The New American Dream (古魚)
しおりを挟む

第一幕 大戦前夜編
第一話 大統領の演説


 歴史とは、無数の歯車が組み合わさって動き続けるロボットである。

 そのロボットは歯車の動きに従って新たな歯車を作り、自らを拡大させてゆく。

 では、そんな無数にある歯車のうちの一つ、たった一つだけでも狂ってしまったら、そのロボットはどのような動きをするのだろうか。
 

               バタフライエフェクト


 誰かがくしゃみをし、その音波が森にいる蝶の元へ届き、驚き羽ばたく。
 そうすればほかの蝶も羽ばたき、その時生まれた僅かな風が集合し、やがてどこかの国へ突風として吹き荒れるだろう。

 たった一つ動きが違えば、生成される歯車はドンドン形を変え、いずれは全く違う物が出来上がる。
 
 

 1936年、全てはここから狂い始める。


※今作を読む上での注意事項

・あくまで架空戦記であり、IF世界であるため、歴史上の人物の解釈違い等が発生する場合があります。歴史上級者の皆様は暖かい目で見守ってください。

・AAR=プレイレポートっぽい物語なので、過度に「戦争の物語を読みたい!」という気持ちで読むと物足りないかもしれません。

・今作はHOI4(Hearts of Iron IV)をプレイしている時に思いついたものです。将軍や首相などの配置は、HOI4を参考にしています。

・数名架空の人物が登場しますが、物語の辻褄合わせや面白くするために配置した人物です。

・ガチガチの史実ではないため、あくまでも物語としてお楽しみください。

・何度でも言いますが、これは史実をモチーフにした物語です、そこを踏まえて、お楽しみください


 

 1936年12月2日。

 

「大統領、お時間です」

「うん、ありがとう」

 

 スーツを着こなした大統領は、秘書より受け取ったコップ一杯の水をのどに流し、壇上の舞台袖に立つ。

 

 ステージからは、司会が大統領の紹介を行っている。

 

「それでは、ただいまより大統領の就任挨拶を始めます」

 

 ちらりと司会が舞台裏に視線を送ると、大統領は襟を正し壇上へと上がって行く。

 

 堂々と胸を張って壇上に上がる若い大統領。

 同時に、記者たちからフラッシュの嵐が大統領を襲う。

 

 大統領は一瞬怯んだように目を瞑るが、記者たちに笑顔で手を振った。

 

「やあ皆さん、私が第33代大統領に就任した者だ」

 

 そう一言挨拶すると、再びフラッシュの嵐が大統領を襲った。

 大統領は少し困った顔をして、再び手を振った。

 

「国民の皆様、記者の皆様、そして、私の挨拶を聞くことになる全世界の皆様、今日は合衆国の大きな転換点となる日です」

 

 大統領の挨拶はその一文から始まった。

 

 1936年、それは恐慌に苦しむアメリカに、経済回復の兆しが見え始めた年であった。

 だが、同時に失意の年でもあったのだ。

 

 アメリカ経済の立て直しを順当に進めていたルーズベルト大統領が、持病の悪化のため、大統領を辞任せざるを得なかった。

 その後継を決めるための臨時選挙の結果、ルーズベルト大統領のニューディール政策を引き継ぐ方針を発表した、民主党から立候補したとある者が大統領へと就任した。

 

 現在行われている挨拶では、これから具体的に何をしていくのかを、大統領は語っていた。

 しかし、正直経済政策の話など、国民は気になってはいない。

 新大統領が選挙公約の中で一度だけ言った『対外政策の大転換』このことについて、新大統領の口から説明されるのを、固唾を呑んで見守っているのだ。

 

 しばらく挨拶、というよりもはや演説となっていたが……。

 それが続いた後、大統領は大きく息を吐き、表情を少し強張らせて、落ち着き払った声で言った。

 

「皆さんの聞きたいことは、きっとこんなことではないのでしょうね」

 

 その一言に、記者一同はガッと姿勢を前のめりにし、いかにも「ここから本番」と言わんばかりの姿勢を示した。

 筆を持つ手を握り直し、メモ帳を新たなページに変える。

 

 記者たちは、大統領の二言目を待った。

 

「私は、外交政策の大転換を掲げた、今ここで、その中身を教えよう……」

 

 一度咳払いをして、続けた。

 

「一つ、モンロー主義を部分的に破棄する」

 

 その言葉に、辺りの記者はざわめきだした。

 

「そして二つ目、対アジアについて、日本との友好関係を築き、太平洋の平和を維持する……この二つが、私の掲げる外交の転換だ」

 

 一気に記者たちがシャッターを切り、筆を走らせる。

 動揺し、衝撃を受けているのは一目瞭然であった。

 

「大統領! そのことについて、詳しくお話をお聞かせください!」

「大統領!」

「大統領!」

 

 一斉に声を上げ始めるので、大統領は落ち着かせようと「まあまあ」と手を動かした。

 

「まずは、最初のモンロー主義の部分的な破棄について教えていただけますでしょうか?」

 

 記者の言葉に大統領は頷き、表情を整えたのち、落ち付き払った声色で話始めた。

 

「私は、現在の世界情勢を非常に危険な状態と考える。欧州ではファシズムが横行し、ドイツ、イタリアは今にも他国へ侵攻しそうな勢いであり、アジアでは、互いに限界を迎えた日中が激突しようとしている」

 

 少し息を入れ、目つきを厳しいものにしながら、大統領は続けた。

 

「このままいけば、あのおぞましい世界大戦が再び引き起こされるような気がしてならない。前大戦では、我々の参戦決意の遅さから、無駄に戦争を長引かせ、多くの血を流させてしまった」

 

 大きく息を吸い、激しい声で大統領は言う。

 

「だからこそ私は決意した! 我々アメリカという大国が即座に対応できるよう準備をし、ギリギリまで戦争を起こさせないよう努力をする。その努力が実らなかった日には、全力をもって平和を乱す国を粛清し、世界に安定を取り戻してみせる」

 

 その勢いに、思わず記者たち一同は目を見開き、息をのんだ。

 

「私は皆さんに問いたい。戦争の炎から目を背け、いつか飛び火し燃え上がるその瞬間までの、仮初の平和を享受するのか。それとも、現実を直視し、我らアメリカ合衆国があらゆる火種をなくし、本物の平和を全人類で謳歌するその日を目指すのか。選択をするのは諸君らである、誇りある合衆国民として選択し、私についてきてくれることを期待する」

 

 その演説が終わると、記者たち一同、再びあわただしくメモを取り、カメラマンはフラッシュをたく。

 それらの動きが落ち着くと、今度は別の記者が声をあげた。

 

「それでは、日本については? 現在日本はドイツと防共協定を結び、33年には国連を脱退しています、そんな国と友好を築くというのは、どのような意図で?」

 

 再び大統領は頷き、話始める。

 

「極東に存在する大日本帝国は、今でこそ大陸や太平洋への進出意欲を示しているが、それを我々が咎めることは出来ない。かの国は、大震災や経済危機に見舞われ、さらには冷酷な共産主義の脅威に晒され続けているのに、自らを弱らせておくことなど断じて不可能であろう」

 

 拳を震わせ、訴えかけるように大統領は演説する。

 

「しかし、国を立て直すにしても、日本はイギリスのような多くの植民地をもっておらず、我々のような広大な土地と資金もない。それを見かねた日本の軍部は、強引な手段で満州に進出し、政府もそれを承認してしまった」

 

 大統領の目には、悲痛な嘆きのような、憐みのような色が映る。

 

「軍部の行動を決して容認するわけではないが、その行動を理解できないわけではない。今の日本は、一時期の気の迷いによって、ファシズムに近しい軍国主義に染まってしまい、世界の脅威となりつつある」

 

 首を振り、肩を落としながら話を続ける。

 

「かの国は、我々とは比べ物にもならない長い歴史を持ち、多くの動乱を経験し、一時期は他国を必要以上に怖がったのか、他国との関りを一切経ってしまった時もあった。しかし、我々の来航から始まり、半強制的に世界を見せてやると、状況を認識し、瞬く間に大国へと成りあがった」

 

 今度は奮い立たせるように声を張り上げ、視線をやや上に上げて言う。

 

「我々合衆国は、最初こそ見下していたが、今では肩を並べて供に栄えていくような国と、多くの人々が認知している。謙虚な心、巧みな技術、飽きることなき向上心、そして、武士道という素晴らしい精神を持ったかの国、そんな素晴らしい国を、簡単に切り捨てることなど、私には断じてできない」

 

 あまりにも迫力ある演説に、記者一同は微動だにせず、ただ言葉に耳を傾けていた。

 

「私は、最大限日本と友好関係を築き、日本の中に残っている平和を求める心に手を差し伸べたい。友の気の迷いを晴らしてやるのは、友の務めである。私は、ワシントンに咲く桜にかけて、日本の目を覚ませてやるつもりだ」

 

 大統領が言い切ったのち、わずかな時間、会場に沈黙が訪れたが、それはすぐに破られることとなった。

 一人の記者が立ち上がって、拍手をしだしたのだ。

 

 一人、また一人と、その拍手の連鎖は続いていき、最終的には、会場にいる全員が必死に手を叩き、大統領を賞賛していた。

 

 こうして、ほぼ全ての役職のトップを変えることなく、ルーズベルト政権の形をそのままに大統領だけが変わった新政権が、ここに、確立したのだった。

 

 

 

 翌日の新聞記事の一面には、堂々と演説する新大統領の姿が「新たなアメリカの始まり」というタイトルで飾られていた。

 

 そんな記事を見て、国民たちはそれぞれの反応を見せた。

 

「これからのアメリカは、世界のリーダーを目指すんだな!」

「せっかく戦争から離れられると思ったのに、わざわざそこを変えるなんて!」

「日本と友好を目指すのはいいことだ、これなら、ワシントンの桜を燃やさずに済みそうだな」

 

 しかし、一同共通の認識が一つあった。

 

「ここを堺に、アメリカは大きく変わる」

 

 

 

 そして、この記事に反応したのはアメリカ国民だけではなかった。

 特にこの記事に興味を示したのは……。

 

「堀! 聞いてくれ! アメリカの動きが、喜ばしい方向に向かっているぞ!」

 

 縁側で静かにお茶を飲んでいた一人の男の元へ、海軍士官服を纏ったまま駆けて来る男がいた。

 

「どうした山本? そんなに興奮して、貴様にしては珍しいじゃないか」

 

 駆けて来た男は、海軍次官に就任したばかりの山本五十六中将であり、お茶を飲んでいたこの男は、そんな山本の同期であり無二の親友である堀悌吉だ。

 

「この記事を読んで興奮しないでなんぞいられるか! アメリカ自ら、日本に歩み寄ってくれると言っているんだぞ!」

 

 息も絶え絶えに、山本は堀に新聞を渡す。

 

「『新大統領は親日? 日米関係に進展か?』これは……確かに……」

 

 堀も、その記事を一目見ると釘付けになって読み始めた。

 

「早速、どうやって頭の固い政治家どもを説得するか考える、貴様の知恵を貸してくれ、堀」

 

 山本は、意気揚々とそう堀に言う。

 

「ああ、協力しよう! これは、日本の未来が変わるかもしれない……他の奴らも呼ぼう! 時間が空いている対米戦反対派を集めて、今後のことを話し合おう!」

「そうだな、では、三時間後に海軍省で話そう、堀、お前も久しぶりに軍服を引っ張り出して来いよ」

 

 二人はそう言いあって、拳を突き合せた後、動き始めた。

 山本は海軍次官、堀は今はすでに予備役であり、日本飛行機株式会社の社長であった、それぞれの立場や仕事は違えど、考えることに一寸の狂いもなかった。

 

『日本に平和を、この国の永遠なる繁栄を』

 

 さらに言えば、アメリカの新大統領とも考えることは同じであった。

 

『世界に平和を、太平洋に安然を、両国間の友好を』

 

 歴史の歯車は、回り始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 新大統領の名は

 新大統領就任演説よりも前、1936年9月20日。

 

 ルーズベルト大統領は、あまり顔色の優れない様子で、ホワイトハウスの一室から、外を見つめていた。

 その目の先には、栄えるワシントンの町並みがあった。

 しかし、栄えているばかりではなく、少し大通りから外れれば、失業者や浮浪者が列をなして配給に並び、途方に暮れた子供たちが座り込んでいる。

 今だに世界恐慌の影響は、アメリカ国内に影を落していた。

 

「ハル、いるか?」

「はい、ここに」

 

 ルーズベルトがゆっくり振り返ると、ハルと呼ばれた男が、服をビシッと正して、起立していた。

 コーデル・ハル、現在の国務長官であり、ルーズベルトのよき相談相手であった。

 

「アメリカは、再生を続けているかな?」

「はい、それはもちろんです。大統領の卓越した政治的お考えにより、着実に回復し続けています」

 

 ルーズベルトの問に、ハルは満面の笑みで答える。

 その回答に、ルーズベルトは満足そうに頷くが、それと同時に物悲しそうな表情をうかべた。

 

「いかがなさいましたか? ご気分がすぐれないのでしたら、医者を呼びますが……」

 

 ハルの申し出を、軽く断って、ルーズベルトは胸の内を明かした。

 

「ハル、正直、私の寿命はもう長くない、このままでは、たとえ日独と戦争を始めても、結末を見届けることはできないだろう……」

「大統領……」

 

 二人の間に、沈黙が流れる。

 ハルも大統領の病状があまりよろしくないことは重々分かっていた、だからこそ、無理に「続けてくれ」と言うことも躊躇われたのだった。

 

「そこでだが、臨時選挙を行おうと思う、民主党から……私の後継には、ガーナーを出すつもりだ」

「正気ですか大統領! 彼は、あなたの政策を批判してばかりではないですか! そんな者を出しては、国民に見損なわれてしまいますよ!」

 

 ジョン・N・ガーナー、現在の副大統領だが、どうもルーズベルトに批判的な男で、去年からたびたび対立している。

 

「奴とて無能ではない、上手く立ち回ってくれるだろうよ……ハル、奴を呼んできてくれ」

「……分かりました」

 

 ハルは、尚も納得できないような様子ではあったが、しぶしぶ部屋を後にした。

 

 

 

「お呼びでしょうか、大統領」

 

 ハルが戻ってくると、後ろに中年の男がついて部屋に入ってきた。

 

「ガーナー、君に、私の後任を頼みたい」

「……大統領の座を降りる気で?」

 

 静かに大統領は頷く。

 だが、ガーナーはすぐに「YES」とは答えなかった。

 

「選挙を開くということは、対抗馬が出てくると思いますが、それが誰になるか、見当はついていて?」

 

 ガーナーは用心深く選挙のことや、もし自分が勝った後の政策について、執拗にルーズベルトに尋ねた。

 

「おそらく、アルフレッド・ランドンだ。あいつは私のことをよく思ってくれている、私が君を推薦し、君が私の政策を引き継いでくれるのなら、きっと自ら身を引いてくれると思う」

 

 そうルーズベルトは説得するが、ガーナーは難しい表情をしている。

 何か気に食わないことでもあるのか、あごに手を当て考え込んでいる。

 

「どうした、まだ何か気になるのか? それとも、大統領になるのが嫌だなんて言うんじゃないだろうな?」

 

 少し心配そうに、ルーズベルトは前のめりになってそう問う。

 

「決して、大統領になりたくないとは言わない……ですが、正直なことを言えば、私は大統領の代わりは務まらないと思います」

 

 予想していなかった解答に焦ったのか、ルーズベルトは、慌てて椅子から立ち上がった。

 

「何を言うのかね君は、私に散々反対していたのに、私は君の確かな手腕に免じて任せているというのに! うっく……」

「大統領、あまり大きな声をだしては体に障りますよ」

 

 冷静な声で、ガーナーは大統領を窘める。

 それとは対照的に、ずっと黙っていたハルは大統領に駆け寄り、肩に手を置く。

 

「君がやらないというなら、誰がこの国を引っぱって行けると言うんだ、ランドンがいくら私のことを好いていても、共和党内には私を嫌うものは多くいる、私は不安なのだ……」

 

 うつむく大統領、そんな大統領に寄り添うハル、そんな二人をただ黙って見つめている。

 しばらくの沈黙の後、ガーナーはゆっくりと口を開いた。

 

「一人、良い者を知っています」

「なんだね、もったいぶって」

 

 少々不機嫌な様子で、ルーズベルトはガーナーの提案を聞く姿勢をとる。

 

「経歴は謎の多い奴ですが、一人、優秀な民主党の政治家を知っています。そいつならきっと、大統領の後を継いでくれると思います」 

 

 ジョンは、少し視線をずらしながらそう続けた。

 

「そいつの名前は?」

 

 興味をもったのか、ルーズベルトは少し口角を上げ、背もたれにもたれかかりながら聞いた。

 

「グリーン・ブランド、突如として民主党内に現れた、謎多き新星です」

 

 

 

 その後、ルーズベルトはガーナーの提案を承諾、11月に開かれた臨時大統領選挙には、共和党からアルフレッド・ランドン、民主党からはグリーン・ブランドが立候補する形となった。

 国民は、突如として現れた民主党の代表に戸惑いを隠せなかったが、主張を聞いている間に、国民はブランドの演説に魅了されていた。

 最初こそ共和党に圧倒的に票が集まっていたにも関わらず、次第に民主党へと票が入っていき、気づけば、最終投票結果は僅差で民主党が勝る結果となった。

 

 おかしな話だとは思う、しかし、現実にそれは起こってしまったのだ。

 つい一か月前ほどから国民に認知された者が、大統領選挙で勝ってしまったのだ。

 

 選挙中、ブランドが行った演説は多くの国民を納得させ、まるで魔法にでもかかったかのようであった。

 

 多くの国民を魅了したその演説は、後世にまで語り継がれるものとなる。

 

 

 

 

「それでは、民主党代表のグリーン・ブランド候補、壇上へ」

 

 司会に促され、ブランドはゆっくりとマイクの前に立った。

 

「皆さんこんにちは、民主党代表のグリーン・ブランドです」 

 

 ブランドが大きく深呼吸をする。

 その様子を、共和党代表のランドンや記者たちが見つめる中、意を決したように口を開いた。

 

 その口から発せられたのは、歴史を変える世紀の発言だった。

 

「私には夢がある。この国が世界の秩序を保つ者となり、永遠なる平和を生み出す国とすることだ。――――――」

 

 

 

1937年2月3日

 

「大統領、正気ですか?」

 

 陸軍長官のハリー・ハインズ・ウッドリングは、これまでルーズベルトが座っていた大統領席に腰掛ける、グリーン・ブランド新大統領に詰め寄っていた。

 

「正気だ、私は散々言っていたはずだ、戦争介入の準備を進めると」

 

 ウッドリングは、モンロー主義の熱心な信者であったため、友好国への武器供与等を認めるレンドリース法を国会で可決したことを、快く思っていなかった。

 

「それは、確かに聞いていましたが……しかし、騎兵師団を解体するのは、合衆国陸軍省として反対です! ただでさ常時駐屯軍が少なく、その改革案を提出したのに、お読みになられましたか!?」

 

 ウッドリングは、そう言いながらブランドに詰め寄る。

 ブランドは、いたって冷静にその言葉に反論する。

 

「もちろん読んだ。旧型兵器や騎兵などをうまく使用した、1年と少しで展開師団を倍近くにできるよい計画だと思ったよ」

「なら!」

 

 ウッドリングの言葉を遮って、ブランドは続けた。

 

「戦争をしないのなら、こんなに良い計画はない」

 

 その言葉に、ウッドリングは顔をしかめる。

 

「貴方に戦争の何がわかるんですか! ぬくぬくと暖かい国内で過ごし、賄賂で国会の支持率を動かそうとする貴方に!」

 

 ウッドリングは、第一次世界大戦を一人の戦車兵として体感していた。

 そのため、合衆国の平和を目指し、モンロー主義を信じながら国内の防衛体制を整えようとしていた。 

 

 その点をブランドは評価していたが、一方で、アメリカさえ平和ならそれでいいという考えには真っ向から否定的であった。

 

「口を閉じた方がいい、もしこの部屋に盗聴器があったら、政変時で混乱しているアメリカがさらに混乱することになるぞ」

 

 落ち着きを取り戻したのか、ウッドリングは大きく息を吐き、ソファーに腰掛けた。

 そんな様子を見て、ブランドも席を立ち、向かい合うようにソファーへ腰掛ける。

 

「戦争を知らないと君は言った、だが勘違いしないでほしい」

「何をです?」

 

 明らかに不機嫌そうではあったが、一様聞く気はあるようで、視線はブランドの方へと向けられた。

 

「深い理由を語ることは出来ないが、私は戦争をよく知っている……そこらの兵隊以上に、戦争というものを体感し、見てきた」

「ふん、本当に経験してきたのなら、なぜ理由を―――ッ!」

 

 ウッドリングは、ブランドの言葉を鼻で笑ったが、瞳を見た瞬間、次に出るはずだった言葉を失っていた。

 口に出すのを留めたのではない、消失したのだ、口にするはずだった言葉が。

 

 日ごろブランドは、ゲルマン系アメリカ人によく見える深い碧の瞳をしているはずなのに、この一瞬だけは、まるでルビーかの如く赤く輝いていた。

 それは痛々しいほどに美しい赤で、今にも血液の涙が流れてきそうな瞳に、ウッドリングは不思議な感覚を植え付けられた。

 

 言葉に表すなら……そう、まるで未来を見せられたかのような感覚に陥った。

 まだ世界が経験したことのない大規模であり凄惨な戦争の記憶、WW1の悲惨な光景ではなく、『謀略』と『野望』と『虐殺』と『虐待』と『思想』と『妄信』と『死体』と『死体』と『死体』と『死体』と『死体』に塗れた、凄惨な記憶。

 それを見せられたかのような感覚に陥ったウッドリングは、言葉を発することができなくなっていた。

 

「私は、決してアメリカの平和を乱したいのではない、永遠なるアメリカの平和のために、世界秩序を保つ役目を果たそうとしているんだ」

「貴方の戦争についての話は承知しました……しかし、私は貴方についていくことは出来ないようだ……」

 

 ウッドリングは、首を振って静かに部屋を後にした。

 一人になった後、ブランドは全身から力を抜き、目を瞑って呟いた。

 

「独裁者と言われても言い、後々後世に愚か者と罵られても構わない、私はやり遂げて見せる……」

 

 ブランドの覚悟は、並大抵のことではビクともしないほどに堅かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 アメリカの新体制

 1938年8月10日

 

 ブランドの覚悟は嘘ではないことを裏付けるように、順調に政策をこなしていった。

 

 特に、国民は二つの面でブランドの政策に関心を寄せていた。

 一つ目は経済面だ。

 ルーズベルト大統領の行ったニューディール政策に少し手を加えた、Re:ニューディール政策を実行し、着実に経済は復興、今では全盛期に迫るほどとなっていた。

 おかげで国民の多くが再び職を手にし、安定した生活を送っている。

 

 二つ目は軍事面。

 これはRe:ニューディール政策に関連する話だが、公共事業として多量の軍需工場を増加させた。

 特に造船所建設に力を入れ、海軍力の増強に力を注いだ。

 これの真意を問うと、「強大な海軍力を保有する日本と、突出した潜水艦技術を持つドイツに対抗するため」と回答した。

 実際、海軍内では船団護衛のドクトリンが探求され、ドイツの通商破壊に対する対抗策が練られた。

 他にもブランドは航空機の有用性を感じており、陸海から独立した空軍を目指し、改革と航空機研究を進めた。

 これにより、航空母艦に搭載する航空機も空軍という扱いになり、航空機の管理は、完全に空軍のものとなった。

 また、航空母艦の造船を急ぎつつ、対空火力を重視した巡洋艦などの設計を指示、それらの造船計画や空軍改革をまとめて『スワン計画』と称し、1942年まで継続して行われることになった。

 陸軍でも師団整理と装備の近代化が行われ、歩兵師団、機甲師団、自動車師団等が編制され、以前と比べ物にならないほどの陸軍総戦力をそろえることに成功した。

 

 ここまでは表向きに公開された政策であるが、その裏では、ブランドの掲げる『日本との友好』を果たすために、秘密裏に外交が進められていた。

 

 

 

 時間は、1937年7月20日にまで遡る。

 

「このような会議の場を設けていただき、幸いでございます、ミスターハル」

 

 腰を低くして、ハワイホノルル島にある軍司令部会議室に入ってきたこの男は、大日本帝国の外交官として派遣された、野村吉三郎だ。

 この男は、内閣の意向で差し向けられた外交官ではあるものの、ハワイへと飛び立つ手前、とある人々と会合をしていた。

 とある人々というのは、山本五十六海軍中将が率いる旭日会の面々であり、表向きには日本陸海軍の情報交換や技術交換を行う交流の場とされていたが、その実、ファシスト的、軍事政権的な日本を打倒し、民主国家にするのを目的とした面々が集合した組織であった。

 海軍中将が作った組織が軍事政権打倒を目指すというのは、なんとも皮肉な話だが、その証拠に、旭日会には片山哲率いる片山派という大政翼賛会に吸収された、民政党の面々も参加していた。

 

「こちらも、会談の申し出を承諾していただき安堵しております、ミスターノムラ」

 

 二人の外交官は、互いに握手をし席に着く。

 

「ミスターノムラ、後ろの女性は?」

「これは失礼、紹介が遅れましたな」

 

 野村が手招きをすると、女性は二人の座る席の間に立ち流暢な英語で自己紹介を始めた。

 

「初めまして、ミスターハル。私の名前は本田昭子、今回は野村外交官の通訳として派遣されました」

 

 この異例の措置に、アメリカ本国にいた政府官僚たちは心底驚いていた。

 それもそのはずで、政治という場、しかも外交の場に女性の政治家が出てくることなど、今までではありえないことであった。

 というのも、今現在女性の権力は増しているとは言え、世界一の民主国家を謳うアメリカですら、いまだに男尊女卑の習慣は根強く残っている。

 しかし、ファシストであり全体主義であると思われていた日本は、アメリカよりも先に、女性の権力が向上していることをアピールしてきたのである。

 

 野村は額の汗を拭きながら、ニコニコと話す。

 

「いや、私は英語があまり達者ではありませんから、一様通訳を通してお話が出来ればと、政府の人間が派遣してくれたのですが、何か問題がありますでしょうか?」

 

 最初は動揺していたハルだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、こちらも笑顔で言葉を返した。

 

「いえいえ、何も問題はありませんよ。それでは、会談を始めましょうか」

 

 アメリカがこの会談で日本と話すつもりであったことはただ一つ。

 

「この部屋に盗聴器は無いことが確認できました、始めましょう、太平洋会談を」

 

 今現在、この部屋にはハル、野村、本田のみとなり、部屋の外にも、アメリカ憲兵が二人のみという、完全な秘密空間が出来上がった。

 

「山本さんからお話は伺っています、日本の民主化に力を注いでくださること、まことにありがとうございます」

 

 野村がそう頭を下げると、本田が英語に翻訳し、ハルに伝える。

 

「こちらも、新大統領の意向で、貴国との戦争は極力回避するという方針で固まっております故、このような対応をとっていただけるのはありがたい限りです」

 

 ハルの言葉を日本語に直し、本田が野村にそれを伝える。

 この形で、会談は進行していった。

 

 

 

 真剣な議題ではあったが、両者硬くなることはなく、順調に会談は進んだ。

 野村はルーズベルトと面識があり、ルーズベルトと友好的な人物ということで、ハル自身も親しく接することができたように思える。

 通訳のおかげで、英語によるすれ違いも起こることはなく、会談を円滑に進める手助けをした。

 

「それでは、アメリカ側の要求をまとめます」

 

 そう言い、ハルは持ち込んでいたカバンから一枚の紙を取り出し、机の上に置く。

 

「一つ、日本に民政党を主軸とした民主主義政党を作ること

 二つ、南方海域に進出しないこと

 三つ、然るべき時が来たら日本を半場強引にでも民主化する

 私たちアメリカ合衆国が望むことは以上の通りです」

 

 そう言いながら、ハルは紙にサインを記し万年筆のキャップを閉じた後、紙と筆を野村の方へ差し出した。

 野村は、大きく二度頷き口を開く。

 

「それを飲む条件として、日本側は三つ要求します」

 

 紙を受け取り、万年筆のキャップをとる。

 

「一つ、日本への石油輸出に制限をかけない

 二つ、日本へ小銃の武器輸出を行うこと

 三つ、日中戦争に介入しない

 飲む条件は、以上の通りです」

 

 野村も、その紙に自らの名前を記し、筆を置いた。

 

 二人は互いに目を合わせ、頷きあった後に、硬い握手を交わした。

 こうして日本の旭日会の元へと、通称『ハルノート』が渡り、アメリカの計画した日本民主化計画、『ファイヤーファイター計画』は動き出した。

 

 野村は、もちろんハルノートの件は内閣には伝えず、南方へ進出しない代わりに、日中戦争の妨害はしないという形に落ち着いたことのみ報告する。

 もちろん本田もそれに従い、この事実は秘匿する。

 

 会談が終わり双方が力を抜いていると、ハルは唐突に語りだした。

 

「……私の本来の仕事は、日本との戦争の用意をすることだった」

 

 まるで懐かしむように、双方のサインがされた書類に視線を落としながら続ける。

 

「しかし、今ではこうして日本との友好関係のために働いている……上が変わると、ここまで仕事が180度かわるものか……」

 

 その言葉に、野村は失笑気味に答えた。

 

「だとしたら、今のアメリカ大統領には頑張って頂かないとですな」

 

 ハルがちらりと野村の方へ視線を戻すと、穏やかな目付きのまま野村は言う。

 

「貴方のように饒舌で人柄のいい外交官には、卓上で勝てそうにありませんので」

 

 ハルは一瞬目を見開いたが、すぐに表情をやわらげ、大きな声で笑い声を上げた。

 

「貴官が私に卓上で勝ちたければ、まずはその馬鹿正直な性格を直すのが先のようだな」

「否定できませんね」

 

 会議室には、二人の男の笑い声が響いていた。

 

 本来、仲を違えすれ違い、戦争までの道を導く運命にあった二人は、一人の大統領(イレギュラー)のおかげで、その運命を打ち破ることになった。

 手を取り、笑いあい、一緒に平和への道を模索する同士となった。

 

 

 世界は少しずつ、だが着実に、変わり始めていた……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 軍靴の足音

 1938年3月13日。

 

「ついに欧州の悪魔が動き出しました」

 

 ブランドの前に座る、三人の軍事長官は厳しい目で、卓上の地図を見つめる。

 新たに就任した陸軍長官ヘンリー・スティムソン、彼の手元には、喜んでハーケンクロイツの旗を振るオーストリア国民の写真が握られていた。

 後ろには、kar98kを持った武装親衛隊の姿が僅かに映り込んでいる。

 

「海軍としても、最近大西洋において《Uボート》の活動も活発化してきております、交戦はしていませんが、いたるところで演習、待機しているという報告を受けています」

 

 海軍長官クロード・スワソンも自身の顎に手を当てながら言う。

 

「空軍としては、未だ編成や訓練等が終わっていないため、そちらに力を注いでおります。こちらが、現在の訓練状況の資料です」

 

 空軍参謀ジョージ・ケニーは、この中唯一の武官である。

 本来合衆国の軍事のトップは、文官であるものが長官として勤めるものだが、新設された空軍は空軍省という名の政府機関が無いため、現役の軍人を採用し、事実上のトップとして大統領が任命したのだ。

 

「着実に、ドイツは拡大路線を歩んでいるな……」

 

 ブランドは比較的落ち着いた声でそう呟く。

 

「太平洋問題が一旦安定したとは言え、私の就任前に起きたラインラント進駐、イタリアの拡大を示したエチオピア戦争、そして現在進行形のスペイン内戦……最近では英仏が軍事同盟を結んだようだし……欧州の不安定化は止まらないな」

 

 ブランドは指で肘置きを叩きながら続けた。

 集まる四人は黙り込み、神妙な空気が会議室に流れる。

 

 ブランドはこの手の問題にも介入しようかと、イギリスのチェンバレン首相に問い合わせてみたが、英仏連合国は宥和政策の路線を取ることを決定しており、連合国ではないアメリカが横から口を出せる状況ではなかった。

 そんな状況にブランドはヤキモキしながら、欧州を少し離れた大陸から、静かに見守っていた……。

 

 

1939年3月16日

 

「オーストリア併合の話をしていたのが、もう一年も前か」

 

 再びこの四人はホワイトハウスの一室に集合し、会議を開いていた。

 今回集まる理由となった出来事、それは……。

 

「ドイツは、オーストリアに続いてチェコスロヴァキアをも併合……そして、ダンツィヒの要求を強めているそうです、諜報員の情報によれば、4月までには侵攻作戦の計画も立案が終わる見込みと……」

 

 スティムソンはそう報告し、ドイツ国防軍がポーランド国境に展開する写真を数枚渡してきた。

 その写真を手に取ったブランドは、不穏な一言を漏らした。

 

「《三号戦車》の配備が間に合っている……?」

「どうゆう、ことでしょう?」

 

 ブランドは一瞬目を逸らしたが、すぐに顔を上げ、写真に写った数量の戦車を指さす。

 

「この戦車、諜報員の情報によると《三号戦車》と命名されている物で、ドイツの次世代の戦術に対応させるために生み出された新型車両とされていた。しかし、技術的な面で生産が遅れ、部隊への配備が始まるのは早くても39年後半、主力として全線域に行き渡るには、41年までかかると見積もられていた……」

 

 スティムソンは、やや引きつった笑みで聞き返す。

 

「その車輌の話は聞いていましたが……まさか、これが全部そうというのですか? 《一号戦車》やその改良型ではなく……?」

 

 ブランドは首を振る。

 その動作に、三人のトップは身を震わせた。

 

「少なくとも、ドイツの陸軍技術は想定以上に進化を遂げているということか……」

 

 ケニーはそう絞り出すように漏らす、一端の軍人であるはずの彼すら、ドイツの陸軍力には恐れ慄く。

 それもそのはずで、ドイツという国の陸軍力は恐ろしいものがある。

 WW1の時、驚異的な技術力で新型戦車や歩兵銃を生産し、協商陣営を苦しめた。

 それは今でも変わらず、諜報員が持ち込む新兵器の情報、戦略的思想には驚かされ続け、軍部内では日夜それに対応するための戦略が練られている。

 

「……そろそろ、あれを開始すべきかもしれないな」

 

 ブランドの呟きに、スワソンは頷く。

 

「そうですね、海軍の方はすでに準備は整っておりますし、ドイツ海軍が警戒しだす前に行った方がよいかと」

 

 海軍長官の同意を得たブランドは、皆で囲んでいた机から、自分の庶務用の机の上にある電話を取る。

 

「ああ、私だ……ハルは居るか?」

 

 電話の先は国務省、目的は敏腕外交官、コーデル・ハルだ。

 

「ハル、フランスへ飛んでくれ……ああそうだ、アレの話を通してくれ……よろしく頼む」

 

 電話を終え、ブランドは再び他三人と机を囲む。

 

「スティムソン、物資の状況は?」

「歩兵小銃、弾薬等補助物資、即座に送れるものが7000セット、もう二週間待って頂ければ残りの3000セットも準備が整います。戦車に関しては、200輌の《M2スチュアート》が準備できました」

 

 スティムソンの答えに、ブランドは二度三度頷く。

 

「ドイツ戦車にどこまで通用するか分からないが、ないよりはマシだろう……新型中戦車はどうした?」

「はい、現在開発を進めていますが、研究資金等を海軍や空軍に多くつぎ込んでいますから、もうしばらくはかかるかと」

 

 チラッと空軍参謀や海軍長官の方を見るが、二人は目を合わせないよう手元の資料に目を落としている。

 そんな二人の動作を見て、スティムソンは失笑気味に言う。

 

「大統領のスワン計画については了承していますし、お考えは尊重いたしますが、陸軍のこともお忘れなく。せっかく編成した機甲師団や、機械化師団に変える予定の自動車師団が腐ってしまいます」

 

 その言葉に、ブランドは頭をかきながら笑う。

 そんな様子を見てか、ケニーが宥める様に横から口を挟んだ。

 

「もう少しで次世代戦闘機の開発が終了しますので、それが終われば、一先ず空軍の技術的憂いはなくなります。そうしたら、その分のリソースを陸軍に振ってはどうでしょうか?」

 

 現在、陸上機の主力は《P40ウォーホーク》と新型に置き換わっているが、艦載機は、旧式の《F3Fフライングバレル》のままであり、新型となるはずだった《F2A》はブランドが要求する性能に及んでおらず、限定的な配備にとどまっていた。

 そこで、《F2A》と同時期に開発案を出していたグラマン社へ、直接ブランドが訪ねどのような戦闘機が良いのかの要望を伝えると、《XF4F-2》として研究を開始した。

 

「そうだな……そのように手配しよう、うん、そうしよう」

 

 

 

 このまま、ブランドと長官たちは会議を進めていき、新型兵器の開発状況や師団編成状況等を会議し続けた。

 気づけば、日が傾きだしていた。

 

「随分、長い間話していましたな」

 

 誰もいなくなった部屋で、ブランドが黄昏ている所に、副大統領であるジョン・ガーナーが入ってきた。

 扉の音がすると、ブランドはくるりと席を回し、ガーナーの方へ向き直る。

 

「ああ、彼らは軍事のトップ、戦場で銃を持たなくとも兵士(もののふ)であることには変わりない、だからこそ、私と同じ音が聞こえているのだろう」

 

 どこか遠くを見る様にしながら、ブランドは続ける。

 

「だからこそ、少し焦りつつも着実に、私が提案した急速な軍拡を成し遂げようとしてくれているのだと思う」

 

 その言葉に、ガーナーは首を捻りながら、先ほどまで長官たちが座っていた席へと腰掛けた。

 

「音、ですか?」

「貴官には聞こえないか? ……着実に近づいてくる、軍靴の足音が」

 

 ブランドは自身の耳に手を当てて、目を閉じる。

 

「こうすると、私には聞こえてくるのだよ、WW1時に響き渡り、一度は止ったが、今は着実に近づいてきている……この音が止まり、次に聞こえるのは金属音だ、弾を装填し、コッキングする音」

 

 ガーナーは唾をのみ、恐る恐るブランドへと聞いた。

 

「その次には、どんな音が聞こえるのでしょうか?」

 

 数秒の沈黙の後、ブランドは答えた。

 

「分からないか……? 発砲音、そして悲鳴だ」

 

 理解はしていた、分かってはいたはずなのだが、ガーナーはその解答を聞いて、背筋が凍る思いであった。

 

「だからこそ私は平和を探すのだ、もう二度と、軍靴の音が聞こえないように」

 

 ブランドはそう言い切った後、大きく深呼吸をして、神妙な顔つきから、いつもの表情へと戻した。

 

「それでガーナー、君は何をしにここへ?」

 

 その言葉に、ハッと我に返ったのか、ガーナーも表情を崩し、机の上に置いておいた紙袋をブランドに差し出した。

 

「これですよ、小腹でも減ったんじゃないかと思い、バーガーショップで買ってきました……一緒にどうです?」

「これは丁度良い、ありがたく頂戴するとしよう」

 

 二人はそう笑いあって、ハンバーガーへと手を伸ばす。

 何気ない日常会話に花を咲かせ、ほんの一時の間だけ、ブランドの頭から政治のことを忘れさせる、癒しの時間となっていた。

 

 しかし、時間が止まったわけではない、ブランドの言う軍靴の足音は、着々と大きくなっていたのだった……。

 

 

 

1939年9月1日。

 

 大きく伸びをし、読んでいた小説にしおりを挟む。

 特に予定が入っていなかった大統領は書斎にて、温かい紅茶をお供に、趣味の読書に没頭していた。

 

「この書斎を作ったセンスだけは尊敬しますよ、ルーズベルト大統領」

 

 ブランドは、実のところルーズベルトをあまりよく思っていなかった。

 もちろん、ニューディール政策のような政策面では評価しているものの、部下に対してやや高圧的な態度をとっていたり、あえて日本を戦争の道へ引っ張ろうとしたことをブランドは知っていた。

 それらの点でブランドはあまり、ルーズベルトを人間としては評価していなかった。

 

「もうそろそろ、昼食でも取りに行こうか……」

 

 ブランドがふと時計に目を向けると、針は12時8分を指していた。

 

 カップに残っていた紅茶を飲み干したブランドは、部屋を出ようと席を立つが、どたどたと慌ただしい足音が廊下から響いてきた。

 

「……ああ、そうか今日だったか」

 

 ブランドは一人、何かを見透かしたような瞳で、扉が開けられるのを待った。

 

「大統領! 大変です!」

「……始まったんだね」

 

 静かにブランドが問うと、報告しに来た陸軍省の人間と思われる男は、厳しい目で頷いた。

 

「他の長官は?」

「すでに招集をかけています、ハル国務長官は現在フランスへ飛ぶ準備を進めています」

 

 このタイミングでフランスへ飛ぶことは予定通りであるため問題ない。

 

「分かった、私もすぐに行こう、ウェストウィングの閣議室でいいかな?」

「はい、問題ありません……失礼します」

 

 男はそう言って立ち去っていき、再び書斎には沈黙が訪れた。

 

「ここからが本番だ、全ての準備は今日ここから起こる、第二次世界大戦のために……」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二幕 燃ゆる欧州編
第五話 第二次世界大戦


1939年9月、ポーランドのとある戦場にて……。 

 

「後退して防衛線を引け! 援軍が来るまで持ちこたえるんだ!」

 

 手を振りながら、必死に合図をおくるが、塹壕にて小銃を撃つ兵士たちは、思うように動くことができていない。

 

「クッソ! 撤退戦すらろくにできやしない!」

 

 合図をしていた兵は悪態をつきながら無線機を手に取る。

 

「こちらダンツィヒ守備隊、戦線は着実に圧迫されている! 応援はまだか!? このままだと防衛線が――――」

 

 言い切る前に、戦線では激しい爆発音が聞こえた。

 

「戦車だ! 退けー! 退けー!」

 

 そんな声が聞こえ、男は肩を震わせながら言い直す。

 

「訂正する、突破されたようだ」

 

 無線機を放り投げ、男は退いてきた兵たちに再び後退の指示をだす。

 

「もうこの町は持たない、できる限りワルシャワへ向かって撤退しろ」

「了解!」

 

 一個師団もいない歩兵たちは、まとまって後退を始めたが、そんな歩兵たちの前に、本来いるはずのない戦車が現れ、こちらへ咆哮を向けていた。

 

「これが……電撃戦か!」

 

 兵士の叫び空しく、《三号戦車》から発射された砲弾は歩兵たちの体を引き裂き、塹壕へ戻ろうとする背中に、MG34から発射される7.92×57ミリモーゼル弾が無慈悲に突き刺さる。

 

「クソ……クッソォ!」

 

 一人の歩兵が死物狂いで小銃を構えたが、弾丸を発射する間もなく、MP40の9×19ミリパラベラム弾で打ち抜かれる。

 

「制圧終了だ、我々はこのまま南下するぞ」

 

 戦車から顔を出した将校らしき人間が、無線機でそう部隊へ連絡する。

 

 

 

「騎兵隊、突撃!」

 

 その掛け声とともに、20数頭の馬にまたがった騎兵たちは、短小銃を片手にドイツ国防軍の列へと突撃を敢行する。

 この時、ポーランドはWW1時の塹壕戦よりも、ポーランド・ソヴィエト戦争で活躍した騎兵の機動力を重視していた。

 

「足を止めるな! 進め!」

 

 実際、通常の歩兵師団には騎兵の高速性が生かされ、敵が展開する前に切り込みを入れ、引っ掻き回しながら殲滅するというような活躍が見られた。

 だが……。

 

「機関銃だ!」

 

 ひとたび敵が機関銃を構えてしまっては、たとえ騎兵であっても、損害を逃れることは出来なかった。

 

「うあああ! 足がぁああ!」

「手榴弾!」

 

 機関銃で足を止められた騎兵たちの元へは、手榴弾が投げ込まれる。

 騎兵から馬を取ってしまえば、それはもはや、ただの軽装歩兵に変わりない、近代化されたドイツ軍歩兵の前には、無力であった。

 

 

 

「嫌だ死にたくない! 死にたくない!」

 

 爆発音と銃声が響く中、一人の兵士が塹壕の中でガタガタと肩を震わせる。

 

「バカ野郎! 死にたくないなら撃て!」

 

 近くに居たほかの兵が小銃を渡すが、受け取ろうとする気配はなく、ただガタガタと震えている。

 

「クソッ!」

 

 そんな様子を見て、小銃を渡した兵はイライラしながら塹壕から顔を出し、向かってくるドイツ国防軍に向かって発砲する。

 が、やがて小銃を下ろし、再び塹壕へと身を潜めた。

 

「おいでなすった!」

 

 その直後、塹壕付近で土煙が上がり、二人の歩兵の頭上へ土が舞い散った。

 

「ヒィッ!」

 

 一層肩を震わせる中、エンジン音と履帯が回る音がどんどん近づいてくる。

 機銃と砲声を響かせながら、戦車は塹壕へと向かってくる。

 

「おい! そこを離れろ! 戦車が来るぞ!」

 

 少し離れた位置で、塹壕と塹壕の間、少し開けている場所で、足を抑えて蹲っている兵がいた。

 このまま戦車が前進してきたら、丁度通過する道であった。

 

「無理だ! 足が痛くて、動けない! 頼む、引きずってくれ!」

 

 悲痛な叫び声に答えようと立ち上がるが、近くに爆音で砲弾が着弾したため、怯んで再び腰を屈める。

 

「来た! 嫌だ、止めろ! 止めてくれぇぇぇ!」

 

 なんとか這って移動しようとしていて兵の上に、《三号戦車》の黒い車体がゆっくりとのしかかっていく。

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァああああああああ! 痛いいイイイイイィあア゙ああア゙ァッ! ダレヵア゙ア゙ァ、ダレカダレカダレガア゙ァ!」

 

 ゴジュッ、ブジュ、メキという、内臓が潰れ骨が折れ神経が引きちぎられていくような音が辺りに響き、それを遮るように兵士の絶叫が聞こえる。

 

「ああなりたくなかったら退くぞ! 走れ!」

 

 いまだに震える兵の手を取って、塹壕の中を走っていく。

 

 有効な対戦車装備をポーランド軍は十分に配備出来ておらず、歩兵が戦車と対峙した時には、撤退するか、火炎瓶などしか攻撃手段を持ち合わせていなかった。

 

 

 

 9月3日には安全保障条約によって、英仏がドイツへ宣戦布告、これにてドイツの行動は沈静化すると思われたが、一切そんなことはなく、着実にワルシャワへと足を進めていた。

 

 9月17日、ソ連が秘密条約に乗っ取り、東側からポーランドへ侵攻を始め、ポーランドは二正面作戦を強いられることとなった。

 だが、そんな膨大な量の鉄と肉の群れに耐えられるだけの軍隊など、ポーランドには存在しなかった。

 

 9月29日にワルシャワが陥落すると、ポーランド軍の組織抵抗はほぼ終了し、結局10月6日に、ポーランドは全面降伏した。

 

 

 

1939年10月20日。

 

「一か月……早すぎる」

「いや、ソ連も挟撃したんだ、よく耐えた方だろう」

 

 閣僚たちの会議にて現在、欧州戦争への介入機会を無い物かと話されていた。

 

「未だに英仏に動きはない、だがドイツは、次にデンマークとノルウェーを狙っているという情報を入手しました」

 

 ハルは、諜報員からの情報を提示し、ブランドに差し出した。

 

「何故デンマークやノルウェーを? あの二か国は中立を発表していて、それをドイツも承諾していたではないか」

 

 ガーナーの言葉に、ブランドは答える。

 

「英仏連合国の、ノルウェーを支配下に置く計画がバレたのだろう」

「よくご存じで……」

 

 スティムソンは少々引き気味に、報告書を読み上げる。

 

「英仏は、対ドイツ戦やソ連とフィンランドの戦争を警戒して、ノルウェーの鉄道網等を支配下に置く計画がありました。それを察知したドイツは、中立の一方的な破棄として激怒、ヒトラーは反ノルウェー感情を煽る演説を行っています」

「……では、なぜデンマークまで?」

 

 報告を聞いて、ケニーはそう疑問を呈す。

 確かに、今の報告の中には、デンマークを攻撃する意図を見つけることができない、だが、もちろんデンマークを攻略することには、大きな理由があった。

 

「スカゲラク海峡の封鎖だ」

 

 スワソンは海軍長官だ、輸送網や制海権等、海についての概念はあらかた理解していた。

 

 ドイツが侵攻する理由としては先ほど報告で上がったことに加え、もう一つ大切な理由があると、スワソンは読んでいた。

 

「ドイツにとって、北海やイギリス海峡は魔境だ、ロイヤルネイビーがうろついているからな。軍艦だけではなく、輸送船にとってもそれは同じだ」

 

 地図上を指さしながら、スワソンは続ける。

 

「ドイツは鋼鉄の輸入をフィンランドに頼っていて、冬季は陸路でノルウェーに輸送、ノルウェーの領海を通過してドイツへ運び込んでいた」

 

 そこでハルは気づいたのか「なるほど」と呟き、スワソンの言葉を代わりに続けた。

 

「ノルウェーがドイツに占領されると、ドイツの領海になるため、冬季の鉄鉱石輸送に支障が生じる。だから、陸路でノルウェーを最大南下した後、デンマークを占領し封鎖した海峡を渡って、大陸に揚陸すれば、輸入に被害が出ない」

 

 その言葉に一同は頷き、そして悲痛な表情を浮かべた。

 

「デンマークは、単純なドイツの利益のために、踏みつぶされるというのか……」

 

 スティムソンの呟きに、ブランドは心の中で首を振った。

 

(踏みつぶされるのは、デンマークだけではない……)

 

 会議の最中であったが、部屋の外からドタドタと慌ただしい音が聞こえてきた。

 

「これは……」

「何かあったんでしょうな」

 

 閣僚たちは、大きくため息をつき、開け放たれた扉の方へ視線を向けた。

 

「今は閣僚会議中だが……何か用かな?」

 

 ブランドがそう穏やかな顔で言うが、連絡に来た者は、そんな余裕が無いようだった。

 

「こちらを……」

 

 それは、アメリカに向けてドイツが発信した電報であった。

 

「……これはもはや、宣戦布告と受け取るべきなのでは……?」

「クッソ! あのちょびの野郎!」

 

 その電文には以下のことが書かれていた。

 1、貴国はドイツの国益を大きく損なおうとしている、これはドイツに対する明確な挑戦的行動であり、このままいけば、我々も許容できなくなる。

 2、貴国の行動次第では、我々も武力による解決を図る準備は出来ている。

 

 ブランドは、その文章を二度三度読んだ後、厳しい目つきでスティムソンに言った。

 

「欧州遠征軍の編制を、1939年の12月1日までに6個師団完成させよ」

「了解しました、すぐ準備に取り掛かります」

 

 そう言って、スティムソンは席を立ち、会議場を後にした。

 それを見送ったのちブランドは、今度はスワソンに向けて言った。

 

「大西洋主力艦隊、護衛艦隊、通称破壊艦隊の出航準備を、同じく12月1日までに用意を完了させろ、ああ、主力艦隊は15日までだ」

「分かりました、主力艦隊の提督は、誰か指名いたしますか?」

 

 スワソンの質問に、ブランドは少し考え、一人の猛将の名を口にした。

 

「ハルゼーに行ってもらおう……万一戦闘になれば、彼の勇猛さはドイツ海軍を委縮させられるはずだ」

「了解しました、直ちに準備を開始します」

 

 次はケニーの番だった。

 

「艦載機の用意はすでに配備が完了した『F4Fワイルドキャット』に続いて、新型艦上攻撃機、『TBFピースメイカー』が同じくグラマン社で製造が開始、12月までには、なんとか間に合わせます」

 

 ブランドが言う前に、ケニーはすべてわかってましたと言わんばかりに答えた。

 

「それでいい、頼んだ」

 

 

 

 アメリカが行動を始めるころ、ドイツは軍隊を西方へ移動、デンマーク国境、オランダ、ベルギー手前へと展開し始めた。

 そこまでブランドの予想通りだった、遺憾ではあるが、すぐにデンマークが陥落することも……。

 

 しかし、そこからの動きは予想外のものであった。

 

 

 1939年12月5日

 

「何? ノルウェーじゃなくてベネルクス三国に宣戦布告しただと?」

 

 ブランドは、オーバールオフィスでその報告を聞いた。

 

「はい、12月3日にデンマークを占領後、一部の兵を残して部隊を移動、その後ベネルクス三国に宣戦を布告したようです……すでに、ルクセンブルグは陥落、オランダは空挺投下にてアムステルダムを喪失。ベルギーは用意した要塞を巧みに使い、なんとか持ちこたえていますが、陥落も時間の問題かと……」

 

 ブランドの想定では、ノルウェーを占領、もしくはノルウェー戦が一段落してから西に進むはずだったが、ドイツは想定を外してきた。

 

「あえて無視したのか? それじゃあ、デンマークを占領した理由は?」

 

 ブランドはここに来て、本格的にドイツの行動が読めなくなってきたことに、焦りを感じ始めていた。

 

「一先ず、フランスへ遠征軍を送ろう、海軍にはその護衛を、通商破壊は……まだ出せないな」

 

 ベルギーが落ちれば、次はフランスだ、最強の陸上要塞であるマジノ線を持っているから、今まで国境からの攻撃はなかったものの、ベルギーとの国境には何もない。

 それをわかっているからこそ、ドイツはベルギーを攻撃したのだ。

 

「なんとか、ここで食い止めなくては……」

 

 いまだに、アメリカは大々的に戦争へ介入は出来ていない、あくまでも部分的介入に留まっている。

 今回の派遣も、あくまでも民間人等の人道支援の名目によって派遣されることとなっている。

 まだアメリカは、戦争へ大々的に介入できるだけの大義名分を持ち合わせてはいなかった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 フランス防衛戦

 1939年12月24日。

 

「まさか、クリスマスイブになるとはな……」

 

 ベルギー国境に近い、アラスには現在、約五個歩兵師団が展開していた。

 

「リール守備隊が攻撃を受けだしたのが今日の早朝、陥落が昼過ぎ……早すぎるだろ」

 

 アラス守備隊のうちの一個師団はアメリカ遠征軍であったが、ドイツの早すぎる進撃スピードに士気は低迷していた。

 

「マイク、ハリー、これを第一トーチカに届けてくれないか?」

「分隊長、これ何が入ってるんです?」

 

 マイクとハリーに渡されたのは、横1メートル弱程度の木箱だった。

 

「ああ、手榴弾の詰め合わせだ、対戦車に有効な歩兵装備がこれぐらいしかないからな」

「ええ、ちょっとしょっぱくないっすか」

 

 分隊長の答えに、ハリーは不満げに言った。

 

「文句言うな、ドイツ戦車が想定以上に多すぎるからこんなことになってるんだ、その気持ちは手榴弾に乗せてドイツ戦車へぶつけてこい」

 

 そう分隊長は二人背中を叩き、送り出した。

 しぶしぶと二人は箱を抱え、塹壕の中を歩きだした。

 

「おい、見張り! 気を抜くなよ! いつどっから砲弾が飛んできても、分かるようにしとけ!」

「イェッサー」

 

 フランスの防衛線は、ブランドのフランス援助作戦『バーディー作戦』が効果を発揮し、なんとか遅滞させることに成功していた。

 アラスを最前線に、M1ガーランドを装備した英米仏の兵士が歩兵を迎撃し、『M2スチュアート』が機械化師団を撃破、機甲師団を足止めし続けた。

 一か月に一度の大量石油輸送のおかげで、フランスは石油不足あえぐことなく、戦争を継続、航空機、戦車、軍艦をジャンジャン活用し、防衛戦を成功させていた。

 

 ドイツは、日本に防共協定の延長から、三国軍事同盟を結ばないかと持ち掛けていたが、アメリカからの支援があり、順調に日中戦争が進んでいた日本にとって、それは不利益しか生まないと判断、結ばれることはなかった。

 これらのことも相まって、ドイツの勢いはいずれ衰えると思われていた、だが、ドイツはそんなに甘い相手ではなかった……。

 

 

 

 

 1940年1月4日。

 

「クソクソクソクソ! どうしてこうなった!」

 

 バン、バン、キャイーンと、M1ガーランド独特の音を響かせながら、マイクは悪態をついていた。

 ポーチに手を上すが、そこにはもう弾薬クリップは残っていない。

 

「誰か! 弾もってる奴いないか!?」

「駄目だ! もう在庫が無い!」

 

 マイクのいる一体に支給されていた弾薬ボックスは既に空となっており、追加の弾は届いていなかった。

 

「本部からの応援と追加物資は!?」

 

 機銃掃射を避けながら、無線機にそう叫ぶが、無慈悲なことに、無線機越しもろくな状況ではなかった。

 

「無理だ! アラス守備隊全体が物資不足状態―――来るぞ! 伏せろ!」

 

 無線機からは、不気味なサイレン音が聞こえてくる。

 甲高く、耳をつくような不快なサイレン音に、マイクは聞き覚えがあった。

 

「おい大丈夫か! 《スツーカ》か!? 《スツーカ》の攻撃か!?」

 

 サイレンの音が終わると、今度は爆発音が響き、金属が砕ける音、悲鳴が混雑して無線機の先から飛び込んできていた。

 

「こいつらだ……こいつらが、後方の弾薬庫と鉄道網を全部ふとばしやがったんだ……」

 

 ブツリと、そこで無線は途絶えた。

 

「もしもし? もしもしもしもし!? クッソ!」

 

 マイクはイライラが頂点に達し、無線機のマイクを放り投げる。

 

「中隊長! 後方拠点が大損害、弾薬も尽きてます! ここは放棄して撤退しましょう!」

「ダメだ! ここを放棄することは、ドイツに海岸線への道を譲ることになる! 最後の一兵になるまで、フランスの自由を守りぬけ!」

 

 中隊長はポーチに入っていた2クリップ分の弾を渡して、そうマイクに言い放った。

 中隊長のポーチには、1クリップしか残っていなかった。

 

「俺たちはアメリカ人ですよ! 他の国のために死ぬなんて!」

 

 マイクのその発言に、血相変えて中隊長は叫び、頬をぶった。

 

「ふざけるな! お前、この戦争の意味が分からないのか!?」

 

 突如ぶたれたマイクは、わけも分からずその場に立ち尽くした。

 

「この戦争は単なる陣取り合戦じゃない、イデオロギーの、人類の未来をかけた戦争なんだ」

 

 キャイーンと、中隊長が撃ち切ったガーランドのクリップが地面に落ちる。

 

「俺たちはフランスのためだけに戦っているんじゃない、アメリカのため、ひいては世界のために戦うんだ、覚えておけ」

 

 最後の1クリップをガーランドに乱暴に装填し、塹壕の中を走りだした。

 マイクは、中隊長に渡されたクリップを見つめて、その場に座り込んでいた。

 

「なんでだよ……まだ死にたくねえよ……」

 

 

 

 ドイツはアメリカの想定以上の速度で海、空でも技術を躍進させており、すぐにアメリカの支援への対抗を始めた。

 フランスへ補給船がたどり着く前に、大量の新型潜水艦で通商破壊が実行された。

 もちろん英仏は護衛艦を繰り出したが、護衛艦もろとも海の藻屑へと変えられていった。

 

 空では、メッサーシュミット社製《Me-109G》が猛威を振るい、イギリスの《ホーカーハリケーン》、フランスの《MS406》をことごとく撃墜、制空権の均衡が崩れ始めた。

 制空権を喪失した空域では、《Ju-87スツーカ》が悪魔のサイレンを響き渡らせながら後方地点や補給線を攻撃、結果として、フランスの最前線は慢性的な補給不足に陥っていた。

 

1940年1月22日。

 

「第七装甲師団、敵前線の包囲を完了した、これより殲滅作業に入る」

「いやいい、殲滅は後続の第五装甲師団が引き受ける」

 

 ドイツ将校の服を身にまとい、《四号戦車》の無線機から会話するこの男は、ドイツ国防軍少将、エルヴィン・ロンメルであり、ポーランド戦時、電撃戦という名の理念を完成させ実行に移した、相当の切れ者だった。

 現在は西方作戦に投入されており、A軍集団の指揮下に入っていた。

 

「よいのですか?」

「ああ、君たちは足を止めてはならない、そうでなくては電撃戦の強みが消えてしまう。君が一番よく分かってるんじゃないか?」

 

 無線機越しからの気遣いに、ロンメルは微笑を浮かべて答える。

 

「そうですね……それでは、後方はお願いします。我々は、パリ陥落を目指して前進を続けます」

「了解した、健闘を祈る」

 

 無線を終えて、ロンメルは戦車の天蓋を開け、辺りを見渡す。

 完全な無傷ではないが、比較的損害は少ない。

 

「アハトアハトの門数をしっかり確認しておけ、対空用途より《マルチダⅡ》とかの重装甲車戦に役立つからな」

 

 アハトアハト《8,8センチ対空砲》は当初対空用途で部隊に配備されていたが、ほぼ制空権がとれている上、砲自体も扱いにくく、使用用途に困っていた。

 そんなとき、イギリスの誇る重装甲戦車である《マルチダⅡ》が登場し、《三号戦車》や長砲身化されていない初期型の《四号戦車》では貫徹が困難であり、撃破が難しくなった。

 機転を利かせ、そんな《マルチダⅡ》に向けてアハトアハトを撃ったところ、想定以上の効果を発揮したため、対戦車砲として使用することに決定したのだった。

 

「ロンメル少将、上級大将がお呼びです」

「なんの用だ?」

 

 ロンメルは再び戦車の中に入り、無線機のヘッドフォンに耳を当てると、A軍集団指揮官であるゲルト・フォン・ルントシュテット上級大将の怒鳴り声が耳に入った。

 

「バカ野郎! 前線指揮官の機甲師団が最も突出しているとは何事か!」

「上級大将、そんなに声を荒げないでください……」

 

 一度ヘッドフォンを耳から離し、そうロンメルは答える。

 

「ともかく後続が追い付くまで進撃は停止だ、これは総統閣下も認可しておられる」

「それでは電撃戦の意味がなくなってしまいますが」

 

 ロンメルの回答に、再びルントシュテットは声を荒げる。

 

「バカ者! 指揮官が死んだら元も子もないだろうが! とにかく、侵攻は停止だ、分かったな!」

 

 そう言って、無線は一方的に切られてしまった。

 呆れながらロンメルはヘッドフォンを置き、頭を抱えた。

 

「破れば軍法会議、守ればフランスは落ちない……」

 

 この時フランスには米英共同でパリに要塞線を築いており、現在攻勢を緩めると、パリ陥落に手間取るとロンメルは考えていた。

 

「……進もう」

「本気ですか?」

 

 ロンメルの呟きに、砲手が反応するが、ロンメルは黙って頷くだけに返事はとどまった。

 

「ま、我々は指揮官についていくだけですよ」

 

 運転手はケラケラと笑いながらハンドルを握り直した。

 

「そうか……なら、好きにやらせてもらおう」

 

 ロンメルは無線機に手をかけ、第七装甲師団全体に繋げる。

 

「これより我々は本国の命令を無視して、パリへと侵攻する。責任はすべて私が取る、全員ついてこい」

 

 結局、ロンメルは上司の指令を無視し、パリへと侵攻を開始。

 それにルントシュテットは激怒したが、エーリッヒ・フォン・マンシュタイン中将参謀長が宥め、パリ攻略の必要性を説いたことから、ロンメルの侵攻は他に動ける装甲師団の援助も相まってより一層攻撃力が増大していた。

 結果40年の3月1日にパリは陥落、そのままの勢いでロンメル率いる装甲師団はトゥールを通過、ラ・ロシェル港を抑えフランスは南北に分断されることとなった。

 

 二つに分断されたフランスでは、補給不足がいよいよ深刻になり、歩兵人数も減少、もはや伸びきった戦線を維持できるだけの気力も能力も、フランスには残っていなかった。

 

 そして、40年6月22日、二度目の休戦協定がコンピエーニュの森で結ばれた。

 政変し、ヴィシー・フランスとしてドイツ傘下に下ることを明言したが、一部の勢力はそれを拒否、イギリスに亡命し、アフリカに残っているフランス植民地を国土とし、ファシズム勢力に抵抗することを宣言した。

 

 コンピエーニュの森とは、WW1にてドイツが連合国との屈辱的な休戦協定を結んだ地点であり、ヒトラーはその歴史を払拭するために、再びここで休戦条約を結ぶことを選んだと言われている。

 

 これにて、約7か月間続いた独仏戦争は、ドイツの勝利にて決着することになった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 屈辱の撤退

 フランスが休戦協定を結ぶ少し前、1940年5月28日のこと。

 

「……もう、無理か」

「残念ながら……」

 

 フランス外交官としてカンペール臨時首都では、ポール・クローデルがアメリカ外交官として来ていたコーデル・ハルは、会談を開いていた。

 内容は、フランス降伏の時期についてだった。

 

「これだけの応援を頂いておきながら、降伏することになってしまい……本当に申し訳ない……」

 

 空気は重く苦しいものであり、敗戦という衝撃を前にした国の状態を表している様だった。

 

「だからと言って、無責任に降伏などは致しません」

 

 クローデルは強い意志を感じる瞳でハルに言い放つ。

 あまりの覇気に、ハルは少し身じろいでしまった。

 

「応援に来てくれた英米軍の撤退が完了するまで、遅滞戦術を実行します、英米が撤退できるだけ出来たら、その時初めて、ドイツに休戦を申し込もうと思います」

「しかしそれでは……」

 

 フランス軍の損害が、途方もないことになる。

 英米仏の軍で戦線維持が難しくなってきているのに、そこから英米を抜き取ってしまっては、戦線が瓦解する可能性すらある。

 そうすれば、主に最前線を張る部隊の損害は計り知れないものになる。

 

「分かっています、現在の戦線では不可能でしょう……ですから、この際一斉に大撤退を行い、戦線をブルターニュ半島に限定いたします。幸い、英米軍は北部のみとなりました故、どうにかなるかと」

 

 もちろんその心配もあったが、ハルが気にしていたのはそれだけではなかった。

 

「それでは、フランス軍の者達は……」

 

 防衛を担当するフランス歩兵はどうなってしまうのか、それが一番の気がかりであった。

 

「おそらく、壊滅を避けられないでしょう」

「ならなぜ、そのようなことを?」

 

 ハルは首を振り、わけが分からないというような仕草をしながら聞いた。

 

「ここでフランス人が死ぬことで、きっとあなた方自由主義陣営がドイツを打倒してくれる、ファシストを打倒してくれると信じています。それだけで、我々は死ぬ価値があります」

 

 再びハルは身じろぎ、クローデルの瞳に吸い込まれているかのように見つめる。

 その眼には、確かな決意と覚悟が見て取れた。

 

 少なくともハルの目には、平和を求める意思が途方もなく固い者として、映っていた。

 ハルにとって、この目を持つ者と出会うのは二人目であった。

 

「貴方は、我らの新大統領と同じような目をしますな……」

 

 大きく息を吐き、ハルは姿勢を正す。

 

「フランスのご厚意、感謝申し上げる。必ずやアメリカは、フランスの土地を奪還し、ご期待に応えて見せます。必ずや……」

 

 

 

 その約束通り、フランスは北部守備隊に大撤退命令を下令、ドイツ軍の全面攻勢が始まる前に、ブルターニュ半島へと移動を始めた。

 この後退について、ドイツは全くの予想外であり、対応が遅れた結果、包囲網を作ることができず、多くの英米軍を逃すことになってしまう。

 

 

 

1940年6月20日。

 

 遠く、しかし砲声と炎が見える程度には近いところで戦闘が行われる中、最後まで残っていた第三歩兵師団は、撤退用に用意された輸送船に乗り込んでいた。

 なんとか半島の防衛に成功していたフランスだったが、やはり限界ギリギリであり、10日を過ぎる頃から防衛線が後退、今日に至ってはブレスト港を守るだけで精一杯であった。

 

「よし俺たちで最後だ」

「そうか……この輸送船、まだ人乗せられるんじゃないか?」

 

 撤退用の輸送船に乗り込んだハリーとマイクは、辺りを見渡して、そうぼやく。

 

「はい、第三歩兵師団、死者を除いてこれで全員です」

 

 師団長が報告している所に、ハリーは駆け寄っていく。

 

「師団長、フランスの兵も撤退させる分には十分な空きがこの船にはあると思います、一緒に撤退しないのですか?」

 

 一瞬、師団長は顔を曇らせたが、首を振った。

 

「彼らは今夜、暗夜に紛れて撤退する予定だ、現在引いてしまっては輸送船を攻撃されてしまう。だから、ドイツの攻撃がやむであろう夜に、潜水艦で退く予定だ」

「そう……何ですか?」

 

 ハリーは、師団長の顔が一瞬曇ったことに疑問を持ったが、気のせいだと片付け、マイクの元へと戻っていった。

 

「今日の夜、潜水艦で脱出するんだと」

 

 ハリーはさっき聞いたことをマイクに伝えるのと同時に、出航の合図である汽笛が鳴らされた。

 

「なあハリー、潜水艦って言ったけど、どこ潜水艦なんだ?」

「え? そりゃ英仏のどっちかじゃないのか?」

 

 錨が巻き上げられ、縄梯子がたたまれ、ゆっくりと海へ向けて輸送船が動き出す。

 

「でも、フランス海軍はもう本当に壊滅しちゃったんだろ? それに、イギリスの潜水艦はアフリカ周辺と北海で通商破壊をやってるって聞いたぜ? こんなところに来る余裕あるのか?」

 

 二人はうーんと首を捻るが、答えは出なかった。

 

「まあ潜水艦の動きが分かってたらそれこそ大問題だし、数隻用意してるんじゃないか?」

「そうだよ―――なあああ!」

 

 二人の会話が終わる寸前、港の方で大きな爆発音が響いた。

 

「なんだ!?」

「空襲か!?」

 

 他の兵も、響き渡った爆音に驚いて弦縁へ寄っていく。

 

「でも航空機が見えないぞ?」

 

 そんな会話の最中、今度は確実に飛翔音が聞こえた後、もともと輸送船が止まっていた場所に、特大の水柱を上げた。

 

「違う! 砲撃だ!」

「早く船を動かせ! 巻き込まれるぞ!」

「待てよ……これじゃあフランスの守備軍はどうなるんだ……?」

 

 誰かのその問に、答えられる者はいなかった。

 

 

 

「さすがに移動目標に当てるには、まだ訓練が必要か」

 

 《Fi 156 シュトルヒ》偵察機に乗って、双眼鏡を構えていたマンシュタインはそう唸った。

 

「そうですね、艦砲射撃よりは楽かもしれませんが、なんせ80センチの巨砲ですから、まだまだ訓練が必要そうです」

 

 それに、観測手が答える。

 

「どうしますか? 輸送船への砲撃を続行しますか?」

「……いや、港湾施設に攻撃対象を切り替えろ、今の技量で命中させるのは不可能だろう」

「了解しました……こちらコウノトリ、こちらコウノトリ、ヒナ聞こえるか?」

 

 観測手が、無線機でそう地面に設置された砲陣地に連絡する。

 

「目標変更、港湾施設、及びフランス守備隊。座標基準B-3。弾種、榴弾。信管、着発。撃ち方、一斉射。射撃後指示あるまで待機。砲撃用意」

「ヒナ了解、目標変更承諾、目標、港湾施設及びフランス守備隊。座標基準B-3。弾種、榴弾。信管、着発。撃ち方、一斉射。射撃後指示あるまで待機。砲撃用意!」

 

 その無線がヒナ、正式名称、第一装甲師団追従列車砲分隊の元に届くと、用意された三門の巨砲が再び動き出した。

 数百人にもなる砲兵が慌ただしく動き回り、4,8トンもある80センチ砲弾が、戦艦の主砲よりも巨大な砲身に装填されていく。

 

 装填が完了した三本の砲身はゆっくりと体を起こし、ところどころ雲が見える空を睨む。

 

「ヒナよりコウノトリ、射撃準備よろしい、指示を乞う」

Feuer!(撃て!)

 

 観測手の号令で、並べられた三門の列車砲が凄まじい爆音を響かせる。

 撃ちあがった砲弾は、高速で弧を描いて港へと着弾し、巨大な火柱を上げる。

 

「さすがの威力だな……この世に存在するどの戦艦よりも大きい砲なだけある」

 

 マンシュタインは感嘆の声を開けた。

 

「着弾確認、誤差修正の必要なし、第二射射撃用意」

「了解、誤差修正なし、第二射射撃用意!」

 

 砲撃はまだ、終わらない。

 

 

 

1940年6月25日。

 

「撤退は成功した……か」

 

 ブランドは、陸軍歩兵の撤退に関する資料を見ていた報告書を読みながらそう呟く。

 しかし、次の一枚の資料を見て、血相を変えて立ち上がった。

 

「なんだこれは!」

 

 そこには、燃え上がる駆逐艦や巡洋艦が映されて、その艦に翻っていた旗は、星条旗。

 アメリカの軍艦が撃沈されていた。

 

 すぐさまブランドは、スワソンを電話で呼びつけた。

 

 

 

「これは……どうゆうことだ?」

 

 珍しく、ブランドは不機嫌そうな声色で、スワソンに聞いた。

 その態度に、スワソンは冷や汗を流しながら、おどおどと答えた。

 

「現在、海軍省で確認を取っている所ですが……おそらく、ドイツの《Uボート》に攻撃されたものと――」

「そんなこと見れば分かる。側面に開いたこの穴、これは間違いなくドイツがもつ《G7》53,3センチ魚雷の物だ……私が聞いているのは、なぜこうなったのかだ。私は海軍に攻撃は許可しないと言った、それを海軍は守ったのか? それとも、耐えきれず攻撃した結果がこれか?」

 

 スワソンの目には、ブランドの瞳が一瞬赤くなったように見えた。

 しかし瞬きする間にもとに戻っており、スワソンは首を振って正気を保ち、答える。

 

「いえ、護衛していたどの輸送艦に乗っていた者に聞いても、魚雷が命中した後にアメリカ艦が攻撃を開始していた報告を受けています。他にも、偶然近くを飛行していた英国機も同じ報告をしているそうです」

 

 大きく息を吐き、ブランドは言葉を零す。

 

「なら……開戦の口実を得られたと考えれば得か……いや、それにしては被害が大きすぎる」

 

 最初の戦闘でドイツはアメリカが先に攻撃したとして、各地にいるアメリカ軍艦に攻撃を開始した。

 宣戦布告を受けたわけではないが、自国を守る正当な手段として、これ以降アメリカ艦は無差別に攻撃するという発表は受けている。

 これで、イギリスに艦を送るリスクが増大した。

 

「撃沈艦、死者、その報告は?」

「持ってまいりました」

 

 スワソンは暗い表情で新たな報告書を手渡した。

 

「……ほぼ壊滅じゃないか」

「はい、この海戦後、海軍内での連絡が遅れ、ドイツ艦を発見しても自ら攻撃することはなかったため、必ず後手に回る結果となってしまいました……」

 

船団護衛艦隊  重巡3隻 軽巡 12隻 駆逐艦24隻 総合39隻

重巡洋艦       

《ペンサコーラ級》2隻撃沈  《ニューオリンズ級》1隻撃沈

軽巡洋艦

《チェスター級》3隻撃沈 《ブルックリン級》5隻撃沈 《オマハ級》1隻撃沈

駆逐艦

《ポーター級》8隻撃沈 《シムス級》2隻撃沈 《ファラガット級》8隻撃沈

 

総撃沈数 33隻

 

「死者数は現在調査中ですが、救助も難しく、相当数の死者は覚悟しなくてはなりません……」

 

 スワソンは、顔を伏せながらそう絞り出すような声で言う。

 

「そうだな……それに、対潜水戦闘が可能な軽巡、駆逐艦がここまでやられるのは、正直想定外だ」

「はい、どうやらイギリスもそこに驚いているらしく、想定以上に小型艦に損害が出ていて、大型艦の護衛が不足しているようです」

 

 ブランドはその報告を聞いて、何かを言うことはなかった。

 だが、その頭の中では多くの考えが飛び交い、次の一手を考えていた。

 

「スワン計画は続いているか?」

「はい、もちろん……提案された通り、42年までには完遂が可能です」

「海軍に、大改革をする余裕は?」

「……はい?」

 

 ブランドは再び、何かを始めるつもりのようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 ストーン・ホール・シー計画

1940年7月7日

 

「正気ですか? 大統領」

「正気だ、旧式駆逐艦の8割をイギリスに譲渡する、その対価としてソナー技術の供与を受ける」

 

 海軍省へ出向き、ブランドはスワソンと新たな計画についての会議を行っていた。

 

「それでは、わが国は艦隊を組めなくなってしまいます」

「分かっている、だから、海軍は10月末まで行動を禁止する」

 

 スワソンは、そんなブランドの申し出に頭を抱えた。

 

「そんな無茶苦茶な……」

「だが、そうでもしないと、ドイツ潜水艦には苦しめられ続けられる……放置すれば、取返しのつかないことになる」

 

 ブランドの言葉が、スワソンに重くのしかかる。

 スワソンもブランドの言葉にあらかた賛成ではあったが、自国の艦艇を丸々他国に供与するというのは、なかなか抵抗のあるものであった。

 

「国会の方はどうするんです? 一筋縄ではOKしてくれないような気もしますけど」

「そっちは大丈夫だ、もう手回しは済んでいる。明後日開かれる欧州についての国会では、賛成が過半数を占めるはずだ」

 

 口角を釣り上げて、ブランドは自信満々な様子でそう言うので再びスワソンは頭を抱え、大きくため息をついた。

 

「本当に、貴方は何者なんですか……」

 

 数秒の沈黙の後、スワソンは顔を上げ「分かりましたよ」と呟いた。

 

「海軍内の旧式艦艇を招集、英国へ譲歩いたします。造船の件は、お任せしていいんですね?」

「もちろんだ、そのための大量増築した造船所だからな」

 

 ブランドは言った通り、国会での承認を取り付け、7月15日付で、新たな海軍改革計画を打ち出した。

 その名も、『ストーン・ホール・シー計画』。

 石を海に投げれば水面に波紋が広がる、その波紋のごとく駆逐艦を増やす意味合いを込めて、この名が命名された。

 

 この計画の胆となったのは、スワン計画の過程でできていた新型駆逐艦であった。

 スワン計画の一環で駆逐艦の船体研究が進んでおり、新型と言い量産体制に移行した『ベンソン級』よりも洗練された駆逐艦の設計図自体は、もう出来ていたのだった。

 その新型駆逐艦、仮称1942年型駆逐艦の設計図を見直し、ソナーの搭載スペースを確保した状態で量産を開始、名称を《フレッチャー級》とした。

 

 もちろんイギリスへの根回しも済んでいて、イギリス海軍はこの計画を承諾、期限を9月20日と定め、それまでに《Uボート》に対抗できる新型ソナー開発を完了させるとの約束をした。

 

 そして……。

 

1940年7月10日

 

「本日は、こうして記者会見に応じて頂きありがとうございます」

 

 ブランドは、記者たちをホワイトハウスへ集め、記者会見を開いていた。

 

「大統領! この会見は、欧州戦線での出来事についてであると考えていいのですね!?」

「はい、ちゃんと順を追って説明しますので落ち着いてください」

 

 相変わらずまばゆいフラッシュは苦手なようで、眉間に皺を寄せながら話し始めた。

 

「皆さんもご存じの通り、6月の末、人道支援のために派遣していた船団護衛艦隊が、ドイツ海軍より不当な攻撃を受け、多くの犠牲者が出てしまいました。まずは、その被害に遭われたご家族の皆様に、謝罪申し上げます」

 

 座ったままではあるが、ブランドは深く頭を下げた。

 

 その後ブランドは、現在、欧州の海がどのような状態であるかを説明した。

 無制限潜水艦作戦に近い状態であること、ドイツが先に攻撃してきたこと、宣戦布告はされていないこと。

 

「その上で私は、一つ、国民の皆様のお考えを聞きたいと考えています」

 

 大統領が会見を開いた目的は、けして現状報告だけではなかった。

 

「不安定化する欧州に安然をもたらすために、我が国の主力艦隊を、欧州へ派遣しようと考えています」

 

 主力艦隊の派遣、それはもはや戦争行為に等しいものであり、実質ドイツへの宣戦布告と同意義であった。

 

「約一か月後、国民一斉投票を行います、そこで賛成票が過半数を占めた場合、承諾を得られたと判断し、大西洋主力艦隊を欧州へ派遣します」

 

 ブランドは、その後記者たちの質問攻めにあったが、ある程度答えた後「この後会談があるので」と会見を切り上げた。

 実際には会談などないが、必要以上に情報を流さないよう、頃合いを見計らったのだ……本人が疲れてきたというのもあるが。

 

 

 

「大統領、本当に良かったのですか?」

「何がだい?」

 

 記者会見を切り上げた後、いつもの部屋で報告書を眺めていたブランドの元へ、ガーナーがやってきた。

 

「投票のことです。過半数を越えなかった場合、イギリスに欧州海域の制海権を任せることになりますが、そんなことは不可能に近いでしょう」

「ああ、大丈夫だ、一先ず過半数は絶対超える様になっているからな」

 

 さらりと、ブランドはとんでもない発言をした。

 一瞬、ガーナーは何を言われたのか分からないというような表情をして、目をぱちくりさせた。

 

「万が一過半数を割ったなら、12%上回っている様にして公開する」

「……レンドリース法の時のように、もう決まっていると」

 

 ガーナーは、ため息をつきながら、嘆くよう言う。

 

「しかし、決定事項ならばなぜ投票などを? 不正をするより、黙って出したほうが批判は少ないと思いますが」

「この投票の目的は、国民の戦争協力度を測るために行う、試験的な意味合いが強い。来るべき対ドイツ宣戦布告に向けてのな」

 

 ブランドの真の狙いは、そこにあった。

 万が一ドイツへ宣戦布告をすると言って、どれだけの反対が出るのか、またどれだけの国民が協力してくれるのか、それを今回の投票で目安を測るつもりなのだ。

 

「なるほど……本当に貴方は恐ろしい人だ。……まるで、未来から来た人間のよう」

 

 ガーナーの何気ない発言に、ブランドは目をぱちくりさせ、大きな笑い声を上げた。

 

「もし私が未来から来ていたのなら、ドイツが戦争を始める前に、何か手を打てたんじゃないのか? それに、もっと上手く立ち回れたと思うのだがな」

「十分、上手く立ち回っていたとは思いますけどね」

 

 ガーナーはそう言って扉へと手をかけた。

 

「くれぐれもバレないようにお願いしますよ、大統領」

「ああ、分かっているさ」

 

 こうして、ブランドが始めた新たな計画は始動した。

 

 

 

 最初、経済政策の一環で造船所を増築したおかげで、船体建造は非常にスピーディーに進んだ。

 造船開始時は、新たな船体に現場員たちも戸惑っていたが、数隻作るうちに適応、だんだんと造船スピードが向上していった。

 ピーク時には、1日に一隻の輸送艦、2日に一隻の駆逐艦、5日に一隻の軽巡洋艦が誕生することになる。

 

 イギリスは、アメリカの支援を受けつつ、約束通り9月20日までに新型ソナー177型を開発、その技術をアメリカへと供与した。

 供与された技術を、EU117ソナーと命名、《フレッチャー級》に搭載し、9月24日に《フレッチャー級》一番艦《フレッチャー》が就役した。

 一部の艦は命名前にイギリスへ譲渡され、ロイヤルネイビーの新戦力となった。

 

 ストーン・ホール・シー計画のうち、表向きの計画は完遂した、では裏の目的はどうなったのか。

 それは投票の結果が示していた。

 

 

「なあ、お前どっちに投票するんだ?」

「そりゃあ、賛成にだろう。ドイツにはお灸をすえてやらないとな」

「でも、それじゃあアメリカ人が死ぬかもしれないんだぞ?」

「それでも、アメリカはやるべきだろう。世界の覇権国家としてな」

 

 

 

1940年8月10日。

 

「狙い通り、ですか?」

「国民は皆賢いと、私は信じていたさ」

 

 いつもの部屋、いつもの椅子で、ブランドはスワソンの問にそう答えた。

 スワソンは苦笑いしながら、選挙結果のグラフを見る、そこには、賛成票が80%入ったことを示す円グラフがあった

 

「それで、艦隊編成は決まったのかな?」

「はい、新鋭艦を組み込んだ、対空対潜対艦すべてに適応可能な艦隊となりました」

 

大西洋主力艦隊 戦艦4隻 空母2隻 重巡8隻 軽巡12隻 駆逐32隻

 

戦艦《メリーランド》《アリゾナ》《ペンシルベニア》《テネシー》

空母《サラトガ》《エンタープライズ》

重巡《ニューオリンズ級》5隻 《ノーザンプトン級》3隻

軽巡《ブルックリン級》4隻《オマハ級》6隻《アトランタ級》2隻

駆逐《ベンソン級》20隻《フレッチャー級》12隻

 

「《アトランタ級》、ついに実戦に出るのか……期待できるな」

「はい。これ以外にも、通商破壊艦隊も出撃、通商破壊を開始させます」

 

 満足げに、ブランドは頷いた。

 

「艦載機はどうなった?」

「それについては――」

「失礼します」

 

 スワソンの言葉を遮るように、扉が開かれる。

 

「丁度来ましたな」

「ケニーか」

 

 扉を開けたのは、空軍参謀のケニーだった。

 手元には、数枚の報告書を持ち、息が上がったまま部屋のなかへ入ってきた。

 

「間に合いました! こちらが艦載機の一覧です」

 

 艦載機一覧

《サラトガ》 搭載機数93 予備分解機4

戦/《F4Fワイルドキャット》 30機

爆/《SBDドーントレス》   42機

攻/《TBF-3ピースメイカー》  21機

 

《エンタープライズ》 搭載機数89 予備分解機2

戦/《F4Fワイルドキャット》 28機

爆/《SBDドーントレス》   40機

攻/《TBF-3ピースメイカー》  21機

 

「三型の配備間に合ったのか……」

 

 《TBF》の初期型である二型はエンジントラブルが多く、さらには馬力が機体重量に釣り合っておらず、せっかく生まれた新型重艦上攻撃機として活躍できずにいた。

 そこで、グラマン社とゼネラルモータ社が共同で新型エンジンを開発、それを搭載した《TBF-3』を量産し搭乗員を養成したのはいいものの、その他諸々の諸事情を済ませていたら、艦隊編成に間に合わないかもしれないと言われていた。

 

「はい、予備機がなければ、今回出港する二隻の空母分だけしかありませんが、何とかそれだけは間に合わせました」

 

 その報告を、満足気に頷きながら聞いたブランドは、「よし」と手を叩く。

 

「これにて大西洋主力艦隊の編成は完成だ、あとは実際に集結させ、欧州に向かわせるだけだな」

「はい、遠方にいた艦にはすでに移動命令を出しているので、3日ほどで集結完了します、いつでも出撃命令を受諾できます」

 

 スワソンは意気揚々とそう告げる。

 

「では、ハルゼー君にこう伝えてくれ……君の艦隊は北海に出撃し、独主力艦隊を見つけ次第撃滅、制海権を確たるものにせよ。欧州の平和は君の艦隊にかかっている、ぜひその腕を揮い、ドイツ艦隊を撃滅してくれ、と」

 

 大きく息を吐き、ブランドは高らかにスワソンへ下令する。

 

「ノースストーム作戦を発動する。大西洋主力艦隊は、準備が整い次第、欧州へと出撃せよ!」

「はっ!」

 

 スワソンは綺麗な敬礼を残し、足早に部屋を去っていった。

 ケニーも同じく敬礼をしたのち、来た時とは対照的に、静かに部屋を出ていった。

 

「もうすぐ、だな……」

 

 二人が去った部屋でブランドは、悟ったような瞳で、部屋に飾られる星条旗を見つめているのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 スゲカラク海峡海戦

1940年10月30日。

 

 欧州に派遣された大西洋主力艦隊、通称ハルゼー艦隊旗艦である戦艦《メリーランド》の甲板では、連日の輸送船護衛に不満を漏らすものがいた。

 

「今日も観覧航行かぁ」

「お前、上官にでも聞かれたら拳が飛んでくるぞ?」

 

 二人の若い乗員は、後部甲板の対空機銃の座席に座りながら、そんな腑抜けた会話をしている。

 現在艦隊は、アメリカからの輸送船をイギリスに届けるまでの船団護衛を行っている。決して観覧航行などではない。

 

 だが、敵艦隊撃滅の令を受けて出撃した割には、積極的攻勢に出ることなく、船団護衛ばかりをしている現状を見て、拍子抜けたという兵も多い。

 実際問題、宣戦布告はしていない以上、アメリカ側から仕掛けるのは難しく、相手の出方を窺う形になってしまっている。

 この艦隊を率いるハルゼー長官も、そのことには理解を示しているが、ここ一ヵ月、敵らしい敵と戦っていないため、苛立ちを見せ始めていた。

 

 

 

「何故奴らは襲って来んのだ!」

 

 それを示すように、《メリーランド》内の会議室には、毎日のようにハルゼーの怒号が響いていた。

 

「落ち着いてください提督、輸送船団が安泰なのは良いことではないですか」

「そうですよ、おかげでイギリスは完全に体制を整え、いつでもドイツの上陸に対応することができます」

 

 アメリカから運ばれてくる物資は、石油、小銃、資材、そして運んでくる輸送船と多岐にわたり、独仏戦争で傷ついた身をほぼ完全に癒すことに成功した。

 さらに、イギリス海峡側には海上要塞を建築し、容易にドイツが上陸をしてくるという状況はほぼなくなった。

 そのおかげか余剰兵力もでき、それらをスエズ運河、ジブラルタル要塞に派遣しているため、未だに地中海は、完全な枢軸国の海とはなっていない。

 

「そうだ、そこが気になるのだ。なぜドイツはそれを黙認している? 確かに空襲でイギリスを叩いているが、なぜ輸送船はほぼ襲わなくなった? そのせいで、上陸は非常に面倒になってしまったというのに……」

 

 ハルゼーは、ドイツがこの輸送を阻止すべく、小型艦艇や高速打撃部隊を出撃させ、それを自分たちで迎え撃つ計画を立てていた。

 それを続ければ、やがて損害を無視できない、だがイギリスに物資を渡したくないとう板挟みになったドイツは、主力艦隊を輸送船撃滅に出撃させてくると考えた、考えていたのだが……。

 

「実際は、少数の攻撃に止まり、今となっては一機一隻たりとも攻撃してくることはなくなった……ドイツはイギリスへの上陸を考えていないのか?」

 

 そんな考えが生まれるのも無理はなかった。

 

「ひとまず、今できるのは輸送船を安全にイギリスへ届けることです」

「そうだな……今度イギリスに言って標的艦でも用意してもらうか。さすがに乗員の腕が落ちる」

 

 船団護衛、時間が出来たらイギリスに上陸して防衛設備建設を手伝ったり、簡素な演習などを行って、いつかの激戦の日のために備えている。

 

 

 

1940年11月9日。

 

 いつも通りの船団護衛を終え、イギリスのヨークシャー軍港で半舷上陸、及び燃料補給を行っていたハルゼーの元に、アメリカ本土とイギリス軍部より衝撃の電報が持たされた。

 

「ノルウェーに上陸されただと!?」

「はい、大量の輸送船と、おそらく主力艦隊と思われる艦隊がデンマークを出航、ノルウェー南部へと攻撃を行っています」

 

 ハルゼーは苦い顔をしながら歯ぎしりをして悔しさをあらわにする。

 

「大統領の読みはここで外れたか……」

 

 ハルゼーは北海へ向かう前、海軍長官であるスワソンから直接命令の詳細を聞いていた。

 敵はイギリス上陸を仕掛ける可能性が高いと、そう聞いていた。

 

「ノルウェーは戦略的価値がなくなったから、標的から外れるんじゃなかったのか……」

 

 ブランドは、最初こそ鋼鉄確保の目的でノルウェーに侵攻すると思っていたが、実際にはすることなくフランスを攻め落とし、兵器を大量生産している。

 それ即ち、ノルウェーを落とさなくとも、ドイツとしては、鋼鉄の輸入に障害が出ていないと考えられる。

 結果としてブランドは、ノルウェーの戦略的価値は薄くなったとして、ドイツが無駄に戦線を広げることはしないと断定、守備をイギリス周辺に固めた……のだが……。

 

「全艦艇出航準備、上陸している乗員を呼び戻せ。燃料弾薬は満載に、2日後に出航する」

 

 実際にはスゲカラク海峡を渡ってノルウェーへと侵攻、そんなやりきれない現状に、ハルゼーは帽子を地面にたたきつけるのだった。

 

 

1940年11月12日、07時40分。

 

「アメリカ諜報部より通達、敵師団が上陸を開始、規模はおよそ十個師団、指揮官は……マンシュタインです」

「あの策士か……」

 

 ハルゼーは腕を組み、スゲカラク海峡の地図を睨む。

 

「ここに十個師団の上陸師団、それを護衛する艦隊、おそらく後方には、追撃を控える師団があるはずだ……」

「この狭い海峡で、いかに立ち回るかだ……大型艦が自由自在に動き回れるほどの広さは無いからな」

 

 こう海峡の幅を指摘するこの男は、ジェームズ・サマヴィル提督、イギリス主力艦隊を率いて、アメリカ主力艦隊と合流したのだ。

 

ロイヤルネイビー主力艦隊 戦艦2隻、空母1隻、軽巡2隻、駆逐10隻

 

戦艦《ネルソン》《フッド》 空母《グローリアス》

軽巡《パース級》2隻    駆逐《F級》10隻 ※《フレッチャー級》英国仕様

 

 現在英米連合艦隊は、戦艦6隻、空母3隻、重巡8隻、軽巡14隻、駆逐42隻、他通商破壊用の潜水艦のうち22隻が参加している。

 

「単縦陣で突入、敵の前線を食い破り後方に展開する船団を攻撃」

 

 ハルゼーが卓上の駒を動かしながら説明する。

 

「奥に浸透した我々を敵主力が追いかけ始めたら、後方に待機させておく別動隊で追撃、挟撃してこれを撃滅する……これでどうだ?」

 

 サマヴィルはその案に頷きながら答える。

 

「うむ、下手に前で戦おうとすれば、動けなくなる可能性すらある。これが妥当かもしれんな」

 

 二人の考えは、敵陣の強行突破で固まり、互いに握手をした後、それぞれの持ち場に戻る。

 ハルゼーは戦艦《メリーランド》の艦橋へ、サマヴィルは戦艦《ネルソン》の艦橋へと向かう。

 

 英国艦隊、米国艦隊双方の旗艦が汽笛を鳴らすのと同時に、艦隊は編成を開始。

 まずは艦隊を二つに分離した。

 

別動隊 戦艦1隻 空母3隻 重巡8隻 軽巡4隻 駆逐20隻 潜水艦10隻

指揮官 ジェームズ・サマヴィル

 

突入部隊 戦艦5隻 軽巡10隻 駆逐艦22隻 潜水艦12隻

指揮官 ウィリアム・ハルゼー

 

その後、突入部隊は戦艦を先頭にした単縦陣を引く。

 一方別動隊は、開幕速攻で航空攻撃を仕掛ける準備を整え、発艦作業に入っていた。

 

 

同日、09時25分

 

 

「VB6各員用意はいいか!」

 

 12機の《SBDドーントレス》で構成された爆撃部隊は、偵察部隊の情報を頼りに高度4000を飛行、敵艦隊へと向かっている。

 この隊の少し後方高度2500の位置にはVA2、8機の《TBFピースメーカー》も続いていた。

 

「我々の任務は、雷撃隊のヘイト減らす囮だ。しかし、囮だからと言って、爆弾を当てない理由にはならん」

 

 隊長は操縦桿を握り直し、自信満々に言う。

 

「各機! 俺に続け、大物を食うぞ!」

 

 その連絡に、各機は「了解」と短く返し、編隊を整える。

 

 VB3の面々が、敵艦隊の姿を目視で捉える頃、手厚い対空砲での歓迎が始まった。

 

「正面方向、おそらく重巡。突っ込むぞ!」

 

 機体の周りに爆炎が起こる中、VB3の12機は単縦陣を組み、標的となった重巡に向かって行く。

 

「俺たちは隣を狙います!」

 

 後方に続いていた4機は、爆炎を避ける過程で編隊から落伍してしまったため、崩れた4機で編隊を組み直し、重巡の隣に陣取っていた軽巡に進路を変えた。

 

「了解した! しっかりやれよ!」

 

 隊長は、分離した分隊を見送り、機体を少し傾けて位置を確認する。

 

「そろそろ行けるな……全機、続け!」

 

 機体の羽を振って、後方に伝えた後、グッとフットレバーを踏み込み、機体を90度反転させ、急降下に転じた。

 後続する機体も続々と反転急降下に転じ、必死に対空砲を乱射する重巡に距離を詰めていく。

 

「高度600(2,000m)ft(フィート)!」

 

 隊長機の後部座席に座る乗員から、そう報告が入る。

 隊長はその声を聞いて、エアブレーキを展開。すると、ガクンと機体が急減速し、はっきりと重巡の姿を、照準器の中に収めた。

 

 後部座席から、高度を読み上げる声が聞こえる中、その声をかき消さんばかりの爆音で、対空砲は降りて来る機体を迎え入れる。

 

 高度1200mを切るころ、細い火筒も加わって、機体の側面を叩き始めた。

 

200(700m)!」

 

 高度計が200ftを切る時に投下レバーを引いた後、隊長は思いっきり操縦桿を引き、機体を起こしにかかった。

 

「ぬううう!」

 

 体にGがかかり、座席に押し付けられるような感覚が隊長を襲う。

「爆弾はどうだ!?」

 

 機体を水平にして、艦隊から抜け出す経路を取りながら、隊長は聞いた。

 

「敵重巡に向けて七発投下し五発命中、隊長の爆弾は艦左舷に命中です! 成果は……敵重巡大破炎上中!」

「よし! 戦果大だな、後は我らが母艦に帰るだけだ!」

「隊長! 雷撃隊も戦果を挙げています!」

 

 VB6の面々が離脱するころ、VA2が横帯陣を引いて艦隊へと突撃していた。

 

 

 

「敵艦攻! 止まりません!」

「何が何でも墜とせ! 敵は航空機だぞ! 鉄の塊が当たれば墜ちる!」

 

 ドイツ主力艦隊、前衛艦隊は大いに焦っていた。

 

「当たってる! 当たってるのに!」

 

 対空砲に座る乗員は、そう叫びながら機銃を撃ち続ける。

 アメリカの新型重艦上攻撃機《TBFピースメイカー》、この時代にしては空前絶後の重装甲を備え、そう簡単に撃墜されることはない。

 雷撃時に、特に集中的に被弾するエンジン回りと正面ガラス、羽の前部はより固め、たとえ20ミリ弾が正面から命中しようと、簡単には砕けない。

 

「敵、魚雷投下!」

 

 たった一機も落とすことは出来ないまま、敵に魚雷の投下を許してしまった乗員は、口惜しさと恐怖混ざりの声でそう報告を上げるのだった……。

 

 

 初回の先制攻撃は、間違いなく連合側の勝利であった。

 重巡一隻、軽巡一隻、駆逐四隻を撃沈し、二次攻撃では、さらに駆逐二隻、潜水艦六隻を撃沈する戦果を挙げる。

 突撃の前に、このままの勢いで戦果を拡大させようと思ったサマヴィルは、第二次攻撃隊を発艦させ、三次攻撃隊の編制を命じているその頃、海峡に近い飛行場の動きが活発化しだしていた……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一〇話 ドイツの反撃

同日、11時41分。

 

「野郎ども! 用意はいいか!」

「いつでも行けます!」

 

 威勢のいい声と共に、高高度に陣取っていた《Me-109G》十二機の中隊が一斉に身を翻し、《SBD》たちに襲いかかっていく。

 

「落ちろ!」

 

 隊長機は、《SBD》編隊の一番先頭の機体目掛けて、マウザー機関砲を発射する。

 心地よい重低音と振動をコックピットで感じながら、隊長は砕け散る敵機を恍惚とした表情で見つめた。

 攻撃の後に、いったん編隊から離れる最中、隊長は通信機に入ってしまうほど大きな声で、感嘆の声を漏らしてしまった。

 

「隊長、あんまり興奮しないでくださいね」

「うるせえぞ、俺はこの命のやり取りを楽しんでんだ! 邪魔するな!」

「へえへえ、そいつはすいませんでしたね」

 

 隊長からの返答を聞いて、ため息をつく二番機搭乗員フィッシャー。

 しかしすぐに気を取り直し、新たな敵機を目指して操縦桿を握る手に力を籠める頃、別の機から報告が上がった。

 

「下方より敵機! 《F4Fワイルドキャット》!」

 

 すぐさま一部の機体は爆撃隊への攻撃を止め、下方から向かってくる《F4F》へと向かって行く。

 

「俺もいかなくちゃだな」

 

 フィッシャーも、負けじと敵機へと突っ込んでいく。

 6機の《Me-109G》は機首に二丁つく13ミリ機銃を発射するが、対して《F4F》は、両翼に着く12,7ミリ機銃をばら撒くように撃ち返してくる。

 ドイツが槍を突き刺して突進するのに対して、アメリカはチェーンでできた鞭を振り回しているかのようであった。

 

 互いに正面反抗ですれ違う頃には、数機被弾機が現れ、煙を吐く機体が見えていた。

 

「六番機! 十一番機! 無理せず退避しろ! こいつ(Me-109G)の足じゃあ、燃料が漏れたら帰れなくなるぞ!」

 

 胴体から白い霧のようなものを吹き出していたため、フィッシェルは心配になりそう呼びかけた。

 

「こちら六番機、すまない、先に帰投する」

「こちら十一番機、こっちは大丈夫だ、様子を見ながらだが、戦場に留まるぞ」

 

 一同一度距離を取り、再び攻撃の機会を探る。

 この場にいる両機は、どちらも格闘戦能力はあまり高くないため、乱戦にはならず、互いに攻撃の機会を窺いながらちびちびと機銃をぶつけ合う。

 この戦況、下手に手を出した方が墜とされると、誰しもが理解していたのだ。

 

 しかし、そんな状態を覆す一手が、この盤上に現れるのだった。

 

 《F4F》たちの上空から、突如として極太の火筒が降り注ぐ。一発一発は《Me-109G》と大差ないが、それが束なっているため、極太の射線となって見えていた。

 不意を突かれた《F4F》たちは動くこともままならず、2機がその火筒に撃墜され、大きく動きを乱された。

 

「今だ! 全機続け!」

 

 その一瞬の隙を見てフィッシェルはそう仲間たちに伝え、一目散に《F4F》に突っ込んでいった。 

 フィッシェルは照準器内にずんぐりとした機体の左翼を納め、機銃の引き金を引く。2~3秒機銃を当て続けると、《F4F》の羽は大きな爆発とともにもげ、糸が切れた凧のように、海面へと落ちていった。

 

 《Me-109G》の両翼には、本来新型の大口径機銃が装備されるはずだったが、エンジンやボディーの研究を優先したため、研究は遅れてしまっていた。そのため、機首と同じ13ミリ機銃が両翼にも装備されている。

 しかし、それでもそれは十分な威力を誇り、頑丈な《F4F》であっても、数秒間当て続ければ、羽を折るぐらいは造作もない。

 

「しゃあ、一機撃墜!」

 

 フィッシェルが次の獲物を探して辺りを見渡すと、ほとんどの敵機は火を上げているか遁走しており、決着はついたようだった。

 

「こちら制空戦闘機隊二番機、援軍感謝する、重戦闘機小隊」

「礼には及ばない、我々はこのまま、敵重艦上攻撃機の迎撃に向かう。貴官らは一度基地へ帰投せよ」

「護衛機はいらないのか?」

「別動隊が動いている、新型の大口径機銃を装備した《Fw190A》を中心とした試作機部隊だがな」

 

 その言葉を聞いて、フィッシェルは「なるほどな」と呟いた。

 

「それなら心配いらなそうだな」

 

 無線を聞いていたのか、制空戦闘機隊の隊長がそう返した。

 

「おい、全機聞いていたな、制空戦闘隊帰投するぞ」

「了解」

 

 隊長が乗る一番機を先頭に、三角形を作るよう編隊を組み、基地へと帰路に就いたのだった。

 

 

 最初こそ優勢だった空の戦いは、陸からドイツ空軍の援軍が到着し始めると、段々と劣勢になって行き、第二次、第三次と攻撃隊の被害は増大していった。

 特に《SBD》の損害が大きく、第三次攻撃隊に至っては、部隊が半壊するほどでああり、生き残った搭乗員たちも後味の悪さを感じていた。

 最終的に航空攻撃で敵に与えた損害は、重巡1、軽巡2、駆逐4、潜水艦5、撃沈、駆逐2中破という微妙な結果に終わってしまった。

 

 その結果を聞き、思ったより戦果が出なかったことに焦ったのか、ハルゼーは潜水艦による奇襲を画策し、実行に移させたのだが……。

 

同日、12時30分。

 

「何!? 5隻もやられたのか!?」

「は、はい……駆逐艦2隻と引き換えに、だそうです……」

 

 ハルゼーは、奥歯をギリギリと噛みしめた。

 

「無理せず可能な範囲でと言ったはずだが、まさかここまで手酷くやられるとは……」

 

 プルプルとハルゼーはマグカップを握る手を強める。すると、ピシッとマグカップに嫌な亀裂が奔った。

 

「潜水艦技術に関しては、もはや手も足も出ないか……」

 

 すでにドイツの潜水艦に対する技術はアメリカを凌駕しており、潜水艦本体は勿論のこと、対潜水艦技術も、抜きん出ていた。

 

「これ以上被害が出るのは望ましくない……そろそろ、頃合いか」

 

 ハルゼーは深呼吸して、気持ちを整えた後、艦隊に指示を出した。

 

「これより、戦艦群にて突撃を開始する、場合によっては夜戦になることも覚悟せよ、全艦最大船速!」

 

 しかし、同時に艦隊全体に空襲警報が鳴り響く。

 

「ええい! 間の悪い奴らめ!」

「提督! 前方より敵機来襲、新型戦闘機と双発攻撃機を含む連合航空隊です、その数90!」

 

 艦橋に駆け上がってきた兵が、そう報告する。

 

「多いな……やはり、風向きが変わりつつあるか……」

 

 ハルゼーはすでに感じ取っていた、この戦闘の主導権がドイツへと移り変わっていくことを。

 しかし、連合国側の総司令として、それを認めるわけにはいかない、そうハルゼーは考えていた。

 それに、数的にも練度的にも圧倒的にこちらの方が上、そうゆるぎない自身が、ハルゼーの胸の内にはあった。

 

「全艦対空戦闘! 戦艦に傷を付けさせるな!」

 

 しかし、そう甘くはないことを、少し後に、思い知らされることになる。

 

 

 

 結局空襲では、《ベンソン》級駆逐艦2隻が姿を消すことになった。

 空襲で沈んだ艦はいなかったが、それと同時にハルゼー艦隊は、水中からも攻撃を受けていた。空、水中と完璧な連携が取れていれば、おそらくもっと多くの艦が被害を受けていたことは間違いない。

 と言うのも、新型防空巡洋艦である《アトランタ》級が、絶大な効果を発揮し、90機もいた航空機を、見事に叩き落していったのだ。

 

 しかし、《アトランタ》級を全てハルゼー艦隊に配置してしまったがために、後方にいるサマヴィル艦隊では、空母《グローリアス》、重巡《ニューオリンズ級》《ノーザンプトン》級1隻づつが撃沈された。

 

 この時、旧式艦と言えど、《グローリアス(栄光)》の名を持った艦が沈んだことに、サマヴィルは口では言うことのできない不安感を感じていた。

 

 

 

同日、14時20分

 

「索敵機より電報! 敵艦隊発見!」

「来たか!」

 

 空襲を潜り抜けたハルゼー艦隊は、約17ノットにて敵揚陸地点付近目掛けて前進を続けていた。

 

「敵情報も追加します! 敵戦艦3隻、重巡2隻、軽巡5隻、駆逐艦多数とのこと! 戦艦1隻を含む数隻は、未だに陸地へ向けて艦砲射撃を行っているとのこと」

「空母は居ないのか?」

 

 ハルゼーは拍子抜けたように、そう気の抜けた声で聴いた。

 

「はい、敵に空母らしき姿を確認した偵察機は居ませんでした」

「司令、ドイツはいまだ空母は一隻しか保有しておらず、出し渋っているのかもしれません」

「もしくは空母の有用性に未だ気づけておらず、大艦巨砲主義のままなのか、だな」

 

 二人の参謀がそう言うので、ハルゼーは苦笑する。

 ブランドが大統領になってからというもの、軍の中では航空機の有用性を認識させる行動を頻繁に行い、少なくとも上位指揮官層には、それが広く浸透していた。

 すなわち、世界で二番目に航空機の有用性を認識した国となる。

 

「我々が今からやろうとしていることも、大艦巨砲主義とそう変わりないがな」

「いえいえ、航空攻撃で様子を見た後、艦隊上空の制空権を確保、これだけ出来れば、空母の初実戦として申し分ないでしょう」

 

 参謀の一人がそうハルゼーを励ます。

 

「そうですよ! 今回はたまたま敵の方が航空機数で勝ってしまうため、空母の役割が減少してしまいましたが、これが北海での戦いだったら、わが航空隊は問答無用で敵艦隊を撃滅していたでしょう! 次の機会を待ちましょう、提督」

 

 その言葉を聞いて、ハルゼーは大きく頷く。

 

「そうだな、今回はたまたま戦艦の方が役に立っただけだ。……よし、全艦最大船速! 単縦陣を維持し、敵主力艦隊へと突撃する!」

 

 

同日、同時刻

 

「マンシュタイン閣下、上陸欺瞞終了しました」

「よろしい、計画通りだ」

 

 部下からの報告を、マンシュタインは満足げに聞いていた。

 

「海軍、後はお前たちの仕事だ、頑張ってくれよ?」

 

 マンシュタインの視線の先では、先ほどまで上陸支援を行っていた艦たちが進路を変え、海峡出口へと向かって行く。

 

「おそらく、敵はまだ我々が上陸戦をしている最中だと思うはずだ、その油断を物にできるかどうかは、貴官の腕次第だなデーニッツ」

 

 そうマンシュタインは、潜水艦隊の司令の名を呟いたのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一一話 第一次欧州大海戦

同日、13時05分。

 

「敵艦隊発見! 戦艦3隻、重巡2隻で、幅広く横帯陣形を取っています!」

 

 その報が艦橋に届くと同時に、単縦陣の先頭を行く《ペンシルベニア》よりさらに前の位置に、巨大な水柱が立ち上った。

 その様子を、二番目に位置する《メリーランド》艦橋よりハルゼーは見ており、不敵な笑みを浮かべた。

 

「敵は、どうやらかなりこちらを恐れているようだな」

 

 主砲射程外にも関わらず、惜しみなく撃ってくるとは、こちらを下手に近づけたくない心の現れ、すなわちドイツ海軍はアメリカ海軍に劣ると自ら公言しているようなものだ、と。

 この時ハルゼーの脳内には、そのようなことばかりめぐっており、一つ大切なことを見落としていた。

 

 敵はまだ上陸戦をしていたのではないか? そうであるならば、なぜ分離していた戦艦や重巡をまとめて、なおかつここまできれいな陣形を整えているのか。

 

 これすなわち、敵はこちらの動きを把握しており、敵の油断を誘う動きができるということ。

 これを、ハルゼーは完全に見落としていた。

 

「敵艦隊、主砲射程圏! 測距完了、いつでも撃てます!」

 

 敵艦隊を発見した数分後、単縦陣の先頭に位置する《ペンシルベニア》では、すでに主砲の射撃用意が完了していた。

 敵横帯陣形に対してやや斜めに差し込むように突入しているため、後方に続く艦たちも、順次照準を合わせていく。

 あとは、提督からの砲撃命令を待つのみだ。

 

 《ペンシルベニア》の後部主砲も照準を合わせ始める頃、最後方にいた《フッド》も測距が完了した。

 それを確認したハルゼーは、無線機へ向けて砲撃命令を下す。

 

「全艦、砲撃開始!」

 

 直後、各艦一斉に、一番砲塔より爆音と爆炎を上げながら、鋼鉄の塊を敵目掛けて発射する。

 《メリーランド》は16インチ、《フッド》は15インチ、《ペンシルベニア》《テネシー》は14インチの砲弾を、敵艦隊目掛けて放り投げる。

 

 第一射は全弾遠と、期待通りとはいかなかった。

 

「一撃目から当てるのは難しいものか……」

 

 ハルゼーはそうぼやく。

 戦艦の砲撃と言う物は、そうやすやすと命中弾が出るものではない。

 だが、戦艦のことを「足の遅いのろま」と言うほど、戦艦にあまり価値を見出していなかったハルゼーは、この一撃目を見て、やはり空母の方が有用であるという考えを確たるものとしたのだった。

 

「戦艦の時代は終わったのだ、これからは、いかに航空機を繰り出せるかによって勝敗が左右する時代になる……」

 

 そんなハルゼーの呟きは、各戦艦の第二射の砲声によって、かき消されていた。

 

「着弾!」

 

 砲声から数秒経って、再び敵艦隊の方に水柱が上がる。

 今度は艦隊全域を捉え、敵艦のすぐ側に着弾したようだった。

 

「敵弾来ます!」

 

 ゴオオ!という凄みを感じさせる音とともに、米軍艦隊を囲むようにして敵弾が着弾し、負けじと水柱が上がる。

 高くそびえたった水柱が甲板へ雨となって降り注ぐ中、第三射の射撃用意が整う。

 

 砲身に砲弾が詰められ、後ろから発射用の火薬がどんどん砲身へと入っていく。

 装填が完了すると、着弾位置から諸元を修正した角度まで砲身が持ち上がり、砲塔が旋回する。

 

 照準が合うと、再び爆音を響かせながら、初速は音速をも超える速さで砲弾は撃ち出される。

 

「着弾!」

 

 再び報告が上がるとき、今度は敵艦隊を挟み込むように多くの水柱が上がって行く。

 

「修正射効果あり、敵艦隊夾叉!」

「提督、一斉撃ち方に変えるのはいかがでしょうか?」

 

 参謀の一人が、そうハルゼーに持ち掛ける。

 

「命中弾が出ていないのか?」

 

 通常、一発でも命中を確認したのちに斉射に切り替え、一気に畳みかける、砲弾の節約を図るものだが……。

 

「このままいくと、もうじき作戦の第二フェーズ、敵艦隊の背後に回り込む段階になってしまいます。今の夾叉弾を無駄にしないためにも、ここからは命中精度も威力も大きい一斉射に切り替えるべきかと」

 

 現在艦隊は、敵艦隊の横を斜めに通り抜け、背後に回る航路を取っている。

 これは、ハルゼーが最初に考えた挟み込む作戦に乗っ取った行動であり、今から進路を変えるのは無理な話だった。

 

 ここは一気に畳みかけるべきか、万全を期して挟んでから全力を出すべきか、ハルゼーは大いに悩む。

 しかし、それは数秒後に解決することになる。

 

「うお!」

 

 大きく艦が揺さぶられ、艦橋からパッと甲板を見ると、確かに弾痕が残っていた。

 

「クッソ! 敵戦艦の砲撃が命中したか!」

「違います! 今の砲撃は重巡《アドミラル・グラーフ・シュペー》の物です!」

「ポケット戦艦か!」

 

 《シュペー》は、重巡洋艦と言う艦種でありながら、戦艦と同等の火力を持つ、まさに巡洋戦艦のような存在である。

 イギリスより、「やばい重巡がいるからきをつけろ」とは聞かされていたが、まさかこれほどとは、ハルゼーは思ってもいなかった。

 

「撃ち方、斉一斉射に切り替え! 少しでも敵にダメージを与えて、殲滅しやすくするのだ!」

 

 ハルゼーはそう決定し、射撃指揮所にそう伝えた。

 

「了解! 次より一斉射に移行します!」

 

 そう話している間にも、再び砲弾が迫ってくる圧迫感のある音が艦橋に響き始める。

 当たる! そうハルゼーが歯を食いしばると同時に、先ほどより巨大な振動が、《メリーランド》を襲った。

 

「敵戦艦《ビスマルク》からの砲撃です! 後部甲板に一発、三番主砲等付近に一発着弾です!」

 

 隊列を組む他の艦たちも続々と被弾を始め、体に傷がつき始める。

 

「《ペンシルベニア》に命中弾!」

「《テネシー》《アリゾナ》に同じく目命中弾! 《テネシー》、二番砲塔が旋回不能な模様!」

 

 予想だにしなかった複数の命中弾によって、確実に損害が出始めているところから、少しづずつハルゼーから冷静さが消えていく。

 

「一刻も早く敵を海の藻屑に変えろ!」

「イェッサー! 撃て!」

 

 ハルゼーに感化されて、射撃指揮所は、今海戦初となる一斉射を放った。

 巨砲の振動に艦体は身震いし、まるで全力で戦えていることを喜んでいるかのようであった。

 

「ただ今の砲撃、《ビスマルク》に命中弾2! 敵砲火衰えません!」

「堅牢な艦だ!」

 

 ハルゼーはそう悪態をつく。

 16インチの砲弾が2発も直撃したのに、《ビスマルク》は一切衰えた様子を見せない。

 

「敵、《アドミラル・グラーフ・シュペー》炎上! 《フッド》がやってくれました!」

 

 一方、後方では《フッド》が有効弾を連発し、敵艦隊の最左翼に位置するポケット戦艦に効果的なダメージを与えていた。

 その報を聞いて、満足げにハルゼーが頷く。

 

「さすが、英国紳士の代名詞となる艦なだけある。我々も負けてはいられないぞ!」

 

 その声に答えるかの如く、《メリーランド》に再び砲声が響き渡る。

 しかし、入れ違いで敵からの砲弾も迫ってきており、ハルゼーは直感的に、この軌道はまずいと感じ取った。

 

「来るぞ!」

 

 直後、これまでとは明らかに違う衝撃が艦を襲った。

 

「どこだ!?」

「前部甲板です! 第一砲塔付近で火災発生!」

「消火急がせろ!」

 

 今度はこちらの砲弾が着弾する番だった。

 

「《ビスマルク》に命中弾2! うち一発は第二砲塔を打ち抜いた模様!」

 

 ようやく、決定的な一打をお見舞いできたことに喜びを感じる乗員たちだったが、それは刹那のうちに終わることとなる。

 

「ぺ、《ペンシルベニア》被雷!」

 

 悲鳴のような報告が艦橋へと飛び込んできたのだった。

 

「雷撃だと!?」

「敵艦隊一斉回頭、撤退していきます!」

 

 直後から、艦隊は大混乱に陥った。

 

「《ペンシルベニア》左舷に4本の水柱を確認! ああ、《ペンシルべニア》が!」

 

 見張りその悲痛な叫びも空しく、一挙に4本もの魚雷を受けた《ペンシルベニア》は、左弦に開いた穴をふさぐ間もなく、艦全体が傾いてゆく。

 そして、傾斜に限界がきた後、上部構造物の重さに耐えかね転覆した。

 

「お、面舵一杯! 《ペンシルベニア》の残骸を避けるんだ!」

「よーそろー、おもーかーじいっぱぁーい」

 

 ハルゼーは、その場に置いてあったマグカップを地面に叩きつけ、怒り狂いながら叫んだ。

 

「おのれナチスの犬どもめ、卑怯な手ばかり使いやがって! 全艦追撃戦に移れ、後続部隊にも追従を要求、全力で艦隊をしとめる!」

 

 この一手が、今海戦連合側の、最大の悪手となるのだった……。

 

 

 

 同日、15時1分。

 

 残った艦で追撃を続けていた時、ハルゼーは自身の首周りをかき毟りながら指揮を執っていた。

 

「そうだ常に全速だ! 奴らの方が最大船速は早いんだから、足を緩めたら置いていかれるぞ!」

 

 単縦陣から横帯陣へと形態を変え、後方から合流した《ネルソン》と共に追撃を続ける連合軍艦隊は、全速力で敵艦隊を追撃している。

 しかし、距離は一向に詰まらず、命中弾もほとんど出ていない。

 

 向こうも反撃として後部主砲のみで打ち返してきているが、こちらも数発至近弾が出た程度で、大きな損害は負っていない。

 

「最大船速同士でこの撃ち合いじゃあ分が悪いか……」

 

 ハルゼーはイライラを隠そうともせず、そう漏らす。

 

 一方イギリス艦隊旗艦で指揮を執っていたサマヴィルは、現状に嫌なものを感じていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一二話 ロイヤルネイビーの没落

 

「さすがにこれ以上の追撃は無理ではないか……?」

 

 《Uボート》などのこともあり、サマヴィルはそのように呟く。

 

「指揮官殿、ここで敵艦隊を逃せば、バルト海奥深くに待機され、いつ北海を脅かされるか分かりません。ここは、無理にでも叩いて置かなければならないと思います」

 

 しかし、サマヴィルの弱腰な姿勢を去勢するかのように、参謀たちからは、強く追撃を指示する声が上がる。

 実際問題、バルト海に逃げ込まれると厄介なのはもっともであったが、この参謀たちはそれ以上に、ここまで手酷くやられたロイヤルネイビーの威信を取り戻したいと、そう強く思っていたのだ。

 

「敵戦艦《バーデン》へ命中弾! 我々の砲撃です!」

 

 まるで参謀たちの気合に答える様に、《ネルソン》が放った何発目かも分からない砲弾は、敵戦艦を捉え、爆炎を躍らせた。

 

「これより一斉射!」

 

 命中弾を出せたことで、一斉射へと切り替えるために《ネルソン》は準備に入った。

 そんな矢先のことだった。

 

 少し離れた位置で、轟音が鳴り響いた。

 

「《テネシー》に命中弾! 後部甲板に火災が起こっています!」

 

 サマヴィルはこの時、何を言われなくても察することができた、それが長年の経験からくる勘なのか、直感的に聞こえた艦の声だったのかは分からない。

 だが、サマヴィルには確かに、《テネシー》が「もう疲れた……」と訴えたのを感じ取ったのだった。

 

「沈むな」

 

 そのぼやきの刹那、再び《テネシー》に砲弾が命中、一際大きな爆発とともに、辺りへ砲塔や対空砲などの部品をばら撒きながら、船体はバラバラに砕け散った。

 

「《テネシー》……轟沈しました」

 

 しかし、戦場に休む暇はない。

 

「左舷より雷跡多数接近!」

「面舵一杯! 他の艦にも伝えろ!」

 

 サマヴィルは、冷や汗を流しながらそう伝令を飛ばす。

 

「《メリーランド》より受信! 『我が艦は《テネシー》の部品にて損害あり、また《アリゾナ》は被弾多数により速力低下、追撃することに難あり。これからは英国艦隊は分離、独自の判断で行動せよ』とのことです!」

「ハルゼー殿……」

 

 サマヴィルは、艦橋にいる参謀たちに向き直る。

 参謀たちは、サマヴィルに有無を言わせない表情で見つめていた。

 

 そんな参謀たちの顔を見渡し、頷く。

 

「君たちがそう言うのなら、私も腹を括ろう」

 

 帽子をかぶり直し、サマヴィルは下令する。

 

「残存英国艦隊を終結! 海の果てまで、ドイツ主力艦隊を追撃する!」

「「「「了解!」」」」

 

 準備はすぐに実行された。

 英国艦隊のみならば、米軍艦隊よりも最大船速の最低値が高いため、気休め程度だがより早く追いかけられる。

 

 数分の後、英国艦隊は最大船速を保ちながら集結、簡単ではあるが、二つの単縦陣を形成した。

 

 《ネルソン》《フッド》《パース級》2隻《F級》10隻で構成される艦隊は、出しえる最大船速23ノットで、ドイツ艦隊を追撃した。

 

 

 

 その頃水中では、狼たちが舌なめずりをして耳を立てていた。

 

「デーニッツ提督、敵艦隊は分離。おそらく英国艦隊のみで追撃を続行するようです」

 

 耳元でそう乗員が囁き、デーニッツはにやりと口元を歪める。

 

「かかったな」

 

 ドイツ艦隊の狙いはこれであった。

 

 敵水上艦艇と交戦、頃合いを見て離脱、海峡奥深くへと敵艦隊を誘導する。その後一部の潜水艦隊が海峡出入口周辺に展開する。

 そして、万一敵艦隊が分離や損害を受けて、少数で孤立した場合……。

 

「《ビスマルク》へ電報、『敵艦隊分離、迎撃せよ』だ」

「了解、『敵艦隊分離、迎撃せよ』打電します」

 

 水上艦隊が注意を引きつけ、それに随伴する潜水艦隊がそれを包囲殲滅する。

 これこそがドイツ側が用意した、迎撃作戦『フェイショゲン(偽物)』の道筋であった。

 

 

 

「司令、水中より不明な通信を傍受しました」

「なに?」

 

 サマヴィルの元に、不穏な報告が届くのは、ドイツ潜水艦隊が電報を発した数分後のことだった。

 

「数分前、水中より発信される電波をキャッチし、解読したところ、ドイツ海軍の暗号電文だと判明しました。内容は不明です」

 

 その報告に、サマヴィルの表情からサーっと血の気が引いていった。

 

「全艦に通達! 全艦一斉回頭、その後対潜陣形を組め! ハルゼー提督にも打電、『この海峡危険なり、即座に撤退せよ』復唱はいい! 急げ!」

「提督! ここまで来てひく―――」

 

 参謀の意義を遮ってサマヴィルは叫ぶ。

 

「敵の狙いはまさにこの時、艦隊の数が減り、護衛駆逐艦が減少したタイミングだったんだ! これ以上追撃すれば潜水艦の餌食だ!」

 

 そう怒鳴った直後、《ネルソン》は艦首方向をゆっくりと変え始める。

 

「敵艦隊、こちらに向かってきます!」

「クソ! 足の速い奴らめ!」

 

 ギリギリ双眼鏡で捉えられる程度の距離を保ち続けていた英国艦隊の方へ、ドイツ艦隊は向き直り、反撃の姿勢を示した。

 

「全艦、砲撃はしなくていい! 駆逐艦は常にソナーから耳を話すな、対潜警戒を厳となせ!」

 

 

 

 

 同日、17時20分。

 

 英国艦隊は傷つきながらもなんとか、スゲカラク海峡の入口へとたどり着いていた。

 しかし、駆逐艦は4隻にまで減少し、軽巡《パース級》の二隻は、どちらも姿は見られない。

 《ネルソン》の後部甲板にも焦げ跡があり、《フッド》に関しては左舷にやや傾斜し、第四砲塔は形状を留めておらず、三番砲塔の弾薬庫にも注水が施されていた。

 

「まさに満身創痍とはこのことだな」

 

 サマヴィルは、その場にへたり込むようにしてそう呟きながら、煙草を吹かす。

 

「ハルゼー提督の米軍艦隊はどうなったのだ? 何か報告はないのか?」

「は、数十分前に無事、と言うことを告げる電報が届きました」

 

 その報に、サマヴィルは大きく息を吐く。

 

「どうやら米軍は何とかなったみたいだな……」

 

 途中、明らかに米軍の空母と思われる一隻が沈んでいたのを見て、「もしや……」と嫌な想像が頭を過ぎたが、どうやら杞憂で終わったようだ。

 

「これからどうするかな……」

 

 これにより、ロイヤルネイビーはほぼ戦力を失った。

 《ネルソン》は数週間で復帰できるかもしれないが、《フッド》はかなりかかるだろう。そして、《グローリア》を始め多くの艦を失った。

 

「……フッドが心配だ、隊列を整えよう」

「了解しました。フッドを先頭に、艦隊を整えます」

 

 一番痛手の《フッド》を先頭に移動し、《ネルソン》を殿にする陣形へと変更する。《フッド》の様態を見守るためと、後方からの追撃に備えてだ。

 

「《フッド》……? 《フッド》に無線、通じません」

「電気系統が死んでるのか? まあいい、探照灯で知らせてやれ」

 

 その後、ゆっくりと艦隊は陣形を整え、北海へと入っていく。

 

 そして、《フッド》が先頭に立ったその時、事件は起こった。

 

「……ん?」

 

 見張りが、不意に何かを捉えた。

 

「……ああ! せ、潜望鏡だ!」

 

 その報告は急いで艦橋へと届けられた。

 

「なに!? 潜望鏡だと!?」

 

 その後すぐ、嫌な報告も入ってきた。

 

「魚雷航走音確認! 《フッド》に向かっています!」

「すぐに《フッド》に知らせろ! むせ――探照灯だ! 汽笛も鳴らせ! なんとかして《フッド》に伝えろ!」

 

 《ネルソン》は、まるで叫ぶように、鈍い汽笛を響き渡らせる。

 

「5! 4! 3! 2! 1! 当たります!」

 

 伝声管を通して、見張りからの報告が艦橋へと伝えられる。

 

「《フッド》!」

 

 ネルソンに乗る全乗員が見つめる中、《フッド》の左舷に、2本の水柱が大きく立ち上った。

 傷ついた《フッド》を吹き飛ばすには、十分すぎる威力だった。

 

 二度大きな爆音を響かせたのち、艦体を三つに切断され、まるで悲鳴のような金属が擦り切れる音を響かせながら、海中へと没していった。

 戦列交代した直後の撃沈、これではまるで――。

 

「《フッド》は、《ネルソン》を庇ったのか……?」

 

 サマヴィルは艦橋に立ち尽くし、呆然と艦が沈む様子を見つめていた。

 一人の参謀が、ハッと我に返ったように叫ぶ。

 

「敵潜水艦はどうした! 必ず仕留めろ!」

「救助活動もだ! 一人でも多くの《フッド》乗員を救い出せ!」

 

 

 

 その後、乗員の救助と並行して潜水艦を追撃したが、結局発見できず、救助の終了と共に、艦隊は母港へと帰投していった。

 

 結局、この海戦で米艦隊は戦艦《ペンシルベニア》《テネシー》、空母《サラトガ》、重巡2隻、軽巡1隻、駆逐5隻、潜水艦21隻を、英艦隊は戦艦《フッド》、空母《グローリアス》、軽巡2隻、駆逐艦6隻を失った。

 

 対して、敵に与えた損害は、戦艦《バーデン》大破、戦艦《ビスマルク》中破、重巡《ブリュッヒャー》撃沈、《アドミラル・グラーフ・シュペー》中破、他小型艦艇数隻撃沈と、満足と言える結果ではない。

 

 結果として、スゲカラク海峡海戦は連合側の、大敗北として終わることとなった。

 

 

 

 11月22日、18時30分。

 

「大西洋艦隊は半壊、ノルウェーは占領され、ロイヤルネイビーも壊滅……クソ!」

 

 珍しくブランドは、声を荒げて報告書を机に叩きつけた。

 

「やられましたな……」

 

 他大臣も、顔を伏せている。

 

「スワソン、大西洋艦隊の再建は可能か?」

「無理ではありませんが、スワン計画でできた空母たちを護衛する足の速い戦艦の建造が遅れています。重巡だけでよければ、そうしますが……」

 

 ブランドはため息をつく。

 

「護衛戦艦が居なければ、現在の北海やイギリス海峡をうろつくには危険すぎる」

 

 潜水艦の脅威は戦艦では防ぐことができないが、防空や水上艦艇は別だ。それに、大きな艦なら、多少空母から視線を逸らすこともできるとして、機動部隊護衛用の高速戦艦《仮称1942年型戦艦A》《仮称1942年型戦艦B》を建造している。

 

 《戦艦A》は抜きんでた特徴はなく、現在アメリカ海軍最高峰の巨砲である16インチ砲を三基九門を装備した、よく言えばすべてが高水準でまとまった艦である。

 《戦艦B》は《A》と違い、別名《盾戦艦》とも言われるほどに防御に力を入れた艦となっている。主砲は《A》と変わらずだが、各所の防御兵装が増加し、装甲も増している、ただその一方で速力がやや劣り、凌波性に難がある、やや扱いずらい戦艦となった。

 

「《A》《B》両艦建造は進んでいますが、早くとも進水は42年の1月、就役するのは2月になるでしょう」

「航空機も、補充分は輸送船で向かわせましたが、戦闘機については改良の余地ありです」

 

 空軍参謀のケニーがそう言う。

 

「けして悪い機体ではないですが、敵の《Me-109》が予想以上に強力です。それに新型機の報告もあります、後継を急がせるとともに、繋ぎとなる《F4F》の強化も行って行かないと……」

 

 強い雨が降る中でのこの会議は、終始暗い雰囲気の状況下で行われた。ドイツの勢いに気圧されているのは、だれが見ても、明らかであった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一三話 政権変換期

1940年12月7日、14時12分。

 

「……そうか、スワソンが……」

 

 大きな雨粒が窓ガラスを叩く中、ブランドの元にはスワソンの訃報が届いていた。

 スワソンは、もともとかなり無理した生活を送っていたのだ。

 

 医者には、1939年まで生きれればいい方だとも言われていたらしい。

 しかし、その事実をブランドは知らなかった。スワソンはルーズベルト時代からの続投であり、詳細を知らぬうちに政権が代わっていたのだ。

 

「いい加減、先送りにしていた政変もやっていかないとだな……」

 

 ブランドはルーズベルトから政権を引き継ぐ際、大きな変動をせず、そのままやっていたため、政党内部からはやや不満の声も漏れていた。

 と言うのも、ポストを長らくやり続け、それで凝り固まってしまうと、独裁に近い形へと変貌してしまうのを恐れているのだ。

 

「ガーナーももう年、空軍参謀も未だ武官……これ以上ルーズベルトの真似をするのをそろそろ限界か……」

 

 ブランドは受話器を置いて、ため息をつく。

 

「正直、内政は苦手なんだよなぁ」

 

 

 

12月10日、18時00分。

 

「本当に貴方は無理言いますね、大統領」

「でも、それを実行してしまうのが君の腕と顔の広さだろう、ガーナー?」

 

 スワソン死去から三日後、各長官ポストの入れ替えをブランドは宣言し、それに議会は承諾をした。

 役職に就くもの発表は14日とし、それまでに候補を絞り、議会に審議してもらう。そうすれば、ブランドの独断専行が色濃く出ている現状に不満を漏らす議会員たちも黙らせることができる、そう考えたのだった。

 

 しかし、実のところもうすでに候補者は決まっており、協力的な議員とダミーの候補者にも話を通してある。

 万が一マスコミにバレても大丈夫なように、大手新聞社であるワシントンポストにも事情を話しておいた。ワシントンポストの内部にはブランドが就任した直後から協力員を作っており、ある程度は制御できるようになっている。

 

「ここまで不正を重ねる大統領も、歴史上初なんじゃないですか?」

「かもしれないな……」

 

 ガーナーの軽口が効いたのか、ブランドは少し沈んだような表情を浮かべる。

 

「い、いや、これも全ては国のため、悪いことではありますが、間違ったことではないと……思いますよ?」

 

 必死にそうフォローを入れるガーナーを可笑しく思ったのか、ブランドは「ははは」と声に出して笑い、「そうかそうか」と頷いた。

 

「……こんなやり取りも、もう出来なくなるんだな」

 

 ブランドは、寂しそうにそう呟く。

 ガーナーも副大統領の職を辞する、もうこんな軽口をたたき合える関係ではなくなってしまう。

 

「そうですね……これからは、少し離れたところで、ワインでも嗜みながら大統領のご活躍を見ておりますよ」

「そうか……。なら、私はそんな老後の楽しみを守ってやれるようにしないとな」

 

 ブランドはそう言いながら、ガーナーが提出する最後の資料に目を通した。

 

 

 

 12月14日、15時05分。

 

 アメリカ政府機関トップは、久しぶりに新たな顔ぶれを迎えることとなった。

 

副大統領:ヘンリー・A・ウォレス

空軍長官:ジェームズ・フォレスタル

海軍長官:フランク・ノックス

 

 主にこの三人が変わり、商務長官なども一部変更があった。

 

「やあ、これからよろしく頼むよ、ウォレス、フォレスタル、ノックス」

 

 ブランドはそう明るい表情と声で、本人が調理台に立って用意したドーナツを振舞いながら、新たな三人の長官を迎え入れていた。

 

「これからよろしくお願いします、ブランド大統領」

 

 ヘンリー・A・ウォレス。元農務長官であり、ルーズベルトから信頼されている人物の一人である。

 

「まさか私が空軍長官のポストに収まるとは思いませんでしたよ」

 

 ジェームズ・フォレスタル、ケニーから空軍参謀を引き継ぎ、正式に立ち上がった空軍省トップに位置する空軍長官となった。こう見えて元海軍所属である。

 航空母艦や機動部隊に先見の目があったことから、ブランドはかなり前から目をつけていた。

 

「スワソン長官の代わりとなれるよう、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」

 

 フランク・ノックス、スワソンの後を継いで海軍長官を務める。米西戦争を経験している、生粋の元軍人だ。

 

 軽い挨拶を交わし、おやつを食べている間は和やかな空気が続いていたが、面々がドーナツを食べ終える頃、ブランドは一気に紅茶を飲み干し、大きく一息ついた。

 

「さて、いつまでもこうした空気でいたいものだが、そうも言っていられない。覚悟はいいかな?」

 

 一気に大統領の顔が険しくなる。皆もそれに同意し、静かに頷く。

 それを確認して、ブランドは自身の執務机の上にある電話を取り、「スティムソンとハルを呼んでくれ」と頼んだ。

 

 すると数分後、部屋の扉を叩く音がした。

 

「入れ」

「失礼します」

 

 二人はそう言って、新たに加わった長官たちと同じようにソファーへ腰掛ける。

 

「この面子で集まるということは、もう分かるな」

「はい、作戦会議を始めましょう」

 

 スティムソンがそう言い、ノックスに視線を送る。

 

「まずは、海軍長官として、現在の欧州事情を把握してまいりました」

 

 机の上に出された写真には、《Uボート》と格闘する護衛船団や、敵重巡と砲火を交わす戦艦などが映っていた。

 

「現状、かろうじて北海、イギリス海峡の制海権は確保していますが、どうやらそれも限界が近いようです。ロイヤルネイビーはほぼ壊滅しており、船団護衛で精一杯、通商破壊戦は遅遅として進まず」

 

 もう一枚ノックスは写真を机に置き、付け足す。

 

「旗艦《メリーランド》中破、《エンタープライズ》も艦載機が満載できず、おまけにハルゼー提督も、持病の悪化で現在入院中です」

 

 損害報告を見ると、どうやら被害を受けているのは主力艦のみではなく、新造した《フレッチャー級》駆逐艦も、かなりの打撃を受けている様だった。

 

「それでは、次は私ですな」

 

 一瞬沈黙した後、ハルがその沈黙を破って話始めた。

 

「外交面では、現在ドイツとのチャンネルは開いていますが、大使館には軍人上がりの者が数名で、役人たちは脱出を始めています。イギリスには、連合国へ我らを招待するよう催促はしていますが、『欧州の問題は欧州だけで解決したい』の一点張りで……」

 

 アメリカはすでに、対ドイツ戦略である『ブラック計画』を完成させており、後は宣戦布告するだけとなった。

 しかし、当のドイツはどうやら宣戦布告してくる気配はなく、あくまでも自分たちに影響を与える大西洋艦隊だけを目標にし、それ以外には攻撃を仕掛けないことを徹底している。

 

「イギリスのチャーチル首相も頑固なもんだな……」

 

 ウォレスはそう言いながら手を組む。

 イギリスとしては、これ以上アメリカが欧州に参入してくると、欧州で最も影響力を持つ国の座を奪われると考えている。それに、連合国にアメリカを招けば、その主導権をほぼアメリカに奪われ、イギリスの威厳がなくなってしまうと思っている。

 

「事情が事情なだけに、こちらからはあまり強く言えないのが辛いな……まあいい、交渉は続けてくれ、それと、イギリスへの物資援助である『イーグル作戦』も続行だ、向こうが素直になってくれるまで、支えてやろうじゃないか」

「了解しました」

 

 これで、外交には片が付いた、次は戦術的な部分だ。

 

「大西洋艦隊をどうするか、だな……」

「現実的なことを言うなら、新造艦を待つべきでしょうか?」

 

 ノックスはそういうが、現状の大西洋艦隊の状況で、2か月持たせるのもなかなか酷な話だ。

 

「いや、今の大西洋艦隊には無理だろう、一度撤退するのも考えるべきでは?」

 

 フォレスタルはそういうが、ブランドはすぐに首を振る。

 

「それはダメだ、今イギリス海峡と北海を開ければ、すぐにでも英国上陸を行われる。反抗作戦を用意している英国は現在防備を用意する余裕はない、海が開ければ、イギリスは堀と壁が無い平地の城になり下がる」

 

 そう言って悔し気に却下する。

 

「そうですね、現状のイギリス陸軍に、ドイツ陸軍を阻止できるだけの能力は持ち合わせていません。英国は《マルチダ》なら《四号戦車》に敵うと言っていますが、所詮気休めです。ドイツ陸軍の強さは戦車のみにあらず、歩兵一人をとっても、今のドイツに勝る国はないでしょう」

 

 スティムソンはそう冷静に答える。

 ブランドもその言葉に同意なのか、深く頷いた。

 

「ハル、日本の様子はどうだ? すぐにでもフィリピンや東南アジアに攻めて来る気配はあるか?」

「いいえ、現在日本とはチャンネルが閉ざされていますが、旭日会の情報によれば、そのような話は出ていないとのことです」

 

 日本との密約は有効であるが、あくまで密約であり、表面上は敵対関係であるとなっている。そのため、連絡網は閉ざされているのだ。

 

「……キングに動いてもらうか」

太平洋艦隊(王鷲艦隊)を動かすのですか?」

 

 フォレスタルは、少し驚きながらそう返す。

 

「旧式戦艦からなる一部の予備艦隊を残して、王鷲艦隊を北海へ動かす。《1942年型戦艦》ができ、大西洋艦隊が再建出来次第、太平洋に戻す」

 

 ブランドはそう決断し、指示をまとめた。

 

「王鷲艦隊を北海へ派遣、その旨をキング元帥に伝えてくれ、必要ならニミッツ提督も呼んでやれ。イギリスに関しては外交、支援を続けてくれ。空軍は新型機の開発、乗員の訓練を急げ、以上だ」

 

 速やかにブランドの指示は実行されていった。しかし、一つだけ手間取ったことがある、それが海軍の移動だった。

 

 

12月16日。

 

「何!? 軍部から移動命令が出ていた!?」

「は、はい」

 

 太平洋艦隊旗艦、戦艦《コロナド》の一室に、キングの怒声が響いていた。

 

「なぜ今になっての報告となったのだ! クッソ、全艦艇に移動命令を、一部の旧式戦艦たちは残していけとのことだ、戦艦《オクラホマ》《ネバダ》《テキサス》《アイダホ》空母《レンジャー》は残していけ、それ以外の主力艦艇とその護衛達はすぐにここを立つぞ」

「はっ!」

 

 すぐさま伝令が、サンディエゴにある軍港内全域に広まっていた。

 

 このすぐ後のことだった。移動を始めて7日目の朝、王鷲艦隊がパナマ運河手前にたどり着いたまさにその時。

 

 

 日本時間、12月23日、午前8時10分、日本はフィリピンに宣戦布告した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三幕 日米戦争編
第一四話 燃えるフィリピン


 時間は少し巻き戻る。

 

 1940年12月15日、午後10時30分。

 

「陸軍サンは正気なんでしょうか……」

「さあな、わざわざアメリカが妥協してくれているというのに、挑発行動をとる理由が分からん」

 

 旭日会の片山派たちは、ぶつぶつとそう呟きながら酒を飲み交わしていた。

 

「フィリピン周辺にお船浮かべて、陸軍サンの上陸舟艇の演習を行うんだと。これじゃあまるで、今からフィリピン攻めますよって言っているようなものじゃないか」

「ああ、全くだ。俺たちの努力が無駄になっちまう」

 

 この日、陸軍の将官たちは、海軍の将官たちを呼んで、陸海共同演習をしたいとで申し出てきた。

 演習自体にはなんの問題もないのだが、その内容と言うのが、フィリピン沖で大発動艇を発進させると言う物だった。

 もちろん、連合艦隊司令長官である山本五十六大将はそれに反対したが、永野大将が、ここで陸軍と足並みを乱すのは愚策、今は付き合ってやろうと山本を説得した結果、それを行うことになった。

 

「陸軍のトップは、最初北進論を提唱していて、我々の唱えた資源確保のために考えた南進論は軽視していたくせに、今となっては陸軍が南進論を唱える様になった……」

 

 そうため息をついていると、一人の男が、酒を酌み交わす旭日会のいる部屋へと入っていき、座布団に腰を下ろした。

 

「援蒋ルートの封鎖と、対インドに向けてですよ」

「これはこれは今村殿、中国から帰っていらしたのですね」

 

 旭日会の数少ない陸軍メンバーの一人である。

 

「ええ、どうも来年の春までは侵攻を停止し、補給の充実、戦線の整理を行うそうなので、今のうちに休暇をと思って日本に戻ってきたんですよ」

 

 そんな風に今村均中将は言いながら、酒を注いでもらう。

 

「どうなるんでしょうね、これから」

 

 グイッと一杯流し込むと、今村は遠くを見る目で、そう呟いた。

 

 

 

12月23日、午前7時20分、南シナ海フィリピン沖。

 

「これより、大発動艇の発進と回収訓練を行う」

 

 艦隊に放送が響き渡り、輸送艦たちから次々と舟艇たちが出撃していく。

 もちろん、その上には陸軍が乗っている。

 

「大本営はなんと?」

「宣戦布告は8時10分に行う予定とのことです、そのまえに欺瞞工作を」

「気に食わんが、上の命令には黙って従うほかあるまいか……」

 

 輸送船の上に乗る田中静壱中将は、苦い顔をしながら、受話器を取った。

 

「私だ、ああ、工作員の用意は整っているか? そうか、ならこの後40分後に始めてくれ」

 

 

 演習が順調に進んでいるその時だった、8時00分、突如として、フィリピン沿岸より、上陸舟艇や艦艇に向けて砲弾が飛翔した。

 それに対し、現場の兵や海軍の者たちは混乱したが、士官たちは一切動揺することはなかった。

 

「今頃、海軍から大本営に知らせが言った頃か」

 

 田中中将は刀を床に突き立てるように持ちながら、じっと目を閉じている。

 

「これから、この土地で多くの人の血が流れる。アジア解放のためと謳いながら、我々はアジアの人々を殺すのだ……」

 

 現在のフィリピンには、もちろん米軍もいるが、多くは米国によって組織されたフィリピン人の軍隊が土地を守っている。

 

 今回日本がフィリピンに攻めこむ理由は、来るアジア解放戦争のため、東南アジア進撃の足掛かりとするためだ。他にも、米軍がここを軍事基地として日本を攻撃されないようにという考えもある。

 欧米植民地に苦しむ国々を解放するためを大義名分に掲げたが、結局は日本の拡大欲求に他ならないと田中中将は考えていた。

 

「陛下は、このようなことを望んでなどいないはずだ……武力に任せた解決など……」

 

 田中中将は、アジア解放それ自体を否定する気はなかったが、武力に任せて欧米を追い出し、日本の保護下に入れるというやり方に、あまりに野蛮だと不満を露わにしていた。

 

「そして、そもそもこの戦争の真の目的も、亜細亜のためなどではない。日本の資源のためだ」

 

 海軍の多くの人間は対米反対論を唱えてこそいるが、それ以外の軍人は、いつかは必ずぶつかるのだから、今のうちに叩いて置いた方がよいと言い続けている。そのためには、東南アジアのゴムや油が必要なのだと。

 そのためには、アメリカがおとなしくしてくれている今のうちに、東南アジアを一挙に落としてしまおうと言っているのだ。

 

「山本殿の話を聞いてもなお、一部の馬鹿どもは、アメリカは日本を恐れて妥協してくれたのだと本気で思っている」

 

 アメリカが日中戦争で妥協してくれたことで、調子に乗った上層部は、「アメリカは腰抜けで、露に勝ち、中にも勝ちそうな我々に恐れをなしたのだ」と言いながら、「アメリカ恐れるに足らず」と自信を持ってしまった。

 

「どこかでなんとかしなければ……」

 

 田中中将は、旭日会のことは知っていたし、そこの面々とは仲良くしていたものの、所属はしていなかったため、民主化計画が動いていることは知らなかった。

 

「中将! 大本営より連絡です! 『本日八時十分、大日本帝国ハ、フィリピンヘ宣戦布告セリ。演習ヲ即刻中断、海軍ト連携シフィリピンヲ攻撃、速ヤカニマニラヲ攻略セヨ』以上です!」

 

 その報を聞いた田中中将はカッと目を見開き、席を立ちあがる。

 

「揚陸演習中の部隊をそのまま陸へ向かわせよ、海軍は護衛を頼む」

「は!」

 

 

 当たり前であるが、宣戦布告とほぼ同時に上陸した日本軍は、まだ防衛の準備が整っていないフィリピン軍をことごとく粉砕しながら進撃していった。

 しかし、その進撃速度もやがて低下していった。

 

 ジャングルである。これまで荒れ地や市街地での戦闘は行ってきた日本軍だったが、本格的な湿地帯、戦車が進めないほどの沼地、地図を見ても現在地が分からない深い密林に加わり、立地を理解していたフィリピン防衛軍のゲリラ的攻撃によって、進撃速度は停滞していったのだった……。

 

 

 

 同日、アメリカ。

 

 日本がフィリピンに宣戦布告し、独立保障のためアメリカは日本に宣戦布告したという衝撃的な報告は、即座にブランド元へと届けられた。

 

「日本が、攻撃を始めただと?」

 

 ブランドは、あまりに衝撃的過ぎる事態にめまいを覚えた。

 

「はい、現在フィリピンに強襲上陸を実行、成功させ、ジャングルを進んでいるとことです。マッカーサー元帥から指示と海軍の要請が来ています」

 

 深呼吸し、気持ちを落ち着かせたブランドは、いつもの凛々しい顔に戻り、すぐに指示を出した。

 

「今から話している暇はない。これは私の独断専行だ、それでも構わないか、ハル?」

 

 連絡をしに来てくれたのは、国務長官であるハルだった。

 その表情には、怒り、驚きなどが混じり合い、とても複雑な表情をしていた。

 

「ええ、非常時です。この際致し方ありません」

 

 その返答に、ブランドは頷く。

 

「移動中の王鷲艦隊に移動命令、予備艦隊も連れてフィリピンへ移動せよ。マッカーサー元帥には、現地軍とジャングルを利用して遅滞戦術を実行、援軍が来るまでマニラを明け渡すな」

「すぐに伝えます」

 

 ブランドは、この時最大の懸念は海軍であった。予定通り動いていれば、今頃パナマ運河を越えている頃、海峡の移動にはそれなりの時間を要するのだ。

 

 しかし、この時運命のいたずらか、海軍は予定よりも行動が遅れていた。

 

 そう、伝達ミスによって艦隊の動き出しが遅れ、未だにパナマ運河へはたどり着いていなかったのだ。

 この出来事は後に、『神が引き起こしたミス』として、語られていくことになる。

 

「大西洋艦隊には、一先ず今本土近海を守っている駆逐艦、巡洋艦、潜水艦たちと、新たな艦隊として編制中だった空母《ワスプ》を送り、その場を凌いで貰おう。それまで、本土周辺海域の制海権は航空機のみで取ってもらうほかないな」

「厳しい戦いになりそうですね」

 

 ハルの言葉を、ブランドは軽く笑った。

 

「何、近海までドイツ艦隊が来るようなら、それはもうイギリスが落ちている時だよ、その時は潔く、本土に防衛用の要塞を築くさ」

 

 

 

日本時間、12月28日、フィリピンマニラ。

 

「足りない……」

 

 いつものパイプ煙草をふかしながら、ダグラス・マッカーサー元帥は地図の上に乗る駒を見ていた。

 

「現在フィリピン本島にいる部隊は一個師団、離島にいる部隊をかき集めても二個師団にしかならん。たいして日本は八個師団か……」

 

 そのぼやきに、補佐官が付け足す。

 

「その日本の八個師団の中には、野砲、榴弾砲、歩兵単位でも重擲弾筒など、火力がそろっていますが、我らは軽歩兵に過ぎず、火力が圧倒的に足りません」

 

 フィリピンで太平洋の島々の指揮を執っていたマッカーサーは大いに悩んでいた。と言うのも、とにかく守備に当てられる米軍が少ないのだ。

 現在は現地軍七個師団が防衛に当たるも、練度の差は歴然であり、地の利を生かして戦うのにも限界がある。

 

「他の島にいる米軍を呼びたいところですが、制海権が取れておらず、しかも護衛の一隻もなしに動かすのはいささか……」

 

 他の士官たちも、そう口々に嘆く。

 

 現在、太平洋に展開しているのは索敵と情報収集のための旧式潜水艦のみで、海軍戦力はほぼ0に等しい。

 

「いかがなさいますか、元帥」

 

 苦い顔で沈黙を保っていたマッカーサーへ、補佐官は決断は仰ぐ。

 皆一同、黙って元帥の返答を待った。

 

「このまま黙ってみていれば、援軍が来る前にマニラは陥落する……。他の島にいる兵には申し訳ないが、輸送船のみで、フィリピンへと来てもらおう」

 

 その言葉に、会議の場は重い空気に包まれる。

 

「やるんですね、元帥」

「ああ、それしかない」

 

 

 『神が引き起こしたミス』と『元帥の決断』、この二つでフィリピンの戦いは幕を開けることになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一五話 南太平洋戦争

日本時間、12月30日、3時30分。

 

「なあアダム、ほんとに大丈夫なのかよ……」

「あのなぁジェイ、俺たちがどうこう言ってもなんとかなる問題じゃないの。俺たち歩兵は、行けと言われたら行くのが仕事なんだから」

 

 サイパン島に係留された輸送船の上で、顔を青くしながらジェイはそう嘆き、その隣にいるアダムは、ため息をつきながらそう窘める。

 

「だからってよ~護衛の無い中こんな輸送船数隻で移動だなんて、サメの前に全裸で放りだされるようなもんだぜ……」

 

 ジェイはそう頼りなさそうにぼやき、出航を告げる鐘の音を聞いた。

 

「さ、時間だ。遺書書くのは、救命胴衣付けてからにしようぜ」

「じょ、冗談きついぜ……」

 

 そんなアダムの言葉と共に、輸送船はサイパン島を出航していったのだった。

 

 

 

12月30日、13時20分。

 

 数十隻からなる、グアム島から出航した輸送船団は、順調に海を進んでいた。

 

「静かな海だな」

「そうだな……」

 

 男二人は、甲板で煙草を咥えながら、そうぼやいている。

 

「今頃、サイパンとかウェークからも輸送船が出てる頃か?」

「サイパンは日が昇る前に出たらしいぜ、ウェークの方は連絡が無かったみたいだが」

 

 そんな会話をしている最中だった。

 突如、男たちの乗る輸送船の一つとなりの艦に、巨大な水柱が立ち乗った。

 

「雷撃、潜水艦だ!」

 

 その数秒後には、また別の艦で水柱が上がる。

 

「哨戒艇は何をやってる!」

 

 誰かがそう叫ぶ。

 この輸送船団には、5隻ではあるが、グアム島に駐留していた哨戒艇を護衛に付けていた。

 その哨戒艇は、ソナーや爆雷を装備した艇で、対潜哨戒のためについてきている。だというのに、敵に先制雷撃を許してしまった。

 

「うお!」

 

 ついには、男たちの乗る輸送船にも魚雷が命中し、とてつもない振動が船を襲った。

 

「ダメだ! 船体に開いた穴が塞げない! 船を捨てろ!」

 

 誰かがそう指示を出すと、中にいた兵たちは、一斉に海へと飛び込んでいく。

 

 

 

 そうしてほんの数分の間に、十数隻からなる輸送船団は、哨戒艇もろとも海中へと没していったのだった。

 海面には、約4000人弱の兵たちが浮かんでいる。

 

 しかし、この海域どころか、太平洋には現在、アメリカ軍の艦艇は潜水艦数隻、他哨戒艇しかおらず、助けに来ることなど不可能に近しかった。

 皆途方にくれ、絶望に伏しながら海面を漂っている。泳ぐべきか? 来る可能性は限りなく低い潜水艦を待つべきか? それとも、全て諦めて死ぬべきか? 一同そのようなことばかりが頭の中を巡り巡る。

 

 そんな時間が数十分もたったころ、誰かが耳を立てて言った。

 

「エンジン音が聞こえるぞ!」

 

 その声に一同顔を上げ、音を鳴らすものの方へ視線を送る。

 

「く、駆逐艦だ!」

「ああ、俺たちの命もこれまでか……」

「せめて、一発で苦しまないように殺してくれ……」

 

 その姿を見た兵たちは、今にも泣きだしそうなほど、悲痛な顔を浮かべた。

 この時代の多くの国では、海面を漂流する敵兵を見かけたら、機銃掃射で撃ち殺すのが一般的であった。

 この海域に来れる駆逐艦と言えば、日本の物だけ。そのため、撃ち殺されて終わると、皆そう考えたのだった。

 

 しかし、その考えは数分後、杞憂であったと皆が思い知る。

 

 

 

「これより、漂流者救助部隊はアメリカ兵の救助に移る。一部の者を除いて、一同救助に当たれ」

 

 アメリカ兵たちが漂う海域に姿を現した二隻の駆逐艦、船団護衛艦隊第三艦隊駆逐隊に現在所属している、第六駆逐隊の《雷》《電》であった。

 この二隻は、南方海域で沈没した日本艦や航空機パイロットを救助するための臨時部隊に編入されていた。この部隊、表向きは日本人救助となっているが、実を言うと、米軍の救助も任務とされている。

 

 というのも、海軍上層部は、アメリカとあれだけ話していたのに戦争を始めてしまっては、仲を取り持ち、日本を民主化する計画は頓挫してしまうと考えた。そこで、なんとか戦争が落ち着くまで、できる限り米軍には優しく接するように指示があったのだ。

 

 そのことを理解していた《雷》艦長の工藤俊作は、味方から敵輸送船を撃沈した報告を聞いて、最大船速で現場へと急行したのだった。 

 だがそれ以上に、工藤は武士道に厚く、温和な性格の人間であったため、たとえ敵兵であろうと戦いの場以外では同じ人間であるという考えが専行していたのかもしれない。

 

「艦長、このまま救助を続けては、救助用に用意した衣類などが不足する可能性があります」

「なら乗員の物を使え、この艦が沈まないギリギリまで乗せろ。必要なら内火艇を下ろして、それに乗せろ、牽引して島まで連れて行く。載せきれなければ浮き輪を投げろ、もう一度ここまで来るぞろ」

 

 敵潜水艦や航空機から攻撃を受ける可能性がある海域で、約3時間にも渡って救助活動は続けられた。

 

 そんな日本兵たちを見て、米軍たちは一同首を捻った。なぜ殺さなかったのかと。

 《雷》に乗艦していた英語が分かるものが通訳をしながら、そんな米兵たちに工藤艦長は語りかけた。

 

「貴官らは戦地であるべき場を守り、移動する際に日本の潜水艦にて攻撃を受けた。そのことを詫びるつもりはなければ、それを哀れむ気もない。しかし、貴官らは戦地に向かう覚悟をした勇敢な兵士らである。そんな勇敢な者たちを見捨てることなど、私にはできなかったのだ」

 

 その言葉に、米兵たちは大いに感動したと言う。

 

 後に、この米兵たちは台湾へ輸送され、捕虜となるが、海軍の意向が強く働き、できる限りの好待遇で南太平洋戦争を過ごすことになる。

 

 

 

1941年、1月4日。

 

「集まったのは約7個師団……2師団は沈んだみたいだな」

「はい、グアム、パラオにいた守備隊の船団は、敵に捕捉され、撃沈されたようです」

 

 その言葉に、マッカーサーは唸る。

 

「約2万人もの若い命が消えたというのか……?」

「いえ、それが……これは極秘事項なのですが……」

 

 日本の救助の話は、旭日会を通じて、米軍上層部にも伝わっていた。

 そのことをマッカーサーに伝えると、彼は大きな声を上げて笑った。

 

「戦時中の国がやることか、全く。本当に日本とは変な国だ」

 

 ひとしきり笑った後、マッカーサーはパイプ煙草に火をつけながら、厳しい声で言った。

 

「たどり着いた兵たちをマニラに集めろ、部隊を編制する。日本には悪いが、こちらも戦争なんでな、全力で当たらせて貰う」

「は!」

 

 その言葉に補佐官が敬礼すると、今度は表情を緩めて続ける。

 

「しかし、無意味な殺戮はするな。捕虜を取った場合は丁重に扱え。アジアの国ができていることを、世界のリーダーたる我々が実行できないなど言語道断だからな」

 

 ここから、アメリカの反撃は始まるのだった。

 

 

 

 最初はマニラの防衛に努め、敵の攻撃がやむのを辛抱強く待ち、敵の攻撃が終了した1月8日に攻勢を開始した。

 軽歩兵と現地軍のみで構成された歩兵師団だったが、ジャングルを上手く利用し、じりじりと戦線を押し上げて行った。

 

 しかし、さすがに限界が来たのか、マニラから戦線を20キロほど移動させたところで、攻勢は停止防衛線を築き始めた。

 その頃には、日本側は援軍を受け、約15師団にまで膨れ上がっていたが、ゲリラの攻撃によって補給が滞っており、物資不足が発生し始めていた。

 

 そんな停滞が続く1月22日、遂に、大鷲艦隊がフィリピンマニラ軍港へ入港、海軍戦力と、援軍の10個師団が到着した。

 

 

 1月22日、フィリピンマニラ軍港。

 

「待っていたぞ、キング」

「ああこちらこそ、待たせてすまなかったな」

 

 二人の元帥は互いに手を取り、扇風機が回り、開けた窓からは潮風が香る部屋で、作戦会議を始めた。

 

「MP、下がっていていいぞ。元帥会議だ」

「「はっ!」」

 

 その部屋の扉にいた二人の警護も追いやり、完全に二人きりの状況を作る。

 

「どこまで知っている」

「日本が旭日会の意に反してフィリピンに宣戦布告。米兵を日本海軍が救助。この二つを言えば大丈夫か?」

 

 マッカーサーの問に、アーネスト・キング海軍元帥はそう答える。

 

「日本は嫌いだが、どうも今の大統領は日本にお熱なようでな、困ったもんだよ」

 

 キングはやや不機嫌そうに、そう続ける。

 

「お前はほんっとに日本が嫌いだな」

「まあな……。今はその話はいい、与えられた役割を果たすだけだ」

 

 もたれ掛っていたソファーから背中を話し、キングは真剣な目で聞く。

 

「この状況、どう対応する?」

 

 その問いに、マッカーサーは頷き、卓上にフィリピンの地図を広げた。

 

「現在、戦線はここ、マニラから約20キロ地点に存在し、停滞状態だ。敵は補給不足で進撃できず、我々は火力不足で敵塹壕や防衛線を突破できない」

 

 そこから、マッカーサーは詳しく、兵員の士気、装備のそろい具合、火力、突破力、維持力、現地軍の状態を話し続けた。

 キングは鋭い目で、それを黙って聞き続けた。

 

「というわけだ」

「……あらかた理解した、歩兵の武器や火力については輸送してきた援軍でなんとかなるだろう。後は、海軍に何をして欲しいのかだ」

 

 キングがそう聞いている時のこと、突如軍港内にけたたましい警報音が響き渡る。

 マッカーサーは血相変えて受話器を取り、怒鳴りつけるように言う。

 

「規模は!」

「約20機程度と小規模です!」

「威力偵察と言ったところか……」

 

 目を細め、マッカーサーは呟く。

 

「全対空砲を総動員して軍港を守れ! この際だ、航空基地や宿舎、倉庫に被害が出ても構わない、何としても艦隊を死守しろ!」

 

 受話器を置くと、キングは帽子を手に取り、席を立つ。

 

「空襲だな」

「ああ、この空襲のほとんどは艦載機によるもの、フィリピン近海に敵主力と思われる艦隊が陣取っていてそこからだ。海軍には、支援砲撃と共に、これを叩いてもらいたい」

 

 そう軽く言い合う間にも、対空砲弾が炸裂する音が辺りにに聞こえ始めた。

 

「ひとまず防空壕へ、ここで死んでいたらやり切れん」

「そうだな、案内してくれ」

 

 二人が部屋から出て言った後、軍港には敵の爆撃が敢行されたが、幸い、艦隊にほとんど損害が出ることはなかった。

 その報を聞いたキングは、日本軍の航空隊の実力はこんなものかと鼻で笑った。しかし、キングのその判断は早計だったということが、すぐに証明されることになる。

 

 そんなこととは知らずに、キングは、連れて来たチェスター・ニミッツ大将と共に、対日本軍の戦略を練り始めるのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一六話 南シナ海大海戦

 1941年1月26日、フィリピン海、ルソン島東海岸近海。

 

「諸元入力よし、これより、艦砲射撃を開始します」

「よろしい、撃ち方はじめ」

 

 ニミッツの号令がかかると共に、ニミッツの乗る戦艦《ウェストバージニア》、他《オクラホマ》《ネバダ》《ニュージャージー》の砲が火を噴き、巨大な砲弾が日本軍の前線へと降り注ぐ。

 同時に、後方より《TBF》や《SBD》が飛来し、艦砲射撃で火を上げる敵陣地へと向かって行く。

 

「対潜、対空警戒は厳としろ。ドイツほどではないが、日本の《伊号》潜水艦も強敵だ」

 

 ニミッツはキングと対照的に、慎重すぎるほどに日本軍を恐れていた。

 それは彼の性格的なものもあるであろうが、本能的な、思考とはまた違う部分が警鐘を鳴らしているのを、彼自身が感じ取っていた。

 

「指揮官、駆逐艦や巡洋艦にも艦砲射撃をさせては? そちらの方がより打撃は多くなるはずです」

 

 補佐官の一人がそう持ち掛けるが、ニミッツは首を振る。

 

「ダメだ、護衛は護衛に専念させろ。さもなくば地獄を見るぞ」

 

 補佐官は首を捻るも、了解し、しぶしぶ現状のまま攻撃続行を指示した。

 ふと時計を見ると、11時を過ぎるところであった。予定通り進んでいれば、今頃キング元帥が率いる艦隊が索敵機を放ち、日本軍主力を探している頃だ。

 

「合衆国艦隊司令長官自ら戦場に立つなど、あの人は大丈夫なのか……」

 

 日本をどこか軽く見ているような気があったキングのことを、ニミッツは非常に心配していた。

 今回はブランドの指示とキング本人の意向が重なって、合衆国艦隊司令長官であるキング本人が、艦隊の指揮を執っている。

 

「こんなところで死なれては困るのだぞ、キング元帥……」

 

太平洋艦隊、陸上支援艦隊

戦艦《ウェストバージニア》《オクラホマ》《ネバダ》《ニュージャージー》

空母《レキシントン》

重巡《ペンサコーラ級》2隻《ノーザンプトン級》3隻

軽巡《セントルイス級》1隻《アトランタ級》1隻

駆逐《フレッチャー級》18隻《ベンソン級》4隻

 

 

 

 同日、11時40分。

 

「これだけの戦艦が並ぶと、圧巻だな」

「元帥は、巨砲主義者でありましたかな?」

 

 キングのぼやきに、一人の参謀がそう尋ねる。

 

「そうゆうわけではない、もしそうなら今頃《ヨークタウン》になど乗ってはいないよ。正直なところ、これだけ戦艦を出すぐらいなら、空母を守れる重巡をもっとよこして欲しかったと思っている。まあ、無いからこうして戦艦を護衛に付けているわけだが」

 

 キングの考えは、ブランドの思考そのものであった。

 ブランドは太平洋艦隊の出撃に伴って、旧式戦艦だろうと全部持って行けと言った理由は、艦砲射撃を行う目的だけでなく、空母の壁としての役割を期待していた。

 と言うのも、現在太平洋艦隊には、圧倒的に護衛巡洋艦等の数が足りていない。ブランドは万が一太平洋艦隊が動く際は、近海警備の艦を護衛に付けるはずだった、しかしそれらは大西洋に出払ってしまい、海軍全体で中型艦が不足しているのだ。

 

 そのため、戦艦の強力な装甲と対空砲で、空母の壁を務めてもらっている。

 しかし戦艦は足が遅いため、空母が全速機動をした際、ついてくることができない、そこを憂いてキングは、重巡が欲しいと思っている。

 

「日本は、大艦巨砲主義の信望者ばかりだと聞きます。その日本を、戦艦で真正面から打ち払ってしまえば、向こうも戦う気がうせるのではないでしょうか」

 

 一人の補佐官の言葉に、キングは高笑いを返す。

 

「それはいい、航空攻撃を向こうが耐えられたら、7隻の戦艦で敵艦隊を撃滅してやろう」

 

太平洋艦隊打撃部隊

戦艦《コロラド》《ニューメキシコ》《ニューヨーク》《テキサス》《ミシシッピ》《アイダホ》《カリフォルニア》

空母《ヨークタウン》《ホーネット》《レンジャー》

重巡《ポートランド級》2隻《ニューオリンズ級》2隻

軽巡《セントルイス級》1隻《アトランタ級》2隻

駆逐《フレッチャー級》27隻《ベンソン級》14隻

 

 

 同日、11時55分。

 

「直掩機より通信! 敵偵察機と接敵、これを撃墜!」

「なに!?」

 

 キングの元に、そのような報告が届けられた。

 

「打電する前に墜とせたのだろうな!?」

「それが、かなり撃墜に手間取ったようで……」

「なんたることだ」

 

 キングは、血相変えて指示を出す。

 

「全攻撃隊発艦し、高高度待機せよ。その後、戦闘機隊を艦隊防空につかせろ!」

「はっ!」

 

 その報が出た直後から、艦隊は慌ただしく防空姿勢を取る。

 各艦は対空砲の仰角を上げ、戦艦たちは空母へと近寄っていく。

 

「こちらには《アトランタ級》二隻が居るのだ、大西洋ではこいつのおかげで空襲のほとんどをシャットアウトできたそうじゃないか。本土ではマジックヒューズなるものが研究されているそうだが、そんな物に頼らなくとも、十分こいつでこと足りる」

 

 大西洋での《アトランタ級》の成果は、キングの耳にも届いていた。

 

「レーダーに機影確認!」

 

 偵察機撃墜の報から数十分たった後、艦橋にそのような報告が舞い込み、一気に緊張が走る。

 

「直掩機を向かわせろ、艦隊に近づけさせるな!」

 

 ここに、歴史史上初となる、空母対空母の海戦が幕を開けた。

 

 

同日、12時41分。

 

「畜生、飯食ってる時に出撃なんてついてないぜ」

 

 《ホーネット》《F4F》制空戦闘機隊3番機のハイドは、そう愚痴を零しながら、隊長機の左後ろを追従する。

 

「ハイド、文句ばっかり零すな。これは実戦だぞ、気を抜くな」

 

 隊長の小言が炸裂し、一層ハイドはため息をつく。

 

「分かってますよ隊長。でも相手はアジアにいる二流国家ですよ? どうやったって、我ら合衆国に敵う機体が作れるわけないじゃないですか」

「そうですよ隊長、やつら大陸での戦争には引っ込み足すらできないような機体ばかり使っていると聞いています。変に気負うのは辞めた方がいいですよ」

 

 2番機のトムもそう続ける。しかし、隊長は厳しい声で反論する。

 

「では、その機体が合衆国の《P40》を落としまくっていると聞いたらどうだ? それに、それは1940年までの話だ、41年から日本では、正体不明の新型機がいるとされている、上の方の奴らが突き止めたらしい。今回偵察に来た機体も、三座の引っ込み足を採用した『九七艦攻(ケイト)』だったようだしな」

「はいはい分かりましたよ、気を引き締めます」

 

 ハイドはめんどくさくなったのか、無線機の音量を下げ、そんな適当な返事を返した。

 

 数分飛び続けると、トムが敵機発見の報を叫んだ。

 

「敵機、ここより右下方向、機数は不明、お行儀よく隊列を組んだ《九九艦爆(ヴァル)》たちです!」

 

 咄嗟に隊長が返す。

 

「《ケイト》と戦闘機隊は居ないのか?」

「ここからは見えません!」

「よし、全機攻撃開始(アタック)!」

 

 隊長機が機体をバンクさせた後、身を翻し、右下方向へ向かって降下していく。

 続いて2番機のトム、3番機のハイド。さらに後9機、計12機の戦闘機隊が、獲物を目掛けて突っ込んでいく。

 

 ハイドは、サイトの中に《ヴァル》が映ると、ためらいなくトリガーを引いた。

 《F4F》が装備する12,7ミリブローニング機銃、《M2ブローニング》は、まるで長槍の如く長い距離を直進的に飛翔するため、非常に当てやすく、なおかつこれまで主流であった7,7ミリより威力も大きい。

 それを裏付けるように、ハイドの弾が命中したのか、一機の《ヴァル》は火を噴き上げながら、編隊から落伍していった。

 

「おっしゃあ! 爆撃機一機撃墜だ!」

「はしゃぐなハイド! 戦闘機が来たぞ!」

 

 喜んでいるのもつかの間、隊長の鋭い叫びに我に返り、とっさに機体を捻り戦闘機を確認する。

 

「引っ込み足の機体、『九六艦戦(クロード)』じゃねえぞ!」

 

 上にいた機体に気を取られている間に、ハイドの死角となっていた左下から、日本の戦闘機が接近してくる。

 

「ハイド! 左下敵機!」

 

 トムの必死の叫びに、ハイドは思いっきり操縦桿を倒す。しかし、少し間に合わず、左翼にガガガガと、機銃の弾痕が入る。

 

「へ、新型機と言えど、搭載機銃は7,7ミリ二丁か、やっぱり、所詮二流国家だな!」

 

 そう叫んで、ハイドは敵機に機首を向け、トリガーに指をかける。

 

「な!」

 

 しかし、サイトに収まる前に、敵機は信じられないような機動でひらりと身を翻し、ハイドの後ろへと回り込む。

 

「早い!」

 

 焦ったハイドは、エンジン質力を全開にして、引き離そうと加速するが、一向に離せる気配はない。

 

「トム頼む! 後ろにいる奴を追っ払ってくれ!」

「任せろ!」

 

 ハイドの声に応じて、敵機の背後に3番機が回り込み、機銃を発射する。

 

「すばしっこい奴だ!」

 

 しかし、なんとかハイドの背中から敵機は離れたが、また機銃をひらりと躱す。

 

「ヤバイ!」

 

 今度はトムが追われる番だった。躱した後に、機体を立て直し、敵機はトムの方へと機首を向けた。

 

「トム! そいつの武装は7,7ミリ二丁のみだ! 落ち着いて耐えろ、今援護する!」

 

 ハイド大きく旋回し、敵機の背後を取る。

 すると敵機は、トムの機体目掛けて機首の二丁を発射した。

 

「そんな機銃じゃあ、(F4F)《グラマン鉄工所》は墜とせ――」

 

 ハイドがそう笑うのと同時に、敵機は両翼から、明らかに7,7とは違う太い火筒を発射した。

 

「ッッ!!!」

 

 ハイドは一瞬のうちに絶句、声にならない悲鳴を上げる。

 その視線の先では、爆発し、粉々に砕け散る同僚の機体があった。

 

「トム!」

 

 敵機の太い火筒がトムの機体に突き刺さる個所から金属が砕け散っていき、数秒くらっただけで、エンジンは吹き飛び、羽はもげ、コクピットのガラスは割れていた。

 あれでは脱出する間もない、もはや撃墜されたというのもおかしく思えるほど、盛大に爆散したのだった。

 

 

 

 一方その頃、艦隊では。

 

「接近する敵機、止まりません!」

「味方直掩機と思われる機影、次々に消えていきます!」

 

 キングの元に不穏な報告ばかりが届いていた。

 

 

 

※この物語では、改級でも、初代と同じ艦級で示している物があります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一七話 Combined Fleet

「敵機、艦隊へ接近!」

「対空砲、撃ち方はじめ!」

 

 キングの号令で、各艦の対空砲たちが一斉に火を噴き始め、艦隊正面より迫ってくる敵機の群れの前に黒い黒煙で壁を作り出す。

 日本機たちはその黒煙を潜り抜け、さらに艦隊へと肉薄してくる。

 

「一機でも多く墜とし、追い払え!」

 

 キングがそう叫ぶが、なかなか敵機は墜ちない。それどころか、経路を変える素振りすら見せない。

それに気づいてか、甲板で対空砲を撃つ乗員たちも恐怖を感じ始めていた。

 

「何なんだあいつらは! 《ケイト》の装甲じゃあ、一発でも当たったらバラバラになると言うのに! 味方の煙幕もなしに突っ込んでくるぞ!」

 

 アメリカでは、艦攻の主力が《TBDデヴァステイター》だった時、その耐久性の脆弱さと、魚雷を抱くことによって低下する速度から、《TBD》単体での突入は無謀とされていた。

 しかし、耐久面を大幅に強化し、かつ速度も上がった《TBFピースメイカー》が実戦配備されたことで、ようやく艦攻のみで雷撃を仕掛けるに至れた。

 

「クッソ! 機銃の俯角がこれ以上取れない!」

 

 しかし日本は、耐久力では脆弱な《九七艦攻》で恐れなく突入し、機銃射程に入ると恐ろしく高度を下げ、狙えないようにして自身の安全を保っている。

 

「右舷魚雷接近!」

 

 甲板から焦った声でそう報告が上がり、慌てて操舵室に指示が飛ぶ。

 

「面舵一杯!」

 

 しかし、間髪入れずに次の攻撃が艦隊を襲う。

 

「敵機直上! 急降下!」

「何!?」

 

 キングは慌てて窓の外から上空を見上げると、《九九艦爆(ヴァル)》たちが一斉に身を翻し、艦隊へと向かってきていた。

 

「対空砲は何をしている!」

「現在、低高度の艦攻を狙っていたため、仰角を上げるのに時間がかかっています!」

「何たることだ……!」

 

 艦隊はすでに右へ舵を取っている、今更変えることなどできはしない。

 魚雷の航跡と、《ヴァル》の降下音が刻々と旗艦《ヨークタウン》に迫っていく。

 

「魚雷、全弾回避しました!」

 

 喜ばしい報告だったが、次の瞬間《ヨークタウン》の周辺に水柱が上がった。

 そして、狙いすまされた一発爆弾が、《ヨークタウン》の甲板目掛けて落下してくる。

 

「ッ!」

 

 大爆発が起こると歯を食いしばり、目を伏せたキングだったが、予想外にも、それは起こることが無かった。

 

「報告します! ただ今の爆弾、甲板にめり込んで着弾、しかし不発弾との報告です!」

 

 キング他艦橋要員は、一同ほっと胸をなでおろすが、それも束の間、左舷で恐ろしい音が響いた。

 

「戦艦《カリフォルニア》、右舷に被雷!」

「まさか、我々が避けた魚雷が命中したのか?」

 

 キングが確認すると、《カリフォルニア》の右舷には巨大な水柱が3本起立しており、《カリフォルニア》の艦体から爆炎が踊るのが見えた。

 しかし巨大な水柱が一旦艦体すべてを隠し、それが崩れる先には……。

 

「え……」

 

 艦隊にいたものは絶句した。

 水柱の先には、()()()()()()

 

「か、《カリフォルニア》……撃沈……?」

「たった三本で……戦艦が沈んだ……だと?」

 

 まるで《ヨークタウン》は《カリフォルニア》の運気を吸い取ったようだった。

 おそらく、《カリフォルニア》の弾薬庫付近に被雷し、誘爆したことが一発轟沈の理由であっただろうが、この時のアメリカ海軍は、そんなことを悠長に考えられるほど、心に余裕はなかった。

 彼らには、事実だけが、瞳に焼き付いていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 一先ず艦隊の上空から敵機が姿を消したころ、キングは航空隊に攻撃命令を下した。それと同時に、被害総計の確認も行っている。

 

「戦艦《カリフォルニア》、重巡《ニューオリンズ級》1隻、駆逐《フレッチャー級》2隻、《ベンソン級》1隻撃沈。空母《レンジャー》甲板に直撃弾、発着艦不能、戦艦《ニューヨーク》小破。以上が、今回の空襲での被害です」

 

 キングは数秒沈黙し、尋ねる。

 

「今回飛来した敵機の数は?」

「攻撃隊のみですと、およそ40機程度かと……」

「そのうち、艦隊に到達する前に、戦闘機隊が墜とせた数は?」

「8機です」

 

 キングは力任せに机を叩く。

 

「直掩戦闘機の隊長をここに呼べ」

「はっ!」

 

 しばらくたつと、会議室に戦闘機隊の隊長が入ってくる。

 

「直掩戦闘機隊隊長、ピーク・ハドソンです」

「君の率いた戦闘機隊は12機いたはずだ、敵戦闘機は何機だった?」

「確証は持てませんが、おそらく7機かと……」

「5機も差があって、ろくに攻撃隊を落とせないとは何事だ? 私が納得できる理由を述べろ」

 

 有無を言わせない圧力で、キングはハドソンに迫る。

 

「完結にいえば、我ら戦闘機隊の慢心、高すぎる日本機の練度、新型機の情報不足、だと思います」

「ほう……機体性能のせいにしないのは認めてやろう。戦闘機隊の慢心は、まあ見ていて分かる。しかし後の二つを詳しく聞かせてくれ」

 

 キングは肘を机に突き、聞く体制を取る。

 

「今回ドッグファイトをして気づいたのは、こちらの死角からの攻撃、咄嗟の判断、恐ろしいほどの機体制御技術、ほぼすべての面でこちらを上回っていました。これは情報不足とも関わりますが、新型機はかなり独特な性能をしていると思われます、その機体専用、もしくは《F4F》に適した、ドッグファイトに変わる汎用戦術を思考する必要があると思います」

 

 キングは、補佐官にメモを取らせながら聞く。

 

「情報不足と言うのは?」

「今回、大変遺憾ながら、敵戦闘機は一機しか落とすことができなかったのですが、その一機は、ほんの数発で爆発四散しました。このことから、新型機は驚異的な格闘性能のために、装甲を犠牲にしている可能性があります」

 

 たった一度の戦闘で、しかも完全に押されっぱなしの戦闘で、しっかりと敵を解析できるのは、さすが隊長と言うべきだろう。

 ハドソンの推測は後に、完璧に当たっていたことが証明される。

 

「そうか……わかった、今回のことはしっかり報告してくれ、君の声を、そのまま空軍長官に届ける」

「はっ! 了解しました!」

 

 

 

 14時30分。

 

「攻撃隊がただいま帰投、戦果と敵の詳細な概要が届きました」

 

 甲板で着艦作業が行われる中、艦橋に立つキングの元に報告が届いた。

 

「うむ、ご苦労」

 

 キングは、資料を受け取り、目を通す。

 

日本軍艦隊概要

 

戦艦《コンゴウタイプ》2隻《ナガトタイプ》1隻

空母《ソウリュウ》《ヒリュウ》《ショウホウ》

重巡《ミョウコウタイプ》2隻《フルタカタイプ》4隻

軽巡《タツタタイプ》2隻《センダイタイプ》2隻

駆逐《アカツキタイプ》2隻《フブキタイプ》7隻《ムツキタイプ》3隻

 

「撃沈艦は《フブキタイプ》1隻、《ムツキタイプ》2隻、《ショウホウ》も推定撃沈か……」

 

 正直に言えば不服であった。せっかく新型の《TBF》が実戦投入され、雷爆撃同時攻撃が可能となったのに、この程度の戦果しか挙げられないのかと。

 

「《TBF》の方は遺憾なく実力を発揮し、防護機銃で敵新型機を撃墜することもかなったそうです。しかし、《SBD》の方は……」

 

 補佐官が少し口籠る。

 

「《SBD》がどうした?」

「敵新型機との戦闘で半数が撃墜、生き残った機体も損害が大きく、上手く投弾できなかったようです」

 

 キングが唸る。

 

「敵の新型はそんなに優秀なのか……一体どんな性能を持っているんだ?」

「は、現在分かっている情報ですと……」

 

 補佐官が資料を漁り、一枚紙を取り出す。

 

「最高速度は推定500キロ前後、旋回半径が異常なまでに小さく、格闘戦に非常に強い。武装は機首に推定7,7ミリが二丁、両翼に、少なくとも12,7よりは大きい機銃が二丁で、この機銃は、《F4F》を一撃で爆散させるほどの威力だそうです」

 

 キングは腕を組み、顎に手を当てながら一言零す。

 

零戦(ゼロファイター)、か……」

「え?」

 

 補佐官は聞き返すが、キングは首を振る。

 

「いや、何でもない。引き続き報告をまとめておいてくれ」

「はい、了解しました」

 

 補佐官が艦橋から出ていくと、キングは艦長席へと腰掛ける。

 

「次の一手は……どうするべきだ? 《TBF》だけで攻撃隊を編制してみるか? しかし、今回《SBD》に戦闘機隊が集中してくれたおかげで被害が少なかった可能性もある……」

 

 ぶつぶつとキングは一人で呟きながら、次の一手を考える。

 航空隊を出すべきか、様子見か、砲戦艦隊を動かすべきか、しかし、撤退という選択肢はない。

 キングはあくまでも、どうやって敵艦隊を撃滅するかを考えていた。

 

「それにしても、日本の連合艦隊(Combined Fleet)……想定していた以上に手ごわい相手だ……」

 

 日本嫌いなキングでも、この一連の航空戦の結果を見て、そう判断せざるを得なかった。

 

 

 15時41分。

 

 米軍艦隊は、空母の護衛を残し、砲戦艦隊と分離する選択をした。

 戦艦《コロラド》艦長のウィリス・A・リーに、キングは砲戦艦隊の指揮権を委譲し、日本海軍を叩くことを下令した。

 

主力分離、砲戦艦隊

戦艦《コロラド》《ニューメキシコ》《ミシシッピ》《アイダホ》

軽巡《アトランタ級》1隻

駆逐《ベンソン級》6隻

 

 敵戦艦は3隻のため1隻多く4隻、護衛は最小限にし、空母の安全を確保、その代わり、上空援護用の戦闘機は多くついている。

 

「ウィリス艦長、水上偵察機より入電です!」

「読め」

 

 艦橋から水平線を見つめるウィリスの元に、電報が飛び込んだ。

 

「敵艦隊発見、進路を我ら艦隊の方へ向ける。空母の姿は無し。艦隊は以下の通りです」

 

 そう言って、一枚紙を差し出す。

 

敵、推定砲戦分離艦隊

戦艦《コンゴウタイプ》2隻《ナガトタイプ》1隻

重巡《ミョウコウタイプ》1隻

軽巡《センダイタイプ》1隻

駆逐《ムツキタイプ》1隻《フブキタイプ》4隻

 

「ふむ、向こうも我らと同じことを考えたようだな」

 

 ウィリスは頷きながらその紙を返し、大きく息を吸って、下令する。

 

「各員戦闘配置! 砲戦用意!」

 

 その命令と共に、《コロラド》艦内にアラートが響き渡る。

 それを聞いた乗員たちは、互いに顔を見合わせ、口々に言いだす。

 

「身の程を知らない日本人どもが、天下の《コロラド》に勝負を仕掛けるみたいだぜ」

「いっちょ痛い目を見せてやるか」

 

 《コロラド》級戦艦、海軍軍縮条約前に設計、建造された、アメリカ海軍の中で現在最強の戦艦。16インチ砲を備え、海上にそびえ立つその城は、艦隊の誇りとして、海軍軍人の心の拠り所であり、絶対的な信頼を寄せられる艦であった。

 

 着々と砲戦準備が進められ、副砲、主砲、ともに攻撃態勢が整う頃、艦全体に緊張が奔る。

 

「敵艦隊発見! 単縦陣を組み、南西方向へ向けて航行中! 先頭より、《ナガトタイプ》《コンゴウタイプ1》《コンゴウタイプ2》《ミョウコウタイプ》。それらの艦の前に、小型艦たちも単縦陣を作って航行中!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一八話 極東の無敵艦隊

 見張りが敵艦隊発見の報告をすると、ウィリスは頷き指示を出す。

 

「全艦取り舵! 敵艦隊に同航戦を挑む! 護衛艦隊は主力艦隊の前方に移動、敵小型艦の急襲に備えよ! 全艦右砲戦用意!」

「よーそろー、取り舵!」

 

 米軍艦隊も単縦陣を築き、日本艦隊に近づきながら砲身を右舷方向へ向ける。

 《コロラド》《ニューメキシコ》《ミシシッピ》《アイダホ》の順に単縦陣を組んでいる戦艦たちの主砲が右舷を向き、間もなく戦艦の射程に入ると言うその時

 

「敵小型艦艇増速! 進路を我が艦隊に取っています!」

 

 見張りの鋭い声が艦橋に響いた。

 

「このタイミングか! 来るぞ! 副砲群、護衛艦隊、気合を入れろ!」

 

 

 

 

「全艦突撃! 敵艦隊へ肉薄する!」

 

 軽巡洋艦《川内》に乗る水雷戦隊司令官田中頼三中将がそう叫ぶと、艦長森下信衛大佐が号令を下す。

 

「最大船速! 砲撃戦用意!」

 

 戦艦の数的不利を見て、艦隊司令官兼第二航空戦隊司令官である山口多聞少将が、護衛艦隊に敵艦隊の攪乱を要請したのだ。

 

「この後夜戦も想定される、《如月》は魚雷投下数を3本とせよ」

 

 追加で田中中将の指示が下り、段々と敵艦隊との距離が詰まってくる。

 

「全艦主砲有効射程圏内まで、後二〇(2,000m)

「敵護衛艦隊、及び戦艦副砲群に発砲炎!」

 

 その報告は同時であった。

 

「来るぞ!」

 

 森下艦長が体をこわばらせると、先頭を行く軽巡《川内》の周りに、大量の水柱が立ち上る。

 

「さすがにこの量だと、12,7センチでも効くな」

 

 田中中将は、じっと敵艦隊を見つめながらそう呟く。

 そうしている間にも、二射目、三射目が水雷戦隊を包むように着弾する。

 

「照準はいいが、修正がまだまだ甘いな。噂に聞く《アトランタ級》も、乗員の腕が伴わないとこの程度と言うことか」

 

 かなり余裕そうな表情で、田中中将はそう分析する。

 

「こちらも全艦有効射撃距離に入りました!」

「よし、全艦砲撃始め!」

 

 田中は砲撃指示も下し、双眼鏡を構えて敵艦隊を睨む。

 

「……距離六〇(6,000m)、いや五〇(5,000m)が限界か……」

 

 何かぼそぼそと呟く頃、《川内》に着く14センチ単装砲が、吹雪型が装備する12,7センチ連装砲が、《如月》の装備する12センチ単装砲が火を噴く。

 小口径の砲弾が次々に敵護衛艦隊周りに着弾し、水柱を立ち上げるが、全速航行、約31ノットで航行しているためか、命中弾は出ない。

 

「向こうも当たらんが、こっちも当たらんな」

 

 森下艦長もそう唸る。

 そこからしばらく互いに空撃ちが続くが、「彼我の距離九〇(9,000m)!」と報告が上がる頃、遂に命中弾が出た。

 

「《如月》に命中弾! 次いで《白雪》《浦波》にも命中弾!」

「この距離までくれば、《アトランタ級》のばら撒き弾は大きな脅威か」

 

 多数の被弾艦が出始めたが、日本艦隊も負けてはいなかった。

 

「敵三番駆逐艦に命中弾! 《吹雪》の砲撃です!」

「続けて二番駆逐艦にも命中弾!」

 

 続々と互いに命中弾が出始める。

 

「距離は?」

「現在八〇(8,000m)を通過!」

六〇(6,000m)になったら知らせ!」

「はっ!」

 

 田中中将はそう告げた後、艦長に次の指示を出す。

 

「艦長、雷撃戦用意! 魚雷信管は六二(6,200m)に、散布角は広角に設定!」

六二(6,200m)ですか? 少し遠すぎでは?」

 

 森下艦長の言葉に、田中中将は首を振る。

 

「それ以上近づけば、取返しのつかない被害を被る可能性がある。ここは、敵艦隊の攪乱、足止めに努めよう」

「……了解しました」

 

 森下艦長はやや不満げであったが、まさか中将の言葉に逆らう訳にもいかず、しぶしぶ納得した。

 

「全艦雷撃戦用意! 信管調整六二(6,200m)、散布角60度!」

 

 その号令が下されると、艦上の魚雷発射管にて魚雷射出準備が進む。

 

 

 

「散布角調整よし、信管調整よし、発射準備よろしい!」

「よし、別名あるまで待機!」

 

 発射管近くで待機する兵は、息を飲んで敵艦隊を睨んでいた。

 魚雷は一撃で敵艦を大破、撃沈に追い込む必殺の兵器のため、もちろんだが炸薬を大量に積んでいる。

 

 そんなものが軽巡の上で爆発すれば、その艦が助かる可能性など無いに等しい。

 

「艦橋より下令! 魚雷発射!」

「了解! 魚雷発射!」

 

 命令が来ると、待ってましたと言わんばかりに大声で復唱し、魚雷を発射する。

 空気圧で発射管から押し出された魚雷は、海面へと姿を消すと、モーターを回転させ、海の暗殺者の異名通り、静かに、だが確かに、敵艦へと向かっていった。

 

 

 

 魚雷が静かにアメリカ艦隊を狙って直進している中、アメリカ艦隊は未だに魚雷が発射されたことに気づいていなかった。

 

「敵軽巡に命中弾! 敵艦炎上しています!」

 

 水中から脅威が迫っているとも知らず、ウィリスは敵の護衛艦隊が着々とダメージを負っていることに、喜んでいた。

 

「よし! このまま、敵の魚雷が来る前に追い払え!」

「敵がどれほどの魚雷を持っているかは分かりませんが、我らと同程度の物であれば、距離3,100マイル(5,000m)外で追い払えればたとえ相手が発射したとしても、当たることはないでしょう」

 

 補佐官も、ウィリスにそう告げる。

 

「敵護衛艦隊面舵! 戦域を離脱していきます!」

 

 距離約5,600mになると、《川内》は面舵を取り後続の艦もそれに続く。

 その動きを見て、ウィリスは勝利を確信した。

 

「ふん、魚雷発射目前にして、被害怖さに離脱したか。臆病者どもめ」

 

 しかし数十秒後、その確信はかき消されることになる。

 

「右舷魚雷接近!」

「そんなバカな!」

 

 突如として飛び込んできた報告に、ウィリスは驚きを隠せなかった。

 

「全艦取り舵いっぱい! 回避!」

「ダメです間に合いません!」

 

 アメリカ艦隊が気づいたときには、魚雷はもうすぐそこまで迫っており、とても今から舵を切って、間に合うような距離では無かった。

 

「護衛駆逐艦被雷!」

「《ミシシッピ》被雷!」

 

 爆音とともに、そう報告がなされる。ウィリスが外を見ると、船体を真っ二つにされ、沈没していく駆逐艦がいた。

 その光景に恐怖を感じながら、後ろを随伴する《ミシシッピ》にも目を向ける。

 

「《ミシシッピ》は無事か!?」

「報告によると、第三火薬庫に浸水が発生。浸水は食い止めましたが、第三砲塔は使用不能とのこと! また速力低下著しく、編隊を維持できないと!」

 

 血の気が引いていく感覚と共に、新たな爆音が、戦場を包んだ。

 

「敵戦艦艦上に発砲炎! 敵艦が砲撃を開始しました!」

 

 ここに来て、日本戦艦《長門》《金剛》《榛名》の砲撃が開始された。

 

「応戦しろ、最初から一斉射でいい! 全艦砲撃始め!」

 

 ウィリスは、ここで手間取っても仕方がないと自らを奮い立たせ、そう大声で指示を出す。

 

「了解! 撃ち方一斉射、砲撃始めます!」

 

 直後、《コロラド》に装備された16インチ砲八門が火を噴いた。

 あたりの騒音を全て薙ぎ払って、まるで目の前に雷でも落ちたかのような轟音を立てながら、敵艦目掛けて、16インチの砲弾は飛翔する。

 

 それと入れ違いで、敵艦より放たれた砲弾が、《コロラド》や《ニューメキシコ》の近くに着弾する。

 

「初弾で至近弾だと!」

 

 ウィリスは、まるで化け物を目の前にしているかのような感覚に陥った。

 痕跡を残さず遠距離から寄ってくる魚雷、恐ろしいほどの砲精度、こんな海軍力を持った国が、亜細亜などという下等国家の集まりの中にいたのかと、理解が追い付いていなかった。

 

「水偵より報告、ただいまの砲撃、全弾遠!」

「修正、砲身下げ100、一刻も早くあいつらを駆逐しろ!」

 

 ウィリスは恐怖心に駆られて、そう叫ぶ。

 

「修正下げ100了解!」

 

 砲手もそれにこたえる様に、素早く砲身を動かし、用意を整える。

 

「撃て! 撃て!」

 

 ウィリスの悲鳴をかき消すように、再び16インチの砲弾は飛翔する。

 そして入れ替わりに、日本艦隊の砲弾もまた、《コロラド》を襲った。しかも今度は、先ほどまでとは違い、明らかに艦が爆発によって揺さぶられたのを、ウィリスは感じた。

 

「第四主砲塔に直撃! 主砲塔正面装甲が抜かれました!」

「バカな!」

 

 戦艦は、自身の重要区画を守る装甲が一番厚いのは自明の理であり、それは主に艦中央部と主砲正面である。

 そんな《コロラド》の主砲正面を、457ミリある装甲を、日本の戦艦《長門》はぶち抜いたのだ。

 

 

 

「敵旗艦へ命中弾! 敵主砲塔を貫通!」

 

 興奮気味に、見張りはそう報告を上げる。

 その報告を艦橋で聞いていた《長門》艦長、矢野英雄大佐は、満面の笑みで敵艦隊を見つめていた。

 

「流石我が日本の誇りと言われる艦だ、格が違う」

 

 矢野は海軍砲術科の出であり、航空機の時代になりつつある今でも、戦艦の魅力を忘れられない一人であった。

 

「アメリカが最初、貿易を止めないでいてくれたからこそできた、《長門》の第三次改装、おかげで主砲は「四十五口径三年式四十糎砲改二」にすることができた」

「そんな主砲で痛めつけられているアメリカさんは、いささか不憫ですな」

 

 四十五口径三年式四十糎砲改二、元は《長門型》に装備されていた四十五口径三年式四十糎砲で、それに改良を重ね重ねした結果生まれたのがこの砲だ。

 問題であった遠距離での命中精度を初め、耐久力や初速などが進化しており、20キロ圏内なら、垂直装甲貫徹力490ミリを誇る、脅威の砲へと進化を遂げていた。

 

「《金剛》被弾! 火災発生中!」

「アメリカさんも、負けてはいないか」

 

 一瞬笑顔だった顔を引き締め、矢野は《金剛》の方を見る。

 前部甲板に被弾し、炎を上げている。見た感じでは、そこまで大きな被害は出ていなそうなため、矢野は安心して、再び視線を敵艦隊へ戻した。

 

 すると、艦全体にブザーが響き、再び《長門》の主砲が火炎を噴いた。

 同じく、後ろに続く《金剛》《榛名》も、《長門》の主砲には劣るが、それでも巨大な砲身を構え、敵艦隊目掛けて発砲する。

 

 順調に日本艦隊の砲撃は敵戦艦を捉え、着実にダメージを与えていく。

 

「二番艦と三番艦はもう持たなそうだな」

 

 それぞれ、《金剛》《榛名》が狙っていた艦だが、すでに砲火の勢いは衰え、三番艦に関しては、傾斜が酷く、砲撃どころではない。

 

「《金剛》に打電、目標を一番艦へ、《榛名》は四番艦を狙わせろ」

「了解」

 

 止めとなる指示を伝えようと、《長門》より電報を打ち込もうとした瞬間、嫌な報告が届いた。

 

「左舷方向より敵機接近!」

「何!? 規模は!?」

「その数約40機!」

 

 その言葉を聞いて、矢野は舌打ちをし、命令を取り下げた。

 

「今の命令待て、全艦面舵90度、この戦域を離脱する」

「よろしいのですか?」

「構わん、敵戦艦一隻撃沈、戦闘不能、中破。一隻は無傷だが問題なかろう」

 

 矢野は外から視線を逸らさず、そう告げる。

 

「了解しました」

 

 矢野の意向を確認できた副官は、撤退の指示を他艦にも電報で伝えさせた。

 よって、向かってくる敵機、未だに砲撃を続けるアメリカ艦隊を背に、日本艦隊は戦場を離脱していった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一九話 闇の中の決着

 22時21分。

 

「何たる様だ!」

 

 キングの怒鳴り声が、無線機越しに響いた。

 

「こちらは《ミシシッピ》《ニューメキシコ》を失い、その上敵を一艦もろくに損傷させられないなど! しかも帰っていく敵艦を見逃しただと!」

「あまりも艦隊の損傷が激しかったため、一度撤退して体制を立て直した方がよい―――」

「黙れ! 帰ったら覚えておけ、お前を敵前逃亡罪で、軍法会議へ突き出してやる!」

 

 その言葉を最後に、《コロラド》につく無線機からは、何も聞こえなくなった。

 それを確認して、マイクを置くと、ウィリスは大きくため息をついた。

 

「私だって、逃げたくて逃げ出したわけじゃない! 仕方なかったんだ!」

 

 それに対して、周りの乗員たちも何も言わない。実際その通りだと思っているからだ。あの状態で撤退したとしても、その場にいる者なら、全員が納得するだろう。

 

「どうしますか、艦長」

 

 補佐官がそうウィリスに尋ねると、歯ぎしりをしながらウィリスは答える。

 

「明日、もう一度決戦を仕掛ける。ニミッツの艦砲射撃部隊の一部をよこしてもらい、戦艦の数を増やす。そして、同時に航空攻撃を行い、敵の隊列を乱すぞ」

 

 ウィリスの目は、まだ死んではいなかった。

 明日もう一度、勝負を仕掛ける。その言葉に、艦橋要員は意気込んだ。何しても、今回の汚名を挽回し、アメリカ海軍の実力を証明してみせると。

 

 しかし、それが叶うことはない。

 

 22時55分、《フレッチャー級》のうちの一隻が、ソナーでとある音を捉えた。

 

「ソナーより連絡、水上航行音多数接近!」

「何!? 《コロラド》に至急伝えろ!」

 

 駆逐艦が捉えた音のことは、すぐさま《コロラド》に伝えられ、ウィリスの元へ届けられた。

 

「日本軍の夜襲か! 総員起こし! 対水上戦闘用意!」

 

 ウィリスも飛び起き、急いで艦橋へと向かう。

 

「日本艦隊は目視できるか?」

「いえ、今宵は新月です、明かりが無い以上、そう簡単には……」

 

 補佐官の言葉をかき消すように、報告が上書きされる。

 

「左舷正面より光源出現、同時に発砲炎確認!」

「もうそんな距離まで!」

 

 ウィリスは衝撃を受けた。この明かりの無い中、一切の明かりをともさずに、こちらを見つけ、探照灯を照射し、撃ってくるとは、恐るべき夜目を持っている。

 日本にはレーダー技術がまだ発展していないはずなのに、夜戦において、敵より早く相手を発見できるのは一重に、訓練された水雷戦隊見張り員のおかげだった。

 

「水上機発艦! 照明弾を落とさせろ! それから《アイダホ》は探照灯照射!」

 

 ウィリスの判断の後、艦上では水上機のエンジン音が響き、《アイダホ》から数本の光の筋が伸びる。

 その光の筋が発砲炎の方向を照らすと、昼間にアメリカ艦隊へと魚雷を流した、小型艦艇たちだった。

 

「昼間の仕返しだ、全艦各個に敵を砲撃、撃滅しろ!」

 

 護衛艦艇や戦艦たちが、各々のタイミングで砲撃を開始し、探照灯に照らされる駆逐艦や軽巡を狙い撃つ。

 対して向こうは、ただ一本のみ探照灯が伸び、《コロラド》ただ一隻を照らしている。

 

「探照灯を照射しているのは《アカツキタイプ》だ、空母護衛から一隻引っ張て来たようだな」

「昼間、《ムツキタイプ》が激しく炎上しているのを確認しています。おそらくそれが沈み、その埋め合わせで援軍に来たのでしょう」

 

 その読みは当たっていた。昼間、直撃弾を数発受けた《如月》は、エンジンこそ辛うじて生きていたが、主砲群はほぼ壊滅した。魚雷発射管もやられており、艦長の咄嗟の判断で魚雷を放棄して居なければ、爆沈していた。

 戦闘能力を失ったため、《如月》は最低限の人員を乗せて本土へ単艦退避、代わりに《暁》がこの艦隊に加わった。

 

 互いに激しく砲火を交える中、段々と米軍艦隊の中に焦りが見え始めた。

 

「まだ止まらないのか!」

「当たってるはずだぞ!」

 

 《コロラド》の副砲を操作する兵たちが、口々にそう叫ぶ。

 

「敵艦隊との距離、3,700マイル(約6,000m)を切るぞ!」

「早く沈めろ! 下手くそ!」

 

 遂には6,000mを割り、段々と近づいて来る敵艦隊に、恐怖を感じるものまで出始めた。

 照明弾が投下され、浮彫になる敵艦隊の様子は、色の効果も相まってか、まるで深海より蘇った亡霊たちのようで有った。それも、恐怖を誘発したのかもしれない。

 

「敵《アカツキタイプ》に命中弾多数!」

 

 しかし、確かに日本艦隊もダメージは受けていた。

 先頭から二番目の位置を航行し、敵艦隊を照射し続ける《暁》には、多量の砲弾が降り注ぎ炎上していた。

 その一つ後ろにいる《浦波》は、過貫通したからよかったものの、戦艦の主砲によって、艦首の左弦側がごっそり削げ落ちていた。

 

「敵艦隊との距離1,800マイル(約3,000m)!」

 

 悲鳴にも近い観測員の声と同時に、これまで探照灯照射を続けていた《暁》が、大きな爆発音を上げて、航行を停止した。

 電源も落ちたのか、探照灯の光も消えていった。

 

「よし! 探照灯が落ちたぞ!」

 

 これでこちらの姿は見えないから、一方的に砲撃できる。この一瞬の隙がチャンスだ、そうウィリスは考えた。

 撃沈による混乱、次の艦が照射するまでの数分、これを利用すれば、この距離で撃ち負けることはない。そう、思っていた。

 

 しかし、日本艦隊は予想に反し、一切の混乱を見せないまま、次の艦が探照灯を照射した。

 

「な! どうして!」

 

 探照灯を灯せば敵に狙われ集中砲火を受ける。それを目の前で見て、その艦の末路を見届けたはずなのに、一切の躊躇もなしに、先頭を走る《川内》は探照灯を照射した。

 そして……。

 

「敵艦隊魚雷投下を確認!」

 

 距離が2,000mを切った瞬間、生き残っていた艦全てが、必殺の距離にて、全ての魚雷を投下した。

 《川内》《浦波》《白雪》《吹雪》《東雲》から放たれた魚雷の総数は40本、この距離で外すことなどありえない。

 

「艦隊、取り舵いっぱい! 最大船速!」

 

 魚雷の被雷面積をできる限り最小に抑えるため、艦前方を魚雷の方へ向け、かつ最大船速の水圧で吹き飛ばすつもりであった。

 

「神様! 合衆国にご加護を!」

 

 ウィリスは必死に祈るが、そんな祈りの声を、神は聞き入れることは無かった。

 

「護衛駆逐艦被雷!」

「《アイダホ》被雷!」

 

 次々に爆発音が聞こえ、金属が擦り切れる音が聞こえてくる。

 そして……。

 

「左舷後方に三本被雷! 速力低下! 各所に浸水発生!」

 

 凄まじい反動で、《コロラド》の艦体が揺さぶられたかと思えば、そのような報告が舞い込んできた。

 

「各所の浸水止まりません! 沈みます!」

 

 半分泣いているかのような悲痛な報告に、ウィリスは膝から崩れ落ちた。

 

「合衆国の誇りが……私の指揮によって、沈みゆくと言うのか……?」

「艦長、こうなった以上、もうどうしようもありません、我々にできることは、この情報を持ち帰り、次の戦いに備えることです」

 

 補佐官の言葉に、震えながらウィリスは頷いた。

 

「総員退艦、艦を捨てて、退避せよ」

「総員退艦! 急げ!」

 

 ウィリスの震える声を聞き届け、補佐官は代わって艦全体に指示を出した。

 

「艦長も、退避急いでください」

「いや、私はここに残る……。この艦を、合衆国の誇りを沈めてしまった私に、国に帰る資格などない……」

 

 相当のショックのせいか、ウィリスの目に光はなく、その場から動こうとしない。

 こうしている間にも、《コロラド》の艦体は左舷に傾斜を初め、沈みかかっている。

 

 しびれを切らした補佐官は、ウィリスの襟元を掴んで怒鳴りつけた。

 

「あんたが死んだら、誰がこの損害の責任を負うんだ! あんたは誇りと一緒に部下まで惨めな気持ちにさせる気か!」

 

 態度の急変に、ウィリスは心底驚き、何も言うことができなかった。

 

「艦の責任を取って死ぬなんて馬鹿な考えをするぐらいなら、部下のために死ね! 部下のために責任を取ってから死ね! そんなことすらできないような心の持ち主だから、《コロラド》を失ったんじゃないのか!?」

 

 その言葉に、ウィリスは涙を流しながら、補佐官の手を払い、艦橋を後にした。

 

「決心、ありがとうございます」

 

 補佐官はそう一言述べて、ウィリスとともに艦を降りた。

 

 

結局、南シナ海大海戦の結果は、アメリカ艦隊の敗北に終わった。

 日本艦隊の主力艦で沈められたのは軽空母《祥鳳》のみに対して、アメリカは戦艦《コロラド》《ニューメキシコ》《ミシシッピ》《アイダホ》を失い、空母《レンジャー》が中破と、散々な物であった。

 

 確かに大統領は、日独を警戒して海軍力を増強したが、その両方の国に、海戦で負けると言う屈辱を味わうことになってしまった。

 結果、制海権を確たるものにすることは出来ず、日本軍のさらなる追撃を許してしまうことになった。

 

 戦艦4隻の艦砲射撃を受けながらも、北部の日本軍は頑強に抵抗し、一向に押し返される気配がない中、遂にはフィリピン南部ミンダナオ港方面にも強襲上陸を仕掛けてきた。

 現地軍が必死に抵抗するも港は陥落、南部からも日本軍はマニラを目指して侵攻を初め、米軍を挟み込むような形をとった。

 

 マッカーサーを初め、誰もが「これまでか」そうあきらめかけた時だった。

 

 

『その時、歴史が動いた』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四幕 歴史大変革編
第二〇話 日本内戦


 1941年3月10日。

 

「ここに集うは、民主的であり、健全なる日本国を目指す同志たちである!」

 

 栗林忠道中将は、大阪に集まった陸軍の面々にそう熱く語りかける。

 

「これより行うは、正常なる日本に戻すための浄化戦争である。その過程で、日本の内部は傷つき、多くの血が流れるかもしれない」

 

 集う陸軍、総数19個師団、中国派遣軍の一部を引き抜き、本土にいた一部の兵たちを引き抜いてできた、日本国軍。

 後に他に派遣されていた兵たちも合流してくれると予想されており、最終的な数は30個師団になる予想だ。

 

「しかし、そこまでしなければいけないほど、この国の体内に、毒が入り込んでしまったのは間違いない」

 

 他にも、海軍もほぼ全てが味方になることから、戦力比率で言えば、圧倒的に日本国が勝る。

 

「行くぞ! それを我々の手で浄化し、もう二度と、そのような毒に犯されぬ国を作るのだ!」

「「「「応!」」」」

 

 栗林中将は、大きく深呼吸した後、軍刀を抜き、刃を東京の方角へ向ける。

 

「我らの敵は、東京にあり! 各員、大日本帝国へ侵攻を開始するのだ!」

「「「「応!」」」

 

 

 1942年3月10日、国内にて、軍事政権の打倒を掲げた民主社会主義組織、片山派とそれに共感した軍部の人間が武装蜂起を決行、日本は内戦状態へと陥った。

 アメリカ、旭日会の政治工作の結果、大政翼賛会一強の体制が崩れ、立憲民政党が徐々に議席数を増やし、民衆からの指示を集めていった。

 そして、最終的にはクーデターが発生、大日本帝国から日本国として独立、首都を長崎に置いた後、内戦状態に突入した。

 

 内戦開始の報が、各戦場にも伝わりだすと、それぞれの反応を見せた。

 

「裏切り者どもをぶっ殺してやる!」

 

 内乱を見引き起こした民主派を敵視する者も少なくなかった。

 

「本来の日本を取り戻し、平和のためならば」

 

 しかし海軍を初めとした、旭日会のメンバーの下にいた者たちは、耳が腐るほど「対米戦争は日本を亡ぼすだけ」「現在の日本は誤った方向に進んでいる」と聞かされていたためか、民主派を指示する声も多くあった。

 

 そして、民主派のトップとなった片山哲は、公にアメリカと友好関係を結びたいと宣言し、その旨はアメリカのブランドの元に届けられた。

 

 

3月14日、ホワイトハウス。

 

「ついに、この時が来たか」

「ええ、大統領が願っていた、日本の民主化のための最終段階、日本内戦が始まりました」

 

 ハルは、神妙な表情で、そう大統領に告げた。

 

「日本には、辛い思いをしてもらうことになるな……」

「それはもう、本当に……」

 

 内戦、幾度となく世界の国が経験した小さな戦争だが、失う代償の代わりに得られるものは、限りなく少ない。

 そんな、誰も喜べない小さな戦争、それが内戦だ。自ら愛する土地を犯し、汚し、破壊し、その上で勝ち得た勝利など、何と空しい物か。

 ブランドも分かってはいた。しかし、日本を変える最も有効な手段は、これしかなかったのだ。

 

「もっと、よい案があっただろうか? 私にもっと技術と才があれば、内戦などと言う空しい戦争を日本にさせずとも、民主化させることができたのだろうか?」

 

 そのような呟きを、ブランドは零す。

 

「民主主義は、多くの犠牲の上に成り立ちようやく世界に浸透を始めた物です。我々が苦しんでその民主主義を勝ち得ている間、日本は閉鎖的な世界で、独裁的ではあるものの、ひっそりと、幸せに暮らしていました」

 

 ハルは、ブランドのそんな弱音に喝を入れるかのように、少し厳しい言葉で言う。

 

「しかし日本は、そんな暮らしを止め、世界と向き合う覚悟をしました。ならば、世界を先に見たものとして、同じ苦しみを日本に味合わせ、成長させてやるべきです。貴方が言ったのではありませんか、『日本の目を覚まさせてやる』と」

 

 ブランドは、珍しく自分の意見を申すハルに驚き、黙って言葉の続きを待った。

 

「それに、日本はこの程度でへこたれるほど、軟弱な国ではありませんよ。最近、私も日本史を勉強してみましたが……あの国は、何千年もの間、戦乱と平和を繰り返し、成長していった国です。この内戦だって、きっと数十年後には、歴史の一ページとして、語られる程度のものになっていきます」

 

 ハルはそう言った後、片山からアメリカ宛てに送られた、友好を結ぶことを要求する書類を卓上に置いた。

 

 

 

 同日、フィリピン。

 

「まさかこんな形で再開することになるとはな、ミスター田中」

「ああ、私も驚いたよ、ミスターマッカーサー、元帥まで昇進していたんだな、おめでとう」

 

 マニラにて、日米両軍の指揮官は握手を交わした。

 

「本土にて内戦が始まった。どうやら旭日会の面々が画策していた内戦のようで、我々は本土へ引き返し、この民主化勢力を応援する予定だ」

 

 田中中将とマッカーサー元帥は、過去に交流があり、互いのことを認知していたため、このような会談も早急に開くことができた。

 

「我々もその話は聞いている。君が民主化勢力の味方になってくれると聞いて安心したよ」

 

 マッカーサーは、心底落ち着いた表情で、腰に付けていたコルトガバメントのホルスターを机の上に置いた。

 

「もしそうでなかったら、私はこの場で君を撃っていたかもしれない」

 

 そこから始まった二人の会談は非常に和やかに進み、互いに攻撃を中止し、日本軍は引き上げるという方針が決まった。

 

 会談の最後に、二人は再び互いに握手を交わし、田中中将はこう述べた。

 

「私は再びこの地に戻ってくる、あなたの友人として、再び会うために」

 

 この言葉は後に、日本の大きな転換を象徴する一言だと言われるようになる。

 

 この頃、海軍はすでに引き上げており、米海軍にも交戦の意思がない日本艦艇との交戦を禁止する命令がキング元帥の下出されている。太平洋へと出兵していた日本軍の九割は広島、長崎への帰路についていた。

 

 

 

 3月14日、内戦開始から4日たった今日、日本国軍は中部地方、山梨県辺りまで戦線を持ち上げていた。

 大日本帝国は、天皇を絶対神とするファシスト、全体主義、過激皇道派、軍国主義を唱える強硬派の陸軍などが、関西から北陸の間を支配し、強硬な姿勢を示した。

 その中には、関東軍の姿も見られた。しかし、多くは思想家や大政翼賛会の人間などであり、軍人として戦える人間は、皇居を守っていた近衛兵と一部の陸軍のみであり、日本国の勝利は容易く見えた。

 

 だが実際に戦闘が始まると戦線は膠着、負けることはないものの、攻めきれない状態が続いていた。

 

「理由は明白だな」

 

 内戦の進展がない旨の報告を受けたブランドは、分かり切っていたような口調で話す。

 

「日本人は、歴史的遺産などの破壊や、民間人の被害を恐れている。大日本帝国は、タケダシュラインやスワシュラインなどを防衛拠点にしている様ではないか、それらは日本人にとって、大切な物なのだろう」

 

 実際その通りで、市街地や歴史的建造物にて防衛線を張っているため、日本国軍は、大規模な攻撃戦を行えていないのだ。

 重砲や航空爆撃に制限を設け、歴史的建造物の破壊を阻止している。

 

「それに、なにより日本人は同族殺しを恐れている」

 

 ブランドのその読みも当たっていた。日本人は、大和民族の単一民族であることから、結束力の高さをアメリカ含め諸外国は評価していた。

 しかし、その結束力の強さが、逆に今の現状を作り出してしまっている。

 

「スティムソン、陸軍に余裕はあるか?」

 

 報告に来ていたスティムソンにそう問うと、少し考えた後、返事が来た。

 

「現在対ドイツ戦略用に用意している陸軍のほかに、多少は備えがあります」

「なら、ジョナサン・ウェインライト少将に4個師団を預け、日本へ向かわせろ。突破の役に立つはずだ」

「了解しました」

 

 

 

 と、そんな感じで日本に送られてきたウェインライト少将だったが、現地の指揮官と合流すると、足踏みすることとなった。

 

「お願いです、もう少し、もう少し待ってください」

「しかし……」

 

 前線にて第2軍の指揮を執っていた、今村均中将は、 攻勢のためにこちらに参ったと知った途端、そうウェインライト少将に泣きついてきた。

 

「どうか待ってください、今なんとか政府が向うと接触し、交渉している所なのです。我々も敵の現場指揮官と交渉している所です、どうか、どうか待ってください」

 

 血をできる限り流さず終わらせたかった日本国軍は、敵との対話を図っていた為、派遣されてきたウェインライト少将も、これでは手が出せないと、攻勢を行うことはなかった。

 この対話は、後に『日本で最も長い御前会議』と言われ、なんと17ヶ月間にも及ぶ停滞期間となった。

 江戸城無血開城の時を理想としたこの対話は、結局悪手となってしまうのだが、この時の日米は、そんなこと知る由もなかった。

 

 まさか日本内戦に、あの国が介入してくるだなんて……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二一話  バトル・オブ・ブリテン

 亜細亜で日本内戦が繰り広げられている頃、欧州では依然と緊張状態が続き、アフリカ、バルカン半島ではイタリアが躍進していた。

 撤退に成功したイギリス軍の半分をアフリカに送ったおかげで、スエズ運河周辺とジブラルタル海峡周辺の守備には成功していたが、中心部から南部にかけてはヴィシー・フランスとイタリアに蹂躙されていた。

 

 イギリスは、亡命政府要人や軍人を抱え込み、1941年後期から42年前期にかけて、三度に渡る強襲上陸をホラント、フランドル、ノルマンディーに仕掛けたがどれも失敗し、足踏みをする結果となっていた。

 

 そして今日、1942年7月10日。その報復を受けることになる。

 

 7時15分、侵入してくる戦爆連合編隊の侵入から、報復は始まった。

 

「レーダーに感あり! 大型機40機を超える、敵の大編隊です!」

「来やがったな! 全戦闘機出撃! ロンドンの空を守れ!」

 

 強い言葉で指示が滑走路に飛ぶ。その指示に答える様に、力強く滑走路に並ぶ戦闘機《スピットファイアMk.Ⅻ》、《モスキート NF Mk.II》のエンジンが勢いよく吼える。

 

 出撃の命を受けて空に上がった航空機に乗るパイロットたちは、一同遺書を書いての出撃となった。

 というのも、この頃ドイツの航空技術の発展は目覚ましいものがあり、《FW190D》を主力とした戦闘機隊は、初期からいる熟練パイロットの手によって手の付けられないものとなっていた。爆撃機の方も、すでに《Me264》なる新型の四発爆撃機を実用化しており、もはや世界一の空軍力を保有していると言っても過言ではない。

 イギリスも負けじと新型機を開発するも、練度の差が物を言い、決して均衡を保てているとは言い難かった。

 

 

 

 同日、12時10分。

 

「クソ! 落ちろ、落ちろよ!」

 

 絶望に満ちた表情で、《スピット》のパイロットは引き金を引く。しかし、両翼から発射される機銃は、敵機の横をすり抜けるだけに終わる。

 

「落ち着け六番機! レオ!」

 

 無線機から隊長の声が聞こえてくるが、レオと呼ばれたパイロットは、声を返すこともなく、無我夢中で敵機の背後を追い続ける。

 

 そんな様子を見て、隊長機はため息交じりに機体を動かし、レオが狙っていた敵機を撃墜する。

 

「隊長! 僕が狙っていたのに!」

「お前がいつまでたっても落とさないからだ!」

 

 怒鳴られ、レオはコクピットの中で委縮する。レオの機体には撃墜のマークが一つ、最近筆おろしを終えたばかりの新米であり、部隊長からは「落ち着きがない」といつも叱られている。

 

「焦って見当違いの方向に撃つから当たらないんだ! 落ち着いて狙え!」

「そんなこと言ったって……」

 

 レオは周囲を見渡し、戦況を確認する。

 

「隊長たちがこぞって敵機を落とすせいで、僕の獲物がいなくなっちゃうんですよ! おかげでいっつも僕の戦果は共同撃墜か撃墜なしですよ!」

 

 この航空隊、部隊ネーム『ウォードッグ』は比較的熟練パイロットの多いエース部隊で、ドイツ空軍ともやり合える数少ない先鋭戦闘機隊であった。

 レオは航空学校や操縦の腕でそれなりの実力を見せたため、ここに配属されたが、いざ敵を前にすると、焦りや恐怖で上手く弾を当てることができずにいた。

 

 そんな不満を隊長にぶつけると、冷静な声で返答が返ってくる。

 

「戦果、なんて欲張った物を考えるな」

「え?」

 

 隊長の一言に、とてつもない何かを感じ、レオの体が一瞬強張る。

 

「この空で俺たちパイロットがしなくちゃならないことは一つ、生き残ることだ。この部隊に入る時、俺は唯一の戦闘規定として、それを提示したはずだ」

「それは……」

 

 何も言い返すことは出来なかったレオは、憂さ晴らしと言わんばかりに、歯を食いしばってエンジン質力を全開にし、残っていた敵戦闘機目掛けて一直線に飛んでいった。

 

 そんな六番機の様子を、隊長は横目に見ながら、再びため息をついた。

 

「腕がいいのは確かなんだが……まだ経験が足りないな」

 

 機体に描かれる撃墜マークは14機、まごうことなきエースパイロットである隊長は、開戦当時からパイロットを務めており、初期の頃からドイツ空軍との死闘を潜り抜けて来た。当然戦果も挙げたが、同時に多くの仲間の死を見届けて来た。

 レオにはその経験が足りていない、そう考えていたのだ。

 

 

 同日、17時10分。

 

『ウォードッグ』隊は、再び空へと上がっていた。

 

「今日二回目の出撃だ、気を引き締めて行けよ」

 

 7月10日、後にバトル・オブ・ブリテンと呼ばれるこの一日は、イギリス、ドイツ双方の航空機合わせて約2000機が参戦する、一日を通しての大空戦が行われていた。

 一日何度も反復出撃し、空戦を行う戦闘機パイロットたちの疲労はピークに達していた。イギリス側はなんとか持ちこたえていたものの、日暮れ近くなる頃には防空部隊はほぼ壊滅、用意した新米パイロットの多くも、その奮戦空しく、何百人と死んでいった。

 

「きっとこれで終わる、この爆撃編隊さえここで阻止できれば、ロンドンやイギリス本土の被害は最小限で済むはずだ」

 

 実際、決死の防空作戦が功を奏し、市街地や本土に若干の攻撃を許すも、被害はまだ許容範囲内であった。

 しかし、ウォードッグ隊を始めとした先鋭部隊も相当疲労が溜まっているのは確かで、この最後の攻撃は、気合だけでなんとか出撃している有様であった。

 

「敵の編隊を目視で確認!」

 

 二番機から隊長機の元へ報告が上がる。

 

「護衛戦闘機30機、四発爆撃機60機の大編隊です!」

「こちらの戦闘機は、援軍に来てくれたブルーバード隊とタイガー隊を合わせても28機……やるしかないか」

 

 大きく深呼吸し、隊長機は羽を振る。

 

「全機、我に続け! ロンドンを守るぞ!」

 

 その言葉に続いて、三つのエース部隊は敵編隊へと攻撃を仕掛けた。

 だが、隊長は知らなかった。この部隊の護衛戦闘機隊が、『シルバーシャーク隊』であることを……。

 

 数分後の結果を見れば、隊長の絶望もよく分かることだと思う。

 

「レオ! 生き残ってる機体は!?」

「ウォードッグが僕と隊長合わせて4機、ブルーバード隊が2機、タイガー隊は全滅です!」

 

 たった数分のうちに、疲労したイギリスの先鋭部隊は、ドイツが温存してきた先鋭部隊によって、木端微塵に粉砕された。

 『シルバーシャーク隊』とは、ドイツ空軍屈指の戦闘機隊であり、かの有名なWW1時のドイツ空軍エースパイロット、レッドバロンのⅡ世とも言われるパイロットが率いる部隊だ。

 ドイツ空軍は、初めから夕刻から夜間にかけての爆撃を本命としており、それまではイギリス空軍を疲労させるための囮たちであった。囮と言っても、逃したらロンドンが火の海になる囮たちだが……。

 

「クソ! せめてお前だけでも!」

 

 隊長は、そう叫びながら、エンジンを全開にあけ、悠々と爆撃機の側を飛ぶ『サメ』のパーソナルマークを付けた機体に襲いかかる。

 この『サメ』こそ、『シルバーシャーク隊』の隊長機である。

 

「隊長! もう無理です、退きましょう!」

 

 レオは、爆撃編隊から離れながら、そう無線で呼びかける。

 

「いっつもお前は戦闘規定のことで怒られていただろ? たまには、おれにその役をやらせてくれよ」

「隊長!」

「ブルーバード隊、六番機と一緒に戦場を離脱しろ! 殿は、俺が務める」

「……了解、達者でな」

 

 一瞬ためらいを見せたが、ここで全滅するよりはいい、そう考えたブルーバード隊は了承し、レオの機体の側により、同じ進路を取った。

 

「隊長! 最後まで規定は守ってくださいよ! 貴方が言ったんですからね!

『生き残れ』って!」

 

 レオはそう無線機に叫ぶが、もう応答はない、向こう側から遮断されたようだ。

 

 

 ♢ ♢ドイツ空軍第231戦略爆撃連隊所属《Me264》機銃手の手記♢ ♢

 

 イングランド航空戦に参加した時、面白いことが起きた。

 敵が単騎で護衛戦闘機に突っ込んできたんだ。一機だから、護衛機に任せておけばいいと思った俺は、引き金を引かずにずっとその機体を目で追っていた。

 そしたら一向にその機体は墜とされる気配がない、随分な手練れなんだなと思って見ていると、別の護衛戦闘機が援護に来たんだが、どうやら最初から戦っていた護衛機は、その援護を止めさせた。

 よく見ると、最初に相手をしていたのは隊長機だったみたいでな、1vs1をやりたかったみたいだ。

 その意図を組んだのか、敵の方も羽を振って1vs1に乗ることを答えたんだ。そこからの空戦はまさに圧巻の一言だったぜ。右へ左へ機体を振り、宙返りに横滑り、ありとあらゆる空戦軌道を駆使してその二機は戦っていた。

 だけどな、最後はやっぱり俺らの護衛戦闘機隊長が一枚上手だったみたいだ。本当に航空機の動きか? と疑いたくなるような空戦機動で敵の背後をとった隊長は、敵が動くよりも早く機銃を発射し、機体を砕いたんだ。

 敵機のパイロットも、あれなら悔いはないだろう。あれだけ最高の空戦で死ねたんだ、パイロット冥利につきるってもんだろ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二二話 ブラック計画始動

1942年7月19日。

 

「ようやくイギリスが泣きついてきました」

 

 勢いよく部屋の扉が開かれると、ブランドの元へ、ウォレスが駆け寄っていく。

 

「ロンドンが焼かれたからだろうな」

 

 資料片手にブランドはにやりと口角を上げる、そのそばにはフォレスタル空軍長官が立つ。

 

「《P47サンダーボルト》《P40Mウォーホーク》、約2000機、準備整っています」

 

 フォレスタルの報告は、イギリスへ持っていく戦闘機の用意ができたというものだった。ブランドは、バトル・オブ・ブリテンが起こったという報告を受けたそのタイミングで、空軍に指示を出して、せっせと生産を進めていた重戦闘機《P47》と改良を重ねて使用していた《P40M》を各地からかき集めていた。

 

「イギリスはなんて?」

「はい、『我が国は今やドイツの攻撃にさらされ荒廃した。ロンドン橋は歌のように落とされ、ビックベンは倒れ、大英図書館は燃え墜ちた。もはや面子を保つことも不可能である。そこで、貴国を連合国へと招待したい。参加していただければ、全ての軍事的通行権を容認し、EUにおける介入の権限を授ける。ともに世界の敵を滅しましょう』とのことです」

 

 ケラケラとブランドは笑う。

 

「上っ面だけでもメンツを保とうとしているのがまるわかりだな。チャーチル首相も強情な人だ」

「いかがいたしましょう?」

「ウォレス、皆を集めてくれ」

 

 ウォレスは頷き、その場を去って行く。

 残されたブランドは、ニコニコしながら、自身のポッケから鍵を取り出し、机の一番右端の引き出しに差し込む。

 かちゃりと心地よい音がすると、その引き出しが開く。

 

「ようやくだな、ドイツ。お前の首を取りに行くぞ」

 

 その引き出しの中には、『ブラック計画』と命名された計画書が仕舞われていた。

 

 

 

 スティムソン陸軍長官、フランク海軍長官、ウォレス空軍長官、ハル国防大臣、ウォレス副大統領の面々が揃い、席に着くと、ブランドは目を閉じたまま一人一人に尋ね始めた

 

「陸軍」

「はい。計画されている歩兵、機甲、機械化38個師団、訓練は終了しています。戦車の生産が1ヵ月後に完了しますので、それで完了です」

 

 ブランドは目を開けずに頷く。

 

「海軍」

「は、42年型戦艦の二隻が就役し、訓練も十分行えました、いつでも大西洋に派遣可能です。また太平洋の方も、日本国がほぼすべての艦船を奪取したおかげで制海権は安定、それを見て一部撤収命令を出しました」

 

 ブランドは満足げに頷く。

 

「空軍」

「はい。先ほど述べた通り、《P47サンダーボルト》《P40Mウォーホーク》、約2000機、準備整っています。ただ、侵攻が開始した際に使う戦略爆撃機、《B17》《B24》の準備も現在進めていますが、何分戦略爆撃機のため、まだもうしばらくはかかるかと」

 

 ブランドは少し唸って頷く。

 

「外交」

「イギリスからの書簡はもうすでに受け取っています。フランスや他の連合国の国々は、アメリカの参戦を強く望んでいたそうですし、何も問題はないかと」

 

 ブランドは不敵に笑い頷く。

 

「国内」

「ワシントンポストが、イギリスに参戦要求をされたことを号外で刷って貰っています。この短時間で、すでにホワイトハウス前で、打倒ドイツを叫ぶ集会が起きているぐらいですから、戦争協力度は問題ないかと」

 

 そこでブランドは目を開け、最後に二度頷いた。

 

「……問題はなさそうだな。不安だった国内事情も、前々からプロバガンダを打っていた甲斐があったというものだ」

 

 そうぽつりと呟くと、ブランドは全員の顔を見回して言う。

 

「7月25日を契機として、我々合衆国はドイツに宣戦布告、また連合国へと加盟する。宣戦布告と同タイミングで、イギリス内に空軍が展開できるよう、今すぐ手配しておけ」

 

 一同頷き、部屋を足早に去って行く。その背後を見送り、部屋の隅にある星条旗へと視線を移す。

 

「アメリカの手による平和……それを成し遂げる、いよいよ最終段階。もうすぐ私の、いや、アメリカの夢が叶う」

 

 

 

 7月25日、イギリス。

 

「ストライダー制空戦闘隊、出撃!」

 

 威勢のいい声と共に、空へと24機の《P40M》が昇っていく。

 すると、少し離れた空から、4機の《スピットファイアMk.Ⅻ》が近寄ってくる。

 

「こちらウォードック隊、貴機らと共に爆撃機迎撃に当たる」

「ストライダー了解、頼りにしてるぜ」

 

 敵戦闘機隊22機、爆撃機24機の戦爆連合航空編隊は、再びロンドンを灰燼に帰すため、向かっていた。

 それを迎撃すべく、合流した28機の戦闘機隊は飛翔する。

 

 ブランドの言った通り、25日にアメリカは連合国へ加盟、その後ドイツへと宣戦布告した。その行為を見て憤慨したヒトラーは、連日行っていた爆撃を強化し、イギリスへの早期上陸を図ろうとした。

 しかし、すでに宣戦布告と同時に、各地にはアメリカより運び込まれた《P40M》や《P47》が展開しており、襲ってきた爆撃機を叩き落したのだ。

 

 

 

「こちらストライダー1、敵爆撃機、全滅! ウォードック隊に半数近く戦果はとられっちまったけどな」

 

 機体をくるくる回しながら、ストライダー1は喜びを表現する。

 

「ウォードック隊、さすがの腕前だな!」

 

 他の機体も、口々にウォードックたちを賞賛する。

 その言葉を聞いて、ウォードック隊一番機のレオは、薄く微笑む。

 

「ありがとう、ストライダー隊の連携もなかなかだったぞ」

 

 そんなやり取りをしている航空隊の下では、水際防衛線を固めていた兵士たちが歓声を上げていた。

 

「ありがとよー!」

「クールな戦いっぷりだったぜ!」

 

 絶望的な防衛線を想定していた陸上部隊からすれば、空でのささやかな勝利は、士気を上げるのに十分な素材であった。

 

 基地へ帰っていく航空機たちに、拍手や口笛を鳴らして歓声を送る。

 

 帰り道、市街地の空を飛んだ時も、同じようなことが起こっていた。航空機という戦争における花形部隊の勝利は、民衆や他の軍の士気向上に一役買い、戦争継続へ大きく貢献した。

 

 ドイツは一度で懲りることなく、連日爆撃機を飛ばし、イギリスを焼き払う計画を進めていた。しかし、バトル・オブ・ブリテンを生き残った、イギリス超エースたちや、アメリカより応援に駆け付けた航空隊のおかげで、それらを満足に実行させはしなかった。

 

 しばらくは敵機の迎撃に徹していたが、海軍の応援が駆けつけると一気に活動範囲を広げ、ブリテン島全域、北海、イギリス海峡の制空権奪取を目指して活動を始めた。航空戦は熾烈を極めたが、なんとかブリテン島の制空権は手中に収め、イギリス海峡でも、均衡へと持ち直した。

 壊滅しかけていたハルゼー艦隊に応援が来たことでなんとか立て直し、制海権の方も、再び連合国有利へと傾いていった。

 

 しかし、制海権に関しては、新型《Uボート》や戦艦をドイツは逐次投入、決して楽観できるような状況ではないのが明らかであった

 それを裏付ける様に、今日も輸送船が1隻、また1隻と、海中へと沈んでいくのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二三話 東京侵攻

 1942年6月5日。

 

「いつまで続くんだろうな、この睨み合い」

「さあな、でも、少なくともお偉いさん方が話し合ってる間は、同僚同士で殺し合わなくて済むんだ、良いことだろう?」

 

 大日本帝国に所属する二人の兵士が、新潟県の海岸沿いを巡回しながら、そんなことを言い合っていた。

 

「そんなこと言ってもよ、いつまでも日本が二分化されてるのもどうかと思うぜ」

「まあ、俺らは正直流されてこちらの陣営についちまったからなぁ。正直、正面からやり合ったら、日本国軍には勝てないよな」

 

 この頃になると、大日本帝国軍の兵たちも内戦疲れが発生しており、とりあえず逸早い統合をと、皆口々に言うようになっていた。

 

「あー、早く地元の大阪に帰って、美味いお好み焼きが食いてえなぁ」

 

 そう一人の兵士がぼやいた時だった。

 

「ん……? あそこ、何か見えないか?」

「んん? ありゃ軍艦と輸送船じゃねえか?」

 

 二人は数秒間沈黙して、艦隊を見つめていたが、ある重大なことを思い出した。

 

「なあおい、大日本陣営は駆逐艦数隻しか持ってないって話だったよな?」

 

 二人の視線の先には、明らかに数十隻の駆逐艦に、戦艦級の大型艦も見える。

 

「そう言えばよ、俺たち内戦が始まる前、支那と戦争やってたよな」

「ああ、そうだな……」

 

 艦隊に掲げられる旗は旭日ではなく。

 

「それって、まだ終戦も停戦もしてなかったよな」

「ああ……そう、だな」

 

 白日旗(中華民国旗)だった。

 

 この日、大日本と戦争状態が解決していなかった中華民国が、新造艦と輸送船を新潟岩船港周辺に浮かべ、強襲上陸を仕掛けて来た。

 その数約11個師団、弱った大日本を蹂躙するには十分すぎる数だった。

 

 これまで大陸で受けて来た戦争行為の憂さ晴らしをするがごとく、中華民国軍は北陸一帯へ進軍、瞬く間に青森から福島を占領した。この時、躊躇なく日本の歴史ある建物や民間住居地を攻撃する動きを見て、ブランドは危機感を募らせていた。

 

 

 

6月22日、栃木県日光東照宮防衛ライン。

 

「敵歩兵群来ます!」

「擲弾用意! 撃て!」

 

 山を越え、まさに波のように突撃してくる歩兵の群れ目掛けて、東照宮防衛隊の面々は、八二式重擲弾筒を叩きこんでいく。

 

「第二射撃用意! 撃て!」

 

 日光東照宮は、関東圏を守護する最初の重要防衛拠点であり、ここに展開するは約2000人の2個大隊、対して、攻めて来る中華民国軍およそ3個師団。戦力差は明らかであった。

 

「小銃隊構え!」

 

 しかし、大日本軍の兵士たちは、さらさら負ける気など無かった。

 

「撃て!」

 

 迫ってくる人肉の群れに小銃弾が一斉に叩き込まれる。俺たちの東照宮は渡さないという気迫をそのまま相手にぶつけているような、まさに鬼気迫る連撃だった。

 だが中華民国軍の突撃は止まらない、数にもの言わせ、突っ込んでくる。

 

「各員着剣!」

 

 それを見て、守備隊隊長は大声でそう命令する。すると、一同は息の揃った動きで、腰より銃剣を抜き、各々の装備の先端へと装着する。

 

「行くぞお前ら! 俺たち地元民の手で、この遺産を、日本を守るんだ!」

「「「「応!」」」」

 

 気合十分な雄叫びを聞くと、隊長は腰より軍刀を抜刀し、剣先を人肉の群れに向ける。

 

「全員、突撃!」

「「「「「天皇陛下! 日光東照宮! バンザぁぁぁぁぁぁぁぁあイ!」」」」」

 

 隊長が走り出すと同時に、銃を構えていた兵士たちが突撃を開始する。これこそ、後に万歳アタックと世界中で語り継がれるようになる、捨て身の攻撃であった。

 関東圏の重要文化財を拠点として存在した防衛隊は、主にその地元出身の者達で構成されていた。そのため、その防衛隊の士気は凄まじいものであり、自身らが愛してやまない地元の誇れる遺産たちを守るため、まさに一所懸命に戦った。

 

 しかし、その努力も永遠には続かず、じりじりと北陸より戦線は南下していった。 

 栃木県が制圧されると、平地の多い関東平野へと中華民国は進出、英、独、仏、ソからの輸入品や日本の鹵獲戦車などで構成された機甲師団が、日本軍歩兵に猛威を振るった。

 

 6月29日、日本国軍参謀本部。

 

「本日、我が国の大統領から、即刻攻撃を開始し、東京、特に皇居を手中に収めろ。という内容の電報が送られてまいりました」

 

 栗林中将や今村中将を始めとした、日本国軍の将階級の者たちが集まるここで、ウェインライト少将は、ブランドからの電報の内容を伝えた。

 

「そこで私は、皆さま方の承諾なしに7月2日にはエンペラーガードマン(皇帝守護兵)作戦を実行、攻撃を開始します。……恨み言は無しですよ、現在の中華民国に皇居を渡してしまえば、何が起こるか一目瞭然です」

 

 その言葉に、栗林中将は思いっきり机を叩き、叫びをあげる。

 

「あああああああああっ! クソ、クソぉ! ああああああああああああ!」

 

 栗林の動作に、一同は驚愕の表情を浮かべる。栗林は温厚な性格であり、常に冷静沈着で優秀な指揮官として皆認知していたため、ぐしゃぐしゃの表情でこんな叫び声をあげるとは思っていなかったのだ。

 

「今村中将」

「はい」

 

 大きく息を乱しながらも、栗林中将は冷静な声で命令した。

 

「すぐさま師団を整理し、少将殿と同時に攻撃を開始せよ。下士官たちの説得は、今村中将に任せる。私は片山殿たちにこの話を通してくる」

 

 そこからの日本国軍の行動は早かった。今村中将率いる第一軍団18個師団と牛島中将が率いる第二軍団5個師団、計23個師団が7月1日に戦闘配置へとついた。

 片山臨時総理が大日本帝国代表の東条英機に対して、会議の打ち切りを通達すると、翌日の7月2日午前1時00分、アメリカ軍と同じタイミングで、一斉に攻撃を開始した。

 

 ある程度状況を察していた大日本軍の武田神社守備隊、諏訪神社守備隊は、神社の入口までは徹底抗戦を行った。しかし神社内に日本国軍が侵入すると、神社の安全を確保する代わりに、自ら降伏を申し出た。

 日本国軍が進軍する先々の守備陣地、三峰神社や小田原城、鶴岡八幡宮などで同じ行動が見られた。

 

 

 7月6日、鶴岡八幡宮。

 

 小銃を持った歩兵たちが、舞殿のある広場へと入り込んでいく。すると、小銃のストックを地面に立てながら持ち、一列に並ぶ鶴岡八幡宮守備隊の面々が居た。列を作る兵たちの中には、包帯を巻いたり松葉杖をついたりと、満身創痍の者も多かった。

 入り込んでいた日本国軍は、銃口をその列に向け、じりじりと距離を詰める。

 

「各員、横帯陣を引け! 周囲の警戒を怠るな!」

 

 突入隊を率いていた中隊長がそう号令を掛けると、一同は銃口を下ろさぬまま、守備隊と向かい合うように横帯陣を組む。

 組み終わると、中隊長が銃口を下ろし、横帯陣の前へ立つ。

 

「私は、第一軍団第145師団所属、第28中隊中隊長、佐々木恭一郎である! 守備隊の諸君らはよく戦った、しかしすでに決着は目に見えている、潔く投降せよ! 我らは諸君らが自害することを望まない。諸君らは、全てが終わった後、再び日本国へと尽くす義務があるからである! よって、決して早まらず、小銃をその場に置きたまえ!」

 

 隊長の一声に、守備隊の中から一人の年老いた男が出て来る。

 

「私は、鶴岡八幡宮守備隊隊長、大村智晴宮司である! 我が方はこの神社の破壊を望まぬ、また、血で汚れることも望まぬ。よって、我らは武装解除し投降する。そのため、まずはその銃口を下ろしてもらいたい」

 

 宮司と名乗った男は、持っていた小銃をその場に置き、そのように言った。

 

「……承知した。各員、銃を下ろせ」

 

 その号令で、中隊の面々はゆっくりと銃口を下ろし、それを見た守備隊の兵たちは、持っていた銃火器を地面へと置く。

 

「我ら鶴岡八幡宮守備隊は、降伏する」

 

 もう一度、宮司がそう言うと、中隊長は小銃を肩に掛け、掠れた声で言葉を零す。

 

「戦闘……終了……」

 

 涙を流しながら、続ける。

 

「各員、負傷者の手当てを、それから……なき戦友の弔いを」

 

 そう号令をかけると、並んでいた兵たちも小銃を肩にかけ、一斉に守備隊の面々へ走り出していく。

 

「すまねえ、すまねえ」

「ごめんなぁ……ごめんなぁ」

「謝るな、お前たちは悪くない、悪くないんだ」

 

 走り出した日本国軍の兵たちは、守備隊の兵たちと互いに抱きしめ合い、謝り続ける。負傷者たちは、日本国軍の持ってきた医療用具で治療され、死者たちを弔う石碑が大銀杏の根本に設置される。その石碑には、日本国軍、大日本軍関係なく名前が彫られた。

 

 誰だって、同じ国の民同士で殺し合いなどしたくない。ひとたび戦闘終了の号令が出れば、もう敵同士ではない、傷を負った同じ大和民族なのだ。

 

 太平洋側の進軍は、そのように進んでいったが、北陸の方へ足を進めていた者たちは、悲惨な光景を目にすることとなった。

 

 

 同日、春日山城跡。

 

「なんだ……これ」

 

 日本海側から関東を覆うように進軍していた第二軍の兵士たちは、上越へと辿り着いた。そこで見たのは、荒らしつくされた農村と滅茶苦茶にされた歴史的建造物。

 有名な上杉謙信の像も、跡形もなく粉々に砕かれていた。城跡のため天守閣などはないが、春日山神社、お堀などは、見るも無残に砲撃の後が残るだけとなっていた。

 

「おい、山頂見てみろよ」

「あの旗は……」

 

 一人の兵が指をさす方向に翻る旗は、白日旗。

 

「支那だ……支那の奴らだ!」

 

 悔し気に小銃を握りしめ、奥歯をギリギリと噛みしめる。

 

「……ここで後悔してもしょうがない、大隊長に状況を報告して、先に進もう。中華の奴より早く進軍するんだ……こうなる土地を少しでも減らすために」

 

 第二軍は、北陸を進軍する間、一日も進軍を止めることは無かった。目の前に広がる惨状が、止めることを許さなかったのだ。

 遂には、中華民国軍の進軍に追いつき、死に物狂いで抵抗する元同胞たちへと、涙を流しながら銃剣を突き刺し、機関銃の引き金を引いた。そのおかげか、日本国軍は中華民国が落とすよりも早く、守備陣地を攻略していった。

 

 日本国軍、アメリカ軍の侵攻速度は日に日に増していき、侵攻を再開した7月2日から8日後、7月10日には、東京へと戦線は迫っていた。

 なんとか中華民国の進撃に蓋をするように戦線を引き、中華民国軍が東京へ進軍できない形を取ることができた。その状況に、ブランドを始め、多くの者達が安堵していた。

 

 そして……。

 7月11日4時40分。日の出とともに日本国軍は侵攻を開始、その動きを見た大日本帝国軍も持ち場に付く。

 第二軍が荒川防衛線へ、第一軍が明治神宮防衛線への攻撃を開始するラッパの音によって、日本内戦最後の戦い、帝都攻防戦の幕が切って落とされるのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二四話 終戦の詔

1942年7月11日4時40分。

 

 遂に始まった帝都攻防戦、天下分け目のこの戦いは、朝日が昇ると同時に始まり、12時を過ぎる頃には、決着がついた。

 大日本軍は最初の数時間こそ全力で抵抗し、荒川、明治神宮、赤坂御用所周辺で激戦が続いたが、そこが突破されると、ほとんど抵抗をしなくなった。

 日本国軍は戸惑った物の、進軍してすぐに気づく。

 

 明治神宮、赤坂御用所を抜けた先で、防衛陣地を作れるような巨大な建物は靖国神社しか、荒川を抜けた先にあるのは皇居しかない。

 そう、大日本軍にとって、明治神宮、赤坂御用所、荒川は、防衛陣地にできる最後の土地だったのだ。

 

 日本国軍はそのことに気づくと戦闘態勢を解き、隊列を整えた。侵攻ではなく、行進の隊列を。

 

 日章旗を掲げ指揮官の号令で、一糸乱れぬ動きで帝都内を行進していく。日本国軍の行進が靖国神社の前まで到着すると、同じく日章旗を掲げる大日本帝国軍の兵士が、整列してまつ。

 

 靖国神社の鳥居前で向き合う二つの軍、最初に動いたのは大日本軍の方であった。

 

「各員、捧げー! 筒!」

 

 大日本軍の隊長がそう号令を出すと、一同一斉に小銃を胸前で立たせ、引き金をこちらに見せる。敵意が無く歓迎することを示す、軍人最大の敬意示す敬礼だ。

 

「直れ! 左向けー! 左!」

 

 再び号令。ざっざっと姿勢を直し、隊列を組む兵たちは、靖国神社の方へと向き直る。その動きを見て、日本国軍の隊長も、同じ号令を下す。

 

「各員、右向けー! 右!」

 

 思想を違えた二つの軍が、同じ方向を見つめる。これまでの戦争で亡くなった、日本の英霊たちが眠る靖国神社の方を、今は同じ感情で見つめる。

 

「「各員、英霊に向けてー! 敬礼!」」

 

 『皆さまが守ったこの国で内戦を起こしてしまい、誠に申し訳ありません』

 誰も口を開くことは無いが、双方の兵たちは皆、そう同じことを思っていた。

 

 長い敬礼を終え、再び互いに向き合う。今度は日本国軍が号令を出した。

 

「各員、進め!」

 

 歩調を合わせ、大日本軍が列を作る方へと、一歩一歩進んでいく。すると何を言う訳でもなく、大日本の兵たちは左右に分かれ道を開ける。

 日本国軍は大日本軍に見送られながら、皇居へ向けて足を進めた。

 

 この様子を、後ろから随伴していたアメリカ軍たちは不思議そうな顔で見ていた。どうして敵同士なのに交戦しないんだ? そもそも、日本人たちは何をしているんだ? この建物にはどんな意味があるんだ?

 多くの疑問を抱いたまま、アメリカ軍たちは日本国軍に続いた。

 

 全てが終わった後アメリカ軍人の中で日本観光をする者が多く、その中でも大半の者が最初の観光地に靖国神社を選ぶのは、恐らくこの出来事があったからだろうと様々な人が言うようになる。

 

 

 14時10分。

 

 靖国神社を経由した者達が皇居に付く頃、荒川を越えた部隊は、既に皇居の入口に整列して待機していた。その中には、旭日会の指導者を務める山本海軍大将、陸軍代表の栗林中将、今村中将もいた。

 

「全軍集まりました」

 

 遅れて来た部隊の隊長が、三人の将にそう告げると、栗林中将は頷き、全体に号令をかける。

 

「これより、1個師団は皇居に入り、天皇陛下に謁見する! 口を慎み、堂々と行進せよ! 残る師団は、この門前にて待機、非常時に備えよ!」

「「「「応!」」」」

 

 その返答を聞くと、三人の将は馬へ跨り、坂下門を潜る。その後ろから揃った足音が響き、小銃を肩に添えながら、兵隊たちは行進する。

 勝利を飾った英雄たちのように、坂下門を凱旋門に見立て堂々と兵隊は行進する。

 

 門を潜った先には、九九式短小銃を携えた第一近衛師団が待ち構えていたが、敵対することはなく、そのまま三人の将軍を誘導していった。

 

 

 数時間後、日本国首相である片山は、帝都東京を奪還し、天皇陛下も無事であることを世界に向けて発表した。

 その報告は、もちろん大日本首脳部の東条達の元にも届いたが降伏することは無く、残党兵は東北、主に仙台から青森の辺りに潜伏し、ゲリラ的に抗戦を続けた。

 

 しかし、1942年8月6日、天皇陛下が自らラジオ放送にて、残党兵たちに投稿を呼びかける放送、『終戦の詔』を告げると、すぐに東北のゲリラも沈静化。翌日には大政翼賛会の重要役職や、大日本側についていた将クラスの者たちが自決。

 残っていた者たちが講和に応じ、8月15日より、内戦終結のための講和会議が開かれたのだった。

 

      ♢  ♢  ♢  終戦の詔(一部抜粋) ♢  ♢  ♢

 

………朕は民衆による民主的な政治を望み、平和主義を掲げる国家となることを願う。朕は皆々と同じ人間であり、一民族の象徴に過ぎない。そのため、朕は世界を統べるような世界皇帝たる器の者ではないのである。

 朕を敬うてくれることは至上の喜びであるが、朕のためを思うのならば、世界と共に歩み、けして奢ることのない厳かな民であってほしい。

 これまでの戦乱、耐えがたき辛さに耐えてくれた、忍び難い悲しさを忍んでくれた国民に感謝と深謝を申し上げる。朕の力不足で皆を苦しめてしまったのは、これまで平和な世を築き上げてきた代々の天皇に対して顔向けできぬ恥辱である。ので朕は、これからの行動で、罪を償おうと思う。 

 朕はこれまでもこれからも皆と共にあり、けして民をないがしろにするようなことは無いと誓う。

 これから永遠に続く未来の為に、朕は平和な世を切り開こうと思う。国民の皆には、それにふさわしい行動を、朕は深く求める……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二五話 独ソ大激戦

 時間は少し遡る……。

 

 1941年9月1日、日本の内戦が長い睨みあいを続け、停滞期に入っていた頃、欧州でも一大転換点を迎えていた。

 

「ソビエトに喧嘩を売った? 正気か?」

 

 西側の防衛を任されていたエルヴィン・ロンメルは、衝撃の電報に、持っていた報告書を落としてしまう。

 真っ青な顔で、手を震わせながら、その場に片膝をつく。

 

「閣下!」

 

 慌てて補佐官がロンメルを支える。

 

「大丈夫だ……しかし、総統閣下は正気なのか?」

 

 改めて見返す電報には、『ソビエトへの攻勢を開始する。後任の者への引継ぎが完了次第、東部戦線へ移動、攻勢に加担せよ』と記されていた。

 

「これで、転戦命令は二度目ですね……しかも、その先はあのソビエト……」

 

 ロンメル補佐官、アルフレート・ガウゼは、ロンメルがアフリカに居た頃からの補佐官であり、ロンメルを敬愛する一人であった。

 

 ロンメルは開戦当時、フランス攻勢に参加していたが、その腕を見込まれ中将へ昇級、アフリカ戦線へと投入された。しかしイタリアの勢いが凄まじく、エジプトが陥落すると、ドイツはアフリカ戦線から撤退。

 同時に、ロンメル指揮下の部隊も、西方の防衛、つまり連合国からの上陸防御に回されていた。

 

 おかげで、三度に渡るイギリス軍の上陸作戦を完膚なきまでに叩きのめしてきたわけだが、ここに来て、東の国へヒトラーは喧嘩を売ってしまった。

 その相手こそ、ソビエト社会主義共和国連邦。腐った納屋などとヒトラーは言っていたが、ロンメルは知っていた。

 

「あのアメリカに次ぐバケモノに陸上から喧嘩を売るなど、ナポレオンの愚行を繰り返すことと変わりないぞ……」

 

 ソビエトがもつ強大な生産力、湧き出て来る歩兵の人海戦術、一つでも対応を誤れば、ドイツは瞬く間に陥落する。

 ロンメルはそう危機感を募らせながら、西部戦線を後にした。

 

 

 

9月20日。

 

「それで、こんな状況になったと……」

 

 ロンメルがイラついているのは、誰が見ても一目瞭然だった。

 

 と言うのも、ロンメルが東部戦線南方集団に合流した時にはすでに、ドイツは初期攻勢に失敗し、ソビエトから逆侵攻を受けていた。

 本来の計画では、既にキエフを陥落させているはずだと言うのに、逆にポーランド領一帯をソビエトに奪われている。一体どんな計画だったのかとロンメルが作戦に目を通すと、そこに書かれていたのは雑に書かれた侵攻ルートと戦略ばかりで、計画とは到底言えるようなものでは無かった。

 

 そんなずさんな計画を誰が立てたのかと問い詰め、ポーランドの支配を任されていた親衛隊トップのハインリヒ・ヒムラーだと教えられたロンメルは、さらに激昂した。

 

「軍事に詳しくもないオカルティズム愛好者が口を出すからこういうことになるんだ! 余計なことばかりしやがって!」

「閣下、おやめください! SS(親衛隊)に聞かれでもしたら、閣下のお命が危ぶまれます」

 

 ガウゼにそう宥められ、大きく深呼吸すると、ロンメルは「すまない、取り乱した」と言って、冷静さを取り戻す。

 

「なってしまった物は仕方がない、ここからどう巻き返すかだが……」

 

 戦略地図を見つめながら、ロンメルはしばらく黙り込む。

 

「戦力差は大きいが……敵に機甲師団は見られないのか?」

「それは私より……」

 

 ガウゼは、自身の後ろに立っていた男を前に出す。

 

「私は第16歩兵師団所属のリード大尉であります。ロンメル閣下ご到着前より戦線にいた身から申しますと、敵に機甲師団らしき戦車集団は今の所見えておりません」

「そうか……前線配備に間に合っていないのか、それとも後ろに隠してるのか……」

 

 ロンメルの呟きに、リード大尉は姿勢を正して進言する。

 

「僭越ながら申し上げますと、敵機甲師団はそれほど数が多くなく、その全てを攻勢に向けているのだと思われます」

「大尉、閣下に向かって意見など!」

 

 ガウゼは止めようとするが、興味を持ったのか、ロンメルは続けるように促す。

 

「よい、その根拠を教えてくれ」

「はっ。敵機甲師団の報告は、南方や北方などには見えませんが、実際に突出して侵攻を続ける中央には多く見られます」

 

 地図を指さしながら、リード大尉は説明する。

 

「ソビエトは人海戦術を好み、物量で押しつぶす侵攻をドクトリンとしていると聞いたことがあります。ので、中央に戦力を集中し、一挙にベルリンまで侵攻する算段で、現存する機甲師団を中央へ送っている。よって、本来守備すべき側面に、戦車が足りていない物と推測されます」

 

 言い終えると、リード大尉は一歩下がり、ロンメルの反応を待つ。

 

「ふむ、良い読みだ。私もその考えには同感だ……あと考えるべきは、ソビエトの生産力がいつピークを向かえるかというところ……。40年からの動きを見ると、ピークを向かえるのは……42年12月から翌年1月あたりと言った所か……」

  

 ロンメルがしばらくぶつぶつと独り言を呟くと、大きく頷き、顔を上げた。

 

「リード大尉、君の助言のおかげで、ボルシェビキたちを轢き殺せそうだ」

「は、閣下のお役に立てたのなら、この上ない光栄であります!」

「君のいる第16師団も使って、すぐに攻勢をかける。その攻勢が成功したら、君の戦果を上へ報告しよう。だから、死ぬんじゃないぞ」

 

 穏やかな顔でロンメルはそう笑いかけると、リード大尉は声を張り上げ敬礼する。

 

「はっ! 失礼します!」

 

 ガウゼと二人きりになったロンメルは、すぐに電話へと手を伸ばした。

 

「私だ、ロンメルだ。ああそうだ、南方軍団の……グデーリアン上級大将を頼む」

 

 しばらく待つと、電話先の声が変わった。

 

「ロンメルだな」

「そうだ、ソ連への反撃についてだ――」

 

 さっそく要件を言おうとしたロンメルの言葉を遮って、ハインツ・グデーリアンは言う。

 

「まて、言わずとも分かる。わざわざ俺に電話を掛けるぐらいだ、お得意の電撃をやりたいんだろ?」

「流石だな、戦車将軍」

「当然だ、北方でも機甲師団の動きは確認できていない。なんだったら、こっちはフィンランドの雪山部隊が今か今かと出撃を待ち望んでいる電話がかかってきている、いつでも行けるぞ」

 

 さすが名将と言うべきであろうか、ソビエトの戦線を任された二人の上級大将は、全く同じ結論に行きついていた。

 

「補給路を厚くする暇はない。最小限の機甲師団で、そっちはレニングラードを目指してくれ、こちらはキエフを目指す。その後、中央に向かって進軍、合流を目指そう」

「はは、あのレニングラードを最小限の機甲師団で、か」

「無茶か?」

「まさか、もっと無茶な命令を国から受けているんだ、これくらいはやって見せるさ」

 

 皮肉交じりのグデーリアンの言葉に苦笑しながら、ロンメルは最後に付け加えた。

 

「南方は明後日にでも攻勢を開始する。合流を楽しみにしている」

「ああ、こっちもだ」

 

 

 

9月22日。

 

 この日、ドイツの大反攻が始まった。

 北方からはグデーリアン率いる2個機甲師団とフィンランドの先鋭歩兵師団が、南方からはロンメル率いる4個機甲師団が猛撃を開始した。

 しかしソビエトは、この猛撃の弱点である補給線の脆さをすぐに理解し、そこへ攻撃を仕掛けた。

 

「報告します! 第2中隊壊滅! 応援の要請が来ています!」

「予備歩兵大隊を送れ!」

「第5大隊より電報、敵機甲師団出現!」

「第14野砲連隊に応援を要請しろ、何が何でも突破させるな!」

 

 補給線を守っていたのは僅かな歩兵師団のみであり、普通であればすぐにでも押しつぶされてしまう。しかし、今回は特別であった。

 

「今俺たちが耐えることで、あの西海岸の狐と呼ばれるロンメル将軍が、戦車将軍と呼ばれるグデーリアン将軍がソビエトを打ち倒してくれる! へばるな! 死んでもこの補給線を守り通せ!」

「「「「Jawohl!(了解!)」」」」

 

 二人の名将の作戦に参加できるという名誉、ソビエトに一矢報いれるという高揚感から、現場の歩兵たちの士気は有頂天を突く勢いであった。

 手製の爆薬や火炎瓶を巧みに使いながら、歩兵たちは《BT7》を撃破し、《T-34》を足止めした。その抵抗は恐ろしい物があり。手足をもがれながらも、手榴弾のピンを口で抜き、這って敵へ接近、自爆する兵が出るほどであった。

 

 その光景は北方補給路、南方補給路双方で見られ、後にこの補給路は、独ソ両兵士の大量の血が流れたため、『赤黒い道』と呼ばれるようになった。

 

 侵攻が始まって1週間、29日には、ロンメルの部隊はキエフを攻略し、グデーリアンの部隊は、レニングラードを包囲していた。

 

「フィンランド軍の先鋭歩兵は本当に頼りになるな……正直想像以上だ」

「はい、厳しい環境下でも一切士気が下がることなく、巧みな戦闘技術で間違いなくソビエトを疲弊させています。流石、冬戦争でソビエトから自国を守った兵士です」

 

 機甲師団はレニングラードに到着するまでにかなり疲弊し、グデーリアン自身もすぐに落とせるとは思っていなかった。だが、想定以上にフィンランドからの応援が役に立ち、包囲を完成させた。

 

「最悪、どんなに時間がかかったとしても、10月末までにはここを落とすぞ、さもないと、冬が来る」

「そのことですが……」

 

 グデーリアンの補佐官が一通の手紙を差し出した。

 

「これは、マンネルヘイム将軍からか……」

「はい、何でも、レニングラードをよこして欲しいとか」

「なにぃ?」

 

 元々、フィンランドはドイツからソビエトへ宣戦布告するよう要請されていたが、断り続けていた。しかし、いざドイツが独ソ戦を開始すると、フィンランドがドイツに協力しているとソ連が言い始め、ソ連はフィンランドにも宣戦布告、継続戦争が始まった。

 

 それを利用し、ドイツはフィンランドと軍事同盟を締結。ドイツは積極的な軍事支援は要請しない代わりに、フィンランドはソビエトの領土を奪わないという密約を結んでいた。

 いたのだが……。

 

「レニングラードをフィンランドだけで落とすから、戦後はレニングラード周辺の土地をフィンランドに割譲してほしいと……また凄いことを言い出したな」

「ですが、ライセンス生産された『四号戦車』を擁する、フィンランド唯一の機甲師団が出撃し、あのシモ・ヘイヘのいる歩兵部隊も動いているとか……フィンランドは本気だと思います」

「総統閣下が許してくれるかだな……」

「そこを見込んで、将軍に手紙をよこしたのでは? 将軍の意見は、総統閣下も聞いてくれると有名ですから」

 

 そんな補佐官の言葉に、グデーリアンは苦笑い。どうしたものかと少し考え、総統閣下に電報を送ることにした。

 

『親愛なる総統閣下へ。今現在我らはモスクワ陥落に向けて進んでいますが、大きな障壁にぶつかっています。それはレニングラードです。――――ですので、ここをフィンランド軍に任せ、その報酬にここ一帯の土地をフィンランドに与えると言うのは如何でしょうか。軍事的防衛の観点から見ても、北は雪に慣れている友邦に任せるのが得策だと思います。ぜひご一考お願いします』

 

 電報の返事が来た10月2日。この日グデーリアンは部隊の再編を終え、ロンメルと合流すべく行動を開始、フィンランド軍にレニングラードを任せ、グデーリアン指揮下の機甲師団は、南下を始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二六話 スモレンスクの奇跡・悲劇

「ジューコフは何をしていたのだ!」

「同志スターリン、僭越ながら申し上げますと、ジューコフ上級大将殿に責任を求めるのは間違いかと思います……」

「君は私に意見するのかね」

 

 モスクワの書記長室から、ヨシフ・スターリンとその側近のラヴレンチー・ベリヤの声が聞こえて来る。

 

「キエフ等の南西部の指揮を任せていたのはジューコフだ、そこがいとも容易く突破されたとなれば、それは総指揮官の責任ではないのかね? こうなれば、ジューコフも粛清すべきではないのかね!」

 

 スターリンはキエフが落ちたという報告を受け、怒り狂っていた。ソ連にとってウクライナは食物庫であり、大事な防衛拠点であったため、厳重な防衛線を引き、優秀な将として名高いゲオルギー・ジューコフ上級大将を指揮官に任命していた。

 だと言うのに、いとも容易く突破されたという事実を聞かされた、だからこそ、ここまで感情的になっているのだ。

 

「キエフが攻略された要因としては、三つ考えられます。一つは、敵将が西海岸の狐と言われるロンメルであると言うこと。一つは、ジューコフ殿が不在であったこと。そして最後の一つが……」

「なんだね、もったいぶらず言いたまえ」

 

 少し呼吸を整えた後、口を開く。

 

「現場の怠慢です」

 

 その言葉に、ピクリとスターリンの眉が動く。

 

「ほう、詳しく聞こう」

 

 ベリヤは報告書を取り出し、それを読み上げる様にして、スターリンに告げる。

 

「ジューコフ殿は、敵前線に機甲師団が合流したことを察知し、攻勢が来ることを予期していました。そのため、ジューコフ殿は現場にいた師団長や砲兵隊などに、機甲師団の侵入に備え、防衛線の強化、警戒態勢の強化を命じた、と言う記録が報告されています」

 

 スターリンは黙ったままだ。しかし口元はやや緩みだし、まるで、刈り取るべき雑草を、綺麗に整えている庭で見つけた時のような目をしながら聞いている。

 

「その後、ジューコフ殿は中央部で使用している機甲師団の一部を防衛に回すよう伝えた所、相手にされなかったため、直接交渉に出かけた二日後、キエフへの攻撃が始まり、慌ててジューコフ殿が戻ってきた時には時すでに遅く、仕方なくキエフを放棄、さらに後ろに防衛線を築き直したとのことです」

 

 スターリンはゆっくりと頷き、「そうかそうか、よく分かった」と言った後、ベリヤに指示を下した。

 

「ベリヤ君、現場指揮官たちはどうしているのかね?」

「は、既に拘束、弁明の余地を求めて直接同志スターリンに合いたいとおっしゃっておりますが、いかがいたしますか?」

「ふむ、キエフという重要拠点を失った責任は大きい、その責任を取ってもらおう」

 

 その命を受け取ったベリヤは、一礼し、書記長室を後にした。

 

 

 10月3日、新たにソ連の中で7人が粛清されたのだった。

 

 

 

 南方、北方の守備を指揮していた者たちが粛清される中、着実にロンメルとグデーリアンは合流すべく内陸に進撃を再開した。

 中央戦線で、ベルリンを目指す攻撃隊の指揮を取っていた、ニコライ・ヴァトゥーチンは、この行動は自分たちを包囲殲滅するための動きだとすぐに察知し、本国へ電報を入れる間もなく、全軍転進の指示を出した。

 しかし、中央部に進出していた部隊は、機甲師団、歩兵師団、砲兵連隊など、様々な師団が、全て合わせて約50個師団ほど展開していたため、迅速な方向転換や意見伝達が出来ず、各所で混乱を招いてしまった。

 

 それだけではなく、ドイツ軍は制空権を確たるものにした後、《Ju87シュテューカ》を軸にした爆撃隊にて、撤退するソ連軍へ爆撃、移動をさらに困難なものにした。

 

 その結果、ヴァトゥーチンが直接指揮を執っていた第1機甲師団と数個の師団は撤退に成功したが、その他多くの師団は、ロンメルとグデーリアンが合流したことによって閉ざされた、ドイツ軍の包囲網に取り残されたのだった。

 

 この報告を受けたヒトラーは歓喜の声を上げ、宣伝相のゲッベルスに、『スモレンスクの奇跡』として宣伝するように命じた。

 一方、スターリンの方は落胆の声を漏らし、罵声を軍部に浴びせ、『スモレンスクの悲劇』として嘆いていた。

 

 

 

10月30日。

 

「そっちはどうだ?」

「片付いた、この村に潜んでたアカ(ソ連軍)どもは全員始末できたと思うぜ」

 

 ドイツ軍は、おおよそ1ヵ月かけて約40個師団分のソ連軍を殲滅した。ロンメル、グデーリアンという二人の名将の進言もあって、ヒトラーは快く武装親衛隊を含む増援部隊を送り、殲滅の手伝いをさせた。

 

「これだけやれば、ソ連もあっという間に降伏するかもしれないな」

 

 ドイツ国防軍の一人がそう零す。

 

「どうだろうな、ソ連は畑から人が取れるなんて話が出るほど人が多い。いざとなったら、子供でも老人でも女性でも使って、師団を編制してくるんじゃないか?」

「まっさかぁ、どんだけ国が追い詰められても、そんなことするような奴が指導者なんてできやしないだろう」

「確かにな」

 

 二人がそうして笑い合っていると、ゴゴゴゴゴと地面を揺るがす履帯の音が響いてきた。

 

「はー、ありゃ第七機甲師団、ロンメル閣下直属の部隊だな……」

「本当だ……あの名将の部隊を直接拝めるなんてな……」

 

 この頃、ロンメルの率いる機甲師団は、ドイツ軍の中でもはや神格化されており、こうして一般の兵からは崇められるような存在となっていた。電撃戦を得意とし、一か所に留まっていることが珍しく、歩兵達がその姿を見るのがレアと言うことも、ロンメルの部隊を神格化させた一つの要因だろう。

 

「閣下たちの目標は、やっぱりモスクワだよな?」

「だろうな、スモレンスクを陥落させて、前線に突出していた師団のほとんどを殲滅できたんだ、息の根を止めにかかるのが普通だろうな」

 

 そんなことを話している間に、第七機甲師団の姿はどんどん離れて行った。

 

「お前たち、いつまでそこでボーっとしてるんだ」

 

 二人の背後から、迫る影が一つ。

 

「はっ、失礼しました、リード少佐殿」

 

 慌てて二人は敬礼する。敬礼する先にいる男は、ロンメルへと意見を渡した、リード大尉であった。今はその活躍が認められ昇進、少佐となり、第16歩兵師団内の、第112通常歩兵大隊の指揮官となった。

 

「これから俺たち16歩兵師団は、南方軍団の指揮下から北方軍団の指揮下に入り、モスクワ攻勢に加わる」

 

 その言葉に、二人は目を輝かせる。

 

「モスクワ攻撃に参加できるのですか!」

「そうだ、だからこんなところで足踏みしている暇はないぞ、さっさと他の奴らと合流して、行軍の準備を整えろ!」

「「はっ!」」

 

 ドイツ軍の進撃は留まることを知らない。しかし、その侵攻を脅かす影が、西側より伸びていることに気づく人物は、ドイツ国内にはまだ、いないのであった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二七話 モスクワ陥落

 

1941年11月12日。

 フィンランド軍の歩兵師団、機甲師団が一斉突撃を仕掛け、激しい抵抗を受けながらもソ連軍を殲滅。

                         ―――レニングラード 占領

 

   同年11月24日。

 ルーマニア軍とドイツ軍が合同で敵の大包囲を敢行。敵は補給物資に乏しく、餓死者、自害者を多く出しながらも激しく抵抗、しかしそれを、二国の機械化歩兵師団が殲滅。

                       ―――スターリングラード 占領

 

1942年1月4日。

 ドイツ軍、5個機甲師団、8個機械化歩兵師団、3個歩兵師団、1個騎兵師団、武装親衛隊2個師団がモスクワ一帯を包囲。

                         ―――モスクワ攻防戦 開始

 

 

 ある日は、ドイツ軍が防衛線を突き破った。

 

「砲撃だ!」

 

 誰かが叫ぶ。その数秒後、ゆっくりと前進していた戦車の周囲を囲むように、土煙が立ち上がった。

 

「全体、前へ!」

 

 《五号戦車パンター》に乗る将校が、全体に突撃の命令を下すと、戦車に随伴していた歩兵たちが一斉に駆け出し、敵の野砲が並ぶ正面の防御陣地へ突き進んでいく。

 それを援護すべく、1輌の《パンター》と2輌の《四号戦車》が主砲に爆炎を躍らせる。

 

「恐れるな! 撃て!」

 

 それに対し、防御陣地で小銃、機関銃を構えるソ連軍は一斉に発砲を開始し、野砲陣地からは、砲撃だけでなく、《82ミリBM-8》通称《カチューシャ》がロケット弾を発射する。

 ロケット弾に歩兵たちは蹴散らされるが、それでも突撃は止まらない。

 

「うがあああ!」

「ぐっ、は!」

「腕が、腕がぁ!」

 

 歩兵たちの背後から飛んでくる戦車の砲弾に、体を吹き飛ばされる同志を見ながらも、ソ連軍は必死に抵抗する。

 いずれ、ドイツ軍の歩兵が土塁を乗り越え、防御陣地に侵入してくる。

 

「死ね! アカ野郎!」

 

 銃剣を突き刺し、スコップで殴り掛かり、落ちている石で頭をかち割る。ドイツ軍は毎日のように猛攻を続けているため、モスクワ攻撃が始まって2か月もたてば、弾薬が底をつき始めていた。

 季節は冬、補給物資を運ぶ車輌たちは雪に行く手を阻まれ、満足に補給物資は届いていなかった。

 

「母なる我らの大地から出ていけ!」

 

 其れに対してソビエトの兵士たちも、完全にモスクワ一帯を包囲されているため、弾薬どころから食料も一切補給されていない状態で、歩兵達は一同限界に近かった。

 

 互いに肉弾戦を続け辺り一面に血が流れる。ソ連軍の歩兵が全員死んだことを確認すると、ドイツの歩兵たちは、一同その場にへたり込み、ガタガタと体を震わせる。

 

「寒い……寒いよ……」

 

 どれだけ厚着をしても、モスクワの冬は寒くドイツ軍の歩兵たちの士気も低迷していた。しかし、ここで攻撃の手を緩めればソビエトに押し戻されると考えたヒトラーは、死んでもモスクワを落とすよう国防軍に厳命した。

 

「各員! 寒いのは分かるが、歩みを止めるな! 動きを止めれば、さらに体が冷えるぞ!」

 

 戦車に乗る将校も、がたがたと体を震わせながら、精一杯の声で叫ぶ。

 

「モスクワ陥落は目前だ! 進む――」

 

 刹那、爆発。

 

「将校殿!」

 

 歩兵が当たりを見渡すと、防御陣地の側に立っていた建物の内部に、歩兵の姿が見えた。

 

「あそこだ!」

 

 見つけた兵が指を指すと、仕返しと言わんばかりに、《四号戦車》が砲弾を食らわせる。どうやら将校の乗る《パンター》は、ソ連軍が隠していた野砲に撃たれたようだった。

 

「私は大丈夫だ! それより、周囲の建物を警戒しろ!」

 

 将校は、頭から血を流すも、致命傷は避けられたようだった。野砲の砲弾は《パンター》の側面に命中したが、傾斜が上手く効果を発揮し、貫徹を許さなかった。

 

 

 

 ある日は、ソ連軍が防御陣地を奪い返した。

 

「退けー! 退けー!」

 

 必死に一人の歩兵が叫び、ドイツ国防軍はその場を離れようと走る。

 

「うわあああ!」

 

 しかし、その歩兵の群れを吹き飛ばす砲撃がドイツ軍の背後より迫る。

 

「《IS-2》だ!」

 

 従来の《T-34》では破れない、ドイツ軍の強力な戦車たちを破壊すべく、ソ連が開発した、122ミリカノン砲を搭載する重戦車、《IS-2》。

 主砲がカノン砲なだけに、榴弾による攻撃が非常に強力で、対歩兵戦闘ではその実力を遺憾なく発揮。対戦車戦闘においても、大口径砲から繰り出される122ミリの徹甲弾は、《パンター》の正面装甲を唯一貫くことができた。

 

「戦車隊の支援は無いのか! パンツァーファウストは!?」

 

 歩兵の一人がそう悪態をつく。

 

「ダメです! 支援隊来ません! パンツァーファウストも残りはありません!」

「クソ! ここまでか!」

 

 防御陣地を破ったドイツ軍の歩兵たちは、瞬く間に《IS-2》率いる部隊に殲滅されたのだった。

 

 

 

 またある日は、二か国の機甲師団が市街地で激戦を繰り広げた。

 

「冬は過ぎた! もうソビエトを守るものは何もない! 止めを刺すのだ!」

 

 グデーリアンは、正式型として大量配備され始めた《六号戦車ティーガー》を数台含む戦車隊を用いて、最後の敵機甲師団が潜んでいるモスクワ中心区へと進撃を開始した。

 

 一方、ソ連軍最後の戦車部隊の指揮を取っていたのは、もともとベルリンを目指していた中央戦線の指揮官であった、ニコライ・ヴァトゥーチンだった。《IS-2》を数量と、《T-34》、他数種類の車輛で構成された部隊は、最後の抵抗へと身を投じた。

 

「同志スターリンや、他の名将たちは撤退を完了した! あとはどれだけ敵へ出血を強いることができるかだ! 戦え、ソビエトの旗の下に集う戦士たちよ! 母なる大地を、ナチスの侵略から守るのだ!」

 

 ここに、モスクワの最終戦、クレムリン大宮殿戦車戦が始まった。

 

Panzer Vor !(戦車前進!)

Да здравствует СССР!(ソビエト万歳!)

 

 後にこの戦いは、名将率いる最高練度の戦車隊がぶつかったことで、史上最高の戦車戦と呼ばれるようになる。

 

 入り組んだ市街地での戦闘になったため、長距離からの貫徹を自慢とするドイツ戦車たちはその性能を満足に発揮することは出来なかった。しかし、グデーリアンの完璧な指示によって、被害は出るものの、宮殿前、赤の広場に到達した。

 

 ソビエトは、そもそも満足に戦える戦車は多くなく、急ごしらえの、砲を載せたトラックや損傷した戦車、歩兵のゲリラ的攻撃を使用しての攻撃を余儀なくされていた。しかし、ニコライの巧みな指揮で、着実にドイツ軍へと損傷を与えた。

 

 双方ボロボロになりながら、赤の広場で最後の砲戦が開始された。

 ドイツ軍は、《ティーガー》1輌《パンター》4輌《四号戦車》3輌にまで数を減らされていた。

 それを迎え撃つソ連軍の戦車は《IS-2》2輌《T-34》2輌《ZiS-30》4輌であった。

 《ZiS-30》は、急ごしらえのトラクターに対戦車砲を載せただけの車輛で、とても前線で戦えるような性能はしておらず、明らかにソ連は戦力不足であった。

 

 戦闘が始まって1時間、赤の広場でエンジン音を響かせていたのは、一輌の《ティーガー》だけだった。

 

「手酷くやられたな……」

 

 弾痕が多くつく《ティーガー》の上で、グデーリアンは空を見上げる。

 広場の前にある宮殿の頂上には、ハーケンクロイツ(鉤十字)が掲げられ、モスクワがドイツの手に落ちたことを世界へ知らしめていた。

 

「ロンメルが居れば、もう少し被害は抑えられたか……? いや、考えても仕方ないな、あいつはあいつなりの考えがあるんだろう」

 

 1942年5月30日、モスクワ陥落。しかし、その場にスターリンや上級将校の姿は見えず、逃げられたことをグデーリアンは責められると思ったが、ヒトラーはモスクワが落ちたという報告だけで満足し、グデーリアンに告げた。

 

「よい。モスクワが落ちてしまえば、ソビエトは死んだも同然。後は好きにスターリンの首を取りに行ける。君も少し休みたまえ、スターリンの首はその後でよい」

 

 一方、モスクワを落としたもう一人の功労者、ロンメルは、モスクワ攻防戦の決着が付こうとする頃、最前線を退き、部隊の再編と回復に努めていた。

 グデーリアンには「非常に嫌な予感がするから、私は少し後ろに下がっている。後を頼む」とだけ言い残していた。グデーリアンは、その行動を不思議がるも、ロンメルの手腕と実績を信用していた為、何かに備えているのだろうと察し、止めることはなかった。

 

 

 

 

6月1日。

 

「ロンメル閣下! モスクワが落ちました!」

 

 嬉々とした声で、ガウゼはロンメルへそう報告する。

 

「そうか、グデーリアン殿がやってくれたか」

 

 ロンメルの表情は和らぐが、何かを思い出したかのように、ガウゼへ厳しい声で聞き返す。

 

「スターリンは! スターリンは死んだのか!? それと、ジューコフもだ! ソビエトは降伏の動きを見せているのか!?」

 

 いきなりそんな声を向けられたため、ガウゼは肩をすくませるが、すぐに答える。

 

「いえ、重要人物たちには逃げられてしまったようです。ソビエトは、オムスクという内地へ入り、徹底抗戦の構えを見せています」

 

 直後、ロンメルの脳内に、見たことが無い光景が浮かび上がる。

 無数の《T-34》とソ連軍歩兵が、赤い津波となってベルリンへと押し寄せる。その反対からは、数百万を超える連合軍が、人肉と鉄の群れを成して、ベルリンへと押し寄せる。

 

「閣下?」

 

 ガウゼは、みるみるうちに真っ青になっていくロンメルの顔を見て、声をかける。

 その声に我に返ったロンメルは、「大丈夫だ」と返し、大きく深呼吸する。

 

「こんな光景を、作り出してはならない……上陸されてはいけない」

 

 なおも心配そうに見つめるガウゼに向かって、ロンメルは命令を下す。

 

「ガウゼ!」

「はっ!」

「ベルリンへ、至急《ティーガーⅡ》を増産体制に移行するよう伝えろ。それから《ティーガー》の大量生産を急がせろ」

「承知しました!」

「あと、私の第七機甲師団、それに追従する機械化歩兵師団の完全回復を急げ!」

「はっ!」

 

 その頃、大西洋を横断する大艦隊を発見したという報が、ドイツ海軍司令部に届いていたのだった……。

                  

                      ―――D-dayまで、後67日。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外章 出来事年表(~1942年前半)

【1935年】

10月 旭日会結成。

    第二次イタリア=エチオピア戦争、開始。

 

【1936年】

 1月 エチオピア併合。

 3月 ドイツ軍ラインラントへ進駐。

12月 グリーン・ブランド大統領就任。

 

【1937年】

 2月 他国へのレンドリースをスムーズにするレンドリース法、可決。

    ブランド大統領、戦争への部分的介入策を取ることを発表。

    経済の再生、及び造船所を増やすRe:ニューディール政策、開始。

    1942年までに機動艦隊を充実、拡張させるスワン計画、開始。

 7月 日中戦争、開始。

    野村外交官とハル国務長官、日中戦争や日本民主化に関する密約を締結、

    日米密談。

 

【1938年】

 3月 オーストリア、ドイツに併合。

 

【1939年】

 3月 ドイツ、ダンツィヒの要求を強める。

    アメリカ、フランスへの武器供給、バーディー作戦、開始。

 9月 ドイツ、ポーランドへ宣戦布告。

    英仏、ポーランドとの軍事同盟に従い、ドイツへ宣戦布告

    第二次世界大戦、勃発。

10月 ポーランド、降伏。

12月 ドイツ、デンマークへ宣戦布告、4時間後、デンマーク降伏。

    ドイツ、ベネルクス三国へ宣戦布告。

    ルクセンブルグ政府、オランダ政府、イギリスへ亡命。

    ベルギー政府、イギリスへ亡命。

    フランス侵攻、開始。

 

【1940年】

 3月 パリ陥落。

 6月 コンピエーニュの森にて、独仏休戦協定、締結。

    ヴィシーフランス、成立、フランス共和国政府、イギリスへ亡命。

 7月 急速な駆逐艦造船計画、ストーン・ホール・シー計画。

 8月 欧州遠征決定。

    北海における制海権確保を目的とした、ノースストーム作戦、開始。

11月 ドイツ、ノルウェーへ宣戦布告、強襲上陸をしかける。

    英米艦隊が世界で初めて空母を大々的に使用する、スゲカラク海峡海戦。

    英米艦隊、敵艦隊へ肉薄し、砲戦を仕掛ける、スゲカラク海峡砲撃戦。

    英米艦隊、撤退中に追撃を受ける、スゲカラク海峡撤退戦。

    (三つ合わせて、欧州大海戦)

    ノルウェー占領。

12月 スワソン死亡。

    ブランド政権、大臣入れ替え。

    日本、フィリピンへ宣戦布告、アメリカ、日本へ宣戦布告

    南太平洋戦争、勃発。

 

 

【1941年】

 1月 アメリカ太平洋艦隊、王鷲艦隊フィリピン到着。

    王鷲艦隊VS連合艦隊で世界初の空母対空母の海戦、北フィリピン海戦。

    王鷲艦隊VS連合艦隊の砲戦、サブタン島沖海戦。

    王鷲艦隊へ追撃を仕掛ける連合艦隊水雷戦隊の夜襲、カラヤン島沖海戦。

    (三つ合わせて、南シナ海大海戦)

 2月 日本軍の追加部隊がミンダナオ港方面に上陸。

 3月 日本国内で、旭日会率いる民主派が武力蜂起、日本内戦、勃発。

 9月 ドイツ、ソビエトとの不可侵条約破棄、侵攻開始、独ソ戦、勃発。

10月 ソ連の侵攻部隊の大多数を殲滅、スモレンスクの奇跡・悲劇。

    英仏軍、ホラントに上陸をしかけるも、失敗。

11月 フィンランド軍の猛攻により、レニングラード、陥落。

    ルーマニア軍の猛攻により、スターリングラード、陥落。

 

【1942年】

 1月 英仏軍、フランドルに上陸をしかけるも、失敗。

    英仏軍、ノルマンディーに上陸をしかけるも、失敗。

 5月 ドイツ国防軍機甲師団の猛攻により、モスクワ、陥落。

 7月 ドイツ、上陸の報復としてロンドン大空襲を敢行

    バトル・オブ・ブリテン。

    アメリカ連合国へ加入、対独宣戦布告、ブラック計画、始動。

 8月 日本内戦、終戦。

    

                               D-dayへ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五幕 大戦の転換点編
第二八話 史上最大の作戦


1942年8月6日06時00分、ノルマンディー。

                      ――D-dayまで、0日、20分前。

 

「はぁ~今日は俺が担当か……」

 

 眠そうな目を擦りながら、ドイツ国防軍の兵が、双眼鏡を片手に見張り用のトーチカに入る。

 

「軍艦どころか商船一隻もいないんだから、上陸なんて来るわけないのに……」

 

 めんどくさそうに双眼鏡を除く。

 

「……ん?」

 

 何かを発見したのか、一度双眼鏡を離し、目を擦った後、再び双眼鏡から水平線を見つめた。

 

「ああ、あああ! ああああああ!」

 

 ガタガタと震えながら、しばらく水平線を見つめ、トーチカを凄い勢いで飛び出してゆく。

 

「敵だ! 敵の大艦隊だ!」

 

 見張りの兵の声で、眠っていた兵たちが飛び起き始める。

 

 双眼鏡から覗いた水平線には、海上を埋め尽くさんばかりの軍艦、輸送船が見えていた。

 その艦立ちに翻る旗は、星条旗(スターズ&ストライプス)英国旗(ユニオンジャック)

 

 8月6日、日本内戦が終戦したその日、アメリカ、イギリスを主力とし、フランス、ベルギー、オランダ、ノルウェー、デンマークの残党軍で編成された、上陸第1波20万の大軍が、ブルターニュ半島に押し寄せたのだった。

 

「機関銃主構え! 固定砲台は、重装甲の敵を重点的に狙え!」

 

 ここ、オマハビーチの一角で指揮を取る下士官が、唾を飛ばしながら指示を出す。

 その声と同時に、水平線に朧げに見える艦影に、発砲炎が煌めく。

 

「艦砲射撃が来るぞ!」

 

 下士官も急いでトーチカ内に潜り、着弾に備える。

 数十秒後、ゴオオオオっと凄みを感じさせる音と共に飛来した砲弾が、オマハビーチに展開されていた防衛陣地へ殺到する。

 

「耐えろ! ロンメル将軍が築いてくださったこの防御陣地は完璧だ! そう簡単に壊れはしない! 敵小型船が見え始めたら、ひるまず撃て!」

 

 怒鳴りつけるように、下士官は無線機に向かってそう叫んだ。

 

 40分間砲弾の雨を受け続けたビーチだったが、下士官の言う通り、何度も連合軍の上陸を食い止めたロンメルの指示通り設置された防衛拠点は非常に強固で、戦艦含む艦隊からの艦砲射撃を受けても、ほとんどの防衛設備は健在であった。

 

「輸送船より小型艇、多数発進! 砲撃許可を!」

「よし! 各部自由射撃! アメリカ人(ヤンキー)を陸に上げさせるな!」

 

 許可を貰った砲台は間を置かず、上陸舟艇に向けて、据え置き型の8,8センチ砲(アハトアハト)の引き金を引いた。

 その砲声を皮切りに、各トーチカや砲台から発砲炎が上がり、陸目掛けて進んでくる上陸舟艇、水陸両用戦車などに殺到する。

 

「艦砲射撃をしたんじゃなかったのか!」

 

 舟艇に乗る兵たちは口々に叫ぶ。前日に行われた爆撃や、先ほど行われた艦砲射撃は幻だったのかと言わんばかりの砲火を受けているからだ。

 

 水面に砲弾が着弾し、大きな水柱が上がる。舟艇には立ち上がった水柱の水が降り注ぎ、機銃弾が舟艇の縁やタラップを直撃する。

 

「だ、ダメだぁ! これ以上近づけねえ! 下ろすぞ!」

 

 あまりの砲火に完全に委縮しきってしまい、一部の舟艇操縦主は、岸辺からまだまだ数十メートルもあるような所で兵士を下ろす選択をしてしまった。

 

「おいバカ! こんなところで下ろされたら溺れっちまうよ!」

 

 兵士の叫びも無視し、舟艇運転手はタラップを下ろす。すると、待っていたと言わんばかりに、対岸の機関銃に発砲炎が煌めき、瞬く間に先頭に立っていた兵士たちをミンチへと変えていく。

 

 敵の機銃の射角、砲の視界内でタラップを下ろしたが最後、一瞬で乗っていた部隊は壊滅し、残された兵はどうすることもできずただ衛生兵を呼び、泣き叫び、戦闘を続行できるような状態ではなくなる。

 

 しかし一方で、舟艇運転手が敵を怖がらず、しっかり陸に付けてタラップを下ろせたり、上手いこと機銃の死角に入り込めたり、航空機が展開してくれた煙幕の中に上陸できた部隊は、既にトーチカなどへの攻撃を始めていた。

 

「第267小隊、左翼から回り込んで機銃陣地を制圧、他の部隊の援護に回るぞ!」

「隊長! 他の隊が!」

 

 一人の兵士が、海岸を指さして叫ぶ。その先には、地べたに突っ伏したまま動ない仲間たちが、無数に岸を埋め尽くしていた。

 

「ッ! 皆……死んでるのか……」

 

 呆然と立ち尽くすが、再び隊長から鋭い喝が入る。

 

「仲間たちの死を無駄にするな! 行くぞ!」

 

 第267小隊はその後、オマハビーチの左翼機銃陣地、砲台陣地を制圧し、それに気づいた他の部隊は、やや左寄りにしかけることで、損害を抑えながら続々とアメリカ軍は上陸を行った。

 

 その日の14時にはアメリカ軍は海岸を制圧、堅牢な水際防衛陣地を陥落させたのだった。

 この時、同時に他の箇所でも上陸を敢行しており、その全てでなんとか上陸成功、海岸部分に橋頭保を築くことに成功、日が落ちる前には港も確保することができた。

 

 しかし、連合軍はこの後、地獄を見ることとなる。

 

8月7日、10時20分。

 

「押し込め! ここを突破すればもう一つの港が手に入る! ジョンブル魂(英国魂)を見せてみろ!」

 

 《チャーチル歩兵戦車》を先頭に、英国陸軍の面々は、果敢に突撃を敢行する。

 手持ちのステン短機関銃の引き金を引きながら、雄叫びをを上げて。

 

「くたばれナチスども!」

 

 土塁を乗り越え、防衛線を突破すると、《チャーチル》の砲撃で、さらに奥にある野砲が吹き飛ぶ。

 

「このまま行くぞ!」

 

 イギリス軍に留まらず、アメリカ、カナダ、フランスの軍勢も、上陸地点から着実に制圧面積を広げ、各々の占領地を接続、補給線の確保には成功した。

 しかし、そこまでであった。

 

「正面戦車! 《パンター》だ!」

 

 歩兵の一人がそう叫ぶとともに、歩兵達のもとに砲弾が着弾する。

 数名が吹き飛ばされ、歩兵達の足が止まる。

 

「航空支援と他の車輛を待て! 歩兵たちは後退しろ!」

 

 《チャーチル》から指示が飛び、各員が後退を始める。

 

「航空支援を要請する! 場所は、E-12の――――」

 

 直後、《パンター》の砲弾が《チャーチル》の正面装甲をぶち破る。弾薬庫とエンジンを同時に潰された《チャーチル》は爆発四散。

 

「クソ! 撤退! 撤退!」

 

 連合軍が初めて相手にするドイツ軍の戦車たち。そのどれもが脅威となり、たった一輌の《パンター》で戦車中隊が足止めを食らい、一輌の《ティーガー》が現れれば、瞬く間に戦線は総崩れとなる。

 

 連合軍が並べる戦車たち、米軍《M4シャーマン》、英軍《チャーチル》《バレンタイン》等は、たとえ0距離からであっても、ドイツ軍主力《パンター》《ティーガー》の正面装甲を抜くことが出来ない。

 逆にドイツ車輛たちは、どんな距離からでも連合軍の戦車たちの正面をぶち破れるほど、圧倒的な差が存在していた。

 

 それでも、連合軍は数の暴力と巧みな連携を駆使して、ロンメルが用意した防衛線を、多大な被害を出しながらも突破した。

 

 その突破の裏には、ソ連軍の大反攻も影響を及ぼしていた。

 

 ヒトラーの命で一時休暇のため本土へ帰国していたグデーリアン、西海岸の不安で一足先に移動を開始していたロンメル。その代理で、ポーランドへの戦闘に参加し、騎士十字章を受け取っていた、フリードリヒ・オルブリヒト大将が向かっていたが、輸送の不手際により、到着が遅れていた。

 有力な指揮官が居ない前線。これ以上ない好機と見たソビエトは、数百万にもなる老人から女子供を交えた歩兵師団と温存していた《T-34》にて大突撃を敢行、電撃的にモスクワを奪還するまでに至った。

 

 結果的に史上最大の上陸作戦は、停滞し、じりじりとドイツの勝利が近づいていた欧州での戦いに、大きな衝撃を与えたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二九話 狐の帰還

8月19日、パリ。

 

 連合軍の進撃が着実に進む中のフランス、その中心であるパリに、大量の機甲師団と機械化歩兵師団を含む軍団が入城した。

 軍団の先頭を走るのは、まだ戦線に投入されていなかった《ティーガーⅡ》の試作車輛《VK.45.03(H)》、通称《ティーガーX型》。

 そこから降りて来るのは、険しい顔をしたロンメル陸軍上級大将。

 

 そう、西海岸の狐は帰って来たのだ。

 

「よくぞ戻ってこられました、ロンメル閣下」

 

 現地指揮官を務めていた、オルト・ホーランド大佐が、ナチス式敬礼でロンメルを迎えた。

 

「今は時間が惜しい、作戦司令部に案内してくれ。歩きながら、現状を聞こう」

 

 ロンメルの言うように、ホーランド大佐はロンメルを案内しながら、現状を伝えると、じわじわとロンメルの顔に皺が寄っていた。

 司令部に付くなりロンメルは地図を広げ、持ってきた車輌たちの資料を置く。

 

「話を聞く限り、敵の総兵力は200万近い。これを海に押し出すのはかなり無理がある……なんとかして自ら撤退するような状況を作り出さなければ……」

 

 少し考えた後、ロンメルは意を決したようにガウゼを呼ぶ。

 

「ガウゼ! ベルリンにいる総統に至急電話を繋げ!」

「はっ!」

 

 数分後、受話器をもって、ガウゼがロンメルのもとへ戻って来た。

 

「おおロンメル、パリへ到着したようだな。どうだ、英米の連中を押し返すことは出来そうか?」

 

 ヒトラーはロンメルのことを絶対的に信頼していた。西海岸にロンメルがついたと言うだけで、勝機が見えたと喜ぶほどだ。

 

「は、親愛なる総統閣下。上陸してきた敵勢力はおよそ200万ほど、正直に言って、この状態で押し返すのは非常に困難です」

「ふむ、しかし私に電話をかけて来たということは、何か案があるのだろう?」

「はい、単刀直入に申し上げます。海軍の温存を止め、全勢力を持ってイギリス海峡の制海権奪取、通称破壊を実施していただき、マジノ線を一部解体、その資材を至急パリへ運んでほしいのです」

 

 電話の先で、ヒトラーが大きく笑い声を上げる。

 

「なるほど、パリ周辺に要塞を立てて守備し、通商破壊で200万の兵力を干上がらせるわけだ……しかし海軍の勝算は正直言って薄いと思うぞ? 敵にはロイヤルネイビーの残党、アメリカ海軍の主力艦隊が二つもいるのいだからな」

「承知しております。ですので先に、空軍にて湾港攻撃を実施、主力艦等に損害を与えます」

「なるほど、ならばロンメル、お前の指揮下の航空隊だけでなく、空軍にも協力させよう。ゲーリングに私から言っておく」

「それは非常に助かります。これで航空隊は、全滅覚悟の突入をする必要がなくなりそうです」

 

 ロンメルはガウゼに視線で合図を送ると、ガウゼは頷き、作戦司令部の地図上に駒を並べ始めた。

 

「ロンメル、お前は運がいい。実を言うと、マジノ線の解体はすでに進めていてな、後二日もすれば完了する見込みだ。すぐにお前の案を実行できると思うぞ」

「は、感謝申し上げます。それでは私は、具体的な作戦立案がありますので、この辺で失礼いたします」

「うむ。頼む」

 

 静かに受話器を置くと、ロンメルはすぐに地図の駒を手に取った。

 

「各部隊の指揮官を呼べ! 作戦を説明する!」

「「「はっ!」」」

 

 8月21日、連合軍は進撃を続け、遂にパリ付近にまで戦線を押し上げた。だがそこで、どうしようもない絶望に襲われるのだった。

 

「全滅……だと?」

 

 ドイツへの攻勢の全体指揮を取っている、アイゼンハワー元帥の下に、衝撃の報告が入って来た。

 

「パリへ攻撃を仕掛けた、4個機甲師団、2個歩兵師団は……全滅しました。帰還できたのは、装甲車に乗って退避できた、一個中隊ほどだけです」

「何たることだ……!」

 

 ロンメル指揮下の下、パリの市街地は丸ごと要塞化され、一度攻め入れば、突破も退避もできず、《ティーガー》たちに蹂躙される、連合軍の墓場と化していた。

 偵察機を飛ばしても対空陣地に撃墜され、斥候を送っても帰ってこれない。おかげでろくにその全容を掴むことすらできていなかった。

 

「元帥殿! 大変です!」

「今度は何だ!」

「輸送船団が大量の《Uボート》により甚大な被害が!」

 

 これまたロンメルの指示通り、海軍が総出撃を開始。その手始めとして、これまで温存されて来た新型Uボートを含む通商破壊戦隊が港より出航、輸送船団、及びその護衛艦隊に被害を与え始めた。

 

 これに対し、ハルゼーとキングは主力艦隊の空母陣も護衛に参加させた。しかし、あまりも《Uボート》の数が多すぎた。200万の兵力を飢えさせるわけにはいかないため、少し強引にでも輸送を行い、その護衛をした結果……。

 

 

 

「右舷雷跡!」

「面舵一杯! 急げ!」

「左舷、正面にも雷跡! 総数12!」

 

 大きな艦体を振り始めた空母の元へ、数十本にもなる魚雷が殺到する。

 

「ダメだ! 総員最上甲板! 最上甲板へ退避!」

 

 その数秒後、空母を囲うように水柱が起立する。その数9。

 

「《レンジャー》に続いて《ホーネット》までも沈むと言うのか……。戦艦群も、決して軽微な損害ではないと言うのに……」

 

 ホーネット艦長がそうぼやく。

 

「艦長も早く退避を!」

 

 

 陸海からの猛撃を受け、連合軍の艦隊は無視できない損害を負うことになった。

 

 連合海軍の損害 (主要艦艇)

米軍 戦艦《ネバダ》《オクラホマ》《ニューヨーク》 撃沈

     《アリゾナ》《ウェストバージニア》 大破

   空母《レンジャー》《ホーネット》 撃沈

英軍 戦艦《ロドニー》 撃沈

     《キングジョージV世》 大破

   空母《フォーミダブル》 撃沈

     《イラストリアス》 大破

 

というありさまで、新型戦艦や空母が追加され、肥大化したドイツ海軍に対して正面から挑むことは出来なかった。

 

 泣く泣く連合艦隊海軍は艦隊の保全に努め、一時イギリス海峡を退避、中型艦以下の護衛艦艇と少数の輸送船での補給を行うことにした。

 アイゼンハワーはその輸送状況を見て、やむなく兵の引き上げを確定。半数の兵力はイギリスへ退避させることに決定した。

 

  ロンメルの作戦が成功したことは、誰が見ても明らかであった。

 

 また、スターリングラウド、モスクワを奪還された東部戦線だったが、フリードリヒ・オルブリヒト大将が到着、グデーリアン指揮下の機甲師団も合流したことでレニングラード、キエフは死守することに成功した。

 西部戦線と同じく主要都市を防衛拠点とし、キエフを流れるドニエプル川に沿って守備陣を引いたことから、通称ドニエプルラインと呼ばれるようになる防衛線で反転攻勢の時期を窺うこととなった。

 

 

8月22日、ホワイトハウス。

 

「――というのが、現状の欧州の状況です」

 

 スティムソンがそう報告を終えると、ブランドは険しい顔つきで、息を吐く。

 

「芳しくないな……」

「はい、歩兵の撤退時に関しては、主力艦隊も護衛に付け、人命第一で行動する予定です」

 

 少し考えた後、ちらりとカレンダーを見たブランドは、思い出したように聞く。

 

「現在の状態で、補給はどれくらいもつ?」

「ざっと1ヵ月」

 

 その言葉を聞くと一転、ブランドの口角が吊り上がる。

 

「スティムソン、どうやら兵を引き上げる必要はなさそうだぞ」

「……はい?」

 

 そう言ったブランドは、机の上の受話器を取る。

 

「フランク、彼らは後どれほどで到着する?」

 

 その行動を不思議そうに見つめるスティムソン。

 

「そうか、後2週間ちょっとか……石油と鉄はいくらでも出すから、出来るだけ早く駆けつけるよう頼んでおいてくれ」

 

 満足げに受話器を置いたブランドは、スティムソンへ向き直る。

 

「スティムソン陸軍長官」

「はっ」

「アイゼンハワー元帥に連絡。兵力を引き上げる必要はなし、現状を維持し援軍が来るまで戦線を維持。2週間待てば、潤沢な物資と強力な援軍が東の国から到着するだろう」

 

 その言葉に、スティムソンはハッとする。

 

「まさか、彼らの海軍を?」

「そうだ、弱ったロイヤルネイビー、損害を受けている我ら合衆国海軍を凌ぐ大戦力を持ち、練度もおそらく我らより上である侍たちを呼んでおいたのさ」

 

 9月5日、ブリストル海峡。

 

 この日、重厚な汽笛を鳴らしながら、新たな海軍が港へ入港した。

 

 その艦立ちのマストに翻るのは―――

                         ――――旭日旗。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三〇話 北海に昇る旭日

 9月6日、ロンドン。

 

 今日この日、ロンドンの町中には、日章旗が飾られていた。

 というのもそのはず、ドイツ海軍の攻撃にうなされ、いつ本土が攻撃されるかもわからない中、強力な援軍として日本軍の主力艦隊が駆けつけたのだ。

 

「本当に、何と言っていいのか……」

「旧敵に力を借りるのは気に入らないが、我々だけでは限界が見えてきていたからな」

 

 チャーチル首相は頷きながら、キング元帥はそっぽを向きながら、日本海軍の司令長官としてロンドンへ出向いた、山本五十六元帥にそう述べた。

 

「チャーチル首相、我が帝国海軍は英国海軍の力を借りて、バルチック艦隊を打ち破り、目覚ましい成長を遂げることが出来ました。恩人に恩を返すのは武士道として当たり前のことです」

 

 そう言って頷くと、今度はキングの方へ向き直る。

 

「キング元帥殿、今回は我が大日本帝国が多大なるご迷惑をアメリカ合衆国にお掛けしましたこと、深くお詫び申し上げます。日本の民主化、内戦の終結にご協力いただいた御恩をわずかながら、ここで返す所存であります」

 

 対独同盟、米英日の三国同盟が結ばれた瞬間だった。

 

 戦場へ到着した日本艦隊は、燃料の補給、英米艦隊との簡単な合同演習を終えると、イギリス海峡、北海の制海権を確たるものにするため、錨を上げた。

 

 

 

 9月16日、欧州遠征艦隊、空母《赤城》。

 

「偵察機より伝令!」

 

 その報告が、空母《赤城》の艦長を務める青木泰二郎の耳に入る。

 

「読め」

「はっ! 『我、北海にて敵艦隊発見。戦艦五、空母二ヲ含ム大艦隊、敵主力艦隊の一部ト認』」

 

 青木は大きく頷き、艦長席より立ちあがった。

 

「旗艦《長門》に知らせ! 『敵大艦隊ヲ認』」

「旗艦《長門》へ、『敵大艦隊ヲ認』、伝送します!」

 

 瞬く間にこの報告は三国連合艦隊を巡り、各艦で戦闘配置の号令が掛かる。

 

三国連合艦隊概要

 

日本

戦艦《長門》《陸奥》《扶桑》《榛名》

空母《赤城》《加賀》《龍驤》《瑞鳳》

重巡《足柄》《摩耶》《古鷹》《妙高》

軽巡《神通》《那珂》《多摩》《球磨》《阿賀野》《夕張》

駆逐《吹雪型》10隻《暁型》2隻《初春型》2隻《白露型》3隻

  《陽炎型》2隻《秋月型》2隻《夕雲》1隻

 

イギリス

戦艦《ネルソン》《プリンスオブウェールズ》《レナウン》

空母《アークロイヤル》《インドミタブル》

 

アメリカ

戦艦《メリーランド》《ノースカロライナ》《サウスダコタ》 

空母《レキシントン》《ワスプ》《エンタープライズ》

重巡《ポートランド級》2隻 《ボルチモア級》2隻

軽巡《セントルイス級》2隻

駆逐《フレッチャー級》20隻

 

総数 戦艦10隻 空母9隻 重巡8隻 軽巡8隻 駆逐42隻

 

 

 英米は、輸送船団の護衛や英国本土防衛として僅かに艦を残し、それ以外の万全な全勢力を結集、この連合艦隊へと参戦させた。

 日本は、最悪英米の海軍が全滅、もしくは一切動けなくなる可能性を考慮し、送れるだけの艦隊戦力。ドイツ海軍を丸ごと相手にする覚悟で、歴戦の乗員たちを乗せた、新鋭艦を含む大艦隊を参戦させた。

 

 その結果、三国連合艦隊は空前絶後の大艦隊となり、史上最大の開戦を任されることなった。

 

 一方、ドイツも温存してきた主力艦隊立ちに、ほんの最近就役したばかりの最新鋭戦艦、空母を加え、これに対抗する形を取った。

 肥大化したドイツは、陸軍国家とは到底思えないほどの艦隊戦力を持っており、三国連合艦隊に並ぶ量の艦を出撃させた。

 

 しかし、それでもドイツは限界まで艦を出撃させたため、潜水艦以外、艦が港にいない状態となる、背水の陣であった。

 

 

ドイツ海軍概要 (最終偵察情報による)

 

戦艦

ビスマルク級《ビスマルク》《ティルピッツ》《ラインハルト》

シャルンホルスト級《シャルンホルスト》《グナイゼナウ》《マンシュタイン》

ハノーファー級(H41級)《ハノーファー》《フリードリヒ》《ヴィルヘルム》

             《フッテン》

 

空母

グラーフ・ツェッペリン級《グラーフ・ツェッペリン》《ヒンデンブルグ》

ヤーデ級《ヤーデ》《ハンブルグ》《ブレーメン》

アンスヴァルト級《アンスヴァルト》《オスヴァルト》《ヘルマン》

 

重巡

アドミラル・ヒッパー級《アドミラル・ヒッパー》《プリンツ・オイゲン》

           《ザイドリッツ》

ドイッチュラント級《ドイッチュラント》《アドミラル・グラーフ・シュペー》    

         《アドミラル・シェーア》

 

軽巡

《ケーニヒスベルク級》5隻《ライプツィヒ級》4隻

 

駆逐

《Z1級》3隻《Z23級》21隻《Z35級》14隻《Z46級》21隻

《Z51級》5隻

 

潜水艦

《Uボート》92隻

 

総数 戦艦10隻 空母8隻 重巡6隻 軽巡9隻 駆逐64隻 潜水艦92隻

 

 

 

 敵艦隊発見から数十分後、空母《赤城》甲板上。

 

「一同、航空参謀殿に向かって、敬礼!」

 

 甲板に並ぶ攻撃隊のパイロットたちの前に、士官服を纏う男が一人。

 

「諸君、今回の先制航空攻撃は、我ら帝国海軍が欧州に来たということを知らしめるいい機会である。ぜひ、存分に力を奮ってもらいたい」

 

 名を源田実、《赤城》の航空参謀を行いながら山本元帥の命により、海軍全体の航空隊の改革を行っている。

 

「諸君らには、《零式艦上戦闘機》の新型、《五二型甲》を用意した。散々文句を垂れていた、20粍の弾持ちが改善されている。これで、撃墜戦果も上がること間違いないな」

 

 そんな言葉に、戦闘機隊から軽く笑い声が上がる。

 

「また、攻撃隊の面々にも新型の艦上攻撃機《天山》を用意した。残念ながら爆撃隊はこれまで通り《九九艦爆》だが、文句はなしだ」

「源田航空参謀殿! 本国では新型機を研究していると聞きます! それはどうなったのでしょうか!」

 

 一人の艦爆乗りが果敢にもそう尋ねる。

 

「よく知っているな。確かに、新型艦爆《彗星》はすでに配備可能ではある。だが初の水冷機でもあるから、信頼性がまだ低い、だから今回の遠征にはもってこなかったんだ」

「なるほど! 納得であります!」

 

 咳払いし、改めて源田は話始める。

 

「それでは、今回の具体的な作戦を説明する」

 

 

 同時刻、戦艦《長門》甲板上。

 

 各員が対空戦闘配置に付いたとき、艦内放送にて、山本元帥の声が響く。

 

「各員、そのままの姿勢で聞いてくれ」

 

 乗員たちはその一声で山本元帥の声と気づき、身をこわばらせる。

 

「今回の戦いは、恐らく空前絶後の大海戦になると想定される。あの日露戦争時の日本海海戦なんて、鼻で笑われてしまうほどのな」

 

 実際に日本海海戦に、一水兵として参戦していた山本のこの言葉は、乗員にとんでもない衝撃を与えた。

 

「発達した砲と魚雷により交戦距離は格段に伸び、新たな兵器たちである潜水艦、航空機によって、戦場は平面から三次元へと変化した。そんな難しい戦場に、君たちは挑むことになる……だが」

 

 険しい声で話していた元帥は、急に声を明るくした。

 

「最高に面白い勝負になるとは思わないか?」

 

 山本は軍略家でもあるが、同時に生粋の博打好きでもあった。そんな山本は、この戦いの場で、大きな賭けをしたのだった。

 

「この戦場で我々が勝利を納めれば全艦の乗員に報酬金を出そう。イギリスの国庫と海軍省の金庫が開くのだ、足りないなんてことはあるまい」

 

 その一言に、乗員たちは色めき立つ。

 

「だが、負けるようなことがあれば、私は腹を切って、この《長門》と共に北海へ沈む。日本海軍の父であり師であるイギリスを助けられなかった責任を取ってな……だから皆の者、よろしく頼むぞ」

 

 大きく深呼吸し、元帥は最後に一言言い放つ。

 

「皇国と英国の荒廃、果ては世界の荒廃はこの一戦にあり! 各員、奮励努力せよ!」

 

 戦艦《長門》のマストには、旭日旗、英国旗と共に、Z旗が掲げられるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三一話 第二次欧州大海戦

 9月16日、11時48分。

 

 史上最大の海戦は、連合軍の航空攻撃とドイツの潜水艦による雷撃によって幕が上がる。

 

「敵機! 来ます!」

 

 元《ホーネット》制空戦闘機隊、現《エンタープライズ》制空戦闘機隊に所属するハイドが、そう無線機で叫ぶと、攻撃隊は速度を上げ、護衛戦闘機たちは向かってくる敵機の方へと機首を向ける。

 

「仲間の敵、討たせてもらうぞ!」

 

 そう言って、ハイドは敵機、《Me-109T》に向かって引き金を弾く

 

 ハイドは空母《ホーネット》に乗って日本海軍と戦った後、そのまま本国で機種を新型に変え、大西洋へとやって来た。しかし、肝心の母艦は潜水艦でやられてしまい、満足に戦うことができなかった。

 だが、今はパイロットが一人でも惜しいという状況だったため、《ホーネット》と姉妹艦である《エンタープライズ》へ乗り込み、制空戦闘隊に参入した。

 

「ハイド、突っ込みすぎるなよ!」

「分かってます!」

 

 護衛戦闘機隊の隊長から叱咤が飛ぶが、あまり聞かず、ハイドはそのまま敵機を落として回る。

 

「ハイド! あまり先行するな! 囲まれるぞ!」

 

 敵機に夢中になり、周りが見えていなかったハイドは、いつの間にか編隊から離れ、敵機の集団の中にいた。

 

「ヤバっ!」

 

 その状況に気づいたハイドは、慌てて機体を反転させようとするが、乗っている機体は《F4F‐5》。馬力や火力が上昇していても、機動力に変化はない。

 初期型の《3》、発展改良させたが不評だった《4》とは違い、ある程度良好な性能を発揮していた《5》であっても、根幹の設計は変わっていないため、急回転して離脱することは不可能だ。

 

 コックピットのミラーに敵機が映る。旋回して速度が下がったところ、後ろに食いつかれたのだ。

 

 《ワイルドキャット》の装甲版に命を託すしかないかと思い、ぎゅっと目をつぶった直後、後方の機体に太い火筒が突き刺さり、爆散した。

 

「へ、へい。アメリカのパイロット? あーゆーおーけー?」

 

 ギリギリ聞き取れるかどうかの下手な英語が無線機からハイドへ届く。

 

「お、おい羽橋! 連携して戦いましょうってどう言うんだ?」

 

 そんな下手な無線を届けたパイロットは、僚機にそう問う。

 

「知りませんよ! 適当にそれっぽいこと言っとけば、向うだって付いてきてくれるんじゃないんですか?」

「む、そうか……。え~、レッツゴー!」

 

 悩んだ挙句、《零戦五二型甲》に乗る仙波松仁は、機体の羽を振り「行こう!」とだけ下手な英語で言うと、群がる敵機たちへ突っ込んでいった。

 

 空母艦隊は、一網打尽にされることを防ぐため、艦隊を二つに分けていた。そのため、攻撃隊は道中で合流することになっていたのだ。

 日本機が戦闘に加わったことで、迎撃に来た敵機はほとんど撃墜か追い払い、無事、敵艦隊が目視できる距離にまで迫ってきていた。

 

「日本機……ムカつくが、腕が立つのは間違いないのか……」

 

 ハイドは敵機を追いながらも、まるで演武を舞うように空中を駆け、敵機を落としていく日本機を見つめ、感嘆の声を漏らしていた。

 

「ハイド、そろそろ俺たちは引き返すぞ。ここからは、攻撃隊の仕事だ」

「帰りの護衛はどうするんです?」

「航続距離が長い《ゼロファイター》に任せる。そうゆう打ち合わせだっただろ?」

 

 甲板でそんなことを言われた記憶が蘇り、大人しくハイドは機体を反転させた。

 

「《ジーク》……いや、《ゼロファイター》。いつか、お前たちを越えてみせるぞ」

 

 仲間を落とされた恨みか、空戦に負けた雪辱を晴らすためか、はたまた一介のパイロットとしての野心か、ハイドは《零戦》に強いライバル意識を持っていた。同盟国になった以上、殺し合うことは出来ないが、どんな形でもいいから、《零戦》に勝ちたい、そんな気持ちが、ハイドの心の中には存在していた。

 

 

 

「行くぞお前ら! 華々しい一番槍だ!」

 

 《赤城》雷撃隊の隊長、新島龍は、口角を釣り上げながら、対空砲火が盛んな敵輪形陣に突っ込んでいく。

 

「見浪! 僚機たちは続いているか!?」

 

 三番席、機銃座に座る乗員に声をかける。

 

「ばっちりついてきてます! 友永さんの隊には負けますけど、うちらだって一航戦の飛行機乗りやってるんですから、ビビッて逃げたりなんてしませんよ!」

「ははは! 違いねえ!」

 

 新島は上機嫌に操縦桿を押し込み、水面ギリギリまで降下する。

 

「各員聞け! 狙うは左前方に見えるでかい空母だ!」

「「「了解!」」」

 

 3000、2500、2000と、狙う空母との距離が近づくにつれて、対空砲火も激しさを増す。

 しかし一方で、急降下爆撃が始まり、護衛艦たちの対空砲火が、若干下火になる艦も出て来る。

 

「源田殿が言っていた、『艦爆は対空砲を黙らせることに集中しろ』は、かなり的を射た考えだったみたいですね、この程度の妨害なら、魚雷も真っすぐ進むでしょう」

 

 二番席、観測員兼雷撃手席の武藤が言う。

 

「ああ、大物を食うには、《九九艦爆》の250キロ爆弾じゃ物足りないからな。いい判断だと思うぜ」

 

 新島は頷きながら、機体の角度を微調整していく。

 

「武藤、行けるな!?」

「ああ!」

 

 距離が900を切る頃、新島は武藤に合図を出した。

 

「投下!」

 

 すると、武藤は投下用レバーを引き、吊るしてきた800キロ航空魚雷を水中へと投下する。重量物が切り離されたことで、ひょいと機体が摘み上げられる感覚が機体を襲うが、新島は上手くそれを制御し、機体を水平に保つ。

 そのまま機体を横滑りさせるように左方向へ機首を向け輪形陣の尾の方から抜ける体制を取る。

 

「見浪、魚雷は!?」

「僚機ともに航行中!」

 

 その数秒後、ドーンという鈍い衝撃音が新島が乗る《天山》にまで届く。

 

「命中数4! 敵空母、傾いてます!」

「よしよし! 俺たち《赤城》雷撃隊で、撃破1だ!」

 

 その場にとどまって撃沈まで見届けるという選択肢もあったが、これだけの艦がおり、まだまだ戦いは始まったばかりということを考慮して、新島はすぐに帰投、第二次攻撃に備えることにした。

 

「後続していたアメリカ雷撃隊、次々に雷撃を敢行! 護衛や空母に損害が出ています!」

 

 見浪の声に、ちらりと新島が背後を振り返る。

 

「メリケンたちもやる気満々だな。散々やられ続けたんだ、燃えるのも当然か」

 

 第一次攻撃隊の戦果は、上々だ。

 

 

 

 同じころ、艦隊の方では。

 

「右舷より雷跡! 本数3!」

「面舵一杯! 急げ!」

 

 潜水艦からの攻撃を受けていた。

 

「クソ! なんて多さだ! 駆逐艦はどうした!?」

「外周で爆雷を投下中!」

「雷跡通過!」

 

 ドイツ海軍が放った通商破壊用の潜水艦たちもこぞってこの海戦に参加し、主力艦隊への攻撃を行っていた。

 

「潜水艦の撃沈を確認!」

「ソナーにて新たに潜水艦を確認! 数4!」

 

 護衛艦隊の爆雷は、止むことなく水面へと注がれ続ける。

 

「巡洋艦や戦艦の水上偵察機も、一機だけ残して全て飛ばそう。とにかく、今は手数を増やし、航空攻撃の成果を待とう」

 

 山本の指示で、日本軍の艦隊の上空に、一気に水上機の数が増えていく。

 

「《多摩》被雷! 速力低下!」

「《摩耶》被雷! 損害軽微!」

 

 それでもなお、敵の飽和魚雷攻撃は止まない。洗練された操舵技術を持って、各艦は多くの魚雷を躱すが、限界がある。

 

「しつこいサメたちだ!」

 

 《長門》艦長、矢野大佐も、思わずそう悪態をつく。

 

「艦長、落ち着きなさい。艦長である貴官が荒れるのはよくない。乗員たちが心配してしまう」

 

 山本に窘めなれ、矢野は「失礼しました」と自身の頬を叩く。

 同時に、対潜水艦戦闘には変化が訪れた。

 

「右舷低空より爆撃隊接近! 米軍機です!」

「騎兵隊のご到着だな」

 

 にやりと山本がほくそ笑む。

 

 援軍にやってきたのは、米軍所属の対潜専門の爆撃隊、VS(艦上対潜機)4中隊であった。

 この隊は、対ドイツ用に作成された部隊で、使用機は《SBDドーントレス》であるものの、顎に円い電探を装備し、3つの対潜爆弾を装備している。

 これまで数多くの《Uボート》を二度と浮上できないようにしてきた、エース対潜部隊だ。

 

「続々と撃破報告が続いています。あの隊の実力は本物ですね」

 

 そう一人が零すと、山本は頷きながら答える。

 

「確かに、あの隊の練度は素晴らしい。しかし、それだけではない。あの隊が使用する機体には、アメリカの恐ろしさが詰まっている」

「アメリカの恐ろしさ、ですか?」

 

 矢野が思わず聞き返すと、山本は厳しい目をして答える。

 

「ああ。脅威の研究速度、生産力。既存のものに最新鋭の技術をつけてすぐさま量産体制へ移行できる整った生産ライン。正直に言って、今の日本にそれをまねできるだけの力も、資源も、技術力もない」

 

 一同唾をのみ。山本の言葉を聞いていた。

 

「本当に、あんな国と本気の戦争を続けることにならなくてよかった。本当に、よかった……」

 

 山本の目は、本気だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三二話 彈撃つ響きは雷の

 9月17日、09時12分。

 

「なんとか夜を越えられたな」

「日本海軍の歴史上、最も長い夜だったな……」

 

 《扶桑》に乗る乗員たちは、皆口々にそう言いあう。

 

「本当に丸一晩、半数ずつ交代で甲板の上から海面を見つめ続けたからな。潜水艦が怖すぎて、交代して休憩の時間になっても、落ち着いて眠れなかったぜ」

 

 空襲を敵艦隊にかけた16日、その日は空襲のみに攻撃を終え、敵潜水艦の排除に力を注いだ。

 日本海軍の中では《多摩》《摩耶》《龍驤》や他駆逐艦数隻、英米では《ボルチモア級》の2隻と《レナウン》が大きな損害を受けたが、なんとか主力艦隊の損耗は抑えることに成功した。

 

「昨日一日で、一体どれだけの潜水艦を沈めたんだ?」

「さあ? 20を超えたあたりで、数えるのを止めちまったから、覚えてないな」

 

 そんな風に話す二人の耳に、けたたましい警報音が鳴り響く。

 

「来るみたいだな」

「ああ、昨日のお礼参りだろうぜ」

 

『各員対空戦闘配置! およそ10分後に敵大編隊と接触する! 各員対空戦闘配置!』

 

 そう艦内放送で繰り返されると、慌ただしく乗員たちは自分たちの配置へとつく。

 慌ただしく艦隊全体が配置に付く頃、悠々と、ドイツ空母、ドイツ本国から発進した航空隊は、三国連合艦隊を目指し飛んでいた。

 

 艦隊の直掩機たちも、無線でその旨を伝えられ、緊急発進した戦闘機たちと合流すると、向かってくるドイツ機たちの方へと進路を取った。

 

「《加賀》直掩隊各機に告ぐ、敵機は40機前後の戦爆連合と考えられる。ここで戦艦に被害が出れば、昨日の対潜戦闘が水の泡だ、艦隊には指一本触れさせるな!」

「「「「「応!」」」」」

 

 航空隊が迎撃を開始する頃、アメリカ海軍の《ノースカロライナ》の電探では、あるものを捉えていた。

 

「レーダーに戦艦と思わしき艦影! こちらに向かってきます!」

「至急《エンタープライズ》にいるキング元帥に伝えろ! 『敵主力艦隊と思わしき艦影接近中』、急げ!」

 

 その報は、《エンタープライズ》艦橋にいるキング元帥の下へ届けられる。

 

「航空攻撃と同時に仕掛ける気だな」

 

 キングは少し唸った後、一つの決断を下す。

 

「砲戦艦隊を集結、敵艦隊攻撃に備える。護衛艦隊の半分は、機動艦隊へ、もう半分は追従させる。日本艦隊にも知らせろ!」

 

 10時2分、《ノースカロライナ》を先頭に、分離した砲戦艦隊が、航空攻撃の損害を修復していた。

 

「急げ! 砲戦距離まで後数分だ! 早急に片づけられるものは艦内へ、無理なら海へ投棄しろ!」

 

 指示を出しながら歩く下士官の足元には、鮮血に濡れた死体がいくつも転がる。この光景は何も、《ノースカロライナ》に限った話では無かった。

 

「今は時間が惜しい。許してくれ、皆」

 

 死体の処理をしている時間はないと判断した指揮官たちは、可燃性の物や、砲戦時障害となる物の片づけを優先させ、死体は放置か海上投棄する事態となった。

 

三国連合砲戦艦隊

 

戦艦

《長門》《陸奥》《扶桑》《榛名》《メリーランド》

《ノースカロライナ》《サウスダコタ》《ネルソン》《プリンスオブウェールズ》

重巡

《足柄》《妙高》《ポートランド級》

軽巡

《阿賀野》《セントルイス級》

駆逐

《吹雪型》4隻《暁型》1隻《陽炎型》1隻《フレッチャー級》5隻

 

戦艦9隻 重巡3 軽巡2 駆逐11隻 総計25隻

 

 

「一号水偵より電報! 『我、敵艦隊見ユ。戦艦10、重巡2、軽巡1、駆逐5。戦艦5隻ノ複縦陣ヲ引く』」

 

 敵艦隊を発見した《零式水偵》からの報告を受けて、矢野は訝しむ。

 

「航空隊の戦果情報では、戦艦2隻推定撃沈、1隻大破と言っていなかったか?」

「追加電報です!」

 

 矢野の言葉には、新たに入って来た、電報の内容が答えてくれた。

 

「続けて一号水偵より電報! 『敵戦艦、炎上スル艦、傾ク艦有リ。他艦ニ損害ノ跡有リ』」

「損害を受けた艦を離脱させなかったのか?」

「少しでも戦力を残したかったと見えるな。相手さん、よほど切羽詰まってるみたいだ」

 

 口々に艦橋にいる士官たちは余裕を零す。

 

「気を引き締めろ」

 

 厳しい声が、一瞬艦橋にこだまし、一斉に沈黙する。

 

「上官たちの慢心が戦況を左右する。上に立つお前たちがそのような態度でいるとは何事か」

 

 山本は、軍刀を床に突き、厳しい顔で外を見つめる。

 

「戦いはまだ、始まってすらいないのだぞ」

 

 山本の言葉で、再び沈黙を取り戻した艦橋に、報告が飛ぶ。

 

「主砲射程圏まで、残り僅かです!」

 

 矢野がその言葉を受け、山本の方へ向き直ると、山本は小さく頷き、指示を出す。

 

「キング元帥閣下へ合図を。取り舵!」

 

 この時三国連合艦隊は、9隻の戦艦を一列に並べる単縦陣にて敵艦隊の方向へ向かっていた。同じく敵もこちらに向かっているから、このままいけば反航戦となる。

 そこで、山本は主砲射程圏に入ると同時に、艦隊は一斉回頭、敵の正面へと展開し、陣形も複縦陣に変更、全艦全主砲を持って、敵を叩くことをあらかじめ提案していた。

 

「《ノースカロライナ》取り舵! 続けて《サウスダコタ》取り舵!」

「我が艦も、米英艦隊を追い越し次第取り舵を取ります」

「それでいい」

 

 矢野の報告に、山本は頷く。

 複縦陣を弾いて敵を右舷側に置く以上、敵に近い方の艦は狙われやすく、損害を被る可能性がある。日本艦隊は、その役目を買って出たのだ。

 と言うのも、英米は、まだ若干日本に対して懐疑的な者も多く、背後に日本艦が居て砲戦をしては集中が乱れるとキング元帥が発言したからだ。

 

 

 

 10時23分、遂にその時はやって来た。

 

「全艦、射程圏に入ります!」

 

 キング、山本、サマヴィル、米日英それぞれの元帥の下に、同じ報告が伝わる。

 

「全艦、「Fire!(撃て)」「撃ち方はじめ!」「Shoot(撃て)!」」

 

 その号令と共に、一斉に巨砲が火を噴いた。

 

「敵艦隊、小型艦艇分離!」

 

 三国連合艦隊の砲声を聞いて、ドイツ艦隊は雷撃戦を仕掛ける構えを見せた。

 

「護衛艦隊、前に出ます!」

 

 独断で、軽巡《阿賀野》が率いる水雷戦隊が突撃を仕掛け、それに追従する形でアメリカの《セントルイス》率いる部隊が続く。

 勇猛果敢なその姿を、山本は固唾を呑んで見つめていた。

 

「敵艦隊発砲!」

 

 海戦が始まって数分、敵艦隊の主砲も咆哮を上げる。

 

「始まったな」

 

 誰かがそう呟く。それと入れ違いで、何度目かの《長門》の砲声が響く。

 そうこうしているうちに、水雷戦隊も小口径の砲を連射しながら敵護衛艦隊へ肉薄していく。

 

「敵護衛艦、被弾多数!」

 

 喜ばしい報告が上がる。

 

 

 

 

「数でも質でも、日米連合海軍を打ち破れる艦隊など、ありはしない!」

 

 そう嬉々するのは、中川浩《阿賀野》艦長だ。

 

「艦後部に被弾! 《響》炎上中!」

「敵駆逐艦1隻艦隊より落伍!」

「《セントルイス》被弾! 《薄雲》行き足止まります!」

 

 絶え間なく砲撃による損害は、双方上乗せされていく。

 

「艦長! そろそろ頃合いかと思います!」

「分かった! 全艦、魚雷発射用意!」

 

 水雷長から報告を受け、中川はそう大音声で下令する。

 

「全艦雷撃用意良し!」

「放て!」

 

 中川の号令で先頭の《阿賀野》が魚雷を投下、それに続いて、後続の駆逐艦、アメリカ艦がそれぞれの魚雷を敵へ向けて流す。その数98本。

 魚雷を持たない《セントルイス》級以外が、一斉に流した結果だ。

 

「敵艦なおも接近!」

「まだ向かってくるか!」

 

 ドイツの小型艦たちは、煙を吹きながら、速度を落としながらも、なおも一打浴びせようと連合艦隊に肉薄してくる。

 

「打ち払え! 主力艦たちに近づけるな!」

 

 中川は離脱の指示を飲み込み、迎え撃つよう厳命した。

 その一瞬の間にも、小型艦達の艦上を飛び越えて、巨弾は飛び交い、海戦は続いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三三話 聲かとばかり響むなり

 現在、10時44分。

 

「敵艦に命中弾!」

 

 《扶桑》が放った何度目かの砲弾が、敵戦艦を捉えた。すでに双方、至近弾による損害が出始めたところで、ようやく最初の一撃を、ドイツ海軍に与えることが出来た。

 

「《扶桑》がやったか……よし、艦長。《榛名》《陸奥》にも伝えよ。《全艦一斉射撃》とな」

「よろしいのですか?」

 

 山本の言葉に、矢野艦長は聞き直す。

 

「ああ、どの艦も至近弾は繰り返している。ここらで一気に片付けるぞ」

「了解! 砲術長、次より一斉射に切り替え!」

 

 日本海軍が奮闘する中、ドイツ海軍とて負けてはいなかった。

 《長門》が一斉射の準備を進めるさなか、金属を砕く音と共に、《長門》の艦体が大きく揺さぶられる。

 

「食らったか」

 

 矢野は冷静に呟く。

 

「艦後部に直撃弾! 対空設備に損害! 第二装甲版で受け止めました!」

「おそらく《ハノーファー級》の砲撃だ、41センチ砲弾は、《長門》の装甲版すら貫いてみせるか」

 

 山本も厳しい目で敵艦を見つめる。

 

「照準よし、砲撃準備よろしい!」

「主砲、斉射! はじめ!」

 

 雄叫びにも近い号令と共に、八発の41センチ砲弾が空を翔ける。数十秒後にはドイツ艦隊へと到達し、一式徹甲弾の真価を発揮する。

 

「只今の砲撃、二発命中!」

 

 そのような報告が上がると、艦内は色めき立つ。

 

「敵、5番戦艦、行き足止まりました!」

 

 続けて、米英の戦艦群の砲撃により、既に傾斜が傾きつつあった戦艦1隻が艦隊から落伍し、沈没を始める。

 

「扶桑の艦後部に着弾! 火災発生!」

 

 しかし、敵砲弾の着弾によって、こちらも確実に被害が増えてきている。

 

「《扶桑》火災、《ノースカロライナ》二番砲塔沈黙、《メリーランド》速力低下、《ネルソン》第一主砲塔大破……こちらも、戦闘不能になる艦が出てもおかしくないな」

 

 山本の声に続いて、再び《長門》の艦体が大きく揺さぶられた。

 

「この衝撃はまずいぞ!」

 

 直感で山本は感じた。この一撃は重たいものなると。

 

「被害報告!」

 

 矢野の声に、伝声管から声が聞こえる。

 

「第三砲塔破損、使用不能! 第四主砲塔にも命中弾! 火災発生!」

 

 主砲塔の火災は、火薬庫に引火、爆沈の恐れすらある危険な状態だ。そんな状態を放置できるわけもなく、矢野は間髪入れずに指示を出す。

 

「第三、四主砲塔火薬庫に注水! 消火活動急げ!」

 

 この数秒の間に、《長門》は一挙に砲弾を浴び、最大火力が半減してしまった。

 

「結局、《長門》が全力で撃てたのは一度きりか……」

 

 残念そうな声が、艦橋要員から漏れる。

 

「主砲が一基一門でも残っているなら、戦闘は可能だ。最期まで戦い抜くぞ!」

 

 矢野の強い言葉に、一同は気合を入れ直し、再び砲戦へと集中した。

 

 

 

 それから数分経った後、この海戦の決着を告げる聲が轟いた。

 

「敵戦艦群に、水柱を確認! 魚雷です!」

 

 前に出ていた敵小型艦艇を打ち払った前衛艦隊は、そのまま敵主力に肉薄。雷撃を敢行した。その結果が、今現状起こっていることだ。

 

「敵戦艦……3隻撃沈! 2隻、戦闘不能!」

 

 そのような報告が上がると続いて、先ほど放った戦艦たちの砲弾が、弱ったドイツ艦隊へ殺到する。

 

「決着は、ついたようだな」

 

 山本の呟きは、燃え盛るドイツ艦隊を見れば、誰もが納得した。

 戦艦10隻を擁するドイツ大艦隊は、無残な姿を露わにしている。

 

 各所から火が上がり、傾き、黒煙を上げ、物によっては船体が割れてしまっている。もはや、砲戦を継続できる能力を保持できていないのは間違いなかった。

 

 

 9月17日、11時51分。

 歴史上最大の海戦となった、第二次欧州海戦は、三国連合艦隊の圧倒的な勝利に終わったのだった。

 

 この報告を受けた者たちは、実に様々な表情を浮かべる。

 

 日本首相の片山は安堵の表情を浮かべた。

 

「日本海軍の存在感を示すこともできたようだし、アメリカへの恩も一先ず返せただろう。これで、落ち着いて戦後処理を進められる」

 

 イギリス首相のチャーチルは歓喜に沸いた。

 

「我らがロイヤルネイビーと、日本の海軍がやってくれた! 憎きドイツ海軍を蹴散らし、欧州の海に平和を取り戻してくれた!」

 

 ソ連指導者のスターリンは複雑な表情を浮かべた。

 

「ドイツがおとなしくなるのはこの上なく喜ばしいが、これでアメリカが、ベルリンにより早く迫ることになる」

 

 ドイツ総統のヒトラーは憤怒の表情を浮かべた。

 

「我がドイツ第三帝国の無敗の海軍が、極東のサルどもの艦を加えただけの死にたいの艦隊(英米艦隊)に負けただと! ありえん!」

 

 アメリカ首相のブランドは満足げな表情を浮かべた。

 

「流石だ。やはり世界三大海洋国家である日米英に勝てる海軍など存在しない。当然の結果だ」

 

 

 

 制海権を完全に喪失したドイツは、そうそうに海軍を見限り、現存する潜水艦のみの小規模な輸送、通称破壊に当て、それ以外の鋼鉄は陸軍、空軍兵器に投入することを決定した。

 

 

 

 1943年3月30日。

 

 42年の大海戦が終わった数週間後には、輸送が再開され完全に物資不足を解消。さらにそこに、日本人の陸軍部隊、航空隊などが段々加わって行き、西部戦線の戦力は増強された。

 一方ドイツは、海からの輸送網を完全に断たれたため日に日に弱体化して行った。

 

 そして今日、ついに……。

 

「早く来いハリー! 正面から歩兵3人だ!」

「分かってる! お前の足が速すぎるんだよ!」

 

 二人の歩兵が、M3グリースガンを連射しながら、凱旋門に続く地下通路を進んでいく。

 

「マイク、お前弾は?」

「あとマガジン二つだ」

「足りそうだな」

 

 敵兵を打ち払った後、後ろから付いて来る旗を持った兵に合図を送る。

 

「もうすぐ階段だ! 旗手は後ろを振り返らず走れ!」

 

 マイクとハリーはそう言って、一足先に凱旋門の屋上に繋がる螺旋階段を駆け上がっていく。

 

「階段、長すぎないか……」

 

 二人は息も切れ切れに、屋上デッキの扉を蹴破る。

 

「マイクは右を!」

「分かった!」

 

 二人はM3を構えながら、屋上へと出ていき、残っていた歩兵を始末する。

 

「クリア!」

「こっちもクリア!」

 

 屋上の制圧を完了すると、遅れて階段から旗を持った兵が上がって来る。

 

「旗手! こっちだ!」

 

 ハリーが手招きすると、旗手は息を切らしながら急いで旗を運ぶ。

 

「よし、準備できたぞ」

 

 マイクは、辺りに散らばっていた土嚢袋をかき集め、山を造る。

 

「さあ! 立てるんだ!」

「俺たちの旗を! 立てるんだ!」

 

 二人の声に応じて、旗手は頷き。運んできた星条旗を、突き刺した。

 

 フランス、パリ―――解放。

 

 星条旗が凱旋門にはためくと、それを囲む兵たちが歓声を上げる。

 続々と日米英仏の連合軍が凱旋門広場に入ってくると、凱旋門にかかっていたハーケンクロイツを落とし、それぞれの巨大な旗を垂らす。

 

 日章旗、星条旗、英国旗、三色旗、それぞれの旗が凱旋門を飾った。

 

 この翌日、東部戦線でもドニエプルラインが崩壊し、一挙にソ連軍が西進を開始した。ドイツの戦線は、流れる様に崩壊を始めたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三四話 名将の憂い

 1943年10月、日に日に弱体化していたナチス・ドイツ第三帝国は遂に、かつての国境線まで押し戻されていた。

 東からはソビエトが、西からは連合国が挟むように迫っていた。

 

 15日には、アフリカ戦線での失態、スエズ運河の陥落、シチリア島の上陸を受けて、盟友であったイタリアのファシスト政権が崩壊、ムッソリーニは逮捕された。

 ヒトラーはムッソリーニを救おうとスパイを忍び込ませたが間に合わず、多くの民衆が見守る中、ムッソリーニ夫妻は絞首刑に晒された。民衆は息が止まったその後も、石を投げ続けたと言う。

 イタリア新政権の共和党は独伊枢軸同盟を脱退し、パリ宣言を受諾した。しかし、国内が不安定なことなどを受け、ドイツへの宣戦布告は見送る形を取った。

 欧州戦線に決着がついた後、イタリアには処遇を言い渡すと、米英は一度その条件で停戦を承諾した。

 

 ナチス政権に批判的思考を持つ者達はイタリアの停戦を見て、早期降伏を唱え、領土の保全を主張していた。しかし、ヒトラーがそれを承認するわけもなく、連合国側から出された、『今降伏してくれたら、領土割譲と賠償金は求めない』という内容のパリ宣言も拒絶した。

 そんなヒトラーに不満を持つ軍人や政治家は多く、遂に10月29日、ヒトラー暗殺計画が始動したが―――

 

                         ――――失敗に終わった。

 

 

 多くの幸運(不幸)が重なり、ヒトラーは無傷で暗殺計画を退け、首謀者たちは逮捕、即処刑された。

 また、その作戦立案、協力した軍部、政府の人間にも指名手配が出され、多くの者が逮捕拘禁、または死刑となった。

 

 この男もまた、保護拘禁の対象となっていた……。

 

 

 

 1943年10月31日、デュッセルドルフ。

 

「どうゆうことだ!」

 

 西部戦線の司令部にいたロンメルは、本土から送られて来た逮捕状を見て、怒りを露わにしていた。

 

「ロンメル閣下が逮捕だなんてどうかしている!」

「そうだ! 暗殺計画など、閣下が関わっている訳がない!」

 

 その部下たちも、口を揃えて逮捕状に異議を唱えていた。

 というのも、10月29日に行われたヒトラー暗殺計画の準備を手伝った疑いが、ロンメルにかかっているのだ。

 

「……はぁ。パリ防衛を失敗したからだろうな」

 

 しばらく切れ散らかした後、ロンメルは大きくため息をついて、ぽつりと呟いた。

 

「まさか、作戦失敗の責任がロンメル閣下にあると本部は考えているのですか!?」

 

 補佐官であるガウゼが声を張り上げる。

 

「ああ、実際、東部戦線と違って、西部は私が直接作戦展開を指示し、海軍空軍も総動員してもらったのに、反撃どころか抑え込むことすらできなかったからな……」

 

 東部戦線を指揮していた指揮官は減給を受けるも、処罰が下ることはなく、現在も防衛の指揮を取っている。

 しかし、ロンメルは大規模な作戦を指揮し、多大な損害を出したにも関わらず、戦果を上げられなかったのだ。

 

「しかしあれは! 明らかに戦力比や部隊全体の練度が――!」

「だが負けたのは事実だ……残念ながらな。それゆえの処罰なのだろう」

 

 ロンメルは落胆していた。作戦失敗の処罰が下らなかったから不思議に思っていたら、まさか犯罪者として処罰されそうになるとは思ってもいなかった。

 犯罪者として裁かれるかもしれない。それも、国を裏切ったという軍人最大の恥辱的行為の濡れ衣で。

 

 そう考えた途端、ロンメルは再び腹の底から怒りがこみ上げた。

 

「プロイセン軍人は反逆しない。マンシュタイン閣下が常に言っていた。私はそれを今の今まで貫き続けた……だと言うのに!」

 

 自身の帽子を地面へ投げ捨て、心の内から叫ぶ。

 

「どうしてドイツは変わってしまった!?」

「か、閣下!?」

 

 あまりの豹変ぶりに、驚いた部下たちは狼狽える。

 

「最初は私だって反共産、軍備拡張、失ったドイツ領土復活に賛成し、ヒトラーを賞賛した! 私を一歩兵としての立場から好いてくれたこと、好意で元帥まで上げてくれたことにも感謝している! しかし今の姿はどうだ!? 理性を失ったようにユダヤ人を虐殺し、捕虜も虐殺しろと命令を下し! ここまで劣勢になったにも関わらず、一切降伏の様子を見せない! こんな状態で、強大な陸軍力を持つ米ソに! 海・空軍力を持つ日米英に! 勝てるとでも本気で思っているのか!」

 

 一気に言葉を解き放ち、ロンメルは息を切らす。

 

「子供や老人も見える歩兵師団、明らかに整備が行き届いていない機甲師団、足りない補給物資。増え続けるレジスタンス、見切りをつけて亡命や反乱を企てる軍人。もう、ドイツは、戦えない……」

 

 目元に涙を浮かべながら、ロンメルは呟く様に言う。

 

「ドイツは、国民を燃料にして動き続ける戦争マシーンへと変貌してしまった。誰かが一度この国を破壊しない限り、もう健全な国家は成り立たないだろう……。日本のように、早く見切りをつけて、内乱でも起こすべきだったんだ……」

 

 落胆、憤怒、後悔、様々な感情がロンメルの中に渦巻いているその時、突如として指令室の扉が開けられた。

 

「閣下への面会を求める者達が参りました」

「後にしろ! 今は取り込み中だ!」

 

 ガウゼが苛立ちを隠さずにそう言い放つ。

 

「しかし、日本軍とアメリカ軍の諜報機関の者だと名乗っていまして……」

 

 その言葉に、ロンメルは怪訝そうな顔をした後、顔を拭い、帽子をかぶり直した後、その者たちを通す様命令した。

 

 数分経って、両手を上げ、両サイドにMP40を構える歩兵に挟まれた状態で、二人の男が入って来た。

 

「初めましてロンメル閣下。私は日本の対欧州諜報部、西機関に所属する、松岡と申します」

「私は、アメリカのCIA(中央情報局)に所属する、リーチだ」

 

 流暢なドイツ語で二人は挨拶を終える。ロンメルは、二人が武器を持っていないことを確認した後、銃を下ろさせた。

 

「それで、わざわざ険悪だった日米両国のスパイが何の用だ? 話が終わり次第、牢獄に入れることは覚悟のうえで会いに来ているのだろうな?」

 

 二人は頷き、リーチが自身の胸ポケットに手を掛ける。警戒して、再び二人に銃が向くが、それをロンメルが制止したのを見て、リーチは手紙を取り出した。

 

「こちらは、現アメリカ大統領、グリーン・ブランドよりお預かりした手紙になります。これを貴方へ渡す様言われて、こちらに参りました」

 

 対ドイツ戦線が進むにつれて、日米英仏は、戦後のドイツに対して思案を巡らせていた。その中で最も懸念されていたのは、戦後のドイツは誰に率いらせるかと言うものだった。

 パリ宣言を無視したドイツはおそらく、全土を失うような事態になるまで戦争を続けると予想される。荒廃したドイツを再建するには、強力な指導者、または象徴的な人物が必要とブランドは考えた。

 英仏は、いっそドイツを解体し、全土を併合するのはどうかという案が出たが、ブランドはこれを拒否した。理由は簡単で、それは民族自決の原則に反するというものであった。

 

 そして、イギリス・エディンバラ会談の中で、ドイツ国内でも非常に人気のあるロンメル、マンシュタインなどの国防軍人が象徴に最適ではないかと考えた。

 その後、日米の諜報機関が連携してロンメルの位置を突き止め、こうして接触にやって来た。

 

 後にこの出来事は、『エディンバラの謀略』と呼ばれ、戦後の教科書に大々的に掲載されるほどのこととなった。以下は、ブランドが実際にロンメルへ宛てた手紙の内容とされる。

 

    ♢  ♢  ♢ ブランドの手紙(一部省略) ♢  ♢  ♢

 

 初めまして、エルヴィン・ロンメル閣下。私はアメリカ大統領として、貴方にある提案を持ち掛けたい。それは、貴方が新たなドイツの最初の首相となることだ。

 聡明で立派な騎士道精神と、冷静な判断力を持つ貴方ならすでに感じているとは思うが、このままいけばドイツは国が崩壊するまで戦い続けることになる。一度崩壊した国を再建するには、強力な指導者が必要だ。まさに、登場当時のヒトラーのような、国民が熱狂的に支持する指導者が必要だ。

 しかし、ヒトラーと貴方では、明らかに思考回路が異なる。貴方ならきっと、正しくドイツを復活させることが出来るだろう。

 プロイセン軍人の忠誠心は分かっている。簡単に決断を下すことは出来ないと分かっている。だが、戦後のドイツには貴方が必要だ。裏切るのではなく、国のために一度身を引く覚悟をして貰いたい。

 もし、この答えに賛同してくれるのなら、11月2日に行う大攻勢時、使者の者達とフランスへ退避してくれ。

 よい結果を待っている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三五話 最後の抵抗

 1944年4月20日、ブレーメン。

 

「ドイツの降伏も、もうすぐだな」

「ああ、西海岸の狐と言われたロンメルも、既に去った。連合軍を妨げるものはもう何もないさ」

 

 楽観的な感想を述べながら、塹壕からの監視を続ける陸の兵士たち。

 

 

「ハンブルグ上空まで後5分です」

「日本の足が長い機体が護衛に付いて、米英の航空機も途中まで護衛に付いてくれる。発進基地は遠いから基地が壊される心配もない。爆撃は安泰だな」

「おかげで機銃手は暇で仕方ないですよ」

 

 談笑しながら爆撃の任務に就く、《B17》に載る空の兵士たち。

 

 

 そんな光景が、連合軍には溢れていた。

 

                         ―――今日この日までは。

 

 

 塹壕で監視していた兵が声を上げる。

 

「敵車輌接近! 数は……3輌です!」

「たった3輌だと? 戦車隊を呼べ、迎撃に当たらせろ」

 

 指揮官が適当に指示を出すと、塹壕の後方で待機していた、《M4A3シャーマン》6輌《シャーマンVCファイアフライ》2輌が前に出る。

 

「見慣れない車輛だな?」

 

 《ファイアフライ》1号車の車長が首を傾げた瞬間だった。

 爆音。そして、甲高い金属が金属を貫く音。続いて、爆発。

 

「《シャーマン》1号車、3号車、4号車、戦闘不能!」

 

 《ファイアフライ》1号車の車長は、咄嗟に砲手に問う。

 

「敵との距離!」

「約1.4マイル(2000メートル)!」

「嘘だろ!」

 

 その叫びは当然であった。こんな距離から、戦車で最も分厚い正面装甲をぶち抜く車輛など、規格外もいいところだ。

 

「打ち返せ!」

 

 車長の指示で、残った戦車たちで攻撃を開始する。

 しかし、空しい音を立てて弾は跳弾するに終わる。

 

「クソ! 《ファイアフライ》2号車! 前に出るぞ!」

 

 《シャーマン》76ミリ砲の火力では不足すると考えた車長は、《ファイアフライ》が装備する17ポンド砲で迎え撃とうと前に出た。

 それに呼応するように、旋回砲塔を持つ車輛も前に出る。

 

「何だこいつら! 明らかに《ティーガー》よりでかいぞ!」

 

 吐き捨てるように呟き、射撃を号令する。

 

「撃て!」

 

 《ティーガー》を撃破した成績を持つ《ファイアフライ》の砲弾は、まっすぐに敵車輛に命中した。しかし、敵の動きは止まらない。

 

「距離は!?」

「約900ヤード(820メートル)!」

「この距離で抜けないだと!?」

 

 絶望する車長の耳に、再び爆音。

 

「《ファイアフライ》2号車、《シャーマン》2号車、応答なし!」

「この、バケモノめ!」

 

 車長の絶叫を書き消す様に、固定砲塔をもつ車輛の砲に、砲炎が踊る。

 《ファイアフライ》1号車は、跡形もなく消し飛ばされた。

 

 そんな光景を見ていた歩兵たちは、言葉を失っていた。

 

「嘘、だろ」

 

 固定砲型の車輛が真っすぐ塹壕を目指して進んでくる。旋回砲型は、退避しようとする《シャーマン》を追従する。

 

「て、敵は固定砲型の駆逐戦車だ! 背後を取って戦うぞ! 後方に控える戦車隊に応戦準備を!」

 

 塹壕の指揮官に呼応して、慌ただしく迎撃の準備をするが、その合間にも、敵戦車の砲弾が大地を揺らし、トーチカを吹き飛ばした。

 敵駆逐戦車は、歩兵たちのいる塹壕には目もくれず、まっすぐ進み続ける。

 

「今だ! 攻撃開始!」

 

 陣地最後方にいた砲兵が砲撃を開始し、歩兵たちがM1バズーカを放つ。しかし、一切止まる動きを見せない。

 

「どうしてだ! なぜ止まらない!」

 

 兵士たちの顔は着々と青くなっていく。

 

「敵歩兵接近!」

 

 塹壕には、新たな敵の姿が映り、戦車の相手は後方に任せることになった。

 

「各自で応戦しろ!」

 

 M1ガーランドやトンプソン M1928を構える連合軍の兵士たちは、敵兵を迎撃するため塹壕から銃を突き出すが、大挙して押し寄せる銃弾を見て目を見開く。

 

「なんて弾幕だ!」

 

 連合軍の兵士が怯んだ隙に、ドイツ歩兵は一挙に肉薄、塹壕に飛び入り、小銃をフルオートで連射した。

 

「敵の小銃、kar98kじゃないぞ!」

 

 誰かが叫ぶが、その声もすぐに消え失せる。

 ものの数分で、ブレーメン攻撃線の塹壕は制圧された。

 

 なんとか塹壕を抜け出し、後方の砲兵・戦車たちが居る陣地まで撤退した兵も、希望を見出すことは出来なかった。

 

「なんだ……これ」

 

 『ガーランド』を杖に歩いてたどり着いた砲陣地は、死屍累々の地獄と化していた。数十両いた戦車たちは見るも無残な姿になりはて、歩兵たちを援護する野砲はひしゃげていた。

 そんな地獄の中心に、一輌の固定砲型駆逐戦車。

 

 先ほど塹壕を越えて進んだ車輛だった。

 

「あ、あああああああ!」

 

 そんな光景に発狂した兵は、どこからか放たれた銃弾に胸を貫かれ、その場に倒れこむ。最期に目に映ったのは、火を上げながら落ちていく、『B17』と『B24』の群れだった。

 

 

 同時刻、上空。

 

「ダメだ! 追いつかない!」

「クソクソクソ! なんだこいつ! なんてはや――」

「第144爆撃中隊潰滅!」

「ああ! 17号機が! 19号機も!」

「早くこの空を脱出しろ! エンジンが焼き切れても構わん! 全力でぶん回せ!」

「なんでだよ! なんで俺の番の時なんだよ!」

 

 無線機に飛び交う阿鼻叫喚。そして、空中に響くジェットエンジンの音。バラバラと金属の破片をまき散らしながら落ちていく、爆撃隊。行きは《B17》30機《B24》20機《零戦》10機《P47》20機の編隊が、今では《B17》8機《零戦》2機《P47》6機まで数を減らした。

 

 そうした結果をもたらしたのは、10機の異様な戦闘機。羽下にエンジンらしきものをぶら下げ、機首から大口径の機銃を発射する、ドイツの新型戦闘機。

 また、ハンブルグ上空では、非常に小さく尾翼の下から火を噴く機体が、まるで流れ星のように襲いかかって来た。

 

 どちらも速度で《零戦》《P47》を圧倒し、《零戦》お得意の機動戦をさせても貰えず、《P47》自慢の防御力も、新型機の前では紙当然であった。

 また《B17》《B24》も然り、装甲がなんの意味もなさず、機銃手がとても追えるような速さでは無かった。

 

 やっとのことで帰投した機体は、《B17》2機《P47》3機《零戦》2機だけであった。

 

 

 この現象は西部戦線に限らず、ソ連の担当する東部戦線でも起こっていた。

 

 1944年4月20日、この日はヒトラー総統閣下の55才の誕生日であった。

 作戦本部は、早急に見限った海軍の資材をフル活用し新兵器を完成、総統への誕生日として、それらを戦場へ投入したのだった。

 

 陸では、《ティーガーⅡ》重戦車と《エレファント》重駆逐戦車、さらには歩兵小銃stg44が投入された。

 《ティーガーⅡ》の正面装甲は、現在連合軍が保有する戦車砲では、車体下部と砲の両脇しか貫徹できず、こちらは2キロ離れた先からあらゆる車輛の正面装甲を貫くことが出来た。

 《エレファント》も《ティーガーⅡ》の重装甲と並び、ありとあらゆる砲火力を無効化した。その重装甲にものを言わせ、陣地最後方に侵入、野砲や戦車を撃破していった。

 4月26日から約1ヵ月かけてドイツが行った、全面攻勢作戦『Belagerung(攻城)』作戦にて、この二輌は脅威の成績を叩きだした。

 

《ティーガーⅡ》

戦車:334輌  装甲車:98輌  その他車輛:103輌

対戦車砲:34門  対空砲:19門  対空機銃:22基

航空機:22機

 

《エレファント》

戦車:599輌  装甲車:4輌  突撃砲:8輌

対戦車砲:378門  火砲:143門  対戦車銃:123丁 

航空機:3機 

 

 特に《エレファント》は単機で投入し、敵後方陣地を制圧する機会が多かったため、1対複数が常であった。にも拘わらず、敵によって破壊された車輛はたったの2輌であり、全体の損失は140輌投入されたうち15輌だけであった。

 新型小銃のstg44も、世界初のアサルトライフルにと言われるものだった。

 

 空で飛びまわったのは、世界初のジェット戦闘機である《Me262シュヴァルベ》と、ロケット迎撃の《Me163コメート》だ。

 両機とも、最高速度は900キロに匹敵し、現存するどの機体よりも早く、またある程度の機動力もある、まさに新時代の戦闘機であった。

 

 これらの新兵器は確実に連合軍、ソ連軍に損害を与え、被害を拡大させた。制空権も消失し、毎日のように行われた《B17》と《B24》による爆撃も中断されることになった。

 

 この状況を見てブランド、は凍結していた作戦の再検討を始める。

その作戦名は―――

                     ―――『インフェルノ(地獄)』。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三六話 作戦名『インフェルノ』

 1944年6月18日、ホワイトハウス。

 

「私をここに呼ぶと言うことは、そうゆうことなのでしょうか、大統領」

 

 残念そうな顔をした、皺くちゃの顔。世界一の頭脳が、ブランドの前に立つ。

 

「アインシュタイン博士……まことに、すまない」

 

 アルベルト・アインシュタイン。ドイツから亡命してきた世界一の科学者であり、原爆の開発に許可を出した人物だ。

 ブランドは、核分裂反応を使用した爆弾の構想を科学者から聞いた際、考える間を置かずに開発を推奨した。

 しかし、それに待ったをかけたのが、ドイツ亡命科学者団のリーダーに任命されていた、アインシュタイン博士だった。

 ドイツ亡命科学者団とは、ブランドが作成した亡命科学者たちで結成された、新規技術や兵器開発を行う組織だった。ドイツ科学者は優秀な人材ばかりであり、アメリカの技術発展に大きく貢献した。

 

「ナチスの残虐な行いを止めるために、ナチスを破るために、悩みながら研究へ加担してきました。しかし、核爆弾だけは、許容できない。最初私は、そう言いましたよね」

 

 核分裂による人体に及ぼす影響、引き起こす爆発が未知数なことを理由に、アインシュタインは核爆弾の開発にストップをかけていた。ナチスを上回るような大虐殺を引き起こす可能性がある爆弾は、使わせられないとして。

 

「ああ、確かに聞いた。そして私もそれを承諾し、完成直前に計画を凍結した」

「しかし、それが必要なほどまで、ナチスは強大になってしまったのですね」

 

 脇に挟んでいた書類を机へと置く。

 

「私以外の科学者は、現状を理解し、既に『新型爆弾』の使用を許可する書類に署名を終えています」

 

 ポケットから、万年筆を取り出すアインシュタイン。

 

「私も、貴方が約束をしてくれたなら、サインをするつもりです」

 

 真剣な眼差しで、ブランドを見つめる。

 

「核爆弾は、人道に反する兵器です。たった一発で、数万から数十万の人間を殺し、数キロに渡って核の脅威を振りまいて、数十年に渡って傷跡を残す」

 

 アインシュタインは知っていた。核というメギドの火の威力を。

 一度も人間に向かって投下されたことのない、核爆弾が引き起こす惨劇を。

 

「そんな悪魔の力が、『核爆弾』です。『核爆弾』を使うと言うことは、この悪魔と契約することになります。後世から、非難を受けるかもしれません。それでも、契約を放棄せず、責任を全うすることを誓ってくれますか?」

 

 アインシュタインの瞳は一瞬、真っ赤に煌めいた。その赤に、ブランドは地獄を見た。煉獄に身を焼かれる人間たち、苦しみのたうち回る人間たち。

 一瞬たじろいだブランドだったが、大きく頷いた。

 

「約束しよう。私は、逃げない」

 

 結局、原爆の投下日は44年8月8日~11日と定め、それまでは新型戦闘機と戦略爆撃機の量産に専念することとした。

 

 そして……。

 

1944年7月、欧州戦線の空では、反撃が開始された。

 

「機体は高度33,000ft(10,000m)を維持、エンジン、他機体にも影響なし。戦闘機たちは26,000ft(8,000m)を順調に飛行中」

 

 新鋭爆撃機で編制された爆撃隊1番機の副操縦主が、そう報告する。

 

「よし、全機爆撃進路へ入れ! これまで受けた分の、お返し(爆弾)を届けるぞ!」

 

 威勢のいい声で操縦主が叫ぶと、集合していた新鋭爆撃機《B29スーパーフォートレス》が横に広がり、ボムベイ(爆弾層)を開放する。

 だがそれと同時に、けたたましい接近警報が機内に響いた。

 

「下方より敵機! ツバメ野郎(Me262)だ!」

「お出ましか! 頼むぞ、《P58海神(ネプチューン)』!」

 

 《P58ネプチューン》、日本語名を《特一号戦闘機”海神”》。

  P&W+G/R-4360-428、28気筒星型レシプロエンジンを搭載し、最高速度が約720キロ。全長11メートル、全幅12,5メートル、翼内九九式二〇粍二号機銃五型が六艇装備された、日米英共同開発によって生まれた戦闘機だ。

 日米英三国の技術、知恵、思想が盛り込まれたこの機体は、レシプロ機の集大成とも言われ、間違いなく当時のレシプロ機たちを圧倒しうる能力を秘めていた。

 

 米国のハイパワーなエンジン技術とパイロットの生存性の高さを組み入れたことにより、この重武装で防弾版がありながらも、快速を記録した。

 英国の上昇技術と空力技術の高さを組み入れたことにより、《B29》が主に飛行する高度に素早く上昇し、高高度迎撃機にも対処できることが確約された。

 日本の軽量化技術と圧倒的火力を組み入れたことにより、どんな重武装の敵もたちまち空中分解を起こす火力を手に入れ、従来の米軍機以上の航続距離を獲得した。また、熟練パイロットが多数飛行実験に参加してくれたおかげで、良好なデータや助言が得られ、開発を大いに助けた。

 他にも、英国はドイツの現在の機体データを獲得することで、目標性能を明確にしたり、開発研究費、材料などを米国が負担するなど、三国各々が持てる限りの実力を発揮したことで、この戦闘機はこの世に生を受けた。

 

 三国海洋国家が手を携えて生まれたために、この機体には海神(ネプチューン)の名が付けられることになった。

 

「ナイト1より全機、これより敵機の迎撃に当たる! 《海神》の初陣だ! 気合を入れろ!」

 

 この戦闘機を操るパイロットたちも、三国選りすぐりのエリートたちが搭乗し、まさに最強無敵、完全無欠の戦闘機隊が、ドイツの上空に現れた。

 

 縦横無尽に空を飛びまわる《海神》、速力を衰えさせることなく凄まじい高機動で敵機を翻弄し、絶大な火力で敵を叩き落す。さすがに、ドイツが検証を重ね、一先ずの完成形となったジェットエンジンには速度で劣るが、加速性やその他の面でそれらをカバーし、《ツバメ》たちを圧倒した。

 

「ナイト2より、ナイト3! 後ろ、敵!」

 

 イギリスパイロットの叫び声に、ナイト3に乗る日本人はすぐさま反応し、日本軍お家芸である左捻りこみを行う。《ツバメ》はその機動についていけず、まんまと背後を取られると、火を噴きながら落ちていく。

 

「ありがとう!」

 

 ナイト3は、報告をくれたイギリス人パイロットにお礼を伝える。

 日本人と米英人に言語の壁はあるものの、簡単な単語ぐらいでなら意思疎通をできるようになり、こうして、部隊間での連携もとれていた。

 

 こうした空戦は44年の7月全体を通して行われ、《B29》と《P58》の実力は実証されることとなった。それにより、ブランドは7月29日、量産体制に移行したことで数を揃えた二機を全面的に活用した航空大作戦、『流星群(meteor shower)』作戦を実施した。

 この作戦に連合軍では、約1000機の《B29》、約2000機の《P58》が投入され、ドイツも負けじと迎撃機を投入《Me262シュヴァルベ》に続いて《Me163コメート》《He162フォルクスイェーガー》など、約1800機の黎明ジェットが迎え撃った。

 旧時代(プロペラ機)の究極形VS新時代(ジェット機)の先駆け、となったこの戦いは、航空機の時代を象徴する一大決戦であった。

 

 一進一退の攻防が続き、翌30日の昼過ぎに、西ドイツのほぼ全ての飛行場が完全に破壊されたことによって、決着がついた。

 

 制空権を奪取した連合軍は侵攻を再開、新兵器にもめげず、航空支援を上手に活用し、戦線を押し上げ始めた。

 

 

 

 そして、運命の日は訪れた。

 

 1944年8月9日、午前8時10分、ハノーファー上空。

 

「周囲に味方機なし、味方地上部隊がいないことは、三分前の交信で確認済みです」

「了解、本国に電文、『これよりヘルが舞い降りる』」

「了解、『これよりヘルが舞い降りる』本国に打電します」

 

 操縦主は、緊張した顔で、操縦ハンドルを握る。

 

「緊張するな。慌てず、訓練通りやるんだ」

 

 そんな操縦主に、同乗している空軍士官が声をかける。

 

「これで、戦争は終わる。地上で戦っている味方も助かるんだ」

「はい、分かっています。俺は、できます」

「その意気だ」

 

 士官は操縦主の肩を軽く叩く。

 

「打電終了しました!」

 

 通信主の報告を受けて、士官は強張った顔で下令する。

 

「爆弾最終調整、信管調整良いか!?」

「すべて良好、いつでも行けます!」

爆弾層解放!(ボムベイオープン!)

解放!(オープン!)

 

 《B29》の腹が開き、若干空気抵抗が増すため、機体が揺れる。

 

「目標地点上空まで後7秒!」

 

 爆撃主が膝を震わせながら、投下スイッチに手を掛け、カウントダウンを始める。

 

「6、5、4、3」

 

 乗員全員が息を飲む。

 

「2、1、目標上空!」

 

 間髪入れず、士官が下令する。

 

投下!(ドロップ!)

 

 声に合わせて、爆撃主は投下スイッチを押す。

 ガコンという音が聞こえ、一気に機体が軽くなる。

 

「爆弾層閉じろ!」

「爆弾層閉じました!」

「急速反転!」

「急速反転始めます!」

 

 息を吐きだす間もなく、《B29》は大きく羽を動かし、機体を反転させる。

 数十秒後、午前8時15分、爆音。

 

 ハノーファーの町の上空、高度約500メートル地点で、プルトニウム型原子力爆弾、《Mark4sinner(罪人)》が爆発、周囲には熱風が吹き荒れ、ありとあらゆるものが消失、灰塵に帰した。

 アメリカは、原爆実験を早いうちから行っていたこともあり、プルトニウム型原爆《Mark3ファットマン》を実験し、成功していた。そのため、ウラン型より威力の大きいプルトニウム型を採用、世界で初めての原子力爆弾として《sinner(罪人)》は使用された。

 

 ハノーファーにはドイツ精鋭機甲師団や歩兵師団、その他民兵や逃げずに残り続けた住民が存在していたが、たった一瞬にして、それらは消滅した。

 世界で初めての原子力爆弾の投下は、約11万人の命を奪う結果となった。

 

 まさに、インフェルノ(地獄)。地獄が、この世に現れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三七話 欧州戦線の決着

 その後、戦線を持ち上げた連合軍は二日後にハノーファーへと到達、化学装備で身を包んだ特別衛生観察隊が調査に訪れたが、そこにはほとんど何も残っていなかった。直下にいた人々は熱で完全に焼失することは想定内であったが、いわゆる被爆半径にいたはずの人物たちも、一切見当たらなかった。

 これに、ブランドは困惑し、2度3度と調査隊を向かわせたが、やはり原爆による人体への影響を調べることが出来るような者を見つけることは出来なかった。しかし、確かに住民が居た痕跡、また移動の後があることから、情報がアメリカに渡らないようドイツが手を回したとブランドは判断した。

 

 そんな状況を、アインシュタイン博士は一人、厳しい視線で見つめていた。

 

「……クソ、これでも懲りないのか、あのちょび髭は」

 

 原爆を投下後、絶大な威力を背景に『ワシントン宣言』を出し、アメリカはドイツへと降伏を迫った。

 しかしドイツは降伏を拒否。その理由は……。

 

「たかが高威力の通常爆弾で降伏などしない、か……。自分たちが、あの爆弾の恐ろしさを一番理解しているはずなのに」

 

 爆弾の真の恐ろしさを証明できるだけの手立て、放射線の恐ろしさを訴えるための情報が、アメリカの手元には紙でしか存在していない。そのためドイツは、核爆弾を只の高威力な爆弾として宣伝し、恐れるに足らないと断言した。我々にもその程度の物作ることが出来ると。

 そしてそれを証明するかのように、つい昨日、8月10日に、報復兵器とも言われる《V1爆弾》が連合軍に雨あられと降り注いだ。死に体のドイツに、これ以上《V1》を生産できる力はないと踏んでいたため、ブランドはこの一撃で終わると戦場の兵たちへ伝え、落ち着かせはしたが、正直これほどまでの量をため込んでいたとは思っていなかった。

 

「時が過ぎた2000年に、ドイツという国は果たして存在できるのだろうか?」

 

 そんなため息を、ブランドは吐き出した。

 

 

1944年8月31日、ベルリン。

 

「なあ、終わると思うか、この戦争」

「いんや、終わらないだろうな。終わらないに100ドル賭けてもいい」

「だよなぁ」

 

 小銃を握る兵士と短機関銃を抱える兵士は、ベルリンにある議事堂の階段で煙草を吸っていた。

 その傍らには、多くの死体が転がる。

 

「議事堂を守っていた兵士、ドイツ人ばかりじゃなかったな」

「そうだな、ソ連にフランス、北欧の連中もいたな」

「寝返った奴らなのか?」

 

 小銃を持った兵が、死体の顔を確認しながら訪ねる。

 そんな様子を気にすることもなく、短機関銃持ちは答える。

 

「だろうな。生きるために、良い生活をするために、自分の国へ攻め入ったナチスの味方をしたんだろ」

「なんでそんな奴らが必死にベルリンを守るんだ? さっさと投降しちまえばいいのに」

「……投降してどうなる? 祖国が暖かく迎えてくれると思うか?」

 

 短機関銃持ちは、煙草の火を消し、ひょいと投げ捨てる。

 

「祖国へ帰っても、裏切り者として非難されるだけだ。もしかしたら死刑もあり得るかもな」

「でも、こいつらだって必死に生きようと……」

「関係ないのさ。戦争に個人の事情は関係ない」

 

 短機関銃持ちは、マガジンの残弾を確認して再装填した後立ち上がり、歩き出す。

 

「勝った国が正義で、負けた国が悪だ。勝った国に味方した奴が正義で、負けた国に味方した奴が悪だ」

「クソみたいな世界だな」

 

 小銃持ちも、その後を付いて歩き出す。

 

「ああ、戦争なんて、くそくらえだ」

 

 二人の背後に立つ議事堂の頂上には、星条旗が翻っていた。

 

                 ―――1944年8月31日、ベルリン陥落。

 

 

 

 その後も転々と首都を変え、抗戦を続けたドイツ。東部戦線では時折反転攻勢に成功し、ポーランド領まで入ることもあったが、ついに限界を迎える。

 10月11日、チェコ領プラハにて最後まで立てこもっていた部隊が投降したことで、ドイツはほぼ全ての領土を喪失。全面降伏した。

 

 

 その後欧州戦争の講和会議が、イギリス・ロンドンで開かれた。

 そこにはドイツ代表としてデーニッツ海軍元帥、もとい臨時大統領が出席した。

 他にも英米仏伊ソの代表に加え、欧州戦争に関わった国の代表が参加した一大会議となった。

 そこでは、以下のことが決定された。

 

1.以下の国は大戦以前の領土で再度独立国となる

  ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、ノルウェー、オーストリア、チェコスロヴァキア、ユーゴスラビア、ギリシャ、スイス、アルバニア

 

2.以下の国は領土の変更を認める。

 

フランス:ヘッセン、フランケン、ニーダバイエルン、オーバーバイエルン、

     ヴュルテンべルクを併合する権利を認める。

 

デンマーク:ユトランド半島およびハンブルグまでを併合する権利を認める。

 

ポーランド:ドイツ飛び地を併合する権利を認める。

 

ソ連:ルーマニア北東部を併合する権利を認める。

 

アメリカ

イギリス:ブランデンブルグ地方他割譲される領土を除いた領土を、50年間租借

     する権利を認める。

 

3.以下の国は個別の罰則を与える。

 

フィンランド:20年間国際連盟への加盟を禁止。

 

ハンガリー

ブルガリア

ルーマニア:30年間国際連盟への加盟を禁止。英米仏いずれかの駐留軍を30年間

      駐留。同国の政治視察官の派遣を容認する。

 

イタリア:アフリカ全土からの撤兵。ドイツ復興の積極的支援。30年間軍事研究

     (車輛、航空機、銃火器)の禁止。20年間、英米軍の常時駐留。

 

4.その他

 

 ドイツは国名改めベルリン共和国とし、首相をエルヴィン・ロンメルに委任する。

 ベルリン共和国は、歩兵2個師団、軽戦車20輌、重・中戦車10輌、戦・爆航空機100機のみ、保有を認める。

 50年間軍事研究(車輛、航空機、銃火器、金属加工技術)の禁止。

 40年間英米軍の常時駐在。40年間国際連盟の加盟禁止。

 

 これらを約束するロンドン条約が10月30日に締結、また国際連盟の後継的組織である国際連合が発足し、欧州戦線は幕を下ろした。

 

 

1944年、11月5日。

 

「ようやく、欧州戦線に方が付きましたな」

 

 ハル国務長官が、窓の外を眺めるブランドに告げる。

 

「ああ、ようやく一つ仕事が終わった」

 

 欧州戦線が終わったと言うのに、二人の表情は明るくなかった。

 

「後もう一つの仕事、アジアに付いて新たな情報が日本より送られたため、お届けに参りました」

 

 そっと、机の上に資料を置く。

 

「簡単に、何があったか教えてくれ」

「中華民国が、香港、マカオを制圧しました」

 

 その言葉に、ブランドはため息をつく。

 

「とうとう、手を出してきたか」

「はい、これを受けて、対ドイツ戦が終結したイギリス国内で、反中感情が高まっています。イギリス政府も、対独戦で疲弊したとは言え、黙っている訳にはいかないようです」

「……そろそろ、日本を本来の姿に戻してやらないとだな」

 

 ブランドの視線は、現在の国境線で引き直された世界地図に向けられる。欧州はロンドン条約によって整えられたが、アジアに目を向けると―――

 

                     ―――未だ、日本は分断されていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六幕 二つの太陽編
第三八話 拡大する中国


 時間は、未だノルマンディー上陸から日が浅い、1942年9月10日まで遡る。

 この日ようやく、日本内戦の講和会議が開かれ、正式に戦いは終結したのだが、その講和内容に、日米は強い遺憾の念を露わにしている。

 

「日本の北陸、台湾、朝鮮を中国領土に編入など、ふざけているのか!」

 

 臨時日本国首相の片山哲が、机を強く叩いて怒鳴る。

 

「首相、止めましょう。今ここで怒っても、何もいいことはありません」

 

 外務大臣の幣原喜重郎がそう宥める。

 

「しかし、こう黙って見ているという訳にもいきませんな……」

 

 陸軍大臣となった栗林忠道大将が、大陸の地図を見つめながら話す。

 

「我々日本の勢力が弱まったため、相対的に力を強めています。満州、台湾の返還はいざ知れず、朝鮮まで自国領土に組み込むとは……」

 

 中華民国は、日中戦争に対する対抗として、抗日民族統一戦線なる陣営を打ち立て、軍閥達をまとめ、日本に抵抗してきた。しかしその抵抗対象が居なくなった今、その陣営はすでに形骸化している。

 中華民国指導者の蒋介石は、第二次北伐ならぬ、中国統一戦争を開始する旨を世界に発信している。

 

「今は、耐えましょう。我が国の主力艦隊が欧州におり、国内も内戦から復帰できていない今は、まだ」

 

 海軍大臣となった小沢治三郎大将は、苦い顔をしながらそのように呟く。

 実際、今の日本はとても戦争を行えるような状態になく、それでも無理して欧州の戦線へ海軍と兵の派遣を行っている。とても中華と事を構えることは出来なかった。

 

 しかし、そうも言っていられない状態へと、時間が進むにつれて変化して行く。

 

 

 

 1943年、12月15日、ドイツがかつての国境線まで押し戻されて苦戦するころ、アジアにも新たな動きがあった。

 

「何? 中国がモンゴル、チベット、新疆ウイグルへ戦争工作をしている?」

 

 ブランドの元へ、ハルからそんな報告がなされる。ブランドの顔は険しい。

 

「はい、潜入調査をしている日米両スパイがそのような情報を入手しました」

「日本の対応は?」

「はい、批判の声明を出す予定の用です。それによる国民からの声が強かった場合、北陸奪還を行う用意もあると。それについて、アメリカの後ろ盾を求めています」

 

 日本はこの時、ある程度国内の様子が安定してきため、本格的に北陸の奪還について思案を巡らせていた。中国が国際世論から非難を浴びる可能性のあるこのタイミングこそ好機と思い、こうしてアメリカに根回しを行った。

 

「日本もなかなか狡猾な手を使うようになったな……まあ、成長したと言うことか」

 

 ブランドは席に深く腰掛け考えを巡らせる。

 

 (欧州戦線の決着は44年の春にはつくはず、万が一大規模に日中が衝突することになっても、援護はできるか……)

 

「ハル、北陸奪還の戦争で、日中が再度全面衝突する可能性はあるか?」

「無いとは言えません。ただ、日本は大陸に再び進出する力はありませんし、中国もチベット、ウイグル、モンゴルの三つに、日本を加えたくはないでしょう。モンゴルを叩けば、弱っているとは言え、ソ連が出て来る可能性もりますから」

 

 その言葉に、ブランドは大きく頷いた。

 

「よし、なら日本に伝えてくれ、後ろ盾を約束すると。それから、現在の状況について記者会見も開く、セッティングを頼む」

「了解しました」

 

 そうして、その日の夜ブランドは力強い言葉で中国を非難した。

 

「中国は今や、アジア各国に野心を持ち、心を入れ替えた日本にすら魔の手を伸ばしている。このような行動は到底許容することができない。まるで、かれらはアジアのナチスのようだ」

 

 この会見の様子は世界中にも報じられ、瞬く間に、世界では中国へと疑念の目が向けられるようになった。これは、アメリカが世界のリーダー的存在であることを裏付ける出来事でもあった。

 

 1944年1月5日、正月明けの今日、日本の新生陸軍7個師団は、小銃を握り、国境線へと集結していた。

 

「アメリカからの賛同を得られた今、我々を咎めるものは誰もいない! 中華民国には既に電報が送られている。よって、諸君らの行為は新たな戦争を始める愚行ではなく、我ら固有の土地を取り返す、儀に則った行動である!」

 

 師団長が力強く激励を送る。

 

「諸君らには、恐れることなく、この戦いを勝ち抜くことを要請する!」

「「「「応!」」」」

 

 その返事は、大地を揺らす。

 

「これより、北陸奪還作戦を開始する! 各員、進め!」

 

 日本は、国内で高ぶっていた対中感情を使い、中華民国へ宣戦布告、通称北陸戦争が始まった。

 これに対し、中国は北陸にいた兵で対抗しようとするが、日本内戦を勝ち抜いた猛者たちの練度、並びに本土を取り返さんとする覇気に圧倒され、ものの5日間で北陸は完全に日本に占領される形となった。

 

 そんな勢いを見た中華民国は、日本へ講和を打診。北陸から撤兵するから大陸へ攻め入ることは辞めてくれ、そのような内容だった。

 もちろん、日本は大陸へ進出する野心もなければ、そんな力も残っていないため、その講和に応じた。

 

 結果、北陸戦争はたったの5日間で幕を閉じ、後世では、あまりにも日本が簡単に勝利したこの出来事を、北陸5日間演習と呼ぶようになった。

 

 しかし、中華民国は北陸の返還に応じなかった。というのも、中華民国が提示したのはあくまで撤兵であり、北陸に軍隊を置くことを止めるに過ぎないと言い張ったのだ。そのため、北陸は再び中華民国の領土となり、国境には警察と言いながら戦車と機関銃を装備する兵が張り付く形に終わった。

 

 日本は、再度戦争をする構えを見せたが、ブランドが「冷静になれ、ここで下手に大陸に行けば、相手の思うつぼだ」と日本を宥めたため、一度この話はここで終わることとなった。

 

 

 

 そして44年6月8日、衝撃的な知らせがブランドの下へ届いた。

 

『チベット、モンゴル、ウイグルを占領。続けて、インドシナ半島、ビルマ、タイ、マレーシア、ネパール、インドにも戦争工作の予兆あり』

 

「……まさかここまでとは」

 

 ブランドは頭を抱える。ソファーには副大統領のウォレスもいた。

 

「もう、アジア全域を手中に収めるつもりなのでしょう。かつての清や漢の時代のように、世界の中心に返り咲こうとしているのかもしれません」

「いつまでたっても中世の思考が抜けない奴らだ……」

 

 悪態をつくブランド。せっかく欧州戦線の決着がつきそうだと言うのに、新たに炎を振りまいている存在が現れれば、このような態度も納得だろう。

 

「日本と言う大国がいたから、中国はあの程度にとどまっていただけであり、その抑えが無くなった今、中国は生半可な力では収まらなくなってしまったな……日本を民主化する前に、日中戦争を上手く終わらせてやる方法を探った方が良かったのかもしれないな」

 

 ため息をつくブランドに、ウォレスは提案する。

 

「やはり、中国を抑えられるのは、同じアジア人であり隣国の日本なのではないでしょうか?」

「と言うと?」

「何らかの形で日本が完全に再興し、力を握ったなら、アジアの覇権国家となって貰えば、丸く収まるのではないでしょうか? まあ、その覇権国家争いは、日中で間違いなく衝突してしまうでしょうが……」

 

 その提案に、ブランドは目をぱちくりさせ、頭をかく。

 

「いや、まさか君からそんな言葉が出るとは驚きだ」

「別に私は、日本が嫌いな訳ではありませんから」

 

 ブランドは、思考を巡らせる。日本を中心としたアジアの秩序を創る。それは、ブランドも理想とする形態ではあった。

 この案は使えるかもしれない。そう考えたブランドは、さっそく、イギリスなどの首相達に、電報を送るのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三九話 大亜細亜同盟

1944年11月10日、シドニー。

 

「この度、ここに集まってくれたことに感謝する」

 

 フランス代表のシャルル・ド・ゴール。

 イギリス代表のウィンストン・チャーチル。

 ポルトガル代表のアントニオ・サラザール。

 オランダ代表のペーター・シュールド・ヘルブランディー。

 アメリカ代表のグリーン・ブランド。

 日本代表の幣原喜重郎。

 

 それぞれの国の首相達が、一つの机を囲んで座る。日本のみ、国内の事情と中国を考え、外相の出席となっている。

 

「あまり時間が無い、余計な挨拶はなしにして、本題に入ろう」

 

 ブランドは真剣な眼差しで、各代表に視線を合わせる。

 

「簡潔に言えば、各国のアジアにある植民地を、全て独立させたいのだ」

 

 数秒の沈黙。その言葉の意味を、各々が吟味しているような状態だ。

 

「何を言い出すかと思えば、今更植民地を手放せと? 正気ですか?」

 

 オランダ首相、ベルブランディーが異議を申し立てる。

 

「正気だ。貴国も、ドイツから解放され、本国のことで手一杯なのではないか?」

「それはそうだが、我がオランダ海上帝国が……」

 

 オランダは17世紀から18世紀にかけて、世界中に植民地を持ち、海上貿易で利益を上げた大国だったが、英仏との戦争により多くの植民地を失った。

 今現在保有できている、大国時代の残りが、インドネシアだった。

 

 そのため、自国の尊厳のためにも、それを手放すのは難しい判断だった。

 

「イギリスだって、インドを手放すのは無理がある。インド人はまだ知能が我々白人に追いつけていない。民主主義を導入し、選挙なんてやらせても、到底誰に投票すればいいのかなど分からないだろう」

 

 イギリス首相、チャーチルは言う。チャーチルは大英帝国の永遠の繁栄、イギリスの元の世界を夢に見ている。

 また、アジアに植民地を持つのは、知能の足りない劣等種族を導くためだと言い続けていた。

 

「しかし、同じアジアの日本のことは、評価していたじゃないか」

 

 ブランドがそう聞くと、チャーチルはいつもの葉巻煙草を加えて首を振る。

 

「インドと日本はあまりにも違いすぎる。日本はアジアでも特例すぎる国だ」

 

 幣原は声にこそ出さないが、各国の首相達が次々に口にする『アジア人は劣等種族であり支配される側である』という思想に強い怒りを覚えていた。

 しかし、幣原は口を開かない。ここでアジア人である自分が何を言っても変わらないことは、これまでの経験でよく分かっていた。

 

 幣原は自分の心中で呟き続ける。まだだ、まだ口を開くべきではない……と。

 

 しばらく、欧州組の主張を見守っていたブランドだったが、大きくため息をついて、ぽつりぽつりと呟きだした。

 

「……あなた方が望むのは何だ?」

 

 あまりの覇気に、欧州組の首相達は一斉に口を閉じる。

 

「何故そこまで自国のみの発展に執着する?」

「英国は神に選ばれた国であり、世界を――」

「その考えが、この戦争を引き起こしたのではないのか?」

 

 チャーチルの発言を、強い言葉でブランドはシャットアウトする。

 

「その思想で戦いの士気を高め、暴れまわった国がドイツではなかったか? 貴国は、自分たちの理想のために、我々アメリカに共闘を持ち掛けたのか?」

「そんなわけはないだろう。ドイツという平和を乱す悪を成敗するために、貴国の支援を仰いだのだ」

「そうだ、平和だ。我々連合国は、平和を目指してこの第二次世界大戦に臨んだのではなかったか?」

 

 机に置かれた氷水から、カランと音が響く。静まり返った会議室では、その音がはっきりと聞こえた。

 

「植民地主義が引き起こした戦争が第一次世界大戦だ。第二次世界大戦も、その延長に過ぎない。結局は拡大主義的な考えが台頭した結果がこの惨状だ」

 

 ブランドは休むことなく続ける。

 

「一体欧州戦線で何人死んだ? 我が国アメリカだけでもすでに30万近くの軍人が死んでいる。ソ連では800万、ドイツは500万以上だ。民間人も含めたら後どれだけ跳ね上がる?」

 

 ブランドがここまで感情的になって訴えるのは珍しく、何度か会談を行っていた日英の者は、心底驚いていた。

 

「そして、この惨状は誰が作った? ドイツか? ヒトラーか? 違う。第一次世界大戦の戦勝国たる我々だ! 払えもしない賠償金を押し付け、軍備を解体し、その後できた国際同盟など戦勝国による敗戦国の支配。ヴェルサイユ体制そのものが、今の惨状を作り出している!」

 

 息も絶え絶えに、熱くブランドは語る。

 

「今の中華を見ろ、拡大主義に染まり、アジアを支配しようとしているのは一目瞭然だ。アジアを押さえたら、次は世界を狙うかもしれないぞ?」

「……だから独立させ、アジア各国が共同して中華に当たらせようとしている訳か」

 

 フランス首相、ド・ゴールは小さく呟く。

 

「そうだ、拡大主義に飲まれる前に、民主国家として独立させ、拡大主義の拡散を防ぎたいんだ」

「……話は理解した」

 

 ベルブランディーが言い、チャーチルが頷く。

 だが、まだチャーチルは納得が行っていないような顔をする。

 

「しかし、民主国家として本当にやって行けるのかが分からないだろう? 我々のような導き手が居なくては……」

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、幣原はようやく口を開いた。

 

「我々が、その役目を引き受けましょう」

 

 視線が幣原へと集まる。

 

「我ら日本が、アジア各国の導き手として、皆さんの後継を担います」

 

 幣原は各代表の視線が揺らいでいないことを見て、少なくとも話を聞いてくれると踏み、言葉を続ける。

 

「貴国らから独立したアジア各国は、日本が立ち上げる同盟へと加盟し、対中国、ゆくゆくは対共産主義の姿勢を貫きます。その同盟の中で、日本が援助を行いながら、アジア各国の運営を手伝っていきます」

「貴国に、それができるのか?」

 

 チャーチルは、試すような口調でそう聞く。

 

「出来ます。我ら日本は、民主主義国家であり、アジアの列強です。先を行った国として、アジアの国々に手本を示すことが出来るでしょう」

 

 幣原は言い切る。

 

「私は、日本に任せたいと思っている。同じアジア人同士で協力関係を築ければ、発展も早いことだろう」

 

 ブランドは、元からその気であった。日本をアジアのリーダーに置き、アジアの平和を作り出す。そのための会談が、このシドニー会談だったのだ。

 

「そうか、アメリカが言うなら、仕方あるまい」

「ああ、植民地を手放すのは痛いが、実際今のオランダには統治できる力はないからな」

「そうだな、フランスもおおむねオランダと同じだ」

 

 ブランドの言葉を受けた瞬間、皆の考えは一つへとまとまって行った。これがアメリカの力か、と幣原は感心した目でブランドを見つめる。ブランドは、そんな幣原にウィンクを返した。

 

 そこからの決め事は非常にスムーズに決まって行った……。

 

 

1945年2月4日。

 

 この日、欧米列強は世界に衝撃を与える発表を行った。それは、自国の持つアジア植民地を解放し、民主主義を実行するならば、独立国として認めるというものであった。

 

 ポルトガル、オランダ、フランス、イギリス、アメリカの五ヵ国が行ったことにより、これは五ヵ国宣言と呼ばれる。

 

 五ヵ国宣言を受けた国々はそれを承諾。

 

 2月5日、インドネシア独立、インドネシア共和国成立。

 2月7日、フィリピン独立、フィリピン共和国成立。

 2月8日、インドシナ半島独立、インドネシア連邦共和国成立。

 2月9日、パプアニューギニア島独立、パプアニューギニア共和国成立。

 2月10日、マレーシア半島独立、マレーシア共和国成立。

 同日、インド自治区独立、インド共和国成立。

 

と言うように、次々と独立、共和国を成立させた。

 

 そして同じタイミングで、日本は連合国に加盟、常任理事国の座についた後、新陣営を立ち上げた。

 その名も、『大亜細亜同盟』。アジアに所属する国々で団結し、欧米にも負けないような発展をしていこうという名のもとに築かれたこの同盟には、独立した各国、朝鮮、満州、モンゴルなども参加した。

 

 この同盟立ち上げには、念入りに根回しがされ、日本政府総出でアジア諸国へ出向き、同盟参加を約束してもらった。

 

 また、新たに中国と戦端を開くこと、同盟を築くことを天皇陛下にもご報告なさると。目を瞑り、粛々とした声でおっしゃられた。

 

「朕は平和を望むが、苦しむ他亜細亜の人々を見捨てることも忍び難し、人道と武士道を守り、是非にそれを遂行せよ」

 

 天皇陛下より御裁可を頂いた日本政府は、同盟結成へ奔走し、対中国戦争への準備を進めたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四〇話 第二次日中戦争

 1945年2月14日。

 

 日本の設立した『大亜細亜同盟』へ加盟国が揃ったこの日、日本は中国に対して、最後通牒、通称『幣原手記』を突きつけた。

 日付も相まって、バレンタインプレゼントなどと揶揄されることとなるこの手記は、以下のような内容になっていた。

 

『幣原手記』

1.中華民国は軍閥以外の国家を解放する

2.二度と侵略戦争を行わない。

3.日本の北陸を返還する

4.健全な民主主義を実行し、各国へ向けて謝罪を行う

 

以上のことを約束する返答を、3月5日0:00分までに我が国に送らない場合、日本は武力を持って、貴国の行動に制限をかけるだろう。

 

 

1945年3月4日、首相官邸。

 

「……あと何分だ?」

 

 日本国首相、片山哲が聞く。

 

「後8分です」

 

 幣原は、ならない電話を見つめる。

 そんな様子を、固唾を呑んで見守る他閣僚たち。

 

「これが鳴らなければ、我々は戦争へ踏み切らなくてはならない……」

 

 内務大臣の吉田茂は、そう呟く。

 内務大臣なだけあって、吉田は国内の事情をよく分かっていた。

 内戦の反動を回復したとは言え、未だ軍への恐怖感はぬぐい切れず、またファシズム的思考を持つ者は少なくない。

 そんな状況で新たな戦争を引き起こせば、それらが勢いづくことも想像できる。

 

「後……2分」

 

 片山は腕時計を見つめ、首を振る。

 

「こない、か……」

 

 閣僚たちは肩を落とす。

 

「現在、3月5日0時1分……返答期限を過ぎました」

 

 沈黙。閣僚たちは、次のフェーズに移らなくてはならない。

 だが、望んでその第一歩を踏みだそうとする者はいない。

 

「後、30分待ちましょうか」

 

 その空気を読んで、片山はそう小さく言った。

 

 その後、その電話が鳴ることは、無かった。

 

 

1945年3月20日。

 

 連絡が来なかったことを、最後通牒の受諾と受け取り、日本は中華民国へ宣戦布告。国外にも対中戦を開始することを発表した。

 全ての準備が終わった後、待機していた日本国軍に作戦開始命令が下された。

 

 二度目の北陸への進撃、今回もあっという間に国境に張り付いていた警備隊と言う名の中華民国軍を駆逐した。

 その後、陸軍は日本海側の港に集結、朝鮮半島への上陸作戦の準備を開始した。海軍も、制海権確保のために現在日本にいる主力艦隊を広島へ集結させた。

 

 同じころ、大陸では日本が仕組んでいた大波乱が発生していた。

 新疆ウイグル地区、チベット、インドシナ半島、他中華民国に不満を持つ元軍閥達、それらは秘密裏に日本と接触し、今日この日のために反乱の準備を整えていた。それらが、日本へと強襲上陸の準備をしていた中華民国内で反乱を始めた。

 

 混乱が瞬く間に広がり、中華民国は日本本土へ向けていた爆撃隊や上陸部隊を内地へ回さなくてはならず、日本本土の安全は保つことに成功した。

 

1945年4月2日。

 

 強襲上陸の第一波を、朝鮮半島へと差し向けた日本軍だったが、思いもよらない刺客が、その上陸を妨害してきた。

 

「護衛艦隊旗艦《矢矧》より入電! 左弦前方に艦影!」

「上陸を妨害しに来たか!」

 

 船団護衛艦隊に所属していた駆逐艦《皐月》は、旗艦からの報告を受けて、砲撃戦の用意を進めるが、続く電報で、艦内は凍り付いた。

 

「追加入電! 敵艦隊、戦艦級の大型艦を含む大艦隊! 戦艦一、巡洋艦三、駆逐艦八!」

 

 それを聞いた甲板乗員たちは一瞬ピタリと動きが止まった。

 

「戦艦級……? 今、戦艦って言ったか!?」

「志那の連中、戦艦なんて持ってなかったよな!? それどころか、重巡すらいなかったはずだぞ!?」

 

 日本海軍の驚きは最もであった。

 1940年以前、つまり第一次日中戦争中、中華民国はロクな艦隊を擁しておらず、数隻の軽巡、駆逐艦だけの海軍だった。

 それが今や、日本の《金剛》や《長門》に並ぶような近代的な戦艦を装備している。

 

「砲撃来るぞ!」

 

 小さな《皐月》を揺さぶる迫真の飛翔音。数秒後には、《皐月》の手前に巨大な水柱を形成した。

 

「まずい、まずい、まずい!」

「こちとら軽巡1隻のほかは駆逐艦だぞ! それに、6隻のうち半数は《睦月型》だ、上陸隊の護衛どころか、自分の身すら危ういぞ!」

 

 騒いでいる間に、再び飛翔音。今度は《皐月》を飛び越え、輪形陣の内側にいた輸送船の側へ着弾した。

 

「敵艦隊目視! 小型艦艇接近!」

 

 中華民国の小型艦たちが、戦艦の砲撃の援護を受け、輸送船団に肉薄してくる。

 

「クッソ! 小型艦たちも見るからに近代的、なんだったらうちの《陽炎型》といい勝負しそうだぞあいつら!」

 

 やけくそ気味な罵声と共に発射される12センチ砲弾は、敵小型艦の周囲に着弾する。

 

「《矢矧》より電報! 各艦180度回頭、全速で撤退! 繰り返す、全艦撤退!」

 

 号令と共に、輸送船含む全艦艇が回頭を開始、海域の離脱を開始した。

 

 なんとか日本へと帰投した船団だったが、輸送船団にも損害は出ており、護衛艦隊に至っては、《矢矧》《皐月》《巻雲》の三隻のみの帰投となった。

 

 この現状を見た連合艦隊司令長官の山本五十六元帥は、主力艦隊による上陸部隊の援護を決定。

 欧州に行っていた艦たちの修理が終わっていない、本土近海の防衛用の戦力保持、貿易輸送船の護衛、という観点から主力艦隊総出の全力出撃とはいかなかったが、戦艦2、空母2、重巡6、軽巡4、駆逐24隻の艦を日本海へと向かわせた。

 

 あえてその艦隊が移動している姿を中華民国の偵察機に発見させ、その存在が日本海にいることをアピール。敵の主力艦隊を誘った。

 

 この情報を見た中華民国海軍は、日本海側から日本軍の主力が朝鮮半島に上陸すると予測。日本の思う通り、主力艦隊を日本海に向かわせた。

 

 

 

1945年4月6日。

 

「舞台は用意されている。明日は、是非その力を奮ってくれ」

 

 一人の男が、巨大な砲塔に手を当てながらそう呟く。

 

「こんな艦の指揮を取れるだなんて、大艦巨砲主義の私からしたら、夢のようだよ、まったく」

 

 この男は、対中国決戦用艦隊の司令に任命された、古賀峰一海軍大将。

 

 そして、この男が乗っている艦は……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四一話 第二次日本海海戦

1945年4月7日、日本海。

 

「我が国の、アジアの荒廃この一戦にあり、各員奮励努力せよ!」

 

 古賀の一声が、主力艦隊に響く。

 その声に呼応して、マストにはZ旗と旭日旗、それから稲の旗(大亜細亜同盟旗)が掲げられる。

 

 青い下地は安定と大海を示し、昇る太陽は繁栄と活力、中心で縛られた稲はアジア各国の結束を示す。稲の旗は、大亜細亜同盟結成と同時に日本が作成した組織旗だ。

 

 中華民国に領土を奪われているアジア諸国も、この旗のもとにアジアの平和を目指して、戦うことを宣言した。

 

「全艦! 抜錨!」

 

 力強い号令に答えるように、巨大な黒鉄の城二つ、他空母2、重巡6、軽巡4、駆逐24の艦隊は、上陸部隊を乗せた輸送艦を後方に置き、弓のような陣形を敷く。

 

艦隊陣容

 

戦艦《超大型戦艦イ》《超大型戦艦ロ》

空母《翔鶴》《瑞鶴》

重巡《那智》《利根》《筑摩》《鈴谷》《伊吹》《鞍馬》

軽巡《矢矧》《能代》《川内》《大淀》

駆逐《秋雲》《嵐》《清霜》《高波》《時雨》《雪風》《宵月》《冬月》《北風》《東風》《西風》《島風》《時津風》《曙》《水無月》《山雲》《満潮》《五月雨》《風雲》《不知火》《野分》《舞風》《有明》《若葉》

 

 対米戦が終結していた日本は、対米貿易を拡大、油やくず鉄だけに留まらず、アメリカの造船技術や鋼鉄を輸入、艦隊を増強した。

 そのおかげで、計画されていた艦たちが続々と就役し、誰が何と言おうと、日本の連合艦隊は世界最強の艦隊と化していた。

 

「偵察機、《瑞鶴》《翔鶴》より飛び立ちました」

「新鋭の《彩雲》だな、なんでも直線飛行は600キロを軽く超えるとか」

 

 古賀の言葉に、《超大型戦艦イ》艦長、有賀幸作は頷く。

 

「はい、我が艦隊の目となる大きな戦力です。《彩雲》だけでなく、航空隊は全て新鋭機を揃えられていますから、期待大であります」

 

 古賀も満足そうに頷いた。

 今回、中華の主力艦隊を相手取るとして、かつての大国、清が保有した北洋艦隊を警戒するが如く、最大限の用意を持って行った。

 

 五航戦《翔鶴》《瑞鶴》の艦載機には、山本元帥の勧めで三種の新型が選ばれた。

 《特一号戦闘機海神》の設計を流用し、艦載機型へ仕上げた艦上戦闘機《神風一二型》。

 一度水冷で考えたが、信頼性と設計のしやすさから空冷へと戻された艦上爆撃機《彗星三三型》。

 欧州で猛威を振るった《天山》の量産開始とともに開発が始まり、日本機の欠点であったパイロットの生存性をグッと上げた《流星二二型》。

 

 どれもレシプロ機ではあるが、1945年にふさわしい性能を持っていた。

 

 

 

「見落とすなよ、ここで敵さんを先に見つけりゃ、航空攻撃で数的不利を覆せるんだからな」

 

 高度6000を飛行しながら、《彩雲》パイロットの和人は言う。

 

「分かってるってのだからこうして必死に……ああ!」

 

 偵察席に座る健治が大声を上げて海面を凝視する。

 

「敵艦隊らしき影見える! まだ遠いな、もう少し北東に機体を進めてくれ」

「了解! 拓海! 後ろしっかり見張っておけよ!」

「あいよ!」

 

 和人は機銃座に座る拓海に一声かけてから、機体を倒し、進路を北西に取る。艦種を確認しやすいよう、少し高度を落とす。

 

「見えるか?」

「見える! これより規模を打電する!」

 

 健治は慌てて電信機に手をかけ、母艦《翔鶴》に打電を送る。

 

「『我、敵艦隊見ユ。空母三、重巡二、軽巡一、駆逐艦二四ヲ擁スル大艦隊ナリ。敵戦艦ノ姿ハ見エズ』よし、打電完了!」

 

 健治の声にかぶせるように、拓海が叫ぶ。

 

「後方敵機! 中央(中華中央航空)の新型だ!」

 

 報告と同時に、後部座席に付けられた和製ブローニング、七粍一二式機関銃の発射音が響く。

 

「見つかってたか! 飛ばすぞ!」

 

 機体を左右に振って機銃を交わしていた和人は、エンジンスロットルを全開にして、やや降下ぎみな姿勢を取る。

 

 すると一気に機体は加速していき、後方から追いすがる二機は遠のいていく。

 

「健治! 本艦に打電! 『我二追イ付ク敵機無シ』だ!」

「了解!」

 

 ぐんぐん加速する《彩雲》は、上機嫌にエンジンを唸らせながら、《翔鶴》へと帰還して行った。

 

 一方、敵艦隊発見の報告を受けた母艦は、攻撃隊を発艦させていた。

 

「《瑞鶴》雷撃隊、《翔鶴》隊に負けないよう、気合を入れていけ!」

「おいおい淳、戦果は取り合いは辞めようぜ? 味方に被害が増えるだけだぞ?」

「お? 《翔鶴》隊の真二隊長さまはビビってるみたいだぞ」

「たっく、《翔鶴》雷撃隊、無理せず戦果を上げるぞ」

 

 《翔鶴》雷撃隊を率いる堀内真二と《瑞鶴》雷撃隊を率いる堀内淳は兄弟であり、凄腕の雷撃機乗りだった。

 《翔鶴》と《瑞鶴》が姉妹艦と言うこともあり、この二人は注目される存在になっている。

 

 4月7日、正午、戦闘開始。

 

「敵艦隊を目視! これより攻撃に移る!」

 

 後方で戦闘機たちが交戦する中、淳がそう叫び、隊を引き連れて降下していく。

 

「やれやれ、血の気が多いこった。《翔鶴》隊、続くぞ!」

 

 それを追うように、爆撃隊は高度を上げ、雷撃隊が続いていく。

 後方で戦う敵戦闘機は、その動きを追うことが出来ない。

 

「やっぱいい機体だなぁこいつは!」

「そりゃそうだろ、こいつは墳式機(ジェット機)にも勝てる機体の艦上機型だぞ?」

 

 中華民国が使用する戦闘機《殲二型》は、中華民国が独ソの航空技術を輸入し習得することで成立した中華中央航空で作成された艦上戦闘機。

 1944年完成の新鋭機だが、作成したのは所詮中華民国、これまでろくに航空機を作成したことの無かった国の戦闘機など、《神風一二型》の相手にならなかった。

 

 戦闘機隊が《殲二型》をほぼ全滅させる頃、攻撃隊も各々の攻撃を完了していた。

 

「よしよし、順調に魚雷は走行中……3、2、1、どうだ!」

 

 淳の声と同時に、巨大な水柱が立ち上る。

 

「よーし! 空母に命中だ!」

 

 中央に陣取る3隻のうち2隻に巨大な水柱が四本立ちあがる。それぞれ淳と真二が率いる雷撃隊の攻撃の成果だ。

 他にも、周囲を囲う護衛艦たちにも火が上がる。

 

 対して、攻撃隊に煙を吹く機体はあれど、落ちた機体は一機もいない。

 

「損害は0だな。第一次攻撃は完璧だ、後は後続に任せよう。俺たちは退くぞ」

「了解」

 

 真二の言葉を淳は承諾し、針路を母艦の方へ取った。

 

 その後二度目の航空隊攻撃が行われ、あっけなく敵機動艦隊は壊滅に近い損害を受けた。一方日本の艦隊は、《那智》中破、戦闘機1機、攻撃隊2機撃墜の被害に留まった。

 

  しかし、襲ったのはあくまで機動艦隊であり、戦艦たちは無傷であるため、二隻の《超大型戦艦イ》《ロ》は動き出した。

 

「護衛艦隊は退避せよ、主砲の爆風に煽られることになる」

 

 古賀の命令で、戦艦二隻を囲んでいた巡洋艦、駆逐艦は戦艦の後方へ退避していく。

 

「観測機発進! 弾着観測に備えよ!」

 

 有賀の指示で、《イ》《ロ》の後ろに付くカタパルトから《零式観測機》が空へと上がっていく。

 

「さあ、いよいよこの二隻の本領発揮だ。水平線からの弾着観測射撃」

 

 古賀は呟く様にこの二隻の名前を呟く。

 

「頼むぞ、《大和》《武蔵》」

 

 《大和型》戦艦、《大和》《武蔵》。

 その恐るべき性能が今、ベールを脱ぐ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四二話 主砲五十二糎三基九門

「敵艦を観測機が補足!」

「主砲照準、調整よろしい」

「全砲塔主砲弾装填よし!」

 

 準備は整った。

 

「撃ち方はじめ!」

 

 古賀の号令で、《大和》《武蔵》の各砲塔一番砲が炎を噴き出す。

 

「うおっ!」

 

 砲撃時の反動と音に、艦橋要員たちが怯む。

 

「凄い、これが《四十五口径四四年式五十一糎砲》の迫力か」

 

 有賀艦長も思わず唾を飲む

 

 超大型戦艦、《大和》型戦艦。

 全長289m、全幅40mの巨艦に、45口径51センチ砲三基九門の巨砲が備える。艦中央部の周りには、防空駆逐艦《秋月》型などに搭載される九八式十糎高角砲を十基二十門。各所に25ミリ、13ミリ機銃が設置されその数合計170挺。

 

 アメリカからの鋼鉄、技術輸出の恩恵を受けて、1944年12月8日に《大和》、14日に《武蔵》が就役を果たした。

 

「観測機より入電、ただ今の砲撃、全弾近!」

 

 その報告の後、修正座標が送られる。砲の調整が終わると、再び51センチ砲が吼える。

 

 

 

「なんだ! なんなんだ今の砲撃は!」

 

 中華民国海軍の戦艦、《秦》《漢》《楚》《隋》《唐》の五隻が単縦陣を敷いて、日本艦隊へ目指して進む中、凄まじい爆音とともに届いた砲弾に衝撃が走っていた。

 

「上空に日の丸をつけた観測機を発見!」

「敵艦は!?」

「測距儀では確認できず!」

「水平線からの射撃だと!?」

 

 艦橋では動揺が広がる。

 見えない敵からの砲撃、自分たちには回避行動をとる他無い。

 

「再び飛翔音! 砲弾来ます!」

 

 その報告が、戦艦《漢》から聞こえた最後の一声だった。

 

「《漢》……爆沈」

「たった……1撃で……?」

 

 戦列の2隻目を進んでいた《漢》に、二発の砲弾が突き刺さると、それは全ての装甲版を貫通し、弾薬庫で爆発した。

 艦がきしむ音すら聞こえず、沈みゆく姿すら見せず、《漢》は、まるで飴細工でできた艦の如く、砕け散った。

 

「う、狼狽えるな! 敵戦艦は二隻のみ、接近し、砲撃可能距離まで近づけば、まだ勝機はある!」

 

 中華民国の艦隊司令官は、そのように声を張り上げる。

 

「予定通りならば、今頃やつらの元には陸上攻撃機の大群が襲い掛かっている頃だ、この機を逃さず、接近するぞ!」

 

 

 

 15時44分。

 

 遂に中華民国は、主砲射程に《大和》《武蔵》を捉えた。

 

「ここまで近づかれたか……」

 

 古賀が双眼鏡で敵艦を睨みながら呟く。

 現在日本艦隊は、中華民国軍の第四次陸上攻撃隊から攻撃を受けていた。

 

 《大和》艦上には、いくつかの爆撃跡が残り、機銃座が数基破壊されてはいるものの、一切弱った様子が見えない。

 

「長官! 敵艦より電報です!」

 

 慌てて駆け込んできた伝令が、興味深い報告をする。

 

「読め」

「はっ! 『貴官らと我艦隊の戦力差は明らかである。攻撃隊もこの先何度も飛来する。本土から、空母、戦艦の応援要請も行った。率直に言って、貴官らに勝ち目はない。貴官らの武勲と勇気を称え、艦隊撃滅を見送ることができる。即刻この海域より離脱せよ』以上です」

 

 その言葉に、小さく古賀は笑い、砲術長に指示を出す。

 確かに、中華民国は現在、戦艦4、巡洋艦4、駆逐艦18、陸上攻撃機多数を引き連れてこちらに向かって来ている。たいして日本艦隊は戦艦2、巡洋艦2、駆逐艦8と、戦力差は大きい。

 空母の護衛や、輸送船護衛のために、小型艦たちも後方へ置いて、この二隻は敵砲戦部隊と向き合った。

 

「対空戦闘止め、砲撃用意」

「了解、砲撃戦用意!」

 

 群がって来る攻撃機たちへの対処を完全に護衛艦にまかせ、《大和》は敵艦隊を睨んだ。

 

「返信は――」

「そんなものは送らん」

 

 伝令の言葉を遮って、古賀は言う。

 

「向こうに、我々を見送る意思など毛頭ない。惑わせ、自分たちが接近する時間を稼ぎたいだけだ」

「砲撃準備よろしい!」

 

 砲撃長の言葉に、古賀は即座に返答する。

 

「砲撃始め!」

 

 甲板にけたたましい警報音が響き、51センチ砲が咆哮を上げた。

 

「そんな姑息な手段を用いる奴らには、砲弾での返答がお似合いだ」

 

 

 

 砲戦は続いた、いや、砲戦と言うにはあまりにも一方的な殲滅作業と言った方が適切だろう。

 

 中華民国海軍は必死に砲撃を敢行し、《大和》《武蔵》に、間違いなく命中弾は出ていた。しかしたった一発も致命打を与えるには至らず、空しい火花と金属音を立てるだけに留まる。

 航空機からの爆・雷撃が続くも、二隻はその程度の攻撃を一切気にすることはなかった。周囲の護衛艦が一切の航空攻撃をシャットアウトしていたのだ。猛烈な対空砲火、《神風》の迎撃によって、この短時間で数百機を数える中華民国の機体が海へと没して行った。

 あまりに《神風》が敵機を落として回ったため、この戦闘機による攻撃を総じて『神風特別攻撃』と中華民国は命名し、通常の航空機では太刀打ちできない特別な攻撃として畏怖の対象になった。

 

 運よくそれらを切り抜けた二機が、《大和》へと雷撃を敢行した。その魚雷は、確かに《大和》右舷後部を捉えた。しかし、艦橋にいた古賀たちは一切それらを気にすることはなく、何事もなかったように砲撃は継続された。

 

 また、痺れを切らした中華民国海軍の小型艦艇たちが肉薄雷撃を敢行しようと前へ進出してきた。だがこれも、重巡《伊吹》駆逐艦《雪風》《満潮》《不知火》《高波》の五隻と《大和》《武蔵》の10センチ対空砲、15、5センチ副砲が完膚なきまでに叩きのめした。

 魚雷を投下することも撤退することも出来ぬまま、突っ込んできた巡洋艦2隻、駆逐艦10隻は沈んだ。ある艦は無数の破孔を打たれ、ある艦は魚雷が誘爆し、海中へと没した。

 

 17時11分。

 

 海上には、旭日を掲げた旗だけが残っていた。

 

 

 

 その後、日本軍は朝鮮半島へ上陸。現地の反乱軍と共同で戦闘に当たり、瞬く間に朝鮮、満州を解放した。

 

 4月23日には北京が陥落し30には上海が陥落、戦線は南京に迫っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四三話 南京陥落

 1945年5月2日。

 

「クッソ、一体何度目だ?」

「多分六回目だな、懲りずにまあよくやる」

「しょうがないだろ、挺進連隊の応援が来るまで、敵の目を引きつけなきゃいけないんだから」

 

 日本軍の兵士たちが塹壕から顔を出し、砲撃に晒される南京の町を見ながら話す。

 

「挺身連隊はいつ来るんだ?」

「予定だと、あと2~3日後らしいぞ」

 

 現在、南方に勢力を広げていた第一軍団の一部は、南京の包囲戦に挑んでいる。しかし、張り巡らされた鉄条網と塹壕、町を守るように立つ城壁が、日本軍の攻撃を防いでいた。

 

「アメリカがよこした《特四型戦車》で突破は出来ないんかな?」

「無茶言うな、《特四型》だってポンコツ(九七式中戦車チハ)よりは強いとはいえ中戦車だ、敵の対戦車砲でお陀仏になっちまうよ」

 

 現場の兵士たちが期待を寄せていた《特四型戦車》とは、アメリカが輸出してくれた《M4A2シャーマン》のことであり、現在日本では、急ピッチでこれを分析、日本製の新型開発を急いでいる。

 しかし第二次日中戦争では間に合わないと考えられているため、アメリカに追加の《M4シャーマン》を発注し、約100輌が戦線に参加している。

 

「結局、空の援軍が来るのを待つしかない、のか」

「そうだな……お、砲撃が止んだぞ、次は俺たちの番だ」

 

 塹壕に身を潜めていた兵士たちは、小銃を握りしめ、号令を待つ。

 

「全員、突撃! 前ぇ!」

 

 号令が下ると、大地が轟くほどの雄叫びを上げて、兵士たちが一直線に南京を守る敵陣地へ突っ込んでいく。

 

 砲撃、突撃、撤退。これの繰り返しを何度か繰り返した数日後、5月4日。ようやく、現場の兵士たちが待ち望んでいた情報が舞い込んできた。

 

「本日〇九〇〇(9時00分)に、挺身連隊の部隊が南京の内側に降下し、攻撃を始める。そのため、今日で南京を落とす!」

 

 軍団長の梅津美治郎中将が凄い形相でそう叫ぶ。

 だいぶ手を焼かされた相手であったため、日ごろ能面などと言われる梅津の無表情な顔にも、闘志の色が見えた。

 

「いつものように、野砲中隊による砲撃を行い、歩兵による突撃を仕掛ける。その際には、温存していた《特四号》も惜しみなく戦線に投入しろ」

 

 持てる限りの戦力を持って、敵を叩く。

 

「敵地に挺身連隊が降下すると同時に、残っている予備の兵力も全て回して町の中へ突入する!」

 

 その日の8時40分、梅津の宣言通り作戦は実行された。

 まず、後方に展開する野砲たちが砲声を上げ、大小さまざまな大きさの砲弾を雨あられの如く敵陣地へ打ち込む。その砲撃が止まぬうちに《特四号》《チハ》が突撃を仕掛け、その後ろに歩兵が続いた。

 敵対戦車火器や機銃による抵抗が激しくても退かず、日本軍は前へ前へと進み続けた。

 

 その様子を不気味に思っていた中華民国軍の上空には三機の輸送機とその護衛機。時刻は9時01分。予定より1分遅れで、彼らは駆けつけた。

 

「目標上空、各員用意よし」

 

 1機あたり20人、計60名が南京上空へと身を乗り出した。

 

「よーいよーいよーい、降下降下降下!」

 

 部隊長の号令で、一人一人降りていく。

 その様子を黙って見ている訳もなく、中華民国軍は機銃や対空砲で落傘降下してくる歩兵を狙う。

 しかし、護衛機がその動きを読み、狙わせまいと機銃掃射をかける。

 

 その光景を見ていた梅津配下の軍勢は勢いづき、一挙に進軍速度を速めた。

 

 内部と外部、両方から圧迫される形で中華民国南京守備隊は追い詰められていき、必死な抵抗を見せるも、13時03分。南京には旭日旗が翻った。

 

             ――――1945年5月4日13時03分、南京陥落。

 

 

 そこからの第二次日中戦争はあっけないものだった。

 

 南京陥落の翌日に、英米仏が人道支援の名目で中国へ宣戦布告、インドシナ半島にフランス軍、香港周辺にイギリス軍が強襲上陸を仕掛け上海からアメリカ軍が日本軍に合流した。

 あっという間に四国の軍と、共同で参戦した現地の反乱軍は重慶を陥落させた。それでも中華民国は諦めきれなかったのか、四川にまで首都を移し、徹底抗戦の構えを見せた。

 だが連合、大亜細亜同盟の軍勢に二重三重に包囲されては勝ち目はないと悟ったのか、1945年6月3日、中華民国は降伏の意を見せ、講和会議のテーブルに着いた。

 

 6月5日に、上海に停泊していた《大和》の会議室で講和会議は開かれ、以下のことを締結するアジア解放宣言が調印された。

 

 

 以下のことを中華民国へ要請する。

 

1、インドシナ半島、モンゴル、満州国、蒙古国、朝鮮半島、

  チベット、ウイグル、マレーシア、タイ、ビルマネパールを解放する。

 

2、極東国際裁判に中華民国要人は出頭すること

 

3、政党政治の形態をとり、健全な民主主義国家に移行すること

 

4、台湾、北陸を日本領土と認めること

 

このアジア解放宣言は、戦艦《大和》艦上で調印されたこともあり、別名大和条約とも呼ばれるようになる。

 

 

 

 アジア解放宣言への調印にて、正式に第二次日中戦争は終結。

 

 また、民間人・軍人合わせて約6700万の人々が犠牲となった第二次世界大戦は幕を下ろした。

 

 1939年9月1日から始まり、1945年6月5日まで続いた長い長い戦争に、ようやく、終止符が打たれたのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終幕 大戦終結編
第四四話 終戦


 1945年の7月。世界は――――

               ―――――落ち着きを取り戻していた。

 

 西に目を向ければ、エルヴィン・ロンメルを中心としたベルリン共和国はある程度の安定を見せ、イタリアの手を借りながら復興を進めていた。ナチスドイツに被害を受けた国々も、アメリカやイギリスの手を借りて、戦災からの復活を進めている。

 

 東に目を向ければ、日本は全土を取り返し、台湾を日本領として正式に認められた。中華民国は崩壊し、中華立憲民主主義共和国が形成、中華民国内で逮捕されていた張学良が新たな政党を率い、政党政治の形をとることに成功した。

 

 他にも、漢民族以外の中国人の国として、一悶着は合ったものの、永世中立国として満州国の建国が容認、モンゴル、大韓民国もそれぞれ民主主義国家として独立した。蒙古国は、満州国へと合併することを望んだため、実際にそのようにされた。

 東南アジアでは、フィリピン、インドネシア、パプアニューギニアが独立。ラオス、カンボジア、ベトナムは会談の末、一まとめにインドシナ連邦として独立した。

 タイやビルマ、ネパール等も、中華民国の占領から解放された。

 

 戦後の極東国際裁判にて、中華民国の要人たちが裁かれ、蒋介石を中心とした国民政府要人や軍人は、無期懲役の刑に処された。しかし、日本が「満州事変以降大変迷惑をかけた」として温情をかけ、死刑判決を受ける者はいなかった。

 

 これにて戦後の処理は終了し、各国は本格的に戦後復興の体制を整えていくのだった。

 

 

1945年7月18日。

 

「ベルリンの様子はどうだ?」

「順調です、瓦礫の撤去は終了したので、これから議事堂、民間人向けの家、基地の順で建築を始めるとか」

 

 ブランドの問に、ハルが答える。

 

「租借したハノーファー周辺はどうなっている。核汚染に関する物は見つかったか?」

「はい、瓦礫や土の調査が進み、詳細が徐々に明らかになっています。ただ、ナチスが隠蔽した民間人への被害については、やはり見当たらないとロンメル首相から謝罪の電報が届きました」

 

 苦い顔をしながら、ブランドは頷く。

 

「そうか、まあ重機でも送ってやれ、建築の役に立つだろう」

「了解しました」

 

 アメリカは現在、多くの国に人員や重機を貸し、復興を手助けしている。そのための潤沢な資金も、相変わらず上手い根回しのおかげで、議員からの承諾を得られた。

 

「ああ、日本はどうだ? 内戦の傷や、北陸はかなり荒れているはずだろう?」

 

 ハルは苦笑気味に、写真を数枚机に並べる。

 

「八割は復興が終了しているようで、一部では民間施設などではなく、歴史的重要文化財の復興などに力を入れているそうですよ」

 

 日本は、第二次日中戦争が終わると同時に戦時緊急体制を解き、改めて民主化の改革を進めた。

 大日本帝国憲法の一部を修正し、天皇陛下を国の象徴とする方針に変え、立憲君主制をとった。戦前日本の悪しき農地制度もアメリカに指摘を受け、改革に至った。他にも、他国への攻撃が誘発しないよう軍の統率の見直しを行い、あくまで国を守るための軍隊、自国防衛軍、略称『自防軍』へと名前を変更した。

 

 20以上の男女問わず参加することができる普通選挙の制度も導入され、初めての総選挙も行われた。

 そこで、臨時で首相をしていた片山哲は内務大臣へと下り、新たな首相には吉田茂が選ばれた。外務大臣は幣原が起用され、自防軍の元帥として、国防大臣には山本五十六が就任した。

 

「相変わらず日本には驚かされるばかりです。このまま復興を続けて、経済の活性化が進めば、いずれGDP諸々追い抜かされてしまいそうですね」

「そこは、商務大臣や次の大統領に期待だな」

 

 そんな笑いに、ハルは驚きを隠せない。

 

「どうした?」

「大統領の座を、降りるのですか?」

 

 現在、ブランドの支持率はアメリカ国内で圧倒的な過去最高を記録しており、46年2月に予定されている大統領選挙でも、当選確実と言われていた。

 

「ああ、次の大統領選挙に私は出ない。ついでに言うと、政治家としても店じまいだ。もう表に立つことは無い」

「どうして!? 貴方は最初こそ無名の存在として軽く見られてきました、正直私もそのうちの一人です。ですが今や英雄だ! 貴方は第二次世界大戦をアメリカの勝利に導き、アメリカの土地を守り切った」

 

 ハルは珍しく取り乱し、心の内を暴露する。

 

「国連の発足だって成功し、貴方は今後の世界の平和すらも築き上げた! 私は感動した、あれほど敵対すると思っていた日本と上手く交渉し、互いの利益を追いながらここまでの協力関係を築いた! どうして、貴方が辞める必要があるのです!?」

 

 あまりの勢いに、ブランドは目を丸くし、大きな笑い声を上げる。

 

「ハハハハ! 君はそんな風に思っていたのか、いやいや、これは意外だ。仕事人の君がこうまで私を引き留めるとは、いやはや驚きだ」

 

 しばらく笑いがおさまらないブランドだったが、一息ついた後、ハルに言った。

 

「私は確かに色々やった。平和を目指し、アメリカを世界のリーダーにするためにな。だが、やり過ぎた」

 

 席を立ち、窓の外を見つめるブランド。

 

「ハル、私の支持率は今いくつだ?」

「94%です」

「私は、人気になりすぎた」

 

 首を捻るハル。

 

「支持率が高ければ、高いほど、私は行動しやすくなる。例えば、今から私がソ連に宣戦布告すると言い、それなりの理由を並べれば国民の3分の1は納得し、指示するだろう。ワシントンポストがそれを記事にし、私の息のかかったものがプラスになる見解を述べれば、さらに3分の1が納得するだろう」

 

 何かを悟った目をしながら、ブランド零す。

 

「今の私と、大戦直前のヒトラー、何が違う?」

 

 ハルは首を振る。

 

「根本から、思想が違います。ヒトラーは優勢遺伝子思想を掲げましたが、貴方は平等主義で平和主義だ」

「なぜそう言い切れる? 考えが変わる可能性は? 私は、その主義のためなら戦争も致し方ないと割り切ってしまう人間だ……私は、この国の剣なんだよ」

 

 ハルはまだ何かを言おうと口を開くが、あまりにも人間離れしたそのブランドの振舞に、口を紡ぐ。

 

「剣は戦争が終われば必要ない。他の国を怖がらせ、自他ともに傷つけてしまう可能性があるからな」

 

 大きく息を吐き、ブランドは言う。

 

「剣は大人しく、鞘へと戻るさ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四五話 The New American Dream

 1946年1月31日。

 

「ようやく、この世界に平和が訪れた、亜細亜、欧州に新たな国際体制が整い、平和に向けて世界が一丸となることができた。まずは、この戦争に協力してくれた国民に感謝を申し上げる」

 

 ブランドの最期の演説が始まった。

 

「1939年のポーランド侵攻から始まった長く、苦しいこの戦争は世界中に爪痕を残した。勿論、我が合衆国でも多くの兵士が散り、残された者が多くいる。世界の平和のために散っていった兵士たちに、哀悼の意を表する」

 

 静かにそれを見守る国民たち。

 

「だが同時に、感謝も表明する。君たちのおかげで、アメリカは守られた。イギリスは守られた。フランスは守られた。北欧諸国は守られた。ベネルクス三国は守られた。日本は守られた。古き時代は終わりを告げた」

 

 その手には、星条旗が握られている。

 

「国民には兵士のほかに、戦場で散った敵兵、民間人へ祈りを捧げることを要求する。本来であれば、銃ではなく農具やチョーク、レンチなどを握り、静かに暮らすはずだった人々は、戦争と言う災厄のせいでその生活を手放すしかなかった。我が国が落とした爆弾たちは、銃を握らなかった民間人の人生すら奪ってしまった」

 

 黒人、白人、日系人、労働者、資本家、子供。

 

「それは全て、歴史上から消すことのできない。戦争という災厄は永遠に語られるからだ。だから合衆国の国民は、この歴史を忘れてはならない。覚えなくてはならないのだ、それが、勝者が行うべき義務だからだ」

 

 誰もがただブランドの言葉を、自身の心に留めていく。

 

「この先も、アメリカは世界の秩序を維持する存在であり、常に世界の最先端を行く大国であるだろう! 国民の義務を忘れず、日々邁進すれば、この国を中心に、世界は1000年の平和を享受し、人類は一層栄えていくことだろう! 合衆国に、栄光あれ!」

 

 ブランドはこれまでで、最も大きな声で、そう声高に叫んだ。

 演説会場は歓喜に包まれる。まばゆいフラッシュで写真を撮られるブランド、その顔には笑顔が浮かぶ、全ての方向へ手を振り、演説台を降りていく。

 

 国民は、ブランド(英雄)背中(最期)を見届けた。

 

 

 

 世界は、国際連合を中心に均衡が保たれ、平和を享受した。

 政界を去ったブランドの姿を見た者は、只一人としていない。取材や伝記を書こうとしたジャーナリストや記者たちは、死に物狂いでその痕跡を辿ったが、フィラデルフィアでブランドに似た人物が海を見ていたという証言以外、一切何もわからなかった。

 アメリカの情報を全て記録しているアーカイブにも、ブランドの名前と就任以降退任以前のことのみであり。一切の経歴が不明なままであった。

 

 謎大き大統領は、1950年代になると、そもそもそんな首相が存在したのかとすら囁かれた。一説には首相はルーズベルトのままで、あまりにも思想や行動の仕方が異なったため、別人と勘違いされていたという説すら浮上した。

 だが、当時を生きていた人物、その時の閣僚全員が証言する

 

「グリーン・ブランド大統領は、確かに存在した。彼は、この国を導いたのだ」

 

 その功績を称え、存在否定説を否定するように、銅像も建てられた。

 そこには、以下のような文章が刻まれている。

 

『~かの大統領は、新たな国際秩序の構築を叫び、荒れる世界を鎮めるために奔走した。彼の夢見ていた物は、彼に影響された者たちの夢へと広がり、最終的にはアメリカの新たな夢として、掲げられるようになっていた。~』

 

 今現在アメリカの脅威は、共産陣営を広げようと画策するソビエト。しかし、アジア圏が日本を中心とした大亜細亜同盟で結束しているため、拡大は難航している。

 大亜細亜同盟は国際連合と共同し、共産陣営の解体に努めているため、今の所、ソビエトは劣勢である。

 

 この先も、日本とアメリカは協力し合い、ブランドが掲げた新たなアメリカの夢は保たれ続けるだろう。

 アメリカを中心とし、主に日英と協力、世界平和を保ち続けるという、ブランドの夢は、保たれ――――

                           ~To be continued?~




第??話 戦争は終わらない

 19××年×月×日。

「順調に飛行中、予想通り、日本の防空警戒網には穴があったようだ。迎撃機が来ない」

<了解、書記長はすでにGOサインを出している。アメリカに一泡吹かせられると意気込んでいたぞ>

「そりゃいい。こんな手軽に作れて素晴らしい破壊力を持つ兵器を隠し持っていた罰を受けるがいいざ」

<ほんとはアメリカに落としたい所だがな>

「流石に遠いからな、一番仲のいい国に落とされて、守れなかった悔しさに嘆くがいいさ」

<悪だねぇ。まあこれも全て、第二次世界大戦の勝利は自分たちのもののように振舞い、ソ連を潰滅させようと目論むアメリカの自業自得だな>

「アメリカがハノーファーで投下したこの爆弾、上手く結果を集計することが出来なかったみたいだからな、我々がしっかり人間で実験してやろう」

<その意気だ>

「と、そんなことを話していたら目標上空だな」

<しっかりやれよ。同志は見ているぞ>

「了解。目標、大日本首都、東京。投下」

                   The New American Dream
                              ~END~


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。