」

 

「―――仮に、そうであったとして、何故自分の身を危険に晒して迄参加する」

 

「―――ただ普通に。葵さんに、ただ普通に幸せになって欲しいから」

 

 間桐雁夜は、一枚の写真を取り出した。

 

 

 

 海外の仕事から帰って来て、貴女から久しぶりに会おうって手紙が来ていた。

 あいつとの子供なんて見たくもない。そう思っていたけど。気が付いたら分かったと返事を書いていた。

 何度も迷って、何度も躊躇って、約束の時間を大幅に過ぎてから、約束の公園へ向かった。

 

 

 

 

 そこにあったのは普通の幸せ。

 間桐雁夜では、間桐家では絶対に、永遠に、100%叶いようのない、普通の、幸せ。

 描くのに資料など必要としないような、公園で、二人の姉妹が遊んでいる。それを微笑みながら眺める母の姿、絵に描いたような幸せな光景だった。

 

 パシャリ

 言葉を出すより先にシャッターを切った。この写真一枚で、何かの賞でも取れそうなぐらい完璧な、幸福の写真だった。遠坂葵は挨拶や謝罪より先に断りもなく写真を撮るような非常識なルポライターになったのかと、随分とご立腹であったが。如何にか謝り倒して許して貰った。

 

 貴女と過ごしていると、自分まで普通になれたんじゃないかって、勘違いしそうになる。

 

 

「これの価値が、お前らには分からないんだろうな。魔術だとか、神秘だとか、そんな事に人生どころか、自分の子供まで巻き込むような屑にはよ」

 

「―――そうだな。私にはまるで理解出来ん領域の話だ」

 

 自分が切り出した話題でありながら、膨れ上がった殺意がこれ以上の会話を拒んでいた。

 緊張状態は遂にピークを迎えた。リリィが先か、綺礼が先か、両者は同時に踏み込んだ。

 しかし、綺礼は拳を振りかぶるより前に、リリィは騎士を出すより前に後ろに飛んだ。

 

「そこで‼何をしている‼」

 

 出来上がった空間に、第三者による第四者攻撃が突き刺さる。

 誤字では、無い。第四者を使った、攻撃である。

 

ステータス情報が更新されました

回転して突撃する青い槍兵(ブーメランサー)

槍兵を投擲武器として使用する武具。

本来、一つしか宝具を持たない英霊が槍兵を用い編み出したイレギュラー的な宝具、

シリアスに対してクリティカルな効果。青い光が高速回転しながらあらゆる魔術効果を無視し

投擲された空間をギャグ時空に変貌させる。

当然ブーメランのように投げた者の手元に戻ることはない。

 

 

 

 ふと電波的な文字列が脳裏を掠める。余りに一瞬であったために一時停止でもしなければ理解できないような情報の塊であったが、まずは状況を整理する。

 

 

 目の前には言峰綺礼、彼もまた目の前の光景に思考が止まり、静止状態。

 やや下方向にはランサー、雪によって冗談のような埋まり方をしているが「セイバーに呪いあれ…」とつぶやいているためそこまでひどい状態では無いらしい。

 

 アインツベルン城の方向を見ればセイバー、鎧姿で完全武装はまあ当然として、しかし剣を持たずに仁王立ちしている。まるでついさっき得物をぶん投げた後のような姿だ。

 

 そのさらに後方の樹木の裏からセイバーのマスターが覗いている。怯えを含んだ視線の先は俺、でもリリィでもなく。何なら綺礼でもなく、

 セイバーに向いていた。

 まあそうなる。

 

「次から次へと一体何なのだ貴様ら‼」

 

「それはそうなんだけどさ‼何んでこうなんの!?」

 

 間桐雁夜は雪から顔を出したランサーを指さして叫ぶ。

 この場にいる全ての人の疑問だった。

 一部始終を横で見ていたアイリスフィールですら、疑問だった。

 

 アイリスフィールから発せられた悲鳴のような続報。新手が三人。

 二人ならまだ分かる。マスターとサーヴァントをカウントすれば二人だ。だが三だと?

 今はたしか、キャスター討伐の為の休戦期間では無かったか?ん?聖堂教会からの追加ルールなんて馬鹿馬鹿しい、俺はそこら辺のサーヴァントを倒してさっさと聖杯で願いを叶えるぜ?とでも?

 ルール無視は勝手だが、巻き込まれるこちらの身にもなってみろ。

 セイバーは完全に切れていた。そして、行動も切れていた。

 

「ランサー、どうやらここまでのようだ。私はこれより新手の確認と撃退に向かう。そちらはどうする」

 

 セイバーは即座に聖剣を収め、背中越しにランサーに問いかけた。

 それを見たランサーもまた武器を収め、武装解除した。してしまった。

 

「どうもこうもない、私が仰せつかったのはセイバーの監視、無論ついていくとも」

 

「そうか、だが態々ご足労頂くのも悪い、移動は私に任せて欲しい」

 

「ん?そうか?いや大した距でおううううううああああああああああ‼‼」

 

 セイバーはランサーの気が緩んだことを良いことに瞬時に加速、巧みな体捌きと魔力放出に任せた強引さでランサーを捕獲。渾身の振り回しによってランサーを遠心力で拘束することに成功した。これによりセイバーは片手でランサーを完全拘束することに成功したのだ。

 

「アイリスフィール、方角は⁉」

 

「え、え、えぇぇぇぇぇええええええええええ‼」

 

 アイリちゃんはもうパンク寸前だ。

 

 

「と、言う経緯だ」

 

「不憫すぎる」

 

「油断した我が身にも非はある。故にその同情的な視線をやめろセイヴァーのマスター‼」

 

 

 

 復帰したランサーは俺を間に挟んでセイバーの対角に位置取った。新しい侵入者で、かつサーヴァントであるリリィを抑えるための位置取りだろう。それ以外の理由など無いはずだ。決してセイバーに対してリリィを盾にした位置にいる訳では無い。はずだ。

 

「さて、どのようなご用命か伺おう、セイヴァーのマスター。そして監督役の息子殿」

 

「先日うちのホテルが吹き飛んだんで、その報復に」

 

「何やら停戦命令を無視した戦闘行為が見受けられたため、事態収拾の為に」

 

セイバーは空を仰いだ。

 

 

 

 

「キリツグゥ‼貴方のやったこと全部‼裏目だ‼」

 

 事態は、まだまだ悪化する。

 

 攻撃こそ最大の隙。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、必ずこの弾丸を防御すると予測していた。彼のプライドが、魔術に頼らない兵器に魔術が破られたという事実を否定するために、必ず強力な防御によってライフル弾を停止、圧壊させるほどの魔術を使用すると。

 

 その予想は決して間違いではない。と言うより、合っている。

 だが人の行動と言うのは正確にコントロール出来るものではない。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは今回常に外的要因、特定すればセイバーとそのマスターの参戦を常に警戒していた。故にこの際多少の鬱憤が残ることを許容して、彼のプロファイルを考えればやや彼らしくない判断によって、弾丸の回避、返す刃での範囲攻撃を放ってきた。

 

 音速を軽く2倍は超える弾丸を捕える水銀膜だ。当然この包囲網を脱出するには最低でも音速を超える必要がある。

 咄嗟に発動した固有時制御のDouble Accelでは到底間に合わない

 

 音速をだせるのか?と聞かれれば、

 出せる。と答える。

 付け加えるなら、その後死ぬ。と続けるだろう。

 

 衛宮切嗣の最高出力『Time Alter Square Accel』

 その魔術効果は『間に合う』

 時間の流れから完全に逸脱し、速度の概念から完全に離脱することが可能な、魔法に片足を突っ込んでいる大魔術。

 これを起動する際必要になるのは、『どういう事象を時間基準として』、『どういう行動をとるのか』という設定を入力すること。

 今回の場合、『水銀膜の包囲が閉じる迄に』、『範囲外まで走って脱出する』に設定する必要がある。それが実際どれだけの速度なのかも分からないし、どれだけの距離を駆け抜ける必要があるのかも分からない。

 そして、設定した行動が完結した瞬間に修正力が発生。衛宮切嗣は行った動作の辻褄を合わせるための負担が一身に掛かる。

 

 100%死ぬ。だから、後は死に方の問題とすら言えた。

 敵の手によって死ぬか、自滅によって死ぬか。

 衛宮切嗣は、

 

「Time Alter Square Accel」

 

        自分のケジメくらい、自分でつけるべきだと考えた。

 

 既に水銀の膜は自分を通り越し、5m先でようやく閉じようとしている。起動した時点で水銀の膜が閉じる迄後0.001秒。『間に合う』という魔術が起動した以上。衛宮切嗣は当然のように離脱。去り際に起源弾を放り込んでおくことも設定している。

 設定した行動が全て、0.0009秒程で恙なく完了。修正力が働き、衛宮切嗣の意識は完全に刈り取られた。

 

 

 

 

 

「おはようございます。キリツグ、ここが分水嶺です。貴方が発する次の言葉に、貴方の命運が掛かっています。心して私に感謝の言葉を述べてください」

 

 目を覚ました。

 目の前には能面のように無表情の大英雄殿がいらっしゃった。大層ご立腹のようである。

 




ランサーは幸運Eです。


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11

冬の城戦、最終回



 切嗣とケイネスがほぼ相打ちになったことを、令呪のパスによってセイバーとランサー、そして結界の管理をしているアイリスフィールが同時に気付いた。

 

 はっきり言って、その瞬間にアイリスフィールは完全にパニック、置物よりも役に立たない存在と化した。

 

「セイバー‼切嗣‼切嗣が‼」

 

「アイリスフィール、今より事態を収めます。お静かに」

 

 スキル、カリスマによってアイリスフィールを完全に黙らせる。腰の抜けたアイリスフィールは正直人妻としてしちゃいけないような顔をしているが、今はそんな事を気にしている人間が居ない為セーフである。

 なにより、やることがまだあるのだ。

 

「ランサー‼先に行け‼」

 

 先ほどまで戦っていたランサーに、自身の、そしてセイバーのマスターの元へ行け、という一種の賭け。分は悪くない。ここで足を止めさせる方が事態を悪化させると判断しての事だ。

 

「すまない、セイバー」

 

 言うが早いか、ランサーは応の声と同時に霊体化。この場を去る。

 やることはまだまだある。

 

「セイヴァーとそのマスター。あなた方に同盟を打診したい‼」

 

「いや、この状況で?メリットは?」

 

 明らかにセイヴァー陣営に優位なトラブルが発生したとみられる状況で、同盟を受ける理由は無いだろう。そしてこちらには交渉する時間すら無い。更に言えば呪いの解除という欲しい札があるばかりで差し出せるものは無い。だから、思いつく最大かつ簡潔な取引を明言する。

 

「我が真名はアルトリア・ペンドラゴン‼ブリテンのアーサー王である‼此度この要請を受けてくれるなら、我がマスターにして聖杯の器、アイリスフィールの身柄をそちらに預ける‼」

 

「え!?え!?」

 

「他に要望があるならば大抵は応えよう‼返答は如何に‼」

 

「わかった。いいよ」

 

「え!?え!?」

 

「感謝する、セイヴァーとそのマスター‼」

 

「「え!?」」

 

 事態についてこれない一般人達はこの事態において優先すべき存在ではない。

 セイバーの要請にリリィがノータイムで請ける。理由は単純に、メリットだ。

 何せ隣に、フリー(かもしれない)のマスターが居る。ここで契約を更新されてしまうと傾いた天秤がもとに戻ってしまう。

 であれば、自身に有利な条件での同盟は現時点でありだ。

 

 そしてセイバーは最後の仕事に取り掛かる

 

「さて、監督役殿。交戦状態は終了した。事態の説明は明日、教会にて行わせて頂く。今は帰られよ。さもなくば聖堂教会の過剰干渉とみなす」

 

「―――承知した、セイバー殿。では明日、教会にて」

 

 ここまでくれば言峰綺礼としても残る理由は無い。目の前には手を組んだサーヴァント2騎、抵抗すら不可能な戦力である。

 

 

 ここまでして、ようやく、セイバーは切嗣の救助に向かうことが出来るようになった。

 

 アイリスフィールの案内でほぼ直線距離をカッ飛んでいったセイバーが見つけた物は、殆どミンチと変わらない状態の衛宮切嗣。はっきり言って、まだ死んでないのがおかしいレベルの致命傷だった。

 だが、まだ死んでいない。そして、ここにいるのは体内にアヴァロンを埋め込んだアイリスフィールとその正式な担い手アルトリア・ペンドラゴン。

 

 アイリスフィールは迷わずアヴァロンを取り出し、切嗣に埋め込んだ。セイバーも、何も聞かずにそこに魔力を流し込んだ。

 

 こうして、セイバーの即断即決快刀乱麻の大活躍によって、ギリギリ、セイバー陣営は敗退を免れたのだ。

 

 

 

 

 起床、と言うより蘇生のあと、セイバーから運命の質問が下された切嗣はたっぷり30秒程たってから

 

「あ、ありがとう?」

 

 と、ギリ感謝の言葉を零した。

 本当に何故自分が生きているのかまるで分らなかった。間違いなく自分は修正力によって5mを0.009秒で疾走したフィードバックにより、衝撃波を一身に受けたはずなのだ。そんな状況で、気が付いたら自分に感謝しろという目の前の大英雄様。そしてアイリスフィールに託した宝具の存在が頭をよぎり、何となく、確かに彼女のおかげかもしれない。という思考が言葉として零れた…彼の脳内の説明すれば、おおよそこのような状態だ。

 

 それから切嗣は久宇舞弥による顛末を聞いた。舞弥はケイネス戦の最序盤で囮を務めた後はアイリスフィールと合流、常に援護射撃ができるようランサーをスコープで収めていた。更にそこからセイヴァーや言峰綺礼まで来るというのだから彼女も完全にパニックになっていた。とりあえず、最も警戒すべき相手である言峰綺礼を常にターゲットし、森から大人しく帰る迄監視をしているあたり戦場慣れしている。

 

 その説明を受ければ受ける程、切嗣はどんどん沈んでいく。

 本当に、今生きていることが奇跡だった。まだ負けていないことが神がかり的交渉センスの賜物だった。

 英雄様のおかげ様です。なんて皮肉を言いたくなるくらい、自分の醜態が許せなかった。

 

 最早、自分の計画は跡形もなく消し飛んでいる。アイリスフィールの身柄の引き渡し、セイヴァーとの同盟、全て自分の価値観は却下の二文字を出している。だが、もう引けない。0.1秒でも遅ければ切嗣は死んでいた。そんな状況下でセイバーは最速最短最高効率で救助に来た。だから、これはもうこうなるしか無かったことなのだ。

 

 だから、衛宮切嗣は即座に状況を受け入れ、次の方針、行動を決定しなければならない。

 即ち、自身の作戦、戦術、戦略が通用しなかった時の、セカンドプランに。

 

「セイバー、まずはセイヴァー達との同盟の詳細を詰める必要がある。案はあるか」

 

 即ち、サーヴァントと連携を取り、サーヴァント戦を完全にあちらに任せてしまうこと。

 特に今回、セイヴァー戦の鍵となるのは間違いなく、セイバーだ。なにせ同盟を組む以上他陣営に脱落させる方法はほぼ無くなった。セイバーに、勝ってもらうしかなくなった。

 

「まず、腕の負傷は治して貰うべきでしょう。もはやこちらが圧倒的に不利な条件での同盟は確定しています。であれば、せめて私の状態を万全にしておきたい」

 

 セイバーの状態を万全に、と言う条件で思い出した。アヴァロンをセイバーに託す。そうすればセイバーが単独戦力において最強の存在となる。

 アーサー王という英霊を呼び、アヴァロンという宝具を有しているならまず思いつくだろうその戦略を今、ここで打つ。

 

「そうしたいところはありますが、それは最後の切り札としておきましょう。なにしろそれは、私の失態によって盗まれた宝具。私に対し、宝具を盗もうとすること自体がクリティカルになってしまう」

 

 言うなれば、サーヴァントに対する死因のようなモノ。アルトリア・ペンドラゴンはアヴァロンを盗まれて致命傷を負った。故に、アルトリア・ペンドラゴンに対して、そしてアヴァロンという宝具に対して盗むという行為がクリティカルになる。もし万一アサシンやセイヴァーの疑似サーヴァントに盗みの技術が有ったら、恐らく当然の摂理として盗まれる。

 

「むしろ、私はこれからアイリスフィールと共にセイヴァー陣営と行動します。はっきり言って最強の陣営です。これから単独行動を強いられるあなたの方が持っておくべきでしょう」

 

 セイバーは今までの切嗣の今までの態度も失態も気にせず、マスターの身の安全に迄思慮していた。お優しいことだ、いっそマスターを交換する。という選択肢もあっただろうに。

 それが御大層な騎士道精神というものから来るのか、あの、地獄を彩る英雄の美学だとでも。

 

「キリツグ、言いたいことがあるなら言うと言い。私の中に溜まった鬱憤は一晩語り明かしたとしても尽きぬほどだ。同じように、貴様も私に思うところがあるのだろう。いや、無くてはならない。何の意味もなくあのような態度・対応をしていたのだとすれば、私はあなたを考え無しの愚か者だと断じなくてはならない」

 

「―――――ああ、あるとも。お前たちのような伝説に語り継がれる戦争屋共に、言いたいことなんて山程ある。でも……だが……一つ聞かせてくれ、お前は何故、僕を助けた。お綺麗な騎士道精神か?一度剣を預けたらその信頼に背くことはしない、なんていう高潔で有難い…」

 

「違うな」

 

 切嗣は、セイバーの鋭い一言によって我に返る。一体自分は何をしているのか、今は私心を殺してセイバーの信用を取り戻し、関係性を少しでも改善すべきタイミングだ。だというのに、こんな子供の癇癪のようなセリフが自制も効かず溢れ出た。余りにも粗末な失態だと、そう感じた。

 

「これは騎士道ではない。私の王道だ」

 

「王道?」

 

「ええ。今から信用できない陣営に己を売り込みに行くぐらいなら、貴方に高く売り付ける方が勝算がある。ええ、当然考えました。目の前にサーヴァントが2騎。どちらかを迅速に排除し、そのマスターと再契約する。考えない訳が無い。そして、それらが論外であることは即座に分かる」

 

 言われて少し考える。

 ランサー。論外。そもそも相打ちになったと察しているのだから一番無い。

 セイヴァー。除外。そもそもマスターが弱すぎる。脱落よりマシだろうが片腕のハンデに加えてステータスも軒並みダウンするのでは勝ち目はより消えていく。

 他サーヴァントも同様に考察する。

 アーチャー。除外。ここを倒すとなればアサシンとアーチャーの2騎を相手取ることになる。

 ライダー。除外。セイヴァーと同様にマスターが弱い上に飛行手段のあるライダーを倒すなら宝具はほぼ必須。むしろ反撃を受けて敗退するリスクが圧倒的に高い。

 アサシン。論外。アサシンを速攻で倒す。マスターが遠坂時臣の臣下。どちらを考えても論外だ。

 キャスター。論外。倒せるなら速攻で倒している。

 

 なるほど、確かに考えてみればどれも無しだ。恐らく一番マシなのは目の前にいるセイヴァーを速攻で宝具を使わずに倒し、契約を更新する。というモノ。間桐雁夜を庇いながらになるため、かなり優位に立ちまわることが可能…かもしれない。

 

「はっきり言って、貴方の状態を見た時は失策だったと思いました。全身の骨と言う骨が砕けていたのだから、通常の治癒では間に合わない事は確実だった。まさか失われたアヴァロンを見つけ出していたとは」

 

 セイバーの恨み言を黙殺しながら思考に耽る。つまり、情や騎士道精神などではなく、徹頭徹尾勝算に基づいて行動し、そのために今までの衛宮切嗣に対する不信や鬱憤を無視したという事か。

 

「それが、あんたの王道なのか」

 

 『約束された勝利の剣』なんと皮肉な名前なのか。この王は、勝利以外許されなかったから、勝利するための全ての手段を行使していた。そこに私情が入り込む余地はない。

 

「そうだ。最早私がこの戦いに騎士道を説く道理は無い。私の王道に則り、必ず聖杯を手にする。必ずだ」

 

 勝利の為にあらゆる手段を講ずる王と、殺害の為にあらゆる手段を行使する暗殺者。

 何のことは無い。自分たちはそういう主従だった訳だ。

 だからこそ嫌悪する。兵士を死なせ、村を滅ぼし、尚もコイツはその在り方に輝きを放つ。どうして、そう清廉であれるのか。そう思って、直ぐに気づく。

 

「それが王たる私の責務なのだから」

 

『清廉であること』それが勝利の為の手段だった。ただそれだけの事だった。

 衛宮切嗣とアルトリア・ペンドラゴンが打ち解ける事はない、なんなら理解し合うこともない。だが、歯車として噛み合うことが可能であると、ようやく、切嗣は理解した。

 

 

 

 

 間桐雁夜は聖杯戦争に参加するマスターである。筈だ。

 今少し自信が無い。他陣営との重大な決定をリリィが勝手に決めた事もそうだが、今の状況が何より頭を悩ませていた。

 

「セイヴァーちゃんセイヴァーちゃん。こっちはどう?切嗣に調べてもらったおいしい餡蜜屋でお土産(自分用)に買ってきたの‼」

 

 次から次へと出てくるスイーツの山にリリィのテンションは振り切れ、すでに言語を捨ててジェスチャーで「おいしい」と「ありがとう」を繰り返している。まあ随分と微笑ましく可愛らしいが、それを見たアイリスフィールがよりアクセルを掛けてリリィを構い倒し、撫でまわし、食べ終わると同時に次のスイーツを持ってくる。

 

 別段俺が蔑ろになっている訳では無い、俺の目の前には名店のケーキ屋が誇るチーズケーキと新商品のプレミアムロールケーキが乗っている。俺が食べていないだけなのだ。コーヒーも冷め切って随分立つ。

 

 

 

 今いる場所は変わらずにアインツベルン城の一室。応接室として整えられていた部屋は先の切嗣対ケイネス戦でぶっ壊れた為、被害の少ない部屋に通されていた。

 この際同盟に文句は無いし、衛宮切嗣の無事と状態を確認したら帰ろうと思っていたのだが、客人を手持ち無沙汰で放置するわけにはいかないとアイリスフィールさんがコーヒーを淹れて持ってきてくれた。

 

 明らかに不安で不安で仕方のないような、それこそ緊急手術中の夫を待つ妻のような状態であるのに他陣営の接客など無理がある。それこそ発起人であるセイバーの役目だと思うがそのセイバーが切嗣の治療に掛かり切りであるとなると、対人に割ける人が居ない、と言う事らしい。

 

 まあそんな状態のアイリスフィールにリリィが持ち前の慈愛の精神を持ち出して慰めに掛かり、アイリスフィールはそのいじらしさに陥落してパンにチーズとソーセージ、さらにはシュニッツェルにポテト、そこからデザートへと続いてケーキ、バニラアイスとワッフル、そして今餡蜜が完食され、次に出てきたのはキャラメルラテだった。

 

「熱いから気を付けてねセイヴァー」

 

「ん‼…アッチュ‼」

 

 気を付けてね、と言われてから3秒で待ちきれなくなって火傷している…もしかするとリリィの最大の弱点は猫舌であるという点では無いだろうか。

 視線を背後で背景になっている黒騎士に向けると、何か文句でも?という視線が帰ってくる。親馬鹿か?

 

「もう、言わんこっちゃない…。ゆっくり飲んでね」

 

 ゆっくりとリリィを一撫でした後、アイリスフィールはこちらを見た。リリィセラピーによって精神に余裕を取り戻したようだ。こちらとしては有難い。最悪切嗣が意識を取り戻すなり、とりあえず持ち直してセイバーが帰ってくるまで動けないかと思っていた。

 最低限の情報交換を終えれば、帰ってもいいだろう。

 

「改めて、間桐雁夜さん。こちらの要望を受け入れてくれてありがとう。こちらの状況は筒抜けだったのに、即座に受けてくれたこと、本当に感謝しています」

 

 深々と頭を下げるアイリスフィールに、こちらとしては頭を掻くぐらいしかできない。

 

「その話題はやめましょう。お互い状況に流されたようなものです。セイヴァーが即決して、俺はその意見に反対しなかった。それだけなんですよ」

 

「だとしても、夫の窮地に間に合ったのは、貴方がセイヴァーの決定に沿ってくれたから。ほんの少しでも決定が遅れれば、夫は助からなかったかもしれません」

 

「…そうですね、助かったという前提で行きましょう、アイリスフィールさん。

 貴女がマスターで、良いんですね?」

 

 その質問に答える前に、一瞬魔術による発光が彼女の手から発生した。

 その右手、さっきまでは確かに赤い令呪があったその手には、今、何も無かった。

 

「はい、私がセイバーのマスターです」

 

「分かりました。こちらもそのように扱います。身柄の引き渡し、及び同盟の詳細に関しては後日、そちらの聖堂教会への回答が終わった後にしましょう。教会には私も同行します」

 

 マスターでは無いが、マスターとして扱って欲しい。そういうジェスチャーだと判断した。問題は特にない。セイバーを自戦力としてカウントし、衛宮切嗣は魔力供給の為に近くに構えることになるだろう。つまり、サーヴァント戦力と魔術師戦力が増加し、防衛と攻勢に戦力を分散できるという事だ。

 

「帰る前に一つ、要望があります。新しい拠点を確保して欲しい」

 

「新しい拠点、ね。間桐家ではダメなのね?」

 

「はい、そちらとしても他家の工房に入るのは抵抗があるでしょう。この同盟が本格的に運用されるのは、その後と言う事で」

 

 ほんの僅かな間逡巡した後、アイリスフィールは頷いた。恐らく聖杯戦争における戦略には殆ど関わりが無いのだろう。故に、予備拠点が今どういう状態か分からない…そういう雰囲気だ。

 

「承知したわ。拠点に関して、押さえている物件があります。即座に使用できるかは、分らないのだけど……まずは明日、冬木教会に朝9時に到着するよう向かいます。詳しい話は、その後で」

 

 予想通り、彼女は殆ど何も知らない。なら、本格的な話し合いはやはり衛宮切嗣の回復を待つ必要があるだろう。むしろ、少しばかり素直過ぎるきらいがあるが、気にすることでは無い。

 

「はい。これで、今話しておくべき事柄は、以上です」

 

 そうしてお互いに、肩の力を抜いて脱力する。残念だが、まだ帰れない。

 

「ふー、ふー」

 

 リリィが、まだキャラメルラテを一口も飲めていない。ここで帰るなどと言い出してはまたも連続攻撃の餌食になるだろう。出されたものを残すのも悪い、ここでようやく冷めたコーヒーと出されたケーキに手を付けた。

 

「む」

 

 やっぱり狙っていたのかこの子は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしリュウノスケ。その設計を実現するならば、今いる者、そしてこれから捕える者、どれも贄として消費する訳には行きません。少しばかり難航いたします」

 

「何言ってんだよ旦那‼量がダメなら質だぜ質‼たくさんいたじゃねえか‼あの中から一人くらい、パチって行っても怒られねえよ‼」

 

 これは、今より24時間前の会話。あの悪徳にして悪逆なる者達が、跳梁した時間が24時間。

 地獄の窯はゆっくりと形作られる。

 




ロリンちゃん出したいけどリリィちゃん一人で外出する筈が無いので却下になりました。
ごめんなぁロリンちゃん、ごめんなぁ。

1話挟んでそろそろようやく聖杯問答に入りたいと思ってるんですが蟲爺そろそろ殺したいなあとも思うんですよねえ。

急募:相性有利とは言えフランチェスカをボコって冬木から追い出した蟲爺の殺し方


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12

次の投稿は龍之介撃破してからにしようとしたけど、しんどい…
各陣営が原作乖離し始めるからマジでしんどい…

要するにね、高評価とかお気に入りとか…

そういうのどうでもいいから誰かリリィちゃん二次書いてよ…
供給が欲しいよ…


×××

 

 聖杯戦争は、ついに終結した。

 

 格式ある魔術の当主に魔術師狩りの暗殺者、果ては快楽殺人鬼までもが集まったこの聖杯戦争。その勝者は、恐らく最弱の参加者、間桐雁夜。

 

 イレギュラー的な召喚であったセイヴァーは、しかし最高の働きでもって名だたる英霊達を倒してのけ、ならばとターゲットにされた間桐雁夜も身を削りながら如何にか生き長らえることが出来た。

 

『行こう。桜ちゃん』

 

 場所は間桐の蟲蔵。目を覆い耳を塞ぎ、鼻も摘ままなければ正気を失ってしまうような地獄の顕現。しかし今は随分と静かだった。目を覆いたくなる異形共はまだあるが、しかしそれらが一匹たりとも動いていないのなら、幾分ましと言えるだろうか?だが、やはり臭いのでさっさと立ち去るに限る場所ではある。

 

『雁夜、おじさん?』

 

 これからその蟲蔵に身を沈めようとしていた桜は、しかし急に動きを止めた蟲共に理解が追い付かないようだ。

 

「おじさんが参加していた、仕事っていうのはね。聖杯戦争って言うんだ。そこで、リリィの助けもあって景品を貰うことが出来たんだ。だから、桜ちゃんはもう、魔術師にならなくていいんだよ」

 

 そう、聖杯戦争に勝利した。万能の願望器の使用権を得たのだ。

 『間桐臓硯の死』を願い、ついに間桐家は間桐臓硯の宿業から脱却した。

 

 だから、もう桜は間桐を名乗る必要が無くなった。葵さんの所に帰る準備が、ようやく整ったのだ。

 

 

 

 

あの日の公園、月の綺麗な夜。11時を過ぎる深夜であったのに、彼女達は待っていた。

 

『桜‼』

 

 遠坂凛。髪色が変わり、表情からも只ならぬことがあったのだと分かる桜を、一目散に抱きしめた。

 間桐家では絶対にない普通の姉妹愛。引き裂かれて良いはずのない絆の形が、ようやく戻る。

 

『雁夜君。本当にありがとう』

 

 禅譲…いや、遠坂葵。間桐雁夜は知らない『母』という存在になった人。

 そして、時臣を失い、これから二人を守っていく人だ。

 時臣は結局、雁夜には殺せなかった。逃げ回るだけで手いっぱいだったところを、横槍が入って殺されたのが顛末だった。本当はこの手で、なんて考えていたが、もう終わったことだ。

 

 それでもバツが悪いのは確かで、頭を掻きながら目を逸らす。綺麗な月が視線の置き場に丁度良かった。

 

『…なんだか、雁夜君と初めて会った夜を思い出すね』

 

 思いもよらないセリフに、驚いて視線を向けた。まさかこのタイミングでそんな昔の話をされるとは思っていなかった。

 

『どこの、なんのパーティだったっけ?豪華な料理に、大人達がスーツとドレスで参加するような本格的なパーティで、シンデレラの舞踏会にでも来たんじゃないかって思うくらい煌びやかなパーティだったのに…。チラッと窓を覗いたら、月を見上げてる年下の男の子が居たの』

 

 間桐も禅譲も名家としてはそれなりの格だ。社交界もそれなりに参加した。だが間桐雁夜はそういう豪奢な催しが性に合わない質だ。だから、その日も適当に、最低限の挨拶回りだけ終えたらバックレたのだ。

 そこで、彼女と出会った。その時の思い出は、今も色褪せずに残っている。

 

『……あの時、私、なんて言って雁夜君に話しかけたんだっけ?』

 

『……昔の事ですから、忘れてしまいましたよ』

 

『そっかあ……昔の事だもんね』

 

 

 

 

『だったら、今、もう一度、言っていい?』

 

×××

 

 

 

 

「妄想にしたってもっとマシなやつがあるだろ。夢とすら、言えねえよ」

 

 聖杯戦争の行く末、結末を想像し、笑いが込み上げる。

 これは、青写真ですらない、唯の妄想だ。

 こんな未来は、ありえない。

 

 

 

 

 

教会への報告は恙なく終わった。むしろ拍子抜けするほどにあっさりとしたものだった。

 

セイバー陣営のアイリスフィールからは、

「ビル倒壊の犯人をセイバー陣営からの攻撃であると決め打っての攻撃だった。誤解は解けたため再戦の恐れはない」と純度100%の嘘を。

 

セイヴァー陣営の間桐雁夜からは、

「俺達は純粋にアインツベルンとキャスター討伐の同盟を組もうと考えただけだ。遠坂のアサシン討伐の様子を考えて、問答無用で攻撃される可能性があったからな。話の通じそうなアインツベルンを選んだってだけだ」と結果的にそうなっただけの辻褄合わせを。

 

こんな屁理屈、2秒考えればいくらでも突っ込みどころがある。しかし、教会側はあえて何も言わなかった。

恐らく、今回の事態は些事でしかなく、さっさとキャスターを討伐して欲しいのだろう。

今はそんな、結構気合を入れて乗り込んだ教会の帰りである。

 

「セイヴァー、どうした。冬木の教会なんて、見る物なんか何も無いぞ」

「…うん、そうみたい」

 

その一言には落胆と失望が込められていたように感じる。そういえば黒騎士は彼女を白巫女と呼んでいた

『巫女』つまり、彼女はかつて信心深い聖職者だったのだろうか。…何というか聖歌隊にでも入ってそうな印象だ。とは言えもう心残りは無いらしく、雁夜を追い抜いて停車しているベンツへと走っていく。

 

「そりゃあ金には困ってないだろうけど…初めて見たな」

 

 メルセデスベンツ・300Sクーペ…まあ王道の高級車だ。冬木教会の駐車場にドリフト駐車を決めた時はどんな奴かと思ったものだが、まさかそこからアイリスフィールが現れるとは…正直他人のフリをしたかった。

 勿論そんな抵抗は一切無意味であるし、これから彼女の運転するその車に乗り込む必要があるのだが。

 

「さて、面倒な仕事も終わったところで、さっそく押さえていた予備の拠点に案内するわ。手入れのされてない状態の廃屋同然の建物だけど、結界だけは張っておいたから、それなりに安全な筈よ」

 

「すみません。徹夜明けで大変なのに、運転まで任せてしまって」

 

「良いのよ。これでもアインツベルンの自信作、たかが一徹くらいで根を上げるようなやわな作りじゃないわよ」

 

昨日作ったアインツベルンに対する絶大な貸し、アドバンテージは一晩の内に消失した。

 

 

 

 

 

アインツベルンと同盟を結び、最低限の意見交換をし、ようやく間桐邸に到着したそのタイミング、家の固定電話が鳴り始めた。

 

 恐らくは間桐臓硯への電話だろうと予想するが、かと言って出ない訳にもいかないだろう。もうすぐ0時を過ぎるという深夜、はっきり言って非常識とも言える時間帯に掛かって来た電話、緊急事態である可能性が高い。下手をすると自分自身も損害を被るかもしれない。

 非常に疲れた体であるが気合で受話器を取る。

 

「はい、間桐です」

「雁夜君!?ごめんなさい‼凛が、凛が冬木に行ったみたいなの‼」

 

 間桐雁夜の長い夜は、まだ終わらない。

 

 

道路交通法に全力で中指を立てながら、しかし魔術の応用により誰の関心も引く事無く疾走した高級車はやがて年期を感じさせる武家屋敷の前で停車する。道中の急加速、急ハンドルが嘘のようなスムーズな停車だった。

 

「はいこれ、この屋敷の合鍵。この鍵自体が結界の鍵でもあるから、無くさないようにね」

 

「はい、勿論です。ありがとうございます」

 

「それじゃ、入りましょうか」

 

古びた観音開きの門が音を立てながら開く。庭は雑草が茂り、屋根の瓦は所々剝がれている。

 とは言え、割れた窓は見当たらない為、もしかしたら建物の最低限の修復まで昨晩の内にやってくれているのかもしれない。

 

「さて、一応切嗣はアッチの本屋敷で待っているけど、やっぱり先に会っていくわよね?」

 

「すみませんが、凛ちゃんの方を優先させてもらいます」

 

「謝らないで、それが正しいのよ。ほらこっちよ」

 

 本屋敷への道を外れて向かった先は、土と鉄門で出来た土蔵。あまり詳しいことは知らないが、魔術師の工房と言うのは地下などの方が都合が良いらしいため、その代替と言うわけだろう。

 

「本当はこんなところに押し込めるようなことはしたくないんだけど…」

 

 音を立てながら開いた土蔵の中は、思いのほか明るかった。

 まあそれは当然、目の前の魔法陣が光り輝いているのもあるが、普通にランプをいくつも付けているからだ。

 

「雁夜君、とアイリスフィールさん…」

 

「アイリでいいですよ、葵さん。凛ちゃんの様子は、変わり在りませんか?」

 

「はい…」

 

 消沈した様子の葵さんは、脇に置かれたパイプ椅子には座らず、地べたに座りこんで凛を覗き込む。しかし、そこには凛を拘束する結界が施されており、触れることは叶わない。

 

 キャスターによる魂喰いのターゲットにされた遠坂凛を昨晩、リリィが間一髪見つけ出して救助してくれた。だが、凛にはまだ後遺症とも言える傷が残っている。そして、治療にはかなり長い時間が掛かることが確定していた。

 

「…さすがに殆ど手付かずだから、埃っぽいわね。申し訳ないのだけど、事が落ち着いたら掃除を手伝って頂けるかしら?」

 

「ええ、勿論です。本当に、お世話になってばかりで…」

 

「気にしないで、と言うのも難しいでしょうけど、今は落ち着いて、出来る事をしましょう。少なくとも、キャスター討伐まで、私達は敵対する理由が無いし、この件を貸しだとも思わない。今は、それで納得して頂戴」

 

「はい…」

 

 遠坂葵の胸中を推し量ることは難しい。桜を養子に出した今、一人娘となってしまった凛がこのようなことになったのだ。大人として、親として、責任は当然遠坂葵に帰結する。

 

 この件に関して、間桐雁夜ですら遠坂葵を擁護することは、出来ない。

 だが、殊更責め立てるような立場に自分は居ない事も当然理解している。今はすべきことをする。

 

「…警備に関してはアインツベルンとセイバーに任せて、信じて、良いんですね?」

 

「ええ、任せて頂戴。魔術的な防衛機構は勿論、セイバーも基本は此処に待機してもらう事にしているわ。襲撃が有ったら連絡が直ぐに行くようにするから、心配しないで」

 

「お願いします」

 

 間桐雁夜は深く頭を下げる。無論アイリスフィールの生国ドイツにお辞儀の文化は無いが、日本の文化として知ってはいる。でも、だからこそその態度は頂けない。

 

「ええ、貴方から受けた恩、間違いなく返させて貰うわ」

 

 アイリスフィールの返事は肯定、そして差し出された右手。

 ドイツにおける信頼の証、それこそが握手である。

 

「…ええ、期待しています」

 

 そもそもの話、子供の為に形振り構わない間桐雁夜の姿をアイリスフィールが悪く思う訳も無い。案外相性のいい二人は、今正式に同盟相手として握手を交わした。

 

 

 

 

 

「おのれ…」

 

 全身の魔術回路の9割が損傷、使用不可能となったケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 しかし、残り10%程が奇跡的に残っている。

 

「おのれ…‼」

 

 ただし、それらは衛宮切嗣の魔術礼装の影響を受けなかったのではない。全ての魔術回路はあの鉛玉に込められた仕掛けにより、一度全て切断され、修復されたことになった。

 

「おのれ‼」

 

 出鱈目に繋ぎ変えられた魔術回路は最早使い物にならない。動脈と静脈を繋ぎ変えて生きていける人間が居ないのと同じことだ。

 

「おのれ‼」

 

 だが、たまたま偶然正しい位置に修復された魔術回路が16程あった。これだけあれば十分だ。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが再起するには十分すぎる。

 

「オマエだけは必ず殺してやる‼キャスタアアアア‼」

 

 令呪を、サーヴァントを、魔術回路を、魔術刻印を…

 何よりも、婚約者ソラウを失った負け犬が、地べたを這いずりながら、吠えた。

 




続編が世界観を同じくする別主人公だった…
リリィちゃんの続きが見たかった…

いや、世界観が一緒だし、きっと痕跡は見つけられたりするに違いない…


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