愛と希望の物語の記録 (圕-porta-)
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誕生の時きたれり、其は……

遠くをぼやけた目で見るように、霞がかかるように、ぼやける思考の中私は頭を回していた。ここに光はなく、音も曖昧で、自身の体に自由もない。ただ揺りかごに揺られ、漂うように存在していた。ふと、私は世界の声を聴いた気がする。数多の人々の願い(こえ)が聴こえた気がした。定型を持たず、ただ蓄積するばかりであった(ねがい)は、指向性を持つ私を依り代とすべく、その本懐を果たすために願いは集い、編まれ、形を変え紡がれていく。

思考(ねがい)が流れ込む。
――――銀糸の髪に報われることなく悲願と形を伴った星見の幼き女主人。神の声を聴き給いし救国の聖処女。紅き帝国の薔薇の皇帝。勇ましき、愉快な海の航海者。霧の都で邂逅せしロンデニィウムの騎士。神話の戦場をかける鋼鉄の白衣。幾年を超え還り至る輝けるアガートラム。人と神を訣別せし天の鎖。……愛おしき臆病な()よ。

救いあれ。彼らの人生を無為にするな。彼を、彼らを独りにしないで。

(ガイヤ)は難色を示す。霊長(アラヤ)はソレの在り方を許諾する。
世界は軋みをあげながらも、ソレの存在を認めていた。ただ、その力を十全に発揮されることが問題であった。数千、数万、あるいは数億かそれ以上か。刹那の内に判決は確定した。

ソレは異物であったのかもしれない。しかし、道理でもあったのかもしれない。可能性で広がり続ける世界であるなら、そんな世界線があるのは、異様に当然なことだったのだろう。そも、自らが存在していた世界も、あるいは根源から続く世界の一つであったのかもしれない。

あらゆる世界の未来を見通す、最古の英雄王は事もなげに。
過去と未来を見通す、神の恩恵を賜りし魔術王は感慨なく。
現在の全てを見通す、自らを罪人とし塔に幽閉された夢魔は歓びに。
彼らはただ一様に、ソレを、自身らと同じ瞳を、冠の一資格たるその視線を持った新しき同胞を祝福した。

ソレは、過去と現在を見通すただの、そうただの転生者であった。


この世にオギャアと産まれて早十数年、今年で高校三年生になる私は、その日もいつもと変わらずやたら良い花の香りをまとった不審者に語りかけられ続けながら、幼馴染であり、親友でもある「藤丸立香(ふじまるりつか)」と一緒に遊びに出かけていた。

 

「おー見て見て(のぞむ)。献血だって! 俺やってみたかったんだよね! でも、ちょっと一人じゃ怖かったし、望も十七歳になったんだからちょっと付き合ってよ」

「ん? こんな街角で献血やってるなんて初めて見たや。……まぁ、いいよ付き合ってあげる」

「ほんと!? わーい。じゃあ行こう!」

 

立香が駆け足ざまに進んで行くのを見ながら、自分の内でなんとも言葉にしえない気持ちが蠢いているのが分かる。

ついに、物語が動きだすのだな、という気持ちであったり、今となっては親友となった彼を心配する気持であったり、自分の識る未来がどうか勘違いであってほしいという気持ちと、少しだけ、見て見たいという残酷なまでにある種純粋な好奇心がせめぎ合うそんな気持ちであった。

 

献血の受付をしている人を見ると、私が何度かカルデアに赴いた時に見かけたことのあるスカウトマンの一人であった。そう、この人物こそ世界を救うキッカケを作った、現代最大の導き手である「ハリー・茜沢(あかねざわ)・アンダーソン」氏である。

 

 

「あれ、ハリー・茜沢・アンダーソンさんじゃないですか」

「ゲッ。わざわざ、フルネームで呼ぶその声は! 望じゃないか」

「はい。朔月(さくづき)(のぞむ)ですよ。今度は献血のスタッフですか? お仕事お疲れ様です」

「なんだよ嫌みか?」

「違いますよ」

 

見るからに海外の人の血が入った自分と親しげに話す私に立夏は驚きながら、ハリーと私の顔を絶えず交互に見ている。どうやら、今の状況についていけていない謎丸くんフェイスである。

意を決してギコチナイ言葉で立香は質問をひねり出す。

 

「あの、朔月さん? この方は?」

「あぁ、ごめん。えっと、私の親戚が海外の研究所で働いてて、その人に会ったり、職場見学させてもらうのに夏休みとか時々海外に行ってただろ私?」

「うん。なんか、すごい雪国だったよね。寒そうな写真もらったの覚えてるよ」

「そうそう。んで、このハリー・茜沢・アンダーソンさんはそこの優秀なスタッフの一人なんだ! 結構グローバルに色々やってる研究所だから、こうやって外国に色々来ることもあるらしいんだよね。まぁ、こんな所で遭遇するとは思わなかったけど」

「はぁ。だからフルネームでいちいち呼ぶなよな望」

 

いまこうやってハリーさんと話をしているように、私は既にカルデアと縁があり、何度かお邪魔している。そのことについてはまた後程語るとするが、とにかく今回は元より考えていたバックストーリーを立香には話して納得してもらう。いささか無理くりだったり、普通であれば気になる点もあるだろうが、大丈夫、彼図太いから。

 

「それで、献血してくのか?」

「うーん。これが普通の献血だったら、一も二もなくリッカにどうぞって言って私も付き添いするんだけどな。ハリーさんたちの所だからなぁ、なんかマッドなサイエンティストに人体実験とかされそう。立香が」

「え? 待って望。マッドなサイエンティストってなに?? え、親戚さんちょっとグレーな感じなの?」

「ばか言うなよ、本当にやるこたぁ、普通の検査サービス付きの何も変わっちゃいない献血だよ」

「まぁ、そうだけどねぇ」

「へー。献血って検査もしてくれるんだ」

 

嘘は言っていない。実際に()()()献血であっても、検査サービスが付いており、献血後一週間とかで検査結果が郵送されてくる。

 

 

「んま、いいじゃねぇか。受けさせてやれよ。……こんな簡単に極東のちっせぇこの島で適性なんて出たら、俺がぶつくさココでこんなことなんてやってねーよ

後半は、私の耳に顔を寄せ、小声で話してくるハリーに対して、私はそれもそうだな、まぁ盛大なフラグだが、という現実逃避のような気持ちを抱いていた。

 

「ほれ、中入れ折角の休みなんだ、こんな事だけで時間を潰すのはもったいない。丁度、今は他に献血する人もいないからな、パッとダラダラお話しながら、こっちが提供する茶でもジュースでもしばいてりゃぁ、直ぐだよ。なかなかないコンカフェだとでも思っとけ」

「ハリー・茜沢・アンダーソンさん。本当に日本語とか日本の文化詳しいね。チンピラみたいなしゃべり方が板についてる」

「おう。望、お前はちょっと覚えとけよ」

 

――――――――――

「お願いします! 私たちカルデアに協力して下さい!!」

 

私にとっては、ある意味予定調和で、まぁそうだろうなという現実が今、目の前で起こっていた。

私の親友、藤丸立香はこの検査において並々ならぬ数値を叩き出したのだ。とはいえ、別に体が悪いとかそういうものではない。強いて言うなら、珍しい血液型だったり、珍しい免疫をもっていたり、というようなものだ。もっとっも、その貴重性は今のこのご時世においては別格とも言えるだろうが。

土下座しているハリーと、されて困惑している藤丸をよそに、私は移動採血車の後方に積まれている検査装置のディスプレイを見に行く。そこには、やはり『レイシフト適性100%』という驚異の数値が示されていた。

レイシフト、という言葉が耳慣れない人もいるだろう。このような書き出しをしてしまい申し訳ないが、私も正直詳しい原理などは覚えておらず此度は省略させていただく。もっと詳しい紳士淑女の方が居ればご教授願いたいが、端的に言うと時空を超越する移動法である。これで都市伝説に出るようなどこでも行ける扉などを想像すれば、別に適性なんて関係なさそうに思えるだろうが、この世界におけるこのレイシフトというのは魂そのものを一度細かく分解して、自分の行きたいところで再度組み立てるという様な手法なのだ。このように言えば、それがどれほど困難であり、そしてその適正、すなわち成功確率とでも言い換えられるものが100%であることの驚愕が伝わるのではないだろうか。

 

原作を楽しんでいた身としてはこの藤丸の驚異の適性を見るというのは少しだけ、楽しみであったのだ。もっとも今の私としてただの楽しみ、ということだけでなく、友人のため間違いであってくれ、というような願いも含まれていたが、その思いは無残にも打ち砕かれた。

ガックシとしていると、外で話していた声が消えており、どうやら一応は決着がついたみたいだと思い、私は車をでる。

 

しかし、待っていた光景はサングラスに黒スーツといったスカウトマンらしい格好のハリーと、そのハリーの右肩に担がれ、気絶している親友という、圧倒的事案の姿だった。出るところに出たら、たぶん勝てる。

 

「……えっと、ハリー? それは?」

「んあ? あぁ、大丈夫だ気絶させただけだ」

 

気絶した、ではなくさせただけでも問題であるとは思うのだが、そこに関しては何ともないらしい。

 

「やっぱり連れていくの?」

「これが今の仕事だしな、それに人類存続の危機だぜ?」

「彼には日常を送ってほしかったんだけど……」

「大丈夫だろ。コイツもお前も、補欠だよ補欠。色々集めちゃいるが、Aチームにはかなわないし、特にコイツはお前と違って魔術的な要素もほぼないだろ? かろうじて一本あるかどうかのカッスコイ魔術回路はあったけどな」

「そう……だね。はぁ、立香の親に連絡とか根回しとかちゃんとしといてよ、あと私のもだ。証拠隠滅よろしくね人理継続保障機関フィニス・カルデアのスカウトマンさん」

 

7月の終わり、30℃を超える暑さの日、この世界の未来は一つのターニングポイントを迎えた。

それが、人類にとって、あるいは星にとって、そして彼らにとって善きものか、それはまだ分からない。その答えはきっとこの物語(たび)の終わった後、何気ない日常が証明するものだろう。




願わくば――――遥かなる過去、降り立つ未来を超えた先、彼らが迎えるだろう「日常」(ハッピーエンド)を。
きっと、そこ至るまでの旅を【愛と希望の物語】と云うのだろう。

私に偉大な力はない。私に卓越した叡智はない。ただ無力なまま彼らをこの瞳に映すことしかできない。
それでも、私は覚えていよう。私はどこまでも彼らと共に在り、共に歩み、共に挫折し、共に立ち上がり、そして共に明日を迎えよう。……あるいは、共に無念のまま朽ち果てよう。

ゆえに、(わたし)は「全てを見届けるもの」であり、これは【愛と希望の物語】の記録である。


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I 序章 炎上汚泥都市冬木 Coming soon……
断章:ソレの誕生(あるいは第0回千里眼会議)


この先、朔月 (さくづき) (のぞむ)と名付けられるその個体は、新生児らしく「オギャア」と、この世に生まれ落ちたことを嘆いた産声をあげてから、よく言えば実に手の掛からない子どもであり、悪く言えば気味の悪い子供であった。

 

産声を最後に、生まれてからおよそ3年の歳月が経過するまで、その個体は何もしなかったのである。

泣くことはもちろん、立つことや体を動かすこと、更には嚥下(えんげ)する事さえもままならなかった。

 

普通であれば不気味がるか、おそらくは障害を持っている子であると親は認識するだろう。しかし、幸いなことなのか、朔月望の両親は共に感覚に優れていた。

なんとなしに母は直感し、低位ながらも浄眼——いわゆる幽霊など霊的なものを見ることのできる眼——を備える父もまた、違うナニカを覧ているのだろうと感じていた。

 

暗い水底のように、焦点の合わない瞳を持つ子といずれ正しく会うことを両親は楽しみにしていた。

 

 

事実、朔月望は誕生したその瞬間から、その瞳は、現在を映すことなく過去へと遡っていた。

産声を上げたその瞬間を起点として、俯瞰するように分岐した世界を遡り、見つめていた。

 

その瞳は過去の可能性を、人類史が切り捨て、淘汰した異聞すらも取り残すことなく、須くを終わりから眺め、始まりへと逡巡していく旅は加速度的に疾くなっていく。

 

————聖女を観た。帝国の興亡を観た。海に出でる益荒男(ますらお)共を観た。産まれ落ちた子の嘆きを観た。白衣の天使を見た。清廉なる王を観た。人を裁定せし者を観た。獣の国を観た。生き残った最後の女神を観た。唯一の人を観た。廻る世界を観た。楽園を憂う双子を観た。妖精の國を観た。神なき世界を観た。

 

伝説を観た。口伝を観た。御伽噺を観た。与太話を観た。神話を観た。

 

悉く、現在に至るまでの過去を観た。

そして、ついには「 」(はじまり)に至った。

 

§

 

「ッ!! はぁ!」

「やぁやぁ、大丈夫かい? 人類史、いや星を知り、根源へと至る過去への旅はただの人の身ではさぞや大変だったろう」

「……マーリンシスベシフォウ」

「ぐはッ!?」

 

初めて自分の意思で息を吸うように、深く深呼吸をしようとした私の視界に、白く虹が反射するような柔らかい髪に、菫色のような瞳を持った見覚えのある哀れな男が入り、もはや条件反射のように暴力(にくたいげんご)での対話を行なってしまった。

 

「ハッ喚くな雑種。しかし、よくやった。そこな夢魔に対する働きには褒賞を与えても良い」

「過労死ですか?」

「……フッ今の(オレ)は、貴様()に理解できるように言えば、キャスターの成熟した我だからな。その程度で怒りはせん。いやはや自分の成長が恐ろしい」

 

人間がいなければ存在することもままならない寄生虫のような飄々とした男*1と戯れていると、ふと私の耳に聞き覚えのある実に傲慢な声が聞こえてくる。

顔を向けると、整った顔に締まった肉体を持ち、金髪に赤い瞳を持つ最古の英雄王がドカドカと鎮座していた。

 

未だに現状は把握できていないが、ギブと私の体を叩く夢魔の首に技をキメたまま私は周囲を見渡す。

すると、英雄王の隣に、もう一人身なりの良いいかにも魔法使い、いやこの世界では魔術師か、そういった服装を身に纏い白髪の三つ編みを肩から流した人がいた。

 

「え? ド…いや……ソロ、モン王?」

「……」

 

その人物の名前と思わしきもの言うと、一瞬だけ私に目線を向けたが、すぐに興味なさげに目を閉じ、私に首を絞められている夢魔を見て言う。

 

「マーリン。顔観せはもう済んだ。私はもう行く」

「え? 君、まだ名前も何も名乗っていないじゃないか。本当に顔を観せただけじゃないか! あっ!」

 

マーリンの引き止める言葉が終わる前に、その人物は自分の言いたいこと、伝えるべきことだけを淡々と伝えるだけ伝え、その体は突然、花となり崩れ散った。

 

「うわ……本当に消えたよ。全く()の彼は人間のくせに人間らしくないよね? まぁ、一々自己紹介なんかしなくても、君は識っているだろ? 何せ、さっきまで、いや今も観ているんだからね。あ、でも僕は自己紹介するよ皆んなのお兄さんだからね」

「……アルトリアの目の前で言えよマーリン」

「当たり強いな! むしろこの未来(あと)の事を思えば彼の方が罵詈雑言に晒されるべきだろう!」

 

マーリンにキメた技を解除して、いじりと言うのなの現実逃避をしながら、私は周囲を再度見渡す。

辺りは石で作られた、外のよく見える籠のような造形の部屋の中で、暖かな春の木漏れ日の様な心地よい日差しが差し込み、豊満でありながら、鼻につくこともないとても良い花の匂いが立ち込めている楽園のような場所だった。

 

「……何で、自分がこんな所にいるんだよ。しかも見覚えある姿だし、()はもうこの姿じゃないだろ」

 

説明しろ、とマーリンの方を睨むと、思わぬところから説明が飛んでくる。

 

「雑種、貴様は勘違いをしている様だが、ここはコヤツが閉じこもっている塔ではない。何、簡単な事よ。今そこに居る夢魔も居たあの魔術師も我もそして貴様もその眼でもって交わっているに過ぎん。まぁ、このような場に成っているそこな夢魔の仕業だがな」

「ふふん。つまりだね、そこにいる王様は未来(いま)()る君に過去から言葉を残して、現在(みらい)()る君は過去を観ている、という事だね」

「……王様は未来の、私の言動を未来視で視て言葉を残したのを私の過去視? でいいのか、それで読み取っている、て事か?」

「そうだね。まぁ、最もそんなビデオテープと読み取り機、と言うよりも時空を超えたリアルタイム電話って感じだよ。あ、今君が観ているこの風景は初めてだからね、理解しやすいようにそういう場として形成してみただけだから、現実の君は三歳児だけど、大人に近い肉体の記憶があるなら不便だろう? 君の記憶から君のガワだけだけど再現したのさ」

 

……なるほど、生前でも彼らは千里眼トリオなんて称されて、千里眼持ちは何某か相互で認知をしている、ていう話があったな。EXの千里眼は時空を超え捉えることができるなら、こんな風に会話を交わしたりすることもできるのも道理だな。

 

「外からの来客とは実に珍妙な業を抱えているな雑種。なるほど、お前はどちらの我とも交友があったか。それに……」

 

光を帯びた真紅の瞳が私を射抜き、存在を見定められている、正に裁かれているのだと、身が竦んだ。

外からの、と言う自身の本質を言い当てられる、その程度であればむしろ当然だと思っていたが、言葉にされると意外と思うことがあったようで、動揺してしまう。

だが、それよりも生前の自分の記憶を見られるのはヤバイ、そう感じた。

 

「ほう? 王が男であれば我に仕えたい、だと? フハハハハハ! なんだ、鍵も与えられていたか! フハハハハハ! 許す貴様のその抱える業は、少しばかり遠い枝だ、貴様をくびきに良く視えるようになったわ。これを貴様の不敬の免罪とする」

 

勝訴。何がともあれ許された。

 

「……雑種には過ぎた眼を持ったな。精々、自らの大切なモノを見誤らず、足掻き、我を楽しませろ」

 

そういうとギルガメッシュ王の体も、先ほどのソロモン王と同じように花となり崩れ散った。

 

「はぁ……全くなんて自分勝手な王様達だろうね」

「ソロモン王は自分勝手、と言うよりも今のアレには、ただそんな機能がついてないだけだろ」

「まぁ、ともあれ私は歓迎するとも。何処かのマイロードだった君達よ。君達の旅路はとても綺麗なものだったようだね。……願わくば、この世界もそんな綺麗なモノへ辿り着くと嬉しいとも」

「……ここが私の識っている世界だとしよう」

 

認め難い現実に思わず声が強張り、震えてしまう。それを聞いたマーリンは生暖かい目と優しさ溢れる微笑みで私のことを見つめてくる。

 

「……解っている。そう現実を受け入れられない子供を見るような目で視るな。もう観てきたんだから理解している。今も死んだ主人の肉体に囚われ過去と未来を視て嘆くモノがいることも。とある星見の現主人が魔術王の象徴を用いて戦争に参加しようとしていることも。何もかも私の識るものと類似していて、この世界がそういう歴史をこれから歩んでいくのだろう。」

「そうだね」

「大丈夫だ。理解ってる。ちゃんと理解ってる。俺は、そう言う願いの産物だろ。存在として「そうあれかし」として規定されているだけじゃない。間違いなく俺自身がそうしたいと願ったからここにいるんだ」

「できるのかい? 君は千里眼(そんなもの)を抱えても、間違いなくただの人だよ? 君自身には類稀なる叡智も強靭な肉体もない無力な人だよ?」

 

諭すように、引き返すのなら此処が分岐点、辞めるなら今、此処で決めろと目の前のヒトデナシは私に覚悟を語りかけてくる。

 

「ふふ……。マーリン、お前も結構損な立ち位置だよな。……俺も君と同じで彼らの物語に魅入られたんだ。あぁ、そうだな。そうだ」

 

一息に空気を吸い込んで、深呼吸をする。そして、少しばかり逡巡して瞬きを一つして微笑みながら、私はマーリンに答える。

 

 

 

「————笑っていたんだ。それはきっと間違いじゃないと思う」

「ッ!!」

 

息を飲むマーリンが目を見開き驚いた顔をする。

 

「ソレを私の前で言う意味が分かっているのかな?」

「分かっているよ。君に、花の魔術師マーリンに未来への覚悟を誓うならこれ以上の言葉はないと思ったんだ。それに、この言葉はとても眩しくて好きだったんだ」

「……王が女であれば、あのモルガンに仕えたいとかいう異常者がどの口で……」

「失礼な。過酷な旅路を経た冬の女王の事だよ。君の知っている女性のことじゃない」

「はぁ……全く。これだから千里眼持ちとの会話は疲れるんだよ」

「ほんとだね。君を振り回すことができて、私も君がただの生きた現実にいる存在だって思えたよ」

 

しばしこの常春の楽園の塔の中で何とも言えない暖かな笑いが溢れた。

 

「いつか、夢の外でも貴方に会えることを楽しみにしている。君が思わずそこから徒歩で駆け出してしまうほどの美しい物語にしてみせるとも」

 

§

 

人の形を埋めるそこにあった花弁は拠り所を失い、散り散りになる。それに手を伸ばし、花弁を一つ掴み取ると、男は懐かしむように笑みを一つこぼした。

 

「それはとんもない報酬だな。あぁ、楽しみにするとしよう。……どうか、その時まで君の周りが善きものであるように」

 

————楽園の端から君に聞かせよう。君の物語()祝福に満ちていると。

*1
尚、生前の私は普通にこの夢魔の事が好きだった(性能的にも)。少なくともアーサー王の結末を経て、塔に自らを幽閉した後のこの夢魔のことは好ましく思っている。



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