TS転生軍人少女、『太陽系』をもらう (ひのかぜ)
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序章 交流準備編
はじまり


 健康的で楽しい日常生活を送ることができる。生まれてからその状況下にあると、これが実に素晴らしいことだと中々実感しにくい。

 

 私自身が、前世では一般的な男性会社員として日本に、今世では最高クラスの力を誇る星間国家【リーガル大帝国】……地球から見た宇宙人の少女として生を受けることが出来たから尚更だ。

 

 とは言ったものの、この国での生活が楽しいかと誰かから問われれば、心の中で首を傾げざるを得ない。

 いや、正しくはある程度の年齢まで成長し、前世の記憶とやらが戻るまでは、それなりにではあるが楽しかったと言えた。

 

 勿論、そう思ったのはいくつかの理由がある。

 

 1つは、前世の故郷だった日本だけと比べてみても、娯楽の量が絶対的に不足していることだ。

 ただ、全くないなんてことはないし、私から見ても面白いと思える映画や小説自体は存在している。

 

 しかし、その数自体は更に少ない上に肝心の質に関しても、日本の作品群と比較してみれば()()でしかない。アメコミや洋画、音楽まで括りに入れた場合は、もはやお察しだ。

 

 後は、この国が類い稀なる軍事力を元手に広大な領域を支配下へ置き、戦争に対するブレーキが緩めな国家だからである。

 元々、何千年も前は逆に虐げられる側の弱小国家だった歴史があるお陰か、国家方針として軍事力優先を掲げ、力を注いでいった賜物だろう。

 

 また、自身に迫るレベルであれば言わずもがな、最低でも宇宙に船を出して進出する程度の文明であればまだマシだけど、それ以下の母星で国家統一すら成し遂げていない文明人に対する態度が、基本的にはまあ酷い。

 

 流石に、正当な理由もなしにその命を奪ったり、倫理に反したり尊厳を破壊するようなことをする行為は、軍民問わずに懲罰の対象となり得る。変な思想教育みたいなのは、幸いなことにされた覚えは全くない。

 

 ただし、その扱いは例えるなら良くて原始的な部族の人たち、ないし犬猫に対する人間のそれで、悪ければそこら辺の野生動物よりは若干マシみたいな感じだ。

 

 どこかの大富豪だかが、資産として持っていた星系の惑星に文明を築いていた原住民に、ドン引きレベルの行動を取って逮捕された時も、さほど罪が重くならなかった点が、その最たる例だと私は思う。

 

 どう考えても、文明を持つ人類(知的生命体)に対する態度ではなく、元地球人として言いたくないが、地球人だって全体的に見れば、帝国政府およびそれなりに多くの人々から愛玩動物寄りの扱いを受けることになるだろう。

 

「面を上げよ、チェイス。此度は先の戦にてそなたの軍神が如き活躍に対し、褒美をやるために呼んだのだ。公の場でもなし、それほど改まる必要はないぞ」

 

 だけど、声を全く上げてこなかった今の私には、この国を責め立てる資格はないし、むしろ責められる側だとは思う。

 

 加えて、私の今の職業は軍人。それも、大気圏から宇宙空間まであらゆる場所を戦闘機で飛び回り、敵を打ち倒していく戦闘機パイロットなのだ。

 

 遥か昔から代々続いてきた軍の家系らしいが故に、今世の両親からも強く勧められた(半ば強制された)この職業。

 

 案の定あった才能と努力、この2つに裏打ちされた力を存分に使い、女帝陛下に呼び出されるくらいに成果を出す能力が私にもあったのだけど、正直複雑でしかない。

 

 かといって、これ以外の生き方を探すのは難しい。それこそ、地球でも見つかってくれれば、前世のよしみで田舎で農業を始めてみようかとのノリで、文明の発展に力を貸そうかなと考える程度であった。

 

 仮に存在し、発見できたとて、地球人に聞かれたらいい気はしないだろうし、リーガル人に聞かれたら更に変人扱いが加速しそうだから、言うつもりはさらさらないけども。

 

「分かりました。これで良いですか?」

「うむ、よろしい。それにしても、流石はかの一族の者だな。今後とも、帝国のためによろしく頼むぞ」

「勿論です。()()()()()()()()は」

 

 しかし、大規模星間国家をまとめあげるだけあって、女帝陛下の一挙一動により振り撒かれるプレッシャーは並大抵のものではない。

 

 同格の星間国家との戦争時に感じたプレッシャーよりは圧倒的にマシだけど、それは今が平常時だからだ。

 

 本気で怒りを露にした時の女帝陛下は、私でも身体がすくんでしまうくらいに恐ろしい。当時、直接怒気を向けられていた人が気絶していたのも納得でしかなかった。

 

「ふっ。人外レベルで頑丈なそなたの身が持たなくなるなど、あり得んだろうさ……っと、話が脱線してしまったな」

 

 思考を巡らせていると、笑っている女帝陛下が側に控えていた側近の持っている筒を受け取る。

 それからすぐ、玉座から立ち上がって私のところまで来て、明らかに高級な素材で作られた筒を手渡してきた。

 

 これが、私への褒美であることに間違いはないと思うけど、中身は一体何が入っているのだろうか。

 

「蓋を開けてみよ。中に、そなたの最も喜ぶであろうものがある」

 

 穏和な表情に変わっていた陛下から促され、蓋を回して中に入っていた紙に書かれていた文言を見て、一瞬だけ思考に霞がかかる。

 

「……どうだ?」

「陛下……感無量です、私」

「おぉ、そうか! やはり、わらわの調査に間違いはなかったようだな!」

 

 何故なら、陛下から渡された褒美は1つの星系……前世の呼び方をそのまま使用するとするならば、太陽系の所有権を保証する証明書一式であったのだから。



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やるべきこと

 当たり前だけど、女帝陛下より太陽系の権利書をもらったからと言って、すぐに行ける訳ではない。

 

 いやまあ、時間と言う意味では休暇をもらっているから余裕があるし、技術的にも太陽系および地球へ遊びに行く程度、やろうと思えば日帰りですら可能だ。

 

 今回は、先の戦争で磨耗した精神を癒すためとの名目でもらっている、3ヵ月休暇を丸々地球で過ごす予定を立てている。と言うか、今立てた。

 

「うわっ、3ヵ月休暇全部未開の星【地球】滞在に使っちゃうのー!? 自分の持ち物だとしても相変わらずだねぇ、チェイスは」

「そりゃどうも。で、イラは明日からの休みは何に使う予定?」

「私? 相変わらず何もなし! やる事と言ったら、家でぐうたらかな」

「変わらないね、君も。まあ、休みなんて何に使おうが自由だし」

 

 一応、私はリーガル大帝国の上層部および周辺の人間(親しい友人や同僚)には、未開人との交流が大好きな穏健派の変人扱いをされている。

 

 それ故か、ついさっき女帝陛下からもらった権利書には、地球環境や国家について事細かに記されている、調査報告書までもが同封されていた。

 

 お陰様で、諸々の面倒な手続きをすっ飛ばせたため、純粋に地球滞在に使える時間が更に増えたのは嬉しい事だと言おう。

 

 だけど、いきなり地球……日本にしろアメリカにしろ、事前連絡もせずにいきなり行けば、まず間違いなく大混乱が起こる。それは私としても望ましくはない。

 

 事前連絡をしたって、宇宙人の地球訪問と言う行為そのものが混乱を巻き起こすとは思うけど、やるべき事はしておくべきだろう。

 

 それに、頑張れば日帰りで行ける1700光年の距離と言っても、過酷な環境の宇宙空間を旅する訳だ。

 面倒ではあるけど、準備を怠る行為はそれ即ち登山に軽装で挑むようなものである。

 

 例え準備をしっかりしたところで、万が一の事態が起こらないとは限らないが、起こった場合の被害を最小限に抑えるためにも必要不可欠なのだ。

 

「じゃあ、また3ヵ月後」

「りょーかい! 面白そうなお土産あったら持ってきてよ!」

「はいはい、忘れなかったらね」

 

 で、リーガル大帝国政府庁舎()を出て、仲良くしている同僚の【イラ】と別れた後、私が未開の星訪問にいつも使っている宇宙船【モド】が停泊している港へと向かう。

 

 光年単位で離れている場所でも、ほぼリアルタイムで通信が可能な【亜空間通信技術】。

 

 相手側の技術がここまで至らずとも、最低でも電波による長距離通信を行える技術さえ持っていれば、通信が可能となる装置が取り付けられている船だからだ。

 

 地球人感覚が抜けきらぬ故に磨耗した心を癒す、手前勝手な同情心(エゴ)、他にも様々な理由はあるものの、自分や自分の両親の持つ権力や後ろ楯を惜しげもなく振りかざし、始めた未開の星保護活動。

 

 周囲からの変人扱いと、一部貴族からの恨み辛みを向けられるのを引き換えに、私の手が入った星はその星系の所有権がその時点で誰にもないことを条件として、基本的に不可侵(完全独立)扱いとなる。

 

 女帝陛下直々に、私の手の内へ完全に入れる事が認められた太陽系であれば、他の貴族に横やりを入れられる心配は全くないのだから、本当にありがたい限りだ。

 

(……)

 

 勿論、太陽系や地球は保護活動の時とは違い、正式な書類上では私の『物』として扱われる。リーガル大帝国の法律・倫理基準で余程えげつない行為と判断されるか、反逆を企てるなどの重犯罪を犯そうとをしない限り、何をしようと咎められる事はない。

 

 それこそ、ちょくちょく介入して街づくりゲームが如く文明の発展を楽しんだり、その星限定で独裁者が如く王として君臨する程度であれば可愛いものだと思われ、気に留められすらしないだろう。

 

 だけど、私は能動的に地球の発展に介入するつもりは全くなく、言わずもがな王として君臨する気も一切ない。たまに遊びに行って、滞在を楽しむ程度にしようと考えている。

 

 ただし、その分の対価としてリーガル大帝国法の許可が降りる範囲で、こちらの品々を手渡すくらいはするし、受動的にはなるが何らかの技術的支援も行うつもりではある。

 

「あっ、チェイス様! モドの格納庫に向かわれますか?」

「はい、そうです。今日はひとまず、()()()()()()を行いに」

「了解しました……はい、大丈夫です。行ってらっしゃいませ」

 

 リーガル大帝国政府庁舎から徒歩15分で宇宙港に到着、沢山来過ぎて顔馴染みとなった宇宙港警備員のチェックを済ませると、モドが格納された倉庫へと徒歩で向かう。

 

 その間、頭の中で地球に存在する国家群の内、一番最初に訪れる国をどこにするか、来訪までの期間をどのくらいにしようかなどを考える。

 

 前世の故郷かつ思い出も多々あり、影響力も高い東アジアの国【日本】。

 

 地球国家最強で、多方面に絶大な影響力を及ぼす【アメリカ合衆国】。

 

 日本と同様に島国であり、世界への影響力と言う点でもかなりのものを誇る【イギリス】。

 

 まあ、この例に挙げた3ヵ国にはどのみち行くつもりではあるのだけど、最初に訪れるのは最も興味を引かれた国であると言うも同義、今後の事も考え出来るだけ真剣に考えて然るべきだと私は思うのだ。

 

『生体魔力認証、完了しました。ようこそ、チェイス・アリアーネ様』

「うん、ありがとう」

 

 そして、格納庫に着いた後は人とAIの二重チェックを受け、288mを誇るモドの船内、通信司令室へと向かっていった。



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抱く期待

 権利書一式にも記されてはいたけど、地球人は宇宙人との交流を行った経験が皆無だ。

 

 記録の残らない遥か昔に実は訪れていましたと言う可能性も、極めて低い事も分かっていた。

 

 ともなれば、私が地球史および人類史上初の宇宙人来訪になる訳で、たった今行おうとしている3ヵ国(日米英)への同時事前通信にも、より一層気合いが入ってくる。

 

 初対面で友好関係はまあ無理だろうから、せめて威圧し過ぎないような立ち振る舞いや格好を心がける事。私やモドの乗員が、平和的で楽しい期間を地球で過ごすためにも必要不可欠なのだから、当然だろう。

 

「チェイス様、いつもより大分気合い入られてますね。地球……余程、興味を引く何かがあったのでしょうか?」

「うん。説明するのは()()()()()()()()()けど、そんな感じ」

「なるほど。分野も状況もまるで違いますが、私も同じ経験をした事がありますので、理解出来ます」

 

 まあ、この辺は元地球人……未だ残る、日本人的感覚に基づいた服装や立ち振る舞いで行けば、少なくとも大きな失敗はしないはずだ。

 

 そして幸いにも、私の容姿は地球人にも受け入れやすい方ではある。とは言え、水色交じりの白髪ショートボブに紫の瞳と、普通ではまず見られない感じだ。

 

 加えて、地球では空想世界の産物である【魔法】と【魔力】、これを使った際にのみ完全に顕現する、不完全な形の2対の翼が背中から生えている。

 

 リーガル大帝国では、背中に翼ないし羽の生えている種族の人が沢山暮らしているからあまり目立たないが、地球ではまず間違いなく目立ってしまう。

 

 仮にこの不完全な翼を上手く隠したとしても、アメリカやイギリスならともかく、日本だと大衆に紛れても確実に目立ってはしまうけど、些細な事だろう。

 

「よし、準備完了っと。じゃあ、一旦君は退出してくれると助かるな」

「了解です」

 

 そんなこんなで準備を終わらせ、通信司令室に居たモドの乗員を一旦退出させた後に録画録音機器を作動させ、3ヵ国に向けたメッセージをその前で喋っていく。

 

 内容は私の自己紹介と地球を訪れる理由、来訪予定日時、今回の来訪時に向かう予定の3ヵ国にどんな順番で、また各々にどのくらい訪れるつもりであるなどなど。

 

 後、魔力を燃料とした【飛行魔法】により完全に顕現させた翼を使い、軽く飛んで見せたりもしている。

 

 私はこう言う種族、【魔翼族】であると事前に知らせ、普通の人間とは違う事をアピールしておかなければ、もしかしたら要らぬ騒動を起こす可能性もあるのだから。

 

 なお、リーガル大帝国では特段珍しい種族ではなく、両親以外の同僚や知り合いにも何人か魔翼族の人が居る。仲良くしているイラも、その1人だ。

 

「あっ、終わりました?」

「うん、終わったよ。ちなみに、出発は3週間後になったから」

「なるほど……今回は長めに取るんですね」

「まあね。じゃあ、今日はひとまず帰るかな」

 

 で、合計15分程となった3ヵ国向けのメッセージを完成させ、おかしな箇所のチェックと修正を行った上で送信を済ませた後、一旦ここでする事がなくなったため、宇宙港内の食堂で昼食を済ませようとモドを立ち去る。

 

 今すぐ出発するのであれば船内の食堂でも良かったが、実際は各種物資や『お土産』の準備などに加えて、最初に訪れる国の準備がある程度整うまでの3週間、待たないといけない。

 

 そもそも、今は停泊中で船内には最低限の人数しか居ない以上、私の夕食のために人員を割くなんて事は出来ない。お願いすれば、やってくれるような優しい人たちだから尚更だろう。

 

(……訂正のメール送っとこう)

 

 と言うか、ここで思い出した。イラとの会話中にされた3ヵ月休暇を全部地球で使うのかとの問い、肯定したも同然の反応をしてしまったが、良く考えたら全然違う。

 

 何なら、3ヵ月後にしていたイラと遊ぶ約束、地球に発つまでの3週間の内にしても余裕だ。準備などに使う時間を最大限考慮に入れたとしても、結構な余裕がある。

 

 自分の趣味も大事だが、何かと私の事を助けてくれている友人でもある彼女との関係も、同じくらい大事にしなければならない。

 

 明日から地球へ出発する前々日までの期間なら、遊ぶ約束を早めても良いよと【バノン(多目的通信用端末)】から伝えておくか。

 

「おばちゃん、今大丈夫?」

「勿論だよチェイスちゃん! えっと、いつものやつで良いかい?」

「うん、お願い」

 

 格納庫から徒歩20分、宇宙港内の小さな食堂へ到着した私はそこを切り盛りする料理長のおばちゃんに声をかけ、お気に入りの料理(うどん擬き)を注文した。

 

 娯楽の質は一部を除いて、量も絶対的に不足しているこの国ではあるけど、こと食事に関しては別である。

 

 結構クオリティが高く、前世の記憶に残る和食や中華料理などに似ている料理もある故に、日本で口にした美味しい食べ物や飲み物の記憶が残る私でも、違和感は少なく気分も満たされてはいるからだ。

 

 だけど、前世の記憶とほぼ変わらぬ地球が今世に存在すると知ってしまった。私を含む、リーガル大帝国に住む種族の大半が地球の食物に適応可能との結果も、既に出ている。

 

 これはもう、是が非でも現地に出向いて食べなければ満足いかないが、食事以外の各種娯楽も私としては非常に楽しみにしている。どちらを優先するべきか、実に悩ましい。

 

「はいよ、お待ちどうさま!」

「おばちゃんたち、相変わらず早いね。ありがとう」

 

 頭の中でそんな事を考えながら、体感的に前もって用意していたが如き早さで運ばれてきたうどん擬きを、私は口に入れた。



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日米英3ヵ国会議【その1】

 地球に存在する196もの国家群の中でも、世界(地球)に与える影響力が大きな先進国に分類される、日本とアメリカ、加えてイギリス。

 

 過去には色々とありながらも、今現在は官民問わず比較的仲良くしているこの3ヵ国のトップは今、特別に強化された回線を使用したリモート会議を行っていた。

 

 3ヵ国の政府機関に対して同時に届いた、リーガル大帝国出身と名乗る異星人からの来訪を伝えるメッセージ、これについての()()を話し合う目的で、アメリカの大統領【ジョージ・ベルマーレ】の呼びかけにより開かれている。

 

 アメリカは真夜中、日本は【本矢(もとや) 勇人(ゆうと)】首相がとある案件による記者会見を行う寸前、イギリスの【アリス・エーテリア】首相は閣僚会合が終了した直後(公務と公務の隙間時間)ではあったが、事が事なために3ヵ国のトップは全員、以降に入っていた予定を全てキャンセルしていた。

 

 一時は何者かの映像編集技術を利用した悪戯の線も想定され、逆探知なども含め色々と調査を行ってはいたが、出てくる結果がことごとく悪戯を否定するものばかり。

 

「届いたメッセージ動画を見る限りでは友好的には見えますが、どうなんでしょうか。これは」

『少なくとも、警戒はしておくべきだろう。無論、相手に察されずにとの条件は付くだろうが』

『そうですわね。しかし、ジョージ大統領。かの国は科学力もさることながら、空想的な事象であるはずの【魔法】が存在する超技術国家……それこそ、日本国で言うところの妖怪【(さとり)】のような能力ないし技術を、内に秘めている可能性もあります』

『確かにな。アリス首相の想定も、あながち的外れでもなさそうか』

「言われてみれば、その通りですよね。仮にそうだとしてもどうしようもないので、ないか使わない事を願いますけども」

 

 加えて、3ヵ国どころか地球の人類史上初めて宇宙人と遭遇し、それに加えて実際に来訪が行われる事になったため、リモート会議場に漂う緊張感はいつもより一段と強い。

 

 特に、最初の訪問先として挙げられていた日本の本矢首相は、3人の中で最もかかる心労が強く、顔色もあまり良くなかった。

 

 昨日の今日で来る訳ではないためまだマシな方ではあったが、それでも3週間しかなく、その間に各所との調整を完璧に済まさなければいけないのだ。致し方ないだろう。

 

 勿論、日本の後となるアメリカやイギリスも楽観視はしていない。来訪までの期間は長く、日本での異星人の様子を見ながら調整が出来るアドバンテージがあるにせよ、文化の違いなどから自国内で何が起きるか分からないからである。

 

 後は、異星人により名前が挙げられなかった他の地球国家群、特に()()()()()()()への対応にも力を割かなければいけなくなる点も、決して小さくはなかった。

 

 最短で3週間後、日本に異星人が宇宙船に乗ってやって来る以上、世界へ存在が露呈してしまうのは避けられない。

 来訪時まで隠し通す事は出来るが、その場合は日本のみならず全世界で混乱が起きかねないのだから、事前に周知するのは尚更であろう。

 

 故に、この期間ばかりは大人しくしていてくれと願ってはいるが、そう上手くいかないのも現実だと理解出来てしまっている故に、ため息が出てしまう。

 

『しかし、色々と考えてみたら我々が最初で良かったな。余計な心配をせずに済むのだから』

『違いありませんわ。緊密に連携が取れる英米日3ヵ国であれば、何かあった時の対応も取りやすいですものね』

「確かに。でも、何もないのが1番ですよ」

『『うん、それは間違いない』』

 

 しかしながら、異星人の来訪は何も悪い事ばかりではない。メッセージ動画通りかそれ以上に友好的との前提条件はあるが、地球の技術革新がこれまで以上に大きく進む利点もあるのだ。

 

 軍事技術は勿論、地球の技術では解決が難しいか不可能な問題を、解決する事が可能となる民間技術が流入すれば、より一層の発展が見込めるのである。

 

 無論、いきなり超技術が使用された物品だけを提供されたとしても、地球人としては嬉しさもある反面、長期的に見れば困ってしまう。

 

 自分たちのみでどうにか出来るよう、リーガル大帝国側から助っ人を派遣してもらうなどして、技術者の育成に力を注ぐのは必須だと言えるのだから。

 

「今日から3ヵ月間は我々はもとより、地球人類にとって大変な期間となります。何もかもが史上初、日米英で緊密に連携して行きましょう」

『そうだな。図らずも、日本を人柱()とした形になってしまったが、アメリカとしても出来る限りの事をしよう。在日米軍にも指示を出しておく』

『同じくですわ、本矢首相。他国の相手はアメリカと我々イギリスに大半は任せて、貴方は異星人と国内に力を注ぎなさいな』

「ありがとうございます。その代わり、可能な限り異星人の情報を日本は提供致しましょう。他にも出来る限りの事はします」

 

 地球でも最高クラスの先進国である3ヵ国でさえ、異星人との交流は決して簡単な事ではない。文化も含めた何もかもが地球の常識には当てはまらない上、何かあれば鎧袖一触で蹴散らせる程の力が相手にはあった。

 

 だが、上手い事付き合えば間違いなく3ヵ国は当然として、他の地球国家群にも恩恵が与えられる。地球に蔓延る厄介な問題も、時間はかかろうとも解決可能となる道筋が見えているのだ。

 

『では、これにて会議を終わりにしよう』

 

 だからこそ、より一層連携を緊密にしていこうとなるのも、至極当然の流れである。



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リーガルの【魔法】事情

 3週間後から始まる地球訪問・滞在に向けて、日本とアメリカとイギリスにメッセージを送った翌日の朝、リーガル本星きっての巨大総合商店で、私はイラと待ち合わせをしていた。

 

 言わずもがな、目的は3ヵ月後の予定だった約束を早め、一緒に遊ぶためである。

 

 あの後、バノン(多目的通信用端末)で訂正メールを送ってから、5分もしない内に「じゃあ明日遊ぼうねっ!」と、笑顔で撮った自分の写真と共に返事が帰って来たから、余程遊びたかったのだろう。

 

 その割には待ち合わせの時間を30分程過ぎているが、この程度なら造作もない。わざとではない事、肝心な時に遅刻をしない事、私以外の相手に繰り返し同じ事をしなければ、許容範囲内だ。

 

「ふぅ。チェイス、お待たせ~! 遅れちゃってごめんなさい!」

「良いよー……いつもより気合い入ってる?」

「まあね! 3ヵ月後だと思ってたから、尚更だよ!」

「それもそっか」

 

 考え事をしながら、フードコートで買ったほうじ茶擬き(リーガル山茶)を飲みながら待っていると、わざわざ【転移魔法】を使ったイラが、目の前に現れた。

 

 滅多に着ない、格好が全体的に白を基調としたお嬢様風ワンピースなのを見るに、相当気合いを入れてきたようである。十中八九、今日はこれの準備に手間取って遅れてきたのだろう。

 

 ちなみだけど、転移魔法は技術面はもとより消費魔力の面でも、結構キツい魔法の筆頭である。人や状況にもよるが、使用後は相応に疲労感が身体にのしかかってくるのだ。

 

 休息時間を入れる事も考えたけど、魔力回復用の激マズポーションを飲んでたし、この点は考慮に入れなくても大丈夫か。

 

「さてと。イラ、どこ行く?」

「うーん……じゃあ、ルーツェ魔法屋行こう! 見て回るだけでも楽しいよ!」

「了解」

 

 軽く会話を交わしつつ、イラから【ルーツェ魔法屋本店】へ行こうと言われたため了承、飲み終えたほうじ茶擬きの缶をゴミ箱に捨ててから、一緒にフードコートを後にした。

 

 魔法が存在するリーガル大帝国では非常にポピュラーなお店で、彼女が言うように魔法に関係する品々が売っているだけではなく、政府から直々に【魔法戦】を敷地内で行う許可がなされていて、そのための設備や人員も完備されている。

 

 早い話、魔法に一定以上適性のある免許持ちの大人同士が、()()()()()()()()のみを使用し、一対一で戦う競技の事だ。

 当然、競技である以上は厳しいルールが多数存在し、これらを破る行為は決して許されない。

 

 なお、魔法攻撃に完璧な耐性を持つ大きな的に、魔法の試し撃ちが出来る広大なエリアも存在するが、こちらはほぼ全ての人に開放されている。

 

 無論、子供と大人のエリア分けは成されているし、人への攻撃はご法度ではあるけど。

 

「ふーん、地球には魔法がないんだ。科学技術もそんなじゃないみたいだし、リーガルだと余裕で助かる怪我とか病気でも、地球人にとっては死活問題になりそう」

「まあ、なっちゃうだろうね。先進国って呼ばれてる国ならまだしも、発展途上国って呼ばれてる国になってくると、その傾向は顕著っぽい」

 

 で、のんびり歩きながらルーツェ魔法店の敷地内に入り、陳列されている魔導書やらポーションを見て回りながら、3週間後に行く地球についての話をイラと交わして楽しむ。

 

 未開の星云々よりも、魔法の方に圧倒的興味を向ける彼女だけど、それでも私と居る時は積極的に話を振ってくれたり、色々と聞いたりしてくれる。

 

 自分が微塵も興味のない分野でも、友人が好きならそれについて多少であれ勉強し、話を合わせて楽しんでもらうのを信条とするイラ。

 

「だよねぇ……あっ、そう言えば地球に持ってくお土産で悩んでるんだっけ?」

「うん。出来れば印象良く行きたいし、手っ取り早いのはお土産かなって」

「じゃあさ、この店の治癒系ポーションをいくつかプレゼントしたら? 魔力を持たない人でも、使用法を間違えなければ問題なく効果出るし」

「なるほど。でも、未知の物質である以上確実に警戒はされるだろうし、どうしようかな」

「自分が怪我したり、相手に怪我させて実演する訳にもいかないもんねー。難しいところだよ、それは」

 

 私としては、地球に関する話をしてもらえるだけでも嬉しいのに、流れで軽く言っただけのお土産云々の話を振り、あまつさえ真剣に考えてくれるのだ。

 

 わざわざ約束を取り付け、自分が楽しむために遊んでいる今日のような日でさえ、である。

 

 凄まじい信条だと思うと同時、あまりにも自分を抑え過ぎていないか、そのせいでどこか調子が悪くなったりしてないかと心配に思う。

 

「ねえ、イラ。今は楽しい? 何か、私の話ばかりしてる気がしてるから」

「……ふふっ。もう、チェイスは心配性なんだから! 大丈夫、とっても楽しいよ!」

「そっか。イラが楽しいなら良かったけど、もしあれならちゃんと言って」

「はーい!」

 

 故に、私は時折こうして尋ねるのだけど、その際イラは決まって琥珀色の瞳でじっと見つめてきた後、笑って否定してくる。気遣って嘘をついている様子は全くなく、本心から出る一言だ。

 

 両親の教育方針が成せる業なのか、過去に何かがあったがための立ち振る舞いなのか、はたまた別の理由があるのかは分からない。

 

 けど、彼女が()()()であるのは間違いなく、私はこんな友人を持てた事に感謝しなければならないだろう。

 

「そうだ。何か欲しいものがあるなら、私が買おうか? 自慢みたいになっちゃうけど、お金には大分余裕があるんだよね。今」

「えっ、良いの!? ありがとうね、チェイス!」

 

 だからこそ、私はその辺のお礼も兼ねて、欲しいものの1つや2つくらいなら買ってあげようと即決した。



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大事な友達

本話の後半部分に、文章の追加を行いました。


 ルーツェ魔法屋を見て回る事1時間半、イラには前から欲しかったらしい魔導書を、自身もいくつかお高い(強力な)回復系ポーションを『お土産』として買い、結果としてここでの買い物は大満足の結果で終わった。

 

 リーガル大帝国の勢力圏で使用される貨幣の1つである【ネマ】で表すと、2人の合計で3200ネマの買い物となった。

 軍人としての給与や貯金などを合わせれば余裕だけど、庶民的感覚で見れば決して安い買い物ではない。

 

 ちなみに、昨日食べたうどん擬きが1ネマと79【ニゼ(ネマの200分の1)】である。量と質の割には、かなりお得感のある食べ物だ。

 

「ありがとう! これ、結構高かったけど……本当に大丈夫?」

「勿論だよ、イラ。大丈夫だからこそ、買ってあげるって判断したんだから」

「本当に優しいね、チェイスってさ」

 

 無論、これだけ一気に使った事に関しての後悔は一切ない。瞳を輝かせて喜ぶ親友の顔を見れて、悩んでいた日本とアメリカとイギリスの人たちに渡す予定のお土産を、1種類選べたのだから当然だろう。

 

 なお、これは3ヵ国共通のお土産とする予定で、ここから更に各国の人が喜んでくれそうなお土産を、後何種類かは用意するつもりだ。

 

 ただし、魔力や魔法がないと使えないようなもの、使えても効果がないか逆に悪い効果を発揮しかねないものを渡さないように、選定はしっかりと行わなければならない。

 

 信用を得るのは非常に大変だけど、失うのは一瞬。そして、失った信用を回復させるのは普通に信用を得るよりも、圧倒的に大変なのだ。

 

 同じ星の下に生まれている人同士でさえそうなのだ。地球人と宇宙人()ともなれば、尚更これが当てはまる。

 

「ほらほら、チェイス! 次はここに行こ!」

「分かった、分かったから落ち着こう。イラ」

 

 地球に行った時の事を考えつつ、テンション高めのイラに連れられて入った次のお店は、リーガル本星や本星のある星系にならどこにでもある、家電量販店の本店である。

 

 一部補助に魔法が使用されているものも存在するけど、大半は純粋な科学技術で動くものばかりで、技術を持つ者であれば誰でも問題なく使用・修理が出来る仕様となっているのだ。

 

 かく言う私も、自宅の家電はほぼ全部この本店で販売しているものを購入している。

 

 別にテンションを高くするような場所ではないはずだけど、今日のイラは最初からテンションが高い。

 余程気分を下げてくる場所に行くか、もしくは出来事に遭遇でもしない限り、どこでも楽しめるのだろう。

 

「あっ、ごめん。ちょっと私の親から通信入っちゃったから、少し席を外すね」

「分かった! じゃあ、私はこの辺でウロウロしながら待ってる!」

 

 ナノマシンを使った洗濯機および洗浄機、高性能AIを搭載した掃除機など、地球へのお土産としても悪くないのではと思い始めた頃、私のバノン(多目的通信用端末)に父親からの通信が入ってきた事に気づく。

 

 仕事の都合上タイミングが合わないと言うのも多分にあるけど、そもそも滅多な事で通信を寄越して来ない性格なのも相まり、何だかんだ仲が良い方ではあれど、少し身構えてしまう。

 

「はい、もしもし。お父さ――」

『やあチェイス、元気か? それはそうと、女帝陛下から直々にお褒めの言葉と褒美を頂いたんだってね。父さんと母さん共々、鼻が高いぞ』

「……」

 

 が、休憩スペースに行って通信に出た瞬間に私の言葉を遮り、お母さん共々満面の笑みでこれでもかと褒めちぎってくるものだから、ビックリして数秒間フリーズしてしまう。

 

 まあ、何かと忙しい女帝陛下から直々に呼び出されて褒めてもらい、なおかつ褒美をもらうのは、当然ながらこの国では非常に名誉な事である。

 

 加えて、私の一族で女帝陛下直々に呼び出され褒められたのは、現状私を含めて2人しか居ない。考えてみたら、お父さんが通信を寄越すに至る条件が揃っていてもおかしくはないか。

 

『あらあら、ベガさん。貴方のテンションが高過ぎて、チェイスが困ってますよ。言いたい事があるのでしょう?』

『ああ、すまない。ところで今、話す時間は取れるか?』

「うーん、イラとの約束で楽しく遊んでるから、あまり取れないかな。あまり長くなるようなら、今日の夜9時以降にまたかけてきて」

『なるほど、イラちゃんか……それなら仕方ないな。長引きそうだし、今はひとまず止めておくか』

「ありがとう、お父さん」

『どういたしまして。じゃあ切るぞ』

 

 そして、どうやら私と色々話したかったらしいけど、イラと遊んでいる事もあるため一旦断り、話の続きは今日の夜の9時以降にしてもらった。

 

 恐らく……いや、十中八九イラなら両親との話が1時間を遥かに超えたとしても、内心はともかく実際には怒りを向けてはこないだろう。

 

 昔からの付き合いがある私でさえ、彼女が怒る光景を戦場や仕事場でならともかく、長い付き合いながら日常では見た覚えがない程に、穏やかな人なのだ。

 

「イラ、お待たせ。まあまあ長引いちゃってごめん」

「全然構わないよー! ご両親との話はどうだった?」

「いつも通りだったよ。真剣に話したかったらしいけど、イラと遊んでるから後にしてもらったんだよね」

「ええっ!? じゃあ、私の事は良いからお話してあげて!」

「大丈夫。お父さんも、イラと遊んでるなら良いって頷いてくれたから」

「そうなの? なら良いけど……」

 

 だからこそ、私の両親もイラに対してはかなり好印象を抱いている。イラが自分の両親のやらかしの巻き添えを食らい、社会的にピンチだった時に裏から手を回し、本人だけを何とか助けるくらいには。

 

 最終的には、女帝陛下が「ふむ、奴の娘は確かに清廉潔白……か。分かった、そなたらの頼みを聞いてやろう」と宣言してくれたから事なきを得たけど、あの時程胃がキリキリ痛む経験はしたくないものだ。

 

「よし、チェイス! 早くここでの買い物を済ませちゃおう!」

「……えっ? うん、分かった」

 

 なんて事を頭の中で考えていたその時、何かを思い付いた顔をしているイラから、そう声をかけられた。

 

 事前にしていた会話から、イラが何を考えているのかを察する事は容易い。買い物を終えた後、私とお父さんの話す時間を作るために実家へ向かおうと、そう考えているのだろう。

 

 バノン越しのお父さんの様子からして、重要度は中寄りの小くらいの話に違いない。

 だから、真剣に話す時間を作りさえすれば、遊ぶ時間を削る必要も、何ならわざわざ実家へ向かう必要はないのである。

 

(まあ、イラが良いなら言う事はないか)

 

 ただまあ、こうなったイラを止めるのは難しいし、そもそも今日は彼女のための時間でもある。

 もし、推測通りであったとするならば、大人しく流れに身を任せておこうと、私は心の中でそう考えた。



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日本の憂鬱

予定を変更し、本章は今話にて終了とします。また、前話の後半部分に文章の追加を行いました。


 宇宙人の地球来訪。メッセージが届いてからおよそ4日、日米英3ヵ国の首脳によりほぼ同時に発表されたこの事実は3ヵ国の国民のみならず、地球に存在する国家群ほぼ全てとその国民に、衝撃を以て受け止められていた。

 

 かねてよりなされていた、宇宙人は存在するか否かの議論がある日突然、()()()()と証明された事で終止符を打たれる。

 

 同時に当の宇宙人が地球を認知し、そこに暮らす人々の織り成す文明に興味を持ち、来訪する急展開となったのだ。全国家に来訪する訳ではないとは言え、無理もないだろう。

 

 特に、今回の来訪の対象として挙げられた日本とアメリカ、イギリスに住む一般の人々や各種メディア関係者は、それはもう凄まじい盛り上がりを見せている。

 

 宇宙船の内部と思わしき部屋の中、非常にゆったりで穏和な雰囲気を醸し出して各国の言語にて自己紹介を行い、自身の来訪を知らせて友好的に接してきた、水色混じりの白髪ショートボブで紫色の瞳、背中に不完全ながら翼を持つ宇宙人少女。

 

 公開されたメッセージ動画の中で、チェイス・アリアーネと名乗った彼女が見せた、魔法によって顕現した光の翼による飛行も相まって、世論は概ね好意的である。

 

 しかし、全員が全員好意的にチェイス(宇宙人)を見ている訳ではないのだ。最初の来訪先と言う事もあってか最も盛り上がっている日本でさえ、それは例外にはあたらない。

 

 友好的な態度はまやかしであり、心内では日本や地球を侵略しようとしているのではないかと、純粋な恐怖を抱く。

 

 相手が友好的であっても、心を許し過ぎるのは危険だから警戒はしておくべきとの考えの下、掲示板などに投稿・議論したりする。

 

 こんな感じの感情を抱いたり、そんな感情から行動を取る人々も少なからず存在するのだ。

 

 だが、中には実力を行使して排除をしようと画策する過激派、来訪に合わせてデモをしようと考える者、上手い事取り入って自分らが有利になろうと考える団体も存在しているのだ。

 

 それに比べれば圧倒的にマシであり、むしろ抱いておかしくない普通の感情だと言えるだろう。

 

「はぁ。相変わらず、過激派連中はいつも通り……か。全く、見るのも嫌になってきたぞ」

「そうですね、先輩。でも、私たちが目を光らせていないと、チェイスさんが日本に来た時、万が一が起きかねません」

「そうなんだよなぁ。連中、彼女の機嫌を損ねたら最悪日本どころか、地球が滅亡するかもしれんとは考えんのかね」

「考えて、理解した上でやってたりするかもしれませんよ?」

「……嫌な考えだが、俺もそう思っちまった」

 

 だからこそ、日本ではチェイスの来訪前から公安の人たちを含めた全国の警察組織、および政府が各所に目を光らせ、万が一が起こらないように日夜パトロールを行っていた。

 

 それだけではなく、日本のどこかに潜んでいる可能性の高い他国のスパイに対しても、より一層厳しい警戒体制を敷いている。

 

 ただし、日本にはスパイを直に取り締まるための法律が存在しないため、どうしても素早く動く事が出来ない。

 政府内では法律制定に向けた動きが加速してはいるものの、現状は何か別に理由を見つけるなりして、捕まえるしかないのだ。

 

 故に、公安に勤めている職員の勤務時間は激増し、過労のあまり体調を崩す職員も出てきているため、ここをどうにかする事が目下の課題となっている。

 

「こう言う時に、他国が羨ましいよな」

「そうですね。スパイを直接取り締まる法律が出来れば、いちいち手間のかかる手続きを踏まずに済む……そう考えたら、チェイスさんの来訪は日本にとって、かなりの追い風になりそうです」

「確かにそうかも知れん。宇宙人頼りってのが複雑だが」

 

 言わずもがな、アメリカやイギリスでもテロ行為に発展しかねない芽を摘むため、特殊組織や警察の取り締まりが一層厳しくなっているが、この2ヵ国も2ヵ国でこれらに割かれる人員の負担はかなり大きくなっている。

 

 何なら、日本の代わりに日本の周辺諸国の相手をする約束を交わしてしまった都合上、政府の援助があるとしても負担が限界に近い人員が多い。

 

 しかし、そうするだけの価値がチェイスとの交流にはあると、両国の上層部他多くの人々がそう考えている以上、どうにもならないのだ。

 

「地球滞在期間は確か2ヵ月と少し、その内日本への滞在はおおよそ4週間……あぁぁ、胃が痛い。何故に彼女は日本への滞在を長くしたのか……」

「文化的に興味を引く何かがあったとかですかね。技術的には、十中八九地球は話にすらならないので……それよりも先輩、調子悪いなら私が引き受けておきますよ。こう見えて、胃腸は強いんで」

「いや、流石に任せっきりはまずいだろう。ただ、お前がそう言うなら少し割り振らせてくれ。こちらとしても大助かりだ」

「分かりました。それで良いなら行きましょう」

 

 なお、公安の職員も多分に漏れず公開されたメッセージ動画を閲覧していて、友好的だと確信を持てた人が多かったらしく、否定的な目で見る職員の数はあまり多くなかった。

 

 ただし、チェイスは彼ら彼女らにとって、仕事量が激増した事による睡眠不足と疲労感、自分たちの行動如何によっては最悪日本や地球が危ないと言うプレッシャーによる胃痛、これらに悩まされるきっかけとなっている。

 

 故に、その件に関してだけはほんの少しだけ文句を言いたいと、心の中で思う職員の数はまあまあ多かったものの、実際に口に出して何かが起きた場合のリスクが大きいため、暗黙の了解で誰も口には出していない。

 

 居ないからと言って口に出し続けて慣れ、いざ来訪した時にうっかり口に出してしまったり、変に広まったせいで話に尾ひれが付き、それが巡りめぐって耳に入ってしまう。これ程恐ろしい事はないだろう。

 

 後は、文句を言う暇があるなら今はひとまず仕事を進めて、しっかり休息を取る時間に回した方が有意義であると、皆が同様の考えでいるのも非常に大きい。

 

「あー……先輩。匿名での情報提供が今ありまして、自宅の近所で怪しげな集団がたむろしているらしいです。写真と音声付きで」

「全く、変な奴らがどんどん湧いてくるな……少しは自重してくれ、頼むから」

 

 現に、政府が役立った情報に対する報償金を付けた上で、積極的な情報提供を呼びかけた影響により、案件が舞い込んできているのだから。




本小説の閲覧、ありがとうございます。評価や感想を下さった読者の方々にも、大変感謝しています。


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第2章 地球滞在編(日本)
地球(日本)へ向かう日


 今か今かと待ちわびていた、地球滞在の日。今世の人生史上、体感的に最も長かった3週間経過後の早朝、私はモド(宇宙船)の通信司令室で出発に向けた最終チェックを終え、待機していた。

 

 準備期間中に購入した『お土産』は勿論の事、私を含む全員分の生活必需品の積み忘れの有無。

 

 私用で休む、もしくは遅くなると連絡のあった人以外のモドの乗員たちが、全員乗船しているか否か。

 

 モドの各種機器の不具合などを含む、トラブルの元となる事象が発生してはいないか。

 

 これら以外にも大小様々な、地球滞在の楽しさや安全面に支障をきたしかねない事柄を予防するために、基本は時間をかけてでもやらなければならない事である。

 

「チェイス様。聞くまでもないでしょうけど……今回の地球滞在、楽しみですか?」

「そうだねぇ、ルーナ。今回は仕事でもなんでもなく、ただひたすらにのんびり出来る訳だから、尚更楽しみだよ」

「ふふ。ついこの間まで、イラ様と共に戦争に行かれてましたものね。すみません、愚問でした」

 

 今回の滞在は、主に私自身が純粋に楽しむために計画したものではあるものの、当の本人が希望をするのであれば、人数にもよるけどモドの乗員にも3ヵ国滞在を楽しんでもらうのも、言わずもがなありである。

 

 まあ、今のところ私の隣に居る乗員かつ友人の1人……エルフ族の少女【ルーナ】を含め、行きたいと思っている人は誰も居ないけど、滞在中に行きたくなる人が出てくる可能性も、全くないとは言い切れない。

 

 故に、日本を含めた3ヵ国には私以外のリーガル人が、宇宙船から出て一緒に回る事になるか否かは現状不透明であり、もし滞在中に人数が増えそうならその都度相談する旨の連絡を、1週間前に済ませている。

 

『チェイスさん、すみません。大変お待たせしました』

「貴方も含め、皆事前に知らせてくれてたんだから気にしなくて良いよ。じゃあ、全員揃った事だし……艦長さん、お願い」

『了解です……亜空間波動機関、惑星離脱機構始動……艦内の皆さん、ただ今より本艦は太陽系もとい地球へ出発致します』

 

 待機する事およそ20分、私用で外出していた乗員6人が戻ってきたのを確認した私は、艦内通信機を使って出発の指示を出す。

 その瞬間、格納庫の屋根がゆっくりと開き、同時にモドの船体は惑星の重力に逆らうようにして浮かび始めた。

 

 通信司令室には窓がなく、備え付けられている亜空魔導カメラと投射機、専用モニター越しに見ている光景である。

 

 直接見るのと遜色ない綺麗さなため、わざわざ窓がある場所まで出なくても、見るだけなら全く問題はない。

 

『リーガル本星大気圏離脱完了。周辺空間の安定値が基準を大きく上回っているため、即座に長距離亜空間航行へと入ります』

「想像より早かったねぇ。かなり値が張ったけど、アップグレードしておいて良かったよ。安心安全が確約されてこそ、地球滞在も楽しめるってものだよね」

「はい、そうに違いありません」

 

 徐々に浮遊が加速していき、リーガル本星の大気圏を脱出してからすぐ、モドは亜空間航行……いわゆるワープに入ると、モニターが映す景色は一変する。

 

 全体的に紺色の空間に、色とりどりのオーロラ様の光が一面を埋め尽くす、通常の物理法則では説明のつかない現象が数多く起こる亜空間。

 

 光年単位で広い宇宙空間を旅するには、この場所に自由に出入り可能な科学ないし魔法技術の会得が必要不可欠だ。何者であれ、例外はないと断言しよう。

 

「そう言えば、チェイス様。ご飯食べました?」

「いや、まだだけど」

「そうですか。でしたら、取り敢えず食堂に行きませんか?」

「うーん……そうだね、行こう。お昼頃までは暇だし、何かあれば私のバノンに連絡来るし」

 

 ちなみに、1700光年先の地球へ向かうのにかかる時間は、モドに搭載されている亜空間航行装置の性能だと、推定で5時間である。

 

 光の速さで1700年もかかる場所へ行く時間としては尋常ではない短さで、人間的感覚からしてみても、何かに集中していればすぐに過ぎるくらいには短い。

 

 今の私に例えれば、のんびりと食事を取ったり、亜空間通信でイラや両親と連絡を取り合ったり、地球訪問へ向けた最終確認を行ったりしていれば、体感的に割とあっさり過ぎ去るのだ。

 

(ふぅ……)

 

 5時間が経過し、宇宙に浮かぶ青く美しい地球をこの目ではっきりと見れた、その刹那。前世が地球人、正確には日本人男性だった記憶がある私にとって、かなり感動的な一時となるだろう。

 

 そして、日本への訪問が終わった後の、アメリカやイギリスへの訪問。前世でも旅行なり仕事なりで行った事はなく、知識としてもそれ程多い訳ではない故に、より新鮮な気持ちで楽しめそうである。

 

 楽しみ尽くそうと思ったら、間違いなく今回の滞在期間ではまるで足りない。今回以降、定期的にある普通の休暇でも勿論の事、もし長期休暇をもらえる機会が訪れたのであれば、地球滞在に使うのは確定事項だと言える。

 

 可能であれば、戦争に行って帰って来た後の休暇ではなく、単なる長期休暇と言う形でもらいたいけど、ちょっと望みは薄そうだ。

 

 まあ、そもそも太陽系をリーガル大帝国が発見し、私の管轄に出来ただけでも相当な幸運、あまり色々とは言えないのだけど。

 

『亜空間航行終了、現地名太陽系第3惑星【地球】の衛星【月】の公転軌道上が、現在の本艦の位置となります』

「チェイス様、もうすぐですね」

「うん、そうだね。ルーナ」

 

 食事を含めた前述の行動をゆっくりと済ませ、通信司令室へ戻ったとほぼ同時、艦長さんからの艦内放送が私の耳に入ってきた。

 

 モニターが映す映像も亜空間特有のそれではなく、宇宙空間で青く美しく輝く地球の映像であり、やはりと言うべきか非常に感動的に思えてくる。

 

 ここまでくれば、モドは30分もしない内に大気圏へ突入し、日本の国会議事堂上空へたどり着くだろう。

 

 そうしたら、私は飛行魔法を使って下に降り立ち、モドは羽田空港近くの空き地に突貫工事ながら、警備を固めた専用のスペースを設けてくれているらしいので、そこへ向かって着陸する流れとなるのだ。

 

 地上でなくとも、普通の船と同じように水上でも問題ないとは伝えたけど、気を遣ってくれたらしい。ありがたい限りである。

 

『これより、本艦は地球の大気圏へと突入します……惑星大気圏突入機構始動、超電磁バリアー展開』

「もうそろそろかな。ルーナ、じゃあ行ってくる」

「はい。行ってらっしゃいませ、チェイス様。お留守はお任せ下さい」

 

 1度の極短距離ワープを挟んで宇宙空間を航行する事10分、モドが地球の大気圏へと突入したのを確認した私は、司令室に置かれていた私物を手に持ち、甲板へと続く扉の前に向かう。

 

 後数分、長くても10分と少しで地球……宇宙人の1人として前世の故郷である日本の大地へ降り立つと思うと、感慨深いものだ。

 

 この時ばかりは色々と考え過ぎるのは止めて、純粋に楽しく滞在する事を主に考えよう。

 

『……チェイス様、到着しました。行ってらっしゃいませ』

 

 そんな事を考えながら待っていると、艦長さんからの放送と共に扉のロックが解除されたので、扉を開けて甲板へと出てから飛び降り、飛行魔法を使ってすぐに空中での姿勢を制御した。

 

 天候は快晴で季節は晩秋、朝晩は冷え込む時ではあるものの、飛行魔法には術者の身体保護も術式に組み込まれているので、全く寒くはない。

 

 例え飛行魔法を使ってなくとも、他の魔法と服装でどうとでもなるから、全く問題ないのである。

 

「皆様のお出迎えに感謝を。事前にメッセージは送りましたが、改めまして……(わたくし)、リーガル大帝国から来ました、チェイス・アリアーネと申します」

 

 そして、ゆっくり降り立った後は目の前に居る【本矢(もとや) 勇人(ゆうと)】首相含めた閣僚の人たちや他の役人たちに向けて、強い感謝の意を込めつつ私は挨拶を行った。



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美味しい和食

「日本国首相、本矢 勇人と申します。遠路はるばる地球、もとい日本へようこそお越し下さいました。是非とも楽しんでいって下さいね、チェイスさん」

 

 モドの甲板から飛行魔法を使って下に降り立ち、待っていてくれた本矢首相たちへと行った軽い自己紹介は、皆の様子を見る限りだとまあ及第点と言えるだろう。

 

 リーガル大帝国の最高位である女帝陛下はもとより、未開の地に存在する国家のトップとのやり取りの経験は、これまでの人生の中でそれなりの回数をこなしてきてはいた。

 

 だけど、今世の祖国基準だと未開の地に分類される日本の首相とのやり取りは、緊張感の強さもそこそこに、何と言うか種類が違う。

 

 前世の感覚が残っているからか、それとも楽しみに思う気持ちが混ざりあった結果故か、はたまた別の理由が存在するのかは分からない。

 

 まあ、これについて調べたり考えたりしても、結局は時間を無駄に浪費するだけになりそうだから、地球滞在が終わった後に忘れなければ、片手間に調べておく程度にしておくか。

 

「勿論です、本矢首相。日本での滞在、存分に楽しんでいくつもりですから」

「そう仰って頂けると嬉しいです……では、防弾仕様の特別車輌をご用意しておりますので、あちらへどうぞ」

「分かりました」

 

 そんな感じで本矢首相との簡単な挨拶を済ませた後は、首相と共に厳つい黒色の車の後部座席へと乗り込み、警察車輌や白バイの先導の下、国会議事堂を早速出発する。

 

(私が()()()こうされる立場になるなんてなぁ……)

 

 一般車輌が来ないように厳重に封鎖された道路を、警察車輌や白バイ、警護員の乗る車輌に前後を守られながら、私の乗る防弾仕様車輌が一定の速度で通過するこの状況。

 

 地球ではない未開の()に訪問した際も、大体は似たような展開になってはいたけれど、その時よりも圧倒的に心へ印象付けられているのを実感していた。

 

 窓から見える東京の街並み、強固な警護の向こう側に居る日本の一般人、多少時間が進んでいる事以外は、とにかく何もかもが私に残る前世の記憶と相違がない。

 

 だからこそ、元々強かった思い出補正が更に強くなるから、抱く印象の強さが圧倒的に強いのも、至極当然の流れだと言っても良い。

 

「あの、本矢首相。この車はどこへ向かっているのでしょうか?」

「我が国が誇る最高級のホテルです。各国の首脳や同等クラスの要人が来られた際、迎え入れるのに良く使われる場所ですよ」

「わぁ、凄い。と言う事は、美味しいものは沢山ある感じですね」

「勿論です。もし、料理に関して何かありましたら、遠慮なく申して下さい」

「了解しました。まあ、()()()()()()()()()()

 

 なお、この車が最初に向かう先は私が滞在時、お世話になる宿泊先となる超高級ホテルとの事らしい。間違いなく、この滞在を快適に過ごせると約束されたも同然である。

 

 衣食住と娯楽、特に各種娯楽に関してはリーガル大帝国よりもレベルは確定で高い。日本の普通やちょっと下が、今世の祖国では覇権レベルとなれる可能性を秘めているからだ。

 

 食事に関しても、保存技術以外は日本側が最高クラスの食材と料理人を用意するだけあってか、日本の方が勝っているだろう。そうでなくても、まあ日本が大体の面で勝つとは思うけど。

 

「到着しました。チェイスさん、ここがそのホテルとなります」

 

 そんなこんなで、本矢首相との会話や窓から見える外の景色を楽しみつつ比較的ゆっくりと進む事20分弱、車列が【大日本ホテル】と書かれた看板がある建物の入口前道路で止まる。

 

 と同時に、降車を促されたのでゆっくりと降り、いかにも強そうな警護員の人たちに前後を守られながら建物内に入り、エントランス右側にあるエレベーターに乗り込み、高級和食屋があると言う4階へと向かう。

 

 日本で食べる事が出来て、食べるまでもなく美味しいと断言しても良い和食の数々。

 

 今日の食事費用は、全て日本政府(首相以下閣僚数名)が持ってくれるらしく、望むのであれば好きなだけ頼んでも問題ないとの事だけど、流石にそこまでするのは気が引ける。

 

 これから4週間滞在するのに、序盤も序盤から全力で好き放題してしまえば、ただでさえ大きいであろう負担を倍増しかそれ以上に増やしてしまいかねないからだ。

 

「いらっしゃいませ、本矢首相。そして、チェイスさん。お話は既に伺っております。私共が腕によりをかけてお作りする和食、もうすぐで完成致しますので、席にかけてお待ち下さい」

 

 だからこそ、少なくとも今日は抑えていこうと考えていた私であったけど、本矢首相含めた数人と高級和食屋に入った瞬間、漂ってきた美味しそうな料理の香りに意思が大きく揺らいでしまう。

 

 高級食材と技術がふんだんに使用された、日本でも恐らく最高峰の美味しさを誇るであろう、首相おすすめのきつねうどんと天ぷらセット。

 

 先んじて出された、良い具合に温かくて良い香りのほうじ茶と玄米茶も相まって、食欲が強く刺激されてしまった。

 

「あっ、これは失礼……あまりの美味しそうな香りについ」

「大丈夫ですよ。それと、先程も申し上げましたが、チェイスさんはお気になさらず、食べたいだけ食べて下さいね」

「……本当に良いんですか?」

「食材が持つ限りとはなりますが、勿論構いませんよ」

「そこまで仰るのであれば……多めに頂こうと思います」

 

 お陰様で、お腹の鳴る音が恥ずかしいレベルで響き、本矢首相たちに余計に気を遣わせる羽目となってしまう。

 

(今回か、今回以降の滞在か……何にせよ、何らかの形でお礼しなきゃね。お土産以外で)

 

 ここまでされた上で、私にも沢山食べたいとの欲求がある以上、あまり遠慮し過ぎるのも逆に失礼かもしれないし、この際思うがままに食べてみようか。いや、それでも多少は抑えるべきか。

 

「お待たせしました。当店名物のきつねうどん、および天ぷらセットでございます」

「わぁ……!」

 

 逸る気持ちを抑えつつ、本矢首相や料理人さんと会話を交わしながら待つ事10分と少し、凄まじく美味しそうな香りを放つ2品が私の目の前へと運ばれてくる。

 

 リーガル大帝国で良く見るうどん擬きではない、本家本元のきつねうどん。えびやさつまいも、ちくわの磯辺揚げやれんこん、他3つの食材で作られた天ぷらセット。

 

 間違いなく、祖国で売れば有名料理の仲間入りをすぐに果たしてくれると、確信を持つ。まあ、売るに至るまでの段階が難しいのだけど。

 

「いただきます!」

 

 当然の事ながら、運ばれてきた2品を見ているばかりではなく、先にきつねうどんの方をお箸で取って口に入れた訳だけど、案の定口の中に広がる美味しさに、手が止まらなくなってしまう。

 

 麺の食感に旨味成分たっぷりな汁、食欲をそそる良い香りの3拍子が揃えば、麺料理さえ嫌いでないなら誰でも私みたいになると思わせてくる。

 

(ん~!! 美味しいっ!)

 

 天ぷらの方も言わずもがな、料理人さんの技術や食材の良さの相乗効果によって、凄まじい美味しさを誇っている。

 横を見れば、食べ慣れているであろう本矢首相たちも、各々美味しそうに食べている。流石は高級和食屋と、納得でしかない。

 

 なお、リーガル大帝国でこのレベルの料理を作れる人は、現状誰も居ないだろう。本星の宇宙港の食堂のおばちゃんでさえ、頑張ればまあ多少は行けるかもと思えるくらいか。

 

「あの、料理人さん! もう2杯、同じきつねうどん下さい! あっ、天ぷらの方も同じくお願いします!」

「分かりました。それなりにお時間を頂きますが、よろしいですか?」

「はい、勿論です!」

 

 そして、最初に出されたきつねうどんと天ぷらセットを完食した頃には、私の自制心などあってないようなものへと変化してしまっていた。



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のんびりゆったり

 スイートルーム。そのホテルにある普通の客室よりも、ありとあらゆる面でランクアップしている客室を表す言葉である。

 

 無論、宿泊するには相応に高くなった宿泊費を支払う必要があり、それが普通の客室すら高級なホテルのスイートルームともなれば、どれだけ凄いのかは言わずもがなだろう。

 

「えっと、柳沢さん。ここに、私が1人で泊まれるんですか?」

「勿論ですとも。当ホテル自慢の最高級和風スイートルーム、本矢首相よりお話を頂いた時から準備しておりましたので」

「なるほど……」

 

 案の定、和食料理屋での食事を終えた後に合流してきた、大日本ホテルの総支配人【柳沢(やなぎさわ) 正治(しょうじ)】さんに案内された6階にあるスイートルームは、私の語彙力では言い表せないくらいに凄い部屋であった。

 

 内装や家具、その他細かな部分まで私がイメージしていた、和の雰囲気をそのまま体現したかのような場所であり、こんなにも素晴らしい部屋に1ヵ月近くも、金銭面を気にせず泊まる事が出来る。日本の人たちには感謝でしかない。

 

 清潔感に関しても素晴らしく、未開の地に分類される星の中ではまず間違いなくトップクラスである。

 

「うわっ、結構沢山ありますね。本矢首相、これを揃えるのは大変だったのではないでしょうか?」

「確かに、選考には苦労しましたね。ただ、それさえ済んでしまえば後は早かったですよ」

「あはは……もう少し、詳しく言っておくべきでした」

 

 しかも、事前に日本の文化娯楽を少しでも体験しておきたいと伝えていたためか、部屋の中には最新式のテレビやブルーレイ機器一式と、無作為に選ばれたであろうお堅い小説からライトノベルに漫画、アニメ映画やドラマのブルーレイディスクまでもが、きっちりと揃えられていたのだ。

 

 元日本人の前世がある故か、日本語であればほぼ問題なく理解出来るし、仮に他国の言語であっても翻訳機ないし魔法でどうとでもなるので、今すぐにでも楽しむ事が可能なのは実に嬉しい事だと断言しよう。

 

 ルームサービスで食事もこの部屋に持ってきてもらえるらしいので、極論滞在中ずっとここから出ずに過ごすのも可能だ。勿論、せっかくの貴重な休暇、そんな事をするつもりはないけれど。

 

「それでは、私共はこれで失礼します。滞在中何かありましたら、備え付けの電話機かスタッフ呼び出しボタンを使用して下さいませ」

「チェイスさん、私たちも公務がありますのでこれにて失礼させて頂きますね。万一に備え、両隣の部屋には私の秘書2名と警護員の方々10名が居ますので、用事があればいつでもお声がけ下さいね」

「はい、分かりました。色々とお気遣いありがとうございます」

 

 そこからおよそ30分程、部屋の案内だったり備え付けの各種機器の使い方などの説明を詳しく受けた後、私についてきてくれていた柳沢さんや本矢首相は、各々のやるべき事を行うためにこの場を立ち去っていく。

 

 忙しい中、時間を工面して私のために動いてくれて、本当に感謝でしかない。

 

(……うん、まあそりゃそうか)

 

 と、1人になって気分が落ち着いてきたその時、自分自身が汗ばんでいる事に気が向く。

 

 作りたてで、温かいきつねうどんを3杯に天ぷらセットを2つ食べた事、日本に来た事による気分の高揚、一国を束ねる首相とのやり取りによる緊張、他にも細々とした要素が合わさった故だろう。

 

(バスルームは確か、こっちだったよね?)

 

 本当ならこのままふかふかソファーに座り、今世の日本にも変わらず存在していた、某ロボットと少年の友情物語を描いたアニメでも見ようかと思っていた。

 

 でも、いくらどこかのタイミングで清掃してくれるにせよ、だからと言って汚して良いなんて事はない。

 そもそも、汗ばんだ状態のまま居るのは不快なので、私はまずバスルームへと向かう。

 

 当然、お湯が溜まっていない以上シャワーとなる訳だけど、全く構わない。湯船に浸かるのなんて明日以降でも容易に出来る事だし、食事をしてからすぐと言うのが理由なためだ。

 

「ふぁぁ~~」

 

 手早く服を脱いで適当なところに置き、お風呂場に入ってからは小さなイスに座り、シャワーを浴びる(湯船に浸かる)行為。

 

 何の面白味もない、リーガルでも戦争時以外は基本毎日行う入浴ですら、日本に来た途端に楽しくなるのは、やはりそうなのだろう。

 

 湯加減は自分で調節するものだから除外するとしても、コンディショナー配合のシャンプー、ボディーソープの香りも私好みのもので、何と言うか落ち着く感じである。

 

 お風呂場の端に置いてあった箱の中にある、ゆずの香りがすると書いてある入浴剤に関しては基本日替わりらしいけど、希望があれば融通は利かせてくれると言ってたし、明日は変えないでとお願いしておくか。

 

「ふぅ……すっきりしたっ!」

 

 で、湯船に浸かって色々楽しむならまだしも、シャワーを浴びるだけなら長くお風呂に入る必要も別にない。だから、身体や頭を洗ったらさっさと上がり、全身をちゃんとタオル拭いて服を着た後に、髪の毛をドライヤーで乾かす。

 

 備え付けの各種タオルも素材が高級だからか、それとも私の来訪に先んじて新品にしたからなのかは不明だけど、身体を拭く時の肌触りがとても柔らかく、普段使いにいくつか欲しいなと思ってしまう。

 

 当然、備品なので持って帰るなんてしてはならないけど、これと同じタオルが売ってないか、聞いてみるくらいはしても良いはず。

 

「さてと。すっきりした事だし、アニメアニメ~」

 

 で、お風呂に入る前に見ようと思っていた例のアニメの映画版ディスクを機械に入れ、テレビの電源をつけてからソファーに座って見る体勢を整えた。

 

 おおよそ2時間、私が日本に到着した時は既に夕方ではあったので、見終える頃には日本時間で午後9時を回る計算だ。

 

 寝る時間を次の日の午前0時とした場合、寝る前のトイレと歯磨きなどを考慮すると、頑張ればこの映画1本と通常のアニメ3~4本は見れる。

 

 今世の日本でも人気なようで、かなりの本数がこの場にあるから、このアニメだけでも見切るにはそこそこ時間が必要そうだ。場合によっては、実際に購入して続きは日本を出てから見る流れになるかもしれない。

 

 まあ、こうは言ったけど全部見終えれたとしても、前世からの思い出だったこのアニメだけは、どのみち何度も見返すために買えるだけ買おうと、私の中ではもう既に決まっているのだけども。

 

(今日は、アニメ見て終わりそうかな。リーガルじゃ、ほぼあり得ない流れだ)

 

 と、そう考えながら私は、テレビ画面に流れ始めたオープニングに目を向け、意識も集中させ始めた。




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メディア

 宇宙人少女のチェイス来訪によって各省庁や公安の仕事が激増し、何かと慌ただしい日本政府。

 

 それとは対照的に、ありとあらゆる出来事を凌駕するインパクトを誇るだけあってか、マスコミ関係者を含めた一般日本人はお気楽に、色々な場所でかなり大きく盛り上がっていた。

 

 新聞では速攻で刷られた号外が、テレビやラジオなどでは速報性重視で報道がなされ、一部の局では本来の予定を変えてまで枠が割り振られる程である。

 

 また、各種SNSから場末の掲示板まで、ソーシャルメディアでも宇宙人関連の話題で良くも悪くも盛り上がっていた。

 

 当然、不特定多数の人物が撮影したとみられる、宇宙船【モド】が空中を悠々自適に航行する様子が収められた映像も、凄まじい勢いで拡散されている。

 

 防御兵装搭載艦かつ、船体の構造物こそ色々な面で違うものの、船体そのものは地球(日本)人に比較的馴染みのある造形である事もあり、その点でも話題には事欠かない。

 

 総合的に見れば、日本人はチェイスに対してまあまあ好意的であった。

 

 更に、日本政府によってかなり抑えられつつも、来訪前までは日本にもそれなりに存在していた過激派やそれに準ずる一派も、自身の目で目の当たりにしたモドの威容が凄かった事もあり、鳴りを急速に潜め始めていた。

 

 ただし、根底にある宇宙人に対する恐怖や不安がなくなった訳ではない。あくまでも、直接的な実力行使と言う選択肢が消え去りつつあるだけなのである。

 

 現状、来訪者であるチェイスの見た目と表面上の温厚さ、魔法の存在しか判明している事がなく、地球人もとい日本人が信用するに至る要素が少ない。

 

 来訪から1日すら経っておらず、国家元首と同等レベルの警備によって取材すら不可能な状態。これで信用しろなどと、どう転ぼうとも無理があると言えよう。

 

 仮にそうでなかったとしても、信用を得るには長い時間をかける必要があるのだけど。

 

「こりゃあ凄かったな。現実で、某アニメに登場する宇宙戦艦みたいな船を見れるなどと、誰が予想出来ただろうか」

「迫力ありましたからね。やはり、強さもそれ相応なんでしょうか」

「だろうよ。それで、あれだけの船に乗って来るって事は、あの嬢ちゃんは大帝国の中でも相当な地位に居る可能性が高い。地球じゃあ、そもそも軍艦で旅行に行くお偉いさんなんか当然居ないから、俺のアホで勝手な想像に過ぎないが」

「侵略されませんかね……?」

「日本政府や俺たちメディア関係者を含めた一般人が、相当やらかさない限りは大丈夫だろ。あの嬢ちゃん、かなり温厚そうだしな」

「なら安心ですね。ネットの輩も、今回はおとなしめですし」

 

 しかし、今回は地球側が知り得ないチェイスの特殊性(転生者)故にある程度違うが、基本的にそれはお互いに言える。何かを仕出かし続ければ、最悪対立する未来が待っているのだ。

 

 そうなれば、パワーバランス的に日本はもとより、地球側が団結しようと一方的に叩きのめされる事になってしまう。

 

 だからこそ、速報性重視とマスコミ関係者は言いつつも、刺激しかねない内容の記事やニュースを世に出せず、殆んどは当たり障りのない内容となっていく訳である。

 

 無論、日本国内で最も強大だと言われている大手テレビ局【夕ノ日(ゆうのひ)】も、同様の流れには逆らえていない。宇宙人が相手ともなれば、致し方ない事ではあろうが。

 

「あっ。社長、これを見て下さい! 内閣府からこんなメールが!」

「ん? なになに……ほう。こんな機会が巡ってくるとは、我々としても僥倖か。しかし、日本政府から優良認定を受けているとは、予想していなかったぞ」

「うちの局、結構グイグイ行ってますもんね」

「だな。嘘と過度な誇張・蒸し返しを許さず、ちゃんとした真実を元に放送を続けてきた甲斐があったのかもしれん」

 

 そんなこんなで日本中が盛り上がり続け、日本時間で午後10時を回った頃、内閣府から夕ノ日を含む複数のマスメディアに向けて、とあるメールが届く。

 

 およそ14日後、大日本ホテルの大広間にて行われる予定である、チェイスに対する質問会への『招待状』を送付したと、文面に書かれていたのだ。

 

 参加したい場合は、招待状に書かれている質問会の開始時間1時間半前までに、招待状を持参する。

 反対に、参加するつもりがない場合は、届いた招待状に記載された住所に着払いで送り返して欲しい旨が、しっかりと記されていた。

 

 なお、この招待状は今現在から過去十数年前まで遡り、問題を起こしていないか極めて軽微な新聞社やテレビ局、出版社などの法人にのみ送付されている。

 

 目的は、余計な事をしてチェイスに不快感を与え、信用を失わせて対立する構図を作らないようにするためで、その選考はかなり厳しい。

 

 だが、それさえクリアすれば零細だとか大手だとかは一切関係なく、答えてもらえるかどうかは別としても、質問会に参加してそれを放送するなり記事にするなり、常識の範囲内では自由なのだ。

 

 ちなみに、外国に関しては同様の選考基準により選ばれた、アメリカ及びイギリスの大手メディアにのみ送付し、その他の国は例外なくシャットアウトの判断が下された。

 

 無論、方々より()()が日本政府に向けられたりしているが、取り決めによってアメリカやイギリスに丸投げ、その2ヵ国が外交的圧力をちらつかせて黙らせているため、現状中止ないし延期の考えはない。

 

「えっと、どういたしますか? 社長」

「当然、行くに決まっているだろ。すぐさま、質問会に向かわせる記者の選定を始めるぞ」

「了解しました」

 

 そして、万が一この質問会にて一定ラインを超えたやらかしをした場合、その醜態が否が応でも晒されほぼ確実に炎上してしまうため、どこも向かわせる記者の選定に苦労する事となるのである。




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2日目

 前世の記憶を持つ私にとって、()()()()に日本で過ごした昨日は、唯一無二の特別な思い出となった。

 

 お偉いさん(本矢首相たち)相手とは言え、懐かしの日本人と直接会話を交わす。

 

 高級和食屋自慢のきつねうどんと天ぷらセットを、気の済むまで味わって食べる。

 

 何もかもが前世の頃と変わらない、アニメや漫画を筆頭とした良質な娯楽を、極めて快適な和風スイートルームでのんびり味わう。

 

 これだけでも、究極のご褒美と断言しても良いくらいである。

 

「……変わらないなぁ、日本」

 

 そして、寝具が最高級なのも勿論だけど、恐らく心が幸せで満ちていたお陰だろう。

 

 今日の午前1時から7時半と、平常時にしては睡眠時間がいつもより少し短めではあったものの、目覚めた時の眠気や残った疲れが全くといって良い程になかった。

 

 加えて、日本滞在は始まったばかりであり、まだまだ楽しむ時間は沢山残っている。文化・娯楽体験、観光地巡り、挙げようと思えばいくらでも挙げられる気がしている。

 

 とは言うものの、期間を含む様々な都合上私の希望を全て叶えるなんて不可能なため、日本政府との相談の下行く場所を決める必要はあった。

 

(結構影響あるっぽいなぁ……ありがとう、日本の人たち)

 

 何せ、今現在日本にとって私は要人と同等レベルの存在であり、私の動き次第で色々と国内に影響を及ぼしかねないのだ。

 

 この点を無視すれば、47都道府県を回るのは物理的に不可能ではないものの、それでは迷惑もいいところ。人としてよろしくない事を、するつもりは決してない。

 

「失礼します……チェイスさん。快適に眠れましたか?」

「はい。お陰様で、良い夢を見る事が出来ました」

「それは良かった。他には何か、不都合な点はございましたか?」

「特にないです。むしろ、まるで我が家のようにくつろげましたので」

「そうですか。満足していただいているようで何よりです」

 

 窓から東京の街並みを眺めつつ考え事をしていると、チャイムが聞こえると共に本矢首相の女性秘書……【大林(おおばやし) 早苗(さなえ)】さんがモニターに映っていたため、すぐさまロックを解除して部屋の中に招く。

 

 色々と準備を済ませた後、起床を伝える電話を隣の部屋にしてからすぐに来たため、街並みを眺めると言うよりは、チラ見したと言った方が正しそうだけど、まあそこはさほど重要でもないから別に良いか。

 

 それよりも、今日のバイキング形式での朝食が楽しみである。

 

 昨日の夕方の高級和食屋とは違い、バイキングである以上一定程度グレードは落ちるものの、それでも美味しい事が確約された和食の数々、加えて洋食やデザートまでもが楽しめるのだ。

 

「では、チェイスさん。準備は出来ているようですが、行きますか?」

「はい!」

 

 と言う事で、大林さんや部屋の外で待っていてくれた警護員の人たちと一緒に、1階にある大食堂に会話をしながら向かう。

 

 なお、この大日本ホテルは私の滞在期間中、日本政府関係者や公安の人、警護員さんやホテルのスタッフさんたち以外、いわゆる一般の日本人は居ない。要は、実質貸し切り状態となる。

 

 しかも、彼ら彼女らは警備上の理由で私の日本滞在中、ホテルの部屋に私物を持ち込んだ上で泊まり込み、仕事をこなす手はずになっているとの事。

 

 更に、万が一に備えてここから近い病院ともホットラインを構築、万が一体調不良の人が出た場合に即座に対処が出来るよう、準備が色々となされているらしい。

 

 何と言うか、私1人のために沢山の人が動いてくれててありがたい限りだけど、そうなるとお土産にも色をつける必要がある。当初の予定で持ってきた量で、果たして足りるのだろうか。

 

 まあ、最悪足りなければルーナに頼んで一旦リーガルへ戻ってもらうなり、イラ辺りに依頼してお土産となり得る物品を立て替えで購入、宇宙船で地球までお土産を運んで来てもらう手段は取れる。

 

 もしくは3ヵ国への訪問を終えた後、次の休日にお土産を渡すためだけに再訪問する、こんな手段だって取れるだろう。むしろ、手段としてはこっちの方が良いと思うけど。

 

「おはようございます、チェイスさん。昨日はよく眠れましたでしょうか?」

「わぁ……あっ、すみません。本矢首相、おはようございます。その点でしたら、実に快適でしたよ」

「ありがとうございます。そう思っていただけているのなら、こちらとしては何よりです」

 

 エレベーターで1階に下り、会話をしながら廊下の案内板に従って大食堂に入ると、そこに広がっていた沢山の料理が並んでいる幸せな光景に呑まれてしまう。

 

 私の希望として、皆で賑やかな食卓を囲んでみたいと伝えたからか、沢山のスタッフさんが凄く楽しそうにお喋りしているのも相まって、本矢首相から話しかけられている事に、数秒間気づけなかったのはちょっとした失態である。

 

 しかし、私や大林さんたちが中に入った後もこの喧騒が収まる事はなく、視線が私の方にそこそこ向けられる以外に変化がなかったのも良い。

 

 事前のメッセージ動画で友好的だとアピールした点、日本で言うところの女子高校生くらいの年代に見え、威圧感があまりないのもあるだろう。

 

 ちなみにだけど、これにあたって大食堂に入っている人たちには、念のために金属探知機による身体チェックが行われているとの事。

 

 朝食を食べるだけで、普通よりも明らかに面倒にさせてしまうのは申し訳ないと心の中でそう言いつつも、日本滞在中はほぼ毎日これが楽しめるのかと思うと、私は嬉しいとか幸せだとか思う方が正直勝っている。

 

(あぁ……これ、どれから手をつけようかな……!)

 

 と、本矢首相との挨拶を含めた軽いやり取りを交わした後、私は用意されていた大きめのお皿を手に取り、大林さんたちと一緒に回り始めた。



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食事と娯楽

「お気に召して頂けたようで何よりです、チェイスさん」

「はい、そりゃあもう! こう言ってはなんですけど、私の国は食事に重きを置いていないので、尚更です!」

 

 今世の祖国はもとより、今日に至るまで立ち寄った星間国家まで範囲に入れても、トップクラスと断言しても良い程に日本の食べ物は美味しい。

 

 まあ、私の泊まっているホテルが高級ホテルであり、今食べている料理を作ったのが日本最高峰の料理人で、良質かつ高級な食材を使っているのだから、そう思えると言うのもおかしくはない。

 

 ただ、私の国の食事は劇的に不味いとまではいかないものの、このホテルの料理のように、感動する程美味しいと思える料理が存在しないのだ。

 

 例えばの話、普通に暮らしている自炊が出来る日本の一般人が、普通のスーパーなどのお店で売られている、お手頃価格の良質な食材を使って作った日本の家庭料理を、リーガル大帝国本星とその勢力圏内で売ったとしよう。

 

 最初の一定期間は、外宇宙の食材を使って作られた料理と言う事で警戒されても、ひとたび誰かが好奇心を発揮して食べれば、その人を媒介として凄まじい早さで知れ渡る。

 

 こうなればもう勝ちで、そこからは高級料理店を謳っても普通に勝負が可能であり、もしお手頃価格の飲食店を開こうものなら、何らかの強みがない限り……いや、あってもその周辺から他のお店は駆逐されるだろう。

 

 言わずもがな、ここのホテルの料理を私の国で売ろうものならば、こっちの女帝陛下イチオシの高級料理店ですら、まるで勝負にならない。グレードが少し下の、今私が居るバイキングの料理でも同様と言える。

 

 地球国家が私の国に、国力で立ち向かうようなものだ。

 

 勿論、これは私の勝手な想像の中での出来事で、実際にやった場合は好みなどの問題もあるから、そこまでなるかは不透明だけども。

 

「そうなのですか? 私はてっきり、チェイスさんが食べる事がお好きなだけかと思っていました」

「勿論、美味しい料理を食べる事は好きです。まだ食べた事はないので想像の話にはなりますが、私の国の高級料理が日本の一般家庭の料理と、恐らく大差ないので」

「なるほど。なら、ここのホテルの料理ともなれば……」

「私の国の高級料理店は駆逐されますね、ほぼ間違いなく。何なら、女帝陛下お抱えのお店として余裕で名乗れますよ」

「あはは……もしそうなったら、胃が爆発しそうですね。ここの料理人たちの」

 

 ちなみに、その辺の話を大林さんにしてみたところ、本当なのかそれと言わんばかりの驚きの表情を浮かべたのだけど、まあ当然だ。

 

 自分で言うのもあれだけど、彼らからしてみれば、何もかもが自分たちどころか地球国家よりも遥かに優れている星間国家よりも、圧倒的に優れている分野が存在したのだから。

 

 もし、何かが起こったとしてもそれを武器に上手く立ち回る事が出来れば、日本なら乗り越えられる。

 

「ああ、そうだ。料理だけではなく、他の娯楽でも同じような事が言えます」

「他の娯楽と言いますと……アニメやドラマ、マンガにゲーム、小説辺りでしょうか?」

「はい。こちらに関しては、食事よりも差は激しいでしょう。質もさることながら、国家規模の割には市場もかなり小さいですし」

「そうですか……」

「ですので、有名どころからマイナーどころまで、お土産として持ち帰りたいなと……あっ、勿論可能であればの話ですよ」

「分かりました。上に伝えておきますね」

「あら、本当ですか? それは非常にありがたいです」

 

 加えて、日本は美味しい料理が沢山ある国ではあるけれど、それよりも他の娯楽に関しても強い。娯楽溢れる地球でもトップクラスなのだから、私の国基準で考えれば間違いなくトップクラスになり得る。

 

 創作物の世界を実際に体感する事が可能な技術が使用された、【完全没入型創作世界体感装置】に、アニメやゲームのデータを投入すれば、禁忌に触れないものに限れば確実に人気を得る事は出来そうだ。

 

 それに、SFものや異世界ものに登場する科学や魔法が、こちらの更なる発展の助けになる可能性が高い。

 

 そう言う意味でも、日本の娯楽を持ち帰っておきたい。一部は女帝陛下に献上してみて、日本に興味を持ってもらう事が出来れば、変な輩から目をつけられる確率を更に下げられるのだから尚更だ。

 

 勿論、日本のみならず今回の訪問で向かう予定のアメリカやイギリス、何なら地球という星そのものにも思い入れはあるから、女帝陛下には太陽系の権利をくれたお礼の名目で、訪問が終わった後に色々と話をしてみよう。

 

「ところで、チェイスさん。今更なのですが、こんなことを我々に話しても良かったのでしょうか?」

「あはは、ご心配ありがとうございます。私が話したこの情報に関しましては、リーガル大帝国と交流のある全ての国家に周知の事実……ああ、地球の方々に知られても別に問題はありません。機密事項でもありませんし、交流を続けていけばいずれ知れ渡る事でしょうから」

「まあ確かに……あっ、でしたらこの話をアメリカやイギリスと共有しても?」

「構いません。どのみち、日本を去ってアメリカやイギリスへ行った時に言うつもりでしたから」

 

 ちなみに、このバイキングで私が良く手に取って食べているのは、オムライスや洋風スープ、サーロインステーキの3つだ。

 

 昨日の夕方はうどんや天ぷら(和食)を堪能したから、今日の朝食は洋食をメインで食べようと考えた。

 

 なお、昼食以降は事前に渡された資料を見て、私が希望を出せば出したところに基本は行けるらしい。高級料理店から、覚えのある某有名ジャンクフード店まで様々である。

 

 何なら、某有名コンビニ三銃士まで選択肢まで入っているのは驚きである。前世の話にはなるけれど、確かにコンビニで買える食べ物はお手軽価格ながら、大体は美味しいから納得だ。

 

(昼食かぁ……どうしようかな?)

 

 まだまだ朝食会は続くけど、そんな事を考えていたからか、オムライスを頬張りながら私の思考は今日の昼食以降へと、少しずつシフトしていく事となっていった。



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とあるコンビニ店長の憂鬱

 今現在、日本のみならず世界中を賑わせている外宇宙の存在である、翼の生えた少女チェイス。

 

 そりゃそうだろうと予想はしていたが、いかにもな宇宙戦艦に乗って来訪した彼女は、地球の国家元首と同等の歓迎を日本政府より受け、今現在は大日本ホテルに滞在している。

 

 で、外出するにしたって物々しい警備に守られつつ、どこかしらの高級品を取り扱う店なり、高級食材や最高峰の料理人が腕を振るうレストランとかに行くだろう。

 

 その人たちは大変だなあと、どこか他人事のような感じで俺は今日も1日、コンビニで変わらず店長業務をこなしつつ過ごすはずだったのだ。

 

「こっちは終わりましたー……西山(にしやま)店長? この世の終わりみたいな顔をしてどうしたんです? まさか私が何かミスを……?」

東屋(ひがしや)……喜べ、今日の14時頃件の宇宙人少女が来るってよ! はははっ、何でうちなんだよぉぉ……!!」

「えっ? は? ええっ?? もうすぐじゃないですか」

 

 しかし、それは少し前()()()()()()()()()店にかかってきた1本の電話、チェイスが昼食を店内のイートインスペースで取るから、申し訳ないが準備をして欲しいと言われた事により、不可能になった。泣きたい。

 

 向こうも急過ぎて申し訳ないとは考えているようで、滞在にかかる費用に加え、俺や今日バイトで働く東屋ともう1人に、特別手当が出るとの事。

 

 更に、本社からも同様の手当が出る旨の電話がかかってきたため、今月の給料はいつもより結構高くなる。

 つまり、ちょっとした贅沢が出来るだけのお金が手に入るので、全く嬉しくないと言ったら嘘になるかもしれない。

 

「いや、本当に何ででしょ……あっ。もしかして、レジ横の揚げ物コーナーの50%増量キャンペーンが原因……?」

「……絶対にそうだ! 日本政府の人が言ってたが、彼女は食べる事が大好きらしいし間違いねえ! 距離の問題なら、うちよりも近い別のコンビニはいくつかある」

「タイミングが悪かったですね。それにしても、高級店とかじゃなくても良いんでしょうか? もしかして、コンビニを高級店と勘違い……流石にあり得ないか。日本政府が説明しないはずないですし」

「分からん! だが、下手を打てば俺らは死ぬ……いや、日本がヤバい!」

「地球滅亡まっしぐら、ですね」

「洒落にならねえよ東屋。ちくしょう、今日休めば良かった……」

 

 しかし、何かやらかした時のペナルティーがあまりにもデカ過ぎる。と言うか、俺や東屋がやらかさなくてもうちの商品が不味かったとか、どうしようもない要素で機嫌を損ねる可能性だってあるのだ。

 

 いつぞや見た、公共放送や政府広報を通して公開された来訪を知らせる放送では、彼女の容姿はほぼ人型と抵抗感のない見た目、立ち振る舞いや仕草も大分友好的には見えたが、あれが本性とは限らない。

 

 文化とかも大幅に違えば、俺たちにとっては当たり前でも彼女や彼女の国では不快、ないし忌むべき事柄と認定されている要素だってないとは言えない。むしろ、あって当然だと断言出来る。

 

「はぁ……それに、日本政府のお偉いさんも来るんだよなぁ。胃が爆発しそうだ……帰ったら胃薬買っとくかな」

「でしたら、うちの目の前にあるドラッグストアーの胃薬はおすすめですよ。おばあちゃんが良く効くって愛用してますので」

「そうか。にしても、お前は全然動じてなくて羨ましいよ」

「まさか、平気な訳ありませんよ。どうしようもないですし、諦めて現実逃避しているに過ぎません」

 

 そして、彼女以外にも普段の生活では決して会う事はないであろう、日本政府のお偉いさんや護衛の人たちも俺の働くコンビニに来る。

 

 勿論、万が一に備えて警察官も大量に配備されるだろう。何かやらかした野郎共みたいな感じがして、胃が押し潰されそうなプレッシャーに襲われた。

 

 こんな事になるんだったら、何故か急に取りたくなった有給を本能に従い、先月末の時点で取る事にしておけば、こんなに悩まずに済んだはず。

 

 自慢じゃないが、俺の【予感】はおおよそ7割当たる。ここ最近は外しまくっているから、特に理由もないのに有給を取ると肝心な時に取れないから止めようと、理性で抑えたのは間違いでしかなかったと言わざるを得ない。

 

 そして、こんな事に付き合わせてしまった東屋と、もう1人の高校生バイトの子には非常に申し訳ない気持ちで一杯だ。

 仕事が終わったら夜勤の人たちに引き継いで、俺の奢りでどこか良いレストランにでも行って、好きなだけ食わせてやろう。

 

「て、店長さん! 向こうの道路から如何にもな車が3台来ましたっ!」

「遂に来たか……南原(なんばら)、頼んだ事は済ませてくれたか?」

「もちろんです!」

「来たばかりで本当にすまないな。流石はコンビニバイト経験者、優秀で助かるよ」

「いえ、大丈夫です!」

 

 すると、外で色々とやってくれていた女子高生バイト、南原が店内に駆け込んできて、宇宙人少女の乗った車がうちのコンビニがある国道に来た事を教えてくれた。

 

 店内の準備は電話を受けてから死にもの狂いで東屋と済ませ、外の清掃などは申し訳なく思いつつも南原に頼み、終わらす事が出来ている。

 

 取り敢えず、俺たちに出来る精一杯の用意はしてあるから、後は実際に日本政府のお偉いさんとも協力し、どの程度滞在するのかは分からないけど、何とか満足してもらえるようにしなければ。

 

(……はぁ)

 

 コンビニの駐車場に入ってくる黒い車を見ながら、俺は頭の中でそんな事を考えた。

 



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コンビニでの昼食

 日本の人々の生活に深く根付いている、私も前世では非常にお世話になった【コンビニエンスストア】、もといコンビニ。

 

 色々な物が売っているのみならず、荷物の受け取りやら何らかの料金の支払いまで出来る上、店舗によってはゆっくり過ごせるイートインスペースまである。

 

 勿論、日常生活の全てが完結する程ではないものの、あるのとないのでは大分違うと断言しても過言ではない。

 

「ん~、美味しい! これで庶民的なお味とは驚きですね! 何も知らないで来たら、ここが高級店と勘違いしてしまいそうです!」

「ふぅ……いやぁ、満足していただけてホッとしました。それにしても、まさか昼食にコンビニ(うち)を選ぶとは予想外ですよ。やはり、何か興味を引く要素でもありました?」

「そうですね。大林さんの資料を見ていた時に、このチキンを含めた揚げ物が50%増量中っていう文言が目に入りまして」

「あはは……ですよねぇ。そのチキンとポテト、自分でも美味いって思いますもん」

「はい! こんなに美味しそうな食べ物がいつもより沢山食べれるって思ったら、気づけばお昼をここにしてました!」

「なるほど。本社の役員さん喜ぶだろうなぁ……胃も爆発しそうですが」

 

 ちなみに、私は今日のお昼をホテルから程近い場所にもある、日本のコンビニ大手の内の1つ【フレンドリー・S・マート】で取る事を決め、大林さんに伝えて14時過ぎに来ていた。

 

 ワンコインのレンジで温めるタイプのラーメン、レジ横の揚げ物コーナーのチキンとポテト、菓子パンやスイーツ、渋めのお茶を取っては、イートインスペースで店長の西山さんを含めた皆と楽しく会話をしながら味わっている。

 

 健康の事など全く考えず、食べたいものを好きなだけ食べる。これに勝る幸せと楽しさは私にとって、指で数えられる程度しかない。

 

 なお、お会計に関しては護衛の人が電子マネーで払ってくれるので、何も気にせず食べたいだけ食べることが出来るし、買いたいだけ買う事が出来る。

 

 けれど、実際には人のお金で良い思いをしている訳であり、普通の感覚であれば全く気にしないのは無理だろう。

 

(……何にせよ、色々相談しなきゃだね)

 

 取り敢えず、私がリーガル大帝国の勢力圏で使える資産にまだ余裕はあるから、この際イラか他の友人に代行で色々とお土産を買ってもらい、輸送船で日本まで送ってもらおう。勿論、その分の報酬も私の資産から出す。

 

 ただし、地球(日本)人にもちゃんと安全に使えて、なおかつ価値のあるものを選別しなければ意味はない。

 

 それに、もう1隻の宇宙船を着陸させるだけのスペースとか、その他色々解決しなければならない問題もいくつかあるから、すぐにこの計画を実行する事は不可能だけど。

 

「相変わらず、よくお食べになりますね。これだけ美味しく食べてもらえれば、きっと作った人も喜びますよ」

「そうだったら嬉しいですね……あっ、そうだ。お話変わりますけど、西山さん。私の友人や女帝陛下に見せるための映像って今、撮っても大丈夫ですか?」

 

 で、そんな事を考えていたら、ふと私の頭の中に今この光景を撮影して、モド船内の船員や国に居る友人、女帝陛下に見せてあげる事を思い付いたため、西山さんと大林さんたちに許可を取る。

 

 目的は特にないけど、強いていうなら私が休みを取ってまで行きたがる地球がどんな場所か、少し詳しく知ってもらうのが目的とは言えるかもしれない。

 

 そうなったら、もしかするとリーガル本星やその勢力圏に居ながら、日本を含めた地球の文化を体感出来る日が来る可能性が高まる。

 

 その過程で、地球も私の国との交流は始まるだろうし、結果としてお互いが得する感じになるはずだ。

 リーガル大帝国側は美味しい食べ物や数多もの娯楽文化を、地球側はこっちの進んだ科学の一端に触れられるのだし。

 

 勿論、私の国の原始的文明に対する性格が性格だし、文化の違いとかもあるから交流する過程で、お互いに望まない展開になってしまう場合は多々あるだろうけど、その時は私が間に入って何とかしよう。

 

(意思が弱いなぁ……私が元日本人だからかな? それとも……)

 

 最初は、能動的に地球の発展に手を貸すなんて全くしないつもりではあったけど、これくらいならしても良いよねと、実際に地球……日本の食事や娯楽に、今世改めて触れてみて思い始めている私が居た。

 

 まあ、ここまで考えておいてあれだけど、全く上手く行かずに単に私が地球旅行を楽しんだだけで終わる可能性も、十分にあり得る。

 

「えっ。友人はともかく、女帝陛下と言う事はチェイスさんの国のトップ……いやまあ、裏側以外なら大丈夫ですけど、立ち振る舞いとかは……」

「お気になさらず。無理かもですけど、自然体で居てくれれば構いません。極論、日本の常識から逸脱さえしなければどうとでもなりますので」

「そうですか……ほっ」

「大林さんたちも、撮影大丈夫ですか? もし、顔出しが嫌だとか不可能であれば、ステルス処理出来ますけど」

「そうですね……リーガル大帝国向けであるなら、特に気にしなくても良いですよ。西山さんもよろしいみたいですのでご自由に」

 

 頭の片隅で思考を巡らせながら許可を申請したところ、西山さんも大林さんたちも頷いてくれた。

 

 で、それからすぐ清掃などの仕事をしていた女性店員2人……南原さんと東屋さんも「私でしたらお構い無く」「えっと……わ、私も大丈夫ですっ!」って感じで声をかけてくれた。

 

「皆さん。私のわがままを聞いていただき、本当にありがとうございます!」

 

 と言う事で、この場に居る全員に対して心を込めてお礼の言葉を述べた後、私は自分の持つ端末の撮影モードを起動させ、魔法で宙に浮かせて早速撮影を始めることにした。



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のんびり自然公園滞在

 フレンドリー・S・マートでの昼食は、初日の高級和食や今朝のバイキング形式での朝食とは、また違った楽しさを味わえたと言えよう。

 

 美味しい食事は言わずもがな、一般日本人である男性店長の西山さん、バイトの東屋さんに南原さんとも会話が出来たのが、その最たる点だ。

 

 勿論、大林さんたちとの食事や会話が楽しくなかった訳ではない。

 ただ、日本政府のお偉いさんとの相対するのはどうしても、私個人的には気を遣う必要が出てくるからである。

 

 なお、私の国的に言ってしまうとたかが原始的文明の生命体がどうたらこうたらとなり、失礼な言動や行動を取った程度なら大した問題になり得ない。

 

「ふぅ……こうやって自然豊かな公園で、何もせずぼーっとしながら風を感じるのも、良いものですね」

「えっと、その……やはり、私共が想像出来ない程にお仕事、お辛いのでしょうか?」

「まあ、もう慣れました。ですが、少なくとも楽しくはないですね。向こうじゃあまり言えませんけど、出来ることならすぐにでも辞めて、のんびり日常生活を送りたいなぁ」

「……」

「でも、だからこそこうして地球の人……素晴らしい日本の方々や美味しい食べ物、娯楽に出会えました。ありがとう」

「……どういたしまして」

 

 ちなみに、コンビニでの昼食を楽しんだ後は、少しばかりのドライブで街中の景色を楽しみ、午後4時半頃に自然豊かな【桜の風自然公園】でブルーシートを敷いてもらい、寝転がりながらのんびり風を感じている。

 

 敷地の広さが凄まじく、周囲の視界も良好である事から緩衝地帯を設けた上で、おおよそ半分のエリアでは日本の一般人が思うがままに遊んでいる。

 

 最初は全部貸し切りにしようとしていたらしいけど、そんな事はしなくて良いと言った結果、妥協案としてこうなった。

 

 気苦労をかけてしまうのは承知の上、お土産の増量とここで私に何かあった時の責任は絶対に問わないことを、大林さんたちには確約している。

 

 ただし、ドローン数台による上空からの監視は行われ、危険人物や不審者が出現した際はすぐに立ち去る流れを了承して欲しいとは言われていた。

 

 まあ、いくら私が大丈夫と言っても不安なものは不安だろうし、当然の流れではあるだろう。言わずもがな、了承している。

 

「ところで……チェイスさんは、動物はお好きですか?」

「動物ですか? 地球で言うところの猫とか鳥が1番ですが、基本的に好きですね。動物園巡りとかもしたりするんですけど、地球のそれには数多もの面で到底及ばないですので……勿論、そこで暮らす動物たちは凄く可愛いので、満足自体はしてます」

「なるほど……なら、話は早い。定休日なので、本日すぐとなると厳しいですが、滞在中もし良ければ猫カフェに行ってみませんか? 建物自体は古いのですけど、私行きつけのお店があるんですよ」

 

 すると、私が動物は好きな方と答えたからか、隣に座っていた大林さんから話の流れで、明日以降猫カフェで猫ちゃんとのふれあいをやってみないかと提案を受ける。

 

(……猫カフェかぁ)

 

 リーガル大帝国にも地球の猫ちゃんと遜色ない『ネコ』は居るし、可愛さも同じと言っても良い。

 

 しかし、前世の思い出補正が強くかかっているからか、頭の中で地球の猫ちゃんたちと戯れながら、のんびりカフェで一時を過ごす光景を想像したら、思わず表情が綻ぶ。

 

 と言うか、大林さんは行きつけの猫カフェを持つくらいに、猫ちゃんが好きで仕方なかったらしい。私にこの話をする時の表情が、本当に楽しそうなのを見れば誰でも分かりそうだ。

 

 きっと、仕事柄滅多に行く事は出来ないだろうし、家で飼う事も難しいだろうから、ここで私が行くと言えば内心飛び上がるくらいには、喜んでくれそうである。

 

 そして、私としても大林さんから話を聞いていて、気遣いとか抜きに猫ちゃんとの戯れをしたくなってきているから、この提案はお互いにとって得でしかない。

 

「では、その辺の予定立て、お願い出来ますか? 私としても、猫ちゃんとのふれあいは楽しみですので」

「分かりました。可能な限り早めに予定を立てますので、お待ち下さいね」

「ありがとうございます! ところで大林さん、そのカフェのおすすめメニューとか聞いても? 猫ちゃんを見ながら本を読んだりするだけでも十分ですけど、食べ物があるならやっぱり味わいたくなりますし」

「勿論です。えっと……」

 

 と言う事で、行きつけだという猫カフェへ行きたい旨を大林さんに伝えたところ、流石に大手を振って態度に表す事はなかったものの、案の定その表情はかなり嬉しそうに見える。

 

 それに、そのカフェで売られているコーヒーやらお菓子などの食べ物だって、猫とのふれあいと同等には楽しみだ。

 

(私、日本に来てから何か食べることばかり考えてるなぁ……)

 

 いや、正直猫カフェの食べ物の方が、メイン要素の猫ちゃんよりも楽しみに思えているのかもしれない。

 

 実際に昨日の夕方、前世を含めれば久しぶりに日本の美味しい食べ物を味わって以降、思考の半分くらいを食べ物やその関連ワードに支配されているのだ。決してあり得ない話ではないだろう。

 

 下手すれば、せっかくの日本滞在期間の大半を食べ歩きで消費してしまい、他の娯楽を含めた要素を味わえずに終わってしまいそうである。

 

 何なら、次のアメリカやイギリスの滞在でも食べ物飲み物関連で期間の大半を消費、終わってみれば単に星を跨いだ食事旅でしたとなりかねない。

 

 でもまあ、それはそれで悪くないのかもしれないけど。

 

「チェイスさん。向こうの売店でアップルパイを買ってきたんですけど、もしよろしければ食べます?」

 

 なお、昨日の今日で沢山食べて楽しんでいたためか、公園に来てから警護の人たちに彼ら自身が買ってきた食べ物を、ちょくちょく譲られるようになってしまった。

 

 彼らの中で私は、食べ物をあげれば喜んでくれる少女と言う扱いらしいけど、反論の余地なく正しいことであるので何も言えないし、正直得しかないのでこれからも言うつもりもない。

 

「えっ、良いんですか!? 美味しそうな香り……ありがとうございます!」

 

 勿論、今譲られた食欲をそそる甘い香りのアップルパイは、ありがたく味わう事に決めている。



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日米英3ヵ国会議【その2】

 宇宙人少女チェイスの日本滞在2日目、日本時間で午後11時半。

 

 自身が最も信頼を置く秘書(大林早苗)を同行させ、嗜好の傾向などの今後に役立つ情報を逐一仕入れさせた本矢首相は、執務が落ち着いたタイミングでアメリカ(ジョージ大統領)イギリス(アリス首相)と、情報共有を目的としたビデオ通話による会談を行っていた。

 

『なるほどな、本矢首相。彼女は文化や娯楽の中でも、食に欲求の比重が傾いていると』

「はい。私自身もこの目で確認していますが、私の秘書を含め、チェイスさんの日本滞在に関わる者たちからの報告も併せると、間違いありません」

『料理ねぇ……これに関して、イギリスは日本やアメリカに劣っていると言わざるを得ないわ。いくら彼女の国が料理を重要視していないと言っても、2ヵ国を訪問した後だと流石に少しは舌も肥えるでしょうし』

『確かにそうだが、イギリスにだって美味い料理はあるじゃないか。それに、まだ2日目だ。悲観する必要などないと思うが』

「ジョージ大統領の言う通りですよ、アリス首相。心配せずとも、余程の失礼さえなければ楽しんでくれますし」

『ありがとう。ジョージ大統領、本矢首相』

 

 当然、チェイスが滞在中に本格的な料理からコンビニで売られているようなお菓子まで、分け隔てなく美味しそうに食べていたとの情報も共有される。

 

 日本滞在はまだ始まったばかりであり、これから続々と今後に役立つ情報が出てくる事は間違いない。

 

 来訪の目的に文化や娯楽を挙げているため、料理と同等かそれ以上に興味をそそるような何かが現れる可能性もあるのだ。

 

 もしかしたら、3ヵ国のトップが取るに足らないだろうと判断したところが、実はチェイスにとって凄く良いものであったとなっても、何らおかしな話ではないだろう。

 

『ところで、先程彼女が一般市民との交流を望んでいるような節があると言っていたけれど、それは本当かしら?』

「ええ。日本時間の14時過ぎ、チェイスさんは昼食を取ったコンビニにて、店員の男性1人に女性2人とも楽しそうに会話していたそうです。その後のドライブや公園での一時でも、視線をよく一般の方々に向けていましたので」

『ほう、それは僥倖だ。一般人との交流をしたがっているのであれば、こちらもそのイベントを計画すれば良いのだからな』

『ジョージ大統領。思うのだけど、日本と比べて治安の面で劣る我が国とアメリカでは、万が一の事態が起こる確率が高くなりそうだわ』

『分かっているさ。何も、そのまま民衆の中に放り込もうと考えている訳ではない。一般人に扮した警備要員を各所に配置する予定だ。無論、入場の際の手荷物検査も空港並かそれ以上にしよう』

 

 しかし、逆に興味を削がれたりそれを通り越し、不快に思わせるような要素が日本に存在する可能性も、決してゼロではない。

 

 完全にそうとは言い切れないが、仮にそんな要素が日本に存在していた場合、同じような事がアメリカやイギリスにも当てはまりかねないのだ。

 

 勿論、それがどの分野に存在するのかは不明であり、当の本人に訊ねるなどしない限りは、自分たちの常識に当てはまるように動き続け、逐一チェイスの反応を見て判断するしかないのが大変な面だと言える。

 

 ちなみに、純粋に人を不快にさせたり傷つける事を目的とした差別・侮辱的発言や、その他不快要素に関しては、触れればどうなるかは明らかであるため、3ヵ国のトップはそれらを全力でシャットアウトする方向で進んでいるが。

 

『……そう言えば、本矢首相。彼女は見た感じ相当な若さに見えるが、実際はどうなんだ?』

「46歳だそうです。ただ、チェイスさん曰く魔翼族の寿命は300~400年程らしいので、地球人に単純換算すると15歳前後でしょうね。精神年齢は個人差が激しいみたいですが、恐らくは……」

『見た目相応と言う訳か。いやなに、地球の常識で語れないのは重々承知しているんだが、確か職業が……』

「軍人、それも宇宙を駆け回る戦闘機(ユニヴァースファイター)のパイロットですね。大林秘書曰く、相当長く勤めているようで、辞められるならとっくに辞めていたと本人が言っていたらしいです」

『世知辛いな。もしかしたら、地球には傷心旅行で来たのかもしれん』

『だとしたら、戦争を強く想起させかねない場所は念のため、止めた方が良いわね。それにしても、リーガル大帝国……恐らくだけど、彼女が年端も行かない少女だった頃から戦いに駆り出すなんて……』

「……」

『……』

 

 そうして、情報共有のための会談が進んでいくにつれて、チェイスの現在の職業が軍人である事に触れられ、真剣ながら和気あいあいだった先程までとは雰囲気がガラリと変化する。

 

 とは言うものの、警戒だったり恐れたりしている訳ではなく、むしろ地球人換算で高校生になったばかりの少女が、戦争に身を投じなければならない事に対して、深く同情しているのだ。

 

 それも、大林秘書経由で本矢首相からもたらされる情報により、地球人に比べれば長命種ながら、精神的には間違いなく高校生になったばかりの少女と、そう決まってしまったのだから尚更である。

 

『まあ……リーガル大帝国全てがあれだと言うよりは、軍部の力が強すぎて云々とかかもしれんし、そもそもこれは我々が勝手に想像しているだけ。だから、この話はひとまずここで止めにしておこう』

「そうですね、私もそう思いました」

『そうですわね。話も脱線していましたもの』

 

 しかし、そんな事を関係のない自分たちが考えても仕方ないし、その話に時間を使うくらいなら、どうやって楽しませようかを考えて話し合った方が建設的。

 

 内心でそう考え始めていたジョージ大統領の言葉により、話題と会談の雰囲気は一気に変化していく事となる。



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映画鑑賞

 今世の日本のアニメや映画の内容そのものや流行りに、前世との違いはほぼない。

 

 バノン(多目的通信用端末)で地球のインターネットにアクセスして色々なサイトを見て回ったり、本矢首相が部屋での滞在中の暇潰しに用意してくれたアニメや映画を閲覧した結果、私はそう判断している。

 

 無論、アクセスしてはいけない場所には一切手を出していないし、出そうとすら考えていない。

 

 やろうと思えばこの端末で、対象がインターネットから遮断されていない限り、地球に存在するあらゆるセキュリティーを突破する事だって出来てしまう。

 

 それこそ、軍事機密を入手するのだって容易いけれど、やったところで誰も幸せにならないし、やった瞬間から地球旅行を心から楽しめなくなるのだ。そんな状況下で、やるはずがないだろう。

 

「最高の居心地と言える部屋で、お茶とお饅頭を味わいながら見るのも良いですけど、やはり映画は映画館で見なければ! それに、この映画館のキャラメルポップコーンにほうじ茶、果たしてどんな味がするんでしょう……!」

 

 日本滞在4日目の午前10時、私は今大林さんを通して連絡を入れた、東京にある中でも最大級の【北宝映画館】に向かい、前世でも人気だった【ドトーラと心優しき少年】と言うアニメの映画の最新作を見ようとしている。

 

 アニメについて端的に言うと、可愛らしい女の子の猫系獣人みたいな見た目の高性能ロボットが、学校で周りに馴染めていないとある男の子の元に遥か未来より派遣され、色々ありながらも絆を深めていく様を描いた物語だ。

 

 なお、今回の映画はひょんな事からその未来世界に招待された少年が、その猫系獣人ロボットと一緒に巻き込まれた大事件を解決していく、2時間半もの長編となっているとの事。

 

 通常は日常系の割合が大半を占め、主人公キャラの誕生日などの特別放送や映画では、随所に評判の良い戦闘要素が大体は盛り込まれる。

 

 勿論、大人のみならず小さな子供も見るだけあって、戦闘シーンからは恐怖要素こそあれグロテスクな要素は極力排除されているのだ。

 

 とは言え、迫力ある戦闘シーンが苦手な人も中には居るので、今年はそんな人向けに日常感動系に大きく寄った映画も1週間後に放映されるらしい。

 何とも素晴らしい潤沢な資金や人材、お客さんへの思いやりに溢れた運営さんであると言えよう。

 

 キャラメルポップコーンやほうじ茶を味わいつつ、クオリティの高いであろうこのアニメ映画を見ていたら、2時間半などあっという間に違いない。

 

 ちなみに、1週間後に放映される方の映画の予告映像を見た瞬間、私は衝動的に大林さんにお願いし、予定立てしてもらう事になっている。

 

「相変わらず楽しそうですね、チェイスさん。こちらが何を提案しても喜んで下さるので、本当にありがたいです」

「いやぁ……大林さんの提案が悉く私の希望に合致しているんですから、当然ですよ! まるで、読心魔法で心を読まれているみたいです。まあ、こんな場合で読まれるのなら、嫌ではありませんが」

「そうですか。しかし、本当に読心魔法なんてものがあるなんて……びっくりです。チェイスさんも、もしかして使えたり……?」

「いえ、特定の人物かつ状況にのみ会得と使用が認められている魔法でして……まあ、私は対象外なので使えませんね。もし仮に使えたとしても、普段から人の心を読むなんてとてもじゃありませんが、出来ませんよ」

「なるほど」

「悪い事をしていたのなら自業自得ですけど、法や禁忌に触れた訳でもないのに絶対的なプライベート空間である心の中まで覗かれて、良い思いならまだしも恥ずかしい思いをしたら嫌でしょう? 私も嫌ですし、リーガル大帝国の人たちも大半は嫌がりますよ」

「まあ、確かにそうですね……あっ。チェイスさん、始まるみたいです」

 

 個人的に好きな1番高い後ろ側の席に座り、大林さんや警護の人たちと魔法の事も含めて色々と会話を楽しんでいると、放映室内の照明が大幅に弱まり、放映開始のアナウンスが入る。

 

 同時に、一緒に入ってくれた警護の人たち同士で交わされていた会話もなくなり、数秒の静寂が放映室内を支配した。

 

(うぉっ、他の映画かぁ……)

 

 そして、その静寂を映画館特有の大音量で流れる他映画の広告や、不埒な映画泥棒を強く牽制する広告が打ち破る。

 

 分かっていてもビックリするけれど、広告も含めて全て何も普段と変わらない状態で楽しみたいと、大林さん経由で映画館に伝えたのは私だ。

 

 嫌ではないし、むしろこれから映画が始まるんだとの気分を高めてくれる、燃料になったのだから。

 

(流石だねー、作画が凄い気合い入ってるよ)

 

 で、それらの広告放映が終わった後は、遂に目的のアニメのオープニングが同等の大音量で流れ始め、映像がスクリーンにデカデカと映し出された。

 

 通常のテレビ・インターネット放送も、時々崩壊するとは言え基本的に画質と作画の良さで称賛されているが故に、1~2年に1度放映される映画の画質や作画は、それを遥かに凌駕している。

 

 一体、これ程の良質な映画を作るのに、どれだけの資金や人材を投入したのだろうか。

 

 それに、このアニメの未来世界は、描写されている科学技術だけでリーガル大帝国と張り合えるレベル。

 

 仮に、本国で放映されたとしたら別の意味でも人気が出そうだし、想像でここまでの世界を作れる地球(日本)人を、強く印象付ける事も出来そうだ。

 

(うん、やっぱりこのポップコーン美味しい! 最大サイズにしといて良かった……おっ、オープニング終わったね)

 

 キャラメルポップコーンを食べ、お茶を飲みながらそんな風に思考を巡らせていると、スクリーンは映画が始まった事を示す青空へと変わっていたので、私はこれ以降そっちに意識の大半を集中させる事とした。



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本場の料理

 やはりと言うべきか、好きなアニメの映画とだけあって、あっという間に楽しかった2時間半は終わりを告げた。

 

 大迫力の音や映像、感情の込められた声優さんの高過ぎる演技力は、まるで完全没入型創作世界体感装置を使い、創作物の世界に入って体感したような感覚を与えてきていたのである。

 

 食べ物に脳を半分以上支配されていた私が、映画が始まってから20分経つ頃には、代わりにアニメ映画の世界に脳を支配された。

 

 中盤以降の、未来世界で出来た味方と共に敵国の特殊組織【CARA(カーラ)】との戦闘に身を投じるシーンにもなると、隣で一緒に見ていた大林さんや警護の人に引かれるレベルでのめり込み、買ったキャラメルポップコーンやほうじ茶を全部ひっくり返し、大林さんのスーツを汚す始末となってしまう。

 

 勿論、全力で謝り倒した後に後始末を魔法で手早く済ませたのだけど、お陰様で本能にブレーキがかかってしまい、後半40分間はせっかくの没入感が薄れてしまったのだ。

 

 まあ、元の没入感が凄まじかったのもあってか、薄れてもかなり楽しめてはいたのだけど。

 

「おぉ……いらっしゃい! 君が噂の宇宙人少女のチェイスか……うむ! この俺が腕によりをかけて最っ高の本場アメリカの【ハンバーガー】と【ピザ】を作るから、期待して待っててくれよな!」

「あっ、はい。よろしくお願いします」

 

 そして、アニメ映画を見終えた後は館内にある、在日アメリカ人が手掛ける本場のアメリカ料理が楽しめるお店に、昼食を取りに大林さんたちに連れられて来ている。

 

 本格的な日本料理が楽しめる料亭のみならず、中華やイタリアやイギリス料理を味わえるお店もあった中で、ここを選んだ理由は警護の人曰く、「アメリカ大統領きってのお願いでして」との事らしい。

 

 勿論、日本滞在中はどうしても日本料理が良いと、アメリカ料理を含め外国の本格的な料理は嫌だというのであれば、無理強いはしないとは前置きにあった。

 

 しかし、警護の大柄な男性がお店の前でお腹を鳴らした上、私に「ここのハンバーガーとピザは、量も質も絶品ですよ」と勧めてきたものだから、誘惑に抵抗すら出来ずにふらっと立ち寄る事を決めていた。

 

「ハンバーガーもピザもこんなに大きいなんて……あっ、失礼。私のお腹、鳴っちゃいました」

「ふふっ、お気になさらず。それよりも、本当にこの場で良かったのですか? 私たちに気を遣ったとかではなく」

「はい! 日本料理ならホテルなどで存分に楽しんでますし、アメリカやイギリスの料理も興味ありますので。気分転換にもなりますしね!」

「そうですか。チェイスさんが良ければいいですが……もし何かご不満があれば、遠慮せず申して下さいね」

「分かりました! まあ、不満なんて抱きそうにありませんけど!」

 

 私にとって、私が預かり知らぬ場所で繰り広げられている政治のやり取りなんかより、食事を含めた娯楽や文化を存分に味わったり、日本人と他愛もない話でも良いから交流する方が、何倍も重要なのだ。

 

 だからこそ、領土問題などの複雑怪奇な事柄に対してだとか国家同士の関係云々、戦争への積極的な介入は絶対にしない。大林さん経由で本矢首相にも、その旨は強めに伝えてはいる。

 

 しかし、向こうから積極的に仕掛けてきたりして、私の地球旅行を酷く妨害しようとしてきたりするのであれば、話は別だ。いくら私でも、自衛すらせずに殴られる訳などないのだから。

 

「何だか良い匂いがしてきました……あの、度々すみません。お腹の音がうるさいでしょうけど、どうにもならないのでご理解頂けると幸いです」

「大丈夫ですよ、私たちは気にしてませんから」

「すまねぇな! 本格的な分、俺の店のハンバーガーとピザはかなり時間を食っちまうんだよ。それに、俺が勝手におまけのポテトも仕込んでるものだから、尚更さ」

「店長さん、待たされる分には私は問題ありませんっ! 美味しいハンバーガーとピザ、おまけの方も是非ともよろしくお願いしますね!」

「おうよ! そこまで期待されちゃあ、俺ももっと力を入れなきゃいけねえな!」

 

 ただし、リーガル大帝国の科学力を存分に振るった、国内の自然災害による大規模な被害の救済の手伝いとか、怪我人や病人の治療の手伝いをたまにやる程度であれば、やっても良い。

 

 勿論、そんな事態にならない方が何百倍も良いのは違いないけど、自然災害は本当にある日突然やって来る可能性もある。

 

 今日見たアニメ映画の未来世界みたく、リーガル大帝国は発生した台風の消滅や地震・火山噴火の事前予知ないし予防、科学と魔法を掛け合わせた特殊な装置を使用して行う。

 

 だけど、私の乗ってきた宇宙船【モド】には当然ながらそんな機能はなく、精々可能なのは超高精度な気象予測をすることのみ。

 

 と言うか、そもそも船体自体が特殊魔導合金性なのに加え、超電磁バリアを含めた防御兵装を搭載していて、宇宙空間の過酷な環境にも耐えうる耐久性を有している。

 

 流石に、惑星の爆発を至近距離で食らえば、リーガル大帝国製の宇宙船でも【要塞戦艦】辺りでないと厳しいだろうけど、惑星規模の自然災害なら耐える事は可能だ。

 

 当然、耐えられるからと言って軽く見るつもりはない。科学力がいかに進もうと、宇宙規模ではなく惑星規模であろうと、自然災害の恐ろしさは舐めてかかって良いものではないからだ。

 

 リーガル大帝国の科学力と魔導技術力を油断せず使って、ようやく気を抜ける程の安寧を手に入れられると言えば、それが良く分かるはず。

 

(女帝陛下に少し相談してみるかなぁ。でも、流石に無理かな……おっ?)

 

 そんな事を、大林さんや料理を作ってくれてる店長さんとの会話を楽しんだり、バノンで動画の撮影をしながらのんびり待っていたその時、ベテランらしき調理スタッフの人がピザ窯から、美味しそうに焼き上がった巨大ピザを取り出す光景が目に入る。

 

 同時に、巨大なハンバーガーと、おまけでつけてくれた結構な量のポテトが、素早くお皿に盛り付けられていく。どうやら、見た感じ全て完成したようだ。

 

 そのため、私はすぐに動画の撮影を止め、席へついて運ばれてくるのを待つ態勢を整えた。



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大満足の少女

「わぁ……美味しそう……!」

 

 少し遠くから見ているだけでも美味しそうだった、本場アメリカ仕様(サイズ)のハンバーガーとピザ、おまけのポテト。

 

 在日アメリカ人の店長さんともう1人の日本人店員さんにより、私の待つテーブルに運ばれてきたそれらは、より一層の迫力と期待を与えてくれた。

 

 一応、これら3つの商品のサイズはLとなっているものの、日本のLサイズとは訳が違う。下手すれば、複数人で食べても満足感を得られるくらい。

 

 大林さんや警護の人たちも、全てがボリューミーなこの料理と私を交互に見て、流石に大丈夫なのかと不安そうな表情をしている。

 

 背中の翼を除けば、見た目が日本の平均的な女子高生な私がこれを全部食べようとしているのだ。今までの食べっぷりを見てても、不安に思うのは当然とも言えるか。

 

 まあ、だからと言ってある程度の量を皆に分けようかなとか、持ち帰りしようとは思わない。全てを1人で、なおかつこの場で完食するつもりだ。

 

「さあ、どれからでも構わん。チェイス、食べてみてくれ!」

「勿論です! では、ピザから頂きますね……っ!!」

 

 と言う事で、まずは巨大ピザをピザカッターで手頃な大きさに切り分け、その内の1つを口に放り込んだ瞬間、美味しさのあまり目の前の世界が変わったように感じる。

 

 初日の高級和食屋で、夕食にきつねうどんと天ぷらを食べた時に感じた懐かしさと感動を覚えた時とは、また違った感覚であった。

 

 しかし、どちらにも共通するのは、美味しすぎて幸せであると言う点であろう。私自身が、日本人だった前世を持つ特殊な存在であるから、尚更その感情が強い。

 

 出来立てで熱かったけど、それは私の食欲を止めるブレーキにはなり得ない。作法云々とか気にせず、次々に口の中へと放り込んでいく。

 

 一応、中断した動画撮影は料理が運ばれてきた瞬間に再開していて、撮った動画は各種SNSのアカウントを作った後、本矢首相に事前に伝えた上で投稿する予定でいる。

 

 これを見て、少しでも私に潜在的な恐怖を抱いているであろう人々に、好印象を持ってもらえれば嬉しいとの考えから、行うのだ。

 

(……)

 

 ない方が良いのは言わずもがななんだけど、全員が好印象を抱かないことなんて当たり前だし、ある程度私への誹謗中傷が来る事だって想定済みだ。

 

 今まで、祖国に原始的文明の生命体扱いされてきた人々と沢山関わってきたけど、私やモドの乗員に対する誹謗中傷や罵詈雑言がなかった星なんて、全くない。

 

 何なら、変わり者の私ですら交流に匙を投げざるを得ず、女帝陛下に報告した瞬間に穏健的な交流は不可能と認定、然るべき部署に通達が行く程に全体が酷い星も少ないながらあったのだ。

 

 それに比べれば、否が応でも大したことないと認めざるを得ないだろう。

 

 勿論、誹謗中傷や罵詈雑言は人を精神的に殺しかねない刃であるから、それと比べなければ大したことはあると断言出来る。

 

(これ、死んだら絶対地獄行きだよなぁ……私)

 

 ちなみにだけど、その星は惑星間弾道亜空弾を搭載した宇宙軍艦隊により、片手間で占領されて終わったと、3日後くらいに女帝陛下から聞かされている。

 

 今でも、当時の私の振る舞いはかなり悪かったのではないか。最適な行動を取れていれば、少なくともああならずには済んだのではないかと、そう思う。

 

「このピザ、とっても美味しい……! ポテトとハンバーガーも一口……あっ、はふっ、ふーっ……こっちも美味しくて、頬がとろけそう!」

「おぉ……何と言う食べっぷり、作った身としては嬉しいぜ。しかし、流石は宇宙人、地球人とは身体の構造がまるで違うようだ」

「魔翼族って、必要なエネルギーが他種族と比べてかなり多いんです。身体の軽量化と飛行に耐え得る身体強度を両立させつつ、魔力を燃料として飛ぶ力を得た弊害だと学びました。まあ、それでも抑えなければ、私は大食いな方ですけど!」

「なるほどな。しかし、消費するエネルギーが多くとも、生身で空を飛べるとは、実に羨ましい限りだ」

「まあ、色々な面で応用が効きますからね。多用さえしなければ、便利ですよ。飛行能力」

 

 少し気分が沈みかけた私だったけど、それも目の前に出されたピザやハンバーガー、ポテトを食べていく内にすぐさま元の気分へと戻っていく。

 

 店長さんや店員さんが、私との会話に付き合ってくれるのも相まって、むしろ一層今が楽しくなっていった。

 

 だからこそ、先程のような気分が少しでも落ちかねない事を考えるのは、少なくともホテルの部屋に居る時以外は基本的に止めよう。

 

 今回は奇跡的に気づかれずに済んだから良いものの、下手に気づかれればピザやハンバーガー、ポテトの味が実はまずかったと思っていると、店長さんに思われる可能性を生んでしまうのだから。

 

「ところで、飲み物は要るかい? 水と一部のお茶、コーラを含めた各種ジュースしかないが」

「あー……では、りんごジュースをお願いします! 甘い飲み物も好きなんで!」

「おう! サイズは……愚問だったな。最大にしとくよ」

「はい!」

 

 ちなみに、半分くらいを食べ終えた辺りで、何か飲み物が飲みたくなってきたんだけど、ちょうど良いタイミングで店長さんが聞いてくれたため、りんごジュースを選ぶ。

 

 モドの船内食堂ないし祖国に居る時は、もっぱら水かお茶もどきばかりを飲んでいて、日本に来てからも緑茶やほうじ茶を筆頭とした甘くない飲み物ばかりを味わっていた。

 

 他の甘い飲み物も良いけれど、やはり飲むなら前世で1番お茶以外で好きなりんごジュースが良い。

 

 今日のお昼は、日本的感覚から見れば健康的とは言い難いけど、これはこれで実に楽しくて幸せな一時でもある。

 

 魔翼族的にも大食いではあるものの、まだ種族特有の過剰エネルギーの魔力変換・放出プロセスでどうにでもなる領域なので、食費云々以外はさほど問題ないと言える。

 

 間食も含めてこの量ともなれば、流石に支障をきたすとは思うけど、怖いので試す気にはならない。

 

「はいよ、お待たせ!」

「店長さん、ありがとうございます!」

 

 だから、店長さんが持ってきてくれた凄い量のりんごジュースも、何の躊躇もなく私は喜んでがぶ飲みする訳だ。

 

(あー……うん。まあ、そりゃね)

 

 なお、この際に大林さんが「うわぁ……」とドン引き、店長さんや店員さんすら苦笑していたけれど、当然の事なので気にしていない。

 

 それよりも、残り半分となった料理群を少しゆっくりめに味わい、ここでの昼食をより楽しむ方向に舵を切る方が重要だと、ピザを頬張りながら心の中で私はそう判断した。



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一喜一憂の米国

 名実共に、多くの分野で地球国家群の頂点に立っている、最強国家のアメリカ合衆国。

 

 言わずもがなその影響力は凄まじく、事と次第によっては世界情勢すらガラッと変えかねないため、この国の一挙手一投足は日本を含むほぼ全ての地球国家が注目している。

 

 ここ最近は、地球へ来訪した宇宙人のチェイスに、日本やイギリスと共に訪れる国家として名を挙げられているため、殊更注目度が高くなっているのだ。

 

 良い意味のみならず悪い意味でも注目を浴びている上、人柱とする代わりに日本に向かうはずの他の地球国家からのそれを、イギリスと分担して引き受けている。

 

 日本と同様に世界に通じる『食』を持っていて、他の文化面でも差はあるものの平均して強く、影響力も小さくはないイタリアやフランス、およびドイツ。

 

 日本との距離がかなり近く、食を含む娯楽文化では前述の3ヵ国にも対抗が可能なものを持っている中国や韓国、およびロシア。

 

 特に、この6ヵ国からの通話やメールなどを介した問い合わせが凄まじく、分担してさえ仕事量の増大は止められていない。一部では、日本にも引き受けてもらえないかとの声すら出てくる程だ。

 

「よしっ、これで食事の問題は解決したも同然だ!」

「うわっ!? ジョージ大統領、急に大声出さないで下さいよ……で、どうしました?」

「すまない。ともかく、グレッシャー。これを見たまえ」

「日本の本矢首相からですか……おぉ、なるほど。確かにこれは、喜びたくもなりますね」

「だろう? 本場仕込みのアメリカ料理がチェイスの口に合ったんだ。スイーツ辺りは不明だが、この様子だと同様に口に合うはずだしな」

「恐らくは。にしても、事前に準備が出来るアドバンテージがあって良かったです。でなければ、到着してから四苦八苦する羽目になってましたし」

「ああ。本当に、日本には感謝しきれんよ」

 

 だからこそ、日本時間の午後7時半にされた本矢首相からの情報共有によって、懸念点である食事の問題が完全に解決した際に、大統領は思わず大声を上げ、ガッツポーズをしたのだ。

 

 側に居た大統領補佐官の【グレッシャー・アスマン】が、驚きのあまり思わず声が裏返るくらいである。

 

 しかも、料理に使われている食材は高級品でなくても良く、一般人が楽しむような店で作られる料理でも、一定の質と量さえ確保出来れば満足してくれる。勿論、高級食材を使った料理でも同様。

 

 また、チェイスは色々な料理を楽しみたいとは言いつつ、仮に毎食同じようなメニューになっても全然構わないとの言葉も、本矢首相は自身の秘書経由で引き出し、大統領に伝えていた。

 

 無論、歓迎に手抜きをするつもりは大統領には微塵もなかったが、万が一の時に同じものを出すと言う手段が取れる安心感は、代えがたかったのだ。

 

「後は、彼女でも楽しめるアメリカの他の娯楽……正直、芸術や文化や各種ゲームはともかく、小説やアニメや映画などは日本が相当強いですし、不安です」

「そうなんだよなぁ。滞在が終わって、チェイスにアメリカは料理()()が良かった国と思われてしまうのは、我々としてもあまり歓迎出来る事ではない。いやまあ、強みが1つあれば何とかなるんだろうが……」

「切れる札は多ければ多い程良いですし。ちなみに、各種業界にも声をかけて、協力を呼び掛ける予定です」

「ああ、よろしく頼む」

 

 とは言え、食事の問題が解決したとしても、他にも色々と解決すべき問題はいくつかある。

 

 料理以外の娯楽文化、特に小説やコミック、映画などの好みに関しての不明点が多い事。現状、日本のそれらは問題なく楽しんでいるとしか判明していない点がまずは1つ。

 

 ただ、当人の発言や行動などから、宇宙規模での戦争による傷心旅行の行き先として、偶然発見したであろう地球が選ばれているとほぼ確定している。

 

 そのため、宇宙人との戦いを描いた宇宙戦争ものは言うまでもなく、地球人同時で争う戦争ものも避けた方が無難だとの判断は下っていた。

 

 好みは不明点が多くとも、避けるべきものが事前に分かっているだけでも、アメリカにとってかなり幸運だと言えるだろう。

 

「ところで、インターネットに流した例の計画に対する反応はどうなっている?」

「えっと……まあ、上々と言ったところですかね。友好的であるなら、彼女と1度話してみたいと思う国民は多く居るようですが……」

「あれか? 嫌悪感を抱く国民による反対が、想定以上に根強いとか」

「何と言うか……冗談半分なのか本気なのかは不明ですけど、やるならイベント開催日に暴れてやるだとか、政治的主張の場に使う旨の書き込みが複数件ありまして。あっ、不審な行動をしている者が居るとの通報もありましたね」

「おいおい、冗談じゃ済まないな。前者に至ってはテロ宣言だぞ? グレッシャー。FBIにCIA、州警察など各所に連絡して至急対処するように伝えてくれ。多少なら強硬策を取っても構わんとも付け加えろ。責任は俺が取る」

「了解しました」

 

 もう1つは、チェイスが希望していたと言う一般人との交流が、アメリカでは暗雲が立ち込めていると言う点だ。

 

 アメリカの一般人全体がチェイスに抱くイメージは、大統領の想定よりは僅かにだが良い方に傾いてはいる。会話をしてみたいと考えるアメリカ人がそこそこ存在するのを見れば、それが良く分かるだろう。

 

 しかし、もはやテロリストと言っても良い過激発言をする過激派の数や、政治的にイベントを利用すると公言する個人や各種団体も、日本と比較した場合どうしても多くなる。

 

 大統領が各方面に手を回し、危険な芽が芽吹く前か遅くとも芽吹いてすぐに逐一摘み取って排除しているため、徐々に良くなりつつはあるが、依然として数がそれなりに残っていた。

 

 それに加え、今まで気味が悪いくらいに沈黙を保っていた、アメリカ国内で悪い意味で有名なとあるインターネット上の団体が公式アカウントから、宇宙人排除の声明を出した。

 

 15分もしない内に削除されたものの、タイミング良くそれを見た多数の人々からの通報により周知の事実となり、仕事が倍増した事にアメリカ政府上層部は悪態をつく。

 

「ちなみに、日本のネットの反応はどんな感じだ? あの国は外宇宙からの、温厚な来訪者をテーマにしたアニメが腐る程ある。総じて、我が国を凌駕する寛容さだが」

「過激な人間は居るには居ますが、可愛いものです。見た目が少女と言う事もあり、各所で相当な盛り上がりを見せていますよ……あっ、チェイスさん。各種SNSのアカウント作ったみたいです」

「えっ?」

 

 ジョージ大統領自身も悪態をついた1人であり、今現在も心の中で輩に悪態をつき続けていたものの、グレッシャー補佐官からの一言によって、思考が一気にそっち方面へと傾いていったのだった。



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地球での立ち振る舞い

 各種SNSに投稿した自分の文章や動画、写真や絵などを沢山の人々に見てもらうのは、投稿のタイミングや内容や運にもよるけど、相応に難しい。

 

 言わずもがな、自分のSNSアカウントを多くの人たちにフォローしてもらった上で、継続的に応援したいと思わせるには、殆んどの場合はかなりの努力が必要だろう。

 

 勿論、努力をしたから絶対にフォロワーが増えるなんて事はないけれど、しない事には殆んど増えてくれない。

 

 私も一応、前世では様々なSNSをやってはいたものの、フォロワーの数は数十人程度ともはやお察しである。需要だの何だの考えずにただ楽しむためだけにやっていたのだから、当たり前と言えばそうだ。

 

 なお、今世の祖国にも宇宙規模のSNSはあるし、イラに誘われてアカウントを作って運営はしているけど、良くも悪くも有名だからかまあそれなりに見てくれている人は居る。

 

 ただし、積極的に楽しんでいる訳でもないから、もしイラが飽きてやらなくなったりすれば、私もその内自然消滅するとは思う。

 

「さてと、どうなってるかな?」

 

 ただし、今世の地球のSNSに関しては例外で、自分も楽しんでアカウントを運営しつつも、ある程度のフォロワーを獲得しておきたい。

 恐らく抱かれているであろう宇宙人に対する警戒や恐怖心を、滞在予定の3ヵ国の人々を含めた地球人から、少しでも取り除きたい目的があるからだ。

 

 ある程度は誹謗中傷とかも覚悟しているにしたって、やっぱりない方が嬉しい。そもそも、正当な批判や批評はともかくとして、誹謗中傷を嬉しいなんて思う人が居るのだろうか。

 

 勿論、世界中にそう言う人が全く居ない根拠を示す事は出来ないけど、私は居ないと考えている。

 

(わぉ……)

 

 そんな事を考えつつ、8時半に起きて身だしなみを整えた後に、バノンで世界トップのユーザー数を誇る【WorlX(ワールドナイン)】を開いてみると、フォロワーの数が3万人を超えていた。

 

 一応動画のURLを載せるだけではなく、本物だと信用されやすくするため、軽めの挨拶や私にしか撮れない方法での自撮り、モドの艦内の写真の投稿を行いはしたけれども、まさかここまでとは思いもしない。

 

(宇宙人効果って凄いんだなぁ……あっ、また増えてる)

 

 加えて、アメリカの大手株式会社が手掛ける、これまた世界規模の動画サイト【UTNet(ウルトラネット)】の登録者数の方も、相乗効果で1万2000人を超えている。再生回数も、現時点で50万回を記録していた。

 

 無論、こっちの方も昨日のお昼の動画のみならず、簡単な自己紹介と魔法のお披露目を行った動画も投稿してはいるけれど、それでもたった3本でこれは予想外。

 

 ちなみに、日本滞在中であるためこれらの投稿は全て日本語で行っている。日本人が読んでコメントを残せるようでなければ、意味がないのだ。

 

 勿論、アメリカやイギリスの滞在中は英語で投稿するつもりでいる。2ヵ国の人々が私のコメントを読んで、コメントを残してくれるためには必須だと言えよう。

 

(おー……うわ、コメント凄っ。通知は切っといて良かった)

 

 インターネット越しだけども、お偉いさんじゃなくて一般の人たちの生の反応も見れて、私は大満足だ。勿論、お偉いさんや有名人からの反応も嬉しいけど。

 

 なお、想定に反して誹謗中傷と取れる類いのコメントはかなり少なく、パッと見だけど割合にして1%にも大きく満たない。

 私の見た目が比較的親しみを持ちやすいからか、少しでも不快に思われれば大変だと官民一体で自重しているからか、そもそもの民度が高いからか……いや、どれか1つではなく、全部だろう。

 

 それはそうと、このコメント欄の和気あいあいとした雰囲気が大きく乱れると嫌なので、日本基準であまりにも過激すぎたり、私以外の他人を酷く傷つけかねない中傷コメントに関しては、対処させてもらうけども。

 

「失礼します。チェイスさん、何だか嬉しそうですね」

「おはようございます、大林さん。えっと、SNSの反響が予想以上でして。日本の人たちが、沢山コメントを残してくれているのが嬉しいんですよ」

「確かに、凄い勢いでフォロワーの方が増えていますものね。その、水を差すようで申し訳ないんですけど……色々と、大丈夫でしょうか?」

「えっ? 大丈夫って……あー、そう言う事ですか。ふふっ、分かっててやった事なので大丈夫ですよ。あの程度なら、可愛いものです」

「ほっ……しかし、あれで可愛いとは……」

「職業柄ですかね。今まで、腐る程誹謗中傷されてきましたので。何なら、交流を断念しかねない程に凄かった星だってありましたから」

「なるほど。心優しい貴女の事ですし、さぞかし無念でしたでしょう」

「はい。もう少し、私にやりようがあったのではないかと自問自答する日々でした」

 

 バノンの画面を眺めながらどれに返信しようか考えていた時、いつものように扉のノック音がした後に大林さんが中に入ってきたので、中断して会話に意識を向ける。

 

(いい人だなぁ。心が浄化されていくようだよ)

 

 当たり前だけど、大林さんも私が地球のSNSをやり始めた事を知っている。本矢首相へは、彼女を経由して伝えたのだから当然だ。

 

 それにしても、二言目には私の心配をしてくれるなんて、大林さんはなんて優しい人なのだろうか。

 

 まあ、背後にあるリーガル大帝国を恐れているのも勿論あるだろうけど、私が酷く傷ついていないか心配してくれている方が割合的に大きいと、その立ち振る舞いから良く分かった。

 

 日本に思い入れがあると言う要素を抜きにしても、この人とは故郷に帰った後も個人的に交流を持ちたいと、強く思う。

 

「そう言えば、大林さんって何かSNSってやってるんですか?」

「ワールドナインなら。投稿しているのは、猫ちゃんの写真とかちょっとした動画ばかりですけど」

「あっ、これですか? 猫好きの大林って名前のアカウント」

「はい。仕事柄、気を使う必要がありますので、高頻度で投稿は出来ないですが」

「へぇ……やっぱり、猫ちゃん飼いたいですか?」

「飼いたいですね。でも、何かあった時にすぐに駆けつける事が出来ないので、飼えないのが残念です。仕事を辞める訳にもいきませんから」

 

 ちなみに、大林さんもワールドナインをやっているらしく、試しに覗いてみたら猫好きなだけあってか、結構な数の猫ちゃんに関わる投稿がされていた。見ているだけで、ほのぼのとしてくる。

 

 フォロワー数も結構多く、更に内容が内容なだけあってかコメント欄も実に平和的であり、私が覗いた限りでは誹謗中傷や荒らしの類いは皆無。

 

 猫ちゃん以外の投稿は一切せず、文章を打ち込む際にも細心の注意を払い、現実の立ち振る舞いにもかなり神経を使っている成果なのだろう。

 

 何せ、大林さんは日本と言う国の舵取りを担う本矢首相の側近。うっかりでも何かをやらかしてしまえば、自分のみならず本矢首相の失態になりかねないのだ。

 

(プレッシャー、凄いだろうなぁ……)

 

 恐らく、祖国の人たちは地球人に何と思われようと、私が傍若無人な振る舞いを地球にしたとしても、気にも留めない。

 

 加えて、私が地球に来たのも単なる休暇中の旅行だ。別に国家として関係を持つための調査とかではない。

 

 それでも、祖国の品位を落とすような真似は、私はしない。そもそも、地球の人たちに迷惑をかけて印象を悪くしたくないから、してはいけないと言った方が正しいか。

 

(気を付けなきゃ)

 

 そんな大林さんを見て、心の中で地球での立ち振る舞いにより一層気を使おうと、インターネット上でも同じようにしなければと、改めて心の中で誓った。




唐突な最新話の削除、申し訳ありませんでした。


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友人来訪の相談

『やっほー! チェイス、今時間取れる?』

 

 朝8時頃に起きてからすぐに身だしなみを整え、大林さんと会話を交わした後にバイキング形式での朝食を、思う存分味わってすぐの隙間時間、私のバノン(多目的通信用端末)にイラから通信が入っていた事に気づく。

 

 何で通信を送ってきたかの記載は一切なく、文面のノリもいつもの軽い感じだったから、それ程急を要する用事がある訳ではないのは分かった。

 

 家でぐうたらしてたは良いものの、やっぱり暇で仕方なくなってきたから、私のところに行けたら行こうとでも考えているのだろうか。

 

 だとしたら、地球時間の夜11時頃、毎日日本の食べ物の写真や撮った動画とかを送って、私が何をしているか逐一知らせていた事が、そう言う効果を発揮した可能性が極めて高い。

 

 勿論だけど、モドの船内に居るルーナにも同じものを送っている。と言うか、滞在初日の夜中に「チェイス様。よろしければ毎日何をしているか、送ってもらえませんか?」と、ルーナの方からお願いしてきている。

 

 地球(日本)に多少興味が向いたのもあるだろうけど、1番は私の事を心配してくれているからだとは思う。戦争から帰って来た時、真っ先に出迎えて無事を祝ってくれるから。

 

「大丈夫だよ、イラ。もしかして、こっちに来たくなった?」

『おぉ……流石はチェイス、大当たりだよっ! ああそれと、頼まれてたお土産の選定も終わってるからね!』

「そうなんだ。本当に大変だったでしょうに……ありがとう。ちなみに、量はどれくらいある?」

『亜空間コンテナ(中)4つ分! ノア級輸送宇宙船にもう詰め込んであるし、護衛のアストラ級航宙巡洋艦も1隻用意できたからね』

「わぁ、準備万端じゃん。て言うか、アストラ級航宙巡洋艦……たった5日で用意するとか、早すぎない?」

『チェイス程じゃないけど、私だってリーガルで地位高めだもん! 女帝陛下から、「お前は貴重な人材だから、宇宙旅行に行く時は申請していけ。こちらから話は通しておこう」って言われてるし』

「ふふっ、それなら確かにね」

 

 案の定、イラは家で暇を持て余していたようで、バノン越しに聞こえる声からは私の居る地球に行きたくて行きたくて仕方ないとの意思を、強く感じる。

 

 個人的には、イラが地球に来て一緒に滞在期間を過ごすことを歓迎しているけど、本矢首相との約束もあるからすぐに良いよとは言えない。

 

 攻撃兵装なしのノア級輸送宇宙船だけならともかく、モドを遥かに超える攻撃能力を誇る、アストラ級航宙巡洋艦が1隻あるからだ。

 

 更に、私が仕事中乗るユニヴァースファイター(戦闘機)も数機搭載可能なので、地球に来たら間違いなく大騒ぎになりそうな艦艇だから尚更だ。

 

 でも、軍艦とは言え1隻だけなら、リーガル大帝国では本星から数十光年単位の距離が離れている宇宙空間を航行する各種民間船舶の護衛につく事も、良く見られる光景である。

 

 流石にいくつかの制限はあるものの、私やイラのように一定以上の地位を持つ個人なら、申請した上で大金を払えば私的な宇宙旅行の護衛をしてもらう事も可能なのだと言う。

 

 宇宙空間には危険が沢山ある事を考慮に入れても、地球で例えると有名人個人の国内旅行に戦闘機や軍艦、戦車や装甲車を護衛で動員させるようなものなので、私もそれを初めて聞いた時は常識との解離具合に心底驚いたものだ。

 

 ちなみに、私の場合は所持しているモド(宇宙船)が、生存・防衛能力に限ればリーガル宇宙軍の高速戦艦クラスであり、並大抵の事態には耐えられるように出来ているから、旅行などに護衛の軍艦を連れていったことはない。

 

「私個人的なら今すぐにでも歓迎したいところではあるけど、地球の人たちの都合があるからね。色々用意が必要だから、地球自体に来るのは待ってて。太陽系のどこか、例えば月とか火星辺りでさ」

『了解! なら、さっさと用意して月に行くねー! 軍人さん、今すぐ行けたりする?』

『我々の準備であれば完了しておりますのでいつでも。後は、イラさんの号令次第です』

『分かった! あ、チェイス! じゃあまたすぐ会おうねー!』

「うん、勿論」

 

 そうして、さっさと言いたい事を言って用件を済ませ満足したイラは、通信を切った。相変わらず、私と話す時は見た目相応の子供みたいな立ち振る舞いをする子である。

 

「チェイスさん。ご友人との通信、終わりましたか?」

「あっ、はい。それで、彼女が皆さんへのお土産を積んだ輸送船を引き連れて、地球に来るって話なんですけど……」

「大丈夫です。ひとまず、簡単なご友人やご友人の乗る船について軽く教えて頂ければ、良ければ面倒なやり取りは私が済ませておきますよ。直接首相と交渉したいというのであれば、それでも構いませんが」

「えっと……ありがとうございます。ひとまず、今回は大林さんに大半はお任せしようかと考えています」

 

 で、バノンにイラからの連絡が来た事を知らせたら、今後の予定についての話し合いを中断して待っててくれた大林さんに向き直り、会話の内容についてを詳しく説明し、どうにか出来ないかと相談を持ちかける。

 

(うんうん、そりゃそうだよね)

 

 まあ、私の乗ってきたモドだけでも相当なのに、輸送船はともかくリーガル大帝国でも現役の巡洋艦が護衛で1隻来るとあってか、その表情には緊張感がはっきりではなくとも表れている。

 

 亜空間航行式中~長距離ミサイル、収束粒子ビーム砲、近距離対空・対艦レールガン、小型の対消滅エネルギー反応砲、彼女に限らず地球の人たちにとっては、聞いてるだけでも頭が痛くなりそうな武装の数々が搭載されているのだ。

 

 SF映画やアニメなどで比較的その辺の想像がしやすい日本人、宇宙人と戦う映画が良く作られてるアメリカ人辺りであれば、余計に緊張感が強くなっていくに違いない。

 

 絶対にやろうとは思わないし、イラだって同じだろうけど、これ1隻で地球の軍隊と張り合うことも容易に出来てしまうのだから。

 

「分かりました、本矢首相にはお伝えしておきます。来訪自体は問題ないでしょうけど、諸々の準備に少しお時間を頂くことになると思うので、ご友人にもお伝えください」

「ありがとうございます、大林さん! 勿論です!」

 

 なお、軍艦での来訪はともかくとしてイラの来訪自体は比較的好感触だったので、彼女には待ち時間云々の話を伝えると同時に、その事も伝えておくことにした。

 

 



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