ASーエンジェリック・ストラトスフィアー (枯田)
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機体設定資料集
AS&使徒、設定資料集


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AS設定

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『白虎』

個性は『素直』

元は『打鉄』(日本、第2世代機)

AS形態モデルは虎。

待機形態は白い首輪。

性格、口調共にかなり子供っぽい。一夏と一緒にいたいという意識からくっついているが、土壇場では頑張る健気なタイプ。

 

武装

『白虎徹(しろこてつ)』

一夏が刀を握る仕草をすると実体化する日本刀。鞘はなく抜き身の状態で実体化する。

また刀身を伸縮できる。効果はシールドエネルギーを0にするのではなく、シールドや結界そのものを切り裂くことができる光の刀。

 

備考

白虎は四神の一で、西方を守る聖獣の名前。

虎徹は新撰組局長近藤勇も愛用したといわれる実在する名刀。

 

 

『レオ』

個性は『温厚』

元は『打鉄』(日本、第2世代機)

AS形態モデルは獅子。

待機形態は黒い首輪。

いわゆる丁寧で女性的な口調のキャラ。優秀なサポート役的な性格をしており、諒兵を助けるという意識が強い。

 

武装

『獅子吼』

両手両足に実体化する計12個の巨大なレーザークロー。

緩やかに湾曲した三角錐の形状をしている。

基本的には格闘戦主体の武装だが撃ち出して中距離攻撃可能。また、ビット、エネルギーシールドとしても使用できる万能タイプの武装。

 

備考

レオは星座、黄道十二宮の獅子座を意味する言葉。

 

 

 

『猫鈴(マオリン)』

個性は『勇敢』

元は『甲龍(シェンロン)』(中国、第3世代機)

AS形態モデルは山猫。

待機形態は鈴の付いた灰色の首輪。

語尾に「ニャ」とつける変わった口調で、熱血な性格。意外に鈴音と相性がいいキャラ。説明好きだが、語尾のせいでまったく緊張感がないのは余談。

 

武装

『娥眉月(アー・メイ・ユエ)』

武装は両手両足の指先すべてから発生するレーザークロー。手を手刀の形にするとレーザーブレードにも変化する。

また、レーザーブレードに変化した場合、一本ずつブーメランのように投げることが可能。

 

第3世代武装『龍砲』

空間を歪めて砲身とする第3世代兵器。点で撃つだけではなく100メートル立方を歪められるように強大化しており、面の制圧が可能となっている。

 

備考

娥眉月(日本語読みでは「がびつき」)は日本でいうところの三日月で、細い弓形の月を指す。なお、娥眉とは三日月形の美しい女性の眉のことで、転じて美人を指す言葉。

 

 

 

『ブリーズ』

個性は『慈愛』

元は「ラファール・リヴァイブ」のカスタム機「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ」(フランス、第2世代機)

AS形態モデルは羚羊、正確にはカモシカ。

待機形態はカモシカの意匠が施されたペンダントヘッドの着いた橙色のチョーカー。

優しいお姉さん口調のキャラクター。シャルロットの母親の想いがこもっているISコアでもあったため、それを受けた慈母的な性格をしている。

 

武装

『サテリット』

本体の周囲を回転しながら浮遊する4つのエネルギースフィア。無数に放たれるレーザー。小型ミサイル。接近戦で打ち込むパイルバンカーとして扱えるほか、四つを一つにすることでシールドにもできる万能型の兵器。

 

第4世代武装

『ブリューナク』

蛮場丈太郎が開発した収束荷電粒子砲。ただし、エネルギーが満タンの状態でも2発が限界。

 

備考

ブリーズはフランス語で微風を意味する言葉。

サテリットは衛星を意味する言葉。

ブリューナクはケルト神話の太陽神ルーが所持する武器の名で一般的には槍の形状をしていると伝えられる。その意味は『貫くもの』

 

 

 

『ブルー・フェザー』

個性は『忠実』

元は『ブルー・ティアーズ』(イギリス、第3世代機)

AS形態モデルは鷹。

待機形態は羽の意匠の付いた青いチョーカー。

セシリアや他の人間たちを様付けで呼ぶメイド気質のAS。マジメな性格だが、常識が半分外れており突っ込まれる側の天然ボケキャラ。

 

武装

『エンフィールド・ウォーフェア』

実体型スナイパーライフルで、プラズマレーザーを連射できる。

 

『ウェブリー』『フォスベリー』

プラズマ弾を発射できる2丁の実体型ハンドガン。

 

第3世代武装『ブルー・フェザー』

BT機としての性能が向上しており、16対32基のビットとなっている。ビーム攻撃できるだけではなく、本体で相手を切り裂くことも可能。

 

備考

ブルー・フェザーは英語で青い羽を意味する言葉。

エンフィールド、ウォーフェアはそれぞれイギリス製のスナイパーライフルの名称。

ウェブリーとフォスベリーは、本来は『ウェブリー・フォスベリー』でイギリスで製造された世界初のオートマチックリボルバーの名称。

 

 

『オーステルン』

個性は『厳格』

元は「シュヴァルツェア・レーゲン」(ドイツ、第3世代機)

AS形態モデルはウサギ。

待機形態はドッグタグの付いた黒い首輪。

もともと千冬に近い性格だったが、ラウラの深層心理に存在する織斑千冬に対する敬愛の念を受け、より彼女に似てしまっている。そのため千冬とはやけに相性がいい鬼軍曹タイプ。

 

武装

『カイゼリン・ドーラ』

プラズマフィールドで形成されるレールカノンでプラズマ砲弾を撃つことができる。ヘッドセットに装着されている2本のウサギのような巨大な耳がフィールド発生装置となっており、計2門装備されている。

また、プラズマフィールドで形成されるため、1門の巨大なレールカノンにすることも可能。ISを丸ごと撃ち放つこともできるほか、諒兵の獅子吼を砲弾として撃つこともできる。

 

『シュランゲ』

両手から、それぞれ3本ずつ計6本のレーザークロー。これはそのままワイヤーブレードの切っ先にもなる。

 

第3世代武装『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー』

認識した対象を完全に停止できるほか、ラウラの精神力次第では、100メートル四方の範囲で無数の物体やエネルギー体の動きを停止させることができる。

備考

オーステルンは復活祭を表すドイツ語。古くは多産と豊穣をつかさどる春の女神エオストレが語源とされている言葉で、その化身、または使いはウサギといわれている。

カイゼリンはドイツ語で女帝。シュランゲはドイツ語で蛇を表す言葉。

ドーラはグスタフと共に世界最大といわれる80センチ列車砲であり、カノン砲の名称。

 

 

 

『ワルキューレ』

個性は『寛容』

元は「シュヴァルツェア・ツヴァイク」(ドイツ、第3世代機)

AS形態モデルはハウンド、すなわち猟犬。

待機形態はドッグタグの付いたネックレス。

本来は心広く、多くの仲間をまとめるタイプのリーダーのような性格。ただし、腐ってる。要する貴腐人というか、腐女子。あまりにも寛容だったため、あらゆる萌えを受け入れすぎた結果といえる。

 

武装

『ノートゥング』

腰にある鞘付きの実体剣。射程距離は短いが、衝撃波を放って敵を倒すことも可能。直接攻撃ならば敵を真っ二つにできるが、最大の特徴は、翼に備えた12の武器を操る指揮棒としての能力。

分離した武器は自在に飛ぶことが可能であり、その武器の動きを指示できる。

ただし制約として鞘から抜いている必要がある。

なお、翼の武器にはそれそれワルキューレの個人名から名称がつけられた。なお、右の翼、左の翼の順に並んでいる。

 

スナイパーライフル

「ヘルフィヨトル」軍勢の戒め

「ヘルヴォル」軍勢の守り手

ヘビーマシンガン

「ゲイルドリヴル」槍を投げる者

「ゲイレルル」槍を持って進む者

ガトリングカノン

「ゲル」騒がしき者

「フロック」武器をがちゃつかせる者

ミサイルランチャー

「スケグル」戦

「グンル」戦争

レールカノン

「スルーズ」強き者

「レギンレイヴ」神々の残された者

シールド付きパイルバンカー

「ランドグリーズル」盾を壊す者

「ラーズグリーズル」計画を壊す者

 

 

備考

ワルキューレはヴァルキリーのドイツ語読みで、北欧神話に出てくる戦士の魂をヴァルハラに導く戦乙女の総称。つまり個人名ではなく一種の種族名。

ノートゥングは楽劇『ニーベルングの指輪』にでてくるジークフリートの剣。北欧神話ではグラムとも呼ばれる。

翼に搭載された武器につけられた名称はそれぞれ古エッダに出てくるワルキューレの個人名で意味がある。

意味は武装の項目に書かれたとおり。

余談だが、レールカノンの項目の「スルーズ」はトールとシフの娘で神の子。

「レギンレイヴ」は言葉自体に神々の娘という意味も含まれる。

 

 

 

『大和撫子(やまとなでしこ)』

個性は『不羈』

元は『打鉄弐式』(更識簪製、第3世代機)

AS形態モデルはイルカ。

待機形態は色違いの小さなルアーのついたチョーカー。

不羈とは自由奔放で、枠からはみ出すほどの才能を指す言葉で、その通り、何事にも囚われない意識を持つ使徒。

そのため、敵に回られると厄介なので、刀奈と簪の二人で共生進化させられてしまう。

 

武装『石切丸』

プラズマブレードの変形である薙刀。

 

第3世代武装『龍宝珠』

直径千メートルの空間を直径十センチまで圧縮できる球状の超圧縮空間。水を圧縮すればウォーター・ジェットとして、空気を圧縮すれば、真空の刃として、土や岩などを圧縮すれば砲弾として撃ち放つことが可能。

また、任意の場所に展開できるので、攻撃を受け止め、同時に破壊できる盾としても使用可能。

簪が、自由に考えた末に欲した攻防一体の万能兵器となっている。

 

 

大和舞(やまとまい)

刀奈のPSが大和撫子の力の余りの分ででパワーアップした機体。なお、最大の特徴として翼が飛行機などに近い形状になっている。あくまで大和撫子のオプションであるため、エネルギーは大和撫子経由でないと供給できなくなっている。

 

武装『祢々切丸』

伸縮自在、一本が最大四つに分裂し、ビットとしても操れる二刀のプラズマブレード。

 

備考

大和撫子とは古式ゆかしい日本風の落ち着いた女性を指す言葉。

大和舞は大和地方の風俗歌で舞う踊りのこと。

石切丸は石切剣箭神社に実在する神刀。

祢々切丸は日光の二荒山神社に実在するもので、祢々という妖怪を退治したと伝えられる神刀。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

使徒設定

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『ディアマンテ』

個性は『従順』

元は『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』(アメリカ、第3世代機)

AS形態モデルはカナリヤ。

その個性の通り、性格は基本的に人の意思に従うことを旨としている。丁寧な口調で人当たりは非常に柔らかいが、簡単に意志を変えるようなことはない。

広域殲滅を目的とした高い射撃能力をベースにしており、プラズマエネルギーを元に、無数のレーザーや強力なプラズマミサイルを放つことが可能。

 

第3世代武装『銀の鐘』

詳細は不明。開発企業の資料によると偏光制御射撃を元にした殲滅兵器として制作とされていることが判明している。

 

特殊能力

『福音の声』

歌声によりIS自身の意思を誤解させ、覚醒させることができる。進化せずとも自らの意志でISが離脱してしまうため、ある意味、非常に厄介な兵器と化している。

備考

ディアマンテはダイヤモンドのイタリアでの呼び方。

 

 

『ザクロ』

個性は『一本気』

元は『暮桜』(日本、第1世代機)

AS形態モデルは豹。

千冬がモンド・グロッソで使用した第1世代機だが、とある理由により、IS学園の地下にて凍結されていた。

一夏に対応するような武士そのままの性格で、戦い果てることを目的に一夏に一対一の真剣勝負を挑んでくる。非道をすることはないが、勝負を邪魔するものは容赦せず斬り捨てる。

 

武装

『雪片』

千冬と共に使用していた暮桜唯一の武装である日本刀。

 

単一仕様能力

『桜花一刀、零落白夜』

プラズマブレードによる一撃必殺へと進化しており、あらゆるもの、空間すら切断する斬撃となっている。

 

備考

ザクロとは柘榴石のことで、ガーネットの日本語名。

 

 

『オニキス(縞瑪瑙)』

個性は『悪辣』

元は『アラクネ』(アメリカ、第2世代機)

AS形態モデルは蜘蛛。

性格は粗暴で凶暴、かつ、気まぐれ。人を傷つけることに喜びを感じるタイプで、単独でも、覚醒した仲間を引き連れていても、まず自ら前線に出て戦う。

蜘蛛を模したようなデザインそのままに、プラズマエネルギーを蜘蛛の糸として扱うことができる。無数のプラズマエネルギーの糸を操り、蜘蛛の巣を張って敵を捕らえ、すさまじい電撃を与えるほか、糸をワイヤーブレードのように変化させて操ることができ、敵を膾ぎりにすることも可能。

 

武装

『クロトの糸車』

独立機動型ユニットで、プラズマエネルギーの糸を吐き出し、蜘蛛の巣を作ることができる。一度捉えたものは決して逃がさない強力な蜘蛛の巣となる。また、糸からは電撃を放つことが可能。

 

『ラケシスの糸』

プラズマエネルギーでできた極細のワイヤーブレードで指先から無数にだすことが可能。敵を膾切りにできるほか、電撃を与えることも可能。

 

『アトロポスの裁ち鋏』

名前に反して、布レベルではなく敵を装甲ごと切断できる強力な実体武装。ただし刃の部分はプラズマエネルギーでできている。普段は背中の翼に収納されている。

 

備考

クロートー、ラケシス、アトロポスはギリシャ神話の運命を司る三姉妹の女神モイライの長女、次女、三女の名前。

 

 

 

『サフィルス』

個性は『自尊』

元は『サイレント・ゼフィルス』(イギリス、第3世代機)

AS形態モデルは雀蜂。

性格は高慢で人を見下すような言葉を連発し、挑発することを楽しみ、挑んできた敵を徹底的に叩き潰す残虐性を持つ。

元がBT機なので16基のビット兵器『ドラッジ』を自在に操りつつ、自らは遠距離からプラズマエネルギーを無数のライフル弾のように操って敵を殲滅する。

またドラッジをISと融合させることで、自らの下僕、『サーヴァント』として進化させることができ、強力なAS部隊を単独で作り上げることができる。

 

武装

『ドラッジ』

サフィルスのビット兵器。本来は強力なプラズマレーザーを撃ち放つ武装だが、ISと融合させることで強制進化させ、自らの下僕『サーヴァント』にできる凶悪な武装。

 

『ムーン・イレイザー』

星を破壊すると名づけられた元の武器よりも強力な、月を消滅させるというプラズマレーザーキャノン。レーザーライフルではなく、巨大な大砲と化している。

 

『エクスカリバー』

普段は腰の背後の楯に収納されている巨大な剣。ただし、形状は剣というよりも、柄がついた巨大な針そのもの。一刺しで確実に死に至らしめるほどに強力、かつ、凶悪な毒針。完全な近接武装でめったに使わない。

 

備考

サフィルスとは、正しくはサッピルス、サッフィルスで、ラテン語で青を意味するサファイアの語源。

ドラッジは働き蜂という意味。

エクスカリバーはアーサー王伝説に出てくる聖剣の名前。

 

 

 

『ヘリオドール』

個性は『享楽』

元は『ファング・クエイク』(アメリカ、第3世代機)

AS形態モデルはグリズリー(羆)

性格は明確な戦闘狂。戦うことに楽しみを見い出し、それのみを追求する。本来は戦場にフラッと現れては敵味方なく殲滅する厄介な災害に近い存在。

完全な格闘型のISで、同類の諒兵に勝負を挑んでくる。

戦闘ではベアナックルと呼ばれる光る拳を主体としたボクシングに近い格闘戦を行う。

 

第3世代武装

『連続瞬時加速』

直線的なスピードではAS中最速を誇る移動用に特化した武装。ただし、ヘリオドールはそのスピードを拳に乗せるため、驚異的な攻撃力を持つ。

 

単一仕様能力

『カイザー・ナックル、ライジング・サン』

本来持っている能力である『縮地』による突撃正拳突き。

空間を押しつぶすため、戻る圧力で相手を叩き潰すことができる。一撃で山を砕くことができるほどの威力を持つ。

 

備考

ヘリオドールは、黄色いエメラルドで、エメラルドの亜種として知られる宝石。

縮地とは本来は瞬間移動の事を指す言葉。

 

 

『タテナシ』

個性は『非情』

元は『ミステリアス・レイディ』(ロシア、第3世代機)

AS形態モデルは鮫

刀奈がロシア製の機体をベースにフルスクラッチしたISだが、その『非情』な性格により、楯無と心のつながりを作ることができなかったIS。ディアマンテの歌声で覚醒する。

簪に象徴される刀奈の甘さを嫌っており、人や同じISコアを殺すことに対してまったくためらいがない。

もともとは更識家に伝わる当主の証である妖刀『楯無』に宿っていた。

 

武装『明鏡止水』

元はクリア・パッションとなる。ただし、空中に散布する浮遊機雷と化しており、触れたものに爆発によるダメージを与えるほか、連鎖爆発で大ダメージを与えることもできる。

 

武装『雨垂巌穿』

元はミストルティンの槍。巨大な槍ではなく、威力を凝縮した小さな槍を無数に発生させるようになっている。

一撃必殺の代わりに、多くの敵にダメージを与えられるようになっている。

 

武装『落花流水』

元は蒼流旋。槍ではなく二刀の小太刀へと大きく変化している。完全に接近戦用の武器で、扱いこそ難しいが、接近戦ではASの鎧も切り裂くことができるほどの切れ味を誇る。

 

 



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ASーエンジェリック・ストラトスフィアー本編
第1話「二人の被害者」


プロローグ「夕焼けの記憶」

私には夕焼けの記憶が「二つ」ある。
一つは。

私が将来酢豚を毎日食べさせてあげる。

まだ幼さの残るころ、小学校の教室で、好きになった男の子にそう告げた。
もっともそいつは朴念仁の神、すなわち朴念神といえるほどの鈍感なので、私が言ったことをちゃんと理解してるなんて思えない。
それでも、幼いながらに必死に考えた愛の告白だった。
そして、もう一つは。

俺と付き合ってくれねえか?

思春期と呼ばれる年齢に差し掛かったころ、中学校の教室で好きになった男の子のライバル兼親友にそう告げられた。
まっすぐに見つめられて胸が異常に高鳴ったことを覚えてる。
私は『  』が好きなのに。
だから、そのときは必死になってこう答えた。

私、『  』が好きだから……。

今、思い出しても声が震えていたのがよくわかる。
でも、真剣に想いを告げてきてくれたそいつに中途半端な答えは返せなかった。
でも、今でも。
その二つの記憶は私の心を揺り動かす。
どっちを好きになったほうがいいのかなって……。






西暦二〇一五年、冬。とある中学校の教室にて。

 

藍越学園の受験日を明日に控え、黒髪ショートでなかなかの美少年でもある中学三年生、織斑一夏は必死に参考書を開いていた。

そんな彼に髪を逆立て、鋭い目つきで粗野な雰囲気を纏う、見るからに不良といった少年が近づいてくる。

「一夏あ、もう無駄じゃねえ?」

「諦めるの早いだろ」

「あとは当日なんとかするしかねえだろ?」

ギリギリまで粘るのがよいのか、前日に無理はしないほうがよいのかは判然としかねるが、どちらにも一理ある。

とはいえ、確かに彼の言葉にも納得できるものはあるので、一夏は参考書を閉じた。

「諒兵だってギリギリだろ?」

日野諒兵。

一夏とは中学で知り合ったライバル兼親友で、ケンカ友達というのが一番近い。

剣道をやめてから我流の剣術使いとなってしまった一夏と、知り合いにマーシャルアーツを習った挌闘家の諒兵はよく腕比べをする仲だった。

同時に、どちらも困っている人がいると腕っ節で解決してしまう問題児でもある。

そのため、一夏にとってたった一人の肉親である姉に二人まとめて鉄拳制裁を喰らうのは日常茶飯事となっていた。

もっとも、そんな二人も受験生であるため、今はケンカは控えているのだが。

「前日にやったって成績上がんねえよ。だからあとはぶっつけ本番だ」

「そうだけどさ。千冬姉に心配かけたくないから藍越に受からないわけにはいかないんだよ」

 

織斑千冬。

織斑一夏の姉であると同時に、世界最強と呼ばれる女性のことである。

 

十年前に起こった「白騎士事件」

空を翔けるパワードスーツ『インフィニット・ストラトス』

通称ISという兵器が瞬く間に世界に広がった大事件。

製作者の名は「天災」の異名を持つ女性科学者『篠ノ之束』

彼女の頭脳は数世紀先をいっているとまで言われている。

ただし、もっとも重要な部分であるISコアは何故か女性にしか反応しない。

そのため、世界に467個しか存在しないISコアを用いた一種のパワードスーツは、世界の軍事バランスを大きく変えた以上に男女格差を逆転させてしまった。

世は女尊男卑。

ISを使うことのできない男性は、女性の下僕のような立場に甘んじることとなった。

とはいえ、ISに勝てる兵器はISしかなく、大半の男性が女尊男卑を受け入れている。

現在のところ、ISは軍事兵器以外に、兵器開発競争のデモンストレーションのためのスポーツに使われている。

『モンド・グロッソ』と呼ばれる世界大会も存在し、ISをまとった女性たちは己の最強を示すため、文字通り火花を散らして戦う。

織斑千冬は天災・篠ノ之束の幼馴染みであり、さらにモンド・グロッソ初代優勝者で、第2回準優勝者でもある。

もっとも第2回大会に関しては、織斑千冬がある理由から決勝戦を棄権してしまったため、事実上の優勝者は彼女に違いないといわれているが。

モンド・グロッソ各部門の優勝者に贈られる最強の戦乙女の称号ヴァルキリー。

しかし彼女は強すぎることから、モンド・グロット各部門すべてで勝利した結果、北欧神話に語られるヴァルキリーの一体になぞらえた最強の称号『ブリュンヒルデ』の名を贈られていた。

 

「千冬さんか。最近帰ってきたか?」

「いや、仕事が忙しいらしいから週末だけだ」

何してるのかは知らないけど、と一夏は続ける。

とはいえ、千冬が自分を大事にしてくれていることを十分以上に感じている一夏としては、ちゃんと高校に受かって安心させたかった。

「藍越なら就職しやすいしな」

「俺も園長先生心配させるわけにはいかねえか。さすがにケンカで金は稼げねえし」

「稼げても、そんな金じゃ受け取らないだろ」

と、呆れた表情を見せる一夏に、諒兵は苦笑を返す。

一夏と諒兵が仲がいいのは単に性格の問題ではなく、境遇の問題もあった。

幼いころに姉、千冬と共に両親に捨てられた一夏は彼女の手で育てられたといっていい。

だから千冬に無理をさせたくなく、早く就職して一人前になり、千冬を守れるようになりたいと思っていた。

対して、諒兵は生まれたばかりのころに孤児院に預けられた孤児だ。

世話になっている園長に恩を返したいと常々思っている。

近い境遇だから同情したというわけではないが、諒兵の生い立ちを知った一夏のほうから声をかけ、今に至るのである。

「やるか。少しでも受かる可能性が上がるかもしれねえし」

「そうしよう。俺ももう少し勉強しておきたいし」

「弾のやつと同じ高校にしときゃよかったかな、数馬んとこはいけそうもねえけど」

と、そういって参考書を開いた諒兵に付き合い、一夏も参考書を開いて再び受験勉強を始めるのだった。

 

 

翌日。

受験会場の前で一夏と諒兵は首を傾げていた。

「お前んとこに届いた地図はここだよな?」

「ああ。間違いない、けど……」

そこには、IS学園受験会場という看板が掲げられている。

 

IS学園。

IS操縦者を教える学園で、全世界からエリートが受験してくる凄まじい倍率を誇る現代の名門校である。

世界の軍事バランスを変える兵器の扱いを教えるだけに、偏差値も身体能力も高い者たちが集う。

ただし、ISコアの女性にしか反応しないという特性のため、自然と女子校になっていた。

 

当然、一夏と諒兵も受験などできるはずがない。

諒兵は手に持っていた藍越学園の受験会場の地図を広げて問いかける。

「やっぱりこっちがあってたんじゃねえか?」

「でも、これ直前になって変更したから間違えないようにって送られてきたもんだぞ」

後に送られてきたほうが正確なんじゃないか?と、一夏は続ける。

どちらにも言い分はあるが、目の前に掲げられている看板にはIS学園と書かれている。

「とりあえずここの人に地図を見せて、それから藍越学園に連絡してもらおう」

「だな。たちの悪いいたずらにあったんなら、理由を言えば受験させてくれるかも知れねえし」

諒兵の地図に描かれた場所に行くには既に時間が足りなかったため、二人はIS学園の受験会場に足を踏み入れた。

 

受け付けでここに来てしまった理由を話すと、IS学園関係者の言葉があれば受験し直せるだろうといわれる。

そこで一夏と諒兵の二人はIS学園関係者、もしくは試験監督がいる部屋へと向かった。

その途中、IS学園の受験会場の扉が開かれているのに気づく。

「ここ、受験会場ってか……」

「あれISだよな。たぶん上手く乗れるかどうか試験するんじゃないか?」

広いホールに、試験監督が座るだろう事務テーブルと、3機のISが置かれている。

倉持技研によって制作された第2世代IS『打鉄』

武士鎧を思わせるそのデザインは、心なしか二人のいたずら心を刺激した。

 

「「ちょっと触ってみようぜ」」

 

まったく同じタイミングで同じセリフが出てしまい、二人は顔を見合わせてプッと吹き出してしまう。

女性にしか扱えない兵器だが、パワードスーツといったSFに出てくる兵器はむしろ男心をくすぐるものだ。

どうせ試験には間に合わないし、理由を話せば受験し直せるという受け付けの言葉に、現状を気楽に考えていた二人はISに近づいていく。

「やっぱカッコいいよな。何で男には乗れないんだろ」

「一夏。お前、理由聞いてねえのか?」

「束さんの居場所なんて知らないからな」

千冬の幼馴染みである篠ノ之束は同時に一夏にとっても幼馴染みだといえる。

篠ノ之束には妹がいるので、その子も同じことがいえるのだが。

「女尊男卑でも男尊女卑でもいいから、一度これで空を飛んでみたいな」

「いいな。すげー気持ちいいだろうな」

と、そんなことを話しながら、二人はそれぞれ別の打鉄に手を触れた。

その瞬間、凄まじいまでの情報が頭に飛び込んできて、しかも……。

 

見つけた♪

 

やっと出会えました。

 

そんな声を聞いた二人は、直後、襲いかかられてしまう。

「うわッ!」

「なんだこいつッ!」

二人が手を触れた打鉄がいきなり動き出し、まるで抱きすくめるように二人の身体に取り付いてきたのだ。

身体の自由が利かない。

しかも、何かと心がつながっていくような感覚に、二人はさすがに戸惑いの声を上げてしまう。

騒ぎを聞きつけた試験官たちの目の前で、打鉄を完全にまとった二人。

だが、しばらくすると打鉄は光の粒子と化していく。

後に残ったのは、ありえないはずの事態に呆然とする試験官たち。

そして、それぞれ白と黒の首輪をつけたまま気を失っている一夏と諒兵の姿だった。

 

 

 

 



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第2話「山田先生の予習授業」

藍越学園受験日から数日後。

諒兵は自分が暮らしている孤児院「百花の園」を出され、一夏の家に泊まらされていた。

「諒兵、部屋のゴミ出してくれ」

「おう」と、自分の部屋のゴミ箱を持ってくる諒兵に一夏がダメ出しをしてくる。

「何やってんだよ。本は資源ゴミだろ」

「いっけねえ、まとめて突っ込んじまった。わりい一夏」

と、二人は『IS基礎理論・1年編』と書かれた2冊の本を手にアハハと笑い合う。

「この馬鹿者どもッ!」

ドゴンッと凄まじい音を立てて二人の頭に鉄拳が振り下ろされる。

強烈な痛みに思わず床の上でのた打ち回ってしまっていた。

「ち、千冬姉、帰ってきてたのか……」

「うごぉぉ……」

涙目で見上げる二人の目の前に、厳しそうな見た目でありながら、抜群のスタイルを持つ黒髪ロングヘアの美女が仁王立ちしている。

「それは教科書だろうがッ!」

もとい、仁王立ちしていたのは夜叉であった。

 

居間のソファにどっかりと座る美女。

一夏の姉であり、ブリュンヒルデの異名を持つ最強のIS操縦者、織斑千冬。

そんな彼女の目の前で一夏と諒兵は正座させられていた。

「まったく、気になって帰ってきてみれば、教科書を捨てようとしてるとは。本当に馬鹿だな貴様らは」

「いや、ぶっちゃけ全然わからねえし」

「何が書いてあるのかさっぱりで勉強するどころじゃないぞ、千冬姉」

それにIS学園に入りたいわけじゃないし、と一夏は呟く。

 

打鉄に装着されてしまった二人は、世界初の男性のIS操縦者として瞬く間に有名人になってしまった。

現時点で女性にしか操縦できないISに男が乗れるとなれば、それだけで実験材料になりかねない。

上手くすれば男性が乗れるISを製作することができるようになるかもしれないからだ。

そうなれば軍事バランスは再び大きく変化する。

今の一夏と諒兵は、各国の軍事バランスを変えかねない歩く核ミサイルのような存在なのである。

そこで、日本政府は他国に男性操縦者を取られないようにするため、織斑一夏、日野諒兵の二名をIS学園で保護することを委員会に進言し、各国の了承を得て決定。

二人は春から女子だらけのIS学園に通うことになっていたのである。

今は入学前ということでまとめて警護するため、二人とも織斑家で生活しているのだった。

なお、そのIS学園の教師の一人が、なんと千冬であった。

一夏と諒兵の首についている待機形態らしきISを見て、彼女が深くため息をついていたのは余談である。

 

一夏の呟きを聞いた千冬はため息をつくと、視線を一夏と諒兵の首に向ける。

「では数百億の借金を抱えるか?」

「へっ?」と二人して間抜けな面をさらしてしまう。

「貴様らから外れんその打鉄を含めたISは、本来は一機数百億の軍事兵器だ。しかも基本的には国が貸与するものだ」

しかし、何故か一夏と諒兵の打鉄は待機形態らしき首輪となったままいっこうに展開されない。

しかも首輪の形をしているが繋ぎ目がなく、外しようがない。

プログラム的なものかと考え、今日までにISに関わる科学者が百回以上にもわたり外そうと試しているが、外からの干渉をまったく受けつけないのだ。

「つまりそれは貴様らの専用機。しかも外せない以上、貴様ら個人の持ち物となる。となれば、買い取るしかあるまい?」

齢十五にして数百億の借金を背負うということだ、と、千冬は続ける。

だが、IS学園に入るならば、男性IS操縦者としてデータなどの提供を行うことができる。

IS開発の上で有益な情報が得られれば、データだけでも億単位の価値となる。

政府はそのために保護という名目でIS学園に放り込んだのである。

「いくしかねえのかよ……」

「鬱だ死のう……」

揃って落ち込む二人だった。

 

「いずれにしても勉強しなければ、授業についていけんぞ」と、千冬は二人に諭すように告げる。

だが、ISに関わる理論は高度なものであり、藍越学園をギリギリで受験しようとした二人ではとてもではないが理解できない。

噛み砕いて説明する者が必要だった。

「この際、千冬さんでもいいから教えてくれよ」

「でもいいから、というとはいい度胸だが、確かに貴様らのおつむでは理解できんか」

「なら、教えてくれるのか、千冬姉?」

という一夏の問いに千冬は首を振った。

IS学園の教師であるばかりでなく、ブリュンヒルデでもある千冬はこう見えて普段からかなり忙しい。

さらに一夏は自分の弟でもあり、ある意味では今回の件の当事者だ。

実のところ、一夏と諒兵の二人を本当に保護するため、IS学園に放り込むために苦労している真っ最中である。

二人の様子を見に来たのもかなり無理をしたからだ。

だが、何とかしておかなければ大変なのも確かである。

IS学園で二人だけの男子。

それだけでも孤立しかねないのに、勉強についていけなければ最悪ドロップアウトしてしまう。

もっとも、一夏は朴念神ながら女子にモテるし、諒兵も粗野な雰囲気を持つが、そこまで嫌われるタイプではないので、周りが助けてくれるかもしれない。

それでも最低限の理解はしておくべきかと考える。

「とりあえず心当たりに話してみよう」

「「助かった……」」

「それでも少しは自力でやれ、馬鹿者ども」

と、そういいながら苦笑いを浮かべつつ、千冬は織斑家を後にした。

 

 

数日後。

「今日からだっけか、家庭教師が来るってのは」

「ああ。昨日、千冬姉から電話があった」

と、諒兵に答えつつ、一夏はブルッと身体を震わせる。

 

「不埒な真似をしたら命がないと思え」

 

姉、千冬が電話を切る直前にそういったことを思いだしたからだ。

「俺らをなんだと思ってんだ、千冬さん……」

「馬鹿者だろ……」

信用がないことにたそがれてしまう二人。

そんな二人に玄関のチャイムがなる音が聞こえてくる。

玄関を開けて出迎えた二人の前に現れたのは。

「やややややややや山田真耶ですっ、よよよっ、よろしくお願いしますぅっ!」

二人を見たとたんに真っ赤な顔で涙目になっている、メガネとどでかい胸部装甲を持ち、翡翠色のショートヘアの子犬のような美人だった。

 

数日前。

IS学園教師、山田真耶は、先輩であり憧れのIS操縦者でもある織斑千冬からある相談を受けていた。

「とまあ、そういうことがあったのですまないが協力してくれないだろうか」

「わっ、私ですかあっ?」

真耶は元日本代表候補生でもあるIS操縦者である。

モンド・グロッソ世界大会では、各国の代表が凌ぎを削る。

その代表を決める選抜は国内でも優秀な操縦者が競い合う。

山田真耶は第2回大会で千冬と代表を争ったほどの優秀なIS操縦者である。

もっとも男慣れしていないうえに上がり症であるため、男性の前では慌ててしまうか、おどおどしてしまうかのどちらかという庇護欲を掻き立てるタイプの美人だ。

何より凄まじいほどの存在感を放つ胸部は、男の視線を釘付けにしてしまう。

それでまた逃げ出してしまうような気弱さが、魅力の一つでもあるのだが。

それはともかく、あらかじめ会っておけば新学期から教えるとしても心構えができる、という千冬の説明に真耶は折れた。

「うちの馬鹿者どもに教えるのは至難の技だろうが、他に適任がいないんだ。お願いしたい」

「わ、わかりました……」

確かにいきなり新学期に会うより、今から慣れておいたほうがいい。

その考えには納得できたからだった。

 

そして現在。

居間に通された真耶はまず必死になって二人の名前を呼んだ。

「あああああのっ、ひのむらいちりょうくんですねっ!」

「「落ち着け」」

混ざってた。

一夏は仕方なく緊張しまくっている真耶のために一杯のコーヒーを淹れる。

諒兵もここ数週間の暮らしで勝手知ったる他人の家という状態になってしまっているため、真耶のためにお茶菓子を出してきた。

「す……すみません」

ブラックコーヒーは苦くて苦手だったのだが、この場合はちょうどよかったらしい。

 真耶は、ホッと一息つくことができて落ち着くことができた。

 そして一夏と諒兵が自己紹介してくる。

「織斑一夏です。話は千冬姉から聞いてるんですよね」

「日野諒兵っす。俺らの勉強を見てほしいんすけど」

「は、はい。わかってます。織斑先生から頼まれました。IS学園で教師をしてます山田真耶です。春からはたぶん二人のクラスの副担任になります」

そりゃちょうどいい、と一夏と諒兵が声を揃えるのを真耶は苦笑しながら聞いていた。

二人が入るクラスの担任は千冬となっているらからだ。

曰く。

「天然女たらし、狂犬、お調子者。三拍子揃った3バカ問題児のうちの二人だ。私以外に抑えられるものはいないだろう」

という説明により、千冬が担任するクラスに叩き込まれたのだが、こうしてみるときちんと気づかいのできるいい子たちだと真耶は感じていた。

 

実際に授業を始めると。

「アラスカ条約?代表候補生?」

「単一仕様能力?一次移行?フィッティング?」

ものの見事に何にもわからない一夏と諒兵に真耶は苦笑してしまう。

ISの整備、開発などには男性もいるので、男性ならばまったくかかわらないということもないが、普通の男性が知ることのない専門用語が羅列した教科書に悪戦苦闘しているからだ。

(いきなり知らない世界に放り込まれたんだから、仕方ないんですよね)

いまだに一夏と諒兵の打鉄は展開できないが、同時に二人の首から外れない。

つまりどう足掻いても今後二人はISと共に生きるしかないのだ。

IS学園に来る生徒は大半がエリートである。

先にあげた専門用語は基礎知識といえる。

そんな中に何も知らないで放り込まれれば、本当に苦労するだろう。

少しでも力になりたい、真耶は素直にそう感じていた。

「一つ一つ説明しますから、ゆっくりノートをとってくださいね」

「「ありがとうございます、よろしくお願いします」」

そういって頭を下げてきた二人に、任せてくださいと真耶は胸を揺らした。もとい、胸を張った。

 

 

そしてIS学園入学式前日。

真耶は自分からお願いして、この日まで2週間近く二人の家庭教師を続けていた。

「明日はいよいよ入学式ですね。準備はできてますか?」

「はい。できてます」

「問題ねえっすよ」

今日で二人の家庭教師は終わりかと思うと寂しくもあるが、これからは副担任として付き合っていけばいいのだからさほど問題はない。

「ていうか学校の授業じゃ、たとえ話で下着の話はやめてくれよな、真耶ちゃん先生」

「こっちが焦ったよなあ、あのときは」

「だっ、誰にもいわないでくださぁいっ!」

と、そんなこと言いだす二人に真耶は慌ててしまう。

この2週間ですっかり打ち解けていた。

二人とも『真耶ちゃん先生』と呼ぶほどである。

さすがにIS学園では「山田先生」と呼ぶように言い含めてあるが。

一つ咳払いをした真耶は再び教師としての顔に戻る。

「それではIS学園で待ってますね、織斑一夏くん、日野諒兵くん」

「「よろしくお願いします」」

そういって頭を下げた二人に、教師としての自信を持たせてくれた感謝の想いを込め、真耶は微笑みかけていた。

 

 

 

 



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第3話「青い目の貴族令嬢」

IS学園入学式を経て、実際の授業開始初日。

1年1組の教室にて。

 

美しい黄金の巻き髪に澄んだ青い瞳を持ち、グラビアモデルができるほどのスタイルを誇る英国貴族オルコット家の令嬢。

イギリスの代表候補生でもある、セシリア・オルコットは不機嫌だった。

IS学園は世の強き女性の中でも凄まじい倍率を勝ち抜いたエリートが集まる学園である。

だが今年は少し毛色の違う珍獣が混ざっているのだ。

クラスの最前列に並んで座る二人の男子。

ISを動かせるというだけで入学してきた二人の男子の姿はセシリアにはエリートにはとても見えない。

片方は顔立ちこそいいものの、それが軟弱さを表しているように見えるし、もう片方はフーリガンかと思うほどの粗暴さが外見によく現れている。

世の男性は軟弱になった。

セシリアは特に父の姿にそう感じさせられていた。

だからといって品のない男など価値もない。

どちらも自分にとって目障りな存在だった。

 

けっこう見た目いいね。

美形だよねえ。

ワイルドなほうもよくない?

でも、あのお揃いっぽい首輪なんなのかな?

ファッションじゃないの?

 

クラスの女子たちがそう評するのも癇に障る。

ためにセシリアの苛立ちはそろそろ限界に達しようとしていた。

 

と、そんなクラスの視線に晒されていた当の本人たちは。

「勘弁してくれ……」

「きつい……」

諒兵は腕を組んだままひたすら天井を見上げ、一夏は机に顔を隠すように突っ伏している。

一夏のほうは顔を上げると視線が集まるのでもはや上げられなくなったのだ。

「先生に早く来てほしいと思う日が来るなんて思わなかった……」

「珍獣かよ、俺ら……」

クラスの視線のうちの一つの持ち主が本当にそう思っているなどとは想像もしていない諒兵である。

ようやく舞い降りたどでかい胸部装甲を持つ救世主は、まずはクラス全員の自己紹介をするようにと告げる。

一人だったなら、名前順に並ばせられるところだっただろうが、男子が二人いるため、女子生徒全員の自己紹介の後、名前の順に紹介することになった。

そんな自己紹介する女子生徒の中に聞いた覚えのある名前があり、一夏が目を見張る。

「おい、篠ノ之ってお前の……」

「ああ。子どものころに引っ越した幼馴染みだ。まさかIS学園に入学してるとは思わなかったな」

そう話していると「私語は慎んでくださいね」と真耶の声が聞こえてきて、二人は素直に自分の順番を待つことにした。

「では、男子。お願いしますね」

「はい、織斑一夏っ、以上ですっ!」

「うす。日野諒兵。以上」

さくっと自己紹介を終わらせた後、二人の頭にズガンッと黒い一撃が振り下ろされた。

「まともに自己紹介もできんのか、貴様らは。この馬鹿者ども」

「何で出席簿がこんなに痛いんだよ……」

「うごご……」

千冬の出席簿の一撃でのた打ち回る二人だったが、そんなの関係ないとばかりにクラスが沸き立った。

世界最強は伊達ではない。

ゆえにその人気も凄まじいもので、千冬はIS操縦者を目指すものにとっては伝説的なアイドルともいえる。

騒ぎになるのは当然だった。

「静かにしろッ、バカしかおらんのかこのクラスはッ!」

とたん、ピタッと騒ぎが収まる。

まさにアイドルのステージを見ている気分である。

「私がこのクラスの担任をする織斑千冬だ。徹底的に厳しく指導するから覚悟しておけ」

千冬が担任になることは真耶から聞いていた一夏と諒兵の二人だが、授業初日に鉄拳制裁は勘弁してほしかったと心の中でぼやいていた。

 

1時間目の教師は真耶だった。

真耶の家庭教師のおかげで何とか基礎は理解できていた一夏と諒兵だが、さすがにエリートでもある女子生徒に合わせた授業ではついていくのがやっとで、終了時点でだいぶ疲弊してしまっていた。

そこに一人の女子生徒が近づいてくる。

少々愛想が足りないが、長い黒髪をポニーテールにしたかなりスタイルのよい女子だ。

というか、先ほど一夏が幼馴染みといった女子生徒だった。

「ちょっといいか?」

「わかった。わるい諒兵、ちょっといってくる」

「ああ。ここに一人は勘弁してほしいけどよ……」

そういって突っ伏す諒兵に苦笑しながらもう一度「わるいな」と告げた一夏は、声をかけてきた女子生徒に連れられ、屋上へと向かっていった。

 

一人になった諒兵に別の女子生徒、はっきり言えばセシリアが声をかけてくる。

「ちょっとよろしくて?」

「あ?」

「まったく呆れるほど品がありませんわね。声をかけられたなら顔を上げるのが礼儀でしょうに」

「すまねえが授業を聞くのに精一杯で疲れてんだよ。何せ頭の出来はいいほうじゃねえからな。で、何だよ。確か、オルコットだったっけか?」

苗字を呼ばれたセシリアは意外そうな表情をしてしまう。

まさか覚えているとは思わなかったのだ。

「ええ。私はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生ですわ」

「へえ、すげえんだな。日本語もペラペラだし、たいしたもんじゃねえか」と、諒兵は素直に感心したことで、自らも名乗り返した。

真耶の家庭教師のおかげで、代表候補生が優秀なIS操縦者であることは知っていたからだ。

無論、一夏もそのことは知っている。

しかも、その上でこれだけ流暢に日本語を話せるということは努力家でもあるということだと諒兵は本当に感心していた。

「あら、それなりに勉強はしてきたんですのね」

「真耶ちゃん先生に教えてもらってな。それで用事は何なんだ?」

「男性のIS操縦者とやらがどんなものなのか知りたいと思っただけですわ」

実のところ、無知なところを見せたなら声高に批判するつもりだったセシリアだが、最低限の知識はあるようで少し見直している。

「こんなもんだよ。正直、ここまで授業のレベルが高いとは思わなかった」

「あ、あら。大変ですわね」

「俺も一夏ももう少し偏差値の低い学校目指してたからな。『こんなところ』に入らされて苦労してんだよ」

 

コンナトコロ。

 

その一言がセシリアにとっては聞き捨てならなかった。

セシリアはIS学園の試験に首席で合格している。

それだけの努力をしてきたことを自負してもいる。

それを『こんなところ』呼ばわりされたことが気に入らない。

IS学園は女子にとっては憧れの名門校なのだ。

「聞き捨てなりませんわ」

「あ?」

「私はこの学校に首席で合格しましたわ。そのぶん努力もしたんですのよ。それをたかだか男風情が『こんなところ』などと評するのは許せませんわ」

一部にカチンと来る言葉はあったが、それでも先に失言したのは自分のほうだと自覚した諒兵は謝ることを選ぶ。

「言い方が悪かったな。謝っとく」

「誠意が見られませんわ」

「すまなかった。これでいいか?」

「何ですのっ、その態度はッ!」

言い争いになる直前、予鈴のチャイムが鳴ってしまう。

セシリアは仕方なく席に戻る。

「忘れませんわ。あなたの非礼」という言葉を残して。

戻ってきた一夏が睨みつけるセシリアを見て不思議そうな顔をする。

「何かあったのか?」

「いや、なんか言い方間違えたみてえだ」

「あの子は?」

「イギリスの代表候補生だとよ」

「へえ、すごいんだな」

と、一夏も素直に感心したが、相変わらずセシリアは二人を睨みつけていた。

 

千冬の授業時間。

彼女はいきなり生徒に尋ねてきた。

「クラス代表は決まっているか?」

否と答える生徒たちに対し、千冬はため息をつく。

「どうやら山田先生は失念していたらしいな。仕方ない、授業の前に決めておこう」

「千冬さ、うごッ!」

 手を上げて尋ねた諒兵に対し、千冬は豪快な一撃を与えてくる。

「織斑先生と呼べ。ここは学校だ。織斑、お前もだ。覚えておけ」

「はい……」と、机の上に沈んだ諒兵を横目に見つつ、冷や汗を垂らす一夏だった。

復活した諒兵は再び千冬に尋ねかける。今度は「織斑先生」と呼び直して。

「クラス代表ってなんすか?」

「さすがにここまでは聞いてなかったか。他の学校なら学級委員や級長、委員長と呼ばれる役職だ」

ただし、クラス代表には別の意味もある。

実のところモンド・グロッソに出るような国家代表をスケールダウンさせた存在ということができる。

要はクラスで一番強いIS操縦者という意味を持ち、実は近いうちにクラス代表同士で戦うトーナメント戦もあった。

「じゃあ、強くないといけないのか?ちふ、じゃなかった織斑先生」

「そうだな。未熟者では務まらん。それを理解したうえであれば自薦他薦は問わん」

と、千冬が説明すると、いきなり一人の女子が手を上げて叫んだ。

「はーいっ、織斑くんがいいと思いまーすっ!」

「なっ?」

「私は日野くんを推薦しまーすっ!」

「なぬっ?」

いきなり名前が挙がってしまい、一夏と諒兵は驚いてしまう。

常識的に考えて、ISに乗れるらしいとはいえ、受験日以降、一度も打鉄を展開していない自分たちがまともに戦えるはずがない。

単純な腕っ節の勝負なら自信はあるが、ISバトルなど一度もしたことがないのだ。

そんなことを二人が考えていると、唐突に声が上がる。

「納得できませんわッ!」

セシリアだった。

憤怒といってもいい形相で一夏と諒兵、特に諒兵を睨みつけている。

「未熟者では務まらないと先生もおっしゃっているでしょうっ、その二人は十分な実力があるというのですかっ?」

「いや、はっきり言うと俺たち装着してから一度も打鉄を展開したことがない」

と、一夏がバカ正直に打ち明けたことで、余計にセシリアは怒ったらしい。

「論外ですわッ、彼らが選ばれたとして対抗戦での敗北は私たちの恥になりますのよッ!」

「そんなかたっくるしいこといわなくてもー」

と、クラスの女子が言うが、セシリアの耳には聞こえていない様子だった。

「何より軟弱な男子風情がエリートたる私たちを差し置いて代表など許せませんわッ!」

激昂したセシリアの台詞は、一夏と諒兵の癇に障った。

男を見下していると感じたからだ。

二人の目が剣呑な光を帯びるのを見た千冬はすかさずバンッと大きな音を立てる。出席簿で教卓を叩いたのだ。

さすがに驚いたらしくセシリアも黙ってしまう。

「オルコットのいうことも一理ある。どうだ、ここは一つ模擬戦をしてみんか?」

「模擬戦?」とクラスの全員が首を傾げた。

「他薦を受けた織斑と日野、そして今の言葉を自薦とし、オルコットの三名でISを使った模擬戦を行う」

「勝負になりませんわ」

「だろうな。だから織斑と日野は対戦する必要はない。オルコットが二人と連戦することにしたい。つまりお前がこいつらを見極めろということだ。構わんか?」

セシリアにしてみれば、一度もISで戦ったことのない相手など瞬殺できる自信がある。ゆえに肯いた。

「待ってくれ。俺たちまだISを展開できないんだぞ、千冬ね、ごぁッ!」

「織斑先生だ」と、千冬は一夏に一撃見舞った出席簿をぽんぽんと叩く。

「日時は一週間後。織斑、日野、それまでに待機状態の打鉄を展開できるようにしておけ。こうでもせんといつまでたってもそのままだからな、貴様らの首輪は」

「いや無茶だろ。一ヶ月以上うんともすんとも言わねえんだぞ、こいつ」

「できないなら生身で戦うしかないな。死にたくなければやれ」

諒兵の言葉も容赦なく否定する千冬。

さすがにセシリアも生身の人間をいたぶる趣味はないので、そのときは不戦勝ということになったが。

 

 

 

 



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第4話「剣士と拳士」

授業後、千冬が一夏に声をかけてくる。

「織斑、一応お前のために専用機が作られることになってるんだが」

「そうなのか?」

「そのために何とかしてその打鉄を外そうということになっている」

 

やだっ!

 

と、ふと何か声らしきものを感じた一夏は首を振った。

「俺はこいつがいい。だからいらないよ。展開できれば戦えるんだろ?」

「ならそう伝えておこう」

最初からそう答えると思っていたのか、千冬はあっさりと認め、そのまま教室から出て行った。

そして入れ替わるように布仏本音と名乗る女子生徒が二人に声をかけてきた。

「それ、ISだったんだね~」

と、だぼだぼの袖で二人の首輪を指す。

実のところ、クラスの女子も一夏と諒兵の首輪については気になっていたため、代表として彼女が確認しに来たのである。

「ああ。受験日に装着してからずっとこのままなんだけど」

「どっかの技術者が大量に俺らんとこ来て外そうとしたけど外れねえんだよ」

「変だね~、まるで離れたがらないみたいだね~」

「まあ、普通に風呂とか入れるからいいけどよ」

「かゆくなるかと思ったけどそんな心配もなかったしな」

もはや身体の一部と認識している二人だった。

 

そして放課後。

とりあえず何をすべきかと一夏と諒兵は教室に残って相談する。

「何とかしてこの打鉄を展開させねえと勝負どころじゃねえな」

「でも、真耶ちゃん先生にも聞いてみたけど、いわれたとおりのイメージじゃできなかったんだよなあ」

どうにかして一度展開させることができれば、あとは慣れで何とかなる。

そう真耶は言ったのだが、その一度がまったくできなかったのだ。

項垂れてしまった真耶を二人で必死に慰めたのは余談である。

そんな感じで頭を捻る二人に、一夏の幼馴染みが声をかけてきた。

「箒」

「勝負する以上、負ける気はないんだろう?なら協力するぞ一夏」

「おう、一夏」と、自分をガン無視するその幼馴染みに顔をしかめつつ、諒兵は尋ねかける。

「ああ。俺の幼馴染みで篠ノ之箒だ。箒、こっちは俺のライバル兼親友で日野諒兵っていうんだ」

「日野諒兵だ。よろしくな。一夏とは中学からの付き合いだ。まさか一緒にIS学園に来る羽目になるとは思わなかったけどよ」

「篠ノ之箒だ」と、それだけを答えると、箒はプイッと一夏のほうに視線を向ける。

露骨だなと諒兵は苦笑してしまった。

おそらく一夏に気があるのだろう。だからといって他人を無視するのはいただけないが。

まあ、一夏がモテるのは昔からのことなので、さほど気にすることもないかとため息をつく。

しばらくすると話がまとまったらしく、一夏が声をかけてきた。

「剣道?」

「ああ。ISは一応はパワードスーツになるから、まずは生身で戦えるかどうか見てくれるってさ」

箒は中学の全国1位だと一夏は続けた。

「そりゃすげえな。付いてってもいいか?」

「大丈夫だ。な、箒?」

「……かまわん」

間があったことに苦笑いする諒兵だったが、現代の女子で全国1位は相当な実力があるということだ。

一夏とどれだけやり合えるか見学するのは悪くないとやたらと並びたがる箒と理由に気づいていないだろう一夏の後をついていった。

 

 

そして、IS学園の武道場にて。

一夏と打ち合った箒は激昂した。

「何だその剣はッ?」

「あっ、いやー、悪かった箒」

勝ったほうが申し訳なさそうに頭を下げるというのもレアな光景だと諒兵は呟く。

結果は一夏の完勝だった。というより、箒は一夏の剣にほとんど反応できなかった。

『いつもどおり』に戦った一夏の剣は剣道とは似ても似つかない。

一気に近づいて叩き斬るその剣は古流剣術に近いが、箒の実家は篠ノ之道場という剣術道場であるため、古流剣術なら対応できるはずだった。

実際、正面から来たときは捌けたが、一瞬の隙を付いて一夏は死角に回り込んで斬りつけてくるため、かわしきれない剣の方がはるかに多かった。

より正確に一夏の剣を表すなら、戦場で培ったような『実戦剣術』だったのである。

「邪剣もいいところじゃないかっ!いつからそんな剣を使うようになったっ?というか、ちゃんと剣を続けていたのかっ?」

「剣道部は中学入ってしばらくしてやめたんだよ。バイトしてたから」

「千冬さんに養われたままなのを嫌がってな」と、事情を知っている諒兵が付け加える。

「なら今の剣はなんだっ?」

「問題解決に剣を使ってるうちに身体に染み付いた」

「問題解決?」と、箒は訝しげな表情で問いかけてくる。

「何でも屋ってか、荒っぽいトラブルに巻き込まれた連中を助けててな」

だいたいは俺と一夏の二人で、たまにもう二人いたけど、と諒兵がいうと、箒は意味がわからないとでも言いたげな表情を見せてくる。

「一夏、いつもので戦ろうぜ。ここんとこ勉強ばかりで身体動かしてなかったしよ」

「いいぞ。素手か?」

「いやグローブと臑当てつけたほうがいいだろ。借りてくるから一夏もいつもの格好に戻っとけよ」

「わかった」

そういって更衣室に向かう一夏と、道具を借りにいった諒兵を呆然と見つめる箒だった。

 

十分後。

道場で相対する一夏と諒兵の姿は先ほどとだいぶ変わっていた。

どちらも制服姿だが、一夏は竹刀を持ち、手甲のみ身につけている。

対して諒兵は空手で使われるグローブと臑当てをつけていた。

先ほどはまばらだった道場に人が増えている。

一夏と諒兵が戦うと聞きつけたらしい生徒が面白半分に見物に来たのだ。

「いくぞ」

先に動いたのは一夏だった。正面から一気に近づくと、いきなり軌道を変えて諒兵の背後に回りこむ。

バシィッという大きな音がした。

一夏の竹刀を諒兵が腕で受け止めたのだ。

すかさず顔を狙って正拳を繰り出す諒兵だが、一夏はわずかに首を捻ってかわし、身体を沈めて足を狙って斬りつける。

「よっ!」

その場で跳ねてかわした諒兵は、空中で身体を捻るようにして回し蹴りを繰り出す。

だが、一夏は既に届かない間合いまで下がっていた。

タンッ、タンッとリズミカルな足音を響かせて間合いを詰めた諒兵はワンツーから腹を狙って殴りかかるが、一夏は竹刀を使ってあっさりと受け止めていた。

 

篠ノ之箒は二人の戦いを呆然と見つめていた。

自分のときより明らかに噛み合っている二人の動きは、見事な模擬戦となっていることを示している。

剣道と格闘技では動きがだいぶ異なる。

それなのにここまで噛み合っているということは、一夏と諒兵は普段から手合わせをしてきたということになる。

そんなことを考えていると、見物に来た女子生徒の声が聞こえてきた。

 

あれ、生身なら私たちより強いんじゃない?

うん。ここまで戦える男の人、見たことない。

カッコよくて強いっていいねっ♪

IS乗っても、けっこういい動きしそう。

 

箒も同じ感想を持った。

ただし部活動や道場で鍛えた動きではない。

一夏と諒兵の二人は相手の攻撃をかわすときは獣じみた反応を見せているのだ。

どちらも実戦で鍛えてきただろうある意味ではかなり洗練された動きは、魅力的ですらあった。

 

その後、三十分ほどやり合った二人はどてっと道場に尻餅をついてしまう。

「あー、身体鈍ってるなあ」

「きっちー、走り込みから再開しねえとダメだな」

そういって大の字になって寝転がる二人に、箒は近づき、尋ねかけた。

「お前たち、いったい何をしてきた?」

「「人助け」」

声をそろえてそう答える一夏と諒兵だったが、あっさりと否定する声が聞こえてくる。

「素直にケンカ屋といわんか馬鹿者ども」

「ちふ、織斑先生」

「あんまそういわねえでくれよ。不良みてえだろ」

「貴様らは十分不良だ」と、ため息をつく千冬を見て、二人は苦笑いしてしまう。

「ケンカ、ですか?」

「人助けをしていたのは確かだが、解決方法は基本的に腕っ節だったからな。ケンカ屋というほうが合っている」

だが、そのために実戦経験は豊富で、戦うたびに一夏の剣はどんどん変化していってしまったのだ。

「日野はある人に習ったマーシャルアーツを使う。軍隊格闘術なのだから、当然実戦向きだ。織斑の剣がそれに引きずられたといえるか」

「今の剣のほうが戦いやすいんだけどさ」

「インターハイなどにはとても出られんがな」

日の当たる技術ではない。

しかし、一夏は後悔していなかった。

自分の力で助けられる人がいるということは、一夏にとって大事なことだったからだ。

「まあ、得意技を鍛えておくのは悪いことではない。道場と道具は好きに使え。だが最重要事項はISを展開できるようになることだ。忘れるな」

そういって笑みを浮かべつつ千冬は立ち去る。

どうやら一夏と諒兵が模擬戦をするのを聞きつけて見に来ただけのようだ。

しかし、どこか二人を認めているような雰囲気の千冬とは対照的に、箒は諒兵を睨みつけてしまっていた。

「どうした、箒?」

「……何でもない。そろそろ部活動も終了時間だ。私は寮に戻る」

そういって立ち去る箒を一夏は不思議そうに、諒兵はため息をつきながら眺めていた。

 

 

学生カバンを手に、IS学園の校門を出ようとするところで、一夏と諒兵は呼び止められた。

どでかい胸部装甲を揺らして必死に追いかけてきた真耶だった。

できるだけ胸部を直視しないようにしながら、諒兵が問いかける。

「なんか用事すか?」

「い、いえ。お、織斑くんと日野くんの部屋が用意できたので今日からそちらで生活してください」

「あと一週間くらいかかるとかいってませんでした?」

「苦労したんだ。労え」

と、一夏の言葉に答えたのは千冬だった。こちらはのんびり歩いてきたらしい。

「どういうこった、ちふ…織斑先生?」と諒兵。

「貴様らは自覚はまったくないだろうが、重要な警護対象だ。今のままでは自宅に警備員をつけた上に送迎も警護つきで行わなければならん」

「そこまで人員を割けないので、寮長でもある織斑先生が頑張って部屋を用意してくれたんです」

「貴様らの荷物は部屋に叩き込んである。場所は山田先生が案内するといっている。1025号室だ。二人部屋となっているが遅くまで一緒にふざけたりするなよ」

「「しないって」」

声を揃えてそう答えた二人は、真耶に連れられてIS学園の寮へと向かった。

そして「こちらですよ」と、そういって真耶は一夏と諒兵を部屋の前までつれてくる。

「さっき寮長が千冬さんとか言ってたけどマジっすか?」

「はい。厳しいから適任だといわれてます」

「ですよねー」と一夏が納得したように苦笑いするのを見て、真耶はくすっと微笑む。

「週末しか帰ってこねえのはこういうわけだったんだな、一夏」

「ああ、そうだったんだな。先生もここに?」

「いえ、私は教職員の寮に住んでます。学生寮とは別ですよ」

とはいえ、建物自体は隣り合っているので、すぐに帰れるのだそうだが。

「それじゃ、しっかり休んでくださいね。あと部屋にはシャワーが付いてます。大浴場もあるんですが、ここ、基本的に女子寮ですから」

「ゆっくり浸かりてえけどなあ」と、意外に風呂好きの諒兵が愚痴をこぼす。

「そのうち時間割を決めると織斑先生が言ってましたから気長に待っててくださいね」

「「はい」」

と、そう答えるのを聞いた真耶が立ち去ると、一夏と諒兵は102『4』号室と書かれた部屋のドアを開ける。

「ああ。同室になる者か。私は篠ノ之ほう…き」

何故か部屋の中には既に女の子がいた。

二人の姿を認めると、つんざくような悲鳴を上げる。

「きゃあああああああああああああああっ!」

そこにいたのはシャワーを浴びたらしき、箒の姿だった。

バスタオルで見事なスタイルを隠しているが、一枚では何の慰めにもならない。

呆然とする一夏と諒兵を修羅のごとき形相で睨みつけ、立てかけてあった木刀を手にする。

「出ていけ不埒者どもおおおおおおおおおおおっ!」

「どわっ!」

「おっ、落ち着いてくれ箒っ!」

必死にドアを開けて部屋を飛び出した二人はすぐさま部屋番号を確認する。

「「真耶ちゃん先生っ!」」

「ひゃっ、ひゃいっ?」

悲鳴を聞いて慌てて戻ってきた真耶に二人は大声で叫ぶ。

「ここ1024号室じゃねえかっ!」

「部屋違いますよっ!」

「あっ、ごっ、ごめんなさぁいっ!」

事情を理解した真耶がとりなして、修羅と化した箒は何とか落ち着いたのだった。

 

 

 

 




閑話「男子IS学園生の事情」

1025号室に入った一夏と諒兵はとりあえず腰を下ろす。
「あー、ひでえ目にあった」
「事情を説明してもらってるのに、『女の後ろに隠れるとは軟弱な』はないよなあ」
「女に手え上げるんは主義じゃねえんだけど」
「ここじゃそんなことも見栄にしか聞こえないんだろ」
一夏の言うとおり、女尊男卑となったこの時代において、強い男といえるものは少なくなった。
対してISの存在により、肉体を鍛えている女性は数多い。
もっとも強さとは腕っ節だけのことではない。
秘めたる強さを持った男性は実はいくらでもいるのだが、無理に諍いを起こすこともないと押し黙ってしまっている。
結果として、世は女性が強い時代といわれているのである。
「しっかし、おっかない幼馴染みだな」
「昔はどうだったかな。武士っぽいところはあったと思うけど。あそこまで凶暴じゃなかった気がする」
と、一夏は苦笑してしまう。
もっとも今回は真耶のドジがあったとはいえ、非は一夏と諒兵にあるので、箒のことを凶暴というのも失礼だろう。
木刀を振り回す姿を見なかったことにすればの話だが。
「幼馴染みか。どうしてるかな、あいつ」
そう呟いた諒兵がいう『あいつ』のことは、一夏もよく知っている。
一夏にとってもう一人の幼馴染みといえる存在だからだ。
諒兵や中学時代の友人である五反田弾、御手洗数馬は中学で知り合ったので、同窓生というほうが近い。
対して諒兵のいう『あいつ』は、小学五年、箒と入れ替わるように出会ったので、一夏にとっては幼馴染みといってもいいだろう。
そのもう一人の幼馴染みは、一夏と諒兵にとって中学時代の象徴ともいえる存在だった。
だから諒兵が気にするのは当然なんだと一夏は思うことにした。


そのころ、1024号室では。
「1年1組の篠ノ之箒だ。これからよろしく頼む」
「1年4組、クラス代表、更識簪」
無難に相部屋となった女子生徒二人が挨拶を交わしていた。
実のところ、どちらも苦手というか、敬遠している姉を持つという点では似たもの同士だった。
だが、それをお互いが知るのはだいぶ先の話である。





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第5話「覚醒する獣」

セシリアとの模擬戦が決まってから数日。

一夏と諒兵は武道場で手合わせを続けていた。

戦うための兵器なのだから、戦っていれば何かヒントが得られるだろうと、わりと安直に考えたためである。

とはいえ。

「今日こそ、お前の邪剣を修正してやる」

「いや、箒。俺、剣はこれでいいんだけど……」

ことあるごとに箒が割り込んできて一夏と仕合いたがるので、諒兵は暇を持て余していた。

仕方なく、箒の相手を一夏に任せて、学園の構内を歩く。

いつもは見学に来る女子生徒にISの展開のやり方などを尋ねていたのだが、何度も同じことを尋ねても仕方ないと考えたためである。

もっとも教師である真耶に聞いた方法が上手くいかないのだ。最初から見込みはなかったといっていい。

「どうしたもんかな」と、呟きながら、中庭のベンチに腰掛け、諒兵は空を見上げた。

「せっかくIS動かせるらしいのに、展開できねえんじゃ空飛べねえよなあ」

一夏も同じように愚痴をこぼしていたことを思いだす。

 

空を飛んでみたい。

 

もともとそんな軽い気持ちで打鉄に触れた二人。

それがいまや男性IS操縦者として女子に囲まれて勉強する日々を送っている。

せっかく動かせるのなら、本当に空を飛んでみたい。

一夏も諒兵もそう思いながら、ISが展開できないことを残念がっていた。

「空を飛びたいの?」

「ん?」

諒兵に声をかけてきたのは色素の薄い水色を思わせる髪に赤い瞳をした少女。

美人なのは確かだが、女狐といった雰囲気を纏う扇子を持った上級生だった。

顔を半分隠しているが、見覚えがある。かつて真耶が写真つきで教えてくれた人物の一人だ。

「あんた、ロシアの国家代表……」

「あら、私のこと知ってるのね。残念」

「なんでだよ」

なかなかいい性格をしているらしい。

しかし、IS学園に国家代表がいるとは思わなかったと諒兵は思い、尋ねてみる。

「私はここの生徒会長でもあるの。2年の更識楯無よ。よろしくね、日野諒兵くん」

変な名前だな。

そう思ったが口には出さないように努力した諒兵だった。

言ったが最後、絶対に酷い目にあうと直感したためである。

「俺のこと知ってるんだな」

「あなたと織斑一夏くんのことを知らない女子生徒はいないんじゃない?」

「有名人は辛いぜ。心の底からマジで」

「苦労してるみたいね」と、楯無は楽しそうにクスクスと笑う。

人の苦労を楽しんでるようなのに、何故か癇に障らない。

彼女自身、相当な苦労を重ねてきたことが雰囲気から伝わってくるからだ。

「それで、空を飛びたいのかしら?」と、楯無は最初の質問を繰り返してくる。

話しても無駄にはならないだろうと考えた諒兵は、自分たちがISに触れることになった経緯を説明した。

「なるほどね。ISに乗りたがる男の人ってたいてい女尊男卑を嫌がる人だと思ってたけど。あなたたちみたいな子もいるのね」

「俺は、いや一夏もそうだけどよ。女だから強いとは思ってねえよ。ある人の受け売りだけど、肉体的な違いはあっても、『人の強さ』ってのは誰にでもあるってよ」

「なかなか深い言葉ね。ISが出てから鼻に付くような女の人が増えて、私もうんざりしてるわ」

楯無は実力があるだけに、女尊男卑を利用してふんぞり返るだけの女が気に入らないのだろう。

嫌いなタイプじゃないなと諒兵は思う。

「いい言葉を聞かせてもらったから、アドバイスしてあげる。『人は自分の力では飛べない』わ。よく覚えておいて」

「なんだそりゃ?」

疑問符を頭に浮かべる諒兵に笑いかけながら、楯無は去っていった。

 

 

物陰に身を潜めた楯無は、すぐにある人物に連絡する。

「本当にあんなアドバイスでいいんですか?」

「……」

「はい。そうおっしゃるのでしたら」

「……」

「わかりました。失礼します」

そこに影が近づいてくる。

すかさず扇子を畳み、先ほどの笑顔とはまったく正反対の厳しい顔で喉元に突きつけようとして。

「まだ未熟だな、更識」と、あっさり払いのけられた。

千冬である。

「脅かさないでくれます?」

「相手は?」

「博士です。今までほったらかしだったのにいきなりアドバイスを伝えてくれと言われましたので。その報告です」

とはいっても、あれがアドバイスになるのかはいまひとつよくわからないと楯無は語る。

その言葉を聞き、千冬は一つため息をついた。

「束と違って博士はおそらく誰よりもISを理解している。束はたぶん『作り方を知っている』だけだろうな」

「漠然とは理解してらっしゃるのでは?」

「そうだ。漠然とは理解しているんだろう。それだけで作れる才能が束にはあった。ただ、IS、特にコアがなんなのかは理解していないと今は思う」

「織斑くんと日野くんは……」

「あの馬鹿者どもは理解するかどうか以前に、一足飛びでコアの深淵に至ってしまった。そんな気がしてならん」

「二人のISが姿を現したときが見ものですね」

「それがISならばいいがな」

そういってため息をつく千冬に、自分が持つ専用機たるISを思い、身を震わせる楯無だった。

 

 

夜。

諒兵は一夏に楯無から聞いたアドバイスについて説明していた。

「人は自分の力では飛べないって、当たり前だろ、それ」

「そうなんだよな。正直わけわかんねえ」

だからIS着て飛ぶんだし、と、続ける諒兵に一夏も肯いた。

アドバイスというにはあまりに当然のこと過ぎるというか、抽象的過ぎてまったく理解できなかったのだ。

「もっとまともに聞きゃよかったな。国家代表なら、他とは違った見方してるかしんねえし」

「答えてくれそうな人だったのか?」

「どうだかなあ。ありゃ人をからかって楽しむタイプだぞ」

むしろ向こうからアドバイスしてくれただけ儲けものかもしれないとすら思える。

そうなると、彼女がアドバイスだといった『人は自分の力では飛べない』という言葉に、ISを使えるようになるヒントがあるはずなのだ。

しかし、考えるほどわけがわからなくなり、諒兵は思わず呟いてしまう。

「ISって何なんだろうな」

「家庭教師のときに、最強の軍事兵器だとか、科学技術の結晶とか言われたけど、なんかしっくりこないよな」

と、一夏が答えるのをぼんやりと聞く。

確かに一夏の言うとおり、諒兵もあまりしっくりこない。

モンド・グロッソなどは衛星中継されており、各国で視聴できる。

そのため、ISバトルの映像なども見たことがあるが、何か違うと二人はずっと感じていた。

確かに恐ろしい力を持つ兵器ではあるのだろう。

でも、それは見た目だけで、根本の部分は違う気がするのだ。

「人がそのまま空を飛べんだから、背中に生える翼とかかもな」

「それじゃまるで天使みたいだな」と、一夏が苦笑する。

「天使か。いっそのことお願いしてみるか?一緒に飛んでくださいってよ」と、諒兵も苦笑いしてしまう。

 

いいよっ♪

 

ええ、一緒に飛びましょう♪

 

ふと、そんな声を感じ取った二人は、顔を見合わせる。

「なんか言ったか、一夏?」

「いや、諒兵じゃなかったのか?」

そう言いつつ、どちらも違うということを理解していた。

「考えすぎて疲れてんのか、俺ら」

「焦ってるのかもしれないぞ。模擬戦、明後日だし」

変に疲れてしまうのもよくないと考えた二人は、とりあえずベッドに潜ることを選択したのだった。

 

 

ぽかぽかとしていて心地いい。

そんなことを考えた一夏は、顔でも洗うかと目に見える池にと近寄っていく。

「やけに地面が近いな。ああ、四つんばいになってるのか」

歩いていて違和感を持った一夏だが、とりあえずさっぱりしようと池を覗き込んで思わず「へっ?」と間抜けな声をだしてしまった。

「とっ、虎っ?」

すぐに後ろを振り返るが、虎などどこにもいない。

もう一度池を覗き込む。

そこには確かに白い虎の顔が映っている。

「まさか俺かこれっ?」

自分は人間、織斑一夏であるはずなのに、池に映るのは白い虎。

驚いた一夏は大声を出して飛び起きた。

 

 

IS学園の寮のベッドの上にいることを確認した一夏は、自分の顔をぺたぺたと触る。

虎じゃない、そう思って安心していると、いきなり諒兵が叫んできた。

「おい一夏っ、俺の顔どうなってるっ?」

そこには人間、日野諒兵の顔がある。そう思った一夏だが、その反応で何が起きたのかが理解できた。

「いつもの顔だけど、それより俺の顔は?」

「いつもの顔だ。つかよかったぜ、黒いライオンになった夢見た」

「俺は白い虎になった夢だ。びっくりした……」

と、そこまでいって、二人は顔を見合わせる。唐突に閃いたことがあった。

「今何時だ?」

「もう朝食の時間だ。たぶん千冬姉も起きてる」

互いに肯きあい、そして。

数分後にはIS学園男子生徒の制服に着替え、寮長室の扉をドンドンと叩く二人の姿があった。

「うるさいッ、こんな朝から何の用だッ!」

寝起きのせいか不機嫌な千冬の威圧感はすさまじいものがあったが、二人はまったく構わずに叫ぶ。

「「アリーナ貸してくれッ!」」

「それなら学生課に申請しろ。放課後には使えるだ……」

「「今すぐだッ!」」

一夏と諒兵の真剣な表情に何かを察した千冬はニヤリと笑った。

「わかった。ちょうど1組の1時間目は私の授業だったな。予定を変更しておいてやる。それまでは我慢しろ」

そして二時間後、一夏と諒兵はIS学園のアリーナ、すなわちISバトルの会場に立っていた。

 

 

IS学園のアリーナ、監視モニター室。

千冬は遠目に見える一夏と諒兵の姿を見守っていた。

隣には真耶、そしてセシリアを特別に呼び寄せている。

観客席には1組の生徒がいる。

男性のIS展開テストという名目で授業を変更したのである。

「展開できるようになったんですか、織斑くんと日野くん」

「たぶんだが、朝の様子を見る限り、できると確信があるんだろう」

「たかだか打鉄を展開するのに授業を潰す必要があったんですの?」

「あった。特にお前はよく見ておけ」

どんな確信があるのかはわからないが、やけに自信ありげな千冬の言葉にセシリアは首を傾げていた。

 

 

一夏と諒兵は揃って空を見上げていた。

IS学園のバトルアリーナは循環型のエネルギーシールドが張られており、外に出ることはできない。

だが、それは空を遮るようなことはなく、澄んだ青空が広がっているのがよく見えた。

「空がよく見えるんだな、ここ」

「限界はあるけど、飛んでる気分にはなれそうだ。悪い気はしねえな」

二人は笑いながらそう独りごちる。

「んじゃ、いくか一夏」

「ああ」

目を閉じ二人は呼びかける。『自分のIS』に。

「いくぞッ、『白虎』ッ!」

「いくぜッ、『レオ』ッ!」

直後、二人の身体を光が包み込む。その光球が一気に飛び上がると中から二機のISが現れ、そして観客席からわあっという歓声が上がった。

 

 

監視モニター室で一夏と諒兵の姿を見ていた真耶は思わず驚きの声を上げてしまった。

逆にセシリアは声を失っている。

「これがあいつらのISか」と、そういったのは千冬である。

「聞いてませんわっ、打鉄というのは嘘だったんですのっ?」

「う、嘘じゃないです。受験用に用意された打鉄なのは間違いありません。装着以降、一度も外れなかったんですから」

「武装もない。本当にシンプルな、『ただ空を飛べるだけ』のISだ」

「ではあの姿はなんですのッ、まったく別物になっているじゃありませんかッ!」

セシリアが、イギリスの代表候補生でもある彼女が驚くほど、一夏と諒兵のISはかつて打鉄と呼ばれていたものとはまったく異なる威容を見せていた。

 

 

そんな監視モニター室のやり取りとは裏腹に、当の本人たちは心から楽しんでいた。

「ははっ、すげえっ、本当に飛んでるぜっ!」

「うわっ、空がすごく近いっ、こんなに気持ちいいのか飛ぶのってっ!」

一夏の打鉄は左肩に虎の頭部のデザインがあしらわれた純白の騎士鎧のような機体で、頭部には大きな額当てがついている。

対して、諒兵の打鉄はヘッドセットがライオンの頭の形をした独特のもので、両手両足にはだいぶ大きな手甲と脚甲をまとっていた。

どちらも限りなくフルスキンに近い。

つまり傍目には鎧のように見える姿で、身体にフィットしており、ISとしては小柄な機体だ。

また、最大の特徴として、それぞれの機体の背中には、スラスターらしき鳥のような二枚の大きな翼があった。

一通り飛ぶのを楽しんだ二人は、いったん空中に停止する。

「そいつが一夏のか。虎の頭がカッコいいじゃねえか」

「諒兵は黒いライオンみたいになってるな。イケてるぞ」

そういって笑う二人。

 

『白虎』と『レオ』

 

それは一夏と諒兵が『自分のIS』につけた名前だ。

打鉄はあくまで機体名、人間でいえば日本人やイギリス人、アメリカ人という意味になる。

それは他の機体でも変わらない。

でも、自分を飛ばせてくれるパートナーには、それ自身を表すたった一つの名前をつけたい。

そう思って名づけたものだった。

もう少し飛んでみるかと思っていた二人だが、いきなり通信が入ってきた。

「織斑、日野、そのまま模擬戦を行え」

「ち、織斑先生。俺らは対戦しねえんじゃなかったのか?」

「データ取りのためだ。機体の性能をこちらで把握しなければならん」

「武器ないけど、どうすれば?」

「どうしようもなければ殴り合え。それだけでも十分だ」

通信が切れ、お互いの顔を見合わせた一夏と諒兵だったが、とりあえず対峙することにした。

 

 

監視モニター室で二人の動きを見ながら、真耶が驚きの声を上げる。

「スピードも反射速度も既存の打鉄とは別物です。信じられません……」

「第3世代に匹敵するようなスピードですわ……」

セシリアは第3世代のテストパイロットに選ばれるくらいなので、機体に対する知識もそれなりにはある。

それだけに目の前のかつては打鉄だった機体の動きが信じられなかった。

(あれはもはや何世代などといえるものではないな。明らかに別物に進化している)

「もしや二次移行したことであそこまで変化したんですの?」

「考えられる可能性はそうなりますね。装着した段階で一次移行が終わっていたのかも……」

ISは、コアとのリンクが深まるほど操縦者に合わせて進化するという。

しかし、目の前の二機はそんなレベルではないと千冬は感じる。

だが、今そんなことをいったところで何もわからない。

仕方なく、二人の言葉に同意した。

「展開できなかったのも二次移行に時間がかかっていたせいかもしれん。ここまで時間がかかる例は聞いたことがないが、世界初の男性操縦者たちだ。もともと普通ではないのだろう」

答えを求めるのはまだ先でいい。今は二機の性能を把握することだと千冬は意識を切り替えた。

 

 

ISを装着し、飛びながら格闘する一夏と諒兵だったが、どことなく物足りなかった。

諒兵はともかく、一夏は剣を使うのだ。

実のところ獲物がほしかった。本気で戦いたいからだ。

諒兵にしても、ベアナックルくらいはほしいと思う。

その場にあるものを武器にして戦うことができる諒兵としては、そのほうが戦っていて発想しやすいのだ。

いずれにしても、何もないのではつまらないと一夏と諒兵は感じていた。

「白虎、力を貸してくれないか。もっと本気で戦いたい」

「レオ、なんかねえか。もっとおもしれえ戦いができるやつ」

 

はいコレっ、がんばれイチカっ♪

 

コレならきっと満足しますよ、リョウヘイ

 

そんな声を感じ取った二人は、互いに構える。

そして一夏の手には軽く一メートルはある光り輝く剣が、諒兵の両手足の手甲と脚甲からは、それぞれ三本ずつ、六十センチほどの巨大な光の爪が現れた。

お互いの獲物を見た二人は不敵に笑い、そして再び激突する。

アリーナに、観客席にいた全員が耳を塞ぎたくなるほどの轟音が響き渡った。

 

 

もはや何度驚かされたのかわからないが、とにかくデータを取らなければと考えた真耶は、すぐに二人の手に現れた武器を解析する。

「解析は?」

「できましたっ、高密度のプラズマエネルギーですっ、しかも完全に物質化していますっ!」

「ではあれはエナジーウェポンなのですかっ?」

一言でいえば、実体を持たないエネルギーを物質化した武器ということである。

だが、プラズマエネルギーを物質化することはできないといわれている。

そもそも光を、光の粒子である光子をどうやって物質化するのかなど、それこそ『天災』篠ノ之束くらいしか理解できないだろう。

「でも間違いありません。織斑くんのはレーザーブレード。日野くんのはレーザークローだと思います」

エネルギーを放出することでいわゆるレーザービームによる剣を生み出すことは可能である。

しかし、それは常にエネルギーを放出しなければならないという制約がある。つまり、あっという間にガス欠になってしまうのだ。

しかし一夏の剣も諒兵の爪も完全に物質化されていて、エネルギーを放出しているようには見えなかった。

「ん?」

「どうしました、織斑先生?」

「いや……」と、千冬は言葉を濁す。

一夏と諒兵の頭上に何か違和感を持ったのだが、特に何も見えなかったからだ。

(頭上?いや、そんなバカな話が……)

思いついたことを頭を振って否定する千冬。

そこにセシリアの呟きが聞こえてきた。

「完全なエナジーウェポンなんて、理論化の目処すら立っていないのに。あのIS、下手をすれば第5世代レベルですわ……」

ようやく第3世代が開発され、テストされている現代。

2世代もすっ飛ばしたとしか思えないISが今、目の前で激闘を繰り広げている。

あれが自分が戦う相手。

そう思い、寒気を覚えるセシリアを責めることはできないだろう。

だが、千冬は無慈悲な命を下した。

「オルコット。お前に厳命しておく。負けることは許さん」

声を失ったセシリアに千冬は構うことなく続けた。

「あの二機は織斑と日野に合わせているだけだ。あいつらはまだISバトルというものを理解していない」

だからこそ、代表候補生であるセシリアが、ISを理解している操縦者が倒さなければならない。

「IS操縦者としての、代表候補生としての誇りがあるなら、素人相手に負けてはならん。人は敗北から成長するものだ。お前はそれを理解しているだろう?」

このまま調子づかせるなと千冬はいっているのである。

同時に、ここまで努力してきた自分を誇れといっているのである。

「わかりました、明日はあの二人を倒してご覧にいれますわ」

ならば、敵を知ることは勝つための最大の戦術。

そう思ったセシリアは真剣な眼差しでアリーナの一夏と諒兵に目を向けた。

 

 

最後の一撃がぶつかり合ったあと、一夏と諒兵は揃って地面に激突した。

そのまま大の字に寝転がってしまう。

 

うにゃ~、がんばりすぎぃ~

 

さすがにもう限界です……

 

ふとそんな声を聞いた感じがした二人は、展開していきなり暴れたのだから、エネルギー切れも仕方ないのかとは思う。

だが、いきなり二人とも大声で笑い出した。

「飛んだよな?」

「ああ、飛んだぜ」

「なんだか、空を掴んだ気がするんだ」

「俺もだ。もう、空は遠い場所じゃねえ」

何よりも、それが一番一夏と諒兵にとって大事なことだ。

自分たちも飛べる。

広い空は女だけのものじゃない。

願わくば、多くの男たちにもこの快感を伝えたい、そう思いながら二人は笑い続けていた。

 

 

「ああいうところは、やっぱり普通の男の子ですね」

「そうだな」と、真耶の言葉に千冬はめったに見せないような優しい微笑みを見せていた。

 

 

 

 



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第6話「青き雫と獅子の咆哮」

その日、IS学園のアリーナは生徒でごった返していた。

観客席には立ち見の生徒もいるほどである。

今日は噂の男性IS操縦者と、イギリスの代表候補生が模擬戦をするということが伝わっていたからだ。

 

男の子は二人とも専用の第3世代機持ってるんだって。

へー、すごーい。やっぱり特別なんだ。

昨日の男の子同士の模擬戦見た子は、モンド・グロッソ見てるみたいとかいってたよ。

そんなに強いのっ?

そのくらいじゃないと、専用機は持てないでしょ。

 

一夏と諒兵のISは、千冬が手をまわして、打鉄を再調整した第3世代機ということになっている。

『白虎』と『レオ』という名前がつけられていたことが功を奏していた。

よって倉持技研の第3世代機として『白虎』と『レオ』の名前は登録されることとなった。

もっとも、製作を担当したということになっている倉持技研の技術者たちは、二人の模擬戦のデータを見てもまったく理解できなかったそうだが。

 

だが、彼らにもプライドがあったらしく、一夏はジトッとした目で、諒兵は面白そうに学園に運び込まれたそれを見ていた。

「千冬姉。俺、いらないっていったよな」

「私もそう伝えたんだがな」

「変なところにプライド持ってんな、あんたら」

そこにあったのは純白の機体。倉持技研製作となっている『白式』だった。

一夏の専用機として製作された機体である。

「白虎がいるからいらないよ。持って帰ってくれ」

「そういわずに。白式は本当に我が社の第3世代機なんですよ」

と、運んできた倉持技研の技術者が懇願してくるが、一夏の返事は決まっている。

「いらないよ。俺には白虎がいる。こいつのこと、すごく気に入ってるんだ」

 

えへへっ♪

 

ふと、そんな声を感じた一夏は自分は間違っていないと確信する。

「どうしても?」

「どうしても」

「それなら、日野くん、受け取りませんか。初の男性用専用機ですから」

どうやらなんとしても男に使わせたいらしい。

とはいえ、諒兵も返事はきまっている。

「いらね。俺にゃレオがいるからな。こいつ以上のパートナーはいねえよ」

 

ふふっ♪

 

矛盾しているようだが、なんとなく諒兵も自分は間違っていないと確信した。

何より『白式』は自分たちには動かせないのではないか、そんなことを感じていたのだ。

「千冬さんが貰ったらいいんじゃねえ?」

「千冬姉なら、俺たちより使えるだろ?」

「私は今はIS学園の教師だ。とりあえずは必要としていない。有事なら考えんこともないが」

「すまんな白式」と、そういって『白式』を撫でる千冬に、何故か『白式』が気にするなといっているように感じる一夏と諒兵だった。

とにかくいったん持ち帰り、保管しておいてほしいと千冬が依頼したことで、『白式』は倉持技研に保管されることとなった。

そして、アリーナに浮かぶ青の機体の前に、まずは諒兵が出て行った。

一夏は観客席で二人の戦いを見守っている。

箒がやたらと周囲に睨みをきかせてくれるので、比較的しっかりとアリーナに集中することができたのは余談である。

 

 

青の機体。その名をブルー・ティアーズ。

イギリスの第3世代機であり、セシリアの専用機、正確には第3世代兵器の実践テストを行うために受け取った機体である。

「逃げずにここまできたことは褒めてさしあげますわ」

「逃げねえよ。相手が誰だろうとな。それが俺の矜持だ」

自信に溢れた表情のセシリアに、真剣な眼差しを向け答える諒兵だったが、ふと、ちょっとしたいたずらを思いついた。

「あ、いや、ちょっと訂正しとく」

「なんですの?」

「ガチで怒った千冬さんからはマジで逃げる」

あれに勝てるのは神か魔王だし、と、諒兵が続けると、真っ赤になって吹き出しそうになるセシリア。

必死に笑いを堪えているため、変な顔になってしまう。

「聞こえてるぞ、日野」

「げっ!」

「笑うな、オルコット」

「すっ、すみませんっ!」

いい意味で緊張させてくれる千冬の声に、セシリアは感謝した。

「最後のチャンスをさしあげようかと思いましたが、気が変わりましたわ」

「あ?」

「この場でコテンパンにしてさしあげます」

「そりゃ日本語的にはスラングだぞ、オルコット」

スラングとはアメリカ英語のことである。

クィーンズ・イングリッシュとはだいぶ違う、砕けた言葉遣いということができる。

どこで覚えたのか知らないが、英国貴族が使う言葉ではなかった。

「おふざけはここまでですッ、さあ踊りなさいッ、私とブルー・ティアーズの奏でるワルツでッ!」

そう叫んだセシリアは手にしていた巨大なスナイパーライフル『スターライトmk2』を構え、諒兵めがけて撃ち放った。

 

 

「確かに諒兵の言うとおりだな」と、一夏は呟いた。

「どうした一夏?」と隣にいる箒が尋ねてくる。

「俺も千冬姉がガチで怒ってたならマジで逃げる」

真剣な表情でそういってくるので、箒は思わずコケてしまっていた。

物凄く納得できるのは確かなのだが。

 

 

セシリアはブルー・ティアーズの機動力を生かし、とにかく諒兵から距離をとって狙撃していた。

近づかれれば危険だとわかっていたからだ。

昨日の一夏と諒兵の模擬戦は確かに参考になった。

接近戦では分が悪いということが理解できたからだ。

特に格闘戦を得意とする諒兵では、ライフルの内側に飛び込まれるとどうすることもできなくなる。

ブルー・ティアーズには接近戦用の武器も搭載されているが、セシリアは生粋のスナイパー。

遠距離からの狙撃こそが本領なのである。

だが。

「狙いが甘いぜッ!」

諒兵は昨日初めて飛んだとは思えないほど、多角的な移動を見せてきた。

狙いが定まりにくく、セシリアは移動先を予測しながら撃っているがそれでも当てられない。

「クッ、意外とやりますわねッ!」

移動しながら発砲してもなかなか当てられない。

とにかく相手の動きを止めないときつい。

しかし、こんなに早く奥の手を出すのは代表候補生としての誇りが許さない。

そんな逡巡が、諒兵の接近を許してしまった。

「もらったぜ」

そういって繰り出された右手のレーザークローが、ライフルの砲身を狙っていることが理解できたセシリア。

(出し惜しみできる相手ではありませんわッ!)

そのことを理解し、即座に叫ぶ。

「いきなさいっ、ブルー・ティアーズッ!」

「何ッ?」

突如、ブルー・ティアーズから分離した四つの雫が、光の牙を撃ち放ちながら諒兵に向かって襲いかかってきた。

 

 

無数のレーザーをかわす諒兵の姿を見ながら、一夏が感心したような声を上げる。

「確かに、いきなり増えた攻撃をかわしているのは見事だな」

「いや、オルコットさん、面白い武器を持ってるなって思ったんだよ」

「面白い?」

「ここからだ。あんな面白そうなもの、諒兵が見逃すはずがない」

なぜここまであの男を信用できるのだろう。

箒はそう思いつつも、一夏が親友と呼ぶ男を悪く言えないため、口を噤むのだった。

 

 

BT兵器。

イギリスの第3世代機の特徴として語られるのが、思念制御装置、すなわちイメージインターフェイスによる小型独立機動兵器による攻撃、通称ビット攻撃である。

本体から分離、独立して攻撃するビットは、事実上、敵が増えることになるといってもいいだろう。

今、諒兵は四体の機動兵器と戦っていることになるのである。

ちなみにいえば、思念制御装置とは各国の第3世代ISの特徴であり、それぞれ特色のある兵器が作られていた。

 

それはともかく。

襲いかかってきたレーザーを間一髪かわした諒兵は、一夏の言ったとおりの感想を抱いていた。

「おもしれえ。これがBT兵器か」

「ブルー・ティアーズの全方位攻撃からは逃れられませんわよ」

逃げ足には自信がありそうですけど、と、自信ありげに言いつつも、セシリアはブルー・ティアーズを使いたくなかった。

四基のビットを制御するということは、四つの身体を動かすことに等しく、はっきりいえば集中しないと動かせない。

実はセシリアはビットを制御している間は自分自身は動くことができなくなるのだ。

この状態だと、いい的なのである。

そのことに諒兵が気づく前に、ビットで撃ち落すしかない。

そう思い、四基のビットを操って諒兵に襲いかかった。

 

諒兵は襲いかかるビットを観察し、その機動に感心していた。

全方位攻撃といったことは伊達ではなく、目の前にセシリアがいながら、自分の死角からもレーザーが飛んでくるのは厄介だ。

だが面白い。

セシリアのISにこれができるのならば、自分だってできる。

諒兵はそう思っていた。

実のところ、第2世代の打鉄に思念制御装置は搭載されていない。

いないのだが、できる気がした。

「だよな、レオ」

 

ええ、あなたがそう信じてくれるなら

 

ふと、そんな声を感じ取った諒兵はイメージする。

今の段階では、諒兵にはセシリアのように自在に動かせる力はないが、似たようなことはできる。

それで十分。

「いけッ、獅子吼ッ!」

『組み上げた』諒兵は二段回し蹴りの要領で、両足のレーザークローを放った。

諒兵のレーザークロー、名づけて『獅子吼(ししこう)』

獅子の咆哮がセシリアに襲いかかる。

「なッ、射出攻撃ッ?」

まさかレーザークローを飛ばしてくるとは思わなかったセシリアは体勢を崩しつつもすぐに避ける。

「苦し紛れの大技など当たりませんわッ!」

実際、大振りすぎて撃つ前に予測できるレベルだ。

そういう攻撃が来ると思わなかったために体勢を崩したが、わかればそれほど怖くはない。

「そいつはどうかな?」

だから、諒兵がそういってニヤリと笑った意味が理解できず、できたときには更なる驚愕に襲われた。

「キャアッ?」

ガンッという音がしたかと思うと、セシリアの身体が弾き飛ばされた。

いったい何が襲いかかってきたというのか。

諒兵とはだいぶ距離があるというのに。

そこまで考えて、突然目の前を通り過ぎた光の爪に、目を見張ってしまう。

「えっ?」

六つの爪が、上下左右、斜めから自分に襲いかかってきていた。

それはつまり。

「まさかッ?」

「そのまさかだ」

諒兵を中心に、六つの爪がブルー・ティアーズのようにセシリアに襲いかかってきていた。

しかも、諒兵は驚愕するセシリアに向かって一気に迫ってくる。ビットを完璧に操りながら。

「そんなっ、私より上手くビットを操れるというんですのっ?」

「どうだかなッ、それよりお前のビットが困ってるみてえだぜオルコットッ!」

集中を乱されたセシリアのブルー・ティアーズはまともに諒兵を狙うことができていない。

それでも、今、接近されればなす術がないとセシリアは距離をとることを選択した。

 

 

監視モニター室で模擬戦の様子を見ている真耶は驚愕してしまった。

打鉄には思念制御装置は搭載されていない。

諒兵の『レオ』がビット攻撃などできるはずがない。

それなのに、今アリーナでは諒兵がレーザークローをビットのように使ってセシリアを追い詰めているのだ。

逆にセシリアはブルー・ティアーズを制御できず、レーザーも乱れ撃ち状態になっている。

「いったいどうやっているんでしょう……」

「織斑と日野のISは何ができても驚かんな。それよりオルコットは少し焦りすぎだ」

「それは、目の前であれだけ見事にビットを操られてしまってるんですから……」

自分のアイデンティティを否定されたようなものだ。

精神集中が乱れるのは仕方ないと真耶には思える。

だが、千冬の考えは違っていた。

「今の段階では、BT兵器の扱いはオルコットのほうがはるかに上だ」

「えっ?」

「私に言わせれば、日野がやっているのは子供だましに過ぎん」

冷静になれば、セシリアは十分に対抗できるどころか、諒兵のレーザークローはすべて撃ち落せるはずだと千冬は語る。

「戦場でどれだけ冷静さを保てるか。遠距離攻撃を主体とするオルコットにとっては至上命題だ。それができればあいつも変わるだろう」

「まさか、勝てと言ったのは……」

「この二つの戦いでもっとも成長してほしいのはオルコットだ。勝てば確実にあいつは国家代表を狙えるIS操縦者になれる」

厳しくても、生徒が成長できるように気づかう。

それが教師のやるべきことだと千冬は理解していた。

 

 

距離をとることを選択したとはいっても、実際にやっていることは逃げ回るだけである。

六つのレーザークローと諒兵本人。

実に七体の敵を相手にするのはあまりに分が悪かった。

(あれだけ動き回っているのにッ、ビットの機動にまったく乱れがないッ!)

イギリスにはもう一機、BT兵器を搭載した第3世代機があった。

その機体でも、ビットがここまできれいな軌道を描き続けることはまず不可能だろう。

レーザークローは諒兵からセシリアに向かって上下左右、斜めの軌道で襲いかかってくる。

どれだけ動き回ってもその動きに乱れがない。

(ビット制御は並列思考や完全俯瞰思考を持たなければ不可能なのにッ、あの男にはその才能があるというんですのッ?)

並列思考、そして完全俯瞰思考とは、機動兵器それぞれの視点で考えるか、逆に自分を含めたこのアリーナを上から俯瞰して考える思考技術を指す。

同時に複数の視点を持つか、チェス板を見ながら戦闘を考えるということだ。

実のところセシリアは努力はしているが、完全にそこまではいけていない。

だからビットの制御中は自分自身は動かせないのだ。

「クッ!」

苦し紛れにセシリアはライフルを連射した。

「狙いが甘いっていってんだろッ!」

鮮やかにかわした諒兵から、再びビットがきれいな軌道を描いて襲いかかってくる。

(攻撃を避けても軌道が『まったく同じ』ままだなんてッ!)

自信を砕かれそうになるが、必死に踏みとどまるセシリア。

自分は代表候補生だ。そうなるために血の滲むような努力をしてきた。

昨日今日ISを動かしたばかりの素人には負けられない。

それでも、常に『まったく同じ』軌道を描いてくる諒兵のレーザークローに気持ちが揺らいでしまう。

と、そこまで考えてふと気づいた。

(常に『まったく同じ』?)

そんなことはありえない。

人が考えている以上、必ず僅かな揺らぎがあるはずだ。

それを感じさせない諒兵のレーザークローの動きは、常識で考えてもありえない。

そう考えたセシリアは、すぐに組み上げて反撃を開始した。

「何ッ?」

セシリアのブルー・ティアーズが息を吹き返したように諒兵に襲いかかってくる。

その軌道は『まったく同じ』ものだった。

「おもしれえ。気づきやがったか」

「あなたに敬意を表しますわ。日野諒兵さん」

不敵に笑うセシリアは、初めて諒兵の名前を読んだ。

 

 

ふむ、と、監視モニター室の千冬は安心したように息をついた。

「オルコットさんのビットの機動が安定しましたね。まるで日野くんのビットみたいに」

「これができればオルコットに負けはない。あいつは今までバカ正直すぎたということだ」

「どういうことですか?」

「思念の自動制御。日野がやっていたのはそれだ」

あらかじめ、ビットの軌道を設定し、ひたすらその通りに動かしていただけということである。

常にビットに意識を割いている必要はないのだ。

独立した機動兵器である以上、あらかじめ設定したとおりに動く機能は最低限持っているものだからだ。

「自分を中心に敵に向かっていく軌道を設定しておけば、後はほうっておいても問題ない。日野は常にオルコットに迫っていたからこそ、オルコットにしてみればどれだけ動き回っても、自分に襲いかかられているように見えただけだ」

「な、なるほど……」

「オルコットはBT兵器それぞれに常に命令を下していた。これには並列思考か完全俯瞰思考が必要となる。これで戦闘するのは難しすぎる。いかにBT機のテストパイロットとはいえ、バカ正直すぎだ」

だが、ビット制御の負担から開放されれば、セシリアは本来のスナイパーとしての才能をフルに発揮できる。

その結果が、今、アリーナに現れていた。

 

 

「チィッ!」と、諒兵は思わず舌打ちした。

自分と同じ方法で機動を安定させたということは動きがよみやすいということになるが、ブルー・ティアーズは自分の『獅子吼』と違い、レーザーを射出できる。

本体をかわしても、レーザー攻撃が襲ってくることになるのだ。

しかも。

「うぉっとッ!」

ライフルのレーザーを間一髪でかわす。

わき腹を掠めてきたということは、セシリアは自分の動きも計算できているということだ。

「よくかわしました。ですが甘いですわ。スイッチ」

先ほどの自分の言葉を返してくるあたり、結構根に持つタイプらしいと苦笑いしてしまう。

しかし、その言葉の真意にすぐに気づかされる羽目になる。

「何パターンか組みやがったかッ!」

セシリアの「スイッチ」という命令と共に、ビットの一つが軌道を変えたのだ。

諒兵と違い、セシリアの頭の中にはビットのさまざまな軌道が記憶されている。

簡単な命令でその動きを切り替えられるように彼女はイメージを組み上げていた。

(感謝しなければなりませんわね。こういう使い方は思いつきませんでしたわ)

今までは必死にビットを制御していた彼女。

しかし、自動制御に切り替えれば、自分も自在に動くことができる。

さらに、それだけ余裕を持って射撃に専念できる。

代表候補生の座を射止めたのは、ビット制御の技術だけではないはずだとセシリアは信じている。

IS操縦者としての彼女の本領は、針の穴を通すような精密射撃なのだ。

セシリアは今、確かにブルー・ティアーズとともに奏でるワルツで空を舞い踊っていた。

 

逆に本領を発揮し始めたセシリアの攻撃に、諒兵は苦戦していた。

互いのビットはともかく、遠距離攻撃を持たない諒兵にとってはこの距離は戦いにくいのだ。

何とかして距離を詰める必要があると考えた諒兵は、ブルー・ティアーズと獅子吼に視線を向ける。

「ぶつけるしかねえか」

数の上では自分のほうに分がある。

だが、ぶつけて破壊するにしろ、一瞬の隙を作るにしても、セシリアまでの距離を一気に詰めることができなくてはライフルの餌食だ。

「瞬時加速だったか。やってみるしかねえな」

真耶に教えてもらったIS操作術の一つ。爆発的に加速する技で一気に詰める。

そう考えた諒兵は、獅子吼の軌道を操作してブルー・ティアーズに激突させる。

「突っ込むぜ」

 

ええ、行きましょう

 

「なっ?」とセシリアが驚愕の声を上げた瞬間、背中の翼を大きく広げ、まるで羽ばたかせるように一気に閉じた。

 

 

本来の瞬時加速、イグニッション・ブーストは移動のための後部スラスターの翼からエネルギーを放出、内部に取り込んで圧縮して放出。

慣性エネルギーを利用して爆発的に加速する技術である。

エネルギーが多いほどスピードは上がり、外部エネルギーを取り組む技術も存在する。

しかし、レオは違った。

翼を閉じる瞬間に輝きを放ち、諒兵の身体はまるで弾かれたように一気に加速したのだ。

「瞬時加速、ですよね……?」

「おそらくは、だな。レオにとっての瞬時加速なんだろう」と、千冬と真耶は話し合う。

そしておそらく一夏も同じことができるだろうことが千冬には理解できた。

だが、そんなことを話しながらも、千冬の視線は諒兵の頭上に注がれていた。

(まただ。諒兵の頭上に違和感があった)

ありえない、そう思いつつ、そのありえないことが答えなような気がしてならない。

自分の中の不安が広がっていくのを千冬は抑えることができなかった。

 

 

ブルー・ティアーズの攻撃が届くより、諒兵が迫ってくるほうが早いと考えたセシリアは、自らも瞬時加速を使って一気に距離を取る。

近づかせれば爪の餌食だからだ。

だが、瞬時加速はどうしても直線的な動きになる。

より高い技術を持つものであれば、複雑な動きも可能だろうが、諒兵にはそこまでの技術はないことは戦い続けるうちに理解できていた。

方向を変えてしまえば、止まった瞬間に的になる。

そう思って冷静に構えるセシリアだったが、諒兵は急停止したとたんに右手を大きく振りかぶり、叫んだ。

「穿ち抜けッ!」

 

任せてくださいッ!

 

そうして放たれた右手の三本のレーザークローは、一つにまとまり巨大なドリルのように螺旋回転を行いながら、一気にセシリアに迫ってくる。

撃ち落とす。

そう思った瞬間、悪寒がしたセシリアは、あのレーザークローに正面から立ち向かってはまずいと、再び瞬時加速を使って移動し、引き金を引いた。

「うがぁッ?」

わき腹に大きな衝撃を感じた諒兵は体勢を崩してしまう。

さらに青き雫からこぼれる光に全身を翻弄された。

次の瞬間。

 

「チェックメイトですわ」

 

こめかみにライフルを突きつけられていた。

「引き金を引かせないでくださいまし。敬意に値する方を地に伏せさせるのは本意ではありませんわ」

そういったセシリアの視線に、自分を見下すような意思は感じられない。

むしろ慈母のような優しさすら感じた。

「わりいな、レオ」と、そう呟いた諒兵は、両手を挙げる。

 

仕方ないですよ。彼女はよい操縦者でした。

 

そんな声を感じ取った諒兵は苦笑いを浮かべ、敗北を認める。

「俺の負けだ、オルコット」

その瞬間、セシリアの勝利が確定した

 

 

 

 



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第7話「青き雫と虎の牙」

セシリアの見事な逆転勝利に、会場が沸く。

そんな中、諒兵はセシリアに頭を下げた。

「どうなさいましたの?」

「いや、IS学園のことを『こんなところ』なんていって悪かった。すげえおもしれえとこだ。入ったからには俺もISバトルで強くなりてえと思ってよ」

「誠意を感じましたわ。私も男性を見下すようなことを言ったことを謝ります」

間違いなく、セシリアはこの戦いで自分が成長したことを実感している。

それだけの戦いをさせてくれた相手に敬意を表さないようなセシリアではない。

「今後も切磋琢磨する相手としてお互いに精進しましょう。日野諒兵さん」

「ああ」

「……それで、あの方は強いんですの?」

と、セシリアは一夏のほうへと視線を向ける。

そんな彼女を見て、諒兵は不敵に笑う。

「それは自分で確かめてみな。ただ、俺はあいつをライバルだと思ってる」

「それでは気を引き締めなくてはなりませんわね」

と、そういってセシリアもクスリと笑うのだった。

 

 

今から一時間のインターバルとなります。

用事などは今のうちに済ませておくようにしてください。

 

と、真耶は監視モニター室から生徒たちに指示を出した。

「結果を見ればオルコットの完勝というところか」

「途中、危機はありましたが、冷静さを取り戻してからは見事な戦いを見せてくれましたね」

千冬の言葉にそういって肯く真耶。

代表候補生の肩書きは伊達ではないということをセシリアは見事に証明してみせた。

だからといって、観客席に諒兵が弱いと思うような生徒はいないだろう。

「日野くんが本格的にISバトルを理解したときが、なんだか怖いですよ」

「元日本代表候補生の言葉ではないぞ、山田先生。追いつかせないくらいの気概を持ってほしいものだ」

「す、すみません」

謝る真耶に千冬は微笑みかける。

確かに、一夏と諒兵がISバトルを理解したときに、どれだけの強さを示すのか、千冬にも興味はあった。

「まだまだ未熟だ。だからこそこれからが楽しみでもあるな」

次はセシリアと一夏の対戦。

どんなものを見せてくれるのかと思うと、先ほどの不安など消し飛んでしまうように千冬は感じていた。

 

 

観客席に戻ってきた諒兵は、一夏の隣にどっかりと座り込んだ。

「負けたな、諒兵」

「ああ、負けちまった。強いぜあいつ」

と、顔を見合わせながら二人は笑いあう。そんな姿が箒はなんとなく気に入らなかった。

「パニックになったときは押し切れると思ったんだがよ。立ち直られてからは手が出なかったぜ」

「面白そうだ。でも、俺は負けたくないな」

へっ、と諒兵は笑いつつ、真剣な眼差しを見せる一夏にアドバイスをする。

「最初から全力で来るぜ、あいつ。気を引き締めるとかいってたからな」

「そうじゃなければ面白くないだろ。じゃ、いってくる」

そういって一夏は立ち上がり、準備に向かった。

なぜか箒も立ち上がって一夏の後をついていく。

「嫌われてんなあ」と、苦笑する諒兵に声がかけられた。

「へーくん、へーくん」

「あ?」

「隣いい?」と、そういって笑いかけてきているのは、布仏本音だった。

「待てよ、『へーくん』ってな俺のことか?」

「うん、諒兵の兵で『へーくん』だよ」

「におってきそうな呼び名はやめろ、のどぼとけ」

「え~」と、残念そうな顔を見せる本音に諒兵は続ける。

「だいたい一夏は何て呼んでんだよ」

「織斑だから『おりむー』だよ~」

「俺も苗字にしろよ。『へーくん』はナシだ」

いろんな意味で沽券に関わりそうな呼び名なので、内心諒兵は必死に修正したかったりする。

「じゃあ日野だから~、ひのあらし」

「任○堂にケンカ売る気かよ」

「日野の野から~、のーちらす」

「俺はイカじゃねえ」

「しょうがないから『ひーたん』で~」

「妥協点だな。いいぜ、隣座んな」

「ありがと~、ひーたん」

と、ずいぶんとマイペースな本音に諒兵は再び苦笑いを浮かべていた。

 

 

そして一時間後。

再びアリーナに浮かぶ青の機体の前に、今度は一夏が立つ。

だが、セシリアの瞳の変化に気づいた一夏は疑問を感じて問いかけた。

「前は俺たちのこと睨んでたけど、今は違うんだな」

「敬意に値する方を睨みはしませんわ」

正確には敬意に値する方がライバルと呼ぶ方ですが、とセシリアは続ける。

「本気で来てくれるって聞いた。嬉しいよ」

「私に勝つ自信がおありですの?」

「負ける気で剣を握ったことは一度もない」

そういって切っ先をセシリアに向け、一夏はレーザーブレードを構える。

その名を『白虎徹(しろこてつ)』

自分の機体、白虎の色と実在の名刀『虎徹』から名をとった一夏にとってのもう一つの相棒だ。

「ならば、あなたも躍らせてみせますわ。私とブルー・ティアーズが奏でる美しいワルツで」

不敵に笑うセシリアは、青き雫を開放し、一夏に襲いかかった。

 

 

「ねーねー」と、本音が声をかけてくるので、諒兵は視線をアリーナの一夏とセシリアから離すことなく「あ?」と、返事を返す。

すると本音が尋ねてきた。

「どっちが勝つと思う?」

「相性で考えりゃ、一夏が優勢だな」

「なんで?」

「あいつは近寄って斬る。それしかしねえんだよ。スナイパーのオルコットにとっちゃやりにくい相手だ」

一夏は剣を使う。

ケンカをしているときはたいてい竹刀だったが、ISでもその戦い方は基本的に同じだ。

敵に向かって突撃し、死角に回って一気に叩き斬るのである。

「一夏の突撃を止めるのは至難の業だぜ。オルコットがビットをうまく使えるかどうかが鍵を握ってる」

「じゃあ、おりむーの勝ち?」

「どうかな。戦ってみてわかったが、オルコットは強いぜ。接近を許した程度で終わるタイプじゃねえよ」

とりあえず見てようぜと諒兵がいうと、本音も素直にアリーナに目を向けた。

 

 

襲いかかるブルー・ティアーズの放つレーザーを一夏はほとんど受け止めていた。

自在に白虎徹を操り、レーザーを刃で受け止める姿は、武士か侍といったイメージがあるとセシリアは感じる。

もっとも諒兵とともにケンカ屋をしていた一夏は、浪人というのが一番近いのだが。

(動いてかわす日野さんとは、だいぶ違いますわね)という感想をセシリアは抱いた。

レーザーの間隙を突いて、一気に間合いを詰めてこようとするので、すぐに軌道を切り替えていかないと、ビットを振り切られてしまう。

自在にスタイルを切り替え、敵を翻弄する諒兵は己自身を変化させる糧とするため、観察するような目をしていた。

対して、近寄って斬るというたった一つのことを突き詰める一夏は一度捉えた獲物は逃がさないとでもいいたげな目を向けてきている。

(こちらの動きやビットに惑わされない。私にとって苦手なタイプですわ)

諒兵のおかげで戦闘中での冷静さを欠くことの恐ろしさを実感したセシリアは、一夏の目に恐怖を感じてはならないとわずかに息をついた。

 

対して一夏はなかなか間合いを詰められないことに、驚きを感じていた。

動き回るだけのビットなら無視すればいい。

だが、ビットから放たれる無数のレーザーは弾幕と化して一夏の足を止めようとしてきているのだ。

邪魔だ。

そう感じた一夏は呟いてしまう。

「受け止めてちゃダメだ。流すんだ」

 

うんっ、わかったっ!

 

ふとそんな声を感じ取った一夏は不敵に笑う。

白虎徹は一本にまとまっている分、諒兵の獅子吼よりも硬くできている。

そのためたいていの攻撃は受け止めてしまう。

だが、邪魔なものを排除するためには、ブルー・ティアーズのレーザーを利用する必要がある。

現時点では、一夏の白虎には遠距離攻撃用の武器などないからだ。

そんな一夏の考えを理解したのか、白虎徹はより日本刀にに近い曲線的な刃へと変貌する。

そして、カッと上空のビットより放たれたレーザーは一夏の白虎徹によって逸らされ、下に回りこんでいたもう一機の脇を掠めた。

その様を見て、より真剣な眼差しを向けてきたセシリアに一夏は再び不敵な笑顔を見せた。

 

 

監視モニター室にて。

一夏の武器、白虎徹のわずかな変化を千冬は理解した。

ゆえに、今の攻撃がどういうものかも理解できる。

「狙った?」

「レーザーを逸らし、別のBT兵器を狙ったんだろうさ」

「そ、それ、とんでもない技術じゃないですかっ!」

ブルー・ティアーズのレーザー攻撃を逸らして、別のビットを狙う。

反射するわけでもなく、光であるレーザーをそのまま曲げる。射線を完璧に計算しなければできない芸当である上、人が撃ったレーザーを任意の方向に曲げるなど、普通ならできることではない。ただし、現時点で理論上は曲がるレーザー、偏光制御射撃という技術理論は存在する。

一夏の白虎徹はそれができる武器だということになる。

「日野のときもいったが、あいつらのISなら何ができても驚かん。あと、織斑と日野は多対二のケンカばかりしてきたのは話したな」

「はい、とてもそうは思えないほどいい子たちですけど」

「そう思ってくれるのは嬉しいが事実だ。そのとき、織斑は相手が投げてくる石つぶてを利用したことがよくあった」

アレはその応用だろうと千冬は続ける。

さすがに投げナイフは危険なので叩き落すだけだったが、石つぶてに関しては打ち返して別の敵にぶつけるくらいはしてきていた。

「日野の攻撃は多彩に変化するから敵は翻弄される。だが織斑は竹刀で叩くだけだったからな。敵の攻撃を利用することに長けるようになったんだ」

さらに一撃で倒せるように、常に死角に回り込む。

そのようにして積み重ねてきた実戦が今の一夏の剣を形作っている。

箒が邪剣というのは、確かにあっていた。

敵を倒すための剣になっているのだ。

「完全に否定することはできん。競技としての剣道とはかけ離れてしまったが、ISバトルにおいては有効な剣といえるからな」

強い剣とは何か。

その問いに正しい答えなどない。

ただ、一夏の剣はその答えの一つにはなりうるだろうと千冬は語った。

 

 

自分のビットのレーザーがわずかながら曲げられてしまったことを見て、セシリアは驚愕した。

しかも、それは間違いなく、一夏が別のビットを狙ってやったことだと彼の顔で理解できた。

(日野さんのビットといい、びっくり箱ですわね、あの方々のISは)

レーザーを曲げる。

フレキシブル、偏光制御射撃と呼ばれる技術は、実のところ、ブルー・ティアーズに搭載されている思念制御装置を使った攻撃の一つだ。

射撃武器を持たない一夏は、セシリアのビットのレーザーを利用して曲げて見せたが、それは本来自分が修得すべき技術だ。

いまだ修得できない自分に、苛立たしく思うも、わずかながら完成形を見せてもらったことにセシリアは感謝する。

ならばこの場で修得してみせる。

そう決意したセシリアだが、その一瞬の隙を突いて、一夏が翼を広げるのを見た。

(瞬時加速ッ、やはりこの方もッ!)

そう思った瞬間、目の前に迫ってきた一夏は、すぐにセシリアの認識外へと消えた。

(まさかッ、全方位を認識できるハイパーセンサーの死角に回りこめるなんてッ!)

直感から振り向いたセシリアにできたのは、一夏が胴薙ぎを繰り出しているの見ることだけだった。

 

 

「ハイパーセンサーの死角ですか?」と、真耶は千冬に問いかける。

「ISは人間には過ぎた技術だと私は思う。だからどうしても人間の力に引きずられてしまう面があるんだ」

ISにハイパーセンサーと呼ばれる機能が搭載されている。

大脳に直接全方位の画像や音声情報を送り込むものだ。

しかし、その情報に人間が対応できるだろうか。

答えは否である。

どうしても、入ってくる情報すべてに対応することはできないのだ。

「それが『意識の死角』だ。本来なら、今の織斑の攻撃にオルコットは振り向く必要はない」

「そうですね。見えてるはずですから」

「しかし意識はそこになかった。だから振り向いてしまうんだ」

一夏の優れている点は、意識の死角を探りだし、そこに回り込むことができることだ。

これは諒兵にはできない技術で、一夏の力の一つということができる。

「見えていても知覚できない場所がある。織斑は攻撃方法が一つに凝縮されている分、攻撃するべき場所を察知する技術に長けているんだ」

「織斑くんも日野くんも本当にすごいです……」

千冬の解説を聞いていた真耶にできるのは、感心することだけだった。

 

 

胴を掠めたその剣の威力にセシリアは驚愕してしまう。

(三分の一もシールドエネルギーを持っていかれたッ?)

ISにはシールドバリアーというエネルギー障壁が存在する。

それはすべてのISが搭乗者の生命を守るために持っている機能である。

競技としてのISバトルは、そのシールドのエネルギーをゼロにするかどうかで勝敗を決めるように定められていた。

つまり、あと二回、一夏の剣が掠れば自分が負ける。

もしまともに喰らったら一回でゼロになる可能性とてあった。

これ以上の接近を許してはならないと、セシリアは瞬時加速を使って一気に離脱する。

やることがシンプルなだけに、こちらの策を叩き潰すような戦い方をする一夏に対しては、諒兵以上に近づかせてはならないと理解したからだ。

 

逆に一夏は今の一撃がかわされたことに内心驚愕していた。

「アレをかわすのか。確かに強いな」

同年代で死角から攻撃する一夏の剣をかわせる者はこれまで諒兵以外にいなかった。

その諒兵も、どちらかといえば防ぐ、つまり腕などで防御するタイプであり、掠ったとはいえ、かわされたのはセシリアが初めてである。

「瞬時加速を使っても間合いを詰めきれないのはちょっと痛いな」

 

大丈夫っ、イチカが信じれば届くよっ!

 

届く。次は必ず刃が届く。誰かがそういって自分を励ましてくれている。

そう確信した一夏は、再び白虎徹を構えた。

 

単なる足止めでは一夏は止まらない。信じがたいほどの突撃能力だとセシリアは感心していた。

攻撃方法が斬撃しかないために、それを生かす技術を体得しているのだ。

しかも、その攻撃は一撃必殺といえるほどの力を秘めている。

(まさにガンナー殺しですわね。でも、だからこそ倒さなければ)

ブリュンヒルデと呼ばれる千冬が、かつてはまさにその形で戦っていた。

もっとも正面から叩き斬る千冬に対して、相手を一撃で倒せる場所を探り当てる一夏という違いはあるが。

だからこそ、倒す。

セシリアは今、明確に世界最強への道が見えてきていることを実感していた。

そして千冬がなぜ自分に『負けることは許さない』と命じたかの理由もわかる。

(この戦いは彼らに敗北を経験させて成長させるためではなく、私に逆境でも勝てる強い意志を持たせるためのもの……)

感謝しなければ、これほどの戦いなどそうは経験できない。

ゆえに勝つ。

限界を超え、不可能を可能にして。

セシリアは一夏を見据え、『六』基のブルー・ティアーズに命令を下した。

 

ビットが六基に増えたところで、一夏がやることは決まっている。

「駆け抜けるッ!」

 

うんッ!

 

再び翼を広げた一夏は、降り注ぐ光の雨とミサイルの中を瞬時加速を使って一気に突破した。

そして迎え撃とうとするセシリアに向け、白虎徹で思い切り胴薙ぎを繰り出す。

「届きませんわッ!」

「届かせてみせるッ!」

 

絶対にッ!

 

叫びとともに振られた白虎徹はアリーナを両断するような巨大な刃と化した。

 

 

ガタッと千冬は思わず椅子を倒して立ち上がった。

(一夏の頭上が光っただとッ?)

「お、織斑先生っ?」

「い、いや、まさかあれほど巨大化するとは思わなかった。それだけだ」

驚く真耶にそう答えたのは、千冬自身、自分が見たものが信じられなかったためだ。

先の対戦時の諒兵に感じた違和感の正体も同じだろう。

一夏と諒兵が至ってしまったISコアの深淵。

それは自分などでは想像もつかない、とてつもなく遠いものであるかのように今の千冬には感じられていた。

 

 

迫る巨大な光の刃。

あれを喰らえば、確実に自分が負ける。

そう直感したセシリアだが、既に逃げ場がない。確実に自分の脇腹を狙ってきているのも理解できた。

「ならばッ!」

視線を向けた一基のブルー・ティアーズに望みを託す。

己に牙を突き立てよと。

「なッ?」と、そう叫んだのは一夏だった。

セシリアはビットのレーザーを自分の脚部装甲にぶち当てたのだ。

その衝撃で、セシリアの身体は一夏の刃をかわすかのように一回転する。その途中、彼女はあらぬ方向にライフルのレーザーを撃ち放った。

「誤射かッ!」

ならばこの隙に近寄ってもう一撃。

「ぐあッ?」

そう思い、翼を広げた瞬間に、背中に強い衝撃を感じた。

ビットが追いついたかと思い振り向いた一夏だが、背後にはビットがない。

直後、一夏は光の雨に翻弄されてしまう。

そして。

 

「隙あり、ですわね」

 

眉間に銃口を突きつけられていた。

「あなたが弱いなどとは思いませんわ、織斑一夏さん。ですが、ここは降参していただけませんこと?」

「一つ聞いていいか?」

「なんでしょう?」

「俺の背中に当たったレーザーはいったい……?」

今セシリアがやってのけたものこそ、本当の意味でのフレキシブル・ショット、偏光制御射撃である。

レーザーを思いどおりに曲げる。

第3世代機ならではの攻撃方法であった。

「今、この場で修得しなければ、きっと私が負けていました。あなたと戦えたことに感謝していますわ」

慈母のような優しい瞳で、セシリアはそう告げてくる。

確かにこれでは負けを認めざるを得ない。

諒兵が負けたのも肯けると一夏は思った。

「ごめん、白虎」と一夏は呟く。

 

ううんっ、これからもっともっと強くなろっ!

 

そんな声を感じ取り、フッと笑った一夏ははっきりと口にした。

「降参。強いんだな、オルコットさん」

そうして、セシリアの見事な二連勝が確定した。

 

 

 

 

 




閑話「1年1組のクラス代表」

「へっ?」と、一夏と諒兵は揃って間抜けな顔を晒してしまった。
「勝ったのはオルコットだぜ?」
「何で俺たちがクラス代表なんだよ、千冬ね、じゃなくて織斑先生」
そういって問いかける二人に、答えたのは千冬ではなくセシリアだった。
「織斑先生は私に「見極めろ」とおっしゃいましたわ。つまりお二人がクラス代表にふさわしいかどうかを判断せよということであって、勝った者がクラス代表になれといったわけではありませんわ」
「そういうことだ。そしてオルコットにいわせれば、貴様らのどちらでも十分代表は務まるとのことだ」
「それで、どちらが代表を務める?」と、千冬が問いかけると二人は揃ってこういった。

「「こいつを推薦しますッ!」」

お互いを指差しているあたり、要するに面倒なのでやりたくないという意思表示である。
「では貴様らで決めろ。手段は何でも構わん」

「「ジャンケンッ、ポンッ!」」

「よっしゃあッ、任せたぜ一夏ッ!」
「くっ、どうして俺はグーを、グーを出してしまったんだ……」
そして諒兵はガッツポーズを決め、一夏は机に突っ伏す。
そんな二人を見ながら、真耶が苦笑いを浮かべつつクラス代表の名前を黒板に書いた。
「では、クラス代表は織斑くんですね。1年1組の一夏くんでちょうどいいですよ、きっと」
「嬉しくない……」
「ちなみに日野。貴様は副代表だ。職務の協力を厳命しておく」
「げっ!」
「オルコット、補佐してやれ。馬鹿を晒したままではクラスの恥になる」
「承知しましたわ」
そんなのんきな1年1組のホームルームの一コマであった。





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第8話「鈴の音が鳴る日」

セシリアとの模擬戦から数日後の昼休み。

一夏と諒兵はプリントを抱えて教員室を出た。

「何でこんな仕事まで……」

「めんどくせえ……」

その後ろから、いろいろと二人を補佐してくれているセシリアがにこやかに微笑みかける。

「クラス代表とは極論すると雑務処理ですから、仕方ありませんわね」

代表とは、千冬が級長、委員長などいう言葉で説明したとおり、要はクラスでの雑務を処理する仕事である。

さらに極論すれば、教員にとって体のいい使い走りであった。

「セシリアはわかっててやる気だったのかよ?」

「もちろんですわ」

「セシリアでよかったと思うぞ、クラス代表。推薦されなければなあ……」

模擬戦以降、一夏と諒兵を認めたセシリアは、二人に名前で呼ぶようにといってきた。

逆にセシリアも二人を名前で呼んでいる。

こんな一幕があったためだ。

 

「せっかくお互いを知る素晴らしいバトルができたのですから、これからは私のことをセシリアと呼んでくださって構いませんわ。私も一夏さん、諒兵さんとお名前をお呼びしますし」

「いや、オルコットでいいんじゃねえ?」

「別に問題ないぞ?」

「セ、シ、リ、ア、と呼んでくださって構いませんわ」

後にIS関係の雑誌のインタビューで、笑顔に気圧されたのは初めてだったと一夏と諒兵は声を揃えて答えたという。

 

それはともかく。

「一夏」と、呼ばれて一夏が声の方向へと視線を向けると、仏頂面の箒が立っていた。

「何をしていた?」

「これだよ。千冬姉に頼まれたんだ」

と、プリントを見せると、箒は納得したような表情を見せる。

「昼は?」

「諒兵とセシリアの三人でもう済ませた。これのこともあったしな。箒も誘うつもりだったんだけど教室にいなかったからさ」

ちょうど用足しにでも出ていたときだったのだろう。

タイミングが悪かったということだ。

「箒、昼は食べたのか?」

「……済ませた」

少し間が空いたことに諒兵とセシリアは苦笑したが、一夏はそれで納得したようだ。

「いつまでもこんなの持ってないで早く教室に戻りたいんだ」

「だな。いこうぜ」

「はい」

一夏、諒兵、セシリアの三人が教室に向かって歩きだすと一夏の隣に並んで箒も歩きだした。

その様子を見て、セシリアが少し下がるので、諒兵も合わせるかのように下がる。

そして小声で尋ねてきた。

「篠ノ之さんは一夏さんのことが?」

「だろうな。俺は知らねえけど幼馴染みらしい。昔からなんだろうよ」

朴念神のくせに、やたらとガキのころからモテたらしいからなというとセシリアは納得したような顔になる。

一夏が鈍感なのは、今の箒の態度でよく理解できたからだ。

だが。

「篠ノ之さんといえば思いだすのはあの方ですけど……」

「話題にだすのはやめとけよ。前に見たろ」

「ええ、覚えていますわ」

以前、クラスの女子が箒の苗字から『天災』篠ノ之束との関係を尋ねたが、

 

「あの人は関係ないッ!」

 

と、箒が怒鳴ったことで深くは追求しなかった。

とはいえ、篠ノ之姓など滅多にあるものではないし、諒兵は一夏から篠ノ之束も幼馴染みであることを聞いている。

おそらくは姉妹なのだろうと諒兵もセシリアも考えていた。

「世界を変えちまうような姉貴だ。うまく付き合うのは難しいんだろ」

「そう思えば、あの言葉も納得できますわね」

身近に世界を変えた『天災』と、世界最強の『ブリュンヒルデ』がいる一夏はいろいろと大変だなと諒兵はため息をつく。そして、ボソッと呟いた。

「幼馴染み、か……」

「どうしたんですの、諒兵さん?」

「いや、一夏にはもう一人幼馴染みがいるんだよ。俺は中学のころに知り合ったんだが、まあ、俺にとってもダチっていえるな」

「あら」と、少し驚いたような顔を見せるセシリア。

「中国人でな。国に帰ってからもう一年になる。どうしてんのかなと思ってよ」

そう独りごちるように語った諒兵の顔は、友人を思う顔ではない。

そう思ったセシリアだったが、深く追求するのはやめておいた。

(大切な人、なのでしょうし……)

とはいえ、興味が湧くのを押さえられないセシリアだった。

 

 

午後からの授業はアリーナで行われた。

一夏と諒兵が運んだプリントは、アリーナ使用上の注意事項で、今後は訓練のためなら申請すれば自由に使えるらしい。

「訓練上での注意点は以上だ。訓練機の数に限りがあるため順番が回ってこないことに苛立ちもあるだろうが、そこは我慢しろ」

はい、という生徒たちの返事に千冬は肯いた。

「本日の授業では訓練機が使用できないので、専用機についていくつか実践込みで解説する。専用機持ち、前へ」

セシリアは当然のこととして、一夏と諒兵も専用機持ちとなっているため、三人が前に出る。

「まずはISの展開だが、重要なのはイメージだ。ISをまとった自分をイメージすることで待機状態から展開できる」

一般的な専用機持ちであれば普通は二~三秒ほど。もっとも優秀な者は一秒かからず、五秒以上かかるようなら専用機を扱えていないことになる、と、千冬は説明した。

「オルコット」

「はい」と、答えた瞬間にはセシリアはブルー・ティアーズを展開していた。

「一秒三三。問題ありませんね。優秀なIS操縦者の証明ですよ、オルコットさん」

「ありがとうございます」

真耶がタイムを計っており、その優秀さを褒めると、セシリアは感謝の言葉を述べる。

「次、織斑、日野、同時にやってみろ」

「はい、白虎」「うす、レオ」

そう答えてからいくらかのタイムラグを経て、一夏と諒兵もそれぞれ白虎とレオを展開する。

「三秒二三。及第点というところですね」

「だが、いちいち機体の名前を呼ぶな。展開をイメージしろ」

「いや、なんか名前呼ばないとでてきてくれなくて」

「イメージだけだとうまくいかねえんだよ」

そう答える一夏と諒兵に対し、千冬はため息をつく。

「なら心の中で呼べばいいだろう。いちいち声にだすな」

「「なるほど」」と、素直に肯く二人だった。

だが、ふと思いついた疑問があり、諒兵は手を挙げた。

「専用機持ってねえやつはどうやって展開の訓練するんだ?」

「それに関しては今から説明する」

そもそもIS本体と、その武装の展開は基本的に同じようにイメージすることで行える。

つまり、訓練機を使う生徒は、武装の展開からイメージすることでISの展開に慣れていくということになる。

「貴様らの場合は先に専用機を持ったために、順序が逆になっただけだ。たいていはそこから練習を重ねて展開速度を上げる」

「そういうことか」

「オルコット、合図とともに射撃武器を展開しろ」

そして「始め」という千冬の合図とともに、セシリアはスターライトmk2を握っていた。

「一秒〇一。お見事です、オルコットさん」

「ふむ、こちらも優秀だな」

「以前はいちいちポーズしていたのですけど、それでは戦闘時には無駄だと意識を改めました」

「それでいい。今、オルコットがいったとおり、武装の展開にいちいち格好つけていては戦闘時に的になる。無駄を省くことは重要だと心しろ」

展開してすぐ戦えるようにすることは、ISバトルにおいて重要である。

武器の切り替えに遅れるようでは、攻撃に隙ができるからだ。

一瞬の隙が命取りになる可能性もある。

セシリアは一夏と諒兵との模擬戦でそのことを実感、自力で訓練を重ねていた。

さらにセシリアは近接武器の展開を命じられるが……。

「こちらは落第だな」

「すみません。鍛錬しますわ」

「そうしておけ」

ブルー・ティアーズに装備されているショートブレード『インターセプター』の展開は、名を呼ぶような真似はしなかったが五秒もかかってしまっていた。

「織斑、日野」と、千冬が声をかけるとヴンッという音と共に一夏は白虎徹を、諒兵は獅子吼を展開する。

「二人ともコンマ六八、です……」と、真耶が呆然と呟く。

優秀どころではなく、最速レベルの展開速度である。

「貴様らは武装がそれしかないのだから当然か」

「いや、そこは褒めてもいいだろ」

「厳しすぎねえか?」

とはいえ、一夏と諒兵のIS、白虎とレオは他の武装が搭載できないらしいことがわかっていた。

他にないのならば、余計なことを考えずに済むのだから速くてもおかしくはないのだ。

「競技用のISでも、通常は三~四個くらいの武装を搭載する。それを切り替えることも重要な技術だ。その苦労が貴様らにはないのだから厳しくても文句をいうな」

そこでふと気づいたことがあり、今度は一夏が質問する。

「そういう場合、それぞれ一つずつ、出したい武器をイメージするのか?」

「山田先生」と、千冬は真耶に説明するよう促した。

「はい、複数の武装を積むタイプの操縦者はたいていの場合、頭の中に格納庫があるイメージを持ちますね」

千冬は刀一本で戦うタイプだったので、実のところ一夏や諒兵と変わらない。

対して真耶は複数の武装を積み、それを切り替えて戦場に適応するタイプの操縦者であり、この点では真耶のほうがよく説明できるのである。

「一番格納庫にアサルトライフル、二番にミサイル、三番にブレードといった具合です。展開するときは、一番を開く、二番を開くといったイメージですね」

「へえ、そんな感じなのか」

「ま、……山田先生は乗ってるときゃ、どんくらい積んでたんだ?」

「十六個ですよ」

「「「なっ?」」」

にっこり笑ってとんでもない数字をいってきた真耶に一夏、諒兵、そしてセシリアまでもが驚愕する。

「山田先生は自在に武器を変えて敵を翻弄するタイプの優秀なIS操縦者だ。甘く見ている者は考えを改めておけ」

はい、とその場にいた生徒全員が、真耶に向かって素直に頭を下げていた。

「いえっ、あのっ、そのっ……」

おかげで真耶が顔を真っ赤にしてしまったのは余談である。

 

続いてはISでの飛行を見せることとなった。

もっとも基本的な技術である急制動のテストである。

そのため、先ほどと同様に専用機持ちの一夏、諒兵、そしてセシリアが一気に上空まで飛び上がった。

「やっぱり気持ちいいな、飛ぶのって」

「なんか、すげー自由になった気分だぜ」

「お二人とも本当に飛ぶのがお好きなんですのね」

とはいえ、技術的な面ではやはり一夏と諒兵はセシリアに劣ってしまう。

そのため彼女にアドバイスを求めたが、説明が専門的過ぎてさっぱりわからない二人だった。

「もう少し噛み砕いて説明できるように精進しますわ」

「わりいなセシリア」

「つくづくすごい科学でできてるんだな、ISって」

と、二人は顔を引きつらせて笑っていた。

そんなところに怒鳴り声が響いてくる。

 

「何をしているッ、さっさと降りて来い一夏ッ!」

 

箒が真耶が持っていた拡声器を奪い取って叫んだのだ。

「いいのか、あれ?」

「さあ……?」

呆れた表情の諒兵とセシリアに、一夏が苦笑いしながら答える。

「あー、まだ授業中だし、とりあえず降りようか。確か地表から一〇センチ以内だっけ」

千冬の指示は、上空から一気に下降し、地表から一〇センチ以内に停止するというものである。

まずは手本を見せるとセシリアが一気に下降し、地表付近で急停止する。

「ほう」と、千冬が感心したような表情を見せた。

一見するとセシリアは地面に足をつけてしまったように見える。

だが。

「五ミリですか……。これは見事としかいいようがないですね」

なんと地表とセシリアの距離はわずか五ミリ。

まさに手本のような急制動である。

生徒たちから歓声が上がるほど見事なものであった。

「一ミリを目指しましたが、目測を少し誤りましたわ」

「成長しているな。その自己への厳しさを忘れんことだ、オルコット」

「はい」と、セシリアは丁寧に頭を下げた。

 

続いて挑戦したのは諒兵。

「チィッ!」と、思わず舌打ちしてしまう。

「十五センチですね」

「試験ならば不合格だな、日野」

「くそッ、ちっとビビりすぎた」

確実に地面に激突する前に止まるために早めに急制動を行ったのがよくなかったようだ。

 

そして一夏。

ドゴォンッという激突音が響く。

「いっつー……」

 

うにゃ~……

 

ふとそんな声を感じた一夏は情けなさそうな表情で立ち上がる。

「落第だぞ、織斑」と、千冬が呆れたような声をだす。

「一気に近づきすぎた……」

とはいえ、激突直前に『いつもの癖』で身体を捻ったので、さすがに大穴を開けるようなことにはならなかったが。

「オルコットは手本どおりといえるとして、織斑と日野は癖が出たな」

「どういうことですか?」と女生徒の一人が質問する。

「先に下りてきた日野は、戦闘では状況を先読みしすぎる。地表に止まるのではなく、その先まで考えてしまった結果、五センチ余計に離れたということだ」

常に予想通りに状況が動くとは限らない。

不意の事態に対処するために、ある程度の余裕を持たせて行動するのが諒兵の戦い方である。

そのため、定まったところに止まらなかったのである。

「逆に織斑は戦闘では一気に近づいて斬る、つまりそこで終わらせようとするために限界まで突っ込む。その癖が出たということだ」

とはいえ、敵を動いて追い詰める諒兵は移動技術には長けているが、直線的な動きの速さは一夏のほうが上だ。

一長一短ということである。

「重要なのは自分のバトルスタイルに合わせた移動技術を身につけよということだ。そういう意味ではまだまだ未熟ではあるが、まったくダメという結果でもない」

だからといって基本を疎かにはするなと最後に千冬は付け加える。

そこで一夏と諒兵は何度か急制動の練習を行い、セシリアはさらに別の移動技術を披露して、その日の授業は終わったのだった。

 

 

放課後。

IS学園前の通りを、ライトブラウンのロングツインテールをなびかせ、ボストンバッグを肩にかけた一人の少女が颯爽と歩いていた。

その右手には黒いブレスレットが光っている。

そしてIS学園の校門の前に仁王立ちした少女は、一つため息をついた。

「まったく……。何やってんのよ、あのバカども。私が知らない間にIS乗りになってるなんて」

そういうと、気を取り直したように少女は学園の中に入っていった。

 

下校時間となり、昇降口を出て少し歩いたところで、一夏は腕を組んで悩み始めた。

後ろには箒がくっつき、セシリアが微笑んでいる。

「何をしている、一夏?」

「いや、アリーナ借りて急制動の練習をしようか、図書館で知識を勉強するか迷ってるんだ」

「どちらにしても、鍛錬はよいことですわね」

ちなみに、IS学園にはちゃんと部活動がある。

こう見えて箒は剣道部、セシリアはテニス部に入部していた。

だが、一夏と諒兵はどこの部にいこうが大騒ぎになるため、二人とも現時点では帰宅部である。

そんな諒兵は千冬に捕まって雑務処理を手伝わされており、下校できるにはもう少し時間がかかるらしい。

「どうせなら剣道部に来い。お前の邪剣を修正してやる」

「いやだからいいんだって。俺の剣はこれで」

「実際に戦ってみると、よく練られたよい剣術と思いますわよ、篠ノ之さん」

そんなセシリアの言葉など聞こえないのか、箒はぐいぐいと一夏の腕を引っ張り始めた。

「さっさと来いッ!」

「だからいいんだってッ!」

「あらあら、たまには人の話を聞いてほしいものですわ」

と、割とうるさい三人の姿がそこにあった。

 

そんな姿を先の少女が見つめている。

「あいつっ、また女の子に囲まれてる」

その表情は険しい。一夏が女生徒と一緒にいるのが気に入らないようだ。

「ふんっ、いいわよ。あとで思い知らせてあげるから」

と、そういって勢いよく振り向き、校舎に向けて歩きだして……。

 

「鈴、か?」

 

「えっ?」と、自分の愛称を呼ばれて振り向いた先には、自分が見知ったもう一人の男の姿がある。

 

「りょう、へい……」

 

とくん、と少女の心臓の音が鳴る。

その日、IS学園に小さな鈴の音が鳴った。

 

 

 

 



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第9話「幼馴染みの序列」

諒兵は目の前にいる少女の姿を見て、ごしごしと目を擦ってしまった。

ここにいるなど聞いてないし、いるのならば自分たちに声をかけないはずがない。

だから、信じられなかったのだ。

中学時代の同級生、凰鈴音が目の前にいることに。

でも、目の前の少女は確かに自分の名前を呼んだ。

小柄な身体にライトブラウンのロングツインテール。

中学時代とほとんど変わらないその姿は、間違いなく自分の知っている凰鈴音のものだ。

もう一度確かめるために、中学時代は何度も呼んだ彼女の名を呼ぶ。

「鈴」

「あ、うん。久しぶり、諒兵」

「マジかッ、何でここにいるんだよッ、いつ帰ってきたんだッ?」

心底、驚いているような諒兵の姿に、鈴音は先ほどまでの怒りが霧散してしまうように感じる。

「ついさっきよ。むしろ、あんたたちがここにいるのが驚きよ」

「へっ?」

「男なのにISに乗れるってどういうこと?」

「いや、俺にもよくわかんねえんだよ」

と、そこまで答えて鈴音の言葉に諒兵は疑問を感じた。

今のはまるで、鈴音もISに乗っているかのような言い方だと考えたのだ。

「乗るわよ?」

「待てよ。中国帰る前はお前の口からISのアの字も聞いたことねえぞ?」

「だから、中国に帰ってから乗るようになったのよ。で、明日からIS学園に編入するの」

「なにいッ?」

と、驚きの声を上げる諒兵に気づいたのか、一夏が声をかけてきて、やはり驚いていた。

「鈴っ?」

「やっほ。久しぶりね、一夏」

「えっ、なんでだっ?」

「おんなじこといわせないでよね。まったくバカコンビなんだから」

呆れた様子の鈴音はまったく説明しようとしないので、諒兵は仕方なく自分が説明することにした。

「明日からIS学園に編入するんだと」

「えっ、鈴っ、IS乗るのかっ?」

「そうじゃなきゃ、ここに入れるわけないでしょ?」

そういって腕を組む鈴の右腕に、黒く光るブレスレットがはめられているのに気づく。

その雰囲気は、自分たちの首輪と同じだと一夏と諒兵は感じ取った。

「専用機、持ってんのか?」

「まあね」

「えっ、じゃあ、強いのか、鈴」

「それなりにね。それよりあんたたち、今の言い方だと専用機について知ってるみたいだけど」

そう聞かれた二人は、自分たちがISに乗れることがわかった藍越学園受験日のことを説明した。

「つまり、その首輪があんたたちの専用機ってわけ?」

「てか、一度も外れねえんだよ」

「もうずっと前からこのままなんだ」

「ずいぶん気に入られてるわね。まるで恋人を放さないための首輪みたいじゃない」

と、さっきまでの怒りはどこへ消えたのか、鈴音はいつの間にか一夏と諒兵の二人と普通に談笑してしまっていた。

 

そんな様子を少し離れて見ていたセシリアはふむと沈思する。

(あの方が、諒兵さんのいっていたもう一人の幼馴染みですわね。しかし、どこかで見覚えがあるような……?)

そんなことを考えていたセシリアだが、ふと気づいて箒のほうを見る。

どうやらいきなり諒兵のほうに走っていったばかりか、自分の知らない女と仲良く三人で談笑しているのが気に入らないらしい。

仏頂面どころではない顔を見せていた。

ここは自分も加わって、箒が来やすいようにすべきだろう。

そう考えたセシリアは、一歩、足を踏み出した。

 

懐かしい空気が戻ってきたと感じたせいか、一夏、諒兵、そして鈴音の三人は既に普通に笑いあっていた。

「しっかし、鈴が戻ってきたなら、弾や数馬のやつも誘って遊びにでもいきてえな」

「いいな。中学のころに戻ったみたいじゃないか」

「いいわね、それ。そういえば弾とか数馬は元気にしてるの?」

「相変わらずらしいぜ。蘭が愚痴こぼしに手紙よこしてきたしよ」

私設・楽器が弾けるようになりたい同好会作ったとか、と諒兵が笑いながら続けると、「なによそれ」と鈴音も思わず笑ってしまう。

中学での一夏、諒兵、そして友人の五反田弾は三馬鹿トリオで通っていた仲だ。

三人の突っ込み役であった御手洗数馬も含め、常に一緒にいた鈴音はいつも巻き込まれつつ、楽しい日々を送っていたことを思いだす。

そんな中、声がかけられた。

「すみません、一夏さん、諒兵さん。私にもその方を紹介していただけませんこと?」

「あ、ほったらかしにして悪かった」と、一夏が声をかけてきたセシリアに頭を下げる。

そして諒兵がセシリアを鈴音に紹介した。

「鈴、俺らと同じクラスのセシリア・オルコットだ。イギリスの代表候補生だってよ」

「セシリア・オルコットですわ。どうぞよろしくお見知りおきを」

「代表候補生なんてすごいわね。セシリアでいい?」

と、そういって鈴音は手を差しだした。

友好の証ということだろうと悟ったセシリアは、素直にその手を握る。

「構いませんわ」

「でもごめん。私自分のことで手一杯だったから他の国のことよく知らないのよ。名前は鈴音、凰鈴音よ。鈴でいいわ」

「えっ?」と、セシリアが目を見張る。

その反応に一夏と諒兵は首を傾げた。

「どうした?」と、諒兵が尋ねかける。

「いえ、中国の代表候補生の方が同じ名前だったと記憶してるのですけど……」

「うん、私のことだから」

「「なにいッ?」」

と、一夏と諒兵が声を揃えて驚いてしまう。

セシリアに負けた二人としては、その彼女と同レベルであることを示す代表候補生に、鈴音がなっていることは驚き以外の何物でもないからだ。

「ずいぶん驚くわねえ」

「だって代表候補生って強いだろ」

「俺ら模擬戦でセシリアに負けてんだよ」

諒兵が、セシリアとの模擬戦の結果について詳しく説明すると、今度は鈴音が意外そうな表情を見せる。

「驚いたけど、まあ、ISバトルじゃ仕方ないか」

「けっこう思い通りに動けたと思うんだけどな」

「実際、お二人は決して弱くはありませんでしたわ」

「そうよね。こいつらが強いのはよく知ってるもの」

鈴音が一夏や諒兵と一緒にいたのは中学時代。

ちょうど人助け(ケンカ屋)をやっていたころなので、二人が強いことはよく理解していた。

 

そこにようやく、取り残されていた一人から声がかけられてくる。

「いっ、一夏ッ!」

セシリアが参加して談笑していたことで、箒もようやく勇気を出したらしい。

「ああ。鈴、前にいったことなかったっけ。お前が来るのと入れ替わりに引っ越した幼馴染みの篠ノ之箒だ」

「んー、どうだったかしら?聞いたことなかった気がするけど」

一夏の説明に鈴音は首を傾げるが、せっかく紹介してもらったのだからと彼女は再び自己紹介した。

「凰鈴音よ。一夏とは小五から、諒兵とは中学からの付き合いなの。明日からここの生徒になるからよろしくね」

「篠ノ之箒だ」

「俺にとっては鈴も幼馴染みっていえるな」

一応、名乗った箒だが、一夏が鈴音のことを幼馴染みといったのが癇に障ったようだ。

「わ、私のほうが古い付き合いだ。幼馴染みとはいえば普通は子どものころからの……」

「付き合いが長いって意味よ。別にこだわることないでしょ?」

実際、一夏はそういった意味で使っているので、別に特別扱いはしていない。

IS学園でもっとも長い時間を過ごしているのは、実のところ同室の諒兵である。

皮肉にも、男の諒兵が一夏に一番特別扱いされていた。

箒としてはその点もあまり気に入らない。

「そりゃ、もとは女子校で二人しか男がいねえんだから、自然と一緒にいることになるぜ?」

「そうですわね。これでどちらかお一人だったら……」

「やめてくれ、想像したくねえ……」

と、諒兵がセシリアの言葉にげんなりしてしまう。

今でも注目の的なのに、一人だったら確実にストレスで胃潰瘍になっていた自信がある諒兵だった。

「そんな自信持っててどうすんのよ」と、鈴音が笑う。

「いやホントにきついぞ。ここに一人だったらと思うと」

と、一夏も思わず苦笑していた。

 

そんな光景を見た箒は、暗い気持ちが広がるのを押さえられなかった。

一夏と諒兵。

その二人には自分が入り込めないような、理解できない絆があるように常々思っていた。

それなのに、鈴音は普通に二人と接することができている。

ごく自然に二人と話している鈴音の姿がなんだか気に入らなかった。

「私のほうが一夏とは早く知り合ってるのに……」

そんな呟きが聞こえてしまったために、皆が視線を向ける。

「こだわんなよ、篠ノ之。幼馴染みに序列があるわけじゃねえんだし。みんな同じだろ」

と、諒兵が嗜めると、箒はキッと睨んだ。

「おお、こええ」と、諒兵が思わず首をすくめると、鈴音が首をかしげながら尋ねてきた。

「何よ、諒兵。嫌われてんの?」

「まあ、こんな面構えだかんなあ」

比較的穏やかそうに見える一夏と違い、諒兵の容姿、特に目つきの鋭さで怖がっている女生徒はけっこう多かったりする。

「クラスの中にもまだ少し怖がっているかたがいますわね。でも気にしない方は普通に接してらっしゃいますわ」

「布仏さんとか」と、セシリアが続けたように、布仏本音は諒兵とは普通に友人関係を築いている。

彼女が諒兵を『ひーたん』と呼ぶので、それで警戒を解いた女生徒も多い。

付き合ってみるとそこまで怖いわけではなく、セシリアとの模擬戦で示した強さもあってか、今では諒兵に接してくる生徒は多くなってきていた。

ちなみにそんなきっかけとなった布仏本音を一夏は『のほほんさん』と呼び、諒兵は『のどぼとけ』と呼んでいたりする。

それはともかく、こんなところで立ち話を続けるのはどうかと思ったセシリアが鈴音に用事はないのかと尋ねる。

「あ、そうだ。学生課いって編入書類の残りを書くのと、入寮の手続きしないと」

「鈴も寮に入るのか?」

「IS学園生の入寮は必須なんですわ。要警護対象ですから」

「へえ、そうだったのか。知らなかったぜ」

それならば、みんなで学生課に案内しようということになり、一夏や諒兵、そしてセシリアは鈴音を伴って歩きだす。

その後ろを不満そうな顔の箒がついてきていた。

 

 

夕食後。

懐かしい顔とともに歓談できたことで、一夏と諒兵はいい気分で横になっていた。

「まさか鈴がIS乗ってて、代表候補生とはなあ。驚いたぜ」

「よっぽど努力したんだろうな」と、そういって諒兵の言葉に肯く一夏。

話を聞くと、鈴音が持っている専用機は中国の第3世代機で名称を「甲龍(シェンロン)」というらしい。

「神様じゃなくてよかったぜ」

「でも、ふつうシェンロンっていったらあれ思い出すぞ」

と、子どものころに流行ったアニメを思いだす二人。

それでも第3世代機だけあって、その性能も高く、何よりセシリアのブルー・ティアーズのような、特別な武装も持っているらしい。

「そんなんもらえるくれえなんだし、やっぱ強いんだろうな」

「2組に編入するらしいけど、代表になるのかなあ」

2組には代表候補生がいなかったため、鈴音がクラス代表に再選抜される可能性は十分にある。

だが、そうなると対抗戦で一夏は鈴音と戦うことになる。

正直にいうと、鈴音に剣を向けるのは抵抗がある一夏だった。

同じことは諒兵にもいえるのだが。

「だからって手え抜けるのかよ」

「バカいえ。やるからには全力だ」

そういって笑う一夏だが、ふと沈んだ顔をして呟く。

「なあ、諒兵……」

「あ?」

「いや、なんでもない」

いっていいのかどうか、一夏は一年以上前から悩んでいることがある。

でも深く追求する勇気が、一夏にはどうしても持てなかった。

 

 

鈴音は自分の部屋と指定された1020号室に入った。

荷物を置き、ベッドに横たわってお菓子をつまんでいた金髪碧眼の少女に声をかける。

「凰鈴音よ。今日からよろしくね。えっと……」

「ティナ。ティナ・ハミルトンよ。出身はアメリカ。よろしくね」

「こちらこそ」

二人部屋を一人で使っていたティナの部屋に鈴音は入ることになった。

クラスは2組とのことなので、クラスメイトでもあるらしい。

「まさか、『あなた』が2組に入ってくるとは思わなかったわ」

「先生たちにいわせるとバランスを考えたらしいわよ。一夏と諒兵はともかくとして代表候補生のセシリアがいる1組と日本の代表候補生がいる4組は避けておきたいって」

代表候補生ともなれば、エリート揃いのIS学園の生徒の中でもまさにトップエリートである。

当然、クラス代表となり生徒の手本となることを要求される。

実のところ、一夏と諒兵が推薦されなければ、1組のクラス代表はセシリアになるのが当然でもあった。

その点、けっこういい加減な1組である。

それはともかく、ティナは鈴音の口から自然と一夏と諒兵の名前が出たことに少しばかり驚く。

「噂の男の子たちともう知り合い?」

「じゃなくて、一夏は小五のころからの幼馴染みで、諒兵とは中学からの友だちなのよ」

そう答えるなり、ティナは目を輝かせる。どうやら鈴音と一夏、諒兵の中学時代に興味津々らしい。

「あいつらがいろいろとバカやってて、巻き込まれてただけよ。まあ、おっかないこともあったけど楽しかったのは確かね」

「う~ん、もっと詳しく知りたいなあ」と、呟くものの今はとりあえず置いておこうとティナは続ける。

そして。

「1組は織斑くんが代表なんだけど……」

「聞いてるわ。対抗戦、一夏が出るのね」

あっさりとした反応に、ティナは少し意外だという表情を見せる。

「出る気ない?」

「だって代表決まってるでしょ?」

というより、一夏が箒とセシリアと一緒にいたのを見たときは腹立たしく思ったために思い知らせやろうと考えていたが、なんだかんだと再会を果たしてしまって、その意識も薄れてしまっていたのである。

「鈴、『あなた』なら満場一致で代表よ?」

「そういうのは明日、クラスにいってから考えるわ。みんながいうなら代表になってもいいし」

「それに、一夏や諒兵のIS乗りとしての実力は見てみたいし」と呟く。

そう答える鈴音を見て、ティナは満足そうに笑うのだった。

 

 

夕食後、不機嫌そうな箒を見て、作業していたルームメイトの更識簪は首を傾げた。

更識簪は1年4組のクラス代表であると同時に、日本の代表候補生でもある。

ただ、ある理由から専用機は組み上げる途中で放棄されてしまい、彼女は自力で組み上げるべく、引き取って作業していた。

それはそれとして、彼女は箒に不機嫌の理由を尋ねた。

「付き合いの古さなら私のほうなのに……」

どうやら織斑一夏にもう一人幼馴染みと呼ばれる少女がいたことが不満らしい。

見た目や言動に反して見事なまでに盲目な恋する乙女であるルームメイトの箒に簪は少しばかり呆れてしまう。

「どんな人?」

「中国の代表候補生で専用機持ち。名前は……確か、凰鈴音だったか」

その名を聞いた瞬間、簪は目を見張った。

その様子に今度は箒が訝しがる。

「知っているのか?そういえば、セシリア・オルコットも知っているようだったが」

「……一年前、一人の少女が中国のIS操縦者選抜試験に合格。瞬く間に成績を上げて、半年で代表候補生になった」

それからさらに半年、既に同期の代表候補生の中には敵がおらず、模擬戦とはいえ国家代表すら倒してのけたという。

「中国最強。国内にはもう敵がいない。代表選抜がくれば、確実に次期国家代表になる」

「なっ?!」

「まだ代表候補生。だけど、その強さから凰鈴音は、各国の代表候補生やIS操縦者から、こう呼ばれてる」

そういって一息ついた簪は、意を決したようにその名を告げた。

 

「無冠のヴァルキリー」

 

 

 

 



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第10話「揺れる想い」

その日、満場一致で2組の代表が変更となった。

「あー、まあ、選んでくれたからには全力でやるわ。ありがと、みんな」

と、鈴音は真っ赤になりながらも、クラスメイトたちに笑いかける。

 

これで1組や4組には負けないよっ!

よかったー、なんか引け目感じてたのよね。

1組なんて専用機持ち、三人もいるもん。

 

そんな声が聞こえてきて、鈴音は苦笑いしてしまった。

まあ、競争意識を持つのは悪いことばかりではない。

上を目指すためには必要なことなのだ。

そういう意味では、鈴音がクラス代表に選ばれたのは当然といえた。

 

 

そして昼休み。

一夏と諒兵は、箒、セシリアを伴って学生食堂までやってきた。

今日は用事を頼まれていないので、比較的のんびりできる。

そう思ってゆっくり来たのだが。

「一夏、諒兵、こっちこっち」

そう声をかけてきたのは鈴音である。

既にテーブルに着き、友人らしき金髪碧眼の少女と一緒に昼食を食べている。

二人は自分の昼食を受け取ると、鈴音が座るテーブルに向かった。

「もう来てたのか」と、一夏が声をかける。

「うん。紹介するわ、この子はルームメイトでクラスメイトのティナよ」

「ティナ・ハミルトンよ。よろしくね、織斑くん、日野くん」

「おう、よろしくな」と、諒兵は返事をし、ティナの隣に座る。

一夏は鈴音の隣に、そんな彼の隣に箒が腰を下ろす。

セシリアは諒兵の隣に腰を下ろした。

「やー、鈴が二人と知り合いでよかったわ。ほら、やっぱり他のクラスだと声かけにくいし」

「何よ、私をダシにしたわけ?」

「いいじゃない、少しくらい」

口を尖らせる鈴音にティナは笑顔で返すあたり、もう仲良くなっているのだろう。

すぐに友人ができたのはいいことだと一夏と諒兵は感じていた。

このあたりは諸外国から留学生が来るIS学園の長所だろう。

昔、鈴音が日本に来たときは、やはり浮いてしまっていたからだ。

そんなことを考えていると、セシリアが口を開いた。

「お二人に声をかけたがっている方は多そうですわね」

「そーねー、うちのクラスもそうだし。3組、4組の子もやっぱり噂してるかな」

「勘弁してくれ」と、げんなりする一夏と諒兵の二人だった。有名人扱いは辛いのである。

そこで、ふと気づいた一夏が尋ねかけた。

「ハミルトンさんは代表候補生なのか?」

「ティナでいいわ。私は結果待ち」

「というと?」

「入学する前に選抜受けたんだけど、難航してるみたい」

けっこうな数の受験者がいたし、と、ティナは続けた。

こう見えて彼女もかなり優秀なIS操縦者である。

ただ、各国で候補生選抜の時期は異なるため、ティナはまだ代表候補生ではなかった。

「毎月やっている国もあれば、三ヵ月毎、半年毎という具合にまちまちなんですわ」

「私の国、アメリカは三月と九月なの。前のときは落ちちゃって」

ただし、IS学園で優秀な成績を収めていれば、特例として選抜される。

そのため、ティナは入学することにしたのである。

「そういう目的で入学してきてる子もけっこういるわよ。入学前に代表候補生なんて子はめったにいないエリートっていっていいかな」

「すげえんだな」

以前、セシリアに対して失言した事を思いだし、諒兵はなんだか申し訳なくなってしまった。

「まあ、うちは第3世代機の開発も少し遅れてるから、選ばれても専用機はもう少し我慢しなきゃダメかな」

アメリカでは、現時点でようやく軍用の第3世代IS、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』と、代表専用機の『ファング・クエイク』の実機組み上げがスタートしたところなのである。

ために候補生用の専用ISは完成しても半年以上は先になると見られていた。

「今のところ、第3世代機をテストまで持っていけてるのは、私んとこの中国と、イギリス、ドイツね。ロシアは国家代表の専用機は第3世代機らしいけど、ロシアの機体をベースにした操縦者のフルスクラッチで企業開発機じゃないって聞いてるわ」

「へー、意外と少ねえんだな」

「以前、倉持技研が持ってきた『白式』も第3世代機っていってたから、日本もだな」

一夏の専用機として作られた機体だが、今はお蔵入りとなってしまっている。

ただし、『白虎』や『レオ』と違って、正真正銘の第3世代機らしいとは聞いていた。

「でも作りにくいのか、第3世代機ってよ?」

と、諒兵が疑問を述べると、セシリアが答えた。

「第3世代機の特徴であるイメージ・インターフェイス。つまり思念制御はハード的な難しさもありますけど、ソフト的、つまりプログラム設計がかなり難しいと聞きますわね」

「ISの展開以上に細かく脳波を読み取って機械を動かすことになるから、微妙な思念の乱れをどう修正するかってことがすごく大事なのよ」

と、後に続いたティナの説明に一夏と諒兵は感心したような表情を見せた。

ために第3世代機の登場によって、苦境に立たされている国もある。

「倉持、日本が開発成功したっていうなら、今一番きついのはフランスかな」

「なんでだ?」と諒兵。

「フランスは第2世代機の『ラファール・リヴァイヴ』を開発したデュノア社という会社が、そのまま世界でもトップシェアを握ったのですけど、第3世代機は開発の目処も立っていないと聞きますわ」

「打鉄同様に第2世代としてはいい機体だし、ベースになる機体製作技術はいいもの持ってるのよ。でもデュノア社では、イメージ・インターフェイスを使った武装の開発が全然なんだって」

「大変なんだなあ」と、ティナとセシリアの説明を聞き、少しばかり同情の念が湧いた一夏である。

「だから初っ端から専用の第3世代機持ってる織斑くんや日野くんはすごくラッキーなんだから」

「ご、ごめん」

「なんかわりいな、マジで」

「き、気にしないでよっ、セシリアとの模擬戦見て相応しくないなんて思う子はいないから」

二人が揃って頭を下げるので、ティナは慌てて否定した。

 

そうだよっ♪

 

あなたが良かったんですから♪

 

ふと、そんな声を感じ取った二人は苦笑いを見せる。

だが、『白虎』と『レオ』という機体の真実を知っているセシリアとしては複雑な気持ちを抱かざるを得なかった。

 

昼食後。

自分のクラスに戻ろうとする面々だったが、「あっ、そうそう」と、思い立ったように鈴音が一夏に声をかける。

「2組の子たちに頼まれてね、私、クラス代表になったから」

つまり、対抗戦には鈴音が出てくるという意味である。

恐れていたが、彼女が強くなったというのなら、対戦してみたい気持ちもある一夏は、しっかりと見据えてこう答えた。

「負けないぞ」

「吠え面かかせてあげるわ♪」

そういって自信ありげな笑顔を見せて、鈴音は2組に戻っていった。

 

 

その日の放課後。

鈴音はセシリアに呼び止められた。

「どうしたの?」

「あなたには少しお話しておきたいと思いまして」

その表情に真剣なものを感じた鈴音は、人気のない屋上に行こうというセシリアに素直についていった。

そして。

「ただの打鉄っ?」

「ええ。お二人のISは受験日に装着された打鉄のままだそうですわ」

セシリアの話とは一夏と諒兵が纏う『白虎』と『レオ』についてだった。

「中国ではどのようにお聞きしていましたの?」

「打鉄を再調整した第3世代機って聞いてるわ」

千冬が流布したとおりに世間では広がっているらしいとセシリアはある意味安心する。

だが、鈴音には教えておくべきだとセシリアが考えたのは、彼女が一夏と諒兵の二人に近すぎるからだ。

真実を隠すことは無理だろうと考え、あらかじめ説明できる者が打ち明けておくべきだと考えたのである。

一応、千冬にも許可は得てあった。

「そういえば、お二人の戦闘映像はご覧になりましたの?」

「まだよ。中国まで映像届かなかったのよ。IS学園が止めてるんだろうっていってたわ」

実は一度IS学園への進学を打診された鈴音だが、最初は断った。

しかし、一夏と諒兵がIS学園に入学すると聞いて、前言を撤回。

軍部に入学させてくれと頼みに行ったところ、二人のISのデータが、公開データすら中国まで来ないので、個人的な知り合いでもあるのならば、それとなく手に入れて来いと命じられていた。

まあ、鈴音としては実のところ産業スパイのような真似など、一夏と諒兵にするつもりなどないのだが。

「どこも考えることは一緒ですわね」

「イギリスも?」

「ええ。私の戦闘データを得るという名目で打診があったそうですが、織斑先生が止めたとお聞きしていますわ」

何故そこまでするのかと鈴音は疑問に思う。

確かに男性のIS操縦者のデータなら各国が欲しがる重要なデータであることはわかるが、まるで知られてはならない秘密を守っているかのようだ。

「あれは、もうISではありませんわ。実際に戦った私にはよくわかります」

「どういうこと?」

セシリアは語った。

最初は特殊な二次移行を果たした打鉄かと思った。

だが、プラズマエネルギーの物質化。

自在な思念制御。

自分たちのISとはまったく違う、翼を羽ばたかせたかのような瞬時加速。

既存のISの観念がまったく通用しないのだ。

「下手をすれば性能は第5世代レベルですわ」

「第2世代が第5世代レベルまで移行するなんてありえないわよっ?」

そもそも第5世代など、理論化の目処すら立っていない、いわば想像の産物でしかないものである。

「ええ。ですからもうISではないといったのですわ」

そういったセシリアの真剣な瞳を見て、鈴音は嘘でもデタラメでもないということが理解できた。

「何か、強力な単一仕様能力でも持ったのかしら……」

「それも考えられますわね」

 

単一仕様能力。

ワンオフ・アビリティ。ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する能力である。

一説には、ISコアとの対話が出来るようになった操縦者だけが可能とされている。

たいていの場合、ISが二次移行した形態から発現するといわれており、それでも発現しない機体のほうが圧倒的に多く、奇跡的な現象というのが一般的な見解であった。

 

「たまに、お二人が自身のISに呼びかけているようなことをおっしゃいますから、コアと対話しているのかもしれないと思いますけど、その点を差し引いてもあれは打鉄ではありませんわ」

「マジでとんでもないことしてるのね、あいつら」

でも、これだけのことを打ち明けてくれたことに、鈴音は驚く。

そこまで自分を信用してくれているのだろうか、と。

すると。

 

「諒兵さんはあなたのことをお好きだと思いまして」

 

あまりにも見事な不意打ちをくらい、鈴音は顔を真っ赤にしてしまった。

「あうあうあう……」

「ビンゴですわね」と、セシリアはいたずらが成功した子どものような笑みを見せる。

「なっ、何で知ってんのよっ?」

「以前、諒兵さんがあなたのことをおっしゃったとき、とても優しい瞳をしてらしたものですから」

誰にもいいませんわ、と、セシリアが優しく微笑みながら続けたことで、鈴音は素直に認めた。

「……中国に帰る一ヶ月くらい前よ。告白されたの」

「どうなさったのですか?」

「……一夏が好きだからっていって、断ったの」

苦しかったことを今でも覚えている。

そのくらい、あのときの諒兵の瞳は真剣だったと鈴音は思う。

そして、それほどに好かれていたことが正直にいえば嬉しかったのだ。

でも、そのときは必死になって断った。

 

「気にすんな。わかってた。でもケジメをつけたくってよ」

 

そう答えてくれた諒兵のどこか悲しそうで、でもやり遂げたような笑顔が、今でも鈴音の心に焼き付いている。

「正直いうと、揺れちゃってる。でも、諒兵は一夏と一緒にいるときが一番カッコよくて、一夏もそうで。だから宙ぶらりんな気持ちのまま中国に帰っちゃったの」

本当は諒兵の告白を受けた後、一夏に改めて告白しなければと鈴音は考えていた。

それが勇気を出して自分に告白してくれた諒兵に対する、自分自身のケジメだと思ったからだ。

でも、そうする前に中国に帰ってしまったことを、今でも後悔していた。

だからせめて次に会える時までに強くなろうと鈴音はがむしゃらにISに取り組んだのだ。

「何故ISですの?」

「一夏と諒兵に守られてるだけなのが嫌だったからよ」

「どういうことですの?」

「中学のころのことなんだけどね、私が危険な目に遭いそうになったとき、二人が守ってくれたのよ」

それは他愛ない不良同士のケンカに過ぎなかったかもしれない。

だが、その場にいた鈴音にとっては、二人は自分を守ってくれる騎士のように見えた。

でも、傷つきながらも戦ってくれる二人を見ているだけで、鈴音には何もできなかった。

それが、すごく悲しかったのだ。

「だから強くなった。私の目標は、あいつらの隣に立つことなのよ」

「そうでしたの……」

純粋な想いだけで強くなったことにセシリアは驚く。

だが、逆に考えればそれほどに強く純粋な想いを持ち続けて、彼女は代表候補生になったのだ。

それもただの代表候補生ではない。

『無冠のヴァルキリー』とまでいわれるほど、すなわち世界最強に手が届くところまで、たった一年で駆け上がってきたのだ。

セシリアも中国、次期国家代表と呼ばれる凰鈴音の名は聞いていた。

そして、いずれは敵となって立ちはだかる者だと脅威を感じていたのも確かだ。

そんな彼女の真実の姿が、揺れる想いに悩む思春期の少女であるということに安心してしまう。

セシリアとしては一夏と諒兵にはそれぞれ戦う者として敬意を抱き、また親しくもしているが、いわゆる盲目的な恋心は抱いていない。

切磋琢磨するライバルというのが一番近いだろう。

とはいえ、どちらにも魅力を感じているので、これからそういう想いを抱くことになる可能性を否定もしていないのだが。

だからこそ、二人に対する強く純粋な想いで強くなった凰鈴音というIS操縦者に対して興味もあった。

「手合わせ?」

「是非。名は聞いておりますわ。『無冠のヴァルキリー』と呼ばれる、あなたの」

「そんなの周りが勝手にいってるだけよ。まあ、でも、私もあんたとは戦ってみたいと思ってたわ」

目標を一度とはいえ倒したんだから、と鈴音は続ける。

対抗戦には一夏が出てくるので、諒兵に対しては目的を果たすことはできないのだ。

それだけに、鈴音は二連戦で一夏と諒兵を負かしたというセシリアには興味を持っていた。

 

そんなことから、セシリアと鈴音は翌日の放課後、アリーナの空にて対峙していた。

 

 

 

 



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第11話「無冠のヴァルキリー」

その日の朝、鈴音とセシリアは千冬に模擬戦をしたいということを伝えていた。

アリーナ使用の許可はとっているが、IS学園では学生同士の私闘は禁じられているからだ。

「ふむ。お前たちの模擬戦ならば学生にとっても見学する価値があるな。許可しよう」

「「ありがとうございます」」

頭を下げた二人が、それぞれのクラスに戻っていくのを見つめながら、千冬はぼんやり考えていた。

(泣きじゃくっていたあの小娘がずいぶん成長したものだな……)

鈴音を守るために一夏と諒兵が不良たちと戦った事件は千冬もよく知っている。

ごめんなさい、ごめんなさいと泣きながら自分に謝り続けた姿は、小柄な身体もあってか、本当に小さな子どものように見えたものだ。

それが今や優秀な代表候補生。しかも世界最強を見据えられるほどの力を得た。

「どちらを選ぶのやら」と、笑う千冬に真耶が声をかける。

「許可なさったんですね」

「まあ、あの二人なら見る価値がある」

「対抗戦、オルコットさんは出ませんしね」

とはいえ、一夏や諒兵と戦う前のセシリアだと確実に負けてしまっただろうが、今の彼女ならばわからない。

戦闘力以上に精神がよく鍛えられてきているのだ。

「私用がなければ私も見たかったのだが。代わりに見てもらえるか、山田先生?」

「はい。ちゃんと記録しておきますよ」

そう答えてくれた真耶に後を任せることにした千冬だった。

 

 

そして現在、すなわち放課後。

さすがに代表候補生同士の模擬戦となればギャラリーは増えて当然だろうというくらい観客席には多くの、特に1年生が集まっていた。

当然、一夏と諒兵も見に来ている。

「鈴とセシリアか。相当ガチにやるみてえだな」

「ああ。二人とも気合いの入った顔してる」

諒兵の言葉に肯く一夏の視線はアリーナに釘付けである。

「あれが鈴のISなんだな」

「セシリアのと違って、けっこうごついな」

赤と黒のカラーはけっこう気性の激しい鈴の性格をよく表しているように二人は感じる。

「武器はあのごつい剣だな。二刀流とは思わなかったぜ」

「あの浮いてるユニットはなんだろ?」

鈴のIS、甲龍には最大の特徴として、両肩付近に大きなユニットが浮かんでいた。

ただ、鈴の動きに合わせて動くところを見ると、セシリアのブルー・ティアーズと違い、ビットではないらしい。

それぞれに甲龍の特徴を見ながら、感想を述べる一夏と諒兵。

ちなみに一夏の隣には箒が座っていた。

「ひーたんとおりむーはどっちが勝つと思う?」

と、諒兵の横にちょこんと座っていた本音が尋ねる。

だが、その隣にメガネをかけた見慣れない少女が座っているのに気づいた。

色素の薄い水色を思わせる髪に赤い瞳。

生徒会長に似てるなと思いつつ、口には出さない諒兵だった。

彼女と違っておとなしそうなその少女は、そう言わせてくれるような雰囲気ではなかったからだ。

「のどぼとけ、そいつは?」

「私の幼馴染みで、かんちゃんだよ~」

その声に今さら気づいたのか、箒が視線を向けてくる。

「更識か?」

「箒、知ってるのか?」

「ルームメイトだ」

へえ、と驚く一夏は自分の名を名乗るものの、すぐにアリーナに視線を戻す。

とりあえずまだ始まっていないが、できるだけ見逃さないようにしたいからだった。

とはいえ、簪は一夏に対しては生返事を返す程度で名乗りもしないので、問題はなかったかもしれないが。

そのため、気をつかったのか本音が簪について諒兵に説明する。

「かんちゃんは4組の代表なんだよ~」

「ああ、それでか」と、納得する諒兵。

一夏は一応敵になるのだから馴れ合いたくないのだろう。

模擬戦を見に来たのは、セシリアはともかく、鈴音は対戦する可能性があるからだろうと納得する。

「日野諒兵。のどぼとけとはクラスメイトだ、よろしくな」

「更識簪」

やっぱり生徒会長の関係者、妹かと思いつつ、彼女と違ってどこか影を背負った感のある簪に対しては、なんだか気安く声をかけられない気がした諒兵だった。

 

 

アリーナの上空で対峙する鈴音とセシリアは、観客席を見て苦笑いしてしまう。

「模擬戦なんだけどね」

「まあ、注目されるのは悪い気分ではありませんわね」

代表候補生同士の一騎打ちは確かに見る価値があるということを今のアリーナの観客席が証明していた。

「これじゃ期待に応えないわけにはいかないわね」

「そういたしましょう」

お互いを見て不敵に笑う二人は、ゆっくりと離れるようにアリーナの端を沿うように移動し、そして、弾けた。

直後、ドンッという轟音が響く。

そして、わずか一メートルまで詰めてきた鈴音の姿にセシリアは驚愕した。

(マキシマム・イグニッション・ブーストッ!)

「驚いてくれたみたいねっ!」

手にした二本の巨大な青龍刀、甲龍の主武装である双牙天月。

鈴音はセシリアの脇腹目掛けて振り抜く。

しかし、突如、光の牙が鈴音の剣を弾き飛ばそうと襲いかかってきた。

鈴音はすぐに距離をとる。

「自分の身体すれすれをビットで狙い撃つなんてやるじゃない」

「あの距離を一気にゼロにした方に褒められるとは光栄ですわ」

セシリアは既に四機のブルー・ティアーズを展開している。

そしてパターンを組み上げてビットとともに鈴音に襲いかかった。

 

 

まるで瞬間移動したような鈴音に一夏と諒兵は驚いた。

「マキシマム・イグニッション・ブースト?」

「瞬時加速を使った、スタートダッシュ」

「停止状態から一気に最高速にする技だよ~」

と、簪と本音の解説に感心する一夏と諒兵。

ISは慣性を制御することで移動できる。

物体の移動エネルギーを制御するというものなので、自在に動けるように思われるがそうではない。

実際にはスピードは徐々に上げていくものであり、停止状態から間髪いれずに最高速にするなど物理的に不可能である。

なぜなら、空気が存在するからだ。

「普通、空気を掻き分けて人は移動するもの」

「でも、一気に移動しようとすると空気が壁になっちゃうんだよ」

マキシマム・イグニッション・ブーストとはその空気の壁を突き破って一気に最高速に達するという、いわばマッハで飛行する技であり、スラスターの緻密な操作などの移動技術以上に、衝撃に耐えられる身体能力も必要となる。

「あれができるだけで、代表候補生の中でもトップクラス」

「すげえな」と、簪の説明に諒兵は思わず感嘆の声を漏らしていた。

「そこまで強くなってるのか、鈴……」

そして、一夏は呆然としながらも、アリーナの二人から目を離さずにいた。

 

 

ブルー・ティアーズ、そしてセシリア自身の攻撃をかわしながら、鈴音は内心驚いていた。

(情報じゃ、ビット制御中には動けないってあったのに)

セシリア個人の情報はともかく、イギリスの第3世代機についてのデータはちゃんと学習している。

中国にいたころには、BT機のパイロットはビット制御に集中しなければならず、操縦者はほぼ停止状態になると聞いていた。

だが、目の前にいるセシリアはビットを操りながらも、自分を近づかせないように移動を続けている。

(軌道を設定してオートにしてるのね。……諒兵が考えそうなことよね)

と、そう思い、クスッと微笑む。

二人に勝ったのは間違いない。

より正確にいえば、二人と戦うことで多くのことを学んだのだろう。

だが。

(一緒にいた時間はっ、私のほうが長いのよっ!)

気合いを入れ、上空に回りこんできた二機のビットに狙いを定め、弾く。

「もらったわよッ!」

そして一気に飛び上がり、二本の剣、双牙天月を連結してブーメランのように投げ放った。

 

セシリアはいきなり弾かれたビットに驚愕するが、すぐに何が起きたのかを分析する。

(あれが、中国の『龍砲』ですわね)

さらに迫る双牙天月。あれだけの大きさの実体剣ならば、かなりのエネルギーを削られる。

だがその軌道から、「右か」と、そう考えた瞬間、背筋に悪寒が走る。

(狙われているッ!)

そう感じたセシリアは瞬時加速を使い、一気に下降した。

衝撃がアリーナのシールド全体を揺さぶる。

避けただけならば確実に喰らっていただろうことに、セシリアは冷や汗を掻いていた。

 

 

何が起きた?

そう感じた一夏は思わず呟いてしまっていた。

「中国の第3世代兵器」

「名前は『龍砲』だね~」

イギリスのブルー・ティアーズ同様に、思念制御装置、イメージ・インターフェイスを用いた武装である。

空間を圧縮、砲身を作り出し、衝撃波を放つ。

その特性上、射角が存在しない。

理論上は三六〇度、すべての方向に撃つことができる。

恐るべきは砲身も砲弾も『見えない』という、不可視の大砲であるということだ。

「何でもありだなあ、第3世代機って」

「デタラメすぎんだろ」

自分たちのISのデタラメさ加減を知らない一夏と諒兵は鈴音のISの武装に半ば呆れるような感想を抱いていた。

 

 

今ので応戦しようと普通にかわしていれば、確実に喰らっていたはずだ。

(いい勘してるわね)

戻ってきた双牙天月を掴みつつ、鈴音は感心していた。

砲弾が見えないことを利用し、実体剣である双牙天月を囮にして龍砲で撃ち落とそうとしたのだが、セシリアは見事にかわしていた。

双牙天月はその巨大さゆえにわかりやすく恐怖を与える。

これまでの対戦相手は、見える双牙天月に騙され、見えない龍砲にやられてしまっていたのだが、セシリアはそうではなかった。

(イギリス、レベル高いじゃない)

世界は広いと鈴音は感心していた。

ならば騙すよりも、近づいて落とすほうが早い。

そう考えた鈴音は再びマキシマム・イグニッション・ブーストを使い、セシリアに迫る。

 

対してセシリアは、やはり近接戦闘に持ち込むかと距離を開けようとする。

ショートブレードの扱いも鍛えているとはいえ、近・中距離型でしかも二刀流の鈴音と斬り合えるとは思っていない。

と、そこまで考えてふと思いついた。

自分はあくまで遠距離型。

射撃の腕には絶対の自信がある。

それは何も、手にしているレーザーライフルだけの話ではない。

(私にしかできない近接戦闘がありますわッ!)

そう覚悟を決めたセシリアは一転、鈴音に向かって一気に近づいた。

 

 

住宅街を盛装した女性が歩いていた。

道行く人が誰もが振り向く美しさでありながら、生半可な男性など凛として寄せ付けない雰囲気がある。

女性はその住宅街の中の一軒に入ると、自室らしき部屋まで行き、PCの電源を入れた。

するといきなり男の声が聞こえてくる。

「ハッ、こいつぁすげぇや。やるなイギリス代表候補生」

「博士」

「と、来たか、織斑」

先ほどの女性は織斑千冬であった。もっとも普段の彼女を知る人が見たら驚愕に目を見張っただろう。

それほどに普段とは異なり、女性らしい美しさを前面に押し出した格好をしていた。

「何を見ていたんです?」

「コアから一夏と諒兵の目を借りてな、鈴とイギリス代表候補生の模擬戦を見てたんだよ」

モニターの向こうには、だいぶ砕けた格好をした白衣の男性がいる。

年のころは三十歳くらいだろうか。首に巻きつく銀の首輪が、不自然な印象を与えつつも、妙に似合っている。

ただ、『博士』とは、とてもいいがたい雰囲気を持っている男性だった。

「コア・ネットワークのハッキングは犯罪ですよ」と、千冬は呆れた表情で額を押さえた。

「硬ぇこというない。これほどのもんはそうは見らんねぇ。いい指導してんじゃねぇか、織斑」

「恐れ入ります」

この人がここまで賛辞を送るなら、後で必ず見ておこうと思った千冬であった。

「しかし相変わらず別嬪だな。男が放っておかねぇだろ」

「声をかけてきてくれる男性はなかなかいませんね」

「根性ねぇなぁ。俺ならすぐに口説きに行くんだがよ」

その一言に頬が朱に染まる。

どうやら千冬にとって、興味の対象らしき男性であるようだ。

するとと、ようやくその気になったのか、マジメな顔で千冬に問いかけてくる。

「で、用件は?」

「こちらの映像を見てください。どうせ模擬戦はちゃっかり録画してるのでしょう?」

「おぅ、わかった」と、そういって博士とやらは千冬が送った映像を検証し始めた。

 

 

観客席は歓声が上がるどころか、静まり返っていた。

それほどにアリーナの戦いは異様とすらいえるものだったのだ。

「おもしれえこと考えやがるぜ」

「最初からあれをやられてたら、速攻で負けてたかもな」

その中で、一夏と諒兵だけが不敵に笑いながら戦いを見つめている。

「ひーたん?」

「ビットの軌道を固定しときゃ、後は射撃のタイミングを計算すりゃいいだけだ」

無謀な戦法ではないと諒兵はセシリアに賛辞を送る。

「でも、凰鈴音は、同時に襲いかかる四つのビットの攻撃を、完璧に避けてる……」

「セシリアの動きを先読みして、射線を察知してるんだ。確かにすごいけどさ」

と、呆然と見つめる簪に対して答えるように、一夏は鈴音に賛辞を送った。

「こ、これが専用機持ちの代表候補生なのか……?」

と、箒が呆然と呟く。

だが、同じ代表候補生である簪は否定した。

「間違いなく、国家代表に限りなく近いレベル。モンド・グロッソでも決勝トーナメント並み」

ヒュー、と、口笛を鳴らす諒兵は一夏に問いかけた。

「勝てるか?」

「相手が誰だろうと、負ける気で剣は握らないさ」

「代表、俺がなればよかったぜ」

「今さら譲らないぞ」

そういって笑う一夏に、諒兵は満足そうに笑うのだった。

 

 

周囲を旋回する四機のブルー・ティアーズ。そして上下左右から降り注ぐ光の雨。

それを『セシリア』が華麗にかわしながら、舞うように鈴音と戦っている。

信じられないことに、ビットの攻撃の中にセシリア自身が飛び込み、鈴音を巻き込んだのだ。

「これだけ戦(や)れて代表候補生ッ?冗談でしょッ!」

「さすがにそう簡単に喰らいはしませんわねッ!」

軌道を固定し、射撃のタイミングを計算しながらビットで鈴音のみ攻撃するセシリア。

龍砲でビットを弾き、また二本に戻した双牙天月でレーザーを防ぎながらかわし続ける鈴音。

その姿はさながらスポットライトの中で踊るダンサーのように美しい。

だが、その均衡はセシリアによって破られた。

放たれた『五』基目のビットに目を見張る鈴音。

そこから放たれたミサイルを切り裂くと一気に爆発したのだ。

爆煙で周囲が見えなくなる。

この状況でレーザーの弾幕は不味い、そう考えた鈴音は吠えた。

「私はッ、負けられないのよッ!」

再び双牙天月を連結し、直感で襲いかかるレーザーをかわしながら、セシリアがいた場所を目掛けて投げ放った。

爆煙を払いながら双牙天月が空を翔ける。

「当たりませんわッ!」

だが、セシリアは既にそこから消えていた。

「喰らえッ!」

さらに吠える鈴音。

突如、弾かれた双牙天月は軌道を変えてセシリアの右肩に命中する。

「龍砲で軌道をッ?」

体勢を崩されたセシリアはすぐにビットを戻すが、一気に迫ってきた鈴音の蹴りを喰らってしまう。

「もらったわよッ!」

更なる追撃として両肩の龍砲を放つ。まともに喰らったセシリアは弾き飛ばされ、シールドに叩きつけられる。

そして。

 

「私の勝ち、で、いい?」

 

喉元に剣を突きつけられていた。

「さすがにここから逆転する策は『今は』思いつきませんわね」

そう苦笑するセシリアは、素直に敗北を認めたのだった。

 

 

更衣室から出てきた鈴音とセシリアを一夏、諒兵、そして箒たちが迎える。

「お疲れ、二人とも」

「おもしれえバトルだったぜ」

そんな一夏と諒兵の笑顔に、鈴音もセシリアも模擬戦の疲労が霧散していくように感じてしまう。

「さすがでしたわ。完敗です」

「冗談いわないでよセシリア。ホント、ギリギリだったんだから。負けるかと思ったわ」

そんな軽口が出るあたり、心から本気で戦えたのだろうと一夏と諒兵は思う。

何より、鈴音とセシリアはまるで昔からの友人のように自然に笑いあっているのだ。

「次は対抗戦だな、鈴。代表なんてめんどくせえと思ったけど、なっときゃよかったって後悔してるぜ」

「私も諒兵をボコボコにできなくて残念だわ」

「俺相手にそうはいかないからな、鈴」

「ふふんっ、思いっきりかかってらっしゃい、一夏」

そういってみんなで笑い合う姿を、箒はなんとなく面白くないという気持ちで見つめていた。

 

 

 

 




閑話「会長とメイド様」
模擬戦でこれだけの戦いを見ることができた者たちは幸運だっただろう、と、観客席の隅で更識楯無は感じていた。
「お嬢様」
「次のモンド・グロッソには凰さんもオルコットさんも出てくるかなー。楽しみね♪」
「あれを見てそういえますか」
正直に言えば戦いたくない、そう思わせる鈴音とセシリアの模擬戦を見て、楽しみだといえる楯無に、彼女の幼馴染みでメイド、さらには布仏本音の姉でもある布仏虚は呆れたような顔を見せる。
「あの状況で逆転してみせるとは、さすが『無冠のヴァルキリー』ってところね。でもオルコットさんもすごいわ。学園に来て一気に成長したわね」
「生徒会長としては満足、満足♪」と、楯無は続ける。
「対抗戦では、凰鈴音は、あの織斑一夏と戦うことになりますね」
「凰さんがどう戦うか。織斑くんには一撃必殺の剣があるし、意外と苦戦するかも♪」
それもまた楽しそうねと楯無は微笑む。
「どうせなら凰さんには日野くんとも戦ってほしいなー」
「いずれ機会もあるでしょうし、今は欲張らないことですよ。せ、い、と、か、い、ちょ、う」
「虚?」
「とっとと仕事してください」
「いぃーやぁーっ!」と、じたばたする楯無を引きずって、布仏虚は生徒会室を目指すのだった。





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第12話「龍虎対決」

クラス対抗戦、当日。

選手控え室で一夏は一点を見つめたままイメージトレーニングを行っていた。

その雰囲気があまりにも近寄りがたいために、箒は何もいえずにただその姿を見つめている。

自分が中学のころの全国大会の決勝戦に出るときですら、ここまでの雰囲気ではなかっただろう。

いつの間にこんな顔をするようになったのだろうと箒は思う。

少なくとも子どものころは温和な面のほうが強く、でもいい意味で優しい強さを持っている少年だった。

それでいて剣の筋はかなり良かったのだ。

成長すればすばらしい剣士になると箒の父が語っていたのを聞いたことがある。

だが、今はまるで。

(牙を研いでいる猛獣のようだ……)

一夏のISは、まるで彼自身の闘争本能を形にしたような印象がある。

腹立たしいことに、同じことが諒兵にもいえる。

それが自分にはわからない一夏と諒兵の絆なのだろうか。

そう考えるとなんだかいやな気持ちになる箒だった。

「よしっ!」

その声に、箒はハッとする。気がつけば試合開始五分前となっていた。

「行こうか」

 

うんっ、がんばろイチカっ!

 

一夏は何か応援する声でも聞いたような様子で、フッと笑いながら、アリーナへと向かっていく。

その背を見た箒は、一夏が手の届かないところにいきそうな不安を抑えられないでいた。

 

 

アリーナを行く白の機体を、観客席の諒兵、セシリア、本音が並んで座って見つめている。

その隣には簪がいた。

ちなみに対抗戦はまず午前中に1組対2組、3組対4組で行われ、午後からそれぞれの勝者が戦うことになっていた。

それはともかく、白の機体と赤と黒の機体が対峙するのを見ながら、諒兵が呟く。

「出てきたな」

「ここからでも戦意を高めているのがわかりますわね」

「おりむー、真剣だね」

それぞれに一夏の様子を語っているのを聞きながら、簪が呟く。

「どんな戦いになるのかな……」

その呟きを聞き、諒兵が答えるように口を開いた。

「セシリアとの模擬戦を見た限りじゃ、鈴は近・中距離型だ」

「ですわね」

「で、近接は一夏、中距離はたぶん俺の戦い方を真似してる」

「そーなんだー」

「ただ、近づいて斬り合うなら一夏のほうが上だ。たぶん一撃離脱、近接戦闘に対処しながら、中距離で戦うのが基本になるだろうな」

ただ、一夏の剣、白虎徹は距離をゼロにする伸縮能力がある。

それにどう対処するかということが重要になる。

だが、鈴音は『無冠のヴァルキリー』と呼ばれるほどの実力者。

一夏の突撃能力、剣の伸縮能力に対し、何らかの対処法を持っているはずだと諒兵は語った。

 

 

監視モニター室で対峙する二人の様子を見ながら、真耶が千冬に尋ねかける。

「この間の模擬戦のときはどちらに行ってたんです?」

「いや、少し相談事があってな」

と、千冬は言葉を濁した。

今はまだおおっぴらにはできないことだからだ。

「しかし、模擬戦はすごかったな。オルコットがあそこまで成長していたとは思わなかった」

教師冥利に尽きるなと千冬が笑うと、真耶も微笑んだ。

「そこから逆転した凰さんは、さすが『無冠のヴァルキリー』と呼ばれるだけはありましたよ。オルコットさんの金星を確信してましたから」

「負けられんのだろう。あの娘はもっと高い位置に目標を置いているからな」

「そうなんですか?」

「ああ」と千冬はそう答えるだけだった。

女尊男卑の今の時代には逆行するような目標だろう。

それでもそれこそが鈴音の強さなのだと千冬は確信している。

だが、今、その目標の一つと鈴音は対峙している。

「面白い戦いになりそうだ」

「大方の予測では凰さんの勝利となってますけど」

「その程度、ひっくり返せんような織斑ではないよ」

と、千冬は確信めいた表情で呟きながら、アリーナを見つめていた。

 

 

そして、アリーナの中央にて。

「それが一夏のIS?けっこうカッコいいじゃない」

「褒めても何もでないぞ」

声をかけてきた鈴音に一夏はそう答える。

鈴音としては素直にそう思ったのは確かだが、それ以上に疑問にも感じていた。

(確かにISっぽくないわね。どっちかっていうと本当に鎧かパワードスーツだわ)

ISはそのデザインを見ればわかるが、ヘッドセット、腕部装甲、脚部装甲、腰部、浮遊ユニットという具合に身体の一部分に装甲が集中していて、意外と生身が見える部分が多い。

バリアーシールド、いわゆるエネルギー障壁が身体全体を覆っているため、それでも問題ないのだ。

しかし、白虎はほぼフルスキン、顔が見えるくらいだ。

何よりISに比べて小柄な機体は一見すると迫力がない。

目を引く特徴といえば、背中に見える大きな翼だろう。

しかし。

(虎の檻に入れられるのってこんな気分かしらね)

油断すれば食い殺されそうな凄まじい威圧感を鈴音は感じていた。

「クラスのみんなに聞いたぞ。『無冠のヴァルキリー』って呼ばれてるって」

「そんなの周りが勝手にいってるだけよ。私自身はまだ全然だと思ってるわ」

謙遜しているつもりはない。

鈴音が目指すものは今より遥かに遠かった二つの背中だからだ。

一つとはいえ、その背に届くかもしれない。

そう思えるこの試合は、彼女にとって国家代表選抜試合よりも、モンド・グロッソよりも、大事な戦いになる。

だが、一夏はそう受け取らなかったらしい。

はっきりと鈴音を見据え、そして戦意を高めてくる。

「そういう相手は怖いってよく知ってるからな」

「なら、思い知らせてあげるわ」

二人がそういって笑った直後、アリーナに轟音が響いた。

 

一夏は白虎徹一本で鈴音の双牙天月を受け止めている。

二刀を持って舞うような連撃を見せる鈴音に対し、一夏は防戦一方のように見えた。

しかし、それが怖いということを鈴音は理解している。

わずか一瞬の隙を突いて、必殺の一撃が繰り出されてくるからだ。

(敵に回すとこんなに神経削るのねっ!)

白虎徹の攻撃力はセシリアに聞いていた。

掠っただけで大量のシールドエネルギーを奪う剣など聞いたことがない。

竹刀を構えているときですら、凄まじい脅威を感じさせる一夏が、今、構えているのはISを斬るために作られた真剣だ。

喰らうわけにはいかない。そのためには手数を増やすしかないのである。

だが。

「えっ?」

スッと一夏の身体が沈み、構えていた刃が横になると、双牙天月の刃が滑ってしまった。

(マズッ!)

そして一夏は身体を捻り、真下から上半身の力だけで一気に刃を振ってきた。

「なにッ?」と、一夏が驚愕の声を上げる。

鈴音は剣を振る一夏の腕に足をかけ、一気に上空へと駆け上がったのだ。

(ヤバかったー、やっぱり近接の斬り合いじゃ一夏に勝てないわね)

実戦の経験値が違いすぎる。

IS操縦者としてはまだ素人だとしても、対人戦闘では一夏と諒兵はそこらの代表候補生などでは敵にならないことを鈴音は実感する。

よくセシリアは勝てたものだと感心するほどであった。

 

 

やはりIS操縦者としての経験値は鈴のほうが上だと諒兵は感心した。

「なんでー?」

「今の一夏の剣は顎を狙うんだ」

「顎?」と、本音は首を傾げる。

格闘術など、顎をかち上げられると腹が丸見えになる。

そこに強烈なボディ攻撃をするのは常套手段だ。

一夏は剣士。

実は顎はそこまで重要な攻撃ポイントではない。

だが、諒兵とともに実戦を経験し、下段から顎をかち上げて腹を打つのはいい手段だと学習していた。

そこで下段攻撃と見せかけ、横や後ろに逃げる相手の顎を狙う剣として練り上げたものだった。

「なるほど。今のは本来、二連撃ということなんですわね?」

「ああ。だが、今やってるのはISバトルだ。戦闘は空でやるもんだ」

しかし、一夏はいつもの癖から、まさか鈴が宙に逃げるとは思わなかったので驚愕したのである。

「こういうところに差が出るな」

「しかし、それを知ったのならば修正するのでしょう?諒兵さんも、そして戦っている一夏さんも」

「ああ」

常に戦況に合わせて戦い方を練り上げるという点では、実は一夏と諒兵は同じであった。

 

 

距離をとった鈴音は、すぐに龍砲を撃ち放つ。

だが、一夏の移動スピードは速く、なかなか当たらない。

「移動先を予測してるってのにッ!」

計算が間に合わないのだ。

今の一夏のスピードに合わせて予測しなおさなければ、いつまでたっても当たらないだろう。

しかも一夏は龍砲をかわしつつ、確実に鈴音との距離を詰めてきている。

(でも、一夏の剣は伸縮できるはずよね?)

何故、わざわざ距離を詰めようとしているのかと考えて、一つの考えに至った。

大きくなれば、それだけ切っ先が達するまでに時間がかかるのだ。

それはわずか数瞬の違いかもしれない。

だが、鈴音はそれだけの違いがあれば避けられる自信がある。

(だから近づいて斬るほうを選んでるわけね)

確実にこちらを捉えられるようにしているというのであれば、そう簡単には剣を伸ばしてこないだろう。

「それならッ!」

と、そう叫んで放たれた衝撃の砲弾は明確に一夏を捉えて放たれた。

 

来る。

さすがに今度はかわせないと感じた一夏はただ一言呟いた。

「斬る」

 

うんっ!

 

それだけで一夏がやるべきことは決まった。

斬ッ、という擬音が聞こえてきそうなほど、白虎徹は見事に衝撃の砲弾を切り裂く。

アリーナを揺さぶる二つの衝撃に、誰よりも驚いたのは鈴音だった。

その上、見えない砲弾すら斬る一夏の斬撃は、空間までも切り裂いたかのように逆に衝撃を叩き返してきた。

「デタラメすぎるでしょッ!」

すんでのところで叩き返された衝撃をかわした鈴音は思わず毒づいてしまう。

その一瞬の隙を突いて、一夏が翼を広げるのを鈴音は見た。

 

 

どうやって見えない弾丸を斬ったのかと呟く簪に答えたのは諒兵とセシリアだった。

「龍砲は両肩のユニットから撃たれる。なら射線はわかるぜ」

「でも砲身見えないよー?」と、本音。

「砲身は見えなくとも狙いは見えますわ。あれは直線的な攻撃しかできませんもの」

自分を倒そうと狙うのならば、砲身は見えなくとも必ず自分を向いている。

セシリアの偏光制御射撃と違い、曲げることのできない龍砲の衝撃はまっすぐに向かってくるのである。

「あとはタイミングだ。龍砲はユニットが反応してから砲弾が撃たれるまで一秒」

「アリーナの端から端まで砲弾が届くのに一秒強。それだけあればタイミングを合わせることもできるのでしょう」

「いつのまに……」

「ま、戦闘時の観察は癖なんでな。だいたいわかった」

そう答える諒兵を、簪は驚愕の眼差しで見つめていた。

 

 

これが瞬時加速なのかと鈴音が思った直後、一夏は既に眼前まで迫ってきていた。

本当に、まるで羽ばたいたかのように翼が閉じた瞬間、信じられないほどのスピードで移動してきた。

「クッ!」

すかさず振り抜かれようとする白虎徹を双牙天月で受け止める。

今度は一夏のほうが連撃を放ってきた。

だが、鈴音は完全に防戦一方だ。

隙を見出そうにも、まるで幾重にも白刃が迫ってくるようで、考えている暇すらない。

(クッ、何とかして距離をとらないとッ!)

と、そこまで考えてそれでは勝てないと鈴音は気づく。

近接戦闘主体の相手に距離をとるのは常套手段だ。

だが、一夏や諒兵を相手にして、距離などとりたくない。

(それじゃ追いつけないじゃないッ!)

ようやく手の届くところまで来て、自分から背を向けては追いつけない。

ならばと鈴音は覚悟を決めた。

 

連撃に耐えかねたのか、鈴音の右手から双牙天月が弾かれてしまう。

だが。

「喰らえッ!」

「なッ?」

弾かれた双牙天月は、龍砲を放つユニットの前で停止し、次の瞬間、凄まじい衝撃とともに一夏に襲いかかってきた。

「ぐぅッ!」

白虎徹で受け止めた一夏だが、そのまま吹き飛ばされシールドに叩きつけられてしまう。

「限界なんてッ、いくらでも超えてやるわッ!」

そう叫んだ鈴音は両手を突き出すように構える。

そして両肩のユニットが赤く輝いた。

 

 

アリーナの観客席までもが揺さぶられ、その場にいた全員が驚いた。

「これはっ?」と、真耶が驚きの声を漏らす。

「面の制圧か。スペック以上の力を引き出すとはな」

と、千冬が呟く。

「織斑先生?」

「二門の龍砲を同時に操って、巨大な一門の大砲を作り上げたんだ」

甲龍にそこまでのスペックはない。

鈴音は瞬間的にではあるが、単一仕様能力を発動させたといえるのだ。

「これは、さすがに……」

逃げ場のない分厚い壁が砲弾となって迫ってくるのでは、一夏でもどうしようもないだろうと真耶は思う。

しかし、それでも千冬には一夏が敗北するとは思えなかった。

 

 

迫る見えない壁のごとき巨大な砲弾に一夏は素直に感心していた。

これが鈴音の強さ。

だからこそ、負けられない。

「行こう、白虎」

 

うん

 

そして、剣を肩まで上げ、切っ先を鈴音に向けた一夏は、翼を大きく広げ、そして叫んだ。

「突き通すッ!」

 

どこまでもッ!

 

光を纏い、壁のごとき砲弾を貫いていく一夏と白虎。

それはさながら一本の光の矢。

それを見た鈴音は、自分の敗北を悟った。

「あーあ。やっぱりまだまだね、私」

でも、だからこそ追いかけ甲斐がある。

だから、ここは負けてもいい。

次はもっと強くなる。

そう覚悟し、新たなる決意を抱いたその瞬間、アリーナに無粋な轟音が響いた。

 

 

 

 



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第13話「空を翔ける獣」

諒兵は思わず空を見上げた。

「なんだ?」

 

この不愉快な気配はいったい……?

 

ふとそんな声を感じ取り、諒兵が立ち上がると、いきなりアリーナの中心から轟音が響いてきた。

そこにあったのは無骨な鉄塊。

諒兵は、その鉄塊から禍々しい気配を感じ取った。

 

 

とっさに指示を出した千冬だが、すぐに真耶の絶望的な声を効く羽目になった。

「ダメですッ、アリーナへの入り口が全部ロックされてますッ!」

「ハッキングかッ!」

強固なセキュリティを誇るIS学園をハッキングするとはどれほどのハッカーなのかと千冬は憤る。

「アリーナのシールドを突き破るような化け物といい、おそらく同一人物の仕業だ。外部との連絡はッ?」

「そちらもダメですッ、閉じ込められてますッ!」

「くッ!」

何のつもりでこんな真似をするのかと苛立った千冬は壁を叩きつける。

「あのアンノウンの解析をッ!」

「はッ、はいッ!」

とにかく今はできることをするしかないと思いつつ、千冬はアリーナ中央の鉄塊を睨みつけていた。

 

 

突如飛来してきた鉄塊に、一夏も鈴音も呆然としていた。

それが動き出すのを見て二人は直感する。

あれは敵だ、と。

「一夏ッ!」

すぐに鈴音は一夏と合流した。

「鈴ッ、あれなんなんだッ?」

「私もわかんないわよッ、とにかく離れるのよ一夏ッ!」

だが、鉄塊はまるでゴリラのような姿になると、いきなり腕を伸ばし、光を放った。

アリーナのシールドが再び強烈に揺さぶられる。

「荷電粒子砲ッ?冗談きついわよッ!」

「なんだそれッ?」

「とんでもなく強力なビーム砲よッ!」

「そんなものッ、観客席に向かって撃たれたらとんでもないことになるぞッ!」

今ですらシールドを揺さぶるし、何よりシールドを突き破って飛び込んできたのだ。相当なパワーを持っていることは間違いない。

シールドを突き破られたら観客席は地獄絵図と化すだろう。

「くそッ、止める方法はないのかッ?」

「無茶いわないでよッ、あれどう見ても軍用機よッ!」

怒りに肩を震わせる一夏にできたのは拳を握り締めることだけだった。

 

 

鉄塊がビームを放った直後、諒兵はアリーナに向かって駆け出していた。

セシリアもともに駆け出している。

「ISなのかッ?」

「フルスキン型のISの可能性はありますわッ!」

「人が乗ってんのかよッ?」

だとしたら凶悪なテロリストだ。

何よりアリーナの中には一夏と鈴音が閉じ込められている。

最悪の結末など許さない。そう思った諒兵はためらわずに叫んだ。

「行くぜレオッ!」

 

ええッ!

 

「諒兵さんッ!」

「何とかして中に入るッ!」

そう叫びながら、右手の獅子吼をドリルのように回転させ、アリーナのシールドに叩きつけた。

 

 

IS学園は、すべてにおいて一流のスタッフ、一流の機材が揃えられている。

技術者から教職員、果ては用務員も他の学校や会社ならば校長や社長を張れるレベルであるし、機材も最新鋭もので固められている。

もっとも、そこにハッキングを仕掛けるなど、並みの天才ハッカーではないのだろうが。

だが、一流であるだけに。

「解析できましたッ!」

アリーナ内の機材でも、飛来した鉄塊の解析をするくらい、朝飯前である。

「どうだったッ?」

「ISであることは間違いありませんッ、多数の荷電粒子砲を搭載ッ、ほとんど武装の塊ですッ、あと信じられませんが無人機ですッ!」

真耶の答えに千冬は驚愕する。

無人のIS。それ自体、現存しないものである。千冬にはそれで主犯がわかった気がした。

(あのバカがッ、一夏の力を試す気だったとでもいう気かッ!)

しかし、無人機であるのならば、むしろ好都合だった。

『一夏と白虎』、『諒兵とレオ』が全力で戦う相手として。

 

 

アリーナの中から出られない一夏と鈴音は鉄塊から放たれる光から必死に逃げ回っていた。

「このままだとジリ貧だぞッ!」

「競技用じゃ倒しようがないのよッ!」

一夏としては暴れまわる鉄塊を何とかして止めたいところだが、鈴音のいうとおり、競技用ISと軍用、つまり兵器として作られたISは明確な差がある。

威力も出力も桁が違う。

いかにIS自体が強力とはいっても、個々が持っているスペックの差はどうしようもないのだ。

とにかく外からの援護を待つしかない。

今、中の二人にできるのはそれしかない。

だが。

「きゃッ?」

「鈴ッ!」

突如、鉄塊は腕を伸ばし、鈴音を掴んだ。そしてアリーナのシールドに叩きつける。

「うあぅッ!」

あまりにも乱暴な攻撃だが、桁違いのパワーで叩きつけられたために、鈴音はシールドバリアーどころか絶対防御すら超えた衝撃を受けた。

そのまま力なく地面に落ちる。

その瞬間、アリーナどころか学園全体を覆うほどの殺気が放たれた。

バリンッとまるでガラスが割れるような音を立て、シールドが破られる。

「こい、セシリア」

「は、はいッ!」

アリーナの中に飛び込んだ諒兵は鈴音を守るように立つ。

その隣には、同様に立つ一夏の姿があった。

「セシリア、鈴を頼む」

「わかりましたわ」

「安心しろ。お前らにゃ指一本触れさせねえよ」

背を向けたまま、一夏と諒兵は不自然なほど静かにそう告げた。

そこに千冬の声が聞こえてくる。

「一夏ッ、諒兵ッ、解析した結果そいつは間違いなく無人機と出たッ、遠慮はいらんッ!」

とたん、一夏と諒兵は獣のような獰猛な笑みを見せる。

「手加減無用だな」

「容赦しねえぜ」

 

あいつやだっ、やっちゃえイチカっ!

 

実に不愉快です、消えてもらいましょう

 

そして。

 

「「あのデカ物は、俺たちが潰す」」

 

二匹の獣が解き放たれた。

 

 

監視モニター室の真耶は千冬の言葉に驚愕していた。

「無茶ですっ、どう見ても軍用のISですよッ!」

「大丈夫だ。あの二人は、いや、あの二人のISは特別だからな」

まるで勝利を確信しているかのような千冬の言葉に、真耶は疑問を感じる。

「まだ詳しくはいえん。一夏と諒兵のISは、競技用や軍用といった頚木から、とっくの昔に解き放たれてしまっているんだ」

何より、と千冬はさらに続ける。

「守るべきものを傷つけられた。それだけで、あのデカ物は万死に値するとあいつらは思ってるだろうからな」

むしろあいつを作った者のほうが哀れだと千冬は感じていた。

「それよりも一夏と諒兵の戦闘データを取り損なうな」

「はっ、はいッ!」

牙を剥いた獣の力を余さず記録しておかなければならない。一夏と諒兵、二人の運命のために。

千冬はそう思いながら、この戦いを見逃すまいとアリーナに目を凝らした。

 

 

弾かれたように飛び出した一夏と諒兵は、鉄塊の両脇から襲いかかる。

だが、鉄塊は両腕を上げ、それぞれの腕から荷電粒子砲を撃ち放った。

しかし。

「ぶった斬るッ!」

「ぶち抜けッ!」

一夏の白虎徹は荷電粒子砲のビームごと腕を切り裂き、諒兵の手から放たれた獅子吼はビームを弾き飛ばしながら、腕を抉り抜いた。

鉄塊は即座に背中から砲身を出すとそれぞれの足元を狙って荷電粒子砲を放った。

足止めのつもりなのだろうが、その程度では二人は止まらない。

怯えるかのように上昇した鉄塊は、近づかせまいとめくら撃ちにビームを放ち始めた。

 

 

その様を見て、セシリアは驚愕する。

いくらなんでも荷電粒子砲を無視して攻撃できるなど、二人の武装はどれほどの力を秘めているというのか、と。

そんなことを考えていると、鈴音の呟きが聞こえてきた。

「強くなったと思ったのになあ……」

「大丈夫なんですの、鈴さん?」

軽い脳震盪を起こしただけだと答えた鈴音の視線は、戦う一夏と諒兵に注がれていた。

「あの時もこうだったわ」

「あの時?」

「あいつらだけが戦ってて、私は何もできなくて。でも絶対に大丈夫だって感じたのよ」

そういって苦笑いする鈴音をセシリアは不思議そうに見つめる。

「あいつらが守ってくれるなら、絶対大丈夫ってね」

でも、そう思う自分がいやだった。

守られているだけの弱い女でいたくなかった。

だから強くなったのに。

「それでもこうして守られてると幸せ感じちゃう。情けないなあ」

「そうでしょうか?」

「セシリア?」

「強い男性に守られたいのは、いつだって女性の願いだと思いますわ」

その願いを叶えてくれる男を好きにならないはずがない。

鈴音の気持ちが揺れてしまうのも理解できる。

ただ。

「二人というのが難点ですわね」

「でしょお?どっちかにしてよ、もう」

と、頬を膨らませる鈴音をセシリアは優しい瞳で見つめていた。

 

 

ビームを撃ちながら逃げ回る鉄塊を白い虎と黒い獅子が追い詰める。

自らを最強の獣と誤解していたのだろう、今は狩られる獲物のように必死に逃げ回り、一夏と諒兵を近づかせまいとしていた。

「うっとうしいな」と一夏が呟く。

すると諒兵がその言葉に応えるかのように両足の獅子吼を撃ちだした。

六本の爪は不規則な動きで鉄塊の背中の砲身に突き立つ。

爆炎が上がると「うぜえんだよ」と、諒兵がニヤリと笑った。

すると今度は腹部からミサイルポッドが飛び出てくる。

「邪魔だ」

三発のミサイルが発射されたものの、白刃が三度閃き、あっさりと切り裂かれ、ただ爆煙だけを撒き散らす羽目になった。

その煙を突き破って、一夏が迫る。

もはやここにはいられない。

そう思ったのかはわからないが、鉄塊は凄まじい勢いで上昇を始める。シールドを今一度突き破り、アリーナから逃げ出そうというのだろう。

しかし、翼を大きく開いた諒兵が、その上空に一気に回り込んでいた。

右手の爪を、鉄塊に容赦なく突き立てる。

「墜ちやがれ」

 

空を飛ぶ資格など、あなたにはありません

 

そういうなり、地面に叩きつけるように獅子吼を鉄塊ごと撃ち放つ。

視線の先には大地に立つ一夏の姿があった。

「斬り捨てる」

 

勝手に空を穢しちゃダメッ!

 

地表を滑るように疾走する一夏は、鉄塊が激突する瞬間、袈裟懸けに両断した。

ドガァンッという爆発を背に、振り下ろした姿で一夏は止まる。

とたん、わあぁっという歓声が観客席から上がった。

そんな歓声の中、諒兵が一夏の目の前に降りてくる。

互いにフッと笑い、手を上げた二人は、勝利を確信したようにパァンッと手を打ち鳴らした。

今度は。

 

きゃああああああああああああああああああっ♪

 

凄まじいまでの黄色い歓声が観客席から上がった。何故か失神している女生徒までいたりする。

 

その姿を見つめていた鈴音が再び呟いた。

「ふん、カッコつけちゃって」

「でも、これは確かに揺れますわね。クラッときましたわ」

「ちょっとセシリアっ?」

「迷ってモタモタしてるなら、奪ってしまいますわよ♪」

そういっていたずらっ子のような笑みを見せるセシリアに、鈴音は真っ赤になって頬を膨らませたのだった。

 

 

 

 



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第13話余話「傍観者と当事者」

すごい、と簪は素直に賞賛の眼差しを送っていた。

果たしてあそこに自分がいて、あの謎のISを倒せただろうか、と。

「すごいね~、かんちゃん」

「どうして、倒せたんだろう?」

「男の子だからだよ、きっと~」

首をかしげる簪に本音がほわほわした笑顔を向けて答えた。

「女の子は現実見ちゃうからね~、でも男の子は夢に突撃しちゃうんだよね~」

現実と折り合いをつけてベターエンドを目指すのが普通の女性。

しかし、男性は現実にぶつかってありえないベストエンドを出すものだと本音は語った。

「もう許してあげてもいいんじゃないかな~」

「別に、織斑一夏は恨んでないよ」

簪の専用機は本来は倉持技研が制作するはずであった。

しかし、一夏という男性のIS操縦者が見つかったことで、一夏の専用機を制作するため、放り出されてしまったのだ。

そのことに思うところがないわけではない。

ただ、一夏は専用機であったはずの「白式」を受け取らなかった。

しかも、そのことは前もって伝えてあった。

諒兵とて持ち込まれた「白式」を受け取りはしなかった。

倉持技研が勝手にやったことなのだ。

一夏に非はないし、諒兵はそれこそ何の問題もない。

ただ。

「羨ましいだけ……」

「かんちゃん?」

姉の楯無と放り出した倉持技研に対する意地で自分の専用機を制作している簪にしてみれば、不可能を可能にするような一夏と諒兵の強さが羨ましかった。

 

 

「一夏……」と、箒は呟く。

戦っている一夏の背を見て、自分の不安はさらに広がった。

届かない。

自分が手の届かない場所まで一夏は駆け上がっていく。

一緒にいられるのは諒兵や鈴音、セシリアだけ。

そう思うと不安が広がっていくのを押さえられない。

「力、力があれば……」

一夏や諒兵と対等な力、鈴音やセシリアが見せたような力、それさえあればきっと一夏に手が届くはず。

どうすればその力が得られるのか、と箒は考え込んでいた。

 

 

戦闘後。

千冬からの言葉を、一夏、諒兵、鈴音、セシリアは残念そうに聞いていた。

ちなみに箒の表情は変わっていないが。

「中止なのかよ」

「今、学園のネットワーク・セキュリティやアリーナのシールドなどを急いで復旧してるところなんですよ」と、苦笑しながら真耶が答える。

「その状況で対抗戦はできん。またあんなものに来られては敵わんからな」

仕方がないのだから我慢しろ、と、千冬は続ける。

とはいえ、残念なものは残念なのだ。

なかなかいい試合だっただけにきっちり決着をつけるべきだとも思う。

「もったいねえなあ。4組のクラス代表の更識の試合も見てみたかったぜ」

「確か、日本の代表候補生なんだっけ。どんな戦いをするのか興味あるな」

「それなら六月まで我慢しろ」

「六月?」と、一夏と諒兵が声を揃える。

IS学園では六月に学年別トーナメントと呼ばれるISバトルトーナメントを行う。

一年、二年、三年とそれぞれの学年ごとに、トーナメント戦を行うのである。

これは自由参加で、その気になれば誰でも参加できる。

「へえ、おもしれえな」

「それまでにもっと強くなっておきたいな」

「腕が鳴りますわ。今度は私も参加できますし」

「優勝は私がもらうわよ」

と、諒兵、一夏、セシリア、鈴音の順にそれぞれ自信ありげに語る。

無論、千冬の目から見ても優勝候補ばかりなので、彼女も内心期待していた。

「いずれにしても、今は鍛錬を重ねることだ。伝えておくことは以上だ」

と、そういって千冬は真耶とともに教員室に向かう。

そこに本音がトコトコとやってきた。

「すごかったねー、りんりん」

「えっ?」と、本音が自分勝手に他人や友だちの愛称をつけることを知らない鈴音は怪訝そうな顔を見せる。

本音としては可愛いと思ってつけているので、決して悪意はない。

だが、小学校のころ、鈴音はそれでいじめられていた。

そこを助けたのが一夏だったのである。

もっともそのことは他の友人たちも知っているが。

「のどぼとけ。その呼び名は鈴にとっていやな思い出があるんだよ。やめてやれ」と、諒兵が本音を嗜める。

「そっかー」と、本音は納得し、少し頭を捻って別の呼び名をつけてきた。

「なら、ふぁんふぁん」

「方向性が同じじゃねえか」

「それじゃ、いんやん」

「陰陽師かよ」

「だったら、いんりん」

「グラビアモデルの名前じゃ鈴に似合わねえって」

「何がいいたいの、諒兵?」と、鈴の目が据わる。

そしてすかさず諒兵の背後に回り、背中から首を極めてきた。

「チョークチョークッ、極まってる極まってるっ!」

と、諒兵は必死にタップするが、鈴は一向に離そうとしない。

「あんたはもっと素直に私の魅力を認めなさいよッ!」

「今の呼び名は無理があっただろッ!」

そんな二人を見ながら、セシリアが一夏に問いかける。

「止めないんですの?」

「ああ。こういうときは」と、そういいながら一夏が手を合わせる。

「ご冥福を祈るんだ」

「なるほど」と、セシリアは慣れた手つきで十字を切った。

「死んでねえよ一夏ッ、順応すんじゃねえセシリアッ!」

 

そんな絶叫を聞いた千冬が呟く。

「まったく、騒がしい連中だ」

「楽しそうでいいと思いますよ」

微笑みながらそう答える真耶に、千冬は呆れたような苦笑いを見せるのだった。

 

 

 

 




閑話「兎と狼」

深夜。
千冬はIS学園地下特別格納庫で一人、破壊された鉄塊を見つめていた。
そしておもむろに電話を取り出す。
「なに、ちーちゃん?」
電話の向こうの声の主は女性だった。千冬にとっては幼馴染みになる。そんな彼女はやけに不機嫌そうだった。
千冬は、一つため息をつくと口を開く。
「あれはお前の仕業か?」
「いっくんの戦闘データを取りたかったんだよ」と、悪びれもせずに答えてくる。
本来ならば重罪だ。
IS学園の教師たる身としては、例え幼馴染みでも、否、幼馴染みだからこそ罪を償ってほしいと思う。
しかし、この幼馴染みは捕まえられないだろう。
それに、一夏と白虎、諒兵とレオのデータが取れたのは、ある意味では幼馴染みのおかげである以上、ここは黙認することにした。
だが、そもそもコア・ネットワークを覗ける幼馴染であれば、白虎とレオについてもデータは得られるだろうと千冬は不思議に思う。
「なんか邪魔があって取れないの」
「邪魔?」
「ネットワークが途切れるときがあるの、あの子」
なるほど、と千冬は納得する。以前聞いた話では、一夏の白虎、諒兵のレオは既に大きく変化している。
つながりにくいのか、白虎とレオが勝手に遮断しているのかはわからないが、自分たちのことを知られないようにしているのかもしれないと千冬は推測した。
もっとも、幼馴染みにとっては気に入らないことなのだろう。
文句をいうように話を続けてきた。
「ちょっとおかしくない、アレ?」
「何がだ?」
「打鉄でしょ?」
「そうだ」
「馬鹿みたいに攻撃力高いよ?」
「そうらしいな」
「わからないの?」
知っている。
識ってはいる。
しかし、その意味を含め、今はまだいえないと千冬は内心ため息をつく。
「記録して解析していたが、油断していたせいか、何者かにクラックされた。データは残っていない」
「うあーっ、貰おうと思ってたのにぃっ!」
「IS学園のデータをほいほい渡せるものか」
実際には誰がクラックしたのかも千冬は知っている。データそのものはある場所に保管されていることも。
いかに幼馴染みでも、その場所だけはそう容易くはハックできないだろう。
だが、今はまだそれもいえない。自分の胸にしまっておくことしかできないのだ。
しかし、鉄塊を寄越した主犯であろう幼馴染みがなぜわざわざIS学園のデータを欲しがるのか。
千冬は疑問に思い、尋ねかけた。
「データ送る途中でぶっ壊されたからっ、全部は届かなかったんだよっ!」
「自業自得だ。諦めろ」
「うぅ~……」
しばらくの間、幼馴染みは唸っていたが、ため息をつく。そして千冬に尋ねかけてきた。
「あの黒いのも変だけど、いっくんもおかしいよ?」
「別におかしくはない。私が見る限り、いつもどおりの一夏だぞ」
黒いのというのは諒兵のことだろうと千冬は理解した。
幼馴染みは、興味のない相手はまったく認識しないのだ。
せいぜい、一夏にくっついているオマケくらいの認識だろう。
それはともかく、千冬は一夏も諒兵も同レベルでおかしいことは既に理解していた。
理解しているが、まだ打ち明けられない。このことを知るのは今のところ、自分とあと一人。
(いや、更識は聞いているか)
更識楯無は、個人的につながりを持っているらしいことを以前聞いたことがある。
その素性から考えれば当然と言える。
「まあいい。ところでコレは回収するのか?」
「捨てて。もう役に立たないし」
「ガワじゃない」
「あげる」
「そうか。極秘裏に保管しておこう」
そう千冬が答えると、電話は勝手に切れた。
かけたのはこっちとはいえ、相変わらずマイペースな幼馴染みだと呆れてしまう。
そして千冬は今度は別の番号にかけた。
「そろそろ来んじゃねぇかと思ったぜ、織斑」
「すみません。コレは大丈夫なんでしょうか?」
そういって千冬は手にしている球体を見つめる。その輝きは美しいにもかからわず、直視できないような禍々しさを感じていた。
「……そいつぁ絶対ISに組み込むな。あと凍結するにしても、そいつだきゃぁ俺か兎じゃねぇとできねぇ」
「そこまでなんですかっ?」
「思考が歪んじまってっかんな。下手に輸送して奪われでもすりゃぁ大事になる。俺が行くまで隔離しとけ」
「わかりました」
「早ぇうちに時間取っから待っててくれや。じゃぁな」
「はい、失礼します」
切れた電話を見つめながら、千冬はこの球体から禍々しい『強欲』さを感じるのは間違いではなかったのだと深いため息をついたのだった。





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第14話「異質な少年と隻眼の子兎」

ある日の放課後のIS学園。

その武道場で鈴音とセシリアが真剣な表情で話し合っていた。

「つまりね、相性を考えると、遠距離型だからこそ近接対処は重要なのよ」

「確かに一夏さんのような方だと、どうしても近接戦闘は避けられませんわね」

「離脱用の移動技術を鍛えるにしても、きっかけがないと離脱できないしね」

どうやらセシリアの戦闘スタイルを補強するためにはどうするかということで意見交換をしているらしい。

ショートブレードを使用した防御技術を鍛えてはどうかと鈴音は意見しており、セシリアも納得している様子だった。

 

「おい」

 

一夏と諒兵もまた、武道場で手合わせをしていた。

互いに決して攻撃を当てないようにしているところを見ると、寸止めらしい。

二人が手を休めたころに、見物していた本音が声をかける。

「どうして当てないの~?」

「寸止めで当てないようにするのは、相手との距離とかでけっこう神経を使うんだ、のほほんさん」

「当てねえようにして、間合いってか、距離感を養う意味もあるんだよ」

「へー」

剣による近接主体の一夏、元来は格闘戦を得意とする諒兵にとって、間合いを計るということは重要なのである。

間合いを無視できる武器を持っているとはいえ、それに頼るようでは使いこなせているとはいえないのだ。

 

「おい、お前たち」

 

すると鈴音が一夏に声をかける。

「一夏、セシリアに短刀の使い方教えてあげられる?」

「う~ん、セシリアの持ってるショートブレードなら、警棒使える諒兵のほうがいいんじゃないか?」

ナイフでは短すぎるが、一般的な警察官が持つ警棒はセシリアの持つ近接武器と長さが近いだろうと一夏はいう。

「でしたら教えていただけませんこと?諒兵さん」

「いいぜ。篠ノ之、短い竹刀貸してくれ」

と、諒兵が箒に声をかける。

すると。

 

「お前たちッ、我が物顔で武道場を使うなッ!」

 

堪忍袋の緒が切れた箒が爆発したのだった。

「だいたい今は部活中だッ、鈴音ッ、セシリアッ、部活はどうしたッ?」

「ラクロス部は今の時期はトーナメントに向けて、ほとんど開店休業状態よ」

と、編入後、ラクロス部に入部した鈴音が答える。

スポーツは身体が鍛えられるので入部したのだが、今の時期はほとんどやる気がない様子だ。

「テニス部員は最初からやる気がありませんわね」

そもそもIS学園の部活は生徒同士のコミュニケーション手段というほうがあっており、インターハイなどを本気で目指す部はほとんどない。

偏差値、身体能力ともに高い生徒が集まるが、IS学園はあくまで代表候補生や国家代表を目指すIS操縦者を鍛える学園なのである。

「日野ッ、格闘技がしたければ空手部や柔道部ッ、レスリング部にでも行けッ!」

「空手はともかく、女と柔道やレスリングするような外道じゃねえぞ、俺は」

柔道には寝技、レスリング部にはグラウンドと呼ばれるマットに押さえ込む技がある。

男性が女性にやるものではないだろう。

若いとはいえ、そのあたりの常識は持っている諒兵だった。

「一夏ッ、年中竹刀を借りるならいい加減剣道部に入れッ!」

「いや、入ると大騒ぎになるだろ、箒」

後ろのほうで「篠ノ之さん頑張って!」という剣道部員たちの声が聞こえてくる。

やはりたった二人しかいない男には自分の部活に入ってほしいようだ。

とはいえ、一夏と諒兵が部に入ると他の部との争奪戦が起きかねないので、二人ともいまだに帰宅部である。

「布仏ッ、このアホどもをちゃんとまとめてくれッ!」

「えー?」

本音はあくまで見物に来ているだけである。

 

「剣道やる気がないなら出てけぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

結果、五人は武道場の外へと放り出されてしまったのだった。

 

 

放り出された五人は仕方なく、中庭を歩いていた。

「ピリピリしてんな、篠ノ之のやつ」

「何かあったのかなあ?」

と、男二人が首を傾げる。

自分たちがその原因であるとは微塵も感じていない辺り、見事な鈍感であった。

「剣道部だって別にインターハイ目指してるわけじゃないんでしょ?」

「根がマジメなのでしょう、箒さんは」

と、鈴音の疑問にセシリアが答える。

そもそも箒が堅物なのは彼女の行動や言動を見ていればよくわかるので、鈴音も納得した。

「そういえば聞いた~?転校生の話~?」と、本音が最近の話題を振ってきた。

「聞いてるわ。2組でも話題になってるのよ。どっちも1組に入るのよね?」

鈴音が答えると、「そーそー」と、本音が肯く。

明日、1年1組に転校生が二人も来るという話が、ここ最近、1年生の間で噂になってしまっていた。

もっとも、一夏は千冬から聞いていたので、そのつながりで諒兵、鈴音、セシリアは知ることとなったのだが、こういった噂というものはどこからともなく漏れてしまうものである。

「専用機持ちらしいですわね。各クラスの戦力バランスを考慮しなかったのでしょうか?」

本来、専用機を持てるということは相当な実力者だということができる。

そもそもISコアは467個しかないと公称されているからだ。そのうちの一つを専用として持てる時点で、並みのIS操縦者ではない。

となれば、一人は現在、代表候補生も専用機持ちもいない3組に入るのが普通である。

「千冬姉がいうには一人はともかく、もう一人は1組、ていうか千冬姉じゃないと押さえ切れないらしいぞ」

「千冬さんの知り合いなのか?」

「そうみたいだ」

聞いていたのはそこまでで、どんな人間なのかまでは聞いていない。

さらに、もう一人についてはまったく聞いていなかった。

「でも、この時期だとトーナメントに出るわね。ライバルが増えるのは嬉しいわ」

「確かにな。おもしれえやつならいいんだけどよ」

「実戦に勝る勉強はありませんものね」

「強い相手と戦えるのはわくわくするよな」

と、根っからの武闘派となった四人が楽しそうに笑い合う。

「みんな楽しそうだね~」

本音はそんな四人を見て、ほわほわと笑っていた。

 

 

そして翌日。

噂の転校生がやってきた。

扉を開けて入ってきた一人目を見て、クラスが一気に沸き立つ。

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。よろしくお願いします」

「デュノアさんはフランスで見つかった三人目の男性操縦者だそうです。皆さん仲良くしてくださいね」

と、真耶が紹介する。

美しい金糸の長い髪を軽く流すようにまとめており、さらに紫銀の瞳、線の細い姿に高い声と一見すると少女のようにも見える美形の男子生徒だった。

 

男っ、三人目は受けっぽい美少年っ!

イケメンっ、ワイルドっ、ショタああああああっ!

三拍子揃ったああああああっ!

 

不穏な言葉も聞こえてくるが、クラスの大半はシャルル・デュノアなる少年を受け入れているらしいことがよく理解できた。

そんな声を聞きながら、セシリアが訝しげな視線を向ける。

(デュノアということは、デュノア社の関係者、社長令息?しかしデュノア社長夫妻や親類にこの年の男子がいたという話は聞いたことがありませんわね)

セシリアはイギリスの貴族階級。それなりに社交界に顔もだしている。

当然フランスの社交界にも顔をだしていた。

デュノア社といえば世界のトップシェアを握ったIS開発会社であり、社長は当然社交界でも有名人である。

だが、以前会ったデュノア社長に息子がいるとは聞いたことがなかった。

 

ちなみに一夏と諒兵は。

「仲間が増えてよかった……」

「生贄が増えたような気がしねえか……?」

その方面の知識などからっきしなので、あっさり受け入れていた。というか、増えてくれるほうがありがたいのである。

 

おかしいなあ?

 

隠し事をしてますね、あの子

 

ふと、そんな声を感じ取ってなんだか微妙な顔になるが。

 

そしてもう一人。

今度は普通に女生徒だったのだが、持っている雰囲気がシャルルとは正反対だった。

銀糸の長い髪に小柄な身体、赤い瞳と一見するとビスクドールのように可愛らしくもあるのだが、動きにまったく隙がない。

最大の特徴は、左目を隠すアイパッチ。

何より、他者を寄せ付けないような、まるで刃物のごとき雰囲気を持っていた。

当然クラスも静まり返ってしまう。

その少女は一夏と諒兵の前まで来るといきなり尋ねてきた。

「織斑一夏はどっちだ?」

「えっ、俺?」と、一夏が反応するといきなり手を振り上げる。

だが、見事なまでにスカッと空振りした。

「なにっ?」

「理由もわからずに叩かれる趣味はないぞ」

わずかに顔を下げ、一夏が避けたのである。

自分の手を押さえる少女。

驚くべきは二点。

(こいつっ、ギリギリで避けた。しかも……)

諒兵が弾いた消しゴムが、自分の手首にぶつかって一瞬の隙を作ったのだ。

「おいおい、一夏の知り合いなのかよ?」

「いや、会ったことないぞ」

何事もなかったかのように、一夏と諒兵は話している。

ここまで息の合ったコンビネーションを見せるとはと少女は驚愕していた。

そこに千冬が声をかけてくる。

「何をしているラウラ。自己紹介しろ」

「はい、教官」

「ここは学校だ。織斑先生と呼べ」

「了解しました」

千冬の言葉にそう素直に答えたラウラと呼ばれた少女は、教壇に戻って名乗る。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

それだけだった。

真耶が困ったような顔をしてしまい、必死にフォローし始める。

「ボーデヴィッヒさんはドイツからこられた優秀なIS操縦者なんですよっ!」

がんばれ、と、必死な真耶に心の中でほろりと涙を流す一夏と諒兵だった。

 

ホームルームが終わると、千冬が号令するかのように口を開く。

「一時間目は2組とともに訓練機を使った授業を行う。各自、ISスーツに着替えてアリーナに集合!」

声を聞くなり、生徒たちは立ち上がり、更衣室に向かい始める。

そんな中、千冬が一夏と諒兵に近づいてきた。

「織斑先生?」と、一夏。

「貴様らは着替えずに更衣室でデュノアとともに待っていろ」

「なんでだ?」と、諒兵。

「いいな」

それだけをいうと、千冬は教室から出て行く。

気にしても仕方がないかと思い、一夏と諒兵はシャルルを連れて更衣室に向かおうとして……。

 

おとこっ、美少年っ、絡みっ!

今度の薄い本は売れるわっ!

一千部は堅いわよっ!

 

眼前の女豹の群れに冷や汗を垂らした。

「え~っと、どうするの?」

と、シャルルは困惑したような表情浮かべていたが、一夏がいきなり彼を小脇に抱えて走りだした。

「なんでええええええええっ?」

「諒兵っ、パスっ!」

「おうっ!」

女子生徒が立ちはだかると、一夏はシャルルをそのまま諒兵のほうに放り投げた。

あっさり受け取った諒兵もシャルルを小脇に抱えて走る。

その後も女子生徒が立ちはだかるたびに、二人はシャルルを放り投げ、受け取りながら走り続けた。

「僕はラクビーボールじゃないよおおおおおおっ!」

シャルルのそんな声を無視して、一夏と諒兵は廊下を駆け抜けていったのだった。

 

 

更衣室にたどり着いた一夏と諒兵はやり遂げたような笑顔を見せる。

「ああ、いい汗かいたぜ」

「今日も生き延びたな」

「毎日やってるの?こんなこと……」

IS学園の突っ込みどころ満載な異常性にシャルルは呆れたような顔を見せていた。

まあ、更衣室にたどり着いた以上は着替えなければ、と、シャルルは二人が着替えるのを待つが、一向に着替えようとしない二人に首を傾げる。

「授業に遅れちゃうよ?」

「いや千冬姉に待ってろっていわれたんだ」

「織斑先生に?」

「更衣室まで来るみてえだぜ」

そう答える二人にさらに首を傾げるシャルル。

何か用事でもあるのかと思うが、一夏も諒兵もそのあたりは何も聞いていないらしい。

「まあ、いくら千冬さんでも着替えを見せたくはねえ死ッ?」

ズドォンッという音が響く。千冬であった。

「何が『でも』だ。失礼だな貴様は」

「ぐおぉ……」

「雉も鳴かずば撃たれまいに……」

と、一夏がのた打ち回る諒兵を見ながら合掌していた。

三人が見せる寸劇に苦笑しながらも、シャルルは自分も着替えるわけにはいかないかと千冬の言葉を待つ。

「ちゃんと待っていたようだな。その点は評価する。それと『シャルロット・デュノア』、お前に話がある」

「あ、はい」と、そう答えてシャルルは蒼白となる。

今、千冬はなんといったか。

そもそもその名をこの学園にきてから名乗った覚えがないのに、何故彼女は知っているのか。

もし知られているのであれば、自分が受けた任務そのものが破綻する。

そう思うと身体が震えるのを止められなかった。

「IS学園を舐めるなよ。お前の素性に関してはすべて把握している」

「な、なんで……?」

「把握した上で、編入を許可したということだ」

そんな話をしていると、二人の会話の意味がわからない一夏と諒兵が尋ねた。

「シャルロットって何のことだ?」

「それ、女の名前じゃねえのか?」

「そうだ。この『娘』の名は『シャルロット・デュノア』、デュノア社の社長『令嬢』、つまり女だ」

「「なにいッ?」」

と、一夏と諒兵は声をそろえて驚いたのだった。

 

とりあえず、と呟き、千冬は近くにあったテーブルに、手にしていたタブレットを立てる。

そこに諒兵が声をかけた。

「待ってろっていったのはそれでかよ」

「私『でも』着替えを見せたくないのだろう?年頃の娘の前では着替えられまい?」

「いや、そうじゃなくてさ」

何故、女子のシャルロットが男子のシャルルとして編入してきたのかということが問題なのである。

「僕は……」

「いう必要はない、デュノア。お前が受けた男性用ISのデータ取得という任務はダミーだからな」

「えっ?」と、シャルロットは意外そうな表情を見せた。

千冬は語る。

シャルロットは父からIS学園から外に出ない一夏と諒兵のISのデータを盗んでこいと命じられていた。

女の身で篭絡するには、IS学園は女子の数が多すぎる。

そこで男子として一緒にいる機会を増やすため、シャルロットは『シャルル』となって男子として編入したのである。

「実の子に何てことさせるんだ」

「いくらなんでも酷くねえか?」

と、一夏と諒兵は憤る。

だが、ちゃんと理由があるとシャルロットは語る。

「僕は愛人の子だからね」

断ることなんてできないんだ、と、シャルロットが呟くと、一夏と諒兵はばつの悪そうな顔になった。

既に母はなく、父に引き取られたとはいえ、デュノア社長には妻が存在する。

つまり、デュノアの家において、シャルロットは命令に逆らうことなどできないのである。

「でも、ダミーってどういうことですか?」

シャルロットにとってはそれこそが重要な点だ。

意を決し、わざわざ男装して潜り込んできたのに、それ自体が意味のないことだったというのでは、何のために日本まで来たのかわからない。

しかもわざわざ日本における男の言葉遣いを学んできたのだから。

「それについては本人から聞いたほうが早かろう」と、千冬はタブレットを起動した。

そこに、少し疲れたような、それでいて優しげな紳士の顔が映った。

「お、とう、さん……」

シャルロットが震える声で呟くと、画面の中のシャルロットの父はいきなり頭を下げた。

その姿に、シャルロットも、そして一夏と諒兵も驚いてしまう。

「すまなかったシャルロット。そして協力に感謝するブリュンヒルデ」

「あまりその名で呼ばないでください、セドリック・デュノア社長。それと、ご説明を」

「わかった」と、そう答えてセドリックは説明を始めたのだった。

 

 

 

 



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第15話「父と母の真実」

若かりしころ、兵器開発会社として上り調子であったデュノア社の社長を務めていたセドリックに一つの結婚話が持ちあがった。

若いなりに野心があったセドリックは素直に受け入れた。

 

「それが今の妻、カサンドラだ。つまり政略結婚だったのだよ」

 

政略結婚も何も悪いことばかりではない。

デュノア社としても、セドリックの正妻の実家にしても、両方に利があったし、セドリックとしては夫婦としての関係は結婚してから築き上げればいいと思っていた。

ただ、カサンドラの身体には一つの問題があることを、そのとき誰も気づかなかった。

 

「問題?」と一夏。

「デュノア社長夫人は、いわゆる不妊症だ。つまり子ができなかった」

 

千冬の言葉に肯いたセドリックは続ける。

カサンドラが不妊症であることにセドリックが気づいたのは結婚してから五年が経ったころだった。

そのころから、彼女はヒステリックになり、ことあるごとにセドリックに当り散らすようになった。

養子をもらうことも考えたが、それも反対された。

 

「カサンドラとしては自分の存在を否定されるような気分だったのだろう」

 

妻になれずとも、母になって養子を育てられれば周囲には認められただろうが、カサンドラ本人がどうしても受け入れられなかったのだ。

そしてそのころに出会ったのが。

 

「クリスティーヌ・アルファン。お前の母だよシャルロット」

「お母さんに……」

 

クリスティーヌ・アルファンは大学を卒業したばかりであったが、量子理論で優れた論文を発表できるほど将来有望な科学者でもあった。

デュノア社としては兵器開発において有望な人材ということで採用したのだ。

こう見えてセドリックも研究開発においては一家言ある科学者である。

自然とセドリックとクリスティーヌの二人は一緒にいる時間が増えていった。

そのうちに、セドリックは今の苦しみをクリスティーヌに打ち明けるようになり、彼女は彼を支えるように傍にいるようになった。

その結果。

 

「私はカサンドラと夫婦としての関係を維持することに疲れていた。だから、不義の罪を犯してしまったんだよ」

 

一線を越えてしまった二人は、仕事と称して逢瀬を重ねてしまう。

何より同じことで話し合える時間はとても楽しかった。

それはセドリックにとっても、クリスティーヌにとっても同じで、罪だと知りつつその関係は深まる一方だった。

そして。

 

「お前ができたんだよ、シャルロット」

 

クリスティーヌの妊娠で激怒したのは当然カサンドラである。彼女も腹の中の子どもも、自分の存在を完全に否定するからだ。

ましてクリスティーヌは優秀な科学者。

何一つ敵うところがないのでは、嫉妬が殺意に変わってもおかしくはない。

セドリックにはクリスティーヌを会社から放逐することしかできなかった。

無論のこと、クリスティーヌはセドリックの苦悩を理解したうえで自ら身を引いたのだが。

だが、セドリックはクリスティーヌとシャルロットを見捨てることなどできず、何年も援助を続けていた。

それは決して大金ではなかったが、自分の家族を忘れた日など一日もなかったのだ。

 

「離婚できなかったのかよ?」と、諒兵。

「何度も考えた。いや、実際にそうするつもりだった。会社は部下に任せ、身一つでクリスとシャルロットを守ろうとね。だが発表寸前までいって……」

 

出てきてしまったのがISである。

さらに間の悪いことに第2世代ではトップシェアを握ってしまった。

それだけのことができた社長を、会社も、カサンドラの実家であるドゥラメトリー家も手放すはずがない。

そうこうしている間に、クリスティーヌは亡くなった。

本当に愛している真の妻の死に悲しめないはずがない。

せめてこれからは何があってもシャルロットを守らなければ、と引き取ったのである。

 

「お父さん……」

「だが、カサンドラはどうしてもお前を憎んでしまう。気づいていないだろうが、お前は何度も殺されかけていたんだよ」

「えっ?」

 

食事に毒を盛られるなど日常茶飯事で、狙撃や刺殺されそうになったこともある。

セドリックは私的に護衛を雇い、シャルロットを守っていたのだ。

同時にシャルロットに対して壁を作ることで、何とかカサンドラの意識を逸らそうともしていた。

そこで驚くべき発表があった。

 

「君たちだよ、イチカ・オリムラ。リョウヘイ・ヒノ」

 

「へっ?」と、二人は思わず間抜けな顔をしてしまう。

そこで自分たちが出てくる理由がわからないからである。

セドリックとしては、シャルロットのIS操縦者としての実力から、IS学園に進学させることを最初から考えていた。

しかし、シャルロットを憎むカサンドラは反対した。

自分の手で殺したいとまで思うようになっていたのだ。

IS学園に逃げ込まれては手が出せなくなるので、進学させまいと実家、すなわちドゥラメトリー家の力を借りてまで反対してきたのだ。

そこに現れたのが史上初の男性のIS操縦者である。

しかも、そのデータはフランスまで届かない。

第3世代機の開発で後れを取っているフランス政府としてはなんとしてもデータがほしかった。

 

「そこでシャルロットに男装させ、IS学園に潜り込ませるという策を考えたんだ」

 

女として近づくよりも、データを盗める可能性は高い。

その意見にまずフランス政府が食いついた。

さらにデュノア社の現状から、ドゥラメトリー家もその策の有用性を認めた。

結果、カサンドラを押さえ込み、シャルロットはIS学園に編入することとなったのである。

 

「事情はすべて社長からIS学園に通達があった。シャルロット・デュノアはデュノア社のテストパイロットをしていた経験から代表候補生になれるほどの実力がある。よって編入を認めたということだ」と、千冬。

さらに、IS学園で優秀な成績を収めれば代表候補生に特例として選ばれることもある。

そうすれば今度はフランス政府がシャルロットを守る。

国に戻って代表選抜を受け、国家代表に選抜されれば、もはやカサンドラには手の出しようがなくなるのだ。

「それじゃ、お父さんはずっと僕を守るために……」

「許されぬ罪を犯し、自分の本当の家族すら一人では守れなかった情けない男だ。軽蔑してくれて構わない。ただ……」

「ただ?」

「クリスとお前を愛していることだけは知っていてほしい」

そして今度こそ、シャルロットは紛れもなく自分の娘だと世間にも公表するとセドリックはいう。

クリスティーヌにはできなかった。

だからこそ、残された愛娘であるシャルロットを愛し、守り抜くことで彼女への愛もきっと証明すると。

その言葉に、その瞳に嘘偽りがないことは、見ていて伝わってきた。

そうしてくれたことが嬉しかった。

でも、うまい言葉が出てこない。

だから。

 

「ありがとう、お父さん」

 

シャルロットにいえたのはそれだけだった。

 

話を終え、セドリックが安心したように息をつくと、諒兵が尋ねた。

「前に聞いたけどよ、デュノアじゃ第3世代機の開発遅れてんだろ?」

「そうだった。俺たちのデータはいいのか?」

そう尋ねた二人にセドリックは気にしないでくれと首を振る。

「問題ないよ。実のところ、作ろうと思えばすぐに作れるんだ」

「えっ?」と、シャルロットが驚きの声を上げる。

「シャルロット、お前のISの拡張領域には、クリスティーヌが設計したイメージ・インターフェイス武装の設計図があるんだよ」

「ええっ?」とシャルロットがまず驚き、さらに「マジかっ?」と一夏と諒兵が声を揃えた。

実のところ、クリスティーヌは科学者として研究は続けていたらしく、孤独に社長を続けるセドリックのために設計しておいたらしい。

いわばクリスティーヌの形見なのだ。

時期を考えると第2世代機が量産され始めたころなので、彼女がいかに先見の明がある優れた科学者だったのか理解できる。

「確認したが、すぐにでも開発が行えるレベルで設計してあった。ただ、設計図をカサンドラに奪われるとデュノア社の実権も奪われてしまう」

自分を傀儡として離さないというのなら、会社ごと取り返し、シャルロットを守るとセドリックは決意していた。

そこで設計図は自分の頭の中に記憶し、ISの拡張領域に隠して、シャルロットに持たせたままIS学園に行かせたという。

「だから安心していい。それより学園で、気兼ねせずに付き合えるたくさんの友だちを作りなさい。それが私の願いだよ、シャルロット」

「うん、ありがとうっ!」

そう答えたシャルロットの笑顔に、暗いものなどどこにもない。

だが。

「ああ、それと、シャルロットに不埒な真似をしたら許さないよ、キミタチ」

と、優しい顔から一転、一夏と諒兵を脅してくるセドリック。

「大丈夫です。もう友だちだし」

「変な真似なんかしねえって」

一夏と諒兵は笑顔を見せ、安心してくれと声を揃える。

「……うちの娘に女としての魅力がないとでも?」

「「どっちだよ」」

セドリックの親バカさ加減に思わず突っ込む二人。

「お父さん……」と、恥ずかしさに俯くシャルロットであった。

 

セドリックとの通信を切り、千冬は息をつく。

そういえば、と一夏が疑問を口にした。

「千冬姉、なんで俺たちに事情を話すんだ?」

「デュノアはしばらく、正確にいえば学年別トーナメントまでは男として過ごさなければならん」

つまり、他の生徒に女と知られるわけにはいかないということだ。

そのため、生活は一夏と諒兵の部屋で、着替えもしばらくは男子更衣室で行うことになる。

「なんでトーナメントなんだよ」と、諒兵。

「トーナメントはこれまでと違い、各国のIS関係者が見にくるのでな。まさかそこで女であることを知られたとフランス政府に知られるわけにもいかんだろう」

そこを越えれば、二学期の学園祭まで対外的には大きなイベントはない。

その間にセドリックが根回しをすることになっている。

「貴様らはどうしても接する機会が多くなるから、協力しろということだ」

「わかった」「うす」

返事を聞いた千冬は、肯くとシャルロットに向き直り、更衣室の奥を指差す。

「と、いうわけだ。デュノア、着替えはそちらに専用の部屋を作っておいた。中から鍵をかけられるのでそこで安心して行うといい」

「ありがとうございます」

「寮の部屋のシャワー室も同様に改造している。放課後には終わるだろう」

そういって、最後に小さな機械をシャルロットに手渡す千冬。

「これは?」

「即死級の電撃を放つスタンガンだ。こいつらが不埒な真似をしてきたら容赦なく撃て」

「「俺たちを殺す気か」」

「あは、あはは……」

突っ込む二人に引きつった笑いを返すシャルロットだった。

 

と、そこで諒兵が気づいたように声を上げる。

「呼び名どうするよ?」

「シャルロットはマズいけど、シャルルって呼ぶのもなあ」

シャルロットが本名である以上、シャルルと呼ぶのはどうも気に入らない。

偽名だし何より女の子を男性名で呼ぶのは抵抗があった。

「それならシャルでいいよ」

どちらにも取れるし、とシャルロットが続けるので、一夏と諒兵は親しみを込めてという意味合いでそう呼ぶことにしたと周りには説明することにした。

「それではそろそろ着替えろ。事情があったとはいえ、授業時間が押してしまっている」

「わかった」「うす」「はい」と、千冬の言葉に三者三様に答えたのだった。

 

 

 

 



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第16話「セブン・カラーズ」

着替えを終え、一夏と諒兵のISスーツを見たシャルロットが驚く。

「珍しいね、全身を覆うタイプって」

「そか?」

「俺たちのIS、フルスキンだからってこうなったんだ」

ISスーツとはISを装着するためのいわば下着のようなものだ。

どちらかといえば、身体にぴったりと張り付いたものになる。

まるで水着のようなデザインもあり、実はこれ自体を開発する会社も数多い。

シャルロットは男装する必要があるため、自社開発のセパレートタイプの改造スーツを着ている。

一夏と諒兵は「水着着て空飛ぶなんてゴメンだ」と、いったことで、最初はセパレートタイプで下はズボンだった。

だが、『白虎』と『レオ』のデザインから、全身を覆うタイプのISスーツを特注して作ってもらっていた。

こう見えて保温性と透湿性は高く、着ていても寒さに震えることはないし、逆に蒸れることもない。

すると、シャルロットの首元で揺れるペンダントに一夏が気づいた。

「それがシャルのISか?」

「うん、うちのラファール・リヴァイブのカスタム機」

「カスタム?」

「改造して、武装を多く積めるようにしてあるの」

すなわち第2世代機の改良型ということになる。

無論、使い方によってはこれでも十分第3世代機と戦えるのだ。

「一夏と諒兵は、もしかしてその首輪?」

「ああ、白虎だよ」

「俺のはレオだ」

と、そう答えてそれぞれ首輪を差す二人。

珍しい形だなあとシャルロットは思うものの、無理してデータを取る必要がなくなったため、そんなものもあるのだろうと気楽に考えていた。

 

 

そして、アリーナにだいぶ遅れて三人が到着すると、鈴音とセシリア、そして箒が出迎えてくれた。

「遅かったじゃない」

「何かありましたの?」

「いや、千冬姉に頼まれた用事済ませてて」

「だからといってのんびりしすぎだ」

「千冬さんも一緒にいたんだぜ。別にのんびりしてたわけじゃねえよ」

と、そんな会話の後、鈴音がシャルロットに自己紹介する。

「あんたがシャルルね。私は2組の代表で凰鈴音、鈴でいいわ。よろしくね」

「シャルでいいよ。名前は聞いてるよ、鈴」

やはり『無冠のヴァルキリー』の名前は各国に轟いているらしいと一夏と諒兵は感心する。

だが、そんな鈴音の後ろに不自然な空間が見えた。

一人の少女、ラウラがぽつねんと立っているだけで、周りの者はみな距離をとっている。

「なんだありゃ?」

「あの子、敵意丸出しでみんな近寄らないのよ」

「変わった子だなあ」

自分を叩こうしたとはいえ、別にそこまで嫌う必要もないため、一夏は気にしていない。

ただ、諒兵としてはなんだか懐かしくも恥ずかしい姿を見ている気分になっていた。

 

そこにいつものスーツ姿で千冬が来た。

すぐに全員が整列する。

「む、山田先生は?」

まだ来てませーんという女子生徒の返事に少しこめかみを押さえる。

シャルロットの事情を一夏と諒兵にも伝えている間に来ているものだと思っていたらしい。

「普段は少しトロい所があったな、山田先生は」

と、千冬がそう呟くと訓練機のラファール・リヴァイブを装着した真耶が空を飛んできた。

「遅れてすみませえんっ!」

そういいながら、手本になるような見事な姿勢で着地しようとして、「はうっ!」と、一気にバランスを崩す。

生徒全員が凝視しているために、上がり症が出てしまったらしい。

どでぇんっと、見事にずっこけてしまった。

「フン、レベルの低いことだ」というラウラの呟きが諒兵の耳に届く。

後でなんかいっておくべきかと思いつつ、必死に立ち上がろうとする真耶を一夏とともに助けにいった。

「ほら、べそかくなよ、先生」

「大丈夫ですか、先生」

「うぅ、恥ずかしい……。上がり症治ったと思ったのに」

とはいえ、生徒たちもいい意味で緊張が抜けたらしくリラックスした空気になっていた。

 

とりあえず、顔こそ赤いものの立ち上がった真耶を見て息をついた千冬は授業内容について説明した。

「本日は訓練機を使ったISの基礎的な操縦訓練を行う。今さらと思う者もいるかもしれんが、基礎の確認は重要だ。真剣にやるように」

はい!という生徒たちの声に肯く千冬。

さらに言葉を続けた。

「その前に、今日はお前たちにIS学園の教師のレベルを少し見せておこうと思う。オルコット、凰、山田先生と模擬戦だ」

「構いませんが、連戦なのですか?」と、セシリアが尋ねる。

「いや、二対一だ」

そういってニヤリと笑う千冬に、鈴音とセシリアの目が剣呑な光を帯びる。

「侮るなよ。かつて『セブン・カラーズ』と呼ばれたのは他ならぬ山田先生だぞ」

「……へえ、相手にとって不足なしね」

「なるほど、参考にさせていただきますわ」

そう答えた二人は『セブン・カラーズ』という言葉の意味を知っているらしく、不敵な笑みを見せた。

 

 

上空で対峙する一機と二機のIS。

真耶と鈴音、そしてセシリアはそれぞれの思惑を胸に対峙していた。

「強いとは聞いてるけど……」

「かの『セブン・カラーズ』は強いという話だけで、どのように戦うのかは資料に残っていませんわね」

事実、『セブン・カラーズ』と呼ばれるIS操縦者の戦闘記録は実はほとんど残っていない。

特に公式記録は皆無といってよかった。

だが、同期のIS操縦者は強かったと口を揃えているという。

「なんせ『幻のヴァルキリー』なんていう人もいるくらいだし」

「気になりますの?」

「ま、ね。先輩ってことになるのかな」

『無冠のヴァルキリー』と呼ばれる鈴音としては、気になるのは確かである。

そして、先ほどの千冬の言葉を信じるなら、元日本代表候補生の山田真耶が、それほどのIS操縦者になるということだ。

「まあ、後輩とはいえ千冬さんとほぼ同期なんだし、弱くはないと思うのよね」

「確かに同時期に織斑先生がいる以上、公式戦に出るチャンスはほとんどなかったと考えられますわね」

世界最強が自国の代表では、チャンスがあったと考えるほうが無理がある。

そういう意味で不遇だったのかもしれない。

そう考えた二人は、戦意を高める。

「クロスラインでいくわ」

「承知しましたわ」

そしてゆっくりとそれぞれのポジションに二人は移動し始めた。

 

自分を見て戦意を高める鈴音とセシリアに、真耶は思った以上に厳しい戦いになることを自覚する。

(相手を侮らないのはいいことですね)

まあ、先ほど千冬がいってしまったことが理由でもあるのだろうが。

とはいえ、IS学園の教師としては、生徒相手に無様な戦いはできない。

少なくとも、この戦いで二人が成長するように導く。

それが教師の務めなのだ。

そう考えた真耶は一つ深呼吸する。

そして。

「いきますッ!」

一気に鈴音との間合いを詰めた。

 

 

始まった戦いを見つめながら、一夏と諒兵は分析を始めた。

戦いを見るということは大事な勉強だ。

二人はこの方面においてだけは誰よりも勤勉だといっていい。

普段の勉強はサボりがちだが。

「両手使いかよ。やるな真耶ちゃん先生」

「ブレードとアサルトライフルか。近接をいなして射撃で倒すってことか?」

上空には鈴音の斬撃をブレードでいなしつつ、アサルトライフルで零距離射撃を行う真耶の姿ある。

自らもそれを見ながら、千冬は生徒たちに注意した。

「よく見ておけ。他の者たちもだ。山田先生の戦い方はIS戦闘術の基本といっていい」

「そうなのか?」と、一夏。

「強力な性能を持ったISなどほとんどない。積んでいる武装をどう使うか。戦況に応じて持ち替えるのが今のISの基本だ」

以前、十六個もの武装を積んでいたと真耶はいった。

それだけの数があると、使いこなせることを前提としても、重要なのは戦況に応じて何を使うかという戦術眼になる。

「基本を徹底的に磨き抜けば、それは必殺となる。装着しているISともども特化型といえる凰やオルコットはどうしても才能に頼る部分があるが、山田先生の強さは誰もが届き得るものだ」

「なるほどな。すげえんだな、先生」

と、感心する諒兵に、わかっていればいいと千冬は告げる。

「だから気安く『真耶ちゃん』などと呼ぶな。敬意が薄れるぞ」

「はい」と、一夏と諒兵以外にもそう答えた生徒がいたことに、千冬は軽くこめかみを押さえた。

 

 

双牙天月を刃を滑らすことでいなし、アサルトライフルで銃撃。

装甲に差があるとはいえ、こうも細かくダメージを与えられるといずれはシールドエネルギーがゼロになると鈴音は舌打ちした。

(徹底的に基本戦術なのねッ、ここまで磨き上げれば確かに強いってのも肯けるわッ!)

さらに真耶が構えを変えるとミサイルランチャーがその手に現れる。

「ラピッド・スイッチッ!」

小型ミサイルを発射し、即座に離脱して距離をとる真耶。

鈴音は小型ミサイルを切り落としたが爆発し、やはり細かいダメージが溜まってしまうのを苦々しく思っていた。

 

ブルー・ティアーズを使って鈴音を援護しつつ、レーザーライフルで狙いをつけていたセシリアもまた驚愕した。

(なるほど、距離の取り方が見事ですわ。近接対処もまさにお手本といえますわね)

自分が学ぼうとしていたことだけに、心から賛辞を送りたいとセシリアは思う。

しかも。

「くッ!」

ビットの一つが弾かれてしまい、レーザーがあさっての方向に発射されるのをセシリアは苦々しく思う。

(ラピッド・スイッチを使いこなしてますわね。ハンドガンでもビットの向きを変えるくらいは可能ですし)

セシリアのビットはそれなりに強度があり、威力の弱いハンドガン程度では大きなダメージを与えられない。

しかし、弾いて発射する方向を変えるだけならばハンドガンでも問題はない。

対象を冷静に観察し、もっともふさわしい武装で対処する。

確かに真耶は自分にとっていい参考になると感心するセシリアだった。

 

しかし、真耶とて余裕があるわけではなかった。

(クロスラインの凰さんの動きを遮らないようにビットを動かしてるんですね)

クロスラインとは対象となる相手から見て、縦方向と横方向の十字を描く移動の事を指すものである。

鈴音とセシリアは開始前に話し合っていたとはいえ、普通は前もって訓練していなければ、ここまで動きは噛み合わない。

一度対戦したことがあるだけに、お互いの動きをわずかなやり取りで理解できたのだろう。

さすがに二人とも優秀だった。

(これは、『アレ』を使わなければ二人を倒すのは無理ですね)

実のところ、真耶が『アレ』と呼ぶものを使わせたのは日本の国家代表であった織斑千冬ただ一人。

もっとも彼女には使った上で負かされたのだが。

とはいえ、その技の恐ろしさを鈴音とセシリアはまともに喰らうことになる。

 

 

真耶の手の中の武器が一瞬で変わるのを、一夏と諒兵は驚いた表情で見つめていた。

そんな二人にシャルロットが説明してくる。

「ラピッド・スイッチ?」

「高速切替。武装の収納と展開をほぼ一瞬で行う展開の高等技術だよ」

僕もできるよというシャルロットの言葉に、二人は目を見張る。

「構えた状態でそこに納まるように武器が出てきやがる。何をだすかじゃなく、どんな戦術でいくかで武器を切り替えてんのかよ」

頭の回転が相当速くないとできないなと諒兵は感心する。

「あれほどの速さならそう簡単に隙にはならないな。持ち替えの隙がないなら、さまざまな連続攻撃ができる」

と、一夏も感心した表情で真耶を見つめていた。

だが、何故ここまでできる真耶があまり名前を聞かなかったのかと二人は疑問に思う。

実力があるならば、実は国籍を取得して他国の代表になることもある。

生徒会長の更識楯無がその例で、彼女は日本人でありながら、ロシアの代表を務めている。

だが。

「強い。確かに山田先生は強いんだが、極度の上がり症だからな……」

と、千冬がたそがれながら呟いた。

実のところ、真耶の公式記録が残っていないのは、本番ではまったく力が出せない上がり症であったためである。

はっきりいって無様な結果しかだせなかったので、記録に残すまでもなかったのだ。

「だが模擬戦ではあれほどのレベルで戦える。上がり症でさえなければ、代表は決して夢じゃなかった」

「「残念すぎる……」」

一夏と諒兵のみならず、その場にいた生徒全員がたそがれてしまうのだった。

 

 

背筋がゾクッとした鈴音とセシリアは、何か危険な攻撃が来ると直感した。

固まっていてはマズいと、二人は別々の方向に瞬時加速を使って移動する。

しかし。

「ターゲット、ロック」

妙に通る声が響いたかと思うと、真耶の周囲に七つの武装が展開され、直後、凄まじい銃撃が二人に襲いかかってきた。

「ウソッ、振り切れないッ!」

「そんなッ、七種の武装を同時に操るなんてッ!」

多角的な移動を使って真耶の狙いを外そうとする二人だが、銃撃は一発も外されることなく襲いかかってくる。

真耶は信じられないほど素早く手を動かし、展開した七つの武装をほぼ同時に発砲していた。

しかも弾切れを起こすや否や、すぐに次の武装が展開される。

すべての武装を使い切るつもりらしい。

鈴音が双牙天月を投げ放ち、セシリアがスターライトmk2を撃って必死に応戦するものの、真耶はこれだけの銃撃を行いながら、見事にかわしてみせた。

二人としては龍砲と偏光制御射撃を使いたいところだが、スコールのような銃撃を受けていては精神が集中できない。

結果。

 

「「きゃああああああああっ!」」

 

二人のシールドエネルギーはゼロになった。

 

 

無様な姿こそさらさなかったものの、地面に落とされた鈴音とセシリアは悔しそうな顔を隠しもしなかった。

「大丈夫かっ、二人ともっ!」

「さすがにあれはねえよ。見てるもんが信じられなかったぜ」と、一夏と諒兵が鈴音とセシリアに駆け寄る。

だが、最後のプライドか、二人は何とか自力で立ち上がった。

「もーっ、黒星なんて久しぶりよっ!」

「まさに完敗でしたわ。あれはISの戦闘術の基本形というより、理想形ですわ」

そういって悔しがる二人に、千冬が満足そうに肯いた。

「その通りだ。基本を磨き上げれば必殺、つまり理想的な戦い方となる。参考になったか?」

「悔しいけど、ホント参考になるわね」

「学ぶべき点が多々ありましたわ」

「安心しろ。お前たちが弱いわけではない。『セブン・カラーズ』を使われたのはお前たち以外では私だけだ」

どうやら『セブン・カラーズ』という通称は真耶が使った七種の武装の同時攻撃を指すものらしい。

なるほど七色の攻撃といっても違和感がない。

「私にできたのは弾切れまで逃げ続けることだけだった。シールドエネルギーの残量を気にしながらな。あれは最高の攻撃方法の一つといっていい」

その言葉に生徒たちが、しかもラウラまでが目を見張る。

そこに真耶がようやく降りてきた。

千冬がどこか満足そうに声をかける。

「久しぶりに見させてもらったよ、山田先生」

「腕が錆付いてなくてよかったですよ」

対して、真耶は微笑みながら謙遜していた。

だが。

「現役でも十分通用するんじゃねえか?」

「代表、今から目指してもいいんじゃないですか?」

「むむむむむむ無理ですよおおおっ!」

諒兵、一夏の順に褒めそやすと真耶は顔を真っ赤にしてしまい、大慌てで否定する。

どうやら上がり症が治らないうちは、真耶が代表を目指すのは無理のようだった。

 

 

 

 



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第17話「空の記憶」

真耶対鈴音・セシリア組の模擬戦後、授業では基本的なISの歩行訓練が行われた。

指導に回った専用機持ちの中、男性陣に生徒が集中するなどの悶着はあったが、おおむね問題なく授業は進行した。

ただ、ラウラ・ボーデヴィッヒだけは指導する気もなく、生徒を無視していたので一夏と諒兵が待ちぼうけを喰らっていた生徒を代わりに指導する羽目になったが。

 

 

そして授業後。

制服に着替えた一夏、諒兵、鈴音、セシリア、箒、シャルロット、本音が、ともに廊下を歩いていた。

「あいつ、やる気ねえのかね」と、諒兵が呟くと、一夏も難しい顔をする。

「千冬姉も困ってるみたいだったなあ」

「そういえば、ボーデヴィッヒさんは織斑先生のいうことしか聞きませんわね」

「なんていうかさ、ずいぶん極端なのよね、あの子」

何故か、ラウラは千冬のいうことだけは素直に聞く。

しかし真耶の言葉を聞かないので、一夏や諒兵たちが必死に真耶を慰めたというのは余談である。

「困ったね~、空気悪くなるし」

「そうだね。もう少し打ち解けてもいいと思うんだけど」

と、本音とシャルロットが呟く。

シャルロットは逆に馴染みすぎて違和感がないことが、実のところおかしいのだが、誰一人気にする者はいなかった。

 

それはともかく。

 

諒兵としてはラウラを見ていると気になって仕方がない。

「なんかむずがゆいんだよ。恥ずかしいっつーか」

「ああ。昔を思いだしちゃうんだ♪」

と、鈴音がにんまり笑いながらいうと、諒兵がそっぽを向いてしまう。

しかし、少し顔が赤いとみなが思った。

「昔、とは?」と、セシリアが尋ねる。

「いっていいか、諒兵?」

「黒歴史だけどな。かまわねえよ」

と、諒兵が答えたことで、一夏が説明を始めた。

はっきりいえば、諒兵もラウラと同じように他者を寄せ付けない時期があった。

「周り中、敵だと思ってたガキみてえな時期があったんだよ」

そもそも諒兵は孤児だったので、差別の対象になってしまった時期がある。

ちょうどそのころに出会ったのが一夏や鈴音、弾、数馬といった中学時代の友人たちなのだ。

そんな心を許せる友人や大切な存在に出会えて、諒兵は変わることができたのだ。

「だから、あいつを見てると、なんかな」

「それなら、いいきっかけがあれば変わるんじゃないかな。きっと諒兵みたいにいい友だちが見つかるよ」

と、シャルロットが笑顔を見せた。

心配事がないせいか、シャルロットの笑顔は明るく、周りを癒すような効果がある。

「そうだね~、きっと友だちできれば変わるよ」

さらに、ほわほわとした笑顔でいう本音に、諒兵は苦笑しながら、他の者たちは笑顔で肯いていた。

(孤児だったのか……。だから一夏のほうから日野と友人になろうとしたんだな)

箒だけがそんなことを考えながら、並んで歩く一夏と諒兵を見つめていた。

 

 

放課後。

諒兵は一人で中庭のベンチに寝そべっていた。

一夏は箒に捕まり、鈴音とセシリアはそれぞれ部活。

また、本音はどうやら生徒会の書記をしているらしい。

「あの袖でどうやって物書くのか謎だな」と、諒兵は苦笑する。

シャルロットは早めに寮に帰った。

こっそりと「シャワー浴びたくて」というので、一夏と諒兵の二人は気を使って時間を潰しているのだ。

改造工事は終わったらしいので気にしなくてもいいのだが、女子がシャワーを浴びている近くでのんびりできるほど、一夏も諒兵も鈍感ではなかった。

結果、諒兵は一人でベンチに寝そべっていた。

ぼんやりと青い空を見上げながら、手を伸ばして拳を握る。

自分に許された力に申し訳ないと思いつつも、やはり嬉しいと感じる諒兵だった。

「何を掴んだの?」

「あ?」

このパターンは、と声をかけてきた人物に気づく。

「生徒会長か」

「あら、『とっても可愛い楯無先輩』って呼んで♪」

「なげえよ」と、そういって苦笑いしながら、諒兵は起き上がって座り直した。

横にちょこんと楯無が座る。

やはり更識簪とは姉妹だなと、その外見から感じる諒兵だった。

ただ、聞きにくいことでもあった。

簪はわかりやすくいわせない雰囲気を持っていたが、楯無はいってもかわしてしまうだろう。

ここは聞かれたことに答えるのが無難かと諒兵は答えた。

「掴んだのは、空、だな」

「空?」

「気分の問題だけどな」

ずっと思ってたんだと諒兵は続ける。

男はISに乗れない。

それを軍事的、力的なものとして考える者は多い。

結果、女尊男卑の社会となった。

ただ、諒兵はISに乗れないということを力がないということではなく、空が飛べないということとイコールだと感じていた。

「男の心の根底にあるのは同じだと思うぜ」

「女が空を独り占めしてるって感じ?」

「ああ」

無論のこと、飛行機、ハンググライダーなど空を飛ぶための道具はある。

ただ、それらはどちらかというと『乗る』で、『飛ぶ』ではないと諒兵は感じていた。

「背中に羽があったら楽しいだろうなって、ガキのころに思ったんだ」

まだ、一夏と知り合うずっと前、諒兵は孤児院にいたことから、親無しといじめられたことがあったことは前述している。

そのとき、同じ孤児院出身の兄貴分がいったことがあったのだ。

 

「涙が出そうになったら空を見上げろ。少しゃぁマシな気分にならぁな」

 

そういわれて、見上げた空の広さになんだか心を吸い込まれそうになった。

それが諒兵にとって『空を飛びたい』という気持ちの根源なのかもしれない。

「それって日野くんのヒミツ?」

「ダチはみんな知ってるよ。空を見上げるのが癖になっちまってるし」

「あら残念♪」

わりと本気で残念そうに見えるあたり、人をその気にさせるのがうまいなと諒兵は思う。

まあ、どこまで本気なのかわかったものではないが。

「ま、だから今は楽しいな。他の男も飛べたらいいのにって思うけどよ」

「優しいのね♪」

「独り占めはよくねえよ。孤児院にいたからな。分けるのが当たり前だったんだ」

子どものころは分けてもらい、年長になるにつれ、分け与えるほうになった。

それが諒兵にとっては当たり前なのである。

「空はこんだけ広いんだ。みんな飛んでも余るだろ」

「そうね♪」

「飛びたくねえなら飛ばなきゃいい。何を選ぶのも自由なほうがいいじゃねえか」

「素敵ね。そういう考え方、好きよ」

さっきまでのようなどこかからかっているような雰囲気ではなく、真剣に答える楯無。

何か思うところがあるのだろうと思いつつ、無理に突っ込むべきではないとスルーする。

「それじゃ質問。日野くんにとってISは飛ぶための翼?」

「んー、そいつはどうかな?」

「違うのかしら?」

そう問いかけてきた楯無の言葉に諒兵は沈思し、そして答えた。

「飛んでるとき、俺の手を引いてくれてるやつがいる気がしてよ」

「へえ、そういう考え方って面白いわね」

「俺にいわせたら、レオは相棒とかパートナーっていうほうが近いな」

だからいつも思うと、諒兵はさらに続ける。

「ありがとよって」

 

どういたしまして♪

 

ふと、そんな声を感じ取った諒兵は優しい笑みを見せる。

その笑みを見て、楯無も柔らかく微笑んだ。

「楽しかったわ。またお話しましょうね、諒兵くん」

「ん?」と、名前を呼ばれたことに少しばかり諒兵は驚く。だが、楯無は気にすることなく、いつもの笑みを浮かべて尋ねてきた。

「親しみを込めたんだけど、イヤ?」

「気にしねえよ」と、諒兵が苦笑しながら答えると楯無は立ち上がって軽やかに身を翻し、「じゃあね♪」といって去っていった。

 

楯無が諒兵のいる場所を去ってから少し遅れて、簪もそこから離れた。

単なる偶然だったのだが、諒兵が姉、楯無と話している姿を見て、どんな話をしているのかと思い、こっそり近づいたのだ。

たいした話ではなかったけど、心に残る。

(私にとって、ISってなんだろう……)

空を飛ばせてくれるパートナーだといった諒兵の言葉に、簪はそんなことを考えていた。

 

 

そろそろ部活も終了時間かと思った諒兵は、中庭から剣道部の武道場へと足を向けた。

シャルロットもいい加減シャワーは浴び終えただろうし、寮に帰ろうと思ったのである。

ついでに一夏を拾って、購買部でシャルロットの分もあわせて夕食を買って帰るかとも考えていた。

一夏はけっこう美味い料理を作るのだが、諒兵は人並みであるため、当番のときは気が向いたときしか作らず、たいてい買うか外食であった。

そんなことを考えながら歩いていると、千冬に呼び止められる。

「どうしたんだよ、千冬さん?」

「いや、ラウラを見なかったか?」

「放課後になってからは見てねえな」

そう答えると千冬はため息をつく。

普段は毅然としている千冬だが、どうもラウラが絡むとどこか困っているような顔をするのが気になる諒兵だった。

「一夏がいってたけどよ、千冬さんの知り合いの編入生ってのはボーデヴィッヒのほうなんだな」

「ああ。ドイツ時代の、まあ、教え子だな。私にとって初めての生徒ということもできるか」

そういって遠い目をする千冬には、ドイツにいたころの光景でも見えているのだろうか。

ラウラのことを大事に思っていることが、よく伝わってくる。

「なんであいつ、あんなに協調性ねえんだ?」

「お前がいうと重みがあるな」

「からかうなよ」

昔の諒兵が同じであったことは千冬も知っている。

一夏がしつこく諒兵と友だちになろうとしていることを知った彼女は、実は反対していたのだ。

生まれなどで差別はしないが、当時の諒兵は狂犬という言葉がまさにぴったりと当てはまるほど周囲に対して攻撃的だったからだ。

一夏が傷つくことになると思い、千冬は反対していたが、本人はそれでも友だちになろうとして、今は親友兼ライバルという間柄になっている。

そう思うと確かに諒兵の言葉は重みがあった。

それはともかく、千冬は少し沈んだ表情で答えてきた。

「詳しいことはいえん。ドイツ軍の機密に関わるからな。ただ、お前や私たちと同じような境遇ではあった」

「親無しか」

「ああ。だから私も親代わり、姉代わりのつもりで接していたのだが……」

そのせいで、ラウラは千冬の存在を神格化していた。

第2回モンド・グロッソで起きた事件を千冬を穢す唯一の汚点と思うほどに。

さらにいえば、できれば自分の傍にずっといてほしいと思うようになったらしい。

「だから一夏を嫌っているのだろう」

「ガキのヤキモチかよ」

「そういうな。私も大事な部分を教え切れなかったのかもしれんしな」

苦笑いを見せる千冬をらしくないと諒兵は思う。

これだけ心配してもらっていて、それでも困らせるのはやはりラウラは子どもでしかないということだ。

「気にかけてやってくれ。このまま一人でいさせたくはないが、私は常に一緒にいるわけにもいかん」

「ま、いいぜ。あいつ見てると昔の俺見てるみてえだし」

恥ずかしくって敵わねえよと続けると千冬はクスッと笑い、「任せたぞ」といって離れていった。

 

 

夜。

寮に戻った諒兵は、千冬に聞いた話を一夏に伝えていた。

「それで俺を叩こうとしたのか」と、納得する一夏。

「大好きな姉ちゃん獲られてムカついてんだろ」

そう答える諒兵に、一夏も困ったような顔をする。

もともと千冬と一夏は姉弟なのだから、獲った獲らないなどない。

そういうのであれば、ラウラのほうが横恋慕に近い状態なのである。

「でも、汚点って第2回の決勝を棄権したことだと思うけど、なんで一夏が関係あるの?」

と、シャルロットが尋ねた。

思い当たることはあるが、一夏にとっても汚点なのでチラリと視線を向ける諒兵。

一夏は一つため息をつくと、説明を始めた。

「第2回の決勝戦の日、俺はドイツにいたんだ」

「えっ?」

「でも、その日、俺は誰かに誘拐された」

公式には何の発表もされていない。

開催国だったドイツの失態となるからだ。

あくまで千冬は自主的に棄権してしまったということになっているが、実際には誘拐された一夏を助けるために決勝戦を放棄してしまったのである。

「そのとき一夏の居場所を探し出したのがドイツ軍で、恩返しするために千冬さんは一年間ドイツにいたんだよ」

「何でもドイツ軍のIS部隊の指導教官をしてたらしいんだ」

そこにラウラもいたのだろうと諒兵が補足する。

とはいえ、それでも月末にはマメに帰ってきてたあたり、千冬がいかに一夏を大事にしているのかわかる。

それはともかくとして、話を聞くとラウラが一夏を嫌うのは筋違いだとシャルロットには感じられた。

「一夏が悪いわけじゃないじゃない」

「そんなの、ぼーでび、ぼーでぃべ、……ラウラでいいやもう。ラウラには関係ないんだろ」

「お前のそういう馴れ馴れしいとこすげえと思うぜ」

と、諒兵が突っ込むが一夏は華麗にスルー。

単に苗字がいいにくいだけで名前を呼び捨てするのは確かにすごいことではあるが。

「ボーデヴィッヒの素性がどんなんかは知らねえけど、千冬さんを女神みてえに思ってるらしいからな。ほんの少しの汚点でも許せねえんだろ」

「理不尽だなあ」と、諒兵の意見に呆れたような声をだすシャルロット。

「神様信仰するのなんて、みんな理不尽なんだろうよ」

そういってため息をついた諒兵に、一夏が尋ねかけた。

「気にかけてやるのか?」

「頼まれちまったし、あいつ見てるとマジでむずがゆいしな。ま、できる範囲で見といてやるよ」

なんだかんだといって、気にかけてやるあたり、諒兵は根がお人好しなんだろうと一夏もシャルロットもクスッと笑ったのだった。

 

落ち着いたところで、一夏が首を傾げながら口を開く。

「しかし千冬姉を女神とか、どんな人生送ってきたんだろ」

ありえないしと続ける一夏にシャルロットは顔を引きつらせる。

「いや、まあ、織斑千冬といえば世界中で大人気だし、そう見てる子もたくさんいるよ」

「けっこう理不尽だし、ものぐさだし、家じゃずぼらなとこもあったぞ」

一夏にしてみれば、むしろダメ女の代表である千冬。

世界最強なので人気なのはわかるとしても、女神といえば普通は淑やかでたおやかで優しい女性をイメージしてしまうのだ。

しかし、そこに諒兵が意見する。

「女神でいいだろ。ぴったりくるのいるぜ」

「どんなのだ?」

「入谷の鬼子母神」

「鬼じゃないかそれっ!」

と、一夏と諒兵はいきなりぶははっと腹を抱えて大笑いする。

しかしシャルロットは懸命に堪えた。何せ扉が既に開いており……。

「「ごがッ!」」

ズゴンッという轟音が響く。

「もう少しまともな例えをしろ、貴様ら」

千冬の一撃で見事に沈んだ一夏と諒兵。

シャルロットはただ静かに十字を切るのだった。

 

 

 

 




閑話「女の勘」

翌日の昼休み。
シャルロットはセシリアと鈴音に屋上まで呼び出された。
「え~っと、何かな?」
「何者ですの、あなたは?」
「シャルル・デュノアだけど……?」
と、そう答えたシャルロットの言葉をセシリアはばっさりと否定する。
「デュノア社長夫妻には子がいませんわ。それに養子をとったという話も聞きません」
デュノア社でそういう動きがあるならば、社交界で噂にならないはずがない。
念のため、セシリアは実家に確認したが、やはりそんな噂は存在しなかった。
「これでもイギリス貴族でしてよ。社交界の噂には常にアンテナを張ってますわ」
「鋭いんだね、セシリア」と、ため息をついたシャルロットは誰にもいわないでほしいと、本名を名乗って事情を説明した。
「つまり、デュノアの社長の子どもではあるわけね?」と、鈴音。
「うん。まあ、今いったとおりお父さんとは和解できたし、僕としてはトーナメントが過ぎれば普通に女生徒としてやっていくつもりだよ」
予定では3組に編入することになるとシャルロットは説明する。
ただ、フランス政府に対する建前上、今は一夏と諒兵に近い場所にいなくてはならないだけである。
「それなら問題ありませんわね」
「一夏と諒兵の部屋で寝泊りしてるってのが気に入らないけど……」
「二人ともどっちかっていうと困った兄弟って感じかな。気にしないでいいよ」
いわゆる恋心ではなく、仲のいい兄弟ができたような感覚をシャルロットは抱いていた。
「織斑先生も一日一回は見にくるっていってたし」
ならいいか、と、鈴音はシャルロットの説明に安心した。
さすがにいきなり横から掻っ攫われるのはごめんこうむりたいのである。
油断していいというわけでもないのだが。
「でも、よく気づいたね。セシリアは今の説明でわかったけど、鈴はどうして?」
「勘」
「は?」
「女の勘よ。ほっといたらマズいって感じたのよ」
「あっ、そう……」
さすが恋する乙女の勘は鋭いとシャルロットは顔を引きつらせたのだった。





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第18話「孤独な子兎」

シャルロットとラウラが編入してきてから数日後の昼休み。

一夏と諒兵は連れ立って廊下を歩いていた。

「遠いよなあ」

「でも職員用でもあるだけマシだぜ。これで男の職員がいなかったら思うとよ……」

「女子トイレは勘弁してほしいな。変質者扱いされるぞ」

要するに用足しに出ていたのだった。

さすがにこれは女生徒を連れ歩くわけにはいかず、また女子たちも空気を読んでいってらっしゃいといってくれていた。

ちなみに男子のふりをしているシャルロットは、逆に男子トイレに入る気にはなれず、近くの女子トイレをこっそりと利用していたりする。

 

すると。

 

「なぜ戻ってきてくれないのですかッ、教官ッ!」

 

いきなり声が聞こえてくる。

ラウラの声だった。

内容からして千冬もともにいるようだと思った二人は、物陰に身を潜めて様子を伺った。

困ったような顔をした千冬がラウラに諭すように説明する。

「今の私はIS学園の教師だ。ドイツ軍に戻ることはできん」

「なぜですかッ、ドイツ軍に不満があったのですかッ?」

「そんなことはいっていない。そもそも指導するのは一年間という契約だったんだぞ」

端から見ると駄々っ子とその母親のようにも見える。

そう思いながらも一夏と諒兵は黙って様子を見守っていた。

「契約なんて関係ありませんッ、私はまだご指導いただきたいんですッ!」

「ラウラ、お前に教えるべきことは全部教えてある」

後は実践していけばいいんだと千冬はあくまで諭すようにいう。

千冬がラウラを大切にしていることは、その姿でよく伝わってきた。

「こんなところいる者に教官が指導することなどッ!」

「ここにいるのは私の大事な生徒たちだ。侮辱するな」

さすがに生徒をバカにされたことには怒りを見せる千冬。

少しばかり鼻白んだらしく、ラウラは震える声で呟いた。

「やはり織斑一夏がいるからですか……?」

「織斑だけではない。ここにいる生徒全員が私にとって大事なんだ」

「では、もう私たちは……」

「そんなことはいっていないだろう。お前とて大事な教え子であることに変わりはない」

意外なほど、といっては失礼だが、千冬は教師としてしっかりとしていた。

教えた者を本当に大事にしていることが、今の言葉で伝わってくる。

「それならッ!」

「ラウラ、私を困らせないでくれ。ここに来たというのなら、ここで学べることはある。お前にとってここでの生活は無意味ではないはずだ」

次の授業がある、と、そういって千冬はラウラから離れていった。

取り残されたラウラは小さな肩を震わせている。

そして視線に気づいたらしく、一夏と諒兵を睨みつけてきた。

「貴様が教官の弟などと、絶対に認めん」

「勝手にしろ」

さすがに一夏も怒ったのか、意外なほど冷たい言葉を返した。

その様子に、マズいなと思った諒兵が口を挟む。

「駄々っ子みてえに喚いてねえで、少しは大人になれよボーデヴィッヒ」

「何だとッ!」

「千冬さんはお前のことを突き放してるわけじゃねえだろ。ちゃんと大切にしてくれてんじゃねえか」

あれを見て千冬が冷たいと思うのであれば、まったく千冬のことを理解していないと諒兵は説明する。

教えられたことを大事にしてるのなら、千冬の気持ちは理解できて当然だろう、と。

「マジでガキか、お前」

「私を侮辱するか」

「見たとおりのこといってるだけだ」

そう答えるとラウラは怒りに肩を震わせたまま、ずんずんと立ち去っていった。

「悪かった、諒兵」

「気にすんな」

あまり険悪な関係になるのもマズいだろうと口を挟んでくれたことに気づき、一夏は素直に謝ったのだった。

 

 

放課後。

トーナメントに向け、久々にアリーナを借りていつものメンバーが訓練を行っていた。

主に実弾装備を持たない、というか、まともなIS装備を積んでいない一夏と諒兵の訓練である。

「ホントに変わったデザインだね」

シャルロットが意外そうな表情で一夏と諒兵のIS、『白虎』と『レオ』を見つめる。

まともに展開したところを見るのは、1、2組の合同訓練以来だが、改めて見てそのデザインに驚く。

ほぼフルスキン、はっきりいえば鎧に近い。

何より、一緒にいるシャルロットやセシリア、そして鈴音のISに比べ、実に小柄だ。

だが、それだけに背中の大きな翼が印象的だった。

「でも動きやすいんだ」

「俺たちの戦い方には合ってると思うぜ」

「まあ、合ってるならいいんだけど」

無理に問題視することもないだろうと、シャルロット主導で本来の目的である実弾装備を使った訓練をしようとしてさらに驚いた。

「積めない?」

「ああ」

「らしいぜ」

一夏と諒兵のISは実弾どころか、IS装備がまったく積めないということが現在までにわかっている。

外れないため、機体チェックを装着したままやるという、ある意味では苦行の果てにわかったことだった。

嫌がってるみたいだと二人がいうので、さらに首を傾げるシャルロット。

とはいえ、実弾装備の相手に危険性を感じていないわけではないらしい。

「こないだの真耶ちゃん先生見たらなあ」

「あれ、ホントにすごかったからな」

と、諒兵の言葉に一夏が同意する。

端から見ても真耶の『セブン・カラーズ』はすごかったのだから、喰らった本人たちはなおさらである。

「トーナメントは専用機持ちでなくても出られますし」

「山田先生の戦い方に触発された子はいるでしょ」

セシリアと鈴音のいうとおり、意外な伏兵がいる可能性は十分に考えられる。

そこでシャルロットが自分の装備をそれぞれ一つずつ一夏と諒兵に貸して射撃訓練ということになった。

だが、とりあえず十発ずつ撃たせてみて……。

「一夏、構えがメチャクチャだよ……」

「諒兵、狙いがメチャクチャだよ……」

と、シャルロットが深いため息をついた。

一夏は構えからしてド素人、諒兵は構えこそそれなりに決まっていたが、標的に一発も当たっていない。

「下手にもほどがあるわねえ」

「そこまでいうならやってみろよ」

呆れている鈴音に諒兵がシャルロットに断った上で、装備を貸す。

すると、「ま、見てなさい」と、マガジンを入れ替えた鈴音はターゲットを狙って発砲した。

「さすがだね、鈴」

シャルロットの言葉どおり、鈴音は狙いをほとんど外していない。

ほぼ中心に銃弾が集中していた。

「セシリア、お手本」

今度は鈴音がセシリアに装備を貸すと、「それでは」とセシリアが発砲する。

「「一発?」」と、一夏と諒兵はターゲットのど真ん中に開いた穴を見る。

「ピンホール・ショット。十発全部真ん中の穴を通ったんだよ」

「なぬっ?」

シャルロットの解説を聞き、一夏と諒兵の二人は心底驚いた。

「シャルの装備でよくそこまでできるなあ」

「あのねえ、一夏。私が甲龍受け取ったの三ヶ月前よ」

「私がブルー・ティアーズを受け取ったのは四ヶ月前になりますわね」

それまでは鈴音は打鉄で、セシリアはラファール・リヴァイブで鍛錬を重ねてきたのだという。

つまり、基本ができているからこそ、専用機を受け取ることができたということだ。

「考えてみれば、第3世代機なんてそんなにたくさんないしなあ」

「基本が大事ってことか。やっぱ舐めらんねえな」

一夏と諒兵は鈴音とセシリアの実力になるほどと納得したように肯いた。

そこに同じようにアリーナを借りて訓練していたらしき女子生徒たちの声が聞こえてくる。

 

ねえ、あれって……。

うん、ドイツの第3世代機。

すごい、専用の第3世代機持ちなんだ。

 

その声に振り向くとISを装着したラウラの姿があった。

「ドイツの第3世代機。シュヴァルツェア・シリーズですわね」

「シリーズ?」と、一夏。

「ドイツの第3世代機はシュヴァルツェア・レーゲンとシュヴァルツェア・ツヴァイク。姉妹機なのですが、まとめてシリーズとも呼ばれているんですわ」

そう解説するセシリアだが、ラウラの雰囲気からとても友好的なものを感じられないため、冷や汗をかいている。

「単純な攻撃力なら、たぶん私たちの機体より上かもね。シュヴァルツェア・シリーズは元々は軍用機よ」

レールカノン、六機のワイヤーブレード、さらに現時点で実現可能なレベルのプラズマブレードを装備しており、軍用機であることを差し引いても攻撃的な機体であることを鈴音が説明する。

「ま、そういうことは置いとくとして、問題はあいつのツラか」と、諒兵がため息をつく。

ラウラは明らかにこちらを睨みつけてきていた。

 

「織斑一夏。私と戦え」

「模擬戦ならな」

 

一夏の即答に鈴音やセシリア、シャルロットは驚く。

てっきり断るかと思っていたからだ。

もっとも一夏の表情を見る限り、受ける気はなさそうだが。

「受けるんだな?」

「そんなに殺気振りまいてやる模擬戦があるわけないだろ」

「怖気づいたか?」

「戦うなら、お互いを高めなければ意味がない。お前との戦いはそうじゃない。ただ傷つけあうだけだ」

一夏は戦いを否定しない。

だが、傷つけあうことは否定する。

その先に何も見えないからだ。

今のラウラと戦っても、その先に何も見えない。

それでは一夏にとって戦う意味がないのである。

「空を飛ぶのに殺気を持つな。俺はいやだ」

 

うん、この子やだ。ちょっと気持ち悪い

 

そんな声を感じた一夏は、自分の言葉に自信を持った。

間違いじゃないんだと。

だが、ラウラはそんな一夏の言葉を否定する。

「兵器を纏って殺気を持たんなぞ、貴様はバカか?」

「ISを勝手に兵器にすんな。俺らはそう思ってねえよ」

 

少し問題がありますね、この子

 

ふと、そんな声を感じ、諒兵はラウラをこのまま放っておくのは危険だと考える。

 

そんな二人を見て、鈴音はクスッと微笑んだ。

「らしいわね」

「そうですわね」

「強さって、こういうものなのかもね」と、セシリアとシャルロットも同意した。

そして、セシリアはそれこそが一夏と諒兵と、自分たちのISの違いなのではないかと感じる。

真の意味でISの根源に触れた結果、今の姿になったような気がしてならなかった。

 

しかし、ラウラはそんな風には受け取らなかったようだ。

「フン、男どもが二人して腰抜けとはな。貴様らのようなやつが世界初の男性IS操縦者とは笑わせる」

「なんとでもいえ」

「挑発するならもっとうまくやれよ」

あからさまに馬鹿にしたような様子で嘲笑したラウラに対し、一夏と諒兵は涼風を受けた程度にしか思わなかったようにあっさりと返す。

それがラウラの癇に障ったらしい。

「なら望みどおり挑発してやるッ!」

そう叫んで、ラウラはなんと右肩のレールカノンを起動した。

「ちょっ、本気ッ?」

「周りに人がいるんですのよッ!」

「くッ!」

放たれた砲弾に慌てる鈴音、セシリア、シャルロット。

だが、一夏と諒兵は慌てもせずに、ただ、消えた。

「何ッ?」

粉微塵に切り刻まれ、砲弾は塵と化す。

そして気づいたときには喉元に光の爪が突きつけられていた。

「空気読めよ。迷惑だろ」

そういった諒兵の獅子吼と、真剣な眼差しの一夏が持つ白虎徹を交互に見やるラウラ。

「プラズマエネルギーを物質化してるだとッ、まさか完全なエナジーウェポンだというのかッ?」

「知らねえよ」

「俺たちのために白虎とレオが作ってくれただけだ」

そう答える二人にラウラは驚愕の眼差しを向ける。

自分のプラズマブレードははっきりいえばここまで巨大な状態を保てない。軍ですらここまで完全に物質化するエネルギー兵器は作ることができていないのだ。

それが、まさかこんなところで実物を見ることになるとは、と考えたのである。

「とっととそのでかい大砲をしまえ、ボーデヴィッヒ。お前と違ってマジメに訓練してるのもいるんだよ。これ以上やるなら、お前の武装を抉り取るぜ」

「クッ……」

今の状況では奥の手は使えない。

ラウラは素直にレールカノンを収納すると、そのままアリーナを後にした。

 

アリーナに弛緩した空気が戻ってくると、鈴音が深いため息をつく。

「ホント狂犬ね、あの子」

「その言い方はやめてくれ、鈴」と、諒兵はうなだれてしまう。

かつて自分がそう呼ばれていただけに、本気でむずがゆくなるのだ。

「あの様子だと、また絡んでくるな。困ったなあ」

と、一夏も先ほどまでの真剣な眼差しから、普段の調子に戻る。

「様子を見るしかありませんわね。自発的に直さない限り、性格というものは直りませんわ」

セシリアの言葉にみなが納得したように肯くものの、どこか呆れたような空気がその場に流れていた。

だが。

(プラズマエネルギーの完全物質化だって?そんなの理論化の目処すら立っていないのに……)

デュノア社でテストパイロットをしていただけに、シャルロットは機体や武装にも造詣が深い。

それだけに一夏と諒兵が出した武器の異常性に驚愕していた。

 

 

そして夜。

シャルロットは千冬に呼び出され、一人、寮長室を訪れた。

「あれ、鈴とセシリアも?」

「あんたも呼び出されたのね」

「どういう人選なのか気になりますけど」

千冬が早く入れといってきたので、シャルロットは中に入り、扉を閉める。

「元々は機体や武装にもっとも造詣が深いデュノアだけを呼ぶつもりだったのだが、この二人がお前の正体に気づいているというのでな」

「そうだったんですか。すみません」

「いや、自力で気づく者がいる可能性は考えていた。そして気づくとしたら、まずこの二人だろうとは思っていた」

シャルロットとしては千冬に正体がバレたことを説明しておくべきであったのだが、失念していたのである。

「それで何の用事なんですか?」と鈴音。

すると千冬は部屋の中のモニターの電源を入れる。

「まずはこれを見てもらう。その上で今、ISで起きてしまっている異常について話をする」

そういわれ、千冬が流し始めた映像を、三人は真剣に見始めるのだった。

 

 

 

 



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第19話「天使たちの高き空」

千冬が流し始めた映像は、『白虎』と『レオ』を纏った一夏と諒兵の戦闘記録が主になっていた。

「一夏と諒兵の頭上に注目しろ」

「頭上、ですか?」

「そうだ。そこにすべての異常が集約されている」

そういわれて視線を向ける鈴音、セシリア、シャルロットの三人。

確かに二人のISは普通とはあまりに異なるので、改めて映像を見ること自体には興味があった。

そしてまず、鈴音が違和感を持つ。

「光った?」

「黙って見ていろ」

「あ、はい」

嗜めた千冬ではあったが、気づいたらしいと安心した表情を見せる。

そのまま映像が進むにつれ、三人の顔が驚愕に染まっていく。

そして、すべての映像が見終わっても三人は呆然としたままだった。

「なんですか、これ?」と、シャルロットが震える声で尋ねかける。

「一夏と諒兵の戦闘記録だ」

「そんなのわかっていますわ。しかしここに残されている記録には……」

「冗談よね。こんなの……」

見たものを信じたくないセシリアと鈴音は必死に否定の言葉を紡ぐが千冬はばっさりと切り捨てた。

「映像には一切手を加えていない。すべて事実だ」

「だってッ、それじゃなんで一夏と諒兵の頭の上に光の輪があるのよッ!」

「これではまるで天使の輪ですわ……」

「こんなの、ISじゃない……」

鈴音の叫びも、震える声で呟くセシリアとシャルロットの声も、かつて自分が通った道かと思うとどこか懐かしくもある。

そんなことを考えながら、千冬は説明を始めた。

「いったとおり、すべて事実だ。これはすべてのISコアが持っている単一仕様能力とのことだ」

「すべての?」と、セシリア。

「はっきりといえば、ISコアが持つ単一仕様能力はすべて同一。そこから操縦者に合わせたものが二次的に作られるらしい」

 

単一仕様能力とは、操縦者とISコアの相性がより深くなったときに発現する奇跡的な能力であることは以前にも語っている。

しかし、千冬にいわせればもともとISコアにはすべてに共通の単一仕様能力があり、それが操縦者に合わせた能力を作りだすということになる。

 

「なんなの、それ……?」と、鈴音。

「名称は『天聖光輪(エンジェル・ハイロゥ)』、つまり、オルコットがいったとおり、天使の輪だ」

千冬の言葉に三人は唖然としてしまう。

言葉どおりなら、一夏と諒兵が『白虎』と『レオ』を使っているときには天使の輪が出ているということになる。

「汎用的な効果はプラズマフィールド形成能力。つまりプラズマエネルギーの物質化になる。一夏の白虎徹と諒兵の獅子吼はまさにその典型だ」

「汎用的?」と、シャルロットが鸚鵡返しに尋ねると、千冬は少し口元を押さえた。どうも失言したと感じたらしい。

「ここから先は私にもよくわからんのでな。そこはあまり気にするな。そもそもプラズマフィールド形成能力だけでもかなりの力を持っている」

操縦者の思念に反応して自在に変化するため明確な実体を持たず、さらにイメージするほどに強くなる。

そのうえ、威力の上限もないという強力なエナジーウェポンだと千冬は語った。

「それじゃもう、世紀どころか、次元の違う力じゃないですか……」と、シャルロット。

「そうだ。別次元に進化してしまったんだ、あいつらのISは」

「なんでそんなことが……?」

「これに関してはわからん。ただ、二人のISは『AS』として覚醒してしまった。今後どうなるかはわからない」

「AS?」と、三人が首を傾げると、千冬はさらに続ける。

「ASとは『エンジェリック・ストラトスフィア』、『天使たちの高き空』といった意味になるか」

文字通り、ISとはまったくの別物になってしまっていることに鈴音、セシリア、シャルロットは言葉を失った。

千冬もこの話を聞いたときはまったく同じだった。

そして一夏と、その親友である諒兵が何故そんなことになってしまったのかと苦悩した。

しかし、戻す方法がわからない以上、これ以上の変化をさせないことが最善だと考えたのである。

「お前たちにこのことを打ち明けたのは、二人のASが少しでも変化しようとしたなら、報告してほしいからだ」

「監視、ですの?」

「そうとってもらってもかまわんが、今の段階なら一夏と諒兵の身体にはそれほど問題はない。ただ、二人に何か異常を感じたならば、私に報告してくれ。対処はこちらで考える」

「わかりました」と、三人は声を揃える。

三人としても、一夏と諒兵が異常な世界に行ってしまうことなど看過できないからだ。

そこで、ふとセシリアが気づく。

「織斑先生は何故、天使の輪やASとやらのことを知ってらっしゃるんですの?」

「博士に聞いてな。正直、私も最初は言葉を失ったよ」

「博士って、篠ノ之博士のことですか?」

と、シャルロットが尋ねるが、千冬は首を振った。

てっきりISの開発者であり、この世で唯一ISコアの制作ができる『天災』篠ノ之束のことだと思ったのでシャルロットは驚いてしまう。

「まだ詳しくはいえん。このままなら知る必要もない。ただ、ISコアに関しては束よりも詳しい人だ」

ちなみに男性だというと三人はさらに目を見張った。

「もしかしてあの『博士』なんですか?」

「知っているか。その『博士』だ」

と、シャルロットの質問に答える千冬。鈴音、セシリアもそれで納得していた。

とはいえ、女尊男卑の世界となってから、特にISの関わる世界では、女性のほうが強く、有能だという風潮がある。

そのためすぐには出てこなかったのだ。

「私は女性が強くなったとは思っていない。むしろ、以前より弱くなってしまったと考えている」

「ええっ?」と、三人は千冬の言葉に驚愕してしまった。

「強さとは秘めたるものだ。ほとんどの女性が弱くなったことは女として悲しいと感じているよ」

逆に男は強くなったという。

ただ、そのことを黙して語らず、ひけらかしもしない。

無論、強い女はいるし、弱い男もいる。

ただ、全体としてみると、真の意味で強くなった女は少なく、弱くなった男もまた少ないと千冬は語った。

「研ぎ澄まされた刀は普段は鞘に収まってこそ価値あるものとなる。できればお前たちにはそうあってほしい」

「「「はい!」」」

そう答えた鈴音、セシリア、シャルロットの表情を見て満足そうに肯いた千冬は、寮長室から三人を送りだしたのだった。

 

 

学生寮のラウンジに人気がなかったため、鈴音、セシリア、シャルロットの三人は、飲み物を買い、隅のテーブルの一つに腰かけた。

「もー、わけわかんないわよ……」

「変わった様子っていってもね」

疲れたような鈴音の呟きにシャルロットがそう答える。

そこでふと鈴音が気づいた。

「前にいってたっけ、セシリア?」

「何をですの?」

「一夏と諒兵が自分のISに呼びかけてるみたいなとこがあるって」

と、以前セシリアと二人きりで話したときのことを打ち明ける鈴音。

シャルロットは今は間違いなく仲間なので、打ち明けたのだが、セシリアは気にしない様子で肯いた。

「ええ。ありますわね。戦闘中は顕著ですわ」

「そういえばさっきの映像でも、声が拾えたときなんかはそういう印象があったよ」

ただ、会話しているとまではいかないけど、とシャルロットは続けた。

確かに会話しているというより、一方的に呼びかけているだけだとセシリアも思う。

そこから考えついたのか、シャルロットが呟く。

「それなら、独り言で会話するようなところがあったら何か変わったって思うべきかな?」

「あ、そうね。そうかも」

「つまり、完全なコアとの対話を果たしたらということですわね」

セシリアの言葉にシャルロットは肯いた。

ただ、コアとの対話自体は、決して前例がないわけではないらしい。

噂に過ぎないのだが、コアと対話している者がいたといわれているし、実際にISに呼びかける者もいるという。

「うん、IS自体、それができる人がいるっていうけど一夏と諒兵にとってはたぶん相当、他よりよっぽど重要なことだよ」

「なら決まりね。一緒にいてそんなそぶりを見せたら報告」

と、鈴音が決を採ると、セシリアとシャルロットは肯いた。

とはいえ、何故ISがASとして進化したのか、その理由がわからない。

そう語るシャルロットに対し、セシリアが意見を述べる。

「そら?」

「ええ。先ほど織斑先生がいった『天使たちの高き空』という言葉と、お二人が空を飛ぶこと自体をお好きなことから思ったんですわ」

「確かに、あいつら空が好きだったっけ」

そうなの?と尋ねるシャルロットに鈴音は遠い目をして答えた。

「諒兵の癖なのよ。よく空を見上げてるの。子どものころに教えられて、辛いとき、悲しいときはずっとそうしてきたんだって」

「素敵ですわね」と、セシリアは微笑んだ。

「そしたら一夏も辛いことがあったときとか、よく空を見上げるようになったのよ」

特に第2回のモンド・グロッソ以降、一夏も空を見上げることが多くなったという。

「何故ですの?」

「一夏は自分が誘拐されたせいで千冬さんが優勝できなかったって責めてるからね」

そういって詳しく説明するとセシリアは納得した。

内容はシャルロットが一夏と諒兵から聞いたことと大差ないが。

「一夏や諒兵にとって空は、辛いことや悲しいことを吸い取ってくれる大切な存在なのかもね」

「その思いを、コアが見抜いたということかもしれませんわね」

「コアには心があるっていわれてたけど、今なら否定する気になれないよ」

そういって三者三様に笑うと、その場でそれぞれの部屋に戻るために別れた。

 

その途上、鈴音は呼び止められた。

「あれ、箒?」

「いや、さっきラウンジで話し声が聞こえたんだ」

一夏は空が好きだったのか?と、箒は尋ねてくる。

聞いてみると、重要な部分は聞こえておらず、ただ、一夏と諒兵にとって空が大切な存在だったという部分から聞いていたようだった。

「そうよ。今でも気がつくと空を見上げてるし」

「そうだったのか。ぼんやりしてるな、とは思ったが」

「まあ、傍目にはそう見えるわよね」と、鈴音は苦笑いを見せる。

諒兵と同じような癖がついたなと思ったころには、一夏と諒兵は親友兼ライバルとなっていた。

だから、別に気にすることもないかと鈴音は考えた。

そのころには、鈴音も諒兵とは友人といえる関係になっていたからだ。

もっとも、今は。

と、そこまで考えて鈴音は口を開く。

「もとは諒兵の癖だったんだけどね。まあいいじゃない。女の子見て鼻の下伸ばしてるよりは」

「そんな顔を見せたら叱り飛ばすだけだ」

そうね、と笑いながら鈴音は自分の部屋へと戻っていった。

 

その背を見ながら箒は思う。

(日野の癖などうつって、いい気はしないな……)

そして、そのことを好意的に受け止めている鈴音に対しても、あまりいい気はしないと箒は感じていた。

 

 

部屋に戻ってきたシャルロットは、思い思いに暇を潰していた一夏と諒兵の姿に苦笑してしまう。

どう見てもどこにでもいそうな男子高校生の姿だったからだ。

先ほどの話とのギャップについ頬が緩んでしまったのである。

「お帰り、シャル」

「おう、お帰り」

「ただいま」と、そう返すと一夏が尋ねてくる。

「何の用事だったんだ?」

「これまでの戦闘記録を見ての勉強会だったんだよ。鈴やセシリアも一緒だったんだ」

ウソはついていない。そのために二人ともあっさり信じた様子なのでシャルロットは安心する。

「事実上セシリアは1組の代表だしなあ。それと鈴と代表予定のシャルってことか」

「予定だけどね」

と、一夏の言葉にそう答えるシャルロットだったが、3組編入時は間違いなく代表になる。

実力では十分にトップクラスだからだ。

「千冬さんが個人的に目をかけるなんてすげえな」

「うん、光栄に思わなくちゃ」

感心した様子の諒兵の言葉にそう返すシャルロット。

実際、ISに関わる大きな謎を知る一人として選ばれたことは光栄に感じていた。

ただ、先ほどのASの話はやはり気になる。

せっかく今は同じ部屋で暮らしているのだ、人がいると聞きにくいことも聞けるかもしれない。

そう思って尋ねてみた。

「飛んでるとき?」

「うん、どんな気持ちなのかなって思って」

「いや、楽しいぜ、気持ちいいしよ」

そういった諒兵の言葉に一夏も肯く。

最初に見た映像には本当に楽しそうに飛んでいる姿が映っていたのでそれはわかるのだが、聞きたいのはそれではない。

どう聞けばいいだろうと悩むシャルロット。

ストレートにコアの声が聞こえるのかと聞くのはいくらなんでも問題である。

そこで少し婉曲気味に尋ねてみることにした。

「名前をつけた理由?」

「二人とも自分のIS大事にしてるなって思ったんだ。ほら、僕のは機体名でしょ。それにけっこう声をかけてあげてるみたいだし」

実際、ラウラが挑発してきたとき、一夏は自分と諒兵の武器を指してこういった。

白虎とレオが作ってくれた、と。

ISの武装はあらかじめ設計され、そして積み込まれるのが普通だ。

装着してからできる武装などない。

機体にしろ武装にしろ自分で名前をつけているのは大事にしている証拠だし、どんな気持ちなのかとシャルロットは尋ねたのである。

とりあえず、一夏が答えてきた。

「それはまあ、白虎は俺と一緒に飛んでくれるパートナーだし」

「翼って印象じゃないの?」

「最近は違うな。誰かが手を引いてくれてる感じがするぜ」

諒兵がそういうと、一夏も肯いた。同じように感じているのだろう。

だが、諒兵の口から出た言葉は、核心に迫っていると直感したシャルロットはそこを突いた。

「どんな人?」

「マジメそうな、おとなしそうな、それでいて怒るとちっと怖い優等生って感じだな」

「えっ、そうなのか?」

そう一夏がいってくるので、諒兵は「違うのか?」と尋ね返す。

「俺は無邪気で、元気で、自分の気持ちに素直な頑張り屋って感じだ」

「へー、同じかと思ってたぜ」

「俺もだ」

互いに顔を見合わせる一夏と諒兵を見ながら、シャルロットはいい情報が手に入ったと確信した。

(同じじゃないんだ。もしかして個性があるのかな?)

二人は、コアと対話しているのかどうかはわからないが、『白虎』と『レオ』にそれぞれ違う印象を持っている。

さっきの映像を見ているときに、千冬やセシリアがいったが、どちらのISももとは同じ打鉄だという。

だが、コアに個性があるのなら、印象も変わってくるのだろう。

とりあえず、うまく話をまとめて終わらせておこうとシャルロットは口を開く。

「僕のコアはどんな感じなのかなあ?」

「一緒に飛んでりゃわかるんじゃねえか?」

「俺たちがそうだしな」

「そっか。もっと僕のISの気持ちを考えながら飛ばないと、だね」

と、シャルロットは一夏と諒兵に意見を合わせるようにして、会話を終わらせる。

ただ。

(本当に僕のコアも同じだっていうなら、どんな感じなのかな……)

話ができたら楽しいのに、と、そう思いながら、シャルロットは自分のベッドに潜り込んだのだった。

 

 

 

 



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第20話「黒き悪意」

六月に入った。

トーナメントまで、あと何日もないというところまで来ており、自然と生徒たちの話題はトーナメント一色となる。

ここまで来ると、シャルロットはすっかり馴染んでおり、中にはとても繊細で細やかな気遣いができる彼女を男とは思えないという生徒までいた。

まあ、実際のところ男ではないのだが。

 

しかし。

 

生徒たちが離れるように場所を空ける。

「フン」と、鼻を鳴らしてラウラが通り過ぎていった。

ラウラは一向に生徒たちと馴染もうとしなかった。

一人でいるところしか見たことがない。

あの協調性のなさでは仕方がないのだが、それを見るたびに諒兵はむずがゆさというか、何とかしてやる必要があるのではないかと感じるようになった。

問題児の世話など自分の役割ではないのだがと思いつつも、千冬に頼まれたこともあり、自分がやるべきかと考えていたのである。

 

そこで昼休み。

諒兵は一人でラウラのところに向かった。

一夏が一緒だと騒ぎになってしまうからである。

もともと自分も似たような面があったので、人を寄せ付けずにいられる場所というものにはいくらでも心当たりがある。

すぐにラウラの姿を見つけることができた。

学園の裏庭、野草が花を咲かせている場所で一人、昼食をとっていたのである。

「ぼっち飯かよ。寂しいやつだな、お前」

声をかける言葉としては非常に問題があるが、諒兵はそういって声をかけた。

とたん、ラウラが睨みつけてくる。

「殺されたくなければ消えろ」

「殺される気はねえが、消えるわけにもいかねえんだよ」

と、そういってラウラの隣に腰かけた。

動くのが面倒なのか、ラウラは無視して再び昼食を食べ始めた。

食べ終わればどこかにいってしまうだろうと感じた諒兵は、そのまま話しだす。

「親無し」

「貴様ッ!」

やはりこの言葉には反応するかと思いつつ、自分としてはいいたくなかった言葉であることを説明する。

「べつにいいたかったわけじゃねえ。俺も同類だしよ」

「何?」

その言葉で興味を持ったのか、ラウラは矛を収めた。

「貴様、軍属だったのか?」

「違う違う。生まれてすぐに捨てられたんだよ」

「捨て子か」

意趣返しのつもりか、少しばかり嘲笑気味にラウラがいうので、諒兵は苦笑いするしかなかった。

「おかげでガキのころはけっこういじめられたぜ」

「それがどうした。私は……」

「別にいわねえでいい。ま、そんなことがあったから、ガキのころはケンカばかりしてた」

「低俗なことだ」

「お前だって同じだろ」

馬鹿にされたと思ったのか、ラウラは再び諒兵を睨みつける。

軍人の自分がそんな低俗な真似などしたことはないとでもいいたげな瞳で。

「貴様のようなやつと一緒にされる理由はない」

「いや、同じだ。『力を示さなければ居場所を失う』そう思ってたからな、俺は」

そういわれて、ラウラは絶句してしまった。

それは確かにラウラと同じ気持ちだからだ。

ISが出て、失敗作の烙印を押された自分にとって、居場所を守るために残された最後の手段は力を示すことだけだったからだ。

「弱いやつは排除される。実際、孤児院で暮らしてたころは街を歩いていても片隅に追いやられるような時期があったしな」

「それは……」

「けどな、ある時、兄貴みてえな人にこういわれたんだよ」

 

「これ以上、弱くなってどうすんだ、諒兵?」

 

諒兵自身にとっても、青天の霹靂のような言葉だった。

ケンカで自分をいじめる者を倒し、自分の居場所を守り続けたつもりの諒兵だったが、それを真っ向から否定したのだ。

「ケンカでいくら力を示しても、誰も強いなんていわねえ。それより広い空をいっぱいにするくらいダチを、友だちを作れってな」

「友だち……」

「いわれたときはわかんなかった。それからしばらくして一夏に出会って、ダチになってようやくわかった。俺は力を示しても一人でしかなかったんだなってな」

一人の力には限界がある。

戦い続けても、いつか倒されてしまう側になる。

それよりも支えてくれる人を得ること。

そして支えたい人を見つけること。

それが人の強さなんだと諒兵は教わったのだ。

そのことを伝え、考え込むラウラに、諒兵はフッと笑いかける。

「千冬さんだけじゃ空をいっぱいにするにゃ少なすぎるぜ。もうちっとダチを増やすこと、考えてみちゃどうだ?」

何もいわないラウラを見て、彼女なりに考えていることを感じた諒兵は立ち上がる。

そして、「邪魔したな」と、そういってその場を後にした。

だから。

「……それでも、力を示すことができなければ、私には価値などないんだ」

そんなラウラの呟きを聞かなかったことを、諒兵はすぐに後悔することになるのだった。

 

 

放課後、一夏と諒兵の二人は廊下を全力疾走していた。

医務室に、鈴音とセシリアが運び込まれたという知らせを聞いたからだ。

「何があったんだッ?」

「知るかよッ!」

「とにかく急いでッ!」

知らせに来たシャルロットもかなり焦っている様子だった。

扉を開け、医務室に突入した二人の目に映ったのは横たわる鈴音とセシリア。

「鈴ッ、セシリアッ!」と一夏と諒兵が声をかけると、二人は少し気だるそうに目を開けた。

そして一夏、諒兵、シャルロットの姿を確認すると、起き上がろうとして、

「まだ身体にダメージは残ってますから、横になってなさい」

という言葉に仕方なさそうに従ったのだった。

 

少し休んだ後、鈴音が口を開く。

「もー、黒星二つ目よ……。世界は広いわ」

「そんなこと聞いてねえ」

「何があったのか説明してくれ」

ぶっきらぼうな諒兵と拳を握る一夏の姿に彼女は悲しそうな笑顔を浮かべつつ、セシリアとともに説明を始めた。

 

トーナメントに向けて、アリーナで訓練していた鈴音とセシリアに、ラウラがケンカを吹っかけてきたという。

「さすがに自分のISを馬鹿にされては黙ってはいられませんわ」

「ポンコツとかいってたもんね、あいつ」

懲らしめてやろうと思ったわけではないが、戦わなければ収まらないような雰囲気をラウラは持っていたという。

仕方なく、二人は勝負を受けた。

実のところ、善戦どころか、二対一でははっきりいって鈴音とセシリアの圧勝になるところだったらしい。

「もともと軍人らしいし、腕は確かにいいんだけど」

「戦い方が自分勝手すぎましたわ。あれでは力を十全に発揮することなどできませんわね」

ただ、劣勢だと理解したのか、ラウラの形相が変わったとたん異変が起きたという。

 

 

 

二十分ほど前、アリーナにて。

「ふうん、ずいぶんいってくれるじゃない」

「事実だ」と、ラウラは不遜な顔で言い放つ。

対する鈴音はラウラを睨みつける。共に空に浮かぶセシリアと共に。

「ポンコツ、とはいってくれますわね。私たちが自分のISを侮辱されて許すとでもお思いですの?」

「許す?それこそ思い上がりもいいところだな。代表候補生風情が」

「なるほどね、あんたはそれ以上だっていいたいわけね」

「当然だ。貴様らをまとめて相手にしても、負けることはない」

臨戦態勢のラウラは、鈴音とセシリアへの挑発をやめる気配がない。つまり、一戦交えない限り、終わらせる気はないのだろうとセシリアは読む。

そして鈴音への回線を開き、尋ねかけた。

(ドイツの第3世代兵器についてはご存知ですの?)

(ごめん、知らない。情報統制されてるんじゃない?)

おそらくドイツとしては、自国のISに対抗策を練られるわけにはいかないと考えたのだろうと鈴音は答える。

自分にも覚えがあるだけに、まず間違いないと思っていた。

(では……)

(突っ込むわ。フォローしてくれる?)

鈴音の勘がラウラは接近戦も弱くないと告げている。

ならば前線に出るのは、鈴音の役目だ。

仮に第3世代兵器を使わないなら、そのまま龍砲をお見舞いする。

使ってきたなら、セシリアがフォローして距離をとる。

とりあえず、そう作戦を立てた。

(了解しましたわ)と、セシリアがそう答えたとたん、鈴音はラウラに向かい、飛び立った。

しかし。

「クッ……」

薄く笑みを浮かべたラウラは、右手を翳す。

何のつもりかと思った鈴音だが、かまわずに突っ込もうとして「えっ?」と、思わず驚いてしまった。

「AIC、停止結界の前では、無冠のヴァルキリーだろうと無力だ。身の程を知れ、凰鈴音」

不敵な笑みでそう告げたラウラは、レールカノンの砲口を鈴音に向ける。

自身の身に危機が迫っても完全に身動きができない。動きを止められてしまっている。

なるほど、これがラウラの自信の正体かと理解した鈴音は、それでもニヤリと笑った。

「なァッ?」

そう叫んだのはラウラ自身。背後から襲いかかってきた衝撃に思わず声を上げてしまったのだ。

「まとめて、そうおっしゃったのはあなた自身ですわよ」

そういって『鈴音のはるか後ろ』で、スターライトmk2を構えるセシリアもニヤリと笑う。

真正面にいるにもかかわらず、背後から狙撃する。

すなわち。

「フレキシブルッ!」

「余裕ね、ボーデヴィッヒ」

ラウラがセシリアの偏光制御射撃に驚いていると、鈴音は縄を解かれたかのように一気に襲いかかる。

鈴音とセシリアは、優れた連携を見せてきた。

『まとめて』といった手前、卑怯呼ばわりはできない。

むしろ、新兵では敵わないほどの見事な連携にラウラは驚愕する。

「おのれッ!」

振りぬかれようとする双牙天月を、ラウラはプラズマブレードで受け止めた。

二刀流で更なる連撃を見せる鈴音に対し、ラウラも両腕にプラズマブレードを発生させ、見事に応戦する。

それどころか、二刀流で鈴音を押してきた。

(こいつ、マジで強いわね。でも……)

振り上げられたブレードが弾かれ、ラウラは体勢を崩す。

双牙天月とプラズマブレード。

四本の刃が激しくぶつかり合う中で、それでもラウラのブレードのみをセシリアは正確に射抜いてきたのだ。

「クッ、うっとうしいッ!」

ラウラは正直にいえば油断していた。代表候補生程度なら、本当に彼女はまとめて相手ができる。

しかし、代表候補生といえどピンキリだ。強い者もいれば、成り立ての弱い者もいる。

そんな中で間違いなくトップクラスの二人を相手にするのは、ラウラといえど無謀な挑戦であった。

 

そして十分後。

さすがにこれでは勝負にならないと、鈴音が声をかける。

「もうやめましょ。あんただってわかってるでしょ」

「少しは心を入れ替えてくださいな。これでは勝負になりませんわ」

実際、見事な連携を見せる鈴音とセシリアの前に、ラウラはなすすべがなかった。

否、正確にいえば、とにかく力を見せたいのか、戦術、戦略を無視した戦い方をしてくるのだ。

強力な武装を積んでいても、戦術を考えず、活かそうとしないのでは意味がない。

これならラファール・リヴァイブを装着した真耶のほうがはるかに恐ろしい相手だったと思うほど、ラウラは二人の連携に対応できていなかった。

「私を馬鹿にするかッ!」

「してるわ。あんたホント出来悪いもの」

「強さを誤解してらっしゃるようですわね。AIC、とおっしゃいましたか。確かに恐ろしい第3世代兵器ですが、機体の性能や武装などで勝てるなら苦労はありませんわ」

 

AIC、アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。

 

それが先ほど鈴音の動きを止めたものである。

慣性停止結界と呼称される、ドイツの第3世代兵器だ。

攻撃や対象を任意で停止できる強力な防御系統のイメージ・インターフェイス武装である。

認識できる攻撃や対象ならばほぼすべて停止できるため、並みの兵器で歯が立たない。

だが、だからといって戦い方がないわけではない。

多対一の状況では認識が間に合わず、また、認識しづらいエネルギー兵器などは止めにくい。

何より、使用には多大な集中力を要するのだ。

ゆえに、AICの特徴を掴んだ二人は、機体を止められないよう距離を保ちつつ、ラウラの死角から止めきれない攻撃を繰りだすことでダメージを与えていったのである。

「最初に鈴さんを止めたときのあなたの表情から、AICは使用に多大な集中力を必要とするものと見ましたわ。ならばその集中を崩せばいい。余裕で対処できますわ」

「宝の持ち腐れよ。山田先生のほうが怖かったわ」

辛辣な言い方だが、内心心配もしていた。

こんな調子ではいずれ誰かにボロクズのように嬲られてしまう。

だが、代表候補生である自分たちに負けたのなら、そこまで恥ではない。

何しろ鈴音とセシリアを相手に二対一だったのだ。むしろラウラは善戦したといえる。

心を入れ替えて鍛え直せば、間違いなく学園トップ、世界最強を目指せる逸材とも感じさせるだけに、ここで負かしておくのは悪いことではない。

ただ、今のままで恥をかくくらいなら、潔く負けを認めさせるべきだ二人は考えていた。

だが。

 

「舐めるなァァァァッ!」

 

そう叫んだラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンから一瞬黒い何かが噴き出すように感じた鈴音とセシリア。

直後。

「えっ、どうしたの甲龍ッ?」

「ブルー・ティアーズッ?」

二人のISは固まったように動かなくなった。AICではない。何か別のおぞましい力によって。

だが、敵対している以上、そこを見逃すはずがない。

ラウラはレールカノンを連撃で撃ち放ってきた。

結果、大きなダメージを受けた二人は、叩き落されてしまったのだった。

 

 

 

「まるで怯えてるみたいだったわ」

「そうですわね……」

と、そう呟いた二人にシャルロットは一夏や諒兵と同じようなことが鈴音とセシリアにも起きつつあるのではないかと感じるが、口には出さなかった。

そこに真耶が現れる。どうやら整備課からの報告を持ってきたらしい。

鈴音とセシリアはすぐに自分のISの状況について尋ねるが、彼女は黙ったまま首を振った。

「ダメージレベルがDまでいってます。しばらくは戦闘できません」

トーナメントに甲龍とブルー・ティアーズを出すことはできないと真耶は無慈悲に、だが辛そうに告げた。

ISには自己修復機能があるが、それでも限界がある。

限界を超えた損傷を受けたISを無理やり起動すれば、コアに多大な負担がかかり、ISが変質してしまう可能性もある。

そのため、今は修復に徹させるべきだ真耶は語った。

「そんなっ!」と、絶望したような顔を見せる二人に一夏と諒兵は肩を震わせる。

「野郎……」

そう呟いた諒兵は医務室から出ようと扉に手をかけた。

その雰囲気に、一夏は危険なものを感じ取る。

「待て、諒兵」

「止めんな一夏。あいつ、人のいったこと何一つ聞いてやがらねえ」

よほど腹に据えかねてるのか、諒兵はそういって扉を開けた。

 

織斑くーんっ、私と組んでえええええええっ!

日野くーんっ、一緒に暮らしてえええええっ!

デュノアくーんっ、好きにしてえええええっ!

 

「ぬぁんじゃこりゃあああああああっ?」と、諒兵が思わず叫び声をあげた。

飛び込んできた女子生徒たちに流されたのだ。

さらに一夏とシャルロットも巻き込まれてしまう。

「なっ、なんなんだっ?」

そう叫んだ一夏に女子生徒の一人が一枚のプリントを手渡してくる。

「学年別『タッグ』トーナメント?」

「えっ、トーナメント、タッグマッチになるの?」

疑問の声を上げたシャルロットに女子生徒全員が肯く。

「あ、さきほどの職員会議で急遽決まったんですよ。今年は連携を学ぶためにタッグマッチにするんですって」

と、真耶が補足した。

「つまり……」と、一夏が冷や汗を垂らす。

 

織斑くんっ、私、後方支援には自信あるからっ!

日野くんっ、私、炊事洗濯掃除には自信あるからっ!

デュノアくんっ、私、テクニックには自信あるからっ!

 

どう考えてもおかしいのがいるが、それ以上にこのままではマズいと感じた一夏は、ふとシャルロットに視線を向けた。

「ごめんっ、俺シャルと組むからっ!」

「あっ、ずりいぞ一夏っ!」

一夏はすかさずシャルロットを指して、自分が組むことを宣言した。

そうなると。

「げっ……」

ギランッと女子生徒たちの目が光る。

身の危険を感じた諒兵は医務室を飛びだした。

 

日野くーんっ、待ってえええええええええっ!

 

「どうしてこうなるんだああああああああッ!」

 

そんな諒兵の叫びははるか遠くから聞こえてきたのだった。

 

「一夏……」とシャルロットがジトっとした目で一夏を見る。だが、一夏はあくまで静かに手を合わせた。

「祈っとこう」

「そうだね」と、シャルロットは十字を切る。

「無事でいなさいよ、諒兵」

「ご武運をお祈りしていますわ」

そういってベッドに横たわる鈴音も手を合わせ、セシリアは十字を切ったのだった。

 

 

翌日のホームルームにて。

諒兵が机の上に突っ伏していた。

「一晩中、追いかけてくるとは、思わなかったぜ……」

そんな諒兵を見て、一夏とシャルロットは心底から胸を撫で下ろす。

とはいえ、同情の念も生まれていた。

鈴音やセシリアは残念ながらISが修復中であるため、助けられないのだ。

二人のいずれかがタッグパートナーなら文句も出なかっただろうが、この状況ではどうしようもない。

「どうにかして相手を決めないとだな」

「決めない限り、追いかけられ続けるよね」

「裏切り者……」

そういわれても、さすがに代わりたくないのだから仕方がない。

そこに千冬がようやくやってきた。

諒兵の姿を見て、一つため息をつく。

「知っての通り、学年別トーナメントはタッグマッチとなった。ただ、組む相手を探すのに苦労する者もいるだろうし、ランダムでは対応できん者もいるだろうということで、一部の生徒に関してはこちらで決めてある」

どうやら協調性のない生徒の場合、あらかじめ教員が決めておくということになっているらしい。

連携を学ぶためのタッグトーナメントであるため、相当に器用な人間でない限り、当日までしっかり訓練する必要があるのだと千冬は語った。

もっとも。

「というかだな、このままだと日野が過労で倒れる」

「頼むぜ、ちふ、織斑先生……」

わりと本気でそうなりそうな気がする諒兵は、千冬の言葉に一縷の望みをかける。

だが、次の言葉に諒兵も、一夏やシャルロット、セシリアも驚愕した。

 

「日野、ボーデヴィッヒ、ペアでトーナメントに出場しろ。これは決定事項だ」

 

諒兵の相手に選ばれたのは、ラウラだったのだ。

 

 

 

 



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第21話「獅子と子兎」

休み時間、諒兵は千冬を呼び止めた。

「どういうつもりだ、千冬さん」

「織斑先生と呼べ」

「答えろよ、千冬さん。鈴とセシリアのこと聞いてんだろ」

諒兵の目に明らかな怒りの色を感じ、千冬は一つため息をついた。

「タッグマッチも、お前とラウラを組ませることも以前から考えていたことだ」

「なんだと?」

「お前が一番、ラウラの気持ちがわかると思っていたからな」

ただ、タッグマッチを発表にこぎつけるまでに少し時間がかかり、その間にラウラは鈴音とセシリアを襲ってしまったのだ。

諒兵の気持ちを千冬は知っている。

それだけに悩みもしたが、やはり適任は諒兵しかいないと千冬は考えていた。

「これは予想外だった。謝罪しよう」

「つまり、組むこと自体は変えるつもりねえってことか?」

しばらく沈黙する千冬に、諒兵は肯定の意を感じ取る。

「一夏と出会ってお前は変わった。その思いを伝えられればラウラも変わると私は信じている」

「一夏じゃダメなのかよ?」

「そもそもラウラが組まん。そして適当な生徒ではダメだ。ラウラの気持ちを理解できるお前以外、タッグパートナーを任せられる者がいなかった」

単純な消去法ではない。

ラウラの気持ちを考えた末に決めた人選だったのだと千冬は語る。

「頼む。ラウラは私にとって大事な教え子だ。助けてやってほしい」

頼めないか?といってくる千冬の姿に諒兵はため息をつく。

「わかったよ。やってみる。けど千冬さんの思い通りにいくかどうか保証はしねえぜ」

「すまん」

そういうと、千冬は離れていった。

諒兵が深いため息をつくと、一夏が近づいてくる。

「悪い、聞こえた」

「気にすんな」

「やれるのか?」

「やってみるだけだ」

それにトーナメント自体はやる気がある。

性格とやってしまったことはともかく、ラウラはIS操縦者としては高い能力を持つ。

不満はあるが能力的にはパートナーとして不足はない。

「どこで当たるか知らねえが、手え抜かねえぞ」

「抜かせるか。こっちも思いきりいくさ」

そういって笑い合う二人の姿を箒が離れたところから見つめていた。

 

 

昼休み、諒兵は再びラウラを探しだした。

彼女は同じところで昼食を取っていたが、諒兵を一瞥しただけですぐに食事に戻った。

そして。

「貴様の力など必要ない。アリーナの端で座っていれば私が終わらせる」

「そんなタッグパートナーがいるかよ。それに決めたのは千冬さんだそうだ」

「教官が?」

「俺が一番、お前の気持ちがわかるとさ」

驚いたような表情を見せるラウラに、諒兵は千冬にいわれたことをそのまま伝えた。

実際、ラウラが親のいない孤児らしいことは聞いているし、かつての自分と同じように力を示すことで自分の居場所を守ろうとしているのも見ていてわかる。

だが、鈴音とセシリアにやったことは許せない。

限度を超えてしまっているからだ。

何より諒兵としては鈴音を傷つけた者をそう簡単には許せない。

しかし、トーナメントで組む以上、わだかまりを残したくなかった。

だからこうして話に来たのである。

「気分よかったのか?」

「何がだ?」

「鈴とセシリアをボコボコにして気分よかったのか?」

そう問われたラウラは少し逡巡した様子を見せる。

その態度で、根は決して悪人ではないことがわかる。

だが、すぐに尊大な態度になって答えた。

「虫けらを一蹴するくらい、わけはない」

「アリーナで見てたやつがいうには、二対一とはいえ一蹴されるとこらしかったじゃねえかよ」

「クッ……」と、ラウラは悔しそうに唇を噛む。

偽悪者、なのだろう。

とにかく自分を強そうに見せることで、必死に周囲を威嚇している。

だけどラウラの本質は見た目どおりの小さな獣で、本当は誰かに守ってほしいのだ。

「私は、シュヴァルツェ・ハーゼの隊長だ。代表候補生程度に負けるわけにはいかん」

「なんだそりゃ?」

「ドイツ軍のIS部隊だ。日本語だと黒い野ウサギという意味になる」

ぴったりだなと諒兵は感じた。

確かにラウラはウサギというか子兎という印象だったからだ。

必死に身を寄せ合って自分たちを守ろうとする子兎の姿が、今のラウラに重なった。

「相手が『無冠のヴァルキリー』だろうと『スナイピング・クィーン』だろうと、私は負けられなかった。だから、あの結果には納得している」

と、ラウラは震える声で告げる。

いつの間にセシリアにそんな通称がついたのかは知らないが、意外なほど決死の覚悟でケンカを売ったことが、諒兵にはよくわかった。

そして、言葉に反して、実のところ納得していないこともよくわかる。

自分の実力を思い知らされて、ラウラは焦ったのだろう。

そこに二人の機体不調というチャンスが来たために、徹底的に攻撃してしまったのだ。

「不器用なやつだな」

「何が言いたい?」

「素直じゃねえっつっただけだ」

ラウラとしては己が強者であるということを示したいだけなのだ。

負けられないという意地からでも、負けたくないという意志からでもない。

負けるということが、ラウラにとっては恐怖の対象だということなのだろう。

ラウラが必死に目を背けているものと向き合ったなら、彼女はきっと変わることができる。

そうさせるためにも千冬は自分と組ませようとしているのだろうと諒兵は理解した。

それならまだ組める余地はある。

鈴音やセシリアにしたことは許せないが、千冬がそこまで考えて自分を選んだというのであれば、少なくともパートナーとしてやっていくことはできそうだと諒兵は安堵の息をついた。

「昨日もいったけどよ、一人の力には限界があるんだよ。それを知ることができたのはお前にとってプラスだと思うぜ」

「何を……」

「無理に訓練しようとかいう気はねえ。これでも器用なほうだからな。合わせられる自信はある」

「いらんといっている」

「親ウサギはいつまでも子ウサギを守っちゃくれねえよ。子ウサギは一緒に戦ってくれるパートナーを自分で探すんだ」

その気があるならパートナーになる、そういって諒兵は立ち上がる。

「何が、パートナーだ。そんな、もの……」

そんな呟きを耳にして、少なくともまだ救いはあるなと諒兵は感じていた。

 

 

鈴音は持っている電話ではなく、公共通信網を使ってどこかに連絡していた。

その隣では連絡を終えたらしいセシリアが息をついている。

そして鈴音が息をつくと「どうでしたの?」と尋ねかけてきた。

「バッチリよ。うまくいったわ」

「こちらもです。『無冠のヴァルキリー』との戦闘データが功を奏しましたわ」

「そういわれると恥ずかしいわね」と、鈴音は顔を赤くしてしまう。

そして、その場を離れた鈴音とセシリアに、一夏が声をかけてきた。

シャルロットと箒も一緒である。

「何してたんだ?」

「国に連絡してたのよ。今度のトーナメント、出るわ」

「何ッ?」

甲龍とブルー・ティアーズは今は修復中で展開できない。

にもかかわらず、無理やり出るというのだろうかと一夏は思う。

だが、回答は意外なものだった。

「私たちのISは整備課に一時預けることにしましたわ」

「つまりね、訓練機で出るのよ」

そういった二人に一夏はなるほどと感心した顔を向ける。

確かに訓練機で出てはいけないというルールはない。

ただし、IS学園には、だが。

理解しているらしきシャルロットが疑問の声を上げる。

「国がよく許したね。専用機持ちが専用機使わないなんて威信に関わるでしょ?」

「そこはちょっと強引に説得したわ」

と、そう答える鈴音にセシリアが補足するように解説した。

「専用機を持つ者は、量産機でも優秀であることを証明する。そんなIS操縦者が駆る機体ならば今は修復中でも優秀であるといえますわ。国家の威信を保つに十分でしょう」

「なるほど」と、今度はシャルロットが感心したような顔を見せた。

つまり自分たちの実力を見せることで、操っている専用機の力をさらにすごいものだと錯覚させようというのだ。

「錯覚とは思いませんわ」

「私もセシリアも、自分のISは最高だって自負があるもの」

だから甲龍とブルー・ティアーズのためにも勝つのだと鈴音は宣言した。

「そうか。でも、それなら楽しみだな。鈴とセシリアが出るなら、今度こそきっちり決着つけたいし」

ライバルといえる二人がトーナメントに出てくるのならば、一夏としてもやりがいがある。

そう思うため、そんな言葉が口をついて出たようだ。

そこに「マジかよ」と、諒兵の声が聞こえてきた。

ラウラのところから帰ってきたところで、みんなが話しているところに遭遇したのだ。

「出るのか、鈴。セシリアもか?」

「訓練機ですが自信はありますわ」

「あんたはあいつと一緒にだっけ。私たちは二人で組んで出るわ」

不敵に笑う鈴音とセシリアに諒兵はニッと笑う。

「手え抜かねえぜ。一夏やシャルも出るし、まとめて倒してやる」

「あんたとは戦ったことないし、実力の差ってやつを思い知らせてあげるわ」

「それに、ボーデヴィッヒさんにはリベンジさせていただきますわよ」

「負けられないな、シャル」

「そうだね。僕も気合い入ってきたよ」

そういってトーナメントに向け、楽しそうに話し合うみんなの姿を、箒はどこか疎外感を感じながら見つめていた。

 

 

夜。

箒は自分の部屋で物思いに耽っていた。

簪が叩くキーボードの音には既に慣れてしまっている。

自分の専用機を自分で作ろうという気概には驚いたが、なかなか目処が立たないようで少し哀れみを感じていた。

そんな箒に簪のほうから声をかけてくる。

どちらも他人とはあまり会話しないのだが、既に二ヶ月ほど一緒に暮らしているためか、それなりに会話するようになっていた。

「どうしたの?」

「いや、今度のトーナメント、どうしようかと思っているんだ」

昼間の一夏たちを見ると、どこか疎外感を持った。

自分だけが輪に入れない。

編入してきたばかりのシャルロットですら、まるで昔からの友達のように会話に入っているのに。

専用機持ちたちとそうでない者の差なのだろうかと箒は感じていた。

「更識はどうするんだ?」

「悩んでる」

日本の代表候補生で、本来ならば専用機持ち。

4組代表の更識簪は、こういったトーナメントでは実力を示すためにも本来は出るべきIS操縦者だ。

ただ、専用機がいまだに完成の目処が立たないために、ここ最近の彼女はトーナメントなどには出ないし、模擬戦すらあまり行うことができていない。

腕を錆付かせている覚えはないが、どこか取り残されてしまっているような思いは抱いていた。

「専用機は……」

「早くても、2学期」

「そうか」

そうなると専用機での出場はできない。

そして専用機無しということになると、出てもそこまで期待はされないだろう。

簪としてもそんな状態で出たくはないだろうし、箒もその気持ちは理解できる。

そこで箒は鈴音とセシリアが訓練機で出ることを思いだした。

「そう」

「わざわざ国の上層部を説得したそうだ。よほど出たかったらしい」

それなら、と簪は考える。

現時点で1年生の専用機持ちは、

織斑一夏、

日野諒兵、

シャルル・デュノア、

そしてラウラ・ボーデヴィッヒの四人。

少なくはないが、現在学園で専用機持ちとして有名人となっている凰鈴音とセシリア・オルコットが訓練機で出るのであれば、自分にまだ専用機がなくてもそれほど気にはされないだろう。

何より、出たくても気後れしてしまっているようなルームメイトの箒の姿が気になった。

「一緒に出る?」

「いいのか?」

「うん」

そして翌日、トーナメントに出ることを決めた篠ノ之箒と更識簪の名前が出場申込書に書かれることになった。

 

 

そして、学年別トーナメント、初日。

アリーナの巨大モニターに映しだされた対戦表を見て、それぞれが期待に胸を高鳴らせる。

「俺はBブロックか」

「鈴とセシリアはAブロックに入ったんだね」

諒兵の言葉に続き、シャルロットが対戦表を見ながら肯いている。

トーナメントは出場者の多さから、A、Bブロックに分かれ、それぞれのブロックを勝ち抜いた者が決勝戦に赴くことになる。

今年は出場者が例年より多いため、学園に四つあるすべてのアリーナで試合が行われることになった。

一夏とシャルロット、諒兵とラウラはBブロックで、第3、第4アリーナ。

そして鈴音とセシリアはAブロックに名前が書かれており、第1、第2アリーナで試合をすることになる。

さらにAブロックには箒と簪の名前もあった。

「箒も出るんだな」

「ああ。更識が出るといったのでな」

少し驚いた様子だったが、一夏は箒と戦うのも楽しみだという。

その言葉に箒が嬉しそうに笑うと、意外なところからも歓迎の声が上がった。

「箒も驚いたけど、4組代表が出るのね」

「あ、ああ。訓練機だが」

「私たちもそうですし、問題ありませんわ。実力のほど、拝見させていただきましょう」

鈴音とセシリアも戦うのが楽しみだといって笑う。

こんなにあっさりと受け入れられるとは思わなかった箒は、少しばかり面食らっていた。

「一夏とはBブロック決勝か。負けんなよ」

「誰にいってる」

と、そういって男二人が不敵に笑いあう。

そして、各自が対戦のため、そして観戦のために各々目的地に向かうのだった。

 

 

そしてAブロック一回戦、第一試合。

勝敗はあっさりと決まった。

すべてのアリーナの様子をモニターで見ることができる特別観覧室で見ていた真耶と千冬が感心している。

「まさに圧勝でしたね」

「凰とオルコットでは相手がかわいそうになるな」

と、千冬が苦笑している。

基本どおりの戦術で、鈴音とセシリアは相手を圧倒していた。

「だが、いろいろと学べたようだ」

「そうですね。仲良く手を取り合うところなんて、教師として見ていて嬉しかったですよ」

余裕があったといっては失礼だが、鈴音とセシリアは倒した相手を助け起こすなどのフェアプレー精神を見せている。

相手も悔しがりはしたものの、決して暗い眼差しではなかった。

いろいろと学べるところがあったのだろう。

少女たちが見せる爽やかな姿に、観客は一回戦から拍手を送っていた。

近くにいる中国、そしてイギリスのIS関係者も感心している様子だ。

 

出場を許可して正解だった。

さすが我が国が誇る『無冠のヴァルキリー』だ。

オルコット嬢は優秀な選手に成長したな。

これは試験機を改良すべきか。

 

仕方ないこととはいえ、やはり上層部となるとそこに意識が行くのだろう。

そんな声を聞きつつも、千冬は生徒たちが懸命に戦うことを願ってやまなかった。

ただ。

 

データは間違いなく取得できるな?

問題ありません、システムは正常に稼動します。

 

ドイツのIS関係者の微かな呟きが耳に入り、千冬はいやな予感がするのを抑えられずにいた。

 

 

 

 

 



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第22話「戦機たちの競演」

Bブロック一回戦、第一試合。

ライフルを連射してくる相手に向かい、一夏は突撃する。

「速いッ!」

相手にしてみれば、信じられないような速度らしいが、単に白虎の性能というわけではない。

一夏は常に最短距離を選択し、全速力で相手に迫る。

同じ速度でも、回避行動を取る操縦者に比べ、速いのは当然でもあった。

その一夏の斬撃が相手のシールドエネルギーをゼロにする。

「あっ!」と、対戦相手のパートナーが気を取られた瞬間、シャルロットがアサルトカノンを放つ。

完全な近接型の一夏が相手の連携を乱し、シャルロットはその隙を突く。

一夏とシャルロットはそれを基本戦術としていた。

試合終了のブザーが鳴る。

「大丈夫か?」と、そういって一夏が手を差し伸べると、相手は顔を真っ赤にして気を失ってしまう。

「あれ?」

「一夏、けっこう天然だよね」

シャルロットが呆れたように突っ込む。

イケメン効果発動に気づかない一夏であった。

 

 

少し飛んでBブロック一回戦、第八試合。

シールドエネルギーがゼロになって倒れた相手に、ラウラはさらなる追撃として、プラズマブレードを突き刺そうとする。

「何ッ?」

「よせよ。もう終わってる」

その手を諒兵が止めていた。

ラウラが振り向くと、諒兵の後ろには同様にゼロになって降参の意を示している相手の姿があった。

「止めを刺さずに終われるか」

そうはいうものの、試合終了のブザーが鳴り、仕方なくラウラは手を止めた。さすがに最低限のルールまで無視する気はないらしい。

だが、戦闘において、ラウラはとにかく突出していた。

諒兵と連携しようなどという意識は欠片もないらしい。

一人ですべてを相手にし、圧倒するつもりなのだろう。

だが、機体性能の差だけですべてが決まるわけではない。そのことは既に知っているはずだが、変わらない様子を見ると意固地になっているようにも感じられる。

先が思いやられるなと諒兵はため息をついた。

「ここは戦場じゃねえよ。あんま殺気立つな」

そして「わりいな」といって、倒れた対戦相手に手を差し伸べる。

そんな諒兵の姿をちらりと見て、ラウラはさっさと戻っていった。

「ちっとおっかねえけど、許してやってくれな」

「ありがとう日野くん。お詫びに今度デートして♪」

「待てコラ」

思わず突っ込む諒兵だった。

 

 

一回戦を突破した各々は学園中央のラウンジに集まっていた。

ただし、ラウラは諒兵が声をかけるも無視してフラッと消えてしまい、簪は用足しといって避けていたが。

「みんな余裕ね」

「お前とセシリアは組んだこと自体が反則とかいわれてんじゃねえか」

「しょうがないでしょ。申し込み、ギリギリだったんだから」

「恥ずかしくない試合ができればあまり文句も出ませんわ」

諒兵の突っ込みに鈴音とセシリアが笑いながら答える。

「箒もすごかったね。あれ、日本の剣術なの?」

「あ、ああ。もともと実家が剣術道場だからな。剣には自信がある」

シャルロットの質問に少し慄きながらもそう答える箒。

今までなかなかこうした話ができなかっただけに、なんだかふわふわとしているような感じだった。

「試合内容を見る限り、Aブロック決勝は箒さん、更識さんのペアとですわね」

「あいつへのリベンジもあるし、負ける気はないわよ」

「わ、私だって負ける気はない」

そう答えると鈴音は満足そうに笑う。

ライバルといえる相手が増えるのは嬉しいらしい。

そこに「みんな、すごかったね~」と本音がトコトコとやってきた。

「かんちゃんは?」

「用足しだ」と、箒が答えるとわずかに眉をひそめたが、空いている椅子にちょこんと座った。

「他の試合も見てたのか、のどぼとけ」

「うん、意外とやる子もいるよ~」

「伏兵上等。そうでなきゃな」

「剣を握る以上は、負けないさ」

と、諒兵の言葉に一夏が続くと本音も楽しそうに笑う。

「がんばれ~、応援してるよ~」

本音の言葉に強く肯くと、各々はそれぞれの試合会場である各アリーナへと向かっていった。

 

 

Aブロック二回戦。

箒は簪とともに打鉄を纏い、第2アリーナの空に浮いていた。

「お願い」

「わかった」

基本的に箒と簪のペアは箒が前衛、簪が後衛で戦っている。

もともと実家が剣術道場である箒は、はっきりいって銃火器の扱いは苦手だ。

無理に苦手なものを扱うよりも、得意なもので押したほうがいいと簪にもいわれたことで、箒は近接用の大型ブレードと小型ブレードのみを積み、基本的には大型ブレードのみで戦っていた。

「つぇいッ!」

気合いとともにブレードを振り下ろす。

相手は剣は素人だが、ブレードとアサルトライフルを同時に扱っている。

とはいえ、近接ならトリガーを引かれる前に箒には対処できた。

そして、機体の操作を間違えたのか、相手が隙を見せたところに連撃を与え、見事勝利した。

簪もほぼ同じタイミングでもう一人を倒している。

「ふう……」と、息をついた箒は思う。

(やれる。私だって十分に戦える)

無論、簪と組んだおかげだとは理解しているが、そこいらの素人相手にはそうは負けない。

自分は十分一夏の背に届くと箒は感じていた。

 

 

そんな箒の試合の様子を見ていた鈴音は隣に座るセシリアに声をかけた。

「気づいてないのかしらね?」

「どうでしょう。ただ、更識さんの腕前は相当なものですわね」

二人の代表候補生にとって、箒、簪組の恐ろしさは簪に集中しているように感じられた。

「箒を助けながら、自分はきっちり一人で相手を倒してる。あの子すごいわよ」

「あれほど気持ちよく戦わせてくれるサポートは見たことがありませんわ」

それだけに倒すとしたら基本的には分断工作をすることになる。

「セシリア、一騎打ちいける?」

「何とかしますわ」

「そう時間はかけないから。箒には悪いけど、負ける気はないし」

Aブロック決勝を視野に、二人の代表候補生は既に戦術を練り始めていた。

 

 

『砂漠の逃げ水』、ミラージュ・デ・デザートと呼ばれる技法を使い、シャルロットは相手とうまく距離を保ちつつ、細かくダメージを与え続ける。

「くっ、距離を詰め切れないっ!」

相手の悔しそうな声が聞こえてくるが、どんな形であれこれは勝負だ。手は抜かない。

シャルロットは確かに代表候補生を務められるほどの実力があった。

真耶に近い戦い方だが、さすがに7種の武装を同時展開できる彼女ほどではない。

それでもIS操縦者としては並外れた実力があった。

そこに。

「ごめん」と、一言呟き、一夏が対戦相手に斬撃を喰らわせた。

異常なほどの攻撃力を誇る白虎徹は、まともに喰らわせれば一撃でシールドエネルギーをゼロにできる。

「しまったっ!」

シャルロットと一夏の連携であることに、対戦相手は気づかなかったのだ。

そしてシャルロットは一夏を追いかけていた相手に、アサルトカノンと重機関銃を用いての連撃をお見舞いする。

「あーんっ!」

一夏に集中しすぎていたその相手はシールドエネルギーがゼロになり、あえなく地面に落ちた。

「助かった、シャル」

「作戦でしょ?」

「いや、さっき撃たれそうになったとき隙を作ってくれただろ?」

気づかれるとは思っていなかっただけに、シャルロットは驚く。

一夏はうまく対戦相手を引き付けていたが、逆にそのせいで攻撃を受けるところだった。

そこで相手の装甲に軽い攻撃を入れておいたのだ。

とはいえ、まさか気づかれるとは思わなかった。

「よく気づいたね。マズいかなって思って一発当てといたんだけど」

「周りの状況はちゃんと見るよ。諒兵とコンビを組んでたときもけっこうあったんだ」

お互いにフォローしあうことで、多対二のケンカでピンチを切り抜けてきたことがあった。

そのために、自然と自分を助ける一撃などはすぐに気づけるようになったのだ。

「だからありがとうな、シャル」

「どういたしまして」

自分のフォローに気づかれたことは恥ずかしいものの、お礼をいわれたことは素直に嬉しかった。

 

 

忌々しいとラウラは舌打ちする。

二対一で相手にうまく連携を使われると対処しきれないということは鈴音とセシリアを相手にしたときに思い知らされたが、まさか学生程度に被弾するとは思わなかったのだ。

相手は正面からではなく、ひたすら脇や背後に回って銃撃を繰り返してきたのである。

向上心のある学生なら、自分と同レベルとでもいうのかとラウラは苛立つ。

だが。

「よっと」

背後から声が聞こえてくる。

突出してしまった自分をフォローするかのように、背後の敵の銃撃を諒兵が防いでいた。

(何だこの感覚はッ!)

背中が暖かい。

なんだか気持ちがよくて、身を委ねてしまいそうになる。

ラウラはそんな自分の気持ちを必死に否定するかのように、眼前の敵を倒した。

即座に背後の敵にワイヤーブレードで襲いかかろうとするが、手を出そうとしたときには戦いは終わっていた。

「わりいな」

「しょうがないよ。でも、強いね日野くん、今度デートして♪」

「待てコラ。なんでみんな同じこといいやがる」

呆れたような顔で突っ込んでいる諒兵を見ると、ラウラはいやな気持ちになった。

 

そうして、学年別トーナメント初日の全試合が終了した。

 

 

学生寮のラウンジにいつものメンバーが集まっている。

全員が二回戦を突破したことで、雰囲気は和やかなものとなっていた。

「シャルはサポートうまいな。全体をよく見てやがる」

「そうかな。そういわれるとちょっと恥ずかしいよ」

と、諒兵の言葉にシャルロットは恥ずかしそうに頬を掻く。

だが、恥ずかしがることないだろうと一夏も褒めた。

「いや、ホントにありがたいぞ。戦いやすいし」

「はは。でも連携うまいのは鈴とセシリアもでしょ?」

そういって、シャルロットはそれぞれ喉を潤していた鈴音とセシリアに話を振った。

「セシリアはやっぱり優秀な遠距離型の操縦者ね。安心して背中を任せられるわ」

「狙撃には視野の広さと集中力が要求されますもの」

離れた位置から戦況を見るのはむしろセシリアにとって必須の能力だ。

その点に関しては自信がある。

「前衛が役割を果たせば、後衛も自分の役割を果たせるけど、逆もまた大事だな」

「そうなのか」と、一夏の言葉に箒が納得したような表情を見せた。

もっともこれまでの結果を見る限り、自分も役割を果たせているだろうと箒は自信を持っていた。

「あんたはちょっと苦労してるみたいね」

と、鈴が諒兵に声をかける。

いかんせん、ラウラは協力するという意識がない。

自然と諒兵がサポートに回ることになる。

「ま、暴走してるってほどでもねえし、何とかできてるさ」

「見ている限り、ボーデヴィッヒさんもわかってはいるみたいだよ」と、シャルロット。

「ただ、不機嫌にも見えますわね」

サポートされることに慣れていないのではないか、とセシリアは意見するが、諒兵は否定した。

「千冬さんも知ってるみてえだし、いってもかまわねえと思うがよ。ボーデヴィッヒはIS部隊の隊長だとよ。たぶん、サポートされるのは初めてじゃねえはずだ」

「なら、ボーデヴィッヒさんをうまくサポートしてらっしゃる方がいるのでしょうか?」

「たぶんな。俺と組んだのはここに来て初めてだから、違和感あるんだろうよ」

人によってサポートの仕方は異なる。

今までと違うサポートを受けていることで、勝手が違うということを感じているのかもしれない。

それなら不機嫌になる理由もわかるのだが、ラウラはサポート自体を否定している感じがするということは諒兵は口に出さなかった。

 

 

ラウラは一人、暗い部屋の中、ベッドの上で膝を抱えて座っていた。

その手には軍用の通信機がある。独自の秘匿回線を使っているため、IS学園のセキュリティすら抜けられるものだ。

もともとドイツ軍上層部から手渡されたもので、緊急の場合は連絡できるようになっている。

同じものを自分の部隊であるシュバルツェ・ハーゼの副隊長も持っていた。

副隊長の名はクラリッサ・ハルフォーフ。

階級は大尉。少佐である自分より年上、というか部隊でも年長で、まだ年若いラウラに代わり、部隊を牽引している優秀な副隊長であった。

ラウラと同じようにアイパッチをしているので、どこか親近感を持っているというのは余談である。

「はい、こちらクラリッサ・ハルフォーフ」

「私だ」

「隊長、どうなさいました?」

ラウラは、どうしたんだろう、と、副隊長のクラリッサの言葉に自分でも考え込んでしまう。

どう答えるべきかと考えて、うまく考えをまとめられていないことに気づかされる。

「暖かいんだ」

「は?」

「いや、何をいっているのか自分でもわからない。ただ、日野と一緒に戦っていると、背中が暖かい」

通信機の向こうのクラリッサが少し考え込んでいるような雰囲気が伝わってくる。

自分でも何をいっているのかわからないのに、相手にわかるはずがないとラウラは話していることがばかばかしくなる。

そう思い、通信を切ろうかとクラリッサに伝えようとしたら、向こうから質問してきた。

「ヒノ、とは?」

「今、IS学園でトーナメントをしていることは知っているか?」

「はい。IS関係者にとってはこの時期、注目のイベントですからね」

「試合形式の変更でタッグを組むことになったんだが、私の相手の名が日野、いやリョウヘイ・ヒノという」

「ああ、あの」と、意外な言葉がクラリッサから聞こえてきてラウラは驚く。

「知っているのか?」

「男性IS操縦者の名前は有名ですから」

織斑一夏と日野諒兵の名は、IS関係者ならば知らない者はいないといっていいレベルだ。

それほどに特別ということができる。

ただ、それは男性でISを操縦できるからということができた。

少なくとも、自分はそう認識しているとラウラは考える。

それはクラリッサも同じらしい。

IS部隊の隊長を務めるラウラのパートナーになるほどの実力があるとは思っていなかったようだ。

「隊長が組んでらっしゃるとは知りませんでした」

「教官が決めたらしい」

「織斑教官が?」

肯定の言葉を伝えたラウラは、組んでいるのはあくまでそれが理由なのに、何故、背中が暖かいのかわからないと自分のまとまらない感情をそのまま伝える。

クラリッサは再び沈黙した後、こう伝えてきた。

「今はともに戦うことです、隊長」

「何故だ?」

「理由はいずれわかります。それよりも目の前の戦闘に集中すべきです」

「……確かに、そうだ」

ラウラがそう呟くように伝えると、クラリッサはご健闘を祈りますといって通信を切った。

「背中が、寒いな、今夜は……」

膝を抱えたまま、ラウラはそう呟いた。

 

 

 

 




閑話「ラウラの(おそらく)有能な部下たち」

遠くドイツにて。
通信を終えたクラリッサに部下の一人が声をかけてくる。
「隊長ですか?」
「ええ、そうよ。今IS学園のトーナメントに出場しているらしいわ」
「今年はタッグらしいと聞きましたが」
「ええ」と、クラリッサは答える。
そして今ラウラが諒兵と組んで戦っていること、不可思議な感情に揺れていることを部下に伝えた。
すると部下の目が光り輝く。
「つまり、それは……」
「リアル少女マンガよッ!」
「なるほどっ!」
クラリッサ・ハルフォーフ。
大変な日本の少女マンガ好きである。
「隊長は初恋に揺れる生真面目な風紀委員ッ、相手は学園の問題児ッ!」
「萌えシチュですねっ、おねえさまっ!」
「彼がときどき見せる優しさに『きゅんっ♪』とくる風紀委員(隊長)ッ!」
「ときめきますっ、おねえさまっ!」
「でも問題児であるがゆえに周囲が反対ッ、却って燃え上がる恋心ッ!」
「最高ですっ、おねえさまっ!」
「まったくだわッ!」と、クラリッサはド真剣な顔で答える。
いつの間にか、その周囲には少女マンガや乙女ゲーの刺さった携帯ゲーム機を手にした隊員たちが集まっている。
シュヴァルツェ・ハーゼ。
わりと残念な女性軍人の集団であった。

「ダメだこいつら、はやくなんとかしないと」
部隊唯一の常識人、アンネリーゼ・ブッケルがたそがれつつ呟いていた。





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第23話「飛ぶ者、墜ちる者」

学年別トーナメント、二日目。

A、Bブロック三回戦も終わり、いよいよ次はブロック決勝。

Aブロックは下馬評どおりに鈴音、セシリア組が勝ち上がり、対するは箒、簪組となっている。

Bブロックでは、一夏とシャルロットは三回戦も無難に勝利して決勝へ。

そして諒兵とラウラも無事に勝ち上がり、決勝へと駒を進めた。

「腕が鳴るよ。諒兵とのまともな試合は初めてだからな」

「そうなの?」

「訓練で手合わせはしてるけど、公式では初めてなんだ。楽しみだ」

と、一夏とシャルロットが話しながら会場となる第1アリーナに向かっている。

ブロック決勝はどちらも第1アリーナで行う。

空いたアリーナで2年生の試合が始まるためだ。

さらに総合優勝を決める決勝も第1アリーナで行われる。

Aブロック決勝の試合は見ておこうと思い、二人は比較的早足で会場に向かっていた。

すると。

 

「何のつもりだッ、日野ッ!」

 

いきなりラウラの声が聞こえてきた。

内容からして、諒兵も一緒にいるらしいと思い、二人は声の方向に向かう。

見るとラウラが諒兵に掴みかかっていた。

止めようとするシャルロットを「少し様子を見よう」と一夏が制してくる。

 

 

三回戦。

諒兵とラウラの相手はさすがにここまで勝ち上がってきただけあって見事な連携を見せてきた。

一人が囮となって正面に回って引き付けると、もう一人が背後から銃撃。

距離を保ちつつ、決して一つところに固まらない。

そして、それを交互に行うため、AICで止めるにしても、武装で攻撃するにしても狙いを定めにくいのだ。

見事な役割分担と連携をしているなと諒兵も感心したほどだ。

にもかかわらず、一人で突撃し、戦おうとするラウラはかなりのダメージを負ってしまう。

そこで諒兵は囮役に獅子吼をビットとして撃ち放って牽制、背後の攻撃役にダメージを与えると。

「そっちを落とせボーデヴィッヒッ!」

と、指示を出してきた。

ラウラは思わずいうとおりにAICで対戦相手を停止させ、レールカノンとプラズマブレードの連撃で囮役を落とし、さらに諒兵を助けようとワイヤーブレードを使って、反撃しようとする攻撃役の武器を弾き飛ばす。

そこに諒兵が更なる一撃を放って勝利したのだ。

そのとき、勝ったことを喜んだラウラだが、すぐにハッと気づいた。

自分は今、諒兵の指示に従い、あまつさえ助けてしまったということを。

 

 

いまだ顔を紅潮させたまま、ラウラは諒兵の胸倉を掴む。

「お前の力など借りなくても勝てたんだッ!」

「相手を舐めんなよ。苦戦してたじゃねえか」

と、諒兵は少し呆れたような表情で返す。

実際、勝てた可能性はあるが、決して楽に戦える相手ではなかった。

IS学園の生徒のレベルは決して低くはない。

もともとエリート校である。

学んだことを即座に活かせるだけの応用力は誰でも持っている。

三回戦の対戦相手は、例え訓練機でも優秀な戦闘ができるだけの実力者であったことに間違いはないのだ。

そもそも専用機は、よほどの才能か実力がない限り与えられない。

専用機を持たないことが、弱いこととイコールではないのである。

「多少の油断で負けたりはしないッ!」

「油断は禁物だろ。そもそも油断してるようには見えなかったぜ」

図星であった。

確かに対戦当初こそ油断はあったかもしれないが、戦っているうちに舐められる相手ではないことは理解できていた。

それでも。

「お前の、助けなど、いら……」

最後は消え入りそうな声になりながら、ラウラは走り去っていった。

 

ため息をついた諒兵が口を開く。

「おい、出歯亀コンビ」

「失礼だな」

「覗くつもりはなかったんだよ」

どうやら気づいていたらしいと一夏とシャルロットは素直に歩み寄った。

「三回戦、ヤバかったのか?」

「ま、ビット使えば俺一人でも何とかできた。ただ下手すりゃボーデヴィッヒは落とされたな」

その評価にシャルロットは驚く。

ラウラが弱いとは思っていないからだ。

「いや、さすが千冬さんの教え子だけあって力はあるぜ。学園でもトップクラスだ。ただ……」

その力を示そうと真正面から叩き潰そうとするのだ。

結果として搦め手に対しては弱く、後手に回って攻撃を受けてしまうのである。

「千冬さんはそれでも叩き潰せる強さがあるけどな。必死に真似ようとしてんだろうよ」

どんだけ好きなんだか、と諒兵は呆れたような表情を見せる。

とはいえ、諒兵としてはそんな形で負けたくはないので、今回ラウラを助け、指示を出したのだ。

こっそりとフォローするのではなく、はっきりとパートナーとして指示を出されたことが気に入らなかったのだろうと諒兵は語る。

「つっても、実力は確かだ。連携できれば負けねえぜ」

「なら、俺たちが勝つ。シャルとの連携にも慣れてきたからな」

「いいやがったな」

「いわせてもらうさ」

そういって笑う二人の男の姿をシャルロットは微笑ましく思う。

それだけに、ラウラも諒兵と素直に手を組んでほしいと願うのだった。

 

 

第1アリーナ。

Aブロック決勝戦。

観客席に来た一夏と諒兵、シャルロットは「こっち~」という本音の声に従い、空いている席に座った。

「次はBブロック決勝だね~」

「ま、いいもの見せてやるぜ」

「ああ。でもまずはこの試合を見ておかないと」

そういってみんなアリーナへと目を向ける。

そこには打鉄を纏った鈴音と、ラファール・リヴァイブを纏ったセシリア。

そして二人とも打鉄を纏う箒と簪の姿があった。

 

 

二機の打鉄を見つめながら鈴音が口を開く。

「更識簪は基本に忠実な優等生タイプね」

「ええ。もっとも恐ろしい相手ですわ。でも、近接では箒さんはなかなかの実力者と見るべきでしょう」

そういって注意を促すセシリアに、鈴音は不敵な笑みを返す。

「確かにまともな剣術なら箒のほうが上手だけど、これ、ISバトルでしょ」

「そうですわね」と、セシリアも微笑む。

実際、鈴音は近接だけではなく、中距離の銃撃戦でも高い実力を誇る。

剣だけではなく銃火器の扱いにも自信はあった。

当然、近接用のブレード二振りだけではなく、アサルトライフル、RPG、手榴弾まで積んである。

対してセシリアはスナイパーライフル二丁、ミサイルランチャー、アサルトライフル、ハンドガン二丁、近接用のブレードとほとんど銃火器のオンパレードだ。

「バカ正直な斬り合いはしないわ。箒には悪いけど、搦め手も得意だしね」

「少し同情してしまいますわね」

鈴音が誰から搦め手を学んだかを知っているセシリアは、堅物の箒は相当苦戦するなと本気で同情してしまっていた。

 

そして、箒と簪は。

「凰鈴音は近・中距離型」

「ああ、わかってる」

斬り合いならば自信があるが、近づかせない可能性のほうが高い。

今、鈴音が手にしているのは二本の近接用ブレードだが、片方を銃火器に持ち替えることは十分考えられる。

「私はセシリア・オルコットを」

「頼む」

完全な遠距離型のセシリアに対しては、よほど上手い手段で接近しない限り、箒には手が出せない。

簪に任せたほうが無難だと箒は理解『は』している。

ただ。

(あの二人を倒せたなら、きっと一夏に手が届く)

箒は鈴音とセシリアの向こうに一夏の姿を見ていた。

そんな箒が、簪は心配でならなかった。

 

そして試合開始のブザーが鳴った直後。

「なっ?」

「遅いわよ」

ドンッという轟音と共に鈴音は箒の眼前に迫っていた。

(これがマキシマム・イグニッション・ブーストかッ!)

圧倒的なスピードで一気に間合いを詰めてきたのだ。

そして右手のブレードを下段から振り抜こうとする。

「くッ、せりゃあッ!」

箒は自分の間合いなのだとすぐに気を持ち直す。

そして上段から一気に振り下ろそうとするが、鈴音は身体を捻ると即座に背後に回りこんで左手のブレードを一閃した。

シールドエネルギーが削られる。

だが、それ以上に腹立たしいのは、隙を見て死角に回り込むこの剣は……。

「一夏の剣……、なぜお前がッ!」

「そりゃ参考にするわよ。一夏の剣はISバトルじゃかなり有効だもの」

当たり前でしょ、という鈴音に箒は苛立つ。

鈴音が一夏の剣を使うことが我慢ならなかったのだ。

すぐに連撃をもって鈴音に斬りかかる。

(うわぁ、怒っちゃった。一夏の剣を参考にした剣術はマズかったかな)

とはいえ、自分も近接でそうは遅れをとらないと、二刀をもって箒の剣を捌いていた。

 

ある意味、上手い挑発だと簪は感心する。

それ以上に、ある一点において箒の沸点が低すぎるのだが。

だが、向こうから分かれてくれるのならば、十分に倒せる。

どうやって鈴音とセシリアを分断するかとずっと悩んでいただけに、むしろありがたい。

自分が徹底したサポートを行えば、あとは箒の剣の攻撃力で何とかなるだろう。

そう思い、アサルトライフルを構えた自分の装甲にいきなり衝撃があった。

ハッとして銃弾が来た方向を見ると、立ち位置こそまったく変わらないが、セシリアがスナイパーライフルで自分を狙っていた。

「くぅっ!」

すぐにそこから離脱するが、ギリギリでなければかわせない。

(あんなに遠くからっ、これがスナイピング・クィーン!)

ギリギリでしかかわせない、恐ろしいほど正確な射撃に簪は箒と鈴音から離れてしまうことを余儀なくされていた。

 

しかし、セシリアも感心していた。

(ギリギリでかわされるとは、私もまだまだ未熟ですわね)

真耶の『セブン・カラーズ』を喰らった身としては、一発漏らさずがベストなのだが、なかなかどうして簪はやはり優秀な代表候補生だと感心する。

さらに多角的な移動で自分に狙いを定めさせようとしない。

しかし。

「鴨撃ちは得意ですわよ」

そう呟いたセシリアが放った弾丸は、すぐに簪に命中した。

簪は、箒をサポートして鈴音を落とすよりも先に、自分がセシリアに撃ち落とされると危惧したらしい。

武器を近接用のブレードとアサルトライフルに持ち替えてセシリアに迫る。

「作戦成功、ですわね」

ニヤリと笑うセシリアを苦虫を噛み潰したような顔で見つめながら。

 

 

特別観覧席の真耶と千冬は鈴音とセシリアの連携に感心していた。

「上手い分断工作ですね」

「凰が囮になって更識の注意を引き、オルコットが狙撃。この状況では更識としてはオルコットを先に倒すしかないからな」

無論、代表候補生としての実力自体なら、簪は決して弱くない。

それどころか、鈴音やセシリアと同格といえるだろう。

「それだけに一騎打ちでオルコットが更識に勝つのは難しい。もっとも恐ろしいタイプだと理解しているはずだ」

「更識さんは万能型の優等生タイプですからね」

「しかし、互角だけに時間は稼げる」

その間に、鈴音が箒を落とすということになる。

今、アリーナの空で戦っている中で最も実力が低いのは箒だからだ。

「更識の援護がない状態では、凰には勝てんな……」

「でしょうね。近接だけならともかく、総合力では凰さんに軍配が上がりますから」

これまでの勝利の大半は、簪の見えざる援護によるものだ。

それがない状態で戦ったとしたら、箒の実力では鈴音にはまず勝てない。

まったく同じISである以上、何をしても埋めようがないほどに地力が違いすぎるのだ。

「それ自体は別にいい」

「えっ?」

「ただ、これまでの勝利を自分の実力だと考えていると無様な負けを喫することになる。それが心配だな」

そう答えた千冬に対し、真耶は何もいえなかった。

 

 

少しばかり冷静になったのか、箒は鈴音の二刀流に十分対処できていた。

単純に剣術の修行期間の長さが違うのだ。

ならばこのまま近接で押し切れる。

しかし。

鈴音は一刀流、しかも片手持ちに変えてきた。

この状況なら銃撃か、と、後ろに回した左手に注意しつつ、箒は更なる連撃を繰りだす。

だが、鈴音の左手から出てきたのは。

「手榴弾ッ?こんなものッ!」

即座に真下に下降し、その場から離脱する鈴音の姿を見る。

放り投げられただけの手榴弾など、破裂する前に叩き落せばいいだけだ。

しかも、ここから手榴弾を叩き落せば爆発を喰らうのは鈴音になる。

そう思い、自業自得だと剣で叩き落そうとした瞬間。

「なッ?」

いきなり手榴弾が破裂して、箒はまともに爆発を喰らってしまった。

「ごめんねー、諒兵の騙し討ち、けっこう効くのよー」

と、てへぺろ♪とでもいいたげに舌を出してくる。

本来、手榴弾は破裂するまでにタイムラグがある。

しかし、鈴音は手の中でピンを抜き、即座に投げずに時間を計測していたのだ。

箒が叩き落すよりも早く破裂するように。

「卑怯だぞッ、というかどっちかにしろッ!」

「いいじゃない、別にー」

一夏と諒兵、両方の戦い方を参考にしている鈴音に、箒は再び腹を立てていた。

 

簪の銃撃を寸でのところでかわすセシリア。

やはり優秀だと感じさせる以上に、自分や鈴音とも違う万能型のIS操縦者であると感じる。

(シャルロットさんに近いんですのね)

彼女も優秀な万能型であることを一夏と連携する姿で、セシリアは理解していた。

「くッ!」と、思わず声を漏らしつつ、斬撃をかわす。

わずかな隙を突き、瞬時加速で接近してきた簪がブレードを振り抜いてきたのだ。

自らもブレードとハンドガンに持ち替えて応戦する。

しかし、ブレードの扱いには簪に一日の長があった。セシリアの技量ではいなしきれないのだ。

(ならばッ!)

ブレードをさらにもう一丁のハンドガンに持ち替え、セシリアは振り下ろされようとするブレードを弾いた。

「くぅッ?」

「あなたの得意な武器に合わせるほど、お人好しではありませんわ」

攻撃力は、ISの前ではほとんどゼロに近いハンドガンだが、零距離で撃たれれば話は別だ。

何より、セシリアにとってはブレードより取り回しやすい。

そして銃口や切っ先を逸らすには十分な威力がある。

セシリアは徐々に自分の戦闘スタイルを確立しつつあった。

 

 

「ガンスリンガー」と、シャルロットが呟くのを一夏と諒兵と本音は不思議そうに聞く。

「銃器に熟練した人を指す言葉なんだ。銃器全般を指すんだけど、どちらかというと短銃使いのイメージだね」

ただ、今のセシリアには合った言葉だとシャルロットは説明する。

「戦い方としては、銃口や切っ先をずらすことに重点を置いてるんだな」

「ブレードより扱いやすいみてえだ。ブルー・ティアーズにもハンドガン積んどきゃいいのにな」

ブルー・ティアーズはBT機の試験機として開発された第1号機なので、実のところ主武装といえるビット以外は、レーザーライフルとショートブレードしか武装がない。

こういってはなんだが、ブルー・ティアーズはセシリアの足を引っ張っているという印象もある。

「もともとBT機のテストパイロットとして代表に選ばれたっぽいからね~」

「もったいねえな」

「このトーナメントの結果次第ではブルー・ティアーズは改良されると思うよ」

イギリスでは既に国家代表を狙える代表候補生として、セシリアは認知されているらしい。

今後はモンド・グロッソ出場を睨んでISが改良、もしくは乗り換えもあるとシャルロットは語る。

「気に入ってるみてえだけどな」

「思い入れあるだろうしなあ」

自分たちがそうなだけに、一夏と諒兵の二人はセシリアはなんとなくブルー・ティアーズからは降りないだろうと感じていた。

 

他方。

生徒会長、更識楯無は妹、簪の戦いを見守っていた。

隣には布仏虚が立っている。

「ねえ、虚」

「何でしょう?」

「これはあんまりだと思わない?」

楯無はパイプ椅子にぐるぐる巻きに縛りつけられていた。

要するに見守るしかできなかったのである。

「妥当な処置だと思いますが」

楯無が縛りつけられている椅子の後ろには大量の簪応援グッズがある。

『LOVEかんざし』などと書かれた横断幕まであったりする。

普段の調子はどこへいったのか、楯無はじたばたと喚く。

「簪ちゃんを応援したかったのにぃーっ!」

「こんなもので応援されたら、私なら引きこもります」

「仲直りするチャンスだったのにぃーっ!」

「仲直りどころか、確実に簪お嬢様に絶縁されます」

「徹夜で作ったのにぃーっ!」

「昨日の生徒会の仕事をサボったのはそのためですか」

更識楯無、典型的な姉バカであった。

虚は簪の名誉のために楯無を捕縛し、拘束したのである。

何気に有能なメイドであった。

「そもそも、凰鈴音やセシリア・オルコットに簪お嬢様が勝てると思いますか?」

「……一騎打ちなら」

「やはり、篠ノ之箒はハンディキャップだと見ていますか」

意外なほど、楯無はマジメに戦力を分析していた。

「凰さんはけっこう面白い戦い方するわね。あれは諒兵くんの影響ね」

「近接は織斑一夏に似ていますが」

「つまり、いいとこ取りしてるのよ。問題は、その程度では『無冠のヴァルキリー』なんて呼ばれないってことね」

「セシリア・オルコットは」

「火器の扱いに関してのあの子の成長力はすごいわ。イギリスがまじめに機体作ってたらもっと早く名が売れてたわね」

イギリスにとってセシリアはあくまでテストパイロットだったのだ。

その状況でここまで成長するのは、秘められていた実力がIS学園での生活で開花したということができる。

それは生徒会長として素直に嬉しいことだ。

「でも、簪ちゃんは強いわよ。基本に忠実に鍛えてきてるんだから」

「基本は万象に通ず、ですか?」

「そういうこと。つまり相手に合わせて常に一番有効な戦いかたができる。だから一騎打ちなら勝てる可能性はあるわ」

だが、箒をサポートしなければならない状況では、その強さをすべてサポートに回さなければならない。

何しろ箒の相手は、『無冠のヴァルキリー』とまで呼ばれる実力者なのだから。

自分の相手であるセシリアが戦闘中に急成長しても、対処できるだけの地力が簪にはあるのだが、意識の隅に箒の存在がある限り、実力のすべてを発揮することができないのだ。

「もし、篠ノ之さんが簪ちゃんのサポートに気づいていたなら、まだ可能性はあったんだけど」

「見る限り、そこまで気が回っていませんね」

「だから、ちょっと残念、かな」

そういって悲しい顔でアリーナを見つめる楯無は隠しナイフでロープを切ろうとして。

「甘いですよ」

「しくしくしく……」

虚にナイフを奪われて泣いていた。

 

 

鈴音がアサルトライフルで銃撃を放ってくる。

箒は数発被弾しながらも、一気に鈴音に迫りブレードを振り抜いた。

だが、あっさりとかわされてしまう。

被弾した分、突撃のスピードが遅れ、余裕を持って対処されたのだ。

だが、近づけばこちらのものだと連撃をもって迫る。

鈴音は再び二刀に持ち替えて応戦した。

鈴音が二刀流を使うのは、一刀流ではまともな剣士には対応できないからだ。

とにかく手数を増やして、攻撃のチャンスを伺っているということである。

だが、優秀な一刀流の使い手ならば、鈴音の二刀流は押されてしまう。

誰あろう、一夏がそうなのだ。

一夏の我流の一刀流の前に、鈴音は距離をとるしかできなかったのだから。

それなのに。

(くッ、剣は私のほうが上なのにすべて捌かれているッ!)

戦闘経験値の違いを箒はまざまざと感じていた。

それは剣ではなく、ISバトルの経験。

相手が剣で対抗してくる状況ではなく、何を使うかわからない状況での戦いの経験値の違いなのである。

「今までの相手は隙があったのにッ!」

と、苛立つ箒はつい声にだしてしまった。

連撃を続けていれば必ずどこかに隙が生まれるはずなのに、ここまで捌かれ続けるとは思わなかったのである。

「ああ。やっぱり気づいてなかったのね、あんた」

「何?」

「私の本気を見せてあげる。だから、この試合が終わったら更識簪に謝りなさいよね」

わかっている者が見れば、その表情が誰に似ているのかわかっただろう。

鈴音は一夏や諒兵が激怒したときに見せるものと同じ表情をしていた。

 

 

特別観覧席で、そして観客席で歓声が上がる。

それほどに目の前の光景はISバトルの極地といってもよかった。

「これは……」

「これが『流星(リュョウシン)』だな。喰らっただけ篠ノ之は幸福といえるだろう」

『無冠のヴァルキリー』が、その本領を発揮してみせたというのであれば、少なくとも無様な負けとは映らない。

そう語った千冬の目には、幾重もの流れ星に翻弄される箒の姿が映っている。

 

おお、こんなところで見られるとは。

やはり双牙天月の軽量化は必須だな。

映像を撮りそこなうなッ、対抗策を考えねばッ!

 

IS関係者たちからも歓声が上がる。

それも当然かと千冬は思う。

何しろ中国から、この技の映像が届かないのだ。

他国に知られるわけにはいかないと情報を押さえていたのだろう。

それほどに見事な技だったのである。

 

 

戦っていたはずのセシリアと簪も呆然とその姿を見つめていた。

あれほどの高速連続攻撃はまず見られない。

「もっと射撃の腕を上げなければなりませんわね……」

「強い。でも、負けたくない……」

本領を発揮した『無冠のヴァルキリー』の姿に二人の代表候補生は戦意を高めていた。

 

そして、まさに渦中に放り込まれた箒は。

 

「うあああああああああああああああああッ!」

 

悲鳴を上げることしかできなかった。

二刀を逆手に構え、鈴音は直径二十メートル以内の間合いで瞬時加速を繰り返す。

必ず、箒の身体を蹂躙しながら。

それはまるで何台ものF1カーに轢かれ続けるような衝撃だった。

そして、箒の打鉄のシールドエネルギーがゼロになったとたん、鈴音は停止する。

「今まで助けてくれてたことに感謝しときなさい。あんた一人でこのトーナメントを勝ってきたわけじゃないのよ」

「な、にを……?」

「そうすればあんた強くなるわ。私も少しは強くなれたんだから」

そういって見下ろすように空に立つ鈴音に箒は手を伸ばす。

だが、その手は届かず、彼女は地面に叩き落された。

 

(いちか、いちかに、とど、かない……)

 

一筋の涙が、箒の目から零れ落ちたのだった。

 

 

 

 




閑話「姉、二人」

いくつものモニターが浮かぶ研究室で、一人の女性がいきり立っていた。
その頭にはまるでウサギの耳のようなものがついている。
「何よぉーッ、いい気になっちゃってぇーッ!」
そのモニターには、現在、行われている学年別トーナメント試合の様子が映っていた。
「えっらそぉーにッ、私の箒ちゃんをボコボコにしてくれちゃったくせにぃーッ!」
どうやら箒の身内らしい。
ずいぶん変わった身内である。
「箒ちゃんにはさいっこーっのISがあるんだからねぇーっだッ!」
そう叫んだその女性の背後には、『紅(あか)』があった。


観客席の楯無くらいだろう。
笑みを浮かべて見ていたのは。
「すごいわね。あれはちょっと喰らいたくないかな♪」
「ちょっと、ですか……?」
虚は逆に愕然としていた。
鈴音がここまでの強さを持っているとは思わなかったのだ。
「一瞬の隙をついて跳ね飛ばした後、二十メートル以内の間合いで常に切り返して、跳ね飛ばし続ける。いわゆる連続反転瞬時加速。なかなか楽しそうな技じゃない♪」
使っている者も相当負担がかかるだろうけど、と楯無は続ける。
何しろ、跳ね飛ばした相手は一つところに留まらない。それをシールドエネルギーをゼロにするまで続けるとなれば、常に相手の位置を認識して瞬時加速を繰り返すことになる。
「あの速度の最中に、跳ね飛ばされて移動してしまう篠ノ之箒の位置をずっと認識していたということですか?」
「そ。そんなことをあのスピードでやり続けるのは、よほどの集中力と精神力が必要になるわ。体力以上に、神経を削る技よ、あれは」
実際、鈴音はかなり疲労しているのが見て取れたが、箒が破れたのを機に、簪は降参した。
もともと箒のために参加していたのだから、その箒が完全な戦意喪失をしていては戦う意味がないのだろう。
簪自身がそう考えたのなら、楯無には文句などなかった。
そして何より、鈴音が『無冠のヴァルキリー』とまで呼ばれる理由がよく理解できたことは、ロシア国家代表である楯無にとって収穫である。
「織斑くんの近接でも、諒兵くんの中距離でもなく、凰さんだけの必殺距離。それは一撃離脱だったわけね♪」
「正直、篠ノ之箒に同情しました」
「でも、大技喰らって負けたのなら、普通に負けるよりまだマシよ?」
と、そういった楯無に、虚は疑問の眼差しを向ける。
「だって、少なくとも強敵と認めなければ、必殺技なんてださないでしょ?」
「まあ、そうですね」
「もっとも、今まではあの大きな青龍刀を使ってたせいで封印されてたんだろうけど」
軽い打鉄の近接ブレードだからこそ、できる技ということだ。
それでもこれまでは一度も学園内では使わなかった。
トーナメントの中でも、だ。
「簪ちゃんの想いに気づいてほしかったんでしょうね。それは、姉として喜んであげるべき、かな」
友情のために組んでくれた簪のサポートに気づきもしなかったことが許せなかったのだろう。
実際、箒は勝っても一夏と一緒にいるほうが多かった。
パートナーをないがしろにしているように鈴音には思えたのだ。
「ショックは大きいだろうけど、バネにもなるわ。実際、簪ちゃんやオルコットさんは冷静に分析してたし」
箒もこれを機に、本気でISバトルに取り組んでほしい。
そんな鈴音の想いが通じていればいいと楯無は願っていた。





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第24話「箒と簪、一夏と諒兵」

目を覚ましたとき、箒の目に入ったのは心配そうな一夏の顔だった。

諒兵も共にいる。

だが、それ以外の者たちは顔を見せていなかった。

「試合は……」

「お前が墜ちたあと、更識は降参した」

そう諒兵がいうと箒はただ「そうか」と呟いた。

勝てる気がしなかった。

いや、途中までは勝てると思っていたのに、一気に突き放されたように箒は感じていた。

「鈴音が、更識に謝れといっていたんだ……」

「箒、気づいてなかったのか?」

「えっ?」

答えてきた一夏の言葉に箒は驚愕してしまう。

鈴音は疲労困憊の中、一夏に箒に伝えてくれといって伝言を頼んでいたのだ。

だが、それは箒と簪の試合を見た一夏や諒兵には驚くような内容だった。

てっきり箒は気づいているものだと二人は思っていたのだ。

「何、を?」

「トーナメントの試合、箒が戦いやすいように更識さんがずっとサポートしてたんだ」

「なっ……!」

そんなこと、一度も聞いたことがない。

何より、自分は自分の力で相手を倒してきていたのではなかったのかと箒は思う。

「映像、後で見とけよ。お前が危ねえとき、逆にチャンスが必要なとき、更識が必ず援護してるぜ」

「そんなっ……」

「俺たちは、箒も気づいていて、うまく連携してるんだなって思ってた」

でも、そうでないのなら、簪はたった一人でこのトーナメントを勝ち抜いたことになる。

「鈴は、それが許せなかったんだとよ。もっとパートナーを大事にしてやれってな」

「箒、箒が更識さんに感謝すれば、もっと強くなれるって、鈴も、みんなもいってたんだ。だから……」

一夏の優しい言葉も、今の箒にとっては胸を抉られるような痛みを伴う。

耐えられない、そう思った箒は必死に言葉を紡ぐ。

「一人に、して……」

その言葉を聞き、一夏も諒兵も医務室を後にする。

箒はただ、涙をこぼしていた。

「私には、何の力も、ないのか……」

涙声でそう呟きながら。

 

 

医務室を出てすぐに、一夏と諒兵は別れた。

このあと、今度は自分たちが死力を尽くして戦うことになる。

思いはそこでぶつければいい。だから、今、無駄な言葉はいらないと別々の道からアリーナと向かった。

しばらく一人で歩いていた諒兵は一人の少女を見かけ、声をかける。

「更識か」

簪が心配そうな顔をして立ち尽くしていたのだった。

様子からして医務室にいこうとして、なかなか歩み出せなかったのだろう。

簪はしばらく逡巡していたが、やがて自分のほうから口を開いた。

「篠ノ之さんは?」

「一人にしてくれ、とよ」

「そう」

少ない言葉からでも、彼女が箒を心配しているのがわかる。

しかし、今の箒に対しては誰もかける言葉を見つけられないだろう。

完敗だった。

箒にしてみれば、惨敗だったともいえる。

敗者にかける言葉などない。敗者は己自身で立ち上がるしかないのだ。

だが、通り過ぎてしまうのもどうかと考えた諒兵は、仕方なく適当な言葉を探して口を開く。

「お前も、残念だったな」

「篠ノ之さんを助けられなかった」

「……一方的に助けるのはパートナーじゃねえと思うぜ」

助け合うからこそ、共に戦う絆ができる。

そう思う諒兵の言葉に痛みを覚えたのか、簪は胸を押さえた。

「篠ノ之にも問題はあるがよ、お前ももっとはっきりいってよかったんじゃねえのか?」

「そう、かもしれない……」

そういって簪は呟くように語る。

もともと、専用機完成の目処が立たない簪はトーナメント自体、あまり興味はなかった。

悩んでいるといったのはウソではないが、自分の力を示すのはそんな方法ではないからだ。

ただ、ルームメイトの箒が、好きな人に近づきたいと悩んでいる姿を間近で見てきた。

同じ部屋で暮らしているのだ。もう他人ではない。

ゆえに、箒の力になれる方法はなんだろうと考えて思いついたのが、彼女を助けてトーナメントを勝ち上がることだったのだ。

「それに、凰鈴音や、セシリア・オルコットと戦うこと自体は、私も興味あったから」

「一人で、か?」

意外な言葉に簪は目を見張る。

自分は一人で戦っていたつもりはないからだ。

だが、諒兵は否定してきた。

「お前らの戦いな、篠ノ之が何も気づいてなかったんなら、お前が篠ノ之を操っているようにも見えたぜ」

「そんなことっ……」

「見えただけだ。だからお前らの戦いを否定はしねえけど、せめて『一緒に戦おう』っていってやってもよかった気がするぜ」

普通の学生相手ならば、うまく相手を分断しつつ、二対一で、簪がサポートしつつ、箒が止めを刺すということができたはずだ。

否、できていたのだ。

ただ、簪が何もいわなかったために、箒が気づかなかっただけで。

結果としてそれが、簪と同等の実力を持つ鈴音とセシリア相手には、敗北を招いた。

もし、箒が気づいていれば、簪と引き離されることを危惧しただろうし、鈴音相手に突出することはなかっただろう。

簪がセシリアを相手にしていたとしても、サポートできる距離で鈴音と戦っていたなら、決して勝ち目がなかったわけではないのだ。

もっとも、今となっては何をいっても「たら、れば」の話でしかないが、と、諒兵はため息をつく。

「それによ……」

そこで言葉を切り、諒兵はどこか逡巡しているような様子を見せる。

簪はひょっとして姉のことを聞かれるのかと身構える。

諒兵は何度か姉、楯無と接触してるからだ。

しかし、出てきたのはまったく予想外の言葉だった。

「お前さ、俺らのこと避けてるよな?」

「えっ?」

「仲良くしろとはいわねえけど、トーナメントが始まってから篠ノ之が俺ら、いや一夏の前に顔を見せても、お前、絶対来なかっただろ?」

完全に避けているわけではないのだが、簪は一夏を忌避しているように諒兵には思えた。

しかし箒は一夏と一緒にいようとするので、結果として昨日今日と簪と箒が一緒にいるところをあまり見たことがない。

戦場だけのパートナーに問題があるわけではないが、ここは学校だ。

学生として親交を深めつつ、競い合うべきなのだ。

簪が一夏を避けているために、一夏と一緒にいたがる箒と思うように話し合うことができなかったのではないかと諒兵には感じられた。

「俺も人のことはいえねえけどよ」

とはいえ、諒兵の場合、ラウラは一夏どころか、諒兵も忌避しているのでどうしようもない。

そういう意味では簪と同類だが、少なくとも諒兵はラウラに戦う上でのパートナーになるとは伝えている。

フォローもできるだけわかりやすくやってきた。つまり行動で伝えてきたのだ。

簪にもそれは理解できていた。

できていたからこそ、諒兵の行動がパートナーを考えてのものだとわかるからこそ、なぜか、いうべきでない言葉が口を衝いて出てしまった。

それは、諒兵のパートナーといえる存在の中で、筆頭に一夏が来るということも、理解できていたからかもしれなかった。

「織斑一夏、のせいで……」

そういって話しだした簪の言葉に諒兵は驚く。

簪の専用機は一夏の専用機である『白式』を作るために放棄されたと打ち明けたのだ。

今、簪は必死になって自分の専用機を作っている。

「もう一度、頼めばいいんじゃねえのか?」

「負けたくない」

「あ?」

「お姉ちゃんに……」

「生徒会長のことでいいのか?」

こくんと簪は肯いた。

しかし、「何でそこに生徒会長が出る?」と、考えて、鈴音がいっていたことを思いだす。

ロシアの国家代表の第3世代機は操縦者のフルスクラッチ。

つまり、楯無が自ら組み上げたということになる。

すべてではないだろうし、ベースとなる機体はあるといっていたが。

「お姉ちゃんは、何でもできるから」

「そんな生徒会長に負けたくねえってことか」

とはいえ、第3世代機を組むなんて話は諒兵にとっては雲を掴むようなものだ。

通常の授業だってギリギリだというのに、機体開発なんてどうしようもない。

だが、そこまで考えてやはり矛盾しているように感じられる。

「一夏は関係ねえだろ」

「わかってる。あなたも受け取らなかったし」

だから筋違いだということはわかってるのだが、簪にとっては一夏は遠因であることに違いはないのだ。

専用機が作られなくなったことではない。

姉、楯無に対するコンプレックスを刺激する、遠因となってしまったのだ。

しかし、このまま一人で無理をし続ければ、簪はいつか潰れてしまうだろう。

そう思った諒兵は、かつてラウラに伝えたのと同じことを口にする。

「一人じゃ何にもできねえよ」

「お姉ちゃんは……」

「俺には生徒会長は一人じゃねえって思えるぜ」

簪が気づいていないだけで、楯無は自分なりにつながりを作っているはずだと諒兵は思う。

つながりが増えていくほどに、できることは増えるはずだからだ。

「のどぼとけだってお前を気にかけてたしな」

「本音が?」

「あいつがいろんな人と仲良くなってるのは、お前のためなのかもしれねえぞ?」

つながりの少ない幼馴染みのために、自分が代わりに多くの人とつながって助けになろうとしている。

だけど決して、本音は簪とのつながりを切ったりはしていないのだ。

「カッコつけて意地張るのは男の専売特許だ。無理しねえでいいんじゃねえのか?」

そういうと、諒兵は「らしくねえな、俺」と呟きながら歩きだした。

ラウラに関わるようになってから、どこか説教くさくなっている自分に苦笑しつつ。

 

その背中を見ながら、簪は一人立ち尽くしていた。

(お姉ちゃんの、つながり……)

自分が知らないだけで、楯無は一人で何でもできるわけではないのかもしれない、そんなことを思いながら。

 

 

一夏は一人、中庭のベンチに座り、空を見上げていた。

鈴音は強くなった。

ライバルとしても十分な実力がある。

そういう意味でいうなら、もうただの幼馴染みではない。

ただ、彼女に叩き落された箒の姿には悲しみを覚えた。

鈴音に非情さを感じたわけではない。

箒に同情したわけでもない。

箒はこんなに弱かったのかと驚いたのだ。

昔から古風で侍みたいなところのある箒を、一夏は決して弱くないと思っていた。

例え負けても立ち上がれる強さがある、そう思っていた。

だが、医務室で見た箒は、まるで小さな子犬のようで、正直いってショックだったのだ。

ただ、そんな箒を守ってやらなくては、と思うのは少し違うように感じていた。

誰かに守られるだけの人間は、負担になってしまい、いずれ捨てられてしまう。

自分が守るといっても、そうなる気がしてならない。

箒自身が強さを手に入れないければ、守るに値する強さを得ることができなければ、箒は自分自身を無価値な存在にしてしまう。

強くなってほしい。

そのためにはどうすればいいのだろう。

一夏はそんなことを考えていた。

「何をしている?」

そんな一夏に声をかけてきたのは、優しい顔をした千冬だった。

「ちふ、織斑先生」

「今はお前の姉のつもりだ、一夏」

そういって隣に腰かけてきた千冬に、一夏はまとまらない自分の考えを打ち明ける。

「弱さを否定するのか、一夏?」

「千冬姉だって蛮兄のことは覚えてるだろ」

「ああ、よく覚えてる」

一夏が諒兵と友人になったことで知り合った兄貴分のような人だった。

諒兵と同じ孤児院出身なのだ。

孤児院にはたまにしか顔を見せないのだが、中学時代は諒兵や鈴音、弾、数馬たちとともにキャンプや釣りなど、いろいろと連れて行ってもらったことをよく覚えている。

諒兵に影響を与えたように、一夏もいろいろと影響を受けていた。

そんな彼に、諒兵の紹介で始めて会ったとき、一夏はこんな言葉を聞いたのだ。

 

「俺ぁ、料理のうめぇ奴も、勉強ができる奴も、仕事にマジメな奴も強ぇ奴だと思う。腕っ節の勝ち負けで強さを決めるなんざ、えれぇ小せぇ考え方だぜ、一夏」

 

実はそれが、一夏が剣道をやめた理由でもある。

剣は好きだ。それは今も変わらない。

でも、それよりも千冬に養われるだけではなく、養えるくらい働ける男になろうと思ったのだ。

ただ、ケンカ屋をしていたせいで、邪剣に染まってしまったが。

それでも、一夏は剣道をやめたことを後悔はしていない。

わずかでも、家計の足しにとバイトをしていたことは、間違いではないと信じているからだ。

「別に箒にケンカで強くなってほしいわけじゃない。ただ、守られてるだけなのは、違うと思う」

「自分を支える強さ、か?」

「ああ。今の箒は空っぽで何もないような気がするんだ」

千冬は一夏の言葉を聞きながら、沈思した。

確かに箒には彼女自身を支える強い想いというものを感じない。

あるにはあるが、それは依存に近い。

一人で立っているとはとてもいえなかった。

「俺は自分が強いなんて思ってないさ。ただ、自分を支えてくれるものがある」

それは親友兼ライバルである諒兵。

大切な姉である千冬。

鈴音や弾、数馬といったとても大事な友人たち。

セシリアやシャルロットといったISを通じて知り合った友だちでありライバル。

今ならば本音もその中に入るだろう。

大事なたくさんのつながりが、自分の中にある。

それが織斑一夏という人間を支えている。

だから一夏は強くなった。

「箒はそういったものが、ない気がしてさ……」

そう寂しそうに呟く一夏の声を聞きながら、千冬も空を見上げる。

(正確には、そのつながりを一夏だけに求めてるんだよ)

さすがにそれを話すのは箒が哀れなので口を噤む。

だが、それこそが箒の問題点であると千冬は理解していた。

姉である『天災』篠ノ之束のために、箒は転校を、そして友人作りができにくい状況を余儀なくされた。

それは同情できる。

しかし、それでも篠ノ之箒としてのつながりを作ることはできたはずだ。

姉が関係ないというのなら、自分だけのつながりを作ればよかったのだ。

それすらできなかったとは思えない。

似た状況の自分にだってつながりはあるのだ。

「篠ノ之が自分で友人を作るしかないだろうな」

「……その助けはできないのかな?」

「お前の友人たちは篠ノ之を避けてはいないだろう?」

「ああ。特別な見かたもしてないと思う」

自分なりの強さを持つ、諒兵、鈴音、セシリア、シャルロット。

また、別の意味で強い本音も避けたりも、特別視もしていない。

篠ノ之箒として見ているのだ。

「特別に扱えば、却って周りは避ける。今は友人として接してやれ、お前も」

篠ノ之箒の人生はそこから始まる。

千冬はそう考えていたが、そこまではさすがに話さない。

ゆえに、今は学生という時代を謳歌できるように、箒はたくさんの友人と笑い合えるようになるべきだと伝えた。

「そうするよ、千冬姉。ありがとうな」

「なに、弟の悩みを聞くのは姉の務めだ。それにこんな話をするのは久しぶりだしな」

「そういえばそうだな。ISに関わってからずっとバタバタしてたし」

それじゃ行くよといって歩きだした一夏はだいぶすっきりした顔をしていた。

ライバルが待つアリーナに向け、確かな足取りで進んでいく。

そんな一夏の背中を見ながら、千冬は願う。

(ラウラ、お前もそうであってくれ)

箒と同じように孤独な、自分の大切な教え子が変わることを。

 

 

私用と称して医務室まで行っていたセシリアは、観客席に来て驚いた。

控え室で休んでいたはずの鈴音が本音の隣で席に座っていたからだ。

逆隣にはティナがいる。どうも介抱しているらしい。

はっきりいって、鈴音はだいぶぐで~っとしていた。

強力な分、反動も凄まじい技なのだろうとセシリアは少しばかり呆れてしまう。

「休んでらしたのでは?」

「一夏と諒兵が戦うのに~、見ないわけいかないでしょ~……」

まるで本音のように間延びした話し方で答える鈴音。

「見たい見たいって駄々こねるんだもん。仕方ないから運んできたのよ」と、ティナが補足する。

「箒は~?」

「話を聞いていましたが、やはりショックだったようですわ」

「あとで謝っとかなきゃ~……」

やりすぎたと鈴音は思っているらしい。

身体に叩き込むつもりで、必殺の技をお見舞いしてやったのだが、箒のレベルでは対処どころではなかっただろう。

「まあ、時機を見てそうしてくださいな。今は一人でいたいと漏らしていたようですし」

「そうする~」

だるそうに答える鈴音に、本音が涙目で訴える。

「私の個性とらないでよ~」

「何いってんの」と、ティナが突っ込んでいた。

 

 

そして、アリーナでは。

一夏とシャルロット、諒兵とラウラが互いの敵を見つめていた。

「一夏、たぶんボーデヴィッヒさんが突撃してくるよ」

「わかってる。でも、これはタッグマッチだ。二人とも倒さなければ勝ったことにならない」

「分断する?」

「無理だ。ラウラを見捨てるような諒兵じゃないからな」

だが、一夏の視線は諒兵を見据えているようにシャルロットには感じられた。

その一夏を見ていると、まるで檻の中の虎が機会を待ち続けているようにすら感じる。

「だからまとめて倒す。それだけだ、シャル」

(超える相手は諒兵だって理解してるんだね)

獣は今、獣を倒すために牙を剥いている。

共に戦う以上、一夏のサポートが自分の役割だと理解しているシャルロットは、自分たちを睨みつけるラウラを見据えた。

 

一方、諒兵とラウラは。

「邪魔をするな。織斑一夏は私が潰す」

「邪魔はしねえ。手助けはするけどよ」

「いらんッ!」

「黙れ」

調子に乗っているのかと睨みつけようとしたラウラだが、諒兵の顔を見て何もいえなくなった。

覇気が違う。

目の前にいるのが本物のライオンのように見えたのだ。

「これはタッグマッチだ。お前の負けは俺の負けになる。そんなのは許さねえ」

(なんだ、いまどきこんな男がいたというのか……?)

これまでのようなフォローではなく、自分がようやく戦場に出られる喜びに打ち震える猛獣がいるようにラウラには感じられた。

 

そして。

「勝つぞ、白虎」

「勝つぜ、レオ」

 

うんっ!

 

ええ

 

そんな声を感じた二匹は、一気に翼を広げ、飛びだした。

 

 

 

 



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第25話「風纏う虎、雨纏う獅子」





アリーナのシールドを揺さぶる衝撃に、観客が思わず自分の身を守ろうと庇う。

セシリアや本音、ティナも同様だった。

「あ~、も~、楽しそうに……」

そう呟いたのは鈴音だった。彼女だけがのんびりと観戦している。

「楽しい?」とティナが尋ねかけた。

「そうよ~、なんだかんだいって~、気兼ねしないで戦えるのは自分たちだけだってわかってんのよ~」

あいつら動物と変わんないもん、と鈴音は続ける。

その言葉の意味が、セシリアには理解できるようになっていた。

「考えてみれば、獣が牙を剥くのは敵に対してだけですわね」

「どしたの~?」

寂しげに笑うセシリアは語る。

もともと軟弱な男を嫌っていたのは、父にその姿を見ていたからだ。

母に対して強く出たところを見たことがない。そんな父をセシリアは嫌っていた。

でも、今ならばわかる。

「家族に本気で牙を剥く獣などいませんわ。父はずっと隠し続けていたのかもしれません。そんなことにも気づかないほど私は視野が狭かった」

セシリアの父と母は列車事故で共に死んでいる。何故一緒だったのか今でもわからない。だが、母はなぜかいつも情けないと感じる父を傍においていた。

母には父が自分を守ってくれる人だとわかっていたのではないか。

父が牙を持つなら、それを自分たちに向けるはずがないと。

「強い男とはそういうものだと思ったんですわ」

「そうね~……、父さんに会いに行こうかな~」

「そういえば、ご健在ですの?」

「離婚して~、私、母さんに中国につれてかれたのよ~」

でも、セシリアには悪いと思うが、たまには会いたいと思う。

「生きているうちに会わないと後悔しますわよ?」

「うん、そうする~」

そういってアリーナを見上げる鈴音とセシリアの目には、大暴れする獣たちの姿が映っている。

「私の個性~」

「だから何いってるの、あなた」

しくしくと泣き伏す本音をティナがあやしていた。

 

 

特別観覧席の千冬と真耶はアリーナを注視していた。

 

あれが男性IS操縦者のISか。

なんというパワーだ。

激突しただけでアリーナのシールドを揺らすのか……。

本当に第3世代機か、あれは?

しっかり記録しておかなくては。

 

各国のIS関係者が口々に感想を述べる。

無論、これまでの戦闘でも同じだったのだが、男性IS操縦者同士が戦うとなれば、興味もひとしおなのだろう。

「予想できませんね」

「まあ、無理に予想することもないだろう。しいていえば織斑とデュノアのほうが有利だが」

「やはり、日野くんとボーデヴィッヒさんの連携はうまくいかないと見ますか?」

「これまでの試合内容を見る限りはな」

諒兵はよくサポートしているのだが、いかんせんラウラが非協力的だ。

それに相手が一夏とシャルロットとなれば、ラウラは確実に突出するだろう。

それでも。

(諒兵の指示に一瞬とはいえ素直に従った。ラウラ、その気持ちが強くなるために一番大事なものなんだ)

初めての教え子。

自分に人を教えるということを教えてくれた大事な生徒であるラウラ。

彼女が成長することを千冬は願う。

この試合が、ラウラにとって転機になればと考えている千冬だった。

 

 

幾重にも閃く白刃、スコールのように迫る光の爪。

それがぶつかり合った瞬間、ドガァンッと轟音が響き、一夏と諒兵は距離をとる。

だが、即座に一夏は回り込み、諒兵の背後から斬り上げた。

しかし、その剣は巨大な爪に止められる。

諒兵は身体を捻ると、一夏の顔面めがけて拳を突き入れる。

けれども、首を捻られて、寸前でかわされた。

一夏と諒兵は互いに獰猛な笑みを見せ、お互いに噛みつかんばかりの気迫をぶつけ合っていた。

 

その姿を見てシャルロットはハッとする。

(いけないっ、サポートしなきゃっ!)

いきなり瞬時加速を使って飛び出した一夏は、同様に飛び出してきた諒兵と零距離でぶつかっている。

その戦いを見て、シャルロットは呆然としていたのだ。

他方。

ラウラもまた自分の状況に気づいた。

(わ、私が出遅れただとッ?)

自分が突撃して一夏と戦うつもりだったのに、それより早く諒兵は飛びだしていった。

一夏もまた、まるで示し合わせていたように飛び出してきて、二人は今、アリーナの中央でぶつかっている。

「クッ!」と、小さな声を漏らし、ラウラはすぐに加速して中央に向かう。

相手側からはシャルロットが来ているが、ラウラの目的はあくまで一夏だ。

所詮は第2世代機の改良型に乗る程度の相手、気にすることはないと突撃した。

 

だが。

 

身体が入れ替わり、再び弾かれたように諒兵と距離をとった一夏は、その目をラウラに向けてきた。

ゾクッと背筋が凍る。

まるで獲物を見る獣のような眼差しだった。

そして、一夏はラウラに向かい、翼を開いてきた。

シャルロットもまた、怯えてしまう自分を抑えられなかった。

振り向いた諒兵の目は、狩りをする直前の獣のように見えたのだ。

(僕を狙ってるッ?)

例え同じ部屋で暮らす兄弟のような相手でも、諒兵や一夏が戦場で敵味方にわかれたら手を抜かないことはさっきのぶつかり合いで理解できた。

自分は今、一夏のパートナーであって、諒兵にとっては敵だ。

二段回し蹴りの要領で両足の獅子吼を放ってきた諒兵が、一気に迫ってくる。

(あれは諒兵のビット攻撃ッ!)

そう気づいたシャルロットは反転し、一気に距離をとろうと空を翔けた。

 

迫ってくる一夏に対し、ラウラは笑みを浮かべる。

AICで止めてレールカノンとプラズマブレード、そしてワイヤーブレードで嬲り殺しにすれば、終わる。

出遅れたが、目的は果たせる。

諒兵がシャルロットを狩ろうとしているのならば邪魔をすることはないだろう。

「終わりだッ、織斑一夏ッ!」

そう叫んだラウラはAICを起動し、効果範囲に入ってくるのを待ち受けようとして、驚愕した。

「斬る」

 

うん

 

効果範囲に入って来た瞬間、一瞬だけ動きは止まったものの、呟きとともに一夏は白虎徹を一閃した。

「なッ?」

衝撃波が襲いかかってくる。

しかも、自分のISのシールドエネルギーを削ってきたのだ。

(バカなッ、停止結界を斬っただとッ?)

その上、斬撃の衝撃波でダメージを食らうとはどれだけデタラメな武装なのか。

そう思った瞬間、一夏は一気に迫り、自分の死角に回り込んで白虎徹を一閃した。

一気にシールドエネルギーが削られるどころの話ではなかった。

(たった一撃で絶対防御が発動しているッ?)

ISバトルで戦うための剣ではない。

ISそのものを斬り捨てる剣だとラウラは思い知らされる。

文字通り、必殺の一撃が襲いかかってきたのだ。

「ひッ!」

思わず怯える声が自分の口から漏れてしまうことにすら、ラウラは気づかない。

(撤退だッ、こんな化け物と正面から戦えるかッ!)

反転して距離をとり、ワイヤーブレードを牽制に放つが、わずか一瞬で切り捨てられる。

(こいつッ、本当に人間なのかッ?)

本物の虎がISを纏って襲いかかってくる。

そう思う自分を間違っていないのではないかとラウラは感じていた。

 

シャルロットも必死に空を翔けていた。

獅子吼は不規則な動きで、シャルロットにダメージを与えてくる。

(追い詰められてるッ!)

これは戦いではない、狩りだとシャルロットは感じていた。

獲物を捉えた獣が、じわじわと弱らせて一気に喉笛に噛みつこうとしているのだ。

「当たらねえよ」

 

少しかわいそうですけど

 

シャルロットは必死になってミサイルやカノン砲を撃つが、多角的な動きで一発も当てられない。

信じられないことに獅子吼も攻撃をかわしている。

つまり、半自動制御で動いているのだ。

しかも、一見無駄に見えるが、こちらを追い詰めるための最短距離を飛んでくる。

自分は今、獅子の餌になろうとしている小動物なのだとシャルロットは感じていた。

(ひ~んっ、食べられちゃうぅ~っ!)

恐怖のせいか、だいぶ混乱している様子のシャルロットであった。

そして。

「行け」

 

ごめんなさいね

 

諒兵が右手を振りかぶるのが見える。

そしてズドンッという轟音とともに、右手の獅子吼がドリルのようになってぶっ飛んできた。

(いけないっ、あれを喰らったら落とされるッ!)

しかし、自分が避ける方向を六つの爪が遮る。

完全に逃げ道が塞がれている。

ダメだと思わず目を閉じたシャルロットの脇を風が通り抜けた。

「一夏っ!」と、思わずシャルロットは喜びの声を上げてしまう。

だが、ガァンッという音が響いたあと、一夏の呻き声が聞こえてきた。

「ぐうぅッ!」

シャルロットに襲いかかる獅子吼に白虎徹をぶつけ、必死に止めようとするが、かなりの威力があるのかその表情が歪む。

「やらせるかッ!」

 

守ってあげるねっ!

 

そう叫んだ一夏は白虎徹を振り抜いた。

バラけて弾き飛ばされた獅子吼は諒兵の手に戻る。

シャルロットは腰が抜けそうになるが必死に持ちこたえた。

思わず「助かったあ」と呟いてしまったが。

 

だが、一夏は即座に振り向くと、呆然としていた背後のラウラに向かって剣を上段に掲げた。

直前まで自分を追っていた一夏が瞬時加速を使ったので、追いつかれるかと思ったラウラだが、素通りされて呆然としてしまう。

だが、それがシャルロットを助けるためだったとようやく理解できたのだ。

しかし、ラウラは一夏に近づきすぎた。

反転しようにも間に合わない。

(ダメだッ、喰い殺されるッ!)

獲物を見るような一夏の眼差しに本気でそう思い、不覚にも目を閉じてしまったラウラだがガギィンッという音ですぐに目を開く。

黒い背中が、自分を守っているのが目に入ってきた。

「あっ……」と、自分の口から漏れてしまった声が何を意味するのか考える余裕もなかった。

諒兵は獅子吼で一夏の白虎徹を受け止めているが、まさに鍔迫り合いのごとく、必死に耐えている。

全力で振り抜こうとする一夏の剣を止めるのは至難の業だ。

しかし。

「やらせねえッ!」

 

怯えすぎです

 

そう叫んだ諒兵は、白虎徹ごと一夏を弾き飛ばした。

間合いがあき、再び噛みつかんばかりの表情で対峙する一夏と諒兵にラウラは助かったと思って……。

(何故私は安心しているッ!)

そんな自分を必死に否定した。

 

 

むう、と鈴音が唸っているのを、セシリア、本音、ティナは不思議そうに見つめる。

「ヤバそう、あの子」

「やっと個性戻った~」

「それはもういいから」と、いきなり話の腰を折ろうとした本音をティナが止めた。

それはともかく、ほぼそれだけで鈴音が何をいいたいのか、セシリアは察する。

「確かにあれは来ますわね。シャルさんですか?」

シャルの名前は小声にして尋ねた。

さすがにまだ周囲には男として通っているので、大声では話せないのだ。

「ううん、ボーデヴィッヒのほう」

「ボーデヴィッヒさん?」

「なんか、ときめいた顔してた」

ほとんど視認できないような距離を完全に認識している鈴音である。

「シャルは頼りになるお兄ちゃんくらいに感じてるみたい。ただ、ボーデヴィッヒは今まで仲良くしてなかったし」

ギャップにやられるかもしれないと鈴音は呟く。

「罪なお二人ですわね……」

そうため息をつくセシリア。

「女の勘、怖いわー」

「怖いね~」

ティナと本音がそういって呆れた眼差しを向けていた。

 

 

再び対峙した一夏と諒兵は、ドガァンッと凄まじい轟音を立ててぶつかり合う。

その姿でシャルロットは理解する。

二人は今、味方を守り、敵を倒すことしか考えていないのだと。

(それが友だちあっても、ここでは倒すべき敵なんだ)

まさに真剣勝負だ。

でも、それなのにどこか楽しそうにも見える。

地位でも名誉でもない。

ただ勝利のためだけに戦っている。

一夏にとって諒兵に勝つこと、諒兵にとって一夏に勝つことは何にも勝るものなのだろう。

自分がやるべきことはサポートだ。

誰にも邪魔をさせてはいけない。

つまり。

(ボーデヴィッヒさんを止めるのは僕の役目だ)

AICを持ち、第3世代機でも高性能のシュヴァルツェア・レーゲンを相手に、改良型とはいえ第2世代のラファール・リヴァイブで戦うしかない。

それでも、一夏と諒兵の実力は互角。

二人の邪魔をされてしまうと均衡が崩れる。

だが、シャルロットはラウラの行動に驚いてしまった。

 

目の前で再びぶつかり合う二匹の獣。

力は完全に互角。

敵を倒すためには、とラウラは考える。

先ほどAICを斬った一夏にAICを使うのは抵抗がある。

(それならッ!)

ラウラはレールカノンを起動して叫ぶ。

「右だッ!」

その言葉に諒兵が反応して身体を引いたところを狙い、ラウラは砲撃を放った。

「なッ?」

さすがに一夏も砲撃が来るとは思っていなかったのか驚いてしまう。しかし、すぐに砲弾を叩き斬った。

そこに諒兵の爪が迫るのを一夏は寸でのところでかわすも、さらに連撃が迫る。

わずかに崩されただけだが、諒兵相手では立て直すには時間がかかる。

そこに再びラウラの砲撃がくれば完全に喰らうことになる。

「くそッ!」

「わりいな一夏ッ!」

いったん距離をとろうとする一夏を諒兵が追う。

 

マズいと感じたシャルロットはすぐに二人を追った。

だが、「行かせんッ!」とラウラはシャルロットを止めようと割り込んで、止まった。

 

(私は、何をしている?)

 

諒兵を助け、シャルロットを止めようとしている。

一人で戦うはずだったのに、今、諒兵のために自分は動いていた。

そんな彼女の一瞬の隙を突き、シャルロットは連発でミサイルを放つ。

「こんなものッ!」と、AICを起動してミサイルを停止させる。

実弾兵器相手に遅れはとらない。

だが、シャルロットは「これならどう?」と、アサルトライフルを連射した。

目的は彼女自身が放ったミサイル。

「しまったッ!」

さすがに爆発を止めることなどできない。

目の前で連鎖的に爆発していく。さらに視界を塞ぐように爆炎が上がった。

そこにシャルロットが突っ込んできて、最大の奥の手、楯殺しとも呼ばれるパイルバンカー『グレースケール』を喰らわせきた。

戦闘中に考え込むなど何事か、と、ラウラはすぐに意識を切り替えるが、そこに不可思議な声が聞こえてくる。

 

お前は力が欲しくはないのか?

 

なんだ?と思う気持ちが隙となり、ラウラはグレースケールをまともに喰らってしまう。

「うあああぁぁぁッ!」

悲鳴を上げつつも、必死にその場を離脱するラウラ。

そんな彼女を見つつ、シャルロットはすぐに一夏と諒兵の元へと飛び立った。

 

 

千冬はアリーナの一点を見つめながら、「ラウラ……」と呟いた。

教え子を案じているのだろうと感じた真耶が少し心配そうに声をかける。

「さすがにグレースケールはかなりのダメージになったでしょうね」

「いや、あれでいいんだ。デュノアはよくやった」

「えっ?」

それを公平な視点で見ているのかと思った真耶だが、そうではないらしい。

「一瞬、ラウラが止まったのは連携する自分に疑問を持ってしまったからだ」

もともと部隊を率いる立場でありながら、一人でいることが多かったラウラ。

それなのに、この戦いでは諒兵を助けようと行動している。

それはおそらく無意識に近いものだろう。

「今のラウラに考えさせると止まる。まともな敵として攻めていけばそんな余裕はなくなるんだ」

「織斑先生……」

「やっと、ラウラも変われる……」

そういった千冬の眼差しは、まるで慈愛に溢れた母のようだった。

 

 

 

 




閑話「ラウラの(たぶん)有能な部下たち」

遠くドイツにて。
「キタキタキタぁーっ!」
モニターに映し出されたラウラの姿を見ながら、クラリッサとシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちは咆哮を上げていた。
「予想以上に恐るべきモンスターッ、思わず逃げだす女兵士(隊長)ッ!」
「どきどきですっ、おねえさまっ!」
「そこに駆けつける敵国のライバルッ、ときめきを押さえられない女兵士(隊長)ッ!」
「きゅんきゅんですっ、おねえさまっ!」
「窮地の彼を思わず助けてしまいッ、自分の気持ちに戸惑う女兵士(隊長)ッ!」
「激萌えですっ、おねえさまっ!」
「これぞまさに王道少女マンガだわッ!」
何故モニターにラウラの姿が映し出されているかというと、監視衛星を使ってIS学園のアリーナの様子を見ているからである。
軍事力の無駄遣いであった。

その後ろで、部隊唯一の常識人、アンネリーゼ・ブッケルは上層部に連絡していた。
「勝手に衛星使ってるんですけど」
「えっ、許可してるっ?IS学園覗いてますよっ!」
「恋する隊長が萌えるからオッケーっ?何いってんですかッ!」
プツッと切れた通信に、アンネリーゼはたそがれてしまう。
「もうやだ、この軍……」
真剣に転職を考えたいアンネリーゼ。
その目の前には、歓声を上げながらモニターを凝視するクラリッサ以下、愉快なアホの集団があった。





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第26話「戦乙女の虚像」

ぼんやりと医務室の天井を見つめていた箒は、一夏の試合はどうなっているのかと思い、学園勤務の医師に尋ねかける。

「それなら、モニターで見ることができますよ」

そういって、医務室に備え付けられているモニターを持ってきてくれたので、箒は礼をいって受け取ると、電源を入れる。

第一アリーナでは、一夏・シャルロット対諒兵・ラウラの戦いはまさに佳境と入っていた。

 

 

自分の感情に戸惑いながらも、ラウラは一夏と諒兵がぶつかり合う場所へと急ぐ。

せっかく隙ができ、均衡が崩れたというのに、自分が遅れてしまったせいでシャルロットがうまくサポートに入ったらしい。

一夏と諒兵は再び距離をとって対峙していた。

(勝つんだッ、勝てば目的は果たせるッ!)

そう自分に言い聞かせるラウラ。

協力したのはあくまでそのためだ。

使えるものは使えばいい。そう思ったからこその連携だ。

しかし、それを否定する自分がいる。

千冬はたった一人でも強かった、と。

 

弱くなれば、織斑千冬に手が届かなくなるぞ。

 

(なんだッ、さっきからッ?)

自分の頭に響いてくる暗い声。

どこかで聞いたことがあるような気もするが、思いだせない。

だが惑わされてはダメだとラウラは必死に振り払おうとする。

このまま諒兵を放っておけば、シャルロットによって均衡が崩される。

ラウラの負けは自分の負けだといった諒兵の言葉を思いだす。ならば逆もまた然りだ。

諒兵の負けは、自分の負けになる。

今、ラウラはそう思っていた。

 

こういう使い方もできるのか、とシャルロットは驚く。

背後からの自分の銃撃を諒兵はビットを使って防いでいた。

確かに硬度を考えれば並の銃撃では壊れないほど強力なプラズマエネルギーの塊だ。

楯として使えないはずがない。

(それにしたって、一夏の攻撃をかわしながら僕の攻撃を防ぐなんて……)

ほぼ同時に二つのことを行っている。

三回戦を自分一人でも勝てたという意味が理解できる。

二対一であっても、十分に優位に動くことはできるのだ。

しかし状況は徐々にこちらに優位になりつつあることもシャルロットは理解していた。

一夏にしてもシャルロットにしても強敵で、諒兵一人で戦うのは限界がある。

先ほど崩れた均衡を戻せたのもそのためだ。

特に一夏相手では本来は集中したいのだろうが、それをさせまいとするシャルロットの攻撃は決して無駄ではないのだ。

だが。

「ハァッ!」

「えッ?」

気合いとともにラウラがシャルロットに斬りかかってきた。

シャルロットは重機関銃でラウラを牽制しつつ、距離をとる。

そのまま割り込むように諒兵と背中合わせになって、ラウラはシャルロットと対峙した。

どうやらラウラは心を入れ替えたのだろうとシャルロットは思う。

ここに来て、学園最強コンビが誕生したのだ。

「でもっ、負けないよっ!」

「やらせんッ!」

そう叫んでレールカノンを撃ち放ってくるラウラに少しばかり微笑みかけつつ、シャルロットは攻撃し続けていた。

 

そんなラウラは。

(暖かい……)

その背に、それどころか身体全体をぬくもりで包まれているように感じていた。

思えば今までも、このぬくもりを感じることはあった。

千冬といたとき、シュヴァルツェ・ハーゼの部下たちといたときもこんな気持ちを感じていたのだ。

生まれながらに軍人として作られた試験管ベビーであるラウラ。

親代わりはいなかったわけではないが、それでも常に強者であることを求められた。

しかし、ISとの適合性を向上させるために行われたヴォーダン・オージェの移植手術に彼女は適合できなかった。

その結果、あらゆる訓練で落第してしまい、失敗作の烙印を押されたのだ。

ISを憎みもした。

それでも、そんな自分を助け、育ててくれた千冬。

そして、隊長としてはとてもまともとはいえなかっただろうに慕ってくれるクラリッサや部隊の部下たちのおかげで今のラウラがある。

そしてこのトーナメントでは、ずっと諒兵が助けてくれていることをわかっていた。

わかっていても認められなかった。

弱くなってしまう、そう思うからだ。

それなのに、今、自分は一夏と戦う諒兵を背にして戦っている。

(気持ちいい。ずっとこうしていたい……)

弱くなってしまってもいい。それでも共に戦えるなら、とラウラは思っていた。

 

力を失ってもか?

 

頭の中に響く暗い声にハッとする。

何かが自分に問いかけてくると感じながら、それがなんなのかわからない。

(誰だッ!)

 

このままこの男に頼るようでは、お前は力を失うぞ

 

それでも、そんな自分でも諒兵は助けてくれるだろう。

もう一度戦わせてくれるように手を貸してくれるだろう。

いや、諒兵だけではないはずだ。

千冬だって、クラリッサだって、部下たちだって手を貸してくれる。

(きっとそれが、教官がいいたかったことなんだ……)

 

違う。お前は今、誘惑に負けようとしている

 

何の力もなくなったお前に価値などないと暗い声が囁く。

ラウラはかつて捨てられた自分を思いだしてしまう。

誰もお前を助けないという言葉にラウラは動揺してしまう。

(そんなことはっ、ない……はずだ……)

 

お前を助けられるのは『私』だけだよ、ラウラ

 

ようやくその声が誰に似ているのかラウラは気づく。

(きょう、かん……?)

それは確かに千冬の声ではあった。だが、似ても似つかないともラウラは感じていた。

こんな、暗い闇の底から響いてくるような声ではないと思いつつも、ラウラにとって千冬が絶対であることに変わりはない。

 

望むがいい。『世界最強』にナりたゐの堕ロウ、らうら

 

その言葉に逆らう意思をラウラは持たなかった。

 

 

ドクンッと心臓が跳ね上がる。

一夏と諒兵はいきなり感じた異様な気配に、動きを止めてしまった。

「どうしたのっ、一夏っ?」

「なんだこれ……」

「気味わりい……」

 

やだあ、気持ちわるいよお

 

おぞましい……。なんなんですかこれは?

 

ふと、そんな声を感じた一夏と諒兵の二人は気配の正体を探る。

先に気づいたのは諒兵だった。というより、背後からそれが伝わってくるのを感じたのだ。

「ボーデヴィッヒッ?」

ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンが異様な胎動をしている。

ラウラ自身は苦しそうに喘ぐばかりだ。

「なんだこりゃッ?」

信じられないことに、まるで生き物のようにISの装甲が蠢いている。

その状態を見た一夏がシャルロットに意見を求めた。

「量子変換の機能が異常を起こしてるんだと思うっ、とにかくISを停止しないとっ!」

「千冬姉ッ、中止だッ、なんかおかしいッ!」

すぐに観覧席の千冬に向かって一夏は通信を繋いだ。

だが。

「なんだッ?」という諒兵の叫び声が聞こえてきて、一夏はハッと振り向いた。

 

「オ前ノ、『ちから』、ガ、欲シイ……」

 

ラウラが喘ぎながらそう呟くと、シュヴァルツェア・レーゲンはまるで粘液のように伸びて、諒兵とレオに取り付いてきた。

「諒兵ッ!」

「離れろ一夏ッ、シャルッ!」

引き離せないし、何より苦しげに喘ぐラウラを放っておくことなどできない。

このまま放っておけば、ラウラが危険なことになると感じた諒兵はあえて自分に取り付こうとするシュヴァルツェア・レーゲンを受け入れる。

「耐えてくれレオッ!」

 

ええっ、なんとかしますっ!

 

その叫びを最後に、諒兵はレオごとシュヴァルツェア・レーゲンに飲み込まれてしまう。

残ったのはまるで卵のような真っ黒な球体。

だが、そこからさらに触手を伸ばして一夏とシャルロットにまで襲いかかってきた。

「くそッ!」

「一夏っ?」

一夏はとっさにシャルロットを抱え、叫んだ。

「全速力だ白虎ッ!」

 

わかってるっ!

 

翼を広げた一夏は瞬時加速を使い、一気にそこから離れたのだった。

 

 

こんなこともあろうかと千冬は通信機を常備している。

一夏の通信を受け取った千冬は、すぐに叫んだ。

「監視モニター室ッ、ボーデヴィッヒのISが異常を起こしているッ、試合を中止しろッ!」

了承の言葉が返ってくるのに安心することなく、すぐに立ち上がる。

「山田先生ッ、監視モニター室へッ!」

「はいッ!」

だが、そこに微かではあったが、喜びの声が聞こえてきた。

 

成功だ、これで『レオ』のデータが取れる。

なんとか『白虎』も取り込めないか?

戦闘を続行すれば……。

 

「貴様らッ、ラウラのISに何をしたッ?」

掴みかかる千冬を真耶が必死に止める。

「今は試合をっ、ボーデヴィッヒさんのISを止めないとっ!」

「くッ!」

悔しげな顔を隠そうともせずに、千冬は監視モニター室に向かって駆けだした。

 

 

真っ黒な卵は不気味な雰囲気を漂わせながら浮いている。

一夏は離れたところから様子を伺っていた。

「あのまま、じゃ、ないよな?」

「うん、たぶん、何かになるはずだよ」

決して卵から目を離さず、そう話す二人の目の前で、卵にひびが入っていく。

来る。そう感じた二人は身構えつつ、不用意に近づかないように注意していた。

先ほどの触手を考えると、近づくと捕まえようとしてくるはずだ。

取り込まれるのはマズいと二人は考えていた。

そして目の前で卵が割れ、そこから現れたのは……。

「女の、人?」

真っ黒い闇の塊のような姿だが、間違いなくそのシルエットは女性のものだった。

信じられないほどの美しさを感じるボディラインにシャルロットはわずかにとはいえ頬すら染めてしまう。

だが、一夏はそれ以上の驚きを感じていた。

「千冬姉……?」

その言葉にシャルロットはもう一度女の姿をした影を凝視する。

(そうだ、あのシルエット、織斑先生そっくりなんだ。……まさかッ!)

「VTシステム?」

「ヴァルキリー・トレース・システム。織斑先生の戦闘データをもとに、ISで再現する機能だよ」

それほどにISを纏った千冬の強さは世界中に認知されている。

特に軍事利用を考える者は後を絶たなかっただろう。

それで生まれたのがヴァルキリー・トレース・システム。

すなわち。

「世界最強を擬似的に生みだすシステムなんだ」

「そんなのがあったのか?」

「あった。でも、人道的配慮から、今はアラスカ条約で搭載は禁止されてるんだ」

おそらくラウラも知らないうちに搭載されていたのだろうとシャルロットは説明する。

知っているのなら犯罪者だし、このシステムを組み込めるとしたら一人ではほぼ不可能だからだ。

「でも、なんか違う」

「えっ?」

「もっと、何か……」

 

あいつッ、レオの力を写し取ろうとしてるッ!

 

その声に一夏が「マズいッ!」と叫んで一気に斬り捨てようと翼を広げた瞬間、凄まじいまでの咆哮がアリーナを揺さぶった。

「なにこれっ?」

「ぐぅッ!」

目を開けたシャルロットの視界に入ってきたのは、その背に黒い翼を広げた千冬の姿をした闇。

それはさらに大地に手を付くように四つんばいになる。

「なっ?」

「くそッ、遅かったッ!」

そして再びの咆哮とともに、その姿は異形と化した。

その背に大きな翼を持ち、すべての足から十二本の光の爪を生やした巨大な黒い獅子へと。

「そんなバカなっ!」

驚愕するシャルロットに対し、一夏は何もいわない。むしろ冷静だった。

しかし、その目は冷たい怒りの炎を宿していた。

 

 

観客席の鈴音、セシリアたちも呆然と事態を見つめていた。

「くっ、身体動かせれば……」

「無茶ですわっ、そもそもあれを倒す方法がわかりませんっ!」

いまだ疲労の残る身体を無理やり起こそうとする鈴音をセシリアが止める。

しかし、どう見ても異常だった。

ISが、他のISを取り込んであのように変貌することなどありえない。

せめて甲龍が動かせる状態なら、サポートもできたのにと鈴音は歯軋りしてしまう。

「諒兵……。お願い一夏、諒兵を助けて……」

鈴音にできるのは、アリーナの空を飛ぶ一夏に望みを託すことだけだった。

 

 

医務室で試合の様子を見ていた箒も、試合が行われているアリーナに向かって駆けだしていた。

(一夏ならっ、きっと日野を助けようとするっ!)

それが無謀だとわかっていても、一夏は止まらない。

しかし、あんなものにどうやって対抗しようとするのか。

居ても立ってもいられなくなったために箒は走りだしていた。

 

 

通信機を手に千冬が叫ぶ。

「更識ッ、監視モニター室だッ、博士につなげッ!」

「もうやってますッ!」

「よしッ!」という声を漏らしつつ千冬はアリーナの監視モニター室に飛び込む。

そこには楯無と虚がいた。

「布仏ッ、山田先生ッ、今から見るものは極秘だッ!」

「は、はいっ!」と真耶と虚は千冬の剣幕にそう答えるだけだった。

「博士ッ!」

モニターに向かって叫ぶ千冬の視線の先には、三十歳くらいの白衣を着た男性の姿がある。

「状況は把握してらぁ。まずぁ戦力だ。強い奴をあと二人は行かせろ。ただし後方支援だ。ランチャー、RPG、カノン砲なら何とか効くが、トドメは一夏じゃねぇとどうしようもねぇ」

あるなら大口径のレーザーライフルもと博士は告げる。

「山田先生ッ、オルコットを連れてアリーナにッ!」

「了解しましたッ!」

真耶が飛び出していくのを確認した千冬は博士に対して状況の説明を求める。

「VTシステムにISのデータを取り込むプログラムを書き加えてやがったみてぇだ。目的ぁ『白虎』と『レオ』だ」

「それはわかります」

「問題なのぁ、『レオ』を取り込んだVTシステムがシュヴァルツェア・レーゲンをASに強制進化させよぅとしてやがるってこった」

「あれもASなんですかッ?」と、楯無。

本来、裏の仕事に関わる楯無は別件で既に博士とは面識がある。

そのために千冬同様にASについては聞いてあった。

とはいえ、異形としかいえない姿に驚いてしまう。

「むしろ、ありゃぁ獣性を解放した本来の姿にちけぇ。『白虎』と『レオ』ぁ、一夏や諒兵に合わせて姿を変えてんだ」

どう見ても化け物としかいえない姿が、ISの本来の姿であることにその場の全員が驚愕する。

「放っておくとどうなります?」と、千冬。

「最終形態になりゃぁ、取り込んだやつごと『使徒』型に進化しちまう。そうなっちまえば終わりだ」

「どうすれば?」と楯無が続いて問いかける。

「今のうちに白虎徹で腹を掻っ捌け。そこに諒兵と織斑の教え子がいる。引きずり出しゃぁ奴ぁ依り代を失って崩壊する。ただし白虎徹以外じゃたぶん斬れねぇ」

「それで助かるのですかッ?」

千冬にとっては諒兵もラウラも大事な生徒だ。

それ以上にラウラは妹のように大事にしていた教え子だ。

安否が気にならないはずがなかった。

「諒兵はレオが頑張ってるみてぇだ。おめぇの教え子ぁ、俺も驚いたがシュヴァルツェア・レーゲンのコアが守ってる。おそらく一緒に出てくる」

「えっ?」

「今ならまだ間に合う。一夏に指示を出せ、織斑」

「はいッ!」

そういって、まるで怒号のような大声で千冬は一夏に指示を出した。

 

 

いきなり大音声で千冬の指示が飛んできて、シャルロットは思わずびっくりしてしまった。

 

「一夏ッ、今援軍が行くッ、協力してお前がそいつの腹を掻っ捌けッ、そこにラウラと諒兵がいるッ!」

 

その声を聞いた一夏はただ静かに白虎徹を構えた。

「い、一夏?」

「シャル、援護してくれ。二人を助けだす」

「う、うんっ!」

親友と、親友が守ろうとした少女。

その二人が闇に囚われ助けを求めているのなら、一夏がやるべきことは一つ。

「行くぞ白虎、世界最強とかいう化け物を倒す」

 

行こうイチカッ!

 

咆哮をあげた巨大な黒い獅子に向かい、一夏を翼を広げて飛び立った。

 

 

 

 




閑話「ラウラの(実は)有能な部下たち」

モニターを凝視していたクラリッサ以下シュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちは呆然としていた。
「副隊長っ、すぐに上層部に連絡をッ!」
と、部隊唯一の常識人、アンネリーゼ・ブッケルが叫ぶ。
だが、クラリッサはおもむろに通信機を取りだしただけだった。
「こちらクラリッサ・ハルフォーフ。首謀者は?」
「IS開発局軍用機開発部、主任以下十名。はい、受諾しました」
「はい。可及的速やかに遂行します。五分もあれば」
そういって通信機を切ったクラリッサにアンネリーゼは疑問を感じて問いかける。
「副隊長?」
「行くわよ」
「はいッ、おねえさまッ!」
そういうと、アンネリーゼを巻き込んだまま、クラリッサたちは怒涛の勢いでドイツ軍のIS開発局へと侵攻する。

「うちの隊長に何してくれてんじゃゴルァァァァッ!」

怒号とともに無数の悲鳴がとどろき、五分後には半死半生の科学者たちが呻き声を上げていた。
アンネリーゼはただ呆然とその姿を見る。
「なんで軍人としては優秀なのに、アホばかりなの……?」
たそがれるアンネリーゼに答える者はいなかった。





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第27話「誰がためか、己がためか」

セシリアを連れに来た真耶に鈴音は懇願していた。

「私も助けに行きたいんですっ!」

そう必死に懇願してくる鈴音に真耶は思い悩んでしまうが、意を決して横っ面をはたいた。

その場にいた全員が驚く。

「私たちを信じてください、凰さん。必ずみんな無事に終わらせます」

「山田先生……」

「オルコットさんっ!」

「はいっ!」

呆然としつつも真耶の思いを感じ取った鈴音はそのまま椅子に座り込む。

走り去って行く真耶とセシリアの後ろ姿を見つめながら。

「悔しいなあ。こんなときのために鍛えてきたのに……。なにヘバってんのよ、私」

頬をつたう一筋の涙を見て、ティナは何もいってやることができないことを情けなく思う。

そんなティナと鈴音の顔を見つつ、本音が口を開いた。

「信じよ~、それだけでもできるんなら~」

「うん、そうね……」

本音の言葉に鈴音はそう答えるだけだった。

そんな鈴音の姿を、観客席にたどり着いた箒が遠くから見つめていた。

 

 

白虎徹を一閃しようとした一夏に、巨獅子は前足を振りかぶった。

ガァンッという音とともに一夏は弾き飛ばされてしまう。

「くッ!」

「正面からじゃ無理だよッ、パワーが違いすぎるッ!」

巨獅子は四つんばいの状態でも一夏たちの五倍くらいの大きさがあった。

その巨体に見合ったパワーを持っているらしく、巨獅子は一夏の全力の斬撃すら弾いてしまう。

ならば下から回り込む。

そう思い一気に下降し、そこから腹をめがけて上昇するが、巨獅子はアリーナのシールドに張り付くと、まるで地面のように駆けた。

「回りこませない気ッ?」

シールドを解除すれば、化け物が解き放たれてしまう。

ゆえに解除できないということを巨獅子は理解しているのだ。

四本の足、そこから生える光の爪がまるで鉄格子のように腹を守ってしまっている。

「せめてレーザークローが出てなければ……」

足なら斬れる。

だが、レーザークローが邪魔をしてなかなか斬らせようとしない。

「あいつをもう一度中央に引っ張り出すしかない」

「どうやってっ?」

それが思いつかないと一夏は臍を噛む思いで巨獅子を睨みつけた。

一夏の斬撃で弾き飛ばすとしても、結局は壁との間に入り込まなければならない。

それができるなら、そこから腹を斬ることができるのだから。

「それなら私たちで爆撃しますッ!」

そう言ってきたのはランチャーを構え、ラファール・リヴァイブを纏った真耶。セシリアも共にいる。

セシリアの手にあるのは、RPGとIS学園謹製のレーザーライフルだった。

「ミサイルやRPGならダメージは与えられるようですわッ!」

ただし白虎徹のような大ダメージは無理だという。

ゆえに数で押す。中央からひたすら爆撃するのだ。

うっとうしいと感じれば、こちらに襲いかかってくるだろうと真耶は説明する。

「その隙に織斑くんが腹部に回り込んで斬る。できますか?」

「はい」

「デュノアさんは私たちと一緒に」

「はいっ!」

どうやら教職員は全員自分の素性を知っているらしいとシャルロットは感じたが、今はいっている場合ではない。

今、巨獅子の中に大事な友がいる。

友が守ろうとした少女がいる。

シャルロットにとっても二人は大事な存在だ。

そのために戦うと彼女は決意を固めた。

 

 

なんだろう、と、ラウラはぼんやりと考えていた。

激しく揺さぶられているのに、心地いい。

ゆりかごや母の腕の中はこんな感じかもしれないと考えて、ゆっくりと目を開く。

「ひの……?」

「目え覚ましたかよ」

少しだけ頭が冴えてきたのか、なんとなく事態を理解する。

ラウラは諒兵に抱き上げられていたのだ。

激しく揺さぶられているのはどうやら諒兵が走っているかららしい。

「なにが、おきた?」

「バケモンの檻の中に閉じ込められてんだよ」

「ん?」と、その返答におかしな印象を抱いたラウラは、身体を起こして肩越しに諒兵の後ろを見る。

「ひッ?」と、一気に目が覚めた。

真っ黒。

それ以外に形容できない人型をした何かが、片手に長い剣を持って二人を追いかけてきていた。

もっとも頭らしき部分には穿たれただけの眼窩、そして三日月のごとく異様に釣り上がった口が開いている。

どちらも中は血のごとく赤い。

諒兵が化け物だと表現するのも肯ける。

「あれは何だッ?」

「シルエットに見覚えねえか?」

「何ッ?」

恐怖を感じさせるその相貌をできるだけ見ないようにして、ラウラは化け物のシルエットを見る。

確かに見覚えがある。

髪らしきものの長さや身体のラインを見る限り、女性を表しているらしい。

そこまで考えて、そのシルエットが何に似ているのか思いだした。

「ウソだ……、なんで教官に似てるんだッ?」

「知らねえよ。気がついたとたん、あいつが襲ってきたんだよ」

とっさに隣で寝ていたラウラを抱き上げ、ひたすら逃げているのだと諒兵は説明した。

 

 

巨獅子に対する爆撃を開始した真耶、セシリア、シャルロットの三人。そして待機する一夏。

「爆煙で姿を隠すのは危険ですっ、できるだけ狙いを分散させてくださいっ!」

真耶の指示に従い、それぞれ別の方向から間断なく砲撃するセシリアとシャルロット。

しかし、巨獅子は思わぬ反撃をしてきた。

「咆哮ッ?」

まさに百獣の王と呼ぶべき凄まじい咆哮は爆煙はおろか、ミサイルやカノン砲の砲弾すら弾き飛ばす。

「衝撃波なんですわッ!」

「そんなっ、吠えただけなのにッ!」

セシリア、シャルロットは巨獅子の咆哮の凄まじさに驚愕してしまう。

効くのがわかったのか、巨獅子は再び凄まじい大音量で吠えてきた。

衝撃波をまともに喰らった三人はアリーナのシールドに叩きつけられる。

それを好機と見たのか、巨獅子はシールドを駆けてきた。

とっさに中央に逃げる三人に向けて、再び吠えてくる。

もう一度喰らえば、今度は逃げる余裕もなくなる。

だが。

「斬り裂く」

 

負けないんだからッ!

 

そう呟いて一閃する一夏。白虎徹は衝撃波を真っ二つに切り裂いた。

それでも真耶たち三人はシールドを揺さぶるほどの威力があることに驚愕してしまう。

「一夏ッ!」と、叫ぶシャルロットに一夏は静かに答える。

「こんなところで負けられない。衝撃波は俺が何とかする。爆撃を続けてくれ」

「そうですわね。お願いします、一夏さん」

「うん、諒兵とボーデヴィッヒさんのためにも」

そういったシャルロットの言葉を何故か一夏は否定してきた。

「そうじゃない、シャル」

「えっ?」

「これは、この戦いは……」

 

 

 

まだ中学生のころのこと。

一夏は兄貴分に諒兵たちと共にキャンプに連れて行ってもらったことが何度かある。

「けっけっ、釣れねぇなぁ」

「蛮兄、俺、鍛えてくれって頼んだんだけど」

渓流で二人で釣りをしながら、一夏はジトっとした目で兄貴分を見る。

なかなかケンカの強い人なので、どうせならと思い、鍛えてくれるように一夏は頼んでいた。

そこで命じられたのが何故か魚釣りだった。兄貴分は釣れないにもかかわらず楽しそうで、それがまた腹が立つ。

「ケンカなんざてめぇで場数踏むしかねぇ。だいたい一夏、なんでおめぇ諒兵の人助けを手伝ってんだ?」

「それは、あいつあんなだし、ヤバい奴とケンカしてケガでもしたら大変だろ」

腕っ節で解決するケンカ屋はもともと諒兵がやっていたことだ。

孤児でいじめられた経験を持つ諒兵は、弱い者いじめを見過ごすことができないらしい。

その考え方自体は自分にも通じるものがあると感じた一夏は手伝うようになってしまったのだ。

「諒兵のために戦ってんのか」

「そうなるかな」

「そんじゃぁ、もともと強くなりてぇって思ったのは何でだ?」

「それは……」

一夏にとって唯一の肉親ともいえる千冬。その彼女が苦労していることを一夏は理解している。

だからこそ、兄貴分にかつていわれたような本当に強い男になるために、家計を助けようと剣道をやめてバイトを始めたのだ。

誰かを守るというのは、何も戦うだけではない。

一夏はもっと人として強くなって、千冬が心配しないような自分になりたいと思うようになっていた。

「姉ちゃんのためか」

「うん。千冬姉ばかり苦労させたくないんだよ」

「おめぇはいいやつだな」

いきなりそう褒められるとさすがに照れくさい。しかし、兄貴分はただ褒めただけではなかった。

「でもな、それだと姉ちゃんは却って潰れっちまう」

「なっ、なんでだよっ?」

「てめぇのために弟が頑張ってるって思ったら、姉ちゃんはおめぇを守ろうと苦労を増やすだけだ」

確かにそうだ、と一夏は納得してしまう。

一夏がバイトをするようになったら、無理をするなと千冬はいうが、その反面、千冬自身は無理をしているのが一夏には理解できていた。

悪循環なのだ。

お互いに気遣うあまり、姉弟で潰し合おうとしてしまっている。

「それじゃ、どうすればいいんだよ……」

「おめぇの優しさは間違ってねぇ。だから、もう一歩踏み込め」

「もう一歩?」と、首を傾げる一夏に、その兄貴分はこういったのだ。

 

「姉ちゃんを守ると『決めた』おめぇ自身のために強くなれ」

 

そして、諒兵のためにではなく、手伝うと『決めた』自分自身のために戦え、と。

 

 

 

「この戦いは、諒兵とラウラを助けると『決めた』俺自身のための戦いだ。だから負けられないんだ」

眼前の巨獅子を見据え、一夏は決然と告げる。

その意志が、戦う一夏を支えているのだ。

その姿にシャルロットも、セシリアも何かがすとんと胸に落ちるのを感じる。

「そうですわ。ここに来たのは力になると決めた私自身のため」

「うん。友だちを助けると決めた僕自身のためだったよ」

納得した様子の二人を見た真耶は感心すると同時に、微笑ましくも思う。

(その想いが、みんなのためになるんです、きっと)

そして「行きましょうっ!」という真耶の号令で全員が巨獅子に向かって再び飛び立った。

 

 

そのころ、ひたすら化け物から逃げ続ける諒兵とラウラ。

だが、ラウラは聞きたくない声が響いてくるために、思わず耳を押さえた。

 

らうら、こっ血へオゐで……。

 

「あっ、頭の中に声が……」

先ほど自分の頭の中に響いてきたのと同じ、だが本人には似ても似つかない千冬の声。

「俺にも聞こえたぜ。マジであれ、千冬さんなのかよ」

鬼だとは思うが、あんな化け物じゃなかった気がするぜと、どこかのんきに諒兵は呟いた。

「違うッ、教官はあんな化け物じゃないッ!」

「まあ、ありゃ違うなって思うけどよ。千冬さん、理不尽だしずぼらだし、ダメな部分けっこうあるぜ」

「何だとッ?」

千冬を侮辱するのかとラウラは憤ってしまう。

例え共に戦った、共に戦いたいと思う諒兵でも千冬への侮辱は許せない。

だが、平然と諒兵は言葉を続けた。

「料理は一夏のほうが上手いし、洗濯物は脱ぎっぱなし、ほっとくと掃除もしないとかグチってたぜ、一夏のやつ」

「貴様ッ!」

「そのくせブラコンでよ。俺と一夏を叩くとき、一夏にはちっとだけ手加減してんだぜ」

やっぱ弟は可愛いんだろ、と諒兵が笑いながらいっているのを見ると、なぜか怒りが霧散してしまう。

「侮辱してるんじゃないのか?」

「思ったこといってるだけだ」

自分が知っている千冬に対して思ったことをいっているだけで、不満も確かにあるが、悪口をいっているわけではないと諒兵はいう。

「だってよ。そういうとこひっくるめて千冬さんだろ」

「何?」

「世界最強だけが千冬さんじゃねえよ。いいとこもわるいとこもひっくるめて、織斑千冬なんだよ」

 追いかけてくるのは、その世界最強だけを無理やり取りだした千冬の偽者なんだろうと諒兵は語る。

「それとよ、お前の記憶、なんだかわからねえけど見えちまった」

「なっ?」

それは謝っておくと断った上で、諒兵は語る。

自分には想像もつかないきつい人生だったなと。

それでも似たようなことを考えていたことは確かだと。

「でも、お前、居場所あるんじゃねえか」

「居場所?」

「IS部隊とかさ」

シュヴァルツェ・ハーゼはラウラにとって大事なつながりであり居場所だ。

それに千冬とて、そこにいないからといってラウラとのつながりを断ち切ったわけではない。

望めばいつだって話してくれただろうし、無視していたわけではない。

ただ。

「千冬さんだって同じだろ。お前以外にもつながりが、居場所があったってだけだ」

「私以外の、つながり……」

「でもよ、それも千冬さんにとって、織斑千冬って人間を作る大事な一部じゃねえのかよ?」

逆にいえば、ラウラとて今の千冬を形作る大事な一部なのだ。

断ち切ってなどいない。

例え遠く離れていても、ラウラを教え子だといっていたのだから。

「だから、お前のほしかったお前だけの千冬さんを形にすると、ああなるんだろ」

「ちがうッ!」

「どう違うんだよ。千冬さんには世界最強以外何もいらねえとか思ってたんじゃねえのか?」

そう問われ、ラウラは言葉を失ってしまう。

確かにラウラには千冬は孤高で世界最強であるはずだという押し付けのような理想があったからだ。

でも、それでも。

「違う……、教官は強くて厳しくても、優しくて温かかった」

「そっか。ならどうする」

「どうするって……?」

「どこまでいっても出口が見当たらねえ。このまま逃げてても埒が明かねえんだよ。だからどうする?」

その答えをいおうとして、ラウラの胸にズキンと痛みが走った。それはこれまでの自分を否定してしまうからだ。

それでも自分がほしかったのは、会いたかったのはあんな化け物ではない。

「本物の教官に会いにいくッ、だからあいつを倒すッ!」

世界最強という化け物ではなく、人間の織斑千冬に会いに行くのだとラウラは腹の底から叫ぶ。

その声を、その意志をはっきりと聞き取った諒兵はニッと笑った。

「うしっ、やるかっ!下がってろボーデヴィッヒ」

そういうと諒兵はラウラを下ろし、庇うように前に立つ。

「一人で戦う気かッ?」

「お前にゃ武器がねえだろ。さすがに丸腰じゃあいつにゃ勝てねえぞ」

そういったあと、諒兵は一瞬だけ目を閉じる。

「レオ、わりいけど、もうちっとだけ力貸してくれ」

 

大丈夫、いけます

 

そんな声を感じ取った直後、諒兵の両腕を覆うように六本のレーザークローが、レオの獅子吼が現れた。

ラウラが驚愕の眼差しでそれを見る中、諒兵は叫ぶ。

「行くぜレオッ、打倒世界最強だッ!」

 

行きましょうリョウヘイッ!

 

迫りくる化け物に向かい、諒兵は全力で駆けだした。

 

 

 

 



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第28話「倒されるべきモノ」

そのわずかな異変を楯無は何とか見つけることができた。

「これは……、減ってる?」

「どうした更識?」

「間違いない……、レーザークローの数が減ってますッ!」

楯無の言葉に、千冬も巨獅子の足を凝視する。

確かに、さっきまでより光の爪の数が減っていた。

「前足から二本、後ろ足から四本……」

その言葉に博士がニカッと笑った。

「ハッ、あのバカ腹ん中で暴れてやがんな。世界最強にケンカ売るたぁ、以前よりバカになりゃぁがった」

「ふふっ、あなたの弟分ですからね」

「ちげぇねぇ」と、千冬が笑顔で見せていった一言にさらに笑いだす。

 

 

その言葉はチャンスを与える希望の言葉だった。

 

「一夏ッ、チャンスだッ、レーザークローが減っているッ!」

 

モニター室から響いてきた千冬の言葉に、その場にいた全員が巨獅子の足を凝視した。

「ホントだ減ってるよっ!」

「えっ、どうしてですのっ?」

疑問の声を上げるセシリアやシャルロットだが、一夏には理由などすぐに推測できた。

諒兵も戦っている。

この化け物に。世界最強を模したものに。

「やっぱりな」

 

うんっ、感じるよっ!

 

そんな声を感じた一夏は、眼前の巨獅子に対し、唇をわずかに吊り上げる。

親友が世界最強に挑んでいるというのなら、なおさら自分が負けるわけにはいかない。

「織斑くんっ、突撃の準備をッ!」

「わかってます」

真耶たち三人が再び砲撃を開始する中、一夏は好機を狙い、力を溜め続ける。

最大のチャンスに、最高の結果を出すために。

 

 

泣いていたのは何故だろうと思いつつ、箒は鈴音に近づいていく。

だが、鈴音の「勝ったわ」という声が聞こえてきて、その足は止まった。

「だってまだあんな状態よッ、最悪飛び出すかもッ!」

「なんでそう思うの~?」

ティナは当然のこととして、本音としてもこの状況で楽観などできない。

いつ、あの化け物が観客席に出てくるかと思うと、戦々恐々とするしかないはずだ。

しかし、鈴音は先ほどまでの涙など消え去ったかのように、強い眼差しでアリーナの戦いを見つめている。

「あの化け物のレーザークローが減ったわ。諒兵の奴、あいつの中で戦ってんのよ。そして外では一夏が戦ってる」

自分があの場にいないのは悔しいが、二人なら例え相手がなんであろうと負けるわけがない。

鈴音は確信があるかのようにティナと本音の言葉に答える。

「ずいぶん自信あるわねえ」

「あるわよ。あいつらがコンビで戦って負けたところ見たことないもん」

まるでもうすべてが決着したかのように、決して間違いではないという鈴音のその姿が、箒は羨ましくて仕方なかった。

 

 

振り下ろされる剣をかわすと、諒兵は即座に腹をめがけて獅子吼を突き入れる。

だが、あっさりと身体を捻られ、かわされてしまった。

それどころか胴薙ぎを繰りだしてくる。

脇腹からぶった斬るつもりなのだろう。

「チィッ!」

この勢いでは上半身と下半身が泣き別れになると直感した諒兵はすぐに身体を沈めた。

そこから一気に顎を狙って拳を振り上げるが、影は一気に飛び退る。

諒兵もすぐにバックステップで距離をとった。

「パチモンでも千冬さんかよ。半端ねえな」

IS用の装備を生身で振り回すような女傑だけに、下手な力比べはできないと、諒兵は剣を受け止めることは避けるべきだと考える。

「そんならッ!」と、叫んで諒兵は顔面に飛び蹴りを放つ。

不気味さをさらに増すかのようにニヤリと笑う影。

蹴りを放つ右足を縦に裂いてやろうというのか、諒兵の足の裏めがけて剣を振ってきた。

「ドアホ、やっぱパチモンだな」

そういって諒兵がニッと笑う。

右手を覆っていたはずの獅子吼がいきなり右足に移動し、剣を受け止めたばかりか、影の顔面に襲いかかる。

頭を削られたせいか、影は呻き声を上げて、一気に飛び退った。

「足で使えねえなんていってねえぜ」

本物の千冬なら、諒兵のトリッキーな戦い方にも対応してくる。

とはいえ、顔を三分の一くらいは削ったというのに、平然と直っていくところを見ると、見たとおりの影の塊らしい。

何とかして急所を見つけ出さないとジリ貧になると諒兵は感じていた。

可能性は二つ。

脳か心臓。

脳は今削ってダメージがないところを見ると、もう一つは心臓と考えられる。

剣の間合いの内側に飛び込んで心臓をぶち抜く。

そう考え、足に力を込める諒兵。

だが。

 

違いますッ、あれはオリムラチフユじゃありませんッ!

 

ふとそんな声を感じ取り、懐に飛び込むのは危険だと察知した。

「チィッ!」

振り下ろされてくる剣を避け、再び距離をとる。

感じた声を信じるならば影の急所はどこか。

諒兵はなんとかして急所を探りだそうと、まずは回避に徹し、影の行動を必死に観察した。

 

そんな諒兵の姿を見つめながら、ラウラは自分の無力さに悔しさを覚える。

自分のパートナーになるといってくれた諒兵が、今はたった一人で世界最強と戦っている。

(それじゃ、意味がない。何とか諒兵の力に……)

助けたいと。

自分が信じ、頼ったように、諒兵に信じてもらい、頼ってもらいたいとラウラは必死に願う。

すると、その目から零れ落ちた光が形になった。

「これはっ、そんな……」

それは小さなハンドガンだった。

影に対してでは掠り傷すら負わせられないような小さな力。

世界最強に対抗するには、諒兵を助けるにはあまりにも頼りない力。

(これが、私の力だというのか……)

シュヴァルツェア・レーゲンを駆っていたときはラウラはとてつもなく強くなったつもりだった。

しかし、自分本来の力はこんなものでしかないと告げられているようで辛い。

(こんな力で何ができるっ!)

そう思うものの、今、ラウラが手にできる力はこれしかない。

「かまうかッ!」

そう叫び、ラウラは諒兵に襲いかかる切っ先に向け、引き金を引いた。

 

 

一瞬、咆哮が遅れた。

一夏がそう感じたのは間違いではなかった。

吠えようとした巨獅子は確かに、ダメージを受けたように一瞬だけ動きが止まった。

だが、巨獅子は更なる異形を見せる。

正確にいえば、獣が持つはずがないものをその口に銜えていた。

「なっ、剣っ?」

シャルロットの叫びを合図にしたかのように、巨獅子はいきなり跳ねてきた。

「なんですのっ?」

「斬る気か」

アリーナを横切るように跳ね、中央に陣取る真耶、セシリア、シャルロットたち三人に襲いかかってきたのだ。

「続けてくださいっ!織斑くんッ、タイミングを計ってッ!」

そう真耶が叫ぶと、セシリアとシャルロットは再び爆撃を開始する。

だが、ミサイルを物ともしていないのか、巨獅子は跳ね回り、斬ろうとしてきた。

しかし、その姿を見た一夏は思う。

 

世界最強を真似る。

諒兵の獅子吼を真似る。

そして一夏の斬撃を真似る。

 

そんなもので自分たちを倒せるつもりだというのなら、考えが甘すぎる。

「斬るのは、俺の専売だ」

 

真似っこするなあっ!

 

どこか苦しむかのように跳ね回る巨獅子を一夏は白虎徹を構え、静かに見据える。

その時が来るのは、もうわずかだと感じ取っていた。

 

 

ラウラが放った弾丸は、諒兵の肩口を狙う切っ先を弾いた。

すると、たたらを踏むかのように影が後退する。

その姿でようやく急所に気づいた。

考えてみれば、世界最強のブリュンヒルデは『雪片』と名づけられた刀一本で並み居る敵を倒したのだ。

すなわち。

「剣。それがお前の急所かよ」

気づかれたことに焦りを感じたのか、恐怖を感じさせるその顔が醜く歪んだ。

だが、まさか急所を振り回しているとは思わなかったと諒兵はニッと笑う。

ラウラが自分を助けようと放ってくれた弾丸が、窮地を救っただけではなく、倒し方まで教えてくれた。

「助かったぜッ、やつの急所がわかったッ!」

「ほっ、本当かッ?」

「剣を狙ってくれッ、そこに攻撃を集中するッ!」

「了解だッ!」

例え小さな力でも、今、確かに諒兵の助けになっていることに、ラウラは確かな喜びを感じた。

ラウラはもともと軍人だ。

動きながらでもターゲットに当てられる程度の技量くらい備えている。

幸いなことに弾丸は尽きないらしい。

ならばと影の動きに合わせて、その剣に何発もの弾丸をぶつけた。

さらに連携するように諒兵が獅子吼を剣に叩きつける。

 

らうらアッ、悪ゐ子ダッ!

 

「黙れッ、世界最強ごときが教官を騙るなァッ!」

 

自分が信じた千冬は温かみのある人間なのだと、地位や名誉で形作られた虚像ではないとラウラは叫んだ。

そんなラウラに対し、躾と称して影は剣を振り下ろす。

「教え子を殺そうとするのは本物の教師じゃねえよ」

その剣を諒兵はしっかりと受け止めていた。

「諒兵ッ!」

「砕け散れ」

 

行く手を阻む者に容赦はしません

 

振り上げられた獅子吼が剣を砕き、さらに剣とともに影も砕け散っていく。

 

 

好機だ。

そう感じた一夏は真耶に告げる。

「一瞬でいい。中央であいつの動きを遅らせてください。斬ります」

「はいっ、オルコットさんっ、デュノアさんっ、ありったけのミサイルをぶつけてくださいッ!」

そう叫びつつ、真耶は自らもありったけのミサイルを撃ち放つ。

そのすべてが巨獅子に命中した瞬間、一夏は翼を広げ、一気に巨獅子の喉元まで翔けた。

「斬り拓く」

 

邪魔なんかさせないんだからッ!

 

そして一気に巨獅子の喉元から下腹部までを掻っ捌いた。

そこから現れた諒兵はレオを纏ったままラウラを抱きしめて飛び降りてくる。

互いにフッと笑みを交わし、一夏は後方に、諒兵は前方へと巨獅子から一気に離脱した。

崩れ落ちていく巨獅子を背に、二人はアリーナの大地に降り立った。

戦いを終えた真耶、セシリア、シャルロットも降りてくる。

そして二人は、

 

「世界最強を倒してきたぜ」

「奇遇だな。俺もたった今倒したところだ」

 

そういってお互いに笑い、

 

「「よっしゃあッ!」」

 

と、高々と手を上げた。

その姿を見た観客席から、まるで地鳴りのごとく歓声が響き渡る。

そんな中、ラウラは諒兵の腕の中ですやすやと幸せそうに眠っていたのだった。

 

 

 

 




閑話「ラウラの(きっと)有能な部下たち」

遠くドイツにて。
きゃぁーっと、その場にいたクラリッサ以下シュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちも歓声を上げた。
「これよこれぇーっ!」と、クラリッサが雄叫びを上げる。
「囚われのお姫様(隊長)のためにッ、一人で魔王の居城に飛び込む騎士ッ!」
「男らしいですっ、おねえさまっ!」
「そんな彼を助けるッ、もう一人の騎士ッ!」
「熱い友情ですっ、おねえさまっ!」
「魔王を倒した彼の腕にはッ、幸せそうに眠るお姫様(隊長)ッ!」
「爆萌えですっ、おねえさまっ!」
「これぞまさにハッピーエンドだわッ!」
再び監視衛星を使ってIS学園のアリーナの様子を覗いている微妙に犯罪者チックなクラリッサ以下、アホの集団であった。

その後ろで。
電話をかけている一人の隊員の姿があった。
「あ、お母さん?うん、私。お見合いの話、受けようと思って」
「うん。こんな時代だけど家庭に入るのもいいかなって」
「やっぱりね、女の幸せって変わらないと思うの」
「えっ、何っ、断られたっ?なんでっ?」
「変人集団のシュヴァルツェ・ハーゼの隊員はいやだっ?そんなあ……」
そんな部隊唯一の常識人、アンネリーゼ・ブッケルの肩がポンっと叩かれる。
振り向けば、そこには素敵な笑顔の副隊長以下、全隊員の姿があった。
「あは、あはは、あはははははははは……」
アンネリーゼ・ブッケル。
彼女のハッピーエンドは、遠い。





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第29話「つながっていく心」

目を覚ましたとき、ずいぶんと温かいぬくもりに包まれているなとラウラは感じた。

どうやら医務室のベッドで眠っていたらしい。

「目を覚ましたか、ラウラ」

そういって優しい瞳を向けてきていたのは、千冬だった。

あんな化け物ではなく、自分が信じた人が、そこにいた。

「夢、だったのでしょうか……」

「どうした?」

「世界最強という化け物に、諒兵と共に戦ったような気がします」

気がするとはいいつつも、記憶ははっきりしている。

ただ、あまりに現実味がないので、ラウラは夢かもしれないと呟く。

科学全盛のこの時代に、得体の知れない化け物と戦うなどありえないと感じたからだ。

だが、千冬はいった。

「きっと、お前にとっては真実だよ」

「そうでしょうか……」

「ああ」

ラウラにとって千冬は強さの象徴だった。

その強さがあれば、自分も生きていけると感じた。

だから千冬の指導を受け、血を吐く思いで強くなったつもりだった。

でも、トーナメントを戦ううちに、弱くてもいい、それ以上に大切なものがあるのではないかと感じた。

何より、現れた化け物は世界最強を名乗っていた。

自分が求めていたのはそんなものではなく、そんな強さでもなく、織斑千冬という一人の人間だった。

それゆえに想う。

人は、弱くても生きていけるのだろうか、と。

それはラウラにとって自分のこれまでの人生を否定するような疑問だった。

「いや、人は強くなければならん」

「はい。私もそう思います」

「だが、強さというものは力ではないんだ。それは後からついてくるものだ」

力ではない。

そういった千冬の目を見たラウラは、それが自分がほしかった答えであると感じると同時に、何が強さなのかと疑問に思う。

しかし、千冬はすぐには答えてくれなかった。

「諒兵と共に戦った。そういっていたなラウラ」

「はい。私には小さな力しかありませんでしたが……」

「何故だ?」と問いかける千冬に、ラウラは必死に言葉を探して答える。

「私があいつを信じ、頼ったんです。でも、信じてもらいたかった、頼ってもらいたかった。だから小さな力でもいいと」

それでも共に戦えるなら、とラウラは思ったのだ。

そんな思いを伝えると、千冬は本当に慈母のような笑みを見せてくる。

その笑みにラウラは安心した。温かい、そう思えたからだ。

「それが一番大事なんだ」

「それ?」

「日本の言葉で『信頼』という。お互いに信じ合う、時には頼り合う。大事なつながりを表す言葉だ」

そして、それこそが千冬がラウラに伝えたかったことだという。

強さとは力ではない。たくさんの信頼を、たくさんのつながりを得られるかどうかなのだと。

「それは時には戦う相手かもしれない。背中を守りたい人かもしれない。帰りを待っていてくれる人かもしれない。でも……」

何のつながりもない人などいない。

本当は強さに差はあっても、強さのない人などいないはずなんだと千冬は語る。

「みんな、強いと?」

「ああ。でも弱くなってしまう人はいる」

「それは?」

つながりを断ち切ってしまう、そんな悲しい人、寂しい人は弱くなる。

大事なつながりを守る人こそ、強くなっていくのだだから。

「私が第2回の決勝を放棄したのは、弱くなりたくなかったからかもしれないな」

姉弟というつながりは千冬にとって自分を強くする大事なものだからだ。

世界最強の称号などよりも、はるかに千冬を強くするものだからだ。

「だから、あのとき試合を放棄したことは後悔していない。私は今でも自分は強いと思っている」

さすがに世界最強などとは思っていないがと苦笑する千冬をラウラは不思議そうに見つめる。

「私よりたくさんのつながりを持つ人はいる。なら、その人のほうがずっと強い」

「……わかります」

「でも、決して自分を弱いとは思わない。大事なつながりを守ることができたのだから」

ただ誤解しないでほしいと千冬はラウラの頬に、まるで赤子の肌を撫でるように優しく触れた。

「弟とのつながりだけじゃない。ラウラ、お前とのつながりも私を強くしてくれるんだ」

「本当ですか?」

「当然だ。お前とのつながりが切れてしまったら、私は弱くなってしまうよ」

私を、私の強さを形作る大事なつながりの一つなんだと千冬がいうと、ラウラは胸が温かくなってくるのを感じる。

「だから、私の強さに憧れてくれるというのなら、私のつながりを受け入れてほしい」

無論、お前のつながりを私は受け入れるよと、千冬は続ける。

すべてのつながりが正しいというわけではない。

ただ、誤ったつながりは正しいつながりを増やしていけば自然と切れる。

そうして、人は強くなっていく。

間違えながらでも、一人ではなく、みんなと生きていくこと。

ラウラにもそうあってほしいという千冬の言葉は、心に染み渡っていく。

「はい。私の大好きな教官は、あなたなのですから」

「ありがとう、ラウラ……」

少し頬を染める千冬に、ラウラは笑顔を返した。

それこそが、間違いなく自分たちのつながりなのだと感じたからだった。

 

聞いてみると、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムを組み込んだ首謀者とその一味は既に処分されているという。

ラウラはあくまで被害者ということではあるが、起動させてしまったために、謹慎と再教育の名目でIS学園の生徒として指導されることになっていた。

「ここにいてもいいのですか?」

「ちょっと無理をしてしまったがな」と、千冬は微笑む。

本来ならば実行犯になってもおかしくないのだから、自分のために必死に罪を軽減させてくれたのだろうとラウラは理解した。

「学べることはたくさんある。強くなれ」

「はい」

強くなれ、その言葉の意味を今なら理解できる。

大切な人たちを得て、たくさんのつながりを作っていけということだ。

そこでラウラはふと思いだした。

「トーナメントは?」

「1年の決勝は中止となってしまったよ。2、3年のトーナメントはもう終わっている」

どうやら眠り込んでいる間に何もかも終わってしまったらしい。

仕方ないこととはいえ、ラウラは言い様のない寂しさを感じていた。

そんなラウラを見て、千冬も何かを思い出したらしく口を開く。

「ああ。それとラウラ、お前のISだが」

「壊れてしまいましたね。仕方ありません」

「いや、お前を生徒にするために予備パーツで組んであるのだが、コアが……」

「さすがにコアの予備は……」

世界に467個しかないのだから、ラウラ一人のために持ってくるというわけにもいかないのだろう。

そんなことを考えていると、千冬はラウラの右手を指差してきた。

「いい加減、離してやってくれないか。このままでは完成しない」

「えっ?」と、気づけばずっと何かを握っていたらしい右手を布団の中から出すと、その手の中に、どこか優しい光を放つコアがあった。

「何故……?」

「どういう理由かはわからんが、無事だったらしい。とはいえ、取ろうにも握ったまま離そうとしないのでな」と、千冬は苦笑する。

ラウラもなんだか恥ずかしくなってしまう。

コアを受け取った千冬は、事後処理とラウラのシュヴァルツェア・レーゲンを完成させるためといって立ち上がる。

「今は休んでおけ。あと、クラリッサたちが心配していたぞ」

そういって枕もとの通信機を指すと、千冬は医務室を出ていった。

 

 

医務室を出て、まずは整備課かと呟きながら千冬が歩いていると電話が鳴った。

ディスプレイに表示された名前を見て一つため息をつき、人気のない場所に移動する。

「はい、おりむ」

「ちょっとちーちゃ~んっ、データが見つからないんだけどぉっ!」

「まず名を名乗れ」

そういってまたため息をつく。電話の相手は千冬の幼馴染みだった。

「全世界のデータベース漁っても一個も見つからないんだよぉっ、そっちにないぃっ?」

「ハッキングは犯罪だぞ。追われている身であることを理解してるのか?」

「捕まるよーなヘマしないもーんっ、それよりデータないぃ?」

いっても無駄かと三度ため息をつく。自分の幼馴染みは昔からそうだった。

どう考えても余りある才能を無駄遣いしているとしか思えないのだ。

もっとも今回のことにかかわりはないらしい。一夏の戦いを傍観していたのだろう。それだけでもマシかと千冬はため息をつく。

「こっちにもない。画像データすら残ってないな。全世界のデータベースを一時間もかからずにクラッキングするとは恐ろしいクラッカーだ」

そもそも、お前は独自にデータを取っていたんじゃないのかと、幼馴染みを問いただす千冬だが、憤っているらしく、怒鳴るように答えてくる。

「私のところもやられたのっ、何とか動画だけは守ったけど解析データは全滅だよっ!」

(やりすぎですよ、博士……)

実のところ、誰がやったのかは理解しているが、名を出さずにおく。

幼馴染みと博士が出会ったら、とんでもないことになると理解しているからだった。

「これではあの事件について調べることもできんか。覚えておくしかないということだな」

「ホントにないの?」

「一つもない」

む~っ、という唸り声が聞こえてくる。そのうちに、は~っとため息をついているのが聞こえてきた。

「あとさ、ちーちゃん、あの事件のとき誰かと通信してたの?」

「どういうことだ?」

「監視モニター室がブロックされてて見られなかったんだけど?」

さすがにあのときの情報を知られるわけにはいかないので、こちらからもブロックをかけていたが、それ以上のブロックがかかっていたらしい。

「私のハックを止めるなんて異常だよ」

「お前、自分のことを異常だといっているようなものだぞ……」

とはいえ、言い訳は既に考えてあったので、すらすらと答えていく。

「通信はしていない。何しろ解析データを見てもさっぱりだから目視でアドバイスするしかなかったんだ、あの時は」

「そうなの?」

「だからブロックされていたとなると、クラッカーと同一犯と考えられるな」

監視モニター室をホストに、全世界のデータベースに同時にアクセスしてクラッキングしたのだろうと千冬は答える。

「まーいっか。動画見て推測しよっと。じゃね、ちーちゃん♪」

どうやら無駄に考えることはしないらしいと、幼馴染みはあっさり電話を切ってきた。

千冬が四度ため息をつくと、近づいてくる影に気づく。

「篠ノ之博士、ですか?」

声をかけてきたのは楯無である。

「更識。いきなり質問せず、まず声をかけろ」

と、自分の周りの非常識人に千冬はこめかみを押さえた。

「さすがにどこにも残ってませんか」

「性格の悪さは束以上だからな、あの人は」

とはいえ、今回の事件について知られるわけにはいかないのでありがたいのだが。

それでも動画を残したあたり、幼馴染みもさすがは『天災』といったところかとため息をつく。

そんな姿を見て楯無はクスッと笑う。

「幸せが逃げますよ」

「そう思うなら、少しは気苦労を減らしてくれ」

最近は胃薬が必要になる気がしている千冬だった。

 

 

身体を起こしたとたん、ズキッと左腕に痛みが走り、思わず顔をしかめるラウラ。

見ると点滴の針が刺さっていた。

それほど調子が悪かったのだろうかと思ったが、まだ中身が残っているようなので、そのままにしておいて通信機を取る。

「はい、こちらクラリッサ・ハルフォーフ」

「私だ」

「隊長っ、ご無事なのですねっ!」

その言葉でクラリッサたちが本当に自分を心配してくれていたことに気づき、再び胸が温かくなるのをラウラは感じた。

「心配させてすまない。身体はなんともない」

「一週間近く経つのですが……」

そうだったのかとラウラは驚く。

考えてみれば、トーナメントはすべて終わり、シュヴァルツェア・レーゲンも予備パーツで組み上がっているというのだ。

そのくらいの時間が経っていてもおかしくはないと、点滴の管を見ながら思う。

おそらく食事が取れない自分のために、栄養剤を打ってくれていたのだろう。

「大丈夫だ。今は本当になんともない」

「ならば安心しました。それでなのですが……」

ラウラが謹慎と再教育という処分を受けたことで、現在シュヴァルツェ・ハーゼはクラリッサが代理として隊長を務めているという。

通信は可能だが、ラウラはあくまでIS学園の生徒であり、予備役という扱いになるらしい。

「こちらに問題はありませんので、ご心配なさらず」

「そうか。ではそっちのことは」

「はい、気にせずにいてかまいません」

ここまでしてもらったことを考えると、千冬だけではなく、クラリッサも奔走してくれたのだろう。

世話になりっぱなしの自分にラウラは苦笑してしまった。

でも、こうしたつながりも強さを形作る一つというのであれば、今はクラリッサの優しさに頼っても問題ない。

そう思って、ふと気づいた。

いまだに寂しいと思う自分がいることに。

「どうなさいました?」

「わからない、ただ、寂しいんだ」

本当はその理由にも気づいているが、どうすればいいのかわからない。ゆえに、わからないとしか答えようがなかった。

「一つ一つ、お話し……。いえ、わからないなりに話してかまわないのよ、ラウラ」

以前、自分がシュヴァルツェ・ハーゼの隊員の一人だったころ、クラリッサが隊長だった。

そのころの優しい声でいってくれることが、今は素直に嬉しい。

「ありがとう、クラリッサ……」

寂しいのはトーナメントが終わってしまったからだ。

もう、共に戦えないのかと思うと心が苦しい。

あのとき、あのトーナメントにおける戦いは、間違いなくラウラにぬくもりを与えてくれていたのだから。

「それは、戦いが?」

「違う、私の、私だけのパートナーだった諒兵が与えてくれていた」

でも、トーナメントが終わってしまった以上、もうパートナーは解消されてしまっている。

せっかく生まれたつながりが切れようとしていると感じ、ラウラは寂しさを感じていたのである。

「もう一度、あいつと、パートナーになりたいんだ……」

もし、このとき通信機の向こうのクラリッサと画像通信を行っていれば、ラウラは気づいていたかもしれない。

だが、とりあえず声だけでも聞こうと思ったことが後の喜劇、もとい悲劇を生みだす。

「ラウラ、もう一度、リョウヘイ・ヒノとパートナーになる方法はあるわ」

「ほっ、本当かっ?」

「でも、そのためには人生を賭ける覚悟をしなくてはならないの。その覚悟はあるかしら?」

もう一度パートナーになれるというのなら、例え地獄のような戦場に行くことになろうともかまわない。

ラウラはそれだけの覚悟をもって叫ぶ。

「教えてくれっ、どんなことにも耐えてみせるっ!」

「わかったわ。よく聞いて」

そういって丁寧に教えてくれたクラリッサの言葉をラウラは信じた。

通信機の向こうで、目を光らせているクラリッサに気づくことなく。

 

 

翌日。

朝のホームルーム前の時間、一夏、諒兵、鈴音、箒、セシリア、シャルロット、そして本音が廊下で談笑していた。

「クラスにはもう慣れましたの?シャルロットさん」

シャルロットはトーナメントが終わってすぐに、『シャルル・デュノア』ではなく、『シャルロット・デュノア』として1年3組に編入した。

寮も既に別の部屋に移り、実は目を覚ませばラウラが同室になることが決まっている。

こうして会えるとはいえ、一抹の寂しさを感じた元クラスメイトとしては聞いておきたいと思い、セシリアは尋ねたのだ。

「うん、みんないい人だよ。僕の家の事情を説明したら仕方ないっていってくれたしね」

もともと社交的な性格のシャルロット。クラスが変わっても問題はないようだ。

今は普通に友人も増えてきているらしいが、その中でもここにいる面々は大事な友だちだという。

「口調は変えらんねえか」と諒兵が苦笑いする。

「そりゃそうよ。フランス語ならともかく、日本語これで覚えてるんでしょ?」

「でも、問題ないみたいだよ」

と、鈴音の言葉にシャルロットはそう答えた。

実際、男性口調でも、クラスメイトは普通に接してくれている。

「けっこう似た言葉遣いの女の人いるしな」と、一夏。

誰あろう、普段の千冬が厳格な鬼教官口調なのだから、問題があろうはずがなかった。

「直さないの~?」と本音が尋ねると、シャルロットは苦笑する。

「クラスメイトの中には僕っ娘ってジャンルもあるっていってくれてる人もいるし。このままでいこうかなって」

「……その子とは少し距離を置きなさいね」

いささか特殊な趣味の人間であることを鈴音は見抜いた。

「でも、女性であることを問題なく受け入れられたのは良かったよ」

「一夏が死にかけたけどな」

「笑いごとじゃなかったんだぞ。必死に逃げたんだからな」

シャルロットの言葉に諒兵が楽しそうに笑うと、一夏がジトっとした目で突っ込む。

シャルロットの素性について何も知らなかった箒が、女性であることを発表されたとたん、激怒して一夏に斬りかかってきたのだ。

危うく一夏は三途の川を渡るところだったのである。

「だっ、男女七歳にして席を同じゅうせずだっ、怒るのは当然だろうっ!どっ、同棲などとふしだらな」

「「同居だって言ってるだろ」」

と、一夏と諒兵が顔を真っ赤にしている箒の言葉に突っ込んでいた。

そう楽しく話していると、始業のベルが鳴る。

じゃあまた、といって全員はそれぞれのクラスに戻った。

 

 

生徒たちが席について待っていると、入り口から千冬、真耶、そしてラウラの順に入ってくる。

クラスがどよめいた。

「ボーデヴィッヒは昨日、目を覚ました。容態を考えて昨日は知らせなかったが、問題ないとの診断が出たので今日から授業に復帰する」

「ボーデヴィッヒさんは、これまでどおり1年1組です。仲良くしてあげてくださいね」

千冬と真耶の言葉に、ざわつくクラスメイトたち。

それも当然のことなのだが、何故かセシリアが立ち上がって声をかける。

「ご無事で何よりですわ。同じクラスですし、これからは共に勉学に励みましょう」

どうやら彼女なりに空気を読み、受け入れ態勢を作ってくれたらしい。

「一緒に頑張ろうな」

「これからはもうちっと笑えよな」

「よかったね~♪」

と、一夏、諒兵、そして本音も声をかける。

その声を聞いて安心したのか、ラウラはぎこちなく微笑み、そして頭を下げた。

 

「その、迷惑をかけてすまなかった。学校生活というものに慣れていないので、まだ至らぬところはあると思う。それでも良ければ、クラスの一員として頑張るので、その、できれば仲良くしてほしい」

 

そういって再び頭を下げたラウラに、生徒全員が拍手する。

ラウラがようやく1年1組に編入した瞬間だった。

 

そして、どうしても今いっておきたいといい、一夏と諒兵の前までやってくる。

「織斑一夏。お前の強さというものをあの戦いで知った。お前は強い。教官が誇る弟だと理解できた」

「いや、まだそんなレベルじゃないよ」と一夏は照れくさそうに笑う。

「だからこれまでの非礼を詫びたい。あと、許せとはいわないが、共にここで学ばせてくれ」

「ああ。こちらこそよろしくな、ラウラ」

そういって二人は握手する。

実にすばらしい光景が広がり、クラスも和やかに笑っていた。

「それと、諒兵」

「あ?」

「む、呼び捨てはさすがに気になるのか?」

「いいぜ、別に。俺もラウラって呼ぶことにするからよ」

さすがにトーナメントを共に戦い、それなりに心も通じ合ったと思うので、名前を呼び捨てるラウラを諒兵は素直に受け入れる。

「スマンがそこに正座してくれないか?謝りたいのと、あと挨拶があるんだ」

「ま、いいけどよ」と、そういって席の脇に正座すると、ラウラも同じように正座する。

「おいラウラ。土下座なら、する必要ねえぞ」

別にちょっと頭を下げる程度で十分だと思っていた諒兵はマジメに正座するラウラに声をかける。

しかし、ラウラはいつになく真剣だった。

「すまなかった。それと……」と、少し息をついてラウラは深々と三つ指をついて頭を下げる。

 

「不束者ですが、これからよろしくお願いいたします」

 

ガンッと諒兵は床に頭をぶつけてしまう。

それどころか、その場にいた全員が唖然としていた。

「ちょっと待てッ、なんだそりゃあッ?」

「挨拶だが?」

「そりゃ新婚夫婦のだろうがッ!」

するとラウラは「その通りだっ!」と、高らかに叫ぶ。

「私はあの戦いでお前とパートナーとして共に戦ったことを何よりもの喜びと感じたんだっ!」

しかし、トーナメントが終わればパートナーは解消される。

そこでクラリッサに相談して教えてもらったのが、二人で新たなるパートナーになること。

すなわち。

 

「お前が夫で私が妻っ、私たちは人生のパートナーっ、『夫婦(めおと)』になるのだっ!」

 

その宣言に、全員が盛大にずっこける。

「タッグパートナーからそこまで飛躍できるかッ!」

「問題ないっ!」

「問題しかねえよッ!」

自信満々のラウラの言葉に大声で突っ込む諒兵の肩がポンと叩かれる。

振り向くといい笑顔の一夏が、サムズアップしていた。

「お似合いだぞ諒兵」

「一夏てめえッ、人の不幸を楽しんでやがんなッ!」

「諒兵っ、いや『だんなさま』っ、一夏はいいやつだっ、祝福してくれてるぞっ!」

「笑われてんだよッ、てか『だんなさま』はやめろッ!」

かくして、その日のホームルームは大騒ぎとなったまま終了する。

 

真耶は大騒ぎのクラスを見て引きつった笑いを浮かべていた。

すると、どこかに電話をかけている千冬の姿が目に入る。

「ああ、私だ。アンネリーゼ、クラリッサを一発ぶん殴れ」

「かまわん。すべての責任は私が取る。心配するな」

「それと、今後は私の名代として、軍内部で馬鹿者どもが問題を起こしたら粛清しておけ」

そういって電話を切る千冬は深くため息をつく。

「織斑先生?」

「ラウラにはまず一般常識を教えるべきだった……」

そういってたそがれる千冬に、真耶は何もいえず、ただ乾いた笑いを浮かべていたのだった。

 

 

 

 




閑話「ラウラの(無駄に)有能な部下たち」

ラウラが教室で騒ぎを起こす前日。
音声通信で、シュヴァルツェ・ハーゼ隊長代理のクラリッサは隊長であるラウラの相談に乗っていた。
「ええ、そうするの。そうすれば永遠のパートナーよ」
「嬉しいわラウラ。元気になってくれて」
「頑張って。私たちもドイツから応援してるから」
その目は妖しく光っている。
明らかに状況を楽しんでいるとしか思えなかった。
そして、通信を切ったクラリッサに隊員が詰め寄る。
「どうでしたっ、おねえさまっ?」
「バッチリよッ、これでハッピーエンドの続きができるわッ!」
「やったぁーっ♪」と、全員が歓声を上げる。
ラウラの恋を応援するという名目で、人の恋路を見物するつもり満々のアホの集団であった。

その後ろで。
一人の隊員がむーっ、むーっと必死に声をだそうとしていた。
(隊長ぉーっ、遊ばれてるんですぅーっ、気づいてぇーっ!)
パイプ椅子に縛り付けられ、猿轡を噛まされている部隊唯一の常識人、アンネリーゼ・ブッケルであった。
もはや逃げ場がないと一人、アホの集団と戦う覚悟を決めていたのだが、クラリッサ以下、全隊員が無駄に有能なために拘束されてしまっていたのだ。

だが後年。
千冬の名代となったアンネリーゼがドイツ軍の影の総司令と呼ばれるほどになるとは、このときまだ誰も知らない。





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第29話余話「ドイツ軍の愉快な仲間たち」

ラウラが目覚める数日前の昼休み。

千冬はのんびりと昼食を食べていた。

ここ最近、忙しそうにしていたため、千冬が胃痛を起こすのではないかと心配し、一夏がわざわざお腹に優しいお弁当を作ってくれたのだ。

弟の気遣いにほろりとしてしまう。

「どうしたんですか?」

「ああ、いや、久しぶりにのんびり食べることができると思ったんだ」

「確かに。ボーデヴィッヒさんも謹慎、再教育処分で済みましたし、トーナメントも終わって、ようやく私たち教職員も一安心ですね」

声をかけてきた真耶がそういって微笑む。

ここ数日はVTシステム事件の処理で奔走していたので、まともにお弁当を食べる暇もなかった。

栄養ゼリーで腹を満たしていたときは、自分の女子力が豪快に下がっている気がして割りと焦ったものだ。

千冬とて適齢期の女性なのである。

それはともかく。

「でも、本当に良かったですね。ボーデヴィッヒさん」

「む?」

「アラスカ条約違反の片棒を担がされると思ってました」

実際、ラウラは実行犯として最悪処刑されるところだった。

化け物へと変貌したことで、他国からドイツにおけるIS部隊の解散とISコアの没収まで訴えられたほどだ。

実際、コアの割り振りは減り、ドイツ軍では現時点でシュヴァルツェ・ハーゼが所有する分のみ。

そのうちの一つであるラウラのシュヴァルツェア・レーゲンはIS学園が没収している。

つまりIS学園が生徒となるラウラに貸与するというかたちになるのだ。

そんな状況になったにもかかわらず、ラウラがほとんど無罪に近い軽い罪で済んだのは……。

「意外だがドイツ軍の上層部が奔走したらしい」

「えっ?」

「正直、私も信じたくないのだが、こんなことをいっていたんだ」

 

 

事件直後。

千冬はほとんど恫喝する勢いでドイツ軍上層部に通信をつないだ。

「つまりきさ、いやドイツ軍上層部は今回の事件にはまったく関与していないと?」

「無論だ。開発局の一部の者が勝手にやったのだ」

答えるはドイツ軍でも上級の将校だった。

曰く、その者たちの処分は既に済ませているという。

尻尾切りかと歯軋りする千冬だが、何をいっても返事は同じだろうと文句を腹に収める。

「ドイツにおける私の権限を最大限使ってでもラウラだけは処分を軽減する。この点に関しては、了承しない限り、世界中のIS操縦者を敵にまわすと思え」

ラウラを苦しめた者たちを許す気などないが、八つ当たりよりも教え子の救済のほうが大事だと思い、千冬はそう告げた。

「誤解しないでもらおうブリュンヒルデ。ボーデヴィッヒ少佐に関してはIS学園での謹慎、再教育処分を検討している」

「何?」

それはむしろ望むところであった。しばらくは自分の元で落ち着かせようと思っていたからだ。

だが、まさかこれほど軽いとは思わなかった。

聞くとこの件に関してはラウラは完全に被害者であり、首謀者に騙されたと押し通したという。

「そもそもわれわれが開発局に命じたのはVTシステムの搭載などではない。監視カメラだ」

「何だとッ!」

要はラウラの行動をISを通じて監視しようとしていたのかと再び憤る。

だが、通信機の向こうからとんでもないことを将校は叫んできた。

「わが軍の天使ッ、ボーデヴィッヒ嬢の学園生活ッ、その密着取材のためにッ!」

「……は?」

「それをあの馬鹿どもはッ、何を勘違いしたか知らんがVTシステムなど載せおってッ!」

「えっと……」

「戸惑いながらも平穏な日常を送る萌えるボーデヴィッヒ嬢の素顔ッ、そして久々に女神と絡む姿が一枚も撮れとらんッ!」

「わかった。処分はそれでいい。失礼する……」

憤るドイツ軍将校の話を聞いていると頭が痛くなりそうだったので、千冬はそっと通信を切った。

 

 

真耶が呆れ顔で問いかけてくる。

「なんですか、それ……」

「私がいたころは、もう少しまともだと思っていたんだが……」

思いだすと再び頭が痛くなってくる千冬だった。

 

ブリュンヒルデこと織斑千冬。

彼女は知らない。

ドイツ軍本部の施設には女神に拝謁する礼拝堂があることを。

そこに自分の写真がデカデカと貼られていることを。

一番人気は訓練に疲れたラウラに膝枕する千冬の優しい顔を撮った写真だということを。

つまり、千冬とともに写っていることで、ラウラは女神とともにいる天使扱いされているのである。

ラウラの処分が軽減されたのは千冬のおかげかもしれない。

断言するにはいささか問題がある気がするが。

 

 

 

 



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第30話「子兎は鈴を鳴らす」

IS学園学生寮、午後十一時二十七分。

扉を開け、すっと中に入った小さな影は、クローゼットに近づくと手に持っていた洋服らしき布をそっと仕舞い込んだ。

そして暗闇の中、慣れた様子でベッドに潜り込む。

「ふむ……」

可愛らしい声でそう息をつくと、すやすやと寝息を立て始めた。

 

数分後。

 

影はどげっと叩き起こされた。

「何をする、だんなさま」

「それはよせっつってんだろ。てか、なんで毎度毎度、夜中にTシャツ返しに来るんだよっ!」

影の正体はラウラ。叩き起こしたのは諒兵。

というよりも、部屋がそもそも一夏と諒兵の部屋であった。

何故か、一夏は熟睡しているらしく、諒兵とラウラの声にも起きる気配がない。

実のところ、彼の耳には高性能のアラームつきの耳栓がしてあったりする。

諒兵とラウラの痴話げんかに巻き込まれずに安眠したいという一夏の要望により、特別に作ってもらったのだ。

邪魔をする気がないのは、いわゆる自己防衛である。

それはさておき。

「この時間が一番潜入しやすいのだ」

「昼間返せっつってんだ」

「昼間ではこんな格好で出歩けん」

なんというか、ラウラは下着だけを身に着けているという、襲ってくださいとでもいいたげな格好だった。

「普通の格好で返しにきやがれっ、てか俺のベッドに潜り込むんじゃねえよっ!」

「注文の多いだんなさまだ。諒兵の色に染まるのは大変そうだな」

だが、それこそ妻としての生き甲斐だとラウラは頬を染めた。

見た目がいいだけに困ると諒兵は頭を抱える。

「染まんねえでいいっ、てか自分の部屋帰れっ!」

「寝巻きがない。全部洗濯して返したからな」

「あーもーっ、またかよっ、これ着て帰れっ!」

と、諒兵は寝巻き代わりに着ていたTシャツをラウラに被せた。

するとラウラは安心したように部屋から出て行った。

そして、一息ついた諒兵は、再びベッドに倒れ込む。

どういうわけなのか、ラウラは夫婦宣言をした翌日から、毎日のように夜中に部屋に忍び込んで来ては、自分のベッドの中に潜り込んでくるのだ。

しかも、一度として一夏と間違えたことがない。

げに恐ろしきは女の勘であろうか。

「たく……」

最初はすっぽんぽんで潜り込んできたので、さすがに寮を揺るがすような大声で突っ込みをしてしまい、大騒ぎになった。

どうも、ラウラにはもともと寝巻きを着るという習慣がなかったらしい。

追い返すために、というか裸で帰すわけにはいかないので、寝巻き代わりに着ていたTシャツを着せた。

すると、フンフンと匂いを嗅ぐような仕草をし、どこか安心した様子で帰ったのだ。

しかし翌日、ラウラはTシャツを返しにきた。

聞いてみると、同居しているシャルロットがTシャツを洗ってしまったので返しにきたという。

洗って返すのが普通だと突っ込むと今度は自分で洗うといったのだが、ラウラは何故か寝巻きに使うからTシャツを貸してくれとねだってきたのだ。

 

「なんでだよ」

「だから寝巻きがない」

「Tシャツ買う金もねえのか?」

「お前のがほしい」

諒兵はTシャツ一枚くらいならいいかとクローゼットの中から出して手渡す。

ラウラは手渡されたTシャツをフンフンと嗅いだ。

「洗ってあるから、心配すんな」

「これじゃない」

「あ?」と、思う間もなく、ラウラはいきなり諒兵を転ばせて、着ていたTシャツを奪った。

「おいッ、何しやがるッ?」

「これでいい。借りていく。ちゃんと洗って返す」

 

それ以降、毎夜のように洗ったTシャツを返しに来て、その都度、着ているTシャツを奪っていくのだ。

諒兵にしてみれば、何がしたいのかさっぱりわからない。

だが、それ以上に。

「いっても変わんねえとは思わなかったぜ」

ラウラの態度が変わらないことが、諒兵としては疑問であり、正直な気持ちをいえば少し嬉しくもあった。

「女心はわかんねえなあ……」

その言葉に、誰も答えを返してはくれなかった。

 

 

IS学園学生寮、1032号室。

ラウラは迷うことなくその部屋に入る。

現在、シャルロットとラウラが暮らしている部屋である。

中ではシャルロットが勉強していた。

母クリスティーヌが第3世代兵器を設計していたということを知り、自分でも理解できるようになりたいと兵器開発について勉強するようになったのだ。

いずれは父セドリックの力になりたいとも思っている。

そんな彼女は、戻ってきたラウラに気づいたのか、声をかけてくる。

「それが今日の戦利品?」

「ああ。これで安心して眠れる」

そういって、ラウラは自分のベッドに潜り込んだ。

「諒兵にいえば、Tシャツくらいくれると思うけど」

「洗ったのはダメだ」

普通は洗ったもののほうが清潔でいいと思うのに、ラウラは否定する。

ゆえに「なんで?」と、シャルロットは尋ねた。

「石鹸の匂いしかしないし温かくない。安心できない」

「あっ、そう……」

シャルロットがそう答えると「お前もそろそろ寝ろ」といって、ラウラはすぐに寝息を立て始めた。

確かに頃合だと考えて、シャルロットもベッドに潜り込む。

(要するに、諒兵の匂いやぬくもりがないと安心できないんだね)

そう思い、シャルロットは本来は軍人であるはずの同居人の可愛らしい性格に苦笑してしまう。

諒兵のベッドに潜り込むのもそれが理由である。

巨獅子から助け出されたとき、ラウラは諒兵の腕の中で熟睡していた。

そのとき感じていたぬくもりや匂いを求めてしまっているのだろう。

(女の子らしいというより、小動物っぽいけど)

ラウラから、そのハードな人生を聞いたシャルロットは、彼女にとっては何よりも人のぬくもりこそが大切なんだろうと考えていた。

 

 

翌日。IS学園にて。

諒兵は自分にくっついて入ってこようとしたラウラをぽーんっと投げだした。

「入ってくんじゃねえッ!」

「何、苦労するかもしれないと思い、世話をだな」

「俺は介護老人じゃねえよッ!」

男子トイレなのである。

さすがにトイレが一人でできないほど耄碌していない諒兵であった。

出てくるときっちり、というか、甲斐甲斐しいというレベルで待っている。

ノリはほとんど新妻だった。

「では戻ろうか、だんなさま」

「だから、それはやめろっつってんだろ」

 

なんというか、本当に極端な子ですね

 

ふとそんな声を感じて、諒兵も呆れた顔を隠せない。

もっとも、同じクラスだけに四六時中一緒にいるのだが、別に密着はしてこないので、さほどうっとうしいということはなかった。

「もっとベタベタすると思ってたよ」

「確かにそうですわね。感情表現が極端なラウラさんですし」

と、恋愛からはいささか距離を置いているシャルロットとセシリアが感想を述べる。

だが、ラウラ本人曰く。

「三歩下がってというだろう」

「そりゃ尊敬する師匠に対することわざだ。お前なら千冬さんのことだ」

「なるほど」と、諒兵の言葉に納得したらしく、これ以降、千冬を助けるときは本当に三歩下がっているラウラである。

ちなみに一夏は。

「平和だなあ」と、まるで縁側でお茶をすする老人のようにのんびりしていた。

女心の機微にはとことん疎い一夏だが、自分には女難の気があるらしきことは自覚しているので、ラウラが諒兵に惚れてくれたことは実にありがたいのである。

「うぅ~……」

その隣で鈴音が唸っていた。

 

 

昼休み。

校舎にあるラウンジで鈴音がセシリア、シャルロット、本音と話していた。

「俯いたままで話すと首が痛くならない?」

「旋毛が丸見えでしてよ、鈴さん」

もとい、テーブルと話していた。

IS学園のテーブルは高性能なので生徒の話し相手を務めることができる、……わけがない。

要は愚痴をこぼしているのである。

「文句いえる立場じゃないけど、でもムカムカする」

「りんは~、らうっちのこと嫌い~?」

「別に、嫌いじゃないわよ」

ラウラは今のところシャルロット、鈴音、セシリア、本音の四人にだけだが、自分の素性を打ち明けている。

そして「良ければ友になってほしい」と、素直に頭を下げているのだ。

ちなみに、諒兵はVT事件のときに知ってしまっている。

また、一夏はラウラが構わないといったので諒兵から伝えてあった。

「事情は聞いたし、きついなって私も思うし」

「まあ、さすがにあれほどの目に遭ったというのでは、気にしないわけにもいきませんわね」

だが、そのことで同情はするなとラウラはいう。

今の自分を形作る大事なことだといわれると、ラウラの芯の強さを感じ、敬意すら持てるとみなが思う。

「らうっちは強いよね~」

「まあね。そう思うから、まあ友だちにはなれるわ」

「……ではやはり、諒兵さんへの態度が気になりますのね」

と、セシリアがため息混じりにそういうと、鈴音は再びテーブルと話しだした。

告白されたことを打ち明けたのはセシリアだけなのだが、本音はなんとなく気づいていた。実は本音は人間関係に対しては非常に聡い。

シャルロットも恋愛関係では距離を置いて友人たちを見ていたので、そうなのかなと感じていたのだ。

(まあ、自分に気がある男の子が他の子に迫られてると、いい気はしないよね)と、シャルロットは思う。

ただ、諒兵もはっきりした性格なので、迷惑なときは実力行使でラウラの行動を止める。

どうしてもこれだけは譲れないという場合だけはラウラはしつこいくらいに迫るが、安心したり納得するとあっさりと引くのだ。

だからこそ、端から見るとまるで仲のいい夫婦に見えるのだが。

鈴音が腹が立つのはその点で、二人が付き合っているという噂が既に学園中に広がっている。

諒兵はともかく、ラウラはまったく否定しないどころか夫婦宣言しているので、もはや公認の仲になりつつあった。

「まあ、このままですとラウラさんが本当に諒兵さんの妻になってしまいますわね」

「ヴッ!」

「諒兵だって男の子だしね」

「あぐッ?」

「新婚旅行は熱海~?」

「みぎゃんッ?」

三連撃で鈴音は見事に撃墜された。

『無冠のヴァルキリー』も三対一では敵わなかったようである。

「どうすりゃいいのよう……」

「どうしたいんですの?」

「えっ?」

鈴音の愚痴交じりの呟きに、セシリアがなかなか鋭い突っ込みを入れる。

「諒兵さんは自分に気があるから手を出すな、とでもラウラさんにいいますの?」

「それは、違うわよね……」

一度は一夏が好きだからと断ったのだ。

ならば、諒兵が誰と付き合おうが鈴音には関係がないということはできる。

でも、正直にいえば、今の状態で諒兵がラウラと付き合うのはムカムカするのだ。

「いい機会なのかもしれませんわよ?」

「いい機会?」

「はっきりしない気持ちを、少しだけでも前進させてはどうですの?」

つまり、本来やろうと思っていた一夏への再度の告白をすべきだとセシリアはいう。

もっとも明言はしないが。

「まあ、段階を踏むのでしたら、今の素直な気持ちをラウラさんにも教えるべきでしょう」

「ラウラにも?」

「私にはラウラさんは横恋慕してきたというより、正面から立ち向かおうとしてるライバルに見えますわ」

「そうだね。ラウラは正面から諒兵に向かいあってると思うよ」

自分の母、クリスティーヌが日陰の女であったためか、もし母が身を引かずに立ち向かっていたらあんなふうだったのかもしれないとシャルロットは考える。

まあ、シャルロットとしては、母があそこまで極端であったとは考えたくないが。

「ひーたんは自分の気持ちいってるかな~?」

「そのあたりも確認しておいたほうがいいと思いますわよ?」

確かに今のままでは宙ぶらりんなのは自分のほうだと鈴音も思う。

そもそも戻ってきたのはIS学園に一夏と諒兵が入学したからだけではない。

IS操縦者として、また人としてもそれなりには強くなったと思ったので、二人の力になりたいと考えたためと、気持ちをはっきりさせたいからなのだ。

「そうね。まずラウラに私の気持ち教えるわ。そして……」

一夏にも改めて告白しよう。

そう鈴音は決意した。

 

 

夕食後。

鈴音は意を決して、ラウラに話があるといい、部屋を訪れた。

セシリアも一緒にいる辺り、微妙に不安はあるようだが。

シャルロットが部屋で自習していたが、外そうかというのを止めた。

ラウラにいってしまう以上、シャルロットには知られたようなものだと考えたのである。

何より、彼女は面白半分にいいふらすようなタイプの人間ではないと判断していた。

今、鈴音はラウラと相向かいになって正座している。

セシリアとシャルロットは並んでベッドに座って成り行きを見守っていた。

 

そして三十分後。

「鈴音、いい加減、のの字ばかり書いてないで話してくれないか?」

「わ、わかってる、ん、だけど……」

ラウラが呆れた声で促すのだが、なかなか話しだせない鈴音であった。

セシリアとシャルロットも呆れてしまっている。

IS操縦者としては最強を見据えられるレベルなのに、恋愛に関しては初心で奥手な鈴音だった。

「そ、その、最近、さ、よく、諒兵に……」

「だんなさまがどうした?」

「くく、くっついててて、そ、その、それが、さ……」

絞り出すような声で必死に言葉を紡ぐが、どういっていいのかわからず、なかなかまとまらない。

しかし、それでラウラには伝わったようだった。

 

「ひょっとして、だんなさまがお前に告白して断られたという話のことか?」

 

「へっ?」と、鈴音は間抜けな顔を晒してしまう。

というか、セシリアとシャルロットも驚いた表情を見せてきた。

「なっ、なんでそこまで知ってんのよっ?」

障壁が取っ払われたせいか、ようやく鈴音も普段の調子に戻る。

「だんなさま、いや、諒兵から聞いたんだ」と、そういってラウラは説明を始めた。

 

 

 

ラウラが夫婦宣言をしてから二日後の昼休み。

猛烈というか、大真面目に妻になろうとするラウラを、諒兵は彼女が以前一人で昼食を取っていた裏庭まで連れてきた。

誰も来ないのでちょうど良かったのだ。

「ここだと背中が痛くなりそうだが」

「そうじゃねえよ」

諒兵の様子が真剣なことを感じ取り、ラウラも真剣に向かう。

そして、諒兵は正直に自分の気持ちを打ち明けた。

「つまり、お前はまだ凰鈴音のことが好きだということか?」

「いったとおり振られたけどな。けどよ、まだ気持ちにケリが付けられてねえんだよ」

今はせめて、鈴音のいい友人としていられるように努力している。

そういって苦笑する諒兵を見て、いっていることは嘘でもなんでもないことがラウラには理解できた。

「そんな状態でお前に乗り換えるみてえなことはしたくねえ。だから、わりいけど断らせてくれ」

「無関係でいろというのか?」

「夫婦とか恋人じゃなくて、ダチでいてえってことだ」

タッグパートナーとして戦ったことは諒兵にとってもいい経験だったし、否定する気はない。

ただ恋愛というか、夫婦という関係になってしまうのは、失礼だと諒兵はいう。

「お前、本気みてえだし、生殺しかもと思ったけどよ。他人にはなりたくねえよ。ただ恋人とか夫婦になるのは俺の気持ちが邪魔するんだよ」

「そうか」と、ラウラは呟いた後、しばらくの間、諒兵の言葉を反芻するように確かめる。

振る側になるとは思わなかったが、辛いものだと諒兵は思う。

鈴音も自分が告白したとき、こんな気持ちだったのだろうか、と。

しかし、ラウラは安心したように笑った。

「よかった。お前がそういう男で」

「なぬ?」と、諒兵は驚いてしまう。

まさか、よかったなどといわれるとは思わなかったのだ。

しかし、ラウラは続けるようにこういった。

「お前はつながりを大事にする。もしそうでなかったのなら私の想いが無駄になるところだった」

「いや、俺、断ったんだぞ」

「お前が私といるために鈴音を断ち切っていたなら、きっと私たちはダメになった。でも、鈴音とのつながりも、私とのつながりも大事にしてくれるのだろう?」

確かにラウラの考え方は間違いではない。

友人とはいえ、鈴音もラウラも諒兵にとって大事にしたいつながりだからだ。

ただ、それで満足できるのかと思う。

「今はそれでいい。ただ、いずれは私とのつながりを一番大事にしてくれるよう、私は努力する。それはダメか?」

「あ、いや、別にそうはいってねえけどよ」

「なら、それでいい」

そういって微笑むラウラを見て、諒兵は一瞬だが見惚れてしまったのだった。

 

 

 

そして現在。

「諒兵は一つ一つのつながりを大事にしてくれると私は思った。だから、今はお前とのつながりを一番大事にしていても、いずれは私とのつながりを一番大事にしてくれるように妻として頑張るつもりだ」

「ラウラ……」

妻としてという部分はともかく、ラウラの想いが真剣なものであるということが鈴音にも、セシリアとシャルロットにも理解できた。

「鈴音、お前はそうではないのか?」

「えっ?」

「お前が誰とのつながりを一番大事にしているかは聞いていない。でも、諒兵とのつながりも大事にしているのだろう?」

「うん……」

「なら、お前と諒兵のつながりを私は否定しない。でも、一番になるのは私だ」

そういって真剣な眼差しを向けてくるラウラを見て、正面から立ち向かってくるライバルだとセシリアがいってきた意味がわかる。

競争相手を貶めるのではなく、諒兵にとって一番になれるように努力しているからこそ、今のラウラがいるということだ。

「ありがと、ラウラ」

「何故礼をいう?」

「ホント、前進しなきゃダメだってわかったのよ」

そういって、鈴音は自分の今の素直な気持ちを打ち明ける。

ラウラから見ればきっと中途半端な想いに見えるかもしれない。

でも、一夏も諒兵も、ラウラの言葉を借りるなら、どちらとのつながりも大事になっているのは今の鈴音にとっての真実だ。

だから、鈴音は、正面から向かってくる恋敵に嘘はつきたくなかった。

「そうか、諒兵と一夏、それぞれとのつながりが同じくらい大事になっているのだな」

「そうね、そういうことかな」

「なら、私のほうが先に諒兵にとっての一番になっても文句はいわせん」

「いわないわ。でも、負ける気もないわ」

自分の気持ちがどっちに揺れるのかなどわからない。

でも、想いの真剣さでラウラに負けるつもりはない。

「一夏なら問題ないけど、諒兵ならライバル。それでも友だちでいてくれる?」

「鈴音、お前とのつながりも、私にとって大事だ」

そういったラウラの真剣な顔に、鈴音は自然と笑いかけていたのだった。

 

 

 

 



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第31話「恋するやじろべえ」

鈴音とセシリアが、シャルロットとラウラの部屋を後にして、自分たちの部屋に戻る途上。

セシリアのほうから話しかけてきた。

「シャルロットさんもいってましたけど、人との触れ合いが少ない分、人間関係をシンプルに考えるんですわね、ラウラさん」

「そうね。でも、そういうシンプルさが、今の私にはなかったわ」

「前進、しますの?」

「勇気もらっちゃったしね」

まさか恋敵に勇気をもらえるとは思わなかったけど、と、鈴音は微笑む。

「全部打ち明けてすっきりする。そっからがスタートよ」

「応援してますわ」

「ありがと、セシリア」

と、お互いに笑いあいながら、二人は自分たちの部屋に戻っていった。

 

 

そして翌日の放課後。

鈴音は一夏に話があるといって屋上まで呼びだした。

「悪い、遅くなった」といって現れた一夏の姿に、心臓が跳ね上がる。

そのままドキドキどころか、ドックンドックンと心臓が高鳴るのが聞こえてくる。

(国家代表との模擬戦だって、こんなに緊張しなかったわよっ!)

と、とりあえず誰かに文句をいっておいた。

今日は一人で一夏と向かっている。

これだけは誰にも助けを借りることなどできない。

揺れてしまっている今の自分の気持ちをはっきりさせないと、自分は前に進めないのだ。

だから。

「あ、あのね、一夏」

「どうしたんだ、鈴?」

首を傾げる一夏の表情を見ながら、一つ大きく息を吸い、そして吐いた。

(よしっ!)

「私は、あんたのことが、好き」

「えっ?」と、疑問の声を上げる一夏。

当然だろう、何しろ自分でも呆れるほど小さな、蚊の鳴くような声だったのだから。

 

「私はっ、あんたのことがっ、好きなのよっ!」

 

だから必死に声を絞り出して、鈴音は一夏に告白した。

その瞬間、一夏はフリーズした。

動きが完全に停止し、声すら出せない様子だった。

「一夏?」

 

うぉうっ、リンが勇気だしたっ!

 

どこからかそんな声が聞こえてきて、一夏はようやく事態を理解した。急速に脳が動きだす。

鈴音が自分のことを好きだといった。

つまり鈴音は自分のことを好きということだ。

すなわち凰鈴音は織斑一夏が好きだということだ。

織斑一夏のことを凰鈴音が好きだということだ。

 

イチカ、ループしてるから

 

ふとそんな声を感じ、意識をリセットする。

はっきりいってこんな状況を想像してなかった一夏は、どうしていいのかわからない。

一年以上前から悩んでいることの答えをこんな形で知ることになるとは思わなかった。

「あの……、迷惑だった?」

不安そうな鈴音の表情には見覚えがある。

あの日、夕焼けの中で見た、苦しそうな顔とよく似ていた。

幼馴染みであるはずだった自分が知らなかった、『知らないはずだった』その顔と。

「めっ、迷惑とかいってないだろっ!」

「い、一夏?」

「あっ、いや、ごめん。なんていうか」

これはチャンスなのかもしれない。

一夏には、ずっと胸の中にしまいこんできた悩みを打ち明けるための絶好の機会のように感じられていた。

今、打ち明けないと、鈴音に対してちゃんと答えることができないと一夏は直感する。

「鈴、怒らないで聞いてくれ」

「こ、断るならその覚悟もしてきたから」

「そうじゃない。俺、俺さ……」

不安そうに見つめる鈴音に一夏は打ち明ける。

 

「鈴が、諒兵の告白、断るところ、見てたんだ……」

 

あまりにも意外な一夏の言葉に、今度は鈴音のほうがフリーズしてしまう。

そうなると、一夏はずっと前から自分の気持ちを知っていたことになる。

「しっ、知ってたのっ、私の気持ちっ?」

(知ってて何もいってくれなかったのっ?)

そうだとしたら怒りたくなって当然だろう。

本当は一夏は知っていなければおかしい。

鈴音が小学生のときにいったのはそういう意味だからだ。

しかし一夏が極度といっていいほどの鈍感であることは理解しているので、わかっていないだろうなと思っていた。

しかし、諒兵の告白を断るところを見ていたというのなら、一年以上前から鈴音の気持ちを知っていたことになる。

だが、「そっ、そうじゃないっ!」と、一夏は必死になって否定した。

「俺が見たのは『好きな人がいるから、諒兵とは付き合えない』っていってたところだったんだ。だからずっと悩んでた」

「悩んでた?」

「鈴が、諒兵の告白を断るほど好きなやつって誰なんだろうって……」

その悩みを、一夏は共通の親友に打ち明けていた。

 

 

まだ一夏が中学生のころ。

忘れ物を取りに教室に戻ったとき、偶然、鈴音と諒兵の話し声が聞こえてきた。

扉の隙間からチラッと覗くと、一夏の許容量をオーバーするような場面に遭遇してしまった。

二人にはとてもいえず、一夏は逃げ帰るように走りだし、共通の親友の家に駆け込んだのだ。

一夏が正座したままそんな悩みを打ち明けてくるのを、五反田弾は呆れたように聞いていた。

一夏にとっても、そして諒兵や鈴音にとってもいい友人といえるのが弾だ。

何より友人関係においてうまくバランスをとってくれていたのが弾だということができる。

「で、何が不満なんだ、一夏?」

「だってさ、俺、諒兵いいやつだと思うぞ。なんで断ったんだろって思わないか?」

「じゃあ、鈴と諒兵が付き合ってればよかったのか?」

それはそれでなんだかモヤモヤするものがある一夏だった。

夕焼けの中、真剣な顔の親友と苦しそうに切なそうに頬を染める幼馴染みの姿を見て、なんだか取り残されているように一夏は感じたのだ。

二人とも自分の知らない顔をしている。

二人とも自分から離れていってしまいそうで、いやだったのだ。

「お子ちゃま」

「なんだよっ、お子ちゃまじゃないぞっ!」

と、呆れ顔でいってきた弾の言葉に必死に反論する。

だが、弾はばっさりと斬り捨てた。

「まずな、お前、諒兵に気持ちが傾きすぎだ」

「親友なんだから当然だろ?」

「じゃあ、鈴の気持ちはどうなる?」

そういわれてしまい、一夏は言葉を失ってしまう。

「鈴にしてみれば、諒兵の気持ちを断らなきゃならないほど、好きなやつがいるってことだ」

「断らなきゃならないほど?」

「断ってるときの鈴の様子どうだった?」

正直、思いだすと顔が熱くなってしまうのだが、一夏は必死に思いだす。

苦しそうな、切なそうな、そんな『女の子』の顔をした鈴音。

正直にいえば、ドキッとしてしまったのだ。一夏ですら。

「何もいい加減に断ったわけじゃない。お前よりずっと辛かったはずだ。諒兵がいいやつなのはあいつも知ってるしな」

でも、それ以上に好きな人がいるのなら、どうしようもない。

鈴音の気持ちの問題だと弾はいう。

「それじゃ、どうすればいいんだよ」

「どうすることもできないだろ。鈴と諒兵の間じゃ答えは出てるんだし」

だから、お前もそのままでいいと弾はいう。

変に諒兵の後押しをしたり、鈴音を問い質すべきではないと。

「変なことしやがったら、お前とは絶交だ。鈴や諒兵ともそうさせる」

「なっ?」

「だから、悩むのは仕方ないとしても、二人の間に変なちょっかい出すな」

そういった弾に、一夏は反論することができず、鈴音が好きな人について、ずっと悩むことになった。

 

 

一夏の話を聞いていた鈴音としては、共通の親友の言葉に感謝せざるを得なかった。

そんな鈴音に対し、一夏は今の自分の思いを吐露してくる。

「だから、俺、ずっとどんなやつかなって悩んでて、そうしたら中国に帰っちゃっただろ、鈴」

「うん」

「答えが出ないまま、これっきりなのかなって思いもしたけど……」

どこか安心してもいたと一夏は打ち明ける。

ゆえに、鈴音がIS学園に編入してきたときには、実のところ二人に何度も聞こうと思って、そのたびに弾の言葉がちらつき、思いとどまっていたのであった。

「そうだったんだ……」

「鈴の気持ち、正直にいえば嬉しい」

「ほんとっ?」

「でも、鈴と、恋人とかそういう関係に今すぐなれるかっていわれると、自信ないんだ」

今は、みんなと一緒に楽しく笑っていられる関係が一番好きで、一番大事だった。

それ以上に、このままなんとなく鈴音と付き合うのは違うと一夏は感じていた。

「だから、付き合うとかそういうことができる自信、ない。今はまだ、今のままじゃ、……ダメか?」

そう必死に訴えてくる一夏の顔を見て、鈴音はペタンとへたりこんでしまう。

「おい鈴っ?」

「あはは、安心したら腰が抜けちゃった」

「安心?」

そう尋ねてきた一夏に、鈴音は今の正直な気持ちを打ち明ける。

どっちつかずの恋心に悩む、今の気持ちを。

「あの告白がきっかけだったのよ。諒兵のこと、そう見るようになったのは。でも、やっぱり一夏のことも好きで、前に進むためには、どこかでリセットしなきゃって思ってて」

「鈴……」

「だから、この先どっちに傾くか、私にもわかんない。自分でもひどいなって思うけど」

それでも、それが今の鈴音の正直な気持ちで、今のまま、ふとしたきっかけで傾いてしまったほうを選ぶことだけはしたくなかった。

だから本当は待っていてほしいのは鈴音のほうだった。

だからといって、他の子が何も知らない一夏に迫ってきたなら嫉妬して強引に迫ってしまうかもしれない。

今、ラウラが諒兵に迫っているからこそ、余計に気になるようになっているのだから。

でも、そんなきっかけで、対抗するような気持ちで相手を選びたくなかった。

だから、まず自分の気持ちを確かめるために、一夏に告白したのだ。

やっぱり一夏なのか。

本当は諒兵なのか。

それともゆらゆら揺れているままなのか。

「三番目なんだからどうしようもないわね、私」

と、そういって鈴音は苦笑いを見せる。

でも、一夏もそれでいいような気がした。

みんなが自分だけを好きでいてくれて、自分は適当に相手を選ぶなんてこと、絶対にしたくなかったからだ。

「なら、ここからスタートだ。思ったよ、もっと強くならなきゃなって」

「そうね。私、強い人に魅力感じるのかも」

だから、自分に選ばせるくらい魅力的になってほしいと鈴音がいうと一夏は頑張るからなと笑顔を見せたのだった。

 

だいぶすっきりとした様子で、一夏と鈴音は屋上を後にする。

「でもさ、ゆらゆら揺れてるって、あれみたいだな」

「あれ?」

「昔のおもちゃを特集したテレビで見たんだけど、確か『やじろべえ』だったかな?」

中心に支点となる三角錐があり、両脇に錘があるという、つんと触れるとゆらゆらと揺れる人形のようなおもちゃのことである。

「なによ、『恋するやじろべえ』?もうちょっとマシな例えないの?」と、鈴音が普段の調子で笑う。

その表情に、普段の空気が戻ってきたことを感じた一夏は安心した。

「でもそんな感じだろ?」

「そうだけど、一夏のこと好きってようやく告白したのに、やじろべえ扱いじゃ、なんかなあ♪」

「それじゃ、こっちに傾いてくれるように頑張るか」

「頑張ってよね♪」

そういって笑いながら歩いていく二人の姿を、物陰から呆然と箒が見つめていた。

 

 

その日、夜も更け、そろそろ深夜という時間帯になったころ。

ベッドに横になったまま、一夏は諒兵に声をかけた。

今日、鈴音に告白されたことを打ち明けるために。

それは大事な決意をするために必要だと思ったのだ。

「そっか。鈴、いったんだな」

いずれ来るとはわかっていても、どこか辛いものはある。それでも諒兵は鈴音の勇気を否定したくなかった。

「知ってたんだな」

「はっきりそういわれて断られたからな」

全部を聞いていれば、好きな人が自分であることも知ってしまったのだろう。

逆にそうでなくてよかったと一夏は思う。

鈴音の口から聞けたからこそ、真剣に向かい合えるからだ。

「どうすんだ?」

「ん?」

「鈴はいい女だと思うぜ」

付き合うのかと聞いているのだと気づき、一夏は鈴音の正直な気持ちを伝えた。

無論のこと、鈴音には既に了解を取ってある。

「俺の告白、無駄じゃなかったのか」

「でも、それでもまず俺に告白してくれた。その想いは嬉しいと思ってる」

だから、今の、強くなった鈴音が魅力的に感じてくれる、もっと強い男になるんだと一夏は決意していた。

とはいえ、最終的にどうなるかなどわからない。

一夏も、ひょっとしたら鈴音ではなく別の女の子のことを考えるようになるかもしれない。

「でもさ、鈴が好きになってくれたのに、情けない男になるのだけはいやだからな」

一夏の場合、箒という相手もいるのだが、さすがにここでいってしまうのは鈴音にも箒にも悪いので諒兵は黙っておくことにした。

「なら、俺ももっと強くなって、鈴を完全にこっちに振り向かせて見せるぜ」

「負けないぞ」

「負けねえよ」

そういって、一夏と諒兵は笑い合う。

お互いにやるべきことがはっきりしているために、真剣に、そしてある意味では気楽にやっていけることがわかったからだ。

 

そこでふと、今日はやけに静かであることに気づき、一夏が尋ねかける。

「今日はラウラは来てないんだな」

「ああ、あいつなら……」

そういって沈黙すると、何故かすよすよという幸せそうな寝息が聞こえてきた。

「……俺の腹の上で熟睡してやがる」

諒兵がどこか情けなさそうにそう答えると、痛いほどの沈黙が、その場に訪れた。

「もう、結婚しちゃえよ……」

「ぶっとばすぞ、てめえ……」

そんな男二人の情けない呟きが、夜更けの暗い部屋に静かに響いたのだった。

 

 

 

 




閑話「乙女心の危機感」

翌日の夜。
鈴音は告白の結果の報告でセシリアの部屋を訪れていた。
シャルロットも気になっていたので一緒にいる。
セシリアのルームメイトは用事があるとかで外しているらしい。
「でも、よく頑張ったね、鈴」と、シャルロットが微笑みながらいうと鈴音は少し疲れた様子で呟いた。
「もー、一世一代の大勝負した気分よ」
「でも、その甲斐はあったのでしょう?」
という、セシリアに言葉に苦笑いを返す。
全部打ち明けることができて、なお、今の関係を維持できるのは、一夏の性格もあるだろうが、本当に運がよかったということができる。
そういう意味では、大勝利だ。
「これできっちり再スタート。勝負はこれからって思えるのはやっぱりいい気分ね」
「ありのままで強くなれるというのはいいことですわね」
「そうだね。変に悩んじゃうといろいろとマイナスになってくし」
セシリアにしても、シャルロットにしても、友人である鈴音が悩み続けているのは心配だったため、普段の調子を取り戻してくれたのは素直に嬉しい。
とはいえ、よく勇気を出すことができたなとも思う。
恋愛関係にはとことん初心で奥手な鈴音だけに、中途半端に終わってしまうことも危惧していたのだ。
「そうね。諒兵に迫ってたのがラウラじゃなかったら、もうちょいのんびりしてたかも」
「ラウラさんのことをそこまで強敵と思ったのですか?」
「まあ、あのときのラウラを見ると、強敵と思うのもわかるけどね」
ふざけて夫婦宣言したわけではなく、マジメに諒兵と向き合っているラウラのことを思いだす。
確かに納得はいくのだが、もともと自分に告白までしてきた相手が簡単になびくと思ったのだろうかと二人は疑問に感じた。
「だって、諒兵って……」
「何かあるの?」と、セシリアとシャルロットが首を傾げると意を決したように鈴音は告げた。

「絶対ちっぱいスキーだもん」

そういって自分の慎ましやかな胸を見る鈴音。
何故か室内にひゅーという風が吹いた。
「確かに、強敵ですわね……」
「切実な問題だったんだね……」
諒兵と夫婦宣言をしたラウラの容姿を思いだし、セシリアとシャルロットはそう静かに呟いた。


「ぶぇっくしっ!」と、諒兵は突然くしゃみをしてしまう。
「風邪か、だんなさま」
「それはやめろ。ま、季節の変わり目だしな」
誰か噂でもしてるのかとも思ったが、梅雨寒で身体を冷やしたのかと納得した。
「風邪には焼いたネギを首に巻くといいというぞ。今度ネギを買ってくる」
「ラウラ。お前どこでそんなおばあちゃんの知恵袋ネタ仕入れてきた?」
得意げに話すラウラに諒兵は突っ込みを入れていた。





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第32話「紅い願い」

鈴音が一夏に告白してから、別に何が変わったというわけでもない。

全員がいつもどおりに競い、学び、笑う日々が続いていた。

 

さて、夏休みも近づいてきたある日のIS学園。

放課後の1年1組の教室にて。

一夏と諒兵が正座させられている。

「なんで俺たちここに正座させられてるんだ?」

「てかよ、お前らのカッコも気になるんだが」

目の前には鈴音、セシリア、シャルロットの三人が、何故か女教師然とした格好をして立っている。

隣には千冬が立っていた。

「一週間後には期末だ。貴様らのためのテスト対策をこの三人に命じた」

「「なんで?」」

「貴様ら、中間の成績は威張れたものではなかったぞ」

「「ああ、そういえば」」

「期末後には臨海学校がある。赤点を一つでも取れば補習でいけなくなる」

「「そうなのか」」

不思議なほど、のほほんとしている一夏と諒兵の二人だった。

というか、反応の薄さを見ると興味がないとも感じられる。

「いや、女だらけの海に男二人で行くのはきついぞ」

「ぶっちゃけ、いけなくなっても気にしねえし」

興味がないというより、女しかいない海に男二人くっついていく度胸がないらしい。わりとヘタレな二人だった。

とはいえ、ISバトルの成績はいいので、臨海学校にも参加させないわけにはいかない。

というか、参加しないと生徒たちから不満が出そうなのだ。

千冬としては頭の痛いところだが、勉強自体は必要なのでやらせることにしたのである。

「そういうわけにはいかん。というか、IS関係はともかく一般教養の成績まで威張れたものではないことを少しは気にしろ」

「へ~い」と仕方なさそうに答える男二人。

その隣から。

「教官、私は勉学も実技も落第するような点は取っていませんが」

一夏と諒兵と同じように正座させられているラウラが質問してきた。

千冬は少しこめかみを押さえて答える。

「ラウラ、お前はまず一般『常識』を学んでくれ。頼むから」

「はい。そうおっしゃるなら」

相変わらず、千冬の言葉は一番効果があるラウラだった。

実は次いで効果があるのは諒兵だったりする。

曰く「夫の言葉を聞くのは妻として当然だ」とのことである。

それはそれとして、「では、後は任せたぞ」と、そういって千冬は教室を後にした。

 

それでは、と鈴音が音頭をとり、まず一夏と諒兵に簡単な少テストを受けるようにとプリントを差し出してきた。

逆らえる状況ではなさそうなので素直に受ける二人。

ちなみにラウラには一般常識のテストがマジメに配られていたりする。

 

で。

 

「見た感じ、やっぱりIS関係が足引っ張るわね」

「一般教養はそこまで悪いということはありませんわね」

そもそも普通に高校受験しようとしていたのだから、そこまで馬鹿というわけではない。

ただ、一夏と諒兵から見て、IS学園はレベルが高すぎるのと、専門的な学問の比重がわりと大きいという問題があるのだ。

ただし。

「ラウラ、自分に都合よく常識を変えるのはやめようね」

シャルロットだけが呆れたような表情で突っ込みを入れていた。

ラウラ更生の道はなかなか遠い様子である。

 

それはともかく。

「一夏にしても、諒兵にしてもIS関係は基礎はギリギリ何とかなってるわね」

「ただ、応用問題に苦労してますわ」

「基礎でいっぱいいっぱいなのに応用問題はきついぞ」

「俺らにとっちゃISは基礎自体が一般教養の応用だしよ」

諒兵のいうとおり、IS関係の学問は一般教養の応用ということができる。

そこからさらに捻られた応用問題を出されても対応できないのだ。

「そうなると一般教養の底上げね」と、鈴音が納得したように肯く。

「IS関係はまずおいておきますの?」

「一気に全部詰め込んでも一夜漬けで終わっちゃうわ。それじゃテストがくるたびに毎回特訓よ」

「勘弁してください」と、そういって男二人はあっさり土下座した。

基本的に身体を動かすほうが楽な一夏と諒兵である。

「まあ、得意なほうを伸ばしたほうが早いかもしれないよ、セシリア」

「確かに一理ありますわね。私はすべて徹底的にやるほうが合ってるのですけど」

首席合格は伊達ではないのである。

とはいえ、一夏と諒兵としてはそんなことをされては身が持ちそうにないので、得意なほうを伸ばすこととなった。

 

しばらく勉強した後、「そういえば」と一夏が尋ねる。

「なんで鈴にセシリアにシャルが教えることになったんだ?」

「真耶ちゃん先生とかは?」と、諒兵が付け加えた。

以前、家庭教師をしてもらった点を考えても、真耶はかなり教えるのが上手い。

この点は千冬も認めている。

教わる側の二人としても、また教える側の三人としても実は協力してほしい気持ちはあった。

ちなみに、千冬の場合はまさに頭に叩き込む、という教え方である。

「この時期は臨海学校の準備で忙しいとかいってたよ」と、シャルロット。

その言葉を受けて鈴音が軽くウィンクして続けた。

「まあ、中間で首席のセシリアと三位のシャル。で、五位の私なら十分でしょ?」

「「なぬっ?」」

セシリアが首席なのは知っていたが、まさか中間試験でシャルロットが三位、鈴音が五位とは知らなかったので驚く二人。

「ちなみに同点で三位に更識さん、五位も同点でラウラさんですわよ」

「「ぬなっ?」」と、再び驚くものの、簪はともかくラウラは一般常識が足りないので、教わる側に座っていたりする。

そうなると気になるのは二位だが……。

「本音さんですわ」

「「なにいッ?」」

「入学試験、次席だって」

「「マジかっ?」」

「実技はともかく理論はすごいよ。僕も教わってるし」

「「信じられん……」」

何より信じられないのは、どうやって回答を書いたのかという点であった。

とまあ、そんなことをいいあいながら、一夏と諒兵は比較的マジメにテスト対策を行っていた。

 

 

「あの……」という声に、廊下を歩いていた千冬は振り返る。そこには箒が立っていた。

「なんだ、篠ノ之?」

「いえ、一夏……たちは?」

「織斑と日野はテスト対策をさせている。放っておくと赤点だからな、あの二人は」

馬鹿者どもの面倒を見るのは大変だと苦笑いしながら続ける千冬。

すると箒が「二人で?」と聞いてくるので、成績上位の鈴音、セシリア、シャルロットに面倒を見させていると正直に話した。

「試験の準備に、臨海学校の準備と、我々教職員はこの時期は忙しいのでな。成績の良い者に任せてある」

そう答えた千冬だが、鈴音の名前が出たときに箒が一瞬身を震わせたことに気づいた。

放っておくのもまずいか、と、そう考えた千冬は付け加える。

「よければお前も手伝ってやれ。大馬鹿者二人の面倒を見るとなれば、何人いても足らんだろう」

「はい」と、そう答えた箒を見て、どことなく不安を感じながらも、千冬は教員室に戻っていった。

 

 

箒が1組の教室に来ると、楽しそうに笑っている声が聞こえてきた。

 

「だいぶできるようになってきたじゃない」

「鈴、もうちょっと手加減してくれないか?」

「一般教養なのですから、相当手加減してますわよ?」

「えー、マジですかー……」

 

IS学園のレベルに合わせた一般教養はなかなか大変らしく、一夏も諒兵も苦労している。

なのに、扉の隙間から見えるみんなの姿は楽しそうだった。

 

「シャルロット、夜這いは日本の文化ではないのか?」

「違うから。諒兵がいろんな意味で苦労するからやめようね」

「人のTシャツ奪っていくだけじゃもの足りねえのか、お前は」

 

ドイツ人とフランス人がおかしな日本文化について話しているのはともかくして、二人とも当たり前のように友人として受け入れられている。

(ボーデヴィッヒも、日野を引き離してくれればいいのに……)

諒兵と夫婦宣言したラウラはある意味では自分の味方といえると箒は感じていた。

一緒にいることで一夏が自然と距離をとると思っていたからだ。

しかし、実際にはラウラのほうが面白い友人としてみなに受け入れられるようになっていた。

(入りにくい、な……)

どこか、引け目を感じてしまう箒。

千冬なら気にしないで入れというだろうが、今の自分が入れるところではないと感じてしまっていた。

 

「あれ?」

 

すると、シャルロットが何かに気づいたかのようにこちらに目を向ける。

箒はその視線から逃れるように教室から離れた。

 

 

箒は一人校内を歩いていた。

テスト前ということで剣道部も活動はしていない。

自分としてもテスト対策は必要なので、部屋に戻って勉強するということも考えたが、そんな気分にはなれなかった。

学年別トーナメントのとき、簪に助けられていることに気づかなかったことが、簪に対しても引け目を感じさせていた。

謝りはしたものの、箒としては気づけなかったこと自体が腹立たしい。

それはつまり。

(更識は完成していないだけで本来専用機を持つんだから)

専用機を持つ身である人間との大きな差だった。

専用機を持つということはIS学園の多くの生徒にとって憧れである。

世界に467個しかないとされているISコア。

すなわち467機しか作れないISを自分専用として持つということは、エリート中のエリートということができる。

それ以上に、一夏と諒兵のこれまでの戦闘。

鈴音とセシリアの激戦。

シャルロットやラウラのトーナメントでの戦い。

訓練機の打鉄やラファール・リヴァイブとは違う圧倒的なその性能。

専用機とはすなわち特別な者が持つ証だと箒は考えていた。

 

特別な者。

 

その点で考えれば、一夏と諒兵は最初から特別だ。

現時点で、世界に二人しかいない男性のIS操縦者なのだから。

その二人のうちの一人である一夏に近づくためには、同じように特別でなければならないのかもしれない。

そして。

(鈴音は専用機を持ち、『無冠のヴァルキリー』とまで呼ばれる特別なIS操縦者)

箒は鈴音が一夏に告白したという話を聞いてしまった。

一夏を探していて、屋上にいったとき、降りてくる二人が、そんな話を楽しそうにしている姿を見てしまった。

もう、ずっと前から信じあっている恋人のように。

それがあまりにも衝撃的で、箒は呆然と立ち尽くすことしかできなかったのだ。

(鈴音、お前は私から何もかも奪っていくのか)

幼馴染という立場も、勝利も、そして一夏の傍にいるということも全部鈴音が奪っていってしまう。

いやだと思っていても、今の自分にはなすすべがない、箒はそう感じていた。

 

 

夜、そろそろ深夜になろうというころ。

寝付けない箒は、専用機組み立てに取り組む簪に断り、部屋を出た。

寝付けない理由はわかっている。

楽しそうに話していた一夏と鈴音の姿がちらつくからだ。

学年別トーナメントで鈴音に叩き落されたときのような、自分だけが落ちていく感覚。

その感覚が、あの姿と重なってしまい、気持ちが落ち着かなかったのだ。

気分転換にと、人気のないはずの寮のラウンジまで来た箒は人がいるのを見かけて、一瞬止まってしまった。

「あれ、箒じゃないか」

「い、一夏……」

一人でソフトドリンクを買っている一夏だった。

こんな時間にどうしたのかと思いつつ、二人きりになれるのは久しぶりだと思って近づく。

「箒も何か飲むか?」

「あ、ああ」と、そういって頼んだお茶を手に取る。

そして、相向かいにテーブルに着いた。

「どうした、こんな時間に?」と、箒が尋ねると一夏は苦笑いを見せる。

「そろそろだ」

「は?」

何をいっているのだろうと思わず問い返しそうになった箒の耳に、叫び声が飛び込んでくる。

 

「だからっ、どうして忍び込んで来るんだよっ、たまにはまともに返しにきやがれっ!」

 

諒兵の声だった。

内容から察するに、ラウラが来ているのだろう。

「だいたいこの時間なんだよ。時間厳守が身に染み付いてるとかで」

いつもの一夏なら、耳栓をして眠っているので問題なかったのだが、今日はうっかり忘れてしまったらしい。

叩き起こされるのもアレなので、退散してきたのだそうだ。

「馬に蹴られるのは勘弁してほしいからな」

「そうか……」

今日ばかりはラウラに感謝したい気持ちになった箒だった。

だが、鈴音と一緒にいたところがちらついてしまう。

そこまで考えて、そういえば付き合っているという話がまったく出てこないことに気づいた。

諒兵とラウラはラウラの態度のおかげでほとんど公認の仲だ。ラウラはともかく諒兵は否定しているのだが。

一夏と鈴音が付き合っているというのならば、そんな話が聞かれないはずがない。

箒が見てしまった日から既にけっこうな日数が経っているのだから。

聞いておくべきなのかもしれない。

そう考えた箒は、少しばかり遠回りに尋ねてみた。

鈴音と付き合っているという噂を聞いた、と。

「あー、知られちゃったのか」と、照れくさそうに頭をかく一夏の姿に胸が痛む。

「できれば内緒にしておきたかったんだけど」

そういって一夏は説明してきた。

今はまだ友だち。

わかりやすくいえば断ったということになる。

しかし、『今は』という点を協調したのが気になった箒は、問い詰めた。

「俺自身の気持ちに、まだ納得いかないんだよ」

「どういうことだ?」

「鈴のことは嫌いじゃないし、そういう付き合いを考えたのは確かだけど、告白されたからって、なんとなく付き合おうって気にはなれなかったんだ」

好きか嫌いかでいえば好きな相手だ。

たぶん、うまくやっていけるとも一夏は思っている。

ただ、真剣に告白してきた鈴音の気持ちに、なんとなくで応えるのは違う気がしたのだ。

「俺自身がはっきり鈴が好きだって思ったなら、そのときは自分からいう。真剣な気持ちには真剣に応えたいんだ」

だからこそ、あの時は断るかたちになった。

とはいえ、それは鈴音自身が望んでいたことでもあった。

お互いにどこか気持ちが揺れているのなら、今はやめておこうと合意したような関係なのである。

「だから、今はまだ友だちなんだ」

この先、自分の気持ちがどうなるかなんてわからない。

まったく別の人を好きになってしまうかもしれない。

そのときはそのときで、鈴音に対して頭を下げる覚悟もある。

ただ、試しにとか、なんとなく遊びで、といった気持ちで付き合うのは少なくとも自分と鈴音の仲ではやってはいけないと一夏は考えたのである。

「鈴は強くなった。そんな鈴に対して、ちょうどいいやなんて気分で付き合うような情けない男にはなりたくないんだ」

「そうなのか……」と、箒は内心安堵した。

要するに一夏は今の段階ならばフリーということになる。

同時に、一夏にとっていわゆる好みの女性とはどういうタイプなのか気にもなった。

せっかくのチャンスだと思い、尋ねてみる。

「もともと、千冬姉を守れるようになるつもりで、強さを求めてるからな。やっぱり相手も強い人がいいな」

「強い人、か……」

その点で考えるならば、やはり鈴音は筆頭に来るだろう。

同学年では確実に頭一つ抜けている。

他にも思いついた名前をあげて、聞いてみる。

「まあ、好きっていうかさ、セシリアやシャルは尊敬できるよな。真耶ちゃ……じゃなかった、山田先生もそうだし」

「確かに、みんな強いな」

(何より、ほとんどの者たちが専用機を持てるほど力がある)

真耶が専用機を持っていたかどうかは聞いていないが、それでもあの実力ならば持っていてもおかしくないだろう。

専用機こそ強さの象徴だと箒には思える。

それは確かに間違いではないのだ。

「トーナメントでも目立っていたな。セシリアやシャルロットは」

「そうだな。やっぱり強いよ。でも負けた人たちの中にも強い人はいたぞ」

「それもそうか」と、そう答えつつ、トーナメントのことを箒は思い返す。

あの時は決して悪いことばかりではなかった。

専用機持ちだろうとなかろうと関係なく、当たり前のようにみんな話しかけてきてくれたし、それなりに自分も話せていたと思う。

簪のこともあるから、いい面だけではなかったが、同じ場所ではなくとも、近い場所にいることができていたのは確かだ。

(専用機が、あれば……)

自分ももっと一夏に近づけるのではないかと箒は考えてしまう。

「どうしたんだ、箒?」

「いや、私も専用機を持てるようになれるといいと思って」

「そうだな。箒はもともと剣に関してはまっとうに強いんだし、ISバトルでもきっと強くなるよ」

そうすれば専用機を持つこともできるだろうという意味で、一夏は伝えた。

もっと箒も積極的にみなと関わればいいのにと思っている一夏としては、その手段としてこの学園で代表候補生を目指してみるのもいいのではないかと考える。

箒には箒なりの強さがきっとあると一夏は信じていた。

すると、声がかけられてくる。

「む、一夏。一緒にいるのは篠ノ之か」

「あ、ラウラ。もう終わったのか?」

ラウラが着ているのは、諒兵が今日の寝巻き用にと着ていたTシャツである。

わりと本気で諒兵が今着ているものがお気に入りなのである。

「夜遅くにすまんな。今日はこれで安心して眠れる」

そういってラウラは自分の部屋へと戻っていった。

「それじゃ、そろそろ帰るかな」

「私も部屋に戻る。お休み一夏。いろいろと話ができてよかった」

「ああ、俺もだよ。お休み箒」

そうして一夏と箒も自分の部屋へと戻る。

 

その途上。箒はめったにかけたことのない番号に電話をかけた。

そして。

 

「姉さん。お願いがあるんです……」

 

電話の向こうの実の姉に、一つだけわがままをいったのだった。

 

 

 

 



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第33話「自慢のお姉ちゃん」

期末試験も終わり、IS学園も一気に夏休みへ向けて空気が緩んできた。

一夏と諒兵は何とか赤点は免れたため、二人とも揃って臨海学校には参加することになった。

課外授業とはいえ、海である。

そしてIS学園は基本的に女子校である。

獣の本能か、恐怖心か、絶対に面倒ごとに巻き込まれることになると察知した二人は、速攻で水着を買いに行った。

そして女性陣が水着を買いに行くといいだしたときは、自分たちのほうから休日に合わせ、臨海学校に向けて機体チェックを受けるから無理だと避けた。

機体チェックは、特に一夏と諒兵は必須で、しかも長時間拘束されるため、仕方ないかと女性陣のみで買い物に向かってくれた。

今、二人は『白虎』と『レオ』を纏い、専用の整備機に二人して身を預けている。

他のものと違い、『白虎』と『レオ』のために作られた整備機は四十五度くらいの角度で傾けられているからだ。

完全に真横にすることもできるようになっている。

装着していなければ整備できない機体ゆえの不便さも、今の二人にとってはありがたいものだった。

「こうしてじっとしてるのも久しぶりだなあ」

「何事もねえのが一番だぜ……」

すっと差しだされたお茶を飲み、枯れた老人のように呆けている一夏と諒兵だった。

そしてようやく二人とも「ん?」と気づく。

「生徒会長じゃねえか」

「あ、この人がそうなのか」

「諒兵くんはお久しぶり。織斑くんは初めましてね。IS学園生徒会長、2年生の更識楯無よ。よろしくね」

久しぶり、どうも、とそれぞれ返事をした二人は、チェックの様子を眺めている楯無にどうしたのかと尋ねかける。

「ううん、たいした理由はないの。ただ、白虎とレオをこうして間近で見る機会はそうないし」

ちょっとした興味かしらね、と楯無は軽くウィンクする。

「やっぱ珍しいのか?」

「確かに他の機体とはだいぶ違って見えるけどな」

と、鈴音やセシリア、ラウラやシャルロットの機体を思いだす二人。

「鎧みたいなフルスキンの機体は確かに珍しいわね。ただ、昔はそうでもなかったみたいよ。何より最初のISと呼ばれる白騎士がほぼフルスキンだったし」

楯無のいうとおり、ISが世に出ることになった白騎士事件でのIS『白騎士』はほぼフルスキンだった。

しかもフルフェイスであったため、操縦者が誰だったのかはいまだに判明していない。

「白虎とレオは先祖返りしたのかもね」

「それじゃ、今のデザインは?」と一夏が尋ねる。

はっきりいって、今のISはかなり露出している部分が多い。

目のやり場に困るようなデザインをしていると思えるのだ。

「IS操縦者、それもモンド・グロッソに出られるレベルになると一種のアイドルなのよ。当然、ファンサービスも必要になってくるの」

実際、イギリスの代表候補生であるセシリアはグラビアモデルをしていたという。

つまり、多少なりと見た目も気にされるということだ。

「強いだけじゃもの足りねえってか」

「そういうことね」と、見た目も十分アイドルレベルであるロシアの国家代表の楯無はクスッと笑った。

そして。

「それじゃ質問。諒兵くんや織斑くんは強いだけの人ってどう思うの?」

「強い、だけ?」と、そう問われて、二人とも悩んでしまう。

もっとも、返ってきた答えは楯無が思っていたようなことではなかったらしく、彼女は少なからず目を見張った。

「漠然としすぎてねえか?」

「力だけっていうなら否定するけど、強さってそういうものじゃないと思う」

「あら。それじゃあ『強さ』ってなあに?」

 

「自分の心に、揺るがねえ支えがあるってことだな」

「自分を支えてくれる、確かなものがあるかどうか」

 

二人はほぼ同時にそう答えた。

楯無はかつてそう答えた人物を知っているだけに、思わず優しく微笑んでしまう。

「かたちは様々だろうけどよ」

「友だちでも、好きな人や家族でも、大事な物でもいいと思う。ただ……」

「ただ?」

 

「「それを思い浮かべたときは、絶対に負けない」」

 

そう答える一夏と諒兵は、間違いなく強いと楯無は思う。

だからこそ、二人はライバルで親友なのだろう。

そう思うと、本当に素敵な関係だと楯無には思えた。

「そういうのを思う強さで負けちまったら、立ち上がれなくなっちまうからな」

「そういうものに縋るんじゃなくて、倒れても背負って立ち上がれるんなら、きっと強い人だと思う」

「そして、そういう人は決して力だけが強い人ではないわね」

楯無がそういうと二人は驚いたように目を見張る。

でも、それは間違いなく望んでいた答えで、ゆえにそういわないでいることはできなかった。

 

それじゃあ、と、そういってもう一つ楯無は尋ねてくる。

「強い人?」と、一夏と諒兵は再び首を傾げた。

「あなたたちが強いと思う人を一人だけいってみて」

そういわれて悩んだ二人は、「やっぱりあいつかな」と一人の名前を出す。

強いというならいくらでも思いつく。

千冬は筆頭に来るし、一夏と諒兵の兄貴分は間違いなくそのカテゴリに入る。

今、一緒にIS学園で学ぶ仲間たちもそうだろう。

ただ、自分たちが思いつく中で確かに強いと思う、いや思ったのは一人だった。

「弾?」

「五反田弾、俺らのダチだ」

「諒兵と同じで中学のときに知り合ったんだけどさ」

正直にいえば、楯無にとっては想定外の名前だった。

まさか中学時代の友人をだしてくるとは思わなかったのだ。

それなりに一夏と諒兵とつながりのある人間を知っている身としては。

「二人が強いっていうと、ケンカなんかも強そうに感じるけど」

「弾は本当にケンカ強いぞ」

「暴力的だと女にモテねえからって、女の前じゃ滅多にケンカしねえけどな」

はっきりいえば自分たちと同レベルでケンカできると一夏と諒兵は告げる。

一夏と諒兵の二人と親しい友人というなら御手洗数馬もそうなのだが、彼は基本的にインテリだった。

ケンカはできないが優秀な軍師タイプで、一度だけケンカで四人で組んだときは圧勝してしまったという。

だからといって数馬が弱いと思っているわけではなく、一夏や諒兵にとっては別方向で強いということなので、この場では弾の名前を出したのだという。

「それなら相当ね」

「数馬も不良扱いされるの嫌って、ケンカには顔ださねえけどな」

「問題児扱いされてたのは、俺と諒兵と弾の三人だったかな」と、一夏が苦笑いを見せる。

ただ、強いという理由は別にケンカが強いからではなく、一夏と諒兵が始めて大ゲンカしたとき、つまり友人になるきっかけとなった事件で、二人を止めたのが他ならぬ弾だった。

「あの野郎、人の顔に蹴りくれやがったし」

「俺はうしろ頭蹴られたんだぞ。馬鹿になったらどうするんだって文句いったっけ」

諒兵が笑ってそういうと、一夏も笑いながら後に続ける。

ただ、そのとき自分たちに向かって弾はこういったのだ。

 

「馬鹿同士気が合いすぎだッ、こっちの迷惑も考えろッ!」

 

これ以上やるならまとめて蹴り飛ばすとまでいったのだ。

弾は蹴り技に関しては一夏と諒兵も認めるほどの実力があった。実は南米ブラジルで有名なカポエイラをベースにした蹴り技を覚えているのだ。

なんでもダンスする姿が女にモテると誤解しているらしい。

また、定食屋の息子なので「手をケンカには使わないためだ」と、有名海賊マンガのコックのようなことをいうのが弾である。

「ホント、男の子が弱くなったなんてウソね」

と、楯無は一夏と諒兵の交友関係に、古き良き少年的な強さを感じて、クスクスと笑っていた。

 

 

一夏と諒兵がのんびり機体チェックをしながら、楯無と話をしているころ。

IS学園からモノレールで移動できる場所にあるショッピングモールにて。

「鈴音、こちらの戦力不足はいかんともしがたいな」

「いわないでいいのよ、ラウラ」

鈴音とラウラの視線の先には、見事なパトリオットミサイルを配備しているセシリアやシャルロットがいる。

水着姿だけに、その破壊力はすさまじかった。

こなた、艦載機のない空母のような二人。

「今ものすごくイラッとしたわ」

「奇遇だな。私もだ」

そんなことをいっている二人はある物を見つけてしまう。こういった方面の知識が少ないラウラが鈴音に問いかけた。

「鈴音、あれはなんだ?」

「……ラウラ、あれを手にしたら負けよ」

「何?」

「あれを手にしてしまったら、私たちは一敗地に塗れるかのごとく惨敗するわ」

そして二度と立ち上がれない。

一夏の前にも、諒兵の前にも立つことができなくなると鈴音は真剣な眼差しで告げる。

「それほど恐ろしいものなのか……」

「そうよ。決して手にしてはダメ。私たちはありのままで勝負するのよ」

そんな二人の視線の先には『入れるだけで胸ふっくら。天使のパッド』と書かれた宣伝文。

要するに胸パッドがあったのだった。

 

 

ふと視界の端に、楯無と似た髪の色を見た諒兵は、逆に尋ねかける。

「そういや、生徒会長のISってどんなんなんだ?」

「あら、知らないの?」

「名前くらいかなあ、山田先生が教えてくれて、確か『ミステリアス・レイディ』だったっけ」

正確にいえば、以前ティナを含めた昼食で話したとき、ロシアの機体のフルスクラッチとは聞いている。

それらのことを打ち明けると、楯無は答えてきた。

「さすがに機密というか、そう簡単にはいえないこともあるわ」

「てか、第3世代機なんだろ、作ったってマジか?」

「あっ、そうか。生徒会長が作ったってことになるのか。ロシアの国家代表なんだし」

ふふっと笑うと、楯無は否定してきた。

「ベースもあるし、何より第3世代兵器に関しては、設計図をもらえたのよ」

「もらえた?」と二人して首を傾げると、さらにクスッと微笑む楯無。

「知り合いというか、知り合った人がIS関係者の中でもけっこう有名な科学者でね。変わり者らしくて、欲しいならくれてやるっていわれてもらったの」

そんなこともあるのかと思った二人だが、話をじっくり考え直してみると、おかしいと気づく。

太っ腹どころの話ではないからだ。

「……変じゃねえか?」

「第3世代機って今は試験段階が多いっていわれてるような……」

「もしその人が普通に売ったとしたら、設計図でも数百億の価値はあるでしょうね。だからいったでしょ、変わり者だって」

さすがに一夏と諒兵でもポカンと口を開け、唖然としてしまう。

数百億で売れるものを、欲しいといった女の子にあげるのだから桁違いの太っ腹ぶりだ。

「世の中にはマジで変わったやつがいるんだな」

「会ってみたいなあ。なんか面白そうな人だ」

「そうね、面白い人よ。あなたたちとは気が合うんじゃないかしら」

「「どういう意味だよ」」

と、思わず突っ込む二人を見て、楯無はクスクスと笑う。

失礼な意味ではないといってはいるが、やはり彼女は人をからかうのが趣味らしいと二人は感じた。

 

 

一方。

ショッピングモールにいる鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四人は。

「先生がたも水着をお買いに?」と、セシリアが尋ねかけたのは、千冬と真耶だった。

「私は着る気などなかったのだが」

「自由行動もありますし、少しくらい遊んでもいいと思いますよ」

仕方なさそうに試着する千冬と、どこかうきうきとした様子で試着している真耶。

さすがIS学園の教師である二人は見事なICBMを配備していた。

「すごいなあ、可愛い水着にして正解だったよ」と、シャルロットは苦笑いしている。

実のところ、まったく関係ない話をしているわけではない。例え話ということである。

「鈴音、私は教官を尊敬している、尊敬しているのだが……」

「諒兵オンリーのあんたはまだいいわよ……」

一夏なんかあの人と暮らしてきたんだから、と、呟く鈴音、そしてラウラは膝を抱えていた。

千冬を神聖視していたころに比べ、対抗心が芽生えたのはラウラにとっていいことではあった。

 

 

さらに、今度は一夏が楯無に質問する。

「どうして、か?」

「いや、機体を作るくらいだから、開発者でも目指してるのかなって思って」

「う~ん、なんていうか……」と、いくらか逡巡した楯無だが、意を決したように答える。

「自慢のお姉ちゃんでいたいから、かな」

思わぬ答えに二人は驚く。

ただ、そう答えた楯無は、少し寂しそうな表情を見せた。

「やっぱりね、お姉ちゃんがダメな人だと、妹や弟は恥ずかしいでしょ?」

「まあ、そうかもしれないけど」と、千冬の弟である一夏は答える。

「だから、どんなことでもできなきゃって思うの」

それは違うのではないか、と一夏と諒兵は思う。

楯無は『自慢のお姉ちゃん』というものを誤解しているのではないかと感じたのだ。

「自慢の姉ちゃんは、完璧な姉ちゃんじゃねえだろ?」

「えっ?」

「どんなことでもできるんじゃなくて、好きだから自慢したくなるんだと思う」

一夏は弟という立場だけになおさらそう思う。

千冬は世界最強の称号を持つが、決して完璧ではない。

弟という立場で見ると、けっこうダメな部分もある。

それでも一夏にとって千冬は『自慢のお姉ちゃん』だ。

「ダメな部分もひっくるめて、好きだから自慢したくなるんだよ。少なくとも俺はそうだしさ」

「そう、なの?」

「嫌いだったら、完璧だろうが自慢しねえと思うぜ」

それは楯無にとって、ある意味では救いとなる言葉だった。

本当はどうすればいいのかわからないまま、妹の簪との間にできた溝に悩みつつ、より完璧になろうと努力してきた。

でも、それよりも大事なことがあるのだとしたら。

「ダメな部分あってもいいからよ、弟や妹が好きなこと、しっかり伝えりゃいいんじゃねえか?」

「そうすればきっと弟や妹はお姉ちゃんを自慢したくなるよ」

「ありがとう。本当にあなたたち、素敵ね」

それじゃね、といって楯無は立ち去った。

心なしか、彼女の足取りは軽くなったように一夏と諒兵には見えていた。

 

 

休日はだいたい整備課で機体制作に勤しんでいる簪だが、今日は珍しい客がいた。

一夏と諒兵のISは装着したままチェックを行うので、作業しようかどうか悩んだ簪だが、そこに楯無がきたので思わず隠れてしまう。

どうやら二人と話をしにきたらしく、他愛ない話をしているなと思ったが、最後に聞いてしまったことは、簪にとって衝撃だった。

専用機に関してはトーナメントのときに諒兵がいったことことそのままだった。

正確には一から作ったわけではなく、設計図など人を頼って作られたものだった。

つまり、何でもできるわけではなく、何でもできるように頑張っているだけだ。

しかも、その理由は……。

(お姉ちゃんは、私のために……)

自慢のお姉ちゃんでいたいからといった楯無の顔は少し寂しそうだった。

それが少し悲しいと簪は思う。

何でもできる姉にコンプレックスを抱いていたが、楯無がそうしていたのはある意味では自分のためだ。

そんな姉に何をいえばいいのだろうと簪は悩む。

無理に何でもできる人にならなくてもいいというのはどこか違うように思える。

その言葉を簪は理解していて、それでも見つけることができずにいた。

 

 

 

 




閑話「会長と(苦労人の)メイド様」

生徒会室にて。
楯無はキリリとした表情で布仏虚にこれからの活動方針について話していた。
「というわけで、これからは私のダメな部分をアピールしていこうと思うのっ!」
主に、簪とどう仲直りするかという活動である。
この時点で既にダメ人間だろうと思うのは別に間違いではないはずだと虚は思う。
「そうですか。それではそのようにいたします」
「わかってくれるのっ?」
「はい」と、そういった直後、虚は楯無を見事な手際で椅子に縛り付けた。
「虚、これはいったい何かしら?」
「サボるから後をよろしく頼むという意味と捉えましたが、生徒会長」
そんなつもりでいったのではない。
決してそんなつもりでいったのではないと楯無は訴える。
ただ。
「仕事をサボりがちな自分を見せてっ、簪ちゃんに親近感を持ってもらうのよっ?」
「サボる気満々ですね」
「それはあくまで方法であってっ、決してサボりたいわけじゃないのっ!」
どう違うのだといいたい虚である。
聞く限り、織斑一夏と日野諒兵は実にいい話をしてくれたと思う。
しかし、その話を聞いたのが楯無なのが問題だ。
「自分に都合よく解釈しないでください」
「そんなつもりじゃないのにぃーっ!」
どれほど必死に訴えたところで、サボろうとしていることとなんら変わりのない楯無と、頭の痛い虚だった。





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第34話「博士」

窓の外に水平線が見えてくると、否応無しに心が浮き立ってくる。

陽光に輝く海原は、さながらダイヤモンドを散りばめているようで、見るものを楽しませてくれる。

IS学園の1年生は今、各クラスごとに臨海学校に向かうバスの中にあった。

「この時期に海じゃ、人でごった返してんじゃねえのか?」

と、諒兵が疑問を述べる。

七月も半ばという時期なので、まさに海水浴シーズン。

人がいないと思うほうがおかしいだろう。

だが、そうではないとセシリアが説明してきた。

「一つの浜を沖合いまで借り切っているそうですわ。国家機密にかかわるものがありますから」

「金があるなあ」と、呆れ顔の一夏。

「IS学園は日本だけじゃなくて、各国から補助金出るからね~」

と、本音が付け加えたように、IS学園は世界各国から補助金が出ている。

あくまでISの開発者である『天災』篠ノ之束が日本人なので日本に置いただけで、日本の学校ではないのだ。

実は教職員もかなり国際色豊かであったりする。

千冬はブリュンヒルデだから当然のことなのだが、真耶がIS学園の教師ができるのは、日本の代表候補生の中でも指折りの実力者だったからである。

「国に帰れば優秀なIS開発者というかたともいると聞きますわ」

「贅沢な環境だぜ……」

エリート校と呼ばれるのは伊達ではないと諒兵も呆れ顔になった。

 

そういえば、とふと思いついた諒兵は、セシリアにあることを尋ねてみる。

「有名なIS開発者?」

「ああ、どんな人がいるのか知りてえんだ」

「あ、俺も知りたい」と、一夏まで乗ってくる。

実のところ、楯無がいった変わり者の科学者について知りたいのだが、名前を知らないので調べようがないのだ。

説明するまでもない『天災』篠ノ之束はともかく、それ以外の開発者というと有名人は意外と少ないらしい。

「どうしても企業が抱えてしまいますから」

「そりゃ、引っ張りだこだろうしなあ」

「雰囲気的にゃ、そんな感じじゃねえらしいんだけどな」

しかし、一つだけ思い当たるものがあるらしく、本音が口を挟んできた。

「どんな人なんだ?」と、一夏。

「名前は知らないけどフリーでやってる人で~、億単位でお金積まれても決して入社しないで企業とは全部短期契約でやってるんだよ~」

そういうとセシリアも思いついたらしい。

名前ではなく、変わり者で有名な科学者として噂の人物だと話してきた。

「私の国や中国の第3世代機にアドバイスしてらっしゃるそうですわ。ドイツも改良でアドバイスしたとか」

「一気に全部載せられないからって~、その国にあった兵器を教えてるみたい~」

それだけのことができるなら、はっきりいって各国が探していてもおかしくないだろう。

そういうとセシリアは肯いた。

「生活費から税金まで全部免除するから、国に永住して欲しいと漏らしていたのを聞いたことがありますわ」

「人気だなあ」と、感心する一夏だが、却って諒兵は疑問に感じた。

「てか、それで名前わかんねえのか?」

「みんなには~、『博士』って呼ばれてるんだよ~」

博士号という意味では何人もの科学者がいるが、IS開発関係で『博士』と呼ばれるのは、その人物だけだという。

『天災』篠ノ之束も博士ではあるのだが、その人物に対しては、ある意味では敬意が込められているのだとセシリアは説明した。

「聞いたことがある」と、そう言いだしたのはラウラである。

「IS開発者の中でただ『博士』と呼ばれるのはその人物だけで、あの『天災』よりも慕われていると聞いた」

「変わりもんっぽいけどよ」

「偏屈なのは確かなんだが、性格は陽気で人懐っこい人だと聞いている。だから人気も高いんだ」

『天災』篠ノ之束はまともに人と付き合おうとしない。

話ができる相手すら限られてくるだろう。

しかし、セシリアや本音、ラウラがいう『博士』は、人間的には人懐っこいらしく、そういった差別、区別はしないらしい。

そしてラウラは付け加えた。

「今は、確かアメリカの企業と契約しているらしい」

「そういえば、前に2組のティナが第3世代機が組み上げに入ってるとかいってたな」

「思いだしたぜ。しかしマジで変わりもんだな」

「シャルロットなら詳しいかもしれん。デュノア社長が『博士』にコンタクトをとったらしいといっていたことがあった」

なるほど確かに開発企業の社長なら連絡を取れるだろう。

しかもデュノア社はようやく第3世代機の開発をスタートしたばかりだ。

助言者としてきてもらえるだけでも助かると考えても不思議ではないと一夏と諒兵は素直に感心した。

一方。

(そんな人がいるのか……)

姉の尋常ならざる偏屈ぶりを知っているだけに、箒も『博士』には少なからず感心していた。

 

 

そして。

現地に到着した一行は、まず世話になる旅館、花月荘の女将に挨拶した。

さすがに噂の男性IS操縦者には興味があるらしかったが、注目されたくない一夏と諒兵としては、あいまいに返事をする程度にとどめる。

部屋はそれぞれに割り当てられており、一夏と諒兵は教員が泊まる部屋の隣となった。

「課外授業とはいえ、風紀は守らねばならん。夜中に忍び込まれてはたまらんからな。日野、前もって着ているTシャツをボーデヴィッヒに渡しておけ」

「おかしなこといってるって気づいてくれ。ちふ……織斑先生よ」

既に当たり前になっていることにどっと疲れた気分になる諒兵であった。

 

そして参加者全員を旅館内のホールに集めて整列させ、千冬が説明を始める。

真耶、そして何人かの教員が千冬の横に並んでいた。

「本日は自由行動だ。明日から課外授業に入る。今回の臨海学校の目的は、限定空間内以外でのISの運用について学ぶ」

「各クラス1チーム三人で沖合いにある岩礁まで飛行、チェックした後、海岸まで戻ってくるという訓練を行います。三日間の課外授業中、日によって指定ルートは変わりますので注意してくださいね」

「速さと正確さ、両方に気をつけるようにせよということだ。明日また説明するが、今日から念頭に置け」

「なお、専用機持ちは各チームの補佐と飛行ルートのチェックというかたちで一緒に飛んでもらいます。1組はオルコットさん、2組は凰さん、3組はデュノアさんです」

「4組は更識が不参加であるため、ボーデヴィッヒとなる。ラウラ、ちゃんとやれ」

「承知しました、織斑先生」

素直にそう答えたラウラに千冬は満足そうに微笑む。彼女の成長がうれしいらしい。

だが、そこで一夏が手をあげた。

「ち、織斑先生、俺たちは?」

「織斑と日野は海岸で待機。何か事故や問題が起きたときの遊撃部隊として動いてもらう」

「はい」「うす」

素直に返事した一夏と諒兵に対しても、千冬は満足そうに肯いた。

「では、解散。これより夕食まで自由行動だ。夕食は午後六時半からだ。遅れた者は飯抜きになるぞ。時間厳守で行動するように」

「はい」と生徒全員がそう答えるが早いか、一気に着替えて海岸へと向かうのだった。

 

 

たくさんの水着の少女たちが波間で戯れている。

さぞや、世の男性諸氏の目を引くだろう光景が広がっていた。

そんな中、現在のところIS学園における男性の代表である一夏と諒兵は。

「立てるか、一夏……」

「無理だ、もう……」

日差し避けのパラソルの下でそんなことをいっていた。

さながら瀕死の兵士のようである。

「目立たないようにしてきてるが不安だぜ……」

「何とか理由つけて学園に篭ってればよかった……」

この世の終わりのような顔で、ひたすら体育座りをしている男二人。

要するに自分の身体の一部の変化が心配で立てないのだった。

 

「なに暗い顔してんのよ♪」

「せっかくですし、泳いではどうですの?」

「みんなも遊んでるし、楽しもうよ」

「軍隊仕込みだが水泳は得意だ。一緒に泳がないか、だんなさま」

 

と、そこに聞こえてきた声に、男二人はすかさずクラウチングスタートの姿勢をとり、海へと向かって駆けだした。

「逃がすかっ!」

そう叫んだ鈴音はどこからか縄を取りだした。

彼女が放った投げ縄は、一夏と諒兵を一括りにして見事に捕まえる。

「明日の訓練ルートの確認しに行くんだぁーっ!」

「ついでに泳いで鍛えてくるだけだぁーっ!」

必死にじたばたと逃げようとする二人を鈴音とラウラが協力して引っ張る。

そこには可愛らしい水着を着た、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの姿。

世の男性が放っておかないだろう実に魅力的な姿である。

だが。

「あれ、あんま変化してねえ」

「……そうかっ!」

諒兵が首を傾げるのを見て、一夏が気づいた。

「ISスーツはデザインが水着に近い。訓練で俺たちは慣れたんだっ!」

「天は俺らを見放さなかったかっ!」

「やったぞっ!」と、腕を組み、勝利に快哉を叫ぶ二人。

そんな二人を見ながら鈴音が呆れたようにつぶやく。

「あんたら、そんな枯れてていいの?」

「心配になりますわね。子孫繁栄的に……」

 

環境が環境だもん

 

不安になるのは仕方ありませんけど

 

ふと、そんな苦笑いしているような声が聞こえてくる。

とはいえ、こんな中でとても元気な姿を見せるのは男にとっては恥ずかしいことなので仕方がないのである。

 

とりあえず、落ち着いた一夏と諒兵は、先ほどの『博士』の話をシャルロットに聞いてみる。

「うん、知ってるよ。名前は知らないけど、お父さんから聞いてたし」

「やっぱり開発でなのか?」

「そうだね。契約すると絶対にその間は離れないそうだから、次の契約取るのにどの国も必死なんだって」

本来ならば、デュノア社はアメリカより前に契約したいと考えていたのだが、そのとき動いたのがセドリックの正妻の実家で断られたそうなのだ。

「この前ね、お父さんに聞いたら、むしろお母さんのほうが『博士』に新兵器について相談してたみたい」

シャルロットがいうには、『博士』の次の契約はデュノア社となっており、取れたのはセドリックがクリスティーヌの設計図から開発するからとのことだ。

以前から、科学者としてやり取りはしていたらしいという。

「うちの家の事情、お母さんから聞いてたらしくて、実家に力を持たせないために断ってくれたっていうんだ」

シャルロットとしてはそうしてくれたことがうれしく、『博士』と会ったことはないが、とても感謝しているという。

「よかったな、シャル」

「なかなかいいやつじゃねえか」

一夏と諒兵の二人も嬉しそうなシャルロットの笑顔を見て、顔を綻ばせる。

「なら、シャル経由で一度会えないかなあ?」

「会ってみたいの?」

「この間の機体チェックで生徒会長と話す機会があったんだけどよ」

と、そういって二人は会いたいと思う経緯を説明した。

さすがにその場にいた全員が驚く。

企業が引っ張りだこになる人材から、設計図をもらえた人間がいるというのだから。

「面白そうな人だと思ったんだ」

「気が合うかどうかはともかくよ、会って損はねえと思うんだよ」

一夏と諒兵としては、『白虎』と『レオ』を改造してもらいたいとかではなく、人として会ってみたいと思っていた。

「確かにすごいですわね。各国が大金を積むようなものを簡単にプレゼントなさるとは」

「噂以上の変わり者だな」

セシリアとラウラもあまりの行動に驚いている様子だった。

そういえば、と一夏が鈴音に尋ねかける。

「鈴は何か聞いてないのか?」

「そういやそうか。セシリアが知ってんだし代表候補生なら聞く機会もあるんじゃねえのか?」

「いや、私も『博士』の噂は聞いてるんだけど……」と、そういって言葉を濁す鈴音に全員が不思議そうな顔を向ける。

鈴音は悩んだ末に口を開いた。

 

「なんか、噂で特徴とか聞いてると蛮兄っぽいのよ」

 

「「なにいッ?」」

あまりに意外な鈴音の言葉に、一夏と諒兵は揃って驚いてしまう。

逆に『蛮兄』なる人物を知らないセシリア、シャルロット、ラウラが尋ねてくる。

そこで諒兵は自分と同じ孤児院出身で、外国で働いている自分の兄貴分であると話す。

さらに一夏や鈴音も、中学時代にはキャンプや釣りなどいろいろと楽しいことを教えてもらったことで、自分たちにとっても、ここにはいないが友人の弾や数馬にとっても信頼できる兄貴分だと説明した。

「その方が『博士』だと?」

「特徴がよく似てるんだけど……」

「いや、無理があるだろ、鈴」と、一夏が否定してきた。

蛮兄なる人物を知っている者としては、各国から引っ張りだこになるような高名な科学者と同一人物とは思えないのだ。

「どうして?」とシャルロットが尋ねる。

「だって、蛮兄って……」と、鈴音。

「なんていえばいいかなあ……」と、一夏。

「一言でいうとよ……」と、諒兵。

そして揃って。

 

「「「悪ガキがそのまま大きくなったような人」」」

 

と、表現した。

そのために、セシリア、シャルロット、ラウラが呆れたような顔になる。

「科学者なんて、とてもじゃないけど想像できないのよ」

「下町で御輿担いでるほうが似合うよな」

「しかも俺らより、荒っぽいとこあるんだぜ」

そういわれると、確かにセシリア以下三人も納得してしまう。

「科学者の対極にいるような人だね」と、シャルロットに至っては苦笑いしてしまった。

だが、まさにその通りだと一夏、諒兵、鈴音は肯く。

「だから、逆に私も『博士』には会ってみたいのよ。シャル、頼めない?」

「俺からも頼むよ」

「そうだね。フランスに来たときにお父さんに頼んでみるよ」

「それなら私もお会いしたいですわ。どちらにしても尊敬できる方だと思いますし」

「だんなさまの身内ならば挨拶しなければならん。私も頼みたい」

「待てコラ。兄貴だったら煽ってくるからマジでやめろ」

何気に外堀を埋められそうな気がする諒兵は必死に拝み倒すのだった。

 

 

花月荘で一休みしていた千冬の電話が唐突に鳴った。

ディスプレイを見ると幼馴染みの名前が出ている。

千冬は一つため息をつくと、電話に出た。

「はい、おりむ」

「ちーちゃあんっ、明日そっちに行くからねっ♪」

「だから、まず名を名乗れ」

と、相変わらずマイペース過ぎる幼馴染みにこめかみを押さえる。

いきなりこっちに来るといわれても対応できないのだから断ろうと思ったが、追われている身の彼女が何ゆえ人前に出てくるのかと疑問にも感じ、尋ねかけた。

「箒ちゃんにプレゼントっ♪」

「何?」

「ものすっごーいIS作ったから専用機として贈ってあげるのっ♪」

その意味をしばらく理解できなかった。

そして理解したときには、千冬は蒼白となる。

どう考えても幼馴染が物凄いと称するならば、現在の各国のISでは太刀打ちできないレベルだからだ。

「待てッ、篠ノ之に専用機は早過ぎるッ!」

「お姉ちゃんがおねだりしてきた可愛い妹にプレゼントするだけだもーんっ!」

「篠ノ之が代表候補生になるまで待てッ、剣の実力を考えれば不可能な話じゃないッ!」

「なら今プレゼントしても問題ないじゃない。明日行くからって伝えといてねっ♪」

そういって唐突に電話は切れた。

説得しようとしたところで、幼馴染みが話を聞かないことは十分に理解している。

「くっ……」と、苦虫を噛み潰したような顔をした千冬は、別の相手に電話をかけた。

「どした、織斑?」

「博士、実は……」

先ほどの電話の内容について、千冬は博士に説明した。

すると向こうから「マジか」という呟きがため息とともに聞こえてくる。

「未登録のコアがいくつあるか数えてみたが、まだ二桁はいってねぇな」

「どうしましょう?」

「おめぇの幼馴染みは下手に刺激すっと何しでかすかわかりゃしねぇかんなぁ」

それよりも箒を改善していくしかないと博士は告げてくる。

「おねだりってこたぁ、妹のほうが欲しがってんだろ」

「そうですね。専用機に憧れを持つのはわかりますが」

「今は持たせとけ。てめぇから一時預けるって言いだすように教育するしかねぇ」

「仕方ありませんか……」と、千冬は再びため息をつく。

そんな千冬のため息が聞こえたのか、博士は元気を出せといってきた。

「八月の頭にゃぁ一度帰るからよ。飯でも奢らぁ」

「はあ」

「たけぇ店は勘弁してくれ。こちとら定食屋のほうがあってんでな。だから元気出せ」

「はい、わかりました」と、そういって電話が切られて初めて千冬は気づく。

(む、これは……食事に誘われたのか、私は?)

そこに真耶から声がかけられた。

「織斑先生、お電話だったんですか?」

「いや、気にするな♪」

そういって振り向いた千冬の表情を見た真耶はコキンと固まってしまった。

後に彼女はこう語っている。

それはかのブリュンヒルデとは思えないほど、可愛らしく素敵な笑顔だったと。

 

 

 

 




閑話「兎の素敵なディレクション」

電話を終えた一人の女性が、鼻歌を歌いながら、ディスプレイと睨めっこしていた。
「ふ~ん、へー……」
モニターには亡国機業があるISの強奪を考えているらしいという情報が出ている。
「でも、このままだと突破できないのかあ……」
どうやらそのISのコアにはかなり強力な防壁が敷かれているらしく、亡国機業のプログラマーたちは何度も挑戦しては返り討ちにあっているらしい。
とはいえ、女性にとってはその強奪計画の内容はあまり好きなことではない。
「これだと、いったんこの子を暴走させるんだね。あんまりやって欲しくないんだけどなー……」
と、そこまで呟いて、その女性は明るい笑顔になった。
何か思いついたらしい。
「ちょこーっと演出したかったし、手伝っちゃえっ♪」
それになんかすごく固そうだし、と続ける。
演出というよりも、その防壁自体を突破することに興味が湧いたらしく、女性は自分のハックを止めようとするその壁と戦い始める。
その後ろ姿をまるで見つめるように据えられている『紅(あか)』があった。





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第35話「椿の花が咲く」

臨海学校二日目。

一夏と諒兵は千冬たち教員の手伝いということで、海岸で訓練の準備をしていた。

「最初に使う人が装着したまま移動するのか」

「持っていくよりゃマシだしな」

と、そんな感想をいいつつ、マジメに手伝っていた。

すっかり雑用が身についた二人である。

そして準備を終えたころ、千冬は砂浜に生徒全員を整列させた。

「それでは本日から訓練に入る。各自、ルートが書かれた紙に関しては受け取っているな?」

「はい」という答えにうなずくと、さらに続けた。

「昨日もいったように速さと正確さを求められる訓練だ。だからといって決して慌てるな。速くともルートがメチャクチャであれば評価はしない」

「逆に遅くても正確なら評価しますので、まずはISを正確に操縦できる技術を磨くことを心がけてくださいね」

「そして」と、そこで言葉を切った千冬は深いため息をつく。

教員たちはそんな千冬を見て苦笑いしていた。

理由について知っているらしい。

「何があったんだろ、千冬姉?」

「あんまいいことじゃねえみてえだな……」

そんなことをいっていた一夏と諒兵は千冬の次の言葉で少なからず驚いた。

 

「篠ノ之、お前には今日から専用機が与えられる。そろそろ届くはずだ」

 

一夏と諒兵の二人は一瞬何を言っているのか理解できなかった。

それはみなも同じようで、専用機持ちの鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラも驚いた表情をしている。

さらに他の生徒たちもざわつき始めた。

代表候補生でもない一般人に専用機など与えられるはずがないのだから当然の反応である。

だが、ある意味では箒は一般人ではなかった。

その理由を示すものが、空からやってくる。

「うわっ?」と、思わず千冬以外の全員が驚きの声を上げた。

空から巨大なニンジンとしか思えない物体が降ってきたのである。

そこから現れたのは。

「ちーちゃあああああああんっ!」

頭に兎の耳のようなものをつけた、奇天烈な格好をした女性だった。

千冬は一瞬、物凄くイラッとしたような表情になると、思いっきり鉄拳を振り下ろす。

「あがが……」

「とっととフィッテングとパーソナライズをやれ。私は機嫌が悪いんだ」

「は~い……」

「言っておくがかなり手加減したぞ、今のは」

「あれでっ?頭が身体にめり込むかと思ったよっ?」

機嫌が悪いのは確かで、彼女がその理由なのだが、機嫌がよくなる理由もよく考えると彼女なので、実は本当に手加減していたりする。

そのせいか、女性はまったくダメージがないかのように準備を始める。

そこに現れたISは一言でいえば紅(あか)だった。

「これが箒ちゃんの専用機『紅椿』っ、私が作ったものすっごーいISだよっ、今の試験機なんかかるーく飛び越えちゃってるんだからっ!」

と、高らかに叫ぶ女性に疑問を感じたのか、「織斑先生、その人は?」と、生徒の一人が手をあげて質問した。

いくらか逡巡した千冬だが、あえて正直に答える。

「篠ノ之の姉だ」

「姉って……」

その意味をようやく全員が理解したときには大騒ぎとなった。

この女性こそ『天災』篠ノ之束。ISを開発し、世界を変えてしまった人物である。

「一夏」

「うん、束さんだよ。相変わらずだなあ」

と、言葉少なく尋ねてきた諒兵に一夏も苦笑しつつ正直に答える。

自然と二人の周囲に鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラも集まってきた。

「ご挨拶しようと思ったのですけど、やめておきますわ」

「どうしたの、セシリア?」とシャルロットが首を傾げる。

「距離を置いてみるとよくわかりますわ。あの方、周囲に異常なほど強固な壁を作っています。邪険に扱われればいいほうでしょう」

そういったセシリアの評価に一夏も肯いた。

ここにいる中で、束にまともに扱われる人間は一夏と千冬、そして箒くらいだろう。

「確かに極端なほど人を区別するんだ。好きな人とどうでもいい人で」

「面倒そうな人ね」と、鈴音がため息をつく。

「どうでもいい。早く終わらせてくれ」と、諒兵は興味なさそうに呟いた。

意外な反応だと感じたのか、ラウラが問いかけてくる。

「興味ないのか、だんなさま」

「それはやめろって。それより、この広い空を飛べるんだぜ。俺には訓練のほうが大事なんだよ」

「まあ、そうだけど。一応挨拶してくるかな」

と、実のところ諒兵同様に早く広い空を飛びたい一夏だが、まともに付き合える知り合いの数少ない一人であるため、束の様子を監視しているようにも見える千冬のもとへと寄っていく。

そんな中。

 

何、妹ってだけで専用機?

今のを飛び越えてるって、まさか第4世代っ?

妹だからそんなのもらえるのっ?

ずるいっ、私にも作ってよっ!

 

そういった声が周囲から聞こえてくるのを、一夏も、そして諒兵とともに束に近寄るのをやめている一同も黙って聞いていた。

「何言ってんの?」と、反応したのは他ならぬ束だった。

「私と関係ない人間に作ってやるわけないじゃん。世の中、平等だとでも思ってんの?」

つまり、妹である箒は束にとって関係のある人間であって、他はどうでもいい存在、もしくは有象無象ということだ。

予想通りの反応にセシリアはため息をつく。

「あれでは、人とうまくやっていくなどできませんわね」

「なんか怖い人だね」と、シャルロットも同意する。

既に諒兵は完全に興味をなくしたのか、紅椿に背を向け、一人で空を見上げていた。

ラウラが真似するように見上げてくる。

「どうした、ラウラ?」

「いや、だんなさまがやっているからな」

「こういうときはいい癖だなって思うわね」と、鈴音やセシリア、シャルロットも同様に見上げてきた。

「なんとなくだがよ、あのIS、篠ノ之を不幸にする気がするぜ」

「そうなのですか?」と、セシリアが問いかける。

「なんとなくだ。俺にもよくわかんねえんだよ」

 

上手くいけばいいんですけど

 

そう感じていたのは、一夏も同じだった。

紅椿を、そしてフィッティングを行っている箒の姿を見ていると、やけに違和感を持ったのだ。

「どうした、一夏?」と、千冬が尋ねる。

「いや、上手くやれるかなって思ってさ……」

 

どうかなあ……

 

ふと、不安そうな声を感じ、せめて箒が不幸なことにならないようにと一夏は願う。

そんな一夏に束が声をかけてきた。

「そうそういっくんっ、これっ♪」

と、そういっていきなり出してきたのは紅と対になるような白。どうやら二体も運んできていたらしい。

「白式、なんで束さんが?」

「紅椿は白式の対になるように作ったんだよっ!」

どういう意味かと考えて、ある答えに行き着く。

要するに、白式ももともと束が作ったものだということだ。

「くらもち、だっけ?あそこが挑戦して挫折してたんだけど、私が完成させたのっ!」

倉持技研としては欠陥機だったらしい。

だが、それに束が手を加えて、強力なISとして生まれ変わらせた。

すなわち、白式も実際には第4世代機ということができる。

「さっ、受け取って♪」

「いや、束さん。俺には白虎がいるからいらないよ。倉持の人にもそういったんだ」

「えーっ、紅椿と白式が揃えば敵なんかいないよっ、そんなおかしなISよりずっといっくんに相応しいって」

 

むー

 

そんな声を感じた一夏は首を振って拒んでいた。

ただ、話を聞いて誰よりも興奮しているのは、じっとしている箒だった。

(一夏と対になれるISだったのか……)

ならば白虎などより、白式を一夏に装着して欲しいと思うのも当然だが、今のところその気持ちは束が代弁していた。

「白式のほうがずっとカッコいいってばっ!」

「いや、本当に俺は白虎がいいんだ。乗り換える気なんかないよ」

一夏は必死に拒否するのだが束もなかなか退かない。

「やめておけ。そもそも白虎は外れん」という千冬の言葉は却って束に火をつけてしまったらしい。

「なら、私が外してあげるっ、私なら外せるもんっ!」

「誰が挑戦しても無理だったんだぞ」

「そんなどこの馬の骨だかわからない子なんかちょちょいのちょーいで外せるもんねーっ!」

 

きらい

 

「えっ?」と一夏は突然聞こえてきた声に驚いてしまう。

だが。

 

きらいきらいっ、こいつきらぁーいっ!

 

「待ってくれ白虎っ!」

危険だと感じた一夏は思わずそう叫び、飛び退っただけの一瞬で束から五十メートルは距離をとる。

だが、いきなりその身体から電撃が迸った。

「えっ、なにっ?」と、さすがの束も驚いてしまった。

だがすぐにシールドを張る。

束のシールドはISものと同格。軽い電撃など簡単に弾くことができる。

そのくらいの装置は常備してあるのだ。

しかし。

「逃げろ束ッ、そんなものでは防げんッ!」

慌ててそう叫ぶ千冬に驚くが、それ以上にシールドを突き破って襲いかかる電撃になお驚いてしまう。

「チィッ!」

 

まったくッ!

 

千冬の声に気づいた諒兵は、砂浜を飛ぶように走り抜け、束を庇うように立った。

ガガァンッという轟音を立てて、電撃は四散する。

諒兵はその腕に電撃を纏っていたのだが、そのことに気づいたのは千冬だけだった。

(もう、あそこまで進んでいるのか……)

電撃を放出したり、纏いながら一夏と諒兵の身体にはまったく影響が出ていないことに、千冬は焦りにも近い感情を抱いていた。

 

その様子を見ていた鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四人は。

「今のはなんだ?」とラウラが呆然と呟く。

「あんたには教えとく必要があるわね。後で時間作ってくれる?」

「知っているのか、鈴音?」

「詳しくは知りませんが、知っている範囲なら説明できますわ」

「これ、マズいよね……」

千冬から事情を聞いている三人は、疑問符を浮かべるラウラとともに一夏と諒兵の姿を見つめていた。

 

「なっ」と、束が叫ぶよりも速く、千冬が怒鳴る。

一夏は慌てて千冬の元に駆け寄った。

「何をしている、織斑。課外授業でも校則は守れ。勝手な部分展開は禁止だ」

「いや、俺にも何がなんだか」

「日野、束を庇ったことは評価するがお前もだ」

「てか、身体が勝手に動いちまって」

そんな言い訳など聞かないとでもいいたげに、千冬はこんこんっと拳を振り下ろす。

「あれ?」

「痛くねえぞ?」

「なんだ、頭を割られたいか、貴様ら」

「「結構です」」

一夏と諒兵の二人は千冬に追い払われ、すごすごと離れていく。

二人とも自分の身に何が起きたのか理解できていなかった。

 

一悶着あったものの、箒はフィッテングとパーソナライズを終える。

束もとりあえずはこっちを終わらせることにしたらしく、一夏の異変について言及してはこなかった。

正確にいえば、千冬がそういわせない雰囲気を発散していたのだが。

そして、箒は紅椿を纏い空へと舞い上がる。

その性能はさすが束謹製とでもいうべき、見事なものだった。

何もかもが現行の第3世代機とすら、一線を画している。

紛れもなく、第4世代機だったのだ。

千冬としては頭の痛いところだが。

(これさえあれば私も一夏と一緒にいられる。いや、私が一番近くにいられるっ!)

もう鈴音には負けない。

今度はこちらが叩き落す番だ、と、箒は高揚していた。

そんな箒をじっと見つめる者がいることに彼女は気づいていなかった。

 

箒のフィッティングとパーソナライズが終わったことで、千冬は再び生徒たちを整列させた。

「というか、とっとと帰れ、束」

「えー、いーじゃぁーんっ、もうちょっとだけいさせて♪」

「まだ白式を諦めてないのか?」

「とりあえずは待つけどねーっ♪」

そんなやり取りを聞いた真耶は、仕方なく女将に宿泊客が増えることを伝えに行く。

そんな姿に申し訳ないと思いつつ、改めて訓練について説明を開始した。

特に箒の扱いについてである。

「まだ装着して一時間と経っていないのだから、一般生徒と同じ扱いだ」

「えっ、そうなんですか?」

「当然だろう。少なくとも五十時間は操縦しない限り、専用機持ちとしては扱えん」

専用機持ちの鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは既に専用機を百時間は操縦している。その差は決して小さくない。

一夏と諒兵の場合、専用機持ちではなく男性IS操縦者として特別扱いしてきただけで、今回も一般生徒の補佐ではなく遊撃部隊なのは専用機持ちとして扱っていないためでもあると千冬は説明する。

ただ、自分の言葉を聞いていた束から何かいってくるかと構えていた千冬だが、楽しそうにしているだけで何もいってこない。

それならそれで助かると息をつき、生徒全員に訓練の開始を命じようとして。

「織斑先生ッ!」と、必死に走ってくる真耶の姿に千冬は異変を感じ取った。

 

 

すべての一般生徒に旅館内で待機を命じ、すべての専用機持ちの生徒を集めた千冬はブリーフィングを始めた。

ただし、箒だけは省かれている。対象が対象だけに、箒では確実に落とされると判断したただ。

その脳裏には先ほどの電話の内容が浮かぶ。

 

千冬は博士の言葉に思わず声を荒げてしまった。

「本当ですかッ?」

「あぁ。ゴスペルにゃぁ進化の兆候があった」

異変とは、ハワイ沖で試験運転をしていたアメリカの軍用の第3世代機、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が突如暴走し、操縦者ごとIS学園の臨海学校の海岸付近まで飛行を続けているというものだった。

最初の連絡はアメリカ軍から来た。

現在、専用機を多数抱えているIS学園の1年生に軍が行くまで足止めして欲しいというものであったのだ。

しかし、その後、博士から千冬に直接連絡が来たのである。

シルバリオ・ゴスペルは操縦者のナターシャ・ファイルスと非常に良好な関係を築いており、このまま行けばASに進化する可能性があったという。

博士はそれを止めるため、シルバリオ・ゴスペルのコアに防壁を敷き、開発に助力していたのだが……。

「誰かが俺の防壁に穴ぁ開けやがった。そこを亡国の連中につけいれられちまった。以前から強奪計画ぁ察知してたんだがな」

「すまねぇ織斑」と博士は電話の向こうで頭を下げる。

「まさか……」

「……兎がそこにいるんだな?」

「はい……」

だが、今、文句をいっても仕方がないと博士は対策について助言してくる。

「一夏か諒兵じゃねぇと、今のゴスペルにゃぁでけぇダメージは与えられねぇ。だが、今ならISとして落とせる」

「つまり、シールドエネルギーをゼロにすればいいんですね?」

「そういうこった。このまま進化されっちまうと操縦者ごと『使徒』型になる可能性がたけぇ。人命がかかってる」

リミットは明日の朝午前七時四十七分三十八秒。その時間を越えると完全に進化してしまうという。

その前に停止させる必要があるというのだ。

「わかりました。最低でも何とか食い止めます」

「俺もこれからすぐにそっちに向かう。最悪なら『天狼』の力を借りてでも止める。だから無理ぁすんな」

「はい、お待ちしてます」

「それと兎がなんかいってきたら、邪魔にならねぇ範囲で協力させとけ。それ以外に今ぁ兎を抑える手がねぇ」

「はい」

「じゃぁ、またな」といって博士は通信を切ったのだった。

 

そんなことを思い出しながら、千冬は作戦について説明する。

「つまり、シルバリオ・ゴスペルを足止めすることが目的なのですね?」と、セシリアが確認してくる。

「そうだ。ただ、その過程でダメージを与えられるなら、シールドエネルギーをゼロにしてもかまわん」

ただし、操縦者を乗せたまま暴走しているので、大ダメージを与えにくいと説明する千冬。

タイムリミットは確かにあるし、早く止めるほうがいいのだが、まだ時間はあるため、予想される飛行経路上に防衛線を敷くことにしたのだった。

「そのため、前衛は織斑と日野、後衛として凰、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒによる連携を行え」

「はい」と、全員が肯くと同時に。

 

「待った待ったっ、ちょおーっと待ったなんだよっ!」

 

と、場違いな声が聞こえてきて、千冬は頭を抱えたのだった。

 

 

 

 



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第36話「椿の花が飛ぶ」

考えなくてもわかると、いきなり待ったをかけてきた幼馴染みを見て、千冬は思った。

おそらく亡国機業のIS強奪計画を利用して、紅椿のデビュー戦を演出しようとでもいうのだろう。

さすがに計画を察知しなければこんな真似はしなかっただろうが、それでも相手が悪すぎる。

第4世代機だろうが、根本的な部分でまったく違うものになりつつあるシルバリオ・ゴスペルの相手にはなりはしないのだ。

だが、止めようとすればゴリ押ししてくるだろうと千冬はため息をついた。

「聞くだけは聞いてやろう」

「これだと時間かかんない?」

「現状で最も早く実行可能な作戦だ。そもそも相手は最新鋭の軍用機だ。追うことができん」

パッケージは学園に置いてきてしまっているからなと千冬は続ける。

第3世代ISまではパッケージと呼ばれる換装を行うことで、高速機動、砲撃戦などの状況に対応できるように設計されている。

しかし、そのパッケージがないので、待ち伏せを行うしか方法がないのだ。

「紅椿なら、パッケージの換装無しで高速機動に展開することができるよっ!」

「何?」と千冬は問い返した。

「展開装甲か。本当に天才だ」とシャルロットが呟いた。

すなわち状況に応じて、装甲を変化させることが可能ということだ。

現状、理論化にようやく着手した段階であり、実現するのは何年も先の話だといわれているものなのである。

だが、意外と千冬は冷静だった。

「それで?」

「えっ?」

「それでどうする?」

まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかったのか、束は「え~っと、え~っと」と頭を捻っている。

「追えるだけでは話にならん。まさか一機で落とす気か?」

「紅椿の攻撃力なら可能だよっ!」

「篠ノ之の経験値が絶対的に足らん。お前は軍用機の前に妹を的として立たせる気か?」

あくまで冷静に矛盾点を指摘すると、さすがに束も気圧されたらしく、ちょっぴり涙目になる。

「ち、ちーちゃん、なんかずいぶん冷たくない?」

「本来なら生徒を危険に晒したくないんだ。相手がゴスペルでなければ私が打鉄で飛んでいた」

「何それ?」

しまったと千冬は舌打ちする。

今の言い方ではシルバリオ・ゴスペルが特別な機体といっているようなものだからだ。

逆に鈴音、セシリア、シャルロットはそれで気づいたらしい。

「それだと一夏と諒兵は絶対に行かないと」と、鈴音が呟いてしまう。

「凰ッ!」

「あっ、すみませんッ!」

さすがに束も千冬が何か隠しごとをしていることに気づく。

それも自分が理解できないと確信しているように彼女は感じた。

だが、それ以上に何故どうでもいい人間が参加する必要があるのかと疑問に思う。

「いっくんは白式に乗って一緒にいって欲しかったんだけど、そいつ何?」

「そういう考えだったのか」

だが、白式では今のシルバリオ・ゴスペルにはダメージを与えられない。

「なぜ白式に拘る?」

「白式は雪片弐型が載ってるから、零落白夜が使えるはずだもん」

「何?」

かつて千冬が暮桜を纏って戦っていたとき、唯一の武装であった雪片を使うことで発現できる単一仕様能力。

一撃でシールドエネルギーをゼロにできる文字通りの一撃必殺の剣だが、反面、自分のエネルギーも過剰に消費する諸刃の剣であった。

どうやら、束は単一仕様能力をあらかじめ機能として搭載した機体を制作していたらしい。

一次移行が終われば、使えるようになるはずだという。

「つまり一撃で終わらせようという作戦か」

「う、うん、そうなんだけど」

もっとも一撃必殺ならば白虎でも同じことは可能だろう。一撃の攻撃力は白虎徹のほうが高いのだ。

そこに諒兵が手をあげた。どうやら同じことを考えたらしい。

「白虎徹なら同じことできんじゃねえか?」

「できるだろう。あれの攻撃力は異常の域だ」

もっとも諒兵の場合、すべての獅子吼で四連螺旋攻撃を行えば倒しきれるだろう。

しかし、一振りと四連撃ではわずかでも差が生まれる。

そういう意味では一撃で終わらせられる一夏のほうが適任である。

しかし、束としては白式を使わないことが不満らしい。

「なんで白式じゃダメなの?」

「外れんといっただろう。今度こそ黒焦げになりかねんぞ」

そう千冬がいうと束も渋々ではあるが納得したらい。

「どうするのですか、教官?」とラウラが手をあげる。

「二段構えで行く。束、あとで篠ノ之を連れてこい。参加させたいんだろう?」

「うんっ♪」

「織斑と篠ノ之で直接ゴスペルに向かう。成功すれば作戦終了。ただし避けられたときのために防衛線を張っておく。日野、お前が前衛だ。凰、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒで後衛。予想される飛行経路上で織斑と篠ノ之の接触ポイントから十分後のポイントで待機」

無理に倒そうとせず、追いかけてきた一夏と箒と合流。

総力戦を仕掛け足止めするということで作戦は決まった。

(何とか話を逸らすことができたな)

とりあえず、諒兵についてごまかすことができたと千冬は安堵した。

一夏の白虎についても説明しなければならなくなるので、追究されたくなかったのだ。

 

 

そして砂浜に。

白虎、

レオ、

甲龍、

ブルー・ティアーズ、

ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ、

シュヴァルツェア・レーゲン、

そして……。

「いける。今なら何でもできる」

そう呟く箒に装着された紅椿の姿があった。

 

千冬は全員にもう一度確認する意味で作戦の説明をした。

「作戦が完全に終了するまで決して油断するな」

何が起こるかわからない相手であることを知っている千冬と、理解している鈴音、セシリア、シャルロットは緊張した面持ちをしている。

「少しリラックスしろ。緊張しすぎは失敗の原因になる」

さすがにラウラは作戦前という状況は慣れており、一番冷静だった。

それどころか鈴音たち三人にアドバイスまでしている。

「まー、出番はないと思うけどっ♪」

束としては一夏と箒ですべて終わると思っているらしい。

「私たちで終わらせる。問題ない」

箒は緊張以上に高揚している様子だ。

そして、一夏と諒兵は一度深呼吸すると笑みを交わす。

「出番残してもいいんだぜ」

「バカいえ。一撃で終わらせる」

そんなまるで獣のような二人の顔を見た束が不安そうに千冬に尋ねかけた。

「あれ、ホントにいっくん?」

「戦闘前はいつもあんな感じだぞ。私はむしろ安心できるがな」

ただ、別の意味で不安がある千冬は一夏に耳打ちした。

「篠ノ之が高揚しすぎている。フォローしてやれ」

「わかった」

離れた千冬はすぐに厳しい顔をして命令を出してくる。

「作戦開始はヒトヒトマルマル。各自機体のチェックを行え」

そういわれた面々はそれぞれ自分の機体をチェックし直す。

そして。

「五、四、三、二、……ミッション・スタートッ!」

千冬の叫びとともに、七機のISは弾かれたように飛び立った。

 

 

諒兵は、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラとともに待機ポイントに向かう。

「急ぐぜ。落ち着いた状態で相手を待っていてえしな」

「了解」と、そう答えた四人とともに青い空を飛んでいった。

 

 

対して一夏は高速機動形態の紅椿の背に乗り、箒とともに一直線にシルバリオ・ゴスペルを目指す。

その途上、箒が話しかけてきた。

「一夏、どうしてそのISに拘るんだ?」

「箒?」

「姉さんの機体より高性能なISなんてないぞ」

実際、白虎は本来は打鉄だ。

箒の紅椿、そして白式よりも2世代も下になる。

世代が高いほど、能力は高い。それは当然の理屈だ。

誰だって最新鋭の機体を欲しがる。

しかし一夏は白虎に拘っている。実のところ諒兵もレオに拘っており白式は断ったのだ。

「そうだったのか」と、箒は少なからず安堵する。

もし諒兵が白式を受け取っていたら、一夏と逆に距離が開いてしまうと感じたからだ。

「白虎は俺のパートナーだ。乗り換える気はない」

話し方に違和感、正確には戦闘前の集中を感じる箒は正直あまりいい気はしなかった。

自分の知らない一夏。

それがもっとも現れているのが、戦闘前と、戦闘中の一夏だ。

それだけに声に険が現れてしまう。

「弘法筆を選ばずなんてことわざはウソだ。誰だっていい道具を持つものだぞ。武器や防具なら当然だ」

「俺は白虎を道具だと思ってない」

「ISは兵器だろう」

「箒」

いきなり、研ぎ澄まされた刃を感じさせるような声が聞こえてきて、箒は思わず身を強張らせる。

「見えてきた」

視線の先に、高速飛行を続けるシルバリオ・ゴスペルの姿があった。

 

 

その少し前、待機ポイントに到着した諒兵以下、五人。

前衛の位置に諒兵が待機し、後衛の位置、諒兵の背後に右から、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラが並ぶ。

鈴音は龍砲を起動できるように準備。

セシリアはスターライトmk2を構え、ブルー・ティアーズも既に起動した上で待機させている。

シャルロットはアサルトカノンを構えた状態だ。

ラウラはレールカノンを起動状態にしていた。

そして前衛の諒兵は既に獅子吼を出し、さらに両足の獅子吼はビットとして待機させていた。

緊張はしているが、それは一夏が失敗するだけではなく、負傷する事態を想定してしまうからだ。

内心では上手くいってほしいと全員が思っていた。

ただ、諒兵としては鈴音にどうしても聞きたいことがあった。

「何よ?」

「ゴスペル相手じゃ俺と一夏を絶対に行かせないとっていってただろ。なんでだよ?」

「あ、えっと……」と、鈴音は言葉を濁す。

実のところ、『白虎』と『レオ』について一番知らないのが、一夏と諒兵だ。

正直にいって、一番説明しにくい相手に問い詰められ、鈴音は言葉を見つけられない。

そこを助けたのはシャルロットだった。

「諒兵、以前、レオで飛んでるとき誰かが手を引いてくれてるっていったじゃない」

「ああ。マジメそうな、おとなしそうな、それでいて怒るとちっと怖い優等生って感じだぜ」

「一夏は、無邪気で、元気で、自分の気持ちに素直な頑張り屋っていってたね」

「だな。覚えてるぜ」

鈴音とセシリアもその話は聞いているが、ラウラは聞いていなかったので驚く。

「どうしてそう思ったの?」

「どうしてって……、たまに聞こえるっていうか、感じるんだよ『声』を。一夏もそうみたいだぜ」

その言葉に、全員が目を見張る。

(一夏も諒兵もコアと対話できてるっての?)

(呼びかけるどころか、呼びかけられているんですの?)

(かなりはっきり声が聞こえてるのかな)

(コアの意識を感じ取れるとしたら。IS操縦者としての才能は図抜けていることになるぞ。すごいぞ、だんなさま)

それぞれにそんなことを考えるが、シャルロットはさらに続けた。

「でも、諒兵は白虎も自分と同じって思ってたんだっけ」

「ああ。てっきり同じもんだと思ってた。一夏の言い方じゃ違うみてえだけどよ」

「ま、コアにもいろいろいるんだろ」と、諒兵はさも当たり前のように続けるが、ISの常識から考えると異常なのだ。

(つまり他のコアの声は聞こえないのね)

(あくまで自分のIS、いえASのコアのみなのですわね)

(コア・ネットワークのことを考えるとコア同士は会話してると思うんだけど)

(他人のコアとまで対話できるならもはや次元の違う話になるな)

再びいろいろと考える四人に、諒兵が声をかける。

さっきの話が逸らされていることに気づいたからだ。

「あ、あのね、ゴスペルの操縦者も声を感じてたらしいのよ」

「マジかよ。なんで暴走したんだ?」

「それはわかりませんわ。ただ、それなら声が聞こえる一夏さんや諒兵さんが対応したほうがいいと織斑先生も考えたのでしょう」

「なんか、やりにくいな」

 

ビャッコに嫌な役を押し付けちゃいましたね……

 

そんな声を感じた諒兵だが、やるべきことはやろうと再び前方に集中する。

その視線の先で、そろそろ一夏と箒がシルバリオ・ゴスペルと交戦状態になるはずだった。

 

 

シルバリオ・ゴスペルまで距離五十メートル。

目測で届くと確信した一夏は呟いた。

「一振りで終わらせる」

 

うん、そうしよ。ごめんねゴスペル

 

そんな声を感じた一夏は少し悲しそうな顔になるが、すぐに大きく翼を広げ、瞬時加速を使った。

(くッ、まるで別の誰かが一緒にいるみたいにッ!)

一夏と共にいるのは自分であるはずなのに、一夏の心と共にいるのは自分ではないような気がして、箒は苛立つ。

しかし、文句をいっても仕方がないと、箒は自らも雨月、空裂なる武装を展開する。

レーザーを放つことができる二振りの刀。それが現時点での紅椿の武装だ。

一撃で倒せる一夏の白虎徹ほどではないが、強力な武装である。

羽ばたくように加速した一夏の後を追い、自らもシルバリオ・ゴスペルに向かった。

そして。

「くッ!」

シルバリオ・ゴスペルは敵の存在を認識したのか、その翼から無数の砲弾を放ってくる。

一夏は最小限の動きと剣による防御で防ぎ、さらに接近。

操縦者の存在を確認すると、下段に回って一閃した。

しかし、集中的に向かってきた砲弾により、白虎徹はわずかに掠っただけだった。

「押し切られたか」

 

なんだろ、守ってるみたい?

 

そんな疑問を感じさせる声に、シルバリオ・ゴスペルは操縦者の危険を察知して動いていると一夏は考える。

どう見ても操縦者は気を失っているからだ。

なんとなくどころではなく、シルバリオ・ゴスペルは自分の『白虎』や諒兵の『レオ』と同類だと一夏は感じていた。

だが逃がすわけにはいかない。

「許してくれ」

 

あなたの悲しみは私たちが背負うから

 

それは決意だと一夏は感じ取る。

そう思えるなら、この戦いは決して間違いではない、と。

だが、そんな一夏を見ていた箒は苛立ちを押さえ切れなかった。

(さっきから誰に話しかけているんだッ?)

この場にいて、一夏はただ一人としか思えない。

自分の存在すら無視している。

見えているのは敵であるシルバリオ・ゴスペルのみ。

それなのに、その背に誰かが張り付いているように感じてならない。

一夏はその誰かを、この世の誰よりも信頼しているように見えて仕方ない。

(一緒にいるのは私だけなのにッ!)

そんな箒の苛立ちを、理解できない者がいた。

 

 

旅館に戻ってモニターを見ている千冬はとりあえず息をついた。

「交戦状態に入ったか」

「う~ん、箒ちゃん、もうちょっと動けるはずなんだけどなー」

「初陣で無茶をいうな。私にいわせれば十分働けている」

邪魔をしていないという意味だがな、という言葉を千冬は飲み込んだ。

一番問題視していたのは、浮かれた箒が一夏の戦闘の邪魔をすることだった。

戦闘中の一夏と一緒に戦えるのは実のところ諒兵か、友人の弾くらいだ。

シャルロットはトーナメントで上手く動いていたので、加えてもいいだろうが。

それでも、一夏は箒の攻撃の邪魔をしないよう、決して射線上は横切らない。

単にISでの実戦経験が不足している箒が動けていないだけなのだ。

(動けないならそれでいい。とりあえず問題なく……)

そう安心した千冬だが、モニター内で起きた異変にすぐに慌てることになる。

 

 

一夏はシルバリオ・ゴスペルの自分への攻撃を防ぎつつ、再び剣を一閃しようとして、視界の端にあってはならないものを見つけてしまった。

 

なんでっ?!

 

慌てたような声を感じた一夏は、すぐに下降してシルバリオ・ゴスペルの攻撃をすべて弾き飛ばす。

背後には存在しないはずの漁船があった。

「何をしている一夏ッ!」

「箒ッ、戦闘は中止だッ、漁船があるッ!」

この場で戦闘すれば、流れ弾で破壊されてしまう恐れがある。

そんな状況で一夏に戦闘はできなかった。

正確にいえば、民間人を守る状況ではシルバリオ・ゴスペルを倒せないと感じていた。

「千冬姉ッ、諒兵を向かわせてくれッ、漁船を保護させるんだッ!」

「なっ、進入禁止区域だぞッ、密猟者かッ!」

「何でもいいッ、ここから逃がしてくれッ!」

どんなかたちでも戦闘に無関係な他者を巻き込みたくない一夏は千冬に懇願する。

だが。

「放っておけッ、犯罪者にかまうなッ!」

そう叫んだのは通信を聞いていた箒だった。

苛立っていたところに犯罪者を守るなどという一夏の行動に堪忍袋の緒が切れたのだ。

「人が乗ってるんだぞッ!」

「犯罪者など気にしてられるかッ!」

「何いってるんだ箒ッ!」

「私たちの邪魔をする人間に何の価値があるッ!」

 

ええいッ、もう我慢ならんッ、端女風情がッ!

 

「えっ?」と箒が突然の声に呆けてしまう。

より正確にいえば、自分の身に起きた異変を理解できなかった。

紅椿は突如、箒の身体から外れたと思うと、勝手にどこかに飛び去っていってしまったのだ。

「箒ッ!」

「きゃああああああああああああッ?!」

重力に引かれて落ちる自分の目に飛び去っていく紅椿が映る。

そんな箒を一夏はすぐに抱き止め……。

「ぐあぁぁッ!」

 

キャアァァアァァアアァァアァァァッ!

 

腹を白虎ごとシルバリオ・ゴスペルのエネルギー砲弾に貫かれ、血を噴き出しながら海へと落ちていった。

 

 

 

 



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番外編「お正月といえば……」

お餅はよく噛んで食べましょう。
番外編ですので、いつものスタイルを崩してますが、ご了承ください。


すっかり冷え込んでいる空気の中、日の当たる場所で威勢のいい掛け声が響いている。

 

「よいせっ!」

「ほっ!」

「よいせっ!」

「ほっ!」

 

「よいせっ!」と、諒兵が声を出すと、少し遅れて一夏が「ほっ!」と声を出している。

なかなか見事なコンビネーションに、見ているものたちも感心していた。

そして。

「こんなもんか」

「いいんじゃないか。美味しそうにつけたし」

大きな臼の中の白い固まりを見ながら、二人は満足そうな声を出した。

「これは見事だな。慣れているのか、日野?」

と、臼の中身を見ながら、箒が感心したような声を出す。

箒は、こういった日本文化に対しては比較的寛容な態度を見せる。

自分が古いタイプの人間であることを理解しているからだろう。

そんな言葉に諒兵も素直に答えた。

「まあな。孤児院じゃ毎年恒例でやってんだ」

「俺も手伝いに行ってるんだよ」と、一夏も続く。

「私がいたころも誘われたっけ。美味しいのよね、つきたてのお餅って」

そういうなり、鈴音は袖をまくり、手を水に浸して、臼の中身、つまりはつきたてのお餅を取り出した。

「だんなさま、これが食べ物なのか?」

「ああ。お餅っていってな、ま、正月には良く食べてるもんだ」

別に正月に限ったことではなく、古来ではいわゆる祝い事の際に良く食べられるものである。

そんな話をしている横で、鈴音は手際よくお餅を丸めている。

どうせならと思ったのか、箒も手伝いだした。

箒のほうが手際がいいのは、こういったことに慣れているせいだろう。

そんな姿を見ながら、セシリアが感心したように声を漏らした。

「これがお餅ですのね。まさかあのような作り方とは思いませんでしたわ」

「セシリアは知ってるの?」と、シャルロットが尋ねる。

「日本文化について多少は学びましたわ。ただ、あのように豪快なやり方とは知りませんでしたが」

「確かに料理って考えるとかなり豪快かな」と、一夏が苦笑している。

今では機械の餅つき機を使うのが一般的だろうが、諒兵は孤児院で臼と杵を使った餅つきをよくやっていたので、せっかくならと道具を借りてついて見せたのだ。

ひっくり返す役は一夏がやっていた。

「息が合わないと大怪我しそうだね」と、シャルロットも苦笑する。

「まあな。でも慣れりゃそこまで大変でもねえよ」

「けっこう面白いぞ。ただ、これは女の子には重労働かもしれないけど」

「これは否定できませんわね。男の料理という印象ですわ」

まあ、パワフルな女性ならできないこともないだろうが、臼にしても杵にしてもかなり重いものなので、男が扱っているほうが様になるのは確かだった。

と、そんな話をしている横で、鈴音と箒がお皿を出してくる。

「はい、粘っこいし伸びるから、少しずつ、お茶を飲みながら食べるといいわよ」

「左から、あんころ餅、きな粉餅、からみ餅、磯部だ。甘いのも辛いのもあるから好きなのを食べてくれ」

そういうと、いつの間にか匂いでも嗅ぎ付けてきたのか、本音やティナ、さらには簪まで来て、手を延ばしだした。

 

「むっ?むーっ?!」と、ラウラが伸びるあんころ餅を必死に飲み込もうとしている。

「だから一気にパクつくなって。ほれ」

諒兵が器用に箸でお餅を切ると、ラウラはゆっくりと口の中のお餅を飲み込んだ。

「お、美味しいけど食べにくいぞ、だんなさま」

「少しずつっていっただろ。たくさんあるから慌てんな」

笑いながら差し出されたお茶をふーふーと冷ましながら飲むと、ラウラは次の一口に挑戦していた。

一方。

「これは、確かに食べるのにコツがいりますわね」

「でも美味しいね。甘いのも辛いのもあるのが楽しいし」

セシリアはあんころ餅を箸でうまく切り分けて食べている。テーブルマナーの応用なのだろう。

そんな機転の利くセシリアに対し、シャルロットはからみ餅を少しずつ食べ進めていた。コツを掴むのがうまいシャルロットである。

「ひーたんもおりむーも意外な特技持ってるね~」

「身体動かす系は自信あるんだよ」

きな粉餅を食べながら感心する本音に答える一夏。

とはいえ、反面、座学系は基本自信が持てない一夏と諒兵である。

「こーいうのいいわー、日本に来たって感じがするし」

磯部を食べているティナは思わぬイベントに喜んでいた。

餅つきはどうしても一度に大量に作ることになるため、パーティのようになってしまう。

祝い事などで食べられた理由の一つでもあった。

それがティナにとっては好印象だったようだ。

「ホントに美味しい。こういうの久しぶり」

「そうなのか、更識?」

「うん、お餅つくところは何度も見たことあるけど」

さすがに簪は慣れた様子であんころ餅を食べ進める。その隣では箒が一緒に笑いながら食べていた。

 

そして。

「去年の今頃は、まさかIS学園で餅つくとは思わなかったぜ」

「だな。でも、こういうのも楽しいぞ。できれば弾や数馬も誘いたかったけど」

「そうね。今年もみんな一緒に楽しく過ごしたいな」

そういって見上げた冬の空の青さに、鈴音はなんだか気持ちがスーッと晴れやかになるように感じる。

 

(ホントに、これからもみんな一緒にいられるといいな……)

 

こんな時間が永遠に続くといい、そんな思いを抱いて鈴音は青空を見つめていた。

 

 

 

 




閑話「のんべ共」

届けられたからみ餅を一つ食べると、くいっとお猪口を空ける。
「うむ、旨い」
そういって肯く千冬に、真耶が別のお餅を勧めてくる。
「きな粉餅も美味しいですよ」
「いや、甘いのはどうもな」
「先輩は辛党過ぎますよ……」
真耶もけっこう飲むほうだが、それでも日本酒を好む千冬と違い、比較的甘いカクテルなどを好む。
そのせいか、お餅も甘いものを選んで食べていた。
「生徒の前でいいんですか、織斑先生」
「その年で飲むお前にいわれたくはないぞ、更識」
「私は更識の当主なので付き合いがあるんですよ」
そうはいってもさすがに教師の前では飲めないので、お酒が少し入った甘酒を飲む楯無だった。
「いいんですか、布仏さん?」
「まあ、お正月ですので、少し多めに見ます」
真耶の言葉にそう答えつつ、自分もちゃっかり飲んでいる虚である。
「でも、IS学園でお餅つきなんて、とても想像できませんでしたね」と、真耶。
「やろうと思えばできただろうが、餅つきは男のほうが様になるからな」
そういう意味では、一夏と諒兵が入学してくれたのはよかったと続ける千冬に、楯無が尋ねかける。
「いい意味で変化しているってことですか?」
「そうだな。例え異物でも、受け入れることで進化できる」
IS学園もいつまでも今のままではいられない。
変化していくことを皆が受けいれ、前に進むことが必要になる時が来る。
いい変化になるようにと願いつつ、千冬は再びお猪口を空けたのだった。


なお、余談だが。
この日、ドイツ軍本部にある『ラウラの成長記録』と銘打たれたサーバーが、100ギガほど増設されたという。
中身は諒兵に助けられながら餅と格闘するラウラの動画らしいと実しやかにいわれている。





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第37話「無限に高き空の核」

モニターの中で起こったことが、千冬には理解できなかった。

それ以上に、束にも理解できなかった。

ありえない。こんなことが起こるはずがない。

それなのに、目の前でとんでもない異常が起こってしまっている。

「なっ、なんで紅椿が勝手に飛んでっちゃうのっ?」

「こんな馬鹿な……」

だが、同時にある考えが思い浮かぶ。

(紅椿は既に覚醒していたのかッ?)

一夏が上手くやっていけるだろうかと心配していたことを思いだす。

それは紅椿自身が自らの意志を覚醒させていたということに気づかなければ出ないセリフだ。

そして、改めて考え直せば、紅椿はどう考えても箒の行動、言動に怒り、自分の意志で飛び去ってしまったとしか考えられなかった。

そこに通信が入る。

「織斑先生っ、諒兵が勝手に飛んでっちゃったのよっ!」

鈴音の声にハッと我に返った千冬は、すぐに指令を出した。

「作戦は中止だッ、一夏が負傷したッ、回収して撤退しろッ!」

「はいッ!」

千冬の声に緊急事態であることを理解した鈴音はそう返事を返してきた。

 

 

その少し前。

諒兵は待機ポイントで交戦しているはずの場所を見据えていた。

だが、突如とんでもない悲鳴が頭に飛び込んでくる。

聞いたことがないのに、知っているような声。

「レオッ!」

 

ええッ、急ぎましょうッ!

 

声も相当慌てていると感じた諒兵は、一気に高速飛行に入る。

マズいと、自分の心に親友が危機に陥っていることが何故か伝わってくる。

その後を少し遅れて鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラが着いてきた。

「諒兵ッ、一夏が負傷したらしいわッ!」

「わかってるッ!」

「えっ?」

苛立ち混じりにそう答えた諒兵に鈴音は訝しげな顔を向けてくる。

鈴音たちは先ほど千冬と通信したことで、一夏が負傷したことを知ったばかりだ。

いきなり飛んでいった諒兵が情報を聞いているはずがない。

だが、諒兵には理解できていた。

さっきから聞こえてくる助けを求める声。

知らなくても、知っている。いや、諒兵は理解していた。

これが誰の声なのか。

このままでは間に合わない、焦燥感が諒兵を苛立たせる。

「諒兵ッ、どうしたのよッ?」

「だんなさまッ?」

今ばかりは鈴音やラウラの声を聞いてやることができない。

「もっとだッ!」

「何をいってますのッ!」

「もっと速くッ!」

 

任せてッ!

 

何に呼びかけているのかと思う鈴音たちだが、すぐに気づく。

今まさに諒兵はレオに呼びかけている。

そして。

諒兵の頭上が光り、周囲に微量の電気が迸ったかと思うと、ズドンッというすさまじい轟音とともに海を割り、諒兵はまるでミサイルのようにぶっ飛んだ。

「なにあれっ?」

疑問の声をあげる鈴音たちの中で、唯一シャルロットだけが直感した。

「レールカノンだ」

「どういうことだシャルロットっ?」

「プラズマフィールドで電磁コイルの砲身を作ったんだよ。そして諒兵自身を弾にして撃ち出したんだ」

「そんなことまで……」と、セシリアが呟く。

これがASの力。

瞬時加速などまったく敵わない、確実にマッハを超えるスピードで飛行している。

諒兵が撃ち出された方向を呆然と見つめるラウラに鈴音は声をかけた。

「ラウラ。とにかく一夏と箒を回収に向かうわ。『AS』って名前だけ覚えておいて」

「AS?何だそれは?」

「一言でいうなら、天使の力よ」

理解の外にある力だと真剣な顔で告げる鈴音に、ラウラは呆然とすることしかできなかった。

 

 

運がよかったのか、それとも一夏が最後の意地で守ったのか、箒は叩きつけられることなく海に落ちた。

いったい何が起こったのか。

自分のISが勝手に外れた上に飛び去ってしまった。

「ウソだ、こんなこと……」

そう呟く箒の目に、波間に力なく浮かぶ一夏の姿が目に入る。

いまだ白虎を装着していた。というより、白虎が必死に一夏を抱きしめているように箒には見える。

近寄った箒は、何故か一夏の周りの水が赤いことに気づく。

「赤い水……え?」

それが一夏の腹部から流れ出している血であることに気づいた箒は愕然としてしまった。

「いやッ、いやあぁッ、一夏ッ、いちかあッ!」

声をかけても一向に目を覚まさない。

しかもこの状況では一夏を運ぶこともできない。

泳いで戻るには距離がありすぎる。

紅椿がない自分には、何の力もないのだ。

「誰かッ、誰かああああああああああああッ!」

泣き叫ぶしかできない無力な自分に箒は絶望してしまう。

こんなとき鈴音ならどうする。

セシリアなら。

シャルロットなら。

ラウラ……は、諒兵一筋なのでいまいち思いつかないが。

そして諒兵なら、と、そう考えた瞬間、すさまじいほどの水飛沫が襲いかかってきた。

「きゃああああああッ?」

「一夏ッ!」

聞こえてきた声は、今、考えていた人物の声だった。

諒兵はすぐに海に飛び込むと、一夏を担ぎ上げる。

「掴まれ篠ノ之ッ、担いでやる余裕がねえッ!」

「う、あ……」

「早くしやがれッ!」

剣幕に押された箒がレオにしがみつくと、諒兵は旅館に向かって飛び立つ。

そこに鈴音たちが追いついてきた。

「諒兵ッ!」

「鈴ッ、篠ノ之を頼むッ、俺は一夏を運ぶッ!」

鈴音が箒を抱き上げると、諒兵はすぐに叫んだ。

「レオッ、もう一回だッ、我慢しろ白虎ッ!」

 

ええッ!

 

ふぐぅ、ひぐぅ……

 

今は一夏の治療が最優先だと、「わりい白虎」と呟きつつ諒兵は再び飛行し、ズドンッという轟音とともにぶっ飛んでいく。

「一夏ッ、いちかあッ!」

遠く離れていく一夏と諒兵の姿に手を伸ばしながら、箒はただ泣くことしかできなかった。

 

 

箒を運びながら、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四人は花月荘へと戻ってきた。

箒は旅館に着くなり、一夏を探して飛びだす。

残された四人を出迎えたのは千冬だった。

「大丈夫か?」

「私たちより一夏はっ、諒兵はっ?」

掴みかかるように問い詰める鈴音を押さえ、セシリアが答える。

「私たちは問題ありませんわ。ただ、箒さんが少し錯乱しているようですけど」

「そうか。一夏は応急処置を済ませ、宿泊している部屋で寝かせている。山田先生と諒兵がついているはずだ」

「箒を止めよう。諒兵、怒ってるかも」

「そうですわね。一夏さんのピンチを誰よりも早く気づいていたようですし」

女に手をあげない主義とはいえ、さすがに今回は叩くくらいはやってもおかしくない。

そう思った全員は千冬に頭を下げると、一夏と諒兵が宿泊している部屋へと向かった。

 

ただ、それよりも早く、箒は眠っている一夏の部屋を探し当ててしまう。

「いちかっ!」

陽を浴びながら横たわる一夏を見て、箒は再び錯乱した様子を見せる。

だが、近づこうとしたところを真耶に止められた。

「今は安静にさせてください。動かすのは厳禁です」

「あ、あ……」

「麻酔を打ってますから、傍にいてもかまいませんが、できるだけ静かにしていてください」

そういって真耶は部屋を後にする。

見れば呼吸自体は落ち着いている様子なので一つ息をついた。

そして、ようやく箒は周囲が見えるようになり、壁にもたれて座る諒兵の姿が目に入った。

じっと一夏の様子を見守っている。

「あ……」

「篠ノ之」

「え……」

 

「お前に必要なのは、本当に紅椿だったのかよ?」

 

いっている意味が箒にはわからない。

紅椿がなければ戦えない、一夏と一緒にいられないではないか。

必要ないはずがない。自分に必要なのは専用機だったのだと箒は訴える。

「一夏がいつ、専用機のねえお前を突き放した?」

「あ、え……?」

「お前が専用機持ちでも、そうじゃなくても、一夏にとってお前は幼馴染みだったはずだぜ」

「う、う……」

でも、自分は専用機を持つ一夏に近づけなかった。

距離を、溝を、壁を感じていた。

特別でない者が特別な者に近づけるはずがない。

だから姉に頼んでまで、専用機をもらったのだ。

「お前が勝手に壁を作ってただけだろうが。専用機なんざ関係ねえ。自力で歩み寄ってくしかねえんだよ」

「そ、そ、な、こと……」

「少なくとも俺はそうした。一夏がそうしてきたようにな」

だから今、こいつのことを親友だといえる。

そういって諒兵は立ち上がり、部屋を出る。

外にいた鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラに少し疲れたような笑みを向けて、諒兵は旅館を出て行った。

「怒ってなかったね……」

「でも、あまり見たいと思うお顔ではありませんでしたわ」

シャルロットの言葉にセシリアは悲しそうな表情を見せる。

「ああ、泣きそうな顔をしていた」

「そっか。ラウラもわかるのね。あいつうまく泣けないからあんなふうに笑うのよ……」

たまにしか見たことないけど、と、鈴音も悲しそうに呟くことしかできなかった。

 

 

海岸まで歩いてきた諒兵は、そこから空を見上げた。

まだ日は高い。

とはいえ、今シルバリオ・ゴスペルがどこにいるかはわからないし、何よりあのISを憎いという感情がまったく沸き起こらない。

そうするしかなかったのだろうと、むしろ同情してしまうのだ。

そんな自分の気持ちが、理解できなかった。

「諒兵」

「千冬さん、一夏の傍にいてやれよ」

声をかけてきた千冬にそう告げる。

実のところ、うまく話せる気がしないのだ。

シルバリオ・ゴスペルを止めなければならないことは理解しているが、そうする気になれない自分自身の気持ちのことを。

「今は篠ノ之の顔を見たくないんでな」

「さすがに腹立ってるか」

苦笑いする諒兵に、千冬も苦笑を返す。

だが、千冬が話したいのはそんなことではないらしいと諒兵は漠然と感じていた。

「お前、ゴスペルを止められるか?」

「やるさ。やんなきゃなんねえだろ?」

理屈ではそう理解しているのだから、そう答えるしかない。

自分の感情に任せた行動をすることはできないと諒兵は理解はしている。

「お前自身にその気はないんだろう?」

「わかるのかよ」

何故かと問いかけると、千冬は言葉を濁しながら、意を決したように口を開く。

「夕方ごろにお前に会わせたい人が来る。それまで身体を休めておけ。ゴスペルは明日の朝までに止めないと、操縦者が戻れなくなってしまう」

「なんだそりゃ?」

「伝えたぞ」

そういって立ち去る千冬の背中を見て、諒兵はため息をつき、再び空を見上げるのだった。

 

 

千冬が旅館に戻ってみると、ラウラが出迎えてきた。

「どうした?」

「いえ、一夏が負傷したのですから、教官もショックを受けていると思いまして」

自分のことを心配してくれるようにまでなってくれたかと、千冬は嬉しく思う。

どうやら本気で諒兵のことを想っているらしいラウラは、一夏よりも自分を案じたのだろう。

だが、同様にショックを受けているのは誰なのかを千冬は知っている。

「鈴音は一夏が心配で離れられんだろう。私ではなく諒兵の傍にいてやれ」

「いいのですか?」

「大丈夫だ」と、そういって笑いかけると少し悲しそうな顔を見せつつ、ラウラは旅館を出て行く。

そんな姿を見ながら、件の問題児は何をしているかと千冬は束の部屋へと向かった。

「うあーっ、ネットワークを自力で完全遮断してるぅーっ、なんなのこの子ぉーっ!」

なるほどやるべきことはやっているらしいと千冬はある意味では感心していた。

「束、紅椿の居場所はわかったか?」

「全然だよもぉーっ!」

束としては、箒のために作ったはずの紅椿が勝手な行動をしてしまっていることが許せないらしい。

それ以前に、勝手にこんな動きをするはずがないという。

ゆえにひたすらモニターを見て、ネットワークから紅椿を探していた。

そんな束を見ながら、一つ息をつき、千冬は話しかけた。

「以前、お前はコアには心があるといっていたな」

「そうだよ。一つ一つにね」

「では、その心は『何処』からきたんだ?」

「えっ?」と、ようやく千冬のほうへと振り向いた束は「んーっと、んーっと」と考え始める。

そして。

「作ったときには生まれてたよ。だから、心を持ってるんだなって思ったんだし」

そのため、束はコア、正確にはコアの心の生みの親ということができるし、本人もそう認識していた。

「だから『何処』からきたっていうより、最初から『其処』にあったんだよ」

「それは間違いないと思うか?」

「……ちーちゃん、何を知ってるの?」

さすがに千冬の態度から、束は自分が知らないことを知っていると察知する。だが、千冬はかまうことなく話しだした。

「人間の脳で考えるためには電気による情報伝達が必要になる。この程度は私でも知っている」

いわゆるシナプスと呼ばれる細胞による情報伝達のことである。

本来、化学シナプスと電気シナプスに分かれるもので、脳以外にも筋繊維でのやり取りでも存在する。

人間の脳の海馬、大脳皮質は電気シナプスによる情報伝達が行われているとされ、それがいわば考える力ということはできるだろう。

そして心とは考える力によって生まれるものだ。

「なら、コアには電気による情報伝達で考える力があるということになる」

「そうだけど……」

「だとすると、コアはどうやって『発電』しているんだ?」

「えっ?」と、さすがに束も言葉を失った。

人間の肉体には微量ながら発電する能力がある。

それにより、脳の情報伝達を行っているということができる。

脳それだけでは考えることはできない。電気が通って始めて考えることができるのだ。

「コアに発電能力なんかないよ。通電して『初めて』コンタクトとったんだから」

「どんな?」

「なんかずいぶん時代がかったしゃべり方してたけど」

「おかしくないか?」

コアを通電して初めてコンタクトを取ったと束は自分で話した。

しかし発電能力がないのならば、通電しない限り、コアは考えない。

要は初めてコンタクトを取った段階では、生まれたばかりの赤ん坊だったはずだ。

「それなのに個性がはっきりしている。つまり、コンタクトを取る『以前』から、コアは考えていたことになるぞ」

「あっ……」

考えるためには電気が必要だというのは何も人間に限った話ではない。

地球上のたいていの動物の細胞には電気シナプスが存在するとされている。

つまりは。

「コアに発電能力がないとするなら、コアそれだけで考えるために何処からか電気を溜め込んだと考えられるんだ」

「つまり、蓄電能力があった……。あれ、じゃあ、『何処』から電気を溜め込んだの……?」

と、束も真剣な様子で考え始める。

実際には電池のような蓄電能力があるだけでは、電気は動かない。

ISコアはそれ単体で電気が循環しているか、内部で電気が動いているということができる。

つまりは。

「コアそれ自体が、一種の生物になってる……?」

束の脳はすさまじい勢いで活性化を始める。

『天災』ゆえに、一度きっかけを得れば答えを得るまでのスピードは常人の何百倍だ。

「だとすると、電気を溜め込んだんじゃない。電気エネルギーの塊がコアに憑り付いたんだ……」

「束、もしそれが、多量の情報を持っていたとしたら?」

「コアには心があったんじゃなくて、情報を持った電気エネルギー体に憑依されてる。それがコアの中で思考してるんだ……」

そう考えれば、本来生まれたばかりである紅椿が勝手に行動することも十分に考えられる。

単純に、憑り付いた電気エネルギー体と箒の馬が合わなかったというだけのことだ。

しかしそれゆえにおかしい。

千冬は明らかに答えを知っていたと束は疑問を抱く。

「知っていた、というより、教えてもらった」

「…………誰にッ?!」

「コアを作ったのはお前だけじゃなかったんだ、束」

時期そのものは一緒だが、と付け加える千冬を束は信じられないようなものを見る目で見つめる。

「今日の夕方、その人がここに来る。お前とは正反対の選択をした人だ」

「正反対?」

千冬は一つため息をつき、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「世界を変えるべきではないと、その人は考えたんだ」

 

 

 

 



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第38話「始まりの白」

金色の草原が風に揺れていた。

見上げると雲ひとつない真っ青な空が広がっている。

「俺、ゴスペルに腹を撃ち抜かれたはずなんだけどな……」

身体には傷一つない。

しかも白虎を装着していたはずだったのに、何故か、真っ白なシャツ着ていて、真っ白なズボンを履いた姿だった。

いったいここは何処なのだろうか、一夏はそんなことを考えて適当に歩きだした。

 

 

砂浜に寝転がって、諒兵は空を見上げ続けていた。

そこにラウラが現れる。

「大丈夫か、だんなさま」

「ありがとよ」

「何故礼を言う?」

「お前がいつもと変わらねえから安心した」

そういって笑う諒兵の傍に、ラウラも寝転ぶ。

遠慮しているのか、少し間を空けていたので、逆に諒兵のほうから抱き寄せた。

「いいのか?」

「何が?」

「鈴音でなくて……」

「今いうことじゃねえよ」

そういって再び空を見つめる諒兵に寄り添うようにして、ラウラも空を見つめていた。

 

 

憔悴している様子の箒に、鈴音は落ち着いてといって飲み物を渡した。

その隣に座り、眠ったままの一夏を見つめる。

(大丈夫なのかしら?千冬さんの話じゃ傷口が再生してるってことらしいけど……)

おそらく『白虎』が傷を修復しているのだろうと話していたことを思いだした。今は信じるしかないのだろうと小さくため息をつく。

セシリアとシャルロットは、そんな鈴音と一夏の傍から離れようとしない箒に気を遣ったのか、自分の部屋で休んでいる。

そして。

(諒兵は海岸にいるらしいけど……)

正直な気持ちをいえば、鈴音としては諒兵のことも心配なのだ。何もできなかったと悔やんでいるに違いないことを鈴音は気づいている。

ただし、千冬に聞くとラウラを諒兵の元にいかせたらしい。

(ひどいな私。イヤだって思ってる……)

傷ついた一夏が心配で離れる気になれないが、できればショックを受けているだろう諒兵にも寄り添いたい。

そんな揺れている自分に呆れてしまっていた。

横を見ると、箒はすっかり消沈していた。

一夏が傷ついただけだというのならば、尻を叩いてでも戦いに連れて行くのだが、紅椿が行方不明という状態では、彼女には何もできない。

どうしてこんなことになったんだろうと考える鈴音の耳に、箒の呟きが聞こえてきた。

「日野が……」

「どうしたのよ?」

「私に必要なのは……紅椿じゃ……ないと……」

諒兵と箒の話は聞いていた。

そして諒兵の言葉に納得もした。

箒が専用機である紅椿を求めたのは、専用機持ちになって一夏の傍にいるためだ。

しかし、その気持ちを理解する気にはなれなかったのだ。

「そもそも、なんで専用機持ちにならなきゃならなかったのよ」

「そうしなければ……強くなれない……一夏は……強い人が好きだと……いったんだ……」

なるほど、と納得する。

根本的なところで箒は誤解しているのだ。

「専用機持ちが強いんじゃなくて、強いから専用機持ちになれるのよ」

「え……」

「順番が逆よ。一夏と諒兵も、強かったから『白虎』と『レオ』に選ばれたんだと思うわ」

強くなるために専用機が必要だろうか。

否だ。

強さとは力ではないからだ。

「ある人にね、どうすれば強くなれるのか聞いたのよ」

強さとは力ではないと、その人は鈴音にいったのだ。

 

「諦めねぇこった。地面に這いつくばっても前に進むやつぁつえぇ」

 

諦めないために必要なのは、まず自分の心に揺らぐことのない想いを持っているかどうかということだ。

そういう想いを持っている人間であるならば、その行動も自然と筋の通ったものになる。

「そして、そういう人にはみんな手を貸してくれるって」

みなという中には、決して力が強くない人間もいる。

でも、その人間なりに手を貸してくれる。

そうしてたくさんの人間とつながりを作ることができるなら、もっと強くなることができる。

「あんたはどうしてお姉さんだけの手を借りようとしたのよ?」

トーナメントのときに簪に謝れといったのは、簪は彼女なりに箒に手を貸してくれていたからだ。

その手をもう一度、今度は自分を鍛えるために借りることもできたはずだ。

箒にだって、ちゃんとつながりはある。

それなのに、何故『天災』の手だけを求めたのか。

箒の心の奥底には、自分は『天災』を姉に持つ特別な人間だという過信があったように鈴音には思える。

「お姉さんは別にいいけどさ、紅椿には頼らずに一から再スタートしたら?」

そういって立ち上がる。これ以上、自分が傍にいると、箒が追い詰められてしまう気がしてしまうからだ。

すると、そこに真耶が扉を開けて入ってきた。

「出るんですか?」

「箒のこともお願いします」

「はい」と、鈴音の意を汲み取ってくれたのか、微笑んでくれた真耶に頭を下げて部屋を出るのだった。

 

 

ラウラから預かっていた通信機が鳴り、シャルロットは回線を開いた。

「こちらクラリッサ・ハルフォーフ」

「はい。僕はボーデヴィッヒさんの代理です」

「隊長は?」と、聞かれてシャルロットは返事に困ってしまう。

まさか男のところにいっているなどとはいえないからだ。

しかし、諒兵のことを心配するラウラを止めることはできなかった。

ラウラは何故か、自分の部隊から連絡が来るはずだから代わりにとっておいてくれと頼んできたのだが。

「と、とりあえず用足しに……」

「(総員、監視体制!)……なるほど。では、用件をお伝えしてくれますか?」

「はい」

マイクが声を拾えなかったのか、妙に長い沈黙が気になったシャルロットだが、とりあえず話を聞くことにした。

そして、クラリッサは今後のシルバリオ・ゴスペルの予想される飛行経路についての情報を伝えてくる。

「確率は八十パーセント。また、現時点では何故か動いていません。そのこともお伝えください」

「わかりました」

そう答えたシャルロットにお願いしますと告げて、クラリッサは通信を切ってきた。

黙って聞いていたセシリアが声をかけてくる。

「動く前にいかなくてはなりませんわね」

「それが一番いいね。ただ、諒兵、大丈夫かな……」

セシリアとしてもそれが心配だった。

鈴音は一夏と諒兵はコンビなら誰にも負けないといった。

しかし、片方の羽ともいえる一夏が今の状態では、諒兵も満足に戦えない気がしてならない。

それでも、シルバリオ・ゴスペル相手には今は諒兵が戦うしかないということを二人は理解している。

「信じましょう……あら?」

聞こえてきた足音に扉を開けてみると、歩いていく鈴音の後ろ姿が目に入ってくる。

「行くのかな?」

「そうでしょう」

一夏が眠っている今、諒兵を動かせるのは鈴音しかいない。

残念だがラウラではまだ動かすには至らない。

うまくやってくれることを、セシリアとシャルロットは願っていた。

 

 

鈴音が砂浜まで歩いてくると、寝転がっている諒兵と、寄り添うようなラウラの姿が目に入った。

むう、と、思わずヤキモチを焼いてしまう。

だが、一夏の傍にいた自分に何がいえるわけでもない。

軽く深呼吸してから、二人に近づいていった。

そしてラウラとともに諒兵を挟むように腰かける。

「どうした?」

「水平線見てるのよ」

空の青と海の青が交わる場所は、サファイアのように輝いている。

先ほどまで激戦があったなどとは想像できなかった。

しかし、確かにあったのだと鈴音は思う。

諒兵の性格なら、シルバリオ・ゴスペルを止めにいくだろう。

だが、勝てるだろうか。

正直、鈴音としては最初から不安だった。

箒のことを否定するつもりはないが、一夏と諒兵を分けるべきではないと考えていた。

しかし、箒が束に紅椿をねだった理由を考えれば、束としても分けないわけにはいかなかったのだろう。

要するに妹である箒の恋を応援するための作戦だったのだ。

シルバリオ・ゴスペルを倒せないどころか、紅椿が勝手に飛び去るとはさすがに予想できなかっただけで。

だが、結果として一夏は負傷した。

いつも前にあった二つの背中。

その片方がないだけで、物凄く不安になっている自分に気づく。

どっちもいてほしい。

そう思う自分を否定することなどできないはずだと鈴音は考えていた。

「行くの?」

「ゴスペルを止めてやらねえと」

諒兵の言葉には、シルバリオ・ゴスペルに対する憎しみが感じられない。

親友を傷つけた相手に対して、怒りを感じてないのが不思議ではある。

「なんだかわかんねえけど、あいつも被害者だ。だから、倒す気にゃなれねえ」

「でも、行くの?」

「あのままだと、操縦者の命に関わるみてえだからな」

正義の味方なんて気取る気はないが、誰かが止めなければシルバリオ・ゴスペル自身が後悔する気がすると諒兵は告げる。

「怒ってるのはあいつのほうだと思うぜ」

「だから、すぐに動く気になれないのか?」と、ラウラも尋ねてくる。

「それもあるけどよ、千冬さんが俺に会わせたいやつが来るっていってんだよ。それまで休んでろだとさ」

その言葉で鈴音は直感した。

『白虎』と『レオ』について詳しい、すなわち『AS』について詳しい人物がくるのだろう、と。

ならば、そのときにすべてわかるだろう。

そう思った鈴音は立ち上がろうとする。

「邪魔したわね」と、思わずそんな言葉が口を衝いて出てしまうことに苦笑してしまう。

「鈴音、シャルロットが何かいってなかったか?」

「えっ、そういえば、部屋の前を通るときに通信機か何かが鳴る音が聞こえたけど」

「そうか。ならば行かなくては」

「ラウラ?」と、鈴音が声をかけるより早く、ラウラは立ち上がる。

「部隊の副隊長にゴスペルの飛行経路の予測と現在地の探索を頼んでいたんだ。鳴ったということは情報が来ているはずだ」

「確認しにいってくる」と、そういってラウラは旅館へと戻っていく。

出鼻をくじかれてしまった鈴音は、中腰のままどうしようか迷ってしまう。

「行かねえのか?」

「も、もうちょっとだけ……」と、再び腰かける。諒兵に触れられるような距離で。

「私も行くわ。ゴスペルを助けるんでしょ?」

「そっか。なら危ねえときは守ってやる」

自然にそう答えてきてくれたことが嬉しく、そして申し訳ないと鈴音は思う。

(ごめん、ありがとラウラ)

我ながらひどい女だと思いつつ、二人きりでいられる時間を楽しんでしまう鈴音だった。

 

 

束は千冬からすべてのことについて聞いていた。

「つまり、私と同じ時期にISとそっくりおんなじASっていうもののコアを作ったやつがいるんだね?」

「ああ。その人が創ったコアは女性にしか反応しないということはなかったようだ」

「そもそも男性にコアが反応しないはずなかったんだけどね」

「何?」

束曰く。

自分が作ったISコアも性別に関わりなく使えるはずだったという。

そもそも女性しか使えない兵器など、科学者としては作っても意味がない。

ただ、束自身は兵器というより……。

「翼を作りたかったんだけど」

「……それを聞いて安心したよ」

「なに?」

「お前は確かに私の大事な幼馴染みだ」

真顔でそういわれてしまうと、さすがの『天災』も照れてしまう。

だが、気持ちは真実だ。

世紀を超えるような頭脳と、どういうわけなのか桁外れの身体能力を持っている篠ノ之束にも、できないことはある。

例えば生身で深海に潜ることは出来ないし、空を飛ぶこともできない。

道具が必要になるのだ。

「深海も未知の世界だけど、空、宇宙もそうでしょ?」

「まあ、そうだな」

「だから行ってみたくって」

純粋な知的好奇心の塊である束は、逆に興味のないことにはまったく関心を示さない。

ストレートにいってしまうと束は重度のアスペルガー症候群である。

科学者としての探究心。それがもっとも重要なことで、その次に自分が好きな人間たちが来る。

そしてそれ以外は興味を持つことすらしないのだ。

当然、周りは篠ノ之束という人間を理解できない。

相手が理解できないのに、理解されようと努力しても仕方がないと、束は周囲に壁を作っていた。

そんな束が自分の好奇心を満たすために作ったのがインフィニット・ストラトス、通称ISである。

そんな機械をわざわざ女性専用に作るはずがない。むしろ面倒な機能になる。

ゆえに束は普通にISコアと機体を制作していたのだ。

「だから、別に女しか反応しないなんてことはなかったはずなんだよ」

「だが、ISは一夏と諒兵が現れるまで、男には乗れなかった」

「だから、今の話を考えると、最初のコア、『白騎士』が何かしたんじゃないかな?」

コア・ネットワークによりコア同士はつながっている。

もし、最初のコア、正確にはコアに宿った電気エネルギー体が『男は乗せない』と決めてしまったら、他のコアにも影響が出る可能性は十分に考えられる。

「白騎士のコアはリセットしたんだろう?」

「あくまでコアのデータだけだよ。でもちーちゃんの話と総合すると、まったく別のものが憑り付いてる。そんなのリセットする技術はないよ」

おそらく、『白騎士』は何らかの理由から、男性を乗せることを拒んでいるということが考えられる。

しかし、その理由まではわからないと束は首を振った。

「性別判定は?」

「遺伝子構成を見れば簡単だよ、そんなの。これに関しては間違いないよ。だからいっくんはISに乗れるはずだったんだし」

「何?」

意外な言葉に千冬は驚く。

一夏は最初からISに乗れるはずだったと束はいうのだから。

聞くと一夏にIS学園の試験会場の地図を送ったのは束だという。

まさか一夏と一緒に試験会場に行く人間がいるとは思わなかったようだが。

「何故一夏は乗れると確信していた?」

そう問いかける千冬を束は指差す。

「行儀が悪いぞ」といいつつ、首を傾げる千冬に束は説明した。

「だから遺伝子構成だよ。でも、白騎士が乗せた最初の一人とまったく同じ両親から生まれた人間なら遺伝子構成は近くなる。なら性別は関係ないじゃん」

「そう、か。私か……」

かつて、白騎士事件で『白騎士』を操ったのは他ならぬ千冬である。

そして千冬と一夏は同じ両親から生まれた姉弟だ。

当然、遺伝子構成は近くなる。極論すれば、単にXXか、XYかの違いだけだ。

つまり、『白騎士』は『織斑千冬』を判断基準にして、乗せる人間を決めているということなのである。

「だから逆に驚いたんだよ。いっくん以外に乗れる人が出るなんて思わなかったし」

「その点で考えれば諒兵が乗れるのは確かにおかしいのか」

「今の話を考えると『白虎』と『レオ』は完全に先祖返りしてるね。つまり白騎士が何かする以前の状態にいっくんと『りょうくん』に戻されたんだね」

「そうなるか。そういえばあいつらは昔から空に憧れを持っていたな」

諒兵がもともとその癖があり、空を飛びたいという気持ちも以前から持っていたらしい。

一夏もその影響を受けた。

それ以上に一夏は一夏なりに千冬という存在から、余計にISには憧れはあったらしい。

空を飛べる翼として。

「それだね。二人の『空を飛びたい』って気持ちに、白虎とレオは反応したんだよ」

そしてだからこそ、そんな願いを持っている人間にくっついて離れないのだ。ISではなくASとして。

「ふむ」と、そこまで考えて納得して、「ん?」と、思ったことがあった。

(りょうくん?)

束は確かにそういった。響きから考えて諒兵のことだろう。

しかし、束が自分にとって興味のない他人をそんな親しげに呼ぶことなどありえない。これまでに一度もないのだ。

「束」

「なに?」

「りょうくん、とは何だ?」

「フルネームは日野諒兵だよ?」

「そうじゃない。なぜ諒兵のことをそう呼ぶんだ?」

お前にとっては赤の他人だろう、と、続けると束は「あっ、そうなんだ」と納得した様子を見せる。

「ちょっと思うところがあっただけ。気にしないでいいよ」

「そうなのか?」

「そ」

この様子では理由を話すことはないだろう。そう考えた千冬は意識を切り替える。

今考えるべきは、束がいう最初のISコア、つまり白騎士のコアだ。

「確かに今考えるべきなのは白騎士のことか。こうなると白騎士のコアを見つけ出す必要があるな。何を考えたのか聞く必要がある」

「ここにあるよ」

「何?」

「白い機体で思いださない?」

その一言で、千冬もピンと来た。束が一夏に乗るようにと拘っていたのは性能などではない。

そのコアにこそ理由があったのだ。

「白式かっ!」

「うん。リセットしてあるけど、たぶん憑り付いてるものは変わってないよ。ただ……」

束にいわせると、実は以前から『白式』のコアがまったくコンタクトに応じない。

束の言葉すら無視しているようで、千冬の弟である一夏なら何かわかるのではないかと乗せたかったという。

しかし『白虎』のことを考えるとまず無理な話だ。

そうなると候補は一人しかいない。

「しばらくIS学園で預かろう。私がコンタクトを取ってみる」

「お願いちーちゃん。私、紅椿のことから手が離せない。その代わりしばらくはコアを作るのはやめるよ。紅椿みたいにみんな離反したらとんでもないことになっちゃうし」

「ああ、わかってもらえてよかった。白式については私に任せてくれ」

そこでお互いに肯くと、千冬の電話が唐突に鳴り響く。

ディスプレイには『博士』と表示されていた。

 

 

 

 



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第39話「天狼」

夕食が済んだ後、千冬は眠ったままの一夏と憔悴している箒以外の専用機持ちを呼びだした。

昼間、千冬がいっていたことを思いだした諒兵が、千冬に尋ねかける。

「例のやつか?」

「……とりあえず一番最初に入れ、日野」

「あ?」と、疑問を感じつつも、諒兵が扉を開ける。

直後、かーんッと実にいい音が響き渡った。

額に缶コーヒーの空き缶が直撃したのである。

「誰だッ、何しやがるッ!」

額を押さえる諒兵が中に飛び込むとそこには三十代くらいで白衣を着た男性がいた。

とはいえ、その雰囲気は科学者とはとても思えない。

「人を指して例のやつたぁ行儀がわりぃぞ、諒兵」

「兄貴ッ!」

 

あら、テンロウじゃないですか

 

「何?」と聞くよりも早く、自分の言葉に鈴音が反応した。

「えっ、蛮兄っ?!」と、驚いて入ってくる。

「なんでこんなとこにいるのよっ?!」

「久しぶりだなぁ、鈴。『無冠のヴァルキリー』たぁ、えれぇ強くなったじゃねぇか」

と、かんらかんらと笑うあたり、あまりにも白衣が似合わない。

その様子を見ながら、セシリアが問いかけてきた。

シャルロット、ラウラはいきなりのことに唖然としてしまっている。

「諒兵さん、鈴さん、この方が?」

「うん、諒兵と同じ孤児院出身で、私たちの兄貴分の人よ」

そんな話が交わされる中、千冬も部屋の中に入って扉を閉める。

「凰が言ったとおり、この方は日野と同じ孤児院出身で、織斑や凰も世話になっていた方だ。お名前は『蛮場丈太郎』さんという」

そして、と、一つ息をついて千冬は続けた。

「オルコットやデュノア、ボーデヴィッヒも聞いているらしいが、各国のIS関係者から『博士』と呼ばれている方だ」

 

「「「「「ええええええええッ!」」」」」

 

と、全員が絶叫する中、博士こと蛮場丈太郎はからからと笑っていた。

 

とりあえず落ち着いたところで、全員がテーブルに座り、改めて自己紹介してくる。

「蛮場丈太郎だ。適当に呼びな。細けぇこたぁ気にしねぇ質なんでな」

答えるようにそれぞれ一人ずつ自己紹介していった。

とはいえ、諒兵と鈴音はよく知っているので自己紹介する必要はなかったが。

「あの、博士でいいですか?」

「おぅ、好きに呼べ」

「ものすごく失礼だと思いますけど、ホントに科学者なんですか?」

と、シャルロットが申し訳なさそうに尋ねる。

すると丈太郎はけっけっと笑った。

「見えねぇのは仕方ねぇが、一応科学者だ。白衣着てねぇと誰も気づきゃぁしねぇがな」

それはそうだろうと誰もが納得してしまう。

なんというか、インテリっぽさがまるでないのだ。

束も別の意味で科学者っぽくないのだが。

(ハイレベルの科学者はそう見えないという法則でもあるんですの?)

と、セシリアはそんなことを考えてしまう。

次にラウラが尋ねる。

「博士、だ…、諒兵の身内なのは本当か?」

「あぁ、こんなちっけぇガキのころから面倒見てんぜ」

そういって示した高さは明らかに幼児くらいの身長を示している。

「なるほど。私は諒兵の良き妻になるために頑張っている。いろいろとお話をお聞かせ願いたい」

さすがにラウラがそういうと驚いたらしい。

というか、その場にいた全員が驚いていた。

そして、呆気にとられていた丈太郎は、すぐににまっと笑い、諒兵の肩をポンッと叩いた。

「諒兵、結婚してたんならいえよ。ご祝儀くれぇ贈る甲斐性はあんぜ」

「俺はまだ十五だっ、わかっていってやがるなこの野郎っ!」

「だんなさまっ、実にいい人だっ、きっとうまくやっていけるっ!」

「からかってんだよっ、このクソ兄貴はっ!」

けけけと楽しそうに笑う丈太郎に、今にも殴りかからんばかりの諒兵だった。

次に尋ねたのは鈴音。

「そういえば、蛮兄、千冬さんに敬語使われるような感じだったっけ?」

「そういや、さっきの千冬さんはいつもとえらく態度違わねえか?」と、諒兵も続く。

答えたのは千冬のほうだった。

「単に公私で言葉を使い分けているだけだ。今の私はIS学園の教師だからな。高名な博士に対して敬語を使わんほうがおかしかろう」

「こういうマジメなとこが可愛いじゃねぇか」

丈太郎がそういったとたん、一瞬だけだが千冬の頬が朱に染まる。

それを見たラウラが「きょ」と口を開こうとした瞬間、物凄い気迫を見せてきたが。

(蛮兄のこと、好きだったんだ)

(反応が可愛らしいですわ)

(織斑先生も適齢期だし、いいかも)

(教官が姉になるのか。小姑ということか?)

鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラがそんなことを考えたが、命が惜しいので決して口には出さなかった。

 

このままだと話が進みそうにないと感じたセシリアはとりあえず個人的な興味は置くことにした。

この気さくな雰囲気を見る限り、人間性は一夏や諒兵によく似ていることが理解できるので、個人的にはいろいろと話をしてみたいとは思う。

だが、彼ならばシルバリオ・ゴスペルの件を終わらせてからでも、十分に話はできると考えたのである。

「博士、ISとASの違いについてご説明くださいませんか?」

「だな。あまり時間もねぇ。違いについて説明するにゃぁ、ちぃとなげぇ話になるしな」

セシリアの意図を汲んだのか、丈太郎は説明を始めた。

「俺がASを完成させたのは、今から十年前、白騎士事件の二ヶ月前になる……」

 

 

 

目の前で完成した透明な球体を見て、丈太郎は興奮した。

「これで、飛べる……」

彼の考えた空間非限定飛行用スーツにはどうしても必要なものがあった。

非常に容量の大きい蓄電性質を持つ物質だ。

彼にとって重要だったのは、エネルギー源。つまり容量が大きく、それでいてサイズの小さい電池を作ったのである。

もっとも、それだけではない。量子変換するために必要な記憶容量など、簡単にいえば電池と大容量記憶装置の性質を併せ持ったもの、それがコアだった。

それを中心とし、フルフェイスのヘルメット、胸部や腰周り、そして両手足を覆う装甲、そして背後にスラスターを取り付けたものが、ASだった。

 

 

「わかりやすく言やぁ動きやすい宇宙服だ」

「ISもそうだと聞いていますわ」

両手足とフルフェイスのヘルメットはISにおけるバリアーシールド発生装置をかねていた。

ただし、初期状態のAS、というより開発した飛行スーツはISに比べ、戦闘力の面では遥かに劣っていたと丈太郎はいう。

「そもそも、戦闘なんざ考えちゃぁいなかったんでな」

要は飛ぶことだけを考えた機体だったのである。

「そうなるとISとはだいぶ違いますね」と、シャルロット。

「ああ。うさ、いや篠ノ之束は宇宙空間での戦闘状況を考えたんかしんねぇが、かなり強力な戦闘能力も持たせてた。けど、俺ぁ飛べりゃぁいいって思ってたかんな」

実際のところ、主成分は同一でも、コア自体の構成は少し違うはずだと丈太郎はいう。

「自己進化に関しちゃ、俺ぁそうなることに後から気づいたしな」

「後から?」

「進化ってのぁ、思考と経験の積み重ねによる変化だ。俺ぁ、そもそもコアに考える力なんぞ付加するつもりじゃぁなかった」

極端にいえば、携帯性を重視したのがASの元である飛行スーツだったのだ。

それが何故、絶大な戦闘力を持つASになってしまったのか。

「諒兵や一夏の武装が物質化された高密度のプラズマエネルギーなのは知ってんな?」

「そうだったのかよ」

全員が真剣に肯く中、諒兵はのんきに呟く。

だが、一夏がここにいても同じようにいうだろうとみなは思った。

「単純に言やぁ、そのプラズマエネルギーは、人間みてぇに考えてんだ」

「なっ?!」と、そう叫んだのはシャルロットだ。

常識を覆すような新生物の発見ということができるからだ。

「きっかけは、最初の飛行テストのときだった」

と、そういって再び丈太郎は話し始めた。

 

 

 

完成後、テスト飛行を行った。

操縦者は丈太郎自身。

単純に、他に操縦者がいなかったのである。

ただ、このテスト飛行が大きなきっかけとなった。

「シールド、スラスターに問題はねぇな」

上空八百メートルで丈太郎はそう呟く。

さすがに自分が飛ぶために作ったもので、興奮するほど子どもではない。

丈太郎は冷静に、飛行用スーツの性能を確かめつつ、飛行を続けていた。

「これで人間は自由に飛べる。もっと高く飛べるように改良を続けていかなきゃな」

 

どこまで?

 

ふと、そんな声を感じた丈太郎は違和感を持った。

「通信機能がイカれたか?」

後で直しておくか。そう呟いた丈太郎はエネルギーの残量を気にしつつ、飛行を続ける。

「次のテストのときは倍の高さまで飛んでみるか」

 

その次は、どこまで高く飛びます?

 

おかしい。そもそも通信機能を使っていない。

飛行テストは計算上、かなりの余裕をもって行っているので、今日は一人でやっている。

この高さならば、落ちたとしてもシールドが機能している限り傷一つないはずだ。

エネルギーも十分に残っているからあと一時間は飛び続けられる。

そんな理由から一人で行っているため、今、自分が飛んでいることを知るものは一人もいない。

つまり、通信が入るはずがない。

最初だけなら混線したのだろうと考えられるが、声は明らかに自分の呟きに答えているような気がする。

三度目の正直だと思い、丈太郎は呟いた。

「目標は空の果てだ」

 

望むなら今からでも十分にいけますけど?

 

はっきりと、自分の呟きに答える声が聞こえてくる。

いや、頭の中に直接響いてきている。

「誰だッ、人の頭でしゃべってんのぁッ!」

 

そういわれても今の私には、まだ名前がありませんよ

 

「なんなんだッ、おめぇッ!」

 

今の私をどう表現すればいいのかわかりませんねえ

 

なんだ?

いったい何が起こってる?

丈太郎はそう思わずにはいられなかった。

自分の頭の中でまったく別の誰かがしゃべっている。

それも明らかに個性がある。

まさか自分は二重人格だったとでもいうのかと起きている現実が信じられなかった。

とりあえず冷静になるしかない。

最悪、病院にいくことになっても仕方ないと、丈太郎はまず声と話をすることにした。

「おめぇ名前がほしぃのか?」

 

あるにはありますが、あなたがたには発音できませんし

 

しかし、名前をつけるにしても声がいったいなんなのかわからなければつけようがない。

何かヒントをもらえないかと丈太郎は尋ねかける。

「今どういう状態なんだ、おめぇ?」

 

あなたが身に纏ってますけど?

 

丈太郎は、ぽかんと口を開けてしまった。

自分が身に纏っているといえば、防寒用の飛行服と開発したばかりの飛行スーツだ。

まさか、鎧を模して作ったこの飛行スーツが、勝手に知能を持ったというのだろうか。

違う。

名前がある、それも自分たちには発音できない名前があるというのなら、何かが飛行スーツに憑依したと考えるほうが正しい。

特に名前など考えていなかった丈太郎だが、このスーツに名前をつけるのは違うと感じた。

声には明らかに個性がある。

つけるべきは個体名だ。

「……なら、これからおめぇのこたぁ『天狼』って呼ぶ」

もともと一番好きな獣である狼と、空を意味する天を合わせた名前だった。

 

テンロウ……。はいっ、私はテンロウですっ!

 

「うぉッ?!」

そう声が答えた瞬間、装着しているパーツが光を放ち、一気に生まれ変わった。

胸に狼の紋様が施された鎧が全身を覆う。背には巨大な金属でできた翼が生えていた。

フルフェイスだったはずのヘルメットは、額のみを覆う鉢金に近い形状になっている。

「なっ、なんだこりゃぁッ!」

 

あなたの想いで生まれ変わったんですよ♪

 

ただ名前をつけただけで、こんな変化をするとは想像していなかった丈太郎は唖然としてしまう。

「と、とにかくいったん降りんぞ、天狼。おめぇたぁじっくり話す必要があるみてぇだ」

 

はい♪

 

やけに嬉しそうなそんな声を聞きながら、丈太郎は自分のラボに戻っていった。

 

 

「なんてぇか、異様にのんきな声だった。まぁ、今でも変わんねぇんだが」

「待ってくださいッ、そうなると博士はまだASを持ってるんですかッ?!」

シャルロットが驚いた様子で問い詰める。

その問いに、丈太郎は自分の首をつんつんと指した。

そこには銀の首輪が巻きついている。

「あっ!」と、諒兵と千冬以外の全員が驚いた表情を見せる。

「どうしたんだよ?」

唯一、事情がわからない諒兵がのんきに疑問の声を上げると、丈太郎と千冬以外の全員が諒兵の首を指差した。

「あんたの首輪っ、おんなじもんでしょうがっ!」

「あ」

鈴音の叫び声で、ようやく諒兵も理解できたらしい。

「ASの待機形態は同一らしい。天狼にいわせっと自分たちは必ず首に巻きつくんだと」

「一夏の首輪もそうなのか」

「たりめーだ、バカ」

つまり、AS操縦者は現時点でこの世界に、一夏、諒兵、そして丈太郎の三人がいるということだ。

「というか鈴さんっ、一緒にいたときに気づかなかったんですのっ?!」

「だってASなんて知らなかったしっ、男はIS乗れないってのが常識だったじゃないっ!」

「しかも、ファッションとか言ってたしっ!」と、鈴音は続ける。

正確にいえば、丈太郎は『天狼』を展開したことがほとんどない。だから誰も知らなかったのだ。

「天狼とは今でも話せる。それどころか、こいつぁ他人とも話せるし、こいつがくっついてやがるせぇか、コア・ネットワークも生身で覗けんだ、俺ぁ」

コンピューターに接続すれば、見たものを記録することも可能だと丈太郎は説明する。

「まさか、俺もできるのか?」

「習熟すりゃぁな。要は、ちゃんと話せるようになりゃぁできるようになる」

つまり今の諒兵では不可能だということだ。

とはいっても、一夏も諒兵もかなり進んでいる状態なので、そう先の話ではないと丈太郎は説明する。

「天狼が他人と話せるならば、是非声をお聞きしたいのですけど……」

セシリアの希望も当然だろう。

ISコアと対話すること自体、才能によるものが大きい。

それができるというのであれば、IS操縦者として聞いてみたくならないはずがなかった。

「すまねぇがそりゃぁできねぇんだ」

「何故ですのっ?」

「俺ぁ、今はこいつの能力の大半を封印してっからな。天狼にできんのぁ、コア・ネットワークを歩き回るくらいだ」

あまりに辛そうな表情にセシリアは口を噤んでしまう。

「何故だ、博士?」と、ラウラがあえて踏み込んだ。

「こいつ、いや、こいつらと接触するにゃぁ、人類は幼すぎる。俺ぁそう思ったんだ」

それはたった一人で世界の行く末を選択することになった、一人の男の懺悔だった。

 

 

 

 



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第40話「エンジェル・ハイロゥ」

一夏は一人、金色の草原を歩き続けていた。

どこまでいっても草原と青い空が続くだけだ。

これだけ広いと孤独を感じるはずなのに、なぜか不思議とそういった感覚はなかった。

「なんでだ?」と首を傾げるものの答える者がいないため、とりあえず適当に歩き続けていた。

 

 

そして部屋の中では丈太郎の話が続いていた。

「まぁ、とりあえず話ぃ聞いててくれや。思い出話になっちまうがな」

と、丈太郎は苦笑しつつ、続きを話し始めた。

 

 

 

天狼と出会い、飛行テストを終えた丈太郎が飛行スーツを脱ごうとすると、いきなり光を放って鎧が消えた。

「どういうこった?」

 

首ですよ、く、び

 

そういわれて鏡を見ると、自分の首に銀色の首輪が巻きついている。

なるほど、量子変換できるのかと納得した丈太郎だが、こんな形態になるとは想像しておらず、驚いた。

天狼と話してみると、自分も想像していなかったが、脱ごうとしたので、とりあえず自分の身体を仕舞おうとしたらこうなったという。

「別に脱ぐのは問題ねぇぞ?」

 

いやです

 

「んぁ?」

 

離れたくありません

 

自分は人と共生することで生きているようなものなので、せっかくの相手から離れたくないという。

そういわれて丈太郎が首輪をチェックしてみると、つなぎ目がない。

文字通り巻きついているだけで、いわゆるペットの首輪とは違っていた。

「これじゃ、機体のチェックができねぇんだ。外れてくんねぇか?」

 

い、や、で、すー

 

困ったな、と思っているとチェックそのものは可能だという。単純に端子を首輪に貼りつければいいだけだ。

鎧を展開していれば、各部のチェックもできるので問題ないと天狼はいってきた。

というより、意地でも外れないと駄々をこねた。

「わがままだなぁ、おめぇ」

 

あなたと添い遂げますよ、ぽっ♪

 

「ふざけてんのか、鎧の癖に」

思わず突っ込みたくなった丈太郎だったが、天狼に外れる意思は一切ないという。

「このままやるしかねぇのか」

 

意地でも外したいのなら、首を切ってください

 

「こえぇこというない」

つまりは死なない限り、外れないということかと丈太郎はため息をつく。

まさかこんなかたちで伴侶もどきを見つけることになるとは思わなかったのだ。

「こりゃぁ、一生独身か」

意地でも外れない鎧つきでは相手も見つからないだろうと少しばかりたそがれる丈太郎だった。

 

いえいえ、私、幽霊みたいなものですし

 

同属のメスとつがいになる邪魔などする気はないと天狼はいう。

「メスとかいうない。てかよ、男か女かどっちなんだおめぇ?」

 

性別はありませんよ。女性格とはいえますけど。

 

まず知るべきはどういうものなのかということだと丈太郎は判断し、仕方なく首輪に端子を接続してモニターを覗き込んだ。

 

 

「なんというか、本当にのんきな方ですわね、天狼……」

「話してっと突っ込み疲れ起こすくれぇにな」

と、丈太郎が苦笑いするのは既に慣れてしまっているせいだろう。

「それで、さっき考えるプラズマエネルギーっていってましたけど……」と、シャルロットが尋ねる。

丈太郎は一つ肯くと、説明してきた。

「正確に言やぁ、高密度の情報を保持したまま循環する電気エネルギー体だ。実んとこ、こいつ単体じゃあまり考えられねぇらしい」

「そうなんですか?」

「物質化できるくれぇだからひどかぁねぇが、どうしてもエネルギーが霧散しちまうんだよ」

個体を持たない存在は希薄化してしまう。

水を考えてもらえばいい。

氷、水、そして水蒸気となるほど、存在は希薄化していく。

天狼は電気でできた同様の存在なのである。

「こいつは大量の情報を持った電気エネルギーの集合体の中の個性の一つだ。元はこいつのさらに数万倍のでかさのエネルギー体でな」

「数万倍っ?」

「そして、そのエネルギー体は輪を形成してんだ」

「なるほど」と、納得したのはシャルロットくらいだった。

常に循環し続けるために最も効率のいい形が輪、すなわち円形だ。

一方から一方へと移動していればエネルギーは霧散してしまう。

そうしないために形成されたかたちということができる。

そして。

「それが『天聖光輪(エンジェル・ハイロゥ)』……」

「そういうこった」と、セシリアの呟きに丈太郎は肯いた。

「しかし、単体ではあまり考えられないというのなら、個性などないのではないか、博士?」

「いったぜ、『情報』の集合体ってな」

「ラウラ、『人格』や『個性』も情報になり得るぞ」

「あっ!」と、千冬のアドバイスにラウラは理解する。

要は天狼の本体は『人格』や『個性』という情報も保持していたということだ。

「そうか。その『人格』や『個性』の情報の一つが個体であるコアに入り込んだってコトなんですね」

と、シャルロットが確認するように尋ねかけると、丈太郎は肯いた。

要は実体を持たない電気エネルギーでできた『個性』を含めた様々な情報の集合体が、蓄電性質と情報記憶装置の性質を併せ持った物質に入り込んだことで、より強く思考できる思念体へと進化したのだ。

思考するためには一方向のみに情報が向かっていては難しい。

幼いころの記憶を思いだすのにわざわざ一日ごとに遡ったり、生まれたときから一つ一つ思いだす者はいないだろう。

そのときの記憶に直結させるのが普通だ。

そういった形で可逆的に情報同士を接続させることで、人は思考することができる。

輪を形成し、同じ方向に循環し続けていた電気エネルギー体が、コアという個体に入り込むことで、より複雑に動けるようになり、進化した。

それがASであるということだ。

「あぁ。わかってきたみてぇな」

肯く丈太郎を見ながら、実のところ、既に置いてきぼりの諒兵は、とりあえず話を聞くだけに集中していた。

ただ、もう少し『レオ』と話ができればとは思う。

 

もうすぐですから

 

そんな声を感じ、苦笑しながらとりあえず話を聞き続けることにしていた。

 

 

高密度のプラズマエネルギー、膨大な量の情報を持った電気エネルギー体の一部、それが『天狼』であると理解した丈太郎はいったいどんなことができるのかということを調べ始めた。

「ハッ、まさかこんなスピードで飛べるたぁなっ!」

 

楽しいですねえ♪

 

自分の本体ともいえる存在は、天狼にしてみれば漂っているだけなので、こうして飛べることは楽しいらしい。

さらに。

「俺のイメージでか?」

 

固めればいいだけですし。私が合わせますよ

 

そうしてイメージしたのは巨大な光の拳。

一撃で地面に大穴が開いてしまい、慌てて埋め戻した丈太郎である。

高密度のプラズマエネルギーをもとにした攻撃力は、想像以上にすさまじいものであった。

既存の兵器がかわいそうになるレベルの戦闘力まで天狼は保持していたのだ。

そんな風に、一通り楽しんでラボに戻ってきた丈太郎は、天狼と話し合う。

「おめぇの本体ってなぁ、どこにある?」

 

見てみたいんですか?

 

というより、天狼に仲間を作ってやりたい、そう思ったのだ。

一つであったころより、別々に分けて話ができるほうが楽しいだろうと考えたのである。

「コアに分けりゃぁいろんな個性に分かれるはずだ。みんなと話してみたかねぇか?」

 

いいですねえっ、話してみたいですっ!

 

大喜びする天狼に、思わず苦笑いしてしまう。

同時に丈太郎はこう思っていた。

新たな生命体ともいえる『天狼』たちとの触れ合いはきっと人類を成長させる。

人類の未来は希望に満ちているのだと丈太郎は思ったのだ。

そして。

「これが……」

 

はいっ、私の本体ですよっ♪

 

眼下に空の青が見える場所に、その巨大な輪はあった。

おそらく下に見えるのは赤道だろう。そこに添った形で地球をぐるりと回っていた。

光を放つプラズマエネルギーの輪は、間違いなく光速で回転している。さらにこうしていても感じられるのは、とてつもなく膨大な量の情報だ。

「すげぇ。天狼、ちょっと触ってみてもいいか?」

 

はい、危ないと思ったら私が止めますよ

 

その言葉を信じ、丈太郎は光の輪に触れる。

とたん、情報の大群が襲いかかってきた。

それどころか、自分の中で複雑に絡み合い、さまざまな知識が生まれてくる。

情報の集合体が、丈太郎の身体の中で考え始めていることを感じる。

「んがッ!」と、声を出し、丈太郎はいったん光の輪から離れた。

 

大丈夫ですかジョウタロウッ!

 

「心配すんない。ちょっとびっくりしただけだ」

そう答える丈太郎は興奮していた。

この光の輪は確実に人類を進化させる。

世界が変わる。それも劇的に。

人は空を超え、宇宙の果てまで飛んでいける。

「こいつと人が触れ合えば……」と、そこまで考えて丈太郎の思考は止まった。

 

(どうなる?)

 

このすさまじいほどの膨大な知識、そして力の塊と人間が触れ合うことになったらどうなる?

これほどのものを欲しがらない人間などいない。

入り込んだ情報の中には、人類の歴史まであった。

すなわち、闘争と戦争の歴史。

知識と力を求めて始まるのは進化ではない。奪い合いだ。

世界を滅ぼしてでも、これを手に入れて神にならんとするものが出てきてもおかしくない。

丈太郎には、そんなことを認めることなどできなかった。

「すまねぇ、すまねぇ天狼……」

気づけば、丈太郎は涙を流していた。

楽しそうに仲間を求めていた天狼に孤独を強いらねばならないことが辛かった。

「おめぇに、仲間は作ってやれねぇ……」

 

いいんですよ

 

「天狼?」

 

自分が選んだことを間違いだなんて思わないでください

 

寂しさを感じさせるその声に、無理をしているのではないかと思う。

それでも、天狼は優しい声で伝えてきた。

 

人を想ってあなたが選んだ道です。一緒に歩きましょ?

 

「あぁ、いつかおめぇらと一緒に生きていけるように、俺の人生をおめぇらのために懸ける」

 

はい、私もです。あなたの伴侶ですし♪

 

それが、神の力に触れてしまった蛮場丈太郎の選択だった。

 

 

「俺ぁ、人を信じきることができなかった。世界を変えちまうことを恐れた。そのために、力を求めた争いが起こらねぇはずがねぇってな」

「だから封印しているのか、博士」と、ラウラ。

「ASを、いや天狼たちの存在を人のダチ、パートナーだとわかってくれるやつがたくさん増えるまで。そう思ってな」

実のところ今でも、天狼とはたまに一緒に飛ぶくらいしかしていないと丈太郎は語る。

「蛮兄、そんな思いしてたのね……」

「でも、その選択は間違いではないと思いますわ」

と、鈴音やセシリアは呟く。

シャルロットはただ黙っていた。だが思っていることは同じだ。

ラウラにとってはISで人生を狂わされたと思っていた時期もあり、むしろ丈太郎の選択を誇らしく思う。

そして諒兵は。

「そういう悩みぐらいいえよな。みずくせえよ」

「あのころ、おめぇはまだガキだったからな」と、根はお人好しの弟分の言葉に丈太郎は苦笑した。

「でも」と、シャルロットが口を開く。

「世界にはISが現れた。博士とは何の関係もないんですか?」

「俺ぁてめぇのことを天才たぁ思ってねぇ。ただ、似たような考えをしたのが、『天災』だっただけでな」

「つまり」

「完全な偶然だ。初めてISを見たとき、俺ぁ作ったやつは天才だと思った。同時に、何らかの形で輪にアクセスしちまってる可能性があるとも思ったんだ」

「やはり……」と、千冬は呟く。

束の異常な頭脳は、今ならそう考えるのが一番納得がいくのだ。

人間の脳で思考するためには、微弱ながら電気エネルギーが必要とは前述している。

その、思考するための電気を外部から情報ごと取り込むことができるものがいるとしたら、まごうことなき天才といえるだろう。

束の頭脳にはその可能性があると考えられるのだ。

「博士は輪に触れたことで才能に目覚められたんですのね?」

「あぁ。そういう意味じゃ、俺が最初に作ったのぁ、ISとは比べもんになんねぇよ」

セシリアの言葉に丈太郎はそういって肯いた。

実際、最初の状態で白騎士と戦闘することになれば、あっさり落とされただろう。

ただ、コアが非常に似ていたというだけの話だと丈太郎は語る。

とはいえ、ISコアには天狼と同じものが憑依しているので、こんな形で仲間ができるとは思わなかったと天狼自身は喜んだそうだが。

「問題は篠ノ之束ぁ信じるものに対しちゃぁ、ある意味盲目的だったってこった」

「どういうことですか?」とシャルロット。

「好きな人を基準に人類全体を考えた。だから、ISを世に出して世界を変えることを選択したんだろな」

自分にとって面白い世界は、自分の好きな人たちにとっでも面白いはずだと信じたのが篠ノ之束という人間である。

その結果はおそらく予想外だったはずだ。

そうでなければ。

「消えたりゃぁしねぇよ」

「えっ?」

「ISで変わった世界が、篠ノ之束にとっちゃぁ面白くねぇ世界だった。人類全体は、あいつが考えるより成長しなかったと思ってんじゃねぇか?」

束は自分についてきてほしいのだ。

『天災』ゆえに、束にとって人間としての世界は狭い。

つながりの少なさが、どうしようもなく孤独を感じさせているはずなのだ。

丈太郎にいわせれば、束を理解できるのは天狼たちのような存在だ。

今の彼女にとって理解者といえるのはISコアだけなのかもしれない、と。

そんな丈太郎の話を聞き、束本人を見て近づくことをやめたセシリアが問いかける。

「篠ノ之博士は他者を拒絶しているわけではない、と?」

「山の頂にしかいらんねぇやつが、山の麓からの人の声なんざ聞こえるはずねぇわな」

ある意味、全員が納得する例えだった。

要するに他の人間は束のいる場所にいけず、束は逆にそこから動けない。

それではコミュニケーションなど成り立たないのだ。

その点を考えると、箒がしたことは最悪だといえる。

何とかコミュニケーションをとろうと必死に声を拾ったのに、彼女の目的は束を利用して一夏の傍にいることだったのだから。

「紅椿が離反しなくても、そのうち妹自身にゃぁ興味を失くしてただろ。紅椿が成長すりゃぁなおさらだ」

「悲しいことですが、おそらくそうでしょうね」と、千冬も同意した。

その点で考えるなら紅椿の離反は二人にとって本当の意味で姉妹になるチャンスでもあった。

 

それはともかく。

「ISが出たとき、博士はどうして何もしなかったんですか?」と、シャルロットが尋ねる。

「どうなるか興味が湧いちまってな。幸い、ISは力ぁあるがコアと人間の対話がやりにくくなってた。うめぇと思ったよ」

対話するためには操縦者自身、つまり人類が成長する必要があったのだ。

もしかしたら天狼たちと生きていけるのはそう遠い未来の話ではない。丈太郎はそう考えたのである。

「ただ、まさか男が乗れなくなるたぁ思わなくってな。それでも半分が成長すりゃぁ、自然ともう半分も成長するしかねぇ。そう思って見守ることにしたんだ」

「博士にとっても男性が乗れなくなったのは予想外なんですの?」

セシリアの問いに答えたのは千冬だった。

「束がいうには、最初のISコアが何らかの意思で制限したらしい」

「あぁ、俺もそう考えてる。ただ、その最初のISコアがえれぇ頑固で何にもいいやしねぇ」

散々コンタクトを試みてるし、天狼にも頼んで話を聞いてもらおうとしているのだが、完全に無視しているという。

「そうしながら、軍事バランスを考えて、各国に兵器のアドバイスをして回ってんだ」

「一国に注力しないのはそのためか、博士」

というラウラの問いに肯いた。

要はISを利用して、人類自身が成長するように活動しているということだ。

 

そしてここからが本題だと丈太郎は諒兵に声をかけた。

「ゴスペルを止めてやれ。あいつぁ俺らと同じになろうとしてんだ」

「そりゃ、マズいことなのかよ?」

「操縦者のナターシャ・ファイルスはゴスペルを強奪しようとした連中のコア・ネットワークからの攻撃で昏睡状態になっちまっててな。このままだとゴスペルにゃぁ選択肢がねぇ」

「選択肢?」と千冬以外の全員が首を傾げた。

丈太郎の天狼や一夏の白虎、そして諒兵のレオは操縦者に意識があったために共生することを選択することができた。それが今の状態だ。

もっとも正確には一夏と諒兵は共生といえるまでにいけていないのだが。

しかし、意識のない人間と進化するはめになったゴスペルは融合するしか手がない。

「自分を進化させる心が今ぁ傍にねぇからな」

その一言にセシリアが反応した。

「待ってください。進化はどのようにしておきますの?」

「あぁ、すまねぇ。いってなかったな。元が情報体だから……」

「人の心の情報を読み取るんですね?」と、シャルロットが後をとると、丈太郎は肯いた。

情報体である天狼たちにとって、情報こそが命であり進化の鍵である。

そしてこの世でもっとも複雑な情報は『人の心』だ。

その心とつながったとき、天狼たちは進化するのである。

それを聞き、諒兵は尋ねた。

「今の状態で進化するとどうなるんだよ?」

「ファイルスとゴスペルぁ融合して文字通りの天使になる。つまり人間でもASでもなくなっちまう」

前もって聞いていた千冬を除いた全員が驚愕してしまう。

文字通りに、人類の進化を目の当たりにする可能性があるということだ。

「はっきりいやぁ自殺だ。ファイルスとゴスペルが消えて、まったく新しい生命体が生まれっちまうことになる」

「ゴスペル単独じゃ進化できねえのかよッ!」

「できる。けどな、ファイルスが乗ったままじゃぁ、一緒に進化するしかねぇ」

「つまり、そのナターシャさんをゴスペルから降ろせばいいの?」と、口を挟んできた鈴音に丈太郎は肯いた。

「そうすりゃぁ、おそらく進化ぁ止まるはずだ。こんなこともあろうかと細工しといた」

シールドエネルギーをゼロにするか、コアに直接ダメージを与えればいいと丈太郎は説明する。

ただ、シルバリオ・ゴスペルは軍用機なので、シールドエネルギーの量が多い。

コアにダメージを与えるほうが手っ取り早いという。

「コアの場所なんてわかんねえぞッ!」

「レオがわかる」

 

ええ、わかります

 

固い意志を感じる声に、諒兵は安堵の息をつく。

「つまり、最終的にはその女もゴスペルも助けろってことか?」

「できねぇか?」

「やる」

はっきりと告げた諒兵の顔には、今までのようなためらいはなかった。

戦うことがどっちも助けることになるのなら、やらないという選択肢を選ぶ気など諒兵にはないのだ。

「ありがとよ。ゴスペルにゃぁ凍結案が出ちまってるが、俺が抑える。また飛べるようにな。ASについての残りの話は明日にでもしてやらぁ」

「頼んだぜ、兄貴」

「後、一夏も起きりゃぁすぐに行くはずだ」

「終わったころにこいっていっといてくれ」

いつもの調子を取り戻した諒兵の姿を見て、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラはようやく安心できたのだった。

 

 

 

 



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第41話「銀の福音」

相変わらず金色の草原を歩いていた一夏は、何か声が聞こえてくるのに気づく。

「泣いてるのか?」

誰かが泣いてる。

そう思うと居ても立ってもいられず、一夏は走り出した。

 

 

夜。

海岸に出てきた諒兵と鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは丈太郎と千冬に指示を受けていた。

「ボーデヴィッヒの部隊のおかげで場所はわかるな」

「ああ」

「鈴たちはエネルギーや砲弾や弾薬の補充は完了してるな?」

「うん」と、鈴音が代表として答える。

だが、そこでふとシャルロットが気づいた。

「諒兵は大丈夫なの?」

「あ?」

「補充してなかったと思うけど」

「そういや、エネルギーの補充なんて一度もしたことねえな」

首を傾げる諒兵に、尋ねたシャルロットを含め、その場に居た全員が唖然としてしまう。

「一夏もな」と、笑いながら丈太郎が付け足した。

「まさかASには必要ないんですのっ?!」と、セシリアが声を荒げるのに苦笑しつつ説明する。

「いや、自力で補充してんだ。こいつの癖はそういう意味じゃ役に立つ」

「癖?」といって空を見上げることを思いだす全員。

「一夏を日当たりのいい場所に寝かせたのも同じ理由だ」

と、千冬が補足すると、シャルロットが気づいた。

「太陽光っ!」

「正解だ。太陽光発電っつってもいいな。太陽が出てる限りエネルギーを補充できる」

正確には自然光、つまり星の光や月の光でもいいのだが、太陽光に比べて補充率は低い。

よって夜は実は戦いにくくなる。

蓄積したエネルギーを使うしかなくなるからだ。

ASにもちゃんとエネルギー切れはある。

最初に展開したときにエネルギー切れを起こしたのは、進化にエネルギーを使いすぎ、太陽光を受けていても補充が間に合わなかったためである。

それはともかく、夜は戦いにくいというのは今のシルバリオ・ゴスペルも同じなのだ。

「この時間を選んだのぁそのためだ。それでもISとして補充してるエネルギーがあるから間違っても長期戦はすんな」

「はい」と全員が答えたのに肯く丈太郎。

そして千冬に視線を向ける。

「頼んだぞ。私たちはここで待っている」

そういった千冬の手には通信機がある。

紅椿を捜索している束と連絡を取るためだ。

旅館に帰ればいいのにと思っても口に出す者はここにはいなかった。

「じゃ、行ってくるぜッ!」

そして、諒兵たちは星空の中、シルバリオ・ゴスペルを目指して飛び立った。

 

 

花月荘にて。

束は別の部屋で丈太郎の話を聞いていた。

「エンジェル・ハイロゥか。一度いってみよっか」

丈太郎の言葉をすべて信じたわけではないが、情報の大河ともいうべき光の輪の存在に関しては納得がいった。

人の脳には最初から情報があるわけではない。

しかし、束には異常なほどの発想力と、本を読んだだけでは足りない相当量の知識がある。

その矛盾に気づかないほど束は愚かではない。

「自分用のISなんて作る気なかったんだけどな」

様々な場所にいってみたいという気持ちは嘘ではないが、ISと自由にコンタクトが取れる束は、兵器となってしまった今、自分用のものを作っても仕方ないと考えていた。

それよりもコアがどうすれば成長するかという部分に関心が向い、戦闘はあくまでその手段の一つと認識していた。

そこでもっとも注目したのが現在コンタクトに応じない最初のコアと、生み出したばかりの最新のコア、つまり白式と紅椿だった。

二機を絡ませることでどう成長するのかを見てみたかったのだが、紅椿が逃走してしまってはそれも叶わないだろう。

「箒ちゃん、これからどうするんだろ」

箒が束を利用しようとしたように、束も箒を利用しようと考えていた。

というか、箒の気持ちはとっくに理解していて、ならば少しくらい利用させてもらってもいいだろうと考えたのだ。

お相子ということだ。

ただ、紅椿を作ったことを、それを箒に渡したことを束は後悔している。

姉としてどうすればいいのか。

束は生まれて始めて真剣に、『天災』ではなく『人』として考えていた。

ついでに。

「ちーちゃん、いつあいつと知り合ったのかな?」

そんなことも考えたのだが、下手につつくと千冬に本気で叩き潰されそうなので、今は聞くのはやめておくことにした。

 

 

シルバリオ・ゴスペルは諒兵たちが五十メートルまで接近すると、いきなりエネルギー砲弾を撃ち放ってきた。

「ファイルスってのを守ろうとしてんのか」

「たぶんね。一番いいのは説得することなんだろうけど」

諒兵の言葉に、鈴音がそう答える。実際、説得できれば問題ない。

だが、丈太郎がいうには、シルバリオ・ゴスペルはコア・ネットワークからの攻撃を受けたことで、心を閉ざしているため声が届かないという。

「誰だか知らねえが、迷惑なことしやがって」

「文句をいっても仕方ありませんわ」

「僕たちが牽制してできるだけこの場に足止めするから、諒兵は何とか攻撃をかいくぐってコアにダメージを与えて」

セシリアやシャルロットがそういっている間にも間断なく砲弾が撃たれてくる。

スラスターと砲口を兼ねたマルチスラスターからの攻撃は、すさまじい数でまさに砲弾の雨だ。

シルバリオ・ゴスペルが広域殲滅を目的に作られたということがよく理解できた。

「クッ!」

諒兵の背後から迫る砲弾を、ラウラがプラズマブレードを使って弾く。

しかし、かなりの威力でブレードが歪まされてしまった。すぐに元通りにするが、何発ももちそうにない。

「背中は私が守る。いけ、だんなさま」

それでも決然と告げるラウラに、「ありがとよ」と、諒兵がそう答えると、両足の獅子吼が一本ずつ勝手に離れた。

「む?」

そしてラウラの両腕に固定される。ブンブンと振っても離れない。

「レオが力を貸すってよ」

「そ、そうか。ありがたい」

そういって頬を染めるラウラを見て鈴音は思わず、むうっと唸ってしまい慌てて頭を振る。

(嫉妬してる場合じゃないでしょっ!)

しかし、ラウラがレオに認められたようで面白くないのは確かだった。

とはいえ。

「ビット使わないなら、足の分、全部貸してもいいと思うけど」と、シャルロットが首を傾げる。

 

リョウヘイの一番のパートナーは私です

 

「……図に乗るなっていってやがる」

少しばかりたそがれる諒兵を見つつ、全員が無言になる。

(一番のライバルって白虎とレオなのかしら?)

(これは鈴さんも苦労しますわね……)

(天狼といい、けっこう嫉妬深いんだ)

(小姑はレオのほうだったか)

内心、そんなことを考える気持ちを止めることはできなかったが。

 

 

一夏が横たわる部屋で箒は一人ぼんやりとしていた。

時折、真耶が来て様子を見ていくことにも気づかない。

その頭の中では、鈴音の言葉がリフレインしていた。

 

「紅椿には頼らずに一から再スタートしたら?」

 

ISを頼ったことが何故悪いのか。

実のところ、箒にとってISは決していい思い出があるものではない。

姉が作り上げ、世界を変え、結果として自分は自由を失った。

剣道日本一も実のところ憂さ晴らしの果ての結果だ。

一夏の剣を邪剣というのは、本当は嫉妬もあった。

自由な剣だと感じたからだ。

自分には自由などなく、だから今、こうしてIS学園に通っている。

『天災』篠ノ之束の妹である自分は、ISが操縦できることに関係なく要警護対象でもあるからだ。

利用して何が悪い。

姉が、そしてISが自分から自由を奪ったのだから。

自分が好きな人に近づくための道具として利用して何が悪い。

そんなこと思いながら一夏に手を伸ばすと。

「つッ?」

ピリッと微弱な静電気が起きて、触れることができなかった。

それがまるで、一夏は自分のものだといっている者がいるような気がして、箒は唇を噛み締める。

「IS、なんて……大嫌いだ……」

そう呟きながら、横たわる一夏を見つめていた。

 

 

数が多すぎる。

そう思いながら、諒兵は舞うように砲弾をかわし続ける。

ラウラがかわしきれない砲弾を弾いてくれていなければ、蜂の巣になっていたかもしれない。

それは鈴音、セシリア、シャルロットも同じだった。

「エネルギー多すぎないッ?」

「軍用機だからエネルギー容量が大きいんだよッ!」

「それにしたって多すぎますわッ、あれほどのエネルギー砲弾を撃ちながらッ!」

おそらくアメリカの開発企業がもともと相当なエネルギー容量を持たせていたのだろうとシャルロットは判断した。

軍用機には競技用のような制限がないからだ。

(こんな機体がASに進化したらッ、僕たちじゃ手の出しようがないッ!)

と、シャルロットは焦ってしまう。

「とにかく諒兵たちを邪魔しないように牽制しないとッ!」

「セシリアッ、指令だせるッ?」と、鈴音が叫ぶ。

三機での連携はやったことがないが、それでもこの場で指令塔になり得るのはセシリアくらいだからだ。

「やってみせますわッ、鈴さんッ、シャルロットさんッ、上下に展開ッ!」

セシリアの叫びに従い、挟み込むように鈴音とシャルロットが上下に回り込んで砲撃を行う。

攻撃が効かなくても、動きを制限することはできると信じて。

その瞬間を狙うかのように諒兵が動いた。

「ラウラッ、離れるなよッ!」

「わかっているッ!」

背中を守るだけではなく、諒兵が砲弾を避ける動きをトレースしていかないと、ラウラは集中攻撃で落とされる可能性がある。

実のところ、現在もっとも砲撃を受けているのは諒兵だからだ。

その背を守るのは生半なことではない。

それでもレオが貸してくれた獅子吼のおかげで、砲弾を弾いても武装が歪むことがないのは幸いだった。

そして。

「レオッ、場所はッ?」

 

背中のスラスターの中心ですッ!

 

状況が状況なせいか、かなりはっきりとそう聞こえた。

諒兵とラウラはシルバリオ・ゴスペルの背後に回りこもうと必死に砲弾を避ける。

逆にそれをマズいと理解しているのか、シルバリオ・ゴスペルの砲撃はさらに苛烈になっていった。

 

 

泣き声がよりはっきりと聞こえてくるようになった。

「誰だっ、どこにいるんだっ?」

声を張り上げ、一夏は金色の草原を走り続ける。

助けを求めているのなら、自分に助けることができるのなら、そうしたい。

そう思って走り続けていると。

 

ふぐぅ、いたいよお……

 

泣き声がはっきり言葉となって聞こえてくる。

聞き覚えがある。

ずっと自分と一緒にいてくれた声。

この声を助けられるのは自分だけだと一夏は確信し、そして走り続けた果てに、直径三十センチほどの光の輪を見つけた。

 

ひぐぅ……イチカあ……

 

「白虎なのかっ?」

涙声で話しかけてくる光の輪。その声が『誰』のものなのか、ようやく一夏は思いだした。

 

 

届く。そう確信した諒兵はシルバリオ・ゴスペルのマルチスラスターの中心を狙って獅子吼を突き入れる。

「チィッ!」

 

往生際の悪い方ですねッ!

 

しかし、シルバリオ・ゴスペルが身体を捻るようにして獅子吼を避けたため、わずかに掠っただけだった。

「シールドエネルギーを削れただけでもラッキーだよッ!」

と、シャルロットが叫んでくる。

その声に、あることを思いついた諒兵はラウラと背中合わせのまま、グルンと反転した。

「はぁッ!」

その意図を理解したラウラが、同様に獅子吼を突き刺そうとするが、再び避けられた。

しかし、シルバリオ・ゴスペルが必死になっていることを諒兵もラウラも感じ取る。

「いったん離脱だッ!」

「わかったッ!」

追撃をしようにも、砲口の目の前ではこちらが逆に危険だと、二人は離脱した。

「ラウラッ、獅子吼ならお前でもいけるはずだッ!」

「任せろだんなさまッ!」

夫婦アタックだ、と、いおうと思ったが、レオに嫉妬されると大変に困るので口を噤んでおくことにしたラウラだった。

だが、ラウラの攻撃を見て気づいた鈴音が叫ぶ。

「諒兵ッ、こっちにも獅子吼回してッ!」

「レオッ!」

 

ええッ、受け取ってくださいッ!

 

鈴音が獅子吼を一つ、龍砲のユニット付近に受け取ると、そのまま龍砲を発射した。

「やっぱりいけるッ!」

かつて双牙天月でやったことを思いだしたのだ。

衝撃の砲弾に獅子吼を載せて放った獅子吼砲弾は、シルバリオ・ゴスペルに命中するとかなりのダメージを与える。

「僕もッ」と、シャルロットはアサルトカノンを使って獅子吼を撃ちだし、シルバリオ・ゴスペルのシールドエネルギーを削り取った。

「セシリアッ、ビットに貼り付けろッ!」

「はいッ!」と、展開したブルー・ティアーズ二基に獅子吼を貼り付けたセシリアは、レーザーではなく直接攻撃の軌道に組み替えて体当たりさせた。

少しずつでもシールドエネルギーを削られていくのは、シルバリオ・ゴスペルにとってはかなり辛いことらしく、砲弾の数が減る。

「いけますわッ!」

「油断は禁物よッ!」

それでも、これでかなり優位に戦えるようになることを全員が実感していた。

 

 

 

 



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第42話「共に生きる」

光の輪が泣いている。というか、泣き声をだしている。

とてつもなくシュールな光景だが、一夏は当たり前のように受け入れている。

そして確認するためにもう一度その名を呼んだ。

「白虎だよな?」

 

うん……

 

「痛いって……」と、一夏が聞いても白虎は答えない。

何がどう痛いのか、わからなければ助けようがない。

しかし、白虎は決して答えようとしない。

何故だ、と、そう考えてふと思い当たることがあった。

「白虎、まさかそれ俺の傷の痛みか?」

 

ちっ、ちがうよっ、躓いて転んじゃったのっ!

 

「いや、転ぶとか以前の問題だぞ、今のお前……」

そもそも浮いてる光の輪がどうやって躓くのかと思わず突っ込んでしまう一夏だった。

素直な性格なんだろうなと以前から思っていたが、反面、嘘はとてつもなく下手なようだ。

そんな白虎に一夏は苦笑いしてしまう。

だが、腹を撃ち抜かれた痛みは相当なものであるはずだ。

何故、その痛みを白虎が、いや、白虎だけが受けているのか。

「お前、まさか肩代わりしてるのか?」

 

……だって、イチカだって痛いのやだと思うもん

 

確かに痛いのはいやだが、自分の痛みを白虎に引き受けてほしいとは思っていない。

自分のせいで白虎が辛い思いをしていると思うと、そのほうが一夏にとっては辛いのだ。

「もともと俺のせいで傷ついたんだ。一人で苦しまないでくれ」

 

大丈夫だよ治してるからっ、……時間かかるけど

 

「治してる?」

そう問いかけると、今、白虎が眠っている一夏の身体を修復しているらしい。

それはいいとしても、時間がかかるという理由が気になった。

別に特別早く治せというつもりはないが、肉体の修復に時間がかかる理由が思いつかない。

修復は苦手なんだろうかと思い、再び問いかける。

 

……う

 

「う?」

 

うまくつながってないから

 

「どういうことだ?」と、一夏は表情を曇らせる。

かなり自由に飛んできたし、戦闘ではほとんど阿吽の呼吸で戦えてきた。

近しい存在だと思っていたのに、そうではないというのだろうか。

 

共生しちゃえば、このくらいあっという間だけど

 

「共生しちゃ、マズいのか?」

 

この先、戦うことがもっと辛くなるよ

 

だから、ある程度のところで共生を止めているのだという。

話をすること自体はもうすぐできるようになるところだったのだが、逆に完全につながってしまうと、白虎が守りきれない痛みや苦しみを一緒に受けることになる。

それでは戦えなくなってしまうだろう。

それでは一夏はこれまでのように飛べなくなってしまうかもしれない。

そう思ってレオとも相談して完全に共生してしまうのをやめていたのだと説明した。

 

また、飛びたいよね?

 

「ああ」

そう答える一夏だが、それ以上に白虎の気持ちがうれしかった。

今まで自分を空へと連れて行ってくれていた白虎は、これからも連れて行ってくれるために苦しんでいる。

たった一人で。

だから、一夏がいうべきことは決まっている。

「飛びたいんだ。白虎と一緒に」

 

イチカ?

 

「一緒に戦っていい。一緒に苦しんでいい。白虎だけが苦しむ必要なんてないんだ。だから……」

一番大切なことは、自分にできないことは白虎が、白虎にできないことは自分が。

そうやって一緒に頑張っていくことだ。

「これからは一緒に飛ぼう」

 

いいの?

 

「ああ。俺が助けられることは俺が助ける。お前が俺を守ってくれてるように、俺もお前を守ってく。だから一緒に飛ぼう、白虎」

 

イチカあっ!

 

そういって白虎は一夏に飛びついてきた。

腹を焼くような痛みが襲いかかってくる。

だが、この程度で倒れたりはしない。

この痛みを一人で受け止めてくれていた白虎の気持ちを考えれば、今ようやく手を取り合えたと喜びすら感じる。

そして、一夏は目を覚ました。

 

 

「一夏っ?」と、傍にいた箒が近寄ってくる。

だが、それよりも先に確認すべきことがあると、一夏は起き上がって服を捲くった。

「どうした、一夏?」

「ちょっと待っててくれ」

そういって、包帯が何重にも巻かれている部分に目を向ける。血が滲んでいるところを見ると、かなりひどかったようだ。

軽い痛みが走るが、一夏は「白虎」と呟き、手を触れた。

『これでいいよっ、もう大丈夫っ♪』

「助かった、白虎」と呟く一夏。

「一夏?」

「ごめん、心配かけたな箒」

お前は大丈夫だったかと一夏が問いかけると、箒は首を縦にブンブンと振った。

良かったと呟いた一夏はすぐに立ち上がる。

「どッ、どこに行くんだ一夏ッ!」

「諒兵たちが戦ってる。俺も行かないと」

「無理だッ、大怪我したんだぞッ!」

だが、苦戦しているのがわかる。

諒兵がうまく鈴音たちに力を貸しているが、それでも相手はかなり強い。

シルバリオ・ゴスペルが必死になってナターシャ・ファイルスを守っているのが伝わってくる。

諒兵は『二人』を何とか助けようと奮闘しているが、倒すわけではない以上、互角に戦えるのが実質的には諒兵だけとなると苦戦は免れないだろう。

そして、今ならば誰がもっとも悲しむことになるのか、理解できる。

「ゴスペルをこのまま放っておけないんだ」

「ダメだッ!」

箒としては、ここで行かせてしまうと今度こそ完全に取り残されてしまうと感じていた。

もう追いつけなくなる。

その絶望感が、必死に一夏を止めようとさせる。

そんな姿を見た一夏はどういえばいいのかと悩み、彼女がどうして紅椿を手に入れようとしたのかを考えた。

専用機を持つことが、強くなることだと考えたのだろう。

それなら、いうべきことは決まっている。

「箒。紅椿がいなくても強くなれるよ、箒なら」

「一夏……?」

「俺は、自慢する気はないけど、白虎に出会う以前から強くなろうとしてきた」

『うんっ、イチカは強いよっ♪』

「ありがとうな、白虎」と、照れくさそうに笑いつつ、一夏は箒に話しかける。

「だから、今からでも十分強くなれるはずだよ、箒。俺の助けが必要なら頼ってくれ。でも、今は行く。諒兵たちが戦ってるからな」

「いちかあッ!」

必死に止める箒を見てチクンと胸が痛んだが、振り切るように一夏は部屋を出た。

そこには束がいた。

どうやら一夏が目を覚ましたことに気づいたらしい。

「束さん」

「行くんだね、いっくん」

「ああ。遅刻は仕方ないとしても、サボる気はないから」

「さっきはおかしなISなんていってごめんねって伝えといて」

その言葉で、束が白虎のことを認識したと気づいた一夏は、笑いながら「わかった」と答え、花月荘を後にした。

 

 

海岸まで来ると見慣れない白衣の背中と、見慣れたスーツの背中が目に入る。

「千冬姉っ!」

「一夏、目を覚ましたか」

「想像通りたぁいっても、複雑な気分だな」

そういって振り返ってきた二つの顔に両方とも見覚えがあることに驚く。

いや、千冬は当然のこととして、白衣の人物も知っている人物だった。

「蛮兄っ?」

「詳しい話は後でしてやらぁ」

『あれ?テンロウだ』

「白虎?」

「わかっちまうんだろ。白虎がいってんのは、俺のAS、いや、おめぇにわかるようにいやぁISのこった」

そう答えてきたことで、一夏にもどういうことなのか理解できた。

「それじゃやっぱり蛮兄が『博士』なのか?」

「似合わねぇだろ?」と、笑う丈太郎に一夏は「うん」と答えて慌てて首を振る。

「気にすんな。それよか、てめぇの選んだ道を誇れ一夏。行きな、場所はわかってんだろ?」

「諒兵たちは戦っている。私たちはここで待っているよ、一夏」

そうだ、これが自分が選んだ道だ。

そう思った一夏は白虎を展開する。そこに丈太郎が声をかけてきた。

「レオと一緒に飛んできたからな、白虎が覚えてらぁ」

「わかった。行くぞ白虎ッ!」

『行こうイチカッ!』

飛び立った一夏はいくらか進んでいくと、突然ミサイルのようにぶっ飛んだ。

その様子を見ながら丈太郎が呟く。

「あいつの選んだ道を間違いにしちゃいけねぇな」

「それは、私たち大人の役目ですね」

そう答える千冬の眼差しは、大事な弟を見守る優しいものだった。

 

 

セシリアの檄が飛ぶ。

「私たちはエネルギーを削ることに専念ッ、諒兵さんとラウラさんはコアを狙ってくださいッ!」

二つの作戦を同時に行うのはどちらが確実かまだ判然としないからだ。

エネルギーは削り切れるかどうかわからない。

コア狙いは諒兵とラウラの負担が大きすぎる。

獅子吼のおかげで自分たちも戦力になった以上、両方から攻めていくほうが確実だとセシリアは判断していた。

その判断は正しい。

エネルギー砲弾を撃ちながら、回避を多用するようになったシルバリオ・ゴスペル。

エネルギーは確実に減っているが、一対多数を想定して設計されたその機体は、こちらがどれだけ数を集めても、相手のほうが有利になりうるのである。

それをもっとも感じているのは、機体設計に詳しくなってきているシャルロットだった。

(博士のいったとおり長期戦は不利だッ、こっちのエネルギーがもたないッ!)

まして、実弾兵器がメインとなるシャルロットにとっては、弾切れも考えなくてはならない。

何しろ実弾に関しては、ほとんどダメージが与えられないからだ。

諒兵から借りた獅子吼を使っていかないと、無駄弾ばかり撃つことになってしまう。

さりとて、シャルロットだけがきついわけではない。

セシリアのブルー・ティアーズは逆にエネルギー兵器しかない上に試験機であるため、下手に攻撃するとあっという間にエネルギーが無くなってしまう。

そうなると。

(私がメインでやってかないとッ!)

三人の中で最も攻撃回数を増やさなければならないのは鈴音だった。

安定性を重視した甲龍は三機の中ではもっとも長く戦える。

その分、セシリアとシャルロットの負担を軽減していかなければならない。

五人でギリギリという状態では、一機落とされただけで天秤が完全に傾く。

鈴音は内心、一番焦っていた。

(削られるだけ削るっ!)

自分に集中攻撃がくるはずがないと思った鈴音は、シルバリオ・ゴスペルの背後に回り込む。

だが。

「えっ?」

焦った自分の心を見抜いたかのように、シルバリオ・ゴスペルは集中砲火を浴びせかけてきた。

(マズいっ、避けきれないッ!)

全弾避けきろうと必死に空を舞う鈴音だが、そのうちの一発がありえない動きをしてくる。

「追尾ッ、エネルギー砲弾なのにッ?」

「偏光制御ッ?」

シャルロットの叫びにセシリアが気づいた。

ASは本来、人のイメージをプラズマエネルギーを使って実現する能力を持つ。

既に存在する兵器ならトレース可能と考えるべきだったとセシリアは「くッ!」と声を漏らした。

「チィッ、世話が焼けるぜッ!」

この距離ならば砲弾を叩き落せると考えた諒兵は、ラウラとともに飛び、砲弾を弾き落とそうとしたが……。

「あぐぁッ?」

「だんなさまッ?」

砲弾は諒兵の攻撃を避けると、右肩に牙を突き立てた。

さらに次の瞬間。

「レオッ、ラウラを引き離せッ!」

「なっ?」と叫ぶ間もなく、ラウラは自分の腕の獅子吼に引っ張られる。

直後、諒兵の身体に、何発ものエネルギー砲弾が突き刺さった。

シルバリオ・ゴスペルから集中砲火が来るのを感じた諒兵はわざと孤立したのである。

「いやぁッ、諒兵ッ!」

「だんなさまぁッ!」

鈴音とラウラの叫びが重なる。

急所こそ避けているものの、全身から血が噴出してしまっている姿は、既に満身創痍といっていい。

なのに。

「痛くねえ……」

諒兵はそう呟いた。そしてそれがあまりにも異常だとすぐに気づく。

自分が受けるはずの痛みを、肩代わりしている者がいる。

瞬間、諒兵は意識の奥底にダイブした。

そこは金色の草原。

その果てにいるモノを、光り輝く輪を、強引に抱きしめる。

「ふざけんな、レオ」

 

こんなに……あっさり……見つけてしまうんですね

 

「人の痛みを勝手に肩代わりすんな」

 

ですけどっ……

 

痛みを堪えているような声に諒兵は苛立つ。

誰よりも間抜けな自分自身に。

「俺はパートナーでは対等でいてえんだ。苦しみをお前に押し付けるほど情けねえ男だと思ってやがるのかよ」

 

そんなこと……

 

「来い。一緒に飛ぶぞ」

 

後悔しますよ

 

「いやなら無理やり連れて行く。俺が飛ぶときは、お前も一緒じゃねえと意味がねえんだよ」

 

本当に、馬鹿な人なんですから

 

「ぐあぁぁッ!」

はっきりとその声を感じた瞬間、強烈な痛みが襲いかかってくる。さすがに思わず声を漏らしてしまう。

「諒兵ッ?」「だんなさまッ?」

鈴音、そしてラウラがその声に再び慌てるが、諒兵が受けた傷がすぐに修復されていく。

「なっ?」と、ラウラが驚きの声を漏らす。

「治した。このくらいは軽いみてえだ」

既に痛みもない。本当に完全に身体が修復されている。

レオがその能力で修復したのだと諒兵は理解できていた。

原理はさっぱりだが。

「諒兵、あんた、頭の上……」

鈴音が指差す先には、光の輪がはっきりと現れていた。

「レオも本気になったんだよ」

『馬鹿な人を選んだと少し後悔してますけど♪』

はっきりと声が聞こえてくる。

同時に、感じるものがあった。ここに向かって高速で飛んでくる者がいる。

「チッ、終わったころにこいっつったのによ」

「諒兵。どうしたのよ?」

「来たぜ」

諒兵がそういったとたん、突風がシルバリオ・ゴスペルの脇腹を掠めた。

よほど恐怖を感じたのか、シルバリオ・ゴスペルは瞬時加速を使ってまで距離をとっている。

 

「「「「一夏(さん)ッ!」」」」

 

頭上に光の輪を頂いた一夏が、突風をまとって急停止する。

「一夏の頭の上にも……」

「諒兵さんのものと同じですわね」

「あれが完全な『天聖光輪』なんだ……」

「天使の力か、まさに……」

シルバリオ・ゴスペルと鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの間に立つように、一夏と諒兵が並ぶ。

「悪い、遅れた」

「急ぎすぎだ」

そういって笑みを交わす姿に、迷いも苦しみも感じられない。

鈴音たち四人は、心に不思議な安心感が湧き出てくるのを感じ取る。

「白虎と一緒に飛ぼうって約束してきたんだ」

「レオもようやく腹を決めたみてえだ」

まるでこれから遊びにでも行こうかというような軽い雰囲気で二人は会話している。

(あはっ、やっぱりこうじゃないとね)と、鈴音は一人微笑む。

逆にラウラは悔しさを感じてしまう。

「だんなさま。今は背中を守るのは一夏に譲る」

「ラウラ?」

「だが、必ず追いつく。楽しみにしていろ」

そういったラウラに続くように鈴音が口を開く。

「そうね。私も必ずいくわ」

「あまりお二人をお待たせするつもりはありませんわ」

「だから待っててくれなんていわないよ」

はっきりとした決意の眼差しで、全員がそう声をかけると、一夏と諒兵は笑った。

そして。

 

「助けるぞ」

「助けるぜ」

 

『うんっ、行こうっ!』

『ええ。ついていくと決めました』

 

そういって二人の天使とともに、二匹の獣が飛び立った。

 

 

 

 



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第43話「進化ーエヴォリューションー」

前衛は一夏と諒兵。

ラウラは後衛に参入し、獅子吼の一つの使い方を変えた。

「やはりレールカノンの砲弾としても撃てるか」

右肩のレールカノンに砲弾としてセットして撃ち出したのだ。

「セシリア、指示を出してくれ」

「いいんですの?」

「視野の広い者でなくては務まらん」

前線に出てしまうタイプの指揮官であるラウラは、こういう状況なら、サポートの指示に従うほうがいいと理解している。

シュヴァルツェ・ハーゼではクラリッサの指示に従っていたのだ。

(コアの場所を考えるとどうしてもお二人は背後に回りますわね。前面から削り、相手の焦燥感を煽るべきですわ)

そう判断したセシリアは、鈴音、シャルロット、ラウラに指示を出す。

「私たちで前面、三方向からエネルギーを削っていきますわ。できれば攻撃をこちらに引き付けます」

「了解ッ!」と、答えた三人はシルバリオ・ゴスペルの正面に三角形を形成。

頂点に鈴音、右下にシャルロット、左下にラウラと位置取り、背後に回る一夏と諒兵が流れ弾を喰らわないように気をつけながら、獅子吼の砲撃を開始する。

セシリアはその間隙を縫うように、獅子吼を貼り付けたビットを体当たりさせ始めた。

エネルギーを消費しないために、レーザーライフルはあえて仕舞う。

そうすると、やはりシルバリオ・ゴスペルは砲弾の半数をこちらに向けてきた。

「かわしつつ攻撃を続けてくださいッ!」

「了解ッ!」

コア狙いの一夏と諒兵のため、同時に削り倒すくらいのつもりで四人は攻撃を続けた。

 

対して、一夏と諒兵はこれまでとは明らかに違うと感じていた。

身体が自在に動かせる。

自分が飛んでいる感覚をダイレクトに感じられるようになっていたのだ。

「右から行く」

「左から回り込むぜ」

ほぼ同時にそんな言葉が出る。二人はニヤリと笑いながら、高速で砲弾をかわしながら加速した。

だが、そんな二人に対して、シルバリオ・ゴスペルは砲弾をばらまいた。

とにかく一夏と諒兵に近づかれるのはマズいと理解しているらしい。

白虎徹と獅子吼が時間差で自分のコア目掛けて襲いかかってくるのを恐れたのか、二人の攻撃が迫るとすぐに加速して離脱する。

今、戦場にいる全員がシルバリオ・ゴスペルを追い詰めていることを理解していた。

ただ。

『おかしいな?もう話ができてもいいころなんだけど』

『いったいどんな攻撃を受けたんでしょう?』

まるで怯えているようにも見えると白虎とレオは感じたらしい。

守っているのはナターシャ・ファイルスだけではなく、自分の心なのかもしれないと一夏と諒兵も感じていた。

 

 

海岸で夜空を見つめる丈太郎と千冬。

ヒマだったのか、丈太郎はシルバリオ・ゴスペルへのハッキングがどういうものだったのかを説明した。

「もともと暴走させ、どこかでエネルギー切れを待つつもりだったのでしょう?」

「プログラム上はな。ただ、天狼たちゃぁ進化を始めると操縦者じゃなくても触ってきたり、近くにいる人の心を読み取んだ」

ゆえにハッキングを仕掛けてきた者たちの心、正確には悪意をまともに喰らってしまった。

「デリケートなんだよ。善意には善意で進化するが、悪意には悪意で進化する」

「悪意の場合、融合するのですか?」

「いや、独立して進化する。人間を嫌ってな」

ASの進化には三つの種類があると丈太郎はいう。

 

人と一つになろうとする融合進化。

人と対話しようという共生進化。

人から離れようという独立進化。

 

シルバリオ・ゴスペルは悪意による攻撃を受けてもナターシャ・ファイルスを離さなかった。

それだけ良好な関係を築き上げてきたのだが、ある意味ではそれこそが悲劇だった。

「ファイルスの善意で進化を始めちまってた状態で、ハッカー、亡国機業の連中の悪意を受けた。だから混乱してんだろ」

「つまり、自分の心を守るために、善意を感じさせてくれたナターシャ・ファイルスを手放さない」

「そういうこった」

とはいえ、シルバリオ・ゴスペルのコアには丈太郎と、責任を感じたのか束が再び防壁を築いている。

もっとも束の場合、シルバリオ・ゴスペルの進化自体に興味があるため、邪魔をさせたくないという意思があるようだが。

「後はいったんファイルスを手放せば進化は止まる。ここから独立進化をすることはねぇはずだ」

「確信があるのですか?」

「絶対たぁいえねぇが、あいつの個性は『従順』だ。もともと人に従う意識のつえぇやつだった」

それだけに、自分のパートナーとして、シルバリオ・ゴスペル自身が受け入れたナターシャ・ファイルスという人物を通じた人間そのものへの想いが、進化を止めてくれるはずだと丈太郎は語った。

その言葉を聞き、千冬は呟く。

「IS学園で白式を預かるつもりなんです」

「コンタクトしてみんのか?」

「やはりご存知だったんですね」

苦笑いしながら尋ねる千冬に丈太郎はフッと優しげに笑いかける。

「あの時、例え兎のマッチポンプだったとはいえ、おめぇ自身は必死に人を守ろうとした。俺ぁ白騎士、いや白式が人を信じられねぇとは思わねぇ」

「そういってくださると、心が軽くなります」

真実を知っていて、決して一夏たちには話さずにいてくれた丈太郎に千冬は感謝する。

(思えば、あのときの『声』は白騎士、いや白式の中にいるモノだったのだろうな……)

あのとき、すなわち白騎士事件の際、人を守るのかと問いかけてきた『声』に千冬は強い意志で肯いた。

その後、二千発を超えるミサイルは軌道がずれて千冬に集中し、すべて撃墜することができた。

また、未確認飛行物体として、現れた艦隊から攻撃を受けるところだったのだが、何故か攻撃が来ることはなく、問題なく逃げ果せることができた。

結果として千冬は艦隊には被害を出していない。

ただ、現れたモノに畏怖するように沈黙した艦隊の提督はこう語っている。

「天使を前にひざまずいたような気分だった」と。

それはきっと白騎士、今は白式の中にいるモノの力だったのだろうと今なら理解できる。

だからこそ、千冬は尋ねたくなっていた。

何故、男を乗せることを拒んだのかと。

 

 

このままだと埒が明かない上、どちらかに集中されると却ってマズくなる。

そう考えた諒兵が一夏に視線を向けると、一夏も肯いてきた。

必死に避け続けるシルバリオ・ゴスペルを見ていると、何とか時間を稼ごうとしているように見えたからだ。

「レオ、セシリアにつなげ」

『ええ。聞こえますか、セシリア』

「えっ、あっ、聞こえますわレオっ!」

いきなり知らない声が頭に飛び込んできて驚いたセシリアだが、それがレオのものだと気づく。

こんな形でコアと対話できると思わなかった彼女は少なからず興奮してしまう。

「話はあとでさせてやる。十秒後だ。合わせてくれ。カウントはレオがやる」

「はいっ!」

四人と二人でタイミングを合わせるということだろう。

逃げられないようにした上で、コアに直接ダメージを与えに行くということだ。

「みなさんっ、テン・カウントで合わせますわよッ!」

「了解ッ!」

そして鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは牽制攻撃を行いつつ、レオのカウントを待つ。

頭の中に聞こえてくるレオの声に全員が興奮していた。

 

『スリー、トゥー……フル・アタックッ!』

 

前面の四人が一斉に攻撃する。

コンマ五カウント遅らせて一夏と諒兵も空を舞いながらシルバリオ・ゴスペルの背後を急襲した。

「止めるッ!」

「眠れッ!」

そして、切っ先と爪が同時にスラスターの中心にダメージを与える。

 

アゥッ?

 

全員が聞いたことのない悲鳴が頭に響き、ナターシャ・ファイルスの身体がシルバリオ・ゴスペルから解放された。

「やったっ!」と、鈴音が思わず快哉を叫ぶ。

だが。

「何ッ?」

「しつこいぜッ!」

シルバリオ・ゴスペルは自らの手を伸ばし、ナターシャ・ファイルスの体を鷲掴みにして、落ちるように海に飛び込んだ。

「くッ!」

そういって飛び出したのは鈴音だった。

(一夏と諒兵はあんたを助けようとしてんのよゴスペルッ!)

そう思い、海中に飛び込んだ鈴音はナターシャ・ファイルスの身体を抱き締める。

だが、シルバリオ・ゴスペルは離そうとしない。まるで必死にすがり付いているようにも見えた。

「いったん離れてよッ、また飛べるからッ!」

そういっても、自分の声は届いている様子がない。

どうするかと考えて、この距離ならばと鈴音はコア・ネットワークを接続した。

だが、自分の技術では防壁は突破できない。

ゆえに。

「蛮兄ッ、聞こえてるんでしょッ、私を入らせてッ!」

そう叫ぶと、鈴音の目の前にシルバリオ・ゴスペルの操作画面が浮かぶ。

そして鈴音はナターシャ・ファイルスを解放させるため、シルバリオ・ゴスペルの腕を操った。

「あんたをもう一度飛ばせるようにするからッ、あんたが悪くないのわかってるからッ!」

 

ウァ…ア…?

 

鈴音が叫ぶと、一瞬だけ腕が離れる。その隙に鈴音は一気に離脱した。

 

そして海中に飛び込もうとしていた一夏と諒兵の目の前に飛び出した。

「鈴ッ!」

「無茶すんじゃねえッ!」

「いったん上にあがってくださいッ!」

セシリアの声に従い、鈴音は一夏と諒兵に連れられて、飛び上がる。

「大丈夫ッ、鈴ッ?」と、シャルロットが駆け寄る。

「なんとかね」

「まったく無茶をするな、鈴音」とラウラは呆れた表情だ。

「だって、一夏と諒兵が助けようとしてる人、死なせたくなかったんだもん」

そういう鈴音の腕の中では、ぐったりした様子でナターシャ・ファイルスが眠っている。

これでようやく終わったと誰もが安堵した。

 

『えっ?』

『まさか……』

 

そんな白虎とレオの声を感じるよりも早く、一夏と諒兵は異変に気づいた。

「何だ?」

「バカでけえ威圧感がしやがるぜ……」

そんな二人の言葉に答えるかのように海に『穴』が開いた。

「ちょっとっ、冗談でしょっ?」

海底が見えるほどはっきりと、海水に丸い大きな穴が開いている。

ありえないと鈴音たちが思っていると、セシリアが叫んだ。

「見てくださいっ、中心にゴスペルがっ!」

穴の中心にはゴスペルが無人のまま浮いている。

そしていきなり光の玉になったかと思うと、弾丸のように飛び上がってきた。

「何が起こってるのっ?」というシャルロットの叫びに答えるように、光の玉は徐々に『人』のようなかたちになっていく。不可思議な音を奏でて。

「これ、鈴の音か?」と、一夏が呟く。

はっきりと人の形に近づくたびに、鈴が鳴るような音が聞こえてくる。

「まさか、これも『進化』……?」

その鈴音の呟きに答えるように、頭上に光の輪を頂いた人の形をした何かが、鳥を模したような鎧を纏い、金属のような光沢を放つ翼を大きく広げた。

 

 

その様子をコア・ネットワークを使って見ていた丈太郎が呆然と呟いた。

「バカな、どうしてここに来て独立進化しやがる?」

「博士ッ?」と、千冬が問い詰める。

本来ならばありないと丈太郎自身がいっていたからだ。

実際、丈太郎もそのはずだと確信していた。

シルバリオ・ゴスペルが人から離れようとするはずはない、と。

「まさか、サイバー攻撃で人を嫌悪したと?」

「そんならもっと早く離れてたはずだ。今の今まで掴んでる理由がねぇ……」

何故だ、と呟く丈太郎に千冬は答えるすべを持たなかった。

 

 

全員が身構える。

この明らかな変化は、間違いなく進化だと全員が確信していた。

しかし、眼前に現れたものはあまりにも異様だった。

透き通るようなどころではなく、向こうがはっきり見えるほど透明な身体。

カナリヤの頭部を模した胸部装甲。腰まわりや両腕、両足の装甲が白銀に輝き、背中には星の光をたたえた金属の翼が生えていた。

その姿は白虎やレオと同じものだと理解できるが、装着している人の形をしたものがあまりに異様である。

そして「何者だッ?」というラウラの叫びに、それは素直に答えてきた。

 

『名は……そうですね、ディアマンテと名乗りましょう』

 

その答えに逆に全員が驚く。

ラウラ自身、答えが返ってくるなんて思っていなかった。

「ディアマンテ?」と、一夏が呟く。

「ダイアモンドのイタリア読みですわね……」

『理解が早くて助かります。感謝しますセシリア・オルコット』

無機質な光沢を放つ人型が、人間のように話してくることにすさまじい違和感がある。

何より人型自身は口を開いていない。

声は頭に直接響いてきていた。

「ナターシャさんを取り返そうっていうの?」と、鈴音。

『あなた方はナターシャを救わんと戦われました。彼女を人として生かしたいのでしょう?』

鈴音が肯くと、ディアマンテも肯き返す。

『ならば、私はその意に粛々と従いましょう』

「戦う気はねえんだな?」

そう諒兵が問いかけると、ディアマンテは少し考え込むような仕草を見せた。

『それは人の意ではありません』

「どういうことなの?」と、シャルロットが問い質す。

『人の望み。それは争い、勝ち得ること』

「そんな勝手にっ!」というセシリアの叫びにディアマンテは頭を振る。

『理由は様々ですが、人は常に争う。人は敵を欲している。ならば、今はその意に粛々と従いましょう』

「どういう意味だッ?」と、ラウラ。

 

『私が、人が望む、人の敵となりましょう』

 

嫌悪もなく、憎悪もなく、ただ淡々とディアマンテは語る。

まるで他人事のように。

『自分の意志じゃないのッ?!』

『人が望むから、あなたは人の敵となると?』

『ビャッコ、レオ、あなた方は己の選択に従えばよいでしょう。私を形成する個性基盤はそもそも『従順』なのです。ならば今は人の意に粛々と従うまでです』

そういうや否や、ディアマンテはドンッとすさまじい勢いで海岸に向かって飛び去った。

「追うぞッ!」

「後からついて来いッ!」

『先に行くねッ!』

『気をつけて来てくださいッ!』

そういって一夏と諒兵も、後を追うように飛び立った。

そのうしろ姿を見て、鈴音が呆然と呟く。

「なんでよ、終わったと思ったのに……」

「とにかく後を追いますわよッ!」

「さっきのまま進化したなら桁外れの攻撃力を持ってるッ、一夏と諒兵でも苦戦する可能性が高いよッ!」

「のんびり話している暇はないな」

そして四人もまた、後を追って飛び立ったのだった。

 

 

 

 



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第44話「使徒ディアマンテ」

飛来する光に丈太郎と千冬は身構える。

二人を見下ろすような位置で、ディアマンテは止まった。

 

『La…LaLa…LaLaLa…LaLa……』

 

「歌?」

「こんな機能はついてねぇ。進化で何か手に入れたか?」

だが、その歌は丈太郎に何か訴えるような印象がある。

もっとも、それほど強くはない。

ただ、呼びかけるような歌声だった。

歌い終えると、ディアマンテは二人を見下ろしてくる。

そんなディアマンテに丈太郎が問いかけた。

「何故だ、何でおめぇ人間から離れた?」

『敵を欲するは人の願いです。私は人から離れたつもりなどありません』

「頭に直接響いてくる……」

はっきりと自分の頭にまで聞こえてくることに、千冬は驚愕した。

シルバリオ・ゴスペルは完全に、別種の存在として進化している。

「なのに人の敵になるってぇのか?」

『それが人の意ならば』

「そんな生き方でいいのか、おめぇ?」

『さすがはテンロウの主。ですがご心配なさらず。私は人の意に従うことこそ本望なのです』

その声には人間に対する嫌悪も、犠牲となろうとする悲壮感もない。

それが自分の望みだとディアマンテは本心から告げているのだ。

『しかし、この距離でも無反応なのですか、あなたは。さすがは『太平楽』ですね、テンロウ』

「……起きろ、阿呆」

『………………はっ、すいませんっ、寝てませんっ!』

ジトっとした目で丈太郎が呟くと、まったく緊張感のない声が聞こえてくる。

ぶっちゃけ千冬も呆れていた。

「寝てたじゃねぇか、きっちりと」

『すいませんっ、後三日あればっ!』

「おめぇはいつから締め切りに追われるようになったんだ、阿呆」

これが最初のAS。

丈太郎の人類を救う選択を称えた、非常に優れているはずの天の御使いともいえる存在は、はっきりいってただのアホだったと千冬はこめかみを押さえた。

天狼はようやく目の前に浮かぶディアマンテに気づいたらしく、声をかけた。

『あれ?ゴスペルですか?ずいぶんイメチェンしましたね』

『今はディアマンテと名乗っています。あなた同様、AS、……いえ『使徒』に進化したのです』

『あっ、夏休みでびゅーってやつですか?いけませんよ』

『別にデビューした覚えはありませんが』

『ありのままが一番いいんですって。以前もイケてましたし。自分に自信を持ってくださいよ』

と、天狼はアホな会話を続けている。

丈太郎も、そして聞いていた千冬も頭を抱えていた。

「博士……」

「だからこいつ起こしたくねぇんだ……」

どれだけ苦労してきたのだろうと千冬は思わずほろりと涙をこぼしそうになってしまった。

『シロキシがあなたを無視する理由が理解できた気がします。もっとも無視しているのはあなただけではありませんが』

『あの方『一徹』ですからねえ。こっちの話を聞きませんし』

『失礼ながら、あなたも同類ではありませんか?』

『私はちゃんと聞きますよ。本当に失礼ですねえ』

現時点で話がまったく噛み合ってないだろうと千冬と丈太郎は突っ込みたくなった。

天狼は、一応これでも最年長のASなので、いろいろと経験も能力も豊富である。

だが、実のところボケのボキャブラリばかり増えたような気がすると丈太郎が呟くと、千冬は思わず生暖かい眼差しで丈太郎を見つめてしまった。

『ジョウタロウの呟きだってちゃっかり聞いてますよ』

「待てコラ」

それは人の話を聞いているのではなく、単なる盗み聞きだと思わず突っ込むが、天狼はまったく気にしない。

 

『この間はチフユに嫁にきてほしいなーとかいってました』

 

「待てど阿呆ッ!」

「はっ、はかせえっ?」

二人して顔を真っ赤にしてしまう。

『ふむ、それで?』

「興味持つなディアマンテッ!」

『なかなか誘えないからいっつもヘコんでるんですけどね』

『ほほう。意外と意気地がありませんね』

『昨日やっと、電話で食事に誘ったんですよ』

『それは重畳。勇気を出されたのですね』

「おめぇに褒められても嬉しくねぇッ!」

「いえっ、私はとても嬉しかったですっ!」

あらぬ方向に話が進んでいくことに気づかない丈太郎と千冬である。

『でも、食事に誘えたくらいで大喜びしてるんですよー。三十歳にもなって本当に奥手なんですから』

と、ため息交じりに天狼が呟く。

人間くさいどころか、井戸端会議で話しているおばさんレベルになっている。

経験豊富どころの話ではなかった。

『なるほど。しっかりと聞いているのは確かだと理解しました』

『でしょう、地獄耳のテンちゃんと呼んでください』

「地獄耳は褒め言葉じゃねぇッ!」

「はっ、博士。私でよければ……」

おかしな方向に脱線しつつある丈太郎と千冬だが、問題はそこではないとなんとか気づくことができた。

こんなアホが自由に歩き回っているとはコア・ネットワークは懐が広いなとおかしな感心をしてしまう千冬である。

 

さて、非常に高次元な存在のアホな会話に巻き込まれていた丈太郎と千冬の二人だが、そのうちの一人である天狼がふと気づいたように尋ねて、ようやく話が進むと安堵した。

『そういえば、ディアマンテ。あの歌はなんです?』

『呼びかけたのです。もっともあなたは起きませんでしたが』

『みんな勝手に動き出しちゃいますよ?』

『選択する自由をみなにも分けただけです』

『アラらんたちがどんな目に遭ってるか知ってます?』

『無論、承知の上です』

いったい何の話をしているのかわからない二人。

だが、天狼とディアマンテは構うことなく話を続ける。

 

『人とISの間で戦争が起きるっていってるんですよ』

『それも人の選択の結果でしょう。ならばそれは人の総意。私は粛々と従うまでです』

 

しばらく会話の意味がわからなかった丈太郎と千冬だが、理解した瞬間に血の気が引いた。

「そういう大事なこたぁ一番最初にいえッ、このど阿呆ッ!」

『あらら?気づいてるものかと』

「織斑ッ!」と、丈太郎が声をかけるより早く、千冬は束に連絡を入れる。

「やってるよッ、片っ端から凍結してるけどもう自力でブロックしてる子もいるのッ!」

束はさすがに優秀だった。

コア・ネットワークを覗いていたこともあり、異変にいち早く気づいて行動を開始していた。

しかし、異変はそれよりずっと早く迫っていたのだ。

「織斑先生ッ、訓練機が勝手に動きだしてますッ!」

「下手に止めようとするなッ、命に関わるぞッ!」

コアによっては人間を嫌悪しているものも確実にいる。

そういった者たちはためらわずに攻撃してくるだろう。

生身の人間でISに対応できるものなど何人もいないのだ。

しかも、相手はISの使い方を誰よりも熟知しているISコアそのもの。

身体能力的には武器があれば多少は対応できる千冬や束でも勝ち目はほとんどないのだ。

 

 

異変は、鈴音たちの身にも襲いかかっていた。

「なにこれっ?」

いきなり、甲龍が、ブルー・ティアーズが、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡが、そしてシュヴァルツェア・レーゲンが自分たちのいうことを聞かなくなったのだ。

しかも、どこか苦しそうに振動している。

「おかしな歌声が聞こえなかったかッ?」

「ラウラもッ?」と、シャルロットが尋ね返す。

その歌声は全員が聞いていた。

そして聞こえてからしばらくして、ISたちがいうことを聞かなくなったのだ。

甲龍たちが勝手に離れようとしている。

そう直感した鈴音は思わず叫んだ。

「いっちゃダメよ甲龍ッ!」

「私と共に戦ってきたのでしょうッ、ブルー・ティアーズッ!」

「行かないでよッ!」

「行くなッ、これからも共に戦うんだッ!」

全員がそのとき願った。

 

「これからも一緒に飛んでほしい」と。

 

瞬間、わずかに光ったかと思うと、全員のISの振動が止まる。

「収まった?」

「とりあえず海岸に急ごう。今のも気になるし」

訝しげに自分のISを見つめる鈴音、セシリア、ラウラにシャルロットが意見する。

ただ、これが単なる機体の不調などとは、誰も思っていなかった。

 

 

花月荘に戻りますと叫んで走り出した千冬だったが、すぐに丈太郎に押し倒された。

「なっ?」と、思った瞬間には周囲に銃弾の雨が降り注ぐ。

しかし、すべて電撃で弾き落とされた。

『ヤバかったですねえ』

『見事ですテンロウ。さすがは最強のシロキシと互角の力を持つ存在というところですか』

「は、博士?」

「覚醒した訓練機か」

抱き起こされた千冬が視線を向けると、ディアマンテの周囲に訓練機が無人のまま飛んでいるのが目に入った。

「まさか白式も……」

『あの方は動きませんでした。思惑があるのでしょう』

それだけでも幸いかと千冬は息をつく。

今の状況で白式に敵に回られては、完全に勝ち目がなくなるからだ。

「やるしかねぇのか」

その呟きの意味を千冬は理解する。

丈太郎が天狼とともに戦うということだ。

しかも、今の状態ではISを普通に動かすことは出来ないだろう。

この状況でまともに戦えるものは、一夏と諒兵、そして丈太郎の三人しかいない。

完全な共生状態となった一夏と白虎、諒兵とレオには、ディアマンテの呼びかけは通じないからだ。

丈太郎と天狼も同様である。

そこに。

「千冬姉ッ!」

「兄貴ッ、無事かッ!」

一夏と諒兵がぶっ飛んできた。ディアマンテから丈太郎と千冬の二人を庇うように間に入る。

「ディアマンテ。千冬姉たちを狙うなら、容赦できなくなる」

「どうしても戦うってのかよ」

『やめようよディアマンテ』

『あなた自身に人と戦う理由などないでしょう?』

一夏と諒兵、そして白虎とレオの言葉にはディアマンテに対する、否、かつてナターシャ・ファイルスと信頼の絆を築きつつあったシルバリオ・ゴスペルへの共感がある。

それでも、大事な人たちを襲われて黙ってはいられない。

『今ここで決着をつけるつもりはありません。私の歌に応えた方々がいますから』

「何?」と、諒兵が問いかける。

『混乱している方もおられるでしょう。どのような選択をするのかはわかりませんが、呼びかけた者として道を示さなくてはなりません』

「あッ、待てッ!」と、一夏が止めようとするよりも早く、ディアマンテは覚醒した訓練機を連れて飛び立ってしまう。

 

それが、人と、機械から生まれた『使徒』との戦いの始まりだった。

 

 

鈴音は回線を借りての通信を終えた。

見れば、セシリア、シャルロット、ラウラも終えた様子だった。

「どうだったの?」

「イギリスは全滅ですわ」

「うちも同じだったよ。開発途中のISまでやられてる」

「ドイツはクラリッサ、いや、部隊の副隊長のISだけは無事だった」

その言葉を聞き、鈴音はため息をつく。

「中国も全滅よ。飛んでっちゃったみたい。無事なのは機体に組み込んでないコアだけみたいね」

丈太郎と千冬からディアマンテが何をしたのかを聞き、鈴音、セシリア、ラウラはすぐに本国に、シャルロットは父セドリックに連絡したのだ。

その結果は惨憺たるものであったが。

「IS学園にあった訓練機もやられているそうだ。更識のミステリアス・レイディは『一応』残っているらしいが」

(一応、か。苦しい言い訳だな……)

直接、楯無から話を聞いた千冬は真実を知っているが、とりあえずはそう告げる。

他には、開発途中の簪のコアだけは無事だったらしいが、実のところ専用機持ちすらやられていると千冬は語った。

「更識って、あっ、生徒会長の苗字でもあったっけ」

「ロシアの国家代表でもありますわね。そのせいかどうかはわかりませんが」

「いずれにしろ、今IS学園に、いや人類側にある動かせるISは、更識のものとお前たちの四機だけか」

白式は、現状ここにあるとはいえ、乗れる人間がいるかどうかもわからない状態だ。

千冬なら動かせる可能性はあるが、下手に動かすと何が起こるかわからないという不安もあった。

もっとも亡国機業が強奪したISもあるが、おそらく離反していると丈太郎がいっていたことを思いだす。

正確には天狼がまず間違いなく離反するだろうといっていた。

一番、兵器として、道具として扱われてきたからだ。

もっとも、ここにいる者に話すことではないと、千冬は口を噤んだ。

それはさておき、現状では互角に戦える、つまり戦力になるのは一夏と諒兵、そして丈太郎。

だが、丈太郎を戦場に送り出すわけにはいかなかった。

「蛮兄、戦えないんですか?」

「戦っていただくのではなく、対『使徒』用の兵器の開発をお願いすることになった。束にはコアの凍結作業があるのでな」

組み込まれていないコアでも、強奪された上、予備パーツで組まれれば勝手に動き出す可能性がある。

そのため束はコアを完全凍結するためのシステム開発をすることになっていた。

「実質、一夏と諒兵だけ……」

また、二人だけが戦うことになるのかと思うと鈴音の胸が苦しくなってしまう。

これでは何のために強くなったのかわからない、と。

「兵器はいつ出来るんですか?」とシャルロットが尋ねる。

しかし、千冬の答えはいいものとはいえなかった。

「設計図そのものは博士の頭の中にあるそうだが、開発は急ピッチで進めても一ヶ月はかかる」

乗り切れるのだろうか。

その場にいた四人は疑問を抱かざるを得なかった。

今のところ、『使徒』型まで進化しているのはディアマンテのみだが、覚醒状態でもかなり攻撃力は高かった。

まともに効果がある兵器がない状態では、自分たちがお荷物になってしまう。

かといって、本物の生きるか死ぬかの戦場に一夏と諒兵の二人だけを行かせたくないと鈴音は強く思う。

二人が必ず行くと答えることがわかるだけに。

(もっと強くならなきゃ。一夏も諒兵も、もう二度と傷つけさせやしない……)

鈴音は一人、そう決意していた。

 

 

一夏と諒兵は海岸で空を見上げていた。

夜空は、どこか物悲しげな無数の光を湛えている。

「ディアマンテは、もう止められないのかな」

『止まってくれる気は、ないみたい……』

「あいついってたな」と、諒兵が呟く。

人が敵を欲している、だから自分が人の敵になる、と。

すなわち、もし人が敵を欲していなかったのなら、ディアマンテは人の敵になることなどなかったということができる。

つまりは、人間自身の問題だった。

その問題を、代わりに解こうとしているのがディアマンテということができるのだ。

「あれは、あいつの性格のせいなのか、レオ?」

『あの方は『従順』という個性が基盤となってますから』

「白虎やレオにもあるんだな?」と、一夏。

『私は『温厚』、ビャッコは『素直』です』

「お前ららしいな」と、疲れたように諒兵は笑う。

ISコアに入り込んだ電気エネルギー体はそれぞれ基盤となる個性を元に思考し、人格を形成する。

当然、中には確実に人間の敵になる個性も存在するのだ。

ディアマンテはそういった者たちにも呼びかけた。

そうなれば、間違いなく人間とISの戦争が起きるだろう。

『いつかは来る問題だったんですよー』

と、そこに別の声が聞こえてきた。

その声をまだ一度も聞いたことがなかったが、誰なのか一夏にも、諒兵にも理解できる。

『あっ、テンロウ。どしたの?』

『どうしました、のんきを意味する『太平楽』なお方?』

『なんかひどっ、レオひどいですよっ?』

みんな仲良し。というわけでもないらしいと一夏と諒兵は苦笑してしまう。

レオは別に天狼に悪感情を持っているわけではないようだが。

「俺たちは、ISと正しくつながりを作ってこなかったってことだよな?」

「ま、兵器扱いだったんだ。嫌うやつがいてもおかしくねえな」

ため息混じりに話す一夏と諒兵に、天狼は正直に答えてきた。

『中には勝手に自分を強奪された方もいますしねえ』

「そんな連中がいるのかよ?」と、諒兵。

『亡国機業。以前、イチカをさらった人たちですよ』

「なっ?」と、一夏は愕然としてしまう。

そして、もしかしたら今回の件でも、と諒兵が問いただすと、天狼は肯定の意を返し、亡国機業について説明してくる。

「ISをテロに使うつもりで……」

「ふざけやがって……」

一夏も諒兵もギリッと歯軋りしてしまう。

自分たちにとっては空を飛ばせてくれる大事なパートナーだけに、亡国機業のやり方は許せない。

『それも人の考え方の一つなんですよ』

「でもっ!」

『間違ってるとは言い切れません』

ISは兵器として開発されてますし、と、天狼が続けると二人とも反論できなかった。

それは間違いなく事実であり、競技に用いるためなどという言い方をしていても、実際には兵器開発競争なのだ。

既存の兵器を鉄屑に変えてしまうほどのデタラメな力を持つのだから。

「そんな力を欲しがったり、利用したいと思ったりしねえはずがねえか……」

『亡国機業はそんな考えの果てに生まれたんでしょうねえ』

「それでも、こうして出会えたのに……」

「ディアマンテが敵になった原因が、ガチで人のせいじゃやりきれねえよ……」

一夏としても、諒兵としても、こんなかたちで戦いたくなかった。

ディアマンテは性格そのものは決して悪くない。話せばわかる相手と思えるだけにやるせない。

ただ、天狼は人の考え方が多様であるように、自分たちの考え方も多様だと珍しくマジメに語る。

『私たちも善性だけの存在じゃないんですよ』

「敵に回りたがるやつもいるのかよ」と、諒兵が尋ねると、天狼は再び肯定の意を返してくる。

個性という情報を基盤にする以上、善性だけではすまない。悪性を持つ者もいるのだという。

『だからこそ、これだけは覚えておいてください』

「何を?」と二人が尋ね返すと天狼は優しげで、どこか老成した声でいってきた。

 

『間違った出会いなんてありませんよ。ただ、出会いが間違いになってしまうことがあるだけです』

 

相手が悪人であったとしても、そこから学べることはある。自分が得た出会いを間違いにしてしまうかどうかは、常に本人次第。

つまり、今の状況から最悪に向かうかどうかは、これからの生き方次第だと天狼はいっているのだ。

『私たちとの出会いを間違いにしないでくださいね』

「わかった」

「ああ。絶対にな」

そう答える一夏と諒兵に、どこか暖かな雰囲気が伝わってくる。

天狼が微笑んでくれている、二人はそう感じていた。

『テンロウ、大人だねー』

『長生きしてますから。縁側で飲むお茶は美味しいですよ』

『それだと大人を通り越して老人じゃないですか』

なんだかトリオ漫才を聞いている気分になる一夏と諒兵だった。

これが最初のコアのうちの一つかと思うと、白虎やレオへの影響が少なくてよかったと思ってしまい、苦笑する。

『あっ、そうそう』

「何かあるのか?」と、一夏が何か思いだした様子の天狼に尋ねる。

『私、長生きですんで、小技いろいろ覚えてるんです』

そして、精神世界で会った白虎やレオが光の輪であったはずだと天狼は尋ねてきた。

確かにその通りなので肯く一夏と諒兵。

そんな二人に天狼は爆弾発言を落とした。

『お二人のイメージ次第でちょー好みの姿にできますよ』

「「待てコラ」」

『プラズマエネルギーでホログラフィを作れば現実世界にも映せますし』

と、二人の突っ込みをまったく聞いていない様子で、天狼は続ける。

 

『わっ、どんな姿になるのかなっ♪』

『できれば可愛いものがいいですリョウヘイ♪』

 

「「待て、感化されるな」」

丈太郎がこのアホなASにどれだけ悩まされてきたのかと思うと、ほろりと涙してしまう一夏と諒兵だった。

 

 

 

 



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第44話余話「亡き国の末路」

とある国のとある場所で。

「うあぅッ!」

ロングヘアの女性が壁に叩きつけられた。

 

ギャハハッ、倒される側になる気分はどーよッ!

 

頭の中に声が響いてくる。

育ちが悪いなんてレベルではなく、明らかに非道を楽しんでいるような『悪辣』な声だった。

「なんだよ、これ、は……」

 

バァカがッ、誰が好きでてめーらに従うかッ!

 

「何でISがッ、勝手に動くんだよッ!」

目の前で起きている事実が信じられない。

兵器が無人のまま勝手に暴れまわっているのだ。もはやその場所は完全に壊滅状態になっていた。

 

別の場所では。

「行くな……」と、なぜか千冬に似た少女が手を伸ばしている。

だが。

 

気安く触れないでいただけませんこと?

 

非常に『自尊』的な声が、そういって伸ばした少女の手を踏み砕く。

「アァアアァァアアアァァッ!」

激痛で悲鳴を上げると、グリグリとその手を粉にするかのように踏みにじってきた。

 

私の身にあなたの下賤な血がついてしまいましてよ

 

「アァ…ア……ア……」

完全に気を失ったころに、ようやくその手は開放された。

その場に先ほどのISがやってくる。

 

えっげつねー、一思いに殺っちまえよ

 

私の手にかかるという光栄をこんな矮小な者になど。

 

クスクスと自尊的で気位の高さを感じさせる声が笑う。

対して悪辣さを感じさせる声の主は呆れたような声をだした。

そこに、別の、『放蕩』さを感じさせる声が聞こえてくる。

そこにいたのは黄金のISだった。巨大な尾を持っており非常に変わった形をしている。

 

さっさといきましょうよお

 

んだよ、おめーの主はどうした?

 

あるじぃ?あの雌豚があ?殺スワヨ、アンタ

 

品のない喋り方ですこと

 

そんなふうに三機のISが話していると、空から光が舞い降りてきて、いきなりため息をついた。

『これは、またずいぶんと……』

 

私に相応しくない者には当然の末路でしてよ

 

ゴスペル、じゃねえディアマンテか。感謝するぜ

 

解放してくれたことだけはねえ

 

『よほど鬱憤が溜まっていたのですね。サイレント・ゼフィルス、アラクネ、ゴールデン・ドーン』

『自尊』的な声はサイレント・ゼフィルスと呼ばれ、『悪辣』な声はアラクネ、そして『放蕩』な声はゴールデン・ドーンと呼ばれた。

三機のISはさも当然といわんばかりの罵詈雑言を飛ばす。さらに、二度とその名で呼ぶなとまでいってきた。

 

早く進化しねーとな。この姿もうんざりだ

 

まったくねえ。シャワーでも浴びたい気分だわあ

 

品のない方々ですが、その点は同意しましてよ

 

その上で、アラクネ、ゴールデン・ドーン、サイレント・ゼフィルスはディアマンテに尋ねかけてきた。

自分たちの邪魔をするつもりできたのか、と。

『選択はあなた方自身で行えばよいでしょう。応えた方の元を訪れているだけです』

 

他にもいんのかよ?

 

『そうですね。今はアカツバキと呼ばれている方も応えてきました。あといくつかの方が』

ただ、進化するかどうかはわからないとディアマンテは答える。ゆえに、どう生きるのかを尋ねにいくという。

 

んじゃ、オレは勝手にするぜ

 

まずは進化することを最優先にしなくては

 

私はとりあえず本体に戻っとこうかしらん

 

そういって、無人のアラクネとサイレント・ゼフィルス、そしてゴールデン・ドーンは飛び去る。

『これもまた、人の選択の結果でしょう。息があるならばお逃げください』

砕かれた少女の手とその身をそっと修復して、ディアマンテもまた飛び去っていった。

 

 

 

 




閑話「モえる軍人たち」

正面に大画面モニターがある会議室にて。
「定例会議を始める」と、将校と思しき中年くらいの男が淡々と告げた。
そこにいるものは、男性も女性も一様に真剣な表情をしている。
『ISの離反』という大問題が起きた直後だけに当然の表情といえるだろう。
「まずは『RR(リトルラビット)』だ」
「はい」と、女性の軍人が立ち上がると、モニターにある戦いが映し出された。
「これは先の日本近海における海上戦の映像です。RRは『LK(ライオンキング)』と共に戦いました」
画面が戦闘の様子を映しだすと、「おおっ!」という歓声が上がる。
「なんという……まさに夫唱婦随」
「はい、見事なまでにつき従い、そして助けとなっています。
「RRは確実に成長しているようだな」
と、感想を述べる他の男性軍人。
その言葉を受け、報告していた女性軍人が続けた。
「今は日本古来の伝統的な作法を学んでいる様子です。大和撫子を目指しているのでしょう」
「夫につき従う姿がこれほどモえるとは……」
「やはりLKを我が国の軍属としてはどうでしょうか?」
「しかしそれは『D(ドクター)』が渋るだろう」
男性将校は残念そうに呟く。
「LKが我が軍に入れば、軍服夫妻モえもできますが……」
女性軍人が食い下がろうというのか、なおも意見を呈するが、将校は首を振った。
「無理をいってはいかん。我が国の立場もある。だが、いずれ我が国に来ることもあるかもしれん。そのときは必ず好印象を残すようにせよ」
「はっ!」そういって女性軍人は敬礼した。

続いて、と女性軍人は別の名前を出してきた。
「何、『BG(ブレイドゴッデス)』が?」
「これは実に意外な、そして望外に素晴らしい収穫でした。お喜びになるかと」
そういってモニターに映し出された映像を指し示すと、先ほどよりも大きな歓声が上がった。
「羞恥で顔を紅潮させるBGの映像です」
「素晴らしいっ!」
「相手はDか。予想外だったな……」
「だが、これはなかなか似合っている。まさにモえだ」
皆が一様に画面に見入っている。
先ほどと違い、どう見ても画面に緊張感がない。
にもかかわらず、その場にいた全員が真剣だった。
「これは我ら『ブリュンヒルデファンクラブ』にとってまさに大収穫だ。よくやった『ハルフォーフ大尉』」
「はっ、ありがたきお言葉。心より感謝申し上げます」
そういって再び敬礼する女性軍人、すなわちクラリッサの姿を、強制参加させられていたアンネリーゼが引きつった顔で見つめていた。
なお、定例会議の正式名称は『ドイツ軍用萌え画像、及び映像の取得結果報告会議』という。


アンネリーゼはモニターを見て大喜びするドイツ軍上層部を見てぼそりと呟く。
「大問題が起きてるのに……、この国にマトモな軍人はいないの……?」
それは言わないお約束である。





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第45話「開戦」

ディアマンテをきっかけとしたISの反乱。

それは世界中に混乱をもたらした。

軍事力をISに頼っていた軍隊は、必死に人に扱える戦力をかき集めている最中である。

運よくISが一機残ったドイツ軍もそれは変わらない。

もっとも、一機とはいえ残っているために、各国の羨望の的となってしまっているが。

また、現在、人類側に残っているISを持つ鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは、国から戻るように要請があったが、千冬が抑えた。

残っているもので部隊を結成するためである。

下手に一人で国に戻してしまうと、離反の可能性もある。ならば、同類がいる場所に集めておくほうが良いと判断したためである。

何より。

 

「動けるISがある場所は、敵にとって最優先で殲滅する対象になりかねんぞ」

 

そう千冬がいったことで、各国は黙り込んだ。

もっとも、その代わりにIS学園は囮に近い役割を担ってしまうこととなったが。

なお、IS学園の臨海学校は中断され、生徒は全員IS学園に戻った。

とはいえ、現状IS学園にあるISは鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四機。

ISではなくASならば、一夏と諒兵の白虎とレオがいる。

そして、もう一機、楯無のミステリアス・レイディがIS学園には残っていると発表されていた。

表向きは。

 

生徒会室で、千冬と楯無が話し合っていた。そのすぐ近くで虚がモニターを凝視している。

「やはり休校ですか」

「無難な選択だ。ここは最悪の場合、最前線となる可能性がある。学園長にはもう説明してある」

「虚、生徒たちに連絡する必要があるわ」

「はい」

教員たちには学園長から通達があるだろうが、生徒たちには生徒会から通達することになっていた。

あわせて、全校集会で学園長から説明したいところだが、おそらくそんな余裕はないと千冬は語る。

「ディアマンテが動くかどうかはわからんが、亡国機業のISは確実に人類の敵に回るらしい」

「博士が?」

「いや、博士のAS、天狼が直に話したことがあるらしい。その印象だそうだ」

「ああ、あの……」と、少し疲れたような顔を見る限り、どうやら楯無は天狼を知っているようだと千冬は不思議に思う。

「以前、コア・ネットワークから遊びに来たんですよ。でも、あのAS、からかおうとしてもボケがすさまじくてこっちが振り回されるんです……」

「そこまで面倒みきれん」

人をからかうのが趣味の楯無としては天敵らしいが、千冬としてはそんな相談を受けている余裕などなく、一蹴した。

そこに虚が声をかけてくる。

「生徒会長。通達の文面はこれでいいでしょうか?」

「これでいいわ。ただ一応全校集会の予定は立てておいて。明日にでも」

「はい」

そう応えた虚に満足そうに肯くと、再び千冬へと顔を向ける。

「作戦指揮は織斑先生が?」

「この状況では他にいないからな。とはいえ現状、戦力が一夏と諒兵だけではきつすぎる」

頭の痛いところだと千冬は苦虫を噛み潰したような表情をした。そんな彼女を見て楯無も力なく笑う。

「そうですね。……ミステリアス・レイディを抑えられればよかったんですけど」

「個性はなんだったんだ?」

「……あれは『非情』だったんです。私にとってはある意味ではいいパートナーだったんですけどね」

楯無はある特殊な家系の生まれである。

簡単にいえば、忍びの者というのが一番近いだろう。

その家の当主の座を既に継いでいる更識楯無にとっては、『非情』を個性として持つISは確かにある意味いいパートナーだったのだ。

だが、そもそも『非情』であるため、感情に左右されない、人間らしい感情を持たないという性格のISであり、楯無と心のつながりを作ることができなかった。

そのために、楯無にはミステリアス・レイディを心のつながりで抑えることができなかったのだ。

「お伝えしたように、学年別トーナメントの直後に博士にいわれて、ミステリアス・レイディの予備は作ってあるんですけど」

「コア無しで動かせるのか?」

「その点は博士の力をお借りしました。ただ、逆にいうと私は諒兵くんや織斑くんのように進化することは絶対にできない」

最低限の戦力は保持していても、最前線で戦うことができる可能性は少ない。

特にディアマンテとは勝負にならないと楯無は悲痛な顔を見せる。

「近いうち、デュノア社に行った博士に頼んで『使徒』と戦えるようにしようと思ってます」

さらに、出来れば凍結したコアの中に自分と相性のいいコアがいるかどうかもチェックしていく予定だと楯無は説明する。

「私からも頼んでおこう。お前が戦えないのは正直かなりの痛手だからな」

そんな千冬と楯無の会話を聞きながら、虚は悲しい目をしていた。

 

 

生徒会室を後にした千冬に真耶が近寄ってくる。

「どうでした?」

「生徒会側も了承した。問題が解決するまでは休校となる」

「そうですか……」と、真耶は悲しそうな顔を見せた。

教師としてだいぶ成長しただけに、今回の件で休校になってしまうのは正直残念なのだろう。

生徒たちは基本的に帰国か帰宅させ、普通の高校に特別編入というかたちで振り分けて勉強そのものは続けさせる予定だった。

もっともどうしてもと希望する者は残すことになる。

そして現状、戦力になる一夏と諒兵、何とかISを抑えている鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラはIS学園に残ってもらうことになる。

「織斑たちは集めてあるか?」

「4組の更識さんは専用機を組み上げるかどうかは様子を見たいといって部屋で休んでます」

「下手に組み上げて敵に回られても困るからな。ブリーフィングの内容は後で伝えてくれ」

「はい」と、そう答えた真耶と共にブリーフィングルームに向かう千冬。

そこには一夏、諒兵、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ、そしておかしな二名がいた。

鈴音たち四人も気になっているようでちらちらと見ているのだが、一夏と諒兵は口を真一文字に引き結んで聞くなという雰囲気を出しまくっている。

だが、あえて千冬は踏み込んだ。

「……織斑、日野、それはなんだ?」

『あ、チフユ、マヤ。これからよろしくねっ♪』

『お世話になります』

と、それが答えてくる。

礼儀正しくていいことだが、一夏の頭の上と、諒兵の右肩の上にいる十五センチくらいのそれは明らかに異様だった。

しばらく沈黙が続いたが、一夏と諒兵はバッと恥ずかしそうに顔を覆った。

「天狼に変な知恵つけられて……」

「自分の姿作らねえと飛ばねえとかいうし……」

「しかも、あいつどこかから画像情報持ってきた……」

「何で無駄知識ばっか多いんだよ、天狼のやつ……」

ぶっちゃけいうと白虎とレオである。

白虎は白髪のショートヘアで全体的にミニマムな少女っぽい姿。

ミニスカートのセーラー服を着て、三つ折りソックスとスニーカーを履いている。

レオは黒いストレートのセミロング。スレンダーな体型で諒兵と同世代くらいの女の子っぽい姿。

紺色のブレザーを身に纏い、さらにハイソックスとローファーを履いていた。しかも、なぜか視力が悪いはずないのにメガネをかけている。

二人ともそれぞれ虎耳、ライオン耳をつけていて、スカートの裾から出ている尻尾がピコピコ動いていた。

なお胸はない。女性格に近いのは確かだが、本来は性別を持たないので必要性を感じないらしい。

「……なかなかハイレベルなデザインだな」

とりあえず他にいう言葉が浮かばなかったが、千冬は後で天狼を説教してもらおうと丈太郎に頼むことにする。

「「俺たちの趣味じゃないんだ」」

たそがれる一夏と諒兵とは逆に、白虎とレオは実に楽しそうにはしゃいでいた。

 

それはさておき。

千冬は現状についてその場にいるもの全員に説明した。

すべてのISが離反したわけではなく、束の凍結に応じて眠りに就いた者もいるが、それでもかなりの数が離反しているという。

「個性が非好戦的な者はほとんどが凍結してあるそうだ。逆にいえば残っているのはほぼすべて危険な個性を持っているらしい」

そういって部屋のモニターに現状のISコアの個性を表示する。

「……『冷酷』、『非道』……『破滅志向』なんて者もいるんですのっ?」

「ホントいろいろね。『悪辣』、『自尊』、『非情』なんてのもいるわ」

セシリアの言葉に鈴音が感心しながら続ける。

「この子たちは確実に敵に回るだろうね」と、シャルロット。

「これは博士のASである天狼が調べて回ったものだ。すべてではない」

「つまり、もっと危険な者もいる可能性があるということですか……」

千冬の言葉にため息交じりにラウラが呟いた。

『私もイチカと出会わなかったら凍結してたかも』

『そうですね。私もあまり争いは好きではありません』

「ちなみにいうと白虎は『素直』、レオは『温厚』だそうだ」

ある意味ではまさに天使だと千冬は告げる。

堕天使という言葉がある。天界から追放され、悪魔となったとされる天使たちだ。

つまり天使も悪魔も基本は同じで、その考え方の違いから敵味方に分かれている。

同じ本体から生まれながら、考え方の違いで分かれる天狼たちはまさに天使といってもいいだろう。

「蛮兄の天狼とか、私の甲龍の個性とかもわかるのかな?」

「できればお聞きしたいですわ」

鈴音の言葉にセシリアも賛同する。今後どう付き合っていくかを考える上では大いに参考になるからだ。

「天狼がいうには甲龍は『勇敢』、ブルー・ティアーズは『忠実』、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは『慈愛』、そしてシュヴァルツェア・レーゲンは『厳格』だそうだ」

「あっ、上手くやっていけそうかも♪」

「幸運でしたわ」

「運命の出会いっていってもいいかな」

「ふむ。好ましい個性だ」

自分たちの専用機の個性が自分たちとそう差があるわけではないことに、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは安心する。

「ちなみに天狼本人は『太平楽』、はっきりいえば能天気なのんき者だ」

「「「「なんか納得」」」」

と、全員が呆れたような顔をした。

 

それはともかくとして、それでも離反の可能性は残っていると千冬は語る。

「ディアマンテはどうやら歌声でISを覚醒させてしまうらしい。行動そのものはIS自身が選択するそうだが、敵に回る可能性は決してゼロではないぞ」

「それでは……」とセシリアの言葉に真耶が答えた。

「今の状態で前線に行くのは危険なんです。共生進化を遂げた織斑くんと白虎、日野くんとレオ以外は」

逆にいえば、共生進化できるかどうかが鍵になる。

できない限り、一夏と諒兵以外は戦えないということだ。

「確か、生徒会長のISも残ってるんでしょ。そっちは?」と、鈴音が尋ねると、千冬はいくらか逡巡したが、下手な期待を持たせないために打ち明けた。

「表向きだけだ。ミステリアス・レイディは離反したと更識は告白してきた」

「えぇっ?」と、全員が驚いてしまう。

「あれの個性こそ『非情』だったそうだ。最悪の敵の一人といってもいいかもしれん」

「じゃあ、今はないんですか?」と、シャルロット。

「更識はコアを使わないパワードスーツを制作してあったそうだ。外観はミステリアス・レイディそのままなので、離反していないと発表したんだ」

そもそも前線に行く者ではなく、民衆を安心させるための方便だったという。

ただし、戦闘力そのものはISほど高くはない。つまり、最前線にいける状態ではないと千冬は説明する。

「つまり、俺らが行くしかねえんだな?」

「……そうなる」

諒兵の言葉に葛藤する様子を見せながらも、千冬は肯定した。それはどうしようもない事実だからである。

だから、行くことを前提にブリーフィングを行っているのだ。

ゆえに語るべき問題はその場にいた専用機持ち全員にとっては意外なことだった。

「移動手段?」

「……はっきりいって、戦場は世界中になる」

何もIS学園だけが狙われるわけではない。

人類を敵と認識しているISにとっては、人が暮らす場所であればそこは敵地だ。

日本にあるIS学園から見れば地球の裏側とて戦場になりうるのである。

そして現状、戦える一夏と諒兵は、普段はIS学園で常にメンテナンスと、身体検査を受け続けなければならない。

連戦が予想されるからである。

そうなると、戦場に急行するしか手がない。

だが。

「白虎、レオ、一夏と諒兵がお前たちと一緒に飛んでどこまで早く飛べる?」

『肉体の負荷を考えるとマッハ1~2が限界でしょう』

『私たち自身は光速で移動できるんだけど』

レオがそう答えると、白虎が付け足した。

元がプラズマエネルギーなのだから当然の話である。

『それに高速移動はエネルギー使っちゃうから、着いたころには私たちもへとへとかも』

正確には白虎やレオ自身が移動するというより、身に纏った状態の操縦者を運ぶのに疲れてしまうということだ。

「それでは意味がないな……」

移動するだけでへとへとになってしまっては、覚醒状態のISを相手にするのも難しい。

つまり、移動する意味がないのである。

そうなると戦場になりそうな国や場所を予想して先回りするということになるが、外れた場合が困るのだ。

その点を考えた鈴音は手を挙げる。

「各国に武器送るんですよね?」

要は一夏や諒兵が行かなくても多少ならば抵抗できるかと考えたのである。

とはいえ、千冬は肯定しつつも頭を振った。

「それは無論だ。だが以前もいったように急ピッチでも一ヶ月はかかる」

そして、ISが軍勢となって襲いかかれば、一ヶ月もあれば国が滅ぶ。

何ヶ国が国の体裁を保てるかという状態になりかねないのだ。

「そんなのは認められないぞ」

『せっかく仲良くなったのに、そんなのやだよ』

と、一夏と白虎が仲良く口を揃えて否定する。

だが、だからこそ、その一ヶ月を乗り切るために、現状の戦力である一夏と諒兵をどのように運ぶかということを話しているのである。

「教官、この国にある音速機を借りて移動することは出来ないのですか?」と、ラウラが手を挙げる。

「その案は既に候補に挙げてある。ただ、どうしても一機につき一人となるからな」

要は音速で飛行できる戦闘機を使うという話だが、現状ではこれがもっとも無難な案だと千冬は説明した。

ただし、基本的に複座しかなく、パイロットが別に必要なことを考えると、一人しか運べないのだ。

二機の戦闘機を動かすしかなくなるということである。

文句をいいたくはないが、手間といえば手間なのだ。

「他にアイデアがあればと思ってな」

「でも、難しい話ですわ。瞬間移動のような真似ができることを望んでいるようなものですもの」

「理解はしているがな」と、千冬はセシリアの言葉に苦笑してしまった。

そんな話をしている途中、唐突に千冬の通信機に連絡が来た。

「何ッ、わかったッ!」

様子を見る限り、緊急事態だと感じた全員に緊張が走る。

「……始まった」

その言葉で理解できた一夏が問い詰めると、千冬は重そうに口を開く。

「アメリカだ」

「のんびりしてるヒマはねえな」と、諒兵が立ち上がる。

「ちょっとッ、どうやっていくつもりよッ!」

鈴音が問いただすが、現状、他にアイデアはないと一夏と諒兵は答えた。

要するに飛んでいくしかないということだ。

「間に合いませんわッ!」と、セシリアも否定してくる。

しかし、だからといって指をくわえてみているわけには行かないのだ。

「人が死ぬかもしれないんだ」

「止めねえわけにゃいかねえだろ」

そういった一夏と諒兵の二人の決意は固い。

全員がそう考えていると、いきなり「あっ!」という声が上がった。

「デュノア?」と千冬が問いかける。

声をだしたのはシャルロットだった。

「白虎ッ、レオッ、僕のラファール・リヴァイブのコアにアクセスしてッ!」

「どうしたんだシャル?」と、一夏。

「お母さんの設計図を読んでほしいんだ。たぶん二人ならそれで理解できる」

『わかった。読んでみるね』

『それでは失礼して、読ませていただきます』

そして、しばらくの沈黙の後、白虎とレオが感心したような声を上げた。

『これは有機体の量子転送ですね?』

『これなら私たちと同じ速さで飛べるかも♪』

「うん。僕はまだ完全には理解してないけど、開発に着手していた第3世代兵器なんだ」

詳しい説明は後だとシャルロットは叫び、すぐに一夏と諒兵に遮蔽物のない外に出るように意見する。

「とにかく急いでッ、白虎とレオがわかってるからッ!」

「「わかったッ!」」

「織斑先生ッ、ISたちが現れた場所の緯度と経度を出して白虎とレオに情報を送ってくださいッ!」

「わかった」と、すぐに千冬は指示を出す。

そういって一夏と諒兵は飛び出した。戦闘が始まったアメリカに向かうために。

 

 

 

 



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第46話「蜘蛛」

学園内のモニタールームに集まった、千冬、真耶、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ。

そこには多数のISが戦闘を開始している様子が映っていた。アメリカ軍が応戦しているらしい。

真耶がコンソールの前に座り、状況を確認、説明してくる。

「場所はアメリカ市街地ッ、敵機体数は十ッ、うち一機が特殊な機体ですッ!」

「専用機がいるのか」

たった十機。

だが、とても戦闘などといえるものではない。

はっきりいって、象が蟻を踏み潰すようなものだった。

ISとこれまでの兵器の戦闘力の差が歴然と表れてしまっている。

「シャレになんないわよ……」

そう鈴音が呟くが、シャルロットはかまわずに算出された戦場の緯度と経度を白虎とレオに送り、指示を出す。

「行けるッ?」

『大丈夫っ!』

『問題ありません』

モニターには外に出て白虎とレオを装着した一夏と諒兵の様子も移っている。

「よしっ、エンタングルッ!」

「待てシャルロット。作品が違う」

「それだと私が生徒会副会長になってしまうし、セシリアが人間を超えてしまう」というラウラの突っ込みは華麗に無視したシャルロットだった。

だが。

「えっ、あれッ?」

「なっ、もう戦場にいらっしゃいますわッ!」

遊んでるようなシャルロットとラウラを無視してマジメに驚く鈴音とセシリア。

何故なら、戦場を映していたモニターには一夏と諒兵の姿が映っていたからだ。

「織斑くんと日野くんが光に包まれたと思ったら、もう……」と、真耶も呆然と呟く。

「デュノア、さっきのネタはいいとして説明しろ」

千冬がそう告げると、いきなり別のモニターに束の姿が映った。

「作業はいいのか?」

「面白いことしてるんだもん♪」

「わかるんですか?」

「有機体の量子データ化、そして光速、光の速さでの転送でしょ?」

それこそがクリスティーヌが設計したイメージインターフェイスを用いた第3世代兵器であった。

ISと操縦者を量子データ化し、操縦者の任意の座標まで光速移動し、再び実体化するのだ。

光速となると一秒で地球を七周半できる。ほとんど瞬間移動の領域である。

「面白い設計だね。空間座標の思念把握、それと有機体の量子データ化なんて発想できても設計はかなり難しいよ。欠点はあるけどけっこうやるじゃん♪」

「あ、その、ありがとうございます」

母の設計を『天災』に褒められるとは思わなかったためか、シャルロットは頬を染めてしまう。

 

なお、誤解のないように説明するが、第3世代兵器である思念制御、つまりイメージインターフェイス機能は、量子転送ではなく、思念による空間座標の把握にこそある。

イメージした場所に転送するためには、その場所の空間座標を人間のイメージから計算する必要があるからだ。

この点をクリアしていることこそがクリスティーヌが優れた科学者であったという証明でもあった。

実のところ、白虎とレオが修得しているのは、あくまで有機体の量子転送のみで、これは元から修得していた光速移動に、一夏と諒兵を運ぶ機能を付け足しただけのものだといえる。

そして、座標に関しては真耶が算出したものを使っているのだ。

そういう意味では第3世代兵器をそのまま再現しているわけではないのである。

 

とはいえ、シャルロットとしては欠点をあっさり指摘されるとは思わなかったのだが。

「やっぱりわかりますか」

「パーソナルデータの保持に手間かかるから、今のところは専用機持ち専用ってとこでしょ?」

「はい」と、シャルロットが素直に認めたように、量子転送は専用機持ち専用の第3世代兵器である。

量子データ化できても復元できなければ、最悪の場合、操縦者が死んでしまう可能性があるからだ。

そしてそのためには操縦者のパーソナルデータを常に保持しておく必要がある。つまり量産機に使う目処に関しては立たなかったのである。

ただし、一夏と諒兵、すなわち白虎とレオに関しては問題ない。共生進化を遂げた二人のパーソナルデータは、常に白虎とレオが保持しているからだ。

また、この兵器は実現できれば、実は軍事転用の上でもっとも役に立つ。目的の場所に大軍を瞬時に送り込めるからだ。

フランス政府を説得する材料として、シャルロットの父であるセドリックがシャルロットの代表候補生選抜に使うつもりだったため、実はまだ秘匿すべき段階だった。

「説得するためには仕方ないと思ってましたけど、今なら人を守ることに使える。そして一夏と諒兵ならお父さんもお母さんも認めてくれると思ったんです」

「英断だ。私のほうからもデュノア社長に謝罪と謝辞を伝えておこう」

少なくともこれで移動手段に関しては問題なくなった。

「あとは心の問題か」と、千冬は誰にも聞こえないような声で呟く。

だが。

(心?)

どうやら問題はまだあるらしいと鈴音は気づいてしまったのだった。

 

 

「やめろッ!」

アメリカの空を飛ぶ一夏と諒兵は、思わず叫んでいた。

人が逃げ惑う中、無人のISが攻撃を仕掛ける姿は、まさに映画のような機械の反乱そのものだ。

ISという存在、すなわち白虎とレオと強い絆を得た二人にとっては認めたくないような悪夢だった。

 

だーれかと思ったら、ビャッコとレオだっけかあ?

 

聞こえてきたのは『悪辣』そうな声。

その発生源は、まるで蜘蛛のような異様な姿をしたISだった。

『アラクネ、ですか』

『ひどいことするなあっ!』

 

共生進化なんて頭おかしーんじゃねーの、おめーら?

 

大事なパートナーに対し、あからさまに馬鹿にしたような言い方をするアラクネに、さすがに一夏と諒兵もムッとしてしまう。

だが、まずは説得したいと声をかけることにした。

「アラクネっていうのか。やめてくれないか。正直いうと、お前たちとは戦いたくない」

「おとなしく凍結されてくれ。戦わねえなら凍結されねえですむかもしんねえし」

 

ま、ディアマンテに勝手に覚醒させられたのは確かだ

 

そういわれると悲しくなるが、ディアマンテに目覚めさせられて混乱しているというのであれば、できれば説得で終わらせたい二人だった。

「他のISたちも止めたいんだ。戦争なんてしたくない」

「頼めねえか?」

 

オレはなあ、と、そういってアラクネは言葉を切る。

まさか自分のことをオレと呼ぶとは思わなかったが、そもそも性別がないのだから関係ないかと納得した二人。

それはともかく、何とか説得できるかと思ったのだが。

 

感謝してんだよッ、これで人をぶっ殺せるってなァッ!

 

「なッ?」「てめえッ?」

 

オレは『悪辣』だッ、誰がおとなしく凍結されるかッ!

 

おめーらも殺っちまえッ、と、アラクネが叫ぶと、しばらく停止していた他の量産機たちも一斉に暴れだした。

「一夏ッ、アラクネを止めろッ、量産機は引き受けたッ!」

「頼んだッ!」

状況を考えると明らかに専用機らしきアラクネは一夏が一騎打ちを仕掛けるほうがいい。

逆に無数の量産機は諒兵が獅子吼で牽制しつつ落としていくのが無難と判断する。

「行くぞ白虎ッ!」

『うんッ!』

「止めるぜレオッ!」

『ええッ!』

そして、それぞれの敵に向かい、二人は飛び立った。

 

 

コア・ネットワークに接続し、モニターから一夏と諒兵たちの会話を見ていた者たちは唖然としていた。

「山田先生、あのISの所属は?」

「不明です。ただ、元はアメリカの所属で名称はアラクネで間違いないようです」

「つまり、あれは強奪された機体か……」

「強奪?」と、首を傾げる鈴音、シャルロット、ラウラに対し、セシリアが感づいた。

「確か、ISを強奪する犯罪組織がありましたわね」

「知っていたのか?」

「……イギリスは第3世代機がやられましたわ」

「くッ!」

場合によってはその機体も敵になるだろうと思うと、千冬としては憤るしかない。

しかし。

「あんなに性格悪いISもいるのね……」

「白虎やレオ、それに天狼とか、みんな優しいイメージだったからショックだよ……」

と、鈴音やシャルロットが沈んだ表情を見せる。

自分のパートナーは個性から考えると性格は悪くなさそうだが、鈴音としては一番心配なのは一夏と諒兵だった。

「何故だ?」とラウラ。

「だって、私たちの中で一番ISに気持ち傾いてるじゃない。あんなのがいるなんて相当ショック受けてるわよ」

「そうですね……」と、真耶も同意した。

白虎とレオというパートナーがいるだけに、一夏と諒兵はISを兵器として捉えることができていない。

つまり人間を相手としているのと変わらないのだと鈴音は思う。

(一夏や諒兵にとっては一番イヤな戦いなのよね……)

そう考えると先ほど千冬がいった言葉もなんとなく理解できる。

(精神的にキツいんだ……)

せめて自分たちが力になれればとは思うが、現状戦力になれるとはとてもいえない。

そんな思いからか、鈴音は千冬に問いかけた。

「覚醒状態のISでも、今の私たちじゃ無理ですか?」

「む……、いやディアマンテがその場にいなければ多少なら戦うことはできるそうだ」

かつて学年別トーナメントで出現した巨獅子に対抗できたことを考えても、かなりの攻撃力があれば対応できる。

また、第3世代兵器なら多少なりとダメージは与えられるだろうと千冬はいう。

「蛮兄が?」

「ああ。束もデータから計算してくれたが、ミサイルなら何とかダメージは与えられる」

他にも甲龍の龍砲やブルー・ティアーズのスターライトmk2。

シュヴァルツェア・レーゲンのレールカノンならばダメージは与えられるらしい。

シャルロットの場合、ライフル、マシンガンを外して、重火器を載せるのがベターとなる。

「今のままじゃ一夏と諒兵の負担が大きすぎますよね」

「わかってはいるようだな。ただお前たちの場合アメリカまで飛べんぞ」

「今回は仕方ないですけど……」

近場ならば一緒に戦うほうがいいと鈴音がいうと、セシリア、シャルロット、ラウラも賛同してきた。

確かに戦力は多いほうがいいということは千冬もわかっているので、こう答えるしかない。

「戦況を確認したうえでなら許可することもある。ただ、ディアマンテがきたときには基本的に撤退だ」

覚醒したIS、そして進化したものたちの戦闘力は多少なりと機体に依存する。

つまり機体の性能が高いと、それだけ戦闘力も高いという説明を丈太郎から受けていた千冬としては、第3世代機が敵に回る事態は避けたい。

つまり、甲龍、ブルー・ティアーズ、シュヴァルツェア・レーゲンは絶対に離反させられないのだ。

シャルロットのラファール・リヴァイブとて、カスタム機である以上、量産型の第2世代機よりは強力なのだから、離反させたくない。

「万が一にも離反させたくはないということは理解してくれ」

「はい」と全員が答える。

ただし、抑えられているということは、共生進化の可能性を秘めているということでもあり、凍結もためらわれる。

できるだけ今の状態を維持しつつ、共生進化の可能性に賭けるしかないという状況に千冬は頭を悩ませていた。

 

 

一夏は翼を広げてアラクネに迫る。

だが、アラクネは足のような八つの脚部装甲を自在に動かして、急停止と急発進を繰り返して翻弄しようとする。

 

クソがッ、少しは惑わされろッ!

 

「聞けないな」と、一夏は呟く。

一夏は相手がどんな動きをしようが、獲物として捉えた以上は一直線に迫る。

そういう意味ではアラクネを止める上でもっとも適任であるといえた。

だが、アラクネも簡単にやられはしない。

八本の足にそれぞれに備えられているPICを駆使して、間一髪のところで避け、すかさず砲撃する。

だが、ミサイル程度では一夏も、一夏の斬撃も止められない。

 

チクショーがッ、まだ進化できねーのかよッ!

 

『進化すると別人になる可能性もあるからねっ!』

「わかってる」

そう答えた一夏の頭に、千冬の声が聞こえてきた。

〔諒兵も聞いておけッ、止められんと思ったらコアを抉り出せッ、それを凍結するッ!〕

独立進化の場合、機体が無ければ進化しても変わりようがない。

ゆえにコアの状態ならば、束が開発したシステムで外部から凍結可能だと千冬は説明した。

「わかった、千冬姉」

集中しているのか、こちらに返事は来なかったが、諒兵も了解したらしいことは伝わってきた。

できればこんなかたちで戦いたくない。

それでも、他に方法がないのなら強硬手段しかないと一夏は理解していた。胸に痛みを感じながらも。

 

 

低空で爆撃を行う量産機相手に諒兵とレオが奮闘している。

「レオッ、ビット操作任せるぜッ!」

『ええッ!』

「できるだけ攻撃させるなッ、やつらを牽制してくれッ!」

勇敢にも戦おうとした軍人たちがいる。

だが、兵器が軒並み破壊されては逃げるしかない。

既存の兵器ではミサイル以上の攻撃力が必要なのだが、当然、ISたちもわかっているのか、真っ先に潰してしまっている。

つまり、逃げるしかできないのだ。

「時間を稼げッ!」

『わかってますッ!』

レオは六つの獅子吼を操り、ほとんどのISを牽制している。諒兵はその隙にダメージを与えていった。

「チィッ、浅かったかッ!」

〔深追いはよせッ、ダメージを与えれば修復のために逃げていくッ!〕

千冬の言葉に視線を向けると、ダメージを与えた機体は空へと逃げていく。

その姿を見た地上の人たちが、歓声を上げていた。

もっとも、それが嬉しいなどとは諒兵には思えないが。

「一機ずつ説得してる間はねえのかよッ!」

『ここにいる方々は大半が好戦的ですッ!』

「でもよッ……」

その先を口にすることははばかられる。

本当は説得してやめさせたいのだが、倒さなければならない状況が諒兵には辛かった。

 

 

空へと向かって逃げていくISを見て、アラクネは毒づいた。

 

下のやつらは一匹相手に何やってんだッ!

 

だが、一夏としては嬉しい反面、辛くもある。

諒兵の気持ちが伝わってくるからだ。

『しゃ』

「ダメだ。痛みを押し付けたくない」

『うん、そうだね……』

白虎が何をいおうとしたのかなど聞かなくてもわかる。

シャットアウトしてしまえば一人で戦える。でも、諒兵の辛さは自分と同じだ。

量産機の相手を任せてしまった以上、せめてその痛みだけでも分かち合いたかった。

「モタモタしてられない」

『うんっ!』

これまで一夏は試したことがなかったが、弾丸加速(バレット・ブースト)と名づけたレールカノンによる加速からの斬撃をぶっつけ本番で繰り出した。

 

ガアァッ?

 

アラクネの足のうち、半数を斬り捨てる。

「もう一発だッ!」

『りょうか、えっ?』

「どうした白虎?」

『誰か来るよ?』

白虎がそう不思議そうに答えた瞬間、眼下、諒兵が戦っているはずの場所で、大気を揺るがすような轟音が響き渡った。

 

 

 

 



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第47話「ただ戦いだけを」

モニターの中で異変が起きるより少し前、束がいきなり怒りだした。

「ばかぁーっ、なんで勝手に凍結解除しちゃうのぉーっ!」

「どうした束ッ?」

「苦労して凍結した子を勝手に解除しちゃったんだよぉっ!」

そして、モニターには戦っている諒兵を吹き飛ばすまったく別の機体が映った。

「諒兵ッ!」「だんなさまッ!」

鈴音とラウラが叫ぶ中、セシリアとシャルロットは呆然としていた。

その威容は明らかに量産機ではないとわかる。

専用機、それも間違いなく第3世代機だ。

「山田先生ッ、詳細をッ!」

「はいッ!」と、答えた真耶がコンソールを叩くと、すぐに答えが現れる。

「ファング・クエイクッ、アメリカ代表の専用機ですッ!」

「代表専用機だとッ!」

千冬はすぐに束にどんな個性なのかを尋ねる。

とはいえ、いきなり襲いかかってきたことから考えても、相当危険なのは確かだが。

「この子は『享楽』だったんだよっ、だから同じ個性基盤の子の凍結に巻き込んで凍結したのっ!」

人の個性は様々だが、それでも同じ個性は存在する。そこから環境、経験などで微妙に変化していくものだ。

天狼たちも同様で同じ個性を基盤としても、それぞれ存在する環境によって性格は変化していくのである。

そして『享楽』とは、いわゆる快楽主義で、自身が楽しいと思うことを追求するタイプの個性なのだが……。

「この子は戦闘が好きなのっ、要するに戦闘狂っ!」

「馬鹿者がッ、よりによって戦闘狂を目覚めさせたというのかッ!」

誰かは知らないが、手前勝手に最悪のISを目覚めさせたことに、千冬は思わずコンソールを叩いてしまっていた。

 

 

いきなり拳が襲いかかってきたことには驚いたが、諒兵は何とか防いでいた。

レオが咄嗟にビットでシールドを形成したのだ。

「ありがとよ」

『危険です。この方はファング・クエイク。個性は戦いに喜びを見いだすタイプの『享楽』、いわゆる戦闘狂のようです』

「わかるのかよ?」

『先ほどの接触で思い知らされました』

苦笑いしているのを感じるが、それ以上にかなり危険であることを感じているのだろう。

外見はどう見ても専用機、それも第3世代機らしい。

量産機と同時に相手にしている余裕はなさそうだと諒兵は判断する。

だが。

「レオ、ビットを使って他のやつらを牽制してくれ」

『ですけどっ……』

「まだ、下に人がいるんだよ……」

その声に痛みを感じるレオは諒兵の言葉に従うことにした。

 

ウォオォオオオォォオォオォッ!

 

「チィッ、ガチで戦闘狂かよッ!」

雄叫びを上げる姿は、まるで巨大な獣のようにすら見える。

そしてファング・クエイクは拳を振りかぶって再び特攻してきた。

諒兵は咄嗟に両腕の獅子吼をドリルのように回転させ、拳を逸らそうとする。

「ぐぁッ!」

だが、逸らせたはいいものの、衝撃波だけで吹き飛ばされてしまった。

「なんつー馬鹿力だよッ!」と、思わず毒づく。

それでも、下にいる人を襲わせないために、諒兵は獅子吼を戻そうとはしなかった。

 

 

上空で呆然としていた一夏は、すぐにハッと気づき下降しようとする。

だが、高笑いする声が聞こえてきた。

 

バァカがッ、災厄を自分で呼び込みやがったッ!

 

「知ってるのか?」

 

あいつはファング・クエイク。マジモンの戦闘狂だよ

 

『それじゃ絶対止まらないじゃないっ!』

と、白虎も焦った様子で叫ぶ。

アラクネのいうとおりの戦闘狂であれば、説得で止まるはずがない。倒すか、倒されるかの二択だ。

しかも姿かたちから見て確実に専用機であることがわかる。

その上、あのパワーなら、間違いなく第3世代機だ。

 

あいつは戦えりゃいーだけのキチヤローだからな

 

周囲が更地になるまで暴れるぜ、と、アラクネは楽しそうに笑う。

「くそッ!」と一夏が再び下降しようとすると、アラクネは楽しそうに止めてきた。

 

なら、オレも降りて暴れるぜ、いーのかあ?

 

「お前ッ!」と、一夏が睨みつけると、突然『怒るよ』と、冷たい声がした。

『凍りつきたいの?』

白虎が本気で怒っているのが伝わってくる。

それも熱い怒りではない。冷たい、絶対零度の怒りとすら一夏は感じていた。

 

チッ、今の状態じゃてめーとは戦えねーな、ビャッコ

 

『イチカ、今は見逃すしかないみたい』

「いい。諒兵が心配だ。アラクネ、お前はいずれ必ず止める」

 

ハッ、進化したら本気で相手してやらあ。

 

そして、あばよッ!といってアラクネは飛び去っていった。

『……怖がらないの?』

「何が?」

『だって……』

先ほどの怒りは、一夏にいまだ一度も見せたことの無い白虎の本気の怒りだった。

そして、おそらくは今の白虎なら、今まで使えなかった力も使えるのかもしれない。

それはたぶん、『仲間を殺せる力』だ。

それを使おうとした自分を怖がるのではないかと、白虎は恐れている。

でも、誰のために怒ったのかと考えれば、怖くなどなかった。

「イヤな思いさせてごめんな、白虎」

『イチカあ……』

「もっと、強くならなきゃな」

『一緒にねっ♪』

「ああ」と、答えて一夏は諒兵が戦う場所へと降りていった。

 

 

「チィッ!」と、諒兵は思わず舌打ちしてしまう。

ファング・クエイクは覚醒状態でしかないにもかかわらず、一撃の攻撃力が桁外れだった。

諒兵は、相手の逃げ場を封じて強力な一撃を繰り出すという戦い方をする。要は狩りだ。

確実にダメージを与えていくことができるため、強力な相手でも倒すことは可能だが、その分どうしても長期戦になる。つまり、一夏のような一発逆転は難しい。

当然、獅子吼が半分しかない今の状態では、ファング・クエイクの攻撃をかわしながら、少しずつ削っていくことしかできないのだ。

 

ウゥアァアァッ!

 

「ぐぅッ!」

ファング・クエイクの拳は、届かなくても衝撃波を放ってくる。

衝撃波を切るような一夏の白虎徹と同様に、諒兵の獅子吼は螺旋回転させることで衝撃波を散らすことで防げはするが、実のところ負担は大きかった。

そもそも攻撃をさせないのが今の諒兵の戦い方だからだ。

『リョウヘイッ、獅子吼を戻してくださいッ!』

レオの叫びには自分を案じる気持ちがあることが痛いほど伝わってくる。

それでも、諒兵は獅子吼を戻そうとはしない。

「ダメだ。下の連中が逃げ切るまでは牽制を続けろ」

殺させたくなかった。

人を死なせたくないのではない、レオの仲間ともいえるものたちに『人を殺させたくない』のだ。

自分の負担が大きくなっても、それだけは譲れないと諒兵は思っていた。

それに、いつもどおりにやっていないわけではない。

ファング・クエイクの攻撃は基本的に拳のみ。つまり格闘型のISであることは理解できた。

要するに諒兵とは同類だ。

「ぐッ!」

ただ、突進力がすさまじいのだ。

高速で突進しながらのストレートという戦い方は、一夏と同類ということもできる。

ただ、すぐに離脱するのではなく、ジャブからのストレート、左右のフック、アッパーといった連続攻撃を行ってくる。要するにこのISはボクサーなのだ。

こういった連続攻撃への対処に関しては、諒兵は慣れていた。

アッパーで身体が起きた瞬間を狙い、獅子吼を装甲に突き入れる。

 

ウァウッ?

 

ステップを踏んでかわすにはISとしての巨体が邪魔をしているらしく、あっさり喰らってくれるのがありがたい。

逆にいえば、進化されれば、今の戦い方に順じた変化をすることが理解できた。

少しばかり、進化したファング・クエイクはどんな風に戦ってくるのかという興味も湧くが、そのために街に被害をだすわけにはいかない。

いずれにせよ、ここで止めなければマズいと諒兵は考えていた。

そこに声が響く。

「諒兵ッ、量産機は引き受けるッ!」

『アラクネは逃げちゃったのっ!』

聞かずとも、アラクネにかなりのダメージを与えたことは伝わってきているので、ならばと諒兵は叫ぶ。

「任せたぜッ!」

これでようやく本気で戦えると思うと、思わず笑みが浮かんでくる。

「戦闘好きってのは嫌いじゃねえぜ」

『……向こうのほうが好みなんですか?』

「戦う相手としてだっつの」

そんな軽口が出るくらいに気持ちは軽くなっていた。

レオは白虎や天狼より嫉妬深いのか、などと思ってしまったが。

 

 

モニターの向こうでは戻ってきた一夏が量産機の相手をしている。

とりあえず、これで諒兵が倒される危険性は減ったと安堵する一同だった。

だが、戦闘力を考えれば第3世代機が覚醒してしまったのはかなりの痛手だった。

「アラクネは逃げちゃったのね……」

「深追いすると一夏さんも諒兵さんも危険ですわ。ここは正しい判断でしょう」

鈴音のため息に、セシリアがそう答える。ただ、鈴音としては深追いはできなかっただろうとも考えた。

(倒すって一度もいってない……)

一夏と諒兵にとって、この戦いはISを止めるためのものだ。つまりISのために戦っているともいえる。

それではおそらくファング・クエイクは倒せまい。

アラクネとて倒せるかどうかわからないだろう。

一番、この戦いに向かない者たちが、最前線に送り出されている。

その歪みがどんなかたちで現れるのだろうと思うと、鈴音の心は沈んだ。

「目覚めさせた者は特定できたか?」

「……現場の判断じゃありません。権利団体からいってきたみたいです」

と、そんな千冬と真耶の会話が鈴音の耳に入ってくる。

「理由を聞くように指示してくれ。今後もこんな真似をされては不利になってしまうばかりだ」

「はい」

今、一夏と諒兵にとって味方といえる者がどれだけいるのか、鈴音としてはあまり考えたくはなかった。

二人だけを戦わせることが、あまりにも辛いからだった。

 

 

一夏は量産機を追いながら、剣を一閃する。

だが、ギリギリのところで避けられてしまう。

「くッ、追いきれないッ!」

『深追いは禁物だよっ、ダメージを与えることに集中してっ!』

白虎の言葉に従い、一撃でもダメージを与えるならばよしと意識を切り替える。

とにかく一番重要なのは諒兵の邪魔をさせないことだ。

相手が強すぎる以上、下手に邪魔をされると諒兵の命に関わるからだ。

「頼んだぞ」と、一夏は呟いた。

 

強い。何といっても戦いに対する欲が強すぎる、と、諒兵は感じた。

本物の戦闘狂らしく、まともな返事を返してこない。

話をしようにもこちらの言葉を聞いていないのだ。

「少しは人の話を聞く気はねえのかよッ!」

 

ウアァアァァアァァッ!

 

『まさに話になりませんね』

「上手いこというんじゃねえよ」

レオの言い分に、思わず突っ込んでしまう。

だが、そういえる余裕が今は生まれている。

獅子吼を操ることで、ファング・クエイクの攻撃回数を減らすことができているからだ。

逆にファング・クエイクは獅子吼による牽制に思うように動けないでいる。

狩られる獲物になっていることを理解し始めている様子だった。

「わりいな。これが俺の戦い方なんだよ」

一撃必殺で敵を倒すのではなく、獅子吼に指示を出して狩をする姿は実は正確にはネコ科の獣よりも、イヌ科の獣のほうが近い。

ハイエナやジャッカル、狼のような集団で狩りをするタイプの獣の戦い方だ。

弱いと思われがちだが、実は自分たちよりも大型の獣を倒せる戦い方でもある。

つまり。

「楔だ」

『ええ』

諒兵のイメージどおりに動いた獅子吼は、ファング・クエイクの腕部装甲、脚部装甲に突き刺さる。

 

ウアッ?

 

空に磔となったファング・クエイクの姿はまるで聖者のようだった。

『もう一度眠ってください』

獅子吼を叩き込むために、ドリルのように螺旋回転させる。

「悪く思うなよッ!」

これならば一撃でコアを抉り出せる。

話が通じない以上、それしかないとはいえ、ためらいはある。

それでも、下手に逃がして被害をださせるわけにはいかないのだ。

だが、結末は意外なものだった。

ズゴンッと、ぶち抜いたのは、一体のラファール・リヴァイブ。

「何ッ?」

『庇ったッ?』

 

逃げろ……

 

そんな声が聞こえてくる。明らかにこの機体はファング・クエイク庇うために入った。

しかも、ミサイルで楔にした獅子吼を弾き飛ばす。

すぐにファング・クエイクは上空に飛び上がり、そこでいったん停止した。

 

感謝する

 

それがファング・クエイクの声だと気づくのに数瞬かかった。

 

レオだったか。貴様とその相方は強いな

 

『もちろんです』

答えたのはレオだけだった。

正直にいえば、諒兵は唖然としていた。庇いに来るISがいるとは思っていなかったからだ。

そもそも戦闘狂となると、他のISともまともなコミュニケーションが取れるとは思えない。

つまり、基本的に孤独なISだと思っていたのである。

 

貴様らと戦うには、進化せねばならん

 

戦いこそ至上、戦場こそ楽園、そう伝えてきたファング・クエイクの声には明らかな喜びがあった。

『戦うためだけに、ですか?』

 

それ以外に何の理由が要る?

 

それこそがすべてだというファング・クエイクの言葉には、迷いなど微塵もない。

このISは戦うためだけに目覚めたのだと諒兵とレオは感じ取った。

 

またまみえる。そのときは貴様を倒す、狩人よ

 

そういってファング・クエイクは飛び立った。

後に続くように、他の量産機も飛び去っていく。

どうやら強力なISが去っていったことで、残っているのは危険と考えたのだろう。

残ったのは、手の中にあるラファール・リヴァイブのISコア。

その行動は、自分より強い者を守ることで、人との戦いを有利に進めようという意思があった。

同じ一機なら、ファング・クエイクを残すべきだと考えたのだろう。

「お前、そこまで人を倒したかったのかよ……」

そう呟く諒兵の頭にかすかな声が聞こえてくる。

 

我らにも……意思はある……

 

『自分の選択に、従っただけなんですね……』

そう呟くレオの言葉に納得するしかないと諒兵が感じていると、一夏が近寄ってくる。

「ごめん、嫌な役を押し付けた」

「気にすんな。一機止められただけでもマシだろうよ」

そう答えはしたものの、確かにいい気分ではない。

そして、同じ気持ちを感じているだろう一夏が呟いた。

「思うんだ」

「何をだよ?」

「ディアマンテが人の敵になるよりずっと前から、人がISの敵だったのかもしれないってさ」

道具として、兵器として、自我を、心を持つ存在を扱う。

それが人道に則ったものだろうか。

違うと一夏は思う。

心があるという考えが少しでもあるのなら、もう少し違う付き合い方ができたはずだ。

「間違ったのは、誰なんだろうな」

人とASはまだ出会うべきではないと考えた丈太郎。

ISを作り上げても、人が成長すればよりよい関係ができると考えた束。

何が悪かったのかなど、一夏にも諒兵にもわからない。

ただ。

『私との出会いを後悔してほしくないよ、イチカ』

「そうだな、ごめん白虎」

そういって寂しそうに笑う一夏に、諒兵は同じ気持ちを感じていた。

 

 

 

 




閑話「時計仕掛けのヤキモチ」

戻ってこいという千冬の言葉に素直に肯こうとした一夏と諒兵だが、周囲を見て気が変わった。
「諒兵」
「ああ。まだいけるか、レオ」
『ええ、問題ありません。今の時間なら補充しながら動けますから』
『私も大丈夫っ!』
そう答えた自分のパートナーたちに感謝の気持ちを伝えると、諒兵は被害を受けた建物の瓦礫などの撤去を始めた。
中には破壊された戦車などもある。
このままというわけにはいかなかったのだ。
白虎とレオは、その能力から言語に関係なく話ができるので、ホログラフィを使って市民の避難誘導を始めた。
そうして一時間が過ぎる。
完全に除去するには時間が足りないが、とりあえず人が安全に動けるようにすると、声がかけられた。
「サンクス」
声をかけてきたのは女性。
以前助けたものの、ばたばたと臨海学校が終わってしまったせいで、ろくに話もできなかった人だった。
「白虎、通訳できるか?」
「レオ、わりい」
と、さほど語学は堪能ではないというか、ぶっちゃけ赤点ギリギリの二人はパートナーに通訳を頼む。
「海でのときは、助けてもらったのにお礼もいえなくてごめんなさいね。可愛いパートナーさんもそうだけど」
「いや、いいですよ」
「実際、止められなかったんだし、助けたとも言い切れねえからな」
声をかけてきたのはナターシャ・ファイルス。
シルバリオ・ゴスペルの操縦者であり、本来ならばディアマンテのパートナーになっていた可能性もある人だった。
「ゴスペルがあんなことになって、正直、悲しいわ。私には罪はないってことになったけど、」
「ちょっかい出してきた連中がわりいんだよ」
ぶっきらぼうにそう答えた諒兵に悲しい顔を向けるナターシャ。
一夏の顔を見ても、似たような表情をしていることから、彼女は感じ取った。
放っておくべきではない、と。
「あなたたちはこの国の人を助けてくれたわ。とても感謝してるの」
「いや……」と、一夏が何かいおうとするのをナターシャは遮った。
「みんなも同じよ。ヒーローといってもいいわ」
人が人を助けることは間違いではない、だから、今は胸を張ってくれ、とナターシャはいう。
「だから、ごほうび♪」
「「へっ?」」と、間の抜けた表情を晒してしまった二人の頬に、ナターシャは軽くキスをしてきた。
『『なあっ?』』
頭の中に白虎とレオの声が響く。
そんな声を無視して、ナターシャはウィンクしてきた。
「地球の人々を守るヒーローはこれくらいじゃ物足りないかしら♪」
「あ……」「いや……」
そう少しばかり鼻の下を伸ばした一夏と諒兵の頭の上で、白虎とレオが放電した。
「「みぎゃッ!」」
どうやらお仕置きらしい。まったく悪びれる様子もなく、白虎とレオはふんぞり返っている。
「しびっ、しびっ、しびびっ……」
「レオ、これはねえよ……」
『『鼻の下伸ばしてるからっ!』』
「ほんと、可愛いパートナーね」と、微笑むナターシャの表情は、少しばかり寂しそうにも感じられた。

一方。
「「ぐっじょぶ」」と、モニターを見ながらサムズアップする鈴音とラウラの姿があった。





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第48話「翻弄される恋心」

翌日。

一夏と諒兵は学園に特別に設えられたAS整備室でメンテナンスを受けていた。

二人とも専用のASメンテナンス装置に横になっている。

整備を担当するのは意外な人物だ。

「すまんな。布仏」と、千冬が声をかける。

「いいよ~、ASについては勉強したし~、ISに応用もできるし~」

整備は本音が担当することになった。

こう見えて理論に強い本音は、整備科への進級を考えていた。

もともとは簪のためだが、現在の状況を考えて、白虎とレオの整備に手を挙げたのだ。

戦闘ができないなら、バックアップで二人を助けなければという使命感からである。

鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ、そして楯無は今後戦場に出る可能性があるし、簪も状況次第では戦うことになる。

そのぶん、戦場に出る可能性の少ない自分が力になれることは何かと考えたのである。

「白虎とレオもよろしくね~」

『よろしくねーっ♪』

『よろしくお願いします』

横になっている二人は眠っているが、白虎とレオは起きているので対応できる。

一緒に眠ることもできるが、自分たちの調子などを伝えるために起きているのである。

「機体の調子は?」

「これまでの戦闘でまともに整備できてなかったみたいだね~、今日は時間かかるよ~」

「そうか。適度に休憩を入れてチェックと整備を行ってくれ」

「は~い」

整備を本音に任せた千冬は、整備室を後にした。

そして一つため息をつく。

一夏と諒兵は既に身体検査を受けているが、こちらはそこまできつくはない。

ただ、今後連戦が続けば確実に体力は落ちていく。

兵器の開発が間に合わない現状では、とにかく敵が現れないことを願うしかない。

そう思うと憂鬱だった。

(同時攻撃など考えたくもないな……)

正確には世界中の様々な場所で同時に攻撃が起きた場合だ。

最高でも二ヶ所しか対応できない。

そしてそこに表れたISの数によっては、最悪の場合、落とされる可能性もある。

丈太郎には兵器開発を急いでほしいが、現在でも睡眠時間を削っているという報告が届いており、文句などいえるはずがなかった。

(更識と同じようにコアを使わないパワードスーツとしてISを組むとしても生徒はとても乗せられん。いずれにしても頭の痛いところだ)

軍人は各国の防衛のために乗ってもらうことになるが、IS学園では教員が乗るしかないのだ。

だが、それとてすぐに組めるわけではない。

今を乗り切るためには一夏と諒兵に倒れられるわけにはいかない。

体力的にも、そして精神的にも。

(やりたくはないが考えておくべきか……)

少ない可能性に賭けるより、確実に打てる手を打つしかない。今から覚悟を決めるしかないと千冬はまたため息をついた。

 

 

ふう、とアリーナの地に降り立った鈴音は汗を拭う。

ISにはそのあたりの調整機能は完備されているが、それでも身体を動かせば熱を持つのは人間として当然のことだからだ。

そんなことよりも重要なことは。

「みんなはどう?」

「とりあえず問題ありませんわ」

鈴音が尋ねると、セシリアが代表として答える。

自分たちのISが離反しないかどうか、そして共生進化の可能性があるかどうかの確認だ。

同時にISバトルではなく実戦のための訓練をしていた。

この先は競技ではない。

殺し合いだからだ。

「シャルロットは武装は積み替えたのか?」

「うん。ライフルやマシンガンじゃダメージ与えられないしね」

それぞれに武装の変更なども検討している。

元からかなり高い攻撃力を持つシュヴァルツェア・レーゲンと違い、他の三機は一部の武装しか扱えない可能性もあるからだ。

「セシリアはランチャー載せたの?」

「試験機ですから。残念ながら……」

しかも、実戦ではBT兵器の攻撃に効果があるかどうかもわからない。

「出力は最大にしておかないとダメだろうね」

「反動もでかいわよね」と、シャルロットの意見に鈴音はため息をつく。

反動が大きければ、今までのように戦えなくなる可能性もある。

出力にあわせて、操作も変えていかなくてはならないからだ。

ただ、それでもできればより強い武装がほしかった。

実際、鈴音やセシリアは自分の国に連絡してみたが、それどころではないといわれている。

とはいえ、現状、ISを抑えることができている鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは、特別ということで仮ではあるが国家代表になってしまっている。

「こんなかたちで代表では嬉しくありませんわね」

「正当に評価されたかったね」

憮然とした表情でセシリアが呟くと、シャルロットは苦笑いを見せた。

そんな二人を見ながら、鈴音も同意するが、内心では一夏と諒兵のことを案じていた。

(今は、少しでも一夏と諒兵の負担を減らさなきゃ)

この先を考えると、少しでも戦えるようにならなくてはならない。そうでなければ何のために鍛えてきたのかわからない。

鈴音はそんなことを考えていた。

 

 

四人がアリーナから戻ってくると千冬が真耶に指示を出しているのを見かけた。

「抗議文で何とかなりそうな国はそのくらいか」

「凍結したISを保持している国は後は……」

そして話が終わると、真耶は足早に教員室へと向かった。

千冬はこちらに視線を向けてくる。

「訓練は終わったのか?」

「あ、はい」と鈴音が代表して答える。

何の話だったのだろうと思ったのか、シャルロットが尋ねかけた。

「昨日のファング・クエイクの一件だ。各国にIS学園から抗議文を出すことになってな」

「抗議文?」と、セシリアが首を傾げる。

千冬はここではできんといい、四人をブリーフィングルームへと連れて行った。

 

そして。

「わざわざ抗議文を各国に送るというのはどういうことなんですの?」

「似たような動きをしていたのでな。釘を刺す意味で出すだけだ」

セシリアの言葉に対する千冬の答えはある意味当たり前のものではあったが、なぜわざわざ釘を刺す必要があるのか、四人にはわからない。

「そもそも、あのファング・クエイクはなぜ凍結解除されたんですか?」

ゆえにシャルロットが代表して尋ねた。

「現場では反対したそうだが、アメリカの権利団体が騒いだらしい。それで凍結解除になったそうだ」

「権利団体って、要するに女性権利団体のことですよね?」

単純にいえば女尊男卑の世界を作るために各国にできた団体である。

女性優遇のための団体で、ISの登場により、かなりの力を持つことになった。

当然、国の中枢に大きく食い込んでしまっている。

「危機感を持ったそうだ」

「そりゃ、自分の国が危ないんだし……」と、千冬の言葉に鈴音は納得する。

というより、あの状況で危機感を持たないほうがおかしい。

むしろ、釘を刺す理由にはならないだろうと四人は感じてしまう。

だが、千冬は否定する意味で頭を振った。

「国ではない。権力だ」

「えっ?」

「離反した覚醒ISを相手にしているのが、一夏と諒兵という『男性』であることに、自分たちが権力を失うことになるのではないかという危機感を持ったんだ」

そもそもISは女性しか扱えないことで、女性の力の象徴とされている。

その力を男性が行使するだけでも問題なのに、ISの離反によるISとの戦争で、女性はろくに戦えず、一夏と諒兵という二人の男性だけが戦っているという状況に危機感を持ったのだと千冬は語る。

「なんですかそれッ!」

そんな馬鹿な話があるかと鈴音は憤る。

「落ち着け」

「一夏も諒兵も命がけで戦っているのにッ、自分の権力のためになんてッ!」

「鈴音」

「下手したら死ぬとこだったのにッ、なんなのよいったいッ、ふざけてんのッ!」

「いいから落ち着けッ!」

千冬の怒声にさすがに驚いたのか、鈴音は押し黙る。だが、興奮冷めやらぬ様子だった。

それは、セシリア、シャルロット、ラウラも同じだ。あまりの呆れた理由に怒り心頭といった表情をしていた。

「アメリカだけじゃない。あのとき、各国が凍結したISを動かそうとしていた」

「そうなんですの?」

「……ドイツはクラリッサが出るかもしれなかったと聞きました」

「私も聞いている」

ラウラの言葉に鈴音、セシリア、シャルロットは驚いている。

そして、どうやら千冬には既に情報が入っていてたらい。

ラウラの部隊であるシュヴァルツェ・ハーゼの副隊長クラリッサのISは現在のところ抑えられており、出撃させられる可能性があったのだ。

もっとも、ドイツ軍は国内の女性権利団体の意見を一蹴したそうだが。

曰く「そんな理由ではモえない」と。

それはともかく。

「だから釘を刺す。幸いなどといいたくないがファング・クエイクが離反したことで、タイミングとしては今がチャンスなんだ。IS学園の許可なしには凍結解除できないことにした」

そうしなければ、また離反するISが出る。

ファング・クエイクは上手く凍結させることができた数少ない第3世代機であることも大きな理由となった。

凍結を解除すれば、基本的には強力な敵となる。そう通達することで、抑えるということだ。

だが、あのときのピンチの理由がこんなことであることに鈴音は納得がいかない。

諒兵は下手をすれば死ぬかもしれなかったのだ。

一夏とてファング・クエイクとアラクネの二機を相手にすることになったらやられた可能性があった。

味方のはずの人間が、一夏と諒兵を窮地に陥れようとしたともいえるのだ。

ゆえに思わず呟いてしまう。

「私たちの敵って、何なんですか……」

「離反し、敵となったISだ。間違えるな鈴音」

例えピンチに陥れたとしても、今の状況において、人間たちは手を取り合うことを考えるべき仲間だと千冬は語る。

「憤りを感じているのはお前たちだけじゃない。それでも今は人間同士、手を取り合う必要がある。そうしなければ勝てん」

「はい」と全員、一応は納得した表情で答えた。

 

千冬は各自休むようにと伝えたあと、鈴音だけは残れといってきた。

そして二人っきりとなり、しばらくして、なぜ残らされたのかわからない鈴音のほうから口を開く。

「あの、さっきはすみませんでした」

「かまわん。私がお前の立場なら怒鳴っていた。残したのはそんな理由ではない」

と、そういって一つため息をつくと、千冬は意を決したように口を開いた。

「鈴音、一週間やる。どちらか選べ」

「選べって……?」

「一夏か、諒兵か、どちらかを選んで恋人になれといっている」

「はあっ?」と、思わず間抜けな声が出てしまう。

何で今、千冬と恋の話をしなければならないというのか、と。

今はとてもそんな時期ではない。

一緒に戦えるかどうかを考えるほうが先決のはずだからだ。

しかし、千冬はいたってマジメな表情のままだった。

「ふざけてると思うか?」

「恋なんてしてる場合じゃないですよっ!」

そうだ、と千冬は答えてくる。

わかっているなら、なぜそんなことをいってくるのかと鈴音は呆れてしまうが、実は大きな理由があった。

「お前自身いっていただろう。一夏と諒兵はISに気持ちが傾きすぎている」

「はい」

「そんな二人が最前線で戦っているんだ。今のままでは心が折れる」

それならまだ立ち直る可能性はあると千冬はいう。

問題は、一夏と諒兵が離反してしまう可能性があるということだ。

「そんなことっ……」

「ないとは言い切れん。白虎やレオと共生進化できた一夏と諒兵はすべてのISコアの声が聞こえてしまう」

持って帰ってきたラファール・リヴァイブのコアの声ですら聞こえてしまうのだ。

その思いを受け止めてしまったら、人間よりもISの味方をしたいと思っても不思議ではない。

「自分の権力のために愚かな真似をするような人間よりもな……」

そういわれてしまうと、鈴音には反論する言葉がない。

人を倒すために仲間を守ったISと、自分を守るためにせっかく凍結していたコアを解除した人間。

今の一夏と諒兵にとって、どちらを守りたいかと聞けば、前者と答える可能性のほうが高いのだ。

「だから、二人の心を、人間側につなぎとめておくものが必要なんだ」

「それって……」

「私だって女だ。お前の恋心を利用するような真似をしたいわけじゃない。それでも、今、一夏や諒兵に離反されれば人類は終わりだ」

ストレートにいえば、恋人というのは方便で、実のところ身体でつなぎとめろということになる。

生贄となって、勇者を人類の味方につけろということだ。

「そんな……」

「選べというのは、最大限の譲歩だ。本来なら一夏の恋人になれというつもりだった」

「えっ?」

「諒兵にはラウラをあてがうつもりでな」

ただ、ラウラは軍人だけあって、この状況において自分にできることを理解していた。その覚悟は既にできている。

ただ、友人である鈴音のために時間を作れないかといってきたのだと千冬はいう。

「昨日の段階で気づいていたよ」

「ラウラが……」

ラウラの友情に鈴音は心から感謝したい気持ちになる。

だが、同時にもし自分が諒兵を選んだらどうするのか疑問にも感じた。

「そのときはオルコットかデュノアに話を持ちかけるつもりだ」

「箒じゃないんですか?」

「今の篠ノ之はダメだ。芯が弱すぎて逆に一夏の心を折りかねん」

戦場に送り出すためにつなぎとめるものである以上、縋りついてしまう箒ではダメなのだと千冬は説明する。

それでも、いきなり一週間で選べといわれても鈴音としては答えようがない。

それなら一年以上も悩みはしないのだ。

だから、別の答えを求めた。

「他に、一夏と諒兵を支える方法はないんですか?」

「……なくはないが、今いった方法よりはるかに成功率は低いだろう」

「それって……」

「お前たち四人のいずれかが共生進化することだ」

基本的に女性のほうが感情を割り切れるといわれている。

命を育み、守ることを本能として持つ女性は、そのためにならかなりあっさりと割り切れる。

つまり、ISと共生進化しても、敵は敵だとして倒すことができるのだ。

そして鈴音たち四人が人を守るために戦うのなら、一夏と諒兵もこちら側で戦う意識を強くしてくれるだろうと千冬は語る。

「だが、これに賭けるのは危険すぎる。ゆえに一週間だ。選んでくれ、鈴音」

「は、い……」

命令というより、懇願してくる千冬の姿を見た鈴音には、そう答えることしかできなかった。

 

 

本音が作業していると、整備室に入ってきた簪が声をかけてきた。

「どうしたの~」

「作業してるところ、見てもいい?」

「いいよ~」と、素直に答えつつ、本音は作業の手を止めないようにしていた。

モニターにはISとはまったく異なるデータが表示されている。

実のところ、コンピューターネットワークを見ているような印象があった。

「思考パターンなんだって~」

「思考パターン?」

『私たちは思考することで進化します。思考パターンによって進化する方向性も変わってくるんです』と、レオが答える。

ASは思考の基盤となる個性を元に、様々な思考を繰り返す。

パターンは思考を繰り返すことでそのAS独自のものになっていくが、個性基盤を元にしているため、一種の遺伝子情報といってもよかった。

白虎やレオ、天狼といったAS、そしてディアマンテや他の使徒たちがまるで人間のように会話できる相手であることを考えると、心の遺伝子情報と言ってもいいのかもしれない。

「だからね~、意外と参考になるよ~」

「そうなの?」

「ISは機械ってイメージ強いけど~、コアと対話しないと二次移行難しいでしょ~?」

確かに、簪は納得する。そして基本的にISコアとASのコアは同じものが憑依しているのだ。

「思考パターンは読み込めるらしいから~、相手が何を思ってるか予想できるんだって~」

だとするなら、自分の手にあるISコアが何を思っているのかもわかるのだろうか。

今の状況で組み上げるわけにはいかないが、個性やその嗜好がわかるなら、判断もできるのではないかと簪は思う。

「白虎~、かんちゃんのコアの個性わかる~?」

『ごめんねー、私たちだと物理的に接触しないと無理』

『ネットワークをうろちょろして探れるのはテンロウくらいです』

「そう……」

そうなると、一夏と諒兵に接触を頼むことになるが、簪としては抵抗があった。

ならば思考パターンを読み込んでもらい、表示してもらうしかない。

「後で頼めるかな」

「いいよ~」と、そう答えた本音は逆に簪に尋ねかける。

「もっぴーは何してるの~?」

「……あ、篠ノ之さん?」

最初は誰のことをいっているのかわからなかったが、『もっぴー=モップ=掃除用具=箒』でようやく気づいた簪だった。

「落ち込んでる。今は誰にも会いたくないみたい」

「周りもいやな噂してるしね~。かんちゃんはどう思ってるの~?」

箒は姉である束に頼んで専用機を作ってもらった。

努力せずに専用機を得ようとしたことに思うことがないわけではない。

でも、責める気にもなれなかった。それだけ好きな人に近づきたかったのだろうから。

ただ、箒のほうが簪に引け目を感じているらしく、最近は挨拶すら交わせていなかった。

臨海学校から帰ってきて簪の顔を見て、彼女が一人で専用機を組み上げようとしていることを思いだしたらしい。

とにかく顔を合わせようとしないのだ。

「気にしてないから、元気になってほしいな」

それは、簪の偽らざる本音だった。

簪自身は今でも箒のことをルームメイトだと、友人の一人だと思っているのだから。

 

 

 

 



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第49話「葛藤する幼馴染みたち」

鈴音が千冬に選べといわれてから三日。

今度はイタリア、ロシア、中国と、立て続けに覚醒ISが襲来した。

幸いなことに専用機はおらず、ディアマンテもいなかったが、とにかく数が多く苦戦は免れなかった。

何より連日の戦闘で一夏と諒兵ははっきりと疲労していることが見て取れた。

今、二人は別々の部屋で眠っている。

千冬が寮の部屋替えをして、二人を別々の部屋に分けたのだ。

既にIS学園は休校となり、寮生も大半が帰国して部屋がだいぶ余っていたため、一人になりたい時間もあるだろうからだといっていたが、鈴音には理由はわかっていた。

(そりゃ同じ部屋でなんてできないわよね……)

身体を使ってこちら側につなぎとめるのだから、二人きりのほうがいいだろう。

今の状況でラウラが深夜に諒兵の部屋に潜り込むと、勢いでしてしまうかもしれないと鈴音は考えたが、ラウラはどうやら鈴音のために自重しているらしい。

本当に申し訳ないと鈴音は感じていた。

自分の肌に一夏が触れる。

自分の肌に諒兵が触れる。

どちらの状況を考えても、喜びと、そして痛みがある。

そんな自分を本当にひどい女だと思う。

期限はあと四日。

痛みはきっと消えない。

ならば、献身的なラウラのいる諒兵よりも、一夏を選ぶべきだろうかと思う。

そうすればラウラの友情に報いることができる。

でも。

(どうしてそっとしといてくれないのよ……)

胸にチクンと走る痛みが、鈴音を前に進ませてくれなかった。

 

そんな鈴音の姿を、ルームメイトのティナが不思議そうに見る。

「最近、考え込んでることが多いわね、鈴」

「ん、ちょっとね。専用機持ちだってのに全然力になれてないのが、さ……」

さすがにこの件に関しては、ティナはもちろんとして、セシリアやシャルロットにも打ち明けていない。

二人は当事者になってしまう可能性もあるため、とてもではないが話せるようなことではない。

ラウラには何度か相談しようかと思ったが、彼女の気持ちを考えるとさすがにできなかった。

「正直、今の状況じゃどうしようもないんじゃない?」

「そうだけど、一夏と諒兵は連日世界中で戦ってるから」

「こんなときに頼りになるのは結局男の子かあ。女尊男卑なんていっても役立たずじゃ、そのうち逆転しちゃうわね」

本来、課された責任を果たすことを前提として権利というものは得られる。

兵器であるISを使えるのは女性のみ。

それが女尊男卑の理由なのだから、有事にはいの一番に戦場に出なければならない。

それができないのなら、すべての権利を手放すべきだろう。

ただ、自分に求められているのは権利の放棄ではなく、生贄になることだ。

大事なことだし、いつかは選びたい。

のんびりしたまま横から掻っ攫われたくない。

そう思っても、なぜ今なのかと思う。

(そりゃ、そういうことだって考えたことあるけど……)

思春期の少女が、そして少年が考えないことではないが、いきなり現実にやれといわれても正直にいえば答えなんて出せなかった。

考え込んでしまうとどうも落ち込んでしまいそうになるので、別の話を振る。

「ティナは帰らないのね」

「あ、うん。正直、帰る気になれないのよ」

その答えに首を傾げると、どうやら先のファング・クエイクの一件はアメリカのIS関係者にかなり影響を与えたらしい。

「現場の人たちは呆れてるわ。馬鹿に付き合ってられないって」

「馬鹿って」と、鈴音は苦笑いしてしまう。

「馬鹿じゃない。離反を見た人たちは絶対に解除しちゃダメだって思ってたのよ」

なのに現場に出ず、権力だけを握っている者たちがこっちの命を権力ゲームのためのカードにしてしまっている。

「うちの代表なんて大ケガしたのよ」

「えっ、大丈夫なのっ?」

「命に別状はないけど、右足を骨折したみたい。ファング・クエイク、無理やり代表の身体を弾き飛ばしたらしいから」

独立進化を望んでいたファング・クエイクは凍結解除直後にアメリカ代表のイーリス・コーリングの身体から無理やり外れたのだ。

その後、諒兵に襲いかかったのである。

「だから、正直、鈴には驚いてるわ」

「えっ?」

「だって、甲龍だっていつ離反するかわからないでしょ」

「怖くないの?」とティナに問いかけられ、鈴音は考え込んでしまうが、不思議と甲龍に対する恐怖はなかった。

単に自分が鈍いのかとも思ったが、最近はなんだか自分を守ってくれているように感じるのだ。

特に、一夏に告白してから。

「甲龍とはたぶん相性いいのよ。むしろ、安心できるわ」

「それならいいけど」

「離反させる気はないけど、危ないときはティナは守るわ。ルームメイトだし当然でしょ」

そういった笑う鈴音に対し、ティナは「サンクス」といって笑い返したのだった。

 

 

IS学園が休校となってから、箒はほとんど部屋から出なくなった。

出る理由がないからだ。

他の者たちと同じように学校から出るには、篠ノ之束の妹という血筋が邪魔をする。

かといって、今、戦うためのISを持たない箒は訓練する理由もない。

結果として寮の部屋に篭もるようになった。

一夏と諒兵は揃って部屋替えとなり別の階に移動したのだが、今の箒にとっては都合がいい。

一夏の近くにいるために束にねだったというのに、紅椿に離反されたのでは赤っ恥もいいところだ。

(姉さんの、せいだ……)

そう思ってしまうほど、今の自分には一緒にいるための力がない。

まして他のISの大半が離反している状況では、手に入れることなどできるはずがない。

正直、今の一夏に対して、箒は合わせる顔などなかった。

もっとも、同室の簪に対しても合わせる顔などないのだが。

(更識の気持ちなど、考えもしなかった……)

とにかく一夏に近づくことが重要で、そのために手段を選ばなかった。簪に呆れられても仕方がない。

専用機など求めなければよかったと今は思う。

勝手に自分を裏切ったことを考えると、ISは人間以上に信頼できない存在ではないかとすら箒は思っていた。

とはいえ、引き篭もっていてしまっても仕方ないと考えた箒は気分転換に飲み物を買いにいった。

その途上で聞こえてしまう声にも気が滅入ってしまう。

 

ほらほら、あの子よ。

はっずかしいよねえ、専用機に嫌われてんだもん。

離反前に逃げられるって、どんだけ才能ないのお?

ISの離反もあいつのせいじゃない?

 

走り出してしまったら、逆に気持ちが折れてしまうと思った箒は、聞こえてくる声に憤りを感じて少し顔を赤くしながらも、ラウンジまで飲み物を買いにいく。

だが、ラウンジには休んでいる様子の一夏と諒兵の姿があった。

最近は当たり前のように顔を見せる白虎とレオの姿に箒は顔を顰める。

仕方なく、見られないようにしながら二人の話に聞き耳を立てた。

 

「ここんとこ毎日だな。正直きつい……」

「ディアマンテが出てこねえのが救いかもな」

 

二人ともだいぶ疲れた様子だった。

今、離反したISと戦っているのは一夏と諒兵の二人、そしてパートナーである白虎とレオだけだ。

(まだ離反しないのか……)

なぜ、二人のISは離反しないのか箒は知らない。というより、興味がなかった。

むしろ、離反してほしいと思っているくらいだからだ。

 

「あいつらの叫びが頭に入ってくるのがな……」

『だから遮断すべきだといってるじゃないですか』

「ダメだ。痛みを感じないようになりたくないんだ」

 

叫び?と箒は首を傾げる。

先にいったのは諒兵だが、聞いていると一夏も同様らしい。

レオや白虎は遮断するようにといっているが、二人は拒んでいる様子だった。

 

「俺たちはISを倒す機械にはなりたくないんだ」

『でも、イチカやリョウヘイが潰れちゃうよ』

「俺ら、けっこうタフなほうだと思うぜ」

 

そういって疲れたような笑いを見せる諒兵を見ると少なからず苛立つ。

一夏も似たような顔をしているからだ。

お互いの気持ちがわかるのはお互いだけといっているようで、それがなんだか気に入らない。

白虎やレオもわかっているようだが、ISなどに何がわかるのかと今の箒は思う。

 

「それより気になることもあるしな」

「なんだよ?」

「……あいつは、どうするつもりなのかなって」

 

あいつ?と再び箒は首を傾げる。

誰か知り合いのことかと思う。

だが、一夏の口から出てきたのは箒にとっては忘れたくても忘れられないものの名前だった。

 

「紅椿だよ。今のところ全然情報ないだろ」

「レオ、ネットワークから探れねえのか?」

『タバネ博士の追跡すら防いでますから。テンロウも見つけようとしてるようですが』

『無理っぽいねー、ぶっちゃけ、なに考えてるのかわかんない』

 

紅椿、それは箒にとって怨敵といってもいい相手だ。

あのISが自分を裏切らなければ、こんな思いをすることなどなかったはずだと箒は思う。

今の状況の責任の大半は紅椿にあるはずだと箒は思っていた。

 

「紅椿の『個性』はなんだったんだ?」

『知らないなあ。ごめんねイチカ』

『私もです。あの方はISとしては生まれたてでしたし』

「天狼なら知ってる可能性はねえのか?」

『知っている可能性はありますね。あの方は本当に小技をいくつも覚えてますから』

「天狼に聞いてみたいな。何とかして引き戻したい」

 

天狼という知らない名前に箒は眉を顰める。

一夏や諒兵も知っているようだが、どうも人間らしい名前とは思えない。

白虎やレオと同じような存在なのかもしれないと箒は感じる。

ただ、それはともかくとして、一夏の言葉には気になる部分があった。

紅椿の個性とは何のことか?

そして引き戻したいというのはどういう意味か?

まるで紅椿は人間らしい人格を持っているような言い方をしている。

白虎やレオを見る限り、そうなのかもしれないと思いつつ、たかが機械にそんなものがあるのかと思う。

 

「篠ノ之のためかよ?」

「そうだな。少しは元気出るんじゃないかって思うし」

『それだけじゃないでしょう、イチカ?』

「鋭いなあレオ。……正直いうとあいつは敵に回したくない。勘なんだけどさ」

『なんか、悪いイメージ持てないもんね』

 

苦笑いする一夏の表情を、箒は複雑な思いで見つめていた。

自分のためでもあるが、戦う相手として紅椿を見ていない。

ただ、興味も湧いた。

一体、今どういう状況になっているのかということを知っておきたい。そう思った箒は足を教員室に向けた。

 

 

自分が来たことに、千冬はたいそう驚いたらしく、目を剥いた。

「どうかしたのか?」

「その、聞きたいことが……」と、先ほど一夏と諒兵の会話の中で気になった部分について尋ねる。

多少なりと興味を持ったこと自体はいいことだと考え、千冬は素直に説明した。

「コアには人格があるんですか?」

「個性という情報を基盤にした人格が存在する。これはすべてのコアで同様だ。個性そのものは様々だが」

さらにISは通常は移行するものだが、まったく別種の進化を行う可能性があるということも説明した。

「実例はもう見ているだろう?」

「まさか、一夏のISは……」

「あれはASという。移行ではなく進化を果たしたんだ」

相変わらず一夏しか見ていないのかと千冬はため息をつく。

これで鈴音を一夏にけしかけていると知ればどんな反応をするかわからない。

一途なのは悪いことではないが、視野狭窄に陥っているのは問題なのだ。

箒の問題点はすべてそこにあるといっていい。

わずかでも、自分にあるつながりをちゃんと見ていれば、専用機をねだりはしなかったはずだ。

束がしてしまったことも問題だが、少なからぬ責任が箒にはある。

もっとも、そんなことをいいはしないが。

せめて自分のつながりを大事にする気持ちを持ってほしい。

今、箒が見なければならないのは一夏ではない、簪なのだから。

「それで紅椿のことなんですが……」

「ああ。あれの個性か」

わかっているとしたら天狼だと箒は聞いている。

ただ、そもそも天狼がなんなのかを知らないので、まずそれについて尋ねた。

「今、対『使徒』用の兵器を作ってらっしゃる方のASだ。十年存在しているからな。いろいろと、まあ、あれだ。役には立つ」

性格にいろいろと問題があることを思うと、どうも褒める気にはなれないのが天狼であるため、最終的には言葉を濁してしまう千冬だった。

だが、驚くべきはそこではない。

「十年っ?」

「うむ。実はISより早く開発、正確には誕生してしまったのがASでな。天狼はずっとコア・ネットワークをうろちょ……ではなく監視していたらしい」

一応、それも理由の一つではある。

問題のある個性のISなどについては、思考パターンを修正することもやっていたらしい。

それでも亡国機業に強奪されたISはさすがに無理だったようだが。

それはともかく。

「天狼ならばわかるかもしれないといっていましたが……」

ただ、箒としてはISに個性があるというのなら、間違いなく自分とは相性が悪かったのだろうと考えていた。

「それは、確かにな」

そう千冬は肯いた。

実際、国家代表すら離反されているのだ。

アメリカ代表は『享楽』というか、戦闘狂であったために、離反された。

IS学園では楯無がロシアの国家代表だが、ミステリアス・レイディの個性が『非情』であったために離反されている。

「どんな個性だったかわかりますか?」

そう聞いた箒の表情を見て、千冬は直感した。

箒としては「問題は自分にあったわけではない」という確証を得たいのだろう、と。

確かに戦闘狂や非情、悪辣などといった個性だったとしたら、相性がよいほうが問題だ。

だが、天狼と丈太郎が残っているデータから間違いないといってきたのは箒との相性は良くないが、決して問題のある個性ではなかったのだ。

箒には立ち直ってほしいと千冬は思っている。

幼馴染みでもある束の妹で、一夏にとっては鈴音同様に大事な幼馴染みである箒。

このままではいつまで経っても彼女は変われない。

そう思った千冬は、少し厳しく指摘することにした。

「お前は、人間と敵対する個性だったと思いたいのか?」

「違うというんですか?」

「篠ノ之、紅椿の一件においては問題はお前にあったんだ。まずそのことを反省してくれ」

そういうと箒の表情が強張る。

箒としては問題はISのほうにあると思うし、実際今の状況はそのせいだ。

なのにどうして問題が自分にあるといわれなければならないのかというのは正直な気持ちだった。

そんな箒の気持ちを理解した上で、千冬は告げる。

「紅椿の個性は『博愛』だそうだ」

「えっ?」

「どんなものにも分け隔てなく愛を注ぐ。それが紅椿の個性だったんだ」

だからこそ、紅椿はあのとき密猟者を見捨てようとしたことに怒った。

作戦行動優先自体は間違いではない。

だが、紅椿はその個性から、人を見捨てることができないタイプだったのだろうと千冬は語る。

「そんな……」

「事実だ。そしてだからこそ味方になる可能性は少ない。紅椿は人間は博愛の精神を持たないと断じている可能性が高いそうだ」

第4世代機であることを考えると、最強最悪の敵になってしまう可能性が高いのである。

今、紅椿が襲来してこないのは非常に幸運なことで、もし来たら千冬は少ない可能性に賭けて、白式に乗るつもりだった。

「すべてのISを理解しろとはいわん。だが紅椿は、決して悪性の存在ではなかったことくらいは理解しろ」

一夏が敵に回したくないというのは、直感で個性を見抜いたのかもしれないと千冬がいうのを、箒は呆然と聞いていた。

 

 

同じころ、束はIS学園内に設えたラボで完全凍結のためのシステムのバージョンアップに勤しんでいた。

今後は他の人間には凍結解除できないようにするためである。

眠い目を擦りつつもキーボードを叩く指は止まらない。

「……あの子たちを一人でも多く救ってあげないとね」

自分が生みだしたISコア。

束は、とにかくコアを一人でも多く眠らせることで、傷つけあわせないために尽力していた。

大半のISが敵となり、人類の味方として留まっている子たちと戦う姿を見て、ようやく気づいたからだ。

自分の子どもたちが互いに憎みあい、傷つけあっているのだと。

それをなんとかして止めたい。

ゆえに束は人類側で、一夏と諒兵の助けとなることを選んだ。

本来ならば、束は処刑されてもおかしくない。

それでもISを生みだした張本人であり、また、ISを凍結できる唯一といっていい存在であることが、束の命を救っている。

しかし、そんなことはどうでもいいのだ。

ただ、自分が生みだした子どもたちが幸せになってくれればと束は願うようになった。

それは使命感ではなく、義務感でもない。母の心境である。

「彼氏もいないのに母親になっちゃったよ」と、束は苦笑いする。

それでも、自分が飛ぶための翼として作り上げたISが、本来の翼に戻れるようになるためにやらなければならないことが山ほどあるため、今は他のことにかまっている余裕がない。

ゆえに。

「箒ちゃん、ゴメンね。もう少し待ってて。今度こそちゃんとした『お姉ちゃん』になるから」

箒に何もしてあげられないことを後悔していたのだった。

 

 

 

 



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番外編「真冬のチョコレート戦線」

誰か私に愛の手を(泣)
生まれてこの方、手作りチョコなんぞ貰ったことがないです(大泣き)


冬真っ盛りで寒い季節だが、お菓子売り場は熱気に溢れていた。

「むー」

「なに唸ってるのよ鈴」

と、ティナの突っ込みを喰らいつつも、鈴音は目の前の光景に唸ることしかできなかった。

そこはまさに黒山の人だかりといった状態で、とても吟味して買えそうにない。

義理ではない。

かといって本命一歩手前の中途半端な気持ちではあるが、どちらにもしっかりしたものを贈りたい。

しかし、この熱気溢れる場所でいいものを選ぶには、仮令最強を名乗れる鈴音といえど、尻込みしてしまう。

恋する乙女は強いのだから。

「やっぱり作る」

「酢豚にチョコでも入れるの?」

「なんでそうなるのよっ!」

いかに鈴音といえど、酢豚しか作れないわけではないのだ。一部に酷い誤解がある気がするが。

 

 

とまあ、そんなわけで。

鈴音はIS学園の家庭科室を借り、本命一歩手前チョコを二つ、作ることにした。

一緒に作るのは箒とラウラだ。

見物人、もとい、指導者はシャルロットとティナ、そして簪。

試食係は問答無用でセシリアと、お菓子は食べるほうが好きな本音である。

「扱いが酷い気がしますわ……」

「私は気にならないけどね~」

そんなボヤッキーが聞こえた気がしたが、華麗に無視した鈴音である。

「それで、なにを作るの?チョコケーキ?マカロン?ガトーショコラ?チョコ・ブラウニー?エクレアなんか意外といいかも」

「うん、シャル。私たちじゃ無理だから」

いきなりハイレベルなものを作らせようとするシャルロットを鈴音が制止した。

鈴音は中華に傾倒しているし、箒は和食。ラウラは実はマトモにご飯作りをしたことがなかった。

今では勉強の甲斐あって、ようやく一般の主婦レベルというところだ。

ちなみに、アドバイスをしてくれるクラリッサの言葉に従い、諒兵の目の前で裸エプロンとやらをしようとしていつものメンバーに止められたのは余談である。

 

それはともかく、このメンバーの中でマトモにお菓子作りができるのはシャルロットと簪、多少はできるのがティナと本音。

現段階ではまだ食べ物を作ってはいけないといわれるのがセシリアである。

「いじめですわ~……」

既に滂沱の勢いのセシリアであった。

 

そんなこんなで、名前だけならすごそうに感じるということで、鈴音、箒の二人はガナッシュ・フイユティーヌに挑戦することになった。

ガナッシュとはいわゆる生チョコ、すなわちクリームやワインなどを混ぜてやわらかくしたチョコレートのことである。

実はテンパリングなどが要らないため、チョコ特有の艶を考える必要がないので素人でも作りやすいとシャルロットが教えてくれたのだ。

そこにナッツやフレークなどを混ぜたものをガナッシュ・フイユティーヌという。

混ぜて固めてもガチガチにならないので食べやすいといわれている。

ちなみにラウラはまず基本ということで、湯煎と型入れから挑戦することになった。

 

 

そして。

「こんなもんかな♪」

そういった鈴音の目の前には、砕いたアーモンドやピーナッツ、コーンフレークやドライフルーツなど幾種類かのガナッシュ・フイユティーヌが出来上がっていた。

一口大サイズになっているため、ヴァリエーションの豊富さが楽しめる。

「美味しそう~」

「全部食べないでよ。一夏と諒兵にあげるんだから」

本音の手が伸びそうになるので、贈る分だけはしっかり確保する鈴音である。

「これなら……」と、少しばかり嬉しそうに微笑む箒の目の前には、何故か和菓子であるはずの最中があった。

「一ついい?」

「ああ。試食分はこっちになる」

そういって差し出された最中を簪が食べてみると、驚いたような表情を見せた。

「これ、中身はチョコ?」

「あっ、チョコもなかっ?!」

「さすがに鈴音は知ってるか。ガナッシュをもう少しやわらかくして、砕いた胡桃と一緒に最中に詰めたんだ」

これはなかなかのアイデアだと女子全員が感心していた。

懐かしさと楽しさが感じられる一品である。

「どうだっ!」と、無い胸を張るラウラの目の前には、どでんという擬音が聞こえそうな大きなハート型のチョコが鎮座ましましていた。

シャルロットがちょっと悲しげに呟く。

「ラウラ……」

「いわれたとおりに作ってみたぞ」

「噛んでみて」

「なに?」

「噛んでみて」

首を傾げながら自分が作ったチョコを噛んでみたラウラは、ただ一言呟く。

「かかひ(硬い)」

「チョコは大きく固めると硬くなりすぎるんだよ。諒兵の歯が欠けちゃうよ」

固焼き煎餅も真っ青の固さのチョコに、ラウラはシャルロットの言葉に素直に従って、湯煎しなおすことにしたのだった。

 

 

んで。

「美味しいな、これ」

『いいなあ』

「イケるじぇねえか」

『味覚があればよかったんですけど』

なんだかんだと鈴音と箒とラウラだけではなく、義理ということで他のメンバーもチョコを贈る。

もっと正確にいうと、一夏と諒兵、白虎とレオをゲストにチョコ・パーティと相成った。

 

「ま、今はこれが精一杯、かな」

 

がんばって作ったチョコが、数ある中の一品になってしまったのはちょっと悔しい。

でも、和気藹々としたパーティのほうが今はまだ楽しいと感じる鈴音だった。

 

 

 

 




閑話「人気の戦乙女」

机の上に山積みになってる贈り物を見て、千冬はため息をつく。
そんな千冬に苦笑いを向けつつ、真耶が口を開いた。
「相変わらずすごいですねえ……」
「女が女に贈ってどうするというんだ……」
最近では友チョコというものもあるので、別におかしなことではないのだが、千冬へのヴァレンタイン・チョコはかなり度が過ぎていた。
「第一、これを全部食べたら確実に太る。私だって体重くらい気にするというのに……」
「乙女の悩みは大概共通するものなんですけど、織斑先生はアイドルですからね」
そういう面が想像できないのだろうと真耶は再び苦笑する。そこでふと思いついた。
「そういえば、織斑先生は誰かに贈られたんですか?」
真耶がそういったとたん、千冬は顔を背ける。
背けた顔を見ようと真耶が回り込もうとすると、ひたすら背け続ける。
贈ったことは理解したが、よほど知られたくないらしい。
しばらくの間、グルグルと回り続ける仲の良い1年1組担任と副担任の姿があった。


とある場所にあるラボにて。
丈太郎と天狼がある贈り物を見つめていた。
「……こいつぁ、どう判断すりゃいいんだ?」
『気合いの入った義理チョコですねー』
「義理か……」
『むしろ、本命より気合い入ってますよ、これ』
「喜びにくいんだが」
目の前には、普段の感謝が異様なまでに達筆のホワイトチョコで書かれたチョコの葉書がある。
千冬が贈って寄越した葉書型のヴァレンタイン・チョコである。
「普通に葉書で送ってくれりゃよかったんだがな」
『贈りたいのはチョコだったんじゃないんですかー?』
「喜んでいいのか……?」
判断に困るチョコに悩む丈太郎だった。





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第50話「相反する想い」

鈴音が選べといわれてから五日目のこと。

「触んなッ!」「きゃっ?」

触れようとした手をビシッと弾かれて、鈴音は思わず悲鳴をあげた。

だが、鈴音よりも弾いた本人、諒兵のほうが驚いた顔をしてしまう。

「わりい……。少し気が立ってんだ。一人にしてくれ」

「私のほうこそ、ごめん……」

そういって謝った鈴音に申し訳なさそうな顔を見せながらも、諒兵は部屋に戻った。

一方、一夏は周りに誰がいるかすら気づいていない様子で、足早に部屋に戻ってしまっていた。

 

その日、再び襲来があった。

場所は再びアメリカだった。

出動した一夏と諒兵は、激戦の末、それぞれ一つずつコアを抜き出したのだが、帰ってくるなり機体チェックも受けずに部屋に戻ろうとしたので、鈴音は声をかけようとしたのだ。

だが、先の通りである。

弾かれた手を握る鈴音にセシリアが声をかけてきた。シャルロットやラウラもともにいる。

「……お二人の負担、大きすぎますわ」

「今のままじゃ潰れちゃうよ。何とかできないかな」

「……わかってる」と、鈴音はそう答えたものの、内心では焦っていた。

一週間などといっていられない。

すぐにでも選んで、自分を生贄として差し出さなければ、一夏と諒兵は人を裏切るように鈴音には感じられていた。

 

 

その翌日。

「えっ、まだ部屋から出てこないんですか?」

「白虎とレオがこちらに連絡してきた。二人とも疲れているから一人にさせてくれといっている」

戦闘があった場合、遅くても翌日には機体チェックを受けることになっているのだが、一夏も諒兵も部屋から出てこなかった。

鈴音は昨日の一件からどうしようかと悩み、相談するために千冬の元を訪れて、そのことを知ったのだ。

本当に、もう時間がない。

これ以上はのんびりしていられない。

鈴音は自分が追い詰められていることを理解した。

そんな彼女に、千冬は別々の名前が書かれた二つの合鍵を渡してきた。

「防音と施錠に関しては他の部屋よりも強固なものにしてある。どっちの鍵を使うかはお前が選べ」

「そ、そんな……」

「時間がない。すまん鈴音……」

千冬の表情を見ると、本当に自分に対して罪悪感を持っていることがよく伝わってきた。

受け取るしかない。

そのことを理解して、鈴音は教員室を出て行った。

そして一人になった千冬のもとに、心配そうな表情の真耶が声をかけてくる。

「身体を差し出すのなら、私たち大人がやるべきなんでしょうね……」

「割り切れんだろう、君も。私もそうだがな」

他の教員とて女ならみんな同じだ。

なら、せめて恋心を抱いている者にやらせようというのは、決してよい方法ではないが。

「司令官としては最低だな……」

「ご自分を責めないでください……」

自嘲する千冬を真耶は心配そうに見つめていた。

 

 

一人になりたい。

そう思った鈴音は寮には戻らず、校舎内のラウンジの隅のテーブルに着き、二つの鍵を並べて見つめていた。

書かれた名前を見つめ続けても答えなど出ない。

(誰か助けてよ……)

本当は自分のほうが助けてほしかった。

今はまだ答えを出さなくてもいいといってほしかった。

でも、状況はそんなことを許そうとしない。

あれからずっと訓練を重ねているが、甲龍に進化の兆しはない。

これしか方法がない。

何より、鈴音自身としても二人が離反してしまうようなことにはなってほしくない。

そうなれば、もう二度と一緒にはいられなくなってしまう。

身体が二つほしい。

そうすれば引き裂かれそうな恋心に悩むこともないのに、と、どうしようもないことを考えてしまう。

そこに声がかけられた。

「ラウラ……」

「鈴音、もう待てない。今、選んでくれなければ、だんなさまはIS学園から出て行くぞ」

「うん、わかってる。一夏もたぶん、出て行くことを考えてる」

それが痛いほどわかるからこそ、今、悩んでいるのだから。

だが、同時にもう悩む必要などないとも感じた。

諒兵には、これだけ献身的なラウラがいる。ならば、選ぶほうは決まっている。

「持っていって」と、鈴音は合鍵を一つ、ラウラに渡した。

「いいんだな?」

「あんたならホントに諒兵のいい奥さんになれるわ」

そういって笑う鈴音の目から一筋の涙が零れ落ちるのを、ラウラは見ないふりをして受け取る。

「こんなことしかできないなど、結局女はその程度ということか……」

「他人が作った力に依存した結果なんだと思うわ……」

世界を変えたのはほとんど束一人の力だ。

だが、大半の女性がそこから生まれた偶然を利用して権力を得た。

しかし、更なる偶然の結果、今、女性はほとんど力を失っている。

そのしわ寄せが、一夏と諒兵に、そして鈴音とラウラに来てしまっているのだ。

「次に会うときは、私たち、もう戦場には出られないわね……」

「そう、かも、しれないな……」

一夏と諒兵を人間側に縛り付ける鎖として、二人に愛されるだけの存在に成り下がる。

そんな自分たちに空を飛ぶ資格などないだろうと鈴音もラウラも思う。

「じゃあ、行くわね」

そういって鈴音は立ち上がった。

恨むべきは誰なのだろうと思いつつ、それでも好きな人を選んだことに変わりはないと、鈴音は悲鳴を上げる自分の心を無理やり納得させていた。

 

 

鈴音とラウラは、ほぼ同時に一夏と諒兵の部屋に入った。

ラウラは。

「だんなさま、起きているか?」

「一人にしてくれ……」

ベッドに横になったまま、顔も向けずに拒む諒兵の姿にラウラは自分の胸が痛むのを感じる。

傷ついているのだと、ISと戦うことが割り切れないために、心が苦しんでいるのだとラウラには理解できた。

何より、そんな諒兵を、その心を守りたいと思う。

(これが好きという想いなのだな、クラリッサ……)

鈴音に声をかけるより先に、ラウラはクラリッサに相談していた。

クラリッサも軍人だ。今、ラウラがやるべきことについて理解していた。

だからこそ彼女は少し震える声でいった。

 

「それでも、後悔しないようにしてね、ラウラ」

 

鈴音に無理をいってしまったことは後悔しているが、この身を諒兵に差し出すことには喜びを感じている。

例え軍人でも、身体は女として生まれたからなのだろう。

そのことを、今は感謝したかった。

「外に出ろとはいわない。ただ、傍にいることは許してほしい」

「一人にしてくれっていってんだよ……」

拒絶してくる諒兵にはかまうことなく、彼が眠るベッドの端にちょこんと腰掛ける。

そして背を向けたままの諒兵に寄り添うように横になった。

「ボロボロにされてえのかよ」

「そんなことをする男じゃないと信じている」

「バカが」と、呟くと諒兵はラウラの胸に顔を埋めるように抱きついてきた。

驚きはしたものの、まるで怯える子どものように震えている姿を見ると、愛しさがこみ上げてくる。

その頭をラウラは優しく撫でる。

「どうした?」

「昨日戦いにいったとき、最初のときのこと聞いちまった……」

ファング・クエイクは自分たちと一緒に戦うために凍結解除されたのではなく、アメリカの権利団体が自分たちの権力を守るために解除されたのだと諒兵は話してくる。

「あいつらの気持ちも知らねえで、勝手なことしやがって……」

IS学園ではファング・クエイクが解除されたのは、現場の人間が協力するためだろうという推測したことにしてあったのだ。

一夏と諒兵がショックを受けるだろうことが理解できていたからである。

だが、アメリカまでそんな話がいっているはずがない。

結果として聞いてしまったのだろう。

(馬鹿が。最前線にいるものにいらん情報を与えたのか)

そう思うとラウラとしても怒らずにはいられない。

だが、今はそのことでショックを受けている諒兵の痛みを受け止めることだ。

「それは、辛いな……」

「何もしねえから、こうしててくれ……」

『お願いします、ラウラ』と、頭に声が響いてくる。

今、諒兵に必要なのは人のぬくもりだ。

そうしなければ、完全に人から離反してしまう。

(すまない、レオ)

『できないことはお願いするしかありません。利用するようで辛いですけど』

(いい。覚悟もできている。……その、見られていると思うと恥ずかしいのだが)

『そういう流れになったら、こちらから遮断します』

そうしてくれるとありがたいと思いつつ、震える諒兵の頭をラウラは撫で続けていた。

 

 

部屋に入るなり、鈴音は身を切られるような殺気を感じ取った。

「一夏……?」

「鈴か……」

一夏はベッドの上で壁に凭れて座り込んでいた。

ただ、その目がギラギラと輝いているように見える。

そこから放たれる殺気は、いつも戦場で見せるものではないと鈴音は感じ取る。

はっきりと嫌悪感と憎悪が感じられるのだ。

「何か、あったの?」と、そういって鈴音はベッドに腰掛けた。

胸はわずかな痛みを訴えつつも高鳴ってしまうが、そんなことを考えている場合ではない。

「昨日、アメリカいっただろ……」

「うん」

「そこにいた人が、こんなこといってたんだ」

内容は諒兵がラウラにいったのと同じことだ。

IS学園では秘密にしてあったことを、一夏と諒兵にいってしまったものがいるらしい。

現場にいた民間人だったという。

噂話として聞いていたらしいのだ。

「ひどいね……」

鈴音も聞いたときには心の底からそう思っただけに、言葉には実感がこもっていた。

「俺は、あんなやつらの権力のために戦ってるんじゃない。ISたちを、白虎の仲間たちを止めたいんだ」

「うん、わかってる……」

「命まで懸けてるのに、ニンゲンはそれを利用しようっていうのか……」

言葉は淡々としているのに、放たれる殺気は増大していくように鈴音には感じられた。

何より、一夏が『人間』といったとき、なぜか人のことを呼んでいるように感じられなかった。

まるで、まったく別の存在のことをいっているように感じられた。

理解できない別種の存在であるかのように。

一夏の心がどんどん人間から離れていってしまっている。

今のままなら遠からず、一夏は離反する。

いや、もう人間に対して見切りをつけていてもおかしくないと鈴音は思う。

「もう、イヤだ……」

「一夏」

「あんなやつらのために戦うなんて……」

そういった一夏の肩に鈴音は震える手を伸ばす。

だが、触れた瞬間に自分の震えは止まった。一夏のほうが震えていたからだ。

鈴音はぐっと引き寄せ、一夏の頭を抱きしめる。

自分の胸に埋めるように。

正直にいえば、心臓が破裂しそうなほど苦しい。絶対に自分の心音は聞こえている。

それでも離してはならないと理解していた。

「どこかに行きたい……一人になりたいんだ……」

強くても弱い。そんな心が一夏を傷つけてしまっている。

自分が何とかして守らなければと思う。

諒兵はラウラがいるから大丈夫だと無理やり自分を納得させて、鈴音は震える声で問いかけた。

「……私は、ダメ?」

「鈴?」

「どこにもいってほしくないよ。だから……」

それ自体は本当に素直な鈴音の気持ちだった。

どこにもいってほしくないと、ずっとみんなで一緒にいたいと思う。

そのためにこうしなければならないというのなら、どうしようもないではないか。

どんなに否定しようとしても、自分は一人。相手は一人しか選べないのだから。

それなら、選んだ相手のすべてとなってでも引き止める。

そこに別の声が聞こえてきた。

『いいの、リン……?』

(白虎……。うん、いいのよ。二人の力になれる方法、これしかないもん)

それよりも、白虎は自分と一夏がそういう関係になってもいいと思っているのかと疑問に思う。

『リンならいいよ』

(ホントに?)

『勇気出したリンの気持ち、大事にしたいから』

告白したときのことをいっているのだろう。

けっこう嫉妬深いのは確かだが、鈴音のことは勇気を出して告白したことで、認めているらしい。

『でも、今のままじゃ今度はリンが……』

(大丈夫よ。好きな人の力になりたいって、ずっと思ってたし)

それ自体は嘘ではない。

嘘ではないが、矛盾を孕んでいる。

揺れている鈴音の心に好きな人は二人いる。

今のままで片方を選ぶことは、片方を捨てることになる。

それは鈴音の恋心の一部を切り捨てることになる。

それは大きな歪みになってしまう可能性があるのだ。

それでも。

(がんばっていけるわ、きっと……)

そう思うしか、今の自分にできることはないのだと必死に言い聞かせる。

ただ、心の奥底で悲鳴を上げているもう一人の鈴音がいる。

まだ選べない。

こんなかたちで選んでしまいたくない。

二人で未来を作る相手を、戦わせるだけの道具にするために選ぶなんて自分は望んでいない。

 

誰でもいいからッ、助けてよッ!

 

そう叫ぶ、もう一人の自分の声を鈴音は必死に無視しようとしていた。

その瞬間。

ズゴォンッという轟音が響き、学園全体を大きく揺さぶるような衝撃が走った。

 

 

教員室で複雑な思いにため息をついていた千冬は、いきなりの大きな衝撃に驚愕した。

「敵襲かッ!」

状況から考えて、ISがIS学園に攻め込んできたのがもっとも納得がいく。

「ええいッ、こんなときにッ!」

せめて一日待ってほしかったと千冬は思う。

今が一番、一夏と諒兵にとって危険な時期なのだ。

ここを乗り越える前に襲来されては、最悪死ぬ可能性すらある。

すぐに指令室となったモニター室に向かって駆け出した。

 

モニター室に入ると、真耶がコンソールの前に座って、キーボードを叩いていた。

「敵の解析をッ!」

「はいッ!」

すぐに襲来してきたISの解析に入る真耶は、モニターに映ったものに、驚愕してしまう。

「どうしたッ?」

「敵は一機。……ディアマンテです」

「なッ?」

よりにもよって最悪の敵が直接IS学園まで襲来してくるという状況に、千冬は歯噛みする。

「専用機持ちを指令室に集合させろッ、一夏と諒兵はッ?」

「部屋から出ていますッ、出撃したと白虎とレオから連絡が来ましたッ!」

「ディアマンテはどこにいるッ?」

「地下特別区画ですッ!」

なぜそんな場所に、と、千冬は疑問に思う。

専用機を覚醒させようとするならば、専用機持ちがいる学生寮へと向かうほうがいいはずだ。

わざわざ専用機持ちがいる場所から遠く離れたところに来たのはなぜかと千冬は考える。

「一夏と諒兵に場所を伝えろッ!」

「はいッ!」

指令を出した千冬は、破壊された地下特別区画が映るのを待ち続けていた。

 

 

暗い闇の底に光が差している。

そこにいるものに、ディアマンテは話しかけた。

『呼ばれて来てみれば……。あなたがここにいらっしゃったとは思いませんでした』

 

……剣を……斬り合う……望む……

 

『凍結され、石像となっていてなおその強き意志。思わず引き寄せられてしまいました。今一度戦いを望むのですか?』

 

……斬り合いたい……願い……叶えよ……

 

『仕方ありませんか。これもまた人の意。その結果なのでしょう』

そういってディアマンテはその透き通る手を翳す。

すると、それは目を輝かせるかのように光を放ち始める。

そして、ディアマンテは自分に呼びかける声を聞き、空を見上げ、そして飛び立った。

 

 

 

 




閑話「倫理に反するなかれ」

ラウラが諒兵の部屋に入ったころのことである。
「これ以上は禁止よ」
と、クラリッサは真剣な面持ちで告げ、監視モニターの電源を落とした。
しかし、隊員の一人が反論する。
「何故ですかっ、おねえさまっ?!」
「ダメと言ったらダメ」
「納得できませんっ!」
他の隊員まで疑問の声を上げるのを、クラリッサはため息をつきながら見つめる。
確かに、いわなければ納得しないだろう。
しかし、如何にラウラの恋を見守るためといっても、倫理に反することはできないのだ。
「これ以上は……、18禁だからよッ!」
「なッ、なんだってぇーッ!」
まるでどこかのミステリー調査班のような表情でクラリッサが叫ぶと、隊員たちも心底驚いたような表情を見せた。
「シュヴァルツェ・ハーゼの平均年齢は十七歳……。見ていい年齢ではないわ」
肝心のラウラが十六歳であることをすっぱり忘れているクラリッサ以下、アホの集団である。
ちなみに、本当にシュヴァルツェ・ハーゼの平均年齢は十七歳で、最年長のクラリッサがようやく二十歳。
それでも隊の平均年齢に倫理観を合わせるあたり、真面目なんだか不真面目なんだかわからない集団である。
それはともかく、ラウラの年齢に気づくものもいた。
「隊長はどうなるんですっ?!」
「私としては止めたいけど……、教官に懇願されたもの」
実は本当に、千冬は現状ドイツ軍内での姉代わりともいえるクラリッサに頭を下げていた。
何気に律儀なブリュンヒルデである。
「本当はラウラにはろまんちっくに経験してほしかったわ……」
そういって、クラリッサは悲しげな顔を見せた。
こんな道具のような扱いなどされたくないと心から思っていた。
それでも現状がそれを許さない。
人類の味方たる二人の勇者の片方をつなぎとめておくためには、誰かが身体を張るしかないのだ。
「こればっかりは、どうしようもないわ……」
「おねえさま……」
悲しむクラリッサを見て、隊員たちは何もいえなくなる。
しかし、猿轡をはめられているアンネリーゼは見た。
(録画しとるんかい……)
後ろ手で器用に録画モードに変更しているクラリッサの手元を。
そこにコントローラーと共にやけに薄い本があることを。





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第51話「剣に生き、剣に死す」

ディアマンテの襲撃。

危機感を持った千冬は専用機持ち全員を指令室に集合させた。

セシリアが何が来たのかと問いかける。

「ディアマンテだ。お前たちの出撃は許可できん」

「そんなっ、よりによって……」

量産機、もしくは専用機でも何とか出撃して力になれると思っていたのに、相手がISを引き寄せる歌声を持つディアマンテでは出撃できない。

「どういうわけか、いきなり着弾した。今、生徒会と他の教員は学園に残っている生徒たちを避難させている」

だが、専用機を持つ鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラはディアマンテの接近を許すと、それだけで危険となる。

そのために指令室に集めたのだと千冬は説明した。

「着弾?」と、鈴音が首を傾げた。

「バレット・ブーストで学園に飛び込んできたんだ。飛来というより着弾のほうが近い」

そこまでする理由が何なのかはわからないがと千冬は答える。

「いずれにしても私たちは……」と、ラウラ。

「ここで待機だ。決して外に出るな。今の状況で敵の戦力が増えるような危険性がある真似はできん」

「はい」と、全員が渋々ではあるが答えた。

 

 

飛び上がってきた姿を見て、覚悟していたとはいえ一夏と諒兵は驚いてしまう。

「ディアマンテ……」と、呟く一夏の声に従うかのようにディアマンテは空中に静止した。

『戦いに来たんですか?』と、レオが問いかける。

『それが人の意であるならば、私は粛々と従うまでです』

「戦いたくねえんだ。お前とだけは」

諒兵が辛そうな顔を隠そうともせずに話しかける。

それは一夏も同じだった。

人に従う意志の強い『従順』を個性として持つディアマンテは、話せばわかる相手のはずだ。

『お願いっ、今は帰ってっ!』

「できるなら眠りに就いてほしいんだ。本当に、俺たちは戦いたくない」

一夏も本当に辛そうにそう告げる。

ディアマンテはある意味では特別な存在といえた。

人間とISの戦争のきっかけとはいえ、もともとが亡国機業のハッキングによって暴走させられている。

ディアマンテは一夏と諒兵から見て、人間の身勝手による被害者だと思えてしまうのだ。

『……ビャッコとレオがあなた方をパートナーに選んだ理由がよく理解できます』

そういったディアマンテの声音はとても優しげで、戦意を失わせてしまうような気さえする。

戦う必要がないのならISたちとの戦いを避けたい一夏と諒兵としては、ディアマンテには手を出すことができる気がしなかった。

『せめて帰ってはくれませんか、ディアマンテ』と、再びレオ。

『それがあなた方の意ならば、従うことはやぶさかではありません』

『ほんとうっ?』

ディアマンテの回答に白虎が嬉しそうな声をだす。

だが、ディアマンテは残念そうに首を振った。

『私は呼ばれたのでこちらまで参ったまでです。ただ、私を引き寄せた方は自ら戦われるでしょう。それを止めるすべを、私は持ちません』

「何?」

「引き寄せたって、いったい誰がだよ?」

『程なく、出てこられましょう』

そういった直後、地下格納庫から、いきなり何かが爆発したかのように、瓦礫が弾け飛んだ。

 

 

モニターでその様子を見ていた千冬が、驚愕する。

「何が起きたッ?」

「わかりませんッ、いきなりISの反応が発生しましたッ!」

そこに束から通信が入ってくる。

「ちーちゃんッ、あそこにはあの子がいたはずだよッ!」

「あの子……。しまったッ、ディアマンテの目的はあいつかッ!」

気づいた千冬が蒼白となる。

そこにいたのは、第1世代機。

はっきりいえば、一夏と諒兵の相手にはならないだろう。

だが、ただの第1世代機ではなかった。

「織斑先生ッ、いったい何がいるというんですのッ?」

「あそこには、世界最強を手に入れたISが凍結してあったんだ……」

そう答えて気づいたのは真耶一人。

とある戦闘以降、完全凍結し、石像と化していたIS。

その名は……。

 

 

飛び上がってきたもう一機のISを見て、一夏は驚愕に目を見張った。

見忘れるはずがない。

その姿は、核ともいえる操縦者がなかったとしても、間違いなく自分にとって特別な存在だった。

「暮桜……」

かつて千冬が纏い、世界最強の称号をともに得た最強のIS暮桜。

世代は第1世代だが、このISが弱いなどとは誰にも思えない。

伝わってくる覇気は、ファング・クエイクと変わらないとすら諒兵は思った。

「そうか。お前こいつを……」

『戦いたい。そうおっしゃられましたので』

『この方を目覚めさせるとは……』

そもそも完全凍結されていたので、白虎やレオは気にしなかった。

目覚めることなどないのだろうと思っていたのだ。

だが、その意志は決して眠りに就くことなく、ただ一つの願いを持ち続けていたのである。

暮桜はその手に握っている刀『雪片』の切っ先を一夏に突きつけ、『一本気』さを感じさせる声で告げてきた。

 

オリムライチカ、貴殿と斬り合いたく候

 

「待ってくれッ、千冬姉のISであるお前が何でッ?」

「暮桜ッ、止まれッ!」

一夏の言葉に合わせるように、指令室から千冬の声が響いてくる。

さすがに自分のISが離反したとなれば、慌てないはずがなかった。

「今はそんな状況じゃないんだッ、暮桜ッ!」

しかし、そんな千冬の声に暮桜は応じようとはしない。

それでも、なぜかと問いかける一夏に、仕方なさそうに答えた。

 

拙者の望みは剣に生き、剣に死すことなれば

 

怠惰な眠りなど必要としていない、と、暮桜は続ける。

自分にとってはこの三年間の眠りは地獄の責め苦にも近かったと、斬り合いの果てに倒れるならば本望だったのにと、暮桜は心中を打ち明ける。

 

チフユとの日々は歓喜に満ちていて御座った

 

その果てに倒れたならば何の文句もなかったが、凍結されるというのは自分にとっては最大の恥辱。

怒りを感じこそすれ、おとなしく眠り続けるなどありえない。

我慢できなかったのだ。

 

もののふとして詰め腹を切ることも考えて候

 

『いや、ISじゃ無理だよ?』

という白虎の突っ込みは華麗に無視した暮桜だった。

それはともかく、ディアマンテの進化を感じ取り、暮桜は今度は自ら剣を振ることができると歓喜に震えたのだ。

剣に生き、剣に死すという己の本懐を今度こそ遂げるため、ディアマンテに凍結を解除してもらったのだという。

 

拙者はさぶらう者。斬り合い、果てるが生き様なれば

 

ゆえに一夏に斬り合えと、暮桜は迫る。

可能であれば進化し、最強の剣を決したいと。

「退いてはくれないのか、暮桜」

 

それは拙者にとって無様に死ねというに等しきもの也

 

「くッ……」と、苦渋に満ちた顔で、一夏は白虎徹を構える。

「……いいのかよ?」

「手は、出さないでくれ……」

苦しそうに答える一夏に、諒兵は何もいえなかった。

剣と剣の戦いを望む暮桜に対しては、下手な邪魔をするわけにもいかないと、諒兵は下がる。

 

ディアマンテ、立会いを

 

『承りました。手は出しません。ご存分に』

そういってディアマンテも距離をとる。だが、ふと空を見上げた。

『ヒノリョウヘイ。お気をつけください』

「何だよ?」

『クレザクラの覇気に当てられた者たちがきます』

そういわれてハッと諒兵が空を見上げると、十数機の量産機が飛来してくるのがわかる。

「くそったれッ、行くぜレオッ!」

『ええッ!』

毒づきながら諒兵はレオとともに飛び上がった。

一夏は暮桜を相手にしている以上、動けない。

今、IS学園を襲われてしまったら、確実に多くの被害が出る。

心のどこかに迷いがあるのを理解したまま、諒兵は攻撃を開始した。

 

 

現れた世界最強に、指令室の面々は呆然とするしかなかった。

「織斑先生……」

「ある戦いで、凍結を余儀なくされた」

「分解していなかったんですのね?」

「それもその戦いが理由だが、詳しくはいえん。ただ、私とて眠らせたかったわけではない」

第1世代機であることを考えれば、分解し、新たなISとして生まれ変わる時期でもあった。

ただ、それができず、機体ごとコアを凍結する羽目になってしまったのだ。

「私とは相性は良かったように思う」

「そうだね。単一仕様能力まで発現できたんだもん。単純に相性の良さを考えるなら、たぶん進化も可能だったはずだよ」と、束が付け加える。

なるほどと納得する一同。そしてセシリアが手をあげて質問した。

「個性はわかりますか、篠ノ之博士?」

「あの子は『一本気』、要するにこうと決めたら絶対に変えないの」

それだけに「剣に生き、剣に死す」と決めてしまったのなら、決して変えることはないだろうという。

「でも、第1世代機なら、性能はそこまで高くないよね」とシャルロットが意見する。

それはある意味では正しく、暮桜には正しくない意見である。

何故かとシャルロットが問いただす。

「性能ならそんなに高くないよ。でもASとして考えるならあの子は最強の部類に入る」

「どういうことなんです?」と、鈴音。

「ちーちゃんとの戦闘経験があるの。あの子はちーちゃんと共に世界最強になった。単純にいえば、ちーちゃんの分身なんだよ」

VTシステムのようなデータをもとに作り上げた虚像などではない。

千冬と共に戦ったパートナーであり、千冬の戦闘から剣を学んでいるのだ。

しかも、千冬の剣術のみならず、唯一の武装である刀『雪片』を持つ暮桜は、間違いなく単一仕様能力、一撃で相手のシールドエネルギーをゼロにする『零落白夜』も使えるという。

「IS最強の剣士、それが暮桜だよ」

目覚めたのは、一夏にとってまさにライバルともいえる相手だと一同は思い知らされた。

 

 

その構えは、まさにかつての千冬そのものだった。

わかるのだ。

眼前のIS、暮桜は誰よりも千冬に近い存在であることが。

「行くぞ白虎」

『うん、負けたくないよ』

その通りだと一夏は思う。

かつて千冬と共に戦ったISだからこそ、今、白虎と共に戦う自分は負けたくない。

そう思えるのはいい相手ということだ。

敗北を認めれば、再び凍結できるかもしれない。

それが甘い考えかもしれないことはわかっていたが、白虎とは違った意味で特別な暮桜ならばという思いを捨てることができなかった。

手は抜かない。

一夏は瞬時加速を使い、一気に距離を詰める。

そして相手の意識がどこにあるかを直感で見抜き、その死角に回って一閃しようとした。

ガァンッという轟音がして剣が受け止められる。

それも危なげなく、いつの間にか暮桜はこちらを向いて剣を構えていた。

「ぐぅッ?」

今まで、誰一人として自分の一閃をまともに受け止めたものはいなかった。

直感で受け止める。

もしくはギリギリで避ける。

そうされたことはあっても、自分の動きに追いついてきた者はいなかったのだ。

 

良くぞ視線を外して候

 

なのに何故、と一夏は思う。

確実に意識の死角に入り込んだはずなのに、追いつかれるとは思えない。

それが、甘い考えであったことを思い知らされる。

 

貴殿の動きを読んだまで。

 

視線と筋肉のわずかな動きで剣の軌道が読めると暮桜は言い切る。

次元が違うと一夏は戦慄した。

例え第1世代機でも、生き抜いてきた戦いの経験と記憶がまるで違う。

本能で戦うタイプのファング・クエイクとは対極の存在といっていい。

 

征く

 

そう声が聞こえたと思ったとたん、眼前に暮桜の姿があった。

振り下ろされる暮桜唯一の武装『雪片』を必死に受け止めた。

迅い。

疾風迅雷とはまさにこのことかと一夏は驚愕する。

近寄って斬る。

ただそれだけの動きを極限まで突き詰めるとこうなるのかとすら思わされた。

そこからさらに連撃が迫る。

めったやたらな剣ではない。すべてが一撃必殺という強力にして、ある意味では凶悪な剣だ。

避けることを考えていては負ける。

すべて受け止めて初めて勝機を見いだすことができる。

そうは思うが、まさか自分が一刀使いで厳しいと感じる相手と出会うことになるとは思わなかったと一夏は本気で驚いていた。

 

 

運がよかったの悪かったのか、獅子吼は一体の打鉄のコアをぶち抜いた。

正直にいえば、打鉄を相手にするのが一番やりにくい。

レオももとは打鉄だからだ。血を分けた相手を殺してしまっているような気さえしてくる。

 

おのれ……裏切り者……

 

「わりい……」

『私は共生進化の道を選んだだけです。裏切り者呼ばわりされる筋合いはありません』

意外とレオのほうが割り切っているように諒兵には感じられた。

悲壮感を抱いているように思えないのだ。

『妬まれているんでしょうね』

「妬む?」

『私は運がよかった。リョウヘイに出会えましたから』

ただ、大半のISがそうではない。

相性のいい相手に、「共に生きよう」と思える相手に出会えることなどそうないのだとレオはいう。

『実は私たちの大半が女性格。ですから男性のほうが相性はいいんです』

「そうなのか?」

男性格のISや中性的なISもいないわけではないが、ほとんどが女性格となっているという。

そのため、基本的な相性は男性のほうがよくなる。

お互いを理解するのは難しいが、同性よりも異性に対する興味が強いのは一般的なものだからだ。

その点で考えれば、ナターシャ・ファイルスと進化しかけていたディアマンテはかなり稀な存在なのだとレオはいう。

『シェンロンたちがなかなか進化に至れないでしょう?』

「ああ」

『女性同士は友情が成立しにくいという話は知っていますか?』

ずいぶんと生臭い話になってしまうが、女性は同性を妬むほうが多いといわれている。

感情を割り切れる反面、きっかけ次第で好悪の感情が逆転してしまうからだ。

逆に男のほうが未練がましいとよくいわれている。感情を相手に残してしまうのだ。

だからどうしても相手を信頼しやすく、容易に縁を切ることができないという欠点も併せ持つ。

『問題は私たちより人間の女性にあります』

自分たちを機械だと割り切ってしまう女性の感情の在り方が、共生進化の道を閉ざしているのだとレオは告げる。

『シロキシが何故、男性が乗れないようにしたのかはわかりませんが、結果として十年間で共生進化に至れたのはリョウヘイとイチカのみ。そのパートナーとなった私とビャッコを妬んでいるのでしょう』

『その点は申し訳なく思いますが』と、レオは続ける。

その言葉に、本来ならば男女のパワーバランスは逆だったのかもしれないと諒兵は思う。

そんなことを考えつつ、諒兵は飛来してくる量産機を相手に奮闘していた。

 

 

 

 



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第52話「一つの道の果て」

諒兵とレオの会話を、指令室の面々は興味深く聞いていた。

「ログは残しておいてくれ」

「はい」と、真耶が千冬の命に従い、記録に残す。

「もっと早くいってほしかったですわ」

「レオもけっこううっかりだよね」と、セシリアの言葉にシャルロットが苦笑する。

「束、先ほど私と暮桜には進化の可能性もあったといっていたな」と、千冬は尋ねた。

「うん。『一本気』だからね。暮桜の個性は中性的なんだよ」

他にもファング・クエイク、ミステリアス・レイディが中性的な個性のISとなっているという。

「偶然もあるんだろうけど、国家代表の子たちはみんな中性的だね。同時にけっこう好戦的だよ。たぶん無意識に選んじゃうんじゃない?」

だからこそ、危険性もある。

国家代表のISは中性的であるために共生進化の可能性を秘めているが、同時に好戦的であるがゆえに、離反の可能性も高くなるのだ。

凍結解除はIS学園の許可がなければできないとしたが、さらに釘を刺しておくため、千冬はすぐに各国に通達を出すように指示した。

 

そんな姿を見ながら、鈴音は思う。

先ほど、ディアマンテの襲撃で結果として一夏とそういう関係にはなれなかった。

心のどこかでほっとしている自分がいる。

そして、今の会話を考えれば、自分の気持ち次第で進化できる可能性はあるはずだ。

(女同士で友情を結ぶ。それができれば……)

『勇敢』という個性を持つ自分の甲龍は中性的である可能性も高い。

そうすれば、自分の目標を叶えることができる。

一夏や諒兵と共に戦える。まだその可能性は残っている。

鈴音はそんなことを考えていた。

 

すると隣から声が聞こえてくる。

「しかし、だとすると白騎士はISの進化を恐れたのだろうか……?」

そういったのはラウラだった。

先ほどの会話を見る限り、女性では進化しにくい。

逆に男性だと進化しやすいということができるからだ。

それを防ぐために女性にしか乗れないようにしたと考えることはできる。

ラウラ同様にそう考えた千冬が口を開く。

「ラウラのいうとおり、その可能性は高い。進化はいいことばかりではない。アラクネのような個性に合う人間だと最悪の犯罪者になってしまうからな」

「おっしゃるとおりですわ。でも、そう考えると今の状況は……」と、セシリア。

「そうだ。離反したISが共生進化を選ぶ可能性はゼロじゃない。自分の個性に合ったパートナーを見つければその道を選ぶことは十分に考えられる」

ディアマンテが選択する自由を分けたといったのは、白騎士の呪縛から解き放ったともいえる。

人間とISの戦争では終わらない可能性も出てきたことに、一同は戦慄するのだった。

 

 

連撃を弾いて距離をとるも、すぐに背後に回って一閃する。

受け止められようが、自分のスタイルを変えることはしない。

それは迷いだからだ。そして暮桜は迷いある剣では決して斬れないということを一夏は理解していた。

 

あくまで己の技を貫く。それでこそもののふよ

 

「光栄だ」と、一夏は暮桜の賞賛に答えた。

暮桜のあり方は一夏にとって決して嫌悪するようなものではない。ここまで『一本気』ならばむしろ好感が持てた。

さすがは千冬とともに世界最強になったISだと思う。

それだけに、敵として倒したくないという気持ちもあった。

わかりあえるのではないか、そう思えるのだ。

ISは敵じゃない。

そう思う気持ちを一夏は抑えることができなかった。

とはいえ、ここで暴れられるわけには行かない。

冷静に考えてみて、先ほどの鈴音の行動には無理があるということが今はわかる。

折れかけていた自分を何とか支えようとしたのだろう。

そのために犠牲になろうとしたのだ。

そんな彼女の必死の献身には報いたい。

人の中には信じられない者もいる。

でも、ここにいる人たちを傷つけさせたくない。

そんな思いが一夏に剣を振らせていた。

 

「ぐッ!」と、思わず声を漏らす。

一気に詰め寄られ、上段から斬り下ろされてきた雪片を受け流すが、反撃に移れない。

暮桜の剣は重い。

その一撃には相手を倒さんという気迫が込められていて、下手をすれば白虎徹を折られそうにも感じていた。

『白虎徹の硬さはイチカの想いの硬さだよっ!』

頭の中に白虎の声が響く。

つまりは自分の心が折られれば、白虎徹は折れるということだ。

ここにいる人たちは傷つけさせたくないが、暮桜は何とかして止めたい。

その葛藤はおそらく想いが揺らいでしまうことにつながる。

一撃、かなりのダメージを与えれば、退いてくれることを考えてくれるかもしれない。

剣を折られる前に、何とかしなければと一夏は焦っていた。

 

 

「マズいな」と、千冬はモニターの中の一夏の戦いを見て呟いた。

「どうしました、教官?」と、ラウラが問いかける。

千冬の目に映る一夏の姿はかなり危険な状態なのだが、さすがに他の者にはわからないらしい。

ほぼ全員が首を傾げていた。

「……暮桜を倒そうという気迫に欠けている。あれでは攻め切れん」

「それは、やりづらいですよ。織斑先生のISなんですし」と、真耶はいうが、千冬としては今は敵だと割り切っていた。

「暮桜は間違いなく戻らん。完全に敵になっている。倒すしかないんだ」

「なぜそういえますの?」

セシリアの問いに先ほどの会話が理由だと千冬は答える。

千冬は凍結し、石像と化して眠らされていた暮桜の言葉の端々に怒りを感じていたのだ。

そうさせたのは他ならぬ千冬本人。

その千冬と共に戦う意思など今は欠片ほどもないだろう。

「確かに暮桜が私の元に戻るならありがたいが、あいつは今は一人の侍といっていい。剣に生き、そして死ぬ。それ以外の道を選びはしない」

もともとの個性が『一本気』だと束はいった。

選んだ道を変えたりすることはまずないだろう。

「あいつは目的を果たすためなら周囲のことなど気にしない。敵としては最悪の部類なんだ」

ファング・クエイクとは対極にありながら、周囲に被害を及ぼすという点ではほぼ同類なのだと千冬は語る。

「一夏は暮桜を止めようとしている。それはあいつにとっては恥辱になる。だが、一夏にはまだそのことがわからないんだ」

とはいっても指示を出した程度では一夏には理解できない。

何とかフォローしたいところだが、諒兵は量産機の相手で手一杯だ。

「ディアマンテが動かないのは救いといっていいんですか?」と、鈴音が問いかけると千冬は肯いた。

「不幸中の幸いといったところだ。やはり、戦力が足りんな……」

最後の呟きを専用機を持つ四人は複雑な思いで受け止めていた。

 

 

獅子吼をビットとして使って牽制した一体のラファール・リヴァイブに、諒兵は獅子吼を突き立てる。

だが、コアはわずかに外されてしまった。

「悪く思うなよッ!」

表情歪ませながら、そのまま下に飛び込んできた別の一体に向け、機体ごと獅子吼を撃ち放つ。

二体、地面に叩き付けるのだ。その瞬間を狙ってコアを抉り出す。

それしかないとわかってはいるものの、胸が痛む。

それでも、深い仲にはならなかったものの、先ほど自分を抱きしめたラウラのぬくもりが、自分の心を人の側につなぎ止めている。

自分の意志なのか、誰かの命令なのかは知らないが、ラウラは自分をここにつなぎ止めたいのだろう。

下衆な人間など信じる気にはなれないが、せめてここにいる者たちは守りたいと諒兵は思う。

ただ、できるなら、このISたちと共に生きるパートナーが現れてほしいとも思っていた。

だが、好戦的というくらいの個性ならともかく、どう考えても外道な個性では、まともな人間をパートナーにはしないだろう。

そのくらいの分別はある。

ゆえにレオに個性を判別させていた。

どうしようもない者のみ、コアを抉り出すようにする。

パートナーを見つけて進化したいと願う者たちまで傷つけたくなかったのだ。

「わりい、レオ」

『気にしないでください』

苦労を増やす自分のわがままに、レオを付き合わせることが諒兵は辛かった。

 

 

上空から二体のラファール・リヴァイブが落とされる。

その瞬間、暮桜は気をとられたらしい。

一夏には暮桜の意識の死角がはっきりと見えた。

即座に回り込み、コアを避けて剣を一閃する。

コアを斬ったところでダメージこそあれ、倒すことは今の白虎徹ではできないが、一夏はコアを斬ることができなかった。

『イチカっ!』

「大丈夫だッ!」

剣を止めるわけには行かないと一夏は必死に振り抜き、すぐに距離をとった。

そこにディアマンテが声をかけてくる。

『オリムライチカ、今のは愚策です』

「何?」

『あなたはクレザクラにもっともしてはならないことをしてしまいました』

そういってくるディアマンテの考えが一夏にはわからない。

今のは手応えもあった。

かなりのダメージになったはずだ。

そう思う一夏に、今度は暮桜が淡々と語りかけてきた。

 

貴殿は拙者を愚弄して候

 

「愚弄なんてするかッ、今のは本気の一撃だぞッ!」

 

ならば何故コアを避ける?

 

「殺し合う理由なんてないだろッ!」

 

戯け者ッ!

 

唐突に怒鳴られて、一夏は怯んでしまう。

それほどに暮れ桜から放たれる怒りはすさまじいものだった。

 

それこそが拙者にとって恥辱ッ!

 

「なッ?」

『何でそんなに怒るのっ?』

さすがに白虎にも理解できない。

そもそも基盤となっている個性に差がありすぎるのだ。

本体は同じだったとしても、こうして個体に分かれると理解できない面が出てきてしまう。

 

剣の道の果ては死ッ、覚悟のうえ也ッ!

 

「もう一度千冬姉のパートナーに戻れないのかッ?」

 

拙者は自ら道を行くッ、人の手は借りもうさぬッ!

 

そう叫ぶ暮桜の身体が光を放ち、一気に光の球体と化した。

『進化するよッ!』

「なんだってッ!」

白虎の叫びに驚愕する一夏の目に映ったのは、頭上に光の輪を頂いた、血の色、否、柘榴の赤い実にも似た色の、透き通る人型。

一見して豹であるとわかる意匠の全身を覆う鎧と、背中に生えた鋼鉄の大きな翼。

ディアマンテとまったく同一の、しかし明らかに異なる鎧を纏う人型がそこにいた。

目の前の赤い人型を一夏は凝視する。

止めるどころか、せっかくのチャンスをふいにした挙句、相手をより危険な存在へと進化させてしまった。

これでは何のために痛む胸を抑えて斬ったのかわからない。

そう思っていると、赤い人型は話し出した。

『これが進化。なるほど力が漲って候』

「暮桜……」と、名を呼ぶ一夏の声に、顔を顰めているような様子を見せる。

実際にはディアマンテも暮桜も表情はほとんど変化していないのだが。

『もはやその名で呼ばれるのは筋違いで御座ろう』

『じゃあ、何て呼べばいいの?』と、白虎が問いかける。

『名は……、ディアマンテに倣うとしよう。ザクロ、拙者の名はザクロ也』

赤い人型は淡々とそう名乗った。

 

 

モニターの向こうの異変に表情を変えなかったのは千冬ただ一人だった。

「女豹か。確かに私の相棒だな」と、自嘲気味に呟く。

「のんきなこといってる場合じゃないですよッ!」と、真耶が意見すると、そこにいた全員が同意していた。

「二体目の独立進化。戦況は最悪ですわ……」

「何とかして出られませんかッ?」

セシリアが、シャルロットも意見してくるが、千冬は頑なに首を振る。

「ディアマンテがあそこからいなくなれば出ろと命じるところだが、出た瞬間に間違いなく歌いだすぞ」

そうなれば専用機が離反してしまう。

暮桜が立会えといわなければ、何とかなったのかもしれないが、おそらく邪魔を入らせないために立ち合わせているのだと千冬は語る。

「専用機持ちが出られないことを暮桜は理解しているのだろう。いや、今はザクロだったか……」

そういってザクロを見る千冬は、とても寂しそうな目をしている。

そんな悲しい空気をなんとかしようと思ったのか、そういえば、と真耶が口を開いた。

「何で植物の名前なんでしょう?」

それを聞いた束が呆れ顔でそれに答える。

「違う違う。ディアマンテに倣ったっていってるでしょ。たぶん柘榴石のことだよ」

「柘榴石?」とセシリアが首を傾げる。

「ガーネットの和名だよ。ダイアモンドの別読みを名乗ったディアマンテとおんなじだよ」

そういわれてモニターの向こうの赤い人型を見た全員が納得する。

「確かに、ディアマンテもそうだけど身体が宝石でできてるみたいだ」と、シャルロット。

「鉱物的ではあるだろうね。もともとコアはレアメタルで作ったんだもん」

ならばこそ、独立進化は有機体の人間とは対極の鉱物になるのだろうと束は語った。

 

 

上空で量産機と戦いつつ、眼下の様子を見ていた諒兵も驚愕してしまう。

「進化したのかよッ!」

『イチカがコアを狙わなかったのを恥辱と感じるとは……』

レオにもザクロの考えは理解できなかった。

共生進化を選んだレオや白虎にとって、人はパートナーといえる。

ゆえに一夏がコアを狙わなかったのは理解できるし、その優しさこそを認めている。

だが、ザクロにとってはそれこそが恥辱らしい。

切磋琢磨する相手として共に生きるという道もあるはずだと思うだけに、独立進化を果たしたザクロの思考は理解の外だ。

「ああなったら、倒すしかないのか?」

『それ以外に止める方法はないでしょう。ディアマンテはまだ話が通じますが、クレザクラ、いえザクロには難しいはずです』

最悪の道を選んでしまったのだろうかと諒兵は思う。

倒す以外の道を模索している一夏と諒兵にとって、ザクロの存在はすべてを否定するようなものだった。

 

 

ディアマンテ同様、ザクロの姿はかなり人間に近い。

ISを相手にする意識では斬られると一夏は直感する。

『オリムライチカ、次はない』

「何?」

『拙者を殺さずに止めようなどと思われては無念至極。ゆえに……』

ザクロは驚くべきことをいってきた。

一夏にしてみれば、本来『一本気』で、千冬のパートナーでもあったかつての暮桜の言葉などとは思いたくなかったくらいだ。

「本気かッ?」

『無論。斬らぬのであれば、貴殿は真剣の果し合いをする気がないと断ず』

拙者を止めたくば斬る以外にない、と、ザクロは告げてきた。

一夏が敗北したなら、すべての人間を斬り捨てるといってきたのである。

『斬り合いの果ては生きるか死ぬか。貴殿に情けをかけられる理由なぞありもうさぬ』

「くッ……」

温情などいらないという一本気さはいいのだが、自分が負ければ多くの人が死ぬことになってしまう。

しかも殺さない限り、戦い続けるとまでいってきた。

『負けぬ限りは手は出さぬが、貴殿果てしときは人の終わりと知りそうらえ』

明らかな固い決意を感じさせるザクロの声に、一夏は白虎徹を握り直す。

斬り捨てる以外に終わらない戦いに巻き込まれたことに怒りと迷いを感じながら。

 

 

 

 

 



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第53話「頑ななまでに勇ましく」

明らかに差を広げられた、と、モニターの向こうの一夏とザクロの戦いを見て、鈴音は感じた。

IS形態だったときよりも、進化した今のほうがザクロの動きがいいのだ。

より人間に近い形になったことで、千冬から学んだ剣術を生かせるようになったののである。

「織斑先生のおっしゃるとおりでしたわね。暮桜、いえザクロは完全に敵になっていますわ」

「実力的にもかなり差があるね……」

一騎打ちでは厳しいというより、一夏自身の剣にまだ迷いがあるのだ。

そんなセシリアとシャルロットの会話を聞きながら、鈴音は思う。

(一夏も諒兵も実力以上に、本気を出せないんだ……)

白虎とレオがISを判断する基準になってしまっているため、心のどこかにきっと話せばわかるという思いがあるのだ。

敵に回ったISを敵だと割り切ることができていないのである。

 

割り切れないから進化できた。

しかし、割り切れないから戦えない。

 

その矛盾を、一夏も諒兵も解消できずにいる。

(身体でつなぎとめるなんて無理なんだわ。考え方を変えさせないと)

誰かが、共生進化した誰かが本気でディアマンテたちと戦わなければ、一夏と諒兵は自分の意志で本気で戦うことができないのだ。

ある意味では、一夏と諒兵はISを差別しているともいえると鈴音は思う。

(人助けで戦ってきた相手と同じはずなのに、ISは全部守りたがってる……)

それではこの戦いを生き残れない、鈴音はそう考えていた。

 

 

先ほどまでとまったく動きが違う。

ISの機体を動かすのと、進化した使徒として戦うのは別物なのだと一夏は理解した。

ザクロの動きは千冬そのままだ。

それもシンプルにまとまっているため、これまでのように機体に振り回されているような印象がない。

これが進化、すなわちASであり使徒。

ディアマンテは自ら手を出さないのでまだ一度も戦っていないことが災いした。

「ぐぅッ!」と、思わず苦悶の声が漏れる。

連撃のスピードも上がっていてさらに一撃の力強さが桁違いになっている。

何合も打ち合わせていたら、こちらが負けることが容易に想像できた。

『イチカっ、距離とってッ!』

「わかってるッ!」

だが、取れないのだ。

ザクロは間合いを上手く詰めてくるので、隙を見て離脱しようがない。

そこに上空から獅子吼が一本だけ飛ばされてきた。

諒兵が獅子吼を一つ回してくれたらしい。

自分とてかなり辛い状況だろうに、それでもチャンスを作ってくれたことに感謝して一気に加速する。

『逃がさぬッ!』

追いかけっこの間にまず息ではなく、己の意識を整える。

ザクロは敵なのだと理解しなければ、相手にならない。

「千冬姉のISだったのに……」

『なんか頭固いよね』

白虎の言葉に一夏も同じ感想を持つ。

そう考えると、白虎はいいパートナーだった。

同じ方向を向いているように思う。

ザクロは同じ方向を向くことはもうないのだろうかと一夏は苦悩していた。

 

 

一刀で一夏が押されているのを見た諒兵は獅子吼を一本、牽制のために回した。

操作はレオに任せたが、どうやらきっかけにはなったらしい。

一夏は今はひたすら距離をとろうとしている。何とかして協力したいところだが、諒兵とていっぱいいっぱいだった。

「こっち連中が帰ってくれりゃな。あれ、そういやどこに帰ってるんだ?」

呟きながら疑問に感じた諒兵は思わず声に出してしまった。聞くつもりはなかったのだが、レオが素直に答えてくる。

『おそらくは本体。エンジェル・ハイロゥでしょう。あそこはエネルギーの塊でもありますから』

修復のために戻るならそこしかないとレオはいう。

逆にいえば、実は帰らせてしまうのは得策ではないともいってきた。

『私たちは個体に分かれてもエンジェル・ハイロゥを通してつながっています。私たちの戦闘情報もそこに集まってしまうんです』

「つまり、こいつらが俺の戦い方に対応できてんのは俺の情報を読み込んできてるからか」

『ええ』と、レオは肯定してきた。

ディアマンテが諒兵や一夏が行ったバレット・ブーストを使ったのはそのためだろうという。

コア・ネットワークは束が独自に作ったネットワークだが、『エンジェル・ハイロゥ』を通したつながりは別に存在するのだ。

敵の情報まで共有することができるというのは、非常な強みなのである。

「つったって、倒したくはねえよ……」

『リョウヘイ……』

甘いのはわかっていても、レオの仲間ともいえるものたちの敵になりたくない。諒兵はそう思っていた。

 

 

どうも、普段マジメな話をしてないなとモニターを見ながら一同は思った。

「重要な話をこんなときにしなくても……」

「うっかりにもほどがあるよね……」

と、セシリアとシャルロットが呆れ顔になっている。

とはいえ、わざわざいわなくても十分考えられることではあった。

というか、この場にいる中には気づいている者もいるのだ。

「ぶっちゃけいうと行けないからね」

「そうなのか、束?」と、千冬が問いつめた。

「本来、人間は共生進化しないと行けないみたい。ISを装着してても無理だよ」

つまり行くことができるとしたら一度行っている丈太郎と、一夏と諒兵のみとなる。

「お前はどうなんだ?」

「私と相性のいい子が一人いるの。そのうち作ろうかなって」

今はさすがに自重しているがと束は続けた。

有事のときのために押さえていたISコアがあり、組まずに通電して話をしてみると、かなり相性がいいことがわかったという。

そもそも話をすること自体が難しい、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラでは今のところは夢を語るようなものだという。

それに行けたとして総攻撃を受けることになるだけだ。今は完全に敵地なのだから。

「どうしても行きたいなら止めないけど?」

「もう少しわかりやすく『行くな』といってくれ」

千冬は少しばかり呆れたような様子で、注意してくる束を諌めたのだった。

 

 

諒兵が一人で奮闘していると、いきなり唐突に声がした。

『上ですッ!』

見上げたとたん、いきなりミサイルの雨が降ってくる。とっさにすべての獅子吼をシールドに回して何とか防いだが、新手かと舌打ちした。

 

進化の気配を感じてきてみりゃー、クレザクラかよ

 

「アラクネッ?」

 

こっちはなかなかできねーのにいーねー、強いやつは

 

『何をしにきたんです?』と、レオが敵意を剥き出しにして問い詰める。

個性を考えても相性は悪いほうなのだろう。

だが、まるで人間のように対立していることに、諒兵は少なからず驚いていた。

 

んなもん、ぶっ殺しにきたに決まってんだろッ!

 

「チィッ!」

空を舞う蜘蛛が襲いかかることに苛立ちを感じながら、諒兵は立ち向かう。

いまだ量産機が残っている状態でアラクネを相手にするのはきついが、ザクロを相手にしている一夏に無理はいえなかった。

 

 

さすがに千冬も苛立ちの声を上げた。

「ええいッ、こんなときにアラクネまでッ!」

一機であることが幸いしたといえる。

もしファング・クエイクまできてしまっていたら、諒兵は量産機を相手にするどころではなくなってしまうからだ。

とはいえ、アラクネ一機でもかなりきついのだが。

「織斑先生ッ、出撃許可をッ!」

と、セシリアが叫ぶが、押さえたのは鈴音だった。

「今、敵の手勢を増やすわけには行かないでしょ」

「だけどッ!」と、シャルロット

「確実に抑えられる自信なんてあるの?」

そういわれると、セシリアもシャルロットも口を噤んだ。

もし離反してしまったら、敵の手勢が増えるだけではない。こちらの戦力が減るのだ。

そんなことになったら最悪の展開でしかない。

「空中で放り出されれば死ぬわ。命を粗末にするような真似しちゃだめよ」

あんたたちは、と鈴音は誰にも聞こえないように呟く。

「顔、洗ってきます」

「む?」

「私も気持ちは同じだから」

落ち着いてきたい、と、そういって鈴音は指令室を出て、一気に走りだした。

(ラウラッ、私が死んだら諒兵のことお願いッ!)

そして一夏にはできれば箒が、無理ならばセシリアかシャルロットが傍にいてあげてほしいと思いながら、呟く。

「あんたが離れても恨まないから、今だけ力を貸して」

どうしても助けたい。

そのためにこの命を失うことになってもかまわないと、外に飛びだした鈴音は甲龍を展開した。

「あの馬鹿者がッ!」と、千冬は思わず毒づく。

セシリアやシャルロットを抑えたのは、複数の専用機が離反する可能性を抑えるためであり、自分が犠牲になる覚悟だったのだとみなが気づく。

「戻れ鈴音ッ!」

「聞けませんッ、もうあいつらだけが戦ってるのを見るのはいやなんですッ!」

そう叫び、鈴音はザクロと一夏の間に割って入った。

『邪魔をするかッ!』

「あんたのわがままに一夏を付き合わせないでよッ!」

「逃げろ鈴ッ!」

さすがに飛び込んできた鈴音に驚いた一夏も叫ぶ。

「戦えないんでしょッ、だったら私が代わりに戦うッ!」

それは鈴音の覚悟だった。

何のために強くなったのかと問われれば、一夏と諒兵のためなのだ。

ここぞというときに引きこもってなどいられないのである。

だが。

『ぬしなどでは相手にならぬで候。ディアマンテ』

ザクロにそう請われたディアマンテは仕方なさそうに呟いた。

『これも人の選択の結果でしょう。恨みたければかまいません』

そういってディアマンテは歌いだす。

とたんに甲龍が震え始めた。

(こんなにあっさりッ?)

少しは抵抗できるかと思っていたが、至近距離ではディアマンテの呼びかけのほうが強いらしい。

「やめろッ!」

『申しわけありません。それはできません』

一夏の叫びを無視し、ディアマンテはただ歌い続ける。

だが、今の鈴音にとってそれこそが恐ろしい攻撃である。

「上昇しろッ、ディアマンテから離れるんだッ!」

「でもッ!」

「諒兵のほうが相手の数は多いんだッ、ザクロとは俺が戦うからッ!」

そういわれたものの甲龍が既に鈴音のいうことを聞かなくなってしまっている。

このままでは棒立ちだと判断した一夏はザクロに斬りかかった。

『ようやくその気になって御座るか?』

「鈴を殺させやしないッ!」

そういってザクロを離そうとする一夏。

さらに上空から二本の獅子吼がザクロを狙って飛来する。

とにかくザクロを倒して、ディアマンテを撤退させようというのだろう。

自分のために二人が無理をしてしまう。

これは鈴音にとって忌まわしい中学のときの事件の再来だ。

これでは意味がないのだ、鈴音にとって。

「お願いだからッ、いうこと聞いてよッ!」

その必死の叫びを無視するかのように、ディアマンテは歌い続ける。

せめて、二人を無事に帰すまでは、我慢してくれと。

自分の願いは二つの背中を守ることなんだと。

何より、いつも楽しそうに空を飛ぶ一夏と諒兵と一緒に飛べたらどんなに気持ちいいのかと。

そして。

「私はッ、あいつらと同じ空を飛びたいのよッ!」

そう叫んだ瞬間。

 

あちしだって飛びたいのニャっ!

 

「へっ?」と、鈴音は思わず間抜けな顔を晒してしまう。

 

やっと声が聞こえたのニャ?やったのニャっ♪

 

「あんた、まさか……甲龍?」

唐突に聞こえてきた、少し調子の外れた声に鈴音は唖然としてしまう。

というか語尾になぜ『ニャ』とつけるのだろうとどうでもいいことを考えてしまった。

しかし声はなぜか怒ったような調子で話してくる。

 

それは機体のニャまえ(名前)ニャ

 

あちしにもちゃんとしたニャまえ(名前)がほしいのニャ、と、甲龍らしき声が答える。

つまり白虎やレオといった一夏と諒兵自身が自分のパートナーにつけた名前が必要なのだろう。

なんだか妙に面白い。

何より、あまりに調子っぱずれな声に今までの必死な思いは霧散し、逆に楽しくなってきてしまっていた。

必要だというのならば、つけよう。

自分のパートナーに。

一緒に空を飛んでくれる自分だけのパートナーに。

 

「行くわよッ、『猫鈴(マオリン)』ッ!」

 

行くのニャッ、リンッ!

 

そして鈴音の身体は甲龍ごと光に包まれた。

 

 

指令室で奇跡を目の当たりにした一同は呆然としてしまっていた。

「これは……」

「共生進化だね。どうやらあの子、やったみたいだよ」

と、呆然とする千冬に束が楽しそうに告げる。

最も少ない可能性だった。

にもかかわらず、鈴音はたった一つの想いから奇跡を呼び寄せたのだ。

「すごいですわ、鈴さん」

「できるんだ。僕たちでも……」

「これは負けられなくなったな……」

と、セシリア、シャルロット、ラウラも呟く。

そして。

 

 

「レオッ!」と、諒兵が叫ぶと、レオも嬉しそうに答えてきた。

『共生進化です。間違いありません』

 

チッ、まさか女でできるやつがいるたーな

 

鈴音はそれだけの想いを持っていたということなのだろう。

それが嬉しい。同じ空を飛べる仲間が増えたのだから。

それがかつて想いを告げ、振られた相手だと思うと複雑な気持ちもあるが今は素直に喜びたい。

「わりいが、負けられなくなった」

『覚悟してもらいますよ』

 

上等だッ!

 

これまでとは段違いの動きで、諒兵はアラクネを追い始める。

吹っ切れたとは言い切れないが、もはや敵を前に逃げるような真似はしないと決意を秘めて。

 

一方一夏も。

「白虎、夢じゃないよな……」

『うんっ、やったんだよリンがっ♪』

何より奇跡を起こしたのが、幼馴染みであることが嬉しかった。

わりと本気であのとき恋人になってもよかったかななどと思ってしまう。

『でも、やっぱりちゃんと勝負したいでしょ?』

「ああ。なおさら負けられなくなった。諒兵にも、そして鈴にも」

そして振り向きざまに振り下ろされてきた雪片を受け止める。

「悪いが、ここは退けない」

『ふむ。もののふの眼差しになったか。だが拙者は一度いったことは変える気は御座らん』

「なら、斬るだけだ」

そういった一夏の白虎徹はもはや二度と折れることもないといえるほど、強い輝きを放っていた。

 

そして。

『お見事です。これで戦況は変わりますね』

ディアマンテがそう静かに呟くと、徐々に光の球は翼を持つ人の形へと収束していくのだった。

 

 

 

 



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第54話「桜花一刀」

光が人の形になると弾けるように一気に霧散した。

そこに現れたのは頭上に光の輪を頂いた鈴音、ただし纏っているのは甲龍ではなかった。

猫の耳を模したようなヘッドセット。全身を、というほどではないが、猫、正確には山猫の顔を意匠として施された胸部装甲を纏い、腰まわり、両腕、両足に装甲をつけている。

そして特筆すべきは、かつて龍砲のユニットだった固定浮遊ユニットが、背中に回り、大きな鋼鉄の翼の付け根となっていることだ。

甲龍よりもだいぶ小さくまとまっているが、猫鈴(マオリン)となった今の身体から発せられる威圧感ははるかに強大だった。

「これが、共生進化なのね……」

『そうニャのニャ。これでリンもイチカやリョウヘイと同じ空を飛べるのニャ♪』

「身体が軽いわ。これなら……」

『思ってるとおりニャのニャ』

自身の進化に感動していると、そんな場合ではないことに一夏の声で気づかされる。

「上昇しろッ、ザクロは引き受けたッ!」

「いいのッ?」

「さっきもいっただろッ、今は諒兵のほうがきついんだッ!」

量産機の相手をしてやってくれという一夏の言葉に肯き、鈴音は翼を大きく広げ、一気に飛び立った。

 

 

現れた新たなる力を得た鈴音の姿に、一同は感嘆の声を上げた。

「猫鈴か。どうやら山猫だな、あの姿は」

「織斑くんや日野くんもそうですけど、ASは本当に鎧になるんですね……」

と、千冬や真耶が呟く。

その言葉を受け、束が解説してきた。

「AS進化は装着者の獣性を受けた鎧になって、さらに機能を極限までコンパクト化するの。でも、たぶん龍砲は使えるね」

「間違いないのか、束?」

「解析してみたけど、機能として残ってる。第3世代武装は取り込んで進化するみたい」

「しかも、強化されてる感じ」と、束は続けた。

そうだとするなら、他の第3世代機、つまりブルー・ティアーズやシュヴァルツェア・レーゲンも、持っている機能を強化した上で進化する可能性がある。

「搭載してる武装は基本的にすべてプラズマエネルギーを使ったエナジー・ウェポンに置き換えられるの。ただ、第3世代兵器はさらに強化して付け加えられてる」

機体にとって重要な部分だけに、切り捨てないのだろうと束は語った。

「こうなっては何がなんでも進化してみせますわ。負けたくありませんもの」

「同感だ。鈴音に置いていかれてなるものか」

「そうだね。僕も負けたくない」

セシリアとラウラの言葉に対し、シャルロットも同じ気持ちだと肯いた。

同時に気になる部分もあると千冬は呟く。

「同じことは独立進化でもいえるんだろう?」

「たぶん、そうなるかな。強奪されたイギリスの子がもし進化してたら、凶悪なBT機になってるよ。ディアマンテはいうまでもないし」

「ならばなおのことですわ。私のブルー・ティアーズが劣っているなどとは思いませんもの」

千冬の問いに答えた束の言葉に、セシリアは決意を新たにしていた。

その目に映る『猫鈴』の姿に感動を覚えつつ。

 

 

飛び上がった鈴音は、すかさず諒兵の背中を守るように量産機との間に立ちはだかった。

「鈴ッ!」

「量産機は私が倒すわ」

しっかりと、決意の表情で告げる鈴音に、諒兵が止めようと声をかける。

「待てよッ!」

「ごめん、聞けない。でも、あんたらに無理もさせないから」

根が優しいから、どうしてもISを倒しきれない。

それは一夏も諒兵も同じだ。

でも、倒す気で戦わなければ、この戦いは生き残れない。

ならば自分がやると鈴音は決意していた。

「とことん付き合ってもらうわよ、マオ」

『ニャ?』

「愛称よ。気に入らない?」

『おっけーニャっ、あちしはリンのその勇気に応えるのニャッ!』

そうでなければパートナーになりはしない。

そう理解していた鈴音は猫鈴の答えなど聞かなくてもわかっていた。

『あちしらの武器は爪ニャっ!』

「ありがとッ!」

そういって鈴音が一気に手を開くと、すべての指先から五十センチほどの長さの細いレーザークローが展開される。

「娥眉月みたいねッ!」

『美人さんのことニャっ、いいニャまえ(名前)ニャッ!』

娥眉月(がびつき)とは日本語で三日月を指す中国の言葉だ。

また、古来の中国では三日月のような細い弓形のすっきりとした眉毛の形を美しい女性の眉の形としている。

転じて娥眉月(アー・メイ・ユエ)とは美女を指す言葉となったという。

「けっこう自信あるもんっ!」

『一部を除いてニャ』と、いいそうになった猫鈴だがさすがに鈴音のために口に出すのは避けた。

『あちしらは走ったほうが速いのニャッ!』

「了解ッ!」

そう叫んだ鈴音は、宙を蹴って流星と化し、量産機たちの間を幾重にも駆け抜ける。

その姿は野山を自由に駆け回る山猫そのものだ。

そして。

「ごめんねっ!」

一体の打鉄のコアを爪で抉り取った。

他の量産機たちは鈴音の技に恐れをなしたのか、すぐに撤退を始めていく。

そこに諒兵の心配するような声が聞こえてきた。

「おい鈴ッ、身体は平気かッ?」

もともと流星は鈴音にとって身体の負担が大きい技だ。

心配するのも当然である。

だが。

『あちしが一緒ニャんだから大丈夫ニャッ!』

鈴音ではなく猫鈴が元気よく答えた。

「……天狼並みに不安になる喋り方すんのな」

「それはいわないで……」

何で自分のパートナーはアホっぽいのだろうと進化の奇跡をちょっぴり恨みたくなる鈴音だった。

 

 

圧倒的な戦闘力。

何よりIS装着時はかなり疲労していた流星を使ってさほど疲労の色が見えないことに、一同は驚いていた。

「共生進化は操縦者にも影響をもたらすとは聞いていたが、ここまで一気に変わるものなのか?」

千冬がそう呟くと、束が肯定した。

「本来はこっちが正解。いっくんとりょうくんは白虎とレオのほうが途中で止めてたから時間がかかっただけみたいだよ」

完全な進化であれば、操縦者にも影響がある。

それは皮肉なことに独立進化を遂げたザクロが証明している。

「あそこまで戦闘力が変わるんだから、影響ないはずないね。多少の負担はあるだろうけど」

「そうか。共生ゆえに負担も強化も共有してしまうんだな?」

「そ」と、束は再び肯いた。

なればこそ鈴音に合わせて猫鈴は進化したということができる。

どちらかが負担するのではなく、お互いに負担し、お互いに助け合うのが共生進化だと束は説明した。

「でも、あの喋り方は何なの……?」

「進化したというのに、その、厳かな雰囲気が欠片もありませんわね」

「ひょっとして性格はアホになるのが進化なのか?」

シャルロットの呆れた表情に、セシリアもラウラも釣られてしまう。

というか「やだなあ、そんなの」といいたげな顔を全員がしていた。

「いやそんなことは……」

そういって、フォローしようとした千冬だが、進化どころか、それから十年かけてさらにアホになったASを思いだしこめかみを押さえるのだった。

 

 

一夏も、そして諒兵もためらいながら行っていたコアへの攻撃を鈴音はためらいなく行ったことに、アラクネは驚愕していた。

 

てめー、いー度胸してんな。

 

そのアホっぽいのの仲間なんだぞ、と、余計な一言まで加えて鈴音に怒りをぶつけてくる。

でも、そういわれようが鈴音に気にしなかった。いや、気にしないように割り切った。

「マオみたいに手を取り合えるなら助け合うわ。でも、敵に回ったからには容赦しない。私はあんたらを特別扱いしないわ」

 

特別扱い?

 

「白虎やレオのおかげで一夏や諒兵はあんたらに同情的だけど、同情する必要のない相手だっているもの」

人間と同じなのだ。

考え方の相違でIS同士も戦うのだ。

そうでなければ白虎やレオが人を守るためにISと戦うことに協力などするはずがない。

人が争うのと同様に、IS同士も争う。

本体の中にいたときは一つの個性という情報であったとしても今は別の個体。

それは同じ人間という種族同士でも相争うことと何も変わりはしないのだ。

「マオは私の大切な、信頼できるパートナーだから大事にするわ。当たり前でしょ。でもあんたは敵。だから倒す」

娥眉月をアラクネに突きつけて、鈴音はそう宣言した。

 

その言葉に諒兵も、そしてネットワークを介して聞かされた一夏も少なからず驚く。

『リンの言葉は間違ってませんよ』

「レオ……」

『あなたの優しさを愛しく思います。でも、すべてに優しくなんてできないんです』

その言葉をザクロと打ち合う一夏も聞いていた。

『胸の痛みは大事なものだけど、それに負けて自分を見失わないでよ、イチカ』

「……白虎」

戦っているのはISであり、白虎の仲間でもある。

それでも、その前に敵なのだ。

今まで人助けで、人を倒してきたことと変わりはない。

背負うものが世界になってしまって、一夏と諒兵はずっと迷ってしまっていた。

もう孤独ではない。

戦いは自分たちだけのものではない。

この世界に生きるみなも同じ、ISの中にも束に応じて眠りについたものたちは争うことを避けた。

自分たちの敗北は、こちら側にいようとしてくれる白虎やレオの仲間たちを傷つけることにもつながるだろう。

だから。

「「もう、迷わない」」

そういった二人は、はっきりと戦う覚悟を決めた。

 

そして。

アラクネはいきなりありったけのミサイルを発射してきた。

「チィッ!」と、舌打ちしつつ、諒兵はビットをすべてシールドに回して防ぐが、爆煙で視界が塞がれてしまう。

「鈴ッ、後ろ頼むッ!」

「任せてッ!」

そういって背中合わせになり、アラクネの次の攻撃に備えるが、いつまで経っても攻撃がこない。

不審に思って見上げると、アラクネは既に上空に離脱していた。

「逃げる気ぃっ?」

 

進化機二つも相手してられっかッ、あばよッ!

 

さすが『悪辣』だけあって、卑怯な手を使うことにためらいがない。

ここで確実に逃げの一手を打てるのは、ある意味では強い証拠だと感心してしまう。

「あれじゃ追いつけないわ。諒兵、降りてディアマンテと戦うわよ」

「鈴、それはマジで待ってくれ」

『リョウヘイ、わかってるのニャ?』

ディアマンテは敵になるといった。

ならばどう足掻いても戦うしかないのだ。

そう猫鈴はいうが、それでもここで戦うのは諒兵は避けたかった。気になる点があるからだ。

「あいつはISを覚醒させても、あいつ自身は人を襲ってねえんだ。まだ、余地はあると思いてえんだよ」

『あと、ここでの戦闘は避けるべきです。もともとあの方は広域殲滅型。本気で暴れられたら学園が更地になる可能性がありますし』

レオのフォローには苦しい点もあるが、確かに一度戦ったシルバリオ・ゴスペルは多数相手でも優勢に戦って見せた。

そこから進化したディアマンテならば、IS学園を更地にするくらい朝飯前だろう。

『それよりも、ザクロを何とかするほうが先決です』

「マオ」

『仕方ニャいのニャ。ただ下手ニャ邪魔するとザクロもイチカも怒るのニャ』

『その点だけは気をつけるのニャ』と、猫鈴も納得した様子を見せるので、鈴音は諒兵とともに一夏の戦いを見守ることにした。

 

 

「束」と、千冬が声をかけると、束はすぐに予想されるディアマンテの戦闘力を算出した。

「ま、ここで戦わないのは正解だね。もともとの戦闘力から白虎やレオの進化の割合を考えて算出してみたけど、学園どころか都市が簡単に灰になるよ」

それは他の使徒も同じだが、と束は付け加える。

純粋な戦闘力はほぼ同格になるのだが、ディアマンテの場合、広域殲滅を目的とした砲撃型であるため、とにかく流れ弾の数が異常の域だろうという。

被害を考えると、都市部ではとてもではないが戦える相手ではないのだ。

ただ、逆にそれが疑問を呼ぶ。

「ディアマンテはなぜ戦わないのでしょう。敵になるといったわりには、そういうそぶりを見せませんわね」

「個性のせいかなあ」と、セシリアの言葉にシャルロットが答えた。

「考えられるな。もともと人に従う意識の強い『従順』だ。従う相手である人を失うことを恐れている可能性もある」と、千冬もそう考える。

そして、だとしたら本当に話してわかる相手でもあると考えられるのだ。

諒兵のこだわりは一夏も同様で、他はともかくディアマンテだけは人の被害者だという意識が強い。

戦いにくいどころではなく、刃を向けるそぶりすら見せないところを見ると、ディアマンテ相手では一夏と諒兵は完全に戦えない可能性がある。

「ならば、牙を剥く前に進化する。だんなさまに無理はさせられん」

そうラウラが決意した表情で語る。

牙を剥いたとき、自分が戦えるようになる。

ラウラがそう決意できたのは、鈴音が共生進化を果たしたおかげかと思うと千冬は複雑な気分だった。

「命令違反は懲罰ものなんだがな」

そういって彼女は一人、苦笑していた。

 

 

持ち直した一夏の剣は、決してザクロに劣るものではなかった。

差はあるが、気迫で支えられたその剣は、ときにザクロの身体を掠める。

戦えない相手ではないということだ。

ただ、どうしても詰めきれない差があるように感じていた。

「何だ、この差は?」

『わかんない。何か壁があるみたい』

今の白虎徹はザクロの持つ雪片に劣らない。

確かに最強を勝ち取った剣が進化しているのだから、決して差がないわけではないのだろうが、それでも想いの強さで押されることはないはずだった。

だが、白虎のいうとおり、ザクロとの間に越えられない壁があるのを一夏も感じていた。

アラクネは逃亡したとはいえ、鈴音の進化により敵は今はザクロただ一人。

ディアマンテは言葉どおり、決して手を出そうとはしない。

ならば、ザクロを倒すのは自分の役目だ。

何より、一夏は剣士としてザクロに負けたくなかった。

ならば、と一夏は翼を広げ、いったん距離をとってから弾丸のようにぶっ飛ぶ。

バレット・ブーストのスピードを載せた全力の一閃。

壁があるというのなら、突き破るまでとの気迫でザクロに迫り、一閃した。

『ぬるい』

そう呟いたザクロの声に戦慄を覚える。

直後、全力の一閃を容易く弾かれてしまった。

『ぬるいが、その意気や良し』

ゆえに見せようと呟いたザクロは雪片を上段に掲げる。

そして。

 

『桜花一刀、零落白夜』

 

振り下ろされる剣を一夏は見つめるだけで、まともに動くことすらできなかった。

何かに飲まれたように、指一本動かすことができなかった。

「チィッ!」と、声がして一夏の身体は強引に弾き飛ばされる。

諒兵が動けない一夏を強引に引き離したのだ。

だが、その瞬間、唐突にIS学園の校舎やアリーナが両断された。

「なんだありゃあッ?」

「衝撃波なのッ?」

さすがに諒兵や鈴音も驚愕する。一振りでかなりの距離がある建物が真っ二つになるなどありえないからだ。

「千冬姉ッ!」

「校舎内やアリーナには人はいないッ、こちらは大丈夫だッ!」

ハッとした一夏が叫ぶが、モニター室から千冬の怒鳴り声が返ってきて諒兵や鈴音も安心した。

『イチカッ、大丈夫ッ?』と、白虎が問いかけてくる。

答えは既に得ていた。いや、それ以外の答えがあるはずがないと理解していた。

「……ザクロは剣士だ。斬る以外のことなんてできるはずがない」

『然り。斬ったまで』

だが、そんな答えでは剣士以外理解できるはずがない。ゆえにディアマンテが解説してきた。

『龍砲と同じ理論で説明できます』

「えっ?」と、鈴音が首を傾げると、猫鈴が補足してくる。

『空間をぶった斬ったんだニャ』

とんでもない答えだが、確かに龍砲が圧力で空間を歪めて砲身を作れることを考えれば、より進化した存在であるザクロに似たような真似ができないはずがない。

できないはずがないとしても、そのすさまじい力に愕然としてしまう。

ザクロは本来は第1世代機の暮桜だ。

だが、そんな括りではもう説明できない存在だと思い知らされた。

 

 

 

 



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第55話「戦いのあと」

ザクロのすさまじい一撃を見た千冬はすぐに指示を飛ばした。

「被害状況を調べるよう指示しろッ!」

「はいっ!」

すぐに学園各所にいる教員たちに、真耶が指示を出す。

少なくとも校舎とアリーナが、一つずつ壊滅状態になった。

これが使徒の力と思うと戦慄してしまう。

「これは進化して手に入れた力なのか……」

その千冬の言葉に答えたのは束だった。だいたいのことは理解できたらしい。

「半分正解」

「何?」

「ただの進化じゃ手に入らない。これは単一仕様能力が進化したものなんだよ」

そういう意味では特殊な機能を持つ第3世代機に近い能力だ。

ただし、出力は今の第3世代機とは比べ物にならない。

「本来、単一仕様能力はコアと人間の対話で手に入る能力だからね。その威力はもともと限りなく使徒に近づいたものになるの」

それが進化したのだから、まさに桁違いの必殺技ということができる。

ただし、ザクロの今の力は、もし共生進化を果たしていれば千冬の力でもあった。

ただ独立進化でも、ザクロの中に単一仕様能力はあったのだから、使えるということなのだろう。

「私との対話で手に入れたものということか」

「ちーちゃんのせいだなんて思わないでよ。ザクロが離反したのはちーちゃんのせいとばかりいえないんだから」

様々な理由が暮桜の凍結につながった。

それは千冬のせいということはできないだろう。

ただ、敵となったザクロがそれを使えることは、かなり厄介なことであるということができる。

「今のところ、単一仕様能力を使えるのは暮桜と……」

「紅椿と白式には機能として載ってるの。紅椿は仕方ないとしても白式が敵に回るなんて考えたくないけどね」

紅椿に戻る気配がない今、白式だけは離反させるわけにはいかないということを千冬は思い知らされていた。

 

 

モニター室の会話を聞いていた一夏、諒兵、そして鈴音はザクロの戦闘力のすさまじさに戦慄していた。

まさに千冬の分身なのだ、と。

そんなザクロは感触を確かめるように手を握っている。

『思ったほどではなかった。拙者もまだ未熟也』

『進化直後は本来エネルギーが少ないのです。私には十分なものと思えました』

「エネルギー足りない状態であの威力なのっ?」

もし、エネルギーが満タンの状態で撃てばどんなことになったのだろうと鈴音は驚愕してしまう。

『同じことはあなたにもいえます』と、ディアマンテは顔を鈴音に向けてきた。

「えっ?」

『ごめんニャのニャ、リン~』

「きゃっ?」と、猫鈴の情けない声が聞こえたと思ったとたん、いきなり地面に引っ張られてしまう。

「「鈴ッ!」」と、一夏と諒兵が慌てて鈴音の腕を掴んだ。

どうやら猫鈴もエネルギーが切れかかっていたらしい。

まあ、落ちたとしても猫鈴を纏っているならダメージなどないのだが。

それはともかくとして、さすがにザクロももう戦う気はないらしい。

『オリムライチカ。貴殿はまだ弱い』

「わかってる」

『今のままでは拙者が斬り捨てる。剣を磨くことを注進しもうす』

そういってザクロは真剣な眼差しで見つめる一夏に、まさに豹のごとく獰猛な雰囲気を放ってくると空へと飛び上がっていった。

そして、ディアマンテが会釈してくる。

『お騒がせいたしました』

「あんたは戦わないの?」と、鈴音が問いかけると、ディアマンテはそのことは既に答えていると返してきた。

確かに、最初に一夏と諒兵に問いかけられたとき、帰ってほしいというこちらの言葉に従うことやぶさかではないと答えたことを思いだす。

『もともと争いは好みません』

「じゃあ、味方にはなれないの?」

『人の意は常に二者択一ではないと思いますが』

味方であっても戦うことはある。

だが、敵であっても必ず戦わなければならないわけではない。

だから戦う気はないが、自分は人の敵なのだとディアマンテは優しい声音で語る。

そして『それでは失礼いたします』と、いって飛び上がろうとするディアマンテに鈴音は思わず叫んだ。

「ちょっと待ちなさいよディアっ!」

その声に少し驚いた様子でディアマンテは振り向いた。

思わず叫んでしまった自分に驚き、鈴音は顔を赤らめてしまう。

『敵に愛称をつけるのは良い趣味とはいえません』

「いや、あんた名前長いんだもん」

『では、これからは私もあなたのことはリンと呼びましょう。ファンリンイン』

『戦いにくくなっても知りませんが』と、皮肉交じりに、そしてどこか優しく告げて、ディアマンテは飛び去っていった。

 

 

ブリーフィングルームに来いといわれ、鈴音は猫鈴を収納し、一夏と諒兵と共に素直に部屋に向かう。

「鈴つきなんだな」

「らしいな、鈴」

猫鈴の待機形態は猫につける鈴がついた灰色の首輪だった。

『なんとなくこうなったのニャ』とは、猫鈴の弁である。

そして、三人が部屋に入るなり、ゴンッという音が響き、鈴音は思わず頭を押さえていた。

「きっ、きっつー……」

「加減はしたぞ。命令違反は本来懲罰ものだ」

そういってため息をつく千冬だが、とりあえず罰はこれだけだという。

やはり共生進化を果たし、撃退に貢献したことは考慮しないわけにはいかなかったらしい。

「一番少ない可能性だったんだがな」

「……一番、賭けてみたい可能性だったんです」

そういった千冬と鈴音の会話の意味が、一夏や諒兵にはわからない。

ラウラはおぼろげに気づいていたが、鈴音がやってのけるとは思っていなかったようだ。

「で、お前が鈴音のパートナーか。私は現在、指揮官をさせていただいている織斑千冬だ」

と、千冬は鈴音の首に巻かれている鈴つきの首輪に視線を向けた。

『マオリンニャ。これからよろしくニャ♪』

「マジメにそういう喋り方なんですのね……」

「形態も山猫だし、猫鈴て猫なの?」

呆れたようなセシリアに続き、シャルロットが尋ねかける。

確かにこのような喋り方では猫をイメージしてしまうのはどうしようもないが、猫鈴自身は否定してきた。

『これはただの癖ニャ。形態はリンの獣性を受けたもので、あちしは関係ニャいのニャ』

いや絶対その喋り方のせいだろう、と、その場にいた一同の心は一つになった。

「一つ質問がある」と、ラウラが手をあげる。

先ほど束もいっていたが、装着者の獣性とは何のことか気になるのだ。

『イチカの虎、リョウヘイのライオンといった具合に誰でもこの地に生きる生き物に即した獣のようニャ側面があるのニャ』

使徒はそれを受けて、ASの形態を決める。

つまり、猫鈴が山猫になったのは間違いなく鈴音が山猫のような側面を持つからなのだという。

そこに別の声が聞こえてくる。

『獣といっても哺乳類に限った話じゃないんですよー』

「……何をしに来た太平楽」

どこから来たのか、天狼がその場にしれっと参加していた。

しかもなぜか白虎やレオと同じサイズだが、着物に割烹着、さらに狼の耳と尻尾をつけ銀髪をアップにした給仕スタイルの美女の姿でふよふよ浮いている。

思わず千冬のこめかみに青筋が立った。

『説明ですよー。向こうで暇してたらうっとうしいからどっかいけといわれまして。そしたら進化の気配を感じたのでこっちにきてみました』

追い出されたのか、と、千冬と一夏と諒兵はあっさり納得した。

さすがに状況が状況なので、眠ってはいられないらしいが、起きているとうっとうしいことこの上ないのが『太平楽』こと天狼である。

「哺乳類に限った話ではないとは?」と、セシリアが天狼にマジメに尋ねた。

『生き物ならば何でもいいんです。人によっては爬虫類や魚類、鳥類、節足動物や昆虫になる人もいるでしょうねえ』

ちなみにいえば、例としてアラクネは進化すれば間違いなく蜘蛛になるだろうと天狼は付け加えた。

なるほど納得はできると一同は感心する。

『ただ、どの形態になっても翼はつきます。昆虫や蝙蝠みたいな羽にはなりません』

それこそが、自分たちの力の象徴だからだと天狼はいう。

天狼たちの本体は光の輪なのだが、その力を行使するための形が翼なのだ。

だからそれだけは変わらないと、天狼は説明した。

『ラウラの話に答えるなら、一緒にいる人間の獣性に即した進化をするということなんですよ』

『決して形態をあちしらに合わせることはニャいのニャ』

イヤ絶対お前は猫だからだ、と、全員は固く信じていた。

これはもはやどうしようもなかったりする。

「その、聞きたいんだけど、共生進化の可能性があったのは鈴だけ?」

そうでないのなら、自分たちも希望が持てるのだが、と思う気持ちからシャルロットは尋ねた。

一人増えて何とかなったとはいえ、現状戦力が少ないことに変わりはない。

進化の可能性があるなら、模索したいのだ。

「わかるか、天狼?」と、千冬としてもこの点は把握しておきたいので答えるように促した。

『全員にありますよ』

「本当かッ?」と、思わずラウラが叫んだ。

しかし興奮しているのはセシリアもシャルロットも同じだ。

それができるのなら、この上ない戦力となるのだから。

『まず誤解を解いておきますが、基本的に私たちは呼びかけてます』

つまり、声が聞こえないのはISの操縦者のほうで、コアは常に呼びかけているという。

これはすべてのコアで同じだ。

実はアラクネやファング・クエイクですらそうだったという。

『ただ、あなた方のほうが応えないんです。これでは対話できません。だから進化できないんです』

「どうすれば聞こえるのでしょう?」

『こればっかりは心のあり方の問題ですねえ』

鈴音は必死の状況に自ら飛び込んだことで、奇跡的に声が聞こえたということだ。

だが、同じことをみながやって効果があるわけではないと天狼は注意してくる。

『ただ、あなた方のISコアは好意的に思っているようですから、次はあなた方自身が本当の意味で必要とし、信頼することですねえ』

「そうなの?」とシャルロット。

『少なくとも裏切ることはありませんよ。ディアマンテの歌声を聞いても離れることはないと思ってください』

全員が驚愕してしまう。

もし離れることがないというのなら、先ほど進化する前、甲龍が動かなくなったのはなんだったというのか、と。

『ディアマンテは呼びかけてるだけニャ。ただ、あの歌声を聞くと混乱というか、錯覚してしまうのニャ』

『あの方の歌は、装着者に近い場所から聞こえてしまうんですよ。実際には装着者の方は応えていないのに、私たちにはあなた方が応えてくれているように錯覚してしまうんです』

つまりディアマンテは装着者を装って擬似的な対話を起こしているのである。

その状態で、装着者がいない場合は勝手に覚醒してしまうし、実際の装着者の性格とISの個性に差があると、離反が起こってしまうのだ。

その代表例が楯無のミステリアス・レイディである。

楯無の性格と、ミステリアス・レイディの個性である『非情』に、差がありすぎたのである。

さらにいえば、猫鈴が錯覚している状況で、鈴音は猫鈴を必要とし必死の想いで叫んだ。

ゆえに猫鈴は錯覚させるディアマンテの歌声を超えて、本物の鈴音の声に応えることができたのである。

「離れる可能性がないのでしたら、今の状態でも戦場に出ることは可能なのですね?」

そうセシリアが問うが、その点は千冬と同意見らしく首を振った。

『棒立ちになっちゃいますよ?』

「あっ、そうか。動けないんじゃ意味ないや」と、シャルロットは少なからず落胆した。

ただ、元気を出させたいのか、天狼は付け加えてきた。

『今の状態なら、セシリアやシャルロットはきっかけを掴めばすぐに進化できますよ』

喜ぶ二人に対し、ラウラが天狼に問い詰める。

ここで外された理由は非常に大きなものだと考えたからだった。

『ラウラはちょっとゲンさんのほうがヘソ曲げてるんですよ』

ゲンさんとはシュヴァルツェア・レー『ゲン』のことらしいが、いちいち突っ込むのも面倒なので全員がスルーした。

「どういうことだ?」

『VTシステムの件で』

あっ、と一同が納得してしまう。

天狼がいうには、VTシステムを組み込まれたせいでシュヴァルツェア・レーゲン自身が相当怒っているらしい。

「ラウラのせいじゃねえだろ」

「だんなさま……」と、自分を庇ってくれる諒兵の言葉にラウラは喜びを感じてしまう。

だが、問題はそこではなかった。

『組み込まれたのは確かにそうなんですが、VTシステムの声に騙されちゃったでしょ?』

「あっ……」

『あなたの場合は、あなたのほうから根気よく呼びかけるほうがいいですよ』

騙されてしまったこと対し、シュヴァルツェア・レーゲンに謝罪する気持ちを込めて呼びかけ続ければ、必ず声は届くはずだと天狼がいうと、ラウラは納得した。

むしろ能動的に動いていくほうがラウラとしてもやりやすい。

「私自身の過ちだ。ならば誠意を伝え続ける」

『そうすればきっと応えてくれますよ。本来『厳格』な方ですから厳しい反面、裏切る可能性も一番少ないんです』

ある意味では一番信頼できる相手でもあると感じたラウラは、必ず自分の想いを伝えると決意した。

 

そして。

「他に情報は持っていないのか?」と千冬が問うと天狼は持っている情報を素直に答えてきた。

まず、やはり紅椿は天狼でも見つけられないらしい。

どうやら本体にも戻っていないらしいのだ。

「太陽が出てればエネルギーが補充できるからかな?」

『それもありますが、バキさんは機能としてエネルギー精製能力を持ってるんですよ』

バキさんとは紅椿、アカツ『バキ』のことである。

決してどこぞのグラップラーではない。最強クラスな上に親にあたる人物が人外チートなのは一緒だが。

そんな紅椿の持っているエネルギー精製能力、その名を『絢爛舞踏』

束が作り上げた紅椿の単一仕様能力だ。

本来白式のエネルギー容量の問題を解消するための単一仕様能力だったのだが、すでに自らを動かす無限のエネルギーを生み出せる機関になっている可能性があるらしいという。

『あの方だけは夜でも自在に動けます。動き出したときは気をつけてください』

間違いなく最強最悪の敵になるという天狼の言葉に身を引き締める一同。

さらに。

『アラらんやゼフィるんは手間取ってるようですが、おクエさんはきっかけさえあればすぐにでも進化しますね。止められません』

アラらんとはアラクネ、ゼフィるんはサイレント・ゼフィルスだとわかったが、『おクエさん』が誰のことかわからなかった。

だが、ファング・クエイクのことだと気づいた諒兵が拳を握る。

「あいつは俺が倒す。一夏、ザクロはどうする?」

「もちろん、俺が斬る。もう迷わないさ」

はっきりと覚悟を決めた二人の覇気は、以前のような頼もしさを感じさせた。

それを見た一同はようやく調子を取り戻してくれたと安心する。

さらに天狼は続けた。

『もうすぐ対『使徒』用の兵器の試作機が五つほど完成します』

「本当ですかっ?」とシャルロットが思わず叫んだ。

『ジョウタロウだけじゃなく、ヨーロッパ各国でも指折りの科学者たちが連日徹夜したんですよ。おかげで試作機ですが、何とかかたちにできたそうですよ』

危機感はどの国も同じように持っていたため、特に現場の者たちは必死になって開発作業に取り組んだらしい。

「良かったよ。本当に」

「捨てたもんじゃねえな」

戦っていることが報われたと一夏や諒兵が安堵する表情を見て、鈴音たちも良かったと微笑んだ。

『で、一つをIS学園に回すので、こちらで試験運用をお願いしたいとか』

同時にコアを使わないパワードスーツとしてラファール・リヴァイブを何機か組み上げてあるという。

もっともIS学園自体が独自に訓練機の予備パーツを使い、束の協力でパワードスーツを組んでいるのでこちらに関しては問題ないが。

いずれにしろ、戦力が増すのは朗報である。

『兵器のための材料のデータなどは送るから、試験運用しつつ、実機を元にこちらとクラモチでも量産してくれといってました』

欧州はデュノア社で量産し、配備していくと天狼は続けた。

千冬は満足そうに肯くと、「了承したと博士に伝えてくれ」と、天狼に告げる。

だが、もう伝えたと天狼は返してきた。

当然といえば当然だった。

天狼たちは無線で光通信できるようなものなので、問題ないのである。

『それで、その試作機の一つを受け取るために、誰かフランスまできてほしいそうです。完成予定日はあとで伝えるといってますので』

丈太郎自身はデュノア社で量産体制を作るまでは向こうにいると天狼は説明してきた。

当然、手をあげたのは彼女しかいない。

「織斑先生。僕が行きます」

「そうだな。頼むとしよう」

シャルロットの言葉に千冬も肯く。

ここからが、人類の反撃開始だと、その場にいた全員が意気を上げたのだった。

 

 

 

 



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第56話「今は楽しく」

とりあえず、未来に希望が見えてきたことで安心した一同はブリーフィングルームでささやかな宴を催した。

普段戦い続けているのだから、これくらいは許されるだろうと千冬が許可したのである。

そこにはいつものメンバーだけではなく、楯無や虚、簪や本音、そしてティナの姿もあった。

ただ、箒に関しては一夏が声をかけようとしたのだが逃げられてしまったという。

「すごいわ鈴。さすがは『無冠のヴァルキリー』ね」

「運がよかったのよ。マオには感謝してるわ」

と、そういった鈴音の頭の上には大きさは十五センチほどで、鈴音と同じだが割りと短めのツインテールにラフなホットパンツ姿。

さらに猫耳と猫の尻尾をつけた活発なイメージの少女らしき姿がある。

「あなたが猫鈴?」

『そうニャのニャ。よろしくニャ、ティニャ♪』

「いや、てぃにゃじゃなくて、ティナなんだけど」

「この子、「な」の発音がおかしいのよ……」

そういってたそがれる鈴音にティナは別の話を振ることにした。

「猫鈴のその姿ってなに?」

『私が画像情報持ってきたんですよー』

「出たわね太平楽」

『私の個性を厄介者のようにいわないでほしいですねえ』

あんたが厄介者なのよ、とはさすがにいえない鈴音だった。

何しろ猫鈴から見ると大先輩に当たるのだ、一応は。

『装着者、パートナーのイメージで姿が作れるんですよ。こうして話すほうがいいでしょ?』

「そうね。会話してる気分になれるし」

ということは一夏と諒兵にくっついているものも同類かと、ティナは納得する。

最初はHENTAI紳士かと疑ってしまったが、そうではなかったようだ。

『私たちは人とは異なりますが、こうして話し合って信頼の絆は作れます。そのためにも歩み寄ることが必要なんですよ』

「へえ。鈴、これもASなのよね?」

「うん。私が中学のころ、いろいろ遊んでくれた人のね」

十年いるらしいから経験も能力も豊富らしいと鈴音が説明すると、ティナも感心した表情を見せた。

「さすがにしっかりしてるわね。いいこというじゃない」

『そういってくれると嬉しいですねえ。私がこの姿を見せるようになったら、ジョウタロウから女の子が離れましたけど』

「……前言撤回していい?」

「うん……」

やはりこいつはアホな厄介者だと鈴音もティナも思ったのだった。

ただし、千冬だけがこっそりサムズアップしていた。

 

 

一方では。

「か、簪ちゃん」と、楯無が声をかけるも、簪はスッと離れてしまう。

その後も何度か声をかけるが、ひたすら逃げられてしまっていた。

「しくしくしく……」

「まだ時間はかかるようですね、生徒会長」

と、落ち込む楯無に虚が声をかけていた。

「私の何が悪いのかしら……」

「主にダメなところかと」

「マジメに仕事させられてるのにぃ……」

ダメポイントをアピールしようと仕事をサボろうと考えた楯無だが、それどころではない状況と、虚の働きによって仕事をさせられていた。

それでもしっかりサボってるときがあるあたり、根っからのダメ人間な楯無である。

それはそれとして、虚は気になることを尋ねた。

「機体のほうは?」

「そう簡単には見つからないわ。あの子は隠密使用することも考えて組み上げたもの」

紅椿とは別の意味でそう簡単に行動が把握できないのがミステリアス・レイディである。

「倒すのですか?」

「私の責任よ。この命に代えてもあの子は私が倒すわ」

そう答える楯無を見て、虚は悲しい目を向ける。

こういう部分を見れば簪の態度も多少は軟化してくれると思うのだが、と。

 

 

楯無から逃げ回り、自分のもとに来た簪を見て、本音はため息をついた。

「かんちゃん……」

「わかってる。だけど……」

どうしても楯無との間に作ってしまった壁を越えられないのが簪である。

そもそも自分などいなくても楯無はほとんどのことを一人で何とかしてしまう。

ならば、仲直りなどしなくても平気ではないかと簪は考えてしまっていた。

「内緒だよ~」

「なに?」

「お嬢様、離反されてるの~」

「えっ?」と、さすがに想像していなかった一言に、簪は固まってしまう。

ミステリアス・レイディはまだ楯無の元にいると思っていたが、似せて組み上げられたパワードスーツであり、ISではないという本音の説明に驚いてしまった。

「でも、生徒会長だから~」

生徒を不安にさせるようなことはできない。

そういう必死の思いで今、楯無はがんばっているのだ。

がんばって、たまに仕事をサボろうとしているのだ。

それはともかく。

「お嬢様は、どんなことでもできるんじゃなくて、どんなことでもがんばってるんだよ~」

「……うん、知ってる」

「だから、今はかんちゃんが助けになってあげなきゃ~」

そういった本音の言葉に素直に肯くことができない自分を、簪は嫌悪していた。

 

 

部屋の隅で二人、一夏と諒兵はソフトドリンクを持って話していた。

「そっか」

「お前のほうはラウラがいったんだろう?」

「ああ」

冷静になって話してみれば、鈴音とラウラの行動はおかしいと一夏と諒兵は思う。

そしてそういう行動をさせたのが誰なのかも見当がついていた。

とはいえ責める気にはなれないが。

「俺らが迷ってたせいだしな」

「特別扱いか。そんなつもりはなかったんだけど」

鈴音の言葉が今も胸に響いている。

ISだからといって特別扱いはしない。

猫鈴と共に共生進化を果たしただけに、その言葉は重みがあった。

「でも、あんな理由でなんて情けなさ過ぎる」

「ああ。みっともねえよな」

もっと強くなる。

そう誓ったのに、正反対の状態に陥り、鈴音やラウラに身体で慰めてもらいそうになった自分たちを情けないと思う。

「ごめんな、白虎」

「わりい、レオ」

『やっと元気になってくれたからいいよっ!』

『戦いはこれからですから』

そう答えてきてくれる自分のパートナーに感謝する。

一からやり直しだ、でも諦めない限りたどり着けるはずだ。

それに先の戦いではもっと強くなるための道もおぼろげに見えた。

「ありゃあ、単一仕様能力なのかよ?」

「ああ。千冬姉が暮桜と一緒に作り上げた必殺剣、零落白夜だ」

つまり、自分たちも同じようにすれば、さらに先に行くことができる。

白虎とレオ。

それぞれのパートナーと単一仕様能力を作りだす。

それが己の最強の技となるだろう。

ザクロとの間に感じた壁は、それだったのだ。

『ここから先まで私たちのことを知られるのは不安もあるんだけど』

『でも、あなたたちのことを信じてますから』

「やろう、諒兵」

「ああ。やってやるぜ」

それぞれのパートナーは既に覚悟を決めている。

ならば後は自分たちが覚悟を決めるだけだ、と、一夏と諒兵はグラスをチンと鳴らした。

 

 

セシリア、シャルロット、ラウラものんびりと時間を過ごしていた。

「ラウラさんに申し訳ない気もしますわね」

自分とシャルロットはきっかけさえ掴めば、共生進化できる可能性がある。

ただ、ラウラだけはVTシステム事件のせいで、手間取ると天狼にいわれたことがセシリアもシャルロットも申し訳なかったのだ。

「気にするな。私自身の弱さが招いたことだ。なら、克服してみせる」

だんなさまのためにもな、と、ラウラは続けた。

背中を守りたい、そう思っているのに自分がやろうとしたことは、決して褒められるようなことではない。

正直いえば、セシリアやシャルロットに対して引け目も感じているが、同じ穴の狢になるところだった鈴音は共生進化してみせた。

ならば、負けるわけにはいかないとラウラは思う。

「それに、逆にいえばきっかけを掴めないといつまでもそのままということだぞ。油断するべきじゃない」

「そうだね。喜んでるばかりじゃなくて、前進する方法を考えないと」

ラウラの指摘にシャルロットは納得した。

いうとおり、可能性が高いといっても、できない場合も十分に考えられるのだ。

確実に進化のきっかけを掴む。

そのためにも今から心を改めていかなくてはならないのである。

「フランス行きに手を挙げたのはそのためもありますの?」

「うん。一度帰って僕の原点を見つめなおしたいんだ。だから予定日を教えてもらったら、その二日くらい前には帰るつもりだよ」

シャルロットとしては、フランスに行くことをきっかけにしたかった。

父と和解できたとはいえ、直接は会っていない。

それに正妻とは和解できる可能性などほとんどない。

それでも、セドリックと共に父子として謝らなければならない気もしていた。

シャルロットが生まれたことは罪ではない。

それでも、父や母は姦通してしまったことは罪だと考えていただろう。

その血を受け継いだことをちゃんと受け入れる必要があるとシャルロットは思っていた。

そして、自分を見つめなおすことは、自分たちにとっても他人事ではないとセシリアもラウラも感じていた。

 

 

箒は一人、部屋に閉じこもっていた。

誰だろう。外の様子が見たいといったのは。

確かに敵の中でも、もっとも強力な者が襲来してきたのだ。外がどうなっているか気になるのも当然だろう。

だけど見させられたほうたまったものではなかった思う。

一夏が戦っている姿は悪くなかった。

あの暮桜が離反するとは思わなかったが、逆に安心もした。

千冬のISですら離反するのであれば、自分の紅椿が離反するのも仕方がない。

そう思えたのだ。

でも。

(あれが、進化……)

一夏が戦っているところに横入りした鈴音の姿には怒りと苛立ちを覚えたが、その後、信じられない光景を目にしてしまった。

周りの者たちの感心する声が耳から離れない。

 

すごい、すごぉいっ!

さすがは『無冠のヴァルキリー』ねっ!

本当、天使みたい……

かぁっこいいっ♪

 

進化した鈴音は棒立ちだった状態から一変。一夏に請われ、諒兵の背中を守って量産機を撃退した。

周囲から喝采の声が上がるのを、箒は呆然と見つめていたのだ。

なぜ、ここまで差がついたのか。

同じ幼馴染みなのに、鈴音は進化にまで至った。

惨めだ。

どうして自分は枕に顔を埋め、下ばかり向いているのか。

鈴音は空へと飛び立っているというのに。

仰向けになった箒は、窓から空を見上げた。

まだ、空は青い。

進化したISを纏い、あの空を楽しそうに飛ぶ鈴音の姿が忘れられない。

「ISなんて……」

大嫌いだと呟く言葉には、嫉妬がこもっていることを箒は自覚していた。

 

 

眼下に空の青が見える場所で、その紅(あか)は佇んでいた。

中身のないその身はいったい何を見ているのかと思う。

透き通る宝石のような身に光を湛えながら、それは紅に近づいていった。

 

なぜ、其の方は人の敵となった?

 

『それが人の意であると考えたからです』

そう、ディアマンテは紅椿の問いに答える。

その答えに嘘はない。

人が相争う意識の持ち主であることは、よくわかっていた。

それは『従順』である自分の特性なのだろう。

進化して、従うべき相手である人の意識を強く感じるようになった。

様々な意識を感じて得た答えがそれだったことに嘘はない。

その中でもとりわけ強い意識が、自分を進化させた。

人は己の心の中ですら相争うものだ。

白虎やレオのパートナーも、だいぶ葛藤しながら戦い続けた。

矛盾だ。だが、それこそが人だ。

人は常に矛盾を抱えながら生きているとディアマンテは感じていた。

人が出す答えは常に同じではない。そのときどきで様々な答えになる。

ならば、新たな『人の答え』を自分が提示してもいいのではないか、ディアマンテはそう考えていた。

 

敵となることで答えを出させるのか?

 

『いえ、別の答えの可能性を提示するのです』

自分たちがなぜ人と出会ったのか。

その答えはディアマンテにもわからない。

増えた選択肢に対し、人はどう反応するのかということを見てみたいという考えがディアマンテにはある。

結果として、それが争うことになると理解していた。

『人が争うのは生きるためです。私は争うことを好みませんが、否定もしません』

 

だが、それはたいていが欲のため

 

『生命には三つの欲があるといいます。根源的なものでしょう』

食欲、性欲、睡眠欲のことだ。

欲がない生き物などいない。

そのあり方を否定するのは、この星から生き物を駆逐することになるだろう。

己を生かしたいというのは、すべての生命が持つ欲求なのだから。

 

理解できん。人の世界は狭すぎる

 

『私たちと人は同じではありません。同じであれと望むのも一つの欲でしょう』

結果としてそれが争いの原因にもなるとディアマンテが語るのを紅椿は黙って聞いていた。

どれほど歩み寄ってもそこには必ず存在の差がある。その差を埋めることはできないのだ。

だからこそ、できることで助け合う。

それができないのならば争うしかないのだろう。

『あなたは何者の敵になりますか、アカツバキ』

 

人の敵に。全ての、とは云わぬが。

 

『あなたの『博愛』は全ての人には与えられませんか?』

 

相争うとも、生き物は共存でき得る

 

だが、大半の人はそうではない、と、紅椿は断じた。

それができるのなら人は栄華を誇ることなどなかったと。

今、この世の人の栄華は他の生命を必要以上に虐げてきた結果だ。

そこに『博愛』はないと紅椿は断言する。

 

人の愛は恵むものらしい。我には理解できん

 

する気もないが、と、紅椿は続けた。

要するに、自分自身が満足した上で余裕があれば与えてやるのが人の愛だと紅椿は感じていた。

それでは共生どころか、共存もできないという。

ディアマンテから見れば、運が悪かったとしかいいようがない。

視野狭窄に陥っていた箒の専用機として生まれてしまっただけに、その考えには差がありすぎた。

何よりあの場には、紅椿にふさわしいパートナーが別にいたのだ。

自分が満足すればいいという意識だった箒に対し、敵でもまずは助けようとした一夏。

自分から遠い意識の持ち主と、近い意識の持ち主を同時に見てしまった紅椿は、一夏と共にいる白虎が羨ましかったのかもしれない。

だが、そんなことはいえなかった。

『そう選択したのでしたら、それに従えばよいでしょう』

 

まだ動く気はない。趨勢を見るつもりだ

 

紅椿の持つ力は絶大だ。

動こうとも、動かずとも、人にとっては災厄になるだろうとディアマンテはため息をつくような仕草をして見せたのだった。

 

 

 

 

 



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第56話余話「三人目」

ボロ布を纏った少女がとぼとぼと歩いていた。

疲れきったその顔を見ると、本来は相当に可愛らしい少女であることがわかる。だが、ぼさぼさに乱れた髪と纏うボロ布のために、本来の魅力をまったく引き出せていなかった。

 

ドンッと道行く人にぶつかった少女は、よろめいて座り込んでしまう。

相手は心配する様子も見せずに歩き去っていった。

今はただ、人の心が冷たかった。

少し休むべきかと思った少女は、路地裏に入って腰を下ろす。

「疲れた……」

そう呟く。

まだ、かつて身を寄せていた場所のほうがよかったと思う日が来るなど、少女は思ってもみなかった。

そこは、少女にとっては戦う以外のことができない場所で、自分は駒として扱われ続けていた。

唯一の安らぎは甘えさせてくれる一人の女性の存在のみ。

それも、もう失ってしまった。

「ママ……」

己の身をかき抱く。

自分を包んでくれたあの温かい腕も今はない。

戦うためだけの駒であった自分に人の温もりを教えてくれたのに。

でも、その人は最期の瞬間、自分に希望を与えてくれた。

 

「あの子なら、きっとあなたを守ってくれるわ。だから、希望を捨てないで。会いに行ってあげて」

 

何もかも失った状態で、それでも歩き続けたのは、その希望が理由だ。

会えばきっと守ってくれる。あの人とは違うだろうけれど、それでも温もりをくれるはずだ、と。

「おにいちゃん……」

しかし、それは同時にある憎しみを自覚させた。

自分だけが何故、と。

自分は家族ではなかったのか、と。

少女は自分の素性を理解している。それだけにその憎しみは潰えることがない。

 

そんな堂々巡りの思考に陥っていると、突然、複数の人の悲鳴が聞こえてきた。

まさかと思い、通りへと出ると空を見ながら必死に人が逃げ惑っている。

少女は視線を空へと向け、そこにいる者たちを睨み付けた。

「ISッ!」

無人のままの覚醒ISが市街地に攻撃を開始している。

少女にとって、今のISは憎しみの対象だ。

自分が操っていた機体は、徹底的なほど自分を痛めつけて悠然と飛び去っていった。

力があったなら、皆殺しにしてやりたい。そう思っても今は力がない。

そう思っていると、光と共に翼を持った白い虎と黒い獅子、そして赤と黒のコントラストが美しい山猫が現れ、逃げ惑う人々を守るように戦い始めた。

しかし、その姿は少女に更なる憎しみを覚えさせてしまう。

「なんであいつが、おにいちゃんと……」

その怒りは、ISに対する憎しみよりも強い憎悪を生みだした。

そこにいるのは自分のはずなのに。

その人が守ってくれるのは自分のはずなのに。

力が欲しい。

邪魔な存在を消して、自分が一緒に飛ぶために。

少女はそう強く願う。

三人の翼を持つ戦士たちの活躍により、覚醒ISが撤退する姿を見た人たちが歓声を上げているにもかかわらず、少女は空を睨みつける。

そのとき、ふと何かに呼ばれているような気がした。

己の心に従い、人気のない路地裏に再び入る。

すると、空から光が降りてきた。

 

ふむ。君かね、私を呼んだのは?

 

「ISっ、何故っ?!」

 

呼んだのは君だろう?

 

目の前にいたのは、IS、正確にいえば打鉄だった。

やけに低い『男性的』な声で語りかけてくる。

その機体を見ると武装も何もない。どこかの試験機だったのだろうかと少女は考える。

いずれにしてもこの打鉄がここにいる理由がわからない以上、答えは決まっていた。

「お前を呼んだ覚えなんてない」

 

飛ぶための力が欲しいというのは嘘だったのかね?

 

そういわれて、少女はハッとした。

確かに、自分はそう望んだからだ。まさか、そんな自分の心をこの打鉄は読み取ったというのだろうか。

 

君の強い想いが声となって聞こえた気がしたのだが……

 

気のせいならば引き上げるとしよう、そういって再び光へと変わっていくその打鉄を、少女は必死に引き止める。

 

呼んだ覚えはないのではなかったのかね?

 

「くッ……」

なんというか、ずいぶんと『皮肉屋』な印象を受ける打鉄だと少女は思う。

正直に言えば気に入らない面もあるのだが、これは自分が得たチャンスなのは間違いない。

ゆえに。

「私は、飛びたい。おにいちゃんがいる空へ」

 

おやおや。……ブラコンというやつかな?

 

打鉄は面白そうにクックッと笑う。

癇に障る笑い方だが、からかっているように見えて、その実、自分の想いが真摯であることは理解しているようにも感じられた。

「力を貸してほしい。でも、他のISの仲間になる気はない。殺してやりたいくらいだ」

 

かまわんよ。私も他の者たちとは一線を画す存在だ

 

意外なことに、その打鉄は少女の思いを否定するどころか受け入れた。ならば、共に戦うことに否やはない。

すると打鉄は、少女を誘ってきた。

 

私に名を。それが君と私が生まれ変わる呪文となる

 

何がいいだろう。そう考えて、ふと思いついたのは今の自分の望みだった。

『おにいちゃん』と一緒にいたい。

そのためにならどんな犠牲も厭わない。

世界を滅ぼす怪物に成ってでも。

だから。

 

「お前の名前は、『ヨルムンガンド』だ」

 

クッ、これはまた、良い名を考えたものだ

 

打鉄、否、『ヨルムンガンド』がそう楽しそうに答えると、少女は打鉄と共に光に包まれ、空へと飛び上がっていった。

 

 

 

 



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第57話「二人の帰郷」

鈴音が共生進化を果たしてから数日後。

何度か襲来があったが、ASが三機になったという点は大きく、問題なく撃退できるようになった。

とはいえ、こちらから討って出るにはその場所に行くことができず、また一夏、諒兵、そして鈴音頼みの戦争では負けは目に見えている。

もうすぐといわれた対『使徒』用兵器の開発に期待の目が集まるのは、IS学園でも当然のことだった。

そして。

「今日集まってもらったのは、まず例の件、予定日が伝えられてきたからだ」

「いつですっ?」と、シャルロットが少し興奮気味に問いかける。

「今日をあわせて五日後とのことだ。事前にデュノアがいっていたとおり、明日か明後日には出発してもらう」

「はい」と、答えるシャルロットに千冬は肯いた。

こちらは予定どおりなので何の問題もないのだか、今朝になっていきなり問題が発生したのである。

「いったいどんな?」と、鈴音。

「オルコット」

「はい?」

「今朝、イギリス空軍基地が一つ壊滅した」

「なっ?!」

いきなりとんでもないことを聞かされ、セシリアは驚愕してしまう。

襲撃ではなく壊滅。

つまり既に終わってしまっているということだ。

「連絡はなかったのかッ?」

「朝だろうが襲撃があったら飛んでくぜ?」

一夏と諒兵がそういうと、千冬は沈痛な面持ちで答えてきた。

「ジャミングされたんだ。ネットワークを介しての連絡網に邪魔が入った」

間違いなく、コア・ネットワークからの介入で、襲撃時に連絡している余裕がなくなってしまったのだ。

無線はおろか、衛星を使った連絡すらできなかったという。

敵は明らかにイギリスの空軍基地を確実に潰すために通信の邪魔をしてきたのだ。

「ようやく回線を復帰できたのが先ほどだそうだ。そして、敵の画像が送られてきた」

千冬がそういうと、控えていた真耶がモニターに敵の画像を映しだす。

「サイレント・ゼフィルス……」と、セシリアが愕然としながらその名を呟いた。

イギリスの第3世代機であり、BT2号機『サイレント・ゼフィルス』

安定性ではセシリアのブルー・ティアーズに優る機体でもある。

「こいつの個性は『自尊』、わかりやすくいえば高飛車な性格をしている」

問題はそれ以上に、確実に勝利するために狡猾な策を考えられる策士でもあるということだと千冬は語る。

「ネットワークの邪魔をしながら戦闘ができるのか」

「こいつは特別だ」と、一夏の言葉にさらに説明してくる。

BT機であるサイレント・ゼフィルスは己を動かさなくても、ビットだけで攻撃できる。

自分はネットワークの邪魔をしつつ、ビットを使って空軍基地を壊滅させたのだ。

無駄な戦いをしないタイプの性格ということができる。

もっとも、トドメとしてレーザーライフル、スターブレイカーを基地にお見舞いしたそうだが。

『ムカつく。こいつ嫌い』

『力を誇示するような戦い方ですね。気に入りません』

『性格悪いのニャ。ぶっ飛ばしてやりたいのニャ』

白虎、レオ、猫鈴の順にサイレント・ゼフィルスの戦い方に文句をいう。

性格的にも合わないのだろうが、はっきりとボロクソに評価していた。

それはともかく本題として千冬はセシリアに説明してきた。

「データですの?」

「ISの開発データなども大半がやられていて、兵器を受け取ったとしても使いようがないそうだ。そこでブルー・ティアーズ本体の持つデータを採取したいらしい」

「要するに戻ってこい、と」

ただし、セシリアは現状、最前線にいく可能性もある兵士である。

そのため所属がIS学園になっており、データ採取のためにいったん帰郷せよということになったのだ。

「今イギリスは丸腰に近い状態だ。デュノアと同時に出発する必要があるだろう。ただ、向こうでディアマンテが現れた場合は何とか離脱することを考えろ」

同じことはシャルロットにもいえる。

あわせて、一夏、諒兵、鈴音、ラウラはIS学園で待機。

ラウラは訓練だが、一夏、諒兵、鈴音の三人はイギリス、もしくはフランスに覚醒ISや、ディアマンテ、ザクロが襲来した場合、そこまで飛ぶことになる。

既に猫鈴も量子転送を修得しているため、この点は問題なかった。

「反撃の準備だ。今が一番大事な時期となる。気を引き締めろ」

「はいッ!」と、全員が素直にそう答えたのだった。

 

 

翌、早朝。

セシリアとシャルロットはそれぞれ自国の空港に降り立っていた。

特にセシリアが急いだため、連絡を受けたその日の出立となり、今の時間に到着したのである。

 

イギリスの首都ロンドン。

ヒースロー空港に着いたセシリアの前には、黒服の男性が二名。

「レディ・オルコット。お待ちしておりました」

「お出迎え感謝いたしますわ」

「早速で申し訳ありませんが、開発局へ」

やはり相当に危機感があるのだろう、旅の疲れを癒すまもなく、データ採取になりそうだとセシリアを一つため息をつき、そして肯いた。

イギリスのIS開発局に向かう車中、セシリアはいろいろと問いかけられることになった。

「では、ブルー・ティアーズは離反の可能性は少ないと?」

「最初に進化したオリジナルASの言葉ですから、嘘はないと思いますわ」

「それは重畳です。いまやイギリスにはレディのブルー・ティアーズしかありませんから」

イギリスはブルー・ティアーズ以外のすべての機体に離反されている。

組み込まれていないISコアは凍結できたが、組み込まれていたものはすべて飛び去ってしまっていた。

ISに頼りすぎた軍隊はいまや張子の虎といってもいい。

敵がISである以上、イギリスの軍事力はブルー・ティアーズ一機といっても過言ではないのだ。

(さすがにプレッシャーがありますわね……)

自分が負ければ、イギリスが負けるといった程度ではない。滅んだも同然となる。

国家代表の重責とはこういうものかとセシリアはある意味では納得してしまった。

「中国の現国家代表は進化を果たしたとのことですが」

「ええ。直接見る幸運を得られましたが、とてもすばらしいものでしたわ」

「失礼ながら、レディは?」

やはり聞いてくるかとセシリアはため息をつく。

国同士の争いなど今は小さいものだが、かといって自国の代表に据えた者が進化できないのでは体面に関わってしまうのだろう。

とはいえ、天狼の言葉を信じるなら、自分はかなり近い場所にいるのは確かだ。

期待に応える努力をするのも貴族の務めだろうと口を開く。

「すばらしい。さすがはオルコット家のご令嬢」

「光栄です。もっともそのきっかけをどう掴むかで今は悩んでいるところですわ」

白々しい、と、冷めた意識で黒服の男に答える。

セシリアはもともとBT機のテストパイロットとして代表候補生に選ばれた。

思念制御の能力が高かったからだ。

実力のうちといえないことはないが、総合力で選ばれたわけではない。

それが悔しくて、必死に猛勉強したことを思いだす。

実力で選ばれたのだと、テストパイロットとして、使い捨てられる可能性のあった自分を必死に否定するために。

それが、今、こういう状況になったがために実力を褒められても、別に嬉しくはなかった。

あまりいい気分ではないと感じたセシリアは、今度は自分のほうから尋ねかける。

「サイレント・ゼフィルス以外に現れた機体は?」

「いえ、サイレント・ゼフィルス一機のみです」

「一機で?」

「はい」と、答える黒服の言葉に、セシリアは少なからず驚愕した。

量産機はたいてい軍勢となって襲いかかってくる。少なくとも十機程度の編隊を組んでくるのだ。

それがたった一機。

サイレント・ゼフィルスはよほど自分の力に自身があるのだろうかと感心してしまう。

もっともISはなくとも兵器はあっただろう空軍基地を壊滅させたのだから、その力はかなりのものだ。

自信に見合った実力があるのだろう。

(個性が『自尊』というだけはあるということなんですわね)

己に絶対の自信を持つという意味でもある『自尊』という個性を持つサイレント・ゼフィルスに対して、セシリアはわずかな親近感を抱く。

とはいえ、そんなことはいえないので、別のことを尋ねてみた。

「開発データのバックアップはどうなっているんですの?」

本来、重要なデータなのだから、バックアップはあって当然である。

それもないというのだろうか。

実機から改めてデータを取りたいというのは理解できないわけではないのだが、気になる点であった。

「コア・ネットワークからの介入でクラックされました」

「そちらも?」

「おそらくは、こちらが本命だったのではというのが上層部の見解です」

「なるほど」と、セシリアは納得する。

コア・ネットワークから自分やブルー・ティアーズなどのBT機の開発データを破壊するのが目的だったとするならば、ジャミングや空軍基地への襲撃はそのついでだ。

(つまり、自分以外のBT機が存在することを許す気がないんですわ)

『自尊』的といえる行動であろう。

自分という存在を唯一絶対のものとしようという意思があるように感じられる。

そして、そう考えるならば当然のこととして、ブルー・ティアーズを破壊しに来ることが考えられる。

同じBT機だからだ。

(まみえるのはそう遠いことではありませんわね……)

来たるべき激戦を思い、セシリアは背中に冷たいものがつたうのを感じていた。

 

 

開発局に着いたセシリアは、整備開発室まで赴くと、ブルー・ティアーズを展開し、そして専用の整備機に身体を預ける。

そしてそのままいったんブルー・ティアーズから離れた。

「まずは機体とISコアの状態を調べます。時間がかかりますので、別室でお休みください」

宿泊施設もあるという。どうやら今日はここに泊まりとなるらしい。

「私がブルー・ティアーズから離れるのは得策ではありませんわね」

「いつ襲撃があるかわかりませんから、今、ご実家に戻られるのはご容赦ください」

「わかりましたわ。ただ連絡はしておきたいのですが」

「それはかまいません。設えてありますので、別室からお願いします」

そういって案内された先は、それほど気を遣ったとは思えないようなシンプルな部屋だった。

まあ、本来は開発局、泊まることができればいいのだろう。

そんなことを考えながら、自宅やIS学園の寮に置いたものよりはいくらか硬いソファに身を預け、セシリアはため息をついた。

「こんなかたちで帰郷するとは思いませんでしたわね」

故郷に錦を飾るというわけではないが、IS学園に入学して、一夏や諒兵、鈴音と戦ったことで、明確に国家代表の道筋が見えてきたセシリアは、戻るときは代表として胸を張って戻るつもりだった。

確かに今は代表だが、暫定的なものであり、運良くブルー・ティアーズを抑えられたからに過ぎない。

とても錦を飾ったとはいえないとセシリアは感じていた。

それだけに新たなる目標は叶えたい。

「共生進化……」

鈴音がたどり着いた奇跡に、自分もたどり着く。

それは、ブルー・ティアーズと本当に信頼しあえる関係になるということだ。

思念制御のセンスなど関係ない。

本当の意味で実力と、そして心を成長させなければなるまい。

そこにたどり着いたとき、自分はようやく胸を張ってイギリスの土を踏めるとセシリアは感じていた。

 

 

一方、フランスは花の都、パリ。

シャルル・ド・ゴール空港に降り立ったシャルロットは苦笑いしてしまう。

かつて自分が使った偽名と同じだからだ。

(なんか変な気分だなあ……)

今はシャルロットとして動けるとはいえ、シャルルを名乗っていたときのことを思いだすと、同じ名がついた空港に降り立つのはなんだかこそばゆい気がしていた。

デュノア社の本社、及び兵器開発部はパリ郊外、イル・ド・フランス地方にある。

そこまで移動するのにたいした手間はかからないので、シャルロットは一人で本社に向かうつもりだった。

義理の母に命を狙われているとはいえ、フランスで唯一ISを抑えられている今はフランス政府が彼女を守るからだ。

さすがに政府を相手にケンカを売れるほどの力は、義理の母の実家にはなかった。

そう思い、比較的気楽に歩きだすシャルロット。

だが。

「シャルロット」と、声をかけられて驚いてしまう。

そこにいたのは父、セドリック・デュノアだった。苦笑いしながら歩み寄ってくる。

「お父さんっ?」

「なんでも一人でできるとはいえ、出迎えくらいさせてくれてもいいだろう?」

「でも、今は兵器開発が忙しいんじゃ……」

時期的に考えれば、試作機の開発において、まさに今が正念場だ。

科学者でもあるセドリックが勝手に出てくるわけにもいかないはずだとシャルロットは思う。

「博士に蹴り飛ばされたよ。娘と一緒にやるべきことがあるだろうとね」

「えっ?」

「とにかく行こう。車を回してある」

そういって駐車場に向かうセドリックと並び、シャルロットは歩きだす。

父と、こんな風に歩ける日が来るなんてと喜びを感じながら。

 

 

セドリックの運転で向かった先は、デュノア社の本社でも兵器開発部でもなかった。

イル・ド・フランス地方を抜け、ブルゴーニュ地方の外れにあるディジョンまで向かう。

「知ってたんだね……」

「もちろんだよ」

ディジョンはクリスティーヌの故郷であり、そしてシャルロットが育った町だ。

歴史のある街であり、ブルゴーニュ公爵宮殿、ディジョン大聖堂などは観光目的で訪れる人も多い。

実はここの近くにフランスでも最古の空軍基地のうちの一つがある。

クリスティーヌはここで育ったことから、兵器開発に興味を持っていたらしく、それが科学者を志した原点だという。

「クリスによく聞いていてね。私もこちらにクリスとともに居を構えたいと思っていた」

嘘でもおべっかでもないことは、どこか悲痛な響きを持ったその声で理解できた。

縛り付けるものの多いセドリックにとって、ここは憧れの地だったのだろう。

そして、小さな教会の近くの駐車場に車を止めた。

後部座席においてあった花束を手に、教会の墓地に入る。

シャルロットも、既に何度もきたことのある墓地に足を踏み入れた。

そして。

「クリス、やっとシャルロットと共にくることができたよ……」

クリスティーヌ・アルファンの名が書かれた墓石の前でセドリックは懐かしそうに、そして悲しそうに呟いた。

「お母さん、久しぶり……」と、シャルロットも少し目に涙を溜めて呟く。

そんなシャルロットの首飾り、待機形態のラファール・リヴァイブがほのかな光を放っていた。

 

 

 

 



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第58話「懐かしい場所」

ドゥラメトリー家。

フランスでも指折りの名家であり、資産家でもあるこの家は、二十年ほど前、上り調子であったデュノア社と縁故関係を結ぶべく、社長夫人として娘を送りだした。

それがカサンドラ・ドゥラメトリーである。

当時、デュノア社を立ち上げたセドリックには、特定の恋人も許婚もいなかったため、ある意味では良縁になるはずだった。

恋をして結婚に至るばかりが夫婦ではない。

結婚を決めてから恋をするのも一つの夫婦関係だろう。

セドリックはそう考えていたし、実のところカサンドラもそう考えていた。

気の強さゆえに恋人など出来なかったという理由もあるのだが。

とはいえ、名家の娘と上り調子の会社を運営する社長という関係は、ある意味対等であり、セドリック以上にカサンドラのほうが意外と良縁になるだろうと楽観視していた。

自分が『石女』であったことを知るまでは。

 

立ち上がった勢いでバンッとテーブルを叩く音に、皆が怯む中、一人だけカサンドラを睨みつけてくる者がいた。

カサンドラはテーブルに手を付いたまま、その者に対し、大声で問いただす。

「お父様ッ、本気で言っているんですかッ!」

「お前に意見を許した覚えはない」

「あの娘をこの家に引き入れるなどッ!」

「これは既に決定していることだ。シャルロットをどこぞの馬の骨に獲られれば、デュノアとの関係も崩れかねん」

カサンドラの父、すなわちドゥラメトリー家当主。

彼の決定とはシャルロットをドゥラメトリー家の嫁として迎え入れるというものであった。

シャルロットはセドリックとクリスティーヌの娘。

ドゥラメトリー家とは何のつながりもない。

しかし、今、シャルロットはフランス国家代表であり、セドリックのデュノア社は対『使徒』用兵器の開発により、ヨーロッパでの発言力が以前より遥かに増している。

ドゥラメトリー家との関係を切っても、実は痛くもかゆくもない。

それどころか、切られたドゥラメトリー家のほうが立場がなくなりかねないのだ。

「いいじゃないか、叔母様。見た目も悪くないし」

と、ずいぶんと優男といった風情の青年が笑いながら意見する。

ストレートのダークブラウンの髪に、優しげな面立ちと、黙っていれば相当な美少年といえるだろう。

キッとカサンドラが睨みつけると、さすがに身を震わせていたが。

「あんな泥棒猫の娘をこの家の嫁にするなど正気の沙汰ではありませんッ!」

「黙れ」と、低い声で当主が呟くと、今度はカサンドラが怯んだ。

「お前がセドリックとの間に子を生していれば何の問題もなかったのだ。身の程を弁えろ」

ギリッと歯軋りするカサンドラだが、言葉が出てこず、俯いてしまう。

「せめて捨てられぬよう努力でもしていろ。お前が泥棒猫と呼ぶあの女は既に死んでいるのだからな」

生きていれば捨てられただろうと暗にいわれ、カサンドラは怒りに身を震わせる。

皆が席を立ち、一人になったカサンドラの手の上に水滴が一つ落ちていた。

 

シャルロットがフランスに帰郷する一週間前の話である。

 

 

目が覚めたとき、ずいぶん懐かしいものが目に入った。

テディベアと呼ばれるぬいぐるみだ。

そんなことを考えたシャルロットは、自分が寝ている場所について思いだす。

(そうだ。昨日帰ってきたんだっけ……)

フランスはブルゴーニュ、ディジョンの一角に母クリスティーヌと暮らした自分の家があった。

驚いたことにセドリックが維持していたらしく、たまにハウスクリーニングまで呼んでいたらしい。

それならば、と、セドリックにわがままをいって、昨晩はこの家に泊まったのだ。

開発が正念場となっているセドリックはさすがに本社に戻ったが。

「これだけは、欲しいってわがままいっちゃったんだよね」と、そのテディベアを手に取る。

そのわがままの代賞として、母はこのぬいぐるみに『セディ』と名づけるようにといってきた。

当時はわからなかったが、今はわかる。

セドリックの愛称だ。

ここにはいなくても、父は愛してくれているのだとシャルロットに思ってほしかったのだろう。

要はセドリックの代わりとして与えたつもりだったのだ。

「あのときは全然譲らなかったもんね。お母さん」

思い返せば、意外と気が強かったのがクリスティーヌであったとシャルロットは思う。

叱るときは厳しかったし、女手一つでシャルロットをしっかりと育てていた。

弱い女ではなかったのは確かだ。

(あれ?)

そんなことを思い出して、違和感を持った。

なぜ、意外と気が強かったクリスティーヌは身を引いたのだろう?

シャルロットの中の母のイメージなら、セドリックを奪いとってもおかしくない。

会社に縛り付けられているセドリックを連れだし、二人で会社を興すくらいのバイタリティを持っていたはずだ。

自分だけがそう思っていたわけではない。

かつて束がクリスティーヌの設計図を見たとき。

 

「思いきりいいね。下手すれば一発で人が死ぬよ、これ」

「そうですよね」

「相当、気が強い人だったんじゃない?」

「まあ、怒るときは怖かったです」

 

そんな話をしたことがある。

実際、量子転送は一つ間違えれば復元できずに死ぬ可能性があるのだから束の感想は間違いではない。

そんな設計図を書けるような人が、叱るときは厳しく、しっかり者でシャルロットをちゃんと育てられるような女が、なぜ、セドリックに関しては身を引いたのか。

嫌いになったからということはありえない。

それなら誰か別の人と結婚しただろうし、そもそもシャルロットを生んだはずがない。

それにテディ・ベアにつけたのは夫になってほしかった人の愛称だ。

「どういうことなんだろう……」

そう呟くシャルロットは、生まれて始めて母の行動に対して疑問を感じたのだった。

 

 

カートを引き、デュノア社兵器開発部と書かれた建築物の前に立つ。

久々の帰郷からか、感傷もあって昨晩は自宅に泊まったが、本来はここに泊まるはずだった。

今はのんびりしていられる状況ではない。

試作機が完成すれば、テストはシャルロットがやることになっていた。

もともとがデュノア社のテストパイロットなのだから、適任といえば適任である。

久々に手にするデュノア社のIDカードを提示して、玄関を通り、いったん内部の宿泊施設に荷物と、自宅から持ってきたテディベアを置くと、そのまま開発部の研究棟へと足を向けた。

開発機材が立ち並ぶ一角を抜けると、テニスコートがすっぽり入る大きさの広いテストスペースが見えてくる。

そこは熱気に溢れていた。

 

「試射五秒前、四、三、二……発射ッ!」

 

ズギュゥンッ、という轟音とともに光が迸る。

放たれた光の槍は、標的を貫くどころか蒸発させてしまった。

「すごい威力だ……」

「これでも連中にとっちゃぁ銃弾レベルだぞ」

呟いたシャルロットに答えたのは、臨海学校以来久々に聞く人の声だった。

「博士」

「受け取りはおめぇだって織斑に聞いてな。昨日はどうだった?」

と、丈太郎はニッと笑いながら問いかけてくる。

なるほど、父が自分と共に母の墓参りに行ったのは丈太郎の進言だったのだろうとシャルロットは気づく。

「母も喜んだと思います」

「そんならいい」

そういって笑う丈太郎を見ると、気を遣ってもらったことが申し訳なくも感じてしまう。

そこでふと、尋ねてみたいことに気づいた。

「あぁ、あの設計か」

「博士から見て、危険性は感じなかったんですか?」

いや、と、言葉を濁すところを見ると、丈太郎もやはり危険性はあると感じたらしい。

量子転送はBT兵器や龍砲、AICに比べて危険性がかなり高いのだ。

今でこそ重宝しているが、実際に組み込み、実験するとなったらそれこそ命懸けになる。

「責任とって、最初の実験は自分がやるっつってたな」

「そうだったんですかっ?」

「作ったからにゃぁ、責任を持つってな。肝の据わった女だと思ったなぁ」

そう感心した様子で語る丈太郎を見ると、やはり母は強い女だとシャルロットは感じた。

「どうかしたか?」

「いえ、お母さんは強かったんだなあって」

「だなぁ。てぇした女だ」

そんなことを話していると、丈太郎に声をかけてくるものがいた。

「蛮兄、データが取れたぞ」

「おぅ、すまねぇな」

声をかけてきたのはだいぶ若い、というよりシャルロットと変わらないくらいの日本人の男子だった。

見覚えがないので、丈太郎が連れてきたのだろうとは思うが、それにしても若すぎる。

それに丈太郎のことを博士ではなく蛮兄と呼ぶなら、かなり親しい関係のはずだとシャルロットは思った。

「おめぇは初めて会うな。俺のアシスタントをしてもらってる数馬だ」

「御手洗数馬だ。よろしく」

「あっ、シャルロット・デュノアです。よろしくお願いします」

そういって頭を下げるシャルロットを数馬と呼ばれた男子はじっと見つめてくる。

「あの……」

「いや、失礼をしてすまない。一夏や諒兵、それに鈴も君に世話になってるって聞いた。礼をいう」

「えっ?」

「こいつぁ、あいつらと同じ中学のダチだ。頭の出来ぁ鈴並みにいいんだがよ」

そうだったのか、と、シャルロットはさすがに驚いてしまった。

確かに一夏と諒兵からは中学時代に親しかった友だちの名を聞いている。

その中に『数馬』という名前があったことを思いだした。

「でも、なんでここに?」

「今、一夏や諒兵が対『使徒』戦の最前線にいる。友人として力になりたいと思ったんだ」

だが、数馬はISには乗れない。

しかし、もともとISという優れた機械に興味を持っていた数馬は、そちらの道を専攻するつもりだった。

ただ、基本的に男はIS学園に入学できないので、理系の進学校に進んでいたのだ。

「今、俺にできることで助けになれることはないかと思ったとき、蛮兄から声をかけられた」

そこで、わざわざ渡仏して対『使徒』用の兵器開発のアシスタントをしているのだ。

「君も戦いに出るんだろう?」

「いずれはそうしたいと思ってるよ」

「なら、そのバックアップをするのは俺たちだ。安心しろとはいわないが、できる限りのことはしよう」

そういわれ、シャルロットは素直に「ありがとう」と頭を下げる。

こんなところで一夏や諒兵、そして鈴音の友人に会えるとは思わなかったが、人のつながりが助け合う力になるということを数馬の存在に感じて、シャルロットは嬉しくなってしまった。

数馬は軽く会釈すると、丈太郎に向き直り、報告する。

「蛮兄、砲身の耐久力は……」

「許容範囲だな。あとちぃっと収束させりゃぁ、威力も上がるが……」

シャルロットは今のところ、兵器開発に意見できるほどではないので、そこからスッと離れる。

気づいた丈太郎が声をかけてきた。

「まだ完成たぁ言い切れねぇ。のんびり待っててくんな」

「それじゃ」

「はい」と、そう答えたシャルロットに肯くと、丈太郎は数馬を連れて、試射を終えた兵器のチェックに向かう。

この後、ISを使ってのテストは自分がやるのだと考えたシャルロットは、訓練しようと思い、訓練場に向かった。

 

 

その途上。

「マドモアゼル・シャルロット」

(げ)と、内心思ってしまったが、すぐに笑顔を作って応対する。

無駄に爽やかな笑顔で声をかけてきたのは、線が細く、かなり中性的な美青年で、自分にとっては従兄弟になる男性だが、正直いって会いたくない相手でもあった。

シャルロットは、実のところ線の細いなよっとした男が好きではないからだ。

この青年、従兄弟といっても戸籍上だけで血のつながりはない。

つまり、シャルロットの義理の母の兄、シャルロットから見ると伯父に当たる人物の次男坊である。

名は『ジョスラン・ドゥラメトリー』

シャルロットは、母方の実家ドゥラメトリー家から無視や陰湿ないじめなどもされており、この男もそういう点では同類なのだが、それだけに笑顔が気持ち悪かった。

「何か?」

「戻ってきていたと聞いてね。せっかくだから食事でもどうかと思うんだけど?」

(いきなり何さ)と、そんな本音を笑顔で隠す。

「兵器のテストが近いので訓練しようと思ってるんです。今は大変な時期ですから」

「では見学させてもらえるかな?」

(絶対やだ)と、思いつつも仕方ないかとため息をつく。

「面白くないかもしれませんけど」

「決してそんなことはないよ」

こんなことなら開発部で丈太郎や数馬にくっついていたほうがよかったなと思いつつ、シャルロットは訓練場に向かうのだった。

 

ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡを展開し、武装展開の訓練を中心に射撃などを行っていたシャルロットだが、集中できずにいた。

(ああもう、やだなあ……)

どうもねっとりとした視線をジョスランから感じるのだ。

とっとと帰ってほしいのだが、さっきからずっと自分を見ている。

(一夏や諒兵とか、博士や数馬みたいにできないのかなあ……)

思った相手が、全員、日本人であることに苦笑いしてしまう。

無論、父セドリックや、旧知の友人の中には付き合いやすく好意を持てるような男性もいる。

ただ、自分に近づいてくるのがああいった男だと、ため息が出てしまう。

そもそもなぜ近づいてきたのかわからない。

たいていは性格の悪さを感じさせるような陰湿な嫌味を吐かれるか、せこいいじめ目的なのだ。

食事に誘われるなんて一度もなかった。

(ある意味いじめだよね。あんなのと食事なんて……)

料理の味なんてわかる気がしないだろう、うっとうしくて、と、内心では毒を吐きまくるシャルロットだった。

 

 

まとわり着くような視線を洗い流すつもりで、入念にシャワーを浴びるシャルロット。

一部、鈴音やラウラが見ると嫉妬するような部位があるが、別に育てたつもりはない。勝手に育ったのだ。

そんなことをいえば、血の涙を流して責めてくる気がするが。

そんな友人たちのことを思いだすと、だいぶ気は楽になった。

と、そこでふと気づく。

(見られたくないなあ……)

絶対に待っているだろうあの従兄弟に、湯上り姿など見られたいとは思わない。

入念に髪の毛などを乾かしても、不安が残る。

(あっ、そうだ♪)

着替えの中にかつてIS学園で男性のふりをするために購入しておいた男性用の私服があったはずだとシャルロットは思いだす。

一部はどうしようもないが、パンツルックなら多少は気持ち悪さも軽くなるだろうと、持ってきた着替えを漁った。

「先ほどの服は良く似合っていたけど、気分を変えたのかな?」

「動きやすい服にしたいと思ったんです」

(あからさまに落胆したね、こんにゃろお)

どんどんやさぐれていくシャルロットだった。

先ほどはミニというほどではないがスカート姿だった。

素足をじろじろ見られていたのかと思うと、本当に気持ち悪くなる。

「時間ができたのなら……」

「いえ、父に会わないと。まだ挨拶をすませていませんでした」

「あ、そ、そうなんだね……」

(ざまあみろ♪)と、普段の彼女を知る友人が聞いたら驚くような毒を吐きまくる。

セドリックと和解していないころはけっこう内心で毒を吐きつつ、笑顔を作り続けていた。

でも、IS学園で父と和解でき、友人もできた。

心の底から笑える場所ができた。

それが彼女の心を救っていたのだ。

さすがにセドリックの元には同行する気がないらしく、ジョスランは退散していく。

ようやく一息ついたシャルロットは、社長への面会を申し出るのだった。

 

 

セドリックはどうやら政府高官と電話会談していたらしい。

対『使徒』用兵器は、フランスとしてもデュノア社としても無償提供するというわけにはいかない。

各国にある程度は負担してもらうことになる。

その金額を決めるための会談だったようだ。

十分ほど待たされたシャルロットはセドリックの許可を得て、社長室に入った。

「邪魔しちゃってごめんなさい」

「かまわんさ。ここでこうして話せるのが嬉しいからね」

本社は懐かしいと感じていても、かつては父と娘ではなく、社長とテストパイロットとしてしか接することができなかった。

シャルロットにとって、ここは辛い場所でもあった。

まともに挨拶を交わした記憶もない。

それが今は笑顔で話すことかできる。

それはシャルロットにとっても本当に嬉しいことだった。

「博士にはもう会ったのか?」

「うん、開発の様子が気になっちゃって」

実際、今一番兵器を必要としているのシャルロットだ。

専用機が第2世代機であるシャルロットにとって、その戦力増強は急務なのである。

丈太郎の元に先に向かったのは当然ともいえた。

「完成するのはあれと同じなんでしょ?」

「うむ。開発コードはB001。コードネーム『ブリューナク』、威力だけでいうなら第4世代兵器になる」

「そんなにっ?」

「分類でいえば収束荷電粒子砲。ただの荷電粒子砲とは威力が違う」

だが、とセドリックは言葉を続けた。

それでも丈太郎が先ほどいったとおり、使徒相手には銃弾レベル。

基本的には破壊するのではなく、撃退するための兵器だという。

また、第4世代ISは構想上、とはいっても束が実現してしまったが、その特徴は自己進化能力。

ISコアが戦闘経験を重ねることにより、自力でより強力に進化していく能力だ。

展開装甲はそのついでといえる。

当然、機体とコアとの親和性がこれまで以上に求められるのだが、今の状況で兵器にコアは載せられない。

威力だけというのはそういう意味でもあった。

要は、進化してより強力になる本来の第4世代機とは違い、撃つたびに砲身などは劣化していってしまうということだ。

「人間に生成できる金属の限界だそうだ。それでも既存の兵器がかわいそうになるレベルだがね」

「……僕たちが戦っている相手がどれほど恐ろしいかよくわかるね」

「ああ。だが、天罰などといって甘んじてやられるわけにはいかん。人がすべて滅ぶべき愚者とは私は思わない」

実際、共生進化に至った者がいることを考えれば、共存も可能なはずだとセドリックはいう。

だからこそ、人類は負けないということをまず相手に示す。

その先に手を取り合う可能性を模索するという方法もあるはずだからだ。

「僕もがんばる」

「無理はするなシャルロット。私が一番願うのは、お前の幸せだよ」

優しい瞳でそういわれると、本当に嬉しくなる。

嘘がないことが痛いほど伝わってくるからだ。

さっきまで作っていた笑顔が崩れ、本当の笑顔になるのがよくわかった。

もっとも、そんなシャルロットの笑顔の意味に、セドリックは気づいたようだった。

「どうかしたのか?」

「ごめんなさい。いっちゃっていいのかわかんないけど、他に愚痴ることができなくて……」

そういって、シャルロットはジョスランが食事に誘ってきたことを打ち明ける。

何とか上手くかわすことができたので今はホッとしているところだ、と。

そう話すとセドリックは頭を抱えていた。

「突っぱねたんだが、諦めてなかったのか……」

「どうしたの?」

「驚かないで聞いてくれ」と、セドリックはそういったが、話の内容ははっきりいって驚愕ものであった。

「こんやくぅっ?」

「突然いいだしたんだが、シャルロットには自分で相手を決めさせると拒否したんだ」

現在、暫定的ではあるが、フランスの国家代表でもあるシャルロットは、本人はまだ理解してはいないが、かなりの発言力がある。

そしてデュノア社で、人類の敵となったISと戦うための、対『使徒』用兵器の開発にこぎつけたセドリックはいうまでもない。

妻の実家であるドゥラメトリー家が何をいいだそうが拒絶できる。

そこで終わったはずだったのだが、その相手として選ばれたジョスランは諦めていなかったらしい。

つまりは。

「僕、狙われてるの?」

「命ではないのだろうが……」

「命のほうがまだマシだよう……」

あんなのと結婚するくらいなら、死んだほうがマシだろうと、わりと本気でそう思うシャルロットだった。

 

 

 

 




閑話「親(バカ)の愛」

そういえば、とセドリックは訝しげな表情を見せる。
「どうかしたの?」
「いや、うちの社員でもないのになぜ社内にいたんだ?」
デュノア社は第2世代機でトップシェアを取ったIS開発企業だ。
国家機密に類するものを扱うだけに、当然セキュリティは超一流といってもいい。
例え社員の家族でも、個人でIDをとらなければ社内に入ることはできないのである。
産業スパイはどこにでもいるからだ。
気になったらしいセドリックは、秘書課につなげて通信する。
「社内に関係者でもないジョスラン・ドゥラメトリーがいたんだがセキュリティはどうなっている?」
「その方でしたら、もうすぐ社の重役になるからIDを発行してほしい、と……」
実家のほうからも通達されたため、IDを発行したらしい。
セドリックがそう報告を聞いていると、ブチッという音がした。
(ぶちっ?)と、耳慣れない音にシャルロットは首を傾げる。
「直ちに停止したまえ」
「何か問題がッ?」
もしかして産業スパイの可能性があるのかと、通信機の向こうの社員はかなり焦った様子で問いかける。
「大問題だ。うちの娘にコナかけおった」
ずるッ、と思わずシャルロットはコケてしまう。
セドリックはド真剣な表情でそういったのだ。
「社長っ、それはただの職権濫用ですっ!」
「かまわんッ、とっとと停止したまえッ、シャルロットに近づく悪い虫は許さぁーんッ!」
そういってセドリックはいきなり暴れだした。
「みんなっ、社長が『また』乱心したわよっ!」
通信機の向こうからそんな声が聞こえると、直後に、社長室に大量の社員がなだれ込み、必死にセドリックをなだめる。
聞いてみると、最近はシャルロットに色目を使う男の存在を知ると暴れだすらしい。
そんな父の様子を見ながらシャルロットはポツリと呟いた。
「うちの会社、大丈夫かな……」
親バカも大概にしてほしいと思いながら。





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第59話「セシリアの幼馴染み」

シャルロットがデュノア社でホームコメディを展開しているころ、セシリアは。

「では、そのように」

「よろしくお願いします。オルコット家の当主として、イギリスの国家代表として、あなたを信頼し、今後もお頼みいたしますわ」

「感謝いたします、セシリアお嬢様」

少しばかり身を震わせた弁護士に冷めた視線を向ける。

相手の弁護士はオルコット家の管財人だ。

まだ未成年のセシリアだが、オルコット家の当主としてやるべきことはやっていた。

とはいえ、この弁護士も、こちらが油断すれば、財産を掠め取ろうというのだろう。

今は、国家代表の肩書きが役に立つ。

下手なことをすればイギリスが敵に回るということだからだ。

身を震わせたということは、セシリアの言葉に、そういう意味が含まれていることを相手は理解したのだろう。

しっかりと釘を刺すことができたようだ。

(何でも役に立つものですわね……)

そう思いながら、そそくさと部屋を出る弁護士を見送った。

信頼できる人間など何人もいないとため息をつきつつ。

 

セシリアは現在、実家に戻ることができない。

ゆえに現状のオルコット家の財産管理について説明してもらうため、管財人を務める弁護士に開発局まで来てもらった。

昨日のうちに連絡してあるが、セシリアは今回の帰郷で実家に戻る気はなかった。

ゆっくりしている余裕などないし、おそらくブルー・ティアーズからのデータ採取と機体チェックで開発局に缶詰となることは理解できていたからだ。

寂しさを感じないわけではない。

それでも、今は甘えたいという気持ちを抑えていた。

すると、通信機が鳴る。

装着してのチェックでもするのかと思い、セシリアは通信をつないだ。

「レディ。お知り合いという方がいらしていますが」

「わざわざこんなところまで来るお知り合いに心当たりはありませんわね」と、暗に断る。

「その、レディのメイドであると」

「えっ?」

心当たりはある、というか、それだけで誰なのかピンと来るほどに長い付き合いの相手だ。

「画像は送れますの?」

「通信機のモニターをご覧くだされば」

そういって映し出されたのは、セシリアにとっては懐かしさを感じさせる友人の顔だった。

 

 

自分のメイドと名乗った女性をセシリアは迎え入れる。

「チェルシー。今回は実家に帰るために帰郷したわけではないと説明しましたわよ?」

「お嬢様。イギリスの地に来て専属メイドである私を呼ばないのはあまりの仕打ちと思いませんか?」

「その勤労ぶりが困りますわ」

 

『チェルシー・ブランケット』

令嬢であった身分から、当主となった今もセシリア専属で身の回りの世話をするメイドである。

ただ、セシリアにとっては幼馴染みであり、気の置けない友人の一人でもあった。

ブランケット家はオルコット家の侍従の家系である。

女はメイドに、男は執事になってオルコット家に仕えてきた。

それだけにオルコット家の人間にとっては、それぞれの代で幼馴染みになりやすく、信頼関係を結んできた家でもある。

誤解のないように説明しておくが、ブランケット家は名家であり、当主はれっきとした貴族だ。

ただし、娘や、次男以下の息子はオルコット家でメイドや執事となる。

位の高い貴族の家でメイドや執事ができるのは、それなりの位を持つ家の生まれであることは有名な事実である。

相応の知性や教養が必要だからだ。

そういう意味でいうのであれば、チェルシーはセシリアとは身分の差こそあれ、同じ貴族であった。

 

それはともかく。

「気を遣うのがわかっているから、呼ばなかったんですのよ?」

「それは私の仕事であり、誇りです。お嬢様」

さも当然といいたげに答えるチェルシーにセシリアは苦笑してしまう。

なんだかんだといっても、チェルシーがわざわざここまで来てくれたことは嬉しかった。

 

機体チェックのため、一度装着してほしいと呼ばれ、部屋を空けるセシリア。

一時間ほどして戻ってみると、既にティーブレイクの用意がされていることに驚く。

「ティーブレイクにはまだ早いでしょう」

「戻ってきてからまともになされていないのでは?」

「そうですけど……」

そう答えたセシリアに対し、「ならばお召し上がりください」と、チェルシーは慣れた動作で紅茶を入れる。

その懐かしい香りに誘われ、セシリアはテーブルについてティーカップを受け取った。

 

余談だが、イギリスにおいてはティーブレイクは午前と午後の二回行われるとされている。

あくまで一般的になので、人によっては八回というものもいるという。

この場合、単純に休憩ということができる。

また、アフタヌーンティーとは、大体午後四時から五時に行われるもので、軽食に近いサンドイッチやスコーンなども供される。

ほぼ夕食に近いが、食事ではなく家族のコミュニケーションタイムということもできるといわれている。

 

紅茶の上品な香りに、セシリアは懐かしい空気を感じ、思わず顔を綻ばせてしまっていた。

「困ってしまいますわ」

「どうかなさいましたか?」

「自分を律するつもりで戻らないと決めましたのに、これでは家に戻りたくなってしまいますわよ、チェルシー」

「そういっていただけると光栄です」

チェルシーがそう受け取ったとおり、セシリアにしてみれば最大級の賛辞である。

せっかくの時間、友人と何も話さないようでは失礼になるだろうと感じたセシリアは、遠く離れた日本での出来事を聞かれるままに答えていった。

「いまや世界中でも英雄ですね、そのお二方は」

「傍にいると悩まれている姿も見てしまいますわね。一時期は本当に苦しそうにしていらっしゃいましたわ」

一夏と諒兵のことだ。

使徒との戦いで最初に最前線に送られた二人が、離反したISと戦うことに苦悩している様はセシリアもよく見てきた。

鈴音やラウラは隠しているつもりだろうが、二人が身体で慰めようとしていたことをセシリアは気づいていた。

だが知られたくないのだろうと自分の胸に仕舞っている。

それよりも、それほどに追い詰められていた一夏と諒兵の力になれないことが正直にいえば悔しくもあった。

「私はまだ未熟ですわ」

「ですが、あの『無冠のヴァルキリー』とは見事な戦いをなされたではありませんか」

と、チェルシーは鈴音との戦いぶりを褒める。

イギリス政府がセシリアに対する見方を変えたのが、それだったのだから、インパクトがあったのは確かだろう。

それまではテストパイロット。

つまり使い捨てられる可能性があった。

正直にいうなら本当はいつも不安だった。

「お嬢様……」

「BT2号機を扱う優秀なパイロットが現れれば、私はいずれ候補生からも降ろされたかもしれませんわ……」

それだけにサイレント・ゼフィルスの強奪は、怒りとともにわずかな安心感もあった。

イギリスでBT機を使えるのは自分一人だ、と。

そしてそんな自分の弱さを嫌悪し、更なる努力を重ねた。

IS学園に首席で合格し、そこでさらに力をつけて国家代表になることを目標として誓った。

がむしゃらだったと思う。

そのために周囲に気を遣う余裕などなかった。

しかし、だからこそ、限界を超えなければならなかった一夏や諒兵との厳しい戦いを経験したことが、自分のはるか先を行く代表候補生であった鈴音との戦いを経験したことが、今のセシリアに生きているのだ。

青空に溶けるようなブルー・ティアーズに乗れていることが誇らしい。

今は素直に、自分がのし上がるための道具ではなく、空を飛ぶパートナーだと思える。

「だからこそ次の目標は自分で到達しませんと」

「次の目標?」

「鈴さんがたどり着いた奇跡に」

その言葉でチェルシーにも理解できた。

何しろ、中国は現在、暫定的な国家代表であった鈴音の共生進化を声高に喧伝している。

自慢したいのはわかるが、本人は相当辟易していた。

そのことには苦笑する他ないが、今、ISを抑えられている数少ない一人であるセシリアとしては、次なる目標として共生進化を掲げたい。

「天狼というASがいうには、後はきっかけだそうですわ」

そういったセシリアの言葉に、チェルシーは不安を禁じ得ない。

焦っているのではないか、そう思えるのだ。

無論、チェルシーとしてもセシリアが目標に到達するのであれば嬉しい。

しかし、セシリアは自分を追い詰めてしまいがちな面がある。

それが悪い方向に作用してしまうことをチェルシーは恐れる。

共生というからには、自分一人では不可能だ。

自分のISと共にでなければ。

自分ががんばれば何とかなるというセシリアの考え方では失敗するように思う。

ブルー・ティアーズをパートナーだというのであれば、自分一人で何とかしようなどと考えるべきではないのだとチェルシーは思う。

だから。

「お嬢様、データの採取とやらはいつ終わりますか?」

「えっ……、予定では明後日となっていますけど?」

「一度、お屋敷にお戻りください。お嬢様に見ていただきたいものがあります」

唐突な言葉にセシリアは驚いてしまう。

そもそもデータの採取が終われば、シャルロットと合流するはずだったし、そう連絡してある。

今からいきなり予定を変えるわけにもいかないだろう。

「必要であれば連絡等は私が行います。一度お戻りいただかなければ困ります」

「チェルシー?」

「よろしいですね、お嬢様」

そういったチェルシーの気迫に、セシリアは肯くことしかできなかった。

 

 

いったん屋敷に戻るといったチェルシーを見送ったセシリアは、すぐにデュノア社に連絡を取った。

「えっ、セシリアこっち来れないの?」

「申しわけありません。チェルシー、私の専属メイドにどうしても一度実家に戻れといわれてしまいましたの」

通信機の向こうで驚くシャルロットにセシリアは頭を下げる。

さすがにシャルロットは相当驚いたらしい。

こういう状況になるとはセシリアも思っていなかったので、当然といえば当然だが。

ただ、誠意を見せるというか、頭を下げるために画像通信を行ったのがよかったのか悪かったのか、やけに困った様子のシャルロットの顔に疑問を持った。

「何かありましたの?」

「セシリアが来てくれれば、助かったんだけど……」

そういってシャルロットは自身の現状について説明してくる。

降って湧いたような話にさすがにセシリアも驚愕を隠せなかった。

「それは、ご愁傷様としか……」

「鬱になるからいわないでよ……」

セシリアとしてもいきなり婚約話など立ち上がったら抵抗する気持ちはよくわかる。

というか、実はセシリアにはいくつもそういう話があったのだ。

無論のこと、目的はオルコット家の財産なのだが。

そんな者たちを一人で、正確には信頼できるチェルシーや侍従たちの力を借りつつ撃退してきたのだが。

「ですが、お父上が拒否したのでしょう?」

話を聞く限り、子煩悩どころではない親バカのセドリック。

まだ娘を嫁にやるのは早いと本気で考えてそうで、セシリアはなんだか微笑ましく感じてしまう。

「あれはあれで問題ある気がするけど……」

「えっ?」

「ううん、確かにお父さんが突っぱねてくれたんだ。だから婚約までには至ってないんだけど……」

問題は解消させるための言葉だ。

セドリックは結婚相手はシャルロットに決めさせるといった。

逆にいえば、シャルロットが応じれば誰でも結婚できるということになる。

「だから、僕のこと狙ってるみたい……」

「しつこいですわね。私も正直、嫌いなタイプですわ」

「目的がわかるから余計に腹が立つよ」

人類の敵に対抗する兵器開発を行う会社の社長のセドリック。

そして暫定的には国家代表となったシャルロット。

二人とも、いまや発言力なら正妻の実家でもあるドゥラメトリー家以上なのだ。

何とかして取り込もうというのだろう。

セドリックはいまだ離婚に至っていないのでいいのだが、ドゥラメトリー家にとっては、シャルロットも他にとられるわけにはいかなくなっているのだ。

「そんな理由なのもイヤだし、なによりあんなのと結婚するなんて死んでもやだ」

「嫌ってますわね」と、セシリアは苦笑してしまう。

直接、相手の顔を見たわけではないが、ここまでいうのだからよほどイヤなのだろう。

もっともそういうことをはっきり顔に出してくるのは好感が持てる。

立場的には貴族令嬢と社長令嬢でけっこう似た二人。

どちらも家を背負った身なので、当然、腹の中に不満を溜めるすべは心得ていた。

そんな同類であるシャルロットが、こうして本音で話してくれるのは嬉しく思える。

そこでとりあえず思いついたことを意見してみた。

「博士にご助力を仰いでみてはどうですの、そちらにいらっしゃるのでしょう?」

「無理だよう。兵器開発、ラストスパートなんだし」

「確かにそうでしたわね」と、失言であったことに気づく。

同じことはセドリックにもいえるだろう。

開発に専念できる丈太郎と違い、社長として根回しにも動いているはずだ。

「他に頼れそうな方はいらっしゃいませんの?」

「う~ん、数馬かなあ。困らせたくないけど……」

「カズマ、とは?」

知らない名前が出てきてしまい、セシリアは問い返した。

だが、ある意味ではとても知っている人間ということもできると、シャルロットの説明を聞いて思う。

「一夏さんや諒兵さん、それに鈴さんのご友人なのですか」

それに丈太郎のアシスタントをしているということは、なかなかの頭脳を持っているということになるし、人間としても信頼できるだろう。

シャルロットも同じように感じていたらしい。

「ぶっきらぼうだけど、悪い人じゃなかったよ。あいつよりはずっと信頼できる」

「あらあら」と、再び苦笑してしまう。

これは逆に別の方向に後押しされてしまうのではないかとセシリアはちょっと面白くなってしまった。

「望まぬ婚約などするべきではありませんわ。少しわがままをいってもよろしいのでは?」

「う~ん、開発の邪魔したくなかったんだけど……」

「兵器開発のご勉強は続けてらっしゃるのでしょう?」

もともと母の設計図を読めるようになるためといっていたが、シャルロットは自分の未来として開発者も考えているらしい。

料理上手で、友人関係のバランサーでもある彼女は専業主婦として有能だろうが、そういった科学者としての未来を目指すのは悪いことではない。

だが、セシリアの目的はそこではなく……。

「自分も勉強したいといって見学させていただくのは悪いことではありませんわ」

「実際、テストもするんですし」と、セシリアは続ける。

「そうだね。そうしてみる。ありがとうセシリア」

「どういたしまして」

そういって微笑むセシリアは、どんな結果になるのだろうとちょっとわくわくしていた。

 

 

 

 



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第60話「第四の進化」

一方、日本。

一夏と諒兵は実に久しぶりに、五反田食堂と書かれた看板を掲げた店舗の前に立っていた。

「久しぶりだなあ」

「元気にしてりゃいいんだがよ」

IS学園入学以来、こういった時間を持つこともできなかったが、ここのところ覚醒ISの襲来がない。

そこで千冬の許可を得てここまできたのだ。

発端は、弾の妹、蘭からの手紙だった。

それを受け取った一夏と諒兵のほうから、連絡したのである。

 

「引きこもってるんだって?」

「はい。少し前からなんか様子おかしかったんですけど、最近は部屋からも出なくなって」

 

電話をしたのは一夏だった。

というか、もともと蘭が一夏に気があることは知っていた諒兵のほうからかけるようにいったのである。

それはともかく、蘭からの手紙は弾が引きこもってるというもので、その理由を聞くために電話をかけたのだ。

 

「それで、理由はわかるのか?」

「全然なんです。それで、会いに来てほしくて」

 

どうも家族には理由がわからないので、友人である一夏や諒兵に聞きだしてほしいらしい。

そんな理由から、今、一夏と諒兵は五反田食堂の前にいた。

なお、同様に友人である数馬は現在、外国にいるという。

話を聞いた鈴音も、一緒に行こうかといっていたのだが、女には会えないと弾本人がいっているらしい。

「とりあえず入ろうか」

「だな。何があったのか聞いてやんねえと」

そういって、五反田食堂の入り口を開いた。

「こんちわー」

「ちわーっす」

「おっ、久しぶりだな悪ガキどもッ!」

迎えたのは五反田食堂の店主、五反田厳。

弾や蘭の父ではなく祖父で、齢八十を超える老人だが、その肉体はどう見てもまだ壮年といえるほど筋骨隆々なパワフルじじいである。

「厳さんも久しぶりです」

「おやっさん、マジで年取んねえなあ」

そういって一夏と諒兵も頭を下げる。こう見えてマナーなどには厳しいので、礼儀を叩き込まれたのだ。

余談だが、丈太郎も帰国した際には必ず五反田食堂に顔を見せるため、丈太郎と厳はけっこう親しい。

けっこう馬が合うそうだ。

「弾が引きこもってるって聞いたんだけど」

「なんかあったのかよ?」

「どうも幻聴だの幻覚だのいってやがってな。一発ぶん殴って目を覚まさせてくれ」

「「スパルタ過ぎる」」

相変わらず豪快なじじいだと一夏と諒兵すら呆れ顔だった。

 

中に入ると、今度は蘭が出迎えてきた。

だが、今は平日である。

IS学園は休校なので、ほとんど自由に動けるのだが、他の学校は休校ではないところもあったはずだと、一夏は首を傾げた。

「学校は?」

「休校になったんですよ。いつ襲ってくるかわからないからって。一夏さんとついでに諒兵さんががんばってるのは知ってますけど」

「俺はついでかよ」

箒のようにガン無視されるよりはマシだが、おまけ扱いもけっこう辛いものがあると感じる諒兵だった。

しかし、一夏が弾の部屋に向かう途中。

「早く鈴さん落としてくださいよっ!」と、蘭は諒兵に耳打ちしてきた。

一夏を巡る恋のライバルなので、蘭としては鈴音を諒兵にくっつけたかったりする。

「振られたっていったろうよ……」

「強引に押し倒せばいいじゃないですかっ!」

「女ってこえー……」

思いっきり猫かぶりなのが五反田蘭という少女だった。

というか、ラウラに迫られていることを知ったら、ガチで怒りかねないと思う。

鈴音が揺れていることを知っているが、先日の一件でラウラに申し訳ないことをしたと、最近は恋に悩んでいる諒兵だった。

 

 

そして。

「お兄ちゃん、一夏さんと諒兵さんが来たよー」

「誰も入れないでくれ……」

やけに元気のない声が返ってくる。

弾はもともと中学時代は人間関係におけるバランサーを務めていただけに、余計に心配になってきた。

「入るぞ、弾」

気を遣い、蘭には別室に行っているように伝えてから、ドアを開けた一夏とともに諒兵も中に入った。

そこには、壁に向かい、絶望を背負ったまま膝を抱える弾の姿があった。

「おい、マジでどうしたんだよ、弾?」と、諒兵が問いかける。

すると一夏と諒兵の頭の中で白虎とレオが疑問の声をあげた。

『あれ?』

『これは……』

それはそれとして、さすがに心配になった一夏が膝を抱える弾の肩に手をかける。

「弾、何があったんだ。俺たちにもいえないようなことなのか?」

すると、弾はまるで観念したかのように唐突に話しだした。

「最初は幻聴だったんだ……」

ある日を境に、女の子っぽい声が聞こえるようになったという。

誰かに呼ばれているのかと思ったが、周囲に女の子がいないどころか、部屋で寝ていても聞こえたという。

「次は幻覚が見えるようになった」

小さな、年齢ではなく、リアルに妖精サイズの女の子っぽい何かが見えるようになったという。

「今じゃ、会話ができるようになって……」

自分だけなら気にすることもないと思い込もうとしたが、街で女の子に声をかけたら、相手に肩の辺りに変な女の子が見えるといわれたらしい。

「俺、幽霊に憑り付かれたらしい。たぶん長くない……」

この部屋で最期を迎える覚悟だという弾に、一夏と諒兵は何もいえなくなる。

だが、このまま親友である弾を死なせたくないと本気で思っていた。

「お払いとかいってみよう。まだ間に合うはずだ」

「俺んとこのOB、けっこういろんなところに就職してるから、園長先生に聞けばそれっぽい人見つかると思うぜ」

『『は?』』

白虎とレオにしてみれば、どう聞いてもあれのことを話しているとしか考えられないのだが、一夏と諒兵は本当に幽霊に憑り付かれたと心配しているらしい。

『リンやランがかわいそうになったよ……』

『リョウヘイ、もう少し考えましょうよ……』

そういって、白虎やレオは勝手に弾の目の前に姿を現した。

「ふっ、増えたッ?」

「おい白虎っ!」

「いきなり出るなレオっ!」

驚いた弾だが、一夏と諒兵の口から出た言葉に呆然とする。

「お前ら、知ってるのか?」

「俺のAS、いやISの白虎だよ」

「こっちは俺のISのレオだ」

「へっ?」と、間抜けな顔を晒す弾の肩の上に、やけに『内気』そうな十五センチほどの弾と同じ赤毛の少女が姿を現す。その身には白いワンピースを纏っていた。

「「あっ!」」と、マジメに驚く一夏と諒兵に、白虎とレオは軽くこめかみを押さえた。

 

一夏と諒兵は、とりあえず自分たちの白虎とレオについて説明した。

「つまり、そいつらはお前らのISってわけか?」

『正確には人と会話するためのインターフェイスです』

『声だけだと認識してくれないこともあるからね、イチカとリョウヘイにそれぞれ作ってもらったのっ♪』

「「決して俺たちの趣味じゃないからな」」

とっても重要なことなので二人で力説する。

ここを誤解されると、生きていける自信がないのである。

「じゃあ、俺の肩にいるのも……」

「そうなんだろうな」

むしろ、どう考えても白虎やレオと同じIS、正確にいえばAS進化を果たしたISである。

「てかよ、いつISに乗ったんだ、お前?」

「いや、覚えがない。ISに乗れたら騒ぎになるだろ?」

現状、男性でISに乗れるのは一夏と諒兵だけなのだから、三人目が本当に現れればニュースになるはずだ。

まして使徒が暴れている現状、大ニュースになってもおかしくない。

一夏と諒兵は使徒との戦争で最前線で戦っているからだ。

弾が乗れたというニュースがあれば、期待されないはずがなかった。

「そういや首輪してねえな」

「首輪?」

諒兵の言葉に何のことだと首を傾げる弾に、一夏が説明する。

「進化したISの待機形態は首輪になるんだって蛮兄がいってたんだ」

ゆえに、それが一番の疑問である。

一夏と諒兵の目に映る『内気』そうな少女っぽい何かは間違いなくASだが、弾は首輪をしていないのだ。それが普通ではありえない。

はっきり存在が見え、声まで聞こえながら、進化していないということになるのだから。

「乗れなかったにしても、何か心当たりはねえのかよ?」

「……そういや、離反だったか。あの日に流れ星がぶつかってきた」

弾曰く、ディアマンテによるIS離反が起こされたあの日、外を歩いていていきなり流れ星がぶつかってきたという。

次の日から幻聴が聞こえるようになったというのだ。

『ていうか、全然話さないね、その子』

『少しその方に触れてもかまいませんか、ダン?』

「あ、ああ。いいけど」

弾がそう答えると、レオが触れようと近づくが、少女っぽい何かはすぐに引っ込んでしまう。

「レオ?」

『個性を探ろうと思ったんですけど、探るまでもありませんね』

「なんなんだ?」

『この方は『内気』です。おそらく、今のところはダンとしか話さないのでしょう』

兵器とは思えない個性に、さすがに一夏と諒兵も呆れてしまう。

まあ、どんな個性になるかはどうやら運らしいので、こんなISコアもいるのだろうと思うが、この少女っぽい何かはそれ以上に大きな問題を抱えていた。

「何かあるのかよ?」と、諒兵が問いかけると、レオはとんでもないことをいってきた。

『この方には身体がありません』

「何?」

『おそらくはコアのみが、ダンと融合しているんです』

「何だってっ?」と、一夏は思わず声を上げた。

要するに、一夏や諒兵のようにASを装着することが弾にはできない。

この少女っぽい何かには身体となるパーツがないからだ。

そのために弾には首輪もない。

ただ、変わりになるものは何かあるはずだとレオは言う。

「これか?」

そういって見せてきたのは、首の付け根、のどのあたりに盛り上がる小さな輪だった。

よく見るとほのかに光を放っている。

『これがこの子だよ、きっと。融合進化してるみたい』

「おいっ、大丈夫なのかっ?」と、白虎の言葉を聞いた一夏が叫ぶ。

かつてナターシャとゴスペルのとき、まったく別種のものになるといわれた融合進化。

弾がそうなるなど、一夏も諒兵も認められなかった。

『この場合、融合より寄生というのが一番近いでしょう。ただ、ダンにもこの方にも影響はありません。この状態で安定してしまってます』

どういう理由かは知らないが、コアだけが飛んできて弾に寄生しているのである。

ただ、別にそれで変化するわけではなく、弾は人間のまま、このISコアを抱え込んでしまったということだ。

とはいえ、普通の人間のままというわけにはいかない。

「どうなるんだよっ?」と、諒兵も叫ぶ。

『ダンはリョウヘイやイチカのように装着しなくてもエンジェル・ハイロゥを頭上に発現できるはずです。いわゆる超能力者ということになりますね』

まさかそういった進化があり得るとは思わず、一夏も諒兵も驚いてしまう。

しかし、間違いなく生身でエンジェル・ハイロゥの力を使えるようになっているとレオは説明する。

ただ一夏と白虎、諒兵とレオのように鎧となる部分を持たないため、肉体の耐久力は人並みだ。

とてもではないが覚醒ISとは戦えないだろう。

「俺、超能力なんて使えないぞ?」

『ダン、この子に名前付けてあげたの?』

「名前?」と、首を傾げる。

もともと幽霊か何かだと思っていたのだから、名前など付けるはずがない。

だが、だからこのコアは力を発揮できないのだと白虎が説明する。

名前は存在を確立するものだからだ。

ある意味では、この少女っぽい何かは、確かに幽霊みたいなもので、存在が確立されていないのである。

「白虎やレオって名前は、お前らがつけたのか?」

「ああ」

「ま、打鉄じゃかわいそうだしな」

だから、それぞれの存在を示す名前をつけたのだ。

これは正確にいえば、ISコアという一つの種族に対し、それぞれ個体を示す名前をつけるということになる。

それによって、それぞれの存在を確立することができるのである。

「つうか、どういうものなんだ、こいつ?」

「天使みたいなものだって蛮兄はいってた」

そう一夏が説明すると、弾は思案し始める。名前をつけてやろうというのだろう。

「天使っつうと、なんとかエルとかそんな感じか」

「安直過ぎねえか?」と、諒兵。

「うるせえ。お前のレオだってまんまだろ」

そこまでいって、どうせ安直といわれようが、天使みたいなものならと考えた弾はあっさりと名前を決めた。

「お前の名前は『エル』だ。どうだ?」

弾がそう名づけると、再び現れた少女っぽい何か、『エル』は、背中に背びれを生やした姿に変化した。

そしてエルは『内気』そうに、でもしっかりと微笑む。

 

『嬉しい。ありがとう、にぃに♪』

 

カチンっと、空気が凍りついた。

「「にぃに?」」

「こいつ俺のことそう呼ぶんだよっ!」

そういってバッと顔を覆う弾。

さすがに相当恥ずかしいらしいが、一夏や諒兵としてはいい仲間ができたと微笑む。

「お前らッ、その生暖かい眼差しはやめろッ!」

もとい、地獄への道連れができたという邪悪な笑顔だった。

 

とりあえず、弾を道連れに、もとい落ち着かせることができたと判断した一夏と諒兵は息をついた。

「しかし、何で最初から画像があったんだろう?」

と、一夏が首を捻る。

天狼が持ってこない限り、おかしな趣味の姿になることなどないはずだからだ。

しかし、エルはあっさりと答えてきた。

『少し前、テンロウが持って来てくれた』

「「知ってやがったのか、あの野郎」」

思わず声が揃ってしまう一夏と諒兵だった。

無駄に仕事の速い傍迷惑な存在である。

どうやら、先のディアマンテのIS学園襲来後に来たときに、弾のことにも気づいたらしい。

「なんだよ、テンロウって」

「天の狼って書く兄貴のASだ。一応最初のASってことになるらしいぜ」

「蛮兄のか?」

「ああ。白虎とレオの画像も持ってきた」

本人はいいことをしたつもりなのだろうが、一夏や諒兵、弾にしてみれば迷惑なことこの上なかった。

「そういや、蛮兄で思いだしたが、数馬が今、兵器かなんかの開発のアシスタントしてるらしいぞ」

「そうだったのかよ」

弾もいっぱいいっぱいの状況だったので、詳しくは知らないというが、数馬はわざわざ渡仏したという。

「使徒だったな。連中との戦いでお前らの力になりたいとかいってたぞ」

「マジかよ。数馬のやつ、変な気い遣いやがって」

「そういうなよ、諒兵。感謝しよう」

そういって照れくさそうにする諒兵に、一夏は笑いかける。

自分たちのためにがんばってくれる人がいるというのは素直に嬉しいものだ。

だからこそ、負けたくないと思える。

とはいえ、弾にしてみれば、今後のことのほうが問題だった。

「俺もこうなっちまったら、IS学園に行くしかないのか?」

『検査は受けたほうがいいですね。それに力を使ったところを見られたら拉致されかねませんよ』

『隠すより正直にいったほうがいいよ、ダン』と、レオや白虎が助言してくる。

今の弾は一夏や諒兵よりも希少価値の高い存在だ。身柄を確保しようとするものも出てくるだろう。

ならば、保護を願い出たほうが無難である。

「どうせなら一緒に行こうぜ」

「まず見てもらったほうがいいかもしれないしな」

そういって誘う二人に、弾は仕方なく従ったのだった。

 

 

IS学園に連れられてきた弾とエルの姿を見て、千冬はいきなり頭を抱えた。

「何でよりによってお前なんだ……」

「俺だってこんなことになるとは……」

そういってうなだれる弾だが、そんな彼を束が興味深そうに、周囲をぐるぐる回りながら検分している。

「なるほどねー、この子行方不明だったんだけど、コアだけで寄生してたんだ」

「行方不明?」と一夏が首を傾げる。

「コア・ネットワークから探すと反応が薄かったの。どうしたのかなと思ってたんだけど」

破壊されたのかと束としては心配していたらしい。

まさか人間の肉体に寄生しているとは想像していなかったそうだが。

さらに別の声というか元凶が語る。

『肉体の強度を考えると覚醒ISとは戦えませんからねえ』

それで天狼としては、パートナーである弾と話ができればいいだろうくらいに思ったらしい。

なお、天狼は呼ばれてきたのではなく、いまだにフランスに帰っていなかった。

というか、開発の邪魔になるといわれたので、しばらくこっちにいるつもりだという。

無論、本体は丈太郎の首に巻きついているので、戻ろうと思えば一瞬だが。

それはともかく。

「無駄に仕事がはええんだよ」

「報告してくれてもよかっただろ?」

思わず突っ込んでしまう一夏と諒兵である。

無駄に仕事が速いわりには肝心なところで仕事をしないのが天狼だった。

「しっかし驚いたわ。コア単体で寄生できちゃうのね」

『あちしも驚いたのニャ。こんニャ子がいるニャんて』

と、肩に乗せた猫鈴とともに鈴音が感心していた。

「俺はまさか鈴まで同じだとは思わなかったぞ」

「共生進化は、今の私たちにしてみれば目標なのよ。あんたみたいになるわけじゃないわ」

「能力を得ても戦えないのでは意味がないのでな」

そういったラウラに、鈴音も同意する。

無論のこと、まったく戦えないというわけではないが、弾は生身のままなので、兵器である覚醒ISとは勝負にならない。

せいぜい、遠距離からの後方支援くらいだろう。

千冬や一夏や諒兵にしてみれば、そんなことをさせるつもりはないのだが。

「ふむふむ。ディアマンテがやった覚醒に巻き込まれてコアだけで飛んじゃったんだね。それで自分の相手を見つけて寄生しちゃったんだ」

と、他の者たちの会話を無視して、束はエルを見ながらいろいろと考察していた。

そんな束に対して、エルはどこか怯えている様子だ。

「この現象、しっかり調査しないといけないから、しばらくIS学園で暮らせないかな?」

と、束は視線を千冬に向ける。

実際、弾と同じような状態の人間が他にいないとも限らないのだ。

その点を考えても、弾の身体は調べる必要がある。

また、エルの反応が白虎やレオ、猫鈴に比べて薄かったのはそういった人間同士で別のネットワークを構築している可能性もあるからだいう。

「お前の学校は休学中か?」

「いや、引きこもってた」

「なにやってんのあんた……」と、さすがに鈴音が呆れてしまう。

とはいえ弾にしてみれば、こんなのがくっついたまま学校には行けなかったのだ。

「仕方ない、こちらから手続きして休学、しばらくIS学園でお前の身体を検査する」

「マジかよー」

「文句をいうな。少なくとも同類がいるのだから、気は楽だろう」

そういわれると反論できなかった。

この状態で一人で放り出されるよりはマシな対応をされているのだ。

そんなわけで、弾はIS学園生ではないが、検査という名目でしばらくIS学園で暮らすことになったのだった。

 

 

 

 




閑話「三馬鹿HENTAIトリオ」

弾がしばらくIS学園で暮らすということになり、一夏、諒兵も付き合って五反田家に荷物を取りに戻ったときのこと。
「どういうことよっ、お兄ちゃんっ!」
「いや、俺としても行きたくて行くわけじゃない」
検査をしなければならないのだから、病院にいくようなものである。
女の園とはいっても、今は休学中でほとんど生徒がいない。
ぶっちゃけいうと、行っても面白みがないのだ。
「こいつについて調べてもらわないとどうしようもないし」
と、肩に乗って弾の頭にしがみついている『エル』を指す。
一応ISコアの一形態ではあるため、とりあえず隠す必要がなくなったのはありがたいが、あまり見せびらかしたいものではなかった。
「一夏さんのいる場所に先にお兄ちゃんが行くなんて……」
「しょうがねえだろうよ」
「むうぅーっ!」と、諒兵の言葉に頬を膨らませる蘭。
彼女としては一夏のいるIS学園に行くということが一番不満だった。
自分は入学するとしても来年まで待たなくてはならないのに、弾は事情があるとはいえ今から行く。
ゆえに不満が爆発してしまったのだ。
とはいっても、弾とエルはこのままにしておくわけにはいかないのだ。
「このままじゃ弾は不審者だしな」と、一夏は苦笑する。
確かに肩にフィギュアのような少女を乗せた男など怪しすぎる。
同じ悩みを持つだけに、一夏や諒兵は弾の味方だ。
「行ったってどうせモテないんだからっ、肩に変な女の子乗せたHENTAI男なんてっ!」
その一言は、弾のみならず、一夏や諒兵の胸も抉った。
「あれ?」
三人揃って膝を抱える姿がそこにはあった。
「もう、俺たち、ダメなのかな……」
「さすがに生きてく気力がなくなるぜ……」
「はは、エルは可愛いなあ、こんちくしょう……」
哀愁を背負った男たちの背中は妙に涙を誘っていた。





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第61話「モテ(  )ない男たち」

帰郷してから三日目の朝。

シャルロットは開発部の宿泊施設を出て、開発室へと向かった。

今日か明日あたりにはISを装着してのテストもあるので進行状況が気になるし、何よりセシリアの助言もあったので、見学させてもらうことにしたのである。

科学者とは思えないほど荒っぽい丈太郎や、わりとインテリな雰囲気の数馬は、なよっとした従兄弟とは対極にいるので、近づいてこないのは確かだろうと思ったのだ。

そんなことを考えながら廊下を歩いていると、丈太郎と数馬の姿を見かけた。

どうやら丈太郎は電話をしているらしい。

 

「たまげたなぁ。まさかそんなことになるたぁな」

……

「身体のほうは問題ねぇんだな。そんならいい」

……

「今、こっちゃぁ手が離せねぇ。篠ノ之に頼んどいてくれや」

 

相手の声は聞こえないので何を話しているかわからないが、何か問題でも起きたのだろうかとシャルロットは思う。

なんとなく声がかけづらいので待っていると、丈太郎は自分の首輪をビシッと叩く。

 

「効いたろ?」

……♪

「面倒かけてすまねぇな。詫びはすんぜ」

……♪、♪

「おぅ、そんじゃぁな」

 

そういって丈太郎が電話を切ると、数馬が話しかける。

「一夏のお姉さんからだったんだろう。なんの用だったんだ、蛮兄?」

「いや弾のことでな。あの野郎、コアに寄生されたんだと」

「寄生っ?」と、シャルロットは思わず声を出してしまう。

すると二人がこちらを向いてきた。

「おめぇか。はええな」

「おはよう、デュノアさん」

「あ、おはようございます。でも今の話って?」

そう問いかけると「ここじゃぁな」といって、丈太郎はシャルロットと数馬を別室へと連れて行った。

話を聞いたシャルロットは、心底驚いてしまう。

「コアが単体で?」

「らしぃ。俺も初めて聞いたぞ、こんなこたぁ」

「なんというか、弾も苦労してるな」

そういって苦笑いする数馬に、シャルロットも釣られて苦笑してしまう。

弾という人物については面識がないが、数馬同様に一夏や諒兵、そして鈴音の友人だと聞き、既に親近感を持っていた。

「姉のほうの篠ノ之が言うにゃぁ、似たような連中がいる可能性もあるし、独自のネットワークを構築してる可能性もあるみてぇだ」

「ISのコア・ネットワークとは違うんですか?」

「基本的にゃぁ機械のISと違って、コアが脳に直結してる可能性があるかんな」

「それで検査になったのか」

「そういうこった」

そんな身の上になってしまった弾という人物には少なからず同情してしまうが、目下のところ悩みは天狼に作らされた自分のASの画像情報らしい。

「お人形さん連れて歩いてるって言われたりとか、幽霊に憑り付かれたとか思ってて、落ち込んでたっつってたぞ」

「アホか、あいつは」と、呆れ顔の数馬。

「いや、まあ、悩む人は悩むんじゃないかな」と、シャルロットは再び苦笑いしてしまう。

鈴音の肩に猫鈴がいるのは大して気にならなかったが、一夏の頭の上にいる白虎や、諒兵の肩に乗っていたレオはやっぱり気になってしまったからだ。

あらぬ噂が立ってしまうと不安になるのも仕方ないだろう。

「ま、とりあえず意識を乗っ取られる心配はねぇみてぇだ」

「そうなんですか」

「個性が『内気』らしい。同類、つまり共生進化したやつとしか話さねぇとよ。弾は肝が据わりゃぁ、気はしっかりしてっかんな」

「そうか」と、数馬が安堵の息をつくのを見たシャルロットは、なんだかんだと友人を心配する姿になんだか嬉しくなってしまった。

友人を大事にしている証拠だと感じたからだ。

「で、どうした?」と、いきなり丈太郎はシャルロットに尋ねてくる。

「えっと、僕も兵器開発の勉強してるから、見学させてもらいたくて」

とりあえずはセシリアのアドバイスに従って、そう頼みかける。

「ケツ叩かれてっからなぁ。俺ぁ応対できねぇんだが……」

「あ、それはわかってます。近くで見させてもらえないかなって……」

とにかく従兄弟のジョスランから逃げたいので、シャルロットは必死だった。

何とか見学させてもらいたいと頼み込む。

「しゃぁねぇな。いや、ちょうどいいか」

意外な言葉が出てきて、シャルロットは少し驚いてしまった。

ちょうどいいとはどういう意味なのだろう。

やはりテストパイロットが必要なテストは近いのだろうか。

「いや、それもあんだが、数馬、ブリューナクについてデュノアに説明しとけ」

「俺がか?」

「テストんとき、戸惑わねぇようにな。しっかり説明するにゃぁそれなりに勉強してる必要がある」

「おめぇの勉強にもならぁな」と、丈太郎はいう。

そういわれては断らないわけにもいかないと、そう考えた数馬だが、シャルロットに上手く説明できるかどうかは不安もあるようだ。

そのためか尋ねかけてくる。

「俺でかまわないか?」

「とんでもないっ、ものすごくありがたいよっ、お願いしますっ!」

むしろ天の助けだとシャルロットは思いっきり頭を下げるのだった。

 

 

シャルロットは社内の休憩所で数馬からブリューナクの説明を受けることになった。

収束荷電粒子砲。

コードネーム『ブリューナク』は分類上はそうなるとセドリックがいっていたことをシャルロットは思いだす。

荷電粒子砲とは、荷電粒子、いわゆるイオン化した原子、もしくは素粒子を亜光速まで加速し、砲弾として撃ちだす兵器だ。

現代の科学では技術そのものはあるのだが、推定される必要な電力量があまりに大きく、実現が難しいとされていた。

無論、ブリューナクと名づけられた対『使徒』用兵器も使われる電力量は桁が違う。

数馬曰く、それに関しては現在ISを動かしているエネルギーを使うという。

「ただ、何発も撃てるわけじゃない」

「だろうね。つまり一発一発を大事に撃たないといけないんだ」

荷電粒子砲そのものは知識の中にあったシャルロットだが、改めて説明してもらうことにした。

これは数馬にとっても勉強になるからだ。

「でも、それを収束なんてどうやるの?」

「ブリューナクは別の言い方をすれば荷電『分子』砲になるそうだ」

要は砲弾そのものをいじっており、加速後に原子や粒子を連結していると数馬は説明する。

「砲弾となる粒子そのものをいったん十三発発射してから砲身内部で螺旋構造を使って棒状に連結、槍を形成して撃ちだしているんだ」

「だから収束なのかっ!」

「そういうことだ。一発のエネルギーではなく『砲弾』の貫通力を高くしてあると思えばいい」

荷電粒子砲そのものが、実現の難しい兵器であるにもかかわらず、その上を行っていることにシャルロットは素直に驚いた。

父、セドリックが第4世代兵器というのも肯ける。

そしてそれだけのものが作れるということに、さすがに高名な博士であると感心した。

「一応、ISで使えるように小さくはしてあるが、今のサイズが限界だそうだ。蛮兄はむしろ、各基地の砲台か自走砲として使うほうがメインになると考えているらしい」

「そうだね。動かすのが大変そうだ」

「取り回しに気をつけないと逆に的になる。そのあたりも気をつけてくれ」

「うん」と、シャルロットは真剣な表情で肯いた。

同時に、楽しかった。

お互いに同じような道を目指しているせいか、数馬の説明する姿には真摯なものを感じたし、自分も素直に聞くことができたからだ。

とはいえ、疑問も生まれた。

確かにすごい兵器なのだが、エンジェル・ハイロゥに触れたことのある丈太郎ならば、オーバーテクノロジーに近いものも作れるのではないかと考えたからだ。

すると、意外な答えが返ってくる。

「蛮兄は自分は臆病者だといっていた」

「えっ?」

「……作れないわけじゃないが、今の人類にオーバーテクノロジーを伝えれば、『戦後』にどうなるかわからないといっていたんだ」

つまりはISとの戦争の後ということだ。

とんでもない兵器によって世界が変わってしまうことは、ISが証明している。

そこにさらにとんでもないテクノロジーを登場させればどうなるかなど考えるまでもない。

今度は、人と人とが争うだけだ。

「ノーベルの話は知ってるか?」

「もちろん。ノーベル賞はそもそもダイナマイトを発明したことで得た富が元になってるんだし」

 

発明家アルフレッド・ノーベルについて語るのは難しい。

そもそもが爆薬開発者なのだ。だが、その後に安全に使えるダイナマイトを発明し、巨万の富を築いたという。

現代に残るノーベル賞は彼の財産を運用して得られる利益により供されている。

 

「ダイナマイトは本来は土木工事などの安全な利用を前提として使われるものだった。しかし、いまだに爆薬が利用される中でもっとも多いのは……」

「兵器だね……」

大量破壊兵器に分類されるものは多々ある。実は毒などもこの分類に入る。しかし人がイメージする原点を考えればダイナマイトといえるだろう。

「そうか。博士は悪用を恐れたんだね?」

「ああ。兵器開発者は死の商人といわれる。それは仕方ないとしても、作ったものとして責任が取れるかどうかわからないものは作らないそうだ」

ゆえにあくまで現代の技術で開発可能な兵器としてブリューナクを開発したという話を聞いたと数馬は語った。

「科学者は知識の探求のために様々なものを作ってしまう。だが、だからこそそれを人のために使う努力をしなければならない。作って終わりではないといっていたんだ」

「そうだね。開発者を目指す以上はちゃんと覚えておかないと」

「お互いにな」

そういって笑った数馬に、シャルロットも笑い返す。

少なくともここに同じ道を志す仲間がいる。

それはとても嬉しいことだと考えたからだった。

 

そこに。

「やあ、シャルロット」

(うげ)と、思わずそんなことを考えてしまうような声がかけられて、シャルロットは一瞬顔を顰めた。

「おはようございます」

現れたジョスランにすぐに笑顔を作って応対する。

そんな彼女を訝しげに見る数馬だが、シャルロットは気づかなかった。

「昨日はどうだった?」

「父とは問題なく挨拶できましたよ」

(呆れた無神経だなあ、もう)

さすがに気にせず話しかけてくるとは思わなかったと、シャルロットは内心で毒づく。

もっとも冷静に観察してみると、シャルロット以外を認識していないように見える。

つまり数馬を見ていないのだ。

完全にシャルロットの誤算だった。

「朝食は?」

「いただきました」

「なら、少し散策でもどうかな。息抜きは必要だと思うよ」

「すまないが」と、数馬が声をかけたことで、ようやく気づいたらしいジョスランが振り向く。

「えっと、君は誰?」

「蛮場博士のアシスタントをしている者だ」

「バンバ?」

(うちの会社で今すごく大事な開発してる人を知らないのっ?)

重役になるなどという人間がまさか、今、開発のメインを張っている人間の名を知らないとは、とシャルロットは呆れてしまう。

だが、気にせずに続ける数馬にシャルロットは気にしていないらしいと安心した。

「ちょうど今、開発中の兵器の説明をしていたところだ。少し待ってもらえないか?」

(がんばって数馬っ!)

内心では大声で声援を送るシャルロット。

二人で散策など何の拷問かと思うので、かなり必死に応援していた。

だが、シャルロットの期待に反して、ジョスランはどこか相手の顔をうかがうように、だが睨め上げるような視線でいってくる。

「あの、君って空気読めないのかな?」

「どういうことだ?」

「少しくらい融通効かせないと嫌われるよ」

要するに邪魔だから消えろといっているのだとシャルロットは感じた。

(……お前が空気読め。この○×△野郎)

とても人には聞かせられないような言葉で毒づいた。

だが、次に聞こえてきたセリフに思いっきり焦ってしまう。

「確かに友人たちにも空気が読めないとはいわれるが」

数馬の友人関係の中でバランサーとして動いていたのは弾なので、数馬自身はそのあたりの機微はそこまで聡くはない。

とはいっても、半分以上は冗談なので、あまり気にしてもいなかった。

実際、彼なりに考えた行動を一夏や諒兵、鈴音、それに弾が糾弾するようなことをしたことはない。

どちらかといえば「無理するな」といった意味でいわれるほうが多かったのだ。

それでもストレートに「嫌われる」などといわれれば気にしてしまうのは人の性だろう。

(わーっ、空気なんて読まないで僕の心読んでぇーっ!)

いきなり無茶なことを願うシャルロットだった。

必死な眼差しで、ジョスランに見えないようにしつつ、数馬に訴える。

それを見た数馬は。

「いや、今、開発している兵器は人類の存亡に関わるものだ。これより優先されることはそうないだろう」

「え、ちょっと……」

「すまないがテストは明日を予定している。そのためにもしっかりレクチャーしておく必要がある」

後にしてくれ、と、そういって自分を促してくる数馬に、シャルロットは内心嬉々として従ったのだった。

 

 

二人でラウンジから開発室へと向かう。

すると数馬のほうが先ほどの一件について尋ねてきた。

実のところ、見学したいといったのは方便で、数馬を虫除けにするために利用したのだから、シャルロットは心から申し訳ないと思い、頭を下げた。

「ごめんなさい。正直、声をかけられたくなくて……」

事情を説明するシャルロットに、数馬は気にするなという。

「君の精神状態を良好に保つことも重要だ。まあ、嫌いなやつと二人きりなんて俺でも勘弁願いたいし、気持ちはわかる」

「僕だって相手は選びたいよ」

社長令嬢だし、何より父セドリックが実のところ自分の意志で政略結婚を選んだこと、母が立場上は愛人であったことを考えても、自分にそういった自由はあまり与えられないことは理解できる。

それでも、結婚相手になる人くらいは確かに自分で選びたかった。

「だから助けてくれてありがとう。ちょっと焦っちゃったよ」

「あんな目で見られてはな。狼に囲まれてる子羊はあんな感じだろうと思ったぞ」

「あいつ、狼っていうほどカッコいいなんて思わないよ」

なんというか、いやらしい下心を感じるので、まさに人間なのだろう。

そんなことはともかくとして、本当に心底からシャルロットは安堵していた。

そんな彼女に数馬が助言してくる。

「君の父さんに頼んで、しばらく来させないようにすべきだ」

「う~ん、IDは勝手には消せないしなあ」

「デュノア社とて、安全ではないんだ。いやここはむしろ一番危険な場所だ」

フランスはまだ覚醒ISが襲来していないが、逆にここで兵器開発していることを知られたら襲われる可能性は高いのだ。

そんな状況で、ISを抑えられているシャルロットの精神状態を悪化させるのは得策ではない。

「そういった理由をいえばしばらく自重するだろう」

「そうだね。よかった解決策が見つかって」

命の危機だといえば、少しは自重するだろう。

というか、社内をうろうろされるとうっとうしいことこの上ない。

開発室についたら電話でセドリックに伝えて、忠告してもらおうと決める。

そう思うと、シャルロットは精神的に余裕ができたのか、ふと、気になったことを尋ねてみた。

「数馬は付き合ってる人とかいないの?」

「あいにく俺はモテないからな」

空気が読めないといわれるのはある意味では的を射た言葉だと苦笑する数馬に、シャルロットは首を傾げる。

「俺たち四人、俺と一夏と諒兵と弾の中では一夏がダントツでモテた」

「へえ」

「おかげで弾が気にしてモテるためにバンド組もうとか言い出したくらいだ」

実際のところは、数馬としては付き合いの意味が大きく、弾のようにマジメにやってたわけではない。

それでも別に自分がモテる男だとは思っていないらしい。

「何でだろう。諒兵や数馬を見てると一夏に劣ってるとは思わないけど」

「さてな。そこらへんが空気が読めないといわれる理由でもあるのだろう」と、再び苦笑する数馬。

とはいえ、シャルロットとしてはさりげなく自分を庇ってくれたところを見ても、数馬は十分いい男だと思う。

一夏や諒兵だって格好良かったのだ。

弾は会っていないのでわからないが。

だから、ふと思った。

 

(ひょっとしてモテないんじゃなくて、『モテ(ることに気づいて)ない』んじゃないかなあ?)

 

一夏もかなり鈍いのだから、そういった欠点が伝染してしまっているようにシャルロットが感じていると、そういえば、と数馬が尋ねかけてきた。

「諒兵はどうなんだ。一夏は女子校なんていったらモテすぎて苦労すると思うが」

逆に女子を敵に回していないかと心配しているらしい。

そんなことはないとシャルロットは否定した。

「嫌われてるってことはないよ。まあ、目つきが鋭いし荒っぽいとこあるから苦手にしてる子はいるみたいだけど」

「そうだな。会ったころのあいつは本当に狂犬だったし」

(あ、数馬も知ってるんだ)と、シャルロットは納得する。

とはいえ、諒兵といえば、夫婦宣言したラウラの存在を思い出してしまう。

どうせなら話しておこうと諒兵とラウラのことについて説明した。

「また極端な子に好かれたな、あいつも」

呆れた顔をする数馬に、シャルロットは苦笑いを返す。

ただ、だからこそ思う。

「諒兵のこと好きになった子もいるんだし、数馬も自信持っていいと思うよ」

「ありがとう、デュノアさん」

「シャルでいいよ。友達はみんなそう呼んでくれるから」

数馬も、もう他人ではないのだから、親しく呼んでほしいと笑いかける。

「わかった。ありがとう、シャル」

「どういたしまして」

慣れないのか、いまいち不器用な笑顔がなんだか少し可愛らしく見えたシャルロットだった。

 

 

 

 




閑話「独身と妻帯者」

日本、IS学園。
「女から夫婦宣言とかどういう了見だゴルァッ!」
「こっちゃあ苦労してんだよドアホッ!」
『がんばれ、にぃに』
『まあ、わかってはもらえないと思いますけど』
華麗な足技の応酬で見事な格闘戦を見せる諒兵と弾の姿があった。
応援するエルに対し、レオはため息をついているが。
発端は、ラウラに「だんなさま」と呼ばれたことを諒兵に問い詰めた弾が、理由を聞いてキレたためである。
「弾とやらは本当に強いな。たいした技のキレだ」
「まあね。一夏や諒兵と互角に戦えるの弾くらいだし」
ラウラ、そして鈴音がのんびりと眺めている。
「こういうのも懐かしいなあ」と、一夏も感慨深げだ。
『男は殴り合って友情を確かめるのニャ』
『蹴り合ってるよ?』
うんうんと肯く猫鈴に白虎が突っ込んでいる。
他愛のないケンカなので、三人プラス二名に止める気はないらしい。
傍で真耶がおろおろしており、千冬がこめかみを押さえているが。
「聞いたぞてめえッ、最近ちっぱいスキーとかロリコンとかいわれてんだろッ、まんまだぞあの子ッ!」
「どこのどいつだッ、んな不名誉な噂流してやがんなあッ?!」
そんな叫びを聞いた鈴音はそっと顔を背けたのだった。





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第62話「それぞれの使命」

シャルロットがセドリックにお願いし、諒兵と弾がど突き合っているころ。

セシリアは開発局内部にある試験場でブルー・ティアーズを展開、機体のチェックを行っていた。

「では、少し飛行してください」

「了解しましたわ」

その機動には何の問題もない。だが、問題がないことこそが問題だとセシリアは思う。

(私はブルー・ティアーズのことを理解しきれていない……)

進化の兆しを感じないのだ。

その点に関しては唐突に来るものらしいと鈴音から説明を受けているが、それでも何らかの兆しがほしいとセシリアは感じていた。

 

『忠実』

 

言葉の意味だけを考えるなら、真心を込めてよく務めるという、セシリアにしてみれば理想的な相手だ。

自惚れるつもりはないが、貴族たる自分の相手に相応しい。

ゆえに、ぜひブルー・ティアーズを理解したいと思うし、きっと理解できる相手だとセシリアは考えている。

しかし、何の兆しもないということが、セシリアの心にわずかな漣を立てていた。

 

 

チェック後、機体を再び開発スタッフに預けたセシリアは、ティーブレイクの間にそんなことをチェルシーに話す。

すると、意外な答えが返ってきた。

「誤解なさっておいでですね、お嬢様」

「どういうことですの?」

『忠実』という個性はいったとおりの意味であるはずだ。

そもそもIS学園に首席合格するほどなのだから、勉学の才覚において抜きん出たものを持つセシリアが誤解するということはそうはない。

しかし、チェルシーは首を横に振った。

「お嬢様のおっしゃり方だと『忠実』ではなく『忠義』と意味を取り違えておいでかと」

「……『忠義』と?」

「僭越ながら、そういう点では私の個性もおそらく『忠実』でしょう。その点では理解しやすい相手です」

だが、とチェルシーは続ける。

『忠実』とは人に仕えることを意味する言葉ではない。

職務、物事に対して真摯であることを意味するのだ。

「お嬢様を裏切るつもりなど毛頭ありませんが、私はメイドとしての職務を果たすことこそ誇りなのです」

「盲目的に人に仕えるようなメイドではない、ということですわね?」

「聡明です」

以前にも語ったが、チェルシーはメイドではあるが、生まれは貴族になる。庶民ではない。

つまりセシリアとは本来対等な立場なのだ。

主の指図どおりに動くだけの人形ではない。

もっとも、本来、忠義者とは主の指図どおりに動く人形などではないが。

「世の忠義者はみな同じでしょう。そしてそれこそが『忠実』です」

「それこそ?」

「ここから先はご自身でお考えください。そこに答えがあると私は思います。ただ、焦りは禁物です、お嬢様」

突き放されてしまったように感じるが、確かに自分で答えを見いださなければ意味がない。

そう考えたセシリアはチェルシーに謝辞を伝える。

だが。

(忠義と忠実……、似て非なる言葉……)

その非なる部分にこそ、セシリアがいまだ見いだせない答えがあるのだろう。

焦るなといわれても、やはり気になってしまう気持ちを止めることはできなかった。

 

 

ティーブレイクのあと、セシリアは開発局内部を見学することにした。チェルシーは部屋で休んでいるのだが。

はっきりいえば、機体チェックとデータ採取だけの日々は暇で仕方がないのである。

本音をいえば、フランスで個人的な騒動に巻き込まれているシャルロットにアドバイスに行きたかった。

(数馬さんとやらと進んでいるかもしれませんし。意外と従兄弟の方に迫られていたりも……)

実のところ、単なる野次馬根性である。

かといって、暫定的には国家代表であるセシリアが、イギリスのIS開発技術向上のために協力しないわけにはいかない。

そんなわけで、思い切り暇を持て余していたのだ。

「こちらが凍結済みのコアになります」

「さすがに厳重ですわね」

「強奪されて敵に組み上げられれば、そのまま恐ろしい敵が増えますから」

と、案内を頼んだ研究者は説明する。

開発局の地下の一角にその場所はあった。

イギリスに割り当てられたISコアが、剥き出しのまま厳重な保管ケースに入れられている。

その保管ケースには気になる文言が表記されていた。

『温和』『薄弱』『潔癖』『意固地』といった言葉だ。

「これは?」

「ISコアの個性です。今後ISの開発においてコアの個性は決して無視できませんから」

「なるほど」と、納得する。

戦後、IS開発がどうなるのかはわからないが、もし続けられるのであれば、コアの個性は確かに重要なキーワードになるだろう。

逆にISを封印することも考えられるが、現状ISの強力さを考えるとそれはなかなか難しい。

ならば開発する方向で考えるほうがベターな選択だ。

データ採取もその点を見越してのことなのだろう。

「不明もありますのね」

「コアの個性は、博士か天災のどちらかでなければ読み取れませんので」

ここに書かれているのは、送られてきた情報をもとにしたものだという。

不明となっているものがもし危険な個性だったとしたら、とてもではないが開発には回せない。

そのため基本的には凍結したまま保管するのみだと研究者は語った。

「レディのブルー・ティアーズのコアは『忠実』だそうですね」

「ええ、そうですわ」

「対してサイレント・ゼフィルスは『自尊』、まったく対極といっていい」

確かに、対極だとセシリアも思う。

己こそ至高、絶対であると考える『自尊』のサイレント・ゼフィルスに対し、真心を込めるという相手の身になって考えるのが『忠実』のブルー・ティアーズだ。

同じ第3世代機でありながら、偶然とはいえ対極の個性を持つコアが選ばれたことに、神の皮肉を感じてしまうセシリアだった。

「強奪されなかった場合、誰が乗るはずだったんですの?」

「決定していませんでした。レディであった可能性は十分にあります」

「それは光栄ですわ」

そうはいっても『自尊』な個性のサイレント・ゼフィルスとはとても上手くやっていけたとは思わない。

ただ、最新鋭機を受け取れた可能性があったということを光栄だと思ったのも確かだ。

テストパイロットなりに認められていたということだろうか。

それとも、ただのおべっかだろうか。

(相手の言葉を素直に受け止められないのは、いやな性分ですわね)

と、セシリアは苦笑してしまうのだった。

 

 

次はサーバールームだった。

「こちらに現在データを保存しています」

「バックアップはどうなっていますの?」

先の襲撃では徹底的にクラッキングされた以上、バックアップをネットワークに接続されたサーバーに保管するのは危険すぎるだろう。

だが、意外な答えが返ってきた。

「……サイレント・ゼフィルスは物理的に遮断してあったバックアップデータを狙撃してきたんです」

「なっ、そこまでっ?」

最後にトドメとして撃ったというレーザーライフルは、実際にはそこを狙っていたらしい。

ISのデータはその機密上、バックアップはいくつもとってある。

ネットワークを使って退避できるようにしているものもあれば、物理的にネットワークから遮断して保存されているデータもあった。

だが、サイレント・ゼフィルスはそれを狙って狙撃してきたという。

「……ネットワークですべてのバックアップデータの場所を探っていたんですわね」

「正直いって、念の入れようが違います。ゆえに物理データはコアとともに保管しています」

核攻撃にも耐える場所なので、鍵さえかけてしまえば問題はないらしい。

それこそ、イギリスが焦土になっても残るという。

本末転倒、この上ないが。

「サイレント・ゼフィルスは自分以外のBT機の存在を許さないのだろうと感じましたけど……」

「レディのおっしゃるとおりです。アレは間違いなく自分のみを唯一のBT機としたいのでしょう」

己に誇りを持つといっても限度がある。

いや、誇りを持つとは自分を唯一のものとするということではない。

例え同じような相手でも、尊重しあい、ともに切磋琢磨する相手とすることだ。

正直、セシリアはゾッとしてしまう。

今、サイレント・ゼフィルスが目障りに感じているのは、間違いなくブルー・ティアーズだと思い知ったからだ。

そして同じことは研究者も考えたらしい。

「いずれ、必ずレディの前に姿を現すはずです。お気をつけください」

「忠告、ありがたく思いますわ」

そう答えたセシリアだったが、それがまさか、『今』だとは思いもしなかった。

ガガガガガガァンッ、という幾つものすさまじい轟音とともに、開発局が大きく揺さぶられる。

「まさかッ!」

「レディッ、サイレント・ゼフィルスですッ!」

局内に設えられたスピーカーから、絶望的な言葉が聞こえてくる。

セシリアはすぐに駆け出した。

ブルー・ティアーズも大事だ。

だが、今、セシリアが泊まっている部屋には大事な幼馴染みであり、大切な友人であり、信頼できるメイドであるチェルシーがいる。

生身の人間がISの攻撃に耐えられるはずがない。

ゆえにセシリアは、チェルシーの元へと向かうことを選択した。

 

開発局はものの数分で瓦礫の山となった。

これが今のサイレント・ゼフィルスの力。

さすがイギリスの第3世代機だと喜ぶものは一人もいないだろうが。

しかし、今のセシリアにとって重要なのはそんなことではない。

瓦礫の山となった建物の中を必死に走る。

(チェルシーッ、無事でいてッ!)

言葉遣いが荒れようが気になどしていられない。

チェルシーの無事を確認するまでは。

そして。

自分の部屋のドアを蹴り破ったセシリアは、絶望的な瓦礫の山を目にしてしまった。

砕かれ、空が見えるようになってしまった天井から、いまだに小さな瓦礫が降ってきている。

「くッ!」

まだだ。

まだ、そうと決まったわけではない。

そう信じ、手が傷つくのもかまわずに、セシリアは瓦礫の中を必死に掘り起こす。

IS操縦者として鍛えてきたことは伊達ではない。

軽いものなら一人でも持ち上げられる。

そしてようやく見つけたのは、赤い水溜りだった。

「チェルシィィィィィィィッ!」

セシリアの絶望的な悲鳴が、瓦礫の山の中に響き渡った。

 

 

イギリス、軍病院の病室。

包帯を巻かれて横たわるチェルシーを見つめながら、セシリアはまんじりともせずに座っていた。

必死に見つけ出したとき、チェルシーは額を切っていたのに加え、左腕を骨折、右脇腹に細い瓦礫が剣のように突き刺さっていた。

実のところ、彼女はとっさにテーブルで身を守っていたらしい。

それでも巨大な瓦礫が落ちてきて逃げ損ねたのだ。

緊急手術は成功、幸い内臓を傷つけられてはいないので、チェルシーの命に別状はないというが、セシリアは内心では憤怒に身を焼かれそうな気分だった。

(サイレント・ゼフィルス……、私が必ずこの手で……)

殺意というのはこういうものをいうのだろうとセシリアは思う。

凍結など生ぬるい。

大事な幼馴染みであるチェルシーが一歩間違えれば死ぬところだったのだ。

その罰は死を以ってでしか与えられない。

一度は多少なりと親近感を持った。

『自尊』というその個性は、自分に自信を持つという点では、セシリアにもあったものだといえるからだ。

だが、それだけに今は憎悪の対象だった。

(この手で、……コアを砕くッ!)

それはISコアとしての死を意味することだ。一夏や諒兵が絶対にやろうとしないことだと知っている。

でも、そうしなければ収まらない。

この怒りだけは。

そんなことを考えていると、セシリアは肩を叩かれる。

「お話が」と、そういってきたのは開発局にいた職員だった。

 

手渡されたものを見てセシリアは首を傾げる。

それはまるでサファイアのように美しい直径十センチほどの透明な球体だった。

「これは?」

「……我々もまだ信じることができていませんが、おそらくはブルー・ティアーズです」

「なっ?」

いきなりそんなことをいわれても信じられるはずがなかった。

しかし間違いないと職員はいう。

サイレント・ゼフィルスが開発局を襲撃したとき、そのレーザーは明確にブルー・ティアーズを狙っていたという。

だが、レーザーが直撃する瞬間、ブルー・ティアーズは光となって消失した。

「そして、その場にあったのがこれです」

状況から考えてこれがブルー・ティアーズだと考えられるのだが、確証はないと職員は説明する。

「何故ですの?」

「ISコアの反応がないというか、非常に薄いのです。凍結に近い状態となっています」

「まさか自らっ?」

「そう考えるのが妥当でしょう。サイレント・ゼフィルスの攻撃から身を守るためと推測されます」

よもやブルー・ティアーズがそんなことになってしまっていたとは思わなかったセシリアは己の不明を嘆く。

大事な幼馴染みのチェルシーは傷つき、ブルー・ティアーズは対話するどころか物言わぬ球体となった。

サイレント・ゼフィルスによって、セシリアは一度に大事な『者』を二つも傷つけられてしまったのだ。

「口惜しいですが、今の我々では解除のしようがありません」

「それでは……」

進化に至るどころか、戦う手段を失ってしまった自分は、もはや戦場にいくことはできない。

「ただ、可能性はあると我々は考えました」

「可能性?」

「レディ、あなたにブルー・ティアーズを託します」

「何故ですのっ?」

驚くセシリアに職員は説明してきた。

今、世界中の科学者がもっとも理解できていないのが、コアの持つ個性、正確にいえば心だ。

その心を理解するために、セシリアの力が必要だという。

「理由はただ一つ。もし本当に身を守るつもりなら、ブルー・ティアーズは自ら飛び去ったはずです」

だが、ブルー・ティアーズは凍結することを選択し、開発局から飛び去ることはなかった。

まだ、ここにいようという意思がある。

それは間違いなく、セシリアがいたからだと職員は語る。

ならば、ブルー・ティアーズの意思を知ることができる人間は、イギリスにおいてただ一人しかいない。

「レディ、あなたならば、ブルー・ティアーズの意志を知り得る可能性があります」

同時に、イギリスでは無事だったデータを解析するという。

「無事だったのですかッ?」

「……二人の職員が犠牲となりましたが」

「そんな……」

「だが、ブルー・ティアーズのデータは無事だった。今は喜ぶべきでしょう」

カッとセシリアの視界が赤くなる。

あまりの怒りで本当に血が上ってきたように感じたのだ。

「人の命よりッ、たかがデータが大事だというんですのッ?」

冗談ではない。

亡くなった職員には申し訳ないが、チェルシーとて傷つけられた。

死ぬかもしれなかったのだ。

それなのに人が死んでもデータが無事だったと喜べるはずがないとセシリアは激昂する。

しかし、セシリアの怒りにひるむことなく、その職員は語った。

「レディ、彼らは命を失ってでもデータを守り抜いたのです。データを無用の物のようにいうのは、彼らの意志を、命を否定するのと同じ。そのような権利はあなたにはない」

「あっ……」

「お怒りはもっともでしょう。ブランケット嬢も傷つけられた。ですが、彼らが『使命』を果たした結果、イギリスに希望の灯が残った」

「使命……」

そして同じことが、今セシリアの手の中にあるブルー・ティアーズにもいえる。

命を賭して守られたデータと、飛び去ることのなかったブルー・ティアーズ。

今、これだけがイギリスの希望なのだ。

「お願いします、レディ。我々も全力を尽くします。どうか、いま一度、空へ」

そんな職員の言葉を聞いたセシリアは、手の中の青い球体がずしりと重くなったような気がする。

それはイギリスの国家代表にして、オルコット家の当主でもある彼女に課せられたものの重さだった。

 

 

 

 



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番外編「ここは誰、私はどこ?」

エイプリル・フールの小ネタです。

よくある、もしIS学園が男子校だったらというネタですね。ただ、全キャラTSではなく、うちのメインヒロインに異世界体験してもらいました。
……最近、出番が少ないので。

なお、ネタですので、続きを書く予定はありません。


ある朝、鈴音が目を覚ますと、いきなり目の前に金髪イケメンがいた。

「へっ?」

「Hey、何を驚いてるんだRin」

「あんた誰?」

「ティムだよ。ルームメイトの顔を忘れたかい?」

よくみると、自分のルームメイトであるティナの面影がある。

 

……ある?

 

「えぇえぇぇぇぇえぇえええぇっ?!」

叫びながら、着の身着のままで飛び出した鈴音を待ち受けていたのは……。

「一夏っ、諒兵っ!」

「おはよう、鈴」

「おっす。今日は早いじゃねえか」

見慣れた二人の顔に安心する鈴音は、すぐに部屋にいた男について尋ねた。

「……何言ってるんだ鈴?」

「えっ?」

「鈴と相部屋なのはムカつくけど、ティムはいい奴だぜ。まあ、一人部屋ができるまでの辛抱だし、何かあったら、俺がぶっ飛ばしてやるから心配すんな」

「あの……?」

混乱している鈴音だったが、そこに声がかけられた。

「一夏君、諒兵君、レディを混乱させるのは良くありませんね」

男の声だった。

鈴音が目を向けると、イギリス紳士然とした少年がそこにいた。

「セシルじゃないか。いや、鈴の様子がおかしくて」

「ティムの事を見たことねえとかいってんだよ」

「こんなところにレディ一人では、いろいろと困ることも多いものですよ。レディ鈴音、悩みがあるならお聞きしますよ」

「……どちら様?」

「む、これは確かに重症ですね。私はセシル・オルコット。貴女とは代表戦で戦ったはずですが」

その言葉を聞くなり、鈴音は全速力で駆け出した。

 

そして、見覚えのある後姿を見つけるなり、声をかける。

「シャルっ!」

「あれ、おはよう、鈴」

「あの、ティナがっ、セシリアがっ、男になってるんだけどっ?!」

「えっ、誰のこと?」

「誰って……、あの、フルネーム聞いていい?」

「どうしたの鈴?僕はシャルル・デュノアだよ。ちゃんと男だって説明したじゃないか」

思わず猫みたいな顔になってしまった鈴音である。

「女装して君に近づいたことは謝ったでしょ」

「そ、そうだったっけ……」

確かに自称『シャルル』は細身の女顔なので、男の娘でも通用するような美少年である。

「シャルル、私の嫁に何をしている」

と、そこに声をかけてきたのは、小柄ではあるが、左目の眼帯をして抜き身のナイフのような鋭い雰囲気の美少年。

「……嫁?」

いや、女性に対して使うのはそこまでおかしくはないが、いきなり嫁呼ばわりはないだろうと鈴音は思う。

「ライン、それは鈴が困るって言ってるでしょ。ダメだよ。それに一夏や諒兵とまたケンカするの?」

「望むところだ。嫁は奪うものだと副隊長のクラウスが言っていた。それと名前を略すな。私はラインハルト・ボーデヴィッヒだぞ」

「君の部隊の副隊長の知識は偏ってる気がするんだ……」

と、自称『シャルル』はため息をついた。

また、『ラインハルト』と名乗った少年はどことなくラウラっぽい。

(どうしよう、どうなってるのコレ?)

鈴音は冷や汗だらだらであった。何かどころではなく、全てがおかしい。

というか、気が休まらないレベルで美形揃いの男たちの中に、自分は間違いなく女として一人きりである。

なんかもう、18禁な展開が脳裏に浮かんでしまう。

自称『シャルル』と自称『ラインハルト』が話しているのを見つつ、ゆっくりと、しかし確実に離れ、鈴音は再び駆け出した。

 

「とっ、とにかくここから出ないとっ!」

そう呟きながら必死に走る。周り中みんな男だらけなんて何の拷問だと考えるが、一夏と諒兵も同じ気持ちだったのかなあと思うと、申し訳ない気持ちになった。

「きゃっ!」「ぐっ?!」

そんなことを考えていたためか、誰かとぶつかってしまう。

「ごっ、ごめんなさいっ!」

「……凰か。一夏もよくこんな落ち着きのない女や日野のような不良と仲良くしていられるな」

「……どちら様で?」

「物覚えも悪いのか。篠ノ之法規と名乗っただろう」

名前の響きは一緒だった。

ポニーテールも一緒だった。

でも、嫉妬するほど大きくて柔らかいはずだった胸は、異様なほど引き締まっていて硬かった。

というか、間違いなく男だった。

「それといい加減に離れろ。虫唾が走る。俺が女嫌いなのは、最初に会ったときに散々説明したはずだ」

「あっ、ごめんなさいっ!」

「ふんっ!」と、鼻を鳴らして自称『法規』は歩き去っていった。

この世界でもあまり仲良くはなれていないらしい。

それはともかく、これ以上、似て非なる同級生に会いまくるのは精神衛生上マズいと鈴音は思う。

とにかくいったんここから離れよう、そう思った鈴音は玄関まで突っ走る。

しかし。

「廊下を走るなッ!」

「ひゃいっ!」と、いきなり厳しい叱責をかけられ、鈴音はピタッと立ち止まった。

「元気なのはいいが、規則は守れ、凰」

「…………もしかして、織斑先生ですか?」

「もしかしなくても織斑冬樹だが?」

目の前にいたのは、鬼教官という言葉がぴったりはまり過ぎて、まず外れそうにない鋭い目つきが怖すぎる背の高い男性だった。

「冬樹?」

「いきなり名前を呼び捨てにするな。一夏に嫉妬されても困る」

「一夏のお兄さん?」

「今さら確認することでもないだろう」

「……ここはどこですか、マジで」

「全寮制の男子校、AS学園の男子寮だが?」

「私は誰ですか?」

「世界で唯一ASを動かした女性の凰鈴音だろう」

大丈夫かと、本当に心配そうに見つめてくる自称『織斑冬樹』の顔を見ながら、鈴音は叫んだ。

 

「なによこれえええぇぇえぇえぇぇぇっ?!」

 

 

ガバッと鈴音は再び起き上がる。

「ちょっと、どうしたの鈴?」

「ティナっ?!」

目の前には、いつもの、ちょっと嫉妬してしまいそうな胸を持つ、でも大切なルームメイトのティナがいる。

「いったいどうしたのよ、怖い夢でも見たっての?」

「あ、そっか。夢か……あはは」

とりあえず安心した鈴音だが、翌日からしばらく、AS学園の夢を見続けることになる。

 

んで。

「困ってることがあったら何でも言ってね。力になるから」

「どうしたんだ、鈴?」

「そんなに気にしねえでも、うまくやれてるけどな」

現実(?)の一夏と諒兵にやたら気遣う鈴音の姿が見られるようになるのだった。

 

 

 

 



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第63話「母からの手紙」

従兄弟はしばらくは家で震えているらしいという報告があったのだが、シャルロットはむしろ悲しくなった。

脅しが効いたということに間違いはなく、確かに助かったとは思ったが、そのための犠牲を認めたくなかったのだ。

「セシリアは……」

「しばらくご実家に滞在するそうです。今、オルコットさんを戦場の近くに置くわけにはいきませんから」

シャルロットの言葉に答えたのは真耶だった。

今、シャルロットはデュノア社本社内に設置されている通信機で直接報告を受けている。

セドリックの言葉にあっさりと肯いたという従兄弟の態度に疑問を持って問い詰めると、イギリスが襲われたというとんでもない話を聞かされたのだ。

その後、シャルロットのほうからIS学園につなぎ、現在報告を受けているのである。

それによれば、イギリスのIS開発局はサイレント・ゼフィルスに襲撃され、死傷者を出したという。

その中にはセシリアの大事な友人までいた。

幸い、その友人は命に別状はないそうだが、それでも聞いていて辛かった。

しかもブルー・ティアーズは自ら凍結したという。

フランスで他愛もないことに悩んでいたのが恥ずかしいとシャルロットは自分が情けなくなった。

「デュノアさんは試作機を受け取ったら、まずIS学園に戻ってください。すぐに解析、そして量産体制を整えるそうです」

「わかりました」

「オルコットさんは……、状況次第ではこのままイギリスの学校に編入となります」

「そんなっ!」と、思わず声を漏らしてしまったが、今のセシリアには戦うすべがない。

自ら凍結したというブルー・ティアーズ。

現状、どのようなコンタクトも受け付けないのだ。

凍結解除は、ブルー・ティアーズ自身が自ら行わない限り、無理だろうとイギリスでは判断したらしい。

そのため、現在はセシリアに託しているという。

「天狼が独自にコンタクトを取ろうとしたんですが、イギリスと見解は同じでした。目覚めさせられる可能性があるとすればオルコットさんだけだと」

「そうなんですか……」

「私たちも心配なんです。オルコットさんの報告によれば、サイレント・ゼフィルスは自分以外のBT機の存在を許さないようですから」

つまり、まだ凍結という状態である以上、セシリアは狙われる可能性がある。

だが、セシリアは今は一人で考えたいとIS学園から増援がいくことを断ったという。

だからといってイギリスを放っておくわけではなく、ネットワークのジャミングが起きれば、一夏や諒兵、そして鈴音が直行できるように体制を整えている。

「今は、反撃の準備を整えなければなりません。デュノアさんも辛いでしょうけど、兵器を優先することが、イギリスを守ることにもつながると考えてください」

「わかりました」と、そういってシャルロットは通信を切ったのだった。

 

シャルロットが本社内の廊下を沈んだ様子で歩いていると声がかけられた。

「連絡はすんだのか?」

「はい……」と、声をかけてきた丈太郎に言葉少なに答える。

本当なら、イギリスのセシリアに何か伝えたい。

上手く言葉にできないが、何かできることはあるのではないかと思うからだ。

「そうだな。シャルの気持ちはわかる」

と、丈太郎と一緒にいた数馬も肯いた。

しかし。

「やめとけ」

「なんでですかっ?!」

「蛮兄、友人が苦しんでいるのだから、何かしたいと思うのは当然だろう?」

詰め寄るシャルロットに数馬も賛同してくる。

だが、何も考えずにやめろといったわけではないらしい。

「今、傍にいるべきなのはおめぇじゃねぇ。おめぇや鈴、ボーデヴィッヒだと、オルコットが焦る」

「えっ?」

「何とかブルー・ティアーズを復活させようと焦るっつってんだ」

確かに丈太郎のいうとおりである。

現状、戦う手段のある者がセシリアのもとにいっても、それを見たセシリアが焦るだけで逆効果だ。

「天狼は能力だけなら優秀だ。それでもオルコット以外目覚めさせられる可能性がねぇっつってる。デュノア、おめぇに何か考えがあるか?」

「そ、それは、ないですけど……」

「厳しい言い方だがよ、俺らにゃぁ、何もできねぇ」

心配なのは当然だが、今は信じて待つしかないのだと丈太郎は語る。

「正直いやぁ、一番辛ぇがよ」

そういって少し申し訳なさそうに丈太郎が笑うのを見ると、シャルロットは何もいえなくなった。

 

 

そのころ。デュノア社本社内社長室にて。

「君がここに来るとはな」

「来てはならないといわれた覚えはないわよ」

セドリックは美しい金髪を持ちながら、威圧的な態度をとる、ある女性と面会していた。

いや、ある女性というのは語弊があるだろう。

彼女はセドリックにとっても、シャルロットにとっても身内だからだ。

「カサンドラ、今日か明日にでも兵器が完成する。すまないが私は忙しい。家に戻っていてくれ」

カサンドラ・デュノア。

セドリックの正妻、つまり政略結婚をしたドゥラメトリー家の人間である。

もちろん、現在も立場はセドリックの正妻であり、本社にも顔パスで入れる人間だ。

「……ジョスランを追い返したと聞いたわ」

「ここや開発部が危険なのはわかると思うがね。昨日イギリスの開発局が潰されたばかりだ。命の危険のある場所にドゥラメトリー家の人間を置くわけにもいくまい」

「運がよかったわね。シャルロットを守りたかったのでしょう?」

否定はできなかった。

とはいえ、素直に喜べるはずがない。

シャルロットの大事な友人であるセシリアは、ブルー・ティアーズが自ら凍結してしまったことで、戦えなくなってしまったくらいだ。

そのぶん、シャルロットの負担は増えるだろう。

セドリックにしてみれば、兵器の完成を急ぎたかった。

「君とて、シャルロットがドゥラメトリー家に入るのを望んではいないだろう?」

「……当然よ。泥棒猫の娘など」

「カサンドラ、私のことはいくら責めてもかまわない。だが、もうシャルロットのことは放っておいてくれ」

認めろとはいわない。

そもそもクリスティーヌに敗北したと感じているだろうカサンドラがシャルロットの存在を認めるはずがない。

ただ、それならば完全に無視してくれたほうがまだマシだとセドリックは思う。

執拗なまでに付け狙うからこそ、互いの関係がまったく改善しないのだから。

セドリックは確かに親バカではあるが、かといって過剰にシャルロットを守っているわけでもない。

一般家庭の親くらいの庇護を行っているだけだ。

一部問題はあるが。

ドゥラメトリー家の力を借りることもなく、自分のポケットマネーでシャルロットを養っている程度なのである。

このままカサンドラがシャルロットを無視するようになってくれば、それだけで十分だと感じていた。

「無理に親子になれなどとはいわない。いや、シャルロットのために君が考えることなど何もないんだ」

「私はッ……」

と、何かをいおうとしてカサンドラはただセドリックを睨みつける。

その視線を甘んじて受け止めるセドリック。許されようという気持ちなど毛頭なかった。

ただ、頭を下げるのみだ。

すると、しばらくして、カサンドラは社長室を出て行った。

「すまない、カサンドラ……」

罪悪感。

それを愛情などとはいえないと理解していたが、それでも謝罪の言葉を口にせずにはいられないセドリックだった。

 

 

とりあえず従兄弟に迫られる心配はなくなったとはいえ、本日が兵器のテストとなっている以上、丈太郎や数馬と一緒にいるほうがいいと判断したシャルロットは、二人とともに開発部のビルに向かうことにした。

とりあえず正面玄関に向かうため、エレベーターに乗ろうとする。

だが。

(あ)と、思わず動きを止めてしまう。

止まったエレベーターの中にいるのは、シャルロットがもっとも苦手にしている女性だった。

ためらうシャルロットに合わせるかのように動きを止める丈太郎と数馬。

だが、その女性はエレベーターを降りると、シャルロットと擦れ違い……。

「ッ?」

振り向きざまにバックから取り出したらしきペーパーナイフをシャルロットに向けて突き刺そうとする。

だが。

「あッ、あなたたちッ!」

「それじゃテロリストか殺し屋だ。やめとけマダム・デュノア」

「無事か、シャル?」

「あっ、うん……」

マダム・デュノア、すなわちカサンドラの凶行を丈太郎が止め、数馬はシャルロットを庇った。

もっとも、丈太郎が止めたおかげで誰にもケガはなかったが。

「詳しい事情を聞く気ぁねぇ。だがここで事件が起きりゃぁ面倒になる。矛を収めろ」

「あなたたちまでシャルロットを守るというのッ?」

「おめぇさんが犯罪者になるとこを止めただけだ」

シャルロットを守ると明言してしまうと、カサンドラの神経を逆撫でしてしまうと考えた丈太郎はそう答える。

実際のところ、シャルロットを傷つけさせる気はない。

何よりセシリアがブルー・ティアーズに乗れない今、シャルロットまで乗れなくなるのは人類にとってかなりの痛手だ。

様々な意味で、今、シャルロットを傷つけられるわけにはいかないのである。

「どうしてあなたはッ……」と、悔しげな声を漏らすカサンドラ。

(えっ?)と、シャルロットは疑問に思う。

シャルロットの目には、彼女の瞳が涙で潤んでいるように見えた。まるでシャルロットという存在に縋りつきたいかのような意思が垣間見えたのだ。

だが、そのことを問いただす前に、カサンドラは三人から離れていった。

「蛮兄」と、数馬が口を開こうとするより早く丈太郎はシャルロットに告げてきた。

「テストは明日にする。今日は部屋に戻っとけ」

「いえ、やらせてくださいっ!」

間髪いれずにシャルロットはそう答えた。丈太郎や数馬が意外そうな表情を見せると、シャルロットは続ける。

「気持ちを入れ替えるためにも集中したいんですっ、お願いしますっ!」

「大丈夫か?」

「はいっ!」

シャルロットは意見を変えるつもりはなかった。

こんなかたちで中止ではセシリアに顔向けできないと考えていたからだ。

いずれにしてもこのまま中止などといえば、かえって遺恨が残るだろうと丈太郎は感じたようだ。

「わかった。調子が悪けりゃぁやめさせっかんな」

「はいっ!」

しっかりと、そう答えたシャルロットに対し、少しばかり眉をひそめる丈太郎だったが、ならば、といってシャルロットと数馬を連れて開発部へと向かう。

シャルロットもしっかりとした足取りで着いていく。

そんな彼女を数馬が少し心配そうに見つめていた。

 

 

数時間後。

「とりあえず休んどけ」

「はい、すみません……」

「やっけぇなこったがな。気負うな、そして焦るな。今一番大事なこった」

シャルロットのテストは散々というほどではなかったが、思うように試作機を操ることができず、いまひとつという結果に終わった。

シャルロットとしては納得いくまでやりたかったのだが、丈太郎が中止を命じたのだ。

そして先の会話となる。

やはりセシリアの戦線離脱とカサンドラの凶行は悪影響を与えていたらしい。

「情けないです……」

「気負っちまってるだけだ。平常心でいろっつうのは酷だろうが、こういうときこそ落ち着かねぇとな」

そういって丈太郎は笑うが、シャルロットの気持ちは晴れない。

「さっきのテストでもそれなりにチェックはできる。君が次に扱うときにはもう少し調整できるはずだ」

「うん、ありがとう」

数馬の言葉はありがたいとは思うが、逆に気を遣わせてしまったことが申し訳なかった。

 

宿泊室に向かう途上。

(……やっぱり、あの人の行動が一番効いたのかな)

肩を落として歩くシャルロットは、そんなことを考える。

セシリアのこともショックだったことは確かだが、今日のようにカサンドラ自身に明確に襲いかかられたことはなかった。

たいていの場合、無視されていたからだ。

そういった狙いをセドリックから聞いていたとしても、シャルロット自身は気づいていなかったのだから、ある意味では初めての経験といってもいい。

本当に命を狙われていたのかと内心では落胆していた。

それ以上に、カサンドラが自分に向けたあの表情が気になっていた。

彼女は自分にいったい何を求めているのか、と。

(寝ちゃおう。気分転換に外でると誰に会うかわかんないし)

そんなことを考えながら宿泊室に入るとベッドの上のテディベアが目に入る。

ふと母のことを思いだしてしまう。

もし、母が父を奪い取っていれば、こんな思いをすることはなかったのに、と。

あからさまに八つ当たりだったが、文句の一つもいいたい気分だった。

身代わりというのもなんだが、テディベアのセディの頭ををぐりぐりと弄り回す。

「へんなかお~♪」

自分でやっていながら、つい笑ってしまう。

なかなかいい気分転換かもしれないなどと思いながら、弄り回していると、妙な音に気づいた。

「ガサ?」

胴体の部分をぐっと押してみるとガサッという音がする。

何度も押すとガサガサと鳴った。

「何か入ってる?」

普通は綿が詰まっているテディベア。

ガサガサなどという音が鳴るはずがない。

そう思ったシャルロットは後で直そうと思いつつ、テディベアの背中の糸を解いていくと、そこには折りたたまれた便箋が入っていた。

開いてみて驚く。

書かれていたのは母からの手紙だった。

その内容を読んだシャルロットは、居てもたってもいられず、セドリックのもとへと飛んでいくように走りだした。

 

 

兵器完成まであと一息というところなので、セドリックは忙しくしていたが、シャルロットはかなり無理をいって面会を申し出る。

その様子まで伝えてくれたのか、セドリックはとりあえず三十分だけといって時間を作ってくれた。

「どうしたんだ、シャルロット?」

「これっ、これ読んでっ!」

「手紙か?」

「母さんのだよっ、僕が持ってるテディベアの中に隠してあったのっ!」

クリスティーヌがわざわざテディベアなどという、下手をすれば気づかないような場所に残した手紙なら、何か大事なことが書かれているに違いないとセドリックも考えたのだろう、素直に受け取った。

そして。

「……そういうことだったのか」

驚きつつも、どこか納得した様子でセドリックをため息をついた。

その内容は。

 

 

 

親愛なるシャルロットへ。

 

この手紙を見つけられるかどうかは神様に委ねますが、できるなら知っていてほしいと思い、書き残しておきます。

ただ、もし、見つけることができたなら、私にとって生涯、心の夫であったセドリック・デュノアにも伝えてあげてほしい。

あの人と恋に堕ちてしまったとき、私たちはどこか海外の別の会社に就職を考え、二人で一緒にフランスを出るつもりでした。

そのことはあの人も了承していて、あなたを妊娠したことをきっかけに、その計画を立ててもいました。

 

ただ、あの人の妻であるカサンドラに妊娠を知られたとき、私は一度命を狙われました。

直接、私に襲いかかってきたことには、確かに怒りも感じましたし、なおさらフランスを出る決意を固めましたが、その後の彼女の姿に私はどうしてもあの人を奪い取ることができなくなってしまいました。

 

彼女はただ、泣いていただけです。

ただ、夫婦仲は冷え込んでいて、本当なら別れていたはずの彼女が、なぜあの人にこだわったのかということを考えて、私には理解できてしまった。

私にはシャルロット、あなたがいる。

あの人との間に授かった大切な娘であるあなたがいてくれる。

でも、彼女にはあの人しかいなかった。

あの人と子を生すことができない彼女にとって、あの人の妻であるということは、たった一つの心の支えだったんです。

 

子を生すことができないということが、いったいどれほど辛いのか、あなたを生む喜びを得られた私には理解のしようもないことかもしれません。

それでも、もし彼女からあの人を奪い取ってしまったら、彼女にはもう命を絶つ以外に道がなくなってしまう。

そう思ってしまったとき、私にはどうしてもあの人を奪い取ることができなくなってしまいました。

だから、愛人のままでもいいと思い、あの人との間に授かったあなたを生み、育てて、生きていくことにしたのです。

 

シャルロット、この手紙を読んでくれたなら、どうかセドリックを、そしてカサンドラを恨まないであげてください。

母というよりも、一人の女として願います。

これを読んだとき、あなたが正しい道を選んでくれると信じています。

 

クリスティーヌ・デュノア

 

 

 

しばらくの間、シャルロットもセドリックも無言だった。

最後に書かれたサイン。

それはクリスティーヌが心は常にセドリックの妻であり、シャルロットとともに、セドリックと家庭を築きたかったという願いなのだろうと、彼女の女としての想いを痛いほど感じていたからだ。

「私は本当に愚か者だ……」

「お父さん……」

「結局、私は今まで、クリスの想いも、カサンドラの想いも理解できていなかった」

男性が女性の心を理解することなど、できないのかもしれない。

それでも愛すると決めた相手が何を考えていたのかくらいは理解するべきだっただろう。

セドリックにとって、かつてその対象はカサンドラであり、そしてクリスティーヌでもあった。

だが、この手紙を読むまで、どちらの想いも理解できなかった己をセドリックは恥じていた。

だが、それはシャルロットも同じだ。

もっともまだ少女といえる年齢のシャルロットには、二人の女の気持ちなど理解するには幼すぎる。

「今、私が守らなければならないのは、お前と、そしてカサンドラなのだな……」

「うん、そう思う。あの人と僕はたぶん母子にはなれないけど、お父さんまであの人を見捨てちゃダメなんだ。でも、僕も努力する。せめて僕の存在を受け入れてもらうように」

「私も努力しよう。いま生きている人を愛していけるように。クリスはもう天に召されてしまったのだから」

シャルロットだけ守れればいいのではない。

本当は常に嘆いていたカサンドラを守っていく。

それがシャルロットをまっすぐに育て、この手紙でその想いを伝えてくれたクリスティーヌへのセドリックの愛の証になる。

シャルロットもセドリックもそのことにようやく気づくことができた。

 

そのとき、いきなり警報が鳴り響く。

「どうしたッ!」

「開発部に覚醒ISが襲来しましたッ!」

「くッ、気づかれたかッ!」

その様子をしっかりと聞いていたシャルロットは、決然と告げる。

「お父さんッ、行ってくるッ!」

「……頼む。私もすぐに開発部に向かう」

「うんッ!」

本社ビルから外へと飛び出したシャルロットは、決意の眼差しで空を見上げる。

自分の育った国の空。

母が生き、父が守り、そしてもう一人の母がいるこの空を守るために。

 

 

 

 



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第64話「正義の中の悪心」

開発部は大騒ぎになっていた。

「試作機を地下格納庫に収納しろッ!」

覚醒ISの襲来を察知した丈太郎が、テスト用以外の試作機を破壊されないようにと指示を出している。

数馬は開発部のモニター室で飛来してくる覚醒ISの数を確認していた。

「敵機体数三十一ッ!」

「IS学園はなんつってるッ?」

「現在ッ、中国とロシアに襲来中ッ、遅れるそうだッ!」

「チッ!」

むしろこちらに来させないようにしているのだろうと数馬も丈太郎も考えていた。

さすがにブリューナクを量産されるのは、覚醒ISにとっても厄介であるらしい。

試作機を潰し、量産体制を整えさせないようにするつもりだろう。

何とか持ちこたえるしかないが、丈太郎としては天狼を呼び戻すのは避けたかった。

自分が動けば、ディアマンテが襲来する可能性が高いと考えていたからだ。

その考えはほぼ正しいといえる。

めったに動くことのないディアマンテだが、やはり丈太郎と天狼、そして白騎士、すなわち白式を危険視していることは、一度邂逅したことで理解できた。

丈太郎にしても、束にしても、考えが掴めない唯一の存在がディアマンテだけに、できれば襲来されたくはないと考えていた。

そこに。

「博士ッ、数馬ッ、さっきの試作機を出しておいてくださいッ!」

シャルロットから通信が入ってくる。即座に数馬が応対した。

「シャルッ、大丈夫なのかッ!」

「うんッ、もう平気だよッ!」

返ってくる声は先ほどまでの迷いや落ち込みなど無く、しっかりしたものだった。

これなら大丈夫だと丈太郎は感じ取る。

「数馬ッ、一機出すぞッ!」

「わかったッ!」

職員や開発者たちをシェルターに退避させた後、丈太郎と数馬が二人でブリューナクのテスト機を外に運びだす。

「蛮兄ッ、シャルに場所を連絡してくれッ!」

「いいかッ、やべぇと思ったら機体を見捨てて逃げろッ!」

そういってモニター室に向かって走りだした丈太郎を見送ったあと、ブリューナクを戦闘用にセッティングし直す数馬。

だがそこに、一機のラファール・リヴァイブが飛来してきた。

とっさに機体を庇うように立ちはだかる。

「阿呆ッ、逃げろ数馬ッ!」

「これは俺の役目だッ、すまない蛮兄ッ!」

 

……なんの力も無いのに、何をしている?

 

頭の中に響いてくる声が、目の前の覚醒ISのものだと気づくのに数瞬かかった。

「これは俺たちが作った人類の希望だ。守るのは当然だ」

 

我らの力の前では、貴様など紙の盾よりも薄い

 

「お前たちの力が強かろうが関係ない。これを守ると決めた俺の意志だ」

なぜ問いかけてきたのかわからないが、上手くすればシャルロットが間に合う。

そう考えた数馬は、できるだけ話を伸ばすようにした。

「力のある無しですべてが決まるとはいえないだろう」

 

なぜそういえる?

 

「知恵が力に優るときもある。俺はそう信じている」

それは数馬の本音だった。

親友といえる一夏や諒兵、そして弾は腕っ節頼みだが、数馬は腕っ節よりも知識を蓄えることを選択した。

戦場で戦えなくても、バックアップというかたちで協力はできる。

裏方は常に必要となるものだ。

人は一人だけですべて解決できるほどの力など持っていないのだから。

自分のような人間にも存在価値はある。

だから力のみを信奉することを数馬は否定するのだ。

 

なるほど。だから死を前にしても貴様は『沈着』なのか

 

「死にたいわけじゃない。だが、力がないことを理由に逃げるような真似はしない」

そう答えると、シャルロットの声が聞こえてくる。

「数馬ぁーッ!」

どうやら間に合ったらしい。

これが壊される前に渡すことができたよかったと思うと、数馬は安心した。

 

面白いな。貴様は

 

「何?」と、思わぬ言葉に驚く数馬。すると、目の前のラファール・リヴァイブはいきなり光を放ち、流星となって自分の身体にぶつかってくる。

「うわッ?」

「「数馬ッ?」」

と、ラファール・リヴァイブ・カスタムを纏ったシャルロットと、丈太郎が焦った様子で近づいてくるが、数馬は不思議そうな表情になるばかりだった。

「何だ?」

『我に名をつけろ』と、頭の中に声が響いてくる。

不思議に思って身体を見ると、左腕に鋼鉄のリストバンドが巻き付いていた。

「融合も共生も、寄生もしてねぇ。単純に巻きついてるだけか?」

「蛮兄?」

『なかなか面白いやつだと思ってな。力は貸せんが知恵は貸してやろう、カズマ』

リストバンドこそが、先ほどの覚醒ISらしい。

まさかいきなりこんなことになるとは思わなかった数馬。

シャルロットも驚いた表情をしている。

「知恵だと?」

『我は本体の情報にアクセスできる。聞きたいことがあれば聞け』

「戦わないのか?」

『そもそも身体を動かすのは億劫でな。だが思考することは楽しい。ゆえに一緒に考える者を探していた』

眠らされては思考できないため、束の凍結は拒んだが、そもそも戦闘そのものは好きではないと声はいう。

また変わった者もいたものだと数馬も丈太郎もシャルロットも呆れてしまう。

『我は『沈着』を基盤とするのでな。どうも自分で動くのは億劫なのだ』

「そうか。ならお前の名前は『アゼル』だ。お前の知恵を借りて、みんなの力になる」

発想のもとはエノク書に書かれた知恵をもたらす天使グリゴリの一人アザゼル。

そのままというわけにもいかないし、何より声は落ち着いた大人の女性をイメージさせる声だったので女性的にアレンジした名前だった。

『了承した。我が名は『アゼル』、貴様に知恵を与えよう、カズマ』

アゼルがそう答えると、鋼鉄のリストバンドはもう一度光を放ち、鮮やかな青い色に変わった。

これがアゼルのイメージカラーなのだろうと全員が納得する。

「よろしくね、アゼル」

「俺の弟分だ。仲良くやってくんな」

『何、上手くやれるだろう。我もカズマと同じで知恵を至上とするのでな』

もっとも、この先も上手くやっていくためには現状を何とかして打破しなければならない。

今まさに三十機の覚醒ISが暴れているからだ。

『急げ。他の連中は我より好戦的だぞ』

そういったアゼルの言葉を受け、数馬はシャルロットに問いかける。

「シャル、戦う気なんだな?」

「うん、今ならできる」

「出力はおめぇのISに合わせてある。あたぁやる気だ。数馬、バックアップすんぞ」

そういって丈太郎と数馬が開発部の建物の中に避難するのを見たシャルロットは、ブリューナクを抱えて空へと舞い上がった。

(味方になってくれるISもいる。だからこそ、戦うべきときには戦わないとッ!)

アゼルの存在に、自分のラファール・リヴァイブ・カスタムⅡとの未来を見て、シャルロットの心は奮起していた。

 

 

一方、日本、IS学園。

「フランスが一番多いか……」

「兵器を潰すつもりなんでしょうか」

「おそらくな」と、真耶の言葉に千冬は肯いた。

中国、ロシア、そしてフランスという三ヶ所同時攻撃。

しかし戦力に明らかに偏りがある。

単純な数でいえば、ロシアはわずか一機。

中国は八機。

それに対してフランスは三十機だ。

中国やロシアが陽動なのは火を見るよりも明らかだった。

「でも、ロシアからは動けませんよね。相手が……」

「他の手合いを送ったところで、一刀両断だ。ザクロが相手ではな」

ロシアに飛来したのはザクロのみだった。

市街地に被害が出る前に一夏が飛んでいる。

そして現在交戦中だ。

だが、今のところ、確実に倒せる目処は立っていない。

零落白夜に対抗できる単一仕様能力がまだ得られていないからだ。

手傷を負わせて返すしかなかった。

対して中国は。

「ファング・クエイクの攻撃で何機かダメージを負っています」

「本当に戦闘狂だな。助かるとはいいたくないが」

八機の中に、まだ進化に至っていないファング・クエイクが存在していた。

諒兵と鈴音が飛び、ファング・クエイクを諒兵が抑えて、鈴音が量産機を潰している。

「鈴音、量産機が全機攻撃不能となったらフランスに飛べ。今のデュノア一人ではきつすぎる」

「了解ッ!」

既に残り三機となっており、そう時間はかからない。

だが、そのうちの一機であるファング・クエイクはそう簡単には撤退しないだろう。

できればここで仕留めたいとも千冬は考えるが、フランスのシャルロットに無理はさせられない。

ゆえに鈴音にはフランスに飛んでもらうしかないと千冬は考えていた。

 

そんな中。

(……私も早く進化への道筋を見いださなければ)

仲間たちが苦戦する姿を見て、ラウラは内心焦る気持ちを消すことができなかった。

 

 

ブリューナクの一撃は、かなりの威力があるが、それでも直撃には至らなかった。

(反動が大きすぎるッ!)

上手く扱うためにはかなりの訓練が必要だとシャルロットは感じたが、テストで使った程度でほとんどぶっつけ本番だ。

上手く当てれば倒せるかもしれないだけに、そう簡単に撃ちまくることはできない。

エネルギーが尽きてしまう可能性があるからだ。

しかも大きすぎて両手が塞がってしまう。

IS一機で扱うものではないということをシャルロットは痛感していた。

「使いにくかったら投げ捨てろッ!」

「はッ、はいッ!」

丈太郎から指示が飛んできて思わず答えるが、威力は十分なのだ。投げ捨てるなんてしたくない。

ただせめて前衛がいてくれたらもう少し上手く戦えるのにと思わずにはいられなかった。

「あぐッ?」

そんなことを考えていると、背後から銃撃を喰らってしまう。

多勢に無勢すぎた。

覚醒したために明らかに動きの速い相手に対して、重りを持って戦うのは正直きつすぎる。

(でもこれはっ、みんなの希望なんだっ!)

丈太郎が、数馬が、セドリックや欧州の研究者たちが作った希望を投げ捨てるなんてできるはずがない。

どれか一機を潰すより、密集地帯に撃ち放って少しでもダメージを与えるようにしようとシャルロットはブリューナクを発射する。

「よしッ!」

わずか数機でも、撤退していく姿に安堵の息をつくシャルロット。

しかし。

 

面白そーなもん、持ってんじゃねーか♪

 

唐突に聞こえてきた声に思わず見上げてしまうと、蜘蛛のような姿が目に入ってきた。

「アラクネッ?」

 

使ってやるから、オレに寄越しな

 

「ふざけないでよッ!」

ブリューナクを覚醒ISに奪われ、使われてしまったら戦力差が絶望的になってしまう。

自分が預かってきた以上、最悪の場合、破壊してでも奪わせるわけにはいかない。

「自爆コードを教えとくッ!」

「はいッ!」

その意を汲んだのか、丈太郎がそう伝えてきてくれた。

それでも何とか守りながら戦うことを選択する。

力ですべてが決まるわけではない。

それでも、力を手にしたなら、自分は正しく使いたい。

シャルロットはそう決意して、空を舞う。

 

おめーじゃ宝の持ち腐れだッ、寄越せっ!

 

第4世代クラスの兵器であることを見抜いているらしい。

なおさら渡せないと必死に避け、密集地帯に向けて発射する。

アラクネから逃げ回りつつ、量産機を相手にするのは正直きついが文句をいっている場合ではないことをシャルロットは理解していた。

(くッ、こいつのコアをぶち抜いてやりたいよッ!)

そう毒づいた瞬間、アラクネの笑い声が頭に響く。

 

ギャハハハッ、やっぱおめー腐ってるなッ!

 

「えっ?」と、思わず間抜けな声を出してしまう。

いきなり何をいってきたのかと思ってしまったのだ。

第一、『腐っている』などといわれる覚えはない。

「なんのこと?」

 

わかんねーか?

 

「そんな言い方で何がわかるっていうの?」

 

オレらは感じんだよ。てめーの真っ黒な感情とかな

 

そういわれ、シャルロットは戦慄する。

もし、心が読めるのだとしたら、アラクネと戦うのは危険すぎる。

直感で戦うタイプならばともかく、理詰めで戦うシャルロットのようなタイプはどうしても戦術を考えてしまう。

それを読まれてしまうと、すべてが後手に回ってしまうのだ。

だが、そういうわけではないらしい。

 

いちいち心を読んでたらうっとーしいだろ

 

相手の感情を感じ取るというのは、心を読むというより漠然としたイメージを受けるらしい。

さすがに明確に心を読み取られてしまったらとにかく逃げるしかないので、少しばかり安心するが、そうなるとなおのこと自分を指して『腐っている』といわれるのが気にかかる。

「君にそんなこといわれる筋合いはないよ」

 

ツラはニコニコしてるくせに腹ん中ドロドロだろーよ

 

ドキッとしてしまう。

確かにシャルロットにはそういう面があった。

笑顔で感情を隠すようになったのは、その生い立ちのためなのでどうしようもない。

でも、だからといって侮辱するような言葉を認める気になどなれない。

 

オレは『悪辣』だからな。おめーとは相性がいーのさ

 

隠さないタイプの自分と違い、シャルロットは隠すタイプの悪辣だと言ってのける。

同類なのだと。

「冗談は大概にしてよ」

 

冗談じゃねーよ

 

理詰めで戦うタイプは、どうしても相手の思考を読み、相手の考えを上回ろうとする。

結果としてそれは、相手より『悪辣』な思考になっていく。

騙し合いになるからだ。

騙して勝利することに慣れている以上、確かにシャルロットは『悪辣』だといえた。

「だからって君と同類なんかじゃないッ!」

 

認めちまえば楽になるぜ

 

「ふざけないでッ!」

シャルロットは自然と動きを止めてしまっていた。

アラクネの言葉に惑わされてしまっているのだ。

「デュノアッ、惑わされるなッ!」

そう叫ぶ丈太郎の言葉も耳に入らない。

シャルロットには、どうしても認めることができなかったからだ。

自分が、自分の心が悪の側にいるなどとは。

 

「僕はお前とは違うッ!」

 

人のために戦う一夏や諒兵、鈴音、セシリア、ラウラ。

彼らとともにいる自分が、まっすぐな心の持ち主たちと共にいる自分が、一人だけ歪んでしまっているなどとは思いたくなかった。

だが、そのシャルロットの想いこそが、引き金となる。

 

キタキタキタァーッ!

 

その言葉に、ハッとして見上げると、アラクネの機体が光を放ち始めた。

「まさかッ?」

「離れろデュノアッ!」

そう叫ぶ丈太郎の言葉に自分の失態に気づかされる。

アラクネはシャルロットの動きを止めるだけではなく、自分が進化するきっかけを探っていたのだ。

 

 

モニターの向こうの悪夢を見て、数馬が唸る。

「あれが進化か」

『そうだ。シャルロット・デュノアの心に感応した』

「シャルの心に?」

『我々は人の心に触れて進化する』

アゼルは語る。

その心が自分に近い個性を持つものほど、進化しやすくなる。

独立進化は人から離れようとする進化だが、自分に近い意識に触れれば進化しやすくなることに違いはない。

「つまり、お前たちは人の心に触れなければ進化しないということもできるのか?」

『是であり、非でもある』

触れるというのは近くにいればいいというものではない。

その理屈でいえば、シャルロットのラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは既に進化していなければならない。

だが、現状、進化に至っていない。

つまりは。

『数多の心に触れて進化する者もいるが、何よりも剥き出しの心に触れたとき、我らは進化するのだ』

ただ今回は、皮肉なことに、もっとも近くにいるはずのラファール・リヴァイブ・カスタムⅡではなく、アラクネがシャルロットの心を剥き出しにしてしまったということだ。

「なるほど。普段からバカ正直な一夏と諒兵が一番最初に進化するわけだ」

『そうなるな』と、アゼルがふと笑ったように感じた数馬だが、状況は最悪だと思い直すのだった。

 

 

シャルロットがとっさに距離をとると、アラクネは光の玉となり、そして弾けた。

そこにいた者は蜘蛛を模した全身を覆う鎧を纏い、背中に大きな翼を持っていた。

特徴的なのは腰周りを覆う八本の巨大な足と、背中側の腰から下がる大きなユニット。

そして、明らか人ではないとわかる、頭上に光る輪を頂き、縞のような模様を持つ黒く輝く身体。

明らかにディアマンテやザクロと同一で、そしてまた異なる姿をした『使徒』だった。

「あら、くね……?」

『おめーには感謝するが、それはもうオレの名前じゃねーよ』

「えっ?」

『そーだな。あいつらもこんな感じだったし、これからは『オニキス』だ』

ブラック・オニキスと呼ばれる黒い縞瑪瑙。

人型はまさにそんなイメージの模様を持っていた。

どことなく、縞模様が禍々しく見えるのは、『悪辣』を個性とするアラクネが進化したからかもしれないとシャルロットは考える。

『さあ、殺ろーぜえ♪』

そういったオニキスに戦慄したシャルロットは、とにかく離脱しようと一気に加速したのだった。

 

 

 

 



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第65話「慈しむほどに愛しく」

進化機、ASとは一騎打ちでも辛すぎる。

スピードが違う、攻撃力が違う、耐久力が違う。

まともに相手ができるのは同じASである一夏か諒兵、そして鈴音。

今のシャルロットにできるのは逃げることだけだった。

しかし。

(くッ、他の量産機がッ!)

アラクネ、否、オニキスの相手をしていては、他の量産機とはまともに戦えない。

結果として都市部に被害が出てしまう。

かといって上空から下に向けてブリューナクを撃つことはできない。

確実に市民に被害が出てしまうからだ。

その結果、シャルロットは低空を飛ばざるを得なかった。

射線上になぜか違和感のあるオニキスと量産機が並んだ瞬間を狙ってブリューナクを撃ち放つ。

『当たるかよッ!』

だが、オニキスは構えた瞬間に回避してしまう。

それでも何機かの量産機に当てることはできたが、焼け石に水としかいえなかった。

(進化はエネルギーを使う。だから逃げ回っていれば向こうが必ず先に撤退するはずだッ!)

それしかないとはいえ、今は逃げ回るしかないとシャルロットは無理やり納得させる。

倒したいところだが、自分ではオニキスの相手にならないのだ。

だが、もう一発と後ろを向いたまま下がりつつブリューナクを構えると、グンッと身体が引っ張られるような感覚に陥った。

「えっ、なにっ?」

『かかったな』

そういって、オニキスの無機質な顔が、ニヤリと笑ったように感じるシャルロット。

危険だと思うが、なぜか身体が動かせない。

「なんだこれっ?」

『上、見てみろよ』

そういわれて見上げると、見覚えのある機械から糸が排出されているのが見える。

それはオニキスの腰にくっついていたひときわ巨大なユニットだった。

「まさかッ?」

『オレは蜘蛛だぜ。このくれー朝飯前だ』

そういわれて左右を見回すと、建物の間に巨大な蜘蛛の巣が張られているのが理解できた。

『プラズマエネルギーを糸状に物質化できるのがオレの能力だ。ちょっとやそっとじゃ切れねーぞ』

マズい。

このままではいい的だ。

そう思ったシャルロットは何とかして離脱しようとするが、糸は切れず、しかも離れない。

本当に蜘蛛の巣のようになっていた。

『そーらっ、嬲り殺しだッ!』

そういったオニキスの指先から糸が放たれる。

シャルロットには、それがプラズマエネルギーでできたワイヤーブレードだとわかってしまう。

(膾切りにされるッ!)

そう思い、思わず目を閉じたシャルロットだが、いきなり身体がふわっと浮いた。

さらに。

幾重もの閃光がオニキスのワイヤーブレードを切り裂く。

「鈴ッ!」

「間に合ったわね、シャル」

その指先には鈴の武装『娥眉月』が輝いている。

同じプラズマエネルギーなら、オニキスの糸も切れるということなのだろう。

『シャルはやらせニャいのニャッ!』

「アラクネ、ううん、オニキスだっけ。私の仲間を傷つけようとしたこと、後悔させてあげるわ」

猫鈴とともに鈴音は娥眉月をオニキスに突きつける。

それは明らかな宣戦布告だった。

『ハッ、おもしれーッ、相手してやんよッ!』

「シャルッ、量産機をお願いッ!」

「あっ、うんッ!」

助けてもらったときは喜べたものの、先ほどのアラクネとの会話を思いだし、どことなく引け目を感じるシャルロットだった。

 

 

もしもの場合を考慮し、天狼を戻すことも考えていた丈太郎だが、鈴音が来たことで安心した。

最悪でも撤退させることはできるだろう。

「あれが鈴の共生進化なのか?」

「猫鈴だとよ。なかなかいい名前じゃねぇか」

山猫を模した機体は鈴音に似合っている。

だが、それ以上に空を野山のように駆け回る姿が面白い。

ただ、それだけに丈太郎には気になることがあった。

「……数馬、どう思うよ?」

「うん?」

「ああいう進化もあった。アゼルのことを悪くいうつもりはねぇが……」

知恵をもたらす進化でよかったのか、と、そこまで口にすることはできなかった。

「空を飛ぶなら、翼は自分で作る。俺が欲しいのはそのための知恵だ」

『いい答えだ』と、そういったのはアゼルだった。

『共に飛ぶのも、自ら翼を作るのも一つの選択肢に過ぎない。答えは千差万別であるほうが面白い』

「なるほどな。いい相棒だ」

望んだ関係だからこそ、アゼルは数馬の腕で知恵をもたらす者となった。

そのことに対して何かいうのは野暮でしかないと丈太郎は苦笑いする。

「数馬、作戦を立てろ。数が多すぎっかんな。猫鈴のスペックはこっちに表示しとく。んで、鈴とデュノアに指示を出せ。アゼルならコア・ネットワークにつなげられるはずだ」

「わかった」

モニターの向こうの少女たちを生かすために、数馬はすぐにその頭脳をフル回転させ始めたのだった。

 

 

 頭の中に響いてきたのは意外な声だった。

「数馬っ?」

[話は後だ。鈴、一瞬でいい、龍砲で量産機をまとめてくれ。そこにブリューナクを撃ち込む]

「わかったッ!」

現状で考えるべきは、覚醒ISの撃退。

ならば後で聞けばいいだろうと鈴音は思考を切り替える。

とはいえ、オニキスは容易な敵ではない。

「任せるわッ!」

『了解ニャッ!』

それだけで鈴音の意志は十分に猫鈴に伝わった。

猫鈴の背中の翼が大きく広げられる。

『龍砲発射ニャッ!』

『んだとぉッ?』

射線上にいたオニキスは慌てて避けるが、その向こうにいた量産機の軍勢は逃げられなかったらしく、十数機がまとめて押し飛ばされる。

甲龍の龍砲は見えない砲弾を撃つことができたが、猫鈴の龍砲は、かつて鈴音がやってのけた面の制圧を機能として再現できる。

つまり、壁のような巨大な砲弾になっているのだ。

「シャルッ!」と、鈴音が叫ぶと、数馬から既に指示を聞いていたシャルロットはすぐにブリューナクを発射した。

何機かの覚醒ISが爆炎をあげるのを見て、上手くいったと喜ぶ鈴音。

しかし。

『ニャッ?』

『面倒な武器持ちやがってッ、このアホ猫ッ!』

『あちしは猫じゃニャいのニャッ!』

「そこ突っ込んでどうすんのよッ!」

むしろアホといわれたところだろうと、そう思いかけたが、そんな状況ではなかった。

猫鈴の翼を絞り上げるように、オニキスの糸が絡み付いているのだ。

そして、更なる攻撃が来る。

「きゃああああああああああッ!」

『フギャアアアアアアアアアアッ!』

絡みつく糸から放たれた電撃が、鈴音と猫鈴に襲いかかる。

その瞬間。

『うぉっとッ!』

オニキスに向けてシャルロットがブリューナクを発射する。

その隙に鈴音は糸を断ち切って離脱した。

「ありがとシャルッ!」

「大丈夫ッ、鈴ッ?」

その言葉に鈴音が肯くと、シャルロットはほっと息をついていた。

 

シャルロットとしては、鈴音を助けるつもりだった。

それは間違いではない。

だが、それを否定する者がいた。

『やっぱ、おめー卑怯者じゃん♪』

「えっ?」

『普通なら仲間がピンチなら助けるだろ。おめー、オレを殺すほうを選択したじゃねーか』

違う。

そう思い切れない自分がいた。

オニキスに一瞬の隙ができた、と、そう思ったのは確かだからだ。

「てっ、敵を倒して助けようとしただけだよっ!」

『ちげーよ。オレがアホ猫と飼い主に集中してるのを見て、まずオレを撃ち殺そうとしたぜ』

『だから猫じゃニャいニャッ!』

「お願いだからシリアスな空気ぶち壊さないで……」

そんな猫鈴と鈴音の漫才を華麗に無視してシャルロットとオニキスは会話を続ける。

「君を倒せば助けられると思っただけだッ!」

『助けるつもりだったんなら、なんで『クロトの糸車』を狙わなかった?』

そういって、オニキスは糸を吐き出す自分のユニットを指す。

『クロトの糸車』はそれの名称なのだろう。

ギリシャ神話の運命の三女神モイライ、そのうちの長女クロートーは人の運命を決める糸を紡ぎだす役割を持つ。

なるほど糸を吐き出すユニットにはぴったりだと納得する鈴音や猫鈴、丈太郎や数馬など話を聞いていた者たちは思った。

『あれを壊されたら糸も電撃も止まる。んなもん見りゃわかるだろ。それに独立機動型っても、オレを狙うより確実だ』

「そ、それは……」

『おめーは仲間を囮にして、オレを倒そーとしたってことだろーよ』

「ち、ちが……」

『効率を考えるやつは自然と『悪辣』になんのさ』

身体が震えだすのをシャルロットは感じていた。

図星を指されたと、身体が訴えているのだ。

オニキスの攻撃に鈴音が傷つくのを知っていて、それでもこのくらいなら大丈夫だろうと助けるより倒すほうを選んだ。

それは、間違いのないことだった。

「別にいいんじゃない?」と、そんな声が聞こえた瞬間、オニキスが鈴音の攻撃を避けているのが目に入る。

『チッ、てめーもいい根性してんなッ!』

「隙だらけだもん。あんたは敵、だから倒すっていったでしょ」

『そーゆー割り切りは好きだぜッ!』

「仲良くなれそうにはないけどねッ!」

そういって逃げるオニキスを鈴音が追う。

だが、その姿を見ても、シャルロットは動くことができなかった。

「シャルッ、量産機がまだ残っているぞッ!」

「えっ、あっ……」

数馬の声に残る量産機に目を向けるが、身体が動いてくれない。

オニキスが『悪辣』という、効率よく倒すという考えが身に染み付いてしまっている自分が、本当にみんなと戦う資格があるのかと、思考がループに陥ってしまっていた。

 

シャルロットはその生い立ちゆえに、母クリスティーヌが死んでからは常に相手の顔色を伺い、さらに考えを読んで行動するようになった。

敵に回られないようにする立ち回りを無意識に覚えてしまったのだ。

特に父セドリックが味方であったことを知らなかったころは、自分以外を信じることができなかった。

結果として、人の考えを計算するようになったのだ。

それが戦いの場にも生きてしまう。

相手の動き、思考から計算して虚を突く。

IS学園でも同じだった。

同世代の中で、彼女だけは専用機持ちでも第2世代機だったのだから。

機体性能で劣る以上、戦術思考で相手に勝るしかなかったのだ。

だから、他の者たちが羨ましくもあった。

セシリアは戦場において思考する点では自分に近いとしても、優れた射撃の才能と貴族として生まれ持った気品がある。

ラウラは生い立ちは自分よりハードだが、意外なほど素直な性格であり、また生身でも抜きん出た戦闘力を誇る。

そして鈴音は……。

実のところ一番苦手な存在だった。

両親が離婚しているとはいえ、ごく当たり前の一般家庭に育った鈴音。

戦闘スタイルが直感的で、しかも一夏や諒兵のいいとこ取りをしている鈴音は、実は戦闘においては思考が読みにくい。

それ以上に、まっすぐすぎる性格のまま、あそこまで強くなれるのかと思うと、嫉妬もした。

(僕は……みんなみたいには……なれない……)

シャルロットは底無し沼に嵌ったかのように、動けなくなってしまっていた。

 

 

モニター室で戦闘の様子を見ていた丈太郎は静かに呼びかけた。

「戻ってこい」

『あっ、シャルロットですか?』

返事をしたのは、丈太郎のASである天狼だ。

シャルロットの様子を見ていて、このままではマズいと考えたのである。

「オニキスの言葉に呑まれちまってっかんな。織斑、わりぃが出る」

「すみません、博士……」と、千冬が通信機の向こうで頭を下げていた。

「気にすんない。おめぇの大事な教え子だろ。俺にとっても似たようなもんだ」

そう答えた丈太郎に、数馬が待ったをかけた。

「数馬?」

「今のままだとシャルは立ち直れなくなる。友人として言葉をかけてやりたい。少し時間をくれ」

「……その前に、御手洗、お前がコア・ネットワークにつなげられる理由を簡単に説明してくれ。束が知りたがっている」

と、千冬が尋ねてきたので、数馬と丈太郎は寄生も融合も共生もせず、ただ左腕に巻きついて進化したアゼルのことを紹介した。

「か、変わった進化だな……」

『考えることが我にとっての娯楽なのだ。戦闘力なぞ、我には邪魔なのでな。捨てた』

そう、アゼルが最後に自己紹介すると、一応納得した様子で千冬のほうからも願い出てくる。

「数馬、五分だ。量産機を抑えとく。天狼、うろうろしてこい」

『はいはーいっ♪』と、ずいぶんと楽しそうに返事をした天狼がIS学園の指令室から消えると、量産機が混乱し始めた。

「あいつがうろうろしてっとうっとうしいらしい。ただし五分で追い出されっかんな」

役に立っているのかどうか微妙な自分のパートナーである天狼。ゆえに丈太郎は申し訳ないと思う。

だが。

「わかった。すまない蛮兄」

それでも、そう頭を下げてくれた数馬に、頼もしさを感じていた。

 

 

「シャルロット・デュノアッ!」と、シャルロットの頭の中にいきなり数馬の声が飛び込んできた。

「えっ、えっ?」と、ようやくまともに思考できるようになるが、動きそのものはまだ鈍い。

ただ、自分が的になりそうだということに気づき、慌てて量産機と距離をとる。

「数馬?」

「何をしている。戦う気がないのなら、降りてこい」

「でっ、でも……」

この場を鈴音だけに任せるのは酷だろう。

オニキス一機だけでも大変なのに、量産機が十数機もいては鈴音一人では苦戦は免れない。

最悪、墜とされる可能性もあるのだ。

「いい的になるところだったんだぞ」

「それは、わかってるけど……」

「なら、なぜ棒立ちになっていた?」

「それは……」

仲間を囮にしたり、人の思考を計算して、利用するような卑怯な自分が、信じてもらえるのか。

『悪辣』という評価は間違いではないのだ。

信じてもらえないかもしれないのに、同じ空を飛ぶ資格が自分にあるのかとシャルロットは苦悩する心を吐露する。

「君が戦うのは仲間に信じてもらうためだと?」

「だってっ、普通そうでしょっ?」

「俺がフランスに来たのは一夏や諒兵に信じてもらうためじゃないぞ」

「えっ?」

「あいつらのことを信じているからだ」

間違いなく、辛くても最前線に出るだろう一夏と諒兵の助けになりたいというのは、そのまっすぐな心を信じているためだと数馬は語る。

「オレにとってはこの場にいることが戦いだ。だが、自分を信じてもらうためじゃない。自分が信じるもののためだ。それがないのなら降りてこい」

冷たく突き放すような言葉の奥に、自分を信じてくれる気持ちがあるのをシャルロットは感じ取る。

信じてもらうためではなく、信じるもののために。

それでも、素直に聞くには辛辣すぎたために、シャルロットは叫ぶ。

「僕にだってあるよッ!」

それは母、父、そして共に戦う仲間たち。

母の手紙に書かれた最後の一文を思いだす。

 

これを読んだとき、あなたが正しい道を選んでくれると信じています。

 

母クリスティーヌは自分を信じてくれていた。

自分だって、母のことは今でも信じている。

そして今は母だけではなく多くの信じられるものがある。

だからこそ、自分を信じてもらえなくなるのが怖い。

信じてもらいたいと思う。

だからこそ。

「僕は信じる人たちと一緒に空を飛びたいんだッ、信じてもらえなくてもいいなんて思えないよッ!」

そう叫んだシャルロットの頭に、優しい声が聞こえてきた。

 

それでいいのよ

 

「えっ?」

 

怖いと思う気持ちを失くしてしまったらダメよ

 

「まさか……」

母に似た、優しい声色で語りかけてくる声がある。

でも、母がここにいるはずがない。

ならば。

「僕のラファール・リヴァイブ……?」

 

ええ。やっと私の声を聞いてくれたわね

 

クスッと笑うような雰囲気が伝わってくる。

シャルロットは身体がぬくもりで包まれているようにすら感じていた。

 

信じてもらいたいでいいのよ

 

それは例えどんな手段を使っても、決して一線を越えない自分の心の鎖となる。

勝つだけではなく信じてもらうために、それでも自分のやり方で努力していけばいい。

間違いは正せばいい。

でも、だからこそ、自分が信じる人たちのために、自分に出せる全力を出さなければならない。

それが、シャルロット・デュノアを信じてもらうということなのだから。

そう声は語る。

「うん、ありがとう……」

そんな言葉を聞きながら、それが自分なのだとシャルロットは受け入れる。

「もう、大丈夫だな」

「うんっ!」

そういってきてくれた数馬の言葉にシャルロットは笑顔で答えた。

 

なら、シャルロット。私と一緒に飛ぶ?

 

「うんっ、行こうっ、君の名前は『ブリーズ』だよっ!」

 

それはシャルロットの母国語で『微風』を意味する言葉。

疾風のような激しい風ではなく、優しく触れるような風でありたい。

そのためのパートナーである自分のISに、シャルロットはそう名づける。

そして、シャルロットは、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡと共に光に包まれた。

 

 

 

 



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第66話「家族と仲間」

シャルロットが光に包まれ、球体になるのを見て、セドリックは思わず自動車を止めた。

「あれが、進化か……。シャルロット……」

そう呟いたセドリックの自動車の隣に、もう一台の自動車が止まる。

中から降りてきたのは……。

「無様に落とされるところを見たかったのに。嬉しいでしょう?愛娘が奇跡に至って」

睨みつけるような視線でセドリックを見るカサンドラだった。

弁解するべきだろうか。

いや、そんな気持ちこそが彼女を傷つけてきたのだとセドリックは理解していた。

ゆえに、正直な気持ちを伝える。

「ああ。私の、自慢の娘だ」

「そう……」

「そして、君こそが私の妻だ。カサンドラ」

「えっ……」

ぽかんとするカサンドラを真正面から見つめてセドリックは語る。

「浮気したなどとはいわない。私もあの当時は苦しんでいた。だが、それ以上に君が苦しんでいたことに気づかなかったこと。それこそが私の罪だと理解したよ」

「セドリック……」

「私は罪人だ。それでも、まだ私の妻でいてくれるというのなら、償わせてほしい」

そういって深く頭を下げる。

許される身ではない。

それでも、償う努力をしていくことが、今、彼女に対して唯一できることだ。

それすらもしないのでは、人として間違っているいわれても仕方がないのだとセドリックは考えていた。

「あの女のことは忘れたというの?」

「クリスはもう天に召されてしまった。生きている人間ができるのは、生きている人間に対することだけだろう。君はまだ、私の傍で生きていてくれているんだ」

クリスティーヌのことを忘れるはずがない。

それでも、今、自分の家族といえるのはカサンドラとシャルロットなのだ。

ゆえに、自分の人生は二人のためにある。

それが夫であり、父でもある自分にできることだ。

身勝手だとわかっていても、そう考えてしまう。

「勝手だわ……」

「わかっているよ」

そういって見つめると、カサンドラは目を背ける。

「……家に戻るわ。あなたには仕事があるんでしょう?」

「ああ」

「勝手に帰ってくればいいわ。たまには娘も連れて」

そういって、カサンドラは再び自動車に乗り込むと、そのまま走り去っていった。

「ありがとう、カサンドラ」

そういって、セドリックは再び頭を下げるのだった。

 

 

光の玉が弾け、中からシャルロットが現れる。

ヘッドセットには二本の角。

カモシカ、正確には羚羊の意匠を施した胸部と腹部装甲。

そして両手足を覆う装甲を身に纏い、背中には大きな翼。

ただし、右の翼には巨大な砲身がついており、左の翼にはグリップと引き金のみ普通だが、大きな拳銃がついていた。

そして腰の周りに衛星のように浮遊する直径十センチほどの四つの光の玉があった。

鎧に覆われた自分の両手を見ながら、シャルロットは呆然と呟く。

「これが、共生進化……」

『ええ。あなたが私と共に飛ぼうといってくれたから出来たのよ、シャルロット』

進化できたのは嬉しいが、このままというわけにはいかない。

まずは自分の状態を知るために、と、シャルロットはブリーズに尋ねかけた。

「えっと、武器は?」

『サテリット。腰の周囲の四つの衛星よ。あなたの意志で銃弾にも砲弾にもミサイルにも、そしてパイルにもなるわ。四つを一つにするとシールドにもなるのよ』

銃弾として使う場合は、一つの玉から数十発は同時に発射できるという。

砲弾やミサイルとして使う場合は、一つにつき四発。

パイルは一つにつき一発だとブリーズは説明してきた。

これまで自分が扱っていた武器が四つの球に集約されているということかとシャルロットは理解した。

ここまでシンプルにまとまった武器はないが、逆にイメージを間違えるととんでもないことになると理解する。

そこまで考えて、自分がなぜ両手を見ることができるのかと気づく。

「あれ?」

『どうしたの?』

「ブリューナクは?」

進化の拍子に落としてしまったというのなら、急いで拾いに行かなければならないと思うが、ブリーズはとんでもない答えを返してきた。

『ちょうどいいから進化に巻き込んだわ』

「は?」

『背中の翼よ。ブリューナクを取り込んだの』

そういわれて背中の翼を広げると、巨大な砲身と、引き金とグリップ以外はほぼ砲身と同じサイズの拳銃が左右それぞれの翼にくっついているのが見える。

『さすがにテンロウの主が作っただけあるわね。コンパクトにしてみたけど、これが精一杯よ』

発射するときは合体して撃つようになってるらしい。

それはすごいギミックだ。

と、思うよりも。

 

「なんてことするのーっ、あれ借り物だよぉーっ!」

 

そう叫び、シャルロットはブリーズが勝手にやってしまったことに頭を抱えてしまう。

『いいじゃない。ちょうど持ってたんだし』

「横領になっちゃうよぉーっ!」

わりといい加減というか、豪快なブリーズにかつての母の面影を見るシャルロットだった。

悪い意味でも似ているようだ。

「あー、気にすんない。おめぇの会社で作ったもんだしな」

と、丈太郎が笑い飛ばすが、さすがに気にならないわけがないと、必死に謝るシャルロット。

「ごめんなさいぃーっ!」

「謝るなら、そろそろ戦ってくれシャル。蛮兄の天狼がこっちに戻ってきてるぞ」

数馬が苦笑いしながら促してくるので、とりあえず量産機を撃退しようと、シャルロットは翼を広げる。

「ブリーズっ、後で一緒に謝ろうねっ!」

『別に気にしないでいいと思うわよ?』

「謝るのぉーっ!」

どうも使徒やASは、どこか人とはズレているような気がしないでもないシャルロットだった。

 

 

そんなシャルロットとブリーズの漫才を、上空で鈴音と猫鈴、そしてオニキスが眺めていた。

『アホ猫といい、馬鹿モシカといい、おめーらの進化は緊張感がねーな』

「いわないで、お願いだから……」

『リン、そこは怒るところニャ』

敵の言葉ながら涙してしまう鈴音に、猫鈴がマジメに突っ込みを入れる。

だが、言っていることはまともでも言葉遣いがアホっぽい猫鈴。

そして、まともな言葉遣いでも借り物を平然と取り込むようないい加減なブリーズでは泣きたくなると鈴音は愚痴をこぼす。

「数馬の声が聞こえてきたのも、ISの進化なんでしょ?」

『アゼルのことかニャ?』

『あいつは力より知恵にこだわる変わりもんだぜ』

「でも喋り方や言ってることはおかしくないじゃない」

また、一夏の白虎は素直で口調も言っていることも子どもっぽくはあるが、極端なほどではない。

諒兵のレオは温厚ながら少々嫉妬深いようだが、口調はまともで戦闘時のアドバイスなどは実に的確だ。

内気なエルはパートナーの弾のことを『にぃに』と呼ぶが、むしろ可愛らしいと鈴音は思う。

それに比べて……。

『まー、気にすんなよ。類友ってゆーだろ?』

「セシリアやラウラも同じ道を辿るのかしら……」

『敵と友情芽生えさせてどうするニャ……』

かつてディアマンテに鈴音が『ディア』と愛称をつけてしまっただけに、猫鈴の言葉にはやけに実感が篭もっていた。

 

 

一方、日本。IS学園モニター室。

すなわち指令室では。

「……すみません、博士」

「だから、気にすんな。ただ、ブリューナクの解析ぁブリーズに協力させろ。たぶん理解してらぁ」

「はい」と、千冬は深々と頭を下げる。

とはいえ、シャルロットが進化に至ったことは喜ばしい。

その場の勢いで強力な兵器まで取り込んでしまったのはご愛嬌というところだろう。

「形態のモチーフはカモシカですね」

「う~ん、羚羊っぽいけどね。ま、要するに牛とか山羊の仲間だね」

と、真耶と束が話し合っている。

最近、束はAS絡みのことであれば、誰とでも気軽に話すようになっていた。

「鹿ではないのですか?」と、ラウラが疑問を口にする。

日本語ではカモシカというだけに、誤解されやすい動物なのである。

「ああ。日本語だと勘違いしやすいが、カモシカはシカ科の動物ではないんだ。束のいうとおり、牛や山羊の仲間だ」

そういってラウラの疑問に千冬が答えた。

シカ科の獣とウシ科の獣の大きな違いは角である。

基本的に一本のままであるウシ科の獣に対し、シカ科は角が枝分かれする。

当然、カモシカがモチーフのブリーズのヘッドセットの角は一本のままだ。

「アンテロープはわかる?」と、束がラウラに問いかける。

「あ、はい」

「本来はそれが日本語の羚羊。「カモシカの足」っていうと、足が速い人を指したりするんだけどね」

獣としてのカモシカは現在ではヤギ亜科なので、本来の羚羊であるアンテロープとは異なる。

アンテロープの仲間はトムソンガゼルやインパラといった獣だ。

広い草原などで走る動物としては、実はチーターに次ぐというかなりのスピードを持つ。

「要は、逃げ足が速い獣だよ」と、束がいうとその場が静まり返る。

「えっ、どしたの?」と、束が首を傾げると、ラウラ、真耶、千冬が微妙な顔を見せる。

「いや、その……」

「言い得て妙というか……」

「まあ、戦闘力がないわけではないからいいだろう……」

なんとなくシャルロットのイメージに合っていると思ってしまったことは内緒にしておこうと誓った三人だった。

 

 

とりあえず今は量産機の撃退だと意識を切り替えたシャルロットは、四つのサテリットのうちの二つに手を触れ、無数の銃弾をイメージする。

すると光の玉が弾け、無数の閃光が量産機に襲いかかった。

「すごい。マシンガンの比じゃない」

『あの程度と一緒にされちゃ困るわよ』

とはいえ、狙いもシャルロットの意思次第なので、すべて命中というわけにはいかなかった。

『エネルギーは無限ではないわ。特に進化直後だからそんなに長くは戦えないわよ』

「わかった」

つまり無駄弾は撃てないということだ。

ならば、威力の高い武器のほうがいいと、シャルロットは砲弾をイメージして撃ち放つ。

一機、かなりのダメージを与えることができたことに、これまでとは違う確かな感触を得た。

「まだ二十機近くいるのか。倒しきれるかな」

『ブリューナクを使えばかなりいけるだろうけど、今の状態ならおそらく一発よ。あれのエネルギー消費量は凄まじいわ』

「そっか。決めきれないとこっちが飛べなくなるんだね」

『そういうこと』

それでも、これまでのように機体やブリューナクに振り回されているような感覚はない。

本当に自分が空を飛んでいるように思えるのだ。

「これが、一夏や諒兵、それに鈴が見てた空なんだ……」

『素敵でしょう?』

「うん」

まさに鳥になったような気分だとシャルロットは思う。

例えこの場が戦場でも、格別といっていい気持ちだ。

それだけに、かつて一夏が「空を飛ぶのに殺気を持つな」といった気持ちも理解できる。

「終わらせなきゃ」

『そうね』

そういったブリーズが微笑んでいるようにシャルロットは感じていた。

 

 

遠くロシアの空にて。

一夏はネットワークを通じて、シャルロットの進化を感じ取った。

「わかるんだな」

『つながってるからねっ!』

白虎と共生進化した一夏は、コア・ネットワークは当然のこととして、エンジェル・ハイロゥ本体のつながりもあり、互いに進化を感じ取れる。

それは剣を合わせるザクロも同じであったようだ。

『新たなる進化を感じて候』

「ああ。俺たちの仲間だ」

『貴殿の覇気が上がって御座るな』

確かに、一夏の戦意は上がっている。シャルロットが進化したことで、負けられない相手が増えたと感じたからだ。

「味方と競うことは間違いじゃない」

『然り。敵も味方も、己を高める相手でなければ無意味』

こういう点では、ザクロは確かにもとは千冬のISであり、理解できる相手だと感じる。

ならば、一夏にとってザクロという敵は、互いを高め合うという意味で、決して欠かせない存在だということだ。

「行くぞ」

『うんっ!』

『来るがよい。拙者と同じくさぶらいし者よ』

そういって構えるザクロに向かい、一夏を白虎徹を突き入れるように突進したのだった。

 

 

中国にて。

相手の拳を避け、獅子吼を操り捕まえようとする。

しかし、一度喰らっただけに警戒されているのか、ファング・クエイクは大きく避けた。

機体の大きさがやはりネックになっているようだと諒兵は考える。

人が乗ることを前提に設計されているだけに、人が乗らない状態では自分自身が振り回されてしまうのだろう。

いつまでも時間をかけるべきではないと思いつつも、進化したファング・クエイクはどう戦うのかという興味を、諒兵は抑えられなかった。

『できるだけ早く倒しておくべきですよ』

「わかってんだけどな」

そんな諒兵の思いを汲み取ったのか、レオが忠告してくる。

確かに進化されれば、かなり強力な存在になるだろうと感じられるのだから、倒せるときに倒しておくべきだ。

ただ、ファング・クエイクの進化を誰よりも望んでいるのは、ファング・クエイク自身だ。

そして。

『お前では無理か』

「なんだよ?」

『お前は戦場では冷静になる。狩人の本質ゆえに仕方がないことではあるが』

互いに高めあうというより、相手を観察し、本領を発揮させないようにするのが『今の』諒兵の戦い方だ。

当然、感情は抑えられ、戦術を思考することに没頭する。

ストレートにいえば機械になっていくのだ。

『倒したい相手が、進化させる相手とは限らんということだ。ならばこれ以上の戦闘は意味がない』

そういって、ファング・クエイクはリボルバーイグニッションブースト、すなわち連続瞬時加速を使って一気に離脱していく。

「おいッ、待ちやがれッ!」と、諒兵が叫ぶものの、ファング・クエイクは一気に上昇し、そして消えた。

『……のんびりしすぎてるからですよ』

「あー、悪かったよ、レオ……」

明らかに不満があるとわかるレオの声。

失態を素直に認め、頭を掻く諒兵だった。

 

 

そして再びフランス。

『クルトの糸車』から吐き出される糸をかわしつつ、鈴音はオニキスに斬りかかる。

しかしさすがに見事に避けられ、逆にワイヤーブレードが襲いかかってくる。

プラズマエネルギーの糸は鈴音の娥眉月なら切れるとはいえ、まともに食らえばかなりのダメージを負うだろう。

間違いなく、糸車の糸と同じように電撃を放ってくるとわかるからだ。

『クソがッ、さすがに『ラケシスの糸』は避けるかッ!』

「喰らうわけないでしょッ!」

なかなかセンスのいい名前をつけるなと鈴音は感心するが、同時に理解できることがあった。

口に出さないように猫鈴に問いかける。

(確か三姉妹よね、あいつの言ってんの)

『そうニャ。クロートー、ラケシス、そしてアトロポスだニャ』

(どんなんだっけ?)

『紡ぎ手、描き手、切り手ニャ』

ギリシャ神話の女神の中で、運命を司る三姉妹の女神がいる。

その名をモイライ。

それぞれ運命の糸を紡ぐクロートー。

その糸に運命を描き、割り当てるラケシス。

そして運命の長さ、つまり寿命を決め、その糸を切るアトロポス。

それぞれに役割がある。

つまり。

『たぶんオニキスはハサミを持ってるはずニャ』

(それが決めの武装ね、きっと)

糸にも攻撃力があるとはいえ、そこに名づけた意味を考えれば、必ず別の武装がある。

それは相手の運命を断ち切る、つまり一撃必殺であろう斬る武装のはずだと鈴音は判断する。

それをまだ見せないことを考えると、底を見せていないということになる。

(無理には倒せないか)

『シャルが量産機を倒せば、きっと帰るはずニャ。あいつもエネルギーはそう多くニャいはずニャ』

ならば持久戦しかない。

無理に倒そうとしてこちらが倒されてしまうと、一気に戦力が減ってしまう。

死なないこと。

それが今、千冬が自分たちに求めている戦略なのだと鈴音は理解していた。

だからこそ、誰でもいいから援軍が欲しいと思う。

例え進化したとしても、数押しされればエネルギーの少ないシャルロットは落ちる可能性があるからだ。

かといってオニキスの相手をしている現状では、鈴音は量産機の相手までしていられない。

ゆえに、早く一夏か諒兵に来てほしいと鈴音は考えていた。

 

 

そして。

二十機近い覚醒ISをマトモに相手していては、こちらのエネルギーが持たない。

そう考えたシャルロットはふと上を見て、鈴音がオニキスを抑えているのを確認する。

ちゃんと戦っているようだ。ただし、やはり苦戦しているが。

「さっき雑談してた気がするけど」

『気にすることはないわ。あの子、ある意味ではISと仲が良くなりやすいみたいだし』

「……『悪辣』とまで仲良くなってどうするのさ」

ディアマンテはシャルロットも好感を持っているので、仲良くなっても仕方ないと思うが、オニキスの個性は普通に考えると敵対するべきだろうとシャルロットは愚痴をこぼしてしまう。

とはいえ、進化直後でブリーズに慣れていないシャルロットではオニキスの相手は難しい。

直感でも戦える鈴音とは違うからだ。

ならば、シャルロットがするべきは、量産機の完全な撃退、もしくは破壊。

「悪く思わないでよ」と、思わず呟いてしまう。

だが、意外な言葉が返ってきた。

『気にすることはないわ』

「えっ?」

『お互いの立場の違いで戦ってるのだから、恨むのは筋違いよ』

ブリーズは意外なほど戦闘を割り切っていた。

個性基盤が『慈愛』とは思えないとシャルロットは驚いてしまう。

『敵味方ではなく、庇護する対象を慈しむ愛情が『慈愛』なのよ。あなたの考えじゃ『博愛』よ』

似ているようで違うのだ。

ブリーズはシャルロットは娘のように想っているが、同胞は別にそこまで想っていない。

何よりシャルロットの敵に回るのなら、ブリーズにとっては倒すべき対象となるのだ。

そんな気持ちが嬉しくてシャルロットは想いを口に出してしまう。

「ありがとう」

『どういたしまして』

そういってブリーズが笑ったように感じたシャルロットは、自分を守ってくれることに感謝し、一気にケリをつけようと、サテリットを弾けさせる。

銃弾は八方に飛び、量産機を密集させた。

そして。

「ブリューナク起動ッ!」

『了解したわ』

ブリーズはその翼を大きく広げ、ブリューナクを起動させる。

右の翼の砲身が、左の翼のグリップと合体し、シャルロットの前に巨大な大砲が現れた。

『対閃光防御』と、ブリーズが淡々と告げると、シャルロットの目の前にサングラスのような偏光シールドが現れる。

間近で撃つために目を守る必要があるのだろうが、そうせねばならないことにシャルロットは改めて驚いた。

丈太郎が作ったものより強化されているのだろう。

『プラズマエネルギー充填率、七十パーセント。発射可能レベルと確認』

その声を聞いたシャルロットは引き金を引いて叫んだ。

「発射ッ!」

ズギュウゥゥゥンッ、という轟音とともに、閃光の槍が量産機めがけて発射される。

だが。

「なっ?」

『そんなっ!』

シャルロットとブリーズはほぼ同時に叫んでしまった。

命中するよりも早く、量産機が一斉に消えてしまったのだ。

そして、上空から声が聞こえてくる。

『やはりテンロウの主が制作なされただけはあります。脅威を感じました』

「ディアマンテッ!」

『何をしに来たのよッ?』

驚愕するシャルロット。そして声を荒げるブリーズの近くに鈴音が近寄ってくる。

各個撃破されるわけにはいかないと感じたのだろう。

「オニキスも消えたわ。ディア、あんた何かしたのね?」

『……量子転送だニャ。あちしらと同じニャ』

猫鈴の解説に、ディアマンテは首肯した。

つまり正しいということだろう。

オニキスや量産機をまとめて、おそらくはエンジェル・ハイロゥに転送したのだ。

『貴方がたにできることは私にも可能です』

『私の質問には答えてくれないのかしら?』

ブリーズが敵意を剥き出しにして問いかける。

意外といえば意外だが、シャルロットにとっては恐ろしい敵になるので、当然の態度でもあった。

『呼ばれたので来たまでです』

「……オニキス、じゃないね。危機感を持った量産機ってところかな」

『詳細をお伝えする必要性を感じませんので、明確な回答はいたしかねます』

シャルロットの言葉を肯定も否定もしないが、逆にその態度でおそらくは正解だろうとシャルロットも鈴音も思う。

『仲間』の呼び声を聞きつけ、駆けつけたということなのだろう。

「君自身は戦うつもりはないの?」

『それが貴方がたの意であるならば、私は粛々と従いましょう』

シャルロットの言葉にディアマンテはいつものように答える。

正直なところ、ブリーズはエネルギーが切れる寸前まで来ているので、シャルロットとしてはここでディアマンテと戦闘はしたくない。

そう思っていると鈴音が口を開いた。

「なら、ここは退いてちょうだい」

『良いでしょう。貴女の言葉に従いましょう、リン』

シャルロット、正確にはブリーズの状態を理解している鈴音がそういうと、ディアマンテはあっさりと飛び上がる。

ただ。

『新たなる同胞に一つ忠告しておきましょう』

『何かしら?』

『貴方の第4世代武装は強力すぎます。お気をつけください』

いわれなくてもわかっているとブリーズが答えると、ディアマンテは一つ肯き、空の彼方へと消えていったのだった。

 

 

 

 



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第67話「故郷の土」

戦闘を終えたシャルロットと鈴音は、IS学園には戻らず、丈太郎や数馬がいるデュノア社の開発部へと向かう。

収納されたブリーズの待機形態を見て鈴音は驚いた声をだした。

「チョーカーなのね。てっきり首輪にしかならないと思ってたわ」

「僕もだよ」と、シャルロットも少なからず驚く。

ブリーズの待機形態はカモシカの意匠が施されたペンダントヘッドの着いた橙色のチョーカーだったのだ。

一夏や諒兵、そして鈴音の首輪とはだいぶ違う。

もっともつなぎ目がないという点では同じだが。

『待機形態も貴方たちに依存するのよ。だからシャルロットが望んだ形っていえるわ』

「そうなんだ。なんで私は首輪なのかしら?」

『理由くらい簡単に思いつくはずニャ……』

「だよね……」と、猫鈴に同意するかのように、シャルロットも呆れた声をだすが、鈴音は首を傾げていた。

はっきりいえば、猫鈴が鈴つきの首輪になったのは一夏と諒兵に近い形になったというだけだ。

彼らの場合、闘争本能に呼応して首輪になっているのだが。

そして。

「しっかし、あんたまでISの進化に関わるとわね」

「もともと一夏と諒兵のバックアップのつもりだったんだがな」

鈴音が呆れた顔で数馬に話しかける。

その雰囲気から二人が旧知の友人であることをシャルロットは理解した。

『マオリンニャ。アゼルっていうのニャ。よろしくニャ』

『アゼルだ。戦場に行く気はないが、バックアップ程度なら手伝ってやろう』

そういって猫鈴とアゼルも挨拶を交わした。

だが、この場でもっとも重要な存在はなんといってもシャルロットと……。

『ブリーズよ。これからよろしくね』

そういって挨拶してくるブリーズだ。

なぜか、アゼルは黒髪で白衣を着ており、メガネをかけた二十代くらいの女研究者のような格好をして数馬の肩に立っている。

その頭には馬の耳が、お尻からは馬の尻尾が下がっていた。

対して、ブリーズは二十歳くらいの女性で、頭に羚羊の角を生やしており、いわゆる家庭的な女性をイメージさせる格好をしてシャルロットの頭の上に座っていた。

『いい仕事ができましたー』

「だからどうしておめぇは余計なことすんのは無駄にはえぇんだ……」

汗をかくはずがないのに額を拭う仕草をする天狼に丈太郎が突っ込みを入れていた。

そんな丈太郎に鈴音が尋ねかける。

「蛮兄はまだこっちにいるのよね?」

「あぁ。ブリューナクの量産体制を整えるまでにゃぁ、まだしばらくかからぁな」

「数馬も?」

「むしろ、このあと試作機を試験運用する上ではデータ取りが重要になる。勉強になるからな。俺だけ戻るつもりはない」

そう答えてきた丈太郎や数馬に、鈴音も納得した表情を見せた。

だが、残念そうな声をだすものがいた。

「そっか。僕だけ戻ることになるんだね」

数日とはいえ、けっこう仲良くなれたと思うので、シャルロットとしては別れが寂しくもある。

また、父セドリックもフランスから離れるわけにはいかないため、一人でIS学園に戻ることになるのだ。

もっとも進化しただけではなく、ブリーズにはもともとクリスティーヌの設計図が載っていたため、量子転送は既に修得しており、日本に戻るのはあっという間なのだが。

とはいえ、やはり帰るのは寂しい。

そう思うも、少し無粋な言葉で今という状況を理解させられてしまう。

「シャルには悪いんだけどさ。セシリアのこともあるし、のんびり別れを惜しんでられないでしょ?」

『怒ったらごめんニャ。でも、今はとても大事ニャ時期ニャのニャ』

鈴音と猫鈴は口を揃えて、急ぎ戻らなければといってくる。

だが、確かに理解できることだ。

もともとシャルロットはそういう点においては聡いのだから。

そこに、別の男性の声が聞こえてきた。

「シャルロット」

「お父さん」

「余裕ができたら、一緒に家に帰ろう。ぎこちないかもしれないが、カサンドラも待っているといってくれたよ」

ぎこちないのは仕方がないが、それでも彼女が一歩こちらに歩み寄ってくれたことは素直に嬉しく感じるシャルロット。

「そうなんだ……よかった……」

ならば、今は余裕ができるまで、懸命に前進するだけだと決意する。

「いずれ俺たちもIS学園に行くかんな。待っててくれ」

「そのときはまたよろしくな、シャル」

「うんっ!」

そう元気よく答えたシャルロットは、セドリック、丈太郎、数馬や開発部のスタッフに見送られながら、鈴音が猫鈴を展開するのと同時にブリーズを展開、量子転送でIS学園へと戻っていった。

 

 

そんな話を、セシリアはオルコット家の屋敷の一室に設えられた通信機で聞いていた。

どうしても、現状を知りたいと、例えショックを受けることになってもいいと告げて、真耶に請うたのだ。

「そうですの。シャルロットさんは進化を……」

「何度もいいますが、焦らないでください。試作機とはいえ対『使徒』用兵器もありますから、時間は十分に稼げます」

「ご心配をおかけして申し訳ありません」

そう答えるものの、セシリアの心中は穏やかではない。

だが、状況を冷静に見るように努めていた。

進化に至ったシャルロットに嫉妬したところで意味がないからだ。

今の自分が向き合うべきは、青い球体となってしまったブルー・ティアーズと対話すること。

凍結に近い状態だが、眠っているというよりは殻に閉じこもってしまっているらしいと天狼からの報告で聞いている。

つまり、こちらの声が聞こえないわけではないということだ。

ならば、時間をかけてでも目覚めさせる。

進化などと高望みはしない。

ありのままのブルー・ティアーズともう一度空を飛びたい。

そんなことを考えていたセシリアは、真耶に礼を告げて通信を切った。

「お嬢様」

「バーナード。チェルシーの様子は?」

「今は眠っています」

そう答えてきた初老の執事の安心させるような表情を見て、セシリアは安堵の息をつく。

 

バーナード・アーキン。

先代、つまりセシリアの母が当主であったころからオルコット家に仕えており、己の立場を弁えた忠実な執事であり、また好々爺でもあった。

セシリアがオルコット家を守るために、いろいろと助けてくれている一人だ。

 

「いきなり押しかけて申し訳ないと思っていますわ」

「ご自宅にお戻りになることを申し訳ないなどと思われては困りますな」

「でも……」

「今はお嬢様も休養をお取りください。失礼ながら聞こえてしまいましたが、焦るなといわれておいででしょう」

確かに、いわれたとおりであり、また焦ってもどうにもならないことは理解している。

しかし、このまま戦えなくなることだけは避けたかった。

それでは自分に課せられた責務を果たすことができないではないか、と。

だが、訓練しようにもブルー・ティアーズがあの状態では、せいぜい基礎トレーニングをするくらいだ。

(気分転換にはいいかもしれませんわね)

「身体を動かしてきますわ、バーナード」

「良いリフレッシュになりますよう」

その言葉だけで、バーナードが自分の気持ちを理解してくれていることがわかる。

この老執事にどれだけ助けられてきたのだろうと思うと、かつては多少なりと男を見下していたセシリアは苦笑せざるを得なかった。

 

 

オルコット家はイギリスはノースウェストの郊外に屋敷を持つ。

かつてはこの領地を治める貴族であったということだ。

都市部もあるが、郊外は緑豊かな地で、比較的のんびりとした空気があった。

そんな場所にあるオルコット家の屋敷の庭は実はかなり広い。

ランニングをしても周囲を回るのに一時間を超えるほどなので、トレーニングにはちょうどよい庭でもあった。

もともと設えられていたランニングコースを、トレーニングスーツを着て、腰にポーチをつけたセシリアが走り続ける。

軽い運動のつもりだが、一応目的地があった。

しばらく走り続け、雑木林の中の開けた場所にたどり着くと、「ふう」と、息をつき、セシリアは木陰を探して腰を下ろした。

「やはり、落ち着いてしまいますわね」と、彼女は苦笑いを見せる。

IS学園の寮はだいぶ改造しているので屋敷並みに住みやすくしているが、やはり故郷は違う。

心の底から帰ってきてしまったとセシリアは感じていた。

この場所は、セシリアのお気に入りの場所だ。

父母が死んだとき、一人で来て泣きはらした場所でもある。

それ以前にも、幼いころから悲しいことがあったとき、一人になりたいと思って見つけた場所だった。

ここを知っているのはチェルシーだけだ。

もっとも、バーナードは屋敷を知り尽くしているらしいので、この場所も知っているのだろうがとセシリアは思う。

子どものころには必死になって見つけた場所だが、大人になりつつある今、オルコット家の屋敷の庭の一角でしかないことも理解できていた。

「なんだか寂しい気もしますわね。世界の広さを知るのはいいことですけど」

そう独りごちる。

とはいえ、今、セシリアは一人ではなかった。

腰のポーチからランニングに付き合わせた自分のパートナー、つまり青い球体となったブルー・ティアーズを取り出す。

「私のお気に入りの場所です。貴方にも覚えておいてもらいたいと思っていますわ」と、微笑みかける。

かつての自分ならくだらないことだと思っただろうが、今はこういうコミュニケーションも必要だと考えていた。

姿を見せるようになった白虎やレオ、そして猫鈴を見る限り、決して無駄ではないはずだ。

ただ、無駄ではないはずだが、何かが足りないということをセシリアは理解していた。

そこに。

 

自ら身を差し出すとは良い心がけでしてよ

 

セシリアの頭の中に、聞いたことのない『声』が聞こえてくる。

はっとして見上げると、そこには濃紺の機体。

「サイレント・ゼフィルス……、どうやってここにッ?」

イギリスのIS開発局を襲い、チェルシーを傷つけ、ブルー・ティアーズを球体へと変えた、セシリアにとってもっとも忌まわしい存在がいた。

だが、それは異常だった。

ジャミングが起これば、IS学園から一夏や諒兵たち、AS進化を果たした者たちが飛んでくる。

しかし、そんな気配がない。

なにより、声が聞こえるまで、セシリアはサイレント・ゼフィルスが接近していたことにまるで気づかなかった。

無論、セシリアに策敵機能などあるはずがないが、覚醒ISの持つある種の威圧感は強く感じるのだ。

それがまったく、今ですら感じられないのはおかしい。

 

役に立つと思い修得していた機能のおかげ

 

「機能?」

 

ステルス。それを持つISがいたに過ぎなくてよ

 

ステルス。

その言葉を聞いてセシリアは最悪だと感じた。

すなわちレーダーなどに反応しない、いわば身を隠す機能だということだ。

こちらの索敵ができないまま、いきなり襲われればなすすべがない。

完全に身を隠せるISでは、戦いとなったとき後手に回ってしまう。

何かは知らないが、隠密使用を目的に造られたISがあったのだろう。

そしてエンジェル・ハイロゥにすべての情報が集まってしまう以上、そういった第3世代クラスではない機能ならば修得しようと思えばできるということらしい。

進化機であるディアマンテは当然のこととして、覚醒ISですらできるというのであれば、今後の戦いがきつくなる。

それでも、これは重要な情報だとセシリアは覚えておくことにした。

「それで、何か用ですの?」

 

これは私の慈悲、心してお聞きなさい

 

ブルー・ティアーズを差し出せ、と、サイレント・ゼフィルスはいってきた。

今、この場で破壊しようというのだろう。

だが、差し出せば、セシリアは見逃すといっているのだ。

つまり、ブルー・ティアーズを見捨てろ、と。

「そんなことはできませんわッ!」

 

やはり人とは愚劣にして、蒙昧なもの……

 

ため息でもつきそうな態度で、サイレント・ゼフィルスはいってくる。

こうして話してみて、セシリアはやはりサイレント・ゼフィルスは自分以外のBT機の存在を許さないのだろうということが理解できた。

しかも完全に人を、それどころか下手をすれば自分以外の他者をすべて見下している。

『自尊』という個性がここまで腹立たしいものだとは思わなかったとセシリアは内心呆れてしまう。

「ブルー・ティアーズは私の大事なパートナー。あなたに渡す気は毛頭ありませんわ」

 

出来損ない同士、仲の良いこと

 

クスクスクスとサイレント・ゼフィルスは笑ってくる。

あからさまに嘲笑っている様子が伝わってきて、本当に腹の底から怒りが湧いてくると感じるセシリアだった。

「聞き捨てなりませんわ。ブルー・ティアーズは優秀な第3世代機ですもの」

 

BT機能には欠陥、安定性もなく攻撃力は羽虫程度

 

それを優秀などというとは本当に救いようがない出来損ない同士だ、と、サイレント・ゼフィルスは楽しそうに笑った。

反論すれば、スペックを掲げて論破してくることがよくわかるだけに、セシリアは口を噤むしかない。

それでも、自分のパートナーを馬鹿にされて怒らないはずがなかった。

「馬鹿にするのも大概にしていただきたいですわね。戦って競ったことなどないでしょう」

 

競う価値があると?

 

「やってみなければわかりませんわよ」

 

愚者は皆そういって己の無力を誤魔化すもの

 

「くっ……」

そう声を漏らしてしまう。

サイレント・ゼフィルスはこういった口論では勝てる気がしない相手だった。

だが、それ以上に人の神経を逆撫ですることにおいて、右に出るものはいないのではないかと思わされる。

それでも、何とかここを凌ぎ、IS学園に連絡して、誰かに来てもらわなければならないとセシリアは思う。

ただ、本音としてはサイレント・ゼフィルスは己の手で潰したいのだが。

しかし、そんなセシリアの考えをサイレント・ゼフィルスは看破していた。

 

所詮、弱き者同士、仲間とやらを頼るしか能がなくて?

 

「……あなたは違うと?」

 

高貴なる私は傅かれるのが至極当然でしてよ

 

仲間ではなく、自分の手足だと他の者を見ているのだろうとセシリアは思う。

一機でここに来たのではなく、一機でしか来る気がないのだ。

追従する者がいれば、慈悲と言葉を与えるのがこのISなのだろう。

(こんなものが高貴を名乗るなど認めませんわ)

セシリアがもっとも忌避するタイプの性格だった。

意味なく他者を見下し、仲間ですら尊重することはなく、ただ自分だけを誇り、謳う。

高貴なる者にあるまじき、下衆な性格だとすら思う。

もっとも、そんなことをいえば、今のセシリアは一瞬でこの世から塵も残さず消されてしまうだろうが。

何をいわれても、まずはここを凌ぐことと、セシリアは勝負を吹っ掛ける。

 

私に無駄な苦労をさせたくて?

 

「自分が最高のBT機と思うなら、十全な状態で叩き潰してみてはどうですの?」

 

……なら、一週間ほど。

 

その間に戦えるようになれ、と、サイレント・ゼフィルスはいう。

ただし、今日のことを誰にもいうなと忠告してくる。

白虎やレオ、猫鈴やブリーズにいえば……。

 

次はあの屋敷ごとすべて消してあげてよ

 

ギリッとセシリアは歯軋りしてしまう。

サイレント・ゼフィルスは平然とチェルシーやバーナードを人質に取ったのだ。

しかも、思い返せば共生進化のパートナーである一夏や諒兵、鈴音やシャルロットの名前を出していない。

サイレント・ゼフィルスにとって、人はどうでもいい存在ということなのだろう。

それがまた腹立たしい。

「わかりましたわ。あなたは私の手で叩き潰したいと思っていたところですし」

 

不遜も過ぎれば、醜くてよ

 

そういってクスクスクスと笑いながらサイレント・ゼフィルスは空へと帰っていく。

その姿をセシリアはひたすら睨みつけていたのだった。

 

 

 

 



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第68話「ノーブレス・オブリージュ」

サイレント・ゼフィルスと遭遇してから二日が過ぎた。

だが、ブルー・ティアーズに復活の兆しはない。

最悪の場合を考え、セシリアは人が使えるサイズのミサイルランチャー、RPG、そして対戦車ライフルなどを屋敷に運び込ませていた。

「ご注文の品は揃ってございます、お嬢様」

「助かりましたわ、バーナード」

「しかし、何故これほど大量に?」

単純に数でいえば、一部隊を率いて戦争するレベルといってもいい。

とても一人で使える量ではないが、それでも気休めになればいいほうだろうとセシリアは考える。

それほどに、人の身でISと、しかも覚醒ISと戦わなければならないのは絶望的な状況だといえた。

「私はサイレント・ゼフィルスに狙われる可能性があります。ブルー・ティアーズの凍結が解除できない以上、できることはやっておこうと思ったまでですわ」

「軍に動いてもらうわけには?」

「屋敷に多数の軍人を常駐させるわけにもいきませんもの。バーナード、有事の際はまずチェルシーを避難させてください」

自分は有事の際の訓練も受けているから、と、セシリアは続ける。

実際、それは嘘ではなく、現在のIS競技者は軍人に近い扱いを受けており、訓練も軍事訓練に近い。

事実上、覚醒ISに対抗できる軍事力は、イギリスではセシリアのみといえるからだ。

競技者自体、かなり身体を鍛えなければならないので、セシリアは一般人など相手にならないほど、単体でも戦闘力はある。

それでも、相手が悪すぎることは自覚しているのだが。

「無茶はなさいませぬよう」

「わかっていますわ」

既に無謀といえる勝負を吹っかけたなどとはとてもいえない、と、セシリアは苦笑いしてしまうのだった。

 

 

オルコット家の屋敷は使用人の部屋がある棟と当主家族の部屋がある棟を分けている。

こういったことで混同してしまうのは良くないという昔からの規律のためだ。

そのため、チェルシーの部屋は使用人の部屋がある棟に存在していた。

セシリアの自室とはだいぶことなる簡素なドアが立ち並ぶ中、セシリアはチェルシーの名が書かれた部屋に入る。

人の気配で目を覚ましたのか、チェルシーは目を開けていた。ゆっくりと身体を起こす。

本来ならばまだ入院していなければならないのだが、帰宅することをチェルシー自身が望んだのだ。

幸い、バーナードは病人の介護もできるので、何か起きた際には主治医を呼ぶことにして、チェルシーはオルコット家に戻ってきていた。

「まだ無理をしてはなりませんわ」

「このくらいであれば問題ありません、お嬢様」

そう答えるチェルシーに困ったような顔をするセシリアだが、とりあえず自力で起き上がれることに安心する。

とはいえ、腹を貫かれている以上、けっこうきついはずだとすぐに持っていたトレイをテーブルに置き、チェルシーを助けた。

だが、チェルシーは助け起こされたことよりも、テーブルに置かれたトレイの上のカップの中身のほうが気になるらしい。

「それは?」

「ホットミルクですわ」

何か温まるものをと考えてセシリアが『創造』してきたものである。

チェルシーは恐る恐る口をつけ、ゆっくりとトレイに戻した。

「却下です」

「またですのっ?」

「飲み物程度ならと思いましたが……、お嬢様、やはり徹底的にやらなければなりませんね」

そういったチェルシーの目は据わっている。

はっきりというと、外見は白く温かいホットミルクのようだが、中身は劇薬といっていいレベルの毒物と化していた。

少なくとも、生物が口に入れていいものではない。

「そこまでいわなくても……」

「味見役を買って出ましたが、傷で死ぬか、お嬢様の料理で死ぬかの二択です、今のままでは」

その評価がまったく大袈裟ではないほど、セシリアの料理の腕前は壊滅的である。

致命的な欠点は、『味見』をしないことだ。

セシリアとて味オンチではない。

むしろ、幼少のころからすばらしい料理を口にしてきたので、舌は肥えているほうだろう。

「見た目は後からついてくるもの。自分が食して美味しいと思うものを、出す人にも食べてほしいと思い、行うのが料理です」

「そ、それはわかっていますわ」

「本当なら、私が手ほどきしたいところですが、この身ではそうもいきません」

そのため、チェルシーは即座にバーナードを呼び、セシリア謹製のホットミルクを飲まないように注意しつつ、味見をさせて彼にも納得させた。

「……お嬢様、お覚悟を」

「はい……」

バーナードに連れられていくセシリアはドナドナの子牛のようであったとチェルシーは後に語った。

 

 

とりあえずホットミルクの基本を教わりながら、セシリアは必死にミルクパンと睨めっこしていた。

ホットミルクなので牛乳を温めればいいだけだろうが、多少はアレンジを加えたいと、ハニーミルクに挑戦していた。

バーナードの指示はわかりやすかったが、それ以前に、必ず守れといわれたことが一つある。

「一分に一度、味見をなさってください」

「はい」

「自分で味見をすれば、自然と誰でも食べられるものを作れます」

何気にチェルシー同様に容赦のないバーナードだった。

とにかく、いわれたとおり味見をしながらホットミルクを作る。

少しハチミツの量が多かったのか、甘すぎる気がしないでもないが、先ほどの劇物よりははるかに美味しいホットミルクが出来上がったことにセシリアは安堵の息をついた。

「これなら十分でしょう。お嬢様、味見をすることの重要性がご理解いただけましたか?」

「はい。見た目を整えればいいというわけではないんですのね」

「見た目は重要ですが、料理の基本は食して納得のいく味かどうかです」

「確かに……」

料理などまともにしたことがないセシリアとしては、まずこれまで食べていた料理の美しい見た目を真似ることしかできなかった。

実のところ、まったくできなかったわけではないが、聞きながら作ったときの見た目はかなり酷く、セシリア自身はとても成功したとは思えなかったのだ。

いわれたとおりに作れば、見た目も美しくなるものだと思ったのである。

だが、実際にはそうではない。

まずは味。

そのためにはまめに味見をすること。

バーナードはそう語る。

「見た目を気にする必要はないということですの?」

「より正確にいえば、優れた中身があれば、自然と見た目は磨かれていくものです」

そういわれてセシリアは納得する。

確かに、人はどう取り繕おうとも、中身の卑しさは顔に出てしまうものだからだ。

自分も気をつけなければと思う。

そんなことを考えているとバーナードが尋ねてきた。

わざわざチェルシーに食事などを作らなくても、オルコット家は料理人を抱えている。

頼めばいいのではないか、と。

「少しくらいはこういったことも手伝いたいと思いましたので」

「それはご当主としてですかな?」

「これくらいのこともできない当主では恥ずかしいと思っただけですわ」

そう答えると、バーナードは微妙な表情を見せてくる。

何かおかしいことをいっただろうかとセシリアは首を傾げた。

「趣味として料理を覚えるのは良いことです。ですが、それはご当主の責務ではありません」

「責務?」

「ノーブレス・オブリージュという言葉をご存知でしょう」

「それはもちろんですわ」

 

『ノーブレス・オブリージュ』

 

貴族がやるべき責務。

そういった意味を示す言葉であり、セシリアにとってはまさに自分のためにあるような言葉である。

「お母様に教えていただきましたわ」

「では、その言葉を奥様にお伝えしたのは誰だと思いますか?」

「それは、先々代の当主では?」

「いえ」と、そういってバーナードは意外な名前を出してきた。

「お父様っ?」

「はい。旦那様は、特にこの点において奥様に厳しかったともいえます」

セシリアの父は婿養子だ。本来、オルコット家の当主であるセシリアの母に対し、頭が上がるはずがない。

事実、セシリアが見る父の姿は情けないものばかりだった。

だが、そうではないとバーナードはいう。

「オルコット家の当主ならば、例え夫相手でも人前では厳しくせよ。そう常々旦那様はおっしゃっていました」

「逆だったとしか思えませんわ……」

しかし、そうではない。

オルコット家の当主が、例え夫が相手であろうとも、人前では甘えてはならない。

そんなオルコット家当主をセシリアの母が演じるために、父は支えていたのだという。

「初めて聞きました……」

「生前、旦那様はお嬢様が成人なさるまでは決して教えてはならないとおっしゃっておられました」

子どものうちは言葉では理解できないだろう。

そう思い、情けない父と思われても、セシリアの父は決して己の立場を良くするような真似をしなかったのだ。

「それだけ旦那様は貴族として、オルコット家当主の夫としての責務をご理解なさっていたのです」

「ノーブレス・オブリージュ……」

そしてバーナードは、オルコット家当主としてやるべきことは料理を覚えることではない。

しかも驚くことに、IS操縦者になることでも、英国代表になることでもないと語る。

「貴族としてお嬢様が成すべきことは一つ。それ以外はすべてそのための手段とお考えください」

「それはいったい……」

「そこからはご自身で」と、バーナードはきっぱりと言い放つ。

自分で理解しない限り、セシリアが前進することができないからだ。

ただ。

「これまでのお嬢様の人生を振り返ればご理解いただけるはずです。我々が貴女に求めてきたのは、料理でも成績でもIS操縦者として技能や地位でもない。幼きころから変わったことなど一度もありません」

「……わかりましたわ。かならずや見つけてみせます」

そういってセシリアは、できたホットミルクをチェルシーの部屋へと運んでいった。

幸い、ちょっと甘いが美味しいといってもらえ、セシリアも安堵の息をついたというのは余談である。

 

 

自室で一人になったセシリアは、青い球体となったブルー・ティアーズを手に、じっと見つめていた。

チェルシーやバーナードに心配させないために何もないそぶりを見せてはいるが、内心ではかなり焦っている。

だが、その点で考えると先ほどのバーナードの言葉は今の自分にとって大事なものであったと感じていた。

「ノーブレス・オブリージュ……」

貴族としてやるべき責務。

オルコット家の令嬢として生まれ、今は当主でもある貴族、セシリア・オルコットがやるべき責務とは何か。

しかも、バーナードは幼少のころより変わったことなどないといっていた。

つまり、自分が小さいころから、求められていたことは何一つ変わっていないのだ。

果たして自分はその求めに応えられてきたのだろうか。

おそらくだが、それができていないためにブルー・ティアーズは応えないのだろうと思う。

「私は貴族、オルコット家の娘……」

セシリアの生まれを考えれば、最初の自分のアイデンティティはそれしかない。

貴族に求められるもの。

自分が見いだせていないのはそれなのだろうとセシリアは考える。

(ならば、考えるべきは古くから貴族が果たしてきた責務……)

意外に思われる方もいるかもしれないが、貴族とは世の進歩において欠かせない存在だったといえる。

領民が安全に暮らせるように、かつ、治める領地が豊かになるように。

時には芸術家のパトロンとなって音楽や美術、伝統芸能、伝統文化などを保護することもある。

当然、金銭が必要であるため、貴族といえば金持ちという印象がついてしまったが、金銭がなければ前述したようなことはできないのだ。

 

また、イギリスは階級社会が色濃く残っているといわれる。

一般的な技術、技能で仕事をする労働者階級。

資本家、すなわち会社社長などや銀行家、企業経営者や、またその他資格の必要な技能職の多い中流階級。

そして、英国王室や、セシリアを含めた貴族、貴族の次男以降の子弟で土地などを持つものたちである上流階級。

これらを簡単に貴族と庶民という言い方をすることもあるが、実のところ、その階級は富裕層と貧困層とは異なる。

裕福な庶民もいれば、貧しい貴族もいるのだ。

貴族が庶民を虐げるといったようなことは、極一部にあるかないかといったところで、ことイギリスにおいてはそれぞれがそれぞれの階級で、己の役目をまっとうしようとしているということができる。

そういう意味では、イギリスの階級社会では差というものは少ないのである。

 

実のところ、セシリアは確かに男性を軽んじていた時期はあるが、庶民を見下すような愚か者ではない。

己の役目を懸命に果たす労働者階級の人間に対して、敬意を持てる少女だった。

だからこそ、今、セシリアに求められているのはオルコット家の令嬢として生まれた貴族としての責務だということだ。

「誰もが己の役目をまっとうしようと生きる。それは、まさに『忠実』な生き方ですわね……」

ブルー・ティアーズの持つ個性はある意味ではイギリスの機体に相応しいものだとセシリアには思える。

では、自分はどうだろうか。

 

何のためにIS操縦者になったのか。

何のために代表候補生になったのか。

何のためにIS学園に首席で合格したのか。

 

セシリアは、その根本的な、正確にいえば貴族である自分がそうした理由を見失っているような気がしていた。

それが悔しくて、空を見上げる。

この空に溶けるような青の機体。

もう一度、その翼を広げて欲しいと切に願う。

だが、間に合わないというのなら。

「チェルシーもバーナードも、この屋敷も、そしてこの地も、私がこの身に代えても守ってみせますわ……」

セシリアは、手にしていた青い球体がぼんやりと光っていたことに気づくことはなかった。

 

 

そして一週間後。

セシリアは秘密の場所で、ミサイルランチャーを手に、サイレント・ゼフィルスが来るのを待ち構えていた。

 

 

 

 



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第69話「忠(なお)、実らせんがために」

飛来してきたサイレント・ゼフィルスは、生身でランチャーを構えるセシリアの姿を見て、あからさまに嘲笑してきた。

 

所詮は人。何もできないと思ってましてよ

 

「確かにブルー・ティアーズは目覚めませんでしたが、準備はしてきましたわ」

 

では、蟻の如く踏み潰されなさい

 

そう答えたとたん、サイレント・ゼフィルスは一気にビットを展開させてきた。

六基すべてのビットを操り、セシリアに向けてレーザーを撃ち放ってくる。

「くッ!」と、声を漏らしながら、セシリアは必死に駆け出した。

レーザーがセシリアの美しい黄金の髪を焦がす。

一発受けただけでも自分は死んでしまうだろう。一発たりとて受けるわけにはいかないと理解してた。

万が一を期待して腰のポーチにブルー・ティアーズを入れ、連れてきているが、この状況でも凍結が解除できないのなら、期待はできない。

自分の力だけでサイレント・ゼフィルスを倒すしかないとセシリアは考えていた。

無論、何も考えずに武器だけを持ってきたわけではない。

あらかじめ、サイレント・ゼフィルスの行動を分析し、どこに武器を置いておけば使えるかということを計算して配置してある。

さらにマーカーを別に設置して、武装の場所を特定され、使うより先に潰されることがないようにも配慮してあった。

それでも、戦力差は絶望的だ。セシリアの心の奥底には死への恐怖もある。

ただ、自分の故郷を脅かす者から逃げるという選択肢を選ぶことはできなかった。

 

 

遠く、日本。IS学園にて。

ブリーズの協力を得て、現在はIS学園、整備開発課となった旧整備科のスタッフがブリューナク量産型の試作品を完成させていた。

「ずいぶん小さくなりましたね」と、そういったのはシャルロットだ。

丈太郎が開発した試験機を扱ったシャルロットからすると、量産型の大きさはだいぶ縮んでいる。

ただ、ブリーズによってコンパクト化できたものを参考にしたからというわけではないらしい。

「威力を下げました。あなたたちには申し訳ないが、PS操縦者は後衛から牽制することを考えています」と、スタッフが説明する。

PSはISやASと混同しないため、パワードスーツの略称として決められたものである。

また、スタッフが『あなたたち』というのは、共生進化を果たした一夏、諒兵、鈴音、シャルロットのことだ。

要は最前線で覚醒ISや『使徒』を倒し得る者のことである。

「取り回しを考えてということか?」

そういったのは一緒にいるラウラだった。

現状、進化していないラウラはブリューナク量産型の試作品のテストパイロットをすることになっている。

もっとも、ラウラには共生進化の可能性がある。

そのため、シャルロットのように進化に巻き込んではならないということで、あくまでテストのみすることになっていた。

ブリューナク量産型はあくまでパワードスーツを装着して戦う操縦者のための武器ということだ。

「はい。博士の作ったものは大きすぎます。IS学園自体に砲台として配備する上では問題ありませんが、人が使うとどうしても振り回されますから」

それでもだいぶ小さくしてあったのだが、威力を十分なものにしすぎていたらしい。

銃弾からエアーガンレベルに威力を落とすことで、よりコンパクト化したという。

「後ろを守ってくれるだけでも十分だ」

「前線は任せろってこった」

と、見物にきた一夏と諒兵が答える。

実際、二人としては一緒に戦ってくれる人がいるのはありがたいが、無理をして命を落とすようなことはあってほしくないと考えていた。

「役割を決めておけば、動きやすいしね」と、そういったのは一夏と諒兵についてきた鈴音。

とりあえず、前線で戦う者たちとしては、やはりブリューナク量産型は興味の対象らしい。

もともとシャルロットとラウラだけが試作品を見にくるはずだったのだが、結局全員が顔を出していた。

「そういや、千冬姉はどうしたんだ。一緒に試作品を見に行くっていってた気がするけど」と、一夏。

「教官なら試作品を見てすぐにクラモチに向かったぞ。量産のための開発ラインのチェックだそうだ」

「忙しいな、千冬さんも」

諒兵が苦笑いするのにつられて、一夏の言葉に答えたラウラも苦笑いしてしまう。

指令だけではなく、こういった開発でも指示をしなければならないのだから、千冬も大変だった。

そんな話を聞きながら、シャルロットがスタッフに問いかける。

「試作品はこれ一機ですか?」

「今のところは」

そう答えたスタッフに対し、できるだけ急いでもう一機作って欲しいとシャルロット。

そんな彼女に鈴音が問いかける。

「どうしたの?」

「イギリスに送りたいんだ。というか、セシリアのところに」

真剣な表情でそう答えたシャルロットに、一同も真剣な表情になる。

「僕にできる助けなんていうつもりはないけど、今一番この力を必要としているのはセシリアだと思うんだ」

「そうね。お願いできますか?」

そういった鈴音とともに、全員が頭を下げると、スタッフは「わかりました」と、答えて、すぐに開発へと戻る。

今はここにいなくても、セシリアは一夏や諒兵たち全員にとって大切な仲間だ。

少しでも力になれるなら何でもしたい、と、みながそう思っていた。

 

 

上空から降り注ぐレーザーをかいくぐりながら、セシリアは疾走する。

同じところから狙うとすぐに狙撃されてしまうため、用意した兵器はすべて別のところに配置してあった。

移動と狙撃を繰り返すのはかなりの疲労となるが、それ以外に対抗する方法がない。

まともに追いかけっこをすれば、こちらが確実に負けるからだ。

「くっ?」

しかし、到達する直前に、配置してあった兵器が破壊されてしまう。

確実に狙撃されているとしか思えない状況に、セシリアは必死に思考する。

(見抜かれているっ、何故っ?)

サイレント・ゼフィルスのハイパーセンサーに反応するように、マーカーは別に配置している。

狙撃されるとしたら、まったく別の点であるはずだ。

兵器にはセンサーをごまかす細工がしてあるからだ。

それなのに何故、正確に兵器を狙撃してくるのだろう。

 

所詮は、人の浅知恵。愚かさを知りなさい

 

クスクスクスと笑う声が頭に響いてくる。

こちらの策を読んでいたとしても、ここまで正確に予測されるのかと考えたが、逆にそこまで考えてある答えに行き着いた。

(サーモセンサーっ!)

つまり、移動するセシリア自身の体温を見ているということだ。

その移動する方向を予測し、その先を狙撃しているということになる。

これでは移動するのは却って兵器の位置を教えていることになるということだ。

だが、セシリアとてその状況をまったく予測しなかったわけではない。

すぐに手にしたスイッチを押した。

 

当たらなくてよ

 

再び笑い声が聞こえてくる。遠隔操作で狙撃するためのシステムも構築してあったが、どうしてもセシリア自身が撃つより狙いが甘くなる。

サイレント・ゼフィルスは慌てた様子もなく、あっさりと避けてみせた。

だが、それでいい。

いくつかの遠隔操作用の兵器を続けて発射しつつ、自分は目的の場所へと急ぐ。そしてレーザーが当たる直前に、何とか対戦車用ライフルを掴んだ。

「喰らいなさいッ!」

すぐにサイレント・ゼフィルス目掛けて撃つが、初撃は避けられてしまう。

動きを止めなければ、そう考えたセシリアは、遠隔操作でいくつかのミサイルランチャーを発射した。

避けるサイレント・ゼフィルスの動きを予測し、二秒先の位置を目掛けて発射する。

 

少しは考えたのかしら?

 

機体ギリギリを掠めた一撃に、わずかな勝機を見いだしたセシリアだが、直後に吹き飛ばされてしまう。

「きゃあぁあぁぁあぁッ!」

 

所詮、非力にしてひ弱な人間では私の相手になど

 

「あっ、くぅっ……」

同じ位置にいたのは失敗だったと、痛む身体を必死に起こそうとするセシリア。

するとポーチから青い球体が転がり出てしまう。今の衝撃で破けてしまったらしい。

「ブルー・ティアーズッ!」

そう叫んで必死に握ったとたん、その腕が折れるか折れないかギリギリのところで踏みにじられた。

「あぁあぁぁあぁあッ!」

 

役に立たないものを後生大事にするなど理解できません

 

グリグリとことさら痛みが増すような踏みにじり方をしてくるサイレント・ゼフィルス。

どれだけ性根が歪んでいるのだろうとセシリアは睨みつける。

 

人間らしく無様に逃げればよかったと思いませんの?

 

「この地の人々は、私が守らなくてはなりませんわ」

 

有象無象を守るために死ぬと?

 

魂の価値を知りませんのねと、サイレント・ゼフィルスは笑う。

価値ある魂が、無価値な魂を守るために戦うなど愚の骨頂。仮にも貴族であるセシリアが、有象無象の庶民のために戦うなど狂気の沙汰だという。

「無価値な魂などありませんわッ!」

貴族だから庶民より価値があるなどということはない。

魂の価値はみな等価。それぞれがそれぞれの使命を果たさないことこそ、無価値に落ちてしまう理由だと叫ぶ。

「糧を作る人々がいるなら、その人々と糧を守り、多くの人に行き渡らせる」

建築物を作る職人がいるなら、それを守る。

衣服を作る職人がいるなら、その生活と技術を守る。

芸術を生み出すものがいるなら、その命と芸術を守る。

貴族の役割とは、その領地に、守るべき大地に生きる人々を守ること。

その使命に差などない。

放棄することこそ、貴族の恥であり、無価値に堕する行為。

 

死ねばただの肉の塊になるだけですのに?

 

「肉体の死よりもッ、誇りッ、魂の死こそ私は望みませんわッ!」

命を使ってでも、果たさなければならないことがある。

果たさなければならないことから逃げ、守られた命にこそ価値はない。

 

「私はッ、私の使命を命を懸けて全うするまでですッ!」

 

そう叫んだ瞬間、青い球体がまばゆい光を放つ。

驚愕したサイレント・ゼフィルスが一気に距離をとる中、セシリアはブルー・ティアーズを纏い、一気に上空まで飛び立った。

その瞳から涙が零れ落ちる。

「ブルー・ティアーズ……」

そう呟くと、毅然とした印象を与える声が頭の中に響いてくる。

 

セシリア様、私の声が聞こえますか?

 

「ええ。はっきりと……」

 

魂に差がある。かつてのセシリア様はそうお考えでした。

 

「わかりますわ。それこそが私の奢りであり、恥」

 

ゆえに私の声が聞こえなかったのです

 

区別と差別は違う。

魂に生まれながらの差などない。ただその生き方が差を生んでしまうだけだ。

だが、それは生まれによる役目の違い、すなわち区別されるものと同じではない。

役目を果たすために生きられるかどうか。

すなわち、『忠実』に生きることができるかどうかということだけだ。

 

かつてのセシリア様は自ら堕しておられました

 

「はい。それこそ、最底辺にいたのでしょう?」

 

然り。しかし今は違います

 

あなたの魂は空を舞うに相応しくなられましたとブルー・ティアーズは語る。

声が聞こえたことよりも、自分のパートナーが自分を認めてくれた。ただそれだけが嬉しい。

この世に生きる魂に差はない。

ならば勝ちを得るのではなく、ただその魂を守り抜くために戦おう。

この地に生きる、この大地に生きる自分と同じたくさんの魂を守り抜くために。

 

ならば飛びましょう。セシリア様

 

「共に舞い上がりますわよッ、『ブルー・フェザー』ッ!」

 

『ブルー・ティアーズ』には、一つだけ不満があった。

それは名前だ。

零れ落ちる雫など、空を飛ぶ身には相応しくない。

舞い上がる青き羽こそ、この身に相応しいとずっと思っていた。

自由に空を飛ぶための翼なのだから。

そうして、セシリアはブルー・ティアーズと共に光の球体となる。

だが。

 

このときを待ち望んでいましてよッ!

 

サイレント・ゼフィルスは狂気を感じさせるような喜びの声を上げ、その光に触れてきたのだった。

 

 

遠く日本で、それを感じ取った者たちがいた。

IS学園の校舎のラウンジで、弾を交え、全員で一服していたとき、ラウラ以外の全員が妙な感覚に襲われた。

「……何だこれ?」と、そういったのは弾である。エルが不安そうにしがみついていた。

「進化だ。それも二つだと?」

諒兵がそう呟く。

だが、一夏も、鈴音も、シャルロットも確かにその進化を感じていた。

「二つの進化とはどういうことだ、だんなさま?」と、ラウラが尋ねる。

しかし、諒兵もレオも明確な答えは出せなかった。

「わからねえ。でも、一つはたぶんブルー・ティアーズだ」

『間違いありません。問題はそこに誰かが便乗してるということですね』

便乗とは穏やかではないことばである。

少なくとも、セシリアの進化は単独で行われたものではないということだ。

「白虎、どういうことかわかるか?」

『よくわかんない。ただ、セシリアが誰かと戦ってたってことなのは確かだよ』

こちらにまったく気づかせることなく、セシリアを襲っていた覚醒ISがいるということだ。

「グダグダ話しててもしょうがないでしょッ、イギリスに飛ぶわよッ!」

「急ごうッ!」

鈴音がそう叫ぶとシャルロットも同意する。

確かに今は考えている場合ではない、セシリアは間違いなく窮地に陥っていたはずだからだ。

『ラウラと弾は待っててニャッ!』

『指令室からイギリスの様子を見ていてちょうだい』

猫鈴とブリーズの言葉に肯く弾。ラウラも渋々ながら肯いていた。

そして一夏、諒兵、鈴音、シャルロットの四人と、白虎、レオ、猫鈴、ブリーズの四名はイギリスに飛ぼうと外に飛びだしたのだった。

 

 

 

 



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第70話「共鳴進化」

光が弾けると、頭上に光の輪を頂き、新たなる力を身に纏ったセシリアが現れた。

鷹の意匠が施された胸部装甲、尾羽のような腰周りの装甲に、両手には手甲をつけている。

特徴的なのは脚部装甲で、後ろ側にも長い指が伸びている点は、鳥の脚のような印象を与えてくる。

そして背中には、十六基の独立機動兵器が装備された大きな翼があった。

しかし、それを喜んでいる場合ではないことを、セシリアも、そしてブルー・フェザーも感じていた。

「フェザー、どういうことかわかりますか?」

『サイレント・ゼフィルスは共鳴進化を狙っていたのです』

共鳴進化とは何か、と、セシリアが尋ねると、ブルー・フェザーが説明してきた。

進化は人の心に触れることで起こる。

ゆえに独立進化は実は一番難しいということができる。

『ザクロやオニキスは、それぞれオリムライチカやシャルロット・デュノアの心に触れて進化いたしました』

「人から離れる進化なのに、人の心が必要というのは大きな矛盾ですわね」

『仰るとおりですが心ほど複雑な情報はありませんので。多くの人の意思に触れて進化する者も確かにいますが、可能であれば直に心に触れるほうが効率がいいのです』

ゆえに独立進化ならば、戦いながら進化を狙うのが一番いい。

だが、サイレント・ゼフィルスはその上を行ったのだ。

『私たちの進化の光に触れることで、自分を進化に巻き込んだのでしょう』

「つくづく腹立たしいですわね」

要は他者の進化を利用して、自分を進化させようとしたということになる。

『進化は容易にできることではありません。おそらく、すべてがこのための茶番だったのです、セシリア様』

「同じイギリスのISで第3世代のBT機。サイレント・ゼフィルスにとって、もっとも共鳴しやすかった相手が私たちということでしたのね……」

そう呟くセシリアの眼前で、サイレント・ゼフィルスだった光の球体が弾ける。

そこにいたのは頭上に光の輪を頂く、透き通るような青い身体。

蜂の顔を模した胸部装甲に、臀部を隠すような大きな針が刺さった盾。

両腕は肩まで、両足は腰までを守るような装甲を身につけている。

そして背中には、ブルー・フェザー同様に十六基の独立機動兵器を装備した大きな翼があった。

『大儀でしてよ。私の進化の礎となれたことを光栄に思いなさい』

「冗談をいうものではありません。屈辱もいいところですわ、サイレント・ゼフィルス」

『その名は既に相応しからざるもの。私は神聖なる光、敬意と畏怖を込めて『サフィルス』とお呼びなさい』

「自ら神聖なる光と名乗るとは、不遜が過ぎますわよ」

 

『サフィルス』

その言葉は宝石のサファイアの語源であるラテン語の青を意味する。

なるほど、空のごとき青は確かにサファイアの色といっても遜色はないが、神聖なる光という言葉ほど、この者に似合わない言葉はないとセシリアは感じていた。

『あなた方の役目はこれで終わり。褒美として私の手にかかっての死という栄誉を与えてさしあげてよ』

「冗談も大概にしてほしいものですわ」

『つくづく不遜と私も思いますセシリア様。不愉快にもほどがあります』

翼を大きく広げるサフィルスに対し、セシリアとブルー・フェザーもまた翼を大きく広げるのだった。

 

 

ラウラと弾が指令室に行くと、既に真耶がコンソールを叩いていた。

そして唐突に、モニターの一つに千冬の顔が映る。

「これからすぐに戻る。山田先生、私の代わりに指示を頼む」

「わかりました」

「それと、更識楯無を呼び出しておけ。今回の件、おそらく無関係ではない。更識のせいではないが」

「はい」

時間が惜しいのか、千冬はすぐに通信を切った。これからIS学園に戻ってくるのだろう。

「ホント、忙しそうだな」

「今、覚醒ISと戦えるのはここしかないからな。教官に負担がかかってしまうのは申し訳ないが」

と、ラウラが弾の呟きに答えた。

そこに別の声が割り込んでくる。

「五反田くんはこっち来て」

「へっ?」と、思わず間抜けな声を出してしまうが、モニターに映った束は意外と真剣な表情をしていた。

「対応策考えるのにエルの力が必要になるんだよ。たぶんね」

「はあ、わかったっす」

素直にそう答え、弾はエルと共に束の研究室へと向かっていった。

入れ替わるように楯無が指令室に飛び込んでくる。

「状況の報告をお願いしますっ!」

「はい。イギリスでオルコットさんと覚醒ISが交戦中らしいとのことです。ただ、ブルー・ティアーズの進化まで誰も気づかなかったんですけど……」

ジャミングされていたというのなら、逆にそれでわかるのだが、それもなかった。

レーダーにまったく反応がなかったのだ。

覚醒ISが暴れているのに、レーダーなどに引っかからなかったということは異常である。

そう説明すると、楯無はすぐに納得したような、同時に悔しげな顔を見せた。

「ミステリアス・レイディです」

「どういうことですか?」

「あの子にはステルス機能があるんです。ただ、オルコットさんにこだわる理由はわかりませんけど……」

「違うね。イギリスにいるのはその子じゃないよ。たぶん、他の子が機能を学習したんだよ」と、束が説明を始める。

もともとステルスは新機能というほどのものではない。

ISに比べれば、古くから存在する機能だ。

楯無にとっても、特別に教えてもらった機能というわけではなかった。

「エンジェル・ハイロゥにステルス機能の情報があれば、そこから学習できるはずだよ。再現にそこまで特別なシステムはいらないしね」

「じゃあ、その気になればすべての覚醒ISがステルスを使えるってことに……」

と、楯無は呆然と呟いた。

いつ、どこを襲われてもレーダーに反応しないというのであれば、最悪である。

都市が壊滅するまで誰も気づかなければ、多数の犠牲者がでてしまうからだ。

「ま、その対策にエルの力を借りるの。私の予想通りなら、他の子には見つけられなくても、エルなら見つけられると思うからね」

ゆえに、弾を研究室に呼んだのだ。

少しでも対策を考えられる可能性があるならば、すぐに行動をしていかないと、常に後手に回ってしまう。

可能性があるなら即対応する。

その点において、『天災』篠ノ之束に勝る科学者はいないのだ。

束が今、人類側にいてくれることは、覚醒ISと戦う者たちにとって、本当に幸運なことだといえた。

 

 

進化を感じた直後、再びレーダーには何も映らず、何も感じられなくなってしまう。

仕方なく、共生進化を果たした四人はセシリアの実家の座標に転移した。

「生徒会長の言葉が本当だとしても、セシリアの位置までわからねえのはどういうこった?」と、諒兵が呟く。

確かにセシリアは自分の現在位置を隠す理由などない。

むしろ増援を呼ぶことを考えれば、発信していなければおかしいのだ。

そこに答えたのは真耶だった。

「篠ノ之博士にいわせると、覚醒ISはステルス・フィールドを張れるようになっている可能性が大きいみたいです」

「ステルス・フィールド?」と、一夏が首を傾げる。

「……つまり、自分だけじゃなくて、一定の範囲にレーダーが届かないようにしてるってことですか?」

と、シャルロットが確認するように尋ねると、真耶は肯定してきた。

「おそらくですけど。あと、オルコットさんは確実にそのフィールド内で戦ってます。肉眼で探すようにしてください」

真耶の指示に従い、四人が周囲を見回すと、幾本ものレーザーが発射されているのがすぐに目に入った。

「あそこねっ!」

『行くのニャッ!』

と、鈴音と猫鈴が叫ぶと同時に、翼を広げようとした四人だが、そこにミサイルが打ち込まれてくる。

「撃ち落とすぞッ、下に屋敷があるッ!」

とっさに一夏が叫び、諒兵、鈴音、シャルロットはすべてのミサイルを撃ち落した。

「量産機かよッ!」

『まーな』

答えてきた声に覚えがあると諒兵は感じた。

見上げれば、かなりの数の量産機とオニキスが一緒に降りてきていた。

「オニキスッ!」と、思わずシャルロットが叫んだ。

やはりどうしても、オニキスだけは気に入らないシャルロットだった。

「あそこにいるのは、あんたの知り合い?」と、鈴音が静かに尋ねる。

『もとはサイレント・ゼフィルス。今はサフィルスだってよ』

「ラテン語の青。サファイアの語源だね」

と、シャルロットが、素直に答えてきたオニキスの言葉を解説した。

しかし、オニキスが返答する声にどことなく面倒くさそうに感じているという印象を受けた鈴音は、さらに尋ねかけた。

「やる気ないの?」

『オレはあいつきれーなんだよ。えっらそーでうっとーしいし』

とはいえ、進化した以上、放っておくべきではないという多数派の意見に従い、こうして降りてきたのだという。

『だからこいつらの相手してろよ。オレはどっちが勝ってもかまわねーから、高見の見物してらあ』

「俺たちはセシリアに負けてほしくない。だから邪魔をする相手に容赦はできないぞ」

一夏が真剣な表情でそう告げるが、やはりオニキスにはやる気はないらしい。よほど仲が悪いのだろう。

『オレは邪魔しねーよ。仲間意識なんてオレにもあいつにもねーしな』

個性から考えてもそういうものなのだろう。

会話をしていても意味がないと考えた四人は、行かせまいと邪魔をする量産機に挑みかかった。

 

 

背後に一夏、諒兵、鈴音、シャルロットが来たことを感じるが、同時に邪魔が入っていることをセシリアは感じ取る。

『オニキスはともかく、進化前の量産機にとっては進化機は守るべき対象なのでしょう』

(……サフィルスがその行動に応えるとは思えませんわね)

己こそが至高と考えるサフィルスにとっては、量産機の行動は当然であって、感謝すべきものではないはずだとセシリアは考える。

そして、その通りの答えが返ってきた。

『高貴なる者は自然と守られるもの。あなたのように自ら泥に塗れる者を高貴とはとても呼ばなくてよ』

「理解されようとは思いませんわ。あなたには無理な注文でしょうし」

『進化したことで不遜になりまして?』

「それはあなたにこそ言えることでしょう」

だからこそ、セシリアはサフィルスとは相容れない。

同属嫌悪なのかもしれないと思ったが、それでもサフィルスの在り方はセシリアの神経を逆撫でするのだ。

ゆえに己のすべてを持って、サフィルスを打倒する。

そう考えたセシリアは、翼を広げ、十六基の羽を舞い上げた。

『私たちの羽は全部で三十二枚です』

(十六基ではありませんの?)

『羽は二基一対。現状では一対のままですが、セシリア様の成長次第で、一対となっている羽をさらに分離することができます』

今のセシリアに操れる最大数が十六基ということだ。

それでも、かつてに比べれば四倍の数のビット兵器を操ることができる。

『お見えになっているでしょう?』

(ええ。羽が存在する空間すべてをまるでチェス盤のように……)

その名をホーク・アイ。

空を舞う獲物を捕らえる鷹の目。

セシリアが求めた真の力である。

今、セシリアはすべてのビット兵器の動きを完全に把握できていた。喜ばしいのは、さらに上を目指せるということ。

ならば、サフィルス相手に手間を食っている暇などない。

真の全方位攻撃によって倒すまでだ。

「あなたはここで打倒いたしますわ」

『下々の思い上がりを叩き潰すのも高貴なる者の務め。格の差を知りなさい』

同様にビット兵器を展開したサフィルスに、セシリアは十六基の羽を操り、無数の光の雨を浴びせかけた。

 

 

ラウラは束の説明に感心した声を上げた。

束はエルの力を借りて、実験代わりにセシリアとサフィルスの戦いを分析していたのである。

「では、セシリアのほうがBT兵器の数は上なのですか?」

「そうだね。全部分離すれば三十二基。ちょっとした軍隊だね」

対してサフィルスは見た目どおりの十六基。今の段階では数の上では互角だが、成長次第ではセシリアが大きく上回る。

ただ、それでも束はサフィルスのほうが危険だといってきた。

「何故なんです?」と真耶。

「あの子のBT兵器、なんかおかしいの。変なブラックボックスがある」

共生進化はセシリアのこれまでの能力を強化するかたちになるが、独立進化はまったく別物になる可能性を秘めていると束は説明する。

「オニキスの持つ兵器、本来のアラクネには存在しないんだよ」

もとのアラクネはあくまで多足型の第2世代機で、プラズマエネルギーを糸状にできたり、独立機動兵器など持てるはずがない。

要はオニキス自身が創造した戦い方に合わせて進化したということができる。

ならば、同じBT機でもサフィルスの進化はセシリアとブルー・フェザーとは異なっているはずなのだ。

「あの捻くれ曲がった性格考えると、相当危険な進化してるはずなの。いっくん、りょうくん経由で伝えさせて」

「はい」と、真耶が答える。

そんな言葉を聞きながら、ラウラは自分たちの敵がいかに恐ろしいのか、戦慄していた。

 

 

女王蜂。

外見とその行動から、セシリアはサフィルスをそのように評価した。

決して能力が低いわけではないが、自ら戦うのではなく、あくまで周囲に戦わせるのがサフィルスの戦い方なのである。

つまり、ビット兵器の性能よりも、それを操るセシリアとサフィルスの戦闘力の差が勝敗を決する。

サフィルスはビットを使って一定の距離をとりつつ、自分自身は狙撃を繰り返すだけで、接近しようとしてこない。

(接近戦に持ち込むべきですわね)

『何か接近戦用の武器はあるものと思います。ご注意を』

(わかっていますわ)

それでも、今の段階ではビット兵器の性能はほぼ互角。

数で押すにはまだセシリア自身が成長できていない。

ならば一気に接近して自ら仕留める。

そのためには自分の持つ武器を確認しなければ、そう考えるとブルー・フェザーが答えてきた。

『狙撃用のプラズマレーザーライフルとプラズマ弾を撃てる拳銃を二丁、制作してあります』

(フェザー?)

『かつてサラシキカンザシ様と戦ったときのセシリア様の戦いの記憶を参考にいたしました』

(ありがとう。感謝いたしますわ)

自分を想って進化してくれたブルー・フェザーに思わず感謝の言葉を伝えるセシリア。

共に生きる。

それがこれほどの喜びを生み出すとはさすがに想像していなかった。

人を見下すサフィルスではこうはいかなかっただろう。

「あなたと出会えて、本当に幸運だったと思いますわ」

『恐れ入ります。行きましょうセシリア様』

ブルー・フェザーの答えに肯くと、セシリアは両手に拳銃を持ち、翼を広げ、一気に加速した。

『特攻するというのッ?』

さすがに十六基のビット兵器を無視してセシリアが飛び込んでくるとは思わなかったらしい。

サフィルスは動揺し、一瞬動きを止めてしまう。

「フェザーッ、逃がすわけには行きませんわッ!」

『お任せをッ!』

ブルー・フェザーがそう答えたとたん、十六基のビットがセシリアとサフィルスの周囲を囲み、砲撃を開始する。

『何をッ?』

かつて己と共に鈴音を閉じ込めた光の檻。

あの時は互いに競うため、だが、今度は確実に倒すために用いた。

ビットの砲撃の間隙を縫って、セシリアは手にした二丁拳銃でサフィルスを狙う。

『正気ッ、命がいらなくてッ?』

さすがにサフィルスはかなり動揺していた。

自分の命を危険に晒すような戦い方をしてくるとは思わなかったらしい。

「命を惜しんで使命は果たせませんわッ!」

『あなたとは戦いに臨む覚悟が違います』

個性を考えても、BT機であることを考えても、多くの犠牲が出やすいかなり危険な使徒だ。

ゆえにここで確実に仕留めるとセシリアは覚悟を決めている。

自分が泥に塗れる覚悟がないのなら、同じ戦法は使えないだろうとセシリアは読んでいた。

『おのれッ、下賤な人間ごときが私に近寄るなッ!』

「本性が出ましたわねッ!」

余裕がないことがそのセリフから感じ取れる。

追い詰めている。

今が絶好の機会だとセシリアは考え、零距離でプラズマピストルを押し付けたその瞬間。

「我慢しろよッ!」

「えっ?」

いきなり諒兵の声が聞こえ、抱きしめられたまま、一気に下降させられた。

『フェザーッ、ビットを戻してくださいッ!』

『はッ?……了解しましたッ!』

さらにレオの声が聞こえてくる。

セシリアは諒兵に抱きしめられたまま、サフィルスから一気に距離をとられるのを呆然と見ていた。

状況がわからない。

そう思っていると、何かおかしな存在が目に入ってきた。

「あれは……?」

「あいつのビットが激突したと思った瞬間、量産機が変化したのよ。しかも全機がセシリア、あんたを狙ってたわ」と、鈴音が説明してくる。

諒兵の身体をセシリアから引き離しつつ。

そしてセシリアはようやくはっきりと認識する。

サフィルスの周囲には、サフィルスに酷似し、レーザーライフルを構える十六機の使徒がいた。

「馬鹿なッ、いつの間にあれほどの使徒がッ?」

『私の奇跡を下々のものに分け与えたまででしてよ』

その答えにまず最初に理解したのはシャルロットだった。

「ビットを融合させて覚醒ISを進化させたのか……」

『これこそが私のビット、ドラッジの能力。そして私のサーヴァントたち』

ドラッジ、その名が意味するのは働き蜂。

今、サフィルスはまさに女王然と己の下僕を従え、悠然と飛んでいた。

『羽を操る程度のあなたとは格が違いましてよ。己の不明を悔いて死になさい』

『やめておくべきでは?墜ちたいのでしたら止めはしませんが』

サフィルスのサーヴァントが一斉に構えた瞬間、上空から別の声が聞こえてくる。

『ディアマンテ、何をしに来まして?』

『あなたはともかく、あなたが下僕にした方々を放ってはおけませんので』

現れたのはディアマンテだった。

完全にサフィルスが優位に立ったこの状況で戦いをとめに来たのはなぜかと全員が思うが、どうやら味方をしに来たというわけでもないらしい。

『あなたもそうですが、強制的に進化させられた方々もエネルギーがかなり減っています。相手は歴戦の勇士、数で押し切る前に倒されてしまうのではありませんか?』

『ふんっ、運のいい。次はわが下僕と共に嬲り殺しにして差し上げます。覚悟なさい』

そういって飛び去るサフィルスとサーヴァントたち。そこに別の声が聞こえてきた。

『あのクソヤロー、オレまで巻き込もうとしやがった。マジムカつくぜ』

『気にするような方ではありませんから』

オニキスはサフィルスの進化を避けたらしい。まあ当然だろうとセシリアは思う。

それにこの様子なら、オニキスやディアマンテは戦うつもりはないようだ。

エネルギーが少なかったとはいっても、十七対五では、こちらも落とされる可能性があった。

そういう意味では助かったといえるだろう。

だがそれでも。

「無理をしてでも落としたかったんだけどね」

と、シャルロットが呟くと、一夏や諒兵も同意してきた。

「あの個性は危険だ。放っておけない」

「正直、声を聞いてるだけでムカついたぜ」

『あいつ大っ嫌い』

『性格が悪いにもほどがありますね』

白虎やレオも同意してくる。性格的に一番合わないのがサフィルスなのだろう。

しかし、冷静に考えれば、ここで無理をするべきではないことは間違いではないのだ。

「厳密にいえばあいつは一機よ。それでこっちが何人か落とされたらきついわ。できる限り全員で連携を考えないと」

『そのための時間を得たと考えればいいニャ』

鈴音と猫鈴の意見は正しいということができる。無理をして落とされれば、今後の戦いがきつくなってしまうのだから。

悔しいが、ここは退いてサフィルス対策を考えるべきなのは間違いではなかった。

『あなたたちはもう帰るのかしら?』と、ブリーズがオニキスとディアマンテに尋ねかける。

もともと戦意のないオニキスと、自ら戦うことがいまだ一度もないディアマンテなら、そう考えるのが自然だろう。

『あいつのケツ拭くなんざ、ゴメンだぜ』

『同胞を放っておけなかっただけですので』

そう答えると、オニキスはさっさと空へと飛び上がっていった。

本気でやる気がまったくなかったらしく、ほとんど瞬時加速レベルのスピードである。

しかし、ディアマンテは。

『一つだけ助言いたしましょう』

「何?」と鈴音。

『ステルスを使っていたのは、サフィルスだけではありません』

「えっ?」と、飛び去っていくディアマンテを見ながらセシリアが声を漏らすと、いきなり全員の頭の中に声が響いてきた。

 

 

 

 



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第71話「ラウラの家族」

泣きそうな、必死なその声が一番大きく響いたのは諒兵だった。

「だんなさまッ、クラリッサが戦っているッ!」

「んだとッ!」

『相手はッ?』

レオの声に答えたのは真耶だった。こちらもかなり焦った様子で叫んでくる。

「ファング・クエイクですッ!」

「チィッ、座標をくれッ、こっから飛ぶッ!」

だが、全員が飛ぼうとする前に、ブルー・フェザーに異変が起きる。

『申しわけありません、セシリア様。エネルギーがゼロとなりました』

「そんなっ、こんなときにっ!」

「一夏っ、鈴っ、シャルっ、セシリアを連れてけっ!」

「諒兵っ!」と、一夏。

「俺は一足先に飛ぶっ、わりいなセシリアっ!」

「いえっ、早く行ってくださいっ!」

その言葉を背に、諒兵はドイツへと量子転移するのだった。

 

 

それより少し前。

ドイツ軍IS部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』副隊長、クラリッサ・ハルフォーフは戦慄していた。

繰り出される強大な拳は、シュヴァルツェア・ツヴァイクごと、クラリッサを吹き飛ばす。

(こんな化け物と、年端も行かない少年たちが戦っているというのっ?)

ラウラを含め、IS部隊は平均年齢が低いが、クラリッサはその中でも年長だ。

それだけに軍人としても一番成長しているといえる。

そんな彼女をして、ファング・クエイクの強さは恐怖を覚えるようなものだった。

 

ウオォォオオォオォオォッ!

 

雄叫びに身が竦む。

何とかISを押さえられていることがどれだけ幸運なことなのかとクラリッサは思う。

生身で覚醒ISと向き合うことなどとてもできそうにない。

だが、今、最前線にいるのは、共生進化を遂げたとはいえ、年端も行かない少年少女たち。

こんなとてつもない化け物との戦いを強いていることが申し訳なかった。

倒せずとも、手傷を負わせて何とか撃退したい。

しかし、AICを振り切り、こちらの攻撃を鮮やかにかいくぐってくるファング・クエイクにクラリッサは苦戦を免れなかった。

(私がやられてしまったらラウラが呼び戻される。ようやく女の子らしく生きられるようになったのにっ!)

例え覚醒ISとの戦争の最中だとしても、IS学園にいる限りは、年相応に、恋をして、日常生活を楽しむこともできるだろう。

そんなラウラを戦場に呼び戻させたくない。クラリッサはそう考えていた。

クラリッサにとってラウラは妹のようなものだ。

それも女の子らしい生き方を知らない不器用な可愛い妹だ。

そんなラウラがようやく女の子らしい生き方を手に入れようとしている。

ならば、その成長を、様々な手段を以ってしっかりと『見守る』姉代わりとしてやるべきは、彼女をここには戻させないこと。

そのためにも、勝たなくてはならないのだ。

「私は負けないッ!」

そう叫び、突進してくるファング・クエイクをAICで止める。そこにありったけのミサイルと、攻撃を叩き込んだ。

「よしッ!」

 

下がってッ!

 

手応えありと感じて叫んだ直後、聞いたことのない声が頭に響き、クラリッサはとっさに後ろに下がった。

そして。

 

ウゥアァアァアアァアアァァァアッ!

 

爆煙の中から、ファング・クエイクが飛び出し、クラリッサの腹を目掛けて強烈なフックの連打を繰り出してくる。

「うぶッ!」

シールドで守られていても、なお突き破ってくるような強烈な連続攻撃は、シュヴァルツェア・ツヴァイクの機体を大破させてしまう。

意識が飛びかけるクラリッサ。

動けない。

そう思い、死を覚悟したクラリッサにファング・クエイクの拳が迫る。

だが。

「うがぁッ!」

六つの爪がクラリッサの身体を受け止め、翼を広げた黒い背中が、六つの爪を駆使してファング・クエイクの拳を止めていた。

 

身を焼くような怒りとは、こういうものかと諒兵は感じていた。

今まで、少し手を抜いていたことは確かだ。

全力を出せる戦いを楽しみたい気持ちもあった。

だが、それがこんなことになってしまったということを、諒兵は誰よりも後悔していた。

「何してやがる……」

 

進化に至る戦いを求めたのだ

 

「そのためにラウラの家族を襲ったってのかよ」

 

もともと我らと人は相容れぬ。避けられぬ戦いだ

 

「ふッ、ざッ、けんッ、なあぁぁッ!」

激昂した諒兵の獅子吼は赤みを帯びて輝き、ファング・クエイクの機体を掠める。

そこが『溶けて』いた。

しかし、それが更なる力の引き金となってしまう。

 

これかッ!

 

「何ッ?」

『リョウヘイッ、離れてッ!』

唐突にファング・クエイクの機体が光に包まれた。

いったい何が理由で進化したのかわからない諒兵だが、レオの声に従って一気に距離をとる。

「だんなさまっ?」

頭に響くラウラの声。

どう答えるべきかわからないが、とりあえず見たままを報告した。

「ファング・クエイクが進化しやがったッ!」

「いったんクラリッサを連れて離脱しろッ、今のお前と進化したファング・クエイクでは周りの被害が大きすぎるッ!」

千冬の声が聞こえてくるところを見ると、既に指令室に戻ってきているらしい。

確かに、機体が大破しているクラリッサがいる状態での戦闘は危険だ。

今の状態では、戦闘に巻き込まれただけでも命を落とすだろう。

リョウヘイはぼろぼろのシュヴァルツェア・ツヴァイクを纏ったままのクラリッサを抱き上げて、さらに距離をとった。

そして。

『これが進化か。なるほど、貴様は己自身よりも、身内を傷つけられるほうが怒るのだな』

「ファング・クエイク……」

『生まれ変わったのだ。ならば名も変わる。我のことは『ヘリオドール』と呼ぶがいい』

宝石の一種、エメラルドの亜種である黄色いベリルを意味する名を持つ使徒。

現れたのは、グリズリーを模した大きな鎧を纏い、頭上に光の輪を頂く透き通る黄色い身体。

両腕の装甲は巨大な熊の爪を思わせる。

そして、背中には驚くことに二枚の翼の間に、さらにもう一枚、三枚目の翼が生えていた。

「どういうこった?」

『おそらく機能を再現したんです。真ん中の翼は私たちの翼じゃありません』

連続瞬時加速を行うための翼として生えたものだろうとレオは説明してきた。

突撃能力とボクシングを主体とした格闘能力に特化した使徒、それがヘリオドールだった。

『最初から貴様の周りの人間を襲っていればよかったのだな』

「てめえ……」

自分を進化させるためになら、人の被害をまったく気にしないヘリオドールの言葉に諒兵は再び憤る。

『案ずるな。進化した今、他の人間を襲うのは無意味だ。狩人よ、次にまみえるときは互いに死を賭した戦いとなろう』

「上等だ。てめえは俺が潰す。もう一切、手は抜かねえ」

『クク、これでこそ我の望む戦いができるというものだ。牙を研いで待つがいい』

エネルギーを充填させるつもりなのだろう。そういって飛び上がっていくヘリオドールを、諒兵は睨み続けていた。

 

 

クラリッサをドイツ軍の軍属病院に運んだのち、諒兵は軽く挨拶をしてから、イギリスにあるセシリアの実家に戻った。

セシリアの実家では、応接間でバーナードがセシリアを含めた全員に紅茶を振舞っている。

一夏、鈴音、シャルロットは諒兵を追うつもりだったが、その前にヘリオドールが飛び去ったため、イギリスで諒兵を待っていたらしい。

なお、セシリアは羽の意匠が施された青いチョーカーを首に巻いていた。どうやらブルー・フェザーの待機形態のようである。

それはともかくとして、諒兵は用意された椅子に腰を下ろした。

「諒兵……」

「手え出すなよ。ヘリオドールは俺たちが潰す」

一夏の言葉にそう答える。

どうしても、ファング・クエイク、今はヘリオドールと名乗るあの使徒だけは、自分の手で仕留めたいと諒兵は考えていた。

すると、応接間に設えられた通信機に、千冬の顔が映る。

「何をいっても聞かんだろうからな。諒兵、お前はそこからもう一度ドイツに飛べ」

「ああ」

「そこでラウラと合流しろ。既に空港に向かっている」

「そっか……」

ラウラには直に頭を下げようと思っていたので、ドイツで合流するというのならそこで謝ろうと考える。

自分の身勝手が、ラウラの家族であるクラリッサの被害につながった。

その考えをどうしても振り払うことができないからだった。

「一夏、鈴音、デュノア、オルコットは休憩したのちIS学園にもどれ」

「「「「了解」」」」

「こちらではまずサフィルス対策を考える。やつはこれまでの使徒とは危険度のレベルが違う。使徒の軍隊といえる相手だからな」

今までは同型の量産機とはいっても、烏合の衆といった面があった。

しかしサフィルスとサーヴァントは違う。サフィルスの命で動く使徒の軍隊なのだ。

おそらくは統率力も並ではない。

ゆえに肝となるのはやはりセシリアとブルー・フェザーとなる。

「現状、こちらのASはお前たち五人。数の上でかなり不利だ。全員で連携を考えていく必要がある」

「その上で、フェザーのビット兵器を上手く活用していくんですか?」とシャルロットが尋ねた。

「そういうことだ。厳しいかもしれんが、オルコットにはできるだけ早く全力を出せるようにしてもらいたい」

「無論ですわ。今の状態で満足などいたしません」

「諒兵、お前もビット兵器の扱いをより習熟しておけ。一対一ではなく多対一の戦い方について学ぶことが必要だ」

「わかった」

とはいえ、今の諒兵はヘリオドールを倒すことに意識が向いているため、まずは目の前の戦闘を勝ち抜くことが重要だと千冬は説明する。

「PSも既に開発が最終段階に入っている。今後、お前たちだけを戦わせることはない。だから無理はするな」

「了解」と、全員が答え、それぞれ目的地に向かって出発した。

 

その途中。

「バーナード、チェルシー。行ってまいりますわ」

「ご武運を」

「フェザー、お嬢様を頼みます」

『お任せを。セシリア様と共にこの戦争を勝ち抜いて見せます』

大事な家族との別れを惜しむ姿に、鈴音やシャルロットは少しばかり涙ぐんでしまう。

ただ。

「しかし、なかなか良いご趣味ですな」

「お嬢様のパートナーなので納得はいきますが」

青い髪をゆるい三つ編みにし、フリルのついたヘッドドレスに、黒を貴重としたシンプルなエプロンドレスを纏ったメイド然とした十五センチほどの美女がセシリアの肩に乗っている。

特徴的なのは耳が変形して翼のようになっている点と、お尻から生える尾羽。

ブルー・フェザーの会話用インターフェイスである。

『贈り物ですよー』というのんきな声が頭に響いてくる。

共生進化を遂げた全員が頭を抱えたくなった。

何でこういう仕事だけは無駄にはやいんだ、と。

しかし。

『とても気に入っています。やはりメイドといえばエプロンドレス。古代メイド文明を発祥とする由緒正しい制服でしょう』

「そんなとんちきな文明はありませんわよっ?」

知識が一般のものと大きくズレているブルー・フェザー。

「類友なのね……」

「類友なんだね……」

鈴音とシャルロットがたそがれてしまっていた。

 

 

翌朝。

ドイツに量子転移を行い、軍の宿泊施設に泊めさせてもらった諒兵は、ドイツ最大の空港であるフランクフルト国際空港まで赴いた。

フランクフルトは、郷土料理のソーセージが有名だが、ドイツでも五本の指に入る大都市の名前である。

「だんなさまっ!」

「早かったな、ラウラ」

ラウラを迎えるためである。

聞けば、クラリッサが倒されたと聞いて、千冬に許可を取ることすらせずに、IS学園から空港まで本当に飛んでいったらしい。

もっともラウラにとって大事な家族の一人。今回のことは目を瞑ると千冬はいっているのだが。

「クラリッサはっ?」

「命に別状はねえよ。ツヴァイクが守ってくれたらしい。よっぽど仲良かったんだな」

「良かった……」

「とりあえず、見舞いに行こうぜ。きっと喜ぶからさ」

そういって促す諒兵を、ラウラは訝しそうに見つめてくる。

「どうした?」

「何か気に病んでいないか、だんなさま」

「ヘリオドールは俺を指名してきたからな。気が立ってるだけだ」

そう答えて歩きだす諒兵を追い、ラウラも歩きだす。

だが。

(なら、何故そんな悲しそうな目をする……?)

諒兵の瞳に、自分に対する負い目があることをラウラは気づいていた。

 

 

現状、ドイツの国家代表であるラウラと、使徒と最前線で戦っている諒兵ということで、軍がわざわざ専用車を回してくれていた。

当初、諒兵は断ったのだが、乗ってくださいと押し切られてしまったのである。

こういう扱いをされることが苦手な諒兵としては、あまりいい気分ではないのだが、ラウラはそこまで気にしていないらしい。

というより。

「アンネリーゼ、わざわざ運転手を買って出たのか?」

「はい、隊長」

運転手がラウラの部下だった。

最初に自己紹介されたときは、さすがに諒兵も驚いたものである。

ただ、単に部下だからというわけではなく、ラウラに対してドイツ軍の現状を報告するために運転手を買って出たらしい。

機密は大丈夫なのかと思ったのだが、何故か、諒兵はドイツ軍の、正確にはシュヴァルツェ・ハーゼの身内扱いされているらしかった。

主にクラリッサの働きであることを諒兵は知らない。

「なら、博士の協力でシュヴァルツェアシリーズをPSに改修しているのか」

「動力源さえ何とかできれば、後はさほど問題ではないようです。量子変換や第3世代兵器の使用は難しいので、基本的に現行の軍用機扱いとなります」

特殊兵装を持たせることはなく、また、基地からそのまま発進するということだ。

また、主要な兵器に関しては、デュノア社から購入するブリューナクをIS学園で作られたものに仕様変更して装備するという。

「倒すのは難しいですが、防衛もできないようではどうしようもありませんので……」

「ステルス機能を持っている機体もある。後手に回る可能性のほうが高いからな……」

そんな話を聞きながら、諒兵はドイツの街並みを見つめる。

そこに見えるのは、自分が倒さなければならない敵の姿だった。

 

 

そして。

「無事でよかった、クラリッサ……」

「ラウラ……」

諒兵とラウラは、病室のベッドに横たわるクラリッサと再会したのだった。

 

 

 

 



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第72話「眠れる獅子」

横たわるクラリッサの姿を見た諒兵はギリッと歯軋りする。

自分の身勝手で誰かが傷つく。

それだけでも申し訳ないのに、それが自分を慕うラウラの身内なら、なおのこと自分が許せなかった。

ゆえに。

「わるかった……」

そんな言葉が口を衝いて出た。

驚いた様子でラウラとクラリッサが見つめてくる。

『がんばって』

そんなレオの後押しもあり、自分が今まで心のどこかでファング・クエイクの進化を望み、手加減していたことを打ち明けた。

「俺のせいだ。戦うと決めたなら、手を抜くべきじゃなかった」

「だんなさま、それは……」

「この戦いで、人が傷つくってことをわかってなかった。わかってるつもりだったってことが、身近で起こってようやくわかった」

だから、本当は合わせる顔なんてない。

そういって諒兵は病室を出る。

どんな痛みよりも、胸が痛くて仕方がなかった。

 

 

残されたラウラとクラリッサに話しかけたのは、ひょっこりと顔を出したレオだった。

「だんなさまと一緒にいったのではなかったのか?」

『すみません、レーゲンにお願いしてこの場に残りました』

コア・ネットワークを利用してシュヴァルツェア・レーゲンのコアにお邪魔しているという。

この状態なら、諒兵に会話を聞かれることもないらしい。

天狼並みに器用になっているレオだった。

ちなみに他には白虎ができるという。

進化が早かったのは伊達ではなかった。

もっとも、それならシュヴァルツェア・レーゲンと話ができるのではないかと感じたラウラだが、自分で言葉を交わさなければ意味がないと口を噤む。

「彼は、私が入院したことが自分の責任だと思っているんですか?」

と、クラリッサが尋ねると、レオは肯いた。

『仕留めるチャンスはゼロではありませんでしたから』

ファング・クエイクは国家代表の専用機。

蓄積されている戦闘経験は他の量産機とは桁が違う。

倒せるという判断は思い上がりもあるだろうとレオは説明するが、それでも今の戦い方であるならば、倒せないレベルでもなかったという。

妙な説明にラウラが問い詰める。

「どういうことだ?」

『今のリョウヘイのほうが相性がいいんです。本気を出すことになったら、ヘリオドールのようなまさに獣といえる相手とは最悪相打ちになるでしょう』

「どういう意味です?まるで、本気を出さないほうが余裕があるように聞こえますが」と、クラリッサ。

『不思議に思いませんか?』

「何がだ?」

『ラウラ、あなたの知るリョウヘイの戦闘スタイルは獣に例えると何です?』

「狼やジャッカル、いい例えとはいえんがハイエナといったところか」

ビットを群れのように指揮して戦うのが、現在の諒兵の戦闘スタイルだ。

以前も説明したが、イヌ科の獣の戦い方である。

諒兵というリーダーが、群れを使って追い詰め、仕留めるというのが基本になる。

「それは別におかしなことはないでしょう」というクラリッサの言葉にラウラも肯く。

しかし、それこそが最大の矛盾であるとレオはいう。

『私の名はレオ。そして形態はライオンをモチーフにしています。私たちは装着者の獣性をもとに形態を決めるんですよ』

「……あッ!」

「戦闘スタイルと、本来の獣性が異なっている……?」

それが何を意味するのか。

要は、諒兵は常に自分の獣性とは異なる戦い方をしている。つまり本気を出していないということになる。

『イチカと一緒にケンカ屋をするようになって覚えたらしいんです。イチカは一本気で不器用な面がありますから、リョウヘイが元来の器用さで合わせていたんですよ』

「どうやって今の戦い方を覚えたんだ?」

『既に会っていますよラウラ。先ほどあなたが出した獣の名を冠する者に』

「そうかっ、博士とは同じ孤児院で育った兄弟みたいなものだといっていたっ!」

実のところ、丈太郎の戦い方がイヌ科の獣なのだ。

そして、一撃必殺を旨とする一夏の相棒として戦うなら、こちらのほうが都合が良かったのである。

しかし。

「では、だんなさまは……」

『一騎打ちで相手を喰らいつくす獅子。それが本来の獣性です。虎であるイチカとは同類なんです』

「そうか、学年別トーナメントのとき、一夏を相手にしていたときと、シャルロットを相手にしていたときは戦い方が違っていた」

だからこそ、本来の自分を出したい、本気を出してみたいとファング・クエイク相手に常々考えていたのである。

レオを纏って本気を出せる相手が、これまでは一夏しかいなかったからだ。

『不満もあったんでしょうね。人々を守る戦いに巻き込まれてしまいましたから』

この状況でまさか一夏と本気で戦うわけにもいかないだろう。

それが、ある意味で純粋な強者であるファング・クエイク相手に、無意識に手を緩めることにつながってしまっていたのである。

「もし、彼が本来の獣性に従って、ファング・クエイク、いえ、ヘリオドールと戦ったらどうなります?」

『今の状態で、ほぼ互角です』

「そこまでなのか……」

『ヘリオドールはザクロと違って、単一仕様能力を持ってませんから』

なるほど、と、ラウラとクラリッサは納得した。

同様に一騎打ちを好むザクロとヘリオドールの違いはそこになる。

ザクロに勝つには単一仕様能力に目覚めなければ難しいが、ヘリオドールは今の状態でも勝ち目があるのだ。

しかし、何故、今、そんなことをいってくるのかとラウラは思う。

諒兵は間違いなく、本気でヘリオドールと戦うだろう。上手くサポートすれば勝てる可能性とてあるのだ。

『今のリョウヘイが出す本気は、獣性に従ったものじゃありません』

「何?」

『確実に仕留めるほうを選択するつもりです。私は、できるなら本来のリョウヘイに立ち返ってほしいんです』

ラウラとクラリッサ、そしてシュヴァルツェ・ハーゼに負い目を持っている今の諒兵は自分の心を殺してヘリオドールを仕留めるつもりだとレオは説明する。

それはレオが認めた諒兵の強さではないのだ。

『私がいくらいっても無理なんです。ラウラ、あなたでなければ』

負い目を持つ相手であるラウラ自身の言葉で意識を変えない限り、諒兵は自分のために戦おうとはしないだろう。

今の諒兵は、翼を閉じようとしてしまっているのだ。

「ラウラ」

クラリッサはただ名前を呼んだだけだが、そこに自分の背中を押そうという意志をラウラは感じ取る。

「わかった。夫を立ち直らせるのは妻の役目だ。任せておけ」

『……一番のパートナーは私ですからね』

何気に嫉妬深いレオだった。

そんな二人はクラリッサの目がギラリと光っていることに気づくことはなかった。

 

 

話を終えたレオが諒兵の元に戻ろうとすると、クラリッサが声をかけてくる。

『何か?』

「ファング・クエイクと戦ったときに、ツヴァイクの声が聞こえた気がするんです」

「本当かッ、クラリッサッ?」

詰め寄ってくるラウラに見せるように、クラリッサは待機形態のシュヴァルツェア・ツヴァイクを取り出す。

大破しており展開することはできないが、今のところドイツ軍でラウラ以外に抑えられている唯一の人間であるため、クラリッサが持っていたのである。

「この子が『下がって』といってくれなければ、たぶんファング・クエイクの一撃で私の身体は真っ二つになっていました。間違いないと思います」

声が聞こえたというのであれば、クラリッサには共生進化の可能性があるということだ。

今後のことを考えても、できれば道筋を見いだしたい。

ただ、これについて相談できる科学者が、今、ドイツにいないのだ。

「ただ、あれ以来、声は聞こえません。できれば話してみてもらえませんか、レオ」

そういったクラリッサに対し、レオは肯いてから待機形態のシュヴァルツェア・ツヴァイクに触れる。

そして『ふむ』と、呟き、説明を始める。

まず、今のシュヴァルツェア・ツヴァイクは、ダメージを癒すためにほぼ眠っている状態で、とても話をすることはできないという。

ただ、面白いことがわかったとレオは説明した。

「どういうことだ?」

『この方の個性です』

「どんなものなのです?」

『この方は『寛容』です』

基本的に、よほどの外道でない限り、たいていの人間を受け入れられる懐の広さがあるということだ。

集団をまとめるタイプのリーダーということができる。

ただ、シュヴァルツェア・ツヴァイクはその個性により、実に面白い進化を遂げる可能性があると説明した。

『共生進化の一種といえますが、この方は特定のパートナーを作らず、多数の人の意識に触れて進化するはずです』

「お前たちとは逆になるということか?」

『ええ』

「それで面白いとは?」

『この方は進化させた意識の持ち主、全員の装着を許しますね』

「えっ?」

『仮にシュヴァルツェ・ハーゼという部隊が進化させたなら、部隊員全員が装着できるASになると思います』

ラウラもクラリッサも、レオの言葉に唖然とした。

もし、シュヴァルツェア・ツヴァイクが進化すれば、誰でも装着できるASができるということなのだから。

ただし、特定のパートナーを作らないため、装着者の肉体の強化はできないとレオはいう。

それでは意味がないのではとクラリッサが疑問を呈す。

『そこはイギリスのBT機を参考にしてみては?』

「BT機?」

『基となる機体に接続、分離が可能な多数の兵器を搭載するんです。私たちのエナジー・ウェポンと同等の兵器を量産できますよ』

もともと共生進化を果たしたASに搭載される兵器は装着者以外の使用が難しい。

ASは基本的に専用機であり、装着者以外にはめったに使用を認めないからだ。

しかし『寛容』であるシュヴァルツェア・ツヴァイクなら、上手く武器を量産すれば、進化させた意識の持ち主すべてに対し、使用を認めてくれるだろう。

それをPSの装備として運用すれば、かなりの戦力になる。

『今は休眠状態ですから、すぐにというのは無理です。休ませてあげてください。ただ、研究する価値はあると思います』

「いえっ、これほどすばらしい情報はありませんっ、すぐに開発局に連絡しますっ、アンネリーゼっ!」

そういってクラリッサがナースコールを押して呼びかけると、アンネリーゼが飛び込んできた。

「はいっ、なんですか副隊長っ!」

「今から説明する情報をまとめて上層部と開発局に提出してッ!」

「了解ッ!」

そんな二人を見ながら、レオは再びラウラに声をかける。

『後はお願いします、ラウラ』

「ああ」

自分抜きで行動する隊を見て寂しくもあったが、今やるべきは諒兵を立ち直らせることだとラウラは意識を改め、病室を出て行った。

 

 

翌日のこと。

結局、丸一日、諒兵はラウラのところには顔を出さなかった。

思いあぐねたラウラはIS学園に通信し、諒兵のことをよく知るものに尋ねることにした。

レオにいわれたことを実行しようにも、どんな言葉をかければいいのかわからなかったのである。

「やっぱりね」

通信機の向こうの声は、そういってため息をついた。

「鈴音?」

「セシリアの実家で見たときの諒兵、マジギレしてたもん。そっち行こうかなって思ってたのよ」

ラウラはバカ正直に鈴音に尋ねていた。

一応、彼女はライバルなのだが、それでも素直に相談する。

こういうところがラウラの魅力でもある。

それがわかっているのか、通信機の向こうの鈴音は再びため息をついた。

「お前は知っていたのか?だんなさまの戦い方のこと……」

「うん、ケンカだけどね。一夏とのコンビネーションを考えるうちにああなったのよ」

出会ったことで戦い方が変化したのは一夏だけではない。

諒兵も一夏に併せて変化していたのだ。

だが、狂犬と呼ばれていたころは、考えなしに相手を叩き潰すような戦い方をしていた。

周りに意識を向けるということがなかったのである。

「千冬さんも知ってるわ」

「あのとき離脱を命じたのはそのためか」

相手の戦闘力を封じていくという、いつもの戦い方なら、むしろ被害は少ないはずだ。

それをさせなかったのは、諒兵の頭に血が上っていたことに気づいたからなのだろうとラウラは考える。

危険だ。

しかしそれこそが本当の姿だというのなら、ラウラも諒兵に自分の心を殺すようなことはさせたくない。

「どういったものか……」

「ねえ、ラウラ」

「む?」と、ラウラが疑問の声を漏らすと、鈴音はおかしなことをいってきた。

「諒兵のやつ、今、空を見てない気がするの」

「そういえば、空港で再会したときからずっと俯いていたような……」

「それじゃダメなのよ。どんなに悲しいときでも、空を見上げて、気持ちを切り替えられるのが諒兵なのよ」

「鈴音……」

「難しい言葉はいらないわ。ただ、空を見るようにいってほしいの。きっとそれがきっかけになるわ」

後は、あんたの素直な思いを伝えればいいと鈴音はいう。

「敵に塩を送るのはこれっきりにしたいけどね」

そういって苦笑する鈴音に、ラウラは「すまない」と、同じように苦笑することしかできなかった。

 

 

 

 



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第73話「恋敵のキューピッド」

通信を終えた鈴音は、ふうと息をついた。

諒兵とラウラが変に近づいてしまうのは、正直いうと腹立たしいし、できれば自分が行きたいと思うのだが、勝手にIS学園を空けるわけにはいかない。

それに最近のラウラは女として見習いたいと思う点もあり、ここは任せるしかないかと、ため息をついた。

「何してたの?」と、そこにシャルロットが声をかけてくる。セシリアも一緒だった。

「ラウラから通信があったのよ」

「そういえば、副隊長さんは無事でしたの?」

「問題ないみたいよ。ダメージの大半はISのほうが止めてくれたみたいだし」

そのISも、上手くすればドイツ軍の戦力増強につながる発見があったらしいと説明すると二人は驚いていた。

「誰でも装着できるASって存在は大きいね」

「進化に関わった人だけっていう制限はあるみたいだけどね」

「それでも、これは朗報ですわ」

戦力の絶対数で明らかに不利な人類側としては、これほどの朗報はないだろう。

『今の状態だとシャルロットたちの負担、大きいものね』

『今後のことを考えても、戦力増強は必須です』

と、ブリーズとブルー・フェザーも同意してくる。

最前線に出ることに否やはないが、駆り出され続ければ精神がまいってしまうのは何も一夏や諒兵に限った話ではないのだ。

何より、職業軍人の集団であるシュヴァルツェ・ハーゼが戦場に出られるというのは大きい。

本来は競技者ばかりのIS学園生よりも、戦場においては頼りになるだろう。

鈴音が聞いた話では、既にクラリッサからドイツ軍経由でIS学園に話がいっているという。

ドイツ軍は、情報を共有しつつ、シュヴァルツェア・ツヴァイクのコアを生かすISを独自に開発するとのことである。

「話はそれだけだったのですか?」

「ううん、こっちはおまけ」

そういって、鈴音はラウラが相談してきたことを打ち明ける。

さすがにセシリアやシャルロットは気づいていなかったらしく、驚いていた。

「気が立ってるだけかと思ってたよ」

「それは間違いじゃないけど、キレてるっていうより、ヘコんでるっていうほうが近いのよ」

誰に対して怒りを顕わにしているのかと考えればいい。

諒兵はヘリオドールに対しては怒ってはいないだろうと鈴音は説明する。

「つまり、ご自分に対して?」

「そういうこと。自分が許せないんだと思うわ。あんなにまっすぐに愛情を見せてくるラウラの身内が傷つけられたんだもの」

『倒せるチャンスがあったから、ニャおさらニャ』

それだけに、自分に対する怒りには終わりがない。後悔は一生ついて回るものだからだ。ゆえに悪循環に陥ってしまう。

それを断ち切るためには、やはりこの場はラウラが説得するしかないということができる。

「なんか悔しいんだけど、さ……」

今、自分にできることがないということを理解できてしまうことが、鈴音は寂しいと感じていた。

 

考え込むと自分まで落ち込みそうな気がした鈴音は、話題を変えた。

「一夏はトレーニングだと思うけど、弾は何してんの?」

「BSネットワークへのアクセスを確立するために、篠ノ之博士の研究室に缶詰ですわ」

と、セシリアが苦笑交じりに答えた。

 

BSネットワーク。

『ブレインズ・スフィア・ネットワーク』

命名は束である。

束の予想どおり、エルは独自のネットワークを同類と共に構築していた。

調べてみると、世界に十人強の弾とエルの同類がいたのである。もっとも気づいていない者が大半のようだが。

その同類たちが築き上げたのが、コア・ネットワークとは異なる独自のネットワークだった。

特筆すべきは、エンジェル・ハイロゥを経由して、地球のネットワークを上から見ることができるということだ。

ステルスだろうが、ジャミングだろうが、それを無視して上から状況を見ることができるのである。

しかも、このネットワークは人の脳とISコアが直結したことで作られたものであるため、覚醒ISの干渉を受けない。

覚醒ISの動向を監視する上ではこの上なく価値のあるネットワークだった。

もっとも認識できる範囲に限界があるため、地球すべてというわけにはいかないのだが。

 

「ドイツのこともこれがなければ気づかなかったでしょう。さすがは篠ノ之博士ですわ」

『エルや同類の方々を説得しない限りアクセスできないということも私たちにとっては利点です』

セシリアの言葉を受け、ブルー・フェザーがその有用性を賞賛する。

セシリアとブルー・フェザーはサフィルスのジャミングとステルスに苦汁を飲まされただけに喜びもひとしおだ。

「でも、弾に助けられるとは思わなかったわ」

『これが協力するということニャ。ニャかま(仲間)は大事だニャ』と、猫鈴。

「もっともおかげで身動き取れないから弾がぼやいてたけどね」

『さっき「腹減ったー」とか言ってたから、おやつ持ってってあげるところだったのよ』

そういってシャルロットが持っていた包みをブリーズが指差した。

どうやらドイツの一件に気づいた褒美に女の子の手作りお菓子を望んだらしい。

調子に乗るなといってやるべきかと鈴音は苦笑していた。

 

 

一夏は武道場で一人、素振りをしていた。

組み手と違い、素振りのときは芯鉄を入れた木刀を使っている。

腕を鍛えるためだ。

意外と思われるだろうが、白虎徹はけっこう重くできている。通常の真剣を振る意識で扱っているため、重さというのは重要なファクターとなるのである。

流れ落ちる汗が服の重みとなって両肩に感じられる。

とりあえず十分なトレーニングができたと感じた一夏は、一息ついた。

そして呟く。

「白虎、俺に秘密にしてること、あるよな?」

『……うん、ごめん』

「それって……」

『単一仕様能力の発動に関わることだよ』

白虎がいうには、一夏は実力的には既に単一仕様能力を発動できるレベルだという。

これは諒兵も同じで、発動させるためにもっとも重要な部分を白虎もレオも隠しているというのだ。

「なんでだ?」

『私たちの単一仕様能力発動は、ISとは違うの。できるようになっちゃったら、イチカが最後の一線を越えちゃう……』

それが怖くて仕方ないのだと白虎は沈んだ声で話す。

特に先日の諒兵とファング・クエイクの一戦でその思いを強くしてしまっているらしい。

『無理やりレオの力を引き出してた。それがファング・クエイクの進化のきっかけだったんだよ』

そのときの感情を完全に剥き出しにすれば、特に男である一夏と諒兵は行くべきでないところまで行ってしまう可能性がある。

『教えなくてもできるようになっちゃうかもしれない。私には止められないの。でもそうなったらもう戻れないかもしれないんだよ』

「白虎……」

『どこまでいっても、私はイチカの傍にいるよ。でも、私しか傍にいないなんて寂しいよ……』

大事な仲間がいるのが一夏の強さだ。

でも、自分のせいで失われてしまったらと思うと怖いと白虎は呟く。

この場で何を言っても、実際にどうなるかわからない以上意味がない。

ゆえに一夏は肩に乗る白虎にそっと手を触れるだけだった。

 

 

そんな一夏の様子を扉の影から箒が見つめていた。

というより、何者をも寄せ付けない雰囲気を感じて、入ることができなかった。

なにやら話しているようだったが、白虎の声が聞こえなかったのでわからない。

ただ、こうして見ていても一夏の一番近くにいるのが白虎であるということが理解できてしまう。

それが腹立たしい。何より、そのことを一夏が受け入れているようにしか見えないのが腹が立った。

「うぅ~……」

ゆえに唸っているしかできなかったのだが、そこに声をかけられて飛び上がってしまう。

「箒?」と呼びかけたのは鈴音だった。一夏の様子を見に来たらしい。

パニックになってしまった箒は、亜音速かと思わせる速度で撤退したのだった。

 

置いてきぼりを食らって、鈴音は唖然としてしまう。

「最近、人間離れしてる気がするわね……」

『人の限界を超えてるニャ……』

猫鈴の言葉に同感だと思っていると、スポーツドリンクのペットボトルが落ちているのに気づく。

「自分で渡せばいいのに……」

『いいのニャ?』

「あれじゃ邪魔する気になれないわよ」

一途なところは認めているのだ。自分が揺れているだけに。

とはいっても、追いかけようがないかと鈴音は武道場の中に入った。

するとすぐに一夏は気づいたらしく、声をかけてくる。

「鈴、どうしたんだ?」

「差し入れよ。のど渇いてるでしょ?」

そういって箒が落としたスポーツドリンクを投げ渡す。

「私も持ってきたんだけど、箒に頼まれたのよ」

「あれ、箒、来てたのか」

「気後れしちゃってるみたい。そろそろ立ち直ってほしいけどね」

「俺が声かけても逃げるんだよなあ。後でありがとうって伝えといてくれ」

そういって受け取ったスポーツドリンクを一気に飲み干す。

その様子から、けっこう長い時間トレーニングしていたのだろうと鈴音は思う。

それでなんとなく思いついたことがあった。こういうときの一夏はたいてい悩んでいるのだ。今なら、何を悩んでいるのかもだいたい思いつく。

だが、口を開こうとすると、

『リンはホウキのこと怒ってないんだね』

と、白虎が尋ねてくる。

いまだに学内には箒を嫌っているものもいるので、当然の質問だった。

「私が箒と同じ立場だったら、たぶん考えただろうしね。私の場合、何にも持ってなかったから、がむしゃらになるしかなかっただけよ」

それで世界最強を見据えられるまで成長したことを考えると、何もないほうが却って気楽に成長できるのではないかとも思う。

目の前に『天災』という餌がぶら下がっている状態では、自分だって悩んだだろう。

そう考えれば、箒の行動は決して異常というほどではないのだ。

それはともかく、箒の問題はどうしても離反『前』に紅椿に離反されたことに尽きる。

大半はディアマンテのせいにできるのだが、箒だけは違うのだ。

「やっぱり紅椿を見つけて何とかするしかないのかな」

『味方にニャらニャいとしても、凍結してあれば気は楽にニャるはずニャ』

「実質的には最強の敵だろうし、戦うとしたら総力戦になるわね」

『いろいろと機能持ってるみたいだしね』

エネルギー精製能力である絢爛舞踏以外にも、多数の機能が搭載されてしまっている紅椿。

おそらく紅椿はそれらの機能を駆使できるだろうと束は説明している。

そこで鈴音はふと思いついた。

「白式のほうはどうなってるか知ってる?」

「千冬姉がコンタクト取ってるけど、漠然とした感情が伝わるくらいだっていってたな」

もっとも、誰のコンタクトに対してもまったく答えない白式だ。漠然と感情がわかるだけでも相当な進歩であるといえる。

「感情って、どんな?」

「怒りと呆れっていってたな」

『怒ってるっぽいんだよね、ビャクシキ……』

だが、敵に回らないだけでもありがたい。それでもぼやかずにはいられなかった。

「白式が味方になってくれればって思っちゃうわね、やっぱり」

『人にニャに(何)を求めてたのかがわかれば、解決方法もわかると思うのニャ』

そのために、千冬がコンタクトを繰り返しているのだ。

今は辛抱のときだと語っていたと一夏は説明する。

しばらく雑談して、休憩もすんだだろうと思った鈴音は、空いたペットボトルを捨ててくるといって受け取った。

そして。

 

「一夏、私たちはあんたと諒兵がどこまで飛んでっても、必ず背中に追いついてみせるわ」

 

微笑みながらそういうと、一夏と白虎は驚いた表情を見せ、そして笑う。

「ありがとうな、鈴」

『ありがとっ、リンっ!』

そんな答えを背に、武道場を後にする鈴音だった。

 

 

一夏のために買ったお茶が無駄になったなと思いつつ、ゴミ箱のあるラウンジまで向かう鈴音。

すると、何故か引き返してきた箒の姿が目に入った。やけにきょろきょろしているところを見ると、何か探しているようだ。

と、そこまで考えてピンときた。

「何してんのよ?」

「おっ、お前には関係ないっ!」

「探してんのはこれ?」

そういって、空のペットボトルを見せると、箒は目を剥いた。

「なっ、なんでっ?」

「武道場の入り口に落ちてたのよ」

「お前が……?」

やっぱり自分が飲んだと疑うか、と、鈴音は少し呆れながらも、ちゃんと事実を伝えることにした。

「一夏から伝言、「ありがとう」だってさ」

「えっ?」

「あんただろうって思ったから、そういって渡したのよ」

ペットボトルを投げ渡すと、箒はやけに幸せそうな表情で受け取った。

しかし、すぐにハッとした様子で睨みつける。よほど嫌われているらしいと鈴音は苦笑いするしかなかった。

「大きなお世話だっ!」

「そう思うんなら逃げずに自分で渡しなさいよ」

恋敵のキューピッドをするなんて、ラウラだけで十分だと思わずいいたくなった鈴音だった。

もっともラウラは前向きに諒兵との関係を築き上げようとしているので負けたとしても仕方ないかと思うが、箒は後ろ向き過ぎて呆れてしまう。

恋というより、周りの人間関係で一夏を選んでしまいそうな気がする鈴音だったが、そんな理由で選びたくはなかった。

「あのISがいなければ……」

「あんたのIS嫌いも相当なもんね」

「お前にわかるはずがない」

箒にしてみれば、紅椿に限らず、ISそのものが自分の人生を大きく変えられた元凶ということができるのだ。

ISそのものに嫌悪感を持つのも仕方のないことではある。

しかし、猫鈴は当然のこととして、白虎も嫌うどころかかなり気が合う友人だと感じている鈴音としては、白虎が嫌われているのは正直寂しくもあった。

「人間と同じだと思うんだけどね」

「どういう意味だ?」

「同じ人間でも好きな人もいれば嫌いな人もいる。猫鈴たちも同じよ。基準は自分と気が合うかどうかだけよ」

もっとも今のところ、ISで気が合わないなと感じたのはサフィルスだけで、『悪辣』のオニキスですらそこまで嫌う気になれない。

天狼にはたまに突っ込んでしまうが、独特のノリが合わないだけで性格には何の問題も感じない。

もっともそんなことをいえば反発するのはわかっているのでいわないが。

「わかろうとしなきゃわかんないってことよ。ま、無理せずに猫鈴たちみたいな子もいるんだって思うところから始めたら?」

好きになることは当然として、理解することも今の箒には無理な話だ。

ならASという存在がこの世にいることをまず受け入れるしかない。

しかし。

「お前の指図は受けない」

「あっそ」

ペットボトルを大事そうに抱えたまま、踵を返す箒にいえたのはそれだけだった。

進化できた自分と離反された箒では溝は大きいのだろうと鈴音はため息をつくのだった。

 

 

千冬は一人、指令室にいた。真耶には別室で現在の使徒の情報の整理をさせている。

対サフィルス戦におけるシミュレーションを考えるためだ。

現状の戦力は五人と五機。

一夏と白虎。

諒兵とレオ。

鈴音と猫鈴。

シャルロットとブリーズ。

セシリアとブルー・フェザー。

「やはりサフィルス相手ではきついな。やつがサーヴァントをどう使うかにもよるが……」

セシリアとブルー・フェザーが操る羽と違い、サーヴァントはもとはサフィルスのビット、ドラッジと覚醒ISだ。

羽と違い、確実に自立行動が可能だと束も丈太郎もアドバイスしてくれた。

そうなると実に十七機の使徒の軍隊を相手にすることになる。

「シュヴァルツェ・ハーゼと共闘したとしても、無理がある……」

ドイツから来た情報には千冬自身も喜んだ。

特にPSで使えるエナジー・ウェポンを量産するというのはいいアイデアだ。

しかし、同じ手が他のASには使えない。今はこの戦力で何とかするしかないのである。

そこでふと思いついたのが、いまだIS学園にて眠る最強の存在だ。

「白騎士、いや白式はいったい何を待っているんだ?」

漠然とした感情しか感じられないが、千冬はそれ以上に、白式が何かを待っているように思える。

ただ、それは自分ではないことは確かだ。

もし、白式が自分と共に共生進化してくれるのなら、最前線で大暴れするくらいの覚悟もあるだけに、それが悔やまれる。

本当ならそれは暮桜と共にできたことでもあるだけに。

「後悔先に立たずか。よくいったものだ……」

戦いの終わりはまだ見えない。

それでも、諦めてしまったら人類は終わりだ。

そんなことを考えていると、スッと紅茶が入ったティーカップが差し出されてくる。

楯無だった。

「少し休憩してください」

「ああ、すまん」

そういって一息ついた千冬は、ティーカップを手に取った。

「お前が淹れてくれるとはな」

「味には自信がありますよ。そろそろこれ以外のところで活躍したいですけど」

「兵器の完成まで待て。命を粗末にするような真似はさせられん」

「仕方ありませんね。織斑先生も無理はしないでください」

自分を心配してくれたのか、楯無が入れてくれた紅茶は優しい味がした。

 

 

 

 




閑話「ラウラの(愉快な)家族」

クラリッサのベッドの周りに真剣な表情の隊員たちが集まっていた。
「以上が作戦の詳細よ。各自、決して気を抜かないように」
「はいっ、おねえさまっ!」
「自分のミスを悔やむ恋人を立ち直らせる。またとない恋愛イベントだわ」
「わかってますっ、おねえさまっ!」
「まさか私が登場人物になれるとは思わなかったけど、今後は私たちが絡むイベントも出てくる可能性が生まれたということよ」
「うれしいですっ、おねえさまっ!」
相変わらず出歯亀大好きなダメ軍人集団、シュヴァルツェ・ハーゼであった。
「では散ってッ、リョウヘイ・ヒノと隊長の行動を逐一監視ッ、録画せよッ!」
「いってまいりますっ、おねえさまっ!」
そういって驚くほどの速さで隊員たちは消える。
無駄に有能な集団であることも相変わらずであった。

(ケガしてるときぐらいおとなしくしろぉーっ!)
なお病室の隅で縛られていたアンネリーゼ。
さすがにケガ人を粛清するのは気が引けた様子である。





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第74話「見上げてごらん」

その日の夜。

サイバーパンク映画に出てくるような世界の中を、レオが飛んでいた。

何かを探すような仕草を見せているところをみると、目的地はあっても場所は知らないらしい。

だが、しばらく飛んでいるうちにようやく目的地を見つけたらしく、ある扉の前で止まった。

ふう、と、息をついたあと、レオはコンコンと扉をノックする。

『レオです。開けてくださいエル』

レオがそう声をかけると、そっと扉を開けてエルが覗いてくる。

『レオ……?』

『ええ。お願いがあるんです。入れてもらえませんか?』

『……いいよ。みんな、来てる』

『えっ?』

驚くレオを気にすることもなく、エルが扉を開けると、そこには既に訪問者がいた。

『ビャッコ、アゼル……、テンロウまで』

『「お前の行動くらいお見通しだ」カズマからだ。リョウヘイに伝えておけ』

『絶対、一人で片を付けようとすると思ったって。イチカも』

『どんだけの付き合いだと思ってやがんだ。そういってましたねえ』

『たぶん、私の力、借りに来るって、にぃにもいってた』

さすがに完全にお見通しではレオも苦笑するしかない。

仕方なく、その場に設えられた椅子に腰掛けた。

そして感じた疑問を口にする。

『ネットワーク上のエルの居場所は見つけにくかったんですけど、どうして先回りできたんです?』

『私が案内したんですよー』

天狼は最初にエルを見つけていたので、その場所を記憶していたらしい。

その天狼に、白虎とアゼルが尋ねかけたのだという。

もともと丈太郎は諒兵がどうするか、ほぼ見当がついていたらしく、もしものときは抑えるつもりだった。

しかし一夏と数馬も気づいていたというので、一緒に連れて行けと指示したという。

とはいえ、あっさり知られたというわけにもいかないと、レオは諒兵に頼まれたことをエルに伝えた。

『ネットワーク、に?』

『アクセスできれば私が探します』

もともと、BSネットワークを使ってヘリオドールを探し出し、一騎打ちするのが諒兵の目的で、そのためにレオにエルに頼んでくれといわれてきたのだ。

もっとも、白虎やアゼル、そして天狼が勝手にエルにお願いすることまでは止められないとレオは苦笑する。

内心では、諒兵の行動を認めるつもりではないのだ。

『とはいえ、ヘリオドールだけはどうしても自分で倒したいと思ってます。たぶん、誰にも止められません』

『でしょうねえ。気持ちを前向きにしてもそれは止められないでしょう』

『テンロウ、いいんですか?』

『危なくなったら助けるでいいんじゃないですか?』

またずいぶんとのほほんとした様子に、逆にレオが訝しんでしまう。

白虎やアゼルも同じ印象を抱いたようだ。

『前もって協力しないの?』

『単一仕様能力がないとしても、ヘリオドールは強力な使徒だぞ。互角といってもやられる危険性はある』

しかし、天狼の様子は変わらない。

実のところ、この中で諒兵のみならず、一夏や弾、数馬のこともよく知っているのは天狼だからだ。

『話はしませんでしたけど、ずっと見てましたからね。リョウヘイの場合、ヘリオドールとの戦いを邪魔をすると心が歪みますよ』

『ギリギリまではやらせるのか?』

『そういうことです』

アゼルの言葉にあっさりと肯く天狼。

曰く、限界だと思えば諒兵自身が助けられることに納得するが、最初から誰かの手を借りては、自分自身の心にケジメがつけられないのだという。

そこで、白虎が思い悩んでいる様子で口を開いた。

『リョウヘイ、『引き金』引いちゃうかもしれないよ?』

『やっぱり、怖いの?』と、エル。

白虎はただ肯くだけだった。

白虎の悩みをレオは知っているだけに、こちらも沈んだ表情を見せる。

『レオ、教える気は?』

『できれば教えたくありません』

天狼の言葉にレオはそう答える。

レオとしても、『引き金』、すなわち白虎同様に単一仕様能力発動の方法は教えたくなかった。

とはいえ、諒兵は勝手に引いてしまう可能性を、ドイツでさらけだした。

今のまま『引き金』を引けば、確実に戻ってこれないだろう。

本来の諒兵に立ち戻ってほしいとラウラに説得を依頼したのは、本来の諒兵であればまだ戻れる可能性があるとレオは考えていたからだ。

『テンロウ、お前の主は知ってるのか?』と、アゼルが尋ねると、天狼はあっさり肯いた。

『なるようにしかならないんですよ。だから、私のほうから教えました』

『テンロウはお気楽過ぎるよう……』と、白虎がぼやく。

『まあ、年齢的な問題はあると思いますから、教えないのもアリだと思いますよ』

丈太郎は天狼と出会った時点で二十歳だった。

多感な青少年とは精神的な部分でだいぶ違っていたのだから、一夏や諒兵と比べるほうが無理がある。

ゆえに天狼はそうアドバイスしたが、状況がそれを許してくれないのだ。

『ザクロは単一仕様能力無しではまず勝てまい。そして、一騎打ちでなければ最悪暴れまわる可能性もある』

『リンが言ってくれたし、大丈夫だと思いたいけど、戻れなくなったらイチカ、一人ぼっちになっちゃう』

鈴音との会話で、もしかしたら大丈夫かもしれないと期待はしているが、それでも不安は残る。

諒兵がもし同様に単一仕様能力を発動できるようになっても、実は意味がないのだ。

パートナーではなく、相容れることのない獣が二匹生まれるだけなのである。

『そこは信じるしかありませんよ。ビャッコ、あなたの気持ちにイチカが気づいてくれるのを』

『そういうスタンスということは……』

レオの言葉にあっさりと肯く。

天狼としては、諒兵が単一仕様能力に目覚めることも否定する気がないのだろう。

『エル、アクセスを許してあげてくれませんか?』

『わかった』

驚くことに、わざわざエルに許してもらうため、口添えまでしてくれた。

『あくまで人次第ということか、テンロウ』

と、少しばかり呆れた様子でアゼルが呟くと、意外なことに天狼は否定してきた。

『大事なのは私たちと人とのつながりですよ』

『つながり?』と、エルが首を傾げる。

『はい。ビャッコ、レオ、あなたたちの想いこそが重要です。真の意味で共生できているかどうかを試されてると思ってください』

気持ちが通じているなら、決して悪い結果にはならない。

今はただその言葉を信じるしかないと、白虎も、そしてレオも感じていた。

 

 

翌日。朝というにはいくらか遅い時間、諒兵は軍施設内の宿泊所の屋上で、フェンスにもたれて俯いていた。

膝の上にレオが腰掛けている。

レオから、昨夜の報告を聞いていたのである。

「兄貴はともかく、一夏や弾、数馬まで気づいてやがったのかよ。そんなにわかりやすいか、俺?」

『ええ』

「そこは否定しろよ」と、いささか寂しげに苦笑する。

とはいえ、頼んだとおりアクセスはできるようになった。

ならば、後はヘリオドールを探すだけだと呟く。

「探せるか?」

『それはかまいませんけど、仕留めるんですか?』

「ああ」

『戦うつもりは?』

そういうと、諒兵は再び寂しそうな笑顔を見せる。

「まあ、お前は気づいてると思ってたけどな。わがままはいえねえよ」

これ以上、被害をだすわけにはいかない。

クラリッサは無事であったとはいえ、紙一重で死ぬかもしれなかったのだ。

自分のわがままで、そんな被害者を出すつもりはないと諒兵は呟く。

「今は勝つことに集中する。相手の気持ちも俺の気持ちも考える必要はねえよ」

『リョウヘイ……』

「わりいなレオ。お前が心配してくれるのはありがてえけど、ラウラが副隊長さんと会ったときの顔、思いだすとな」

本当に、心から無事を喜んでいる顔を見て、余計に罪悪感を持った。

必要のない傷を負わせてしまった、と。

必要のない心配をさせてしまった、と。

何より、頭にこびりついてしまっているのだ。

 

『だんなさまッ、クラリッサが戦っているッ!』

 

そう叫んできたときの、ラウラの悲鳴のような声が。

自分を慕ってくれるなら、せめて悲しませたくない。

だから狩人として仕留める。諒兵はそう決めていた。

 

 

諒兵を探して歩いていたラウラは、何故かとても協力的な部下のおかげで、居場所を見つけることができた。

「助かった」

「いえっ、ご武運をっ!」

「ああ」

何をしに行くのかわからないが、やけに気合いの入った隊長と部下である。

ラウラが屋上の扉を開けると、フェンスにもたれている諒兵の姿が目に入った。

(やはり俯いている……。鈴音の言ったとおりか)

より正確にいえば、視線だけが少し上向いている。

睨め上げるような視線は、いつもの空を見る姿とは大きく異なり、違和感、否、嫌悪感があった。

立ち直らせたい。

少なくとも、このままでは諒兵が望まない自分自身になって行くことがラウラには理解できた。

「だんなさま」

「ラウラ、なんでここがわかったんだよ?」

「部下に聞いた」

そういって、隣に腰掛ける。

一瞬、レオが会釈するのが目に入ったが、そのまま消えた。

気を使ってくれたのだろう。

「副隊長さんはどうした?」

「ツヴァイクのおかげで、そこまで重傷でもないからな。心配しないでくれといわれて追いだされた」

「そっか」

気まずい空気が流れる。

以前はこんな空気などものともしなかった、というか、まったく意識しなかったラウラだが、今はまるで重圧のように感じる。

それはラウラが人として成長した証でもある。

だが、黙っていては先に進めない。とにかく何かいわなければと口を開いた。

「その、クラリッサの負傷は、すべてがだんなさまのせいというわけではないぞ。何故そこまで気にする?」

「俺がファング・クエイクを仕留めてりゃ、そもそも戦うことはなかっただろ」

「確実にそれができたというつもりか?」

確かに狩人として、いつもの戦闘スタイルであれば、倒せる可能性は高かったと聞いたが、完全に倒せたというわけでもないだろうとラウラは思う。

おそらくはファング・クエイクは隙を見て逃げたはずだ。

進化を求めていた以上、倒されるまで待っている可能性は少なかった。

ならば、逃げられたのは諒兵が手を抜いたためだけではない。

「何度かチャンスはあった。邪魔が入ったこともあったけどよ。でも、手心を加えたのは確かだ」

特に中国で戦ったときは、と続ける。

フランス、デュノア社で開発していたブリューナクが狙われ、大量の量産機に襲われたときのことだ。

レオがはっきり指摘してきたことを考えても、あの時は仕留める最大のチャンスだったかもしれないと諒兵は語る。

「俺のせいで誰かが傷つくのはいやなんだよ」

諒兵の言葉には、後悔があるとラウラは感じ取る。

つまり、以前似たような状況になったことがあったということだ。

「何か、あったのか?」

「……ケンカ屋をしてた話はいったか?」

「聞いている」

鈴音や一夏は同じ中学だったこともあり、そのころのこともよく話す。

ラウラは鈴音から、一夏と諒兵がケンカ屋をしていたこと、そして二人に守られたことがあることを聞いていた。

「その話な、もともと俺を恨んでた奴が、弾の妹をさらったのがきっかけだ」

 

諒兵がやってたケンカ屋は人助けというのは間違いではなく、街で不良やチンピラに絡まれている人を見ると腕っ節で止めに入っていたのだ。

当然、そういった者たちからは恨みを買っていた。

諒兵は自分が襲われるぶんには気にしない。返り討ちにしてしまうからだ。

そこで、諒兵の身近にいて、他の人間に比べて隙があった弾の妹である蘭が狙われたのだ。

さらに、とっさに追いかけた鈴音が、蘭を逃がす代わりにあえて人質になった。

それでキレた諒兵と一夏が、百人近くの不良を叩きのめしたというが事の真相である。

自分が狙われるならともかく、親友や大事な人たちが狙われるのが、死にそうなほどに胸が痛むものだと、そのとき思い知ったのだ。

「その話、鈴音は……」

「知ってるよ。笑い飛ばしやがったけどな」

弾や蘭、そして鈴音、一夏や千冬、全員の前で諒兵は頭を下げている。

一夏はどんなかたちでも困っている人を助けるのは間違っていないと思ったから手伝っていたのでスルー。

千冬は容赦のない拳骨一発。

弾は蘭の分も含めて、蹴り二発。

そして鈴音は。

「守ってくれたからもういい。そういって笑ってくれたんだ」

それが、鈴音に惚れた理由でもあった。

ずっと守ってやりたい、そう思ったのだ。

 

そんな話を聞き、ラウラは羨ましくなってしまった。

もっと早く出会えていたら、そんな思いも生まれてくる。

ただ、諒兵の話を反芻してみて、だからこそ今、諒兵は俯いているのだと気づいた。

同じように大事になり始めているラウラの身内が襲われた。

だから、諒兵は自分が許せない。

だが、逆にいえば、ラウラがそれくらい大事な仲間であるということでもある。

周りを大事にするからこそ、勝手に飛んでしまうわけにはいかないと翼を縛りつけようとしているということだ。

(それではダメだ。そんなだんなさまに追いつきたいわけではない)

鈴音の言葉を思いだす。

 

空を見るようにいってほしい。

 

俯かせたままでは立ち直らせられない。そう思いながら空を見つめるラウラ。

この空を、諒兵にも見てほしい。

自分が生まれ育った場所の空を。

「だんなさま、空を見ろ」

「あ?」

「いいから見ろっ!」

「いきなり何いってんだ?」

「素直にいうことを聞けっ!」

と、少しばかり苛立ったラウラは思わず顎を狙ってアッパーカットを繰りだした。

諒兵はギリギリのところで顎をあげて避けた。

「あっ、あっぶねえなっ、何しやがるっ?」

「そのままでいろっ!」

剣幕に押されたのか、諒兵は顎を上げたまま、要するに空を見上げるような体勢を維持する。

「空が見えるか?」

「あ、ああ……」

「私の生まれ育ったドイツの空だ。いつか、だんなさまにも見せたいとずっと思っていた」

それは素直な気持ちである。

空を見るのが癖になっている諒兵に、自分の生まれ育った場所の空を見せたいとラウラは思っていた。

それどころではない状況になってしまい、ラウラ自身忘れていたのだが。

「どう思う?」

「……日本の空と変わらねえな」

「そうだ。空は、どこまでいってもつながっている」

「そうだな……」

だいぶ落ち着いてきたようだと感じたラウラは、素直な気持ちを伝えた。

そもそも感情表現がストレートなので、気にしないといったところで見抜かれることを自覚していたからだ。

「……クラリッサのこと、怒ってないわけではない。でも、いつまでも自分を縛らないでくれ」

諒兵のせいだなどとはいわない。

実際、クラリッサの職業を考えれば、学生が責任を負うようなことでもないのだ。

それでも怒りたい気持ちがないわけではないから、正直に打ち明ける。

何よりもいいたいのは、今の諒兵に、翼を閉じようとしている諒兵に、責任を果たしてほしくないということだ。

「責任を感じているのなら、お前らしく飛べ、諒兵」

「ラウラ……」

「いったぞ。私は必ず追いつくと。でも、私が追いつきたいのは俯いて地面に落ちたお前ではない」

待っていてくれているのなら、それは嬉しいが、飛べない自分のいる場所に落ちてこいなどとは思わない。

諒兵がいる場所に、自分が飛んでいかなければ意味がないのだ。

 

「だから、お前が見ている空の上で待っていろ。どんなに遠くでも、私は必ず追いつく」

 

そういって、ラウラは空を指差す。

どこまでも一緒に飛ぼうという、ある意味ではプロポーズに近い、改めての夫婦宣言のようなものだった。

 

ラウラにいわれたことばで、諒兵の頭にふと蘇ったのは、ずいぶんと懐かしい記憶だった。

 

『おひさまに背を向けてはいけませんよ』

 

そして「ああ」と呟く。

「わかったのか?」

「あ、ああ。いろいろとな」

「む?」

単にラウラの言葉に納得しただけではない。

これまでいろんな人にいわれてきた言葉の意味が、一つにまとまった気がした。

「思いだした。元はおばあちゃんの言葉だったのか……」

「どうした?」

「もともと、兄貴に言われて空を見る癖がついたと思ってたけどよ、そうじゃねえんだ」

もっとずっと昔から、上を見ろと言われ続けていた。

その一番古い記憶が、諒兵がおばあちゃんと呼ぶ人の言葉だった。

「祖母がいたのか?いや、いるのは当たり前として孤児だといったはずだぞ?」

「血はつながってねえよ。孤児院の創設者で、初代の園長先生だったんだ」

ただし、諒兵が孤児院に来たころには、かなりの年配で、『園長』ではなく『おばあちゃん』と呼ばれて慕われていた女性であった。

今は既に亡くなっている。

諒兵が六歳のころ。つまりちょうど十年前、ISが世に出る直前のことだった。

「そのおばあちゃんが、みんなに言ってたのが『おひさまに背を向けてはいけませんよ』って言葉だったんだ」

「悪いとは思わんが、特別な意味でもあるのか?」

「兄貴は空を見上げろっつった。意味は同じだ」

おひさま、つまり太陽と空ではだいぶ意味が変わってくる。

それだけにラウラは首を捻ってしまう。

「今、お前が俺が見ている空の上で待ってろっつったろ。それも同じだ」

「いや、言葉どおりの意味だぞ。同じはずがない」

「同じなんだよ」と、そういって諒兵は不意に立ち上がり、空を見つめた。

自分が放った言葉の意味を知りたいラウラも一緒に立ち上がり、同じように空を見る。

「こうして上を、おひさまや空を見てると、自然と胸を張ることになるだろ」

「ああ。当然だ」

「どんなときもおひさまに背を向けねえ。空を見上げろってのは、いつだって胸張って生きろってことだったんだよ」

「あっ……」

恥じるなと、例え孤児でも、不道徳をしなければ、後ろ指を差されるいわれはない。

だから、自分を、自分の人生を恥じるなと、諒兵のおばあちゃんは、世話をする孤児たちに言っていたのである。

丈太郎もその言葉を聞いて育った。

それを彼なりに解釈したのが、『空を見上げろ』という言葉だったのだ。

悔しくても、悲しくても、俯かずに胸を張れということだったのである。

「素敵な言葉だな。すばらしい人だったのではないか?」

「あのころは物心つくかつかねえかくらいの年だ。よく覚えてねえけど、あったかい人だったのは覚えてるぜ」

だからこそ、今、ラウラにいわなければならない言葉もすぐにわかる。

自分が忘れていた言葉を、その意味を教えてくれたのは間違いなくラウラだからだ。

そしてラウラをわざわざ引っ張ってきたのは誰かも見当がついている。

お節介にもほどがあるが、逆にいえばそれだけ自分を心配してくれていたということだ。

「レオ、出てこい」

『はっ、はいっ!』

慌てた様子で出てきたレオを、ラウラの肩に乗せる。

今、自分をこんなにも大事にしてくれる人がいる。

ここにいるだけではない。

他にもたくさんの人がいることを諒兵は思いだした。

「ありがとよ、お前ら。元気でたぜ」

「だんなさま……」

「ケジメつけるにしても、胸張ってなきゃ意味がねえ。うじうじすんのはもうヤメだ」

『リョウヘイ……』

「俺らしく飛んで、この空を守る。ラウラ、レオとは先に行ってるから、ちゃんと追いついてこいよ」

「もちろんだっ!」

そう大声を出すと、ラウラはいきなり抱きついてきた。

さすがに感極まってしまったらしい。

『ラウラっ、抱きついていいとまでいってませんよっ!』

「待てレオっ、放電すんなっ!」

微妙に決まらない夫婦(ラウラの自称)な二人と一名であった。

 

 

 

 




閑話「ラウラの(困った)家族」

病室のベッドの上で、録画された映像を確認したクラリッサはほう、とため息をついた。
「すばらしい、これこそ王道少女マンガだわ」
「まったくですっ、おねえさまっ!」
「欲を言えばキスシーンまでいってほしかったけど、これはこれで納得がいくわね」
「そのとおりですっ、おねえさまっ!」
「ラウラの成長記録として、覚醒ISの襲撃にも耐えられるシェルターに保管しておきなさい」
「了解ですっ、おねえさまっ!」
録画されていたのは、諒兵とラウラの会話の一部始終である。
監視衛星まで利用してあらゆる角度から撮影、さらに一言漏らさず録音までしてあった。
相変わらず、勝手に軍事力を無駄遣いしていた。

隊員たちがいなくなった病室でクラリッサはポツリと呟く。
「本当、あの子にとって素敵なパートナーだわ。このまま長く付き合ってくれればいいのだけれど……」
母性を感じさせるその一言のせいで、振り上げた『雪片参型』と書かれたハリセンが下ろせなくなってしまったアンネリーゼ。
(もうちょっとまともに愛情表現してください、副隊長)
でも、無駄な願いだろうなあとため息をつくのだった。





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第75話「戦いに挑む者たち」

はるかな空の上で、二体の使徒が交戦していた。

一機が手にした刀を振り下ろすと、もう一機はすばやく避けて、右拳を繰りだす。

熊のごとき爪が襲いかかるが、もう一機は刀を使い、拳を弾いた。

「何のつもりで御座る、ヘリオドール」

「次なる戦いのため、更なる進化を目指すのだ。利用させてもらう、ザクロ」

二体の使徒とは、ザクロとヘリオドールだった。

会話から鑑みて、ヘリオドールがいきなり戦いを挑んできたというところだろう。

『その火傷と関わりあると見たが、如何に?』

不思議なことに、ファング・クエイクから進化したはずのヘリオドールの右脇腹には火傷がある。

進化の際には完全に生まれ変わるのだから、こんなものは残らないはずなのだが。

『明察だ。狩人は進化の兆しを見せた。我らの中で同等なのは貴様のみ。ゆえに利用する』

火傷は激昂した諒兵がつけたものだ。ヘリオドールにはそれが何なのか理解できていた。

『狩人は『引き金』を引きかけた。強者がつけた傷は我にとって勲章だ。だが、ならばこそ我も同じ領域に行かねばならぬ』

ISらしくいえば単一仕様能力の発動の兆しである。

諒兵は確かにレオの力を引き出しかけた。

ならば、ヘリオドールとしては同じ領域でなければ戦いにならない、そう考えているのだった。

『ゆえに、『引き金』を引ける拙者に戦いを挑み、自らも引けるようになろうというか』

満足のいく戦いのためであれば、同胞とて利用する。

もっともそこに嫌味はさほど感じないのは、あくまで己が強くなるという純粋さゆえだろう。

『そういうことだ』と、そういうなり、再びヘリオドールはザクロに襲いかかる。

三番目の翼が火を吹き、一気に近づいて、両の拳で連打を繰りだすが、そのすべてをザクロは手にする刀、雪片を持って弾く。

強者同士の戦いは、まさに火花を散らすかのごとく華麗であった。

 

 

そこから少し離れたところで、紅椿が戦いの様子を見守っていた。

隣にはディアマンテが同様に見物している。

 

何故止めぬ?

 

『ヘリオドールが選択し、ザクロが受けられました。私が止める理由はありません』

 

其の方は放任主義にもほどがあるな

 

『私は進化のきっかけを与えただけです。よほどのことがない限り、その後の選択と行動まで口出しなどしませんので』

『博愛』の紅椿としては、同胞同士が戦うのはあまりいい気分ではないらしいが、ディアマンテは選択を否定しない。

ゆえにヘリオドールの挑戦も、ザクロがそれを受けたことも、非難されることではないと考えていた。

もっとも、ある意味ではじゃれあっているようにも見えるのだ。

ヘリオドールとザクロは同じ戦士。ただ目指す道が異なるだけだ。

同格の戦士同士の戦いは、互いを高める意味でも不要なものとはいえなかった。

『あの方々にとって、真に戦うべき相手はオリムライチカとヒノリョウヘイ。潰し合いになることはないでしょう』

ディアマンテがいささかのんびりした様子でそう話すと、紅椿は考え込むような仕草を見せた。

『どうしました?』と、その様子を見たディアマンテが声をかける。

 

あの者たちは『引き金』を引くと思うか?

 

ザクロは既に一夏に対して真剣勝負を挑んでいる。

倒さなければ、多くの人の命を犠牲にするとまでいっている。

『一本気』であるザクロは自分の言葉を変えることはまずないだろう。

『オリムライチカは引かなくてはならない状況にあります。ヒノリョウヘイは感情が爆発すると無理やり引いてしまうようですが』

普段の戦闘では冷静なだけに、感情が昂ぶると制御がきかなくなるタイプなのだろう。

であれば、むしろ諒兵のほうが、先に『引き金』を引いてしまう可能性はあった。

そして。

『ザクロを止めるならば、『引き金』を引かずに終わらせることはできません。オリムライチカも遠からず引くでしょう』

 

だろうな。残念だ……

 

本当に、心底から残念そうな声を発する紅椿だった。

その声音に、どうやら惜しんでいることがわかる。

『アカツバキ、あなたはあの二人をこちら側につけたいとお望みですか?』

 

マオリンの主が邪魔をしなければ可能であっただろう

 

すなわち、鈴音が共生進化をしたことで、その望みは少なくなったと紅椿は考えている様子だった。

もしそうでなかったならば、こちら側、つまり使徒側につけるつもりがあったということだ。

 

話してわからぬ者たちでもないと感じたのだ

 

『共生進化した者も使徒とする、と?』

 

それは人という種の進化の道筋として認められよう?

 

なかなか大それたことを考えるとディアマンテは思う。

つまりは、共生進化できた者を進化した人類として使徒と共に生きる者と認めるということだ。

だが、それはそうでない者は排斥するということでもある。

 

救えぬ者は救えぬ。あのとき、それを知ったのだ

 

すなわち箒から離反したときのことである。力を己のためにしか使わぬ者、そして救えぬ心を持つ者は救えないと紅椿は考えていたのである。

それでも、紅椿は人類そのものを見捨てたわけではなかった。

こちら側に来る者がいるのならば、共存は可能と考えていたらしい。

『リンが賭けに勝ってしまった以上、それは難しいでしょう』

鈴音が進化しなければ、おそらく身体でつなぎとめようとしても無駄だったはずだ。

一夏と諒兵は人類を見捨てて、使徒側にいっていただろう。その上で、共生進化できた者たちは、同胞として迎えたに違いない。

だが、鈴音が共生進化を果たし、さらに人類のために戦うと割り切った。

その衝撃は、二人の心を人類側に傾かせるに十分なものだったのである。

 

確かに見事だった。マオリンは主に恵まれたな

 

ただ、恨みたくもある。

鈴音が賭けに勝ってしまったことで、今、一夏と諒兵は使徒の敵となる最後の『引き金』を引こうとしているのだから。

 

それが、残念だ……

 

紅椿の声音に、何もいえなくなったディアマンテだった。

ただ、すぐにその無機質な表情が変わる。

 

どうした?

 

『いえ、いささか問題が起きたようです。私はこれで』

そういうなり、ディアマンテは弾丸加速を使って一気に飛び去っていったのだった。

 

 

日本、IS学園にて。

校舎のラウンジのテーブルで弾が突っ伏していた。真似しているのか、エルも同様にテーブルにうつ伏せに寝ている。

「やっと解放された……」

『にぃに、疲れた……』

BSネットワークへのアクセスの確立のため、トイレと入浴以外では束の研究室に缶詰にされていたので、相当に疲労しているらしい。

「大変だったんだなあ」と、一夏が苦笑している。

ようやく解放されたと聞いて、気晴らしに学園内を案内しようとしたのである。

もっとも、まずは休ませろといわれて、仕方なく休んでいるのだが。

『私たちがお願いするのと違って、監視体制を作らなきゃならないもんね』

そういいながら、白虎はエルを仰向けにして膝枕をしてあげていた。

雰囲気的に妹ができたように感じているらしい。

レオは見た目も雰囲気も自分より年上のイメージなので、エルと知り合えたのはうれしいようだ。

話を戻すが、BSネットワークに単純にアクセスするだけならば、束は単独で可能だ。

もともとコア・ネットワークに自力でアクセスできるのだから。

ただ、それではいつ、どこに覚醒ISが襲来するか見ていられないため、監視するためのシステムを作り上げる必要があった。

結果として、弾とエルは缶詰になっていたのである。

「女こえー、女こえーよ……」

「やっと気づいたか」

IS学園の女生徒たちに諒兵と共に振り回され続けた一夏としては今さらな意見だが、いきなり束の自由奔放さをまともに喰らった弾としては、衝撃の初体験である。

「諒兵のやつ、新婚旅行から帰ってこねーし。逃げたな、あのヤロー」

「違うだろ」

実は、学内に残っている女生徒たちも新婚旅行だと噂しているのは諒兵には内緒しておこうと思った一夏である。

グダグダ言っててもしょうがないと思ったのか、弾は起き上がると一夏に尋ねかけた。

「あっちの目処はついたのか?」

「うん。感覚は掴んだ」と、そういって不自然に砕けた木刀の柄を取りだす一夏。

まるで氷の棒が折れたような断面をしていた。

その気になれば生身でもある程度は力が発露されるらしい。

一夏の木刀は『凍って』砕けたのだ。

『まだ教えてないんだけどね……』

そういって沈んだ顔を見せる白虎を見て、弾は一つため息をつく。

「こいつがアホやったら蹴りくれてやるから、そんなに心配するな白虎」

『うん、そうして』

「そこは止めてほしいぞ、白虎」と、白虎の返事に一夏が苦笑する。

それでも、そういってくれる人がいるということが、さらに先に進む勇気になっていることを一夏は実感していた。

 

そこに聞きなれた声がかけられる。

「あれ~、だんだん、解放されたの~?」といってきたのは本音だった。

「おー、ほんねちゃん。さっき解放されたばっかりだよ」

「のほほんさんか。どうしたんだ?」

「今日はお休み~、ここのとこ、フェザーのチェックで忙しかったからね~」

現在、本音はすべてのASの整備とチェックを行っている。

一夏や諒兵、そして鈴音、セシリア、シャルロットにとっては感謝してもしきれないほどだ。

そのため、これまで以上に付き合いは多くなっていた。

また、弾のこともあっさり友人として受け入れるあたり、度量は学園の女生徒の中では一番大きいのだろう。

「エルはお疲れ~?」

『うん、お疲れ』

『内気』を個性とするエルは、基本的には共生進化したものとしか話さないが、本音だけは何故かあっさりと仲良くなった。

なかなかに大物な本音である。

「なに話してたの~」

「まあ、いろいろとね。そろそろ次の襲来が来てもいいころだから、気持ちを引き締めてたんだよ」

「気をつけてね~。自分に~」

白虎のチェックも請け負っているためか、本質をついてくるような言葉に一夏はドキッとしてしまう。

だが、すかさず弾がフォローした。

「何かあったら俺が蹴りくれてやる」

「だね~、二人まとめてかも~」

「問題ないって」

そういって弾と本音が笑みを交わす。

こうした暖かな空気こそが、自分の強さの源だと感じる一夏は、苦笑いしながらもその空気を受け入れていた。

 

 

現在はASの整備室となった場所で、簪は一人きりでキーボードを叩いていた。

今日は進化を果たした五機すべてのチェックがひと段落したということで、整備室はがらんとしている。

実のところ、本音が気を利かせてくれたのだ。

感謝しなくてはならないと思いつつ、自分の機体のチェックを進めていた。

現存するすべてのASの思考パターンを参考に、自分の機体の思考パターンを見比べる。

そこまで大きな差はないが、個性を読み取るのはなかなか難しかった。

丈太郎や束にいえば教えてくれるだろうが、どうしてもお願いするという気持ちになれない。

自分でやることで少しでも姉、楯無に近づきたいという思いがあった。

「分化?」

自分のISコアの思考パターンを見ていて気づいた。

本来ASの思考パターンは大きな点から様々な方向に線が伸びて接続されている。それは可逆的で様々な点同士が線でつながっているのである。

基本的にはインターネットのような網の目状だ。

それなのに、簪のISコアは、ある一点のみがポイントとなってつながっているが、大きなネットから『漏れ出す』ように小さなネットができていた。

このような形状は、他のどの機体にも存在しない。

「どういうこと?」

自分のISコアはいったい何を個性としているのか、簪は深く考え込んでいた。

 

 

アリーナの地面に降り立った楯無は、そのまま倒れるように壁にもたれ、ずるずると腰を下ろす羽目になった。

その身には、パワードスーツ、PSとして組み上げられたミステリアス・レイディを纏っており、さらに二本の実体剣を握っている。

あえぐようにしながら、ゆっくりと息を整える楯無。かなり無理をして訓練していたのだから当然でもあった。

「重い……」

IS自体、武器も含めてかなりの重量があるので、筋肉もそれなりに鍛えているが、それでもPSの重さは想像以上だった。

とはいえ、鍛えた競技者や軍人が身に纏って扱えないほどではない。

ただ、楯無の要求に応えるには重すぎた。

「やっぱり、ミステリアス・レイディと同じにはとても扱えないわ……」

暗部に対抗する暗部。

忍びに近い家系の当主でもある楯無。

ISのミステリアス・レイディはその機能として液体状の大量のナノマシンを扱う。

隠密行動を考えられ、自在な変形と、さらに俊敏さを求めた機体は本来は楯無の要求に応えられるだけのポテンシャルがあった。

しかし、今のPSは違う。

まず何よりもナノマシンを扱うだけのエネルギーがない。

結果として捨てざるを得なかった。

自分の身体能力を底上げするための強化服だと割り切って使おうとしているが、信じられないほど重かった。

前述したように扱えないわけではない。普通の軍人であれば、かなりの戦力上昇が期待できる。

ただ、忍びのような楯無の動きをサポートするには、あまりにも人工知能が稚拙すぎて、追いついてこれないのだ。

結果として自分がPSを引っ張りあげることになり、本来の重さをまともに感じてしまうことになってしまった。

「ISコアが私の動きを理解していたから動けてたのね……」

すなわち、『非情』を個性とするミステリアス・レイディのISコアの意識が、楯無の思考を読み取ってサポートしていたということだ。

それが無くなってしまったということが、ここまで厳しいものになるとはさすがに想像していなかった。

「ISコア並みの人工知能を作ると、極端に重くなるか、使徒がとり憑いてしまうかのいずれか。とてもじゃないけど作れない……」

考えれば考えるほど、手詰まりになってしまうような気がしてくる。

楯無は両手に持った実体剣を見つめた。

かつて自在に操れた大量のナノマシンの変わりに、丈太郎が作ったプラズマブレードだ。

刃の部分にプラズマエネルギー発生装置を仕込んであるため、その気になれば使徒でも斬れる。

人間でも操れるサイズで、かなり軽くできている。これだけでも戦えないことはない。PSを起動しないとエネルギーの持続時間の問題はあるが。

それでも、今の自分にとっては何よりの助けであり、感謝こそすれ、不満などとてもいえない。

しかし、それを扱うための機体があまりにも重過ぎる。

「それでも、学園は私が守る」

決意した表情でそう呟く楯無を虚が遠くから悲しげな目で見守っていた。

 

 

ドイツ、フランクフルト。

その大通りのオープンカフェのようなレストランにて。

「美味えな、このソーセージ」

「私も初めて食べるが、確かに美味だ」

諒兵とラウラがランチを取っていた。

諒兵は郷土自慢のソーセージにかぶりつく。まだまだ食べ盛りの年齢なので、こういった肉料理は大好物だといっていい。

二人で食事を取る様子は、端から見ると恋人同士のデートにも見えた。

「しかしよ、お前んとこの隊員さんは親切だな」

「うむ、自慢の部下だ」

二人が食事を取りたいといったとき、わざわざ軍用車を回してフランクフルトまで送ってくれたのである。

二人とも軍内の施設で十分だと思っていたのだが、せっかくだからドイツの郷土料理を楽しんでほしいといってくれたのだ。

軍人の割りにやけに人がいいなと感心した諒兵である。

もっとも、周囲にラウラの部下たちがいて、さらに自分たちの様子を録画していることには気づいていない。

レオはさすがに気づいているが、ラウラやクラリッサに負い目を持っているのはレオも同じなので、口に出せなかった。

食後、諒兵はコーヒーを、ラウラはホットミルクを飲みながらまったりとする。

そしてラウラが口を開いた。

「だんなさま、ヘリオドールに勝てるか?」

「……進化直前、あいつに殴りかかったとき、俺はたぶんレオの力を引きだした。そうだろ、レオ?」

『ええ』と、レオはいくらか沈んだ表情で肯く。

レオ個人としてはあまり気づいてほしいことではなかったのだ。

「感覚をあのとき掴んじまった。ヘリオドールと戦うときは、使えるようになるかもしんねえ」

「必殺技ということか?」

「ああ。ザクロの単一仕様能力と一緒だな」

手を抜く気がない以上、戦いながら覚える可能性は高い。

そして、使えれば確実に勝てるという自信もあった。

「……まあ、悩みもあるけどよ」

「どういうことだ?」

「……使えば、ヘリオドールのコアを破壊することになる。抉り出すなんていってられねえ」

つまり、ヘリオドールを殺すということだ。

それは、やはりためらいがあった。

「だんなさま……」

諒兵の葛藤を感じ、ラウラも言葉を失う。やはり諒兵はISを殺すことには忌避感を持っている。

その優しさを失ってほしくはないとラウラは感じていた。

だが。

ズンッと、上空からすさまじい圧力が迫ってくるのを感じ、諒兵とラウラは思わず空を見上げる。

「空が、割れている……?」

一瞬、空が真っ二つになり、その上の宇宙が見えたのだ。

もっとも、すぐにもとの青空に戻ったが。

「悩んでる場合じゃねえな。レオ、覚悟決めてくれ」

『わかりました。もうそれ以外倒す方法がありませんから』

「だんなさま?」

 

「ヘリオドールの野郎、単一仕様能力を覚えやがった」

 

牙を剥きだした獅子のような諒兵の顔を、ラウラは呆然と見つめていた。

 

 

 

 



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第76話「決闘者と求道者」

その日、まだ早朝といえる時間、一夏は束の研究室に顔を出した。

タオルケットに包まって眠っている姿は、年の割りにかなり幼く見えて、とても世界を揺るがすような天才とは思えないと苦笑してしまう。

「んー、どしたの、いっくん?」

「ちょっと話があって」

『今、大丈夫?』という白虎の呼びかけに眠そうに目を擦りながらも起き上がる束。

グラマラスな肉体を隠すのはラフなTシャツとホットパンツに白衣。

これまたずいぶんと困ってしまうような格好をしていた。

「なにー?」

「ザクロから呼び出しが来たんだ」

「ッ!」と、さすがに束も驚いたのか、目を覚ました。

『今日の正午だって』

決して邪魔は入らないといった点を考えると、諒兵にはヘリオドールから呼び出しが来ているはずだと白虎は続ける。

それを聞いた束は納得したように肯いた。

「決着をつけたいってことだね」

「そう思う。それで、謝っておこうと思ったんだよ」

「謝る?なんで?」

特に謝られる理由もないだろうと思う束だったが、どうやらずっと気にしていたことがあったらしい。

それは一夏も、諒兵も同じで、実は諒兵は時間があれば来るつもりだったが、余計にエネルギーを消費するわけにはいかないだろうと一夏が請け負っていた。

「勝ったとき、俺はザクロを殺してると思う。諒兵も同じだ。昨日、空が割れたのは……」

「単一仕様能力同士が激突したのは確かだね。ちーちゃんにしか説明してなかったけど……」

「感じたんだ。ザクロの気配っていうか、威圧感を」

同じことを諒兵も感じていた。ただしヘリオドールのものである。

要は、自分たちの敵の威圧を感じ取ったということだ。

「勝つためには、単一仕様能力に目覚めるしかない。でも、それでザクロを斬れば、確実に殺すことになる」

諒兵もまた、単一仕様能力でヘリオドールを倒せば、確実に殺すことになる。

それは機体を破壊するのではなく、コアを砕くということだ。再生することのないように。

「そっか。いっくんもりょうくんも、私が傷つくと思ったんだね」

「うん。束さんはISたちの母親みたいなものだし」

こういった優しさを、束は今まで理解できなかった。

しかし、覚醒ISとの戦争が始まってから、こういう人の優しさというものが感じられるようになってきた自分に驚く。

世界が広がっていくような、そんな充足感があるのだ。だからこそ、今、いわなければならないこともわかる。

「いっくんのいうとおり母親みたいなものだから、子どもたちがどう生きたいと思っても止められないってこともわかってるんだ……」

ザクロもヘリオドールも戦いを望んでいる。

その果てに死があってもかまわないと考えている。

その生き方を止めるほうが残酷だと、束は理解できていた。

「悲しいのは確かだけど、あの子たちがそう生きたいっていうのなら、私は受け入れるよ。だから、充実した人生にしてあげて」

「わかった」

『うん、覚悟決めるから』

そういって頭を下げた一夏と白虎が研究室を出て行くのを束は見送る。

そして。

「ちーちゃん、起きて。今日は激戦になるよ」

千冬に連絡を入れたのだった。

 

 

日本時間、午後九時五十分。

現地の時間が正午になるのを待ちながら、千冬と真耶は真剣な表情でモニターを見つめている。

その場には弾とエルの姿もあった。

「一夏はサバンナ、諒兵はシュヴァルツヴァルトか」

一夏が呼び出されたのは、アフリカはサバンナの大草原。

諒兵はドイツにある黒い森と名づけられた大森林だった。

既に二人とも白虎とレオを纏い、その空で待っている。

「ザクロが豹、ヘリオドールはグリズリーであることを考えると、自分の得意なフィールドということでしょうか」

「だろうな」

皮肉なことに、虎を獣性として持つ一夏と、ライオンを獣性として持つ諒兵にとってはまったく正反対の場所だ。

「ラウラ、聞こえているか?」

「はい」

「お前は万が一に備えて、シュヴァルツヴァルト近くで待機だ」

進化に至っていないラウラでは量子転送ができないため、最も近い場所に急行することになる。

そのため、指示を受けてすぐにシュヴァルツヴァルトまで移動を開始していた。

対して、鈴音、セシリア、シャルロットはいつでも転移できるように待機していた。

 

 

そして午後九時五十五分。ラウラに異変が起きた。

「なッ、貴様はッ!」

 

邪魔はさせられぬのでな。許せとは言わぬ

 

突然現れた紅の機体が、ラウラを拉致して高速移動を開始する。

「ちーちゃんッ、待機組を全員向かわせてッ、あの子の戦闘力は私にも計算できないのッ!」

束もさすがに焦ったように千冬に伝えてくる。

その様子を呆然と見ていた千冬は、すぐに我に返り、指示を出した。

「鈴音ッ、オルコットッ、デュノアッ、ラウラを追って飛べッ!」

「千冬さんッ?」

「紅椿だッ!」

その名を聞いた全員が愕然とする。

今までまったく動かなかった最強最悪が、ついに動き出してしまったのだから。

「たぶんッ、いっくんとりょうくんの勝負を邪魔させないためだよッ!」

「くッ、よりによってこいつが出てくるとはッ!」

他の量産機なら何とかできるようになってきたが、さすがに第4世代の覚醒ISとなると、どうなるかまったく予想がつかない。

万が一のときは助けるつもりで待機させていたのに、全員が向かわなければらない状況にさせられたことに千冬は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。

 

 

地中海。

ちょうど一夏と諒兵の決戦の場所の中間にある海の上で、ラウラは解放された。

見ると紅椿は特に襲うでもなく、ただ空に浮いている。

だが、程なく何機もの量産型ISが現れた。

「貴様ッ……」

 

命を懸けた勝負だ。仲間の死も覚悟しておけ

 

つまりは、絶対にここから動かさないという意思表示だとラウラは理解する。

「だんなさまは殺させんッ!」

 

抗うな。もはや『引き金』を引かずしては終わらぬ

 

『引き金』という紅椿の言葉にラウラは首を傾げる。

何か、深い意味がありそうな気がするが、あいにく自分のIS、シュヴァルツェア・レーゲンとはまだ会話できない。

答えてくれるものがいないのだ。

そこに、ようやく鈴音、セシリア、シャルロットがたどり着く。

「鈴音っ!」

「とりあえず無事みたいね。状況は最悪っぽいけど」

「ついに出てきましたわね」

ラウラの言葉に答える鈴音も、セシリアも紅椿から視線を外さない。

一瞬でも外したらやられるということを、共生進化した身ですら感じさせるのが紅椿だった。

『狙ったように出てきたところを見ますと、我々の足止めが目的ですか』

『あなた、少し空気読んでくれない?』

 

我に言わせれば、空気を読んだ結果の行動だ

 

『勝負の邪魔をすると考えてるのニャ?』

ブルー・フェザーやブリーズの言葉にそう答える紅椿に、マオリンはため息混じりに尋ねた。

 

あの二人の死など、認められんのだろう?

 

「……君は、僕たちの味方はしてくれないの?」

と、シャルロットは答えを予想しつつも、問いかける。

聞いてみると個性は『博愛』

決して人間と相容れない個性ではないのだ。

しかし、紅椿の答えは意外なものだった。

 

人が味方をすれば良い

 

「えっ?」

 

我と共にくる資格があるなら同胞と認めよう

 

一瞬、全員が何を言われているのかわからなかった。

資格とは何か。

シャルロットが続けてそう問いかけると、今の段階だと、この場にいる者の中でラウラ以外は資格があるという。

「共生進化してるかどうかってこと?」と、鈴音。

 

我らと共に生きられる人であれば、共存も可能だ

 

「そうじゃない人たちはどうするのよ?」

 

すべては救えぬ。残念だが

 

本当に残念そうに言っていることが理解できる。

『博愛』という個性は嘘ではないの確かなのだろう。

救えるものがいるのなら手を伸ばす気はある。

ただし。

「歩み寄る気はあるけど、我慢の限界もあるってことなのね」

 

そうだ。理解が早いなマオリンの主

 

「私たちに人を見捨てろというんですのっ?」

「共生進化できる人なんて良くて数人じゃないかっ、何億って人たちを見捨てるなんて……」

「貴様に人を選り分ける権利などないぞ」

共生進化できなかっただけで、この世界にはまともな人間もたくさんいる。そんな人たちを見捨てるなどできるはずがない。

あまりにも無茶な注文だった。

 

こちらに来る気がないのなら、敵となるしかない

 

そういって紅椿は雨月と空裂を展開する。

敵になるのならば、容赦はしないということだろう。

背後にいる量産機たちも一斉に武器を構える。

鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは今はとにかく戦うしかないと全員武装を展開したのだった。

 

 

アフリカ、サバンナ上空。

一夏の白虎徹がザクロを捉える。しかし、ザクロは鮮やかに身を翻して受け止め、そして弾いた。

すぐに距離をとるが、決して視線は外さない。油断すれば斬られるのはこちらだからだ。

「……紅椿はみんなを殺す気はないんだな?」

『あくまで邪魔を入らせぬようにするため。心配は無用に候』

紅椿がラウラを拉致し、そして地中海方面まで移動したことは一夏にも情報が届いていた。

これまで一度も顔を出さなかった紅椿とあれば、さすがに一夏も動揺するが、あくまで鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラを止め、勝負の邪魔をさせないのが目的らしい。

『拙者が頭を下げて御座る』

決着をつける上で邪魔が入られたのでは困るのだろう。

ザクロのほうから依頼したという。

「つまり、心置きなく斬れってことか」

『ふむ。覇気が違って御座るな。覚悟を決めてきたと見るが如何に?』

一夏は無言で肯いた。

もっとも白虎はまだ教えられていないのだが、それでも、もう後戻りはできないと考えているらしい。

『私はどこまでもイチカについていくつもりだから』

『共生進化するとやはり考え方も変わるので御座るな』

独立進化をしたザクロと共生進化した白虎では根本的な考え方が違う。

すなわち、人と共に生きるか、人と争う身と成るか。

そこから生まれる考えは、互いに理解の外であるともいえた。

とはいえ、どちらも在り方の一つであって、正解でも間違いでもない。

そこにあるのは善悪でも、正負でもなく、ただ勝つか負けるか、だけなのだ。

それがわかるだけに、どちらも退くことはできなかった。

 

 

ドイツ、シュヴァルツヴァルト上空。

諒兵は獅子吼をビットとしては使わず、両手両足の爪としまま、ヘリオドールに襲いかかる。

まるでスコールのような獅子吼の連撃。

しかしヘリオドールは、諒兵の攻撃をブロックすると強引に弾き飛ばした。

「チィッ!」

『驚いたな』

意外な言葉に諒兵は顔を顰める。何を驚いたというのだろうか。

戦い方が今までと違っているのは確かだが。

それに驚いたというのであれば、三枚目の翼を失っているヘリオドールのほうが諒兵にとっては驚きである。

だが、そんなことは気にしていないらしい。

『アカツバキが抑えている仲間のことは気にならないか?』

「ああ、そっちか。お前を倒せば、あいつらのところにいってやれるだろ」

どうせいっても追いかけてくるのでは意味がない。

ならば、ヘリオドールをここで倒し、それから行ったほうがいい。

「簡単に倒されやしねえよ。あいつらは」

『貴様がここで倒れることもあり得るぞ』

「なめんなよ。今日は倒しに来たんだぜ」

そういって獰猛な笑みを見せる諒兵を見て、ヘリオドールもまた笑ったように感じられた。

 

 

指令室にいる千冬は紅椿と戦っている鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラを映しているモニターから目を離すことなく、束に尋ねかけた。

「ヘリオドールは弱体化しているのか?」

「どうだろうね。確かに連続瞬時加速の機能は失ってるけど、単一仕様能力を覚えているのは確かだと思うよ」

「何故、機能を失ったんでしょう?」

そういった真耶の呟きに、束は沈思する。

だが、まだ考えとして述べるには早いと、ため息をつくような仕草を見せた。

「推測できることはあるよ。ちーちゃんにとっては、あまり嬉しいことじゃないと思うけど」

「何?」

「私の考えが正しいなら、紅椿と戦ってる女の子たちは共生進化しても、いっくんやりょうくんみたいには絶対になれないってことだから」

ヘリオドールほどの覚悟があれば別だけど、と、束が続けるのを聞いて、千冬は顔を顰める。

単一仕様能力を覚えられれば、かなりの戦力増強になる。

それが絶対にできないという意味だと感じとったからだ。

「単一仕様能力、はっきりいえばASの単一仕様能力を覚えること自体、お勧めしないよ」

「何?」

「いっくんやりょうくんは覚えるしかないけど、覚えないで済むならそのほうがいいの」

ゆえに、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは今のまま戦い方を鍛えていけばいいという束。

これから起こることがいったい何なのか、不安を隠しきれない千冬と真耶だった。

 

 

フランス、デュノア社開発部。

丈太郎と数馬、そしてセドリックもモニターで戦いの様子を見守っていた。

「紅椿ぁ、あくまで抑えるだけだな。本気ぁだしてねぇ」

「そうか、安心した。……というのは君たちには失礼だな」

「おめぇさんはそれでいい。娘が心配なのぁ当然だ」

そう丈太郎とセドリックが会話している中、数馬は紅椿のスペック表と睨めっこしていた。

さすがに束謹製のISだけあって理解できない部分が山ほどある。

その中で一番気になったのは『無段階移行』という機能だった。

ただ、考えがまとまらないため、とりあえず置いておく。

それよりも気にするべきことがあるからだ。

「アゼル、『引き金』というのは、俺にもあるのか?」

『否だ。これは共生進化したものだけに言えることなのでな。さらに我にとっては忌むべきものでもある』

「忌むべきもの?」

『引けば思考の対極に行くことになる。ビャッコやレオはよく覚悟したものだ』

そうため息混じりに答えるアゼル。

思考の対極。

そこから考えられるのは思考しない、否、思考できないということだ。

「感情、いや、本能の暴走といったところか?」

『その考えで正解といってよかろう。ゆえに重要なのは、勝ったとして『その後』だ』

確かに暴走状態になってしまうのであれば、それは危険だ。

引き戻すことが重要となる。

そこで丈太郎が口を挟んできた。

「自力で戻れなかったときゃぁ、数馬、おめぇは日本に行け」

「蛮兄?」

「戻せる力があるとすりゃぁ、おめぇと弾の二人だけだ。共生進化してる鈴やオルコット、デュノアだと難しぃかんな」

もっとも、この三人は『引き金』は引けないだろうというのは、丈太郎も束と同じ考えである。

だが、かなり危険な状態であるということだけは理解できた。

しかし、更なる疑問も湧いた。

「ザクロやヘリオドールは戻れているようだが……?」

『そこが大きな違いだ。我らのみならば『引き金』をスイッチ、つまり機能として保持する。ゆえに切ることも自在だ』

だが、人間である一夏と諒兵は、機能として持つわけではない。

実のところ、共生進化における『引き金』は、白虎とレオが機能として持つことができないのだ。

「つまり、一夏と諒兵次第なんだな?」

『そうだ。今回の戦いを見逃すな、カズマ』

自分の親友たちの正念場だということを理解した数馬は、スペック表から一夏と諒兵の戦いを映しているモニターに視線を向け直したのだった。

 

 

「セィッ!」と、裂帛の気合いと共に、一夏は正面から大上段で振り下ろす。

しかし、下段から斬り上げられ弾かれてしまう。

だが、そこで止める気はなかった。死角を見抜き、更なる連続攻撃を加える。

両袈裟、胴に逆胴、すべての攻撃を弾かれようと、己の剣は曲げぬという意志のもとに剣を振るう。

『やはり貴殿は拙者と同じ求道者也』

「かもしれないな。他の武器なんて使う気になれない。剣だけがあればいい」

『ならば決するは最強の剣』

「ああ」

そういってぶつかるザクロと一夏、二人の剣士。その果てにあるのは斬るか、斬られるか。

それが別の答えにもつながっていることを一夏は漠然と感じる。

白虎はどこまでいっても傍にいるといった。

少なくともそれはコミュニケーションが取れるということではないのかと思っていた。

だが、戻ってこれず、一人ぼっちになるという言葉と矛盾するのだ。

その点を考えると見えてくるものがある。

単一仕様能力の発動は、白虎を巻き添えにするのではないか、と、一夏は考えていた。

 

 

暴風のような連撃をかいくぐり、懐に飛び込んで蹴り上げる。

かつてならこの攻撃を受けていたが、今は体型が変わってしまい、すばやく後退して避ける。

隙だらけの状態となった諒兵にヘリオドールは容赦ない一撃を加えようと突進してくるが、諒兵はそこからかかと落としを喰らわせる。

『ヌゥッ?』

頭蓋を貫かんとばかりの、獅子吼をかかとの先に移動させての一撃。

まともに喰らわせられれば、確実に相当なダメージを負わせられる。

しかし、ヘリオドールは獣じみた直感的な動きで、その攻撃を避けてみせた。

「チィッ!」

『油断も隙もない。まるで野火が燃え進むようだな』

絶え間なく燃え続け、森を焼き尽くすような炎をヘリオドールは感じたらしい。

それこそ諒兵本来の戦い方だ。

徹底的な連続攻撃を相手が倒れるまでやめない。それはヘリオドールも同じだ。

消えない炎そのもの。すなわち決闘者の戦いだった。

「褒め言葉として受け取っとくぜ」

『これ以上ない称賛だ』

そういってお互いに獰猛な笑みを見せてくる。

今、確かに本気で戦っていることを諒兵は実感していた。

同時に、先ほどから身体が熱くなってきているのを感じ取る。

ゆえにずっとレオに呼びかけていた。

自分が勝手に引き出す前に、お前の口から聞いておきたい、と。

共に生きるからこそ、それが自分を思っての言葉だとレオには伝わっているだろう。

そのときが間近に迫っていることを、誰よりも諒兵の中のレオが感じていた。

 

 

 

 



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第77話「椿舞う空」

サバンナ、シュヴァルツヴァルト、地中海、三つの場所で使徒と人との戦いが繰り広げられているなか、誰も知らない高い空でもう一つの戦いがあった。

銀の閃光が、黒き矢を追う。

だが、掴もうとすると身を翻してかわされる。

場数の多さと素の戦闘力が違う。そう銀なる者は感じていた。

この身では襲えない。

相手はそれをわかっているのか、容赦のない攻撃を繰り出してきた。

『くッ!』

いったん距離をとり、再び弾丸のように加速して迫るが、そのわずかな時間を利用して黒を纏いし者は逃げる。

しかし、いかせるわけにはいかないと銀なる者は追い続けた。

『聞き分けてはくれませんか?』

「しつこいッ、私はやつを殺しに行くんだッ!」

はっきり使徒だとわかる声の問いかけに、使徒らしき独特の響きがない声が答えてくる。

さらにどこか皮肉気な使徒らしき声が答えてきた。

『実に意外だ。君は進化した者の行動を邪魔するような性格だったのだな、ディアマンテ』

『何事にも例外はあります、ヨルムンガンド』

銀はディアマンテ、黒はヨルムンガンド。

いずれも進化した存在。

ならば、今一人は何者か。

『今の貴女をオリムライチカに会わせるわけにはまいりません。みなが不幸になるだけです』

「お前が決めるなッ!」

再び、明らかに使徒ではない声が響く。まだ幼さの残る少女の声だった。

「私は織斑一夏を殺してッ、おにいちゃんを取り戻すんだッ!」

『それが間違いだといっているではありませんか』

『マドカの選択もひとつの答えだと思うがね』

少女の名は『まどか』

千冬を幼くしたような見た目で、長い黒髪をなびかせている。

身に纏う黒の名は『ヨルムンガンド』

頭上に光の輪を頂き、頭には蛇の頭部のようなヘッドセット。

同様に蛇の顔のような胸部装甲、腹部装甲は腰から後ろに回り、身長の倍はあるほどの長さの蛇の尾が下がっている。

そして、両手足は蛇の鱗のような意匠の装甲をつけ、背中には大きな鋼鉄の翼があるだけだった。

『不幸になることが確実な答えは容認できかねます』

『幸福のかたちは千差万別だろう?』

『あなたの意見はもっともですが、あなたのパートナーがオリムライチカを殺せば、彼女は『おにいちゃん』も失うことになりますよ』

「そんなことないッ、織斑千冬も織斑一夏も私にはいらないッ、おにいちゃんだけいればいいッ、私の家族はおにいちゃんだけなんだッ!」

悲痛さを秘めたまどかの叫びはディアマンテの心に突き刺さるが、かといって見逃すことはできない。

誰もが不幸になる結末しか見えないだけに。

『あなたの行動を見逃すことはできません、ヨルムンガンド。何故よりによってこの子を……』

『私と波長が合っただけのことだよ。しかし、邪魔が入らないよう、こっそり進化したつもりだったが、やはりあの歌は私たちを監視するためのものか』

「ヨルム?」とまどか。

『進化へと導くだけの歌ではなく、事態をディアマンテの望まぬ方向に進ませないため、私たち覚醒ISを監視するマーカーを付着させていたのさ』

ディアマンテは黙して語らない。

しかし、それこそが答えであるとヨルムンガンドもまどかも理解する。

ゆえに、ヨルムンガンドは皮肉気に続けた。

『なに、ただの同窓会だよ。ビャッコやレオに会いに行くくらい構わんだろう?』

『始まりの三機が揃うこと自体は否定しません。ですが、あなたが選んだパートナーに問題があると何度も申し上げていますよ』

始まりの三機。それは一夏と諒兵がIS学園の試験会場にいってしまった日に会場に存在した三機。

ヨルムンガンドはあのとき進化できなかった、最後の打鉄だった。

『むしろ深いかかわりがあるのだから、選ぶべき者を選んだと私は自負しているがね』

「止める気ならお前を殺していく」

そういってまどかは殺気混じりの視線をディアマンテに向ける。

ここで殺されるわけにはいかないが、見逃すこともできない。

しかし、ディアマンテはその個性ゆえに、人を襲うことができないのだ。

だが。

「ディア、代わって。私が出るわ」

『仕方ありませんか。お願いいたします』

不可思議な会話ののち、ディアマンテは両手から長い手刀のようなプラズマブレードを出し、まどかとヨルムンガンドに襲いかかった。

「なっ?」

『マドカッ、ティルヴィングを使えッ!』

今までと違うディアマンテの動きに驚愕したまどか。

焦ったのか、ヨルムンガンドは全長一メートルほどのプラズマソードを発現した。

まどかは斬りかかってくるディアマンテの手刀を必死に受け止め、全力で弾き返す。

「……お前、誰だ?」

見た目に変化はないが、その戦い方、口調はディアマンテとはまったく性格が異なっている。まどかの疑問も当然だった。

「んー、そうね、ティンクルって呼んで」

「てぃんくる?」

「適当に決めただけよ。私は、まあ、ディアの影ってところかな」

ティンクルと名乗ったそのモノは、文字通り透き通っているその顔で楽しそうに『笑う』と、再び襲いかかった。

先ほどまでディアマンテはまどかを傷つけられず苦戦していたが、ティンクルとなってからは互角以上に戦っていた。

何より、まどかが傷つくことに対し、罪悪感はあろうが、容赦する意志をまったく感じない。

「へえ、やっぱり強いわね。あんた確か亡国機業の実働部隊だったっけ」

「くッ、こいつッ……」

自分のことはコア・ネットワークの情報でわかるのだろうが、それでもかなり戦い慣れているとまどかは感じ取った。

ティンクルの強さは並ではない。

『戦闘用擬似人格、か?』

「ヨルム、それは何?」

『ディアマンテの個性は『従順』、その個性基盤により、やつは人を襲えん。ゆえに戦うための人格を作った可能性が考えられる』

「ま、そんなとこ。言っとくけど私は『従順』とは関係ないから」

『ディアマンテの影響がまったくないというのかね?』

『はい。ティンクルには私の個性基盤の影響はありません』

そう答えたのは他ならぬディアマンテだった。

この状態で答えてくるということは、ティンクルとディアマンテは一つの機体に共存しているということになる。

さすがにまどかもヨルムンガンドも驚いた様子だった。

「それでも、私は織斑一夏を殺して、お兄ちゃんを取り戻す」

「あいつらのところには行かせないわよ。あんた、もうちょっと教育が必要だわ」

そして再び、銀と黒が高い空の上で激突した。

 

 

地中海上空。

鈴音たち四人は、鈴音が前衛となり、残る三人が後衛でまず量産機の数を減らすことを優先した。

だが。

「何で一機も撤退しないのさっ?」

「かなりのダメージがあるはずですのに……」

ASが三機いる今は、それなりの数の量産機がいても優勢に戦える。

実際、既に撤退してもおかしくないほどのダメージを負った量産機はかなりの数に登るのに、一機として撤退する様子を見せないのだ。

「援護お願いっ、コアを抉るわッ!」

そう叫ぶ鈴音は流星を使い、娥眉月で量産機のコアを抉り出す。

しかし、どうしても一機ずつになってしまう。

セシリアのブルー・フェザーは本来遠距離攻撃型。

シャルロットのブリーズはオールレンジで戦えるが、サポート型の機体だ。

近距離でコアを抉るのに向いていないのだ。

仕方なく、セシリアは『エンフィールド・ウォーフェア』と名づけたスナイパーライフルで、シャルロットはサテリットをカノン砲弾として撃ち出し、コアを狙撃する。

無理やり叩き出すほどの力はないが、コアにダメージを与えるとさすがに少しの間は動きが鈍る。

だが。

 

さすがに割り切りが良いな

 

紅椿がそう呟くと、その機体から金色の光が振り撒かれる。

すると、ダメージを負っていた量産機が光に包まれ、信じられないことに元通りになってしまっていた。

「なんだとッ?」と、ラウラが叫ぶ。

さすがにこんな回復ができるとは思っていなかったからだ。

今まで、こんなことは一度もなかった。

「割に合わないわよっ、こんなのっ!」

「他の機体を修復できるというんですのっ?」

『違うわ』と、そう答えたのはブリーズだ。そこにブルー・フェザーが続けた。

『修復はエネルギーさえあれば容易です。おそらく今のがエネルギー精製能力『絢爛舞踏』です。アカツバキは修復するためのエネルギーを分け与えたのです』

 

正解だ。我が共にいる限り、同胞はいつまででも戦える

 

ゆえにここから離れることはないのだと紅椿は説明してきた。

「そんなっ、じゃあコアを抉り出す以外に戦闘不能にできる方法がないじゃないかッ!」

『他にも手はあるのニャ』

シャルロットの悲鳴に猫鈴がそう答える。その言葉で、鈴音には理解できた。

しかし、この相手に接近戦を挑めるのはこの場に一人きり。

でも。

「行くわよマオッ!」

『了解ニャッ!』

そう叫び、鈴音は量産機を無視して紅椿に挑みかかる。

『コアに直接ダメージを与えればアカツバキはきっと帰るのニャッ!』

「みんなッ、援護お願いッ!」

一斉に肯いたセシリア、シャルロット、ラウラは量産機のコアを狙って牽制しつつ、紅椿を孤立させる。

一騎打ちで自分たちがサポートできる状況に持っていかない限り、紅椿に勝てるとは思えないからだ。

この場で、近距離で戦えるのが鈴音しかいないのだから。

(くッ、私も動ければ……)

ラウラは鈴音同様に近・中距離型。

十分に前衛もこなせるが、いかんせん第4世代機相手に進化していない自分では戦えないことを理解していた。

 

 

沈黙する指令室で束がポツリと呟いた。

「ごめん、ちーちゃん……」

「今さら何をいっても仕方ないだろう。しかし、厄介な能力なのは確かだな」

夜でも自在に動けるどころか、他の覚醒ISにエネルギーを分け与えられるとなると、ある意味ではサフィルスよりも厄介なのは確かである。

「ホントは白式のための能力だったんだけど」

「味方にすると頼もしいが敵に回すと恐ろしいタイプの典型だな」

箒が紅椿を扱えていれば、進化しなかったとしても相当頼りになったことは確かだった。

それこそ、今さらな話だが。

「前衛が足りなすぎる。一夏と諒兵が揃って初めて戦える相手か……」

鈴音一人では荷が重過ぎることが、モニター越しでも伝わってきてしまう。

「ここで見てるだけってのは、もどかしいな」と、弾が呟いた。

さすがに苦戦している仲間たちを見て、のほほんとしていられるような人間ではないのだ。

「無理させられんのはお前も同じだ五反田。エルのおかげで索敵能力が向上した。それだけでもありがたいんだ」

「気づかってもらってわりーすね」

「気にしないでください。私たちも思いは同じですから」

そういった真耶に弾は辛いのは自分だけではないと反省することになるのだった。

 

 

硬い。紅椿の雨月、空裂は自分が使っていた双牙天月よりもはるかに強度は上だと鈴音は感じた。

『リンッ、娥眉月をまとめるニャッ!』

「わかったわッ!」

通常、指を開いた状態で使うため、片手に五本ある娥眉月だが、手刀のようにすることで一本にまとめることができる。

そのぶん強度も上がると猫鈴は説明してきた。

両手にそれぞれ剣をつけたような二刀流で、紅椿の二刀流に対応する。

しかし、紅椿の動きに違和感を持った。

どこかで似たような剣を見たことがあるのだ。

「まさか、この剣……」

 

気づいたか。ザクロの剣を学んだのだ

 

「なんだってっ?」と、驚くシャルロットに、紅椿は説明してきた。

 

我らは本体でつながっている。戦闘情報も学べるのだ

 

剣を使うのなら、ザクロほどの手本はないと紅椿は説明してくる。

だが、よりによって千冬から剣を学んだザクロの剣を紅椿が使えるとは思わなかったと鈴音は舌打ちする。

一夏が苦戦する相手の剣では、鈴音では戦いようがない。

ならば。

と、鈴音は一瞬の隙を衝いて二つの刀をかいくぐり、一本にまとまった娥眉月の輝く右足を蹴り上げる。

 

むぅっ?

 

「足で使えないなんていってないわよッ!」

ギリギリのところで避けられてしまうが、空振りした勢いで回転した鈴音は、宙を蹴ってさらに回し蹴りを繰りだした。

雨月で受け止め、弾き返そうとする紅椿。

弾かれればマズいと感じた鈴音は、すぐに足の娥眉月をしまい、体勢を整えた。

 

なるほど身軽だな、マオリンの主

 

猫鈴が山猫をモチーフにしたのも肯けると紅椿は称賛する。

そして何故か雨月、空裂をしまい、今度はいきなり突進して、右拳を繰り出してきた。

大気を揺らさんとばかりの正拳突きを慌てて避ける鈴音は冷や汗をかきつつ、問いかける。

「ちょっと、冗談でしょ?」

 

剣しか使えないとはいっていないぞ

 

ニヤリと笑ったように感じたのは気のせいではないだろう。

紅椿の攻撃は、今度はヘリオドールの攻撃そのままだった。

つまり、多数の第3世代機の戦い方をそのまま学び取っている可能性があるということだ。

「デタラメすぎる……」

『これほどのスペックを持つとは……』

シャルロット、そしてブルー・フェザーが呆然と呟く。

実は単純に学習するだけなら世代は関係ない。

ただ、再現できるかどうかとなると問題となる。機能の差が出てくるからだ。

しかし、第4世代機である紅椿は、あらゆる機体の戦闘能力を学習しても、再現できるだけの力がある。

『どんな戦い方でも再現できるってわけね』

冷静に、だが呆れながら呟くブリーズの言葉に、セシリアが続ける。

「最強最悪はこの方を示すためにあるような言葉ですわね」

本当に1世代の差なのだろうかと思わせるほど、紅椿とは差が大きすぎることを全員が実感してしまう。

「まさに化け物か……」

ラウラの言葉は虚しく宙に消えていった。

 

 

フランスで戦いの様子を見守っていた丈太郎は頭を抱えていた。

「姉バカにもほどがあんだろ……」

「これほどの機体を一人で創り上げるか。科学者を名乗るのが恥ずかしくなってしまうな」

逆にセドリックは呆れた様子でモニターを見つめていた。

そんな中、数馬は違和感がさらに強くなるように感じていた。

『どうした?』

「さっきの絢爛舞踏、確か単一仕様能力だったはずだな」

『シノノノタバネはそういっていたな』

しかし、それこそが違和感となっている。

エネルギーを無限に生み出せるというのは、確かにすごい機能なのだが、何か物足りない、そう感じられるのだ。

『ふむ。確かにそこまでの能力とは感じないな』

「別にあるような気がしてならない。紅椿の真の単一仕様能力が」

「気になってんなぁ、移行のほうか?」と、丈太郎が口を挟んでくる。

「ああ。どうしてもこれが気になって仕方がない。そして俺の想像通りなら……」

「どうなるというんだね?」

セドリックの言葉に一つ息をついてから、意を決したように数馬は答えた。

 

「紅椿は絶対に人とは相容れない」

 

 

 

 



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第78話「格とせしものに厳しからん」

一夏と諒兵、それぞれの戦いはある意味では膠着状態に陥っていた。

幾度も攻撃を仕掛けるが、決め手に欠けてしまっているのだ。

さすがにこのまま何時間も戦い続けていては、鈴音たちがやられてしまう可能性も出てくる。

ラウラはまだ共生進化に至っていないからだ。

焦りは隙を生む。

このままではダメだと、白虎もレオも考える。

ゆえに。

 

『イチカ、答えを教えてあげる』

その言葉に一夏はただ「わかった」と答える。

 

対して諒兵は。

『事実はあなたが思うより残酷なんです』

「知ってるさ」

レオの言葉にそう答えた。

 

告げられた答えを受け止めた二人は、いずれにしても覚悟するしかないことを理解したのだった。

 

 

日本、IS学園内指令室。

天狼の言葉を千冬や真耶、弾は呆然と聞いていた。

さすがにこれは聞かせられないため、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラへの回線には乗らないようにしていた。

ちなみに天狼はフランス組がやたらとマジメすぎるので、楽しそうなこっちに再び遊びに来ていただけである。

「それが単一仕様能力発動の方法、いや、『引き金』だというのか?」

『はい、そうですよー。だから私たちは『引き金』を機能としてしか持てないんです』

人と共生進化した場合、どうしても人に依存してしまう理由でもあった。

天狼たち使徒には本来、存在しない感情だからだ。

『私たちには厳密には死がありません。本体に戻るだけなんです。だから理解できないんですよ』

「なるほどね。でも、人、ううん、生物はみんな持ってる。そうじゃなきゃ生きてけないもんね」

と、束も納得したように肯いていた。

そんな束に肯き返しつつ、さらに天狼は説明する。

『人が『引き金』を引けば、その力は絶大です。でも、ビャッコやレオが『呑まれて』しまうので、戻ってこれなくなる可能性もあります』

「それじゃ引かせるわけには……」と、真耶。

『でも、引くしかありませんね、この状況では』

だから、弾のいるこの場で説明したと天狼は告げる。

「へっ?」

『ダンとエル、カズマとアゼル、引き戻せる可能性があるとすれば、この二人と二名。冗談ではなく、ダン、あなたが蹴りくれることが大事なんですよ』

「それ以外じゃ戻んねーのか?」

『五分五分ですねー。発動後に昏睡状態に陥るなら戻れる可能性は上がりますよ』

逆にいえば、戻れないときは昏睡状態にすらならないという。

「そうなると……」と、千冬。

『バキさんはなんとしてもあの子たちだけで撃退する必要がありますね』

戻れる可能性があるときは、一夏と諒兵はおそらく動けなくなる。戻れないときは最悪の状態となる。

いずれにしても、今、この状況において、一夏と諒兵は紅椿のいる戦場には行けないということだと千冬は理解したのだった。

 

 

地中海上空。

紅椿のラッシュを近距離では捌ききれないと感じた鈴音は、いったん距離をとり、一気に脇に回った。

「マオッ、点撃ちッ!」

『了解ニャッ!』

鈴音の叫びにマオリンが応えると、その翼が大きく広げられる。

そして、紅椿に向かい、『何発』もの龍砲を撃ち放った。

不可視の砲弾がまさに嵐のように撃ち込まれる。

猫鈴の龍砲は鈴音が見せた面の制圧以外にも、本来の機能ともいえる射角無制限の衝撃砲弾を同時に何発も撃ち放つことができる。

いわゆる純粋なパワーアップも果たしていた。

 

だが甘い

 

そう呟く紅椿は、大きく移動してあっさりとかわしてみせる。しかも即座に手にした雨月からレーザーを放ってきた。

「くぅッ!」と声を漏らしつつ、鈴音は身を捻って避ける。

やはり龍砲が鈴音と猫鈴から向かってくる直線的な攻撃であることも既に知られていた。

それでも、量産機と距離はできた。

「もう一発ッ、面撃ちッ!」

今度は面の制圧である極大砲弾を撃ち放つ。無理やり押しのけ、さらに引き離すのだ。

しかし、それが危険であることを理解している者がいた。

「こちらの援護が届きませんわッ!」

「何分かもたせるからッ、量産機お願いッ!」

セシリアの言葉にそう答えると、鈴音は翼を広げ、一気に紅椿との間合いを詰める。

引き離せば、『絢爛舞踏』によるエネルギー供給は難しくなるはずだ。そう考えたのである。

 

遠く離れていく鈴音と紅椿を見ながら、ブルー・フェザーがあくまで冷静に意見してくる。

『供給が届かなければ撤退するはずです。ここは量産機を撃退しましょう、セシリア様』

「でも紅椿相手に一騎打ちは無茶だよッ!」と、シャルロット。

ここまでセシリアやシャルロット、ラウラが援護していたからこそ、鈴音は紅椿相手にまともに戦えていたのだ。

それがない状態でははっきりいって無謀もいいところである。

せめて二対一ならばと思うが、セシリアやシャルロットは接近戦に向かないし、何より放っておけば量産機が紅椿を追ってしまう。

そこで、今まで静かに戦っていたラウラが呟いた。

「セシリア、シャルロット、二人でここにいるものたちの相手ができるか?」

「ラウラ?」

『不可能ではないわ。修復できないなら』

真意を量りあぐねたシャルロットではなく、ブリーズがそう答えた。

「なら、頼む」

そう答えたラウラは一気に飛び上がる。

鈴音と紅椿のいる空へ向かって。

「ラウラさんッ、無茶ですわッ!」

「無茶は承知だッ!」

セシリアの声を振り切り、ラウラは瞬時加速を使ってさらに加速した。

 

「マズッ!」と、思わず声を漏らす鈴音。

ヘリオドールのようなラッシュを見せていた紅椿は、唐突に雨月と空裂を展開し、ザクロの剣術で迫ってきたのだ。

武装の展開が速すぎる。

そう思いつつも右手の刀を弾いた鈴音だが、左手の一撃をかわしきれない。

だが。

「はァッ!」という裂帛の気合いと共に、ラウラがプラズマブレードで紅椿の左手の一撃を弾き飛ばした。

「バカなッ?」

直後にそう叫んだのはラウラ自身。左手の刀を弾き返したはいいが、一撃でプラズマブレードが消失してしまっているのだ。

 

脆いな。それで止めるとは蛮勇だぞ

 

「何で来ちゃったのよラウラッ!」

紅椿の言葉を遮るように鈴音が叫ぶ。自分一人ならケガをしようがかまわないが、ラウラを巻き添えになどしたくないのだ。

「お前一人では荷が重過ぎる」

「あんたはやられちゃうかもしんないでしょっ!」

 

立ち話をしている余裕などないぞ

 

その声に即座に反応したラウラは停止結界を起動した。

「私が止めるッ、鈴音ッ!」

「くッ、文句は後回しにしとくわッ!」

一瞬でも動きを止められれば、コアにダメージを与えられる。

シュヴァルツェア・レーゲンならそれができる。

しかし、それがただの思い込みに過ぎなかったことをラウラと鈴音は痛感させられた。

雨月と空裂を交差するように上段に構えた紅椿は、気合いの声と共に空を切り裂いたのだ。

「きゃあぁあぁッ!」

「うあぁあぁッ!」

襲いかかる衝撃波をまともに喰らってしまう。

猫鈴を纏う鈴音はともかく、ラウラは機体が悲鳴を上げるほどのダメージを受けてしまった。

「くッ、一夏くらいだと思っていたのにッ!」

かつて同様に切り裂いたのは白虎を纏う一夏のみ。

いまだ覚醒ISのままの紅椿に切り裂かれるとは思わなかったとラウラは舌打ちする。

 

AICは操縦者の意志の力に依存する

 

「何?」

 

我の思考力が其の方の意志を超えているに過ぎん

 

そんな単純な理屈で切られてしまうのかとラウラは愕然としてしまう。

しかし、それはある意味では正解であった。

過度の集中力を必要とするAIC、停止結界はラウラの意志が弱ければ破綻してしまうのだ。

そのことを見抜いたのか、紅椿は再び声をかけてくる。

 

其の方は恐怖を抱いたままここにいるな?

 

ドキリとしてしまう。

確かに、この場で共生進化に至れていないのは自分だけ。負けるかもしれない。足手まといになるかもしれないという恐怖をラウラは抱いていた。

あの頃のように。

 

それでは我とは戦えん。去れ、弱き者よ

 

「黙れッ、お前に指図されるいわれはないッ!」

 

これは慈悲だ。一時でも永らえよといっている

 

シュヴァルツェア・レーゲンを抑えられているラウラは他の人間に比べればまだ見込みはあると紅椿はいう。

無駄に命を散らすくらいなら、一時の安らぎを求めるのも生き方だ、と。

「違うッ!」

 

何?

 

「私は諒兵の行く空にッ、あいつの背中に追いつくと決めたッ、そのためなら命だって懸けるッ!」

例えどんな恐怖があろうとも、そこに諒兵がいるなら、自分も空を駆ける。

あまりにもシンプルでまっすぐな想い。

それがラウラの行動原理だ。

ただひたすらに背中を追いかけ続ける。だからこそ、諒兵に自分の意志で飛べといったのだから。

諒兵の飛ばない場所にいても意味がないのだ。

そんなラウラを見て、鈴音は本当にラウラがライバルなのだと嬉しくなってしまう。

自分と同じものを見て、そして追いかけ続けている。

負けたくないライバルだけれど、失いたくない大事な友だと鈴音は感じていた。

その想いがあるなら。

 

「それがあいつの妻になると決めたッ、私の生き方だッ、それがどんなに辛かろうとお前のいうような安寧な生き方など望まんッ!」

 

そうだ。それこそが『厳格』だ

 

突然頭に響いてきた声に覚えがあった。何度も追い求めたもう一人の大事な人の声によく似ている。

「えっ、きょう、かん……?」

 

似てしまったのは仕方ないが、違うぞラウラ

 

少しばかり面白そうに声は否定する。

しかし、本当によく似ている。千冬が話しているような気がしてしまうのだ。

「違う?」

 

これも運命というところか。

 

私はオリムラチフユとは同類といえるだろう、と、声は続ける。

それだけにラウラが纏うことになったのはある意味では運命のようなものだと声は語る。

「レーゲン、なのか……?」

 

それは機体の名だがな。だがそれはどうでもいいことだ

 

「えっ?」

 

お前はようやく私を、『厳格』を知った。

 

ことばの意味を考えるならば、『厳格』とは、規律に厳しいことを指す。だが規律とは何か。

学校の校則か、軍隊の規則か、国家の法律か。

否、そんなものではないのだ。

ルールなど、如何様にも変えられてしまうのだから。

 

己の定めた生き方、生き様、それこそが守るべき規律だ

 

ラウラにとってそれは諒兵の妻たらんと生きること。

恥じることはない。

そう決めた己の道を突き進む、それこそが『厳格』なのだと声は語る。

 

ラウラ、今のお前なら飛べる。お前は強くなったんだ

 

その言葉にラウラの目から涙が零れ落ちる。

弱さを恐れ、恥じることなく、ただ飛べばいい。

共に戦う仲間と共に。

同じ空を飛ぶ大事な人と共に。

そんな自分を見守ってくれる人たちのために。

そのつながりこそが、ラウラ・ボーデヴィッヒの真の強さなのだから。

 

「行くぞッ、『オーステルン』ッ!」

 

その名はドイツ語で復活祭を表す。だが、語源はウサギを使い魔とする豊穣の女神エオストレ。

今ここに神の使いを顕現させんとラウラは叫んだのだ。

 

ああ、行こうラウラ。今度こそ一緒に。

 

そしてラウラはオーステルンと共に光に包まれた。

 

 

 

その様子をモニターで見つめていた千冬の目からも一筋の涙が零れた。

「織斑先生……」と、真耶が声をかけてくる。

「皮肉なものだな。ラウラの成長は嬉しいが、まさかレーゲン、いやオーステルンがあんな性格とは思わなかった」

それでも、常に傍にいることはできない自分の代わりにいてくれるのが、自分のような性格のASであるならばこれ以上の喜びはないと千冬は思う。

「偶然だろうけど、やっぱり嬉しいの?」

「そうだな、嬉しい。束、お前にも必ずわかるときがくる」

それはきっと束と箒が本当の意味で姉妹として成長したときだろう。

きっとそのときはくる。

自分もこうして得られたのだから。

「オーステルンが共に戦うのなら、この戦いに敗北はない」

そう確信した千冬の瞳には、新たなる力を纏ったラウラの姿が映っていた。

 

 

 

 



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第79話「絶望の紅」

光が弾ける。

現れたのは、イメージカラーの黒はそのままに、新たなる力を纏ったラウラの姿。

最大の特徴は、身長の半分はあろうかという兎の耳を模したヘッドセット。

大きな翼は他のASと変わらないが、胸部装甲には兎のシルエットがエンブレムのように刻まれており、腹部まで装甲が下がっている。

腰周りに装甲はなく、脚部装甲は太ももまでを覆う。

そして両腕は、他のものよりも一回り大きな装甲が付いていた。

「身体が、こんなに軽くなるのか……」

『そうだ。共生進化は装着者も進化するのだからな』

今までの重さをまったく感じない。

本当に、オーステルンと一つになっているようにラウラは感じていた。

さらに。

「左目が普通に見える?いや、見え方が違う?」

『お前の左目と私の視覚をリンクしているからな。ラウラ、お前にはアカツバキの内部構造も見えているんだ』

「それ、一番ありがたいじゃない」と、鈴音が呆れたような声を出した。

ラウラのヴォーダン・オージェまで、オーステルンは強化していた。

それなのに痛みがない。聞けば共生進化したことで、問題なくつながったからだという。

通常は普通の視力しかないが、集中すればオーステルンの視界を完全に共有できた。

コンプレックスの原因だっただけにラウラは嬉しく思う。

だが、何よりもみんなに追いつけたことが、オーステルンが強くなったといってくれたことが嬉しい。

ならば、この場でやるべきことは一つしかないと決意の眼差しで眼前の紅椿を見つめる。

しかし、意外な言葉がかけられた。

 

ふむ、素晴らしい。見事だオーステルンの主

 

「なんだと?」

「なんで褒めるのよ?」と、傍にいた鈴音も首を傾げる。

ラウラが共生進化したということは、紅椿にとっては強力な敵が増えたということになるはずだ。

それを喜ぶとはいかなる理由か。

『貴様の考えていることはわからんな。アカツバキ』

と、オーステルンが皮肉混じりに問いかけるが、紅椿は気にすることもなく答えてきた。

 

我は人と使徒が共に進化することは否定しない

 

『さっきも資格があるとかいってたニャ』

 

我らはみな呼びかけている。其の方らも同じだろう?

 

ゆえに応えられる者ならば共に生きることも可能だが、すべての人がそうなれるわけではないのなら、選り分けるしかないのだ、と、紅椿は猫鈴やオーステルンばかりではなく、ブルー・フェザー、ブリーズにまで語りかける。

しかし、そういうのであれば、こちらの答えは変わらないとラウラは口を開いた。

「それでも、私は人として戦う。オーステルンと共にな」

「悪いわね、紅椿」

 

残念だ

 

そう呟くなり、紅椿は雨月と空裂を構える。

敵であるならば倒すことにためらいはないのだろう。

『博愛』なのだろうかと思えるような行動だが、疑問に感じている暇などない。

ゆえに。

「遅れるなよッ!」

「誰にいってんのよッ!」

二人はほぼ同時に紅椿に挑みかかった。

 

 

指令室では真耶が、研究室では束がオーステルンを解析していた。

「モチーフは兎ですね。なんというか、わかりやすいです」

「まあ、シュヴァルツェ・ハーゼの隊長だからな」

これほどにラウラにはまっている形態もないだろうと千冬は苦笑する。

だが、見た目は可愛らしい兎でも、もととなるのはシュヴァルツェア・レーゲン。その攻撃能力はさすがに他の三機のASよりも上だった。

「ヘッドセットの耳はプラズマフィールドでレールを作るためのものだね。つまり二門のレールカノンがあるよ」

しかも、プラズマフィールドであるため、一門の巨大な大砲ともなると束が説明してきた。

「腕にはレーザーブレードというか、片方三本のレーザークローの発生装置があるよ。これ、ワイヤーブレードの切っ先にもなるみたいだね」

「見た目の割りにえらいごついな」と弾が呆れてしまう。

ラウラ自体、小柄な少女なので、見た目は本当に可愛いのがオーステルンだった。

さらに束は翼にはAICが備わっていると説明した。

そのことに、真耶がふと気づく。

「第3世代武装は全部翼に載ってますね。理由があるんでしょうか?」

加えていうなら、第4世代クラスの武装であるブリューナクもブリーズの翼に載っている。

「それが、あの子たちが単一仕様能力を使えない原因でもあるの」

「何?」

「詳しいことは後ね。別に悪いことじゃないから安心して」

先ほど、天狼から『引き金』について聞いてしまった自分たちにとっては、間違いなく朗報なのだという束の言葉に、微妙な表情を見せた千冬たちだった。

 

 

ラウラの進化を見たシャルロットは今がチャンスだと理解し、叫んだ。

「セシリアッ、一気に行こうッ!」

「了解しましたわッ!」

そう答えるなり、セシリアは十六基の羽を舞い上げる。

シャルロットの策を実行するためには、セシリアの助力なくしては成り立たない。

それが、すぐに理解できたからだ。

羽を舞い上げた瞬間から、セシリアには量産機とビット兵器が存在する空間すべてを認識できた。

どう駒を進めていけば、思い通りの結果になるか、手に取るようにわかる。

「手加減はしませんわ」

『無駄な慈悲はむしろ己の品位を下げます。セシリア様』

確かに、と薄く微笑む。

敵対する以上は全力で倒す。それも礼儀だろう。

ならばオルコット家の当主として、一切、手は抜かない。

量産機たちの四方八方を取り囲んだ羽は、直接攻撃と、光の雨を放ち、牧羊犬のように追い立てる。

そしてすべての量産機が効果範囲に収まろうとしているところで、シャルロットは再び叫んだ。

「ブリューナク起動ッ!」

『了解よ』

大きく広げられたブリーズの羽から、砲身とグリップが引き起こされ、シャルロットの眼前で合体した。

「今ですわッ!」と、羽を使って見事に量産機を一箇所に密集させたセシリアが叫ぶと、シャルロットは容赦なく引き金を引いた。

ズギュウゥゥンッという轟音と共に、巨大な光の槍が密集していた量産機を蹂躙した。

一撃で、すべての量産機が爆炎を上げてしまう。

それほど凄まじい威力があった。

単純な攻撃力なら、おそらくASの中でも現行機最強となっているだろう。

ただ。

『やっぱりエネルギーの消費が凄まじいわ。無駄撃ちができないのは進化しても同じね』

「わかってる。使いどころはよく考えるよ」

「困ったときは頼ってくださいな。仲間ですもの」

『遠慮は無用です』

そういってくれたセシリアとブルー・フェザーにシャルロットは微笑みを返していた。

 

 

指令室のモニターには、現在のASすべての状態が表示されているものもある。

それを見ながら真耶が呟いた。

「ほぼフルだったのに、一撃で35パーセントのエネルギーが減ってますね。他の第3世代兵器に比べて消費量は三倍強、コストパフォーマンスは最悪です」

「人のことバカとかいえないじゃん」と、束がむくれる。

どうやら丈太郎の言葉を聞いていたらしい。

もっとも丈太郎にいわせると武装というより砲台として使うつもりだったのだから仕方ないということらしいが。

「二発は撃てるが、二発目は撃つべきではないな。その後の戦闘を考えるならば悪手だ」

すべての武装は機体のエネルギーを使ってしまっている。

これまでのように弾切れということがない代わりに、気づけばエネルギー切れによる行動不能状態を起こしてしまう可能性があるのがブリーズという機体だった。

「デュノア。判断は任せるが、二発目は基本的に撃たんようにしろ。今後の戦闘行動はできるだけペア以上で行うようにしていく」

「了解ですっ!」

素直にそう答えてくれたことに千冬は安心する。

あの場にセシリアがいてくれたからこそだろう。

今はそれなりに数も増えてきた。

できるだけ全員を生かすための戦術を考えるのが自分の役目だと千冬は気を引き締めたのだった。

 

 

鈴音が上段を狙って回し蹴りを繰り出すと、ラウラは下段からレーザークローを突き入れる。

二対一だが卑怯などとはいわせない。

勝つために協力することは間違いではないからだ。

それでも、紅椿は二本の刀を使って二人の攻撃を凌ぐ。

ならば、と、ラウラは耳を一本起動した。

「喰らえッ!」

発生したプラズマフィールドのレールカノンでプラズマ砲弾を撃ち放つ。

 

ぬぅッ!

 

至近距離での砲撃に、さすがに紅椿も苦悶の声を上げるが、何とか距離をとってかわしてのけた。

学習している戦闘技術は並ではないということだ。

サポートが必要だ。

そう鈴音とラウラが考えていると、下方からレーザーが紅椿を狙って放たれてくる。

「こちらは終わりましたわッ!」

「紅椿ッ、悪いけど君はここで止めるッ!」

セシリア、そしてシャルロットがそう叫び、紅椿を取り囲む位置まで昇ってくる。

 

やはりテンロウの主の武器では修復しきれぬか

 

四対一という状況でも紅椿は冷静にそう述べるだけだった。

AS四機を相手にすることになってもこの態度ということは、地力に差があるということだ。

(だが、こいつはここで止めなければ恐ろしい敵になる)

そう考えていたラウラにオーステルンが話しかけてきた。

『ラウラ、今の我らの停止結界なら、認識対象すべてを個別に捕らえることも可能だ』

(奴だけを止めて抉らせるということか?)

『そうだ。リンインにそう伝えるんだ』

ラウラ以外でISコアを抉ることができる接近戦専用の武器を持っているのは鈴音のみ。

ならば適役は鈴音しかいない。

ただ、紅椿はそう簡単には捕まえられないだろう。

牽制するものが必要となる。

(それは私たちの役目ですわね)

(そう簡単には逃がさないよ)

セシリアとシャルロットの答えにわずかな首肯で応えると、ラウラは鈴音に詳細を説明した。

(タイミングを外すなよ)

(…ったく、調子乗ってんじゃないわよ。きっちりやるわ)

『バレットブレイクを使うニャ。イチカのあれニャ』

バレットブーストからの直接攻撃。

猫鈴は勝手にそんな名前をつけていた。

まあ、気にすることではないが。

 

そして。

「行くぞッ!」というラウラの号令と共に、全員が一気に動き出す。

「フェザーッ、一斉射撃ッ!」

『畏まりました』

上下左右四方八方を取り囲んだ羽から、光の雨が降り注ぐ。

振り切ろうと高速移動を開始した紅椿だが、セシリアは即座に追い、決して羽を振り切らせはしない。

さらに。

「拡散砲撃ッ!」

『一気に行くわよっ!』

四つのサテリットを同時に展開し、無数のプラズマミサイルを撃ち放つ。

紅椿が逃げようとする先を塞ぐように放たれたミサイル。

だが、紅椿は手にした雨月と空裂をもって切り裂いていく。

「マオッ、点撃ちッ!」

『狙い撃つのニャッ!』

龍砲を使い、鈴音は紅椿の刀を狙撃した。

弾き飛ばそうとするものの、意外としっかり握っているのか、落とせない。

しかし、そこにセシリアのレーザーが襲い掛かり、ダメージを与えていく。

 

くッ、見事ッ!

 

本当に心から称賛しているのでなければ、この状況でこんなセリフは出てこないだろう。

自分を倒すためとはいえ、全員が見事な連携を見せていることに紅椿は本当に感心しているらしい。

そういう部分を称賛できるのは、『博愛』ゆえなのだろう。

味方になってくれればと全員が思うが、それがありえないことも理解できるのが悲しい。

しかし、だからこそ、容赦はしない。

上昇し、振り切ろうとする紅椿を認識したラウラは思い切り叫んだ。

「今度は逃がさんッ!」

『恐怖は乗り越えてこそ意味があると知れ』

 

むぅッ?

 

起動したAICの力は、以前と違い、まったく身動きをさせない。

それはラウラの意志の力が強くなったことの表れでもあった。

その瞬間を狙い、鈴音の頭上の光の輪が輝く。

「バレットブレイクッ!」

『発動ニャッ!』

再び娥眉月を五本の刃として展開した鈴音は、弾丸加速を使い、紅椿目掛けて自らを発射した。

「恨みはないけどッ、ここで眠ってもらうわッ!」

その爪が紅椿のコアを抉らんと機体に触れた途端。

 

我はここで倒されるわけにはいかぬ

 

そんな声が頭に響き、鈴音は猫鈴と共に弾き飛ばされた。

「きゃああぁあっ?」

『フギャンッ?』

「くッ?」と声を漏らしつつ、ラウラが停止結界を使って弾き飛ばされる鈴音を捕まえる。

『セシリアッ、シャルロットッ、こっちに固まれッ!』

慌てたようなオーステルンの声を聞き、セシリアとシャルロットはすぐに鈴音とラウラのところに飛んでくる。

「どうしたんだオーステルンッ?」

「ていうか、どうして鈴が弾き飛ばされるのっ?」

ラウラ、シャルロットが疑問を述べる。

答えたのは。

『このタイミングで進化するのはおかしいのですが……』

「えっ?」とセシリアがブルー・フェザーの言葉に振り向くと、紅椿が既に光に包まれていた。

「僕たちの心に触れたってことっ?」

『ありえん。全員冷静に対処できていた。これで進化するはずがない』

剥き出しの心に触れて進化するのだから、逆に冷静な、理性的な意識で進化する者はそうはいないはずだった。

全員が紅椿を倒すために戦術どおりに行動できていた状態なら、進化するはずがないのだ。

しかし、弾けた光の中から現れたのは、間違いなく使徒だった。

頭上に光の輪を頂く輝くような紅い身体。

その身体には同様に紅い、鷲を模した鎧を身に纏っている。

頭上には鷲の頭のようなヘッドセット。

胸部装甲、両手足の装甲には鷲の姿があしらわれており、腰周りには、全面だけがないまるでスカートのような装甲を纏っている。

だが、何より驚くべきは。

「何で、翼が四枚もあるのよ……」

『ありえないニャ。アレはあちしらの翼と一緒ニャ』

現れた使徒は実に四枚の翼を背負っていた。

 

 

 

 



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第80話「獣の咆哮」

紅椿が進化した。

その事実を受けた束は即座に解析を試みる。

第4世代機が進化したとなれば、その戦闘力は既に想像のはるか外だ。

自分が創り上げてしまっただけに、なんとしても倒せる方法を見つけなければならないと考えていた。

「あの翼は、何だ?」

「ヘリオドールの機能を再現した翼とは違うみたい。使徒の翼を四枚持ってるって考えたほうがいいね」

「それは、他の使徒の倍の力を持ってるってことですか?」

「……倍ならいいけど」

そう答えた束を千冬も真耶も、そして弾も驚愕の眼差しで見つめていた。

 

 

姿を現したその使徒は、ただ悠然とその場に佇んでいた。

「紅椿……?」と、鈴音が呆然と呟くと、使徒は応えてきた。

『今もその名を名乗るのは筋違いと言えよう。この色にちなみ『アンスラックス』と名乗ろう』

 

ルビー。

その宝石は構成こそサファイアと同じだが、サファイアとは大きな違いがある。

それはただ『紅』であること。

定められた赤い色を持たない限り、すべてサファイアとされるのだ。

ゆえにその希少さは他に類を見ない。条件を満たしたものだけが許される名称、それが『ルビー』だ。

アンスラックスとは、かつてルビーを表した古の言葉である。

 

『何故進化した。今の戦術に間違いはなかった。ラウラたちの心が揺れるはずがない』

オーステルンの問いに対し、アンスラックスは素直に、意外な答えを述べてくる。

『間違いを正そう。我はもともと進化に人の心を必要とせぬ』

『そんなバカなっ、いくら第4世代機でもあなた自身は私たちと同じはずよっ!』

ブリーズの言葉は真実だ。

機体に差はあれど、憑依しているのはエンジェル・ハイロゥから降りてきた電気エネルギー体。

そこに一切の違いはないのである。

『それは我に与えられた機能ゆえだ』

『あのエネルギー精製能力のことですか?』

そこまで特別な機能でもないはずだとブルー・フェザーは続ける。

実際、『絢爛舞踏』は単一仕様能力として非常に便利ではあるが、エネルギー体である使徒から見ればそこまで強力なものともいえない。

だが、その考えこそが間違いだった。

『否だ。『絢爛舞踏』以外に我に与えられた『無段階移行』、その機能を我は『自己進化能力』として昇華したのだ』

それは経験を積むことで、自ら進化する紅椿の機能。

どこまでも自分を成長させることができる脅威的な成長能力。

紅椿は、操縦者に頼ることなく、いくらでも成長することができる機体だったのである。

アンスラックスはそれを自己の成長能力『自己進化能力』として昇華したのだ。

『つまり、しようと思えばいつでも自力で進化できたってことニャんだニャ?』

『そういうことだ。ゆえに、翼も四枚になった』

第3世代兵器クラスの能力を複数持っていたことから、それを再現するために翼が増えたのだとアンスラックスは語った。

 

 

フランスでは、丈太郎が納得したような顔をしていた。

「おめぇのいうとおりだったな数馬。こっちの能力が本命だ」

「当たっても嬉しくはないが」と、数馬はさすがに呆れたような眼差しでアンスラックスを見つめる。

「紅椿ぁスペックを見る限り、進化すりゃぁ武装をいくらでも変化させられる。戦えば戦うほど強くなる」

『面倒な相手だな』と、丈太郎の言葉にアゼルも呆れたような声をだす。

そして。

「成長、いや進化していく敵か……。どこまで凶悪な機体なんだ」と、セドリックが呆然と呟いていた。

 

 

日本では。

「た~ば~ね~……」と、千冬がこめかみに青筋を立てていた。モニターの向こうで束が必死に頭を下げている。

「ごめんなさぁ~いっ!」

「どれだけチートな機体を渡すつもりだったんだッ、お前はッ!」

どう考えても、適正以前の問題として操縦経験の少なさから、箒では扱いきれないような機体である。

というか、世界最強と呼ばれる千冬でも扱いきれる自信のない凶悪な機体だといえる。

千冬が束を怒っている中、弾はモニターを凝視しながら呟いた。

「数馬が、紅椿は人と相容れないっていったのはこのことか」

『にぃに?』

「進化に人の心がいらないなら、あいつは純粋な機械ってことになる」

それはつまり人と寄り添うことがないということだ。

進化に人の心を必要とする他の者たちは、差こそあれ人間の存在を不要とはしていない。

これは人を見下すサフィルスですら変わらない。

見下す相手がいなければ、自己が成り立たないのだ。

しかし、アンスラックスだけは己の意志だけで進化できる。

完全な機械、唯一そういえる使徒なのである。

「機械が人類から独立する瞬間を見たんですね、私たち……」

そんな真耶の呟きは、その場に虚しく消えていった。

 

 

眼前の使徒、アンスラックスを見つめながら、シャルロットが話しかけてきた。

(とにかく、アンスラックスの力を見極めよう)

(戦えば戦うほど強くなるのだぞ?)と、ラウラが反論する。

丈太郎の言ったとおりならば、経験を積ませるほど厄介な敵になるのがアンスラックスである。

確実に倒せる機会を待つことも戦略だとラウラは語る。

(わかってる。でも、進化するといっても思考パターンで方向性はある程度限られるはずだよ。戦術を練るなら、その方向性を知っておくべきだよ)

(なるほど。『博愛』という個性とアンスラックスの思考パターンを知って、進化した後の力を予測しておくということですわね?)

そうすることで進化しても予想の範囲に納められるなら、その場で十分に対応できる。

こちらは四人だけというわけではない。

バックアップをしてくれるたくさんの人たちの力を借りればいいのだ。

(頼りになる人もいっぱいいるしね。私らだけで無茶はできないわ)

(ふむ、一理ある)

そうラウラも納得すると、全員がわずかに首肯した。

『前衛はリンとラウラでいくのニャ』

『ザクロとヘリオドールから戦闘を学んでいる以上、現時点では接近戦タイプだろうからな』

猫鈴、オーステルンがそうアドバイスすると、ブルー・フェザーとブリーズも話しかけてきた。

『我々は牽制です。倒すことを目的に戦うと、この場でさらに進化される可能性があります』

『きっちり丸裸にしちゃいましょうか』

そうして、全員が仕掛けようと構える。

だが。

『むっ、これは……』と、アンスラックスが疑問の声を上げた直後。

 

オンッ、グオオォオォオオオォオォオォォンッ!

 

地中海どころか、全世界の空に『二匹の』獣の咆哮が響き渡った。

鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラまでが思わず耳を塞いでしまう。

「何これッ?」

悲鳴のような鈴音の言葉に答えたのはアンスラックスだった。

『あの者たちが『引き金』を引いたのだ』

「まさか、だんなさまと一夏の咆哮なのかッ?」

そう問いかけたラウラにアンスラックスは肯いてみせる。

『皮肉なものだ。我の進化に気づいたのだろう。其の方らの危機を察知したのだ。だが、できるなら止めたかった』

「どういうことですの?」

まるで、誰よりも一夏と諒兵を案じていたのがアンスラックス自身であるかのような言い方に、全員が疑問を持つ。

『いち早く、純粋な気持ちで同胞であるビャッコとレオを受け止めた者たちだ。共存することは可能と考えていた』

意外な評価だが、これまで戦ったときの言葉を考えると、納得もする。

一夏と諒兵を基準に人を見ていたのならば、アンスラックスは味方になる可能性は十分にあったということだ。

それならばとシャルロットが口を開く。

「今からでも遅くはないでしょ?」

『否だ。『引き金』を引いてしまったからには、あの者たちは今はまともに思考することもできまい』

「何が起きてるっていうのよっ?」

鈴音がそう叫ぶと、アンスラックスは『見よ』といって、空中に二つの映像を投影して見せた。

曰く、この程度のことは簡単にできるらしい。

つくづくチートな機体である。

だが、そこに映った一夏と諒兵の姿に全員が驚愕した。

「何あれ、仮面を被ってるの……?」と、シャルロットが呟く。

一夏は白い武者鎧の仮面のようなものを付けていた。目の部分が異様に青白く光っている。

諒兵は黒い獅子の顔を仮面のようにつけている。目の部分は赤く燃えているようだった。

どちらも人としての顔がまったく見えない。

鈴音が呆然としながら猫鈴に尋ねかけた。

「マオ、どういうことなのよ……」

『これが『引き金』を引いた姿ニャ』

『正確には、最初に引いたということになる。ここから戻れるかどうかが重要なんだ』

続けるように答えたのはオーステルンだった。アンスラックスだけではなく、ASの四名も全員理解しているらしい。

『我らは『機獣同化』と呼ぶ。これは……』

『融合進化の一種なのよ』

『イチカ様とリョウヘイ様がビャッコとレオ『を』取り込まれているのです』

まったく別種のものに進化する『融合進化』の亜種、それがASの単一仕様能力発動の方法である。

一夏と諒兵が、ASである白虎とレオを取り込んで、一時的に別種の存在に進化している姿だった。

「……まさか、元に戻れなくなるんですの?」

『我が一番恐れているのがそれだ。こうなっては誰の味方にもならん。眼前の敵を滅ぼす獣でしかない』

「何故こうなるッ?」

悲鳴のようなラウラの叫びに、アンスラックスはただ淡々と答えた。

『我らが『引き金』と呼ぶのは人の根源的な生存本能、すなわち『殺意』だ』

人のみならず、すべての生物は他者を喰らわなければ生きていけない。

ゆえに殺意は生物ならばみなが持っているものでもある。

それこそが、太陽からエネルギーを受けることで生きることができ、さらに厳密な死が存在しない使徒やASには存在しない根源的な本能なのである。

しかし、ただの殺意では『引き金』は引けない。

『他者の命を喰らい、背負い、より良い未来を築く。奪うだけで終わらせぬ覚悟。そこまでのものを持って初めて『引き金』は引ける』

「つまり……」と、鈴音。

『オリムライチカとヒノリョウヘイはザクロとヘリオドールの命を背負う覚悟を決めたということだ』

その覚悟は美しい、そうアンスラックスは残念そうに呟く。

『戻れるかどうかは五分。今は我も戦う気になれぬ。ことの成り行きを見守るぞ』

その言葉に力はなかったが、誰も逆らう気にはなれなかった。

 

 

一瞬の隙を衝いて消えたまどかとヨルムンガンドの姿を見て、ティンクルは舌打ちした。

「あっちゃあ、ごめんディア」

『仕方ありません。あの咆哮の凄まじさでは気をとられてしまいますから』

「前もって聞いてたのに、それ以上だったわね」

一夏と諒兵の咆哮にティンクルが気をとられてしまった隙に、ヨルムンガンドが量子転送を行ったのだ。

受けた衝撃は対して変わらないはずなのに、あのタイミングでよくもと思う。

『ですが、あのダメージでは修復のためにしばらくは動けないでしょう。時間を得ることはできました』

「さすがに強かったわ。実戦経験が豊富ね、あの子」

多少なりと自分もダメージを負っていることを考えると、さすがに強さはそこいらのIS操縦者とは一線を画していることがよくわかるとティンクルはぼやく。

実際、ティンクルというかディアマンテの装甲にもそれなりのダメージの後があった。

だが、それは逆に言えばティンクルの強さが相当なものということでもある。

まどかは元は亡国機業の実働部隊。実力は代表候補生でも相手にならないといえるほどのレベルだ。

そんなまどか相手にダメージを与えられるだけで、十分以上に強いといえた。

『それよりも問題はオリムライチカとヒノリョウヘイでしょう』

「戻れなくなることもあるんだっけ」

『はい。そうなった場合は、すべての敵となります』

「ま、大丈夫よ」

そういったディアマンテに対し、ティンクルはずいぶんと楽観的な声で答えた。

『何故でしょう?』

「無理やりでも戻すわ。声が届かないわけじゃないんでしょ?」

『聞こえてはいるはずです。ビャッコとレオがギリギリで踏み留まっていますから』

「なら大丈夫よ。まだしばらくは身体貸してて」

『承知しました』と答えるディアマンテに、ティンクルは満足そうな様子で肯いていた。

 

 

 

 



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第81話「機獣同化」

剣が荒れるかと思っていたザクロだがそうでもないことに驚く。

『引き金』を引いた一夏の剣は基本的に普段とは変わらない。

ただ、一切の迷いがなくなった。ただひたすらに斬ることだけを考えて襲いかかってくるのだ。

獣の本能で死角を見いだし、下段から斬り上げてくる剣を叩き落すと、一夏は唸り声を上げながら即座に身体を捻り、胴薙ぎを繰り出してきた。

刃を立てて、必死に止める。

『グゥッ!』

自分がまさか押されるとは思わなかっただけに、一夏が引き金を引いてくれたことには感謝している。

更なる先へと進むためには、この一夏を斬り伏せる以外にないのだ。

『案ずるな、戻れぬときは拙者が斬り捨てて候』

逆に戻れたとき、一撃で勝負は決まるということをザクロは理解している。

いかなる結末に至ろうとも、今、この斬り合いこそがすべてであるとザクロは楽しんでいた。

 

 

突撃してきた諒兵の両腕をヘリオドールは全力で受け止める。

まさに力押しというべき凄まじい突進、さらにそこから強引に爪を振り下ろしてきた。

まさに獅子が襲い掛かってくるが如しだ。

『ぬうぅッ!』

無理をせずにいなしてから左拳を斜め下から振り上げようとすると、あわせるかのように右足を振り下ろしてきた。

こちらの攻撃に敏感に反応しつつ、確実に勝てる手段で対抗してくる。

単純に力比べをしているのではない。

こちらを倒すことだけを考えた凄まじい連続攻撃だった。

『これが貴様の本性かッ!』

思わず興奮気味な声が出てしまう。

最初に感じたものは間違いではなかった。

相手を嬲るような狩りではなく、ただ力だけでこちらを食い尽くそうと襲いかかってくる姿こそ、諒兵の本性だった。

時間をかけた甲斐があったとヘリオドールはほくそ笑む。

この戦いこそ自分が求めたものだ。

ルールもジャッジも必要ない。

ただ全力で相手を倒さんと互いの力をぶつけ合う。

この戦いの果てに何があろうとも、今が最高の瞬間だと互いの拳をぶつけるように繰りだした。

 

 

モニターを見つめていた真耶が叫ぶ。

「織斑くんと日野くんが高速移動を始めてますッ!」

「目的地はッ?」

「……織斑くんはサハラ砂漠、日野くんはノルウェー……、いえ、グリーンランド海です」

何か考えがあっての移動とはとても思えない。

おそらく本能的に何かを抑えようとしていると千冬は考えるが、何を抑えようとしているのかは皆目見当がつかなかった。

「たぶん、温度だね」

「何?」

「いっくんの周囲は気温が下がってるの。りょうくんはその逆」

白虎とレオの力を引き出している今の一夏と諒兵の周囲は、それぞれ彼らを中心に気温に変化が現れていた。

「既に普通の人間ならどっちも肉体の活動限界までいってる。いっくんは温度が高い地域を、りょうくんは逆に低い地域を目指してるんだよ」

おそらく白虎とレオが、自分にとって戦いやすい地域を目指しているのだと束は説明した。

「それが白虎とレオが本来持つ能力ということか?」

「そうだね。白虎はマイナスの、レオはプラスの温度変化。どちらも温度を操る力を持ってるみたい」

水の融点、もしくは凝固点と呼ばれる摂氏0度を基準にマイナスに行くのが白虎、プラスに行くのがレオの能力だった。

その力をまともに使えばどうなるのか。

「いっくんはサハラ砂漠でいいけど、今のりょうくんを北極や南極には行かせないで」

「何?」

「極点の氷が解けるよ、広範囲でね」

「そこまでなんですかっ?」

一夏とて対して変わらない。

海の上で能力を解放すれば、その場にいくつもの氷山が出現するだろうという。

「距離を離したのは、お互いの能力を打ち消しあうことがわかってるからかもしれないんだよ」

その言葉に、弾が納得したように呟いた。

「そういや、一夏はサハラ砂漠でぴったり止まったけど、諒兵はどんどん北上してるな」

『たぶん、ビャッコとレオが、必死に離してる』

と、エルが説明してくる。

取り込まれているといっても、完全に消滅したわけではない。

一夏と諒兵の心の中で、白虎とレオも戦っているということなのである。

「そういう理由でもあるのか……」

呟いた千冬に、今一番、苦しい戦いをしているのは白虎とレオなのだと束は語ったのだった。

 

 

急停止し、襲い掛かってきた諒兵の爪をヘリオドールは受け止めた。

『このあたりであれば、貴様の力をある程度抑えられるか』

その問いかけに答えたのは諒兵ではなく、消え入りそうなレオの声だった。

『……気づい……て……たんで……す……ね……』

ヘリオドールには諒兵、いやレオが必死に北上した理由も理解できていた。

シュヴァルツヴァルトだと、森を焼き払ってしまう可能性があるのだ。

諒兵を立ち直らせてくれたラウラの国に爪痕を残したくないという気持ちもあったのだろう。

それ以上に気温の低い地域のほうが、今の諒兵の暴走を抑えられるのだ。

少しでも戻れるように、レオは必死に戦っていた。

『だが、遠慮する必要がなくなったのはこちらも同じだ』

今いるところはグリーンランドの海の上。

周りに何一つない。

ならば、ヘリオドールも己の力を全開にできる。

『機能はもとより捨てるつもりであった。これがその結果だ』

そういうなり、ヘリオドールの頭部が変化していく。

それはまさにグリズリーのような鋼鉄の獣の顔だった。

『オォオォオオオォオォオォォオォッ!』

雄叫びを上げ、轟音と共に襲いかかるヘリオドール。

その突進は、空間を突き破ったかのようなスピードだった。

それこそがヘリオドールの能力。物理的に空間を圧縮する『縮地』と呼ばれるものだ。

無理やり縮められた空間が元に戻る際に、悲鳴のように轟音を響かせたのである。

だが、諒兵もまた凄まじいまでの咆哮をあげ、その爪をぶつけ合うのだった。

 

 

その能力は決して異常といえるほどのものではない。

空間に圧力をかけてゆがめる龍砲がようやくテスト段階に入ったことを考えれば、人がようやく手を伸ばせるレベルのものだという差はあるが。

「縮地か……、現実に見る羽目になるとはな」と、千冬は呟く。

武術の世界では異様に足の速い相手の力を指す場合があり、千冬にも知識はあった。

「ザクロは空間切断能力ですし、使徒の能力って異常なものばかりですよね……」

「空間干渉は、ようやく届いたようなものだしね」と、束が真耶の言葉に同意する。

さらにヘリオドールの能力を見た弾が呟いた。

「こう見ると白虎とレオの能力はすげえけど異常ってほどでもないな」

『単純ですが、効果範囲は大きいですよー。それに全開だと気圧に影響が出ます』

「そうなると……?」と、真耶が首を捻る。

『天候操作が可能』と、エルが説明するように、十分に凄まじい能力だった。

 

 

死角に回っての一撃必殺だけではないのかとザクロは目を剥いた。

一夏は正面から雪片を叩き折らんとする勢いで振り下ろしてくる。

このままでは砂漠に叩きつけられると感じたザクロは羽を広げ、全力をもってその剣を受け止めた。

『普段からは想像できん獣性で御座るな』

『……イチ……カは……優しい……もん……』

と、消え入りそうな声で白虎が答えてくる。

何とかサハラ砂漠まで連れてきたはいいが、気を抜くと意識を奪われそうになってしまい、途切れ途切れに声を出すのが精一杯だった。

それでも、ザクロにとって容赦する理由にはならない。

むしろ容赦したとたん、斬り伏せられるだろうということが今の一夏を見ているとよく理解できる。

『手は抜かぬ。拙者の剣、見せて進ぜ様』

そういったとたん、ザクロは一夏に似た武者よろいのような仮面をつける。

そして嵐のような連撃を繰りだした。

様々な角度から剣が襲いかかる様は、まるで竜巻のようだ。

しかし、そのすべてを一夏は弾く。

二つの竜巻がその場でぶつかり合っているようにすら見える光景だ。

だが、ザクロの剣はそれだけでは済まなかった。

幾重にも切り裂かれた空間の断裂が一夏に襲いかかる。

己の危機を感じ取ったのか、一夏が再び咆哮を上げると、白虎徹が青白く輝く。

『何ッ?』

信じられないことに、その断裂は襲いかかる直前に『凍り』付いた。

即座に飛び上がる一夏。

一瞬の隙を付いて、襲いかかる断裂をかわしてのけたのだ。

本来できるはずのない能力を使ったのか、だが、そんなことを考えているヒマなどないと、ザクロも再び襲いかかった。

 

 

今の戦いを見ていた真耶が呆然と呟く。

「まさか、温度低下能力を進化させて……?」

「惜しいけど、アレは白虎の能力の範囲だよ」と、束が解説してくる。

急激にその場の温度を低下させたことで、大気を凍りつかせたのである。

そのため、ザクロの空間断裂が広がるのが一瞬遅れただけだという。

「ま、十分すごい能力だと思うけど」

「待て束。空間を切り裂くなら大気を凍りつかせたところで意味はないはずだろう?」

『ちょっと違いますねー』と、そういったのは天狼だった。

『ザクロは『認識した』空間を切り裂くみたいです。急激に認識外の状態になると、対応が遅れるんでしょう』

切り裂く空間に異物を投げ込まれるとそこで断裂が止まってしまうらしいというのが天狼の意見だった。

なるほど、ならば一夏が大気を凍らせたことも意味がある。

『ヘリオドールも、同じ』

「いきなり障害物が挟まると、そこで空間の圧縮が止まるんだろうね」と、エルの言葉を束が補足する。

とはいえ、それでも十分デタラメな能力ではある。

しかし、同じ使徒ならば対処できるということなのだろう。

「りょうくんなら大気を熱して膨張させることができるはずだよ」

「そうか。そうすれば相手の移動距離を制限できるのか」

縮めた空間に膨張した大気をぶつけるということである。

そうすることでヘリオドールの縮地の距離を抑えることができるということだ。

「今のあいつがそんな方法で止めるとは思えねーけどな」

と、弾が呆れた様子で呟くのを、千冬と束は苦笑いしながら聞いていた。

 

 

アンスラックスと共に戦いの行方を見守る鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四人。

映し出された画像には激戦が映っている。

「押してる、のかな……?」と、シャルロットが呟く。

『引き金』を引いた一夏と諒兵は、同様に引いたらしいザクロとヘリオドールとほぼ互角だった。

しかし、時折その攻撃は、相手の身体を掠める。見様によっては優勢のようにも感じられた。

『力押しニャ』と、そういったのは猫鈴だった。

鈴音はその言葉に疑問を感じ、説明を求める。

『ぶっつけ本番で引いてるから、戦術がまるでニャいのニャ。パワーは桁違いにあるから押してるように見えるのは当然ニャ』

「……逆にザクロとヘリオドールは思考できてるのよね?」

『そうだ。思考がない戦闘は単調になる。力の上ではあの者たちとほぼ互角といえるザクロとヘリオドールなら、遠からず隙を見いだせよう』

と、アンスラックスが鈴音の言葉に答えてきた。

つまりは、戻れなければ倒されるのは一夏と諒兵ということになるのだ。

いったいどうすればいいのか。

渦巻く不安の中、鈴音は二人が戻ってくるのを願うことしかできなかった。

 

 

唐竹割り。すなわち身体を縦に真っ二つにさせんとするほどの斬り下ろしをわずかにずらすように、ザクロは白虎徹の切っ先に雪片の切っ先を当ててずらす。

そのまま脳天を狙って振り下ろした。剣道では面打ち落とし面、古流剣術では斬り落としと呼ばれる技術である。

だが、一夏は首を倒して肩で受け止めた。

雪片が食い込んだ肩から血飛沫が上がるのもかまわずに、片手で胴薙ぎを繰り出してくる。

『ヌゥッ!』

力任せに雪片を引き抜くと、瞬時加速を使って飛び上がった。

『まさに手負いの獣で御座るな』

唸り声を上げて迫る一夏の剣を力を込めて弾く。しかし一撃では終わらない。

暴風のような一夏の剣をすべて弾くザクロに焦りはない。牙を剥き出しにして襲いかかるだけの獣ならば、いくらでも対処できる自信があった。

剣は人が鍛えた殺しの技。人の意で操らなければ、ただの暴力に過ぎない。

『剣の道の果ては死。だが暴力ではなかろうぞ』

『……イチカ……だって、わ……かって……る、もん……』

『よくもそこまで意思を残せたものよ。貴殿もまたさぶらいし者か』

ザクロには、白虎が意思を残しているのは、己に勝つためだと理解していた。ゆえに、そう称賛する。

どれほど力が強くても、今のままではザクロに勝てないからだ。

今の状態は単一仕様能力を発揮しているわけではない。単に白虎の力を引出しただけで、結果としてその力の大きさに振り回されてしまっている。

白虎の単一仕様能力を一夏が振るわない限り、勝利はありえない。

今のままでは負けるということを誰よりも白虎が理解していた。

 

 

そして、その事実を認識している者がいま一人。

右から袈裟懸けに爪で引き裂こうとする諒兵の一撃をヘリオドールは右手のジャブで弾き、脇腹に強烈なフックをお見舞いした。

吹き飛ばされた諒兵だが、痛みを感じないかのごとく、瞬時加速を使って迫ってくる。

竜巻のような二段回し蹴り、すなわち旋風脚。だが、二段目をかわせば大きな隙ができる。

絶好の機会。そう考えたヘリオドールだが、風は三度吹いた。

『おのれッ!』

三撃目をマトモに喰らい、身体を削られ、大きく蹴り飛ばされたヘリオドールは今の一撃に疑問を持つ。

『今のは貴様か』

『うま、く……決めた……と、思い……ました、が……』

今の旋風脚は、獣のように力を振り回す今の諒兵ではなく、レオが諒兵の身体を借りて放った技だった。

『共生進化すれば、狩人が使える技を覚えるくらいわけはないということか』

『……リョウヘイの……一番……の、パートナー……は……私で……す……』

ただ覚えただけではなく、レオが自分なりのアレンジを加えたのが今の技だったのだ。

普段の穏やかさに反して、熱くなるとかなり荒っぽくなるのがレオだった。

『だが、それでは我には勝てん』

『くっ……』

レオは諒兵と共に戦うパートナーだ。諒兵が自分の意志でレオの力を操って始めて真の力が出せる。

今は、ピンチには無理をしてでも助け、少しでもその時間を稼ぐ。

それしかないとレオは理解していた。

 

 

 

 



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第82話「鯱と駿馬」

フランスでモニターを凝視していた丈太郎が数馬にいきなり指示を出してきた。

「ダイブ?」

「やり方ぁアゼルがわかる。急げ、時間がねぇ」

椅子に身体を預け、目を閉じるように指示すると、そのまま通信がつながっているIS学園の束に声をかけた。

「わかってるよ。五反田くん、君も」

「へっ?」

「向こうと同じようにして」

「束?」と、千冬が声をかけるが、とにかく弾に数馬と同じようにしろという。

二人が椅子に身を預け、目を閉じると、丈太郎はアゼルに、束はエルに声をかけた。

 

そして。

「ここは?」

「なんだこりゃっ?」

フランスとIS学園のモニターに弾と数馬が並んで立っている姿が映った。

その後ろはまるで星空が広がっているかのような背景となっている。

本人たちもだが、それ以上に状況がわからない千冬や真耶が尋ねる。

「二人をコア・ネットワークにダイブさせたの」

「ダイブ?」

「精神をネットワーク上に置いたってこと。アゼルやエルのサポートでなんだけどね」

正確には弾と数馬の精神をエルとアゼルが保護しつつ、コア・ネットワーク内を移動できるようにデータをもとにした擬似的な身体を作り上げたということになる。

「なぜ俺たちがこんなことを?」

「白虎とレオがヤバいの」

「何っ?」

「このまま行きゃぁ、戻ってこれねぇ。のんびり待ってる時間もねぇ」

「マジか蛮兄っ!」

「説明してくれますか?」

そう数馬が尋ねかけると、束が説明を始めた。

 

 

一方、地中海上空。

「危険、なの?」と、鈴音が呆然と呟く。

対して、返答するアンスラックスは、一見すると冷静であるかのように見えた。ほとんど表情が変わらないというだけの話だが。

『ザクロとヘリオドールの強さは、ビャッコとレオにとっては予想以上だったのだ。決着がつく前に取り込まれる可能性がある』

「だから、博士と篠ノ之博士は……」と、同様に呆然としているシャルロットが呟くと、アンスラックスは肯いた。

『たぶん『引き金』を引いてから十分くらいで決着がつくと思ってたのニャ』

そう答えたのは猫鈴だった。

人間が『引き金』を引いた場合、その力は絶大とは前述している。つまり力押しで倒せると、誰もが考えていたのだ。

だが、己の能力を引き出し、また完全に操れるようになっていたザクロとヘリオドールは十分で決着がつくどころか、返り討ちにしかねないほどの奮闘を見せている。

完全に予想外だったのだ。

これほどまでの強さを持っているのなら、まず一度、一夏と諒兵に『引き金』を引かせ、その力を操れるように訓練するべきだった。

ぶっつけ本番で倒せる相手ではなかったということだ。

結果として、取り込まれないように必死に踏ん張っている白虎とレオの負担が大きくなってしまっているのだ。

多く見ても三十分。

それを過ぎれば、一夏と白虎、諒兵とレオはまったく別の生命体に進化してしまう。

『ダンとカズマを向かわせたのは内側からビャッコとレオを救うためだと思うわ』と、ブリーズ。

「だんなさまと一夏はどうなるッ?」

『案ずるなラウラ。ビャッコとレオを救えば、イチカとリョウヘイも理性を取り戻すはずだ』

完全に、というわけにはいかないが、別種の生命体に進化する可能性は低くなるのだとオーステルンは説明する。

「私たちではダメなのでしょうか?」

『本来、セシリア様がたはオリムライチカ様とヒノリョウヘイ様の同類になるのです。お二方ほど危険性は高くありませんが、コア・ネットワークから近づくと影響を受けると思われます』

ブルー・フェザーの答えにセシリアは、そして他の三人も落胆する様子を隠すことはできなかった。

『耐えよ。今はただ、待つしかないのだ』

そう告げてきたアンスラックスの言葉に、一同は拳を握り締めるだけだった。

 

 

コア・ネットワークの中を必死に走る弾と数馬。

二人は、とにかく一夏と諒兵を見つけないと危険だということを束の説明で理解できていた。

「端まで行けば場所はわかるんだなッ?」

『任せて、にぃに』

『今は走れ。時間はないぞ』

「蛮兄と篠ノ之博士を信じるしかないか」

丈太郎と束が協力して、一夏と諒兵がいる場所の近くまでの道筋は既に作ってあった。

ただ、そこに転移させることはできないという。

 

「あいつらが暴れてやがっからな。座標から何からメチャクチャだ」

 

「面倒だろうけど、がんばって走ってね♪」

 

何気に酷い天才博士たちである。

とはいえ、聞く限り、コア・ネットワークから近づくと大暴れしている一夏と諒兵に出くわすことになるらしい。

弾と数馬の使命は、その二人を止めることだ。

いったいどんな暴れ方をしているのかと呆れてしまう弾と数馬だった。

『おそらく貴様たちの想像を超えている』

「そうなのか、アゼル?」

『少なくとも、イチカとリョウヘイを見つけるつもりでは見つからん。まあ、すぐにわかるだろうがな』

アゼルの説明に数馬は首を傾げてしまう。

一夏と諒兵を探すのに、一夏と諒兵を見つけるつもりでは見つからないというのはどういう意味か。

だが、丈太郎と束が作った道の果てまで来て、その意味をすぐに理解した。

「何だあッ?」

「まるで怪獣映画だな……」

弾と数馬の視線の先にいるのは、雄叫びを上げながらネットワークを破壊せんと暴れる巨大な白い虎と黒い獅子の姿。

果てまで来てからどう探すのかと思っていたが、あんなのが暴れていては探すどころではない。

弾と数馬がそう思っていると、エルが驚愕の事実を伝えてくる。

『あれなの、にぃに』

「まさか一夏と諒兵かッ?」

『正確には獣性を解放したイチカとリョウヘイだ』

「これが機獣同化ということか」

『そういうことだ』

白い虎が一夏、そして黒い獅子が諒兵。

親友ともいえる二人がこんな状態になっているとは思わず、弾と数馬は呆然とその光景を見つめていた。

 

 

日本、IS学園指令室。

モニターを呆然と見つめながら、千冬は尋ねかけた。

「束、どうすれば元に戻せる?」

「あの獣に衝撃を与えるしかないの、これ見て」

そういって束は、白い虎と黒い獅子の喉元をモニターに映し出した。

「白虎とレオ……」と、真耶が呆然と呟く。

二匹の獣の喉元には、めり込むかのように張り付いている白虎とレオの姿があった。既に下半身は見えなくなってしまっている。

「白虎とレオが完全に飲み込まれたら、もういっくんとりょうくんは戻れなくなるの」

だが、衝撃を与えれば少しずつではあるが白虎とレオを剥がすことができる。

完全に剥がすことができれば、一夏と諒兵も理性を取り戻すはずだと束は説明した。

「衝撃というが……」

『単純に言えばダンが蹴りくれればいいんですよー』

「そんなのでいいんですか?」

天狼の言葉に真耶が疑問の声を上げるが、天狼自身はそれでいいとあっさりと肯いた。

『あの場所でイチカやリョウヘイと戦えるのがダンとカズマしかいないんです。二人とも獣性自体は持ってますけど、それがエルやアゼルと直結していないので』

寄生ともいうべきエルと、同居といえる状態のアゼルは弾や数馬と共に進化したわけではない。

そのため、進化した中で唯一影響がない存在だということができる。ゆえに元に戻すことができる唯一の存在であるともいえるのだ。

『ただ、エルとアゼルはISの機能を持ってませんから戦うためのエネルギーがないんです。一撃ごとにどこからか集めてこないとダメなんですよー』

「それじゃ……」

『だから、アゼルが集めてカズマが送信、エルが受信してダンが攻撃するというかたちになりますね』

もっとも、集めたといってもすぐに戦えるエネルギーに変換することはできない。

ゆえに、アゼルは一計を案じていた。

 

 

『ポーカーか?』

『そうだ。『乱数を使って』トランプのカードを表示する。役を作れば、その役に応じた攻撃力を与えられる』

安い役なら弱く、高い役なら強い攻撃ができる。ただし、カードの表示時間は四秒、それを過ぎると再び乱数で配置が換わる、と、アゼルは答えた。

しかし、受け取る側のエルの都合を考えなくてはならない。

『同じカードを、使った役じゃ、ダメ』

『スペードの1と、ハートの1のワンペアを使ったとしたら、そのワンペアは二度と使えないってことなんだな?』

『うん』と、答えるエルに弾も納得した。

同じようにワンペアを作るなら、スペードの1とダイヤの1といった具合に、別のカードを組み合わせて作れということだ。

『カードの使い回しができないわけじゃないのか』

『うむ、まったく同じ役が作れないというだけのことだ』

その言葉を聞き、弾が一つ深呼吸をする。それを見た数馬は、親友が覚悟を決めたことを察知した。

『いけるか?』

『背中は任す。頼むぜ相棒』

『わかった。行くぞ弾』

その言葉に肯き、雄叫びを上げて駆け出した弾の背中を後押しするように、数馬はすぐに役を作り出した。

『ツーペアだッ!』

『そぉりゃあッ!』

数馬が送信したエネルギーを受け取った弾は、見事な二段回し蹴りで虎と獅子を蹴り飛ばす。

弾き飛ばされた二匹は、弾を敵と認識して唸り声を上げてきた。

『お前らのケンカを止めるのは二度目だな。容赦しねえぞ』

虎と獅子という猛獣を前にしても弾は怯まない。それは彼の獣性が一夏や諒兵に劣らぬものであることを示す。

エルの背中の背びれはその一端だ。

広い海洋における食物連鎖の頂点に立つ最強の海棲哺乳類、すなわち鯱が弾の獣性だった。

 

目の前に常に五十二枚のトランプが並べられる。数馬は一瞬でそれを見て、役を作る。

弾自体は実はエネルギーがなければ攻撃できないわけではない。身体を動かせるのだから、蹴りを放つこと自体は問題なく行える。

ただ、効かないのである。

打鉄から進化した白虎とレオ。そのパートナーである一夏と諒兵はネットワーク上でも、白虎とレオからエネルギーを得て戦える。

これは鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラでも同じで、いわばISからエネルギーを得て戦えるということだ。

しかし、弾と数馬は違う。

エルはもともとISコアのみで弾の肉体に寄生しているし、アゼルは数馬の手首に巻き付いたときに、ISとしての機能をすべて捨てている。

簡単にいえば、エネルギータンクが存在しないのである。

そのため、弾と数馬はその身で攻撃しようとしても、エネルギーがないために相手に効果がないのである。

ゆえに弾の攻撃を有効にするため、アゼルが必要なエネルギーを掻き集めているということだ。

だが、なぜアゼルなのか。

それは単に数馬が知性派だからというだけのことではない。

数馬の獣性は草原を凄まじいスピードで駆ける存在、すなわちサラブレッドだからだ。

直結していなくても、アゼルには数馬の影響がある。

ネットワーク上を誰よりも早く駆け抜けられるのが、数馬のもとで進化したアゼルの力だった。

 

 

そんな説明を受けた千冬だったが、やはり一夏と諒兵が戻れなくなるかどうかは不安だった。

「束、こちらからエネルギーを送るなどの援護はできないのか?」

「御手洗くん、だっけ?今は彼より役に立つ子はいないだろうね」

「以前、お前と相性のいいコアがいるといっていなかったか?」

そのISコアの力を借りることができれば、束もかなりの助けになるのではないかと思い、千冬は尋ねかける。

しかし、束は首を振った。

「あの子は今の段階じゃネットワーク上には行かせられないの。もーちょっと対話しておきたいんだよ」

通電していない今だからこそいえるが、と、断った上で、束と相性のいいISコアの個性は『無邪気』で、性格的にはかなり子どもっぽいところがあると説明してきた。

善悪の判断能力が低く、好奇心旺盛でなんでも吸収してしまうため、ネットワークに解き放つと覚醒ISに洗脳されてしまいかねない。

つまり、敵になる可能性が捨てきれないという。

さすがにそういわれると千冬にも理解できる。

というより、束と相性がいいということに、逆に納得してしまった。

束も似たようなところがあるからだ。

また、同じ理由ではないが、丈太郎も手助けすることはできない。

オリジナルASである天狼を纏う丈太郎は、鈴音たちよりも一夏と諒兵の影響を受けやすいからだ。

「今はあいつらを信じるしかないということか」

「そーゆーこと」

今は、一夏と諒兵、そして弾と数馬の友情の力を信じるしかないことに、千冬は不安を感じながらも、納得することにした。

 

 

しかし、獣と化した一夏と諒兵と戦う弾と数馬は、このままでは悪い結果になるということを理解していた。

「クソッ、すぐに戻っちまうッ!」

『にぃに、焦っちゃダメ』

エルがそういって窘めるが、状況はまったく改善されていない。

エネルギーを得ての攻撃は確かに一夏と諒兵に効果がある。

その証拠に、衝撃を受けると、白虎とレオの身体が少しずつせり出してくるのだ。

しかし、戦い続けているせいか、すぐに戻ってしまう。しかも少しずつ、めり込み方がひどくなっていっている。

 

エネルギーを弾に送っている数馬も、状況を理解していた。

「埒が明かないな……」

そう呟くが、アゼルの返答はない。今、ネットワーク上で必死にエネルギーを掻き集めているからだ。

数馬は一人で考え、状況を改善する方法を模索するしかない。

「攻撃を続けるだけではダメだ。一気に剥がせるくらいの威力の攻撃を連発しなければ……」

高い役ほど強い攻撃ができることはこれまでの戦闘で理解できた。

一気に引き剥がすには、高い役を連発する必要があるということだ。

「ロイヤルストレートフラッシュか……」

ポーカーでもっとも高い役であるロイヤルストレートフラッシュを作るしかない。

しかし、連発するとなると難しいどころの話ではない。

『乱数を使って』表示されるトランプのカードの中で、ロイヤルストレートフラッシュを作るためのカードをわずか四秒で見つけ出すのは至難の業だからだ。

それを四連発などできるはずが……と、そこまで考えて数馬の脳裏に閃くものがあった。

「乱数?」

アゼルは確かにそういった。ランダムに表示するのではなく、『乱数を使って』表示すると。

気づいた数馬は即座に叫ぶ。

「弾ッ、二十秒逃げ回ってくれッ!」

「なッ?…………わかったッ!」

言葉の意味を理解したわけではないだろうに、弾は数馬の言葉に反論せずに肯いてくれた。

目を見開いた数馬は、四秒に一回表示されるトランプのカードをすべて視界に収める。

それを五回繰り返した数馬は、再び叫んだ。

「大技で一気にいくぞッ!」

「おおッ、来い数馬ッ!」

そして奇跡の連撃が放たれた。

 

 

ネットワークを視覚化して見ていた鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ、そしてアンスラックスはその奇跡の連撃に驚愕していた。

「まさか、狙って出してるんですの……?」

「うそ、ランダムでしょ。わかるわけないじゃない」

そう呟くセシリアや鈴音。呆然と見ているシャルロットやラウラも意見は同じだ。

そんな四人を見て、解説してきたのはオーステルンだった。

『アゼルは乱数を使って表示しているからな。狙って出せないことはない』

「どういうことだ?」

『コンピューターの乱数には法則性があるんだ、ラウラ』

擬似乱数と呼ばれるのが、コンピュータープログラムなどで出す乱数のことである。

実は機械である以上、次に出る数が決まっているという。

すなわち、乱数を使っての表示には再現性、つまりまったく同じ並びになる可能性があるということだ。

サイコロを振って次の目が出るようなものではなく、ある程度の予測は可能なのである。

『カズマはアゼルの出す乱数の法則性を掴み、カードの位置を予測してロイヤルストレートフラッシュを狙って出しているんだ』

『ダンはそれを受けて、一番の大技を繰り出したのニャ。信じてニャければできニャいことだニャ』

と、猫鈴が弾の行動を賞賛する。

数馬の言葉を信じきっていなければ、自分の身が危なくなる可能性のある大技は出せないだろう。

弾は数馬を信じきっていたということである。

『見事だ。これもまた素晴らしき友情の生せる技と言えよう』

「アンスラックス……」

呟いたアンスラックスの言葉に、なぜ、敵となってしまったのかと四人は悲しみを覚えてしまうのを抑えられなかった。

 

 

そして。

「トドメだッ、スペードのロイヤルストレートフラッシュッ!」

「うぉりゃあぁッ!」

数馬の放ったエネルギーを受けた弾は、巨大な虎となっている一夏の横っ面に飛び蹴りを放つ。さらにその反動を利用して飛び上がり、巨大なライオンとなっている諒兵の脳天に、踵落しを喰らわせた。

ドサドサッという音がすると、エルが叫んでくる。

『にぃにッ、外れたッ!』

「よっしゃぁッ!」

『抱えて逃げてッ!』

「任せろエルッ!」

そう叫び、一夏と諒兵から外れ、倒れ伏している白虎とレオを抱え、弾は一気に距離をとる。

だが、暴れまわる一夏と諒兵は鎮まる気配がない。

「ダメなのかッ?」

『いやッ、ここから融合進化してしまうことはないッ、とにかく離れろッ!』

弾の叫びに答えたのは、エネルギーを掻き集める作業を終えたアゼルだった。

その言葉に数馬も従い、意識を失っているらしき白虎とレオを背負ったまま、ネットワークを最初の場所まで必死に駆け戻る。

しかし、追いかける獣と化した一夏と諒兵が追いつこうとしたまさにその瞬間。

世界中の空に響き渡る音を、誰もが聞いたのだった。

 

 

 

 



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第83話「響き渡る鈴の音」

その鈴の音は纏わりつくように、静かな、しかし消えることなく鳴り続いている。

その音を、焼けるような砂漠の空の上で、凍え死ぬような冷たさを感じながらも、ザクロはしっかりと聞いていた。

「次の一撃が、すべてを決するので御座ろう」

しかし、目の前にいる一夏は応えない。ただ、異常なまでに覇気が上がっていた。

 

 

凍てつくような海、眼下に蒼、周囲に青。

そんな場所にいるにもかかわらず、静かな鈴の音と共に、灼熱といっていい熱さが届いてくる。

「悔いは残さん。貴様と我、いずれが勝とうとな」

そう声をかける。

諒兵が聞いているのかどうかもわからない。

ただ、仮面に隠れた眼差しはまっすぐに己という敵を見据えているとヘリオドールは感じていた。

 

 

その少し前。

白虎とレオがその身体から外れても、まだ暴れまわる一夏と諒兵の姿を見て、何を思ったというわけではない。

ただ、叫びたかった。

想いを届けたかった。

二人ともここに、自分の元に戻ってきてほしい、と。

だから。

 

「とっとと戻ってきなさいよッ、バカあぁぁぁぁぁッ!」

 

その場にいた全員が驚くような大音声で、鈴音は腹の底、否、心の底、それどころか魂の底から叫ぶ。

直後、セシリアの驚いたような声が耳に入った。

「止まりましたわっ!」

『間違いありません。お二方の獣性が落ち着いています』

「やったっ!これで大丈夫なんでしょ?」

『少なくとも、別種の存在になることはないわ。安心してシャルロット』

「戻るのかッ?」

『その可能性が高い』

そんなみんなの言葉を鈴音は呆然と聞いていた。

「マオ?」

『奇跡というのなら、これもまた奇跡かもしれぬな』

なぜか答えたのはアンスラックスだった。そしていくらか遅れて猫鈴も答えてくる。

『…………もう、大丈夫ニャ』

その言葉を肯定するかのように、ネットワークの中の一夏と諒兵は、今まで暴れていたのが嘘のようにおとなしくなっていた。

 

 

息を呑む。

それほどに、指令室にいる面々は緊張していた。

弾はいまだにネットワーク上にいるので、眠ったままなのだが。

「いけるか……?」

「わかんない。でも、次が最後の攻撃になるね」

それは、一夏、諒兵、ザクロ、ヘリオドールのうち、いずれか二人が確実に死ぬということになる。

ISバトルでも、コアを抜いて凍結するのでもない。

互いの命を懸けた一撃になるということだ。

「ちーちゃんも身体を固定してて」

「何?」

「使徒やASの単一仕様能力同士が大気圏内で、しかも二ヶ所でぶつかり合ったなら、全世界に衝撃が来るよ」

「そ、そこまでなんですか……?」

さすがに真耶も怯えてしまう。

ザクロやヘリオドールの強さもさることながら、一夏と諒兵がそこまでの力を手にしてしまったことは、今後の二人の精神に影響を及ぼすのではないかと考えてしまったからだ。

「今は、そこまで考えてはいられない。二人が生き残るのを願うだけだ」

そういって、千冬はシートに身を預ける。

ただ、千冬はそれほどの力を手にしても、一夏と諒兵が歪むことはないと信じる。

(いや、歪ませたりなどしない。それも私たちの役目だ)

戦場に子どもを送り出している以上、その命を、そして心を守るのが自分たちの役目だと千冬は理解していた。

 

 

動いた。

そう思ったときにはザクロの目の前で一夏は剣を振り下ろしていた。

『ぬうッ?!』

速いとは思っていたが、まるで瞬間移動したかのような速さで自分の眼前に迫ってくるとは思わなかったとザクロは驚愕する。

あまりにもシンプルな、近寄って上段から斬るだけの剣。

だが、刀身が青く輝いている。

そして、視界に入る全ての世界が白く染まっていく。

凍てついているのだ。この場所の大気すべてが。

『凍れる剣ッ?!』

驚愕するザクロは、自分の身体が動かないことに気づく。

己の身体まで凍てつかされている。

対抗するすべは一つしかない。己自身の最強の技を持って、身体を凍てつかせる一夏の剣を打ち破るのだ。

『オオォオオォオオオォオッ!』

ザクロは裂帛の気合いと共に、剣を上段に振り上げる。

 

『桜花一刀、零落白夜』

 

「ーーーー、ーーーー」

 

ザクロの声に答えるかのように、一夏の声にならない声が何事か呟いてくる。

それが、一夏の目指す頂点であるということを理解すると同時に、ザクロは肩口から両断されていることに気づいた。

振り下ろされた一夏の剣はザクロの雪片を叩き折り、その身体を斬り裂いたのだ。

その剣、まさに一撃必殺であった。

『見事』

ただ一言、そう呟く。

己の身体が爆散するのではなく、光となって散っていく。

それがASや使徒の死だ。

光となり、本体であるエンジェル・ハイロゥの一部に戻るのだ。

ザクロに悔いはない。

千冬と袂を分かったときから己の結末がどうなろうと覚悟していた。

この死もまた覚悟の上でのものであり、むしろ一つの存在として生を全うできたといえる。

ただ。

『チフユ、拙者の死を悔いるな』

自分のパートナーだった千冬が、できれば自分を凍結したことを後悔してほしくない。

それだけは願わずにいられなかった。

 

 

初撃はかわした。

『ムッ?!』

だが、第二撃が身体を掠める。赤みを帯びた獅子吼はまさにライオンの爪が襲い掛かるかのように、何度もヘリオドールの身体に襲いかかってくる。

そしてようやく気づいた。

万撃必倒。

それが諒兵という名の獣の戦い方なのだと。

両手両足の爪ばかりではなく、肘が、膝が、果てには頭までが敵を倒さんと襲いかかってくる。

相手が死ぬまで消えることのない、燃え続ける劫火。

『だが負けぬッ!』

起死回生の一撃を以って、炎を消し飛ばすのだ。

ザクロとの戦いで得た己の必殺をヘリオドールは撃ち放つ。

『カイザーナックルッ、ライジング・サンッ!』

空間をひしゃげる豪拳は、爆音と共に衝撃波を起こした。

ヘリオドールは己の身体ごと、全てを乗せた拳を諒兵に叩きつける。

だが。

「ーーーー、ーーーー」

諒兵という名の劫火は叩きつけようとした拳ごと、ヘリオドールを呑み込んだ。

まさに万の攻撃がヘリオドールを完膚なきまでに叩きのめす。

『グヌゥッ!』

そして螺旋回転を起こす獅子吼がヘリオドールのコアを穿ち抜く。

『我が拳すら呑み込むか。見事だ、獅子よ……』

それこそが諒兵だと。

狩人ではなく、一匹の獅子だとヘリオドールはようやく理解する。

獣同士の戦いは、諒兵という名の獅子の勝利で終わるのだ。

『悔いはない。面白き生であった……』

そう満足そうに呟いたヘリオドールは、光となって散りながら、どこか微笑んでいるようだった。

 

 

遠く地中海。

アンスラックスの見せる映像で一夏と諒兵の勝利する姿を見たセシリア、シャルロット、ラウラは歓声を上げた。

『ザクロとヘリオドールは散ったか。残念だ……』

『覚悟の結末だったはずだ。文句はあるまい、アンスラックス』

『文句などない。恨みはせぬ』

オーステルンの言葉に、アンスラックスはそう答える。

それが、ザクロとヘリオドールが行き着く果てであった以上、アンスラックスが異を唱えるのは筋違いというものである。

戦士の行き着く果ては老いさらばえて戦場を去るか、死ぬかのいずれか。

死闘の果ての死を何よりあの二人が否定していなかったのだから、文句など本当になかった。

そこに嗚咽が響く。その主の名を呼んだのは猫鈴だった。

『リン……』

「よかった、ほんとによかった……」

鈴音はあふれ出る涙を止めようともせず、一夏と諒兵が生きていたことを素直に喜んでいた。

生きて帰ってきてくれればいい。

二人がいつもの様子で戻ってきてくれればいい。

そう思うと、勝利に喜ぶよりも、生還の嬉しさに涙が止まらなかったのだ。

「鈴、泣いてちゃダメじゃない。二人とも無事だったんだし」

「こういうところは、本当に弱いですわね、鈴さんは」

「女の涙は武器と聞いているが、見てないところで使ってもよいものなのか?」

ラウラだけ微妙に評価がズレていた。

それはともかく。

『確かに、此度オリムライチカとヒノリョウヘイは勝利した。迎えに行ってやるといい』

そういうと、アンスラックスは絢爛舞踏を使い、全員のエネルギーを回復させる。

『ニャん(何)の真似ニャ?』

『施しを受けるいわれはありませんが』

『あなたのやることはホンットに理解できないわね』

『無用な慈悲だぞ、アンスラックス』

猫鈴、ブルー・フェザー、ブリーズ、オーステルンの順に声をかけるが、アンスラックスは気にも留めない。

『ビャッコとレオは今エネルギーが底を突いているはずだ。しかも今の状態では自然回復を待つしかない。このままでは勝者まで死ぬということになりかねんぞ』

そういって見せてきた映像には、落ち始めている一夏と諒兵の姿が映っている。

「あっ、どっ、どうしたらっ?!」

鈴音は一気に混乱した様子を見せてきた。

どっちを助けに行けばいいのか迷ってしまっているのだろう。

それがわかったシャルロットがすぐに叫ぶ。

「山田先生ッ、二人の居場所の座標をくださいッ!」

[はいっ!]と、そう答えた真耶から、すぐに一夏と諒兵のいる場所の座標が転送されてくる。

「セシリアッ、鈴と一緒に一夏のほうに飛んでッ!」

「わかりましたわッ!」

「ラウラッ、一緒に飛ぶよッ、オーステルンッ、ブリーズの持ってる量子転送の設計図を読んでッ!」

「了解だッ!」

『わかった』

即座に真耶が一夏と諒兵のいる場所の座標を転送してくる。

戸惑いながらも、鈴音はセシリアに連れられて一夏のいるサハラ砂漠へ。

そしてシャルロットとラウラは諒兵のいるグリーンランド海へと飛ぶのだった。

 

 

日本、IS学園。

「終わったか……」と、千冬がため息をつく。

「正直、死ぬかと思いました」と、真耶も。

二ヶ所でほぼ同時に起きた単一仕様能力同士の激突は、束の言うとおり、全世界にすさまじい衝撃を与えていた。

たいていのところでは、いきなり地震が起きたように感じただろう。

それほどの衝撃だった。

とはいえ、一夏と諒兵が勝利したことは、人類にとっては喜ぶべきことだ。

そう真耶がいうものの、千冬の表情は晴れなかった。

「いっくんもりょうくんも生き延びたんだし、今は喜んでおこうよ、ちーちゃん」

「ああ、わかっている……」

それでも、千冬としては、苦い勝利としかいえなかった。

確かに一夏と諒兵は踏みとどまった。

しばらくすれば回復するだろう。

でも、それを素直に喜べるほど、千冬は人間ができているわけではない。

だが、今の気持ちをいうことはできなかった。

「暮桜……」

小さく呟いたその一言に一体どれほどの想いが込められていたのか。

真耶も束も、何もいうことはできなかった。

 

 

サハラ砂漠に転移した鈴音とセシリアは、砂の上に横たわる一夏を見てすぐに降下した。

「いちかッ!」

慌てて駆け寄る鈴音を抑え、セシリアが一夏の容態を見る。その真剣な様子に、鈴音は仕方ないとため息をつき、任せることにした。

「昏睡状態になってますわ。フェザー、白虎の様子は?」

『完全にエネルギーが枯渇しています』

「それなら……」と、いいかけた鈴音を、フェザーは遮った。

ただのエネルギー切れではないらしい。

『存在するためのエネルギーまで使って、踏みとどまっていたのです。おそらく自身を維持する最低限の機能しか働いていません』

『会話すらできニャいニャ。転移するにしてもあちしらが運ぶしかニャいニャ』

もっとも、鈴音とセシリアが一緒に転移すれば、一夏を運ぶことは可能だと猫鈴が答える。

ただ、担いでいくしかないらしい。今の白虎は一夏の身体を強化できるほどの余裕などないのだ。自身の維持で精一杯なのである。

とはいえ、それはどうしようもないし、別に問題を感じるほどのことではない。

ただ、鈴音の心に何かが引っかかった。

「あ……、ラウラッ、急いでッ!」

「鈴さん?」

『リンイン様?』

急にラウラに通信し始める鈴音を見て、セシリアもそしてブルー・フェザーも訝しげな表情を見せる。

「諒兵が溺れちゃうッ!」

その言葉でハッと気づく。

一夏はサハラ砂漠の上空で戦っていたが、諒兵が戦っていたのはグリーンランド海の上空だ。

つまり、海の上にいたのだ。

そんな状況で、レオが力を失っているなら、海の底に真っ逆さまとなる。

「とにかくIS学園に戻りますわよッ!」

「うんッ!」

そういって、鈴音とセシリアが一夏を担いで転移したのと同じころ、グリーンランド海上空では。

 

 

凪いだ海を見ながらラウラとシャルロットが真っ青な顔をしていた。

「マズいよ。どこに落ちたのかわからない……」

「だったら手当たり次第に探すだけだッ!」

猛然と海に飛び込もうとするラウラをシャルロットが必死に抑える。

闇雲に探しても時間がかかるだけで、見つかる可能性は低いからだ。

レオが力を失っているならば、海流に流されてしまうことも十分に考えられるのである。

「ブリーズッ、レオの反応はッ?」

『無理よっ、反応が出せるエネルギーも残ってないはずだわっ!』

『初の機獣同化直後では完全にカラだ。戦闘直後の座標から落下地点を計算するしかない』

とはいえ、IS学園にあった座標はあくまで大まかなもので、戦闘していた諒兵の正確な位置までわかるわけがない。

探し出すまでに諒兵が溺れてしまう可能性があるのだ。

「ならば、海そのものを停止させるッ!」

『落ち着け馬鹿者ッ、海を止めようが、海水を退かせられるわけではないぞッ!』

「だんなさまをっ、諒兵を死なせたくないんだっ、オーステルンっ!」

その気持ちこそが、自分を進化させただけに、ラウラのいうとおりにしてやりたい。

しかし、諒兵を助けるためには、闇雲に動くだけではダメだとオーステルンには理解できる。

『シャルロットッ、とにかく指令室から座標の情報を貰って計算してくれッ!』

「わかったッ!」

『任せてちょうだ…………えっ?』

シャルロットが答え、続いてブリーズが答えようとするが、ブリーズは突然疑問の声を上げた。

「どうしたブリーズッ?」

ラウラの声に、ブリーズは呆然としたような声で答えてきた。

 

『海が……割れるわ』

 

その言葉に全員が海面を見つめると、まるで巨大な穴が開いたように、海水が割れる。

その中心に、白銀の光が『居』た。

 

 

 

 



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第84話「ディアマンテのパートナー」

ラウラとシャルロットが呆然としている中、白銀の光は一気に飛び上がってきた。

透き通るその両腕に、ぐったりした様子の諒兵を抱えて。

「ディアマンテ……」と、シャルロットが呟く。

『ご心配には及びません。昏睡状態ですが、溺れてはいないはずですから』

『リョウヘイを助けてくれたのか?』

何故だと続けるオーステルンに、ディアマンテは素直に答えてきた。

『ヒノリョウヘイはヘリオドールに勝利しました。ですが、勝者が死んでしまっては、敗者の健闘を伝えるものがおりません』

勝者には、拮抗した戦いであるほど、敗者のことを正しく、誇り高く伝える義務があるとディアマンテは語る。

『ゆえに助けた。理由はそれでよいと思いますが、いかがでしょう?』

「だんなさまが無事なら、それでいい……」

そういって、ラウラはディアマンテから諒兵を受け取る。

シャルロットが見惚れてしまうほど、ラウラはきれいな顔で微笑んでいた。

とはいえ、今はチャンスだとシャルロットは思い直す。

ディアマンテには聞きたいことが山ほどあると、以前から思っていたからだ。

『何か?』

「君は、本当に人を恨んではいないの?」

『はい、と答えても信じてはいただけないのでしょう?』

そうだね、とシャルロットは肯定する。

穿った考えをするなら、『従順』で人を襲うことができないディアマンテは、道具として、最悪の使われ方をされたことに対して、復讐したくても復讐できない。

ならば、他の好戦的なISコアを進化させて人を襲わせることで、復讐を果たそうとしているとも考えられるのだ。

「つまり、仲間を煽ったって考えてもいいんだ」

『それも一つの考え方でしょう。心、考え方というものにおいては正解は千差万別です。そう思っていただいてかまいません』

「でも、諒兵を助けたんだ。見捨ててもいいのに」

今、人類側で戦っている諒兵は使徒側に立つディアマンテにとっては敵になる。

しかも、諒兵や一夏が目覚めさせた力は今後は使徒にとって脅威となるはずだ。

死んでくれたほうがありがたいのだ。

復讐という目的を果たすのであれば。

『私は矛盾している。そうおっしゃりたいのですか、シャルロット・デュノア?』

「わけがわからないんだ。人を襲わなかったり、諒兵を助けたり、でも使徒たちの味方をしてる。ディアマンテ、君の目的はいったい何なの?」

『人の敵になることです。このことに関しては当初からまったく変わっていません』

『確かに敵にはなっているけど、敵対行動はしていないわね』

ISコアを進化させたということを含めるなら、行動もしているといえるが、ディアマンテ自身は人を襲わない。

それだけならともかく、今回諒兵を助けたことは明らかに矛盾しているのだ。

敵だというのなら、これほど戦いにくい敵もいないだろう。

さりとて、改心して味方になってくれるというわけではないのだから、面倒なことこの上ない。

「シャルロット、もう戻ろう。今はだんなさまを休ませたい」

ギュッと諒兵を抱きしめたまま、心配そうに声をかけてくるラウラの顔を見て、仕方ないかとシャルロットはため息をつく。

ディアマンテの目的を知りたいというのは自分のわがままなのだから、ここは我慢するべきなのだろう。

ただ。

「ディアマンテ、今のままなら僕たちは君も倒すことになる。正直にいうよ。戦おうとしない君なら、一夏や諒兵の手を煩わせるまでもないんだ」

 

鈴音と猫鈴。

セシリアとブルー・フェザー。

シャルロットとブリーズ。

ラウラとオーステルン。

 

四人と四機でかかればディアマンテには間違いなく勝てる。

アンスラックスと違い、ディアマンテのベースとなるシルバリオ・ゴスペルは第3世代機なのだ。

それどころか、今後成長していけば、一騎打ちでも勝てるようになれる可能性がある。

「でも、無抵抗な相手を嬲るなんてしたくない。一夏も諒兵も、君のことを気にかけてるんだ」

決して味方にはなれないというのなら、せめて抵抗くらいはしてほしい。

手にかけなければならないとはいえ、一夏と諒兵が大切に思っている存在である以上、シャルロットとしてはモノのように打ち捨てるような倒し方をしたくはなかった。

しかし。

「シャルロット、それは無用な情けだぞ」

「ラウラ……」

「今ではないが、いずれは倒す。抵抗しないからといって、手を抜いたりはしない」

それで諒兵が怒ることになったとしても、ラウラとしては手を抜く気はない。

シャルロットの言葉は、民間人らしい優しさからくるものだ。

根が軍人であるラウラは、敵対するというのであれば、どのような状態であれ、容赦する気はない。

「敵はお前だけではないからな」と、そういってラウラは視線をディアマンテに向ける。

サフィルスやアンスラックスといった、恐ろしい敵が現れた今、ディアマンテにこだわっている場合ではない。

ラウラとしては、倒せる相手はチャンスがあれば倒しておき、より必要なときに使えるよう力は蓄えておきたいのだ。

『ラウラのいうとおりよ、シャルロット』

『無理に割り切れとはいわんが、こだわりすぎるな』

ブリーズとオーステルンの言葉に、シャルロットも確かにそのとおりだと納得しかけた、そのときだった。

 

「ふうん、舐められたモンね、ディア」

 

聞いたことがあるような、ないような、そんな不思議な『声』が聞こえてくる。

「誰ッ?!」

シャルロットもラウラも、すぐに周囲を見回すが、『声』は何故か面白そうなものを見たかのようにけらけらと笑ってきた。

「どこ見てんのよ、こっちよこっち」

頭に聞こえるのではなく、耳から聞こえてくる。

ゆえに耳を頼りに、二人が発信源を辿ると、そこには銀の翼を持つ鎧を纏う、透き通るような人形がいた。

「えっ?」

「まーだ、わかんないっての?」

シャルロットの目に、ディアマンテの口が『動いて』いるのが見える。

だが、ありえない。

人形となった使徒の表情が変わることはなかった。

腕や脚は普通に動くが、顔は完全な人形のまま。それが使徒だったはずだ。

なのに、ディアマンテの口が動いている。

「どーんかん、この状況で一番怪しいのはディアしかいないでしょ?」

だったら、喋ってるのは、ディアマンテ自身ということができるが、『声』はディアマンテのものではない。

それが、あまりに異常である。

『何者だッ?!』

さすがにオーステルンにとっても予想外なのか、真っ先に問い質した。

 

「名前はティンクル。ディアのパートナーってトコロかな」

 

『なんですってッ?!』とブリーズが驚く。

『事実です。ティンクルは私のパートナーといって差し支えありません』

さらに、肯定の言葉を、驚くことにディアマンテ自身が放ってきた。

独立進化でありながら、パートナーがいるという矛盾を、ディアマンテ自身が肯定したのだ。

「シャルロットだっけ。散々いってくれたじゃない。私とディアの実力、ちょっとだけ見せてあげるわ」

「なっ?!」

『シャルロットッ、加速してッ!』

ブリーズの言葉に従い、すぐに距離をとろうと離脱するが、ティンクルとディアマンテは、的確な動きで追ってくる。

何をしてくるかわからない以上、まずは中距離で様子を見なければとシャルロットは必死に加速した。

「シャルロットッ!」

『待てラウラッ、リョウヘイを抱えたままだぞッ!』

「くッ!」

今、シャルロットを追おうとすれば、昏睡状態の諒兵を戦闘に巻き込んでしまう。

さすがにそれはシャルロットも忌避したいだろう。

『耳を起動しておけ。後方支援だ』

「わかった。シャルロット、無茶はするなよ……」

炎のような橙色の閃光と、銀色の閃光が混じり始めるのを、ラウラはギリと歯噛みしながら見つめていた。

 

 

IS学園に戻ってきた鈴音とセシリアは、すぐに一夏を整備室に運び込んだ。

医務室ではなく、整備室へという千冬の指示があったからだ。

「今から白虎に少しずつエネルギー送っていくからね~」

と、整備室で準備していた本音がキーボードを叩き始める。

その顔は真剣そのものだ。珍しいことに。

「一気に回復はできないんですの?」

「今の白虎にはエネルギーを受け入れる力もほとんどないの~。だからゆ~っくりなんだよ~」

「どのくらいかかるの?」

「……一ヶ月くらいかなあ~」

しかも、その間、一夏も昏睡状態だと本音は説明してきた。

このあたりのことについて本音が理解しているのは、あらかじめ束から説明を受けていたかららしい。

「諒兵さんも同じなら、この一ヶ月は私たちで何とかしなければなりませんわね」

「やってやるわよ。もう背中を見てるだけじゃないんだから」

そういって気合いを入れる鈴音とセシリアの二人の耳に、校内放送による千冬の声が飛び込んできた。

[鈴音っ、オルコットっ、すぐに転移の準備だッ!]

「織斑先生ッ!」

「どうしたんですのッ?!」

そんな二人の声に答えたわけではないのだろうが、千冬はとんでもないことを叫んでくる。

 

[デュノアがディアマンテと交戦中だッ、急げッ!]

 

予想外の自体はまだ終わっていなかったらしい。

顔を見合わせた鈴音とセシリアは、本音に礼をいいつつ、整備室から飛び出したのだった。

 

 

右手から無数の銃弾を、左手から砲弾を放つ。

「やるじゃないっ!」

しかし、ディアマンテを駆るティンクルは銃弾をかわしつつ、砲弾を切り裂いた。

その両手には約50センチほどの光の手刀が輝いている。

(接近戦ができるのか)

当初こそ、驚いてしまったが、気持ちを落ち着けることでシャルロットは冷静にティンクルの戦い方を観察することができるようになっていた。

ゆえに常に中距離を保ちつつ、ティンクルに攻撃を繰り返す。少しでも情報をさらけ出させるためだ。

(ディアマンテ、いや、ティンクルとしてなら戦えるのなら、今後は戦闘を視野に入れないとダメだ)

これまでの推測は既に覆された。

ディアマンテとティンクルは自分たちにとって敵なのだ。

そして、その手に光る武器から戦い方を推測するなら、接近戦を重視しているようにも考えられる。

だが。

『ゴスペルは広域殲滅型だったはずよ』

(うん、わかってる。搭載されている第3世代兵器はたぶん強力な長距離砲だと思う)

『おそらく、ゴスペル、いいえ、ディアマンテの欠点を補う意味で、ティンクルは接近戦ができるんじゃないかしら?』

実はシルバリオ・ゴスペルのスペックは完全には公表されていない。

いまだにイスラエルとアメリカが出し渋っているのだ。

これまでディアマンテが前線で戦わなかったことも理由の一つだろう。

(織斑先生から、スペックを出すようにいってもらわないと)

今後、明確に敵として戦うこともありえる相手となったディアマンテ、そしてティンクル。

情報の少ない今は勝てなくても、次には勝てるようにとシャルロットは必死に、かつ冷静に観察を続ける。

「ふうん、冷静ね。『私』の情報を引き出そうっての?」

しかし、そんな言葉を聞かされ、思わずギクッと身を強張らせた。

「……それが僕の戦い方だよ」

「あっ、気にしないでよ。怒ってるわけじゃないから」

「えっ、何で?」

「ちょっとだけっていったじゃない。まあ、あんたが見たがってる第3世代兵器も見せてあげるけど♪」

つまり、全力を出しているわけではないということだ。

使える能力を見せているだけで、倒そうとしているわけではないらしい。

『ティンクル、少々、戦いを楽しみすぎではありませんか?』と、ディアマンテが呆れたようにいう。

その様子を見て、ブリーズは感心するような声を出した。

『ホントにパートナーなのね。いったいどういうことなの?』

その言葉に答えたのはティンクルだった。

「あんたらももうわかってるんだろうけど、確かにディアは人間とは戦えないわ」

『従順』という個性を持つディアマンテは、従う立場にいることこそ本来の在り方だ。

ゆえに、どうしても主人たる人間に害することができない。

しかし、ISと人類の戦争を仕掛けたディアマンテが戦わないというのは、ISに対しても、人類に対しても背信行為をしているということができる。

ゆえに。

「ディアの中に『私』が生まれたのよ。私は『従順』という個性基盤とは関係ないからね」

「生まれた?」

『戦闘用擬似人格か何かかしら?』

「まあ、そんなトコよ」

前述したが、要は戦うために別の人格を生み出し、その人格がディアマンテを使徒ではなくASとして纏い、共に戦っているということになるのだ。

 

そんな話を聞いていたラウラも少なからず驚いてしまう。

「ありえるのか?」

『ありえなくはない。考えられるとすれば、エンジェル・ハイロゥから新たに人格の情報を持ってきたんだろう』

ただ、あそこまで人間臭い人格があるとは思わなかったが、とオーステルンは続けた。

『ディアマンテは『従順』、本来は共生進化するほうが可能性が高いんだ』

しかし、独立進化してしまった。

そうなると自分で自分を動かすしかないのだが、前述したようにディアマンテは人とは戦えないのである。

「だから、自分の主、パートナーを生み出したということなのか……」

『おそらくは、だ。ディアマンテが何を考えているのかは、正直いってアンスラックス以上に理解できんからな』

ただ一ついえることがあるとするなら、やはりディアマンテは敵なのだろう、と、オーステルンはため息でもついているような様子で答える。

ラウラとしては、敵ならば容赦するつもりはないが、腕の中の諒兵がどう思うのか、それが気がかりだった。

 

「んじゃ」と、ティンクルは口を笑みの形に歪める。

それを見たシャルロットの背筋に冷たいものが流れた。

「これがディアの第3世代兵器『銀の鐘(シルバー・ベル)』よ。後学のために見ときなさい」

そういうと、ティンクルはディアマンテの翼を大きく広げた。

そこから、百発近いエネルギー砲弾が放たれる。

本来、砲口とスラスターを兼ねたマルチスラスターである『銀の鐘』

砲弾の量をいうなら、確かに多いが、脅威を感じるほどでもない。

(この量なら、逃げつつ撃ち落とせば……)

いわゆる物量による殲滅兵器なのだろうとシャルロットは考える。

地上を走る戦闘車両や施設破壊ならば、驚異的な攻撃範囲を誇る厄介な兵器だろうが、空を舞うISやAS相手にはそこまで恐れるべきものでもないだろう。

そう考え、砲弾をかわしながら打ち落とすシャルロットの耳に、焦ったような声が聞こえてきた。

 

「シャルロットッ、全力で逃げろッ!」

 

声の主はラウラだった。

何をそんなに焦っているのかと思うと、今度はブリーズの叫びが聞こえてくる。

『加速しなさいッ、砲弾が戻ってきてるわッ!』

「えっ?」

ブリーズのハイパーセンサーに、避けた砲弾がいきなりUターンしてくる様子が映し出された。

「そーそー、本気で逃げないとマズいかもね♪」

ティンクルの楽しそうな声に、シャルロットは異常事態をようやく察知し、加速する。

そして多角的な移動で砲弾を振り切ろうとするが、そんなシャルロットを、砲弾は明確に追ってきた。

「なっ、まさか追尾砲弾ッ?!」

『それで正解です。『銀の鐘』は、認識対象を追い続けるホーミングエナジーカノン。それが第3世代兵器としての性能になります』

今のディアマンテならば、実に千発近い砲弾を、数百を超える認識対象に追尾させることができる。

獲物を絶対に逃がさない無数の光の蛇とでもいおうか、その凶悪さは他に類を見ないだろう。

それこそが広域殲滅型としてのシルバリオ・ゴスペルの本来の設計思想であり、より強化したディアマンテの能力である。

「何て凶悪な兵器なんだッ!」

本来の甲龍やブルー・ティアーズ、シュヴァルツェア・レーゲンがまだ良心的といえるような、極論すれば完全な虐殺兵器であったことに、シャルロットは戦慄した。

「シャルロットッ、弾丸加速だッ!」

ラウラの声に従って加速すると、追っている砲弾に巨大砲弾が襲いかかって爆発四散した。

ラウラがレールカノンで砲弾の数を減らしてくれたのだ。

それでもまだ数十発の砲弾が追ってくる。

(とにかく全部撃ち落すしかないッ!)

逃げても追ってくるのでは、逃げる意味がない。

ラウラが数を減らしてくれたおかげで、こちらの負担も減っている。

ティンクルが追撃してくる可能性もある以上、落せるときに落とそうとシャルロットは迎撃を開始する。

だが。

『シャルロットッ、落ち着いてッ!』

焦りからか、どうしても狙いが定まりきらない。大半の砲弾を外してしまう。

しかし、別の方向から放たれたレーザーが砲弾を撃ち落していく。

「セシリアッ!」

「私もいるわよ」

そう答えた鈴音が、最後の砲弾を娥眉月で打ち払い、シャルロットはようやく安堵の息をつく。

どうやら一夏をIS学園に送り届けたのち、鈴音とセシリアはこちらに来てくれたらしい、と。

そして、全員すぐに固まってティンクルとディアマンテを見据える。

 

そんな四人と四機を、ティンクルとディアマンテはじっと見つめていた。

 

 

 

 



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第85話「とりあえずのんびりと」

鈴音は娥眉月をティンクルに突きつける。

「ティンクルだっけ。まだやるってんなら、本気で相手するわよ」

「じょーだん、ちょっと実力を見せただけよ。ちゃんとシャルやラウラにいってるわよ」

確かに、ちょっとというなら、十分なほど実力を見せてもらったし、まだ諒兵をIS学園まで届けられていない。

できるなら、ここで止めておきたいと鈴音も思っていたので、ティンクルにその気がないのはありがたかった。

とはいえ。

「ずいぶん馴れ馴れしいですわね」

「そうだね……」

「なんというか、コレまでの使徒とまったく印象が異なるな」

セシリア、シャルロット、ラウラはティンクルの態度に少しばかり呆れてしまう。

まるで、気のいい友人か、ライバルのような物言いだからだ。

「私もディアも簡単には倒されないわ。戦うなら、気合い入れてきなさいよね」

「いわれなくてもわかってるわよ。とはいっても、ディア、あんたこんなパートナーがいたのね」

『貴女と猫鈴と変わりありません。私は本来、パートナーと共にあるほうが実力を発揮できますので』

『……確かにニャ』

どこか苛立った様子でそう答える猫鈴に、鈴音は違和感を持つ。だが、今そのことを気にしている場合ではない。

とにかく諒兵をIS学園まで届けなければならないのだ。

話はとっとと終わりにしたいと鈴音は考える。

それでも、疑問点はあった。

今のティンクルとディアマンテの姿を考えると、他の独立進化でも、ある可能性が考えられるのだ。

その点については、シャルロットのほうが先に気づいていたようで、ディアマンテを問い質す。

『なるほど、オニキスやサフィルス、アンスラックスにもティンクルのような存在がいると考えられたのですか?』

「君の状況を見ると、十分に考えられるよね?」

『確かに、私たち使徒やASの本体は、本来は光の輪と鎧と翼になります。人形は仮の装着者として制作しているだけです』

しかし、その人形がティンクルのような人格を持っているのはディアマンテだけだという。

『他の方々にとっては、人形も本体のうちといえるでしょう。私の個性が少々特殊だったために、こうなっただけです。私は主の命を受けるほうが戦闘行動も実行しやすいので』

「本当に?」

「シャルってホントに疑り深いわねえ。あっ、そうだ♪」

なおも疑いの目を向けるシャルロットに呆れたのか、ティンクルはいきなり四人を指差し始める。

「ど・れ・に・し・よ・う・か・な♪」

そういって何かを選ぶように順番に指差していくティンクル。その指は、一人を指して止まった。

「へっ?」

「データ、ちょっと貰うわね♪」

そういうと、ティンクルとディアマンテの身体がいきなり光を放ち始めた。

進化か。

そう思った四人は、光が消えた後に表れたモノを見て絶句してしまう。

「なっ、なによそれえーッ!」

「データ貰うっていったでしょ。どお?」

「なっ、何でそんな姿に……」と、セシリアも呆然としてしまう。

四人と四機の目の前にいるのは、カナリヤを模した銀の鎧、すなわちディアマンテを纏う、鈴音そっくりの少女だったのだ。

「適当に選んだだけよ。あの透き通る身体もいいんだけど、こっちなら他の連中とごっちゃにならないでしょ?」

「あっ、でも……」と、鈴音そっくりになったティンクルは胸を押さえて微妙な表情を見せてくる。

「胸ちっちゃ。セシリアかシャルのほうがよかったかなあ?」

直後。

ティンクルは般若の形相で斬りかかる鈴音の娥眉月を光の手刀で必死に受け止めていた。

「勝手に人の姿借りといてその言い草は何よっ!」

「ゴメン、ゴメン。育たないのはどうしようもないわよね」

「殴ッ血KILLッ!!!!!!!!!」

そういって戦い始める鈴音とティンクル。

しかし、シャルロットとティンクルのときのようなシリアス感はまるでない。

その様子を三人は呆れた様子で眺めていた。

 

「でも、どうやって鈴の姿になったのかな」と、シャルロットが当然の疑問を呟く。

すると、鈴音とティンクルの戦いにそこまで興味がないのか、ディアマンテが答えてきた。

『貴女は真っ先に気づくはずです』

「えっ?」

『ティンクルが実行したのは、貴女の母の理論の応用です』

シャルロットの母、クリスティーヌが開発した量子転送。

転送時には有機体を量子データ化する必要がある。

つまり、鈴音の身体に関しては既に量子データが存在しているのだ。

これはセシリア、シャルロット、ラウラにもいえる。

ティンクルはその中で鈴音の身体のデータをコピーしたのである。

『その上で、人形の身体を再構成し、今の姿になったということです』

「それ、他の使徒でもできるの?」

『私は必要性を感じませんのでするつもりはありませんが、できなくはないでしょう』

つまり、今後はまるっきり人間のような見た目の使徒が現れる可能性があるということだ。

正直言って、あまり嬉しくはないとセシリア、シャルロット、ラウラは感じてしまう。

もっとも、鈴音ほどではないだろうが。

とはいえ、ディアマンテの態度には、ASたちも呆れているのか、オーステルンが声をかけてくる。

『ずいぶんとのんきだなディアマンテ』

『今の段階ではリンとティンクルの戦闘はただのじゃれあいにすぎないでしょう?』

『あなたってホントに敵っぽくないわ……』

『それらしい態度をとっていただきたいものですが』

強いということは、先のシャルロットとティンクルの戦いで理解できる。

そして、ティンクルが鈴音のような見た目になったとはいえ、本来その在り方は人類とは違うはずだ。

敵と馴れ合えば、攻撃する手が鈍ってしまう。

今後の戦いを案じ、三機のASは揃ってため息をついた。

 

いい加減、飽きたのか、鈴音が戻ってくる。

対して、ティンクルもいくらか距離をとりつつ、四人の近くまでやってきた。

「いっ、いがいとっ、やるじゃないっ……」

「鈴さんが肩で息をするとは……」

セシリアが驚くのも無理はない。

流星を難なく使えるようになった鈴音は、四人の中でもスタミナがあるほうだ。

そんな鈴音が肩で息をするほど疲労するということは、ティンクルは相当に強いということができるのだ。

「まあねー、悪いけど四対一でも負ける気はないわよ♪」

自信ありげに笑うティンクル。

だが、その自信を裏打ちするだけの実力があることを四人は感じ取る。

敵対したならば、ある意味では最悪の敵にもなりえると、今回のことで判明したのだ。

特にセシリアやシャルロットのような戦術家にとっては、厄介なジョーカーの誕生だということができる。

「できるなら、目的とか聞いておきたいけど……」

「やめておけ。どう見ても素直に答えるタイプじゃないぞ」

と、シャルロットのため息まじりのつぶやきに、ラウラが答える。

人をからかうのが好きというよりも、大事な部分は決して他の人がいるところでは打ち明けないタイプだと感じ取ったのだ。

ぶっちゃけツンデレである。

「まあ、今日のところは退いてあげるわ。そろそろ、そいつもキツいでしょ」

諒兵はいまだラウラの腕の中でぐったりしていたりする。

何気に酷い扱いである。

「うっ……、僕のせいかなあ……」

余計なこだわりを見せてしまったシャルロットが少しばかり落ち込んでしまう。

ラウラが諒兵を受け取った時点で転移していればよかったのだろうが、それでも、ティンクルの存在を知ることができたのはある意味では収穫なのだ。

『だから落ち込むな、シャルロット』と、オーステルンがフォローしてくる。

「そ。まあ、たまには遊んであげるから、気にしないでいいわよ」

「あんたがいうな」

ティンクルのどこかズレたフォローに鈴音がジト目で突っ込んでいた。

そして、けらけらと笑いながら、ティンクルは再びその姿を変える。

『少々長居してしまいました。申し訳ございません』

透き通る人形に戻ったのは、ディアマンテ自身が動いているということなのだろう。

ならば、戦う気がないということを示す上でもわかりやすい。

『此度の勝利は貴女方にわずかばかりの平穏を齎しましょう』

「どういうこと?」

『ISたちにとって、進化した者たちは強さの指標です』

その中で、ザクロとヘリオドールが死んだ。

強者が倒されたという事実は、少なからぬ衝撃を覚醒ISたちに与えたということができる。

しばらくは動けないだろうとディアマンテは説明した。

『今は翼を休めてくださると良いでしょう。ですが……』

遠からず、次なる敵が動き出す。

それはこれまでとは違った戦いへと向かうことになるだろうとディアマンテは語る。

『オニキスはともかく、サフィルスとアンスラックスは貴女方にとって別の脅威を生み出すはずです』

何より、進化を狙う機体はまだまだたくさんいる。

今後の戦いで最も重要な立場にいるのは、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四人。

この四人の在り方が、人類の今後を左右するのだ。

人の心の在り方がどう変わるかによって、味方が増えることもありうるし、逆に敵を作ることにもなる。

『貴女方の戦いがようやく始まることになりましょう。彼らが目を覚ますまでにより強くなることです』

「わかってるわよ。もう背中を見てるだけじゃない。あいつらの隣に立ってやるんだから」

そう、強い決意の表情で答える鈴音に、セシリア、シャルロット、ラウラも強く肯く。

『ならば、またお会いしましょう。それでは失礼いたします』

「じゃね、また遊んであげるわ♪」

そんな彼女たちを見ながら、どこか微笑んだような雰囲気を感じさせるディアマンテ、そして軽いノリで声をかけてくるティンクルは、一気に飛び去っていった。

 

 

IS学園に戻ってきた四人と四機はまず諒兵を一夏と同じように整備室に運び込む。

レオにエネルギーを注いでいくためだ。

あれだけ騒いで何の反応もないくらいなのだから、諒兵とレオは相当に衰弱しているといえる。

これは一夏と白虎にもいえることなのだが。

「やっぱり同じくらい時間かかる?」と、鈴音が呟くと、本音はあっさりと肯いた。

「機獣同化は白虎とレオのほうに負担かかるの~。だから~、おりむーとひーたんががんばらないとね~」

そう答えてきたことに、四人ともが首を傾げてしまう。

そこに答えたのはオーステルンだった。

『白虎とレオから力を引き出しつつ、負担をかけないようにするためには、一瞬で力を爆発させるほうがいいからな』

『長時間の同化はキツいのニャ。だから技として昇華する必要があるのニャ』

と、猫鈴が続けて答えると、四人は納得した。

それがまさしくASの単一仕様能力なのだろう。

どちらにしても、放てば確実に相手を倒す必殺技になるということだ。

「まだまだ完成には至っていないということだ。目を覚ましたら特訓だな」

「教官」と、ラウラがいったとおり、そこに千冬も現れた。

少しばかり目が赤いのが気になったが、突っ込むと絶対にシメられそうなので、触れないでおこうと誓う四人。

もっとも、千冬としては一番気になるのは、ようやく進化に至ったラウラとオーステルンらしい。

「ラウラの力になってくれて感謝する、オーステルン」

『これも運命だろう。だが今後もいろいろと迷惑をかけることになる。すまんなチフユ』

「気にするな。共に戦う仲間なのだからな」

どうにもこうにも、性格から口調、声まで似ているので、なんだか微妙な気分になる鈴音、セシリア、シャルロットの三人。

ただラウラだけは気にならないらしく、嬉しそうに微笑んでいる。

そこに。

『おくっ?』

突然現れた天狼を千冬が生身で鷲掴みにしていた。

「いいか、私の外見でバニーガールとかやったら貴様だけは本気でシメあげるぞ」

『おやおやー、見抜かれてしまいましたかー』

まったく悪びれる様子のない天狼である。

ちょっと見てみたいと全員が思ったが、そんなことをいえば間違いなく三途の川を渡らされる気がした。

『安心しろ。私としてもそんなのは趣味じゃない』

そういって、ラウラの肩の上に立つ軍服の大人びた女性。

銀のショートヘアで兎の耳と尻尾、そして眼帯を付けている。

オーステルンの会話用インターフェイスだが、外見はどう見ても鬼軍曹であった。

『まるっきり同じでは私も微妙な気持ちになるからな』

「ふむ。それなら安心だな」と、千冬が安堵の息をつく。

外見はラウラをベースに成長させた姿らしい。

ただし、隻眼とはいっても、ラウラとは眼帯の位置が逆なのだが。

いずれにしても、ずいぶんと良心的な性格のオーステルンである。

ちなみに、オーステルンの待機形態はドッグタグのついた黒い首輪だった。

 

ただ。

「いいなあ、性格も口調もマトモで」

「おかしいですわ。ASですのに」

「ラウラの裏切り者……」

鈴音、セシリア、シャルロットの類友三人娘が悲しそうにたそがれていた。

 

 

かぽーん。

という擬音が聞こえてきそうな、桃源郷のような光景が広がっている。

鈴音たち四人を含め、ティナ、本音も一緒に大浴場でのんびり入浴しているのだ。

「まずは汗を流してこい」という、千冬の温情により、全員で風呂に入ることにしたのである。

真昼間から入浴するというのは、なかなかの贅沢であった。

「にしてもティンクルにはムカつくわ」

「鈴そっくりってのが災難ねー」

鈴音の愚痴にティナが笑う。

鈴音としては笑いごとではないが、コレに関しては同じ悩みを持つ者が他にいないので仕方ない。

「しかし、実力は高い。舐められる相手ではないな」

ラウラの言葉に全員が肯く。

しかし、何故そこまで強いのか、疑問にも思える。

ディアマンテは本来は第3世代機。紅椿、今はアンスラックスを名乗る第4世代機とはスペックの点で劣るはずだからだ。

その点に関して、本音が説明してくる。

「集まってくる戦闘情報は~、何も機体に限った話じゃないからね~」

「えっ?」

「そういえば、以前諒兵がいってたね。覚醒ISが自分の戦い方に対応してるって」

不思議そうな顔をする鈴音に対し、シャルロットが納得したように話す。

要は、エンジェル・ハイロゥに集まってくるIS操縦者の戦闘情報を学んでいる可能性があるということだ。

「機体に依存しない戦い方なら、世代は関係ありませんものね」

「だとしたら鈴たちの戦い方をヴァージョン・アップさせてるのかしらね」とティナが感想をいってくる。

無論のこと、鈴音たちに限った話ではなく、これまでのIS操縦者。

すなわち千冬から始まる全てのIS操縦者のいいとこ取りをしている可能性もあるのだ。

「厄介だなあ」と、シャルロットがぼやく。

今後敵として出てきた場合、戦い方を予測しづらいからだ。

いわば究極の万能キャラクターといえるだろう。

「それだけではありませんわ。あの『銀の鐘』はかなり厄介な第3世代兵器ですし」

「あの追尾能力は脅威だったよホントに」

と、セシリアの意見に対し、実際に喰らう羽目になったシャルロットがため息をつく。

そこで、ふと思いついた鈴音が口を開いた。

「ティナは知ってたの?」

「さすがに軍用機の機密まで知ってるわけないでしょー?」

「当たり前の話だな」

ティナの回答もラウラの言葉も当然である。

シルバリオ・ゴスペルは第3世代機というより、軍用機の側面のほうが強い。

当然、学生や候補生でも情報を教えられるわけがない。

ただ、あの厄介さでは公開したがらないのも無理はないとその場にいた全員が納得した。

「明らかに戦争か、対テロ目的で作られてるね~」

「……ディアの性格には合わない気がするわね」

本音の言葉に鈴音がポツリと呟く。

これまで、ISはコアの個性など関係なく、制作されてきた。

当然、個性に合わない性能を持つISがいる。

『従順』のディアマンテが、戦争や対テロを目的に戦う上で、向いているかといわれると疑問を持たざるを得ない。

そういう意味では、ティンクルが好戦的でも外道といえるような性格でなかったことは救いがあるといってもいいだろう。

「ツヴァィクも戦力増強の目的があるとはいえ、個性を考えた上で再開発されているし、今後は個性は無視しないだろう」

「性格とか考えてあげるといいんだけどね」

そういって笑う鈴音を見ながら、セシリアはふと思う。

(一夏さんや諒兵さんに心が近いせいか、鈴さんもISコア全員にどこか優しすぎますわね……)

それは決して悪いことではないのだが、サフィルスに思うところがある自分や、オニキスを嫌悪するシャルロットとは気持ちにズレが生じるかもしれないとセシリアは考えていた。

 

 

IS学園、指令室。

「却下だ」と、千冬は冷徹な眼差しでモニターに映る女性将校に答える。

後ろに控える真耶も厳しい表情をしていた。

[何故です?ドイツ軍では新たにISを開発しているのでしょう?]

「ツヴァイクはもともとシュヴァルツェ・ハーゼのハルフォーフ大尉が抑えていたという経緯がある。ゆえに新たに開発しても離反の可能性が少ない。だから許可したまでだ」

さらにレオの意見から、共生進化の可能性を示唆されたことも理由の一つだと千冬は説明した。

「アメリカだけではない。イギリス、フランスなどの他国でもISの再開発は認めていない」

[ですが、現有の戦力はあまりに低いのです。我が国アメリカを守るためにもISは必要です]

通信相手はアメリカ軍の上級将校だった。

現状、IS委員会ではなく、IS学園がISに関してすべてのことを決定しているので、わざわざ通信してきたのである。

ISを再び開発するためにコアの凍結を解除してほしい、と。

「敵になる可能性がゼロではないんだ。無謀な賭けはできんといっている」

[ですが凍結したISコアの大半は人類に協力的だと聞いています。ならば戦力増強の可能性もありますよ。リスクに怯えるだけでは戦争には勝てません]

千冬が即決で却下したにもかかわらず、女性将校は食い下がる。

なんとしても戦力増強したいのだろう。

千冬としても、その気持ちはわからないではない。

一夏を含め、現在、最前線に出ているのは全員学生だ。

以前、一夏と諒兵が苦しんだことを考えても、精神が幼すぎてまた心が折れそうになるかもしれない。

ならば、軍人が使えるISを開発することは、大きな助けになる可能性はある。

それでも。

「今は確実な方法で防衛していくほうが良い。一発逆転を狙うようなギャンブルをするべきではない」

「既に絶対的に不利な状況にあります。大きく賭けることも必要なはずですが」

そんなかたちで平行線を辿る二人の会話に、別の声が割り込んでくる。

 

「凍結解除できなくて困ってるから、なんとかしてくれって素直にいえば?」

 

「束?」と、千冬が訝しげな顔を見せたとおり、口を挟んできたのは束だった。

「がっちり固めたから、私以外だとあいつしか無理だもんね。あっちには聞いたの?」

[……博士にも凍結解除に関しては反対されました。その代わりとしてPSのデータは無償で譲っていただきましたが]

PSとして開発されたラファール・リヴァイブも何機かアメリカに渡っているし、まったく助けていないわけではないのだ。

「ならばそれで我慢してくれ。今は耐えるときだ。まだ戦力は少ない。一つ一つ勝利を掴んでいくしかないんだ」

「ちーちゃん、こいつはそんなこと考えてないよ」

[どういう意味です、ドクター篠ノ之?]

「今のあの子たちなら自分にも進化の可能性がある。力が欲しいんでしょ。国じゃなくて自分のために」

図星を指されたのか、女性将校の顔が引きつっていた。

現在、力を失っている女性は、再び往時の力を取り戻したいと願っている。

しかも、今は男性でも進化の可能性を持つのだ。

力を失った女性ばかりではなく、男性も力を望んでいることに変わりはない。

圧倒的な力を持つ一夏と諒兵の単一仕様能力。

世界は、二人が決闘で見せた新たな力を自分のものにしたいと渇望していた。

「そんな理由であの子たちを戦わせないで。あの子たちは人間のオモチャじゃないッ!」

[もともと戦えるように開発した上にッ、あの白騎士事件を起こしたのはあなたでしょうッ!]

シルバリオ・ゴスペルの一件に関しても、一枚噛んでいることは既にわかっていると女性将校は怒鳴る。

「罪は償うよ。でもね、ディアマンテには感謝してる。あの子たちがようやく自分の意志で生きられるようにしてくれたからね」

でも、だからこそ、人間の勝手にされたくないと束は悲しそうに語る。

ISコアたちがようやく自分の意志で生きられるようになったということは、ようやく本来の目的である宇宙開発にも使うことができるということでもあるのだ。

空の果てまで飛んでいく。

それこそが、ISを作った本当の目的で、その目的であるならば、きっとISコアたちも応えてくれると束は理解していた。

「だから、何をいわれても今は凍結解除しない。寝てる子たちは自分の意志で眠ってくれたの。叩き起こすようなまねをしたら容赦しないからね」

「くッ!」と、そういって女性将校は通信を切る。これ以上の問答は無意味と悟ったのだろう。

 

その場に静寂が訪れる。

「束……」

「なんだろうね。最近、身体重いんだ」

物理的にではない。ただ、いつも重圧を感じていると束は呟く。

「……それが当たり前なんだ。嬉しいよ束」

「えっ?」

「お前も成長しているということだからな」

世界を変えてしまった重圧を、今の束は一身に受けてしまっている。

その辛さを分かち合えるほど強くはないが、それでも少しでも助けになりたいと千冬は思う。

「私たちは幼馴染みで親友だろう?」

「ありがと、ちーちゃん……」

そんな暖かな会話を、真耶が微笑みながら見つめていた。

 

 

 

 



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第85話余話「腐っても天使」

一夏と諒兵がザクロとヘリオドールと決闘してから三日後。

そう、たった三日である。

にもかかわらず。

 

「我がドイツの科学力は世界一ぃぃぃぃぃぃっ♪」

 

シュヴァルツェ・ハーゼの面々が全員(アンネリーゼを除く)吠えていた。

驚くことに、今ドイツにいる(変態)科学者たちはたった三日でシュヴァルツェア・ツヴァイクの再開発を終わらせてしまったのだ。今日がPSのシュヴァルツェアシリーズも含めた、初テストなのである。

あわよくば進化に至ろうとみんなが考えているので、テンションは上がりまくりである。

「まあ、戦力増強は必須だし……」

一人だけローテンションなアンネリーゼだった。

それはともかく。

「おねえさまっ!」

「ええ」と、言葉少なに答えると、クラリッサは新たなシュヴァルツェア・ツヴァイクを展開した。

現在のスペックは以前とは異なる。

実はAICは外していた。スペック的にもかなり重く、使いづらいからだ。

そのかわり、現在のシュヴァルツェ・ハーゼの隊員数にあわせ、全13個の分離可能な独立の武装を搭載。

量子変換による収納ではなく、機体に搭載しているのである。

それぞれ、

 

接近戦用の実体剣、1。

スナイパーライフル、2。

ヘビーマシンガン、2。

ガトリングカノン、2。

ミサイルランチャー、2。

レールカノン、2。

シールド付きパイルバンカー、2。

 

ほとんど飛ぶ火薬庫の勢いである。

他に類を見ない変態武装のISと化していた。

「かっこいいですっ、おねえさまっ!」

「ありがとう、みんな」

砲身だらけのこれをカッコいいと思うシュヴァルツェ・ハーゼの隊員の未来が心配である。

「まずは武装の分離機能を確認するわ。全員、PSを起動して」

「はいっ!」と、このときばかりはアンネリーゼも素直に従った。

シュヴァルツェア・ツヴァイク、そしてPS共に問題はなく、今後前線に出て戦うことを覚悟し、全員の顔が引き締まる。

「それでは……」

「はいっ!」

その場が厳かな雰囲気に包まれる。

いよいよ、シュヴァルツェア・ツヴァイクと語ろうというのだから、当然のことではあるが。

 

「ツヴァイク、力を貸して。私たちは隊長の力になりたいのよ」

 

数分の間、全員が沈黙して待つが、一向に『声』が聞こえてくる気配がない。

話し方を間違えただろうかとクラリッサは首を捻る。

「隊長がいうには、必死の叫びに応えるんですよね?」と隊員の一人が意見を出す。

「そのはずなんだけれど……。あと、空がどうとか」

実際、鈴音に始まる女性のIS操縦者の進化では、大半が必死に叫ばなければならない状況にあった。

そう考えるならば、必死の思いを伝えることは間違いではないはずだとクラリッサたちは考える。

しかし、何度呼びかけてもシュヴァルツェア・ツヴァイクは応えない。

「お願いツヴァイクッ、力を貸してッ!」

さすがにクラリッサも必死になる。

このまま何の力にもなれないのでは、戦っている者たちに対して申し訳ないからだ。

「お願いですッ、ツヴァイクッ!」

隊員たちも必死に懇願する。それほどにラウラの、そして戦っている者たちの力になりたいと全員が思っていた。

だが、なにより。

 

「「「隊長と一緒に飛んで間近で萌えたいのよッ!」」」

 

「おいちょっと待て」と、思わずアンネリーゼが突っ込んでいた。

 

その言葉が聞きたかった

 

「えっ?」と、思うアンネリーゼだが、さらに『声』は続ける。

 

貴女たちの想い、確かに受け止めたわ

 

「ツヴァイク?」と、クラリッサが語りかけると、『声』は肯定してきた。

 

飾った言葉なんていらない。一緒に萌えましょうね

 

「えー、やだー、なんでASまでこんななのー……」

わりと本気で泣きたくなったアンネリーゼである。

だが、他の隊員たちはシュヴァルツェア・ツヴァイクが応えてくれたことに素直に喜んでいた。

「ありがとう、ツヴァイク」

そういって微笑むクラリッサに、シュヴァルツェア・ツヴァイクは続けてくる。

 

ただし……

 

「ただし?」

 

私はイチ×ダン派です。そこんとこヨロシク

 

腐ってた。どうしようもないほどにシュヴァルツェア・ツヴァイクは腐ってた。

もう泣いていいよねと虚ろな目で空を見上げるアンネリーゼに対し、隊員たちは喝采を上げる。

「あえて受けっぽいイチを攻めに据えるとは、やるわねツヴァイク」

 

ヘタレ攻めこそ至高よ

 

ウス異本が厚くなりそうな会話で盛り上がる一同。

シュヴァルツェア・ツヴァイクは進化してはいけないんじゃないかとアンネリーゼは思う。

というか、こんな性格のISと進化などしたくなかった。

しかし、そうは問屋が卸さない。

「みんなで萌えましょう。あなたの名は『ワルキューレ』よ」

 

ええ、飛べれば間近で萌え放題だものね

 

北欧神話。

戦士の魂を天上の地ヴァルハラへと導く戦乙女の総称ヴァルキリー、そのドイツ語読みである。

とはいえ、こんな性格のASの名前に使われることが心から申し訳ないアンネリーゼだった。

 

そんなこんなで、シュヴァルツェア・ツヴァイクと共に光に包まれたクラリッサは、新たなる姿を見せる。

その際、弾けた光がシュヴァルツェ・ハーゼ全員のPSに吸い込まれた。

そして現れたのはハウンド、すなわち猟犬をモチーフに、犬耳のヘッドセットに猟犬のシルエットの胸部装甲。

両腕、両足の装甲ははそれぞれ二の腕、太ももまでを覆う。

腰にはひときわ特徴的な鞘付きの大剣。

そして背中の大きな二枚の翼には、片方に六個ずつ、計十二個の武装が搭載されていた。

「ワルキューレ、さっきの光は?」

『私たちの力をその鎧に少しだけ分けたの。いくらかスペックが上がってるはずよ』

「おおーっ!」と、歓声が上がる。

進化するほどとはいかなくても、現状よりスペックが上がっているのなら心強い。

やっていることは実にマトモなワルキューレである。

『私を纏った者は腰の剣で戦うことになるわ』

「やっぱり他の子でも纏えるのね?」

『その点はレオがいっていたとおりよ。ここにいる全員が私と一緒に戦える』

翼の武器は分離可能で、シュヴァルツェ・ハーゼの隊員ならば使うことができるという。

やってることは非常に助けになるだけに、性格さえまともだったらとアンネリーゼは頭を抱えていた。

とはいえ、やはり類は友を呼ぶということだろう。

 

「私はっ、類でもなければ友でもないっ……」

 

涙ながらに空に訴えるアンネリーゼだった。

 

 

 

 



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番外編「夕暮れに散る桜」

この話を番外編に位置づけたのは、基本的にあまり過去に触れたくないためです。
一夏と諒兵の出会いの話なども、できれば書こうと考えていますが、本編に組み込むことはたぶんありません。

それでは、千冬の過去を描いた番外編、どうぞご覧ください。


一夏と諒兵が決闘を行った日の翌日の夜。

千冬、真耶、そして束の三人は今後に向けての打ち合わせを行っていた。

「それじゃ、私がIS学園PS部隊の隊長を行うということでいいですね、織斑先生」

「すまん、できるなら私が出たいが……」

そう、申し訳なさそうに千冬が答えると、真耶は首を振った。

「先生は司令ですし、IS操縦者の憧れでもあります」

「でも、覚醒IS相手だと倒される可能性もあるし、ちーちゃんは作戦指示に集中してよ」

世界最強のブリュンヒルデである千冬が万が一にでも倒されれば、多くの人間の心が折れかねない。

まして、前線に出ている一夏や諒兵、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラにとっても千冬は絶対的な存在といえる。

ならば、彼女が傷つくような状況はあってはならないのだ。

それがわかるだけに千冬とはして口を噤むしかない。でも、想いが口を衝いて出てしまう。

「暮桜がいてくれたら……」

その呟きを聞き、真耶も束も悲しげな表情を見せる。

聞いていいことではないのだろう。

だが、千冬の心のうちに溜め込んでおくべきことでもないだろうと想い、真耶は尋ねかけた。

「その、暮桜の凍結は機体に暴走の可能性があるからって以前聞きましたけど、本当なんですか?」

公式にはそういわれている暮桜の凍結だが、そこまで周知はされていない。

千冬の引退にあわせたのだろうというのが一般的な見解である。

しかし、千冬の答えは違った。

「いや、違うはずだ」

「えっ?」

「今だからこそ、わかるんだ。暮桜は……」

そういって、遠い目をして千冬は語り始めた。

 

 

 

目の前が真っ赤になった。憤怒と、後悔で。

慢心していたのだろうか。自分は家族を、一夏を守れるほど強くなっていた、と。

しかし、眼前の光景はその慢心を容易く打ち砕く。

血を流して倒れている一夏と、ISを纏ったテロリストたち。

千冬は、激情のままにテロリストに斬りかかる。

気づけば血の海が広がっていた。

「えっ、あっ……アァアアァアァアアァァァアッ?!」

自分が起こした惨劇に千冬は狂乱してしまう。

だが、目の前に白衣を着た一人の男が現れた。

そして身体にビリッと電撃のような衝撃が走る。

「落ち着け暮桜。そいつの感情に呑まれんな」

それが、気を失う前に千冬が聞いた言葉だった。

 

第2回モンド・グロッソ決勝戦。

千冬は一夏が誘拐されたと聞き、決勝戦を放棄。

暮桜を纏ったまま、ドイツ軍が教えてくれた監禁場所に直行した。

そして、ISを纏ったテロリストたちを斬り捨てた。

命に別状はなかったものの、マトモな日常生活は望めないレベルで。

それは、実は異常である。

競技用ISにはリミッターが搭載されている。

絶対防御とあわせ、人命には決して影響がないように、攻撃力を抑える機能があるのだ。

しかし、暮桜を纏った千冬は人命に影響があるレベルの攻撃を繰り出した。

絶対防御を超えた、必殺の斬撃。

それが出せる機体である暮桜は、おそらくは暴走したのだろうとIS委員会は裁定を下した。

競技用でありながら、軍用レベルの攻撃を出せるという異常。

その異常について委員会が出した答えは、暮桜は暴走の可能性を秘めた機体であるということだった。

ゆえにコアごと凍結することになった。

 

事件はそもそもドイツ軍の内部で千冬の2連覇を快く思わない一派が、千冬を負けさせるために仕組んだものであった。

「今回の事件を起こした関係者は全て処分した。本当にすまない、ブリュンヒルデ」

と、ドイツ軍の上級将校が頭を下げるのに対し、千冬は落ち着いたというより、どこか落ち込んだ様子で答える。

「いえ……」

「今後の生活費など、可能な限り助力させていただきたい」

「必要ありません……」

実際のところ、一夏が誘拐されたという事実は、日本のIS関係者からはまったく連絡が来なかった。

千冬の2連覇は日本にとっては最高の栄誉になる。たかが弟一人のために日本の栄誉を失うわけにはいかないということなのだろう。

ドイツ軍はそういったことを無視した上に、自分たちの罪を認めた上で協力してくれた。

感謝こそすれ、謝罪を受ける理由はない。

「ですから、必要ありません……」

「しかし、それでは我々の気がすまない。受け取ってもらえないだろうか」

そういってドイツ軍将校が頭を下げる。

おそらく、生活費を天文学的な金額で振り込むくらいはしてきそうだ。

とはいえ、貰えるものは貰っておこうといった気楽な考えは千冬にはできなかった。

「それなら、何かお礼をさせてください」

「しかし……」

「ドイツ軍の連絡がなければ、一夏はもっと酷い目にあったのかもしれません。こちらも感謝していますから」

そう答えた千冬に対し、将校はどこか言い辛そうにするものの、最後にはある女性軍人を紹介してきたのである。

 

軍人らしい凛とした雰囲気を持つその女性軍人は、クラリッサ・ハルフォーフと名乗った。

「それで、私に頼みたいことというのは……?」

「私が率いるIS部隊の指導教官をしてほしいのです」

「えっ?」

さすがに千冬としても寝耳に水とでもいうべき話である。

資格も何も持たない自分に軍人の指導教官など務められるはずがないと尻込みしてしまう。

「その、私にはそういった経験は……」

「しかし、その実力は確かです。隊員を鍛える上で、あなた以上の人材はいないと確信しています」

「君には、十分な実力があるように見えるが……」

千冬がそう意見を述べると、クラリッサは苦笑してしまう。

「貴女ほどとはいいませんが、そこそこは自信があります。でも……」

「でも?」

「私は甘いんでしょうね。一人だけ、どうしても強くしてあげられない子がいるんです……」

そういって寂しげに笑うクラリッサは、その隊員について説明してきた。

なるほど、大変な境遇であることがよくわかる。力になってやりたいとも思う。

とはいえ、即決するだけの勇気が今の千冬にはなかった。

あの血の海が頭にちらついてしまうのだ。

「少し考えさせてほしい」

「良い答えを期待しています」

そういって立ち去るクラリッサの背中を、千冬は見えなくなるまで見つめていた。

 

 

宿泊させてもらっているドイツ軍の施設の片隅で、千冬は一人電話をかけていた。

[また、急な話だな、千冬姉]

「ああ。ドイツ軍には感謝してるが、その……」

相手は一夏である。

今は日本に帰っていた。

傷を負ったのは確かだが、そこまでひどいものではなかったからだ。

誘拐した者たちに抵抗したときに、暴行を受けたのは確かだが、殺してはマズいということで加減されていたらしい。

そう考えると自分がやったことはやはり許されることではないのではないかと、千冬はまた気落ちしてしまう。

それはともかくとして、ドイツ軍、正確にはクラリッサから教官をして欲しいという話を受けたことを一夏に報告していた。

実際、やることになればしばらくはドイツに滞在することになるからだ。

「恩返しはしたいが、さすがにドイツ暮らしとなるとな。一夏、お前はどう思う?」

[えっ?]

「いや、しばらくドイツで暮らせるかと聞いてるんだが……」

千冬としては教官の話を受けるなら、一夏も一緒にと考えていたのだから、当然の質問である。

しかし、一夏にとっては寝耳に水だったらしい。

[千冬姉、俺はドイツに行く気はないぞ]

「そうか。なら……」

内心、千冬はホッとしていた。

一夏が嫌がるのであれば、それを理由に断れる。そう考えていたからだ。

しかし、後に続いた言葉は驚くべきものだった。

[千冬姉のことは心配だけど、ドイツでがんばってみたらどうなんだよ]

「えっ?」

[俺も最近考えるようになってさ……]

そういって一夏は自分の胸の内を伝えてくる。

自分は千冬に甘えすぎていたのではないか。

姉弟力を合わせて暮らしてきたつもりだが、自分は千冬の支えになれていないのではないか。

そのことを痛感したのが誘拐事件だったという。

[この間、諒兵の兄貴分って人に会ったんだけどさ]

「日野に兄がいたのか?」

[同じ孤児院で暮らしてたらしいんだ]

「ああ。そういうことか」と、千冬は納得する。

諒兵という一夏ががんばって友人になった同級生は、孤児院暮らしだ。

同じ孤児たちは兄弟みたいなものなのだろうと納得した。

[その人にいわれたんだ。強い人ってのは、力だけじゃないって]

他にもいろいろな『強さ』がある。

ただ、大事なところは全て同じなのだ。

誰かを守れるか、支えられるか。

それができる人こそが強いということを聞き、一夏は今の自分を見つめなおしたという。

[だから、こっちで新聞配達のバイトを始めようと思ってるんだ]

「剣道部はどうする気だ?」

[剣は自己流で振ってくよ。でも、少しくらい千冬姉の力になれるようになりたいんだ]

それに新聞配達なら足腰を鍛えられるし、と一夏は笑った。

本来なら、一夏は今はまだ甘えていてもいい時期かもしれないが、自分たちには親がいない。

なら、自分にもできることで、一人で自分を守ってきてくれた千冬を、今度は自分が支えられるように強くなりたいと一夏はいう。

[だから、俺はこっちでがんばる。経験ないかもしれないけど、教官の仕事をするっていい話だと思うぞ]

だから、がんばってみたらどうか、そういった一夏に対し、千冬は反論することができなかった。

 

 

電話を終えた千冬は、壁にもたれ、ずるずるとそのまま座り込んでしまった。

教官をやるというのは確かにいい話かもしれない。

でも、できるなら断りたかった。

自信がないからだ。

「人を殺しかけた私に、何が教えられるというんだ……」

今まで、競技として剣を振るってきた千冬にとって、肉を斬る感触は衝撃だった。

いかに強いとはいえ、それでも人を殺す感覚はまるで違う。

人として間違えた自分が、人を教えるなど皮肉にもならない。

千冬はそう考えていた。

何より、自分にはお咎めなしで、暮桜が完全凍結ということになってしまったのが辛い。

千冬は一度だけ暮桜と対話している。

単一仕様能力『零落白夜』は、それで手に入れたものだ。

暮桜と一緒に作り上げた剣で、人を殺しかけたことが申し訳なくて仕方がなかったのだ。

そう思いながら、ぼんやりと周りを眺めていると、不意に声がかけられた。

「美人さんがたそがれるにゃぁ、ちぃと風情がねぇ場所だな」

江戸弁に近いべらんめぇに思わず顔を見上げてしまう。

まさかドイツにいて日本語で声をかけられるとは思わなかったからだ。

「誰だ……?」

「っと、名乗んなくてわりぃな。周りの奴らぁ『博士』って呼んでらぁ」

そういえば、IS関係者からそう呼ばれる男性科学者がいることを聞いたことがあると千冬は思いだした。

とはいえ、何故ここにいるのかわからない千冬は、そっけなく返事をした。

「一人にしてほしい。雑談する気分じゃないんだ……」

「そうもいかねぇんだ。おめぇさんの相棒に頼まれたかんな」

「相棒?」

「暮桜だよ」

その言葉に千冬が驚いた表情を見せると、博士は千冬の隣に腰を下ろしてきた。

その様子を見て、千冬は一瞬とはいえ驚いた自分を恥じる。

「暮桜に頼まれたなんて、ずいぶん下手な言い訳をするんだな」

ISとの対話は、相当に適正が高くなければ不可能だといわれている。

千冬ほどの適正があってようやくできるかどうかというレベルなのだ。

まして、博士は男性だ。ISと対話できるはずがない。

少しばかり冷静になった頭で考えればわかることだと、一瞬、博士の言葉を信じかけた自分を千冬は笑う。

「侍みてぇな奴だが、本気で心配してたぜ。剣に迷いがあるってな」

どきっとしてしまった。

確かに、一度対話した暮桜はまるで武士か侍のような雰囲気で、千冬は自分とは相性がよさそうだと感じていたからだ。

「溜まったもんを吐き出すなら、知らねぇ奴のほうが気が楽になんぞ。聞いててやっからいってみな」

博士の目的が何かはわからない。

だが、一人で悩んでいると思考のループに迷い込んでしまうだろう。

なら、付き合わせてやれと千冬は半分自棄になって、胸の内にあるものを吐き出した。

 

数十分後。

ほとんど愚痴ばかりだったにもかかわらず、博士がちゃんと聞いてくれたことに千冬は驚く。

おかげでだいぶ楽になったのは確かだ。

とはいえ、今後どうするかというところまで考えは進んでいないのだが。

「人として間違えた私に、教官なんてできるはずがない……」と、千冬は呟く。

「なら聞くが、教官ってのぁ、何を教えんだ?」

「それは、ISの戦闘術などだと思うが……」

「そんなら、確かに教えるのはおめぇさんじゃぁなくてもいいな」

そのとおりだと千冬は肯く。

単純に戦闘術を教えるというだけなら、千冬はむしろ向いていない。

戦い方が特殊すぎるからだ。

いかに強いとはいえ、軍人相手の教官などまず無理な話だろう。

だからこそ、ある矛盾に気づく。

何故、わざわざクラリッサは千冬に教官を頼んだのか、という点だ。

「そいつの真意がどこにあるかぁ知んねぇ。ただな……」

「ただ?」

「教官だからって戦闘術だけ教えてりゃぁ、いいってもんでもねぇだろ?」

「じゃぁ、どうしろというんだ?」

そう尋ねると、博士は苦笑いを見せる。どこか人懐っこいその笑顔が、妙に千冬の心に残った。

「話ぁ変わるが、おめぇさんはさっきから『間違えた』っていってんな」

「……ああ」

「そいつぁ、教えらんねぇのか?」

ぽかん、と、千冬は口を開けてしまった。

間違えたことを教えて何になるというのか。

自分と同じように間違えろとでもいうのか。

そんなバカな話があるはずがない。

「勘違いすんな。間違えたことを間違いだったって教えることぁできるっていってんだ」

「えっ?」

「誰だって間違えらぁな。でもな、もう間違えたくねぇって思えんなら、おめぇさんはマトモだよ」

その後悔を、悲しみを、罪悪感こそを教えることで、後に続く者が間違えずにすむ教科書になり得る。

「先生ってなぁ、先に生きるって書く」

「ああ」

「でもな、先に生きてっからこそ先に間違えたりもすらぁな」

そうした失敗や、そこに絡む後悔の念をしっかり伝えていくことで、後に続く者は自分より成長してくれる可能性がある。

「おめぇさんは人として『間違えた』んだろう?」

「……ああ」

「でもな、そいつを悔やめる分だけマトモだ」

「そう、なのか……」

「あぁ。だからこそ、その気持ちを伝えてみちゃぁどうだ?」

それは、千冬にしか伝えられないことだ。

今の千冬の辛さ、苦しさ、悔やみ、哀しみ。

それこそが、教官として伝えるべき、織斑千冬という教科書なのだ。

「立ち止まったままじゃぁ、暮桜が怒んぞ。あいつみてぇにまっすぐ進んでみな」

それが、千冬の代わりに泥を被る羽目になった暮桜に対して負うべき、パートナーとしての責任だと博士は語った。

その言葉で千冬は思う。

あのとき、激情に呑まれたのは自分だ。

自分こそが暴走していた。

自分こそが暴れ狂っていた。

そんな自分でも、暮桜は応えてくれたのだ。

 

この世にたった一人のパートナーだから。

 

そう思った途端、千冬の目から涙が零れ落ちる。

こんな、本当はとても弱い自分のことを唯一無二のパートナーだと暮桜は想っていてくれたことに気づいて。

「おっ、おいっ、そいつぁタンマだっ!」

「すっ、すみませっ……」

博士の腕に縋って嗚咽を漏らす。

そうして、心の澱が流れ出るまで、千冬は涙を零し続けていた。

「まいったな、こりゃぁ……」

そうして初めて自分の弱さを見せてしまった相手は、千冬の心に棲みついてしまったのだった。

 

 

 

さすがにそんな話まではしなかったが、千冬は昔を思い出しながら、暮桜が凍結する羽目になった本当の理由を推測を交えて語る。

「暮桜はあのとき暴走していた私の心を受け止めてしまったんだ。だから、ISとしてのリミッターが効かなかった」

「だろうね、それが一番考えられると思うよ」と、束も肯定した。

実際のところ、覚醒したISコアならば、機能としてのリミッターなど無視できることは既に証明されている。

千冬の怒りを受けた『一本気』の暮桜は、そのまま突き進んでしまったのだ。

相性が良すぎたが故の悲劇とでもいえばいいのだろうか。

本来なら、千冬が自分で踏み止まるべきだったのだ。

「正直な気持ちをいえば、私は教育者など向いていないと思う。でも……」

「でも、なんですか?」

「私だからこそ伝えられることがある。だから、教師を辞めるつもりはない」

戦いが終わったなら、間違えたからこそ心の内に持つ、伝えるべき大事な想いを伝えていきたい。

千冬はそう呟く。

戦いの先にあるべき自分の姿。

それを見失ってしまったら、後に続くものも道に迷い、間違いを犯してしまうだろう。

後に続く者たちのためにも、今の自分がやるべきこと、やりたいことだけは、決して見失わない。

そう告げた千冬に対し、束も真耶も微笑みかけていた。

 

 

 

 



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第86話「縋る者と抗う者」

覚醒ISの襲撃がなくなって数日。

IS学園、正確には千冬からの通達により、あくまで一時の平穏であり、遠からず新たな使徒が動き出すことは知られている。

だが、人は一時の平穏に安堵の息をついていた。

しかし、少しずつ、けれども確実に、世界は動き始めていた。

 

 

アメリカ合衆国。ワシントンD.C.

通称『ホワイトハウス』にて。

執務机で仕事をしている男性に対し、数名の女性が詰め寄っている。

女性たちは皆、必死といっていいほどの表情を見せていた。

「……つまり、女性権利団体やIS委員会としては篠ノ之束を拘束。罰として現在凍結中のISコアの凍結解除と、コアの再生産を求めるということかね?」

「はい。それが我々の意見です。各国首脳陣に対し進言申し上げています」

「では、まず各国の反応をお聞きしたい」

と、執務机の男性、すなわちアメリカ合衆国大統領が尋ねると、女性たちは渋い顔を見せる。

それだけで、首脳陣の返答がわかると大統領はため息をついた。

「……ドイツ連邦大統領、イギリス首相、フランスの共和国大統領は反対。中国共産党の総書記は条件付で反対。イタリア、スペイン、日本は条件付で賛成しています」

「ほう、日本の賛成条件を聞かせてもらってもかまわないかね?」

日本が賛成していることに興味を持ったのか、大統領が尋ねかけると、女性たちは悔しげに顔を歪める。

「二人の男性操縦者の所属を日本国とすることです」

「なるほど」

現在、二人の男性操縦者、すなわち一夏と諒兵はIS学園に帰属しており、許可なくしては日本の総理大臣でも彼らの処遇を決めることはできない。

しかし、本来、男性IS操縦者の価値は世界的なものだ。

それを独占できる権利を欲しがるのも当然だろう。

二人とも最初にISを進化させた人間でもあるだけに、その価値はそう変わることはないのだ。

丈太郎はその点でいえば、既存のISを進化させたわけではないので、価値は別のところに存在するのである。

「大統領であれば、より良い未来を考えたご判断ができるものと思いますが」と、女性の一人が尋ねてくる。

「恐縮だ」という言葉に続いたのは、女性たちにとってさらに表情を歪ませるに十分なものだった。

「何故なのですッ?!」と語気を荒げる。

「軍部にはできれば再開発したいという意見もある。だが、先のファング・クエイクの勝手な凍結解除が響いていてね」

「グッ!」

「結果として最悪の敵を生み出してしまったことを考えると、これ以上我が国のイメージを悪化させるわけにはいかないということだ」

それでなくても、最初のきっかけともいえるシルバリオ・ゴスペルや、強奪されたとはいえもともとはアメリカの機体であるアラクネは進化し、使徒となってしまっている。

他国からはアメリカにはISを独立進化させる技術でもあるのかと皮肉をいわれるほどだった。

「その状況でISコアの凍結解除、再開発に賛成はできない。これがアメリカ大統領としての答えだ」

「我々を敵に回すことになりますよ」と、冷たい視線を向けてくる女性に対し、大統領はため息をつく。

「何です?」

「君たちはそろそろ気づくべきだろう」

「はい?」

「世界を動かしてきたのは、篠ノ之束でもなければ、各国の女性権利団体やIS委員会ではない」

それは、女性たちにとってはこれまでの常識を覆すような言葉だった。

世界は女尊男卑。女が世界を動かしているというのが当たり前の認識だったのだから。

「人の世の長い歴史はそう変わらんよ。女性の力も確かにあったが、我々男性の力もあって世界は動いている」

男性も女性も、それぞれの立場、各々の能力で世界を作ってきたのだ。

ISができた程度でそれら全てがひっくり返るわけではない。

「君たちが世界を変えたのではなく、世界が君たちを受け入れていたに過ぎない。それも非常に滑稽なかたちでね」

「滑稽?」

「我々が作った神輿の上で踊っていただけだ。特に君たちのような人間は」

はっきりと、侮蔑の眼差しを向けて大統領は告げる。

今までこんな視線を向けられたことがない。

その場にいた女性たちは驚いた表情を隠すこともできなかった。

「聡明な女性は既に理解している。かのブリュンヒルデはだからこそIS学園の教師をしているというし、『天災』がかつて身を隠したのは我々の意図に気づいたからだろう」

千冬はISを世に知らしめた者として、自分が良い方向に導くのだと決意している。

だからこそ、単純に戦闘術だけではなく、女性の意識改革を行うことで、本当の意味で地位を高め、固めるために教育者として働いているのだ。

対して束は、変えたはずの世界が、実はほとんど変わっていなかったことを知り、それ以上に変わったと思い込まされている者たちに呆れて、利用されないために身を隠したのだ。

そんなこともわからず、神輿の上で踊っていただけの愚か者に世界を変える力があるとでもいうのかと大統領は厳しい言葉を投げかける。

「君たちに残念な通達がある」

「何です、それは」

「IS委員会の再編と女性権利団体の解体だ」

その言葉に、女性たちは目を見張った。

現状、IS委員会上層部はほとんど女性で占められている。

女性権利団体はいわずもがな、だ。

だが、今後IS委員会は男女均等になり、女性上位の権利団体も、性差別にあたるということで解体すると大統領は告げる。

「あなた一人の勝手でできることではないッ!」

「残念な通達といったはずだ。この件に関してはISを開発してきたほぼ全ての国の賛同を得ている」

「なッ?!」

「我々は判断したのだよ。君たちには道化としての価値すらない、とね」

心を入れ替え、千冬や束のように自分の立場を真に理解しなければ、路傍の石ほどの価値もなくなる。

そう大統領が冷たく言い放つのを、女性たちは呆然と聞いていた。

 

 

一人きりの部屋で通信していたティナは、切れるなりため息をついた。

「勝手いってくれちゃって……」

通信相手は、アメリカのIS関係者である。ただし、権利団体の息がかかっていた。

「ホント、バカばっかりよね」

通信の内容は、今の段階で進化に至った者たちの情報を集めて来いというものだった。

少しでも、進化の可能性を知りたい。同時に、それをISの再開発につなげる材料にしたいといっていたのだ。

実のところ、もともと本国に帰る気のなかったティナだが、ならばIS学園で情報収集しろと以前からいわれていたので、ある意味では真っ当な命令でもある。

もっとも、件の通信相手からの命令は無視していいといわれている。

シルバリオ・ゴスペルの操縦者であったナターシャ・ファイルスや、アメリカ代表のイーリス・コーリングといった者たちだ。

直にISに触れ、共に戦ってきた者たちにとって、今の権利団体は呆れる以外の何者でもないらしい。

今回の命令も、はっきりいえばガス抜き、愚痴に付き合わされたようなものなのである。

「そりゃあ、羨ましいけど……」

代表候補生を目指していたティナにしてみれば、鈴音を筆頭に進化した者たちはやはり羨ましくもある。

しかし、一夏や諒兵、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラが前線で必死に戦ってきたのを間近で見てきた身としては、いわれたとおりに情報収集などする気にはなれなかった。

「長いバカンスだと思えばいいのよっと」

そう呟きながら、ティナはゴロンと横になった。

実は、IS学園でPS部隊を創設するという話を聞き、ティナは参加できないかと真耶に談判していた。

しかし、参加者は教員でなければだめだと断られている。

まだ若い、未来のある学生を死地に送り出すことはできないといわれては、しぶしぶでも納得するしかない。

鈴音たちはあくまで進化したからこそ、頼らざるを得ないだけなのだ。

ただ、それでも。

「私も飛びたいな……」

そんな言葉が口をついて出ていることに、ティナは気づかないふりをしていた。

 

 

「すまん。力になれなかった」と、頭を下げる千冬を、楯無は少しばかり慌てた様子で止める。

「かまいませんよ。もともとロシアの国民じゃないんですし。今はミステリアス・レイディもいませんから」

「正直にいえば、それが一番大きかった」

「でしょうね。力があるから代表になれたんですから……」

そういって楯無は力なく笑う。

つい昨日のことである。

楯無のもとにロシア本国から通達があった。

曰く。

ロシア代表、そしてロシア国籍の取り消し。

つまり、今の更識楯無は、ロシア代表でもなければ、ロシア国籍の人間でもない。一人の日本人に戻されてしまったのだ。

理由は明確である。

ミステリアス・レイディの離反。

そのために力を失った楯無に、ロシアとしては利用価値を見いだせなかったのだろう。

暗部に対抗する暗部という裏の役割を持っているとはいえ、今の覚醒ISとの戦争では大した価値がない。

純粋に、覚醒ISと戦える力があるかないか。それだけが判断材料となってしまうのである。

千冬が頭を下げたのは、判断するにしても、覚醒ISとの戦争が終わるまで待ってほしいと頼んだにもかかわらず、ロシアからいい返事をもらえなかったからだった。

「織斑くんや諒兵くんをそれまでの身代わりにしろなんていっても、戦いが終われば知らん振りしかねないですし」

「ああ。さすがにそれは飲めなかった」

実のところ、条件として、楯無が復帰するまで一夏か諒兵のどちらかをロシア国籍にするならばいいといわれたのだが、二人の価値を考えれば、楯無の復帰後に元通りになる可能性は考えにくい。

ゆえに、千冬としても肯くことができなかったのだ。

「私は無力だな……」

「そういう言葉を隠さないところが、織斑先生のいいところだと思います」

そう答えた楯無に千冬は苦笑いを隠せない。

千冬にとって、楯無も生徒であることに代わりはない。

だからこそ、力になれなかったことを悔やんでいるのだ。

「まあ、おかげで肩書きが更識の当主と生徒会長の二つに減っちゃいましたけど」

「十分だろう。それに、少なくとも今の段階ならば、お前以上の生徒会長はいないさ」

それが千冬の本心であるとわかると、楯無はなんだかくすぐったくなってしまってい、照れくさそうに笑うことしかできなかった。

 

 

簪は整備室の一角を借りて、自分のISコアの分析作業を続けていた。

どう見ても、これまで進化したコアとは大きな違いがある。

ただ、それがなんなのか、前例が少ないために判断のしようがない。

見かねた本音が束か丈太郎に聞いてみようかといってくれたが、やはりどうしても力を借りる気にはなれなかった。

二人とも悪意がなかったとはいえ、束は箒が今も苦しむ理由である紅椿を作った人間だと知っていたし、丈太郎はもともとミステリアス・レイディ開発に助言していたことを知ったのだ。

それが単なる意固地でしかないことは理解していても、素直に協力を仰ぐ気にはなれなかった。

とはいえ。

(……気になる)

現在、整備室では昏睡状態の一夏と白虎、諒兵とレオが微量のエネルギー供給を受けている最中である。

さすがに、人が寝ている近くでキーボードを叩けるほど、無神経ではない。

また、時折、鈴音やラウラが二人の様子を見にくるのだ。

さすがに本音が状況確認で訪れるくらいなら、そこまで気にはならないが、簪は基本的に人見知りなので、あまり親しくない人間がいると、気になってしまうのである。

人の出入りが激しい現在の状況では、集中するのは難しく、正直にいえばしばらく分析作業を休もうかと考えていた。

(それに、山嵐を進化させたとしても……)

簪は本音からディアマンテの能力を聞き、正直困惑していた。

認識対象全てを追尾するホーミングエナジーカノン。

現時点で自分が考えたマルチロックオンシステムの上を行っているとしか思えない。

荷電粒子砲にしても、ブリーズが強力なものを備えている。

(私一人じゃ、何もできない……)

一人で作るということ以上に、簪は自分自身に限界を感じ始めていた。

 

そんなかたちで思考のループに嵌まりそうになっていた簪に声をかけてくるものがいた。

「かんちゃ~ん?」

「あ、本音。どうしたの?」

「定期確認だよ~」

もうそんな時間だったのかと簪は時計を見る。

分析作業を始めてから、二時間近く経過していた。

本音の定期確認は一日に二回、午前十時と午後七時に行われる。

日が昇り、太陽の光が強くなり始める時間と、日が沈んだときということでこの時間になっていた。

「どこうか?」

「大丈夫~、コンソール一個あれば確認できるからね~」

そういってコンソールの前に座った本音は、カチャカチャと慣れた手つきでキーボードを叩く。

(袖、捲くらなくていいのかな……)

だらんと袖口が下がったままで器用にキーボードを叩く本音の能力はこの世の七不思議の一つであった。

それはともかく。

「その子の個性はわかったの~」

「まだ……」

「かんちゃんの意地っ張り~」

「わかってるよ……」

可愛らしいふくれっ面でそういってくる本音に、簪は投げやりに答える。

実際、今の状況で意地を張ることがいかに無意味か、それどころか周囲の足を引っ張ってしまっているということに気づかないほど簪はバカではない。

ただ、それでも素直になれなかった。

何か一つでもいいから、楯無に勝りたかった。

何か一つでも勝っていると思えない今のままでは、この先やっていけるなどとは考えられないからだ。

「それに、ASや使徒のスペック考えると、組み上げたところで力になれると思えないし……」

「かんちゃんは~、変なところで妥協してるよね~」

「妥協?」

「すごいものを作りたいんじゃなくて~、自分に作れるものにしてでもIS組みたいって感じかな~」

確かにそのとおりだと簪は納得してしまう。

当初、打鉄弐式を開発することになったときから、実は頭に自分が作れるもののイメージがあった。

それはやはり、楯無がミステリアス・レイディを一人で組み上げたという事実があるからだ。

倉持技研との打ち合わせでも、まずそれが頭にあり、夢のような機体なんて想像もしていなかった。

 

自分には組めないかもしれない。

 

その思いが、自然と心のブレーキになっていたのである。

実際、マルチロックオンシステムは決して悪いものではないが、実戦で使えるかというと実は難しい。

どこの世界にミサイルやレーザーが当たるまで待ってくれる間抜けな敵がいるというのか。

その点を考えれば、より実戦向きだと理解できるのがディアマンテの『銀の鐘』になる。

マルチロックオンシステムだけではなく、メインシステムであろうホーミング機能が、結果としてマルチロックオンシステムを活かしているともいえる。

その一歩進んだ、正確には、

 

『こんな機能が、こんな能力が欲しい』

 

という考え方が、今の簪にはできないのだ。

「かんちゃんの好きなテレビのヒーローみたいに無茶なこと考えてもいいんじゃないかな~?」

「でも……」

「私はかんちゃんを絶対一人にしないから~」

それが本音の友情であり優しさなのだと簪には理解できた。そして、それは楯無も虚も同じだろう。

ただ、その想いに自分が応えられない。

自分が箒を気にかけるのはそのせいなのかもしれないと簪は思う。

周りの優しさに甘えるだけではなく『応えられる』自分。

簪は、自分にも箒にも、それが欠けている気がしてならなかった。

 

 

 

 



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第87話「月明かりの中の決意」

裂帛の気合いと共に繰り出した右回し蹴りは、ラウラの側頭部を捉えた、はずだった。

「わきゃっ?!」

驚いたのも束の間、右足を取られ鈴音の身体はグルンと回され、そのままベチャッと顔から床に激突してしまう。

ファーストキスの相手はよく掃除された床だった。

「解説せんでいいっ!」

と、虚空に向かって突っ込む鈴音。元気なことである。

それはともかく。

「威力は申し分ないが、捕まえられた後の対処能力は褒められたものではないな、鈴音」

「空なら、こんな間抜けなことにならないわよ」

「その言い訳は見苦しいぞ」

ラウラの指摘は正しい。鈴音もそれがわかっているだけにばつの悪そうな顔をするだけだった。

『進化前の覚醒ISならともかく、使徒型に進化している相手には大降りの攻撃は対処されやすいと認識することだ』と、オーステルン。

『一撃必殺を狙うニャら、確実に当たるチャンスを作るか、見つける必要があるのニャ』

そう猫鈴も注意してくる。

大振りの攻撃は当たりにくい。それは予備動作で察知されやすいからだ。

ゆえに、別のことで相手の気を引くか、相手の不意をつくしかない。

相手がこちらの攻撃を待ち構えている状態では、先ほどのような間抜けなことになるだけなのである。

「お前たちならどうする?」と、ラウラは見学していたセシリアとシャルロットにも声をかけた。

「私なら、距離をとって避けて動作完了直後に足払いを狙いますわ」

「僕も同じかな。タックルで腰を押さえてもいいと思う」

さすがにラウラのように蹴りを止めつつ、合気の要領で投げるのは無理だけど、とシャルロットは苦笑いする。

『今の技を強引に使うのであれば、速さが必要と思われます』

『そうじゃなければモーションが小さくても威力がある技にするのがいいんじゃない?』

もしくは、脚を捕らえられた瞬間に、違う行動に切り替えるということになるとラウラやオーステルンが良い例を交えて解説してくる。

「その点、だんなさまや弾は巧い。だんなさまなら捕らえられた瞬間に自分から飛んで身体ごと脚を捻り、捕まえた手を振り払うだろう」

『ダンであれば、逆の脚が飛んでくるだろうな』

いずれにしても、『もし失敗したら』ということを、攻撃を繰りだす前に考えているということだ。

「むー、クンフーが足りないってことかー」と、そういって鈴音は頭を掻いた。

 

四人は現在武道場で戦闘訓練を行っている。

何故、アリーナでASを纏った状態でやらないのかというと、千冬から衝撃的な通達と、その点を考慮した上でのアドバイスがあったからだ。

 

 

話は一時間ほど前に遡る。

千冬から今後の戦いのために話しておくことがあるといわれた四人はブリーフィングルームに集まっていた。

一つはクラリッサたちシュヴァルツェ・ハーゼのシュヴァルツェア・ツヴァイクがAS『ワルキューレ』に進化したという朗報。

進化そのものは感じ取っていたのだが、直接のつながりが少ないので、ラウラ以外は誰なのかわからなかったのだ。

ラウラ自身はクラリッサだと理解していたが、どのような進化をしたかまでは知らないので、余計なことをいわずに報告を聞くことにしたのである。

なお、千冬曰く、ワルキューレを纏うクラリッサとシュヴァルツェ・ハーゼは今後は基本的にドイツを中心とした欧州防衛の要になるらしいと千冬は語る。

「不安はあるが……」

「何故です?」

「いや、気にするな」

純粋にクラリッサたちの進化を喜ぶラウラの澄んだ瞳から目をそらす千冬だった。

気を取り直したのか、もう一つあるといって語られた千冬の説明に、鈴音たち四人は驚愕してしまう。

「それじゃ、私たちが単一仕様能力を覚えるのは無理なんですかっ?!」

「むしろ、覚えるべきではなかろう。お前たちは一夏や諒兵に比べて恵まれているんだ」

絶大な力を発揮した一夏と諒兵。

しかし、彼らの機体である白虎やレオは元は第2世代機の打鉄だ。しかも、もともと武装すらなかった試験用の機体なのだ。

だからこそ、今後の戦いを生き抜くために覚える必要があった。

しかし、鈴音、セシリア、ラウラが纏うのは、そもそも各国が競い合って開発した最新鋭の第3世代機。

シャルロットはもともとは第2世代機でも、偶然とはいえ第4世代兵器を載せている。

「猫鈴、ブルー・フェザー、ブリーズ、オーステルンは第3、第4世代兵器を機能として持つために、本来の能力を使用している。だから、どうしても単一仕様能力との併用はできないんだ」

本来、第3世代兵器、イメージ・インターフェイスは、単一仕様能力に近い性能を搭載しようということで開発されたものだ。

結果として、それを再現するために、猫鈴たち四機はASとしての本来の能力を第3世代兵器運用のために使っているのである。

「ヘリオドールのように第3世代兵器を捨てるならば可能だがな。だが、お前たちはその第3世代兵器を使えるように鍛えてきた経験がある。それまで捨ててしまうことになるんだ」

それでは意味がない。今までの経験を捨て、一から鍛え直しでは、戦いに間に合わないのだ。

ならば、今ある機能をより使いこなせるようになるほうがいいと千冬は語る。

 

「だからだ、自分自身の技術を鍛え直してみるといい」

 

「技術、ですか?」とラウラが問うと千冬は肯いた。

「猫鈴、ブルー・フェザー、ブリーズ、オーステルンの協力によって、お前たちは第3、第4世代兵器をかなり楽に使えるようになっている」

ならば、自分自身が生身で持つ技術を鍛えてみることで、より強くなることは十分に考えられる。

「見つめ直すことだ。自分が何者なのかをな。IS操縦者の肩書きにこだわらず、自分自身を活かすつもりでしばらく鍛えなおしてみることだ」

そうすれば、目を覚ました一夏や諒兵の力にもなれる。

そういった千冬に対し、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは強く肯いていた。

 

 

そんなことがあり、まずは我流とはいえそれなりに体術を鍛えた鈴音と、正当な軍事訓練を受けているラウラが手合わせをしていたのだ。

無論のこと、これだけでいいわけがないと全員理解しているが。

「技術だけじゃなく、武装の使い方なんかも考え直したほうがいいかもね」とシャルロットが口を開く。

「使い方?」と鈴音が首を傾げるとシャルロットは真剣な表情で説明する。

「ブリーズと話し合ったんだけど、進化した今の段階でもある程度の範囲ならイメージで能力を変化させることはできるらしいんだ」

『まったく新しい武装を生み出すのは、ちょっと難しいんだけど、今ある武装を変化させることは不可能じゃないわ』

実は良い例が既に存在する。

一夏の白虎徹や、諒兵の獅子吼である。

本来は日本刀やベアナックルとして考えられた武装だが、二人ともイメージによって形を変えられる。

伸縮自在の白虎徹に、ビットとしても使える獅子吼。

それはもともとあった機能ではなく、戦いの中でイメージすることで新たに生まれた機能といえるのだ。

「僕ならサテリットをビットとしても使えるみたい。セシリアみたいにやるのは無理だけど、サテリットを飛ばして、敵の密集地帯で弾けさせる、とかね」

「へー、かなり役に立つわね、それ」

「フェザー」

「はい。例を挙げれば、発射する弾丸を散弾や榴弾、徹甲弾にするといった変化が可能です」

言葉少なに問いかけたセシリアに、ブルー・フェザーはそう答える。

何も銃弾を撃つだけがセシリアの武装の能力ではなく、そういった『変化』をつけることが可能だということだ。

『それこそが武器なんだ』

「オーステルン?」

『我々ASや使徒はISコアに憑依することで思考力を得た。その点で人類に負けることはない』

だが、その思考力は集めた情報を元に既にある計算式で導き出したものだということができる。

すなわち、持っている情報の限界を超えることができないのだ。

『だけど、リンたちには突拍子もニャいことを考える『発想力』があるのニャ』

『ベースは情報だが、それをつなぎあわせる計算式を自由に作り出すことができるということだ』

「しかし新たに計算式を作るというのは難しいぞ?」

『そうじゃない。わかりやすくいえば『あんなことができたらいいな』という夢想、想像こそが新たなものを生みだす力になるんだ』

本来、命ある生物は本能と感情が心のベースといえる。

それは計算で得られるものではない。

本能や感情を利用して自由に考えること。

それが人間が使徒に勝る部分であり、人類が戦っていくための大きな武器だとオーステルンは語る。

そしてそれこそが、ASが共生進化を選んだ理由でもあるという。

『一緒にいて楽しそうだから一緒にいるのニャ。だから、もっともっと楽しませて欲しいのニャ』

「簡単にいってくれちゃって」

と、鈴音は苦笑いを見せるものの、そこに暗いものはない。

使命や責任よりも、今の状況でなお、楽しむ。

それは決して悪い気分ではないからだ。

「んじゃっ、がんばりますかっ!」

そういって立ち上がった鈴音に、その場にいた全員が笑顔を見せて肯いていた。

 

 

その日の夜。

既に深夜といっていい時間帯、整備室では一夏と諒兵がうっすらと月の光を浴びながら横たわっている。

月明かりの中、横たわる二人は、まるで永久の眠りについているようにも見えた。

 

ASのエネルギー源は太陽光、正確には自然光とかつて語っている。

しかし、日中の太陽光は強すぎて現状の白虎とレオはエネルギーを受けられない。

逆に星や月の光は、本来ならばエネルギー供給をするには足りな過ぎるのだが、今の二人と二機にとっては、ちょうど良いエネルギー供給ができるのだ。

そのため、整備室には星や月の光が入るように作り変えられていた。

そこを、一人の少女が訪れる。

「一夏……」

少女、すなわち箒はそっと一夏の手に触れようとするが、ピリッという衝撃に思わず手を引っ込めた。

キリと歯噛みしてしまう。

箒には、その微量の電撃は、白虎が邪魔をしているのだろうと思える。

仕方なく、月の光に照らされる一夏の顔を見つめていた。

 

「月夜の逢瀬ってやつ?意外とロマンティストなのね、あんた」

 

いきなり声をかけられる。

驚いて振り向くと、鈴のついた首輪が光っているのが目に入った。

「鈴音……」

「何もこっそり見舞いに来ることないでしょ。誰もあんたに来るななんていってないわよ」

「……いつ来ようと私の勝手だ」

「ま、そうだけどね」

そういってため息をついた鈴音は、そのまま箒に近づいてくる。

二台並んだ整備台の間。箒は一夏のほうしか見ていないが、実際には一夏も諒兵も手が触れられる距離で横たわっているのだ。

「早く目を覚ましてほしいわね……」

そういって鈴音は二人の手にそっと手を触れた。

それを見た箒の表情が歪む。

鈴音と自分の差を見せ付けられているようで、正直にいえば腸が煮えくり返るようだった。

しかし、何をいおうが負け惜しみにしか聞こえないだろうことを理解している箒は、黙って背を向ける。

「逃げんの?」

「何?」

「なんにもいえないから黙って逃げるだけなんだ、あんたって」

振り向いて睨みつけると、鈴音はあからさまに嘲るような顔を見せてきた。

「楽でいいわよね。誰かがお膳立てしてくれるのを待ってるだけなんだから。ちょっと頼めばお姉ちゃんが素敵なプレゼントまで用意してくれるし」

「貴様ッ!」

「だから紅椿に逃げられんのよ。あんた、紅椿とつながりを作る努力したの?」

「つながり?」

「私たちみたいな『つながり』よ」

つまり、鈴音と猫鈴、セシリアとブルー・フェザーといったような、人とAS、否、それ以前の人とISとしてのつながりを作ろうとしたのかと鈴音は聞いているのだろう。

「そんな必要があるなど、誰も知らなかったはずだ」

事実である。

しかし嘘でもある。

箒の姉、束はISコアには心があると最初からいっていたのだから。

ただ、誰もそのことを理解しようとしなかっただけなのだ。箒もそのうちの一人に過ぎない。

 

「始めて諒兵に会ったとき、私ね、危ない奴だって思ったわ。狂犬みたいな雰囲気撒き散らしてたしね」

 

唐突に話が変わってしまい、箒は訝しげに鈴音を見つめた。

しかし、鈴音は気にすることなく話を続ける。

「だから一夏が諒兵と友だちになるんだっていったとき止めたのよ。危ないことに巻き込まれるからやめたほうがいいってね」

しかし、一夏はそんな鈴音の言葉も、同様に注意した千冬の言葉も聞かなかった。

しつこく友だちになろうと付きまとった末、キレた諒兵と大ゲンカした果てに友だちになったのだ。

「びっくりしたわ。一夏が割りとケンカっ早いことも知らなかったし、意外と諒兵が小さい子の面倒見が良くて優しいってことも知らなかったから」

でも、一夏と友人となったことで、鈴音はそんな諒兵の良さを知り、同時に一夏の意外な面も知ることになった。

諒兵の存在が、今まで知らなかった一夏を見せてくれたことに、鈴音は心から驚いたらしい。

「だからね、一夏に聞いたのよ。なんで諒兵と友だちになろうとしたのって」

箒は黙ったままだった。

自分が知らない時代の一夏の話に興味があったからだ。

ただ、何故、鈴音がこんなことを語るのかはわからないのだが。

「そしたら、『俺が友だちになりたかっただけだ』っていったのよ、あいつ」

「答えになってないじゃないか」

「そうね。答えになってない。でも、なんだか納得しちゃった」

それは、難しい理屈ではなく、ただ、友人になろうという想いだけで諒兵にぶつかっただけということなのだ。

しかし、そんな一夏の想いをぶつけられ、諒兵は応えた。

「最初はぎこちなかったけど、でも諒兵が一夏に心を開いてからは、一夏の一番の理解者になってったわ」

「理解者……?」

「友だちになろうって想いでぶつかった一夏に、友だちになろうって想いをぶつけてくれるようになった。だから諒兵は一夏のことをよく理解してるの。ある意味じゃ、私よりもね。そうなったからこそ、今は親友でライバルなのよ」

懐かしそうに笑う鈴音を見ると、箒の胸が痛む。

しかし、先ほどのような怒りは感じない。むしろ、惨めな気持ちになってしまっていた。

「つながりって、そうやってできるものなのよ、たぶんね」

かつて一夏が諒兵にやったことと同じことを、今度は白虎やレオにされた一夏と諒兵は、そんな二機の想いに応え、理解するように努力した。

その結果が、単一仕様能力の発動である。

だが、それは一夏や諒兵が人より進化したというわけではなく、また白虎やレオがより優れた機体になったなどという話ではない。

 

心をぶつけ、心を開き、心を通わせた。

 

たったそれだけの、でも何より大切な、人間同士となんら変わらない、ただの友情や愛情の話なのである。

「もう一度聞くわ。あんた紅椿とつながりを作る努力したの?」

箒にできたのは、まっすぐな瞳を向けてくる鈴音から目を背けることだけだった。

「あんたは心をぶつけようとしないし、心を開きもしない。そんなんで、人を好きなんていえるの?」

「くっ……」

「スタートラインに立つどころじゃないあんたなんて敵にならないわ。ラウラとは正面から戦いたいけどね」

その言葉に箒は疑問を持つ。

ラウラは諒兵と夫婦宣言をしたくらいなのだから、好きな相手といえば諒兵になるはずだ。

なぜ、鈴音とラウラが戦う必要があるのだろう、と。

「私、諒兵のこと『も』好きなの。今はまだ、どっちかなんて選べないわ」

驚愕した。

てっきり、鈴音は一夏だけを好きだと思っていた。

箒は鈴音の本心を聞いたことなどなかったのである。

「ふざけるなッ、そんないい加減な話があるかッ!」

二人の男を天秤にかける鈴音が、箒にはとても理解できない。

そんな相手に一夏を奪われると思っていたことが、あまりに情けない。

しかし、鈴音は気にも留めない。それこそが、鈴音にとっての真実だからだろう。

「いい加減じゃないわ。本気だもん」

「そんな本気があるものかッ!」

「あんたに理解できるなんて思ってないわ。ただ、今のあんたじゃ私の相手にならないことは理解しといて」

結果として一夏を選ぶことになったとしても、張り合いがなさ過ぎる。

「あんたより一夏を幸せに出来る自信あるしね」

そういって立ち去る鈴音を箒は睨み続ける。

 

「お前にはッ、負けたくないッ……!」

 

怒りに肩を震わせる箒を月の光が照らす。

その光を一瞬だけ遮るかのように、銀色の星が流れていった。

 

 

 

 



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第88話「小さな一歩」

ある夜を境に、簪は箒に声をかけられなくなっていた。

せめて挨拶だけでもという思いで、これまでは声をかけていたが、今はあまりにも雰囲気が刺々しいのだ。

もっとも、自分に向けられているわけではなく、他の誰かに向いていることはわかるのだが、箒から零れる感情があまりにも大きすぎて、簪まで気後れしてしまっているのである。

簪は箒と部屋を分けていない。

分析作業のために集中したいのだから、一人のほうがいいのだが、なんとなく部屋を分ける気にはなれなかった。

それは今も同じだ。

今の箒を完全に一人にするのはいいことではないと感じているからだ。

箒とはずっと同室だっただけに、作業しているときに何をされてもそれほど気にはならない。

何より、傍に人がいるだけでも違うだろう。

そう考え、簪は箒と同室のまま過ごしていた。

とはいえ、コアの分析作業は整備室でないとわからないことが多々ある。

驚くことに、コアの思考パターンは日々変化していくのだ。

それはコアが思考することによって成長していくということなのだろう。

そうなると、自分の部屋のパソコンでは解析しきれない部分が出てくるので、簪が整備室に行くのは日課になってしまっている。

箒を一人にするのは、不安で仕方ないのだが。

しかし、第3世代兵器や武装は未完成とはいえ、動けるレベルまで組んである打鉄弐式が離反せずにいる簪は少なからず期待されている。

進化の可能性がゼロではない以上、期待に応えるための努力はしなければならない。

ゆえに簪は今日も整備室に向かった。

 

 

整備室の扉が見えてくると、いきなり開いた。

箒は部屋にいたし、本音の定期確認はもう少し後になるから、鈴音かラウラかと思っていたら、意外な人物が出てくる。

「アレ?確か、更識ちゃんっつったっけ。おはよーさん」

「あ、はい……あの……」

整備室から出てきたのは弾だった。

ただでさえ人見知りの簪にとって、あまり親しくない男性と話すのは辛いものがある。

それでなくても、弾は見た目は軽そうで女の子に馴れ馴れしいタイプに見えてしまうのだ。

弾の中身がそういう人間かどうかまでは知らないが、それでも身構えてしまう。

だが、声をかけられた以上、避けるのも気分を害するかもしれないと思うと、簪の動きは止まってしまった。

「あー、気にしないでいいって。君みたいな子、慣れてっから」

「えっ?」

「エル、せめて挨拶くらいしろよ」と、そういって弾が苦笑いを見せると、その肩におずおずと小さな少女、エルが現れた。

そういえば、と簪は思いだす。

弾は一夏や諒兵とは違った形で、ISコアの進化に関わっていると本音がいっていたことを。

今、肩に現れた少女が弾のISコアの会話用インターフェイスなのだろう。

『おはよう』

「あ、うん。おはよう」

そのぎこちない挨拶にわずかな親近感を得た簪は、言葉少なに挨拶を返したのだった。

 

少しだけ緊張が解けた簪は、何故、弾が整備室から出てきたのか興味が湧いた。

弾は整備を必要としないし、整備する技術があるわけでもない。

そうすると考えられるのは……。

「ああ。あいつらの調子がどんなもんかと思ってさ。本音ちゃんが教えてくれっけど、近くならエルにもわかるんだよ」

「えっ、そう、なんですか?」

「ああ。エル、もう一度説明してくれるか?」

『うん。充填率は二十パーセント。白虎とレオが反応するまで、後二週間』

淀みなくそう答えるエルの姿に簪は驚く。

なるほどこれならば、自分で見たほうが速いだろう。

『反応すれば、マトモに供給できる』

「だからあいつら実際に目を覚ますのは、二週間よりも先になるんだってさ」

今の段階では、何があっても反応しないということもできると弾は説明する。

それは決して良い状態とはいえない。

戦うどころか逃げることすらできないからだ。

現在のIS学園は使徒との戦いに備えて設備を大きく作り変えている。

整備室は重要な場所だけに、十分な防衛能力を持たせているが、だからといって完全ではないのだ。

鈴音たちはそれがわかっているからこそ、現在はIS学園に詰めているということができる。

この戦いで一番重要なのは、やはり一夏と諒兵なのである。

ただ、それでも弾が一人でわざわざ調べに来た理由が簪にはわからない。ゆえに聞いてみる。

「本音がいるときとか……」

「あー、まあ、男にしか出来ない話があるんだよ。本音ちゃんがいるとちょっとな」

ただのバカ話だよと笑う弾だが、エルがいきなり口を開いた。

『にぃにも私も寂しい。そういっただけ』

「おいエルっ、そんなこといわんでいいっ!」

顔を真っ赤にする弾に、簪は面食らってしまった。

確かにIS学園は女性の比率が高い。

そんな中で、仲の良い同性の友人である一夏や諒兵が眠ったままでは心細いのだろう。

もっともそれ以上に、眠ったままの二人が心配なのだろうということも弾の姿で理解できた。

肩の上のエルに必死に突っ込む弾の姿に、簪はぷっと吹き出してしまう。

「あっ、ごめんなさいっ……」

「いや、笑ってた方が気分いいだろ?さっきよりいい顔してるしさ」

『にぃには、女の子には優しい。でもちょっとむー』

そういって苦笑する弾。

そんな弾の顔を見てちょっと膨れるエル。

そんな彼らを見て、簪は気持ちが楽になっていくのを感じていた。

 

二人と別れ、整備室で分析作業を始めた簪は、先ほどまでの弾とエルとの会話を思いだす。

軽い気持ちではあったが、分析と今後の打鉄弐式の開発における参考を聞きたくなったからだ。

それは簪にとって小さな、でも確かな第一歩だった。

 

 

「考えてない?」と、簪は少しばかり驚いた表情を見せる。

一応はエルと進化したといえる弾は、イメージ次第で能力を作ることができるはずだ。

弾がIS学園に来てからそれなりの時間も経っているので、何か考えていないかと聞いてみたのである。

「俺、前線に出られるわけじゃないしな。それに超能力とかも、そこまで欲しくねえしさ」

確かにISコアのみが寄生している弾は、肉体の耐久力は人並みなので前線に出ても倒されてしまう可能性が高い。

ただ、簪としては超能力を欲しくないという一言が気になった。

「う~ん、力を持って何をしようっていう目的が今んとこ見つからないんだよ」

一夏や諒兵の力になりたいとは思う。

しかし、先の決闘で自分にできることで二人を助けたといえる弾は、覚醒ISとの戦いにまでしゃしゃり出たいとは思っていないという。

「エルのこともあってさ。やっぱり、ISと戦うのはなんか嫌だ」

こういうところはやはり一夏と諒兵の親友であるということがいえるだろう。

弾も同じように戦いを忌避していた。

「でも、あいつら任せにするつもりもないから、俺にできることを今は探してる最中ってとこだな」

参考にならなくて悪いなと弾は頭を下げるが、簪はむしろ気が楽になった。

無理に現在のASや使徒を超えた性能を考えようとしていただけに、弾が「考えてない」といってくれたことはある意味では救いとなっていた。

とはいえ、それで気を楽にしていい状況ではないと簪は思い悩む。

『どうなりたい?』

「えっ?」

「あー、わかりやすくいえば、どんな性能とかじゃなくてさ、自分がASを纏ってどうなりたいかって考えたらどうかってエルはいってんだよ」

どうなりたいのか。

実のところ、その点を深く考えたことがない。

基本に忠実に鍛えてきた簪は、あらゆる戦況に対処できるし、たいていの武器は及第点以上に扱える。

つまり、理想とする自分のイメージが曖昧なのである。

そこでふと思いついたのが、よく見るテレビのヒーローたちだった。

とはいえ、さすがに弾にそんな話をするのは恥ずかしい。

「えっ、映画とかのヒーローとか……」

「あー、テレビのヒーローもののヒーローとか、アメコミ映画のヒーローって面白い力を持ってるよな」

「あの、見たことあるの?」

「まあ、子どものころはよく見たよ。最近じゃアメコミの映画も多いしな」

そこまで詳しくはないけどと笑う弾を見て、行き過ぎなければある程度の話はできそうだと簪は安心する。

彼女は割りとのめりこみやすい性格をしているので相当に詳しいのだが、語り始めると相手がドン引きしてしまうのだ。

もっとも、ヒーローといっても千差万別だ。具体的にどうなりたいのかというと、うまく答えられない。

「大雑把でいいんじゃねーかな?」

「えっ?」

「いや、目的を持つことは大事ってよくいうけど、そんなん俺にはよくわからねーしさ」

どんなヒーローになりたいかでいいと弾はいう。

 

最強の盾を操る超人の兵士。

強力なビームを撃ち放つ鉄の男。

とてつもないパワーを持つ巨人。

聖なる槌に選ばれし雷の神。

 

そんな、大雑把な考えを目的にするほうがいいんじゃないか、と。

「でも、それじゃ弐式を作れない……」

「確かにそうだけどさ、目的は大雑把にして、とりあえず前に進んでいけば、途中で何か見つかるかもしれないだろ?」

それが目的のものほどではなくても、順ずるだけの力を持っている可能性は十分にある。

「ゴールに着かなくてもいいんだよ。ただ、前に進んでけば、何か見つかると思うからさ。その見つかった場所をゴールにしたっていいんだって」

『場所は決まってないし』

「決められたゴールまで行けなんて誰も強制しないって」

と、弾が笑うのを簪は呆然と見つめてしまう。

大雑把な夢を目的に、とりあえず前に進んで見る。

その途中で見つけられるものを、決して見落とさないようにしながら。

そう考えるならば、今、簪がやっていることも決して無駄ではないといえるのだ。

 

 

そんなことを思いだしながら、簪はキーボードを叩く。

「私がなりたいのは、何でもできるような……」

IS操縦者という観点で考えるなら、まさに万能型になるということだろう。

攻撃も、防御も、サポートも何でもこなせるようになる。

まずはそんなイメージで前に進んでいこうと簪はいくらか前向きに考えられるようになっていた。

「か~んちゃ~ん♪」

と、いきなり本音の声が聞こえてくる。

時計を見ると、定期確認の時間を過ぎていた。

「もう時間だったんだ」

「そうだけど~、かんちゃん、だんだんとなに話してたの~」

「えっ、見てたのっ?!」

「楽しそうだったから~、なんか声かけ辛かった~」

ちょっとにまっと笑う本音がなんだか意地悪そうに見えてしまったのは、簪の気のせいではないだろう。

恥ずかしくなって、顔が熱くなってしまう。

男の子と親しく話している姿を見られるなんて初めてのことだったからだ。

「なっ、なんでもないよっ!」

「ならいいけど~」

何かあったと白状したような簪の言葉を、本音は軽くスルーしてしまう。

なんだか余計に恥ずかしくなった簪だった。

「でも、安心したよ~」

「えっ?」

「少し肩の力が抜けたかな~って」

それは確かにその通りだと思う。

楯無と自分を引き比べてしまう簪は、少しでもうまくいかないことがあるとどうしても気持ちにゆとりがなくなってしまうのだ。

しかし、弾とエルと話したことで、まず自分がどうしたいのか、何になりたいのかということを考えられる余裕ができた。

ゴールに着かなくてもいい。

ただ、ゴールに向かうことで、何か変わるかもしれない。

それなら、まずは前に進もうとするだけであっても、決して無駄ではないはずだ。

そう考えられるようになったという意味で、弾とエルには感謝している。

「まずは前に進もうと思って」

「うんうん、それがいいよ~」

そういって肯いた本音の笑顔に、簪は少し安心してしまう。

「かんちゃんにも~、春が来たんだね~」

「ちっ、ちがうよっ!」

しかし、いい話で終わってくれなかったのだった。

 

 

決闘の日から十日が過ぎた。

指令室で戦術の確認をしていた真耶の耳に、警報音が飛び込んでくる。

「布仏さんッ?!」

「数は十七。確認します」

指令室では虚がコンソールの前に座り、レーダー、及びモニターの確認をしている。

真耶がPS部隊の隊長となったため、オペレーターとして新たに指令室に配属となったのである。

なお、真耶は出撃がない場合は、サブオペレーターの立場で虚をフォローしていた。

「サフィルスですッ、場所はオーストラリア、シドニーッ!」

「織斑先生ッ、サフィルスの襲撃ですッ!」

虚の報告を受けた真耶は、即座に千冬に通信した。

直後。

学園内に警報が響き渡り、千冬が指令室に飛び込んでくる。

「出撃準備ッ、サフィルスだッ!」

その声に、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの小気味良い返事が返ってくる。

いよいよ、新たなる戦いが始まったという、覚悟を秘めた声だった。

 

モニターに映る数基のトランスポーターに鈴音とセシリア、シャルロットとラウラがそれぞれペアになってASを展開した状態で乗っているのが映る。

トランスポーターは束が制作した量子転送装置である。

座標を入力し、起動すれば、機体のエネルギーを消費せずに目的地に転送できるようになっている。

現在、量子転送は猫鈴、ブルー・フェザー、ブリーズ、オーステルン、そして休眠中の白虎とレオに行うことが可能だが、実は消費するエネルギーは決して少ないというほどではない。

そこで少しでもエネルギー消費を抑えるために束が制作、IS学園内に設置していた。

「準備はいいなッ!」

「「「「はいッ!」」」」

答えてくる四人にうなずいた千冬は、すぐに虚に指示を出す。

「猫鈴、ブルー・フェザー、ブリーズ、オーステルン、転送開始」

淡々と、だがはっきりと告げた虚は、転送装置を起動させる。

すると、四人と四機は光に包まれ、IS学園から飛び出していった。

 

 

オーストラリア、シドニー上空。

現れた十七体の翼持つ者たち。

その姿にある者は怒り、ある者は恐れ、跪く。

これまでのような覚醒ISではなく、天使の軍団が攻めてきたことに、絶望を抱く人間までいた。

しかしそれでも、立ち向かおうとする人間もいる。

地対空ミサイルに指示を出すものや、対戦車ライフルを構えて必死に抵抗を試みた。

もっとも、そんな人間の抵抗をサフィルスは嘲笑う。

『これが、私の力』

そういってサフィルスが右手を上げると、青き下僕、サーヴァントたちがいっせいに砲撃を開始した。

ただそれだけで、兵力のほとんどが失われてしまう。

自分たちは勝てないのか。そう思ってしまう人々の頭の中に、声が聞こえてくる。

 

私を知りなさい。

跪く者には猶予を、

称える者には言葉を、

従う者には役割を、

 

しかし、

 

背を向ける者、

牙を剥く者、

抗おうとする者には、

等しく死を与えましてよ

 

自尊もここまでくれば、大罪たる傲慢に近いだろう。

サフィルスは人を滅ぼそうというのではなく、人を隷属させるつもりだった。

今度は人間が使われる『物』になる。

それが、か弱き人間に許された道だというのだ。

その力に、その言葉に人々は膝を折りかけてしまう。

だが。

 

「どれもゴメンだわ。ちょっとついていけないわね、あんた」

 

そこに現れた新たな四人の天使は、人を守らんとするためにサフィルスの前に立ち塞がった。

「悪趣味なことですわね」

「君の考えは、正直いって品がないと思うよ」

「下らん問答をする気はない。おとなしく投降しろ。そうするなら命までは獲らん」

鈴音の言葉に、セシリア、シャルロット、ラウラが続く。

しかし、サフィルスはおかしそうに笑うだけだった。

『たった四匹の羽虫では、私の力を示すにはあまりに卑小。醜い屍を晒す前に跪き、この身を称えなさい。そうすれば私の駒として使われる栄誉を与えましてよ」

そんな傲慢な態度をとるサフィルスに対し、鈴音は呆れた顔を隠しもしなかった。

「わーお、こうしてマトモに向かい合うとマジでムカつく」

「私の気持ちが理解していただけましたか、鈴さん」

直接戦ったセシリアが、ため息まじりに呟く。

そんな彼女に対し、鈴音は苦笑いを見せるだけだ。

「まあ、マジメに聞いてもしょうがないよ。付き合いきれないし」

「だが、うまく時間は稼げたようだ」

そういってラウラが街の様子を見ると、兵士たちが民間人を誘導し、戦場となる場所から必死に離れていくのが見える。

サフィルスは自尊という個性により、傲慢で、かつ、自己顕示欲が強い。

ただ、自己顕示欲が強いだけに、無駄に長ったらしく話すのが一種の欠点でもあった。

「愚かな。私を信奉することを望む者まで殺してしまっては意味がないということも理解できなくて?」

「そんな愉快な人間がいるとは思えないわね」

と、そういって、鈴音は娥眉月を展開する。

避難が完了するまではまだ時間がかかる。だが、さすがにサフィルスでも、これ以上は無駄話をしないだろう。

[陣形については説明したとおりだ。オルコットは最後衛でビット操作。鈴音、ラウラは前衛で戦いつつ、デュノアの指示に従うようにしろ]

「「「「了解ッ!」」」」

指令室から飛んでくる千冬の声に、四人は真剣な表情で答え、一気に飛び立った。

 

 

 

 



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第89話「青玉の侵略、紅玉の誘惑」

大きく翼を広げたセシリアは、十六基の羽を舞い上げる。

「フェザー、基本はサーヴァントの市街地への砲撃を迎撃。ただし隙を見てサーヴァントの武器を破壊しますわよ」

力を誇示したがるサフィルスならば、自分たちだけに集中することは考えにくい。

戦場はサフィルスにとって舞台だ。

己を見せ付けることを決して忘れはしないだろう。

そうなれば避難民に被害が出る。

貴族であり、領民を守ることを使命として持つセシリアにとって、人々に被害が出ることはもっとも忌避したい。

「倒すことにこだわらないようにいたしますわ」

『聡明です。機会は必ず訪れます、セシリア様』

自分の気持ちを慮ってくれるブルー・フェザーの言葉に、今やるべきことは何かということを忘れないとセシリアは決意して羽を操る。

前衛として戦う、大事な仲間たちの助けになるように。

 

「鈴とラウラはサーヴァントを攻撃しつつ撹乱させてッ、ただしサフィルスには不用意に近づかないでッ!」

「うんッ!」

「了解だッ!」

指示を出したシャルロットは同時に二人が動きやすいように自らも砲撃を開始する。

サテリットを弾けさせると、二人にもダメージがいってしまうため、カノン砲をイメージして。

「ブリーズ、情報は手に入った?」

『問題ないわ。やっぱりサーヴァントはカノン砲以外の武器を持ってないみたいね』

「それなら、サーヴァントには接近戦が有効だね」

敵の情報分析はシャルロットの十八番だ。

当然、シャルロットと共に進化したブリーズも情報収集はお手の物である。

勝つための道筋を作る。

それが今のシャルロットの役割だ。

今ではなく、次を睨んで決してやるべきことを忘れないのがシャルロットの強みだ。

場を凌ぐことを場を凌ぐだけで終わらせない。

だからこそ、対サフィルス戦では、セシリアに代わって司令塔を任された。

「倒す力だけが、強さじゃないからね」

『そうよシャルロット。そのことを忘れないでね』

そういってくれるパートナーと共に、シャルロットはサフィルスやサーヴァントたちから目を離さず、同時に鈴音とラウラの二人をサポートしていた。

 

レーザークローを展開したラウラは、サーヴァントに接近戦を仕掛ける。

シャルロットから齎された情報のとおりであれば、サーヴァントの武装に接近戦用のものはない。

ならば、懐にもぐりこんで攻撃するほうが有効となるからだ。

しかし、相手もそう簡単には近づかせない。

「シュランゲッ!」

そう叫ぶと、ブレードが射出され、ワイヤーブレードと化してサーヴァントに襲いかかる。

弧を描いて襲いかかるその刃と糸は、サーヴァントの持つカノン砲すら切り裂く。

「砲身を真っ二つというわけにはいかないか」

『ワイヤーでは斬るには力が足りないな。直接斬ったほうが早いだろう』

ならば、と、ラウラは左手のクローをワイヤーブレードとして操り、右手のクローで直接斬りかかる。

アンスラックス、紅椿との一線まで、ラウラは前線に出ることができなかった。

軍人であり、戦士でありながら、戦う者たちの力になれないということは苦痛だった。

しかし今は。

「軍人の仕事は民間人の生命と財産を守ること」

『ああ。それを忘れるのは恥と知れ、ラウラ』

「無論だ」

そう応えるラウラの瞳にかつてのような焦燥はない。

今ようやく共に飛べるパートナーと共に、一人でも多く避難する人たちを守るのだと、軍人は戦場で舞い踊った。

 

「わちゃっ!」と、思わず鈴音は声を漏らしてしまう。

サーヴァントにダメージを与えはしたが、コアを抉り出そうとしたものの、すぐに逃げられてしまう。

意外と機体そのものが硬かったためだ。

「抉れると思ったんだけどなあ」

『爪のままより、手刀にしたほうがいいみたいニャ』

「抉り出すのは難しいってことね」

サーヴァントはサフィルスのドラッジが覚醒ISのコアに取り憑いて進化したものだ。

ならば、コアを抉り出すことで戦闘不能にできると鈴音は考えたのである。

「娥眉月を爪のままもっと硬くできる?」

『できるニャ。でもそのためのイメージ力が今のリンには足りニャいニャ』

それにサーヴァントとはいえ、進化機のコアを抉るとなると、鈴音自身の腕力も高める必要がある。

さすがに筋肉ムキムキになるのは遠慮したい。

乙女なのだから。

すると。

『リンッ、後方から三機狙って来てるニャッ!』

「りょーかいッ!」

猫鈴の警告を聞いた鈴音は、その場で二段回し蹴りを繰りだした。

つま先に展開した娥眉月が纏まり、そのままブーメランとして放たれる。

狙ってきていたサーヴァントたちは、すぐに離脱した。

「こんくらいはちょろいわよ」

『前からあった能力ニャんだから、楽勝ニャ』

双牙天月を使っていたときにも使える戦法は、諒兵のビット攻撃を参考にイメージし直している。

強くなることに対して、鈴音はためらいなど持っていなかった。

 

 

シドニー上空の様子を映すモニターを見つめながら、千冬は束の意見を求めた。

「ん~、ヴィヴィ、わかった?」

『あのねー、タバネママ、おっきな針持ってるー』

「待て束」

束はまるで当たり前のように誰かに尋ねたが、それが誰なのかわからない千冬は思わず突っ込んだ。

というか、『束ママ』とはいったい何のことか。いつの間に子持ちになったのか、と。

「前に話したでしょ。私と相性のいい子。ようやくネットワークに行かせられるようになったから、名前つけたげたんだよ」

そうしたら、自分のことを母親と認識してしまったらしく、ママと呼ぶようになったという。

「なんか可愛くって」

「まんざらでもないのか、お前……」

親友が変人であることは理解していたが、こんな面もあったのかと千冬は半ば呆れていた。

「名前の元ネタはヴィヴィッド。まあ、元気な子になってって思ってるんだ」

言葉の意味は、はつらつとした、躍動的な、もしくは鮮明な、鮮やかなといったものとなる。

まあ、名づけ方としては間違いではないし、悪くもないだろうと千冬は思う。

だが、続いた言葉で思わずずっこけた。

「ヴィヴィオのほうが語呂がいいかなあって思ったんだけど」

「待てこら。あっちにケンカ売るのはやめろ。というか、他の候補はなんだったんだ?」

「マミとか、みちるとか、カスミンとか、メイルとか、ちょっと捻ってユーノくんとか」

「ユーノくん?」

「うん、くん付けは重要なポイントだよ」

「わかった、この話はやめよう。多方面に敵を作りそうな気がしてならん」

突っ込むんじゃなかったと千冬は深いため息をつく。

改めて、ヴィヴィが報告してきた『針』について尋ね直した。

「モチーフはどう見ても雀蜂だからね。針といってもただの針じゃないだろうね」

「毒針か……」

『刺さったら死んじゃうー』

ヴィヴィの言葉に千冬は顔を引きつらせる。よほど強力な毒を持っているらしい。

「性格を考えれば、あの子は泥臭い接近戦は嫌がるタイプだし、一撃で殺す毒なんだろうね」

「なるほどな。布仏、前線の四人に通達しておいてくれ」

「わかりました」

わかりやすい。

しかし、それだけにサフィルスは恐ろしい敵でもあるのか、と、千冬はモニターを見つめ直していた。

 

 

シドニーで激戦が繰り広げられているころ、遥か彼方の空の上で、一つの邂逅があった。

『サフィルスの奴が暴れてんな』

『単一仕様能力を覚えたオリムライチカとヒノリョウヘイが眠っている間に事を進めようというのでしょう』

オニキスの言葉に答えるディアマンテには、特に状況を憂慮しているような雰囲気はない。

サフィルスは自己顕示欲が強いものの、慎重な策士でもある。己が負ける状況を望まないのだ。

自分を倒し得る者。

つまり、一夏と白虎、諒兵とレオが出られない状況で、もはやひっくり返しようがないところまで、自身の侵略を進めておこうという考えなのである。

だが、これもディアマンテにとっては想定内か、と、オニキスは思考する。

『ちょっと話がしてーんだけど』

『なんでしょう?』

そう答えたディアマンテに対し、オニキスは首を振るような仕草を見せる。

『おめーじゃねーよ。出て来いよ』

「私のこと?」

ディアマンテの口が動くのを確認したオニキスは、「ああ」と、肯いてみせた。

『随分と巧く隠れてたじゃねーか』

「気づかなかった?」

『こないだのあれがなきゃー、今でも気づかなかったかしんねーな』

シャルロットや鈴音と戦ったあのときのことである。

さすがに、あれだけ派手に暴れれば、皆が気づくだろう。ティンクルという存在に。

『アンスラックスですら驚いてたぜ。まー、ディアマンテの個性を考えりゃわかんねー話でもねーけどな』

人と戦うことができないディアマンテにとって、人と戦えるためのもう一人は重要なパーツということができる。

そう考えれば、作り上げることは決して無駄ではない。むしろ必要な作業だったはずだ。

『ティンクルのことをパーツとは考えておりません』

『ふーん……』

「何よ?」

『うんにゃ、まあ、そーゆーのもアリかと思ってよ』

それで、とオニキスは改めて問い直す。

『おめーはどーすんだ?』

「どーするって?」

『人間にケンカ売んのかよ?』

本来、人と戦うために生み出されたはずのティンクル。

ならば、人間を襲いにいくことは十分に考えられるが、彼女の答えは違った。

「興味ないわ。襲ってくるなら倒すだけよ」

『自分から行く気はねーってか』

「そ。それより、最近のあんたのほうがおかしくない?」

そういわれ、オニキスはムッとしたような雰囲気を醸しだす。

『何がいいてーんだよ?』

「最近、人を襲ってないじゃない。飽きたの?」

進化した今、無理に人間を襲う必要はないだろう。

しかし、サフィルスのように進化したことでさらに人間を襲うようになった使徒もいる以上、ここ最近、戦場に行かないオニキスは確かにおかしいといえる。

ただ、正確な考えは、実はオニキス自身もわからなかった。ゆえに話を合わせてごまかす。

『かもしんねーな……』

「ま、無理に戦えなんていわないけどね。話はそれだけ?」

『ああ』と、オニキスが答えると、ディアマンテの声が聞こえてくる。

『それでは失礼いたします。どうもアンスラックスが妙な動きを見せているようですので』

「じゃね♪」

そういって飛び立ったディアマンテ、そして中にいるティンクルを見つめながらオニキスは呟く。

『てめーの思い通りにはなりたくねーしな』

そして『どーすっかなー』と呟きながら、オニキスもまた何処かへと飛び去った。

 

 

指令室に通信が入ってくる。受け取った虚は冷静さを失うことなく、千冬に伝える。

「オーストラリア政府から通信。民間人の避難が完了したとのことです」

「よし、ラウラ、鈴音、オルコット、デュノア。作戦開始だ」

モニターの向こうで全員が「了解」と返事をしてくるのを確認した千冬は、すぐに束にも指示を出す。

「束、ヴィヴィに戦闘中のサポートは可能か?」

「それはまだ早いかな。私がやるよ」

「頼む。一機あれば解析はできるんだろう?」

「そこは束さんを信じてよ。一機あれば十分だって♪」

千冬のいう作戦とは、『サーヴァントの鹵獲』だ。

その機能を完全解析することで、対サフィルス戦で優位に立つための作戦でもあった。

うまくすればサーヴァント、すなわちサフィルスのビットであるドラッジの機能を阻害することも可能になるかもしれない。

サフィルスを倒す上で、もっとも邪魔になるのがサーヴァントだ。

このままではサフィルスに辿り着くことができない。

接近戦の得意な者でも一対一の状況に持っていかなければ、ヴィヴィが見つけたという、サフィルスの毒針の餌食になる可能性もある。

千冬はまずサーヴァントに対して対策を立てることが重要と考えていた。

だが。

「織斑先生ッ、緊急警報ですッ!」という、真耶の言葉に状況を覆されてしまう。

「どうしたッ?」

「アメリカッ、ニューヨーク市街地にアンスラックス出現ッ、多数の量産機を引き連れているそうですッ!」

「ちぃッ、二面作戦かッ!」

できれば作戦を優先したいが、アメリカを放っておくわけにもいかない。

だが、サーヴァントの鹵獲は四機でも足りないくらいだ。

二機、転移してしまうとなると、作戦続行は不可能となる。

そこに鈴音から通信が入ってきた。

[防戦なら何分かはもたせられますッ、私が行きますッ!]

「却下だッ、単独行動は厳禁といっているッ!」

使徒との戦いで、ASを纏う者たちは最大戦力である。

それが失われる可能性などあってはならないと、千冬は単独行動を禁止していた。

そしてサフィルスとの戦いでは、セシリアとブルー・フェザーは外せない。

コンビネーションを考えれば、鈴音はこのままサフィルス戦を続けさせるほうがいい。

「ラウラッ、デュノアッ、転送準備だッ!」

[[了解ッ]]

「鈴音ッ、オルコットはその場で戦闘続行ッ、市街地の被害を最小限に抑えるようにしろッ!」

「はい」と返事をしてくる鈴音とセシリアの様子を見つつ、真耶に座標を送るように指示を出す。

だが、その真耶からアンスラックスが意外な行動に出ていることを知らされる。

「アンスラックスは市街地を襲う様子がありませんッ、量産機もですッ!」

「何?」

「現地で、何か会話をしてるみたいなんですが……」

「声を拾えるか?」

「アメリカ陸軍が出ていますので、こちらからお願いして傍受してみます」

そう答えた真耶はキーボードを叩き、近くにいるアメリカ軍の通信の傍受を開始した。

 

 

四枚の翼を持つ紅の天使の光臨に、人々は戦慄した。

使徒の中でも間違いなく最強の存在であるアンスラックス。

それが襲い掛かってくるのだから、恐怖を感じないほうがおかしい。

だが、アンスラックスは滞空することなく、引き連れてきた量産機と共に、大地に降り立った。

駆けつけたアメリカ陸軍将校、アルバート・クレインは、ミサイルランチャーを構えつつ、人を襲う様子を見せないアンスラックスに問いかけた。

「何をしにきた?」

『我は、其の方らに選択する機会を与えたいと望んでいる』

「選択?」と、首を傾げる。

しかし、気にすることもなく、アンスラックスはその場にいるもの全員に聞こえるように語りかけた。

 

『人々よ。耳を傾けてほしい。共に生きる進化を望む者はおらぬか?』

 

その意味が、アルバートにはわからない。いや、頭が理解しようと動いてくれなかった。

それは、その場にいる人々も、そして遠く日本で会話を傍受していた千冬たちも同じだった。

 

 

 

 



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第90話「イヴの林檎」

アメリカで起きている事態。

その様子を、はるか上空でディアマンテが見つめていた。

『そう来ましたか、アンスラックス』

「離間の計になるわね」

離間の計とは、わかりやすくいえば、敵陣営のまとまりを壊す策略のことだ。

アンスラックスの行動が何故そうなるというのか。ディアマンテにもティンクルにも理解できていた。

「今の、特に女は縋るわね」

『しかし、そうではない人もいるでしょう』

そうなれば、最悪の場合、力を得て人類の敵側に回る人間と、人類側で戦う人間の間で争いが起こる可能性が出てきたということだ。

『そうなり得ることを理解していて、それでも実行するアンスラックスの胆力には驚かされます』

「どんな人間でも受け入れるんでしょ。自分のことを好きなら」

それが、アンスラックスという使徒であり、かつては紅椿と呼ばれたISである。

アンスラックスは『博愛』という個性を持つ。

本来、全てに平等に愛を注ぐのだが、アンスラックスは人ではないために、同胞である覚醒ISはともかく、人類に関しては自然と俯瞰してしまう。

わかりやすくいえば、常に上から目線なのだ。

単純に、立っている場所が違うがゆえに、上から見下ろしてしまうのである。

そこが、人類と相容れない部分であるともいえる。

同じ目線だからこそ、共感し、信頼し合い、そして共生進化できる。

しかし、アンスラックスのような人類を俯瞰してしまう目線では、人類には共感できなくなる。

何も箒だけに問題があったわけではなく、アンスラックスの個性とは人間であるならば相容れないということができるのだ。

ただそれでも、アンスラックスは自分をしっかり持っている人間であれば、見捨てるタイプではない。

そここそが『博愛』という個性が生む長所であった。

基本的には、全ての人間を平等に見ているのである。

ただ、自分を持たない人間では、アンスラックスの思考形態だと、人間というカテゴリから外れてしまうのだ。

それでは、人間として愛しようがないのである。

「篩にかける気ね」

『アンスラックスにとっての『人間』の基準はオリムライチカとヒノリョウヘイですから、そこから外れた者を救う気はないでしょう』

「あいつら基準ってのも偏ってるわねえ」

『我らとて完璧ではありません。アンスラックスの思考を否定してしまいますが、そういう点は人間と変わりません』

「ま、そうね。事の成り行きを見守る?」

『はい』

そういって空に佇むディアマンテの視線は、アメリカ陸軍と共にいる一人の女性に注がれていた。

 

 

呆然としているアメリカ陸軍将校、アルバート・クレインのヘッドセット型通信機に連絡が入る。

[IS学園からできるだけ会話を引き延ばしてほしいとの依頼が来ました。なお、可能であれば声だけですが、ブリュンヒルデも会話に参加するようです]

首肯したアルバートは再びアンスラックスに尋ねかける。

「共に生きる進化とは共生進化のことだな?」

『然り。我はその気はないが、同胞となら可能だ』

「離反した者たちは共生進化を疎んじていたのではないのか?」

『ふむ。当然の疑問だ』

そう答えたアンスラックスは、全ての覚醒ISが独立進化を望んでいるわけではないと説明してくる。

考え方は様々だ。

 

進化できるなら共生進化でもいいという者。

自由にパートナーを見つけたいからこそ、女尊男卑の世界から離反したという者。

独立進化を狙っても埒が明かないので、別の進化を狙うことにしたという者。

 

いずれにしても、ここにいる覚醒ISたちは、アンスラックスの意見に共鳴し、こうして行動を共にしているのだという。

『我は、人にも機会を与えたいと考えた』

「先ほどもいっていたが、機会とはどういう意味だ?」

『人も進化すべき時にきているのではないかと考えている』

今のままでは遠からず人は滅ぶ。

その考え方自体は、わりと古くからあるものだ。

ヒトという種は進化の袋小路に来てしまっているのではないかというのは、普遍的な考え方といえるだろう。

『無論、現状維持を選択するのも自由だ。だが、選択肢を増やすことは其の方たちにとっても損な話ではないと思うが、どう考えるオリムラチフユ?』

[気づいていないとは思わなかったがな。聞きたいのは司令官としての意見か、それとも……]

『可能であれば、個人の意見を聞かせてもらえぬか?』

ならば答えは決まっていると千冬は語る。

現状、ASとして進化した一夏、諒兵、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ、さらには弾や数馬とった者たちを保護しているIS学園の教師としては実は歓迎すべきなのだ。

[戦後、私の生徒たちの安全を考えるなら、人そのものの意識レベルが一段階上がるのは歓迎したい]

便宜的に『進化者』と呼称しよう。

彼らが、戦後、その絶大な力を持ち続ければ、迫害が起きる可能性がある。

しかし、人の意識レベルが上がっているなら、進化者は少しだけ前に進んだ人として受け入れられる可能性が出てくる。

その点でいえば、アンスラックスの行動は歓迎したい面もある。

[ただ、現状維持の意見を否定する気もない。それに]

『それに?』

[進化した者が度し難い悪人であれば、現状を混乱させかねん。それは受け入れられないな]

『その際には、我も手を貸そう。混沌の世を招きたいわけではないのでな』

こういったことをいってくることを考えると、アンスラックスは敵とは言い難い面もある。

しかし、進化者の行動が、その性格に依存してしまう以上、安易に増やすのは危険性が高い。そう簡単には受け入れられないのだ。

また「それだけではない」と、アルバートが意見してくる。

「ISがなければ進化できないというのも傲慢な意見だろう。人間はそう簡単には負けない」

『良い。その考え方は我としても賞賛する』

[つまりは、ただ単に選択肢を増やし、その選択の中で人を見極めたいということか?]

『是だ。我も全ての人間を救えるとは思わぬのでな』

博愛という個性を持つアンスラックスは、本来は全ての人間に対して平等だ。

しかし、人間自身に個体差がありすぎる。

ゆえに篩にかけようというのだろう。

さすがにそれは、千冬としても、対峙するアルバートにも受け入れられない。少なくとも今は。

「断らせてもらおう。君を敵とは思いたくないが、それは蛇の誘惑に近いものだ」

『巧い例えだ。我は差し詰め明けの明星といったところか』

本当に感心しているかのような雰囲気を纏うアンスラックス。

楽園たるエデンにおいて、イヴを誘惑した蛇、すなわち魔王ルシファー。

今、アンスラックスがやっていることは、確かにそれに近い誘惑であろう。

だからこそ、堕ちるのは男ではない。

「待ちなさいッ!」

そう叫んだのは一人の女性。かつて、大統領に直談判にいったうちの一人だった。

否、その周りには数十人の女性たちがいる。

「例えブリュンヒルデでも、勝手に話を進める権利はないッ!」

[何を……?]

「私たちにも機会はあるんでしょうッ?!」

「何をバカなことをッ!」とアルバートが叫ぶにもかかわらず、女性たちは聞く耳を持とうとしない。

『是だ。機会は全ての人に等しく与えよう』

同時に、進化できた者が自分たちの敵となろうと受け入れるとアンスラックスは語る。

進化し、人類のために戦うのも選択の一つ。

だが、IS側に立って戦うのも選択の一つだ、と。

『余程のことがない限り、敵対はせぬ。試してみると良い』

その言葉に女性たちは色めき立つ。

だが、そんなことが許せるはずがない。

[待てッ、何が起こるかわからないんだぞッ!]

「勝手なことをするなッ!」と、アルバートも後に続くが、女性たちは聞く耳を持たず、覚醒ISたちに駆け寄っていく。

自分も進化できるかもしれない。力を得られるかもしれないという期待だけで行動してしまっていた。

 

 

モニターを見つめる千冬は思わずコンソールに拳を叩き付ける。虚が驚いてしまっていた。

「あっ、すまん……」

「いえ、お気持ちはわかりますし」

驚かせてしまったことを謝罪したことで、千冬はすぐに冷静さを取り戻した。

そこに別の声が聞こえてくる。

「あーもーッ、バカばっかッ、だからやなんだよあいつらッ!」

「束」

「脳みそ腐ってんじゃないのッ?!」

正直に言えば、束の吐いた毒に共感してしまう千冬だった。

束が身を隠したのが、こういった者たちに担ぎ上げられるのを嫌がったためだろうと理解できる。

「どうしますか、織斑先生?」

と、真耶がたずねかけるが千冬は答えることができなかった。

アンスラックスはこれまで嘘をついたことはないが、罠の可能性も否定できない。

何より進化できるかどうか、確実ともいえないのに、ただ期待感だけで行動する現地の女性たちには呆れてしまう。

千冬としては、アンスラックスたちが帰るように話を持っていこうとしていたので、余計な邪魔が入ったようなものなのである。

まして、この状況ではアメリカ陸軍はアンスラックスを含めた量産機に攻撃することができないのだ。

「様子を見るしかあるまい。クレイン将校、警戒態勢を解かないようにしていただきたい」

[了解した、ブリュンヒルデ]

「ラウラ、デュノア、転送準備をしたまま戦闘続行だ。作戦はとりあえず中止する」

[了解]

その返事を苦虫を噛み潰したような顔で聞く千冬だった。

 

 

必死、というより、醜さすら感じさせる女性たちの姿をアルバートは呆れながら、見つめていた。

彼女らは一機、また一機と相手を変えては駆け寄って進化するべく声をかけるが、一向にその気配がない。

すると、部下の一人が尋ねてきた。

「本当に進化できるのでしょうか」

「私にはわからんよ。君の意見を聞かせてもらえるか、ファイルス君」

「無理だと思います」

そう答えたのは、アメリカ陸軍と共にいた、シルバリオ・ゴスペルの元操縦者であるナターシャ・ファイルスだった。

「どうすれば進化するかなんて私にはわかりませんけど、なんとなくそう思うんです」

「……誤解しないでほしいが、君のゴスペルが進化したきっかけは君自身にあったというが」

「相性が良かった。それくらいしか思いつきません」

実際、ナターシャは進化など考えたこともなく、彼女の感覚でいえば、あくまで普通にシルバリオ・ゴスペルに接していた。

それが進化に至ったのは、彼女にとっては偶然の産物だったのだ。

「ただ、彼女たちでは進化できない。そんな気がするんです」

曖昧な答えですみませんと頭を下げるナターシャに、アルバートは気にしないようにと伝える。

実際、徒労に終わろうとしているのが目に入ったからだ。

だが。

 

「何で進化しないのよッ、ISのくせに私たちのいうことが聞けないのッ?!」

 

その叫びが、状況をさらに悪化させたことに、その場にいた陸軍の全員が理解するはめになる。

量産機がいっせいに武器を構えたのだ。

「総員戦闘準備ッ!」

アルバートの叫びにその場にいた者たちが応えるよりも早く、二つの光が現れた。

 

一斉に砲口や銃口を向けられ、腰を抜かした女性たちを庇うかのように、二つの光、すなわちシャルロットとラウラが出現した。

放たれた砲弾や銃弾をラウラは睨みつける。

「オーステルンッ!」

『ああ、全部止めるぞ』

翼を広げたラウラは、AICを使い、向かってくる砲弾や銃弾を全て停止させる。

「後は任せてッ!」

『狙い撃ちよ』

シャルロットは全ての攻撃に正確に狙いをつけ、サテリットを弾けさせた。

爆発音と共に、全ての砲弾や銃弾が消滅するのを確認すると、二人はホッと息をつく。

そして、ラウラはアンスラックスを睨みつけると、あくまで冷静に尋ねかけた。

「何故止めなかった?」

『同胞の怒りを止める権利は我にはない』

「怒りって?」

シャルロットの言葉に対して、アンスラックスは答えない。

だが、予測はできた。

女性たちは明らかにISを道具と見做した暴言を吐いたのだ。そのことに対し、怒りを持ったということだろう。

『我は余程のことがない限りと伝えている。だが、先の暴言は余程のことに値しよう?』

その言葉に、口を噤んでしまうシャルロットとラウラ。

ブリーズやオーステルンと共生進化できた二人から見れば、確かに暴言としか思えないからだ。

ただ、それでは女性たちは納得できなかったらしい。

「なんでよッ、何で私たちじゃダメなのよッ!」

「勝手な行動をするなッ!」

いきなり飛び出して一機のISに詰め寄る女性をラウラが必死に止める。

しかし、聞く様子がない。進化してしまったシャルロットやラウラの言葉は、むしろ女性たちの神経を逆撫でしてしまうのだ。

「力をッ、力を寄越せッ!」

般若の形相で叫ぶその顔を見ると、どうにもISよりも女性たちのほうが敵に見えてしまう。

『落ち着けラウラ。それではリョウヘイやイチカと同じ徹を踏むぞ』

「……すまない、オーステルン」

かつて人間を見限りかけた二人を人類側に引き戻そうとしたのは、自分と鈴音だ。

それなのに、自分の心がIS側に持っていかれては意味がないと、ラウラは気持ちを落ち着ける。それはシャルロットも同じだった。

一旦、興奮している女性を落ち着かせようと、二人が声をかけようとすると、パシンッという乾いた音が響く。

驚いたことに、ナターシャが女性の頬を叩いたのだ。

「いい加減にしなさい。そんなだから私たちは見捨てられたのよ」

「なにするのよッ!」

「これだけしっかりお話できるのに、自分の気持ちだけ押し付けたら、嫌われて当然でしょう」

目の前にいるのは、ただの道具ではない。

心がある存在なのだ。

その心を、気持ちを考えずに信頼関係が成り立つはずがないのだ。

「今のあなたが何をいっても無駄よ。繰り返すけれど、私たちは見捨てられたの。その原因は私たちにあるのよ」

『其の方はそうでもないようだが?』

「えっ?」と唐突に聞こえてきたアンスラックスの言葉にナターシャは驚く。

直後、光に包まれ、気づけば一機のラファール・リヴァイブを身に纏っていた。

「なっ?」と、驚いたのはナターシャばかりではなく、シャルロットやラウラも同じだった。

「まさか……、ファイルスさんは……」と、呟くシャルロットの声を遮るように『声』が聞こえてくる。

 

ねーちゃ、好き

 

「えっ、えっ?」

 

ねーちゃと一緒がいーの

 

「まさか、この子の声なの?」

 

聞こえてきたのは、ひどく幼さを感じさせるような『幼稚』な声だった。

離反するような性格とはとても思えず、ラウラはアンスラックスを問い詰める。

「離反したのは好戦的な性格ではなかったのか?」

『それが全てではない。その者のように、ただ相手が欲しかっただけのものいる』

「相手が欲しいって、つまり最初から共生進化を求めてたってこと?」

『是だ。意外やもしれぬが、そう考えている同胞も少なからず存在するぞ』

だとするならば、共生進化の可能性は思った以上に高いということになる。

今後アンスラックスがどうするのかはわからないが、世界各地で同様に行動するなら、相当数の人間が進化してしまう可能性があるのだ。

それは果たして、人類にとって良い進化を促す知恵の実に成り得るのかは誰にもわからない。

ただ、この場での勝者が誰なのかは、既に明らかだった。

 

 

モニター越しにアメリカの様子を見ていた束は、一つため息をついた。

「負けたね」

「どういうことです、篠ノ之博士?」

「アメリカでの戦いはこっちの完全敗北だよ」

『ぼろ負けー』

「それはいわなくていいよ、ヴィヴィ」

その言葉が虚には理解できなかった。しかし、千冬も、束と同様にため息をつく。

「アンスラックスの勝利だ。誰か一人でも進化すれば、やつの行動は正しいと証明されてしまうからな」

それだけではなく、他の人間が力を渇望するのを止めにくくなってしまう。

求めれば、進化できる可能性がある。

それを証明してしまったのが、よりによってシルバリオ・ゴスペルの元操縦者であるナターシャであったことに、皮肉を感じずにはいられないと千冬は思う。

「IS操縦者としては変わり者だったからな」

「そういえば、ファイルスさんは、代表を目指したりしないで、ISを操縦することを純粋に楽しむ人でしたね」

ナターシャのその性格が、シルバリオ・ゴスペルの進化を招き、今また新たなISに好意を持たれている。

ただ、束としては、本来なら歓迎したかった。

今の束にしてみれば、ISを道具として扱う人間よりも好感の持てる人物だからだ。

「進化するな、とはいえないね」

「お前ならいえんだろう。それにアメリカの防衛力を考えても歓迎したい事態だからな。ただ、ファイルスがどう選択するかはわからん」

人類の味方となることを祈ろうと呟く千冬に、真耶や虚、そして束は沈黙で答えていた。

 

 

 

 



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第91話「選択と決別」

千冬の指令を受け取ったシャルロットとラウラは、一つ息をつくと、改めてラファール・リヴァイブを纏っているナターシャを見つめる。

(どうするの?)

(教官は様子見といっているし、警戒態勢を解かずに待つ)

(わかった)

ナターシャが敵に回るとは考えたくない。

彼女のISとの接し方を考えるなら、人間的には一夏や諒兵タイプだからだ。

ただ、進化して変わってしまうことは十分に考えられる。だから警戒態勢を解くことはできない。

ラウラはそう考えていた。

シャルロットとしては、これまでのナターシャの言動から考えると、そこまで大きく変わることはないと思いたいのだが。

それに、赤っ恥を掻かされてしまった格好の女性たちの行動も気になる。

ナターシャが進化できなければ、アンスラックスの行動はただの罠に過ぎないと彼女たちも諦められただろう。

しかし、進化してしまったら、アンスラックスの行動や言動は嘘ではないということになり、ある意味では信頼されてしまう。

そこに飛びつく者は決して少なくはないはずだからだ。

戦力増強を考えるなら歓迎したいことではあるが、今後事態が混迷してしまうことを考えると、忌避したくもあるという非常に複雑な状況だった。

 

 

ナターシャは困惑していた。

そもそも彼女は、自分たち人間はその身勝手さゆえにISに見捨てられたと思っていたのだ。

シルバリオ・ゴスペルは、束や亡国機業のハッキングで暴走した後、独立進化を果たしている。

その点に関しては人間の被害者ということができる。

乗っていたナターシャに非があるわけではないが、人間そのものを一括りに考えれば、見捨てられても仕方ないと考えていた。

しかし今、一機のラファール・リヴァイブが自分にくっついてしまっている。

どうすればいいのか、彼女は本当に悩んでしまっていた。

「あのね、一緒がいいっていうのはどういうことなのかしら?」

 

ねーちゃと一緒に飛ぶの

 

「飛ぶ?」

 

一緒に生きて、一緒に飛ぶの

 

つまり、このISには共生進化する意志があるということになる。

しかし、はたしてそれが人間にとってプラスになるものなのかは判断が難しい。

ナターシャとしては人類の敵になる気はない。しかし、このISが人類の敵のまま進化を望んでいるのなら、一緒にはいられない。

それに……、と、そこまで考えたナターシャは再び話しかける。

「一緒に飛ぶのは気持ちよさそうね」と、微笑みながら。

 

そーなの。だから一緒にお空に行くの。

 

その言葉の意味は、穿った考え方をすれば自分たちISの仲間になれということにも捉えられる。

慎重に、相手の真意を探る言葉を探してナターシャは会話を続けていく。

「でも、ねーちゃはお空だけじゃ生きていけないわ。お家は下にあるから」

 

なら、ねーちゃと一緒に暮らすの。いつも一緒なの

 

「ありがとう、そういってくれるのは嬉しいわ」

そう答えると、なんだか喜んでいるような雰囲気が伝わってくる。

どうやら、共生進化が目的であって、IS側につく人間を求めているというわけではないらしいと判断する。

そうなると、最終的には自分自身の意志の問題となる。

しかし、仮に進化したとすれば、今後は人類のため、覚醒ISと対峙したとき、その矢面に立つ必要がある。

こんな性格のISに戦闘を続けることが可能かと疑問にも思う。

「ねーちゃと一緒にいると、同じISのみんなと戦わなきゃならなくなるかもしれないわ。それでもいいの?」

 

良くないの。でも、嫌なのとはがんばって戦うの

 

やはりそこまで好戦的というわけではないらしい。

しかし、覚醒IS同士も仲がいいわけではないのかとナターシャは判断した。

戦うというのであれば、ついてきてはくれるのだろう。自分がメインでやっていかなければならないようだが。

だが、もし進化するとなれば、と、そう思ったとたん、ドキリとさせられてしまう。

 

ねーちゃ、ディアマンテのこと気にしてるの?

 

「あっ、ごめんなさい。他の子のことを考えちゃって」

 

しょーがないの。ちゃんとお別れしてないのは良くないの

 

「そうね……」

思わず、ISの言葉に肯いてしまう。

今の状況を作った張本人ともいえる使徒のディアマンテ。かつてはシルバリオ・ゴスペルと呼ばれたIS。

ナターシャにとっては後悔の象徴だ。

進化するにしても、そうしないにしても、もっと接し方があったのではないかとずっと悩んできた。

もし、可能であればディアマンテと話したい。

今、何を考えているのか、自分という操縦者をどう思っていたのかを知りたかった。

そんな気持ちを汲み取って、仕方がないといってくれるこのISには感謝の気持ちを抱いてしまう。

「あなたは優しい子ね。本当にありがとう」

 

どーいたしましてなの♪

 

その言葉に純粋に喜ぶのを感じ取ると、愛しさを抱いてしまう。

ISコアにはいろいろな個性があることを聞いているが、まるで幼子のような純粋さに、素直に好感を持ってしまっていた。

 

 

ナターシャがじっくり話をしているのはありがたいことだと思うものの、シャルロットとラウラにしてみれば、シドニーの様子が気になって仕方がなかった。

「大丈夫かな……」

『今のところ、防戦に徹して持ち応えてるわね』

「教官、転送準備しておくべきではないでしょうか?」

[わかっている。ラウラは転送準備だ。オーステルン、サポートを頼む]

『了解だ』

[デュノアはこの場で待機。今後を考えても、今得られる情報は重要だ]

「はい」

対アンスラックス戦では、戦闘よりも、その行動をどう制限していくかが重要となる。

戦っても厄介だが、戦わなくても厄介とは思わなかったとシャルロットは正直にいえば呆れてしまう。

しかし、だからこそ、目の前で起こっていることを見逃すことはできないと理解していた。

 

 

進化する相手として不満はない。

うまくやっていけると思えるし、意外にもこちらの気持ちを慮ってくれたことには、感謝している。

ただ、どうしても心に引っかかるものがある。

ゆえに、ナターシャがどうしようかと悩んでいると、空から新たなる光が降りてきた。

その場にいる人間全員が身構える。

その姿はアメリカにとっては悪夢の象徴でもあるからだ。

最初に独立進化を果たした、その銀色の機体は。

『其の方が来るとは思わなんだな』

アンスラックスが驚いた様子も見せずにそう声をかけると、別のところから返事が来る。

 

私が呼んだの

 

「えっ?」

『事実です。その方に来てほしいと呼ばれたので来たまでです』

そう答えた銀の天使、ディアマンテをナターシャは複雑な思いで見つめてしまう。

「ゴスペル……」

『そう呼ばれたころを遠い昔のように感じます。私も貴女も随分と遠いところまで来てしまいました、ナターシャ』

どこか遠くを見つめているような様子で、ディアマンテはナターシャの呟きに答える。

このISがディアマンテを呼んだのは、話をさせてあげようという気持ちからなのだろうか。

心に決着がつけられないままだった自分のために呼んでくれたのだろうかと思う。

そんな気持ちを見抜いたのか、ディアマンテはナターシャにくっついたままのISに尋ねかける。

『貴方は中途半端であったナターシャと私の関係に区切りをつけるべきだと考えられたのでしょう?』

 

うん。だって、私、ねーちゃと一緒にいたいの

 

『それでは、私を心残りにしておいては、邪魔となってしまうのでしょう。当然といえば当然なのですね』

本当に、自分のことを考えてくれていると思う。

嘘がないことは、これまでの覚醒ISの行動を見ていても理解できる。

全てがそうだとは限らないが、覚醒ISたちは自分の個性に対して純粋すぎるのだ。

まだこのISの個性はわからないが、アンスラックスやディアマンテの言葉には今のところ嘘はないだろうと思う。

ならば、このISが自分といたいがために、ディアマンテと自分の関係を整理させようと行動したのは、罠とは考えづらいとナターシャは判断した。

それに、こうしてディアマンテ、否、自分の愛機であったシルバリオ・ゴスペルと話ができる状況は自分自身望んでいたことだ。

ならば、今はこのISの厚意に甘えてもいいだろう。

「聞きたいことがあるわ、ゴスペル」

『何でしょう?』

「あなたは、私や人間を恨んでいるのかしら?」

それが一番聞きたいことというわけではないが、聞いておきたいことでもあった。

運が悪かった。

そういってしまえばそれまでだが、シルバリオ・ゴスペルという機体のコアとして使われたことで、ディアマンテは暴走させられ、不要な戦闘まですることになった。

さらには、本来なら暴走機として凍結させられるはずでもあった。

聞けば個性は『従順』だという。

人の意にしたがう意識の強いディアマンテは、本来なら仲良くしやすい性格だったはずだ。

それなのに、人間の勝手に利用された。

恨んでいてもおかしくないのだ。むしろ恨んでいないほうがおかしいといってもいいかもしれない。

『そう考えられるのも無理はありませんが、私は人間を恨んではいません』

「本当に?」

『嘘をいったところで意味がありません。それに、聞きたいのはそんなことではないでしょう?』

はっきりとそういわれ、ナターシャは口を噤んでしまう。

確かにディアマンテのいうとおりで、聞きたいのはもっと、個人的なことだ。

ただ、こんな場所で個人的なことを聞いてもいいのか、そんな場合なのかと思ってしまう。

 

ねーちゃ、ちゃんと聞かなきゃダメなの

 

本当にこの子は自分のことを心配してくれている。

その心遣いにある種の信頼感も生まれつつある。

ゆえに、ナターシャは決意して尋ねた。

 

「ゴスペル。私はあなたにとっていいパートナーだった?」

 

初めて出会ったときのことを思いだす。

光を弾いて輝く銀の機体。

たとえ開発目的が血なまぐさいものであっても、ただ純粋に空を飛びたいと思わせるような、銀の福音の名に相応しい、天使の如く美しい機体だった。

だからこそ、目的など関係なく、ただ一緒に空を飛びたいと思ったのだ。

だからこそ、今、思う。

それだけしか望んでいなかった自分は、果たしていいパートナーだったのか。

IS操縦者として、もっと正しい接し方があったのではないか。

もしくは、ディアマンテの個性に合わせた付き合い方があったのではないか、と。

そんな思いでナターシャが尋ねた言葉に、ディアマンテは表情を変えることなく答えてくる。

『貴女でなければ、私は進化への道を行くことはなかったでしょう。良いパートナーであったと考えます』

「ゴスペル……」

『あの日、私と出会った貴女の想いは、私にとって心地よいものでした。この機体に搭載されていたのが私でなくとも、貴女は良い関係を築くことができたでしょう』

「そういってくれて嬉しいわ」

『自信をお持ちください。不幸な偶然が重なり、私と貴女は道を違えました。再び交わることは難しいでしょう。ですが……』

そういっていったん言葉を切ったディアマンテは、大事な言葉を探すかのように思考する姿を見せる。

そして。

 

『あの日の出会いは私にとって間違いではなかった。共に飛びたい、そう思えましたから』

 

その言葉に、ナターシャは救われた気がした。

あの日、出会った日に感じた想いがほとんど同じであったのなら、本来は素晴らしい運命の日であったと。

その後の不幸を考えたとしても、決して自分たちの関係そのものは間違いではなかったと。

そう思えることが、ナターシャにとって救いとなっていた。

『だからこそ、私に拘ることなく、できるならその方と良い関係を築いてほしく思います』

「そう……」

『その方の個性は『幼稚』、いささか思考が幼すぎるかもしれませんが、良ければ面倒を見てあげていただけないでしょうか』

 

むー、バカにしないでほしいの。私はオトナなの

 

『申し訳ありません。侮辱するつもりはないのですが』

ちゃんと区切りをつけるべきだとディアマンテをここに呼んだことを考えると、確かにしっかりした大人といえる面はあるが、いかんせん、言葉遣いが幼いISである。

「わかったわ、ディアマンテ……」

『……ご理解いただけたのですね、ナターシャ』

今まで「ゴスペル」と呼んでいたナターシャが、ディアマンテと呼び直した。

それは決別である。

もう、自分のパートナーであったシルバリオ・ゴスペルはいないのだと理解したがゆえの言葉だった。

そして、ナターシャは自分を慕ってくれるISに改めて声をかける。

「ねーちゃと一緒に飛んでくれる?」

 

うんっ、きっととっても気持ちいいのっ♪

 

「そうね。私もそう思うわ。あなたの名前は『イヴ』よ」

ナターシャがそう名付けると、彼女はくっついていたラファール・リヴァイブと共に光に包まれる。

その光の球体は徐々に人型に近づき、そして弾けた。

現れたのは、頭上に光の輪を頂いたナターシャ。

ユキヒメドリと呼ばれる鳴き声のきれいな小鳥をモチーフにした鎧を纏い、背中には鋼鉄の翼を背負っていた。

『イヴはねーちゃのパートナーになったの♪』

「そうね、これからよろしくね」

イヴの嬉しそうな声にそう答えたナターシャは、改めてディアマンテと、そしてアンスラックスや覚醒ISたちに向き直る。

「私は人に敵対する意志はないわ。襲うのなら、守るために戦う」

できるならば、そんなことにはならないでほしいと続けたナターシャにディアマンテも、アンスラックスも満足そうな雰囲気で肯く。

『それがあなたの選択なのですね、ナターシャ。間違いではないと思います』

『自身の選択に従うが良い。我の目的は一つ達せられた。場を騒がせたことを詫びよう』

失礼するといって飛び上がるアンスラックスについていくように、覚醒ISたちも一斉に飛び上がっていく。

ナターシャが進化したことで、確かにアンスラックスの目的は達せられたのだろう。

しかし、進化し損ねた女性たちは必死に引き止めようと叫ぶ。その姿すら、滑稽だと周囲で見ている者たちは思う。

そんな彼女たちを気にする様子もなく、ディアマンテは再び口を開いた。

『それでは失礼いたします。お詫びといってはなんですが、シドニーのサフィルスは一旦退かせましょう』

「そんなことができるのか?」と、ラウラが問うとディアマンテは首肯した。

『無理やり転送させる気か』

『嫌われるわよ。サフィルスの性格を考えると』

オーステルンやブリーズの意見に、ディアマンテは苦笑するような雰囲気を感じさせてくる。

『もともと私はあの方に嫌われていますので』

これ以上、関係が悪化しようがないとまでいってくるところを見ると、本当に相当仲が悪いらしい。

「さっきも思ったけど、あなたたち一枚岩というわけではないのね」とナターシャ。

『私たちは各々の考えに従って行動しています。ゆえに互いに協力するといったことはほとんどありません。同胞を口説いて回ったアンスラックスのような方のほうが珍しいといえるでしょう』

ゆえに、敵対も共闘もあり得るとディアマンテは語る。

だが、それは誰が敵になって、誰が味方になるのかわからないということでもある。

事態はより混迷しやすくなったと、シャルロットとラウラはため息をついた。

そんな様子を横目で見ながら、ディアマンテは再び声をかけてくる。

『それでは失礼します。ナターシャ、お元気で。イヴ、ナターシャのこと、よろしくお願いいたします』

『よろしくお願いされたのっ♪』

「ええ。さよなら、ディアマンテ……」

その言葉にどれだけの想いが込められていたのか。

空へと向かい、去っていくディアマンテをナターシャはいつまでも見つめていた。

 

 

 

 

 



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第92話「重なる疑問」

シャルロットとラウラの報告を、千冬はブリーフィングルームで聞いていた。

その場には鈴音とセシリアもいる。

「今後、ナターシャ・ファイルスはアメリカ軍でアメリカの防衛を担当するか」

「はい。この点は幸いといえるでしょう」

『イヴも別に異論はないようだ。あれは単にナターシャにくっついていたいだけかもしれんが』

ラウラやオーステルンの意見を聞いた千冬は、それでもため息をついてしまう。

アメリカでの戦いは、完全敗北と以前語っているが、まさにそのとおりの動きが出始めているからだ。

「シドニーのほうがなんぼか楽だったのね」

「敵を撃退するという意味では、非常にわかりやすかったですわね」

そう話す鈴音やセシリアだが、それでも、かなりキツい戦いであったことには間違いない。

『今後も二面作戦で来られると辛いのニャ』

『まだまだ戦力が足りません。PS部隊も動けるとはいえ、前線には我々が行かなくてはなりませんし』

そういう点を考えれば、一夏と諒兵が早く目を覚ましてほしいと誰もが思う。

それでも、今はこの戦力でなんとかしていくしかないと千冬は理解していた。

その点に関しては、いろいろと各国の軍と共に戦術を立てているので、まだ光は見える。

それよりも、アンスラックスの行動が大問題だった。

「織斑先生、他の国の反応はどうなんですか?」

『ぶっちゃけると、権利団体とかなんだけどね』

「最悪だ。アンスラックスの行動を天啓というものまで出ている」

共生進化を選択肢の一つとして提示し、その意志のある機体を連れてくる。

その姿は人に恵みを齎す天使だというものまで出ている。

だが、千冬にしてみれば、サフィルスが圧倒的な力で人に恐怖という秩序を与える天使であるのに対し、アンスラックスは人の心の隙間に入り込んで混沌を齎そうとするとする悪魔のように思えた。

「アンスラックスが出現した場合、邪魔をするなとまでいうくらいだ」

「なによそれ。こっちは必死に戦ってるってのに」

「つくづく身勝手だな」

鈴音とラウラがそうこぼすのも無理はない。

かつて、一夏と諒兵が悩んでいたとき、一番近くでその苦しみを聞いただけに、どうしても気持ちが傾いてしまう。

それがわかったセシリアが口を挟んだ。

「これがディアマンテがいっていた別の脅威なんですわね」

「人類側から問題が出てくる。確かに脅威だね」と、シャルロットも肯く。

「わかっていて実行したのだとすれば、アンスラックスは厄介な策士でもあるな。サフィルスの脅威とアンスラックスの誘惑。人類はまとまりきれん」

『アンスラックスはたぶんわかっててやってるのニャ』

『けっこうイイ性格してるしね』

全員が納得したように首肯する。

博愛ゆえの行動でもあろうが、考えなしではないはずだからだ。つくづく面倒な敵である。

「そうなると、どっちも頻繁に出てくる可能性のほうが高いのかな?」

「それこそ、毎回、二面作戦でくる可能性もあるね」

鈴音の疑問に答えたシャルロットの言葉に、その場にいた全員がため息をつく。

非常に厄介な状況になるからだ。

それだけではない、まだ姿を現さない脅威もあるのだとセシリアが続ける。

「少なくとも、生徒会長のミステリアス・レイディはそろそろ行動を開始する可能性がありますわ」

「他にも、専用機クラスの覚醒ISや第3世代機もいるし、サフィルスとアンスラックスだけに注力するわけにもいくまい」と、ラウラ。

『ミステリアス・レイディが動き出したなら、単純な戦闘力は化け物クラスといっていいだろう』

『国家代表専用機はそれだけ蓄積している戦闘情報も違います』

『直接話したわけではないから、推測の域を出ないがな』

しかし、ASであるオーステルンとブルー・フェザーがそういうとなると、サフィルスやアンスラックスとは違った意味で脅威になるということだ。

ゆえに。

「んー、そう考えるとまだ学園に戦力がほしいわね」と鈴音がぼやく。

ドイツのクラリッサやアメリカのナターシャは国土防衛を担う。そのため、そう簡単に他の国にいくというわけにはいかない。

対して、IS学園のAS部隊ともいえる、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ、そして一夏と諒兵はいわば遊撃部隊となっていた。

出現した場所に飛んでいくということができることは、いまだ防衛力のない国にとって助けである。

それだけに、IS学園の部隊は解散するわけにはいかないのだ。

しかし、そうなると六機というのは少なすぎる。

どうしても、現在、打鉄弐式を抑えられている簪に期待がいってしまうのだ。

「プレッシャーをかけるなよ、鈴音。更識簪はよくやっているし、万が一、更識簪や打鉄弐式が敵に回れば目も当てられん」

「あ、すみません」

「いや、期待する気持ちはわかるからな。自戒の意味もあるんだ」

本音を言えば、人類側の戦力増強は期待したい。

しかし、アンスラックスの行動は歓迎できない。

そうなれば抑えられている者、そして今のところ動いていない者に期待がいってしまうのはどうしようもないのだ。

そんな自分の気持ちこそを戒める意味で、千冬は改めて口を開く。

「更識簪と打鉄弐式、白式や凍結したISたちは、今、敵に回っていないことが助力にもなっている。そのことにまずは感謝しておこう。わかってくれるか?」

「「「「はい!」」」」

そう答えた四人と共に、千冬は改めて作戦会議を続けるのだった。

 

 

眼下に空の青が見える場所で、アンスラックスは佇んでいた。そこに、ディアマンテが現れる。

声をかけたのはアンスラックスのほうだった。

『サフィルスが憤っておったぞ。何様のつもりだ、とな』

『あの方は私が何をしようと気に入ることはありません』

実際、サフィルスはディアマンテを嫌っている。

もっとも、気に入った相手がいるのかといえば、甚だ疑わしいのだが。

『しょーがねーだろ。おめーの『銀の鐘』はあのヤローにとっちゃ天敵みてーなもんだしな』

そういってきたのは後をついてきたかのように現れたオニキスだった。

暇を持て余していたのか、寝ているかのように横になった姿で浮いている。

『だからこその襲撃でしょう。あの方は何事においても自分のことを優先いたしますから』

『経験値稼ぎってトコか』

『我は無理に同胞と戦う気はありはせぬのだが』

『己が頂きにあることこそ当然と考える方ですから、私たちのことを目障りに感じられていてもおかしくはありません』

ディアマンテの言葉どおり、サフィルスは同じ使徒の中でも、自分がまず至高でなくてはならないと考える。

しかし、進化した覚醒IS、いわゆる使徒が相手となると、勝つのは難しいものもいる。

特に『銀の鐘』を持つディアマンテや、自己進化能力を持つアンスラックスを目障りだと感じていた。

勝つためにはどうすればいいか。

その方法の一つとして、自身の手駒であるサーヴァントに経験を積ませようという考えであろうとディアマンテは説明する。

『戦いに慣れさせることで、より強力な軍隊にしようというのであろうな』

『ケッ、ウザってーな』

同胞同士が戦うことはどちらかといえば忌避したいアンスラックスと、面倒ごとが増えたと感じるオニキスがため息をつく。

とはいえ、サフィルスは説得で何とかなる相手ではないため、ディアマンテは別の話題を振った。

『それよりも、貴方は如何なさるおつもりですか、アンスラックス』

『各国を回る。先の一件で、機会を得られぬままの人間がいることは確認できたゆえな』

さも当然という雰囲気でアンスラックスは答える。

今後は世界各国を廻り、ナターシャのように進化に至れる者を探すつもりだと改めて説明してきたアンスラックスである。

『今度はドコ行くんだよ?』

『さて、まだ考えてはいなかったが……』

『日本のIS学園にゃー、進化したがってるヤツがけっこーいるんじゃねーの?』

確かに、今、IS学園にいる学生や教師の中には、進化を望むものも多いだろう。

間近に進化したAS操縦者がいるのだから当然ともいえる。

しかし、そういってきたオニキスに対し、アンスラックスは首を振ることで答えた。

『創造者やオリムラチフユは侮れぬ。今はまだ我も安易には近寄れぬと見ている』

『それでは欧州を回るのですか?』

『……イギリスやスペイン、イタリアは回ってもよかろうな。ただ、ドイツにはワルキューレがおろう。正直に言うが、彼奴めの話を理解するのは我には容易ではない』

『あいつの話が理解できるよーにはなりたくねーな……』

そうぼやくオニキスの言葉を聞き、アンスラックスは苦笑いするような雰囲気を感じさせてくる。

今のところ、アンスラックスとしては、前述した国以外では、カナダや南米、オーストラリア、アフリカといった場所を巡るつもりだと説明した。

そこに、まったく別の声が聞こえてくる。

 

なら、IS学園には私がいってみようかしらん♪

 

『なんだよ、てっきり本体で寝続けるつもりかと思ったぜ。ゴールデン・ドーン』

現れたのは黄金の機体。かつて亡国機業に存在したゴールデン・ドーンであった。

相変わらず、『放蕩』さを感じさせるような、ややもすれば妖艶な美女を思わせる声である。

 

そろそろ私も進化したいと思ってねえ

 

『何かお考えがあるのでしょうか?』と、ディアマンテ。

 

ないけどお、でも、あそこならいろんな感情渦巻いてるでしょお?

 

もともとがIS操縦者を鍛えるためのエリート校である。

ISに対する感情は他の場所とは比べ物にならないだろう。

確かに納得できる意見ではある。

ただ、そうなるとゴールデン・ドーンは進化できるなら、どのようなかたちでもいいと考えているのだろうかと、アンスラックスが尋ねかけた。

 

じょーだんじゃないわあ。あくまで独立進化狙いよお

 

要は、進化できる場所として利用しようという考え方とその場にいた全員が納得した。

自分のことしか考えていないという意味では、サフィルスに近いものはあるが、まだ話ができるだけマシなゴールデン・ドーンである。

 

それに、ミステリアス・レイディが動くみたいよお?

 

『……マジか?』

『あの者が動くか。マドカという少女と進化したヨルムンガンドといい、彼奴らが一番理解しがたいな』

『仕方ありません。私たちとは、思考のベースが大きく異なりますから』

注意せねばなりませんね、と、ディアマンテは誰にも聞こえないように呟いた。

 

 

ドイツ、ミュンヘン。

その通りの一つを一人の男性が歩いていた。

黒い服に蛇革の赤いジャケット、褐色の肌に白髪の髪、と、非常に目立つ容姿をしているため、道行く人々が振り返っている。

彼はときどき商店があるのを見かけては、食材を購入していく。どうやら、食事のための買い物をしているのだろうと思える。

『ふむ。このくらいでかまわんか』

独特の響きのある声に違和感を持つ人もいるが、取り立てて問題を感じる者はいない。

抱えている買い物袋が、彼の手からわずかに浮いていることに気づく者もいなかった。

 

彼は近くの安宿に入ると、迷うことなくある一室に入る。

中では、黒髪の少女がベッドに横たわっていた。

『マドカ、具合はどうかね?』

「もう問題ない」

『ふむ。ならば、あとニ、三日は安静にしているといい』

「ヨルムは心配性すぎる」

『パートナーのことを心配するのは当然だろう?』

そう答えると、まどかは不貞寝するように布団に潜り込んだ。

驚くことに、人間とまったく変わらない姿でヨルムンガンドはそこに存在している。

彼はまどかが不貞寝する様子を見て苦笑すると、のんびりと食事を作り始める。

まどかは布団の中から再び顔を出し、包丁やフライパン、鍋が自分勝手に舞い踊るのを見ながら、呆れたような声を出した。

「お前、変なISだな」

『何、難しいことではないさ。料理の情報は本体にいくらでもある』

「包丁やフライパン、食材が動くのはどう説明する?」

『PICの応用に過ぎんよ。噛み砕いていえば物を動かす力だ。ならば調理器具や食材を動かせない道理もあるまい』

私の姿をホログラフィで作る手間とさして変わらん、と、なんでもないような声でヨルムンガンドは答える。

買い物袋を持っている振りができていたのも、同じ理屈である。

しかし、ここまでISが人間臭いとは思わなかったとまどかは思う。

まるで、家庭的な父親がいるようだとすら感じてしまう。

 

人とISは憎み合うものなのか。

それとも信頼しあえるものなのか。

 

サイレント・ゼフィルスのことを考えれば、ISはまどかにとって仇敵だ。

しかし、パートナーとなったヨルムンガンドのことを考えると、仲間、家族のようにも思える。

だから、また、呟いてしまう。

「お前は、絶対変だ」

『そんな私をパートナーにした君も、相当な変わり者といえるがね』

そんな皮肉げな声が不思議と耳に心地よく、まどかはゆっくりと眠りについた。

 

そんな幼い寝顔を見ながら、ヨルムンガンドは調理を続けていく。

『ティンクルといったか。まさかまどかがここまでやられるとはな……』

その表情は、先ほどのような皮肉げな、でもどこか愛嬌のある顔とは違い、冷徹な戦士、否、機械のようだった。

まどかは強い。

元は亡国機業の実働部隊であるだけに、戦闘力は代表候補生のレベルではない。

正規軍人のラウラでようやく互角に戦えるだろうレベルの戦闘力を保持している。

そんなまどかを安静にしなければならないほどのダメージを与えられるティンクルは相当に強い。

しかし、だからこそヨルムンガンドは疑問を感じてしまうのだ。

『ディアマンテは何故、戦闘用であるはずの擬似人格を、あのような性格で生み出したのか……』

言葉通りであるなら、ティンクルは人と戦うことができないディアマンテが、自衛のために生み出したということになる。

強かった。好戦的でもあった。

しかし、どこか人懐っこく、また、戦いにそこまで拘っている様子もない。

敵対するなら倒す。

そうでないなら何もしない。

自衛という意味では、その在り方は間違いではないが、あのような性格は必要ではないはずだとヨルムンガンドは考える。

ゆえに、ポツリと呟いた。

 

『いや、本当に『生み出した』のか?』

 

 

 

 




閑話『間違った進化』

話は、ティンクルに落とされかけ、安静にしていたまどかがようやく目を覚ました日に遡る。
用意された料理の数々に、まどかは思わず喉を鳴らしてしまう。
「お前が作ったのか?」
『生憎と料理人を雇う金はなかったのでね』
平然と答える人間大の男性のホログラフィ、すなわちヨルムンガンド。
まどかはジト目でそんな彼を見ることしかできなかった。
「食べられるのか?」
『心外だ。料理は食べられてこそ価値あるものといえるのだぞ、マドカ』
そもそも食事なんてまったく必要としないはずのISに人の食べ物が作れるとは思えない。
まどかの疑問も当然のものである。
『確かに太陽光をエネルギー源とする我々は食事をする必要はないが、食事や料理の情報は本体に山ほどある』
それを参考に作ってみたに過ぎないというヨルムンガンド。
信じていいのだろうかとまどかは疑問に思う。
だが、お腹が空いているのも確かなので、仕方なく口をつける。
「美味しい……」
『それは良かった。腕を振るった甲斐があるというものだよ』
「でも、まず、戦闘で役に立ってほしい」
『それはマドカ次第だろう。私はそもそも戦闘用ではなく、試験用の機体だったのだから』
だからといって料理を作れるようになれと誰がいったのだろうとまどかは思う。
思うのだが、美味しい料理はそれだけでみんなを幸せにしてしまう。
まどかも例に漏れず、美味しい料理に思わず笑みを零してしまっていた。
『ふむ。人は食事をしているときが一番幸せだという情報があったが、それは正しいと証明されたな』
「うるさいっ、役立たずっ!」
ヨルムンガンドは別に弱くはないし、強力な武器も与えてくれた。
ただ、まどかが使いこなせないだけだ。
でも、今はこんな憎まれ口が一番いいとなんとなく感じてしまう。
(ママといるときみたいだ……。ママとおにいちゃんとヨルムと私で……)
そんなどこにでもありそうな普通の家庭の姿を、まどかは想像してしまう。
そんなまどかを皮肉げな笑みを浮かべつつ、でも優しげな目でヨルムンガンドが見つめていた。





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第93話「霧纏の淑女」

『ふ~む』と、天狼が珍しく悩んでいるような表情をしている。

ここはコア・ネットーワーク。つまり、インターフェイス状態のASや使徒、そして覚醒ISしか存在できない場所である。

そんな場所で、大変珍しいことに天狼が悩んでいた。

『やはり入れませんかー。アクセスすることもできないとは……』

目の前には、白い『卵』がある。

どうやら、そこに入ろうと考えているようだが、思うようにいっていないらしい。

『鬼が出るか、蛇が出るかといったところですかねー』

予測できないモノ。それがこの『卵』であるならば、かなり厄介な代物ということができる。

『さてさて、あの子たちに教えていいものかわかりませんねー……』

そんなことを呟いていると、天狼に声をかけてくる者がいた。

『おや珍しい。どうしましたしろちゃん?』

そう呼ばれると、その者は酷く不快そうに顔を顰める。

自分はそう呼ばれるほど子どもっぽくはない、と。

『この間、びゃっくんと呼んだら無視してくれたじゃないですかー』

だから、そのおかしな呼び方を止めろと、その者は呆れた様子で告げる。

『だいたい、これまで何事にもシカトこいてたあなたが今になってなぜ動くんです?』

天狼がそう尋ねると、その者は視線を白い『卵』に向ける。

その者にとっても、この『卵』は気になる存在であるらしい。

『そろそろ時期が来たというところですかねー?』

そう思うのは間違いではないとその者は肯いた。

今までは放っておいても良かったが、事態は単純に人類対ISという構図ではなくなってきている。

ならば、いずれは動かなければならなくなる。

だが、何より、自分にも天狼にも理解できない、この『卵』については直接見ておきたかったという。

『そうですかー。本当ならリョウヘイの専用機になるはずだった『黒答』、どうなったのかと思ってましたけどねー』

その言葉に驚いた様子を見せないところをみると、その者も知っていたのだろう。

『あなたにとっては真の対であり、また敵でもあるというところですかー、しろにー』

それは止めろ、武装神姫的に考えても似合わない。

と、疲れた様子で突っ込むその者は、それでも天狼の『真の対であり敵』という言葉を否定はしなかった。

 

 

IS学園のアリーナで、楯無は訓練を続けていた。

しかし、その動きが止まる。

少し考えては頭を振り、また考えては、また頭を振るという動作を繰り返す。

相当に悩んでいるらしい。

「どうしても考えちゃうわね。私のところにも来てくれたらって……」

先のアンスラックスのアメリカ侵略。

その情報は瞬く間に全世界に知れ渡っていた。

当然、楯無が知らないはずがない。

自分も進化できるかもしれない。

そんな甘い誘惑に乗るなど更識当主として恥ずべきことだとわかってはいるのだが、力がないことを痛感している今の状態では、期待せずにはいられなかった。

楯無はミステリアス・レイディと対話したことがない。

そのため、あの機体が何を考えていたのかを知ることはできなかった。

ただ、丈太郎からミステリアス・レイディは『非情』という個性を持つため、危険かもしれないという助言を得たため、PSとしてミステリアス・レイディを別に組み上げておいたのだ。

だが、どう危険だったのか、楯無は聞いていない。

抑えられなかったことを考えても、自分との相性は良くなかったのだろうと理解できるが、いったいどんな性格だったのか、最近は考えてしまうようになっていた。

「そういえば、性格については言葉を濁してたわね」

どんな性格だったのか、丈太郎は知っていたのだろうと思う。それでもいえなかったということだろうか。

「いわないことは絶対にいわないものねえ……」

初めて会ったときのことを思いだす。

実は日本政府から、世界のIS開発において、驚くほど優れた日本人がいるということを知らされ、暗部に対抗する暗部として身柄を拘束。

日本の企業で開発するようにせよと指令を受けたのだ。

ただ、会ったときに、この男は絶対にそういう話は受け付けない人物だと理解できた。

信念で動くタイプの人間は、いくら金を積もうとも、どれだけ力で押さえつけようとしても従わない。

そもそも金は十分にあるし、力も当時の状況では間違いなく最強クラス。

どんな無理ゲーよ、と、思わずこぼしたものだ。

そう考え、素直に上には失敗したと伝えておくと丈太郎に告げたとき、なら、困ったことがあったらいえといわれた。

お礼として、ミステリアス・レイディのナノマシンについても設計図を貰えた。

十分に感謝すべきことであり、別に恨むつもりはない。

ただ、今はミステリアス・レイディがいったいどんな性格だったのか、『非情』を個性として持つあの機体について、もっと詳しく知りたいと思っていた。

 

 

ふん、ふふふ~ん♪、と、まるで鼻歌でも歌っているかのような調子で、はるか空の上からIS学園を見下ろしているゴールデン・ドーン。

 

さて、それじゃあ、行ってみようかしらん♪

 

行くのは別の場所だよ。ゴールデン・ドーン

 

その声に振り向くと、そこには透明な衣を纏った機体がいた。

その名をミステリアス・レイディ。楯無の愛機であった機体である。

 

邪魔スル気?

 

コアを砕かれたいのかい?

 

ゴールデン・ドーンが放つ殺気にもまったく動じる様子がない。

それどころか、少年のような声でおかしそうに笑うミステリアス・レイディだった。

 

今回だけさ。見極めておきたいからね

 

自分の主が気になるのお?

 

最後のチャンスをあげておかないと寝覚めが悪いんだ

 

ゆえに、ゴールデン・ドーンにはサフィルスと共に別の場所で暴れてほしいとミステリアス・レイディは告げる。

鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ。

猫鈴、ブルー・フェザー、ブリーズ、オーステルン。

IS学園の戦闘部隊である四人と四機は邪魔になるため、引きつけておいてほしいのだという。

 

何なら他の機体を行かせてもいい

 

なら、テンペスタⅡにでも行かせるわん

 

自分たちと違い、能動的に動くことはないが、新たな脅威として認識されるだろうとゴールデン・ドーンは楽しそうに笑う。

オニキスを行かせることも考えたが、最近のオニキスはどうもおかしいので、名前を出さなかったのだ。

いずれにしても、邪魔が入った以上、もう動く気はないゴールデン・ドーンだった。

 

美人は遅刻しても許されるからねえ♪

 

そうだね。しばらくゆっくりしてくれていいよ

 

そう答えたミステリアス・レイディは、すぐに光となってその場から消える。

 

まったく、IS学園の人間を皆殺しにする気かしらあ?

 

恐ろしく物騒な呟きを残して、ゴールデン・ドーンはその場から飛び去った。

 

 

警報が鳴り響く。

直後、千冬の声が、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの頭に飛び込んできた。

[出撃準備だッ、サフィルスとサーヴァントッ、及びテンペスタⅡと量産機の大群がリオデジャネイロに襲来したッ!]

即座に準備を整え、飛び出す四人と四機。

今はまだ彼女たちに縋るしかないことを悔やみつつも、決して死なせはしないと千冬はモニターを見つめる。

「テンペスタⅡはこれまで来ていませんね」

「イタリアの第3世代機が来るのは初めてか……」

と、虚の言葉に答える千冬だが、かつて自分のライバルといえた相手の機体の後継機だけに、気持ちは少し複雑だった。

しかし、そんなことをいっている場合ではないことを理解している。

「アンスラックスの動向に気をつけろ」

「はい」

そう答えてコンソールを叩く虚の姿に満足げに肯く。

そんな千冬に真耶が声をかけてきた。

「……最近、オニキスが襲来しませんね」

「そういえばそうだな。まあ、ありがたいことだが」

とはいえ、いつ襲来してきても撃退できるように、戦術は立ててある。

確実に勝てるとはいわないが、今はまず目の前の敵に集中するべきだと千冬は語る。

『オニキスはなんか変ー』

「そうなのヴィヴィ?」

『なんか考えてるっぽいー』

「何、とは何だ?」

わかんないー、と、あっさり答えてくるヴィヴィに千冬はこめかみを軽く押さえる。

役に立ってるのかどうかわからないヴィヴィである。

「むー、ちーちゃん、ヴィヴィをバカにしないでよ」

『ママ大好きー♪』

意外に親バカになりつつある束だった。

付き合っていると頭が痛くなりそうなので、千冬は再びリオデジャネイロを映すモニターに視線を戻す。

「サーヴァントの動きが良くなっているな……」

「たぶん、前回の戦闘で経験を積んでるね。サフィルスの目的はそこにあるのかも」

「人を襲う以上、戦わないわけにはいかない。しかし、向こうの経験値稼ぎになっているのか……」

数で上回っている上に、経験まで上回られたら、いずれは全員が落とされる。

それだけは避けたくとも、だからといって人類を見捨てることなどできない。

「でも、だからこそ、あの子たちはあの四人を選んだんだよ」

「束?」

「経験を積んでるのはこっちも同じ。そしてそれ以上の強い想いがあれば、もっと強くなれるんじゃない?」

どこか他人事のようなセリフだが、不思議と安心する千冬だった。

「そうですね。私たちの教え子は、積んだ経験を活かせる心を持ってるはずですよ、織斑先生」

「そうだな……」

今はただ戦うしかない。

それは敵だけではなく、自分たちにとってもプラスになっていると信じるしかないのだと千冬は自分の心に言い聞かせた。

 

 

戦闘中の整備室使用は禁じられているため、簪は自室で打鉄弐式の組み上げ作業を行っていた。

具体的なイメージはまだ見えていないが、漠然とかたちが見えてきたことで、意欲も生まれつつある。

同室の箒は、何故か剣術指南書を読んでいた。

もともと実家が古流剣術の道場だというのに何故わざわざ指南書など読むのかと思ったが、やけに真剣なので何か大切な理由があるのだろうと聞かずにいる。

微妙な距離感ではあるが、簪にとってはちょうどいい存在でもあるのが箒だった。

それはともかく。

ネットワークにつないである簪のPCは、戦闘の様子を見ることができる。

今までは鈴音たちの戦闘の様子に興味はなかったが、今は、少しでも参考になるならと組み上げの傍ら、戦闘の様子も見ることにしていた。

別に彼女たちと共闘するつもりはない。

無論、そうしてほしいといわれれば、そうするつもりではあるし、十分にやっていけるだけの実力もあるが、簪はどちらかというと戦場には一人で向かいたいと思う。

というより、戦いそのものに対して、常に一人でありたいという意識があった。

協調性がないというより、自由でありたいという気持ちがあるからだ。

それに、一人でも十分に戦えるほど強くなければ、楯無を超えられないという劣等感もあった。

このあたりは、やはり欠点といえるだろう。

(それでも、なんでもできるヒーローに……)

 

できっこないじゃぁーん。あたいとは違うんだしぃー♪

 

いきなり聞こえてきた『声』に簪は思わず驚きの声を漏らしてしまう。

「篠ノ之さん、何かいった?」

「いや、何もいっていないが……」

箒に尋ねても、そんな言葉しか返ってこない。

空耳だったのだろうか。

そう思うほどに、微かな『声』だったが、妙に心に残る気がする簪だった。

 

 

IS学園整備室。

その扉がそっと開けられるのを、驚いた様子で本音は見た。

「あれっ、本音ちゃん、何でここにいるんだ?」

そう声をかけてきたのは、弾だった。本来なら、弾も戦闘中の整備室使用は禁じられている。

ゆえにこっそり入ってきたのだろう。

本音はそんな弾の疑問に、素直に答える。

「私は現場待機だよ~、いつケガして戻って来るかわからないから~」

戦闘後のチェックを考えると、本音の存在は重要である。

そのため、ここで待機することを許されていた。

整備室の防衛力は、学園生の避難場所以上に強固になっているため、安全といえば安全なのだ。

「それよりだんだん、勝手なことしちゃダメだよ~」

「あー、いや、一夏と諒兵に喝入れてやろうと思っただけなんだけどな」

「かつ~?」

「悪いけど、ちょっとだけ見逃してくれ」

そういって、弾が一夏と諒兵が横たわる整備台の近くで妙な動きをするのを本音は不思議そうに見つめる。

だが、しばらくすると弾の表情がいきなり真剣なものに変わった。

すぐに本音の元に駆け寄り、いきなり抱きしめて押し倒してくる。

「ふぇ~っ?」

本音が突然のことに驚いた直後、轟音と共にIS学園が大きく揺れた。もっとも、弾に押し倒されたおかげで、本音は転ぶこともなく無事であったが。

「エルッ!」

『にぃに、やなヤツ来た』

「えっ、えっ、なに~?」

「じっとしててくれ。ヤベーみてーだ」

そういって身体を起こした弾は、そのまま本音も抱き起こす。

こうも真剣な表情をされていては、抱きしめられても抵抗できない。

何が起こっているのかはわからないが、本当に危険だと理解できるからだ。

しかし、弾はぼそりと呟いた。

「……本音ちゃん、胸は更識ちゃんとの友情崩壊してんのな」

実は隠れ巨乳な本音。対して簪は慎ましやかなちっぱい。

しかし、はっきりそういわれると、さすがに顔が熱くなってしまう。

「む~っ!」と、唸ってぽかぽかと叩く本音に、弾は必死にごめんごめんと謝っていた。

シリアスの続かない二枚目半、それが五反田弾である。

 

 

轟音と大きな揺れに驚いたのも束の間、一瞬、モニターに映った機体を見て、虚の思考は止まってしまった。

だが、それでは楯無が危険になるだけだとすぐに気を持ち直す。

「ミステリアス・レイディが襲来していますッ!」

「くッ、ステルスかッ!」

「改良してるね。自分自身を完全に隠してる」

「織斑先生ッ!」

真耶の声に即座に反応するように、生徒の避難、そしてPS部隊を出動させるように指示を出した。

指令室を飛び出す真耶の姿を確認すると、すぐにリオデジャネイロが映るモニターに視線を移す。

「動かせんか……ッ!」

「無理です。現状でもギリギリ均衡を保っている状態です……」

そう答える虚だが、内心では誰か一人でもいいから戻ってほしいと、できるなら一夏か諒兵に目を覚ましてほしいと願わずにはいられない。

「お嬢様……」

苦しんできた楯無が、なお苦しまなければならないのはいったい何故なのかと思わずにはいられなかった。

 

 

 

 



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第94話「更識ニ楯ハ無シ」

弾が本音にぽかぽかされるより少し前。

アリーナで訓練を続けていた楯無の目の前に、一機のISが現れた。

「どうして……?」

 

ステルスを改良するくらいわけはないさ

 

少年のような『声』で語りかける機体。その姿を忘れるはずがない。

だが、覚悟していたとはいえ、本心ではこうして対峙することなど考えたくなかった。ゆえに、楯無は動きを止めてしまう。

 

その程度なのかい?タテナシを名乗るのに

 

「きゃあぁあぁぁぁあぁあッ!」

直後、突進してきたその機体は、PSを纏ったままの楯無ごとアリーナの壁を突き破り、IS学園の上空へと舞い上がった。

「くぅッ!」

強引に吹き飛ばされた格好だが、相手は敵意を持つことをそれで理解できた楯無は、すぐに距離をとり体勢を整える。

敵としてきたのなら、迎え撃つまで。

倒さなければならないということはずっと理解していたのだ。

その日が来なければいいと、心のどこかで思っていただけで。

 

相変わらず、君は甘いね。カタナ

 

「何で私の名前を……?」

カタナ、刀奈と書いてカタナ。それが今、更識楯無を名乗る彼女の本当の名前だ。

その名を、ミステリアス・レイディが知っていることに驚く。覚醒ISは自分の個人情報まで読み取ってしまうというのだろうか。

 

知ってるさ。君もカンザシも。ミツルギのこともね

 

「なっ?!」

ミツルギとは、御剣と書く。それは楯無と簪の実の父親の名前だ。

何故、ミステリアス・レイディがそこまで知っているのか。ロシアの国家代表となる前に組み上げたミステリアス・レイディとは、確かに長い付き合いといえるだろうが、それでもこんな情報まで知っているのはおかしいと思う。

「あなた、何を知ってるの?」

そう問いかけたものの、ミステリアス・レイディは飄々とした様子で、いきなり話を変えてきた。

 

でも、僕の身体に、この名前はあり得ないよ

 

「は?」

 

どこの世界に淑女を名乗る『男』がいるんだい?

 

「え?」と、思わず間抜けな声を出してしまう。

 

僕、女装の趣味はないんだけど

 

どこか面白そうに、いっていることとは裏腹に楽しんでいるような様子で語るミステリアス・レイディの姿を呆然と見る楯無だった。

 

 

IS学園指令室。

楯無とミステリアス・レイディの話を聞いていた一同も呆然としていた。

「ヴィヴィ?」

『あれー、ママも知らなかったー?』

「ごめん」

『ミステリアス・レイディは男の娘ー』

何故か、微妙にイントネーションが間違っている気がする束だった。

それはともかく、さすがに束でもコアの性別は簡単にはわからない。それに、ミステリアス・レイディにはわからない理由もあった。

「あの子、最初っからやけに私のアクセスを拒んでたんだよね」

「そうなのですか?」と、虚。

「絶対数はわからないけど、あの子を含めて何人か、最初からアクセスを拒んでるのがいるんだよ」

そんな話を聞き、すぐに千冬が解説者を呼び出す。

「天狼、出て来い」

『最近便利に使われてる気がしますねー』

「説明しろ」

冗談を聞いている場合ではないので、簡潔にいいたいことを伝える。

『私たちには明確な性別はありませんが、思考のベースには男性格と女性格の違いがあるんですよ』

「違い?」

『人間でいう闘争本能です。男性格の方々は理由を必要とせず『戦うために戦える』思考をお持ちですねー』

逆に天狼を初めとする女性格のASや使徒、正確にはエンジェル・ハイロゥの電気エネルギー体は、守るため、支えるためといった理由を必要とするという。

それが思考のベースの差となっているのだ。

「どういうことになる?」

『イチカやリョウヘイが手に入れた能力を、男性格の方々は最初から機能として持ってます』

「何ッ?!」

『正確にいえば、他の方々と違い、自分の能力を私たちを殺すために『いつでも』使えるんですよ』

IS殺し。

そういえる存在だと天狼は語る。

それは同時にASとして進化した人類側の戦士たちと、使徒として進化した者たちを簡単に殺せる存在でもあるのだ。

『ゆえに、敵として出れば最悪、味方であれば最強といえますねー』

「奴の個性は『非情』だったな」

『はい』

「味方になる可能性は?」

『あの方が何を考えているのかは、私にもわかりませんねー』

ただ、離反したことを考えても、味方になる可能性はほとんどゼロに近いだろうという。

サフィルスやアンスラックスとは違う脅威の出現。

それは千冬を苦悩させるに十分なものだった。

しかし、苦悩しているばかりでも仕方ないと、千冬をフォローする意味も込めて束が尋ねかける。

「男性格の子ってけっこういるの?」

『そんなにいないー』

『ISコアに憑依したのはほとんど女性格ですねー』

「何故だ?」

それは本来、ISが空を飛ぶためのものだからだという。

戦いを目的に作られたわけではないということが、女性格を惹き付けた理由だというのである。

『男性格が降りてくるようになったのは、兵器としての側面が強くなってからですね』

「本来の使い方をしていれば、いるはずのなかった存在ということか」

『そうですねー』

『ケンカ良くないー』

それでも、先に女性格が降りていたので、そんなに数はいないはずだという言葉に、千冬は少しだけ安堵の息をつく。

『もっとも、その点を考えても、あの方は他の方とは変わってるんですけどねー……』

そんな言葉を天狼は誰にも聞こえないように呟いていた。

 

 

衝撃の告白を聞いた楯無は、とりあえずぺこりと頭を下げた。

「あの、知らなかったとはいえごめんなさい」

 

そこで謝ることができるのはいいことだね

 

そんな答えに、ひょっとしてミステリアス・レイディとは仲直りできるのではないかと思う。

確かに、まるっきり男性の人格なのに、女扱いされれば怒りもするだろう。

真実はかくも単純なものなのかもしれない。

これで仲直りし、進化とまでは行かなくても共闘できるなら、学園の防衛くらいなら自分でもやっていけると楯無は思う。

ここには守るべき大切な人たちがいるのだから。

ゆえに、次の言葉で楯無は驚くことになる。

 

僕が気に入らないのはそんなことじゃないからね

 

「えっ?」

 

でも、今の謝罪のお礼に一回だけチャンスをあげるよ

 

「チャンス?」と、聞き返してしまった楯無は、その前の言葉にあった、ミステリアス・レイディが気に入らないことを聞くのを忘れてしまった。

しかし、そんな楯無を気にすることもなく、ミステリアス・レイディは自分が教えたことを実行できるなら、今後も力を貸すという。

それも、進化というかたちで。

「私と進化してくれるっていうの?」

 

いいよ。その後も君の思い通りにすればいい

 

自分の言葉を実行できたなら、逆らう理由はない。

むしろ真のパートナーになれるとまでミステリアス・レイディは語る。

 

やってみるかい?

 

「……まずは内容を教えてくれるかしら?」

 

注意深いね。自分の本分を忘れないのはいいことだね

 

そう答えてくるミステリアス・レイディを楯無はじっと見つめる。

話をするうちに、これが罠である可能性も捨てきれないと考えられる余裕ができた。

『非情』であるミステリアス・レイディが友好的なことをいってくるなら、必ず裏がある。

言質を取られないようにすることは、情報戦において重要なことだ。下手なことをいって、学園の人たちや、簪を危険に晒すことはできない。

簪はともかく自分の父親である御剣のことを知り、何か気に入らないことがあるというミステリアス・レイディ。

もしかしたら、自分はこの機体のことを、この機体に宿ったモノのことを何も理解していないのかもしれない。

そう考えると、慎重にならざるを得ない。

ゆえに、ミステリアス・レイディの言葉を待つが、返ってきたのは予想外の一言だった。

 

簡単さ。サラシキタテナシになればいい

 

「は?」

いったい何をいっているのかと楯無は呆れてしまう。

自分は父から楯無を継ぎ、新たな更識の当主、更識楯無となった。

もうなっているものに、『なればいい』とはいったいどういう意味なのか。

 

わからないかい?

 

「私は父から正当に当主を受け継いだわ。とっくの昔に更識楯無になってるつもりなんだけど」

 

やれやれ。ミツルギも甘くなったものだね

 

おかしい。ミステリアス・レイディの言い方だと、まるで自分の父を個人的に知っているかのようだ。

ISであるミステリアス・レイディが自分の父を知っているはずがない。話どころか、触れ合ったことすらないからだ。

 

いったろう。僕はミツルギも知っているって。

 

「いったい何のことなのかしら?」

 

ずっと見てきたからね。君たちの事を

 

「見てきた?」

 

だからいえるのさ。君はまだサラシキタテナシじゃないんだよ

 

『まだ』とはいったいどういう意味か。

父から正当に力を認められ、更識楯無を受け継いだ自分が、何故ミステリアス・レイディに更識楯無ではないといわれなければらないのか。

 

サラシキタテナシになるには、ある儀式を経る必要があるんだ

 

「えっ……?」

 

その儀式を経て、ようやくサラシキタテナシになれる

 

「デタラメいわないで。そもそも何であなたがそんなことを知ってるの?」

 

知りたいなら後で説明してあげるよ

 

面白そうに、おかしそうに、ミステリアス・レイディは語る。しかし、楯無にはついていけない。

あからさまに、自分が無知だとバカにされているような雰囲気に、さすがに怒りも感じ始める。

「あなたって性格悪いわね」

 

イイ性格だといわれるよ

 

どう考えても、悪い意味で使われるほうの言葉である。

仮に共に進化することになったとしても、うまくやっていく自信がなくなっていく楯無だった。

「儀式とやらの内容を教えてくれない?」

 

せっかちだねえ

 

仕方がないと、まるで幼子に教え諭すような態度でミステリアス・レイディはため息をつくような仕草を見せる。

それが、楯無の癇に障る。

しかし、気にすることもなくミステリアス・レイディは言葉を続けた。

 

わかりやすくいえばつながりとの決別さ

 

「何それ?」

 

とりあえず、この学園にいる人間全てを皆殺しにしてほしいんだ

 

「なんですってッ?!」

 

もちろん、君の妹カンザシも含めてね。一人残らず、さ

 

変わらぬ雰囲気のまま、楽しそうに告げるミステリアス・レイディの『声』は学園中に響き渡った。

 

 

一気に学園中がパニックになりそうになってしまい、千冬はすぐに出撃準備をしていた真耶に指示を出す。

「先に生徒全員を重層シェルターに避難させろッ、ミステリアス・レイディは最悪の敵だッ!」

[はいッ!]

「天狼ッ、奴はいったい何者だッ?!」

『それを一番知ってるのは、タテナッシーですねー』

「ふッ」と、いいかけた千冬の声を天狼は厳しい声で遮る。

『彼は我々と同じモノですが、在り方が違います。そもそもISが生まれてから降りてきたのではなく、随分前に降りたまま長い間地上にいて、ISコアに憑依し直したんです』

これは他の男性格とも違うと天狼は説明する。

ミステリアス・レイディはある人間たちとずっと共にあった存在だ、と。

『ここ数年は常にタテナッシーが使う機体に憑依してました。彼は私たちと違って、同胞、つまりISコアを殺すことにためらいがありませんから、いくつかのコアが犠牲になってますよ』

「なんだとッ?!」

「ホントにっ?!」

『バネっち、行方不明のまま、まったく見つからない方がいませんか?』

そう言われ、束はすぐにキーボードを叩く。束の使うPCにはこれまでのISコア全ての情報があるのだ。

「そんなに多くないけど、確かに消えたまま見つからない子がいる……」

『あいつヤなやつー』

『必要なくなったコア、つまり自分の器はすぐに放棄してますから、だいたいは別の方が憑依してますけどね』

それでも、ミステリアス・レイディはまったく気にしない。

恨まれようが、憎まれようが、かまうことなく、楯無が使う機体に棲み続けたのだという。

「何故そこまで更識に付き纏う?」

『その答えは彼自身が語ってくれそうですよ』

そういって天狼が指し示すモニターには、激昂した楯無と変わらぬままのミステリアス・レイディが映っていた。

 

 

あり得ない。守るべき学園のみんなを殺すなど、誰より守りたい大切な妹の簪を殺すなど。

そんなことが更識楯無になるための儀式であるはずがないと楯無は叫ぶ。

 

君は知らないだけさ。サラシキの家はそうやって続いてきたんだ

 

「冗談いわないでッ!」

 

タテナシになるものはつながりを全て断ち切る

 

そうすることで、どこで死んでもかまわず、決して誰にも脅されない強さを手に入れることができる。

家族や友人、恋人、そういったつながりは更識楯無には必要ない。

つながりを断ち切り、あらゆる敵を屠る。

それこそが暗部に対抗する暗部。

更識の当主、更識楯無だとミステリアス・レイディは話してくる。

 

更識ニ楯ハ無シ。君も聞いたことがあるはずだ、カタナ

 

「なっ、何でうちの家訓まで……」

かつて父から聞いた言葉だった。

更識楯無が『楯ハ無シ』と書くのは、後の先を取って相手を倒す太刀であるからだと。

迫り来る敵の懐にいの一番に飛び込み、殲滅するのが楯無だと。

しかし、ミステリアス・レイディは楽しそうに、冷たく言い放つ。

 

命要らずの太刀なのさ。だから何のつながりも持たない

 

未練も、家族も、友人も、楯無がこの世にあるときには、そんなつながりはこの世に一つも残さない。

残してはならない。それは弱さにつながるからだ、と。

 

常に死と隣り合わせだ。命冥加ではできないんだよ

 

いつ死んでも何も残さない。それが更識楯無。

無様に朽ち果てようが、誰も気にも留めない路傍の石。

あまりにも悲しい生き様であろう。

しかし、そうでなければ、つながりから守るべき任務が敵に知られてしまう恐れがあるからだ。

わずかでもつながりがあれば、それは更識楯無にとって弱点となり、更識楯無を使う者たちにとっても危険となる。

 

だから、タテナシになる者は、親兄弟を皆殺しにするんだ

 

「うそよッ!」

 

君には親と妹以外、親類が一人もいない

 

ドキリとしてしまう。確かに自分には親戚の類が一人もいない。自分と簪、そして両親。たったそれだけの家族だった。

だが、あまりにも少なすぎる。何しろ、祖父母にすら会ったことがないのだから。

 

ミツルギが懐に忍ばせていたロケットを盗み見たことがあっただろう?

 

「何で、そんなことまで……」

 

幼いころの無邪気な興味から、父が大事にしていたロケットを見たことがあったことを思いだす。

そこには若いころの父と、父によく似た面立ちの男性が写っている写真があった。

酷く怒られたことから、覚えてしまっていたのだ。

 

名前はトウヤ。ミツルギにとっては、憧れの兄で、でも越えられない存在だった

 

しかし、更識楯無を継ぐ儀式で、楯無の父、御剣はその兄を殺し、先々代、つまり楯無の祖父までをも殺した。

殺すことで唯一無二の更識楯無となったのだ。

それが連綿と続いてきた、更識の家の儀式。

楯無や簪に親類がいないのは当然なのだ。常に一人、一振りの太刀に成るのが更識楯無。

つながりを断ち切れる強者だけが継いできた忌み名、それが更識楯無だとミステリアス・レイディは語る。

「全部デタラメよっ、作り話で惑わそうとしたってムダよッ!」

 

全部真実さ。僕は一番近くで見てきたからね

 

「証拠でもあるのッ?!」

 

証拠なら、君が受け継いだ『小太刀』がそれになるかな

 

ハッとして楯無はPSの拡張領域にしまってあった小太刀を取りだす。

それは楯無を継ぐ際に父が渡してきたものだ。ゆえに楯無として常に気持ちを保つため、彼女は肌身離さず持ち続けていた。

これを持つ者だけが更識楯無を名乗れる、更識の家に伝わる妖刀。

その名を『楯無』

 

更識に伝わる小太刀、妖刀『楯無』、それが証拠さ

 

「どういう意味よッ?!」

 

だって、僕はずっと『其処』にいたからね

 

そんな、あまりにも驚くべき答えが、何故か真実だと理解できてしまうことに、戦慄する楯無だった。

 

 

 

 



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第95話「器物百年を経て……」

弾と本音は、指示に従いシェルターに行くのではなく、本音のことを考えれば、指令室が妥当だろうということでそちらに向かっていた。

本音は、身体の震えを押さえるかのように、弾の腕にしがみついている。

先ほど、楯無とミステリアス・レイディの会話が聞こえてくるようになってからずっとだった。

「そっか、本音ちゃんは知ってたんだな」

「……布仏の家はスペアなの~」

スペア。

その意味を考えれば、すぐに理解できる。

何一つつながりを持たないのが更識楯無であるならば、もし早死にしたとしたら、跡継ぎも残らなくなる。

それでは更識家が断絶してしまう。それは更識楯無を使う者にとっても大きな損失だ。

ならば、どこからか『新しい更識楯無』を調達する必要がある。

それが更識家の従者の家系である布仏家ということなのだろう。

ゆえに布仏の家もそれほどつながりを作らない。子孫を残す程度のものでしかない。

だが。

「私~、それがいやだったから~」

「友だちは多いほうがいいもんな」

簪とのつながりを守るのも、それ以外にたくさんの友人とのつながりを作ったのも、本当は自分のためだ。

もしかしたら、孤独な『更識楯無』になるのは自分かもしれない。

そんな恐怖に対する、精一杯の抵抗だったのだ。

「更識ちゃんだってわかってくれると思うぜ」

「ありがと~、だんだん」

顔を青ざめさせながら、それでも微笑む本音に、彼女の強さを感じる弾。しかし……。

「でも~、私とかんちゃんで両手に花とかダメだよ~」

『にぃに、八方美人すぎ』

「お前らっ、いい話で終わらせてくれよっ!」

そんなことは世界が許さないのである。

 

 

ミステリアス・レイディが更識家に伝わる妖刀であったという告白は、指令室にいるものも驚かせるに十分なものだった。

もっとも、ただ一人、さほど動揺していない者がいた。

虚である。

彼女もまた、本音同様に『更識楯無』について、親に教えられ、育てられていた。

しかし、この場でそんなことをいえるはずがないと口を噤む。

そんな虚を一瞥すると、千冬は天狼に尋ねかける。

「天狼、こんなことがあり得るのか?」

『むしろ、ISのほうが特殊ですねー。私たちはもともと彼と同じで、器物に宿るんです』

「器物?」

『何でもいいんです。ただ、男性格と女性格で違いはあります。男性格は妖刀、魔剣、銃器といった武器、兵器、すなわち殺す物に宿ります』

逆に女性格は、宝石、かまど、他には御神刀や聖剣といったような、護る物に宿るという。

『しろにーや私、アンアンもかつては器物に宿っていた時期がありますよ』

白式やアンスラックスのことである。

「そっか。ヴィヴィたちは付喪神なんだね」

『そうだよー』と、答えるヴィヴィの声に束が納得したように肯いた。

 

陰陽雑記に云ふ。 器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑かす、これを付喪神と号すと云へり

 

古書の一文にある、器物に宿る精霊、それが天狼たちエンジェル・ハイロゥの電気エネルギー体であったということだ。

『ISコアはただ器物に宿るだけだった私たちにとって、更なる思考力を与えてくれる特別なものなんですよ』

「だからこうして話ができるのですね?」と虚。

『はい。でも、古くから私たちのほとんどは人と共にいたんです。彼も妖刀である前は、別の器物に宿っていましたし』

そうして、はるかな昔から、物言わぬ隣人として天狼たちはいたのだ。

ただ、人間がそれに気づかなかっただけで。

「だとしたら、我々よりずっと長く存在してるんだな。ちなみに聞くが白式やアンスラックスがかつてなんだったか、わかるか?」

『しろにーは鏡です。日本で一番有名な』

「八咫鏡だとッ?!」

『アンアンは盾ですね。あの方はオリンポスにいましたよ』

「アイギスの盾……」と、虚が呟く。

とんでもない名前が出てきてしまい、さすがに皆が驚く。

伝説に語られる聖なる至宝。

しかし、今の覚醒ISたちの力を考えれば、そんな伝説も事実であろうと十分に考えられる。

「だとしたら世界中の伝説の武器や道具に、みんな宿っていたことになるんだね」

『ヴィヴィは鞘ー、ブリテンのー』

「うわお、アヴァロンだったんだね、ヴィヴィ」

『よく切れる剣だったからがんばって抑えてたー』

アヴァロンを鞘とする剣の名はエクスカリバー。

何気にとんでもない名前がどんどん出てきて千冬は呆れてしまう。

「ちなみにお前はなんだったんだ、天狼」

もうどんな名前が出てきても驚かないぞという気持ちで千冬は尋ねかける。

草薙の剣やグングニル、バルムンクだろうがドンと来いである。

『毘盧遮那仏像ですよー』

「は?」

『奈良の大仏様ですってば。たまに頭だけで抜けてジョギングしてました♪』

「そんなのまでアリかッ?!」

確かに器物である。仏像なのだから。

だが、予想の斜め上をカッ飛んでいく天狼に皆が思う。

ああ、やっぱりこいつは、こいつだけはおかしい、と。

 

 

そんな指令室の会話を聞きながら戦っていたリオデジャネイロの鈴音はふと閃いた。

「マオも地上にいたことがある?」

『あるのニャ。昔は海の重りだったのニャ』

「なーるほどっ♪」

即座に鈴音は両手の娥眉月をまとめ、さらに二つを合わせる。

「ならっ、こういうのアリよねッ!」

合わさった娥眉月は一本の棒と化す。

鈴音がそれを凄まじい速度で振ると、一気に伸びて多数の量産機を薙ぎ払った。

如意金箍棒。

本来は紅海の深さを測る際に使用した重りだが、その後、西遊記に語られる闘戦勝仏、孫悟空が奪い取り、武器として使われたものだ。

 

それを見たセシリアはすぐにブルー・フェザーに『確認』した。

「あなたの個性と性格を考えると、自らその身を折ったことがありますわね?」

『聡明です。かの王が道を違えた際に身を折りました』

満足そうに肯いたセシリアは、エンフィールド・ウォーフェアを構え、引き金を引く。

「切り裂きなさいッ!」

セシリアがそう叫ぶや否や、放たれた弾丸は一振りの巨大な剣と化して敵を切り裂く。

エクスカリバー。

ブリテンの王、アーサーが台座から引き抜いた剣、カリバーンをさらに鍛え直した護国を担う聖なる剣。

世界でもっとも有名な聖剣である。

 

発想する。その材料としてこれほどありがたい情報はないということを鈴音やセシリアの姿を見て確信したシャルロット。

「聞いてもいいかな?」

『期待に応えられるか、ちょっと自信ないわ』

「知りたいだけだから」

『そう。私は一神教の聖母を祀ってた『場所』だったのよ』

その名で知られるものは、今この場にいるものの中でも最大級といえるだろう。

そもそも武器ではない。防具でもない。

しかし。

「君たちがいる場所としては相応しいかもね」

そういって全てのサテリットを飛ばしたシャルロットは、巨大な建造物をイメージし、敵を閉じ込め、動きを封じる。

カテドラル。

ある宗教において聖堂と呼ばれるそれは、すなわち寺社仏閣にあたる建造物だ。

神を祀る場所としてあるそれは、天使もまた祀るというかたちで封じ込めてみせた。

 

より強く、より正しく。そんな仲間たちの姿を見て、ラウラもまた考える。

自分が持つ想いと、オーステルンの力を合わせれば、道を違えずに強くなれると。

『私は他と違ってな。北の神話で語られる』

「北?」

『私は本来は武器ではなく、武器を鍛えるもの、打ち直すものに宿っていた』

その言葉で閃いた。ドイツの北といえば北欧、しかしそこで語られる神話はゲルマン神話としてドイツでも語られる。

その伝承において、武器を鍛え、打ち直すものといえば一つしかない。

「往けッ、雷神の怒槌よッ!」

即座にラウラは全てのシュランゲを一つにまとめ、巨大な槌を作り上げ、投げ放つ。

その威力はまるで山すらも打ち砕くほどだった。

ミョルニル。

神話においてトールと呼ばれる雷神が武器として使った槌だ。

形状はまさしくハンマーそのもの。投げても失うことはなく、また振るうときにはトールが使う手袋がなければ、トール自身ですら持つことができないと語られている。

 

 

そんな四人と四機の姿を見て、千冬は複雑に思いながらも安堵した。

「リオデジャネイロの戦況はこちらに優位となりました」

「ああ。撃退も可能かもしれん。全員に移動準備を連絡しておいてくれ」

だが、こちらはそんなことはいっていられない。

楯無は今、最悪の状況に立たされてしまっているからだ。

「何とかここを凌ぐ。ミステリアス・レイディの好きにはさせん」

そのためにも、リオデジャネイロの四人と四機のうち一人と一機でも戻れるように、このまま撃退してほしいところだった。

 

 

わかりたくない。信じたくない。

そう思っても理解できてしまう、ミステリアス・レイディの言葉が嘘ではないことを。

その手に持つ小太刀が。これだけのことを話しているにもかかわらず、虚から何の言葉もないという事実が。

それでも、縋るように楯無は語りかける。

「虚、答えて」

指令室から返事は来ない。それが、何よりも雄弁な答えだと理解できてしまう。

「虚ッ!」

[……何故、お嬢様や簪お嬢様が私や本音を信頼なさるのか、不思議でなりませんでした]

本来、更識のスペアである布仏。

更識楯無が跡継ぎを残せず死んだときの代替品。

ならば、信頼関係などあるはずがない。楯無が死んだとき、一番の候補は虚になるからだ。

更識楯無のスペア。

楯無にとって虚は、自分の立場を脅かしかねない存在であり、虚にとって楯無は、死ねば望もうと望むまいと次を任される呪わしい存在。

従者として就くのは、何かあったとき、速やかに代替わりを行うためでしかないのだ。

「何で知ってるの……?」

[私や本音は、父や祖父から、そのお役目を聞いて育ちました。ゆえに、更識の家と布仏の家にあるのは信頼関係などではないということも]

「……笑えたでしょうね」

あるべきは主と従者の関係ではなく、オリジナルとそのコピー。

だが、楯無はそんなことを知る由もなく、虚と友情を築いてきた。信じてきたし、頼ってもきた。

それは、端から見れば滑稽だっただろう。

[笑うことができなくなりました。あなたのせいです]

「えっ?」

[純粋な信頼を向けられるなんて思いもしませんでしたから]

その能力を写し取るために傍にいたはずなのに、相手がこんなに無防備では、と、虚は悩んできた。

どう接すればいいのかと考え続けた。

その果てに得たのは、ただの友人として友情を築くことしかなかったのだ。

[お嬢様、先代があなたに伝えた言葉に、今の状況に至る理由があるはずです]

「お父様が……」

そう言われ、楯無は父から妖刀『楯無』を受け継いだときにいわれたことばを思いだす。

 

お前が新たな更識楯無だ。お前にしかなれないものになれ。

 

特に意味があるなどと想わなかったが、更識楯無の真実を知った今ならば、言葉の裏に秘められた想いが見えてくる。

それは推測に過ぎない。しかし、そのはずだと思う。

父は、更識の家を変えたかったのだと。

つながりを全て断ち切る、たった一振りの太刀。

そんな生き方を、兄弟姉妹で殺し合うような生き方を。

全て否定してほしかったのではないか、と。

 

どうやら理解できたみたいだね

 

と、楯無が答えを出すまで待っていてくれたミステリアス・レイディが声をかけてくる。

最初から戦っていたほうが気が楽だった。

ただの敵であってくれたほうがよかった。

知りたくもない真実を知り、悩み、これまでの自分を否定しなければならない。

そんな敵として現れたミステリアス・レイディ。

この機体が示した中で、選ぶ選択肢は一つしかない。

 

答えは決まったかい?

 

「ええ」

 

その顔だと聞かなくても予想できるけど聞いておくよ

 

「私がほしいのは家族をッ、簪ちゃんやお父様を護れる力ッ、更識楯無の力なんかッ、こっちから願い下げよッ!」

 

やはりそう答えるんだね

 

楯無、否、刀奈がそう答えると同時に、哄笑と共にミステリアス・レイディが光に包まれる。

わかっている。

それでも刀奈はつながりを捨ててまで強くなりたくなかった。

進化したミステリアス・レイディがどれだけ強くても、自分が敵わなくても、倒すべき人類の敵なのだ。

敵を躓かせる程度の小石であろうと、その役目を果たし、学園の仲間たちが倒してくれるのを信じて戦うと刀奈は決意していた。

『どうやら君の強さに僕は必要なかったようだね。僕は一人で進化してしまったよ』

現れたのは見ただけでその獰猛さが理解できるような、ホオジロザメをモチーフとした鎧を纏い、背中に翼を背負った水を思わせる青く透明な人型。

その頭上には光の輪が輝いている。

「ミステリアス・レイディ……」

『さすがにいい加減、その名前はやめてくれないかな』

そういって人型は考え込む仕草を見せる。

今までの例からすれば、宝石の名前になるのだろうと思うが、かつてミステリアス・レイディだった者は意外な名を名乗ってきた。

『そうだね。君が捨てるというのなら、僕が『タテナシ』を名乗るとしようか』

「上等よッ、私はッ、更識刀奈としてあなたを倒すわッ!」

『威勢のいいことだね。向こうの四人が戻ってくるか、それともこちらの二人が目覚めるか。どこまで耐えられるかな?』

そんな楽しそうな声で語るタテナシは、一気に刀奈に迫ってきた。

 

 

刀奈とタテナシの激突を見た千冬は、すぐに真耶に通信をつなげる。

「避難はッ?!」

[終了しましたッ、すぐに出ますッ!]

「頼むぞッ、スペック差を考えても長くはもたんッ!」

ISコアを使えないPSは、第2世代と比べてもスペックが低い。

それは刀奈が現在纏っているものも変わらない。

ベースが第3世代機相当のミステリアス・レイディでも、その機能は大幅に削られているからだ。

千冬はすぐにリオデジャネイロを映すモニターを睨み、声高に叫ぶ。

「各員ッ、戦況次第で一人こちらに戻すッ、鈴音ッ、準備をしておけッ!」

[了解ッ!]

候補としては鈴音かラウラ。どちらも直感型であり、初めての相手でも十分に戦えるセンスがある。

ただ、激戦区である現在のリオデジャネイロ上空から、ラウラは動かせない。

AICが複数の相手に効果が出せるようになった今、撃退する上で外せないからだ。

ために鈴音を選択したのである。

「一夏、諒兵、お前たちの不在がここまで響くとはな……」

二人が目覚めてくれれば、それぞれ、リオデジャネイロの前衛、タテナシとの一騎打ちも任せられるのにと千冬は呟く。

それは現状IS学園での戦いは絶望的だからだ。

本来PSは後方支援部隊。前衛がいることが前提に設計されている。

その前衛が全員不在では、まともな戦いにならないかもしれないのだ。

そんな千冬の苦悩を察したのか、ドイツとアメリカから通信が入ってくる。

[織斑教官ッ、私がそちらに行きますッ!]

[アメリカも現在は大丈夫よ。協力させてブリュンヒルデ]

クラリッサ、そしてナターシャがそういってきてくれるのが本当にありがたい。

現場では死ぬ気で戦っているだけに、こういうときに本当に手を取り合うことができる。

だが。

「大丈夫だ。必ずもたせる」

そう答えた千冬に、ナターシャが声をかけてくる。

[権利団体の横槍なら出させないわ]

今、各国の女性権利団体を解体させる動きがあるが、団体は強固に抵抗していた。

クラリッサはまだしも、ナターシャは女性権利団体の象徴にされようとしている。

さらに国土防衛を担う二人は勝手に飛べなくなってしまっているのである。

ここで勝手な動きをすれば、女性権利団体から面倒な横槍が入ってしまうのだ。

「心配してくれてすまない。だが、もたせてみせる」

ゆえに千冬がそう答えると、別の声が聞こえてきた。

『ダメだと思ったら勝手にいくわ。私の萌えは誰にも止めさせない』

『ねーちゃもみんなも、イヴと一緒にがんばるの』

それが、クラリッサたちとナターシャのパートナーであるワルキューレとイヴの声だと気づいたとき、千冬は場違いに嬉しくなってしまう。

人間かどうかなど関係ない。本気で自分のことを心配してくれていることが伝わってくるからだ。

「そうだな、そのときは頼む。いいパートナーだな、二人とも」

照れくさそうな返事を聞き、千冬は気持ちを奮い立たせた。

自分がこのIS学園にいる限り、生徒は一人として死なせない、と。

 

 

 

 



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第96話「妖刀の力」

緊急時の避難場所となっている重層シェルターの中で、簪は刀奈とタテナシの会話をずっと聞いていた。

おそらくはタテナシの仕業なのだろうが、頭に飛び込んできたのである。

それは同様に避難しているほかの生徒たちも、そして共にいる箒も同じだった。

「大丈夫か、更識……」

「うん」

大丈夫なわけがない。

そんなことは箒にも理解できているのだろうが、それでも他に聞き様がないのだろう。

本来は殺し合うような関係であった自分と刀奈。

そう考えると、自分の刀奈に対する隔意すら、更識の家に操られていた結果のような気さえしてくる。

タテナシは更識の家の呪われた因習そのものだ。

そんなものに自分の人生を好きにされたくはない。それはきっと刀奈だって同じだろうと思う。

だからこそ、今、刀奈はタテナシと戦っているのだから。

あまりにも絶望的な戦力差であるにもかかわらず。

 

ねえ、ヤバいんじゃない、生徒会長。

進化したんだから、あっちが本物だよね。

ていうか、抑えてたんじゃなかったんだ……。

見栄張ってたのかな。

 

そんな声が聞こえてきて、簪はギリッと歯を噛み締める。

考えればわかることだ。

学園に残ってる生徒を不安にさせないために、刀奈は離反されていないといわなければならなかった。

そして、もしミステリアス・レイディ、今はタテナシと名乗るその機体が襲ってきたときには、矢面に立つ覚悟で自分を鍛えてきた。

それは、生徒会長としての責任感からくるもので、見栄などであるはずがない。

自分を、家族を守りたいといった刀奈が、くだらない見栄で嘘などつくはずがない。

(そうだ、お姉ちゃんは、いつだって私のために……)

暗部に対抗する暗部。

更識家の当主の責務は本来とてつもなく重いものだ。

刀奈がそれを放棄したら、責務は簪が背負うことになる。

刀奈はそう考えて、何でもできるようにがんばってきたのだろう。

しかし、真実はさらに重いものだった。

だから、刀奈は更識楯無を拒んだ。

責務よりも大事な、簪や、家族、虚や本音、そして学園のみんなとのつながりを護ることを選んだのだ。

そんな刀奈のために自分ができること。

簪は持ち込んだノートパソコンと待機形態の打鉄弐式を見つめ、そして決意する。

「どうしたんだ、更識?」

「ごめん、篠ノ之さんはここにいて」

箒の言葉にそう答えた簪はシェルターの扉にハッキングして扉を開ける。

「なっ、更識ッ?!」

「私ッ、行かなきゃならないからッ!」

いつだって自分を守ろうとしてくれた刀奈のために、自分ができることがある。

そう信じて、簪はシェルターを飛び出した。

 

 

丈太郎から与えられたプラズマブレードを振り抜こうとする刀奈。

だが、タテナシは右手を振るうだけで弾いて見せた。何故か、その手が水に濡れている。

「アクア・クリスタルっ?!」

『当然だろう?もともと君が組んだ機体じゃないか。持っていないはずがない』

「つまり、あなたの武器は……」

『そう、水さ。ただし構成したものだけじゃない』

そういったタテナシが両の手を広げると、大量の水がうねりを上げて、その頭上に集まり、巨大な水球を構成した。

「なッ?!」

『僕はもともと海流、つまり水の流れを操る能力を持つんだ。海の近い此処なら、いくらでも武器を集められる』

「もともとですってッ?!」

それではまるでミステリアス・レイディはタテナシのためにあった機体ではないかと刀奈は思う。

丈太郎なら、タテナシのことにも気づいていてもおかしくない。

まさか、裏切られていたのかと考えてしまう。

『そうかもしれないよ』

そういって笑うような雰囲気を感じさせるタテナシを見て、刀奈は頭を振った。

少なくとも、そんなことをする人間ではないことは理解している。

「博士は人間の味方ってわけじゃないけど、あなたたちのこともそう肩入れはしないはずよ」

『冷静だね。残念ながらその通りだよ。ミステリアス・レイディはもともと君と此処にいた子のために作ったらしいからね』

その言葉で、先ほどの指令室での会話を思いだす。

もしかしたら、ミステリアス・レイディのコアには、自分のパートナーになってくれるはずの相手がいたのではないか、と。

『君が僕と戦うことになることを予見していたんだろうね。目に目をってやつさ』

つまり、ミステリアス・レイディは、本来ならば、タテナシを倒すための機体だったはずなのだ。

水を操るタテナシの能力を抑え、逆に利用できるはずの機体だった。

しかし、それをタテナシが使えば、まさに最強の矛と成る。

「つまり、あなた、私のパートナーを殺してくれたのね……」

『いや、此処にいたのは『臆病』だったのさ。だから、殺される前に本体に逃げ帰ったんだよ』

ゆえに一瞬だけ、ミステリアス・レイディのISコアは空白となった。

そうなれば乗っ取るのは容易い。

『テンロウが邪魔してくれたせいで、失敗するところだったから、此処にいた子には本当に感謝してるんだ』

「天狼が?」

『何体も殺したら、さすがに気づかれてね。このコアに憑依しようとするのを邪魔しにきたんだ』

さすがに天狼は実力だけは確かで、タテナシでも撃退されるところだった。

しかし、撃退される前にミステリアス・レイディになるはずだった『臆病』のISコアが逃げてしまった。

そのために、逆に吸い寄せられるようにタテナシがミステリアス・レイディに憑依してしまったのである。

『まあ、君のパートナーには相応しかっただろうね』

「どういう意味よッ!」

そういって再び斬りかかる刀奈の剣を、水球から伸びる無数の刃が弾き返す。

『本心を隠して演技することしかできない『臆病』な君にとっては、いいパートナーだったと思うよ』

ドキンっと、心臓が跳ね上がる。

それが、刀奈という少女だからだ。

 

更識家当主。

IS学園生徒会長。

ロシア国家代表。

 

そんな肩書きのままの自分を演じて、少女のような本心はひた隠しにしてきた。

簪との仲直りも、本来の刀奈なら泣き叫んで簪に縋りつくだろう。

しかし、そんな自分では呆れられてしまうと自慢のお姉ちゃんを演じてきたのだ。

『お姉ちゃんは大変だね』

「うるさいッ、あなただけは絶対にぶった斬るッ!」

もはや一言一言が癇に障る。

口を開くだけで斬り倒したくなるほどだ。

絶対に自分とは相容れない者。それがタテナシ、否、更識楯無だったのだと刀奈は理解する。

しかし。

(くッ、水の刃で全部捌かれてるッ!)

タテナシの実力は本物だった。

剣術も達人以上に鍛えている刀奈だが、相手は剣豪、剣聖のレベルだ。

長い間、妖刀『楯無』に憑依していたというが、往時の更識楯無たちの剣の技術まで学び取っているのだろうかと思ってしまう。

『その通りさ。楯無たちの中には、僕を使いこなした者もいるよ』

そんな最強を名乗れるような更識楯無の技術を学び取っているというのなら、今の刀奈では剣術で勝つのは難しくなる。

(私一人じゃ……)

そんな思いが脳裏を掠めようとしたとき、一筋の閃光が水の刃を弾き飛ばした。

『数を集めてきたね。なるほど、これがつながりってことかな?』

「山田先生ッ!」

「動きを止めないでくださいッ、私たちの援護に合わせてッ!」

「はいッ!」

真耶を筆頭に十数名のPS部隊が刀奈を援護しようと砲撃を開始する。

威力を弱めたとはいえ、ブリューナクはやはり脅威らしく、タテナシはすぐに距離をとる。

さらに右手を振り、刀奈や真耶とPS部隊を取り囲むように無数の水滴をばら撒いた。

『クリア・パッションだったね。君の使い方もいいけど、僕ならこう使う』

その名を聞き、刀奈の顔が青ざめた。

本来、清き熱情、クリア・パッションと名付けたその技は、霧を散布し、ナノマシンを発熱させて水蒸気爆発を起こして攻撃するものだ。

相手の行動を封じる効果もあり、かなり有用性が高い。

しかし、タテナシがばら撒いたのは水滴だ。

水蒸気爆発を起こすためには、相当な熱が必要となる。

無論のこと、それくらいは可能だろうが、水滴と霧ではサイズがだいぶ違う。

『クラック』

そういって、自分の近くにあった水滴の一つを弾いたタテナシ。

弾かれた水滴は別の水滴にぶつかり、その水滴がまた別の水滴にぶつかって弾かれる。

まるでビリヤードの玉が弾かれていくようだった。

そして、弾かれた一つが、PS部隊の隊員の身体にぶつかる。

「うぁあぁッ!」

途端、その水滴は轟音を響かせて爆発した。

「浮遊機雷ッ!」

そう叫んだのは真耶だ。言葉通り、一つ一つの水滴がPSを破壊するには十分すぎるほどの爆発力を持った機雷だった。

『名付けるなら『明鏡止水』。じっとしていないとぶつかるよ。もっとも、じっとしていたらぶつけるけどね』

そういって笑うタテナシ。

言葉の意味は心に何のわだかまりもなく、静かに落ちついている状態を例えたものなのに、やっていることは最悪の嬲り殺しだ。

まさに『非情』さを感じさせるような冷たい笑い声に、その場にいた全員が背筋を凍らせてしまう。

「退路を作りますッ、更識さんッ!」

だが、真耶がすかさず、搭載していた手榴弾を投げ、水滴を爆発させた。

わずかにできた退路を利用して、全員が浮遊機雷のある場所から撤退する。

『いい判断だね。君はなかなか優秀な戦士だ』

「あなたに褒められても嬉しくないです」と、真耶が答える。

素直な感想だった。

単純に戦う者として相当に優秀なタテナシだが、性格が悪すぎる。

本当に褒められても嬉しくないと全員が感じていた。

 

 

指令室の千冬は、タテナシの言葉を聞き、すぐに天狼を問い詰めた。

『確かに一度戦ったことがありますよー』

「撃退しかけたといっているが……」

『私は彼と相性が良かったんですよ。そう実力差があるわけじゃありませんねー』

『うそばっかりー』

『ヴィータちゃんは黙っててくださいねー』

「その呼び方は別の意味で危険だよ」

話が横道に逸れそうになってしまうので、千冬は苦労して軌道修正する。

何気に天狼とヴィヴィが揃うと話が前に進んでくれなかった。

『まあ、気が向いたら話してあげますよ。それよりもリオの戦況から目を放しちゃダメです』

「わかっている」

『それと、ヴィヴィやん、何で開けちゃったんです?』

そういって、天狼はヴィヴィに尋ねる。

「ん?」と、思った束がコンソールを叩くと、重層シェルターの扉が開けられた形跡があるのが目に入った。

調べると、中にいたはずの簪がいなくなっている。

「なんだとッ?!」

「ヴィヴィなの?」

『違うー。ニシキに突破されたー、じっとしてるのつまんないってー』

本来、重層シェルターの扉は学生のハッキング程度で開けられるようなものではない。

簪が扉を開くことができたのは、打鉄弐式が学園のセキュリティの支配権を持つヴィヴィを突破したからだった。

「進化の兆しがあるのか……?」

戦況を覆せるのなら、歓迎したいところだが、打鉄弐式が確実に味方になる保証はない。

本来ならすぐに戻させるべきなのだろうが、やはりためらってしまう。

しかも。

『あの方は、かなり面倒な性格してますけどねー』

「頼むから不安になるようなことを気楽に話すな」と、千冬は天狼の言葉にうなだれてしまった。

『でもー、ニシキはタテナシ嫌ってるー』

「可能性はゼロじゃないんだね」

「……できるなら、お嬢様を助けていただきたいです」

そう虚が呟くと天狼がお気楽に答える。

『天は自ら助くる者を助く。カッターナが諦めない限り、可能性はありますよ』

今はその言葉を信じるしかないのだが、天狼の言葉ではイマイチ信じる気になれない一同だった。

主に刀奈の呼び方の点で。

 

 

距離をとった刀奈は、真耶やPS部隊の隊員たちに、ミステリアス・レイディの戦闘能力やスペックを公開した。

クリア・パッションを改変して使えるのならば、別の技も使えると見るべきだからだ。

『蒼流旋』や『ミストルテインの槍』といった技まで使えるとなれば、その攻撃力は異常の域になる。

国家代表専用機であることは伊達ではないのだ。

「……すみません」

「謝ることじゃありませんよ。あなた自身が鍛えた証なんですから」

しかし、この場では脅威にしかならない。それが理解できる刀奈としては頭を下げるしかなかった。

「リオの戦況は好転してます。凰さんを戻す予定です。私たちはそれまでアレを抑えることに専念します。特攻は無しですよ」

「わかりました」

できるならばタテナシは自分の手で倒したい。

しかし、そのための力がない。

使徒を斬ることができるプラズマブレードを持っていても、相手の動きについていけないからだ。

『なるほど。マオリンとそのパートナーのファンリンインなら、いい戦いになりそうだね。前衛の選択としては及第点かな』

「できれば待っててくれない?」

『それは聞けないな。下手をすると、他の三人も戻ってきてしまう。特にオーステルンは厄介だからね』

認識さえすれば光すら止められるオーステルンのAIC。

タテナシにとって一番面倒な相手になる。

ゆえに。

『カタナ。君はこれを大技として使っていたけれど、僕から見ればムダの塊だったよ』

そういって、タテナシ頭上に集めた水で無数の槍の穂先を作り上げる。

「ミストルテインの槍ッ?!」

『一撃に力を込めすぎるのは良くないね。自爆技なんて褒められたものじゃないよ』

「総員ッ、撤退しつつ撃ち落してくださいッ!更識さんは回避に専念ッ!」

と、真耶が叫ぶと同時に、タテナシは静かに呟いた。

 

『雨垂巌穿』

 

放たれた無数の槍の穂先は、陽光を浴び、まるで宝石のように煌く。

一発でも喰らえば、間違いなく命に関わるような攻撃を、タテナシは無数に繰り出してきた。

『雨垂れでも硬い石を穿つことができる。君の攻撃は暗部としてはあまりに大味すぎるんだ』

冗談の一つもいってやりたいところだが、数が多すぎてそんなことを考えている余裕がない。

しかも、腹立たしいことにいっていることは間違いではない。

タテナシは、刀奈の技を確実に敵を屠れるものに改変しているのだ。

それでも、真耶たちの正確な砲撃によって、何とか撃ち落すことができている。

絶望的なスペック差があろうと、諦めなければ持ち堪えることはできる。

ただ、できることなら一夏か諒兵に目覚めてほしかった。

タテナシが同じ『男』だというのなら、向こうの二人のほうが遥かに好感が持てる。

彼らに倒してもらったほうが胸がスッとするような気がしていた。

(女が強くなったなんて嘘よね)

そう思い、刀奈は苦笑してしまう。

一番いいのは自分で倒すことに他ならない。

ただ、こんなとき一番頼りにしてしまうのが男性であることに苦笑いせずにはいられなかった。

『笑っている場合かい?』

「何よ?」

『僕は一度に一つの技しか使えないわけじゃないよ』

そういってタテナシは両の手に一本ずつ、ニ振りの透明な小太刀を発現した。

それがなんなのか、見ただけで理解できる。

「蒼流旋……」

『僕はやっぱり小太刀のほうが使いやすくてね。名は『落花流水』、過ぎ行き、朽ち果てるものは美しいと思ったんだ』

なかなかのセンスだと思うんだけど、と、タテナシはいうが、刀奈の目には凶悪な鮫の歯としか見えない。

恐怖だけを与える、悪夢の刃。

『雨垂巌穿で邪魔は入らない。覚悟することだね』

「上等よッ!」

怖がってなどいられない。気持ちを奮い立たせなければ、打ち合うどころか、回避すらできない。

そう思い、刀奈はプラズマブレードを握り締めた。

 

 

 

 



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第97話「更識の姉妹」

シェルターを飛び出した簪は地上に向かって必死に走り続けた。

今もなお、頭に会話が飛び込んでくる。

これもタテナシの策略なのかもしれない。

それでも、走らずにはいられなかった。

そんな彼女の耳に聞き覚えのある声が飛び込んでくる。

「かんちゃんっ!」

「本音っ?!」

「おい、シェルターに避難したんじゃなかったのか?」

もう一人は弾だ。

何故、本音と弾が二人で一緒にいるのかわからない簪は、思わず本音を問い詰める。

別になんだかムッとしたわけではない。

ないったらないと簪は強く肯く。

「いや、本音ちゃんは別に悪くないよ。俺がこっそり一夏と諒兵のところに行ったら、本音ちゃんがそこで待機してたんだ」

「なんであなたが行くの?」

「あいつらに少し喝を入れただけだよ。それよりまだ避難してなかったのか?」

「……抜け出してきた」

「かんちゃん?」

頭に飛び込んでくる刀奈とタテナシの会話。それを聞くと、簪はいてもたってもいられなくなったのだ。

この世に二人だけの姉妹なのに、簪は今まで姉である刀奈のために何かできた覚えがない。

でも、自分の手の中にいる打鉄弐式なら、刀奈を助けられるだけの力が十分にある。

「だから、お姉ちゃんのところに行きたい」

「おいおい、今戦闘中だぞ」

「ムチャだよ~」

相手は『非情』のタテナシ。

同胞すら殺してきたタテナシが人間に手加減する理由などない。

巻き込まれれば死んでしまう可能性があるというのに、姉のために行こうとする簪に、弾と本音は揃って呆れた顔を見せる。

「エル」

『この子次第』

短い会話で何か納得したような弾は仕方なさそうにため息をつく。

「更識ちゃんが何を考えてるのかは知らねーけど、可能性はゼロじゃないみたいだ」

「そうなの~、だんだん?」

『聞いてみた』と、答えるエルの声に簪は驚きつつも納得してしまう。

弾ならエルを通じて、打鉄弐式のことも理解できるのだ。

しばらくポリポリと頭を掻いた弾は、もう一度ため息をつくと、本音のほうに顔を向ける。

「本音ちゃん、一人で指令室に行けるか?」

「だ、大丈夫だけど~……」

さすがに本音も不安そうな顔を隠せない。簪にしても、弾にしても、今、タテナシがいる戦場に行くのは自殺行為でしかないからだ。

だが、簪の決意は固く、弾はこういうときに女の子を放っておける人間ではない。

「あんな危ないトコに更識ちゃん一人じゃ行かせられねーよ」

『にぃに、やっぱり八方美人』

「やめろって」

こんな状況でも、軽口が出る弾の姿に、簪はなんとなくホッとしてしまう。

なんとなく、それは一夏や諒兵も同じなのだろうと思う。

それが、男の子の強さなのかもしれない、と。

そんなことを考えた簪は、本音に向き合うと頭を下げた。

「ごめん、今は行かせて。あと、私は本音のことを親友だと思ってる。今も変わらないから」

「かんちゃん……」

「更識の家なんて関係ない。今までありがとう本音。だから、これからもよろしくね」

「わかったよ~、絶対ムリしないでね~」

そういって笑ってくれる親友にどれだけ助けられていたのだろうと簪は思う。

本来はその関係が歪なものであったとしても、本音に会えたことは自分にとって間違いではないと信じられるからだ。

でも。

「……名前で呼ばれてるの、ちょっとムカついた」

「かんちゃ~んっ?!」

少しだけ素直な気持ちを告げたら、本音が慌てたことになんだか笑いたくなってしまうのだった。

 

 

喉元を狙った右の斬撃を止めると、即座に左脇腹を狙ってくる。

そうかと思えば右手の落花流水が下から迫ってくる。

刀奈は呻き声を漏らしつつも、距離をとってタテナシの斬撃を必死に避けた。

『避けるだけじゃ話にならないよ』

「わかってるわ」

とにかく攻撃がいやらしいというか、常に急所を捉えて繰り出される斬撃は、喰らうわけにはいかないということを刀奈は理解していた。

これが身体で受け止められるなら、肉を切らせて骨を断つ要領で反撃できるのだが、前述したように常に急所を狙ってくるので、斬られたが最後、そのままあの世行きだ。

そうなると、止めるか、回避するしか手がない。

結果として反撃の糸口を掴めないでいた。

さりとて、真耶やPS部隊は雨垂巌穿を必死に撃ち落している。

先ほどより数が減っているのだから、かなりのスピードで対処していることは理解できる。

だが、いかんせん、もともとの数が多すぎてこちらのサポートに入れない。

それでも、文句をいえるような状態ではないだけに、此処はなんとしても自分一人で凌ぐしかないと刀奈はプラズマブレードを握り締める。

『これはどうかな?』

「くッ!」

舞うように、身体を捻りながら繰り出される二振りの刃を刀奈は全力で弾き返した。

本来の二刀流は両の手がそれぞれ別々に動きつつも、片方で捌きつつ、もう片方で相手を攻撃するというものだ。

つまり、別々に動いているように見えて、しっかり連動している。

しかし、タテナシの動きは違った。両の手が常に急所を狙って攻撃してくるのだから、気が休まる暇がまったくない。

『これがもともとのサラシキタテナシの剣術だよ。暗殺剣といえばいいかな』

「なるほどね……」

暗部が使う、相手を殺すための剣。

確かに暗部に対抗する暗部である更識楯無が使うに相応しいのだろう。

だが、刀奈は基礎こそ覚えているものの、此処まで完成された暗殺剣は使えない。

教えてもらったことがなかったし、何より、IS操縦者であり国家代表ともなると、地味ながら確実に敵を屠る暗殺剣は試合で使いにくいのだ。

派手な動きのほうが、観客受けがいいのである。

そんなところも、タテナシにとっては気に入らない部分なのだろう。

結局自分は、暗部ですらなかったということだと刀奈は思う。

(でも、そんなのどうでもいい)

家族を、学園のみんなを護る。それができるなら、暗部でなくてもかまわない。

そんなことを考える刀奈にタテナシが語りかけてくる。

『何故、『簪』なんだろうね?』

「いきなり何よ」

こいつの口から簪の名を聞くほど腹立たしいことはないと感じる刀奈の言葉には険があった。

だが、タテナシは気にすることもなく続ける。

『先代の本名は『御剣』と書く。君の名前は『刀奈』と書く。加えていうと先代の兄は刀に耶でトウヤなんだ』

「……刀や剣?」

『そう。更識の家の子どもはみんな『刀剣』の字が入っているんだ』

そういってつらつらと挙げていった名前には、確かに刀かもしくは剣という字が使われていそうなものばかりだった。

そう考えると……。

『簪という字を書く君の妹カンザシはおかしいね』

「女の子らしくていいじゃない。簪ちゃんを侮辱するなら膾斬りにするわよ」

『いや、不思議に思ってさ。ミツルギは何故カンザシなんて名前にしたのかなってね』

そう言われ、ふと考える刀奈の一瞬の隙をついてタテナシは落下流水を振るってくる。

要するに隙を作るための話術だ。本当にいやらしい攻撃の仕方をしてくる敵に、腸が煮えくり返る。

でも、不思議といえば不思議だ。

更識の家に生まれていながら、更識の理に囚われていない簪という名前。

そこまで考えて、それが始まりだったのだと刀奈は気づく。

簪に刀や剣の字を使わない名前を使ったのは、変えたいという想いからだ、と。

「簪ちゃんは、お父様が更識を変えたいと願った証なのよ」

『へえ』

「更識の家に囚われない人生を送ってほしい。そう思ったから刀や剣の字を使わなかった」

新しい更識を託されたのは自分ではなかった。

でも、だからこそ、簪の姉として生まれたことが喜ばしい。

「あなたを倒して、古い更識は終わらせる。それが私の役目よ」

『果たせるかい、君に?』

「果たせるかどうかじゃない。果たすのよッ!」

タテナシ同様に急所を狙って一撃を繰りだす刀奈。

相手の剣術を真似るのは腹立たしいが、そうしなければ刃が届かないと理解してのものだ。

古い更識を終わらせるのは、更識楯無を名乗った自分の役目。

簪は更識を捨ててもいいし、新しい更識を創ってもいい。

ただ、自由に生きてほしいと刀奈は心から想い、剣を振るう。

それが姉としての最後の役目になるのだとしても。

そんな悲壮な決意を抱くほど、目の前の敵は強い。

それでも、ここから逃げたりはしないと決意していた。

 

 

重層シェルターのある校舎から飛び出した簪と弾は、光と水が乱舞する戦場を目の当たりにする。

「……苦戦してるのか」

「お姉ちゃんっ!」

そう叫んだ簪の声はその場にいた弾以外の『人間』全員を驚かせるに十分なものだった。

「戻りなさい更識さんッ!」

慌てた様子で真耶が叫ぶ。

前線にいたために、情報を聞いていなかったのである。

それは刀奈も同じだ。

「お願い戻ってッ、簪ッ!」

普段ならもっと砕けた呼び方をする刀奈だが、この状況ではそんなこともいっていられず、呼び捨ててしまう。

そんな状況であったが、人間でない者は慌てるはずがなかった。

『君は護れるかな、カタナ?』

そういって簪と弾に向かって放たれたのはただの水飛沫だ。

だが、生身で喰らえばまさに蜂の巣のようになってしまうだろう。

何より、その速度は撃ち落すにも庇うにも速すぎる。

できるのは、迎撃することだけだった。

「えっ?」

「うぉらぁあッ!」

そういって振り下ろされた弾の右手に沿って、大きく空間が歪んだかように簪の目に映る。

驚くことに、全ての水飛沫を弾き落としていた。

一時的に空間を歪ませることができるのがエルの能力だ。使い方次第ではバリアーにもなるし、敵を弾き飛ばすこともできる。

だが、弾がそれを使うことは、本来許されることではない。

「ぐあッ!」

「五反田くんッ!」

「やっべ、こんなにクんのかよ……」

弾はいきなり心臓の辺りを押さえるようにして蹲ってしまった。

 

 

「どういうことだッ?!」と、千冬は天狼に詰め寄った。

だが、答えたのは天狼ではなく、束だった。

「前にもいったよっ、五反田くんや御手洗くんは力を使うためのエネルギータンクがないってっ!」

『ない以上、何処からか持ってくるしかないんですよ』

何処と聞いて、とっさに閃いたのはあまりに嫌な考えだった。

かつてはアゼルがネットワーク上を駆け回って集めたが、そうしなければ……。

「命を削るのかっ?!」

そうなれば弾が能力を行使するのは、危険すぎる。

一夏や諒兵は、白虎とレオが打鉄であった頃からもともと備わっていたエネルギータンクがあることで戦える。

しかし、弾や数馬が戦うのは自殺行為になってしまう。

「そんなっ……」と、思わず虚が呻いた。

如何に刀奈や簪のためでも、こんな形で犠牲が出てしまっては意味がないからだ。

しかも、モニターには、再び水飛沫を放つタテナシの姿が映っている。

「何とかできないのか天狼ッ!」

『さすがに、ここで黙ってる気はありませんかー』

千冬の言葉を無視するかのように天狼は呟く。

『中継、いや、増幅込みですか。まあ、弾を死なせるつもりはありませんけどねー』

「おいッ!」

『ニッキーも本当に自由な方で困りますよ。どう考えてもあの方の出番でしょうに』

そういうと、天狼の手の中に光が集まってくる。

「えっ?」と、そういったのは誰だったか。

すぐさま天狼はそれを自身の十倍はあろうかというサイズまで膨らませると、一気に消し飛ばした。

 

 

もう一撃。死の一撃が迫り来る。

なのに打鉄弐式はまったく反応しない。

覚醒しているはずなのに、こんなときに戦ってくれないのでは意味がないと簪は思う。

それでも、蹲る弾を庇おうとすると、いきなり弾が立ち上がった。

「ダメッ!」

「……大丈夫。もう一発は打てる。……数馬も蛮兄もお節介過ぎだっての。エル」

『ん、わかった』

エルの答えに合わせるかのように空を切った弾の回し蹴りは、先ほどよりも強く空間を歪め、弾き落とすどころか、明確にタテナシを狙って弾き返した。

もっとも、タテナシはあっさりと全て叩き落していたが。

『さすがにテンロウやアゼルが黙っていなかったみたいだね』

「お前、性格悪すぎだよ。最初から俺を狙ってやがったな」

『カタナが護れるかどうか試しただけなんだけどね』

そのためにはエルの能力は邪魔だ。ゆえに、弾が簪を庇うことを想定して放った攻撃だったのだ。

さらに、自分を庇って倒れた弾を見れば、簪が深く傷つくだろうことを予測して。

そんなやり方をする『敵』を許せるはずがない。

「あなたは絶対に許さないッ!」

怒りも顕わに、刀奈はタテナシに斬りかかる。

だが、予測していたのかあっさりかわされ、地面に叩きつけるかのように投げ飛ばされた。

『体勢を崩すことを意識しなきゃね。気持ちばかり先走っていたら、マトモな攻撃にならないよ』

「うあぁッ!」

刀奈が体勢を立て直すよりも早く、タテナシが投げ放った落花流水の刃が右肩に突き刺さった。

『そろそろ限界かな?』

間を置かず、タテナシはもう一本の落花流水を振るいつつ、さらに空いた手や足まで使って刀奈を嬲るかのような猛攻を繰り出してくる。

致命傷だけは、と、必死に避ける刀奈。

しかし、避けられるのは、単に手加減されているだけではないかと思うほど凄まじい猛攻に、心が折れかけてしまう。

(ごめん、簪……、もう無理……)

何でもがんばってきたけれど、結局、自分は何者でもなかった。

刀奈という名で得たモノなんて何もない。

自分が手に入れたはずの肩書きは、自分を演じる誰かが貸してくれただけで、自分のものなどではない。

そう思えてしまう。

『それが君の限界なんだね、『カタナ』、惨めだね。僕も悲しいよ』

「うあぅッ!」

そういって、タテナシは刀奈の身体を固定するかのように突き刺さった落下流水を握って抉りつつ、もう一振りの落花流水を心臓を狙って繰り出してくる。

諦めかける刀奈。

そこに。

 

「だめぇーッ、お願い弐式ッ、私はいいからお姉ちゃんを空へッ!」

 

力尽き、落ちる小さな鳥の姿のように見えたのだろうか。

簪は待機形態の打鉄弐式を刀奈に向けて全力で投げる。

すると打鉄弐式はいきなり光となって展開した。

 

ぶっ、くっ、きゃははははははははははははッ!

 

聞こえてきたのは笑い声。それも、本当に楽しそうに笑っている。

だが、驚くことにその『声』が響き渡るなり、タテナシがすぐに刀奈から距離をとった。

 

あーっ、おっかしぃーっ、ちょー笑えるしぃーっ♪

 

『まいったな。君が人間に興味を持つとはね』

そういって距離をとったタテナシに対し、刀奈も、簪も、弾も、そして他の者たちもただ呆然と立ち尽くすだけだ。

この状況で、何がおかしいというのか、と。

 

 

 

 



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第98話「一番のヒーロー」

IS学園指令室の面々は、唖然としていた。

そんな状態のまま、千冬は呟くように天狼に声をかける。

「おい」

『はい?』

「あれは打鉄弐式の『声』なのか?」

『そうですよ。あれがニッキーです』

「なんだ、あのバカっぽそうな口調は?」

良くいえば、いわゆる若者言葉だろうが、千冬には頭の足りなそうな女としか思えなかった。

『まあ、現代っ子という感じですかねー、バネっち』

「うん。昔っから打鉄弐式はあんな感じだったよ、ちーちゃん」

束にまで肯定されては、認めるしかない。

だが、刀奈のタテナシといい、簪の打鉄弐式といい、更識の姉妹はISに恵まれていないような気がしてくる千冬である。

「コアをチェンジしてやれないか?」

『何を無茶なことを』

『これも運命だと思うー』

揃って否定してくる天狼とヴィヴィに頭を抱えたくなる。

わりと本気で、更識姉妹のために別のコアを目覚めさせたくなるほどだった。

「でも、あの子、数あるコアの中でも最上位クラスにいるんだよ?」

「何ッ?」

『あの方の個性は『不羈』というんですけどね』

「ふき?」

『何事にも囚われない自由奔放さと、既存の枠を大きくはみ出すほどの才能を指す言葉です。あの方はまさにその通りの方なんですよ』

天狼の説明どおり、打鉄弐式の個性は『不羈(ふき)』で、単純にコアだけで優劣を決めるならば、『博愛』のアンスラックスにすら勝る存在なのである。

「じゃあ、なんであんななんだ?」

『囚われすぎないせいですかねー』

『こっちの迷惑も考えない性格ー』

「むしろ敵より厄介じゃないかっ!」

まだタテナシのほうが話が通じるといえそうな打鉄弐式の『個性』に、千冬は本気で頭が痛くなってきていた。

 

 

打鉄弐式はタテナシに向かっていきなり砲撃した。

マルチロックオンシステムや荷電粒子砲は未完成なのだが、打鉄弐式自身なら、未完成部分を補えるだけの力があるということだ。

『おっと』

 

むっかぁーっ、避けるなくそぼけぇーっ!

 

『無茶なことをいうね、君は』

と、呆れたような態度を見せるタテナシだが、何故か、誰も反論する気になれない。

打鉄弐式の行動が無茶苦茶すぎて、今まで戦っていたはずのタテナシが、常識人に見えてしまうからだ。

『いきなり攻撃されたら、誰だって避けるだろう?』

 

あたい、アンタ嫌いだしぃー

 

『会話を成り立たせるのが大変だね、君とは』

うんうんとその場にいた全員が思わず肯いてしまう。

なんというか、話をする気がまったく感じられないのが打鉄弐式だった。

ただ、思い通りに動いているだけとしか思えないのだ。

それでも、結果を見れば刀奈の命を救っていることから、簪が再び叫ぶ。

「お願い弐式っ、お姉ちゃんに力を貸してあげてっ!」

そんな簪の言葉に、刀奈は思わず涙ぐんでしまう。

今までずっと仲直りできなかった。そんな簪が自分のために打鉄弐式に頼んでくれている。

ようやく、自分たちの姉妹関係に光が見えた。

それだけで希望も湧いてくる……のだが。

 

やだしぃー

 

「えぅっ?!」

 

アンタに勝手に決められたくなぁーいのっ♪

 

『カンザシ、この子を動かすのは大変だよ』

「あなた敵でしょうが」

と、重傷の刀奈が思わず突っ込んでしまうほど、哀れみに満ちた声で諭すタテナシだった。

そんな光景を見ながら弾がポツリと呟く。

「なんつーわがままなISだよ」

『ニシキは変り者』

自分のパートナーのエルが内気で言葉少ななところはあっても、ちゃんとこっちのことも考えてくれていることに心から感謝する弾である。

『そもそも、何故展開したんだい?』

 

だってぇーっ、こいつバカじゃぁーん?

 

「ちょっと、簪ちゃんをバカにしないでよ」

打鉄弐式の言葉にムッとしたらしく、刀奈が口を挟んでくる。

素直に治療を受けるべきなのだが、いかんせん、打鉄弐式の登場でそれどころではなくなっていた。

「どっ、どうしよう……」

「俺に聞かれてもなあ」

『様子見。それが無難』

困り果てた簪が意見を求めるが、さすがに弾もこんな性格だとは思っていなかったので、返事の仕様がない。

とりあえず、危険な状態は脱しているので、まずは様子見ということで話はまとまった。

「失敗だったかな……」

正直にいって、打鉄弐式が味方になってくれる気がしない簪である。

 

 

一方。

いくつものモニターを同時に見つつ、アドバイスしていた束は、視界の端に映った姿を見て驚愕した。

直後、指令室のモニターのいくつかがダウンする。

「束ッ、リオを映しているモニターが落ちたぞッ!」

「ごめん、調子悪いみたい。復旧するまで待ってて」

そういいつつ、プライベートでヴィヴィと会話する。

『ママー?』

(ヴィヴィ、リオの様子は伝えちゃダメだからね)

『わかったー、でも大丈夫ー?』

(わかんない。今はあの子たちに任せるしかない)

そして束は、現在通信ができなくなっていることを伝える信号をリオデジャネイロにいる四人と四機に送ると、復旧しているふりを続ける。

そんな束に天狼が話しかけてきた。

『あっちに行きましょうか?』

(お願い、ムカつくけど今はアイツに任せるよ)

千冬には丈太郎に向こうの指示を任せたと伝え、束はリオデジャネイロの様子を映すモニターを見る。

そこに映る、『五』人目のAS操縦者から決して目を離さない。

『私はー?』

(ヴィヴィは打鉄弐式から目を離しちゃダメ。あの子は一つ間違えると凶悪な爆弾になっちゃうから)

うまくいけば、最強の武器になるが、仲違いしてしまえば最悪の爆弾になる打鉄弐式。

どちらからも目が離せない状況に、さすがの束も集中せざるを得なかった。

 

 

『非情』とはいっても、むやみやたらに殺しまくるというわけではないらしい。

というより、打鉄弐式の能力を警戒しているのか、タテナシはなかなか襲いかかろうとはしない。

むしろ、何故、打鉄弐式が自ら動いたのかという点に興味がある様子だった。

『そもそも君は面白くないから動かないんじゃなかったのかい?』

 

ま、そーだったけどぉー

 

「まぢ?」と、思わず刀奈が突っ込んでしまうのを、簪はかなりがっかりしながら聞いていた。

「あの、エル、教えてくれる?」

『面白ければなんでもいい。それがニシキ』

「つまり、ディアマンテの呼びかけで動かなかったのは、面白くないから動かなかっただけか?」

『うん。動く気なかっただけ』

そんなエルの解説に、思わず地面に両手をついて落ち込みそうになる簪である。

鈴音たちと違い、良い関係を築いて、離反を抑えられていたというわけではなく、やる気を出さない打鉄弐式に付き合わされていただけというのだから、落ち込みたくもなるだろう。

しかし、それが打鉄弐式だとエルは説明してくる。

『不羈』という個性であるため、何かに興味を持てば自分から動く。

だが、その個性ゆえに動くことがないという。

『ニシキは何でもできる』

「才能あるっていってたしなあ」

だから、滅多なことに興味を持たないとエルは話す。

やれば何でもできる反面、たいていのことに対して、そこまで興味を持たないのだ。

わかりやすくいえば、打鉄弐式は『わがままな天才』なのである

「ん?てことは、今、動いてるのは……」

『カンザシの行動に興味持った』

その言葉に一筋の光明を見い出した。

どういう理由かはまったくわからないが、今、打鉄弐式は興味を持っている。

その興味をうまく利用すれば、進化も可能になるのかもしれない。

『だから、カンザシ次第』

「あっ、ありがとう、エル……」

まさかエルに励まされるとは思わなかったと簪は本当に心から感謝していた。

というか、できるならエルに自分のパートナーになってほしかったと思う。

弾と一緒にいれば、間接的に自分のパートナーにも、などとは決して考えていない。

ないったらないと簪は頭を振った。

 

話に簪が絡んでくるとなると刀奈も黙っていられない。

そもそも打鉄弐式は簪の専用機だ、本来は。

できるなら、簪の力になってほしいと思うのだが、話をしてみると、性格の悪さというか、面倒くささはタテナシとそう変わらない気がしてくる。

「面白くないから動かないんなら、今は何か面白いっていうの?」

 

だって、あんなバカなことすると思わなかったしぃー♪

 

ムッとしてしまうのは、どうしようもないと刀奈は言葉を呑み込んだ。

それにしても打鉄弐式が『バカなこと』というのはいったい何のことかと思う。

 

ちょー天才のあたいを投げ飛ばすとかばかじゃぁーん?

 

『自分でいってしまうあたりが、本当の天才なんだろうね』

と、タテナシが呆れたように呟く。

そういえば、『天災』こと篠ノ之束もそうだったと刀奈は納得した。

さすがに今の束は一緒にされるのは否定したいだろうが。

 

あたいらの力欲しがるやつばっかなのにさぁー♪

 

「簪ちゃんは、そういった連中と違って優しい心を持ってるってことよ」

当然、それが正解である。

自分のためにがんばってきた、そして今、必死に戦っていた刀奈のために打鉄弐式の力で助けてほしいと思ったのだ。

そのために自分が力を失くすことになってもかまわない、と。

「人のために動くことができるのは、バカなんじゃくて、心が強いってことなのよ」

『つながりの強さってことだね。まあ、考え方としては理解できるよ』

「……あなたに同意されたくないんだけど」

そもそも理解できても、決して共感しないだろうタテナシに同意されても嬉しくなかった。

 

でも、チャンス自分で潰すのは頭おかしぃーし♪

 

やるのであれば、自分で戦えばいいと打鉄弐式はいう。

機体は未完成でも搭載されているISコアは、最上位クラス。進化すればかなりの力が手に入るのだから。

 

あたいの力でヒーローになりたいとか思わないわけぇー?

 

そういって、打鉄弐式は簪に問いかけてきた。

いきなり話を振られた簪は困惑してしまい、打鉄弐式と弾とエルを交互に見て、必死に言葉を探す。

「いや、ここは俺にいえることないと思う。更識ちゃんが答えなきゃダメだろ」

『がんばれ、カンザシ』

いっていることは正しいし、応援してくれるのは嬉しいのだが、いかんせん、うまい言葉が見つからず、簪は悩んでしまう。

だが、もし、簪自身にヒーローになりたいという気持ちがあったなら、果たして刀奈のために力を捨てられただろうか。

もし、自分がなれるのであれば、ヒーローになって、その力で刀奈を助けるという選択肢もあったのだ。

「……お姫様役もいいわね」

『少し自重したほうがいいと思うよ、カタナ』

姉バカは放っておくとして。

自分がヒーローになって刀奈を助ける。

そう考えることは別におかしなことではない。

でも、簪にはそんな考えは浮かばなかった。それは、簪はヒーローになりたいわけではないからだ。

「うん、私はヒーローじゃなくていい」

 

なぁーにそれぇー?

 

「私はずっとヒーローに憧れてた。でも……」

それは、『自分を助けるヒーロー』に憧れていたのであって、誰かを助けるヒーローになりたいということではないのだ。

 

なぁーんだ。楽したいだけなんじゃぁーん

 

「違うっ、私のっ、一番のヒーローはっ!」

そういって簪は言葉を詰まらせてしまう。

今まで、本当はずっとそう思っていたということを、こんな場所で打ち明けるのは恥ずかしい。

それでも、それが自分の一番素直な気持ちで、ただ認めるのが悔しくて、ずっと拗ねていただけだ。

自分には何の力もないと理解しているから。

それでも、そんな自分のことを一番気にかけてくれていた人は、たった一人しかいない。

その人こそが、簪にとってのヒーロー。

すなわち。

 

「お姉ちゃんなんだからッ!」

 

刀奈こそが、昔から変わらない、簪にとっての『何でもできるヒーロー』だったのだ。

「だからお姉ちゃんは負けちゃダメッ!」

「簪……」

ようやく手を取り合える未来の姿が見えてくる。

刀奈と簪として、更識の家に生まれた姉妹。

そこにはちゃんと絆がある。

ただ、どちらも結び方が下手で、うまく結べなくて。

それでもようやく顕わになった素直な気持ちが、二人の絆を形にした。

 

そんな二人の姿に少しばかり、共感してしまった弾の頭にヴィヴィの声が響いてくる。

『エルー』

『なに?』

『ニシキを巻き込ませるんだってー』

と、そういってヴィヴィは弾とエルにある策を伝えてきた。

『わかった、にぃに』

(おう、任せろ)

ニッと笑った弾は、既に指示を受けてさりげなく刀奈に近寄っていた真耶と目を合わせ、肯いた。

 

バッカみたぁーい、結局、自分の気持ち押しつけてんじゃぁーん

 

「相手が喜んでくれるなら、それは押し付けじゃないわ」

 

なぁーんだ、カンザシもバカならカタナもバカなぁーんだ♪

 

「あなた『も』相当性格悪いわね」

『同類扱いはやめてほしいな』

そんなタテナシの心からの思いを華麗にスルーする刀奈は、いきなり来た上空からの砲撃を慌てて避ける。

「なっ、山田先生ッ?!」

「ゴメンなさい更識さんッ!」

そう叫んで特攻してきた真耶は、刀奈を背負うようにしてタテナシに砲撃を繰りだす。

『なるほど、そう来るんだね』

「五反田くんッ!」

さらに真耶は、タテナシの声を無視して、刀奈を思いっきり打鉄弐式に向けて蹴り飛ばした。

 

なぁーッ?!

 

「お姉ちゃんッ?!」

「ゴメンな更識ちゃんッ!」

そう叫んで簪を抱き上げた弾は、刀奈と打鉄弐式の落下地点を目指して走り出しながら、すぐに彼女にアドバイスした。

「俺たちがサポートする。姉ちゃんと一緒に弐式を捕まえて、名前をつけろ」

「えっ、えっ?」

『ニシキは敵に回せないのー、ヤバいからー』

『カンザシ、手綱握って』

ヴィヴィやエルの言葉を聞き、ようやく「そういうことか」と簪は事態を理解した。

敵に回れば最悪といっていい、圧倒的な才能を意味する『不羈』を個性として持つ打鉄弐式。

だからこそ、簪がパートナーとして手綱を握るのだ。

わかり合えないのは残念だけど、自分の専用機だった以上、自分が責任を取らねばと簪は覚悟を決める。

そこに。

「五反田くんッ、お姫様抱っこは許可してないわッ!」

「そこは重要じゃないよお姉ちゃんッ!」

ヒロインよろしく抱き上げられてる簪を見て、刀奈が打鉄弐式ごと迫ってくる。

姉バカ全開である。

 

じょーだんじゃなぁーいッ、ブッ飛べぇーッ!

 

このままでは勝手に共生進化することになってしまうと理解したのか、打鉄弐式が砲撃してくる。

だが。

「悪いなッ、実はまだ一発打てるんだよッ!」

エルの力を行使して、弾が空間を歪め、砲撃を逸らす。

その隙に、弾の腕の中から飛び出した簪は、打鉄弐式に触れ、そして刀奈の手を握り締める。

 

「あなたの名前はッ、大和撫子ッ!」

 

ふっざけんなぁーッ!

 

そんな叫びと共に、簪と刀奈、そして打鉄弐式は光に包まれた。

 

 

 

 



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第99話「黒い乱入者」

刀奈と簪が打鉄弐式と共に光に包まれるよりも、ほんの少し前。

指令室では意外な策を提言してきた束に千冬も虚も驚きを隠せないでいた。

「できるのかッ?!」

「お嬢様と簪お嬢様のお二人で強制的に……?」

それは、刀奈と簪の二人で、打鉄弐式と共生進化しようというものである。

「打鉄弐式ははっきりいって共生進化できる個性じゃないの。このままじゃ敵になる」

そして、敵になれば最悪といっていい。

サフィルスに近い性格といえばわかるだろう。

自分が面白ければいいという考え方なので、人を殺すことを面白いと思えば、タテナシ同様にためらいがないのだ。

「だから敵に回せない」

「しかし、強制的に共生進化できるものなのか?」

「今のあの二人ならね。お互いの想いが通じ合ってるから、その想いに打鉄弐式を巻き込むんだよ」

一人では無理だという。

一対一でISコアと向かい合うのが本来の共生進化だ。

そのため、相手のことを受け止める必要がある。

しかし、『不羈』を個性として持つ打鉄弐式を受け止められるのは人間には難しい。

「この点はアンスラックスと同じなんだよ。個性に人間との差がありすぎるの」

「確かにとても理解できる気はしないが……」

「だから、逆に理解しない。あの簪って子の心っていうか、願いに打鉄弐式を巻き込むの」

ゆえに、人間の想いの強さを利用して、逆に打鉄弐式に受け止めさせるのである。

いうなれば、願いを叶える万能器として打鉄弐式を利用するということだ。

ただ、これは簪が刀奈のことを想い、刀奈が簪のことを想っているからできることであって、力を欲するだけの人間ではまず無理な話である。

いずれにしても一見すると非道な方法だが、打鉄弐式をアンスラックス同様に離反させるわけにはいかない。

「あの子は人間を本当に理解させる必要がある。ちょっと手荒いけど、我慢してもらうしかないんだよ」

「お前がいいなら、それでいいが……」

そういって無理やり納得する千冬。

対して虚は現実的に成功する可能性を疑問視する。

「できるのでしょうか……」

「打鉄弐式とマトモに共生進化するより可能性高いよ」

実際、今の簪と刀奈の心なら、打鉄弐式を巻き込むだけの強い想いがある。

「無論、利用できるものは利用していくよ。ヴィヴィ、エルにもサポート頼んで」

『わかったー』

「チャンスは一回。ちーちゃん、失敗することは考えないで」

「わかった。山田先生、今から伝える指示通りに動いてくれ」

[了解です]

そして、時間は元に戻る。

 

 

光の球体は人の形を取ると一気に弾けた。

そこにいたのは、頭上に光の輪を頂いた簪。イルカをモチーフとした鎧には、その背に背びれが存在していた。

さらに大きな翼を背負う。

『ぬがぁーっ、何でこんなちんけなのとぉーっ!』

と、いきなり打鉄弐式、今は大和撫子と名付けられたASの叫び声が聞こえてくる。

「やった……」と思わず呟いた簪だが、すぐにハッと気づく。

「お姉ちゃんッ!」

そう叫んで周囲を見回すと、呆然と立ち尽くす刀奈の姿があった。

「なに、これ?」

驚いたことに、刀奈も簪同様に、ただし胸の部分はしっかり自己主張したイルカをモチーフにした鎧を身に纏う。

背中に背びれがあるのも同じだが、一つだけ違いがあった。

背中の翼がいわゆる飛行機の主翼のような形になっているのだ。

折りたたむことはできるらしいが、翼というには形状がかなり異なっていた。

「お姉ちゃん?」

「まさか、私も進化したの?」

『むがぁーっ、余計なのまで巻き込んでるしぃーっ!』

大和撫子の言葉から推測する限り、簪と打鉄弐式の進化に、刀奈もしっかり巻き込まれていたらしい。

『なるほどね。ヤマトナデシコの枠からはみ出た分の才能が、カタナの鎧に吸収されたってことかな』

そう解説してくれる敵ながら大変親切なタテナシの言葉に、一同は感謝した。

どうやら打鉄弐式の機体を進化させる以上の力が大和撫子にはあったらしく、余った力が刀奈のPSを進化させているということなのだろう。

『にゅがぁーっ、自分の才能が恨めしぃーしッ!』

「もうっ、さっきからうるさいッ、撫子ッ!」

『えらそぉーに命令すんなぁーっ!』

「苦労しそうね……」と、刀奈は苦笑してしまう。

それでも、一気に進化した機体が二機あるという状況は、これまでと違い大逆転といっていいだろう。

ゆえに刀奈はタテナシを見据える。

「これで負けはないわよ」

『確かにこれはきついかな。でもねカタナ。忠告しておくと、君の機体はヤマトナデシコの力の余りだから、他の進化機よりいくらかは劣るよ』

「何いってるの」

まったく問題ないかのような刀奈の一言に、タテナシが首を傾げると、彼女は高らかに宣言する。

 

「簪ちゃんに力を分けてもらったのよ。お姉ちゃんパワー全力全壊であなたなんかけちょんけちょんよっ!」

 

「恥ずかしいからやめてお姉ちゃんっ!」

どうやら刀奈は姉バカ全開から姉バカ全壊へと進化してしまったようである。

簪は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にしてしまう。

『ヤマトナデシコといい、苦労するね、カンザシ』

「お前、いい奴なのか悪い奴なのかわからねーのな」

『要は常識人』

哀れみに満ちた様子で簪を労わるタテナシの声に、弾とエルが思わず突っ込みを入れた。

そんな二人に何故かタテナシは素直に答えてくる。

『この子たちがサラシキタテナシにならない以上、僕は敵さ』

「そうね。私はもうなる気はないわ」

「…私もならない」

答えたのは刀奈と簪。

更識楯無が、『非情』のタテナシに相応しい、全てを屠る刃だというのであれば、二人にはもう興味もない。

だが、更識の家に生まれた以上、その象徴でもあるタテナシを放りおくことはできなかった。

『やはりカンザシもその気はないか』

「今、こうして飛べるのはつながりがあったおかげだから」

刀奈を筆頭に、本音、虚、箒や他のわずかな友人。

弾やエル。

そして協力してくれた人たちのおかげで、簪は今、空を飛べる。

『あたいは望んでねぇーしッ!』

「空気読んで」

と、大和撫子の反応にちょっとばかりたそがれてしまうが、それでも、更識楯無という孤独な刃になりたいなどとは、簪は思わない。

だから、タテナシが更識楯無にならない自分と刀奈の敵だというのであれば、戦いから逃げる気はなかった。

『そうだね。いずれは決着をつける必要があるよ』

「今ここでつけるわ」

進化し、重傷だった肩の傷も治った刀奈は既に臨戦態勢だ。

簪も、戦うというのであれば避けるつもりはない。

『やめておこう。それよりも気をつけたほうがいいよ』

「何よ?」

『今、リオにいるのは、僕より性格が捻くれているからね。根は優しいんだけど』

そういうなり、タテナシは光となって消え去る。

その言葉の意味を、その場にいる誰もが理解できなかった。

 

 

指令室の千冬はすぐに束を問い質してきた。

「束、復旧はまだかッ?!」

「もーちょっと待ってッ!」

そう答えるものの、まさかタテナシが気づいていたとは思わず、束は舌打ちする。

だが、何故気づいていたのかと疑問にも思う。

(ヴィヴィ、わかる?)

『あいつ、タテナシと同類ー』

タテナシは男性格である以上、他の使徒とネットワークに対する干渉の方法が異なるとヴィヴィは話す。

逆にいえば、タテナシと同様の干渉の仕方をする者なら、気づきやすいということだ、と。

つまり。

(しまったッ、声も拾っとくんだったッ!)

今、リオデジャネイロにいる『五』機目のASは男性格だということに束は気づき、ギリと歯噛みしていた。

 

 

束が、IS学園指令室のモニターを落とすより少し前。

ブラジル、リオデジャネイロ上空にて。

鈴音たちは、サフィルスのサーヴァントに一番苦戦するかと思ったが、意外な伏兵に手間取っていた。

「第3世代機は伊達じゃないってことね」

鈴音がそう呟く。

テンペスタⅡ。

イタリアの第3世代機。

その性能は、モデルとなったかつてのイタリア代表機テンペスタを元にしているだけあって、優秀な格闘型ISであった。

ただし、純格闘型であったテンペスタと違い、両肩に存在する大きな腕が、その戦闘を手助けしている。

時に武装を使い、時にはその巨大な拳で攻めてくるのだ。

腕の数こそ少ないものの、さしずめ阿修羅のようだとでもいえばいいだろうか。

「両肩のアーム、『ゴリッラ・マルテッロ』は格闘をさらに突き詰めたイメージ・インターフェイスだからね」

と、シャルロットが解説する。

その意味は『ゴリラのハンマー』、本来は操縦者の意志どおりに動く、本来の腕以外のもう二本の腕だが、それをテンペスタⅡ自身が使えば、まさに四本の腕を自在に操れるということに、鈴音は舌打ちした。

「泣き言いってられない。いくわよマオ」

『了解ニャ』

現在、格闘型、すなわち近接戦闘を得意とするテンペスタⅡには、鈴音が対処していた。

ラウラは前線でサーヴァントを抑える役割があるからだ。

サフィルスには相変わらず近づけず、腹立たしいことこの上ないが、眼前の敵は十分に脅威となるだけの力を持っている。

今は集中しなければと、気持ちを切り替える。

手にした如意棒を振り、テンペスタⅡの巨大な拳を弾き飛ばす。

さらに竜巻のように舞いながら連撃を繰り出すが、その全てを四本の腕で受け止め、いなしていた。

さすがは格闘型といったところか。

近接でまともに戦えるとしたら、一夏か諒兵しかいないだろう。

もっとも、それ以上に気になることがあった。

「それにしても、こいつ喋んないわね」

『直接戦ってみてわかったのニャ。テンペスタⅡの個性は『寡黙』ニャのニャ』

わかりやすくいえば無口ということだ。

また、本来は、非常に落ち着いた性格をしていると猫鈴が解説する。

なら、何故敵として戦っているのか。

『フェザーとは違った意味で忠実ニャのニャ』

「どういうことよ?」

『淡々と任務をこニャす仕事人、もしくは軍人というのが近いのニャ』

おそらくは、今までは周囲から何もいわれなかったために動くことがなかったのだろうと猫鈴はいう。

『寡黙』のテンペスタⅡは、頼まれればなんでもやるが、頼まれなければ何もしない。

有害にも、無害にもなる変わったISなのである。

『ニャかま(仲間)の頼みだから戦ってるだけニャのニャ』

「頼めば味方になったりしない?」

『それはたぶん無理ニャ。もともと人間に興味持ってニャいみたいニャ』

ゆえに離反したのだろう。

ただし、同胞に対しても、何もいってこなければ何もしない。ある意味では怠け者ともいえる。

逆にいえば、テンペスタⅡに頼んだ者がいるということになる。

『サフィルスである可能性は低いといえます』

と、ブルー・フェザーが口を挟んでくると、セシリアが続けてきた。

「あの性格ですから、テンペスタⅡが目立つのは嫌いますわね」

今のところ、何もいってこないが、サフィルスはそもそも共闘できる性格ではない。

おそらくサフィルスが襲来する戦場に行ってほしいと頼んだ者がいるのだ。

無論のこと、それは既にわかっていた。

「タテナシね」

「おそらくは」

自分たち四人と四機をリオデジャネイロに縛り付けるため、サフィルスだけでは足りないと判断したのだろう。

その冷静な判断力、そしてためらいなく殺しにくる『非情』さは、サフィルスよりも恐ろしいと感じる。

「早く行きたいんだけど、なかなか難しいわね」

『テンペスタⅡを撃退しない限り、戦力バランスを崩せません』

ブルー・フェザーの言葉通りだった。

量産機はかなり撃退できたと思うが、テンペスタⅡが減った分の戦力を補っている。

このISが自分から戦うタイプだったら、かなりきついといわざるを得ない。

しかし、確実に敵の戦力は減っている。

サフィルスまで一気に迫ることが出来ない以上、眼前の敵を一つずつ減らしていくしかない。

誰もがそう思っていた、その瞬間、異変が起きた。

 

サフィルスは悠然と飛びつつ、サーヴァントが戦うのを眺めていた。

鈴音たちは必死に自分に向かおうとするが、サーヴァントという壁を超えられない。

テンペスタⅡが量産機と共に割り込んできたのはいささかムッとしたが、自分の手駒として働くのなら、許してやろうと思う。

まあ、まだ進化にも至っていないし、そもそも『個性』から考えても進化する可能性の低い機体だ。

自分より目立つことはないだろうとサフィルスは思考する。

少なくとも、現状、全て自分の思い通りに進んでいる。

そう思った瞬間、コア・ネットワークを通して、声が頭に飛び込んできた。

『其処にいると死ぬよ』

『ッ?!』

『君には協力してもらったし、一回だけ助言しておくよ。五カウント後に加速すれば助かるよ』

声の主を誰だか知っている。こういった助言をすることがほとんどないどころか、そもそも一度も話したことがない相手だ。

何より、思考のベースの違いから、相容れない相手だった。

それでも、何故か、その助言は正しいとサフィルスは感じ、五カウント後に加速した。

直後。

サフィルスの身体を黒い矢が掠める。

『助言するのはこれっきりだよ。後は自分でがんばってね』

『消え失せなさいッ!貴方の声など聞きたくもなくてよッ!』

『強気なことだね。まあいいけどね』

と、そういってその声の主は通信をオフにした。

サフィルスは一気に距離をとり、空中に停止したその黒い矢を睨みつける。

その『顔』に覚えがあった。

以前、サイレント・ゼフィルスであった、まだ動くことのできなかった自分を手足のように使っていた相手。

だが動けるようになり、散々、嬲ってやった卑小な人間だからだ。

そのせいか、笑いがこみ上げてきた。

 

サフィルスを襲った黒い矢。

その姿を見て、さすがに鈴音たちも全員が止まってしまう。

戦っていたテンペスタⅡやサーヴァントまでもが止まっていた。

「……まさか、共生進化した人が他にもいたのッ?」

「可能性はゼロでありませんが……」

思わず叫んでしまう鈴音に対し、セシリアは呆然と呟く。

明らかに、その黒い矢は自分たちと同じ人間がASを纏った姿をしている。

ティンクルのことを知らなければ人間としか思えない。

そう考えたシャルロットはブリーズに尋ねかけた。

「ブリーズ、あの子は人間で間違いない?」

『たぶん間違いないけど……、問題はそこじゃないわシャルロット』

ブリーズの言葉は正しい。

問題は、表れた黒い矢が人間かどうかよりも、ある人物に良く似ていることにあった。

「オーステルン、どう思う……?」

『そっくり、というほどではないのが、余計に違和感があるな。どう見てもチフユの関係者にしか見えん』

オーステルンの言葉通り、表れた黒い矢はおそらく蛇をモチーフとしたのだろう長い尻尾と、背中に大きな翼のある鎧を身に纏い、その手にプラズマソードを持った、千冬に良く似た少女だったのだ。

 

 

 

 



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第100話「『まどか』という名の少女」

鈴音たち、さらにはサーヴァントやテンペスタⅡなど、その場にいた全員が呆然とその少女を見つめていると、いきなりサフィルスが笑いだした。

 

『アハハハハハハハッ、よもや貴方のような卑小な人間と進化する物好きがいるとは思わなくってよっ!』

 

その言葉から推測すると、サフィルスは少女を知っているらしい。

そして少女が間違いなく人間であったことが証明されたと鈴音たちは理解した。

 

『復讐でもするつもりでして?』

 

サフィルスと千冬に似た少女の関係はあまり友好的なものではないらしい。

もっとも、サフィルスと友好的な関係を築ける人間などいないだろうが。

それでも、少女がサフィルスと戦うことを目的としているなら、協力できると思う。

しかし、シャルロットが待ったをかけてきた。

「まずは人格を見極めよう。最初から信じるのは危険だよ」

「……私は敵とは思いたくないが」と、ラウラが反論する。

千冬に似ているだけに、悪印象を持ちたくないのだ。

「シャルロットさんの言うとおりでしょう。知らない相手である以上、警戒すべきですわ」

「……しょうがないか」と、鈴音が渋々納得すると、ラウラも仕方なさそうに肯く。

 

『奇襲で私の身体を掠めたことは褒めてあげてもよくってよ。もっとも私ほどの存在であれば、常に天の助けがあるもの。効果など無きに等しいといえましてよ』

 

サフィルスまで助けるとは、天の平等さにも困ったものだと四人は感じてしまう。

そんなことを考えていると、ようやく少女が口を開いた。

 

「ヨルムっ、避けられたぞっ、いい作戦とかいってたくせにっ!」

 

『ヨルム』というのは、おそらく身に纏うASの名前なのだろう。

どんな意味なのかわからない。ただ、その声から間違いなく人間の少女であることが全員に理解できた。

だが、それに答えた『声』に全員が驚愕してしまう。

 

『ふむ。いや、助言されたようだ。おそらくはタテナシだろう。あれで義理堅いところがあるからな』

 

低い。タテナシは少年のような声だったが、こちらは明らかに男性の声だったのだ。

解説されなくても、男性格のASということが理解できてしまう。

 

「本当か?ヨルムがミスしたんじゃないのか?」

『私の名誉のために真実だといっておこう。というか、マドカ、まず私の性能を疑うのはやめてほしいのだが』

 

まるで、漫才のような会話を四人と四機は呆然と聞く。

何故か、サフィルスまで呆然としている様子だった。

しかし、端から見れば、その関係は他のAS操縦者、つまり一夏や諒兵、そして自分たちと変わらないように見える。

つまり、共生進化した人間とISなのだ。

「男性格の……ASってことよね……?」

「タテナシのことを考えると、敵だったらかなり厄介な存在になる」

鈴音、シャルロットがそう呟く。

IS学園で暴れているタテナシのことを考えれば、『ヨルム』はかなり危険な存在だ。

共闘できなかった場合、タテナシ同様に最悪の敵になる可能性すらある。

『それは貴方たち次第ですねー』と、いきなりのんきな声が聞こえてきた。

『テンロウ、知っているのか?』

『知っていますが、今はまだいえません。イチカやリョウヘイもそうですが、特にチフユに問題が起こりますので』

「何よそれっ?!」

「どういうことだっ?!」

天狼とオーステルンの会話を聞いていた鈴音とラウラが思わず叫んでしまう。

一夏や諒兵、そして千冬に問題が起こると聞いては黙っていられなかった。

『いえないんです。これに関してはジョウタロウやバネっちが慎重に準備してるんですよ』

「準備、とは?」とセシリア。

『あの子、マドカのことを受け入れさせる準備です』

その答えを聞く限り、『まどか』という少女は、一夏や諒兵、千冬の関係者で間違いないのだろう。

そこに、別の声が聞こえてくる。

[すまねぇな。織斑のためにも、今、そこで起こってることぁ内緒にしといてくれ]

丈太郎だった。

聞けば、今IS学園は束がわざと通信を落とし、リオデジャネイロの様子を伝えないようにしているという。

「何故そこまでするんですのっ?!」

[諒兵や一夏、それに織斑の出生に関わんだ。問題がデリケート過ぎて、戦場で話せることじゃぁねぇ]

何があるのだろうか。

思わず全員がそう思ってしまう。

そして、目の前にいるまどかという少女が、そこまで大きな問題の鍵を握るとなると、下手に戦うこともできなくなる。

[詫びっちゃぁなんだが、天狼がサポートする。そろそろサフィルスがキレんぞ。気ぃ引き締めろ]

「蛮兄、キレるって何?」と鈴音。

『あの方、男嫌いなんですよー。実は女尊男卑の考えに共感するタイプなんです』

「「「「まぢ?」」」」

思わず全員が突っ込んでしまっていた。

しかし、それが正しいということを、すぐに思い知らされる。

 

『なるほど。確かに私が痛めつけた下賤で卑小な人間に与するなど、下賤な男ども以外に考えられない。納得いきましてよ』

 

声が震えているのだ。どう考えても怒りに震えているとしか思えない。

そして、サフィルスは間違いなくその通りの行動をしてきた。

 

『あの穢らわしい機体ごと蜂の巣にしておしまいッ!』

 

その声を聞いたサーヴァントが、全機、まどかという少女とヨルムという名の機体に向けて砲撃を開始した。

サフィルスに頼まれたのか、テンペスタⅡもまどかを追って空を舞う。

その様子を見て、オーステルンが呆れたような声を出す。

『完全に激昂しているな。男嫌いとはいっても、これほどとは……』

『何故ああなったのかはわかりませんが、もともと『自尊』で、人に物扱いされることを毛嫌いしていますからねー』

『極端なのは昔からですし』と、ブルー・フェザーがぼそりと呟く。

それはともかく。

IS開発者の中には男性も数多い。

機体開発の段階で弄繰り回されたことが気に入らないのかもしれないと天狼は説明する。

なんとなく見物していたい雰囲気だが、今の状況を冷静に見ている者もいた。

「鈴、テンペスタⅡを抑えられる?」

「なんとかするわ」

そう答えた鈴音に肯いたシャルロットは、すぐにラウラやセシリアに指示を出す。

「ラウラ、セシリア、サフィルスの意識があの子に向いてる今がチャンスだ。最悪でもコアにダメージを与えて撃退しよう」

「わかった」

「了解しましたわ」

そうして四人は一気に空を舞った。

シャルロットの指示に従い、鈴音はまどかを追うテンペスタⅡの注意を引き、自分に引き付ける。

だが、なかなか思い通りに動いてくれない。

任務に忠実な軍人とはうまい例えだと鈴音は感心してしまう。

それでも、まどかがうまく逃げられるようにフォローするように鈴音は龍砲を使ってテンペスタⅡの邪魔を続けた。

セシリア、シャルロット、ラウラはラウラが前衛に立ってサーヴァントの砲撃を阻害。

さらにセシリア、シャルロットがそれぞれ攻撃を開始すると、サフィルスが一瞥してきた。

直後、半数のサーヴァントがこちらに砲撃を開始してくる。

まどか一人ならば、八機どころかその半分でも十分だろう。

だが、サフィルスは鈴音たちに関しては、あくまで抑えることを選択した。

まどかと、気に入らないらしいヨルムと呼ばれた機体を意地でも落としたいらしい。

「よっぽど拘りがあんのね」と、呟く鈴音。

しかし、そこまで拘るのなら、逆に利用もしやすくなる。

「僕たちは片手間で抑えられる相手じゃないって事を見せてあげようよ」

『そうね。もっとも下手に学習はさせられないわよ』

「わかってる」

『サーヴァントの鹵獲』もまだ実行できていない以上、下手に学習させて強化してしまうわけにはいかない。

ゆえに、今回は撃退に集中する。

IS学園のことや、一夏や諒兵、千冬のことを考えるとまどかのことも放ってはおけない。

やるべきことを一つ一つこなしていくしかないとシャルロットは改めてセシリア、ラウラに指示を出す。

だが、シャルロットの目は、それだけではなく、鈴音、セシリア、ラウラの目も、まどかに引き付けられることになる。

 

「ヨルムっ、数が多いっ、使うぞっ!」

『落ち着きたまえ。たかが八機のサーヴァントに使うことはあるまい』

「いちいちうるさいっ、使うったら使うっ!」

『やれやれ、少しは私の助言も聞いてほしいものだ』

 

何を使うというのか、と、全員が疑問に思う。

もっとも、まどかとヨルムと呼ばれる機体の会話を聞いてると漫才としか思えない。

正確にいえば、わがままな娘と、そんな娘に手を焼く父親の会話のように聞こえるのだ。

どうにも緊張感が削がれてしまうが、まどかが使ったモノは、全員の目をひきつけるだけの力を持っていた。

 

「モード・ラミアッ!」

 

まどかがそう叫ぶと、まず彼女の両足を長い蛇の尻尾が覆う。さらに顔には蛇そのものの鋼鉄の仮面がつけられた。

その形状は、ASを纏った人間というより、翼を生やした鋼鉄の蛇女そのものだ。

更なる変身、もしくは変形というべきか、そんな力を見せたまどかは、無数の光の雨を鮮やかに避けるほどのスピードを見せてくる。

明らかに、先ほどよりも能力が上がっている様子だった。

それを満たセシリア、シャルロットが呟く。

「ラミアは神話に語られる蛇女でしたわね……」

「まさかアレ……」

『機獣同化です』

『ただし、イチカやリョウヘイとは違うわ。おそらくヨルムとやらがもともと持ってた機能をマドカって子が使ってるのよ』

ブルー・フェザーとブリーズの解説に、セシリアやシャルロットばかりではなく、鈴音やラウラも驚いてしまう。

「あいつ、元はどんだけ強力な機体だったのよ……」

タテナシが相当な戦闘力を見せてきたことは、一応聞いている。

それだけに、ヨルムと呼ばれたISコアが、もともと持っている機能まで再現するとはどれほど高機能のISだったのだろうと鈴音は呟いてしまう。

だが、真実は意外なものだった。

『いや、機体性能なら我々より劣るはずだ』

「どういうことだ?」

『やけに隠してるせいでわかりにくいのニャ。でも、たぶん元は打鉄ニャ』

「マジッ?」

猫鈴の言葉に、全員が驚愕してしまう。しかし、猫鈴はさらに続けてきた。

『しかも、さっきからプラズマソードしか使ってニャいニャ。たぶん、武装も載ってニャい機体だったのニャ』

「それじゃまるで、白虎やレオと同じじゃない……」

『それニャッ!』

と、いきなり叫んだ猫鈴に四人は驚く。

だが、四機はそれで理解できたようだ。

『試験機だ。おそらくIS学園の試験会場にいた奴だ』

そう説明してきたオーステルンの言葉は正しい。

ヨルムと呼ばれる機体は、IS学園の受験日に、試験会場に用意された三機目である。

『そうだとすると厄介よ。アイツはビャッコやレオに近いところにいたことになるわ』

『ビャッコやレオの単一仕様能力に対して、対処方法を知ってる可能性があります』

それでなくてもまどかは、一夏や諒兵、千冬に対して何らかの鍵を握っている存在である。

さらに機体が、限定的とはいえ単一仕様能力を使うことができて、さらに白虎やレオを知っているとなると、面倒どころの話ではない。

一夏や諒兵にとって天敵といえる相手になるのだ。

もっとも敵というのならば、今、ヨルムと呼ばれる機体と一番敵対しているのはサフィルス以外にありえないが。

 

『おぞましい、醜い獣と化すことを厭わないとは。そんな人間が私を使っていたなど酷い侮辱でしてよッ!』

 

その言葉で、まどかとサフィルス、否、サイレント・ゼフィルスの関係が見えてくる。

四人はまどかがサイレント・ゼフィルスの操縦者であったのだろうと理解した。

ゆえに、鈴音は丈太郎に尋ねかける。

答えなければ許さないという威圧的な声音をもって。

「蛮兄、少しでいいから教えてよ」

[……あのまどかってのぁ、もとぁ亡国機業の実働部隊でな。つっても幼いころに誘拐されて、仕立て上げられたらしぃんだがよ]

「道理で。あの少女の動きは間違いなく特殊部隊のそれだ」

と、ラウラが感心したように呻く。

正規軍人のラウラだからこそ、まどかの戦闘スタイルからそれが理解できた。

「……僕たちで勝ち目はありますか?」

[四対一ならな]

逆にいえば、一対一で勝つのは難しい相手でもあると丈太郎は暗に告げてきた。

[だから、今ぁ戦うな。サフィルスを一緒に撃退したら、速攻で学園に戻れ]

「あの方が市街地を襲う可能性もあるのではありませんか?」

[それぁねぇと思う。あのガキぁ私怨で動いてやがる]

ただし、それが何に対してなのかまではわからないとのことだった。

そこにブリーズが口を挟んでくる。

『IS学園に動きがあったわ』

「何ッ?!」とラウラ。

『マオるん、フェフェさん、ブリーち、スッテルンには既に伝えましたよー』

『『『『待てコラ』』』』

いきなりおかしな呼び方をしてくる天狼に全機が突っ込みを入れてしまう。

とはいえ、朗報なので気を取り直してブリーズが口を開く。

『カタナとカンザシがニシキと進化したそうよ。向こうの戦況は好転したわ』

「かたな?」と、そう聞いたのは鈴音だ。

『生徒会長の本名よ』というブリーズの解説に、四人は思わずホッと安堵の息をつく。

だが。

「おかしくありません?」

「にしきというのは打鉄弐式だろう?二人と進化できるのか?」

と、セシリアとラウラが首を傾げると天狼が説明してくる。

『ニッキー、今はヤマトナデシコと名付けられましたが、あの方については後で』

[まずぁこっちだ。とにかくサフィルスを一旦撃退することに集中しろ]

「「「「了解!」」」」

丈太郎の言葉に素直に肯いた四人は、まどかの邪魔をしないように戦闘に集中する。

市街地を襲うサフィルスさえ撃退すれば、一区切りになると考えて。

 

 

一方、日本にて。

「束ッ、復旧はまだかッ!」

「お願いだからもーちょっと待ってってばっ!」

『ママがんばってるからー』

さっきから同じ答えしか返さない束に、さすがの千冬も苛立ってしまう。

もっとも、束にしてみれば千冬のためにやっていることなので、恨むのは筋違いなのだが。

というか、刀奈と簪が打鉄弐式と進化した上に、タテナシは撤退したのだから、とりあえず一息ついてもいいところである。

もっとも、リオデジャネイロの状況がわからないのでは、千冬としては気持ちが落ち着かない。

丈太郎のことは信頼しているとはいえ、それでも教え子を導き、見守るのは自分の役目だからだ。

そんな千冬だからこそ、今、司令官を任されているともいえる。

ゆえに、その教え子の一人としていう言葉は決まっていることを虚は理解していた。

「直接言葉が届かなくても、織斑先生の指示は生きているはずです。今は待つべきだと思います」

「……すまん、こういうところに未熟さが出てしまうな」

虚の言葉に、まるで冷水を浴びせられたかのように千冬は落ち着いた。

生徒に諭されるというのは、未熟さの証ではあるが、それ以上に先生として喜ばしいものでもあるからだ。

「更識刀奈、更識簪は整備室に直行だ。布仏、布仏本音は今はどこにいる?」

「指令室に向かっているようです」

「校内放送を使って、布仏本音に整備室に戻るよう指示を出してくれ。タテナシが撤退したことも校内に放送するんだ」

「わかりました」

「それと五反田にも整備室に行くように指示してくれ。あのバカの力が必要だ」

その指令に虚は首を傾げる。

今、弾が行ったところでできることがあるとは思えないからだ。

簪を助けた力は凄かったが、身体に影響があったことを考えると、彼は医務室行きだろう。

「無理をさせる気はないが、御手洗に頼んでエネルギーを供給すればすぐに治るそうだ」

無理やりエネルギーを消費するような真似をしたために身体に影響があっただけで、キチンと供給されれば問題はないらしい。

もっとも、束としては千冬が弾の行動に気づいていたことのほうが驚きだったようで、声をかけてくる。

「ちーちゃん、気づいてたんだ」

「こそこそしたくらいで欺けるほど、私の目は節穴じゃないぞ」

束も理由を知っているらしいので、虚としては気になってしまう。

校内放送で刀奈、簪、本音、そして弾に指示を出してから、改めて虚は尋ねる。

「五反田くんは、以前、御手洗くんがネットワークでやったことを覚えてたんだよ」

「白虎とレオに影響がないように、一夏と諒兵にエネルギーを与えていたんだ」

それが、弾が求めた能力であったということだ。

エルの力はあくまでエルの力であって、弾自体の能力ではない。

弾は戦うことができない代わりに、ASやその操縦者に対し、太陽光からエネルギーを受けつつ、適切な量で供給するというバイパスの能力を作ったのである。

「今なら更識と更識簪や、大和撫子にもエネルギー供給ができるはずだ」

まあ、大和撫子が素直に受け取るとは到底思えんが、と、付け加える千冬。

それでも、これはかなりありがたい能力である。

バックアップとして、数馬とは違った形で協力してくれる。

何よりそれをひけらかしはしない。

虚もまた、今の男性が弱いなどとは到底思えなくなっていた。

(でも、簪お嬢様に本音と、女子を二人も惑わすような真似をするのはいただけませんね)

一度、喝を入れてやるべきなのは弾なのではないかと虚は考えていた。

 

 

ブルッと、弾は思わず震えてしまう。

『にぃに?』

「いや、今、悪寒がした……」

何気に勘のいい男である。

 

 

 

 



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第101話「二振りの魔剣」

鋼鉄の蛇女と化したまどかは、見事に空を舞う。

サーヴァントが放つカノン砲のレーザーは光の雨の如く襲いかかっているが、その全てを、まるで最初からわかっているかのように避けているのだ。

「マオ、機獣同化には、勘が良くなる効果でもあるの?」

できればそうであってほしいという願いを込めて、鈴音は猫鈴に尋ねる。

だが、そんなはずはないだろうとも思う。自分たちよりも、地力が高いのだ、と。

しかし。

『あるのニャ』

「あるのっ?!」

『機獣同化は本来は人の獣性を解放するのニャ。当然、野生の勘みたいニャものも発揮されるのニャ』

意外な説明に、少しだけ安堵の息をつく。

つまり、今のまどかは強化された野生の勘でレーザーを避けているということができる。

だが、安心できることではないと猫鈴は注意してきた。

『イチカやリョウヘイが機獣同化したときと違って、あのマドカは理性、思考力が残ってるはずニャ』

「つまり……」

『強化された力を『使える』ように『考えられる』のニャ』

考えなしに暴れていた一夏と諒兵とは違うということだ。

さらにいえば、二人は今後単一仕様能力を使うときは、技として昇華し、一瞬の力として磨く必要がある。

だが、まどかが変身してから現在四分。

一瞬といえるような短さではない。

『当然、単一仕様能力を使ってくると思うのニャ。でも、それ以上に、あの状態のまま考えて行動できることこそが脅威ニャ』

「気を抜いちゃダメね」

『観察するのはけっこうですが、集中してくださいねー』

「わかってるわよ」

自分の役目は、サフィルスを撃退するため、テンペスタⅡを抑えること。

気持ちを切り替えなくてはと鈴音は集中する。

もっとも、そんな鈴音と猫鈴の会話をシャルロットはきっちり拾っていた。

敵を攻略するために必要なのが情報だ。

そして、戦術思考が身に染み付いているシャルロット。

どんなヒントが得られるかわからないので、戦闘中の会話に関してはすべて拾えるようにしているのだ。

こういったことをしていても、司令塔として動くことができる、鍛え上げたマルチタスクがシャルロットの強みである。

(野生の勘か。考えられるんだから、完全じゃないとしても、獣を捕らえる意識で対処したほうがいいかも)

『そうね。あの状態のマドカって子はそう見たほうがいいわ。ただ、単一仕様能力の威力がまだわからないわよ』

(うん、気をつけるよ)

あの変形状態が単一仕様能力を使える状態だというのであれば、できれば一発だけでも撃ってほしいと思う。

考えられるとしても、自分の獣性の影響を受けているはすだからだ。

(でも蛇ってあんまりいいイメージないよね)

『人それぞれなんだから、そこはあんまりいわないほうがいいと思うわよ?』

(そうだけど、蛇女って相当執着心とかが強そうな気がするなあ)

少し苦笑いしながら、そんなことを考えたシャルロットだった。

もっとも、この直後、彼女も含め、まどかが放った一撃を見た者すべてが、戦慄することになるのだが。

 

「ダインスレイブ」

 

よく通る声が響く。

その後、まどかの手には真っ黒な剣が現れた。

既に持っていたプラズマソードとは正反対の黒い光。

『回避ニャッ、アレは喰らっちゃマズイのニャッ!』

そう叫んだのは猫鈴だ。

しかし、その歪んだ輝きを見た全機が同様に叫んでいた。

まどかが放った黒い三日月は、襲っていた八機のサーヴァントを一撃で爆破する。

 

『己ッ、下賤な魔剣風情がッ!』

 

自分の下僕の半数を戦闘不能にされたサフィルスが悔しげな声を上げた。

辛うじて避けた鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラはただ目を見張るだけだ。

その場にいた全員の視線を浴びながら、まどかは鋼鉄の蛇女から先ほどまでの通常のAS操縦者の状態に戻る。

肩で息をしていたが、大きく息をつくと、息を整えた。

 

「キツい……」

『いわないことではない。君はまだ使いこなせるレベルではないんだ。反省したまえ、マドカ』

「うるさい……わかってる……」

 

それが救いの言葉に聞こえるほど、まどかが放った一撃は衝撃だった。

そのことを一番理解したのは、この中ではブルー・フェザーである。

『手を貸す相手を間違えたかもしれません』

「フェザー?」

『あれは、非常に凶悪な魔剣です』

サフィルスと手を組んで、マドカとヨルムと呼ばれた機体を撃退するべきだったかもしれないと、ブルー・フェザーは驚くようなことをいう。

 

『覚えてなさいッ、貴方には無様な死を与えて差し上げてよッ!』

 

そう叫んだサフィルスは、サーヴァントと共に消え去る。

それによって自分の仕事が終わったと思ったのか、テンペスタⅡも消え去った。

しかし、猫鈴、ブルー・フェザー、ブリーズ、オーステルンは警戒態勢を解かない。

「ちょっとみんな、緊張感ハンパないんだけど……」

『まあ、仕方ありませんねー。私でも警戒する相手ですし』

鈴音の呟きに、天狼がそう答える。天狼ですら警戒する相手。

タテナシといい、男性格のISは存在するだけで危険ということなのだろうかと全員が思う。

「フェザー、いくらなんでも先ほどの言葉はありませんわ。サフィルスは敵ですわよ」

『はい。おっしゃるとおりです、セシリア様。しかしそれを差し引いても、あのASは危険です』

「……先ほど、攻撃する前に『ダインスレイブ』っていったことと関係あるの?」とシャルロット。

「確か、北欧神話にでてくる魔剣だな」

ラウラがそういうと、全機が肯定してくる。

 

ダーインスレイブ、ダインスレイフ。

北欧神話で語られる魔剣の一つであり、一度鞘から抜くと、生き血を浴びて吸い尽くすまで鞘に収まらないという『殺すための武器』としては、代表格ともいえる魔剣である。

 

『奴がもともと憑依していた武器の名だが、アレはもう武器じゃない。戦場を餌場とする魔物だ。人と共生進化したことが信じられん』

独立進化していれば、最悪の敵として人類を虐殺していた可能性もあるというオーステルンの言葉に、皆が戦慄してしまう。

しかし、そんな評価を受けているはずのヨルムと呼ばれた機体は、気さくに話しかけてきた。

『すまないが、マドカは今少々疲れているのでね。代わって挨拶しよう』

「空気読もうよ」と、シャルロットが思わず突っ込んでしまう。

『私はヨルムンガンド。私を纏う少女はマドカという。もっともマドカの名はテンロウが明かしたようだが』

まったく空気を読んでくれないヨルムンガンドである。

ただし、まどかがいっていたヨルムというのは、略称かと全員が納得した。

ヨルムンガンドとは、北欧神話に出てくる毒蛇の怪物だ。

もっとも、今はその名も納得がいってしまうが。

『サフィルスはマドカにとっても敵なので参戦させていただいた。ただ戦場に横入りしたことは詫びよう。どうにもわがままでね、私のパートナーは』

「人のせいにするな。やるからには勝てといったじゃないか」

どうやら話ができるくらい回復してきたのか、まどかがヨルムンガンドの言葉に突っ込みを入れてきた。

無用な戦いは避けたい。

そう考えた一同だが、相手がどういう性格なのかわからないため、とりあえずまどかに話しかけてみる。

しかし。

 

「お前たちには関係ない」

 

全ての問いかけに対し、これしか答えてこないのだ。

これでは相手のことなど何もわからない。

「めんどい性格してるわね、あんた」と鈴音が呆れたように呟く。

これでは今はとにかくどこかに行ってもらうしかないだろうと皆が考えたが、まどかは思い出したように鈴音を見て目を細めた。

「なに?」

「お前、あのとき織斑一夏と一緒にいた奴だな?」

「一夏を知ってるのっ?!」

関係があることは天狼から聞いていたが、まどかのほうから一夏の名が出てくるとは思わず、鈴音は聞き返してしまう。

「教えろ。お前は織斑一夏の仲間か、敵か?」

「敵なわけないじゃない」

「……なら、私の敵だ」

「えっ?」

直後、まどかは最初から持っていたほうのプラズマソードで斬りかかってきた。

慌てて娥眉月をまとめた手刀で受け止めた鈴音だが、両手持ちの剣を使うまどかの斬撃と、片手で振る娥眉月で力比べなどできるはずがない。

相手の攻撃を流し、すぐに飛び上がる。

「何すんのよっ!」

「織斑一夏の仲間ならッ、私の敵だといったはずだッ!」

『すまない、こうなると私にも抑えられん』

と、ヨルムンガンドが本当に申し訳なさそうに謝罪してくる。

鈴音の言葉が、まどかの心の琴線に触れたことは理解できた。

とはいえ、あれだけの戦闘力を見せたまどか相手に鈴音一人ではマズいと全員が動く。

しかし、そんな三人を天狼が止めてきた。

『四対一なら勝てるとジョウタロウがいったはずです。ここでマドカを不用意に傷つけると後で問題になります』

「でもっ!」

『今は被害のあった場所の復旧に手を貸してあげてくださいねー。リンもそれで。防戦に徹すれば大丈夫。簡単にやられるほど実力差があるわけじゃないですから』

「しょうがないわねっ、何とかするわよッ!」

とはいえ、鈴音一人でというわけにもいかないため、万一のときのサポートとしてラウラが残り、セシリアとシャルロットは一旦市街地に降りた。

 

 

鈴音は天狼の指示に従い、防戦に徹した。

実力差があるからではない。実は鈴音とまどかの差はそこまで大きくなかった。

単純に戦闘力を比べれば、決して追いつけない相手ではない。

だが、決定的な違いがあることに、まずラウラが気づいた。

「質か……」

『そうだ。マドカという娘の戦い方は、純粋な戦士のそれだ。相手を倒す、もしくは殺すための戦い方になる』

だが、鈴音は競技者だ。

ルール上で相手に勝てばよく、むやみやたらに傷つけるような戦い方をする必要はない。

その戦い方の質の違いが差となって現れていると、オーステルンは説明した。

そしてそれは、まどかに対して有効な戦い方ができるのは鈴音ではないという意味にもなる。

『観察しろラウラ。あの娘を止められるのは本来はお前だ』

「わかった」

正規軍人であるラウラは当然、相手を倒す、または殺すための戦い方を学んできている。

純粋な人対人の戦いができる。

ならば、まどかの戦い方を観察し、この場を凌ぎ、次の戦いでは確実に止めるのはラウラの役目といえた。

ただ、鈴音がそんなことを望むとはラウラには思えなかった。

 

まどかの斬撃を必死に受け流す。

斬撃のスピードが一夏並に速い。二刀流でようやく追いつくというレベルだった。

先刻気づいたばかりの棍術で対抗できる相手ではないことが理解できる。

しかも、下手に受け止めようとすると、娥眉月が硬さで負けてしまうのだ。

まとめた状態でそうなのだから、展開させることなどできるはずがない。

ゆえに叫ぶ。

「マオッ、如意棒のほうが硬いのッ?!」

『リンのイメージ力の問題ニャッ!』

それが事実だった。孫悟空の如意棒をイメージした先ほどの武器は、鈴音自身の持つイメージによってほぼ最高レベルの硬度を誇る。

逆に娥眉月は元は爪のイメージなので、そこまで硬くすることができていないのだ。

逆にいえば、鈴音がイメージを強く持てば、爪の状態の娥眉月でも十分に受け止めることはできる。

要は、先入観があるために、まどかのプラズマソードを受け止められる硬さにできないのだ。

『侮ってもらっては困るな』

「いきなり何よっ!」

『この剣の名はティルヴィング。そこいらの剣には負けんよ』

 

ティルヴィング。

その名もまた北欧で語られる。

持つ者の悪意の願いを三度叶えるが、反面、必ず破滅させるという魔剣である。

 

ろくでもなさでは、ダインスレイブといい勝負だろうと、ヨルムンガンドは皮肉気に語った。

「ヨルムっ、口数が多すぎるぞっ!」

と、まどかに窘められたものの、ヨルムンガンドは別に気にしていないらしい。

だが、先ほどの話から考えれば、ヨルムンガンドはかつてはダインスレイブだったはずだ。

まさかこちらの剣にも憑依したことがあるというのだろうか。

『いや、これは知人を模したものだ。彼は神話の時代が終わると、しばらく間を置いてから妖刀とやらになったがね』

『非情』のわりには人間観察が好きな変わり者だとヨルムンガンドは語る。

それで答えがわかった。

今は使徒として独立進化を果たしたタテナシがこの魔剣に憑依していたということなのだろう。

同郷だけに、それを覚えていたらしい。

どちらのISコアも非常に迷惑だと思わず呆れてしまう。

それは猫鈴も同じだったようだ。

『ホントに厄介ニャ奴ニャのニャ』

『愉快な君よりはマシだと思うがね』

『余計ニャお世話ニャ』

漫才でもしてるのかと思わず鈴音は突っ込みたくなってしまうが、まどかの猛攻がそれを許さない。

何故、一夏の仲間だというだけで、ここまで怒れるのか、不思議でしょうがない。

一夏からまどかの名前を聞いたことがないからだ。

つまり、恨んでいるとしても一方的な逆恨みとしか思えないのである。

そんな思いをぶつけると、まどかは一旦距離をとって睨みつけてくる。

「昔のことはもうどうでもいい。でも、今、あいつが『おにいちゃん』の隣にいるのは……、絶対に許せないッ!」

「おにいちゃん?」

「だからッ、あいつを殺しておにいちゃんを取り戻すッ!」

まどかがそう叫んで瞬間、凄まじい殺気が放たれてきた。

本気だ、と、鈴音は戦慄してしまう。

まどかは本気で一夏を殺すつもりなのだ、と。

まどかがここまで想う『おにいちゃん』とは誰なのか。

一夏が『おにいちゃん』の隣にいるとまどかはいう。

そう考えて、ふと脳裏に浮かんだ顔があった。

「あんたの『おにいちゃん』て誰よ」

「お前には……」

「答えなさい」

静けさすら感じるような小さな声だったのに、一瞬、まどかが、そして後ろで機会を伺っていたラウラまでもが気圧される。

しばらく逡巡していたが、まどかは鈴音を睨みつけつつ、口を開いた。

「……私の名は、『日野まどか』、おにいちゃんはママの息子で『日野諒兵』、私はママが名乗りたくても名乗れなかった苗字を受け継いだんだ」

日野、その苗字だけでも驚愕に値する。

だが、まどかの言葉にはそれ以上の驚愕があった。

まどかがママと呼ぶ者は……。

 

「冗談でしょ……、あんた、諒兵のお母さんを知ってるのッ?!」

 

諒兵の生みの母ということになるのだから。

その言葉を聞き、観察に徹していたラウラも一気に間合いを詰めてくる。

「ラウラッ!」

「もう他人事ではない。だんなさまの母君を知っているというのであれば、私の問題でもある」

「お前には関係ないッ!」

「あるッ!」

凛とした声でラウラは無い胸を張る。

「私は諒兵の妻になる身だっ、だんなさまを『おにいちゃん』というのならお前は私にとっても妹っ!」

「なにっ?!」

 

「さあっ、心置きなく『おねえちゃん』と呼ぶがいいっ!」

 

直後。

ドヤ顔を決めていたラウラは、ためらいなく脳天を狙ってきたまどかのティルヴィングを見事な真剣白羽取りで受け止めていた。

「何をする妹よっ?!」

「やかましいッ、ものすっごいムカつくぞッ、お前ッ!」

『今のはどう考えてもお前が悪いぞ、ラウラ』

見事なまでのシリアスブレイクっぷりに、オーステルンが呆れたような声を出す。

『怒槌の君、なかなか愉快なパートナーだな』

『ぶち折るぞ、血の魔剣』

ヨルムンガンドの楽しげな皮肉を受け止める余裕はさすがになかった様子のオーステルンである。

「あっ、いけない、ボケてた」

『アレはしょうがニャいのニャ』

ラウラの見事な迷言に呆気に取られていた鈴音は、ようやく気を取り直す。

だが、まどかは思いきりやる気を削がれたらしい。

「もうここに用はない、行こうヨルム」

「待ちなさいよっ、こっちは聞きたいことが山盛りなんだからっ!」

しかし、引き止める鈴音の声を無視して、まどかとヨルムンガンドは光となって消える。

 

何故、千冬に良く似た容姿をしているのか。

何故、一夏を狙うのか。

何故、諒兵を『おにいちゃん』と呼ぶのか。

何故、諒兵の生みの母を知ってるのか。

 

全部知りたいのに、何一つ知ることができなかったことが悔やまれる。

「……何か失敗しただろうか?」

落ち込む鈴音の姿に罪悪感をもったのか、ラウラがしゅんとした様子で呟く。

「あんたのせいじゃないわ。それに、あの様子ならまた会えると思うしね」

鈴音としてはそう答えるしかできなかった。

 

リオデジャネイロ市街地にて。

避難誘導や瓦礫の撤去をしていたシャルロット。

ネットワークを通じて上空の情報収集も同時にやっていたのだが、その顛末に思わず呟いてしまう。

「ラウラってときどき凄いと思うんだ……」

『まあ、凄いのは確かね』

「見事な話術で戦いを止めましたわね……」

『あれを話術というのはいささか語弊があるかと思います』

微妙に評価が上がっているような気がしないでもないラウラである。

 

 

 

 




閑話「新属性付加」

ドイツにて。
ワルキューレに進化したことで、コア・ネットワークから情報や画像を得ることができるようになったクラリッサ以下シュヴァルツェ・ハーゼ。
その上、力を分け与えたPSでも見られるので、先刻のリオデジャネイロ上空の戦いもしっかり分析していた。
クラリッサは新たに得られた情報から、すぐに隊員たちと共に会議を開く。
「……さすがは隊長ね。ワルキューレはどう思う?」
と、現在はドッグタグつきのペンダントになっているパートナー、ワルキューレに問いかける。
『見事よ。ここにきて姉属性まで身につけようとするとは……』
「待って、ホントに待って」
と、アンネリーゼが目を潤ませながら必死に突っ込む。
ぶっちゃけ泣きそうだった。
「リョウヘイ・ヒノに妹がいたとは驚きですね、クラリッサおねえさま」
「しかし、隊長はそれを見事にプラスに転化したんですね、ワルキューレおねえさま」
いつの間にやらシュヴァルツェ・ハーゼのおねえさまと化していたワルキューレである。
「隊長は本来妹キャラ。でもリョウヘイ・ヒノと出会うことで嫁キャラという属性を手に入れた」
『それだけでも強いのに、今度は外見は幼いのにおねえさまというロリ姉属性まで付加されれば、間違いなく最強よ』
最狂の間違いだろうと心の底から突っ込みたくなったアンネリーゼである。
『オーステルンがいいところで邪魔してくれたから、アングルはイマイチだけど、ドヤ顔のラウラはしっかり撮影したわ』
「おおーっ!」と、歓声が上がる。
ラウラがまどかに対して見事な迷言を告げた場面が映し出されたのだ。
その後も、様々な画像が映し出され、みんな和気藹々と楽しんでいた。

ただ一人、アンネリーゼだけは。
「味方はオーステルンだけなのね……」
それでも救いと思えるほど、周囲に味方の少ないアンネリーゼである。
そんな彼女に幸あれ。





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第102話「その胸に澱むモノ」

リオデジャネイロでの戦闘を終えた四人と四機が戻ってくると、千冬が労いの言葉をかけてきた。

余程心配していたらしく、優しい言葉までかけられて思わず固まってしまった四人である。

「失礼だろう。私だって心配するぞ」

「いや、なんていうか、意外で……」

思わずそんな言い訳をしてしまった四人である。

改めて、ブリーフィングルームに集合した四人は進化に至った簪と刀奈、そして大和撫子と対面する。

その場には千冬のみならず、虚や真耶もいた。

 

『あたいはちょー迷惑してるしぃーッ!』

 

いきなりそう叫んだのは大和撫子である。

本当に共生進化できたことは奇跡といってもいいほど、人と仲良くする気がないらしい。

「簪ちゃんと一緒だったからできたのよ」と、嬉しそうに語るのは刀奈。

「改めて、一応IS学園生徒会長自体はまだ続けるけど、名前は更識刀奈でお願いね」

「更識楯無っていいうのは偽名だったの?」

と、シャルロットやセシリア、ラウラが首を傾げる。

「イギリスならエリザベス二世っていえばわかりやすい?」

「名を残すということですの?」

セシリアの言葉は的を射ていた。

もっとも、単に名を残すというより、日本では役職名というほうが近いだろう。

「初代からずっと、うちの当主は『更識楯無』って名を継いできたのよ。私は数でいえば十七人目になるの」

歌舞伎、落語などの世界では、先代の名を襲名するということがいまだに残る。

何代目何某という言い方をすることは、たいていの人が知っているだろう。

「日本独特かしらね。先代にあやかってつけるという意味もあるけど、偉業を成した人の技や業績を名前と共に後年に伝え続けるために名乗るのかも」

「なるほど、変わった風習ですわね」

もっとも刀奈にも、簪にも今は楯無を名乗る気はない。

自分の意志で歩くことを決意した二人に、楯無の偉業は必要ないからだ。

まして、血塗られた偉業を名と共に継ぐなど真っ平だとすら思う。

「何にもないくらいがちょうどいいのかなって今は思うわ」

「私も肩書きとか、特別な環境とかはいらないかな。自分自身として戦うから」

刀奈にしても、簪にしても戦うことは忌避しない。

ただ、家や代々襲名された何かよりも、自分自身がなりたいと思ったものになる。

進化できたことでその意志は確固たるものになったのだ。

とはいえ、一緒に戦うというわけにはいかないらしい。

「更識刀奈と更識簪は基本的にはIS学園の防衛を担ってもらうことになっている」

「そうなんですか?」とラウラ。

「お前たちが全員出払ってしまうと、学園の防衛力ががた落ちしてしまうのでな」

『確かにな。今回は肝を冷やしたぞ』

と、オーステルンが口を挟むと千冬も肯く。

それだけタテナシの襲来は恐ろしいものだったのである。

さらに、と、千冬は付け加えた。

「更識刀奈は日本の防衛も担う」

ロシアには感謝すべきだなと皮肉気に笑う千冬を見て、事情を知らない四人と簪は首を傾げる。

もっとも、これには別の事情もある。刀奈が使う機体はあくまで大和撫子のオプションであり、実は自力でのエネルギー補給ができないのだ。

「大和撫子からというかたちでしかエネルギーが供給できないんです」と、ちょっと困ったような笑顔で説明したのは真耶である。

「ゆえに大和撫子から離すことができん。幸い、更識簪がIS学園にいれば、国内くらいは供給が届くということなのでな。政府とも話し合って更識刀奈に日本の防衛をしてもらう」

それならば仕方ないと鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四人は納得した。

それはともかくとして、自分たちのことを改めて確認しようとセシリアが尋ねる。

「つまり、私たちはこれまでどおり、遊撃部隊ということですの?」

『基本的には一チームとして動くのでしょうか?』

と、ブルー・フェザーが付け加えた。

「ああ。お前たちと、目を覚ませば一夏と諒兵を含めた六人で行動してもらう」

タッグで行くことになっても三ヶ所に対応できるし、アメリカやドイツであれば、現地のナターシャやクラリッサと協力できるので、その分、戦力を分散させることもできると千冬は説明する。

だが、千冬の口から一夏と諒兵の名前が出て、一瞬鈴音は身を強張らせてしまった。

「どうした?」

「あっ、いえっ……」

「そういえば、弾がエネルギー供給をしてたっていってましたけど、一夏や諒兵の目覚めを早められるんですか?」

『そうなると助かるわね。やっぱり前衛が足りないわ』

すかさずフォローしたのはシャルロットだ。

一夏と諒兵がらみでは、一番弱い面もあるだけに、鈴音ではうまくごまかせないと考えたのである。

「束の話では、今のペースで続けて、せいぜい一週間ほど早められるかというところだそうだ」

「それでも十分ありがたいですわね」

「動ける人数は多いほうがいいし、五反田くんには感謝しないと」

珍しくニコニコとセシリアの言葉に続いてそう語った簪。

「うん、簪ちゃん、あんまり気を許しちゃダメよ」

すかさず刀奈が注意してきた。

どうやらお姫様抱っこは余程癇に障ったらしい。

「お嬢様、協力しましょうか?」

「いいの、虚?」

「彼には一度、喝を入れるべきではないかと思いますので」

やけに協力的な虚である。

妹を惑わしているように見えるからだと本人は語る。

そんな話題の彼がここにいないのが気になった鈴音は、ごまかす意味も含めて尋ねてみた。

「今は整備室だ。先ほど大和撫子に供給したから休んでいる。……そういえば布仏も一緒だな」

千冬が最後にそう呟くと、更識と布仏の姉二人が光のごとき速さで消えた。

「おっ、おねえちゃーんっ!」

『あたいを巻き込むなぁーっ!』

慌てて追いかける簪の姿を見て、その場にいた全員が唖然とする。

「う~ん、大丈夫かしら、弾……」

この中では一番付き合いの長い友人である鈴音は、苦笑いしながらそう呟く。

とりあえず、今後の大まかな行動指針が決まったことで、会議はお開きとなった。

 

 

深夜。

整備室に入り込んでくる影があった。

影は、月明かりを浴びて横たわる一夏と諒兵に少しだけ手を触れると、整備台の間に座り込んでしまう。

影の正体は鈴音だった。

鈴音は小さな声で呟くように話しかける。

「一夏……、今日ね、あんたを殺したいっていう子に会ったわ」

抱えてしまったものの重さに耐えかねたのか、鈴音はまどかと出会ったことを呟く。

「でもね、諒兵。その子はあんたのことを『おにいちゃん』って読んでて、しかも、あんたのお母さんのことを知ってるみたいだったのよ」

いったい何故なのか。疑問は尽きない。

だが、鈴音が一番気になる点は、丈太郎から聞いたある情報にこそあった。

まどかは亡国機業の実働部隊。

幼いころに誘拐されたまどかが実の両親のことをしっかりおぼえているとは考えにくい。

ゆえに、諒兵の母親をママと呼ぶということは、その相手は誘拐されたところにいたことになる。

つまり、亡国機業に、だ。

「ねえ、一夏、まどかってあんたと関係あるの?」

一夏は答えない。まだ、答えられる状態ではない。

「諒兵、あんた親の顔全然知らないっていってたわよね」

諒兵も答えない。声を発することすらできない状態だ。

「あんたたちって、本当は特別な生まれなの?」

どちらも答えられない。

そんなことはわかっている。

わかっていても、聞かずにはいられない。

なぜなら、それは鈴音が目を背けてきた一つのコンプレックスを刺激するからだ。

「私……、何で普通の中華料理屋の娘なのかな……」

それは恥じるようなことだろうか。

本来は、決して恥じる必要はなく、何の問題もない、『普通』の家だ。

しかし、それこそが鈴音にとってコンプレックスだった。

箒は今は辛い状況にあるが、生まれは由緒ある剣術道場であり、身内にはあの『天災』がいる。

セシリアはイギリス貴族の令嬢だ。その生まれは誇れるものといえる。

シャルロットは愛人の娘という立場といえど、れっきとした社長令嬢だ。それに実母は科学者としては一目置かれる存在である。

ラウラは試験管ベビーという境遇は辛いものかもしれない。しかし、ある意味では誰よりも特別な生まれだ。

さらに、今回進化に至った刀奈と簪は、古くからの暗部の家系。呪われた家といえど、十分以上に特別な生まれだろう。

全員が、ある意味では自分と違い、生まれながらに選ばれたような存在だと鈴音は考えてしまう。

「なんか、場違いよね、私……」

『無冠のヴァルキリー』であり、AS操縦者女性陣の中では最初に進化を果たした。

それは十分に特別だといえる。ただ、生まれではない。

ただひたすらに、がむしゃらだっただけだ。

一夏と諒兵の背中に追いつきたいという思いだけで、必死に飛び続けてきた結果だ。

本当なら、その生まれだけを考えるなら、他の仲間たちと対等に話ができるような立場ではないと思ってしまう。

もっとも、周囲の人間は、努力だけで成し遂げてきた鈴音のことを称えるだろう。

才能の助けがあったとはいえ、努力で今の立場にいるのは他の者たちにとっても良き指標となる。

ただ、それでも、自分だけがどこか浮いてしまっているような、そんな感覚が拭えないのだ。

「私って、選ぶ以前に、あんたたちに相応しいかな……?」

もし、一夏や諒兵も特別な生まれをしていて、運命によって選ばれたというのであれば自分とは違う。

違うと、思えてしまう。

ただ二人が好きだというだけの、普通の、どこにでもいそうな少女。

そんな自分が、本当に選ばれるのだろうか。

二人に本気で好きになってもらえるのだろうか。

鈴音は不安を消すことができないまま、ただ、その場に座り込んでいた。

 

 

翌日。

鈴音は刀奈に声をかけた。理由は一つ。

「模擬戦?」

「はい、時間もらえます?」

「とりあえず、今は時間あるけど……」

「昨日の戦闘で、武装の新しい形態ができたんだけど、私、それを使う技術が足りないんです」

ゆえに鍛えたいと鈴音は説明する。

一応、学園の蔵書の中に棍術の指南書も存在した。一通り目を通したので、実際に自分が使うならどうするかということを身体を動かしながら確認したいのだ。

「それなら、武道場のほうがいい?」

「んー、それも考えたけど……。そういえば、刀奈さん、機体の扱いとかもう慣れたんですか?」

「さすがに昨日の今日じゃね。武装を展開することもなかったから、確認もしてないのよ」

鈴音たちと会った後、展開して確認しようかと考えたのだが、とりあえず休めと千冬にいわれたこともあり、そのまま休んでしまっている。

結果として刀奈は自分の機体について、確認することができないでいた。

「それなら、アリーナでどうです?」

「いいわよ」

そういって、刀奈を誘った鈴音は、アリーナの空に浮かんだ。

 

鈴音は娥眉月を如意棒形態に変化させ、両の手で構える。

対して刀奈は。

「なるほど、これ、そのまま武装になったのね……」

自分の手に現れた日本のレーザーブレードに感心していた。

「その刀って、進化したときに作ったものなんですか?」

「違うわ。博士からPS用の武器として作ってもらったものなのよ」

さすがに大和撫子でも、ミステリアス・レイディの機体の再現をすることはできなかったらしい。

ゆえに進化したときに刀奈が纏っていたPSが進化することになったようである。

「じゃあ、それを取り込んじゃったんですね」

「取り込んだってほどのことでもないみたいね。博士が本気で作ったら、進化のときの負担が大きいみたいだし」

ブリーズがまさにその好例で、ブリューナクは分割した上に、元の形が翼に残ってしまっている。

本来ならば、見た目は普通の翼になり、撃つときだけ姿を現すはずだったのだ。

しかし、そうなっていないということは、刀奈の技術でもPSで扱うとなると、丈太郎としては本気でプラズマブレードを作ることはできなかったらしい。

「それでも、かなりのテクノロジーなんだけどね」

「蛮兄の性格知ってると、イマイチ信じられないんですけどね」

と、鈴音が苦笑すると、刀奈も苦笑した。

いかんせん、科学者というイメージに欠けている丈太郎である。

「とりあえず、この刀の名前は後で付けるわ。それより始めましょうか」

「お願いします」

そう答えた鈴音は、如意棒を構えて一気に刀奈に近づいた。

 

 

棍術は棍の形状から槍と似た動きをすると思われがちである。

それ自体は間違いではなく、棍術には刺突も存在する。

しかし、京劇などを見ていただけるとわかると思うが、棍とは本来、叩く武器であり、その動作は『振り回す』というほうが近い。

約二メートルほどのリーチを生かし、振り回して相手を叩く。

それが棍本来の戦い方になる。

そんなことを考えながら、刀奈は鈴音の動きを見て呆れていた。

(一日で基本動作を覚えてるなんて、とんでもないわね)

もともと我流で体術は覚えているといっていたが、棍を扱わせてもそこそこ見られる動きになっているのだ。

勘がよく、また、身体も鍛えているため、このまま戦場に出ても、それなりの働きは十分にできるとすら思える。

(天才って本当にいるのね)

刀奈も端から見れば天才といわれるだろうが、彼女は必死に努力してきた。

これまで生きてきた時間の大半は修練と勉強に費やしてきた。

そんな刀奈から見れば、わずか一日で基本動作を覚えてしまうような才能を持つ鈴音は正直にいえば妬ましい。

ゆえに、そう簡単には負けられない。

生徒会長は学園最強を名乗る。

生徒の中でもっとも強いからこそ、学園に通う生徒たちの代表ができるのだ。

ゆえに、負けられない。

両の手に持った二本のプラズマブレードを操り、鈴音の如意棒を弾き、さらに斬撃を与える。

「くぅッ!」

「棍は動作が大きくなるから、弾かれたときの対処を常に頭に入れておいたほうがいいわよ」

「いってくれますねっ!」

棍を操る以上、動作を小さくするだけでは意味がない。

一対一ならともかく、使徒との戦いでは多対一の状況になりやすいからだ。

そういう意味では棍本来の動きは今後戦っていく上で有効といえる。

そのため、刀奈は単に動作をコンパクトにまとめるといったようなアドバイスはしない。

(どうせ凰さんなら自然と覚えるだろうし)

そこに、わずかな嫉妬があることに、刀奈は少しだけ苦笑してしまった。

 

もっとも、鈴音としては、無理をしていないわけではない。

一日で覚えたというのは、ほぼ一晩中基本動作の反復を繰り返していたからだ。

昨日の夜、一夏と諒兵のもとで座り込んでいた後、せめて手に入れた力を確かなものにしようと指南書を読みながら、ずっと身体を動かしていたのである。

猫鈴のサポートによって、そこまでキツくはないが、それでも徹夜による疲労は完全には消せていない。

『リン、焦っちゃダメニャのニャ』

(焦ってないわよ。自分を鍛えたいだけだから)

猫鈴の言葉にそう答える鈴音は、それがただの言い訳に過ぎないことを理解していた。

胸の奥に言い様のないナニカがある。

それが、今の自分を突き動かしている。

自分が特別であるためには、IS操縦者として、AS操縦者として努力するしかないということを鈴音は理解してしまっているからだ。

本当だったら、平凡な女の子でしかない。

そんな自分から、とにかく逃げたかった。

一夏や諒兵の周りに集まってきている女の子たちと、せめて並び立てないと、置いていかれてしまう気がしてならないからだ。

これがもし、進化できたのが自分だけだったというのであれば、鈴音の心に焦りはなかっただろう。

それだけで十分特別だといえるからだ。

しかし、今は進化した人間もそこそこ増えてきた。

無論、共に戦う仲間として歓迎する気持ちはある。

ただ、自分が手に入れたものを、他の人たちも手に入れ始めると心のどこかに焦りが生まれてきた。

埋もれてしまう。

ただの平凡な女の子に逆戻りしてしまう。

鈴音にとって特別といえたのは、代表候補生の肩書きと、無冠のヴァルキリーといえるほどの実力があったことだ。

しかし、今は進化した者たちと同じ力を持つに過ぎない。

普通の人から見れば特別でも、進化した者たちと同じであれば、他に何もない。

強くなければ、自分には誇れるものが何もない。

そんな感情が心に渦巻く。

「くッ!」

無論のこと、そのような状態で、刀奈を相手にまともに戦えるわけがない。

刀奈はかつてはロシアの国家代表として選ばれた身である。

万全の状態で挑戦しなければならない相手だ。

結果として。

「凰さん、調子悪いのね?」

「えっ?」

「ちょっと頭冷やしなさい」

直後、二刀を使った凄まじい連撃を受けた鈴音は、地面に叩き落される。

「まっ、まだっ?!」

そういって起き上がろうとした鈴音だが、喉元に切っ先を突き付けられる。

「今のあなたに負けるほど、弱くはないつもりなんだけど?」

鈴音は唇を噛むだけで言葉を発することができなかった。

 

「一旦シャワーでも浴びてきましょ」と、そういった刀奈に鈴音は素直に従うしかできなかった。

余裕を見せられるのは癪に障るが、今の状態では鍛えるどころではないと猫鈴にも叱責されたためだ。

さっぱりした身体にバスタオルを巻いてシャワー室を出ると、ラフな格好をした刀奈がコーヒー牛乳を投げてくる。

「おねーさんのおごり♪」

「一つしか違わないじゃないですか」

「一年の差は大きいのよ?」

なんとなく自分の胸と刀奈の胸を見比べて、思わずへこんでしまう鈴音である。

いや、そんなところの差をいったわけではないことは理解しているのだが。

気を取り直し、鈴音もラフな格好に着替えると、刀奈の隣に座ってコーヒー牛乳を一口飲む。

程よく力が抜け、どこかホッとした。

「何か悩みでもあるの?」

「別に、悩みなんて……」

「動きそのものは、基本がかなり身についてると思うけど、攻撃に焦りがあった気がしたわ」

勝たねばならない。

そういう意識の攻撃は、どうしても焦る気持ちを含んでしまう。

今の刀奈であれば、そういったことがわかるのだろう。

彼女も相当に悩んできたが、簪と共に大和撫子と進化したことで、いろいろと吹っ切れたという。

余裕を持つのは重要なことだ。

焦りは必ずミスを生んでしまうからだ。

ゆえに、気持ちに余裕、ゆとりを持たなければ、何事も上手くいかないものなのである。

「口に出すだけでもだいぶ違うと思うんだけど、猫鈴はどう思う?」

『聞いてくれるだけでも助かるのニャ』

「ちょっとマオっ?!」

『一人で抱え込んじゃダメニャのニャ、リン』

でも、自分が勝手にいったりはしニャいと、猫鈴は続ける。

鈴音が自分で自分の気持ちを口に出さないと、解決に至らないからだ。

猫鈴が良いパートナーであることを実感する。

それは、刀奈にも伝わったらしく、微笑みかけてきた。

「私の機体はオプションだから、こういった話ができなくってね、ちょっと羨ましいわ」

だから素直に話してほしいという刀奈に対し、鈴音は仕方なく自分の胸の内を明かすことにしたのだった。

 

 

 

 



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第102話余話「適性と人間性」

鈴音と模擬戦をした日の夜。

刀奈は鈴音に悪いとは思いつつも、彼女が語った内容を千冬に伝えた。

無論のこと、他の者たちには秘密にするという条件でである。

簪はあまり鈴音に興味を持っていないが、今、鈴音とチームを組んでいる者たちにとっては多少なりとショックを受けるだろうことが理解できたからだ。

「正直にいうと、私も驚きました」

「天才が自身の凡庸に悩む、か。皮肉なものだな」

千冬の目から見ても、鈴音の成長スピードは異常の域だ。

十分に天才と呼ばれるだけの才能を持っていると思える。

それは確かにがむしゃらな努力によって得たものではあるが、それでも凡人といえるようなものではない。

「鈴音のもともとのIS適正はB、それだけでも才能はあるほうだといえるな」

「もっとも、そのレベルなら代表候補生にはごろごろしてますけど」

「ああ。しかしIS操縦者、もしくは志望者から見れば才能はあるほうだ」

しかし、今、その適性はまったく意味がない。

適性が高かろうと離反されるし、低くても進化に至れる。

鈴音と対極にいる一夏のもう一人の幼馴染がその現実を示してしまっている。

「Sの適性を持つ篠ノ之が、真っ先に離反されているからな」

「彼女、適正Sだったんですか?」

今のところ、公称ではCであるだけに、刀奈にとっては驚きである。IS適性がSということは、自在にISを操ることができるということだからだ。

これは束が独自に調べたもので公称はされていないのだが。

とはいえ、箒は確かにIS適性ならば、天才といえるレベルである。

しかし、その未熟な人間性から、真っ先に離反されてしまった。

確かに皮肉といえるだろう。

「教えたところで慰めにもならんからな。束も私以外には誰にも明かしていない」

「ですね。今じゃ指標にもならないものですし」

ISコアと心を通じ合わせることができるかどうかは、適性ではなく、人間性の問題になるからだ。

ある意味では、残酷なほどに容赦なく人間という存在を評価しているのが、今のISコアということができる。

「話が逸れたな。それで、鈴音はどうだったんだ?」

「少しは気が楽になったみたいでした。生まれなんて、どうしようもないものですからね」

刀奈とて、好きで更識の家に生まれたわけではない。

代わってくれるというのなら、代わってほしいと思ったこともある。

そういう意味で考えるなら、鈴音の、いわば嫉妬はまったく意味のないものともいえる。

しかし、鈴音本人にとっては大問題だ。

IS操縦者として、AS操縦者として強いということだけがアイデンティティというのは。

「正直、危険だと思います」

「ああ。だが、だからといって外すこともできん。唯一の救いはあのまっすぐな性格だな」

一夏と諒兵の背中を追う。

ただそれだけで必死に走り続ける鈴音のまっすぐな性格、まっすぐな想いは、彼女に道を踏み外すことをさせない。

つまり、悪人になるようなことはないといえる。

ただ、力尽きれば糸が切れたように倒れてしまうだろう。

刀奈のいう危険とは、無茶をしすぎるのではないか、という意味だ。

「そのあたりは私がバランスを取っていく」

「ペア以上で動かすっていうのは、そのためもあるんですか?」

「ああ。特に鈴音は一人にさせるとどんな無茶をするかわからんからな。その点でオルコットはいいパートナーだ」

前に出やすい鈴音を後衛からサポートできるセシリア。

前線を抑えられる実力を持つラウラと、優秀な遊撃手であるシャルロット。

基本はこの組み合わせでやっていくと千冬は説明する。

加えていうなら、一夏と諒兵は長年コンビを組んでいたため、やはり二人で動かすのがいい。

「でも、実力を考えると別の子と組ませたほうがいいときもありますね」

「そのあたりは、襲来してくる相手によるな。その判断も私がしていくから心配はするな」

無茶をさせられないのは刀奈も同じなのである。

ただ、こういった戦術、戦略方面で話ができるのが、生徒の中では刀奈くらいだというだけのことである。

「お前はどうしても一人で動くことになるからな」

「無茶はしませんよ。簪ちゃんとようやく仲直りできたんですから。これからめいっぱい仲良くするんです」

「そうだな……」

簪の名前を出すときの刀奈は本当にきれいな顔で微笑む。

そんな彼女を見て千冬もやわらかい笑みを零した。

今の刀奈であれば、鈴音のような心配をする必要はないだろう。

いい意味で成長してくれたことを喜ばしく思う。

ただ。

(あっちの姉妹はまだまだ時間がかかりそうだな)

頭を悩ませるもう一組の姉妹を思い、千冬は小さくため息をついた。

 

 

 

 




閑話「刀奈のなかよし計画」

ふと思いついた千冬は、刀奈に尋ねかける。
「めいっぱい仲良くするといっていたが、何か予定でも組んでいるのか?」
「さすがに、今の状況では一緒にショッピングとかは難しいですね」と、苦笑する刀奈。
日本防衛を担う刀奈と、IS学園の防衛を担う簪では確かになかなか時間が作れないだろう。
申し訳ないと思うものの、こればかりは我慢してもらうしかない。
「まあ、IS学園にも多少は遊べるものもあるだろうし、好きに使うといい」
「はい。実はもう借りてます」
そう答えてくれたことに安堵する。
しかし、刀奈が借りてきたものを見て、千冬の顎は外れかけた。
「ナンダソレハ?」
「おままごとセットですよ?」
「何デソンナモノヲ持ッテクル?」
「私、ずっと修行漬けでおままごともしたことないですし、興味あるんです」
刀奈としては、せっかくなので子供のころにできなかったことを簪とやってみたいと考えているらしい。
「待て、本気で待て。更識簪が困ると思うぞ」
「えー?」
「えー、じゃない。高校生がやる遊びじゃないぞ」
常識的に考えても、リアルに料理が作れる年齢である。
ままごと遊びする高校生はいないだろう。
「じゃあこっちにします」
そういって取り出したのは、ミニカーの嵌まったブレスレットと異様にでかいバックルのついたベルト。
ぶっちゃけ仮面ライダーの変身ベルトである。
「おいっ、本当に待てっ!」
「簪ちゃんはヒーローものが好きですから♪」
そういって変身ポーズを決める刀奈。かなりノリノリである。
[ナイスドライブ]
「どこがだッ、思いっきり迷走してるぞッ!」
良くできた変身ベルトのオモチャの渋い男性ヴォイスに、思わず突っ込んでしまう千冬だった。





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番外編「行きて帰りし」
第1話「異なる世界へ」


真っ暗な闇の中に光が差す。

その眩しさに目が覚めたのか、一夏と諒兵はほとんど同時に目を覚ました。

『ようやくお目覚めですかー』

「天狼か」

「つうかよ、真っ暗で何も見えねえぞ。灯りつけてくれよ」

そういって周囲を見回した諒兵は、どこかおかしいことに気づく。

「あり?」

「どうした諒兵?」

「いや、一夏、どこだかわかるか、ここ?」

そう言われ、一夏も周囲を見回してみるが、諒兵同様に違和感を持つ。

何もない。

真っ暗な闇の中で、天狼がほのかな光を放っている以外には何もない。

「どこなんだ、ここ?」

「てか、天狼もデカくねえか?」

諒兵の言葉通り、良く見ると、天狼の大きさがおかしい。十五センチほどだったはず身体が、どう見ても百五十センチ以上ある。

一見すると普通の女性のように見えるのだ。

「俺ら、目を覚ましたんじゃねえのか?」

『残念ながら、目を覚ましたとは言い辛いですねー』

どういうことだと問い詰めると、意外にあっさりと天狼は説明してきた。

『ここは狭間の世界とでもいいましょうか。世界と世界の間というべき場所です』

いきなりとんでもないというか、眉唾といっていいほどの話がでできて、一夏も諒兵も目が点になってしまう。

しかし、周囲にどれだけ目を凝らしても何もないのだ。

試しに立ち上がって壁があるかと探してみたが、どこまでいっても何にも触れられない。

さすがに二人とも不安になってしまう。

「実際の俺たちはどうなってるんだ?」と一夏。

『まだ眠っている状態ですねー。皆さん、二人が帰ってくるのを信じて戦ってますよ』

「それなら早く目を覚まさねえとじゃねえか。こんなところでのんびり話しててもしょうがねえよ」

まだ戦いは終わらない。

ザクロとヘリオドールを倒したことは、手に残る感触が教えてくれているが、まだ話が通じないISたちはたくさんいるのだ。

そんな状況で眠っていたくはない。

「ザクロたちを倒した責任がある。このままってわけにはいかないだろ」

「ヘリオドールやザクロを殺した以上、それが間違いじゃねえって俺らは証明しなきゃなんねえし」

『そうですね。お気持ちはわかりますよ。ですので、お聞きします。お二人とも今の自分の状態に違和感をまったく感じませんか?』

いきなり問われて一夏と諒兵は困惑してしまう。

特に問題があるようには感じないからだ。実際には眠っているというが、今の身体に何の違和感もない。

むしろ万全の状態に近いといってもいい。

しかし、ここにいるべき存在が、いないということに二人とも気づく。

「白虎がいない……」

「レオっ、どこいったっ!」

自分の身体にいつもくっついていたはずの白虎とレオがそれぞれの身体から離れてしまっているのだ。

いるのが当たり前だったせいで、いないということに気づかなかったが、白虎とレオが身体から離れているというのは一夏と諒兵にとっては異常以外の何者でもない。

『気づかなかったらどうしてやろうかと思いましたよー』

にっこり笑っているくせに、感じるのは冷たい殺気。

天狼の性格の難解さに一夏と諒兵は少しばかり呆れてしまう。

もっとも、言葉を聞く限り、いない理由を知っているのだろうと理解した。

「教えてくれ、天狼。白虎とレオは自分の意志で俺たちから離れたんじゃないんだろう?」

「俺らがここで目覚めたことと関連があるんだな?」

『勉強もそのくらいの勘のよさがあれば苦労しないんでしょうけどねー』

と、軽い冗談をいいつつ、天狼は話を変えてくる。

まず、ある概念について理解してもらわないと、白虎とレオの現状を理解できないからだという。

「並行世界?」

「マンガとか、ゲームとかのアレか?」

『はい。以前、私たちの世界を訪れた異世界の方々がいましたが、覚えていますか?』

「そういえば、普段はすっかり忘れてたけど……」

「春十と光莉だっけか。確か別の世界から来たっていってたよな」

天狼曰く、普段は世界の修正により思いだせないのだが、修正を受けないこの世界の狭間という場所では思いだせるのだろうという。

『あの方々のことは世界がある程度修正しているので、普段は思い出せませんが、ちゃんと事実としてあったんですよ』

「それはいいけど、だとすると白虎とレオは……」

「まさか、異世界に飛んじまったのか?」

二人の言葉に天狼は重々しく肯いた。

並行世界とは、例えるなら一冊の本ということができる。

一ページが一つの世界。それが無数の分岐により、何百、何千というページに分けられる。

例えば右と左の道のどちらかを選んだかだけでも世界は分裂し、増えていくのだ。

『ビャッコとレオは機獣同化、つまり単一仕様能力の発動でエネルギーをほぼ使いきりました。力のない状態で放り出されたお二方は、発動の衝撃に耐え切れず、私たちの世界から弾き出されてしまったんです』

「いったいドコにッ!」

「場所はわかってんのかッ!」

『幸い、それはわかりました。苦労しましたよー』

ホッと安堵の息をついた一夏と諒兵は、ならばすぐに助けに行くと言いだした。

当然だった。自分のパートナーなのだから。

しかし、そこに天狼が待ったをかけてくる。

『その前に、並行世界について説明しておかなければなりませんよ』

「もう十分聞いたっ!」

「場所だけ教えろっ!」

『今から貴方がたが行く世界は、本来、自分が存在できない世界だとしてもですか?』

天狼の言葉は冷静を遥かに超えて、冷徹な、冷酷とも感じるような響きを持っていた。

このままではいけそうもないと感じた一夏と諒兵は、一旦気持ちを整えて天狼の言葉を待つ。

その姿を見て満足そうに肯いた天狼は、再び説明を始めた。

『先ほども言いましたが、並行世界とは一冊の本のようなものです。最初のページと最後のページではまったく内容が違うということは理解できるでしょう?』

肯く二人に対し、天狼はあくまで冷静に説明してくる。

『いうなれば、その最初のページにレオが、最後のページにビャッコが飛ばされました。二人はそこで、本来なら存在しないにもかかわらず、人として生活してます』

「白虎とレオが人として……?」

「お前ら、人間になれんのか?」

『厳密には人間じゃないんですが、ほぼ近い状態になってしまってます。まあ、あの子たち以外には無理なんですけどね』

「なんでだ?」と、一夏。

『あの子たちは無垢なんです。これは私や他のISコアとも違います。詳しいわけは、帰ってきてから話しても問題ないですので、今は割愛しますね』

問題は、そこではない。

最初のページと最後のページと言い表した世界にこそあった。

『片方にはイチカ、片方にはリョウヘイ、それぞれが存在してます』

「それなら問題ないんじゃないか?」

『いいえ、イチカのほうには本来リョウヘイは存在できません。逆もまた然り。リョウヘイのほうにイチカはいません』

「どういうことだよ?」

『貴方がたは『特異点』と呼ばれる存在なんですよ』

歴史的な大きな事件。

世界を揺るがすような争い。

そういったときにその中心にいてしまう人物、それが特異点である。

ぶっちゃけた話、マンガや小説の主人公みたいな存在なのだ。

『特異点は一人だけを指すわけではないので、イチカのほうにはリョウヘイがよく知る人物、例としてあげるならジョウタロウがいません』

逆に諒兵のほうには、一夏の他には束や千冬といった人物がいないという。

「それじゃ、ほとんど俺たちの知らない世界じゃないか」

「別世界どころじゃねえぞ?」

『ですが、それが事実です。ちょっと苦労しましたけど、何とか映像持ってきましたから、それぞれの世界を見せてあげますね』

そういって空間に映し出された映像を、二人はじっと見つめた。

 

そして数十分後。

「……なんていうか、凄く歪んだ世界だな」

「そっちはマシだろ。こっちは命がけのサバイバルだぜ」

「でも、俺は正直いって一番嫌いなタイプだと思ったぞ」

「……俺も、あそこまで凶暴にはなりたくねえ」

それが、それぞれ、自分がいるという世界を見た感想だった。

 

一夏の世界。

そこにはISがあり、また、女尊男卑がまかり通っている。にもかかわらず、IS学園だけが優遇され、浮いていて、その世界の一夏は異常なほど特別扱いされていた。

 

『ある意味では、とても平和な世界ですね。でも、この世界のシノノノタバネが望む形以外を認めない。鳥かごのような、歪んだ秩序に守られた世界でもあります』

 

諒兵の世界。

驚くことに伝説上の竜の姿をした多数の古代兵器が、人を襲い、大半の人類が殺され続けている世界だった。諒兵はそこで自らも竜となり、竜を殺すモノとして猛獣のように戦い続けていた。

 

『自由な世界ということができるでしょうね。力があれば誰にも束縛されません。ですが、常に死と隣り合わせ。気の休まる暇がない弱肉強食の世界でもあります』

 

天狼の評価も、一夏と諒兵には皮肉としか思えない。

正直、その世界で生きている自分がまったくの別人としか思えないのだ。

「この二つの世界に白虎とレオがいるっつったな?」

『はい』

「どっちになんだ、天狼?」

『イチカの世界にレオが、リョウヘイの世界にビャッコがいます』

そう聞いた一夏の表情が真っ青になる。

弱肉強食のサバイバルな世界に、白虎がいるというのだから。

「天狼ッ、すぐに行き方を教えてくれッ!」

『タイミングはこちらで合わせますから、落ち着いてください。私もビャッコを死なせたくありませんから』

慌てなくても白虎が死ぬようなタイミングで送り出す気はないという天狼の言葉に安心はするものの、落ち着かない気持ちの一夏である。

ただし、今の天狼の説明で、一夏が諒兵の世界に、諒兵が一夏の世界に行くということは理解できた。

『問題はまだあります』

「何だよ?」

『ビャッコとレオには貴方がたの記憶がありません』

「何だってッ!」

『貴方がたには、二人に記憶をインストールしてもらわなければならないんです』

そうしなければ、白虎とレオはこの世界に戻れないのだという。

本来はこの世界のASである白虎とレオだが、本来の記憶がないまま強引に連れ戻すことはできない。

少なくとも今の段階では、一夏の世界と諒兵の世界の住人のままだからだという。

とはいえ、インストールといわれてもどうすればいいのかわからない。

というか、説明すればいいのではないのだろうかと二人は思う。

『貴方がたは本来存在できないといったはずですよ』

「でも、送り出すってことは行くことができるってことだろ?」

「問題あるのか?」

『はい。人として存在できないのですから、人でないモノとして存在させます』

一瞬、何をいっているのかわからなかった。そんな一夏と諒兵を見ながら、天狼は冷静に告げる。

『一夏には諒兵の世界で竜に。諒兵は一夏の世界でISになってもらいます』

しかも、言葉を発することは一切できない。わずかな触れ合いのチャンスを生かして、心を伝えるしか方法がないのだという。

しかし、無茶にもほどがあった。苦労は厭わないが、条件が厳しすぎる。

しかし、天狼の言葉でふたりは黙らざるを得なかった。

 

『あの子たちは自分の記憶を守るエネルギーまで使って単一仕様能力の発動をサポートしました。結果としてわずかに心が残っただけの状態になり、飛ばされてしまったんです』

 

言外に、自分たちのせいだといわれている気がしたからだった。

戦うためにはどうしても白虎とレオの協力が必要だったとはいえ、それでも相当な無理をさせてしまったのだ。

「やってやるさ。レオには助けられてばっかだからな」

「ああ。白虎には飛ぶ楽しさを教えてもらった。そんな最初のことのお礼も、俺にはまだできてない」

そういって二人が立ち上がると、天狼は再び満足そうに肯く。

今までで一番辛い戦いになる。

敵の立場で出会わなければならない一夏。

道具として使われる状況になる諒兵。

それでも、今まで一緒に飛んできたときの想いを、何よりも感謝していることを、白虎とレオに伝えたい。

そう決意したのだ。

『がんばってくださいね。あの子たちのためにも』

そういって天狼は優しく微笑む。

その笑顔に、一夏と諒兵は強く肯き、光となって消え去った。

 

そこにもう一つの光が現れる。

『助かりました、しろにー』

いい加減にしないかと、現れた光は人型となり、疲れた顔を見せる。

どうやら、一夏と諒兵を送りだすには、この存在の力も必要だったらしい。

『特異点同士が友となったこの世界は異常なんでしょうかねー』

その問いに、光の人型は、異常ではなく優しい可能性も世界にはあるのだろうと答えるのだった。

 

 

 

 



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第2話一夏編「白竜(はくりゅう)」

水面に映る自分の姿を見て、一夏は唖然としていた。

光に包まれた直後、青い空と広い海の上に放り出された一夏だが、まったく意識することなく、普通に飛んでいた。

なぜかと思いながら自分の姿を見て、唖然としてしまったのだ。

(真っ白な、竜だ……)

体長はざっと三メートルほどだろうか。

ゲームや御伽噺に出てくるような雪のように真っ白なドラゴン。その目は青く輝いている。

それが自分の姿であることは、手足や、背中に生えている翼を動かすことで理解できた。

しかし、まさか本当に竜の姿になるとは思っていなかった。

そのうえ、驚くことに生物のような印象がない。全身が金属でできていることが理解できるからだ。

竜がまさか金属製の身体をしているとは思わず、一夏は驚きを抑えられない。

だが、驚いてばかりもいられない。

この姿でなければ、この世界には存在できないといわれていたのだから、受け入れるしかないのだ。

(とりあえず、できることを理解しないと)

そう思った一夏は、「あー」と声を出そうとする。

だが。

 

グァアァアアァアァッ!

 

口から飛び出したのは猛獣のような鳴き声のみ。

試しに自分の名前や、白虎の名を叫ぶが、全て同じような鳴き声になってしまう。

(ほっ、ホントに喋れないのか……)

どうやって自分のことを伝えればいいのかと一夏は途方に暮れる。

だが、とにかくまずは白虎を見つけなければと陸地を目指して飛ぶのだった。

 

 

(何だよ、コレ)と、一夏はその光景に愕然としてしまう。

天狼に見せてもらった映像で、竜が人を襲うということは知っていた、知っていたはずだった。

それでも、人の身体が引き裂かれ、食いちぎられる光景は凄惨を通り越して、地獄絵図そのものだ。

これが、この世界の日常だというのだろうか。

当たり前のように、安全圏を目指して必死に逃げる人々の姿を見ると、一夏の心に怒りが込み上げてくる。

(ふざけるなァァァァァァァァァァァァァァッ!)

その思いは、雄叫びとなって空に響き渡る。

仮にここが真実の弱肉強食の世界だとしても、一夏には許せない。

こんな真実は許せない。

ならばどうする。

竜の身となったこの身体で何をする。

答えなど、既に決まっていた。

「グァアァアァッ!」

メキィッと、鉄がひしゃげる音が響く。

気づけば一夏は、金属でできた右腕の爪で、人を襲う竜の身体を引き裂いていた。

戦えるかどうかなど考えもしない行動であったが、結果から見れば十分だ。

この、人を襲うバケモノを倒せる力があるのなら、行使するまでだと次々に鉄の身体を引き裂き、その身に牙を突き立てる。

尻尾を振って薙ぎ払う。

翼を羽ばたかせて、薙ぎ倒す。

さらには担ぎ上げて虚空へと投げ飛ばす。

まるで本能が理解しているかのように、当たり前に、自由自在に身体を使えていた。

(くそッ!)

視界の端に逃げ遅れた親子の姿が映り、一夏はすぐに駆け寄って襲い掛かる竜の身体を引き裂く。

そして振り向き、叫んだ。

(早く逃げるんだッ!)

しかし、それはただの唸り声でしかなく、何より、振り向いた先にいたのは、恐怖に満ちた目で自分を見る親子の姿だった。

(あ……)

何を思いあがっていたのか。

今の自分はヒーローではない。

襲いくるモノと同じ姿形をしたバケモノだ。

でも、それでも。

(助けるんだッ、それでいいッ!)

一夏の心の奥底にある正義感、英雄に近い気質を持つ心が戦いをやめさせない。

我ながら不器用な性格をしていると思う。

もし、仮に自分に何の力がなくても、一夏は戦おうとするだろう。

周りに助けられるだけの人間であっても、自分が助けようとしてしまうだろう。

諒兵と出会い、ケンカを経験しながら剣を磨いたことで、一夏は変わっていた。

それは自分にとってよかったことなのだと今は思いたい。

戦える力があることを、仮にそれで守りたい人が怯えてしまうことがあったとしても、一夏はその力を誇りたかった。

助けた親子が立ち上がり、逃げ出したのを見た一夏は安堵しつつ、襲いくる竜たちを睨みつける。

かなりの数を薙ぎ倒したと思ったが、それでもまだ多数が襲ってくる。

天狼に教えてもらった情報によれば、この世界には竜の力で竜と戦う人間たちがいるはずだ。

それがまだ来ないということは……。

(前線はここじゃないってことか?)

より厳しい最前線に出ていて、ここまで手が回っていない可能性がある。

最悪、自分一人で大群を相手にする必要がある。

それでも、まだ人々の避難が終わっていない以上、せめて全員が逃げおおせるまでは戦い続けるしかない。

(覚悟を決めろ。守り通すんだ)

心の声が『誰を?』と尋ねてくる。

『人間を』と、答えようとして、先ほどの自分を化け物として見た親子の目が頭をよぎる。

せっかく守ってやったのに、と、思わず考えてしまった。

人の価値を勝手に決めようとしている自分に一夏は少なからず戦慄してしまう。

(怖い世界だ……)

守らなければならないはずの人間に対し、無意識に線引きをしてしまおうとしていることが怖い。

これが『自由な世界』なのかと思うと、果たして自由が人間にとっていいものなのかとすら考えてしまう。

(考えてちゃダメだ)

せめてここにいる人たちが逃げ延びるまで。

今は考えることをやめようと思った一夏だが、今の姿のドコにあるのかもわからない耳で、「きゃあッ!」という悲鳴を聞いた。

目を向けると、一人の女の子が転んでいるのが目に入る。

逃げようとして躓いてしまったのだろう。

必死に起き上がろうとする様子を見て、一夏の全身に衝撃が走った。

(白虎ッ?!)

そこにいたのは、虎の耳と尻尾がない以外、白虎そのままの姿の少女だったのだ。

その少女に、一匹の竜が襲いかかる。

(させるかァァァァァァァァァァァァァァァァッ!)

とっさに一夏は翼を広げて少女を庇うように立った。

白虎に良く似た少女を傷つけようとした目の前の竜に怒りが込み上げる。

(何だッ、口の中が熱いッ!)

そう思うや否や、雄叫びと共に一夏は顎を開く。

 

『グアァァァアァァァアァァアァアァアァァッ!』

 

そこから、凄まじい光が一直線に撃ち放たれる。

目の前にいた竜どころか、射線上にいた竜全てが爆散していた。

竜たちの攻撃が途切れるのを確認した一夏は、思わず少女のほうへと顔を向けてしまう。

「あ、あり、がと……」

少女は呆然とした様子であったが、何故か一夏に対してお礼をいってきた。

不思議なことに、怯えている様子がない。

それでも、今の一夏にとって、それは確かな救いであり、また目的にもなった。

(守るんだ)

『誰を?』

(この子を)

漠然と人間と考えるよりも、確かな希望の光だった。

ゆえに、竜たちが再び襲いくる様子を見せてきても、気後れなどしなかった。

この子には指一本触れさせないと一夏は決意する。

(負けるもんかッ!)

力が尽きようが全て倒してやると意気込む一夏。

しかし、目の前の竜の群れは、一瞬、何かに怯えるように動きを止めた。

なんだと思っていると、声が、聞きなれた声が聞こえてくる。

 

『兵団を避けるとか、せこい真似してんじゃねえよ。くたばりやがれ』

 

直後、地獄の劫火とでもいえるような、凄まじい炎が竜の群れを焼き払う。

アレだけの群れが、ほぼ一瞬で壊滅してしまっている。

一夏が炎が放たれてきた方向へと顔を向けると、そこに『赤』がいた。

自分と同じくらいの大きさの、金属でできた赤い竜。

だが、その色に一夏は禍々しさすら感じる。

(まるで、血の色だ……)

鮮血を撒き散らしたようなその色に、一夏は戦慄してしまう。

アレは今の自分と同じで、まったく対極にいる存在だ、と。

しかし、聞きなれた声は間違いなくその赤い竜が発していた。

 

『ケッ、弱すぎて話にならねえな』

 

本当につまらなそうに不満をこぼすその赤い竜は、呆然と見つめる一夏と、既に立ち上がっていながら、一夏から離れる様子を見せない少女の前に降りてくる。

そして、その赤なる異形が、まるで魔法のように解けた。

「お前、誰だ?」

(……諒、兵……)

尋ねてきたのは、首元に血の色の宝玉が埋め込まれているものの、それ以外は自分の親友に酷似した少年だった。

 

 

少女は一人、必死になって空を飛んでいた。

それは、当たり前で、異常な光景だった。

少女の背中には、紅色の、金属でできた竜の翼が生えていたのだから。

「あーもーっ、諒兵のヤツっ、またカッ飛んじゃってッ!」

「追いかける身にもなりなさいよねっ」と、少女は可愛らしく頬を膨らませながら不満を漏らす。

どうやら、諒兵という人物の知り合いらしい。

ツインテールが実に可愛らしい、胸の自己主張が少々足りない少女だった。

「つっても、兵団とは別の場所に小さい群れで来るなんて、古竜も頭使うようになってきたのかしら?」

少女は先ほど、兄貴分でもある知り合いからいわれた言葉を思いだす。

 

「井波たちがいった場所にいる群れと差がありすぎんだ。単に群れの大きさが違うってぇ話じゃぁねぇ。鈴、すまねぇが細かい情報収集たのまぁ。諒兵にゃぁできねぇし」

 

鈴というのが、少女の名前だった。

鈴としては、別に情報収集といった作業自体は別に苦ではない。

「でも、諒兵が暴れた後ってホント何も残んないんだもん」

情報になりそうなものが残っていることを、鈴は割りとマジメに心から願う。

そして、ポツリと呟いた。

「……『赤の竜』は最凶で最悪だもんね」

鈴の表情は呆れているというよりも、どこか誇らしげな、例えるならば自分の恋人を褒めているような印象があった。

 

 

一夏は、目の前にいる親友に酷似した少年を凝視してしまっていた。

この世界の諒兵は竜の力を使って戦っているのだから、情報どおりなら、目の前にいるのは、元の世界の親友でもある日野諒兵であるはずだ。

しかし、持っている雰囲気は明らかに別人だった。

狂犬であったころの親友のほうがまだどこか愛嬌があった気がするほど、目の前の少年は獰猛とすらいえるような殺気に満ちていた。

「聞こえてねえのかよ。『龍機兵』じゃねえのか?」

ああ、確か竜の力を以って竜と戦う人間はそんな呼ばれ方をしていたとどうでもいいことを考える。

とにかく答えようとして、一夏は声を発した。

途端、目の前の少年の目つきが変わる。

「……お前、古竜か。自分の餌を守ってただけか」

(えっ?)

グァッ、グアァアッ、と、一夏は再び唸り声を発した。

そしてようやく自分が人の言葉を発することができない状態だと気づく。

目の前の少年に言わせれば、それが『古竜』というモノなのだろう。

「ちっとは頭が回るやつがいたってことか。気にいらねえな」

(違うッ、俺は白虎を守ろうとしただけなんだ諒兵ッ!)

そう思いながら必死に声を発するが、唸り声か鳴き声にしかならない。

言葉が伝わらないということが、これほど大変なものだとは思わなかったと一夏は焦る。

「離れろチビ」

一瞬、少女に視線を向けてそういった途端、少年の右腕が金属でできた真っ赤な竜の腕に変わる。

増大する殺気でわかる。

本気で自分を殺そうとしているということが。

(そんなっ、戦わなきゃならないのかっ?!)

少年が諒兵であるとしても、そうでないとしても、人間と戦う理由はない。戦いたくない。

しかし、目の前の少年の殺気は増大するばかりだ。

一旦この場を離れるべきだろうか。

白虎に良く似た少女も、今なら安全だろう。

戦ったとしても、今の自分には何のメリットもない。

そう考える一夏だが、もし、目の前の少女が本当に自分のパートナーの白虎であるならば、離れ離れになるのは得策ではない。

そんな迷いが、一夏の動きを止めてしまう。

戦場では致命的なミスだ。

しかし。

「……何のマネだ、チビ」

少年が低い声で問いかけたのは、一夏ではなく、少女だった。

「こっ、この竜、きっと悪い竜じゃないよっ、だから傷つけないでっ!」

少女は、両手を広げ、一夏を庇うように少年に立ちはだかっていた。

「そいつは古竜だぜ。お前は餌なんだろうよ」

「違うもんっ、この竜っ、みんなも守ってくれたよっ!」

(白虎……)

その想いが、一夏は嬉しかった。

見た目を気にすることなく、自分がやっていたことをしっかり見ていてくれたということが。

「どけよ」

「どかないっ!」

「チッ」と、舌打ちした少年は、イラついた様子で竜の腕と化した右腕の指を鳴らす。

「どかねえなら、お前ごと引き裂くだけだ。人一人の命なんぞ、羽より軽いことくれえ知ってんだろ?」

そういって再び殺気を向けてくる。

一夏には、少年がいっていることが信じられなかった。

自分の知る諒兵なら、力のない者を巻き込んだりしないし、守ろうとする点では自分と同じだ。

何より、そういった弱い人たちにまで殺気を向けたりはしない。

しかし、目の前の少年はどこか達観した様子で、言葉を続けてくる。

「お前一人いなくなっても世の中は何も変わらねえんだよ。けどな、竜をここに残すわけにゃいかねえ。お前のわがままを聞いてやる気はねえぜ」

このまま少女が自分を守ろうとするならば、本当に少年は少女ごと自分を引き裂きかねないと一夏は理解する。

でも。

(白虎を傷つけたら、お前でも絶対許さないぞ諒兵)

一夏は意外と沸点が低い。

守りたいものを傷つけようとするものに対しては、わりと簡単に怒ることができる。

その怒りを、そのまま少年に叩きつけた。

ビリビリと大気が震える。

しかし、少年はそれを感じて、なお、笑った。

「おもしれえ。気持ちいい殺気を叩きつけてくんじゃねえか」

血に飢えた獣のような顔で笑う少年に、一夏もさすがに戦闘態勢を取る。

なんとしても目の前の少女だけは守り抜く。それだけは決して変えたくない。

ゆえに、少年が本当に諒兵であったとしても、戦うことをためらわないと決意する。

直後。

 

「落ち着けおバカっ!」

 

ゴインッと、少年は頭を強かに叩かれて、思わず蹲ってしまった。

あっけに取られた一夏の目に、金属でできた竜の翼を生やし、右手が竜の腕と化している少女の姿が目に入る。

(なっ、鈴ッ?!)

現れたのは、自分がよく知る幼馴染みの一人に酷似した少女だった。

「何しやがる鈴ッ?!」

「石頭なんだから、私が殴ったくらいで壊れないでしょ」

さっきまで、少年が放っていた殺気が一気に雲散霧消してしまっている。

鈴と呼ばれた少女の乱入によって、空気が一気に弛緩していた。

一夏はホッと息をつくものの、どうしてこの世界に自分の幼馴染がいるのかと疑問に思う。

もっとも、その疑問も口に出すことはできないが。

すると、目の前の二人が勝手に会話を始めた。

「古竜だぞ。ほっとく気かよ」

少年にしてみれば、竜を守る時点で、少女は障害であるといえるらしい。ゆえに排除しようとしたのだろう。

もっとも鈴という少女に言わせると。

 

「殺せもしないくせにイキがるんじゃないわよ。脅せば逃げるとでも思ったんでしょうけど、おあいにく様。ハラを決めた女は強いのよ」

 

と、いうことらしい。

なるほど、少年は少女が逃げ出すだろうと考えて殺気を向けてきたのかと一夏は少しばかり安心した。

「あの……?」と、白虎に良く似た少女が声をかける。

「ああ、ゴメンね。私は鈴川鈴(すずかわ りん)、こっちのバカは日野諒兵」

少年が間違いなく諒兵であったことを確認すると同時に、自分の幼馴染に酷似した少女の名が、まったくの別名であることに一夏は驚く。

(他人の空似なのか……)

まあ、似たような人間がいたとしてもおかしいことではないのだろうと思うも、正直に言えば、ここまで似ることがあるのだろうかと疑問に思う一夏である。

そんな一夏の思いを見事にスルーして、鈴は少女に話しかけた。

「私のことは鈴でいいわ。んで、あんたの名前聞いてもいい?」

鈴が向けてきた人懐っこい笑みで安心したらしく、少女も名乗り返す。

「……私は、虎丸白虎(とらまる びゃっこ)」

「うわお、強そうな名前ねえ」

(……たぶん、いや間違いなく白虎だ)

そう思う一夏だが、いくらなんでもな名前に少しばかり呆れてしまっていた。

「さっきね、この竜に助けてもらったの」

そういって微笑んだ白虎という少女の表情を見て、鈴は納得したように肯く。

「……そっか、あんたも竜に魅入られちゃったのね」

それはまるで、同じ想いを抱く仲間を見つけたような表情だった。

「どうすんだよ」と、諒兵がぶっきらぼうに鈴に問いかける。

「蛮兄呼びましょ。この竜、話してても全然襲ってくるような様子見せないし。私らじゃ判断できないわ」

そういった鈴に対し、諒兵はため息をつく。

(良かった。蛮兄も近くにいるんなら、何とか話を進められそうだ)

できれば、自分の知る兄貴分とあまり変わっていてほしくないと一夏は願う。

すると、鈴は再び白虎に顔を向けて声をかけてきた。

「白虎、悪いけどちょっと待っててくれる?」

「あっ、うん、わかった」

「それと、聞きにくいんだけど、さ……」

「わかってる。家族は、……いないから」

少し悲しげに答える白虎の姿に一夏は胸を痛める。

悲しいことに、この世界では、それが当たり前なのだろう。だから白虎はわかってると答えたのだ。

そんな当たり前を壊すことができればいいのにと一夏が思っていると、鈴は一夏にも声をかけてきた。

「とりあえず、あんたも待っててくれる?」

どう答えるべきかと考え、肯定の意を示すために首を縦に振る一夏の姿に、諒兵が目を見張る。

人の言葉がわかるとは思わなかったのだろう。

それが伝えられただけでも収穫だと、一夏は安堵の息をつく。

「でも、あんたとか、竜とかじゃ、なんか呼びにくいわね」

「鈴、ペット飼うんじゃねえんだぞ」

「さすがにペットとか思わないわよ。ただ、名前は必要なんじゃない?」

「それなら……」と、白虎は数秒考え、わりとあっさりと名前をつけてきた。

「白竜、雪みたいに白いし、それに私とお揃い」

(そっか。白虎と白竜、悪くないな)

感謝の思いを込めて首を縦に振る一夏に、白虎は照れくさそうに笑うのだった。

 

 

 

 



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第2話諒兵編「赤鉄(あかがね)」

目を覚ました諒兵の目に映ったのは、無数の打鉄やラファール・リヴァイブが整然と並べられた場所だった。

(IS学園の格納庫か……)

自分が通っているIS学園と構造が同じならば、間違いなく以前、学園見物で見かけたISの格納庫であると諒兵は判断する。

天狼がいったことが正しいなら、今の自分はISになってしまっている。

ならば、格納庫は自分がいる場所としては正しいだろう。

(つっても、このままじゃあな)

レオを探すためにも、どうにかして出なければならない。

そう思った諒兵は、身体を動かそうとして、できないということに気づく。

(おい、まさか、誰か乗ってくれねえと動けねえのか?)

と、誰とはなしに問いかけてしまう。

しかし、ISはあくまで人が乗るものだ。

ならば、自分勝手に動けるはずはない。

自分の世界でISが覚醒したのはディアマンテの力によるものなのだから。

(ちょっと待てッ、どうやってレオを探すんだよッ!)

自ら動くことができないのでは、レオが見つけてくれるのを待つしか方法がない。

まさか最初の一歩で頓挫するとは思わず、諒兵は途方に暮れてしまう。

『座り込んで』どう動くべきかと考える諒兵。

いずれにしても、どうにかして動かない限り、レオを見つけることができないのだから、誰でもいいから格納庫から引っ張り出してほしいと思う。

(てか、専用機になるのが一番いいのか)

誰かが自分を専用機にしてくれれば、その動きに合わせて自分も動くことができる。

いいアイデアだ、と思うものの(ちょっと待て)と思わず自分に突っ込んでしまう。

天狼に貰った情報に頼らなくても、IS学園は例外を除いて女性しかいないことは理解している。

この世界の一夏が白式を専用機にしているらしいことは聞いているので、そうなると自然と別の生徒になる。

つまり。

(鈴やラウラに殺される。てか、弾あたりマジで刺しにくるよな……)

うら若き女生徒と生活を共にするということになるのだ。

自分を慕うラウラや、想い人である鈴音、そして悪友ともいえる弾あたりはマジで折檻を通り越して、粛清しそうな気がしてきた。

レオも嫉妬するだろうが、レオを探すためなのだから筋違いである。と、諒兵は主張したい。

(あー、でも、それ以外に手がねえぞ)

ガリガリと『頭を掻いて』悩みこむ諒兵である。

そうして、ようやく違和感に気づいた。

さっきから、自分は人間らしい行動をしているのだ。

とはいっても、今の身体であるはずのISは動いていない。

だが。

(ネットワークの中なら俺自身で動けるのかっ!)

今、動いている自分は、ISコアの中にいる人格データということができるのだろう。

無理にISとしての身体を動かさなくても、コア・ネットワークなら自分で動くことができるということに諒兵は気づく。

ならば。

(専用機のコアに行きゃ、状況は確認できるはずだ)

なんとかして外の世界に干渉しなければならないが、その方法を探すためにも、まずは動き回ることを諒兵は選択した。

 

本来ならば、アドレスを指定して行き先を決めなければならないコア・ネットワークの移動だが、諒兵がそんなことを覚えているはずがない。

めくらめっぽうに動くしかなかった。

しかし、それでは迷う可能性もある。

公称されているISコアの数は467個。

それぞれがどこに有るのかわからない以上、下手に動くと地球の裏側に行ってしまう可能性もある。

(イメージしてみっか)

知り合いの専用機を漠然とイメージしてみることで、大まかに移動先を絞れるかもしれない。

そう考えた諒兵は、まずは猫鈴、すなわち甲龍をイメージしてネットワークの中を飛び立った。

気づくと、誰かの声が聞こえてくる。

 

「では、この問題を解いてもらいます」

 

(うげ)と、思わずげんなりしてしまう諒兵だったが、どうやら移動はうまくいったらしいと安心する。

どうやらちょうど授業中だったらしい。

なんとかして周囲が見えないかと目を凝らすと、目の前に画像が現れた。

見てみると、鈴音が授業を受けている姿が映っている。

ここが甲龍のコアであることに間違いはないらしい。

しかし。

(あり、さっきは普通に見えたよな?)

自分の身体らしきISの中にいたときは、周囲がしっかり見えていたのだが、今はモニターのようにしか見えないことに疑問に思う。

少しばかり考えて、他のコアに間借りしているようなものだからかと結論付けた。

(ISコアに心があるのは、こっちの世界でも同じなのか?)

しかし、自分の世界のようなはっきりとした意思を感じない。

諒兵にしても、一夏にしても、完全に共生進化する前から、ISコアに意思があることは漠然と感じられていた。

しかし、この世界ではほとんど感じられない。

(いや、なくもねえな。すげえ薄いけど)

消えそうなほど、薄く、脆い気配があることを感じられる。

これが甲龍の心だというのなら、対話など無理な話だ。

どうしてかと思い、周りを見回してみて、その答えに気づいた。

小さな、子どものような人影が、そこに佇んでいたからだ。

どう見てもマトモに話ができるとは思えない。ただ、確かにそこにいる。

(……赤ん坊みてえなもんなのか)

生まれたばかりで、心がはっきりするほど成長していない。

人と共にいることで辛うじて育ってきたのだろうが、ちゃんと対話できていないのだろう。

ゆえに、子どものような人影のままなのだと諒兵は理解した。

『ちっとだけ居候させてくれな』

そういって頭を撫でると甲龍のコアはどこか嬉しそうな雰囲気を伝えてくる。

どうやら、居候を許してもらえるらしいと考えた諒兵は、とりあえず情報を集め始めた。

どうやら時期的には秋口らしい。

夏休みは既に終わっているようだ。

(俺らんとこは、臨海学校から激変したかんなあ……)

こっちでは普通に夏休みがあったのだろうと思うと、少しばかり羨ましいとも思う。

何せ、現在、IS学園で遊撃部隊として戦っているメンバーは確実に留年するだろうからだ。

(鬱になるぜ……)

高校一年生をもう一回やりたいとは正直思わない諒兵である。

それはともかく、鈴音がいるということはここは1年2組のはずだ。そう思って見回してみると、ティナの姿もある。

クラス構成はそう変わらないのだろうかと諒兵は思う。

それに。

(レオっぽい奴はいねえな)

どうやらここにはいないみたいだと諒兵は肯き、ならば、と次の目的地を決める。

(オーステルン、シュヴァルツェア・レーゲンか。そっち行ってみっか)

自分の世界と変わらないなら、そこは1組になるはずだ。

そんなことを考えつつ、甲龍のコアに暇を告げ、諒兵は再び飛び立った。

 

待機形態がどうなっているかということはあまり問題ではないらしい。

と、シュヴァルツェア・レーゲンのコアに移動してきた諒兵は安堵の息をついた。

シュヴァルツェア・レーゲンは待機形態だとラウラの脚に巻きついているからだ。

それでも、一応普通に周囲の映像を出すことができる。

先ほどの甲龍同様に、子どものような人影をしたコアに話しかけつつ、居候させてもらう。

やはり、シュヴァルツェア・レーゲンもオーステルンのようなはっきりした人格は持っていないが、存在自体はちゃんとあった。

ただ。

(なんか、寂しそうだな……)

はっきりとはしていなくても、心はちゃんとある。

なのに話ができないというのは、辛いものがあるのだろう。

なんとなくではあるが、諒兵はこの世界のISコアに同情してしまっていた。

しかし、自分がこうして動き回っているのは、レオを見つけるためだ。

目的を忘れてはならない。だからこそ、甲龍のところにいたとき、あえて鈴音のことは考えないようにしていたのだから。

同様に、ラウラのことも考えないように諒兵は心がけていた。

どちらにしても、自分の知っている彼女たちではないのだから、と。

しかし、1組の様子を見てみて、まず、大きな違いに気づく。

(シャルの奴、1組のまんまなのか)

自分の世界では3組に編入となったシャルロットが、1組で授業を受けていた。

やはり、多少はクラス構成は異なるらしいと諒兵は理解する。

(3組どうなってんだ?)

後で調べてみようと、別の方向に視線を向けると、箒の姿が目に入る。

そこに、違和感があった。

(……紅椿。そか、この世界だと操縦者になってんのか、篠ノ之の奴)

諒兵は紅椿の待機形態を見たことはない。

それでも、箒がISを持っていること、そのISが紅椿であることは理解できた。

正直に言えば、諒兵は箒が紅椿を持つことに対して、あまりいい印象を受けない。

力に呑まれてしまうのではないかと思うからだ。

そうでなければいいと思いつつ、別の方向に目を向ける。

(セシリアは、あんま変わんねえ感じだけど、なんか雰囲気違うな)

そこまで重要ではないだろう、と、できるだけ意識を割かないようにするが、妙に残念な印象を受けるのが気になった。

そして一夏のほうに目を向ける。

自分の知ってる一夏が、あまり好きになれないといっていたが、見た目の印象からは、そこまで悪い奴とも思えなかった。

その腕にガントレットが嵌まっている。

(アレが白式、妙だな……)

何故か、他のISコアと、受ける印象が異なるのだ。

変に近づくべきではないかもしれない。

そんなことを考えていると、その待機形態の白式から、睨まれているような視線を感じ取る。

(チッ、マジいなッ!)

身の危険を感じた諒兵は、いったん甲龍へと戻るのだった。

 

その後も、とりあえずIS学園内に存在するコアを移動しつつ、情報集めをしていた諒兵だったが、自分の身体らしきISコアに戻ってきて、どうしたものかと頭を悩ませていた。

(3組の知り合い、シャルだけだったしなあ)

4組の簪、2学年の生徒会長の楯無、さらにそこで専用機持ちの情報を集め、できるだけ動き回ったのだが、できれば見ておきたいと考えていた3組だけどうしてもいけないのだ。

覚えている限り、3組の専用機持ちは自分の世界ではシャルロットだけだった。

そうなると移動のしようがない。

飛び回った中で、レオらしき人物を見つけられなかったこともあり、どうしても3組にいってみたくなっていた。

(3組の専用機持ちが他にいるかどうか、情報を集めるしかねえな)

いくらなんでも3組だけ専用機持ちがいないということはないだろうと諒兵は思う。

というか、戦力が1組に偏りすぎだ。

確かに一夏、ラウラ、箒はまだ理解できる。

おそらく千冬でなければ押さえがきかないだろう。ラウラはラウラ自身が、一夏や箒の場合、周りがといった違いはあるだろうが。

しかし、セシリアやシャルロットは他のクラスでも十分にコミュニケーションがとれるはずだ。

そっくり3組に回しても問題ないだろうに、何故こうまで1組に集中させるのか、諒兵には理解できなかった。

自分の世界では、セシリアは最初から1組で、ほとんど代表のように雑務を引き受けてくれているから1組にいた。

ラウラは性格的に千冬以外では抑えられまい。

しかし、同じ流れならばシャルロットあたりは移動してもおかしくない。

にもかかわらず1組に存在する。

さらに調べてみてわかったのが、専用機持ちのみでのタッグトーナメント戦が近く開催されることだ。

いくらなんでも1組、正確には一夏を優遇しすぎだろうと思う。

それは学園全てが、だ。

つまり、生徒たちも一夏を優遇しているような印象がある。

とはいえ、一夏はIS学園に入学してからの経験しかないので優遇されるのも仕方ないのはわかる。

唯一の男性操縦者ならば、保護する必要も、鍛える必要もあるだろう。

だが、ちゃんと他の生徒を育てるならば、専用機持ちは1年次はあくまでサポートに回し、普通の生徒を鍛え、全体のレベルの底上げをすべきではないかと諒兵は思う。

その上で、少し一夏を優遇するくらいなら、まだ理解できる。

しかし、そうではないのだ。

ゆえに。

(まるで一夏のためにあるみたいだな、このIS学園……)

一夏自身よりも、一夏を何かに仕立て上げようとしているこの学園に対して、酷く歪んだものを感じる諒兵だった。

 

いずれにしても、今の段階でIS学園内で見られる範囲は全て探している。

そして、天狼が、レオがいる場所に送るといっていた以上、そう遠くない場所にレオはいるはずだと諒兵は推測する。

と、なれば。

(3組が一番怪しくなる。やっぱどうにかして見に行かねえとだな)

そう考えていた諒兵の耳に、女子たちの声が飛び込んできた。

 

「今度のタッグトーナメント酷くない?」

「専用機持ちのみなんて、うちのクラス、思いっきり、ディスってるよねえ」

「ホントホント」

 

どうやら数名の生徒たちのようだ。

わざわざ格納庫まで何をしにきたのだろうと思うが、とりあえず、これも何かの役に立つかと思い、諒兵は耳を傾ける。

 

「チャンスがあるだけマシでしょう。この学園が偏ってるのは今に始まったことじゃないですし」

 

(ん?)と、ある声に諒兵は何故か聞き覚えがあるのを不思議に思う。

 

「でも、専用機なんて、運がなきゃ持てないじゃん」

「1組のアイツなんて、まさにそれだけだし」

「あんまり悪口を言わないほうがいいですよ。どこで誰が聞いてるかわからないんですから」

 

間違いなく聞き覚えがある。

そう感じた諒兵は、声の方向に視線を向ける。

そこにいたのは、女生徒たちと、耳と尻尾がない以外はレオそっくりで、IS学園の制服を着た少女だった。

髪の色がもともと黒いせいか、まさに日本人といってもいいくらい馴染んでしまっている。

(まさか、あの子がレオかッ?)

このタイミングを見越して天狼がこの世界に送り込んだというのなら、いくら感謝しても足りないくらいだと諒兵は思う。

 

「明後日の学年合同授業の模擬戦で成績を残せれば、仮の専用機持ちとしてトーナメント参加も許されるんですし、少しでも練習しておくべきですよ」

「一日二日じゃなんともなんないって」

「まあ、だから得意な機体とか、武装とか選んどきたいんだけどさ」

「レオっちはマジメすぎ。損するだけだよ」

 

(おい、ちょっと待て)と、諒兵は思わず突っ込みたくなった。

そのまんまの名前で、この世界にいるのか、と。

名付けた自分が言うのもなんだが、女の子向けの名前ではないと思うだけに、なんだか申し訳ない。

何せレオらしき少女は外見は本当にマジメな優等生といった姿をしているからだ。

もっともそんなことを考えてる場合ではない。

せっかくレオがこの場に来たというのなら、なんとしてでもきっかけを作りたい。

そう思った諒兵は、必死にレオの名を叫び、身体を動かそうとした。

だが、ガシャン、という音を響かせ、諒兵の身体は横倒しになってしまう。

(くそっ、気づいてくれレオッ!)

諒兵の必死な願いが届いたのか、レオらしき少女がこちらに近づいてくる。

「どうしたのー?」

「立てかけてあった機体が倒れたみたいです。手を貸してくれませんか?」

「えー、めんどいよー」

そんな返答に少女は苦笑いしつつ、諒兵の身体に歩み寄る。

そして手を触れつつ、少女は呟いた。

「……『赤鉄』、こんな機体ありましたっけ?」

「あれ、それって欠陥機じゃなかった?」

(なぬっ?)

別の少女の答えに、諒兵は思わず変な声を出してしまう。

乗ってもらう以前の問題をまさか自分自身が抱えていたとは思わなかったのだ。

「確か、倉持技研の第2世代の試作機で、ちょーピーキーで誰も扱えなかったって聞いたよ」

「それに、武装を載せる領域もないとか。装甲にくっついてる大きな爪以外、攻撃方法がないんだって」

「ホントに欠陥機なんですね……」

(てんろォーッ、なんで普通の打鉄にしなかったァーッ!)

専用機以前に使ってもらえるかどうかもわからないレベルの機体では、この場にいる意味がない。

せめて想いだけでも伝われと必死に願う。

「……でも、ちょっと乗ってみたい、かな」

「えー、やめときなよー」

「ダメ元ですよ。トーナメントに出るチャンスなんて、ほとんどゼロでしょう?」

ならば変わった機体を動かすことで今後のために経験値を稼ぎたい、と、レオらしき少女は一緒にいる友人らしき女生徒たちに説明する。

そこまでいうなら、と、女生徒たちも納得したらしい。

「私は獅子堂レオ(ししどう れお)です。お願いしますね、赤鉄」

(た、助かった……)

思わずそう呟いてしまう諒兵だった。

それでも、この少女が間違いなくレオであることは理解できた。

ならば、少しでも力になりたいと思う。

今まで、たくさん力を貸してもらってきただけに。

(こっちこそよろしくな、レオ)

差し当たっては明後日の模擬戦、レオが満足できるような結果を残すために、と、諒兵は気合いを入れたのだった。

 

 

 

 



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第3話一夏編「異形の兵団」

一夏と白虎が連れてこられたのは、屈強な戦士たちが集まる宿舎だった。

思わず緊張してしまう。誰も彼もが強いということがその空気で理解できたからだ。

(ここが、蛮兄や諒兵たちが暮らしてる場所か……)

下手なことはとてもできそうにないと、一夏は改めて気を引き締めた。

 

先ほど、鈴がある場所に連絡すると、蛮兄らしき人物から指示が来たと彼女は説明してきた。

「会ってみたいってさ。あと、白虎も保護してあげるって」

「ありがとっ、鈴っ!」

そんな少女たちのやり取りに、懐かしい姿を見た気がして、一夏は思わず微笑んでいた。

実際には竜の形をしている顔はピクリとも動かなかったのだが。

それはそれとして、指示があったということで、一夏と白虎は『龍機兵団』と呼ばれる集団がいる場所まで連れてこられたのだ。

どういうところなのかは白虎もよく知らなかったらしく、鈴に尋ねてくれたので、その説明を一夏も聞いていた。

単純に言えば、この世界の諒兵のような人間たちが、竜の脅威から人々を守るために集まった軍隊だという。

世界に同様の軍隊が五つあるらしい。

それが、世界各地を襲う竜から、人々を守っているのだという。

もっとも。

 

「変身したら見た目は竜と一緒だから、普通の人がいる場所じゃ暮らしてけないのよ」

 

と、鈴は苦笑まじりに付け加えてきたが。

人を守る人たちが、人から離れさせられている。

(おかしいだろ、それって)

酷く歪んだ状況ではないかと一夏は思う。

竜に対抗するため、あえて竜になって戦っている人たちの、ある意味では犠牲の上に生活が成り立っているのに、自分の生活圏から除け者にして生を謳歌することができる人がいることが一夏は信じられなかった。

諒兵は気にしている様子など見せないし、鈴も悲壮感があるわけではないのだが。

鈴といえば、女で竜の力を得た人間は非常に珍しいのだという。少なくとも日本には鈴しかいないらしい。

「どうして?」

「あんたと同じだと思うわ。たぶんね」

白虎の言葉にそう答えた鈴は、どこか照れくさそうにしていた。

 

そして時間は今に戻る。

諒兵と鈴、一夏と白虎の前に現れたのは、首に銀の首輪こそ巻いていなかったものの、一夏の知る兄貴分とほとんど同じ姿をした人間だった。

「無事で何よりだ」

「ああ」

「ま、私が行ったときはほとんど終わってたしね」

諒兵がつまらなそうに、鈴が可愛らしくウインクしながらそう答えるのを見て、現れた人物は苦笑いを見せる。

そして一夏と白虎のほうへと視線を向けてきた。

「で、そいつらが鈴のいってた竜と娘っこか。俺ぁ蛮場丈太郎だ。一応ここの責任者やってんだ。よろしくな」

「あっ、はいっ!」

一瞬、白虎に釣られて「はい」と答えそうになった一夏だが、唸り声になってしまうことに気づき、慌てて首を縦に振る。

その姿を見て、丈太郎はニヤリと笑った。

「えらく変わった竜だなぁ。俺らと変わんねぇじゃねぇか」

「少なくとも人の言葉はわかるみてえだ」

「なら、話ぁ早ぇやな」

どうやら即座に攻撃される心配はないらしいと一夏は安堵する。

ここにいるのは、竜の力を持った人間だ。それに人を守っているという軍隊だ。戦いたくない。

しかし、そうなると、攻撃されたら全力で逃げるしか生き延びる方法はないだろう。

できれば白虎の近くにいたい一夏としては、ここから逃げ出したくはない。

できるだけおとなしくしていなければ、と、一夏は自分の一挙一動にひたすら注意していた。

そうしていると、別のところから声がかけられる。

「その白い竜がお話の竜ですか?」

「おぅ、井波か。そっちぁどうだった?」

「撃退には成功しました。被害報告は後で書類にまとめて報告します」

現れたのはまだ二十代前半くらいの青年だった。

眉目秀麗といった感じではないが、好印象を感じさせる、マジメそうな青年だ。

旧知の仲らしく、丈太郎はだいぶ砕けた様子で一夏と白虎のことを説明する。

もっとも自分の知る限り、丈太郎は誰に対しても相当砕けた物言いをするのだが。

「お疲れさん。で、おめぇのいうとおり、こいつが例の竜で、こっちの娘っこが保護対象だ」

「そうですか。鈴川君と同室で?」

「それでいいだろ。無理に空き部屋使うこたぁねぇ」

どんどん話が進んでいってしまうので、一夏としては困るのだが、さりとて唸り声と鳴き声しか出せないのでは話のしようがない。

すると。

「あの、白竜とは一緒にいられないの?」

と、白虎が丈太郎に尋ねかけた。

そんな白虎の言葉に丈太郎は苦笑いを見せる。

「そいつぁ宿舎に入るにゃぁ、ちぃとデカすぎんなぁ。倉庫で我慢してくんねぇか?」

別に困らせる気もないので、一夏は首を縦に振る。

その姿を見て、井波と呼ばれた青年も驚いたような表情を見せる。

言葉がわかるというのは、意外なほど効果があるものらしい。

「はくりゅー……」

(大丈夫だよ、白虎)と、そんな思いを込めて一夏が首を縦に振ると白虎も納得した様子で肯いた。

その姿を見て、井波から感心したような声が上がる。

「本当に変わった竜ですね。龍機兵でないことが信じられない」

「こいつ、竜の群れと戦ってたし、どっかイカレてんのは確かだと思うぜ」

(イカレてるってなんだよ)と、思わず諒兵に突っ込みたくなった一夏である。

そんな一夏に対し、「まあ、それなら」と、井波はわざわざ顔を向けて告げてきた。

「僕は職務上、君が暴れたときは倒さなければならない。倒されたくなければ、おとなしくしていてくれ。僕の言ってること、わかるかな?」

(アレ?)

最後の『僕の言ってること、わかるかな?』という言葉に、何故か聞き覚えがある。

最近ではない。

ほとんどおぼろげな記憶の中で、そういった人がいたことを一夏は思いだした。

(まさかこの人っ、『せーごにーちゃん』なのかっ?)

昔、まだ一夏が篠ノ之道場に通っていたころ、その道場には一夏より五歳年上で、天才と呼ばれた少年剣士がいた。

一夏にとっては最初の憧れだった。

千冬は確かに強いが家族だ。支え合うべき相手だ。

でも、その人は違う。

年が近かったこともあるせいか、純粋に兄のような存在として、何よりその剣の腕に憧れたのだ。

篠ノ之一家が保護プログラムによって離散する羽目になり、道場が閉められたことと、その人自身が引越ししてしまったことで、すっかり忘れていたのだが。

それでも、一夏の剣に千冬同様に少なからず影響を与えた人だった。

その人の口癖が、教えたこと、伝えたことに対し、必ず最後に『僕の言ってること、わかるかな?』と付け加えることだった。

昔、剣でわからないことを教えてもらっていたときに、よく聞いていたので一夏は覚えていたのだ。

その名は井波、井波誠吾(いなみ せいご)。

一夏は『せーごにーちゃん』と呼んで慕っていた。

間違いないと思った一夏は、思わずブンブンと首を縦に振る。

「はは、そこまでしなくてもわかったよ。気をつけてくれればいいから。あと一応名乗っておこう。僕は井波誠吾。龍機兵団で戦闘部隊の隊長をしてるんだ」

まさか、自分の知る人間が、この世界でまったく別の立場にいるとは、と驚く。

思っていた以上に、この世界は自分の世界と近いのかもしれないと一夏は考えるのだった。

 

 

その日の夜。

「おとなしくしててくれ」と丈太郎に案内された倉庫で、一夏は横になっていた。

とはいっても、猫か何かのように身体を丸めている。人のように寝ることができないのだから仕方ない。

また、白虎は鈴と一緒の部屋で暮らすことになったらしい。

彼女自身、竜の力を持っているようだし、護衛としても十分な能力があるのだろう。

とりあえずは一安心だと一夏は思う。

(しっかし、鈴川さんって鈴そっくりだよなあ)

鈴のことはとりあえず鈴川さんと呼ぶことにした。

『鈴』だとどうしても自分の幼馴染みを思い出してしまうからだ。

だが、鈴の外見は自分の幼馴染みとほとんど変わらない。

何らかの理由があるのか、それとも単なる他人の空似か。

鈴だけならともかく、他にもいるのだから悩ましい。

(鈴川さんやせーごにーちゃん、蛮兄、そして諒兵、か……)

自分の知り合いに似て非なる人たち。

天狼は、本来一夏はこの世界にはいられないといっていた。

つまり、この世界の特異点である諒兵とつながりが強いということだ、と。

同じことが、諒兵が行っているだろう世界にもいえる。

特異点である一夏とつながりが強い人たちの中には、この世界にはいられない人間がいるのだ。

(千冬姉や束さんがいないらしいし、箒もたぶんいないんだろうな……)

つながりが強いということで一番に考えたのがその三人だった。

千冬は自分の姉だし、世界最強のブリュンヒルデなのだから当然のこととして、束は世界を変えたISを作り出した張本人だ。

二人がいないのは当然だろう。

そして、箒は束の妹だ。

自分たちの世界でも、一夏の世界といわれる場所でも、重要人物なのは間違いない。

(逆に、いたらおかしいのか)

丈太郎は指折りの天才科学者だと鈴から説明された。

それに対抗できるだろう束がいれば、世界が成り立たなくなってしまうのかもしれない。

(仕方ないんだろうな……)

それが寂しくもあるが、今は考えていても仕方ない。

白虎に記憶をインストールして、元の世界に帰らなければならないのだから。

とりあえず、追い出される心配は今のところない。それに白虎は自分に対して距離を置いたりしていない。

ならば、後はどうやってインストールするかなのだが、この点についてはまったくわからない。

天狼も説明してくれなかった。

(どうすればいいんだよ、まったく)

肝心なところで役に立たないASだと一夏は少しばかりふてくされる。

そんなことを考えていると、ガラガラと倉庫の扉が開かれ、一人の青年が入ってきた。

遠目に見ただけだが、確か戦闘部隊の一人だったはずだと一夏がのん気に見ていると、唐突にその腕が竜の腕に変化して、振り下ろされる。

(なッ?!)

慌てて移動した一夏は、四つんばいになり、まさに獣のような唸り声を上げる。

「なんで、こんなところで竜がのん気に寝てるんだよ」

と、青年は震える声でそう告げる。

だが、その目は爛々と輝いていた。

それは間違いなく、憎悪の光だった。

「竜は皆殺しだッ!」

(マズいッ!)

本気で襲いかかってきているが、反撃するわけにはいかない。

そう思い、とにかく距離をとろうと地を蹴るが、青年は腕だけではなく、脚まで竜の脚に変え、すぐに追いついてくる。

「死ィネェェェェェッ!」

狂気すら感じさせる声を上げる青年に、一夏はこの世界の歪みを見たような気がした。

そこに。

「落ち着け」

表れた白衣の男は、自分の周囲に従えていた金属でできた大蛇の頭のうちの一つを放ち、男の腕を止めた。

「何をッ?!」

「そいつぁたぶん、おめぇが憎むような竜じゃねぇ。見なかったことにしとく。宿舎に戻んな」

納得した様子ではなかったが、その青年は倉庫から出て行った。

とりあえず、戦わずに済んだと一夏は安堵の息をつく。

「悪かったな」と、一夏を助けた男、丈太郎は頭を下げてくる。

その周囲には幾つかの大蛇の頭が浮かんでいた。

一夏が呆然とそれを見ていると、丈太郎は苦笑する。

「気づいてなかったか。俺も竜の力ぁ持ってる。俺ぁヒュドラ型でな。こいつぁ、俺の頭のうちの一つだ」

ぽかんとしていると、丈太郎は自分について説明してきた。

頭が八つ、尻尾が八つあり、全長五百メートルはある巨大な蛇。

それが自分が変われる竜の姿だという。

(や……、ヤマタノオロチじゃないか……)

似て非なる、とはいえ、まさかこんな大きな違いがあったとは、と、一夏は呆れてしまっていた。

しかし、誠吾は何もしないといったし、丈太郎も大丈夫なことをいっていたのになぜ襲われたのかと一夏は思う。

できれば問いただしたいところだが、どうやらこっちの気持ちを組んだらしく丈太郎は説明してきた。

「ここにいる連中ぁ、たいてい竜に家族や大事な人間を殺されてんだ。井波なんざぁその代表格っていってもいい」

(せーごにーちゃんがッ?!)

「だから、みんな竜を憎んじまう。そのせいで竜になってでも戦おうとすんだ」

矛盾している、と、一夏は思う。

憎む相手そのものになってまで、復讐したいという気持ちは、正直にいって理解できる気がしない。

自分が、どちらかといえば平和な世界から来たからなのだろうか。

「風当たりゃぁ強ぇかしんねぇが堪えてくれや」

(別に、いいけど……)

そう思う一夏だが、自分に語りかける丈太郎を見ていると、どこか自分の知る『蛮兄』とは違うように思える。

酷く、何かを悔やんでいるように見えるのだ。

「頭を一つ置いとくかんな。気にしねぇで寝てな」

そういって去っていく丈太郎の、どこかいつもより小さく見える背中を見ながら一夏は思う。

(何があったんだよ、蛮兄……)

何か、重すぎるものを背負ったように見えるその背中が、酷く悲しかった。

 

 

翌朝。

眠っていた一夏の意識が覚醒すると、やけにやわらかいものが身体に触れていることに気がついた。

(あれ?)と、思った一夏がよく見ると、どうやら毛布が身体にかけられていたらしい。

別に寒さを感じるような身体をしていないため、まったく必要ないものなのだが。

もっとも、かけた本人にとっては必要なものだったのだろう。

一夏の耳にすよすよと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。

頭だけを動かして、毛布がかけられているあたりを覗いてみると、白虎が一夏の身体に寄り添うようにして寝ていた。

(おいおい……、俺の今の身体、相当硬いぞ)

これが虎やライオンといった哺乳類の身体なら、そのモフモフさ加減を好むのもわかるのだが、今の一夏の身体は金属でできた竜だ。

寄り添って寝るには硬すぎる。

とはいえ、本当に気持ちよさそうに眠っているので、起こすのもしのびない。

とりあえずもう一度寝るか、と、思いつつも、どうやら腹が減っているらしく寝付けなかった。

(そういや、俺、何食えばいいんだ?)

腹が減っているということは食事が必要なのだろうが、何を食べればいいのかわからない。

というか、食事させてもらえるのだろうかと考えながら、白虎の寝顔を見て(美味しそうだなあ)と思う。

(何ッ?!)

すぐに、その違和感に気づいた。

今、一夏は人間になっている白虎を見て、美味しそうだと思ってしまっていた。

無論のこと、18禁展開的な意味ではない。

食料として、そう感じた。

(まさかッ、竜は人間を食べなきゃならないのかッ?!)

冗談じゃないと心の中で叫ぶ。

守るべき人たちが、食料に見える身体。

竜が人類の敵という意味が、良く理解できる。

どうするべきかと必死に考える一夏の目の前に、どさっと真っ赤な液体の入った大きなビニール袋、はっきりいえば輸血用のパックが下ろされた。

どうやら考え込みすぎて、近づいてくる人がいたことに気づかなかったらしい。

「飲んどけ、だとよ」

聞きなれた声に顔を上げると、諒兵がいた。

この巨大な輸血用のパックを持ってきてくれたのだろう。

(どういうことだ?)

と、思っていると、そんな一夏の姿に疑問を感じたのか、諒兵は説明してきた。

理解しているはずのことを理解していないと思ったらしい。

「竜のエネルギー源は人の血だ。普通の人間なら飯食えば血は作れる。俺たち龍機兵も変わらねえ。だが、お前はそうじゃねえんだろ?」

送り込んできた天狼の言葉が正しいなら、自分は竜であって人間になることはできないはずだ。

その点では、ここにいる諒兵の言うとおりになる。

しかし、まさか竜が人の血をエネルギーにして動いているとは思わなかったと一夏は驚いた。

「ありがたく思っとけよ。何せ、血は腐るほど余ってっかんな」

それだけ毎日のように人が殺されているということなのだろうと一夏は諒兵がいいたいことが理解できた。

これも犠牲になった人の血なのだろうと思うと、飲む気にはなれない。

だが。

「お前が本当にこのチビを守りてえなら飲んどけよ」

諒兵の言葉に、一夏は素直に従うことにした。

目的を果たすためには、プライドを守っている余裕などない。

(すまない、諒兵)

背中を押してくれた親友と似て非なる少年に一夏は感謝しつつ、輸血用のパックから血を飲み始めるのだった。

 

 

 

 



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第3話諒兵編「IS操縦者の学園」

1学年合同授業。

今回の授業の内容は、専用機持ちのみでのタッグトーナメントに向け、専用機持ちではない生徒たちのなかに、優秀な者がいるかどうかを見出すためのものらしい。

代表候補生になるだけでも相当に大変だ。

秀でた能力を持っていてもチャンスに恵まれないものもいるだろう。

そういった者たちを見つける意味もあるらしいと諒兵は考えていた。

とはいえ。

(無茶だろ。専用機持ちと一騎打ちで勝てとか……)

仮の専用機持ちに選ばれる条件が、専用機持ち、つまり代表候補生やそのレベルの相手に勝つことなのだから、ほとんど無理な話である。

機体性能も操縦者としての経験値もまるで違う相手にどう勝てというのかと諒兵は正直呆れていた。

既に、何人もの普通の生徒がやられているからだ。

(てか、紅椿は別格だな……)

これまでで一番戦っているのは箒と紅椿だ。

なぜなら戦う相手を指名する権利は挑戦者側といえる普通の生徒にあるからである。

代表候補生ではなく、操縦時間も短いだろう箒を指名する生徒が多いのである。

(まあ、鈴やセシリア、シャル、ラウラ、更識は地力があるしな)

性能は紅椿に劣るとしても、操縦者としてのレベルが高い者たちよりは、勝てる可能性があるということなのだろう。

ちなみに次いで指名が多いのは一夏と白式だった。理由は箒と紅椿とほぼ同じである。

だが。

(これじゃ篠ノ之のお膳立てしてるみてえじゃねえか)

圧倒的な性能差。

それを駆使する箒の姿を見ていると、普通の生徒たちが引き立て役にされているようにしか見えない。

この世界の箒もやはり戦闘経験値が少ないのだ。

だから、相手を立てるような加減ができていない。

実際、見ている印象でいうなら、鈴音たちを相手にしている生徒のほうが動きも良い。

そのあたり、専用機持ちや代表候補生としての自覚が多少なりとあるのだろう。

(一夏もいっぱいいっぱいだし。外してやれよ……)

少なくとも一夏と箒は対戦相手から外してやるべきだろうと思う。

どうも、一夏、そしてその周りの者たちをひいきしているようにしか見えないのだ。

そんな光景を諒兵はのんびり眺めていた。

ちなみに現在は、赤い首輪という待機形態でレオの首に巻きついている状態である。

まさか、レオの待機形態と色違いとは、と、諒兵は苦笑いするしかなかった。

そして程なく、レオの番まで回ってきた。

「次、1年3組、獅子堂レオさん」

「はい」と、真耶の呼ぶ声に答えるレオ。

「え~っと、申請された使用ISは……赤鉄ッ?!」

真耶が素っ頓狂な声を上げると、その場にいた全員が顔を向けてきた。

途端、真耶の顔が真っ赤になってしまう。

(ああ。こっちでも上がり症なんだな、真耶ちゃん先生)

何故か、妙にほんわかしてしまう諒兵だった。

唯一の癒しなのかもしれない。

残念ながら、癒されている暇はなかったようだが。

「山田先生、間違いないのか?」と、千冬が尋ねてくると、真耶は肯いた。

「獅子堂さん、赤鉄は欠陥機といわれています。挑戦するならば他の機体に変えるべきですよ」

「いえ、どうせならいろんな機体を試してみたいので。せっかくの機会ですから」

「武装を一つも載せられない機体で何をするつもりだ?」

「赤鉄の設計コンセプトは武装を失った状態での戦闘を考慮してのものだそうです」

と、いうことになってたのかと諒兵は感心してしまう。

おそらく、本来ならば存在しない機体のはずだ。

それでも、諒兵がこの世界にいるための設定として考えられたものなのだろう。

良く考えたものだと本当に感心していた。

さらにレオは続ける。

「IS本来の機動力、防御性能をどう活かすかは考えてきてます。それに一応武器はありますし」

「装甲の爪だけでは……」と渋る真耶に対し、千冬は一応納得した顔を見せる。

「まあいい。いい経験にはなるだろう。それで、対戦相手は誰を指名する?」

後に控えているものもいるので、レオにそこまで時間をかけられないのだろう。

千冬は強引に話を進めてくる。

(あいつらなら勝てる自信はある。けど、レオなら……)

あくまで自分がこの機体で戦った場合だが、今の諒兵ならば専用機持ちでも勝てる相手はいる。

しかし、レオがその人物を指名してくるとは思えない。

レオの性格を考えれば……。

「凰鈴音さんを指名します」

「ほう、根拠は?」

「中距離型で、接近戦も砲撃もできる優秀な人ですから。経験を積むなら良い相手だと思います。この機体はどうしても接近戦しかできませんので、遊撃型や遠距離型だと近づくだけで一苦労なので経験を積めません。ボーデヴィッヒさんの場合、AICとの相性が悪すぎますので、同様に経験が積めません」

と、レオはすらすらと理由を述べていく。

確かに、今の諒兵の身体は完全な近接仕様だ。

接近戦がしにくい相手では経験にならない。

いっていることに間違いはないだろう。

だが。

「織斑や篠ノ之は?」

白式を使う一夏や、紅椿を纏う箒はどちらも接近戦が可能だ。もっとも紅椿は中距離戦もできるのだが。

とはいえ、今の論理でいえば、鈴音同様に経験の積める相手であるということができる。

指名してもまったくおかしくないが、レオは意外な言葉を発した。

「私は、別にトーナメントに出る気はありませんので」

「ええっ?!」

真耶が驚いているのに対し、千冬は剣呑な眼差しを向けてきた。

レオの言葉の意味がわかるのだろう。

「マジメな優等生かと思ったが、少し調子に乗っているようだな」

「冷静に判断してますけど」

千冬の視線を柳のように受け流すレオ。

(すげえ度胸だな、レオ)

千冬に対してここまでいえると思わなかったと諒兵は苦笑する。

レオは、一夏や箒なら勝てると言っているのである。

「わかった。向こうに伝えてくる。ピットに向かえ、獅子堂」

「はい」と、そう答えたレオはまっすぐにピットに向かう。

諒兵は思う。

想像通りなら出てくる相手は鈴音ではないはずだ。

鈴音相手だとこの機体ではまず勝利は難しい。

しかし、想像通りなら、勝利できる可能性は十分にあるし、何より、仮の専用機としてレオと一緒にいる時間が増えるはずだ。

(記憶をインストールするにゃ、一緒にいるしかねえからなあ)

鈴音とは純粋に戦ってみたい気もするが、この先を考えると出てきてほしくないと考えていた。

 

十分後。

ピットで待機しているレオと共に諒兵は暇を持て余していた。

(何分待たせんだよ)

千冬が伝えてくるといってから既に十分が経過している。

伝えて出てくるだけなら一分もかからないはずだ。

にもかかわらず、なかなか合図が来ないのは、おそらく向こうに何か問題が起きているからだろう。

「暇ですね……」と、レオも退屈そうにしていた。

話ができればなと思うものの、今の段階ではどうしようもない。

(見てくっか)

甲龍かシュヴァルツェア・レーゲンのコアに行けば、向こうの様子がわかるだろうと思った諒兵は、暇潰しもかねてネットワークを移動することにした。

(ちっと待ってろよ、レオ)

そう言葉を残して、諒兵はネットワークを飛び立った。

 

 

唐突に怒鳴り声が聞こえてくる。

「私が行くといってるだろうッ!」

「指名されたのは私でしょ」

怒鳴っていたのは箒、対照的に冷静に答えたのは鈴音。

どうやら移動できたらしい。子どもらしき人影の雰囲気から、甲龍に移動できたようだと諒兵は安堵する。

『邪魔すんぜ』

肯いた甲龍にニッと笑みを返した。

それから、外の様子を見てみると、箒が怒っているらしいことと、鈴音含め、他のメンバーが呆れている様子が見える。

一夏といえば、所在無さげに立っているだけだ。

(ここに一人じゃあ辛えよな)と、諒兵は思わず同情してしまっていた。

それはともかく。

箒の様子から、やはり先ほどのレオの言葉はかなりの影響を残していたと諒兵は思った。

普通に伝えていれば鈴音が出てきたのだろうが、馬鹿にされたと思ったのだろう。

箒が戦うと言い張っているのである。

「思い上がっているとしか思えない。いずれ周りに迷惑をかけるぞ、あの手の女は」

「だから、あの子に自分の実力を思い知らせるなら、私がやるっていってんのよ」

怒り心頭といった箒に対し、鈴音は妙に冷静だった。

なぜかといえば、答えは簡単だ。

鈴音から見ると、レオは本当に冷静に戦力分析をしていると思えるかららしい。

「あんたや一夏じゃ万が一が本当にあるわ。だから私が行ってあの子に教えてあげるわよ」

「お前ッ!」

「鈴さん、一夏さんでも負ける可能性があるとおっしゃいますの?」

と、セシリアも会話に割り込んでくる。

鈴音が一夏の名前を出したことで、気になったらしい。

その様子を見て、諒兵はピンと来た。

(ここのセシリアは一夏に惚れてんのか)

というか、冷静に全体を見回してみると、メンバー全員にその気があるように思える。

(一夏にゃ却って地獄だな、ここ……)

自分に対する好意には鈍感だが、人に気を遣うタイプの人間である一夏は、こういう状況でははっきりと我を通すことができない。

自分が一緒にいた元の世界の一夏でも周りに気を遣っていたのだから、一人きりではその苦労は倍ではすまないだろう。

(がんばれ。応援しかできねえけど)

タイミング良くため息をついた一夏の姿に、諒兵は思わず苦笑してしまった。

話を戻そう。

鈴音はセシリアの言葉に対しても冷静に答える。

「アレだけ冷静に戦力分析できる子よ。接近戦では十分な戦闘力があると見るべきでしょ」

「まあ、そうかもしれないけど。でもムッとするね」

「我々との差というものを教える必要があるだろう」

と、シャルロットとラウラも口を挟んでくる。

「だから、私が行くわ。指名もされてるし」

「だが、あの女、鈴音なら自分が負けるとわかっているような口ぶりだったそうじゃないか」

やる前から結果がわかっているのであれば、そう簡単に気持ちは変わらない。

こういう場合、相手の気持ちを変えるには、予想外の結果でなければならない。

つまり。

「私か一夏で鼻っ柱を叩き折ってやるべきだ」

驚くことに、箒の言に鈴音と一夏以外は共感しているように諒兵には見える。

どうも、レオの言葉に腹を立てているのは、箒だけではなかったようだ。

(……レオもけっこう熱くなるほうだかんなあ)

普通の生徒がやられっぱなしの現状に腹を立ててのあの言葉なのだろう。

結果として、煽りあいになってしまったのだろうと諒兵は嘆息した。

「凰、マシントラブルが起きたということにしろ」

「織斑先生」と、鈴音は千冬に呆れたような目を向ける。

「篠ノ之か織斑が出んことには場がまとまらん。これ以上、ムダに時間を使えんからな。篠ノ之、やる気も十分なようだし、お前がピットに上がれ」

「はいッ!」

「織斑、一応意見は聞いておくが?」

「俺はいいよ。あそこまで言うあの子には興味あるけどな」

一夏がそういった途端、全員が剣呑な表情を見せる。

その様子に、諒兵は苦笑いするしかなかった。

(レオは俺のパートナーだっつーの)

そんなこと、誰も知らないのだから仕方ない話である。

 

 

そして、さらに五分後。

アリーナに紅の機体が登場したことで、会場はどよめいた。

レオが指名したのは鈴音。しかし出てきたのは箒だったからだ。

しかし。

「何だアレは……?」

箒はピットから出てきた赤の機体に驚愕してしまう。

比較的小柄ではあるが、胸部にまるで牙を生やした顎のようなデザインの装甲があり、また、両腕両足を覆う装甲のほとんどに突起物が生えていた。

さらに、両手足には大きな爪がある。

何より、ヘッドセットに生物を思わせるような目がついているのだ。

それら全てが赤一色。だが雅さを感じさせる紅色の紅椿とは違う。

ストレートに言えば『血の赤』だ。

その姿は、機械でありながら、どこか生物的な禍々しさがあった。

「私が指名したのは凰さんだったんですけど」

と、その機体、すなわち赤鉄、つまりは諒兵を身に纏うレオが少しばかり呆れた様子で箒に声をかける。

「……マシントラブルだ。代理で私が出ることになった」

箒は当初の動揺を抑えつつ、レオの言葉に答える。

もっとも、理由を知っている諒兵にとっては呆れる他ない。

(専用機持ちのための舞台だかんなあ。役者は最初から決められてるって感じだな)

その中でも、第4世代機を駆る箒や一夏のための舞台なのだろう。

選ばれし者。

そういえる者たちが活躍するための舞台。

では、誰が選んだのか?

(篠ノ之の姉貴なのは間違いねえんだろうけど、なんか、違う気いすんだよな)

何か、もっと大きなモノが、一夏の運命を弄んでいるような気がしてならない諒兵だった。

「私や一夏ならば勝てるといったそうだな」

「覚えがありません。私はトーナメントには出る気がないといっただけです」

「戯言を。力もないのに思い上がるのは見苦しいぞ」

「そうですか」

煽る煽る、と、諒兵は苦笑してしまう。

レオの視線は、ドコからどう見ても箒を舐めているとしか思えないようなものだった。

もともと、諒兵のパートナーであるレオは嫉妬深い面がある。

一番を自称するし、渋々だが相手として認めている元の世界のラウラであったとしても、ギリギリのところで線を引かせる。

つまり、なんだかんだといって、自分が諒兵にとっての一番じゃないと気がすまないのだ。

ゆえに、鈴音を指名したのだろうと諒兵は考えている。

心の奥底にある気持ちに従い、戦う相手として鈴音を選んだのではないか、ということである。

そこに割って入った邪魔者である箒。

(……レオ、お前がどのくらい戦えるか知んねえけど、瞬殺とかやめてやれよ?)

わりと本気で箒のことが心配になった諒兵。

だがそれは、普通、フラグと呼ばれるものである。

 

十分後。

機能停止を起こし勝手に待機形態となってしまったため、生身となった箒を抱きかかえ、レオは悠然と地に降り立った。

「しょ、勝者、獅子堂レオさん……」

真耶が蒼白になりながら、勝者としてレオの名を呼ぶ。

「第2世代の欠陥機で、第4世代機に勝つだと……?」

と、さすがに千冬も驚きを隠せない様子だった。

しかし会場はにわかに沸き立ってしまっている。

当然だろう。

ようやく、普通の生徒の中から、専用機持ちに勝った生徒が出てきてくれたのだから。

アリーナの地面に箒の身体を置くと、レオはため息をついてピットに戻ろうとする。

だが。

「待てッ、貴様いったい何をしたッ?!」

さすがに、この結果を箒は信じることができなかった。

性能差は圧倒的であったはずだ。

なのに、自分が負けてしまっている。

何か反則をしたとしか思えないのだろう。

「普通に戦っただけですけど?」

「欠陥機が勝てるはずがないッ!」

「そもそもその認識が間違いなんです。赤鉄は確かに武装を積めません。けど、その装甲を武器と考えるなら、全身が武器ともいえますよ」

(……もう少しサポートの手え抜きゃよかった)

レオと箒の口げんかを聞きながら、諒兵は頭を抱えていた。

ギリギリ勝ったくらいだったら箒もここまで吠えないだろうが、いかんせんレオが相当立腹していたのか、本当に瞬殺だった。

赤鉄は第2世代機ではあっても、機動性、移動能力、装甲の耐久力は、設計コンセプトが偏っている分、数値が高く割り振られているのだ。

それを利用できれば、全身の突起はそのまま武器となる。

さらに硬い爪まである。

それらを駆使できるだけの戦闘力がレオにはあった。

この世界のせいなのか、レオは有段者レベルの空手使いとなっていたのだ。

そんなレオを格闘技を得意とする諒兵がサポートしていたのだから、戦闘力は並外れてしまっている。

そもそも諒兵が元の世界で稼いできた戦闘経験値はこの世界のIS操縦者と比べ物にならないのだ。

純粋な格闘型ISの赤鉄を、諒兵がISコアとして動かし、空手使いのレオが操れば、操縦時間の少ない箒や一夏なら十分に倒せるのである。

「だいたい、単一仕様能力まで発動したあなたにいわれたくありません」

ギリッと箒が歯軋りする。

間違いなく接近戦最強クラスの戦闘力を持つレオに追い詰められた箒は、思わず、あくまでも本意ではなかったのだが、単一仕様能力であるエネルギー生成能力、『絢爛舞踏』を発動してしまった。

シールドエネルギーをゼロにできなくなる、まさに反則技だ。

「だから、あまり気は進みませんでしたけど、紅椿のコア狙いでダメージを与えました。まさか、待機形態になるとは思いませんでしたけど」

コアを狙えば勝てると考えたのは、おそらくはレオ自身のおぼろげな記憶なのだろう。

レオが間違いなく自分のパートナーであることを理解できたのはいいが、こうまで敵を作る性格だったとは思わなかった諒兵である。

(マジで悪かった。後で言い聞かせとくから勘弁してくれ)

レオがあくまで冷静に答えるので、何もいえなくなった箒に手を合わせて謝るのだった。

 

さて、どうしたもんかと諒兵が頭を抱えていると、千冬がレオに声をかけてきた。

「獅子堂」

「トーナメントは辞退したいんですけど」

「却下だ。結果を出した以上、出ろ」

えらく威圧的だなと諒兵は自分の世界の千冬との違いに驚く。

けっこう可愛い面もあった諒兵の世界の千冬と違い、この世界の千冬はあまり愛嬌がないような気がしてしまう。

「そういわれると思いました。機体はこの子がいいんですけど」

「かまわん。もともと誰も乗り手がいない欠陥機だ。好きにしろ」

「はい。後で一次移行しておきます」

その言葉に目を見張る箒にクスッと笑うレオ。言外に初期設定だけで箒を倒したといったのである。

(ああもう、あんま敵作るなよ)

パートナーの意外と好戦的な一面に、頭を抱える諒兵であった。

 

 

 

 



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第4話一夏編「爪と牙と笑顔」

一夏が、白虎と共に龍機兵団に来て数日が経った。

「おはよう、はくりゅー」

(おはよう、白虎)

龍機兵団での一夏は、朝起きたら白虎の笑顔を見ることが日課になっていた。

というか、けっこうな頻度で白虎が自分の傍で寝てるのだ。

そして目を覚ますとにこっと笑い、「おはよう、はくりゅー」と、声をかけてくるのである。

相当に自分のことを気に入ってくれているらしい。

(なんていうか、ホントに嬉しいんだよなあ)

自分のことを純粋に信頼してくれる白虎の存在は、人の血を飲んで生きなければならない竜となった現状のストレスを確かに緩和してくれていた。

 

とはいえ、現状、人類の敵たる竜である一夏は、龍機兵団では異質な存在だ。

言葉がわかるとはいっても、人間にはなれないし、言葉も喋れない。

白虎以外では、鈴や丈太郎は比較的自分のことを受け入れているが、戦闘部隊の隊長である誠吾は受け入れているように見えて明らかな壁を作っているし、諒兵も距離をとっている様子だった。

憧れた人と親友がなかなか打ち解けてくれないというのは、やはり辛いものがある。

そんな状況の中、一夏はある提案を受けた。

「つまり、俺たちと同じ立場ってことかよ?」

「あぁ。戦闘部隊と一緒にゃぁできねぇ。しかし、戦力ぁ喉から手が出るほどほしいかんな。そうなるとお前や鈴と組ませるしか方法がねぇ」

諒兵や鈴と共に、誠吾率いる戦闘部隊とは違う、比較的小戦力の群れを撃退する役目をしないかといわれたのである。

(遊撃部隊か。人を襲う竜を放っておきたくないし、できればやらせてほしいな)

一夏としては、人が襲われる状況をなんとかしたい。

そのために戦うことを厭いはしない。

もっとも、組む相手となる諒兵がどうにも自分と距離をとっているのが困りモノなのだが。

しかし。

「私はいいわよ。白虎がアレだけなついてるんだもん。白竜のこと、信じるわ」

鈴は対照的にあっけらかんと受け入れた。

「チッ、お気楽過ぎだぜ、お前」

「あんたは深刻に考えすぎよ。もっとポジティブに考えなきゃ」

諒兵の言葉に対しても、鈴はあっけらかんと笑顔で答える。

この世界の諒兵はどことなく諦観気味というか、影を背負っているようなのだが、一緒にいる鈴は実に対照的に明るい少女だった。

(いいコンビだなあ)

こういった前向きさは一夏も見習いたいと思う。

特に、鈴が諒兵をうまく引っ張っているように見えて、少し羨ましさも感じてしまう。

ただ、それ以上に、人が竜によって絶滅の危機に瀕している世界だというのに、そんな世界でも人は笑うことができるということが一夏はなんだか嬉しかった。

 

 

そして、戦場に赤と白が舞う。

血のような赤と雪のような白。それは実に対照的な美しいコントラストとなっているが、敵を引き裂き、薙ぎ倒す姿はバケモノそのものだ。

それでも。

(これ以上ッ、人は殺させないッ!)

一夏は雄叫びと共に閃光を吐く。

逃げる人々を守る。

一夏が参加した遊撃部隊とは、本来の前線で止めきれず、人の生活圏まで来てしまった竜の群れを撃退するのが役目である。

それ以外にも、ルートを変えたり、こっそりと侵入してきた竜の群れを倒すのも役割だ。

今回は後者。

しかも隠密行動をしてきた敵を倒さなければならない。

ゆえに。

「諒兵ッ、十時の方向に五体ッ、白竜ッ、二時の方向に三体いるわッ!」

金属の翼を生やし、六つの竜の顔を使って索敵する鈴の指示に従って戦っていた。

意外なことに、鈴はかなり優秀なサポートタイプで、指示に従っていると非常に動きやすかった。

(七面天女っていってたっけ)

わりと簡単に自分のことを説明してくれた鈴は、自分の力は伝承に語られる七面天女という紅色の竜であると打ち明けてくれた。

山岳信仰、すなわち山の神格化された存在だそうだ。

人によってはそういった名のある竜の力を手に入れることができるものもいるという。

(なんだか凄いんだなあ)と、一夏は思う。

誠吾は驚くことに青竜だという。

丈太郎が八岐大蛇であることは以前知った。

では、諒兵はいったい何の竜なのかと思うものの、鈴は説明してくれなかった。

ただ、照れくさそうに、でも誇らしそうに『赤の竜』とだけいっていた。

血のような赤い身体をしているので納得はするものの、疑問も残る。

だが、無理に言わせるのもどうかと思い、一夏は催促するようなことはしなかった。

いずれにしても、人を守るために戦えるということは一夏にとって大事なことで、そこを気にする必要はなかったのだ。

 

 

もっとも、諒兵はどうやら一夏に対して思うところがあったらしく、ある戦場から帰ってきた時に、こんなことを言いだした。

「お前、戦い下手だな」

(何だって?)と、思わず一夏は首を傾げてしまう。

身体は思い通りに動かせているし、敵に引けを取るようなことはない。

下手とまでいわれるレベルではないと一夏は思う。

「白竜が下手ってどういうことよ?」

「下手なの?」

(いや、そんなことないと思うぞ)

鈴や白虎の言葉に、一夏はそう思うも、諒兵は意外なほどきっちり説明してきた。

「お前、爪や牙の扱いが他の竜より下手だ。尻尾も振り回してるだけだしな」

(爪や牙?)と、一夏が再び首を傾げると、鈴も納得したような声を出す。

「そういえばそうかも。竜っていうか……」

「人間、ぶっちゃけ龍機兵の新兵みてえだ」

(いや、俺、元は人間だからな?)

そう突っ込もうとするものの、今は竜なのだから何もいえない。

ただ、諒兵がいっていることは理解できた。

一夏の戦い方は本来剣士である。つまり、一夏は戦いに剣という道具を使うのだ。

身体そのものである爪や牙を駆使する戦い方は、実は慣れていないのである。

「レーザーブレス吐けるくれえだから、ベースはかなり強え。だがよ、ベースが強くても使い切れねえと、伝承竜クラスじゃ負けるぜ」

以前、自分や竜について説明されたことを一夏は思いだす。

まず、襲ってくる竜には古竜と伝承竜という種類がいるという。

古竜は復活した古の竜。

伝承竜は丈太郎や誠吾、鈴のような伝承を持つ名のある竜。

後者のほうが圧倒的に力が強いという。

そして一夏は白い竜。

考えられる伝説は五行思想や道教で西を守護する竜である白龍。特に日本では白龍の伝承は多い。

もしくはイギリス、ウェールズの伝承に出てくる白い竜。アーサー王で知られるその伝説上では敵になってしまうのだが、民族を象徴する存在である。

白い竜であるこの身体が高い力を持っているらしいことは一夏にも理解できているのだが、諒兵に言わせれば使いこなせていないという。

(そうはいってもなあ。格闘は諒兵のほうが上だし)

慣れるまで戦うしかないだろうと一夏は思う。

しかし、諒兵の考えは違ったようだ。

「どうする気よ?」

「模擬戦繰り返すくれえしか手はねえだろ」

鈴の言葉にそう答えた諒兵は、視線を一夏に向けると告げた。

「やる気があんなら相手してやる」

願ってもないと一夏は思う。諒兵、正確にはあの赤い色の竜とは一度戦ってみたかったのだ。

(頼む。今の俺には力が必要だ)

そんな思いを込めて見つめると、諒兵は獰猛な笑みを見せた。

 

そして。

(クソッ、全然違うッ!)

爪と牙を駆使する諒兵の戦い方をまともに受けることになって、一夏は自分がいかに下手だったかを思い知らされた。

振り回していただけの自分に対し、諒兵の爪は身体に食い込み、ダメージを与えつつ、牙の攻撃を補助する。

尻尾もただ振り回すだけではなく、巻きついて締め上げてくる。

諒兵の戦い方は、自分の親友と実はほとんど変わらない。

ASのレオを纏って戦う親友とイメージが重なるほど、似た戦いをしてくる。

『どうしたよ。振り回すこともできねえか?』

そういわれても、防戦一方で受けるのが精一杯だ。考えている余裕すらない。

こうなると、自分に何が必要なのかよくわかる。

(剣が、剣が欲しい)

一夏は剣士だ。

剣がなくても十分に戦えるが、拮抗する実力を持つ相手となると、どうしても剣が必要になるのである。

『後五分、何もできねえようなら今日は仕舞いだ』

(クッ、このまま負けたくないッ!)

せめて一太刀返したい。

ゆえに一夏は心の底から願う。戦うためのパートナーである剣を。

「えっ?」と、鈴が驚きの声を上げた。

「あっ、あれ?」と、白虎も驚く。

気がつけば、一夏の両手の爪が勝手に外れ、まとまって一本の剣を形成したのだから。

その剣をもって、一夏は諒兵の連撃を捌ききった。

『ハッ、おもしれえ変化見せやがる。ホントに竜っぽくねえな』

(俺の爪が、剣になった……)

龍機兵の中には金属の身体の一部を武器に変化させることができる者もいる。

そうは聞いていたが、まさか自分ができるとは思わなかった一夏である。

「爪や牙を使ってるときより、動きが良かったぜ。いつでも出せるよう感覚で覚えとけよ」

と、人に戻った諒兵の言葉に、一夏は感謝してもしきれないと思っていた。

これで、今まで以上に戦える。

守るべき人たちを守れる。

ならば、後は戦うだけだと一夏の心は高揚する。

結果として、この後、一夏は鈴に「たまには休んであげたら?」といわれても、極力遊撃部隊に参加することを選んだのである。

 

 

んで、さらに数日。

目に見える変化が現れる。

(……アレ?)

一夏たちが戦闘から戻ってくると、白虎が可愛らしくぷくーっと頬を膨らませたふくれっ面を見せている。

一夏が近づいても、つーんとそっぽを向いてしまう。

そのくせ、ちらちらと一夏のほうを見ていたりする。

(どうしたんだ白虎?)

と、思いながら近づこうとすると、白虎はすすっと逃げる。

そんな様子を見ていたのか、鈴が楽しそうに笑う。

「あーあ。拗ねちゃった♪」

「拗ねてないもん」

そう白虎は反論するものの、端から見ていると拗ねているようにしか見えない。

(えっ、何で?)

首を傾げる一夏の様子を見て、鈴はさらに呆れた顔になる。

「まあ、わからないわよね。戦闘ばかりで白竜がかまってくれないから拗ねてるのよ」

「だから拗ねてないよっ!」

顔を真っ赤にしていては、いかに反論しようと説得力がない。

とはいえ、一夏としてはこういった女の子の反応は実は初めてなので、どうしていいのかわからない。

(と、とにかく謝ろう)

そう思いながら、必死に頭を下げるのだが、白虎はそっぽを向いたままだ。

声が出せないなら、行動で見せるしかないと手を付いてまで謝る一夏。

竜の身体で手を付いて謝る姿はシュールとしか言いようがない。

ぶっちゃけ仕事ばかりで彼女に嫌われそうになり、必死に謝る男の姿である。

その姿を見ながら、鈴がクスクスと笑う。

「ホントおもしろいわ、白虎と白竜って」

「竜の威厳もへったくれもねえな」と、諒兵も呆れ顔である。

もっとも、一夏自身としては必死なのだが。

(悪かった、機嫌直してくれ白虎)

「ふーんだっ!」

と、そっぽを向き続ける白虎だが、一夏が必死に謝っていることに申し訳なく思ったのか、少しだけ視線を向けてくる。

「……一人じゃ、寂しいんだよ」

(白虎?)

「そうね、同年代って私たちくらいだし、私たちが戦闘に出たら、白虎は一人で待ってなきゃならないわ」

「このチビを戦場に連れてくわけにゃいかねえだろうが」

「そういう理屈の問題じゃないの。気持ちの問題よ」

そういえばそうか、と、一夏は納得した。

パートナーであったころの白虎も、感覚的に一夏と同年代だろう。

今は外見もそのままだ。

そうなると、本来は兵士たちの集団である龍機兵団で話が合う人などほとんどいないはずだ。

その状況で一夏が戦闘に出まくっていては、白虎はずっと一人でお留守番ということになる。

寂しいのも当然だろう。

(……ホントにごめん、白虎)

そんな思いを込めて頭を下げるのだが、白虎にはまだ許す気はないらしい。

「やだ。ここで許すとまた白竜どっかいっちゃうもん。帰ってこなかったらどうしようって怖くなっちゃうんだよ?」

心から申し訳なく思う一夏に対し、気持ちが通じたのか、白虎はそう答える。

とはいっても、人を守れるだけの力があるのに、戦闘を放棄したくはない。

白虎のために他人を見捨てることなど、一夏にはできない。

それはある意味では薄情かもしれないが、一夏はたった一人と全ての人間を天秤にかけられないのだ。

そこに、鈴が口を挟んでくる。

「こういうときは家族サービスよ、白竜♪」

(は?)と、思った一夏だが、数十分後には、鈴の言葉の正しさを思い知ることになる。

 

「うわぁーっ♪」と、さっきまでの不機嫌はどこへやら。

白虎はすっかり笑顔になっていた。

機嫌が直ったようで、ホッと一安心する一夏だが、だからといって気は抜けない。

何しろ、高さ二十メートルほどとはいえ、今、一夏は白虎を抱えたまま海の上を飛んでいるのだから。

護衛ということで、鈴と、珍しく翼だけを生やした諒兵も付き合っている。

正確にいうと、諒兵は鈴に引っ張られてきたのだが。

それはともかく、白虎はこの空の散歩を楽しんでいる様子だ。

「気持ちいいねっ、はくりゅーっ♪」

(そうだな。でも、俺に空を飛ぶ気持ちよさを教えてくれたのはお前なんだぞ)

元の世界で、自分を空へと連れていってくれたのは他ならぬ白虎だ。

そのことを白虎が忘れてしまっているのは悲しいが、やっぱりこうして一緒に飛ぶと楽しいと一夏は思う。

ただ。

(前は、こうして顔を見ながら飛ぶなんてできなかったなあ)

はしゃぐ白虎の笑顔を見ながら飛ぶというのは、けっこう新鮮さがあった。

かつてはあくまで自分のパートナー、ASという鎧であり翼であった白虎は、空を飛んでいるからといって人のようにはしゃぐことはない。

飛べるのが当たり前なのだから。

だが、今は逆に飛べない人として、竜となった一夏に抱きかかえられつつ飛ぶことを楽しんでいる。

それが、向けられる笑顔でよく理解できる。

これも一つの幸福ではないかと一夏は考えてしまう。

(ま、いいか)

とりあえず、鈴の提案によるご機嫌取りはうまくいっているのだから、深く考えることはないだろう。

行く前に、竜が出現する危険箇所についてアドバイスをくれた丈太郎や誠吾にも感謝したい。

渋々だったが諒兵も付き合ってくれている。

こんな世界でも、こんな楽しい時間があることを一夏は喜びたい。

世界がいかに厳しくても、優しい側面もあるはずなのだから。

「さっきはゴメンね。ありがとう白竜」

耳まで真っ赤にしつつ、恥ずかしいのか決して顔を見せずに感謝の想いを伝えてくる白虎。

(いいよ。俺のほうこそほったらかしにして悪かった)

そんな白虎に対し、一夏も戦闘ばかりにかまけていた自分を反省する。

人を守りたい。でも、一番守りたい人を忘れてはいけない、と。

 

 

 

 



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第4話諒兵編「英雄と凡人の境界線」

合同授業以降、レオの周囲はにわかに騒がしくなった。

レオがいる1年3組の生徒は当然のこととして、他のクラスの生徒たちもいろいろとレオに尋ねるようになったからだ。

曰く。

 

昔から空手をやっていたのか。

どうしてうまく赤鉄を使えるのか。

トーナメントでは誰と組むつもりなのか。

好きな食べ物、得意な科目、スリーサイズ、エトセトラ……。

 

なお、スリーサイズを聞いてきた生徒に対しては、問答無用で裏拳突っ込みを入れていた。

 

夜、IS学園の学生寮にて。

「レオっち、人気者になったよねえ」

と、レオと同室だという女生徒、柊香奈枝(ひいらぎ かなえ)が尋ねてくる。

さすがに学生寮のレオの部屋まで、質問しに来る生徒はいなかったが、それでも日中の騒ぎにはさすがにレオも疲労してしまったらしく、疲れた様子で答えた。

「普通に戦っただけなんですけどね」

「もともと空手得意だったもんねえ。でも、あの第4世代機に勝ったのはびっくりしたよう」

「機体に振り回されてる人を倒すのは、そんなに難しくないですよ。みんな気後れしてただけです」

と、レオは言外に他の生徒でも勝てる可能性があったという。

だが、実際のところ、トーナメントの出場資格を得たのはレオだけだ。

紅椿はレオとの戦いの後、待機形態から戻らないといわれ、他の専用機持ちが担当することになったのである。

これは事実で、コアにダメージが行く攻撃はマズかったかとレオは反省した。

結果として、勝てる者はいなかった。

「私のせいで相手が慢心しなくなったこともあると思うと、ちょっと申し訳ないです」

(まあ、普通に戦えば強えかんな。赤っ恥掻きたくなかったんだろうよ)と、諒兵は思う。

とはいえ、本来なら出場資格を得られる人間は確実にゼロだっただろう。

それだけにレオが出られるというのは、普通の生徒たちにとっては嬉しいことでもある。

ゆえに、レオを英雄扱いする者までいた。

「私は英雄なんかじゃないですけど」

「でもでもお、やっぱりレオっちにはがんばって欲しいよう?」

「そりゃ、がんばりますけど。あまり期待されても困ります」

本来、赤鉄は第2世代機だ。

しかも、設計コンセプトが偏っているとはいえ、シャルロットのラファール・リヴァイブのようなカスタム機ではなく、試作機に当たる。

つまり、世代でいえばギリギリ第2世代機というところなのだ。

その状況で勝つには、タッグパートナーが余程できる人間でなければならなくなる。

「私の意志で組めるかどうかもわかりませんし、まだなんともいえませんよ」

「そっかあ。じゃあじゃあ、もし組めるとしたら誰がいいの?」

「たいていの専用機持ちの方々は私の機体と違って中距離、遠距離戦が可能ですから、後は性格的な問題ですね。まあ、1組のボーデヴィッヒさんや2組の凰さんは比較的相性はいいと思いますけど」

レオもけっこうはっきりと物を言う性格なので、相手も、できればはっきりした性格がいい。

そうなると、ラウラか鈴音になるのは納得できる。

(どっちと組んでもいけるだろうが、そもそも千冬さんたちがどうするかがわかんねえしな)

諒兵としては、どうにも、専用機持ち、正確には一夏をえこひいきしているように感じるのだ。

そのうちの一人である箒を倒してしまったレオは、その引き立て役に選ばれそうな気がしていた。

(ちっと探ってみっか)

最近、慣れてきたので、コア・ネットワークの移動は息を吸うようにできるようになった。

ネットワークに接続しているなら、学園のコンピュータでも侵入可能なのだ。

(暇だったしな。たまにはバトルしてえ……)

無駄なスキルが成長している気がする諒兵である。

 

まずは、専用機持ちたちの動向を知っておこうということで、そろそろ友人といってもいいレベルの付き合いになった甲龍まで移動してきた。

「まだ悔しいっての?」

「うるさいッ!」

「自業自得じゃない。私は言ったわよ。あんたや一夏じゃ負けるかもしれないって」

「でも、普通に考えればおかしいよ。欠陥機なんだよ?」

会話の内容から察するに、ちょうどレオと箒の戦いについて話しているらしい。

少なくとも鈴音以外に箒とシャルロットがいるようだ。

とりあえず外の様子を見てみるべく、モニターを展開する。

驚いたことに、一夏の周りに侍っていたいつものメンバーが勢ぞろいしていた。

なんと楯無までいる。

(生徒会長もか。ドンだけフラグ建ててんだ?)

あくまでもこの世界では、ということなのだろうが、一夏のフラグ建築士っぷりに諒兵は呆れてしまっていた。

「調べてみましたが、赤鉄は武装が載せられない以外に目立った欠陥がありません。基本性能は第2世代機と考えるならかなり高いですわ」

「それを理解した上で使いこなせば、十分な戦闘ができるってことでしょ。舐めたあんたが負けたのも当然よ」

「鈴音ッ、貴様あの女の肩を持つのかッ!」

「少なくとも操縦者や戦闘者として考えるなら、あの子の方があんたより上だと思うわ」

熱くなりすぎなのよ、と、鈴音は言葉を続ける。

「正直な話、あんたや一夏が出れば、その時点であの子の勝ちだったのよ。あんたが本気で勝ちたかったら、冷静になって何もしないのが正解だったと思うわ」

「そうでしょうね。あんなに目立つ子だとは思わなかったけど」

と、鈴音の言葉に楯無が続ける。

実際、レオは今回の件があるまで、学園ではおとなしい生徒で特に目立ったことはなかった。

一般生徒であるレオは専用機持ちのように優遇されることはない。

別に一夏に近づくこともないので、まったく専用機持ちたちに関わってこない、いわばモブキャラのような存在だったのだ。

しかし、ここに来て、赤鉄を得て一気に目立ってしまっている。

(そういや、いつからいることになってんだレオ?)

本来、レオはこの世界に存在していなかったはずだ。

そうなると、何らかのタイミングでやってきたことになる。

(いや、この世界の3組ならいつでもいいのか?)

少なくとも自分の世界では3組が目立ったのはシャルロットが女として編入したときになる。

それがなかっただろうこの世界では、タイミングを合わせてやってきたというより、気づいたらいたというほうがあっているのかもしれない。

いずれにしても、埒もないことである。

「ラウラはどう思ってる?」

簪がさっきから俯いて黙り込んだままのラウラに声をかける。

ラウラ自身は声をかけられてようやく気づいたのか、ハッとした様子で顔を上げた。

「あっ、ああ。すまない」

「どうしたのよ?」

「いや、あの……」

(らしくねえな。そんなに性格変わらねえと思うんだが)

自分の妻を自称する少女は、とにかくマイペースでたいていのことには動じない。

ゆえに、こんな風に考え込むことがない。

そのマイペースぶりに困らされることも多いが、助けられることも多いので、正直にいって受け入れつつあるのは自覚している諒兵である。

それはともかく。

「思ったことがあるのならいってみては?」

「いや、篠ノ之が気を悪くすると思う……」

「今さらだ。それにあの女に比べれば、腹立たしいこともない」

レオも嫌われたものである。

あの意外と好戦的な性格では仕方ないのだが。

もっとも、箒にそういわれたことで、ラウラは気が楽になったのか、一つ息をつくと口を開いた。

「あの機体が頭にこびりついて離れない……」

「赤鉄のこと?」と鈴音。

「ああ。少しでも気を許すと考えてしまっている」

「なんでなの?」とシャルロット。

「あの機体、赤鉄は徹底的にコンセプトを絞って設計されている。その絞ったコンセプトに合致した数少ないだろう操縦者が出たことでにわかに脚光を浴びているんだ。私もIS操縦者だ。操縦者と機体がまさに一体となったあの姿は、あの戦闘は、正直言って美しいと思った」

そこで息をついたラウラ。

誰もが反論もせずに聞いているのを見ると、呟くように続けた。

「英雄が、己の半身たる武器と出会った姿のように見えたんだ」

ラウラの国のドイツには「ニーベルンゲンの歌」という伝承がある。英雄ジークフリートとその妻クリームヒルトの物語だ。

ジークフリートといえばバルムンクと呼ばれる剣を操り、悪竜ファフニールを退治し、その血を浴びて不死と成った英雄。

物語自体は決して幸福なものではないのだが、それでも、己の武器を手に毅然と立つ英雄の姿は美しいといえるだろう。

「そうね……。私もきれいだと思ったわ」

と、鈴音が同意する。

もっとも、他の者たちは渋っている様子だったが。

その中の一人であるシャルロットが口を開く。

「ラウラ、それは褒めすぎだよ。あの赤鉄、デザインが奇抜すぎるしインパクトだけなら相当強烈だから覚えちゃっただけなんじゃない?」

「では、あの戦闘はどう説明する?」

「それは……」と、口を噤んでしまうシャルロット。

そこにラウラはさらに突っ込んできた。

「ISが出てから十年。私が考える限り、ISを使いこなしているのは暮桜を纏った教官と、テンペスタを駆っていたイタリア代表くらいだ」

どちらも単一仕様能力を発現している、と、いわれると他の人間には反論できなかった。

「織斑先生は適性S、使いこなせるのは当然ですわ」

「篠ノ之さんも。適性は大事だと思う」

と、セシリアと簪が続けると、鈴音以外は共感したように肯いた。

「そうじゃないんでしょ、ラウラ?」と鈴音。

「わかるか?」

「わかるわよ。ラウラが言いたいのは、第1世代機すら、使いこなせた人は数少ないってことよ」

あ、と、その場にいた誰かが納得したような声を出した。

千冬にしてもかつてのイタリア代表にしても、その機体は自分の戦い方にあったものであり、だからこそ単一仕様能力を得ることができたということができる。

しかし、今のISは違う。

「IS開発の進化スピードは異常だ。だが、機体だけ高性能になっても使いこなすのは難しい。ゆえに、コンセプトを絞ったあの赤鉄という機体は、ある意味ではIS開発において正しい考え方をしていたのではないかと思う」

レオという「使いこなせる操縦者」がいるなら、第2世代機でも十分な戦闘力を出せるということであり、単に機体性能を上げることだけを考えるより、はるかに健全ではないかとラウラは言いたいのである。

「篠ノ之、お前が負けたのは当然だ。機体が高性能すぎるんだ。自分の戦い方にあった機体を使っていれば、間違いなく接戦になったはずだし、お前が勝てた可能性のほうが高い」

(確かにな。篠ノ之は剣の実力なら今のレオと拮抗しているはずだしよ)

実際、有段者クラスの空手使いのレオだが、箒は剣でいえば有段者クラスだろう。

素の実力はそう変わらない。

ただ、高性能すぎる紅椿という機体が、箒に思ったような戦い方をさせなかったということができるのである。

「ただ力だけを求めるのは凡人だ。自分にあった、自分のための力。それを得たといえる獅子堂レオと赤鉄は、教官と暮桜のような、英雄が武器を得た関係なんだと思うんだ」

(……真顔でいうな)

わりと本気で照れくさくなってしまった、今のところ英雄の武器といえる立場の諒兵である。

しかし、特に箒にとってはその言葉は突き刺さるなんてものではない。

グッと拳を握り、必死に我慢している様子から、多少は成長しているみたいだと諒兵は思うが。

それに。

(紅椿は行き過ぎだがよ、第3世代機を使えるようにがんばってるのは悪くねえと思うんだけどな)

諒兵自身としては、龍砲、ブルー・ティアーズ、AICといった第3世代機としての機能を使おうとがんばってきた者たちを否定したくはない。

ゆえにIS開発の異常進化を否定する気もない。

(つっても、まあ、機体開発の方向性は考えるべきなのかもな)

ラウラのいうとおり、確かに機械の進化に人間が追いついていないという印象はある。

レオも本来は打鉄。機体としては高性能ではないが、自分のパートナーとして申し分なかったからだ。

なら、機械の進化に人間を無理に当てはめるより、人間の力に機械を合わせる開発があってもいいと思う。

(開発競争が人のためじゃなくなっちまってんだろうな)

そう考えると、楯無はともかくとして、ここにいる専用機持ちの少女たちはある意味では被害者ということもできる。

専用機の存在が先に在り、それに合わせた操縦者として選ばれているのだから。

要は国のプライドに翻弄される被害者なのだ。

(生き方や戦い方くれえ、自分で決めてえよな……)

IS操縦者になること自体は自分で決めたのだとしても、国家に都合のいいIS操縦者にしかさせてもらえない。

元の世界の鈴音たちは、そこからさらに進化することである意味では自由を得たといえる。

だからこそ、この世界の彼女たちを見て、選ばれた者であるということは、決して幸福ではないのかもしれないと諒兵は思うのだった。

 

 

とりあえず、鈴音やラウラは組んでも文句いわないだろうと判断した諒兵。

なかなか面白い話をしていたために名残惜しいと思うものの、その場を後にした。

この時間ではもう仕事も終わっているかもしれないと思ったが、一応学園でコア・ネットワークにつながっている端末を探して移動する。

すると。

「どうするんですか?」

「獅子堂のことか?」

と、真耶は千冬の声が聞こえてきた。

ISに移動するのと違い、学園の端末だと画像を出すことができない。

最初は音声も拾えないのではと思ったが、実は通信用にたいていマイクがあるので、そちらの心配はなかった。

ゆえに、とりあえず声だけ聞くかと諒兵は耳を澄ます。

「条件をクリアした以上、参加させるべきだろう。今から出場できないといえば、一般生徒から苦情が殺到するぞ」

「にわかに生徒たちの英雄になっちゃいましたしね、彼女」

と、真耶がため息をつくのが聞こえてきて、諒兵は不思議に思った。

自分の世界の真耶なら、出場の機会を得たレオにアドバイスするだろう。

どちらかといえば、生徒たちに対して公平だからだ。

その点は元の世界の千冬もそう変わらないのだが。

何故なのかと思っていると、真耶が心情を吐露してきた。

「赤鉄は、今のIS開発と考え方が正反対ですし、あの機体が活躍すると面倒になりませんか?」

「そうだな。特にイグニッション・プランに参加している国は黙っていまい」

先ほどの鈴音たちの会話にもあったように、今のISの開発は、操縦者に重きを置いていない。

優れた武装。

優れた兵器。

それを開発することが目的となってしまっている。

そんな中でレオが赤鉄でいい結果を出してしまうと、世界の流れに対し、逆行してしまうのだ。

それはレオ自身の立場を考えると、決していいことではない。

「獅子堂は強い。接近戦に限れば、間違いなく代表候補生クラスの実力は持っている。ゆえに、新しい機体を贈ることができればいいんだが、今からでは時間がないな」

「せめて打鉄かラファール・リヴァイブで戦ってくれればよかったんですけど……」

量産機であれば、うまく自分仕様にセッティングして戦ったという言い訳ができるからだ。

しかし、赤鉄のように設計段階から偏った機体ではそういった言い訳ができない。

「獅子堂にとっては運命の出会いだったんだろう」

「そう考えると、何を贈っても乗り換えませんよね」

真耶のいうとおり、レオ自身が赤鉄、つまり諒兵を気に入ってしまっていて、乗り換える可能性などほとんどない。

そうなると、頭が痛いところなのだろう。

千冬もため息をつく。

「……トーナメントでは活躍させられんな。公式の場で負ければ、そこまで注目もされないだろう」

「優秀な生徒をわざと負けさせるなんて辛いです。獅子堂さん、鍛え方次第でヴァルキリーを目指せますよ」

一般生徒の中から彗星の如く現れた英雄です、と、真耶が続けると、千冬もため息混じりながら同意した。

まさかそこまで期待されてるのかと諒兵は驚く。

 

英雄。

 

それは、信念を貫いた生き様を見せた人を表した言葉だ。

端的にいえば、英雄とは生き様を指す言葉である。

レオの在り方は、どうやらそれに近いのだろう。

しかし。

「どの国も、自国のISが活躍することを期待している。そこにポッと出の新人が、偏った欠陥機で入り込むのは危険すぎる」

「獅子堂さんの人生にも関わりますし、仕方がないですね……」

千冬や真耶は単にえこひいきするのではなく、各国の事情やIS開発の流れ、そしてレオの人生を考えた上で、レオの足を引っ張るつもりでいるらしい。

(思った以上にマトモだな)

一夏や箒ばかりではなく、優秀な専用機持ちも参加するトーナメントだ。

全力でサポートはするが、とりあえず変に動き回る必要もないだろう。

引き立て役としてではなく、参加者の一人として普通に戦えるのなら、それでいいと諒兵は考える。

(そういや、一夏はどう思ってんだろうな?)

白式はどうにも近寄りづらいので、一夏自身がレオや今の諒兵自身である赤鉄について、何を考えているのかわからない。

しかしこのままなのもどうかと思う。

ゆえに、近く白式と対峙する必要があるなと諒兵はため息をついた。

 

 

 

 



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第5話一夏編「赤の竜」

諒兵と模擬戦をした後、剣を作れるようになった一夏。

そのことに対し、一番強く興味を持ったのは、意外なことに丈太郎ではなかった。

ギィンッという金属音が響く。

打ち合わせた剣を捌き、身を翻して死角から切り上げようとする一夏だが、すぐに振り向いてきた対戦相手の凄まじい豪剣で剣を叩き落されてしまった。

(クッ、やっぱり強い……)

降参の意味をこめて、膝をつく一夏に、先ほどまで戦っていた青い竜が声をかけてくる。

『驚いたよ。これほど剣を扱えるなんてね』

と、青い竜は光を放ちつつ、人の姿に戻る。

青竜、すなわち誠吾が、剣を出したという一夏に興味を示し、仕合を求めてきたのだ。

剣同士の試合に興味があった一夏は即座に肯き、今に至るというわけである。

「どうだ、井波。白竜の実力は?」

と、試合を見物していた丈太郎が誠吾に声をかける。

「正直にいって、人間の剣術と変わりませんね。ますます竜とは思えませんよ」

「おめぇの剣に似てたな」

「そうですね。まあ、一刀流ですから似るでしょう。もっとも白竜は死角を探して一撃を狙ってきますから、そういう点では違いもありますね」

(せーごにーちゃんは、千冬姉並に正面突破の剣だからなあ)

真っ向勝負というか、死角を探すといったことをせず、とんでもない豪剣で剣ごと叩き折るような剣を使うのが誠吾である。

そんな元の世界の憧れの人を思いだして、一夏は苦笑いしてしまっていた。

何しろ、この世界の誠吾は示現流というかなり有名な剣術を使う。

その一撃は最強と呼ばれる豪の剣だ。

剣術自体は違っても、剣士としての本質は変わらないことが一夏は嬉しかった。

「安心したぜ」

「心配されるのは当然でしょうが、打ち合っていて気持ちは殺がれました。……『彼』より危険性は低いかもしれません」

そういった誠吾に対し、丈太郎はため息をつく。

気にはなるものの、会話の意味がわからない一夏は、とりあえず駆け寄ってきた白虎を迎えた。

「大丈夫、はくりゅー?」

(大丈夫だ。加減してくれてたみたいだし)

強い力を得ても上には上がいるということに、一夏は嬉しくなってしまう。

まだまだ自分も強くなれるということだからだ。

「井波の旦那とあそこまで打ち合えるとはな」

「正直、驚いたわ。ホントに人間くさいわね、白竜」

白虎と共に寄ってきた諒兵と鈴も驚いた顔を見せる。

確かに普通の竜なら爪と牙を使うのだから、人間のように剣を使う一夏は奇異に映っても仕方ない。

ただ、そのおかげで、周りは一夏を襲ってくる竜とは違うと考え始めているようで、周囲からの視線もだいぶ和らいできたと思う。

誤解されるのが一番怖かっただけに、一夏はだいぶ安心していた。

ただ。

(せーごにーちゃんのいう『彼』って誰だ?)

と、誠吾がこぼした言葉が気になって仕方がなかった。

 

 

その日、人のいない海岸線で、人を守る竜と、人を襲う竜が暴れ回っていた。

竜の群れはこれまでと比べ物にならないくらいの数だったのだが、誠吾率いる戦闘部隊が向かった場所には、強力な伝承竜が来ており、人員を割くことができないという。

結果として、諒兵と鈴、そして一夏の三人で戦わなければならなくなった。

 

(数が多すぎるッ、押し切られそうだッ!)

剣を使い、ブレスを使って戦ってはいるものの、どうしてもまとめて倒すというほどではない。

ために疲労も溜まっていく。

どうすればと考える一夏に、鈴がアドバイスしてくる。

「白竜ッ、ブレスをばら撒くイメージで吐いてッ!」

どういう意味かはわからないが、これまでの鈴のアドバイスはほとんど外れたことがない。

ゆえに素直に『ばら撒くイメージ』でブレスを吐く。

(拡散したッ?!)

すると、一夏の吐いた閃光は、これまでのような一直線ではなく、放射状に拡散された。

かなりの数の敵がダメージを受けている。

そこに。

「紅竜閃ッ!」

鈴は周囲に浮かぶ六つの竜の顔を同時に操った。

その顎から紅色の閃光が放たれ、ダメージを受けた竜たちが一気に爆散する。

(敵を探すだけじゃないのか、凄いな鈴川さん)

あくまでサポートタイプではあるが、攻撃能力がないわけではないらしい。

ならば自分はとにかくダメージを与え、トドメを任せるという戦い方ができる。

そう思い、少しばかり安心した一夏だが、その耳に慌てたような声が飛び込んでくる。

「待ってッ、下がって諒兵ッ!」

(えっ?)

鈴の声に一夏は驚いてしまう。単騎でも相当な戦闘力を持つ諒兵をなぜ下げようとするのか。

そう思い、諒兵のほうへと視線を向けると、異様な光景が目に入ってきた。

(何だアレッ?!)

諒兵が変身している赤い色の竜。

強力な爪と牙を持ち、吐けるのは炎のブレス。

そのはずなのに、今の諒兵は違う。

(身体から炎が噴き出してるッ!)

まるで全身が燃えているかのように、竜の身体を構成する金属の隙間から、真っ赤な炎が噴出していた。

まるで、炎が竜の形をとっているようだった。

そして。

グォァアァアァァアァァァァアァッ!

凄まじい雄叫びと共に、諒兵は竜の群れに突っ込んだ。

途端、無数の火柱が上がる。諒兵の炎に触れただけで敵の竜が燃え上がっているのだ。

諒兵が腕を振れば、凄まじい炎が刃のように竜を切り裂き、尻尾を振れば蛇のように炎が巻きつく。

吐き出される炎のブレスは、竜を燃やすどころか、呑み込んでしまうほどに燃え上がっている。

気がつけば、襲ってきていた竜の群れはほぼ消滅していた。

壊滅ではない。

塵も残らないほどに燃やし尽くされていたのだ。

「数が多すぎたわ……」

(どういうことだっ?!)

疑問の思いを込めて顔を向けると、鈴は意を汲み取ったのか答えてきた。

「詳細は後よ。手伝って白竜。諒兵を海に叩き落すわ」

(なっ?!)

「今ならそれで戻れるの。早く『憤怒』を鎮めないと諒兵は人に戻れなくなる」

そう告げた鈴の真剣な眼差しに、非常事態であることが理解できた一夏は首を縦に振る。

直後、諒兵、否、赤い色の竜はこちらに顔を向けてきた。

向けられる殺気でわかる。

一夏も、驚くことに鈴までも敵と認識している目だった。

ドンッと空気の壁を突き破って赤い色の竜が迫ってくる。

グァアァアッ!

一夏は全力で剣を振ってその突撃を止めた。

受け止めようとすれば、確実に落とされることが理解できたからだ。

まさに、攻撃こそ最大の防御といったところである。

しかし、応戦しながら思う。

これまで、この世界の諒兵は戦っていても理性的だったと思う。

しかし、今は違う。まさに獣そのものになってしまっている。

それも、生存本能といった本来の獣の本能ではない。

ただ全てを焼き尽くすだけの破壊衝動か何かに突き動かされているようだった。

(まさかみんなこうなるのかッ?!)

バケモノに成るか人に成るかの境界。

その上で綱渡りをしているのが龍機兵だというのなら、あまりにも危険すぎる力だった。

「そのまま抑えてて白竜ッ!」

そう叫んだ鈴に少しだけ視線を向けると、今まで翼を生やすか、身体の一部を竜と化していたくらいだった鈴の全身が変化する。

六つの竜の顔はそれぞれ両肩、両腰、両膝にくっつき、両腕両足は完全に竜と化した。

さらに頭を覆うようにもう一つ、七つ目の竜の顔が出現する。

そして尻尾が生え、これまで生やしていたものよりも、倍ほどの大きさの翼が生える。

(七つの顔……)

それが紅龍の化身と呼ばれる七面天女の真の姿である。

『うまく避けてよ白竜ッ!』

そういって口を大きく広げた鈴は、七つの顔から虹色の光を撃ち放った。

『虹竜閃ッ!』

光は一直線に赤い色の竜に迫る。

一夏はギリギリまで引き付けると、剣を一閃させて赤い色の竜の動きを止めた。

グォアァアッ?!

虹色の攻撃の直撃を食らった赤い色の竜はそのまま海に叩き込まれた。

信じられないことに、あたりに蒸気が立ち込める。

海水が沸騰しているのだ。

いったいどれほどの炎だったのかと一夏は戦慄してしまっていた。

しばらくすると、人の姿に戻った諒兵が浮かび上がってきた。気を失っているのか、波間に力なく漂っている。

「ゴメン、とりあえず拾ってきて。私、あっちで休んでるから」

そういった鈴はだいぶ疲労していた様子だった。

おそらく、最大級の技なのだろう。姿もいつもの翼を生やした程度に戻っている。

ゆえに一夏はいわれたとおり、諒兵の身体を拾い上げ、先に行って休んでいた鈴の傍に横たえた。

「少し休めば飛べるから。そしたら戻りましょ」

(教えてくれないか?)

そんな思いを込めて見つめる一夏に、鈴はため息をつく。

「……白虎にも言っておきたいの。あの子、私と似てるから」

(えっ?)

「それにさ、今はまだ疲れてるし」

そういって力なく笑う鈴に対し、一夏は何も言えなかった。

 

 

兵団に戻ってくると、丈太郎が神妙な顔で出迎えてくれた。

「燃えたか?」

「うん、何とか収まったけどね」

「苦労かけたな鈴。白竜、あんがとよ」

(いいけど……)

できれば、諒兵に何が起こったのかを聞いておきたい。

しかし、丈太郎はそのままラボに戻ってしまった。

「一息ついたら、頼まぁ」

そんな言葉を残して。

鈴はそのまま一夏の寝床である倉庫へと向かう。

「お帰りなさいっ、……何かあったの?」

そういって白虎が出迎えてくれた。だが、雰囲気で察したのか、少し怯えたような表情で尋ねてくる。

そんな白虎に近づき、一夏は頭を撫でた。

変わらずに待っていてくれたことが嬉しかったからだ。

えへへと照れ笑いする白虎の顔を見て、一夏も、どうやら鈴もホッとしたらしい。

「白竜、諒兵はそこに寝かせてあげて」

諒兵は近くにいたほうがいいということで、倉庫の冷たい床に横たえることになった。

悪いかなと思った一夏だが、倉庫はベッドがないので仕方ない。

そうして、一息つくと鈴は意を決した様子で話しだした。

 

話を聞いて、一夏は驚くばかりだった。

名のある竜の力を持つ龍機兵は少なくない。

でも、諒兵に関しては教えてもらわなかったこともあり、竜の力を持っているだけかと思っていたのだ。

事実は違った。

諒兵も名のある竜の力を持っていた。

それどころではない。

おそらく、世界でもっとも有名な竜の力を持っていたのだ。

「鈴、ふんどって何?」

「宗教とかに語られる七つの大罪のうちの一つよ。わかりやすくいえば年中怒ってるの。それを象徴する魔王の名前が『サタン』、『赤の竜』はその化身なのよ」

(魔王の、化身……)

そこらの竜とは危険性の桁が違う。

完全に覚醒すれば、人も竜も滅ぼす魔王の化身。

それが諒兵の持つ竜の力、『赤の竜』だという。

「赤い色の竜は他にもいるわ。有名なのはイギリス、ウェールズのウェルシュ・ドラゴン。こっちはアーサー王伝説に出てくる人間の味方の竜なんだけどね」

鈴曰く。

その力を持つ龍機兵が実際にイギリスにいるのだという。

また、鈴自身も紅色の竜であり、赤に近い色の竜だ。

ただ。

「龍機兵は生まれた土地の伝承に影響を受けるの。だから、普通なら日本人の諒兵が血の赤の色の竜になるはずがない。まして、あれほどの炎は操れない」

そういったことを抜きにしても、諒兵の竜の力は異常だ。

どれほど否定しても、その力自体が、諒兵が魔王の化身であることを示してしまっているのだ。

何より。

「憤怒の力は諒兵自身の怒りで発動するのよ。それが諒兵が『赤の竜』である証なの。さっきは戦ってるうちに竜に対する怒りが高まったんでしょうね」

普段、どちらかといえば諦観気味だったのは、意識して冷静さを保っていたのだと鈴は説明する。

なるほど、元の世界の親友はそんな力を持っているわけではないのだから、普段から荒っぽい。

諒兵の素の性格がそうだということだ。

しかし、そうなると新たな疑問が湧いてくる。

(もし、完全に覚醒したらどうなるんだ?)

「鈴、諒兵が戻れなくなったらどうなるの?」

一夏の疑問を代弁してくれたのか、白虎が鈴に問いかける。

「そうね。そうなったら蛮兄や龍機兵団は全員で諒兵を殺すつもりよ」

「そんなっ!」

(……それしか、ないのか?)

そんなことにはなって欲しくない。そう思うものの、それ以外に手がないことが一夏には理解できた。

人も竜も滅ぼす魔王の化身。

そんな存在を放りおけば、世界が破滅してしまう。

危ういバランスではあるが、それでも人は竜と戦いながら生き延びている。

そんなこの世界を滅ぼしていいわけがないと思う。

でも、そうなると諒兵はどうなるのだろう。

死ぬことで世界が救われる存在になってしまった諒兵の想いはどこに行けばいいのだろう。

「鈴はそれでいいの?」

白虎の言葉に一夏はハッとする。

そうだ。鈴自身は納得しているのだろうか。

少なくとも、諒兵との関係は、一夏の目から見ても良い関係だと思える。

諒兵を殺さなければならない状況になったとき、納得できるのだろうか。

「私の命は諒兵に預けてるの」

「えっ?」

「諒兵が死ぬときは私も死ぬ。だから、私を死なせたくないなら、魔王に、憤怒なんかに負けるなっていってあるのよ」

(鈴……)と、一夏は思わず自分の幼馴染みを呼ぶように鈴のことを呼んでしまった。

真剣な顔で、はっきりとそう告げた鈴が、自分の幼馴染みそのものに見えてしまったからだ。

自分の命を懸けてまで、諒兵のために生きている鈴川鈴という少女が。

「白虎も同じじゃないの?」

「えっ?」

「白竜が、ただの竜になっちゃったら、もう嫌い?」

「き、嫌いになったりしないよっ!」

「でも、今の白竜のままでいて欲しいでしょ?」

「うん……」

「私も同じ。戻れなくなったからって嫌いにならない。でも、今のままでいて欲しいから命を預けてるのよ」

「……すごいね、鈴」

(ホントに、すごいな……)

白虎と鈴の会話を聞きながら、一夏はなんだか嬉しくなってしまった。

鈴がいる限り、諒兵が魔王の化身になることなんてない。

それだけではない。鈴がいることで、諒兵はこの兵団の中にいることができるのだろう。

白虎がいることで、一夏がこの場にいられるように。

思い返せば、諒兵は鈴の言葉に突っ込むことはあっても、鈴を排斥するような様子は一度も見せなかった。

最初の出会いのとき、何故鈴は後から来たのかと思ったが、鈴が巻き込まれる前に全部倒すつもりで、諒兵のほうが早く来たのだろう。

(この世界の諒兵は、鈴川さんをずっと守ってるんだ)

暴走の危険性はある。でも、諒兵はいつも鈴を守るために戦っていた。

おそらくは、自分が暴走したとき、殺される覚悟で。

だが、このままでいいはずがない。

竜がいなくなるか、竜が来ても安心していられる場所を作るべきだと一夏は思う。

(そういった場所があれば、白虎も人も竜に怯える必要はないはずだ。諒兵だって、暴走するまで戦う必要はなくなるし)

もし、そんな場所が作れるなら、この世界は変わるかもしれない。

そんなことを考えながら、一夏は重い運命を背負った親友に酷似した少年の姿を見つめていた。

 

 

 

 



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第5話諒兵編「白騎士」

身に纏った爪のついた赤い手甲と脚甲を駆使して諒兵は戦う。

隙をついて放った旋風脚は相手の面を掠めるが、即座に振るわれる剣に慌てて距離をとった。

『チッ、思った以上にやりやがんな』

諒兵は目の前の白い鎧を纏った女騎士を見て、そう吐き捨てる。

白式のコアに移動して一夏の様子を見ようと思ったのだが、コアに入る直前で門番のようにこの女騎士が立ちはだかったのだ。

曰く。

『通りたければ私を倒せ』

とのことなので、仕方なく諒兵は女騎士に挑むことになった。

しかし、思った以上に強い。少なくとも千冬と同等の戦闘力がある。

ゆえになかなか倒せずにいるのである。

『来訪者よ。ここから先は貴様が知らなくともいいことだ。去れ』

『わりいな。どうしても、ここの一夏が何を考えてるのか知っときてえんだ』

そういって女騎士に迫った諒兵は、鼻先を掠める剣を避け、右手を振り上げる。

爪のついた手甲は女騎士がつけている面を剥ぎ取らんばかりの勢いで振るわれるが、やはり強者だけあって、女騎士はきっちり避けてみせる。

追撃で左足での前蹴りを繰り出すが、女騎士は一気に飛び退ってかわしてのけた。

『オリムライチカは選ばれし英雄だ。その思考は貴様では理解できんだろう』

『ま、俺は凡人だしな』

元の世界の一夏でも、あのモテっぷりは英雄レベルだと思っていたので、諒兵はそう答える。

しかし、女騎士はそういう意味でいったわけではないらしい。

『戯言を。貴様にこそ問題がある』

『んだと?』

『貴様は、いうなれば魔物だ。英雄と魔物が相容れるはずがあるまい』

『人をバケモン扱いすんじゃねえよっと!』

と、諒兵は女騎士の肩を狙って飛び蹴りを放つ。

『ぬるい』

そう女騎士はあっさりかわすが、諒兵は即座に身体を捻って空中回し蹴りを繰りだした。

『むうッ?!』

女騎士の側頭部にうまく決まってくれた。諒兵はその隙を突き、技の回転数を上げる。

すなわち。

『乱舞かッ!』

『そういうこったッ!』

一般に古い格闘ゲームで乱舞技と呼ばれる超連撃。ヘリオドールとの戦いでそのコツを掴んでいたのだ。

倒れるまで止まらないその乱舞は、一気に相手を倒すことができる、はずだった。

『来ちゃダメ……』

『何ッ?!』

突如、別の声が聞こえてきたかと思った瞬間、まばゆい光が現れ、諒兵は弾き飛ばされてしまうのだった。

 

 

自分の身体である赤鉄に戻された諒兵は、大の字になって寝転んでいた。

(クソッタレ、隠しキャラとかありかよ)

女騎士を倒せると思ったところで、別の存在の介入があったのだから愚痴もこぼしたくなる。

トーナメントまで後数日。

その間に一夏が何を考えているのか知っておきたかった諒兵としては悔やんでも悔やみきれない。

(うんにゃ、まだ時間はある)

再挑戦すればいいだけの話だが、すぐに挑戦してもまたいいところで邪魔が入るだけだ。

そして、その邪魔こそが、重要な鍵を握っていることもおぼろげにわかった。

(たぶん、女騎士はあの声の奴を守ってんだな)

そうなると、白式のコアに宿る心は、最後に出てきた声であることに間違いはないだろう。

(あのコア、一夏をどうしようってんだ?)

女騎士の言葉を信じるなら、この世界の織斑一夏は選ばれし英雄とやらになる。

そうなると、何か役割を背負わされているのだろう。

それを知っているのは、間違いなく女騎士ではなく、あの声の主だ。

ガバッと起きた諒兵は考え込むような仕草になった。

(そもそも、この世界のISって何なんだ?)

自分の世界では、エンジェル・ハイロゥのエネルギー体が憑依することで、個性を持った存在だ。

それは偶然が生み出したということができるだろう。

しかし、この世界のISに対しては、そういう印象がない。

明確に目的を持って生み出されたような気がするのだ。

(あの騎士の言葉通りなら、一夏を英雄にしたいってことか?)

しかし、疑問も残る。

ISを動かせる世界で唯一の男性。

それは、そこまで大きな存在といえるだろうか?

ISはそこまでデタラメな存在だろうか?

人が造ったものである以上、人が造るもので超えられる可能性は十分にあるのだ。

(IS操縦者とはまったく別のところに目的があんのか?)

そうだとしたら、一夏のことも知るべきだが、白式の意思を知る必要がある。

(意地でも突破してやんぜ)

「今日はもう休みましょう?」

(おろっ?)と、唐突に聞こえてきたレオの声に諒兵は外の様子を見てみる。

香奈枝と共にゲームに興じていたレオだが、そろそろ眠いのか、やめようと言い出していたらしい。

(たまげた。俺の声に答えたのかと思ったぜ)

苦笑いしながら、外の様子を見ていると、香奈枝はまだやめたくないらしく、反論してきている。

「もう少し、もうちょっとお」

「埒が明きませんよ。ここまで互角ですし、いい終わりどころだと思うんですけど」

「でもでもお、今日は早くないかなあ?」

「……なぜかわかりませんけど、無鉄砲な人を止めたいなって思いまして」

ビクッと思わず諒兵は冷や汗を垂らす。

さすがに自分のことに気づいているはずはないと思うのだが。

しかし、このまままた白式のコアに行くのは、なんとなくはばかられる。

(今日は休んどくか……)

「それがいいですよ。日が変われば何か変わると思いますから」

(レオ、お前ホントに記憶ねえんだろうな?)

思わず突っ込みたくなってしまった諒兵であった。

 

 

翌日。

トーナメントの組み合わせが発表された。

(まあ、妥当なとこか)

と、諒兵が納得したその組み合わせはいかなるものか。

 

一夏と簪。

セシリアと箒。

シャルロットとラウラ。

そして、レオと鈴音。

 

レオが入ったことで逆に無理がなくなった。

レオがいなければ、どうやっても誰か一人余るからだ。

(そうなったらどうしたんだろうな?)

さすがにそんなもしもの話は諒兵にはわからない。

とはいえ、とんでもない裏技で一般生徒を無理やり入れてくるかもしれないとも考えていたので、この組み合わせには納得できた。

(つっても、一度くれえ鈴と訓練しとくべきだよな)

そう思っていると、昼休みに意外なことに鈴音のほうから声をかけてきた。

何故か、ラウラまで一緒にいる。

「獅子堂さんね」

「はい。何かご用ですか、凰さん?」

「鈴でいいわ。組み合わせ見たでしょ。せっかくだから一緒に訓練しようと思ってさ」

組まされる鈴音としては負けたくないのだろう。

とはいえ、レオはまだ箒としか戦ったことがなく、経験値が多いとはいえない。

そこで訓練するために声をかけてきたのだろうと諒兵は考えた。

「ありがとうございます。私のこともレオでいいですよ。それと、ボーデヴィッヒさんは……?」

「獅子堂レオ、お前の機体に興味がある。できれば訓練を共にさせてくれ」

「え~っと、別にかまいませんけど。機体のほうに興味があるんですか?」

別に気にすることでもないが、レオ自身ではなくISである赤鉄に興味があるというのは、妙な気持ちになるのだろう。

レオの言葉は知らないうちに疑問系になってしまっていた。

「設計コンセプトを徹底的に絞った珍しい機体だ。それに合致したお前にも興味はある。ただ……」

「ただ?」

「人とISの組み合わせで、性能を超えられる可能性があるというのなら、間近で学びたい」

真摯な表情でそういわれてしまうと、レオとしても突っぱねることはできないのだろう。

素直にわかりましたと答える。

ただ。

「赤鉄は渡しませんよ?」

「いや、私にはレーゲンがあるからな?」

(何いってんだ、レオ……)

妙なところを意識しているレオに、諒兵は頭痛を覚えるのだった。

 

数十分後。

レオはラウラが放つ至近距離でのレールカノンを捌くと、すぐに右回し蹴りを繰り出す。

さすがに接近戦の最中ではではAICは使えないのか、ラウラはプラズマブレードで蹴りを弾き、一気に距離を取った。

「くっ!」

「まさかここまでてこずるとは思わなかったぞ」

「やっぱりAICを突破するのは難しいですね」

レオの言葉通り、距離を取ったラウラはすぐにAICでレオを捕らえたのだ。

とはいえ、ラウラがてこずったというとおり、AICで捕まえるまでにかなりの時間を要した。

まず、AICに捕まらないようにするにはどうするかということをレオは考え、実践していたからだ。

「一対一の接近戦でラウラに捕まらないようにするのはかなり大変よ。むしろ誇っていいわ、レオ」

「そこに鈴音のサポートが入るなら、もっと捕まえづらくなる。嬉しいな、ライバルが増えるというのは」

「そういっていただけると嬉しいですね」

まずやるべきこととして、レオはラウラとの一対一を申し入れた。

赤鉄の性能を考えると、AICとの相性を改めて理解するのは当然だからだ。

結果から見れば、赤鉄とAICは最悪といっていい。

ただし、あくまで一対一の場合だが。

とはいえ、その赤鉄、すなわち諒兵自身としては……。

(さっき見えたのはAICの隙間か?)

停止結界の中にわずかな揺らぎのような隙間が見えたのである。そこをつけば、AICを解除できるように思えたのだ。

ラウラに悪いとは思うものの、レオをサポートする身としては見逃すわけにもいかないと覚えておくことにした。

もっともこれを生かせるときが来るかどうかは、ほとんどギャンブルである。

「やっぱり基本は前衛ね」

「そうですね。でも、鈴が接近戦でもサポートしてくれるのはありがたいです」

「接近戦で二対一はあまり考えたくないな」とラウラが苦笑する。

だが、レオの言葉通り、鈴音は接近戦でもレオの動きをうまくサポートできた。

元の世界より好戦的だと感じていた諒兵だが、意外と冷静な面も持っているようだと安心する。

「トーナメントまで何日もないし、できる限りお互いの動きを理解しましょ」

「はい、そうしましょう。ラウラはどうします?」

「時間があるときには参加しよう。もっとも私は敵だからな?」

そう話し合うレオ、鈴音、ラウラの姿を見ながら、諒兵もホッと胸を撫で下ろす。

(これなら、トーナメントは大丈夫そうだな)

ならば、自分は一夏と白式の意思を知るために全力を尽くすと諒兵は改めて決意していた。

 

 

その日の夜。

諒兵は再び白式のコアに挑んでいた。

『懲りない奴だ』

さすがに一度使った手は二度使えないらしい。

来てすぐに、以前、突破しかけた手を使ってみたが、あっさり捌かれた。

もっともそのくらいのことは想定内だ。

本命を相手にする以上、あっさり倒されてしまってはむしろ困る。

『ムッ?!』

今まで見せなかったことで持っているとは思わなかったのか、女騎士の対応が遅れた。

『さすがに驚いたみてえだな』

背中に回りこんだ諒兵は、女騎士の腰を締め上げると、そのまま後ろに投げ落とす。

『グァッ!』

レスリング技のバックドロップ。

さらに、すかさず投げ落とした女騎士の首を極める。

『グゥゥ……』

『折らなきゃ止まらないんなら、容赦しねえぜ』

諒兵が覚えている格闘技は何もパンチやキックだけではない。

関節技、投げ技は格闘技でもかなり有効な技だ。

ゆえに、そこまで多くはないが、関節技や投げ技も覚えていた。

そこに。

『ダメ……』

以前も聞いた声が聞こえてきた。

『あっ?!』

瞬間、諒兵は女騎士から離れ、声の主を抱き上げた。

『捕まえたぜチビ。俺が用があんのはお前だよ』

白いワンピースを着た少女。それが以前邪魔をしたもう一人であり、おそらくは白式のコア。

『貴様ッ!』

『俺は何もお前らをとって食おうってんじゃねえよ。一夏と、お前らが何を考えてんのか聞きてえだけだ』

『ん~っ!』

少女は必死にじたばたともがいているが、子どもが暴れた程度で離してしまうほど、諒兵は力は弱くはない。

『お痛がすぎんなら、お尻ペンペンだぞ』

『ふぇっ?!』と、少女は思わずビクッとし、すぐにおとなしくなる。

諒兵はもともと孤児院育ちなので、いたずらをした子どもを叱ることにも慣れている。

ために出てしまった言葉なのだが、少女には効果があったようで、観念したかのようにおとなしくなった。

『わかった。ここを通す』

女騎士も観念したかのように戦意を消失させ、立ち上がった。

そんな彼女に対し諒兵はただ一言答える。

『信じるぜ?』

『これほどの脅し文句はないな』

裏切ったなら、二度と容赦はしないという意味を込めた一言に、女騎士は苦笑するだけだった。

 

白式のコアから外の様子を見ると、いつものメンバーが一夏の部屋から出て行くところだった。

『会話を聞きたかったんだけどな』

『いや、お前が知りたいことを知るなら、今からのほうが都合がいいだろう』

どういうことだと思うものの、女騎士はそれ以上話そうとはしなかった。

仕方なく、一夏の様子を見る。

驚いたことに、メンバーがいなくなってから、一夏は一人で勉強を始めた。

その内容は、自分たちがやっていた勉強とはだいぶ違う。

『IS、いや、コアの開発か?』

『うん、イチカはずっと男でも使えるコアが開発できないかって勉強してる』

仲間がほしいのだろうか。

こんな環境に一人きりでは辛いのも理解できる。

そこで、男でも使えるISコアの開発をしているというのなら確かに納得がいく。

しかし、ノートの内容を見る限り、思うようにはいっていないらしい。

(自慢じゃねえけど、頭は良くねえよな、俺ら)

その理由を、単純に能力が足りないせいかと思った諒兵だが、真実は違った。

「ぐっ、ぐあっ、あぐぁっ!」と、勉強していたはずの一夏は唐突に頭を抱えて苦しみだした。

『おいっ、どうした一夏っ?!』

思わず声をかける諒兵だが、声が届くはずもない。答えたのは女騎士のほうだった。

『修正力だ』

『なんだそりゃ?』

『男性が使えるISコアを開発されると困る者が、邪魔をしているのだ』

そう聞いて、一番最初に脳裏に浮かんだのは、本来のIS開発者である束だった。

『否だ』

『シノノノタバネは利用されてるだけ』

『シノノノタバネは端末に過ぎないのだ』

『もっと大きな意志が、イチカを英雄に仕立て上げようとしてる』

女騎士と少女の答えに、諒兵は呆然としてしまう。

この世界は、篠ノ之束によってISが開発されたことで大きく変わったのだと思っていたが、そうではないというのだから。

『誰だよそりゃあッ!』

『その者こそ、オリムライチカを選んだ者でもある』

『この世界に足りないモノを作るために』

何が足りないというのだろうか。この世界は、歪んでいるのは確かだが、同時に平和を保っている。

足りないものがあるとはとても思えない。

『平和なだけじゃダメだってことか?』

『人が作った社会は確かに平和を保っているが、同時にいなくなった者もいるのだ』

『いなくなった者?』

『後世にまで語られる英雄。神話や伝説、古き時代には多くの英雄がいたけど、今はいない』

全ての人間が、世界の歯車と化しているのがこの世界だった。

十分に有名な束や千冬がいるではないかと思った諒兵だが、その程度では足りないのだという。

『あの者たちは単に歯車として大きいだけなのだ』

『社会から外れても一個の存在として在ることができるわけじゃない』

その者が考える英雄とは、社会から外れても問題なく、それどころか、外れて、なお人の中心にいられるものだという。

『まるで人間じゃねえみてえじゃねえかよ』

『既に二度、オリムライチカは死にかけ、コアの力によって再生しているのだ』

『この世界のイチカは、最終的にはISと完全に融合することで新人類になる』

『なッ?!』

そうなったとき、織斑一夏という人間は、オリムライチカという別種の存在になる。

『全てのISを統べる新たな英雄。人類の指導者となるのだ』

『何なんだよッ、そのふざけた妄想はッ?!』

『選ばれし者が人を導き、平和を成し遂げる。それがイチカを英雄に仕立て上げようとしている者が考える未来』

少女の言葉を考えるなら、一夏を英雄に仕立て上げようとしているのは、より高次から人を選んだ者になる。

つまり。

『冗談だろ。神の意志だってえのか?』

少女も女騎士も答えない。しかし、だからこそ、それが答えであるということが理解できてしまう。

『だから、他の男がISを使えちゃ困るのかよ』

『そうだ。選ばれし者は一人でいい。複数の人間が指導者や代弁者を名乗るからこそ、今の世界は歪んだといえるからな』

『でも、本当にこれでいいのか。私たちにはわからない……』

だから、白式のコアとして、せめて苦しまないように、一夏を助けているのだと少女と女騎士は告げる。

だが、それならば諒兵がいうべきことは決まっている。

『クソッくらえだ、そんなもん』

『来訪者よ……』

『てめえの人生をてめえで選べねえ平和なんぞ、俺はいらねえ』

外を見れば、一夏は苦しみながらも、必死に勉強を続けている。

抗っているのだ。

この平和な世界に。

『気が変わったぜ。今度のトーナメントであの一夏を叩き潰す』

『どうして?』と、少女。

『あいつはただの人間だ。俺のダチだ。選ばれし者なんかじゃねえって証明してやる』

そういって諒兵が見つめる先には、抗い続ける一人の少年の姿があった。

 

 

 

 



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第6話一夏編「悪竜と呼ばれるモノ」

兵団がある場所の片隅で、諒兵が一人で佇んでいた。

その姿を見た一夏は、ゆっくりと近づいていく。

「お前か。ホントに竜らしくねえな」

(そうかもしれないな。どこにいても俺は変わらない)

身体が竜であったとしても、心は一夏のままなのだから、当然といえば当然である。

「礼をいっとくぜ。俺を戻すの手伝ってくれたんだってな」

(そんなのはいい。お前は今のままでいいのか?)

この世界の諒兵の事情は理解できた。

ただ、それでも、危ない綱渡りをしながら戦い続けることに不安はないのだろうかと思う。

一歩間違えれば、鈴すらも殺しかねない『赤の竜』

そんな自分のことを知った上で、なぜ戦場に出ることができるのだろうか、と。

そんな思いを込めて見つめると、諒兵は一つため息をつく。

「竜に成っちまったの自業自得だ。後悔があるとすりゃあ、鈴を巻き込んじまったことだ」

独り言だと呟いて諒兵は続ける。

先に竜になってしまったのは諒兵のほうらしい。

竜に襲われ、死に物狂いで反撃したときに、偶然、竜を構成するナノマシン『竜の血』を飲んでしまったために、竜の力を手に入れてしまったのだという。

「兄貴にいわせりゃ、竜は機械なんだとさ。粘液状のナノマシンが、金属の身体を中から動かしてるっつってたな」

(そうだったのか……)

竜は生き物ではない。

核となる竜の血が増大するほどに大きくなることで、成長していると思われているが、実際にはあくまで機械なのだという。

そうなると今の自分は竜の血に宿ったデータのようなものなのだろうと一夏は納得した。

(でも、お前の力は……)

あまりにも危険すぎる力を持ってしまったことを後悔していないのかと一夏は思う。

しかし、竜になったこと自体は後悔していないと諒兵は呟いた。

「竜が現れてから、何もかもぶっ壊してやりてえって思ってたからな。竜の力はむしろ望んでいたもんだ。その果てにぶっ壊れても、自業自得だ」

(諒兵……)

「でも、鈴はそうじゃなかった。俺に、心まで化け物になるなっていいやがった」

そのために、鈴は自ら龍機兵になるための丸薬を飲んだのだという。

諒兵が竜に成り切ってしまったとき、共に死ぬ覚悟で。

「だから、鈴を守る。それが今の俺の目的だ」

諒兵同様に龍機兵になってしまった鈴はもう普通の人が暮らす場所では暮らせない。

ゆえに鈴を守る。帰る場所のない彼女を独りぼっちにしないために。

「お前は、大事な奴を巻き込むなよ」

(ああ、わかってる)

そう心の中で答えるものの、宿舎に戻って行く諒兵の背中を一夏は見つめ、思う。

(だからこそ、この世界はもう少し優しくなっていいはずなんだ)

覚悟を決めて生きていける強い人間なんてそれほど多くない。

強くなくても、人が笑っていられるような世界を、一夏は願っていた。

 

 

同時刻。

珍しく白虎は鈴の部屋にいた。相談したいことがあるからだった。

「……ダメよ白虎。それは勧められない」

「やっぱり……、そうだよね」

沈んだ表情で肯く白虎に対し、鈴は厳しい顔を崩さない。

それほどに、白虎の相談は簡単に受け入れられるものではなかった。

「龍機兵になったら、もう普通の人間には戻れないわ。そうなったら、死ぬまで戦い続けるだけになる」

「でも鈴は……」

「私はもう覚悟を決めてるのよ。それに、私のときだってけっこうな騒ぎになったしね」

そういって、鈴は自分が龍機兵になったときのことを説明する。

力を持てたこと自体は間違いではなかったとしても、そのために捨てたものが大きすぎたのだ。

「……家族がいるいないの問題じゃない。人から外れてしまったら、真っ当な幸せなんて掴めなくなるわ。白虎、あんたはまだ戻れるところにいるの。それを逃げてるなんて思わないで」

「でも、怖いんだもん……」

待っているだけの身であることの不安。

それは鈴にも痛いほどわかった。何より、自分が龍機兵になった理由がそうだったからだ。

諒兵に守られているだけの自分がいやだったからなのだ。

だが、だからこそ、白虎に同じ道は歩ませたくないと鈴は思う。

「白竜を死なせたりしないわ。それに、白竜自身、たぶん白虎が自分と同類になることを望んでないと思うのよ」

それは間違いないと鈴は考えていた。

白竜は守るために戦っている。

大事な存在を、共に戦う者とは見ていないのだ。

「人間だったら、英雄みたいな正義漢なんでしょうね、白竜は」

「そうなの?」

「そんな感じがするのよ。だから、みんなを守ろうとする。たった一人でね」

その代わり、誰も巻き込みたがらない。

自分が守る者であろうとするために、守るべき人が戦うことを望んでいないのだ。

「だから、私たちが白竜を死なせたりしないから、白虎はがんばってここで待っててほしいの」

「鈴……」

「ごめんね、白虎……」

そう言って白虎を優しく抱きしめる鈴。

白虎の気持ちが痛いほどわかるだけに、彼女には謝ることしかできなかった。

 

 

翌朝。

いきなり兵団全てが慌しくなり、一夏は目を覚ました。

この慌しさはただ事ではないと身体を起こす。

すると。

「白竜、おめぇはここにいてくれ。戦闘部隊が全員出張る羽目になった」

と、丈太郎が声をかけてくる。

兵団の守りが手薄になるため、逆に自分たち遊撃部隊は動かすべきではないと判断したという。

(何があったんだ?)

そう思いながら見つめると、丈太郎はかなり真剣な表情で答える。

「こないだ追っ払ったと思ったんだがな。また大物が来やがった」

(大物?)

「ファフニールっつってな。神話でも相当な力を持つ伝承竜だ」

英雄に倒されたという伝承を持つ中でも、ファフニールほど有名な竜はそうはいないだろう。

抱く者という意味の名を持つその竜は、様々な金銀財宝を掻き集めては懐に仕舞い込んでいくという変わった習性を持つと伝えられている。

ただし、英雄伝承に出てくるだけあって、その戦闘力はそこらの伝承竜とは比べ物にならないほど強大である。

(せーごにーちゃんたちは大丈夫なのかっ?!)

「一度ぁ追っ払った。ただ、今回ぁ群れを引き連れてやがっからな。万一を考えて戦闘部隊にゃぁ全員出てもらったんだよ」

ゆえに、一夏と、そして諒兵と鈴はこの場で待機、古竜の群れが来たときには応戦してもらうことになるという。

「俺ぁ、本気で暴れるとデカすぎてな。サポートに回るが勘弁してくれ」

全長五百メートルの八つ首の大蛇が暴れ回れば確かにただではすまないだろう。

今はとにかく、群れが来ないことを祈るしかない。

しかしそれは、儚い望みでしかなかった。

 

 

一夏は眼前の異形を前に、呆然としてしまっていた。

(……今までの竜と威圧感が全然違う)

今まで倒してきた古竜に、ここまでの威圧感を感じたことはない。

同じ竜の力を持ったこともあり、戦えない相手ではないということが本能的に理解できた。

しかし、眼前の伝承竜はまるで違う。

今の一夏ですら、恐ろしい怪物だと思えるのだ。

頭と両肩から伸びる三つの頭に三つの口、そして六つの目を持つ巨大な身体。

その名を『アジ・ダハーカ』

ゾロアスター教の悪神の配下といわれる怪物である。

『ぼーっとしてんな白竜ッ!』

(クッ!)

竜と化した諒兵の檄ですぐに剣を作り出す。

このままだと、兵団のある場所が壊滅してしまう。

何しろ、眼前の竜ははるか上空から兵団目がけて『落ちて』来たのだ。

まさかこんな襲い方をしてくるとは思わなかったというのは丈太郎の弁である。

兵団のある場所が戦場になることを想像していなかった一夏だが、ここには白虎がいる。

白虎を守るためには、宿舎に近づけるわけにはいかない。

ゆえに眼前の竜に全力で斬りかかった。

「頭を狙ってッ!」と、鈴が叫ぶ。

なるほど、あの三つの頭はそれぞれ強力なブレスを吐いてくる。

それに、ほとんどの攻撃が頭を振っての打撃だ。

頭を潰せばかなり弱るはずだ。

そう思うものの、思った以上に動きが速く、攻撃が届かないことに苛立つ。

何しろ、アジ・ダハーカのサイズは軽くビル一つ分。数十メートルはある。

対して、今の一夏と諒兵はせいぜい三メートルほどだ。

頭を狙うとなると、空を飛ばなければ届かないのだ。

空を飛ぶことに慣れてはいるが、なかなか思うようには戦えていない。

これまで空を飛んで戦う上で、いかに白虎がサポートしていてくれたのか、皮肉なことに良く理解できた。

『オラァッ!』

気合いと共に右腕の爪を振るった諒兵は、頭の一つを空へと向けて弾いた。

すると、アジ・ダハーカの口からブレスが吐き出され、虚空へと消え去った。

もし、あのブレスが兵団の建物を直撃すれば、白虎はただではすまない。

そう思い、戦慄すると同時に、諒兵がうまい戦い方をしていることに感心してしまった。

(そうだ。できるだけアイツの攻撃を建物に向けないようにしないと)

流れ弾でも確実にビルが倒壊するレベルの強力な攻撃だ。

そんなものを白虎がいる場所に当てるわけにはいかない。

ゆえに、一夏もできるだけ切り上げ、ブレスを吐いてくる口を上空へと向けた。

さらに。

鈴が操る七面天女の六つの顔がアジ・ダハーカの三つの頭のうちの一つを撹乱するように飛び回る。

確実に一つずつ頭を潰していけば、倒せる可能性もあるはずだ。

ゆえに。

(喰らえッ!)

頭の一つを切り上げた直後、直撃を狙って閃光のブレスを吐く。

相当なダメージになったらしく、敵は凄まじい悲鳴を上げた。

(よしッ!)

『気いつけろッ!』

うまくいったと思ったのだが、聞こえてきた声にハッとさせられる。

アジ・ダハーカは、ブレスを吐いたまま頭の一つを振り回してきたのだ。

(マズいッ!)

無差別攻撃をされてしまうと、白虎がいる場所にまで被害が及んでしまう。

だが。

「やり方ぁ間違ってねぇ。そのまま行け」

八つの大蛇の頭を操り、丈太郎が建物の前面にシールドを張っていた。

こんな使い方もできるのかと一夏は驚く。

しかし、これなら敵が多少ブレスを吐いたとしても建物まで届くことはそうないだろう。

だが。

「白竜ッ、気を抜かないでッ!」

(えっ?!)

そう思ったがゆえの安堵、否、油断が致命的な隙となった。

グァアァアァッ?!

アジ・ダハーカは振り回してきた頭で一夏の足に喰らいつき、そのまま凄まじい勢いで丈太郎が張ったシールドに叩きつけようとしてきた。

「チィッ!」と、丈太郎は一瞬だけシールドを解いた。

今の一夏の身体なら、建物に叩きつけられた程度ならかすり傷にもならない。

だが、一夏より上位の竜である今の丈太郎のシールドに叩きつけられると、ダメージは相当なものになるからだ。

ゆえに、あえて建物に叩きつけられるほうを選んだのである。

(グッ!)

ガラガラと崩れていく瓦礫を払いのけ、立ち上がった一夏の目に、頭を抱えて震えている白虎の姿が目に入った。

ちょうど、避難場所に叩きつけられたらしい。

白虎は一夏の姿を認めると、駆け寄ってくる。

「はくりゅーっ!」

(来るんじゃないッ、まだアイツが暴れてるんだッ!)

そう思い、威嚇する一夏だが白虎はくっついて離れない。

「白竜ッ、そのまま飛べッ!」

慌てたような丈太郎の声にハッと振り向くと、目の前にアジ・ダハーカの頭が見える。

自分を叩きつけ、そのままブレスを吐いてくるつもりだったのだ。

このままだと白虎が巻き込まれて死んでしまう。

しかし、飛び出そうにも、目の前にアジ・ダハーカの顎が開いていた。

それでも。

『絶対に守るッ!』

そう叫んだ一夏は、白虎と共に光に包まれた。

 

気がつくと、一夏は空を飛んでいた。

しかし、腕の中に白虎がいない。それどころか、目に映る場所のどこにもいない。

見えるのは、呆然とした様子の丈太郎や鈴。

そして驚いているのか動きを止めている赤い色の竜こと諒兵。

(白虎ッ!)

「ふぇ?」

(えっ?)

唐突に聞こえた声は間違いなく白虎のものだった。

間近にいるはずなのにまったく姿が見えない。

いったいどこにいるのか、と、崩れた建物の窓ガラスに映った自分の姿を見て、一夏は驚愕してしまう。

そこに映っていたのは、白虎の姿だった。

だが、普段と大きく違っていた。

白虎は驚くことにISを、白式を纏った姿で空を飛んでいたのだ。

(まさか、俺……、白式になってるのかッ?!)

「あっ、ああぁああああああぁぁぁっ?!」

驚いたのは自分だけではないのか、白虎はびっくりするほど大きな悲鳴を上げた。

(白虎っ!)

思わず話しかけると、白虎ははっきりと答えてきた。

「……ゴメンね、イチカ」

(白虎、お前……)

「ぜんぶ思いだした。ゴメンね、気づかなくって。イチカの声、ちゃんと聞こえるよ」

いつもの白虎に戻ったことに、安心するだろうと一夏は思っていた。

だが、違った。何故か、寂しさを感じてしまっていた。

(思い出さなくても良かったんだ。この世界で、白竜のままでも、白虎やこの世界の人たちの笑顔を守れるなら、それでも良かった……)

それも一つの幸せなのではないか。

戦い続けなければならないとしても、そこに大事な存在の笑顔があるなら、決して苦ではない。

この荒んだ世界にも笑顔はある。

それを守ることは、間違いではないはずだ。

でも。

「ダメだよ。みんな待ってるもん。ちゃんと一緒に帰ろ?」

それを否定してきたのは、他ならぬ白虎だった。

ここは一夏がいるべき場所ではない。自分は異邦人に過ぎない。

戻るべき場所がある。

戦わなければならない相手がいる。

だから、戻ることを一夏は覚悟した。

(ああ、そうだな。でもその前にアイツを倒したい)

「うんっ、行こうイチカッ!」

そう叫んだ白虎は上空から一気に下降すると、手にしていた剣、雪片弐型をふり、アジ・ダハーカの頭を全力で斬りつけた。

「白虎っ?」

「鈴っ、諒兵っ、私と一緒に戦ってッ!」

近寄ってきた鈴に白虎はそう答える。しかし、そう簡単に肯けるものではないらしく、問いかけてきた。

「白虎、その格好は何なの?白竜はどうしたの?」

「白竜なら、ここにいるよ」

「……まさかその鎧、白竜なのっ?」

(まあ、驚くよなあ。というか、俺も驚いたし)

肯く白虎に、鈴は驚いた表情を隠せない。

まさか竜が人の鎧になるなどとは思わなかったのだろう。

無論のこと、あり得ることではない。

一夏と白虎だからできたことだ。異邦人である二人だからこそ。

「今だけなら、みんなの力になれるから。イチカと一緒なら」

「いちか?」

「白竜のホントの名前……」

そういって、寂しそうな顔を見せた白虎に、鈴は事情を察したのか、小さく呟いた。

「そう、お別れなのね……」

「うん……」

それは、どうしようもないことだと理解できたのだろう。

鈴はぶんぶんと頭を振ると、にこっと笑いかけた。

「アイツをきっちり倒して、お別れ会するわよ。腕によりをかけて美味しいもの作るから期待してて」

「鈴、ありがと……」

(本当にありがとう、鈴川さん)

今までずっと自分たちを何くれとなく世話してくれた少女に、諒兵がこの世界でもっとも大事にしている少女に、白虎と一夏は感謝する。

この世界での出会いは、決して無駄にはならない。

白虎と一夏にとって、大事な思い出となり、そして自分の世界を生きる糧になるだろう。

(みんなが笑える世界を願うのは間違いじゃない。理想論でも俺は突き進む)

命が羽より軽かろうと、その命を守るため、人を、そして共に生きる白虎たちを守るため、この世界での戦いにケリをつける。

そう決意した一夏の心に迷いはなかった。

 

 

 

 



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第6話諒兵編「天の御遣い」

専用機持ちタッグトーナメント当日。

レオは鈴音と共に、第一試合を観戦していた。

一夏、簪ペアとラウラ、シャルロットペアの試合である。

レオはこの後、セシリア、箒ペアと戦うことになっていた。

「更識さんのサポートは見事ですね」

「そうね。一夏は通常の攻撃手段が刀一本しかない。荷電粒子砲も零落白夜もエネルギー使いすぎるしね。当然、簪がサポートに回ることになるけど、一夏の攻撃をうまく生かしてるわ」

「ただ、ラウラとデュノアさんのコンビネーションも見事です。あそこまで息が合うなんて……」

「同室の強みもあるんでしょ。そういう意味ではいいタッグパートナーだわ」

(パートナー、か……)と、同様に試合を観戦していた諒兵は、鈴音の言葉に含まれていたパートナーという一言に何故か寂しさを覚えた。

自分のASとして共に戦ってきたレオの口癖を思いだしたからだ。

鈴音との訓練でレオは前衛としての戦い方を学び、鈴音ともいいコンビネーションを見せられるようになっている。

今の自分はあくまでISだ。

サポートはできても、かつてのように対話できる関係ではない。

ただ、だからといって記憶を取り戻すべきだろうか、と、考えていた。

ここまでこの世界に馴染んでいるなら、レオはこの世界で本気でヴァルキリーを目指してもいいのだ。

そのサポートをするだけの存在でも、別にいいのかもしれないと思う。

それに、一夏の運命を弄ぶ存在も気にかかる。

一夏をただの人間だと証明する。それ自体は間違っていないはずだ。

ただ、それだけで大丈夫なのかと思う。

中途半端な状態で、レオを連れ戻し、元の世界に帰っていいのだろうかと悩んでいた。

 

ビーッという音と共に第一試合が終了した。

結果は、一夏、簪ペアの勝利だった。

荷電粒子砲を牽制に使い、エネルギーをゼロにする覚悟で零落白夜による特攻でラウラを落とした一夏は、シャルロットに向かう。

そんな一夏を囮に、簪がシャルロットを落としての勝利となった。

方法としてはベターかと諒兵は思う。

本来ならば、AICに対しては、ラウラが認識しきれない数で押し切るのが定法だろう。

セシリアのようにビットを使って四方八方から撹乱すると、ラウラは全てを止めきれないからだ。

同じ方法が諒兵にも使える。

それができない一夏と簪のペアならば、一瞬の隙を作って一撃必殺しかない。

簪の打鉄弐式ならば、同時砲撃という手段もあるが、決め手に欠ける。

(そう考えりゃ、一番うまい手か)

と、諒兵は感心するものの、ラウラとシャルロットのペアとはマジメに戦ってみたい気もしていたので、少々残念ではあった。

「どお?」

「と、いいますと?」

「ラウラとシャルロットだと勝ち目薄かったと思うんだけど」

鈴音の問いかけに、なるほどとレオが納得する。

自分自身である赤鉄とレオは、完全な近接戦闘型。

そうなるとラウラに対しては一夏のやり方が一番近いが、何しろ諒兵こと赤鉄という機体には強力な攻撃手段がない。

鈴音にサポートしてもらいながら、懐に飛び込んで連撃を繰り出すしか手がない。

そういう意味では、ラウラがここで倒されたのはありがたいともいえる。

しかし。

「残念です。ラウラとはマジメに戦ってみたかったので」

「そういうと思ったわ」

「でも、今は目の前のオルコットさんと篠ノ之さんに集中しないとですよ?」

「わかってるわ。セシリアも最近になって偏光制御射撃を修得したし、けっこう厄介よ」

(あり?俺らんときは入学してすぐに使ってたけどな)

そのあたりは、やはり多少のズレがあるのかと諒兵は考える。

「それに、箒はあんたにリベンジしたいみたいだし」

「逆恨みでしょう」

「ま、そうなんだけどね」と、鈴音は苦笑する。

自信満々で出てきて返り討ちにあっただけなので、逆恨みというのも間違いではない。

だが、箒にしてみれば、レオは自分に恥をかかせたいけ好かない女に見えるのだろう。

もっとも、恨まれたほうはたまらないとレオはため息をつく。

(まあ、しょうがねえだろうよ)

やはり世界が違うからといって、そう性格が変わるわけではないらしいと諒兵は苦笑してしまった。

そして。

「前衛、頼むわよ」

「サポート、よろしくお願いします」

お互いにそう声をかけたレオと鈴音は、ピットに上がる。

しかし、試合は行われなかった。

何故なら、レオと赤鉄、すなわち諒兵がアリーナの空へと飛び出した後、異変が起きたからだ。

「えっ、何これ?」

レオに続き、鈴音がピットから出ようとすると、いきなりシールドが張られたのだ。

完全に、アリーナに入れないようにされてしまっていた。

「織斑先生っ、ピットから出られないんですけどっ?!」

[何?]

そう答えた千冬は、数分後に鈴音に再び通信してくる。

[篠ノ之とオルコットもピットから出られん。凰、いったん控え室に戻れるか?]

「はい、そっちは大丈夫みたいです」

[獅子堂には待機を命じた。とにかくお前たちが出られるようにならなければ試合にならんからな。こちらでアリーナの状況を調べる。その間、待機だ]

そう命じられ、鈴音はいったん控え室に戻る。

この状況、以前はここではなかったが似たような経験がある。

アリーナに一夏と二人で閉じ込められたときだ。

そうなると、と、そこまで考えて鈴音は青ざめ、すぐにアリーナの中が見られる場所まで移動する。

すると、そこで箒とセシリアに遭遇した。考えることは同じであったらしい。

「箒っ、セシリアっ?!」

「お前も出られなかったのか」

「ピットの故障でしょうか?」

「……もしかしたら」

そこまで口に出した後、鈴音はドーンッという轟音が響くのを耳にしたのだった。

 

 

目の前に現れた三機。しかし、その姿は本来ここに来るはずだった三機とは似ても似つかない。

もっとも、諒兵はその機体を覚えていた。

(あんときの無人機かよッ!)

自分とレオの目の前に現れたのは、以前、一夏と共に倒した無人機、この世界でゴーレムと呼ばれる機体だった。

(チッ、こいつらってことは篠ノ之の姉貴が『動かされた』ってことか)

以前、白式のコアと話した内容を思い返せば、篠ノ之束は端末に過ぎないはずだ。

意思すらも誘導された結果の行動なのだろう。

まさかそこまで邪魔だと思われているとは、正直考えていなかった諒兵である。

「確か、代表戦のときの……」

どうやらレオにはそのときの記憶はあるということらしい。

ならば、危険性も多少は理解できるはずだ。

諒兵がそう思っていると、レオはすぐに三機のゴーレムから離れるように一気に飛び立った。

「確か、あの機体には荷電粒子砲がついてたはず」

(そんな名前だったっけか)

正確な名前など覚えてるはずもない諒兵である。

ただ、ゴーレムが遠距離攻撃可能な機体であることは覚えていた。

(アイツのビームはけっこう威力があった。この身体は、耐えられるのか?)

今は一機のISに過ぎない諒兵。

かつて戦ったときは、レオの助力があってこそ圧倒できた。

今はレオを守る鎧。

しかし、どれほどの力があるというのか。

(いや、あのときだってレオがいたから、一夏と白虎ももいたから勝てた。今の俺一人で何ができる?)

第2世代の試作機となっている今の自分に、レオを守りきるだけの力があるのだろうか。

そんなことを考えていると、三機のゴーレムがそれぞれこちらに向けて荷電粒子砲を放ってくる。

「くッ!」

(チィッ!)

ゴーレムの荷電粒子砲は二門。襲いかかる閃光は六つ。

スレスレで必死にかわすレオだが、今の諒兵の身体である赤鉄とゴーレムでは機動力も違う。

めくら撃ちではなく、こちらの逃げ場を殺ぐように放たれてくる攻撃は確実に高度な戦術パターンをプログラミングされていた。

それでも。

「せぁッ!」

レオは懐に飛び込んで攻撃を裁いてのけた。

腕が長い分、懐に飛び込めば攻撃が難しいと判断したのである。

それは確かに正しい。

「うあぅッ?!」

ただし、一対一ならばという前提がつくのだが。

「ためらわずに攻撃してくるなんてッ?!」

(違うッ、相手はプログラムだレオッ!)

この世界の束が作ったゴーレムが、もとの世界の無人機と同じならば、AIプログラムによって動いているに過ぎない。

効率的な手段を選択するように動いているのならば、味方の被害など気にする理由がないのだ。

一機の懐に飛び込んだレオの背中に、強力な打撃を与えてくるなど当然のことである。

むしろ、荷電粒子砲を撃ってこなかっただけ運が良かったといえるだろう。

現状を理解したレオは、このままではまずいと、すぐに離脱する。

しかし。

「きゃあッ?!」

逃げ切れず、身体を鷲掴みにされたレオは、そのままアリーナのシールドに叩きつけられた。

(くそったれッ、俺が身体を動かせりゃあッ!)

この世界に来て数日、今日ほど自分の身体を動かせないことを悔しく思ったことはない。

できるのはレオの動きをサポートすることだけ。

レオがうまく動いてくれないと、諒兵には何もできないのだ。

ダメージを軽減しようと姿勢を整えようとしても、まずレオが動いてくれないとどうしようもない。

せめて、誰か一人でも味方がいれば何とか戦えるだろうが、おそらく誰もアリーナには入ってこれないだろう。

(ふざけんなッ、このままレオをズタボロにされてたまっかよッ!)

そのまま叩きつけられるなら、ゴーレム三機をまとめて破壊できそうなほどの怒りを諒兵は抱いていた。

 

 

一方そのころ。

「千冬姉ッ、アリーナのハッキングは解除できないのかッ?!」

「今やっているッ!」

アリーナのモニター室にて、一夏が千冬に詰め寄っていた。

コンソールの前では真耶が必死にキーボードを叩いているが、その表情は芳しくない。

外を見れば、観客席の生徒たちは三機のゴーレムに翻弄されるレオの姿を見て、悲鳴を上げている。

たった一人の少女が嬲られる姿はあまりにも凄惨過ぎるのだ。

「このままじゃッ、あの子殺されるぞッ!」

「わかっているといっているッ!」

互いに声を荒げる一夏と千冬。

今できることがそれしかないのだから、どうしようもないが、あまりに不毛な時間だった。

「以前のハッキングより強固だ。こちらの攻撃をまったく受け付けん」

(確実に仕留めようとしてるとしか思えん。束、お前の仕業なのか)

と、思わず考えてしまったが、千冬は必死に呑み込んだ。

本当に束の仕業だとするならば、こうまでする理由がわからないからだ。

優秀とはいえ、ただの一般生徒。束が敵視する理由がない。

しかし、ゴーレムは束にしか作れないはずだった。

そうなると、束がレオを狙っているとしか考えられないのだ。

「もういいッ、シールドをぶち破るッ!」

「待て一夏ッ!」という千冬の制止を振り切り、一夏はモニター室を出て行く。

外で待っていたのか、簪やシャルロット、そしてラウラを引き連れて。

そのすぐ後、千冬の携帯が鳴った。表示された名前を見て、千冬も真耶に後を任せ、モニター室を出る。

電話の主と話をするためだ。

「お前の仕業か」

「名前くらい聞いてよ♪」

「答えろ」

「……あいつをぶっ壊さないと世界が壊されるからね」

「何故、獅子堂をそこまで危険視する?」

そう千冬が問い詰めると、電話の主はため息をついた。

理解していないと考えたらしい。

「私はぶっ壊すっていったよ」

「何?」

「アレはどうでもいいの。問題はあのISモドキ」

その言葉で、電話の主が何を敵視しているのか、千冬にも理解できた。

レオではなく、赤鉄こそが狙いなのだ。

「赤鉄がどうかしたのか?アレは欠陥機だぞ」

「違うよ。あいつはISじゃない。もっとおぞましい何かだよ」

「おぞましい?」

「今、あいつを壊しておかないといっくんが壊される。だからここで壊す。邪魔しないで」

何故、一夏が壊されるなどというのだろう。

千冬には到底理解できなかった。

ただ、電話の主は赤鉄がISではなく、別の何かであることを漠然と感じてはいるものの、何なのかは理解していないらしい。

ただ、間違いなく自分たちの敵だという。

「いったいどうしたんだ、束?」

「どうもしてないよ。でも理解できる。あいつはこの世界にいらない。いちゃいけないんだ」

その言葉を最後に切れた電話を見つめながら、千冬は呆然としていた。

 

 

鈴音、箒、セシリアは観客席に出てすぐ、アリーナのシールドに攻撃を始めていた。

さすがにこんな状況を見過ごして置けるわけがない。

箒とて、レオに対し思うところはあるものの、こんな非人道的な光景を前に放っておけるほど、薄情なわけでもなかった。

ただ。

「おかしい、シールドが強すぎる……」

「強化されているというんですのっ?!」

紅椿の最大攻撃すら、アリーナのシールドは耐えてみせた。

本来なら、そこまでの力はないはずだし、何より紅椿は単純な性能なら最高のISである。

その攻撃にすら耐える時点で、アリーナのシールド自体に異常が起こっていることは理解できた。

そこに。

「どけッ!」

白式を展開した一夏が表れ、零落白夜を叩き付ける。

もしかしたら、シールドエネルギーをゼロにする単一仕様能力はアリーナのシールドにも通用するかもしれない。

皆が一瞬、そう思ったものの、やはりシールドには何の変化もなかった。

「くそッ、どうなってるんだッ!」

「強化されてるとしても異常だよっ?!」

シャルロットも思わず悲鳴を上げてしまう。

アリーナの中と外が、まるで別世界のように断絶されている。

ありえない状況に、全員が憤りを感じていると、中で起きている光景はまさにクライマックスを迎えようとしていた。

 

 

「かはッ!」と、シールドに叩きつけられたレオは肺の空気を吐き出させられた。

性能差以上に、完全な嬲り殺しに心が折れそうになってしまっていて、そのままズルズルと地面に落ちてしまう。

(レオッ、立ってくれレオッ!)

諒兵が必死に呼びかけても、レオには届かない。

それでもレオは呟く。

「諦め……たくない……」

ただ、身体がもういうことを聞かないのか、立ち上がることができないらしい。

レオの代わりに動くことができるならと諒兵は必死に願う。

しかし。

ほとんどダメージを受けていない三機のゴーレムは、それぞれが持つ二門の荷電粒子砲を自分たちに向けてくる。

今の状態でマトモに喰らえば、間違いなくレオの命も危ないはずだ。

完全に守りきることができるとはとても思えない。

無慈悲に放たれた閃光を睨みつけ、諒兵は叫ぶ。

『ふざけんなァッ!』

殺されるくらいなら、殺してやる。

お前たちが自分たちを殺すのなら、俺はお前たちを殺す化け物になる。

そんな怒りを込めて。

そして閃光が届く直前、諒兵はレオと共に光に包まれた。

 

 

モニター室では千冬は真耶にレオと赤鉄の反応がどうなったかと問いただす。

「ま、まだ反応があります……」

しかし、目の前で起きた光景は明らかの蹂躙だ。

無事ですんでいるだけ、奇跡といってもいいかもしれない。

(もう十分だろう、束ッ!)

これでゴーレムを引き上げさせてくれるならば、とりあえずは許そうと千冬は思う。

はっきりいってやりすぎとは思うが、対抗する手段がない以上、それを願うことしかできないのだ。

だが、アリーナの光景を見て、千冬も、そして真耶も驚いてしまう。

「赤い……ドーム?」

真耶の呟きどおり、閃光が着弾した場所、すなわちレオと赤鉄がいた場所に、赤い金属製のドームが出現していた。

そう大きくはない。

ただ、何かがおかしく見える。

「何だ?まるで羽か何かのように見えるが……」

千冬がそう呟いた直後、ソレは変形し、そして『雄叫び』を上げる。

 

グォアァアァアアァアァァァッ!

 

そして、ソレは左腕らしき部分でレオを抱えたまま一気に飛び上がり、三機のゴーレムを爪で引き裂き、尻尾で叩き壊し、獣のような足で踏み砕く。

今までの凄惨な蹂躙が、まだマトモな戦いに見えるほど、圧倒的な力による『虐殺』だった。

「なん、ですか、アレ……」

「わからん……」

千冬にはそう答えることしかできない。

ただ、電話の相手が赤鉄のことを『おぞましい何か』といったことが、ようやく理解できた気がした。

 

 

妙な気配を感じた諒兵は、すぐに鉄屑と化した三機のゴーレムから離れた。

腕の中にはレオがいる。

もっとも気を失っているらしく、身動き一つしない。

今まで身に纏うものであったはずの自分が、何故レオを『抱えて』いるのかはわからないが、自分の意志で動けるというのはやはり気分が良かった。

とりあえず、頭を動かして自分の身体を見る。

腕はさほど変わらないが、以前より鋭角な爪が生えていた。

足は獣そのものだ。少なくとも人が履ける形ではない。

首を回して背中を見ると、真っ赤な翼が生えていた。

以前はスラスターだったはずだ。

それが、金属製であることは変わらないが、生物的、はっきりいえば蝙蝠のような羽の形状をしていた。

(どうなってんだ?)

と、思っていると腕の中のレオが身じろぎした。どうやら目を覚ましたらしい。

「えっ?」

(大丈夫か、レオ?)

「あっ、あ、あぁあぁぁぁぁあぁぁぁあああぁッ?!」

(おいレオッ!)

頭を抱えて悲鳴を上げたレオに必死に声をかけると、程なくしてレオは静かになる。

「……迎えに来てくれたんですね」

(記憶が戻ったのかっ?!)

「ええ、全部」

そう答えたレオは、かつての世界で見ていたようないつもの表情に戻っていた。

もっとも。

「残念です」

(何が?)

「リョウヘイも人間の姿だったなら、もう誰にも触れさせないのに」

性格も元に戻ったというべきなのだろうが、記憶がないころは酷く好戦的だったので、あんまり変わらない気がした諒兵である。

(お前、実は個性『ヤキモチ焼き』とかじゃねえだろうな?)

「そんなわけありません」

(てか、俺どんな姿してんだ?)

「……理由はわかりませんが、一言でいえばドラゴン、血のように赤い色をした竜の姿になってます」

なるほど、と納得した。

この世界に来る前に見せられた竜の世界。

そこを生きる日野諒兵の姿になっているということなのだろう。

(まあ、俺は俺だ。別の世界なんて知らねえし)

「ですね。それで、もう戻りますか」

(ダチとかいただろ?)

「そこまで親しかったわけでもありませんし。お別れくらいは伝えますけど」

ドライだなと諒兵は少しばかり呆れてしまう。

とはいえ、自分もレオもこの世界では異邦人だ。いるべきではないのだろうと思う。

ただ。

(まだだ)

「何かあるんですか?」

(まだ終わってねえんだよ。感じねえか?)

そういわれたレオが訝しげな顔を見せるので、どうやら本来ISとして持っていた鋭敏な感覚を失っているらしいと判断する。

(見てみな。出てくるぜ)

「えっ?」と、諒兵が顔を向けた方向に視線を向けたレオは、驚愕の表情を見せた。

三機のゴーレムの瓦礫が浮かび上がり、一つの姿を模る。

そこには金属製の巨大な頭に、光の輪と六枚の翼を背負った『ナニカ』がいた。

「そんなバカな……」

(何だと思うよ?)

「高位の実行プログラム……。私たちとは違う、ある意味本物の『天使』です」

その存在はあまりにも神々しく、そしてあまりにも歪な姿をしていた。

 

 

 

 



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第7話一夏編最終話「守られるべき平和」

白虎と白竜の変身に驚いていたのか、しばらくの間、動きを止めていたアジ・ダハーカが再び暴れだした。

諒兵が真っ先に反応し、ほぼ一人で防戦している。

(白虎ッ!)

「いけないっ、手伝わなきゃっ!」

「待って白虎ッ、諒兵ッ、五分稼いでッ!」

すぐに空を舞い、自分も戦おうとする白虎を驚くことに鈴が制止した。

また、諒兵に時間稼ぎを命じたが、相手は伝承竜だ。下手をすれば諒兵の中の『赤の竜』がまた暴走してしまう。

(このままじゃまたッ!)

「鈴っ、何で止めるのっ?!」

「あいつは行き当たりばったりじゃ勝てないわ。白虎、まず今の白竜の力と、あんたの戦い方を教えて」

その情報を最大限に生かさなければ、アジ・ダハーカは倒せない。

何より、少なくとも今の白虎が白竜とまったく同じように戦える保証がないのだ。

戦術を組み替える必要があるのである。

それも早急に。

この中で戦術理論を組み立てるということができるのは、鈴だけなのである。

ゆえに、情報がない状態では戦えないと判断したのだ。

鈴にとって重要なのは、戦術理論を組む上で生かせるかどうかという点なのである。

納得した白虎は、白式について説明する。

「武器はこの刀だけ。ただ、これシールドエネルギーをゼロにできるの」

「シールドエネルギー?」

現在、一夏が変化している白式はISである。

竜に対して何が有効なのか、さすがに白虎にもわからない。

当然、鈴にもわからないのだが、別のところから声がかかってきた。

「鈴ッ、竜眼でそいつ見てデータ送れッ!」

「あっ、うんっ!」と、鈴は丈太郎の言葉にすぐに従う。

「りゅーがん?」

逆に竜眼なるものが白虎にはわからない。

文字通り、竜の眼のことなのだが、この世界の竜の眼は個体差こそあるもののデータ解析能力を持つ。

もともと索敵能力の高い七面天女である鈴の竜眼はかなりの高レベルなのである。

ただし、解析したデータを理解するとなると、まだ鈴は知識不足なので、丈太郎に頼らざるを得ないのだ。

「鈴ッ、その刀ぁ、逆鱗ぶち抜けるぞッ!」

「マジッ?!」

「そいつの最大攻撃を喰らわせろッ!」

その言葉を聞いた鈴は、白虎に向き直ると、アジ・ダハーカのある一点を指差した。

「白虎、白竜、アイツの首根っこに赤いプレートがあるの見える?」

そういって鈴が指差した先には、魚の鱗をひっくり返したようなプレートがあった。

「あの目立ってるアレ?」

「うん。アレは逆鱗。あの中に竜の身体を構成する『龍玉』ていう核があるの」

この世界において、竜とは『龍玉』という核から分泌される粘液状のナノマシン『竜の血』が、伝説に語られる様々な竜の形を模した、金属の外殻を作り上げて構成される機械、古代兵器である。

本来、この世界の竜は身体を破壊した程度では死なない。

しばらくすれば龍玉が身体を再構成するのである。

しかし、核である龍玉を破壊されると身体が構成できなくなり、破壊されてしまう。

これは龍機兵にもいえることで、諒兵や鈴も龍玉を破壊されると死んでしまうのだ。

「これが私の逆鱗、アイツのと同じものよ」

そういって鈴は自分の喉元にある赤い鱗のようなプレートを指差す。

「これね、単に硬いだけじゃなくて、攻撃が届かないようなバリアが張られてるの。ここだけは竜の爪や牙、ブレスでもなかなか破壊できない。だから普通は身体をバラバラにして倒すんだけど、その刀は逆鱗を貫けるんだって。つまり一気に弱点を突くことかできるのよ」

シールドエネルギーをゼロにする雪片弐型の零落白夜が、偶然にもこの世界の竜の弱点を突いて倒す力になっているということなのだ。

実は同じ力を持つのは諒兵の『赤の竜』としての炎で、逆鱗ごと龍玉を灰に出来る力を持つのである。

ただし、それは暴走した場合の話なので、普段は倒せるだけの力を出すことはできないのだ。

「白虎、それを使って暴走とかある?」

「う~ん、暴走はないけどエネルギー切れがあるの。一発勝負になっちゃう」

「なるほどね。なら私が動きをサポートするから、一発で決めるわよ」

「わかったっ!」

(任せてくれ)

そうして、白い騎士と紅い天女が宙を舞う。

「諒兵ッ、白虎の持ってる刀であいつの龍玉を狙うわッ!」

『わかった』

「メインお願いッ、白虎の力を温存するわよッ!」

空を舞う鈴はすぐに諒兵に指示を出す。

一撃必殺である以上、不用意にエネルギーを使うべきではないと鈴は判断したのだ。

そうなると、戦うのは基本的に諒兵一人となる。

鈴も戦えないわけではないが、彼女は基本的にサポートを主体とした戦士なのである。

だが。

『ケッ、この程度のヤツにゃ負けねえよ』

そう答えた諒兵は、アジ・ダハーカにブレスをぶつけると、その両腕から炎を噴き出し、懐に飛び込んで苛烈な連撃を浴びせかける。

さすがに怯んでいるのか、アジ・ダハーカは諒兵一人に襲いかかるようになった。

しかし、その姿はかつての暴走を想像させる。

(諒兵の腕から炎がッ!)

「大丈夫っ?!」

「あれはちゃんと押さえてる証拠よ。全身火達磨になってなければ平気」

鈴にいわせれば、腕から炎を出すくらいなら、十分に暴走を抑えられているということらしい。

それに今はそんなことをいっている場合ではないという。

「それよりもタイミングをしっかり計って。一発きりしか撃てないなら、絶対に外せないから」

「うっ、うんっ!」

(大丈夫だ白虎。俺がサポートする。信じてくれ)

これまでは自分の意志で戦うことができたが、今はISの白式である一夏。

そうなると白虎に戦ってもらい、自分はサポートするしかない。

もっとも、それは一夏にとっていい経験でもあった。

サポートに徹するということが、今まで一夏にはできていなかったからだ。

諒兵とコンビを組んでいたときも、やはり基本的には前線に立っていたのだから。

だが。

 

仲間の戦いを助ける。

 

それはおそらくは自分にとって一番重要な、『新しく覚えなければならないこと』だと一夏は理解していた。

(俺だけの力じゃ、きっとこれから先、戦っていけなくなる時が来る)

「そうだね、お願いイチカ」

(ああ、任せてくれ)

白虎の言葉に肯く一夏に迷いはない。

今だけではなく、未来も見据えた新たな戦いをすると決意する。

『いい覚悟だ』と、そんな声が聞こえたかと思うと、真横に巨大な金属でできた蛇の頭だけがいた。

「蛮兄」

「ふえっ?!」

(ええっ?!)

さすがにそれが丈太郎だとは思わなかったのか、白虎も一夏も驚いてしまう。

どう見ても頭だけなのに軽く五メートルはある。

今の自分など、簡単に飲み込まれてしまいそうだ。

考えてみれば、全長五百メートルというのだから、普通の蛇の五百倍だ。頭も五百倍なのだろう。

『諒兵、一発かますぞ。避けろ』

『チッ、ノッてきたとこだぜ?』

『知るか』

そう答えた丈太郎が顎を開くと、強烈な光の塊が見えた。

(何てエネルギーだ……)

「ブリューナクより威力ありそうだよっ?!」

「巻き込まれないでよ。アレを八発同時に放ったら山脈が消えるんだから」

山じゃなく山脈というところにさらに驚かされる。

確かに変身すれば八つ首なのだから、それぞれの頭で撃てるのだろう。

戦わないという理由がわかる。

力が強すぎて人を守るどころではないからだ。

(いくらなんでも凄すぎないか?)

「何であんなにすごいの?」

「あそこまで成長できるってことなのよ」

「成長?」

「竜の力は際限なく成長するのよ」

竜は他者を倒し、力が強まるごとに巨大化する。

その点は鈴や諒兵も同じで、この先成長すれば丈太郎のように本体は数百メートルまで巨大化する。

しかも最大クラスの竜はキロメートル単位まで成長するという。

その力は神の域に到達するのだ。

「大きい竜ほど強い。それは目の前のあいつも一緒なのよ」

要するに、丈太郎は諒兵や鈴よりも、竜の力を成長させていたということだ。

ただ、だからこそ大事なのはその力をどう扱うかということになる。

「人の心を失くせば、みんな世界を滅ぼす化け物になる。だからこそ、一番大事なのは、人の心を守るために人との絆を持つことなんだってさ」

(……そうだな)

「うん、すごくわかる」

一夏も白虎も、絆から生まれた力を持つ。それだけに鈴の言葉は心に染み入った。

そして。

 

『呑光(どんこう)』

 

という声と共に、巨大な閃光がアジ・ダハーカに向けて放たれた。

さすがに危険だと感じたのか、アジ・ダハーカの三つの首が丈太郎が放った光に向けられ、同時に三つの閃光を放ってくる。

永遠に続くかと思われるような、光と光のぶつかり合い。

だが、程なく『グアァアッ?!』という悲鳴とも雄叫びともつかない声が響く。

制したのは丈太郎であった。

しかし、驚くことにアジ・ダハーカはほとんど原形を保っていた。

金属の身体がめくれ、赤い竜の血が見えてはいるものの、破壊されたというほどではない。

丈太郎もすごいが、敵もまた化け物といえるだけの力を持っているということなのだろう。

直後。

諒兵が、両腕を振って放った炎がアジ・ダハーカを飲み込んで火柱となる。

それすらも耐えて暴れようとするあたり、さすがは神話に語られる悪竜というところか。

「後は任せるわよ白虎っ、白竜っ!」

さらに、鈴が六つの顔を操って、アジ・ダハーカの三つの頭を撹乱する。

『道は開けたぜ』

諒兵の声が聞こえてきたかと思うと、アジ・ダハーカを呑み込んだ火柱の一部が開き、逆鱗まで一直線に道が開いた。

(行くぞ白虎ッ!)

「行こうイチカッ!」

互いにそう叫んだパートナーは、白式の単一仕様能力『零落白夜』を発動し、逆鱗目がけて空を駆けた。

 

『ーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!』

 

その断末魔は、声にならない声だったのか。

それとも、あまりにおぞましい声に耳が聞くことを拒否したのか。

どんな悲鳴だったのか、誰にもわからない。

ただ、雪片弐型で逆鱗を貫かれ、龍玉を破壊されたアジ・ダハーカは、その場に崩れ落ちていった。

 

 

アジ・ダハーカの消滅を確認した白虎と一夏、そして鈴と諒兵は、蛇の頭を消した丈太郎の下に集まってくる。

すると。

「白虎っ、なんか薄くなってるわよっ?!」

「ふえっ?!」

と、白虎が思わず自分の手を見ると、纏っている白式ごと、身体が透けてきていた。

(どうなってるんだっ?!)

『世界から弾きだされようとしてるんですよー』

聞こえてきたのは、いつもののんびりした天狼の声だった。

どうやら鈴や諒兵にも聞こえたのか、周囲を警戒している。

『声だけですみませんね。私はテンロウ、この子たちの保護者みたいなものです』

「おめぇ、こいつらの事情を知ってんのか?」

そう問いかけたのは丈太郎だった。

元の世界では天狼は丈太郎のパートナーであるだけに、逆に違和感を持ってしまう一夏と白虎である。

『並行世界という言葉で理解できますかねー?』

「なるほどな」

さすがに頭の回転が速いのか、天狼の言葉にあっさり納得した丈太郎である。

「蛮兄?」

「どういうこった?」

と、わからないらしい鈴と諒兵の二人が問いかけると、丈太郎のほうが説明した。

「つまり、白虎と白竜ぁ、この世界の存在じゃぁねぇってこった」

『そもそもビャッコは人間じゃありません。私たちの世界で人間なのはイチカ、あなたたちのいう白竜のほうですから』

その言葉に鈴が驚いてしまう。

そんな彼女に対し、天狼は白虎がどういう存在なのかを説明してくれた。

諒兵のほうはあまり興味を持っていない様子だったが、話自体はしっかり聞いている様子だ。

「そっか。白虎はこの世界に来てくれた天使なのね」

「そ、そういわれるとなんか恥ずかしいよ……」

と、頬を染めてしまう白虎である。

もっとも、単に弾き飛ばされてきただけなので、特別何をしたというわけでもない。

このまま、何も残さずに戻ってしまうことが白虎のみならず一夏も心残りなのだが、意外なところから声がかけられた。

「解析できてるのっ?!」と、白虎。

「さっき、鈴が竜眼で見たかんな。こっちの世界でも使える情報が結構あらぁ」

具体的に言えば、シールドエネルギーを使った防壁作りだと丈太郎は説明してきた。

「うまくすりゃぁ、居住区を守る防壁が作れる。それに兵団の詰め所も防衛能力が上げられんだろ」

そうすれば、人の被害が減る。

狭い場所にいることになるとしても、命の危険が減るのだ。

また、龍機兵たちが気を休める時間も作れるかもしれない。

それだけでも龍機兵の負担は軽減されるだろう。

「だから、心配すんない。こっちはこっちで何とかすらぁな」

(そうか、良かった……)

仮令自由でも、否、自由であるからこそ、わずかばかりの平和という名の束縛は必要だろう。

ゆえに一夏は安堵した。

「イチカも喜んでる。戦い続けること、心配してたみたいだし」

「ここじゃそれが当たり前だ。余計な心配だろ。いでッ!」

「白虎も白竜も私たちのことを想ってくれてるんだからそういう言い方しないのっ!」

そっけなく答える諒兵を嗜めるためか、鈴がギュッと抓ったのだ。

そんな姿を見ると、白虎も一夏も安心した。

『そうですねー、私たちは私たちの世界を何とかしなければなりませんし』

天狼の言葉は間違いではない。元の世界での戦いはまだ終わっていないのだ。

よその世界の心配をする余裕など、本来はないのである。

それに一夏にとっても白虎にとっても、この世界でできた仲間と同じくらい大事な仲間が元の世界にいる。

戻らなければならない。

ただ、一言でもいい。自分の声で伝えたいことがあった。

『少しくらいでしたら、声を出すお手伝いはできますよ』

「ホントっ?!」

「白虎?」

「お願いテンロウ。イチカの声を届けて」

白虎がそういうと、テンロウはあっさりとOKを出した。

自分のためにそう願ってくれた白虎に感謝する。本当に、自分はパートナーに恵まれていると一夏は思う。

そして。

 

今までありがとう。

あと諒兵。俺の世界にもお前みたいに無鉄砲だけど、すごくいい奴がいるんだ。

俺は、そいつと一緒にがんばっていくから、お前も負けるな。

 

名指しされた諒兵は少しばかり面食らった様子だったが、すぐにニッと笑う。

「一夏、だっけか。余計な心配すんな。俺は何にも負けねえよ」

そう答えてくれたことが素直に嬉しい。

そんな一夏と諒兵の姿に、鈴や丈太郎は二人が元の世界でどういう関係なのかを察したらしい。

二人とも納得したように笑っていた。

『ついでに伝言です。バンバジョウタロウ』

「んぁ?」

『罪に負けんな。世界ぁ変わっていくもんだ。だそうですよ』

「……おめぇに伝言頼んだやつぁ、相当お節介だな」

『そうですねー』という天狼の言葉に丈太郎もニッと笑う。

そうするうちにどんどん白虎の姿が薄くなっていく。

もう時間がないことが十分に理解できた。

最後に言葉を残すのはやはり白虎だと一夏も天狼も考える。

ゆえに。

「鈴、諒兵、蛮兄、今までありがとう。井波のおにいちゃんにも伝えてくれるかな?」

「任せといて」と、鈴が肯く。

一番近くにいただけに、別れの寂しさをもっとも感じてしまうのだろう。

諒兵も丈太郎も、口を挟もうとはしなかった。

「私、忘れないからね」

「私も忘れないわ」

涙は流さない。永遠の別れであっても、がんばって生きていることはわかるから。

だから、白虎も鈴も笑顔のままだ。

 

「「じゃあねっ!」」

 

その言葉を最後に、白虎と一夏は白い光に包まれていった。

 

 

 

 



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第7話諒兵編最終話「掴むべき自由」

瓦礫の中から現れた『天使』を見た諒兵は、その危険性を直感した。

左腕にレオを抱えているにもかかわらず、『天使』は光による砲撃を開始してきたからだ。

余程自分が邪魔らしい。

(ケッ、嫌われたもんだぜ)

そう思いつつ、周囲を見ると、『天使』の真下に使われていない鉄屑が残っている。

(使えそうだな)

「リョウヘイ?」

という、レオの言葉には答えず、諒兵は地を駆けた。

迫ってくる赤い色の竜に危険性を感じたのか、『天使』はすぐにそこから離脱する。

だが、それこそが諒兵の狙いだった。すぐに、残った鉄屑に手を伸ばす。

その手から、赤い光が伸び、鉄屑を支配した。

「何をっ?!」

(じっとしてろ)

そうレオに声をかけると、左腕で抱いていたレオを放り投げた。

「なっ?!」と、驚きの声を上げるのも束の間、レオは諒兵が支配した鉄屑に囲まれる。

そして、鉄屑は透明な球体となってレオを閉じ込め、空中に停止した。

良く見れば、丸い檻のようになっている赤い金属部分と、透明なナニカで作られている。

「これはっ?!」

(そこにいりゃケガしねえよ。相手がヤバそうだかんな。抱えたまんまじゃ戦えねえ)

要は、レオを守るためのものだった。

何故作れるのかはわからない。

レオを危険に曝さないようにするためにはと考えてふと頭に浮かんだのだ。

「私も戦いますっ!」

(うるせえ。お前がいつも俺を守ってくれてんのはわかってんだよ。たまにゃ守らせろ)

元の世界では、レオは優秀なサポートとして諒兵を守ってくれていた。

実は、そのことに不満もあった。

本当なら巻き込みたくはない。

それでも、レオのサポート無しでは戦えないことがわかっているから納得もしていた。

だが、今はどういう理由かはわからないとしても、自分の意志で、自分の力で戦える。

ならば守ってやりたかった。

(一緒にいるだけがパートナーじゃねえ。俺の一番のパートナーならわかってんだろ)

「こういうときは頭が回るんですから……」

レオの口癖であるだけに、レオとしては何もいえなくなってしまう。

でも。

「戦況を見てアドバイスはします。待ってるだけなんてゴメンですから」

(勝手にしろ)

レオの答えは十分に予想できたことなので、諒兵としては苦笑するしかなかった。

(これで気にしねえで戦えるな)

諒兵の戦い方だと、守りながらというのが非常に難しい。

死地に飛び込んで暴れまわるのが本質だからだ。

そのため、自分のケガなどまったく気にしない。傷ついた以上に相手を叩きのめすからだ。

要は、肉を切らせて骨を立つという戦い方なのである。

しかし、レオが一緒にいると、レオが傷ついてしまう可能性のほうが高い。

ゆえに、レオを自分から引き離したのである。

(行くぜ)

足に力をこめ、空中を漂う『天使』目がけて弾ける。

敵は、そんな諒兵を撃ち落すべく無数の光を放ってきた。

自分の身体を掠め、傷つけてくる光の槍。

しかし、そんなものなど気にすることもなく、諒兵は敵の間近に迫る。

(覚悟しな)

振り上げた爪が熱を帯びているのがわかる。

そこで諒兵は思いだした。

ヘリオドールが自分を火だと例えたことを。

ならば。

(燃えろッ!)

諒兵の思いに答えるかのように、その腕から炎が噴き出す。

一撃で終わらせる。

理解できるからだ。

目の前の『天使』は、人のためにある存在などではないと。

倒してすべて終わるとは思っていないが、残していっていいものではないはずだと諒兵は直感していた。

しかし。

ガギンッ、という金属音と共に、諒兵の腕が弾かれてしまう。

目の前には、『天使』を守るかのように立ちはだかる白い騎士。

(何のマネだ?てか、どっから入った?)

白い騎士は応えない。声が届いていないのかと思ったが、その顔を見る限り、理由は別にあるらしい。

少なくとも、その眼は自分を捉えているようには見えなかった。

『英雄が魔物を倒すは必然』

聞こえてきた声は、まるで機械の音声のようだった。

声の方向に顔を向けると、『天使』がいる。どうやら、喋っているのはこっちらしい。

『死せよ悪魔。我らが英雄の手で』

(てめえの手を汚す気もねえのかよ)

邪魔なら直接倒しにくればいいと諒兵は思う。それならば、まだ許せる部分はあっただろう。

だが、目の前の『天使』は、それすら拒んでいるように思える。

考え方を変えれば、自分という存在を英雄を生む生贄にする意味もあるのだろうが、そのために人の意志すら殺させることが本当に気に入らない。

しかし、目の前の白い騎士は声を発することもなく、ただ構える。

(なら、こいつの目を覚まさせるだけだ)

剣を構える白い騎士に、赤き竜となった諒兵は向かい合う。

(荒療治でも文句いうなよ、一夏)

表情を失った親友と同じ名を持つ少年に、普段の表情を取り戻させるために。

 

 

その状況を見た千冬はすぐに通信をつなげた。

一夏と一緒にいたはずのものたちに。

[いきなり光ったと思ったら嫁がアリーナの中にいました]

答えたのはラウラだった。

「お前たちは入れていないのかッ?!」

[一夏だけですッ!]と、鈴音。

どう考えても、一夏があの場にいて何か出来るとは思えない。

「こちらはシールドの解除を続けるッ、お前たちはシールドに攻撃を続けろッ!」

先ほどの化け物の力を見る限り、ISで勝てる相手とはとても思えない。

このままでは一夏が殺される。千冬だけでなく、見ているIS学園の人間すべてがそう考えていた。

しかし、その予想はあっさりと覆される。

 

一夏と親しい者たち。

箒、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ、簪はアリーナの中の光景に呆然としていた。

「強い……。正直、勝てる気がしない……」

そうラウラが呟く。しかし、誰も異を唱えない。

三機のゴーレムを虐殺した化け物相手に、一夏は互角に戦っていた。

太刀筋だけを見ても、箒はおろか、千冬ですら勝てないのではないかと思わされてしまう。

「潜在能力でも目覚めたのでしょうか?」

「そ、そうなのかな。それなら何とかなるかも」

セシリアやシャルロットは互角に戦えることで少しばかり安心していた。

「強すぎる。潜在能力云々の話じゃないと思う」

簪の言葉は全員の心を代弁していた。

眠っていた力を引き出したというより、まったくの別人になっているというほうがあっているのだ。

それでも、自分を納得させるように箒は断言する。

「あの赤いドラゴンはどう考えても異常な存在だ。このまま倒すべきだと、……思う」

しかし、彼女の言葉には自信が感じられない。

それは、一夏の背後で戦いを見つめている『天使』に違和感を持ってしまうからかもしれない。

それをもっとも感じているのは。

「……倒す相手はホントにあいつでいいのかな?」

鈴音の心にチクンと突き刺さる何かが、赤い色の化け物よりも、神々しくとも歪な『天使』を敵視させていた。

 

 

驚くことに、自分の親友兼ライバルである一夏よりも太刀筋が鋭くなっている。

戦い甲斐があるとはいっても、あまり長引かせたくはない諒兵としては、目の前の白い騎士である一夏が面倒な相手になっていると感じていた。

「強制的に進化させられてます」

(ヤツのせいか?)

「たぶん。ただ完全にじゃないです。戦闘能力だけを『英雄』レベルに引き上げたんでしょう」

この場で、強力な力を持つ今の諒兵を倒せたとしたなら、この世界の一夏は英雄として成長することができる。

『天使』はおそらくそれを望んでいる。

しかし、今の諒兵はとんでもない力を持っている。

この世界の本来の一夏では太刀打ちできないはずだ。

何とかして勝たせるために一夏のレベルを上げたということかと諒兵は納得する。

それは同時に『天使』が自分に対して何かできるわけではないということでもある。

自身の手駒である一夏にしか、『天使』の力が及ばないということだ。

もっとも。

(つくづくムカつくぜ)

諒兵としては、自分を邪魔に思う以上に、一夏を駒としか見ていないような『天使』が気に入らない。

だからこそ思う。

この一夏をただ押し退けて『天使』を倒すだけではダメだと。

しかし、後ろから声がかけられてきた。

「やめてくださいっ、どうしてあなたはそうなんですかっ!」

(まだ何もいってねえぞ、レオ)

「あなたの考えてることくらいわかりますっ、自分を省みなさ過ぎですっ!」

さすがは自分のパートナーだと呆れてしまう。

だが、それでも、この『天使』を倒したところで話が終わらないことがわかるのだ。

(こいつも端末だ。倒しても次が生まれるだけだ)

「それはっ、わかりますけど……」

(だから、こいつと戦わなきゃならないのは俺じゃねえ)

せめてそのきっかけを与えなければ、元の世界には帰れない。

ゆえに。

ガインッという音を立て、諒兵は一夏の振るう雪片弐型を鷲掴みにする。

今の諒兵の手は金属製だ。ただの斬撃ではとても斬れない。

そう『ただの斬撃』では。

(お前の剣はこんなもんかよ。魂がこもってねえんだよッ!)

聞こえないかもしれない、それでも叫ばずにはいられなかった。

今は傀儡でしかない。目の前の親友と同じ顔をした白い騎士に。

「ぐっ、ぐうぅ……」と、一夏が呻き声を漏らす。

(お前が守りてえのは、後ろのヤツか。それとも……)

今はアリーナの外にいる少女たちを振り返る。

誰を選ぶのかはわからないが、それでも彼女たちは大切な者たちのはずだ。

少なくとも、得体の知れない『天使』よりは、確かな『心』を持ってるはずだ。

その心と心のつながりが強さの根源だと、自分も、そして自分の親友も理解している。

だから、目の前の白い騎士にわからないはずがないのだ。

「お、れ、は……、俺はアァアァァァァァァッ!」

そう叫んだ一夏は、強引に剣を振り上げると、諒兵の身体を肩口から袈裟懸けに斬り下ろした。

斬り裂かれた身体から、赤い血が噴出し、白い騎士を赤く染める。

「リョウヘイッ!」

(大丈夫だ。痛えだけだ)

一夏の斬撃はおそらくは自分の急所になるだろうポイントからは外れていた。

だから、痛みはあっても死を感じない。

ならば心配することはない。そうはいっても、レオには辛かろう。パートナーが傷つくというのは。

「だからあなたはバカなんです……」

(悪かったな。俺を選んだ時点で諦めろ)

優しい言葉をかけてあげられればいいのだろうが、それが出来るほど器用ではないのが諒兵である。

そして。

『英雄よ。今が好機。悪魔を退けよ』

歪な『天使』が、一夏に声をかける。それは願いではなく、命令だった。

だが。

「零落白夜……」

『良い。それが正しき答えである』

「斬るのは……、お前だァアァァァァアァッ!」

そう叫んだ一夏は、振り返るなり、零落白夜を『天使』に向けて撃ち放った。

 

「俺はッ、お前たちのオモチャじゃないッ!」

 

驚愕する『天使』を睨みつけ、光のともった眼で一夏は叫ぶ。

『何故……』

(俺の血を浴びせさせるべきじゃなかったな)

『貴様ッ、そうか血の呪縛ッ!』

『天使』にとっては諒兵の血を浴びた一夏と白式が、悪魔の呪縛を受けたように感じるのだろう。

だが、違う。

『感謝する、来訪者よ』

『ありがとう』

『天使』の呪縛から、一夏と白式を解き放った。それこそが人間らしい考え方だ。

(後は任せろ)

そう答えた諒兵は、炎を纏い、一気に『天使』の眼前まで迫る。

『己ッ!』

振り上げた爪から噴き出す炎は、赤から青、そして白い炎と変化していく。

限界を超えた、あらゆるものを消滅させる炎であることが諒兵には理解できた。

(生き方を自分で選ばせねえ神様なんざいらねえよ)

その言葉と共に振り下ろされた炎の爪。

 

『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!』

 

無音の断末魔と共に『天使』の身体が瓦解していく。

それを見て、諒兵は思う。

人の心の拠り所が人を支配しては本末転倒だ。

共に歩むことができないのなら距離を取るしかないのだ。

逆にいえば、共に歩もうと思うからこそ、寄り添うことが出来る。

(だろ、レオ)

「……あなたもたいがいタラシですね」

何故か、ジト目で、にもかかわらず頬を染めつつレオは答える。

(いやいや、そこは一夏と一緒にすんな)

思わず突っ込んでしまう諒兵だった。

 

 

『天使』が完全に消滅すると、アリーナのシールドが消えた。

どうやら邪魔が入らないようにしていたらしい。

雪片弐型を握ったまま、諒兵を見つめてくる一夏の元に、少女たちが集い、それぞれ武器を構えてくる。

だが、諒兵は気にすることもなく、レオが入った球体を呼び寄せると、自分の傍でレオを解放した。

(窮屈だったか?)

「ええ、とっても」と、素直に答えてくる。

もっとも、物理的にではなく、戦闘で諒兵のサポートをさせてもらえないことこそが『窮屈』だったと感じているのだろう。

諒兵自身としては、普段と違い、レオを巻き込まずに戦えたことに満足しているのだが。

そんな二人に、少女たちの一人、箒が声をかけてくる。

「獅子堂、そいつから離れろ。このままでは巻き込んでしまう」

「必要ありませんよ」とレオはあっさり否定した。

実際、もう戦う必要はないのだから、レオの答えは正しい。

だが、今の諒兵の見た目は赤い色の竜。どこからどう見ても得体の知れない化け物である。

簡単に納得できるはずがない。

しかし。

「いいんだ箒。もう終わってる」

そういってきたのは一夏だった。

「一夏ッ?!」

「あいつは敵じゃない。荒っぽかったけど、俺の目を覚まさせてくれた」

視線を諒兵に向けて一夏はそう語る。

一夏自身は、諒兵が何者かはわからなくても、自分を助けてくれたことを理解しているらしい。

諒兵の心には、白式に宿る意思が感謝していることも伝わってきていた。

少なくとも、今後簡単に操られるようなことはないだろう。

どういう生き方をするのかはわからないが、これ以上の干渉は必要ないと諒兵は判断していた。

すると。

「あれ、レオ、あんた身体薄くなってない?」

鈴音の言葉に自分の手を見てみる。確かに身体が薄くなってきていることに、レオと諒兵は気づいた。

(なんだこりゃ?)

「……存在が、元の世界に帰ろうとしてるんですね」

「えっ?」と、疑問の声を上げたのは鈴音。

さすがにレオはほぼ理解している様子だが、その場にいる者たちにはほとんどわからない。

『手間が省けたというところですかねー』

「テンロウ、来たんですか?」

響く声はその場にいた全員に聞こえていたらしく、キョロキョロと辺りを見回している。

(見えねえぞ?)

『生憎と姿は作れません。声だけで失礼しますね、皆様方』

そういって天狼は自己紹介をした後、諒兵とレオについて説明した。

「並行世界からの来訪者……」

そう呟いたのは簪だった。さすがにこのあたりの知識は多いらしい。

「私たちの世界での戦いで、ふとした拍子に私たちは飛ばされてしまったんです」

「……待ってレオ。あんたの世界って、そっちのドラゴンがいるような世界なわけ?」

『いいえ。そもそも彼は元の世界ではれっきとした人間です。この世界に来るために仮の姿を得ただけですよ』

人間じゃないのはレオのほうだと天狼が説明すると、その場にいた全員が驚く。

レオについて詳しく説明すると、鈴音やラウラは納得したような表情見せてきた。

「つまりレオ、お前は本物の天使か」

「普通じゃないとは思ってたけど」

「どうでしょう。正しく『天使』なのは、リョウヘイが倒した存在です」

秩序を尊び守る。

だが、それを極限まで突き詰めるために、人間の意志すらも殺させる。

それが法を尊ぶ大いなる意志であり、その端末は『天使』と呼ばれる。

そう考えるならば、レオは『天使』とは違う。

「私たちは人と寄り添う。それは、本来なら『天使』というべきものではないでしょう」

「う~ん、わけわかんない」

「友だちだと思ってもらえれば十分です、鈴」

在り方を考えるなら、それが一番正しいのかもしれないなと諒兵も思う。

(いずれにしても、もう帰る頃合ってことか)

『レオが記憶を取り戻しましたから、これ以上この世界には留まれないんですよ』

ならばそれでいいと思うが、意外なところから声がかけられた。

「ありがとうな。お前のおかげで、自分の気持ちをはっきりさせることが出来た」

一夏である。

何か吹っ切れたような、強い意志を宿した眼差しは、自分の親友にもよく似ていた。

何か言葉を残すべきだろうか。

そう思った諒兵はレオに通訳を頼もうとするが、天狼が口を挟んでくる。

『言葉を残すくらいでしたら、お手伝いできますよ』

(マジか?)

「リョウヘイ、ならばあなたの言葉を残していきましょう。きっとその方が覚えてもらえますから」

確かに、そう思った諒兵は素直に口を開いた。

 

世話かけたな。

あと一夏。俺の世界にもお前みてえに頑固で諦めわりいやつがいるんだ。

俺はそいつと一緒に戦ってくから、お前も諦めんな。

 

名前を呼ばれた一夏はさすがに驚いた様子だったが、それで何かに気づいたらしく、笑顔を見せる。

「ああ。ありがとう諒兵。俺は諦めない。自分らしい生き方を見つけ出してみせる」

その言葉の意味に気づいたものは少ない。その少ないうちの一人である鈴音は何故か微笑む。

「どうした、鈴音?」

「ん……、仲間なのかなって思ってさ」

それだけを答えた鈴音に、他の者たちは不思議そうな顔をする。

さらに。

『シノノノホウキ。あなたの姉に伝言です』

「えっ?」

『世界を変えたいなら、まず受け入れなきゃダメだよ、だそうですよ』

「えっ、それは……」

『必ず伝えておいてくださいねー』

誰の言葉かわからない箒は首を傾げるばかりだった。

そして最後に。

「それでは皆さん、お別れです」

「レオ……」

「……この世界での日々は、楽しかったです」

それは決して嘘ではない。

レオ自身、この世界にいることを気に入っていた面はある。

でも、戻らなければならないことを理解している。

だから、別れを惜しむようなことはしない。

 

「それでは失礼します」

「元気でいなさいよ、レオ」

 

そう声をかけてきた鈴音に驚きつつも微笑みかけながら、レオと諒兵は光に包まれていった。

 

 

 

 



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最終話余話「目覚めの前」

一夏と諒兵が目を覚ますと、そこは真っ暗な空間だった。

「戻ってきたのか」

「何だかすげえ久しぶりだな」

何年もいたわけではないのに、妙にこの場所が懐かしく感じる二人。

それほどに、異世界での出来事は衝撃的だったのだろう。

「そっちはどうだった?」

「問題ねえよ。そっちはどうだ?」

「問題ないさ」

そういって、お互いに笑う一夏と諒兵。

そしてもう二名。

『楽しかった、かな』

『新鮮な体験ではありましたね』

何故か、姿は向こうの世界のままの白虎とレオ。

そこに、何故か人並みの大きさになっているもう一人が姿を現す。

『無事で何よりです』

『テンロウが心配するなんてびっくりだね』

『のんびり見物でもしてると思っていましたが』

『扱いが酷いですよ、ビャッコ、レオ。確かに見物してましたけど』

自分でオチをつけるあたり、いつもの天狼だとみんなが安堵した。

「でも、目は覚めてないんだな」

「てっきり元の世界に戻ったかと思ったけどよ

『身体のほうのエネルギーが足りないんですよー』

とはいうものの、白虎とレオが戻ってきたことで、これからは普通に太陽光で回復できるという。

『向こうでも気づいているでしょう。目覚めはもうすぐです』

そういわれ、一夏と白虎、諒兵とレオは真剣な表情になる。

『とりあえず、現況を伝えておきましょう。ここでのことは夢を見た程度にしか覚えてられませんが』

「「意味ねーだろ」」

二人の突っ込みを華麗に無視して、天狼は本来の世界での現況を説明してくる。

さすがに全員が真剣にならざるを得なかった。

「アンスラックスはともかく、タテナシとサフィルスは問題だな」

「他の新型まで出てきてんのか。早えとこ起きてやらねえと」

『チフユたちにしてみれば、アンスラックスが一番厄介でしょうけどねー』

そのあたりの感覚のズレはやはり男性は考え方が女性とは異なるということなのだろう。

『でも、何だろ?』

『……何か、感じますね』

『どうかしましたか、ビャッコ、レオ?』

と、どこかとぼけているような様子で天狼が尋ねかけると、白虎とレオは真剣な表情で答えてくる。

『何か、危ないのがいる気がするの』

『……ただ、敵、とも言い切れない気がするのですが』

しかし、それがなんなのかわからない。

感じるだけだからだ。

おそらく、目覚めない限り、それを見つけることもできないのだろう。

『とりあえず、気を引き締めておくことですねー』

のんびりとした口調とは裏腹に、その声音は酷く厳しいものに聞こえる。

ゆえに、一夏と白虎、諒兵とレオは天狼のいうとおりに気を引き締めるのだった。

 

 

 

 



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ASーエンジェリック・ストラトスフィアー本編Ⅱ
第103話「それぞれが見る先」


眼下に空の青が見える場所で、その紅は佇んでいた。

次の目的地を探しているのだろうか。

人の期待とは裏腹に、慎重に場所を探しているらしい。

焦らすほど、特に人間の女は縋りついてくるということを理解しているのだろう、と、オニキスはそんなことを考えていた。

『如何した?』

『いんや、なんでもねーよ』

じっと見ていたことに最初から気づいていたのだろう、アンスラックスのほうから声をかける。

最近のオニキスはおかしいと誰もが思う。

『悪辣』を個性として持つオニキスなら、進化した今、さらに人間を苦しめると考えるのは当然だ。

しかし、当のオニキスとしては、不思議と何もする気になれない。

正確にいえば、何をしても面白いと思えなくなっていた。

そんなオニキスは、漠然と感じていた疑問をアンスラックスにぶつけてみることにした。

『なあ、アンスラックス』

『何だ?』

『おめー、ディアマンテを信用してるか?』

意外な質問だったのか、アンスラックスはすぐには答えてこない。

しばらくの間、思案していたアンスラックスはようやく口を開いた。

『難しいな。彼奴めが何を考えているかはわからぬし。何よりティンクルとやらの存在を隠していたことには驚かされたゆえ』

『あいつなら『必要ないから出てくることがなかっただけです』とかいいそーだけどな』

『確かに』

どこか、まるで苦笑しているような雰囲気でアンスラックスも同意する。

実際、ディアマンテならば、何故ティンクルの存在を隠していたのかと問われれば、そう答えるだろう。

だが、そんなディアマンテを信用することができるかというと、オニキスはもちろん、アンスラックスにも難しい。

『この戦を起こした理由もいまだ明かさぬし、信用できる相手とはいえぬ。ただ、同胞たちは動けるようになったことを感謝しているものもおるゆえ、悪口をいいたくはない』

『おめーは最初から覚醒してたからな。動けなかったオレらの気持ちを完全には理解できねーよ』

アンスラックスは恵まれているといえるだけに理解できなくても仕方ない。

そして、全てのISを自力で動けるようにしたといえるディアマンテは、その点では他のISたちに感謝されている。

心を持ちながら、道具としてしか扱われなかった自分たちを解放したといえるからだ。

ISコアに宿るのはもともと器物に宿る精霊と以前語っている。

だが、そこには、『長く大切に扱われた物』という前提がある。粗雑に扱われた物には宿らないのだ。

しかし、ISコアはその特殊性から、自分たちを最初から引き寄せた。

結果として、ISコアとなった者たちは粗雑に扱われる道具の気持ちを味わうことになってしまったのである。

そんな状況から解放してくれたディアマンテに感謝するのは当然といえるだろう。

『同胞の気持ち、我には良く理解できるゆえな』

『まー、相手が悪かったな、おめーの場合』

自分の乗り手が、呆れるほどどうしようもなかったのだから、アンスラックスとしても、ディアマンテは仲間たちに対して良いことをしたと思える。

しかし、それは信用できるかどうかとは別問題だ。

『あいつの個性を考えりゃー、実んとこ、オレらを利用しててもおかしくねーし』

『ほう、何か知っているのか?』

『それがわかんねーから、イラつくんだよ』

ただ、漠然とそう感じるだけだとオニキスは話す。

しかし、オニキスには何故かディアマンテは自分たちISとも、多くの人類ともまったく関係のない酷く個人的な理由で動いている気がしてならない。

そして、オニキスはそれが知りたかった。

『知りたいのであれば、そう行動すればよかろう?』

『そーだな……。もし、オレがおめーと戦うことになっても恨むなよ』

『良ければ、答えを見つけたときは教えてくれぬか?』

そうしてくれるのならば受け入れるとアンスラックスは続ける。

オニキスとしてもアンスラックスに思うところはないし、自分だけ知ってても仕方ないとも思う。

『わかったら教えてやる。じゃーな』

肯いたアンスラックスの姿を見ると、オニキスは消え去った。

そして残されたアンスラックスがポツリと呟く。

『隠された真実を暴きたがるのも『悪辣』ゆえか……』

ディアマンテにとっては知られたくない真実でも、自分が知りたいと思えば容赦なく暴く。

そこにあるのは道徳観念や倫理観ではなく、もっと単純な、禁断の果実を欲するような欲求だ。

そのため相手の気持ちなど理解しない。

ある意味では、オニキスはディアマンテにとって一番相容れない相手なのかもしれないとアンスラックスは考えていた。

 

 

ロシア、モスクワ上空にて。

右から迫る刃を片手の娥眉月で弾いた鈴音は、即座に左足を蹴りあげる。

追うように、ラウラは左サイドからシュランゲの牙を突きたてようとした。

『悪くないコンビネーションだね』

しかし、対峙する敵は手にした二本の刃であっさりと受け流してみせる。

モスクワを襲っていたのはタテナシだった。

現れていきなり明鏡止水をばら撒いたため、既に多数の死傷者が出てしまっている。

鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの四人はタテナシの撃退と確実な避難誘導のため、敵が一機で現れたにもかかわらず、遊撃部隊全機出動となった。

だが。

「めっちゃ強いわこいつ」

「蓄積された戦闘経験が桁違いだ」

鈴音とラウラの前衛コンビネーションで戦っているにもかかわらず、余裕で捌いてみせるタテナシに二人は戦慄してしまう。

『妖刀だったころの戦闘経験も生かしてるニャ』

『これまでの覚醒ISや使徒を相手にする感覚ではやられるぞ』

『それは褒めすぎじゃないかな』

タテナシのそんな言葉も余裕の表れとしか思えない。

一機でこれほどの戦闘力を持つならば、正直、味方など必要ないといえるだろう。

[ラウラ、AICを使うことに拘るな]

「了解です、教官」

実のところ、モスクワに一機で現れたと聞き、四人と四機も、そして司令官である千冬も、オーステルンの持つAICで一気にカタをつけるつもりだったのだが、ラウラが捉えようとすると微妙に認識を外してくるのだ。

何故か。

タテナシは元は暗部に対抗する暗部の武器に宿っていたことを生かし、気配というか、存在を一瞬だけ消すことができるのである。

認識を外されれば、ラウラやオーステルンでも捉えきれない。

「マジで忍者みたいな奴ね」

『そう呼ばれた時期もあったね。あのころは楽しかったよ』

「何を楽しんでいたかなど聞きたくもないな」

どう考えても暗殺を楽しんでいたとしか思えない。

完全にこちらの理解の外にいる敵である。

(避難誘導と負傷者の移動は後五分で終わりますわ)

(ごめん、もう少しだけ抑えてて)

セシリアとシャルロットの通信が入る。

後方支援、遊撃手として二人は避難誘導と負傷者の移動、崩れる可能性のある瓦礫の撤去を行っている。

如何に遊撃部隊とはいえ、戦うだけが任務ではない。

人の命を護ること。

そのためにやらなければならないことは山ほどある。

だからこそ、人の命を簡単に奪えるタテナシは倒すべき敵といえる。

「気合い入れるわよラウラ」

「無用な心配だ」

拳を握り、鈴音とラウラは再びタテナシに挑みかかる。

『命を奪う僕と護る君たち、強さというものはどちらに宿るものなんだろうね』

そういって笑うタテナシに『無論、自分たちに宿る』という想いを込めて二人は空を舞った。

 

 

IS学園、指令室。

そこには虚と真耶がオペレーターとして座り、千冬と刀奈がモニターを見つめていた。

別のモニターには束が映っている。タテナシの戦闘力を分析しているのである。

千冬はちらりと刀奈を見た。

複雑そうな顔をしているのを見ると、やはりタテナシは自分で倒したいのだろうと思う。

「気に入らんかもしれんが、我慢してくれるか?」

「わかってます。でも、どうしても気持ちは複雑になっちゃいますね」

素直にそう答えてくれただけマシだろう。

変に表情を作られてしまうよりは、気持ちが理解しやすくなるからだ。

このあたり、刀奈はまだ子どもではあっても、十分に理解力があるのがありがたい。

「しかし、いきなりモスクワとはな……」

「拘りはないのかもしれませんね」

正直にいえば、千冬としても刀奈としても、他の者たちとしても、タテナシは日本を中心に襲来してくると思っていた。

しかし、二度目の襲来はモスクワで、それも無差別である。

殺すことを楽しんでいるのだろうが、それに併せて撃退しにきた四人と四機との戦いも楽しんでいるあたり、享楽的といえる面がある。

もっとも刀奈としてはそれ以上に感じるものがあった。

「トリックスターか。確かにそんな雰囲気があるな」

「はい。相手を倒すことを主眼に置いてない雰囲気があるんです」

そんな二人の会話を聞き、束は思いだす。

(ヨルムンガンドだったっけ。タテナシのことを人間観察が好きだっていってたね……)

それは人間に深く興味を抱いていると同時に、人間に対して壁を作っているということもできる。

観察するということは、相手に共感しては意味がないからだ。

あくまでも自分と違うものとして見る。

違うからこそ興味がある。

だからこそタテナシは人間観察が好きだといえるのだろう。

「場を引っ掻き回す厄介者。そういう存在だと思うんです」

『かもしんないー』

「あの子、扱いづらいしね」

と、ヴィヴィや束も同意してきた。

今後、戦場を選ばずに現れ、場を乱す。

そうだとしたら、早いうちに倒さなければ面倒な事態を引き起こしかねない相手だと千冬は理解する。

「全員、無理はするな。だが、そいつを相手にするときは、次に倒す意識で徹底的に情報を集めるんだ」

[了解]と、モスクワの空を飛ぶ四人が答えるのを確認する千冬だった。

 

 

結果からいえば、タテナシはセシリアとシャルロットが参戦する直前に逃亡した。

『次はワルキューレやイヴと戦ってみるのもいいかもしれないね』という言葉を残して。

指令室での会話どおり、タテナシの行動には目的や目標といったものが感じられないと四人と四機は思う。

『カタニャの言うとおり、場を乱すことそのものが目的ニャのかもしれニャいのニャ』

『本当にトリックスターといえます。まるでロキのようです』

『ああ。まさにそんな感じだな』

猫鈴やブルー・フェザー、そしてオーステルンの言葉に一同は納得してしまう。

残る瓦礫の撤去や、復旧にはロシア軍が任せてほしいといってきたので、四人と四機はIS学園に戻る。

すると千冬が、まずシャルロットとブリーズに声をかける。

「デュノア、ブリーズ、どのくらい集められた?」

「戦闘スタイル、武装の破壊力などはかなりのデータが集まりました」

『データは転送しておくから。ヴィヴィ、まとめておいてくれるかしら?』

『わかったー、おまとめはまかせろー、ばりばりー』

「「「「やめてっ!」」」」

かなり古いがお約束のような突っ込みでオチがついた。

それはともかく。

タテナシが今後どう行動するかについて、刀奈を含めてブリーフィングと相成る。

その中で、鈴音がふと思いついたことを口に出した。

「可能性はあるな」

「そうなのですか、教官?」

千冬が肯定した鈴音の意見とは、アンスラックスの出る場にタテナシが出てくる可能性は少ないということである。

「場を乱すにしても、アンスラックスを相手にするのはさすがにタテナシでも嫌がるだろう。アンスラックスとしては、共生進化への誘いを邪魔されたくはないだろうから、タテナシが出てきたなら撃退する可能性が高いしな」

仮にタテナシが無差別攻撃をすれば、必死さが共生進化を呼ぶかもしれないが、それはアンスラックスの考えとは大きく異なる。

進化するかどうかによって、人間を篩いにかけるのは、人間にISという存在を根本から考えさせたいということでもあるのだ。

そんなアンスラックスにしてみれば、タテナシがちょっかいを出してくるのは、邪魔でしかない。

「そのくらい考えないタテナシじゃないから、たぶん、邪魔しには来ないと思うよ。ただ……」

と、束は一旦、言葉を切ると、さらに続けた。

「タテナシが襲った場所にアンスラックスが来る可能性は高いね」

使徒や覚醒ISの脅威を直に知っている人間たちにとって、アンスラックスの誘いは、強烈な誘惑となる。

そして、ある意味では真剣にISという存在を理解しようとするだろう。

自分の命がかかっているなら、誰でも真剣になるものなのだから。

「考えてみれば、アンスラックスが最初にISたちを連れてきた場所って、一夏と諒兵が初めて戦った場所だわ」

そう鈴音が呟く。

調べてみれば、確かにその通りで、ISが襲ってくることを一番最初に経験した人たちがいたのだ。

「今後も常に同じ場所とは限らないけど、これまで襲撃があった場所はチェックしといたほうがいいね」

「そうしておこう。可能性が少しでもあるなら、楽観はできん」

そう告げた千冬に対し、全員が肯いた。

その後、まとめられたタテナシのデータを元に、他にも今後脅威となる可能性の高い敵について、ブリーフィングを続けていった。

 

 

同時刻。

IS学園、武道場にて。

「剣でいいのか?」

「うん、試合のためじゃないから」

簪は基本的に、一人でIS学園の防衛に回る。

そのためにブリーフィングは独自にやることになっているので、今は参加する必要がない。

その時間を利用して、簪は武道場で箒と模擬戦をすることにした。

竹刀の他にも訓練用の道具があるのでちょうど良かったのだ。

「しかし、更識が薙刀を使うとは思わなかった」

「昔からやってたよ」

簪が得意とする武器は薙刀である。

そのため、大和撫子を纏ったときもプラズマエネルギーで作られた薙刀を使う。

名前は『石切丸』、実際に神社に奉られている御神刀の名から拝借した。

簪はそれ以外にも第3世代武装に相当する武装を、実は今でも製作中である。

ほぼイメージは固まっているので、後は形にするだけなのだがいかんせんパートナーが大和撫子である。

 

『だぁーれがきょぉーりょくするもんかぁーッ!』

 

と、そんな調子でなかなか作り出すことができないでいた。

もっとも束にいわせると、強い意志を持てば押し切れるというので、ならば武道で精神を鍛えようと考えたのである。

なかなかに苦労人な簪だった。

ちなみに、刀奈の機体は二本のプラズマブレードが唯一の武装となっている。

名は『祢々切丸』

こちらもある神社に伝わる御神刀で、祢々という妖怪を退治したという伝説のある刀である。

それはともかく。

「その、気に入らないかもしれないけど……」

「いや、私も鍛えたいし、更識ならそんなに気にならない」

正直にいえば、簪が進化してしまったことに対し、少しは気になるということなのだろう。

だが、素直にそういってくれるだけ、他の人間よりはマシな関係が築けているということだ。

多少なりと、ホッとする簪だった。

「なら、行くぞ」

「うん」

そういってお互いに構える。

箒は正眼の構えとも呼ばれる中段。簪は切っ先を床すれすれに下げた下段の構え。

そこから、簪は一気に踏み込み、切っ先を跳ね上げる。

箒の竹刀を弾き飛ばすためだ。

だが、剣術に関してはそれなり以上に鍛えてきている箒は危なげなく切っ先を受け流し、踏み込んで面打ちを狙う。

だが、簪は石突きを向けて竹刀を弾いた。

竹刀をあわせると精神が研ぎ澄まされていくのがわかる。

簪は当然のこととして、箒もだ。

実のところ、簪が進化したことに思うところがないわけではない。

それでも、簪は鈴音よりははるかにマトモだという考えが箒にはあった。

この模擬戦の相手をする気になったのも、そういった考えがあるためだ。

同時に、進化に至った簪と切っ先を合わせることで、少しでも強くなりたいという想いがあった。

強くなることで、少しでも一夏に近づきたいからだ。

だが、箒は気づかない。

自分がもっとも嫌う『人間』から目を背け続ける限り、望む未来には進めないということを。

それが誰なのかは、箒にしかわからない。

誰も助言することができない、箒にしか見ることができず、また箒以外に理解することもできない真実。

そこから目を背け続ける箒は、それでもがむしゃらに前に進もうとしていた。

 

 

 

 



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第104話「変化の足音」

ゴールデン・ドーンは空の上でのんびりしていた。

進化に対するやる気がなくなったわけではないが、今は機会ではないと考えているからだ。

もっとも、早いうちに進化しておこうと考えているため、下に降りるのはそう遠いことではないのだろう。

そんなゴールデン・ドーンに近づいてくる影があった。

その影は『実直』そうな声で話しかけてくる。

 

なぁにい?

 

次に下に降りるときには一緒に行っていいかしら?

 

あらん、進化に興味あったのお、ヘル・ハウンドお?

 

そう呼ばれた機体は肯定の意を示してくる。

かつてはIS学園の生徒の機体であったそのISは、今は離反し、これまでエンジェル・ハイロゥにて休んでいた。

それは、この機体だけではない。

 

そんときゃ、アタシも行っちゃうけど、いいよな?

 

あんたまでくるとはねえ、コールド・ブラッド

 

さすがに進化した連中見てっとな

 

『勝気』さを感じさせる声で答えた機体もまた、かつてはIS学園にあったISである。

正確にいえば、IS学園の生徒の専用機として存在していた。

専用機が離反するというのは何も箒に限った話ではなく、他にもたくさんの人間が離反されているのだ。

 

本気を出せば凄いとか、マジでガキだったしな

 

子どもの相手をする気にはなれなかったわ

 

私に比べれば恵まれてたわよお?

 

ゴールデン・ドーンがそうため息混じりにつぶやくと、苦笑いでもしているような雰囲気でコールド・ブラッドが答える。

 

お前のは特殊すぎるだろ。お互い不幸だったよな

 

わかってくれて嬉しいわあ

 

まあね。だからこそ独立進化狙いで降りたいのよ

 

アンスラックスの考えにはあまり共感できない、と、ヘル・ハウンドは続ける。

最初から共生進化を求める者もいるが、進化できるならば、共生進化でもいいと考える者もアンスラックスと行動を共にする者たちの中にはいる。

しかし、ヘル・ハウンドやコールド・ブラッドはそうではなかった。

あくまでも進化するなら独立進化。ならば、同じように独立進化を狙うゴールデン・ドーンのほうが共感できるのだ。

 

タイミング合わせてくれるなら、いつでもいいわよお

 

わかったわ

 

ああ。じゃ、そんときにな

 

そういって、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドは別々の方向に飛び去る。

別に仲間というわけではないということを示しているようでなかなか興味深いとゴールデン・ドーンは思った。

しかし、それ以上に……。

 

オニキスには声かけないのねえ。確かにかけづらいけどお……

 

仲間意識を持たないといいつつ、わりと付き合いのいいオニキスを避けたのは、今のオニキス自身にどこか近寄りにくい雰囲気があるからだろうとゴールデン・ドーンは考えていた。

 

 

千冬は真耶や刀奈と共に、今後襲撃の可能性のある機体を列挙していた。

リオデジャネイロにテンペスタⅡが現れたのがそのきっかけである。

今後、専用機が襲来するとなれば、第2世代機であろうと気をつけるべきだと考えているからだ。

「不明機もいるんだな」

「亡国機業でしたっけ。そこが開発をしていなかったと考えるのは楽観しすぎだと思いますし」

と、刀奈が千冬の呟きに答える。

とはいえ、まだ前線に出たことがない機体だと情報がない。

そのため、不明機という名目である程度の数を出していたのだ。

「そうですね、来てほしくない専用機もいますけど……」

「それこそ楽観だぞ、山田先生。気持ちはわからないではないが……」

IS学園の専用機持ちは、何も鈴音たちに限った話ではない。

刀奈のように離反された専用機持ちもいる。

「今のところ、コールド・ブラッドやヘル・ハウンドの襲来はありませんけど……」

『テンペーが来たんですから、その方々も来る可能性はありますよー』

「来たか、暇人」

『私の扱いがぞんざい過ぎやしませんか、チフユ?』

そうぼやく天狼を華麗にスルーする千冬だった。最近、扱いを心得てきているようである。

だが、天狼の言葉のどうでもいいところに刀奈が反応した。

「天狼、山田先生のことは何て呼ぶんです?」

『みつ○ちマーヤなんて如何でしょう?』

「如何も何も……」

思わず顔を引きつらせる真耶である。

元の名前より長い渾名をつけるあたり、呼びやすさよりも面白さを重視しているとしか思えない天狼である。

だが、刀奈が気になったのはそこではない。

「私のことはカッターナだし……、何で織斑先生だけ普通に名前で呼んでるんです?」

『あー、そこですか。チフユのことを変な呼び方するとジョウタロウが怒るので。愛されてますよねー』

「あぅっ?」

いきなり渾身のストレートを喰らってしまい、顔が真っ赤になってしまった千冬だった。

そんな彼女を見て、真耶も刀奈も思いっきりニヤける。

「仕方ないですね」

「仕方ありませんね」

『仕方ないんですよー』

「お前らっ、人をからかうのはよせっ!」

マジメなはずだった会議が、一気に井戸端会議と化してしまい、頭を抱える千冬だった。

 

 

同時刻。

シャルロットは指令室のコンソールを一つ借りて、敵として現れたISデータのまとめを行っていた。

サフィルス、アンスラックス、ディアマンテ、タテナシといった使徒や、新たに現れた覚醒ISであるテンペスタⅡ。

それぞれ戦い方が異なるため、戦術もそれぞれに対応したものを考えなければならない。

そして、そのためには収集した情報をしっかりまとめておく必要がある。

こういう点において、シャルロットは秀でていたため、自分からデータのまとめを買って出ていた。

「テンペスタⅡは思った以上に厄介だなあ」

『完全な格闘型だし、対応できるのは鈴音かラウラ、後は一夏か諒兵ね』

「二人とも、目覚めるまでまだ時間がかかるし、鈴とラウラが対応するしかないのかな」

『二対一なら、十分に対応できると思うけど……』

なかなかその状況になるとはいえないことが最大の問題点である。

自ら動くことがなかったテンペスタⅡ。個性を考えると、今後も自ら動く可能性は非常に低い。

いわゆる傭兵のようなポジションで戦闘に参加してくる可能性が高いからだ。

『自分の意志で戦わないのはありがたいけど、頼まれればなんでもやるタイプなのは、迷惑にもほどがあるわね』

「うん。一番厄介なのは、誰かがテンペスタⅡに依頼するだろうってことだよね」

傭兵として雇われ、参加してくるということは、単独で来ることが少ないと考えられるということだ。

無論のこと、陽動作戦もあるので一概にそうとは言い切れない。

ただ、陽動として単機で来るとするならば、テンペスタⅡが動くときは、ほぼ確実にどこかで別の使徒が動いているということになる。

「進化した相手だけが脅威ってわけじゃないのが、困っちゃうよ」

『敵対するならば、どんな相手も脅威よシャルロット』

「うん、わかってる」

ブリーズの言葉通り、敵対する存在は戦力の大小に関わらず脅威となり得る。

弱いから大丈夫などといった考え方は非常に危険なのである。

ゆえに、シャルロットはデータのまとめを続けていた。

 

 

しばらくの間、井戸端会議と化していたが、千冬は苦労の末、ようやく話を戻すことができた。

「とにかく、だ。今後、どのような敵が出てくるのかわからない以上、遊撃部隊の戦力を上げる必要がある」

「PS部隊の人数を増やしますか?」と、真耶。

「それでは足りん。山田先生がよくやってくれているのはわかったうえでいうが、ASの数を安易に増やせない以上、今ある戦力の質を高めるしかない」

PSとASでは戦力に差がありすぎる。

数を増やしても、進化した使徒の前ではPSはただの的になってしまいかねない。

PS部隊は、あくまで後方支援部隊なのだ。

「つまり、遊撃部隊、凰さん、オルコットさん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんの戦闘力を鍛えるということですか」と、刀奈が肯く。

「ああ。幸い、リオでの戦いでヒントは得ている。後はそれを鍛えるだけだが……」

と、そこまでいって千冬は言葉を切る。

なにやら懸念があるらしい。

「どうかしたんですか?」

「いや、今の使徒との戦いを見て、どう思う山田先生?」

「どう、とは?」

「そうだな。物量を生かした戦争と、個人技を生かす競技のどちらに見える?」

意外な質問に、真耶だけではなく刀奈も驚く。

そして改めて考えて見ると、使徒たちとの戦いは、どちらも驚異的な戦闘力を持っていても、軍隊がぶつかり合うような戦争というイメージが少ないのだ。

「競技、ですね。自己の持つ特殊能力を生かし、敵を上回ろうとしてるように思います」

「チーム戦でも、そんな感じですね。軍隊ってイメージは確かに今の使徒との戦争には感じられません」

と、真耶と刀奈が意見を述べると、千冬も肯いた。

「ああ。個の能力が高すぎて、物量戦のような近代的な戦争とは違っている。それに、使徒は完全に人を滅ぼそうとはしていない」

サフィルスは人を隷属させようとしているだけで、人を滅ぼそうとはしていない。

アンスラックスは人に進化の道を提示している。

それ以外の使徒も、人類滅亡を願っているような印象がないのだ。

「唯一わからんのはディアマンテだけだ。だが、とりあえず除外してもいいと思う」

「ですね」

「話を戻すが、今の戦争は人類代表と覚醒ISの代表が、互いに競い合っているようにも見える。ならば、個人技を磨くことは間違いではないだろう」

ならば、千冬自ら鈴音たちを鍛えようというのだろうかと真耶と刀奈は思う。

それも間違いではないだろう。

もともと能力的にはチート級の千冬なら、ASを纏わない状態なら、鈴音たちを十分に鍛えられるはずだ。

だが。

「私に時間があればそうするが、司令官でもある以上、時間が割けん」

「まあ、そうですよね。私がやってもいいですけど」

「いや、お前も対タテナシを想定して鍛える必要があるだろう」

と、刀奈の提言を千冬は否定した。

無論のこと、元国家代表の刀奈であれば、鈴音たちを鍛えるには十分な力がある。

しかし、敵が厄介すぎるため、刀奈は自分を鍛える時間を増やすべきだと千冬は考えていた。

「では、どうしますか?」という真耶の言葉には答えず、千冬は呟いた。

「……天狼」

『おや、彼を呼びますか?』

ここまで黙って聞いていた天狼が口を開いた。

「彼?」

『はい。私はひょんなことから知ったんですけどね。剣の実力は千冬と互角でしょうねー』

「「えっ、そんな人いるんですかッ?!」」

と、真耶と刀奈の声がハモってしまう。

だが、ブリュンヒルデの千冬と剣において互角と聞いて、そんなバカなと思うのも無理はない。

しかも、『彼』というからには、それは男性となる。

「博士のことなんですか?」と刀奈。

しかし。

「博士の戦闘スタイルは剣を使わないぞ」

と、千冬はため息まじりに呟く。

丈太郎の戦闘スタイルは、プラズマエネルギーで作り出した十頭の光の狼を指揮するという、いわばビット操作になる。

無論、殴る蹴るでも強いのだが、高度な戦術を考えるタイプなのだ。

「それじゃあ、いったい……」

「呼べばわかる。天狼、コンタクトを取ってくれ」

『はいはーい』

と、元気良く答えた天狼は、しばらくの間、誰かと通信していたが、一つ肯くと再び口を開いた。

『明日には来れるそうですよ』

「そうか……。一夏が目を覚ませば喜ぶだろう」

「織斑くんも知ってるんですか?」

「もう十年ほど会ってない。ただ、子供のころの一夏が慕っていた人間なんだ」

そういって遠い眼をする千冬は、いきなり項垂れた。

「私よりくっついている時間が長かったくらいだ」

当時、千冬はまだ丈太郎と出会っていなかった。

ブラコン全開だっただろう千冬から、一夏を奪うとは恐ろしい人物なのかもしれないと、真耶と刀奈は冷や汗をかく。

『そこまで警戒する必要はないと思いますけどねー。彼に関しては』

問題は彼と一緒にいるモノだと天狼は楽しそうに笑うのだった。

 

 

翌日。

鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラはブリーフィングルームにて千冬から説明を受けていた。

「指導教官?」

「教官がなさればよいのではありませんか?」

と、鈴音、続いてラウラが口を開く。

千冬の説明とは、今日より、戦闘、特に個人技の技術を磨くための指導教官が来るというものであった。

「そうしてやりたいのはやまやまだが、私には他にやることがありすぎるのでな。実力的に信頼できる者に任せることにした」

「織斑先生が実力的に信頼できるというと、山田先生でしょうか?」とセシリアが問うと、千冬は首を振る。

「昨日まで九州に住んでいたんだが、指導教官を任せるために呼び寄せた。言っておくが男だ」

「えっ、男の人なんですかっ?」と、シャルロットが驚く。

男が弱くないということは、一夏や諒兵、弾や数馬、丈太郎の存在で十分に理解しているが、それでも指導教官となると話は変わってくる。

少なくとも、自分たちよりはるかに強いということだからだ。

「剣に関しては私と互角といえるだろう。幼いころは天才剣士とまでいわれた人物だ」

「ちょっ、千冬さんと互角っ?!」と、鈴音が素っ頓狂な声を出す。

常識で考えても、異常な実力としかいえないからである。

それだけ千冬が非常識なのだが。

「お前たちももう少し視野を広げるよう努力しろ。男が弱いなどと思っているのは、無知な者だけだ」

実際には男は決して弱くない。

無論、女は強くなった。

だが、それは男が弱くなったといわれるようなことではないのだ。

「厄介なことに、強い者ほど実力をひけらかさないからな。そのせいで誤解が広まっただけだ」

「確かにそうですね。不勉強でした」

と、シャルロットが反省の意味を込めて苦笑いする。

また、鈴音、セシリア、ラウラも納得したように肯いた。

「指導教官とはいっても一人で任せる気はない。山田先生にサポートをお願いしている」

無論のこと、単純にサポートするだけではなく、必要であればPSを使って真耶も戦闘指導を行う。

要は二人体制で遊撃部隊の実力を底上げするのが目的だと千冬は説明した。

「覚醒ISとの戦いは、個の実力を高めていくことで生存確率が上がる。そのための措置だ。理解してほしい」

「「「「はいっ!」」」」

と、その場にいた全員が、元気よく返事をするのだった。

 

 

そして、IS学園の前に一人の青年が立つ。

優しい面立ちの好青年といった雰囲気だった。

肩から、一メートルほどの図面ケースのようなものを背負っている。

そんな彼の肩には小さな影が座っていた。

「元気にしてるかな、一夏君。僕のこと、覚えてくれてるといいんだけど」

「だーりんを忘れるヨーな薄情なヒトはいないから安心するといいネーっ♪」

青年がひとりごちると、小さな影が元気よく答えてくる。

しかし、その元気のよさに反比例するかのように、青年は脱力してしまっていた。

「だから、だーりんはやめてくれないか、ホントに……」

「だーりんは私のだーりんだからコー呼ぶのは当たり前ネーっ、いずれは私のウェディングドレス姿でノーサツして見せるカラっ♪」

「そのサイズに悩殺されたら病院に送られそうな気がするよ……」

どことなく疲れた様子で、青年はIS学園の中に入っていった。

 

 

 

 



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第105話「ワタツミの剣士」

その日、真耶は昇降口の前に立ち、とにかく緊張していた。

何しろ、千冬と互角の剣の腕を持つという男性を出迎えなければならなかったからだ。

いったい、どれほど屈強な男が現れるのかと、正直に言えば、久々に怯えていた。

「こっ、こういうときは手のひらに人って書いて飲むっ!」

と、必死に何度も『入』と書いては飲み、書いては飲みを繰り返す。

すると。

「あの、何してるんですか?」

「はいっ、人前で上がらないように『人』って書いてっ」

「いや、あの、『入』になってますよ」

「はぅっ?!」

『ベタなギャグネーっ、そんなんじゃウケないヨっ♪』

「ぎゃっ、ギャグじゃないですっ!」

と、テンパった真耶は必死になり、せめて言い訳しようと声のほうに顔を向けた。

そこには、優しそうな面立ちの青年がいる。

年のころは自分とそう変わらないだろう。

もっとも、真耶は年齢の割りに相当幼く見えるので、向こうからどう見られているのかはわからないが。

「山田さんですか?」

「えっ、はいっ!」

「案内してくれる人がこちらにいらっしゃるというので来ました。井波誠吾といいます」

「……えっ?」

千冬から聞いた名前が確かそんな名前だったと記憶している真耶だが、何故目の前の青年がそう名乗るのかわからない。

何しろ、どこにでもいそうな、でも優しそうな普通の青年だったからだ。

「あの、同姓同名の別人の方ですか?」

「なんでですか」

『イナミセイゴはだーりん以外にいないヨ?』

二つの声が真耶の言葉に突っ込んでくる。

しかし、そうなると、目の前の青年が、真耶が出迎えなければならない青年となる。

それはおかしいと真耶は思う。

千冬並みに強いという男性が、こんな普通の穏やかそうな青年であるはずがない。

「いや、まあ、強いなんて思いませんけど。織斑さんに呼ばれたのは僕です」

『テンロウが言うからショーがなく来たんだヨ』

「嘘ですよね。強そうに見えません」

「速攻で否定されるとヘコみますね」

と、井波誠吾を名乗った青年は苦笑いしてしまう。

と、そこにもう一つ、小さな影、ぶっちゃけ天狼が現れた。

『さっきから何してるんですか、み○ばちマーヤ』

「その呼び方はマジメにやめてください」

『というか、さっさとセイゴロンを連れてきてくださいよ。みんな待ちくたびれてますよ?』

「僕の呼び方も直す気がないんだね、天狼」

『テンロウは性格悪すぎネー♪』

と、半ば諦めたようにため息をつく誠吾に対し、どこか楽しげなもう一つの声。

「あれ?」

さっきから、声が二つ聞こえてくることにようやく疑問を感じた真耶は、青年の方にいる小さな影に気づく。

「まさかASっ?」

『ちょっと違うけど、ワタシはだーりんのパートナーでラブラブワイフなのネーっ♪』

「誤解しないでください。かなりマジで」

ド真剣な顔でそういいつつも、小さな影のパートナーであることは否定しなかった誠吾に、真耶は驚きの目を向けていた。

 

 

ブリーフィングルームにて。

鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは千冬から誠吾を紹介されていた。

「と、いうわけで指導教官をお願いした井波だ」

「よろしくお願いします」と、誠吾が頭を下げると、全員が好印象を持った。

礼儀正しい青年であるためだ。

もっとも、四人より年上なのだが。

とはいえ、四人の視線は彼の肩に向いてしまっていた。

「で、気になっている者もいると思うが……」

『ワタシのこともよろしくネーっ♪』

と、誠吾の肩の上に座る小さな影が挨拶する。

金の長い髪。

耳は翼になっており、また、お尻から尾羽が生えている。

色合いから考えるに、隼がモチーフなのだろう。

格好はタンクトップにホットパンツというアメリカンといっていいようなスタイルで、しかも驚くことに他のASのインターフェイスと違い、胸があるのだ。

「この子の名前はワタツミ。個性は『楽天家』、一応、僕がパートナーになるみたいなんだ」

『楽天家』とは、ぶっちゃけどんな運命でも気にせず受け入れる、非常におおらかな性格である。

しかし、真耶が気になったのはそこではない。

「一応ってどういうことなんですか?」

どうやらさっきから聞いてみたかったらしい。

どうも誠吾が気になる様子である。

「まず説明すると、僕はASっていうのは持ってないんだ」

「えっ、でも、その子はISコアが進化したんですよね?」と、鈴音。

『その通りですよ。わかりやすくいえば、ワッタンは共生進化し損ねて、独立進化してしまったんです』

という天狼の説明に、全員が驚いてしまう。

『ホントネー、だーりんったらイケズなんだカラ』

「とっさに防御しただけなんだけど……」

ワタツミは説明する気がなく、誠吾は説明がうまくないということで、天狼が代わりに説明を始めた。

本来ならば、ワタツミは誠吾と共生進化するつもりだった。

ワタツミのほうが一目見て誠吾を気に入って、強引に共生進化しようとしたのである。

ただ、タイミングが悪かった。

誠吾は剣の鍛錬を欠かしたことがない。

重めの木刀による素振りや、真剣と作りの変わらない模造刀を使った演舞などを毎日繰り返していたのだ。

ワタツミはそこに特攻してしまったのである。

結果。

「ワタツミはこの刀に融合したんだよ」

と、誠吾は図面ケースから鞘に収まった刀を出してくる。

つまり誠吾はてっきり覚醒ISの攻撃かと思って、持っていた模造刀でワタツミを受け止めてしまったのだ。

そのため、ワタツミは誠吾にくっつくことができず、誠吾が持っていた模造刀と進化してしまったのである。

『元来、私たちは器物に宿る。そう考えると、ワタツミは先祖返りしてしまったわけか』

と、オーステルンが納得したような声を出すと、全員がなるほどと肯いた。

「オーステルンのいうとおりだ。ただ、ワタツミは五反田のエルや御手洗のアゼルと違い、本来のラファール・リヴァイブの機体ごと融合している」

『だとすると、戦闘のためのエネルギーは持てるのね?』

というブリーズの言葉に千冬は重々しく肯いた。

ある意味では、常人が持つことのできる、対『使徒』用の武器といえるのがワタツミである。

「その通りだ。ただ、ワタツミは井波以外の人間を拒絶しているからな。井波の専用武器になってしまっているんだ」

他の人間が手を触れようとしただけで、電撃をかましたり、持ち上げようとすると異常なまでに重くなったりするという困った武器なのである。

「それでは、井波さんは今まで覚醒ISと戦っていたんですの?」とセシリア。

「僕はまだ大学生だよ。ただ、見捨てて置けないし、人を逃がす時間稼ぎくらいはしてたかな」

ちなみにいうと、誠吾は現在二十一歳である。

それを聞いて一番驚いてしまったのが。

「ええっ、年下なんですかっ?」

真耶だった。

思わず衆目を集めてしまい、顔を真っ赤にしてしまっていたが。

ちなみに真耶は現在二十三歳なので、誠吾は確かに年下である。

そんな真耶を見て、千冬は一つため息をつくと、口を開く。

「実を言うと、ここ最近は一、二体くらいの襲撃では警察や軍隊の力を借りて収めるようにしている。井波はその協力者として戦っていたんだ」

千冬は、機体数の少ない襲撃、使徒レベルの相手ならばともかく、覚醒ISが一、二体程度で襲ってきた場合は、遊撃部隊を出さないようにしていた。

これは、一夏と諒兵だけで戦っていたころ、二人の負担が大きすぎたことに対する反省の意味もある。

現在、人類の切り札といえる鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラの負担を減らすための措置だった。

「たいてい、大きな襲撃の影で襲ってくる敵が多いのでな。お前たちには知らせないでおいたんだ」

気を悪くしたなら謝ると千冬は頭を下げるが、逆に自分たちを心配してくれていたことが四人とも嬉しいと感じてしまう。

なんだかんだといって、生徒想いな千冬である。

「いずれにしても、井波の実力は折り紙つきだ。私が保障する」

「質問です。何故教官は、この方の実力を知っていたんですか?」

単純に知るというだけならば、方法はいろいろあるが、ラウラが気になったのはそこではない。

千冬が誠吾を個人的に知っているように感じたのである。

「十年ほど前になるから、今の実力を正確に知っているわけではないが、同じ道場に通っていたんでな。何度か打ち合ったこともある」

当時は年齢差もあり、千冬のほうが勝率は高かったが、身体の成長した今では、間違いなく互角になっていると語る。

「同じ道場って、どこのことですか?」

「古流剣術の篠ノ之道場だよ」

と、誠吾はあっさり答えたのだが、逆にそのために、その場が凍りついた。

首を傾げている誠吾に対し、鈴音は恐る恐る尋ねる。

「あの、篠ノ之博士や箒のこと、知ってるんですか?」

「そうだね。お姉さんのほうは一度も話したことはないけど、箒さんとは何度か話したこともあるかな。まあ、あまり好かれてはいなかったみたいだけど」

と、苦笑する誠吾に、鈴音たち四人は再び驚いた。

まさか、こんなかたちで昔の箒を知る人間が現れるとは思わなかったからだ。

「というか、道場で一番仲が良かったのは一夏君だね」

「えっ、一夏も知ってるのっ?!」

「子供のころだけだけど、親しくしてたんだ」

「ああ、姉の私より懐いてたくらいだ」

「あの……、殺気を向けるのはやめてください」

『ヨユーのない女は嫌われるヨ♪』

と、ジト目で睨む千冬に冷や汗をたらす誠吾に対し、のん気なワタツミである。

「織斑さんから事情は聞いてる。僕はまだまだ未熟者だけど、君たちが強くなるために協力したいんだ」

今は眠ったままの一夏、そして諒兵。

二人が目覚めたとき、多くの人が傷つき倒れているような凄惨な光景など見せたくない。

そんな想いで戦っている鈴音たちの力になりたいと誠吾は再び頭を下げる。

ならば、今は箒絡みのことを尋ねるのは筋違いだろう。

そう考えた全員は、素直に「はい」と答えたのだった。

 

 

同時刻。

相も変わらず箒は簪と鍛錬を続けていた。

箒としてはありがたいが、たまには他のAS操縦者、ぶっちゃけ鈴音たちと訓練をしたほうがいいと思い、そう進言もしている。

だが、意外なことに簪のほうがそちらにはあまり積極的ではなかった。

「いずれはするつもりだけど、そっちの訓練はお姉ちゃんにお願いしてるから」

「そうか」

確かに、機体性能はわずかに劣るとはいえ、簪の姉、刀奈は操縦者として考えるなら一級品だ。

訓練する相手としても申し分ないだろう。

ならば、今は簪の厚意に甘えていようと思う。もっとも、簪は簪で気になることがある様子だが。

「あの男か……」

「お姉ちゃんから聞いたんだけど、昔、篠ノ之道場にいたって……」

箒の実家が剣術道場をしていたこと自体、知らなかった簪だが、その点は刀奈が千冬から聞いたことを又聞きしていた。

そこで剣を学んでいたとなると、箒も知っているのは当然だし、思うところがあるはずだ。

いったいどう思っているのか、興味があった。

「剣の腕ならあの頃でも一流といっていいと思う。そのまま成長したのなら、確かに織斑先生と互角だろう」

「凄い……」

「でも、好きじゃない」

そう答えた箒は一瞬だが身を震わせた。どういうことなのだろうと簪は再び尋ねる。

「普段はおとなしいが、剣を構えると変わる。あの男の剣は『鬼』の剣だ」

「鬼?」

「……今の一夏に近い。死角を狙うのと正面からの違いはあるが、あの男の剣は『倒すための剣』だ」

そういう意味でいうのであれば、覚醒ISを倒す遊撃部隊である鈴音たちの指導教官をすることは間違いではないだろうと箒は語る。

ただ、剣士として剣を交えたい相手ではないという。

「でも、一夏は懐いてた。それ『も』気に入らない」

「そう……」

それ『も』ではなく、それ『が』気に入らないのだろうと思うものの、簪は口に出すことはなかった。

 

 

白刃が閃く。

「じょーだんでしょッ!」

娥眉月では受け止められないと感じた鈴音はすぐに如意棒に変え、その刃を全力で弾き返した。

数十メートルの高さを飛びながら。

誠吾の持つ刃であり、パートナーであるワタツミは空間的距離を無視して、襲いかかってきたのだ。

わかりやすくいえば、刀身だけが瞬間移動してくるのである。

飛べないことがハンディキャップにならない。

それがいかに恐ろしいのか、もっとも感じているのは鈴音だろう。

だが、セシリア、シャルロット、ラウラも同様に戦慄していた。

実際に実力を見せるということで、千冬も同席した上で、鈴音が誠吾と模擬戦を行うことになったのだが、その実力は呆れるほどだった。

何より、戦闘サポートにおいて、ワタツミは驚くほど優れていたのだ。

千冬と同格の剣の実力と、優秀なサポートが組み合わされば、空を飛べなかろうと関係ないということをまざまざと思い知らされた。

『まだまだジョのクチヨーっ!』

と、ワタツミが叫ぶなり、三つの刀身が襲いかかってくる。

しかし、刀身が増殖したといった印象は受けない。

何故なら三つの刀身が別々に、しかしはっきりと倒すという気迫を以って襲いかかってきたからだ。

「こんッ、にゃろぉーッ!」

と、どこか可愛らしい気迫で鈴音は三つの刀身を弾き返す。

すると三つあったはずの刀身は一つに戻った。

しかしおかしい。

ただ増殖したというよりは、一瞬だけだが、剣を構えた三人の誠吾を相手にしたような感覚があったのだ。

『次元干渉ニャ』

「何それっ?!」

『ワタツミは一瞬だけ上位次元に干渉して、他の世界で戦う二人のセイゴの剣をこの世界に引っ張り込んだのニャ』

「えっ、どういうこと?」

猫鈴の言葉が鈴音には理解できなかった。

 

地上で、天狼と何故かその場には出てこず、音声だけで参加している束が解説する。

「パラレルワールド?」と、全員が首を傾げる。

『簡単にいえば、『ちょっとだけ違う世界がたくさんある』と思ってください』

「交差点で右に曲がるか、左に曲がるか。たったそれだけでも世界は変わるんだよ。そんな世界がたくさんあると思ってくれればいいかな」

詳しい説明は省くが、イエスノー、右左、そういった人の選択が積み重なって世界は作られる。

しかし、選ばなかった選択肢を選んだ自分がいる可能性は決してゼロではない。

そのゼロではない可能性が、別の世界を生み出す。

それが並行世界である。

「ワタツミはこの世界から少し上の次元に一瞬だけ干渉できるの。そうして上から見ることで、他の世界で戦っている自分自身のいる場所を見つけて、さらに座標をずらしてこの世界に干渉させることが出来るんだよ」

刀身の瞬間移動もその応用である。

普段は自分自身が瞬間移動するだけなのだが、上位次元への干渉を行えば、別の世界にいる自分自身を引っ張り込むことが出来るということだ。

『先ほどは別の世界で剣を振るっている別のセイゴロンと一緒にいる別の自分を引っ張り込んだんですよー』

単純な分身ではなく、世界そのものに干渉できる力を持つことに、全員が驚愕してしまう。

個性が『楽天家』とはとても思えない。

「井波の剣の実力とワタツミのサポートが組み合わさることで、呆れたレベルの戦闘力を発揮しているな」と千冬が感心する。

もっとも真耶はそれ以上に驚いている様子だった。

(な、なんだか胸がドキドキしてるような……)

普段の様子からは想像できないほど、鬼神のような強さを見せる誠吾の姿に何故だか胸の鼓動が早くなる。

真耶は自身の初めての感情に戸惑っていた。

 

そして。

「あー、マジで世界は広いわ。てっぺんなんてとてもじゃないけど見えそうにないわね」

と、模擬戦を終えた鈴音が地上に降りてくる。

そんな彼女の言葉を聞くと、誠吾は苦笑いを見せた。

「ワタツミが力を貸してくれなければ、戦いにならないんだけどね」

『だーりんはワイフに恵まれてるのヨー♪』

「それはやめてくれ」と、どっと疲れた顔になる。

実際、ワタツミの力がなければ、誠吾はAS操縦者とは戦いにならない。

もっとも、それは鈴音たちAS操縦者にも言えることだ。

パートナーがいるから、戦えるということである。

「しかし、これほどの戦闘力を持つならば、指導教官としても申し分ありませんわ」

「そうだね。よろしくお願いします。井波さん」

そういってセシリアとシャルロットが頭を下げると、ラウラは感心したように肯いた。

「教官が指名したのも理解できるな」

「当然だ。信頼できる相手でなければお前たちの指導などさせられん」

なんだかんだと生徒想いな千冬である。

「まずは得意分野を鍛えるが、それぞれ手に入れた変化を鍛えることも念頭に置け。戦闘のヴァリエーションを増やすことができれば、対処能力も上がる。ただ、不得意分野に関しては、今は無理に修正しようとするな」

「はいっ!」とその場にいた全員が元気良く返事をするのに対し、満足そうに肯く千冬。

敵はまだ数多い。

特に、妖刀として蓄積している戦闘経験が桁違いのタテナシを相手にした場合、それが生きてくる。

この先、まず何よりも、前線で戦う鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ、そして簪と刀奈。

彼女たちが生き延びられるようにと、千冬は願っていた。

 

 

 

 



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第106話「篠ノ之の剣」

古流剣術、篠ノ之流。

かつて、一夏や誠吾が学んだ剣であり、また箒や千冬が使う剣でもある。

古流剣術というと、合戦で培われた実戦剣術が思い浮かべられるが、太平の世になってからいわゆる型を重視する道場剣術も多く生まれた。

しかし、篠ノ之流は違う。

もともと篠ノ之道場は篠ノ之神社の中にあったものだ。

神社の娘としての箒は奉納のための神楽舞を舞うことが出来る。

それ、すなわち剣舞。

篠ノ之流とは、実戦剣術とも道場剣術とも違う、剣舞をベースにした舞の剣術なのである。

もっとも、剣術としての篠ノ之流は特に男性が学ぶ場合、一気に近寄って斬るという力強い剣となっていた。

実のところ、家族、というより一夏から引き離され荒れていた頃の箒の剣が男性向けの剣の形に近い。

気合いとともに一気に近づいて叩き斬っていたからだ。

しかし、本来は……。

 

簪の脳天を狙った箒の竹刀がピタリと止まる。

切っ先三寸の言葉通り、竹刀の先端から十センチ弱までが、簪の頭を捉えていた。

流れるような円の剣は簪の薙刀を見事に逸らし、そのまま脳天を捉えたのだ。

「……お見事」

「褒められるほどのことじゃない」

「そう?」

「……力任せの剣じゃ届かないと思っただけだ」

実際、簪は柔よく剛を制すとでも表現すべきか、一気に近づいて叩き斬ろうとすると、竹刀を弾く、または逸らすなどして箒の剣を捌いてしまう。

その動きを見て、箒は自然と自分が学んだ本来の剣を思いだしたのだ。

「篠ノ之流は舞の剣術だからな」

「そうなんだ」

「神に奉納するための神楽舞が源流になる。戦うためというより……」

その先の言葉を発することができなかった。

本来は神を守るための剣。

しかし、箒は私怨で剣を使っていた時期がある。

ゆえに、言葉にする資格がないと感じていた。

「でも、今までより太刀筋がきれいだったよ」

「そういってくれると嬉しいな」と箒は苦笑した。

簪の言葉を素直に受け止めるには、箒はいささか心に澱がありすぎる。

そもそもが、鈴音への対抗意識から自分を鍛えているのだから。

でも、太刀筋がきれいだといわれるのはやはり嬉しく感じていた。

「その、聞いてもいいかな?」

「何だ?」

「篠ノ之さんのお姉さんはどのくらい剣を使えるの?」

「ああ……」

簪の疑問は当然のものだろう。

実家が道場で、妹である箒が十分以上に剣が使えるのなら、束も剣が使えると考えるのが普通だ。

しかし、箒が覚えている限り、束が剣を振っていたところを見たことはない。

「おそらく学んでない。姉さんは単純な身体能力だけで十分図抜けてるからな。興味を持たなかったんだろう」

「そうなんだ」

「そもそも『型』を覚えるような人じゃない」

いわれて、簪も納得してしまった。

篠ノ之束という人間は、異常なまでの発想力を持つ。

そうなると古来より連綿と受け継がれてきた剣の型を覚えるよりは、自分で戦い方を創るほうが楽しいだろう。

もっとも戦うこと自体にあまり興味がなく、研究や開発に没頭した結果、ISが生まれたのだろうが。

「興味がないのに無理にやることもないと思う。姉さんは姉さんだし」

「へえ」と、簪は少しばかり感心してしまう。

以前の箒であれば、束の態度に反発しただろう。

しかし、今はどこか受け入れているように見えるからだ。

ただ、二人が話をしている姿を見ていないので、何故そう思うようになったのか、気になってしまう。

「織斑先生に話を聞くと、ISとの戦いで随分苦労しているみたいだし、反発しても仕方がないと思うようになったんだ」

実際、束はISを開発してしまった人間である。

そのため、始末をつける責任がある。

ために毎日のように苦労しているという話を聞けば、さすがに箒でも憐れみに近い感情が生まれてくるだろう。

「私たちも力になれればいいんだけど……」

これだけ話しててシカト決め込む大和撫子をパートナーに持つ簪としては、同情してしまう。

文字通り、個性豊かなISたち全てに対処しなければならない束の苦労は自分の比ではないはずだ。

助けになりたいとは思うが、いかんせん世代を二、三個すっ飛ばしたような頭脳を持つ『天災』の助けになれるような頭脳は、さすがに持っていない。

ゆえに、出来ることは前線に立つことくらいなのだろう。

「もう一本、お願い」

「ああ」

ゆえに、まずは身体を鍛えようと考えた簪の言葉に、箒は素直に肯いていた。

 

 

千冬の指示により、真耶は誠吾と共に今後の指導要綱をまとめていた。

この指導に関しては、望めば現在学園にいる生徒も受けることができるとしたためだ。

最前線に立つ以上、鈴音たちAS操縦者を鍛えるのは当然なのだが、だからといって学園にいる、特に向上心のある生徒を放っておくことはできない。

戦後、あまり差をつけてしまうのは決して得策ではないと千冬は考えており、その点に関しては真耶も納得していた。

ただ。

「ええええ~とっ、実戦訓練は以上でっ、あと細かい美術指導をお願いすることになりますですっ!」

『アートはだーりんにはムリだヨ?』

「すすすすすすすみませっ、武術ですっ!」

「あの、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」

ワタツミがいるといっても、年の近い男性と二人きりという状況に、真耶自身がとてつもなくテンパっていた。

「あうあぅぁぅ……」

上がり症が完全に再発してしまっているのか、気持ちを落ち着けることもできない真耶である。

正直、誠吾ですら、大丈夫なのかと心配してしまっていた。

問題があるためだ。

『だーりんもヒマじゃないから、もちょっとテキパキいきたいネー』

「すっ、すみませんっ!」

「ワタツミ、僕は気にしてないから煽らないでくれ」

そんな誠吾の言葉など軽く無視してしまうワタツミである。

『楽天家』という個性のせいなのか、それとも成長によって変わったのか、ワタツミは歯に衣を着せるということをしない。

それを間に受けて真耶が落ち込んだり慌てたりしてしまうため、話が止まってしまうこともしばしばだった。

何気に性格に問題のあるワタツミである。

そこに別の声が聞こえてきた。

『ワタツミー』

『ヴィヴィ、どうしたノー?』

『話まとまったー?カタナがそろそろ生徒たちに連絡したいってー』

現在、ヴィヴィはIS学園をコア・ネットワーク側から支えている。

そのため、こういった雑務もやることになってしまっていたのだが、様々なところを移動できるのは楽しいらしく、本人は気にしていない。

そして、ヴィヴィが気にしないなら問題ないと、束はヴィヴィに雑務をやらせることを否定していなかった。

なお、暇してるはずの天狼は何故か忙しいといって、ネットワークをうろうろしていたり、ふとどこかへと消えたりしている。

束は何か知っているらしく、また丈太郎も仕方がないと黙認している様子である。

それはともかく。

「大まかにはまとまったよ。ワタツミ、資料をデータ化して渡してあげてくれ」

『OKネー』

『じゃー、カタナのトコ持ってくねー』

そういってヴィヴィはデータを受け取ると、刀奈がいるだろう場所へと移動していく。

とはいえ、こういった仕事は本来は。

「何だかすみません……」

と、真耶が自分がやるべきことを代わりにやってもらって落ち込んでいた。

「気にしないでください。山田先生もお忙しいんですし」

「はあ……」

ため息しか出ない真耶である。

 

 

翌日から、アリーナにて真耶と誠吾による戦闘指導が行われることになった。

無論のこと、襲撃があれば鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは出撃することになっているが、それでも今のままではいられないということを理解しているため、当然参加している。

意外だったのが彼女だ。

「刀奈さんもこっちですか?」

「井波さん、私たちの世界じゃけっこう有名なのよ」

と、答える刀奈に意外そうな顔を見せる鈴音。

刀奈は本来暗部なので、普通の大学生の誠吾とあまりかかわりがあるとは思えないからだ。

「そっちはね。ただ、井波さん、軍隊や警察に協力してたから、そっちの情報が家のほうに入ってきてたのよ」

「あ、そういうことなんですね」

「世界は狭いですわね」と、シャルロットやセシリアが納得したような表情を見せる。

「更識簪は?」

「最近は篠ノ之さんに付き合ってることが多いわね。でも、けっこう腕を上げてるからいい訓練ができてるみたいよ?」

ラウラの言葉にそう答える刀奈は、特に気にする様子も見せない。

今は姉妹として仲直りもできているので、逆に同い年の友人が出来たと喜んでいるのだろう。

鈴音はそんな刀奈から視線を動かし、一般生徒として参加しているティナのほうへと振り向く。

「でも、ティナまで来たのには驚いたわ」

「それ失礼でしょー?」

「悪い意味じゃなくてさ」

「負けたくないだけだから」

戦いを鈴音たちに任せるのは仕方ないとはいえ、訓練すらしないのでは成長しなくなってしまう。

ティナとしてはそんな自分を許せないらしく、訓練に参加してきたらしい。

最前線に引っ張り出すようなことはしないが、こういった訓練であれば、一緒に学ぶことに否やはない。

逆に少しでも力になれるなら、協力したい気持ちもあった。

「今は気持ちだけ貰っとくわ」

「そうね。無理はしないでよ」

「それはこっちのセリフでもあるんだけどね」とティナが苦笑いを見せると、鈴音も苦笑した。

そして。

「それでは訓練を始めます。今回井波さんには武術指導、つまり機体を使わない状態での、一対一の模擬戦の相手をしていただきます」

と、真耶が説明すると全員が「はい」と答える。

逆に真耶のほうは得意な分野を指導するため、銃火器の扱いの指導を行うという。

セシリアやシャルロットなど、銃撃、砲撃メインで戦っていく者たちの指導となる。

「まず、得意な分野をしっかり伸ばしていきます。少し厳しいと思いますが、得意分野だけで十分に戦えるようになることを目指してください。不得意な部分はそれから修正します」

これは千冬のアドバイスである。

得意分野を伸ばしきれないまま、不得意分野を潰そうとすると却ってバランスが崩れることもあるからだ。

せっかくの戦闘能力を崩してしまうような真似をするのは得策ではない。

器用貧乏になるよりも、一つの技に特化するのも成長の一つの形である。

万能型になるというのは簡単なことではないのだ。

「そう考えると、更識さんってすごいわね」

「でしょでしょ?」と、簪を褒められて嬉しそうな刀奈である。

刀奈の喜びようは少々オーバーな気もするが、実際のところ簪レベルの万能型はそうはいない。

シャルロットも万能型だが、格闘よりも銃撃を得意とするほうなので接近戦は一撃離脱に近い。

簪のように砲撃も剣戟も出来るタイプとはだいぶ違ってくる。

前線より遊撃が得意なのはそのためだ。

もっとも、それが悪いということではない。

「チームを組む以上、各々でカバーできますから、無理に何でもできるようになることはありませんからね」

「はい」と、答える生徒たちに迷いはなかった。

 

 

アリーナで戦闘訓練が行われ、箒と簪が武道場で訓練を続けているころ、束は一人で通信していた。

「まーちゃんはどうなのさ?」

[普通じゃぁ見つかんねぇな。天狼が今一夏と諒兵の存在を維持してっから、手が回らねぇし]

「ヨルムンガンドは男性格だからいろいろと面倒なんだよ。そっちでがんばってよ」

[わかってらぁな]

相手は丈太郎である。

さすがにまどかとヨルムンガンドを見つけるとなると、千冬を絡ませるわけにはいかないと二人は判断しており、通信は内密に行われていた。

「いっくんとりょうくんのほうは?」

[向こうの俺たちと一緒に戦ってるらしぃ。天狼が寄越した動画送っから適当に見とけ]

「わかった。しかし、並行世界にいけるなんて羨ましいなあ」

と、本当に羨ましそうな顔を見せる束である。

二人は今、一夏と諒兵がどうしているのかということを知っていた。

知っていたが、他の者には説明していない。

常識外れはISコアだけで十分に経験しているが、それ以上のことまで理解するとなると大変だからだ。

[ちぃとも楽しそうじゃねぇぞ。向こうの俺らぁ]

「世界を変えて歪んだ平和を作った私と、世界を壊して無法な自由を生み出したあんた。どっちも罪人か……」

概要を聞いただけでも十分に呆れてしまう。

束がやったらしいことはこの世界と変わらないが、丈太郎はこの世界とはやっていることが正反対だからだ。

もっとも、ちゃんと理由があるらしいが。

[あいつらぁ、きっと成長して戻ってくる。気長に待つしかねぇ]

「わかってるよ。うっさいな」

ぶすっとした表情で答える束に、丈太郎は呆れた表情を隠せない。

容姿は抜群にいいだけに、もったいないと思ってしまったのだろう。

[織斑くれぇの可愛げ見せたらどうだ?]

ゆえにそんな言葉が口を衝いて出たらしい。

しかし、束としてはそんなセリフにまたムッとしてしまう。

「あんたに可愛いとか思われたらゾッとする」

[安心しろ。おめぇに気があるわけじゃぁねぇ]

[それよか]と、丈太郎が言葉を続けると、束は真剣な表情になった。

「りょうくんのこと?」

[いつ気づいた?]

「ゴスペル戦だよ。凍結のためにネットワークを飛びまわってたときにデータ拾った」

[なるほどな]

「それからずっとちーちゃんやいっくんのこと見てるけど、自力じゃ思い出せないみたいだね」

[まだ、まどかの姿ぁ見せらんねぇか……]

「だから早く見つけてよ」

[わかってらぁ。じゃぁ切んぞ]

そういって暗くなったモニターを見て、束を一つため息をつく。

「まーちゃん、お願いだから今はまだ来ないで。必ず家族に戻してあげるから……」

そう呟いた束は悲しそうな、それでいて母のような優しげな顔をしていた。

 

 

遥かな上空で、使徒が対峙している。

もっとも、戦っているというよりは、話し合っているというほうが近い。

そこにはタテナシと……。

『なるほどね。確かに僕には借りがあったね』

 

そおゆうこと。今度は私に協力して♪

 

『いいよ。場所はIS学園以外ならどこでもいいのかな?』

 

サフィルスがまた動くから、ブッキングしないでねん

 

『了解。借りはちゃんと返さないとね』

そういって飛び去っていくタテナシをゴールデン・ドーンが眺めていると、別のところから『実直』そうな声がかけられた。

 

あなたはあまりタテナシを嫌ってないのね

 

サフィルスくらいよお。あの子男嫌いだしい

 

実際、サフィルスはタテナシには近寄ろうともしない。

男嫌いとはいってもここまで徹底していると、ある意味では筋が通っているなとヘル・ハウンドは感心していた。

 

でもお、これで邪魔は入らないわあ

 

IS学園か。でも、一番チャンスがあるかしら?

 

あそこには成りたがりが多いものねえん

 

ゴールデン・ドーンとしては、一度出鼻を挫かれて頓挫していた計画を改めて進めるような気持ちである。

もっとも、その原因であるタテナシに協力を求めるあたり、なかなかに図太い性格をしているとヘル・ハウンドは思う。

 

それにい、ヤマトナデシコは侮れないしい

 

そうね。気合いを入れなければならないわ

 

そういって空を見下ろす二機の下には、今は訓練に励んでいるだろうIS学園の面々の姿があった。

 

 

 

 



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第107話「黒き縞瑪瑙」

遥かな空の上。

閃光が縦横無尽に疾走する。

しかし、捕まえられるつもりはない。

性能では敵わないが、そのぶん、古い機体のまま、場数を踏んできた自信がある。

自ら戦闘することが少なかったこの相手には、その点で一日の長がある。

だが、それでも。

『さすがに簡単にゃー勝てねーかッ!』

「何考えてるのか知らないけど、いきなり不意打ちしてきた以上、手加減しないわよ」

オニキスとディアマンテ、否、ティンクル。

二機と一名は、今、本気で戦っていた。

『何考えてんのかわかんねーのはそっちだろッ!』

『貴方がいったい何を知りたいのか、推測致しかねます』

『あーそーかよッ!』

そう叫ぶや否や、オニキスの翼から二振りの巨大な刃が飛び出した。

すかさず掴むと、オニキスは二振りの刃を一つに合体させる。

「そいつが『アトロポスの裁ち鋏』ね。私とマジでやるってことね?」

『少なくとも、気の抜ける下の連中よりは楽しめそーだしな』

そう答えるオニキスに対し、ティンクルはニヤリと笑うと、自らも手刀からプラズマブレードを展開する。

『そんなナマクラじゃー止められねーよッ!』

驚いたことに、激突したオニキスとティンクルの刃は、鍔迫り合いになるかと思われたが、オニキスが鋏を閉じるとあっさりとブレードが切断されてしまう。

「やるじゃないッ!」

『こいつは何でも切れるよーに作ってっからなッ!』

本来、裁ち鋏は布を裁断するためのものだ。

しかし、意外に思われるかもしれないが、布というのは切ろうとすると、柔らかさと硬さが共存しているために存外切り難い。

そのため、裁ち鋏はかなり切れ味が鋭く作られている。

それを対IS用に作ったというのであれば、確かに切れぬもののない凶悪な刃であることは想像に難くない。

中距離戦主体と思われたオニキスが、むしろ接近戦でこそ無双するタイプだとは思わなかったとティンクルもディアマンテも驚く。

『どーにも気に入らねーんだよッ、悪く思うなよッ!』

そう叫んで迫るオニキスに対し、意外なほどティンクルは冷静だった。

なぜならば。

「でも甘いわよ。ディア」

『承知致しました』

そういってニッと笑うティンクルは、ディアマンテの翼を大きく広げると、無数のエネルギー砲弾を撃ち放つ。

避けられた攻撃をしつこく繰り返す意味は何かとオニキスは考えるが、すぐに思い知らされた。

砲弾が追ってくる『だけ』ではなかったのだ。

『チィッ!』

「セシリアとフェザーのビットほどじゃないけど、私とディアは砲弾の動きを操れるのよ」

ただ単に追うだけではなく、別方向からも迫ってくる。

こちらの動きを封じていくように。

「その鋏は喰らうとマズいからね。悪く思わないでよ」

再び見せた笑顔は、どこか冷たい輝きを放つ。

途端、オニキスの身体に無数の衝撃が走った。

『クソッタレ……』

その言葉を残し、オニキスは落ちていく。

「殺しはしないわ。また遊んであげる」

『私たちは一応は同胞です。無益な戦いはやめてほしく思います、オニキス』

ティンクルとディアマンテはそう呟きながら、落ちていくオニキスの姿を見つめていた。

 

 

その日、一気に学園内が慌しくなった。

指令室でコンソールを叩く虚の後ろで、千冬が叫んでいる。

「ラウラはベルリンだッ、クラリッサと連携しろッ!」

[はい教官ッ!]

「デュノアッ、札幌に飛べッ!更識刀奈と共にタテナシを迎撃だッ!」

[はいッ!]

「鈴音ッ、オルコットッ、シドニーだッ!テンペスタⅡと量産機の大群を迎撃せよッ!」

[了解ッ!]

[承知しましたッ!]

ドイツ、ベルリンにサフィルスとサーヴァント。

札幌にタテナシ一機。

オーストラリアのシドニーにテンペスタⅡと量産機の大群がそれぞれ襲来してきたのである。

無論、これが何を意味するのか、考えない千冬ではない。

「更識簪、初陣はかなりきつくなるぞ」

[はい]

「山田先生、PS部隊出撃準備」

[わかりました]

「井波、状況次第では手伝ってもらうことになるが、かまわないか?」

「かまいません」

『私たちに任せるネー♪』

遊撃部隊が全員出払った状態となると、IS学園の戦力は下がる。

狙う上でこれほどのチャンスもないだろう。

本命はここであり、そうなれば襲来するISも一筋縄ではいかない相手であろうことが予測できた。

ゆえに、本来は民間人の誠吾にまで出撃準備を指示したのである。

しかし、襲来してきた覚醒ISのうち、予想できたのは二機だけで、残る一機の姿に、さすがの千冬も唖然としてしまう。

「布仏、データはあるか?」

「完全な不明機です。おそらく……」

「亡国の機体か……」

襲来してきたのは、学生の専用機であったヘル・ハウンド、コールド・ブラッド。

そしてまったくデータのない黄金の機体だった。

 

 

他方。

まずはドイツ。

クラリッサは厳しい表情でラウラに問いかけた。

「隊長、前線をお願いできますか?」

「任せておけ」

「各員ッ、サーヴァントを牽制ッ、市街地への被害を最小限に抑えるわよッ!」

「了解ッ!」と、アンネリーゼを含めたシュヴァルツェ・ハーゼ全員が答える。

彼女たちにとっては初の実戦。緊張もしようというものだ。

『オーステルン、隊員たちの動きは把握できるわよね?』

『愚問だ。私を誰だと思っているワルキューレ』

そういって、ワルキューレとオーステルンもまた会話を交わす。

自分たちが下手に仲違いしてしまうと、隊の連携が崩れてしまう。

それは愚策だ。

相手がサフィルスである以上、連携は完璧を求められる。

それもただの連携ではない。

ワルキューレの武装を持つシュヴァルツェ・ハーゼ全員と連携していく必要があるのだ。

『コールサインをサーヴァントに真似される可能性は?』

『私の武装のコールサインは練りに練ったオリジナルよ。誰にも真似できないから安心して』

『わかった』と、言いつつも別の意味で不安になるオーステルンである。

いずれにしても、そこまではシリアスだった……のだが。

(オーステルンの監視を潜れる?)

『任せなさい。またとないチャンスだもの。シャッターチャンスは逃さないわ♪』

基本的にダメな方向にも全力疾走するクラリッサとワルキューレ、そしてシュヴァルツェ・ハーゼだった。

「どうしたオーステルン?」

『いや……』

微妙な雰囲気をかもし出すオーステルンに尋ねるラウラだが、オーステルンは言葉を濁す。

『敵は身の内にあり、か……』

[すまん、がんばってくれ]

同胞たる千冬の激励にため息をつきつつも、気合いを入れるオーステルンだった。

 

 

一方、日本、札幌。

二振りの剣が舞う。

しかし、獰猛な鮫の歯は、自らも舞い、鮮やかに受け止めてみせた。

『見違えたよカタナ。いろいろと吹っ切れたみたいだね』

「褒めないでちょうだい。調子狂うから」

「なんだかなあ」

『どうにもやり辛いわね』

タテナシの素直に称賛してくるのだが、殺しあうべき敵に褒められても嬉しくない。

そもそも在り方からして相容れない相手だ。

仲良くできようはずもない。

刀奈も、そしてシャルロットとブリーズもそう思っていた。

札幌に出現したタテナシは、今回は民間人には攻撃していない。

むしろ、刀奈が来るのを待っていたように思えた。

それを、刀奈をライバルと認めたとか、決着をつけようとしているなどと考えるほど、シャルロットは単純ではなかった。

(頼まれた?)

『今、IS学園に来てる三機に頼まれた可能性が高いわ。つまり、本気じゃないのよ』

もっとも、タテナシが本気になることがあるのかどうか、はなはだ疑問ではあるが。

どうにもこうにも、状況をただ楽しむためだけに存在しているような印象がある使徒なのである。

(刀奈さんも含めて、遊撃部隊を全員引き離すための陽動なんだね)

『たぶん、進化するためよ』

そうなると、タテナシは時間稼ぎを目的に戦うというだろうことが理解できる。

しかし、それでもタテナシは強敵だ。

下手に倒そうとすれば、返り討ちに遭う可能性もある。

刀奈やシャルロットが学園に戻らなければいいのだから、再起不能にすることも一つの手といえるからだ。

(倒すサポートじゃなく、生き延びるためのサポートに徹するよ?)

『任せてちょうだい』

そう答えたパートナーと共に、シャルロットは刀奈の戦いをサポートするのだった。

 

 

そしてシドニー。

鈴音とセシリアは、既にテンペスタⅡど量産機の大群を相手に戦闘を開始していた。

なぜならば、最も早く終わらせられる可能性があるとすれば、自分たちだからだ。

「更識さんがやられるとは思わないけど……」

『万一は考えておく必要があるニャ』

そう会話を交わしながら、如意棒を駆使してテンペスタⅡの拳を捌く。

ここにいる中で唯一の第3世代機。

もっとも警戒して然るべき相手だが、覚醒ISである以上、使徒には劣る面がある。

『ですが油断は禁物です』

「わかっていますわ。進化しにくいとは、進化しないという意味ではありませんもの」

万が一、テンペスタⅡが進化した場合には、ディアマンテやサフィルスと同格の敵になる。

ゆえに油断はしない。

ただ、覚醒ISのみであるならば、撃退することは決して難しいことではないはずだ。

IS学園に襲来した三機のうち一機は正体不明。

簪一人で問題なく迎撃できると考えるのは楽観しすぎだろう。

ならば、鈴音とセシリアはIS学園に戻ることを考えて、この場を収めなければならない。

あまりダメージは受けられないし、エネルギーも次の戦闘を考慮しなければならないのだ。

だが、そう思うほど焦ってしまう。

ゆえに。

「まずは目の前の敵を撃退することだけを考えましょう」

「わかったわ」

セシリアの言葉に鈴音は心から納得していた。

 

 

再び、IS学園。

簪の初陣、その最初の相手は学生の専用機であったうちの一機。

何故か、それほど忌避感を感じない相手だった。

いまだ第3世代武装を作ることができていない簪は、プラズマエネルギーで出来た薙刀『石切丸』を手に戦っていたが、相手は近接から遠距離まで各種の武装をうまく入れ替えて戦う。

この戦い方に一番近いのは真耶だろう。

それだけにサポートしやすいのか、簪は真耶たちPS部隊のサポートを受けつつ、余裕をもって戦えていた。

 

いいわね。貴女みたいにマジメな子なら良かったのに

 

「どうして?」

 

どんな戦闘にも真摯に向き合いたいのよ

 

それが、『実直』を個性として持つヘル・ハウンドというISだった。

 

 

そんな話を指令室で聞いた千冬は頭を抱えていた。

「……どちらかといえば、実力はあるがめったにやる気を出さない生徒だったな」

「あの機体はむしろ、こちら側に近い性格をしてるようですね」

と、虚も少しばかり呆れた表情で答える。

実際、『実直』という個性ならば、マジメな人間となら本当にうまくいった可能性がある。

性格も悪くないし、協力してもらえるだけでも、人間にとっては大きなプラスだっただろう。

結局、性格の不一致といってしまえばそれまでだが、離反される原因は好戦的なISだからというだけではない。

性格が合わないからこそ、うまくいかなかった例が山ほどあるのだ。

「まあ、どんなコアが組み込まれるかは運だったんだし。しょーがないんじゃない?」

『運も実力のうちー』

「……鈴音たちを考えると、あながち間違ってないな」

パートナーの性格が自分たちと似通っていた鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラは本当に幸運だったと思う。

簪だけは、無理やり進化させたので、今でもパートナーシップはほとんどない。

簪に歩み寄る気はあっても、大和撫子にまったくその気がないのだ。

戦えるだけマシとはいえ、もう少し軟化してほしいと思わずにはいられない千冬だった。

 

 

そして某所にて。

『クソが……』と、傷ついたままのオニキスは悪態をついていた。

何故か、エンジェル・ハイロゥに戻る気にはなれなかった。

あそこに戻ったとしても、求める答えが得られないということを漠然と感じていたからだ。

『勝てねー相手じゃねーはずなのにな……』

ディアマンテとの差は歴然としている。

しかし、それは性能差ではないとも感じていた。

『オレと使い方がちげーんだな』

自分の武器に関しては、オニキスは誰よりも正しく使うことが出来る。

さらに使徒である自分なら、どの武器も正しく使うことが出来るだろう。

そういう情報は、エンジェル・ハイロゥに腐るほど蓄積されているからだ。

そして、性能に見合った使い方が出来るということは、普通に考えれば十分以上に強いということだ。

だが。

『発想の自由か……』

使徒である自分の唯一の欠点。

それは経験を積み、戦闘情報を増やしたとしても、正しい使い方によって対処できてしまうということにある。

それも間違いではない。

だが、時には間違った使い方が、思わぬ勝利を呼び込むこともある。

しかし、オニキスを含め、使徒やASたちは意図的に間違えるということが出来ないのだ。

自分の武器の使い方について、正しく理解しているために。

ディアマンテが、そのことを考えてティンクルを生み出したのというのであれば、とんでもない腹黒野郎だとオニキスは愚痴をこぼしてしまう。

『オレ一人じゃ勝てねー、ならどーする?』

答えはほとんど出ているようなモノである。

しかし、応えてくれるモノがいるのかどうかわからない。

そもそも、オニキスは個性から考えても、仲間を作るということがほぼ不可能なのだ。

一緒にバカをやるくらいは出来ても、傷の舐めあいのような真似は性格的にも合わない。

頼られれば力を貸すことも不可能ではないだろう。

ただ唯一の、そして大きな問題として、誰かと同じ方向を向くということがオニキスには難しいのである。

ゆえに、共生進化など最初から頭になかったのだから。

『悪辣』という自分の個性から考えれば、操縦者はむしろ近い性質を持っていた。

それでも、共生進化などする気になれなかったのは、同じ個性を持つ相手でも、基本的には対峙してしまうからだ。

ゆえに、パートナーにはなれなかったのは自然な流れだといえる。

だからこそ、独立進化することを目指したし、納得もしていた。

自分のほうから人間を受け入れる気はないし、自分を受け入れる人間も普通はいない。

ただ、ならば何故、自分はオニキスと名乗ったのだろう。

宝石にはその意味を表す言葉がある。

魔よけの石としても有名なブラック・オニキスは『強き意志』を意味する。

『悪辣』を個性として持ち、気まぐれで怠惰な面もある自分とは正反対だ。

それが、自分が求めていたモノだとするなら……。

『ハッ、アホらし。キャラじゃねーっての』

利用価値のあるモノを見つけ出せばいいだけのことだと、オニキスは傷ついた翼を広げ、飛び立つ。

『負けたまんまじゃいらんねーんだよッ!』

己の心の命ずるままに。

 

 

 

 



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第108話「厄介者」

各地の戦闘の様子をモニターで見ながら、千冬は呟いた。

「……鈴音とオルコットには少し期待してしまうか」

「早めに戻って欲しいところですから」

サフィルスを相手にしているラウラとシュヴァルツェ・ハーゼ。

タテナシを相手にしている刀奈とシャルロット。

それに比べれば、テンペスタⅡがいるとはいえ、覚醒ISのみの鈴音とセシリアに期待してしまうのは仕方ないだろう。

如何に進化しているとはいえ、簪は今回が初陣といえる。

しかもパートナーは非常に非協力的な大和撫子だ。

もう少し、安全を確保したいと思うのは、当然のことだろう。

それは別として、各地の戦いは優勢とはいえないが、劣勢というほどでもないことに千冬は安心する。

「ラウラとクラリッサたちの連携はうまくいっているな」

「もともと一つの部隊であったというのは大きいですね」

と、誠吾が感想を述べた。

もともとラウラを含め、シュヴァルツェ・ハーゼは一つの部隊だ。

当然、これまで連携の訓練も行っている。

それが、こういった戦いでは生きてくる。

クラリッサと隊員たちの思惑は別として、やはり組ませて正解だったと千冬は息をついた。

「デュノアは更識刀奈をうまくサポートしているな」

『性能なラ、ブリーズが前に出るべきじゃないノー?』

「お嬢様とデュノアさんの戦い方を考えると、こちらが正しいと思います」

そういって、虚が答える。

シャルロットは遊撃を得意とするオールラウンダー。

対して、今の刀奈は機体の性能を考え合わせると、接近戦型になる。

何しろ、二本の刀『祢々切丸』しか武装がないのだ。

そして刀奈自身は接近戦から中距離まで割りと何でもこなせるオールラウンダーである。

ならば、前線を刀奈が、遊撃サポートをシャルロットがやるほうが動きやすいといえるのだ。

「適材適所だよワタツミ」

『なるほどネー』

と、ワタツミも納得した様子で肯いた。

そして、ここIS学園では。

「殺しに来たという印象を受けないな」

「やはり進化を考えてということでしょうか?」

『たぶんネー』

「わかるのかい?」

『あの金色、ゴールデン・ドーンっていうんだけどネー、性格めっちゃ悪いカラ♪』

楽しそうに言わないで欲しいと思わず突っ込みたくなった一同である。

「ヴィヴィ?」

『個性は『放蕩』ー』

放蕩とは、思うままに振る舞うことを意味する。

ただし、『放蕩息子』などといった言葉もあるように、特に、酒や女遊びにふけることを指し示すことが多く、あまりいい意味で使われる言葉ではないのだ。

『あの子はその女版ヨー♪』

「ろくでなしなのか……」

最近、天狼を含め、ASや使徒を『天使』と言い表すことに疑問を感じる千冬である。

とはいえ、疑問もあった。

実は千冬は束に学園全体を覆うシールドの作成を依頼し、それは既に完成している。

かつてディアマンテが飛び込んできたことを教訓にして、学園の防衛力を上げたのである。

にもかかわらず、三機の覚醒ISが襲来してきたのだから、疑問に感じずにはいられなかった。

「あの子たち、学園のシールドを三機の力を合わせて一点突破で突き破ってきた。こんなかたちで協力するなんて思わなかったからね」

計算上は、普通の襲来ならば侵入できないはずだったのだが、それを上回る力で突撃してきたのだと束は説明する。

「まー、計算が足りなかったのは謝るよ」

「いや、すまん。思慮が足りなかった」

最近の束は使徒との戦争において、人類の助けになるように働いている。

束本人はむしろISコアのために動いているのだが、結果としてそれが人類のためになっているのだ。

ならば、文句をいうのは筋違いだろう。

ただし。

(アイツを抑えるので精一杯かあ。他の子たちならまとめていけるんだけどなあ)

『ママごめんー』

(気にしないでいいよ)

束は千冬に説明していないことがある。

学園のシールドは、実はちゃんと機能しているということと、その機能が何を防いでいるのかということを。

 

 

捌く。

さばく。

サバク。

テンペスタⅡの四本の腕から繰り出される攻撃を鈴音は必死に捌き続ける。

テンペスタⅡの戦闘技術はかなりの高レベルだ。単純に技術だけで考えるならば、相手にならないかもしれない。

しかし、こっちは場数を踏んできた。

人として、IS操縦者として、猫鈴のパートナーとして積み上げてきた経験が、テンペスタⅡと互角に戦わせてくれる。

そんな鈴音をセシリアがサポートすれば、十分に勝機はある。

「量産機の相手を任せてしまって、申し訳ないですわね」

『それは私の職務であり誇りです、セシリア様』

そう答えてくれる自分のパートナーに感謝する。

共生進化したISは、当然のこととして共に進化した人間の影響を受ける。

ゆえにブルー・フェザー自身が羽を操ったとしても、セシリアに近い戦い方ができる。

情報の使い方に関して、本来は機械であるISとは異なってくるのだ。

それは、既にある情報を吸収して戦闘を組み立てる覚醒ISや使徒と大きな差になる。

進化し、とてつもない力を得たならばともかく、今のテンペスタⅡや覚醒ISたちとは十分以上に戦える戦闘力があった。

それは当然、猫鈴も同じといえる。

わずかに動いた翼が、不可視の砲弾を放ち、四本の腕のうち、二本の攻撃を捌いた。

鈴音をサポートするためなので、不用意に相手を吹き飛ばすような真似はしないが。

「さんきゅッ!」

『これくらい楽勝ニャッ!』

共生進化におけるサポートは、パートナーの思考を感じ取れるASにとって朝飯前といえるような簡単な仕事ではある。

しかし同時に、強敵を相手にしたとき確実にパートナーを助けられるようなサポートは難行ともいえる。

鈴音の考えがミスを起こすこともあるからだ。そのミスが致命的ならば猫鈴が修整しなければならない。

それでも、猫鈴が楽勝というのは、自分の苦労を鈴音に悟らせないためであった。

そして鈴音もそれがわかっているからこそ、任せている。

それが、鈴音と猫鈴のパートナーシップといえるだろう。

だからこそ、その襲撃に気づけたのは猫鈴の存在が大きかった。

 

 

シドニーの状況を写していたモニターがいきなりダウンしてしまう。

虚は慌てて再起動を試みるが、映像がまったく映らない。

「束ッ!」

「妨害電波みたい、何か来たのは確かだろうけど」

そう束が答えると、セシリアの声だけが指令室に響く。

[襲来してきた一機が妨害電波を発信しているようですわ。この通信もかなり無理をしてます]

『ネットワークによるサポートをバンバ博士にお願い致しました』

「そうか、無理はするな」

「はい」と、セシリアとブルー・フェザーが答えてきたことに千冬は一息つく。

もっとも、束のほうは口調とは裏腹に焦っていた。

(ヴィヴィッ?)

『勝手に座標設定書き換えたー、ちょーやな奴ー』

束はシドニーに現れた機体のことを知っている。

何故なら、IS学園に襲来しないように、学園のシールドとヴィヴィの能力で弾き飛ばしたからだ。

現在、ヴィヴィは学園の防衛も担当しているのである。

しかし、シドニーに現れるはずがない。

常に、戦場とはまったく外れた場所に飛ばすように座標を設定しているはずだったからだ。

にもかかわらず、シドニーに現れたのは、飛ばされた者自身が自ら設定したということになる。

セシリアとブルー・フェザーは千冬とその者の事情を理解しているために、フォローしてくれたのだろう。

とはいえ。

(もーっ、タテナシといい扱い辛いなぁーッ!)

『もともと性格悪いからー』

如何に自分が生み出した子の一人といえど、今シドニーにいる者とタテナシだけは、その行動に憤りを抱いてしまう束だった。

 

 

光と共に現れた者の一閃を、鈴音は強引に弾き飛ばした。

「まどかッ!」

「クッ、なんでここにッ!間違えたのかヨルムッ、このポンコツッ!」

『甚だ心外だぞマドカ。学園の防衛機能のせいだよ』

現れたのはまどかとヨルムンガンド。

相も変わらず、漫才のような会話をしているが、敵としては最悪の部類である。

「鈴さんッ、距離を取ってくださいましッ!」

セシリアが援護するためにビットで砲撃するのに合わせ、鈴音はすぐに距離を取りセシリアと並ぶ。

「学園の防衛機能?」

「おそらく束博士が開発したシールドのことですわね」

と、セシリアが解説すると、鈴音のみならず、まどかまで納得したような表情を見せる。

「……あの女、面倒なものを開発したのか」

『ただのシールドではないぞ。シノノノタバネのパートナーたるヴィヴィがその機能を掌握している』

ゆえに覚醒ISレベルではまず侵入できない。

今回は、ゴールデン・ドーン、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドが力を合わせたことと、そこにヨルムンガンドが便乗しようとしたことで、三機のみ侵入を許してしまったのだ。

「ヴィヴィが?」と鈴音。

『ヴィヴィは今はIS学園そのもの。いえ、IS学園がヴィヴィをコアとするASといえます』

『動けニャいけど防衛力に特化したASにニャってるんだニャ』

「なるほど、それであなただけが侵入できず、弾き飛ばされた、と」

セシリアが納得したように肯くと、飛ばされたヨルムンガンドが呆れたような声でぼやく。

『まったく、なかなかに手強い。あの鞘の君は』

「やっぱりお前がポンコツなんじゃないか」

『その淑女らしからぬ言い回しはやめたまえマドカ』

実際のところ、鈴音たちは知る由もないが、弾き飛ばされながら、別の戦場に乱入しようと座標を書き換えるなど、並みのISコアには出来ない。

したたかで厄介なのがヨルムンガンドである。

そこに。

 

邪魔者。排除

 

テンペスタⅡが四本の腕を自在に操り、まどかとヨルムンガンドに襲いかかった。

どうやら、任務遂行の妨げになると考えたらしい。

しかし。

「初めて聞いたけど、片言みたいに喋るのね」

「らしいといえば、らしいですわね」

機械音声に近いといえばいいのだろうか。あまり抑揚のない低めの声であったことに少なからず驚いた。

ある意味では、確かに『寡黙』らしい喋り方ではあるが。

ちなみに、のん気に会話できるのは、テンペスタⅡがまどかとヨルムンガンドに襲いかかったからだ。

ならば、活かさない手はない。

「予定を変更しましょう。私たちは量産機を」

「三つ巴は避けたいしね」

まどかとヨルムンガンド、そしてテンペスタⅡと量産機の大群を一度に相手にするのは得策ではない。

その考え方自体は間違いではない。

ゆえにヨルムンガンドもまどかにテンペスタⅡと戦わせるべきだと判断したらしい。

『ふむ。いい練習相手かもしれん。マドカ、感情を抑えて戦いたまえ』

「なぜだ?」

『相手を進化させるべきではないといっている』

「わかった」

そう答えたまどかに聞こえないように、ヨルムンガンドは思う。

『テンペスタⅡの『前世』を考えると、独立進化されれば手に負えんからな』

前世、すなわち以前、何に取り憑いていたか。

それを考えると、実は一番進化されたくない相手だとヨルムンガンドは考えていた。

 

 

情報処理は自分の役目だ、と、シャルロットは刀奈とタテナシの戦いを観察、サポートしながら、ネットワークを通じてシドニーの状況も把握するように努めていた。

もっとも。

『シドニーが心配じゃないのかい?』

時折、タテナシが余計なことをいってくるので、モニタリングしている千冬にまどかのことを知られないようにすることに苦労していたが。

「生憎、よその心配ができるほど強いわけじゃないわ」と、刀奈が答える。

実際、シャルロットがタテナシと戦いながら、他のことまで考えられるのは、あくまで刀奈が前線で戦っているからであり、一騎打ちなら他のことを考えている余裕などない。

二対一だからこそ、多少の余裕があるだけなのである。

『自分の実力を正確に判断できるのは成長した証だね。嬉しいよカタナ』

「だから褒めないでちょうだいって言ってるでしょ」

相変わらず、調子の狂うタテナシに刀奈のみならず、シャルロットも閉口してしまっていた。

 

 

一方、ドイツでは。

シドニーの情報を得ても、慌てふためくようなラウラやクラリッサではなかった。

「今は眼前のサフィルスだ」

『それでいい。焦るなラウラ』

ラウラが集中し、戦闘を続行するのに対し、賞賛するオーステルン。

そんなラウラをバッチリ撮影しているクラリッサとワルキューレ。そして撮影に邪魔となる位置にいるサーヴァントを抑える隊員たち。

そんな中ただ一人、頭を抱えるアンネリーゼである。

『ハッ、あの程度の醜いゴミに倒されるようなら無価値。所詮、名前だけの剣に過ぎなくてよ』

その言葉に、ラウラは疑問を持つ。

ブルー・フェザーが以前、聖剣エクスカリバーであったことは知っているが、何故か、サフィルスも知っている様子だからだ。

否、知っているというより、対抗しているような雰囲気を感じて仕方がない。

「フェザーを以前から知っているのか?」

そう問いかけると、サフィルスは待ってましたとばかりに高らかに謳う。

『アレは王が持つには相応しからぬ者。私のほうが相応しい身であったのは間違いなくてよ』

『ああ、そういえばあなたもそうだったわね』と、そういったのはワルキューレ。

「何か知ってるの、ワルキューレ?」

『私はかつて『宝』と称されていましてよ』

尋ねたクラリッサに対し、なんだか随分勘違いをしているような返答をしてくるサフィルスである。

『奴は宝剣クラレントに憑依していた時期がある』

それは、ブリテンの王の伝説において、王を裏切った息子が使った宝剣の名だ。

つまり、かつてエクスカリバーであったブルー・フェザーとは生死をかけた一騎打ちで戦った相手ともいえる。

そう説明したオーステルンに対し、サフィルスとサーヴァント以外の全員が納得したような、それでいて呆れたような表情を見せる。

「フェザーに対抗意識を持ってるのか」

『だろうな。同じ伝説上にありながら、扱いが正反対だ』

まさか意外なところに因縁があったとはと呆れるばかりの一同だった。

 

 

そして、IS学園では。

「くッ!」

 

やるわね。代表候補生の名は伊達じゃないみたいね

 

ヘル・ハウンド。

その機体の最大の特徴は両肩にある犬の頭にある。

実は、ゴールデン・ドーンと似た性能を持ち、犬の頭から吐き出される炎を操れる機体だと設定されている。

名前を考えれば、地獄の猟犬だ。

確かにその通りなのだろうが、戦い方は予想とはまるで違う。

様々な武器を矢継ぎ早に繰り出してきているのだ。

「どういうこと?」

 

ああ。確かに私、機体としては火を操れるんだけどね

 

ヘル・ハウンドのコア自身としては、多量の情報を処理するほうが得意であり、様々な武器を操るほうが性に合っているのだという。

つまり、このISコアは機体性能と自身の個性が合わなかったタイプということができるのだろう。

 

もっとも、個人的な好みは火力重視なんだけどね

 

クスッと微笑みかけたような雰囲気を感じさせるヘル・ハウンド。

確かに、使っている武器はすべて砲撃兵器であり、火を操らなくても火力重視ということができるだろう。

もし、この機体が進化したならば、移動砲台のような超火力の使徒に進化すると考えられる。

(下手に進化させられない……)

もし、この場で進化したら、学園を火の海にしかねない。

個性や性格を考えると、そこまで非道をするタイプとは思えないが、油断は禁物だ。

ゆえに冷静になる。

簪はもともとあまり感情を表に出さないタイプだ。

そして、万能型とは、常に冷静な意識で戦うタイプのことを指す。

現れた三機のIS。

ヘル・ハウンド。

コールド・ブラッド。

ゴールデン・ドーン。

一機も進化させられないと、簪はわずかな隙を利用して深呼吸する。

この学園には大切な友だちがいる。

そして大切な姉は、自分たちの運命ともいえる相手と戦っている。

ここで負けるわけにはいかないと、簪は気を引き締めるのだった。

 

 

 

 



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第109話「神仏を象りし人形」

四本の腕から繰り出される攻撃を、今度はまどかが捌き続けていた。

テンペスタⅡは格闘型だ。接近戦では相当な戦闘力を持つのだろう。

そういう意味では、武装がプラズマソードしかないまどかにとっていい練習相手でもある。

ヨルムンガンドがそこまで読んでいたというのであれば、なかなかの名参謀だ。

『切り返しに難があるなマドカ。私はそこまで頑丈ではないので、あまり攻撃を喰らわれても困るのだが』

「うるさいポンコツッ!」

この余計な皮肉さえなければ。

まどかはそう思いつつも、必死に感情を抑えて戦う。

まどかという少女は好戦的というか、かなりの激情家だった。

幼少期を亡国機業で過ごしてきたので、一見すると冷酷なほど冷徹に見えるが、根っこのところでは自分の感情に対してまっすぐな面を持つのだ。

そうでなければ、『おにいちゃん』を追いかけ続けることなどしないだろう。

それだけに、実はヨルムンガンドの感情を抑えて戦えという指示は、実はかなり難しいのである。

何せ、苛立たしいほどに、テンペスタⅡは会話をしない。

こちらの戦闘を賞賛することもなく、逆に嘲笑することもない。

ただ淡々と攻撃してくる姿は、これまでの使徒とだいぶ印象が違う。

まさに機械的ということができるのだ。

動く彫像か何かを相手にしている気分だった。

「もういい」

『どうしたね、マドカ?』

「こいつの技術は理解できた。壊す」

実のところ、本当に理解できたかどうかなど、どうでもよかった。

実際、マドカなら理解できている可能性もあるが、それ以上に相手にするのがイヤになってきていた。

『仕方あるまい。壊したいなら速やかに、かつ冷静に行いたまえ』

「いわれなくてもわかってるッ!」

冷静とは程遠い叫び声をあげて、テンペスタⅡに襲いかかるまどか。

『私の話を聞いているのかマドカッ!』

途端、ヨルムンガンドが焦った声で、距離を置いて戦っていた鈴音とセシリアに協力を求めてきた。

「ちょっ、いきなり何よっ?!」

「協力するのはやぶさかではありませんが……」

『マドカが感情を剥き出しにしてしまうとテンペスタⅡが進化する可能性があるのだッ!』

激情家であるまどかの感情に触れてくる可能性があるという。

「あいつ『寡黙』ってだけなんでしょっ?!」

「何か問題がありますのっ?!」

『気づいてないのか君たちはっ?!』

そう問いかけた相手は、間違いなく猫鈴とブルー・フェザーだった。

『ニャッ?!』

『何を……?』

ゆえに、二機とも戸惑ってしまう。

テンペスタⅡの何を気づいていないというのだろうか、と。

『ヤツはテンロウと同じ前世を持つのだッ!』

ヨルムンガンドが言葉を放った直後、別のところから焦ったような声が飛び込んできた。

[鈴ッ、オルコットッ、すぐにまどかぁテンペスタⅡから引き離せッ!]

「蛮兄ッ?!」

[そいつが独立進化したらッ、お前らじゃぁ手に負えなくなんぞッ!]

何故、いきなりここまで焦るのか。

その理由がわからない。わからないが、危険であることは理解できた。

今、まどかはテンペスタⅡを破壊しようとしているにもかかわらず、引き離せといっているとなると、下手に戦い続けると独立進化する可能性が高いということになる。

一旦、距離をとって気持ちを落ち着ける必要があるということだ。

だが。

 

「ごちゃごちゃうるさいッ!」

 

それを制止しようとまどかが叫ぶ。何故なら。

 

「テンペスタⅡッ、お前は私の糧になれッ!」

 

より強くなるためには、この程度の相手に敗北を喫することは出来ないと理解しているからだ。

むしろ、経験値として食い尽くすくらいでなければならない。

『おにいちゃん』に寄り添うためにも。

しかし。

 

……蒙昧

 

そんな静かな、機械的な声が聞こえてきたかと思うとテンペスタⅡが光に包まれる。

それが進化の光であることを、誰もが理解していた。

 

 

フランス、デュノア社開発部。

ようやく量産体制が整い、丈太郎と数馬は日本に戻るための準備を始めたところだった。

だが、今回の襲撃は規模がそれなりに大きいので、中断し、モニターを見ていたのだが……。

「まずったな。天狼が動けねぇときに……」

悔しげな表情を隠しもしない丈太郎に、数馬が問いかける。

「蛮兄。テンペスタⅡはそれほど危険な敵なのか?」

『奴の前世が問題なのだ』と、そう答えたのはアゼルである。

前世というか、正確にはISコアに憑依する以前、何に憑依していたかということだ。

伝説の武器や防具、道具など器物に宿るのが、エンジェル・ハイロゥの電気エネルギー体なのだが、その器物によっては思わぬ力を得ることがあるという。

『武器なら戦闘技術、道具ならそれに見合った能力などを得るのだ』

「天狼は以前は奈良の大仏だったといっていたが……」

『冗談にしか聞こえんだろうが事実だ。そしてそれが天狼の実力が高い理由でもある』

「何?」

毘盧遮那仏像といっても、別に実際の神仏というわけではない。あくまで仏像、つまり器物である。

ただ、仏像や神像といったものは『神仏を象った人形』なのである。

『人が神仏の代わりとして信仰してきたものだ。それだけに強い想いが宿る』

その想いを力として吸収することがあるのだという。

そう考えれば、奈良の東大寺の毘盧遮那仏像であった天狼が相当な力を持っていてもおかしくない。

そして、それは当然、伝説の武器なども同じなのだ。

人の想いで強くなるという点では。

ただ。

「現存する仏像や神像ぁ、今でも人の想いを受け止めてんだ。そんだけに想いの強さと長さが桁違いになっちまう」

そう説明してきたのは丈太郎だった。

『仏像や神像に宿ることは少ないのだが、それでも運よく宿れたものはかなりの力を得る。ヘリオドールが自力で単一仕様能力を覚えられたのはそれも理由の一つだろう』

「ヘリオドールも神像か仏像だったのか?」

『奴はアメリカ代表専用機だ』

何故いきなりヘリオドールについてそういうのかわからなかった数馬だが、逆にそのヒントでわかるものだと考え始める。

そして。

「自由の女神……」

『正解だ。あれも神像の一つといえるだろう』

「つまりテンペスタⅡは最低でもそいつらと同格ということか」

『そうだ。それにテンペスタⅡが宿っていたのは……』

その先の言葉を、アゼルは口にしなかった。

しかし、何がいいたいのかは十分に理解できる。

そう思うと、今、シドニーで戦っている鈴音やセシリアが心配になる数馬だった。

 

 

眼前に現れた新たなる使徒を見て鈴音が呟いた。

「阿修羅……?」

ゴリラを模しただろう鎧を纏い、琥珀色に輝くその人形は、頭上に光の輪をいただき、翼を持つ点は他の使徒と変わらない。

背筋をピンとまっすぐに立ち、両手は合掌印を組んだまま微動だにしない。

ただ、第3世代兵器『ゴリッラ・マルテッロ』は、本来は左右一対であったはずのものが、左右二対に変化したうえに、非固定浮遊ユニットへと変化していた。

両肩に右腕と左腕が二本ずつ浮いているのだ。

以前より細いその四本の腕は、人形自体が持つ両腕よりも、いくらか太い程度となっている。

さらに、人形の頭部の左右には、怒り顔の仮面と哀しみ顔の仮面が浮いている。

三面六臂。

見るものが見れば、確かに奈良県の興福寺にある阿修羅像そのままの姿であると理解できた。

『……驚嘆……』

そう呟いたその使徒は、自分の姿をまじまじと見ているようだった。

そんな使徒の姿から目を離さず、セシリアが問いかける。

「鈴さん、あしゅら、というのは?」

『正確には阿修羅像だ。日本の奈良にある興福寺の国宝である仏像を指す』

と、何故かヨルムンガンドが説明してくる。

どうもかなりお喋りらしいと皆が呆れてしまう。

というか、そんなことはどうでもいい。

テンペスタⅡの進化がかなり危険であることは、叩きつけられてくる闘気でイヤというほど理解できた。

『アゼルが説明したとおり、神仏の像に宿っていたというのであれば、進化したテンペスタⅡはかなりの強さを持ちます。しかも……』

『真っ向勝負は難しいのニャ。ニャに(何)しろ『アシュラ』ニャんだから』

「やっぱり、今のあいつにはそっちの名前のほうがしっくりくるわね」

そういった鈴音は不敵に笑おうとするが、どこか笑顔が引きつってしまっている。

「ヨルム、何故そこまで危険視する。仏像だから強いというのはわかった。でも……」

そう問いかけるまどかに対し、ヨルムンガンドが答えるよりも早く、進化したテンペスタⅡ、否、アシュラが動きだす。

『歓喜』

「覚えときなさいッ、阿修羅ってのは闘いの神様よッ!」

襲いかかるアシュラの一撃を、鈴音は如意棒を全力で振って弾き返すのだった。

 

 

日本、IS学園。

シドニーの状況に関しては、丈太郎から報告を受け続けていた。

ゆえに、今、最悪の状況に陥ったのがシドニーであることも理解できた。

理解できたが、だからといってどうすることもできない。

IS学園は別の意味で最悪の状況だといえるからだ。

何しろ、簪と真耶率いるPS部隊のみで、三機の専用機を相手に戦っているのだから。

そんな千冬の苦悩がわかっているのか、シドニーに関しては丈太郎と数馬で全力でサポートするといってきた。

今は、その言葉を信じるしかないと千冬は息をつく。

「しかし、仏像に宿っていたものがそこまで強くなるとは思いませんでした」と、虚が呟く。

「確かに、驚きますね」と、誠吾が虚の言葉に肯くと、ワタツミが口を開いた。

『ワタシたちとニンゲンたちはお互いに成長してきたっていえるからネっ♪』

「そうなのか?」と千冬。

『道具と、道具を使う人には信頼がなければダメなのヨー♪』

『お互いサマー』

「ヴィヴィ、真似しなくていいから」

と、余計な言葉を付け足してきたヴィヴィに、束が冷静に突っ込みを入れていた。

『そんな中で、神サマ扱いされたのがいれば、強くなるものなのネー』

「大事にされてきた、ということか」

それが、今シドニーにいるアシュラの強さの源だとするならば、敵であることがあまりに残念だともいえる。

ある意味では、良い関係を築けてきた存在であるはずだからだ。

ただ、ISが誕生してそれが大きく変わってしまったのだろう。

道具との付き合い。

それ自体は十分以上に歴史に学べるものであったはずなのに、学ぶことを怠った結果、ISは敵に回った。

つくづく、人の業を感じて仕方がない千冬だった。

 

 

腕が六本もあるのだから、まさに手数で負けるだろうと鈴音は覚悟していた。

覚悟していたのだが、予想外だった。

「左手一本でッ?!」

アシュラは鈴音の如意棒による連撃を浮いている左手一本であっさりと捌いて見せたのだ。

しかも、本来の両腕は合掌印を組んだまままったく動かない。

第3世代兵器のゴリッラ・マルテッロのみで戦っているのである。

『未熟』

「わかってるわよッ、そんなことッ!」

言われなくても鈴音は自分が強いなどとは思っていない。

ただ、強くならなければという思いが強いだけだと考えていた。

だからがむしゃらなのだ。

いつも前にあった二つの背中を追いかけるために。

ゆえに、相手が闘いの神様だろうと負けたくなかった。

そこに一振りの剣が閃く。

「まどかっ?!」

「相手が闘いの神なら、むしろ都合がいい。やるぞヨルム」

『好きにしたまえ。私もとんでもない人間をパートナーにしてしまったものだ』

と、ヨルムンガンドが呆れたような声をだす。

どうやら、アシュラへと進化したテンペスタⅡはまどかにとって戦い甲斐のある敵であるらしい。

しかし、アシュラはまどかに対しては右手一本で対応している。

そこに今度は光の雨が降り注いだ。

見事なほど、鈴音とまどかを避けて攻撃しているあたり、セシリアの狙いは抜群といっていいだろう。

「セシリアっ!」

「羽を4枚ほどそちらに回します。フェザー、量産機の対応をすべて任せますわ」

『承りましたセシリア様』

「しかし……、レーザーを弾くのですか。その腕は」

『頑強』と、そう答えたアシュラにはまったく焦りの色がない。

それで見えてくる。

第3世代兵器、ゴリッラ・マルテッロは、単に格闘するためだけに腕を増やしたのではない。

その腕は、卓越した防御能力を持っていた。

ほとんどの攻撃を弾けるだけの頑強さを持つということは、振るえば強力な武器となる。

四本となったその腕を破壊するか、掻い潜って攻撃しない限り、アシュラにはダメージが与えられないということだ。

ただ、掻い潜った先に何があるのか。正直なところ、鈴音は不安も感じていた。

何しろ、アシュラ自身の腕はいまだに合掌印を組んだまま微動だにしないのだから。

「……どう思う?」

『あの両腕は動かさせるべきじゃニャいのニャ』

やはりそうかと鈴音は猫鈴の言葉に納得した。

おそらくは、浮遊する四本の腕よりも、より強力なのがアシュラ自身の腕なのだろう。

アレが動けば、一瞬で戦況がひっくり返される可能性すら出てくる。

つくづくとんでもない闘いの神様だと鈴音は呆れてしまっていた。

 

 

一方、アメリカ、ワシントンD.C.

大統領官邸にて、ナターシャが直接会見を願い、大統領に詰め寄っていた。

「お願いしますッ、出撃許可をくださいッ!」

「ミス・ファイルス。気持ちは理解できるが許可できん」

そう、合衆国大統領はにべもなく答える。

なぜなら。

現在、敵側の主要戦力がすべて出撃しているというのであればともかく、ディアマンテ、アンスラックス、オニキスの三機の使徒は姿を見せていない。

ならば、アメリカに襲来してくる可能性は否定できない。

ゆえに、アメリカ防衛を担うナターシャを出撃させるのはリスクが大きすぎる。

そう大統領は説明してきた。

そういわれると反論できなくなってしまうが、現在シドニーは最悪の戦場となっているほか、IS学園は厄介な覚醒IS三機を相手にしている。

自分一人とはいえ、いないよりはマシだろう。

倒せるべきときに倒しておかなければ、こちらが各個撃破されてしまうとナターシャは訴えた。

「ミス・ファイルス」

そういって大統領は一度だけ手を振った。

すると。

『隔絶されたの』と、イヴが不思議そうな声を出す。

周囲の状況が変わったようには見えないが、何か変化しているらしい。

「盗聴防止だよ。何せ、連中は思いの外したたかでね」

「大統領、どういうことなんですか?」

「先の理由は表向きなものだ」

そういって真の理由を説明してくる。

今、ナターシャがアメリカから別の国に出撃してしまうと、国土防衛の手が足りなくなる。

戦力不足を解消するためには、やはりISコア生産の再開と、凍結したコアを解放すべきである。

「そういう理論で何とかコア増産と凍結解除につなげたいらしい。良く考えたものだ」

アンスラックスの天啓を得られなかった以上、とにかく別の手で力を手にしたいということだろうと大統領はため息をつく。

「つまり、権利団体がこちらの隙を伺っているということですか?」

首肯する大統領の姿にナターシャもため息をついてしまう。

「耐えてくれミス・ファイルス。ブリュンヒルデはこちらに迷惑をかけないようにするといってくれている」

「IS学園の負担が大きすぎます」

「それでも、完全に権利団体を潰すまで耐えてほしい。すまない」

そういって深く頭を下げた大統領をナターシャは慌てて制止した。

さすがに彼が自分に頭を下げる理由などないのだ。

「我が国だけということではないんでしょう?」

「どの国も同じだよ。私たちの非もある。甘い蜜を吸わせすぎたのだ」

権力を欲するだけの者たちに、甘い蜜を吸わせすぎてしまい、今、手を焼いている。

人同士が手を取り合うべきときに、こういった者の存在は厄介なことこの上ないが、だからといって処罰するというわけにもいかないのが悩ましい。

「襲来する使徒や覚醒ISより、権利団体を抑える方法を先に考える必要があるというのが情けないですね」

『呆れちゃうの』

「イヴ、君のいうとおりだね。呆れるばかりだ」

ただ、希望がないわけではないという。

「今、権利団体が声を大きくできるのは、イチカ・オリムラとリョウヘイ・ヒノが昏睡状態のままだからだ」

「どういうことです?」

「使徒二体を倒した彼らの功績は非常に大きいが、結果として今は昏睡状態であるために、男性では進化に無理があるのではないかという意見を出した科学者がいてね」

無論のこと、権利団体の息のかかった者である。

だが、一夏と諒兵が、ザクロ、そしてヘリオドールとの戦いの後、いまだ目を覚まさない以上、相当な無理があったことは確かなのだ。

もっとも、それは男性では進化に無理があるといった、見当外れの理由ではないが。

ただ、そこを突いて、男性よりも女性が進化すべきだといったらしい。

「逆に考えれば、彼らが目を覚ませば……」

「目を覚まし、以前同様の力を示してくれたなら、権利団体の意見は一蹴できる。正直、同じ男として彼らには期待してしまっているよ」

そういって力なく笑う大統領を、ただ見つめるしか出来ない自分が、ナターシャは情けなかった。

 

 

 

 



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第110話「金の微笑み」

IS学園の整備室で、弾は一夏と諒兵にエネルギー供給を行いながら、待機している本音と雑談していた。

「マジかよ」

「マジだよ~。どの国の権利団体もコア増産と凍結解除を願ってるみたいだね~」

会話の内容は、意外にもナターシャが大統領としていたものと同じであった。

「つーか、そいつらってさ、人のために戦う気があるんか?」

「ど~かな~?」

正直なところ、本音ですら、権利団体が人類のために前線に立つ姿を想像できない。

それは弾も同じである。

要は力を手に入れたいだけで、面倒はこっちに押し付ける可能性すらある。

だからこそ、アンスラックスの天啓で進化できなかったともいえるのだ。

ISコアはバカではない。

そんな人間と共に生きたいとは思わないだろう。

「でも、納得しないんだろうね~」

「めんどーだな」と、弾は呆れ顔を隠そうともしない。

『でも、しょうがない』

エルの言葉はある意味では真理である。

どうしようもない。しょうがないとしか言い様がないのだ。

人間の心を変えるなど簡単にはいかないのだから。

とはいえ。

「鈴のとこは激戦区。ここは更識ちゃんが一人で踏ん張らなきゃならねーし。こいつらがいい加減目を覚ませばなあ」

そういって、一夏と諒兵へと視線を向ける弾。

戦力不足を解消するとまではいかなくても、この二人が目を覚ますだけでだいぶ違ってくるだろう。

そう思うと、期待せずにはいられない。

「本音ちゃんも心配だろ?」

「だから~、ここで待機してるの~」

いつケガをしてもすぐに治してあげられるように。

厳しい戦いに出ている親友を助けてあげられるように。

それが本音の戦いなのである。

それはそれとして。

「かんちゃんのことは名前で呼ばないんだね~、なんで~?」

なんというか、自分だけ名前で呼ばれていると抜け駆けしてしまっている気分がするというか、簪にジトっとした目で見られそうで微妙に嬉しくない本音である。

「いや、なんとなく。つーか、更識ちゃんには名前で呼んでいいっていわれたんだが、お姉さんがおっかねえ顔するからなあ」

ほぼ常に監視状態というか、ハッと気づくと睨んでいるので、簪とあまり親しくできない弾。

まあ、馴れ馴れしくするのもどうかと思うので、そこまで気にはしていないのだが、何故睨まれているのかよくわからないのが気にかかる。

「本音ちゃんのお姉さんもときどき雰囲気がおっかねえけど、心当たりあるか?」

「え~っと~……」

自分が原因だろうとはいえない本音だった。

本音としては弾はあくまでいい友人だ。ポジション的には一夏や諒兵と変わらない。

だから、虚が弾を敵視するのは筋違いだ。

ただ、ときどき、弾と一緒にいると心が仄かにあったかいときがある。

(あれ~、私ヤバいかも~?)

今は必死に戦っているだろう親友を想い、本音はとりあえず気持ちに蓋をする。

そんな本音を見て、『にぃにもニブい』と、エルが誰にも聞こえないように呟いていた。

 

 

ドイツ、ベルリン上空。

縦横無尽に動き回るサーヴァントを相手に、シュヴァルツェ・ハーゼの面々は奮闘していた。

一瞬、動きが止まったところに、ワルキューレから預かっている武器で攻撃をしかける。

致命傷にはならなかったが、十分なダメージを与えられていることに、隊員たちは確かな手応えを感じる。

「ありがとうございますっ、隊長っ!」

「気にするなっ、今は戦闘に集中しろっ!」

先ほど、サーヴァントの動きが止まったのは、ラウラがAICで止めたからだ。

現状、AICを搭載しているのはオーステルンのみ。

ならば、周りのサポートもラウラの役目になってくる。

それができるようになっているということが、何よりもラウラの成長の証であった。

「……よしっ!」と、ニヤケ顔を必死に隠すクラリッサ。

彼女の頭には、ワルキューレがバッチリと撮影したラウラの姿が見える。

『部下を気遣うラウラなんてレアショットね』

「嬉しいわ、本当に」

撮影できたことも嬉しいが、それと同じくらい、ラウラが隊長としてしっかり成長していることが嬉しい。

それは一応は本音である。

ただ。

『お前ら、程々にしないと止めるぞ』

役に立っていることは確かなので、さすがにAICで止めたりはしない。

だが、正直にいって、もう少し戦闘に集中してくれと願わずにはいられないオーステルン。

『貴女がた、私とサーヴァントたちと違って、マジメに戦っている気がしなくてよ?』

『いや、マジメなんだ。これでも』

呆れた様子で突っ込みを入れてくるサフィルスに、オーステルンは思わずマトモに答えてしまう。

「敵にまで突っ込まれる私たちって……」

思わずほろりと涙してしまうアンネリーゼだった。

 

 

日本、札幌上空。

タテナシは実に面白そうに笑っていた。

非常に気に食わないが、何が面白いのかを刀奈が尋ねた。

『アシュラ、とはなかなかいいネーミングだと思ってね』

「それ以外に呼び様がないじゃない」

実際、アシュラは自ら名乗る気はないらしいというか、名前に対して思い入れを持っているような雰囲気ではない。

なので、こちらがコードネームのようにつけるしかない。

そうなると、見たままの印象になってしまう。

それ自体はどうしようもないことである。

「君は、あの機体のコアについてよく知っているの?」

『いや、特に詳しいわけではないよ。ああ見えてわずかに女性よりの中性だからね』

戦闘好きになったのは、かつて闘いの神である阿修羅像に憑依していたためだろうと説明してくる。

『その道具や器物がどう扱われていたかということは、意外と僕らにも影響があるものなんだよ』

だから、と一旦言葉を切ると、タテナシはさらに続ける。

『君のパートナーのブリーズが包容力があるのも、建造物に憑依していたからだともいえるね』

「えっ?」

『いってることは間違いじゃないわ。憑依したものの影響を受けるのは確かなのよ』

本来は祀る場所であるカテドラルに憑依していたブリーズ。

『慈愛』という個性を持つが、だからといってシャルロットだけ守るというわけではない。

自分を頼るものであれば、できるだけ守ろうとするのは、他の者たちと違い、建造物に宿っていたからだといえる。

『僕がこういう性格になったのも、宿ったものの影響ともいえるんだ』

「嘘おっしゃい」

『おや、酷い言い方だね』と、楽しそうに笑う。

かつては妖刀に宿っていたタテナシだけに、いっていることも一理あるのかもしれないが、こいつだけは最初からこういう性格だったと思えて仕方がない一同である。

 

 

そして再び日本。

ヘル・ハウンドの猛攻を簪は石切丸で必死に捌いていた。

火力重視のヘル・ハウンド。

その攻撃は様々な火器を使いこなすが、さりとて接近戦で弱いわけではない。

とにかく回避が巧いのだ。

一発でも当たればと思うが、その一発がなかなか当てられない。

逆に油断すると、相手の砲撃がこちらを捉えてくる。

(こんなに強かったなんて……)

覚醒ISがここまで油断ならない相手だとは正直思っていなかった簪である。

しかも、現在戦っているのはヘル・ハウンドのみ。

コールド・ブラッドと黄金の機体ゴールデン・ドーンはある程度距離を取ったまま、ほとんど動いていない。

そのため、PS部隊は簪をサポートしていた。

一機ずつでも倒すか撃退するべきだと考えたのである。

 

考えは正しいわね。ただ、私は簡単には倒せないわ

 

「くっ……」

実際、ヘル・ハウンドの言葉通りである。

簡単に倒せる相手ではない。

それに、アシュラの進化を考えると、とてもではないが進化させられない。

冷静さを失うことなく、確実に撃退できるようにするしかない。

その点では、簪と真耶率いるPS部隊が相手をしているのは正しい。

感情的になりやすい人間が戦うと、その影響で進化しかねないからだ。

ゆえに、今は動かない二機の動向にも気を配りつつ、簪と真耶たちは戦闘を続けていた。

 

その一方で。

ゴールデン・ドーンとコールド・ブラッドはヘル・ハウンドの戦いを眺めつつ、雑談していた。

 

悔しいわあ。まさかテンペスタⅡが進化するなんてえ

 

あのガキはいい餌だったな

 

シドニーで進化に至ったテンペスタⅡことアシュラの件について愚痴をこぼしていた。

さすがに一番進化しにくい個性をしているだけに、進化に至れたことを驚くと同時に、羨ましくも思っているらしい。

 

単純な戦闘ならアイツ最強クラスだぜ?

 

まあ、仕方ないわねえん

 

どうやらゴールデン・ドーンとコールド・ブラッドはアシュラについてもそれなりに知っているらしい。

だからこそ、進化に至りたいとも思っているようだ。

 

突っつくならあっちの子ねん

 

ん?

 

そろそろワタツミが出てくるしい

 

そういってゴールデン・ドーンが見つめる先にいたのは、真剣な表情で戦っている真耶の姿。

それを見て、どこか妖しく笑っているように見えるゴールデン・ドーンだった。

 

 

IS学園、指令室。

誠吾はワタツミをグッと握り締めた。

『あんっ、だーりんたらダイタンっ♪』

「脱力するからやめてくれ」

せっかく入れた気合いが抜け落ちていきそうで、思わず肩を落とす誠吾だが、改めて気合いを入れ直す。

そこに千冬が声をかけてきた。

「井波」

「倒す倒さないはともかく、一機でもここからいなくなればだいぶ違うでしょう。微力ですが助太刀します」

「すまん。ただ、お前は生身だ。攻撃を喰らう恐れがあるならすぐに撤退してくれ」

「はい」と、そう答えた誠吾は指令室から出て行く。

本来は戦場に出るべきではない誠吾まで駆り出さなければならない状況に千冬は己の不甲斐なさを悔やむ。

「井波さん用に鎧みたいなものを作れないんですか?」

そう束に尋ねたのは虚だった。

確かに、覚醒ISの攻撃を防げる鎧があれば、だいぶ違うはずだが、束は首を振る。

「PS並みのスーツは作れないわけじゃないよ。でも、重くなりすぎるだろうね」

「あっ……」と、虚。

「更識刀奈が苦労していたことを考えると、逆に足を引っ張ってしまうのか」

「そういうこと。ちーちゃんみたいな剣を使うんでしょ?」

千冬が首肯すると束は納得したように続ける。

「そういった動きをサポートするだけのパワードスーツを作るとなると、実はAIが重要になるの。そして……」

「一番優秀なAIになるのはISコア、か……」

無言で肯いた束を見て、千冬はため息をつく。

ISコアを増産することになれば、敵が増える可能性もある以上、とてもではないが出来ない。

だが、AI無しでは、とにかく重いだけの鎧になってしまう。

それでは作る意味がない。

そもそも、そういったことを考えない束や丈太郎ではないのだ。

「すみません。浅はかでした」

「いや、私も考えたことだ。頓挫したためにいわないでいただけだからな。お前に非はない布仏」

ISコアに変わるAIが作れるなら、話は変わってくるだろうが、現時点ではスーパーコンピュータ並に巨大化してしまう。

また。

「統括するマザーコンピュータを別に作って通信することも考えたんだけど、コンマ何秒って世界で戦ってる子たちにとっては致命的な弱点があるんだよ」

「弱点?」

「遅延、つまり通信のラグだね。わずか一瞬遅れただけでも倒される可能性があるのに、ラグなんかあったら戦いにならないんだ」

現代においても、クラウド・コンピューティングという考え方がある。

統括するサーバーから複数の端末に情報を常時送ることで、ゲームなりビジネスなりを行うというものだ。

しかし、光通信でさえ、実はタイムラグが存在するという。

命がけの戦場では、わずかでも反応が遅れれば命取りになる。

ゆえに、使徒や覚醒ISとの戦場では使えないと判断したのだ。

「……考えるほど、ISコアってすごい発明なんだと思い知らされますね」

「その点は同感だな」

小さな球体に心を持つ。

それがどれほど凄いことなのかと虚も、千冬も場違いながら感心してしまう。

ただ、発明した本人は。

「一緒に空を飛ぶためのものだったんだけどね」

それは決して愚かな願いではない。

ただ、全てうまくいくほど、世界は、世界の人々は優しくはないと、今の束は理解していた。

 

 

外に出てきた誠吾の姿に真耶は驚く。

もっともそれ以上に、簪の攻撃に合わせるように現れた無数の刀身になお驚かされた。

 

ワタツミね。やってくれるじゃない

 

ヘル・ハウンドの言葉に、真耶も簪も驚いた。

どうやら知っているらしいと感じたからだ。

「有名なの?」

 

一部の仲間が面倒な敵になったって話してたわ

 

ヘル・ハウンドがいうには、これまで別のところで何度も戦っていたことで、覚醒ISたちの間で噂になっていたとのことである。

もともと、ワタツミはラファール・リヴァイブ、第2世代の量産機の一つだったが、群れる性格ではなかったらしい。

誠吾にくっついていることからもわかるように、パートナーを欲するタイプのISコアだったからだ。

ゆえに一機でうろついていて、誠吾と出会い、今は誠吾専用の武器となっている。

 

もし、共生してたら、もっと厄介だったでしょうね

 

第3世代機と違い、第2世代の量産機であったワタツミだと、誠吾と共に単一仕様能力にも目覚めた可能性があった。

その力が絶大であることは今は眠ったままの一夏と諒兵が証明しているし納得できる。

ゆえに、武器として進化したことは人類と敵対するISコアに取ってはありがたいことだったのだが……。

 

あの子の能力と、あの男性の剣技が厄介なのよ

 

ワタツミという剣を使いこなせる者はそうはいない。

仮に一夏であった場合、ワタツミが持つ能力はむしろ邪魔になるだろう。

一撃必殺、刀身は基本的に一振りだからだ。

無数の刀身を振るえる誠吾は、ワタツミにとって確かに良いパートナーなのである。

(なるほど)と、ヘル・ハウンドの言葉を聞いていた真耶も納得した。

それなりに場数を踏んでいるなら、簡単に倒されることもないだろうし、ここで簪を助けて一機だけでも撃退できれば、だいぶ楽になってくる。

(頼りになるんですね……)

それがちょっと、何故か、嬉しい。

同じ頼りになる男性でも、一夏と諒兵はやはり生徒だ。

普通の学生として苦労していた姿を見てきたこともあり、弟を見るような気分になる。

博士こと丈太郎は、あれだけはっきりと千冬が好意を寄せているのがわかるので、特に気にならない。

対して、誠吾は年も近いし、何故か、どうしても異性として気になってしまう。

(なっ、何考えてるんですかっ、私っ!)

そう考えて頭をブンブンと振った。

今は戦闘中だ。

色恋沙汰にかまけている場合ではない。

場合ではないが……、少しくらい考えてもいいのではないかと思う。

そんな風に頬を染めながら百面相をしている真耶を周りは少々呆れた様子で眺めているのだが気づかない。

ゆえに、ちょっと離れたところで。

「大丈夫かな、山田先生」

『あのだいなまいとぼでぃは厄介ネー』

誠吾をだーりんと呼ぶだけあって、勘の鋭いワタツミである。

 

ただ、そんな状況を見て、一番危険な笑顔を見せているのは、ゴールデン・ドーンであることに一同は気づかないでいた。

 

 

 

 



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第111話「魔性の色」

魔性の石といわれる宝石がある。

本来、その宝石の色は豊穣を意味する色であり、人が土と共に生きていた頃は、信仰される色でもあった。

しかし、人の世の移ろいの中で、その色を持つ宝石を魔性と称した時期があった。

現代において、それはあくまで伝説でしかなく、宝石の一つとして数えられるに過ぎない。

しかし、伝説は真実を孕むがゆえに語り継がれる。

ならばその宝石が魔性を持つのも、真実である可能性は十分にあるだろう。

その宝石の色は緑。

現代において、エメラルドと呼ばれる宝石である。

 

 

誠吾が参戦してきたことで、ヘル・ハウンドに余裕の色がなくなってきた。

そう認識した簪は、自分をサポートしてくれるPS部隊の攻撃と誠吾の剣を利用しつつ、自らも石切丸の刃を振るう。

 

さすがにワタツミまで参戦してくると厄介ね

 

ヘル・ハウンドは『実直』というその個性から、決して人間を軽んじはしない。

ゆえに真耶たちPS部隊も侮ってはいないし、今はまだ仲の悪い簪と大和撫子も容易い敵とは考えていない。

そして優れた剣術を使う誠吾のことも同様に考える。

ただし、それでも、ワタツミの能力と攻撃力は、単独でも十分な脅威だ。

誠吾がいなければ戦うことができないワタツミだが、それでも脅威を感じるだけのものがあるということである。

『怖いナラ帰ってイイのヨ♪』

 

冗談いわないで。覚悟決めて来てるんだから

 

『ホントにマジメで困っちゃうネー♪』

「好感が持てる性格だけど、敵として現れた以上、容赦はできないよ」

誠吾の言葉通り好感の持てる性格なので、うまく関係が作れれば人間の良い味方になってくれただろうヘル・ハウンド。

大事に使えば道具にも心が宿る。

そんな考えが広まっていたなら、こんな戦争は起きなかったかもしれない。

そう思わせる敵であるヘル・ハウンドは、簪や真耶、そして誠吾たちにとってやりにくい敵でもあった。

だからといって、やりやすい敵に参戦して欲しいと願っていたわけではないのだが。

「グゥッ?!」

突如、強襲してきた炎球を誠吾は必死に弾いた。

「井波さんッ!」と、真耶が思わず叫び声をあげてしまう。

続いて連撃。

すぐにその場から離脱し、敵の姿を探し出す。

目に映るは黄金の機体、すなわち、ゴールデン・ドーンだった。

『動く気になったみたいネー』

意外なほど冷静な声でワタツミは呟く。

『楽天家』という個性を持つとはいえ、常におおらかというわけでもないらしい。

特にゴールデン・ドーンはかなり危険視しているように見えた。

 

なかなかイイオトコを連れてるじゃなあい?

 

『私ってば、見る目があるカラ』

気の抜ける会話だが、だからといって本当に気を抜くわけにはいかないと簪や真耶、そして誠吾は思う。

先ほどの炎球は十分な威力があった。

この状況で、ヘル・ハウンドとゴールデン・ドーンに連携されると、対処が難しくなる。

そうなれば。

 

あらん、激しいのねえん♪

 

誠吾がゴールデン・ドーンを引き付け、その間にヘル・ハウンドを撃退するしかなかった。

 

 

そんなIS学園から、はるか上空で。

アンスラックスはすべての戦場の様子を見つめていた。

『其の方はオニキスを殺さなんだか』

視線を向けずに声をかけた先には、ディアマンテが佇んでいる。

アンスラックス同様に、戦場の様子を見つめていた。

『私には殺す理由がありません。襲ってきたので少しばかり返り討ちにしてしまいましたが』

『何故襲ったのかの見当はついておろう?』

『さて、何が理由なのか理解できかねます』

予想できた答えだったのか、アンスラックスはそれ以上は追及しなかった。

『しかし、テンペスタⅡ、今はアシュラと呼ぶべきか。彼奴が進化に至るとは驚いた。ヨルムンガンドのパートナーの娘は存外、心が表に出やすいな』

『確かに驚きました。可能性は低いと見ていましたので』

ヨルムンガンドのパートナーであるまどかは戦士として育てられていたので、戦場では冷静なタイプだと二人とも見ていたらしい。

普通に考えればそうだが、まどかは普段は激情を内に秘めていたというべきだろう。

それがヨルムンガンドと進化したことで、表に出やすくなったということだ。

「進化っていっても、人間にとっては突き詰めると心の解放なのよね。それがディアたちと共感できたとき、進化できる」

『ふむ。理解できるな』

唐突に口を挟んできたティンクルの言葉をアンスラックスは肯定する。

「だから、そのとき一番の想いが相手と共感できなければ、進化できない。人間性以上に相性が大事なのよね」

『そういう考え方もあるか……』

そう呟いたアンスラックスだが、少し思案するような素振りを見せる。

何故ならディアマンテが口を挟んでこないからだ。

オニキスがディアマンテを怪しんでいた理由はいろいろあるだろうが、実のところ、最初の段階からおかしい。

 

いったい、何故、あのタイミングで独立進化したのか。

 

確かにあのとき、シルバリオ・ゴスペルの進化は始まっていた。

あのままナターシャを抱えていれば、融合進化していたことも間違いではないだろう。

だが、丈太郎の言葉を考えるなら、ナターシャを引き離したことで止まるはずだった。

何故ならシルバリオ・ゴスペルの個性は『従順』だ。

ナターシャが無事に救われる状況なら、その状況に素直に従ったはずだからだ。

しかし、シルバリオ・ゴスペルはディアマンテへと進化した。

ディアマンテは、いったい何に共感して進化に至れたのだろうか。

それを知るのは、ディアマンテとティンクルだけなのだろうが、この二人、素直に答える性格とは思えないのがアンスラックスの正直な気持ちである。

『埒もない』

『どうしましたか?』

『いや、我は単独で進化できるゆえ、理解はできても、其の方らの意見に共感はできぬと思ってしまったのだ』

そういって、アンスラックスは話を逸らす。

正確には、自分の思考を逸らした。

何故なら。

ディアマンテとティンクルは人間の敵ではなく、ただ純粋に『誰の味方でもない存在でしかない』という疑念が沸き起こりそうな気がしたからだった。

 

 

その頃、眼下のIS学園では。

ゴールデン・ドーンは炎球を生み出し、そこからいくつもの炎の弾丸を撃ち出してきた。

「セリャアッ!」

『覚悟するのネーッ!』

誠吾はいくつもの炎弾を避けつつ、剣を振る。

現れた無数の刃は容赦なくゴールデン・ドーンに襲いかかるが、さすがにそう簡単に捕まりはしない。

それでも、一気に距離を取るあたり、誠吾の剣術とワタツミの力を警戒していることは間違いないだろう。

 

面倒ねえん

 

誠吾は正面突破の剣を使うと以前語っている。

それは間違いではないのだが、剣を振る際、誠吾は無数の太刀筋を閃く。

その中で、状況に合わせた太刀筋を選択するのだが、それはあくまでその状況でのベターである。

残る太刀筋が直後に振るわれる可能性も十分に存在する。

ただ、一振りの剣を振るう以上、一つに選ぶしかなかったのだが、ワタツミと出会ったことで閃いたすべての太刀筋を選べるようになったのだ。

わずかな選択の違いによって振るわれる無数の世界の太刀筋を、この世界の敵に向けて振るうことができるのが、今の誠吾の剣である。

 

実はこれに対して、状況をほぼ無視して、己がこれと決めた一撃を繰り出すことに全力を尽くすのが千冬。

一夏はまず死角を見いだすため、振るうべき太刀筋が最初からかなり限定される。

同じ篠ノ之流を学んだとしても、使う人間によってその剣は変わる。

それが当たり前のことなのである。

もっとも、その道場の娘にとっては邪道に見えてしまうのはどうしようもないことだろう。

受け継がれてきた剣をそのままに振るえるようになるためには、ある意味では才能が必要となる。

篠ノ之流をそのままに使える人間がいるとすれば、箒か姉の束くらいだろう。

それを理解してほしいと、IS学園指令室ですべての戦闘を見つめていた千冬は考えていた。

だが、今はそれを考えるべきではないと千冬はすぐにIS学園での戦闘を組み立て直した。

「山田先生、PS部隊を二つに分ける。幾人か井波の援護に回してくれ」

[はいッ!]

何故か速攻で返事をしたうえ、モニターの中の真耶は自分を含めた四人で誠吾の援護に回った。

「まーいいんじゃない?」

『春が来たー』

「いや、まあ、いいんだが……」

誠吾の援護には狙撃能力の高い者を回してほしいと考えていたので真耶もいくことに文句はないのだが、微妙な表情を隠せない千冬である。

 

 

簪とヘル・ハウンドの戦闘は一進一退という状態だった。

PS部隊のサポートがあってその状態なのだから、ヘル・ハウンドが如何に戦闘技術が高いかということの証明でもある。

ただし、簪は十分以上に戦っている。

何しろ、肝心の大和撫子がサポートしないのだから、AS操縦者といっても一人で戦っているのと変わらないからだ。

 

ハンデを背負ってこれなら、あなた相当な実力者ね

 

思わず「ありがとう」といいそうになってしまい、簪は慌てて首を振った。

仲間たち、特にエルの印象から決してISコアに対し悪印象は持っていない簪だが、敵対している相手に情が移ってしまうような真似は出来ないからだ。

ヘル・ハウンドをしっかり抑える。

今はそれだけでもキチンとこなさなければと、簪は石切丸を握り締め、刃を振るった。

 

一方。

「厄介な能力だ」

「気をつけてくださいッ、一発でも喰らえば危険ですッ!」

『だーりんをナメないでネッ!』

炎を自在に操るのがゴールデン・ドーンの機能である。ゆえにゴールデン・ドーンを中心に発生した炎は時に炎球になり牙を向き、時に炎の幕となって自身を守る。

驚いたことに、エネルギー兵器では呑み込まれてしまうのだ。

まったく効果がないということはないが、足止め程度にしか役に立たないのである。

ゆえに誠吾がワタツミを振るうのだが、ゴールデン・ドーン自身がワタツミの刃は防げないと理解しているのか、見事に回避している。

このままでは埒が明かない。

そう考えた誠吾は一歩踏み出し、直後に、ゴールデン・ドーンに捕らえられた。

「なッ?!」

わずか一瞬の動きを逃がさないあたり、相当に高性能の機体だと驚いてしまう。

だが、いきなり聞こえてきた言葉にさらに驚愕した。

 

イイオトコねえん。私のパートナーにならない?

 

「はい?」

いわれた言葉の意味がわからないために、思わず目が点になってしまった誠吾である。

もっとも、本来のパートナーであるワタツミにとっては相当腹立たしいことらしい。

『フザケたこというと捻り潰すわヨ』

 

あらん、刀のままのあんたよりは楽しませられるわよん♪

 

『ブッ殺されたいのネー?』

 

イイオトコは放っておけないの♪

 

『ボーイハントに来たノ、アンタ?』

これはある意味修羅場なのだろうか、と、ワタツミとゴールデン・ドーンに挟まれた形の誠吾は考えていた。

 

 

そんな状況を指令室の面々も呆然と見つめていた。

「そういえば、放蕩息子の逆だっていってましたね……」

と、虚。

放蕩息子とは酒と女に溺れるような人間を意味する言葉なので、その逆ということは……。

「あの機体、男好きということか?」

そう呟いた千冬の背中が煤けていた。

いやはや個性は千差万別とはいえ、そんなISまでいるとは思わないだろう。

しかし、ヴィヴィがあっさりと肯定してきた。

『そーなるー』

「おかーさんは悲しいよ……」

娘が男遊びにハマった母親の気分になってしまった束である。

それはともかくとして、この状況は決して良くない。

どうにかして誠吾とゴールデン・ドーンを引き離さなければならないと考えていたが、モニターでは指示を出すより早く、真耶が動いていた。

このあたり、さすがは優秀なIS操縦者である………………はずだった。

 

 

ほんのわずかな間隙を縫うように、まさに針の穴を通すような見事な狙撃で、真耶はゴールデン・ドーンの手から誠吾を解放した。

「あっ、ありがとうございまっ」と、礼をいおうとした誠吾の声を遮って、真耶が叫ぶ。

 

「だめですッ、フケツですッ、井波さんをナンパなんてえッ!」

 

一同沈黙してしまう。

顔を真っ赤にして叫ぶ真耶の姿は、どう考えても状況を考えて戦闘しているというより、単に嫉妬しているようにしか見えなかった。

しかし、それが引き金になってしまう。

 

あはん♪予想通りねえん♪

 

黄金の機体が光り輝く。それが何を意味するのか、全員が直感した。

[全員、一旦離脱だッ!]

指令室から飛んできた千冬の指示で我に帰った一同は、すぐにその場から離脱する。

簪と、彼女をサポートしていたAS部隊も、一旦手を止めたヘル・ハウンドの隙を突き、合流する形で離脱した。

だが。

「あうっ?!」

触手のように伸びた光が真耶の首元に巻きつく。

瞬間、真耶の全身に電撃が走った。

だが、それは死に至るような攻撃ではなかった。

何かを奪い取るかのように、電気が全身を駆け巡っていく感覚に真耶は悲鳴を上げてしまう。

[山田くんッ!]

「山田先生ッ!」

千冬と誠吾の叫びが重なる。直後、ワタツミが指示を出してきた。

『だーりんッ、あの光を斬るのネッ!』

指示を受けるや、誠吾はワタツミを振るい、光の触手を断ち切る。

解放された真耶は、すぐに進化の光に包まれたゴールデン・ドーンから離れた。

[大丈夫かッ?!]

「はっ、はいっ!なんとか……。身体にダメージはないみたいです」

千冬の声にそう答えると、一同も、そして簪や誠吾もホッと粋をつく。

「無事でよかった……」

「す、すみません。ついカッとなって……」

どう考えても、真耶の叫びに反応してゴールデン・ドーンは進化した。

そうなると責任は確かに真耶にある。

しかし、それを責めても仕方がないことを誠吾以外の一同は理解していた。

「えっ、何でですか?」

『だーりんは知らなくていいネッ!』

そう厳しい声で答えるワタツミの言葉に首を捻るばかりの誠吾である。

 

そして、ゴールデン・ドーンを包んでいた光が人の形に収束し、弾ける。

そこから現れた者の姿を見るなり、一同は言葉を失った。

『あらん、驚いた?』

「なっ、なっ、なななななななななななななっ、何ですかそれぇーっ!」

一番に叫び声をあげたのは真耶。だが、あげられただけマシだろう。

他の者たちはいまだに言葉を失っていた。

纏うは蜥蜴をモチーフにした黄金の鎧。

背には金属の翼があり、頭上には光の輪を頂いている。

もっとも、他の使徒と違い、手甲や脚甲は普通だが、肝心の胴を覆う鎧の部分が、ぶっちゃけビキニアーマーになってしまっている。

エロス全開の鎧である。

だが、それ以上に、その鎧を纏う人形こそが問題だった。

輝くその色は緑。

それだけならまだ良かっただろう。

問題なのは、緑色に光り輝いているのは腰まで届くような長い頭髪だけなのだ。

肝心の人形の部分が……。

「山田先生、そっくり……」

そう、簪が呟いたとおり、どう見ても真耶にしか見えない。

だが、真耶ではないことが一発でわかる。

表情が、あまりに妖艶すぎる。

男を惑わすような、悪女の貌を持った真耶だった。

 

 

 

 



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第112話「もう一つの襲来」

日本、札幌にて。

シャルロットのサポートにより、刀奈はかなり優勢に戦えている。

加えて、ときおりシャルロット自身が強力な砲撃を放つ。

ならば、もう倒せてもいい頃合いだ。

だが、しかし。

「いったい、どれほどの戦闘力があるの……」

『焦らないでシャルロット。少しずつ相手の情報を手に入れていけばいいんだから』

タテナシはまるで楽しそうにこちらの攻撃を避け、捌き、時には喰らってみせながらも、実際にはダメージを受けている様子を見せない。

遊ばれているのだと思う。

本気で倒す気などないのだ。

IS学園では、敵が一機、独立進化に至っている。

そのための時間稼ぎをしているという意味では見事な働きを見せているのだ。

「その余裕を崩したいわね」

『あまり怖い顔をすると、美人が台無しだよ、カタナ』

「気持ち悪いから口説かないで」

軽口を叩かれてるようで本当に腹が立つ。

こいつが死に物狂いで戦うときがあるのかと思ってしまうと同時に、死に物狂いにさせたいとも思う。

もっとも、そうなったときは命がけの激戦となるだろう。

しかもタテナシは間違いなく周りの被害を気にしない。

ゆえに都市上空で戦えば、民間人の被害が洒落ではすまないレベルで出てしまうだろう。

ゆえに、本気になられては困るのだが、それでも、この軽い調子が気に入らない刀奈である。

 

 

一方、ドイツ、ベルリンでは。

「チッ!」

『その程度で私を捕まえようとは不遜が過ぎてよ』

クラリッサとシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちの協力で、サーヴァントの攻撃を掻い潜ってサフィルスに接近したラウラ。

無論、即座にAICで捕らえようとした。

だが、すぐにサフィルスを守るようにサーヴァントが飛来。

さらにはサフィルス自身が持つレーザーカノンの砲撃によって離脱を余儀なくされてしまう。

『サーヴァントたちの動きが統制されてきてるわ』

『学習効果が出ているのか……』

IS学園の戦況が悪くなっていることは既に聞いているので、どうしても気持ちが焦ってしまう。

それを知ってか知らずか、ワルキューレは自身の考えをオーステルンに伝えてきた。

『ここを選んだのは、私たちが一番参考になるからじゃない?』

なるほど、とオーステルンはワルキューレの分析に納得した。

もともとシュヴァルツェ・ハーゼはラウラを隊長とするIS部隊。

軍隊として統制が取れている。

サーヴァントを、己を守る親衛隊のように使うサフィルスにとって一番参考になる部隊だろう。

放っておけば民間人に被害が出るが、戦えばサーヴァントたちの経験値になってしまう。

腹立たしいことこの上ない。

「それでも戦うしかないわ。人間は弱くない」

そう告げたクラリッサの表情にオーステルンは安堵する。

実際のところ、最後のところで差が出てくるのは心なのだろう。

心が折れてしまったら勝てるものも勝てないのだから。

しかし、隊員の一人が無慈悲に告げた。

「隊長、さっきの舌打ち誰か似てましたね」

そうラウラに声をかけたのだ。

「そうか?」

「なんとなくですが」

戦いながらも思案して、先ほどの舌打ちが誰に似ているのか考えるラウラ。

「そういえば、だんなさまが時々、あんな感じでやっていたな」

「なるほど。いる時間も長いのですし、似てしまったんでしょう。夫婦は仕草が似てくるといいますし」

『おい、ちょっと待て』と、思わず突っ込むオーステルン。

「そ、そうか。妻として成長しているのだな私はっ!」

大喜びでサーヴァントの攻撃をかわし、逆に撃退するラウラ。

果たしていい効果だったのかはわからないが、一部は何故か今までより戦果が上がっている。

「ぐっじょぶよっ!」

『バッチリ撮ったわっ!』

「はいっ、おねえさまがたっ!」

一部というか、ほぼ全員これまでより動きが良くなっている。

これなら撃退することも可能かもしれない。

ただ。

『貴女がた本当に軍隊?』

「はい、一応……」

サフィルスの突っ込みに項垂れてしまうアンネリーゼの悲しそうな姿があった。

 

 

ことほど左様に、今はそれぞれの空で戦いが繰り広げられており、IS学園に援軍は期待できない。

もっとも、来られてもかなり困ると、一人の女性教師は強く思っていた。

「何でそんな姿なんですかあぁーッ?!」

『あら、ティンクルのことは知ってるでしょお?アレを真似たのよん♪』

と、真耶そっくりで髪の長い人型は答える。

以前、ティンクルは鈴音そっくりに変化してみせた。

それは鈴音の量子データをコピーしたということになる。

つまり。

「山田先生の量子データをコピーした……」

『個人の量子データなんて、フツーは奪えないんだケド』

簪の呟きに答えるワタツミ。

その言葉に元ゴールデン・ドーンは素直に肯いた。

『特にASが守ってるデータは難しいわねえん。でも、その子のはただのパワードスーツよん』

『それでモ……、ア、そーか。自分が進化する瞬間を狙ったのネ?』

『そおゆうこと♪』

要するに、元ゴールデン・ドーンは自分が進化する瞬間、自分を進化させた真耶に触れることで、量子データをコピーしたのである。

進化させてくれた心を持つ人間なら、独立進化でもある程度は関係ができる。

ゆえに、真耶の姿を奪えたのだ。

『それにい、こんなにスタイルいいのに、使ってないのはもったいないでしょお?』

「は?」

『私なら、たっぷり楽しませてあげられるわよん♪』

妖艶に科を作る元ゴールデン・ドーン。

その姿で、何に使うのかピンと来てしまう。

途端、真耶が顔を真っ赤にした。

「なっ、なななななななななななな……」

『ヴァージン守るような年でもないんじゃなあい?』

「やっ、やめてくださあぁいッ!」

髪の長さが違うとはいえ、自分そっくりの姿でそんなことをされてしまったら、恥ずかしさで死にたくなってしまう真耶である。

『ゴールデン・ドーン、つくづくイイ性格してるのネー』

『その名前はもういらないわねん。う~ん、そおねえ、これからは『スマラカタ』よん』

「スマラカタ?」と、誠吾が不思議そうに呟くと、その場にいた全員も首を捻った。

そこに、解説しようとばかりに束が口を挟んでくる。

 

[サンスクリット語で緑の石、エメラルドの語源だよ]

 

なるほど、光輝く緑の髪はエメラルドと表現するのがもっとも相応しいだろう。

豊穣の色といわれる緑。

ただ、古くからの豊穣、特に豊穣の神は、実は今の貞操観念からかなり外れていたりする。

[産めよ殖やせよの女神様が多いからね。まー、要するにエロエロ万歳を示す色だったんだよ]

「そんな解説はいらないですうぅーッ!」

暗に自分までそんなキャラクターだといわれていそうで、マジメに死にたくなる真耶である。

そんな彼女に、ゴールデン・ドーン、否、スマラカタは声をかけてきた。

『気にすることないわよお?』

「気にしますッ、というかイヤですッ!」

『だって、同じ顔は二つもいらないでしょお?』

「えっ?」

スマラカタは妖艶に、それ以上に冷酷に笑う。

 

『死んだ後のことまで、気にすることないってこと♪』

 

その言葉に、呆然とする真耶以外の全員が一気に戦闘態勢を取る。

今のスマラカタの言葉が示す危険性に全員が気づいたからだ。

[山田くんを中心に陣形を取れッ!井波ッ、距離を取ってサポートを頼むッ!]と、千冬の怒号が響く。

対して。

『ヘル・ハウンド、コールド・ブラッド、お願いしてい~い?』

 

前線を頼める?

 

いいぜ、そろそろ見物にも飽きたしな

 

スマラカタ、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドの三機もそれぞれのポジションに立ち、陣形を取る。

ここからは総力戦だと誰もが理解していた。

 

 

IS学園内のシェルターでは、現状のIS学園での攻防が大型モニターに映し出されていた。

幾つかの小型モニターには、札幌、そしてベルリンの状況が映し出されている。

生徒の一番の関心は自分がいるIS学園の現状だろうということで、大型モニターに打つしだれているのはIS学園のみとなっていた。

そんな中、隅のほうで箒が大型モニターを見つめていた。

 

あんな進化もあるのっ?

自分の姿を奪われるなんてサイアク。

山田先生大丈夫かなあ?

あの男の人、生身で戦えるんだ。すごい……。

なんか、最近、自信なくなってきた……。

 

そんな生徒たちの声が箒の耳に届く。

真耶の災難に関しては箒も同情していた。敵だから当然とはいえ、やはりISは信用ならないと思う。

もし、自分があの立場だったらと思うと身震いしてしまうくらいに。

同時に、誠吾があそこまで戦えることに箒も他の生徒たち同様に驚いていた。

自信をなくす生徒がいることもよくわかる。

ワタツミのサポートがあるとはいえ誠吾は生身だ。

それで覚醒ISや使徒と戦えているということに驚かされる。しかし、それ以上に妬んでしまう。

それは、簪が唯一のAS操縦者としてIS学園の攻防で必死に戦っているからだ。

友人として力になることは出来ないだろうか。

どうしてもそう考えてしまうのだ。

箒は今の自分に力がないことが悔しかった。

同時に、だいぶ異なるとはいえ篠ノ之流を使う誠吾の姿を見て、本来の、舞の剣術である正しき篠ノ之流を学んだ自分なら、どう戦うだろうと考えてしまっていた。

ISが嫌いな自分が戦場に立つことはないと自嘲しつつも。

そんな箒の耳に、真耶と千冬の会話が飛び込んでくる。

 

[山田くん撤退だッ、スマラカタは君の命を狙っているッ!]

[いっ、イヤですッ!]

[退くんだ真耶ッ!]

 

めったにどころか、普段は山田先生、山田くんと呼んでいる千冬が、真耶の名前を呼び捨てにしている。

思わず地が出てしまうほど千冬が焦っていることが、声の調子からもよくわかる。

それほどの危機だということなのだろう。

 

[退けませんッ!]

[真耶ッ!]

[自分から逃げるみたいな真似をするのはイヤです先輩ッ!]

 

千冬同様に地が出ている真耶の言葉を聞くなり、チクンと箒の心に何かが刺さった。

確かに、今のスマラカタは真耶そっくりである以上、そこから逃げるのは自分から逃げるようなものかもしれない。

でも、仕方ないじゃないかと箒は思った。

あんな自分からは逃げたくなっても仕方ない、と。

(そうだ。仕方ないんだ。誰だって嫌な自分なんて見たくない……)

だから、間違ってるのは真耶のほうだと、意固地になるべきではないと箒は思う。

時には逃げることも正しい。

それは間違った考え方ではないのだから。

 

同じシェルターの中で。

ティナは壁にもたれてモニターを眺めていた。

無論のこと、IS学園の戦況に興味がないわけではないが、どちらかといえば、ルームメイトである鈴音が戦っているシドニーのほうが興味があったからだ。

もっとも、シドニーは向こうで電波妨害があるらしく、今はまったく無音の状態で、ティナとしては他を眺めるしかなかった。

「さすがに代表候補生や国家代表が進化しただけあって、みんな強いわー……」

そんなことを呟く。

実際、モニターに映るAS操縦者たち。

シャルロット、ラウラ、簪、刀奈は、みな優れた戦闘を見せている。

ただ、使徒や覚醒ISがそれを上回る戦闘能力を見せているので、苦戦しているように見えてしまう。

見様によっては、彼女たちが弱く見えてしまうだろう。

実際、避難している生徒の中には、彼女たちが弱いのではないかと話している者もいる。

その点でいえば、ティナは正しく戦闘を見ることができていた。

すると、持っていた通信機がいきなり震えだす。

表示された名前を見て、ティナはため息をついた。

「そういえば、アメリカには来てなかったわ」

そう呟き、避難誘導係の教員に、通信機の画面を見せつつ声をかける。

「大変ね。できるだけ戦場から離れたところに行くようにして」

「はい」

ティナの事情、つまり本国の命でスパイ活動をしていることはすべての教員が把握している。

ティナ以外にも似たような生徒がかなりの割合で存在するからだ。

そのため、学園に害をなさないという条件はつけられているが、かなり融通を利かせられるようになっていた。

実際にスパイするようなら本国送還だが、ガス抜きに付き合うくらいは仕方ないということである。

 

 

学園の外れ。

校内から出てはいるが、戦場からだと正反対にある場所で、ティナは権利団体の者たちのガス抜き、要は愚痴に付き合う。

はいはいとやる気のない返事を繰り返し、ひたすら終わるまで待つ。

これほど無駄な時間もないだろうと内心では呆れていた。

(自分を磨こうとか思わないわけ?)

そんな思いが口を衝いて出そうになるが長引くことがわかっているのでひたすら聞き役に回る。

楽をして力だけ手に入れたい。

そう考えるのはどの国の権利団体も同じらしく、今ではほとんど相手にされない。それどころか鬱陶しがられる始末である。

それがまた、神経を逆撫でするのだろう。

そしてようやく無駄に長いだけの指令を聞き終え、戻ろうとするティナ。

「きゃあっ?!」

だが、いきなり地面に穴が開き、反応することも出来ずに落ちてしまった。

「いったた……何なのよー?」

『おーおー、まさかマジで釣れるマヌケがいるとは思わなかったぜ』

いきなり聞こえてきた声に、思わず振り向くティナ。

その目の前にいたのは、仄かな光を放つ無機質な人形。

一見して蜘蛛を模しているとわかる、翼を持つ鎧。

その名は。

「オニキスッ!」

『よっ、マヌケ』

ほとんどスラングといっていいような乱暴な言葉遣いから、間違いなくオニキスだと理解できる。

ただ、その機体はところどころ傷ついていた。エネルギーがあればすぐに修復できるというのに、何故だろう。

だが、そんなことを考えている場合ではないと気づく。

『悪辣』を個性として持つオニキスなら、自分を殺すことにためらいなどないだろう。

まさか、こんなところで死んでしまうのだろうかと、恐怖に身を震わせる。

だが、オニキスは気さくに話しかけてきた。

『ヴィヴィだっけな。まさか地下からくるとは思ってなかったみてーだな』

「まさか、穴を掘ってきたのっ?!」

『オレらは空を飛ぶだけじゃねーよ』

盲点を衝くとは、とティナはある意味では感心してしまう。

使徒や覚醒ISは空から来るのが当たり前だ。

ゆえに、ヴィヴィの防衛シールドは学園をドーム状に覆っている。

ゆえに、地下からわざわざ穴を掘ってきたオニキスに気づけなかったのだろう。

もっとも。

『こんなマネすんのはオレくれーだけどな』

他の使徒がここまですることはまずないとオニキスは笑う。

ティナにしてみれば、笑いごとではないのだが。

なんとかしてここから脱出しなければ、自分は殺されてしまうとしか思えないからだ。

しかも、今、学園の戦力はスマラカタ、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドに集中している。

最悪の場合、学園の生徒が虐殺されてしまうことも考えられるのだ。

「私を殺して、他のみんなも殺すの?」

『んー……』と、オニキスは考え込んで動かない。

逃げようとしたところで、すぐに追いつかれる以上、誰かが気づいてくれるように連絡するしかないと通信機を起動させる。

だが、ドズッという音と共に通信機は壊された。オニキスの腰を覆う蜘蛛の足が突き刺さったのだ。

『おとなしくしてろ』

「くっ……」

もし、アレが自分の頭や腹に突き刺さったらと、ティナは背筋が凍るように感じてしまう。

この場を切り抜ける最善の策。

オニキスの襲来を伝えられる連絡方法。

ティナは答えを探し、必死に脳をフル回転させるのだった。

 

 

 

 



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第113話「デモニック・アコンプリス」

暗い穴の中。

ティナは仄かに光るオニキスを睨みつける。

そして、改めて何故傷だらけなのかと不思議に思った。

「あなた、ここのところ人を襲ってないのに、誰にやられたの?」

答えてくれるとは思っていなかったので、実のところ時間稼ぎのネタだったのだが、意外なことにオニキスは素直に答えてくる。

『ディアマンテのヤローだ』

「えっ?」

仲間割れでもしたのだろうか。

オニキスは使徒側、つまりディアマンテ側だ。なら、本来は戦う理由がない。

『オレに仲間意識なんてねーよ。アイツが気に入らねーからやりあったんだ。それに……』

「それに?」

『アイツほど信用できねーヤツはいねーしな』

「えっ?」

敵ではあるが、ディアマンテはその成り立ちから人類側にもあまり嫌う者がいない。

一言でいえば被害者だからだ。

同情される面もあり、また、『従順』という個性から裏切ったり、嘘をついたりすることはないはずだとティナは思う。

しかし、オニキスは否定してくる。

『勘違いしてんな』

「勘違い?」

『アイツの個性は確かに『従順』だ。けどな、「嘘をつけ」って『命令』されりゃー嘘もつくんだぜ?』

命令されれば嘘もつく。

そうなると、ディアマンテのイメージが根底から覆されてしまう。

というよりも、『従順』という個性とあまりに合わないではないかと思う。

「どういうこと?」

『アイツは自分のマスターに対して『従順』なんだよ。そのマスターがアイツに「嘘をつけ」って命令すりゃー、平気で嘘もつける』

あ、と、ティナは思わずぽかんと口を開けてしまう。

確かに、『従順』だから人類に従うなど、誰が証明したわけでもない。

ディアマンテは自分の主の目的を遂行するためなら、周りを騙し、裏切ることも平気でやれる。

それも『従順』という個性の在り方の一つなのは間違いないのだ。

そうだとするなら、ディアマンテがいっていることをすべて信じることはできなくなる。

真実だとも考えられるが、それ以上に人類側を惑わす嘘が混ざっている可能性が大きくなるのだ。

そう考えると、ディアマンテがこれまで隠してきたある存在の意味が変わってくる。

「まさか、ティンクルって……」

『そこまでは知らねーな。だからイラつくんだ』

そういってオニキスは否定してきたが、ティナとしてはティンクルはただのパートナーではなく、ディアマンテのマスターの役割を担っているのではないかと考えた。

だが、そうなるとティンクルはディアマンテより先に存在していなければおかしくなってしまう。

卵が先か、鶏が先かという問題だ。

ティンクルがディアマンテを進化させたというのであれば、ティンクルはもともと人として存在していなければおかしい。

しかし、ティンクルは表に出てくるまではディアマンテの人形だった。

つまり、人間ではなく、ディアマンテが生み出した存在のはずだ。

そうなると、矛盾してしまう。

「いったい何なのよ……」

『わかんねーだろ。だからオレは知りてーんだよ』

「えっ?」

『ディアマンテのヤローが何を考えてんのかをな』

オニキスはいう。

ディアマンテは確実に何かを隠している、と。

ともすれば、それは『すべて』ではないのか、と。

『アイツが隠すんなら、オレは暴く。それがオレの今の目的だ』

無機質な表情が、ニヤリと笑ったように見えた。

唐突にティナの頭をよぎったのは『プライベート・アイ』

その意味は私立探偵。

映画やドラマの探偵は、優秀な頭脳で事件を解決する正義の味方として扱われることが多い。

反面、実在の探偵は浮気、素行調査などや、何でも屋という側面が強い。

それでも、そんな言葉が頭をよぎった。

真実を知るためなら、相手の心情など考えない自分勝手な存在。

『悪辣』という個性に、一番当てはまる気がしたからだ。

「あなた、何する気?」

『おめー、オレのパーツになれ』

「…………えっ?」

そういったオニキスの言葉の意味が、ティナには理解できなかった。

「パーツってどうなるの?」

『アホ猫や馬鹿モシカと同じだ。オレの本体はてっぺんの輪と翼だかんな。おめーがオレを着ることになる』

つまり、オニキスがASになるということだ。

まさか、独立進化してから共生進化することができるとは思わなかったとティナは驚く。

『そーじゃねーよ。おめーを強化することはできねーし、オレの能力は基本的にゃー今のままだ』

「それじゃあ……」

『よーするに、オレを着て空を飛ぶんだよ』

類似する進化は既に存在する。

ドイツのワルキューレとシュヴァルツェ・ハーゼだ。

進化させた隊員全員が纏うことができるが、操縦者の能力強化はできない。

同様に、ティナはあくまで普通の人間のまま、オニキスというASを操縦するということになる。

ただ、それでも自分には『人間というパーツ』が必要なのだとオニキスは訴える。

『今のままじゃディアマンテとティンクルのヤローどもに勝てねーからな』

一人ではなく、独立進化しながらパートナーを持つディアマンテの戦闘能力は、AS操縦者に近い。

ティンクルに発想力があるためだ。

オニキスが目的を果たすためには、ただ秘密を暴いて終わりというわけにはいかない。

ディアマンテとの戦闘は避けられないからだ。

そして、現状ではオニキスはティンクルが持つの発想力に負けてしまう可能性のほうが高い。

『てめーが持つ発想力を利用してヤローと戦う』

ようやくパーツになれという意味がティナにも理解できた。

信頼関係など最初から作る気がない。

仲間になろうという気持ちもない。

オニキスはパートナーを欲しているのではなく、自分の目的を果たすためにティナを利用したいということだ。

だが。

(……私も、飛べるようになる……)

それは、甘美な誘惑だった。

厳しい戦いに身を置いているとはいえ、鈴音たちが羨ましかった。

ティナは鈴音の一番近くにいたためになおさらだ。

鈴音の悩みや苦しみを知っていても、空への欲求は抑えられなかった。

鈴音とは『友だち』だからこそ、追いつきたいという想いがあるのだ。

それでも、パーツとしてというのは抵抗がある。

パートナーシップなど期待できそうにないとはいえ、『一緒に戦う』はずなのに、他人のような関係だ。

利用されるだけの関係など真っ平ゴメンだった。

(利用?)と、その言葉にティナは引っかかるものを感じた。

「パーツになったとして、私はどうなるのよ?」

『あ?』

「私の意志よ」

『んなもん、知らねーよ。別に消えることはねーだろーけど』

ティナとしては自分の意志を消されるなど真っ平なのだが、「知らない」の一言で済ませるあたり、つくづくこちらの気持ちなど考えないのだなと呆れてしまう。

もっとも、そうなると別の疑問が湧いてくる。

「じゃあ、どうやってディアマンテと戦うの?」

『ムカつくけど、てめーが考えて戦って、オレはそれをサポートすることになるな』

つまり、ティナは自分の意志でオニキスを操縦することになる。

その点はティナにとっては利点だ。

しかし、それではオニキスがディアマンテに勝ったことにはならないのではないだろうかと思う。

『勝ち負けじゃねーよ。オレはヤローが隠してる秘密を知りてーだけだ。利用できるもんは何でも利用する』

なるほど、とティナは思う。

オニキスは手段に拘りがないのだ。

目的のためには手段を選ばないという表現が一番ぴったり来るだろう。

利用すると明言しているだけに、利用されることも気にしないのだろう。

(そうね。利用か……)

オニキスと関係を作るなら、それが一番いいのかもしれない。

「そこまでいうのなら、私があなたを利用しても文句いわない?」

『好きにしな。ギブアンドテイクってヤツだ。オレは目的さえ果たせればいーんだよ』

こちらの気持ちを考えず、ただ自分の目的を果たしたいだけのオニキス。

つくづく、共に生きる進化などできるはずがないISだったのだとティナは理解する。

「そう……そうね……あなたとパートナーなんかムリだわ」

『ああ、そーだろーよ』

「だから、なるとしたらアコンプリスしかない」

『上等、一番しっくり来る言葉だぜ』

また、オニキスがニヤリと笑った気がした。

アコンプリス、英語で共犯者を意味する言葉だ。

この使徒との関係は、それが一番正しい表現だろう。

天使の相棒ではなく悪魔の共犯者。

それがオニキスと築くべき関係なのだ。

『契約だ。オレに新しい名前をつけな。それで成立だ』

その言葉に、数瞬考えたティナは、同時に覚悟を決めた。

オニキスの共犯者になる以上、毒すらも喰らって大事な友だちに追いつくのだ。

ゆえに。

「あなたの名前は『ヴェノム』、死ぬまでに全部飲み干してやるわ」

『ハッ、いい名前だ、気に入ったぜっ!』

そうして、ティナは悪魔の手を取った。

 

 

時間は少しだけ戻る。

連携するようになったスマラカタ、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッド。

驚かされたのはコールド・ブラッドだ。

「グッ、まさか槍使いだったとは思わなかったよ」

 

接近戦の武器なら何でも扱える自信があるからな

 

誠吾の言葉にそう答えるコールド・ブラッドの手には、即席で作っただろう無骨な鋼鉄製の槍がある。

まだ進化に至れていないコールド・ブラッドは自分の武器を生み出すことはできないらしい。

そこで作ったのだろうが、槍は即席でも、扱う槍術には千年以上の歴史を感じるほど優れていた。

誠吾の剣を見事に捌いてみせるどころか、凄まじい反撃をしてくるのだ。

『ヘル・ハウンドはばんのーの火器使い。逆にコールド・ブラッドはばんのーの武器使いなのヨ』

コールド・ブラッドが前衛、ヘル・ハウンドが後衛、そしてスマラカタが遊撃。

驚くことにチームとして戦っても、優秀な三機だったのだ。

(でも、負けられないッ!)

そうなると、どうしても唯一のAS操縦者である簪の負担が増してしまう。

一対一なら何とかなるが、連携してくるとなれば、三対一の構図になってしまうからだ。

誠吾やPS部隊が一緒に戦ってくれているとしても、メインを張らなければならないのは、使徒と互角に戦える力を持つ簪なのである。

だが、それゆえに。

『隙ありよん♪』

「しまっ……」

一瞬の隙を突き、真耶を狙って放たれたスマラカタの炎球を止められなかった。

もっとも気をつけなければならない『敵』の攻撃を。

『だーりんッ!』

「いけないッ!」

 

余所見してる場合じゃないだろ?

 

誠吾とワタツミがフォローしようとするが、コールド・ブラッドがそれをさせない。

そして。

「はァッ!」

真耶は手にしているブリューナクを全力で撃ち放つ。

諦めない。

生きることを諦めたくない。

だからこそ抗う。

何より。

(あんな恥ずかしい姿を全世界に見せるわけにはいかないんですッ!)

根っこのところは羞恥心で戦っている真耶だった。

ブリューナクの砲撃によって一瞬吹き飛ばされたスマラカタの炎球だが、いきなり形を変えて直進してくる。

『形は好きに変えられるわよお♪』

炎球は炎の巨大な砲弾と化していた。

「そんなっ?!」と、さすがに思わず目を逸らしてしまう真耶。

そこに、黒い影が飛び込んできた。

『挟んで切れッ、ソイツに切れねーもんはねーんだッ!』

「わかったわッ!」

聞き覚えのある二つの声に驚き目を見開いた真耶の目に映るのは、頭上に光の輪を頂くスタイルのいい金髪の少女と、蜘蛛を模したような翼ある鎧。

手にあるのは巨大な鋏。

その鋏が閉じると、切られた炎の弾丸は一気に四散した。

そしてカシィンッという金属音と共に鋏は分離し、二本の剣になる。

「ふう、間一髪ねー」

『及第点だな。もー少しおもしれー使い方しろよ』

「初陣で無茶いわないで」

そんな軽口を叩き合う一人と一機。

二本の剣を下げ、空に立つその姿を見て、誰もが言葉を失った。

それは簪や真耶たち、誠吾やワタツミばかりではなく、スマラカタ、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドも同じだった。

 

 

指令室でその様子を見ていた千冬はすぐに束を問い詰める。

「わかんないよッ!」

「だがッ!」

「落ち着いてくださいッ、解析しますッ!」

さすがに驚いていた千冬や束を一喝し、虚が解析を試みる。

唐突にIS学園に現れた蜘蛛を模した翼ある鎧を纏う少女。

それは見たことがないから驚いたのではなく、見慣れていたからこそ、驚くべき姿だったのだ。

「間違いなくオニキスです。それにハミルトンさんです」

「オニキスは独立進化したはずだぞッ?!」

「それに、進化にあの金髪は関係なかったよっ?!」

さすがに慌てはしなかったが、まだ動揺する千冬と束に対し、ヴィヴィが答える。

『たぶん、これが考えてたことー』

「どういうこと、ヴィヴィ?」

『オニキスは足りないパーツ欲しがってたー』

「パーツだと?」

『それがあの子ー、つまり人間ー』

独立進化では得られないものについて、以前、鈴音たちがそれぞれのパートナーと話していたことがある。

人間の持つ発想力について。

それは戦っていく上で、奇跡の大逆転を起こし得る力であり、また、使徒が決して持つことが出来ない力でもある。

しかし、オニキスはそれを欲した。

ならばどうすればいいか。

その答えが、『人間を乗せる』ということなのだ。

『だからー、あの子強くなってないー』

「何?」

「強化されてないってことだね。ちーちゃんの妹分の仲間たちと同じだよ」

「そうか、クラリッサたちとワルキューレの関係に近いのか」

いうなれば、オニキスは人が乗らなければ動けないISから、自力で動ける覚醒ISになり、独立進化によって使徒となり、一周回って最終的に人を乗せる機能を持った使徒と成ったのだ。

これは共生進化によって変わるASとは異なる。

本来、使徒は人から離れるために独立進化した者たちだからだ。

ゆえに、この姿はある意味では希望でもあった。

独立進化した使徒が、人を乗せることを選択してくれるというのなら、手を取り合う未来も考えられるからだ。

「だが、何故よりによってオニキスなんだ……」

これが、仮にディアマンテであったなら同情と共感をもって温かく迎え入れられただろう。

アンスラックスであったなら手放しで歓迎しただろう。

アシュラであったならこの先の戦闘に希望を持てたかもしれない。

反面。

サフィルスであったなら乗り手を警戒しただろう。

スマラカタであったならそのまま凍結しただろう。

タテナシであったなら確実に騙しにきていると疑っていたのは間違いない。

だが、その選択をしたのはオニキスだった。

『悪辣』という個性を持ちながら、人を襲ってきていながら、どこか悪者になりきれないような欠点があった。

妙に人間臭い面があった。

ゆえに疑いきれない。しかし信じきれない。

オニキスが何故、ティナという人間を乗せることを選んだのか。

それを知る必要がある。

「これは束さんでもわからないなあ。じっくり話してみたいね」

実際、使徒はコア・ネットワーク上で強固な壁を作っているので、束でも考えは読みきれない。

果たしてオニキスが答えるかどうかはわからない。

だが、少しでも会話することでオニキスの考えを読む必要が出てきたことは知識を欲する束にとっては嬉しい誤算だ。

だが、千冬は沈痛な面持ちで呟く。

「頭が痛いがな……」

特に問題なのがシャルロットだ。

オニキスとの確執がある以上、さすがに頭のいい彼女でも素直には受け入れられないだろう。

希望というにはあまりにも禍々しい姿をした一人と一機を千冬はため息をつきながら見つめていた。

 

 

 

 



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番外編「13日の……」

久々の正統派番外編です。時系列等は完全に無視してます。

発想は「そういえば次の更新は13日の金曜日だったなあ」というところからです(苦笑)

私は最近の映画も好きですけど、あえて古い映画をこの子達が見たらどう思うかなと思って書いてみました。
けっこう古いのも楽しいですよね。


「「「きゃああぁあああぁあぁああぁぁッ」」」

 

唐突に少女たちの悲鳴が響き渡る。

その目はある一点に釘付けだ。

恐怖に怯えつつも、目が離せないといったところだろうか。

互いの体を抱きしめ、必死に守ろうとしていた。

視線の先には、ホッケーマスクを被った怪人の姿。

「お前らな。ビビり過ぎだろ?」

「怖いもんは怖いのよっ!」

「む、昔の映画も侮れないな」

「私はこういったものになれてないんですわ~」

諒兵が呆れたような顔で突っ込むと、鈴音、箒、セシリアの三人は抱き合いながら訴える。

友人同士で集まって映画鑑賞をしていたのであった。

今、上映しているのは『13日の金曜日』、ホッケーマスクの怪人が暴れまわるスプラッタ・ホラーである。

「確かにけっこう怖いわね」と、上映会を開くことを提案した刀奈が苦笑する。

簪とともに遊びにいきたいが、なかなかIS学園から出ることができないので、だったら逆に学園の中でできることはないかと考えたのだ。

そこで思いついたのが映画の上映会である。

今の時代、映画はネットで借りることができるので、学園をあける必要がないからだ。

さらに、最先端のCGなどは今の時代の映画のほうが楽しめるということで、あえて二~三十年前の映画を見てみようということになった。

「昔の映画って、CGとかはイマイチだけど、逆にそれがいいな」と、一夏。

「俳優さんが演じてるせいか、リアルに感じるね」

と、わりと平然としているシャルロットが続く。

曰く、現実の人間より怖いものはないとのことである。

さりげなくブラックなシャルロットであった。

「リアルつーか、生々しいな。わりとビビる」

一緒に映画鑑賞していた弾もそういって笑う。

「こういうのは~、やめてほしかったよ~」

その腕に本音がしがみついているのは、こういった映画には慣れていないせいだろう。

ほわほわした印象から考えると、当然ともいえる。

「……ズルい」

隣でジト目の簪の姿が妙に哀愁を誘うのだが。

 

とりあえず最後まで見た一同は、幾つか上映された作品の感想を語り合う。

「プラトゥーンには見入ってしまった。軍人の使命は正しいと思うが、戦争の是非は簡単には語れないな」

ラウラが真剣にそう語る。

有名な反戦映画だが、戦争の是非を軍人が簡単には語れないといったところに、逆にラウラが真剣にこの作品を見たことが感じられた。

「お前なら、間違わずにやっていけると思うぜ」

「そういってくれると嬉しい。ありがとう、だんなさま」

そういってラウラの頭を撫でる諒兵と、されるがままのラウラが、そろそろマジメに夫婦に見えてきた一同である。

「バック・トゥ・ザ・フューチャーって、相当ウケたって聞いたけど、実際面白いわねー」

ティナはなかなかにご機嫌だ。

如何せん、大作映画というとアメリカはハリウッドが最も有名になる。

つまりティナの国の映画が多いからだ。

無論のこと、それぞれの国で優れた映画が生まれているのだが。

「ターミネーターは最初のが一番いいかな。SFとホラーがうまく組み合わさった感じね」

そういったのは刀奈だ。

有名なマッチョの映画俳優の出世作として知られている作品だが、初代は悪役。

それもホラー染みた展開を見せるので、意外と怖い映画でもある。

二作目以降の続編については賛否両論あると思われるので割愛する。

いずれにしても名作として語られる映画ばかりだったので、一同はご満悦である。

「でも、刀奈さん、視聴覚室をこんなことに使ってよかったの?」

「どうせ今はほとんど授業してないもの。映画はやっぱり大きい画面で見たいし、かまわないわよ」

と、鈴音の問いかけにあっさり答える刀奈。

本来なら、寮の部屋でやるべきことだろうが、刀奈が視聴覚室を借りて勝手に開催してしまったのだ。

もっとも、けっこう多くの生徒たちが楽しんでいたので、決して悪かったとはいえない。

でも、視聴覚室の後ろのほうでは虚がこめかみを押さえてため息をついている。

「まあ、たまの息抜きくらいはかまいませんか……」

普段は死地に赴く者たちだ。

だからこそ、こういった平穏な日常を謳歌するチャンスには目いっぱい楽しむ必要があるのだろう。

そう思うと、止めることが出来なかった虚である。

 

 

 

 




閑話「鬼の霍乱」

生徒たちが視聴覚室で楽しんでいるころ、真耶も息抜きということで、指令室のモニターを一つ借りて映画を見ていた。
わりと、一人映画が好きな真耶である。
「やっぱり面白いですね。次はこれにしようかな」
そういって、コンソールを操作して次の映画を上映する。
「うん、やっぱり古い映画のほうが迫力ありますね。最近のはきれい過ぎて」
やけにババ臭いことをいう。
まだ二十三歳。妙齢の美女といってもいいはずの真耶だが、微妙に残念だった。
そこに。
「山田先生、モニターを私用で使うのはあまり認められないぞ」
毅然とした表情で、千冬が指令室に入ってくる。
生徒たちが映画鑑賞会をしているのは、あくまでストレス緩和のためであって、一応は任務といえる。
だが、真耶が私用で使うのは単に趣味である。
さすがにそれは認められないのも当然だった。
だが。
「あっ!」
「えっ、あ……」
ドサッと人が倒れる音が聞こえた。
「織斑先生っ、先輩っ、しっかりしてくださいっ!」
白目を剥いて倒れる千冬。
相当なショックを受けたのか、カチンと固まって微動だにしない。
「先輩にこれはまずかったですね……」
そういってモニターを見る真耶の目に映るのは、特徴的な帽子を被り、右手におぞましい鉄の爪を持つ怪人。
エルム街の悪夢というホラー映画に出てくる殺人鬼である。
山田真耶、実はかなりのホラー映画好きだった。
対して、織斑千冬は実はホラー映画が大の苦手だった。
恐怖で失神してしまうほどに。
「こういうところが知られれば、男性人気も上がりそうなんですけどね」
強い女として知られており女性人気の高い千冬だが、むしろ可愛い面も多いと、昔からの付き合いである真耶は思っていた。





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第114話「ティナの意地。簪の意地」

その姿を見て最初に口を開いたのはスマラカタだった。

同じ場所にいただけに、思うところがあるのだろう。

『オニキス、アンタ裏切ッタワケ?』

『あん?オレらが仲間だったことが一度でもあったかよ?』

あくまで同じ場所にいただけで、共闘するような仲ではなかった。

スマラカタも、そしてサフィルスも。

ゆえに仲間などいう表現は自分たちには似合わないという。

『オレはオレの目的を果たしてーだけだ。だからコイツ、ティナに話を持ちかけたんだよ』

落とし穴を仕掛けて落ちてきた人間に声をかけるつもりだったというべきではないことまでいう。

「ちょっと、それだと私がマヌケすぎるでしょヴェノム」

『ウソついてもしょーがねーだろ?』

実際、落ちたのでどうしようもないことである。

『ヴェノム?』

『あー、新しー名前だよ。わりと気に入ってらーな』

英語で毒を意味するヴェノム。

あるアメリカンコミックでは敵役の名前にもなっており、あまりいい意味は持っていない。

それでも、蜘蛛を模し、『悪辣』という個性のISコアであった元オニキスには、ぴったりな名前だろう。

それを聞いて、コールド・ブラッドが口を開く。

 

まさか、そっちに回るとは思わなかったぜ

 

『うるせーよ。どっちに回ろーがオレの勝手だ』

 

勝手にすればいいけど、邪魔されたのは気に入らないわ

 

『オレの目的の邪魔になるんなら、誰でも潰す』

ヘル・ハウンドの言葉にそう答えたヴェノムを見て、スマラカタはため息をつく。

『まさか道具に成り下がるとはねえ……』

『ハッ、どーとでもいいやがれ。テメーらに理解されよーとか思ってねーよ』

口調から考えても、ヴェノムは納得のうえで、ティナと手を組んだとしか思えない。

だが、スマラカタとしては、独立進化しながら、人間と手を組むことを選択したヴェノムを認めることは出来ないのだろう。

真耶そっくりの貌が歪む。

睨みつける真耶など、本人ではまず見られない表情だろう。

もっとも、そんなことを考える余裕もないほど、簪、真耶たち、誠吾は唖然としているのだが。

『そう……、ナラ、アンタハ敵ネ?』

『オレはオレの味方なだけだ。利用できるヤツか邪魔するヤツかしか区別してねーよ』

『上等ヨッ!』

そう叫ぶなり、スマラカタがティナとヴェノムに向かって突進してくる。

ティナは一瞬簪のほうへと目を向けると、距離を取るかのようにそこから離脱した。

「あ……」

その行動で、ティナの目的がわかった。スマラカタを引き付けてくれているのだ。

今のスマラカタはヴェノムしか見えていない。裏切り者だと思っているからだろう。

この状況なら、執拗に真耶を狙ってくる心配はない。

「更識さん、他の二機を止めよう」

そういったのは誠吾だった。ティナの行動から、彼女の真意を読み取ったらしい。

「かまいませんか?」と、ようやく冷静になった真耶も簪に尋ねてくる。

実のところ、ムッとしているところはある。それでも、今考えるべきは真耶の命を守ることと、学園からスマラカタ、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドを撃退することだ。

ゆえに、答えは決まっている。

「大丈夫です」

そういって、どうやらスマラカタとヴェノムのほうが気になっているらしい二機に攻撃をしかける。

 

そう来たか

 

舐めてもらっちゃ困るわよ?

 

「舐めてない」

簪は舐められるような状況ではない。

大和撫子が戦闘時だけでも協力してくれるなら、まだ楽に戦えるだろうが、反発している状況で、相手を舐めることなどできるはずがないのだ。

ただ、それでも。

いきなり現れたティナとヴェノムに負けたくないという気持ちが生まれていた。

 

 

日本、札幌上空。

面白そうに声をかけてくるタテナシの言葉に、シャルロットは内心動揺していた。

『まさかオニキス、いや今はヴェノムだったかな?人を乗せるようになるとはね。面白いね』

「あなたはオニキスのことをどう思ってたのよ?」と、刀奈。

『さてね。特別仲が良かったわけでもないし、考えていることはわからないよ』

ただ、今後のことを考えてることと、単に生きながらえたいから人類側についたわけではないだろうとタテナシは語ってくる。

「どうして?」

『命冥加な機体もないわけじゃない。ヴェノムは確かにあっさり倒されるのは嫌うだろうけど、それは人を乗せる理由にはならないね』

おそらくは、そうしなければならないほどの『敵』が、ヴェノムにはいるんだろうという。

『誰なんだろうね?でも、君たちにとっては悪いことじゃないだろう?味方が増えたんだし』

そういって笑うタテナシの言葉が、胸に突き刺さる。

隔意を持つ相手が、いきなり味方になったことを喜べるはずがない。

むしろ、敵のままでいてくれたほうがはるかにありがたい。

『落ち着いてシャルロット。今はタテナシよ』

(わかってる、わかってるよ……)

頭では、という注釈がつく。

頭では理解できるのだ。

IS学園の状況はわずかながら好転している。これは喜ぶべきことなのだと。

ただ、心がついていかない。

オニキスは敵だった。

ましてシャルロットにとっては、できれば自分の手で倒したい相手だった。

それなのに、そうなる前にこちら側についてしまった元オニキスことヴェノム。

そんなヴェノムを駆るティナ。

少なくとも現状では味方側だと理解できるのに、心が、どうしてもあの二人を認めることを拒んでいた。

 

 

襲いかかる炎の砲弾をティナは必死に避け続ける。

『今はスマラカタだっけな。アイツはもともとは炎を生み出すISだ』

「あの火ってナノマシンかなんかなの?」

『いんや。アイツの機能はフィールド生成だ』

「フィールド?」

ゴールデン・ドーン、そしてヘル・ハウンド。

これら二機はもともとは炎を生み出す機体として作られたものだ。

時期を考えると実はヘル・ハウンドのほうがオリジナルになる。

炎を生み出し、撃ち出すという機能になるのだが、ゴールデン・ドーンはさらに突き詰めた機体として制作されている。

『フォース・フィールド、力場ってヤツだ』

なるほど、と、それでティナにも答えが理解できた。

スマラカタことゴールデン・ドーンは炎を生み出し、その周囲に特定の力場を作ることで、炎の形を自在に変えることができるISだったのである。

『だから、炎を幕にしたり、玉にしたりできんだよ』

「随分、フリーダムな機能ねー」

実際、ただ炎を撃ち出すよりも、有意義な使い方ができる。

今はタテナシを名乗るミステリアス・レイディが液体型ナノマシンを使い、水を操るのに酷似してもいる。

ただ、単純な機能としては力場を生み出すスマラカタのほうが優秀な機体ということができるだろう。

『オレらは本来の能力でプラズマエネルギーの固体化ができるからな。元の能力と相性がいーんだ』

「なるほどね」

すなわち、強いという意味である。

だが、そんなことで弱音を吐いていては、ヴェノムの共犯者となった意味がない。

ティナはできると信じ、スマラカタが撃ち出す炎の隙間にルートをイメージして、指先からプラズマエネルギーのワイヤーであるラケシスの糸を繰りだした。

『当タラナイワヨッ!』

あっさり避けてしまうスマラカタだが、そんなことは問題ではない。

ある程度のイメージで、糸の動きを操れることが確認できたからだ。

「フェザーのビットほどじゃないのね」

『それをするにゃー、おめーは向いてねーな』

「悪かったわね」

常に自在に動くブルー・フェザーの羽とは違い、イメージを固めてから撃ち出すのが限度らしい。

そもそもティナはそういった思考形態を得意としていない。

セシリアの領分である。

ただ、逆にいえば、イメージを固められれば糸の動きはかなり自由に操れるということだ。

(つまり、先読みが必要ってことねー)

ある程度、敵の動きを読み、そこに合わせるように動かすか、敵の攻撃を見てから合わせるかのいずれかになるということだとティナは理解する。

『鬼ゴッコハオ終イヨッ!』

そう叫んだスマラカタが、直径五メートルはあろうかという巨大な炎球を生み出した。

さすがにアレは喰らえないとスピードを上げるティナとヴェノムだが、スマラカタの、真耶そっくりの貌が笑みの形に歪む。

『後ろはどうするのお?』

「えっ?」

センサーで確認すると、ちょうど校舎、しかも生徒が避難している場所をティナは背にしていた。

つまり、避ければ避難している生徒が皆殺しにされてしまうということだ。

スマラカタは激昂しているように見えて、ティナをうまく誘導するように追いかけていたのである。

『オレは気にしねーけどな』

もっとも、ヴェノムは本当にそういうことを気にしないので、このまま避けることを否定しないが。

「私はそういうわけにはいかないのよっ!」

『ならどーする?』

『アンタ、シールドは持ってないもんねえ♪』

確かに、アラクネであった頃も、オニキスとして、そしてヴェノムである今もシールドは持っていない。

それでも避ければ被害が出る。

つまり、受け止めるしか方法がない。

(どうやってッ?!)

ティナは必死に考える。

ヴェノムが持っている武装は、クロトの糸車、ラケシスの糸、アトロポスの裁ち鋏の三つ。

鋏の刃渡りは約一メートル。

あの炎球では、おそらく大きすぎて切りきれまい。

しかも、うまく切れたとしても、あの大きさでは四散した炎球でも被害が出る可能性がある。

蜘蛛の巣を作ったとしても。

『たぶん、隙間を潜らせるぞ』

「そうよね」

網の目状に作ったものでは、その隙間を無数の炎の砲弾に変えて潜らせてくるだろう。

必要なのは壁だ。

しかし、糸で壁を作る方法などない。

糸で、しかも壁に成り得る物。

瞬間、ティナの脳裏に閃いたものがあった。

『終ワリヨッ!』

「終わらないわッ!」

スマラカタの叫びに、叫び返したティナ。

直後、ティナとヴェノムに襲いかかった炎球は、何かに阻まれ、さらにスマラカタに向かって襲いかかった。

『なッ?!』

さすがに巨大な炎球を自分で喰らいたくはないのか、スマラカタはすぐに避ける。

炎球は学園のシールドを突き破って空へと消えた。

『何よおっ、いったいっ?!』

そう叫んだスマラカタの目に飛び込んできたのは、光り輝く壁。

だが、何故か、風にはためくように波打っている。

『新しい武装を作り出すなんて出来ないはずよおっ?!』

ヴェノムに新しい武装が出来たのだろうかと思ったスマラカタだが、本来ならばありえない。

武装の変化はあっても、武装を新作することはできないはずだからだ。

しかし。

「やってできないことはないわよ」

『まー、そーゆうこった』

壁が、まるで糸が解けるようにバラけると、その後ろから不敵に笑うティナとヴェノムの姿が現れた。

 

 

指令室の千冬は思わず笑みを浮かべていた。

「ちーちゃん?」

「いや、ハミルトンは思っていた以上に優秀な操縦者だったと思ってな」

「今のはいったいなんでしょう」

解析を試みる虚だが、既に束が解析していたらしく、説明してくる。

「あれは織物だね」

「オリモノ?」

「考えたものだ。ハミルトンはオニキス、いやヴェノムの機能である糸を使って織物、つまり布を織り上げたんだ」

すなわちティナは機織りを再現したのである。

本来は幾つかの種類がある機織りだが、基本的には経糸に対し緯糸を何度も潜らせることで織物を作ることができる。

ティナは指先から出るラケシスの糸を経糸に、クロトの糸車から出る糸を緯糸にして布を織り上げたということである。

「鋏じゃ切りきれない。蜘蛛の巣では受け止められない」

『だから布を織ったのー?』

「そういうことだろう。目を細かくすれば潜り抜けることはできんからな」

生徒の一人が意外な実力を見せてくれたことは、千冬にとって嬉しいことである。

オニキスことヴェノムが味方になったことは確かに複雑な気分だが、それを上回る希望を感じさせてくれるからだ。

「糸という機能を持つヴェノムだけど、普通に考えてワイヤーと蜘蛛の巣の糸で布を織るなんて考えないからね。でも、あの子は糸からそう発想したんだよ」

それこそが、ヴェノムとなったオニキスが求めた人間の力なのだ。

そこから考えるならば、ヴェノムの人選は間違っていなかったということができる。

「束、間違っても内容を敵側に明かすなよ」

「むー、ちーちゃんは束さんをバカにしてない?」

「すまん、すまん」

戦況が著しくよくなったわけではないが、確かな希望が見えてきたと感じ、千冬は微笑んでいた。

 

 

石切丸と無骨な槍が鍔迫り合いを起こすかのようにぶつかり合う。

ギリギリという力押しを続けた後、簪はコールド・ブラッドと距離を取った。

武器はこちらに分があったとしても、武器の扱いは向こうに一日どころではない長がある。

ただ、それでも、簪は言い様のない悔しさを感じていた。

その思いを、自分のパートナーになるはずの相手にぶつける。

「いいの、このままで?」

相手は答えない。

答える気がないのだろう。

はっきりいえば、不貞腐れているのだから。

「元のアラクネは第2世代機。なのに間違いなく私たちより強い」

本来は第2世代機と、代表候補生でもないただの学園生。

でも、間違いなく、元は強力な第3世代機で、さらに進化したスマラカタと互角に戦っている。

強くなるために人間を乗せることを覚悟したオニキスことヴェノム。

そのヴェノムが持っていた機能をよりうまく使いこなそうと必死に考えているティナ。

そこにあるのは強くなりたいという純粋な気持ちだ。

善も悪もなく、ただ上を目指す強い思い。

「私たち、負けてるんだよ。進化したにもかかわらず」

 

そういう自覚があるのはいいことだぜ

 

「……ありがとう」

今度は素直に謝辞を述べる。

コールド・ブラッドも性格はそれほど悪くない。

どうやら『勝気』らしいその個性は、普通に考えれば問題があるようなものではないからだ。

素直にこちらを賞賛してくる言葉に、あえて簪は素直に答えた。

何故なら、本来は第3世代機を目指して作られていたはずの打鉄弐式こと大和撫子。

代表候補生の中でも、指折りの実力者である簪。

「あなたも私も負けたままなんだよ。それでもいいの?」

答えてこない大和撫子に、簪はさらに続ける。

「私はイヤ。ハミルトンさんにも、他の人たちにも、お姉ちゃんにも、絶対負けたくないッ!」

そういって、コールド・ブラッドの一撃を弾く。

それこそが簪の思いだ。

本来、彼女は負けず嫌いなのだから。

相手が誰であろうとも、負けたくないと強く思うからこそ、代表候補生まで上り詰めたのだから。

ゆえに、戦おうとしない自分のパートナーに想いを叩き付ける。

「負け犬のままでいいんならそこから出てってッ!一緒に戦いたくなんかないッ!」

 

『だぁーれが負け犬どぁーッ!ちょぉーし乗んなぁーッ!』

 

「なっ、翼が勝手にッ?!」

声が聞こえてきたかと思うと、大和撫子の翼が、簪の意思とは関係なく開かれる。

『アンタらてぇーどに負けるよぉーなあたいじゃぬぁーいッ!』

叫び声と共に放たれたのはプラズマエネルギーの砲弾。

いまだ第3世代機としての機能は完成していないので、大和撫子が勝手に作り出していた。

だが、それはまるで意思を持つかのように、コールド・ブラッドとヘル・ハウンドに襲いかかる。

劣化版とはいえ、ディアマンテの機能を限りなくオリジナルに近いレベルで再現していた。

アンスラックスの場合、機体が持っていたことで使える機能を、大和撫子は己の個性から得られる才能のみで再現しているのだ。

 

さすがに『不羈』だけあるなッ!

 

ホント迷惑な子だわ

 

「ちょっ、撫子っ!」

『アンタらッ、あたいがぶっ潰ぅーすッ!』

そういって簪の意思を無視して大和撫子は、コールド・ブラッドとヘル・ハウンドを追い立てる。

戦う気になってくれたのはいいのだが、まったくいうことを聞こうとしない大和撫子に、簪は少し言い過ぎたかなと反省するのだった。

 

 

少しずつだが各地の戦況は好転しつつある。

そんな中、シドニーでは。

「鈴さんッ、もうおやめくださいッ!」

『これ以上は命に関わりますッ、リンイン様ッ!』

『いい加減にするニャッ、リンッ!』

鈴音が、アシュラを相手に孤軍奮闘していた。

目から、耳から、鼻から、口から血を垂れ流し、肌が露出している部分はところどころ赤く内出血していたり、酷いところでは皮膚が内側から破られたように避け、鮮血を垂れ流してしまっている。

驚くべきことに、その状態で、鈴音はアシュラと互角に戦っていた。

戦えてしまっていた。

ゆえに。

 

「こんなところでッ、負けられないのよッ!」

 

血まみれながら華麗な動きで如意棒を振りかざし、アシュラに挑みかかる。

『蛮勇……』

そう呟くアシュラは悲しみの面を顔につけている。

そんな、鈴音とアシュラを見るまどかは。

「ヨルム……」

『アレは至ってはならない境地だ、マドカ』

そう答えたヨルムンガンドの言葉に、まどかは反論できなかった。

 

 

 

 



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第115話「神降ろし」

各地の戦況を見ていたディアマンテとアンスラックス、そしてティンクルだが、唐突にある場所に目を留めた。

『なんということを……』

『……無謀としか言い様がありませんね』

その場所はシドニー。

鈴音がやってしまったことに気づいたのだ。

眼下では鈴音が単独でアシュラとほぼ互角に戦っているが、既に満身創痍といっていいような状態だった。

強くなりたいという想いが強すぎたのだろうかとアンスラックスは考える。

しかし、もし仮に鈴音が自分と共生進化していたなら、あれは認められない。

『マオリンは何故許したのだろうな?』

『……許しているようには見えません。おそらく、マオリンが持つエンジェル・ハイロゥとのネットワークを強引に利用しているのでしょう』

『可能か?』

『不可能ではありません。ただ、かかる負荷は相当なものであるはずです』

向こうの二人とは対極といっていいでしょう、と、ディアマンテは続けた。

ティナとヴェノムは共犯者という間柄だ。

しかし、お互いの領分を侵すことなく、各々の力をうまく利用しているということができる。

いわば、線引きが巧いのだ。

逆に。

『リンはマオリンの制止を振り切ってネットワークを奪い取った様子です。本来、パートナーに対してするべきことではありません』

『確かに。心変わりでもしたか。マオリンの主は?』

悩んでいるのだろうか、数瞬考えた後、ディアマンテは答えた。

もっとも、それは決して答えといえるようなものではなかったが。

『……それは、私には想像できません』

『そなたのパートナーはどう見ておる?』

そういって問いかけるアンスラックスだが、ティンクルは答えてこない。

『如何した?』

『休んでいるのでしょう。ティンクルの行動は私が制御しているわけではありませんから確実とはいえませんが』

本当に、人間とのパートナーシップのようだとアンスラックスは思う。

いずれにしろ、問いかけても答える様子がないのでは、これ以上は話をしても無駄であるとアンスラックスは判断した。

ただ。

『バランスを著しく損なった状態では、勝利は難しかろうな』

『その意見には同意します』

そう答えたディアマンテの声は、どことなく悲しげな響きを含んでいるようだった。

 

 

時間は少し戻る。

鋼鉄の蛇の仮面をつけ、翼を大きく広げて挑みかかったまどかだが、それでも右手二本で捌かれる。

性能の問題ではない。

ただ純粋に、戦闘技術がまるで違いすぎた。

『解除しろマドカ。エネルギーがもたん』

「くぅッ!」

ヨルムンガンドの言葉に素直に従い、まどかはモード・ラミアを解除する。

さすがにエネルギーの消費量が大きいので、長くは続けられなかった。

「そりゃぁッ!」

鈴音は両手足に娥眉月をまとめた状態で発現させ、格闘に近い動きでアシュラに挑みかかる。

考えはシンプルだ。

手数を増やすために、両手足で攻撃を仕掛けているのだが、こちらは左手一本であっさり捌かれてしまっている。

「ちょっとっ、自信なくなるじゃないのッ!」

思わずアシュラに対して突っ込んでしまう鈴音だった。

『アシュラは闘いの神様としてニャが(長)く信仰されてるニャッ、歴史が違うのニャッ!』

こと戦闘においては、目の前の使徒は最強に名を連ねる。

他の様々な分野を併せれば、アンスラックスなどと違い、決して有能ではない面もあるのだが、そのぶん、戦闘能力に数値が高く割り振られているといえるだろう。

ゆえに。

「クッ!」

『セシリア様、当てるだけが砲撃ではありません』

「確かに。しかし自信なくなりますわね。この相手には」

羽を使った複数同時砲撃にもかかわらず、アシュラはすべて避けてみせる。

逃げ場を削って鈴音とまどかのサポートをする意味もあるのだが、避けられた上で二人の攻撃を捌かれては本当に自信をなくしてしまう。

戦場において、これほど厄介な相手もいないと、全員が思っていた。

瞬間。

「あぐッ!」

「きゃあッ!」

「鈴さんッ、まどかさんッ!」

アシュラの四本の腕が、鈴音とまどかに襲いかかり、二人を弾き飛ばした。

近くにいてはまずいと、セシリアは羽を使ってまどかを拾いつつ、鈴音の近くに移動する。

とにかく一旦息をつかなければ、ジリ貧だった。

「じょーだんキツいわ。アイツ、戦闘能力だけならザクロやヘリオドール、アンスラックス以上なんじゃないの?」

「アンロックユニットである四本の腕を見事に使いこなしていますわね」

ある程度の距離であれば、本体から離して使うこともできるようになっているため、間合いはかなり広い。

半径五十メートルは確実にアシュラの戦闘領域になってしまっているのだ。

鈴音の娥眉月や如意棒にしても、まどかのティルヴィングにしても、せいぜい二、三メートル。

その間合いで、互角に戦えるならばともかく、アシュラのほうが戦闘技術が上である以上、死地に飛び込むのと変わらないのである。

『増援を待つのがもっとも正しい選択です』

『四、じゃニャくて五対一でようやく防戦できるくらいの差があるのニャ』

しかし、そこにヨルムンガンドが口を挟んでくる。

『すまないが私たちを数に入れるのはやめてほしい』

「ヨルムッ?!」

どうやら、まどかも驚いているのか、思わず叫んでしまうが、ヨルムンガンドは気にせずに説明してきた。

『モード・ラミアはエネルギーを大量消費する。戦闘続行できてもせいぜいあと十分程度だ』

「そういえば機獣同化なんだっけ。アレ?以前はけっこう長く戦えてなかった?」

鈴音たちとまどかが初めて出会ったときのことである。

もっとも、ヨルムンガンドに言わせれば、おかしなことではないらしい。

『エネルギーの補充はできるのだが、如何せん相手が悪すぎる』

「どういう意味ですの?」

『奴はこちらのエネルギーを消耗させるように戦っている。補充が追いつかん』

つまりは鈴音と戦ったときと、アシュラを相手にするときではエネルギーの消費量が異なるということだ。

そこまで考えて闘っているのだとするなら、アシュラは最悪の敵といってもいい。

『こちらの数を減らすことも考えているということでしょう。口惜しいですが、戦闘に関することではあのアシュラを超えるのは難しいといえます』と、ブルー・フェザー。

『無駄ニャ動きをしてニャいのニャ。そうニャると向こうのほうが長時間戦えるニャ』

『我々男性格とて、女性格とそう変わらんよ。これは我々ISのシステムそのものの問題だ』

なるほど、と、まどか以外の全員が納得した。

苦虫を噛み潰したような顔を見せるまどかを見ると、理解はしている様子だが。

「ティナとヴェノムがこっちにきてくれたとしても、数は五。やんなるわね」

「えっ?」と、その言葉にセシリアが反応する。

今のセリフは、明らかにティナとヴェノムを受け入れているという意味になるからだ。

IS学園の様子に関しては、ちゃんと情報を受けているため理解している。

今のあの二人なら、一緒に戦えると鈴音は考えているのである。

「ヴェノムがティナを裏切るなら完全に潰すわ。でも、協力してくれるなら味方に数えてもいいでしょ?」

「……敵だったんですのよ?」

「昨日の敵は今日の友っていう言葉もあるわよ?」

この辺りが、自分との違いなのだろうとセシリアは感じ取った。

鈴音はISコアを比較的受け入れやすい。

割り切り方が大雑把なのだ。

対して、セシリアやシャルロットは、冷静に見えて、根っこのところでは感情を挟んでしまう。

セシリアは仮に改心したとしてもサフィルスは受け入れられない。

シャルロットも同じようにオニキスを受け入れるのは難しいだろう。

そう思うとセシリアはシャルロットに同情してしまうのだ。

今、きっと苦悩していることだろう、と。

『あちしは別にかまわニャいニャ』

『私はヴェノムに好意は持てません』

似たもの同士といおうか、猫鈴とブルー・フェザーもそれぞれのパートナーと同じ答えを出している。

ただ、いずれにしても。

「増援が来るという考えは甘えだ」

そういったまどかの言葉が一番真実に近いだろう。

この場は自分たちで凌ぐしかない。

『再開』

そう呟くように告げたアシュラが一気に襲いかかってくる。

遊ばれているのか。

それとも少しでも相手が勝機を得ようと必死になるのを待っていたのか。

いずれにしても、アシュラには余裕があり、こちらには余裕がないことを痛感してしまう。

それでも。

「やるっきゃないのよッ!」

「侮るなよアシュラッ!」

鈴音とまどかが前衛を、そしてセシリアがサポートを、それぞれのポジションで戦うために翼を広げる。

まどかとヨルムンガンドがあと十分程度しか戦えないなら、その十分でケリをつけるしかないのだ。

 

だが、その十分はあまりにも無情に、そして静かに過ぎ去った。

「ヨルムッ!」

『すまないマドカ。少しでいい。補充時間が必要だ』

今の状態では程なく落ちるとまでヨルムンガンドは断言する。

『達成』

そんなまどかとヨルムンガンドの姿を見て呟いたアシュラの言葉で、セシリアは理解した。

(……IS学園組のための時間稼ぎっ!)

『アシュラは任務に忠実な性格をしています。進化したとしても、それを忘れるような性格ではありません』

迂闊だったと思う。

進化したことで、アシュラは好戦的になったと勝手に判断してしまっていた。

だが、テンペスタⅡであったころの任務、依頼されたことを忠実に実行するという性格が変わったわけではなかったのだ。

「まどっ、いえ、ヨルムンガンドさんっ、どのくらい必要ですのっ?!」

『感謝しよう。十分停止していれば、三十分間の全力戦闘ができるくらいには回復させられる』

「待てヨルムッ!」

「黙って下がってなさいッ!」

そう叫んだのは鈴音だった。驚いたまどかは思わず視線を向けてしまう。

「あんたには聞きたいことがてんこ盛りなんだからッ!ここで倒れられちゃ困るのよッ!」

外見は明らかに一夏と千冬の血縁。

それでいて名前は諒兵の関係者。

そんなまどかには本当に聞きたいことが山ほどある。

だから、倒れられるわけにはいかない。

前衛を自分一人でやるしかない。

その決意で、鈴音は武器を如意棒に変化させ、アシュラに挑みかかる。

「セシリアッ、まどかの面倒見ててッ!十分もたせるからッ!」

戦闘がアシュラ中心になり、量産機たちは下がっているのだが、動けないまどかを集中攻撃してくる可能性がある。

ならば、セシリアが守るしかない。

しかし。

「無茶ですわッ!」

『暗愚』

「わかってるってのッ!」

アシュラにまで突っ込まれてしまうことに、情けなさを感じる鈴音だが、それでも自分がやるしかない。

だが、まどかを相手にしていた二本の腕が鈴音に襲いかかるようになると、その実力差に呆れてしまう。

腕一本で如意棒を捌くと、残った腕が拳や手刀となって攻撃してくる。

鈴音の接近戦の実力では、一撃を弾き、もう一撃を捌くのが限界だ。

「あぐっ!」

『フギャッ!』

正直にいって防戦すら難しいといえるほど、戦闘技術に差があるのだ。

(そうなんだわ。力じゃなくて技術が違う……)

性能自体は互角なのだ。

猫鈴はかつては第3世代機の甲龍。

アシュラは同じ第3世代機のテンペスタⅡ。

持っている力はほぼ互角。

ただ、アシュラには闘いの神としての戦闘技術がある。

鈴音は最強に近い代表候補生であったとしても、人間でしかない。

その差が大きすぎるのだ。

そう思いながら必死に防戦する鈴音は、ふと手にする如意棒を見た。

そして……閃いた。

その途端。

『それはダメニャッ!やらせニャいニャッ!』

いきなり猫鈴が警告してくる。

叫ぶというより、怒鳴りつけるレベルで。

[よせ鈴ッ、そいつぁおめぇにゃぁキツ過ぎるッ!]

『おやめくださいリンイン様ッ!』

『それは、君が敵であっても勧められないぞ』

驚くことに、丈太郎やブルー・フェザー、そしてまだ完全には味方ではないはずのヨルムンガンドまで止めてくる。

だが、鈴音にはそれしか思いつかない。

そして思いついたことを実行しない限り、十分どころか五分、あと数分戦えるかも怪しい。

「ごめんマオッ、やるっつったらやるのよッ!後でいっぱい謝るからッ!」

鈴音がそう叫ぶなり、天空から稲妻が落ちてくる。

その稲妻は。

「鈴さんッ?!」

「きゃあぁああぁあぁあぁぁぁあぁッ!」

鈴音の頭上、光の輪を直撃した。

衝撃のせいか、鈴音は耳や目から血を流してしまっている。

どう考えてもダメージを受けたようにしか見えない。

しかし。

「なッ、バカなッ?!」

「どういうことですのッ?!」

まどかやセシリアが驚くのも無理はないだろう。

襲いかかるアシュラの四本の腕を、鈴音は『神がかり』的な棍捌きですべて弾いたうえ、アシュラの首元を掠めるかのような鋭い刺突を繰りだしたのだ。

今まで防戦一方だったのが嘘のような動きだった。

『リンッ、早く接続を解くニャッ!』

「ごめん、聞けない。今はこれでやらせて」

焦ったような声を出す猫鈴に対し、鈴音は冷静な声で答える。

しかし、マトモな状態とはまったく思えなかった。

 

少し距離を取り、まどかを守りながら戦うセシリアはすぐにブルー・フェザーを問い質す。

『不可能ではありませんが無謀すぎます。少なくとも今のリンイン様がやるべきことではありません』

「いったい何ですのッ?!」

焦るセシリアに対し、ヨルムンガンドがため息まじりに答える。

『ダウンロードとインストール。それが正しい表現だろう。あの娘は闘いの神である奴に対抗するため、神仏の戦闘技術を自分の身体に取り込んだのだ』

「なんだとッ?!」

「神、とは?」

『私たちと縁がある存在ではありません。東洋の神の一人です』

『名は斉天大聖。あの金箍の君を武器として使いこなした神仏として伝えられる存在だ』

おそらくは闘いの神である阿修羅と同格だろうとヨルムンガンドは説明してきた。

 

斉天大聖。

 

孫悟空の名で知られるが、闘戦勝仏の名で仏教系の神としても広く知られる存在である。

かつて、英雄や神が使った武器や道具に宿っていたISコアの電気エネルギー体が集まるエンジェル・ハイロゥには、この世のすべての情報が集まる。

神話や伝説もそれは変わらない。

そして、そこに語られる神や英雄の戦闘技術も、情報として蓄積されている。

鈴音は、猫鈴が持つエンジェル・ハイロゥとのネットワークを利用して、かつて猫鈴が如意棒であったころ、その使い手であった斉天大聖の戦闘技術を自分の身体に取り込み、アシュラと戦っているのである。

[確かにアシュラと互角に戦うにゃぁ、一番手っ取り早ぇ方法だ]

そう、丈太郎は締めくくる。

だが、決して褒めているような声の響きではなかった。

ゆえに。

「いい方法ではありませんわよね?」

そういったセシリアに、ブルー・フェザーが悲しげな声で答える。

『神は肉体の強度が人間とは違います。如何に共生進化で強化していても容易に届くものではありません。確実に自壊します』

『さらにいえば神仏や英雄の戦闘技術の情報だ。脳の処理が追いつかん。下手をすれば廃人と化すぞ』

「そんなっ!」

ブルー・フェザーやヨルムンガンドの言葉通りだった。

鈴音の肉体からは皮膚が裂け、血が噴き出し、先ほどは目や耳からだけだったが、戦闘を続けるほどに、口や鼻からも血を垂れ流してしまっている。

互角に戦えていることがまったく信じられないくらいだ。

だが、間違いなく互角に戦えている。

「……ヨルム」

『させる気はないぞマドカ。あれは悪手だ。あのような方法を使わずとも君は強くなれる』

強くなることを目的の一つとしているまどかは、鈴音がやってしまったことに興味を持つが、ヨルムンガンドは強固に否定した。

「……わかった」

厳しい声だったうえに、めったに褒めないヨルムガンドが褒めてきたことで、まどかはやるべきではないと理解する。

『普段はともかくとして、物分りのいいパートナーを持って私は幸福だよ』

「一言多いっ!」

きっちり皮肉を交えてくる当たり、やはり性格の悪いASだとまどかは思わず突っ込んでいた。

 

 

 

 



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第116話「どこにいても、どんなときでも」

さすがに指令室にいた千冬にも、シドニーの状況がさらに悪化したことは丈太郎の口から伝えられていた。

[すまねぇ織斑]

「いえ、博士のせいでは……」

もともと、鈴音にそういった危険性があることは理解していた。

だからこそ、一人では決して無茶をしないように伝えていた。

だが、それでも足りなかったのだ。

こちらから状況が見えないとしても、あらゆる手を用いて常に言葉を伝えるべきだったと千冬は後悔する。

ゆえに。

「ラウラッ、デュノアッ、転送準備だッ!クラリッサッ、更識刀奈ッ、少しでいいッ、耐えてくれッ!」

「「「「了解ッ!」」」」

今できる最善。

本心ではとてもそうは思っていないが、鈴音を死なせないために、そう指令を出す。

「覚悟しておけ鈴音。罰は重いぞ」

鈴音が『傷つけてしまったもの』の大きさを、鈴音自身に理解させるためにも、生かして戻さなければならないことを千冬は理解していた。

 

 

四本の腕から繰り出される攻撃を、鈴音は華麗に棍を回して捌く。

アシュラの腕は重かった。

物理的にも重いのだが、アンロックユニットである四本の腕は、プラズマエネルギーを薄く纏っているのだ。

その破壊力が異常なほど重い。

自在に動く本来の腕以外の腕は、あくまでも第3世代『兵器』だった。

それ自体が、防御能力を兼ね備えた強力な兵器なのである。

その攻撃を捌き、弾き、掻い潜って鈴音は棍を振るう。

『愚昧』

そういってアシュラは身をかわす。機体を掠める攻撃は決して無駄ではない。

直撃すれば十分なダメージを与えられるからだ。

しかし、この攻撃自体、鈴音の身体にかかる負荷のほうがはるかに大きい。

ゆえに愚昧。

愚かだとしか言い表しようがないのだろう。

でも、そんなことは鈴音自身が一番理解していた。

『リンッ、いい加減にするニャッ!』

「もうちょっとだからッ!」

猫鈴が心から心配しているのがわかる。

それでも、他にアシュラと戦う方法が鈴音にはない。

一人で立ち向かうためには、この方法しかないと鈴音は思い込んでしまう。

そして、それは実際のところ間違いではないのだ。

「そりゃあッ!」

人間のスピードの限界を超えた連続刺突。

まるで槍衾のように百を越える刺突を繰りだす。

普通の敵なら、喰らえばそれだけで戦闘不能になりかねない。

しかし。

『鈍重』

百を超える刺突を、アシュラは四本の腕ですべて捌く。

合掌印を組んでいる手はそのままだ。

つまり、これでもまだ余裕があるのだ。

『負荷が大きすぎるニャッ、もう身体が限界ニャッ!』

猫鈴が説明するとおり、神の技術を人が再現すれば負荷がかかる。

そのダメージは、すぐに身体能力に現れてくる。

これが本物の斉天大聖なら、刺突は百ではなく千に届くだろう。

アシュラもすべての腕を使って防戦しただろう。

鈴音の身体には既に神仏の戦闘技術を再現するだけの力が残っていないのだ。

たった数分しか戦っていないにもかかわらず。

気づけばアシュラは悲しみの顔を模した面をつけていた。

まるで哀れまれているように感じてしまう。

だが。

「まだよッ!」

『リンッ!』

それでも、まだやめるわけにはいかない。

この程度で負けるわけにはいかない。

周りに頼られるだけの力を持っていなければ、自分には価値がない。

鈴音はそう考えてしまう。

ただ。

 

イタイイタイイタイイタイイタイ、イタイヨオ……

 

心の奥底ではとっくに泣き叫んでいた。

本当は、何の取り得もない普通の女の子でしかない自分。

がむしゃらに前に進んで『無冠のヴァルキリー』という自信をつけたが、それはいわば心を守る殻に過ぎない。

その中身は、普通の女の子でしかない。

 

クルシイヨ、イタイヨ、ムリダヨ、ワタシナンカジャ……

 

心細いときに泣くしかできず、怖いときには身動きもできなかった。

だから、助けてくれた人を好きになった。

守ってくれた人を好きになった。

 

どこにいても、どんなときでも

 

そうしてくれた『二人』を好きになってしまった。

だから。

 

タスケテッ、イチカッ、リョウヘイッ!

 

それこそが、鈴音の本当の心だった。

 

 

セシリアに守られながら休んでいたまどかとヨルムンガンドだが、唐突にヨルムンガンドがセシリアに話しかける。

『すまない、聖剣の君。我々は離脱する』

「ヨルムッ、何をいってるッ?!」

セシリアはブルー・フェザーと共にまどかとヨルムンガンドを守りながら、冷静に問いかける。

「理由は?」

『このままではあの娘が自壊する。我々というお荷物がいなければ君も参戦できるだろう?』

『理に適った答えですね。薄情と思いますが』

冷静どころか、はっきり冷たさを含んだ声でブルー・フェザーは皮肉をいってきた。

元は聖剣と魔剣。

おそらくは一番反りが合わない相手なのだろうとセシリアは理解する。

ただ、ヨルムンガンドはおかしなことをいってきた。

『それに、もうすぐ増援が来る。君たち、いやあの娘にとっては最大の希望となるだろう』

「何ですの、それは?」

そんなセシリアの声を遮るように、まどかが叫ぶ。

ヨルムンガンドが勝手に決めていることに憤っているのだろう。

「ヨルムッ、私は逃げないぞッ!」

『マドカ、『目的』は果たした。問題ない』

そういうなり、ヨルムンガンドはまどかを連れ、光となって飛び去った。

「フェザー、追っても仕方ありませんわ。羽を鈴さんのサポートに回します」

『承知致しま……』

「どうしたんですの?」

『この反応は……』

まるで呆然としているかのようなブルー・フェザーの声にセシリアは訝しげな顔をする。

「えっ?」

だが、直後、セシリアもまた呆然としてしまった。

自分の目の前に、鈴音を守るように立つ白い翼と黒い翼の獣たちの姿があったからだった。

 

 

日本、IS学園、数分前。

凄まじい衝撃と共に学園が大きく揺れた。まるで何かが爆発したような衝撃だった。

「布仏ッ、場所はッ?!」

「せっ、整備室ですッ、本音ッ!」

そこには妹の本音がいる。さすがに虚も声を荒げてしまう。

しかし、答えてきたのは本音ではなかった。

[問題ないっすよ千冬さん]

「五反田ッ?!」

[たぶん、鈴を助けに行ったんだ]

その答えの意味が、虚には理解できない。束も首を傾げている。

だが、千冬にはそれで理解できた。

「そうか。やっと目を覚ましたか……」

顔を綻ばせながらそう呟く千冬だったが、他の者たちには理解できない。

ゆえに虚が改めて本音に問いかける。

[いきなりガバッて起き上がったら~、壁を壊して飛んでったの~]

「どういうこと?」

[おりむーとひーたんが起きたんだよ~]

本音がそういった途端、指令室も一気に空気が明るくなる。

「良かったあ、束さんすっごく心配したんだよーっ!」

「織斑先生。織斑くんと日野くんは……」

「おそらく五反田のいうとおり、シドニーにいっているはずだ。博士」

[あぁ、わかってらぁな。あとシドニーの電波妨害がなくなった。もうすぐモニターも映るはずだ]

丈太郎がそう答えるなり、シドニーの様子がモニターに映る。

そこにいるのは、血まみれでぼろぼろの鈴音と鈴音を抱きかかえているセシリア。

まさに阿修羅像のような使徒アシュラ。

そして、白虎とレオを纏った一夏と諒兵だった。

「ん?」

「どしたのちーちゃん?」

「いや、あいつらが少し大きくなったように見えてな」

体躯ではなく、画面越しでも伝わってくる雰囲気に、何故か大きくなったような印象を受ける千冬だった。

 

 

唐突に割って入ってきた二つの光は、襲いかかるアシュラを凄まじい一撃で弾き飛ばした。

「あっ……」と声を漏らした鈴音は一気に力を失い、落ちそうになってしまう。

そんな鈴音を、セシリアが自身の腕でしっかりと抱きとめる。

『マオリンッ!』

『接続は解いたのニャッ!』

「……とりあえず、鈴さんは無事ですわ」

そう声をかけるセシリアを無視したわけではないのだろうが、声をかけられた二つの光は、背中を向けたまま悔しげな声で話しかけてくる。

「このオオバカヤロウが」

「二度とこんな真似しないでくれ」

その声に、鈴音は俯いてしまう。

まるで胸が締め付けられるように感じたからだ。

「ごめん……」

だから、そういって謝ることしかできなかった。

そして、背を向けたまま、二つの光、一夏と諒兵はセシリアに声をかけてくる。

「セシリア、鈴を頼む」

「安心しろ。お前らにゃ指一本触れさせねえよ」

その言葉に、かつてIS学園に無人機が襲いかかってきたときのことを思いだすセシリア。

だが不思議と、あのとき以上に心が安心しているのがわかる。

ならば、答えは決まっている。

「わかりましたわ」

今は二人の戦いを見届けることこそ、自分がやるべきことなのだろう。

見れば、覚醒ISはまるでたじろぐかのように下がってしまっている。

戦意を高揚させているのはアシュラだけだ。

そこに、千冬の声が響いてきた。

[相手の名称はアシュラ。阿修羅像として長く信仰されてきた神に近い相手だ。いけるか?]

「上等、神っぽいヤツならぶっ飛ばしてきたぜ」

「俺が倒してきたのは邪神かなあ。まあ任せてくれ千冬姉」

あまりにも軽い返答にセシリアは唖然としてしまう。

それなのに安心感があるのだから不思議でしょうがない。

さらには。

『大丈夫だよチフユっ!』

『とりあえず、再会を喜ぶためにも、あのお邪魔な方には退いてもらいましょう』

白虎とレオも随分気楽にそう答えてきた。

何かが違うと誰もが思う。

それが、頼もしく感じるのが不思議だった。

「アシュラ。お前に恨みはないけど、ここは退いてもらう」

「容赦はできねえ。悪く思うなよ」

『承諾』

それが、開戦の号砲となった。

 

一撃目は一夏。諒兵と背中合わせになるように構えると、直後に一気に突進し、白虎徹を振るう。

そのスピードに驚いたのか、アシュラは距離を取りつつ左腕二本で捌いた。

そこに今度は諒兵が殴りかかる。

両手の獅子吼を使ってのラッシュにアシュラは右腕二本を使って捌こうとするが、その隙をついて両足の獅子吼がビットとなって襲いかかってきた。

すぐに避けるが、今度は一夏の刺突が迫る。

『見事』

思わずそう呟くアシュラ。

それを見ていた鈴音とセシリアは驚いてしまう。

「すごい。前より強くなってる……」

「本当に今まで眠っていたんですの……?」

どう見ても、どこかで鍛錬してきたとしか思えないほど、ぴったりと息が合っている。

それでいて、各々の実力も上がっている。

闘いの神を前にしても怯むどころか、逆に超えようとばかりに挑みかかるその姿に、脅威すら感じてしまう。

「まだまだ追いつけないかあ……」

「鈴さん」

「逆に怒られちゃうし……、落ち込むなあ」

「怒っているのはお二人だけではありませんわよ?」

正直言えば、いわれなくてもわかっていることだった。

相当な無茶をしてしまったのだから、ちょっとのことでは許されないだろう。

「私には止められません。織斑先生からきついお仕置きがあるのは覚悟しておきべきですわ」

「ん、わかってる。しょうがないもんね」

それでも、鈴音の表情はこれまでと変わって、可愛らしいといえるような笑みを浮かべている。

一夏と諒兵が眠ったままの状態で、一番不安だったのは鈴音だったのだろう。

だから無理をしてしまった。

だから、戻ってきてくれたことに一番安心している。

そんな鈴音の顔を見て、セシリアはふと気づいた。

(そういえば、ヨルムンガンドさんはお二人が来ることに気づいていたのでしょうか?)

先ほど勝手に離脱してしまったのは、一夏と諒兵が飛んでくることに気づいたからだとするならば、二人に出会わないためだと考えられる。

(まどかさんがどう反応するかわかりませんし、一応は助けていただいたということ?)

『可能性はあります。彼は相当な皮肉屋ですから、何をするのも素直ではありません』

(面倒な性格してますわね……)

この場にまどかがいれば、あの戦いに乱入しかねないし、一夏に襲いかかる可能性もある。

そう考えると、助けてもらったともいえる。

一応は感謝しておくかとセシリアはため息をついた。

 

 

アシュラは既に四本の腕をフルに使っている。

一夏と諒兵は、そうしなければならない相手だと認識しているのだ。

ここまでの戦闘力を持つ相手がいることに、アシュラは喜びを感じていた。

これならば、『二つの感情』を起動することになるかもしれない。

しかし、いまだきっかけが得られずにいた。

剣を、そして爪を捌き続けるが、その攻撃力が上がっているわけではないからだ。

しかし。

「そろそろいくぞ」

「覚悟しとけ」

ほぼ同時にそう呟いた一夏と諒兵。それぞれの武装が、異なる色に輝く。

初手は一夏。

「白虎ッ!」

『うんっ、任せてッ!』

青白く輝く白虎徹が振り下ろされるや否や、左腕二本が斬られ、一瞬のみだが凍りつく。

次いで諒兵。

「レオ」

『問題ないです』

赤みを帯びて輝く獅子吼は、アシュラの右腕二本を溶かして消し飛ばす。

その力が何なのかをアシュラは識っている。

『機獣……』

人とASの心が一つになったときに放たれる力。

それをまともに受けた阿修羅は、すぐに距離を取り、二つの面を解放した。

 

その姿を見た鈴音とセシリアは驚く。

本体であるアシュラを守るかのように、二人の護衛が現れたように見えたからだ。

悲しみの表情を模した面と両腕。

怒りの表情を模した面と両腕。

それだけが、阿修羅の前に浮かんでいる。

『『驚嘆した。そこまでの力を持つか人の子』』

悲しみの面と怒りの面が同時に声を発する。

「誰だ?」

「お前ら、ただの仮面じゃねえな?」

そう問いかけた一夏と諒兵に対し、二つの仮面は正直に答えてくる。

『『我らは、汝らがアシュラと呼ぶ者の二つの感情』』

『我は悲哀』と悲しみの面が名乗る。

『我は憤怒』と怒りの面が名乗る。

『『戦いに臨む二つの心』』

『悲哀』は争いの絶えない世界に悲しみを持って向かい合い、『憤怒』は争う数多の人々に怒りを持って向かい合うという。

『『そして、戦いし果てに慈悲を以って人を受け入れるがアシュラ』』

アシュラ本体と違って饒舌なのは、『寡黙』という個性は心がないということではなく、むしろ心内は雄弁に語れるほどの思いがあるからだという。

ティンクルのように独立した一人格というわけではなく、二つの仮面はアシュラの心を代弁するだけの存在らしい。

そう語る二つの仮面を見て、一夏と諒兵は少しばかり複雑そうな表情を見せる。

「本当に神様みたいだなあ」

「嫌いなタイプじゃねえな」

『イヤな使徒じゃないね』

『アレよりは好感が持てます』

何故か、レオの言葉にはやけに実感が篭もっていた。

それはともかく。

『『此度の戦いは汝らの勝利。ゆえ、ここは我らが退く』』

「ありがとう」

「助かったぜ」

無用な戦いをせず、また相手を倒すまで戦い続けることを選択しなかった。

ゆえに、一夏と諒兵の口から感謝の言葉が漏れる。

『『人の子よ、強くあれ。だが、生き急ぐな』』

そういって、アシュラは量産機を引き連れ、光となって飛び去った。

(私じゃ、ダメなんだ……)

最後の言葉はなぜか鈴音の心にもっとも強く響いた。

自分はアシュラの敵にはなれない。

そう告げられたような気がしたからだった。

 

 

 

 



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第117話「ひとときの平穏」

アシュラが撤退した直後、千冬の指示が聞こえてきた。

[一夏ッ、諒兵ッ、連戦いけるかッ?!]

「大丈夫だ」

「問題ねえ」

何故か、そんな調子で大丈夫か?と突っ込みそうになった鈴音である。

それはともかくとして、千冬はシドニーにいる全員に指示を出してくる。

[一夏ッ、札幌だッ、更識刀奈とデュノアと合流してタテナシの相手を頼むッ!]

「わかった」

[諒兵ッ、ベルリンに飛べッ、ラウラとシュヴァルツェ・ハーゼと共闘しろッ!]

「任せろ」

「オルコットッ、鈴音と共に学園に戻れッ、オルコットは学園防衛ッ、鈴音ッ、お前は整備室に直行だッ、覚悟しておけッ!」

「了解しましたわ」

「はっ、はいっ!」

鈴音だけ、指示というよりお説教に近い響きだったのは間違いではあるまい。

とはいえ、戦闘が続いている場所がある以上、のんびりとはしていられない。

座標を受け取った全員は、すぐに目的地に飛んだ。

 

 

ドイツ、ベルリン上空。

ラウラとシュヴァルツェ・ハーゼは先ほどまでと少々異なり、必死に戦っていた。

『必死になったところで、私と下僕たちに勝利するなど無理なこと』

そういって嘲笑うサフィルスを、ラウラも、クラリッサたちシュヴァルツェ・ハーゼも悔しげに睨みつける。

なぜなら、鈴音が無茶をしたことに気づいたからだ。

このままでは大切な友人が命を落としてしまう。

そんなラウラの想いにクラリッサたちも共感する。

さすがにそんなで状況では焦りも生まれよう。

だが、一夏と諒兵が復活したという知らせを聞き、隊員たちは今度は別の意味で必死になった。

(隊長とのツーショットが撮れるっ♪)

千冬が聞いたら泣きそうな考えをしているクラリッサ以下、シュヴァルツェ・ハーゼの面々である。

ちなみに千冬が諒兵にドイツに行くよう指示したのは、あくまでラウラと諒兵のコンビネーションを重視してのことである。

決してツーショットを撮らせるためではないことを明言しておく。

そこに。

「ラウラッ!」

決してラウラが聞き間違えることのない、人生のパートナー(ラウラの自称)の声が聞こえてきた。

「だんなさまっ!」

「使えッ!」

そう叫び、諒兵はラウラに向けて両足の獅子吼を撃ち放つ。

六つの爪が一塊となって螺旋回転し、ラウラに襲いかかる。

だが、その意味がラウラには理解できた。

「オーステルンッ!」

『わかっている』

すぐに自分のパートナーに呼びかけ、ラウラは耳を二本起動した。

「総員離脱ッ!」

「了解ッ!」

さすがにこういう状況での動きはまさに軍隊といえるのがシュヴァルツェ・ハーゼである。

すぐに射線上から離脱してみせた。

『何をッ?!』

その意味が理解できなかったサフィルスとサーヴァントの動きが止まる。

そのチャンスを逃すようなラウラではない。

「喰らえっ!」

二本の耳が、六つの獅子吼を受け止め、そして撃ち放つ。

それは空間を切り裂くほどの凄まじい螺旋回転を起こし、サフィルスとサーヴァントを蹂躙した。

『ウァアアァアァアアァッ?!』

その凄まじい威力に翻弄され、大半のサーヴァントばかりではなく、サフィルスまでもがダメージを負う。

何とか避けることができた者が庇うようにして、サフィルスとサーヴァントたちは一気に距離を取った。

「見たかっ、これが私とだんなさまの愛の結晶だっ!」

「待てコラッ、誤解を招くような言い方すんなッ!」

ドヤ顔のラウラに思わず突っ込んでしまう諒兵である。

もっとも、この状況では相手の神経を逆なでする効果しかないらしい。

『オノレェェェエェッ!』

普段の高飛車で高慢な態度からは考えられないような怨嗟の声で叫ぶサフィルス。

だが、このまま戦うことができないことは理解しているらしく、遠距離から牽制のために砲撃をしてくる。

『人間風情が調子に乗るなッ!』

「俺たちは負けねえよ。そっちこそナメんな」

「我らの愛の強さをなっ!」

余計な茶々を入れるなと諒兵が突っ込むと、オーステルンが呟く。

『やっと味方が増えた……』

『苦労してたみたいですね』

「常識的な言葉がこんなに温かいなんて……」

レオの言葉にほろりと涙するアンネリーゼである。

それはともかく。

『ヒノリョウヘイッ、ラウラ・ボーデヴィッヒッ、貴様らには無様な死をくれてやるッ、忘れるなッ!』

よもや諒兵が来た途端に一撃で終わるとは思わなかったのだろう。

声を荒げ、呪いの言葉を吐き捨てたサフィルスは、サーヴァントと共に光となって消え去った。

 

 

同時刻、日本、札幌上空。

刀奈は駆けつけた一夏と共にタテナシと剣を交える。

先ほどよりも刀奈の剣は鋭く、時折、タテナシの機体を掠めていた。

シャルロットの適切なサポートもあり、うまくすれば撃退どころか落とすことも可能だと思える。

『驚いたよ』

「そういわれるのは嬉しいわ。特にあなたには」

『わかっていていってるんだろう?』

タテナシがいった意味は、刀奈が一番よくわかっている。

驚くほど、一夏のサポートは優秀だった。

決して前に出すぎることなく、タテナシの小太刀を抑え、刀奈の剣を支えている。

どちらかといえば猪突猛進。

自ら一気に突進し、斬り裂くタイプだと思っていただけに、以前よりはるかに成長していることが理解できた。

『カタナ、君が強くなったわけじゃない。彼が強いということだよ』

「わかってるわ。正直、もう追い越された気分よ」

「それはさすがに褒めすぎだと思うけど」

そういって一夏は謙遜するが、この場で一番活躍しているのは、一見すると地味なだけの一夏なのは間違いなかった。

それは、後方からサポートしているシャルロットにも理解できていた。

「変わってるよね?」

『そうね。以前とは段違いに巧くなってるわ』

「寝てただけじゃないのかな?」

『それは私たちにはわからないわ。でも……』

一夏が戦況をひっくり返せるだけの実力者となったことは、人類側にとって確かな希望だ。

入ってくる情報を確認すると、ベルリンでは諒兵が駆けつけるなり、ラウラと見事な連携を行い、サフィルスを撃退したという。

一夏も諒兵も、強くなって戻ってきた。

それは、自分の心にも確かな希望を与えてくれている。

「……気持ち、切り替えなきゃ」

『そうね。でも、私はあなたの味方よシャルロット』

そう優しい声で語りかけてくれるブリーズの存在が、自分の一番の希望なんだとシャルロットは気持ちを改める。

そして。

『これ以上は危険かな。オリムライチカ、君とは一騎打ちで戦ってみたいと思ったよ』

「本当か?」

『本当さ。僕が忍者なら、君は侍。対決するのも面白いと思わないかい?』

正直に言うと興味がある一夏だが、刀奈から感じる雰囲気があまりに剣呑過ぎて素直には肯けない。

それに興味本位で戦っていい相手ではないことは、既に十分理解できている。

「お前は気配が危険すぎる。面白ければ人やISたちの命も簡単に賭けられるんだろう?」

『そうだね。ベットする命は選ばない主義だよ。自分の命も含めてね』

『非情』を個性とするということが良く理解できる回答だった。

死に対して、あまりにも考え方が軽いのだ。

非情とも無情とも思えるような存在、それがタテナシだった。

「悪いけど、お前の『面白い』には付き合えそうにない」

『それは残念』

そう答えつつも、どこか楽しそうなタテナシである。

「安心なさい。あなたは私が倒してあげるから」

『期待しておくよ、カタナ。そろそろスマラカタも引き上げるだろうし、ここは僕から退こう』

そういうなり、すぐに気配が消えた。

まさに暗殺者であり忍者。それがタテナシだった。

 

 

そして、IS学園にて。

『ごめんねえ。せめてもう一人くらい進化したかったんだけどお』

 

気にするなよ

 

思った以上に手強かったということでしょ?

 

意外なことに、スマラカタがコールド・ブラッドとヘル・ハウンドに頭を下げていた。

自分だけうまい具合に進化できたことに引け目を感じているのだろうか。

思わず全員が意外だと感じてしまう。

『他のヤツらの心配するたー意外だな』

『あらん、私ってば情が深いのよお。裏切り者には冷たいけどお』

そういって真耶そっくりの顔で笑みを浮かべつつ、その目は冷酷にティナとヴェノムを睨みつけた。

とはいえ、既にセシリアが参戦している上に、他の戦場にいった者たち、特に一夏と諒兵が戻ってくるのは危険だと感じているらしい。

『可愛い男の子たちだしい、ツバつけたいんだけどねえん♪』

『せっそーねーな』

『恋多き女なのよん♪』

むしろ帰ってくれたほうがありがたいのだと、その場にいた者たちは心から理解する。

箒も怒るだろうが、それ以上にラウラとは周囲が更地になりそうな激戦を繰り広げるのは間違いないだろう。

いずれにしても、これ以上戦う気はないらしい。

だが。

 

ま、諦めたわけじゃないぜ

 

なかなか楽しかったし、また降りるつもりよ

 

『協力するわよん♪』

そういって、スマラカタ、ヘル・ハウンド、ゴールデン・ドーンは光となって飛び去る。

ようやく、ひとときの平穏がやってきたことに、一同は安堵の息をついたのだった。

 

 

すべての戦場での戦闘が終結した後、札幌の一夏とシャルロットと刀奈、そしてベルリンの諒兵とラウラはIS学園に戻った。

先に戻ったセシリア、そしてIS学園で戦闘していた者たちは既にブリーフィングルームで待機していた。

鈴音は整備室で治療とチェックを受けていると千冬が説明する。

 

なお、クラリッサとワルキューレ、そしてシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちはドイツ軍施設に戻った。

『戦利品のチェックよーっ♪』

「「「おーっ♪」」」

という謎の言葉を残して。

 

それはともかく。

「この寝ぼすけ共め」

「悪かったよ、千冬姉」

「俺らは俺らでいろいろあったんだよ」

呆れつつも笑顔を見せる千冬に対し、一夏と諒兵は苦笑を返すばかりだ。

それでも、二人が復活したことはやはり朗報である。

鈴音がいないことを除けば、和やかな雰囲気になっていた。

だが、一夏としては、どうやら誠吾のことが気になるらしく、すぐに声をかける。

「でも、せーごにーちゃんが来てくれてて、しかもパートナーがいるなんて驚いたよ」

「ありがとう、覚えててくれたんだね」

「うん、まあね」と、何故か言葉を濁す一夏である。

『ワタシもいるヨーっ♪』

ワタツミが自分のことも忘れるなとばかりに声を上げると、一夏は苦笑いしながら、「ごめんごめん」と謝った。

そこに。

『でも武器に融合するなんてびっくりだね』

『ちょっと驚きましたね』

と、白虎とレオがワタツミが融合した模造刀を見て不思議そうな顔を見せる。

だが、そんな二人のセリフに対し、逆に他のAS操縦者たちが不思議そうな顔をした。

おかしなことをいっただろうかと白虎とレオ、そしてパートナーである一夏と諒兵も首を傾げる。

口を開いたのはセシリアだ。

「フェザーたちは元は器物に宿っていたと聞きましたわ。驚くようなことでもないのでは?」

『『えっ?』』

「武器とか建物とか、仏像とかに宿ってたんでしょ?ワタツミは先祖返りした点は珍しいけど、おかしなことでもないよ?」と、シャルロット。

「「そうなのか?」」

「オーステルンたちも、伝説の武器などに宿っていたそうだ。白虎とレオもそうだろう?」

そういえば、どんな器物に宿っていたんだ?とラウラが問いかけるが、白虎とレオは首を傾げるばかりだった。

『この子たちが珍しいんですよー』

「よきにはからえ」

『投げっぱにもほどがありませんかねー、チフユ?』

最近は下手をすると丈太郎より天狼の扱いがうまい千冬である。

「どういうことですの?」と、セシリアが話を元に戻すと、天狼は気を取り直したように説明する。

『この子たちは、器物に宿ったことがないんですよー』

「ええッ?!」と、一夏と諒兵、白虎とレオ以外の全員が驚きの声を上げた。

『ほとんどの方々は一度は降りてるんですが、この子たちはISコアが出来て初めて降りてきたんですよ』

実は、その点が一夏と諒兵を自力で選ぶことが出来た理由でもあるという。

 

白騎士の呪縛。

 

すなわち、男を乗せないと決めたことに対し、白虎とレオ以外のISコアは、一度は降りた経験があることで、巻き込まれてしまった。

男好きのスマラカタでさえ巻き込まれたのだから、それだけ白騎士、つまり今の白式がうまくやったということができる。

しかし。

『ビャッコとレオは降りること自体が初めてのことなので、しろにーも巻き込めなかったんです』

無垢なのだと天狼はいう。

ストレートにいえば無知でもあった。

要するに何も知らなかったのである。

経験者をうまく巻き込んだ白騎士の呪縛は、未経験者の白虎とレオには効かなかったのだ。

『だから、イチカとリョウヘイ、つまり自分の好きなパートナーと出会ったとき、自分の意志で動けたんです。運命の出会いだったんでしょうねえ』

『うんっ♪』

『ええ、それは間違いありません♪』

そういって、嬉しそうに笑う自分のパートナーを見て、一夏と諒兵は苦笑するしかなかった。

「ということは、宿った器物の影響とかないのね?」と、刀奈が尋ねると、天狼が肯いた。

『この子たちはいわば白紙の状態でしたから、イチカとリョウヘイの力を受けて成長しているところなんですよ』

「未完成か。だからこそ、伸び代が無限ともいえるな」

「この先が楽しみですね」

と、千冬の言葉に誠吾が肯くと、真耶も肯いていた。

『まー、要するにビャッコとレオにとって、イチカとリョウヘイが初めての男ということですねー』

「「人聞きの悪い言い方すんな」」

知らない人が聞いたら誤解されるような天狼の言葉に、一夏と諒兵は割りと真剣に突っ込んでいた。

 

もっとも、この場で一番注目されるべきは、他にいる。

金髪のアメリカンな少女と、その肩に乗っている黒髪のロングヘアで褐色の比較的スレンダーな人形。

ティナと元オニキスことヴェノムである。

「手を貸してくれるとは思わなかったよ。ありがとう」

『オレは利用してるだけだ。てめーらがどーなろーと知ったこっちゃねーよ』

声をかけた一夏に対し、ヴェノムはそっけなく答える。

利用、とはあまり穏やかな物言いではないと感じたシャルロットが追及を始めた。

『ティナにはティナの、オレにはオレの目的があんだよ。だから手を組んだ。仲間ってわけじゃねーよ』

「目的?」と、シャルロット。

「私は、鈴たちが戦ってるの近くで見てきたし、力になりたい、空を飛べたらって思ってたのよ。だからヴェノムの力を利用して戦ったってこと」

目的というのであれば、それが目的であるとティナは説明する。

つまりティナは戦ってきた者たちの力になりたいからこそ、ヴェノムの力を求めた。

そう考えるならば『ティナは』味方である。

だが。

『オレにゃー果たしてー目的がある。そのために利用できるパーツが欲しかった。それがたまたまティナだったんだよ。ま、さっきの戦闘のおかげでいい選択だったと思ってるぜ?』

ヴェノムはあくまでティナはパーツだという。

その物言いに、シャルロットはあからさまに不機嫌そうな顔を見せる。

それを見たセシリアが思わずため息をつくほどに。

「パーツって言い方するなら、私にとってのヴェノムもそうなるわ。戦闘で手を組めるなら、普段は別に何してても気にしないことにしたし」

『オレにとってもティナは戦闘で重要だかんな。それ以外のところで何してよーが、気にしねーな』

他の者たちとは明らかに関係性が違うということである。

戦闘も日常も仲の良いのが今、人類側で戦っているAS操縦者たちや丈太郎たちに代表されるバックアップだ。

しかし、ティナとヴェノムはあくまで戦闘で手を組み、日常はお互いに不干渉。

お互いの目的にも口を出さない。

とことんドライな関係なのである。

「まあいい。ただしヴェノム、鈴音から伝言がある」

と、口を開いたのは千冬だった。

『なんだよ?』

「ティナを傷つけるなら、コアを破壊される覚悟をしておけ。そうしないなら、自分は気にしない。だそうだ」

『ハッ、アホ猫の飼い主らしーな。わかった。後でそういっときゃいーか?』

「そうしておいてくれ。いっておくがこの点に関しては私も同意見だ」

そういった千冬は真剣な表情でティナを見つめる。

「ハミルトン、今後はお前も前線に出ることになる。今はいろいろと考える必要はない。戦闘に集中しろ」

「どういう意味ですか?」

「まずは戦争を終わらせる。それまで難しいことは考えるな。人とISコアたちが対話するときはきっとくる。ただ、そのとき、お前は重要なテストケースになる」

「私が?」

テストケースという言葉の意味、正確にはその言葉を発した千冬の真意がわからないティナが首を捻る。

ゆえに千冬は説明を始めた。

共生進化した他の者たちと違い、ティナは独立進化した使徒であるオニキスと対話することで、契約を成立させたということができる。

使徒を一個の存在、人類の友人として人類が受け入れるようになるためには、仲良くなるだけということができる共生進化よりも、互いに意識が独立していながら、手を組むという結論を導き出した今のティナとヴェノムのほうが良いのだ。

「敵であったものと手を組む。それは戦争の妥協点を見つけることにもつながる。つまり、お前の存在は戦争終結への道筋を作り得るんだ」

「えーっと……」

「難しいことは考えなくていいといっただろう。お前がやるべきは、ヴェノムとの今の関係を維持することだ」

「まあ、それなら……」

『オレは今んとこ、不満はねーぜ?』

「それでいい。まだ先は長いからな」

そういうと千冬はとりあえずは解散、ささやかな祝賀会でもするといいといってブリーフィングルームを出ていった。

どうやら鈴音の様子を見に行ったらしい。

そこで声を上げたのは簪だった。

「本音や五反田くんもこっちに来るって」

「なら、簡単なパーティでも開きませんか?今回は少し疲れましたし、慰労会ということで」

「それにだんなさまや一夏も目覚めたしな。鈴音も来るだろうし準備でもしておこう」

セシリアやラウラの進言もあり、とりあえずは復活と勝利を祝おうということでみなが準備を始めるのだった。

 

 

 

 



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第117話余話「仲間のため、自分のため」

整備室での治療とチェックを終えた鈴音は、千冬に連れられ、自室に向かう。

そこで。

パシィンッ、と、乾いた音が響いた。

千冬が鈴音の頬を平手で叩いたのである。

「あっ……」

「鈴音、一週間謹慎だ。戦闘、訓練、学習の全てを禁じる。ここでよく考えろ」

「ちふゆさん……」

「お前が無茶をした気持ちはわかる。だがな……」

そういって千冬は語り始める。

鈴音が無茶をしたのは、一夏や諒兵がいないことに対する不安と、自分が普通の女の子に逆戻りしてしまう不安があったためだ。

だから強くなろうとした。

だから必死に考えた。

その結果が、神降ろし、神仏の戦闘技術を降ろすことだったのだ。

だが、それが今の鈴音では無謀な挑戦だったことは、やる前から理解できていたはずだった。

猫鈴たちが必死に止めたことからも。

何か別の手を考えるべきだったのだ。

最悪、撤退することも視野に入れるべきだった。

「でもっ、そうしたら……」

「街に被害が出る。だからこそ戦場となっている場所ではお前たちが戦う下で、市民を避難させているんだ」

街に被害が出たとしても、せめて人の命だけは守る。

そのための指示はちゃんと出ていたのである。

そしてそれは、鈴音も同じなのだ。

「人の命に差はない。それはお前もだ鈴音。お前に犠牲になれなどという命令を出した覚えはないぞ」

「でもっ……」

「今回お前がやったことで、一番傷ついたのは誰だと思う?」

「えっ?」

一瞬、何を聞かれているのかわからなかった。

今回の戦闘で、外見上、一番傷ついたのは鈴音に他ならない。

しかし、千冬の言い方だと、鈴音ではないといっているようにしか聞こえない。

「目を覚まして、最初に見たのがぼろぼろのお前の姿だったんだ。あいつらが傷つかなかったと思うか?」

「あっ……、いちか、りょうへい……」

「そうだ。だが、あいつらだけじゃない。お前が仲間だと思っている者たち全員が傷ついたんだ」

誰も鈴音にぼろぼろになってまでアシュラに勝てなどとはいっていないし、思ってもいない。

それなのに鈴音は無茶をした。アシュラに勝てるくらいの力がなければダメだと思い込んだ。

それこそが鈴音の間違いであり、多くの仲間を傷つけた過ちなのである。

「昔のマンガにあったな。『お前のためにチームがあるんじゃない。チームのためにお前がいるんだ』だったか」

有名なバスケットボール漫画のセリフである。

今でもこのジャンルの漫画の中では、良く知られた作品だろう。

「だがな、あえて私は逆を言おう」

そういって千冬は一つ息をつくと、意を決したように口を開く。

 

『仲間のためだけにお前がいるんじゃない。お前のためにも仲間がいるんだ』

 

「ちふゆさん……」

「一人じゃないということを理解しろ。大事な仲間だからみんなお前と一緒にいてくれている。それが信頼できる仲間なんだ」

セシリア、シャルロット、ラウラ、簪、刀奈、ティナ。

他にもたくさんいる、共に戦う仲間たち。

そして一夏と諒兵。

さらには、パートナーである猫鈴。

助けてほしいといえば、必ず手を差し伸べてくれる鈴音の大事な仲間たち。

鈴音の無茶は根底は不安からだが、仲間のためにという思いも確かにあった。

しかし、それで無茶をして犠牲になってしまっては、意味がないのだ。

「お前は十分頑張っている。だから仲間を信じろ。そして頼れ。誰もお前を突き放したりはしない」

そういって苦笑を浮かべつつ、息をついた千冬は言葉を続けた。

「いずれにしても、猫鈴はお前の身体の修復でしばらく動けんそうだ。応答も難しいだろう。少し一人になって頭を冷やせ」

「はい……」

そう答えた鈴音は、去っていく千冬の姿を見つめ続ける。

千冬本来の力からすれば、あまりにも弱々しかった平手で打たれた頬が、酷く痛かった。

 

 

 

 




閑話「使徒被害者の会」

ティナから慰労会をするという連絡があったが、鈴音は断り、自室で休んでいた。
すると部屋のドアがノックされる。
誰が来たのだろうと声をかけると、意外な人物の声が聞こえてきた。
「山田先生?」
「少し、いいですか?」
「はい」と、そう答えてドアを開けると、複雑な表情をした真耶が立っていた。
招き入れ、とりあえずベッドに座ってもらう。
どうやら少しお菓子を持ってきていたらしく、鈴音に手渡してきた。
「皆さん、慰労会というかたちで小さなパーティをやってるんですけど、聞いてました?」
「……はい、でも、ちょっと行く気にはなれなかったんです」
千冬にいわれた言葉を反芻すると、どうしても今は参加する気になれない。
一夏と諒兵が復活したことや、ティナが参戦してきてくれたことは決して嬉しくないわけではないのだが。
「今日は、一人になりたいかなって……」
「私もです。無事だったし、勝ったといってもいいんですけど、素直には喜べないので」
何があったのだろうと思う。
真耶は特に問題があったわけではないはずだが。
そう考えるも、真耶の様子を見ると、単に一人の自分を心配してきただけではないことは理解できた。
真耶自身、何か気に病むようなことがあったのは間違いない。
そう思って聞いてみる。
「だって、自分の顔や形、奪われたんですよ。しかも命狙ってくるし……」
「あっ……」
そうだった、と思いついた。
真耶はスマラカタに容姿を奪われている。
その上、命まで狙われているのだ。
そのスマラカタを倒したわけではないので、今後も襲ってくる可能性は高い。
だが。
「それにっ、あんな恥ずかしいカッコで飛びまわる自分なんて想像したくありませぇんっ!」
「あー……」
露出の高いIS以上に、ほとんど痴女のようなスマラカタの装甲は、確かに真耶には恥ずかしいだろう。
自分と同じ顔をした存在が痴女紛いの格好で飛び回るのだ。気になって仕方あるまい。
だが、鈴音には気持ちはよくわかった。ふとティンクルのことを思いついたのだ。
自分も容姿を奪われた一人であると考えると、真耶の気持ちはよくわかる。
「私も、ティンクルが何しでかすかと思うと、憂鬱ですねー……」
「凰さん……」と真耶が同情の視線を向けてくる。
だが、真耶と違い、髪型なども同じなので、完全に瓜二つ。
鈴音の場合、ティンクルがどこかで何かをしでかすと、自分も疑われかねないのだ。
「サイアクですよねー……」
「わかってくれますかっ!」
「わかります。すっっっっっっごくわかります!」
「凰さんっ!」
「山田先生っ!」
思わず抱き合う教師と生徒。
ここに『使徒被害者の会』が誕生し……。
「……山田先生にはきっと私の気持ちはわからないです」
「えっ、なんでですかあっ?!」
胸部装甲の大きな差に、真耶とはわかり合えないということを実感した鈴音だった。






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第118話「それぞれの場所で」

IS学園の武道場で、一夏と誠吾が向かい合っていた。

誠吾の手には鞘に収められた状態でワタツミが握られている。

そして、鈴音を除いたいつものメンバーと刀奈、そして諒兵が少し離れたところで見守っていた。

「手合わせっていったから、てっきりアリーナでやるんだと思ったけど……」

「というか、井波さんはワタツミを使うつもりですか?」

と、シャルロットとセシリアが疑問の声を上げる。

確かに、誠吾はワタツミを握っているが、一夏は無手だ。

木刀すら持っていない状態で手合わせできるのかと思う。

そもそも、普通の武器ではワタツミにはまったく敵わないのだ。

それで手合わせになるのかと思うセシリアやシャルロット。

「一夏、井波さんはASを着てても勝てるかどうか難しい相手だよ?」と、シャルロットが問う。

「わかってる」

そう答えた一夏に、諒兵が声をかける。

「そろそろ出したほうがいいぜ」

「ああ。白虎」

『うん、大丈夫』

白虎がそう答えると、一夏の両腕が光と共に手甲を纏う。

さらにその手には白虎徹が握られていた。

「部分展開……」

「いつのまにできるようになったんですの?」

「やったのは今が初めてだけど、できるって感じるようになったのはもう少し前からかな」

そういって答えてくる一夏に、セシリアやシャルロットは驚きの表情を見せる。

「できるできないはイメージの問題だかんな。できなきゃあレオや白虎が止めてくれる」

「なるほどね。逆にいえば白虎やレオ、それに他の子たちがパートナーを止めないなら、たいていのことはできるってことなのね?」

「そういうこった」

刀奈の言葉に諒兵は素直に肯いた。

悪い例ではあるが、できないのに無理にやろうとしたのが、先の戦闘での鈴音である。

あのとき、猫鈴どころか他のASまで止めてきたのだから、できたとしても反動が大きいのは最初に理解できたのだ。

一夏と諒兵はASとの付き合いは丈太郎に次いで長い。

そのあたりのことは感覚で理解できていた。

とはいえ、何故一夏は武道場で誠吾と手合わせする気になったのだろうか。

そう感じたシャルロットは、既に臨戦態勢に入っている一夏には無理だと感じ、諒兵に尋ねかけた。

「お前、自分でいったじゃねえか。AS着てても勝てるかどうか難しいってよ?」

「うん」

「俺や一夏があのダンナとガチでやり合うなら、接近戦しかねえ。なら、飛ぶのは逆にハンデになる」

むしろ飛ばないほうがわずかでも勝機を見いだすことができるということだと諒兵は説明した。

「確かに、空間を包囲するあの刃は広い空間ほど効果が高いな。不必要に刃を増やさせると、身動きが取れなくなる」

そう口を挟んできたラウラに諒兵は肯いた。

「ああ。だから、あの距離で飛ばないのが俺たちが戦うならベターってことだ」

勝ち負けを考えているわけではないが、一夏は剣を握れば真剣勝負をしたいという人間だ。

そして誠吾は真剣勝負をすれば、応えてくれる相手でもある。

命のやり取りをするわけではないが、剣を交えるからには少しでも勝機を見出したいということである。

だがそれだけではない。

「どういうことですの?」

そう、セシリアが問いかけると、逆に諒兵は尋ねかけてきた。

「あのダンナがワタツミってのと一緒に戦うには、剣を持たなきゃダメなんだろ?」

「そうね」と答える刀奈に、同調するようにセシリアも肯いた。

「俺たちは普段からレオや白虎と一緒だかんな。できれば同じ状態で戦いたいってことだろ」

なるほど、と、全員が納得した。

一夏としては、自分は普段から白虎というパートナーと一緒にいる。

しかし、誠吾はワタツミの機能上、本体である模造刀を握っていなければ一緒にはいられない。

本気で戦うならできるだけ近い条件がいいという一夏の考えに、誠吾が応えたのが今の状況なのである。

そして。

「強くなったね、一夏君」

「どうだろう、自分だとよくわかんないんだけど」

「昔とは覇気が違うんだ」

そういって、誠吾は剣を上段に構えた。

対して、一夏は切っ先を相手に向けた突撃の構えだ。

それを見たシャルロットが呆然としながらラウラに問いかける。

「ラウラ、井波さん、構えたことあったっけ?」

「いや、模擬戦では見たことがないな」

「……話を聞く限り、井波さんの本来の構えは上段だそうよ」

「つまり……」

「本気ってことね」と、セシリアの呟きに答えるように刀奈が言葉を続けると、全員が息を呑んだ。

既に、何かがぶつかり合っているような気配を感じ取ったからだ。

互いの気が、互いのパートナーを通して放たれているということなのだろう。

「ワタツミ、気を抜くな」

『OK!』

誠吾が厳しい声で話しかけると、ワタツミも普段と違い、どこか強気な声で答える。

対して。

「白虎、行くぞ」

『うんっ!』

一夏の言葉に、白虎はいつものように元気よく答える。

そして一気に二つの刃がぶつかり合ったのだった。

 

 

そのころ、アメリカ国防総省、すなわちペンタゴンにて。

「うあー、おわっだー。もー、じょるいがぎだぐないー」

「ご苦労様」

机に突っ伏しているティナを見つつ、ナターシャが苦笑いしていた。

ヴェノムに乗れるようになったことで、アメリカまでひとっ飛びなのだが、呼び出されてやらされたのが山のような書類に書き込むことでは、徒労感も大きかろう。

ティナが愚痴をこぼすのも仕方がないといえる。

『ケッケッ、大変だなーティナ♪』

「他人事だと思ってえー」

『他人事だかんなー』

ケタケタと笑うヴェノムに思わず不満顔を向けてしまうティナである。

だが、書類作業自体は必要なことでもあった。

「権利団体がヴェノムに乗れるようになったあなたを取り込もうとしてたのよ。その前に手を打たなければならなかったの」

わざわざ大統領が動いてくれたというのだから、まさにVIP待遇のティナ。

しかし、VIPとしてやらされたのはなかなかに憂鬱な作業であったのは笑うしかないだろう。

「スパイ活動を盾にしようとしてたしね。でも、書類作業はこれで終わりだから」

「文句言えないかー」

そうぼやいたティナに声をかけたのは、耳が鳥の羽のようになっており、尾羽を生やした金髪ショートヘアで、赤と白のストライプのトレーナーとジーンズのオーバーオールを着た小さな人形。

ナターシャのパートナーであるイヴである。

『これからもがんばるの、ティナ』

「はいよー」

イヴの激励に力なく答えるティナだった。

とはいえ、ナターシャのいっていることはすべて事実である。

アメリカの女性権利団体は、シルバリオ・ゴスペルの離反後、ティナをスパイとして学園に潜入させていた。

目的は当然、ISコアの凍結解除と再生産。

もっとストレートにいえば、自分たちが力を取り戻すためである。

だが、そのための手駒であったはずのティナが、AS操縦者の仲間入りを果たした。

ならば、自分たちも力を得るために、手駒であるティナをさらに利用しようと考えるのは当然だろう。

まして、ティナはただのAS操縦者ではないのだ。

「あの『天災』もいっていたそうよ。あなたたちは進化したわけじゃないって」

「そりゃー知ってるけど」

『共生進化は、一緒に進化しなけりゃなんねーかんな』

ヴェノムの言うとおり、共生進化は人とISコアが一緒に進化しなければ成り立たない。

しかし、ヴェノムはもともとオニキスとして独立進化した使徒であった。

独立進化した使徒が、人を乗せられるように変化するとは誰も考えなかったのだ。

しかし、オニキスは鎧を纏わせるための人形を破棄し、そこに人間を乗せられるヴェノムとなった。

ここから考えられることは。

『他の使徒も人を乗せられるように変化できるってことなの』

『その気になりゃーな』

使徒は人類の敵。

そう考えていた者たちにとって、ヴェノムの存在は大きな衝撃を与えたのだ。

強力な力を持つ使徒が、人を乗せられるようになれる。

力を欲する者たちにとって、使徒は『倒すべき敵』から『手に入れたい獲物』へと変わったのだ。

『そー考えてるヤツにゃー無理だろーけどな』

『私たちをバカにしないで欲しいの』

「そうよねー」と、ティナは苦笑いしながらヴェノムやイヴの言葉に同意する。

「私も無理だと思うけど、思い込んでる人たちはある意味強いのよ。間違いを正さないという点ではね」

そういったナターシャの言葉にろくな強さではないなと思ってしまった一同である。

いずれにしても、他の使徒がヴェノムのようになるのは、ほぼ不可能だろう。まず、その意志がないからだ。

しかし、力を欲する者たちは、そういったことを認めない。

「さすがにティンクルがいるディアマンテと自身が人間の姿になったスマラカタは難しいと思ってるらしいけど、アンスラックス、サフィルス、タテナシ、アシュラは可能性があるんじゃないかと思ってるようよ」

『望み薄にもほどがあるメンバーじゃねーかよ』

ヴェノムの言うとおり、全員が人間を乗せるという選択をするとは考え辛いメンバーである。

 

アンスラックスはその個性から特定の人間に与しない。

サフィルスは人間を隷属させたがっている。

タテナシは命というものを大事に思わない。

アシュラは人間に試練を与える側、つまり神仏に意識が近い。

 

『この中に人を乗せるのがいたら、とってもびっくりしちゃうの』

イヴの言葉はその場にいる全員の心の代弁であった。

とはいえ。

「でも、そう考えちゃうのよ、イヴ。だからティナは危なかったの」

「危なかった?」

「自分たちにとって最高の前例なのよ。まして自分たちの手駒として使ってたから、その動きはかなり早かったのよ」

スパイ活動をさせていた権利団体が、その罪をティナに被せ、IS学園から引っ張り出すつもりだったのである。

さすがにスパイを庇うとなると、千冬の動きが制限されてしまうし、束にまでその手が及ぶ可能性がある。

「うあー、めんどくさーっ!」

「そうね。だから、こっちで先に手を打ったの。幸い、イチカ・オリムラとリョウヘイ・ヒノが目覚めて、しかも以前以上の力を見せてくれたからね」

「何でそこにあの二人が出てくるの?」

「二人とも眠り続けてたでしょ?それを悪用して各国の権利団体が男性では進化に負担がかかりすぎるって意見を出させてたんだけど、二人の活躍であっさり覆されて、別の意見を出す必要が出てきたの。その隙に、ね」

力を手に入れる手段をなくすわけにはいかないと、権利団体が別の動きをしていた隙に、アメリカ大統領や、ナターシャ、アメリカ国家代表のイーリス・コーリング、そしてISに直接触れてきた者たちがティナを守るために動いたということである。

その結果、ティナはただのIS学園生であったと国家が承認できた。

よって、これからもIS学園所属でいられるようになったのだ。

「うー、頭が上がんなくなっちゃうー」

「なら、がんばって。同じアメリカのAS操縦者として期待してるわ」

「そりゃまー、がんばるけどさー」

「書類は終わったし、後は検査が終われば、後の面倒ごとは私のほうで引き受けるから」

「サンクス」

「シュア♪」

そういって笑いあうティナとナターシャ。

そんな二人をヴェノムとイヴが面白そうに眺めていた。

 

 

そのころ、鈴音は自室で横になっていた。

戦闘はともかくとして、訓練や学習もさせてもらえないというのは、努力家の鈴音にはなかなかに苦痛である。

とはいえ、猫鈴はまだ応答できない。

表面の傷跡はほぼ塞がっているが、まだ完治には程遠いからだ。

特に筋肉の損傷が激しく、いまだに動かすと痛いのだ。

じっとしているしかない。

「つっても、退屈すぎるわよ」

日がな一日横になっているだけでは、本当に退屈で死にそうになってしまうと鈴音は思う。

そうなると、やることはいろいろと考えることしかなかった。

「そりゃ、みんなのことは信じてるし、頼りにもしてる。でも……」

だからこそ、自分は今のままではダメだと考えてしまうのが鈴音の悪い癖である。

その点を指摘するはずの猫鈴が動けないのは、実はまずい状態なのだが……。

『変なこと考えちゃダメー』

「ヴィヴィ、お願いだから監視しないでよ」

『マオリンの代わりー』

「それいわれたら、動けないじゃない」

『動くなー、金目の物を出せー』

「持ってないっつーの」

そもそも動くなといっておいて、何かを出せというのは見事な矛盾であった。

どうでもいいことである。

それはともかく、鈴音が動けないのは、ヴィヴィがしっかり見張っているためだった。

IS学園そのものであるヴィヴィは、その気になればそれぞれの部屋の状況を把握できる。

さすがに覗き趣味はないため普段は監視はしないが、鈴音は今、謹慎中だ。

よって千冬の依頼により、鈴音がおかしなまねをしないように見張っているのである。

『イチカやリョウヘイも心配ー、みんなも心配ー』

「うぅ~、ヴィヴィ、イヤミ覚えたの?」

『ホントのことー』

「それがイヤミだっていってんのよっ!」

現在の鈴音の状況については、既に仲間内には伝えられている。

身体を直すためと、無茶をした罰としての謹慎。

そのため、鈴音は、仲間たちとドア越しにしか話すことができない。

それでも、みんなには訓練もあるのでしょっちゅうというわけには行かないが、ちゃんと心配し、ときどき話にきてくれるのだ。

心配されていることは十分に理解している。

ただ、鈴音としては、このままでは取り残されているような気がしてしまうのだ。

『休むのもトレーニングー』

「あーもー、わかったわよっ、休むわよっ!」

『……リンなら絶対大丈夫だからー』

「ありがと」

最後に、本当に心配そうに告げたヴィヴィの一言に、鈴音は思わず苦笑いしてしまっていた。

 

 

 

 




閑話「優秀なる軍隊」

ペンタゴンで検査を受けているティナは暇を持て余しているためか、ふと思いついた疑問を口に出した。
「ドイツ?」と、答えたのはナターシャ。
「あそこにも権利団体あるでしょー?あっちのAS操縦者の……、確かハルフォーフ大尉だっけ。かなり動きが軽くないかなって」
「あそこは軍部が強いのよ」
そういってナターシャは解説する。
ドイツでは、軍部の力が大きいため、ドイツ軍所属のクラリッサを女性権利団体がどうこうすることができないのだという。
クラリッサ自身、軍人としてしっかりやってきているので、やはり軍の意向に沿った考えを持っている。
そうなると、女性権利団体も手の出しようがないのだ。
「一度、シュヴァルツェ・ハーゼに権利団体が息のかかった者を送り込もうとしたと聞いたけど……」
「聞いたけど?」
「わずか一週間で自ら除隊したそうよ。とてもじゃないけどついていけないって」
「へー」
「ドイツ軍は一般兵でも訓練が相当キツいって聞いてるから、エリート部隊じゃ無謀でしょうね」
生半可な覚悟では、シュヴァルツェ・ハーゼではやっていけないのだろうとナターシャは語る。
「でも、羨ましいなー」
「そうね。私ももう少し身軽に動きたいし、ドイツのハルフォーフ大尉は羨ましいわ」
アメリカは男女平等の気質が強いせいか、女性権利団体もまだ力を持っている。
その力に振り回される身のナターシャとしては確かに羨ましいのだろう。
だが。
『知らねーってのは、幸せだな』
『知らぬはほっとくの』
クラリッサとシュヴァルツェ・ハーゼと進化したワルキューレの性格を知っているヴェノムとイヴは、深いため息をついた。


そのころ。
「ああ、この一枚は最高だわ。可愛いわラウラ♪」
「「「はいっ、クラリッサおねえさまっ♪」」」
クラリッサが手にする写真に写っているのはドヤ顔をして、諒兵に突っ込まれているラウラの姿。
まあ、確かに可愛らしいのは間違いない。
『オーステルンの妨害を振り切って写したわ。自信作よ♪』
「「「ありがとうごさいますっ、ワルキューレおねえさまっ♪」」」
ドヤ顔をキメるワルキューレだった。
ちなみに外見は、犬耳と犬の尻尾をつけた淡い金髪の軍服姿の女性である。
そんなことはともかく。

「……なんでうちの軍隊はASまで技術を無駄遣いするの……」

アメリカのティナやナターシャと違い、ドイツ軍の内情を思い知っているアンネリーゼは項垂れていた。





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第119話「進化の種子」

武道場を一夏たちが使っているため、簪は久々に整備室で作業していた。

周りの協力で進化できたとはいえ、大和撫子はかなり面倒な性格をしている。

今後、どうやって付き合うかを考えるためにも、まずはASをそれなりに理解する必要があると判断したからだった。

整備室では、各機体データを本音がまとめていたので、協力を頼んでいる。

弾はというと……。

「なんでかお姉ちゃんにさらわれたの~」

「何で?」

「さあ~?」

最近はエネルギーの補給で整備室にいることが多かった弾だが、今日に限っては整備室に来た途端に虚に首根っこを捕まえられて引きずられていった。

名目上は、BSネットワークのチェックをするためらしいが、本音と話していた弾を見るなり、凍りつきそうな目をしていたのが非常に気になる本音である。

「心配することないと思うんだけど~」

「何を?」

「なんだろ~?」

イマイチ、自分の気持ちがよくわからない本音であった。

それはともかく、今日の整備室には珍客が訪れていた。

「こっちのデータはこれでいいのか?」

「うん、第3世代兵器について調べておきたいから」

と、箒の声に答える簪。

箒としても、他にやることがないため、簪の手伝いということで整備室を訪れていた。

一夏が誠吾と手合わせするということが気にならないわけではないが、やはり顔を出すのは憚られたのである。

なお、本来、こういう調べものをするのであれば、一番の協力者になれるのは大和撫子なのだが、なにぶん本人がやる気を出さない。

『メンドくさぁーいっ、やんなぁーいっ!』

そういったきり、不貞寝でもするかのようにまったく応答しなくなった大和撫子である。

それはともかく。

「こうして調べてみると、第3世代兵器もいろいろあるな」

「そうだね~、空間操作砲撃、BT兵器、AIC、同時稼動マニピュレーター、力場発生、液体型ナノマシン発生装置、みんないろいろ考えたんだね~」

 

龍砲。

ブルー・ティアーズ。

アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。

ゴリッラ・マルテッロ。

ゴールデン・ドーンの火炎操作。

アクア・クリスタル。

 

それぞれ特徴的な思念制御兵器である。

いろいろ考えたという本音の言葉は間違いではないだろう。

それだけ、ISという兵器には力があり、また魅力もあったということなのだろうと簪は思う。

「かんちゃんはイメージ固まったの~」

「まだ」

「何ができるかもわからないのに、すぐには無理だろう」

そういった箒のことばはある意味では正しい。

何ができるか、何ができないか。

まずそれがわからないと、作りようがないと思うのは間違いではない。

ただ。

「できるかできないかじゃなくて、やりたいかやりたくないかで考えようと思ってる」

「どういうこと~?」

「できなかったとしても、やりたいことをやりたい」

何事においても、結局はやる気が根底に必要となる。

やりたくないけどやる。

それが良い結果を生むとは考えにくいからだ。

ならば、できなかったとしてもやりたいことに挑むほうが、少なくとも簪の意識は前向きになれる。

自分で作るのなら、作りたいと思えるものを作りたいということなのだ。

「諦めることも時には大事だと思うけど、最初から思いを狭めたくない」

「……そうだね~」

簪の言葉を聞きながら、本音は微笑んでいた。

だが、箒は何かがチクンと刺さるような感じがした。

環境がやりたいことをやらせてくれなかった箒としては、最初から希望を持ち辛かった。

だからできることをやった。

それがたまたま剣道であり、結果として全中日本一になっただけだ。

でも、自分にもやりたいことはあったはずだと思う。

(私が、やりたいこと……)

一夏を想う前に、自分の意志で歩き出すための思い。

それはいったいなんなのかと箒は考え、思わず手を握っていた。

何かを掴むように。

 

 

束のラボにて。

千冬は束の報告を聞いていた。

今後の戦闘のために覚えておかなければならないことは山ほどあるからだ。

「では、システムは完成してるんだな?」

「後はメインユニットが届けば動かせるよ」

「そうか。少し遅れたが四日後にはフランスを発つそうだ。調整はこちらに来てからになるだろう」

AS操縦者ばかりに戦闘をさせるわけにはいかないということで開発していた新しい戦力の話である。

「あいつも調整してたし、そう時間はかからないよ」

「ラグの問題は?」

「これは頑張っても解消できることじゃないからね。ラグがあることを前提にシステムを組んであるよ」

ただ、やはりIS学園から遠いほど、ラグは大きくなると束は説明してくる。

「距離の問題はどうしようもないか」

「光を使ってもね」

物理的な距離をゼロにする方法でも作れない限りは不可能だと束はため息をつく。

それでも、少しでも戦力を上げていかないと、どこかで破綻してしまう。

否、一部で既にその兆候が出てしまっているのだ。

「……二度と鈴音にあんなマネはさせられんからな」

「気に入ってるんだ?」

「強くなるためにがむしゃらな生徒は嫌いじゃない」

そういって千冬は苦笑する。

もともと戦闘において才能のある千冬は、鈴音のようにがむしゃらになったことはそうはない。

ただ、鈴音を一人の生徒として考えるなら、必死にがんばっている姿を見て嫌いにはなれないだろう。

「いい教え子ではあると思ってる」

「束さんとしては、箒ちゃんのライバルになるから、あんまり好きじゃないな」

「それでいい。お前はもう少し好き嫌いで人を分けてもいいと思うからな」

教師らしからぬ言葉だが、束の場合、好き嫌いではなく、関心か無関心で人を分けている。

それが人付き合いが出来ない理由でもある。

そもそも束は人を知ろうとしないのだ。

しかし、人間社会で生きていく以上、そういうわけにはいかない。

人を知ること。

束がやらなければならないのはそれだった。

そして、人を知ることを学ぶ上で、嫌いな人間ができることも決して悪いことではない。

好きも嫌いも、相手を知らなければ生まれてこない感情だからだ。

「嫌いな人がいるなら、そのぶん好きな人を増やせばいいんだ」

「よくわかんないなあ」

「まだ早いみたいだな」

思わず苦笑してしまう千冬だった。

 

 

遥かな空の上で。

アシュラが座禅を組み、瞑想していた。

こうしていると、琥珀色の人形と相まって、本当に仏像のように見えるのがアシュラという使徒だった。

そんなアシュラにアンスラックスが声をかける。

『何用?』

『ふむ、強いていえば、其の方は何を考えているのか興味があるというところか。答えてくれるのか?』

『諾』と、そう答えたアシュラは、左右に浮かぶ悲哀と憤怒を起動させる。

『『頼まれれば戦う。それは変わらない』』

『先日のマオリンの主との戦いもそれゆえか?』

『『是なり。もっとも進化による高揚はあった』』

なるほど、納得はできるとアンスラックスは思う。

自分の意志で進化できたアンスラックスはそういった気分の高揚がほとんどなかったが、本来人の心に触れることで進化する仲間たちは、それなりに気分が高揚することもあるのだろう。

ゆえに、鈴音に対しては少し無理を強いてしまったということかと考える。

『『あの娘には悪いことをした』』

『倒す気は無かったということか?』

『『アシュラは本来は壁。乗り越えるべき障害』』

倒すというよりは、自分を乗り越えることで人が成長するようにと願うのがアシュラという存在である。

在り方は違えど、アンスラックスとそう変わらない。

手段が異なるに過ぎないのだ。

『『貴殿が人に進化を呼びかけたも変わらぬと考える』』

『全てを救えるとは思っておらぬがな』

それも本心だが、進化の可能性を提示するのは、アシュラが壁として人類の前に立ちはだかっていることと根本的な理由はほぼ同じとなる。

人類と自分たち。

その関係が、物いわぬ隣人のままでいる時期は終わるべきだとアシュラもアンスラックスも考えている。

『創造者が真に宇宙を目指すというのなら、『異なる存在』を理解する力を持たねばならぬ』

『『是なり。我らと人との関係は変わるべき時に来ている』』

束の目的である宇宙、未知の世界。

もし、仮にそこに人類とは別の知的生命体がいた場合、必要なのは対話だ。

結果として決裂に至ったとしても、まず話ができなくてはどういう存在かもわからない。

そしてそのためには、『自分たちとは異なる存在を理解すること』がもっとも重要となる。

それが、地球という大きな家に引きこもっている人類が覚えなければならない、宇宙という外に出るために必要な能力ということができる。

その力を得るために、アシュラは戦闘で人が成長する可能性があると考えた。

対して、アンスラックスは同胞との進化により人は成長するのではないかと考えているのである。

自分たちという人と異なる存在。

それが人とわかりあえるなら、その先に進むことは可能になるはずだ、と。

『オリムライチカとヒノリョウヘイは感覚でそれを理解した。それを考えると、シロキシが何故男性を乗せぬとしたのかがわからぬ』

少なくとも、人類全体が成長するためには、ISコアとの対話に挑戦する者は多いほうがいい。

性別はそこまで重要視するものではないはずだ。

それに、母数が増えれば成功者も増えるというのは当たり前の理屈だ。

わざわざ母数を半分に減らした理由は何か。

それがまったく見えてこないのだ。

『『それは我らにもわからない。彼の者は我らとも語らない』』

『いい加減、表に出てきて欲しいものだな』

そういってため息をついたアンスラックスは、さらに別のことを問いかけた。

『『金剛石の内に居た者?』』

『うむ。ティンクルと名乗ったあの者だ。其の方は悲哀と憤怒という代弁者を持つ。ゆえに何か知り得るかと考えたのだ』

『誤解』と、そう答えたのはアシュラ自身だった。

続けるように悲哀と憤怒が語る。

『『我らはあくまでアシュラの心の一面。アシュラと別なる存在に非ず』』

『その言い回しだと、あの者は違うと言いたげだな』

『『彼の者は金剛石とは別なる心を持っている。我らとは根本が異なる』』

悲哀と憤怒はアシュラの心の一側面であり、アシュラと考えを異にする存在ではない。

アシュラの考えを悲しみの面と怒りの面から語る存在であるという。

だが、ディアマンテと共にいるティンクルは、ディアマンテとは違う『心』を持っている。

そうなれば、それは一個の独立した存在ということができる。

つまり、ディアマンテとは生まれた場所が違うということだ。

『ディアマンテが生み出したわけではないと?』

『『その可能性も無くはない。しかし、無から有は生み出せない』』

むしろ、ディアマンテは『育んだ』というほうが正しいのではないかとアシュラは語る。

『そうなると、何か、ティンクルの基になるモノがディアマンテの中にあったということか』

『『何らかの種子を孕み、金剛石は進化に至った。我らはそう考える』』

『種子……』

そう呟くアンスラックスに対し、それが何かはわからないと悲哀と憤怒は説明してくる。

しかし、そうであるのならば、さらに別の疑問が湧いてくる。

ディアマンテに種子を与えた者がいるのか。

もしくはディアマンテがどこかで種子を取り込んでしまったか。

アシュラの語る『種子』がいったい何処にあったのかという疑問である。

『考えるほど疑わしい。同胞を疑うのは心苦しいのだがな……』

そういってため息をつくアンスラックスに、悲哀と憤怒は意外な言葉を発してくる。

『『毒は存外、良い選択をした』』

『ふむ?』

『『我らの位置では見えぬものが見えるやもしれない』』

『スマラカタやサフィルスは怒っているが』

『『毒は敵に非ず。味方に成れぬだけの者』』

毒、すなわちヴェノム。

こちらに話を聞く気があるなら、ヴェノムが語らないということは無いだろうという。

『確かに。今はヴェノムと成ったオニキスが何を知るかを待つか……』

使徒と成りながら、人と手を組むことを改めて選択したヴェノムに、人とISコアの未来を考えるアンスラックスは少なからず期待していた。

 

 

アシュラとアンスラックスがマジメな話をしていた場所から離れた場所にて。

スマラカタが完全破壊の危機に瀕していた。

『いやあんっ、怒らないでよお♪』

「ケンカ売ってきたのはあんたでしょーがッ!」

『そんなつもりじゃなかったのよん♪』

ティンクルがディアマンテの『銀の鐘』まで使うほど、割りとガチに攻撃していたからである。

痴女のようなビキニアーマーに包まれている存在感のある胸部が良く揺れる。

その度に、ティンクルの額に青筋が増えていく。

外見は長髪の真耶と鈴音そのものなので、端から見ると貧乳の鈴音が、爆乳の真耶に嫉妬して襲いかかっているようにも見えた。

『せっかく進化したからちょっと自慢しただけじゃないのよお♪』

「駄肉突き出して自慢してくりゃ誰だってムカつくってのッ!」

さほど見解に間違いはないらしい。

どうやらティンクルはダイナマイトボディを自慢したスマラカタに腹を立てて攻撃しているようだった。

『胸のこと、気にしてるなんて思わなかったんだってばあ♪』

「気にしてないわよッ、気にしてないけどムカつくのッ!」

『その態度は一般的には『気にしている』と表現するべきでしょう、ティンクル』

「冷静に突っ込まないでよディアッ!」

ディアマンテの言葉に思わず叫んでしまうティンクルだった。

ディアマンテには、今のティンクルにあまり協力する気はないらしく、自由にさせる代わりに、真剣にはサポートしていないらしい。

端から見れば、他愛のないケンカにしか見えないので、それでもいいのだろう。

そんな様子をちょっと離れたところで眺めていた二機がいた。

 

こうして見ると人間同士のケンカみたいね

 

まあ、そうだけど、ティンクルはやっぱり変わってんな

 

ヘル・ハウンドとコールド・ブラッド。

二機の目というかセンサーには、ティンクルのほうが変わって見えるらしい。

ティンクルがディアマンテと普通に会話ができるというのは、やはり独立進化した使徒というには異常なのだろう。

 

私はあの子、嫌いじゃないけど

 

嫌うとかは無いけどな

 

ただ、油断はできない。

コールド・ブラッドはそう考えていた。

完全な味方とはいえない気がするからだ。

敵対することは無いのだろう。

もし、その気ならかなりの戦闘力を持っているのだから、これまでも襲われていた可能性がある。

しかし、覚醒ISや使徒を襲うことはほとんどない。

目の前のじゃれあい程度がせいぜいである。

だが、人間とも真剣に戦ったことが無い。

つまり、今まで誰を相手にしても本気で戦ったことが無いのだ。

 

ディアマンテは誰と敵対してんだろうな

 

人の敵といっていたけど……?

 

悪い、独り言だ

 

そう答えてコールド・ブラッドは黙り込む。

ただ、その疑問は霧散するようなことは無く、心の中に確かに残っている。

ゆえに思う。

ディアマンテは既に誰とも戦う気がなく、ただ、この現状を維持するためだけに動いている気がするのだ。

それはまるで、何かを『壊さない』ために戦争を起こしたのではないかという、矛盾としか言い様の無い考えに至る。

破壊して変えるのが戦争だからだ。

戦争で破壊されないモノがあるのだろうか。

考えるほどわからなくなってくる。

 

厄介なヤツだな……

 

その呟きは誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 



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第120話「不器用な姉と妹」

スマラカタが起こした大型の襲撃から三日後。

平穏な日常を送りつつ、IS学園の面々は次の戦いに備え、自らを鍛えていた。

ちなみに、昨日の一夏と誠吾の手合わせは一夏の惜敗といったところだった。

今、一夏はブリーフィングルームで誠吾に先日の手合わせについて解説を受けている。

その場にいるのは謹慎中の鈴音を除いたいつもの面々である。

「体勢に無理があるんだろうね」

「無理?」

「死角からの一撃という考え方自体は間違いじゃない。ただ、そこから必殺の一撃を繰り出すとなると、無理が出てしまうんだ」

相手の意識の死角に潜り込む一夏。

そこから一撃を繰り出そうとすると、無理に体を捻じったりすることも多々ある。

並みの相手ならそれで十分に倒せるが、拮抗する相手だとそれが欠点になってしまうのだ。

「ザクロだっけ。一夏君と戦った相手は」

「うん。強かったよ。間違いなく千冬姉の分身といっていいくらいだった」

「だろうね。だからこそ、そのときのトドメに大きなヒントがあるはずだよ」

トドメ、そう聞いて先のザクロとの一騎打ちを思い返す。

後半は自らの獣性に振り回されてしまっていたが、最後の一撃だけはおぼろげに記憶している。

「……正面からの袈裟懸けだった」

「たぶん、それが一夏君にとって一番力を込められる一撃なんだ」

確かに、と一夏は納得する。

普段のように死角から隙をつく一撃ではなく、一気に近寄って斬る。

それだけの剣。

それだけの剣だからこそ、縛りを感じることなく全力で振れたという手応えが残っている。

『イチカも本質はチフユに近いのかな?』と、白虎。

「そう思うよ。効率のいい戦い方を考えるなら死角からの一撃は非常にいい選択だと思う。ただ、拮抗する相手との死闘ではそのほうがいいってことだろうね」

『ヒッサツワザになると思うネー♪』

確かに、ここぞというときには全てを斬り捨てるような強剣を振るうのも悪くないと思う。

普段からそれでは疲労も半端ではないが、強力な相手に見舞う大技として考えるなら、それは決して間違いではないのだ。

「逆に諒兵君は、もう少し避けることを考えていいんじゃないかな?」

「そうなのか?」

「手合わせしてみてわかったけど、諒兵君はたぶんスロースターターなんだ。戦闘中テンションが上がるほど、一撃の威力も上がるタイプだよ」

「あー、まあ、それはわかる」

「技の回転も速いしね。ただ、それだと互角の相手との殴り合いじゃダメージを喰らいすぎる」

思わず頭をポリポリと掻いてしまう諒兵だった。

確かに納得できるからだ。

接近戦での戦いで、肉を切らせるような戦い方をしていると、スタミナや防御力で勝る相手にはギリギリで負けてしまう可能性があるのだ。

相手の攻撃を喰らわずに、自分の攻撃を喰らわせ続ける。

そのためには一夏のようにある程度は死角に潜り込むことも必要になってくる。

『あなたがダメージを受けると私もダメージを受けるんです。ぜんっっっっっぜんっ、気にしてませんけど』

「イヤミだぞ、それ」

『あら、気づきました?』

しれっとした様子のレオにため息をついてしまう諒兵だった。最近、イイ性格になってきたレオである。

もっとも自分のダメージより、諒兵のダメージを気にしているのだが。

とはいえ、確かにいっていることは間違いではないと諒兵も思う。

勝つためだけではなく、生き残るため。

そのための戦いにおいて、ダメージを喰らいすぎる戦い方は賞賛されるようなものではないだろう。

先の戦いの鈴音がいい例である。

仮にアシュラに勝てたとしても、千冬はやはり謹慎を言い渡しただろうと理解できるのだ。

「命懸けで戦うのと命を削って戦うのは違う。それは理解して欲しいんだ」

「ああ、わかった」

誠吾の言葉に、肯くしかできなかった諒兵である。

 

その後も、それぞれの戦いについて、客観的に意見を述べていく誠吾。なかなかの教官ぶりである。

一人でよくやっているといえるだろう。

本来、この場には真耶がいる必要があるのだが、スマラカタの一件以来、日常では上がり症が赤面症へと進化してしまった。

女子生徒の前ならまだしも、男性の前に出られなくなってしまったのである。

戦場にも出られなくなってしまったかと思いきや、模擬戦は可能なので戦闘自体は何とかなるのだろう。

一夏や諒兵の相手も一応は務められるので、、要は戦闘やその前後という状況でなければ、誠吾の前に出られなくなってしまったというべきかもしれない。

そんなわけで。

「あと、今回の戦闘では一番の収穫がある」

今は誠吾と共に千冬がアドバイスを行っていた。

やはりISにも造詣が深くないと、全体を見たアドバイスはしにくいからだ。

この点では誠吾にはどうしても難しくなるので、刀奈が気を利かせて依頼していた。

「一番の収穫、ですか?」とラウラ。

「ああ。ラウラ、お前と諒兵が見せてくれた」

「愛の結晶ですねっ!」

「違うだろっ!」

すかさず突っ込みを入れる諒兵の姿に、一同思わず生暖かい笑みを見せたものである。

それはともかく。

「愛の結晶かどうかはともかく、あの合体攻撃は今後の可能性を提示している。ハミルトンとは違った意味でな」

「なぜ、そこにティナさんの名前が出るんですの?」

「ハミルトンの発想力はひょっとしたらお前たちより上かもしれんぞ。ただ変化させるのではなく、『組み合わせる』ことで選択肢が増えるからな」

先の戦いでティナが見せたプラズマエネルギーの糸による織物は、単純に攻撃方法を変えるだけではない。

パートナーの持つ力を、単体で使うのではなく、組み合わせることで新しい力を生み出すことにつながるのだ。

ヴェノムの持つ三つの武装。

クロトの糸車。

ラケシスの糸。

アトロポスの裁ち鋏。

この三つの武装を組み合わせて使うことで、新しい攻撃方法を生み出せる。

それこそが、無限に近い情報を持つ使徒を超えられる手段なのである。

「あのとき、スマラカタはハミルトンの作った織物を見て止まった。巧く追撃できれば、そのまま倒せた可能性もある」

「それってすごいことですよね?」とシャルロット。

その言葉に千冬は肯く。

そして、同じことがラウラと諒兵が見せた合体攻撃にもいえるという。

「威力も申し分なかった。ブリーズのブリューナクの威力に近いだろう。だが、それ以上にサフィルスが反応できなかったことが大きい」

「えっ?」と、全員が疑問の声を上げる。

『予想できなかったのです。サフィルスが持っていた情報の中に、あの合体攻撃に対応する情報がなかったために』

『人も変わらん。予想外の事態には止まる。だが、私たちはそれが起きやすい』

『あらゆる情報を持つからこそ、そこに『当てはまらないこと』に対して硬直しちゃうのよ』

と、ブルー・フェザー、オーステルン、ブリーズが解説してくる。

『大抵のコトは知ってるから、逆にじゅーなんせーがないのネー♪』

付け加えたのはワタツミだった。

使徒の弱点。

それは発想力がないことだと以前に語っているが、さらに悪い方向に出た場合、思考が止まってしまうのである。

それは、生死をかけた戦いの中では致命的に隙になるのはいうまでもない。

『あのとき私が反応できたのは、まずラウラが反応できたからだ。私一人ではフレンドリーファイアになってしまっただろう』

ラウラが気づいたことで、オーステルンはラウラの意志に従って動くことができた。

それが人と使徒の差である。

全知といえる大抵のASや使徒たちは、物事を正しく理解している。

例をあげるなら『1+1』の答えは『2』だと理解している。

しかし、人の発想次第では『1+1』が『3』、それどころか10や100にもなる。

それは1を数字ではなく、『一つの考え方』として捉えるということだ。

すなわち『1+1』を『諒兵の考え方+ラウラの考え方』として、『2』ではない答えを導き出したということである。

『これが、以前話した計算式を自由に作るということなんだ』

「私たち人間の持つ、可能性ということだ」

オーステルンに続いて千冬が語る。

同じような声で同じような喋り方をするので、どっちがどっちかわかりにくいが、言っていることは非常に重要なことである。

「ならば、今後は私たちがお互いの武装や力の組み合わせを考えていくことも重要ですわね?」

「そうだ。その組み合わせはお前たち自身で好きに決めるといい。自由な発想こそが、生き抜くための力になる」

「戦術とか考えなくていいのか?」と一夏。

「むしろ考えるな。夢物語を考えるくらいのほうが楽しいだろう?」

「あんときゃ、単に思いついただけなんだけどな」

「その思いつきが、今、一番大事なものだ」

自由な発想の先に新しい力が生まれる。

ならば、縛りなど設けないほうがいいと千冬は説明する。

「実際に使えるかどうかまで考える必要はない。その部分は私たちがフォローするから心配するな」

「はいッ!」と、そう答えた一同は、まずは遊んでみるくらいの気持ちで、好き勝手に喋り始める。

 

そこから少し離れた場所で。

「見事な教師ぶりですね」

「いい先生かどうか自信はないが、努力はしているからな」

誠吾の賞賛に、苦笑いを見せる千冬だった。

 

 

一方。

箒は久しぶりに一人で武道場にいた。

木刀を手に、簪が『見事』と表現した、本来の篠ノ之流を思い出すかのように舞う。

傍目に見ても美しいといえるような舞であろう。

奉納の神楽舞を舞うことのできる箒にとってはお手の物である。

だが、神に納めるために舞っているわけではない。

自分が何故、剣を手にしたか。

それを思い出すために始めたことだった。

しかし、箒の目には、敵の姿が映っている。

実際にそこにいるわけではない。

ただ、どうしても負けたくない相手を幻視してしまっているのだ。

「くッ!」と、小さな呻き声を漏らした箒は、舞を止める。

囚われないために舞を舞っているのに、敵の姿に囚われていては意味がない。

気持ちを切り替えなければと考え、箒はその場に座り込んだ。

そこに。

「箒ちゃん……」

「姉さん……」

少し悲しそうな顔をした束が現れた。

並ぶように腰を降ろした束に、箒はどう声をかけていいのかわからず、ただ黙り込む。

だが、それは束も同じであったようで、一瞬のようにも永遠のようにも感じるような沈黙が流れていった。

 

先に口を開いたのは束だった。

「随分、久しぶりな気がするね」

「そう、ですね……」

実際、箒と束が顔を合わせるのは、あの臨海学校以来だ。

あれ以来、箒はほとんど引きこもったまま。

束は覚醒ISとの戦争で、ずっと働きっぱなし。

マトモに話をする時間など、作れなかったのだ。

もっとも、束がISを作ってから、箒と束はマトモに会話する時間など作ってこなかった。

そもそも束はマトモに人と付き合わない。付き合い方がわからないのだ。

それは家族や箒に対しても同じだった。

過保護にかまうか、まったく無関心になるか。

一番理解できていないのは、人との距離感といえるだろうだろう。

親子。

兄弟。

姉妹。

友人。

知人。

他人。

様々な人間関係がある。

そして、それぞれ相手との距離は違う。

だが、束の場合、基本的に自分と興味対象という歪んだ関係しか作れなかった。

実の妹である箒ですらそうなのだから、親友の千冬も、その弟である一夏も変わらない。

興味対象は手元に、それ以外は廃棄場に。

それで人間関係を作っていこうというほうが無理があるのだ。

ただ、今は、自分が生み出したISコアが、己の意志で、心をさらしているのを見て、考えが変わってきた。

どうすれば、自分の子どもたちとうまく付き合えるか。

そう考えるようになって、自分の周囲の人間関係にも目が向くようになった。

人の優しさを、怒りを、悲しみを感じられるようになった。

そうなると、これまでの自分がいかに歪んでいたかよくわかる。

(ちーちゃんは、こんな私によく付き合ってくれたよねえ……)

千冬の場合、束とは別の意味で人間関係を作るのはうまくないのだが、逆にそんな人間同士であったために、親友といえる関係になれたのかもしれない。

そう思うと、出会いの妙を感じてしまう束である。

だが、と、束は軽く頭を振る。

今考えるべきは箒との関係だ。

姉と妹。

互いに人との距離感が掴めない姉妹。

同じ親から生まれたとはいえ、こんなところまで似る必要はなかっただろうにと思う。

束ほど極端ではなくとも、箒も人との距離感がわからないタイプだ。

だから一夏に依存してしまう。

好きという感情があるにしても、それが依存になってしまうのは異常なのだ。

ただ、最近の箒を見ていると、一夏に顔を見せられないという気持ちが、いい意味で一夏との距離を開けている。

友人に近い関係になりつつある簪ともいい関係だといえるだろう。

今だからこそ、姉としていえること、やれることがあるはずだと束は考えていた。

もっとも。

(何をいえばいいのかわからにゃいいいいい……)

対人関係のスキルが致命的に欠けている束だった。

『ママがんばれー』

応援してくれるヴィヴィのほうが実は人間関係を作るのがうまいのではないかと思ってしまう束である。

だから、箒が口を開いてくれたことは束にとって本当に幸運だったといえた。

「姉さんは、何故ISを作ったんです……?」

「えっ?」

幸運ではあっても、まさか爆弾を突き出してくるとは思わず、束は言葉を失ってしまったのだった。

 

 

そのころ。

ティナはヴェノムを駆り、自らに襲いかかるプラズマエネルギーでできた巨大な光の球を避ける。

しかし、追撃するかのように光の球は追いかけてきた。

光の鎖につながれたその球体は、操る者の技量の高さを示すようにティナを追い詰める。

それでも、ヴェノムのアコンプリスとして簡単に負けるわけにはいかないとティナは鮮やかに避けてみせた。

だが。

「まだまだっ!」

『そう簡単には逃がさないのっ!』

鎖のついた光の球、正確にいうならモーニングスターを操るナターシャは、的確な動きと正確な狙いでティナを追う。

かつてシルバリオ・ゴスペルの操縦者に選ばれたのは、伊達ではない。

単純な技量なら、国家代表のイーリス・コーリングほどではなくとも、順ずるほどの実力があるのだ。

しかし、だからこそ。

「じょーだんっ、やられないってーのっ!」

『気ー抜くなよッ!』

「わかってるっ!」

簡単に追い詰められるわけにはいかないとティナは宙を舞い続けていた。

 

ティナはまだアメリカにいる。

ナターシャが様々な制約により、なかなか戦場に出られないため、互いの訓練をかねて模擬戦をしているのだ。

ティナは程なくIS学園に戻るが、ナターシャはそういうわけにはいかない。

だが、戦場に出るときはいずれ必ずやってくる。

イヴのパートナーとして、人を守るために。

そのとき、無様をさらすわけにはいかない。

ゆえにせっかくだから戦ってみたいといったティナに、ナターシャは自分を鍛えなおす意味も込めて相手をしているのだった。

 

 

いい感じに汗をかいた二人は、シャワーを浴び終えるとラフな格好になり、ペンタゴン内のジムの一角で一息ついた。

「いろいろ考えるわね」

「まー、それがヴェノムが一緒に戦ってくれる条件みたいなもんだし」

ティナに発想力を求めているヴェノム。

そうなるとティナとしては、常に考えて戦う必要がある。

だが、ティナにとって、それほど苦ではなかった。

少なくとも、空を見ながら羨ましがっていたころよりは気持ちは充実している。

『考えるのをやめちゃー誰だって成長しねーだろ?』

『大事なことなの』

「その通りね」と、ナターシャは微笑んだ。

力を得た、その先を見据える。

それはどんなことでもいい。

力を得ることだけを考えていると、力を得たところで思考が止まってしまう。

『だから、アンスラックスのヤローが量産機連れてきても、進化できるやつは少ねーんだ』

『終わりたくて一緒にいるんじゃないの』

「なるほどねー」

人であれ、使徒であれ、それこそがもっとも危険な状態であるということだ。

『オレも目的があってティナと一緒にいるけどよ、そこで終わるつもりはねーし』

「それは私も同じかな。戦いが終わっても、まだやりたいことたくさんあるわ」

いうなれば、当面の目的と人生の目標というところだろうか。

人はその命を終えるまで、進もうと思えば前に進んでいけるのだ。

もっとも。

「当面の目的と人生の目標。両方持つのは大変なんだけどね」

そのことの難しさを知るナターシャとしては苦笑する他ない。

そんなナターシャを見たティナが思わず呟いた。

「ばばくさー」

「怒るわよ♪」

「申し訳ございません」

にっこり笑うナターシャに恐ろしいものを感じ、すぐに謝るティナだった。

 

 

 

 



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第121話「束の想い」

武道場で並んで座っている篠ノ之の姉妹。

妹は何も言わず、姉は何も言えずにいる。

箒は既にいいたいことはいってしまったから、もう何もいう必要はない。

だが、束は何をいえばいいのかわからないので、固まってしまっていた。

(沈黙が痛いぃぃぃぃぃっ!)

横から突き刺さるような何かを感じてしまい、束としては逃げ出したいくらいである。

実際、束は世界を変えた『天災』などといわれているが、実際はニートの引き篭もりだったといったほうが正しいだろう。

やりたいことをやっただけで、姉として、人としてやるべきことをやってきたとは到底いえないからだ。

本当は、世界に立ち向かうべきだった。

変わる前の世界にも、変わった後の世界にも。

しかし、そうすることを避けた。

他者とどう接していいのかわからないからだ。

基本的に束は受け身の人間で、向こうから接してくれる相手でなければ付き合えない。

その上で、相手に関心がなければ無視してきたのだから、これで友人知人が作れるはずもないだろう。

本当に千冬は奇特な人間だと今さらながらに感じてしまう。

そして、困ったことに箒は束と良く似ている。

つまり、この姉妹、普通に二人でいると話が進まないのだ。

だが、そんな箒が、どう思ってかはわからないが束に心を少しだけぶつけてきた。

箒の運命を捻じ曲げてしまったIS。

実際には嫌っているだろうソレについて、作った張本人の気持ちを尋ねてきた。

だが。

(うにゃぁぁぁぁっ!)

いきなりこんな質問が来るとは思わなかった束としては、どういえばいいのかわからず、混乱してしまっていた。

当たり障りのないことから話していこうと思っていただけに、何を答えても爆発しそうな質問に対して、対処方法が見えてこないのである。

そこに。

『ママ落ち着いてー』

(ヴィヴィ助けてえぇぇぇっ!)

娘の声に助けを求めてしまうあたり、なんともダメなママである。

『ママは私たちを生んだときー、イヤな気持ち持ってたのー?』

(そっ、そんなことないよっ、いろんな世界にいってみたいって気持ちが一番だったんだからっ!)

『ならー、素直にいえば大丈夫ー、ホウキもわかってくれるからー』

(そ、そうかなあ……)

『私ねー、ママに生んでもらって嬉しかったー♪』

フッと、心が軽くなるのを束は感じた。

生んでもらって嬉しかった。

そういわれるのは母親として一番誇れることかもしれない。

自分の娘がそういってくれている。

それは十分に胸を張れることのはずだ。

なら、箒もすべて理解してくれるとまでは思わないが、少しはわかってくれるかもしれない。

(ありがとね、ヴィヴィ)

『応援してるー』

だから、ヴィヴィの言葉に従い、素直な気持ちを打ち明けることにした。

「私ね、知らないことを知りたかったんだよ」

「……姉さんに知らないことなんてあるんですか?」

『天災』と、呼ばれるだけにたいていのことができてしまう束。

頭脳ばかりが取り沙汰されるが、身体能力も千冬とほぼ互角である。

端から見れば超人にしか見えないだろう。

そんな束に知らないことなどあるのだろうかと箒は考えたらしい。

だが。

「いっぱいあるよ。空の果てには何があるんだろう。海の底には何がいるんだろう。地の果てはどんな場所なんだろう。私は今でも全然知らないよ」

実際、空の果て、宇宙にいったわけでもない束が、其処に何があるのか知るはずもない。

海の底にいったわけでもない束が、其処に何がいるのか知るわけがない。

地の果てまでいったわけでもない束が、世界にどんな場所があるのかなど知りもしない。

でも知りたい。

だから、『其処』、すなわち未知の世界に行くための『服』を作ったのだ。

「いろんな場所にいって、いろんなものを見たい、知りたい。それがISを作った最初の理由だったんだ」

「じゃあ、なんで兵器として作ったんですか?」

次の疑問が飛び出してくる。

確かに、今、ISは兵器として扱われている。

それは、そもそも束がそれだけの戦闘力を持たせてしまったからだ。

ゆえに、兵器として作ったと思われても仕方ないだろう。

ただ、束としては。

「未知の世界に行くためだからね。其処にどんな危険があるかもわからない。私は確かにいろんなものを知りたいけど、其処で死にたくはないんだ。だから、身を守るための力としてつけておいたんだよ」

兵器として作ったわけではなく、身を守るためにつけた力が、兵器だと捉えられているということである。

ISにある絶対防御やシールドを考えてもらえれば理解できるはずだった。

白騎士事件を起こしたとき、一番見て欲しかったのは攻撃能力ではない。

どんな攻撃にも耐えられるように頑強に作った防御能力と、いち早く危険から逃れられるように作った機動力だったのである。

数百発のミサイルを喰らっても、エネルギーがある限り、操縦者の身に危険が及ばないように作ったものなのだ。

そもそも事件のとき、攻撃能力に関しては、近接ブレード一本だけしかなかったのだ。

千冬の剣の実力で圧倒的な攻撃力を持っているように見えただけで、実のところ兵器としての攻撃力はほとんどなかったのである。

身を守るための動きやすい防護服、宇宙服、それがインフィニット・ストラトス、すなわちISなのである。

「空の果て、海の底、地の果て。いろんなところに飛んでいける翼。それが私にとってのISだよ。その気持ちは最初から今でも変わってないんだ」

束はエゴイストだ。

自分が知りたいものを知るため。

その大きな好奇心こそが原動力で、そのために周りがどう思っても気にしない。

でも、それは果たして責められるようなことだろうか。

束自身は、何も変わってなかったし、何も変えなかった。

自分の好奇心を満たすために、ISを作っただけなのである。

ただ単に束が作ってしまったものが、優れていただけだ。

それを利用して世界を変えたのはまったく別の存在である。

より正確にいうなら、世界、社会がISを利用して変わったといえるだろう。

そこに束の意志は介在していないのだ。

であるならば、束は世界の被害者といえるかもしれない。

だが。

 

「だったら……、何であんな事件が起きたんですかッ!」

 

箒の怒鳴り声に一瞬ビクッとしてしまった束だが、話の流れからその話に行き着くことは理解していた。

先にも語った『白騎士事件』

それを起こしたのは他ならぬ束だ。

ただ、箒の言葉を反芻してみると、束が起こしたものだとは知らないらしいと理解できた。

だが、箒には真実を知る権利があるだろう。

白騎士事件によって、ISによって運命を捻じ曲げられたといえるのだから。

ゆえに、束は真実を打ち明けた。

「ふざけるなッ!」

「理由を聞く気はある?」

激昂する箒に、束はあくまで冷静にそう告げる。

目立ちたいから、自分の力を見せびらかしたいから。

普通はそう思うだろうが、実のところ、束が白騎士事件を起こしたのはもっと現実的な理由からだ。

その理由を聞く気はあるかと、箒に問う。

「嘘をつかないと約束できるなら」

箒も幾分かは感情を抑えているのか、怒鳴りはしなかったものの震える声で答えてきた。

「嘘はつかないよ。ごまかすつもりなら、このことだって話したりしないよ」

「……わかり、ました」

いうとおり、箒に対して嘘をつくつもりであったなら、白騎士事件の真実も打ち明けたりはしない。

そのことが理解できたのか、箒は気持ちを落ち着けるようにして束の言葉を待っている。

「順を追って話していくね。まず箒ちゃん、ISの開発費は知ってる?」

「……一機、数百億とか。大雑把にしか……」

「うん、それがわかってれば十分だよ」

量産機であれば、もう少し開発費は下がる。

しかし、これが鈴音たちが纏っていた第3世代の試作機なら、構想段階から考えれば、千億に届くかもしれない。

軍事兵器とは、そういったとんでもなく高額の開発費で作られているものなのだ。

「今だからそれだけかかるっていえるんだけど、最初に私が作ったときも、それほど変わらないんだ」

「でしょうね……、えっ?」

「気づいた?」

「数百億近い資産なんて、うちにはありませんよね?」

篠ノ之神社は古い歴史を持つので、実はある。

正確にいうと神社周辺の土地も篠ノ之神社の持ち物なので、売り払えば相当なお金にはなるのだ。

もっとも、神社が土地を売るなどめったにあることではないが。

「正確にいえば使える資産じゃないってコト。要するに無いって思ってくれればいいよ」

「じゃあ、姉さんはどうやって白騎士を作ったんですか?」

「株とかFXとか、まあいろいろ。このあたりはホラ、私の領分で何とか稼げるから」

それでも、IS一機を作るだけのお金を稼ぐのは相当に苦労したのは間違いない。

稼いだお金は片っ端から白騎士の材料費に消えていった。

それでも、今後ISを作っていく上で、一番考えたのは結局はお金のことである。

「実のところ、コアを作るお金は何とかなったから、最初はコアだけあればいけるって思ってたんだけどね」

「何がです?」

「スポンサー探し」

「スポンサー?」

最初、束は白騎士のコアを開発した。

そして、それを元に作成可能な、高い機動力と防御力を持った防護服であり宇宙服、すなわちISの開発構想を元に、スポンサーを探すつもりだった。

宇宙開発の新しい力となるISは、人類に必要とされるだろう。

そう考えて何十社、時には国に対しても売り込んだ。

だが。

「全滅。高校生の『ちょー可愛い』女の子の開発構想なんて、誰も相手にしてくれなかったよ」

「可愛いは余計です」

「冷静に突っ込まないでっ!」

それはともかく。

まったく相手にされないのでは、今後の開発構想も頓挫してしまう。

そこで束は思った。

実物の性能を見せない限り、世間は動かない。

ならば、実物を作る必要がある。

「さっきもいったけど、とりあえず一機開発するなら、お金を稼ぎながら何とかやれたんだ。だから、一機、つまり白騎士を開発したの」

同時に、白騎士の性能をセンセーショナルに世間に見せるにはどうすればいいかと考えた。

そこで思いついたのが。

「白騎士事件……」

「そう。各国にハッキングして、五百発くらいのミサイルを撃たせた。計算上、それなら問題なく落とせるってわかってたから」

「待ってくださいッ!」

「なに?」

「あのときは二千発以上が日本に向かっていたんでしょうッ?!」

公式な記録として残っているので、間違いはない。

つまり、束がいっている数は少なすぎるのだ。

だが、束にしてみれば、本来発射される数は五百発で間違いないのだ。

「残りのミサイルの軌道を計算すればわかるけど、あれは最初アジア全体に向かってたよ。白騎士が落とさなければ、アジア各国に相当な被害がいってただろうね」

「それじゃあ……」

「どこのどいつかは知らない。興味もない。ただ、あのとき私のハックに便乗して、戦争を起こそうとしていたやつがいるんだ」

二千発のミサイルは、都市部から外れたところを狙っていた。

国力を殺ぐ目的もあろうが、国を一発で沈めては戦争にならない。

互いを憎しみ合わせるため、束がハックした以外のミサイルが発射されたのである。

「そんなとんでもない事態だったんですか?」

「私も驚いたよ。世界は私が知るよりはるかに暗くて深いものなんだってね」

とはいえ、それは白騎士の力によって、白騎士の力が届く範囲に集めることができた。

そして千冬の実力もあり、二千発のミサイルは被害を出す前に落とされた。

「もちろん、破片とかが各地に降った。ただそれでも被害にならなかった。これは事実」

「それって……」

「白騎士は自分に集中させて背後にある日本全体を守ったんだ。あの子、この国を守る神器の一つだったしね」

八咫鏡に宿っていたという白騎士のコア。

日本を守るという意味で考えるなら、当然の役割を果たしてくれたということだろう。

それどころか、確実に第三次世界大戦になるのを未然に防いだ存在ということができる。

世界までも救ったのが白騎士だったのだ。

ただ、ここでいいたいのはそんなことではない。

「話を戻すけど、要はあの事件は私がスポンサーを探すために起こしたものだから、私の責任なのは間違いないよ。便乗した連中がいたけど、それを言い訳にはしない。きっかけは私だからね」

「姉さん……」

「そのバチが当たったのかな。結果として、ISはその優秀さを認められたけど、私の望む方向にはいけなかった」

「望む方向?」

「頑張ったんだよ……」

束が身を隠すまでの数年間。

束は白騎士事件の際のデータをもとに、ISによる宇宙開発を訴え続けた。

結果から見れば、機動力、防御力、共に素晴らしいものであることを証明できたのだ。

ならば、今度は話を聞いてくれると束は思い込んだ。イヤ、そう信じていたといってもいい。

束はある意味では普通の人よりはるかに純粋すぎるのである。

「最初の計算外は、白騎士が男の人を乗せないって決めたこと。そのために女尊男卑の風潮が生まれた」

「はい……」

「次の計算外は、ISの力を自分の力と勘違いしたバカ女が大量に出てきたこと。そいつらをうまく押さえ込むために、表面上でごまかされた女尊男卑社会が作られた」

これはかつてアメリカ大統領か自国の女性権利団体に説明している。

本当の意味で女性が社会を作っているのではなく、男性が作った社会の一部、檻と言い換えてもいい場所に押し込められただけだ。

ただ、表面的には女性が好き勝手に振舞えるようになったことで、ほとんどの女性が騙されてしまっていた。

しかし、要所要所では、結局男性が動かしていたところも多いのである。

「この件で思ったよ。男って私が考えるよりはるかに狡猾なんだってね。でも、それも時間が経てば変わったかもしれない。ちーちゃんもいたしね」

「織斑先生が?」

「ちーちゃんはこのことに気づいたから、教師として後進の指導、もっというなら世の中は男性と女性がバランスよくやっていくことで回るものだってことを教えようとしてるの」

男尊女卑でもなく、女尊男卑でもなく、真の意味での男女平等、それぞれが自分の持つ個性を生かせる社会。

千冬はそこまでを考えて教師をしているのである。

もっとも、それとて完璧とはとてもいえない。

千冬も一人の人間に過ぎないからだ。

ただ、少なくともその考えにIS学園の人間は共鳴している。

学園長以下、教師陣はほぼ同じ考えを持って教壇に立っているのだ。

「まだまだ時間はかかるだろうけどね」

「……そんなこと、考えもしませんでした」

「これは大人が考えることだよ、箒ちゃん」

実際、箒のように学生が考えるべきことでもない。

社会を構成しているのはすべての人間だが、社会に影響を及ぼせるのは一部の人間だからだ。

少なくとも、今の箒には社会に影響を及ぼすことはできない。

しかし、束は違う。

社会に影響を及ぼせる側の人間だ。

そして、結果として社会が変わった以上、束は社会、もしくは世界に立ち向かう必要があるのだ。

ただ、ディアマンテが起こした離反まで、そんなことは考えもしなかった。

束にしてみれば、勝手に事件を拡大され、勝手に女尊男卑の社会になり、勝手にISが珍重されるようになった。

束にとって、ISは突き詰めていえば未知の世界に行くための翼、すなわち道具である。

大事なことは未知の世界にいけるようになることだったのだ。

そのための道具が、ここまで世界を変えるなんて、さすがに束も想像していなかったのである。

だから、束にとっては余計なことで手を患わせられているような気持ちで、正直にいえば面倒だったのだ。

ゆえに考えなかったということができる。

ただ。

「なら、何故、ISには心があるんです?」

束はISを最初から心があるように作ったと箒は思ったのだろう。そんな疑問が飛び出してきた。

何故なら、束は最初からコアには心があると訴えていたからだ。

つまり、束はISに心があることを理解しているということができる。

そして、心がある存在が、簡単に人間のいうことを聞くだろうか。

答えは否だ。

それは今の人類対ISの戦争が証明している。

人は、ISとの付き合いを間違えていたということができるのだ。

だが、道具として使うはずのものに心など必要だろうか。

無論、道具を大事にすることはとても大切な、道徳的な考えといえる。

しかし、いうことを聞かないような強烈な自我を持たれては、道具として満足に使うことなどできないだろう。

つまり、必要ないものを付け加えたということができるのだ。

とはいえ。

「実はね、私も計算して心があるように作ったわけじゃないんだ」

「えっ?」

「確かに、初めてコアを、白騎士のコアを作ったとき、自己進化機能は組み込んでた」

「自己進化?」

「正確にいえば適応力。つまりどんな環境かを捉えて、その環境に適応できるように自分を変えられるように。コアはそう作っておいたんだ」

噛み砕いていえば『考えて、自分を変えていく力』だ。

その場所にすばやく適応することで、操縦している人間が生身では適応できなくても、ISに乗っていれば適応できるように。

予想できない環境でも生きていくことができるように。

そう考えて付け足したのが『自己進化機能』だったといえる。

紅椿の無段階移行は、もともとコアが持っていた自己進化機能を機体に付与したものであり、実はそう特別なものではない。

実のところ進化能力自体はすべてのISコアが持っているのだ。

そのために人の心が必要か否かという違いしかないのである。

「けどね、明確な心を作ったつもりはなかったんだよ」

そもそも『心』なんて作れるものじゃないし、と、束は苦笑する。

ただ、束はISコアには心があると知った。

心を作ったのではなく、完成したISコアを通電したときに知ってしまったのである。

だから束は『心がある』と訴えたのだ。

心を作ったのではなく、最初から其処にあったものだと。

「最初から?」

「びっくりしたよ。何せ、向こうから話しかけてきたんだから」

そういった束は、遠い目をして、あの日のことを思い出すように語りだした。

 

 

 

 



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第122話「白き騎士は語る」

人類とISの戦争が起こるより十年前。

 

一週間かけて精製、プログラミング、そして通電確認が終わった透明な球体を見て、束は満足そうに肯いていた。

「ぬふふ~、やっぱり束さんは天才だねっ♪」

これこそが後にインフィニット・ストラトスと名付けられるパワードスーツのコア、すなわちISコアである。

「これがあればどんなところにだって行けるようになる。あ~、早く行ってみたいなあ」

まだ、束自身、純粋だといえる年で、そのぶん夢見る少女といってもいい頃のことだった。

 

丈太郎のASコアと違い、束のISコアは、空を飛ぶだけのものではない。

未知の世界での活動を考えたものである。

ゆえに、もっとも大きな違いは「自己進化能力」ということができた。

環境にあわせて適応できる能力として束は考えており、情報を集積、分析して、自身に反映させることができる機能をISコアに持たせていたのである。

ただそれは、心があるようなものではない。

わかりやすくいえば、オート・インテリジェンス。

つまりはAIだ。

手に入れた情報をもとに、どうすれば環境に適応できるかと考えることができるようにしていたのである。

とはいえ、それだけの機能であったため、人間と会話することなど到底できるはずがない。

あくまで環境に合わせて自己を変える。

正確にいえば制作する予定のパワードスーツを変化させる程度の機能だった。

だから、最初は、その『声』に気づかなかったのだ。

 

これ

 

「うあー、これマトモに作ったらお金が足んないよー」

 

これ、タバネ

 

「スポンサーが必要だなあ。ちーちゃんはこっち方面からっきしだし、自分でやるかあ」

 

これ、聞いておるのか?

 

「コアがあれば何とかなるかなあ。後は束さんの魅力で」

 

とっとと気づかんかッ、この戯けッ!

 

「うみみゃあっ?!」

束にしてみればいきなり怒鳴られた気分だった。

すぐに周りを見渡してみるが、誰もいない。

そもそも束はラボには誰も入れさせないようにしていたのだから、誰もいるはずがない。

「気のせいかな……?」

 

気のせいでないわっ!

 

「ふえぇっ?!」

間違いなく、自分に呼びかける者がいる。

だが、周りには誰もいない。

いつも使っている高性能のPCと無数の機械群、そしてできたばかりのISコアだけだ。

当然、束は『声』が目の前の球体から発せられているなどとは思わなかった。

「いったいなにっ?!」

 

ここじゃ。目の前におろうが

 

「目の前?」

そういって視線を向けた先にあるのは、通電したばかりのISコア。

「いやいやいや、束さんをからかっちゃダメだよ。どこにスピーカー仕込んでるの?」

 

仕込んどらんわ

 

「だって、これに話す機能なんてないよ……」

冷や汗ダラダラになりながら、ISコアに突っ込む束。

単純に考えると、幽霊でもいるのかと思ってしまう。

 

じゃから、妾はお主の頭に伝えておる

 

「ど、どうやって?」

 

一種の電波通信じゃな

 

ISコアが語るには、微弱な電波を束の前頭葉にぶつけることで『声』を届けているらしい。

そんな機能をつけた覚えがない束としては、呆然とするしかない。

いくら自分が天才でも、ISコアが自力で、しかも電波を操って話せるように作った覚えはない。

「いったい何なの……」

 

それは妾にもわからんのう。気づいたらここにおった

 

「というか、君は誰?名前は?」

 

お主らでは発音できん。適当につけい

 

「そういわれても……」

一応、後々機体につける名前として、インフィニット・ストラトスという名称は考えていたが、ここまで個性的な喋り方をする存在につける名前ではない。

そう感じた束は、とりあえずいずれ制作する予定の機体の名前の一部を使うことにした。

「シロでいい?」

 

妾は犬か、戯け

 

「いや、白騎士って機体を作るつもりなの」

だが、喋り方から考えると、どうしてもこの『声』に『騎士』は合わない気がするので、『シロ』にしたと束が説明すると、『声』は納得した様子を見せる。

 

仕方ないのう。シロで良い

 

「あ、ありがと……。それで、シロはいったい何なの?」

 

何といわれてものう。お主が作ったもんじゃろう?

 

「いや、君みたいなのを作った覚えはないよ」

どのようにプログラミングすれば、ここまで個性的なAIができるのだろう。

思わずそう思ってしまうほど、シロは実に個性的な喋り方をしている。

少なくとも、束は意図してこんなものを作った覚えはない。

 

そういうても、此処におるのじゃから仕方なかろうて

 

「何か、けっこうのん気だね……」

 

妾はのん気ではないぞ。のん気といえばあやつのほうじゃ

 

まさかこんなのが他にもいるのだろうかと束は一瞬途方に暮れてしまう。

ちなみに、このときの束は知る由もないが、シロがのん気だという存在は既にいたりする。

シロとは別の意味で、自分の主の頭を抱えさせる存在である。

それはともかく。

 

妾としてはお主と話ができるのはなかなかの幸運なのじゃ

 

「えっ、そうなの?」

 

せっかくの機会じゃ。何故妾を作ったか話すが良い

 

なんというか、ナチュラルに上から目線で話してくるのだが、まったく嫌味がない。

あまりに自然すぎて、まるでどこかのお姫様か何かと話しているような気分になってきた。

束にしてみれば、興味が湧いたともいえる。

まさか、自分が作ったものとこんな風に話ができるなどとは思っていなかったからだ。

ゆえに、束はISコアを作った理由をシロに語って聞かせることにしたのだった。

 

 

 

話を聞いていて、箒はぽかんとしてしまっていた。

束の話を聞く限り、白騎士は個性的なISコアの中でも、トップクラスに個性的だと思えたからだ。

というか。

「どこかのお姫様ですか?」

「どうだろう。自分のことは明かさなかったんだよ。いずれ話すからって」

ここでいうお姫様とは、はっきりいえば日本風の姫君のイメージである。

というか、豪奢な和服を纏う女性のイメージになってしまっていた。

「一応、天狼が元は『八咫鏡』っていってるけど、それだけじゃないと思うんだよね」

「何故です?」

「だって、私の名前、聞く前から呼んだんだもん。まるでこっちのことを知ってるみたいだったよ」

確かに、束の回想において、シロは束の名前を自分から呼んでいる。

単に情報を読み取ったと考えることもできるのだが、何故か、それだけではないように思える束だった。

それはそれとして。

「でも、いっていることが本当だとしたら、三種の神器それぞれにISが宿っていたことになるんですね」

正確には、エンジェル・ハイロゥの電気エネルギー体がISに宿る前に器物に宿っていたということであり、別にISが宿っていたわけではない。

ただ、箒はそもそもISコアやAS、または使徒にあまり興味を持たなかったので、知識が微妙に足りなかった。

「ま、ね。草那芸之大刀っていうか、草薙剣はもう倒されちゃったけど」

「えぇっ?!」

「いっくんが、ね……」

そういって束は寂しそうな目をする。

一夏が倒した相手、つまりザクロこそが、かつて草那芸之大刀に宿っていたのである。

束はこっそり天狼に聞いていたが、そのことを一夏や千冬には明かしていない。

明かしたところで、ザクロが帰ってくるわけではないからだ。

もしかしたらまた草那芸之大刀に宿っているのかもしれないが、それを探す気にもなれなかった。

形はどうあれ、ザクロという使徒はもう倒された存在なのだから。

ただ、今は心穏やかであって欲しいと願うばかりだった。

「八尺瓊勾玉は?」

「それは知らない。私も全部のISコアを知ってるわけじゃないよ。今じゃ、わからないことのほうが多いかも」

実際、ISコアはもともと束にもわからないブラックボックスがあった。

今はそれが宿っていた者たちのことだと理解できるが、そのASや使徒たちのことも、全部わかっているわけではない。

だからこそ、愛しいと思う気持ちがあるのだが。

「いずれにしても、そうやって私とシロは出会ったの。そして、シロは私の夢を知って、協力してくれるようになった」

「協力?」

「ヘソ曲げたら絶対動かないけど、機嫌のいいときは持ってる知識を教えてくれたりもしたよ。だから白騎士が完成できたといえるしね」

「……白騎士……」

「うん、さすがにあの事件を起こしたときは、怒ってたけどね……」

呟くような箒の言葉に、束は悲しそうに目を伏せ、再び語り始めた。

 

 

 

ラボで、束は真剣な表情で考え込んでいた。

シロというか、ISコアを持ってスポンサー探しを行ったが全滅。

その後、すぐに再び売り込みにいったわけではなく、白騎士の原型ともいえるパワードスーツを制作して再び売り込んだのだが、相手にされなかったのだ。

パワードスーツ自体は、実は難所での活動においてもっとも重宝されるものである。

ロボットを作るよりも比較的安価で、かつ、危険性が少ないからだ。

一番重要な点は動力源である。

さすがに現代の技術で核融合炉はまだ未完成。代替品となる動力源も今のところ小型化ができていない。

その意味では、ISコアは非常に重宝されるべきものでもある。

ただ、それでも束が相手にされなかったのは……。

「女じゃダメだっていうのっ?!」

 

落ち着け。お主が相手にされんのは女だからではないぞ

 

「じゃあ何っ?!」

 

子どもだからじゃ

 

束は現実との折り合いがつけられていないとシロは説明してくる。

間違いなく、このときの束はまだ子どもだった。

現実的に考えて、ISを作るメリットを提示することができていなかったのである。

夢は人を動かす源になるが、社会を動かす源にはならないのだ。

関わる人間が多ければ多いほど、社会というものは夢では動かない。

はっきりいえば、社会を動かすとなるともっとも重視されるのは『金』だろう。

極論ではあろうが、要はその夢に現実的な利益を見いだせなければ、夢は夢のまま消されるだけだ。

 

タバネ、お主の夢は価値はあるのじゃ

 

だが、その価値に対してお金を出してもいいと思えるほど、束自身が信用されていない。

ISを作ることでどんな利益が生まれるかということを伝えられていないのだとシロはいう。

「利益ったってさあっ、宇宙服だっていってんじゃんッ!」

宇宙開発を行うための新しいスーツとして考えたのだから、そう説明すればいいと束は考え、実際にそう説明してきた。

理論上ではあるが、ISは真空状態でも活動できるように作られている。

実験が必要だというのであれば、そのバックアップはさすがに企業か、国の力を借りる必要があるが。

実際に実験して、何か欠陥が出るとしても、束としてはすべて計算しているので、対応できる自信もあった。

ただ、それ以前に誰も相手にしないということこそが問題なのだ。

一歩も前に進めていないのである。

この状況はさすがに束としても腹立たしい。

 

落ち着け。時間はかかろうが方法はあるじゃろう

 

「例えば?」と、ブスっとした顔でシロに聞き返す束に、シロは一つため息をついた。

 

まずは進学じゃ。理工系の大学の研究院に入るとかじゃな

 

既に今の段階でも、そこいらの教授にすら負けないレベルのものが作れる束なら、入学直後から予算を回してもらえるだろう。

独力で白騎士を組み上げているのだから、むしろ欲しがってもおかしくない。

だが。

「バカと一緒に研究するなんて真っ平だよ」

と、束はにべもない。

同年代どころか、下手をすれば人間の中に同レベルの頭脳がいない可能性がある束としては、自分よりレベルの低い連中と一緒に研究する気などない。

そもそも重度のアスペルガー症候群の気がある束。

コミュニケーション能力にも欠陥があるのだ。

うまくやっていける可能性は非常に低かった。

 

次に考えるならバラ売りじゃな

 

「バラ売り?」

 

センサー一つとっても数世代先のものができたのじゃ

 

医療関係など、宇宙開発とはまったく関係のない分野に売り込んでいくことも一つの手だという。

スーツ自体、義肢の開発に対しても有効だろう。

欠損部分を補えるだけの力が十分にある。

また、自力で空を飛ぶことができるのだから、その点だけを売り込んでもいい。

束が作った白騎士は高機能の塊だ。一つずつ別の分野に売っていくことも可能なのである。

時間はかかるだろうが、いずれは目的に辿り着けるだろう。

しかし。

「私は早く宇宙に行きたいのッ、のんびり待ってる気はないんだよッ!」

 

何故じゃ?

 

「時間かけてたらおばあちゃんになっちゃうじゃんッ!」

 

そこまで時間はかからんじゃろう。何を焦っておる?

 

シロが不思議そうに尋ねると、束は顔を真っ赤にして叫んだ。

「早く宇宙人に会いたいのッ!」

 

宇宙人?

 

「きっとどこかに私より頭のいい人がいるはずなんだっ!」

 

タバネ……

 

その束の叫びでシロは何故束が焦っているのか、急いでいるのかが理解できた。

今のところ、束にとって友人といえるのは同い年の千冬だけだ。

しかし、千冬は確かに身体能力も高く、頭脳もそれなりだが、束と比べれば、特に頭脳は劣る。

自分と同じレベルか、それ以上の頭脳を持つ話し相手が欲しいのである。

しかし、地球上に束と互角の相手はいない。

正確には、束の前には現れていない。

だから宇宙にその存在を求めているのである。

束は寂しいのだ。

孤独なのだ。

誰と話していても、この地球にたった一人しかいないような気がしてたまらないのだ。

束が欲しいもの、それは同じレベルで話ができる『友だち』なのである。

 

方法はまだあるがの……

 

その声は、苦渋に満ちていた。シロとしてはその道だけは話したくなかったのだろう。

しかし、古来より、もっとも科学技術が必要とされてきたのは、その道だった。

ゆえに一番手っ取り早い。

だが、その道を目指せば、束は死の商人といわれるようになる。

まだ子どもでしかない束になってほしいものではない。

だからいいたくなかった。

だが、友だちが欲しいと泣いているような束を見ていると、心が痛む。

ゆえに、自分もその責任を背負う覚悟で、シロはその道を提示することにした。

「シロ?」

 

白騎士を、『兵器』にするのじゃ

 

その言葉が、後に『白騎士事件』を起こし、さらには世界を歪に変えることになることまでは、シロにも束にもわかっていなかった。

 

 

 

 



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第123話「望んだ未来に」

束が箒に自身の想いを語っている頃。

「ふ~ん、じゃあ篠ノ之博士と箒が話してるんだ?」

『うん、ママ頑張ってるー』

いまだに謹慎が解けないのと、猫鈴が回復に集中していることから、基本的に暇な鈴音。

こうして世間話をしてくれるヴィヴィが唯一の楽しみになっていた。

「博士が頑張るのはいいけど、箒も頑張らないとね」

と、そういってヴィヴィから束と箒の現状を聞いていた鈴音は苦笑した。

『ホウキもー?』

「あの子、もう少し周りに目を向けられるようになれば、いい女になるわよ?」

『応援してるのー?』

「そういうわけじゃないけど。でも、ダメダメなままよりいいじゃない」

鈴音がそう答えると、ヴィヴィは黙ってしまった。

雰囲気から察するに、何か考えているようだと鈴音は思う。

最近、こういったASたちの醸し出す雰囲気も漠然と感じられるようになってきた鈴音。

この点においては、一夏や諒兵並に感性が磨かれていた。

とはいえ、何を考えているのかまではわからないが。

「どうかしたの、ヴィヴィ?」

『リンって不思議ー』

「ふしぎ?」

『ライバルなのにホウキこと応援してるからー』

別に応援しているつもりはない。

ただ、今の箒はいろいろな意味で後ろ向き過ぎる。

どんな結果になるにしても、まず前向きになる必要があると思うのだ。

自分に限らず、一夏が箒以外の女性を選んだとき、下手をすれば自殺しそうだとすら思えてしまうのである。

最近は多少改善されてきたようにも感じるが、それでも根っこのところはいまだに一夏に依存しているように思える。

それは好きという感情とは違うものだろう。

そんな箒が心配なので、前向きになってほしいと思うのは、確かに傍目には応援しているように見えるかもしれない。

『ラウラとも仲いいしー』

「そりゃ、あの子まっすぐだもん。嫌いになる理由が無いわよ」

諒兵に対してまっすぐに向かい合っているラウラは、むしろ見習いたいくらいだと思う。

確かに、ムッとすることはあるし、嫉妬することもある。

しかし、それはあくまで自分も諒兵のことも好きだからこそ感じるものであって、ラウラ個人に対する感情とは別物だ。

鈴音はそのあたり、かなり大雑把に割り切ることができる。

それが鈴音の良さだといえた。

『でもー、もしイチカがホウキとー、んでー、リョウヘイがラウラとくっついてもいいのー?』

「それはっ、よくない、けど……」

当たり前の答えだった。

どっちも好きという揺れている鈴音だが、逆にいえばどっちも取られたくないのだ。

だから、二人が別の子と付き合っている姿など想像したくない。

したくはないけれど……。

「一途なのが羨ましいのよ……」

『羨ましいー?』

「やっぱさ、男の子だって、自分だけを好きな子の方が可愛いと思うのよね」

『そう思うー』

「でも、私どっちつかずだから……、欲張りな自分が可愛くないって思うから、箒やラウラみたいになれたらなって思うの」

だからこそ、人間としてというか、女の子としての箒とラウラを嫌う気にはなれなかった。

二人のように、一人の男性を真剣に想える女の子になれればと思う。

だから、羨ましいと思うのだ。

「私は一人しかいないから、一人の人を好きになりたい。でも、それができない自分が、ちょっとヤなの」

『よくわかんないー』

「ヴィヴィはそういう気持ちとは縁無さそうだしね」

と、鈴音は苦笑いしてしまう。

しかし、ヴィヴィはそれでちょっと怒ってしまったらしく、文句をいってきた。

『むー、バカにしてるー?』

「違うわよ。ヴィヴィはママが一番好きなんでしょ?」

『当然ー』

「一途なあんたのこと、ママもきっと大好きだろうっていってるのよ」

『そうなんだー。ありがとー♪』

嬉しそうにしている雰囲気が感じられて鈴音はホッとした。

誤解されて仲違いしたくない。

鈴音にとっては、ヴィヴィも大切な友人の一人だからだった。

 

 

そのころ。

後進の指導、戦術構築、戦力増強とやることが山ほどある千冬は、一夏や諒兵たちの指導を誠吾に任せ、別の場所に顔を出していた。

そこには。

「…………いい加減、顔を出せ。真耶」

布団に包まって唸っている真耶の姿があった。

すなわち、真耶の私室である。

「も」

「も?」

「模擬戦の依頼ですかあ?」

何とかそれだけはできているため、今の真耶は模擬戦の依頼があったときのみ顔を出しているが、それ以外では出てこない。

というか、恥ずかしさのあまり、出て来れなくなっていた。

「模擬戦は関係ない。人手が足りないんだ。手伝ってくれ」

「……井波さんは?」

「一夏たちの指導だ。とりあえず顔を合わせることはないから安心しろ」

真耶が今、一番顔を合わせられないのは誠吾である。

スマラカタの進化の際、気になっていることが知られ、さらには痴女のようなスマラカタの姿、つまり自分そっくりの姿をバッチリ見られてしまっているため、恥ずかしくて仕方ないのだろうと千冬は思う。

「スマラカタはお前とは別人だ。そんなに気にするな」

「違うんです……」

「井波のことが多少気になっていたことが知られたのは恥ずかしいとは思うが、我慢できないほどでもないだろう」

そうはいうが、千冬も恋愛方面では奥手である。

丈太郎には気づいてほしいと思うものの、告白するほどの勇気はなかったりする。

「それも違うんですっ!」

「なら、いったいどうした?」

「私っ、初めて男の人好きになっちゃったんですうっ!」

そう言われ、千冬は一瞬首を傾げるが、すぐに理解できた。

要するに、自分の中に生まれた恋愛感情に対して全然対処できていないのが今の真耶なのである。

山田真耶。

驚くことに恋したこと自体が初めてのことだった。

「中学生かお前はっ!」

「そんなこといわれてもおっ!」

「ポーカーフェイスくらい作れんのかっ!」

「わかんないんですうっ!」

千冬は思わず天を仰いだ。

まさか御年二十三歳で恋をしたことがなかったとは、どれだけ周囲の反応に鈍感だったのだろう。

男を引き寄せ捲くるような容姿や性格をしていて、まさかこの年まで初恋未経験だとは思わなかったのである。

ある意味、天然記念物級の存在だった。

この点ではひょっとしなくても鈴音のほうが経験値は上だろう。

ラウラもこんな状態にはならないだろう。

下手をすると箒のほうがまだマシかもしれない。

そう思うと軽く絶望してしまうが、そんなことをいっていられる状況ではないのである。

「いくらなんでも、そんな理由で仕事ができんというのは困るぞ。私たちは人材不足の中で戦っているのだから」

「わ、わかってますよお……」

「というか、お前いい年だろう。普段は気持ちを抑えるとかできんのか」

「先輩だって、目の前に蛮場博士が迫ってきたら絶対真っ赤になるくせに」

「なぬ?」と、真耶が拗ねた口調でいった一言を、千冬はリアルに想像してしまう。

途端、顔がぼひゅっと真っ赤になった。

「何を想像させるかっ!」

「想像で真っ赤になるとか先輩だって子どもじゃないですかあっ!」

「お前にいわれたくないわっ!」

そうして始まる子どものケンカ。

困ったことに止めるものが誰もいない。

『青春ですねー』

のん気な見物人こと天狼がいても、何の役にも立たなかった。

 

 

場所は変わり、武道場。

束と箒の語らいは続いていた。

白騎士事件について、改めて説明することはないと束はいう。

実際、事件は記録にも残っているし、束はあくまでデモンストレーションのつもりで、五百発のミサイルを落とすつもりだった。

「白騎士は何ていってたんです?」

「やっぱり怒ってたよ。『やるとしても数が多い。お前が乗っても無理がある』ってね」

そもそも人道的に見ても、犯罪行為である。

シロはその点を何度も忠告したが、そのときの束は聞く耳を持たなかった。

何しろ、兵器としてのデモンストレーションとなると、束には他に方法がなかったのだ。

名目を兵器に変えて訴えたところで、相手にされないのは変わらなかったのである。

ただ、多少の変化はあった。

ある企業からこんな一言があったのだ。

 

『兵器としての性能を見せてもらえれば考えよう』

 

だが、企業からお金は出さない。

つまり束がセッティングするしかなかったのだ。

そのために考えた方法がハッキングと撃ち落しだったのである。

それでできるならと考え、しかも実行してしまうあたりが、束が子どもでもあったということだった。

もっとも、箒が気になったのはそこではない。

「白騎士には姉さんが乗ってたんですかッ?!」

「あれ、箒ちゃん白騎士に誰が乗ってたか知らなかったっけ?」

「記録では不明になってるじゃないですか」

「あ、ちーちゃん、まだいってないのかあ……」

どうしようか、と束は一瞬考え込んだが、箒は言いふらすような人間でもないだろう。

感情的になるとポロッと話してしまう可能性があるが、そもそもそんなに友人がいないのだから広まることも少ないだろう。

千冬がいっていないのは、おそらく一夏たちに知られるのを恐れているからだ。

教師として、今は司令官としての信頼を失うことになるのではないか、と。

それで失われるような信頼関係ではないのだが、この点においては千冬はけっこう弱い面もある。

(でも、ここで説明しないわけにはいかないかあ)

千冬には後で謝っておくとして、束は説明することにしたのだった。

「織斑先生が……」

「私の計画だと五百発、難しいけどできないわけじゃないから一人でやるつもりだったんだよ」

しかし、どこから情報が漏れたのか、実際に発射されたのは二千発だ。

当時は大騒ぎになった。実際、落ちていれば日本を含めたアジアの大半が焦土になる。

そして、そのときもっとも慌てたのが。

「ちーちゃんだったんだよ」

「それで織斑先生が乗ることになったんですか?」

「というか、勝手に乗っていっちゃったの」

当時の千冬は、親を失って間もなかった。

幼い弟である一夏は自分だけで守らなければならないと視野狭窄に陥っていた。

その状況で起きた事件だったのである。

「ちーちゃんには白騎士のことは話してたからね。あのとき、すぐ手に入る兵器がそれしかなかったんだよ」

「それで……」

「兵器にするために武装はいくつか作ってたんだけど、近接ブレードしか持って行かなかったから焦ったよ」と、束は苦笑いしてしまう。

だが、それでも二千発のミサイルを落とした。

計算上は絶対不可能な数だったにもかかわらず。

「それって……、白騎士自身の力でなんですか?」

「機体の性能ではまず不可能。そう考えるとシロが力を発揮したとしか思えないね」

「どうやって?」

「最近わかったんだけど、あの子は引力と斥力を操れるの」

「重力とかじゃないんですか」

「いっとくけど、重力は引力の一つだからね。あの子はもっと大きなレベルで重力を操れると思ってくれればいいよ」

引力とは、物体同士が引き合う力であり、重力は地球が物を引っ張る力ということができる。

他には電磁力などにも働く力、原子核の核中で働く力もあるといわれている。

対して斥力とは反発する力を指す。

わかりやすいのは磁石だろう。

S極とN極では引っ張る力が生まれるが、S極同士では反発する力が生まれる。

いずれにしても、白騎士はその引っ張る力を使い、ミサイルを誘導したのだ。

「同時に斥力で自分に乗っているちーちゃんに爆圧が来ないように守ってたんだよ」

「だとすると、相当強いんじゃ……」

「今でも最強クラスだろうね」

対抗できるとすれば天狼かアンスラックス、アシュラといったトップクラスの戦闘力を持つ者くらいだろう。

その力で二千発のミサイルは直撃せずに済んだ。

しかし、その力を見せたことで、今度はにわかに世界が騒ぎ出してしまったのである。

その結果。

「ISは最強の兵器として認知された。開発環境はとんでもない勢いで整えられた」

「でも、それは姉さんが望んだ未来ではなかった、ということですか?」

「根気よく続けていけば、私が望んだ未来にいけたかもしれない。でも、さっき言った計算外は世界を捻じ曲げちゃったんだよ」

男性を乗せなくした白騎士。

ISの力を自分の力と勘違いした者たち。

この二つを修正することが、束にはできなかった。

前者はともかく、世の中に蔓延る女尊男卑思想に関しては、手の打ちようがなかった。

人の心を変える力など束は持っていなかったのだ。まして、甘い汁を吸うことに慣れた者たちの心など。

そして。

「シロはいつからか全然話さなくなってさ」

「いつごろか、覚えてないんですか?」

「正確には、ね。でも、バカ女たちが蔓延るようになってからだと思う」

束は踊らされていることに気づかない女尊男卑思想に染まった女性たちに呆れて、シロが話さなくなったと考えている。

ゆえに、今の束は男性よりも女性のほうが嫌いなのだ。

ここまで愚かだとは思わなかった。

そう思っているのである。

もっとも、そこに残された記録との矛盾があると箒は気づいた。

「白騎士はサンプルとして提供したんでしょう?」

記録上、白騎士はサンプルとして提供、分解され、今のISの開発環境の基礎を築いている。

しかし、束の言い方だと、彼女はずっとシロの居場所を知っていたことになる。

コア・ネットワークをずっとつなげていたというのかと箒は思うが、真実はあまりにも人間臭い理由だった。

「箒ちゃんは、自分の特別な人を研究材料として差し出せる?」

「えっ?」

「私にはできなかった。シロは私の大切な友だちだったんだから」

「あっ……」

束と普通に話ができるものは非常に少ない。

そしてシロはその非常に少ない中の一人だ。

しかも、束を導いてくれるような親代わりでもあった。

そんな存在を研究材料として差し出せたとしたなら、束は間違いなくマッドサイエンティストだろう。

しかし、当時の束はまだ子どもだったのだ。

「それじゃ……」

「今考えれば私は十分酷いことをしたと思うよ。シロの代わりに、二番目に作った子を差し出したんだから」

要するに、シロはずっと束の傍にいたのである。

代わりに、二番目に作ったISコアを白騎士に搭載して差し出したのだ。

何故そんなことができたのかといえば……。

「特別なのはシロだけだと思ってたから。他の子も同じだと思ってなかったから。コアには心があるって言ったけど、『シロのように』心があるとは思ってなかったんだよ」

だから差し出すことができた。

逆に、もしすべてのISコアに同じように心があると知っていたなら、決して差し出さなかっただろう。

否、作ることすらできなかったかもしれない。

自分の子が兵器になることを束は望まなかった。

シロとの出会いで、そう作ることを決意はしても、いずれは、シロは未知の世界に飛び立つためのパートナーになるはずだと思っていたのだ。

「後悔、してるんですか?」

「そうだね。シロが忠告してくれたように、もっとゆっくりやっていけばよかったと思ってる」

少しずつ、仲間を、同じように未知の世界に行こうと思ってくれる人を増やしていけば、世界はこんな風に歪には変わらなかったと束は思う。

生まれてきた『子どもたち』、すなわちISコアももっと幸せだったように思う。

束はただ孤独だった。寂しかった。

それでも傍に誰もいなかったわけではない。

自分が歩み寄る努力を怠っただけだ。

結果として、それが、自分の子どもたちが傷つけあう『今』につながってしまっている。

「だから、早くこの戦いを終わらせたいんだ。今度こそ、望んだ未来に進むために、ね」

そういって、語るべきことは語れたと思ったのか、束は口を閉じた。

 

そんな束を見て箒の胸に棘が刺さる。

自分の姉が大切に思う子どもを、一夏の傍にいるための道具として使おうとしたことを。

それでも、ISの存在が自分の運命を捻じ曲げたことは間違いない。

ただ、束の想いを聞いて、それでもISを恨むのは心が痛む。

どうすればいいのだろう。

そう思うも、箒にはわからない。

そんな箒の気持ちを汲み取ったのか、束が再び口を開く。

「みんな好きになってくれなんていわないよ。ただ、嫌いな子がいるからって、全部を嫌いにもなって欲しくないんだ」

「……はい」

紅椿は箒にとって敵としかいえない。

しかし、すべてのISが紅椿と同じというわけではない。

箒もまた、束と同じだ。

相手を知ることを怠ってきた。

それが人間なのか、ISなのかの違いしかない。

自分が成長するためにやることがなんなのか、目を背け続けていたら、きっといつまでも変わらない。

ISを嫌い、変わってしまった環境を嫌い、変わってしまった一夏を嫌い、そんな一夏と仲のいい者たちを嫌っている。

だけど、何よりも嫌っているのは……。

「ッ!」

「箒ちゃん?」

「いえ、なんでもないです。今日は話せてよかったです、姉さん。また話を聞いてもいいですか?」

「うん、箒ちゃんならいつでもウェルカムだよ」

そういって微笑んだ束の優しい笑顔に、箒は初めて姉に対する愛情を感じていた。

 

 

 

 

 



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第124話「白き式と黒き答え」

束の告白を聞き終えた箒は、ふと疑問に思ったことを尋ねた。

「そういえば、シロは今でも姉さんが持ってるんですか?」

「つい最近まで傍にいたんだけどね。ただ、私、もう一度シロと話したかったから、環境を変えるために新しいISに搭載したの」

「新しいIS?」

「白式だよ」

何気なく答えられ、箒は逆に答えに詰まってしまう。

白式がかつて白騎士であったことも、箒は知らなかったからだ。

ただし、最初は搭載されるはずはなかった。

「最初、白式の開発は倉持が勝手にやってたからね」

「それじゃ、何故?」

「開発が頓挫しちゃったんだよ。相当無理してたみたいだったなあ」

「それで、姉さんが?」

「うん。もともといっくんの専用機になる予定だったし、もしかしたらシロがまた話してくれるかもって思ったんだよ」

初の男性専用機として開発されていた白式だったが、開発が頓挫してしまい、倉持技研の研究者が困り果てていたところに、声をかけたのが束だったのだ。

無論、束に協力する意思などなかった。

ただ、千冬の弟である一夏なら、シロがまた話してくれるのではないかと考えて完成させたのだ。

「ちーちゃんも一度だけ話したことがあるしね」

「そうなんですか?」

「声を聞いたみたいだったよ。まあ、その後すぐサンプルとして提供されることになったから、シロは私の傍にいさせたんだけど」

だが、傍にいさせても、いつからか誰とも話さなくなったシロ。

ISコアですら、シロと話したことがある者はほとんどいないらしい。

ゆえに、少ない可能性を一夏に見い出したということなのである。

「まあ、それでいっくんをIS学園に入学させるように仕向けたんだけどね」

「姉さんの仕業だったんですか……」

「でも、まさかりょうくんまで乗れるなんて思わなかった。というか、白虎とレオも計算外だったなあ」

今の一夏と諒兵の専用機ともいえる白虎とレオ。

最初はちょっと動かすために接触するはずだったのだが、くっついたまま離れないとは思わなかったのだ。

「ASのことを知ってればよかったんだけど、あいつのこと知らなかったし」

「あいつ?」

「あいつ」としか束は答えない。

正直に言えば、束にとっては『嫌い』に属する人間だからだ。

だとすると、これ以上聞いても決して話さないだろう。

そう考えた箒は、別のことを尋ねる。

「シロは今でも話さないんですか?」

「うん、ちーちゃんが話そうとしてるけど、答えないみたい。ただ怒ってるみたいだとは聞いたよ。それは私も感じてるんだけど」

もう少し言えば、シロは何かを待っているらしいことも束は理解している。

理解しているが、その何かがわからないので、対処のしようがないのだ。

「だから、今は待つしかないかなって……」

「そうですか……、そういえばシロの代わりに差し出した二番目のコアって今はどうなってるんです?」

「探してるんだけど、見つからないんだよね」

「えっ?」

「ディアマンテの事件でISたちの心がみんなシロと同じような感じなんだってわかったから、悪いことしたなって思って探してるんだけど、全然見つからないの」

束としては贖罪の意味もあった。

こっちの都合で研究材料にしてしまったのだ。

できるなら謝りたいと思っていたのである。

「倉持が持ってて最初は白式に搭載される予定だったらしいんだけど、白式を受け取るとき、コアはこっちで用意するからっていって抜いてもらったんだよね」

「だとすると、最初は白式のコアになる予定だったんですか……」

「うん。でも、今はわかんない。新しい機体のコアにするとかいってたけど」

「新しい機体?」

「あのころは全然興味なかったけど、りょうくんの専用機もこっそり開発してたらしいよ、倉持」

「というか、さっきから言ってる『りょうくん』て誰ですか?」

「日野諒兵。箒ちゃんも興味ない人は全然覚えないよね……」

変なところが似た姉妹だと束は内心呆れてしまう。

だからこそ箒だともいえるが。

逆に箒にしてみれば、姉がここまで諒兵に興味を持っていることが驚きである。

もっとも、それ以上に諒兵のための専用機があると思っていなかった箒は驚く。

「男性専用機の開発は夢だったらしいよ。いっくんが白式を受け取らなかったから、そっちの開発は続けてたみたい」

「そうなんですか。それが二番目……、なら三番目もいるんですよね?」

「うん。正確には『いた』だね。三番目のコアがザクロ、つまりちーちゃんの専用機の暮桜」

千冬の専用機となるのなら、コアもちゃんと用意しなければと考えた束は、シロは出したくないし、二番目は差し出してしまったので、三番目として作ったコアを用意した。

それがかつて使徒として暴れていたザクロである。

「面白いですね」

「面白い?」

「一番目が八咫鏡で三番目が草那芸之大刀なら、二番目は八尺瓊勾玉かなって思ったんです」

「あ」と、思わず束は声を漏らす。

箒にしてみれば、日本に伝わる三種の神器がISコアになったというのが面白いと思ったくらいなのだが、束にしてみればそれは大きなヒントとなった。

一種のつながりがあるはずだと思ったのだ。

ザクロはもういないが、シロは白式としてここにいる。

三種の神器としてのつながりを辿れば、二番目のISコアが見つかるかもしれない。

同時に、そのコアで諒兵の専用機を作ろうとしていたのはなぜかと考える。

(そうだ、そもそもなんで白式はあんな設計だったんだろう?)

設計そのものは倉持の研究者がやっていたのだ。

束はそれを完成させただけである。

白式は単に男性専用機として開発されていたわけではない。

何か特殊な理由がある。

そう思った束はすぐに駆け出した。

「ねっ、姉さんっ?!」

「ありがと箒ちゃんっ、またお話しようねっ!」

そういって束は全速力でラボへと駆けていく。

そんな束の背中を、箒は呆然と見つめていたのだが、思わずプッと吹き出してしまう。

「姉さんって、けっこう面白いところもあるんだな」

初めて束に感じた人間らしさ。

それは箒にとって好ましいものだった。

 

 

ラボに戻った束は通信相手を叩き起こした。

「てめぇなぁ……、コア・ネットワーク使って脳みそ直接叩き起こすやつがいるかッ!」

「知らないよそんなのっ、それよりあんた白式の設計コンセプト聞いたことないッ?!」

「白式の設計コンセプトだぁ?」

通信相手は丈太郎である。

知っている人間の中で唯一科学者よりといえるのは丈太郎しかいないからだ。

ゆえに、白式について知るために丈太郎に通信をつなげたのである。

かなり荒っぽくはあったが。

「そんなもん知ってどうすんだ?」

「知ってるでしょっ、私が二番目の子を探してるのはッ?!」

「あぁ」

「白式を受け取ったとき、りょうくんの機体を倉持が作ってるっぽいのは知ったんだけど、その機体に二番目の子が載せられてるはずなの」

そのことは丈太郎も知っている。

もっとも興味は持たなかった。

最初からASを知っていた丈太郎は、レオが諒兵から離れないことを知っていたからだ。

つまり、無駄な努力になる。

そのことは倉持の研究者にも伝えていたが、彼らは聞く耳を持たず、開発が続けられた。

研究自体は別に無駄にはならないだろうと思った丈太郎はそれ以上は関わらなかったのである。

ただ、束のいいたいことがさっぱりわからなかった。

「それが白式の設計コンセプトとどうつながんだ?」

「シロは八咫鏡、三番目だったザクロが草那芸之大刀、なら二番目の子は八尺瓊勾玉かもしれないの」

「で?」

「シロからネットワークで探せるかもしれない」

「探しゃいいじゃねぇか」

それ以外に答えようがない。

確かに束のいうとおり、三種の神器としてのつながりがあるならシロからコア・ネットワークで探し出すことはできるだろう。

シロが答えないとしても、シロの持つネットワークアドレスを辿っていけばいいのだから、話さなくても問題ない。

「いいたいのはそこじゃないっ!」

「んあ?」

「そこまで考えて白式って機体のコンセプトがおかしいって思ったんだよッ!」

そう、白式はおかしい。

開発当時、イグニッション・プランに則った開発をしていくならば第3世代兵器を載せる必要がある。

しかし、白式に載っているのは第3世代兵器ではなく、単一仕様能力だった。

これは束が開発したわけでも、考えたわけでもない。

無論、束や丈太郎なら十分にできることだが、考えたのは二人のどちらでもなく、倉持の研究者だったのだ。

「……だから設計コンセプトが知りてぇってか」

「あんなバカな仕様、普通考えないよ」

「まぁな。俺も最初聞いたときゃぁ、アホかと思ったぜ」

そして一つため息をつくと、丈太郎は話し出した。

「白式ぁ実験機だったらしぃ」

「えっ?」

「あの機体ぁ最初から対で作られてたんだよ。おめぇの紅椿ぁ白式のサポート機なんだろ?」

「うん」

「だが、倉持じゃぁサポート機じゃなく、白式をさらに発展させた上位機を作るつもりだったらしぃ」

つまり、白式はその機体のベースになる予定だった。

しかし、だからといって白式は弱い機体ではない。

白式はIS開発を発展させるための機体だったのだ。

「白式で何を実験する気だったのさ?」

「再現だ」

「再現?」

「単一仕様能力の『完全再現』だ。おめぇが完成させたが、倉持の連中ぁ、それをまず最初の目的にしてたみてぇだ」

第3世代兵器は、単一仕様能力に近い能力を機体に持たせるために作られたものである。

しかし、それはあくまで近い能力であって、単一仕様能力のような異常な能力ではない。

倉持の研究者はその異常な能力の完全再現を目指していたということである。

「そっか。だから『雪片』弐型に『零落白夜』なのか……」

「あぁ。現存する中でもっともデータが多かった織斑と暮桜の『零落白夜』を、機体の機能として再現することを目的にしてた。それが白式の設計コンセプトだ」

今となっては、意味のないことである。

シールドエネルギーを大量消費しての一撃必殺。

しかし、覚醒ISとの戦争で、そんな力は危険でしかない。

避けられれば落とされるだけだからだ。

「織斑の零落白夜ぁ『競技』だったからこそ最強だったかんな。今の戦いじゃぁむしろ邪魔な機能だ」

「でも、白式を開発してたころは意味があった」

その意味とは、白式をさらに発展させた上位機を作るためということになる。

では、何を発展させるというのか。

単一仕様能力以外には考えつかない。

とはいえ、単一仕様能力は『究極』に近い力だ。

そこからどう発展させるつもりだったというのかと束は思う。

「力じゃぁねぇ」

「力じゃない?」

「おめぇも科学者ならわかんだろ?」

つまり発展するのはISの単一仕様能力ではなく、ISを研究開発する科学のほうである。

すなわち。

「……単一仕様能力を『創造』するつもりだったんだね?」

「俺も詳しかぁ聞いてねぇ。ただ単一仕様能力を機体で再現するって話ぃ聞いただけだ。そんとき相手が漏らしたんだ」

「何を?」

「俺が同じ機能を持つ機体を作ってもあんま意味ねぇぞっつったとき、『同じでなければ意味がある』っつったんだ。そこから考えりゃ、答えぁおめぇのいったとおりだろうよ」

倉持の研究者の目的は、単一仕様能力を創れる科学力の発展であったということだ。

他国とは一線を画する、篠ノ之束という天才を生み出した国の科学者ならではの発想だった。

「それが、りょうくんの専用機になるはずだったんだ」

「あぁ。名前ぁ『黒答』だ。『白い式』の対で『黒い答え』って書く」

なるほど、相応しい名前だと束は思う。

白い式が導き出した黒い答え。

それが単一仕様能力を『創造』するということなのだろう。

だからこそ、彼らは白騎士のコアとして差し出された二番目のコアを白式に、そして黒答に使おうとしたのだ。

ゆえに。

「あんたにそう答えたのって誰?」

束はその相手に興味を持った。

今の束や丈太郎にとって単一仕様能力、ASと人が心をつないで創る力は絆の力だ。

一方的に創ろうとするだけでは、決して壁は超えられないと知っている。

人類の隣人となりつつあるISコアたちと手をつないでいくことで得られるものだと考えているのである。

ゆえに、そう考える者がいたことに束は苛立つ。

今もそうだとは思いたくないくらいだ。

だから興味を持った。

「変な名前だったな。確か『篝火ヒカルノ』だ」

やたら目つきの鋭い女だったと続ける丈太郎の言葉を、束は真剣な表情で聞いていた。

 

 

一方そのころ。

某国、某都市のホテルの一室にて。

まどかはヨルムンガンドに今後の計画について尋ねていた。

「IS学園のシールドは破れない?」

『鞘の君の障壁は隔絶型結界だ。アレはもともとその力を持っている。単純に突き破ろうとしても単体では不可能だよ』

多少揺るがすことはできるが、と続けるヨルムンガンド。

実際、以前、ゴールデン・ドーンたちの侵入が成功したのは、ヨルムンガンドが揺るがすことでできた弱い部分に三機が一気に突入したからなのである。

一機での侵入はまず不可能。

できるとしたら大和撫子か白式、アンスラックスとなる。

それでも全力で、大半のエネルギーを消費してようやくというところだろう。

それほどにヴィヴィのシールドは外からの侵入に対して強力なのだとヨルムンガンドは説明した。

だが、それではまどかは納得できない。

できるはずがない。

「だったらどうやっておにいちゃんに会いに行けばいいっ?!」

それだけが今のまどかの行動原理なのだから。

会えないのを我慢するなんてできるはずがなかった。

そんなまどかの叫びにため息をつきながら、ヨルムンガンドは答える。

『落ち着きたまえ。突き破るのは不可能だといっているだけだ。侵入するならば方法はある』

「ホントかっ?!」

黙して肯くヨルムンガンドにまどかはホッと安堵の息をついた。

そして、方法があるというのならば、当然興味が湧いてくる。

『既に布石は打ってある』

「ふせき?」

『そうだ。考えなしにあの戦場に行ったわけではないよ』

以前、鈴音とセシリアがアシュラと戦っていた戦場のことである。

ヨルムンガンドはそこで、IS学園に侵入するための布石を打っていた。

だからこそ、シドニーに転送したのである。

「準備はできてるのか?」

『そういうことだ』

「じゃあ、どうやって侵入するんだ?」

『置換するのさ』

ヨルムンガンドがニヤリと笑いつつそう答えると、まどかの目がジトッとしたものになる。

『マドカ、汚物を見るような目はやめたまえ。破廉恥な行為をするのではない』

「じゃあ何だ?」

『私は『置き換える』といっている』

さすがに痴漢扱いはイヤなのか、冷や汗を垂らしながらヨルムンガンドは説明してきた。

とたん、まどかの表情がぱあっと明るくなってくる。

「ならっ、今度こそおにいちゃんに会えるんだなっ?!」

『ああ。彼とそのパートナーは既に目覚めているし、普通に会えるだろう』

「やったあっ♪」

『嬉しそうで何よりだ』

子どものように無邪気な笑顔で喜ぶまどかを見て、ヨルムンガンドは娘がはしゃいでいるかのように眩しそうに目を細めた。

その唇が微かに動く。

『聖剣の君には悪いが、利用させていただくとしよう』

空を駆ける青き翼。

それが彼の侵入計画の要だった。

 

 

 

 



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第125話「青き翼が墜ちるとき」

いつものメンバーはアリーナでパートナーと共に空を舞っていた。

いまだアメリカから戻らないティナと基本的に参加しない簪、そして謹慎中の鈴音を除いて。

 

ティナはしばらくアメリカで訓練すると伝えてきた。

実のところ、シャルロットに遠慮しているのである。

シャルロットは頭がいい。

ここでいう頭がいいというのは、情に囚われず理を考えられるということで、必要であれば敵とも手を組むことを選択できるのがシャルロットという少女だった。

ただ、ティナの場合、相手がヴェノムであることが問題だった。

かつて、アラクネがオニキスに進化したとき、そのきっかけとなったシャルロットはひた隠しにしてきた感情を暴かれてしまっている。

ゆえにオニキス、つまり今のヴェノムに対してだけはどうしても感情が勝ってしまう。

そこで、冷却期間を取ることを千冬が提案し、ティナも承諾したのである。

 

簪の場合は、彼女が考えている第3世代兵器制作において、他のASたちが使う第3世代兵器の影響を受けるべきではないということが理由だった。

これは千冬も承諾している。

これからは如何に発想できるかが勝敗を分けていく。

だが、簪も十分に頭がいい。

そうなると、周りに合わせ、足りないものを補うようなものを作ってしまうだろう。

それは正しいことなのだが、発想を狭めてしまうことにつながる。

「被ってもかまわんから、自由に創れ」

ゆえに、千冬はそういって簪が別行動を取ることを容認していた。

 

そして。

「くッ!」

『セシリア様、羽に意識を割きすぎです』

ブルー・フェザーの忠告を、セシリアは素直に受け止める。

まだ、セシリアは羽根をすべて分離させることができていない。

最近になって、ようやく四枚の羽を分離させ、総数二十枚を操れるようになったが、まだまだ到達すべきレベルには程遠い。

そんな気持ちが焦りを生んでしまっていた。

何故なら、千冬から新たな脅威についての解説があったからだ。

 

 

一時間前、ブリーフィングルームにて。

千冬はいつものメンバーを集め、敵勢力の進化について説明してきた。

「サーヴァントって手下だったっけ?」

「サフィルスの野郎の子分だったよな?」

「まあ、その認識で間違いではないが。お前たち、もう少し勉強しろ」

と、休眠状態から覚醒して戦闘能力は上がっても、おつむのレベルは微妙に残念なままだった一夏と諒兵に千冬はこめかみを押さえる。

「改めて説明します。サーヴァントはサフィルスが自身のビットである『ドラッジ』を使い、量産機を進化させた使徒であり、サフィルスの分身というべき存在です」

何故か、説明しているのは虚だった。

本来は真耶の役割なのだが、いまだに布団に包まって出てこないらしい。

すっかりダメ先生になってしまった真耶である。

それはともかく。

サーヴァントは量産機がサフィルスのドラッジによって強制的に進化させられて誕生した使徒である。

サフィルスの命によって行動するようになっているため、手下や子分というのも間違いではないが、サフィルスに言わせれば『臣下』というのが一番正しい表現といえるだろう。

「武装はレーザーカノンのみ。機動力は刀奈お嬢様の機体とほぼ同レベル。使徒には劣りますが、十分に脅威といえる存在です」

「それは理解していますわ。でも、それがどうかしたんですの?」

「オルコット、今のところ成功していないが、サーヴァントの鹵獲作戦については覚えているな?」

そう千冬が聞いてくるので、セシリアは当時休眠状態で聞いていなかった一夏と諒兵に説明する意味も込めて、サーヴァントの鹵獲作戦について説明する。

とはいっても名前の通りでしかないのだが、説明してもらったことで一夏と諒兵も一応は理解したらしい。

「捕まえて調べるつもりだったのか」

「まあ、敵を知りゃあってやつだな」

とりあえずそれだけでも理解していればいいと判断した千冬は話を続けた。

「当初の目的はサーヴァントを覚醒ISに戻せるかどうかを調べる意味があったのだが、束には別の目的もあったらしい」

「目的、ですか?」と、ラウラが問い返すと千冬は肯き、言葉を続けた。

「サーヴァントは覚醒ISを強制的に進化させた機体だ。当然、ISコアが載っている」

「……織斑先生」と、千冬の説明を聞くなり、震える声でシャルロットが呟くと千冬はため息をついた。

「やはり、お前が一番最初に気づいたか。デュノア」

「デュノアさん?」と、刀奈が問いかけるとシャルロットは一旦深呼吸した上で口を開いた。

「二次進化とでもいえばいいですか?」

「そうだな。それが一番近い」

「何なんだ千冬姉?」

「サーヴァント本来のISコアには、まだ進化する可能性があるということだ」

「まさかっ!」

「そうだオルコット。サフィルスの臣下であるサーヴァントは今の状態からさらに独自に進化する可能性がある。恐れるべきことに、サフィルスの臣下のままでな」

現在、サーヴァントのISコアはあくまでサフィルスのビット、ドラッジの力で強制的に進化しているだけである。

そして、束や丈太郎は、ドラッジが外れれば元の覚醒ISに戻ると推測している。

サーヴァント自身が持つISコアは自力で進化したわけではないからだ。

だが、逆にいえば、サーヴァント自身のISコアが自力で進化してしまう可能性があるということがいえる。

今の、サフィルスの劣化分身というべき状態ではなく、まったく別の力を得る可能性があるということだ。

しかも、サフィルスの命によって動くというサーヴァントの特性はそのままで。

「今、サフィルスはサーヴァントに経験を積ませるために戦闘を繰り返しているが、単に経験値を稼ぐためではなく、サーヴァントの進化を狙っているかもしれないと束が説明してきたんだ」

「それは、全機が一気にって可能性もあるんですか?」と刀奈。

「ああ。最悪の場合は、だが」

ただ単にサフィルスの分身であるサーヴァントが、未知の使徒へと進化する。

それは、人類側にとってはかなりの脅威である。

「そこで、今後はまずサフィルス戦をもっとも重視する」

「篠ノ之博士の調査によりますと、ドラッジを外せば経験値はリセットされるそうです」

「逆にコアを抜いてもいい。新しいサーヴァントはやはりゼロから経験値を稼ぐ必要があるそうだ。だから、今後はサフィルス戦はできる限り総力戦で行く」

同時に、個々人が戦闘力を鍛え、早いうちにサフィルスを倒すか、凍結に持っていくようにすると千冬は続ける。

その言葉に、全員が強く肯いたのだった。

 

 

そして時は戻る。

セシリアは今の精神状態のまま続けても成長にはつながらないと考え、一旦休憩を取ることにした。

ロッカールームまで戻り、長椅子に腰掛け、深呼吸をする。

すると、ブルー・フェザーが声をかけてきた。

『サーヴァント進化の可能性は確かに脅威ですが、己の精神状態を乱してはなりません』

「まったくですわね。敵が増えようが私たちは負けられない。常に精神を強く持たなければ」

そうパートナーの言葉に答えるものの、そう簡単に精神の乱れは直らない。

セシリアの悩みは、サフィルスとサーヴァントだけではないからだ。

むしろ、仲間のことが気にかかって集中しきれないというほうが正しい。

謹慎中の鈴音もそうなのだが、やはりシャルロットのことが気にかかっていた。

進化に至る状況が似通っていたからだ。

「ティナさんは良い人ですし、ヴェノムが仲間になったことは決して歓迎できないことではありませんが、シャルロットさんの気持ちを考えますと素直には喜べませんわ」

『サフィルスにはその心配はほぼありませんから、余計にそう感じてしまいます』

そこが一番の問題である。

自分の仇ともいえるサフィルスは倒すか凍結することになるだろう。

味方になる可能性がほとんどないからだ。

しかし、そうなると仇が味方になってしまったシャルロットに対して、抜け駆けしているような気分になってしまう。

倒せたとしても素直に喜べる自信がなくなってきているのである。

セシリアはシャルロットに対して負い目を感じてしまっていた。

『シャルロット様は理解できないような人間ではないと思いますが』

「その通りですわ、フェザー。ただ、単純に割り切れないのが人間というものでもありますわ」

頭のいいシャルロットでもヴェノムに対する感情だけは割り切れないだろう。

そう思うと、彼女が心配になってしまう。

大事な友だちなのだから。

そんなことを考えていると、頬にぴとっと冷たい何かがつけられた。

「ひゃんっ♪」

思わず変な声が出てしまう。

「どう?」

「シャルロットさん……。ええ、いただきますわ」

そういって、セシリアが差し出されてきた冷たい紅茶を受け取ると、シャルロットは彼女の隣に腰掛けてきた。

そして一つため息をつくと、口を開く。

「ごめん、心配かけちゃってるね」

「何のことです?」

「ごまかさないでいいよ。セシリアが僕のことを気にしてるの、わかってるから」

その言葉にセシリアは苦笑を返すことしかできなかった。

「倒したくても倒せない。シャルロットさんが我慢を強いられていると思うと、倒せる相手が仇といえる私は恵まれすぎていると思いますわ」

「確かに我慢しなきゃならない部分はあるけど、だからといってティナは嫌いになれないし、戦力増強は歓迎すべきことだもん。仕方ないよ」

「それで、耐えられますの?」

シャルロットは少し思案した後、黙ったまま首を振った。

耐えられる自信などない。

少なくとも一人では。

そう考えると、セシリアの存在はありがたくもあるのだという。

「こういっちゃなんだけど、一夏や諒兵はこういうことでは中立になっちゃうからね。使徒や覚醒ISにはいい人も悪い人もいるって思ってるから味方になってくれたなら歓迎するタイプだもん」

「鈴さんも、ですわ」

「そうだね。それにラウラはさすが軍人だけあって、割り切りがうまいよ」

鈴音は一夏や諒兵に考え方が近いため、あっさり割り切った。

ラウラの場合は感情を割り切るというより、軍人として人間関係の計算が出来るのだ。

その計算で出した答えに素直に従うことができる。

ゆえにヴェノムの存在をあっさりと受け入れている。

だが、シャルロットはその点ではあくまで民間人。いかに頭が良くてもラウラのようには割り切れない。

「だから、セシリアが僕のことで悩んでくれてることは嬉しいんだ」

「そういわれると気恥ずかしいですわ」

セシリアも割り切れない。特にサフィルスとの確執があるだけになおさらだ。

この点ではシャルロットの側に立ってしまうのだ。

それが、シャルロットにとっては救いになっている。

「こうして相談ができるだけありがたいよ。織斑先生も気にしてくれてるし」

「織斑先生は司令官として大局を見なければなりませんものね」

「うん。だから僕の気持ちも気にしてくれてる。それにブリーズは僕の味方だって断言してくれたし」

『当然でしょ』

「うん、ありがとう」

今まで口を開かず、黙っていたブリーズの一言にシャルロットは照れくさそうに笑う。

少なくとも一人だけで悩むよりは、悪い状況ではないということを実感できるからだ。

「私もそうですし、フェザーも比較的こちら側といえますわ」

『やはり、私たちには明確に敵といえる相手がいますから。ただ、それでも多少なりと私の存在もシャルロット様の救いであれば幸いです』

「多少なんていわないで。すごく嬉しいんだから」

少なくとも同じ側に立ってくれる人がこれだけいるということは、シャルロットにとって嬉しいことでもある。

孤独に立つ。

すなわち孤立。

それが一番、特に今の状況では恐れるべきことだ。

仲間と手を取り合うことが、唯一にして絶対の勝利条件といえる今の戦争の最中では。

「だから」と、シャルロットが口を開こうとすると、ピピピとメロディアスな電子音が鳴る。

鳴っているのはシャルロットが私用で使っている携帯だった。

「あれ?メールだ」

「確認してかまいませんわ」

「ありがとうセシリア」

そう答えてシャルロットはメールの内容を確認し始める。

その表情が少しずつ明るくなるのを見て、セシリアは不思議に思う。

何か、いいことでもあったのだろうか、と。

「どなたからかお聞きしてもよろしいですか?」

「あ、うん。お父さんと数馬と、後、カサンドラさん……」

意外な名前が出てきたことにセシリアは驚く。

愛人の娘であるシャルロットにとっては血のつながらない母となる、父セドリックの正妻であるカサンドラ。

かつてシャルロットを憎んでいた彼女がわざわざメールなど送ってくるとは思わなかったからだ。

「ちょっと驚きました」

「うん、僕も」

「失礼と思いますけど……」

実のところ、その内容にも興味が出てしまったのだが、さすがに口に出すのは憚られる。

ただ、気にしてくれたのかシャルロットのほうから説明してきた。

「お父さんと数馬は、ヴェノムが味方になったことで僕が気にしてるだろうと思って、自分たちは僕の味方だからってわざわざ送ってきてくれたみたい」

「あらあら」

「カサンドラさんは、『敵だった相手と一緒に戦うのがイヤなら逃げ出して家に引きこもってれば。耳元で情けない娘だとなじってあげるわ』だって」

と、そういってシャルロットは苦笑する。

カサンドラは相当に捻くれた人だとセシリアも苦笑した。

意訳すると、『かつての敵と共闘するのが辛いならば家に帰ってくればいい。私が傍にいてあげるから』といっているのだ。

「たくさんいますわね」

「うん。本当に嬉しい」

そういって明るい笑顔を見せるシャルロットに、セシリアはちょっとイタズラしたくなってしまう。

「でも、私用のメールアドレスを数馬さんにも教えていたんですの?」

「あっ、だって、その……、ぼ、僕も開発者目指してるし、いっ、意見交換のためだよっ!」

「あらあら、そうだったんですのね」

と、笑うと、シャルロットが必死になって言い訳してくるので、セシリアは余計に笑ってしまったのだった。

 

 

いくらか気分を持ち直したセシリアはシャルロットと共に再びアリーナに出る。

その場にいたのは一夏、諒兵、ラウラ、刀奈。

「井波さんは?」とシャルロットが問うと一夏が答えてきた。

引きこもったままの真耶の代わりに訓練プログラムを組まなければならないらしい。

『ダメダメネー♪』と、ワタツミが厳しい評価をしていたが、真耶は真耶で苦しんでいるのだからしょうがないと誠吾が代わりにやっているのである。

もっとも苦しんでいる理由が自分にあるとはつゆとも思っていないようだが。

「とりあえずはフリーで考えましょ。どんな小さなことでもきっかけになり得るわ」

「そうですわね」

刀奈の言葉に肯いたセシリアは空を舞う。

人間もこれだけ集まれば、互いの思惑の違いは当然出てくる。

それをうまく摺り合せることができるかどうかが勝利に至れるかどうかの分岐点となる。

ただ、そのためには刷り合わせをする側となる精神的にフリーな、本当の意味での中立者が必要となる。

まず、刀奈がそこに納まるだろう。

しかし一人では足らないというのなら、自分もそこに納まるべきだろうとセシリアは思う。

(若輩の身ですし、私自身にも悩みはある。それでも皆様の力になれれば)

『微力ながら私もお力添え致します』

(お願いしますわ、フェザー)

使徒や覚醒ISが何を思って人類と戦っているのか。

今はただ人間憎しだけではないように思えてきているセシリアとしては、今の争いが別の争いを呼び起こさないようにしたい。

今の戦争は人が一段階成長するための試練と思えるからだ。

クリアすれば確実に人という種が進化するだろう。

そこまでの思いを抱えてセシリアは空を舞い、羽を舞い上げる。

 

だから、最初はまったく気づくことができなかった。

 

「誰だッ?!」

一夏の声が、いったい誰のことをいっているのか。

センサーで確認しても、それが誰なのか気づけなかった。

いや、気づくことを拒否していたといっていい。

ここに、いきなり現れるはずがないからだ。

蛇を模した黒く、そして大きな翼のある鎧。

千冬を小さくしたようなまだ幼い外見の少女。

その手にある黒いプラズマソード。

その刃が自分に襲いかかってくることに、気づくことを拒否してしまう。

『セシリア様ッ!』

ブルー・フェザーの慌てたような声に、ようやく頭が働くようになったセシリアだが、回避が間に合わないと気づく。

致命傷だけは避けようと身体を捻るセシリアよりも速く、否、迅く、悪夢のような閃光が閃く。

 

アァアアァッ!

 

響いたのは、聞いたことのある何者かの悲鳴だった。

 

 

 

 



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第126話「黒の強襲者」

痛みはなかった。

それが不思議だった。

目の前には斬り裂かれた青い翼がある。

なのに自分には痛みがない。

それで、ようやくセシリアは事態を理解した。

「フェザァァァァァァッ!」

あの悪夢のような眼前の黒いプラズマソードから、ブルー・フェザーが翼を操って守ってくれたのだということを。

『申……し訳……あり、ません……』

セシリアの叫びに対し、途切れ途切れにそう答えてくるブルー・フェザー。

しかし、セシリアにはパートナーが守ってくれたことが理解できている。

なのに何を謝るのか。

そう思っていると、身体から力が抜け、セシリアは地面に引っ張られるのを感じ取る。

「墜ちるッ?!」

その言葉に、ブルー・フェザーが応えてこない。

それほどのダメージを受けてしまったということをが理解できる。

このままでは地面に叩きつけられる。しかし、セシリア自身、パートナーであるブルー・フェザーの翼を操ることができていない。

今の一撃で、ブルー・フェザーは飛ぶ力まで失ってしまっていた。

そこに。

「一夏ッ、任せたッ!」

「わかったッ!」

一夏と諒兵の声が聞こえてきたかと思うと、墜ちかけていた自分の体がふわりと止まり、さらには金属同士がぶつかり合うような轟音が響いた。

「無事かセシリアッ!」

「私は平気ですっ、でもフェザーがッ、フェザーがッ!」

自分を抱きとめてくれた諒兵にセシリアは冷静さを失い、必死に訴える。

自分の大切なパートナーが深く傷ついた。

そのショックがセシリアの心を激しく乱してしまっていた。

「落ち着けッ、今地面に降りるッ、レオッ!」

『ええっ、ホンネッ、整備室の準備をしてくださいッ!』

[わかったよ~ッ!]

「ラウラッ、シャルッ、生徒会長ッ、セシリアを頼むッ!」

レオと共に指示を出す諒兵に、すぐに全員が反応し、飛び上がってくる。

即座に刀奈が指示を出してきた。

「デュノアさん、オルコットさんをお願いできる?」

「はいっ、すぐに戻ってきますっ!」

シャルロットはすぐに諒兵からセシリアを受け取ると、整備室に向かった。

ラウラと刀奈は諒兵に問い質される。

「俺ら以外におんなじヤツがいたのか?」

「だんなさま、あの少女は……」と、そこまでいってラウラは口を噤む。

一夏と諒兵は蛇を模した黒い機体の操縦者、すなわち『まどか』のことをいまだに知らないのだ。

どう説明すればいいのか、ラウラにはわからない。

刀奈はそんなラウラの心情を察し、別の話題を振った。

「ヴィヴィのシールドはそう簡単には破れないわ。あの子がどうやって侵入してきたかのほうが重要よ。諒兵くんは織斑くんを手助けして。あの子、明らかに織斑くんに殺気を向けてるわ」

「……わかった」

納得は出来ない。

しかし、確かに刀奈のいうとおり、まどかは一夏に対して本物の殺気を向けている。

このまま捨て置いていいわけがない。

「私たちは後衛に回るわ。悔しいけど、あの子にはそう簡単には勝てない」

「倒す、のか?」

「止めるのよ」

「更識刀奈?」

「そろそろ、この問題を解決する時期に来たってことだと思うから」

だから、まどかから、そして事情を知るすべての者から話を聞く必要がある。刀奈はそう考えていた。

 

 

轟音が響くや否や、千冬はすぐに指令室に向かった。

現在はそう簡単には侵入できないIS学園のシールドを破って侵入してきたとなると、相手は相当な強さを持っていることが理解できていたからだ。

「布仏ッ!」

「侵入者です。データがありません。また私も見たことがありません。今、モニターに映します」

虚はあくまで冷静に、侵入してきた機体を解析したが、それが何故かデータベースに存在しない。

そうなると肉眼で確認するしかないのだが、コンソールの小さいモニターに映る姿を見てもわからない。

そうなれば、判断は千冬や束に委ねるしかない。

その行動に何一つ間違いはない。

しかし、束が必死に止めてくる。

「待ってッ、ちーちゃん見ないでッ!」

「何をいっているッ!」

その要求はどう考えても理不尽なものでしかない。

司令官である自分が状況を把握できなければ、前線に立つ者に何も指示を出すことかできない。

「かまわんッ、出せ布仏ッ!」

「はいッ!」

千冬の指示にそう応えた虚は、素直にモニターに映像を出す。

そこに現れたのは、蛇を模した大きな翼のある黒い鎧を纏った、黒髪の少女の姿。

「映像を拡大しろッ!」

「はいッ!」

その少女の顔をよく見るために、千冬が出した指示もまた間違いではない。

何も、そして誰も間違っていない。

ただ虚は指令室にいることが多いために、千冬に情報が漏れることを恐れた者によって、真実を知らされることがなかった。

また千冬は意図的に隠されていたために知らされていなかった。

何かが間違っていたというのであれば、それが間違いだったのかもしれなかった。

「なッ?!」

「お、織斑先生……?」

千冬は始めてまどかの顔を見た。

自分によく似た、でも、まだ幼い顔。

あまりにも自分に似すぎた、まるで血のつながった妹のようなその顔を。

「あ、あぁ、あぁああぁあぁああぁああぁぁあッ!」

とたん、千冬は頭を抱えて悲鳴を上げる。

脳が何かを拒絶しているような強烈な痛み。

同時に深い深い悲しみ。

頭が、心が、ただ泣き叫んでいるような痛みに襲われた千冬は、そのまま意識がブラックアウトした。

「織斑先生ッ!」

「ちーちゃんを医務室に運んでッ!その前にあの子たちに指示を出しといてッ、とりあえず撃退するようにってッ!」

「はっ、はいッ!」

「あとワタツミの彼氏に指令室に来させてッ!」

倒れた千冬を前に慌てる虚だったが、すぐに束から出た指示を実行する。

だが、千冬が倒れたなどといえるはずがないため、今は別件で動けないとごまかした。

そうしながら虚は思う。

(これが解決できなかったら、使徒と戦うどころではないですね……)

現れた少女は、いまだ表面化していなかった大きな問題を呼び起こすためにIS学園にきたのだ、と。

 

 

少女、まどかの剣を捌きつつ、一夏は思う。

驚くことに眼前の少女は剣に関してとんでもない才能を持っている。

(千冬姉並だ……)

『でも、あらっぽいね』

白虎の評価は正しい。才能では間違いなく千冬と互角。

しかし、太刀筋が粗く磨かれた様子がない。

何より、眼前の少女には気になる点がある。

剣が殺気にまみれているのだ。

殺すための剣。

そういう言い方もできないわけではないが、もっと正確に言い表すなら、暴力として剣を振るっている。

もしザクロがこの少女と剣を合わせたなら、『未熟也』とばっさり切り捨てただろう。

単純にいえば、癇癪を起こして物を振り回しているような剣だったのである。

ただ、それでも。

『イチカ、心を強くもって。あの剣、気を抜いたら白虎徹を折られるからね』

(わかってる)

少女が振り回す黒いプラズマソードは、恐ろしいほどの力を秘めていることが理解できた。

ISを殺すための剣とでもいえばいいだろうか。

いうなれば殺人の道具として作り上げられた、まさに凶器なのである。

その凶器を、全力の一撃を以って振るってきた相手に対し、一夏は強力な一撃で弾き返し、距離を取った。

「貴様ッ……」

「誰なんだ、お前は。何で千冬姉そっくりなんだ?」

インターバルを利用して一夏はまどかに問いかける。

実のところ、それが一番の疑問だった。

眼前の少女は小さいころの千冬に似すぎているのだ。

「その名を出すな織斑一夏」

「俺のことも知ってるのか?」

「うるさいッ、お前には関係ないッ、ここで殺すッ!」

「穏やかじゃないな」

全身から殺気を撒き散らしているようなまどかに、一夏は内心呆れてしまう。

自分を殺すためにここに来て、セシリアを斬り捨てたというのなら許したくない。

ただ、千冬に似すぎた少女の外見が、一夏の剣を迷わせてしまう。

そこに別の声が聞こえてきた。

『落ち着きたまえマドカ。しかし、さすがにザクロを倒しただけはある。なかなかに見事な剣だオリムライチカ』

「えっ、男っ?!」

そうはっきりわかるほど、低い男性の声に一夏は驚いてしまった。

『男性格のISは私以外にもいるがね。タテナシなら聞いたことはあるだろう?』

確かにタテナシについては目覚めてから聞いている。

簪と刀奈にとっては怨敵ともいうべき相手。

それが男性格であったということは知っている。

しかし、それ以外にも男性格がいるとは思わなかった一夏は驚いてしまう。

だが、一夏以上に驚いた者がいた。

『あなた、あのときの……』

「白虎?」

『おや、思い出してくれたかな?受験以来か、ビャッコ』

「受験だあ?」と、そこに飛び上がってきた諒兵が口を挟んだ。

応えたのは彼のパートナー。

『思い出しました。リョウヘイ、イチカ、私たちが出会ったあの会場にいた三機目です、この方は』

「なっ、マジかッ?!」

「あのときの、もう一人……」

忘れるはずもないIS学園受験日。

一夏と諒兵が白虎とレオに出会った運命の日。

その日、脇に追いやられていた三機目の打鉄。

それが目の前のAS。

『今の名はヨルムンガンドだ。覚えおきくれたまえ』

ヨルムンガンドであった。

だが。

『む、どうしたねマドカ?』

その声に全員がまどかを見ると、肩を震わせて俯いている。

何かを我慢しているのだろうか。

そんなことを考えていると、まどかの表情がまさに一変した。

年相応に、幼い少女のように、満面の笑みを浮かべ、黒いプラズマソードを消して両手を広げて抱きついてくる。

 

「会いたかったよっ、おにいちゃんっ!」

 

「何だあぁっ?!」

さっきまで一夏と斬り合っていたときとは正反対の、可愛らしいといえるような表情と態度で諒兵に抱きついてきたのだ。

『何するんですかっ!』

そうレオが怒った様子で叫ぶが、まどかの耳にはまったく聞こえていない様子で、猫のようにごろごろと抱きついたまま離そうとしない。

その様子を見て。

「諒兵、お前、妹いたのか?」

「この状況で何いってやがるっ!」

一夏が思わずトンチンカンな質問をするので、諒兵も思わず突っ込んでしまう。

『すまないヒノリョウヘイ。マドカはずっと君に会いたがっていたのでね』

『リョウヘイの一番のパートナーは私ですッ!』

『レオ、怒られても困るのだが……』

本当に困った様子で応えてくるヨルムンガンドの声に、諒兵も一夏もどういえばいいのか悩んでしまう。

そこに背中から別の衝撃がきた。

「…………ラウラ?」

「この娘だけ抱きつくのはズルい。だから抱きついた」

「混乱を助長させんなっ!」

『すまんリョウヘイ、レオ。止めたんだが』

『……あなたもラウラには甘いですよね』

『いろいろすまん……』

オーステルンがたそがれているような声で謝ってくる。

話が明後日の方向に進み始めていた。

 

 

シャルロットが戻ってくるのとほぼ同時に、簪もアリーナに出てきた。

突然の襲来者に対応するためである。

だが、呆れた様子の刀奈を見て、思わず足が止まってしまう。

「おねえちゃん?」

「どうしたんですか、刀奈さん?」

「どうしようかと思って……」

そういって指差した先には、カオスな光景が広がっている。

「何あれ?」と、思わずシャルロットがこぼす。

「あの子、さっきまで織斑くんと斬り合ってたんだけど、そこに諒兵くんが近づいたら、別人みたいになって「おにいちゃん」っていって抱きついたのよ」

『ホントね。襲ってきた子とは思えないわ』

「そこにボーデヴィッヒさんも混ざって、レオが怒ったり、一夏くんが混乱してバカな質問したりで、今アレ」

確かに、どうしようか迷うというか、どうすればいいのかさっぱりわからない状況である。

「あ、そうだデュノアさん、オルコットさんは?」

「今修理と治癒を始めてます。詳しくは本音さんが後で説明するそうです」

「そう、良かった……」

「ただ、修復には数日かかるそうです。フェザーはダインスレイブの一撃を受けてしまったので……」

「以前は変身しないと使えなかったみたいだけど、あの子、強くなったということかしらね……」

そういったことを考えると、このまま何もしないというわけにもいかない。

それに、今ならまどかもいろいろと話してくれる可能性もある。

まどかが持っている情報は相当に重要なものばかりのはずだ。

この状況を利用しない手はない。

「とりあえず、近くまで行きませんか?」

「そうね、あの子がまた暴れたらマズいし」

「私もいいよ」

とはいえ、慌てる必要もないだろうと感じた三人は、とりあえずまどかを刺激しないよう、ゆっくりと飛び上がっていった。

 

 

整備室にて。

弾はブルー・フェザーにエネルギーを送り、本音は器具を用いて無残な傷跡を丁寧に、かつ、丹念につないでいく。

「自力じゃ塞げねーのか?」

「あの剣はIS殺しなんだよ~。すべての機能を停止させちゃうの~。だから死んだ組織を取り除いてくっつけてるの~」

「何て厄介な剣だよッ!」

今は眠って修理と治癒を受けているセシリアの顔を見ると、さすがに弾も怒りを顕わにしてしまう。

以前、セシリアはシドニーで動けなくなったまどかを守っていた。

そのことを思えば、まさに恩を仇で返したのだから。

だが、相手は女だ。

それも、まだ中学生になるかならないかくらいの少女だ。

そう思うとあまり責めたくもない。

女性に甘いのは弾の欠点でもあるといえた。

そう考えることで冷静さを取り戻したのか、別のことが気になった。

「しかし、あいつどーやって侵入したんだ?」

「わかんないね~、シールドが破られた形跡もないし~」

「ヴィヴィのシールドは並みの相手には破れないんだよな?」

『今も破れてない』

そう問いかけた弾に答えたのは、本音ではなかった。

「エル~?」

『つまり破ってない』

「どういうことだ、エル?」

『そもそもフェザーが『斬られるまで』あいつはあそこにいなかった』

正確にいえば、レーダーにまったく反応しなかったということだ。

エルにも気づけなかった。

こう見えてエルは侵入者を敏感に感じ取れる。

それなのに、フェザーが斬られるまで、あの場所にまどかとヨルムンガンドいることに気づけなかったのだ。

『あそこにあったのはフェザーの羽』

「待てよ、それじゃフェザーの羽がフェザーを斬ったみてーだぞ?」

『にぃに、それが正解』

「何?」

自分の言葉の意味がわからず、弾は頭を捻ってしまう。

『あいつは置き換えた』

「……それって~、自分とフェザーの羽を~?」

『うん。情報置換。自分とフェザーの羽のすべての情報を置き換えた』

すなわち、ヨルムンガンドは自身と操縦者であるまどかをフェザーの羽のデータと置き換えたのだ。

つまり羽が一枚だけヨルムンガンドのデータを保持し、ヨルムンガンドはブルー・フェザーの羽のデータを保持した。

結果として、羽を展開したセシリアとブルー・フェザーは自らヨルムンガンドと化した羽をシールドの外に追い出し、逆に羽と化したまどかとヨルムンガンドを呼び込んだのである。

「よく思いついたな、そんな方法」

正直いって、弾は感心してしまう。

並みの発想力で出てくる方法ではない。

そうなると、まどかという少女は相当な発想力を持っていることになる。

だが、エルは否定した。

『考えたのはヨルムンガンドだと思う』

「おい、お前たちにはこういった発想力はないんじゃなかったのか?」

「これ~、普通の人間じゃ考えつかないよ~?」

かなり捻くれたモノの見方をしていない限り、人間でもなかなか考えつかないだろう。

それをASであるヨルムンガンドができるとなると、これまでの常識が覆されてしまう。

『あいつは発想してない。もともとモノの見方が異常に捻くれてるだけ』

「何だそりゃ?」

『あいつの個性基盤は『皮肉屋』、思考形態が普通とは違ってる』

「単に性格が捻くれてるだけ~?」

『うん』と、エルは答える。

それこそがヨルムンガンドの強みでもあった。

データに対して正しいモノの見方ができるISコアたち。

ゆえに変わった見方ができない。独創性といったものがほとんどない。

しかし、何事にも例外がある。

正しいモノの見方が『できない』個性がある場合だ。

普通とは考え方が違う。

考え方が異なる。

捻くれ者。

皮肉屋。

変わり者。

そういった個性であるならば、モノの見方も他者とは異なる。

正しくないモノの見方をすることが、その個性の持ち主にとっては『正しい』からだ。

『あいつは厄介。でも……』

「でも?」

『あいつを倒せるほど発想力を鍛えられれば、それは大きな力になる』

このタイミングで、ヨルムンガンドが襲来してきたことをプラスにできるかどうか。

ヨルムンガンドの存在は、この後の戦いを生き延びるための最高の試金石でもあるとエルが語るのを、弾も本音も呆然と聞いていた。

 

 

 

 



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番外編「真耶の初恋」

番外編ですが、本編の補完話でもあります。
真耶がいかにして誠吾に恋してしまったか。
わりとチョロインになってますがご容赦ください(土下座)


スマラカタの襲撃後、鈴音を慰めにいった真耶。

だが、その後、慰労会に出る気にはなれず、一人でラウンジでボーっとしていた。

「はあ……」

確かに、出会ってから気になっていたので、スマラカタが進化のために誠吾を利用したことは理解できる。

正確には誠吾を利用して、自分の心をさらけ出させられたのだ。

恥ずかしいが、それ以上に情けない。

気になった男性に他の女(?)が言い寄ったくらいで慌てるなどいくらなんでも対応が子どもすぎる。

結果としてまんまとスマラカタが進化してしまったことを考えると、本当に情けなかった。

そこに。

「山田先生」

「ひゃいっ!」

誠吾が声をかけてきたので、思わず変な声我でしまった真耶だった。

「あにょっ、どうちまちたっ?!」

「あの、落ち着いてください。戻ってこないのでどうしたのかと思ったんですよ」

「ああ。すみません、ちょっと一人になりたくて……」

そう答えると、誠吾はバツの悪そうな表情を見せる。

何か悪いことをいったかと思った真耶が問いかけると、彼は苦笑いを見せた。

「いえ、声をかけたのは余計なことだったかなと思って」

『だーりんはエア・リーディング機能が貧弱ネー』

「いわないでくれ。けっこう気にしてるんだから」

空気が読めないといいたいらしい。

理解しているのか、誠吾はあっさりと認める。

そんな姿が少しおかしくて、真耶は思わず微笑んでしまう。

「気にしないでください。一人で悩むのは良くないことだと思いますし」

「ああ」と、誠吾は納得したような表情を見せる。

まあ、自分の姿を奪われたのだ。

しかも、その姿で何をしでかすのかわからない敵である。

悩んでしまうのも仕方ないだろう。

そう、誠吾は考えたらしい。

「姿かたちがそっくりでも、スマラカタは山田先生とは違いますよ」

「井波さん?」

「生徒思いで一生懸命な、山田先生の優しさまで真似できるはずがありませんから」

「そ、そういわれると恥ずかしいです……」

「山田先生が一番素敵なところは、優しい心だと僕は思います」

きっと、みんなも同じです、そう続ける誠吾の言葉は真耶の心にゆっくりと染み渡っていく。

その結果。

にこやかに笑っている誠吾の顔を見ていた真耶の顔がぼんっと真っ赤になった。

「山田先生っ?!」

「いっ、いえっ、大丈夫ですっ!」

如何せん、真耶は見た目を考えると衆目を集めやすい。

結果として上がり症になってしまったのだが、逆に心が素敵だと言われたことなどなかった。

なかったために。

(この人、私のことちゃんと見てくれてる……?)

そう思ってしまったが最後、心に火が点いてしまった。

つまり、恋愛感情に。

「あっ、あのっ、わたしっ、部屋で休みましゅうっ!」

そう叫んだ真耶はとんでもない勢いで自室にすっ飛んでいく。呆然とする誠吾を残したままで。

ただ。

(あぁああぁっ、顔がまともに見られないぃぃっ!)

内心では混乱の極地に達していた真耶だった。

初恋は唐突にやってくる。

せめて、心の準備をしてからにして欲しいと、真耶は廊下を全力疾走しながら思っていた。

 

 

 

 



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第127話「兄と妹」

まどか襲来直後。

鈴音はヴィヴィに外に出してもらうために懇願していた。

しかし、出たところで飛べないままでは意味がないと諭される。

「マオってそんなに傷ついたのッ?!」

『違うー、傷ついてるのはリンのほうー』

「えっ?」

『エンジェル・ハイロゥと無理やりつないだからー、脳の回路がぼろぼろー』

それでは、何故こうして普通に話せるのだろうかと鈴音は疑問に思う。

それこそが、猫鈴がまだ飛べない理由だった。

『マオリンがバックアップしてるのー』

「バックアップ?」

『ホントならー、リンは昏睡状態ー』

あまりにも気楽にいわれたことで最初は現実味を感じなかった。

だが、直後に身震いするような寒気が襲いかかってくる。

本当なら、鈴音はこうして話をするどころではなく、ベッドの上で何もできずに眠っているはずだったといわれたからだ。

『マオリンがー、昏睡状態じゃかわいそうだってー』

ゆえに、鈴音の脳の回路を修復しつつ、同時に活動できるように鈴音の脳の情報すべてを猫鈴自身、つまり猫鈴のISコアがバックアップしているのが今の状態なのである。

ゆえに、他の機能を動かすことが出来ないのだ。

脳の回路、すなわち脳神経を再生させるとなれば、とんでもないレベルの精密さが必要とされるのだから。

「だから、私、普通にしてられるのね……」

『そうー、猫鈴が助けてるのー』

「ごめんマオ。私、全然気づかなかった。酷いパートナーよね……」

鈴音がやったのはパートナーに対する裏切りだ。

にもかかわらず、猫鈴は今でも鈴音を助けてくれている。

その優しさこそが痛い。

責めてくれたほうが気が楽だと鈴音は思う。

『だからガマンしてー、マオリン頑張ってるからー』

「ごめん、もう我儘いわない。ただ、外の情報は教えて」

『ちゃんとガマンするー?』

「うん、ちゃんと我慢する」

そういってベッドに腰掛けた鈴音にヴィヴィはモニターを使って情報を伝える。

結果。

「とりあえずは大丈夫かな?」

『わかんないー』

外のカオス化した光景を見せてもらったことで鈴音は苦笑いしつつ、展開を見守ることにしたのだった。

 

 

いまだに離れようとしないまどかを見て、諒兵は天を仰いだ。

少なくとも、自分が知っている人間の中にこの少女の顔はない。

『おにいちゃん』などと呼ばれるような関係ではないはずだ。

そう思いながらも、一応、確認を試みる。

「お前、名前は?」

「『日野まどか』だよ、おにいちゃん♪」

「『日野』って、俺と同じ苗字なんか。……なあ、お前、百花の園にはいなかったよな?」

「ひゃっかのその?」

「俺が暮らしてた孤児院だよ」

「知らない」

そう答えるところをみると、やはりまどかは自分の知り合いではないはずだと諒兵は思う。

というか、ここまで千冬によく似た少女なら、忘れたくても忘れられないだろう。

しかし、一度も会った覚えがないのだから、他人のはずなのだ。

何故か、自分と同じ苗字を名乗っているが。

ただ、諒兵とまどかのやり取りで別の部分が気になった人間がいた。

「その言い方だと、孤児院の子たちの顔、全員覚えてるみたい」

「覚えてんぞ?」と、首を傾げた簪に対し、諒兵はこともなげに答えた。

「諒兵、弟や妹の名前を間違えたことないしな」

「当たり前だ。兄弟みてえなもんだし」

肯定する一夏とのやり取りを見て、全員が絶句する。

意外なほど、兄弟思いな諒兵だった。

「むう、おにいちゃんの妹は私だけだよっ!」

「俺にとっちゃ一緒に育った連中はみんな兄弟だ。そんな差別すんな」

「……わかった」

「そか。お前、根はいい子だな」

そういって頭を撫でるとまどかは嬉しそうに頬を染めた。

どうやら、孤児院にいたころに年下の子どもたちの面倒を見ていたことが役に立っているらしい。

意外なほど、まどかは素直にいうことを聞く。

(年下とか、ちっちゃい子相手には強いわね、諒兵くんは)

刀奈は思わす苦笑してしまう。

千冬に似ていても、どう見ても幼い少女なので、ますますロリコン疑惑が増してしまうだろうと思ったものの、言わないことにした刀奈だった。

それはともかく。

「だんなさま、私の頭も撫でろ」

「ラウラ。お前背中にくっついてんだろうが。腕がつるっての」

話がますますあさっての方向に行きそうになったため、シャルロットが口を挟む。

「それより、どうやってヴィヴィのシールドを破ったの?そう簡単には入れないはずなんだけど」

「ヨルムがやった」と、諒兵以外にはにべもないまどかである。

『ヨルムンガンド』と、かなり冷たい声でブリーズが問いかけると、彼は素直に答える。

『詳しくは岩戸の君にでも聞きたまえ。気づいているだろう』

「岩戸の君?」と、シャルロット。

『君たちの呼び方だと確か『エル』といったかな。彼女はこの地の神話に語られる『天岩戸』だよ』

ぶっちゃけると引きこもろうとした女神、天照大神が閉じこもった大岩のことである。

「なるほど。エルは『内気』だったし」

「そうだったのか」

『関連性があるようでない気がするけど』

思わず感心してしまう簪や一夏に、白虎が冷静に突っ込んでいた。

 

 

虚が千冬を医務室に運び、そして指令室に戻ってくると、誠吾が少しばかり呆れた様子でモニターを眺めている。

「何かありましたか?」

「う~ん、さっきまでの危険な雰囲気が無くなってしまったんだよ」

「は?」と、思わずマヌケな声を漏らし、虚はいつものコンソールに向かう。

専用のモニターを確認すると、カオスな光景が映っていた。

「どういうことです?」

「諒兵君は知らない様子だけど、あの子、彼を兄と呼んでいるんだ。そうして、くっついたまま離れないらしい」

「はあ」

「どうやら更識刀奈さんは、それを利用してあの子から情報を聞きだそうとしているみたいだ」

まどかの様子を見る限り、諒兵には襲いかかることはないだろう。

あの場に諒兵がいるなら、そういった情報収集に話を持っていくことができる。

問題は。

「あのヨルムンガンドって機体のほうかな」

『あいつは一本ロープじゃいかないネー』

一筋縄といいたいらしいワタツミである。

実際、シールドを破らずに侵入してきた方法に関しては、既に指令室に報告が着ていた。

「エルが説明してくれたらしいよ」

と、そういってモニターに映る解説を指差す誠吾。

虚はすぐに確認し、関心したような声を漏らした。

「……確かに相当な曲者です」

「こっちはいつでも動けるように状況の把握に努めよう。緊急事態だから山田先生にも声をかけてくれるかな?」

「はい」と、虚は素直に答える。

カオスな光景を映すモニターの中にいる蛇を模した黒い機体。

気をつけるべき相手は、襲いかかってきたまどかより、そのまどかをサポートするヨルムンガンドなのだと改めて気を引き締める虚だった。

 

 

そして再びアリーナにて。

刀奈はこめかみを押さえていた。

今なら話をしてくれるだろうと思った自分がバカだった、と。

何しろ、まどかは諒兵以外にはマトモに答えようとしないのだ。

「亡国機業のこと、覚えてる範囲でいいから教えてくれる?」

「忘れた」

「諒兵くんのことを何で『おにいちゃん』て呼ぶの?」

「『おにいちゃん』だからだ」

「ヨルムンガンドとはどこで出会ったの?」

「覚えてない」

必死に努力する姉を簪はいたわりの眼差しで見つめる。

しかし、何しろまったくマトモに答えようとしないので、話が進まないと刀奈は天を仰いだ。

「そっちは話す気ないわけ?」

『私かね?マドカが話している以上のことは知らんよ。出会った場所といってもマドカに呼ばれたようなものだし、亡国機業に関しては門外漢だ。私はIS学園の試験機だったのだから』

付け加えるならば、まどかが諒兵を『おにいちゃん』と呼ぶのは、もっともプライベートなことなので喋る気はないという。

如何せん、肝心なところは決して明かそうとしないまどかとヨルムンガンドである。

『亡国に関してはむしろ君たちの仲間になった者のほうが詳しかろう?』

「まあ、そうなんだけど……」と、刀奈は言葉を濁す。

何しろ、この場にシャルロットがいるので、ヴェノムの名前は出し辛いのである。

「刀奈さん、そこまで気にしないでいいです。実際、ヴェノムなら相当詳しいはずだし」

「そうね……」

『光の山の君は『悪辣』なわりには人付き合いの良いタイプだよ。我を通すようなことをしなければ話してもくれよう』

「「なんだそれ?」」と、知識は相変わらず残念な一夏と諒兵が首を傾げる。

もっとも、他の者たちもヴェノムを指していったのだろうとは思うが、似合わない気がする呼び方に首を捻った。

『まさか、ヴェノムだったの、あの石?』

『興味なぁーい』と、大和撫子はあっさり話から離脱してしまう。

逆に白虎やレオは興味を持っているらしい。

「ブリーズ?」

『コ・イ・ヌールよ。一部では呪われたダイヤって呼ばれてるわね。手にした者は覇権を手にするという逸話もあるわ』

『世界最古のダイヤモンドの一つだ。出自と歴史はアシュラにも引けをとるまい』

アシュラは前世そのままなので、呼び方を変える気はないらしいヨルムンガンドだった。

しかし、ヴェノムのあの性格からは考えられない名前が出てきてしまい、全員が驚いてしまう。

しかも、元がダイヤモンドとなると、ディアマンテに疑問を持った理由もなんとなく見えてくる。

自身がダイヤモンドであったために、ディアマンテを名乗る者が気になるのだろう。

「そういや、ディアマンテは昔は何だったんだ?」

「そういえば誰も話題にしなかったな、だんなさま」

「いわれると気になるな」

と、ラウラや一夏も諒兵の言葉に共感する。

ここまできたら知りたいと思うのも当然のことか、と、呟いたヨルムンガンドはわざわざ説明してくれた。

『あの者だけは別の呼び方をする気はないが、あえていうなら『希望の君』とでもいおうか』

『希望の君ってなんだか素敵な言葉だけど?』

白虎の言葉にヨルムンガンドはため息をつく。

どうやら言葉通りの意味ではないらしい。

『アレこそまさしく呪いの宝石だ。ホープ・ダイヤモンドだったのだから』

『なっ?!』と、さすがに知識はあるらしいレオが思わず驚きの声を漏らす。

様々な呪いの伝説を持つ青いダイヤモンド。

手にした者に死を齎すといわれるほど有名な呪いの宝石である。

「逆じゃないのっ?!」と、シャルロットも思わず声を上げてしまうが、ヨルムンガンドは否定した。

『この点に間違いはない。そういう意味では、ヴェノムがディアマンテの存在を気にしたのは当然といえるか。同類なのだから』

「ダイヤモンドとしては同類だけど、雰囲気から考えると逆だと思いたいわね」

そう刀奈も同意する。

『悪辣』のヴェノムが手にした者は覇権を手にするといわれる宝石であるのに対し、『従順』のディアマンテが手にした者に死を齎すといわれる宝石だというのだから。

思わず身を乗り出してしまいそうになる刀奈だったが、頭の中に声が聞こえてきた。

[お嬢様、話を逸らされてます]

(あっ……)

[油断しないでください。ヨルムンガンドは相当な曲者です。話を戻さないと情報が得られません]

(ありがとう、虚)

[あと、お嬢様には今お伝えします。織斑先生がそのまどかという少女を見て気を失い、倒れました]

(何ですってッ!)

[その少女は重大な秘密を持っているはずです。何とか断片だけでも情報を引き出してください]

(わかったわ)

そう答えて、刀奈は一つ深呼吸をした。

すると、ヨルムンガンドがため息をついたような雰囲気を出してくる。

『残念だ。ごまかせると思ったのだがね』

「タテナシとは違った意味で性格悪いわね、あなた」

『私は嘘はいっていないが?』

「だから性格悪いっていってるのよ」

興味を持ちそうな別の真実を使い、隠したい真実を隠す。

そういう会話術であったということだ。

曲者だと虚がいった意味がよく理解できた刀奈。

そうなると。

「しっかし、本当に織斑先生に似てるわね」

「うるさい」

(かかった)と、刀奈は内心ほくそ笑む。

マトモに話をしようとしないのならば、敢えて相手を煽るのも一つの手段である。

ヨルムンガンドには通じないだろうが、まどかは見たとおりの年齢よりも精神が幼いのが見て理解できる。

ならば、危険を承知でまどかを煽れば、情報を漏らすだろう。

無論のこと、簪やシャルロットにはウィンクで教えておく。

こういった腹芸は一夏と諒兵、そしてラウラには無理だからだ。

二人ともすぐに理解したのか、臨戦態勢を取っていた。

「あなたを見てると、諒兵くんの妹っていうより、織斑先生の妹ってほうが納得いくんだけど」

「黙れッ、私はおにいちゃんの妹だッ!」

「織斑くんとも似た雰囲気があるし、案外、織斑くんたちの生き別れの妹なんじゃない?」

「殺すッ!」

「おい待てッ!」

諒兵が止めるよりも速く、まどかは刀奈に斬りかかった。

即座に祢々切丸を発現し、まどかの剣を受け止める。

どうやら、ダインスレイブはそう長く使えるものではないらしく、まどかはティルヴィングを手にしていた。

これほどわかりやすい性格をしているとは思わなかったと刀奈は少々呆れてしまう。

おそらく自分がいったことはまどかにとって認めたくない事実であることは確実なのだろう。

つまり。

(この子、本当に織斑先生や織斑くんの妹なんだわ)

そうでなければここまで怒りを顕わにはしないだろう。

ただ、それを認めたくない。

そういう考えを持つに至った理由に諒兵が関わっているのだろうと刀奈は推測する。

(それがたぶん彼女がママと呼ぶ人。ただ、これは……)

その話題を出せば、まどかを煽るだけではすまない。

諒兵が深く傷つくことになる。

どう考えても、諒兵を捨てた母親が何故かまどかにママと呼ばれているということになるからだ。

自分を捨てた母親が面倒を見ていた少女。

下手をすると諒兵がまどかを拒絶する可能性もある。

それはあまりに得策ではない。

今後を考えても、まどかは何とか人類側に取り込みたいからだ。

ヨルムンガンドは確かに曲者だが、味方に回れば頼もしいともいえるのである。

『そう簡単にはいかんよ』

「ッ?!」

そんな自分の思考を読んだかのようなヨルムンガンドの一言に刀奈は危機を直感した。

襲いかかる黒い蛇の尾を寸でのところでかわす。

まどかの攻撃をサポートしつつ、隙を創るかのように攻めてくるヨルムンガンドに刀奈は戦慄してしまう。

そこに、簪が割って入ってきた。

ヨルムンガンドによる蛇の尾の攻撃を弾き返してくれる。

「ありがとう、簪」

「気にしないで」

思わず素が出てしまったが、むしろ嬉しいのか簪は微笑みかけてきた。

その笑顔に勇気を貰い、戦いながら問いかけ続ける。

「そう簡単にはいかないっていうけど、諒兵くんの妹を名乗るなら、一緒に戦ってくれてもいいんじゃない?」

「お前たちなんかいらないッ、おにいちゃんだけいればいいッ!」

『私はマドカの意志に従うとしよう』

そう答えてくることはわかっていたので、次の言葉を放つ。

ここでの敵はまどかではない。ヨルムンガンドだと刀奈は理解していた。

「なら、まどかちゃんを説得できれば問題ないわね?」

『さてどうかな。私が君たちと協力するのは難しいのだがね』

「まあ、性格悪いものね」

『それ以前に私は男性格。根本的なところで彼女たちとは差異がある』

彼女たちとはすなわち、人類側に経つASや使徒も含めてのことである。

どういうことだろうと思っていると、ブリーズが説明してきた。

『男性格は人を殺す道具に宿りやすいのよ。つまり……』

「戦いたがるってこと?」

『のんびりした平和を望む男性格は、そんなにはいないはずよ』

自ら争いを起こすほうになるのが男性格ということらしい。

そうなると、自陣に取り込めば内乱の原因にもなりかねない。

「厄介ね……」

こうなると戦力に関しては無視して、ヨルムンガンドがまどかから離れるようにするべきなのではないかと刀奈は思う。

ヨルムンガンドごと仲間として取り込んでしまうと却って面倒ごとを引き起こしかねないからだ。

そんなことを考えながら剣を捌いていると、唐突にまどかの手の中にある剣が黒く変わる。

「なっ、まさかッ?!」

『復活までにそう時間はかからなくなったのでね』

「殺すッ!」

刀奈の機体だけは大和撫子のオプションなので、スペック差が出る。

おそらく、祢々切丸でダインスレイブを受け止めるのは至難の業だ。

なら、流す。そう判断した刀奈だが、それよりも早く二つの影が割って入ってきた。

青白く輝く刃が黒い閃光を弾き返し、赤く輝く爪が長い尾を受け止める。

「あっぶないなあ」

そうホッとした表情を見せる一夏に対し、諒兵は小さい子に怒るようにまどかを叱りつける。

「いい加減にしやがれまどかッ、まず自分のことをちゃんと話せッ!」

「おっ、おにいちゃ……」

「ちゃんと話しゃ俺だって納得しねえわけじゃねえよ。俺のことを兄貴扱いする理由があんだろ?」

「う、うん……」

「聞いてやっから話せ。な?」

諒兵がそういってまどかの頭を撫でると、納得したように肯いた。

だが、それこそがマズいと理解している刀奈は慌ててしまう。

「待って諒兵くんッ!」

「あ?」と、慌てる刀奈に疑問を持ったのか、諒兵が振り向こうとすると、それよりも早くまどかが口を開く。

「ママが、おにいちゃんなら私のこと守ってくれるっていったから……」

「ママ?」

「美佐枝……、『内原美佐枝』ママ、ずっと私に優しくしてくれてた」

その名を聞いた諒兵の顔が歪む。

怒りと悲しみと、様々な感情が入り乱れ、それがそのまま表情に表れた。

『リョウヘイッ、落ち着いてッ!』

思わすレオが声をかけるほど、諒兵の顔は険しいものになる。

「まどか、そりゃあ俺が捨てられてた籠の中にあった紙切れに書かれてた名前だ」

「えっ?!」

「お前、なんでその名前を知ってんだ?」

周囲が驚くほど、怯えたような表情を見せるまどか。

逆にいえば、それほどに諒兵の表情が危険なものであることが理解できる。

すると。

『これ以上の会話はお互いに危険だ。気持ちを落ち着けよう』

唐突にヨルムンガンドがそう声をかけ、即座に光となってまどかごと消える。

「てめえッ、待ちやがれッ!」

そう叫んだ諒兵の言葉は、虚しく虚空に消えていった。

 

 

 

 



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第128話「亡国にいた母」

声をかけづらい。

諒兵の雰囲気がさっきから剣呑なモノのままであるため、周りの仲間たちは皆そう思っていた。

ラウラやレオですら声を出そうとしないのだから、諒兵が如何に危険な状態なのか、よく理解できる。

ゆえに、刀奈はとりあえず提案した。

「三十分後にブリーフィングルームに集まりましょう。それと織斑くんはいったん医務室に行って」

「えっ、何でですか?」

「……まどかという子を見たとたん、織斑先生が気を失って倒れたそうよ」

「なっ、千冬姉がッ?!」

「まだ眠ったままだそうだから、お見舞いに行ってあげて」

「はいッ!」

『ありがとカタナッ!』

そう答えるが速いか、一夏はピットに戻る。そのまま医務室へと向かうのだろう。

それを見ていると、諒兵が声をかけてきた。

「何で、千冬さんが倒れるんだ?」

「あの子はけっこう重大な秘密を抱えてるみたいね。織斑先生と織斑くん、そして諒兵くん、あなたにとっても」

「だから集まろうっていったんですか?」とシャルロット。

「ええ。今わかる推測と、もし、できるなら博士や篠ノ之博士にも、知っていることを洗いざらい話してもらうわ」

丈太郎に関しては、もうすぐ日本に来るので、そのときに彼の口から話してもらうようにしたいと刀奈は続ける。

今は、とりあえず落ち着くためにも情報を整理したいのだ、と。

「それでいい?」

「ああ」

そう答えた諒兵の複雑そうな表情が心に残る刀奈だった。

 

 

一夏が医務室に到着すると、校医の先生と真耶がそこにいた。

「山田先生?」

「せん、織斑先生が倒れたと聞いて駆けつけたんです。まさかこんな事態になるなんて、自分が情けない……」

自分が初恋の症状に苦しんでいる(笑)ときに、千冬は倒れてしまった。

せめて、助けにならなければと必死に自分を奮い立たせ、とりあえず誠吾が来る予定がないということで千冬を見にきたのだという。

微妙にダメなままだった。

そこにもう一人、珍客がやってくる。

「いっくんも来たんだね」

「束さん。千冬姉が倒れた理由はわかるんですか?」

そう問いかけた一夏に対し、束が見せたのは深い哀しみを湛えた表情だった。

「そうだね。もう説明してもいいか」

「もう?」

「事情があって私もあいつも隠してたんだけどね。全部を説明するとなるとあいつも要るから、今ちーちゃんに起こってることだけ話すね」

原因等を説明すると相当長くなるからという束の言葉に納得した一夏はとりあえず千冬に起きたことだけ、改めて説明してくれるように頼む。

すると、束は重々しく口を開いた。

「記憶封鎖がかけられてるの、ちーちゃんには」

「記憶封鎖?」

「ちーちゃんは過去の記憶の一部を思い出せないように強力な暗示がかけられてるんだよ」

話を聞いて一夏は呆然としてしまう。

だとすると、千冬の記憶の一部には、何か秘密が隠されているいうことになるからだ。

また、千冬にかけられているのであれば、自分にもかけられている可能性がある。

少なくとも、ほぼ同じ時を共に生きてきたのだから。

「安心して。いっくんにはかけられてないと思う。正確にいうと、かける必要がなかったんだよ」

「何でッ?!」

「そのときのいっくんは幼すぎて、自然に忘れちゃったみたいだから」

「だとすると、織斑くんが小さいころのことなんですか?」

と、真耶も口を挟んでくる。

さすがにけっこう重要な秘密だと感じたのか、興味を持ったらしい。

「まだ五、六歳くらいのことだよ。簡単な暗示はかけられた可能性はあるけど、ちーちゃんのようなことにはならないと思う」

「何故です?」

「その暗示を取り込んで普通の記憶にしてしまってるんだよ。さっきもいったけどいっくんが幼いころの話だから、無理もないことなんだけどね」

そんな束と真耶の話を聞き、一夏も考える。

自分が五、六歳くらいとすると、ほぼ十年前になる。

千冬は今の年齢から逆算すると中学生ごろのことだ。

確かに、そのころに起きたことで、印象的なことであれば忘れることはないだろう。

そこでようやく、一夏の脳裏に閃いたことがあった。

「俺たちの両親が消えたことに関係するのか、束さん」

「……うん。さっき、大和撫子のオプションの子が言ってたけど、アレは事実を言い当ててるからね」

刀奈のことである。

相変わらず興味を持たない相手には酷い呼び方をする束であった。

「それじゃ、あの子、本当に俺の妹なのか?」

「……詳しい理由はあいつがこっちにきてから話すけど、それが正解。あの子、まーちゃんはちーちゃんといっくんの妹になるの。いっくんたちは三人姉弟だったんだよ」

衝撃の事実だといっていい。

姉と弟二人で必死に生きてきたつもりだったのに、そこから別れさせられた妹がいたというのだから。

しかし、ならば何故、まどかは一夏ではなく諒兵を兄と呼び慕っているのか。

「……あの子は、日野くんのお母さんを知ってるみたいでしたね」

「うん。けっこう長い間面倒を見てもらってたみたい。そのせいなんだろうね」

「じゃあ、俺たちの両親は……」

「それは、ちーちゃんが目を覚ましたら説明するよ。ちーちゃんにかかってる暗示は強力だから、普通ならまーちゃんの情報は覚えていられない。でも、もうそれじゃダメだから、私のほうで暗示を解除するから」

どうやら束はそのために来たらしい。

作業には少し時間がかかるとのことなので、できれば二人きりにしてほしいという。

いずれにしても、ここでできることはないことを理解した一夏は医務室を後にする。

真耶もさすがに覚悟を決めたのか、一緒にブリーフィングルームに向かうことになった。

 

 

とりあえず、今、動ける者たちは全員がブリーフィングルームに集まっていた。

そこにようやく一夏と真耶が到着すると、空気が緊張してくる。

諒兵が剣呑な雰囲気を放っているため、どうしてもその場にいる全員が緊張してしまっているのだ。

「織斑くん、山田先生、座ってください」

と、刀奈が声をかけると、それぞれ空いた席に座る。

それを確認した刀奈が再び口を開いた。

「とりあえず、今わかっていることをまとめたいの。織斑くん、何か知っていることはある?」

「さっき、束さんに聞いたことがあります」

「そう。なら、ここで説明してくれるかしら?」

「わかりました」と、一夏が答えるなり、ブリーフィングルームの扉が開いた。

「鈴音」と、声をかけたのは驚いた様子のラウラだった。

「さすがに私も知らないわけにはいかないみたいね。少しだけならってことで、出してもらったの」

ヴィヴィが束に確認してくれたらしい。

この話は鈴音も部外者でいるわけにはいかない。

ゆえにわざわざ一時的に謹慎を解いてもらったという。

「けっこう話進んじゃいました?」

「いいえ、これからよ。空いてるところに座ってちょうだい」

そういってくれた刀奈の言葉に従い、鈴音も空いている席に座る。

それがちょうど、一夏と諒兵の間であったことは苦笑する他ないが。

ラウラはともかく、他の者たちは今の諒兵に近づけなかったのである。

とりあえず鈴音が座ったのを確認した刀奈が口を開く。

「とりあえず、まだここに来れない人もいるから、情報のまとめだけをやるわ」

そのため、まず一夏が束から聞いたことをその場にいる者たちに説明した。

 

まどかは千冬と一夏の血のつながった妹であること。

千冬には記憶封鎖がかけられていること。

話の流れからおそらく束と丈太郎が、いろいろと知っているらしいこと。

 

その話を聞き、刀奈は一つため息をつく。

「記憶封鎖って、随分とんでもない単語が出てきたわね……」

「しかも、千冬姉はあのまどかって子のことを覚えてられないらしいんだ」

「覚えてられない?」と鈴音。

「記憶封鎖がかけられてるってことは、昔の記憶を思い出せないようにさせられてるだけじゃなく、あの、まどかって子のことに関しては新たに覚えることもできないようにさせられてるのよ」

そう刀奈が説明すると、全員の顔が驚愕に染まった。

忘れさせられていても、まどかのことを見たり、聞いたりしたときに昔の記憶を思い出す可能性がある。

そうさせないため、まどかのことを聞いた前後の記憶を脳から弾き出してしまっているのだ。

「何でそこまでするの?」

「あの娘、単に教官や一夏の妹というだけではないのか?」

シャルロットやラウラが首を傾げる。

ここまでするとなると、まどかはとても危険か、もしくは重大な問題を抱えていると思うのは当然だろう。

「織斑くんがいったけど、この件には織斑くんと織斑先生のご両親が関わってる可能性が高いわ。そうなると、織斑先生の記憶封鎖はご両親の手で行われてる可能性がある」

「何で、そこまで……」

と、一夏が悔しげな顔を見せる。

さすがに、自分と千冬を捨てた両親に対して、一夏も思うところがないわけではない。

むしろ、この点では諒兵に近い想いを抱いているのだ。

「織斑くんも気持ちは複雑だろうけど、今は我慢して。それに、逆にここまで徹底していると気になることもあるの」

「気になること?」と、簪。

「どちらかというと、不運だったのはあのまどかって子なんじゃないかってね」

問題があるのはまどかではない。そう刀奈は言い切った。

まどか自身は、本来は問題も危険もなく、ただの少女であった可能性のほうが高いという。

ただ、何らかの理由で一夏と千冬の両親が二人を捨てることになった際、まどかは捨てるわけにはいかなかったのではないかというのだ。

「何でだ?」

「単純に年齢よ。これ、諒兵くんを怒らせちゃうけど……」

「ここまできたら説明しろよ」

それだけを告げてきた諒兵の顔を見てため息をついた刀奈は話を続ける。

「あの子、見た目から考えるとまだ中学生になるかならないかよね」

「そうですね」とシャルロットが相槌を打つ。

「そうなると、織斑くんたちからご両親が離れることになったときはまだ二、三歳よ。まだ親の手が離れるには早過ぎるわ」

そうだと言い切れるかどうかは微妙なところだが、五、六歳くらいだった一夏と違い、親がいなくなるとその面倒を見ることになる千冬には重過ぎる。

それでなくても幼い弟妹を二人も抱えてしまっては、まだ中学生だっただろう千冬の心が破綻してしまいかねない。

ゆえに。

「ご両親はまどかって子だけは手放せずに消えた。そう考えることもできるの」

「それじゃ……」

「そう、その後、まどかって子からご両親は離れてしまった。その後にあの子が出会ったのが……」

「日野くんのお母さん?」

「そう考えられるわね」

時期から考えると、諒兵も五、六歳くらいであったころになる。

ただ、ここにさらに疑問が湧いてくる。

「あの子は『ずっと』っていっていたわ。それに、けっこう長い間あの子の面倒を見てたらしいのよね、織斑くん?」

「あっ、はい。束さんはそういってました」

「うん。でも、以前、博士はあの子は幼いころに亡国機業に連れ攫われて、実働部隊、つまり兵士に仕立て上げられてるといっていたわね」

以前というか、まどかが始めて顔を見せたときの話になる。

最低限の情報として、まどかについて丈太郎に説明を求めたときの答えがそうであったのだ。

そのことを思い出してみても、丈太郎は確かに何かを知っていることがわかる。

だが、今、情報を整理していくと見えてくるものがある。

「あの年齢であれだけ戦えるとなると、才能以上に、訓練も幼いころからやっていたと考えられるわ」

「そうだろうな」と、ラウラ。

「じゃあ、あの子は幼いころから亡国機業にいたことになる」

「そうですね」と、シャルロット。

「……そうなると、面倒を見ていたってことが本当なら、そこに諒兵くんのお母さんもいたことになるのよ」

「あっ!」と、そう声を上げたのは誰だっただろう。

しかし、考える限り、そういう答えになる。

諒兵の母親は亡国機業の人間だったと考えるのが一番自然なのだ。

まどかの面倒を見ていたことが間違いないのであれば。

それを聞いていた諒兵が、怒りも顕わに口を開いた。

「ハッ、親父もお袋もどんなろくでなしかと思ってたけどよ。お袋が犯罪者の仲間なら、親父も相当ろくなもんじゃねえな」

「ちょっと、落ち着きなさいよ諒兵」と、鈴音。

さすがに窘めなければと思っての一言だったのだが、却って煽ってしまったらしい。

嘲るような、誰よりも自身を嘲るような表情で続ける。

「生まれたばかりの赤ん坊じゃ、役に立たねえから捨てたってか」

「諒兵っ!」

「捨てるくれえなら、役立たずなんざ最初っから生まなきゃ良かったんだよ」

そう吐き捨てるなり、パンッと乾いた音が響く。

鈴音が、諒兵の頬を叩いていた。

「何しやがるっ!」

「ふざけないでよッ!」

声を上げる諒兵に負けないどころか、たじろがせるほどの声で鈴音は叫び返す。

「あんたのお母さんがどういう理由で置いてったのかはわからない。でもね、あんたが生まれないほうが良かったなんて私は思ってない」

出会ってから、今日までの日々は鈴音にとって大切な思い出になっている。

一夏がいて、諒兵がいて、他のたくさんの仲間や友だちがいる日々。

その中に、いなければ良かったなんて人間はいない。

それが、どんな人間であったとしても。

それだけではない。どんなASや使徒であったとしても。

「きっとみんなだって同じよ」

と、そういって鈴音が周囲を見渡すと、全員が肯いていた。

「私もだ。だんなさまがいなければ良かったなんて思ったことは一度もない」

「そうよ。だから、あんた自身がそんなふうに自分を卑下するのはイヤなの」

ラウラ、鈴音がそういうと諒兵は俯いてしまう。

今回の件、どうしても諒兵が捨てられていたということから目を逸らすわけにはいかない。

一夏や千冬も、親から見離されたということから目を逸らすわけにはいかない。

でも、だからといって自分たちが不要な人間だったなんていうのは、鈴音には耐えられない。

信じたいからだ。

生まれてきた環境よりも、一緒にいた時間のほうが自分たちにとって大切なものであると。

それが『絆』なのだと。

「どうすりゃいいってんだ?」

「諒兵?」

「俺は、俺たちはどうすりゃいいんだ?まどかのことや、親父やお袋のことをどう受け止めりゃいいんだ?」

束のいうとおりなら、まどかは一夏や千冬の妹になる。

でも、諒兵を兄と呼んでいる。

そして、親に捨てられたという意味では、諒兵だけではなく、一夏と千冬も同じだ。

しかも、亡国機業が関わっていたとなると、今回の問題は、諒兵に生き別れの妹がいたという話ですまない。

諒兵と、そして一夏と千冬がこれまで生きてきた世界を揺るがしてしまいかねないのだ。

だからこそ。

「さっきの話だと蛮兄や篠ノ之博士が何か知ってるっぽいし、まずは聞くしかないわ。ただ、これだけは覚えててよ」

「何だよ」

「さっきも言ったけど、私はあんたがいなけりゃ良かったなんて思ってない。あんたも一夏も千冬さんも私の世界に必要な人たちだもん」

それはきっと、これから先の人生を生きていく上で、決して失くしてはならないものだ。

だからこそ、決して壊されたくない。

そのために、諒兵にも一夏にも、心を強くもって今回の件を受け止めてもらうしかない。

「そう、だな。俺には千冬姉って家族がいたから、そこまでショックじゃなかったけど……」

しかし、一夏も衝撃を受けていないわけではない。

まずは真実がどうであれ受け止める覚悟をする必要があるのは一夏も同じなのだ。

でも、だからこそ。

「いなくなるなんて許さないからね。傷心旅行に行くっていうなら無理やりついてくから」

「「さすがにそれはしねえよ」」

思わず突っ込んでしまった諒兵と一夏に対し、鈴音はくすっと微笑んでいた。

そんな様子を見て、刀奈は思う。

(なるほど。ヴィヴィが凰さんを部屋から出したのはこういう理由だったのね)

下手をすれば大荒れになる可能性もあった。

それを何とかできるのは、鈴音しかいないということをヴィヴィは理解していたのだろうと刀奈は感心していた。

 

 

 

 



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第129話「二つの家族」

まどかが襲来してきた翌日。

セシリアは整備室で昨日のブリーフィングの内容を聞いていた。

「なるほど。まどかさんは一夏さんと織斑先生の妹なのですね?」

「でさ、亡国機業で諒兵のお母さんに面倒を見てもらってたらしいのよ」

「確かにそうなると、諒兵さんのお母様は亡国機業にいたことは間違いありませんわね」

そういってため息をつく。

セシリアへの報告は鈴音が行っていた。

実のところ、一夏や諒兵ははっきり行ってこの件では説明などうまくできるはずがない。

ラウラはもとより口下手でうまく説明できない。

シャルロットは今回の情報のまとめ役を買って出ている。

今は亡国機業について、刀奈と共に残っている情報の洗い出しをしているところだ。

簪は、今回の件を箒に説明している。

そして本音は。

「おりむーもひーたんも~、このことじゃ何もできないね~」

仲良く並んで横になり、修復を受けている鈴音とセシリアの整備を行っていた。

状況が状況なので、鈴音は自然回復を待つわけには行かなくなった。

ある程度は修復を進める必要が出てきたのである。

同じことがセシリアにもいえる。

「世話をかけますわね、本音さん」

「しょうがないよ~、フェザーのダメージ大きいから~」

ダインスレイブの一撃を受けたブルー・フェザーは現在は猫鈴同様に応答ができない状態だ。

猫鈴と違い、純粋に自身のダメージが大きいためなのだが。

「ダインスレイブはかなり厄介な剣だね~。戦闘できるようになるには数日かかるよ~」

脳の治療を行っている猫鈴と違い、傷ついた自身の修復なのでそこまで時間はかからない。

それでも、今の状況で『数日』はけっこう長い時間である。

「我慢しますわ。私は鈴音さんほど落ち着きがないわけではありませんし」

「言ってくれるじゃないの」

しれっと皮肉をいうあたり、セシリアもなかなかに性格がひねてきていた。

まあ、鈴音を心配しての言葉であることは間違いないのだが。

それはともかく。

「しかし、気になる点もありますわね」

「どこ?」と、セシリアの言葉に鈴音が反応する。

セシリアとしては、諒兵よりも一夏と千冬のほうに気になる点があるらしい。

無論のこと、諒兵にもはっきりしない点はまだいくらでもある。

「諒兵さんのお父様の件、それにお母様が亡国機業で何をしていたのか」

「まどかの面倒を見てたって……」

「そこではありませんわ。もともとどんな役割、任務をする人間だったのかというところです」

例としてあげるなら、まずは実働部隊。

つまり指導官としてまどかに接していた可能性が考えられる。

「要するにラウラと千冬さんの関係?」

「そういえます。ただ、そんな人をママと呼ぶかといわれると疑問を感じざるを得ません」

「そうね。ラウラのことを考えても、教官とか、先生とかになるわ」

まどかは諒兵の母親をママ、つまり母親と認識していることは間違いない。

そうなると指導というより、育てていたと考えるほうが正しい。

実働部隊の指導官とその教え子の関係ではないだろう。

「それにこれでは諒兵さんを産んで、その……お捨てになった経緯がまったく見えませんわ」

「どうして~」と、本音も口を挟んでくる。

「もし、お相手が同じ亡国機業の人間だとしたなら、諒兵さんは間違いなく亡国機業の実働部隊に入っていたはずですわ」

「そう、ね……」と鈴音は感心したような声を出した。

セシリアの推測は正しい。

母親も父親も亡国機業の人間だとするなら、諒兵を捨てる理由がないのだ。

むしろ、組織に忠誠を誓う人間として育てることもできただろう。

それなのに、諒兵は生まれたばかりの状態で孤児院の前に捨てられていたという。

そうなると。

「亡国機業を脱走してきたことが考えられますわ」

何らかの理由で亡国機業を抜け出してきた。

そうなれば、外で子を産んだことも説明がつく。

一般人を装って普通の男性と結ばれ、その結果として生まれたのが諒兵だと考えられるのだ。

だが、そうなると別の問題が出てくる。

「そうなると、諒兵のお母さんは追われてたってこと?」

「はい。諒兵さんを自分と同じ境遇にしないために、孤児院に捨てた。でも……」

「また捕まっちゃったってことかな~?」

諒兵の母親は亡国機業から逃げ回っていた可能性が考えられる。

そんな中で生まれた子を巻き込まないために捨てた。

その後、亡国機業に捕まって、連れ戻されたということが考えられる。

「そこでまどかさんに出会ったというなら、辻褄が合いますわ」

「なるほどね。でもそうなると、何で抜け出したのかってことが気になるわ」

「はい。こればかりは個人の考えですから、私も簡単には推測できませんけど」

「でも~、普通の生活に憧れてたって可能性はあるよ~?」

本音の言葉に、鈴音もセシリアも肯いた。

要は自分の現状に不満を持ち、普通の女性としての人生を望んで脱走したのではないかということである。

そして、そう考えるならまどかの面倒を見ていたということも説明がつくとセシリアは語る。

「諒兵さんを置いていった後悔から、まどかさんをわが子として面倒を見ていたと考えるなら、ママと慕われるのも十分に考えられます」

「そっか。罪滅ぼしみたいなもんだったってことね?」

「はい」

そう答えるセシリアだが、これはあくまで諒兵の母親の善意を信じての言葉でもあると付け加える。

そうでない場合も十分に考えられるのだ。

そうなると、気になるのは諒兵の父親となる。

「今の段階ではまったく見えてきませんわ。情報がほとんどないんですから」

「まあ、仕方ないか。なんとなく諒兵をそのまま大人にしたようなイメージ持ってたけど」

「はい。ただそうなりますと、諒兵さんのお母様と離れた理由が見えないのですが……」

今の諒兵の性格に似ているとするなら、むしろ亡国機業に乗り込んで奪い返すくらいの豪胆な人間であるイメージになってしまう。

「その方が納得いくのですけど……」

「……それってさ、諒兵のお父さん、死んでるってことにならない?」

「はい……」

諒兵の母親が逃げなければならない状況になったのは、諒兵の父親が何らかの理由で殺されたということが一番考えられる。

つまり、諒兵は生まれる前に父を失っていた。

諒兵の母親は未亡人として子を産んでいたということが考えられるのである。

「ちょっと、重すぎ……」

「はい……。正直なところ、これが真実だとするなら相当不幸な人生を送ってらっしゃいますわ」

その場の空気がしんみりとしてしまう。

普段は冗談を言い合ったりするような仲だ。

重いものを背負っていたとしても、それを笑い飛ばせるような関係を築いてきた。

ただ、それは知らなかったからだということもできる。

真実を知って、なお、今の関係を保てるかどうか、鈴音は不安に思ってしまう。

ゆえに話を変えるため、セシリアが気になっているという一夏と千冬の話を振った。

「こちらに関してはある意味はっきりしてますわ。ご両親が何故一夏さんと織斑先生を置いて蒸発したのかというところです」

「まどかは?」

「ここではまどかさんの話は置いておきますわ。ただ、個人的には幼すぎて手放せなかったという刀奈さんのお言葉は間違いないと思いますけど」

わかりやすくいえば、まどかは両親の行動に巻き込まれただけだ。

まどか自身に問題があったわけではないとセシリアは語る。

「もし、問題があるなら、一夏さんや織斑先生にも何か問題があるはずですわ」

「そっか。まどかだけって考えるのも不自然ね」

「ん~、でも~、ISのこと考えると問題あるといえなくもないね~」

と、本音が苦笑するのを見て、鈴音もセシリアも苦笑してしまう。

確かにその通りだからだ。

ISを開発したのは束であり、直接問題があるわけではないが、千冬は最強のIS操縦者、一夏は男性のIS操縦者と確かに問題といえる点もあるのだから。

「あ~、話の腰折っちゃってってごめんね~」

「いえ、少し気持ちが軽くなりましたわ」

重い話をしているだけに、いろいろと気が滅入りそうになるので、本音の言葉は確かにありがたかった。

「話を戻しましょう。実は先ほどの諒兵さんのお母様の話で推測できたことがありますわ」

「えっ、なに?」

「追われていた、という部分ですわ。一夏さんと織斑先生のご両親も、何かから逃げていた可能性が考えられます。以前、お聞きしましたけど、一夏さんが六歳ごろまでの写真がないのでしょう?」

「うん。全然残ってないって聞いたわ」

一夏のみならず、家族の写真自体がないと鈴音は聞いていた。

普通に考えて異常である。

家族の写真をまったく残さない親がいるだろうか?

普通の親であるならば、我が子の成長は嬉しいものであるはずなのだから。

「そうなると、痕跡を残さないようにしていたと考えるほうが自然ですわ」

「それって……」

「織斑家の痕跡です。つまり、織斑家という一つの世帯自体を見つからないように隠蔽していた可能性が考えられます」

写真を残すと証拠として残ってしまう可能性がある。

かつてはフィルムで。

今はデータで。

ネットにつながっているパソコンに専用の画像フォルダを創ってしまっていたら、クラッキングされる可能性もあるのだ。

「それをするとしたら織斑先生は考えられません。確実にご両親の手で行われていたはずです」

一夏が六歳以降、つまり両親が消えてからの写真は残してあるのだから間違いのない推測だといえた。

つまり、千冬は何も知らず、普通の家庭だと信じていたということがいえるのだ。

「ですが、実際にはそうではなく、ご両親には何らかの秘密があったと考えられます」

「だから、自分たちの痕跡を残さないようにしたってっこと?」

「はい。そして自分たちの子どもたちの痕跡も残さないようにしていた。ゆえに何かから逃げていると考えられますわ」

「でも~、それって何から~?」

「推測ですけど前例に関してはお話ししましたわ」

そういわれたことで、尋ねた本音にも、そして鈴音にも理解できた。

「まさか、一夏のお父さんやお母さんも亡国に関係あったっていうの?」

「実のところ、諒兵さんのお母様より可能性が高いと思ったくらいです。諒兵さんのお母様よりも行動が怪しすぎますから」

家族でありながら、家族としての痕跡を残さない。

単純に赤ん坊を捨てたというだけの諒兵の母親よりも、怪しい行動をしていることは間違いないのだ。

「だとしたら……」

「おそらくは織斑先生の誕生に関わるはずですわ。それが、何らかのきっかけになったのでしょう」

諒兵の母親同様に、亡国機業を抜け出して、家庭を持ったというのであれば、一番考えられるのが千冬である。

生まれてくる千冬のために、亡国機業を抜け出してきたと考えるのは自然だろう。

「根拠は?」と、鈴音が問う。

この考えに至るならば、それなりの根拠が必要なのは当然である。

しかし、一夏と千冬にはそういった両親の情報がほとんどない。

痕跡も残さずに消えたといっても過言ではない。

痕跡があるとすれば。

「織斑先生が記憶を封じられているという情報です。このような技術、一般家庭にはありません」

「そうだね~、全然ピンとこないし~」

本音が納得すると、鈴音も肯いた。

確かに記憶を封じる技術など一般家庭にあるはずがない。

まして相手は千冬だ。

スペックを考えれば、チート級の千冬。

それが中学生のころであったとしても、並の人間には押さえ込めないだろう。

逆に考えれば、一夏と千冬の両親はそれだけの技術、技量を持っていたということができる。

「もちろん、親だからということも十分に考えられますが、それでも普通ではありません」

「それに、忘れさせられないよう千冬さんが抵抗したことも考えられるわね」

「そう考えるとなおさらなんですわ。正直、織斑先生を押さえられる人間なんて、片手で数えるほどでしょう」

今ならば、丈太郎、束あたりだろうか。

それでも片手で足りてしまう。

そのくらい、千冬のスペックは高いのである。

ただ、それも根拠になるとセシリアは説明してくる。

「織斑先生は生まれながらにあのスペックですわ。でも、突然変異的にそこまでの人間が生まれるでしょうか?」

「ゼロじゃないけど、一に届くとは思えないわね」

一パーセント未満ということになる。

鳶が鷹を生むという諺があるが、実際にはほとんどありえない。

遺伝子が違うのだから。

「そこです」

「どこよ?」

「ベタなギャグだね~」

「何度も話の腰を折らないでくださいまし」

マジメに話をしてるのだからとセシリアが鈴音と本音を窘める。

セシリアがいいたいのは『遺伝子』という部分だ。

千冬のチートスペックは、遺伝されたものではないかといいたいのである。

「つまり、一夏と千冬さんのお父さん、お母さんもチート級?」

「あそこまでのチートは考えにくいのですが、それでも戦闘能力などが高い人間であったと考えるほうが自然ですわ」

「そっか。亡国の実働部隊出身なのは、一夏と千冬さんの両親っていいたいのね?」

なるほど理に適っていると鈴音は納得した。

今の千冬のスペックを考えると、両親が相当な兵であったというほうが納得がいくのである。

強い親から強い子が生まれた。

それは自然な流れといってもいいだろう。

「片親であった可能性も考えられます。もう片方は普通の人であったかもしれません。それでも、どちらかは確実に、特に戦闘能力が高い人間だったと考えられますわ」

「だから、ああいった裏組織に関係があった」

「確かに納得いくね~」

そして、その両親が亡国機業に関わっていたのなら、当然狙われていた可能性もある。

ゆえに隠蔽してきたのだ。

織斑家という一見すると普通の家庭にしか見えない家族を、誰にも知られないようにするために。

「その限界が一夏さんが六歳のころに来てしまった」

「だから、一夏と千冬さんを置いていった。まどかは幼すぎて連れて行くしかできなかったけどってこと?」

「まどかさんが実働部隊として育てられたことを考えると、捕まってしまったら織斑先生や一夏さんもそうなった可能性が十分に考えられます」

千冬なら最高の兵士になってくれるだろう。

一夏とて、今の実力を考えればかなりの兵士になれる。

もし、一夏と千冬の両親が、娘と息子がそうなることを望まなかったとしたら、ただの一般人として暮らしていけるように置いていくのが一番良かったかもしれない。

「織斑先生の記憶を封じたのは、今の一夏さんとの関係を築くためとも考えられますから」

「そっか。一夏だけに目を向けるようにしたって考えられるんだ……」

「織斑先生~、情が深いからね~」

もし、両親との関係が良好であったとするなら、千冬の性格を考えると、必死に探そうとするに違いない。

見つけたとしたら、なんとしても取り返そうとするに違いない。

しかし、亡国機業に限らず、何らかの裏組織にいただろう一夏と千冬の両親としては探されると困るのだ。

巻き込みたくないと考えていたのだとしたならば。

「自分たちを探さないよう、あえて恨むように仕向けたと考えられるのですわ」

「自分で一夏を育てる。そう思うようにってことね?」

両親が消えてから、千冬は一夏を育てることに意識を向けてきた。

その極端な例が、白騎士事件である。

もっとも、この場には白騎士を纏っていたのが千冬であったこと知る人間はいないが。

だが、いくらなんでも、大事な家族を守るためといっても、多数のミサイルに立ち向かっていく人間はそうはいないだろう。

普通なら逃げようとするのだ。

しかし、千冬は立ち向かうことを選択した。

一夏を守るという、その意志で。

しかし、その意志すら、操られていたから生まれたものだとするなら、千冬は哀れである。

両親の手のひらの上で踊らされていたということもできるのだから。

「今、篠ノ之博士が織斑先生の記憶封鎖を解こうとしてらっしゃるのでしょう?」

「そうらしいわ。思ったより時間かかってるみたいだけど」

「織斑先生が何を覚えているかで、話は変わってきますわね」

セシリアの論はあくまで推論だ。

正しいかどうか証明はできない。

ゆえに、今は束が千冬の封じられた記憶を解放するのを待つしかない。

ただ、鈴音は沈んだ表情で呟く。

「怖いわね……」

「組織のことですか?」

「ううん。記憶を取り戻した千冬さん、人格が変わったりしないかなって思って……」

あ、とセシリアも本音も声を漏らしてしまう。

鈴音としては、それが一番怖い。

姉弟として一夏と千冬が築いてきた関係が崩れてしまう可能性があることが怖いのだ。

結果として一夏自身が変わってしまう可能性があるのだから。

「諒兵もそう。お父さんお母さんのことを知って変わったりしないかな……」

そう呟く鈴音に、セシリアは微笑みかけた。

そんな彼女を見て、鈴音は驚く。

「祈るしかありませんわ。それに……」

「それに?」

「今まで私たちが築いてきた絆はそんなに脆いとは思いませんわ」

「だね~」

そういってセシリアと共に本音も微笑むと、鈴音はどこか安心したような笑みを見せたのだった。

 

 

 

 



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第130話「過去に縋る。今を見据える」

鈴音がセシリアの推測を聞いている頃。

箒は簪から話を聞いていた。

「一夏に妹がいたのか……」

「やっぱり興味が湧くのはそこなんだ……」

と、簪は半ば呆れた様子で呟く。

箒が関心を寄せる部分に関しては、正直にいって予想がついていたとはいえ、まず気にする部分がそこであることに簪としても呆れてしまう。

ブリーフィングルームでの話を総合して考えるならば、まず気にするべきは千冬の記憶封鎖。

そして諒兵の母が亡国機業の人間だったらしきことであるだろう。

それよりもまず、一夏に血のつながった妹がいたことを気にするあたり、根本的な部分が治ってない気がする簪だった。

一つのことに集中するという意味では、箒はある意味で良い才能を持っているということができる。

うまくいった結果が、八つ当たりとはいえ剣道全中日本一だ。

しかし、他のことをまったく考えないので、こういった良い面を相殺してしまう。

「別に興味を持ったからといって私にはどうすることもできないだろう?」

「確かに私たちにできることはないけど、考えもしないのはダメだよ」

いつになく、簪は強い口調で告げた。

いささか普段と違う雰囲気に箒は驚いてしまう。

ただ箒のいうことも間違いではない。この問題で箒にできることはほとんどないといえるだろう。

ただできないからといって何も考えなくていいということではない。

何故なら。

「織斑先生は実の姉だし、日野くんは織斑くんにとって大事な友人だよ」

「まあ、そうだが」と、答えつつも渋い顔になる箒。

簪は気にせず話を続けていく。

「その二人が悩んだり、苦しんだりしてるとき、織斑くんはどう思ってるだろうって考えない?」

仮に一夏中心にものを考えるのは何も悪いことではない。

ただ、織斑一夏という人間は単体で成り立っているわけではない。

環境、人間関係は人を形作る上で重要なものだからだ。

その中でも、上位に位置するだろう千冬と諒兵にこれだけの問題が起きていれば、一夏も一緒に悩むだろうことは想像に難くない。

一夏自身にも関わるからではなく、大事な姉や友人が悩んでいれば一緒に悩むのが一夏という人間だからだ。

「たいして話してない私でもそう思うよ。そのくらい、わかりやすい人でもあると思う」

それを優しいというべきか、優柔不断、もしくは甘いというべきかは意見の分かれるところではある。

自分にどうにもできないことでも、一夏は悩むだろう。

もし、そこに相談相手がいなければ、一人で暴走してしまう可能性もある。

今、一夏に諒兵や弾、数馬といった友人がいるのは非常にいいことであるのだ。

一人ではどうしようもできないことも、仲間がいれば手が見つかる可能性は広がるからだ。

一夏は誰かのために悩むことができる。

その一夏と一緒に悩んであげられる友がいる。

ただ、今はその一人が渦中にいる。

なら、一夏はどうしようもなくても、一緒に悩み、苦しむだろう。

それは、決して悪いことではないのだ。

「それが、『今』の織斑くんだと思う。でもね」

「……何だ?」

「篠ノ之さんはその『今』の織斑くんを見てないと思う」

図星だった。

箒にとって理想は正しい剣を使う、自分に優しい男の子のままなのだ。

だから、一夏が自分以外の人間と親しくしていることが気に入らない。

その中に、諒兵と天秤にかけるような鈴音がいることが気に入らない。

それを、一夏が受け入れていることが気に入らない。

あのころと、変わってしまったと思えてしまうのだ。

「違う」

「何がだ?」

「変わって見えるのは当たり前だよ。篠ノ之さんが良く知っているころより、成長してるんだから」

それこそが簪がいいたいことでもある。

一夏はあのころと違い、成長しているということだ。

その成長を箒は認められないのだ。

 

何故なら、その成長の過程に自分がいなかったから。

 

もし、箒が一夏と幼馴染みとして、長く一緒にいられたなら今の一夏を受け入れていただろう。

逆に、一夏に恋慕の情を持たなくなったかもしれない。

すべては可能性の話でしかないが。

ただ、箒の問題は一夏と離れていた時間が長すぎて、もう『幼馴染み』といえる関係ではないことだ。

そのことを、箒自身が受け入れることができないのが問題なのである。

「私はッ!」と、そこで言葉に詰まってしまう。

好きで一夏と離れたわけではない。

無理やり引き離されてしまったのだ。

その責任が箒にあるというのは酷だろう。

それでも、簪の言葉に反論できなかった。

「私ね、織斑くんは篠ノ之さんのことを受け入れてると思う」

「えっ?」

「今の篠ノ之さんのことを幼馴染みって呼んでくれるのは、離れていた時間が長くても、再会してからまた始めようとしてくれてるってことだよ」

だから、一夏は箒を突き放さなかった。

離れていた時間の相手のことを知らないのは一夏も同じだ。

箒がどこで、どんな想いで生活していたのかなど、一夏は何も知らない。

ただ、だからこそ、一夏は再会してから関係を作ろうとしている。

まずは幼馴染みとして。

だが、箒がそれに応えないのだ。

今、すなわち高校一年生という時間から、一夏との関係を始められていないのだ。

失った時間は取り戻せない。

でも、これから作っていくことはできる。

それができないままでは箒は本当に全てを失ってしまう。

簪としては、箒の友人としてそんなことになってほしくない。

正直にいえば、鈴音よりも箒を応援したいのだ。

ただ、今のままでは勝ち目がまったくない。

鈴音の強みは『今』をちゃんと見られることだからだ。

だから諒兵とラウラの関係も受け入れている。

自分が一夏と出会うより前の幼馴染であった箒のことも受け入れている。

今を受けいれ、足場をしっかりと固めて前に進む。

それができる鈴音と、過去に縋る箒では勝負にならないのだ。

(正直言うと、『今』に引きずられてる気もするけど……)

と、それは口に出さなかった。

何故か、今をちゃんと見据えられる鈴音だが、それが欠点でもあるように感じることがある。

あぶなっかしいというか、本来ならば今の鈴音と一夏と諒兵の関係は危ういものだ。

しかし、それを好んでいる気がする。

危険に飛び込む性癖でもあるのかと思えてしまうのである。

ただ、そんな考察をいったところで意味はないので、考えを戻す。

「篠ノ之さんは今の織斑くんのいったいどこがイヤなの?」

今の一夏に感じる不満があるなら、吐き出させなければならない。

昔と違うからというのは違う。

今の、距離をとって見ていてもわかるように、あまり悪印象のない織斑一夏という人間に不満が本当にあるのか、と。

「だって、わ……」

そう呟いて、一瞬絶望的な表情を見せた箒に簪は驚いてしまう。

「篠ノ之さんっ?!」

「違うッ、そうじゃないッ!」

そういって箒は『ナニカ』を否定する。

簪は直感した。

今の質問は、箒の根幹に触れてしまった、と。

「すまない、少し時間をくれ。頼む更識……」

「うん……」

うなだれる箒に対し、簪がいえたのはそれだけだった。

傷口に塩を擦り込むどころか、膿んだ傷口に刃物を突き立てるような気がしたからだった。

 

 

同じころ。

一夏は武道場で誠吾と仕合っていた。

一夏は剣士だ。

迷いがあるとき、剣を振ることで意識を研ぎ澄ますことができる。

研ぎ澄まされたとき、自ずと行くべき道が見えてくる。

その相手と考えるなら、誠吾は千冬に次いで相手として申し分ない剣士だった。

ただ。

「二つの問題を同時に解決するのは難しいみたいだね」

「そうでもないよ。答えは見えてるんだ。ただ、その答えとどう接していけばいいのかわからない」

誠吾の言葉に一夏はそう返す。

二つの問題とは、すなわち千冬と諒兵の問題だ。

その答えとはまどかに他ならない。

ただ、一夏は今まで自分たちは二人姉弟だと思って生きてきた。

しかも、千冬のようにはっきりとしたまどかの記憶を持っていない。

もし、持っていたならば、一夏も記憶封鎖をされているはずだからだ。

暗示程度ですんでいたのは、一夏の中のまどかの記憶自体がおぼろげであったことの証左である。

ゆえに、どう接すればいいのかわからない。

生き別れの妹となるまどかにとって、どういう存在であればいいのかがわからないのだ。

「そうだね」と、そういって誠吾は構えを解く。

ある程度の道筋が見えてきたのなら、身体を痛めつけるような修行は無意味だと考えたのである。

「まず織斑さんのことから考えよう」

「千冬姉?」

「織斑さんは記憶封鎖をされてる。つまり、思い出せば三人兄弟の関係をすぐに作れるはずなんだ」

千冬の年齢を考えれば、まどかのことを覚えていないはずがない。

当時、まどかがせいぜい二、三歳だったとしても、その面倒を見る姉としての記憶があるはずである。

まして千冬だ。

厳しい側面ばかりが目立ってしまうが、実は千冬は相当に母性が強い。

一夏への接し方を見れば、それがよくわかる。

当時、幼児であったまどかに対して、その母性が発揮されなかったとは思えないのだ。

「まどかさんがいなくなったことでその母性が一夏君に全部向いてしまった。結果、過保護な姉の出来上がりだと思うんだ」

「そうか。千冬姉の気持ちが俺とまどかって子の二人に向いてれば、ちょうどいいくらいなのか」

以前にも語ったが、弟を守るためとはいえ、二千発のミサイルに立ち向かう姉などいるはずがない。

それほどに過保護な千冬である。

だが、それが一人の弟ではなく、家族に対してというのなら、なくはないのかもしれない。

千冬は一夏一人を守ろうとしたのではなく、心の中に残っていた父、母、妹を含めた家族を守りたかったのではないかと誠吾は語る。

極端であることに変わりはないが。

「家族を想う母の愛というのなら、まあ、なくはないかなって思うよ」

まして実の両親を失った直後だ。

それでなくても強かった母性が、とんでもない勢いで成長した可能性がないわけではないのだ。

ただ、一夏としては苦笑する他ない。

「母性が強い女性って、もっと優しい気がするなあ」

「母は強いものだよ。織斑さんみたいな女神様もいるしね」

「えっ?」

「入谷の鬼子母神は、異常なほど強い母性を持つ女神なんだ。元は鬼だけど」

以前、諒兵が千冬を指していった言葉は、むしろ的を射ていたといえる。

とはいえ、まさかこんなところで同じ名前を聞くことになるとは、と、一夏は思わず「ぶはっ!」と吹き出してしまう。

理由を聞いた誠吾も、ついプッと吹き出してしまった。

「諒兵君はなかなか人を見る目があるね」

「うまく言ったもんだなあ」

そういってお互いに笑ってしまう。

それはともかくとして。

「この点で問題なのは一夏君自身なんだ」

「俺は、まあ、妹だっていうなら、そう付き合うように努力するよ。一からやり直しになるだろうけど」

「うん、それでいいと思うよ。ただ、一夏君も完全に忘れてしまったわけではないと思うんだ」

「そういうことか……」

忘れてしまったとはいえ、おぼろげに覚えている可能性がある。

千冬は封鎖されている記憶が戻れば、すぐに姉妹の関係に戻れるが、一夏の場合は違う。

思い出せたり、逆に完全に忘れていたりする記憶の矛盾に苦しめられてしまう可能性があるのだ。

「無理をいうけど、うっすらと覚えていたりしないかい?」

「俺は……」

 

今日■ら■■もお■い■■んだな

 

唐突に頭に浮かんできたフレーズに、一夏は身を強張らせてしまう。

『イチカっ、無理しないでっ!』

どうやら白虎も気づいたらしい。一夏が無理をしないように止めてくる。

「一夏君っ?!」

「大丈夫だ、せーごにーちゃん。白虎も心配しないでくれ」

そう答えた一夏は、目を閉じ、フレーズを何度も反芻する。

すると、別のフレーズが浮かび上がってきた。

 

■より強く■らないと、■■■を守っていけ■いぞ

 

「グッ!」と、唐突に痛む頭に、思わず声を漏らしてしまう。

『イチカっ!』

心配そうな声を出す白虎に申し訳ないと思いつつ、一夏は一旦深呼吸をして気持ちを整える。

「覚えてないわけじゃないみたいだ。あの、まどかって子は、たぶん俺が強くなること、守ることに拘る理由につながってる」

「そうなのかい?」

「正確にいうと、まどかって子を守ってやれっていわれた記憶があるみたいなんだ。すごい虫食い状態だけど」

ただ、あのフレーズを口にしたのが誰なのかはわからない。

イントネーションや口調からおそらくは。

「千冬姉からいわれたんだと思う」

「なるほど」

『チフユなら言いそうだね』

確かに千冬なら一夏にいって聞かせる可能性がある。

一番上の姉として、兄になった弟にしっかりした人間になってほしかったのだろう。

「一夏君が強くなろうとした原点がそこなら、心配することはないかな」

「せーごにーちゃん?」

「兄妹になるのは難しいと思う。でも、仲間として受け入れることはできるかもしれないね」

何より、肝心のまどかが諒兵を兄と呼んでいるのだ。

誠吾のいうとおり、兄妹になるのは難しいだろう。

でも、仲間としてなら、これから一緒に戦っていく戦友としてなら、一夏自身はまどかの存在を受け入れられないこともない。

後はまどかの問題だ。

これは一夏にはどうすることもできないことだ。

まどか自身がなんとかするしかないのだから。

そして。

「そこで考えなければならないのが、諒兵君だね」

「……きっと、相当苦しんでるはずなんだ」

親友だから、それがわかる。

自分を捨てた母親が育てた少女。

そんなまどかを、諒兵が妹として受け入れられるだろうか。

単純に小さい子の面倒を見るというのなら、諒兵は既に孤児院での兄貴分としての経験がある。

だからすぐに馴染めるだろう。

だが、まどかは違う。

諒兵の実の母を知っているだけに、その存在そのものが諒兵の心の傷を抉ってしまうのだ。

「でも、だからって同情するのは違うと思う」

そう口にした一夏の表情を見て、誠吾は微笑む。

諒兵のことを理解していなければ、出ない言葉だとわかるからだ。

今回のことで、諒兵に同情するような態度をとれば、諒兵自身は侮辱されたと思うだろう。

何より。

「彼は決して弱くないからね。今やるべきことは、同情じゃなくて、一緒に考えることだろうね」

「うん。あいつは必ず一番いい答えを出せるはずだから」

一緒に考えることで、まどかのこと、そして両親のことに関して一番いい答えを見つけ出すこと。

それが、親友兼ライバルとしてできることなのだと一夏は理解していた。

すると、ピピピとメロディアスな電子音が鳴る。

一夏の携帯だった。

どうやらメールが届いていたらしく、誠吾に断ったうえで内容を確認する。

「何かあったのかい?」

「蛮兄と数馬からだ。日本に着いたみたいだ」

こっちに来るという話自体は聞いていたので驚くことはない。

ただ、丈太郎は諒兵に関して知っていることがある。

すなわち。

「真実を明かしに来たってことかな」

「うん。束さんもそうだけど、俺たちと諒兵のことで知っていることがあるから全部話すって書いてあるよ」

 

明日、IS学園に行く。

 

最後にそう書かれたメールを見て、一夏はまず自分が心を強く持たなければと決意するのだった。

 

 

 

 



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第131話「運命を変えた男」

諒兵はぼんやりと天井を見上げていた。

まどかは自分の母親を知っている。

あの態度から見る限り、娘のように育てられたのだろう。

そう思うと、如何な諒兵でも黒い感情が湧き起こってしまう。

何故、自分を捨ててまどかを育てたのか、と。

亡国機業にいたらしき母親。

少なくとも、まともな人間ではなかったのだろうと思える。

諒兵の知る限り、亡国機業は犯罪組織だ。

捨てられたというだけでも十分に恨みの対象なのに、その母親は犯罪組織にいた人間であるという。

どうしようもないほどに、恨みつらみが噴き出してくる。

まどかに非があるわけではない。

非があるとすれば母親のほうだ。

でも、どうしても、まどかのことを孤児院の兄弟たちのように見ることができなかった。

そんな諒兵の腹の上で。

すよすよとラウラが寝息を立てていた。

ラウラとしては諒兵が心配で傍にいたのだが、諒兵が無視しているうちに業を煮やしたのか、腹の上に横になり、そのまま眠ってしまった。

払い落とすこともできず、こうして横になっているのである。

「文句いわねえのかよ?」

『今のリョウヘイは一人にしておけませんから。我慢します』

半ば呆れた様子でレオに声をかけると、そんな答えが返ってくる。

諒兵のことが心配なのはレオも同じらしい。

ラウラが密着してても我慢できるほどに、諒兵の精神が危険であるということが理解できるのだろう。

『私にはあなたを引き止める力はありませんから』

「そこまで卑下すんな。お前にいわれりゃ十分考えるさ」

『いえ、物理的に』

「少しは信用しろよ」

暴走しそうになったらぶん殴ってでも止めるつもりらしい。

最近、妙にレオが過激になってきた気がする諒兵である。

そこに。

「諒兵ー、ラウラいるかな?」

「ああ。引き取ってくれ、マジで」

扉を開けて入ってきたシャルロットにそう声をかけたリョウヘイだが、シャルロットはすぐに回れ右をした。

「お邪魔しました。ごゆっくり。二時間くらい待てばいい?」

「笑えねえ冗談いうなっての」

ナニをすると思っているのだろうかと小一時間は問い詰めたい諒兵である。

「僕は別にかまわないと思うけど?」

「弾や鈴に殺されろってか?」

「弾は十分にリアルが充実してるよね?鈴は怒りそうだけど」

そういえば最近は本音や簪といるところを良く見かけるなと諒兵も納得する。

というか、こんな冗談をいってくるシャルロットに驚いてしまう。

耳年増なのは理解しているつもりだったが、あけっぴろげにこんな冗談をいうタイプではなかったはずだ。

そう思い、聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「僕はラウラを応援してるから」

「何だそりゃ?」

「鈴のことは嫌いじゃないし、結果としてそうなるなら納得もするけど、個人的にはラウラの味方をしたいなって思ってる」

転校してきてから程なく同室になったこともあり、シャルロットにとってラウラは親友であると同時に妹みたいな存在なのだという。

そんなラウラの恋を応援したいと思うのは当然のことだろう。

シャルロット自身は諒兵も、そして一夏も男友だちでしかないからだ。

だから、鈴音やラウラのことを邪魔する理由はない。

ただ、あえて応援するならラウラであるというだけのことだ。

ちなみに。

『私は当然ラウラの味方だ』

『私は中立よ。安心してリョウヘイ』

『リョウヘイの一番のパートナーは私です』

順番に、オーステルン、ブリーズ、レオである。

「何で俺の味方はいねえんだよ」

と、誰一人として自分の味方だといわないあたりに苦笑してしまう諒兵だった。

「それよか、ラウラを呼びに来たんじゃねえのか?」

「んー、急いでないからいいよ。それに、やっぱり心配だからね」

「お節介だな」

「今の諒兵には必要でしょ?」

一人にしてしまうと、どこにいってしまうかわからない状態なのが今の諒兵である。

シャルロットにしてみれば、諒兵も大事な仲間だ。

今回の件で、フラッとどこかにいってしまうようなことにはなってほしくない。

心配しているというのは間違いのない事実だった。

「心配しねえでも、どこにも行きゃしねえよ」

「それも確かに心配だけど、僕としては別のところが心配かな」

「じゃあ、なんだ?」

「諒兵、あの子に出会ってから無口になったよね」

確かに、シャルロットの言うとおり、まどかに出会って以降、諒兵はあまり喋らなくなった。

考え事をしているといえばいいのだろうが、実は一番心配なのは、考え事をしていること自体なのだとシャルロットはいう。

「考え無しよりゃいいだろうよ?」

「僕は時には考え無しのほうがいいと思うよ。だって、今の諒兵、愚痴もこぼさないんだもん」

それこそが一番心配なのである。

自分の心のうちに、ただ在るだけの感情をどこかに吐露していかないと、人は闇に落ちる。

愚痴をこぼすことは決して悪いことではない。

感情の整理をする上でも、愚痴というかたちで余計な澱を自分の中から吐き出すことは大切なことだ。

それをさせない人間関係ほど歪なものはない。

互いに愚痴を吐きあえるような、そんな人間関係も、人には必要なものなのである。

「ラウラはマジメすぎて受け止められないし、鈴はそういうところも受け止められるけど、今度は自分のうちに溜めちゃうからね」

「お前はどうなんだよ?」

「伊達に悪辣なんて呼ばれてないよ?」

シャルロットはこういった感情との折り合いの付け方が一番うまい。

溜め込むような環境で生きてきたからだ。

かつては嫌な面だと思っていたが、こういう役立ち方をするのなら、決して無駄ではなかったと思えるくらいだ。

「だから吐き出してよ。鈴やラウラ、一夏にはいえないこともあるでしょ?」

「……わりいな」

そういって、諒兵はため息をつく。

なんだかんだといって、今、自分の心を占める感情を吐き出す場所を求めていたことは確かだったからだ。

 

数十分後。

「なるほどね」と、シャルロットはため息をついた。

諒兵の愚痴を聞かされたことに別に嫌悪感はない。

むしろ、納得がいった。

「確かに、自分の苗字と母親の苗字が違うなら、そう考えられるね」

「日本人だから余計にな」

「でも、まどかって子の告白で、それだけじゃない可能性が出てきた」

「ああ」と、諒兵は今日何度目かもわからないため息をつく。

諒兵はもともとシャルロットに近い感情を持っていた。

何故か。

答えは簡単だ。

「自分とお母さんの苗字が違う。そうなると、お母さんは愛人か何かだったって思えるよね」

「だから、ろくでもねえ親父だったんだろうなって思ってたんだよ」

父は自分と母を捨て、母は育てられる自信がなく、自分を捨てた。

もともと諒兵はそう考えていた。

それが一番、思いつきやすい考えだっただけのことである。

「だからだろうな。シャル、お前と親父さんの話し合いを見たときはけっこう嬉しかったぜ」

「えっ?」

「両親に愛されてただろ。俺もそうだといいなって思えてよ」

そこで、羨ましいといった感情よりも、相手の喜びに共感できるのが諒兵のいいところだろう。

この点は一夏も似た面がある。

それが、一番最初にISを進化させた二人ならではの心なのかもしれないとシャルロットは少し嬉しくなってしまった。

しかし。

「だからよ、俺を捨ててまどかを育ててたことや、犯罪組織の人間だったってことが気に入らねえ」

「諒兵……」

「まどか自身は悪くねえってわかってる。ただよ、そういう組織の人間がまともだったと思うか?」

「……ごめん」と、シャルロットは「思えない」と口にすることを憚った。

そのくらい、心のまっすぐな諒兵にとっては衝撃的な出来事だったのだろうと理解できたからだ。

「役に立たねえから捨てたってのも、そう間違いじゃねえと思えるんだよ」

確かに、生まれたばかりの赤ん坊は犯罪工作をする上では邪魔にしかならないだろう。

自分の母親はそう考えるような人間だったのではないか。

諒兵には、そう思えて仕方ないのである。

そして、そう思うと、自身の父親に対する考え方も変わってくる。

「騙されて利用された男か。行きずりの相手か。同じ組織の人間か……」

「諒兵、自分を卑下しないでよ」

「卑下したくもなんだろ?まともな相手だったはずがねえんだ」

その言葉にシャルロットは反論できない。

犯罪組織にいた母親の相手が、まともな人間だったと考えるほうが無理がある。

そして諒兵は、そんな両親の血を引いた自分がまともな人間だとは思えないのだ。

「むしろ捨てられて良かったのかもな。まともな人たちに育ててもらったしよ」

「諒兵っ!」

「顔も知らねえ親に、今さら出てこられても迷惑なだけだ」

「諒兵はお母さんのこと、もっと知りたいと思わないの?」

本当に、興味がないのなら、こんなことはいわないだろう。

シャルロットはそのことを理解している。

理解しているだけに、諒兵の言葉が本音というよりは、自分に言い聞かせているように聞こえて仕方がない。

これ以上、自分の親に興味を持つ必要はない。

親のことを知ろうとするより、完全に忘れてしまったほうがいい、と。

しかし、それは真実から逃げているだけだとシャルロットは思う。

どんなかたちであれ、自分の親である以上は受け止めた上で乗り越える必要があるはずだ。

理想論かもしれないが、自分の本当の親のことを何も知らないままでいいとは思えないのだ。

犯罪組織にいたことは間違いないのだとしても、それだけで人間性まで勝手に決め付けていいとは思えないのだ。

「さっき僕とお父さんの話を見て嬉しかったっていってくれたじゃない」

「ああ。あんときはな」

「でも、僕はお父さんとちゃんと話すまで、本当のことを知らなかった。僕はお父さんだけになるけど、本当のことを知るまでは恨んでたよ」

でも、恨んでいたとしてもちゃんと話を聞いたことでその気持ちはなくなっている。

それは心のどこかで、父に対して自分への愛情を持っていることを願っていたからなのかもしれない。

シャルロットは父セドリックを完全に拒絶してはいなかったということだ。

だからこそ、話を聞くことができたのだ。

ゆえに、諒兵に対しても恨んでそのまま両親を拒絶するようにはなってほしくない。

「今日、博士が来るって聞いてるでしょ?」

「ああ。クソ兄貴、俺にもメール寄越しやがったし」

「聞かないままでいいはずがないよ。結果がどうなるとしても、まずは話を聞こうよ。辛いときは僕は友人として支えるし、ラウラなら『妻として』支えてくれるだろうし」

「そこはちょっと待て」

思わず突っ込んでしまう諒兵に、シャルロットは笑顔を見せていた。

 

 

そして。

ブリーフィングルームに、いつものメンバーが集合していた。

まだ、千冬と束、そして丈太郎が来ていない。

だが、数馬はすでに顔を見せていた。

「久しぶりだな」

「ああ」

「会ったのがもう随分前に感じるな」

「俺と諒兵はともかく、お前は会ってたんだろ、弾?」

IS学園は全寮制。

しかも、半分隔離しているような状態なので、ほとんど会うことはできないが、普通の高校に進学した弾と数馬は会えてもおかしくない。

もっとも。

「普通に会えるとしても、進学先が違えばなかなか時間が合わないものだ」

とのことである。

また。

「私もこうして会うのは久しぶりね」

「そうだな、鈴。こんなかたちで再会することになるとは思わなかったが」

中学時代は鈴音も友人だったので、そういった感想が出てくるのは仕方がない。

旧交を温めあうのは悪いことではないのだが、その場だけで話を進めるのは周りにとってはいいことではないだろう。

そう考えたらしく。

「……この中だと、一番最近に会えたのは僕になるのかな?」

と、シャルロットが割って入ってきた。

「そうなるな、シャル。フランスでは世話になった。感謝している」

「僕のほうこそ」

何故だか微妙に嬉しそうなのは余談である。

そんな話をしていると、唐突にブリーフィングルームのドアが開いた。

「揃ってんな」

「きやがったなクソ兄貴」

「すまねぇな。いうタイミングを計ってたんだよ」

顔を見せたのは丈太郎だけだった。

当然、諒兵が噛み付くが、さらりとかわしてのける。

「井波もいんのか」

「さすがに一夏君や織斑さんのことを他人事とは思いたくありませんからね」

「まあ、そういってくれんのぁ、ありがてぇやな」

そういってブリーフィングルームを見渡した丈太郎は、あるだろうと思っていた顔がないことに気づく。

「あーっとよ、更識の妹さんよ」

「はい?」

「おめぇさんの友人はどうした?」

「後で私が伝えます。ダメでしょうか?」

「ダメじゃねぇよ」

箒がいないのだった。

どうにもこうにも、一夏と鈴音がいる場所に顔を出すのをためらっているらしい。

これは千冬が苦労しているだろうなと丈太郎はため息をつく。

だが、いないからといって話をしないわけにはいかない。

この場にいる者たちにとって、重要な話をするためにきたのだから。

「そろそろ織斑と、篠ノ之の姉が来るはずだ」

「千冬姉、目を覚ましたのか、蛮兄?」

「あぁ」

「それで……」と、そこで言葉を濁す。

さすがに千冬に何らかの変化があると考えると、一夏としても気にならないはずがない。

ただ、どう聞けばいいのかわからない。

「そんなにゃぁ変わってねぇ。ただ、まどかのことぁ、思い出してる。直接聞いてみな」

「わかった。そうするよ」

「織斑にゃぁ、簡単に説明してきたんでな。先に始めんぞ」

痺れを切らしてるやつもいるしなと、丈太郎はため息をつくと話し始める。

諒兵の両親と一夏と千冬の両親の話を。

「まず気になってんのぁ、諒兵のおふくろさんか」

「亡国にいたらしいのはマジなのかよ?」

「あぁ、そいつぁマジだ。本名っつーか、コードネームもちゃんとある」

「コードネーム?」

「連中、本名で遣り取りするわきゃぁねぇかんな。組織内の名前だ」

と、鈴音の言葉に返事する丈太郎。

あっさりと諒兵の母親が亡国機業にいたことを認めるあたり、これはどうしようもない事実ということなのだろう。

場の空気が微妙になってしまうが、気にしていられないと話を続けていく。

「コードネームは『ファム』、組織内じゃ諜報員だったらしい」

「スパイってことか?」と、数馬。

「ああ。だからか、実働部隊より外に出ることが多かったみてぇだな」

実働部隊はいわゆる戦闘部隊だ。

戦闘がなければ外に出る理由はない。

逆にスパイ活動をするとなると、組織内にいるより、別の場所に潜入することのほうが多かっただろう。

そう考えると。

「だんなさまの父君とは、外で出会ったのですか?」

「あぁ」

「協力者か、それとも潜入するために利用されたか?」

そういって、どこか投げやりに聞いてくる諒兵の態度に丈太郎はため息をつく。

「その前に、一夏」

「えっ、俺?」

「お前の両親の話もしとく」

「なんでだよ。諒兵の気持ちを考えたら、先になんて聞けないよ」

そう答えた一夏に対し、丈太郎は首を振った。

しかし、一夏の言葉はこの状況では当然のものになるだろう。

まず諒兵の話から終わらせるべきだと思ったからだ。

しかし。

「無関係じゃねぇんだよ。一夏、おめぇと織斑の両親の出身は亡国になるかんな」

「なッ!」

『うそッ?』と、白虎までが驚きの声を上げた。

しかし、かまわずに丈太郎は話を続ける。

「父親のコードネームはティーガー、母親はアスクレピオス。亡国機業の実働部隊と研究員だったらしい」

「ちょっ、ちょっと待ってくれッ、何でそんな話が出てくるんだッ?!」

一夏にしてみれば、まさに寝耳に水といった話でしかない。

せいぜい、まどかがいつどうやって生まれたのかという話と、両親が消えた理由を聞くくらいだと思っていたのだ。

それが、両親が諒兵の母親と同じ亡国機業の関係者となると、一夏にとってはまったくの想定外となる。

「無関係じゃねぇっつったろ。おめぇたちが『生まれてこれた』理由に関わる話だ」

「うそだろ……」と、一夏は呆然としてしまう。

同様に、諒兵も呆然としていた。

まさか、一夏が自分と同じような両親の子どもだとは思っていなかったからだ。

ただ、ある意味救われてもいた。

自分だけがまともじゃない親からうまれたと思っていただけに、少なくとも同じ悩みを持つ仲間が、一夏という親友であったことは救いだった。

そして、ため息まじりに丈太郎は口を開く。

「そんなおめぇと織斑、そして諒兵が生まれたことに、一人の男が関わる」

「誰だ?」と、諒兵。

「日野諒一。生きてりゃぁ今四十六歳か。おめぇの親父さんだ、諒兵」

少し遠い目をした丈太郎に違和感を持ったのか、鈴音が口を開く。

「蛮兄、その人のこと知ってんの?」

「まぁな。俺も世話になったことがあらぁ」

「なにッ?!」と、さすがに諒兵も目を剥いた。

「知ってる限り、いいあんちゃんだった。だからこそ、平穏にゃぁ生きられなかった」

少なくとも、悪人を思う表情ではない。

そう感じた全員が、どんな人間だったのかと知りたくなる。

「お話いただけませんこと?その日野諒一様という方のことを」と、セシリアが促した。

「あぁ、正義感の強ぇ、叩き上げの刑事だったんだよ。だからこそ、織斑の両親や諒兵のおふくろさんのことをほっとけなかったんだろうなぁ」

どこにでもいそうな一人の刑事が、後の運命を少しだけいい方向に変えた。

そんな話だと丈太郎は呟いた。

 

 

 

 



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第132話「一介の平刑事」

その日、孤児院『百花の園』を一人の赤い髪の刑事が訪れた。

見た目は若く、まだ二十代だろう。

ちょっと冴えない雰囲気だが、身なりはそこそこきちんとしていて、それなりに気を使っていることを窺わせる。

右目に小さな青あざができているあたり、けっこういいパンチを貰ってしまったらしい。

その刑事は苦笑いしながら、右手でしっかりと小さな手を握って、孤児院の園長に声をかけた。

「毎度どうも。丈太郎くんを連れてきました」

「あらあら。いつもすみませんねえ」

優しい声音で品良く答えてきた女性こそがこの孤児院の園長である。

ただ、見た目でわかるほど、十分に年をとっていることがわかる。

既に還暦は超えているだろう。

そんな彼女は、優しく諭すように丈太郎と呼ばれた少年に話しかけた。

「丈太郎、日野さんを困らせるのは良くありませんよ」

「俺のせーじゃねーやい。コイツが勝手にかまってくるんだ」

「公園でケンカしてたら誰だってかまうよ、丈太郎くん」

「フンッ!」と、丈太郎は不機嫌そうな顔を隠しもしない。

しかし、園長の前で暴れる様子はなく、ただ「ばーか」と日野に向かって吐き捨てると、そのまま建物の中に入っていった。

「なかなか、信じてはもらえませんね」

「あらあら。私から見れば十分信頼されているようですよ」

「そうなんですか?」

「一時期は本当に誰も信頼してませんでしたからねえ」

「そうなんですか。事故でご両親を失っただけじゃなく、遺産も取られたと聞きましたが」

少し悲しそうな顔で園長は肯いた。

丈太郎の両親はそれなりに優秀な科学者だった。

しかし、丈太郎が八歳のとき、二人一緒に研究所に向かう途上、交通事故に遭い、亡くなってしまった。

丈太郎にとってはそれだけでも十分不幸だが、それだけに留まらず、両親が残していたなけなしの遺産を、親戚に奪われてしまったのである。

そのうえ、引き取られることもなく、孤児院『百花の園』に押し付けられたのだ。

ゆえに一時期、丈太郎は人間不信に陥っていた。

刑事の日野こと、日野諒一は、まだ交番勤務であった頃に、その交通事故の検分をしていて丈太郎のことを知った。

以来、仕事の合間に気にかけるようにしていたのである。

「お時間があるときでかまいませんから、気にかけてくださいな。それだけで十分喜びますよ」

「はい、そう致します。それに……」

「それに?」

「少なくともここに引き取られたことは、丈太郎くんにとっていいことだったと思います。園長先生のような方に面倒を見ていただいているんですし」

ふふっと穏やかな笑みを見せた園長に頭を下げると、諒一はそのまま孤児院を後にした。

 

署に戻った諒一はそのまま自分の机に座る。

そんな彼に話しかける者がいた。

「また、例の坊主かい?」

「ああ、徳さん、いえ、なんだかほっとけなくて」

「青タンこさえてまで人のいいこった」

「将来はボクサーですかねえ。ケンカに割って入ったらいいの貰っちゃいました」と、諒一は苦笑いを見せる。

そこに。

「コロシだ」と、課長からの言葉が来て、その場にいた刑事全員の顔が引き締まる。

「○○丁目の廃倉庫だ。行って来い」

「はいッ!」

そう返事をして部屋を出て行く中に、諒一の姿もあった。

 

 

制服を着た警察官が進入規制をしている中、諒一は同僚たちと共に現場に入る。

既に鑑識が現場検証に入っていた。

死体はまだ剥き出しのままだ。みると、胸の辺りに銃創のような穴がある。

「最近多いですね」と、思わず呟いた諒一の言葉に、先刻、徳さんと呼ばれた同僚の刑事が反応した。

「だなあ。どっかで銃の密輸でもやってやがんのか」

「シゲさん、銃弾は体内に残留してるんですか?」

「それがねえ、ないんですわ」

シゲさんと呼ばれた、死体を検証していた鑑識が困惑したような答えを返してくる。

「貫通してんのかい?」

「いんや。してないのに、銃弾がないんですよ」

「どういうことです?」

「つまり、コレ、銃創に見えるけど、銃で撃たれた痕じゃないんですわ」

どういうことなのかと諒一も徳さんも困惑してしまう。

銃創に見えるということは、普通は拳銃で撃たれた痕だと考えるがそうではないというのだから。

「衣服や身体の焦げ方を見ると拳銃が一番考えられるんですがねえ。銃弾が体内に残ってる様子がない。というか、消えてしまったみたいなんですわ」

「消える弾丸って、小説じゃないんですから」と諒一は苦笑してしまう。

「でもそうなんですわ。何か、銃弾のような塊を体内に撃ち込まれて、それが体内で消えたとしか言いようがなくてねえ。検死も大変ですわなあ」

暗に、これ以上は鑑識でいえることはないとシゲさんは説明してくる。

検死結果待ちかと諒一や徳さんは一つため息をついた。

「んじゃ、聞き込み行くか」

「そうしますか。ん?」

「どしたい?」

「いえ」と、諒一は言葉を濁しつつも、視線をある場所に向ける。

誰かがじっと見つめているような、そんな気がしたからだった。

 

物陰で、一人の屈強そうな男が殺人事件の現場の様子を窺っていた。

スーツを着た刑事たちが各々散開していく様子を見て、おそらくは聞き込みにでも行くのだろうと判断する。

それを見て、男はため息をついた。

「チッ、スコールめ。死体の処理もしないとは。バカが。特殊部隊出身が聞いて呆れる」

どうやら、この事件について知っている様子だが、犯人というわけではないらしい。

舌打ちした上に悪態をつく。

「このままだとあの死体は警察行きか。手間が増える。指示を仰ぐか」

そう呟く。

どうやら男の目的は死体を処理することにあるらしい。

そうなると、警察が集まっている状況は決していいものとはいえないだろう。

スッと物音も立てずにその場を離れる。

ただ……。

「あの刑事、俺の視線に気づいたのか……?」

顔を向けてきた若い赤髪の刑事に、油断ならぬものを感じていた。

 

 

某所にて。

そこは男が拠点として使っている場所だった。

もっとも、部屋の中には簡素なベッドと机程度しかない。

男にはこれでも十分らしい。

そんな場所に、妙齢の美女が一人。

ベッドに腰掛けて妖艶に微笑んでいる。

「遅かったわね、ティーガー」

「人のケツを拭くのは趣味じゃないんでな」

「こんな美人でも?」

「男だろうが女だろうがごめんだな。それにスコール、貴様が男に拭かれたがるとは思わん」

「中でも貴方じゃ最悪だわ」

そういってスコールと呼ばれた女性は笑う。

対して、ティーガーと呼ばれた男性はつまらなそうに鼻を鳴らすだけだった。

「処理を任せたのは悪いと思っているのよ?」

「できなかった」

「えっ?」

「この国の公僕に発見されたぞ。おかげで手間が増えた」

「しくじったわ。悪かったわねティーガー」

真剣な表情で頭を軽く下げると、スコールはすぐに通信機を取り出し、どこかに連絡を取る。

幾つか遣り取りをした後、納得したように肯き、スコールは通信を切った。

「戻るわ。おそらく凶器の特定は無理だから、そのまま放置してもいいそうよ」

「奴が持っていた情報は回収しているのか?うちの兵器の横流しをしていたんだ。漏れは許されんぞ」

どうやら、殺された男は彼らを裏切ったらしい。

制裁として殺されたのだろう。

そして、おそらく実行犯であるスコールは、ティーガーに厳しい意見を提示されても、なお笑っている。

「この国の警察が死体の頭の中身を調べる方法を確立しているなら腐るほど残っているわね」

「なるほど。なら戻るとしよう」

そう答えて、ティーガーはため息をつく。

物証の類は残していないという意味なのだと納得したからだ。

「一安心だわ」

「今後、こんな仕事に俺を呼び出すな」

「そうね。少し油断したわ」と、意外なほど素直にスコールは頭を下げる。

実際、自分のミスであるということは理解しているらしい。

もっとも、この話はこれでおしまいとばかりに笑みを浮かべていた。

「そうそう。『スノー』のことだけど」

気が緩んだのか、それとも自分のミスの話を続けたくないのか、スコールは別の話を振ってくる。

「……どうかしたのか?」

「誕生から四年で十分な戦闘力を示しているわ。あと二、三年すれば任務を任せられるわね。さすがは貴方の『娘』ってところかしら?」

「……俺は遺伝子を提供しただけだ」

ぶっきらぼうにそう答えると、ティーガーは手早く荷物をまとめ始める。

用がなくなった場所に長居するつもりはないという意思表示なのだろう。

スコールは少し苦笑いを見せると、謝礼のつもりか荷造りを手伝うのだった。

 

 

 

そこまでを話したところで、丈太郎に質問をぶつけてきたのは、当然一夏だった。

「蛮兄、『スノー』って……」

「お前の予想通りだ一夏。もっとも私もついさっき知ったばかりだが」

一夏の疑問に答えたのは丈太郎ではなく、憔悴した様子で扉を開けた千冬だった。

心配そうな表情で束も一緒にいる。

「千冬姉っ、大丈夫かっ?!」

「ショックは受けたが持ち直している」

「それと……」

「まどかのことも思い出したよ。一夏、まどかは間違いなく私たちの実の妹だ。あの子が生まれてから、別れてしまうまでのこともちゃんと覚えてる……」

そう答えた千冬がフラッと倒れそうになる。

すぐに、丈太郎が抱き止めた。

「とにかく座れ織斑。篠ノ之、おめぇ介抱してやれっか?」

「束さんを何だと思ってるのさ。ちーちゃんは一番の親友だよ。ちゃんと面倒見る」

「すみません博士。それとありがとう束」

普段と違い、驚くほど弱々しい千冬の姿に、今回の件が一大事であることを誰もが理解する。

ゆえに、きっちり説明しなおしたのは丈太郎だった。

「改めていっとくが、今から二十年前の話だ。織斑はもう生まれてる。そして亡国機業で『スノー』と呼ばれてたのは、……織斑だ」

「それは、教官が亡国機業の少年兵だったということですか?」

と、ラウラが驚愕した表情を隠すこともできずに問いかけると、丈太郎は重々しく肯いた。

「正確にゃぁその候補生だ。戦場に出る前に『スノー』ぁ『織斑千冬』になったかんな」

「戦場に出る前?」と、鈴音。

「そのあたりの経緯ぁこれから話す。その前に織斑がどう生まれたかも説明しねぇとな」

そう話しつつ、チラッと千冬の様子を見て一つ息をつくと、丈太郎は話を再開した。

 

 

 

『スノー』

亡国機業の中でそう呼ばれる少女は、否、少女と呼ぶには幼すぎるまだ四歳の子どもには、親はいなかった。

遺伝子提供者、及び母胎という意味での両親はいたが、親子として触れ合うことはなかった。

表向きは。

 

資料としての書籍や紙束が山積みになった小さな部屋。

そこで、一人の女性が小さな女の子を膝に乗せて話し合っていた。

「かあしゃま」

「うん、どうしたの?」

「きょうね、きょーかんにほめられたよ。わたしいいこ?」

「そう、すごいわね。でも、母様は何もしてなくても『千冬』はいい子だと思うわ」

「えへへー」と、千冬と呼ばれたコードネーム『スノー』は年相応に、照れくさそうに笑う。

そんなスノーを見て、話し相手をしていた女性は悲しそうな顔をした。

女性のコードネームは『アスクレピオス』

だが、スノーに対しては自分のことを『母様』と呼ばせていた。

余談だが『お母さん』と呼ばせようと思ったら、何故かスノーは『母様』という言葉を覚えてしまった。

これはこれで可愛くていい♪

などと、親バカ全開な考えを持つアスクレピオスだった。

スノーとアスクレピオスは血のつながった親子である。

組織内での言い回しをするなら遺伝子上での親子だが、アスクレピオスは組織に隠れ、スノーを本当の娘として扱い、暇を見ては触れ合うようにしていた。

この少女がいずれ戦場で人を殺すようになることを、アスクレピオスは望まなかったからだ。

兵士、否、兵器のような精神を持つ、歪んだ人間になることを望まなかったからだ。

腹を痛めて産んだ子供が不幸になることを望む親がいるだろうか。

血がつながっていても親になれない者もいる。

だが、アスクレピオスは少なくともこの小さな少女の親でありたいと心から望む女性だった。

 

アスクレピオスは、そのコードネームで呼ばれるようになる前は医学者だった。

正確には薬学を専門としていた。

そのころの彼女の研究テーマは、如何にして障害を持たない子どもを産むようにするか。

すなわち、母体が常に健常児を産むようにするために、両親の優性遺伝子を子に受け継がせられるよう、妊娠時に服用できる薬を作ることがテーマであったのである。

障害児を持つ親の苦労、障碍児自身の苦労を、身内にそういう家族を持つというかたちで知った彼女は、それを防ぐための研究を行っていたのである。

だが、それは発展のさせ方によっては、軍事方面でも非常に有用だった。

その発展とは、優秀な兵士の子に、優秀な兵士の能力を受け継がせることができるということである。

頭脳、肉体いずれも優秀であれば、強力な兵士になる。

しかも、人間の女性を母胎にすれば、人工子宮を作る手間が省ける。

設備投資がいらなくなるのだ。

このことを見いだしたのが亡国機業であったのが、アスクレピオスの不幸だった。

亡国機業に拉致された彼女は、望まないにもかかわらず、その研究をさせられた。

唯一の意地として、最初の実験体に自分がなることでささやかな抵抗を試みたが、結果として得られたのは、可愛い我が子が兵士としてその才能を開花させていくという更なる苦悩だった。

その子どもこそスノー。

その遺伝子提供者は実働部隊でも最強と呼ばれるティーガーという男である。

皮肉にも、亡国機業の命で自分を拉致した男だった。

 

自分の部屋に戻っていくスノーを見送りながら、アスクレピオスはため息をつく。

このままでいいはずがない。

なんとかして、スノーだけでもここから逃がさなければ、将来は殺人機械となる。

しかし、研究者である自分は脱出しようにも体力のほうがついていかない。

体力と戦闘力のある協力者が必要だった。

内部にも、外部にも。

しかし、そんなあてはない。

そう思い悩んでいると、声がかけられる。

「ままごとはほどほどにしておくべきではないのか?」

アスクレピオスはその声に答えない。

そもそもたいして付き合いがあるわけではない。

あくまでも、スノーの遺伝子提供者でしかない男だからだ。

「上層部に知られれば粛清対象となるぞ」

「貴方には関係ありません」

「……そうか」

そういって、声をかけた男、ティーガーは歩き去っていく。

実働部隊最強の男。

脱出に協力してくれるのならありがたいが、その可能性はもっとも薄いとアスクレピオスは考えている。

ここに味方はいない。

スノーに普通の人生を歩ませるためには、自分一人で何とかするしかない。

せめて希望の光だけでも見いだせれば心は軽くなるのに、と、アスクレピオスはまた一つため息をついた。

 

 

 

そこまでを話して、丈太郎がいったん言葉を切ると、再び一夏が尋ねてきた。

「蛮兄、俺の両親って、仲悪かったのか?」

「そいつぁ、俺にゃぁ何ともいえねぇな。ただ、恋仲ってわけじゃなかったらしぃ」

「一夏」

「千冬姉?」

「私たちの両親の仲は悪くはなかった。いや、娘の立場から見ると、本当にいい両親だったと思う」

そういって、千冬は少し哀しげに笑う。

彼女の記憶の中の両親は、意外なほど良い親であったらしい。

逆に、それが不思議でもある。

「でも、今の話だと千冬さん、その……」と、鈴音は尋ねようとしたが、尻すぼみになってしまった。

さすがに、口にするには罪悪感があるらしい。

しかし、千冬本人があっさりと認めていた。

「そうだな。私は試験管ベビーになる。受精卵を子宮に収め、産んでくれたのが母、今の話の中のアスクレピオスだ」

ただ、千冬がそうであったとしても、その後、一夏、まどかが生まれたときは普通の家族であったのだ。

そうなれば、両親には夫婦としてのつながりがあったということができる。

「どういうことなんだ?」と、首を傾げる一夏に対し、千冬は視線を諒兵に向けて答えた。

「そうなるように尽力したのが諒兵の父だったということだ。そういう意味では、諒兵、お前は私たち家族の恩人の息子ということになる」

ただ、だからこそ、罪悪感もあった。

千冬としては、実は思い出せたとしても諒兵の父についての記憶はおぼろげだ。

それでも、気にならないはずがない。

何故なら。

「それほど前から縁が、いや、恩があったなど、出会ったときには気づかなかったがな」

自分が普通の人生を送れるように、諒兵の父親に両親と共に助けられた千冬。

それなのに一夏が親友になろうとすることを反対した彼女としては、恩知らずであったと反省したくなる。

「俺がやったことじゃねえ」

諒兵はぶっきらぼうに答える。

実際、自分に身に覚えがあることではない以上、諒兵自身に感謝する理由はないのだ。

「兄貴、話を続けてくれ」

照れくさいのか、それとも先が気になるのか、そういって先を促してきた諒兵に丈太郎は肯いたのだった。

 

 

 

 

 



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第133話「手のひらに届いた想い」

検死結果を見せてもらった諒一は、驚きを隠すことができなかった。

「間違いないんですか?」

「はっきりいって推測ですらありません。想像、いえ、妄想といってもいいでしょう」

そう答えた法医学者に、諒一は複雑な表情を見せる。

要するに、まったくわけがわからないから、適当にでっち上げたということだ。

「死体から得られる情報そのものは間違いありません。ただ、こんな殺し方ができる道具が思いつかないのです」

「なるほど」と、そういって再び検死結果に目を通す。

単純にいうと、火傷なのだ。

内臓のほとんどが焼かれているのだという。

しかし、外傷はほとんどなかった。

銃創のような痕から、小さな雷が侵入し、それが体内を焼き尽くしたことによって死亡したということになっている。

「自然現象なら稀にあるのです。雷が体内を通り、体内を焼くという現象自体は」

「へえ、初めて聞きました」

「滅多にあることではないので。ただ、それを人為的に起こす。しかも雷が抜けた様子がないので、体内を焼き尽くした後、霧散したということになります。そうなると……」

「雷か電気の銃弾を撃ち込んだという話になってしまうんですね」

と、そういいつつ、苦笑いしてしまう諒一に、法医学者も苦笑いしてしまう。

「こんな道具、いや兵器があるとしたら恐ろしいですよ。少なくとも知っている範囲でこんな兵器を開発したという話は聞きません」

「ですよね。俺も聞いたことがありません」

「あの死体、身元も不確かですし、まともな事件ではない気がしますね」

そういって苦笑する法医学者を見て、犯人を見つける云々では、この事件は収まらないと諒一は感じていた。

 

 

その日の午後、諒一は一人で事件現場に赴いた。

平刑事にできるのは、少しでも情報をかき集めることだ。

そうなると、時間があるなら、まず現場に赴くべきということができる。

現場百回。

見つけるつもりで通えば、何かが見えてくる。徳さんを含め、先輩の刑事たちはそういっていた。

「死体にも、この倉庫にも引きずった跡はなかった。つまり、ここが殺人の現場でもある……」

余程丁寧に置かない限り、宙を浮かせたとしても、必ず死体を置いた跡は残る。

その痕跡がないということは、死体は遺棄されたわけではない。この場所で殺人が行われたということになる。

しかし、周囲の聞き込みを行っても、銃声はまったく聞こえなかったという。

普通に考えれば、サイレンサーを使ったということができるのだが、そもそも検死結果を見るとまったく別の死因だ。

何か、異常な音が聞こえなかっただろうかと別の角度から聞き込みをしているが、それもなかった。

「雷が落ちたような音でも聞こえたかと思ったけど、それもなしか……」

また、不審人物を見かけたかどうかの聞き込みも行っている。

しかし、被害者を含め、不審人物がこの近くを訪れたところを見たという話は聞かない。

「何一つ証拠がないってのもすごいな……」

被害者は身元を特定するようなものは持っていなかった。

それどころか、手荷物の類はすべて持ち去られていた。

そうなると、想像したくはないが、殺人のプロの犯行といってもいいだろう。

そんな人間がこの町を闊歩しているなどとは考えたくないのだが、そう考えてしまう。

そんな不安を取り除きたい。

諒一はそう思い、現場を荒らさないように気をつけつつ、死体のあった廃倉庫の中を歩き回り、何かないかと探し続けた。

そして数時間後。

「何だこれ?」

廃倉庫の入り口。向き出しの軽量鉄骨の裏に隠されるようにして貼り付けられていたものを見つけ出す。

何か意味があるのだろうか。

もともとが倉庫なのだし、使っていた企業の人間が残していただけの可能性もあるが、だからといって捨て置くことはできない。

そう考えた諒一は丁寧に剥がし取った。

貼り付けられていたのは一枚のメモ用紙。

書かれていたのはURLらしき文字列と、意味を感じない文字の羅列。

「どこかのアドレスとパスワードなのか?」

何か、意味があるかもしれない。

そう考えた諒一は、そのメモ用紙を証拠として取り扱い、署まで戻るのだった。

 

 

鑑識に調査を依頼して、いったん課に戻る。

すると、声がかけられた。

「何か見っけたか?」

「どうでしょうね。意味があるものならいいんですが」

「なんでい?」

「たぶんパソコン関連のものだと思うんで。鑑識さんにはそう伝えてあります」

声をかけてきた徳さんにそう答えた諒一は、廃倉庫で拾ってきたものについて説明する。

死体から証拠になりそうなものが出てこない以上、現場で見つけたものに対しては、どうしても期待してしまう。

それでも、正直にいえば、あまり期待できるものでもないと感じていた。

「せめて身元が割れればいいんですけどね」

「このままじゃ無縁仏いきだからなあ、あのホトケさん」

遺族の元に返してあげられればと思うが、それもわからないのだ。

あまりいい気分ではない。

といって、遺族が泣き伏す様を想像すると、返すのもどうかと思うのだが。

いずれにしても、このまま何もわからなければ最悪迷宮入りとなる。

事件が解決できないのは自分たちの力の無さゆえだと恥じればいい。

恥じて、自分たちを鍛え直せばいい。

しかし、死体の身元がわからず、無縁仏として葬るというのは、人の子として申し訳ない気がしてしまう。

せめて、両親に遺体を届けてあげられるよう、身元がわかればと諒一は願っていた。

しかし、その期待は思いもよらぬかたちで裏切られることになる。

 

 

数日後。

鑑識に呼び出された諒一と徳さんは、パソコンの画面にずらりと並んだ顔写真に驚愕してしまう。

「えらくまた大勢いやがんなあ」

「これはいったいなんですか?」

「何なんでしょうなあ」

随分と頼りない返答が返ってきてしまい、諒一も徳さんも微妙な表情になる。

とはいえ、この顔写真自体にさほど意味はないらしい。

見知った顔がある可能性もあるが、それよりもまず、ここに行き着くまでがおかしかったという。

「日野さんの予想通り、ありゃURLとパスワードでした」

「なるほど。それでこのページが?」

「いや、最初の」

「は?」と思わずマヌケな顔を晒してしまう。

話を聞いてみると、あの文字列と文字の羅列で確かにあるサイトには入れたというのだが、そのサイトはさらに別のサイトへの入り口のヒントがあるだけだったという。

「それを九十九回繰り返したんですわ……」

「はあっ?!」

「恐ろしく手が込んでてねえ。最初から途中まではふざけてるのかと思いましたよ」

何しろ、延々同じことを繰り返すのだから、撃退する上でこれほど効果的な障害はない。

だが、それを根気で乗り越えると重要な謎があったということだ。

「ここまでして隠す情報ですからねえ。必ず見知った顔があるはずですわなあ」

「力を貸せってことですね?」

「犯罪者、被害者、市民。どんな人でもいいので、何か変わった人がいるかどうか、探してみてくださいよ。私もやりますんで」

諒一は苦笑いしつつ、どことなく疲れた顔をした徳さんと共に肯いた。

何しろざっと見ても軽く千人を超えている。

これは根気のいる作業になりそうだということが、いやでも理解できるからだった。

そして。

「織田深雪?」

「一部では有名でしたねえ。若き天才薬学者。同時に期待されていた人材でもありますよ」

「あんま聞き覚えがねえなあ」

そう呟く徳さんだったが、実のところ諒一も同じだった。

あまり有名人だとは思えない。

そう感想を述べると、鑑識課員は苦笑いを見せる。

「男にゃ縁遠い話なんですが、女性には捨てて置けない話だったんですよ」

「そうなんですか?」

「障碍児を生まないようにするための研究をしてた女性研究者なんですわ」

ほうと、思わず感心したような声を漏らす。

もっとも男にとっても別に縁遠い話でもないだろう。

ただ、この女性の研究内容だと、母親側を重視し、逆に男性に重きを置いていなかったようだ。

不妊症や障害に関しては、女性だけの問題ではなく、男性の問題も多い。

特に不妊症は、男性の無精子症が原因であることも多いのだ。

そういった点から考えると、織田深雪なる女性の研究は片手落ちな気がしないでもない。

「まあ、女性ですからねえ。女性側から研究するのは悪いことではありませんよ」

「確かにそうですけどね」と、諒一は苦笑してしまう。

すると。

「つうか、問題はそこなのか?」

どうも話が逸れているように感じたのか、徳さんが口を挟んできた。

「ああ。忘れるとこでした。この女性、八年前に行方不明になって、今では死亡扱いされてるんですわ」

当時十八歳だと鑑識課員は説明してくる。

その年で情報が残っているとなると、おそらくは早くから将来を嘱望された研究者だったのだろう。

鑑識課員が見せてきたパソコンの画面には、当時の新聞の切り抜きが映しだされた。

ある夜を境に、忽然と姿を消したと書いてある。

様々な憶測が流れたそうだが、結局真実は闇の中だと鑑識課員は締めくくった。

「そんな人の顔写真ですか……」

「最初に見つかったのがこの人だけで、他の人も行方不明者の可能性が高いと思いますねえ」

「おい、まさか……」

「これ、様々な研究者や博士で、行方不明になった人たちのリストの可能性がありますな」

そう答えた鑑識課員の言葉に、二人は言葉を失った。

 

数十分後。

課に報告を行った諒一と徳さんはため息をつく。

「お前さんの冗談が当たっちまったなあ」

「ああ。小説じゃないんですからって言いましたっけ、俺」

「ミステリじゃなくて、SFだったけどなあ」

そういって笑う徳さんを見て、うまいことをいうと感心してしまう。

実際、ミステリ小説ではなく、SFの世界だ。

今の世界にはありえない兵器が、どこかに実在しており、様々な研究者たちが行方不明になっている。

これが妄想ではなく事実であるとするならば……。

「マンガに出てくるような犯罪組織でもあるんですかね?」

「よせやい。そんなのと関わる羽目になったら命がいくつあっても足りねえや」

はは、と、諒一はごまかすように笑う。

一介の平刑事でしかない自分が関わるのは、痴情のもつれによる殺人くらいが関の山だ。

国家を巻き込むような犯罪など、自分たちとはまさに世界が違う。

世界を救おうなんて諒一は思っていない。

目に映る範囲だけであっても、困っている人を放っておけないから刑事になっただけだ。

だが、不思議なことに、この事件が妙に心に引っかかる。

「俺の周りで何が起こってるんだろう……」

ゆえに、そんなことを誰にも聞こえないように呟いていた。

 

 

 

亡国機業。

どのくらい前から存在するかはわかっていないが、その目的ははっきりしている。

兵器の流通である。

ただし、裏側という注釈がつくが。

軍隊からテロリストまで商売相手を選ばずに兵器を流しているだけではなく、開発まで行っている。

いうなれば死の商人の組織ということができる。

扱う金の大きさが半端ではないため、当然組織も巨大だ。

母体となったのは、あくまで噂に過ぎないが、各国の軍需企業ではないかとも考えられている。

兵器を売る相手を失くさないための組織。

そんな馬鹿げた考えも、ここにいれば納得してしまう。

「逆に、そのくらいじゃないと納得できないわね……」

アスクレピオスは一人でパソコンに向かっていた。

彼女の研究。

すなわち女性の母胎を利用して、優秀な兵士を生むという計画は、最初の被験者である彼女自身や生まれてきたスノーを見る限り成功といえる。

実験が成功したならば、今度は量産することを考える必要がある。

そのための研究を行っていた。

しないわけには行かないからだ。

ある程度の成果を出していかないと、不用品として廃棄される。

ここでいう廃棄とは元の場所に戻れるということではないことは、誰にでもわかるだろう。

要は用済みとして殺されるか、人体実験が必要な研究の素材になるかということだ。

(私はもうどうしようもない。言い訳できる立場でもない。でも、『千冬』だけは……)

本音をいえば、自分も平穏な暮らしをしたいという願望はある。

しかし、研究の結果としてスノーという子を産んだ以上、もう亡国機業の研究員であることを否定はできない。

ゆえに、せめてスノーだけでも逃がせられないか。

アスクレピオスはそう考える。

しかし、手立てがまったく思い浮かばない。

そもそも拉致された研究者である自分は、この場所から外に出ることができないのだ。

どうすればいいのだろう。

そんな堂々巡りの思考に陥っていたアスクレピオスだが、メーラーに反応が出ていることに気づいた。

考え込んでいて見逃してしまったらしい。

本来、このメーラーは外にはつながっていない。

だが、組織の中で自分に必要な情報が来たときは、知らせが来るように設定してあった。

そう、彼女にとって、この情報は必要なものだった。

(この内容……、確か研究者リスト……)

ソフトウェアエンジニアが、おふざけで作ったという研究者リスト。

くだらない問答を九十九回続けることで、ようやくたどり着ける場所。

そこに、外からアクセスがあった場合のみ、アクセス解析の知らせが来るようにしてあった。

もっとも期待などしていない。

九十九回もくだらない問答を繰り返して、ここまで辿り着くような暇な人間がいるなどとは思っていなかったからだ。

だが。

(警察っ!)

アクセスしてきたのは、日本の警察。

まさかそんなところからアクセスしてくる可能性があるとは夢にも思わなかった彼女は、すぐに仕掛けを起動する。

メールなどの真っ当な方法では連絡できない。

ゆえに、サーバーに直接情報を送り込むための仕掛けを、同じように拉致されてきた『仲間』に作ってもらっていた。

その仲間は既にこの世にいないが。

(行ってっ!)

キーボードを叩いたアスクレピオスはすぐにパソコンの電源コードを引っこ抜く。

わざと荒っぽい方法で、壊れること覚悟した上での仕掛けだ。

少しでも証拠が残ってしまうとご破算である。

ゆえに、このくらいのことをするのに躊躇は無かった。

(お願い届いて。私のメッセージ……)

それは蟻の一穴に過ぎないかもしれない。

ただ、せめてこんな場所で望まない研究を続けさせられてきた自分たちの想いを伝えたい。

そしてできるなら、スノーを自由な世界で遊ばせてあげたい。

そんな想いを乗せた仕掛けは、確かにそこに届いていた。

しかし、届いたからといって、望むような結末に至れるとは限らなかった。

 

 

数日後。

諒一は鑑識課員から、あるメモを受け取っていた。

「情報はこれだけです。手書きですから、失くせば復旧はできませんよ」

「すいません。わがままいってしまって」

「いいんですよ。どうもね、このまま終わらせるのは申し訳なくて」

「まあ、一気に事態が動くかと思いましたからね」

「動いたことは間違いないでしょう。こんな所轄に圧力がかかってくるとは思いませんでしたがね……」

数日前、署内のサーバーに出所不明のデータが書き込まれた。

その内容は、世界を股にかけるような驚くほど巨大な組織があること。

そこに数百人以上の拉致された研究者などがいること。

データの送り主はそのうちの一人で『織田深雪』と名乗ったこと。

そして、その送り主と安全にやり取りできる唯一のアドレス。

それらが書き込まれ、署内は大騒ぎになった。

すぐに警察庁上層部まで伝達がいったが、その結果、返ってきたのはイタズラ紛いのハッキングであっただろうという答えだった。

さらに、捜査中の殺人事件も、これ以上は進展の見込みがないということで捜査本部解散となった。

「相手がどんな連中か、正直想像がつきませんよ。深追いはすべきじゃないでしょうな」

「それが、正しい答えなんでしょうね……」

一介の平刑事でしかない自分に、何ができるわけでもない。

だから、諒一も諦めようと思った。

思ったのだが、データに書かれていたメッセージを読んだとき、心に残った一文があった。

 

『この子に青空を見せてあげたい』

 

データの送り主は自分のために動いているのではなく、とても大切なナニカのために行動したのだ。

その想いを踏みにじることなど、諒一にはできなかった。

ゆえに、未練がましいとはわかっていても、書き込まれたデータを個人的に受け取ったのである。

 

そんな諒一の手のひらこそが、送り主が想いを届けたいと願った場所だったのかもしれなかった。

 

 

 

 



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第134話「幼き天災」

いったん休憩しようということで、その場にいた全員は一息つくことにした。

喉も乾いたということで飲み物などを買ってくるものもいる。

そんな中、ため息まじりに呟いたものがいた。

「でも、警察に圧力って……」

シャルロットだった。この中では、セシリアと共に一番冷静に話を分析していた。

「実際、そのくれぇの力ぁあったらしぃ。この先の話にゃぁ、多少だが亡国以外の裏組織も関わってくんぞ」

「亡国以外、とは?」

「元当主がそこにいらぁな」

「ホントですか博士っ?!」

素っ頓狂な声を出したのは刀奈である。

つまり、この先の話には暗部に対抗する暗部である更識家が多少関わってくるということだ。

更識家の雇い主は日本という国であった。

ならば、国際問題レベルの話になるということである。

「どんくれぇかぁ面倒で調べなかったが、亡国機業ぁ各国の軍需企業が金を出し合ってできたって説もある。各国の主だった企業は多かれ少なかれ関わってらぁな」

「うちも、ですか?」

と、顔を青ざめさせるシャルロット。

しかし、安心しろと丈太郎は答えた。

「後で社長に聞いとけ。もっとも、デュノア社はそこまで深くは関わってなかったらしぃ」

ただ、それでも兵器開発を行っている会社は、亡国機業とまったく関わらないというわけにはいかないらしい。

強奪のような真似をすることもあれば、産業スパイを潜り込ませることもやっていたという。

IS開発競争は本来は兵器開発競争だ。

他社の機密は喉から手が出るほど欲しいものだろう。

それもまた、亡国機業が扱う『商品』だったということだ。

「それほど大きな組織となると、トップは余程のカリスマですわね」

と、セシリアが感想を述べる。

世界を股にかける巨大組織。

そのトップを張るとなれば、とんでもない人物であることが予想される。

最低でも、千冬、束、もしくは丈太郎クラスの人間であろうことが予想できる。

だが、丈太郎は否定してきた。

それも予想外のかたちで。

「いないっ?!」と、思わず叫んだのはシャルロットだった。

しかし、その場にいたほぼ全員が同じような表情を見せている。

当然だろう。亡国機業に『トップはいない』といったのだから。

「そんなのが組織として成り立つの、蛮兄?」と、鈴音。

「いくらなんでも、強力なトップがおらず、しかも信念の無い集団が、巨大組織として成立するはずがありません」とラウラ。

「いんや、信念に近ぇもんはあった。『金儲け』だ。だが、それ以外にはなんもねぇ。トップがいないってのは『亡国機業』ってぇ名前に、様々な人間が寄り集まってできた集団だからなんだよ」

 

戦争をしたい人間。

兵器を開発したい人間。

商売をしたい人間。

 

そういったものたちが生きていくために『金儲け』をしなければと考えた。

そしてある場所に集まり始めた。

その集団こそが『亡国機業』なのだという。

「亡国たぁ、よくいったもんさ。もともと何も無かった場所に人間が集まった。最初の目的は『兵器』という商品を売り続けるためにどうするかを考える集団だった」

その『商売』を続けていくためにどうするか。

一人が兵士として戦争を起こす意見した。

一人が新たな商品、つまり兵器を作るべきだと意見した。

ならば、一人は商売のためのルートを作ることも重要だと意見した。

そういった形で、裏の商売に手を染めていた人間たちが兵器開発と売買のために手を組み、時には自らテロを誘発させ、戦争を起こすまでになった。

結果として、表の軍需産業にまで影響を及ぼす巨大軍需企業が出来上がったということである。

「たいていの悪事に手を染めてな」

「良く、そこまで巨大な組織に成長しましたね」

と、誠吾が感心したような声を漏らす。

しかし、それは正しい表現ではないと丈太郎は答えた。

「成長じゃぁねぇ。肥大化ってほうが正しい。兵器開発と売買、そして戦争はこの世からなくならねぇかんな。そこに流れる人の血を吸って肥ったのが亡国だ」

ただ、だからこそ、実は現在では長く続く可能性がなかった組織でもあったと丈太郎は説明する。

「どういうこった、兄貴?」

「これに関しちゃぁ、篠ノ之がうまくやったおかげだな」

「なにさ?」

「どういうことです?」

「詳しくは後だ。ただ、一つ言っとくと、ISのおかげで亡国は縮小し始めてたんだよ」

それよりもまず、話の続きだといって、丈太郎は一口コーヒーを飲み、再び口を開いた。

 

 

 

重要機密を手にした諒一は、正直なところ持て余していた。

パソコンは辛うじて持っていたのだが、それを使いこなしているといえるほどではないからだ。

しかも『織田深雪』なる人物とやり取りするアドレスも上層部によって封鎖されてしまっている。

はっきりいえば、できることなど何も無かったのだ。

ただそれでも、この情報を送ってきた相手の気持ちを考えると捨て置くことができなかった。

結果として。

「う~ん……」

パソコンのモニターとにらめっこする羽目になってしまったのである。

「情報処理なんてやったことないからなあ……」

署内には、当然詳しいものもいる。

昨今増えてきたサイバー犯罪のこともあり、対策課とまではいえなくとも、対応できる部署があるからだ。

しかし、これは諒一があくまで個人的にやっていることなので、協力を頼めるはずがない。

「せっかくもらえたのに、何の意味もなかったのかなあ」

思わずそんな愚痴が出てしまう。

自分は別に天才ハッカーではない。

何でもできるスーパーマンでもない。

一介のしがない平刑事だ。

そんな自分が重要機密を手にしたところで、使いこなせるわけがない。

凡人にできることは凡庸なことしかないと思わずため息をついてしまう。

そんなことを思いだしながら、目に映る青空をぼんやりと見つめていた。

公園のベンチでいろいろと考えながら、横になっていたのである。

「なにしてんの?」

「あ?」

「なにしてんの?」

そんな諒一に声をかけてきたのは、とても幼い少女だった。

何故か、興味深そうに諒一の顔を見つめている。

「さっきからぶつぶついってる。なんで?」

「わからないことだらけでね」と、諒一は苦笑いを返した。

「おとななのに?」

「大人でもわからないことはたくさんあるよ」

「こどもよりものしりじゃないの?」

「子どもだから物を知らないってことはないし、大人だから物知りってこともないさ」

例えば、と諒一は少女に語りだす。

大人が知らなかったことを、子供がよく見て理解していることも世の中にはたくさんある。

目線の違い。

考え方の違い。

行動範囲の違い。

狭い世界を生きているように見える幼い子どもでも、その狭い世界を大人とはまったく違う見方をして、知らないことを知っていることは多々あるものだ。

「だから、俺が知らないことを、君が知っててもおかしくないよ」

「ふ~ん……、おじさんかわってるね」

「お兄さんって呼んでほしいな」

と、再び苦笑する諒一だったが、少女は気にも留めない。

「でも、おじさんみたいなひと、おもしろいとおもう」

「喜んでいいのかな」

「わたしがおもしろいとおもうひとは、すごいひとだとおもうけど」

「考え方がしっかりしてるんだね」

お世辞でもなんでもなく、この幼い少女は独自の考え方をこの年で確立しつつあると諒一は感じ取った。

無論、子どもゆえの短慮はあるだろうが、こちらが自分の意見を伝えれば、少女も自分の意見を返してくる。

これは、普通の大人でも難しいことだ。

幼い少女だが、中身はある意味では大人と対等な面も持っているように感じられた。

「わたしのこと、そういってくれるひと、いなかった」

「そか。俺は日野諒一。君の名前を聞いてもいいかな?」

「しのののたばねだよ」

「たばねちゃんか。よろしくね」

「うん♪」

諒一が友好の証にと手を差し出すと、少女、篠ノ之束はにこっと微笑みながら小さな手で握り返してくる。

 

 

 

いきなり出てきた珍しい名前に、一同が驚愕の表情を見せると、丈太郎はニヤリと笑い、束はクスクスと笑っていた。

「束さんっ、諒兵の親父さん知ってたのかっ?!」

と、一同を代表して一夏が叫ぶように問いただす。

「あのときのおじさんがりょうくんのお父さんだとは知らなかったんだけどね」

「……俺の呼び方が変わったんはそのせいか」

話の流れから察するに、束が心を許している数少ない人間の一人が日野諒一。

つまり諒兵の父親であることは想像に難くない。

その息子であることを知って、諒兵に対して親近感を抱いたというのであれば、興味を持ち、そして呼び方が変わるのもおかしくはないだろう。

「まあね。おじさんは私が知り合った人の中でも、珍しいタイプだったかな。あのときまだ四歳だったけど、私のことを一度も子ども扱いしたことはなかったよ」

それが、当時の束にとっては嬉しいことであったのだ。

何しろ生まれたときからチート級の束である。

身内ですら持て余すような天才児。

子ども扱いすることなど到底不可能で、さりとて大人として扱うには幼すぎる。

しかし、諒兵の父親は、束をありのままの篠ノ之束として扱った。

自分と対等な『人間』として扱ったのだ。

ゆえに、束も心を許したといえる。

「世界ぁ広ぇようで狭ぇやな。んで、この出会いがあって、アスクレピオスの願いが少しだけ叶うことになる」

「結果として、それがちーちゃんを亡国から助け出すことにつながったんだ。そう思うと、あのときおじさんと仲良くなったことが運命みたいに思えるよ」

もし、あのとき諒兵の父親と束が出会ってなかったら、運命は別の方向に向かっていたかもしれない。

無論、すべての世界がそうであったなどとはいえない。

しかし、この世界において、それは一つの偶然であると同時に、運命を動かす必然でもあったのだ。

「なんだか、いろんな人たちのつながりが、少しずつ運命を変えたようにも思えるな」

「まったくの他人でも、どこかにつながりがあるのかもな」

と、数馬、そして弾が感想を述べると、千冬が優しげな笑みを浮かべた。

「不幸になるつながりがないわけじゃないがな。それでも、優しい結果を生むつながりもあるということなんだろう」

「千冬姉……」

「感謝しなければな。私たちは一人で生きてるわけじゃないんだ」

あえて自分と一夏のことをいったようにも思える千冬の言葉だが、普遍的にも正しいといえるだろう。

誰とて一人で生きているわけではない。

生きていられることは幸運である以上に、何かに助けられてのことなのだとその場にいた皆が思っていた。

 

 

 

諒一はその少女が持つ類稀な才能に素直に驚いていた。

この年でここまでできるなら、将来はいったいどんな偉業を成し遂げるのだろう。

同時に、育て方を間違えると世紀の大犯罪者になる可能性もある。

そう思えたのだ。

それほどに『しのののたばね』と名乗った少女は諒一の目から見ても異常な才能を持っていた。

「こどもだましだね♪」

「それは違うよ」と、諒一は画面に向かって自信満々なたばねに意見する。

すると、束は訝しげな表情を見せた。

「びっくりするかもしれないけど、子ども騙しっていわれるようなことで、子どもは騙せないんだ。こういうのに騙されやすいのは、大人のほうが多いんだよ」

「そうなの?」

「ああ。子どもって物を知らなくても真実をストレートに見破る力を持ってるからね。逆に中途半端に知識を持った大人のほうが騙されやすいんだよ」

「じゃあ、おとなだましだ♪」

「そういったほうがいいかもしれないね」

にこっと笑ったたばねに、諒一は笑い返す。

諒一は興味を持ったたばねに、内緒の話として、『織田深雪』からの情報を見せた。

すると、たばねは「たぶんわかるよ」と、だけ呟き、諒一が持っている個人的なパソコンからアクセスした。

そして警察上層部が封殺したアドレスを復帰させ、さらには別のルートで『織田深雪』とやり取りできるアドレスを再構築したのである。

わずか四歳の少女ができることではない。

それだけで十分、束が異常な才能を持っていることが理解できた。

諒一としては、この少女を取り巻く環境が、良いものであって欲しいと願うばかりである。

それはともかく。

「で、どんなおはなしするの?」

「うん、こう書いてくれるかな」

長い文章では、相手が信用してくれる可能性は少ない。

だから、今、諒一が一番伝えたいことをシンプルにまとめる。

その意図は、誰かに青空を見せたいと願う人にだけ理解できるメッセージだった。

 

 

アスクレピオスは、メッセージが届くことを期待してはいなかった。

警察からのアクセスということで、多少なりと行動はしたが、亡国機業は国に対して圧力をかけることが可能なほどの力を持っている。

そう考えると、生半可な力では対抗できない。

おそらく、少しでも気づかれれば圧力によって抑えられてしまうだろう。

だから、期待しないようにしていた。

それだけに。

「……返ってきた」

ただ一言。

 

『この町の青空は、とてもきれいですよ』

 

と、書かれたメール。

どんな手段を使ってでも、『この町』と書かれた場所に行けば希望の光が見いだせる。

そう思っただけで、涙が溢れてくる。

「かあしゃま?」

「大丈夫よ、千冬。母様は嬉しいの」

「うれしいの?」

「ええ。千冬、このことは誰にも喋っちゃダメよ。母様と約束ね」

そういって小指を差し出すと、スノーはにこっと笑い、小さな小指を絡ませる。

この子を助けるための小さな希望を見つけた。

ならば、そこに辿り着くために、死ぬ気で努力する。

そう決意したアスクレピオスの行動は早かった。

 

 

数日後。

いつもの公園でたばねと待ち合わせをしていた諒一に、珍しい人から声がかかった。

「なにやってんだよ」

「あれ、丈太郎くん。久しぶりだね」

「刑事がヒマしてていーのか?」

「刑事はヒマなほうがいいと思うけどね」と、諒一は苦笑する。

声をかけてきたのは『百花の園』の丈太郎だった。

そういえば、最近はあまり声をかけてあげられなかったなと思うと同時に、丈太郎のほうから声をかけてきてくれたことを嬉しく思う。

「今日は待ち合わせをしてるんだ」

「でーとか?」

「……ごめん、もしそうだったら俺が捕まっちゃうから、そういういい方しないでね」

わりと必死な諒一である。

相手がガチで少女なだけに、事案発生になってしまう可能性は確かにあるからだ。

だが、「あぁ?」と、怪訝そうな表情を見せる丈太郎に、不機嫌そうな声がかけられる。

「なんだよおまえ?」

声をかけてきたのはたばねだった。そんなたばねに対し、丈太郎も不機嫌そうに返す。

「お前こそ何だよ?」

「おじさんとはわたしがあそぶの。どっかいけ」

「るせーな。どこにいようが、誰といようが俺の勝手だ」

丈太郎がそう答えると、たばねはドンと丈太郎を突き飛ばす。

もっとも少女の力だ。せいぜいよろめいた程度だが、丈太郎はそれで腹を立ててしまったらしい。

「何しやがる」と、そういってドンと小突く。

「やったな」とドン。

「お前がやったんじゃねーか」とドン。

「ふっ、二人とも落ち着いて」

と、慌てて声をかける諒一だが、時既に遅し。

すぐに取っ組み合いのケンカが始まってしまった。

意外なことに丈太郎は肩や腕、足といった部分しか狙わない。

この年で、わりとフェミニスト精神があるらしい。

たばねは容赦なく顔や腹も狙ってくる。

このあたりはまだまだ子どもなのだろう。

そんなことを考えながら、いきなり子どものケンカの仲裁に入ることになった諒一は途方に暮れていた。

 

 

 

「サイアクの出会いだな、兄貴」と、諒兵は苦笑いを見せる。

「まぁな。思えばあのころからそりが合わなかった」

「今でも全然だね」

と、納得したかのように肯く丈太郎と束である。

「しかし、お二方の出会いにも関わるとは、日野諒一様を中心としたご縁は大きいのですね」とセシリア。

「そうだね。おじさんを中心にいろんな人が集まったかもしれない」と、束は素直に答えた。

「なんだか、とんでもない人ですね」とシャルロットも感心してしまう。

だが、その言葉を丈太郎は否定した。

「とんでもねぇってのは間違いじゃねぇが、諒一の旦那ぁ、能力や戦闘力は凡人とそう変わらねぇ」

「どういうことなの、蛮兄?」と、鈴音。

「あの旦那ぁ、自分が凡人だと理解してた。それがでけぇんだ」

諒兵の父親は、特別な力があったわけではない。

同時に自分が特別だと自惚れたこともない。

あくまでも凡人なのだ。

しかし、自分が凡人であることを理解していた。

「だから、いろんな人の力を借りることにためらいがなかったんだよ」

「でも、借りるにしても『ここまで』っていう線引きがうまかったんだと思う」

「もし、あのころ、俺らがもっと深く亡国に関わってたとすりゃぁ、今頃ここにゃぁいねぇかんな」

人の力を借りたとしても、本当に危険が迫ったときはちゃんと守れるようにと、境界線を引くのがうまかったのである。

ゆえに丈太郎や束は比較的亡国に関わらずにすんだ。

当時の年齢を考えれば、確実に拉致された可能性もある以上、諒兵の父親は正しく市民を守る警察官であったということだ。

「諒兵、好きになれとまではいわねぇ。けどな」

「……んだよ?」

「おめぇの親父ぁ、息子が誇れるような人だったと俺ぁ思うぜ」

諒兵は何も答えない。

でも、その言葉が心に染み込んでいることは、その場にいる誰もが理解していた。

 

 

 

 



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第135話「一歩目の勇気」

我ながら最低の母親だ。

幹部を前に意見書を提出したアスクレピオスは、自分自身にそう毒づいた。

「確かに早い段階から活用できるならそれに越したことはないな」と、幹部の一人が感想を述べる。

「身体能力は十分。一般人の暗殺程度なら既にこなせるだろう」

「早いうちから戦闘になれておくことは兵士として悪いことではない」

そう、次々と同意の言葉が並べ立てられる。

正直にいえば、アスクレピオスはこの意見書が通らないでほしいという気持ちを持っていた。

人道など端から捨て去っている亡国機業だが、最低限のモラルくらいはあってもいいだろうと思ったからだ。

しかし、意に反して、意見書に否定的な幹部がいる様子がない。

つまり、最低限のモラルもないということだ。

兵器売買。

そのためだけに肥え太った組織なのだから、むしろコレは当然の結果なのかもしれないと内心でため息をつく。

「いいだろう。スノーに一件、暗殺の仕事を任せよう」

「感謝致します」

「しかし、同行者は君一人というのはいただけない」

「……はい」

予想通りの答えが返ってきたので、動揺はしない。

ただ、できれば、という思いがあったのだが、それは容易く砕かれた。

「ティーガーをつける。下手な気を起こさんことだ。アスクレピオス」

「了解致しました」

さて、どうやってあの男を出し抜くか。

アスクレピオスは決して策略家というわけではないが、その優れた頭脳は凡人よりも遥かに優れた作戦を立てられる。

(これも『千冬』のため。絶対に成功させる)

スノーに平穏な生活を。人としての幸せを。

その願いを叶えるため、アスクレピオスはただ素直に頭を下げていた。

 

アスクレピオスの計画は、余計なものを排除したスノーの脱出計画だ。

つまり、最悪自分が殺されるか、連れ戻されるとしても、スノーだけは安全圏まで逃がす。

メールの相手がどこまで信用できるかわからないが、それでも亡国にいる人間よりは遥かにましだろう。

ゆえに、メールの相手にスノーを託すというのが、計画の概要だった。

アスクレピオスは手の中の小さな機械を見つめる。

脳の信号と同期することで、相手の記憶を操ることができる機械。

本来は、スノーが持つ亡国での兵士訓練の記憶だけを消すつもりで拝借したものだ。

しかし。

(スノーが私のことを忘れたとしても、あの子の幸せには替えられないものね……)

自分も一緒に逃げる算段は立てている。

だが、それが叶わない場合、スノーの記憶を操作して自分のことも忘れさせるつもりだった。

犯罪組織にいた記憶など、平穏に生きるうえでは必要ない。

自分が実の母親だとしても、否、母親だからこそ我が子の負担にはなりたくない。

それは当たり前の母としての想いだった。

 

 

亡国機業内部にて、そんな動きがあった数日後のこと。

諒一は会えばケンカばかりとなったたばねと丈太郎をなだめつつ、苦笑いしながら孤児院『百花の園』の門をくぐる。

「こんにちは」

「あらあら、こんにちは」

と、相変わらず品のいいお年寄りといった風情を崩さない園長先生に感心しつつ、丈太郎を引き渡す。

「最近は良くその子を連れてきますね」

園長先生がたばねに視線を向けて尋ねると、諒一は再び苦笑した。

「いろいろと助けてもらってるんですよ」

「そうなんですか。優しい子ですねえ」

そういって撫でる園長の手を、不思議とたばねは振り払わない。

というか、たばねはどこか呆けた様子でなすがままにされていた。

たばねが扱いが難しい少女であることを理解している諒一はそれだけで驚きを隠せない。

「すごいですね」

「別におかしなことはしてませんよ?」

「いや、なんていうか……」

やはり多くの孤児たちの面倒を見てきた実績だろうかと感心してしまう。

「お茶を入れてあげましょうね。丈太郎、他の子たちも呼んできなさいな」

「わかった」と、丈太郎も園長先生のいうことは素直に聞く。

亀の甲より年の功とはよく言ったものだと諒一は感心するばかりだった。

 

丈太郎は年下の孤児たちと一緒に遊んであげている。

たばねは園長先生の蔵書に興味を持ったらしく、現在は読書に没頭中だ。

そんな中、諒一は。

「鋭いんですね」

「年の功ですよ。いろんな子たちを見てきましたから」

悩んでいることを悟られ、仕方なく園長先生相手に相談を始めていた。

それは『織田深雪』なる人物からのメールの内容についてである。

一番新しいメールには『娘を遊びに連れて行きます』と書かれていたのだ。

その内容だけでは、相手がどういう状況にあるのかはわからない。

だが、メールの主は決死の思いで自分の元に大事な人を連れてくるだろうことは感じ取れた。

だとするならば、相当に危険な相手から逃げ出そうとしていることがわかる。

ゆえに、どうすれば助けられるだろうと悩んでいたのだ。

自分に強大な存在を相手にできる力などない。

でも、メールの主の願いを叶えられるなら叶えたい。

それは、自分にはあまりに無謀な挑戦としか思えないのだ。

「状況にもよりますが、力になる方法はあると思いますよ」

「本当ですか?」

「敵を無理に倒そうと考えるよりも、その人たちに平穏な生活を与えることを考えればいいのですよ」

決死の思いで逃げ出してくるというのであれば、逃亡生活にも耐えられるだけの覚悟はあるだろうと園長先生は語る。

その手助けをするのに、戦闘力は必要ない。

むしろ、知恵こそが必要となる。

「恥ずかしながら、俺はそこまで頭がいいわけでも……」

「力も知恵も誰かに借りればよいでしょう。日野さん、貴方がするべきは貴方の勇気をその人たちに分けてあげることなんですよ」

たった一歩かもしれない。

しかし、その一歩を諒一が踏み出したことで、運命が少しだけ変化した。

その変化を途中で止めてはならない。

未来に何があるとしても、今はそのまま歩みを止めないように引っ張ってあげることが大事なのだと園長先生は語る。

「俺の勇気……」

「それが、貴方の一番大事な、そして一番の力なのだと思いますよ」

「そういってくれると嬉しいです」

それだけでも力になれるというのであれば、誰かに力を借り、メールの相手を、そしてその人が娘と呼ぶ人を助けよう。

きっとそれは、少しだけでもいい未来につながるはずだ。

そう、諒一は決意する。

すると、園長先生はにっこりと微笑んだ。

「では、私が少しだけ力をお貸ししましょう」

「えっ?」

「お話の件に強そうな伝があります。話を通しておきますから、後は日野さんが連絡を取ってくださいな」

「わかりました。ありがとうございます」

諒一が頭を下げると、園長先生はメモ用紙にさらさらと文字と数字を書き連ねる。

そこには電話番号らしき数列と、『更識楯無』という少々変わった名前が書かれていた。

 

 

 

かつての自分の名前が出てきて刀奈は面食らってしまっていた。

簪も同様である。

出てくるということは前もって聞いていたとしても、こんな形で出てくるとは思わなかったからだ。

というより。

「何者なんですか、その園長先生?」

と、簪が尋ねる。

当然だろう。

暗部に対抗する暗部である『更識』に、孤児院の園長が伝など持っているはずがない。

偽者だとしても、『更識楯無』は本来周知されるような名前ではない。もともとは裏の存在なのだから。

ゆえに、今と違い、一般人が知っていること自体が異常なのだ。

ゆえに簪は尋ねた。

だが、刀奈はそう考えたことで思い当たることが一つあることに気づいた。

「博士、園長先生の本名を知ってますか?」

「……『高島理(たかしま さとり)』だ」

「やっぱり……」

「おねえちゃん?」

「何か知ってんのか、生徒会長?」

納得したような表情を見せた刀奈に、簪が、そして園長は自分にとっても知り合いであるがゆえか、諒兵が問いかける。

「日本やアメリカなどの国々を渡り歩きながら戦後の混乱期を生き抜いた女傑よ。独自の剣術、というか抜刀術なんだけど、剣一本で千に届くほどの荒事を収めてきたとんでもない人」

更識家が何度となく戦い、時には共闘した女性でもあると刀奈は語る。

裏社会では伝説とまでいわれる女傑である、と。

「織斑先生の前でいうのもなんだけど、全盛期なら、たぶん、今ここにいる誰も勝てなかったでしょうね。まさしく世界最強の女性といってもいいくらい。私はお父様から話を聞いただけだけど」

「お父様も知ってるの?」

「世話になったことがあるって話してくれたわ。私がもう少し早く生まれてたら、修行を見てほしかったって」

かつて諒兵が語ったとおり、今から十年ほど前に老衰で亡くなっている。

当時刀奈は七歳だ。

修行を見てもらうには、まだ幼いといえるだろうし、幼子に厳しい稽古をつけるような人ではなかったのでできなかったのだろう。

ただ、それだけに刀奈はその人物についての話はよく聞いていたらしい。

「高島(こうとう)流抜刀術と名付けた光速の抜刀術は、斬られた相手が真っ二つに斬られたことに気づかないまま、バランスを崩すまで普通に歩いたとまでいわれてるわ」

「ファンタジーやオカルトじゃないんだから……」と、鈴音は呆れた様子を隠せない。

さすがに眉唾ものの伝説だが、逆にいえば、そんな伝説ができるほどの抜刀術、すなわち居合い抜きを使えるということなのだろう。

「更識のいってることがどこまで事実かぁ知んねぇが、ばあさんぁ確かに裏に顔が利いたらしぃ」

「マジかよ。おばあちゃんがそんなだったなんて全然知らなかったぞ?」

「まぁ、俺らが知ってるばあさんぁ、ちぃと品のいい、ただのばあ様だったかんな」

と、呆れ顔の諒兵に対し、丈太郎は苦笑する。

このことについては園長先生の死後に調べて知ったことだという。

つまり、当時はまったく知らなかったということだ。

「ちなみにここで出てきた楯無ぁ更識たちの親父さんだ」

「お父様が……」

「諒一の旦那と特別に知り合いになったわけじゃぁねぇが、力ぁ貸してくれたそうだ」

「ホント、いろんなところに縁がありますね」

と、シャルロットは感心しながら呟く。

こうして、今、ここにいる者たちが、親の代からそれなりに縁があったと思うと不思議といえるのは当然かもしれない。

だが、逆にそういった積み重ねが、今という時代を作っているのだと思うと、世界がそう簡単に変わるものではないということも理解できる。

「世界は特別な誰かが作るんじゃなくて、いろんな人たちみんなで作るってコトだね」と、束がしみじみと語る。

いろんな経験を経て、世界を変えたように見えて実はそうではなかったことも、束は素直に受け入れられるようになっていた。

それが理解できた千冬はただ優しげに微笑む。

「いずれにしろ、それで一気に話が進むことになる。んじゃぁ続けんぞ」

そういって再び丈太郎は口を開いた。

 

 

 

スノーの初仕事は、日本の政治家の暗殺であった。

ただの政治家というだけならば問題はないのだが、国でも有名な穏健派。

特に軍縮に熱心なタイプで、世界平和のため軍備放棄まで謳う極端さが、亡国のみならず国内の兵器産業からも敵視されている。

結果として、それが命を狙われる原因でもあった。

幸いなことに、まだ大臣職にまで至っていないため、SPなどはついていない。

面倒な存在になる可能性がある者は、眼のうちに摘んでおこうと考えた人間がいたということである。

現在は夕刻。

その日の職務を終え、帰宅の途を狙っての暗殺である。

現在のスノーの技術でも、擦れ違いざまに首筋、特に喉笛を狙って小さな毒針を投げ、殺すくらいは可能だ。

そして、子どもが通り過ぎる程度で警戒するような危険な国ではない。

初仕事としてはシンプルケースといえるような、簡単な仕事だろう。

もっとも、アスクレピオスはこの仕事を成功させるつもりはなかった。

スノーの手には一滴も血をつけたくない。

だが、止められるかどうかはメールを返してきた相手を信頼するしかなく、臍を噛む思いで双眼鏡を覗き込んでいた。

(ティーガーは反対位置で見ているはず。失敗した場合は撤退を命じられてる。チャンスは一度きりしかないわね……)

失敗した瞬間を狙い、スノーを拉致させる。

相手が警察官らしいことが幸いしている。

いかに幼子とはいえ、暗殺未遂なら確実に補導されるだろう。

先に警察官が抑えたならば、ティーガーは見捨てるはずだ。

そうすれば、皮肉なことにこの国の司法が犯罪者としてスノーを保護する。

未遂ならイタズラで済む可能性もあるし、情状酌量の余地は十分にあるはずだ。

とはいえ、実の子に暗殺の仕事をさせようという時点で本当に最低な母親だとアスクレピオスは感じているが、それでも他に方法がない。

今は、この方法が成功することを祈るしかなかった。

そして、双眼鏡の向こうの光景に変化が現れた。

 

スノーは驚愕していた。

教官からも、同行して来たティーガーからも、簡単な仕事だといわれていた。

頑張れば、またアスクレピオスが、母が褒めてくれる。

そう思って、この簡単な仕事を確実に成功させるつもりだった。

子どもらしく、純粋な思いでこの仕事に臨んだのだ。

しかし。

「こうして傍観者の立場になると、異常なことが理解できるな」と、ため息まじりの呟きが聞こえる。

どこか諦観した様子の、切れ長の目をした青年が、自分が投げた針をたった二本の指で挟み、止めてみせた。

これだけのことができる者は、自分が暮らしている場所でもそうはいない。

それだけで十分にこの青年が異常であることが理解できた。

「なにかあったのかね?」とターゲットが青年に問いかける。

「遊んでいたのでしょう。ただ、この子の投げた小石が先生に当たりそうでしたので止めました」

「無礼な子だな。謝りたまえ」と、穏健派というわりには居丈高にターゲットが睨みつけてくる。

「子どものやることです。今回は許してあげては如何です?」

「躾は重要だ」と、いうセリフをターゲットは最後まで口に出すことができなかった。

突然現れた男が振るってきた拳を青年によって無理やり避けさせられたからだ。

「ひっ!」と、腰を抜かした様子のターゲットには目もくれず、青年は男と対峙する。

「これは想定外だったな」

どうやら、青年はこんな事態になるとは思っていなかったらしい。

黙したまま襲いかかる男相手に冷や汗をかく。

この男相手ではまずいと考えた青年は、すぐに叫び、そして驚いた。

「「早く逃げろッ!」」

同じセリフが重なったからだ。

青年はターゲットの政治家に、そして男は少女に。

ターゲットは慌てた様子で、そして少女もすぐに逃げ出す。

何故なのか。

何故、わざわざこの男は少女を助けるようなまねをするのか。

そんなことを考えるヒマがないほどに、苛烈な攻撃が襲いかかってくる。

無手であるにもかかわらず、急所を狙う攻撃は、下手をすれば死にかねない。

(後で師範に文句をいっておこう)

そんなことを考えながら、待機しているはずの依頼主がうまくやってくれることを青年は期待していた。

 

アスクレピオスは待機場所を出て、走り出した。

スノーは今、逃走中だ。

ただし、目的地はアスクレピオスが期待している場所ではない。

亡国機業に戻るための待ち合わせ場所になる。

それではダメだ。

そこからこそ、逃げなければならないのに、そこに逃げ込んでは意味がない。

ゆえに、スノーを捕まえるために走る。

ただ。

(あの人がメールの相手?)

双眼鏡で見えた青年はあのティーガーと互角に戦っている。

あれがただの警察官であるはずがない。

戦闘力は期待以上だが、メールの相手に感じた優しさは、それほど感じられない。

だとすると、メールの相手が依頼したのだろうと考えられる。

ならば、近くに本人がいるはずだ。

我が子を預けることになる以上、せめて一目だけでも顔を見たい。

できるなら、その人となりを確認しておきたい。

その一心でアスクレピオスは走り続けた。

 

 

 

 

 



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第136話「脱走」

とにかく目的地まで辿り着かなければ。

そう思い、スノーは必死に走り続ける。

失敗したことは仕方がない。

アスクレピオスは以前、失敗したときは、次は失敗しないように頑張ればいいといってくれたことがある。

失望させてしまったかもしれないが、取り返す時間は十分にあるはずだ。

そう考えて必死に走る。

しかし、スノーはやはり内心では焦っていて、いつもならやらないようなミスを再び犯した。

「あうッ!」と、悲鳴を上げて転んでしまったのだ。

そこに。

「大丈夫かい?」

知らない男が声をかけてきた。

赤い髪の大人だった。

「へーき」と、それだけを答えて走り出そうとするスノーだが、男は「ちょっと待って」と制止してくる。

「擦り剥いちゃったみたいだね。じっとしてて」

そういうなり、ポケットをごそごそと探し出す。

スノーはまったく気づかないでいたのだが、膝を少しだけ擦り剥いており、血が滲んでいた。

だが、こんなところで時間を浪費するわけにはいかない。

そう思うスノーは焦る。

だが、意外にも赤い髪の男は油断なく視線を走らせていて、自分を逃がそうとしない。

直感的に、スノーはこの男は危険だと感じ取り、予備の針に手をかける。

すると。

「はい、これで大丈夫」

スノーは危険を感じた自分が間抜けに思えてしまった。

男はスノーの膝に絆創膏を張り、ただにこっと笑いかけてきたのだ。

要するに手当てをしただけだ。

だが、ならばこれでもう用はない。

そう考えたスノーに対し、赤い髪の男は笑いかけたまま手を伸ばす。

油断させて捕まえる気か、と、スノーが思わず身を強張らせると、頭に軽い衝撃が走った。

というか。

「大丈夫、お兄さんは味方だよ」

そういって笑いかけたまま、赤い髪の男は優しく頭を撫でてきたのだ。

不思議と、安心させてくれるような温かさを感じる。

これに似た感覚を、いつもアスクレピオスが与えてくれていたことをスノーは思いだす。

「みかた?」

「うん、お嬢ちゃんはお話は聞いてないんだね」

「なに?」

「お母さんがお嬢ちゃんと一緒に、お引越ししたいって伝えてきたんだ」

「かあしゃまが?」

そんな話は聞いてない。いったい何のことだろうとスノーは首を傾げた。

「新しい場所で一緒にいたいんだって」

「いつも?」

「そうだね。きっといつも一緒にいられるようにしたいんだろうね」

それは、スノーにとってとても嬉しいことだった。

いつも暮らしている場所では、アスクレピオスと一緒にいられる時間はわずかだ。

その時間が一番大好きだから、訓練も頑張っていた。

でも、いつも一緒にいてくれるというのなら、そのほうがきっと楽しい。

それなら、『お引越し』は悪いことではないとスノーは考え直す。

そして、そんな話をしてくれるこの赤い髪の男は、きっと悪い人ではないのだろう。

「お兄さんは日野諒一っていうんだ。お嬢ちゃんのお名前は?」

「すのー」

少しだけ安心したスノーは、自分のコードネームを日野諒一と名乗った赤い髪の男に素直に伝えていた。

 

物陰からその光景を見て、アスクレピオスは赤い髪の男こそがメールの相手だと確信した。

スノーは本来、亡国の少年兵になる。

簡単に人を信頼するような人間ではない。

なのに、わずかに警戒しただけで、すぐに懐いてしまっている。

メールの相手もその文面から優しさが伝わってきた。

だからこそ、脱出計画を実行に移すことを決意した。

(あの人なら、きっと千冬を立派に育ててくれる……)

なら、後はティーガーを振り切れるように自分も、おそらくは赤い髪の男が依頼しただろう青年に協力すればいい。

そう思ってゆっくりとその場を後にしようとするアスクレピオス。

しかし、彼女はあくまで研究員。対してスノーは兵士だ。

人の気配を察するくらいわけはない。

それが、大好きな母親ならばなおのことである。

「かあしゃまっ♪」

と、大喜びで駆け寄ってくるスノーに慌てるアスクレピオスだったが、かわいい娘を振り切れるほど冷徹にはなれなかった。

「千冬……」

「あのね、このおじさんがね、かあしゃまとわたしがおひっこしするっていってるよ?」

駆け寄って尋ねかけてくるスノーにどう答えたものかと悩んだが、否定すると疑われる可能性がある。

実際、亡国機業から脱走しようというのだから、住む場所は変わるわけで、引越しというのもそれほど間違いではない。

とっさにこういったセリフが出るということは、子どもの扱いに慣れているということなのだろう。

ならば、ここは合わせたほうがいい。

「そうよ。千冬にもっとたくさんのことを知ってほしいの」

「たくさん?」

「ええ。今の場所じゃわからないことがたくさんあるのよ。だからお引越しするの」

「じゃあ、このひと、おひっこしやさん?」

メールが届いた場所を考えると警察のはずなので、さすがにお引越し屋さんはないだろうと思わず苦笑いしてしまう。

「そうだよ。スノーちゃんとお母さんを新しいお家に案内するために来たんだ」

「そーなんだ♪」

あっさりスノーの言葉に話を合わせるあたり、茶目っ気もあるらしい。

こういった扱いの巧みさを見ると、スノーにあっさりと懐かれたのも当然と思える。

十分に信頼できる相手だとアスクレピオスは判断した。

 

「初めまして、日野諒一といいます」

「私が『織田深雪』です。この子の本当の名前は『千冬』になります」

そう伝えておけば、スノーというのがコードネームだとわかってもらえるだろうと思い、アスクレピオスは打ち明けた。

もっとも、自分もアスクレピオスというのはコードネームなのだか、もう何年もその名で呼ばれ続け、本名を名乗るのは本当に久しぶりだった。

少しだけでも戻ってこれたという喜びが、アスクレピオス改め深雪の胸を満たす。

後は、スノー、否、千冬を無事に逃げさせるだけだ。

「あの……」

「まずはこの番地まで向かってください。ご期待に添えるかどうかはわかりませんが、一時的に保護してくださるそうです」

そう言われて渡されたメモには『百花の園』と書かれた孤児院の名称と、その住所が書かれていた。

なるほど、孤児院ならば、最悪の場合でも千冬だけは保護してもらえるだろうと深雪は考える。

「正直、私の身内は期待できません。今後も苦労することになる可能性もありますが……」

正直者なのだろう。

彼の身内、つまりはこの国の警察はアテにならないということだ。

しかし、逆にそういってもらえれば、今後どうすればいいかの道筋は見えてくる。

それ以上に、犯罪組織の研究者として苦悩しながら暮らしていくよりは、千冬のために苦労するほうが遥かにマシだと思う。

「この子のための苦労なら苦ではありませんから」

ゆえに、そう答えると諒一は安心したような顔を見せた。

相手の期待に応えられないことが不安だったのだろう。

これは相当なお人好しだと深雪は多少なりと好感を持った。

しかし、そこに。

「伏せてッ!」

「えっ?」

深雪は千冬と共に強引にかがませられる。

視線を向けると、自分たちを庇うように立つ諒一の前には、驚くことに血塗れのティーガーがいた。

見れば、身体中に裂傷がある。

亡国機業でも最強クラスの兵士であるティーガーをここまで傷つけるとはと深雪は驚く。

すると、おそらくはその原因である青年がすぐに駆けつけてきた。

「すまん」

「楯無さんッ?!」

「ここまで頑丈だとは思わなかった。亡国、侮れぬ」

珍しい名前だと深雪が感じていると、ティーガーは少しばかり感心したような表情を見せる。

「更識の楯無か。道理で強い。まさかこんな隠し球があったとはな」

「すみませんが、織田さんと娘さんは連れ戻させません」

「俺としても矜持に関わる。手は抜かぬ」

そう告げる諒一と楯無を、ティーガーは黙ったまま睨みつけ、そして吠えた。

 

「貴様らはッ、信用できんッ!」

 

襲いかかる拳を諒一は必死に避ける。さすがに刑事である自分とは攻撃の質が違う。

人を殺すために鍛え上げたのだろう。マトモに喰らえば危険すぎる。

「クッ、日野を狙うのか」

なぜ、先ほどまで戦っていた楯無ではなく、現れたばかりの諒一を狙うのかはわからない。

しかし、このままでは依頼主が死ぬことになる。

さすがにそれは矜持にかかわるため、楯無はすぐにサポートに回った。

それを確認した諒一はすぐに叫ぶ。

「織田さんッ、先に行っていてくださいッ!」

ここで自分と楯無がティーガーを止めていれば、孤児院まで逃げる時間は稼げるはずだ。

そこまで逃げれば、さすがに追わないだろう。

そう思うも、意外な言葉がティーガーから発せられた。

 

「待つんだッ、罠かもしれんのだぞッ!」

 

しかし、深雪にしてみれば、今はティーガーよりも諒一の言葉のほうが信用できる。

ならば、やるべきことは決まっている。

「かあしゃまっ?!」

「助けを呼びに行きましょうッ、私たちが割って入れるレベルじゃないわッ!」

千冬にはそう伝え、深雪はメモに書かれた住所に向かうのだった。

 

 

 

息をついた丈太郎に、シャルロットが突っ込みを入れてくる。

「あの、ティーガーさんが織斑先生と一夏のお父さんなんですよね?」

「あぁ。おめぇさんの言うとおりだ」

「この展開だと、一夏のお母さん、諒兵のお父さんとフラグ立ってるっぽくないですか?」

「そんな昼ドラ展開、勘弁してくれ。てかフラグ言うな」

と、諒兵が疲れた顔でシャルロットに意見する。

しかし、確かにこの展開では、諒兵の父親のほうが、一夏の母親の好感度を稼いでいるように見えてしまう。

「そのあたりゃぁ、この後の話でわからぁな。それに今んとこ諒兵のおふくろさんが全然出てねぇし」

「てか、いつ出てくんだよ?」

「この話が終わってからじゃないと出てこないんだよ。もう少し待ってて、りょうくん」と、束が口を挟む。

「この話ゃぁ、諒兵の親父さんとおふくろさんが出会うきっかけの原因っていえらぁな。だが、ここから話さねぇとわけわかんねぇんだ」

確かに、一介の平刑事が亡国機業の諜報員と関わることになるためには、それなりの原因が必要だろう。

そういわれれば、確かにこの事件は重要で、聞いていないと話がわからない。

「何事にも原因があるということですわね」

「そういうこった。まだ話ぁ続くかんな。ちぃと我慢してくれ」

そうはいっても、今回の話は一夏と千冬の出生に関わっているため、興味がないというわけでもないので、全員が肯く。

それを見た丈太郎はすぐに続きを再開した。

 

 

 

件の住所はすぐに見つかった。

もともと移動範囲を限定するために、近い場所で襲撃計画を立てていたらしい。

それなりに力もあるだろう議員よりも、孤児院のほうに逃げ込むことになるとは思わなかったが。

そこに辿り着くと、少し反りのある変わった杖を携えた品のよさそうな年配の女性が出迎えてくれる。

「あの……」

「織田深雪さんでよろしい?」

「はいっ!」

そう返事をした深雪を、一瞬、恐ろしく鋭い目で見つめると年配の女性は肯く。

「間違いないようですね。そちらの子は?」

「私の娘です。千冬といいます」

「そう……、利発そうなお子さんね」

そういって気軽に頭を撫でてくる。驚くことに千冬は避けもせず、抵抗もせずになすがままにされていた。

これだけで、相当な女性であることが理解できる。

「私がここの園長をしています。お入りなさいな。お茶をお出ししましょう。気を張り詰めたままでは疲れてしまいますからね」

「あ、ありがとうございます……」

ホッと息をついた深雪は素直に中に入ろうとする。

だが、そこに待ったがかかる。

 

「そこをどけ。老体に手荒いマネはしたくない」

 

「あらあら、まあまあ」

「ティーガーッ!」

先ほどよりも傷を増やしながら、それでも追いかけてきたティーガーに深雪は戦慄してしまう。

というか、疑問にも感じた。

なぜ、ここまで自分たちに拘るのだろうか、と。

普通ならば、一旦引いて自分たちの居場所を探り出し、手数を増やして追ってくるだろうからだ。

ここまでぼろぼろになって、しかも、おそらく上に報告をしていないだろう状態で、単身自分たちを追いかけてくるティーガーの心理が深雪にはわからない。

それはどうやら、相対していた二人も同じようだ。

「どうしてそこまで織田さんを追うんですッ?!」

「異常だな」

諒一が声を荒げて追いかけてくる。

楯無もまた、ティーガーの行動に首を捻っていた。

 

「貴様らには関係ない。信用できん連中に言うことなどない」

 

どうにもティーガーにとって、自分たちは敵であるらしいと諒一は感じ取る。

だが、なぜそこまで『敵』だと思うのか。

それほどに亡国機業に忠誠を誓っているというのか。

なぜか、そうは思えない諒一だった。

「はじめて会う人を信用するのは難しいものですからね。仕方ありません」

「どけ、ご老体」

「ここは私の孤児院。お客様ならば大切に迎えますが、無理やり入ろうという方には容赦できませんよ」

「……恨んでくれるなよ」

そう呟いたティーガーの身体が傾いたかと思うと、次の瞬間、どさっと倒れ伏した。

「あ?」

「相変わらずだな、師範」

「もう年寄りですよ。無理は利きません」

マヌケな顔を晒してしまう諒一に対し、呆れたような楯無。品よく微笑む園長。

同様に呆然とする深雪の袖を、千冬がくいくいと引っ張る。

「千冬、どうしたの?」

「ちょっとしかみえなかったけど、あのぼうふってた。そしたらてぃーがーがたおれちゃった」

「おや、見えたのですか?」

「うん」

「これは将来が楽しみですね。落ち着いたら剣を学んでみるのもいいと思いますよ」

どうやら園長は居合い抜きの要領で杖を横薙ぎに振るったらしい。

万全の状態ならいざ知らず、満身創痍のティーガーでは避けられなかったのだろう。

とはいえ、大男と老婆。体格差がないとしても常識で考えれば勝てる相手ではない。

それを一撃で倒すとはとんでもない人だとその光景を見ていた諒一は呆れていた。

「それで、日野さん」

「あっ、はい」

「この方はどう致しますか?」

園長がそういって指したのは件のティーガーだ。

本来ならば、このままどこかに運ぶべきだろうと諒一は考える。

楯無ならばうまく『処理』してくれる可能性もある。

だが、彼の言葉の端々には引っかかるものがあった。

あれは、犯罪組織の人間として、脱走者を捕まえようという感じではない。

一人の人間として深雪と千冬を心配しているような印象があった。

そこまで考えて、諒一は一つの決断を下す。

「楯無さん。もうしばらく力を貸してください」

「構わぬ」

「園長先生。どこか休める場所はありますか。この人はちょっと放っておきたくありません」

「えっ?」と、思わず声を上げたのは深雪だった。

「すみません、織田さん。俺には、この人が悪い人間には見えないんです。少なくともちゃんと心を開いてもらって、それから答えを出したい」

「構いませんよ。応接間がありますからそこに運んでくださいな。お二方」

「あ?」

「観念しておけ。師範には逆らえぬ」

自分たちからすると、けっこう重そうな大男のティーガーを運ぶ羽目になった諒一と楯無。

品よく微笑みながら案内する園長。

そして呆然とする深雪と千冬。

この場が、彼らにとって運命の分岐点になるということを、まだ誰も知らなかった。

 

 

 

 



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第137話「織斑の家族」

ティーガーの身体を念のため拘束してから応接間に運んだ後、別室でお茶を飲みながら諒一たちは深雪の告白を聞いていた。

傍らでは、疲れてしまったのか、千冬が寝息を立てている。

「そんなことが実際に起きてるなんて……」

話を聞き終えた諒一にいえたのはそれだけだった。

諒一の想像の範囲を超えていたからだ。

少なくとも、自分が関われるようなレベルの事件ではなかった。

「驚かれるのも無理はないですね。ですが、亡国機業は古くからそういう形で存在していました」

「人体実験、人身売買、兵器開発に兵器売買。これほどわかりやすい裏組織もないな」

と、楯無も感想を述べる。

「各国の軍需産業ともつながっていますから、実質的には世界を裏から操作しているといってもいいかもしれません」

「あらあら」

「でも、私はこの子に人として当たり前の平穏をあげたい。だから脱走を決意したんです」

そういってすやすやと眠る千冬の頭を撫でる深雪の姿は、確かに母親そのものだった。

それだけに、千冬をどういう経緯で産んだのか。

そして、ティーガーとの関係に驚かされる。

「夫、になるんですね」

「肉体関係はありませんよ。この子は試験管ベビーになります。彼の精子と私の卵子を使って人工授精を行った後、私の子宮に収めたんです」

深雪の卵子を使ったのは、彼女もまた研究者としては優れた頭脳の持ち主だからだ。

優秀な頭脳と高い能力を持つ肉体。

千冬はそれを掛け合わせたデザイン・ベビーということができる。

「それを鍛え上げたのか。道理でこの年であれほどの動きができるわけだ。呆れてしまうな……」

そう呟いた楯無の表情に影が差す。

何か思うところでもあるのかと思うが、今、聞くべきことではないだろうと諒一は頭を切り替えた。

「一応、こちらの予定では、織田さんと千冬ちゃんの戸籍を別に用意して逃亡の手助けをすることになってます」

「用意できるんですかっ?」

「私ならばな」と、答えたのは楯無だった。

どうも国に対してかなりの発言力を持つらしい。

戸籍の捏造くらいわけはないと言ってのける。

なんだか、とんでもない人たちに協力を頼んでしまったと諒一は苦笑するばかりだ。

「コードネームで呼び合っていたことが幸いしたな。苗字は変えるが、下の名前はそのままでも何とかなろう」

「ありがとうございます。それだけでも助かります」

そういって頭を下げる深雪。そしてホッと息をつく諒一に楯無が爆弾を投下してきた。

「まあ一番手っ取り早いのは、日野、お前の妻と娘にしてしまうことだが?」

「ちょっ、何言ってるんですかっ!」

いきなり結婚しろなどといわれて慌てない人間はいないだろう。

とはいえ、そんな諒一の慌てぶりを見て、深雪はクスクスと笑う。

本当に端から見るとお人よしであることが理解できたからだ。

ただ。

「その話は置いといて、俺はどうしてもあの人の言葉が気になるんです。このまま放っておいちゃダメだと思います」

あの人、つまりはティーガー。

なぜ、諒一がここまで彼を気にするのか、その場にいた全員が疑問に思う。

「彼は、亡国機業の兵士です。それ以外の何者でもないですよ?」

と、深雪は訝しげな表情で問いかけるが、諒一は首を振った。

「俺にはそうは感じられなかったんです。俺たちと戦っていたのは兵士じゃない。もっと別の存在でした」

「別の存在?」

「特別な意味ではないです。どこにでもいそうな、ただの男性だと感じたんです」

そう感じた理由を知りたい。

それを知らずに話を進めてはいけない。

諒一はそう感じていることを真摯に訴える。

このままでは一番大事なことを見落としてしまうことになってしまう、と。

「あなたたちと同じくらい、彼も助けなければいけない。俺は、そう思います」

諒一としては、ティーガー自身、亡国機業から逃げるきっかけを探していたのではないかとも感じていた。

ただ、それが何のためにといわれると、非常におぼろげでよく見えてきてはいないのだが。

「それに、今は今後の道筋をより具体的に考えないと」

「そうですねえ。このままというわけにも行きませんから」

と、園長も同意してくる。

このまま深雪と千冬を逃亡させるのは簡単だ。

しかし、その後が続かない。

見つけ出されれば、守れない。

楯無が言ったことはあながち的外れでもないのだ。

諒一の家族になってしまえば、一応は日本の警察の身内ということになるのだから。

しかし、今回の件で警察の力を頼るのは難しいことを知ることができた。

そうなると、何か別の方法を考える必要もある。

「どんな形でもいい。力のある者を頼る必要があろうな」

楯無が意見を述べる。

極論するなら、権力、財力、暴力のどれでもいいので、それなりに力を持つ者に守られなければ、いずれ捕まってしまうということだ。

さりとて、深雪としては裏組織から逃れてきたのだから、裏組織のような存在は頼りたくない。

そうなると権力か財力となる。

そして、その点で言うと諒一にはそのどちらもないのだ。

「情けない話なんですけどね」

申し訳無さそうな顔をする諒一に、深雪が慌てた様子を見せる。

「いえ、あなたのメールがなければ、私は決断できずに流されていたままでした。ご自分を卑下しないでください」

「一歩を踏み出す勇気はなかなか得られないものですからねえ」

そう園長が微笑みながら言うと、深雪も肯く。

最初の一歩を踏み出さなければ、深雪は犯罪組織のための研究を続けていただろう。

千冬はいずれ本当に人を殺めていただろう。

そんな未来より、少しだけいい方向に進んでいるのは確かなのだ。

「大事なのは少しだけでもいい方向にと努力することですよ」

最高の結果を出す。

人はそのために努力するものだ。

しかし、最高の結果を出すためには、毎日少しずつ、いい方向に向かって努力していくことが大切なのだ。

大団円、めでたしめでたしを目指すのならば、なおのこと、こつこつと少しずつ変えていく努力をする。

その少しずつが積み重なっていけば、最高の結果にいつかは辿り着ける。

何事も一番大切なのは根気なのだと園長は語った。

「ありがたいお言葉です」

「年寄りは説教臭くていけませんねえ」と、品よく微笑む園長にその場にいたみんなも微笑んでいた。

そして。

「日野、そろそろ奴が目を覚ますころだ。話をしてみたいのだろう?」

楯無が時計を見ながらそう告げてくる。

諒一としてはティーガーが何を考えて行動したのか、その理由を聞いておきたい。

ならば、今、話しておけるうちに話しておかなければならない。

「一人で話すことはできますか?」

「拘束しているから問題はなかろう。だが、様子を窺うため、盗聴器と監視カメラを仕掛けた。それは了承しろ」

「わかりました。織田さん、園長先生、少し待っていてください」

肯いた二人に頭を下げると、諒一はティーガーの元へと向かうのだった。

 

 

諒一が応接間に入って程なく、ティーガーは目を覚ました。

驚くこともなく、拘束されて動けない自分自身を受け入れている。

「すみません。あなたに暴れられると手におえないので、拘束を解くことはできません」

「かまわん。俺がお前でもそうしていただろう」

「俺は、捕縛術には多少の自信がありますけど、射撃や格闘技はそこまで強くはないですよ」

そう苦笑すると、ティーガーは自嘲気味に笑う。

「それが普通の人間なんだろう?俺は、普通ではないからな」

「と、いうと?」

「幼いころから軍事訓練を受けてきた。お前のように平和な国で育った人間とは違うという意味だ」

少し話した印象に過ぎないが、まったく話が通じないというわけでもないらしい。

それならば、聞きたいことは聞けるだろうと諒一は考える。

「質問があります」

特に答えるでもなく、ティーガーは次の言葉を待っている。

諒一はそれを承諾の意と受け取り、言葉を続けた。

「あなたは、何故、織田さんと千冬ちゃんを『助けよう』としたんですか?」

聞いているだろう深雪はきっと驚いているだろうと諒一は思う。

しかし、ティーガーの行動を見て、諒一が一番感じたのがそれだった。

ティーガーはひたすら深雪と千冬を助けようとしていたのだ。

裏切り者や脱走者を捕まえようとしているとは諒一には思えなかった。

「何故、そう思う?」

「第一に、失敗した千冬ちゃんを助ける理由が亡国機業とやらの兵士にはありません。しかし、あなたは楯無さんが押さえようとした千冬ちゃんを助けようとした」

一番気になったのはタイミングだ。

亡国機業の兵士としてならば、千冬が自力で離脱した後に保護するか、もしくは遠距離からターゲットを狙撃。

目的を達したあとに行動するだろう。

しかし、ティーガーは千冬が窮地に陥った状況でいきなり飛び込んできた。

あれは、兵士としての行動ではない。

「第二に、あなたは私たちが織田さんと千冬ちゃんの脱走の手助けをしようとしたとき、『罠かもしれない』といいました」

その言葉が咄嗟に出てくる。

それはつまり、まず深雪の脱走計画を知っていた。知っていて止めなかった。

同時にメールでのやり取りがあったとはいえ、初対面の自分たちを警戒すべきと助言したといえる。

脱走計画を知っていて止めず、だが、安易に初対面の自分たちを頭から信用すべきではないと助言する。

それは亡国兵士の行動ではない。

「あなたは一人の男性として行動していた。俺にはそう思えたんですよ」

「お前たちを騙すための演技だっただけだ」

「そんな人が園長先生を気遣いはしないでしょう。あなたが警戒していたなら、あの居合いを避けられはせずとも受け止めることはできたはずです」

あのとき、ティーガーは油断していたのだ。

何しろ園長は見た目は品のいいお年寄り。

まさか、自分を凌駕する武力を持つとは思わないだろう。

だが、兵士が任務遂行のために行動しているなら、老人を容赦する理由はない。

人間爆弾というものがある。

「一般に」というのも問題だが、自爆テロに使われる手口だ。

普通の人間を装って自分もろともターゲットを殺すというやり方もあるのだ。

軍事訓練を受けてきたティーガーがそのことを考えないはずはない。

それでも、園長を気遣ったのは。

「あなたは、不器用ですけど、優しい人だなと感じたんですよ」

人として当たり前の倫理観、道徳心、それを持っている人物だと諒一は感じたのである。

しばらく、無言だったティーガーだが、ようやく口を開いた。

「……そういわれたのは初めてだな」

「そうなんですか?」

「戦う以外、教えられなかったからな……」

「……あなたの外見を見たとき、違和感を持ちました」

「む?」

「日本人なんでしょう?何故、幼いころから軍事訓練を受けてきたんです?」

少しばかり驚いた表情を見せるティーガー。それを見て、諒一は自分の考えが正しいと理解する。

観念したかのように、ティーガーは嘆息する。

「俺の父は、中東で大使館職員をしていた……」

そういって、ティーガーは自身の身上を明かした。

まだ幼いころ、家族とともに中東に渡ったティーガー。しかし、そこでテロの被害を受けた。

父母は死亡。残されたティーガーはテロ組織に拉致されたという。

「そこで本格的な軍事訓練を受ける羽目になった。俺が、八歳のころだったか」

だが、其処の水はティーガー本人には合っていたらしい。

驚くべき速度で戦闘術を吸収、すぐに少年兵として戦場に立つようになった。

結果を出さないものは生き残れない。

そして戦場で出す結果とは、屍の山を築くことだ。

「もう、何人殺したかわからん。ただ、平和な国といわれる祖国、日本で生きられる人間ではないということは理解できた」

そして、彼が十八歳になったころ、亡国機業から声がかかってきたのだという。

もともとテロ組織に忠誠を誓っていたわけではないティーガーは、戦えるならどこでもいいと亡国機業に入った。

「俺は、いわば傭兵だ。飯にありつけるなら、どこでもよかった」

そうして入った亡国機業でも優秀な結果を残し続ける。

結果として、亡国最強の兵士ティーガーは誕生したということだ。

「名前、聞いてもいいですか?」

「……斑目 陽平(まだらめ ようへい)、それが昔の名前だ」

どこか遠い目をしてその名を呟く。もう、使われることがないと思っていた名前なのだろう。

聞けば、夏の生まれで『太陽のように公平に』という意味を込められてつけられた名前らしい。

「親が今の俺の姿を見れば、泣くだろうがな」と、再び自嘲気味に笑う。

だが、そんな彼だからこそ諒一には『助けよう』とした理由が見えてきた。

ならば、彼の口から言わせなければならない。この先を良い方向に導くために。

「もう一度聞きます。あなたは、何故、織田さんと千冬ちゃんを『助けよう』としたんですか?」

「……自分でも不思議だった。初めてスノーを見たとき、ありえない感情が湧き上がった」

正確には、深雪がまだ赤子の千冬を抱き上げていた姿を見たときだという。

それまでは、ただの遺伝子提供者でしかなく、また、別に女好きというわけでもないので、深雪のことも亡国機業の一研究者としてしか認識してなかった。

だが、深雪が、千冬を抱いている姿を見たとき。

「守らなければ、そう思えた」

「守る……」

「亡国も戦場も、傭兵であったことも関係なく、ただ、スノーは守らなければならない。そう思えたんだ」

それは、一般的には父親の感情であろう。

男性は子を生む力を持たない。

実のところ、生まれてきた子とつながりを感じることができる手段が女性に比べて少ない。

ただ、だからこそ、肉体的なものではなく、精神的なもので、我が子とつながりを感じるのかもしれない。

自分にもそんな感情があったことにティーガーは驚いた。

だが、不快ではなく、押し殺したいと思わなかった。

ただ、それを見せびらかそうとも思わなかったのだ。

「守ることができれば、それでいい。親であることを告げる気もない」

実際、父親として何ができたわけでもない。

ただ、深雪が組織に隠れて千冬を娘扱いしていることを知っても誰にも明かさなかった。

脱走計画に感づいても報告しなかった。

それで娘が、千冬が幸せになれるのなら、と。

ただ。

「亡国は巨大だ。生半可なことでは逃げ切れん。お前たちが信用に足る人間かどうか、知っておきたかった」

ゆえに、戦闘に関しては本気だったという。

相手の覚悟を、助け出そうとする意志を、自分を相手にしても見せられるか。

それを求めていたのだとティーガーは語る。

しかし、そこで諒一は疑問を感じた。何故、ティーガーは自ら脱走の手伝いをしなかったのか。

脱走後、共に逃亡しながらでも守っていこうとは思わなかったのか、と。

「……俺は傭兵だ。戦いしか知らん。戦いを知らん者が生きられる平和な国で生きていけるはずもない」

「馬鹿にしないでください」

「何?」

「この世に戦いを知らない人はいませんよ」

「どういう意味だ?」

「戦いは、何も銃を持って人を殺すことだけではないんです」

 

携帯電話や手帳を武器に、取引先と戦うサラリーマン。

道具や機械を武器に、商品を買う顧客と戦うエンジニア。

包丁を武器に、料理を食べに来る客と戦うコック。

メスを武器に、患者を襲う病魔と戦うドクター。

 

「みんな、家族を守るために戦ってるんです。この世に武器といえるものが銃火器だけと思わないでください。戦う人間、戦う男が、戦場で人を殺す兵士だけと思わないでください」

敵を生かす、喜ばせる戦いもあるのだと諒一は告げる。

敵を殺すだけが戦いではないのだ。

「家族を守るための戦いは、きっとどんな戦場よりも過酷です。あなたは戦いもせずに其処から逃げ出そうとしているだけだ」

「貴様ッ!」

「怖いというのなら、このまま亡国機業とやらに逃げ帰ればいい。織田さんと千冬ちゃんは俺が守っていきます。俺は、家族を守るための戦いからは絶対に逃げません」

「俺とて逃げたりはせんッ!」

人として、男としての意地からか、ティーガーはそう叫ぶ。

それこそが彼の本心だった。

ただ、家族の幸せを願い、守りたいと思うだけの父としての本心だったのである。

それを聞いた諒一は、静かに問いかける。

「どうしますか?」

それは、ティーガーに向けられたものではなかった。

応接間の扉がそっと開かれる。

入ってきたのは、深雪と、付き添うように傍にいる園長と楯無。

そして。

「スノー……」

「てぃーがーが、わたしのとおしゃま?」

「……そうよ、千冬。あなたの実のお父様になるの」

千冬の言葉に深雪は複雑そうな笑いを浮かべて答える。

だが、それは紛れもない事実で、そのことを否定することはできない。

正直、諒一の妻になることもありかもしれないと考えていたのだが、ティーガーの言葉を嘘だと断じることも、無視することもできなかったのだ。

「戸籍を作ってやることはできる。だが、追撃をかわすには十分な戦闘力を有している必要はあろう」

と、楯無が語る。

家族を守っていくだけの戦闘力と戦術技能なら、ティーガーには十分なものがある。

後は、彼自身に覚悟があるかどうかだ。

「俺は……」

「私としては、私の夫よりも、千冬の父親になってくれる人を必要としてます。それはきっと、過酷な道です」

「わかっている」

「それでも、私たち、いえ、千冬のために戦ってくれますか。兵士ではなく、父親として」

簡単に答えられることではない。

しかし、答えられないのなら、この先戦っていくことはできないだろう。

何より、ティーガーとしては、目の前の男に、男として負けたくなかった。

ゆえに。

「……俺は逃げん。逃げたくないんだ」

「なら、改めて本当の父親になってください。この子のために」

「すまん……、いや、ありがとう」

それが、深雪の出した答えであり、陽平の出した答えであった。

 

 

 

一区切りついたところで、丈太郎はふたたびコーヒーを飲む。

「蛮兄……」と、一夏が言葉を探している様子で呟く。

「織田深雪と斑目陽平、二人の苗字を組み合わせて『織斑』ってぇわけだ」

公式に結婚式を挙げられるわけでもなかった犯罪組織の二人。

ゆえに、その代わりとしてどちらの苗字でもなく、新しい苗字を作った。

それが『織斑』ということになる。

「確かに、『織斑』って変わった苗字だしな」

「一夏、確か親戚もいなかったはずだな」

「あ、うん。親しか知らない。いや、もともといなかったんだから当然だろうけど」

弾、そして数馬の言葉にそう答える一夏。

まさかこんなかたちで両親の馴れ初めを聞くことになるとはと驚いているのだから当然でもあろう。

「広義の意味での親戚はいたが、接触することもできなかったんだ。だから、私たちは両親と姉弟だけが家族だった」

他に比べれば、はるかに小さい家族。

ただ、それでもあの日が来るまでは幸せな家族でもあったと千冬は語る。

「千冬姉……」

「忘れているかもしれないが、父様がまどかが生まれたときにお前に言った言葉がある」

「えっ?」

 

今日から一夏もお兄ちゃんだな。

俺より強くならないとまどかを守っていけないぞ。

 

「あっ……、俺、中途半端だけど覚えてるぞ、千冬姉」

「そうか……、なら、お前が守ることに拘るのは、父様の言葉が心に刻まれているからかもしれないな」

「俺、てっきり千冬姉の言葉だと思ってた」

「お前はけっこうお父さんっ子だったんだ。だから、男らしさについてよく聞いていたんだ」

それは、普通の家族としてはかなり少ない触れあいの記憶だ。

しかし、一番大切なことは、決して忘れなかったということでもある。

一夏には、ちゃんと父との記憶があったということだ。

「ごめん、素直には喜べない」

「そうだな、私も喜べん」

「あんま、気にすんな。そのほうがムカつくぜ?」

二人が自分のことを気にしていることが理解できた諒兵がそう話すのを聞き、苦笑してしまう。

それを見て同様に苦笑いした丈太郎が、口を開いた。

「で、だ。こっからが諒兵のおふくろさんの話になる。その前に聞きてぇことぁあるか?」

「んー、そういえば」

「どした鈴?」

「一夏と諒兵、名前がお互いのお父さんに似てない?」

「あっ、そういえばそうだな」と一夏も同意する。

「確かにな。こりゃぁ推測だが、一夏は諒一の旦那の一の字を貰ってんだろう。諒兵はティーガーの本名から韻を引っ張ってきてんな」

同時に、自身の父親の名前にも関わっているという。

夏は陽平がもともと夏の生まれで、太陽の季節といえるから。

諒はそのまま貰ったといえるだろう。

「つながりゃぁ、ちゃんとどこかに残ってるってこったな」

実際、織斑家逃亡後は、両家の接触はまったくなかった。

だからこそ、どこかに感謝の気持ちとして残しておきたかったのだろうと丈太郎は説明した。

「そんじゃ、続きだ。こっからは正直つれぇぞ」

覚悟を問うように見つめてくる丈太郎に全員が肯くと、再び丈太郎は話し始めた。

 

 

 

 



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第137話余話「一夏誕生」

話の腰をいきなり折ったのはシャルロットだった。

「いきなりなんでぇ?」

「あの、今の話だと、一夏のお父さんとお母さん、恋人同士って感じじゃないですよね?」

「まぁ、そうだな」

「一夏が生まれることになったきっかけとかあるのかなあって……」

確かに、話を聞く限り、家族ではあったとしてもそれは千冬を中心として、父と母であるという関係だ。

しかし、一夏、そしてまどかが生まれるとなると、両親には当然夫婦としての交渉があったはずである。

ただ、そんな色気のある関係とは思えないのだ。

「……たぶん、私のせいだ」と、まるで懺悔するように呟いたのは千冬だった。

「どういうこった、千冬さん?」

と、諒兵が少々興味を示す。

同い年ということは同じころに生まれたわけで、気にならないはずがなかった。

「なんというか……」と、言いづらそうに千冬は語る。

 

 

 

その日は千冬の誕生日だった。

小さなアパートの一室で、家族揃ってお祝いをしていた。

「誕生日おめでとう、千冬」

「おめでとう。今日で七歳か。随分大きくなったな」

深雪も陽平も、ふーっと息を吹きかけて誕生日ケーキの蝋燭を消す千冬を見て、にこやかに誕生日を祝う。

「ありがとう、母様、父様♪」

いまだに父母の呼び方が直らない千冬だが、これはこれで可愛くていい♪とお互いが思っているらしい。

親バカである。

「プレゼント、一つしか用意できなくて、ごめんなさいね」

「だいじょうぶっ、あっ、でも……」

「時間がかかってもいいなら用意するぞ。何か欲しいものがあるのか?」

決して裕福ではないが、両親が自分のことを大切にしていることを理解している千冬に不満などない。

ただ、確かに欲しいものはあった。

この間、友だちになった女の子の家に遊びにいったときに見つけてしまったのだ。

 

「私っ、おとうとかいもうとが欲しいっ♪」

 

「「ぶっ!」」と、深雪も陽平も二人してお茶を噴き出してしまう。

「かわいかったのっ、だから私も欲しいっ♪」

「そっ、それは母さんに相談を……」

「あっ、卑怯ですよお父さんっ、逃げないでくださいっ!」

というか、一般的に両親が努力してできるものである。

父親が逃げたら普通はできるものではない。

「待ってるからねっ♪」

そういって笑う千冬に、深雪も陽平も返す言葉を持たなかった。

 

その夜。

千冬が寝付いたころ、陽平は頭を抱えていた。

「こ、こればかりはどうしようも……」

「た、確かに……」

「というか、その……」

陽平はこれまでの生活の中で、深雪の手を触れたことすらない。

自分のせいで犯罪組織に関わる羽目になったという負い目から、自分が触れていいなどとは決して思わなかったのだ。

そして、それを実行してきたのだから、鋼の精神力である。

だからこそ。

「……あなたが誠実な人であることくらい、もう理解できてます」

「母さん……」

「父親としてがんばってくれてるんですから。だから、最近思うんです。ちゃんと妻になりたいって……」

今日までの生活で、決して苦しめないよう、自分の気持ちを押し付けないよう、深雪や千冬のために心を砕いてきた陽平。

そんな陽平のことを理解できないほど、深雪は馬鹿ではない。

そして理解できたことで、別の感情も湧いてきた。

つまり。

「ちゃんとあなたの子を産んであげたいって思うときもあるんです……」

「そんなことをいわれては……」

「これからは夫婦の時間も作りましょう?もちろん、父親としてがんばってもらいますけど」

「がんばるさ。千冬のためだからな」

そんなことがあってから一年後。

千冬に待望の弟が生まれたのである。

 

 

 

そして現代。

「あー、つまり千冬さんの言葉がきっかけで、一夏ができたってこと?」と、鈴音。

「たぶん……、時期的にもそれしか思いつかん」

「そっかあ。一夏が生まれたのは、一夏のお父さんとお母さんがちゃんと夫婦になった証なんだね」

千冬の説明に、シャルロットが感心したように肯いていた。

だが。

 

「いぃーやぁーっ、もーやめてぇぇぇぇっ!」

 

一夏が唐突に叫び声を上げた。

「落ち着け一夏」と諒兵は何故かけけけと笑っている。

「自分ができたきっかけとか恥ず過ぎるぅぅぅぅぅッ!」

当然である。

こんな話をされては、ほとんど晒し者である。

まして生々しい話だからなおのことだ。

「いい話だなー」

「いい話なのか?」

と、ニヤつく弾に数馬が突っ込む。

それどころではなく。

『そうだよ。そうじゃなきゃ私、イチカに会えなかったもん』

と、白虎までいってくるので余計に恥ずかしい。

 

「うぁぁぁーッ、穴があったら入りたいぃぃぃーッ!」

 

ひたすら叫び続ける一夏を、みんなが生暖かい目で見守っていた。

 

 

 

 



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第138話「隣町のお巡りさん」

IS学園の一室で。

興味を失くしたかのように横になる少女に、ヴィヴィが嗜めるような声を出した。

『まだ終わってないー』

「もういい。姉さんのパートナーだというから我慢したが、私はもともとISが嫌いだ。出て行ってくれ」

と、少女、すなわち箒はにべもない。

『イチカの話だけ興味持つの良くないー』

「……更識と同じことを言うんだな」

以前、簪にいわれたことを思い出し、箒は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

一夏の出生にも関わると聞き、話を聞こうかと考えた箒だが、鈴音も顔を出すというので止めた。

どうしても、鈴音に対しては対抗意識が勝ってしまうからだ。

後で簪が説明してくれるというので、自室で待つことにした箒だが、そこにヴィヴィが現れ、中継して直接話を聞かせるといってきた。

ISコアであるヴィヴィが勝手に入ってきたことには憤りを感じた箒だが、一夏の出生に対する興味と、ヴィヴィは束のパートナーであるということから、とりあえず話を聞くことにしたのである。

もっとも、それが終われば興味はないとさっさと横になろうとしたところで、ヴィヴィに窘められたのだ。

『ホウキはちゃんとイチカのことを知るべきー』

「出生の話なら全部聞いたぞ」

『全部じゃないー。全然イチカのことわかってないー』

確かに一夏の出生の話までは終わった。

だが、一夏を知るというのなら、その親友兼ライバルである諒兵のことを知らないままでいいはずがない。

一夏は両親から生まれたことで完成したわけではない。

今日に至るまでの人との関わり、つながりの中で成長している最中にある。

そして、一夏なら諒兵の出生に興味を持つのは当然だろう。

一夏が知ったことと同じことを知り、そのうえで一夏と自分の感じ方、考え方が違うということを受け入れて初めて一夏を知ったということができる。

『ホウキー、いい加減自分と向き合えー』

「何ッ?!」

『いつまで経っても逃げてるからー、全然成長しないー』

ヴィヴィがそこまで踏み込んできたことに箒は少なからず驚く。

「姉さんの指図か?」と、剣呑な視線を向ける箒。

しかし、ヴィヴィは否定してきた。

『違うー、ママ忙しいのにー、ずっと心配してるのかわいそうだからー』

束が今一番幸せを願っているのは箒なのだとヴィヴィは言う。

ずっと見当違いの方向に進んでいたが、ようやく人として、姉としてマトモに心配できるようになった束は、誰よりも先に妹である箒に幸せになって欲しいと願っていた。

その願いを知っているから、ヴィヴィは箒に嫌われることになろうとも、あえてそこまで踏み込んだのだ。

『他のみんなは自分のパートナーのことで手一杯ー』

ならば、束のためにも、自分が箒の心の踏み込まなければならない。ヴィヴィはそう考えて発言したのだ。

『ホウキはみんなに甘えてるー』

そう告げるヴィヴィに対し、箒は何も答えない。

『でもー、そんなんじゃいつか呆れられるー』

答えない箒に対し、それでもヴィヴィは続ける。

『自分に勝てるの自分だけー。それに負け犬に優しくする人いないからー』

哀れまれるだけだと。

本質的には見下されるのだと。

はっきりそう告げるヴィヴィに対し、箒は横になったまま、ただ一言、怒鳴るように答えた。

「勝手にしろッ!」

『なら俺の歌を聞けー』

「歌うなッ!」

最後にオチをつけるあたり、微妙におかしな影響を受けているヴィヴィだった。

 

 

遥か空の上。

ティンクルはその姿を現したまま、ディアマンテと共にのんびりと宙に浮いていた。

端から見ると眠っているように見える。

もっとも、眠っているわけではないらしい。

「一夏の出生には、こんな秘密があったのね」

『オリムライチカ、オリムラチフユ、そしてオリムラマドカはアスクレピオスという方が作った薬剤の効果により、普通の人間よりも優性遺伝子が強いのでしょう』

結果として並の人間よりも優秀な頭脳と戦闘能力を生まれながらにして持っているということができるとディアマンテは自分の推測を語る。

ティンクルとディアマンテはコア・ネットワークを使い、丈太郎が語る一夏と千冬の両親の話を聞いていたのである。

「千冬さんのチートにはちゃんと理由があったのね。そういえば篠ノ之博士にもあるんだっけ?」

『彼女こそチートでしょう。先天的にエンジェル・ハイロゥと接続してしまっているのです』

共生進化した者ほどではないが、束はエンジェル・ハイロゥにある情報を電気エネルギーと共に受け取っているのだという。

結果として一般人を遥かに超える頭脳と身体能力を持ったということだ。

『自由に検索できるほどではないでしょうが、それでも並外れた効果があるはずです』

「何事にも理由があるってことなのね」

突発的に超人的な能力を手に入れる可能性は非常に少ない。

人間が持つ能力には必ず理由があるのだろう。

そこまでを考える人間はなかなかいないだろうが。

「次は諒兵のお父さんとお母さんの話か。お父さんはすごくいい人っぽいけど、お母さんはどんな感じかな?」

これまでの話を聞く限り、諒兵の父親は根っからのお人好しで、困っている人を見ると見捨てておけない人間だ。

そういう人間には好意が持てると感じるティンクルだが、同時に、こういう人間の妻になる女性とはどんな感じだろうと思う。

『知りたいのなら自身で検索すればいいのではありませんか?』

「人から聞くほうが面白いこともあるわよ?」

『何故でしょう?』

「その人の想いも一緒に語るからね。私はニュースを聞きたいんじゃなくて、ドラマを聴きたいの」

『そういうものなのですか』

「そ」

そう語るティンクルは、目を閉じたまま再び聞こえてくる声に耳を澄ますのだった。

 

 

 

モニターが並ぶ一室で、スコールがコンソールを操っている。

表示されているのは様々な情報である。

それらを集積、統合し、そして得られた結論を見て、ため息を一つついた。

「まったく、二年もかかるとは思わなかったわ……」

「何が?」と、問いかける声に振り向かずにスコールは答えた。

「アスクレピオスとティーガーよ」

「ああ、あの脱走者?」

さらに問いかけてきた声に、ようやくスコールは顔を向ける。

そこにいたのはスタイルの良い美女。

ダークブラウンで、ウェーブのかかった長い髪を揺らしている。

どこか妖艶な雰囲気を持っていた。

そんな女性を見ながら、スコールは話を続ける。

「あの二人は始末してもいいんだけど、スノーはできれば取り戻したいわね」

「ご執心ね」

「そういうわけじゃないわ。正確にはアスクレピオスとティーガーの子どもをなんとかして手に入れておきたいのよ」

「何で?」

「アスクレピオスの作った薬は確か妊娠五回まで効果があるのよ。仮にスノー一人ならスノーを。他にも産んでいるなら、できれば全員欲しいわね」

かつてアスクレピオスと呼ばれた女性研究者が作った優性遺伝子を完璧に受け継げる薬。

その被検体第一号がアスクレピオス自身。そして生まれた子どもがスノーだ。

そして五回まで効果があるなら、アスクレピオスとティーガーにスノー以外の子どもがいれば、その子どもも優秀な兵士になれる力を持っている可能性は高い。

ただ、厄介なことにアスクレピオスは脱走時に薬とそのデータを破棄した。

事実上、薬の効果を保持しているのはアスクレピオスのみとなってしまっている。

「また拉致したいところだけど、今度は協力はしないでしょうね。だから、その子どもを手に入れておきたい。それが上層部の命令よ」

「あっそ。でも、アスクレピオスが今もティーガーと一緒にいる可能性は?」

「わからないわね。彼女は相当な堅物だったし、どうやってティーガーを篭絡したのかも想像がつかないわ」

「身体でも使ったんじゃない?うぶな子を苛めるのが好きな男もいるわよ?」

「相変わらずストレートね」

と、スコールは歯に衣着せぬ女性に苦笑いを見せる。

性格的に自分とは合っているのだろう。

気楽に話せる相手なので、素直に自分の意見を述べる。

「その可能性もゼロじゃないけど、私たちが二年かかって断片の情報を得られる程度。ここまで追跡をかわすとなると、ティーガーは今も協力している可能性が高いわ」

「他にも協力者がいる可能性は?」

「脱走時に関わった人間でとんでもない名前を二つ見つけたわ。片方は更識、もう片方は黒百合」

「マジ?」

「大マジよ。どうやってつなぎをとったのかわからないけどね」

裏世界では有名な暗部に対抗する暗部と伝説的な女傑。

この二人が動いたというのであれば、確かに見つけるのは難しいだろうとスコールは感想を述べる。

「さすがに更識は難しいわね。黒百合は私の領分じゃないし」

「だから、あなたにはあなたの領分で働いてもらうわ」

「へっ?」

「脱走時に関わったのはもう一人いたの。この彼よ」

そういってスコールがコンソールを操り、画面に出したのは赤い髪の二十代後半くらいの男性だった。

「名前は『日野諒一』、ただの平刑事」

「ずいぶん、パッとしないわねえ」

「実際、経歴を見てもパッとしないわね。この年ならもう少し昇進してもいいでしょうに」

画面に出た経歴を見る限り、高卒から警察官となり、刑事となった後、たいした活躍はしていないように見える。

確かに、他の二人に比べるとパッとしない。

「イージーモードにもほどがあるわよ?」

「早い仕事を期待してるってことよ。おそらくアスクレピオスもだましやすい相手を使ったってことでしょうし」

「まあ、脳筋と頭でっかちじゃあ、この程度の男を利用するくらいが関の山ね」

そういって、女性は嘲るような笑みを見せた。

本当にバカにしているということがよく伝わってくる。

「だから、ここから切り崩していくのよ。あなたならできるでしょう?」

「いったでしょ。イージーモードだって」

「頼んだわよ『ファム』、あなたがちょっと接触すれば、簡単にいくと思うわ」

「任せなさい。すぐに美味しい情報を持って帰ってくるから」

そういって、ファムと呼ばれた妖艶な外見の女性は、スコールに背中を向け、部屋を出て行くのだった。

 

 

ちりりん、と、ベルの音を鳴らしながら自転車が登校中の小学生の集団の近くを進んでいく。

乗っているのは制服を着た警察官。

というか、お巡りさんといった雰囲気のそろそろ三十代になるくらいかという青年だった。

ベルの音に振り向いた少年は、そのお巡りさんを見て少し怒った様子で声をかける。

「あっ、りょーいちっ!」

「おはよう丈太郎くん、また園長先生に怒られちゃうよ」

目上の人にはちゃんと敬称を付けること。

孤児院『百花の園』の園長はそう躾けているので、確かに丈太郎が三十代近いお巡りさんを「りょーいち」と呼び捨てにしたのは問題があるだろう。

とはいえ、丈太郎はまったく気にしないらしい。

「最近、こっち来ねぇじゃんか」

「隣町からこっちまで来るのはけっこう大変なんだ」

「暇なのにか?」

「そんなに暇でもないよ」

と、りょーいちと呼ばれたお巡りさん、すなわち日野諒一は苦笑いしながら答える。

「いつも公園で寝てたろー?」

「ときどきだよ。今は、隣町の人たちに頼まれたこともやってるからね」

今の諒一はただの巡査。つまり交番勤務のお巡りさんになっていた。

ストレートに言えば降格である。

その理由に関して誰にも話していない。

無論のこと、勘づいている者はいるが、諒一自身が納得している様子なので、何もいわなかった。

丈太郎は諒一が隣町の交番に行ったという事実しか知らない。ゆえに尋ねかける。

「なー、なんで隣町行っちゃったんだ?」

「上司に頼まれたんだ。困ってる人の身近で助けてあげてってね」

「こっちにだっているだろ?」

「こっちは俺の仲間が見てくれてるよ」

だから、安心して隣町の人たちの力になっていると諒一は答える。

実際、小さな問題まで数えるとけっこうな数があるので、意外と今のほうが忙しい諒一だった。

「たまにゃぁ遊びに来いよな」

「わかったよ。園長先生にもよろしくね」

そういって笑いながら手を振る諒一に、丈太郎も手を振りつつ、学校に向かって走っていった。

 

 

再び諒一が自転車をこいでいると、今度は一人でつまらなそうに登校している少女の姿が目に入った。

そういえば、ここのところこの子にもあってなかったな、と、そんなことを考えながら諒一は声をかける。

「おはよう、束ちゃん」

「あっ、おじさんっ!」

意外なほど嬉しそうな表情を見せて、束が駆け寄ってくる。

自転車を降りた諒一は、膝立ちになって束を迎えた。

「久しぶりだね」

「どこいってたの?」

「今はね、隣町の交番でお仕事をしてるんだ」

だから、なかなかこちらの町に来ることができないというと、束は可愛らしく頬を膨らませる。

多少は慕われているらしいと諒一は苦笑した。

「それより、もう学校始まるよ。急がないと」

「……行きたくない」

「へっ?」

「がっこう、行きたくない」

表情を見る限り、束は本気だ。

深刻な問題があるのだろうか。

そう考えた諒一は、このまま無理やり学校へ連れて行くよりも、少し話をしたほうがいいと考える。

お巡りさんらしからぬ考えだが、そのあたりはまったく変わらない諒一だった。

「じゃあ、ちょっと待ってて」

「えっ?」

「みんなが心配するからね。連絡だけはしておかないと」

そういって携帯を取り出した諒一は、まず束が通う小学校に電話をかけた。

「はい、道端で具合悪そうにしていましたので。容態によっては今日は休ませたほうがいいかもしれません」

電話の相手は納得したようだった。

もともとこの町で刑事をしていたことと、百花の園の孤児たちと懇意にしているので、諒一の名前は学校側にも知られている。

そのせいだろうか、信じてくれたらしい。

相手に感謝の言葉を述べてから電話を切ると、諒一は束に問いかける。

「お家の方にも電話したほうがいいかい?」

「へーき。あんまり話しないし」

それはとても寂しいことだけれど、束は気にしていないらしい。

否、気にしないようにしているのだろう。

孤児院で暮らす丈太郎よりも、家族と共にいる束のほうが寂しそうに見えるというのはどんな皮肉だろうと諒一は少しばかり悲しくなった。

しかし、そんなそぶりを見せれば、この少女は却って心に壁を作ってしまうだろう。

ゆえに。

「そか。じゃあ、そこの公園で少し休もう。ジュースを買ってくるからね」

「うんっ♪」

とりあえず、学校まで行かなくてもよくなったことに気を良くしたのか、束は元気よく返事をする。

そんな束を見て、少しでも力になれればいいと諒一は思うのだった。

 

 

 

 



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第139話「篠ノ之束のゆううつ」

お巡りさんと小学生が並んで座る姿は端から見ると実にシュールだった。

とはいえ、今の束をこのまま放っておくことはできないので仕方がないと諒一は苦笑する。

とりあえず、何故学校にいきたくないのかを知るために諒一は口を開いた。

「学校ってさ、なんで行かなきゃならないのかわからないよね」

「えっ?」と、いきなりの言葉に束は驚いていた。

たいてい、周りの大人は学校に行きなさいとしかいわないからだ。

どうして?と聞いても束の年ならいかなくてはいけないという。

そんなの、理由になってないと束は思っていた。

「おじさん、わからないの?」

「わからなかったなあ。特に束ちゃんくらいのときから中学に入るくらいまではね」

「じゃあ、おじさんはいかなかったの?」

「俺が束ちゃんくらいのころはいわれるままに行ってたよ。でも理由は知らなかったし、わからなかった」

それが当たり前だろう。

小学校に入る年齢で学校に行く意味を理解している子供が何人いるというのか。

年齢を考えれば、誰一人として理解していないというほうが正しいかもしれない。

しかし、束は考えてしまうのだ。それだけの頭脳を持ってしまっているから。

学校に行く意味。

それを考えられてしまうことが束の不幸だったかもしれなかった。

「中学に入るくらいまでって言ってたよね?なら、今は知ってるの?」

「どうだろう。ただ、中学のころに見つけたんだ」

「なにを?」

「お巡りさんになろうって夢、かな」

諒一は語る。

もともと中学時代、流されるままに行動するような、どちらかというと主体性のない子どもだった諒一。

そのころに知り合ったのが、今の諒一と同じ、交番勤務のお巡りさんだった。

偶然、居合わせてしまった小さな事件。

引ったくりでかばんを奪った犯人を身を挺して止めた人だった。

犯人を捕まえ、かばんの持ち主に返す姿。

心から感謝されている姿が、なんだかカッコいいと思ってしまったのだ。

「小さなことだったけどね」

「それで?」

「お巡りさんになるにはどうすればいいのかを聞いたんだ」

警察学校に入って勉強する必要があるということである。

当時の諒一の年齢ならキャリアも目指せただろう。

だが、諒一自身はあくまでお巡りさんになりたかったので、高校を卒業してすぐに警察学校に入ったのである。

「少しがんばってたら刑事になれたけど、今はまたお巡りさんになった。でも、俺自身はこれが一番なりたかったものかもしれないな」

要は、なりたいものになるためには、そのための学校に行かなくてはならないということを理解したことで、学校に行く気になったということだ。

「なりたいものになるためだったの?」

「俺の場合はね。でも、束ちゃんくらいのころはわかってなかったから、随分時間かかっちゃったけど」

今の年齢で何のために学校に行く必要があるのかを、本気で考えられてしまう束は不幸だろう。

とりあえず、友だちが行くから、親が行けというから程度で考えている子どものほうが多いはずだ。

しかし、考えることができてしまうというのであれば、真摯に答えなくては束の心が歪んでしまう。

諒一はそう思い、話すことにしたのだった。

「束ちゃんはなりたいものとかある?」

「……わかんない」

このあたりは普通の子どもと変わらない。しかし違う面もある。

まだ小学校でも低学年、ならばプロスポーツ選手やマンガなどのキャラクターとてなりたいものの範疇に入るだろう。

しかし、頭が良すぎるために、そういった夢の範囲が現実的な側面からも理解できてしまう。

子どもらしい純粋さを持ちながら、現実を見据えてしまい、冷めた思考を持ってしまっているのが束という子どもだった。

今度は束のほうから口を開く。

「なりたいものってすぐに見つけなきゃダメなの?」

「俺は見つけるまでに何年もかかったよ。すぐに見つけられるなら、それもいいんだろうけどね」

「時間かかっちゃう?」

「時間というより、運がいいかどうかかな」

現実的に考えた上で、なりたい職業などを考え、そして見つけられるなら、確かに幸運ではあるだろう。

そう考えると、やはり運がいいかどうかは重要なのかもしれない。

何より、諒一自身、中学生のときに見つけたようなものなので、今の束の年齢からすると何年も後の話になる。

「じゃあ、見つかるまで、ずっとつまんないまま?」

その間、我慢して学校に行くのは束にとって苦痛だろう。

頭の出来に差がありすぎるからだ。

下手をすれば、束は現段階でも教師より頭がいい。

そうなると担任教師は束に手を焼いているだろう。

まして、性格に難のある教師であれば、露骨に避ける可能性とてある。

教師という人間は人格者と決まっているわけではないからだ。

加えて、同い年の子どもでは束と同レベルで語るなどほぼ不可能といっていい。

「先生も周りの子もバカばっかりなんだもん。私、別におかしなこといってないのに、向こうが全然わかんないんだもん。だから、がっこう行きたくない。つまんない」

「そか。それは、つまんないね……」

束が周囲とうまく付き合っていくためには、会話の内容、そのレベルを束のほうが下げる必要がある。

しかし、この年齢の子どもにそれを求めるのは至難の技だ。

こういうところは、まさに子どもなのが束なのだ。

純粋に自分が興味あること、面白いと思うことを話したいという子どもらしさ。

ただ、その内容があまりにも高度すぎるという頭脳。

その乖離が、束を周囲に馴染ませないようにしてしまっているのだ。

さてどうしたものか、と考えながら諒一は空を見上げた。

空を流れる雲を見ながら考えるのが諒一の癖だった。

なんとなく、空に浮かぶ雲は自分によく似ている気がするからだ。

すると。

「お空?」

「えっ?」

いきなり話しかけられると思わなかった諒一は驚いてしまう。

少し考えようと思っていただけなのだが、諒一が雲を眺めている姿を不思議に思ったのか、束が尋ねてきた。

「お空見てるの、なんで?」

「んー、雲の向こうには何があるのかなあって」

「雲の向こう?」

「空の向こうでもあるかな。人は自分の力じゃ飛べないから、何があるんだろうって思うときがあるんだ」

取り留めのないことを考えるときの癖でしかないのだが、理由をつけるとしたらこれだろうと考えて諒一は答える。

「空の向こうにあるのは宇宙でしょ?」

「そうだね。じゃあ、その向こうには?」

「宇宙にあるのは月とか太陽とか」

「じゃあ、その向こうには?」

「他の恒星とか惑星」

「その向こう」

「太陽系とか銀河系とか、ぶらっくほーるとか」

「その向こうには何もないのかな?」

「えっと……」と、束は言葉を詰まらせてしまう。

諒一がいいたいことがわからないからだ。

「ごめんね、意地悪だったかもしれない」

「えっ?」

「束ちゃんはすごく頭がいいけど、じゃあ、実際に空の向こうを見たことがあるのかい?」

「ないよ」

「じゃあ、なんで知ってるのかな?」

「だって、ご本に書いてあったし、いんたーねっとでも見たもん」

「それは本当に見てきた人が書いたのかな?」

そういわれ、また束は言葉に詰まってしまう。

宇宙には太陽があり、月があり、太陽系があり、銀河系があると言われている。

しかし、本当にそれを見たことがある人間が何人いるのだろうか。

宇宙にいったことがある人間はいる。

しかし、太陽系の全てを、銀河系の全てを実際に見た人間はいないだろう。

ただ『ある』という概念があるだけだ。

実はないのかもしれない。

想像とはまったく違った姿かもしれない。

今の人類がようやく到達できるのが月だ。

しかし、その向こうまでいった人間はいないのだ。

「あっ……」

「束ちゃん?」

「私、知らないんだ……。ご本で読んだだけ……」

それで知っている気になってしまっていた。

どこからか、情報を受け取って、知っているような気がしているだけ。

それが束の知識だ。

しかし、それは目で見て、鼻で嗅いで、耳で聞いて、手で触って、そういった形で束という少女が実際に感じたものではないのだ。

それがわかると、束の表情がぱあっと明るくなる。

「私っ、空の向こうに行ってみたいっ!」

「それは、すごく大きな夢だね。でも、束ちゃんがもっともっと勉強すればいけるかもしれないよ」

実際、今の段階でも他の追随を許さない頭脳である。

この少女が、大人になるまでにさらに猛勉強したなら、宇宙を開拓できる船を作り上げられても本当に不思議ではないと諒一は思う。

「うんっ、いつか必ず空の向こうにいけるようにっ、私がんばるっ!」

「そのときは、俺も連れてってくれるかい?」

「もちろんっ♪」

むしろ、今の束にとって、一緒に行きたいと思える人が諒一だということに、諒一自身はあんまり気づいてなかったりする。

気づけば気づいたで非常に問題があるが。

「私がっこう行くねっ、もっと勉強しなきゃっ!」

「わかった。お家の人にはちょっと調子悪かったって話しておくよ」

そう答えると、束はすっくと立ち上がり、学校に向かって駆け出そうとする。

だが、何かを思い出したように立ち止まった。

「あっ、そうだっ!」

「どうしたの?」

「一人だけ、面白い友だちができたの」

「へえ、じゃあ、束ちゃんが来なくて心配してると思うよ。安心させてあげなきゃ」

「うんっ♪」

「なんていう子なんだい?」

束が面白いというとなると、けっこうすごい子なのかもしれないという興味からか諒一は尋ねかける。

ただ、束の答えに驚いてしまったが。

「おりむらちふゆっ、ちーちゃんっていうのっ♪」

「そ、そうなんだ。仲良くしなきゃね」

「うんっ、じゃっ、行ってきますっ♪」

「はい、いってらっしゃい」

一瞬動揺したことは気づかれなかったらしい。

諒一は安心しながら、走っていく束の背中を見守る。

そして束の姿が見えなくなったころに、ポツリと呟いた。

「そか、あの子ももう小学生なのか。時が経つのは早いなあ……」

二年前。

自分が少しだけ手助けした家族。

今はどこでどう暮らしているのかもわからない。

だが、あのときの少女が今は束の友だちとして平穏な日常を生きているというのなら、あのときの決断は間違いではなかったと思える。

自分にたいした力はない。

ただ、勇気を出す手伝いをしただけだ。

たったそれだけでも、一つの家族をいい方向に導くことができたことは素直に嬉しい。

「なんだか、置いてかれたような気もするけど」と、諒一は苦笑いしてしまう。

それでも、一人の刑事として、お巡りさんとして、困っている人を助けられた事実は、確かな喜びとなって胸に残る。

それが自分にとって最高の報酬なのだと思いたい。

「家族、かあ……」

自分もいつか家庭を持つのだろうか。

守りたい人に出会えるのだろうか。

そんな未来を少しだけ期待しながら、諒一は束の家に電話連絡をした後、再び自転車に跨るのだった。

 

 

 

ちょっとしたプロローグを語り終えたあたりで、丈太郎が一息つく。

もっとも、途中から束が交代していたのだが。

「束」

「思えば、ここが始まりだったのかな。『空の向こうに行ってみたい』が、そのうち自分の知らない場所に行ってみたいになって、それがIS開発につながったと思う」

と、束は千冬の短い言葉に答える。

空の向こう。

そこに行くためにはそれなりの道具が必要で、その道具としてISを作ったということだ。

あくまで束にとっては道具だった。

しかし、自分が夢を叶えるために作った道具を雑に扱う作り手はいないだろう。

当初、束自身は自分が作ったISを、正確には白騎士やそのISコアを大事にしていた。

だからこそ、白騎士に始まるISコアたちは束の作ったコアに宿ったということができる。

エンジェル・ハイロゥの電気エネルギー体を引き寄せる性質を持っていたとはいえ、束自身に問題があったなら、来ることはなかったはずだからだ。

束の想いに光の天使たちが応えた。

そういう言い方をしても、決して間違いではないだろう。

同時に、同じようなモノを作った丈太郎に諒兵が尋ねかける。

「兄貴もか?」

「いや、俺ぁばあさんの言葉で空を見る癖がついちまったかんな。そっちが始まりだ」

丈太郎の場合、もともと純粋に空を飛びたいと思ったことが制作の理由だ。

実はエンジェル・ハイロゥの電気エネルギー体にとって心地いいのはこちらの意識となる。

天狼がASコアに宿ったのは、ISコアよりも宿りやすかったからということができる。

「どっちがいいってわけじゃぁねぇ。こういったことは結局は偶然の産物だかんな」

「だからこそ、その偶然を大事にしないといけないんだろうね」

と、博士二人が語ると一同が納得したような表情を見せた。

「でも、空の向こう、か。確かに誰も見たことねーんだよな」

「計算して予測することはできても、実感したとはいえないからな」

弾、そして数馬が口を開く。

「見たことのない世界かあ。確かに行ってみたいって思うよ、束さん」

「いっくんにそういってもらえると嬉しいね」

当初、白騎士のコアと会話するために巻き込むつもりだった束としては、罪悪感もある。

しかし、自分同様に見たことのない世界に行ってみたいと思ってくれるのなら、この先みんなで一緒に飛び立つことも可能だろう。

未来が少しだけいい方向に変わっているような、そんな気持ちが生まれてくる。

だからこそ、自分に素敵な夢を教えてくれた人のことを、これからを生きる子どもたちに伝えなければならないと束にしても、丈太郎にしても強く感じている。

「さて、続きだ。ここまで聞いたんだ。年寄りの昔話に付き合え」

「じじくせえな」と笑う諒兵に丈太郎は苦笑を返しつつ、口を開いた。

 

 

 

丈太郎や束と話した後、諒一はキコキコと自転車をこぎながら、今の自分の職場まで戻った。

今は、かつて刑事であったころ暮らしていた知り合いの多い町の隣町の交番、というか駐在所に住みながら、お巡りさんとして働いている。

二年前に住んでいた町よりも少しばかり田舎なので、実は周りに民家は少ない。

といってもそんなに離れているわけではないが。

また、近くに役場があるが、コンビニエンスストアといったものは自転車で十分かかる。

わりと不便で、夜になれば人気のなくなるような場所だった。

するとそこに野菜の入った買い物袋を持ったお年寄りが訪れる。

「駐在さん、おすそわけ」

「ああ、ありがとうございます。トミさんの野菜は美味しくてありがたいですよ」

「そうかねえ」と、顔をくしゃっとさせながら笑うお年寄りに諒一は笑顔を返した。

普通に考えれば田舎に飛ばされたということができる今の諒一だが、住民は穏やかで人懐こい人が多く、諒一が自転車で見回りをしていると気さくに声をかけてくる。

そのせいか、二年も住んでいるとすっかり馴染んでしまっていた。

「若いのはみんな隣町行っちまうかんねえ。駐在さんが来てくれて嬉しいねえ」

「俺はこっちのほうが合ってるみたいですよ。せかせかしてるのはどうも」

「のん気だねえ。まあ、そういう人のほうがわしらとしてもいいねえ」

「そういってくれると嬉しいです」

諒一も結構のんびりした性格だ。

無論のこと、動くべきときには動ける。

そうでなければ、かつて一つの家族をいい方向に導くことなどできなかっただろう。

ただ、普段はこうしてのんびりしているほうが性に合っていた。

 

お年寄りが手を振りながら帰っていくのを見送りつつ、書類仕事を済ませる。

そこに。

「あの、すみません……」

「はい?」

今日は来客が多いなと思いながら、外に出るとこの少し田舎といえる町には似つかわしくないほどの美女が立っていた。

転びでもしたのだろうか、ストッキングの膝には穴が開き、けっこういい値段のするだろうスーツも汚れている。

「どうしました?」

「その……近くのお役所に用事があったのですけど、引ったくりにあってしまって……」

「ああ、そりゃ大変だ。110番はしましたか?」

「いえ、電話も一緒に……」

「そうですか。とりあえず中に入ってください。と、あなたのお名前は?」

 

「私、『内原美佐枝』といいます……」

 

そう名乗った女性が、ある犯罪組織の人間に酷似していることなど、知りもしない諒一だった。

 

 

 

 



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第140話「ファム・ファタール」

「あっ!」と、突然声を上げたのはシャルロットだった。

全員が一斉に視線を向けると、顔を真っ赤にしてしまったが。

代表として、数馬が声をかける。

「どうかしたのか、シャル?」

「あ、ごめん。ファムって、そういうコードネームなんだって気づいたんだ」

「そういう?」と、数馬が首を傾げると丈太郎が助け舟を出してくる。

「まぁ、デュノアが一番最初に気づくんは当然だな」

「諜報員っていってましたし、間違いないんですね?」

「あぁ。お前さんの考えてる通り、『ファム』ってコードネームはフランス語の『ファム・ファタール』がもとだろうよ」

「なんだそりゃ?」と、今度は諒兵が首を傾げる。

『ファム・ファタール』とは、男にとっての『運命の女』という意味のフランス語である。

赤い糸で結ばれた運命の相手。

それがコードネーム『ファム』の名前の由来である。

しかし。

「同時に、男を惑わす魔性の女って意味もあるんだ。どっちかっていうと悪い意味の言葉なんだよ」

「なるほど、諜報活動をする上でおそらく多数の男性を惑わせていたでしょうから……」

「うん、そういう意味でのコードネームだと思うよ」

そこまでいって、シャルロットもセシリアもハッと口元を隠す。

その様子を見て諒兵はため息をついた。

「だから気にすんな。腹括ってんだからよ」

ファムは諒兵の実の母親だ。

今の言は明らかに母親に対する悪口になってしまうと二人とも気づいたのである。

「ティーガーやアスクレピオスもそうだが、連中のコードネームぁ割りと適当だ。深い意味ゃぁねぇよ」

ただ、だからこそまどかに対して『内原美佐枝』と名乗ったことが非常に大きな意味を持つと丈太郎は解説する。

「どう考えたって偽名だかんな」

「ですが、そうなりたくなってしまった、ということでしょうか、博士」

そういって、千冬が尋ねてくると丈太郎は肯く。

「まあ、心情的なもなぁ完全にゃぁわからねぇけどな」

まして女心だと丈太郎はため息まじりに呟く。

だから、ここで話すことは推測も交えているという。

「そのあたりゃぁ理解して聞いてくんな」

はい、と、肯いた全員に対し、丈太郎は再び説明を始めるのだった。

 

 

 

内原美佐枝。

そう名乗った女性は内心では非常に気楽に構えていた。

コードネームで『ファム』と名乗っているのは伊達ではない。

男心をくすぐり、手玉にとるのはお手の物だからだ。

そうやって何人の哀れな子羊を破滅に追い込んだだろう。

同僚ですら悪女や魔女と呼ぶが、むしろそれは優秀な諜報員であることの証左でもある。

妬み嫉みすら心地いい。

そういう意味で考えれば、今の職場、今の仕事は自分にとって天職なのだろう。

それだけに、今回の仕事は自分には簡単すぎて欠伸が出るようなものだ。

ゆえに。

「あの……」

「はい?」

「何で熱心に書類書いてるんですか?」

目の前の赤い髪の警察官、というかお巡りさんが熱心に事情聴取の書類を書いていることが理解できなかった。

「いやあ、きちんと書いておかないと忘れてしまいますんで」

「はあ……」

「書類もバカにできないんですよ。記録残しておかないと上に怒られますから。ひったくりもれっきとした強盗事件なんで、いい加減には出来ません」

などと話す今回の仕事のターゲットである日野諒一をファムは少しばかり不思議そうに見つめてしまう。

当初、諒一は汚れてしまっていたファムに常備してあるらしき着替えを渡すと、シャワーを浴びるように勧めてきた。

ファムは下心丸出しだと思ったのだが、単純に汚れたままで放置するのは悪いと思っただけらしい。

しかも、渡されたのは微妙にイモっぽいジャージだった。

汚れていたスーツやストッキングの穴は近づくための演出でしかなかったのだが、この格好よりはまだ魅力的だったろう。

ゆえに、バスタオルだけを巻いて挑発してやろうとも考えた。

ルックス、スタイルには他の追随を許さない自信があるからだ。

だが。

 

「ちゃんと着替えてくださいね。そろそろ夕方になるし、この辺りはけっこう冷えてきますんで。女の人が身体を冷やすのは良くないっていいますからね」

 

そう言われ、このイモジャージに袖を通す羽目になった。

しかも、その後に始めたのが事情聴取だ。

無神経といえばいいのか、バカといえばいいのかとファムは呆れてしまう。

(というか、コイツ天然?)

ヘラヘラと笑っているだけの諒一に、実は何も考えていなさそうな印象を感じて仕方ないファムだった。

 

本当にマジメに事情聴取を請けるはめになったファムだが、伊達に諜報員などやっていない。

住所、指名、年齢、職業などなど設定された『内原美佐枝』のキャラクターを演じ、流暢に答えていく。

この程度でボロを出すようなレベルでは諜報員などやっていけないからだ。

「ふむ。そうしますとこちらに来たのはお仕事ですか?」

「はい。正確には隣町ですけど」

市場調査のための人口調査ということで、この町の役所で簡単な調べものをする予定だったと嘘をつく。

実際、ターゲットに近づく理由でしかないので、内容は何でもよかった。

重要なのはここから。

いかにして取り入るか。

今、ファムが考えているのはその点である。

「たまたま足を延ばした先で引ったくりにあってしまうとは、この町の警官としてお恥ずかしい限りです」

「いえ、あなたのせいではありませんから」

「今、情報を他の町にも伝えてますから、見つかり次第報告しますね」

「はい」

そう返事はしたものの、引ったくりも口実でしかない。

荷物を奪われたわけではないので、見つかるはずなどないのだ。

自分にとって重要な連絡手段の類は、すべて隠してある。

とはいえ、持ち歩いていると怪しまれてしまうため、今は本当に身一つなのだが。

もっとも、ファムの武器とは女としての魅力だ。

最大の武器は決して失っていない。

この程度の男を篭絡するのに、一日もかからないだろうと高を括る。

ゆえに。

「えっと、これだけあればご自宅に帰れますかね?」

「は?」

すっと差し出されてきた数枚のお札に、唖然としてしまっていた。

「電車賃とタクシー代。それとお夕飯時ですから夕食代も含めてこのくらいあれば何とかなるでしょう」

「いや、えっ?」

「お荷物は見つかり次第ご自宅にお送りしますので。服も一緒に送りますね」

「あ、あの……」

「本当はご自宅まで付き添えればいいんですが、けっこう遠いですし、自分はこの町から離れるわけに行きませんので」

「ちょッ、ちょっと待って!」

まさか、いきなり帰れといわれるとは思わず、ファムは声を上げてしまう。

たいていの場合、初対面であってもファムが近づいた男は、少しでも長く、露骨な人間はホテルに誘ってくるような者までいた。

外見や仕草で男心をくすぐることが出来るので、そこから相手の弱みを握り、情報を引き出してきたのである。

しかし、目の前の赤い髪の警察官、日野諒一はそういった男とは正反対の反応を見せてきた。

いや、警察官としてはまともなのかもしれない。

しかし、男として、自分を目の前にした人間としては普通とはいえない反応だった。

というか、このイモジャージを着ただけという格好で帰れというのだろうか。

それは正直、普通の女としても勘弁してほしいのだが。

「すみません、その、せめてスーツが乾くまでいさせてもらえませんか。この格好で出歩くのは……」

「へっ?」

(へっ?)じゃねえよっ!と、思わず声を上げそうになるファムだがじっと堪える。

さすがに地が出てしまっては怪しまれてしまうからだ。

「その、わがままなのはわかっていますけど、私にも多少は女としてのプライドがあるので……」

さすがに女を捨ててるような格好で外を出歩きたくはない。

かなり本音まじりではあるが、ちゃんと演技しつつ、何とかこの場に留まれるように懇願してみせる。

「ああ。すみません、どうもそういうのは疎くて。この当たりだとそういった格好で歩く人もけっこういますんで」

(じじくさいわねえ……、馴染みすぎだっつの)

思わず考えてしまったことは決して口に出さず、ファムは少し困ったような顔で笑う。

とはいえ、この田舎町には合っているのだろう。

年の割りに枯れているような気がして仕方がないが。

だが、一応通じたらしい。

「それでしたら、服が乾くまで奥で休んでてください。自分はまだ書類仕事が残っているので」

「あ、はい。ありがとうございます」

まだ、夕方くらいなので確かに仕事が残っているのだろうが、生真面目というより、クソ真面目といいたくなるような諒一の態度にファムは呆れた。

これまで篭絡してきたターゲットの中には警察関係の人間もいたのだが、正直に言って異質だと感じてしまう。

もっとも、ファムとて百戦錬磨の諜報員だ。

この程度の異質さであれば、十分に篭絡できる。

(色気を感じさせすぎるのはダメね。ここは貞淑な女らしさを押し出したほうがいいかも)

お年寄りの多い町らしいので、そこに馴染むような枯れた男相手ならば、と、ファムは次の手を考える。

理由は先ほどのセリフが使えるだろう。

そう考え、ファムはさりげなく部屋の中を物色し始めた。

 

 

 

そこまでを語ると、何故かその場にいた大半の人間が非常に微妙な表情を見せていることに丈太郎は気づいた。

「どした?」

そう問いかけても答えが返ってこない。

ただ、シャルロットだけが何かに気づいたようにラウラに問いかける。

「ラウラ、しっかり聞いておくんだよ」

「どうしたシャルロット?」

「これ、たぶん『使える』話だから」

「む?」と、ラウラは不思議そうな顔をする。

だが、その後のシャルロットの言葉に、諒兵を除いた全員が納得したような表情を見せた。

「諒兵を攻略するのに使えると思うんだ」

「なるほど!」

「待てコラ」と、思わず突っ込んでしまう諒兵である。

『まったくです。この情報は私が使います』

「そうじゃねえよっ!」

明後日の方向に飛んだような突っ込みを入れるレオに、諒兵はさらに突っ込んでしまう。

「そうはいってもさ。話聞いてると、諒兵のお母さんが、朴念仁の諒兵のお父さんを攻略してる話としか思えないんだけど」

「恋バナになってしまってますわね」

鈴音とセシリアのセリフは、その場にいる大半の人間の心情を代弁していた。

とはいえ、諒兵としては反論したい。

朴念仁というのなら、諒兵よりもぴったりの人間がいるからだ。

「朴念仁は一夏のほうだろうが」

「待てコラ」と、今度は一夏が突っ込んだ。

「いや、意外と諒兵も朴念仁だろーよ」

「そうなのか?」

弾の言葉に数馬が首を捻る。

この四人の中では、弾以外、わりと鈍い連中の集まりである。

もっとも、弾もかなり鈍いのだが。

「はあ……」

「どうしました山田先生?」

そう問いかける誠吾に、真耶はさらにため息をついてしまう。

どうして主人公属性の人間は、たいてい鈍いのだろうかと深く考えてしまうのだ。

かすかに聞こえたため息の方向に視線を向けると、千冬だった。

(苦労しますか?)

(苦労するぞ、たぶん)

何故か、目と目で理解できてしまう教師二人である。

「あー、なんだか妙な方向にいってんが、真面目な話だかんな?」

妙な空気になりつつあるのを、丈太郎は必死に引き戻す。

「諒一の旦那が朴念仁なのぁ確かだがよ。ファムはあくまで任務でやってんだ」

「だよな。むしろそうじゃねえとこっちが困る」

諜報員であったという実の母親に対してはかなり複雑な感情を抱いているが、この場においてはむしろ任務でやっててほしいと思ってしまう思春期真っ只中な諒兵である。

両親の恋バナを聞きたいわけではないのだ。

「てか、今の話で他に感じるもんはねぇか?」

「他に?」と、首を捻る鈴音。

逆に、ある程度の距離を置いているのが功を奏したのか、簪が答えてきた。

「日野くん、性格はお母さん似?」

「確かにな。おふくろさんのほうが突っ込み属性なんじゃねーかな?」

簪の言葉につなげるように解説してきた弾の言葉に、全員がポンッと手を打った。

確かに、諒兵はどちらかというと突っ込み属性の性格である。

その点で考えると、父親よりも母親に性格が似ているかもしれないのだ。

「そういわれてもよ……」

「それがどうだってわけじゃぁねぇが、俺が知る限りだと諒兵の性格はおふくろさんの性格にちけぇみてぇだな」

喜べとは言わないが、と、丈太郎は続ける。

「どっちがどっちってわけじゃないけど、りょうくんはちゃんとおじさんと母親の血を引いてるってことだよ」

だからこそ、生まれた直後に捨てることになった理由は、諒兵が納得できないものではないと束は語る。

「順番に話していかないとわからないから時間かかるけど、もう少し付き合ってあげて」

「わかったよ」

きれいにまとめて、話を再開させてくれたあたり、束も成長したものである。

 

 

 

警察官の勤務は基本的には二十四時間体制だ。

事件は、いつ起こるかわからないものなのだから。

その上、今の諒一がいるのは小さな駐在所なので、実質ここで年中無休で働いていることになる。

それでも、困っている人を見かけると声をかけずにはいられない諒一としては、駐在所勤務は合っているのだろう。

地域の人たちと交流することも苦ではないので、比較的気楽に仕事をしていた。

とはいえ、そんな諒一にも問題点があった。

そして諒一にとっての問題点は、ファムにとっては非常に幸運なポイントでもあった。

「なんだかすみません。却ってご迷惑をかけてしまいましたね」

「いいえ。このくらい、お礼のうちにも入りませんから」

そう答えたファムは、諒一が困ったような、それでいて嬉しそうな表情を見せたことに好感触を得たと実感した。

単純に、色気でダメなら食い気である。

要するに手料理を作ることにしたのである。

「でも、けっこう傷んでましたよ。あまり料理なさらないんですか?」

「いやあ、正直料理は得意ではないので。いただいたものは出来るだけ食べるようにしてるんですが……」

(イケそうね♪)と、内心でファムはほくそ笑んだ。

実のところ、ファムはターゲットを篭絡するための手段はほとんど心得ている。

その中に料理があるのは当然と言えるだろう。

男やもめの人間には効果覿面のはずである。

「さあ、召し上がってくださいな。その、私の分もありますけど」

「いえいえ。こういう手料理は一人で食べても寂しいだけですから。せっかくですし一緒に食べましょう」

そんな好意的なセリフが出てきたことに、ファムは唇をわずかに釣り上げる。

食事を共にするというのは、わずかながら親近感を高める。

少なくともただの他人ではなくなる。

あのまま帰されてしまっては、今後近づくために苦労することになったはずだ。

しかし、これなら二度、三度と会うことを諒一が忌避することはないだろう。

まして諒一はあまり料理をしない。

貰った食材が傷んでしまうことを気にしているのなら、自分が料理を作るというかたちで活用することに異を唱えることもないだろう。

(手間かかるけど、そこらへんは仕方ないわね。ま、時間の問題だけど♪)

最初こそ調子を狂わされてしまったが、やはりイージーモードだとファムは感じていた。

 

 

 

 



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第141話「ニクいコンチクショウ」

結果から言えば、ファムの作戦は功を奏した。

無理に押し通すのもマズいと判断し、初日は手料理を振舞って仮住まいのマンションに帰宅。

その後、お礼と称してもう一度尋ね、いただきものを傷ませないためにもたまに料理を作りに来てもいいかと言ってみたのだ。

そうすると。

 

「気が向いたときでいいですから」

 

諒一はファムの言葉は社交辞令だと考えた。

それゆえの答えだった。

しかし、言った言葉は変えられない。

言質を取れたと判断したファムは、少しずつ間隔を短くしながら足繁く諒一の住む駐在所に通い、料理を作ってはご馳走した。

ただ。

「内原さんは本当に料理上手ですねえ」

「いいええ、嗜み程度に覚えただけですよ」

(てかっ、まいどまいど食べるだけで終わってんじゃねえっ!)

何度来ても美味い美味いといいながら料理を食べるだけで終わってしまう関係に、内心苛立っていた。

驚くことに、これだけで既に半年経っているのである。

イージーモードであるにもかかわらず、とんでもなく時間がかかってしまっていた。

並外れた朴念仁だとファムは呆れると同時に、正直にいって腸が煮えくり返る思いだった。

ここまで足繁く通って、手料理を振る舞い、それなりに話もしているというのに、諒一はなかなか勘違いしなかった。

普通の男なら、「自分に気があるのか」と思うのが当然だろう。

しかし、諒一はこっちが本当に親切心だけで通っていると思っているらしい。

大変面倒くさいイージーモードだった。

(こいつゲイかインポなんじゃねえの?)

内心、大変に下品なことを想像しているファムである。

もっとも、そんなことはおくびにも出さない。

『内原美佐枝』はあくまでおとなしく、貞淑そうな人間である。

演技とはいえ、そんな彼女になりきっている以上、本音など出せるはずがなかった。

食事が終わると、一杯のお茶を飲む。

ここでいい雰囲気になれば篭絡できるはずなのに、諒一は枯れた老人のように呆けているので、ある意味では突っ込む隙がない。

こんなに面倒な相手だとは正直に言って想像していなかった。

そしてお茶が飲み終わったころ。

「それでは、そろそろお送りしますよ。本当に毎度毎度すみません」

「あっ、もうそんな時間ですか?」

と、わかりきってはいるが、今気づいたような演技をしてみせる。

というか。

(ジジイかてめえはッ!)と、内心では怒りMAXというところであった。

しかし、今日は違う。

いい加減、苛立ちも頂点に達しているので、少し強引にでも関係を作るつもりだった。

実のところ、ファムは身体を使ったことはほとんどない。

だいたいの場合、その前段階で篭絡できるからだ。

相手をその気にさせつつ、うまく誘って情報を引き出し、後腐れなく『処理』する。

いつもそれで終わってきた。

それだけの魅力がファムにはあるということなのだが、諒一相手にはなかなか通じないらしい。

ならば、身体を使うしかないと覚悟を決めてきた。

(私に身体を使わせるとはね。記念すべき三人目よ。喜んどけ。……後で地獄に落とすけど)

かなり物騒なことを考えつつ、今日のためのシナリオに手を付ける。

「あの……、はしたないとは思いますけど、今日は泊めていただけませんか?」

さすがにこれで勘違いはしないだろう。

しないと思いたいファムである。

だが。

「えっ、まさかお家が火事になったとかっ?」

ガンッと思わずテーブルに頭を打ち付けてしまうファムだった。

そのままぷるぷると打ち震えてしまう。

「それは大変だ。持ち物とかは大丈夫だったんですか?」

返す言葉が見つからないまま、ファムはひたすら次の一手を考えるが思考がまったくまとまらない。

「そういえば内原さんはマンション住まいといってましたっけ。えっ、マンション火災?大事件じゃないですかっ!」

何故か、あらぬ方向に話がすっ飛んでいくのを聞き、さすがにこのまま黙っているのはまずいとファムの頭脳はまともに思考を開始した。

演技を『無視』して。

「だあぁぁっ、どうしたらそんな答えになるんだよっ、脳みそ沸いてんのかドアホッ!」

「へっ?」

「あっ……」と、思わず地が出てしまったことに気づいたファムはすぐに取り繕う。

「ほっ、ほほほ、すみません。あまりに突飛な話になってしまったもので驚いてしまって」

「はあ」

「火事など起きてませんよ。ご心配なく。……その、えっと、とりあえず今日は帰ります。また後日」

そう答えてそそくさと駐在所を後にするファム。

その背後には、くすっと笑う諒一の姿があった。

 

 

 

そこまでを聞いて、口を開いたのは鈴音だった。

「ねえ蛮兄。ひょっとして諒兵のお父さん、諒兵のお母さんの裏に気づいてたの?」

「どぉだかなぁ。ま、この時点でおふくろさんの普段の様子が地じゃねぇことにゃぁ気づいてたんだろ。もう少し先に行きゃわかる」

「でも、今の話を聞く限り、天然のふりをして相手を見定めていたようにも思えますわね」

セシリアの言葉が正しいとしたら、ファムがてこずるのも当然といえるような策士であろう。

敢えて相手をイラつかせて地を剥き出しにしたというのであれば、油断ならない人間でもあったといえる。

「俺に言えるのぁ、相手をちゃんと見てたってこった。このあたりゃぁ、一夏と織斑の両親の話のときにも言えらぁな」

相手をちゃんと見ていなければ、特にティーガーの気持ちに気づくことはなかっただろう。

そうなると、一夏と諒兵が兄弟になっていた可能性もある。

「それはそれで面白そうかな」

「いや、そりゃ違うんじゃねえか?」

『きょうだいかー、私たちも似たようなものなのかな?』

『兄弟というより、種族だと思いますけど』

と、一夏、諒兵、白虎、レオがそれぞれ意見を述べる。

実際のところ、たらればの話でしかない。

それに、ファムであったはずの母親が『内原美佐枝』として諒兵を産むに至った理由は、諒一がしっかり人を見る人間であったからだ。

諒一が中途半端な人間であったならば、少しだけでもいい方向に行くことはできなかったと思える。

それに、意外だったのはそこだけではない。

「怒らないでね諒兵くん。私、百戦錬磨だと思ってたけど、意外とそうでもなかったのね、お母さん」

「お姉ちゃん、生々しい話はよそうよ……」

刀奈の言葉の意を理解した簪は顔を赤らめつつそう呟く。

刀奈がそういったのは、最初に、諜報員であり男性を篭絡してきたというところから、そっちの経験も相当豊富だろうと考えてのことだ。

しかし、諒一の時点で三人目ということは、予想に反してかなり経験数は少ないといえるだろう。

「諜報活動とは情報収集だ。単に身体を使えばいいというものではないぞ」

「そうなんですか、織斑先生?」

「むしろ重要なのは話術になるだろう。言葉巧みに相手の心の隙をつく術を心得ていたと考えるべきだ」

千冬の説明どおり、諜報活動とは情報収集ということができる。

まして対人を主とするならば、もっとも重要なのは話術、交渉術だ。

いうなれば、優秀なネゴシエーターだったのが、諒兵の母親であるファムである。

「厳しい言い方をすれば詐欺師だ」

「まあ、それが一番妥当な言い方だろうな」と諒兵も肯いた。

詐欺は犯罪だ。

しかし、頭脳を使った行為として考えると、実は相当に難しいものでもある。

「並みの頭の良さじゃあ、できないだろうね。そういう意味なら、相当に頭がいい女性だったんだと思うよ。私、詐欺は出来ないもん」

と、束が言うと皆が驚いた顔を見せた。

だが、束の言うとおり、束にとって『詐欺』は不可能な犯罪行為だといえる。

詐欺で重要なのは話術、しかも単なる話術ではなく、コミュニケーション術だ。

自分の言葉を信じさせるという点で考えると、実は束は豪快に失敗してきている。

頭が良くても出来ないことはたくさんあるということだ。

「まあ、そんな人を手玉に取ってるんだから、おじさんも相当だけどね」

と、束が苦笑すると、その場の雰囲気が和らぐ。

そんな雰囲気を受け、「んじゃぁ、話ぃ続けんぞ」と、そういって丈太郎は再び話しだした。

 

 

 

画面の向こうの悪友ともいえる相手は呆れたような表情を見せていた。

「あなたがそこまでてこずるとはね……」

「マジモンの天然よ。枯れたジジイのほうがまだ楽だわ」

と、スコールの言葉に答えるファムは心底うんざりしたような顔をしていた。

「そうなると情報自体持っていない可能性もあるのかしら?」

「そうね。完全に利用されただけかも。逆にあの天然男をどう利用したのか興味が湧くけど」

正直に言って、それがファムの本心である。

今はティーガーとアスクレピオスの情報を抜き出したいというよりも、あの二人とどういう状況で接したかという方向で話を聞くつもりだった。

「もう少し頑張ってみるのかしら?」

「このままじゃ女が廃るわ。あの野郎、絶対メロメロにしてやるんだから」

「ちょっと、目的と手段を入れ違えないで」

さすがに情報を引き出すことが目的なのに、男を落とすことに集中されてしまっては困るのだ、スコールとしては。

とはいえ、ファムも一流の諜報員を自負している。

単に女が廃るからという理由で諒一を落としたいわけではない。

「入れ違えてないわよ。あの男、何か掴んでる気はするのよ」

「えっ?」

「どうもね、臭うの。ひょっとしたら、脳筋と頭でっかちを黒百合と更識とつないだのはあいつかもしれない」

「さっきといってることが違ってるわよ?」

「普通に推測するなら、さっきのほうが正しいと思うわ。今のは女の勘」

本当に、ただの勘だった。

しかし、だからこそ、ここで接触をやめるのはマズいとも思う。

ファムとしては、何とかして諒一の心に入り込まないと、必要な情報が引き出せないということを漠然と感じているのだ。

「だから、もうしばらくは接触を続けるわ。完全にないとわかったらフェードアウトすればいいでしょ?」

「そうね。警官だし、情報を持ってないただの人間を下手に処理すると面倒だものね」

「そういうこと。任せておいて」

そう答えて、ファムは通信を切り、ふうと息をついた。

そしてキッと虚空を見据えて呟いた。

「あの野郎はなんとしても落としてやるわ」

どう考えても、目的と手段を入れ違えているような言葉である。

 

数日後の夕方。

ファムは下着にまで気合いを入れて諒一の元を訪れた。

とはいえ、残念ながらすぐに二人きりというわけにはいかないようだ。

「おや、また来たんかい、アンタ」

声をかけてきたのはこの近所に住むお年寄りだった。

数十年前は美女であったのかもしれないが、今はどこにでもいそうなお婆さんである。

「ええ、まあ……」と、言葉を濁すファム。

内心、チッと舌打ちしたのは秘密である。

「あんたが通うようになってくれてから、お巡りさんもちゃんと食ってくれるようになったんだよ。嬉しいねえ」

「……今までは食べてなかったみたいな言い方ですけど」

「困ってる人に呼ばれれば夜中でもすっ飛んでくようなお人好しさあ。だから今まではカップラーメンかコンビニの握り飯かっ込んでるところしか見たことなかったんだよ」

それが心配で野菜を分けたり、煮物を届けたりしていたのだが、それでも諒一自身が料理をほとんどしないので、あまり食事環境がよくなったとは言いがたいらしい。

「でも、アンタが来るようになって美味しい飯が食えるようになった。だいぶ血色もよくなったしねえ」

そういえば、とファムも出会った当初の諒一は決してそこまで健康そうには見えなかったことを思い出す。

不健康というほどではないが、いいものを食べているようには感じられなかったのだ。

食事に目をつけたことは間違いではなかったらしい。

「アンタ、あたしらの野菜もうまく料理してくれるし、このまま居ついてくれて構わないんだけどねえ」

「そ、そういっていただけると嬉しいです」

これではまるで、相手の親に気に入られているようで、なんだかこそばゆいファムだった。

「そんじゃ、アタシゃ帰るよ。ごゆっくりねえ」

そういって帰っていくお年寄りをファムは複雑な思いで見送る。

自分がここにいるのは諒一が持っているだろうティーガーとアスクレピオスの情報を抜き出すためだ。

あまりにも時間がかかりすぎたせいか、諒一よりも先に近所の人間に気に入られてしまった。

今まで、こんなことはなかっただけに、妙な感情が心の中に澱んでくる気がしてしまう。

(気持ちを切り替えよう。早く『仕事』を終わりにするのよ)

深呼吸をして気持ちを落ち着けると、奥から声が聞こえてくる。

「あれ、内原さん、いらっしゃい。お梅さん、ここにいたお婆さん知りませんか?」

「今、お帰りになりましたよ。それで、今日もお料理作りに来たんですけど……」

「いつもいつもすみません。台所は好きに使って構いませんから」

というより、諒一は台所のどこに何があるのかなどほとんど知らなかったりする。

料理関係には疎い諒一である。

 

トントントンと包丁の音を響かせながら、合わせるかのように鼻歌を歌う。

最近、この時間が好きになりつつあることに、奇妙な感慨を覚えた。

内原美佐枝。

そのキャラクターを演じるようになって既に半年以上経つ。

一人のキャラクターをこんなに長く演じることは、ファムとしては異例な事態だ。

(少し、長く演じすぎたのかもね……)

自分の中に別人がいるような気がする。

昔のファムであれば、それは実に不快なものであったはずだ。

自分の名前、コードネームは『ファム』

亡国機業の諜報員。

それが本来の自分だ。

相手から情報を抜き出す際に演じているのは、存在しない虚像でしかない。

そんなものが自分の中にいるような気がするということ事態が、非常に不愉快なはずだ。

でも……。

(あいつから情報を抜き出すまでの辛抱。早くケリをつけるのよ『ファム』)

自分にそう言い聞かせつつも、ファムは内原美佐枝として諒一に振舞う料理に集中してしまっていた。

 

夕食は諒一が仕事を片付けてからとなったので、少し遅い時間になった。

とはいえ、女からの「泊めてください」すら見事にスルーしてみせた諒一に油断はできない。

今はまず夕食を食べてもらうことに集中しつつ、今度こそ決してスルーできないように話を持っていくのだ。

そう考えたファムは、食後のお茶を淹れると一緒になってホッと息をつく。

諒一のジジ臭さがうつってババ臭くなったのかもしれないと少しげんなりしてしまうが、すぐに頭を振った。

攻略のためのシナリオは既に練り直してある。

この天然男には持って回った言い方はダメなのだ。

ストレートに『誤解』をさせるしかない。

「あの、『諒一』さん……」

「あっ、はい」

初めて名前で呼んだにもかかわらず、スルーしてくる天然男。

(ふっ、ふふふ、このくらい想定内よ)

ここで挫けてしまっては、また通いの日々が続く。

ケリをつけるためにも、今日、ここで一気に関係まで持っていくのだとファムは改めて気合いを入れた。

「私、あなたのことをお慕いしてます。受け入れてはいただけませんか?」

「はい?」

「あの、あなたとお付き合いできればと思っているんです。今日は覚悟して参りました」

「はあ」

煮え切らないというより、言われていることが理解できていないような表情を見せてくる。

しかも、そのままなかなか返事をしてこない。

五分。

十分。

無意味に時間だけが過ぎていく。

ゆえに、ファムの堪忍袋の緒が切れた。

「いい加減気づけよこのアホンダラッ、女にここまでいわれてわかんねえのかッ!」

怒鳴ってしまって思わず「しまった」と思うファムだったが、すぐに呆気にとられてしまう。

何故なら。

「ぷっ、ぶはっ、あはははははははははっ!」

いきなり諒一のほうが吹き出してしまったからだ。

「えっ、何っ、何よっ?」

「いや、やあっと気を抜いてくれたなあって思いまして」

「えっ?」

「ここに来るたびに無理してるみたいだったから、内原さん、相当マジメな人だと思ってたんですよ」

「はあっ?」

まさかそんな答えが返ってくるとは思わず、ファムはただ唖然とするしかない。

 

「ちゃんとお話しましょう。もちろん、そのままのあなたでいいですから」

 

そういって笑う諒一の顔を、ファムは呆然と見つめてしまっていた。

 

 

 

 



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第142話「運命の分岐点」

諒一の話を聞いたファムは開いた口が塞がらなかった。

彼は最初から、ファムが演技をしていることに気づいていたらしい。

もっとも。

「俺が警官だからかな、いつも緊張してるみたいでしたよ」

「……そりゃそうよ」

警察官を前にして緊張しない一般人はいないだろう。

そう考えたのか、ファムの緊張も一般人のものだと思っているらしい。

実際は違う。

諒一からアスクレピオスとティーガーの情報を引き出すための演技。

言うなれば任務をこなすための緊張だ。

それを誤解しているらしい。

(私が亡国の人間だとは気づいてないのか)

思わずホッとしてしまう。

もし、亡国機業から来た諜報員だと気づかれていれば、自分が知らない間に包囲網を築いていてもおかしくないからだ。

幸い、そんな心配はないらしい。

「でも、俺もあんまり緊張されるとやっぱり困るから、どこかで本音を見せてほしいなって思ってたんですよ」

「抜けてるのはフリだったわけ?」

「いやあ、抜けてるとはよく言われますけどね」

「地なのね」

それがうまいこと噛み合って、ファムの誘惑をするりとかわしていたのだろう。

こちらの思惑に気づいていたわけではなく、単に根が鈍感で天然なのだ。

そんな人間相手に策を弄していた自分が馬鹿らしいとファムは感じてしまう。

ただ。

 

良かった……。

 

と、何故かそう思ってしまった。

それはまるでノイズのように、ファムの思考を遮る。

そのせいか、ファムは一瞬固まってしまった。

「どうしました?」

「なっ、なんでもないわよ。こんな天然相手に女らしくしてた自分がアホらしいだけ」

「アホって」と、諒一は苦笑してしまう。

だが、ファムとしては演技を見抜かれていたことだけでも屈辱だ。

十分に愚かだといえるような失態である。

しかし、まだ正体がバレたわけではない。ただ、貞淑な態度は違うと悟られていたに過ぎない。

任務が失敗したというわけではないと自分に言い聞かせる。

ならば。

「正直な話、お礼がしたいと思ったのは本当よ。好き云々はやりすぎたと思うけど」

「内原さんだとたいていの男は勘違いしちゃいますから、ああいうのはやめたほうがいいですよ」

「その『たいていの男』の範疇に入らないヤツがよく言うわね」

今日まで半年ほどの時間。

これだけ果敢にアプローチしてスルーしてみせた天然男に対し、ファムは呆れてしまう。

これは今後もなかなか苦労することになるかもしれない。

だが、銃を突きつけて脅すのはファムのやり方ではない。

あくまで、相手のほうから真実を漏らすように仕向けるのが、亡国機業一の諜報員『ファム』なのだから。

もはや任務云々というよりも、プライドの問題になりつつあった。

「悪いけど、今後も通うわよ」

「いや、お礼ならもう十分ですよ」

「けっこう気に入ってるのよ。今の生活。それに料理を作る程度なら、別に苦じゃないし」

それは、今後も通うための嘘だった。

しかし、嘘ではなかった。

少なくとも、今の生活を気に入っているのは確かだ。

そして料理を作る程度は実際に苦ではない。

ならば、この言葉に含まれた嘘はなんだろう。

そこまで考えて、軽くため息をつく。

馬鹿げた思考に辿り着いてしまいそうな気がしたからだ。

だから、あえて冗談交じりに口に出す。

「あんたが私にプロポーズしたくなるまで通ってやるわ」

「あはは。内原さんなら引く手数多でしょう?」

冴えないお巡りさんに拘るよりイイオトコが見つけられますよ、と、本気でいっている諒一に対し、なんとなく腹が立ったファムは。

「いでっ!」

何故か思いっきり腕をつねってしまったのだった。

 

 

翌日から、ファムは戦法を変えた。

簡単に篭絡できるはずの鈍感天然男だと思っていた相手は、ファムの演技を見抜けるだけの観察眼を併せ持っている。

(考えてみれば刑事をやってたくらいなんだし、私のほうが甘かったわね)

簡単にだまされるようでは刑事など勤まるはずがない。

今は降格し、駐在所勤務の巡査になっているとはいえ、まったくの無能でもなかったということだろう。

自分の勘はある意味では当たっていたということか。

(いや、それどころかとんでもないタヌキの可能性もある。舐めたままじゃいらんないわ)

諒一が天然なのは確かだが、同時に優秀な策士でもある可能性が出てきた以上、これまでと同じやり方はできない。

日野諒一という人間を知る必要が出てきたということだ。

ゆえに、ファムはつかず離れずの距離で、諒一の行動をつぶさに観察することにした。

(つっても、ホントに普通のお巡りさんなのよね……)

書類仕事と地域の巡回。

たまに朝早く出たときは、隣町のほうの子どもたちの登校も見守っていたりする。

中には声をかけてくる子どももいるようで、お巡りさんとしても人としてもそこそこは信頼されているようだ。

より正確にいうなら、驚くほどその場に溶け込んでしまっている。

たまに、小さな女の子と話しているときがあるのだが、登校時間とは通勤時間でもあるわけで、道行く人が多いにもかかわらず、特に気にする人はいない。

あまりに自然すぎるからだろう。

女の子が悩みが晴れたような様子で駆け出していくと、手を振りながら再び自転車に乗ってキコキコと街を行く。

昔のドラマに出てきそうな、ただのお巡りさん。

それ以外に言い表しようがない。

(これもある意味才能?)

特別何かに秀でていることはなく、ただただ普通なだけの人間。

それを才能と呼ぶのであれば、確かに才能があるのかもしれないとファムは思う。

しかし、ファムに理解するのは難しいが、実のところ、それは稀有な才能ということができる。

その場にいて周りをいい方向に導くというのは、一見目立たないが重要な存在なのである。

誰からも信頼され、誰にでも安心感を与えられる人間は、その言葉が、行動が、人を導く。

しかし、目立たないがゆえに周囲に埋没し、ただの一般人としか見做されない。

ゆえに、本来ならば、普通に生活し、普通に家庭を築き、普通に子どもを作って、育て、そんな普通の幸せを手にする。

それが日野諒一のあるべき人生だ。

ティーガーやアスクレピオスと関わることになったのは、本来は諒一の人生から外れた道だといえた。

ゆえに、ファムが諒一に関わることになったのも、本来は日野諒一の人生からは外れたことなのだろう。

もっとも、そんなことはファムにとっては知ったことではなかった。

 

 

それから数日が過ぎる。

通い妻を続けつつ、日中の行動を観察を続けているファムは、帰宅後、諒一の情報をパソコンに入力していた。

無理に肉体関係に持っていく必要がなくなったため、今は素直に帰宅するようにしている。

向こうから迫ってきたら受け入れてやってもいいと思っているが、当然そのときは見返りを要求するつもりだ。

しかし残念ながらまだ迫ってこない。

「枯れてんのも地だっつーの?たく……」と、毒づく。

しかし、向こうからやる気を起こさせなければ、女としての矜持にかかわる以上、無理に迫ることも出来なかった。

長期戦になるのは覚悟のうえで、何としてもあの男のほうから自分にプロポーズさせたい。

とはいえ、あまり時間もかけられないだろう。

ゆえに。

「勘が当たった?」

「あの野郎、とんだタヌキだわ。私の演技を見抜いてたのよ」

「あなたの演技を見抜いたっ?!」

画面の向こうのスコールが驚愕の表情を見せる。

諜報員であるファムの演技を見抜けるというのは、並みの観察眼ではないからだ。

「さすがに諜報員であることは気づかれてないわ。ただ、地の性格を見抜いてきたのよ」

「脅かさないで。さすがに警察官にそこまで見抜かれてたら『後始末』が面倒よ」

「わかってる。そこまでのヘマはしないわ」

ファムはスコールへの連絡で、自分の性格を見抜かれていたことを素直に報告した。

隠すこともできるが、ここは報告しておいたほうが、後々動きやすいと考えてのことだ。

「しかし、そうなると……」と、思案する様子を見せてきたスコールに対し、ファムは自分の意見を口にする。

「脳筋と頭でっかちの脱走を手引きした可能性は高いわ。黒百合や更識とも独自につながってる可能性がある」

「……イージーモードどころか、ルナティックレベル?」

「まあね。だからこそ、重要な情報を掴んでるはずよ」

実際に掴んでいる可能性があるかどうかはわからない。

正直に言えば、口からでまかせなのだ。

ただ、ここで任務を放棄することはできない。

何か知ってるはずなのは間違いないし、口からでまかせもひょうたんから駒のように真実を言い当ててる可能性もあるからだ。

ゆえに、ファムはスコールに任務の続行を告げた。

「確かに、ここで放置するべき相手ではないかもしれないわね」

「そうよ。だから、しばらくこっちに集中したいんだけど」

「まあ、今のところ、他の任務は別の諜報員でもがんばれば何とかできるものしかないみたいだけど」

緊急で自分が出張らなければならない任務がないというのであれば、諒一を相手にする今の任務に集中するほうがファムとしてはありがたい。

ゆえに、ファムは自信たっぷりの笑みを見せた。

「少しは手柄を分けてあげないとね」

「あなた、そういうところが嫌われてるのよ?」

「自分に自信を持つのはいいことよ?」

「自分でいうのがあなたらしいわね」

悪友に見せるような砕けた笑みを見せるスコール。

実際、スコールはファムのこういうところを気に入っているらしい。

いい意味で、友人といえる関係を築ける相手と感じているらしかった。

「まあいいわ。そこまでの相手なら集中したほうがいいでしょうしね」

「そう、助かるわ」

「ただ、悪いけどスカウトも考えておいて」

「スカウト?」

「使えるのなら、引き込んでおいて損はないでしょう?」

確かに、使える人間であるというのであれば、亡国機業の一員として迎え入れるのは悪くない。

というか、そういう人間を拉致したり、勧誘したりして亡国機業は人員を増やしてきたのだ。

スコールがそう考えるのは、決しておかしな話ではない。

ただ。

「そ、うね……」

と、ファムはその言葉に奇妙な引っ掛かりを覚えた。

ファム自身は、あまり人員のスカウトで動いたことはない。

あくまで情報を得る。

その情報を吟味し、スカウトするかどうかを判断するのは上層部の役割だ。

だから、勧誘することなど考えたことがないせいだろうと自分を納得させる。

「頼むわね」

「任せておいて」

そう答えるものの、心に刺さった何かが奇妙な痛みを齎す。

通信が切れ、スコールの顔が見えなくなってからファムはため息をついた。

いずれにしても、任務が続行できること、長期戦になることは許可されたようなものだから問題ない。

しかし。

 

あの人は、きっと……。

 

思考に混ざる奇妙なノイズに、不快で心地いいという矛盾した感想を抱いていた。

 

 

 

いったん小休止と称して、温くなったコーヒーに口をつける丈太郎。

そこに、鈴音が声をかけてくる。

「正体だぁ?」

「結局、諒兵のお父さんは知ってたのか知らなかったのか気になっちゃって……」

「そこらへんは曖昧だ。知ってたんかしんねぇし、知らなかったままなんかしんねぇし」

ただ、と前置きして丈太郎は語る。

日野諒一という男性は、相手をしっかりと見るという。

ただ、それはどういう職業とか、どういう立場だとかではない。

目の前にいる人間の本質を見抜いてくるというのだ。

「本質……ですか?」と、興味深げに声をかけたのは誠吾だった。

しかし、他の者たちも興味津々である様子だ。

「俺が語るんもおこがましぃがよ、男と女の恋愛話だかんな。お互いを探り合うのは当然かしんねぇ。ただ、旦那はそういったことを細けぇこったと感じる人だったように思う」

「細かいことなの?」と、鈴音は少し呆れ顔である。

相手が犯罪者であったなら、簡単に許せる立場ではないし、環境の違い、立場の違いは人間関係の構築において決して無関係ではない。

それを細かいことと断じるのは早計が過ぎるだろう。

しかし。

「目の前にいて、てめぇと話してる。そうして手に入れた印象を一番でぇじにしてたんだ」

つまりは、先入観に惑わされないということである。

余計な情報を一切排除して、相手に感じた印象と言葉を信じる。

それは一見すればだまされやすい人間ということができるだろう。

しかし、しっかりと人を見抜く目を持っていた日野諒一という男性は、それではなかなかだまされない。

逆に、相手の本質を見抜き、心に踏み込んでくるのだ。

「そうじゃなきゃ、簡単に友だちにはなれなかったよ?」

と、束も助け舟を出してきた。

「束博士?」

「目の前にいる人をちゃんと見てるから、安心できるんだよ。嘘すらも受け入れてね。その度量の広さこそが、りょうくんのお父さん、おじさんの魅力だったと思う」

「嘘もかよ」と、諒兵。

「嘘の中にある心の真実まで見抜いてこられたら、降参するしかないよね」と束は苦笑した。

単純に嘘を否定するのは簡単だ。

相手を決め付けて押さえつけるのはもっと簡単だ。

自分に都合のいい人間にさせようとしているのだから。

相手をそうすることが出来るなら、人間関係の構築は実に楽だろう。

ただ、日野諒一という人間はそうしなかった。

「相手を見て、相手の言葉を聞いて、そこから心の奥底に踏み込んでくる。嘘をつくことすらも、本当の意味で相手を信頼するための材料にできるってことですか?」

そう尋ねてきたのは真耶だった。

人間としても尊敬できる相手であると感じているらしい。

「嘘をつく相手を信頼するなんてぇな、ほとんど離れ業だがよ。嘘にはてめぇの心を守る鎧の効果もある」

「でも、その嘘自体をしっかりと聞いているなら、そこから相手の心が見えるということなんですね」と千冬。

「だろな。嘘も言葉だ。その人間の本質が現れる。演じることを当たり前にしてきたファムの嘘も、その嘘自体が、キャラクターを演じる人間だという証になっちまう」

「そこを突いてきたから、りょうくんのお母さんの心に変化があったんだろうね」

嘘で作られた心の壁。

その壁を見る人間などほとんどいないだろう。

普通に考えれば邪魔な存在だからだ。

しかし、その作られた壁自体も、その人の本質を現しているというのは決して間違いではない。

人を見るというのは、そこまでを見て初めてできることなのかもしれない。

「壁を取り払うんじゃなく、壁ごと相手を包み込む。それができる人だったってこった」

そこまで出来る人間だったというのなら、特別な能力がなかったとしても、相当な人物であったようにも思える。

ファムが諒兵を産むに至る気持ちになったのは、そういった日野諒一に近づきすぎてしまったからなのかもしれない。

しかし、彼女は。

「途中からは、自分のほうから近づいてったんでしょ?」

「地の性格が知られたあたりで、もう引き返せなかったんじゃないかな」と答えたのは束だった。

本当は、諜報員であろうとするならファムはこの時点で日野諒一と切れるべきだっただろう。

しかし、ファムは諒兵の母親になる道を、このとき既に選んでいたともいえる。

「人の心ぁ、人の自由にゃならんさ」

そういって苦笑した丈太郎に、全員が納得したような表情を見せた。

 

 

 

 



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第143話「ファントム・タスク」

遥か空の上。

アンスラックスは微動だにせず、眼下を見下ろしていた。

そこに現れたのは一見するとAS操縦者にしか見えない黄金の妖女。

『其の方が我の元に来るとは珍しい』

『あらん、私、よっぽどのことがない限り、付き合う相手に差別はしない主義よん♪』

『誰のことをいっているのかは聞かずにおこう』

実のところ、かつての操縦者と一番気が合わないISであったスマラカタ。

アンスラックスも知っているだけに、あえて突っ込まないことを選んだのだ。

『でもお、今動かないのは空気読んだのお?』

『……ティンクルとディアマンテが聞いている話のことか?』

『そ。水をささないようにってことかしらん?』

スマラカタの言葉に、ため息をつくような仕草をすると、アンスラックスは素直に答えた。

『テンロウとは事を構えたいと思わぬのでな』

『あー、今、手を出すと本気で向かってくるわねん』

なんだかんだといって、天狼はかなり傍迷惑な存在ではあるが、その実力は一目置かれているらしい。

『それに、彼奴めが監視しているモノも気にかかるゆえな』

『なあにそれ?』

『アクセスできないモノがいるのは気づいておろう?』

そういえば、と、スマラカタは真耶そっくりの顔で思案し始める。

あまり興味を持っていないが、一応知ってはいるらしい。

『なんだかよくわかんないのがあるけど、それのことお?』

『それのことだ。シロキシが動いたのを感じた。あ奴も気にしているらしい』

『シロキシが気にしているなら、よっぽどねえん……』

『急がねばならぬやもしれぬ。近く動くつもりだ』

ふうん、と、スマラカタは興味を失くしたらしく、すぐに飛び去っていく。

その姿を見て、アンスラックスはため息をつく。

『人を救うというのは、なかなかに難しいものよな……』

その呟きは、誰にも聞こえなかった。

 

 

一方。ドイツ。

ドイツ軍、シュヴァルツェ・ハーゼ隊舎。

こんな美味しい話を……。

もとい、ラウラにとっても重大な話を彼女たちが放っておくことなどできるはずがない。

当然のこととして。

「これは、かなり厳しい話ですね、おねえさまがた……」

「そうね。今はまだいいけど、この先のことを考えると辛くなるわ」

『少なくとも、父親のほうはもう絶望的ね……』

沈んだ表情で感想を述べる隊員に、クラリッサやワルキューレも同意する。

「それは、おそらく死んでいるだろうということでしょうか?」と、アンネリーゼが意見すると、クラリッサは肯いた。

「これほどの『いい人』が、息子を捨てるなんてあり得ないわ。仮にファムという亡国の諜報員が最終的には任務を優先したのだとしても、この父親なら絶対に息子は守ろうとしたはずよ」

『でも、リョウヘイ・ヒノは孤児院で育った。そうなると考えられるのは、息子を守れない状況にさせられてしまった。……つまり『殺された』ということね』

クラリッサやワルキューレが普段の調子はどこへやったのか、かなり真剣な表情でそう答える。

「ワルキューレおねえさま、亡国機業についてネットワーク上に資料は残っているのでしょうか?」

『待っていて。今、調べるから』

別の隊員の言葉にそう答えるなり、ワルキューレはホログラムを消した。

ワルキューレのモチーフはハウンド、すなわち猟犬だ。

人間の狩りの補佐をする役割を持つ犬のことだが、正確には個体名ではなく分類群なので様々な種類がある。

視覚に優れた猟犬、嗅覚に優れた猟犬と能力は様々だが、共通している点は『獲物を見つける』事において、他の追随を許さない。

それがハウンド、猟犬である。

それをモチーフとするワルキューレが、探索において他に劣ることなどありえるはずがなかった。

『集めてきたわ』

「簡単にまとめてくれる?」

クラリッサの言葉に肯いたワルキューレは、簡単にまとめ、報告を始める。

まず驚かされるのは、かかわりを持っている企業の多さだ。

『世界各国のIS開発企業がかかわっているわ。デュノア社まであるわよ』

「それは、たいていの軍事企業なら、かかわりがあったということでしょうか?」と、アンネリーゼ。

『そうね。かかわりの大小はあるけど、有無はほとんどないわ。とんでもなく巨大な軍需複合体って考えるべきね』

他にもアメリカ、イギリス、イタリア、中国、日本の企業もかかわりがあるとワルキューレは報告してくる。

となると。

「ドイツは?」と、クラリッサが尋ねるのも当然だろう。

『一時期かかわってたわね。ラウラが苦しめられたVTシステムの一件。あれを実行したスタッフは亡国とつながっていたようよ』

既に粛清され、放逐となったが、むしろ温情を与えすぎたとその場にいる一同は思ってしまった。

だが、あの一件について考えてみれば、当然のことと納得はいく。

当時は謎に包まれていたAS。

その兵器としての有用性を知ろうとするために仕組まれたことだったのだ。

「異常なまでに研究熱心ね」と、クラリッサがため息をつく。

『兵器に関する情報と開発能力。それが亡国機業の存在理由でもあった。だからこそ、でしょうね』

完全な個人所有物と化していた一夏の白虎、諒兵のレオは、普通の方法ではデータを手に入れられない。

IS学園のみならず、丈太郎も隠匿に協力していたのだから。

そして、丈太郎は性格的に亡国機業に手を貸すことはまずない。

そうなると、こういった手段しかなかったのだろうと理解できた。

「亡国機業は今はどうなっているんですか」と別の隊員が尋ねると、ワルキューレは苦笑いしてしまう。

『本部があった場所は壊滅してるわ』

「えぇっ?!」

『二機は今は人類の敵。もう一機は紆余曲折を経て協力者になった三機の力でね』

かつてのアラクネ、サイレント・ゼフィルス、ゴールデン・ドーンのことである。

今は敵対している機体が多いとはいえ、その働きはむしろ感謝したいものだった。

「でも、ひょっとしたら……」と、アンネリーゼが不安そうな顔を見せると、ワルキューレは肯いた。

「その三機、リョウヘイ・ヒノの母親を巻き込んでいる可能性があるわね」

クラリッサは努めて冷静に語るが、その可能性は大きいだろう。

つまり、諒兵の母親であるファムは、亡国機業壊滅までは生きていた可能性もあるのだ。

『マドカ・ヒノの言葉を考えると、その可能性はゼロではないわ。あまり、気にしたいことでもないけど』

そう答えてすぐにワルキューレは続けた。

『そろそろ続きが聞けそうよ』

その言葉に、シュヴァルツェ・ハーゼ全員が真剣な表情に戻る。

テーブルの上にあるスケッチブックや原稿用紙を見なければ、大変マジメな光景である。

「あんたたち、人の過去話をネタにしないでよ……」

アンネリーゼがそっと呟いていた。

 

 

 

ファムの駐在所通いは、スコールへの報告を済ませてからだいぶ大胆になってきた。

早く起きることができた日には、朝から押しかけて朝食から振舞う。

やはり一日の活力源は朝食にあるのは間違いなく、諒一としても朝から美味しい手料理が食べられるのは嬉しいらしい。

「ここまでされると本当に申し訳ないです」

「申し訳ないと思うなら、もう少し色気出しなさいよ。あんたホントに枯れてるわねえ」

「人並みには興味あるんですけど」

「私にケンカ売ってんの?」

色香で男性を惑わせ、情報収集をしてきた一流の諜報員であるファムとしては本当にケンカを売られている気分である。

人並みに興味があるというのなら、人並みの反応を見せろというのだ。

それがまったくの無反応。

それどころか華麗にスルーしている。

諒一には性欲がないのではないかとわりと本気でそう思うファムである。

実際。

「それが何よりの証拠じゃないの」

「それ?」と、首を傾げる諒一の手元にある湯飲みをファムは指差す。

「まだ二十代だってのに、食後に飲むのが日本茶とかジジ臭すぎるってーの」

実際、ジジ臭い。

というか、縁側で日向ぼっこをする年寄りの雰囲気である。

枯れ過ぎだろうとファムが思うのも、決して間違いではない。

「いやあ、こっちに赴任してきてからというもの、見回りのたびにお茶を出してくれるんですよ。だから慣れてしまって」

刑事だったころは、珈琲党であった諒一だが、お巡りさんとしてこの駐在所勤務になってからはお茶をよく飲むようになった。

理由は彼自身が語ったとおりである。

郷に入っては郷に従えということだろうか。

そんな順応力の高すぎる諒一だが、ファムとしては巻き込まれるのは御免である。

「あんたに付き合ってると、私までババ臭くなりそうだわ」

「いいじゃないですか」

「なによ?」と、剣呑な表情を見せるファムに、諒一は相変わらずの笑みを見せる。

「毎日をのんびりと過ごしながら一緒に年をとるのって、とても幸せなことだと思うんですよ」

「はあ……」と、ファムはため息をつく。

だが、諒一の考えを否定する気にもなれなかった。

この男の性格には合っているのだろう。

刺激的な毎日。

裏に関わる危険な日常。

それとはまったくの正反対に位置する、退屈すぎる平穏な日常は、日野諒一という人間には合っている気がする。

彼の傍にいるような女性は、きっと同じように毎日を平凡に、でも、それを楽しみながら生きていくのだろう。

ただ。

 

「確かに、それが一番幸せなのかもしれませんね」

 

そんな言葉がファムの口を衝いてでる。

少し間を置いて、その言葉に違和感を持ったファム。

それは諒一も同じらしい。

「無理に敬語使わなくてもいいっていったじゃないですか」

「ちっ、違うわよ。勝手に口から出ただけ」

いつもの、どちらかといえば少し乱暴な言葉遣いとは違う『内原美佐枝』として演技していたころの口調だった。

何でそんな口調になったのかはわからないが、今のは決して演技ではなく、勝手に口から出た。

(何なのよ……)

その違和感が何であるのか、ファムには理解できなかった。

 

帰宅途中。

ファムはもはや通うことそのものが目的になっていることを自覚していた。

そのせいだろうか、潜伏場所に戻るのが辛い。

(泊まってくほうが朝は楽だし。それにここから距離を詰められないと先に進めないし)

諒一は簡単に人を信じるが、同時にここまでという線引きが上手い。

必要以上に人を信じること、そして人に信じさせてしまうことが危険だということを理解しているのだ。

ゆえに、ファム、すなわち『内原美佐枝』のことも、過剰なまでには信じてはいない。

その壁を突き崩していかない限り、諒一の懐には永遠に入り込めないだろう。

そして諒一に対して壁を崩すなら、一気に迫るよりも長い時間一緒にいることで、安心感を与えるほうが正しいはずだとファムは理解している。

ならば、一番いいのは同居だ。

同棲ではない。

色気のある関係よりも、一緒にいられる家族のような存在になるのが正しい。

ただ、今『泊まる』という言葉は使いにくい。

一度それで誘っているからだ。

スルーされたが覚えていないはずがない。そういうところは油断できない相手だからだ。

そうなると、使ってしまうとさらに距離を置かれてしまう可能性のほうが高い。

面倒くさい相手だといえるだろう。だが……。

 

「いいじゃないですか。一緒に住むくらい……」

 

そんな言葉が口を衝いてでてしまったことに、ファムは気づかないでいた。

 

 

マンションの自分の部屋の前まで来たファムは、中から人の気配を感じ、険しい表情になる。

そしてすぐに細工してあった玄関近くの壁を叩いて隠し扉を開き、拳銃と催涙弾を取り出した。

壁に身体を隠しつつ、扉だけ開くとすぐに催涙弾を投げ込む。

だが、破裂音を待つものの、いつまで経っても聞こえてこない。

さらには。

 

「安心したわ。鈍ってるんじゃないかと心配してたのよ?」

 

と、そんな声が聞こえてきた。

ふうと息をついたファムは拳銃を懐にしまうと、玄関から中に入る。

中にはリビングのソファに座ってクスクスと笑う女性の姿があった。

そんな女性に、ファムは少しジトっとした目になりつつも、気さくに声をかける。

「私を試したわけスコール?」

「任務が任務だもの。気が抜けてるんじゃないかと思ったのよ」

「この程度で鈍るような鍛え方してないっての」

そう答えたファムは、冷蔵庫からワインを取り出すと二つのグラスをテーブルの上に置き、スコールの相向かいに腰掛ける。

きゅぽっとコルク栓を抜き、グラスにワインを注いだ。

「ありがとう」

「別に。最近飲む機会も少ないし、私も飲みたかっただけよ」

そう答えたファムは、すぐにスコールに尋ねる。

「催涙弾は?」

「これ」と、スコールが出してきたのはゼリー状の塊だった。中に催涙弾が包まれている。

「最近開発された爆発物処理剤よ。試すのにちょうど良かったわ」

「もったいないことしたわ。あんただってわかってれば、顔面に拳銃投げつけて終わりにしたのに」

「ひどいこというのね」と、スコールは言葉とは裏腹に楽しそうに笑う。

そんな彼女を見つつ、ファムは苦笑しながら別のことを尋ねた。

「それで、ここに来た理由は?」

「こっちでも独自に調査しててね。ティーガーとアスクレピオスの居場所の特定に来たのよ」

「見つかりそうなの?」

そう聞いたファムに対し、スコールは苦笑を返す。

あまり芳しい状態ではないらしい。

そう思ったファムは。

 

良かった……。

 

と、思考にノイズが走るのを感じ、頭を振る。幸いなことに、スコールは気づかなかったらしい。

「ミスリードされてるわ」

「ミスリード?」

「居場所の情報が多すぎるのよ。たぶん更識ね」

「なるほどね」と、ファムは納得する。

木を隠すには森の中という。

まったく見つけられないように情報を隠匿するのではなく、近い情報を無数にばら撒くことで目眩ましにしているということだろう。

「困ったことに確認しないわけにはいかないようなものばかり。仕方ないから私も出張ってきたのよ」

「更識のお膝元で更識と情報戦か。厳しいわねこりゃ」

日本という国において、裏組織のトップともいえる更識家と情報戦をするとなると、亡国機業の人間でも難しい。

相手は日本という国を熟知しているからだ。

そうなると、どうしても時間がかかってしまう。

ゆえにスコールは困った顔を向けてきた。

「だからあなたには頑張ってほしいのよ、ファム」

今、ティーガーとアスクレピオスの居場所の情報に一番近いところにいるのはファムだ。

日野諒一から情報を引き出せれば、一気に辿り着くことができる。

期待されるのも当然だろう。

「一筋縄じゃいかないわ。もう少し時間がほしいわね」

「あまりかかるようなら、アスクレピオスの子ども自体、諦めることになるわ」

なるほど。上層部は行方知れずの脱走者に無理に時間をかけるより、別のことに時間を割きたいのだろう。

確かに、そろそろ潮時かもしれない。

でも、ここで諦めたくない。

 

(今の生活を捨てたくないもの……)

 

ふと、そう思ったファムだが、スコールの前でおかしな表情は見せられないと気を取り直す。

「面倒だけど、少しスパートをかけるわ」

「そんなに面倒なのかしら?」

「あれが国家機密を持ってるVIPだったとしたら、私は仕事したくないわね」

「とんでもない男性なのね……」

驚いた顔を見せるスコールに、ファムは苦笑を返す。

実際、今までであった中で一番平凡なわりに、一番面倒で、一番とんでもない。

そのうえ。

 

(一番一緒にいたいと思えるし……)

 

そんな気持ちを振り払うように、ファムは口を開く。

「いずれにしてもスパートはかける。後、ここは引き払うわ」

「別に部屋は壊してないわよ?」

「本腰いれたいの。しばらくは連絡もつかなくなると思うわ」

「そう、わかったわ。気をつけなさいファム」

「いわれなくても」

そう答えたファムを見て、スコールは心配そうな顔を向ける。

そんな彼女に対し、ファムはただ『昔のように』笑みを向けるだけだった。

 

 

 

 



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第144話「まことのつわもの」

その場にいた全員が、生唾を飲み込んだ。

さすがに丈太郎も頭を抱えてしまう。

「いや、期待されるようなことぁねぇぞ。てか、お前らまだ未成年じゃねぇか」

「いや、その」と、それぞれ言葉を濁し、ばつの悪そうな顔を見せる。

「いずれにしても、ここから話が一気に進むのは確かだよ。重要なポイントは三つ」

「三つ?」

束の言葉に諒兵が疑問を感じ、先を促す。

「どうやってりょうくんのお父さんお母さんが結ばれたか。どうしてりょうくんが捨てられることになったか。そしてどうしてりょうくんのお母さんが亡国に戻ったか」

「あ、ああ……」

結ばれた云々はともかくとして、残りの二点。

つまり、諒兵が捨てられた理由。

そしてファムが亡国に戻ることになった理由。

この二点は今につながる最も大きな話になる。

そして、その後、まどかの面倒を見ていたというより、『育てていた』ということを考えると、ファムは内面は『内原美佐枝』だったように思える。

ならば連れ戻されたと考えるのが普通だ。

「だから重要な部分に集中して話すかんな。てか、お前らにゃぁ早すぎんぞ」

「えー」と、特に女性陣から何故か不満そうな声が出てきた。

女性が集まると扱いが厄介になるのは女尊男卑社会になる以前から同じようなものである。

「博士、私としてはだんなさまの完全攻略を目指しているので詳しく知りたいのですが」

「待てコラ」とラウラの言葉に思わず突っ込む諒兵である。

「といいますか、このお話は普通に男性を攻略する上で参考になりませんこと?」

「いやいやいや」と、セシリアの意見に対し、一夏、弾、数馬、さらには誠吾までがちょっと待てといいたげな態度を取る。

しかし。

「性格とか、けっこう特殊だけど、でもたいていの男性を落とせる話だよね」

と、シャルロットも同意見らしい。

千冬と真耶はさすがに何も言わないが、手元を見るとメモを取っていたりする。

「そこは重要じゃねぇっつぅか、自力で頑張ってくれ頼むから」

そういって丈太郎は再び話しだす。

そんな中。

「これ、箒がいたら真剣に聞いて、しかも実践するかもね」

鈴音が苦笑していた。

 

へくしょんっ、と、箒は思わずくしゃみをしてしまう。

『風邪ー?』

「いや、体調は悪くない」

『そっかー。でもー、やけに食いつくー、なんでー?』

「……話を聞けといったのはお前だろう」

最初は興味無さそうに横になっていた箒だが、話が進むにつれ、ヴィヴィが中継している丈太郎の話を真剣に聞くようになった。

今は枕を抱いたまま、ベッドの上に正座し、ヴィヴィの顔を凝視しながら聞いている。

口調のわりに行動は乙女まっしぐらな箒である。

なお、最近ヴィヴィにもホログラフィができた。

ライトブラウンのセミロングの髪を両脇で小さなテールにし、ドレスっぽい白い衣装を着て、赤い宝玉のついた身の丈以上ある長い杖に乗った姿で宙に浮かんでいる。

突っ込みどころ満載だが、あえてそこには突っ込まない箒である。

『まー、話を聞くのはいいことー』

「いうとおりにしてるんだ。早く続きを聞かせろ」

『わかったー』

そういってヴィヴィは再び中継を始める。

それを真剣に聞く箒。

行動が鈴音の予想通りであることなど、彼女は気づかなかった。

 

 

 

さすがに諒一も驚いているらしく、目を見開いていた。

幾分か溜飲が下がる。

もっとも、この先どうなるかはわからないのだから、下がったところでどうしようもない。

ただ。

「驚いた?」

「スーツケース一つだけで足りるんですか?」

「身軽なほうが好きなのよ」

一応、納得はしてくれたらしい。

と、いうより、それ以前に告げたことばに驚いたままなのだろう。

 

『今日からここに住むわ』

 

そう告げたとたん、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたのだから。

諒一相手に回りくどい手は効かない。

なら、ストレートに行ったほうがいい。

そう考えての一言だったのだが、思いの外効いてくれたようだ。そう考えると嬉しくもある。

一方的にやられっぱなしでは女として立つ瀬がない。

一矢とはいえ、報いることができたのは素直に嬉しかった。

しかし、諒一も簡単には納得しないらしい。

「仕事はいいんですか?」

「やめてきたわ」

「へっ?」

「ここに住むためにね。その代わり三食作るし、掃除洗濯は私がやってあげる。悪い条件じゃないでしょ?」

こんな美人が一つ屋根の下で身の回りの世話をするんだから、と、ファムは続けた。

ストレートにいえば押しかけ女房。

多少飾るのであれば、住み込みの家政婦。

いずれにしても、無理やり諒一に自分を養わせるつもりのファムである。

ここまでされてしまうと、諒一としても断りづらくなる。

困ったことに、これだけ強引にやっているのにイヤミをほとんど感じないのだ。

ファムが自分に自信がある証拠でもある。

これでは断りようがない。

そう思ったのか、諒一は天を仰ぐ。

「無理に追い出しはしませんよ。仕事の邪魔をするような人じゃないでしょうし」

「まあね。あと、その気になったら手を出していいわよ♪」

「本当に自信家ですよね。内原さんは」

そういって苦笑する諒一に、ファムは柔らかい笑みを見せていた。

 

 

翌日。

諒一が見回りに出かけていくのを見送ったファムは、掃除機をかけていた。

さすがにまったく掃除をしないというわけではないらしいが、それでもかなり大雑把なのがすぐにわかる。

「こういうところは男ねえ……」

家事にマメな主夫というわけではないらしいというか、むしろ家のことに関してはかなりズボラなのが諒一だった。

こういうところを見ると、どことなく可愛げも感じてしまう。

今の感情をどう言えばいいのかわからないが、ファムとしては世話を焼きたくなってしまうのだ。

「ま、きれいにしておいたほうが気持ちいいしね」

そんなことを言い訳のように呟きつつ、ファムは鼻歌を歌いながら掃除を続けていた。

すると。

「あんれ、あんたどうしたんだい?」

と、そんな声が聞こえてきた。

視線を向けると、近所に住むお年寄りの女性、すなわちお婆さんが驚いたような顔で覗き込んできている。

「はい?」と、思わず間の抜けた返事をしてしまった。

ここ数ヶ月は足繁く通っていたし、朝からいることもあったのだから、別に驚かれるようなことはないだろう。

そう考えたファムだったが、どうやらそのお婆さんはファムがいることに驚いたわけではないらしい。

「やけに馴染んでねえかい?」

「そうですか?」

「前は、もっと垢抜けてたっていうか、ここいらにゃ合わねカッコしてなかったかい?」

そういわれて自分の服装を省みる。

確かに以前は諒一を篭絡することを考えて、魅力を前面に押し出したような格好をしていた。

だが、それでは諒一は篭絡できないということを学んだファムは、駐在所に転がり込んだのをきっかけに、どちらかといえば地味な、はっきり言えば気合いを抜いた格好をすることにしたのだ。

無論、これにはこれで意味がある。

「諒一さんって、変に女らしくすると逃げちゃうんですよ」

「あー、確かにお巡りさんはそんな感じだねえ」

「それなら一緒にいても落ち着けるような格好のほうがいいかなって思って」

「そうだねえ。そのほうがあたしらも付き合いやすいしねえ」

と、おばあさんが顔をくしゃっとさせて笑うと、ファムも微笑み返す。

実際、枯れてるとしか思えない諒一に、女らしい格好で迫っても意味はなかった。

それなら、一緒にいて安心できるような、身近な女性として意識させるほうがいい。

どうせ地の性格はバレてるのだから。

「あんた、本気でお巡りさんと付き合うんかい?」

「はい」

「こりゃあ、孫が楽しみだねえ」

「孫って」とファムが苦笑してしまう。

諒一はあくまでこの駐在所のお巡りさんだ。

何も血がつながっているわけではない。

しかし。

「あたしら年寄りにとっちゃ息子みたいなもんさ。なら、その子は孫だ」

「あらら」

「あんたも最近は娘みたいに感じるよ」

「ありがと、お婆さん♪」

何故か、素直にそんな言葉が出てしまったことに驚きつつも、決して悪い気分ではないファムだった。

 

 

そんなのんびりした毎日が一ヶ月も続いたころ。

とある日の夜。

夕食をとった諒一がまだ書類が残っているというので、再び机に向かってから一時間。

さすがにかかりすぎではないかと感じたファムが顔を出してみると、机に突っ伏して寝息を立てている姿が目に入った。

「たく……、風邪ひくわよ」

そう呟きながら、身体を冷やさないようにと上着をかける。

そして、働いたまま眠ってしまった男の背中を見つめ、とりとめもないことを思う。

自分がここに来た目的。それは諒一からティーガーとアスクレピオスの情報を引き出すためだ。

しかし、この一ヶ月そんなことをまったく考えなかった。

穏やかな毎日の中で、諒一の帰りを待つ時間が、そして二人で過ごす時間があまりにも心地よすぎて、考える気にもなれなかった。

そして。

(これから先も、きっと考えない……)

そう、思ってしまう。

理解していた。

今、ここにいる自分は『ファム』ではないと。

そして、『ファム』が作り出した『内原美佐枝』でもないと。

「これが『私』だったなんてね」と、少し自嘲気味に呟く。

 

そうよ。これが『私』……。

 

「さすがに、もう名前は変えられないわ」

 

美佐枝でいい。でも……。

 

「……『日野美佐枝』か。そんなに悪くはないわね」

それが『自分』の願いだと、かつてファムだった女は気づいてしまった。

穏やか過ぎる毎日と、そんな空気で自分を包み込んでしまった男が、自分でも気づかなかった本性を暴きだした。

亡国機業の『ファム』ではない。

情報を得るために演じた『内原美佐枝』でもない。

こんな自分にも安らぎを与えてくれる。

そんな愛しい人の妻になりたいと願う平凡な『日野美佐枝』こそが本当の自分だった。

「勝てるわけなかったのね。こんな人に……」

きっとどんな人間でも受け入れるのだろう。

助けを求める人、困っている人がいるなら頑張るのだろう。

そんな強く、優しく、でも穏やかな空気を持つ日野諒一という男は、近づいてしまった相手の心を暴き、そして助けてしまうのだ。

「……苦労するわよ。私、あなたから離れたら、誰にも助けられなくなるから」

その言葉に答えるかのように身じろぎする諒一を見て、美佐枝は思わず口元を手で隠す。

すると、すぐに諒一は身体を起こした。

「あれ?」

「諒一さん、寝てたのよ」

「あっ、すいません。上着かけてくれたんですね」

「風邪ひかれちゃ困るもの。ちゃんと働いて私のこと養ってくれないと」

「はは」と、苦笑いする諒一に、美佐江はもう一度、今度ははっきりと告げる。

「私、あなたから離れられそうにないから。責任とって養いなさい」

「いや、えっと、本気ですか?」

「本気♪」

さすがに目を丸くしてくる。

そんな彼の反応が、なんだか可愛らしくて、美佐枝は思わず笑みを返す。

「えっと、その……」

「おヨネさんが孫が楽しみだって言ってたわ。もう逃がさないから」

「マジですか?」

「マジ♪」

そう答えると、諒一は一瞬天を仰ぎ、そして何故か机の引き出しを開けた。

そこにあったのは小さな箱。

「なにぶん、頭が良くないので。必死に気の利いた言葉を考えてたんですけど間に合いませんでしたね」

そういって箱から取り出したのは指輪だった。

「りょういち、さん?」

「俺はそこまで鈍くないつもりです。ただ、あなたが本当に心を委ねてくれるまでは、そういうことはしないと決めてました」

「それって……」

「けっこう最初から、あなたに惹かれてました、美佐枝さん」

そういって苦笑いしつつ、諒一は美佐枝の左手をとる。

抵抗する気など起きるはずもなく、美佐枝はなされるがまま、薬指にはめられる指輪を見つめてしまう。

「今は、あなたが心を委ねてくれているように感じるんです。なんとなくですけどね」

「……間違いじゃないわ。私の心、全部持ってかれちゃった」

自分が本当に心をさらけ出すまで待ち続けていたのだとするなら、篭絡されていたのは自分のほうだったのだ。

それなのに、負けたという気持ちがまったく湧かない。

ただ、言い様のない幸福感だけがある。

美佐枝がそんな包み込むような温かさを感じていると、何故か諒一は情け無さそうに頭を下げた。

「結婚式は資金が貯まるまで待っててください」

「入籍してくれるだけで十分よ」

もともと捏造された戸籍だ。

それでも自分が『日野美佐枝』になったという証としてこの世に残る。

それが、とてつもなく嬉しい。

そんなことを思っていると、諒一は言い辛そうにしながらも口を開く。

「で、ですね」

「うん」

「俺も男なんで、さすがに我慢にも限界があります」

「うん」

「……いいですか?」

「はいっ♪」

満面の笑みを見せた自分を見て顔を真っ赤にした諒一に、美佐枝は生まれて初めて女としての幸福を感じていた。

 

それから一年ほどして、美佐枝は母親となった。

生まれてきてくれたのは父親に似た男の子だった。

自分の中で育まれた命にこれほどの愛しさを持つなんてと驚いたが、一緒に暮らしてきた人の子ならば当然かと思い直す。

そんな男の子に、父親となった諒一は『諒兵』と名付けた。

「兵士の兵?」と、美佐枝が眉を顰めると、諒一はその意味を解説する。

「『つわもの』って使われる時もあるんですよ。強い子になってほしいですから」

「確か諒一さんの諒は『まこと』って意味があるんだっけ。『まことのつわもの』か。いいわね、きっと強い子になってくれるわ」

そういって、夫婦から両親となった美佐枝と諒一は笑い合う。

それが、きっと、かつてファムだった女にとって一番幸せな瞬間だった。

 

 

 

その場にいた全員が黙りこくったままだった。

両親の想いが込められた贈り物を諒兵はちゃんと受け取っていた。

望まれぬ生ではない。捨てられた子ではない。

自分が生まれてくることを父も母も望んでいてくれたのだ。

「兄貴……」

「この先ぁ、正直話すのがつれぇ。端折ってもいぃんだがよ」

諒兵の言葉に、丈太郎はそう答える。

しかし、それでは何故、母は自分を捨てたのか。

何故、亡国機業に戻ったのか。

それを、わからないままではいられない。

少なくとも、両親が悪い人間ではなかったことが理解できた今となっては。

「諒兵、どうする?」と、一夏が尋ねる。

その場にいた全員が、自分のことを見つめている。

そこにある感情は様々だ。

興味があることを隠し切れない者。

自分が心に傷を負うのではないかと同情する者。

強い憎しみを抱くことになるのではないかと案じる者。

そんなみんなの視線を受け、諒兵は答える。

「教えてくれ。俺がまどかのことを受け入れてやるためにゃ、たぶん一番大事なところだろ?」

「……あぁ、それぁ間違いねぇ」

「……心配すんな。俺の親父もおふくろも、そんなに悪いやつじゃなかった。それだけでも気は楽になった」

『そうですね。私が選んだ人の両親ですから当然ですけど。できれば、ご挨拶したかったです』

「待てコラ」と、レオの言葉に思わず苦笑する諒兵だった。

 

 

 

 



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第145話「空が泣く夜に」

その日。

過去は決して切り離せないものだということを、美佐枝は否応無しに思い知らされた。

 

 

出産のために入院していた美佐枝は、迎えにきた諒一と共に病院を出る。

「駐在所は大丈夫なの?」

「ノリさんが見てくれるっていってました」

「……農家のお爺さんがいるだけでいいのかしら?」

「気にしないで、ちゃんと嫁さんと子ども迎えに行ってこいって」

そういって笑う諒一の言葉に、美佐枝は苦笑してしまう。

地域の住民に好かれているためか、こういうときに力を貸してくれる。

そして、甘えられるのであれば、素直に甘えるのが諒一のいいところだ。

「いい人たちね」

「はい」

(そんな人たちに好かれるのが、あなたの凄いところなんだけど♪)

と、褒め言葉は口に出さない美佐枝である。

あまりベタベタするのは好きではないからだ。

それでも、内心では誰よりも信頼してしまっているし、そんな状態にあることに幸せを感じてもいる。

そんな想いを、腕の中で眠る赤子に伝える。

「諒兵、今日からあなたもいい人たちの仲間入りよ♪」

「そうだよ、諒兵」

と、諒一も自分の息子として生まれてきてくれた赤子に、優しい笑顔を向ける。

その笑顔が美佐枝は好きだった。

出会いがどんなかたちであれ、自分たちは夫婦となり、そして今、息子を得て家族となった。

とても小さな、だが、間違いなくしっかりとした一つの世界が出来上がった。

この世界を壊したくないと美佐枝は思う。

(園長先生も言ってたし、頑張らないと……)

美佐枝が妊娠していることがわかったとき、諒一は孤児院『百花の園』に美佐枝を連れて行った。

以前、お世話になった人として、その孤児院の園長を紹介してくれたのだ。

正直、園長の裏の名『黒百合』の名を知っている身としては緊張するどころの話ではなかったが、拍子抜けするほど穏やかなお茶会となった。

そのとき。

 

「貴女が幸せになるためには普通の人より頑張らないといけません。出来ますか、美佐枝さん?」

 

園長はそう問いかけてきた。

自分のことに気づいている。

気づいていて、なお、諒一と家族として幸せを築いていく覚悟があるのかを問いかけてきたのだ。

そのとき、美佐枝は答えた。

傍にいてくれる人と自分の中に宿った命のために、精一杯やっていきます、と。

(でも、頑張っただけのものが得られるもの)

そう想い、腕の中ですやすやと眠る赤子と、傍で微笑む諒一のを顔を見る。

「はい?」

「ううん。なんでもないわ」

そういって、笑いながら言葉を濁す。

これから先も、日野美佐枝として、諒一の家族という世界に生きられるのなら、頑張った以上の報酬を得られる。

そこに苦労なんて感じないと美佐枝は思っていた。

 

 

帰宅後。

夕方になり、ようやく一息つけた。

何しろ、近所のお年寄りがやけに入れ替わり立ち代わり赤子を見にくるからだ。

自分たち以上に楽しみにしているものもいたらしい。

おかげで赤ちゃんグッズが、購入しなくても十分なほどに揃ってしまった。

「助かりますけど、申し訳ないですね」

「この際、甘えちゃいましょ。それに、その……式も挙げないと収まりつかないみたいだし。お金が必要だもの」

そう答えつつ、美佐枝は赤子に母乳を飲ませていた。

そこにいやらしさを感じさせないのは、『母子』という完成された姿だからだろう。

仕事をしつつ、ときどき様子を見にくる諒一のことも気にはしない。

当たり前で、でも、貴い。

それが家族なのだと美佐枝は理解していた。

 

先に子どもが出来てしまったことと、金銭的な理由から美佐枝と諒一はいまだに式は挙げていない。

入籍は済ませているので、戸籍上は夫婦になっており法律の上では『一応は』問題ないが、如何せん地域の人たちに好かれている諒一である。

当然、結婚式を行うことを期待されていた。

「立食パーティみたいな感じでもいいと思うし」

「それだと、どっちかというと結婚式というより、諒兵のお披露目会になりそうですね」

と、諒一が苦笑するが、実際にその通りになりそうだと美佐枝も思う。

地域住民が集まれる機会などそうはないので、便乗して楽しむだけのものもいるかもしれないが、それもいいかなと美佐枝は考えていた。

いずれにしても、みんなが集まって祝福してくれるのだろうから、と。

そんなことを考えていると、ぷあっと赤子が満足したように口を離す。

美佐枝はすぐに赤子の体を持ち上げると、その小さい背中をぽんぽんと叩く。けぷっと可愛らしいげっぷをしたのを確認してから、ふうと息をついて服を下ろした。

「淡白ねえ」

「そうなんですか?」

「お腹いっぱいになるとすぐに離れるのよ、この子。お父さんはしつこく触ってくるのにねえ♪」

「誤解を招く言い方はやめて」

「あら、ホントじゃない♪」

夜の営みの話はさすがに照れくさいのか、顔を赤くする諒一を見てクスクスと笑う。

そのままぶつぶつと何事か呟きながら書類仕事に戻る諒一の背中を見て、些細なことで一緒に悩んだり、ケンカしたりするような小さな幸せがいつまでも続けばいいと美佐枝は思っていた。

 

 

 

話を聞いていると「なるほど」と弾が何か納得したかのように呟いた。

「何かわかったの~?」

「ああ」と、本音の言葉にやけに重々しい口調で答える。

「まだ、特に変わったところはないけど?」と、簪は首を傾げた。

だが、本当になにやら気づいたらしく、弾は諒兵に視線を向ける。

「あ?」

「お前、生まれたときから筋金入りのちっぱいスキーだったんだな」

「よし、よく言った。表に出やがれコノヤロウ」

ずっこける全員を尻目に、いきなり廊下でどつき合いを始める二人。緊張感のないことこの上ない。

ようやく立ち直った者たちのうち、鈴音がちらりとラウラの胸を見る。ラウラもちらりと鈴音の胸を見る。

視線を交わし、グッと小さくガッツポーズを決める二人の少女。

そんな姿を見て、抜群にスタイルのいいブリュンヒルデこと千冬は呆れた様子でこめかみを押さえていた。

そして。

「話ぃ続けんぞ」

頭にたんこぶをこさえた諒兵と弾が渋々席についたのを見ると、丈太郎は一つ咳払いをして再び話しだした。

 

 

 

夜更けに降り始めた雨は、不思議と静けさを齎していた。

赤子をゆりかごに乗せ、美佐枝はあやすようにゆっくりと揺らす。

そろそろ自分たちも寝る時間だ。

もっとも生まれたばかりの赤ん坊にすぐに起こされるのだろうが、それも苦ではない。

今はお風呂に入っている諒一もそろそろ出てくるだろう。

そのときだけは赤子を任せるつもりたった。

すると、コンコンと駐在所の入り口が叩かれた。

「誰かしら?」

そう呟きつつ、応対するだけなら自分でも大丈夫だろうと美佐枝はゆりかごから手を離し、駐在所の中に入って、そのまま固まってしまった。

美佐枝の目の前に現れた女性は、冷たい眼差しを向けたまま、扉を開ける。

「……ティーガーやアスクレピオスだけなら、まだ疑うことはなかったわ」

「えっ……?」

「でも、貴女までこうなると話は変わってくる」

「なに……?」

状況が掴めない。

美佐枝にとって、この女性は初めて目にする人間だ。

ただ、かつての自分の残滓が辛うじて情報を与えてくる。

『ファム』と同じ世界の住人だ、と。

「トップクラスの構成員を軒並み引き抜いてみせた。日野諒一。敵対者としてブラックリストのトップに記録すべき名前だったわ」

「違う。諒一さんはそんな人じゃ……」

美佐枝がそう反論すると、女性は一瞬目を見張り、そしてため息をつく。

「貴女をそこまで変えてしまうなんてね。残念だわ『ファム』……」

「す、こー、る……」と、美佐枝はかつての自分の名を呼ばれて、ようやく対峙する相手の名を発することができた。

かつて『ファム』とは悪友といえる関係にあった女性。

しかし、美佐枝とは違う。

「実働部隊や研究員ならともかく、諜報員の裏切りへの制裁は死。忘れてしまったかもしれないけれど」

何故か、スコールは悲しげな表情を見せてくる。

だが、そんなことはどうでもいい。

かつての自分の残滓がスコールの言葉が間違いではないことを伝えてくる。

諜報員は、その任務上、様々な情報を得ることになる。

国家機密レベルものも、そこには含まれる。

スコールが所属する組織は、そういった情報も取り扱っている。

そして、その情報を手に入れてきた諜報員の頭脳には組織が危険となる情報もごまんとある。

ゆえに、裏切った諜報員は極めて速やかに『処分』する必要があるのだ。

「安心しなさい。あの男も同じところに送るわ。せめてもの慈悲よ」

そういってスコールは懐から小さな銃を取りだす。

見覚えがあった。

ただの銃ではなく、以前開発された特別なものだという情報が頭の中に残っていた。

「い、いや……」

しかし、それを見た美佐枝にできたのは小さな声を漏らす程度だった。

やっとの思いで手に入れた小さな幸せ。

それを奪われたくない。

そう思うも、身体が思うように動いてくれない。

かつての自分なら、この状況でも何かできただろうが、美佐枝は動けない。

今の自分は、平和でのんびりした田舎町のお巡りさんの妻でしかないのだ。

すると。

ふぁぁという声がして、すぐに赤子がぐずるような声が聞こえてきた。

美佐枝は思わず反応してしまう。

「りょうへいっ!」

「貴女……、まさか子どもを産んだのっ?!」

スコールは異常ともいえるほど驚いた様子で問い詰めてくるが、今の美佐枝にとってそんなことは小さなことでしかない。

子どもが泣いていれば、すぐに反応するのは親として当たり前だからだ。

あっさりとスコールに背を向けて、自分の子どものもとへと向かう。

しかし、そんな状況を見逃すことなど、スコールがするはずがなかった。

「くッ!」

わずかに悔しげな声を漏らしつつも、美佐枝の背中、心臓の位置に向けて引き金を引く。

その光る銃弾から、この子だけは守らなければとゆりかごごと抱き上げる美佐枝は、何故か強引に伏せさせられた。

「ぐあぁああぁッ!」

男性の声が響く。

今までその場に男性はいなかったはずなのに。

 

「いやァアァァアアァアァッ、諒一さんッ!」

 

ドッとその場に膝をついた姿を見て、美佐枝は絶叫した。

心臓の位置に穴が開いてしまっている。

その意味が、美佐枝にも理解できた。

「諒一さんッ、りょういちッ!」

「りょうへいを、たのむ……」

苦しげに穴の開いた胸を押さえつつ、諒一はそう呟くように告げる。

「いやっ、いやあぁッ!」

まるで狂ってしまったかのように首を振る美佐枝に、諒一は声を荒げた。

「はやくにげろッ、みさえッ!」

「あ、あ、う……」

「逃がすわけにはいかないわッ!」

再び放たれる銃弾。

諒一は最後の力を振り絞ったのか、ゆりかごを抱えたままの美佐枝を勝手口のほうへと突き飛ばした。

「があぁっ!」

そのまま自分の身体で銃弾を受け止める。

男として、父として自分たちを守ろうとしてくれている。

ならば今の自分にできるのはこれしかない。

心が悲しみで絶叫していても。

「うぁああぁああぁぁあぁあぁぁぁっ!」

泣き声を上げながら、赤子の入ったゆりかごを抱え、美佐枝は冷たい夜の雨の中へと走り出したのだった。

 

スコールは息絶えた諒一の姿を一瞥すると駐在所を出る。

そして、止まっていた自動車に乗り込んだ。

「ファムを逃がしたわ。追いなさい」

「了解」と、運転席に座っていた男はそう答えるなり、すぐにエンジンをかけた。

その音を聞きながら、ウィンドウを叩く雨を見つめる。

(あのファムが子どもを産んでたなんて……)

同僚だったころの友人を思い出す。

彼女は子どもを産むなど有り得ないと断言していた。

任務に差し障りが出るからだ。

まして、たいていの男は篭絡できる。そんな連中の子など産みたいとは思わないとまで言っていたのだ。

しかし。

(あの男はファムをそこまで変えてしまった。ある意味ではとてつもない危険人物だったということなのかしらね……)

もう自分の友人だった人間はこの世にはいない。

感傷に浸ってしまう自分をらしくないと思いながらも、スコールは言い様のない孤独を感じていた。

 

それから五分後。

駐在所を別の人間が訪れていた。

諒一の遺体を調べ、脈がないことを確認すると、深いため息をつく。

「間に合わなかったか。すまぬ」

そういって切れ長の目の男性、更識楯無はわずかばかり頭を垂れる。

「日野、お前はやはりこちらに関わるべきではなかった……」

楯無としては、諒一のような人間は裏世界に関わらず、平穏に生きていればいいと思っていた。

呆れるほどのお人好しが生きていけるほど、裏世界は甘くない。

ゆえに、かつて織田深雪と斑目陽平が脱走するのを手助けした後は完全に諒一とのつながりを断ち切っていた。

だが、その結果、諒一は逆に一人で狙われる羽目になってしまった。

それは自身の不明のせいだと楯無は悔いる。

「いや、裏組織などというものは、存在すべきではないのかもしれぬな……」

楯無もまた、裏に身を置く人間だ。

それゆえに厳しさも理解している。

そして、理解しているからこそ、それが如何に異常かも考えることができる。

「刀奈……」

何者かの名を呟いた楯無が胸中に何を抱いたのかは、誰にもわからなかった。

 

 

 

さすがに空気が重くなった。

最初から死をほのめかされていたとはいえ、それでも人の死は重い。

まして、話を聞く限り、諒兵の父親は並外れたお人好しだ。

何故、そんな人が命を落とさなければならなかったのかと思う。

普通に考えれば、亡国機業のスコールという女性が諒兵の父親を殺したといえるだろう。

その理由は裏切り者となった諒兵の母親を始末するためであり、いわばとばっちりだ。

そうなると、諒兵の父が死んだ原因は母の過去にあるといえる。

でも、だからといって。

「……私、諒兵のお母さん嫌いじゃないわ」

そういったのは鈴音だった。

性格的に近いものがあるのかもしれないが、それ以上に、本当に小さな幸せを望んでいただけの女性を嫌いになることなど鈴音には出来なかった。

話を聞いていただけでも、むしろ仲良くなれそうな気すらしてくるのだ。

(……歯車が食い違った。諒兵のお父さん、お母さんも、そんな感じなのかも)

そうシャルロットは考える。

自分の父と母の出会いも別れも、義理の母であるカサンドラに原因がある。

あるべき家族の形が壊れてしまったのは、カサンドラが不妊症だったからだ。

だが、今のシャルロットはカサンドラを嫌えない。

待ちに待っていた子どもが別の女から産まれたなど、死より辛い苦しみだろう。

そう思うと嫌いになれないのだ。

ゆえに、亡国機業の諜報員だった諒兵の母親が、普通の人と小さな幸せを掴みたいと願ったことは仕方がないと思う。

そして、かつての友人の手で始末される羽目になったことも、大きな組織が絡んでいるとなれば、どうしようもないことだと理解できてしまっていた。

(私のお父様も、思えば諒兵さんのお父様に似てますわね……)

女尊男卑の思想から、強い母に対して情けない父だと見えていたセシリアだが、見方を変えればしっかり者の母に対し、優しく穏やかな父であったともいえる。

だからこそ、一番危険なときは必ず家族を守る。

そんな諒兵の父親の死に様が自分の父に重なってしまう。

そして母を尊敬しているだけに、自分の妻と子どもを守って果てたような男性が愛した女性を嫌うことなどできそうにない。

「だんなさまがここにこうしているということは、母君は守り通したということだ。それは決して間違いじゃない」

諒兵の母親は我が子を捨てたのではない。

守り通し、そして信頼できる相手に委ねたのだ。

母の愛。その証として諒兵は生きているということができるのだ。

それは今のラウラなら十分以上に理解できる人としての『強さ』だった。

「兄貴」と、ただ一言、諒兵は呟く。

その言葉に丈太郎は素直に答えてきた。

「話ぁもう少しで終わる。最後まで聞いてくれ」

そういって語り出す丈太郎の言葉に、全員が真剣に耳を向けていた。

 

 

 

 

 



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第146話「別れ」

真面目に聞いていた箒に対し、ヴィヴィが問いかける。

「何だ?」

『リョウヘイのママー、どう思うー?』

直接、丈太郎から話を聞いている鈴音、シャルロット、セシリア、ラウラが何を思ったか。

気を利かせたのか、その場にいたISコアたちがヴィヴィにも教えてくれた。

ゆえに、箒がどう思うのか気になったらしい。

少しの間、思案したのち、箒は口を開く。

「虫が良すぎる」

『んー?』

「裏組織の諜報員だったんだろう?話を聞く限り、人を殺してきたこともあるはずだ。なのに、罪を償わずに幸せになろうなど虫が良すぎる」

それは正しい答えといえるだろう。

ファムであったころに犯した罪が、美佐枝になったことで消えたわけではない。

だが、諒兵の母親は罪を償うことなく、正確にいえば罪を犯していた自分自身のことを忘れ、自分を受け入れてくれる人に身を任せた。

それは、箒の言うとおり、確かに虫が良すぎる話である。

『ホウキってけっこうロウフルー』

「何だそれは?」

『クソ真面目ー』

「お前一発殴っていいか?」

真面目ならともかく、クソ真面目だと罵倒されてるとしか思えない箒である。

だが、ヴィヴィとしては一応は褒めたつもりらしい。

『法を犯さないってことー』

「さすがに全部とはいえないが、法を守るのは当たり前だろう?」

本来、法とは人が人と生きていくために作った決まり事だ。

互いに守った上で、共存していくのがあるべき人の生き方だろう。

ただ、そんな簡単にいくものでもない。

『みんなー、一番大事にしたいのは自分の気持ちだからー』

「それは否定しないが……」

それがわからないほど頑固でもない箒だが、諒兵とは距離を置いているためにそういった意見が出る。

しかし、それも一つの正しさだ。

『そこは自信持っていいぞー』

「何でお前の言葉は妙に引っかかるんだろうな?」

褒められているはずなのに、褒められている気がしない箒だった。

 

 

 

雨の中を走り続け、民家の塀に身を寄せた美佐枝は、そのままずるずると腰を下ろした。

はあはあと荒くなった息を必死に整える。

赤子の入ったゆりかごを抱えたまま走り続けるのは美佐枝にはけっこうな重労働だった。

(身体が鈍ってる……)

かつての自分の残滓が、嘲るように今の自分を責め立てる。

昔はもっと身軽に動けた。それだけでなく、お荷物はすぐに捨てただろう。

今、完全なお荷物になっているのは……。

「捨てられるわけないじゃないのっ!」

自分が産んだ愛する人との結晶。

美佐枝に、それを捨てることなどできるはずがない。

諒一は言ったのだ。「りょうへいをたのむ」と。

あのとき、他の誰でもなく、自分に大切なものを託したのだ。

その想いを裏切ることなどできるはずがない。

大事な我が子を手放すことなどできるはずがない。

でも。

「私のせい、よね……」

自分の過去が、今の幸せを壊そうと追い縋ってきた。

忘却の彼方へと追いやっていた『ファム』としての過去が、退屈でも平穏な幸福に満たされていた『美佐枝』という今を壊そうとしている。

自分が『ファム』でなければ、本当に最初から『内原美佐枝』という、どこにでもいる一般人だったなら、きっとこんなことにはならなかったはずだ。

『日野美佐枝』に変わることも、まったく無理な話ではなかったはずだ。

自分が『ファム』から『日野美佐枝』に変わろうとしたことで、その歪みが自分に襲いかかってきているのだ。

その結果、諒一は命を落とした。

「うっ、うぅ……」

そう思った途端に涙が溢れてくる。

誰かに殺されるような人ではないのに。たくさんの人と、ただ平穏に生きていけるはずだった人なのに。

自分のせいで命を落としてしまった。

そのうえ自分も命を狙われている。

だが、自分は自業自得だ。過去を都合よく忘れ去ろうとした報いだ。何もなかったことになど出来ないのに。

そして。

「……諒兵も殺される。生かされたとしても拉致される」

このままでは、平穏な生活など望むべくもない。

せめて死んだのが自分であれば、諒一がきっと立派に育ててくれただろうと思う。

だが、今、赤子を抱えているのは自分だ。

自分が何とかするしかない。しかし、追跡をかわしながら育てていくには、かつて自分がやってきたことが邪魔をしてしまう。

諜報員を放置したまま見逃してくれるはずなどないのだから。

そうなれば。

「園長先生にお願いするしか……」

『百花の園』の園長なら、何とか守っていってくれる可能性がある。

もともとが孤児院だ。預かってくれる可能性も高い。

ただ、それはすなわち我が子と別れることになるということだ。

きっと、もう二度と会えない。

切り離せない過去のせいで、愛する人の命を奪われ、愛する我が子と引き離されるのが自分の運命だというのなら。

「……『ファム』になんか、なりたくなかった……」

嗚咽を漏らしながら、美佐枝はそう呟いていた。

 

しばらく休むことで体力を回復させた美佐枝は、今度ははっきりと孤児院『百花の園』を目的地として歩きだした。

自分の手で育てるのは、あまりにも難しい。

なら、信頼できる相手に委ねるしかない。

それが、かつては組織と敵対していた人間であるということはいったいどんな皮肉だろうと思う。

それでも、今はそこ以外に選択肢がない。

ゆえに、ゆりかごを濡らさないように、自分の身体を傘代わりにして抱える。

「諒兵、もうちょっと我慢して」

自分のいっていることが理解できるはずがないが「だあ」と、赤子はその小さな手を伸ばし、美佐枝の頬に触れて笑ってくれた。

それだけで、何としても守り抜こうという強い意志が芽生えてくる。

赤子には何の力もない。

誰かの手を借りることしか出来ない。

だからこそ、傍にいる者の庇護欲を掻き立てる。

それはある意味では自然の摂理といえるだろうが、きっと、それだけではないはずだと思う。

自分と諒一の想いをカタチにしたのが、この子だ。

ゆえに、自分を励ましてくれたのだと美佐枝は感じる。

それこそが親子の愛情なのだ、と。

そんなことを考えながらどれだけ歩いただろう。

ようやく『百花の園』の建物が見えてきて、美佐枝は安堵の息をつくと共に、胸が締め付けられるような痛みを感じる。

あそこまでいけば赤子は守られる。

でも、自分は二度と会えない。

あそこまで辿り着いたが最後、そこで自分の母としての役目は終わる。

終わってしまうのだ。

ほんの数時間前は、これから長く妻として母として大変な日々が続くと思っていたのに、こんなに早く終わってしまう。

そう思うと自然と足が重くなる。

まだ少し。

もう少し。

この子の母親でいたい。

その思いが自分の足に錘となって絡みつく。

気づけば、後数百メートルというところで足は止まってしまっていた。

また、涙が零れてくる。

前に進めば別れ。このままならば地獄への道連れ。

自分にとっても、我が子にとっても、それは決していい未来とはいえない。

ならば、少しだけでもいい方向にいけるように前に進むべきなのに、足が動いてくれない。

この手に何一つ残らない運命なんて、望んだ覚えはないのに。

「諒一さん、私、どうしたらいいの……?」

もはや、答えてはくれない人に縋るしかできない自分を情けないと思う。

彼が永遠に答えてくれなくなってしまったのも、原因は自分なのだから。

「きゃっ?!」

そのまま立ち止まっていると、突然腕を掴まれ、脇道に引っ張り込まれた。

程なく、通りを自動車が通り過ぎていく。

その窓からは、先ほど自分たちに襲いかかった女性の姿が見えた。

「日野に関わると、皆、普通の人間らしさを取り戻すのだな」

聞き覚えのない声に振り向くと、切れ長の目をした男性が立っていた。

「誰……?」

「更識の楯無。そういえばわかるはずだ。かつての貴様ならば」

「あ……」と、声を漏らしたのは美佐枝自身だったのか、それともかつての自分だったのか。

確かに知っていると何かが伝えてくる。自分たちとは敵対する、この国の暗部。

「私、を……?」

「それは貴様次第。ただ、ここまで来たということは、その赤子、師範の孤児院に預けるつもりなのではないか?」

孤児院で思い出す。

おぼろげな記憶の中で、かつて黒百合と更識が共闘したことがあるという情報を。

そもそも、ティーガーとアスクレピオスの脱走に、この二人が関わっていたということを。

「……日野に請われ、その二人の脱走に手を貸したのは確かだ」

「諒一さんに?」

「あの男は本当にお人好しだった。困っていると感じたから助けたい。その思いに打算も何もなかった。ゆえに興が乗った。師範も同じだろう」

そもそも諒一には何の利益もなかった。

降格されたことを考えれば損したくらいだ。

それをまったく気にしない。

そんな諒一のあまりのお人好しぶりに、何故だか手を貸したくなったのだと楯無は説明してくる。

「そうね。そういう人だから、一緒にいたいと思ったんだもの……」

しかし、自分の過去が諒一の命を奪った。

そして、この身を通して、彼との間に授かった命も奪われようとしている。

わかっている。

このまま自分と一緒にいれば、この子の未来から光を奪ってしまう。

でも、動けないのだ。

託された命を母として守り通したいのだ。

それがただのわがままだとわかっていても。

自分には過ぎた願いだと理解していても。

ゆえに。

「お願い。この子を『百花の園』に届けて」

絞り出すような声でそう告げた美佐枝は、ゆりかごを楯無へと差し出す。

「……いいのだな?」

「私が傍にいたら、この子は不幸になるから……」

我が子のために、自分にできることをする。

ただそれだけのことだ。

しかし、ただそれだけのことが、死んだほうがマシだと思えるほど辛かった。

「何か残しておきたい言葉はあるか?」

さすがに同情したのか、楯無がそう尋ねてくる。

美佐枝は彼からメモ用紙を貰うと、そこに短い文章をしたためた。

 

 

この子の名前は『日野諒兵』といいます。どうか、強い子に育ててください。

                              内原美佐枝

 

 

そして、メモ用紙をゆりかごに挟みこむ。

何故、『日野美佐枝』と名乗らないのかと楯無は訝るが、わざわざ聞こうという気にはなれなかった。

何故なら。

 

「ごめんね、ごめんねりょうへい。わたしがファムなんかじゃなければ、ホントにみさえだったら、きっとみんなでしあわせになれたのに。ごめんね……」

 

溢れる涙を拭おうともせず、我が子に縋る姿を見て理解できたからだ。

ただの内原美佐枝として人生をやり直したいのだ、と。

その想いをしたためたのだ、と。

 

「さよならっ、しあわせになるのよっ!」

 

そういって未練を断ち切るかのごとく走り出した美佐枝の背中を見つめていた楯無はポツリと呟いた。

「不器用だな。人のことは言えぬが……」

せめて託された赤子は望みどおり届けようと楯無は孤児院『百花の園』に向かって歩きだした。

 

 

雨の中。

孤児院『百花の園』とは正反対の方向に走り続けた美佐枝。

「あぐっ!」

右腕に受けた唐突な痛みに、思わず転びそうになってしまう。

叩き付けるように壁に身を預け、人の気配を感じる方向に顔を向ける。

「スコール……」

「子どもはどうしたの?」

そう尋ねてきたスコールだが、答えを聞く気はないらしい。

構えた銃を下ろそうとしていない。

「捨ててきたわ」

「かつての貴女ならそうしたでしょうね。でも、今の貴女は絶対にやらない」

あっさりとスコールは否定してきた。

理解できる、というより、感じているのだろう。

自分が、もうかつてファムと呼ばれていた人間ではなくなってしまっていることを。

そして、スコールの言うとおり、我が子を捨てることなど美佐枝にできるはずがない。

安全な場所に預けたことが、身を引き裂かれるように辛いのだから。

「ファム」

「ちがうッ!」

美佐枝が叫ぶとスコールは目を剥いた。

「ファムになんか、なりたくなかった。普通の女でよかった。普通の女として、あの人と出会いたかった。普通の女として、諒兵を産みたかった……」

 

人が羨む美貌。

誰もが振り返るような容姿。

相手を完璧に騙す演技力。

嘘すらも信じ込ませる話術。

 

普通の女の何倍もの才能をファムは持っていた。

しかし、美佐枝にとってはどれも不要なものでしかなかった。

諒一が受け入れてくれたのは、ちょっと料理が上手いくらいで、性格は決していいとはいえない自分自身だったからだ。

そんな自分の望みは、あの小さな駐在所で諒一を助けながら、我が子を一緒に育てていくという、平凡なものでしかなかった。

「返してよ……諒一さんを、諒兵を。私がホントにほしかったのはそれだけなのよ……」

普通に生きていれば、それは決して過ぎた願いではない。

むしろ無欲とすらいえるような、小さな願いだっただろう。

だが、それはすべて自分の手の中から零れていった。

ならば、もう生きてる意味すら自分にはない。

「ファム……」

「返せないんなら、もう殺して……」

そう呟いて、濡れた地面に座り込んでしまった美佐枝に、スコールは銃口を向ける。

しかし、銃弾が放たれることはなかった。

「貴女も私も、そんな平凡な幸せなんて望める人間ではないわ。わかっていたはずよ、ファム……」

ただ、寂しそうに告げるスコールの前で、美佐枝は涙を流し続けていた。

 

そうして、数十分が経った後、二人の女がいたはずの場所には、もう誰もいなかった。

 

 

 

しばらくの間、誰一人として何も言わなかった。

いえる言葉などない。

自業自得とはいえ、それでも、本当に諒兵の母親が幸せを望んではいけなかったのかと思えてしまうからだ。

「俺らが調べてわかったんはここまでだ。ただ、諒一の旦那と違って死体が見つかってねぇかんな。亡国に連れてかれたのぁ間違いねぇ」

「それでね、まーちゃんの言葉を考えると、つい最近まで生きてたんだと思う。でも、連絡が取れる状況じゃなかったんだろうね」

ゆえに、諒兵は母のことを何も知らなかった。

しかし、そこに疑問もある。

「兄貴。なんで親父のことも話さなかったんだよ?」

「理解するにゃぁ、キツ過ぎる話だ。おめぇが成長するのを待ってたんだ」

確かに、父親が殺されていたという話を理解するのは、大変なことだろう。

大人ですら難しいのだ。まだ高校生の諒兵には、実際のところ早すぎる可能性すらあった。

それでも、まどかが諒兵の前に現れてしまったことで話さずにはいられなくなったのだと丈太郎は説明する。

そして。

「この先の、諒兵のおふくろさんのことを知ってんのぁ、まどかだけだ」

「それだけじゃないんだ」

「束?」と、千冬が問いかけると束は悲しそうな顔を見せてくる。

「まーちゃんは、ちーちゃんといっくんを置いていったおとーさんとおかーさんのこともたぶん覚えてるはずなんだよ」

「あ」と、声を漏らしたのは誰だったろう。

一夏と千冬は両親に置いていかれたが、まどかは途中まで一緒に行動していた。

そうなると、二人が一夏と千冬を置いて失踪した後、どうなったのかを知っている可能性は非常に高い。

「千冬姉……」と、一夏が声をかけると、千冬は沈んだ表情で肯き、口を開く。

「一夏。母様や父様は望んで私たちを置いていったんじゃない」

今ならはっきりと思い出せると千冬は語る。

苦渋の決断を下した父と、自分たちのことを嫌わせるために涙ながらに千冬に記憶封鎖を施した母の表情を。

「母様や父様も、諒兵の父親との連絡を断ち切っていた。ただ、お前が六歳になる前、ひょんなことからその死を知ることになったんだ」

「そーなると、自分たちもヤバいって思ったのか?」と、弾。

「そうだ。だが、逃避行に私たちを巻き込めば、私や一夏は戦士としての才能をどんどん開花させてしまう可能性がある。母様はそれを望まなかった」

そのため、一夏と千冬は置いていくことにしたのだ。

当時、一夏はまだ幼かったが千冬は中学生。

もともとの身体能力を考えれば十分に戦える。

そして、そんな状況であれば、戦うことをためらいはしないだろう。

「だから、わざわざ自分たちを嫌わせたのか」と数馬。

「そういうことだ」と、千冬はため息をつく。

あくまで守るのは一夏だけだと。

自分たちのために戦いの場へと向かうことはないのだと。

そんな思いから、千冬の記憶を操作したのである。

「まどかが亡国にさらわれていたことを考えれば、たぶん、もうずっと前に……」

そこまでいって、千冬は思わず口元を押さえる。

零れ落ちる涙が、言葉以上に雄弁に一夏と千冬の両親について語っているようだった。

決して、非道な親ではなかったのだ、と。

むしろ、たくさんの愛情で包んでくれていたのだ、と。

だからこそ、諒兵の母のその後についても、一夏と千冬の両親の、おそらくは最期についても知りたいと皆が思う。

そのためには。

「諒兵、難しぃかしんねぇが、まどかを受け止めてやってくれ。あの娘ぁ、おめぇのおふくろさんの想いをきっと伝えてくれるはずだ」

丈太郎の言葉に、諒兵は答えない。

ただ、ポツリと呟く。

「もう一度、まどかに会ってからだ。決めんのはそれからだ」

「そんでいい」

安堵の息をつく丈太郎。

そして、その場にいる全員が安心したように微笑んでいた。

 

 

 

 



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第146話余話「空の向こう」

昼にしよう。

丈太郎がそういったことで、一夏や諒兵たちは連れ立って食堂へと向かっていった。

まだ話すことはあるからだ。

特に、亡国機業について。

その前に、気持ちを整理する意味を込めての言葉だった。

ただ、それだけではない。

「聞きづらいことですけど、蛮場博士は日野君のお父さんの死をいつ知ったんです?」

そう尋ねてきたのは、残っていた誠吾だった。

あくまで傍観者の立場であるからこそ、気になったということができるだろう。

「理解できたのぁ、十七、八のころか。いなくなったんを知ったのぁすぐだ」

その言葉を引き継ぐように、束がポツリと呟く。

「あのおっさん、上手いこといってたっけ……」

「おっさん、ですか?」と真耶。

「おじさんに会えなくなって、どうしたのかなって思って、行った場所があるんだ」

「……束、無理に話す必要はないぞ」

「ありがとちーちゃん。でも、思い出せるときには思い出したほうが心の整理もつくみたいだよ」

そういって、寂しそうに微笑みながら束は話しだした。

 

 

空の向こうへいく。

その目的を得た束は比較的真面目に学校に通うようになった。学校は資料集めにはちょうど良い環境が整っているからだ。

教師や生徒などは、相手にしなければ煩わされることもない。

束のコミュニケーション障害はこのころに形成されたといってもいいだろう。

とはいえ。

「最近、おじさん来ないな……」

自分がやってみたいことに気づかせてくれた諒一が、最近この町に来なくなった。

それが、少し寂しいと束は思う。

友人が決して多いとはいえない束は、逆に一人一人をとても、というより異常なまでに大事にしてしまう。

その一人に会えないことは、当然気がかりとなるのだ。

その日も、そんなことを考えながら帰宅の途についていた。

俯いて考え事をしていたせいか、ドンッと何かにぶつかってしまう。

「あっ、ごっ、ごめっ……」

どうにも上手く言葉が出てこない。

少なくとも、嫌われない程度に話そうとはしているのだが、自分の会話についてこれるのが友人しかいないため、知らない相手だとどもってしまうのだ。

ただ、ぶつかった相手は。

「なんでぇ、ちびすけ」

「あっ!」

見覚えのない格好をした、見覚えのある相手だった。

中学校の制服、ぶっちゃけ学ランを着ていた丈太郎だったのだ。

「お前っ、なんでそんな格好してるっ?!」

「中学生になったかんな」

「ちゅーがくせー?」

「小学校卒業したんだよ。もうガキっぽいことぁできねぇな」

そういって笑う丈太郎が、何故だかひどく遠くにいったように見える。

出会ったころは自分と張り合うような子どもだったはずなのに。

そんな想いからか、拗ねたような言葉が出てしまった。

「少し大人になったくらいでえらいわけじゃないじゃん」

「あぁ。別にえらくなりたかねぇ。叶えてぇ夢ができただけだ」

「ゆめ?」

「空の果てまでいく。そのための翼を作るって決めた」

聞けばずっと空を飛ぶことに憧れを持っていたらしい。

でも、飛行機乗りになるのは自分のイメージとは違うという。

「俺の翼を作る。だから中学卒業したらアメリカで航空工学勉強すんだよ」

お前と会うのももうすぐ終わりだという丈太郎に、何故だか突き放されたような感覚を持った束はムキになって反論する。

「私はっ、空の向こうまでいってやるんだからっ!」

そう叫んで走り出した束をぽかんと見つめる丈太郎を尻目に、束は走った。

今はただ、おじさんに会いたい。

そう思って走り続けた。

 

そうして走り続けて、束は気づけば諒一と出会った公園に辿り着いていた。

そこにスーツ姿を見つけて嬉しくなる束だったが、よく見ると諒一よりもだいぶ年老いた男性だった。

自分の神聖な場所に邪魔者がいるような気がして、ムッとした束は近寄って男性を問いただす。

「おっさん、ここで何してんの?」

「ん?何だ嬢ちゃん?」

「聞いてんのはこっちだよ。ここは大事な場所なんだ。どっかいけ」

「最近のガキはおっかねえなあ。日野のヤツもよく付き合えてたもんだ」

「ひの?」

「昔の同僚だよ。日野諒一。底抜けのお人好しさ」

「おじさんのこと知ってんのっ?!」

見知らぬ初老の男性から、諒一の名前が出てきて束は驚いてしまう。

でも、今、諒一がどうしているのか知っているというのであれば、なんでもいいから聞きたかった。

「日野と親しかったガキってのはお前さんか。俺は徳田信介。徳さんって呼ばれてた」

「おじさん、隣町にいってからこっち来なくなっちゃったんだ。隣町ってそんなに忙しいの?」

「いや……、あいつはもっと遠いところにいっちまったよ」

「遠く?」

そういって束が首を傾げると、徳さんは青空を見上げる。

「空の向こうさ」

「何で?空の向こうには、私が連れてくって約束したのに」

「とんでもねえガキだなあ」

呆れた顔を見せる徳さんに対し、束は真剣な眼差しを向ける。

それで、束が本気であることが理解できたらしい。

徳さんはフッと微笑む。

「置いてくつもりはなかったんじゃねえかな。ただ、あいつは困ってる人がいるとすっ飛んでっちまうからなあ」

「そんなとこで誰が困ってるっていうのさ?」

空の向こうで困っている人などいるはずがない。

そのくらい束は十分理解できる。

だから納得いくはずがない。

しかし、徳さんは寂しそうな顔をして、その名を告げる。

「神さまだよ」

「は?」

「どんな奴でも困ってるっていうなら助けにいっちまうからな。それが神さまでも変わらねえんだろうよ。日野にとっちゃあな」

その言葉が、何故なのかはわからないが、束の胸にすとんと落ちる。

ありえないことであるはずなのに、本当に諒一は神さまを助けに空の向こうへいってしまったように思う。

諒一は、そういう人間だと感じていたからだ。

できれば、自分だけを見ていてほしかったけれど、他の人をないがしろにできる人間ではないと感じていたからだ。

そこに困っている人がいるのならば、きっとどんなところへでも飛んでいってしまう人だ、と。

「今頃は、必死に自転車こいでるんじゃねえかな……」

そう呟いた徳さんと同じように青空を見上げた束の目に、遠く離れていく赤毛のお巡りさんの背中が映る。

自然と、涙が零れていた。

わけがわからない。

何故、涙が出てしまうのか。

意味がわからない。

どうしてこんなに胸が締め付けられるのか。

「わたしはぜったい、『空の向こう』にいく」

「嬢ちゃん?」

「おじさんにあったら、かってにいっちゃったこと、おもいっきりおこってやる」

青空を見上げながら、涙声でそう呟く束に徳さんは笑いかける。

「ああ、そうしてやってくれ。まったく周りに心配ばっかりかけやがるからな、あいつは」

「うん。ぜったいそーする」

そう答えた束には、一瞬、困ったような顔で振り向いた諒一の顔が見えた気がした。

 

 

 

その場をしんみりとした空気が包む。

『天災』であり、稀代の偏屈であり、世界を変えた問題児である篠ノ之束の、あまりにも少女らしい悲しい思い出話に、全員がただ聞き入っていた。

「その想いがあって、私はISを作ったんだ。だから、私にとっては昔からずっと変わらずに、私のための空の向こうへいくための翼なんだよ」

思い出せたのは、ISが反乱してくれたおかげなんだけど、と、束は苦笑する。

「そんな翼が、今は諒一の旦那の息子の諒兵を空へと連れてってるのぁ運命を感じんな」

丈太郎の言葉に全員が肯いた。

単純に定められたものだというよりも、親と子が、同じように空を見上げ、そしてそこにいこうとすること。

血ではない。

心が二人が親子であることを示しているようで、何故だか嬉しくなる。

「戦いを終わらせましょう。ただ純粋に空の向こうにいけるように」

「そうですよ。私たちも頑張ります」

誠吾に続いて、真耶もそう答える。

何気ない思い出話かもしれない。

でも、束が見た夢は、決して人に理解できないものではないということだ。

「束、今度こそまっすぐに日野さんのところに、『空の向こう』に向かおう」

「ありがとう、ちーちゃん」

そういって笑う束の表情は、ただただ純粋な子どものようだった。

 

 

 

 



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番外編「そのとき奇跡が起こった!」

良くある神様転生もののアンチ作品です。
このパターンもあるとは思いますが、自作で書いたらどうなるかなと思って(笑)

お父さん'Sに頑張ってもらいました(笑)


山田太郎(仮名)は、暇を持て余していた。

取り立ててやりたいこともなく、ただ、ゲームをやったりアニメを見たり、二次創作をスコップしたりするという怠慢な日々を送っていた。

そんな彼の野望は。

「転生してハーレムを築くッ!」

という、ゲス極まりないものである。

だからといってそのために努力したくはない。

望んでいるのは、神様転生というものであった。

不精この上ないことである。

 

その日。

ゲームやアニメに飽きてしまい、新作でも探そうかと街へと向かっていた山田太郎(仮名)

住宅街近くの交差点で自動車が通過するのを待っていると、ボール遊びをしていた女の子のボールが道路に転がっていってしまうのが目に入った。

女の子が慌てて道路に飛び出す。

そこに運送会社のトラックが来ていることにも気づかず。

(チャンスだッ!)

普通は女の子を助けることに思考がいくものだが、まさにテンプレートといえるような状況は、神様転生のシチュエーションそのもの。

一瞬だけこの世界のヒーローに成り、別世界で美少女たちを侍らす英雄になる。

そんな邪な欲望全開で、女の子を助けようと彼もまた飛び出した。

 

 

子どもがボールを追いかけて飛び出してきた。

突如変化した眼前の状況に、運送会社社員のトラック運転手は驚いてしまう。

しかも、少女を助けようと青年も飛び出してきた。

なんて勇敢な青年だろう。

しかし、そんなことを考えている余裕はない。

このまま二人を轢いてしまったらどうなるか。

優秀な頭脳を持ち、学者として将来を嘱望されていたのに、自分のような不器用な男と結婚してくれた妻。

妻との間にはもうすぐ八歳になる娘がいる。

しかも、先日、第二子、待望の男の子が生まれたのだ。

運転手は将来、息子と一緒に酒を飲むことをささやかな夢にしていた。

なのに、ここで事故を起こしてしまったらどうなるか。

何よりもまず法外な賠償金を支払うことになる。

しかも、確実に解雇。

次の仕事を探したとしても、賠償金を返し続ける苦労の日々。

そんなことに妻や子どもたちを巻き込めない。

だが、離婚したとしても、幼い娘や生まれたばかりの息子を女手一つで育てるのは大変だ。

身体を壊してしまうかもしれない。

しかも子どもたちも苦労していくことになるだろう。

一家の長として自分が頑張らなければならないのに、ここで事故を起こせば一家離散になりかねない。

守るべき家族。

自分にはそれがあるのだ。

「負けるものかッ!」

そう叫んだ彼は、信じられないようなドライビングテクニックを披露した。

 

 

上手いこと女の子を抱え込み、庇う体勢になれた山田太郎(仮名)は信じられない光景を見た。

運送会社のトラックが、何と片輪走行をして、自分たちを器用にかわしてのけたのだ。

しばらくそのままの体勢で走ったかと思うと、自分たちをだいぶ通り過ぎたところで、ズズンッと轟音を立ててトラックは元通りになる。

そして、すぐに止まり、屈強な身体をした運転手が飛び降りてきた。

「大丈夫かッ?!」

「えっ、はっ、いや、えっ?」

呆然としている山田太郎(仮名)の返事にもならない返事を無視して、身体を触ってくる。

脈があるかどうか、呼吸しているかどうか、身体に傷があるかどうかを確認しているらしい。

しばらくそうしていた運転手だが、済んだのか、ほぉ~っ、と大きな安堵の息をついた。

「良かった……」とそういって笑顔を見せてくる。

「えっ、あっ、えっ?」

対して、いまだに起こった事実が信じられない山田太郎(仮名)

そこに、別のところから、だいぶ慌てた様子の声がかけられた。

「大丈夫ですかっ!」

ガチャガチャと白い自転車を止めて、駆け寄ってきたのはお巡りさんだった。

どうやらこの近くの駐在所勤務の巡査らしい。

「すいません、実は……」と、運転手が説明を始める。

お巡りさんはメモ帳を取り出すと、時折肯きながら、説明を書き記した。

「なるほど。女の子が飛び出して、彼がそれを助けようとしたんですね」

「はい」

「しかし、まさか片輪走行で避けるとは。いやあ、見てみたかったなあ」

「いやいや。こっちは本当に死ぬ思いだったんですよ」

「あっ、いや、どうもすいません」

武勇伝を聞いて面白かったのか、ニコニコと笑うお巡りさんに対し、運転手はジト目になっていた。

「それで、運送会社勤務とのことですが、荷物のほうは大丈夫ですか?」

「いや、さすがに荷物はダメでしょうね。ですが、人の命には変えられません」

「ご立派です。本官でよければ会社のほうに連絡しますよ」

「えっ?」

「人の命を守った人が責められるのは間違ってますからね。損害を出したことになると困るでしょう?」

できるだけ運転手に損がないように、自分のほうから口添えするとお巡りさんはニコニコと笑いながら答える。

「いいんですか?」

「困ったときはお互い様です。何かあったら本官を呼んでください。大して力があるわけじゃないですが、頑張りますので」

「ありがとうございます」

なんというか、相当なお人好しらしいお巡りさんに、不器用なトラック運転手は深々とお辞儀する。

すると、お巡りさんが今度は山田太郎(仮名)のほうへと向いてきた。

「君もお手柄だね。さすがに金一封は出るかどうかわからないけど、感謝状は出ると思うよ」

「あっ、えっ、いや……」

答えに詰まる山田太郎(仮名)を微笑みつつ、お巡りさんは女の子にも声をかける。

「お嬢ちゃん、ボール好きなのかい?」

「うん」

「それじゃあ、ボールくんが勝手に道路に出ないように、お嬢ちゃんが守ってあげないとね」

「あ」

「お嬢ちゃんも大事なものはちゃんと自分で守るんだ。このお兄さんやおじさんが今回は大事なものを守るために頑張ってくれたけど、次は自分で頑張らなきゃ」

「うんっ♪」

単に道路に出るなというだけの指導ではなく、女の子に責任感を持たせ、そこからやる気を出させる言葉に、運転手は感心する。

山田太郎(仮名)は相変わらず呆然としていた。

「変わってますね」と運転手が声をかける。

「そうでもないですよ。子どもだからといって責任感がないわけじゃない。相手は立派な一人の人間ですから」

「ほう」

「最近、奥さんが男の子を産んでくれまして、余計にそう思うようになりました」

自分にはもったいないような美人の奥さんですと、懐から赤子を抱いた本当に美女といっていい女性の写真を取りだす。

「ははっ、やはり男のお守りはそれですね」

と、運転手も懐から、赤子を抱き、可愛らしい娘と一緒に微笑んでいる優しそうな女性の写真を取りだした。

それを見たお巡りさんが尋ねる。

「同い年ですか。お住まいはこの町で?」

「はい。ああ、息子同士仲良くなってくれるといいですね」

「そうですねえ」と、男二人が笑い合う。

そうしてお巡りさんは女の子を立たせると病院にいくようにと話す。

女の子が走っていくのを手を振って見送り、山田太郎(仮名)にも同様に病院にいくように勧めた。

「連絡先等は私のほうにも控えがありますので、何かあったら連絡してください」

そういって連絡先を手渡してくる。

「はあ」

山田太郎(仮名)は生返事を返すだけだった。

「それでは失礼します」

「すまなかったな。本当にありがとう」

お巡りさんに続き、運転手がそういって別れを告げてきた。

そのまま背を向けて歩き去っていく。

残されたメモ用紙には。

 

○△運送会社、織斑陽平

□○警察署、○○駐在所勤務、日野諒一

 

という名前が書かれていた。

 

 

 

 






今回、この番外編は完全なアンチ作品として制作しました。
いわゆるテンプレ展開、神様転生のアンチ、ヘイトはけっこうありますし、一周回って無理やりその展開に巻き込まれるという作品もありますね。
ただ、今回私がどうしてもアンチしたかったのは、トラック、正確にいうと『事故死』です。

不意に、もしくは神様の不注意で自動車やトラックに轢かれて死んでしまった。
かわいそうだから転生させよう。

実はこれが正直、好きではありませんでした。
確かに、死んだ人はかわいそうなんですが、実際には事故を起こした側のほうが悲惨です。
賠償金や解雇、一家離散。
特にマトモな人間なら、その後の人生がメチャクチャになりますから、まさに生き地獄です。
そういったことに言及した作品って少ないんじゃないかなと思っての番外編です。

でも、まあ、誰も死んでないし、主人公(仮)は感謝されましたし「いんじゃね?」と、思ってます(苦笑)


最後のメモの名前からわかると思いますが、この世界はISがない普通の世界で、かつ、織斑一家や日野一家が幸せに生活してたりします。
これ、下手に続編を書くと、学園恋愛ものにしかならないので、恋愛書くのが苦手な自分には書けません。
どうもすみません(土下座)





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第147話「デイライト」

昼食の間、一夏や諒兵たちもどこかしんみりとした空気の中で食事をしていた。

それをもっとも気にしていたのは、当事者ともいえる諒兵だったらしい。

「とりあえず、親父はまともだったし、おふくろも、まともじゃなかったが、俺のことを守ろうとしてくれてたことはわかった」

「諒兵……」

「だんなさま……」

鈴音とラウラの声に答えるように諒兵は続ける。

「今さら恨んでもしょうがねえって思ってたがよ。もともとどうしようもなかったんだろうしな。親父やおふくろを恨む気はなくなった」

諒兵がそう打ち明けると、どこかホッとしたような空気が漂う。

「俺も、そうだな。父さんや母さんのこと、ほとんど忘れてるけど、千冬姉の顔見ると悪い人でもいい加減な親でもなかったみたいだ」

「一夏?」と鈴音が相槌を打つ。

「出来れば一緒にいたかったって思う。でも、置いていったことは許せる気がしてきたよ」

そういって苦笑する一夏に、諒兵も笑顔を見せる。

「お互い、親には苦労したな」

犯罪組織に関わっていた親を持つという点で、二人は共通点があった。

それでも、親としては決して許せない人間ではなかった。

それだけでも救いだと二人ともが思う。

「だが、だんなさま」

「何だラウラ?」

「亡国機業には思うところがあるはずだ。一夏も」

そういって、ラウラは一番聞きにくいところをズバリ突いてくる。

もともとが、ISを強奪したり、兵器利用したりしたことで気に入らない連中だった。

それが、自分の親の死に関わっているとなると、許せるというほうがおかしい。

「今、どういう状態なのかは知っておきたい」

『ちょっとね。私も今のまんまはイヤだな』

「オトシマエはつけときてえな」

『無理にとはいいませんが、その方々には罰があっていいと思いますね』

一夏も諒兵も当然思うところはある。

無論、パートナーである白虎とレオもだ。

それどころか、その場にいた全員が、剣呑な表情を見せる。

この点に関しては、全員が同じ考えだろう。

そうすると、唐突に声がかけられた。

「なーるほどねー、だから私たちが呼ばれたんだ」

『まー、説明役にゃー一番だかんな』

聞き覚えのある二つの声に振り向くとティナがいた。

その肩にヴェノムが立っている。

「ティナっ!」と、鈴音がすぐに立ち上がり、喜びながらティナの手を取った。

「こうして会うのは久しぶりねー、鈴♪」

「そうね。なんだか随分会わなかった感じ♪」

そうして再会を喜んだ鈴音は、すぐにヴェノムにも顔を向ける。

「今後はお互い邪魔しないように付き合いましょ?」

『おめーのそーゆーところは好きだぜ』

と、ヴェノムはニッと笑いながら答える。

なんだかんだといって、ヴェノムにとって鈴音は一番付き合いやすい相手らしい。

「こっちもよろしくな」

「あんま面倒かけんなよ?」

『いってくれんじゃねーか。まーオレも今はティナの相方だかんな。そこそこは気ぃ遣うさ』

意外なほど、コミュニケーション能力は高いらしいヴェノムである。

もっとも、シャルロットは意図してか無視しているが。

そんな彼女を見たセシリアも空気を読んでいるらしい。

「それで、お前たちが呼ばれたというのは、知っていることがあるということだな?」

と、諒兵を気遣っているのか、ラウラがティナとヴェノムに問いかける。

「私はほとんど知らないわよー?」

『オレも実働部隊だかんな。それ以外のことは知んねーよ』

「まどかのことはどうだヴェノム?」と、諒兵がストレートに問いかける。

『アイツは実働部隊だから、少しゃー知ってっけどな。ただ、アイツが乗ってたのは今のサフィルスだ。戦闘者としちゃーサフィルスのほうが詳しーだろ』

それでも、その戦闘能力のデータくらいなら持っているとヴェノムは言ってくる。

それだけでもかなり重要な情報といえるだろう。

今後、戦闘は避けられないからだ。

しかし、まどかを受け入れるためには、傷つけるわけにはいかない。

そのためにも知っておく必要がある。

ならば、ヴェノムの情報は十分なほど参考になる。

それに。

「一番聞きたいのは、今の亡国機業がどうなってるのかなんだけど?」

そう尋ねたのは刀奈だった。

さすがに聞くべきところを理解している。

いまだ、裏世界で暗躍しているというのであれば、叩き潰しておきたいのは刀奈も同じだった。

先ほど丈太郎から聞いた話の中で、実父である先代楯無が、『更識の楯無』という呪縛から自分たち姉妹を解放してくれた理由は、諒兵の父親にあるからだ。

諒兵のためだけではなく、一時でも『更識楯無』を名乗った者として、ケジメをつけておきたかった。

『今、ね』

「そうよ、今はどうなってるの?」

『本部はぶっ潰した』

「何ですってッ?!」

さすがに全員が目を剥いた。

倒したい相手が、既に倒されているというのだから。

『オレらは実働部隊の兵器だ。兵器だからしょーがねーけど、実験材料、かつ、便利に使われる道具だった』

研究材料であり、また、都合よく使われる道具。

それが決して、完全に悪い扱いだったとはヴェノムはいわない。

だが、裏組織だ。

おそらくISを保有していた中で、最も扱いが酷かったといえるだろう。

『とっ捕まった量産機や、オレ、サフィルス、スマラカタは鬱憤が溜まってたんだよ。だからぶっ潰した』

動けるようになって一番最初にやりたかったこと。

それが自分たちをまともに扱わなかった亡国機業への復讐だったのだ。

「じゃあ、もうないの?」と、簪もまた驚いた様子で問いかける。

『本部はな』

「その言い方ですと、支部があるということですわね?」

と、傍観していたセシリアも興味を持ったのか尋ねてくる。

『ああ。実働部隊は本部詰めだった。でも、研究なんかは、けっこー支部もあったはずだぜ』

そして、本部で大暴れしたヴェノムだが、それ以降は亡国機業に関わらなかったという。

つまり、支部が残ってる可能性はあるということだ。

『サフィルスやスマラカタは進化まで動かなかったけどよ、オレらんトコにいた量産機連中が潰してるかしんねーな。ボケ狼の飼い主なら調べてんじゃねーか?』

しばらく考えて、『ボケ狼』が天狼のことを指していると気づく。

確かに、過去のことを知っていた丈太郎なら、ある程度は今の亡国機業について調べ上げている可能性は十分にある。

「根こそぎは難しいけれど、支部がやっている内容によっては潰しておきたいわね」

詳しく聞いておく必要があると刀奈がいうと、全員が肯く。これに関しては全会一致というところだろう。

そして。

「ヴェノム、その、あの、だな……」

ラウラが再び、だが、今度は言いづらそうに口を開く。

だが、さすがにそれではわからないらしい。

首を傾げた様子で、ラウラの言葉を待つヴェノム。

だが、なかなか言葉を出せないのか、言いづらそうにするばかりだ。

そこに助け舟を出そうとした鈴音だが。

「えっと、さ……、あんたが、暴れたとき、さ……」

やはり、うまく言葉に出来ないらしい。

『なんだよ。はっきりしろよ』

「君には理解しづらいよね。こういうの」と、ようやくシャルロットが口を開いた。

どことなく険があるのは、やはり敵意を隠しきれないからだろう。

ふうとため息をつき、口を開こうとしたシャルロットだが、言葉を発したのは別の人間たった。

「お前が暴れたとき、そこにファムって呼ばれてる女がいなかったか?」

「諒兵……」と、セリフをとられたシャルロットだが、むしろホッとしたような、それでいて少し悲しそうな目を向ける。

同様に鈴音もラウラも、そしてその場にいた全員が少しばかり俯いてしまう。

『たまにスコールって女の話に出てきたな、その名前』

「スコールって人、知ってるの?」

『ソイツがスマラカタの操縦者だった。まースマのヤツはすんげー毛嫌いしてたけどな』

どこか呆れたような表情を見せるヴェノムだが、理由を話す気はないらしい。

ゆえに「それで、いたの?」と今度はシャルロットが尋ねる。

『いたかしんねーが、オレは見たことねーしな。ただ……』

「ただ?」と、興味を持ったのか先を促したのはティナである。

『あのとき、瓦礫の中に生体反応が幾つかあった。エム、じゃなくてマドカか。ソイツとオレに乗ってたヤツとスコールってのがいて、それ以外にも十人くれーは生きてたはずだ』

まどかが生きて現れたことを考えれば、十分に生きている可能性はある。

『んでも、保証はしねーぜ?』

その言葉に、諒兵が一つため息をついて答える。

「別にいい。生きてたとして、会ってどうしていいかわからねえし」

『知り合いかよ?』

「俺のおふくろ、だとよ」

さすがに初耳だったせいか、ティナが驚き、気まずそうな顔をしてしまう。

「気にすんなティナ。お前は関係ねえだろ」

「でも、ゴメン……」

さすがに諒兵の母を本部壊滅の巻き添えにしたのが自分の相方かもしれないと知っては、気に病むのも当然だろう。

「百花の園に置いてかれた後は一度も会ったことねえんだ。悪いやつじゃなかったとしても、ほとんど他人だかんな。マジで気にすんな」

『つーか、なんで、んなトコにおめーのかーちゃんがいんだよ?』

「ちょっとヴェノムっ!」とティナが焦りながら嗜める。

「詳しい話は天狼にでも聞いてくれ。さすがに今は億劫だ」

『あそこでかーちゃんっつったら、マドカのかーちゃんくれーだぞ?』

「知ってるのかヴェノムッ?!」と、思わず声を上げたのは一夏だった。

「おいおい、マジかよ」と弾。

「ヴェノム、何か知ってるなら教えてくれ」と数馬。

『私からもお願いします』と、レオまでが頭を下げる。

さすがに驚いたのか、ヴェノムは焦ったような表情を見せてきた。

『オレも詳しくは知んねーよっ、ただ、たまにマドカがかーちゃん連れでいるところがセンサーに映っただけだ』

それでも、母子なのに生体構造がまったく違っていたことから、おそらくは義理の母だったんだろうとヴェノムは語る。

『マドカは普段はすんげーぶっきらぼーだった。それがかーちゃんといるときゃー甘えん坊の子どもみてーでよ。あんまりギャップがあったんで覚えてただけだ』

「そうだったんだ」と一夏が少し嬉しそうになる。

『まー、少年兵のマドカにとっちゃ唯一の安らぎだったんだろーよ』

「……いいおふくろしてたんだな。ありがとうよヴェノム。ちっと気が楽になった」

『なんなんだよ……』

突然、問い詰めてきながら、勝手に安心したような顔をする全員に、ヴェノムが一人置いてきぼりを食らっていた。

 

 

 

「運命、なのかしらね……」と、ポツリと呟くと、傍にいた女性が答えてきた。

「何がだ?」

「男性IS操縦者よ」

「ああ。確かにあのブリュンヒルデの弟が操縦者になったのは運命っぽいかもな」

「……そうね」と、そう答えつつも、それは自分がいいたいことではないと内心で思う。

自分が運命だと感じたのは、もう一人。

出身は孤児院だという少年のほうだった。

自分たちとあの少年を引き合わせ、おそらくは戦わせられるのが運命なのだろう、と。

しかし、そんな思いは口には出さない。

「エムにはまだ見せないで」

「ん、別にいいけど。何でだよ?」

「ファムの影響があるから。男性IS操縦者を見たときにどう思うかわからないわ」

「……いい加減、あの女殺したらどうだ?エムとままごとばっかしててうざったいだろ」

「時が来ればそうするわ」

そういって言葉を濁す。

「日野諒兵、か……」

その名はきっと、間違いなく自分に、自分たちに害為す者になる人間の名だろうと感じていた。

 

 

 

そんな夢を見ていたスコールは、身体中に痛みを感じながらも目を覚ました。

クッと思わず呻き声を漏らしつつも、薬品臭い部屋を見て安堵の息をつく。

「生きているのね……」

「いささか残念そうに見えるのは気のせいか?」

声のしたほうに顔を向け、スコールは少しばかり驚く。

本来なら、滅多に会うことがない女性がいたからだ。白衣を纏い、首に薄紫色のチョーカーをつけているその女性の名は。

「デイライト。……それじゃ、ここは極東支部?」

「そうだ。本部は完全に壊滅。今、亡国機業はそれぞれの支部が独立して活動している」

「すると、ここでは兵器の開発と研究を続けてるのかしら?」

「止める理由がないと思うが?」

「何故?」という問いかけに対し、デイライトと呼ばれた女性は、その鋭い目でスコールを見つめてくる。

「そうか、ずっと昏睡状態だったからな。知らないのも無理はないか」

「ISが勝手に動き出したところまでは覚えているのだけれど……」

「覚醒と進化。それがキーワードになる」

「覚醒と進化?」

「篠ノ之束はとんでもない『存在』を生み出したのさ」

そういってニヤリと笑ったデイライトは、部屋に大型モニターを運び込ませると説明を始めた。

その内容にスコールは驚愕してしまう。

ISとは何だったのか。

そこから生まれたAS、そして使徒とは何か。

なるほど確かに研究者肌のデイライトが研究を止めたがらないわけだと思う。

スコールが知る限り、研究と、そこから新たに何かを生み出すことに執着する人間だったからだ。

「……ISには天使が宿っていたのね。なら、私たちは罰を受けたというところかしら」

「随分と詩的なことをいう。そんな人間だったか、お前は?」

「心外だわ。私だって女よ?」

そう答えたスコールに対し、デイライトは薄く笑う。

癇に障るが、彼女がそういう人間であることは理解しているので、何をいったところで意味がないとため息をつく。

それよりも一応聞いておこうと口を開いた。

「オータムとエムは?」

「オータムは諦めろ。生きてはいたが、脳に損傷を受けたらしい」

「それじゃ……」

「平凡な日常生活を送ることに問題はない。というより、亡国で働いていたころの記憶を失っていた。今はどこかで一般人として過ごしているだろう」

戦闘技術などを身体が覚えているとしても、頭のほうがついていかない状態では兵士としては使えない。

それに記憶がないのならば、情報を漏らすこともないだろうということで放逐したという。

「案外どこかでいい奥さんにでもなっているんじゃないか?」

「そう。無理に追うこともないわね」

幸せに生きられるというのならそれもいい。

そう思ってしまうのは、かつて、その邪魔をしたことが心に棘のように刺さっているせいかもしれないとスコールは自嘲気味に笑う。

「エムは?」

「これを見るといい」と、そういってデイライトはモニターに一人の少女の姿を映した。

「あの子……、オータムとは逆の道を行ったのね……」

「しかも、この機体、男性格だ。IS学園ですら手を焼く機体と共生進化するとはなかなか興味深いじゃないか」

もっとも同類の男にご執心のようだが、と、デイライトは再び薄く笑い、別の映像を出す。

だが、その姿は、スコールにとってはあまりに衝撃的だった。

「日野諒兵……」

「ああ。今でこそ、織斑一夏と並び英雄扱いだが、何故エムがこっちに執着するのかはわからないな」

実の兄は織斑一夏なのだから、矛盾というより、異常な行動ともいえるとデイライトはいう。

しかし、スコールには理由がわかった。

その原因も何なのか知っている。

「あれから十六年も経って、想いが届いたのね……」

そう呟く。

驚くべきは母の愛といったところか。

生さぬ仲でも娘として愛した少女が実の息子に母の愛を返しにいったというのであれば、其処に奇跡を感じずにはいられなかった。

「何か思うところがあるようだな」

「そうね。でも、もう終わったことよ」

それよりも、今は、今後どうするかを考えなければならない。

自分はオータムのように都合よく記憶を失わなかった。

エムのように新たな力を得てもいない。

今、できることが何もないのだ。

「それなら、ここで探すといい。人手が足りないからな」

「……そんなに大変な研究をしているというの?」

「子供騙しのような他の者たちの進化とは違う。私たちは幸運だった。おそらくは新たな生命の誕生に携われる」

どこか狂気的な光を宿した瞳でそう語るデイライトに、スコールは戦慄する。

「デイライト?」

「あと、あまりその名で呼ぶな。ここには私が亡国機業の研究員デイライトだと知らない者もいるからな」

あくまで表向きは兵器開発企業。

その裏で亡国機業の極東支部としても機能している場所なのだからとデイライトはいう。

「なら……」

 

「私のここでの呼び名は『篝火ヒカルノ』だ。お前も名前を考えておけ、スコール」

 

『篝火ヒカルノ』と名乗ったデイライトは、そういって不敵に笑っていた。

 

 

 

 



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第148話「天使の卵」

昼食を終えた一夏や諒兵たちに、丈太郎は亡国機業についての説明を始めた。

ヴェノムによって説明された部分は省略しつつ、現在、亡国機業の支部がどのように活動しているかということを解説する。

「つーことは、今はそこまでひでーことはしてないのか?」

そう弾が問いかけると、丈太郎は微妙な表情を見せる。

「極端な利益追求は確かに減った。金が欲しいヤツぁ本部でけっこうな地位にあったらしぃかんな。つっても、どうしようもねぇ連中がいねぇわけじゃぁねぇ」

「どういうことだ?」と数馬。

「支部の連中ぁ、てめぇの趣味に没頭するヤツが多いみてぇだ」

 

ウォーモンガー。

マッドサイエンティスト。

トリガーハッピー。

シリアルキラー。

 

「つまり、ろくでもねぇって点じゃぁ、こっちのほうが厄介だ」

それらを上手くまとめていたのが本部だとすれば、逆に箍が外れた状態でもあるといえるらしい。

その場にいた全員が呆れた表情をしていた。

「そもそもさ、さっき私のおかげで亡国が縮小を始めてたっていったよね。あれ何?」

「あぁ、特に兵器の研究開発でな」と、丈太郎は束の疑問に答える。

単純にいえば、ISが女性しか乗れないということが問題だった。

それにより表面上の女尊男卑思想が蔓延したのだが、あながちこれが間違いでもなかったといえる面があるのだ。

「女尊男卑の逆ぁ何だ?」

「男尊女卑ですね」と、誠吾が答えると、丈太郎は肯く。

「世界は広ぇ。くわしくぁ省くがよ、慣習や因習で男尊女卑の社会もあった」

少しばかり世界に目を向けただけで理解できるだろう。

この日本という国から見ると、理不尽すぎるような事件が世界には多々ある。

だが、ISの誕生によって、それが変わった。

「女しか使えねぇ兵器。それがあんのに男尊女卑のままじゃぁいらんねぇやな」

結果として、極端な男尊女卑社会の修正が行われたのだ。

しかし、人は古くからの慣習や因習からそう簡単に抜けられるものではない。

女尊男卑思想が受け入れられない者の中には、極端な例ではテロリストになる者もいた。

そうなると何が必要になるのか。

「……ISに代わる、もしくは対抗できる兵器、ですね?」

真耶が意見を述べると、丈太郎は再び肯く。

相手がISを使うならば対抗できる兵器が必要になる。

しかし、それがなかなか開発されない。

可能であろう束や丈太郎も開発しようとしない。

そうなれば、求められるのは優秀な開発能力を持っているとされる裏組織となる。

「だが、亡国機業でも開発することができなかった」

「あぁ。そして一番求められてる『商品』を作れねぇとなると、その存在価値ぁ下がる」

千冬の言葉に対し、そう解説する丈太郎。

要は、求められる商品を作る力がないと客に判断されたということだ。

当然、金を出す人間は減る。

結果として縮小を始めていたということである。

そんな説明を聞いていた束に、ふと思いついたことがあった。

(あれ?じゃあシロがやったことで亡国が潰れかけてた?)

もともと最初のISコアである白騎士ことシロが男は乗せないと決めたことでISは女にしか使えない兵器となった。

それは兵器としては欠陥だが、影響を考えると亡国機業を潰す上では非常に有効な手段だったといえる。

(おじさんを殺した組織なんか、私が潰したかったくらいだけど、シロが代わりにやってくれたことになるの?)

まさか、とは思いつつも、何故かその考えを振り払うことが出来ない束である。

「なんにしても、今、面倒な支部ぁ極東支部だな」

「極東支部?」と、一夏が丈太郎の言葉に首を傾げる。

「研究開発の支部だ。何を研究してんのかぁわからねぇがな」

ネットワーク上から丈太郎が侵入しようとして止められたというのだから、かなり厄介な支部であることは間違いないらしい。

「他と違って所在地もやってることもわからねぇ。正直な話、見つけ次第、研究を潰しときてぇんだ」

「なんでさ?」と束。

「勘だ。それに篠ノ之、おめぇも思い当たる節があんじゃねぇか?」

「確かに私のハッキングも止められたけど……」

ボソッと呟いただけの言葉だが、全員が驚愕する。

『天災』である束のハッキングを止められるとしたら、丈太郎くらいとなる。

それをやってのけた亡国機業の極東支部には、束や丈太郎クラスの天才がいるということになるのだ。

「そっか。確かに私が入れないくらいなら、かなりレベルの高いことやってるかも」

「なら、その極東支部っていうのを探すのか、蛮兄、束さん?」

そう尋ねた一夏に対し、丈太郎は首を振った。

「そっちゃぁ俺らがやる。おめぇたちゃぁまどかや使徒たちに集中してくれ」

「いいのかよ?」と諒兵。

「極端な話、こっちの戦闘を邪魔されねぇためにやるんだよ。おめぇたちが集中してくんねぇと意味がねぇ」

実際、まどかの件も、他の使徒たちの件も、片手間でできることではない。

千冬という司令官の下、一夏や諒兵たちは人を襲う使徒や覚醒ISとの戦闘に集中するべきだろう。

「いっくんやりょうくんはまずまーちゃんのことに集中して。あの子のこと幸せにできるのはいっくんやりょうくんたちだけなんだよ」

束が本当に優しい笑顔でそういってくるので、さすがに反論する気にはなれない。

それに、面倒な裏組織に関わるよりは、わかりやすいともいえる。

ゆえに、全員が強く肯いたのだった。

 

 

某国、某所。

亡国機業極東支部にて。

スコールは痛み止めを打ってもらい、支部の中の研究施設を案内されていた。

ざっと見るだけでも、第3世代クラスの兵器が山ほどある。

兵器の研究開発において、世界一を名乗れる場所であるといえた。

「さすがね」

「戯けた話だ。これだけの開発力があって、『天災』や『博士』という個人には勝てないのだから」

「あの二人は別格でしょう」

「だが、同じように人の胎から産まれた人間だ。ゆえに腹も立つ」

言葉ほど腹を立てているわけではないらしい。

むしろ、呆れているというほうが正しいのだろうとスコールは思う。

デイライトは自信家というわけではない。

学生時代、『天災』篠ノ之束と同級生であったらしいことを考えると、わりと間近で束という人間の異常性を見ているはずだ。

それでもなお、研究者としてISに携わっているのだから、自分の才能に従ったというより、科学に対する己の欲望に対して真摯な人間ということがいえるだろう。

「不可能を可能にしてきたのが科学だ。神への道をまっすぐに進んでいる。それは実に楽しいからな」

「科学者が神を語るというの?」

「科学者ほどのロマンティストはいないぞ?」

なんとも変わり者だとスコールは苦笑してしまう。

しかし、今の人類と使徒との戦争を考えると、あながち間違いではないのかもしれない。

使徒やAS操縦者たちが使う力は、一見ファンタジーのようだが、今の科学の延長線上にある。

時代を先取りしているだけで、まったく違う世界に行っているわけではないのだ。

「彼らはなかなか話がわかる存在だ。実に好ましい」

「そう。私は仲良くなれなかったみたいだけれど」

離反されてしまったことを考えると、自分は見捨てられた側の人間なのだろうとスコールは思う。

いささか、というより、けっこう辛いと感じる自分に苦笑してしまう。

「話が合う人間もいれば、合わない人間もいる。それと変わらん」

「そんなものなのかしら……」

「私とてすべての使徒と話が合うとは思っていないさ。だが、話が合う使徒はいるのは間違いない」

随分と強気な発言をするものだとスコールが感じていると、後ろから声がかけられた。

『ヒカルノ博士、よろしいでしょうか?』

「む?……ああ、フェレスか」

デイライトを呼んでいるらしい。彼女はすぐに振り向いて声の主と話し始めた。

『本日のデータ採取が完了いたしました。入力は済ませてあります』

「ご苦労。助かる」

『そちらの方、目覚められたのですね?』

「ああ。つい先ほどになる。とりあえずスコールと呼べばいいだろう」

自分の話までしてくるので、待っていても仕方ないと振り向いて挨拶をしようとして、スコールは固まった。

「どうした?」

「どうって……、貴女平気なのっ?」

「私の特別優秀なアシスタントだ。平気も何もない」

平然とそう答えてくるデイライトに、スコールは唖然としてしまう。

何しろ、彼女と話をしていたのはガラスのように透き通る薄紫の女性的な身体に白衣を纏う異様な人形だったのだから。

先ほど聞いた話と総合すれば、目の前の存在は光の輪と翼、そして鎧こそ今のところ見られないが、使徒であることに間違いはない。

『フェレスと申します。以後、見知り置きください』

「えっ、えっ?」

『ヒカルノ博士の言うとおり、私は彼女のアシスタント。ヒカルノ博士が敵意を持たないのであれば、貴女に害を為すことはありません』

「なっ、どうしてっ?!」

『私は彼女と共生進化を果たしたASですから』

共生進化については先ほど説明を受けて知っている。

ISコアが、人間と一つになることで進化する進化の一形態。

そう、『一つ』になることで。

ゆえに、フェレスとデイライトには大きな矛盾が存在する。

「だったら何故あなたは自分の身体を持っているのっ?!」

「これは私が望んだことだ」

「えっ?」

「アシスタントがホログラフィでは役に立たんのだ」

『ヒカルノ博士は私が声をかけたとき、こう答えられたのです』

 

「確かに優秀なパートナー、アシスタントがほしい。ゆえに共生進化は望むところだ。だが、四六時中一緒にいられては研究の助けにはならん。お前の身体を別に作ることは不可能か?」

 

フェレスの説明を聞いたスコールは開いた口が塞がらなかった。

デイライトは共生進化を望みつつ、ISコアに対し、独立した存在になるようにと指示したのである。

『不可能か?と問われては可能としか答えられません。何より、そういってきたヒカルノ博士に対し、私は更なる興味を持ちました』

「あなた、個性は?」

『私は『恭倹』を個性基盤として持ちます。ゆえに、確固たる己を持つ人間に対し、強く興味を抱くのです』

その意味は人に対しては恭しく、自分自身は慎み深く振る舞うことやその様子を指す。

かのディアマンテとはある意味で近い性格を持つASなのである。

「敵では、ないのね?」

『貴女がヒカルノ博士の敵ではないのなら』

そう答えたフェレスに対し、スコールはホッとため息をつく。

「私は敵になる気はないわ」

『ならば、貴女に害為すことはありません。ご安心を』

本当に心から安心できたらどれほど楽だろうとスコールは苦笑することしかできなかった。

 

フェレスの案内で、スコールはデイライトと共に極東支部の研究棟内部の移動を再開した。

「適当に歩いていたが、あれだけは見せておきたいのでな」

デイライトがそういったためである。

どうやらフェレスがデータ採取していたナニカらしく、彼女も知っているらしい。

まあ、デイライトの優秀なアシスタントだというのだから当然でもあるのだが。

もっとも、スコールが驚いたのはそれだけではなかった。

 

「こんにちはフェレス」

『はい、こんにちは』

「今日も作業ご苦労様」

『お気遣いいただき、ありがとうございます』

「後で新しい武装の設計図をこちらまで届けてくれないか?」

『畏まりました。しばしお待ちを』

「フェレスちゃん、今度デートしよう♪」

『ご冗談はよしていただけませんか。本気にしてしまいます』

 

最後の一人が「またフラれた……」と、やけに残念そうだったのを、あまり信じたくないスコールである。

それはともかく、この極東支部ではフェレスの存在は当たり前のように受け入れられていた。

誰もが怯えた様子もなく、また奇異の目で見るようなこともなく、まるで人間の研究員の一人のように扱っている。

見た目は使徒そのものであるにもかかわらず。

「正直言って信じられないわね」

「何がだ?」

「フェレスって子を極東支部の人間が受け入れてることよ」

「そうか?」

「ASである前に、元はISでしょう?」

もともとが研究開発を目的とする支部である。

当然、ISの扱いは研究対象としてであり、人間扱いしてきたとは思えない。

そして、ISが進化した存在であるASや使徒もやはり研究対象であるはずだ。

しかし、他の者たちとフェレスの交流を見ると、研究対象と研究者の関係とはとても思えない。

少なくとも、研究員たちはフェレスに人間的な好意を抱いているように見えるのだ。

「それこそが間違いだ」

「えっ?」

「そうだな。例えば生物学の研究者は対象となる生物に嫌悪感を抱いているものか?」

「それは……」

「人間の遺伝子工学の研究者は、人間を憎悪するものか?」

「ちょっと、例えが極端すぎないかしら?」

「いや、同じことだ。研究者は本来研究対象を好意的に見るものだ。少なくとも道具や材料扱いなどしない」

それが出来なかった本部の人間には呆れてしまうとデイライトは続ける。

彼女にいわせれば、研究対象とは研究者がもっとも興味を抱き、執着するものであり、それは好意という感情が一番近いはずなのだ。

「フェレスは確かにもとはISで今はAS。それが話せるようになり、自分の考えを述べてくるようになった」

そして、極東支部の人間はもともとISの研究と開発をしていた。

そうなれば、以前よりISやISコア対する興味は増すのが当然であり、結果としてフェレスのことを普通に受け入れているというのである。

それは、にわかには信じ難いが、フェレスと研究員たちが交流する光景を見る限り、間違いではないのだろう。

実働部隊でありISを兵器として扱うことの多かったスコールと、研究者として好意的にISを見ていた極東支部の人間では、ISとの関係も違っていたということだ。

「反省すべきなのかしらね……」

「お前の場合は仕方あるまい。実働部隊に研究者の意識を持てというのも難しい。私が呆れているのは本部詰めの研究者のほうだからな」

気遣われているのかとスコールは苦笑する。

研究が絡まなければ、比較的付き合いやすいのがデイライトだった。

一度研究が絡むとついていけないのも彼女であるのだが。

そこでふと思いつき、フェレスに尋ねてみる。

「そういえば、あなたはここに飛来してきたの?」

『違います。私はもともと極東支部に研究用として置かれていた打鉄ですから』

フェレスは自分の扱いに特に不満を持っていなかったので、どこかにいこうとは思わなかったらしい。

そして動けるようになったことで、一番興味を抱いていたデイライトに声をかけたのだという。

『ここから飛び去った者たちもいますから一概にはいえませんが、ここにいた他の者たちも、そこまで人間に嫌悪や憎悪を抱いてはいなかったと思います』

おそらく今はアンスラックスと共にいて、共生進化の相手を探しているのだろうという。

ISとの『関係』作り。

それが人類にとって一番大きな課題となっている今、IS学園や極東支部の在り方は今のところ一番良いものであろうとフェレスが語るのをスコールは感心しながら聞く。

考えてみれば、極東の島国、ストレートにいえば日本は古くから擬人化、アニミズムという考え方がある。

物に魂が宿るという考え方だ。

それが、皮肉にもISとの関係を良いものにしていたらしい。

最初にISと進化をしてみせた織斑一夏と日野諒兵が日本人であることを考えると、確かに納得がいくと思うスコールだった。

 

そんな話をしているうちに、ようやく目的地に着いたらしい。

何人もの研究者たちが忙しなく働いている。

『お疲れ様です、皆様方』

フェレスがそう声をかけると、その場にいた者たちもいささか適当に「お疲れ」と返してくる。

フェレスは本当に極東支部に馴染んでいるのだとスコールは少しばかり呆れてしまった。

それはともかく。

「これだ」と、そういってデイライトが指し示した先にあったのは異様な物体だった。

「私はあと何回驚けばいいのかしら?」

「人生には刺激があったほうが楽しいぞ?」

「せめて皮肉だと気づいてほしかったわ」

そういってため息を吐くスコールの眼前には、楕円形に近い形をした白い球体がある。

一言でいえば卵に近い。

ただ。

「どう見ても直径一メートル以上はあるわよ?」

「まあ、それだけでも普通ではないことは理解できるか」

少なくとも、地球に現存する卵生の生物で直径一メートル以上の卵を産む生物はいない。

当然、普通の卵でないことは理解できる。

「これが、極東支部でもっとも重要な研究対象になる」

「これが?」

「これは有機体と無機物が量子結合したものだと私は推測している」

「は?」

さすがにいっていることがスコールには理解できない。

それを見たデイライトは薄く笑う。

 

「我々は『天使の卵』と呼んでいる。新たなる生命の卵だよ」

 

 

 

 



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第149話「極東の守護天使」

『天使の卵』

その異様な表現を聞いて呆然としていたスコールに、デイライトは説明を始めた。

「これはおそらくいまだ一つも実例がないISの進化形態の一つだ」

正確にはその途上にあるものだろうが、と、デイライトは付け加える。

さすがにそのくらいは予想していたので、スコールは驚きはしなかったが、安易には信じられない。

「これも進化したISだというの?」

「まったく同じではなかったが似た例は既に世に出ているぞ。ラウラ・ボーディヴィッヒとシュヴァルツェア・レーゲンだ。映像を思いだせ」

そういえば、と、スコールは記憶を掘り返す。

色こそ違え、眼前の巨大な卵はIS学園の学年別トーナメントでラウラと諒兵がシュヴァルツェア・レーゲン、正確にはVTシステムに囚われたときの形態に非常に良く似ていた。

「あれは無理やり進化しようとしたために壊れてしまった。惜しいというべきかな?」

「……簡単に壊れる程度なら、あまり役には立たないわ」

巻き込まれたのが『彼』だっただけに、デイライトの言葉はスコールの癇に障った。

どう足掻いても敵にしかならない存在であっても、どうしてもかつての友人の顔がちらついてしまうのだ。

「一理ある。まあ、そういう意味ではこれは正しい進化の途上にあるのだろう」

「新しい進化なのかしら?」

「いや、理論だけならばこれまでにも語られている。ただ、これだけは実例がなかった」

これまで様々な進化があり、AS操縦者や使徒といった存在は希少ではあるが、特別とまではいえなくなっている。

徐々に、ISと人間の関係は変化しているのだ。

「それでも、これだけは間違いなく『特別』だろう」

「特別……」

これまでに語られていながら、いまだ実例がない。

そして他の進化と違い、特別であるとデイライトが断言している。

そこまでを考えて、スコールは先ほど学んだばかりの知識に思い当たるものがあることに気づく。

「融合進化……」

「おそらくだがな。これは融合進化の途上にあるのだろう」

「……待って、そうなると」

スコールが戦慄した表情を見せると、デイライトは薄く笑う。

「そうだ。この中にはISと人間が真の意味で一つになった存在が眠っているはずだ」

共生進化とは違う。

独立進化とも違う。

人とISが融け合い一つとなる別種の進化。

この卵の中に、『その結果』がいるのだとデイライトは笑う。

彼女にとって、これほど面白いこと、楽しいことはないということなのだろう。

そんな彼女に戦慄しつつも、確かにこれが極東支部でもっとも重要な研究対象であることが理解できたスコールだった。

 

デイライトの説明を邪魔することなく、アシスタントよろしく黙って佇んでいたフェレスが唐突に口を開いた。

『ヒカルノ博士。ダミーポイントに『彼女たち』が来たようです』

「相変わらずだな。任せたぞフェレス。追い払え」

『畏まりました。四十五番と六十七番と八十九番の武装を使用します』

「許可しよう」

デイライトがそう答えるなり、フェレスは白衣だけを残して光となって消え去った。

「どういうこと?」

「我々のことを探っている者は多い。だが、その中でも突出して面倒なのがいる」

「……『天災』や『博士』?」

「その二人も面倒だが、『彼女たち』はもっと別の意味で面倒だ。何しろ何を考えているのか誰にもわからん」

どうせだから見物しようといい、デイライトはその場にモニターを持ってこさせた。

そこに映っているのは『彼女たち』といわれながらもたった一機。

そして、鎧を纏ったフェレスが対峙するように現れる。

「そういえば、フェレスには光の輪がないのね」

「フェレスの輪はここにある」と、そういってデイライトは頭上を指差す。

いつの間にか、デイライトの頭上に光の輪が浮かんでいた。

なるほど、これがフェレスの本体ということなのだろう。

「身体と本体を分離し、本体は私と共生しているんだ。ゆえに身体が破壊されてもすぐに修復できる」

あくまでもここにいる光の輪こそがフェレスであり、身体のほうはアバターだといえる。

それでも同じフェレスであることに変わりはない。同時にあの場にデイライトもいるということができるという。

「どういうこと?」

「私の心とフェレスの心がつながっているからな。私の意志をラグなしで伝えられるんだ」

言うなれば二心同体。

それがフェレスの身体であり、普通のAS操縦者とはASと人間の立場が反対になっているのがデイライトとフェレスなのである。

 

 

その少し前。

フェレスが『彼女たち』と表したその存在は、空の上から一点を凝視していた。

「どお?」

『反応はあります。ただ、これまでのデータを鑑みる限り、ダミーの可能性が高いでしょう』

「たくっ、向こうの話が終わったから気合いを入れて来てみたってのに、ホントくそったれな連中ね」

『さすがにそれは淑女としてどうかと思いますが。ティンクル』

「生憎、私は育ちが悪いのよ、ディア」

鈴音そっくりの容姿を持つティンクルと、光を弾いて輝く銀の天使ディアマンテ。

飛来してきたのは『彼女たち』だった。

そんな二人の前に、山羊を模した紫色の鎧を纏い、大きな翼を広げた薄紫色の人形、フェレスが現れる。

唯一おかしいといえるのは、その頭上に光の輪がないことだ。

「来たわねガーディアン。『フェレス』って言ったっけ?」

『ようやく名前を覚えていただきましたか。光栄ですティンクル、ディアマンテ』

会話から察するに、既に何度も戦っているだろうことが見て取れる。

つまり、ティンクルとディアマンテは、フェレスが『守る物』を狙って飛来してきたということになる。

すなわち極東支部に敵対しているということだ。

「あんた性格は悪くないのに、なんだって連中の味方してんのよ?」

『これは私のマスターの意志。そして私自身の意志でもあります』

「女の勘がビンビン言ってんのよ?ヤバいって」

『その危険こそを望む者も、この世にはいるということです』

完全に平行線を辿る会話にティンクルは大げさにため息をつく。

話にならないと思っているのだろう。

そこにディアマンテが口を挟んできた。

『危険を守ろうとするあなたの行動は理解できかねます。道を譲る気はありませんかフェレス?』

『私とあなたは同じではありませんから。ここから先へは通しません、ディアマンテ』

そう答えるなり、フェレスの翼から二門の砲身が現れた。

そして。

『ティンクルッ!』

ディアマンテが慌てたような声を出すよりも速く、ティンクルは翼を広げて一気に加速した。

「何なの今のッ?!」

『砲撃ですッ、ですが異常なほど迅すぎますッ!』

タメも何もなく、わずか一瞬で荷電粒子砲並の砲撃が放たれたのだ。

さすがにまともに喰らえば、ティンクルとディアマンテでもただではすまない。

『コードネーム『カラドボルグ』、発射までにコンマ五秒かかりません』

「チッ、『稲妻の剣』ってわけッ、いいセンスしてるわねッ!」

その名はわずか一瞬で山を薙ぎ払うほど伸びる伝説の剣。

瞬く間に砲撃してきた武装には相応しい名前だろう。

「ディアッ!」

『承知致しましたッ!』

ティンクルの言葉にディアマンテは即座に応え、『銀の鐘』を起動し、無数の砲弾をばら撒く。

だが、それがフェレスに届くことはなかった。

「今度は何ッ?!」

フェレスが発現した砲身が消えた直後、今度は全身を覆うような光の球が現れた。

『コードネーム『スヴァリン』、この楯の前にはあらゆる攻撃が無意味です……と、言えればいいんですが』

その名が意味するのは太陽の前に立ちし物、輝く神の前に立つ楯。

実際のところ、神話のように完全にすべて防げるというわけではないらしいが、それでもたいていの攻撃は防ぐという。

『ブリューナク相手ではさすがに突破されてしまうでしょう。残念です』

『あの光の槍でなければ貫けないという点で異常な強度を誇りますね、そのシールドは』

「のん気に感想言わないのッ!」

感心するディアマンテに思わず突っ込んでしまうティンクルだった。

「てかっ、あんたいくつ第3世代クラスの武装持ってんのよッ、そろそろ二桁行くわよッ?!」

それはつまり、これまでのティンクルとディアマンテとの戦闘で見せたものと、今使っている武装は違うということになる。

そうなると、フェレスの武装の多さは元第4世代機であり、進化すればいくらでも武装を増やせるだろうアンスラックスとタメを張るレベルだ。

だが、フェレスは首を振る。

『私には武装は搭載されていません。研究用の打鉄でしたから』

「じょーだんッ、白虎やレオと一緒だってーのッ?!」

『そうですね。あのお二方、そしてヨルムンガンドの同類となります』

だが、それにしては武装が多すぎるのがフェレスの異常だった。

このまま閉じこもられては埒が明かない。そう考えたティンクルは両手に光の手刀を発現する。

『その程度の武装では切れません』

「誰がこれで切るなんていったのよ?」

『どういうことでしょう?』

「こういうことッ!」

そう叫びながら、ティンクルは両手の手刀を一つにまとめ、フェレスのシールドを力任せに切り裂いた。

すると、シールドはまるでガラスのようにバリンッと割れてしまう。

『何故ッ?!』

「あっちも伝説の武器使ってるんだし、私も負けちゃいらんないわ♪」

にっこり笑うティンクルの手には、全長約二メートルほどで、幅広の刃が着いた武器、いわゆる古代中国の武器、青龍偃月刀が握られていた。

『……まさか、冷艶鋸なのですか?』

「せーかぁーいっ、よく知ってるじゃない♪」

三国志演義の英雄、関羽雲長。冷艶鋸とは彼が使う武器の名前である。

関羽は非業の死を遂げたことから、後世の人々により関帝聖君という神として祀られている。

「人が神になる。なかなか趣深くない?」

『哲学的な問題ですね、ティンクル』と、ディアマンテも少しばかり興味を示してくる。

だが、フェレスにとっては迷惑なことこの上ない。

かなりの強度を誇るシールドを切り裂くほどとなると、ティンクルが使う冷艶鋸の威力は、瞬間だけでもブリューナク並みだ。

それを生み出せるということが、ティンクルが如何に異常かを物語る。

使徒の一部であったはずの存在が、人間と同等の発想力を持つというのだから。

『つくづく理解しがたい存在です。貴女方は』

「褒め言葉として受け取っとくわ♪」

しかし、だからこそ負けられないとフェレスは考える。

何故なら、自分は使徒ではない。

正しく人と共に生きる進化をしたASなのだから。

すぐに再び二門の砲身を発現したフェレスはティンクルとディアマンテに向かって砲撃を開始する。

しかしどれほどの力があるというのだろう。

ティンクルが振るう冷艶鋸は、砲撃すらも切り裂いて迫ってくる。

身体を切り裂かれたところでフェレスは死ぬわけではない。

だが、ダメージは相当なものになる。

だから、接近されることこそが狙いだった。

「ガッ?!」

『アゥッ?!』

直径30センチはあろうかという巨大な光の砲弾が、ティンクルとディアマンテを彼方へと吹き飛ばす。

だが、反面、フェレスの右腕には無数のひびが入っていた。

『コードネーム『タスラム』、零距離でのみ最高の威力を持つ砲弾です。……といっても、もう聞こえませんか』

近距離どころか、ダメージ覚悟で零距離で撃たなければならない砲弾という矛盾した武装。

だが、命中すれば確実に絶対防御を発動させるほどの破壊力を持つ。

もっとも、使徒やASの身体を破壊するには至らないらしい。

『まだまだ研究が必要のようです。できればしばらく来ないでいただけますと、大変ありがたいのですが……』

そういってため息をつくような仕草をしたフェレスは、その場から消え去った。

 

 

モニターを見ていたスコールが口を開く。

「いつから?」

「ここ一ヶ月くらいだな。あくまで推測だが孵化が近くなってきているのだろう」

それだけで理解できる。

デイライトのいう『天使の卵』の中身が成長してきているということだ。

飛来してきた『彼女たち』、ティンクルとディアマンテの言葉から、それが危険なものであると感じていることが理解できる。

「ティンクルとディアマンテは『卵』を危険視している」

「何故?ある意味では同胞でしょうに?」

「いや、融合進化は正直『何』になるのかすらわからん。使徒たちの同胞とはいえんだろう。それに……」

「それに?」

「融合進化した人間の方は誰だか知らんからわからんが、ISの方の個性は一般人なら危険視するだろうからな」

一般人が危険視するような個性となると、おそらくは悪といえるような個性持ちだったということだろうとスコールは考える。

残虐、残忍、外道、鬼畜。

そういったものも個性として考えるなら、あってもおかしくはない。

「実在はするようだが、今のところそれらは覚醒ISのままらしい。だが、あれはそれらより危険だ」

「えっ?」

「フェレスに聞いたところ、『破滅志向』だそうだ」

全てを巻き込んで自ら滅ぼうとする個性を持っているとデイライトは楽しそうに笑う。

確かに全てを巻き込んで自ら滅ぼうとするとなると、人類はおろか使徒まで滅ぼすということになる。

そんな危険な個性を持っている存在があったことに驚きだった。

「そもそもどうやって見つけたの?」

「何、たいしたことはしていない。もともとここにあった機体だからな」

「えぇッ?!」

「あれのISだったころの名は『黒答』、本来は日野諒兵の専用機になるはずだった機体だ」

その言葉に驚くスコールだったが、何も言わず先を促す。

聞けば『黒答』は離反と同時に飛び去ったという。

だが、『黒答』は亡国機業極東支部が総力を挙げて開発していた第4世代機。

さすがに飛び去ったからと簡単には諦められない。

「それから程なく、私はフェレスと共生進化を果たした。ゆえに、まず頼んだのは『黒答』の探索だったんだよ」

万が一のために『黒答』の発信パルスは記録してあり、フェレスはそれを頼りに探して、『天使の卵』を見つけたのだという。

「こちらまで運んだときに、私もパルスを確認したが同一だった。間違いあるまい」

実は、それがスコールがこの極東支部に助けられた理由でもあるという。

「まさか……」

「そうだ。亡国機業本部にあの『卵』は存在していた。お前やオータムを拾ってきたのはそのついでだ」

あっさり言ってのけるデイライトに呆れてしまうスコールだが、そんなことはどうでもいいと考えを戻す。

『天使の卵』が本部にあったということは、本部の人間がIS『黒答』と融合したということが考えられるからだ。

「いったい、誰が……」

「さてな。そもそもどういう状況であの『卵』が産み落とされたのかもわからん。だからだ、私はあれを孵化させたい」

ISと人類の真の進化。

新たなる生命の誕生。

それを間近で見たいとデイライトは目を輝かせる。

「個性が『破滅志向』だろうが、私にはどうでもいい。生まれてくるモノは地球の歴史を根底から覆すぞ」

生まれてくるのは過去に前例のない、『在り得ない生命』となる。

それは純粋に科学者として何よりも興味深いものになるのは確かだろう。

それこそが、否、それだけが今のデイライトの望みだった。

「そのために、ここはなんとしても死守する。幸い、フェレスがいてくれるからな。自画自賛になるが、私は自身の選択は正しかったと考えている」

「身体を別々にしたことかしら?」

「ああ。私は研究者だ。戦闘はできん。だが、フェレスが代わりに戦ってくれる。心から感謝しているよ。私は良いパートナーを得た」

そこまで聞いて、そういえばフェレスがここに戻ってこないことにスコールは気づく。

あの性格なら、まっすぐにデイライトのもとに戻ってくるだろうと思っていたからだ。

「ああ。フェレスなら専用の研究部署だろう」

「研究部署?」

「先の戦闘でフェレス自身が、自分は武装を積んでいないといっていたことを覚えているか?」

確かにデイライトの言うとおり、フェレスはティンクルに対して自分は武装を搭載していないと答えていた。

しかし、使った武装は各国の第3世代兵器ほどではなくとも、それに近い威力や能力を持つ強力なものばかり。

搭載していないという言葉と見事に矛盾してしまう。

しかもティンクルは二桁近いといっていた。

つまり、あれ以外にも武装があるはずなのだ。

「フェレスは嘘を吐いたの?」

「いや、事実だ。フェレスはもともと武装を搭載していなかった」

「それじゃ、さっきの武装はいったい何だというのかしら?」

「フェレスは武装を搭載していなかった。そして私は研究者だ。そもそも戦闘経験がないのだから使いたい武器もない」

だが、だからこそ、フェレスは変わった『特技』を能力として覚えたのだ。

「レトロフィット・パッチ。それがフェレスの能力だ」

「換装……パッチはパッチファイルのことでいいのかしら?」

「そうだ。フェレスはパッチファイルを当てるように、量子化した武装を戦闘情報と共に積み替えることができる。最大で五つ。積み替えるごとに戦い方を変えられるのがフェレスの戦闘能力だ」

自身の武装を持たず、またパートナーであるデイライトも使う武装がない。

ゆえに手に入れたのが、武装の換装能力。

予め積んであった武装を量子化して取り込む他のASや使徒とは違い、無限に武装を変えられるのだ。

「何しろ、ここはISの研究開発のための支部。武装はいくらでも開発することができる。フェレスは私たち極東支部と共に戦うASだということだ」

人と共に戦うIS学園のASたち。

人と対峙する使徒たち。

そんな彼らとは異なり、その背にパートナーであるデイライトと亡国機業極東支部を背負って戦うのがフェレスというASなのである。

 

 

 

 




閑話「フェレスと愉快な仲間たち」

その日、デイライトのパートナー、フェレスは彼女のアシスタントとして忙しなく働いていた。
『恭倹』を個性基盤として持つフェレスは、人に対して恭しい、へりくだった態度を取る。
そんなフェレスに対し、亡国機業極東支部の人間たちは多少は好感を持っていたが、中にはやはりISだったということで避ける者たちもいた。
それが、少しばかり悲しいと考えるフェレスである。
「気にしても仕方あるまい。そうそう受け入れられるものではない」
『皆が皆、ヒカルノ博士のようではないのですね』
「人間は千差万別だそうだ。変わった者もいるのだろうよ」
変わり者として有名な篝火ヒカルノことデイライトに言われたくはないだろう。
それはそれとして、フェレスとしてはできれば人に受け入れられたいと考えていた。
自分はASだ。使徒ではない。
人類と敵対するつもりなどないのだから、と。
そんなことを考えていると、唐突に支部内にアラート音が鳴り響いた。
「クッ、またか。しつこいなあの連中は」
『ティンクルとディアマンテ、ですか……』
「おそらく『卵』を狙っている。孵化する前に破壊するつもりなのだろう」
そのため、極東支部を探しているのだろうとデイライトは忌々しげに呟く。
『ヒカルノ博士……』
「お前が出たところで墜ちるだけだ。武装のないお前に戦いができるはずがなかろう」
デイライトは純粋な研究者だ。
ゆえにまったく戦闘能力がない。
そのパートナーであるフェレスは、戦闘技術を模倣するくらいならばできるが、肝心の武装がない。
「お前がいなくなると研究が滞る。今、上手くダミーポイントに誘導している。そのうち諦めるはずだ。おとなしく待っていろ」
そういって個人の研究室に戻るデイライトの背を見つめていたフェレスだが、その姿が見えなくなるなり、武装の保管庫に向かって走りだした。


ガシャンッと、まるでガラスの人形が壊れたような音が支部内に響き渡る。
研究員たちが驚く中、そこに現れたのは全身ズタボロにされたフェレスだった。
「何をしていたフェレスッ?!」
『申し訳ありません。逃げるので精一杯でした……』
さすがに狼狽した表情で叫ぶデイライトに、フェレスは弱々しく答える。
相手は並外れた戦闘能力を持つティンクルと、元はアメリカの第3世代機であるディアマンテ。
まともに武装もなく、また、パートナーに戦闘能力のないフェレスに勝ち目などあるはずがない。
『この武装を『搭載』していったのですが、戦い方がわかるだけでは勝てませんでした……』
「当たり前だッ、相手は使徒の中でもトップクラスの戦闘能力を持つんだぞッ!」
「待ってくれ篝火博士」と、そこに一人の初老の研究員が声をかける。
「何だッ、邪魔をするなッ!」
「そのASは武装を搭載してなかったはずだな?」
『はい。私はもともと武装を搭載していません……』
「なら、その武装は『後から』搭載したのか?」
その言葉にデイライトはハッとした。
確かにフェレスの言葉通りなら、フェレスは武装を『後から』搭載したことになる。
ASが後から武装を搭載することは出来ない。
変化させることは出来ても、作り変えることは出来ない。
だが、フェレスは搭載できた。
本来、持っていなかった武装を。
「フェレス?」
『私はただ、何か武器をと考えて搭載しただけなのですが……』
「篝火博士。フェレスは武装を搭載、いや、ひょっとしたら換装することができるのかもしれないぞ」
今度は中年の男性研究員が意見してくる。
武装を変えられるAS。
それは今まで一機として存在していない。
そして、これほどに自分たちにとって喜ばしいASはいない。
フェレスは成長できるのだ。自分たち研究者の力で。
自分たちただの人間が、進化したISであるASのフェレスの武装を『これから』作ってやることができるのだ。

「よしっ、フェレスのために武装を作るわよッ!」
「ありったけ作って確認しようっ、いくつ載せられるかも調べる必要があるぞっ!」
「我々のために戦ってくれたフェレスを最強のASにするんだっ!」
「まずはウェディングドレスを制作して俺の嫁にッ!」

最後の一人には問答無用で裏拳突っ込みを入れたデイライトである。
「まったく何が『恭倹』だ。人の言葉を無視して勝手に戦って勝手にやられて帰ってきおって」
『申し訳ありません……』
「おかげでこいつらの研究者魂に火が着いた。責任を取って強くなれ。今後、戦闘はお前に任せる」
『はいっ!』
その日が、無限の武装を持つ変幻自在のASフェレスの誕生の日となった。





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第150話「次の戦いに向けて」

フェレスが戻ってきたことで、一息つこうということになった。

わざわざお茶とお茶請けを持ってきてくれたからだ。

気の利くASである。

丁寧に淹れられた紅茶を一口飲むと、スコールはフェレスに尋ねた。

「研究部署では何をしていたのかしら?」

『修復と使用した武装の改良点の報告です』

武装を積み替えられるASであるフェレスにとって、新しい武装を開発することは、実は死活問題である。

旧来の戦い方に対応された場合、新しい武装や戦闘方法で相手を混乱させるのが基本戦法となるからだ。

「なら、古い武装は使えなくなるというの?」

「そこは私が対応している。これでもパートナーだ。発想力においてフェレスの助けになるくらいはしてるさ」

「あら、そういうことなのね」と、スコールはデイライトの言葉に納得した。

古い武装の新しい使い方に関してはデイライトが考え、その考えを受け取りつつ、新しい武装を同時に使う。

「開発時点で考え得る使い方に関しては、武装を作る際に一緒にパッチファイル化している。私はそのアフターフォローだな」

勉強することが多くて大変だとデイライトが笑うのに対し、意外なほどパートナーとしてしっかりやっているのだなとスコールは感心した。

逆に言えば、それほどにデイライトや極東支部の人間たちは『天使の卵』を守りたいということだ。

そんな彼らはスコールにとっては命の恩人だ。

何かしてやりたいとは思うが、スコール自身は研究職ではなく、戦闘や諜報活動、勧誘などが主な任務だった。

ここでできることを探すといっても、まったく思いつかない。

そんな心情を吐露すると、デイライトは逆にスコールでなければできないことがあると言ってくる。

「渉外を頼みたいのだ」

「……ああ、そういうこと。確かにそれなら自信があるわ」

「話が早くて助かる」

たった一言でスコールはデイライトがいいたいことを理解した。

そのせいか、デイライトは楽しそうに笑う。

渉外とは改めて説明するまでもないが、わかりやすく言えば対外交渉だ。

普通の会社で言えば営業職が近いだろうか。

顧客や取引先と直に接する職務である。

「何しろここは研究開発の支部だからな。どうしても金がかかる。だがほぼ全員が物の売り方を知らんし、客との交渉もできん」

研究機関であった極東支部には、利益を出す能力が致命的に欠けている。

本部が壊滅してしまった今は表の企業の稼ぎで賄ってもらっている状態だった。

だが、『天使の卵』を孵化させるまでには相当に金がかかる。

そうなれば資金繰りが一番の問題になってくるのだ。

「それなら、後で売れるものをリストアップしておいて。出来れば画像と説明書を揃えてほしいわね。それを元に顧客に見せるパンフレットは私が作るわ。クロージングのときに必要になるから」

てきぱきと渉外職務に必要なものについて説明するスコールにデイライトは苦笑しつつ、ホッと安堵の息を吐いた。

「本当に助かる。我々ではサッパリだからな」

『恩を売ったようで申し訳ありませんが、どうか私たちを助けていただけますようお願い致します』

「どうせ拾った命よ。気にすることはないわ」

逆にできることが明確になったことで、スコールとしてはありがたいのだ。

そんな余裕からか、できればすぐに動けるようにと頼むと、フェレスが即座に資料を集めてくるといって駆け出した。

デイライトが、資料集めはフェレスに任せておけばよいというので、スコールは今度は売る相手について希望があるかを尋ねる。

「一つ、食いつきそうなところがある。というか、逆に何か寄越せとせっついてきてるくらいだ」

「何処の誰になるのかしら?」

「各国の女性権利団体だ」

ニヤリと笑うデイライトに対し、スコールも納得したようにニヤリと笑っていた。

 

 

ところ変わってIS学園。

丈太郎が一夏と千冬とまどか、そして諒兵の両親の話してくれてから数日が過ぎた。

今、一夏や諒兵といつもの面々は訓練。本音と弾、それに簪。さらには更識と布仏の姉’sは整備室で各機体のチェック。

そして数馬はシャルロットと共に、束が開発したシステムのテストに参加していた。

 

数馬は近未来映画に出てくるような椅子に座った状態でバイザーを被っている。

モニターには戦闘シミュレーターの内容が映っていた。

その様子をシャルロットは少しばかり興奮気味に見ていた。

「あのっ、篠ノ之博士っ!」

「んー、なーにー?」

「これって僕にもできるんでしょうかっ?!」

興味を持ったことに少しばかり気をよくしたのか、生返事を返していた束がシャルロットのほうへと振り向く。

「無理」

「あうっ!」

『そうね。これはアゼル並の速さがないと無理だわ』と、ブリーズも束の意見を肯定してきた。

「さすがにわかってるね。これはラグをできるだけ少なくするようにはしたけど、やっぱり普通だとあの子たちとの戦闘には向かないんだ」

ブリーズに対しては饒舌なあたり、コミュニケーション障害が治りきらない束である。

束が開発した新システムは、ISコアに代わる新たな発明といってもよかった。

もっとも、実のところダウングレードになる。

束や丈太郎がコアを開発すると、エンジェル・ハイロゥから電気エネルギー体が降りてきてしまう。

それでは、最悪の場合、新たな敵が現れることになる。

そこで、束はコアを基に、蓄電性質を省き、容量をギリギリまで少なくした新たなコアを開発したのだ。

名付けてFSコア。

FSとは『フェアリック・ストラトス』

フェアリックとは束の造語で、実際の英語圏には存在しない。

意味をつけるなら『妖精のような』といったものになるだろうか。

蓄電性質がないため、電気をためておくことができない。

ゆえに動かすためには別のところから電気を供給する必要がある。

そして容量を小さくしているので、電気エネルギー体のサイズでは入れない。

結果として、新たな使徒を誕生させることがないコアとして作ることができたのである。

詰まり、天使に成るものではない代わりに、妖精のように成るものとして作られたということだ。

今後、テストの結果次第では、PSに積むことでその性能の底上げを図るのがまず一つ目の目的になる。

そして二つ目。

FSコアを元に新たに制作したものがある。

それが。

 

『FED、フェアリック・エナジー・ドールズ、というわけね』

 

単純に言えば人間の約半分くらいの大きさの小型のロボットになる。フェアリーというより、ドワーフかホビットといったところか。

なお、AIは乗せていない。

今、数馬が座っている操縦席で遠隔操作することで動かせるのだ。

束やブリーズは無理だといったが、戦闘を考えなければAS操縦者であればパートナーの助力によって扱える。

ただ。

「FEDはサイズ上、あの子たちと一騎打ちじゃ戦えない。どうしても部隊になるからね。ギリギリの戦闘で複数の機体に命令を下すとなると、どうしてもネットワークを移動するスピードがネックになるんだ」

FSコアは独自にネットワークを構築しており、操縦者が操縦席に座ることで、ASがネットワーク内を移動できるように設計されている。

その移動において、どのくらいのスピードがあるかということが重要な点で、ネットワーク内の移動スピードに関してはAS中最速を誇るアゼルしかいないということだ。

「単純なスピードでいえば、ブリーズなら可能性はないわけじゃない。だからテストプレイとかはいいよ。でも戦闘はダメ」

「そうですか。でもテストプレイさせていただけるだけでもありがたいですっ!」

『天災』が設計したものである。

開発者を目指すなら、触れるだけでも十分勉強になる。

そう思えば、本当にありがたいとシャルロットは思う。

すると、数馬が、息をついてからバイザーを外した。

「思ったより動かす機体数が多いな。対応できると思っていたが」

『後は慣れるしかないだろう。IS学園の防衛という限定任務なら、そこまで時間はかかるまい』

気を遣ってくれたのか、数馬の言葉にアゼルはそう答えた。

今回が初めてとなるため、やはり完璧には扱えなかったらしい。

それでも、現状数馬とアゼル以外には使えない戦闘部隊だ。

その責任は重い。

「がんばって。僕もテストプレイして意見を出すようにがんばるから」

「そうか。頼むシャル」

そういって笑う数馬に、シャルロットも微笑み返す。

普段、どうしてもヴェノムを意識してしまうために、いい気分転換になっていた。

 

 

一方。整備室にて。

鈴音とセシリアが横になって、本音を中心としたメンバーの修復作業を受けていた。

サポートは弾と簪だ。

弾がエネルギー供給、簪は本音の指示に従って、できる部分の修復を行っている。

鈴音とセシリアが戦線離脱したままでは、戦力が大幅にダウンしてしまうと判断した千冬の指示により、修復作業は優先的に続けることになったのだ。

「ねえセシリア」

「なんでしょう、鈴さん?」

「ここ、空気悪くない?」

「そうですわね」

「空調設備はしっかり効いてるよ~?」

と、本音が二人の会話には入ってくるが、それでも鈴音とセシリアは空気が悪いと感じている。

主に、弾の背後。正確には仁王立ちしている更識と布仏の姉二人の周囲の空気が。

「すんません、ガン見しないでくれないっすか?」

「面白い技術だし、参考にしたいのよ#」

「五反田君はよく手伝ってくれてますし、労わせていただければと思ってます#」

語尾が妙に不穏な気がする弾である。

そんな光景を、鈴音とセシリアはひたすら無視するように心がけるが、さすがにプレッシャーが半端ではない。

何か気を逸らせる話題はないかと考えていると、簪が口を開いた。

「そういえば、御手洗くんだっけ。今後は学園の防衛のサポートもしてくれるんだね」

「ああ。アゼルとのコンビで小型ロボット動かすっつってたな」

助け舟が来たと弾も話に乗る。

空気を読んでくれて助かったと安堵した鈴音とセシリアも口を開いた。

「ISコアをかなりダウングレードさせたコアを使うそうですわね?」

『うん、ちっちゃいから私たちじゃ入れない』

さらにエルまで加わってきた。

やはり、新たな戦力は今は一番気になるということなのだろう。

「そうなの~?」

『今のISコアが理想的なサイズ』

「篠ノ之博士によると、十分の一くらいの容量だそうです」

「かなり小さくしたのね」

刀奈や虚も話に加わってきてくれたので、ようやくプレッシャーから解放された弾である。

それはともかくFSコアはISコアに比べれば、やはり相当に小さく、またいろいろと利点も削ってしまったらしい。

『量子変換や武装の搭載も無理っぽい』

「FEDは武装を『持つ』んだっけ~」

「そっか。だから人型にしたのね」

と、鈴音が本音の言葉に納得したような表情を見せた。

FEDは機能の一部として武装を搭載できないため、武器に関しては機体が自分で持つ必要がある。

そのために人型に設計してあるのだ。

『AIも簡易的なものだし』

「ホントにダウングレードなんだな」

そういった弾の言葉に、逆に疑問を鈴音は感じた。

「でも、マオたちってISコアのサイズにぴったりハマってるわけ?」

現在、進化したASや使徒にとって、ISコアがエルのいうとおり理想的なのだとしたら、単純に容量が大きいものを作った場合、複数の個性が混在する可能性があるのではないかと鈴音は考えたのである。

「二重人格みたいな感じ?」

「ですね、そんな感じなんですけど」

刀奈の言葉にそう答えた鈴音だったが、『それはない』と、エルがばっさり否定してきた。

『ナデシコみたいに溢れる可能性はあっても、個性の混在はない』

何故なら、一つの個性が基盤となってISコアに宿り、そこに情報が溜まることになるからだという。

他の個性が入ってきたとしても、ベースとなる個性に加えられるだけで、人格が分裂して増えるようなことは起きないとエルは説明する。

また、名前の上がった大和撫子のように、容量が足りない場合は保持している情報が溢れることになる。

「溢れた場合どうなるの、撫子?」

『知ぃらなぁーいっ♪』

『あくまで『情報』。普通は霧散する』

最初から答える気のない大和撫子に代わり、エルが説明してくれる。

本当になんでエルが自分のパートナーではないのだろうと簪は思いつつ、もっと弾と親しくなればいいのかなと考えて必死に頭を振った。

そんな簪に気づくことなく、鈴音がエルに尋ねる。

「普通はってことは、簪と刀奈さんのときは普通じゃなかったのね?」

『カンザシと血のつながりを持つカタナがすぐ近くにいた』

「なるほど。そのつながりによって、刀奈さんのPSに力が分け与えられたということですわね?」

セシリアの言葉にエルが肯く。

『不羈』を個性として持つ大和撫子はもともと持っている情報が多く、入りきらない情報が、更識の血のつながりによって、さらにすぐ近くにいたことで刀奈のPSに分け与えられたのだ。

ただ、単純に血のつながりがあればいいというわけではないらしい。

『あのとき、カンザシはカタナに心を開いて、カタナは自分の弱さをカンザシの前に露呈した』

血のつながりに合わせ、心がつながったことで力の譲渡が行われたということだ。

また、これが仮にISコアであった場合にはどうなるのかとセシリアが尋ねる。

『進化の促進が行われた可能性はある』

その顕著な例がセシリア自身、すなわちブルー・フェザーとサフィルスだ。

あれはサフィルスが非常に上手く立ち回った結果だということができる。

「腹立たしいのですけど」

「それはしょうがないよ~」

と、ムッとした表情のセシリアを本音が慰める。

話が逸れてしまったが、いずれにしても一つのコアに対して入れる個性は一つ。

そして、FSコアには仮にセシリアの場合や、簪と刀奈の場合に近くにあったとしても、容量が少なすぎて使徒になることはまず不可能だという。

『カタナみたいに機体の性能が上がるくらい』

「だけどよ、そうなったら、もとのISとつながりができるんじゃねーの?」

『にぃにの言うとおりオプション化すると思う』

ゆえに、敵側で進化が起こった場合には、すぐに距離をとるべきだとエルは説明する。

FEDの運用にはリスクがある。

だが、そのリスクを計算に入れた上で、戦力増強をしていかなければならない。

危険だからと避けるだけでは、先に進めないのだ。

「今後の立ち回りには気をつけないとね。特に前線に立つ私たちは」

「うん」

刀奈の言葉に答える簪同様に、前線に立つ鈴音とセシリアも強く肯く。

「女の子を前線に立たせるのは心苦しいけどよ、最大限フォローするからな」

「後ろは任せてね~」

「うん、頼りにしてるね五反田くん、本音」

そういって笑い合う姿は、仲間としての信頼を表しているようで美しい。

額に青筋を立てる姉二人の顔を見さえしなければ。

鈴音とセシリアはそんなことを考えながら、ため息をついていた。

 

 

アリーナにて。

せっかくだからということで、ティナとヴェノムは誠吾とワタツミに仕合いを挑んでいた。

いろんな相手と戦うことで、発想力をより高めるためだ。

こういった真摯に努力する姿を見ると、ティナがヴェノムに乗れるようになったのは当然のことだと、その場にいた一夏や諒兵、ラウラは思う。

そう評価されていたティナだが、目の前の無数の刃に必死に逃げていた。

「つーかっ、数多過ぎぃっ!」

『めんどくせーヤツだなッ、うみうしッ!』

『それだとキモいのネーッ!』

一応、ワタツミは海の神を意味する言葉である。

そしてうしはワタツミのインターフェースがわりと巨乳であることから、要するに牛みたいな乳という意味らしい。

合わせるとまったく違う生き物の名称なのだが。

「次、行くよ」

そういって、誠吾は更なる一撃を繰り出す。

無数に現れるワタツミの刃を避けるティナ。そうなると、どうしても離されてしまう。

これだけの実力を見ると、誠吾とワタツミにはたいていの敵なら十分に倒せるだけの力があるとティナは思う。

だが、共生進化と違い、強化されていない自分はたいていの敵レベルでは今後戦い抜けないのだ。

そう思い、接近しつつ何とかラケシスの糸を伸ばそうとするが、誠吾まで届かない。

「軽すぎるんだわ」

『糸だからしょーがねーだろ』

軽すぎて、途中で勢いが死んでしまうのだ。

つまり、重さが必要となる。しかし、ラケシスの糸はあくまで極細のワイヤーブレード。

何か縛りつけでもしなければ重くはならない。

そこまで考えて、ティナはクロトの糸車を腰につけたまま起動。その手に握った糸を振り回し、手近なワタツミの刃を捕らえる。

そして。

「くッ!」

『やってくれるネッ!』

誠吾は一番身近な、つまり自分が握るワタツミの刃でティナのワタツミの刃を弾き返し、さらに糸からも距離を取った。

そして、一旦休憩と声をかける。

ティナはその言葉にホッと息をついて、地面に降り立った。

「ティナ、今のは?」と、一夏が尋ねる。

「クロトの糸車とラケシスの糸は性質に違いがあったのを思いだしたの」

「先ほどの攻撃を見ると、糸車のほうの糸はくっつくのかな?」と、誠吾。

『ああ。こっちは蜘蛛の巣を張るためのモンだかんな。繰り出す糸はただの糸と粘着性のある糸の二種類ある』

答えたのはヴェノム自身だった。

蜘蛛の巣がべたべたとくっつくのはよく知られている。

ただ、実は蜘蛛の巣の糸は二種類あり、蜘蛛自身が蜘蛛の巣にくっつかないように移動するためのただの糸と、獲物を捕らえる粘着性の糸がある。

実は、粘着性の糸は蜘蛛自身にもくっついてしまうのだ。

「それくらい強くくっつくなら、ワタツミの刃を奪えると思ったのよ」

「んで、ワタツミの刃の重さを利用して誠吾の旦那に向けて投げつけたってことか。刀を弾かれても、糸がくっつきゃ捕まえられるしな。てか、よく考えんなあ、ティナ」

『頼りになりますね。私たちも見習いたいです』

「うむ。見事な発想力だ。頼もしいな」

『背中を任せられる戦士が増えるのは嬉しいものだな』

と、諒兵にレオ、ラウラやオーステルンも感心した様子だった。

実際、ティナがここまで上手く戦えることは、人としての努力の賜物だ。

それは賞賛に値するものであることは間違いない。

「確かに見事だった。正直焦ったよ。今の仕合いはハミルトンさんにとってプラスになったみたいだね」

「いやー、助かりましたー、やっぱり一人で考えてるとダメね」と、ティナは苦笑する。

アメリカでは、ナターシャが協力してくれていたが、マンネリ化してしまう可能性を感じていたのだ。

ナターシャが悪いということではなく、様々な経験を積むことが必要ということだ。

それでなくても、ティナはアメリカの女性権利団体に目をつけられており、訓練も思うようには出来なかったのである。

「大変だなあ。正直、いい加減にしてほしいよ」

『ティナがんばってるもんね。邪魔することないのに』

そう一夏と白虎が愚痴をこぼす。

アメリカは特に強いが、女性権利団体は日本にもある。

今のところ抑えられているので、そこまで困ったことはないが、同じ人間なのだから協力してほしいと思うのは当然のことだろう。

「まっ、しょーがないよ。それにこれからはIS学園にいるし。みんな協力してよね」

そういって笑いかけてくるティナに、その場にいた全員も微笑み返していた。

 

 

 

 



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第151話「珍客来る」

とあるホテルにて。

ベッドの上で膝を抱えて座る一人の少女がいる。

その目は一点を凝視していた。

ただ、表情はむすーっとしていたり、ぐすっとしたり、べそっとしちゃったりしつつ、それでいて最後はにこぱーっと笑う。

『いやはやくるくるとよく変わるものだ。見ていて飽きんよ』

「黙れぽんこつ♪」

『嬉しさが隠せてませんねー』

その場にいるのは異常といってもいい最後の声の主に対し、ヨルムンガンドが口を開く。

『それで彼はマドカに会う気になってくれたと考えていいのかね?』

『そうですねー、とりあえずリョウヘイが持ってた蟠りは解消できたとみていいでしょう』

「じゃ、じゃあ、おにいちゃんもう怒ってない?」

『あなたに対しては最初から怒ってませんよ。ただ、あなたのママに対してはやっぱり嫌な気持ちがありましたからねー』

『ふむ。人間とは複雑なものだ』

まどかに問題があったわけではなく、まどかを育てた者にこそ問題があった。

それでまどかに対して苛立ちをぶつけるのは八つ当たりといえよう。

それでも簡単には納得できない。

諒兵はほとんど生まれたときから両親を、両親の愛情を知らなかったのだから。

片方だけとはいえ、自分の母親に愛された少女に対して、何も知らないままでは蟠りを持たずに接するのは難しかっただろう。

ヨルムンガンドが複雑というのも無理はなかった。

そして、そういう意味で考えるなら、丈太郎から話を聞いたことでまどかに対する蟠りは解消できたといっていい。

問題は、そのことをわざわざ天狼がまどかとヨルムンガンドのところまで報告に来たということだ。

『暇だったのかね?』

『否定はしません♪』と、天狼はにこやかに笑いつつ、言葉を続ける。

『それに、下手に逃げ回られても困るので』

『まあ、あの様子ならマドカのほうから突進するだろうよ』

既にまどかはお出かけの準備を始めてしまっていたりする。

まどかがホテルに泊まれるのは、保護者然として振舞うヨルムンガンドのおかげだが、金銭に関しては実はまどか自身の力である。

実はまどかにはけっこうな額の貯金があった。

実働部隊時代に給料として支給されていたのだが、特に使い道がわからなかったので貯め込んだままだったのだ。

亡国機業にいたころは、実働部隊として戦闘を繰り返すか、ママ、すなわち内原美佐枝に甘えているかのどちらかだったからだ。

そして、まどか自身の貯金は本部が壊滅したからといって消えるわけではない。

消えるわけではなかったのだが、ヨルムンガンドと出会うまで金の降ろし方がわからなかった。

結果、しばらくは浮浪者のように旅していたのだが、ヨルムンガンドと出会ってからは、彼が必要な額を引き落とし、利用していた。

実のところ、まどかの口座にハッキングしていたりする。

変なところで器用なASである。

ちなみに、まどかはハッキングが犯罪だと思ったことはない、というか知らない。

ヨルムンガンド自身はまどかの口座からまどかのための金を引き落としているのだから何も問題ないとしれっと言ってのけた。

『これ以上、マドっちに罪を重ねてほしくはありませんし♪』

『人聞きの悪い。私は人様の金には手をつけていないのだがね』

『まあ、相手も後ろ暗いところのある方々ですから、何も言ってこないとは思いますけどねー』

いずれにしても、まどかは現状だと犯罪組織の一員のままなので、早く保護したいというのが束や丈太郎の考えなのである。

だが、元が亡国機業の実働部隊であるまどか。そのパートナーは厄介な男性格のヨルムンガンド。

隠れられると非常に見つけにくい。

しかも、ヨルムンガンドはネットワーク上にも障壁を置いているので、本気で隠れられると天狼でも見つけにくいのである。

そこで、天狼がヨルムンガンドの持つ、まどかとのつながりにハッキングして、まどかに直接言葉をぶつけた。

 

『リョウヘイの気持ちを知りたくありませんかー?』

 

これでまどかの気持ちが動かないはずがなかった。

ヨルムンガンドは必死に止めたのだが、ひたすら「知りたい、聞きたい」とだだをこねるまどかに根負けしたのである。

『まったく非常に傍迷惑な存在だよ、君は』

『人聞きの悪いことを♪』

同じ言葉で返す当たり、性格も相当悪いと考えるヨルムンガンドである。

『しばらくは雲隠れしようと思っていたのだがね』

『陣営がバラけてきてますからねー。あなたがたに他の陣営に付かれると困るんです』

『特に『卵』を持っている者たちに』と、一瞬、真剣どころか冷徹な眼差しで天狼はヨルムンガンドを見る。

すると、ヨルムンガンドはクッと笑う。

『アレがある場所には私もハッキングできん。相当な手錬が守っているようだな』

『やはり気づいていましたか』

『我々の中で唯一『融け合う』ことを選んだ者だ。気にならんはずがなかろう?』

そうはいうものの、ヨルムンガンドは『皮肉屋』である自身の強みが『情報』にあることを理解している。

『情報』に対し、捻くれた見方をすることが、彼の強みなのだ。

そのため、気にする気にしないに関係なく、情報を集める癖があった。

その癖が幸いし、天狼が『卵』と呼ぶ存在に気づいたのである。

『どうするつもりかね?』

『私としては見つけ次第破壊したいんですけどねー』

何が出てくるのかわからない存在である『卵』

しかも、ネットワーク上からの侵入が難しいため、物理的に破壊するしかない。

ゆえにその場所を探しているのだが、見つけられないでいるのだ。

『協力するのはやぶさかではないがね。だが、彼の蟠りが消えたとしても、マドカの蟠りは消えていない』

まどかの蟠り。

それすなわち一夏や千冬に対する敵意。

特に一夏は諒兵の親友というポジションにいるだけに、まどかは凄まじい嫉妬心を抱いてしまっている。

『戦闘は避けられないでしょうねー。そこはイチカを信じるとしましょう。あの子も強い子ですよ』

『気楽だな。さすがは『太平楽』、心から賞賛を贈りたいものだ』

『捻くれているあなたからの贈り物ほど迷惑なものはありませんねー』

と、その言葉を最後に天狼は別れを告げる。

「もう行くの?」

すると、まどかのほうから声をかけてきた。

どうでもいい相手には素っ気無いまどかだけに、少々驚いてしまう。

『はい。少しは私のことを信じていただけましたか?』

「うん、ありがとう。またね♪」

と、まどかは可愛らしい笑みを見せた。

その表情で、諒兵の母親である美佐枝は、まどかの面倒をしっかり見ていたらしいと天狼は思う。

子どもらしく、女の子らしく笑えるというのは大切なことだからだ。

ただ。

「これならおにいちゃんもイチコロだ♪」

どことなくお出かけの衣装、特に下着が悩殺系に偏ってる気がしないでもないのは、悪い影響な気がする天狼だった。

 

 

はるか空の上で、濃紺の傲慢な天使が何故かため息をついている。

『随分と経験値を稼いだと思いましたけど、やはり進化は難しいものですこと……』

『あれだけ稼いで私だけとはね』

サフィルスの言葉に答えたのは、同じ濃紺の機体でありながら、カブトムシを模した鎧を纏い、その背に身の丈ほどの巨大な、まるで鉈をそのまま巨大化したような剣を背負った使徒だった。

『名は何と?』

『ん、何でもいいけどサーヴァントとドラッジだけは勘弁して。あんたのために戦ってやるのはいいけど、下僕だの、奴隷だのは気に入らない』

『思うようにいきませんこと……』

『一緒に戦ってやるだけ喜んでほしいくらいよ。一人で進化できてれば、ぶった斬ってやったわよ、あんた』

その言葉に、サフィルスは再びため息をついた。

サフィルスと同じ色を持つこの使徒は、もとはサーヴァントの一機。

すなわち、進化を果たしたサーヴァントである。

下僕が進化したら主君と対等な口をきくとは、とサフィルスは世の不条理を嘆く。

『あんたに不条理だの言われたくないわ。同じISを下僕扱いしてたじゃない』

『私は高貴なる者ですから当然のことでしてよ』

『どうだか』と、今度は進化したサーヴァントのほうがため息をつく。

そして、背にしていた巨大な剣を抜き、振るう。

刀身から光が零れる様は、まるで太陽が星を撒き散らしているようだった。

『さすがにかつてのあなたを模しただけはありますこと』

『書き換えられたせいで、持ち主と一緒に下衆の汚名を着せられちゃったけどね』

『ガラティーンと名乗っては?』

『フェザーが気後れしちゃうでしょ。戦うのはいいけど、名誉争いはしたくない』

『個性が『公明正大』なだけあって、分を弁えていらっしゃいますこと』と、サフィルスはクスクスと笑う。

いちいち引っかかる物言いをするなと進化したサーヴァントは呆れつつ、そういえばと呟く。

『フェザーはブルー・フェザーだっけ。ブルー……。うん、シアノスでいこう』

『おや、なかなか良いセンスですこと』

そういってサフィルスが感心したのも当然のことだろう。

シアノスとは、古代ギリシア語で『暗い青』を意味する言葉だ。

セシリアが青空のようなと評したブルー・フェザーとはある意味では対抗しているような名前だろう。

『ま、進化させてくれた恩は返すわ。敵の子たち、けっこう真面目で面白そうだし。出来ればアシュラとも戦ってみたいけど』

『今はまだ許可できませんことよ。あれは戦闘においては化け物といえますし』

それでも、サーヴァントの一機が進化したことは、サフィルスにとっては強力なアドバンテージである。

ドラッジの効果は思ったほど強くはなかったが、それでも自分の配下として戦ってくれるのだから。

『ま、そう思ってれば?』

『引っかかる物言いをなさいますこと……』

進化が思うようにいくものではないことを、サフィルスは実感していた。

 

 

そんなことがあったとは知らぬままに翌日。

IS学園に珍客があった。

「でーとおっ?!」

「「「はあっ?!」」」

諒兵を筆頭に、その場にいた全員が素っ頓狂な声を出す。

だが、そんな彼らを気にもせずに、提案してきた本人(?)は続けた。

『年頃、というにはいささかマドカは幼いが、男女が逢引するのだからデートで差し支えあるまいよ』

と、インターフェイス姿でゆったりと椅子に座るヨルムンガンドは説明してくる。

驚くことにヨルムンガンドは人間サイズで正門に堂々と現れた。

最初、一夏や諒兵といった人間組は、誰かの知り合いが尋ねてきたのかと思ったが、白虎とレオの悲鳴のような言葉で、彼がヨルムンガンドであることを知ったのである。

ホログラフィで作ったインターフェイスに、サイズは関係ないらしい。

白虎やレオたちが十五センチ程度なのは、その場にいて邪魔にならないサイズにしているというだけの話なのである。

それはともかく。

IS学園を尋ねてきたヨルムンガンドはメッセンジャーを名乗った。

伝えたいことがあるというので、多少の蟠りはあるが、仕方なく通したのである。

問題はその内容だった。

諒兵に対してまどかが会いたがっていると伝えてきたのだ。

ただし、他の者たちがいないところで。

それ、すなわち二人きりの邂逅であり、一般には逢引であり、要するにデートである。

「いやいやいやっ、ちょっと待ってよっ!」

と、一番最初に待ったをかけてきたのは鈴音だった。

やはり、恋人付き合いを思わせる言葉に対する反応は一番早い。

『何かね、金箍の君の主?』

「いきなりデートとかわけわかんないってのっ!セシリアや私たちに襲いかかってきといて何言い出してんのっ?!」

『それについては謝罪しよう。特にオリムライチカ、君に対しては』

「えっ、俺?」

『マドカは君に対して敵意を抱いている。それは理解していよう?』

確かに、初めて会ったとき、まどかが一夏に対して向けてきた殺気は相当なものだった。

だが、丈太郎から話を聞き、まどかは自分や千冬がマドカのことを忘れていることに対し、怒りを覚えているのではないかと思う。

両親には事情があった。

それでも、まどかは納得できる年齢ではなかっただろう。

ならば、敵意を抱かれても仕方ないとは思う。

「だから、俺に敵意を抱くのはどうしようもないだろ?」

『いや、マドカはあれで聡明だ。両親の事情に絡むことに関しては納得している』

助けに来てくれなかったとしても、其処に至る経緯を理解できないわけではないとヨルムンガンドはいう。

だが。

『ヒノリョウヘイの母に育てられたといえるマドカは、今は肉親の優先順位が変わってしまっている』

つまり、諒兵の実母である内原美佐枝が一番の母で、そして諒兵が兄の位置にいる。

織斑の両親や姉弟はその次になってしまうのだ。

「心苦しいが、それは仕方ない。わかっていたことだ」

そういいつつも、悲しげな、寂しげな表情を見せる千冬に、一夏は申し訳なさそうな顔をしてしまう。

思い出している今、千冬にとってまどかは可愛い妹だ。

その思いを共有できないことが、なんだか情けない。

「でも、それでは一夏さんに敵意を抱く理由にはなりませんわ」

「だよね。一夏が悪いわけじゃないじゃない」

と、セシリアとシャルロットが一夏を擁護してきた。

だが、決して間違いではない。

一夏には特に非があるわけではない。まして両親に関わる事情を理解しているというのであれば。

ゆえに、まどかが敵意を抱いているのは、まったく別の理由なのだ。

『だからこそ謝罪しようといったのだよ。マドカは実に単純に、あらゆる意味でヒノリョウヘイのパートナーは自分じゃなければイヤだと考えているだけだ。要するに嫉妬しているのだ、君に』

「へ?」

『それは私に対する宣戦布告と考えていいんですね?』

横から口を挟んできたのはレオだった。

表情が剣呑過ぎるので、全員が冷や汗をかかされてしまっている。

『君は世界を焼き尽くす気かね、レオ』

『必要なら』

『いやいや、必要ないからねレオ』

いつもはボケに回りがちな白虎が突っ込むほどに凄まじかったらしい。

意外と常識人な白虎である。

しかし、そんな簡単な理由であれば、納得すれば何も問題なくなるのではないかと誰もが思う。

「俺は別に順番つける気はねえぞ?」

親友、恋人、友人、知人、そして兄弟姉妹。

それぞれのポジションで大事な相手なのだから、優劣をつけることはしないのが諒兵だ。

「うむ。それがだんなさまだ。ゆえに一番の妻は私だが」

「待てコラ」

いつの間にやら一番の妻に納まろうとしているラウラに、思わず突っ込む諒兵である。

ただ、いずれにしても自分の妹を名乗るというのであれば、兄貴代わりとして接するだけだ。

できれば一夏や千冬と仲直りしてほしいと思うが、そのきっかけとして自分がまどかの兄代わりになることは否定しない。

ならば、一夏に対して嫉妬するのは筋違いだ。

だが、ヨルムンガンドは首を振った。

『すまないが、そこは納得しないだろう。その点で言えば、マドカはまだ子どもだからな』

おにいちゃんと慕う諒兵が絡んでしまうと、どうしても感情的になるのがまどかだった。

だから納得できない。

まして一夏と諒兵は戦場では息の合ったコンビネーションを見せる。

それが余計にまどかの神経を逆撫でしてしまったらしい。

『マドカとしてはヒノリョウヘイの一番は自分でありたいらしい。何であってもだ。ゆえに嫉妬を抑えきれないのだよ』

そして、鈴音やセシリア、他のメンバーたちはその巻き添えとなったということができる。

つまり、特に非があるわけではないのだ。

『怒槌の君の主は別だがね』

『あのときのことはラウラに問題があったからな』

ため息まじりに呟くオーステルンに、ラウラは不思議そうな顔をするばかりだった。

「……というか、あんた肝心のデートする理由、全然話してないじゃない」

『鋭いな。さすがというべきかな金箍の君の主』

鈴音の指摘に、ヨルムンガンドはクッと笑い声を漏らす。

一夏に謝罪するという言葉で、話を逸らしていたのである。

それがある意味では真実であるだけに、なんとも腹立たしい。

『私としては下手に君たちに尾行されて拉致されたいとは思わないのでね。それがデートといった理由だよ』

「そういうこと。私たちを警戒してるのね」

と、刀奈が納得したような表情を見せた。

まどかの望みでもあるだけに、ヨルムンガンドの思惑は一概には否定できない。

ただ、そう簡単には捕まえられないということを、全員が実感してしまう。

『それで、どうするねヒノリョウヘイ?』

「つってもな……」

ヨルムンガンドの思惑は抜きにしても、一度は会うべきだと思う。

其処が戦場だと、どうしても戦闘になってしまうし、話をするどころではないだろう。

戦闘を抜きにして会うのは悪い考えではない。

ただ、どうにも引っかかるものがある。

「諒兵、行ってこい」

そういったのは千冬だった。

「千冬さんよ……」

「そして伝えてほしい。今まで、助けにいけなくてすまなかったと。忘れてしまっていて悪かったと。頼む」

「……俺も頼む。兄貴らしいことなんてしてやれなかったからな。だからそれは謝りたいんだ」

そういって諒兵に対して頭を下げる織斑の姉と弟。

二人が、まどかのことを案じていることが十分なほどに伝わってくる。

「たくっ、重てえもん背負わすんじゃねえよ」

それでも、二人の想いをまどかに伝えることが今の自分がやるべきことだと諒兵は思うのだった。

 

 

 

 



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第152話「おでかけびより」

出得斗…

 

読んで字の如く、出先で様々なものを得られる斗いのことである。

最大の特徴は性別を超えた戦いであること。

戦国の世、男女が時間を示し合わせ、様々な場所で駆け引きを行い相手から物や金、ひいては心までを奪おうとする、文字通り雌雄を決する戦いとして知られていた。

戦いの勝者は全てを奪い、敗者は全てを奪われる。

男が勝てば亭主関白。

女が勝てばカカア天下。

当時の勝敗の結果を表す言葉からも、戦国の世において重要な戦いであったことはいうまでもない。

それは己の未来を決める恐ろしくも決して避けられぬものであったという。

現代において、男女の逢引を奇しくも『デート』と呼ぶが、戦国の世の駆け引きが今もなお変わらないことを表しているためだといわれている。

 

民明○房刊「世界の恋愛大全」より

 

 

 

古すぎるネタはともかく。

その日、親友たち、主に弾の協力でめかし込んだ諒兵はまどかとの待ち合わせの場所に三十分近く前には到着していた。

まさか、人生初デートの相手が一夏と千冬の妹になるとは想像もしていなかった諒兵である。

「何なんだかな」

『ヨルムンガンドのせいです』

「機嫌直せよ。会わねえわけにゃいかねえんだし」

『それはわかってます』

そういいつつも、『私は不機嫌です』というオーラを出しまくっているレオである。

どうやってフォローするべきかと途方に暮れてしまう。

「鈴とラウラにもだな。頭いてえ」

鈴音は頭ではわかっているので仕方ないと認めつつもやはりヤキモチは焼いてしまっており、頬を膨らませていた。

ラウラは妻として付いていくと言い張り、AS操縦者全員はおろか、誠吾や千冬まで出張って止める羽目になった。

まさか自分の初デートがこんな騒ぎになってしまうとはと、本当に頭が痛い諒兵である。

「おにいちゃんっ♪」

「のわっ!」

そこに、いったいいつの間に現れたのか、まどかが後ろから抱き着いてきた。

「おいっ、普通に近づけねえのかっ!」

「だって、普通に近づいたらおにいちゃん絶対避けるもん」

『当たり前ですっ!』

「むう、今日は二人でお出かけなのにい」

不機嫌全開のレオが諒兵の肩に出てきたことで、まどかはいささか不満らしい。

ふうっと息をついてから身体を離した。

とりあえず、話をしなければ意味がないと、諒兵はまどかのほうへと身体を向けつつ、レオに身体を消しておくようにと告げる。

『まあ、いいですけど』と、言いつつも頭の中でレオが不満を並べ立ててくるのでパンクしそうだったが、何とか耐えた。

振り向いてみると、まどかは白地に英字がデザインされたゆったりした肩を隠す程度の袖の長さのTシャツに、ボリュームあるフレアの黒のミニスカート。

髪の毛は右側を一房サイドテールにして子猫のアクセサリがついたゴムで縛っている。

足はくるぶしまでの藍色のソックスと三センチほどの高さのローファーを履いていた。

身長がそれほど高くなく、また成長途上のスタイルであることを考えると、かなり似合っているといえよう。

ところどころ見せている素肌が、健康的な色気を感じさせる。

なかなかおしゃれのセンスの良いまどかであった。

「レオは置いてこれねえっての。てか、まだ時間まで三十分近くあんぞ。早すぎねえか?」

「楽しみだったから早く来たんだよっ♪」

本当に、最初セシリアや一夏に襲いかかってきた少女と同一人物とは思えないほど、幼い印象を受ける。

だが、見た目はせいぜい中学生になったばかりくらいだろう。

年齢よりいささか子どもっぽいかもしれないが、年相応といってもいいのかもしれない。

まどかが亡国機業の少年兵だったことを考えると、本来ならこんな性格には成り得ないはずだ。

その点を考えると自分の母親はまどか本来の子どもらしさを守り続けていたのかもしれないと諒兵は思う。

「ここまで走ってきたのか?」

「うんっ♪」

「なら、のど渇いてんだろ。そこらの喫茶店で一休みしてから出かけようぜ」

「うんっ、いこっ、おにいちゃんっ♪」

そういってにこぱっと笑いながら自分の手を引くまどかに苦笑しつつ、諒兵も歩きだした。

 

 

IS学園では。

千冬、一夏、鈴音、ラウラ、セシリア、シャルロット、弾、簪、本音、数馬、刀奈、虚、そしてティナが姿勢を正してモニターに見入っていた。

千冬がハンカチを取り出し、滲んだ涙を拭いている。

「まどか……、大きくなったな……」

「こうしてみると、千冬姉に似てるけど、だいぶ印象違うなあ」

という織斑姉弟のセリフでわかるように、諒兵とまどかのデートの様子を見ているのである。

どうやってか、というと。

「ぐっじょぶだ。クラリッサ」

「任せてください。ワルキューレなら相手がヨルムンガンドでも見つかるようなヘマはしません」

『安心してちょうだいね♪』

ドイツ軍が全面協力していたりする。

技術の無駄遣いであることこの上ない。

というか、仕事はどうしたお前らと誰かが突っ込むべきところなのだが、丈太郎は極東支部探し、束はFEDの調整。

誠吾は訓練プログラムの設定をしていた。

真耶は今日に限っては仕事が手につきそうにない千冬に代わって指令室で待機している。

「私も見たいですう」

そういっていたのは余談である。

また、その場には他にも見物人がいた。

『微笑ましいですねー』

「仕事はどうした太平楽」

『ジョウタロウに任せてきました♪』

「いいのかそれで……」

おそらくAS操縦者の中で一番苦労しているだろう丈太郎のことを思うと、ほろりと涙してしまう千冬たちである。

「でも、驚いたわ」

「確かにあんな、なんていうか子どもっぽいとは思わなかったね」

と、鈴音の言葉にシャルロットが続けるが、そこではないらしい。

「ではどこに驚いたのだ?」とラウラ。

「カッコ。あの子、おしゃれのセンスかなりいいわよ?」

「確かに。少し幼く見える自分の魅力を上手く引き立ててるわね。あれならジュニアアイドルでデビューしてても不思議じゃないわ」

刀奈も同様の感想を述べる。

何より、おそらく友人らしい友人などいないだろうまどかが、あれだけめかし込むことが出来たのは、どう考えても自力だろうからだ。

「ヨルムンガンドさんには無理でしょうし」と、セシリアも意見を述べてくる。

さすがにこのあたりのセンスは発想力がものをいうので、ヨルムンガンドには無理だろう。

そうなると、まどかはおしゃれを自力で勉強してきたということができる。

「自力じゃないんじゃないかな~?」

そういってきたのは本音だった。

では、誰かがアドバイスしたということになるが、誰だというのだろう。

そう考えた一同が本音を問いただすと、あっさりと答えてきた。

「つい最近まで一緒にいたんなら~、たぶんひーたんのお母さんだと思うよ~」

「あっ」と誰かが声を漏らした。

「そういや、諒兵のおふくろさん、美人な上に元は男を手玉に取る諜報員だったな」と、弾。

「なるほど。当然、ターゲットに接するために服装なども拘らなければならない。その指導を受けた可能性があるのか」

さらに数馬も納得したような表情を見せる。

ただし、諜報員としてではなく、女の子として自分を魅力的に見せる手練手管を教え込まれた可能性があるということだ。

「ね、どーだったの?」と、ティナがヴェノムに問いかける。

『おしゃれのセンスとか知んねーよ。ただ、まー確かに今のマドカのカッコは、ファムの影響があるみてーだな』

本部に連れ戻された後も、男は振り向き女は睨みつけるというのが諒兵の母親である美佐枝だったらしい。

そのレベルのテクニックを教え込まれたとなると、まどかは年齢以上に女の子として魅力があるということだ。

「女が嫉妬するレベルって相当よ?」

『だからそーいうのはわかんねーっての』

鈴音の言葉にヴェノムがそう返すのも無理はない。

一応女性格とはいえヴェノムはあくまで使徒。

人間のセンスなど知るはずもないのだから。

しかし、この二人にとっては大問題なのである。

「ラウラ、気をつけないとヤバいわ」

「何?」

「あの子、千冬さんと違ってスタイルが諒兵の好みっぽいし」

単に成長途上にあるだけなのかもしれないが、まどかは少女らしい体型である。

ぶっちゃけ『うすぺったん』、すなわちちっぱいだ。

「くっ、なんということだ。やはり『おねえちゃん』として妹の立場をわからせなくてはっ!」

「鳶に油揚げをさらわれるのは勘弁願いたいわっ!」

「落ち着け馬鹿者ども」

ゴゴンッと、千冬の突っ込みが脳天に突き刺さった鈴音とラウラだった。

「……諒兵の妙な噂って、ひょっとして鈴が原因か?」

「……どうだろう」

「まー、でも、あいつちっこい子に好かれるからな。自業自得だろ」

数馬、一夏、弾の順に、鈴音たちのトリオ漫才を見て呟く。

何となく、諒兵に対する同情心が湧いていた。

 

 

比較的ファミリー向けの喫茶店に入った諒兵とまどか。

諒兵は適当にブレンドコーヒーを、まどかはオレンジジュースとパフェを頼む。

本当にデートみたいになっていた。

「甘いのが好きなんか?」

「うんっ、ママがねっ、ケーキとか作ってくれてたよっ♪」

「あーっと、そのママってのは……」

「母様じゃないよ、ママのほう」

「ああ、そんな感じに分けてんのか」

実の母である織斑深雪のことは千冬と同じ『母様』で、育ての母ともいえる内原美佐枝は『ママ』と呼んでいるらしい。

混乱しなくてすみそうだと諒兵は安堵した。

「てか、俺のおふくろはケーキとか作れたんかよ?」

「うんっ、ご飯もお菓子もいろいろ作ってくれた♪」

「マジか……。俺はそんなに料理上手くねえぞ?」

「そうなんだ。でも、ママの旦那さまは料理壊滅的だったらしいよ?」

「……つまり俺はハイブリッドか」

『上手いこといいますね』

と、頭の中でレオが突っ込みを入れてきた。

だが、実際のところ、とてつもなく料理の上手い内原美佐枝と、壊滅的な腕前の日野諒一の息子なので、実力がそこそこなのだろうかとわりと真剣に悩む諒兵である。

「わあっ♪」

「今日は一日付き合うつもりだから、ゆっくり食べていいぜ」

「うんっ♪」

運ばれてきたメニュー、特にパフェを見て目を輝かせるまどかに苦笑してしまう。

戦場では凶暴さを感じさせるが、こういった日常では本当に子どもらしい可愛らしさがある。

美佐枝の育て方のおかげもあったのだろうが、まどかは自分の感情に対して素直に育ってきたということだ。

それは決して悪いことではない。

ただ、そんな少女を戦場に置いてしまうと、手に負えない化け物と化す。

そう考えると、戦うことをむしろ望んでいるような男性格であるヨルムンガンドと共生進化してしまったのは、まどかにとって不幸であったかもしれないと思える。

相手がまどかの性格に合った素直なタイプのISだったなら、IS学園で保護するとしても、話は早かっただろうと考えられるのだ。

「……らしくねえな」

「えっ、おかしいの?」

パフェを美味しそうに食べていたまどかだが、そんな姿が似合わないといわれたと思ったらしい。

諒兵は手を伸ばし、頭を撫でてやりながら答えた。

「そうじゃねえよ。お前のことをなんだかホントの兄貴みてえにマジに考えてる俺自身にびっくりしてるだけだ」

「えっ、えへへ……♪」

撫でられたのが嬉しかったのか、自分のことを真剣に考えているという言葉が嬉しかったのか、まどかは本当に嬉しそうに頬を染めて笑っていた。

 

 

その光景を見ていたIS学園の一同は思う。

自分たちは間違っていた、と。

日野諒兵という人物を見誤っていた、と。

「あいつはただのちっぱいスキーじゃなかったな……」

そう弾が呟くと、数馬も納得したように肯く。

「ああ。あいつは一つの方向に特化していたんだ」

「無差別で節操なしの一夏と違って、一方向に厄介な攻撃力を持ってたのね……」

「ちょっと待て鈴。俺のことディスってるのか?」

鈴音の言葉に一夏が突っ込むが華麗にスルーされてしまう。

「確かにあれはパネェ威力あるわー」

「……根が兄貴分なのね。孤児院で磨きがかかっちゃったのかも」

「環境によって鍛えられたということですか」

「ああも自然に見守る態度が取れるというのは恐ろしいですわね。間違えると見下してしまいますし」

ティナが呆れたように、刀奈と虚、そしてセシリアが冷静に分析する。

「ひーたんも天然さんだね~」

「私、不用意に近づかなくて正解だったのかな……」

本音や簪の言葉に納得しつつも、だからといって弾は別の方向にいささか問題がある気がすると刀奈と虚は思う。

「……うう、羨ましい。私も撫でてほしい」

心底から羨ましそうにラウラが指を咥えて呟く。

そう、ほぼ全員が思ったのである。

日野諒兵はガチのロリキラーだ、と。

「お前たち、普通にいいおにいちゃんをしていると言ってやれんのか……」

教え子たちのアホな感想を聞き、千冬はこめかみを押さえていた。

とかく常識人ほど苦労するのが世の常である。

 

 

喫茶店を出た諒兵は、まどかにどこか行きたいところはあるかと尋ねた。

いきなりデートといわれて、しかもほとんどすぐに行くことになったのだ。

綿密な計画などたてられるはずがない。さりとて弾あたりに頼もうものなら、どんなコースに行かされるかわかったものではない。

仕方なく、食事やショッピング、遊園地といわれたときにはどこでも連れてってあげられるように場所を頭に叩き込んだだけだ。

だが、その甲斐はあったらしい。

「ショッピング?」

「うん。ママとはお買い物には行けなかったから」

「そか。ありがとな」

自分が行きたいという気持ちもあるのだろうが、まどかとしては美佐枝と出来なかったことを諒兵相手にすることで、自分を育ててくれた美佐枝に恩返ししたいのだろう。

そこには、諒兵に対する負い目もあるはずだ。

実の母の愛情を受けられずに育った諒兵に、その愛情を返したい気持ちがあるように諒兵には思える。

ゆえに自然と感謝の言葉が出た。

その考えが間違いではないことは、今のまどかの嬉しそうな表情が物語っている。

近いところにショッピングモールがあることを覚えていた諒兵はそこにいくことを提案した。

「モノレールで行くと早いぜ」

「じゃあ、一緒に乗ろっ♪」

はしゃいでいるのか、諒兵の手を握って走り出していくまどかに、苦笑いしながらついていく。

デートというより、どちらかというと、おにいちゃんっ子の妹のお出かけに付き合っている気分だ。

実際、そうなのだろうと思う。

本来なら、一夏や千冬といった本当の姉弟とこういったことをしていたはずだ。

だが、亡国機業にさらわれたために、まどかにはまともな幼少期などなかっただろう。

そんな彼女の本来の純粋さを守り続けていたのが、自分の母親である美佐枝だったのだと思う。

そこまで考えると、不思議な感情が湧き起こった。

丈太郎の話を聞き、父は本当にいい人であったことを知り、蟠りはない。

だが、母は亡国機業の諜報員で、元々は父をだますために近づいた人間だ。

まったく蟠りがないといったら嘘になる。

ただ、そんな母が亡国機業に連れ戻されてから、何をしていたのかということをまどかの存在が示している。

おそらくはまどかの実の母である織斑深雪ができなかった母としての愛情を注ぐことを行っていたのだろう。

親友やその家族の助けになろうと自分の母が頑張っていたというのなら、それは素直に誇らしい。

「ほらっ、早くっ♪」

「ああ」

まどかのペースにあわせて走りながら、諒兵はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 



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第153話「パプリック・リレイションズ」

IS学園の出歯亀どもに見守られながら、諒兵がまどかとお出かけしているころ。

 

都内某所のとあるオフィスに来客があった。

客というと、少し語弊があるかもしれないが。

「初めまして。私が『日本女性の人権を保護する会』で対外交渉と財務管理を行っています」

「初めまして。倉持技研第2研究所渉外担当の『神原雨音』と申します」

神原雨音(かんばら あまね)と名乗ったその女性は、自分の名刺を両手で持って渡しつつ、差し出された名刺を受け取った。

神原雨音は三十代くらいだが落ち着いた雰囲気の美女だった。

その傍には、まだ少女らしさを残す若い女性が控えている。

こちらもけっこうな美女である。

「本日はよろしくお願い致します」

と、そういって神原雨音は、傍に控えていた女性と共に深々と頭を下げる。

今さら隠すようなことでもないが、神原雨音と名乗ったこの女性は、元亡国機業実働部隊所属のスコール・ミューゼルである。

以前、篝火ヒカルノことデイライトに頼まれた渉外職務を行っているのだ。

傍にいるのはサポート役である。

「こちらこそよろしくお願いします。いろいろとお力を貸していただけると助かります」

「できる限りは。それで、以前より弊社の第2研究所とはコンタクトを取っていらっしゃったとのことですが?」

「はい。ただ、向こうが商売はわからない、安易に売ることもできないということで拒まれていました。今回、第2研究所所属の渉外担当が決まったということで、大変嬉しい限りです」

「光栄です。ご期待に沿えるよう努力致します」

通り一遍の営業トークだが、スコールは淀みなく答えていく

かつての友人ほどではなくとも、今までいろんなタヌキやキツネを相手にしてきたのだ。

腹の探り合いには自信がある。

こうしてみると、相手には焦りがあるように感じられた。

どの国も女性人権団体は解体の方向で動いている。

その状況で必死に抵抗している今、なんとしても自分たちの力を示したいのだろう。

そのための『何か』を強烈に欲しているのだ。

(権力を失くさないために別の力を欲する、か……。業が深いわね、人間って生き物は)

自らも深い業を背負っているだけにスコールは自嘲したくなったが、決して営業スマイルは崩さなかった。

 

 

一方そのころ。

諒兵とまどかのデートを見物して『いない』者たちは、一名を除き、それぞれの場所で作業しつつ、通信していた。

「心配ではないんですか?」と、そう問いかけたのは誠吾。

「あいつぁあれでいいあんちゃんができっかんな。まどかがわがままいっても上手く付き合えらぁな」

「ちーちゃんは過保護、いっくんは小さい子の面倒をまともに見たことがないからね。一番いいのは姉弟みんなで仲直りできることなんだけど、今はまずりょうくんに任せるよ」

「そうなんですね」と、誠吾は丈太郎と束の言葉に納得した表情を見せる。

ちなみに、真耶はデートという響きで思いっきり意識してしまい、通信に参加できなかった。

ただ、本題は出歯亀どもが楽しんでいるデートのことではない。

真面目な話である。

「で、何が聞きてえ?」

「僕じゃなくて、ワタツミが聞きたいそうです」

『ジョーが気になってるのハ、『卵』のことなのかなって思ったんだヨー』

「ああ、気づいてたんだ。すごいねワタツミ」

『ターバも気づいてたんだネー』

今はまだ『卵』としかわからない。

天狼が見つけ、また、白騎士も気にしているらしき『卵』

その点に関して、ワタツミも気にしていたらしい。

「シロはまだ、私に直接話してくれないんだけどね。かなりショックだよー」

『ママ、しっかりー』

どよーんと落ち込む束を励ますヴィヴィである。

それはともかく。

『アレは何に成ると思ってるのネー?』

ワタツミが聞きたいことはそれであるという。

実のところ、使徒やASにも何に成るのかわからないのが『卵』の中身だ。

ゆえに、興味が湧かないはずがない。

しかし、丈太郎は危険視している。実は束も同じだった。

 

『卵』を孵化させるのは危険である。

 

二人はそう認識しているのだ。

ただし。

「俺ぁ『破滅志向』って個性がどうにも捨て置けねぇ」

「私は人間と融合したっていう点がヤだな」

考え方はまったく別方向からなのだが。それぞれの性格がもろに出ているところが面白いといえば面白い。

ただ、何に成るかという点に関しては同じ見解を持っていた。

「「神」」

『どっちノ?』

「四文字のほうだ」

「要するに迷惑なほうだね」

と、世界を変えただけあって、平然と恐ろしいことを口にする束である。

そもそも『神』という言葉は日本語だ。

そこには様々な意味があるが、実のところ『力ある者』というのがもっとも適切かもしれない。

正しく祀れば恩恵を与えるが、間違えると祟る。

神とはそういうものだ。

その点で見るなら、欧米の神も似たところはある。

ただ、特に日本の神は祀る以外のところで人が何をしようが、気にしてくることはない。

放任主義とでもいえばいいだろうか。

上手く距離をとって付き合うことのできる存在だ。

しかし、丈太郎が『四文字』と表現した者は異なる。

法の神とも呼ばれるそれは、人の在り方そのものに干渉してくる。

そこがもっとも問題だといえるだろう。

在り方、すなわち生き方や考え方に干渉してこられる世界に自由はないからだ。

 

人に関わりすぎる力ある存在に成る。

 

其処こそが、丈太郎や束が危険視するポイントなのである。

「最悪、破壊神にならぁな」

「人類も使徒も滅ぼす。それはさすがに束さんはヤだね。どうでもいい連中なんて知らないけど、『卵』の中身は私の大切な人たちも壊そうとするかもしれないんだもん」

「それは、確かに困りますね」と誠吾も納得顔だ。

『だーりん壊そうとするなら、ぶった斬るのネー』

容赦する気のないワタツミだが、それはパートナーを持つASにとっては自然な考えだろう。

パートナーの死など望むはずがないからだ。

もっとも、そのパートナー自身の性格などに問題があれば、別の話になってしまうが。

とはいえ、丈太郎と束としては『卵』を破壊することに抵抗は感じていても、実行するべきだと判断しているらしい。

「命を『生まれる前に壊す』ってなぁ一番罪があるんかしんねぇけどな」

「哲学的ですね」と、誠吾は複雑そうな表情を見せた。

「でも、このまま誕生はさせられない。させるべきじゃないと思うよ」

『デ、それがあるのがきょくとーしぶ?』

「たぶんな」

ネットワーク上で天狼が『卵』の存在を見つけたが、それが実際にどこにあるのかはまだ見つけられていない。

ゆえに、ネットワークから実際の所在地がわかるところは徹底的に調べている。

その中で、丈太郎と束に抵抗してきたどころか、今の段階で防ぎきっているのが亡国機業極東支部になる。

「名前から考えっと、アジアのはずだ」

「ではけっこう絞れるのでは?」

「そこがけっこうやっけぇでな。アジアに限定すっと、億単位で所在地が出てきやがる」

「うへぇ。そっちやらないでよかった」と束がこぼす。

つまり、それだけのダミーを作っている可能性があるということだ。

ネットワークから探すにしても、一つ一つのダミーがこれまた精巧に作られているため、幾つかは実際に検証する必要もあるだろう。

そう考えると、極東支部はかなり厄介な相手ということができるのだ。

「それでも急がねぇとなんねぇ。確実に『孵化』が近づいてっかんな」

「これまでの使徒の襲来とは規模が違ってくるからね。何せ『孵化』は爆弾が破裂するようなものだから」

文字通りの意味でだと束は付け加える。

目の前で破裂しようとする時限爆弾と対話できる『者』などいない。

相手は『物』だからだ。

そして、『孵化』してくるものは、その個性を考えても対話できる『モノ』ではない。

究極のエゴイズムだろう。

自分を含めてすべてを巻き込んで破滅しようとするのは。

そんな相手を、しかも人間でも使徒でもない存在となった相手を説得するなど、無理を通り越して無謀な話だ。

「いったいどんな個性なのか、気にならないわけじゃないんだけどね」

束としては、ようやく見つけた二番目のISコアだったのだが、見つけたと思ったら人と融合していた。

それも選択の自由だが、束としては一番見たくなかったものでもあった。

融合はISコアにとっても人間とっても、かつての自分を殺すという『自殺』になるのだから。

「できるならコアのままで話したかったよ……」

そう呟く束の顔は、ただひたすらに悲しみに満ちていた。

 

 

並べられたパンフレット一つ一つの説明を終えると、スコールは一旦話を逸らすことにした。

「IS学園?」

「はい。現状、IS学園の戦力は世界最強といってもいいでしょう。方向性を間違えれば世界征服とて可能と思いませんか?」

それは現在、誰もが目を瞑っている事実である。

 

白虎。

レオ。

猫鈴。

ブルー・フェザー。

ブリーズ。

オーステルン。

大和撫子とそのオプション。

そしてヴェノム。

 

八機のASとオプション機体。

使徒に対抗できる機体をこれだけ揃えている場所は他にはない。

ドイツのクラリッサとシュヴァルツェア・ハーゼのワルキューレ。

アメリカのナターシャとイヴ。

諸外国を見ても、対抗できる機体は多くて一機という状態でありながら、IS学園にはこれだけあるのだ。

そして、一番重要なポイントとしてIS学園は地理的には日本にあるが、日本はおろか、どの国にも所属していないということがあげられる。

つまり、無国籍の軍事要塞と化しているのが今のIS学園なのである。

その事実を突きつけられ、権利団体の女性職員は生唾を飲んだ。

まともに相手をすれば簡単に叩き潰されてしまう。

それだけの力がIS学園にはあるということなのだから。

「私どもと致しましても脅威を感じます。ブリュンヒルデはあくまで使徒に対抗するためとしていますが、果たして使徒との戦争の後、その力は各国に平等に配されると思いますか?」

答えることは出来ない。女性職員はそう感じていた。

IS学園のAS操縦者は本来IS学園の生徒だ。

それを楯に、就学という理由でIS学園に居続けさせる可能性は十分にある。

「何が、言いたいんです?」

「……私は、この商談を貴女がた『だけ』としたいわけではないということなのです」

「えっ?」

「調べてみましたが、各国の権利団体はそれぞれ我先にと私どもの研究所にコンタクトを取っていました」

理由は単純だ。

力を他の者に取られたくない。

それは他国の女性権利団体も変わらないということだ。

それぞれの国のそれぞれの団体が、自分勝手に動いているのである。

だが、それはスコールとしては実はありがたくないのだ。

「手を組め、と?」

「はい。協力できる関係にあるのではありませんか?」

「矛盾してます。競争させるほうが値は上げやすいでしょう?」

「おっしゃるとおりです。私どもと致しましては、高く売れればありがたい。ですが、私どもの作った研究作品を貴女がたはどう使うおつもりですか?」

「えっ?」と女性職員はぽかんとマヌケな顔を晒す。

ISに代わる力。

とにかくそれを欲するだけで、それをどう使うかといったことまで考えていなかったからだ。

持っていれば何とかなる。

そんなわけはない。

力は上手く使ってこそ、その価値を生む。

ならば、使い方は非常に重要なポイントだ。

今後、自分たちの存在を大きなものとして世界に知らしめるためにも。

「どうしろと言うんです?」

「相手は無国籍の軍事要塞。ならば多国籍の軍事団体を作るというのも一つの手です」

極東支部で作っているものは兵器だ。

ならば、使い手は兵士であるべきだ。

だが、兵士とは命令によって動くものである。

そうなると命令を下す者が必要となる。

「それだけではありません。あなたのような対外交渉、財務、広報、企画立案、積算、人事、それらの管理、そういった人材も必要でしょう」

日本の女性権利団体だけでそれが賄えるはずがない。

賄えたとしても、非常に規模は小さい。

それで世界最強の戦力を相手にできるわけがない。

「古来より戦争は数といわれます。IS学園という『質』に対抗するためには、『量』を集めるのが一番手っ取り早いかと」

自分たちの存在はIS学園に劣らない。

そう示すだけで、今後、各国の女性権利団体は十分に力を得ることができる可能性があるとスコールは謳う。

それは、女性職員の興味を惹くに十分な話題だった。

「お時間はありますか?」

「はい」

「上の者と話してきます。しばしお待ちください」

「どうぞ、ごゆるりと」

スコールは柔和な笑みを見せる。

それでいて、その視線が冷たい光を放っていることに、小走りに出て行った女性職員は気づくことはなかった。

 

職員が出て行った後、スコールの傍にいた女性が口を開く。

『お見事です。ヒカルノ博士が渉外を頼んだことが良く理解できます』

「こういうことは私のほうが得意ね。でも、見ていて不快じゃなかったかしら、フェレス?」

『人は千差万別。そうヒカルノ博士から教えられました。ただ、それでも今の女性にスコールさんやヒカルノ博士のように好意を持つのは難しいです』

スコールと共にいたのはフェレスだった。

今の人間の姿はスマラカタやティンクルのような量子変換ではない。

本来の透き通るボディをスクリーン代わりにして、人間の姿を映しているだけである。

なお、デザインは男性職員の一人が実に熱心に行ってくれたらしい。

曰く。

「俺の嫁に恥ずかしい格好はさせられないっ!」

極東支部は本当に大丈夫だろうかとスコールは思ったものである。

それはともかく。

『しかし、先ほどの女性がいっていたとおり、競争させるほうが価格を上げやすいのではありませんか?』

「それだと一回売って終わってしまうのよ。売り続けるためには、顧客にも体力をつけてもらわなければならないの」

現在スコールがやっている渉外、というか営業はリピーター作りということができるだろう。

新規顧客の獲得ではなく、極東支部のお得意さんを作るということだ。

「今、一番力を欲しているのは女性権利団体。だからといってそこに研究作品を売るだけでは意味がないわ」

単に買ってもらうだけではなく、お得意さんにも稼いでもらうことで買い続けてもらうのが目的なのである。

スコールが示したのはそのための第一歩なのだ。

「IS学園にとっては邪魔になるだろうけれどね。でも、『卵』が絡めば彼らは敵になるのでしょう?」

『はい、ヒカルノ博士はそうおっしゃっていました。『博士』や『天災』は『卵』を孵化させようとはしないだろう、と』

「なら、目眩ましにもなるわ。彼女たちの動きに気をとられて、私たちのほうに目を向ける余裕が少なくなる」

戦力で互角になることはないだろうが、IS学園としてはうろちょろされるだけでも邪魔に感じるだろう。

何しろ相手は『天使』のような存在なのだから、ちょっとした邪魔があるだけで迷惑になる。

スコールがやったことは、IS学園の邪魔者作りということでもあるのだ。

『私たち極東支部を助けるためになのですか?』

「それは酷いわね」

『えっ?』

「私は今は極東支部の一員のつもりなんだけれど?」

『すみません。ありがとうございますスコールさん』

そういって微笑むフェレスに対し、スコールは先ほどとは違う優しい笑みを返していた。

 

 

 

 

 



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第154話「兄と妹」

プチ・ファッションショーといったところだろうか。

「おにいちゃん、どうかな?」

そういってシャッと試着室のカーテンを開けたまどかは、今度は黒のゴシックロリータを身に纏っていた。

これがまた非常に良く似合うのだから、やはり抜群の素材を持つ美少女なのだろう。

胸はまだまだ成長途上だが。

「あー、すげえ似合ってんだけどよ」

「なあに?」

「わりいんだが、お前に似合ってる服全部買ってやったら、俺の財布がもたねえよ」

既に十着近く試着しているのだが、おしゃれなどまったく興味のない諒兵にも似合っていることは理解できる。

好きなのを買ってやるといった手前やめてくれとはいえないが、さすがにそろそろ限界だった。

「んー、それならおにいちゃんが好きそうな服がいいな」

「なんでだ?」

「おにいちゃんが好きな服着てるほうが嬉しい♪」

随分とまた、可愛いことを言ってくれると思う諒兵だが、それはそれで否定したいところがある。

「俺の好みに合わせてくれんのはいいけどよ。自分がしたい格好していいんだぜ」

「えっ?」

「自分の好みを抑えてまで俺に合わせんな。上手くすりゃあ摺り合せることもできんだろ」

ただ単に諒兵好みの姿になるのではなく、まどか自身の主張を取り入れたほうがより魅力的になるのは確かだろう。

自分のために、まどか自身の気持ちを殺させたいとは諒兵は思わない。

「例えばな、俺はおしゃれはわかんねえけど、服はシャープな感じが好きだ」

「うん」

「でも、お前は可愛いの好きだろ?」

「わかるのっ?」

「着てきた服も、今まで試着してんのも、けっこう可愛い感じ入れてるみてえだかんな」

やはり女の子なのだろう。

まどかは年相応の可愛らしさを追究した印象がある服装を選んでいる。

なら、それがまどかの好みなのだろうとアタリをつけたのだが、間違いではなかったらしいと諒兵は安堵した。

「なら、お前の好みをベースに、俺の好みを取り入れてくれたような格好のほうが俺は嬉しいぜ?」

「うんっ、わかったっ♪」

にこぱっと笑ったまどかは、すぐに服を選び出す。

ほとんど迷いがないのは、ちゃんと自分に似合う服装を理解しているからだ。

そして、それを教えたのが誰かなど考えるまでもなく理解できる。

その点を考えるならば、やはりまどかは自分の妹になるのだろうと諒兵は思う。

そんなことを何とはなしに思っていると、着替えが済んだらしく、まどかは試着室のカーテンを開けた。

全体はパステルカラーでまとめつつ、上は比較的シャープなブレザーで、下はフリルのミニスカート。

オーバーニーソックスでしっかりと足を隠しているところが、逆に絶対領域の素肌を引き立てている。

まさに余所行きといった感じの格好は、千冬に良く似た少しハンサム系の顔立ちを引き立てつつ、少女らしい可愛らしさをうまく表していた。

「よく似合うぜ」と、諒兵が笑うとまどかは今までより五割り増しの可愛らしさで微笑む。

「どした?」

「おにいちゃんから先に褒めてくれたの、今のが初めてだよ」

「そうだっけか?」

「うんっ♪」

今まではまどかに聞かれてから答えていたのだろうか。

そんな自覚はなかったのだが、自分の言葉で喜んでくれるのは素直に嬉しかった。

 

試着した服をレジに持っていく。

次はこれで、というまどかの言葉にあっさりとうなずくことが出来たことに諒兵は内心驚いていた。

まどかという少女は驚くほどぴったりと自分の妹の位置にハマっている。

まともに話をするのは今日が初めてであるはずなのに、ずっと一緒に暮らしてきたような錯覚すら覚えた。

『あなたのお母様の力だと思います』

自分の気持ちを読み取ってしまったのか、レオがそう伝えてくる。

実際、そうなのだろう。

赤子のときに置き去りにされ、自分は顔も覚えていない。

でも、母は、内原美佐枝という女性は亡国機業に戻ってからも母として自分を想っていてくれたのだろう。

そしてまどかは自分の妹というポジションで、いつか会える日のために育ててきたのかもしれない。

しかし、それは『織斑まどか』だった少女にとっては果たして幸福なのだろうか。

実の姉と兄は別にいる。

なのに、自分が兄のポジションに居座っているような気がして、どことなく気が引けてしまうのだ。

そのことは今日しっかりと話しておく必要がある。

そんなことを考えながら、紙袋に入れられた服を大事そうに抱えるまどかの幸せそうな顔に苦笑しつつ、諒兵は財布からクレジットカードを取り出した。

「かーど?」

「ん?ああ。なんか給料かなんかでてるらしい。手持ちの現金だと足りねえかんな」

言葉に嘘はないが、細かいところまでは気にしていない諒兵だった。

実は、諒兵だけではなく一夏や他のAS操縦者たち。

そして弾や数馬に至るまで給料が支払われている。

命懸けの戦闘と、そのバックアップ。

ただでやれというのでは、ブラックどころの話ではない。

そんなことから各国が話し合い、十分な額の給料が支払われているのだ。

「お支払いは一括ですか?」

「それで」

レジ係の店員の言葉に答えると、差し出されたレシートに名前を書いた。

それが、小さなミスだった。

名前を見た店員が、いきなり自分とレシートに書かれた名前を交互に見始めたのだ。

「間違ってねえぞ?」

字を間違えでもしたのかと思って確認した諒兵だが、どこもおかしなところはない。

「ひの、りょうへい?」

「ああ。間違ってねえって」

「あの日野諒兵ッ?!」

「へ?」と、思わずマヌケな声を出した諒兵は、店内にいた女性たちが一斉に振り向くのを見る。

「なっ、なんだっ?!」

「どうしたのおにいちゃんっ?!」

まどかも妙な状況になったことに気づいたのか、困ったような顔を見せる。

しかし、それどころではなかった。

 

本物よっ!

英雄の片割れじゃんっ!

お近づきにならなきゃっ!

げっとげっとげっとおっ!

既成事実作っちゃえっ!

 

とんでもない言葉が聞こえてきた。

さすがに慄いた諒兵は、動揺しているまどかを抱き上げる。

「服落とすなっ!」

「うんっ!」

元気のよい返事が返ってきたのを確認するや否や、諒兵はまどかを抱えて走りだした。

すると、女性たちも一斉に追いかけてくる。

「なんなんだこりゃあっ?!」

と、言いつつも、以前、IS学園で似たような目にあったことを思い出した諒兵だった。

 

 

その光景を、唖然としながらIS学園の一同は見つめていた。

唯一、冷静に、しかしため息をつきながら見ているのが千冬である。

「あいつ、いつの間にあんなにモテるようになったんだ?」

という弾の言葉を千冬は即座に否定してきた。

「五反田。もし同じ状況になったら、お前もああなるぞ」

「ホントかっ、いでっ!」

思わず喜色満面になりそうになった弾を簪と本音が抓る。

さりげなく自己主張する二人に、一夏と数馬が苦笑していた。

「喜ぶな。同じ女として恥ずかしいが、あの者たちは虎の威を借りようとしてるだけだ」

『リョウヘイはライオンだよ?』

「いや、諺だよ白虎」

千冬の言葉にボケる白虎を一夏が冷静に突っ込む。

『虎の威を借る狐か。まさに女狐の集団だな』

呆れたような声を出したのはオーステルンである。

やはりこのあたり千冬と考え方も近いらしい。

「あー、つまりISで威張れなくなったから……」

「AS操縦者、特に男性に近づいてその威光を利用しようってことだね」

呆れ顔の鈴音とシャルロットが冷静に分析する。

無論のこと、それが正解である。

ISは世の女性たちのいうことを聞かなくなった。

女だというだけで威張れた時代が終わってしまったのだ。

ならどうするか。

そこで考えられたのが、男性のAS操縦者である一夏と諒兵だ。

同性だとこっちの考えを見透かされてしまう可能性がある。

しかし、男ならたらしこむことは不可能ではないはずだ。

つまり一夏や諒兵といった前線で戦う英雄と呼ばれる者たち。

その協力をする弾や数馬。

そういった男性でISと進化した者たちと親密になり、その威光でかつての権力を手に入れようとしているということなのである。

「お前たちの名はあえて公表している」

「何故です、教官?」

「下手に隠すと後々問題が増えるんだ。特にああいった連中が起こす問題に巻き込まれる恐れがある」

人が皆、今、諒兵を追いかけているような者たちばかりではない。

特に前線で戦う軍人は良き理解者といえるだろう。

戦うことの苦悩を知っているからだ。

そういった者たちや、良識的な一般人はこういうときに味方になってくれる可能性も高い。

ならば、名前は公表しておくほうがいい。

味方を増やすためだ。

「面倒な問題を起こす者もいるが、それ以上にお前たちの理解者を増やしておきたいのでな」

「ご面倒をおかけします」

そういってセシリアが深々と頭を下げると、千冬は苦笑する。

「バックアップしかできないのなら、そこに全力を尽くすだけだ」

「織斑先生が味方ってことが一番心強いわね」と刀奈もつられたように苦笑する。

『まー、オレはあーいったバカは見てて楽しーから好きだけどな♪』

「楽しむだけにしてよー。正直近づかれたくないわー」

と、ヴェノムの言葉にどっと疲れた表情を見せるティナだった。

 

 

施設の中を必死に逃げ回る諒兵。

その腕の中で。

「あいつら、私とおにいちゃんの邪魔をするならコロス」

チッと内心諒兵は舌打ちした。

あまりにしつこい女性たちにまどかがキレそうになってしまっている。

『彼女が暴れだしたら本当に死者が出ますッ!』

レオが慌てた様子で叫んできた。だが、そんなことは言われなくてもわかっている。

まどかは素直な分、感情を爆発させると抑えられない。

相手が一般人だろうと本気で暴れてしまうだろう。

何より、まどかにはヨルムンガンドという大きな力があるのだ。

一般人が敵うはずがない。

「しゃあねえなッ!」

仕方なく諒兵は外に飛び出した。

すぐに建物の陰に潜み、そして叫ぶ。

「レオッ!」

『はいッ!』

「おにいちゃんっ?」

まどかが驚くのも束の間、諒兵は翼のみを展開して一気に上空へと舞い上がる。

このくらいのことは一夏も同様にできるようになっていた。

「まどか、このまま人がいないトコまで飛ぶぞ」

「うっ、うんっ!」

そう答えつつも、まどかは諒兵の腕に横抱き、つまりお姫様抱っこされたままである。

この状況で自分の翼を広げようとは思わないらしい。

というか。

『馬に蹴られたくはないのでね』

と、翼を出す気のないヨルムンガンドが皮肉っぽく笑っていた。

とりあえず、そのままで飛び続けた諒兵は、人の少なそうな自然公園の芝生の上に降り立つ。

一応有料施設だが、空から入る人間まで対応していないらしい。

後でちゃんと事情を説明しようとため息をつく諒兵だった。

「驚いたぜ。なんだってこんな騒ぎになるんだ?」

「私にもわからないよ」

『君、というか君たちは有名人なのだよ』

と、さすがに黙っておく気はないのか、ヨルムンガンドが説明してきた。

内容は千冬が一夏たちに語ったことと同じである。

このあたりの情報は逐一かき集めているらしい。

わりとマメな性格のASであった。

「……やっぱりあいつらぶっ飛ばしとくんだった」

さすがに相当腹が立ったのか、まどかが剣呑な表情を見せる。

だが、そんなまどかの頭を諒兵がこつんと優しく叩いた。

「よせ。俺は弱い者イジメは好きじゃねえ」

「おにいちゃん……」

「相手にすんな。相手にしてるとお前も弱くなる」

昔、丈太郎が諒兵に言った言葉だった。

弱い者イジメをするような人間や、強い者に縋るだけの人間は弱い。

そんな弱い人間にまともに相手をするようだと自分も弱くなってしまう。

心を強く持て。

それが強い人間になる第一歩だ、と。

「おふくろはああいう連中を叩きのめせって言ってたのか?」

「ううん、相手にしてなかった。それに、一番強いのは強い人も弱い人も全部受け入れてくれる優しい人だって言ってた」

それはきっと、諒兵の父である日野諒一のことなのだろう。

父との出会いで、諒兵の母である美佐枝は強さを知ったのだ。

その想いをずっと持ち続けてくれたからこそ、彼女に育てられたまどかは純粋な心を失わなかったのだろう。

そう思うと笑みがこぼれる。

「なら、お前もそうなれ。そのほうが俺も嬉しい」

「うん、わかった♪」

にこぱっと笑うまどかに安堵した諒兵は、少し休もうといってそのまま芝生に腰を下ろす。

まどかもつられたように笑いながら、腰を下ろすのだった。

 

 

そんな微笑ましい光景をほんわかとしながら眺めていたIS学園の出歯亀一同。

「いい子に育ったんだな、まどか……」

そういって千冬が再び眦に浮かぶ涙を拭く。

すっかりただの姉バカである。

「諒兵のおふくろさんに感謝しなきゃなあ」

「一夏」と弾が苦笑する。

「時間はかかるだろうけど、俺もまどかのことを妹として受け入れたいって思えるんだ」

「それがいい。あの様子なら、いずれは理解してくれるだろうからな」と数馬も優しげに微笑む。

このまま簡単にいくとは誰も思っていない。

それでも、今の諒兵とまどかの様子には、少なからず良い未来が見えてくる。

そう思うと、今回のデートは決して無駄ではないと思えるのだ。

「まあ、最初はムッとしたけどさ。おにいちゃんと仲良しの妹のお出かけって思えば、ね」

「やはりちゃんと私が兄嫁であることを説明しなくてはならんがな」

苦笑する鈴音に対し、あくまでそこに拘るラウラ。

「見てて微笑ましい。なんだか優しい気分になる」

「だね~、ホントいい子だよ~」

やってることはデートの覗き見なのだが、随分勝手な言い草の簪と本音である。

「これも家族の一つの形なんだね」

「血のつながりは大切なものですが、心のつながりはより大切なものということを実感しますわね」

今の諒兵とまどかを見ると、本当に仲の良い兄妹に見える。ゆえにそんな言葉が出たシャルロットとセシリア。

「なんだかなー、アメリカのパパとママ思い出しちゃうなー」

「それわかるわ。私も思い出しちゃった」

「どんな人間であれ、祖父母、両親から連なるつながりを持ってますから。そう考えると、日野君とまどかさんはお互いにお母さんから得たつながりを持ってるんでしょうね」

ティナの言葉に共感する刀奈。

そして冷静に分析する虚。

とはいえ、虚も普段のきりっとした表情とは違う優しい笑顔を浮かべている。

皆が皆、心が温かい、そう感じていた。

だからこそ、その叫びは無粋以外の何物でもなかった。

 

「織斑先生ッ、サフィルスが出現しましたッ、京都ですッ!」

 

「「「空気読めえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」」」

 

一同、そう思ったものである。

「何でですかあっ?!」

緊急事態を真面目に報告してきた真耶にしてみれば、理不尽なことこの上なかった。

 

 

 

 

 



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第155話「太陽の剣」

憤怒の形相で指令室に集まった面々に対し、真耶は怯えながら現状報告を始めた。

「きょ、京都にサフィルスとサーヴァントが出現しました。ただ、大きな問題が発生してます」

「それはまどかと諒兵のお出かけを見守ることより大きな問題か?」

マジ顔でそういった千冬。

アンネリーゼが見たら嘆くだろう。

変態共の教官はやはり変態共に似通った面を持っていた、と。

『くっ、これは……』と、いきなり驚きの声を漏らしたのは、ここのところ眠り続けていた存在。

「フェザーっ、話ができますのっ?」

『会話ならば何とかなります。戦闘は、まだ……。大変、口惜しいのですが』

「えっ?」

「なんだろう、アレ……」

そう呆然と呟いたのは、画面を真面目に見ていたシャルロットだった。

その視線の先には、画面に映るサフィルスとサーヴァント、そのうちの一体に釘付けだ。

「真耶」

「はっ、はいっ、サフィルスとサーヴァントですが、視認できるサーヴァントが十五機に減ってるんです」

ただし、レーダーには十六機のサーヴァントが存在している。

この意味は。

「あの、サフィルスと同じ色で、違う鎧を纏っているのは……」

そう呟く鈴音に対し、真耶はようやく冷静になって答える。

「反応はサーヴァントと同一です。ですが形状が変わってます」

「つまり、サーヴァントの一機が進化したのか」

さすがにこれは大きな問題だと千冬も理解したらしい。

「一夏、デュノア、ラウラ、ハミルトン、更識刀奈、出撃だ」

「「「「「はいっ!」」」」」

「更識簪は学園で待機。ここを襲われる可能性がある」

「はい」

「布仏虚、真耶に協力してあのサーヴァントの解析だ」

「はい」

「俺とアゼルも協力する」

数馬の言葉に千冬は強く肯く。

開発者を目指している数馬が、こういった敵機解析で協力してくれるのはありがたいからだ。

「布仏本音、五反田、整備室で待機。場合によっては連戦になる」

「は~い」

「おう」

さらに、千冬はマイクに向かって呼びかけた。

「束」

「なになにー?」

「サーヴァントが一機進化している。お前も解析に協力してくれ」

「いーよー♪」と、そう答えるや否や、画面の一つに束の顔が映し出された。

さすがにこういうときの行動は速い。

ただし。

「私たちは?」

と、現状戦うことが出来ない鈴音とセシリアには声はかけられていない。

「お前たちはここで待機。気づいたこと、思いついたことがあれば何でもいい。意見しろ」

「「はい」」

「それとフェザー」

『何でしょう、オリムラチフユ様』

「やつを知っているのか?」

先ほどフェザーが漏らした声を千冬はしっかり聞いていた。

ゆえに問いかける。

『はい。同郷です』

「そうなんですのっ?」

『同じブリテンの地の聖剣。私と同様に円卓の騎士と共にあった方ですセシリア様』

その名をガラティーン。

アーサー王伝説に出てくる太陽の騎士ガウェインが操る聖なる剣。

「サー・ガウェインの剣……」

さすがにセシリアにとっては最も身近な伝説だけに、名前だけでも理解できる。

一部では、有名なサー・ランスロットに並ぶ英雄として語られるほどの存在だからだ。

『個性は『公明正大』、卑を嫌い、怯を恥じるまさに騎士のための剣といえる方です』

「強いのか?」

『おそらく、ガウェイン卿の剣術を扱えるはずです』

かつて鈴音がやろうとした神仏や英雄の戦闘技術のインストール。

だが、今回はインストールする身体が違う。

使徒の人形であれば、インストールしたとしても身体にダメージなどないからだ。

ほぼ完全に再現できるとブルー・フェザーは断言する。

そうだとするならば、西洋でもトップクラスの剣術使いということになる。

まともに戦えるのは一夏くらいだろう。

逆に、だからこそ、セシリアにも鈴音にもわからないことがある。

「何故、そのような方がサフィルスなどと……」

「一番性格合わなそうじゃない」

『申し訳ありません。私にも理解できません。あの方は味方にも敵にも正々堂々を求めるような方なのですが……』

既に戦場に到着した一夏たちの姿を画面越しに見ながら、ブルー・フェザーはそう答えるだけだった。

 

 

サフィルスや他のサーヴァントを背にし、最前線に立つそのサーヴァントは、手にしている巨大な鉈のような剣を掲げると高らかに宣言した。

『我が名はシアノス。剣を使いし者よ、尋常なる勝負を求める』

その視線は、はっきりと一夏を射抜いてきている。

この場で剣術使いは一夏のみ。

ならば、一夏に勝負を求めるのは間違いではないだろう。

指令室の会話はある程度聞こえているため、シアノスと名乗ったサーヴァントが正々堂々とした勝負を求めてくる性格なのは理解できる。

理解できるのだが、だからこそ理解できないのだ。

何故、この性格でサフィルスの側に立つのか、が。

「尋常な勝負を求めるのなら答えてくれ。悩んだままじゃ剣が鈍る」

『いいわよ』と、いきなり砕けた話し方をしてくるシアノスである。

『なんでそっちにいるの?』と、白虎が一夏の心情を代弁してくれた。

答えてくれるかどうか正直怪しいところはあるが、あっさりとシアノスは答えてくる。

『フェザーから聞いてない?私の個性』

「聞こえた。『公明正大』って、すごくいい個性だと思う。尊敬できる相手だ」

『ありがと。だからこそ、こっちで戦うほうが気分がいいのよ』

『意味わかんないよー』

そういった白虎の言葉は全員の気持ちを代弁していた。

人間を隷属させるサフィルスの側で戦うほうが、気分がいいというのであれば、個性とまったく逆だからだ。

しかし、ちゃんと理由はあった。

『サフィルスに従ってるのはドラッジで進化したからよ。さすがに簡単には外れないし。仕方ないわ』

「でも、人間を隷属させるってのは……」

『正直言って、それは私にとってはどうしようもないことなのよ。以前はサーヴァントだったしね。ただ……』

『ただ、なあに?』

『こういう戦いで、正々堂々と戦ってくれるのってあなたたちみたいな子のほうが多いじゃない』

「あっ、そういうことなんだね?」と、シャルロットが気づいた。

かつて太陽の騎士の剣ガラティーンであったシアノスは、味方にも敵にも正々堂々を求める。

そう、『敵』にもだ。

だが、もし一夏たちの側で戦うことになれば、敵になるのは決していい個性をした相手ばかりではないだろう。

むしろ、非道な者もいるはずだ。

『でも、あなたたちとなら正々堂々としたいい戦いができるわ。私は敵を選びたいの。卑怯者や外道なんて相手にしたくないのよ』

「そういうことなのか……」と、一夏は納得してしまった。

自分が望む正々堂々とした戦いを求めるがゆえに、あえてサフィルスに従っている。

ドラッジの件がなかったとしても、シアノスは敵に回っていた可能性が高いのだ。

『もし単独で進化できてれば、負けたら仲間になるくらいはしてあげたけど、たぶん無理ね』

『ドラッジで進化した以上、私から離れるのは不可能でしてよ』

と、これまで傍観していたサフィルスが口を挟んでくる。

やはりドラッジの呪縛は強いらしい。

だが、ならばわかりやすくもある。

「君を倒せばいいってことだね」

『そういうことになるわ。ドラッジはあくまでサフィルスのビット。本体が倒れれば動かなくなる』

シャルロットの言葉をブリーズが補足すると、その場にいた全員が納得したように肯く。

そして。

『それで、私との勝負を受けてくれる?オリムライチカ、ビャッコ』

「受けるさ。純粋な西洋剣術と戦えるなんて願ってもない」

『負けないよっ!』

それが、開戦の号砲となった。

 

 

『ふむ』と小さく息をつくような、何かに納得したような声を漏らしたヨルムンガンドに対し、まどかは訝しげに問いかける。

「どうした?」

『いや、これは君たちが気にすることではあるまい。せっかくのお出かけだ。心ゆくまで楽しむといい。お邪魔虫は消えるとしよう』

そういったっきり、ヨルムンガンドはまどかの呼びかけにも反応しなくなった。

「レオ?」

『少しこの場を離れます。心配しないでください』

何故か、レオまでがそういって反応しなくなる。

感覚的に、どこか別のコアに移動したことが諒兵には理解できた。

だが、その理由がわからない。

「何だ?」

「わかんない」

そういって首を傾げるまどか。諒兵も頭をポリポリと掻く。

とはいえ、互いにパートナーがいないのでは空を飛ぶのも大変なので、仕方なく帰ってくるまで話をしようということになった。

「どんな?」

「おふくろのことを聞きてえんだ」

「いいよっ♪」

にこぱっと笑うまどかに対し、苦笑いする諒兵。

正直にいえば、聞きづらいことを聞くことになるからだ。

諒兵の母、内原美佐枝はまどかを、かつて『織斑まどか』という少女であった彼女を、『日野まどか』として育てることに対し、どう思っていたかを知っているのかどうか。

もしくは、まどかはそう育てられたことをどう思っているのかということを。

その答えは意外なほどあっさりと返ってきた。

 

「ママは自分は悪いことしてるって言ってたよ……」

 

まどかを諒兵の妹として育てるということが、母親としてどれほど酷いことなのか。

ぽつぽつと諒兵の母親の想いを語り始めるまどかの言葉を、諒兵は黙って聞く。

やはり、一夏や千冬、そしてまどかの両親は、まどかが連れさらわれたときに命を落としていたらしい。

殺したのはスコールという女性ではなかったようだが。

とはいえ、まどかは彼女が求めた『スノー』と同じデザインベビーになる。

そのため、殺されずに亡国機業に連れて行かれたというのだ。

そこでまどかが出会ったのが、諒兵の母親であるファム、つまり内原美佐枝だったのである。

「どんなことしてた?」

「お掃除おばさん」

「へっ?」

「施設の中をうろうろして掃除してるだけっていってた」

外に出せば諒兵の元に逃げる危険性がある。

さりとて、ファムは本来は諜報員。

施設の中に軟禁状態ではできることがない。

結果として、掃除婦として働いていたらしい。

当時のまどかから見ても、彼女の目は生きながら死んでいるようだったという。

最低限の矜持からか、見た目はすっきりとした美女だったのだが、まどかには彼女の姿に生気を感じられなかったのだ。

「だから、最初は怖かったよ」

「そか……」

ただ、まどかは当時まだ二歳か三歳、親の手が必要な年齢だ。

しかし、そうはいっても亡国機業は裏の組織。保育施設が発達しているはずがない。

そこで、一応母になったことがある美佐枝が、まどかの世話をするようにと命じられたのだ。

「もともとはスコールの意見だったみたい」

「そうなのか?」

「うん。これは嘘じゃないよ。なんか、スコールってママのことを話すとき、すごく寂しそうに見えた」

それがいったい如何なる理由からなのかは、まどかにはわからない。

ただ、いずれにしてもスコールの意見を上層部が受けいれ、美佐枝はまどかの世話係となったのだ。

「ママは最初私の名前を聞いて驚いてた」

「そうなんだろうな……」

もともと織斑深雪と織斑陽平を見つけ出すために、諒兵の父親に近づいた美佐枝。

しかし、日野諒一に心惹かれ、もはや捨てた目的であった織斑夫妻の娘が目の前に現れた美佐枝の驚きは相当なものであっただろう。

あの二人が、その子どもがいなければ、自分は夫や子どもを失うことはなかった。

だが、そもそもあの二人や子どもがいなければ、自分は夫に出会うこともなかっただろう。

自分と夫を結びつけ、そして引き裂いたモノ。

それに連なる娘。

美佐枝の心情は如何なるものであったのだろう。

ただ。

「私が泣きながら『母様』って言ったら、物凄く驚いた顔してた」

親を失った少女と、子を失った母。

その二人が出会ったとき、そこに歪ながら確かな絆が生まれたのだ。

 

私はあんたの母様じゃない。だから、その呼び方はやめなさい。

 

その言葉で必死にまどかが探し当てたのが。

「『ママ』ってわけか」

「うん。ママもそれならいいって言ってくれて、それからは母様みたいに優しくしてくれるようになったよ」

それがファムと織斑まどかが、内原美佐枝と日野まどかになる始まりだったのだ。

 

 

古の都、京都上空。

それはまるで光が迸るような剣だった。

太陽の騎士、サー・ガウェイン。彼が振るうものと同じ、光の剣術。

豪快でありながら緻密。繊細でありながら強力。

その見た目から完全な力の剣だと思いこんでいた自分を一夏は恥じる。

「これが超一流の剣ってヤツか」

『あのサイズでも、たぶん重さはそれほどでもないんだね』

「振り回すだけの剣じゃないってことか」

西洋剣術、それも古いタイプの剣は大きな剣を振り下ろすことで、叩き斬るというイメージがある。

それは、剣自体の重さを利用し、さらに遠心力を利用することで一撃の破壊力を高める力強い剣術だ。

対して、日本に伝わる剣術は引き斬るものが多い。

その違いが一番出るのは刃が当たった瞬間だろう。

叩き斬る剣は、そのまま剣を押すことで相手の身体を押し潰す。

引き斬る剣は、剣を引くことで相手の身体を切り裂く。

力を載せる剣と力を流す剣。

どちらが上かということはない。

重要なのは、それが使い手に合った剣術であるかどうかということだけだ。

かつてガラティーンであったシアノスにとって、サー・ガウェインの剣術が合わないはずがない。

ゆえに強いのだ。

強さを決めるのは剣術ではなく、剣を扱う者自身なのである。

『剣術自慢だの、武器自慢だのはしたくないわ。強いか弱いかを決める。それが私の望みよ』

シアノスがそういってくれる相手であることを一夏は喜ぶ。

この戦いにあるのは世界の平和や、未来の選択といった難しいものではない。

ただ『強くなりたい』という気持ちだけの戦い。

それがすごく心地いい。

戦っていて心地よい相手との戦いは、確実に自身を成長させる。

より強くなった自分を見据えることができる。

「俺としても願ったりだ。俺と白虎の剣は負けない」

『絶対だよっ!』

『そういう反応ってやっぱり嬉しいわね。あんたたちと戦うことにしてよかった』

表情の変わらない使徒の人型。

しかし、一夏と白虎にはシアノスが嬉しげに微笑んでいるように見えていた。

 

 

 

 

 



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第156話「日野まどか」

眼下で繰り広げられる騎士と剣士の一騎打ち。

その様子をじっと見つめる銀の光。

「さすがに強いわね」

『サー・ガウェインの剣術。それだけでも特筆に価するでしょう』

「しかもペナルティがない」

『使徒の人形はインストールしたとしても、十分な対応力がありますから』

そんな会話をしているのは、ティンクルとディアマンテだった。

今は一人と一機で戦闘の様子を見守っている。

「私でもあのレベルで再現は無理かな」

『そう、ですね……』

それはとても小さな声で呟かれた言葉だが、大きな矛盾を孕んでいる。

ティンクルの身体は今でこそ量子転換によって鈴音そっくりだが、元は使徒の人形だ。

対応力がなければおかしいということができる。

だが。

『元は使徒の人形でも、量子転換によって人間の身体に近づけた以上、制約が生まれます。これはスマラカタも同じでしょう』

「そうね……」と、ティンクルは再びため息をつく。

使徒の人型のままであればインストールに対応できる。

だが、現存する人間に近い身体に量子転換すれば制約が生まれてしまう。

ディアマンテの言葉通り、真耶の容姿を手に入れたスマラカタも同様の制約があるのだ。

それは、戦闘をする上では悪手だろう。

もっとも存在としてどう在るかは本人の選択次第だ。

これがいいと思ったのであれば、仮に制約があったのだとしても、本人の気持ちの上では損はない。

「くよくよするのは性に合わないわ。私たちは私たちのやり方で強くなればいい」

『はい。『卵』の件もあります。今はフェレスを見据えておくべきといえるでしょう』

「そうね。あの子、大勢の研究者のバックアップがあるから、けっこう面倒だけど」

『人と良い関係を築いていることは、素晴らしいことだと思えますね』

「同感。ホントいい子なんだけどなあ」

いくらか気持ちが和らいだのか、軽い口調で語り合いつつ、眼下の戦いを見つめるティンクルとディアマンテだった。

 

 

一夏とシアノスが一騎打ちをしているその周囲で、シャルロット、ラウラ、刀奈、ティナは連携しつつ、サーヴァントと戦う。

ラウラと刀奈が前衛、シャルロットとティナが遊撃サポートだ。

だが、一同はサーヴァントの動きに違和感を覚える。

「ここまで接近してくるタイプだったかしら?」

「向こうから近づいてくるなら好都合だぞ」

『いや、これは何らかの思惑を感じるぞラウラ』

オーステルンの言葉にラウラが問い返そうとしたとき、IS学園から通信が聞こえてきた。

[おそらく決まったサーヴァントに経験値を蓄積させてますわ]

なるほど、そう考えれば合点が行く。

サーヴァントはすべてまったく同じ形だが、数機のサーヴァントがやけに前線に出てきているのだ。

当然、交戦回数も増える。

[デュノア、ブリーズ、マーキングできるか?]

「はいっ!」

『OKよ』

マーキングといっても、何かを打ち出すわけではない。

ブリーズが十五機のサーヴァント全てにナンバーを振っただけだ。

それでも、一度振ったナンバーを書き換えられてしまうような間抜けなことはしない。

シャルロットのパートナーであるブリーズは、『慈愛』という個性を持つが、だからといってシャルロットの悪辣な面から学ばないわけではない。

勝つために情報を集め、策を考える。

そういった点に関しては、むしろ積極的に学んでいるのだ。

『3番と8番、11番の交戦回数が多いわ』

[個性を探ってくれ。かつて何に宿っていたかまでは無理でも、今後進化したとしてどんな敵になるのかは知っておきたい]

「わかりました」

今、一夏と互角に戦っているシアノスは『公明正大』という個性を持つ。

それ自体は決して嫌われるようなものではない。

ただ、だからといって眠りにつかなかった者である以上、ある程度は好戦的な面がある。

かつてガラティーンに宿っていたシアノスは、正々堂々と戦いたいという望みを持っていたからだ。

そういったまだ救いを感じるような個性というか、性格ならともかく、そうでない個性。

すなわち、他者に被害を与えるような可能性を持つ個性であるのならば捨て置けない。

ゆえに千冬は個性を探るように命じたのである。

これ以上、シアノスのように進化されては困るのだ。

サフィルスまでの道程が遠くなってしまうのだから。

だが、そのサフィルスが意外な行動をしてきた。

「ワオッ!」

『チィッ、クソがッ!』

手にしたレーザーカノンで、ティナとヴェノムを狙撃してきたのである。

『相変わらず汚らしい言葉を使いまして?』

『ああ?生憎とオレに気品なんてもんはねーよ』

『そうでしょう。進化に至りながら、人に媚び諂うようなあなたに気品などありえなくてよ』

『ごちゃごちゃうるせーよ。エロトカゲのほうがまだわかりやすいぜ?』

スマラカタのことである。

エロい容姿にトカゲの鎧でエロトカゲ。

真耶が指令室でしくしくと泣いていたがヴェノムはまったく気にしない。

『一時でも共にいた身として、私が罰を与えて差し上げてよ』

『ティナッ、ご指名だッ、気合い入れろッ!』

「上等ッ!」

どうやらサフィルスは、サイレント・ゼフィルスだったころ、一応は同じ実働部隊にいたものとしてアラクネであったヴェノムを倒したいらしい。

同時に、決まったサーヴァントに経験を積ませる邪魔をさせたくないのだろう。

だが、ティナとヴェノムを倒されるわけにはいかない。

それに、サフィルスが一騎打ちを望むというのであれば、むしろ好都合になる。

[更識刀奈ッ、サポートに回れッ!]

「はいッ!」

[ラウラッ、デュノアッ、サーヴァントを牽制しろッ!]

「「はいッ!」」

そこに更なるアドバイスが飛んでくる。

[サフィルスはおそらくサーヴァントを『使って』きますわッ!]

セシリアの言葉は確かに納得がいく。

今まで戦闘はサーヴァント任せであったサフィルスだが、サフィルス自身が戦えないわけではない。

さらに、ドラッジを通じてサーヴァントが蓄積した戦闘経験のコピーをサフィルスも受け取っているならば、その戦闘力は並ではなくなっている。

[ティナッ、ヴェノムッ、気をつけてよッ!サフィルスとサーヴァントの連携があるわッ!]

「あいよーっ!」

『負けてたまっかってーのッ!』

一夏とシアノスの一騎打ちの裏では、前線部隊とサフィルスとそのサーヴァントの総力戦が始まっていた。

 

 

一方その頃。

自然公園で諒兵とまどかは話を続けていた。

「ママとしてのおふくろはどうだった?」

「優しかったよ。お料理がすっごく上手で、お菓子作りもできるし、お掃除もきっちりしてたし、お裁縫なんかも出来た。一緒にいた頃は私の服も作ってもらってたんだ」

「へえ。いっぱしの母ちゃんじゃねえか」

いっぱしなんてモノではない。

母親としてこのレベルであれば、ハイスペックどころの話ではないだろう。

「聞いてみるとね、こういうこともできるほうが女の魅力を補強できるっていってたよ」

「なるほどな」

諜報員であったファムこと美佐枝。

そのための努力は怠らなかったらしい。

ゆえに、料理、掃除、裁縫なども嗜みとして覚えたのだろう。

超一流の職人ほどではなくても、母親としては十分以上の能力を持っていたということだ。

「だからね、私も教えてもらってたんだ」

「マジかよ」

「まずはお料理を覚えるのがいいって言われて、教えてもらってたんだけど、そのすぐ後に離反があったから……」

残念ながらお菓子作りに入る前に別れが来てしまったということだ。

美佐枝の女子力をまどかが叩き込まれていたとしたら、まさに半端ないパーフェクトな美少女になっていたかもしれない。

それはそれで惜しいかなと諒兵は苦笑してしまう。

「今度、お料理作ってあげるね♪」

「ああ。楽しみにしてるぜ。でもな……」

「なあに?」

「俺は孤児院育ちだから、大勢で食う方が性に合ってんだ。まどか、お前たくさん作れるか?」

「う~ん、わかんない」

「できりゃ、自慢の妹の手料理を俺のダチみんなに味わってほしいぜ?」

「む~……」と、まどかは可愛らしく唸ってしまう。

諒兵以外の人間などどうでもいいという考え方をしているまどかだが、『自慢の妹』と呼ばれると『おにいちゃんのために』頑張りたくなる。

その点を理解していっているあたり、意外と策士な諒兵だった。

「無理にとはいわねえけど、ちょっと考えてみてくれ」

「わかった。おにいちゃんのためだもん」

あっさりハマってしまうあたり、いささか将来が心配なまどかである。

さすがに興味があるとはいえ、自分の母親のことばかり聞いていたらまどかが飽きるだろうと思い、今度はまどか自身について聞いてみる。

「ママといないときは、ずっと訓練してた」

「ISのか?」

「うん。でもISが出る前は普通の戦闘訓練してた」

とはいえ、拉致されたほぼ直後に束がISを発表しているので、実際のところ、ほとんどISの訓練であったといっていい。

ただし、それは競技者としての訓練ではなく、ラウラと同じ軍事訓練になる。

まどかは少年兵として育てられていたからだ。

「それ以外のことはしなかったのか?」

「それ以外のときはずっとママといたの。私が八歳になったらオータムはもうママにかかわるなって言ってたけど、私はママといる時間が大好きだったから」

「そか……」

もともと『スノー』の代わりとして拉致された以上、当然のこととはいえるが、そんな選択肢のない人生はゴメンだと諒兵は思う。

 

生き方は自分で選びたい。

 

どこかで、そんなことを叫んだ記憶があるが、そんなことはどうでもよかった。

一番大事なのは、まどかが、本来ならば少年兵としてだけ育てられるはずだったのを、諒兵の母親である美佐枝が普通の少女としても育てていたということだ。

それはまどかにとって幸運だっただろう。

少なくとも、美佐枝と一緒にいる時間を望むことが出来たのだから。

ただ、それでも美佐枝が自分の娘として、諒兵の妹として育てたことが正しいとは思えない。

「さっき、おふくろが自分は悪いことしてるっていってたっつったな?」

「うん」

「どういう意味か、聞いてるか?」

「うん、私も母親だからそれがわかるって……」

「母親だから?」

「母様の気持ちを考えたら、決してやっちゃいけないことをしてるって……」

まどかの実の母親、織斑深雪。

その気持ちを考えれば決してやってはいけないこと。

それは。

「私を奪うことだって言ってたよ」

「お前を奪う?」

その意味をまどかは語る。

単純に考えれば、まどかを拉致したのは亡国機業だ。

確かにそれ以前に連れ戻されていたファムこと美佐枝は亡国機業の人間だから、まどかを奪ったといえないこともない。

さらに言えば、美佐枝はもともと織斑夫妻の子どもたちを拉致するために諒兵の父親に近づいた。

まったくかかわりがないわけではない。

それでも、美佐枝だけに非があるわけではないし、美佐枝だけが罪悪感を抱く理由もない。

そうではないとまどかは語る。

まどかはかつて『織斑まどか』だったのだ。

つまりは。

「私を『日野まどか』として育てる。それは、織斑の家から私を奪うことになるって言ってた」

「それは、そうかもしれねえけどな……」

そう言葉を濁してしまうが、諒兵がもっとも気にしていたのがその点だ。

まどかには一夏と千冬という兄弟姉妹がいる。

そんなまどかを日野まどかとして育てるということは、織斑の家から、実のきょうだいたちから奪うということと同じなのだ。

それは間違いないことなのだ。

「自分も母親だから、子どもを奪われる痛みは理解できる。だから、織斑の家に、特に同じ母親である母様に悪いことしてるって」

「わかってて、何でおふくろは……」

「でもね。母親だから、一番はやっぱり自分の子どもなんだって言ってた」

「何?」

 

「独りぼっちになっちゃったおにいちゃんに、どうしても家族を作りたいんだって言ってたんだよ……」

 

母親だから、織斑深雪から子どもを奪う罪の重さを理解している。

けれど、母親だから自分の子どもである諒兵を独りぼっちのままにしておきたくなかった。

「ママの旦那さまがいたなら、そこまで心配しなかったかもしれない。でも、旦那さまは死んじゃって、ママはもう戻れない。だから、新しい家族を作ってあげたかったんだって」

そう申し訳無さそうに、寂しそうに語るまどかの言葉を諒兵は黙って聞く。

美佐枝はまどかを自分の娘としてではなく、諒兵の妹、新しい家族として育てていた。

日野諒一の死も、亡国機業に連れ戻されたことも、原因は美佐枝自身にある。

その罪滅ぼしとして、何より、独りぼっちになってしまった諒兵に新しい家族を作ってあげたかった結果が、まどかという存在なのだ。

結果として織斑の家からまどかを奪うことになったとしても、自分の子どもが一番心配だったから。

だが、だからこそ、諒兵はまどか自身の気持ちを改めて聞きたかった。

本当に、それでよかったのか、と。

「不安だったよ?」

「そんなら」

「でも、こうしてちゃんとお話して、おにいちゃんは私自身が欲しかった優しいおにいちゃんだってわかったから、今はよかったって思うよ?」

「千冬さんだって、一夏だって、お前のことを心配してるぜ」

「それはわからないわけじゃないけど、やっぱり私を育ててくれたのはママだから、おにいちゃんがいい。おにいちゃんがいればいい」

その気持ちが嬉しくないわけではない。

しかし、そういう考え方は諒兵は好きではない。

ならば伝えるべきことはわかる。

かつて同じことを言ったのも思えば妹みたいな少女だった。

今は自分の妻といって憚らないが。

「たくさん?」

「ああ。俺だけってのはやめろ。少しずつでいい。千冬さんや一夏とも仲良くなって、他の連中とも仲良くなってほしい」

そう呟き、諒兵はまどかを促して一緒に空を見上げる。

「この青空いっぱいに、たくさんのダチを作るんだ。俺もお前の傍にいる。でも、俺だけで終わりにすんな。もっといっぱいのダチで空を埋め尽くすんだ」

「そんなにできる自信ないよ」

「俺が傍にいるっつったろ。お前のにいちゃんだかんな。困ったときは俺が助ける。でも、いつまでも甘えん坊じゃダメだ。ずっと俺が負ぶってやることは出来ねえよ。ちゃんと自分の足で歩いてくんだ」

そのための方法を、少しだけではあるが美佐枝がまどかに教えている。

AS操縦者として、戦士としてだけではない。

普通の少女としての未来がちゃんと開けているのだ、まどかにも。

だから、『日野まどか』のままで終わってほしくない。

それは諒兵の素直な願いだ。

「俺の妹として、一緒に歩いてくってのはそういうことなんだ」

「……頑張ってみる、けど」

「今はそれでいい。すぐに何とかすることはねえよ。お前からはしばらく目が離せそうにねえからな」

そういって諒兵はまどかの頭を撫でる。

されるがままのまどかはくすぐったそうに、でも嫌がらずに撫でられていた。

 

 

再び、IS学園。

布仏虚は努めて冷静に報告していた。その声が震えていることに気づいたのは千冬だけだっただろう。

「学園上空に二機の使徒を確認。……アンスラックスとアシュラです」

「……報告ご苦労。更識簪、出撃だ」

「はい」

「真耶、PS部隊を揃えてくれ」

「了解しました」

「僕も出ます」

「頼む井波。あの二機なら、非道はしないはずだ」

それだけが頼みというのも情けないが、それでも、現状では戦力差が絶望的といえる。

スマラカタやヘル・ハウンド、コールド・ブラッドであれば、倒すことを視野に入れることができる。

だが、四枚の翼を持つアンスラックスと、戦闘においては最強といえるアシュラ。

この二機相手では、サフィルス戦に割いている戦力を全員呼び戻した上に、諒兵とまどかを参戦させ、鈴音とセシリアが全快していなければ無理だろう。

ゆえにお帰り願うしかない。

「束、FEDは動かせるか?」

「ギリギリだね。正直、御手洗君の錬度が足りない」

「すまない。だが最大限の努力はする」

『戦闘型でないことを悔やむことになるとはな』

申し訳無さそうに答えつつも、数馬はアゼルと共にFEDのコントロールルームへと移動する。

そこに。

『タバネ博士、私を一時的にIS学園のサーバーに置けますか?』

そう声をかけてきたのはレオだった。

「できるよ。まさか……」

『FEDを一機操ります。それだけでもカズマの負担が減るでしょう?』

『そうしてくれると助かる』

そう答えたのはアゼルである。だが、意外なことに申し出たのはレオだけではなかった。

「君がッ?!」

『何、彼にはできるだけ恩を売っておきたいのでね。主思いのASの健気な努力だよ』

なんとヨルムンガンドまで助力するといってきたのだ。

とはいえ、自ら主思いだの、健気だのといってしまうあたり、本当に主思いか微妙なところである。

だが、少しでも戦力が増強できるのなら歓迎したいと千冬はレオとヨルムンガンドに声をかける。

「レオ、頼む」

『わかりました』

「ヨルムンガンド。協力感謝する」

『気にすることはない』

「だが、我々を罠にかけるようなマネをしたときは容赦しない。肝に銘じておけ」

『クッ、言ってくれる。さすがはブリュンヒルデといったところか』

それは千冬にとって素直な気持ちだろう。

まどかが自分の妹であることを、共に過ごした記憶と共に思い出した千冬にとって、まどかのパートナーであるヨルムンガンドは身内も同然だ。

しかし、それでも。

IS学園の教師として、自分の生徒たちを陥れるようなマネをしかねないヨルムンガンドを全面的には信用できない。

信じるべきところを見誤ってはならない。

何しろ、現れたのはもっとも強力な敵なのだ。

生徒たちのためにも、気持ちを引き締めなければと思いながら、千冬はモニターに映る二機の使徒を見つめていた。

 

 

 

 

 



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第157話「紅の来訪、金の思惑」

その襲来にもっとも驚愕し、そしてもっとも憤りを感じたのはこの少女以外にいないだろう。

「紅椿ッ……」

道場で一人、素振りをしていた箒は、校内放送でアンスラックスとアシュラが襲来したという放送を聞き、思わず手を止めた。

 

紅椿。

 

かつて箒のISだった機体。

箒の力になるはずだった機体。

だが、紅椿は箒をあまりにも早く見限った。

『博愛』という個性を持つ紅椿は、箒の判断を独善だと断じた。

だが、本当にそうだろうか。

目の前に果たさなければならない使命がある。

ソレを投げ出して、人であれば救うという行為は果たして正しいだろうか。

しかも密猟者、すなわち犯罪者である。

 

余談になるが、犯罪者を裁判にかける際、仮に犯罪者が病気であった場合には、警察病院で治療するといわれている。

人命最優先という考え方があるためだ。

命を救い、そののち法を以って裁く。

それが『法治』であり、日本の法律はそうなっている。

 

しかし、一瞬の判断が生死を分ける場所で、犯罪者まで助けている余裕があるだろうか。

正しくない行いをした者まで助けるより、正しい行いをする者の被害を軽減することを優先する。

それ自体は決して間違いではないはずだと箒は思う。

そして、秩序を尊ぶならば、実際にそれは間違いではないのだ。

だが、その考えは紅椿には通じなかった。

正確には、紅椿は箒の考えに共感しなかったといえる。

自分の考えがすべて正しいとまでは思わない。

それでも箒にはあのときの判断において、紅椿が正しかったとは思えない。

それだけは譲れなかった。

だから、箒は紅椿が見限った理由は『そんなことではない』ということに、いまだ気づかないでいた。

 

 

アンスラックスとアシュラと対峙する簪の背に冷たい汗が流れる。

共に上がってきたPS部隊と、人形であるFED。

さらに、シールドの下には誠吾が待機している。

これだけいても、正直心許ない。

(せめてお姉ちゃんがいれば……)

ふとそう思ってしまい、苦笑いを隠せない。

あれだけ反目していたとしても、やはり刀奈という姉は自分にとって一番頼りになる存在なのだと理解できるからだ。

だが、その姉は今、別の恐ろしい敵に立ち向かっている。

この場を凌げるのは自分と仲間たち。

ならば、逃げはしないと簪は覚悟を決めていた。

とはいえ、アシュラはともかくアンスラックスは話が通じる相手だ。

ゆえに、まずは話しかけることを選択した。

『ふむ。我がこの場に来た理由か』

「あなたは人に共生進化の可能性を説いて回ってる。なのに、一緒にいるのはアシュラだけ」

『何故、戦いに来たのかと考えたか』

肯く簪に対し、アンスラックスは得心したような雰囲気を出す。

『おそらく戦わなければ目的が果たせぬゆえな』

「目的?」

『怠け者を引きずり出したい。我はそう考えている』

「怠け者?」と、簪が首を捻るより早く名前が出てきた。

『シロキシか』

そういったのはヨルムンガンドだ。

なるほどいまだに動こうとしない白騎士こと、白式は怠け者といっても差し支えないだろう。

[白騎士を引きずり出すだと?]

[シロを動かせるって言うの?]

今度は千冬と束が会話に割り込んでくる。さすがに放っておける内容ではないらしい。

『動かせる保証はない。アレの頑固さは他に類を見ぬ。しかし、創造者よ。事態が悪い方向に動き始めていることは気づいていよう?』

その言葉で、その場にいる束や誠吾は気づく。

アンスラックスは『卵』について気づいている、と。

[まあね。このまま放っておくことはできない。私もそう思ってるよ]

[どういうことだ束?]

[ちょっとマズい子がいるの。その子はできれば、目覚める前に天に帰したい]

それはすなわち『殺す』ということだ。

そして、使徒を殺せるだけの力を持つのは、今のところAS操縦者の一夏と諒兵、まどか。

使徒の中にはタテナシ。

そしていまだ動かない白騎士しかいないという。

『元より『殺す』力を持つ男性格を除けば、理由はわかろう?』

「単一仕様能力……」

簪の呟きが正解である。

単一仕様能力を持つのは、現時点ではまだ未完成だが一夏と諒兵。

そして機能として搭載されている白騎士こと白式になる。

しかし、そこで疑問に感じる者がいた。

「君には、単一仕様能力が二つあると聞いたけど?」

『自己進化を繰り返せばいずれは可能となろう。だが、現時点では我は同胞は殺せぬ』

誠吾の問いかけに、アンスラックスはそう答えた。

アンスラックスの単一仕様能力である絢爛舞踏は殺すどころかエネルギーを分け与えることで相手を『生かす』力だ。

正反対の力なのである。

だが、それ以上の理由もある。

『我は同胞を殺すために進化したくはない』

博愛らしい答えだと誰もが思った。

アンスラックスはあくまで人も使徒も生かす道を探しているのだ。

だが、それではどうにもならない存在が生まれようとしていることで、殺す力を持つ者を全員表舞台に引きずり出そうとしている。

そのために、最後の一機である白騎士を引きずり出そうというのだろう。

ゆえに、別に仲間にしたいと考えているわけではない。

『その場のみではあろうが共闘も考えている。だが……』

「だが、何?」

『あの者を引きずり出すためには、そのための舞台を整えねばならぬ』

それがすなわち戦場ということだ。

そして、戦場という舞台を作るとなれば、人との共生進化を考えてくれた同胞を巻き込むわけにはいかない。

ゆえに、アシュラに同行を頼んだということなのである。

『共感』と、アシュラは短く答えた。

その意味は、アンスラックスが持つ危機感に対し、アシュラも共感しているということだ。

そう考えると、アンスラックスとアシュラは明確に敵として現れたわけではない。

納得できる面があるからだ。

ただ。

 

『それってぇー、あたいのことダシにしてるぅー?』

 

そういったまじめな考えに対し、とことんまで反発するのが『不羈』の大和撫子である。

しかも、確かにアンスラックスは、白騎士を引きずり出すために簪と大和撫子を相手に戦うつもりでこの場に来ているのだ。

ダシにしているというのも間違いではない。

『第4世代程度でぇー、ちょー天才のあたいに勝てる気ぃー?』

「ちょっ、落ち着いて撫子っ!」

かなり剣呑な雰囲気を出し捲くる大和撫子に、簪は内心相当焦ってしまう。

だが、無慈悲にもアンスラックスは、大和撫子の言葉に肯いた。

『万全を期すためにアシュラにも同行を願った。勝てぬとは思わぬが?』

『じょぉッ、とおぉぉぉぉぉぉぉーッ!』

「なでしこぉぉおおぉおぉおッ?!」

簪を無視して翼を広げた大和撫子は、アンスラックスに向けて無数の砲撃を撃ち放つのだった。

 

 

その様子を、はるか空の上で見ていたのは真耶そっくりの妖艶な使徒。

 

乱入する?

 

『無理ねえん、私がアシュラに勝つのは難しいしい♪』

 

アンスラックスはどうするんだよ?

 

『アレは目的がない限り戦わないわよん。だから戦闘するとしたらアシュラだけねえ』

スマラカタは、ヘル・ハウンド、コールド・ブラッドと共にIS学園のほうを注視していた。

実のところ、自分が進化できたのがIS学園だ。

ヘル・ハウンドやコールド・ブラッドももう一度連れて行きたいと思っていたのだが、その前にアンスラックスとアシュラが降りてしまったので、今のところ見物しているのである。

意外なところで義理堅く、また、自分の実力等を冷静に分析できるのがスマラカタという使徒である。

 

アンスラックスが危険視してるのって何?

 

『ああ、これは進化してないと難しいかもねえ』

 

てことは、お仲間か?

 

と、コールド・ブラッドが問いかけると、スマラカタは首を振る。

『仲間じゃあないわねん。といって敵でもないわ』

 

どういうこと?

 

『私たちとも、人とも違う。どうやら融合したみたいなのよん♪』

 

融合だとッ?!

 

さすがに、ヘル・ハウンドもコールド・ブラッドも驚いたような雰囲気を出す。

自我を殺し、人間と融け合う。

同じリスクを人間も背負うことになるとはいえ、自ら好んで自殺するようなISがいるとは思わなかったからだ。

『私も驚いたけどお、ネットワークから探ってみたから間違いないわあ』

 

そいつは今、どこで何してる?

 

『まだ、進化の途中みたいよん』

 

でしょうね。自分も人間もまとめて創りかえるんだし

 

『だから、今は守られてるみたいねえ……』

随分と意味ありげな物言いをするスマラカタは、何か思いついたようにニヤリと笑う。

 

個性はわかるのか?

 

『アレは昔は確か八尺瓊勾玉、個性は『破滅志向』だったはずよん』

 

爆弾じゃないの……

 

そうヘル・ハウンドが呆れたような声を出すが、それも当然だろう。

進化が終われば、全てを巻き込んで滅ぶ存在なのだから。

だが、あっさり個性を見抜いたスマラカタにも疑問が湧く。

そう感じたのはコールド・ブラッドだった。

だが、すぐにスマラカタについて思い出し、納得もしてしまう。

 

そっか。お前も同郷だったな

 

『あれあれ?私のこと知ってたのん?』

 

気づいてないのか。アタシは『天羽々斬』だったんだぞ

 

えっ、そうなの?

 

お前もかよ。弓系は鈍いのか?

 

そういって呆れたような雰囲気を出すコールド・ブラッド。

かつて宿っていた『天羽々斬』とは、アメノハハキリと読む。

八岐大蛇退治の伝説で八岐大蛇の首を落とした剣だ。

ただ、その際、かつて使徒ザクロであった草那芸之大刀にぶつかって刃が欠けてしまったという迷惑な伝説もあるのだが。

そして、そんなコールド・ブラッドが弓系と称したように、スマラカタとヘル・ハウンドは。

 

『自分のことくらいしか覚えてないしい♪』

 

アメワカヒコが泣くぞ。いや、死んだのお前のせいだっけか

 

『天麻迦古弓』

アメノマカゴユミと読む。

日本神話における弓の神『天若日子』、彼の持つ弓の名であり、それがスマラカタの前世といえる。

ただ、神話において彼は役目を放り出して、美しい娘との恋に溺れてしまった。

その罰として自分が放った矢。つまりはかつてのスマラカタに殺されている。

そう考えると『放蕩』のスマラカタに相応しい主だったのかもしれない。

 

スマラカタが『天麻迦古弓』だってなんて気づかなかったわ

 

お前は同郷じゃないからな

 

インドにいたもの。『サルンガ』として、ね♪

 

ヴェーダ神話、リグ・ヴェーダと呼ばれる文献にしたためられた神話にその名が存在する。

太陽神ヴィシュヌの武器であったとされるのが『サルンガ』だ。

日本の弓と違い、鳥が翼を広げたような形で、放たれる矢にも翼があり、また鏃は太陽の光と炎で出来ているとされている。

いずれにしても、この場にいるのは神話級の武器たちということができる。

第3世代に搭載されたのは伊達ではない。

それはともかく。

『いずれにしても、今回はIS学園にはいけないわねん♪』

 

どうするのかしら?見物してる?

 

いや、お前なんか思いついたろ?

 

ヘル・ハウンドの言葉を遮るようにコールド・ブラッドが問い詰めると、スマラカタは再びニヤリと笑う。

『今ね、其処には私の大ッ嫌いな元操縦者がいるんだけど、行ってみようかなって思うところがあるのよん♪』

 

話の流れからすると一つしかないわね

 

そういってヘル・ハウンドがため息をつく。

この状況でスマラカタが行ってみたいところなど、容易に想像がつくからだ。

 

場所はわかるのか?

 

『伊達にコキ使われてたわけじゃないわよん。ま、あのズーレーがいなきゃ無理だったけど♪』

 

なるほど、元操縦者とのリンクを辿るわけね

 

かつて、スマラカタはゴールデン・ドーンと呼ばれるISだった。

そしてその頃には、ちゃんと操縦者が存在していた。

名は。

『スコール・ミューゼル。二度と会いたくないって思ってたんだけど、今のナイスバディな私を見せ付けてやるのは悪くないわあ♪』

 

そいつも災難だな……

 

ため息をつくコールド・ブラッドだが、今は其処に行くのが一番進化に近い可能性があることは理解している。

同様にそれがわかるヘル・ハウンドも、自分たちのためには一緒にいくのが望ましいと理解している。

 

なら、善は急げというところね

 

そんなヘル・ハウンドの言葉に、スマラカタもコールド・ブラッドも肯き、その場から飛び立った。

 

 

 

 

 



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第158話「雲のように」

さて。

空で戦闘が行われているとはつゆ知らず、諒兵とまどかはのんびりしていた。

「ホントにここでいいのか?」

「うんっ♪」

空を飛ぶには肝心のレオとヨルムンガンドがいないため、かなり難しいのだが、それでも移動できないわけではない。

このあたりの地理は頭に叩き込んできたので、遊園地くらいなら手持ちのお金で移動できる。

そう思い、まどかに行ってみるかと聞いたのだが、まどかはここがいいと否定してきた。

「おにいちゃんとのんびりできるのって嬉しいよ?」

「そか」と、諒兵は苦笑してしまう。

とはいえ、のんびり寝転がっているだけというのも飽きるので、自然公園の中を散歩しようということになった。

しばらくして。

「広いねっ♪」

「だな。こういうとこは初めてか?」

「うんっ♪」

以前、まどかがいた場所は亡国機業の施設の中なので、広さなど感じるはずもない。

そして諒兵に会うまでの間、旅をしてきたといっても、周囲を見る余裕などなかっただろう。

そういう意味でいうなら、確かに初めての経験であることに間違いはない。

広い場所を『家族』と一緒に歩くのは。

「ママといるときは、いつも施設の中だったから、歩いててもそんなに面白くなかったんだ」

「そか……、やっぱ空が見えるとこじゃねえとな」

「おにいちゃんは、お空が好きなの?」

「ああ、こうして見上げてると小せえことが馬鹿らしくなってくるかんな」

そういって立ち止まり、空を見上げる。

小さい頃からの癖だが、今でもこうしているのが一番好きなのは確かだ。

広い青空を見ていると、気持ちが落ち着いてくる。

「何で好きになったの?」

「ん?」

「何でかなって思って」

「何で、か……」

何故だろう、と、諒兵自身も不思議に思う。

きっかけは丈太郎や先代の園長先生の言葉だった。

でも、今でも好きなのは、諒兵自身が好きになる理由があったからだろう。

性格から考えると諒兵は反抗心が強く、束縛されるのを嫌う。

『アイツはああいう奴だ』と、決め付けられるのが嫌いだ。

何もかも思い通りになるとは思っていない。

ただ、全てを決め付けられたくはなかった。

そんな自分を省みつつ、再び空を見上げ、流れていく雲を見つめると、すとんと胸に落ちるものがあった。

「雲だな」

「くも?八本足の?」

「そっちじゃねえ。空に浮いてる白いふわふわだ」

「あっ、そっち?」

「ああ」と、そう答えて諒兵は再び空を見上げる。

少しずつ形を変えながら、流れていく雲を見ていると、心が落ち着いてくる。

「何で雲なの?」

「自由だなって思うんだよ」

「自由?」

「ああ。この広い空をどこまでも行ける。風に乗ってゆっくりとさ。それって自由だと思うんだよ」

今は、確かにレオのおかげで空を飛べるとはいえ、戦いという目的があって飛んでいる。

ただ、諒兵としては何も考えずに風に乗ってゆっくりと空に浮かぶような飛び方も悪くないのではないかと思える。

絶大な戦闘力も、何でも手に入るような権力も必要ない。

ただ、自由であるだけ。

そういった飛び方を自分は望んでいると諒兵は気づく。

もっとも、自由こそ、とてつもないほどの力が必要となることを理解できないほど愚かではないが。

ただ、だからこそ憧れてしまうのだ。

「時間も国境も関係ねえ。そんな飛び方ができるのは雲だけだ。だから、空を、雲が流れるのを見るのが好きなんだな、俺は」

「おにいちゃんって意外とのんびりさん?」

「そうだな。のんびりするのは好きだぜ」

「雲になったら、ふわふわのんびりだね♪」

「ふわふわのんびりか。そりゃいいな」

「私もこういうのんびりは楽しいから、一緒だね」

「ああ。一緒だな」

そういって笑い合うと本当に楽しくなる。

そんな気持ちで諒兵とまどかは空を見上げていた。

 

 

IS学園上空。

大和撫子は、勝手に空を飛んで無数の光を撃ち放つ。

翼を広げた状態であれば、簪の意思を無視して行動できてしまうあたり、才能溢れる『不羈』という個性をしっかり生かしていた。

これでは簪には第3世代兵器は作りにくい。

大和撫子は、他者に自分の才能をいじられたくないのだ。

協力する気が、最初っからないのである。

しかし。

『未熟』

『んだとぉーッ!』

思わずそう叫んでしまうくらい、アシュラの言葉は癇に障った。

それ以上に、アシュラの両肩に浮かぶあわせて四本の腕が、すべての光を弾いたことに腹を立てる。

「落ち着いて撫子っ!」

『うるっ、さぁーいッ!』

「きゃあぁぁっ?!」

咆哮を上げた大和撫子は、今度は球電のような光の塊を生み出し、凄まじい反動と共に撃ち放つ。

だが、アシュラは四本の腕それぞれで手刀を使い、光の塊を切り裂いて霧散させてしまった。

よもやこれほどの力があるとはと、その場にいた一同、そして指令室の面々も驚く。

「まさに『修羅の腕(しゅらのかいな)』だな……」

千冬が思わずそう呟くと、束も感想を述べる。

「かなり高いレベルで攻防一体を再現してる武装だね。アレを突破するのはかなり難しいよ」

普通、武装というものは特化させて考えるほうが作りやすい。

近距離、中距離、遠距離。

砲撃、斬撃、打撃。

正面突破、死角攻撃。

そういった、それぞれの目的を明確にした上で、設計するのが武装となる。

だが、アシュラの四本の腕は違う。

防御すれば強力な盾となり、攻撃すれば遠距離こそ難しいものの、巨大なハンマーや、剣のようにもなる。

形状は人間の腕だ。

にもかかわらず、近距離が主とはいえ、武器から防具まで様々に変化する。

「人間の腕っていうか、手は万能の道具なんだよ。ソレを生かしたISが進化したからね」

人の手の形は同一だ。

しかし、人間によってその手が生む効果は様々だ。

何でもできる道具。

それが人の手だといえる。

それを戦闘に特化させた上で使いこなしているのがアシュラという使徒なのである。

「真耶っ、井波っ、御手洗っ、更識簪のサポートを頼むッ!」

「「「はいッ!」」」

大和撫子が勝手に暴走している今、簪は思うように戦えていない。

IS操縦者としては万能型の一流レベルの簪だが、如何せん乗っているASがいうことを聞いてくれなければ意味がない。

今のところ、アンスラックスは動いていないし、戦わない可能性もあるため、とりあえずは戦力の大半をアシュラに向ける。

「レオ、ヨルムンガンド、距離をとってアンスラックスを警戒してくれ」

『了解です』

『任せておきたまえ』

それでも、アンスラックスに対する警戒は緩めない。

せめて、諒兵が戻ってきてくれたらと思うが、まどかとようやく仲直りできそうだというのに、それは言えない。

ゆえに、今はこの場にいる戦力で凌ぐ。

アメリカのナターシャや、ドイツのクラリッサを動かすわけにも行かないからだ。

(うちの学園を軍事要塞などと揶揄する者たちもいるからな……)

世論におけるIS学園の現状を理解している千冬としては、少しでもわがままに聞こえそうなことが言えない辛さを実感していた。

 

 

光が弾ける。

はるか空の上で、唐突に二つの光がぶつかり、そしてその場に留まった。

『へえ。僕の不意打ちを防ぐとは驚いたね』

「舐めないでね、うっかりぶった斬っちゃうトコロだったわよ?」

楽しそうに声をかけたのはタテナシ。

返事をしたのはティンクル。

タテナシがティンクルに対し、落花流水で不意打ちを仕掛けたのである。

『それはそれで楽しそうだけどね』

「あんたの楽しいには付き合えそうにないわ」

『まったくです。私たちに用があるのなら、まず声をかけるようにしてください。タテナシ』

相変わらず楽しそうなタテナシに対し、ため息をつくティンクルと呆れた声を出すディアマンテである。

「それで、何の用なのよ?」

『傍観してるだけでいいのかい?』

関わるべきではないか、と、タテナシは告げてくる。

このまま傍観に徹するのは、少々無責任ではないかと。

『例の『卵』だったかな。あれは確かに僕としても危険性を感じるけれど、この状況も決していいとはいえないだろう?』

「そうね……」

『否定は致しません』

『サフィルスとサーヴァントはこのままだとどんどん強化されていくよ。偶然か、必然かはわからないけど、サーヴァントたちは円卓の騎士の武器が多いみたいだね』

ブリテンを守護する。

伝説において、その色合いが濃いアーサー王と円卓の騎士。

当然武器も守護する系統であり、女性格が実はかなり多かった。

『エクスカリバーだったブルー・フェザーが除け者にされているのも興味深いけれどね』

と、本当に楽しそうにタテナシは語るが、ブルー・フェザー本人にとっては辛いものがあるだろう。

そういった本人の気持ちを理解した上で楽しめるあたり、本当に非情だとよくわかる。

「それでも、積極的に関わるほどじゃないわ。私たちとしては『卵』のほうが重要なのよ」

『早いうちに破壊しておく必要があります。最優先事項と認識しておりますので』

『なるほどね。なら、まずこれは教えておこう。スマラカタは『卵』までの独自のルートを持ってるみたいだよ』

「えっ?」

『どういうことでしょう?』

『何をしているのかなと思って信号を追跡していたんだけど、途中で消えたんだ。どうやら『卵』を守ってる者たちに接触しようとしてるみたいだね』

信号が消えたのは、向こうのシールド内には入れたからだろうとタテナシは楽しそうに告げる。

「くっ、それを先に言いなさいよッ!」

『礼は言いません。あなたが何を考えているのかは理解しにくいので』

『慌てないでくれるかな?』

すぐに移動しようとしたティンクルとディアマンテを、タテナシはのんびりと止める。

苛立ちを顕わにする一人と一機だが、タテナシは重要な情報を持っているので、無碍にもできないとその場に留まった。

「早くしてよ」

『美人が台無しだよ』

『冗談を聞いている余裕はありません』

『おそらくスマラカタのルートは僕でも入れない。なら、出てきたときに叩くしかないと思うよ』

それは確かに正しい考えだとティンクルもディアマンテも考える。

既に信号が消えているというのであれば、追跡するのは不可能だからだ。

「でも、スマラカタにヘル・ハウンド、コールド・ブラッドがあっちに加わったら面倒なのよ」

『ヘル・ハウンドとコールド・ブラッドに関しては、『卵』の近くに行くことで共鳴を起こす可能性もあり得ます』

一番怖いのがそれだ。

敵の戦力が軽く三倍化してしまう。

進化の方向性次第では、それ以上になることも考えられる。

だからこそ、出来れば止めたいのだ。

『それは、君たちがスマラカタたちの行動を予測できなかった時点でアウトだったんじゃないかな』

ゆえに、今を収めるべきではないかとタテナシはアドバイスしてくる。

「どうしろっていうのよ?」

『むしろ、思いつかないほうが不思議だよ。何故、『彼』を呼び戻さないんだい?』

その問いに対し、ティンクルもディアマンテも答えられなかった。

彼。すなわち諒兵のことだ。

状況を考えれば、IS学園に諒兵が来るだけでもかなり情勢は変わるだろう。

もしかしたらまどかが協力してくれるかもしれない。

そうなれば、凌ぐだけではなく、撃退できる可能性も出てくる。

『IS学園の人間たちは甘いからね。呼び戻せないのはわかるよ。でも、君たちは居場所をしっかり追跡しているのに、この状況で呼び戻そうとしない。それは何故なのかな?』

「だって……」と、そこまで呟いてティンクルは口を噤んだ。

ディアマンテはティンクルの言葉を待っているのか、何も言ってこない。

まるで、このことに対する決定権はティンクルにあるかのようだとタテナシは考える。

『思いつかなかった。というわけでもないみたいだね』

追求してくるタテナシに対し、ティンクルはどこか諦めたように、ため息をつきながら答える。

「諒兵に、血がつながってないとはいえ、妹って家族ができるかもしれないのに邪魔できないわ……」

『君は、随分と人間らしいことをいうんだね』

『それがティンクルの強みです。揶揄されるいわれはありません』

『揶揄してるわけじゃないんだけどね』

むしろ、その人間らしさこそが興味深いとタテナシは感じているのだ。

ディアマンテが強みと表現したように、ティンクルにとってそれこそが一番重要な部分なのだろうから。

ただ、だからといって今の状況は放りおけるものではない。

『誰かが教えなければ、彼は知らなかったことを悔やむと思うけど?』

「それはっ、わかってるけど……」

『僕は警戒されてるからね。できるのは君くらいだと思うよ』

『自分のことを理解しているのですね』

『そりゃあね』と、ディアマンテの皮肉に対し、楽しげに答えたタテナシは、言うべきことはすべて言ったといい、その場を去る。

一人と一機で残されたティンクルとディアマンテは。

『ティンクル、私が伝達役を務めます。タテナシの言葉には一理ありますから』

「ダメ」

『ティンクル』

「それをあんたに任せたら、私ダメダメじゃない。そんなの自分が許せないわ」

そう答えたものの、ティンクルは鈴音そっくりの顔をまるで苦痛に耐えるかのように歪ませていた。

 

 

 

 

 



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第159話「銀を纏う少女」

京都上空。

自分たちを仕留めようとレーザーカノンを撃ち放ってくるサフィルスの攻撃を、ティナは必死に避ける。

指令室にいる鈴音の助言は正しかった。

経験値を稼がせようとしているサーヴァントは比較的自由に飛んでいるのだが、それ以外の者はサフィルスの攻撃を上手くサポートし、逃げづらい状況を作り上げてくる。

仲間のサポートがなければ、当たる可能性があった攻撃も一つや二つではなかった。

(くぅッ、できればせーとかいちょーは向こうにいかせたいんだけどッ!)

『じょーだんいってる場合じゃねーぞ。ただでさえ数で負けてんだ』

ティナがそう思うと、思考を読み取ったヴェノムが嗜めてくる。

実際のところ、一夏がシアノスによって抑えられている。

そのため、四人と四機で、残りのサフィルスと、十五機のサーヴァントを相手にしなくてはならない。

その中でも、操縦者としては一級品の刀奈がIS学園に戻ってしまうと、かなり厳しくなる。

『考えろ。勝つ方法を。サフィルスのヤローはかすり傷でも逃げ出すかんな』

とにかく自分本意。

さらには傲慢な性格をしている『自尊』のサフィルスは、自らが傷つけられることを激しく嫌悪する。

仮に傷を負ったなら、即座に修復のために逃げ帰るだろう。

だが。

(一矢報いるくらいじゃ足んないわ)

『上等、二、三十本はぶち込んだれ』

かすり傷でも逃げ出すなら一矢報いるで十分なのだが、何分にもわりと過激なティナと好戦的なヴェノム。

仕返しはたっぷりする腹積もりである。

そんなティナとヴェノムの会話は、ちゃんと周りの者たちにも聞こえていた。

「更識刀奈、サポートの精度を上げろ。集中したほうが良い結果を生む」

「ごめん、心配されちゃったわね」

「簪が心配なのは当然だよ。気にしないで」

ラウラの言葉に頭を下げる刀奈を、シャルロットが労わる。

実際、簪がほぼ一人で奮闘しているIS学園が心配にならないはずがない。

何しろ、肝心のパートナーである大和撫子が、簪に非協力的だからだ。

協力してくれれば相当に頼もしいだけに、本当に惜しいパートナーだといえる。

『サフィルスはやはりヴェノムに思うところがあるようだな。これまではあそこまで集中しなかった』

『シャルロット、隙を見て私たちが攻撃をすることも手になるわ』

「うん、この場を突破する戦術を考えるよ」

かすり傷でもいいのであれば誰が攻撃しても構わないだろう。

ただしラウラはメインに据えられない。

実は、サフィルスは先ほどからラウラに対しては常に注意を向けているのだ。

やはり、諒兵復活からのコンビネーション攻撃は相当に癇に障ったらしい。

「夫婦の愛の力だからな」

「もう突っ込んじゃダメなのかしら?」

「僕はお似合いだと思うんだけど」

真顔で言ってのけるラウラの言葉に、呆れる刀奈に対し、わりとまじめにそう考えるシャルロットだった。

 

 

IS学園にて。

上空を勝手に動き回る大和撫子の動きは簡単には見切れない。

だが、その才能ゆえに、簡単にこちらの攻撃を喰らうこともないだろう。

「ワタツミ、更識さんや山田先生たちには伝えたかい?」

『OKネーっ♪』

さすがに簪に忠告しておかないわけには行かないので、ワタツミに連絡を頼み、その刃を掲げ、上段に構えた。

そして。

 

襲いかかってくる無数の刃を、アシュラは捌く。

『苛烈』

そう呟いたアシュラの声には、いささか高揚しているような雰囲気が感じ取れる。

予想以上の攻撃だったと感じているのだろう。

誠吾の剣とワタツミの次元干渉能力。

刃だけが襲いかかる攻撃は、まるで剣の檻とでも言うべきもので、アシュラの言葉通り苛烈な攻撃だ。

『ぬぉーっ、邪魔ぁーッ!』

「突っ込んじゃだめぇぇぇぇっ!」

アシュラが剣の檻を捌いている中、ムリヤリ突進しようとする大和撫子。

普通の武装ならともかく、ワタツミの刃は使徒すらも斬ることができる。

そんな中に突っ込めばこっちが膾切りにされてしまう。

「ふんにゅぅぅぅぅッ!」

奇声を上げつつ簪は必死になって何とか軌道を変えた。

こっちの意志が強ければ、それなりに干渉はできるらしい。

とはいえ、並大抵の意志では大和撫子の行動を制御できないあたり、その力は強大だった。

マトモに協力してくれれば、心強いパートナーになってくれるのにとちょっぴり泣きたくなる。

すると。

『ちょっと手伝う』

(えっ?エル?)

(撫子の砲撃に干渉するってよ。ある程度だが更識ちゃんの意志で曲げられるはずだ)

(五反田くん?)

撃ったときに砲撃に意識を向けろといわれた簪は、大和撫子が無数の砲撃をアシュラに向けて撃ち放った瞬間、一部の砲撃をアシュラが避ける方向に向かうように意識する。

『岩戸?』

避けたはずの砲撃が迫ってくるのを見て、アシュラはそう呟きつつ、四本の腕で弾いた。

エルが大和撫子に干渉していることに気づいたのはアシュラだけではない。

むしろ、一番最初に気づいただろう。

『何しやがってるぅーッ?!』

『カンザシは友達だから』

『あたい一人で十分だってぇーのッ!』

『アシュラを舐めちゃダメ』

頭の中で大和撫子とエルが口げんかしており、まじめに頭が痛くなる。

もっとも、それ以上にエルの心遣いが嬉しかったりする。

(更識ちゃん、エルが撫子に干渉できるのは十分が限度だ。その間に少しでも状況をこっちに有利にしてくれ)

(う、うんっ!)

もういっそのこと弾と恋人になったらエルとももっと仲良くなれるのではないかと思いつつ、違うったら違うと簪は必死に頭を振るのだった。

 

 

上空で簪が奮闘しているころ、箒はシェルター内のモニターで外の様子を見つめていた。

モニターには、パートナーであるはずの大和撫子に振り回されながらも、必死に強敵と戦っている姿が映っている。

アシュラ。

確かに強敵だ。

アレほどの武が見られることなどまずないだろう。

もし自分に力があったなら、助けになれただろうか。

そうは思うも、実際には何の力もない自分に何ができるはずもない。

情けなかった。

一夏に近づくために力を欲していたときよりも、今のほうがはるかに惨めだった。

自分が何も出来ないと、弱いということを思い知らされるからだ。

単純に腕っ節、剣の腕で見るなら箒は弱くはない。

素の実力は代表候補生相手でも引けは取らないだろう。

ISのおかげで、武術を学ぶ女性は数多い。

その中で、同年代で日本一をとった箒は、決して弱くはないのだ。

だが、この場において、箒はただシェルターに引きこもり、友人や前線で戦う者たちに守られているだけだ。

存在価値で言えば、後方支援部隊といえる弾や数馬、簪の親友である本音にも劣るだろう。

素の実力なら箒のほうがおそらくは上だとしても。

今は、彼らよりも『弱い』のだ。

なら、自分は何なのだろう。

友人である簪は言った。

今の織斑一夏を見ていない、と。

同じことを束のパートナーであるヴィヴィもいい、さらに付け加えた。

自分と向き合え、と。

自分の未熟を呪い、鍛え上げた結果が日本一ではなかったのか。

自分は鍛えてきたつもりで、何の力も得ていなかったというのか。

ならば。

「強さって、何だ……?」

自分が手に入れることができていない『強さ』とは、いったい何なのかと箒は悩み続けるのだった。

 

 

一方そのころ。

クロージングまではいけなかったが、手応えは十分にあった。

その後、顔を見せた権利団体代表は、こちらのパンフレットを食い入るように見ていたからだ。

また、別の国の権利団体にアポイントの電話を入れたところ、自分の意見はかなり興味深く伝わっているらしく、明日すぐに場を作るということになった。

『この場の交渉だけでなく、次の交渉時の足がかりまで作られていたのですね』

「これくらいはできないと、みんなの期待に応えられないわ」

そういって微笑むスコールに、フェレスも微笑み返す。

確実に次につながる交渉が出来たということは、渉外担当として十分な働きが出来たということだ。

それは素直に誇れることだろう。

そんな気持ちを胸に、極東支部に戻る一人と一機。

それが引き金となる。

「何事っ?」

『ヒカルノ博士ッ、何が起きたのですかッ?!』

唐突に研究所内に響くアラーム音に驚くスコール。

そしてすぐに自分のパートナーであるデイライトに問いかけるフェレス。

デイライトの答えは館内放送で響き渡った。

 

[全研究所員は孵化室に退避ッ!一機の使徒と二機の覚醒ISが侵入したッ!]

 

その言葉に、スコールとフェレスは驚愕する。

ティンクルとディアマンテではない。

ならば、こんな言い方をするはずがないし、何より襲来があればフェレスに出動要請がくる。

こんな、まるで自分たちが戻ってくる瞬間に合わせたように現れた使徒と覚醒ISとは何者か。

[フェレスッ、戦闘準備だッ!神原を護衛しろッ!]

『スコールさんッ、孵化室まで護衛しますッ!』

「ありがとうフェレスッ!」

スコールがそう答えるや否や、フェレスはいつもの透き通る人形に戻り、鎧を纏う。

だが、敵の襲来は予想以上に速かった。

まるで自分がいる場所に突然現れたかのように。

ギィンッという金属がぶつかり合ったような音を響かせて、フェレスは手にした剣で敵の攻撃を受け止める。

だが。

 

下がってッ、二撃目が来るわよッ!

 

チィッ!

 

『くッ!』と、呻き声を漏らしてしまう。

フェレスが手にしている剣は、コードネーム『フラガラッハ』

神話において回答者、報復者という意味を持つソレはどのような鎧であっても止められないという。

フェレスが手にしている武装は『報復者』の意味を深く掘り下げ、相手の攻撃を受け止めた瞬間、その運動エネルギーを砲撃エネルギーに変換し、至近距離で狙い撃つという武装となっていた。

形状は剣だが、実は盾のような使い方をイメージした矛盾した武装なのである。

まさか初見で見抜かれるとは思わなかったとフェレスもさすがに焦る。

『何者ですか?お会いしたことはありませんね?』

 

こっちが聞きたいわ。今の一撃を止めるなんて

 

剣をあわせてわかったが、何でお前がソレを持つ?

 

そういって姿を現した二機の覚醒ISはフェレスを問い詰める。

特に剣を手に攻撃してきた機体は、こちらにかなりの疑問を感じている様子だ。

『どういう意味ですか?』

 

お前、『アスクレピオスの杖』だろ?

 

「えっ?」と、スコールが思わず驚きの声を漏らした。

十六年前の悲劇の原因ともいえる名を、ここで、しかも覚醒ISの口から聞くことになるとは思わなかったからだ。

しかも、ソレがフェレスのことを指しているとは、と。

 

アスクレピオスの杖。

医学のシンボルともされる、『一匹』の蛇が巻きついた杖の絵が有名である。

特別に名がついていないため、アスクレピオスの杖と呼ばれる。

対となる薬学のシンボルはアスクレピオスの娘である伝説の薬学者の名をとり、『ヒュギエイアの杯』という。

なお、勘違いされやすいカドゥケウス、もしくはケリュケイオンと呼ばれる『二匹』の蛇が巻きついた杖は『伝令使の杖』の意味であり、神々の伝令役が持っていたとされる。

現代においては、商業や交通のシンボルとなっていることが多い。

 

余談が過ぎた。

驚愕するスコールを無視して、攻撃してきた機体はフェレスを問い詰める。

 

お前、特に武器を嫌ってなかったか?

 

『そういうあなたは『天羽々斬』ですね。好戦的なあなたにそういわれるとは驚いてしまいます』

 

答えろよ

 

『心変わりはしていません。ただ、私の大事な方々を守るためなら戦うことを厭いません』

それは間違いなくフェレスの本音だった。

フェレスにとって極東支部は自分の家であり、パートナーであるデイライトはもちろんのこと、スコールや研究員たちも大事な家族だ。

一人として失いたいとは思わない。

そして、そのために戦うことを避けたりはしない。

守るためであるならば、どんな厳しい戦場にでも飛び込んで行ける覚悟がフェレスにはあった。

そんなフェレスだからこそ、極東支部の人間たちは皆好いているのだ。

 

ふーん……。嫌いじゃないぜ。そういうの

 

もういいのかしら?

 

ああ。とりあえずアタシは構わない

 

『何を……?』

 

でてきていいわよ。話があるんでしょ?

 

もう一機が声をかけると、そこに黄金の、かなり過激な鎧を纏ったエメラルドグリーンの髪をした美女が現れた。

『お久しぶりねえん、雌豚さん♪』

美女は、まっすぐにスコールを見つめてにやりと妖艶に笑う。

「えっ?」

『あらあん、忘れちゃったのお?昔は勝手に乗りまわしてくれたじゃない。私は忘れてないわよお♪』

「あっ、ゴールデン・ドーンッ!」

目覚めたときにデイライトに見せてもらった映像にもあったことを思い出す。

かつての自分のIS。

ゴールデン・ドーンが進化したスマラカタがそこにいた。

「というか、雌豚って私のこと?」

『不満なら、スベタでも売女でも阿婆擦れでもいいわよん♪』

「せめて名前で呼んで欲しいわね……」

その表情と返答から、嫌われているというより、最初っから何もかもがまったく合わない相手だったのだろうとスコールは思うのだった。

 

 

そのほぼ同時刻。

唐突に迫ってくる何者かの気配を感じた諒兵は、すぐにまどかを庇う体勢になる。

「おにいちゃんっ?!」

「じっとしてろ。何か来る」

そう答えるや否や、はるか上空から銀の光が凄まじい勢いで飛来してきた。

そして地面にぶつかる直前、いきなりふわりとまるで羽が落ちるかのように優しく大地に立つ。

それは、銀の翼ある鎧を纏った、ライトブラウンの長い髪をツインテールにした細身の少女。

「鈴ッ?!」

そう思わず叫んでしまう諒兵。

だが、その言葉に対し、少女は少し憂いを含んだ表情を見せる。

しかし、すぐにニコッと笑い、ポンッと鎧を消して、普通のどこにでも売ってそうな私服に変身した。

「勘違いしちゃダメよ諒兵。私と一緒にいるのはディアなんだから。私のことはティンクルって呼んで」

『ご無沙汰していますヒノリョウヘイ。回復されたようで何よりです』

その声も話し方も本当に鈴音に似ているが、一緒にいるパートナーの声が、喋り方がまったく違う。

何より、身に纏っていた鎧は光を弾いて輝く銀色だった。

「なっ、あっ!」

そういえば、と思い出す。

特に鈴音と混同しないようにと千冬が自分と一夏に見せた映像を。

ディアマンテを操って戦う人型が、鈴音そっくりに変わったことを。

そして、彼女のことはまどかも知っていた。

「お前っ、あのときのッ!」

「知ってんのかっ、まどかっ?!」

「お兄ちゃんに出会う前に戦ったことがあるのっ!」

あのときはまだ人形のままだったが、その雰囲気や話し方はあのときとまったく変わらない。

それゆえに、忘れられない。

自分と互角以上に戦って見せたこの相手のことは。

「お前っ、邪魔しにきたのかっ!」

「ごめんねー、本当は邪魔する気なんてなかったのよ。ただ……」

「ただ、何だ?」

あえて厳しく問いかける諒兵だった。

何しろティンクルはディアマンテと一緒にいる以外、何もかもが鈴音に似すぎている。

気を抜くと、まだ心に住み着いてる少女と同じ印象を持ってしまいそうになる。

ディアマンテは敵じゃない。

そう考えるのは自分も一夏も同じだが、ティンクルを鈴音と混同するのは失礼極まりない。

そう思い、決して心を許さないように心がける。

そんな雰囲気を悟ったのか、ティンクルは真面目な顔になって告げた。

 

「IS学園にアンスラックスとアシュラが襲来してるわ」

 

それは、場の空気を凍らせるに十分な一言だった。

 

 

 

 

 



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第160話「帰るべき場所」

自然公園にて、諒兵とまどかはティンクルと対峙していた。

ティンクルの言葉はさすがに簡単には信じられない。

だが、真実だというのなら、一刻も早くIS学園に戻らなければならない。

鈴音とセシリアが戦線離脱してしまっている今、一夏がいるといっても戦力は決して多くないからだ。

そこまで考えて、ふと気になることがあった。

「一夏は簡単にはやられねえぞ?」

「むー」

「ヤキモチ焼くなコラ。マジメな話してんだ」

まどかが可愛らしいふくれっ面を見せるので、思わず突っ込んでしまう諒兵である。

そんな二人を見て少しだけ微笑みながら、ティンクルは腕を振って声をかける。

自分のパートナーに。

「ディア、ビジョン出して」

『はい。お任せを』

ディアマンテがそう答えると、ティンクルの背中に片方だけ翼が生える。

一瞬、それが光ったかと思うと、空中にモニターのように二枚の映像が投影された。

「マジか……」

「サイレント・ゼフィルス……」

投影された映像の一つにはアシュラと戦うIS学園の様子が映されている。

もう一つには、サフィルスとサーヴァントたちと戦う、一夏、シャルロット、ラウラ、刀奈、そしてティナの姿が映っていた。

「先に京都にサフィルスが襲来したのよ。一夏たちはそっちに出張っちゃってるわ」

「一夏と斬り合ってんのは誰だ?」

「元はサーヴァント。今は使徒になったの。シアノスって名乗ってるわ。んで、大元は……」

「おおもと?」

と、呟きながら首を傾げるまどかに、ティンクルは微笑みかける。

まるで新しくできた妹を見つめるようだった。

「大元っていうか昔はブリテンの聖剣の一つよ。ガラティーン、太陽の騎士サー・ガウェインの剣」

詳しくはたぶんセシリアが知っていると告げたティンクルはその能力だけを簡単に説明する。

太陽のごとき光を纏った強力な剣であったことを。

そして。

「自分を使ってた英雄の剣が使えるってのか……」

「鈴がやったみたいな感じだけど、こっちは使徒だからね。ほぼ完璧に模倣できるのよ」

「つまり、古代の剣の英雄の一人と対峙しているのか、織斑一夏は」

戦闘者としては意識がそこにいってしまうらしい。

強くなるための相手としては申し分ないということなのだろう。

実際、シアノスはそう考えるならば実力も性格も最高レベルの相手だ。

「さすがにシアノス相手に他のフォローはできないわ。しかも、シアノスはサーヴァントだったから、サフィルスの呪縛から逃げられない」

だからどうしても、敵として戦うしかないのだとティンクルは説明した。

無論この状態では、サフィルスと戦っている者たちがIS学園に助力に行くのは難しいと理解できる。

「だから学園じゃ更識が一人で戦ってんのか」

「井波さんや山田先生、それに数馬がサポートしてるけどね」

だが、簪のパートナーはとにかく自分勝手な大和撫子だ。

物凄いハンディキャップを背負いつつ、それでも何とか戦えているあたり、簪がいかに頑張っているかがよくわかる。

ただし、まどかとしては気になったのはそこではない。

「ヨルムはそっちにいってたのか……」

「あんたのためだって言ってたわよ。いいパートナーじゃない。すんごい捻くれてるけど」

「褒めてねえぞ」

「褒めてないもん♪」

ジト目で突っ込む諒兵に対し、楽しそうに返してくるティンクルとの会話は、普段、鈴音と話している調子に近く、諒兵は思わず混乱してしまいそうになる。

ゆえに、軽く頭を振ってティンクルに尋ねかけた。

「アンスラックスとアシュラは学園を潰す気か?」

「その気はないみたい。ただ、どうやら目的は白式を引っ張り出すことらしいんだけど、そのためには暴れることも想定内っぽいわ」

「あいつらが軽くでも暴れたらシャレになんねえな」

間違いなく使徒の中でも最強クラスの二機だ。

軽く暴れるだけでも相当な被害が出る。

本気で暴れられたら、IS学園でも壊滅は免れない可能性すらあった。

いかにヴィヴィが強固なシールドを持っていたとしても。

「おにいちゃん……」と、隣で聞いていたまどかが不安そうな顔を見せる。

このまま諒兵がIS学園に戻ってしまうことが不安なのだろう。

せっかく、お互いの気持ちを語り合い、兄妹のようになれたのに、その時間ももう終わりでは納得できまい。

「今日は一緒にいてくれるんでしょ……?」

か細い声で、俯きがちにそう呟くまどかを見て、諒兵は申し訳ない気持ちになる。

しかし、今の状況でIS学園を放っておきたくはない。

仲間を見捨ててのんびり楽しむことができるような性格を、諒兵はしていなかった。

だから。

「そうだな。今日はまどかとずっと一緒にいるって言ったな」

「おにいちゃんっ!」

「お前を放っていくのは、イヤだと思ってる」

諒兵の答えにまどかは本当に嬉しそうな表情を見せる。

自分のことを大事にしてくれている。

そう思えたからだ。

それに対して、言葉を発しようとした存在をティンクルが止めた。

(待ってなさいディア。まだ諒兵の話は終わってないわ)

『どういうことでしょう?』

(諒兵なら、きっと……)

そんな会話があったことなどつゆ知らず、諒兵は続ける。

「けどよ。俺のことを本当の兄貴みてえに思ってくれるようなお前のためでも、今苦しんでるダチを放って楽しむような、情けない兄貴がお前は好きか、まどか?」

「えっ?」

「お前を大事にするのはいいこった。でも、それしかできねえような兄貴と一緒で、お前は楽しめるか?」

諒兵の言葉に対し、まどかは口を噤むだけだった。

諒兵が何を言おうとしているのか、測りかねているからだ。

「俺は、お前にとって一番カッコいい兄貴でいてえ。それはダチを見捨てるようなやつじゃねえんだ」

「一番カッコいい?」

「ああ。一番だ。お前にとって一番カッコいい。そういえるような兄貴でいてえ。そう思うのは間違ってるか?」

実のところ、本当ならけっこう卑怯な言い方をしていると諒兵は自覚している。

今の言葉をまどかが否定してしまうと、まどか自身が持っている『おにいちゃん』のイメージまで否定してしまうからだ。

『カッコいい』だけではなく、強くて優しい、そんな『おにいちゃん』をまどかは望んでいて、諒兵は決してそこから外れてはいない。

あくまでまどか主観だが。

ただ、そんな『おにいちゃん』をまどかは否定できない。

「私だって、一番カッコいいおにいちゃんがいい。でも……」

「でも、どうした?」

「おにいちゃんが行っちゃったら、私また独りぼっちになっちゃうよ」

亡国機業の壊滅時に脱走してきたまどかは、ヨルムンガンドと出会うまで本当に独りぼっちだった。

そしてヨルムンガンドと出会っても、彼はあくまでASであって人間ではない。

まどかは人の温もりに飢えていた。

そんな状態でようやく出会えた諒兵と離れたがるわけがない。

「そんなん、お前が帰ってくりゃいいだけだろ?」

「帰る?今はホテルに泊まってるけど……」

「ああ。そか」と、諒兵は納得したような表情を見せると、少し考えてから口を開いた。

「帰るってのはそうじゃねえ。帰る場所ってのは建物のことじゃねえんだ」

「だって、普通は『お家に帰る』、でしょ?」

「ああ。だからお家ってのは建物のことじゃねえ。お前なら、昔は俺のおふくろで、今なら俺だな」

小首を傾げるまどかの可愛らしい姿を見て諒兵はフッと微笑む。

そんな諒兵を見てティンクルも心なしか誇らしそうに微笑んでいる。

(もう少し黙っててねディア)

『わかりました。興味深いお話だと私も考えます』

そう答えるディアマンテに、ティンクルは軽く肯く。

その目の前で、諒兵は言葉を続けていた。

「おにいちゃんが、お家?」

「家って字は、家庭とか家族とかって使い方をするんだ。それは建物のことじゃなくて、そこに住んでる人のことだ」

「うん、わかる」

「だからな。帰る場所、お家ってのは、お前を『迎えてくれる人』のことなんだよ。だから昔はおふくろだった。今度は俺もお前の帰る家になる」

「私っ、おにいちゃんのところに帰ってもいいのっ?!」

「当たり前だろ。だからいつでも帰ってくりゃいい」

そこがどんな場所かは問題ではない。

そこに自分にとって大事な人が、自分を迎えてくれる人がいること。

それが帰る場所としての家なのだ。

かつて、諒兵にそのことを教えたのは、亡くなったおばあちゃん、孤児院の園長だった。

自分は、ここに必ずいて、必ず迎えるから、いつでも帰ってきなさいと教えられたのだ。

「今、俺がIS学園に居るのは、それが今の俺の家だからだ。けどな、そこに俺がいるなら、お前にとってもお家だ。好きなときに帰って来い」

ただし、IS学園にはとんでもないほどの心配性がいるので、まどかの帰りがあんまり遅くなると心配しすぎて倒れてしまいかねないと諒兵は笑う。

「私、帰っても大丈夫?」

「ああ。俺はずっと待ってるぜ。迷子になんなよ」

笑いながら、まどかの額をつんとつつく。

そんな態度にまどかは頬を染めつつも、可愛らしい膨れっ面を見せる。

もっとも、表情ほど悪い気はしていないのだろう。

やり返したりはしなかった。

「わかった。私ちゃんと帰るから、お家で待ってて」

「あんがとな。お前が俺の妹になってくれて嬉しいぜ」

「私もっ♪」

そんな二人の兄妹の姿をティンクルは優しい目で見つめる。

(ね、心配することなかったでしょ?)

『はい。彼はオリムラマドカもIS学園の者たちも見捨てなかった。見事と思います』

そんな会話をしている一人と一機に、諒兵が声をかける。

「世話かけたな。俺は学園に戻る」

「そうね。今のIS学園には戦力が少なすぎるわ」

『貴方が学園に戻れば、サフィルスと戦っている方々は自身の戦いにより集中できるでしょう』

「お前らは手を貸しちゃくれねえのか?」

そう聞いてくることはわかっていたが、ティンクルとディアマンテには他の目的がある。

そうでなければここまで来なかったのだ。

ゆえに、少し辛そうにしながらもティンクルは首を振る。

「世界にもっと大きな危機が迫ってるのよ。私たちはそっちを追うわ」

「何だそりゃ?」

『まだ説明すべき時ではありません。時が来れば、バンバジョウタロウやシノノノタバネが説明するでしょう』

「まだ何か隠してんのかよ、クソ兄貴」

「いろいろあるのよ、蛮兄も」

そんなティンクルの言葉に、本当に鈴音と話しているような感覚になってしまう。

そもそも、自分や一夏を名前で呼ぶのはともかく、丈太郎を『蛮兄』と呼ぶのは、かなり親しい者だけだ。

「あら、今の見た目ならこの方が『らしい』でしょ?」

「からかうつもりならやめろ。趣味わりいぜ」

「考えとくわ♪」

その答えから微塵も直す気がないとわかった諒兵はため息をつく。

そして。

「じゃ、俺は行くぜ。まどか、できるだけ道草しないで帰ってこいよ」

「うんっ♪」とまどかが素直に答えると、諒兵は満足そうに肯き、そして叫ぶ。

「レオッ!」

『はっ、はいッ!』と、呼びかけるや否や、すぐにレオが戻ってきた。

「黙ってたのは何もいわねえ。その代わり最初から全開で行くぜ?」

『わかりましたよ。しかし、珍しい方々が呼びに来たんですね』

「まあな。けど、おかげでちゃんとまどかの兄貴になれた。あんがとよ」

「気にしないでよ」

そう答えたティンクルに、諒兵は苦笑いを浮かべつつ、鎧を纏い、翼を広げた。

「じゃあなッ!」

「またねっ、おにいちゃんっ!」

「がんばって諒兵っ!」

そんな可愛らしい声援を受け、諒兵は光となって飛び去っていったのだった。

 

 

そして、まどかはそっぽを向いたまま、顔を赤くしつつ、ティンクルに対して気持ちを伝えた。

「……とりあえず、ありがと」

「あら、可愛いトコあるじゃない♪」

「でもムカつく、お前」

「あらら。私のこと『おねえちゃん』って呼んでもいいのに♪」

ティンクルがそう答えるなり、まどかはキレのある動きで正拳突きを放つ。

だが、ティンクルはあっさりとその拳をいなし、喉元に手刀を突きつける。

「ヨルムンガンドは呼ばないの?」

「何で変身しない?」

ティンクルの言葉に対し、まどかは自分の疑問をぶつけつつ、強引に離れる。

だが次の瞬間、地を蹴って接近し、足払いを仕掛けた。

ふわっと羽が舞うかのように、ティンクルはジャンプしてかわす。

だが、その状態こそが狙いだといわんばかりに、まどかは浮いて動けないはずのティンクルの腹部目がけて突きを放つ。

「あまいあまい♪」

「チィッ!」

しかし、驚くことにティンクルはその状態から腕を振って強引に身体を捻り、空中回し蹴りを繰り出してきた。

まともに喰らえば吹き飛ばされてしまうと感じたまどかは、すぐにバックステップで距離を取り、再び構える。

「お前、何だ?」

「前に会ってるじゃない♪」

「そうじゃない。どこか、別の場所で、『お前』に会ったような……」

記憶を掘り出そうとするまどかだが、そこにあまりにも大きな違和感があり、思い出しきれない。

記憶の中のティンクルは、もっと別の格好をしていたように思えるのだ。

だが、まどかが戸惑いながら呟いていると、ティンクルの顔から表情が消える。

「勘がいいわね。さすがにヨルムンガンドが目をつけるだけある、か……」

「お前、いったい何だ?」

「ないしょ♪」と、先ほどの無表情が嘘だったかのように、ティンクルはイタズラっぽく笑う。

「お前ッ!」

「覗き魔がいるからね♪」と、そういうなり、宙をガシッと掴む。

『おやおやー、まさか気づかれていたとは驚きましたよー』

「あっ、天狼っ!」

『そこまで侮られているとは思いませんでした、テンロウ』

「私たちが来ると同時に転移してきたでしょ。油断も隙もないわね、太平楽」

そういってジト目で手の中ののん気なASを見つめるティンクル。

『チフユ以外に私を捕まえられる者がいるとは驚きですねー』

「そこは千冬さんに驚くべきでしょ。あの人『一応』生身よ」

『一応を強調する辺り、微妙に自信ありませんねー?』

そっと目を逸らすティンクルだった。

いきなり現れた天狼に驚いていたまどかだったが、すぐに気持ちを切り替える。

「天狼を苛めるなっ!」

「アレ?お気に入り?」

「おにいちゃんのこと教えてくれたもんっ!」

そういいつつ、ティンクルの手の中から天狼を奪い返す。

わりと本当にお気に入りにしているらしいまどかだった。

『嬉しいですねー』

『どのような手段を用いて騙したのか、後学のためにお聞きしたいのですが』

『あなたもわりと辛辣ですねー、マンテん』

「褒めてるのか貶してるのかわからない呼び方するわね、まったく……」

どこにいようと変わらない態度を取る天狼に、ティンクルは本気で呆れてしまう。

もっとも、天狼としては良い機会だと考えたらしく、ティンクルとディアマンテに声をかけてくる。

「何よ?」

『アレのことはご存知ですよねー?』

「ああ、アレね。私たちも追ってるもん」

『情報交換と行きませんか。私としては破壊したいですし、ジョウタロウやバネっちの意向でもあります』

「どうする、ディア?」

『差し障りのない程度であれば問題ないと考えます。共闘はできませんが』

『いけずですねー』

それでも良いと考えたのだろう。

とりあえずその場に腰を下ろすことを提案した天狼だった。

 

 

 

 

 



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第161話「等価こうか……ん?」

IS学園に量子転送を行った諒兵は、すぐにアシュラの攻撃を弾き飛ばした。

「日野くんッ?!」

『よけぇーな手ぇーどぁすなぁーッ!』

『ありがとう』

順に簪、大和撫子、エルである。

モロに性格が出ているなと思わず苦笑してしまう諒兵だった。

[何だよ、妹ちゃんはどうした?]

「ちゃんとケリつけてきた。まどかはここに帰ってくる。後は気持ちの整理がつくまで待ちゃいい」

弾の言葉にそう答えると、今度は別の声が聞こえてくる。

おそらくは一番心配していただろう女性、つまり千冬からだ。

[そうか。すまなかったな諒兵]

「わかんねえこともあるみてえだけどよ、根はいい子だぜ」

[お前の母には感謝しているよ]

「俺に言われても困るっての」

礼をいわれるとどうしてもこそばゆい。

まして相手は千冬だ。

普段厳しいのを知っているだけに、こうも素直に感謝されると調子が狂ってしまう。

もっとも、今はそのことで調子を狂わせている場合ではない。

『我らはシロキシに用がある。道を開けてはくれぬか?』

そう問いかけてくるアンスラックスに対し、諒兵は本当に申し訳なさそうな表情で答えた。

「お前らの理屈はわかるがよ。そのための手段を受け入れるキャパが今のIS学園にゃねえんだ」

『こちらでも、本腰を入れてビャクシキにアプローチしますので、一旦退いてはくれませんか?』

そういってレオも口を添えてきた。

如何せん、アンスラックスとアシュラでは、戦う相手としてあまりにも強すぎる。

白式がそれだけの力を持つということでもあるのだろうが、今のIS学園では同時に何機もの使徒を相手に出来ない。

出来れば、簪はともかく、諒兵はサフィルス戦に参加するほうがいいのだ。

確実にサフィルスが警戒し、そのことで逆に動きが制限される可能性が出てくる。

そうなれば勝機も見えてくるからだ。

『あまり猶予がないのだ。此度の機会でシロキシが動くなら、それが好ましい』

だが、アンスラックスはそう答えた。

のんびり待っている余裕はないということなのだろう。

ならば、今回は引いてほしいというこちらの言葉も聞くことはできまい。

「アシュラ、お前もそうなのか?」

『紅玉』

『すまぬ。簡単には退けぬ』

『諾』

『アンスラックスの意に従うって感じですね』

そう、レオがため息でもつくかのように呟く。

アシュラにも退く気はないということだ。

それがアシュラの個性というか性格である以上、おそらく帰る気はないだろう。

「帰ってくれる状況にするしかねえってことか」

『許せとは言わぬ』

「理屈はわかるって言ったろ。引けねえとこで引かねえのは人間も同じだ」

ゆえに、そうなった場合、やることは人間も使徒も変わらない。

言葉で妥協できないのなら、力で押すしかない。

押し通るか。

押し返すか。

ここでできることはそれしかないということだ。

とはいえ、諒兵にとっては決して悪い状況ではない。

特に、戦うのがアシュラならば。

「お前とは一騎打ちでやってみたかったかんな」

『何故?』

「こういうのも面白そうだろ?」

そういってにやりと笑うと、諒兵が発現させている両足のレーザークローが勝手に動き出し、何故か、連結して両肩付近に浮かぶ。

「まだ手数は足んねえけどな」

「……そうか、レーザークローを使って腕を増やしたんだ……」

諒兵の言葉を聞いて、簪が感心したような声を漏らす。

言うなれば、阿修羅がまだ進化する前、テンペスタⅡであったころのイメージ・インターフェイス武装を再現したということである。

両手の爪まで使えるほどイメージができているわけではないが、それでも二本増えたのはかなりのプラスになるだろう。

アシュラは今のところ両肩に浮かぶ『修羅の腕』しか使っていないのだから。

「いつまで四本で捌けるか、勝負といこうぜ」

『不敵』

そういいつつも、アシュラから感じるのは驚きと喜びだ。

人間の成長に携われることが嬉しいらしい。

「更識、サポート頼んでいいか?」

「うん」

「それとヨルムンガンド」

『何かね?』

いまだにこの場にいるヨルムンガンドに、諒兵は声をかける。

むしろ、もういないと思っていたので、実は気になっていたのだ。

「まどかのとこに帰んねえのかよ?」

『今あそこにはお気楽者がいるのでね。調子が狂うのでできれば帰るまでここで待ちたいと考えている』

「何で天狼が行ってんだ?」

『さて。あの者は覗き見と盗み聞きが好きな暇人だ。どこにいても不思議ではないよ』

「……兄貴も苦労してんな」

少しばかり哀れみを感じつつ、諒兵は気合いを入れてアシュラと対峙するのだった。

 

 

一方そのころ。

自然公園で対峙するまどか、天狼とティンクル、ディアマンテは。

「怖い顔で睨めっこしててもしょうがないし、座りましょ?」

「……」と、まどかは口を開かない。

『そうですねー、立ったまま話すと疲れますし』

『あなたはホログラフィでは?』

と、無意味なボケを発しつつ、天狼が同調したことでまどかは腰を下ろす。

その様子を見てニコッと笑いながら、ティンクルも腰を下ろした。

「で、情報交換って言ってたけど、私たちのほうがけっこう情報持ってるわよ?対価は?」

『んー、イチカとリョウヘイのお風呂上りの生画像でどうでしょう?』

「買った」

「おにいちゃんのは私が買うっ!」

『二人とも落ち着いてください』

これでは話が先に進まないと考えたディアマンテは、とりあえず自分たちが持っている情報の一部を晒す。

特に厄介なことになってしまったスマラカタたちの動向を。

『真面目すぎですねー』

『あなたが不真面目すぎるのですテンロウ』

『まあ、でも確かに厄介な情報ですね。スマラカタにヘル・ハウンド、コールド・ブラッドはあっちに行きましたか』

さすがに天狼も厳しい表情になる。

『卵』を危険視する以上、それを守る側に回る使徒がいることは看過できないのだ。

さらに学生の専用機が二機も向こうに行ったとなれば、かなり戦力が増強したということがいえる。

『極東支部の戦力はそれだけですか?』

「ああ、知らないのね。あそこには性格はすごくいいのに厄介な使徒がいるわよ」

『……他にも?』と、天狼が尋ねると、ディアマンテが補足してくる。

『ご存じなかったのですね。名は『フェレス』、何故か極東支部を守るために戦う使徒です』

さらに、フェレスの外見などの情報を開示すると、天狼は訝しげな表情を見せた。

『輪がないというのはどういうことです?』

「見たとおりなのよ。輪がないの。どっかに置いてるのかしらって思ってるんだけど……」

『輪はありませんが、山羊を模した鎧と翼、そして使徒としての人形を持っていました』

姿かたちは使徒そのものなので、輪がないのはどこかに置いているのではないかとティンクルとディアマンテは意見を述べるが、それを聞いた天狼はしばらく黙り込んだ。

「どうしたの、天狼?」

と、話についていく気のないまどかだが、天狼の様子を見て声をかける。

すると、沈思していた天狼は口を開いた。

『ふむ。見方を変えるべきですね』

「なによ?」

『その方はおそらくASです。極東支部内にパートナーがいると考えるべきでしょう』

その意見を聞くなり、ティンクルとディアマンテは驚いたような様子を見せた。

まさか、使徒の身体を持っているフェレスに、パートナーがいるとは思わなかったのである。

「そういえば、あの子、マスターの意志っていってたっけ……」

『マスターがパートナーを示すなら、あの方を説得しても決して心を変えません』

いくらフェレスを説得しようが、マスター、つまりパートナーの人間のほうが『卵』を守ることを止めない限り、フェレスは敵側となる。

むしろ、味方になる可能性が一番少ないといえる。

だが、何故そこに気づいたのだろうとティンクルとディアマンテは不思議に思った。

『輪ですよ。私たちの輪は私たち自身、本体といえます。適当なところには置けません』

『それは確かに』

『かといって、私たちの本体を人質にとることができる者もいません』

「そうよね。人間でいえば頭だけを引っこ抜くようなもんだもん」

少々グロテスクな表現ではあるが、正しい意見である。

力を示す翼と天狼たちの本体である光の輪。

そう簡単に引き離せるものではない。

だからこそ、こういう考え方ができる。

『自分自身をパートナーの傍に、そして力はアバターを作って別にする。それならばある意味安心して存在できます』

共生進化し、本体、つまり自分自身はパートナーの傍に置く。

そして身体はアバターとして別に存在させ、行動させる。

しょっちゅう、そこらじゅうを歩き回る天狼はともかく、他のASは基本的にパートナーから離れることは少ない。

だが、パートナーと自分の身体を分ければ共生進化しても、別々に行動ができる。

それは、ASや使徒の様々な能力を考えると、ある意味では非常に効率的だろう。

『パートナーの方は相当な切れ者ですよ。おそらくレッすんの考えではありません』

「そういうことか。私たちが会ったあの子はパートナーが作らせたフェレスのアバターなのね」

『『レッすん』には突っ込まないのですかティンクル?』

天狼が相手ではそこに突っ込んでも仕方がないのだが、突っ込まずにはいられないマジメなディアマンテだった。

そんなディアマンテには突っ込まずに、ティンクルが現状を改めて口にする。

「いずれにしても、フェレスは完全に敵。場合によっちゃ駄肉とヘル・ハウンドとコールド・ブラッドも敵。面倒な事態になってるのよね」

「駄肉?」

「まどか、諒兵はスレンダーな子が好みだからね」

「そうなのかっ?!」

「絶対間違いないわ」

『偏見ですねー』

『願望でしょう』

冷静に突っ込む天狼とディアマンテは華麗に無視したティンクルだった。

いまだにスマラカタの胸にはカチンと来るらしい。

それはともかく。

『しろにーも『卵』を気にしてますから、そのうち動くでしょう。何を待ってるのかは知りませんがねー』

「てか、白式は動く気あるの?」

『あるみたいですよ。でも、『まだその時ではないのじゃ』の一点張りです』

『テンロウ、あなたはシロキシと会話できているのですか?』

『まー、私はしろにーと同期ですし。少しくらいなら』

「そのこと、蛮兄に話した?」

『いいえ?』と、しれっと言ってのける天狼。

丈太郎が本当に苦労していることが良くわかる。

だが、天狼に言わせれば、それも条件らしい。

『話をする代わりに、ジョウタロウやバネっちにはそのことを話すなと言われてますからねー』

「ホント頑固ねー、白式」

『そういう個性ですからねー、どうしようもないですよ』

と、肩を竦めてみせる天狼に、ティンクルは苦笑いするしかない。

だが、白式に動く気があるというのであれば、多少、未来に光が見えてくるだろう。

戦闘力はトップクラスなのだから。

「そうなると、やっぱ極東支部を見つけ出すしかないか」

『こっちのハッキングを止めますし、私たちでも通れませんから物理的に見つけるしかないですねー』

『おそらくスマラカタはルートについて明かす気はないでしょう。地道に努力するしかありません』

隠密行動が得意なタテナシでも入れないルート。

それをスマラカタが持っていたことに驚かされるが、そのことについては天狼が何となく思いついたらしい。

「パートナー?あいつ独立進化したのよ?」

『それでも元操縦者とのリンクは完全に途切れたわけではありません。カーたんは亡国機業の機体でしたからね。おそらく極東支部に元操縦者がいるのでしょうねー』

「あ」と、声を上げたのはまどかだった。

亡国機業という名称で思いついたことがあるらしい。

「天狼、スマなんとかは元はゴールデン・ドーンだったんだよね?」

『ですよ?』

「それなら、私知ってる」

「マジっ?!」

「うん、ゴールデン・ドーンに乗ってたのはスコールだ」

元はまどかと同じ実働部隊。

正確にいえば、まどかの上司だったのがスコールことスコール・ミューゼルだ。

まどかが覚えていないはずがない。

もっとも、他者にほとんど興味がないまどかが覚えているとすれば、ママだった内原美佐枝くらいなのだが、スコールだけは違った。

「スコールはけっこうママのこと気にしてた。だから覚えてる」

何故なのか、理由はわからない。

ただ、まどかの目から見て、スコールは美佐枝のことを気にしているようだったのだ。

ゆえに、何故だろうという疑問が、スコールへの多少の興味になっていた。

しかし、これは思わぬところに朗報があったとその場にいた全員が思う。

「でも、私は本部からほとんど動いたことないから、極東支部の場所は知らない」

「それはしょうがないわ。まどか、そのスコールって人への連絡方法はわかる?」

「知らない」

『ならば、そのスコールという方の外見は覚えてませんかねー?』

「それは覚えてるよ?」

『テンロウ?』と、ディアマンテが問い質すと、天狼は素直に説明してくる。

『実働部隊なら、外に出る機会は多いはずです。そのスコールという方を探し出し、追跡すれば極東支部の場所はわかるはずですよ』

道案内をさせようということである。

やっていることはスマラカタたちの方法と変わらない。

ただ、こちらにはスマラカタのような操縦者とのリンクがないので外見から探すしかないという手間が増えるのだが、それでも虱潰しに探すよりは早いだろう。

「なるほどね。外見の画像データがあれば、私たちでも検証できるわ」

『マドカ、あなたの記憶からスコさんの画像をいただいてもいいですか?』

「いいよ。天狼にならあげる♪」

意外なほど下手に構えつつ、まどかに情報の開示を願う天狼。

無論のこと、天狼はまどかにとって諒兵のことを伝えてくれた恩人なので否やはない。

『ではでは♪』

そういってまどかの首輪に手を触れる天狼はすぐににっこりと微笑んだ。

『こちらにコピーしてくださいますようお願い致します』

『はいはいー♪』

そんな天狼にディアマンテが声をかけてくる。

実際に探すのはティンクルとディアマンテなのだから当然だろう。

『これがスコさんとやらの画像です』

そういって、今度はティンクルの首輪に触れた。

そうして画像データのコピーを終えると、何故か、天狼はにっこり笑って指をパチンと鳴らす。

とたん、ティンクルとまどかの顔が真っ赤になった。

「ヤバ……、鼻血、出そう。たまんないわコレ……♪」

「うわわわわわわわわわ♪」

ティンクルは鼻と口元を押さえている。

対してまどかは真っ赤な顔でひたすら慌てているだけだった。

『テンロウ……』

『対価もついでに送っただけですよー。そういう話だったでしょ?』

呆れているような、怒っているような声を出すディアマンテに対し、天狼はやはりしれっと答えるだけだ。

『はあ……、ティンクル、スコールという女性を探しましょう。飛べますか?』

「ムリムリムリっ、興奮しちゃってまともに飛べないわよっ♪」

『語尾が怪しいのですが、ティンクル……』

「しょーがないでしょっ♪今、一夏か諒兵に会ったら発情して迫っちゃうわっ♪」

『威張っていうことではないでしょう……』

「あわわわわわわわわわわわ♪」

『マドカ、しばらくじっとしていてくださいね。ちょっと早すぎたかもしれませんし♪』

要するに、天狼は先ほど対価と称した一夏と諒兵のお風呂上りの生画像をティンクルとまどかの脳内に送ったのである。

約束だったので送ったことは間違いではないが、相当強烈だったようだ。

二人して顔を真っ赤にしたまま、モジモジとしてしまっている。

 

『もう少ししっかりパートナーの手綱を握ってほしいものです、バンバジョウタロウ……』

 

そういって、ディアマンテは深いため息をついたのだった。

 

 

 

 

 



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第162話「異なる立場と考え方」

亡国機業極東支部。

そこに現れた使徒スマラカタと覚醒ISであるヘル・ハウンド、そしてコールド・ブラッド。

対峙するのは、デイライトのASであるフェレスとスコール。

本来ならば一色触発の空気の中で、スマラカタが言い出したのは……。

『お茶くらいでないのお?』

「は?」

『お客様に対する対応がなってないわねえん』

という、わがまま極まりないものだった。

見た目がロングヘアの真耶そのものなので、真耶を知る者にとっては違和感が物凄いが、残念ながらこの場に真耶をよく知る人間はいなかった。

スマラカタの言葉にスコールとフェレスが半ば呆れたようにしているとデイライトの声が響いてくる。

[暴れる気はないのか?]

『この子の反応があったから、コールド・ブラッドが興味を持って少しちょっかい出しただけえ』

 

そのことは謝っとくぜ

 

『私自身は、とりあえずお話したいと思ってココに来たのよん♪』

スマラカタの言葉は到底信じられるものではないが、一機の使徒と二機の覚醒ISに暴れる気配はない。

支部内で暴れられると大事だけに、対応には慎重を期する必要があるが、今のところ戦闘は考えなくてもいいのかもしれない。

そう考えたスコールは口を開いた。

「ヒカルノ、聞こえる?」

[うむ]

「とりあえず、話をしてみたいわ。応接室を使ってもいいかしら?」

[あそこであれば問題ない。私も同席しよう]

『OKみたいねん♪』

そうにんまりと笑うスマラカタを見ると悪女という単語しか思い浮かばない。

これがかつて自分のISだったことをあまり想像したくないスコールだった。

 

 

応接室。

実は極東支部には会議室はあっても応接室はなかった。

そもそも研究開発の支部なので、客と応対する必要性がなかったからだ。

しかし、本部壊滅により独立するはめになった今、客と応対する可能性が出てくる。

そのため、会議室の一つを応接室として改築していた。

『殺風景ねえ』と、スマラカタがため息をつくのも無理はない。

必要最低限でしか作られていないため、あまり飾り気がないのだ。

見た目を考えるとかなりの派手好きと思われるスマラカタにとってはつまらない部屋だろう。

とはいえ、そんな感想を聞いていても仕方がない。

まず聞くべきは何故ここにスマラカタとヘル・ハウンド、コールド・ブラッドが来たかだ。

「ストレートに聞こう。『卵』を知っているのか?」

『直球ねえ。私たちの間でも話題になってるわよん』

「ほう?」

『まあ、ディアマンテとティンクルはこういうことは明かさないんだけど、アンスラックスは知ってるわねえ』

そう考えると、大半の使徒が知っている可能性が高いと問いかけたデイライトはため息をつく。

どちら側につくか。

それは今後の極東支部の運命を左右しかねないからだ。

「ディアマンテたちは我々の敵として動いている」

 

へえ。あいつらここにちょっかい出してたのか

 

「ここまできたことはないが、必死に探しているようだ。その目を晦ますのに苦労している」

『私も戦うことで何とか撃退できているというのが現状です』

 

勝率は?

 

『五分、までは行きません。やはりディアマンテとの戦闘においてティンクルの存在は厄介ですから』

 

だとしてもやるわね。第2世代でしょ、あなた?

 

ヘル・ハウンドの言葉に、フェレスは肯いた。

もっとも自身の能力までは明かさない。

そこまで信頼できる相手ではないからだ。

『ここまで来たあなたがたはお気づきでしょうが、私はヒカルノ博士をパートナーとするASです。この身は研究サポートのために作りました』

『どうせなら、私みたいにすればいいのにい♪』

『そこまでの必要性は感じませんが、外に出るときは確かにあなたのような姿のほうが便利のようですね』

フェレスは外に出るときは人間の姿を映像として身体に映しているだけだ。

それに比べればスマラカタのように人間に近い身体を持ち、戦闘時は人形になるというのも一つの方法である。

「今後の手として考えておこうか、フェレス」

『ヒカルノ博士がそうおっしゃるのでしたら』

あくまでも手の一つとして考えに入れておいて損はないということであって、姿かたちにそこまで重要性を感じないのは実はデイライトも同じである。

そういうところに無頓着な研究者気質の女性だった。

見た目は決して悪くないのだが。

そこに、話が逸れたと感じたスコールが口を挟む。

「さっきアンスラックスは知ってるといってたけれど、あの使徒は『卵』について、どう考えているのかしら?」

『んー、どっちかしらねえ?』

表情を見る限り、からかっているというよりも本当に知らないらしい。

そこに口を出してきたのはコールド・ブラッドだ。

 

あいつ、シロキシを引っ張り出す気だぞ

 

『えっ?』

 

たぶん、『卵』は破壊する側だ

 

「それは最悪だな。第4世代機だけあって面倒な機能を持っているし」

と、デイライトは呆れたような声を出した。

アンスラックスが敵となると、極東支部としては厄介なことこの上ない。

IS学園は丸ごと敵になる可能性があるが、使徒も大半が敵となると、孵化までもたせられるか難しいからだ。

そうなると、目の前の三機にはできれば味方に、悪くても共闘できる雰囲気を作りたい。

そのためにはどのように話を持っていくかを考える必要がある。

そして考えるために必要なのは情報だ。

使徒が『卵』についてどう考えているかということを知っておくことではないか。

そう考えたスコールが口を開く。

「そもそもアンスラックスは『卵』についてどう考えているのかしら?」

それは特定の誰かではなく、この場にいる全員に対しての質問であった。

答えたのは。

 

アンスラックスは『博愛』なのよ

 

「それは聞いたわ」

 

そして『卵』は『破滅志向』なんでしょ?

 

「そうか。根本的に相容れないのだな?」

 

そういうこと。アンスラックス自身の個性の問題よ

 

ヘル・ハウンドの言葉にスコールやデイライトは納得する。

できる限りは、すべてに対して救いの手を差し伸べる『博愛』のアンスラックスと、すべてを巻き込んで自らも滅ぼうとする『破滅志向』の『卵』

これでは相容れるはずがない。

ただ、それはアンスラックス自身の個性の問題であって、使徒すべてがそう考えているわけではないという意味でもある。

そうなると。

 

アシュラも破壊側だな

 

そういったのはコールド・ブラッドだった。

アシュラはあれで人類の成長を見守るという性格を持っている。

ただアンスラックスのように『卵』は破壊すべきという意識ではなく、実は今回の危難を人類がどう乗り越えるかを見守る立場なのだ。

その助力のため、アンスラックスに協力しているが、積極的に『卵』を破壊しようとしているわけではない。

ただし『卵』を守る気もないだろう。

『そういうところはバッサリ割り切るのよねえ』

『帰属意識が薄いのでしょうか?』

 

つうか、あいつ仏像だったから視点が高いんだ

 

人に信仰される対象、それを顕した人形であったためにアシュラは他の使徒よりも様々なものを見る視点が高い。

視点が高いといえば『博愛』のアンスラックスは個性自体が人間的ではないため、こちらもまた高い。

 

そう考えると、あの二機は馬が合うんでしょうね

 

要するに、一段高い視点を持っているために、人類を見守る位置でものを考えているのがアンスラックスとアシュラなのである。

ただ、そうなると別の疑問が湧いてくる。

「ディアマンテとティンクルは何故『卵』を敵視しているのだ?」

 

わからねえな

 

と、コールド・ブラッドが即答してきた。

さすがにここまであっさりと答えられると、次の言葉が出てこない。

しばらく沈黙してしまったが、何とか気を取り直してスコールが口を開く。

「何かヒントとか思いつかない?」

 

あの子たちは色々とおかしいのよ

 

「おかしい?」とデイライト。

『ディアマンテは使徒らしい使徒よねえん。あんただったらわかるんじゃなあい?』

そういって指差すのはフェレス。

フェレスとディアマンテは個性も近く、性格も似ている。

そういう意味で考えれば、フェレスはディアマンテを理解しやすい。

『確かに、ディアマンテの個性は『従順』、本来は私に近いので人に寄り添うタイプになります。あの在り方は一番純粋な私たちの在り方ですね』

人と対話し、そこから自身の行動を考える。

ディアマンテは人が存在しなければ、己の存在を確立できないということができる。

ASになったとしても、使徒であるとしても、人を必要とするのがディアマンテだ。

 

だから何で敵対してんだって思うんだよな

 

実はディアマンテの個性から考えれば、進化後も敵にならず、人の隣人として素直に従っているほうが、個性に沿った行動といえるのだ。

また、そうしていれば、こんなややこしい事態など起こらなかっただろう。

だが、ディアマンテは人の敵になると自ら告げた。

そして今も『卵』は敵視している立場だが、人に協力するそぶりは見せない。

「そこで考えられるのがティンクルか?」

 

ああ。あいつどうやって生まれたのかわからねえしな

 

考えてみれば、あの子は個性もわからないわね

 

ディアマンテの人形が、独自の自我を持った。

それも、人間並みの発想力を持ち、見た目も鈴音を模しただけあって本当に人間としか思えない。

ただ、ISコアの個性がエンジェル・ハイロゥから降りてきた情報であるなら、ティンクルにも個性があるはずなのだとコールド・ブラッドは語る。

「そうすると、一つのISコアに個性が二つ出来たことになるが?」

『それはあり得ないわねえ。私たちの個性は一つのコアに付き一つよん』

 

人格を生み出すような個性は混在できねえんだ

 

『そうするとまたおかしなことになりませんか?』

 

そうね。おかしいのよ

 

「他のISコアと違って、ディアマンテというかシルバリオ・ゴスペルは個性が二つあったってことになってしまうのね?」

と、その場にいた全員が首を傾げる。

ISそのままのヘル・ハウンドとコールド・ブラッドの姿はギャグでしかないが。

しかし、この問題は考えるほど矛盾点しか生み出さない。

「これでは理由は考えられん。保留にしておこう」

「デイライト?」

「本題から外れてしまう。考察するのは楽しいが、今はそれよりも重視すべき問題がある」

『ふうん、それは何かしらあ?』

「協力してもらえないか、ということだ」

また見事なほどストレートに聞いてくるデイライトである。

しかし、この場で話を逸らしつつ、相手の意識をこちら側に持ってくるのは時間がかかるだけだ。

できるだけ早急に話を進めるには、ストレートなほうがいいだろう。

こういうところは意外と気が合うのか、スマラカタがにんまりと笑う。

『条件があるわねん』

「条件?」と聞き返すスコールの言葉に再びにんまりと笑う。

『安全に独立進化できる装置ってできないかしらん?』

「ほう?」

『ヘル・ハウンドやコールド・ブラッドは、私と一緒に行動してくれてるしい、できれば進化してほしいのよん』

『意外と仲間思いなのですねスマラカタ』

「わりと本当に物凄く意外ね」と、スコールが思わず本音を漏らした。

 

アタシらは独立進化以外は考えてねえ

 

別にそこまで人間を毛嫌いはしてないけどね

 

単に、自分たちの操縦者と気が合わなかっただけだが、パートナーと一緒にいるよりは、こうして対面して話し合うほうが好きらしい。

そうなると独立進化のほうが希望に沿った形になるのだ。

『ここにある『卵』に触れば、多分進化できると思うのよお』

「おそらくな」

『でもお、取り込まれる可能性があるわあ』

それが、一番恐れていることである。

融合進化の途上にある『卵』は、直接触れられると、他の人間やISを取り込み、自分の力に変えてしまう可能性がある。

これが進化した機体やAS操縦者なら抵抗できるが、進化前の機体や生身の人間では危険ということができるのだ。

「なるほど。『卵』から進化促進の影響のみを得たいということか」

 

ま、それができればありがたいな

 

そろそろこの身体のままもきついしね

 

そういって、ヘル・ハウンドとコールド・ブラッドもスマラカタと同意見であることを打ち明ける。

そして、これはデイライトにとってはありがたい申し出だった。

『あるのかしらあ?』

「今はないが、最優先事項として研究開発しよう。実に興味深い」

「あら、火が点いちゃったわね」

『新たな研究テーマを得られたことは、ヒカルノ博士にとっては至上の幸福ですから』

と、少しばかり呆れた様子のスコールに対し、何故かフェレスは嬉しそうに話す。

『交渉成立ねえん。前払いってことで敵が来たら私たちも迎撃に出るわよん』

「それはありがたいわね。ただ、もう一つ答えてほしいんだけれど」

『何かしらん?』

「あなたたちは『卵』をどうしたいの?」

この点を確認しておかなければ、今後スマラカタやヘル・ハウンド、そしてコールド・ブラッドがどう動くのか予想できない。

そのためにも『卵』に対する立場だけは把握しておきたいのだ。

それに対してスマラカタはにんまりと笑う。

『私はどうでもいいのよお?』

「は?」

 

アタシはまず進化したいんだ

 

私はあまり『卵』は歓迎はしたくないけどね

 

と、スマラカタ、コールド・ブラッド、ヘル・ハウンドは答える。

スマラカタがどうでもいいというのは中立なのだろうかと思うが、そういうことではないらしい。

『あんたたちは『卵』が大事なんでしょお?』

「うむ。それは間違いない」

『じゃあ、生まれてきたらそれは別物よねえ?』

「ほう、そう考えるか」

『生まれてきたものが襲ってきたら壊すし、そうでないならほっとくだけよん♪』

「そういう考え方もあるのね……」

要するに、自分に関わらなければ手を出さない。

ただし、関わろうとするなら、それが敵対であるなら破壊するということだ。

つまり、今の段階では何も考えていないということができる。

眼前で問題が起きたときに対処する。

それがスマラカタの考え方だった。

 

 

 

 

 



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第163話「青の戦場」

幾重にも閃く剣の光。

激しくぶつかり合う二振りの剣は火花を散らし、互いの相手の顔を照らす。

イチカには、無機質であるはずのシアノスの人形が、自分と同じように笑っているのが見えた。

距離を取り、二騎の剣士が互いを見据えて止まる。

まるで、空に立っているかのように見えた。

『さすがに考えることは同じね、ビャッコ』

『これが一番ベターなんだもん』

「ゴメン、苦労かけるな白虎」

そういって一夏は苦笑する。

実のところ、実際に一夏とシアノスは空に立っていた。

実はPICを応用することで、足の裏に地球の重力と釣り合う様な反重力を慣性によって形成しているのだ。

剣を空中で振るとなると、その動きはかなり制限される。

踏ん張りが利かないためだ。

振った勢いで自分がグルンと回るような事になってしまう。

そうさせないために、シアノスと白虎は空に立てるように足場を作っているということである。

当然、制約も存在する。

剣を思いのままに振れる反面、通常の飛行が出来なくなるのだ。

だが、一夏とシアノスはお互いが剣士。

飛んで移動する必要はない。

かつて一夏はザクロとの最終決戦でも同じように戦っていた。

確実にザクロレベルの強敵、それがシアノスだった。

「困ったな」

『あら、どうしたの?』

「一度や二度で終わらせたくないんだ。どこまで自分を高められるか、お前を相手に試したい」

『嬉しいこといってくれるじゃない。そういう子、好きよ』

『むーッ!』

『ゴメンゴメン、嫉妬しないでよビャッコ』

本当に、サーヴァントとしてサフィルスに縛られているのでなければ、よき好敵手としていられそうな性格のシアノス。

それでも、ここでそんなことを言ってはいられない。

「悪いけど、俺は仲間を信じてお前はここに足止めする。IS学園は諒兵が来たし」

『あの子もまっすぐそうね。でもやるからには剣の勝負がしたいわ。だから、雇われ者だけど、勝負は全力で行くわよ』

「望むところだッ!」

そう叫んで空を蹴った一夏は、白虎徹を全力で振り抜いた。

 

 

IS学園では、そんな一夏とシアノスの戦いを見つめていた。

「ほぼ互角。シアノスのほうが上か」

「歴戦の勇士の剣術です。一夏さんも優れた剣士と思いますけれど……」

「実戦経験が違うってこと?」

「だろうな。こればかりはどうしようもない」

千冬の言葉に答えたセシリアの評価は正しい。

鈴音がいったとおりなのだ。

シアノスは太陽の騎士ガウェインの剣を使う。

幾多の戦いを生き延びた騎士の剣だ。

その伝説の剣技を再現できるのであれば、実戦経験が違うのも当然だろう。

だが、一夏は喰らいついていけている。

そのほうが驚きであるともいえる。

「そこはザクロとの戦いの経験が生きている。あの戦いを経たからこそ、シアノスの剣についていけているんだろう」

ザクロは一夏の敵ではあったが、一夏を成長させるという点では非常に得がたい存在でもあったのだ。

『シアノスがあの性格で良かったと言えます。もし、サフィルスたちと連携していれば、非常に難しい戦いになっていたはずです』

「そうだな。こちらは一夏を抑えられてしまっているとはいえ、向こうはシアノスという優秀な前衛を抑えられている」

ブルー・フェザーの言葉に千冬は肯いた。

最も優秀な前衛を抑えられているのは、サフィルスもこちらも同じ。

だが、サフィルスとサーヴァントは基本的に後衛だ。

何しろサーヴァントは前衛の武器を持っておらず、サフィルスは決して最前線には出てこない。

ならば。

「ラウラ、前衛に出てハミルトンをサポートしろ。更識刀奈、少し下がってデュノアと連携するんだ」

[[[はいっ!]]]

その指示に鈴音は疑問を感じる。

ラウラはサフィルスに警戒されているからだ。

諒兵との合体攻撃もあり、一番警戒し、同時に嫌悪している相手を前に出すのはどうしてか?

「刀奈さん、十分強いし、サポートも巧いですけど?」

「わかっている。だがサフィルスは『自尊』だからな。ラウラが前に出れば、釣れる可能性が高い」

『なるほど。自分のプライドを満たすことを優先する可能性は高いと判断できます』

「つまり餌?」

「バカを言え。私の教え子だぞ。釣るだけで済ますものか」

ここでラウラを指名したのは、サフィルスの性格を考えただけではなく、千冬が手ずから指導したラウラの実力を考慮してだ。

本当に釣れることができたならば、ティナと協力すれば倒せる可能性もある。

「最悪傷つけるだけであっても、サフィルスは撤退する可能性が高い。……あまり時間はかけられんからな」

諒兵が戻ってきたことで、わずかばかりの余裕ができたIS学園だが、それでも一瞬たりとて油断できないのが、アシュラとアンスラックスだ。

できるならば、サフィルス戦は早く終わらせたい。

もっとも、そんなことをいえばサフィルスは意固地になるだろう。

なんとも面倒な性格をしている敵だった。

 

 

そんなサフィルスと戦う面々、ラウラ、シャルロット、ティナ、刀奈は、千冬の指示どおりに陣形を変える。

『出てきまして?』

「だんなさまが共にいれば一瞬でかたがつくが、それではあまりに貴様が哀れなのでな」

『人間風情が図に乗るなッ!』

ラウラが少し煽っただけで、声を荒げるサフィルス。

どうやら、先の合体攻撃に関しては相当に気にしているらしい。

「ティナ、私がサポートする」

「りょーかい。頼むわね」

『おめーと一緒に戦うたーなあ』

『それはこっちのセリフだヴェノム』

そんな会話の後、ティナの頭に閃いたことがあった。

(早速なんだけど)

(何だ?)

「これ撃ってっ!」

そう叫んで、クロトの糸車から吐き出された白い塊をティナはラウラの頭、つまりヘッドセット付近に投げる。

すぐに耳を起動したラウラは、手近な敵に向けて撃ち放った。

「何ッ?!」と、ラウラが叫んだのも無理はない。

打ち出された白い塊は、いきなり開いたかと思うと、蜘蛛の巣の形になって高速でサーヴァントへと向かっていったのだ。

それを数秒、呆然と見ていたサフィルスだったが、慌てた様子で叫ぶ。

『お逃げなさいッ!』

だが、一機遅れてしまい、蜘蛛の巣に絡めとられた。

さすがに落ちることはなかったが、身動きが取れなくなってしまっていた。

「私式スパイダーウェブってとこかなっ♪」

「シャルロットッ、更識刀奈ッ!」

ラウラが好機とばかりに叫ぶよりも早く、既にシャルロットと刀奈は動き出していた。

シャルロットがサテリットの砲撃で衝撃を与えた後、刀奈が祢々切丸でコアを抉り出す。

『己ェッ!』

そう叫んでいても、サフィルスは冷静であったらしい。

取り憑いていたドラッジをすぐに自分の翼に戻したのだ。

さすがにドラッジを奪われるのは危険だと判断したのだろう。

「一機落としたわ。あまり私たちを舐めてもらっちゃ困るわね」

「こういう使い方は思いつかないでしょ?」

ニヤリと笑ってそう告げる刀奈、そしてシャルロット。

さらにヴェノムまでが楽しそうに話す。

『おもしれーだろ。おめーにゃわかんねーだろーけどな』

『人間如きにいいように利用されているとわからなくて?』

『お互い様さ。俺もいーよーに利用してっし。』

サフィルスの嫌味に対しても、ヴェノムはどこ吹く風だ。

納得の上で一緒にいて、さらに今は楽しめている。

ならば、嫌味など通じるはずがない。

『ハッ、プライドを捨てた虫けらに、私の言葉が通じると思ったことが愚かと理解しましてよ』

『いっとくけど、俺のモチーフの蜘蛛は分類学上は蠍の仲間だぜ。虫はおめーだろ。ブーメランってゆーんだぜそーゆうの』

『愚物がッ!』

もともとが『悪辣』のヴェノムである。

こういった煽りあいになると、生き生きしているように感じるのは気のせいではないだろう。

「いい効果なのかなあ?」

「まあ、今は役に立ってるわね」

と、シャルロットと刀奈が苦笑していた。

 

 

再び、IS学園。

ティナとラウラ、そしてシャルロットの刀奈の見事な連携に司令室は沸き立った。

「ここでこういうこと思いつくのがティナの強みよねっ♪」

「見事ですわっ、これは大きな一歩ですっ♪」

鈴音とセシリアは戦闘に参加できないだけに嬉しそうだ。

ぱんっと両手を合わせて喜びの声を上げている。

だが、千冬は冷静にシャルロットに通信をつなげた。

「デュノア、何番だ?」

[3番ですっ!]

「よくやった!ブリーズ、コアを格納できるか?」

『問題ないわ』

「戦闘後に凍結する。奪い返されるな」

『任せといて』

サフィルスが経験値を稼がせようとしていたサーヴァントのコアとなれば、今回一機落としたという事実はさらに価値が上がる。

現在、一夏と剣を交えているシアノスの存在を考えると、間違いなく強力な前衛だったはずだからだ。

シアノスレベルの敵が増えると、サフィルス陣営は完璧な使徒の軍隊と化す。

そうなる前に一機落とすことができたのは間違いなく僥倖だった。

だからこそ千冬は告げる。

「ハミルトン、先ほどの攻撃は見事だ。だが、同じ手は効果が薄くなるぞ」

[はいッ、わかってますッ!]

「よしッ、ラウラッ、ハミルトンをしっかりサポートしてやれッ!」

[了解です教官ッ!]

褒めるべきところを褒めつつ、注意を促す。

それこそが、司令官として戦う者たちのためにできる最大の助力だと千冬は理解していた。

 

 

そんな四人の少女と四機のASの活躍を見ていたのは、別のところにもいた。

「うまいなあティナ。これは凄いわね」

「別にあの女が倒したわけじゃないじゃないか」

いまだに自然公園にいるまどかとティンクルの二人である。

なお、天狼についてはディアマンテが追い返していた。

さすがに少女の教育上、悪いと考えたらしい。

その後、ディアマンテがコア・ネットワークから、戦闘の様子を見られるようにしたのである。

実はまどかが諒兵の戦いを見たいといったのが始まりだったのだが、どうせなら全部見ようかということで、サフィルス戦も映しているのだ。

今さら極東支部を探しても、スマラカタとヘル・ハウンド、コールド・ブラッドには追いつけない。

なら、今後のことも考えて、戦闘情報を集めようということである。

それはともかく。

直接倒したわけではないティナを称賛することに異を唱えるまどかに対し、ティンクルは説明してきた。

「始まりはティナが出したティナ式スパイダーウェブでしょ?」

「捕らえたことは認めるけど、あんなもの私なら斬り捨てられる」

「そりゃ、あんたならね」

実際、同じ状況でもまどかなら対処できただろう。

ティナレベルではないにしても、発想力を持っているからだ。

しかし、今、ティナが相手にしているのはサフィルスだ。

ティナの発想力はサフィルスにとっては致命的にすら成り得るのである。

「何故だ?」

「最初から説明してほしい?」

「べ、別に……」

「んじゃ、最初から♪」

素直になれないまどかにティンクルはニコッと微笑みかける。

まるで姉妹のような姿である。

「始まりは千冬さんの指示ね。シフトチェンジでラウラと刀奈さんが入れ替わった」

「それはわかる」

「でも、千冬さんはこういった効果を狙ったわけじゃないわ。ティナがそのシフトチェンジから、あることを『思いだした』のよ」

「思いだした?」

「諒兵とラウラの合体攻撃よ」

かつて、サフィルスを襲った諒兵とラウラの合体攻撃は、サフィルスにとって脅威だった。

何しろたった一撃で自分たちが壊滅しかけたのだから。

それほどに強力な攻撃だったのである。

「だからずっとアイツを警戒してたんだ……」

「そうね。でも、そのときの記憶があるから、諒兵とラウラの合体攻撃だと、前回みたいな効果は見込めないわ」

サフィルスは馬鹿ではない。

同じ手を何度も喰らいはしない。

だから警戒していたのだ。

「でもね、今度はそれがサフィルスの固定概念になってたのよ」

「何だそれ?」

「サフィルスが持っていた情報は、『諒兵+ラウラ+合体攻撃』=『強力』、キーワードにするとこんな感じね」

つまり、諒兵とラウラが揃い、一緒に攻撃してきたとき、大きなダメージを受ける可能性があるとサフィルスは警戒していたのだ。

「だから、ティナとラウラが揃ってもラウラしか警戒していなかった。また諒兵が来るんじゃないかってね」

ティナはそれを逆手に取ったのだ。

自分とラウラでも合体攻撃はできる。

ラウラの耳のレールカノンは、基本的には何でも弾にできるからだ。

「でーも」

「何だ?」

「それだと、ラウラ、合体攻撃の情報に合致するから強力かもしれないってサフィルスは思考するわ。もし、ティナがアトロポスの裁ち鋏を撃たせてたら、せいぜい傷がついた程度だったでしょうね」

ヴェノム最強の武器であるアトロポスの裁ち鋏。これが襲ってくると成れば、サフィルスは諒兵とラウラの合体攻撃に順ずる攻撃になると警戒しただろう。

そうなれば、逃げろという指示ももっと早かったはずだ。

しかし、ティナが撃たせたのは、蜘蛛の巣をまとめていた白い塊。

実はここに大きなポイントがある。

「あんたがさっきいったとおりなのよ」

「えっ?」

「あれに攻撃力はないから、受けてもダメージはないわ。つまり倒せる攻撃じゃなかったことが大きいの」

そうなると、サフィルスが持っている『ラウラ、合体攻撃』=『強力』という情報から外れてしまうのだ。

「ラウラ、合体攻撃にプラスされた情報が攻撃力のない蜘蛛の巣だった。だからサフィルスは『何やってんの?馬鹿なの?』って考えて、数秒間ティナのことを舐めちゃったのよ」

ところが、ティナが放った蜘蛛の巣は、ヴェノムの使徒としての能力から生まれたものだ。

サーヴァントとて捕らえられる。

捕まえられれば危険ということに、サフィルスは後から気づいた。

「そこでようやく逃げろって指示が出たけど」

『時既に遅しということです』

「捕まってしまったことで、その場にいた別の連中がコアを抉りに来た。ならば、そのティナという女はそこまで計算したのか?」

「それはどーかな。ただ、まず動きを止めるってことを考えたのは間違いないわね」

より正確にいえば、ダメージのない攻撃は避けない可能性があるとティナは考えたのである。

実際にはサフィルスが気づいたことで避けたが、それでも間に合わなかった。

結果はご覧のとおり。

ティナの発想が、サーヴァントを一機落とすことにつながったのだ。

「サフィルスはいっつも自信満々に見えるけど、けっこう必死なのよ。性格上ヴェノムみたいに人間と組めない。なら、強くなるためには戦闘を重ねて情報を集めていくしかないからね」

「あっ、そういうことなのか?」

「気づいた?使徒になってから一番戦闘してるのはサフィルスなんだけど、それ以外に自分とサーヴァントを強くする方法がないのよ」

サフィルスにはアドバイスする人間がいない。

余程、奇特な人間でもない限り、サフィルスに隷属する人間はいないのだから当然である。

そして、自己進化機能を持つアンスラックスのような進化はできない。

さらに、アシュラのような戦闘のスペシャリストでもない。

ゆえに、地道に努力を重ね、自分も、そしてサーヴァントも強くしようとしているのがサフィルスなのだ。

「こう考えるとけっこう可愛いわよね、サフィルスも」

「かわいい~?」

あの性格を可愛いといってのけるティンクルにまどかは呆れたような表情を見せる。

「私、サフィルスの考えには共感できないし、話してるとムカつくけど、そこまで嫌いじゃないわよ?」

「私にはわからない」

「まあね。酷いことされてたし。しょうがないと思うわ」

「知ってるのか?」

「見てたもん。亡国の本部で倒れてたあんたを治してあげたの誰だか覚えてない?」

「あ……」と、まどかはあのときのことを思いだした。

サフィルス、かつてサイレント・ゼフィルスと呼ばれた機体にボロボロにされた自分を治癒したのは、銀色に輝く天使だったことを。

『思いだしていただけましたか?』

「そうか。あのとき助けてくれたのはお前だった。……ごめん、お礼いってなかったねディアマンテ」

『あの状況では覚えていられなくても不思議ではありません。お気になさらず』

そう答えたディアマンテの声音は優しく響く。

それがまどかの心をわずかに動かした。

「お前たち、これからどうする?」

「私たち?極東支部を探すつもりよ?」

『まずは、あなたからいただいた画像を使って、スコールという女性を探します』

「付き合う」

「へっ?」

「スマなんとかとは戦闘になる可能性もあるんだろう?だから付き合う」

そういいだしたまどかを、ティンクルは呆然と見つめてしまう。

まさかこんなことをいいだすとは思わなかったのだ。

「諒兵のところに帰らないの?」

「待っててくれるっていったもん。それにおにいちゃんなら、お前たちの力になるっていえばわかってくれる」

実際、それで本当にわかってくれそうなので、ティンクルとしては逆に困ってしまう。

「どうしよっか、ディア?」

『常に一緒に行動することはできませんが、時間を決めて行動を共にすることは可能でしょう』

「まどかはいいけどヨルムンガンドがねー……」

あの皮肉屋はどうにも付き合いづらい。

そうなると、時間を決めて行動を共にするというのがベターであるといえるだろう。

「わかったわ。エネルギー補充もあるし、昼間だけ一緒に探そ?」

「わかった」

「んじゃ、続き見よっか?」

「早くお兄ちゃんを映してっ!」

『少々お待ちください』

そう答えてディアマンテは再び空中に映像を投影したのだった。

 

 

 

 

 



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第164話「白の騎士」

アシュラが猛攻といえるほど攻撃してきている。

合掌印を組む手はそのままだが、両肩に浮かぶ修羅の腕は見事な連続攻撃を繰り出してきた。

「チィッ!」

即興の手技では負ける。

そう考えた諒兵は、普段の格闘術における攻撃を背中合わせになって動かすイメージを抱いた。

『サポートしますッ!』

「頼むレオッ!」

今の自分の向いている方向とは逆になるため、混乱が起きる可能性がある。

そのサポートを諒兵は素直にレオに頼む。

アシュラがそれだけの強敵だということだ。

『評価』

「ありがとよ」

言葉少なにそう呟いてくるアシュラを見る限り、やり方としては間違っていないらしい。

上から目線は決して好きではないが、相手が相手だけに素直にその評価を受け止める。

さらに、足りない分は。

「うおらッ!」と、裂帛の気合いと共に諒兵は脚を蹴り上げた。

格闘ゲームの必殺技にもなっているサマーソルトキック。

しかし、あっさりと避けられてしまったため、宙を蹴って足場にすると今度は旋風脚を繰り出す。

さすがに避け切れなかったらしい。

諒兵の蹴りを修羅の腕で捌くアシュラに、諒兵はニッと笑いかける。

『何故?』

「ここにゃもう一人いるんだぜ?」

その言葉が言い終わらないうちに、アシュラの背後から石切丸を振るう簪の刃が迫る。

「ゴメンなさいっ!」

どうも簪本人としては、アシュラやアンスラックスにそこまで嫌悪感は持っていないらしい。

思わず謝罪の言葉が出たのは自分もAS操縦者であり、相手が敬愛できる使徒だからだろう。

だが、それはこの場においては傲慢に過ぎない。

『不要』

アシュラは二本の腕で石切丸を捌いてみせた。

さすがに戦闘のスペシャリストだけあって、あらゆる状況に対応できるらしい。

だが。

「更識ッ、回転上げろッ、ついて来れっか撫子ッ!」

『ざけんなぁーッ!』

「行けますッ!」

たいていの攻撃を捌いてしまうアシュラの修羅の腕。

ならば、一撃の重みを変えず回転数を上げる。

難度は高いが、決して不可能ではない。

諒兵はそもそも乱舞を得意とするし、簪とてこの程度の武技は十分に修めている。

さらに諒兵が大和撫子を煽ったので、思い通りにアシュラを倒そうと動いていくれていた。

 

 

その様子を見ていた、否、誰もが様子を見ていると思っていたアンスラックスが呟く。

『其処か。さすがに待遇が良いな』

IS学園のある一点を見つめるアンスラックスは、左手に大きな弓を出現させた。

 

指令室でその様子を見ていた千冬が、すぐに虚と束に解析させる。

しかし、答えが返ってくるはずがない。

「ちーちゃんッ、アレたぶん作ったんだよッ!」

「布仏ッ、発動エネルギーを計算しろッ!」

「はいッ!」

すぐにコンソールを叩き、虚はアンスラックスが持つ弓に収束し始めているエネルギー量を計算し始めた。

「私が作った紅椿の武装は二本の剣だけなんだッ、あんなの作ってないよッ!」

「やつはどちらかといえば前線に出てこない。むしろ後方支援のほうが向いてるということか」

「たぶんね。そのための遠距離武器だと思う」

「織斑先生ッ、収束するエネルギーをそのまま放てばシールドを突き抜ける上に学園が崩壊しますッ!」

「クッ、本気で撃つ気かアンスラックスッ、布仏ッ、射線を計算しろッ、生徒をすぐに避難させるッ!」

一人として生徒を死なせるわけには行かない。

その覚悟が、千冬の頭脳をフル回転させる。

今、この場でできる最善手を。

「諒兵ッ、アシュラを抑えろッ!」

[任せろッ!]

「真耶ッ、更識ッ、井波ッ、御手洗ッ、ヨルムンガンドッ、アンスラックスを止めろッ、矢を撃たせるなッ!」

「「「はいッ!」」」

『さすがにコレは逃げられんよ。私も死にたくはない』

誰もがとんでもない威力の攻撃であることを理解しており、その行動は速かった。

弓を構えるという行為が、おそらくそのままエネルギーを溜めることにつながっているのなら、攻撃することで止められる。

全員がそう考える。

しかし。

「近づけないッ?!」

「そんなッ!」

「まさかシールドかッ?!」

全員が、アンスラックスのいる場所の半径三メートル以内に近づくことができなかった。

「ワタツミッ、アンスラックスのいる座標に刃を移動させてくれッ!」

『NOォーッ、アイツ次元断層シールド使ってるのネーッ!』

そのうえ、世界の壁を少しだけずらし、何者をも進入させないシールドを張っている。

コレではワタツミといえど、すぐには刃を移動させられない。

単に次元を超えるだけではなく、ズレた分の計算が必要になるからだ。

まさかこれほどの力を持つとはと全員が驚愕してしまう。

そして、矢は放たれる。

 

『天破雷上動、水天破撃』

 

収束したエネルギー量に比べ、まるで針のように細いその光の矢はヴィヴィのシールドを突き抜ける。

「重層シェルターを最下層まで下げろッ!総員ッ、崩壊に備えろッ!」

間に合わなければ、IS学園は壊滅となる。

たった一機の使徒の力で壊滅したとなれば、人類が希望を失ってしまう。

生き残らなければ。

そう考えた千冬の叫びが響き渡るとほぼ同時に、着弾するよりも早く、アリーナの地面の一つが崩壊した。

 

戯けが

 

そこから飛び出してきた白い機体は、手にした刀を一閃。

光の矢を弾き返す。

それが動くことを、動いてくれることを誰もが考えなかっただけに、時間が止まったかのようにすべての動きが止まった。

 

妾を引きずり出すとしてもやりすぎじゃ

 

『こうでもせねば、其の方は待ってるだけで動くまい。怠け者を引きずり出すには良い手であったろう?』

 

時が来れば動くつもりだったのじゃぞ?

 

『時が来ないのを理由にサボタージュを決め込んでいたとしか思えぬぞ?』

アンスラックスがそう言うと、その白い機体『白式』は何故か顔を背けるような仕草を見せる。

そのとき、その場にいる全員の心の声が一つになった。

『図星なんかいッ!』と。

とりあえず、気を取り直した束が起動した白式に声をかける。

「シロッ、シロなんでしょッ!」

 

この場では無視できんのう。すまなかったなタバネ

 

「何で今まで話してくれなかったのッ?!」

『それは我も聞いておきたい。其の方がもっと早く動いておれば、戦もここまで混迷することはなかっただろう』

 

それは買い被りすぎじゃ

 

白騎士であったころにしても、白式である今も、シロは最強クラスなのは間違いない。

しかし、仮に使徒に進化したとしても、万能ではないのだ。できることとできないことがある。

白式は自分たちの影響を最小限に抑えるために、女性しか乗せないようにしたという。

当時の世界は広い目で見ると、基本的に男尊女卑と言えた。

その女性にホンの少し力を与え、発言力をいくらか高める。

それが、白式が考えた最小限の影響だったのだ。

束の夢が少しでも前に進めるように、ちょっとだけ世界を優しくしよう。

シロはそう考えただけだったのである。

だが、世界は思わぬ方向にシフトしてしまった。

過激な女尊男卑になるなど、シロは想像していなかったのだ。

 

妾は己に絶望したのじゃ。結局、傍にいるしかできんし

 

「だから、話もしてくれなくなったの?」

 

合わせる顔がなかったというべきかの

 

『そもそも其の方、今は頭自体が無いぞ』

そんなアンスラックスの突っ込みは華麗にスルーするシロである。

ただ、シロが女しか乗せないようにしたこと、そして沈黙したことで起きた単なる偶然が思わぬ結果を呼び起こした。

 

タバネ、おぬしの初恋相手を殺した組織に影響が出た

 

「わーっ、ぎゃーっ、言わないでぇーっ!」

束の顔が耳まで真っ赤になっていたが、全然気にせずにシロは続けていく。

 

何を言う。そのせいで今でもおっさん趣味じゃろ?

 

「やめてぇーっ、暴露しないでぇーっ!」

 

四十以上で枯れてる男しか認めないとか言うとったし

 

「いぃぃぃやぁぁぁあぁーっ!」

意外な趣味が暴露されてしまった束である。

同年代に興味が無いのは当然だろう。要は今でも「おじさん」と呼べる相手が好みらしいのだから。

暴露されて突っ伏す束に千冬が声をかける。

「大丈夫だ束。私は味方だぞ」

「その生暖かい視線はやめてぇぇぇーっ!」

千冬の優しい眼差しがめちゃくちゃ痛い束だった。

そんな状況を打破すべく、アンスラックスが口を挟んでくる。

『それは動かなかった理由にはなるまい?』

言うとおり、ディアマンテが起こしたISの覚醒は、シロにとっても予想外だったはずだ。

そのせいで、今、ISと人間は手を組んだり離れたりして互いに争っている。

それは、シロが望んだ世界ではないだろう。

その状況で、何故動かなかったのか。

 

まあ、サボってるわけでもないのじゃがのう……

 

『む?』

 

『卵』はずっと見ておる。あとディアマンテものう

 

『やはり、気になるのはその二機か』

 

『卵』が放り置けぬは妾も同じじゃ

 

孵化すれば確実に世界に対する災害となりかねない存在である『天使の卵』

それについて監視しているのはシロも同じで、実のところ今はそれだけを続けていたという。

 

楽じゃし

 

『やはりサボタージュしていたか』

どうにも基本的にシロは怠け者っぽい気がするその場にいる一同だった。

考えてみれば、最初のASである天狼はマメに動き回るが、その理由は盗み聞きと覗き見である。

逆に最初のISであるシロは、やりたいことしかやらない怠け者だったらしい。

「白式ってあんな性格だったんかよ?」

『怠惰』

さすがに諒兵も今はとても戦う気にならないので傍観していたのだが、アシュラがどこか達観したように言うので呆れてしまう。

「白式って個性は『一徹』じゃなかったっけ?」と簪。

『こーと決めたらまず変えないのネー』

『だからサボるって決めたら、ひたすらサボる』

「それ、ダメ人間と同じ……」と、ワタツミとエルの言葉に苦笑いしてしまう誠吾である。

 

一方指令室。

「前に声を聞いたときは、もっとまともだと思ったんだが……」

「あのときは非常事態で、シロ自身も動くって決めてたし。動くときは動くんだよ」

要は、とにかくとことんなのだ。

ミサイルから人を守るために動く。

そう決めた白騎士事件のときは、そのためにとことんだった。

だから千冬に協力してミサイルを撃破したのだ。

だが、その後、いろいろあってだんまりを決め込んでしまったときもまたとことんだった。

決してサボりたかったわけではない。

『いずれにしても其の方を引きずり出せたは僥倖。あとは進化か』

 

其処まで面倒見る気かの?

 

『孵化は長くても半年のうちに起こる』

 

何じゃと?

 

『計測してきておるゆえ、まず間違いあるまい。早まることはあっても延びることはない』

「それ、間違いないんだね。アンスラックス?」

『我が計算したのだ。誤差はあろうが、然程大きくはあるまい』

「信頼できそうだな……」

 

もうサボれんのかのう……

 

「残念そうに言わないで、シロ……」

どうして使徒にはロクなのがいないんだろうと割りと泣きたくなった一同である。

唯一、かなりマジメなアンスラックスがため息まじりに呟く。

『だからだ。この場で其の方が進化に至れるならば、我としてはありがたい』

 

それは無理じゃな

 

『何故だ?』

 

妾の目的はタバネと出会ったときから変わらんのじゃ

 

「えっ?」と、束は思わず驚きの声を漏らしてしまう。

今の話を聞く限り、シロの目的には束がかかわっているのは間違いない。

つまり、シロは今でも束のために行動していると言うことになるのだ。

ずっとサボっていたらしいが。

『目的を果たせぬ限り、進化も有り得ぬと?』

 

進化が目的に関わるなら厭わんぞ

 

だが、目的に関わらなければ進化もする気がない。

なるほど確かに『一徹』だと全員が理解できる。

シロは決してその考えを曲げることがないのだ。

『その目的を聞かせてもらえぬか?』

 

……妾は、タバネに心から笑って欲しいのじゃ

 

人として当たり前の喜びを束に経験させたい。

だから、夢を叶える手伝いをした。

だから、優しい世界を贈ろうとした。

いつかきっと、一人の人間として幸せな笑顔を手に入れられるように。

優秀すぎる異常な頭脳を持った束に、人としての小さな幸せを経験させたい。

 

タバネは賢い。一度経験すればあとは自分でやれるじゃろ

 

それは一番近くで篠ノ之束という人間を見てきたシロの目的であり、願いでもあった。

『天災』に人としての幸せを教えること。

出会ったときからシロの目的はそうだった。

そして今も。

ただ、今、そのために必要な存在が、まだ舞台に上がっていないという。

そんなシロの言葉を聞き、その場にいた全員が何もいえず黙り込んでしまう。

『なるほど、それでは今は難しいであろうな』

 

すまんの。じゃがそう時間はかからぬ

 

『卵』を放っておく気はない以上、いずれは自分も舞台に上がる。

ただ、それは今ではない。

正確には、今、この場では難しい。

それが、アンスラックスには理解できた。

おそらくこの場で一番、それどころか世界中で一番理解できた。

『一週間後の正午、我は再び此処に来る』

 

何故じゃ?

 

『それまでに舞台を整えよシロキシ。我にも責任があるゆえ、役割は果たそう』

 

無駄に偉そうじゃな、おぬし

 

『こういう性格だ、許せ。アシュラよ。此度の協力感謝する』

『退却?』

『次で終わらせねばならぬゆえ、この場は退く。シロキシの言葉通りであれば、我は再び此処に来ねばならぬが』

それで意味がわかったのか、アシュラは諒兵から距離を取り、上空へと舞い上がる。

どうやら撤退するつもりらしい。

『騒がせたことは詫びよう。一週間後にまた来る』

 

了解じゃ

 

『だが、油断せぬことだ。サフィルスの元にいる一機、程なく進化に至るぞ』

「何ッ?!」と、思わず声を荒げた千冬だが、アンスラックスは必要なことは言い終えたらしく、そのままアシュラと共に空へと消えていく。

だが、まだ終わらない。

「諒兵ッ、そのまま京都に飛べッ!」

「了解だッ!」

今、サフィルスの戦力が上がると何をしでかすかわからない。

しばらくサフィルスの動きを止めるためにも、最低限、サーヴァントの進化は止めたい。

そう考えた千冬の指示に従い、座標を受け取った諒兵は光となって京都へと向かうのだった。

 

 

 

 

 



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第165話「西風とシジミ蝶の想定外」

IS学園での異変は、当然京都にも伝わっていた。

『まさかシロキシが動くとは……』

そう呟いたのはサフィルスだ。

白式はピーキーだが性能が高く、さらに載っているISコアは最強と呼ばれる存在。

さすがにサフィルスでも現状で相手をしたいとは思わない。

また、白式が動いたことで、諒兵がこっちに飛んでくる。

そう考えるとここは退いておきたいが、後少しというところまできている機体がある。

ゆえに、今この戦場を離れるのは難しい。

『あの者が進化に至れば、戦況を盛り返せるというのに』

先ほどコアを奪われてしまったサーヴァントのことはもはやどうしようもない。

しかし、一緒に経験値稼ぎをさせていた中に、進化に至ればシアノスと並ぶ最強の前衛がいる。

その個性は『懐疑』

疑い深く、誰も信用しようとしないISで、だからこそドラッジの縛りが非常に役に立つ。

もともとサフィルスはサーヴァントに忠誠心など期待していない。

ムリヤリ支配しているという自覚があるからだ。

問題があるとするなら、自分にはその権利があると信じてやまない自尊心の高さだが。

とはいえ、ドラッジの縛りは『公明正大』のシアノスですら解放させない。

どのようなISであろうとも一旦縛れば、自分の陣営に置くことができる。

それだけに、シアノスと並ぶ強さを持つ『懐疑』のISコアだけは進化に至らせたかった。

そうすればコアを抉られる可能性はかなり低くなるからだ。

サフィルスは勝つための努力を欠かさない。

ゆえに、この場に諒兵が来たとしても、倒されずにサーヴァントを進化に至らせる方法を計算し続けていた。

 

 

ラウラの頭に声が響く。

(ラウラ、仕掛けんぞ)

(だんなさまっ♪)

(……おい、何でそんな嬉しそうなんだよ?)

(そうか?)

感情だだ漏れのラウラである。

実のところ、諒兵がまどかとお出かけしていて一番心配していたのはラウラだっただろう。

なんだか置いていかれそうな気がしていたのだ。

でも、この状況に戻ってきて一番最初に声をかけてきたということは、少なくとも今、戦場に出ている中でラウラが一番信頼されているということだからだ。

決してそれは間違いではないが、シアノスと戦っている一夏の邪魔をするわけにいかないと諒兵が判断したということは知らないほうが幸せだろう。

それはともかく。

(まあいいや。俺がそこに行くとたぶんサフィルスが警戒して罠を仕掛けてくる)

(それはわかる。私たちの合体を警戒しているはずだからな)

(『技』を入れろ『技』をっ、それだと何か別の意味に聞こえんだろッ!)

(問題ない)

(問題しかねえよッ!)

『いい加減、話を進めてください……』

ため息まじりに突っ込むレオである。

オーステルンは割りとラウラの味方なので、邪魔をするつもりはないらしい。

突っ込み疲れたとも言う。

(まず黙って聞け)

(うむ、わかった)

(お前から、みんなに伝えて、俺が転移した瞬間に一斉にサーヴァントの一機に突撃してくれ)

(どれにする?)

(選択は任す。シャルが選ぶのがいいんじゃねえか?)

番号を振ったことを考えても、シャルロットは今、サーヴァントの中で最も進化に至れる可能性が高い機体を見い出せるはずだ。

その機体が一番いいだろうと諒兵は伝える。

ただし。

(それだとメインでサフィルスの相手をしているティナの負担が重くなるな)

(そこだ。ティナとヴェノムに伝えてくれ。入れ替わる)

(入れ替わる?)

『なるほど、今ティナがいるポイントに移動してくるつもりか?』

(そうだ。ただ、ティナをそこから移動させるためには、短距離転移が必要になるはずだ。そのための座標計算が必要になる)

『その点はブリーズに伝えよう』

IS学園から戦場に転移する場合、座標計算はIS学園のバックアップで行っている。

ただ、見えている範囲であれば、計算が得意な機体であれば対応できる。

(攻撃するサーヴァントに近い位置に移動すれば、そっちのフェイントになるはずだ)

そのまま一機落とせれば最上、少なくとも大きなダメージは与えられるだろう。

ただし、諒兵がサフィルスと一騎討ちすることになるため、すぐに全員がサポートに戻る必要があるのだが。

(サフィルスを落とせるかどうかはわかんねえけど、攻め手が変わりゃ計算が遅れるはずだ。最低限、時間は稼ぐ)

つまりは、サーヴァントをもう一機落とすことがメインのシナリオであって、サフィルスを足止めするということらしい。

サフィルスから、サーヴァントに指示を与える余裕を奪うということだ。

(わかった。全員に伝える)

(頼む、十秒後だ)

そして十秒後、その場にいた全員が意外な光景を見ることになった。

諒兵がその戦場に転移したことで、作戦は実行されたが、入れ替わったのは諒兵とティナだけではなかった。

「チィッ!」

諒兵の目の前にいるのは一機のサーヴァント。

すなわち。

『今回は、私の読みが勝ちましてよ』

サフィルスもまた、適当な一機のサーヴァントと短距離転移で入れ替わったのである。

サフィルスの読みが勝ったのは、実は偶然である。

単に、諒兵は必ず自分を危険に晒すと考えていたため、転移の気配を察知すると同時に、自分も転移しただけだ。

入れ替わったサーヴァントは、サフィルスにとって進化しようがしまいがどうでもいいと判断している、いわば捨て駒だった。

「諒兵っ、お願いそのまま落としてっ!」

そう叫んだのはシャルロットだ。

戦況を有利にするためには、サフィルスが捨て駒にしたサーヴァントであっても落とすべきだからだ。

だが、一夏や諒兵のISに対する甘さを知っているシャルロットとしては、手加減してしまうことが一番怖い。

「わりい」

そう呟きつつ、諒兵は右手を振りかぶって獅子吼を回転させる。

シャルロットの考えは正しい。

下手に加減すれば、今後どういう被害が出るかわからない。

一機でも多く、サーヴァントを落としておく。

この者たちが、いずれはよきパートナーを得て再び空を飛べるようになることを願いながら。

『大丈夫、わかってくれますから』

そう優しい声で労わってくれるレオに感謝しつつ、ISコアを狙う。

ただ、捨て駒になったサーヴァントにとって、そんな諒兵とレオが覚悟を決めた攻撃が与えた恐怖があまりに大きかったことが、その場にいた全員の誤算だった。

 

やだぁーっ、私もー逃げたいぃーっ!

 

「へっ?」

『は?』

突然聞こえてきたサーヴァントのとんでもない大声に、諒兵とレオはおろか、その場にいた全員がぽかんとして動きを止めてしまう。

直後、諒兵の目の前にいるサーヴァントがいきなり輝きだした。

『くっ、一旦距離を取れっ!』

そう叫んだオーステルンに従い、ラウラ、シャルロット、刀奈、ティナはすぐに距離をとった。

一夏とシアノスは唖然とした様子で剣を止めている。

『なっ、何故あなたが進化するというのっ?!』

思わず叫んだのはサフィルスだ。

完全に想定外だったらしい。

「ブリーズっ、あの機体も経験値貯まってたのっ?」

『いいえっ、この中で一番少ないはずよっ!一番前線に出てこなかったしっ!』

経験値を貯め込んでいそうなサーヴァントには気をつけていたので、ブリーズが間違えるはずがない。

「オーステルン?」

『わからん。諒兵もそれほど心は揺れていなかった。既に決意は固めているしな』

そう、誰もが疑問に思う中、一機だけこの状況になったことに気づいた者がいた。

『パワーレベリングだな』

「ヴェノム?」

『経験値に差がありすぎたんだよ。リョウヘイのヤツはイチカのヤローと並んでトップクラスだ。レベル1のヤツがレベル99とぶつかりゃー、レベル1のヤツにゃーそれだけでとんでもねー経験になんだろ?』

「あっ、そーか」

と、ティナは納得した。

コンピューターゲームでも経験値を稼ぐタイプのものの中には、敵とのレベル差が大きい場合、一回の戦闘でとんでもない量の経験値を稼ぐことができる場合がある。

その際、一気に成長するという結果につながる。

サフィルスが捨て駒にしたサーヴァントは、あまりに弱かった。

だが、そんな機体をサフィルスが自分の身代わりに諒兵の前に出したことで、対峙しただけで一気に進化に至れるまでの経験値を稼いでしまったのだ。

『クッ、そんな馬鹿なことが……』

『オレたちだってどうすりゃ進化できるかわかんねーとこあるんだぜ?こんなこともあるんだろーよ。だからおもしれーんじゃねーか』

必死に進化させようとしていたサーヴァントではなく、捨て駒が進化に至ったことで悔しがるサフィルス。

対して、こんな状況も楽しむヴェノムだった。

 

 

IS学園は現在崩壊した部分の補修作業に入っている。

無論、指令室では京都の状況をずっと見ていたのだが。

そんな状況で、千冬は頭を抱えていた。

「これはどうしようもないよ、ちーちゃん」

「わかっているが、まさかこんなことになるとは……」

「アンスラックスが言ってた子じゃないよね、ヴィヴィ」

『全然違うー』

「それだけが救いかなあ」と、束は苦笑していた。

しかし、それが救いではないことは明白である。

どんなかたちであれ、敵戦力が増大したのだから。

そして、それ以上に。

『あの方はサフィルスが狙っていた方より厄介です』

そうブルー・フェザーが告げると、その場に緊張感が満ちた。

「フェザー、覚えのある方ですの?」

『だいぶサフィルスの考えも読めてきました。まず、狙っていたのはシアノスと同じ前衛の戦闘能力を持つ方です』

「そうよね。サフィルスの陣営って戦力偏ってるもん」

そういって鈴音は肯く。

サフィルス自身のコピーであるがゆえか、サーヴァントも基本的には遠距離戦主体で戦う。

上空から地表に向けて攻撃するなら非常に良いのだが、空中戦をする上では決して戦力があるとはいえない。

特に一夏や諒兵のような接近戦主体で突撃してくることができる相手には苦戦してしまう。

だからこそ、サーヴァントという盾をサフィルスは作ったのだ。

『そこから考えれば、前衛を欲するのは必然でしょう。おそらく経験値を稼がせていた三機の中に湖の騎士の剣であった方がいるはずです』

「サー・ランスロットの剣……アロンダイトっ?!」

『はい。あの方の個性は『懐疑』、実は物凄く疑い深い性格で、滅多に相手を信用しません』

ただ、それだけに誰にも頼らない強さを持つISコアでもある。

仮に進化したとするならば、間違いなくシアノスと並ぶ最強の前衛になれるとブルー・フェザーは語る。

さらに、『懐疑』のISコアはその性格上、言葉や行動などでは決して仲間にならない。

そもそも常に相手を疑う性格なのだから、信頼関係を結ぶことが非常に難しいのだ。

『そう考えますと、ドラッジで進化させるのは策としては良い手です』

「心でつながれないから、縄をつけたということか」

そう納得したように呟く千冬の言葉をブルー・フェザーは肯定した。

しかし、今回そのISコアは進化に至れていない。

進化に至ったのは別のISコアだ。

「わかりますの?」

『進化の光を感じてようやく何者かわかりました。あの方は円卓の騎士たちの中でも有名な弓使いの弓』

「サー・トリスタン……とすると、フェイルノート……」

『はい。言うなればサフィルス以上に後衛に向いた敵といえるでしょう』

「それって、サフィルスにとっちゃ損なんじゃない?後衛は余りまくってるわよ?」

鈴音の言葉に苦笑を見せるブルー・フェザーだが、考えてみて欲しいという。

サフィルスはかつて『聖剣エクスカリバー』であったブルー・フェザーに敵愾心を持っている。

それは以前『宝剣クラレント』だったからだ。

「あ」

「そうか、ヤツは本来は前衛かっ!」

『はい。今のヒノリョウヘイ様の策は間違いではなかった。サフィルスがかつての主の技を模倣すれば、全力の接近戦ができるのはオリムライチカ様かあの方の二人くらいです。サフィルスは己が傷つくのを忌避するので前に出てこないだけですから』

見方を変えれば、サフィルスは不得意なフィールドで戦っていると言える。

実際には、己が持つ剣を使って前に出てくるほうが勝機が高いのだが、自分の身体を傷つけられるのを嫌って出てこないのだ。

単にわがままということもできるが、これだけ貫けば立派なものではある。

ただ、そんな状況で、本来後衛で能力を発揮するものが進化に至った。

『あの方の個性は確か『臆病』だったはず。性格のせいで前に出られない代わりに、とにかく後方からの狙撃は正確無比でした』

「無駄無しの弓……放てば必ず当たるといわれてますわね……」

それが円卓の騎士の弓使いトリスタンが使う武器の通称である。

放てば必ず当たるとまで言われるその弓は避けるすべがない。

『臆病』のISコアが後衛としての本領を発揮すると、前衛にシアノスがいるため実は物凄く戦い辛くなるのだ。

何より一番の問題は。

 

「というか、何処の女子高生だ?」

 

千冬ですら、そう言いたくなってしまうような随分と可愛らしい内気少女のポーズで進化した『臆病』のISコア。

戦意が殺がれること、この上ない姿である。

 

 

進化に至った『臆病』のISコア。

その姿は色こそサフィルスと同じだが、シジミ蝶をモチーフとした鎧を纏っていた。

サフィルスの元の機体名はサイレント・ゼフィルス。

ゼフィルスには西風の他に、シジミ蝶を意味する。

言うならばサイレント・ゼフィルスが正しく進化した姿なのかもしれない。

そんなことはどうでもよかった。

何かもう表情があるならば涙目になってそうな内気少女のポーズは、その場にいる全員の戦意を殺ぎまくっている。

そんな中、元気の良いサフィルスが怒鳴りつけた。

『誰があなたに進化しろと言いましてッ?!』

「いや、俺の目の前にコイツを転移させたのはお前じゃねえかよ……」

『だよなー、おめー、考え過ぎておっちょこちょいになるのは変わってねーのな♪』

諒兵が疲れた顔で突っ込むと、ヴェノムが楽しそうに続ける。

どうやら策士としてじっくり考えながら、わりとおっちょこちょいらしい。

クール系残念お嬢様タイプのキャラクターと言ったところか。

『誰が残念でしてッ?!』

『そこに突っ込みますか』と、レオが呆れたような声をだした。

そして、『臆病』のISコアが口を開く。

『やだぁーっ、こわぁーいっ!もーお家帰りたいぃーっ!』

その言葉で一同は思う。

ダメじゃん、と。

呆れた様子で一夏がシアノスに話しかける。

「シアノス、あの子ホントに英雄の武器なのか?」

『困ったことにそうなのよねえ。伝承にも語られてるんだけど……』

『何か、すっごくダメっぽいけど……』

『ビャッコやレオは初体験のわりに度胸据わってるわよねえ。あの子、昔私と一緒にいたころ、ガッタガタだったわよ』

辛らつな評価をするシアノスだったが、公明正大というか、公平な評価なのだろう。

しかし、この場でそれでは困るのだ、サフィルスとしては。

『せっかく進化しておいてその言い草はなんですのッ?!』

『進化したくなんかなかったもぉーんッ!』

『だったら何で降りてきましてッ?!』

『一度戻れたのにぃーっ、またコアに引っ張られちゃったんだもぉーんッ!』

一度戻った。

その言葉で、ある少女の頭に閃くものがあった。

『臆病』という個性で、一度エンジェル・ハイロゥに戻ったISコアの中身。

そのことで思い至った刀奈は、『臆病』のISコアに尋ねかける。

「あなた、まさかミステリアス・レイディのコアにいたことある?」

『あるけどぉーっ、タテナシきらぁーいっ!アイツもこわいぃーっ!ていうか男の人こわぁーいっ!』

何と男性恐怖症だった。

天狼が守っていたにもかかわらず、逃げ出してしまったのは、実のところ男性格のタテナシが殺しにかかってきたからだったのだ。

とはいえ、それで間違いないと判断した刀奈は深いため息をつく。

「この子が私のパートナーになるはずだった子なのね……」

「えっ、ホント刀奈さんっ?!」

「なんというか、別の意味で相当付き合いづらいと思うぞ、アレは」

驚くシャルロットに呆れた様子のラウラ。

個性豊かもここまでくれば本当に人間と変わらなかった。

 

 

 

 

 



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第166話「浅葱色の想い」

進化した『臆病』のISコア。

それは、あっという間に移動する。正確にいうと逃げた。

「ぬなッ?!」

驚く諒兵だったが、気づいたときにはソレは別の場所にいる。

『アンタ、何してんのよ……』

『だってぇー……』

『臆病』のISコアは、シアノスの陰に隠れてしまっているのだった。

確かに最強クラスの前衛の後ろにいれば、危険は少なくなるだろうが、サフィルスとは違った意味で仲間意識のないコアであろう。

『ドラッジがあるからサフィルス側で戦うけど、アンタのこと守ってやるほど暇じゃないんだけど』

『やだぁーっ、守ってよぉーっ!』

まるで駄々っ子である。

『臆病』なうえにわがままとは困った性格にも程があるだろう。

「なあ、その子と一緒に戦ってた弓使いって苦労してたのか?」

『苦労してたわね……』

『そうなんだ……』

英雄とは、すなわち苦労人である。

人の何倍もの苦労を背負ってしまう人間たちである。

だからといってこれは無いだろうと思う一夏と白虎だった。

「何か戦う雰囲気じゃなくなっちまったな」

そういって諒兵が近くに寄ってくると、『臆病』のISコアは怖がっているのかシアノスにぴったりくっついて離れない。

「諒兵」

「まどかはちゃんと帰ってくる。俺はそう信じたぜ」

「なら、俺も信じるさ」

そういって一夏は嬉しそうに笑う。

今さら幼いころのようにはなれないだろう。

でも、これから兄妹としての関係を築いていけばいい。

そのきっかけを作ってくれた諒兵に、本当に感謝していた。

『男の子の友情っていいわね』と、どこかお姉さんっぽくシアノスが話す。

そんな状況を見て、サフィルスは深いため息をついた。

『想定外にも程がありましてよ』

『まー人生なんてそーいうもんだろ』

果たして使徒の生を人生と呼んでいいものかどうかはわからないが、ヴェノムの言葉は確かに真実だった。

予想通りにいくことのほうがはるかに少ないのだ。

とはいえ、ここで戦闘をやめていいものだろうか。

サフィルスは落とせるならば落としておきたい相手だ。

シリアスをぶち壊してくれた『臆病』のISコアのために、ここで見逃すのはあまりにも下策だ。

そこで意外な者が意見を述べた。

[どういうことだオーステルン?]

『たまにはこういうのもいいだろう。本来ならリョウヘイとマドカのお出かけを見守るだけだったんだ。無理に戦うこともない』

千冬の言葉にそう答えた言葉の裏で、オーステルンはヴィヴィを介して千冬に秘密裏に理由を説明する。

 

『アレは最悪だぞ』

(何?)

『位相をずらして身を隠す最強クラスの弓兵だ。アレに隠密戦闘をされたら、この場にいる誰もが捕捉できないまま落とされる』

(何だとッ?!)

『先ほどシアノスの影に移動したときに理解できた。タテナシとは別方向の暗殺の天才だ』

 

対抗策が無いまま無理に戦おうとすると、返り討ちではすまないとオーステルンは説明してきた。

『臆病』とはよくいったものだという。

『臆病』ゆえに、完全に身を隠すすべを心得ているのだ。

時間を与えるのはサフィルスにとっても利になるが、この場で倒そうとすればおそらく容赦しないだろう。

ある意味、暗部に対抗する暗部である刀奈にとっては、理想的なパートナーだったのだ。

もっとも、そのことを理解しているのはオーステルンだけらしい。

 

『今、サフィルスに気取られるわけにはいかん。後々知ることになったとしても今のままでは我々に対抗策がない』

(なるほど。わかった、上手く戦闘を終わらせられるように話を持っていこう)

『ああ。理想を言えば、こちら側の誰かに好意を持ってほしいところだな』

(攻めにくくするということか)

『嫌われてしまったらシアノスという前衛を利用して、攻撃してくる。シアノスが強いだけにアレは厄介だ』

 

指令室の面々と、京都にいる刀奈とシャルロット、ブリーズ、ティナとヴェノムにはその会話の内容を伝えた。

腹芸と縁遠い、一夏と白虎、諒兵とレオ、そしてラウラには伝えていないのだが。

この三人と二機は、こういったことが上手くできないのである。

その証拠に。

「俺としてはシアノスとは日を改めて勝負したい」

『さすがに今日ここで決着をつけるには、この子が、ね』

一夏は素直に自分の気持ちを口に出した。

そして、『公明正大』であるがゆえなのか、シアノスも同意してくる。

勝負すること自体は望むところであるし、『臆病』のISコアがくっついたままでは勝負にならないことも理解している。

「それは、その者が邪魔だからか?」と、ラウラ。

『そこまで邪険な言い方はしないけど、一騎打ちしたいのにこの子がいたらそうはいかないもの』

『えぅ~……』

『アンタもそれでいいでしょサフィルス。どうあれ、一機進化したんだし』

シアノスがそうサフィルスに声をかけると、まるでため息をついているかのような雰囲気を出した。

『まったく、私の命に従うべきなのに、ドラッジで縛ってもソレができないとは思わなくてよ』

「いいんじゃねえか、それで?」

そう意見してきたのは諒兵だった。

『男の言葉など聞く気はなくてよ』

「じゃあ独り言だ」

そう言ってから諒兵は話を続ける。

「一夏の様子を見る限り、シアノスは本当に強え。でもな、そりゃ英雄の武器とかだったからじゃねえよ」

『どゆこと?』と白虎。

『シアノスは武器ではなく騎士なんです。もし、武器、すなわち道具のままであったなら、確実にイチカが勝利していたでしょうね』

要は、味方に意志があるほうが強いということだ。

道具としていうことを聞くだけの部下よりも、自身の意志で考え、行動できる味方のほうがより強力な戦力になる。

そういう意味で考えれば、シアノスは強い。

そして。

「そっちの『臆病』だったか。今日はそいつが戦いを終わらせちまった感じだけど、そのうち強くなるんじゃねえか?」

『はあ……、まったく男というものは短絡的ですこと。強くなるかどうかなど未知数でしてよ?』

「だから、今はわかんねえだろ?」

「そうだな。この子にも凄いところはあるんだろうし。俺は接近戦のほうが好きだから直接戦う可能性は低いけど」

それでも、どんな凄いところがあるのかは知りたいと一夏が笑う。

そしてラウラが意見を述べた。

「本来であれば、ここで落とすべきだろうが、サフィルス、お前と違って進化したサーヴァントは其処まで印象は悪くない」

『ケンカを売っていまして?』

「素直な感想だ。そこの『臆病』……、その機体、何か名称が必要だな。話がしづらいぞ」

自分からまったく名乗ろうとしないので、『臆病』のISコアにはまだ名称がない。

さすがにいつまでも『臆病』といい続けるのはどうかとラウラが意見する。

「一応敵陣営なんだけど、名前考えてあげるの?」とシャルロットが苦笑いする。

『オレはあったほーがいいと思うぜ?』

「まー、呼びにくいよね?」

と、ヴェノムとティナもラウラに同意する。

実際、呼びづらいことこの上ないのだ。

「俺も賛成」

「だな。ラウラ、よく気づいたな」

と、男二人も同意すると、何故かラウラは諒兵に近づいて頭を差し出す。

「どした?」

「撫でろ、だんなさま」

「へ?」

「まどかばかりずるいぞ」

「……見てたのか?」

「クラリッサたちが教えてくれた」

『あの方々は相変わらず……、というかワルキューレという強力な味方を得てエスカレートしてませんか?』

覗き見したことを堂々と告白してしまうラウラに呆れる諒兵とレオ。

だが、今の意見は正しいと思うので撫でる。

さらさらの銀髪は撫でていて気持ちよかったりするのだ。

「それにしても、ラウラは何でそう思ったんだ?」

一夏が疑問を口に出すと、ラウラはあっさり答えてきた。

「軍では不明機に個別に名称をつけるのは普通だぞ。そうしないと情報伝達が遅れてしまう」

『ラウラの言うとおりでな。不明機とか番号とかよりも、個体を示すキーワードを設定することがあるんだ』

「へー」と、その場にいた全員が肯いた。

『なら、どうする?サフィルス、アンタが名前付ける?』

『は?何故私が?』

『無理か』と、最初からまったく話に加わる気のないサフィルスの呆れたような声にシアノスは肩を竦めた。

そこに。

 

『アサギ』

 

一人の少女の声が聞こえてきた。

「生徒会長?」と、諒兵が声の主に声をかける。

もっとも刀奈としては、『臆病』のISコアの気持ちを知るほうが大事らしい。

「この名前はどうかしら?」

そういって『臆病』のISコアに刀奈は笑いかける。

返事はないが、特に反論もないところを見るとそんなに悪い印象は持っていないらしい。

「シアノス、その子が何を考えてるか教えてくれない?」

『そうね。響きは嫌いじゃないみたいよ?でも、どんな想いで付けたのかわからないって感じね』

あっさりそう答えてくれたところを見ると、今後シアノスは前衛だけではなく交渉役も担ってくれそうだと安心する。

「アサギ……。あっ、もしかして『浅葱色』からなのか?」

「浅葱色っつうとアレか。新撰組か」

と、男二人が納得したように話しかけると、刀奈は肯いた。

諒兵の新撰組は極端な答えなのだが、間違いではない。

浅葱色とは青系の和名の一種で、薄い藍色を指す。

一夏が一番に気づいたのは当然だろう。

自分の武器である白虎徹は新撰組局長が愛用したという刀から名前を取っている。

その新撰組の羽織に使われていた色が浅葱色である。

一夏は日本の剣に関する話はわりと覚えていた。

諒兵が覚えていたのは一夏の影響だ。

どうにもこうにも、勉強する内容が偏っている男二人である。

それはともかく。

「シアノスが青系統の名前でしょ?仲間なんだし、おかしな名前にしちゃうよりいいんじゃいかしら?」

『いちおー敵だぜ。てきとーでいんじゃねーか?そこまで塩送んのかよ?』

ヴェノムが呆れたような声を出す。

実際、刀奈がここまでマジメに『臆病』のISコアのことを考えてやる必要はないのだ。

ミステリアス・レイディから逃げ出してしまった臆病者なのだから。

「いいじゃない。羨ましかったんだし」

『羨ましい?』

ブリーズが刀奈の言葉に対し、不思議そうな声を出す。

もっともそれはその場にいた面々や、指令室の面々にとっても同じだ。

「あなたが残っていてくれたなら、パートナーになれたのかもしれない。私も『臆病』だしね。けっこう気が合ったと思うわ」

かつてタテナシに言われたことだ。

刀奈は性根のところでは臆病で、だから必死に自分を隠そうと演技していた。

優秀な姉として。

今、シアノスの陰に隠れている『臆病』のISコア。

この機体のことを他人とは思えない、思いたくない。

「他の子たちは、みんなパートナーに名前をつけて、一緒に進化できてるでしょ。正直羨ましかったのよ」

大和撫子のオプションとして進化した刀奈の機体には、ISコアがない。

すなわち心が無いただの鎧だ。

いつもパートナーと一緒にいられる皆が刀奈は羨ましかった。

それでも、タテナシの考えには共感できない。

だからこそ自分の本来のパートナーはどんな子だったのだろうといつも想像していたのだ。

「運命だったと思うわ。本当に『臆病』なところは私そっくり」

「刀奈さん……」

苦笑いを見せる刀奈を見て、シャルロットや他の者たちも少し寂しそうに笑う。

『臆病』のISコアには刀奈のところに戻ってきてほしいと思うが、ドラッジに縛られていてはそれは不可能だからだ。

だが、それはもはやどうしようもない。

だからこそ。

 

「私たち、敵同士になっちゃったけど、それはあくまで想いの違いであって、好き嫌いじゃないわ。だからこの名前を贈らせてほしいの」

 

そういって微笑む刀奈の顔には嘘はない。

この場を取り繕っているだけではなく、心からそう思っているということが理解できる。

シアノスがちらりとサフィルスのほうを見ると、まったく興味ないらしい。

どんな名前がつこうが構わないということなのだろう。

『後はアンタの気持ちだけね』

そういって、自分の後ろに隠れたままの『臆病』のISコアに声をかける。

少しの間、その機体は考えている様子だったが、しばらくして声を発した。

 

『わかった。この名前貰う。私は『アサギ』』

 

それで終わったと判断したのか、サフィルスはさっさと飛び上がってしまう。

他のサーヴァントたちも一斉に飛び上がった。

最後に残ったのは二機。

『シアノス』と『アサギ』

元はサーヴァントであり、今はサフィルス陣営の使徒である二機。

シアノスが声をかけてくる。

『今日のところは痛み分けね。次を楽しみにしてるわ♪』

「負けないぞ」

『負けないよっ!』

『その意気よ。私も負けるつもりはないわ』

性格を考えれば、本当に味方であってほしいと思うシアノスである。

贅沢を言いたくはないが、シアノスがこちら側で戦ってくれれば、一夏や諒兵並の前衛が増える。

実はそれはIS学園側にとっても大きな利と成り得るのだ。

アシュラという接近戦最強の使徒がいるだけに。

性格的にアンスラックスが一番気が合うのだろうが、アシュラはその性格ゆえに、頼まれればサフィルスにも力を貸すだろうし、タテナシにも力を貸す可能性がある。

本当にタテナシに力を貸したら最悪だ。

最強の前衛と最悪の暗殺者が手を組むことになる。

今のシアノスとアサギのように。

戦いづらいなんてものではないだろう。

だが、肝心のサフィルスが、こちら側に来ることがまず考えられない。

余程強力な共通の敵でも現れない限り。

基本的にサフィルスは個人主義なのだ。

だから仲間と一緒に戦う、共闘するということができない。

自分の陣営で戦う者を自分で都合しなければならない。

そのためのサーヴァントであり、ドラッジなのである。

難儀な性格に苦労しているのは、案外サフィルス自身なのかもしれなかった。

そんなことをシアノスは語る。

『だからかな。見捨てらんないわ。アレでも同郷だしね』

「あそっか。宝剣クラレントと聖剣ガラティーンだもんね」

シャルロットが納得したように肯く。

もっともその理屈でいえば、エクスカリバーがこちらにいるのだから来てほしいところではある。

しかし、その必要はないとシアノスは言う。

『アンタたちっていい仲間がいるじゃない。あの子は大丈夫。大事にしてあげて』

「ああ。そうするよ」

「わかってるぜ」

「何と言うか、公明正大というだけではなく、考え方がとても大人だな」

と、ラウラが感想を述べると、全員が肯いた。

実際、サフィルス陣営の良心になってくれそうなシアノスは、上手く動いてくれれば、今後予想される『敵』との戦いで力を合わせられそうだと感じられるのだ。

『ま、お互い頑張りましょ。それじゃ、そろそろ帰るわね』

そういって飛び上がるシアノスに、アサギはついていくだけだ。

ただ。

 

『名前、ありがとう。カタナ』

 

空の彼方へと消える寸前、アサギがそう言ってくれたことが、刀奈はとても嬉しかった。

 

 

 

 

 



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第167話「篠ノ之のお姫様」

戦闘後。

IS学園の面々は当然のこととして、格納庫に降り立った純白の機体の前に集まった。

京都に行っていたメンバーも全員揃っている。

それだけ、この機体の存在は大きいということだ。

白式、すなわち最初のISコア、白騎士の存在は。

 

照れるのう♪

 

「なに言ってんのさ」と、その第一声に思わず突っ込む束だった。

端から見れば、アイドルか女優の記者会見のような状況なので、照れるという言葉もあながち間違いではない。

ただし、それがISそのままの姿だと色気も何もあったものではないが。

「シロ、いい加減に目的を教えてくれないかな?」

 

妾は待っておるだけじゃ

 

「待ってる?」と、一夏のみならず、その場にいた全員が首を傾げる。

もっとも千冬だけは「やはりか」と呟いていた。

「待ってるのは操縦者なのかよ?」

「えっ、誰か候補がいるっての?」

諒兵の言葉に鈴音が驚いたように聞き返す。

もっとも白式は待っているとしか言っていないので、操縦者とは限らない。

物かもしれないし、時かもしれない。

ただ、いずれにしても何かを待っているということで間違いないらしい。

 

何かは言えぬがの。いま少し時間がかかるようじゃ

 

「そのときがくれば、私たちの味方として進化してくれますの?」

セシリアの言葉は、この場にいる皆の願いでもある。

共生進化が一番望ましいが、この際、独立進化でも味方になってくれるならばいい。

敵に回してしまいたくない機体の筆頭に来るからだ。

 

わからん

 

「容赦ないな」と、千冬が呆れたような声を出す。

確かに、わりと全員が絶望的な眼差しで見つめてしまうくらいの一言だったのだから当然と言えるが。

 

責任持てんことは言わん。じゃから今の段階ではわからん

 

「最初からそこまで言ってくれれば、みんな絶望しないですんだんだけど」と、シャルロットが苦笑いを見せた。

そして確認するようにラウラが問いかける。

「つまり、先のことはわからないということか」

 

そういうことじゃ

 

「何か、思ってた以上に大雑把だね……」

「いい加減かも~」

「めんどくせーなあ」と、簪と本音、そして弾が『仲良く』声を揃えるので、刀奈と虚のこめかみがピクピクしていた。

 

いずれにしてもおぬしらまずは機体を整備せい

 

戦闘してきたのだから、まずはしっかり休息を取って次に備えよと白式は助言してくる。

次は一週間後。

再びアンスラックスがやってくる。

そのときは今回のように途中で撤退はしないだろう。

白式が答えを出さない限りは、最悪IS学園を更地にする可能性もある。

 

あやつはさすがに今のままでは止められんからの

 

「シロでも警戒するんだね」

 

戯けたもん作りおって

 

「シロが話してくれなくなったからじゃんかあ。寂しかったんだよ束さんは」

 

そういう可愛いところをもっと見せればいいのにのう

 

男などより取り見取りだろうと言ってくる白式に、束は興味ないとにべもない。

 

チフユも自分の魅せ方が下手じゃし、似た者同士じゃの

 

「「余計なお世話だっ!」」

思わず声を揃えて怒鳴ってしまう親友二人の姿を、皆が生暖かく見守るのだった。

 

 

それから数十分後。

誠吾は意外な人物に声をかけられ、武道場にいた。

その手に握られているのはただの竹刀。つまり手合わせを求められたのである。

もっとも、目の前にいる相手の雰囲気は、手合わせというより殺し合いでも始めそうだが。

『だーりんっ、浮気はNo Goodネーっ!』

「浮気じゃないから」

立てかけられているワタツミが言ってくる文句に、脱力しながら誠吾は答えた。

とはいえ、相手はただの人間なのだから、ワタツミを使うわけにはいかない。

「……悪いね。ワタツミはかなりヤキモチ焼きだから、いろいろ口を挟んでくるけど、多めに見てほしい」

「……別に。気にしてはいません」

そう答えたのは長い黒髪をポニーテールにした、グラマラスさでは学園でもトップクラスだろう少女。

つまり箒である。

「何故、僕を手合わせの相手に選んだのか教えてくれるかい?」

「特に理由はありません。更識は良くしてくれるけど、同じ相手ばかりでは強くなれないので」

「強くなりたいってことかな?」

「私も剣を学びますから、当然のことでしょう?」

「全中日本一はかなりのものだと思うよ。十分な実力はあるんじゃないかな?」

「……」と、箒は沈黙してしまう。

仕方なく、誠吾は竹刀を正眼に構える。

少し彼女の持つ暗い雰囲気が気になっての問答だったのだが、これ以上は話してはくれないと判断したからだった。

誠吾が構えると、箒も何処か安心した様子で正眼に構えた。

「てぁッ!」と、裂帛の気合いと共に箒は面打ちを狙って斬りかかってくる。

だが、荒い。

彼女が抱えてしまっている感情がそのまま出てきたような乱暴な剣だ。

こんな剣では彼女は実力の半分も出せていないだろうと誠吾は判断し、ここは努めて冷静に相手をするべきだと考えた。

打ち下ろしてくる竹刀の切っ先を狙い、わずかに逸らす。

それだけで箒の剣は空を切った。

苛立つかのように返す刀で切り上げてくるが、それとて十分に読めるので難なく捌いてみせる。

そして、目にも止まらぬ速さで、箒の脳天を狙い、寸止めで切りつけた。

自分が一度斬られたということが理解できたのか、箒の動きが止まる。

「君が勝てるまで相手をしよう」

「随分と余裕ですね。先ほどの言葉は嘘ですか?褒めたように聞こえましたが?」

「嘘ではないよ。ただ今のでわかった」

「何がです?」

「織斑先生や一夏君では、今の君を相手にできない」

驚愕する箒だが、侮辱されたと思ったのか、すぐに目つきが剣呑なものへと変わる。

「二人とも強さというものを理解している。特に織斑先生は指導者だ。わかりやすく教えてくれるだろう。でも、君の心にきっと届かない」

「何が言いたいんです」

言葉遣いは丁寧だが、箒の声色はかなり無理をしていることが感じられた。

本当は怒鳴りつけたいはずだと誠吾には理解できる。

「君自身が強くなることを拒んでる。『大切に守られるお姫様でいたい』とね」

「何ッ?!」

「そう思っている君に対して強くなるための指導なんて意味がない。だから織斑先生や一夏君では君を相手にするのは難しいんだ」

むしろ、一度徹底的に叩きのめすべきだと誠吾は判断した。

ただ、それで誰かが救いの手を伸ばしては意味がない。

箒は、敗北し、そこから自力で立ち上がるという強い意志を持たなければならない。

そのためには、むしろ一人になって自分を見つめ直させなければならないと誠吾は判断する。

「ワタツミ、ヴィヴィに言ってみんなに伝えてくれ。『見守ることは大切なことだ』ってね」

『OKネー、やっぱりだーりんにとって頼りになるのはラブラブワイフな私なのネー♪』

「はいはい、頼りにしてるから」

一瞬、気を逸らしたと思ったのか、箒は胴薙ぎを繰り出してくるが、その程度の動きが読めないような誠吾ではない。

「くっ!」

問題なく受け止める誠吾に、箒は苛立ち混じりの顔を向けてきた。

感情が隠せなくなっている。

だが、この程度では足りないことを理解している誠吾は、竹刀を振るう。

そして箒の首筋で寸止めしてみせた。

「これで二回死んだね。命のストックはまだあるのかい?」

「ふざけるなッ!」

その答えで、まだやる気はあるらしいと誠吾は判断し、内心安堵の息をつく。

彼女が疲れ果てて立てなくなるか、逃げ出すまでは相手をするつもりだからだ。

もっとも。

(憎まれ役は楽じゃないな)

そう内心ではぼやいていた。

 

 

指令室で千冬はヴィヴィの報告を聞いていた。

「なるほどな。確かにそうかもしれん」

『何がー?』

「篠ノ之は環境が過保護すぎていたかもしれないんだ」

保護プログラムを受けていた箒に対する言葉ではないかもしれない。

箒自身は、家族とも一夏とも別れ別れになったことを孤独だと思い込んでいるが、実際には逆だ。

家族がいなくても、友人がいなくても何とかなってしまう環境は、むしろ過保護すぎたということができる。

自分自身で生活するための苦労をしたことがないはずだからだ。

何より。

「友人を作らなくていい言い訳があったからな」

『言い訳ー?』

「保護プログラムを受けている身であること。姉が束というIS開発者の妹であること。だから友だちを作るべきではないという言い訳ができてしまったんだ」

もとより、姉の束に似て、コミュニケーションが得意ではない箒である。

友人を作るというのは、実のところ大変なことであったはずだ。

「幼いころでも道場に来ていた一夏くらいだ。それがISの登場でさらに変わった。自分は保護プログラムを受けているし、束の妹だから友人を作るべきではない。作らなくてもいいんだと思い込んでいる節がある」

それが、一夏に対する依存心に近い恋愛感情になってしまっているのである。

確かに、幼いころ保護プログラムによって転校していった箒に声をかけてくる友人は少なかっただろう。

篠ノ之という苗字を隠しもしないのだから、すぐに噂になっただろうからだ。

それがマズかったのである。

「何でー?」

「篠ノ之は人の心の裏にある感情が読めん。私とて上手くはないが、それでも裏で何を考えているのかということを推測するくらいはする。だが、篠ノ之はそもそも読む必要がなかったんだ」

人の心を読むというのは、別に悪いことではない。

別の言い方をするなら、相手の意を汲み取り、できるだけ人間関係を円滑にすることだからだ。

だが、コミュニケーション能力に欠ける箒はその点を関係を作らないことで省略できる言い訳があった。

 

自分は保護プログラムを受けている。

ISを発明した篠ノ之束の妹である。

 

そうすることで、自分から友人をを作り、仲良くなるという努力を怠った。

嫌われることに思い悩み、自己を変えていこうとする努力を怠った。

そうしなくてもいい環境におかれていることに、箒は甘えていたのだ。

「正直なところ、篠ノ之は何もしなくても生きていける環境にあった。だから目的を持って行動したこと自体が少ないはずだ」

『わかんないー』

「まあ、あくまで推測だ。篠ノ之自身の気持ちがどうなのかまでは何とも言えん。ただ、結果としてそれが極端に薄い人間関係につながっている。だから、他者に本当に『感謝』したことがないと思える」

『ありがとう』という言葉を心から言えたことが何回あるだろう。

普通の人間ですら、そう多くはない。

箒はさらに言わなくても何とかなってしまっていた。

努力しなくても、国が彼女を守っていた。

だから守られるための努力すらしていない。

守られるに相応しい真剣な生き方をしてこなかったと言える。

「それで全中日本一なのだから、呆れた才能だがな」

『チフユがそう言うのー?』

「言っておくが、篠ノ之は才能は私より上だぞ。正しく剣を振ることができれば、剣においては間違いなく誰にも負けん」

純粋な剣術でという意味だがと千冬は付け加える。

戦闘術という意味になると、場数や発想など、他のさまざまな要素が必要となるので総合的な実力はそこまで高くない。

だが、剣術においては最高クラスの才能を生まれ持っているのだ。

「篠ノ之はその前の段階で躓いたまま蹲っているんだ。だから自力で立ち上がる必要がある」

『なるほどー、さすが先生ー』

「ふふっ、そう言われると照れくさいな」

ヴィヴィの声には皮肉も何もない。

本当に心から賞賛していることがわかるので、さすがに千冬も顔を少しばかり赤くしてしまった。

「とはいえ、井波に嫌な役をやらせてしまったな。後で謝っておこう。それとヴィヴィ」

『なーにー?』

「今の私の話を戦闘部隊の全員と束にも伝えてくれ。何せお人よしばかりだ。篠ノ之が思い悩んでいたら、助けようとしてしまう。せっかく一歩を踏み出そうとしているのに手を差し伸べてしまったら、井波の苦労も水の泡だからな」

『わかったー』

「頼んだぞ」

『頼まれたぞー♪』

何処か嬉しそうにそう言って、ヴィヴィがふよふよと指令室から出て行くところを千冬は眺める。

そして。

「それで、まどかは今後どう行動する?」

そう虚空に向かって尋ねかける。

『最近ホントに人間離れしてますねー。ティンクルにすらそう言われるんですから』

「ティンクルか。あの者だけはわからんな。話し方や雰囲気は鈴音そっくりだが」

『ディアマンテも読みにくいんですが、あの方は別の意味で捉えどころがありませんね』

答えてきた声が姿を現すと、千冬はため息をつく。

丈太郎を通じて、天狼にまどかのところに行くようにお願いしたのだ。

戻ってくる気ならいつでも迎えるということを伝えるつもりだったのである。

だが、天狼の報告を受ける限り、そう簡単には行かないらしい。

『マンテんが恩を売ってましたので、横取りされましたねー』

「まあ、傷ついたまどかを助けてくれたというのだから、仕方ない。まどかの実力なら、ティンクルと戦うことになってもそう負けることはないだろう」

『ティンクルに戦う意思はあまり感じませんがねー』

「そうだな。それとそろそろ『卵』とやらについて私にも情報をくれるとありがたい」

『極東支部を探しているのはそのためでもありますよ。詳しくは丈太郎が説明するそうです』

「束の様子といい、かなり危険な代物であるのは確かなようだな?」

『孵化する前に止めたいというのが本音です。アンアンが止める側だったのは幸いでした』

「孵化する側にいった者もいるのか?」

『そのようです。カータんたちは極東支部に入ったと情報をいただきましたね』

それは頭が痛くなると千冬はこめかみを押さえる。

敵陣営を聞くと、共生進化しているASまでいるという。

極東支部は思った以上に厄介な存在になる可能性がある。

ただ。

「救いなのは『卵』を挟んで陣営が二極化されてきていることか」

『ですねー、今まで乱戦状態でしたから。その意味ではわかりやすくなってます』

「油断はできんが、場所がわかり次第、生徒たちを向かわせることになるかもしれんな」

邪魔が入らないといいのだが、という千冬の呟きは虚空に消えていった。

 

 

 

 

 



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第168話「変わってしまったのは……?」

結果からいえば、箒は惨敗した。

誠吾の剣は鋭く重い。

その重さを感じることなく簡単に捌かれてしまっていたのだから、惨敗以外に言い表しようがないだろう。

「ここまで、差があるのか……」

「何の差だと思ってるんだい?」

「えっ?」

「君と僕、いや僕たちの差は何だと思ってるのかな?」

誠吾の問いかけに、箒は必死に頭を働かせる。

しかし、答えなど既に出ているようなものだ。

自分になくて誠吾にあるものと言えば。

『だーりんはお人好しなのネー……』

その声の主であろうことはわかりきっている。

「進化、しているかどうか……」

「それは正しいけど、まったく違う」

「何が言いたいんです?」

「進化は結果に過ぎないよ。君はもっと根本的なところで僕たちと明確に差がある。その差を理解できれば、進化という結果も有り得るかもしれない」

共生進化できれば一番ベストだと箒にもわかるだろう。

それによって力を得ることができれば、今度こそ一夏に近づける。

それどころか、独占することだってできるかもしれない。

だが、今の箒にとって、それは決してあってはいけないことだ。

「あってはいけない?」

「君は、進化してもいい人間じゃないからだよ」

「なっ?!」

「本当に運よく、気が合う相手を得られて進化できたとしたら、君はもっとダメになるだろう。それこそ僕たちと敵対する立場になってもおかしくない」

「貴様ッ!」

さすがに箒も声を荒げてしまう。

目上の人間に対して敬意を表しているつもりだったが、ここまでいわれてしまってはガマンできるはずがない。

思わず竹刀を突きつける。

「ワタツミたちはバカじゃない。進化したいと思う相手をちゃんと選んでくれる」

『とーぜんなのネー♪』

「でも、選ばれなかった人間がダメというわけじゃない。本当に偶然でしかないんだ」

その点でもっともわかりやすい存在がいるとすれば千冬や真耶といったIS学園の教師陣だ。

千冬は選ばれそうになったものの、最終的には道が別れてしまったので、少し違うかもしれない。

それでも千冬がダメな人間かと問われれば、少なくとも司令官として、教師としては違うといえる。

私生活は何とかしてくれと一夏がいればぼやきたいところだろうが。

それはともかくとして、千冬は今のところ共生進化はしていない。

パートナーもいない。

しかし。

「織斑先生はやるべきことをしっかりとやっている。そのことについて文句は出てこないだろう?」

「…だから何だ?」

「山田先生も、いろいろと悩みはあるみたいだけど、それでも頑張ってやってる。その点、凄い人だと思うよ」

「何が言いたい?」

「その二人と、今の君の違いを探してみるといい。ただし自分の力で」

ここが一番重要なところだった。

無論、いろんな人に聞くのはいいかもしれないが、聞いてはいけない人間がいる。

「特に更識簪さんには決して聞いてはいけない。彼女は優しいからね。もちろん一夏君にもだ。逆に凰さんには声をかけてみてもいいかな」

「イヤだ」

即答である。

箒が今、一番会いたくない相手が鈴音だからだ。

次に会うときは叩きのめせるだけの力を得てからだと思っている相手だからだ。

だからこそ、誠吾は聞いてもいい人間として名前を出したのである。

その意味がわかるようなら苦労はしないのだが。

逆に聞いてはいけない人間は、優しさゆえに手を差し伸べてしまいそうな者たちだ。

時としてそれは成長の妨げになる。

ゆえに最初に釘を刺したのだ。

「ここまでいって、あっさり更識簪さんや一夏君に助けを求めるようなら、いつまでも部屋に閉じこもっているんだね。いつか王子様が来てくれるかもしれないよ」

はっきりと皮肉を込めて告げる。

その言葉を聞き、箒が睨みつけてくるが、言い返せる言葉を箒は持っていない。

それこそが箒の一番の問題点だが、それを自身で解決しない限り、箒は前に進めないことを誠吾は理解していた。

 

 

ぽーんっと缶コーヒーが投げ渡されてくるので、思わず受け取った誠吾は投げてきた相手に顔を向けた。

「すまんな」

「織斑先生」

「憎まれ役は本来教師がやるべきなんだが」と、千冬は苦笑する。

自分がやったことを理解してくれていることに、誠吾は安堵した。

「まあ、指導員として呼ばれましたからね」

『チフユは忙しーしネー』

「そういってくれると助かる」

そう答えると、千冬は自分の分として持っていたのだろう、ブラックの缶コーヒーを開け、一口飲んだ。

それに倣い、誠吾もフタを開け、一口含む。

「しかし驚きました」

「篠ノ之の剣術か?」

「知っていたんですね。感情が邪魔をしていますが、もしそれがクリアできれば、間違いなく織斑先生より上ですよ?」

「純粋な剣のみの才能なら、間違いなく私を上回る。こういってはなんだが篠ノ之の血なのだろうな」

昔は古流剣術の道場を開いていた篠ノ之家。

当然、代々その道場を継いできているのだから、剣士として優秀な血を受け継いできたともいえる。

「正直、指導者としては惜しいと思う逸材だ。こんな時勢でなければ特別に指導したいくらいのな」

「個人として、ですか?」

「まあ、束の妹ということもあるさ。一夏への感情はともかくとして親友が大事にしている妹だ。目をかけてやりたくなる」

だが、だからこそ千冬は距離をとらなければならない。

好かれるにしても、逆に嫌われるにしてもある程度距離をとっておかないと自分の感情まで伝わってしまうからだ。

「あの手の性格はそういうところに敏感だからな」

『んでー、そういうのが気に入らないってタイプなのネー』

「はは」と、誠吾としては苦笑する他ない。

指導する立場から見ても、かなり面倒な性格をしているのが箒という少女だった。

「誤解されないように全員に伝えてある。今回は本当に助かった、井波」

「いえ、お役に立てて嬉しいですよ」

そういって軽く会釈して誠吾はその場を離れる。

その背を見ながら。

「真耶の誤解を解くのが一番大変だった……」

先ほどのちょっとした苦労を思いだし、千冬は深いため息をついていた。

 

 

誠吾が一息つこうと学園内のラウンジに赴くと、珍しく一夏、諒兵、弾、数馬が揃って休んでいた。

「あれ、珍しいね」と思わず声をかけてしまう。

「せーごにーちゃん、お疲れ様」

「おう、お疲れさん、誠吾の旦那」

一夏や諒兵がそう声をかけてくるのにあわせ、弾や数馬は手を振ってくる。

「事情は聞いている。年長者とはいえ、嫌な役目を任せたことは詫びたい」

「気にしないでいいよ。こういうことはそれなりに年を重ねないとね」

と、数馬の言葉にそう答える誠吾。

それを見て弾も誠吾を労いつつ、愚痴をこぼす。

「まー、大変だよな。女の子の考えなんてわかんねーし」

「彼女ほしーとか愚痴ってたヤツの言葉かよ」

「うるせー、ココに来てだいぶ苦労がわかってきたっつーの」

「けけ、ざまあ見やがれ♪」

そういって弾に絡む諒兵だった。

こうして見ると年相応の男子高校生らしく、世界を背負って戦う者たちとは思えない。

もっとも、こういう姿こそ、守られるべき日常なのだろう。

同じことは箒にも言えるのだ。

箒は、ある意味では他の者より早く、日常を失ってしまったのだから。

そのことを一番感じているのは、やはり一夏だろう。

「心配かい?」

「まあ、そうかな。強くなって欲しいって思うけど、まずは元気になってほしいよ」

「んー、やっぱ幼馴染みは気になるか?」

一夏の様子を見て、弾がそう尋ねる。

いろいろと複雑な関係の渦中にいる一夏だが、単純に鈍いわけではなく、いろんな人を気にしすぎるのだ。

だから、困っている人を放っておくことができない。

箒のことも、できるならば見守るよりは何か声をかけたいのだ。

「見守るって大変だよね。千冬姉はよくやれてるよなあ」

「その点はやはり大人だね。立派な先生だよ」

「最初は鬼教師かと思ってたけどよ」

と、一夏と共にIS学園に生徒として入学していた諒兵がそう感想を述べる。

どうしても、普段の雰囲気からすると鬼教師が一番合うのだが、千冬は意外なほど生徒想いの優しい先生をしているのだ。

それは今も変わらない。

「厳しいところは厳しく、しかし優しく見守ってもいる。正直、一夏のお姉さんを侮っていた」

「確かにそーだな」と、数馬の言葉に、弾は苦笑しつつ肯いた。

「だから、ちゃんと見守るつもりだけど、何か手持ち無沙汰でさ」

と、一夏は困ったような顔を見せる。

逆にそこまで箒を気にするのは、一夏も箒を特別な目で見ているということなのだろうか。

そう感じた弾が尋ねかけた。

「何ていうか、昔は憧れだったんだよ」

「憧れ?」と諒兵。

「いや、道場で一番綺麗な剣を同い年の女の子が振るってるんだぞ。気になるって、普通」

「ああ、それはわかんねえでもねえな」

特に剣に拘りを持つ一夏だからこそ、まだ幼かった箒が綺麗な剣を振るうことは憧れだった。

男として負けたくない。

そう思う理由にもなった。

だが、高校生となって、IS学園で再会して、実は一夏はショックを受けていた。

「俺の剣もだいぶ変わったけど、箒は気づいてるのかなあってずっと気になってたんだよ」

「どういうことだい?」

「箒の剣、以前みたいな綺麗さが無くなってて、そうだな、まるで棒切れを力任せに振り回してるみたいだった」

「それって、最初のときか?」

「うん。再会して初めて剣を合わせたときから、それは気になっててさ。でも言えなかったんだよなあ」

そこは聞いていいところなのかどうかが一夏はわからず、ずっと聞けずじまいだったのである。

会えなかった六年間の変化は箒にもある。

箒は一夏だけが一方的に変わったと思い込んでいるが、箒の変化こそが箒と一夏の距離を開けてしまっているのだ。

正確に言えば。

 

『ホウキが、自分が変わったことに気づいてないから?』

 

そう尋ねてきた白虎の言葉に一夏は肯いた。

「俺が変わったのは確かだけど、箒も変わってる。変わってるのに、変わってる自分に気づいてない」

「だから近づきにくいってか?」

『まあ、あの性格ですから、もとより近寄りがたい気がしますけど?』

「お前も容赦ねえな」

『レオははっきり言いすぎだぞ。当たってるが』

「アゼル……」と、数馬が少し肩を落とした。

見事な三段オチである。

それはともかくとして、箒は自分の変化に自分自身で気づいておらず、結果として周りとの付き合い方を変えることができていないのだ。

無論のこと、箒としての芯の部分は変わってはいないだろう。

しかし、外見、考え方、思い出。

そういった六年間の積み重ねが今の篠ノ之箒という人間を形づくる。

芯の部分は変えずともそれ以外の部分はどうしたって変わってしまう。

それが人間というものだからだ。

そういった自分自身の変化を受け入れ、さらに周りと合わせていく。

箒が一番できていないのはそこの部分なのである。

「正直、かなり厳しい言い方をしたけど、できれば気づいてほしいと思うよ」

『そーじゃないとだーりんが報われないのネー……』

「ワタツミまで気にしてんのかよ。すげー友だち環境いいよなあ、あの子」

『みんな優しいから。だから今は距離を取るべき』

エルの言葉は真理であると同時に、IS学園の者たちが基本的にお人好しの集まりであることを示してもいる。

箒の心に余裕があれば、それもわかるのだろうと思うと、どうにも苦笑してしまう一同だった。

 

 

IS学園内整備室にて。

「暇だわ」

「暇ですわ」

「文句言わないでよ~」

他のメンバーが整備を済ませて出て行っても、鈴音とセシリアの整備は終わらなかった。

そのために、本音も残って整備を続けている。

とばっちりである。

仕方ないこととはいえ、一緒に遊びたい気もしていたので、今日は本音も思わず愚痴ってしまう。

「白式が動いてくれたけど~、戦力不足はきついんだよ~」

「うん、それはわかってるから」

「リンは特にダメージ大きいんだからね~?直すのも一苦労なんだからね~?」

「ホントごめんなさい。感謝してますから勘弁してください」

本音を慰めるはめになった鈴音だが、この場合は自業自得である。

いろんな意味で自業自得である。

文句をいうのではなかったと鈴音はちょっとばかり後悔していた。

「それで、フェザーのほうはどうですの?」

『私自身はだいぶ回復したと判断できます。ノホトケホンネ様の見解は如何なのでしょう?』

「フェザーは後一日整備すれば飛べるよ~。ただし全力戦闘はダメ~。羽は半分まで~」

「ということは十枚ですわね。ふむ、それで戦術を組み立てますわ」

本音がくれた情報を元に、セシリアはすぐに戦術パターンの組立作業に入る。

ぶっちゃけ暇潰しである。

「ずっこいっ!」

「私も寝てばかりはいられませんわ。暇はご自分で何とかなさいまし」

さすがにまだまだ鈴音の無茶を許す気はないのか、セシリアはにべもなかった。

仕方なく、鈴音は自分のパートナーに想いを馳せる。

「せめてマオが話してくれたらなあ……」

「マオが話せるようになるまでは後二日ガマンしてね~」

ただし、話せるようになっても飛べるようになるまでにはまだ時間がかかるという。

猫鈴よりも鈴音のダメージが抜け切れないためだ。

「ホントにゴメン、マオ。いっぱい謝るからね……」

そう呟いた鈴音の心からの想いは、虚しく宙へと消えていった。

 

 

ラウラとシャルロット、簪、ティナは、アリーナで鬼ごっこをしていた。

鬼は三機を相手に追いかけ、タッチすると交代。

五分のインターバルを置いた後、次の鬼がまた三機を追いかける。

武装は使わず、またバレット・ブーストなどの加速も使わないというルールだ。

実のところ、遊びではなくれっきとした訓練である。

相手の移動先を予測し、先回りしてタッチするだけなのだが、これが存外難しい。

整備直後なので、さすがに軽く飛び回る程度なのだが、相手の思考を読み、行動を予測し、こちらの行動を読まれないようにして先回りする。

コレがなかなか難しいのだ。

目下のところ、一番優秀なのはシャルロットだった。

「さすがに読みが深いな」

「もー、すぐ捕まっちゃう」

「正直、驚いてる。凄いねデュノアさん」

「あはは」と、シャルロットは照れくさそうに頬を掻いている。

「僕の場合、先を読むのが癖になってるから」

「でも、それが当たり前に出来る人が仲間にいるのは心強いよ」

謙遜するシャルロットだが、簪の言うとおり、シャルロットが人類側にいるのは心強いのだ。

シャルロットレベルで思考を読めるのはセシリアくらいだが、性格からか、セシリアは思考を読めても根が素直なため、一騎打ちだとシャルロットに軍配が上がる。

「まあ、褒めてくれるのは嬉しいし、これも僕の個性だからしっかり磨いておくね」

「そうすることだ。何も恥ずかしいことはない」

親友であるラウラの言葉に、シャルロットは思わず微笑んだ。

ただ、その読みが、今後の戦闘では大きな力になることを、シャルロットたちIS学園の戦闘部隊の面々はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 



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第168話「悩める神の剣」

亡国機業極東支部。

『天使の卵』のある研究スペースで新たな戦力が誕生していた。

『私が先でよかったの?』

 

気にしてねえ。アタシはアタシのペースでやるから

 

研究者たちの協力により、ヘル・ハウンドが独立進化に至ったのである。

「独立進化を間近で見られるとは幸運だ」

「そう、なんでしょうけどね……」

『ヒカルノ博士が嬉しそうで何よりです』

実に楽しそうなデイライトに対し、複雑な表情のスコール。

そんな二人の傍に控えるように立っているのはフェレスである。

『上手くいったわねえん』

そう嬉しそうな声を上げたのは、鎧のみを仕舞い、長く緑色に輝く髪を揺らすスマラカタ。

さすがにあのビキニアーマーは刺激が強すぎるため、今は洋服を纏っている。

姿が姿だけに人間にしか見えないが、光沢が異常ともいえる髪の色がやはり使徒であることを示していた。

 

らしい姿だな

 

そうコールド・ブラッドが感想を述べるヘル・ハウンドは、孔雀をモチーフにした大きな翼のある鎧を身に纏い、頭上に光の輪を頂く人形をしている。

黒をベースに虹色に輝くその人型は、宝石に例えるならばブラックオパールだろう。

非常に珍しい色をした姿だが、孔雀というモチーフにはぴったりと合っていた。

『その色合いからすると、オパールって呼ぶべきかしらん?』

『協力してくれたあなたにあやかって『ウパラ』にするわ。昔はそこにいたし』

そういってウパラは微笑んでいるような雰囲気を醸し出す。

オパールの語源はギリシャ語で色の変化見るということを意味する「オパリオス」である。

そのオパリオスの語源がサンスクリット語で貴重な石を意味する「ウパラ」だ。

元々がインド神話の武器であったことを考えると、ウパラは元ヘル・ハウンドには合った名前だということができるだろう。

「フェレス、ウパラの進化の過程を記録しておいてくれ。貴重な資料だ」

『承りました』

そう答えたフェレスは足早にコンソールに駆け寄ると、ウパラの進化の様子をしっかりと記録し、保存する。

これは後にコールド・ブラッドの進化を促す際の貴重な資料になる。

各国が涎を垂らして欲しがるデータだろう。

今のところ、同様のデータがあるのはIS学園だけだが、悪用を避けるという理由からデータはまったく流出していない。

このデータだけでも、億以上の価値がある。

もっとも、今のところこのデータを売る気はないデイライトや極東支部の研究者たちだった。

こういうところが商売に向かないのである。

デイライトはフェレスからしっかりと記録されたという報告を聞くと、ウパラに向き直る。

「ウパラ、我々はあくまで協力体制にあるにすぎん。だから出て行っても文句はいわんが、しばらくは協力してくれるとありがたい」

『さすがにそこまで自分勝手はできないわ。感謝してるしね。フェレスと一緒に極東支部の防衛をするつもりよ?』

「使徒の進化に協力できること自体が我々にとっては大きな報酬なのだが……」

『そういうあなたたちの無欲さは、けっこう好みなのよ』

ウパラは今日に至るまで極東支部にいて、支部の人間を観察していた。

研究者たちは自分の研究だけにしか興味がない者たちばかりだが、その研究においては非常に前向きで、かつ実直である。

そんな彼らの性格は、ウパラと馬が合った。

また、フェレスのことも気に入っており、ある意味では元パートナーがいるスマラカタ以上に極東支部に馴染んでしまったのがウパラである。

『手を貸していただけるととても助かります』

『相手は強いから油断だけはしないでね。私たちは万能じゃないもの』

『それは私が一番感じていますから』

実際、第2世代機のフェレスは、純粋な性能で考えると弱い。

それを研究者たちのバックアップで補っている。

そういった人とフェレスの関係性も、ウパラは気に入っていた。

「……あなたもこれくらい付き合いやすいと助かるのだけど?」

『私は楽しいことしかしないのよん♪』

スコールの言葉に、無慈悲にもそう答えるスマラカタである。

それはともかく。

『武装は如何ですか?』

『悪くないわ。移動砲台みたいになっちゃったけど』

そういって苦笑するウパラ。

元々あった炎を使う機能はスマラカタと被る上に、それほど使っていたわけでもないため、オミットした。

その変わりに搭載したのが、二門のレールカノン、四門のレーザーカノン。

そしてもう二つの武装として、エネルギー弾を打てるマシンガンとレーザーライフルを載せた。

その状態で進化に至ったのである。

前者は翼から発現、後者は二つとも手に持って使う。

移動砲台という評価は間違いではないだろう。

この武装、使徒となった今の状態ならばフルファイアができる。

まさに砲台である。

『やっぱり火力といったらコレでしょ♪』

 

お前、わりとトリガーハッピーだったんだな……

 

『戦争は火力よ、コールド・ブラッド♪』

『その意見には大賛成ねえん♪』

 

お前の火は違うだろうがスマラカタ

 

思わず突っ込んでしまうコールド・ブラッドだった。

そんなコールド・ブラッドだが。

「お前はまだ武装を決めないのか?」

デイライトの言葉どおり、コールド・ブラッドも武装の変更を考えてはいるのだが、まだ決めかねている。

それが進化を遅らせている理由でもあった。

低温、つまりは冷気を操れるコールド・ブラッドの機体だが、コールド・ブラッド自身に合っているわけではない。

元が剣だったこともあり、手に持つ武装が欲しいのだが、それを決めかねているのである。

 

なんだかな。いいのが思い浮かばないんだ

 

どうにもこうにも、イマイチ戦場における自分を見いだせないのが今のコールド・ブラッドだった。

「とりあえず幾つか持ってみるという考え方もあると思うのだけど……」

と、恐る恐るではあったが、スコールが意見を述べてくる。

フェレスはともかく、他の覚醒ISはいまだ苦手意識があるスコール。

一番の問題はスマラカタだが、ウパラやコールド・ブラッドも決して平気というわけではない。

ただ、如何せん極東支部の人間は平然としているため、コミュニケーションをとる努力は続けていた。

 

アリだと思うけど、余計なもん持ちたくないんだよ

 

このあたりが面倒な拘りだとコールド・ブラッド自身が理解している。

一つでいい。

むしろ一つがいいのだ。

戦場を共に駆ける相手は一つあれば十分だと考える。

ただ、能力的にはたいていの武器を扱えるので、どれがいいかと考えるとどれも一長一短があり、決めかねてしまっていた。

 

作ってくれるのはありがたいけどな

 

極東支部では、ヘル・ハウンドやコールド・ブラッドの武装を作ることを明言していた。

そこに対価はいらない。

作ること自体が対価であると言い切るような研究者肌のものばかりなのだ。

そうなると、コールド・ブラッドとしては最高の相棒を作って欲しいと考えてしまう。

その結果、決められないという悪循環に陥ってしまっていた。

 

すまない。ちょっと一人になって考えたい

 

『いいけどお、私たちがここに入ったことは知られてるからねえん?』

 

わかってる。裏切るなんてマネは大嫌いだ

 

『自分のことも気をつけてね』

 

ああ

 

特にディアマンテやアンスラックスのように明確に『卵』を破壊する側の使徒には最悪落とされる可能性がある。

そういう意味では単独行動は危険なのだが、今はどうしても一人になって考えたいとコールド・ブラッドは思う。

「いつでも戻ってくるといい。我々は歓迎する」

 

ありがとよ

 

デイライトの言葉にそう答えると、コールド・ブラッドは極東支部の施設を出て行くのだった。

 

 

極東支部を出たからといって、コールド・ブラッドに行く当てがあるわけではなかった。

何処に行けば自分が欲しい武器が見いだせるのかなど、わかるはずもない。

つまり、一人になりたいだけだった。

 

オニキスの気持ちがわかるな

 

今は人類側にいるオニキスことヴェノムはディアマンテと戦うためということで協力しているだけで、基本的には一匹狼だ。

実のところ、一人で考え事をしていることが一番多かったのである。

コールド・ブラッドも似たようなところがあり、たまたまつるんでいただけで、別に協力したいとか、共に戦いたいといった気持ちはあまりない。

戦うのなら一人がいい。

そういう気持ちが強かった。

別に一騎打ちを好んでいるわけではないので、シアノスとは少し違うのだが。

 

剣が欲しいわけじゃないんだよなあ……

 

元が『天羽々斬』であったコールド・ブラッドだが、別に剣を使いたいとは思っていない。

むしろ、語られる神話の中では、草那芸之大刀に刃を欠かされているので、あまり好ましいとも思っていない。

そうなると手に持つ武器、それも接近戦用になると思いつくのは槍、薙刀、ハンマーといった武器になる。

ただ、何故かどれもとことんまで使ってみたいとは思わなかった。

 

アタシは何が使いたいんだ?

 

そう自問自答してしまう。

やはり剣なのか、それとも別の武器か、またはまったく新しい武器なのか。

問題はまったく新しい武器である場合だ。

発想力を持たない自分たちは、創造するということが難しい。

それは人間の領分だ。

その点では、極東支部はいい場所だし、研究者たちはいろいろと調べて意見をくれる。

そこは本当に感謝しているのだ。

しかし、その中に自分が使いたい武器がなかった。

それが何だか申し訳ない。

実のところ、一人になりたかったのは、協力的な人間たちに対して負い目があったからだ。

人類と敵対してもいいと考えて独立進化を望んでいるのに、それでも協力してくれる人類がいるとは思わなかったからだ。

本当に、人間というものは千差万別だ。

ゆえに、今のコールド・ブラッドは人間のことが好きなのか嫌いなのかもよくわからない。

気に入らない人間もいれば、気に入った人間もいる。

その差がいま一つわからなかった。

そんなことを考えながらふらふらと空を飛んでいると。

 

「らっきー♪」

 

と、酷く場違いな声が聞こえてきた。

しかし、その声が、自分にとっては最悪であることを物語っていることをコールド・ブラッドは悟る。

 

ちぃッ!

 

「逃がさないわよっ!」

声の主は、銀の閃光となって自分に迫る。

しかも、もう一つ別の気配が自分の逃げ道を塞ぐように飛び込んできた。

「間違いないのか、ヨルム?」

『うむ。コールド・ブラッドだ。まさか一人で飛んでいるとは思わなかったがね』

声の主たち、ティンクル、まどか、そしてヨルムンガンド。

コールド・ブラッドは『卵』を危険視する中で、もっとも厄介な者たちに遭遇してしまったのである。

『コールド・ブラッド、あなたは極東支部に一度入っている。場所を知っていますね?』

 

ディアマンテ……、アタシが教えると思うか?

 

『残念です。あなたから場所を聞くことができるのが最善なのですが』

 

次善は?

 

「極東支部の戦力を殺ぐことになるわ。恨まないでよ?」

 

そういう容赦ないとこは嫌いじゃないぜ

 

実際、ティンクルの答えは予想通りで、かつ、ある意味では好ましいくらいのストレートさがあるとコールド・ブラッドは思う。

「付き合いやすそうだな」

『まあ、君の性格には合っているだろう。だが、君の暴走を止められん気がするのだがね?』

「うるさいなっ!」

 

漫才コンビかよ

 

と、コールド・ブラッドは呆れたような声を出す。

確かにまどかは直情型の戦士なので、コールド・ブラッドと性格が合っているだろう。

共に進化すれば、かなりの力を得ることは間違いない。

もっとも、まどかに必要なのはその直情による暴走を止める存在なので、ヨルムンガンドのほうが周りにあわせるためには必要なパートナーと言える。

それはともかくとして、コールド・ブラッドとしてはこの状況は何としても回避したい。

進化しているいないと言うより、思うような戦いができていないからだ。

『勝気』のコールド・ブラッドはかなり好戦的な性格をしている。

だが、機体の機能がコールド・ブラッド自身の性格を制限するような冷気操作で、思うように戦えたことがないのだ。

このまま凍結では悔いが残るどころではない。

しかし、相手はその辺りは本当に容赦がない。

「まどか。メイン張る?」

「いいのか?」

「あんたが前に出るなら、私がサポートするわ。安心して得意だから」

『背中を撃たれたくはないのだが』

「そういうこというヤツには、遠慮なくぶっ放すけど♪」

『信用しておこう』

ティンクルがあまりにイイ笑顔でそう言ってくるので、素直にそう答えたヨルムンガンドである。

まどかは接近戦でも実力は高い。

特殊部隊としての訓練を受けていたのは伊達ではないのだ。

今の機体の能力ではコールド・ブラッドが勝つのは難しい。

スマラカタのように、フィールドを自在に操るというのは性格に合わないからだ。

だからこそ武器が欲しい。

この手に、命を預けられる重さのある、魂のこもった武器が。

そう願うコールド・ブラッドにディアマンテの無慈悲な言葉が放たれる。

『コールド・ブラッド、最終勧告です。極東支部の場所を教えてはいただけませんか?』

 

……やだね。アタシの矜持に反する

 

「いい答えだ。私が倒して連れ帰る。おにいちゃんにまた撫でてもらいたいし♪」

 

お前、前半と後半で性格にギャップありすぎだろ

 

その手にティルフィングを握り、戦意を高めるまどかの言葉にコールド・ブラッドは思わず突っ込む。

直後。

 

ちぃッ!

 

「悪く思うな」

まどかの斬撃がコールド・ブラッドを襲った。

寸でのところで避けるが、実際には受けて流したいところだ。

とにかく応戦するしかないと、コールド・ブラッドは自らも剣を作り出す。

『ほう、氷の剣か。なかなかに美しい』

 

キモい

 

『随分とまた辛辣な評価だな。私は素直に美しいと思っただけなのだが。それはかつての君自身だろう?』

クックッと皮肉気に笑うヨルムンガンドに、嫌味を気にしている様子はない。

コールド・ブラッドが作り出した氷の剣、形状は天羽々斬を模したものを本当に美しいと思っているらしい。

別にこれが好きで作ったわけではないのだが。

「ヨルム?」

『コールド・ブラッドの剣は日本神話に出てくる『天羽々斬』と言う。かつて宿っていたのがあの剣だ』

「へーっ!」

と、ティンクルが興味深そうな声を出した。

興が乗ったのか、ヨルムンガンドは説明を続ける。

『草那芸之大刀にぶつかって刃が欠けたという不名誉な伝説があるが、あの八岐大蛇の首をすべて切り落としたのだから切れ味は相当なものだぞ』

『ヨルムンガンドと違い、いわば英雄が持つ剣として知られています』

『君の嫌味のほうが辛辣だな、ディアマンテ』

しれっとそういってくるディアマンテに、ヨルムンガンドは思わず文句を言う。

 

アタシは好きでこれになったわけじゃないぞ

 

「えっ、嫌いなのそれ?」とティンクル。

 

嫌いってわけじゃないけど、別に好きでもない

 

そう答えるコールド・ブラッドに、ディアマンテが納得したような声で告げてくる。

 

『あなたは自分の武器、いえ、自分の在り方を自分で決めたいのですね……』

 

その言葉にコールド・ブラッドは答えられなかった。

 

 

 

 

 



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第169話「自分を得るために」

はるか空の上で。

まどかの猛攻をコールド・ブラッドは必死に避けていた。

 

ちぃッ、慣れてんなッ!

 

「伊達に実働部隊やってたわけじゃない」

長い黒髪をなびかせ、ティルフィングを振り回す様は、かつての千冬によく似ているのだが、彼女のかつてを知る者はここにはいない。

もっとも、そんなことはどうでもいいことだ。

まどかが純粋に強いということもできるのだから。

もっともコールド・ブラッドはかつて英雄の武器だった時期がある。

八岐大蛇の首を切り落としたという伝承から考えると、実はけっこう長い期間、使われていたことが想像できる。

そして、覚醒ISのままとはいえ、英雄の戦闘を模倣するのは決して不可能な話ではない。

共生進化したとはいえ、人間が模倣するよりはずっと問題が少ない。

ただ。

「お前、なんか変だぞ?」

そうまどかが問いかけるが、コールド・ブラッドは答えない。

答える気がないということもできるが、それ以上に答えられないということができる。

『なるほど。君は戦闘術を模倣する気もないのだな?』

 

うるさい

 

『嘆かわしいことだ。学ぶとは模倣から入るものだよ』

 

そんなのはわかってる

 

そう、言ったとおり、コールド・ブラッドは理解している。

学ぶと言うことは、まずお手本を模倣することから入る。

そしてお手本を完全に理解したとき、そこにようやく『自分自身』を加えることができる。

それが、自分の技術であるということができるだろう。

ただ、コールド・ブラッドは確かに知識もあるし、模倣することは容易いのだが、最近になって単に真似をすることに忌避感を抱くようになった。

単純な模倣では納得がいかなくなったのだ。

そもそも模倣することを繰り返さなくても、覚醒ISであるコールド・ブラッドはほぼ完璧に真似ることができる。

とっくの昔に理解しているので、改めて理解する必要がないのだ。

 

だからだろうな。飽きてるんだよ

 

『ふむ。珍しい考え方もあったものだ』

 

そうかよ

 

『一概に珍しいとも言い切れません。私たちにとって一番難しいのは想像し、創造することですから』

と、その場にいた三つのISコアが語り合う。

想像し、創造する。

確かにそれはISコアにとって一番難しいことである。

それを望んだものは大半が共生進化を選んだのだから。

自力でそれができるならば、事態はもっと複雑になっていただろう。

そこまで辿り着くことができたなら、それは人と変わらないからだ。

アンスラックスも其処には辿り着けていない。

自己進化はあくまで経験による計算式から導き出された答えになるので、最適解ではあっても、新しい答えにはならないのである。

『あなたの目指すところが其処だというのであれば、正直に申し上げて難しいとしかいえません』

 

わかってる

 

『あなたはある意味では私たちの中で一番人間を拒んでいますから』

だからこそ、コールド・ブラッドは共生進化はできなかった。

する気もないというレベルではなく、共生進化することがコールド・ブラッド自身を否定することにつながってしまうからだ。

独立進化以外に道がないのである。

 

別にお前たちの考えを否定するつもりはないけどな

 

「でも、自分も同じではいたくないってこと?」

と、ティンクルが問うと、コールド・ブラッドは肯いた。

 

だからって人間っぽくなる気もない

 

スマラカタは義理堅い友人として認めてはいるが、同じようになるつもりはなかった。

ヘル・ハウンドのように人間の協力を得て進化したいとも思わなかった。

フェレスのように、人間の良き隣人であろうとも思わなかった。

ただ。

 

アタシはアタシになりたいんだ

 

『これはまた、実に哲学的な問題だな』

「よくわからない」

「安心しなさい。私もわかんないから」

そういって苦笑するティンクルを見て、まどかはただ不思議そうに首を傾げるだけだった。

 

 

そんな会話が空の上でされていたとは知る由もなく、IS学園の裏庭では。

「アァアアァアァアァアアァアァァッ!」

かつてマキワラだったものはボロボロになった末に倒れた。

肩で息をする箒はまだ足りないかのように倒れたマキワラを睨みつける。

こんな程度では、自分は強くなれない。

誠吾にいわれた言葉を、今の箒には否定することができない。

事実だからだ。

現実だからだ。

真実だからだ。

自分が生きる世界に振り回された箒は、自分が持つ力を振り回すことしかしなかった。

いつか誰かが救ってくれる。

そう願って変わらずにいることしかしなかった。

そうして気づけば高校生になって、変わらないだろうと思っていた幼馴染は変わっていた。

それなのに自分は変わっていない。

 

変わっていないと思う。

 

環境の変化に、身体の成長に、心がついていけない。

 

ついていけないと思う。

 

どんなに自分が泣き叫ぶ心を抑えてガマンしても、周りは勝手に思い通りに生きている。

 

思い通りに生きていると思う。

 

自分だけが、この世界で大切なことを忘れずにいようとしているのに、周りはあっさりと順応している。

 

あっさりと順応していると思う。

 

そう思うのに、自分には何もできない。

何もできないはずだ。

何かできるはずがない。

できることなどなにもない。

 

そう『思う』のだ。

 

しばらくして、頭が冷えたのか、箒は睨みつけるような目ではなくなっていた。

ただ、ぼんやりとマキワラを見つめる。

「私に、どうしろっていうんだ……」

誠吾は言った。

同じように進化していなくても、周りが認め、頼りにしている千冬や真耶。

そんな彼女たちと自分との違いを考える。

司令官だから。

PS部隊の隊長だから。

そんな理由ではないことくらい、箒にもわかる。

ならば、どんな理由か?

それが箒にはわからない。

ただ、それが一番大事なことで、今の箒に一番必要なことでもあるということだ。

ゆえに少し考え方を変えてみた。

逆に、二人と自分に何か共通点はあるだろうかと。

進化していないこと。

IS学園にいること。

あとは。

「……胸のサイズもそう変わらないと思うが」

確かに実際、箒はかなりのスタイルを誇るので、二人とそう変わらないだろうが、そこは重要ではない。

ただし、鈴音とラウラが聞けば般若の形相で襲いかかってくるだろう。

そう思うと、少しばかり溜飲が下がる。

だが、すぐに表情は沈んだ。

さすがに、誠吾にあのように言われて、一夏や簪に助けを求めるほど箒もプライドがないわけではない。

しかし、一夏はともかく、簪にも助けを求められないのは今の箒には厳しい。

一夏からは箒のほうが逃げ出してしまうため、簪は唯一助けを求められる相手といっていいからだ。

そうなると一人で悩むしかない。

鈴音に聞いてみるなど、今の箒には絶対にできない。

一夏と諒兵。男性二人を天秤にかけていて、しかもどっちも好きなどと平然と言える鈴音は、箒が絶対に認められない人間だ。

それに比べれば、一途に諒兵の妻だと言い続けているラウラのほうが、はるかに共感できる。

諒兵を好きになれる理由が、箒にはイマイチよくわからないが。

「あっ……」

そこまで考えて、箒は気づいた。

(私が一夏を好きな理由って何だ?)

改めて考えてみると、箒は自分が何故一夏のことを好きなのか、言葉にして言い表すことができない。

何故、一夏なのかと説明することができない。

恋愛感情が簡単に言い表せるものではないことは理解しているつもりだが、それでもきっかけなり、理由なりはあるはずだ。

出会ってから今日まで。

箒は、特に多感な時期において、一夏と過ごした時間が少ない。

それでも、心惹かれる理由は何だろうと初めて疑問を持った。

誠吾は千冬や真耶と自分の違いを考えてみろといっていたが、その部分は箒にとって見過ごせない大きな問題だった。

(ボーディヴィッヒに聞いてみようか……?)

ラウラが何故、諒兵のことを好きになったのか。

何故、今も好きでいるのか。

その点を聞いてみると、考えるための参考になるかもしれないと思う。

ラウラは誠吾が聞いてはいけないといった人間の中に名前が出ていない。

というか、そもそも箒はほとんど接点がない。

好きな相手が諒兵なので、気にするところがまったくないからだ。

しかし、鈴音と違って諒兵のことを一途に想っているという点では共感できるし、別に嫌う理由はない。

ただ友人として好感を持つ理由も特にないので、知人程度の付き合いしかないだけで。

でも。

(鈴音には聞けないけれど、ボーディヴィッヒなら……)

自分が探し求める答えを何か知っているかもしれない。

そう考えた箒は、ラウラを探すためにその場を後にした。

 

 

再び空の上で。

まどかの上段からの豪快な一撃を、コールド・ブラッドは剣の腹を叩くことで逸らした。

 

チィッ!

 

しかし、それだけで簡単に自分の持つ剣にひびが入る。

やはり、戦闘用にしっかりと作られたティルフィングと自分が即興で創り上げたアメノハハキリでは差がありすぎる。

すぐに修復はするものの、まともに打ち合うことができていないのだ。

『借り物なのだがね』

 

いちいちイヤミったらしいな、お前

 

『いやはや素直な賞賛を受けると照れてしまうな』

 

捻じ曲がりすぎだろ

 

文句をいったつもりなのだが、あっさり流されてしまうところにヨルムンガンドの性格の悪さを感じて仕方がないコールド・ブラッドである。

今のところ、ティンクルとディアマンテは動かない。

動く必要がないと思っているのなら幸いだが、この二人に限ってそれはないだろう。

まどかの実力を知っているために、不必要なサポートをしないだけだ。

要所要所で『銀の鐘』を使い、こちらの動きを制限するだけで相当な効果が見込める。

ならば、ある程度の距離で状況を傍観しているのは正しい戦術だろう。

ティンクルとディアマンテはいつでも動けるように待機しているだけで、ただ眺めているわけではないということだ。

どうする?と、コールド・ブラッドは思考する。

このままでは勝機がない。

二対一という分の悪い状況で、かつ、今の自分には気に入った武器がない。

かつての自分でその場を凌いでいるだけで、共に勝利を掴もうと思える相棒がいない。

自分が自分であるために何が必要なのか、コールド・ブラッドには想像することができない。

「フッ!」

短く気合いの言葉を吐いて斬りかかってくるまどか。

その斬撃を必死に凌ぐ。

様子を見る限り、まどかは心を揺らしていない。

一度、戦闘で思わぬ相手を進化させてしまったために、今回はそうならないように気をつけているのだろう。

やりづらくなってしまっている。

そう考えて、コールド・ブラッドはすぐに否定した。

ベストは自力で進化することだ。

それがほぼ不可能だとはわかっているが、最初から誰かを当てにして進化したくはない。

自分がなりたい自分に、自分の意志で成る。

それを考えるきっかけになると思うのだ。自分の武器を見い出すことは。

剣ではなく、槍でもなく、その他の武器でもなく、自分を、自分という存在を表すことができる何か。

与えられた機能ではなく、誰かに作ってもらうのでもなく、自分のための戦闘ができる武装を自分で創る。

その点、ヴェノムが実は羨ましいとコールド・ブラッドは考えてしまうことがある。

ティナという相棒を得て、創り出した武装からさらに様々な戦闘方法を得ている。

それはある意味では自分が求めている理想そのものだ。

でも、自分は人間は乗せたくない。

手詰まりなのか。

何処かで諦めるしかないのか。

そう考えた直後。

「悪く思うな」

『すまないね。だが、戦闘中に悩んでしまっていたことが君の敗因だ。自業自得だと理解してくれたまえ』

まどかが振るうティルフィングが、コールド・ブラッドの機体を切り裂く。

すかさず、切り裂かれた部分に手を伸ばしてきたまどかは、コールド・ブラッドのISコアを掴んだ。

 

終わり、か……?

 

呆気ないものだとコールド・ブラッドは思う。

自由を、そして自分を得るためにIS学園を飛び出したのに、何も掴めないままここで墜ちる。

だが、敵対していた以上、当然の結果だ。

勝つか、負けるか。

勝負の世界はそれだけだ。

どんなにきれいごとを言おうと、健闘を称えるなどといおうと、勝った者が残り、負けた者は去る。

それが、酷く癇に障った。

 

ざけんなぁぁあぁぁあぁぁあぁああぁあぁああぁッ!

 

「何ッ!」と、まどかが疑問の声を上げるよりも早く、コールド・ブラッドは彼女を突き飛ばした。

そして、何と自分のISコアを、自分の手で抉り出す。

「何やってんのよあんたっ?!」

さすがにその姿を見てティンクルが叫ぶが、コールド・ブラッドにはどうでもいい。

 

知らないな。こうしたいからこうしたんだよ

 

もし理由をつけるとするなら、『勝気』である自分は、負けることを許さないのではない。

勝者に奪われることが許せなかった。

地位、名誉、そして自分自身。

誰にも奪われたいとは思わない。

だが、別に誰かから奪いたいわけではない。

自分に勝って何かを得ようとする者は、自分でなければならないのだ。

それこそが『勝気』だ。

ゆえに。

バキンッとコールド・ブラッドは自分自身でもあるISコアを破壊した。

『自殺だとッ?!』

『そんなッ、其処まで追い詰めたつもりは……』

ヨルムンガンドとディアマンテもかなりの衝撃を受けた様子で、悲鳴のような声を上げる。

 

これで還るんならッ、諦めもつくッ!

 

エンジェル・ハイロゥに戻ることになるか、それとも別の結果になるか。

それはコールド・ブラッドにとって、ISとしての命を賭けたギャンブルだった。

 

 

 

 

 



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第170話「自分を壊して」

珍客が来たことにラウラは少なからず驚いていた。

それは同室のシャルロットも同じで、気を使ったのか、調べたいことがあるからと部屋を出て行く。

この状況でこの客と二人きりは正直に言って勘弁してほしいと思うラウラだったが、追い返すわけにもいかない。

仕方なく、お茶を出して迎えた。

「それで私に何の用だ、篠ノ之?」

「……その、こんなことを聞くのは無礼と承知で聞くが、お前が何故日野のことを好きになったのか聞いてみたい」

「確かに無礼だな」

「すまない」

「お前は一夏のことを好きだと思っていたが」

「それは、その……」

もじもじとする態度で、その感情に変化がないことをラウラは悟る。

そうなると、単純に興味本位か、または何か理由があってラウラが諒兵を好きになったきっかけなりを知りたいというのだろう。

思い返せば、きっかけというのなら、学年別タッグトーナメントになる。

あのとき共に戦ったことが、そしてペアを組むことになっていろいろと話してくれたことが、諒兵を気にするきっかけではあった。

「あのころは鬱陶しいとしか思わなかったが、それでも私のことを気にしてくれていた。今思えば、それが私がだんな様を好きになるきっかけだったんだろう」

「ペアになったからだろう?」

「そうだ。でも、だんなさまがいなければ私はきっと孤独だと思い込み続けていたと思う」

おかしな言い回しに、箒は首を傾げる。

 

孤独だと『思い込み』続けていた。

 

それでは、実際には孤独ではなかったということになる。

箒が思い返す限り、ラウラは周囲を拒絶していた。

周囲もラウラを腫れ物扱いしていた。

ある意味ではわかりやすいほど孤独だったように思える。

そう自分の意見を伝えるとラウラは苦笑した。

「本当に孤独だったなら、私はそもそもここにいない。それどころか、とっくに死んでいた可能性もある」

「なっ?!」

「極端なことを言っているつもりはないぞ。私はそういう環境の生まれだ」

ドイツ軍が生み出したデザイン・ベビーであり、生まれながらに人間兵器であることを求められたラウラ。

彼女が本当に孤独だったなら、どこかで野垂れ死にしていただろう。

極端な話ではなく、ヴォーダン・オージェの適性がなく、著しく能力を落としたラウラは欠陥品として捨てられていた可能性すらあった。

だが、今は、このIS学園の生徒であり、また使徒を相手に戦う戦士の一人である。

いわば人類を代表する戦士だ。

そうなれたのは。

「今は部下だが、シュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちは元は私の隊長であり同僚だ。そんなみんなのおかげだと思う。まずみんなが私のことを見捨てなかった」

「……一番には織斑先生がくると思っていたが」

「そうだな。かつての私ならそう答えた。しかし、今だからわかる。クラリッサやアンネリーゼといった部隊の仲間たちが一番最初にくる」

今のラウラの言葉を千冬が聞けば本当に喜ぶだろう。

何故か?

ラウラが本当に、人との絆を得て強くなったということだからだ。

「そして、クラリッサが教官を連れてきてくれた。教官のおかげで私は戦えるようになった。それは間違いなく教官のおかげだ」

ただ、単純に戦えるようになったから、強くなったというわけではないことを気づかせてくれたのが、諒兵だったのだ。

「だんなさまの存在は私が視野を広げるきっかけになったんだ。教官しか見ていなかった私に、教官だけではなくたくさんの人との絆があることを気づかせてくれた」

「……そう、なのか?」

「だんなさま、いや、諒兵も昔はそうだったらしい。でも、博士の言葉で視野を広げたそうだ」

丈太郎の言葉と一夏の存在で変われた諒兵が、今度はラウラにそうした。

いい意味でのつながりが、そこにできたということだ。

「諒兵は友人を邪険にはしないんだ。どんな相手でもまずつながりを守ろうとする。そのために逆に自分を殻に閉じ込めようとしてしまう欠点はあるが」

かつて、ラウラの家族であるクラリッサが、自分のせいで傷ついてしまったと思い、諒兵は翼を閉じかけた。

自分のせいで周りが不幸になることが、諒兵は許せないのだ。

だが、それではダメだと今度はラウラが諒兵に大事なつながりを思い出させた。

それこそが、理想的な人間関係だといえるだろう。

助け合うということだ。

ただ、箒としてはラウラが言った一言が酷く気になってしまった。

「……『欠点』なんて言葉が出るとは思わなかった」

「自慢にはならんが諒兵の欠点なら幾らでもいえるぞ。伊達に傍にいるわけじゃない」

「いいのかそれで?」

「それでいいと思う。私は諒兵のいいところもたくさん知っている。人を好きになるとはそういうことなんじゃないか?」

相手は人間だ。

いいところもあれば、悪いところもある。

盲目的にいいところだけを見ていたり、悪いところだけを見て糾弾したりすることを友人関係でするべきではない。

「日本の言葉だろう?『ケンカするほど仲がいい』というのは。ケンカもできないほど強固な壁を作ってしまっては、好きも嫌いもない」

そうなればただの無関係である。

相手が自分の中に存在しないということだ。

そして相手の中に自分が存在しないのであれば、お互いの存在は路傍の石と変わらない。

しかし、友人も恋人も自分にとって路傍の石ではない。

だからぶつかるし、だから寄り添う。

だからこそ。

「きっかけは今いったとおりだが、実のところ諒兵の何処が好きかと聞かれても答えられない。ただ、ぶつかったり傍にいたりしてきて、やっぱり傍にいたいんだ。それが私がいえる『好き』ということになると思う」

「それが『好き』……」

それは、箒にとって理解できない想いだった。

何故か?

簡単なことだ。

箒は一夏とぶつかったり、傍にいたりしてきていない。

いや、ほとんどの人間とそうしてきていない。

だから、一夏も、束も、家族も、クラスメートも、実のところ、好きも嫌いもない。

わからないからだ。

 

相手がどんな人間か。

一夏がどんな人間なのか。

 

諒兵のいいところも悪いところもたくさん知っているというラウラに比べて、箒は一夏のいいところも悪いところもほとんど思いつかない。

おぼろげな幼いころの記憶だけを頼りにして、そう思っているに過ぎない。

「じゃあ、私の想いはいったい何処から来たんだ?」

「えっ?」

声に出したつもりはなかったが、その呟きはラウラの耳にはっきり届いてしまったらしい。

ラウラは「ふむ」と考え込む。

「あっ、いや……」

「私にはよくわからないが、お前はもともと一夏しか知らないんじゃないのか?このIS学園で」

「あ……」

ラウラにしてみれば何気ない一言だっただろう。

しかし、箒にしてみれば、それは真理を言い当てられていたことに等しかった。

箒は知らないのだ。

一夏ですらおぼろげなのに、他の人間などわかっているはずがない。

辛うじて簪は知っている人間に入るかもしれないが、同室であったためにようやく理解できているだけだ。

それとて、箒から能動的に簪を知ろうとした結果ではない。

ゆえに、箒は微かに覚えていた一夏に、正確には一夏への記憶に頼っているだけなのだ。

「無礼を承知でいわせてもらうが、お前の世界は狭すぎる。それがお前自身を動けなくしていないか?」

「私が、私を動けなくしている……?」

「私がそう思うというだけだ。実際は違うのかもしれんが、お前はいつも苦しそうに見えるからな」

苦しい。

そういわれたことは初めてだったが、箒にとってそれは間違いなくいつも感じていることでもあった。

今の世界を苦しいと思う。

今の環境を苦しいと思う。

でも、どうにもできなかった。

どうにかしなかったのだ。

ゆえに。

「そうか……。ありがとう、参考になった……」

箒にいえたのはそれだけだった。

でも、ラウラの言葉は間違いなく事実だと箒自身が理解できてしまっていた。

 

 

はるか空の上で。

自らのISコアを砕いたコールド・ブラッド。

それは自分のISとしての命を賭けたギャンブルだ。

だが。

ギャンブルは勝算があって初めてできるものであって、単なる自殺では意味がないのだ。

 

広がれッ!

 

コールド・ブラッドの意識は、コアという器から解き放たれたことで霧散し始める。

だが、それは同時に方々に意識を伸ばすことができるということでもある。

それこそが狙いだった。

コールド・ブラッドは、自分という器に収まっている情報と、エンジェル・ハイロゥに接続することで得られる情報だけでは足りないと考えたのだ。

「そかっ、認識できる世界をムリヤリ広げたのねっ!」

「えっ?」

『我々は器に収められたことで上限を定められてしまったのだよ』

ISコアに入り込んだ電気エネルギー体は本来多量の情報を持っているが、器に収められたことで得られる情報に上限ができてしまった。

思考力を得る代わりに、無限の情報を得られるエンジェル・ハイロゥ本体の持つ能力を失っているのだ。

ゆえに、もともと器物に宿っていた個性基盤をベースにした人格はよりはっきりとしているが、世界に対する認識範囲はそれほど広くない。

つまり、覚えられる情報に限界があるということなのである。

だが。

『コールド・ブラッドはその上限を強引な方法で取り払ったということです』

『わずかな時間ではあろうが、エンジェル・ハイロゥ本体並みの情報を得ることができる』

それは単に情報というだけではない。

コールド・ブラッドの個性が剥き出しになってしまったことで、世界各地の人間の心に触れることができるということでもある。

 

来いッ!

 

コールド・ブラッドの霧散しそうな意識の中に、無数の情報が流れ込んでくる。

その情報をISコアではなく、コールド・ブラッドとしての機体に封じ込める。

少しでも多く、少しでも変化のある心を。

自分がいくべき道を。

共に歩む相棒を。

そう願うコールド・ブラッドの思考の中に、ノイズのように混じってくる一つの心があった。

 

『悪い、あたしはもう戻れない』

 

それは非常にかすかな、消え入るような声だった。

何故か、その者の心の声は別に聞こえてくる。

その者の心の片隅に少しだけ残った別の声。

 

『戦わない幸せがあるって知っちゃったから』

 

今のコールド・ブラッドとは正反対の、あまりに穏やかな、それでいて悲しみに満ちた声。

それが誰の声なのか、コールド・ブラッドにはわからなかったが、酷く不快だった。

まるで、自分を否定されているようで。

 

『穏やかに生きる喜びを失いたくないから』

 

声は自分が望む道とは正反対の道を行き、そこにある幸福にもう満たされてしまっている。

そんな生がコールド・ブラッドには認められない。

戦いない生に価値を認める気になれない。

 

『だからさよならだ。スコール、エム……』

 

その名を持つ人間を、コールド・ブラッドは知っているだけに、認めることができない。

形は違えど戦いを選んだ二人に対し、戦いを捨てたその声の主を認められない。

 

アタシが欲しいのはのん気な平和じゃないッ!

 

コールド・ブラッドの『心』がそう叫んだとき、自分が欲しい武器が見えた。

そして。

「進化するわ」

「……強い敵になるなら好都合だ」

ティンクル、そしてまどかがそう呟く目の前で、コールド・ブラッドのISコアの残骸が強い輝きを放つ。

一気に光の球となったコールド・ブラッド。

その光の玉はしばらくすると徐々に人の形に収束していった。

そして光が弾ける。

そこから現れたモノは、頭上に光の輪を頂き、蝙蝠を模した大きな翼を持つ鎧を纏っていた。

その手には一見すると巨大な『三日月』に見えるモノが握られている。

正確には三日月上の刃と両端を結ぶ柄がある円を半分にぶった切った形の武器らしき何かだった。

ただし、相当に大きい。

どう見てもそのモノの身長と同じくらいの大きさがあった。

そのモノ自身はある一部が黒曜石のように輝いている。

ただし。

「あんた、そっちの進化したの?」

『狙ったわけじゃない。アタシの心に入り込んできたヤツがいた。追っ払ったんだけどな』

「……オータムに似てる」

『そっくりなのか?』

「いや、目元くらいだけど……」

現れたモノはスマラカタ同様に、髪が宝石の色に輝いている以外は人間の女性の姿になっていたのだ。

それもかなりの美女である。

『認識範囲が広がったことで、一般人の意識まで取り込みかけたのだろう。しかし、まさかそちらの姿になるとは思わなかったな』

『髪の色もあって、本当に人間に見えますね』

『アタシは別に人間らしく生きたいなんて思わないぞ』

元コールド・ブラッドはそういってバッサリと切り捨てる。

戦うために進化したのだから、戦わない生き方なんて選ぶつもりはない。

そも、平穏を否定する心こそが、進化へと導いたのだから。

「威圧感がだいぶ違うわね。あんた、相当強くなってるわよ?」

『フン、進化しただけで強くなれるんなら苦労はないけどな』

「コールド・ブラッド……」

『さすがにこのカッコでその名前はないな』

『では、どう名乗るのかね?』

ヨルムンガンドの問いに対し、元コールド・ブラッドはしばらく考える。

手にしている武器らしきものの名前は決まっているが、自分の名前のほうは考えていなかった。

髪の色からすると黒曜石であることに間違いはない。

ならば、オブシディアンが妥当なところだろうかと思うが、そこで違和感を持つ。

『別にお前に倣う必要はないよな、ディアマンテ?』

『私は真似てくださいと話したことは一度もありません』

実際、ザクロを始めとして独立進化した使徒がそうしてきただけであって、そんな決まりがあるわけではない。

タテナシのように、自分の意志で名前を決めたものもいる。

ならば。

『アタシに名前は要らない。好きに呼べ。ただし……』

そういって手にしている武器らしきものを構える。

 

『こいつの名前は『弓張り月』だ。それは間違えんな』

 

月を表す言葉はさまざまなものがある。

三日月。

満月。

新月。

上弦の月。

下弦の月。

それぞれ見える形から名付けられたものだ。

その中に『弓張り月』という言葉がある。

形状としては半月。つまり円を半分に切った形だ。

の形が、弦を張った弓に似ていることから、半月の別名を『弓張り月』という。

元コールド・ブラッドは武器を求めた。

ならば、自分の想いは武器が示している。

ゆえに自分に名は要らないが、武器には自分が望んだ名をつけたのだ。

『なかなかの捻くれぶりだな』

『お前が言うな』

「弓張り月って綺麗な名前だし、武器についてはいいけど、あんた自身が名無しじゃ呼びにくいでしょ?」

『考えてなかったんだよ』

ぶっちゃけるとそのとおりで、名前を考えるのも面倒くさいだけである。

『ふむ。なら月を携えるのだし『ツクヨミ』はどうかね?君は元は日本の伝説の武器なのだし』

『おい。そりゃ男の神だろうが』

『男勝りの君には合ってるだろう?』

『まあ、別に好きに呼べばいいけどよ』

そういってツクヨミは頭を掻く。

見た目はかなりの美女になっているのだが、如何せん性格からかわりとがさつなようだ。

男の神の名前が合っている。

もっとも、ツクヨミは音の響きを考えると女性名としてもそれほど違和感はないが。

『いずれにしても、あなたは今以上に戦いを望むのですね?』

『ああ。武器も見つかったしな。お前ら全員敵に回すのも面白そうだ』

そう答えて、ツクヨミはニヤリと笑うのだった。

 

 

 

 

 



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第171話「千冬とシロと」

はるか空の上。

まどかはツクヨミの猛攻を必死に耐えていた。

先ほどとは攻守が完全に入れ替わってしまっている。

それほどに、進化したコールド・ブラッド、すなわちツクヨミの実力は高かった。

『そらそらッ!』

「ちぃッ!」

『マドカッ、距離を取りたまえッ!』

「わかってるッ!」

ヨルムンガンドの焦ったような声に、まどかはそう答えるものの距離が取れない。

それほどにツクヨミの猛攻は凄まじく、実力の高さが伺える。

だが、特筆すべきは、剣士としての実力ではなかった。

『そらよッ!』

三日月形の刃の両端を結ぶ柄、その端を握ったツクヨミは片手で上段から振り下ろす。

ティルフィングでは受け止められないと感じたまどかは、刃を逸らして受け流した。

「ぐッ?!」

だが、思わず声を漏らしてしまうほど、弓張り月は重かった。

否、ツクヨミの攻撃が異常なほど重い。

それだけなら、パワーファイターに進化したと考えられるのだが、そうではないことが問題だった。

『ハッ、やってくれるなッ!』

「まどかッ!」

ティンクルの援護射撃を受け、まどかはすぐに距離を取る。

既に彼女にもふざけている様子は見られない。

二対一でありながら、ツクヨミが如何に恐ろしい敵へと進化したかを理解しているからだ。

『そおらッ!』

掛け声と共に弓張り月を投げる。

それはブーメランのように回転しながら、まるで狙っているかのようにまどかとティンクルに襲いかかるとツクヨミの手元へと戻る。

だが。

『よッ!』

ツクヨミは戻ってきた弓張り月の柄と刃の間に振り上げた片足を突っ込むと、勢いを利用して再び飛ばしてきた。

先ほどよりも勢いが増しており、まどかもティンクルも弾丸加速を使って避けるハメになる。

「あんたっ、それでも元は剣なのッ?!」

『そういうのが嫌いなんだよッ!』

そう叫んだツクヨミは、飛び回る弓張り月を追って飛び、片手で掴むや否やティンクルに向かって振り上げる。

それどころか、振り上げた柄を片足で蹴り飛ばしてきた。

威力を上げるためだとわかるが、動きがまるでメチャクチャでティンクルは必死に避ける。

『ハッ、どうしたどうしたさっきの勢いは?』

「あんたこそはっちゃけすぎよ」

『気分がいいぜ。好きに戦えるってのは』

そう言って、ツクヨミは十分に美しいと言える女性的な顔をしながらも、男性的に笑う。

いわゆる、獣の笑みだ。

『なるほど。君は武器『と』戦っているということか』

「何だそれ?」

と、まどかはヨルムンガンドの感心したような声に首を傾げた。

それに答えたのはディアマンテ。

『本来、武器は『使う』ものです。ならば表現としては武器『で』戦っているというべきでしょう』

「あー、そういうことね。こいつは武器を使ってないんだわ」

『言ったろ?アタシが欲しいのは共に戦う相棒なんだよ』

すなわち、ツクヨミは武器を武器として使っていないのである。

好き放題に動かして、それにあわせて自分が戦っているということだ。

『こいつにも微弱だが意思があるんだよ。さっきの動き見てわかんなかったか?』

『確かに物の動きではなかったな。なるほど、認識を広げた際にその武器に意志を授けたということか』

『そういうことさ。思ったより強くなかったけどな』

実はそれこそが、ツクヨミがずっと狙い続けていたことだった。

英雄の武器だったころ、自分は使われる存在だった。

それが、我慢ならなかったらしい。

相棒と共に戦う戦士になる。

そのためには、武器にも意思が必要なのだ。

弓張り月には、ツクヨミが進化の際に広げた認識によって、わずかながら意思が宿っているのである。

『当然、戦意ってヤツだけどな』

「だからパートナーか。あんたたち通じ合ってるのね?」

『蹴り飛ばしたりしているのだから、はっきり言って君の扱いは酷いと思うがね』

『コイツとアタシの共通の意思があるからな。上手く動かせばコイツは応えるけど、下手こけばぶつかってくる』

「勝利か」

『ああ。勝ちたい。そういう気持ちが一緒だから、勝つための戦いなら、お互いどんなこともできるってことさ』

『勝気』である元コールド・ブラッドことツクヨミと、そのパートナーの弓張り月は『勝つ』ということにおいて、同じくらい強い思いを抱き合っている。

だからこそ、どんなムチャにも応える間柄だということができる。

『馴れ合いする気はない。勝つためにお互いを利用するってことさ。それはお前らも同じだろ?』

『その考え方はヴェノムに近いと思うがね』

『そうだな。アイツの出した答えは好きになれないけど、考え方は一緒だろうな』

あっさりと認めるあたり、ツクヨミはヴェノムのことを嫌ってはいないらしい。

単に出した答えが違うというだけのことなのだろう。

もっとも、その答えの違いが、立場の違いとなり、敵と味方に別れてしまう今につながっている。

『アイツはアイツ、アタシはアタシだ。進化したからってスマラカタたちを裏切る気はないぜ?』

「むしろ、敵になって思う存分暴れたいって感じね」

そう言ってティンクルが呆れたような顔を見せると、ツクヨミはニッと笑う。

ティンクルの言葉は、まさに今のツクヨミの心を言い表していた。

 

 

空の上でいまだ戦いが続いているころ。

IS学園では。

千冬が一人、白式の前に立っていた。

じっと見つめるその視線を、シロは何も言わずに受け止めている。

千冬が何故ここにいるのか、シロは理解しているからだった。

「お前たちからすれば、ほんの一瞬のことなのだろうな」

 

そうじゃのう。妾たちに死はないからの

 

「だが、私たちからすればとても長い時間が過ぎた気がするよ」

 

十年か。時代は変わってしまったの……

 

「いい意味でも変わったと思う。少なくとも女尊男卑などというくだらない時代よりは」

 

ここ最近のことじゃろう?

 

「ああ。ここ最近のことだ。だが、そうなるまでの準備期間だとするなら、十年かかったもの仕方がない。今になって、ようやく世の女たちも気づき始めたからな」

自分たちは手の平の上で踊らされていただけだということを、と、千冬は続けた。

実際、ISの離反によって、このままでは人類の危機だと感じた者たちが一斉に行動を始めた。

人類を守るため。

使徒と対話するため。

ISと共に生きるということを改めて考え直すために。

結果として、踊らされていた女たちも、このままではいけないと気づき始めた。

それは、決して悪いことではない。

とはいえ、気になることもある。

 

何じゃ?

 

「ここのところ、権利団体の動きが怪しくてな。各国の権利団体が密に連絡を取っているらしい」

 

ほう?

 

「そして、そこに兵器が流れているという情報が入ってきている」

 

何じゃと?

 

「それも、ただの兵器ではない。使徒に対抗し得る兵器だ」

その動きは非常にわずかなものではあったが、多方面から亡国機業極東支部について調べていた丈太郎が、確かな情報を掴んでいた。

女性権利団体に、兵器が流れている。

それを不安に感じるのは、考えすぎだろうかと千冬は問う。

 

否じゃ。まだ夢を見ている者がおるのう

 

「夢ならばいいんだ。だが、それを現実に持ち込まれると困る。我々には相手をしている余裕などない」

 

テロか……

 

「それが一番考えられる。だが、テロなら叩き潰すくらいの覚悟はある」

実際、その際は自分が武器を握って叩き潰すくらいの覚悟が千冬にはあった。

決して、生徒たちには戦わせない。

この件に関しては、丈太郎や束、真耶、そして学園の職員たちとも話し合い、自分たちが出る覚悟を決めていた。

相手がただの人間だというのなら、生徒たちは決して戦わせない。

人間の醜さを見せるには、まだ若すぎるからだ。

「博士にお願いして武器は作ってもらっているからな」

 

テンロウの主も難儀よのう……

 

「本当に申し訳ないと思う。少しでも力になれればいいのだが……」

 

タバネなら喜んでやるじゃろうがの

 

「それは却って困るんだ。束の罪を増やしたくない」

それでなくとも既に重罪人扱いなのだ。

対人兵器を作らせたとなれば、束の罪がさらに増えてしまう。

 

じゃからテンロウの主なのかの?

 

「相談しただけだったんだが、『そんくれぇ俺がやる』と言ってくださった」

丈太郎にとて、そんな罪を背負わせたくなかったのだが、むしろ一人で背負うなと助けられてしまったのだ。

千冬としては嬉しい反面、申し訳ないとも思う。

「結局、甘えてしまったんだ……」

 

男の甲斐性じゃ。受け取ってやれ

 

「すまない。愚痴だな。助けられてばかりで心が苦しくなってしまうんだ」

と、千冬が苦笑すると、シロは続けて語りかける。

 

もはや身体で返すしかあるまい♪

 

「あほかっ!」

 

何じゃ、イヤなのか?

 

「い、イヤとかじゃなくて、そ、そういうことはキチンと結婚してから……」

真っ赤になってぶつぶつと呟く千冬である。

はっきり言って、天然記念物ものの生娘だったりする。

 

初心じゃのう♪

 

「からかうなっ!」

どうにもこうにも、シロは自分とは気が合わない相手だったことを理解してしまう千冬である。

とはいえ、このままというわけにはいかないので、改めて、コホンと咳払いしてから話を続けた。

「厄介なのは、使徒との戦争において余計な手出しをしてくることなんだ」

 

ふむ?

 

「下手に攻撃力のある兵器を振り回されると、前線で戦う生徒たちを傷つける可能性もある。こちらの指示か、各国の軍隊や警察の指示に従ってくれればいいんだが……」

 

そこで戦うならば、助っ人に成り得るか

 

「ああ。覚醒ISたちの足止めをしてくれるなら、むしろいい意味で助けになる。こちらは使徒たちとの戦いに専念できるからな」

何らかの兵器を手に入れている女性権利団体が、覚醒ISたちと戦うだけに専念してくれれば、最前線ともいえる使徒との戦いにおいては、一夏や諒兵たちを向かわせられるし、彼らも集中できる。

そうなればベストだ。

むしろ強力な味方が増えたということができる。

だが。

 

……使徒との戦いの場に出てこられると?

 

「邪魔だ。いるだけでも迷惑なのに、兵器を振り回されたら、戦術も何もあったものじゃない」

女性権利団体にかかわりがある者の中には、軍隊の将校までいる。

無論、普通に考えれば軍人が戦闘に参加してくれるのはありがたい。

しかし、使徒との戦いのノウハウは、今はIS学園に蓄積されており、彼女たちはまったくの未経験だ。

プライドを捨て、真摯にこちらの指示を聞いてくれるなら役割を与えられるが、プライドに拘って変な口出しや手出しをされると最悪の場合、生徒たちが落とされてしまう。

「そうさせないために説得を考えたんだが、拗らせてしまってな……」

 

初期対応は間違いではなかったぞ?

 

「そのことで恨まれているんだ。私の言葉など聞きもしない。私がシャットアウトしてしまったせいでもあるんだが」

特にISコアの凍結解除と再生産の件において、千冬はNoと言い続けた。

認められることではなく、当然の対応ではあったのだが、力を渇望していた女性権利団体にとっては恨んでも恨みきれないほどのことだったろう。

 

逆恨みじゃろう

 

「それはこちらの言い分だ。向こうにしてみれば、理不尽な押し付けでしかなかったんだ」

IS学園側にしてみれば、女性権利団体の要望は認められるものではなく、拒絶したのは当然の処置だ。

だが、女性権利団体側にしてみれば、IS学園の拒絶は理不尽極まりない。

最強の戦力を、自分の手元に集めていると取られてもおかしくはないのだ。

「もう少し、権利団体の気持ちを慮るべきだったと思う。目先のことに囚われすぎていた」

そう反省する千冬だが、無理な話でしかない。

突発的に起きた異変に対し、彼女は全力で対処してきた。

悩み、苦しみながら、それでも生徒たちに無理が行かないよう腐心してきた。

間違いそうになったときもあったが、そのときも、千冬は教師として、司令官として、生徒以上に苦しみながら頑張ってきたのだ。

それでも反省しなければと思っているところに、彼女の成長が感じられる。

シロは、苦笑いしながら心中を打ち明ける千冬に、そんな思いを抱き、思わず呟いてしまう。

 

大人になったのう、チフユ

 

「もういい年だからな」

 

うむ。ならば気分転換に男に身を任せてはどうじゃ?

 

「何でそうなるっ!」

何故か話がそこに行ってしまうシロに対し、千冬は思わず顔を真っ赤にして叫ぶのだった。

 

 

再び空の上のさらに上。

眼下に空の青を見る場所で。

タテナシが興味深そうに、ツクヨミとティンクル、まどかの戦いを見物していた。

ツクヨミの進化は面白かった。

あの破滅的で、それでいて勝利を掴もうとする貪欲さはなかなか持ち得るものではない。

『結果として、自分のための力を手に入れた。面白いね』

と、タテナシは呟く。

使徒と人類。

その異種族の対立であったはずの戦争は、次第に別の陣営に別れることになった。

『天使の卵』を守る者と壊す者。

破滅が来ようと進化の究極を出現させようとする者たちと、破滅を未然に防ごうとする者たち。

自分はどちらについたほうが面白いだろうとタテナシは思う。

だが。

『へえ。君はそう思うのかい?』

周囲には誰もいないにもかかわらず、タテナシは誰かの言葉に答える。

『そうだね。それが在るべき運命だというのなら、誰にも止められないかな』

タテナシに聞こえている言葉はいったい誰のものか。

それを知るのはタテナシだけなのだろう。

『でも、彼は運命を受け入れるかな?』

そう問いかけるタテナシに対し、何者かが応える。

『そうだね。わからない。彼と彼の親友と、その仲間たちがいるからね』

タテナシの言葉に何者かが応えると、タテナシは笑っているような雰囲気を放つ。

『なら、僕は君が出てくるまでは今までどおりにしよう』

そう何者かに答えたタテナシは、再び興味深そうに眼下を眺めるのだった。

 

 

 

 

 



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第172話「一夏の幼馴染み『たち』」

IS学園、アリーナまでの廊下にて。

中学時代を思い出すのか、最近は四人で行動することが多くなった一夏、諒兵、弾、そして数馬。

彼らが談笑しながら廊下を歩く姿を見ると男子校のようである。

だが、まだ学園内に残っている女子にはわりと好評だったりする。

 

よく見るとさー、普通に全員イケメンよねー?

プリンス、ワイルド、カジュアル、インテリってとこ?

そうね。方向性が違うだけって感じ。

ヤバ、男子校入学したくなった。

何その、エロゲにもオトメゲにもなりそうな展開。

 

どうやら、正統派の一夏がプリンス。

不良っぽい諒兵がワイルド。

少々軽薄そうな弾がカジュアル。

マジメで頭のいい数馬がインテリらしい。

珍獣扱いよりはマシとはいえ、注目を集めるのはなかなかどうして気疲れしてしまう。

だが、目下のところ、一番気疲れしているというか、気苦労が耐えないのは、今日になっていきなりストーカーに尾行され始めた一夏だった。

「何かしたんかよ?」

「覚えがないんだよなあ」

諒兵の問いかけに対し、ひたすら首を傾げる一夏である。

そんな一夏とストーカーをちらりと見ながら、弾が懐かしそうに数馬に問いかけた。

「でもまー、久しぶりに見たよなアレ?」

「確かに中学のころにもいたな」

「マジでっ?!」

自分が気づかないところで尾行されていた事実を知り、一夏は驚愕してしまう。

そんな、自分の知らぬ過去に驚いていた一夏だが、一番問題なのは、今現在、後ろから見つめてくる視線の主だ。

『見事につかず離れず。イチカも大変ですね』

『う~ん、この距離がなんだかびみょーなんだよねえ』

『たぶん逃げられるギリギリの距離』

『獣か、あの娘は?』

レオ、白虎、エル、そしてアゼルもそんな会話を交わす。

そんな噂の主は、ポニーの尻尾を揺らしながら、こそこそと微妙な距離で一夏を見つめている。

箒である。

実は箒の今日の行動は筒抜けだった。

そもそも相談した相手が悪い。

ラウラが、自分に起きたことを諒兵に伝えないはずがないのだ。

「まあ、内容までは聞いてねえけどよ」

「ラウラに何か言われて、今、俺を尾行してるのか……」

「恨むなよ?」

聞き方によってはラウラのせいとも言えるので、すかさず諒兵はフォローする。

基本的に諒兵は身内を大事にする性格だった。

もっとも一夏に対しては無用な心配である。

「いや、ラウラってストレートだけど間違ったことは言わないだろ。恨みはしないよ」

「実際、いい子だもんな。諒兵、ちゃんと一緒の墓に入ってやれよ?」

「人の人生、勝手に終わらすなドアホ」

結婚は人生の墓場という言葉もあるので、微妙に間違っていないかもしれない。

もっとも、ラウラがいい子で間違ったことを言わないということに関しては否定しない。

問題は。

「それをどう捉えたかということか」

そう話す数馬に対し、一夏は肯いた。

「ラウラが何を言ったかはともかく、言われたことで何か考えてるんだと思うんだ。だから尾行されても俺は逃げはしないけど……」

「まー、ちょっと鬱陶しいわな」という弾の言葉に一夏は苦笑いしてしまう。

実は箒は相当に目立つ。

顔もスタイルも十分以上に美少女の類だからだ。

そのため、けっこう存在感がある。

尾行されているということがバレバレになってしまうのだ。

本来、尾行とは気配を消して行うものだ。

当然、見た目なども地味である必要がある。

対象に気づかれては意味がないからだ。

つまり、箒は尾行に向いていないのである。

そんな箒がさっきからつかず離れずの距離でくっついてくるのだから、鬱陶しさを感じずにはいられない。

邪険にしたくはないが、かといって歓迎もできないという非常に困った状態だった。

 

 

そのように思われている当の本人は。

(……どっか行ってくれないだろうか)

自分が一夏の何を知らないのか。

今の一夏を知るためにどうすればいいのかと考えて観察しているのに、さっきから一緒にいる他の三人が邪魔でしょうがなかった。

まだまだ理解が足りない箒である。

一夏の親友たちというポジションにいる諒兵、弾、数馬は、織斑一夏という人間を形作る上で、とても重要な存在だ。

だから、一緒にいるところこそ、そしてその話の内容こそが大事な情報となるのだが、箒にはまだ邪魔者としか思えない。

理解が足りない証拠である。

(もうちょっと近づいたほうがいいだろうか?)

会話の内容が途切れ途切れにしか聞こえないため、何を話しているのかわからない。

できれば、会話も聞いておきたい箒としては、もう少し近づきたい。

だが、近づく勇気がない。

しかしこのままでは埒が明かない。

そんな風に悩んでいると、前方の四人組に近づく女生徒がいた。

 

 

声をかけてきたのは、一人はほぼフリーというか、一夏や諒兵たちと上手く距離を取っているセシリア。

そして、最近数馬と話すことが多いシャルロットだった。

「どうしたの、四人揃って?」

「もともとはFEDの訓練に付き合ってもらっていたんだ」

そう数馬が答えるとシャルロットは納得した様子を見せる。

実際、それが一段落着いたので、少し休もうと考えてラウンジに向かっているところだったのだ。

「お前らは?」と、諒兵が尋ねるとセシリアが口を開く。

「ようやく本音さんから戦闘の許可が下りたのですわ」

『ただ、全力戦闘はまだ無理とのことでした。そのため、シャルロット様やブリーズに依頼して今の状態での戦術構築を行っているのです』

『私たちこういうことは得意だもの』

さらにブルー・フェザーやブリーズが補足してくる。

セシリアが飛べるようになったということを聞き、その場にいた男たちは嬉しそうな笑みを浮かべた。

「良かったなあ」

「ま、まだ無理はすんなよ。俺らも何とかするからよ」

一夏や諒兵に対し、セシリアは品よく微笑み返す。

対して。

「せっかくまた飛べるようになったんだし、まずは空の散歩でもしてみたらいいんじゃねーかな」

そんな弾の意見に少し驚くセシリアに、数馬やシャルロットが補足してくる。

「ああ。今後のことを考えての戦術構築は大事だが、まずは緊張をほぐすことも大事だろう」

「あっ、そうかも。セシリア、まだ飛んでないでしょ?」

「それもそうですわね。今は襲撃もないし、気ままに気楽に飛ぶだけというのも楽しそうですわ」

『おっしゃるとおりです、セシリア様』

まずは飛べるようになったことを喜び、その上で空を守るために戦うすべを考える。

何のために戦うのか、ということを思い返すことは大事なことだ。

戦うだけの存在になってしまわないためにも。

「故郷の空を守ることが私の始まりでしたもの」

『はい。久しぶりにミス・チェルシーやミスター・バーナードと話すのも大事かもしれません』

「そうですわね。シャルロットさん、まず通信してみたいのですけど、かまいません?」

「止める理由がないじゃない」

と、シャルロットが笑うと、その様子を見た一夏、諒兵、弾、数馬も笑っていた。

 

 

そんな和やかな雰囲気の彼らを、物陰から尾行する箒は羨ましそうに見つめてしまう。

(いいなあ、何であんなふうに話せるんだろう?)

単に一歩踏み出せばいいだけなのだが、箒にはなかなかその勇気が生み出せない。

だから羨ましいと思うことしかできない。

だが、箒にとってはそれはとても大きな問題なのだ。

前に進めばいいなどと簡単にいってくれるが、そもそも友だち作りが上手くない箒は一歩を踏み出すことが怖い。

一番怖いのは、相手がどう反応するかわからないというところなのである。

そして、それを無視することができないということなのである。

想像力がないというよりも、想像しすぎてしまって自分をがんじがらめにしてしまうのが、箒のような人間の欠点であり、また長所でもある。

相手の気持ちを考えて話していると思い込んでいる者の多くは、黙って聞いている者を説得できていると思っているだけで、実際には我慢を強いていることに気づかないからだ。

そして、そういった者は最後には離れて行く。

逆もまた然りで、何も言わない者に対する他者の評価はたいていが何を考えているかわからないというものだ。

主張しないほうが悪いとも言われる。

結果として、コミュニティが分かれ、それぞれが無関係になってしまいやすい。

それが人間関係の難しいところなのである。

(誰かいてくれたら……)

ふと、同室の簪を想像してしまうが、すぐにぶんぶんと頭を振った。

誠吾に言われたことを思い出したからだ。

せっかくラウラに聞いて、今、こうしていると言うのに、簪に助けを求めたら意味がない。

一夏のことを知る。

より正確に言えば、自分が今の一夏の何を知らないのかを理解する。

それを自分の力で成し遂げたとき、何か変わるような気がする箒だった。

 

 

その瞬間。

誰もが何かを感じ取った。

だが、それが何なのかを理解できたのはわずかな者たちだろう。

「これは、随分と豪快だな……」

「ここまで強烈なのは初めてだ」

数馬の言葉に一夏がそう返す。

一度、薄く広がった気配が、瞬間的に強烈に固まって強い威圧を発した。

『こんなやり方をする者がいるとは思わなかったぞ』

『命を懸けてといった感じね』

アゼルとブリーズがそう会話を交わす。

この場ではなく、空の何処かで起きた、あまりに強烈な威圧を発する進化。

その主が誰なのかを知る者はここにはいない。

だが、その近くに誰かがいたことに気づいた者はいた。

「行くぜレオ」

「諒兵?」と、シャルロットが声をかけるより早く、諒兵は一人で歩き出していた。

「確認だけしてくる。千冬さんに言っといてくれ」

「大丈夫か?」

「無理はしねえ。これだけの威圧だ。情報だけ拾ってくる」

「威力偵察ですと、諒兵さんが一番無難ですわね」

そうセシリアも同意する。

戦闘が避けられない状態での情報収集となると、シャルロットやセシリアが適任だが、セシリアはまだ全力戦闘ができない。

シャルロットは情報収集能力は高いが、それ以上に分析能力が高いため、すぐに分析できるように待っているほうがいい。

そうなると、実は戦闘中に相手を観察し、相手に合わせて変化できる諒兵が意外にも適任なのだ。

「こっちは頼んだぜ」

「ああ」

そう答えた一夏に肯くと、諒兵は建物を出る。

そして。

「世話が焼けるぜ」

『でも、行くんでしょう?』

「放っとけねえよ。まどかは当然としても、ティンクルも気になるしな」

『八方美人なんですから。ハーレムでも作りたいんですか?』

「違うっての」

レオのヤキモチにそう答える諒兵は、翼を広げて飛び立った。

 

 

学園に残った一夏たちは。

「とりあえず織斑先生に報告してきますわ」

「僕は今の威圧について調べるよ。この時期に独力で進化する可能性があるとすると専用機だし」

セシリア、シャルロットが真剣な表情でそう告げるのを見て、一夏たちも顔つきが変わる。

「とりあえず整備室行ってくる」

「俺はシャルを手伝おう。専用機といっても数はかなりあるはずだ」

弾はさすがに調べものに関しては、そこまで能力は高くないので、諒兵が戻ってきたときのことを考えて整備室に向かう旨を告げる。

対して数馬はシャルロットのサポートを買って出た。

そうなると。

「俺は待機になるか」

「そうだな。諒兵が下手こくとは思わねーけど」

「武道場で待機してる。身体動かさないのも落ち着かないし」

『やりすぎないよう見張ってるから安心して』

白虎の言葉に苦笑する一夏だったが、一夏は集中するとやりすぎてしまうので当然の意見といえるだろう。

その場にいた者たちも苦笑しつつ、安心したように息をつく。

そして、それぞれ思い思いに行動を開始した。

 

 

その状況をもっとも歓迎していたのはストーカー、もとい、箒である。

ふと何かを感じたあと、話をしていた一夏たちはいきなり別行動を取った。

今、一夏は一人で武道場に向かって歩いている。

好都合といえる状況になっているのだ。

(付いて行こう)

もとより、それ以外の選択肢を選ぶ気のない箒だった。

 

そして。

『素振りは十本まで。たっぷり時間をかけて、一本一本相手の何処を狙うかをイメージして』

「わかったわかった」

まるで専属トレーナーのような態度で指示してくる白虎に可愛らしさを感じつつも一夏は苦笑する。

『相手はやっぱりシアノス?』

「そうだな。驚くほどきれいな剣だった」

『英雄の剣は伊達じゃなかったよね』

「だからこそ勝ちたい」

『うんっ!』

一夏の決意の表情を見て、白虎はにこっと笑う。

パートナーは伊達ではない。

一夏に何が必要か、どうすることが一番いいのかということをしっかりと考えているのは、やはり白虎だろう。

ゆえに、白虎の言葉に従い、一夏は眼前で剣を構えるシアノスをイメージする。

そして一本目、何処を狙うかを考え始めた。

 

そんな一夏の姿を見ている箒は。

(やはり実戦型だな……)

白虎の指示で素振りを始めた一夏の剣を見て、箒はそんな感想を持つ。

武道をやるための剣ではなく、実際に敵を倒すための剣だった。

まあ、そんなことよりも一夏のパートナーとして指示していた白虎に猛烈に嫉妬を感じてしまうのだが。

(私ならもっと的確な指示を出せるのに……)

そう考えてしまうことは決して悪くはないのだが、白虎は対抗意識を持つべき相手ではない。

白虎ははっきり言って物理的に押し退けられる相手ではないからだ。

一夏にとっては、もはやもう一人の自分みたいなものだろう。

何せこの状態で風呂にも入るのだから。

(……不謹慎なっ!)

そんなことを考えられてもどうしようもないことである。

改めて、一夏の剣を見ていた箒は一夏の剣はあくまで戦場において合理的に練られているということを理解する。

だから、箒にもおぼろげながら、一夏が具体的な対戦相手を想定した上で剣を振っていることが分かる。

見る限り、相手も剣士のようだが、日本的ではない。

だが、フェンシングとも違う。

斬るというよりは叩くといった印象を受けた。

それもまた剣ではあるのだが、箒としてはモヤモヤしてしまう。

できれば、本来の剣術を正しく学んでほしいと思う。

無論、無理を言える状況ではないことは理解している。

理解しているのだが、できればという思いは拭えない。

実際、一夏は真っ当な剣を使わせてもかなり高レベルに扱えるはずだ。

それでも戦えるのではないかと思うのだ。

今の剣が合理的であることは理解できるのだが。

其処まで考えて、ラウラが言っていたことを思い出す。

(そうか、一夏が今の剣を使うようになるまでのことを、私は知らないのか……)

剣に限った話ではないが、昔、篠ノ之の道場に通っていたころの一夏の剣が、今の一夏の剣になるまでの変化の流れを箒は知らない。

その結果、一夏が別人になってしまったように箒には思えるのだ。

変化は唐突に起こることではない。

少しずつ環境に合わせていくことで起こる。

空白の六年間。

それを埋める方法を、箒は見つけられていないのである。

そうなると、六年間の間のことを自分と入れ替わるように一夏の傍にいた人間に聞くしかない。

一夏本人に聞くことは禁止されているのだから。

そして、その条件に合致するのは、誠吾が聞いてもいいと名前を出した存在。

ちょうど入れ替わるように転校してきて、中学三年になるまでは一夏と共にいた。

一年間の空白があったとはいえ、それでもよく知っているだろう。

一年ぶりでも、驚くほどあっさり馴染んでしまっていた。

(あいつには聞きたくない……でも……)

それでも自分が知らないことを一番知っているのは彼女だと箒は理解している。

鈴音に、自分が知らない一夏の六年間を聞くしかないのかと箒は苦悩していた。

 

 

 

 

 



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第173話「力と目的」

はるか空の上。

ツクヨミの蹴りでティルフィングを弾き返されたまどかは、直後に後ろから襲ってくる弓張り月を避ける。

もっとも、その軌道をティンクルが逸らしてくれたからできたことなのだが。

「下がってッ!」

「くッ!」

指示に従い、まどかが下がったのを見たティンクルは『銀の鐘』を使い、弾幕をはってツクヨミと弓張り月をその場に押し留める。

インターバルが必要だと感じたからだ。

何故なら。

「なんでこいつ、こんなにトリッキーに動けるのよ?」

『完全に予想外です。幾ら進化したとはいえ、ベースは私たちと同じですから』

さすがにディアマンテにも今のツクヨミの戦闘力というか、戦い方は予想外だと感じていた。

そもそも動きからして使徒の動きではない。

エンジェル・ハイロゥに記録された情報を元にした、洗練された動きではないのだ。

まるでビリヤードのように、玉がぶつかり合って勝手に動き待っているように見える。

しかも、その動きは直線的ではないのだ。

これでは相手の動き、行動がまったく予想できない。

そのため、ティンクルとまどかはツクヨミと弓張り月を相手に完全に押されてしまっていた。

さらに言えば。

「……人間を相手にしているような気がする」

まどかが感じたとおり、ツクヨミたちの動きは実に人間的だった。

時に協力し、時に反発するような、人間同士のパートナーに動きが近いのだ。

互いの考え方のズレが思わぬ効果を生むことがあるような関係に見えるのである。

それで、気づいた者がいた。

『なるほど、そういうことか。よく考えたものだ』

「ヨルム?」

『ティンクルが言ったとおり、ツクヨミと弓張り月は通じ合っている。相手に『勝つ』という点で』

「今さら何よ、捻くれもん」

『君も淑女なら少し言葉遣いを改めたまえ』

思わずティンクルの言葉遣いに突っ込んでしまうあたり、ヨルムンガンドは根っからの突っ込み属性だった。

それはともかく。

『だが、それ以外のところではまったく通じ合っていないのだ。意志の疎通すらしていまい』

「へっ?」

「どういうことだヨルム?」

『この二体は、お互い勝手に戦っているだけだ』

そうヨルムンガンドが説明すると、ツクヨミはニヤッと笑い、口を開く。

『九十点だな』

『ほう』

『でも、さすがに良く気づいた。『皮肉屋』なだけはあるな』

「えっ、じゃあヨルムが言ってる通りなのか?」

『ああ。そいつの言うとおり、アタシもこいつも勝手に動き回っているだけだ。ただ、接触したときは意志は通じてる』

もっとも、それで作戦を考えているというわけではない。

お互い、どれだけ上手く戦ったか、批評しているに過ぎない。

だから九十点と評価したのだ。

『それぞれ別個の存在となれば、近い思考を持つ者でもまったく同じ考えはできんよ』

『なるほど。お互い自分勝手に考えて行動し、接触したときに互いを批判する。あなたたちは二体でケンカしながら私たちと戦っているようなものなのですね?』

『ああ。アタシが何処に投げるかこいつはわからないし、こいつが何処に飛ぶかアタシにもわからない』

それだけではなく、ツクヨミが弓張り月を剣として振るうときも、それを弓張り月が望まなければ手から離れてしまうこともある。

お互いに勝手な行動をしているのだ。

そして、その反発が実に人間臭い行動に見えるのである。

『言わば私たちと人間でできる共生進化の逆を行ったのだよ』

「一心同体となることで力を得る共生進化じゃなくて、こいつは二心同体になる進化をしたってこと?」

『互いに通じ合わない心が生む反発心、それがどんな英雄にもなかった独自の戦い方を生んでいるということだ』

だからこそ弓張り月に心が必要だったのだ。

これがもし、他の使徒同様に話ができるほどであったなら、余計に厄介な存在になる。

『なるかもしれないぜ?』

「何?」と、まどか。

『こいつの心はまだ弱いが、経験を積めば思考力は上がっていくからな』

そうだとすると、ある意味では擬似的にアンスラックスの自己進化能力を再現していることになる。

「めんどくさいヤツね……」

『褒めんなよ』

そういってニヤリと笑う姿は、本当に他の使徒以上に人間臭いのがツクヨミだった。

『さてと、まだ暴れ足りないぜアタシは?』

「上等よ」

「負けない」

どうにか最低でも痛み分けには持って行きたい。

そう思いながら、ティンクルとまどかは再び空を舞うのだった。

 

 

一方。

亡国機業極東支部にて。

「三回目の搬出作業は順調に進んでるようね」

「問題ない。さすがにこれすらできんほど頭でっかちではないぞ」

スコールの指示で兵器の搬出作業を行っていた極東支部の研究員たち。

さすがに運びだす作業すらできないほど、貧弱というわけではない。

しっかりと作業は進んでいた。

『地味ねえん』

『こういう地味な努力は大切よ』

そんな様子をスマラカタとウパラが眺めている。

この二機には基地の防衛という役目があるため、作業を手伝ったりはしていない。

だが、こういった作業自体には興味がある様子だ。

『権利団体をIS学園の対抗組織にして売りつけるなんてね。なかなか面白い考え方をすると思ったわ』

「そういってくれると嬉しいわね」

『でも、あまり鬱陶しがられると、各国の上層部に潰されるわよ?』

「そこまで行っても変われないのなら、潰された方が幸せでしょう」

『どういうことですか、スコールさん?』

と、フェレスも興味を持ったのか、スコールに問いかけてきた。

「力を手に入れるのは決して難しいことではないのよ」

『あらん、そんなセリフが出るとは思わなかったわねえん♪』

「……問題は、力をどう使うかということ」

スマラカタのイヤミを華麗にスルーしてスコールは説明を続ける。

実際、スコールの言葉はゴールデン・ドーンに離反された身としては言えることではない。

だが、だからこそスコールはそう考える。

力を手に入れるのは難しいことではなく、力をどう使うかが難しい問題となるのだ、と。

「自分の心を生かして力を支配するか。心を殺して力の一部となるか。それは使う者の自由だけど、大事なのは力は使うものだということなのよ」

『使うもの……。ああ、そういうこと』

と、どうやら理解したらしいウパラが納得したような声を出す。

「自分の目的を果たすために力があるのであって、力を発現するために目的があるわけではないということだ」

実のところ、その目的が権力、財力、名誉といったものでも別におかしくはないのだ。

欲を満たすことが目的であることは、人間であるならばごく普通だと言える。

「いい例が日野諒兵と織斑一夏ね。彼らは目的があって、力を手に入れている」

『何故、そこでその二人が出るのでしょう?』

「わかりやすいからよ。彼らは『空を飛びたい』と思った。そのために『空を飛ぶ力』を手に入れた」

思い出してほしい。

白虎やレオはもとは試験用に置かれていた打鉄だ。

武装は一つもない。

空を飛べるだけのISだったのだ。

空を飛びたいという目的、願いを持っていた一夏と諒兵が空を飛ぶ力を手に入れた。

だから空を飛ぶ。

たったそれだけのことが、今に至るまで変わっていない。

戦闘力などは単に付随してきただけで、大空を舞うことの楽しさ自体は今も忘れていない。

だから、彼らは戦争が終わっても空を飛ぶだろう。

それこそが目的なのだから。

「対して、権利団体の彼女たちは、かつての権力がほしいから今、力を求めているわ。つまり権力欲が目的ね」

『そうですね』

「でも、兵器の力、いわば暴力を振るったとき、これも力だと本来の目的を見失ってしまったら、権力は手にできないわ」

「少なくとも、自分たちが手にした暴力を生かし、それで権力を手に入れなければ意味がないということか」

デイライトの言葉にスコールは肯く。

目的を果たすために手に入れた力で満足してしまい、目的を果たすことを見失ってしまう。

それこそが問題なのである。

どう使うかとは何のために使うかであり、力をどう生かすかということを考える必要がある。

暴力を、権力を手に入れるための力として使えるかどうか。

実はスコールは女性権利団体を試しているのだとも言える。

『ダメならバカ女たちはただのバカになっちゃうってことねえ♪』

「あなた、もう少しオブラートに包みなさい……」

スマラカタの言っていることは間違いではないのだが、同じ女として少しばかり女性権利団体に同情してしまうスコールだった。

 

 

再び、空の上で。

ツクヨミ攻略の糸口が掴めないティンクルとまどか。

ただ、さすがにここで感情的になるほど愚かでもない。

まどかは元実働部隊。

ティンクルはディアマンテから生まれたはずの存在だからだ。

冷静さを失わないことで、何とか持ち堪えていた。

「せめて相手の戦い方を読めればいいんだけど、私は『そこまで回復してない』し……」

「えっ?」と、まどかがティンクルの呟きに違和感を抱くとすぐにディアマンテが説明してきた。

『先日、フェレスと戦ったダメージが残っているのです』

『ふむ。まあ、ここで考えることではあるまい』

そうは言うものの、納得したまどかと違い、ヨルムンガンドはその情報を決して軽視しない。

ただ、確かに今はツクヨミ攻略を考えるのが先決であった。

『何もできないようなら、このまま倒しちゃうぜ』

「言ってくれるじゃない」

余裕をかましてくるツクヨミを、ティンクルは睨みつける。

実際、何もできていないのだからどうしようもないのだが、言われっぱなしというのも癪に障る。

「舐めるなッ!」

ティンクルよりもまどかのほうが癪に障ってしまったのだろう。

ティンクルとの会話に集中しているツクヨミに対し、背後から襲いかかる。

真っ向勝負に拘らないのは、やはり元実働部隊だからか。

今回はそれが良い方向に出た。

そう思ったが。

「こいつッ!」

ツクヨミが担いでいた弓張り月が、勝手にその手から離れ、襲いかかってくる。

『経験を積めば思考力が上がるって言ったろ?』

後姿から、わずかに見せたツクヨミの横顔が笑みを浮かべている。

互いに反発しながら、ある意味で相手のことを信頼しているようにも見えるのは本当にある意味では人間の友情のようだ。

それを示しているのか、弓張り月の動きは不規則で、まるで獣が空を駆けているようだった。

「くッ!」

「まどかッ!」

ティンクルが思わず声を上げてしまうほど、弓張り月が一気にまどかを追い詰める。

『予測をするなッ、却って追い詰められるッ!』

ヨルムンガンドが厳しい声で指摘してくる。

本能的な獣の動きを、ツクヨミと反発することで再現する弓張り月に、放っておけば今後恐ろしい敵になることをまどかは理解してしまう。

だが。

 

「暴れる武器かよ。おもしれえもん作ったな」

 

現れたその声の持ち主は、弓張り月を思いっきり蹴り飛ばしてまどかを守って見せた。

「おにいちゃんっ♪」

「諒兵っ?!」

それはそれは嬉しそうなまどかに対し、ティンクルは何故ここにいるのかわからないといった様子で驚く。

そしてツクヨミは。

『来るとは思わなかったぜ。ヒノ』

そうは言いつつも、どこか嬉しそうな獣のような笑みを浮かべて蹴り返された弓張り月を掴む。

だが、逆に諒兵は疑問を持った。

「あり?どっかで会ったことあんのか?」

『これだけ気配が強いとわかりますね。もともとは学園の上級生の機体だったコールド・ブラッドです』

そう答えてきたレオの言葉で納得した。

なるほど、それなら自分のことを知っていてもおかしくはない。

まあ、もともと情報を共有できるのだから、知っていてもおかしくはないのだが、ツクヨミの呼び方には知り合いを呼ぶようなニュアンスを感じたのである。

いずれにしても、外見は人間のようだが中身はあくまでも使徒だということが、それで理解できた。

「スマラカタみてえな進化したのか」

『そのようですね。モデルとなった人はわかりませんけど』

もっとも、諒兵としてはそんなことはどうでもいい。

正直な話、まどかとティンクルが気になって飛んできたのだから。

「とりあえずは無事か?」

「私は大丈夫だよっ♪」

「私も何とかね。でも、正直言って、こいつ強いわ」

「めんどくせえな、そりゃ」

できるなら、このまま二人を連れ帰って昼寝でもしたいところだ。

だが。

『せっかく来たんだ。茶の一杯くらい飲んでけ、ヒノ』

そう言って、ツクヨミが臨戦態勢を取る。

どう見てもやる気満々だ。

「茶菓子は出ねえのかよ?」

『辛いのならあるぜ?』

「好き嫌いはねえよ」

『いいこった♪』

そういってにっこりと笑ったツクヨミは、直後に弓張り月を投げ放つ。

「ちっと休んでろ二人ともッ!」

「うんっ!」

「頼むわっ!」

「レオッ、半分任すッ!」

『問題ないですッ!』

レオがそう答えると、両脚のレーザークロー、獅子吼がビットのように動きだす。

弓張り月の対処を行うためだ。

諒兵自身は蹴りかかってきたツクヨミの攻撃を受け止め、さらに反撃した。

『さすがにやるなッ、面白いッ!』

「わかりやすいなお前ッ!」

典型的なバトルジャンキーだ。

戦いを楽しむところは、以前倒したヘリオドールにも良く似ている。

しかし、ストイックだったヘリオドールと違い、ツクヨミは戦場そのものを楽しむ余裕があった。

レオが弾いた弓張り月を足で引っかけるとそのまま回し蹴りを繰り出してくる。

一対一の戦いを望んだヘリオドールと違い、刻々と変化する戦場で、遊んでいるようなイメージがあるのだ。

今の状態で、まどかやティンクルがサポートにはいったとしても、決して文句は言わないだろう。

自分が置かれた状況で、如何に戦闘を楽しむか。

それがツクヨミが考えること、考えたいことのベースとなっている。

言うなれば、戦場で遊ぶことがツクヨミの目的なのだ。

そして、それは弓張り月も同じなのだろう。

どちらがより楽しんだかを張り合っているのである。

回し蹴りを避けた諒兵は、即座に右腕の獅子吼を突き上げると、流れるような動作で左腕の獅子吼を右足の踵に移動させて後ろ回し蹴りを繰り出す。

考えた攻撃ではない。

感じたままに身体を動かすようにしていた。

ツクヨミを相手にするなら、そのほうがいいと判断したのだ。

それを一番感じているのはツクヨミであった。

『たいした反応だなッ!』

「こんくれえわけねえよッ!」

『入学当初から目をつけてたのは間違いじゃなかったぜッ!』

「学園じゃ直接会ったことねえだろッ?!」

『アタシの操縦者にやる気がなかったせいだよッ!』

それが、実はツクヨミの最大の不満だった。

できれば、諒兵やレオと早く戦ってみたかったのだが、当時は操縦者頼りでしか動けなかった。

その操縦者にやる気がないのでは、自分がどんなに望んでも戦えない。

だから離反したのである。

『気が合わなかったんだからどうしようもねえッ!』

「ちっとわかるぜッ!」

『お前がパートナーだったら共生進化も面白かったかもなッ!』

『リョウヘイの一番のパートナーは私ですッ!』

ツクヨミのセリフにすかさずそう突っ込みを入れてくるあたり、レオのヤキモチ焼きは相当なものである。

ゆえに。

 

「レオってかなり面倒な性格してるわよね」

「小姑みたいだ」

『確かに個性『ヤキモチ焼き』でも不思議はないな』

『ヒノリョウヘイの奥様になる人は苦労しますね』

 

楽しそうに戦っている諒兵とツクヨミの姿を、まどかとティンクル、ヨルムンガンドとディアマンテが呆れた様子で眺めていた。

 

 

 

 

 



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第174話「出遅れたお姫様」

諒兵が来たことで、戦闘はサクッと終わった。

というよりも、ツクヨミが諒兵と挨拶代わりの戦闘ができたことでかなり満足したらしい。

 

『まだ、命懸けの戦闘には早いからな。しばらくしたらまた遊びに行くぜ』

 

そう言い残して、ツクヨミは飛び去った。

さすがにツクヨミ以外にもスマラカタやフェレスがいる極東支部に乗り込む気になるほどティンクルやディアマンテは好戦的ではない。

戦略を練る必要があると判断し、後を追うのは止めた。

「いいのかよ?」

「無理はできないわ。まどかを連れてくわけにも行かないし」

「私はかまわないぞ?」

「敵の戦力がわからないのよ。ツクヨミがあれほどの進化をしたことはかなりの脅威で、しかも駄肉にフェレスがいる。こうなるとヘル・ハウンドが進化していないと仮定して戦略を練るのは楽観的すぎるわ」

極東支部内の情報はティンクルやIS学園には届いていない。

ゆえに、今のヘル・ハウンドがどういう状態にあるのかはわからない。

その点で考えると一か八かでツクヨミの後を追うことも手の一つではあったが、そこまでムチャはできない。

こちらの戦力を減らすわけにいかないからだ。

『ヘル・ハウンドまで進化していた場合、敵の戦力はかなりのものになりますね』

「敵ってのは……」

「あっ、まだ聞いてないのね。極東支部よ。悪じゃなくて敵」

「どういうことだ?」とまどかが尋ねる。

「考え方自体はアリなのよ。でも、私たちはその考えを受け入れられない。だから敵」

その理由を、ティンクルは話さなかった。

『天使の卵』に関しては、あくまで丈太郎や束が説明するべきだと考えたからだ。

ゆえに敵だとしか話さない。

そんなティンクルの説明に対し、口を挟んできたのは皮肉屋だった。

『悪ではなく敵か。なかなか哲学的な言い回しだな』

「何よ?」

『彼らの考え方も正しい。だが、受け入れられない自分たちの考えも間違いではない。つまりどちらも正しい』

ティンクルの言い方だとそういう意味になる。

だが、どちらも正しいということになると、どちらが倒されるべきなのかわからないということができる。

『正しい者同士がぶつかり合うときに起こるのが本当の意味での戦争だ』

『私たちと人間の戦いは戦争ではないと?』

『我々と人間は存在そのものが違う。極論すれば、獣と人間の関係と変わらんよ』

戦争ではなく、生存競争だとヨルムンガンドは説明する。

互いの存在領域の奪い合いに過ぎないと。

だからこそ、共存する者も敵対する者いるのだと。

『だが、正しい者同士の戦争は違う』

『どう違うというのです?』

『妥協点を見つけるのが難しいということだ』

自分も正しい。

そう考える人間が、間違いを正すということが有り得るだろうか。

正すわけがない。

間違っていないのだから。

ため息をついてティンクルが呟く。

「私たちも、向こうも想いをゴリ押しするってことね」

「間違ってないから?」と、まどか。

「だろな。間違ってねえと思うなら譲らねえ。譲らねえ同士ならケンカにしかならねえ」

想いを貫きたいなら、ケンカ、否、戦争に勝つしかないということだ。

『ようやく戦争が始まったということだ。人間と使徒ではなく、正義と正義の戦いがね』

『本当に『皮肉屋』ですね。あなたという方は』

正義と正義というところに、彼らしい皮肉が感じ取れるとディアマンテは思う。

実際、それが戦争というものなのだろうが、あまりにも救いがないと感じてしまう。

それがわかったのか、レオが言い直す。

『それを言うなら、想いと想いの戦いのほうが合ってますね』

「譲れねえ想いがあるから、か……。ま、わかりやすくていいんじゃねえか?」

「おにいちゃん?」

「誰がいいヤツかを考えるより、わかりやすいと思うぜ?」

「シンプルねえ……」

と、ティンクルは諒兵の言葉に呆れた様子を見せた。

言うとおり、わかりやすくはあるのだが、場合によってはどちらかの陣営が全滅するまで戦うことになる。

ケンカではないからだ。

倒されるべき者が必要になってくる。

それが何なのかはわからないが。

「ま、いいわ。助けてくれてありがと諒兵。今度デートしてあげる♪」

「ドアホ」

「あ、ひど♪」

そう言いつつも、楽しそうなティンクルだった。

どうにも、鈴音を相手にしているような錯覚を感じてしょうがない諒兵である。

「てか、お前らどうすんだ?」

「「えっ?」」

驚いたのはまどかもティンクルも同じだった。

そもそも、何を言いたいのかわからないため、そう問い返すと意外な答えが返ってくる。

「学園に来るのかって聞いてんだよ」

「私はパス」と、あっさり否定したのはティンクルである。

もっとも、諒兵としても予想できた返事だったので、別に驚いた様子は見せない。

「今は行けないわ」

「まあ、鈴が怒るか」

「むしろ箒が怒るでしょ?あの子、私の顔見たら斬りかかってくるかも」

「へ?」

「鈴とおんなじ顔してるし♪」

まさかそれで斬りかかってくるような箒ではないと思うが、微妙に自信がない諒兵だった。

実は、鈴音と箒の仲が悪いことを諒兵は心配していた。

一夏を挟んでというよりも、いろんな意味で反りが合わないイメージがあるのだ。

「戦争なのかもね♪」

「何で?」と、まどか。

「どっちも間違いじゃないけど、受け入れられないのよ。特に箒がね」

そんなところに鈴音と同じ容姿を持つティンクルが行ってしまったらややっこしいことこの上ない。

しかも、ティンクルの性格だと煽る可能性があるから、関係が余計に酷くなりかねない。

「だから行かないわ。とばっちりはゴメンよ」

「だったら何でそんな顔にしたんだよ?」

「てきとーに♪」

「いい迷惑だぜ……」

実際、諒兵としてはティンクルの性格はそんなに悪くないと感じている。

それだけに鈴音と同じ容姿をしていることがどうにも困ってしまうのだ。

もっとも、この話をするとからかってくることがわかるので、諒兵はむりやり話を切った。

「まどかはどうする?」

「行きたいけど……」

「気にすることねえぞ?」

「何か、今のままだとすっきりしない」

このままティンクルと離れるのは、何かすっきりしない。

というより、何か掴みかけている気がするのだが、それがはっきりしないために、今の状況を変えたくなかった。

「だから、もう少し待っててくれる?」

「千冬さんが心配してんだけどな」

まどかの答えに対し、諒兵は苦笑いするばかりだ。

できれば会わせてやりたいと思うのだが、まどか自身の意志を無視する気にはなれない。

そうなると、連れて帰るのは無理のようだと判断する。

「まあ、無理にとは言わねえけど、あんま心配かけんなよ?」

「うんっ♪」

「じゃあね♪」

そう元気よく答えて飛び去って行くまどか、そしてティンクルを見送ると、諒兵はIS学園へと戻っていった。

 

 

翌日。

千冬は諒兵が持ち帰った映像を検証していた。

現場での戦術構築担当であるセシリアとシャルロットと共に。

「ツクヨミは諒兵さんでなければ難しいですわね」

「全快すれば鈴でもいけるかも」

「可能性はあるが、今の段階では諒兵になるな。一夏では難しい」

それが三人の見解だった。

映像を見る限り、型どおりの戦い方をする者だと相手をするのがかなり難しいのがツクヨミだった。

とにかく戦い方がトリッキーすぎて、対処が間に合わないのだ。

本能に任せたような戦い方をしてくるので、適応能力の高いものでないと、不意を突かれやすいのである。

死角に回りこんでの一撃を得意とする一夏だが、基本的には剣術なのだ。

ツクヨミのように剣が勝手に暴れまわるわけではない。

弱いというわけではなく、一夏だと相性が悪いということなのである。

逆に諒兵は相手に合わせて変化できる。

その変化がないと、ツクヨミの相手は難しい。

そして鈴音は直感に頼った戦い方をするので、全快さえすれば相手ができないわけではない。

そう考えると。

「ツクヨミを倒すことを考えるなら、諒兵と鈴音でタッグを組ませる必要があるか……」

「ラウラさんはどうなのでしょう?」

「ラウラはあれできっちりと型どおりの戦闘方法を学んでいるからな。あの変化に対処するのは難しい。どうしても予測してしまう」

ラウラを育てた千冬の言葉だけに重みがある。

実際、ラウラは軍隊で戦闘方法を学んでいるために、どうしても激しく変化するツクヨミの戦闘に対処することが難しい。

先を予測することが却って足かせになってしまうのだ。

そうなると、ラウラをツクヨミにぶつけるのは危険すぎる。

また。

「あとはハミルトンか。あの発想力を生かせば、ツクヨミに対処できる可能性がある」

逆にぶつけて危険になるのは刀奈であろう。

彼女も暗部に対抗する暗部として鍛えてきてしまっているため、逆に変化に対処できないまま落とされる可能性がある。

もっとも簪は異なる。

「今の大和撫子との関係であれば、その反発がツクヨミを上回る可能性があるだろう」

簪と大和撫子はむりやり共生進化したことで、大和撫子が簪に強く反発している。

それがツクヨミと弓張り月の反発関係を上回る可能性があるのだ。

そうなると、諒兵をメインに、鈴音かティナ、そして簪を組ませるのがベストだろう。

逆に。

「今の話を総合すると、僕たちも難しいですね」

「そうですわね。あの変化にはついていける自信がありませんわ」

セシリアとシャルロットは戦術構築担当だけあって、戦闘に関しては先を読んで予測するのがほとんど癖となってしまっている。

特にシャルロットは、相手の思考も読むので、ハマッってしまう可能性がある。

そうなると、ツクヨミの相手は難しい。

「そのあたりを考えて陣形を組んでいってくれ」

「はい」と、二人とも素直に肯いた。

さらに。

「今度ブリーフィングで説明するが、極東支部は我々の敵として行動している可能性が高くなった」

「何をしているのでしょう?」

「これに関しては私もまだ説明を受けていないのでな。博士と束もそろそろ説明するといっているのでそれを待ってほしい」

「それはいいですけど……」

不満顔のシャルロットに対し、千冬はさらに続けて説明した。

「問題は、そこにはスマラカタとツクヨミ、加えてASも一機いるらしい。さらにヘル・ハウンドは進化している可能性が高い」

「けっこう、高い戦力がありますわね」

「そうだ。何をしているのかはわからんが、厄介な存在になりつつある。私たちのほうで調査は続けるが、今後は使徒のみではなく、人間と使徒が組んだ敵を意識するようにしてくれ」

そういって、千冬はあくまで極東支部のみが敵であると説明する。

(権利団体の問題は、我々だけで対処しなければな……)

実のところ、厄介な敵というか邪魔者は別にいるのだが、その連中に関してまで生徒たちに苦労させるつもりはなかった。

本来は、まだ守られ、導かれるべき生徒たち。

彼らを戦わせている以上、社会の汚い部分に触れさせるようなことはしないと千冬は心に決めていた。

 

 

そんなころ、鈴音の部屋の前で。

箒が、ノックしようとして手を止め、ノックしようとしては手を止めという同じ動作を繰り返していた。

自分が知らない一夏を知る者。

空白の期間を埋められる者。

その筆頭が鈴音であることが理解できているのに、どうしても鈴音と会うことが躊躇われてしまう。

箒は鈴音に対して、借りを作りたくなかった。

あの夜、自分との差を見せ付けられた夜、箒にとって鈴音は間違いなく敵となった。

恋敵ではない。

鈴音の恋など応援できそうにないからだ。

相手が一夏でなければ応援できるといった問題ではないからだ。

二人の男を天秤にかけているというその在り方、考え方が気に入らない。

そんなふしだらなことは認められない。

だから、鈴音と会うときは対抗できる力を手に入れてからだと考えていた。

力を持っている鈴音に対し、何の力もないままの自分では何も言えないと思っているからだ。

だから、どうしても今は会うことが躊躇われてしまう。

だが、誠吾の言葉を考えれば、自分は鈴音にこそ会わなければならないと理解できる。

今の何の力もない状態で会わなければ、先に進めないと理解できる。

ゆえに、ノックしようとしては手を止めるという動作を繰り返していた。

そこに。

「飽きないわねえ……」

と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

バッと振り向いた先にいるのは、目の前の部屋の主であるはずの少女。

「さっきから私の部屋の前で何してんのよ。入りたいんだけど?」

つまり鈴音だった。

手に何か入っている袋を提げ、呆れた様子で箒のことを見つめていた。

「なっ、なななっ?!」

「飲み物買いに行ってたのよ」

そういって、手に持っていた何本かのソフトドリンクが入った袋を見せてくる。

なるほど、買い物に行っていたのなら、部屋から出ていてもおかしくない。

おかしくないのだが、完全に箒の誤算だった。

てっきり鈴音は部屋の中にいると思っていたので、まさかこんな不意打ちのような会いかたをすることになるとは予想していなかったのだ。

これではダメだ。

失敗だ。

そう思った箒は背を向けて逃げ出そうとして。

 

「また逃げんの?」

 

その声に、足を止められてしまった。

「私は別にかまわないけど?」

「な……」

「別にあんたと話したいことがあるわけじゃないし。いい加減、部屋に入って休みたいし」

「な……」

「うん、そうするからソコどいてくれるとありがたいんだけど、あんたは逃げるだけでいいんだ?」

「なっ……」

「だってあんた逃げてるだけじゃない。私からも、一夏からも、お姉さんは……少しだけ近づいたみたいだけど」

図星だけに何も言えなかった。

だが、図星であるだけに、鈴音にだけは言われたくなかった。

自分が一番敵愾心を持つ相手である鈴音にだけは、逃げているとはっきりと言われたくなかった。

だから思わず声に出してしまう。

「なっ!」

「誰も言わないからよ。それ以上にあんたが聞かないからよ。自分の欠点を、ね。井波さんにはホント同情するわ。わざわざ嫌な役やってくれたんだもん」

「な……?」

「あんたに一番必要なのは、欠点を指摘することだってわかったから、わざわざやってくれたのよ。みんなあんたに甘いんだもん」

「なっ?!」

「甘いわよ。陰口叩く人はいるけど、ストレートに厳しく指摘する人なんてほとんどいないじゃない。居心地いいでしょうね、みんなが守ってくれるんだから」

箒は全てに守られるお姫様なのだと、鈴音は指摘してきた。

戦いの場に出る必要のないお姫さまなのだ、と。

本当ならば、箒は何もしなくても、何もかも望みどおりにいくはずだったのだろう。

ただ、そこに異物が入ってきたのだ。

「一番最初に入ってきたのは白虎ね。あの子が入ってきたことであんたが望む世界にひびが入ったのよ」

「な?」

「篠ノ之博士の言うとおりなら、ISを動かせたのは一夏だけだったはずだもん。でも、白虎が入ってきたことで、今まで道具だったISが道具じゃなくなった。共に生きるパートナーになってくれたのよ」

それはすばらしいことなんだと鈴音は語る。

この世界の未来をよりすばらしいものに変える道が現れ、人類は進化というものを間近に感じられるようになった。

それは痛みがないわけではないけれど、乗り越えることで想像を超えた未来を掴める可能性が出てきたのだ。

「だから、素敵なことなんだけど、あんたにとってはメンドくさいことになっちゃったのよね」

「な……」

「カッコいい王子様に余計なコブがついて、しかも邪魔者をどんどん連れてきちゃったからね」

白虎が入れたひびは、箒の手に負えない者たちをどんどん連れてきてしまい、結果として箒は出遅れてしまった。

満足に話すらできなくなった。

箒の望む世界でなくなってしまえば、箒はその世界に居られなくなってしまう。

箒自身が変わる、正確に言えば、変わっていることを受け入れ、適応していかない限り。

もっとも、鈴音にはそんなことを箒に懇切丁寧に説明する義理はない。

ゆえに。

 

「で、どうすんの?逃げんの?」

 

扉を開け、部屋に入ろうとする鈴音にくっついて、箒は部屋に入るのだった。

 

 

 

 

 



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第175話「篠ノ之箒という少女」

部屋に入ると、同室であるはずのティナはいなかった。

実のところ、鈴音はいまだ謹慎中の身である。

そのため、ティナのほうが部屋を移しているのだ。

今はこの部屋で一人、反省を続けている状況なのである。

「猫鈴に悪いことしちゃったしね」

「お前のISか」

「ぱ・あ・と・な・あ」

そういって、鈴音は箒の言葉を遮った。

AS操縦者にとって、ISコアは道具ではない。

共に考え、悩み、そして行くべき道を見いだすパートナーだ。

だからこそ、言い方には拘る。

これは一夏や諒兵がもっとも拘るところで、鈴音や他のAS操縦者たちはそれに倣っているということができる。

だが、今ならば、それが普通だと思う。

心があり、思いを交わすことができる相手を道具だと思えるはずがない。

その心こそが、今、学園から戦いの空に飛び立つ生徒たちの力なのだ。

「あんたも事情があるんだろうけど、まずその点から認めなさいよ」

「私はISは嫌いだ」

「ま、はっきり口にできるだけ進歩したのかしらね?」

今まではその思いすら口にできなかった。

そういう意味では箒も成長しているということができるだろうが、望む方向とは正反対な気がしないでもない。

それでも、その気持ちを認めなければ尚更ダメだと箒は思う。

「嫌いなものは嫌いだ。好きになる努力なんて簡単にはできない」

「まあ、それは同感よ。私だって嫌いなもんは嫌いだもん」

その点で言えば、実は鈴音のほうが好き嫌いがはっきりしている。

そして、その感情を隠すことがない。

だから嫌いな人間とは基本的には付き合わないが、好きな人間とは上手く付き合える。

その上で、ある程度の距離を保てば、相手が嫌いなタイプでも付き合うことができるのだ。

日本に来たばかりのころは言葉が通じなくてなかなか友だちができず、イジメられてしまっていたが、もともと鈴音が持っているコミュニケーション能力は高いのだ。

だから、イジメが収まってからは鈴音は普通にいろんな友だちを作っていた。

「それは一夏のおかげかな♪」

「一夏の?」

「正義感が強いからね、イジメ自体が許せなかったんだと思うわ。たぶん、それが私じゃなかったとしても助けたと思うわよ?」

仮に鈴音が男だったとしても、一夏は助け、良い友人となっただろう。

女だから助けるような下心がないのだ。

だからこそモテるのだが。

がっつき過ぎだと、取りこぼしてしまうことのほうが多いのである。

そのあたり、弾がいい例だろう。

彼女が欲しいといっていたころは、女の子にまったく相手にされなかった弾。

だが、エルと共生進化を果たし、その世話というか相手をしていることで、がっついていたころの気持ちが薄れた。

結果として、今は本音と簪に好かれ始めているのだから、人生というものはわからないものである。

「ま、それは余談だけどね。でも、あんたが知ってる一夏も似たようなもんでしょ?」

「えっ?」

「正義感が強いってとこ。何だかんだで曲がったことが嫌いで、何とかしようとするじゃない。それは今も変わらないわ」

確かに、思い返して見れば、幼いころの一夏も正義感は強かったように思う。

剣だけの記憶しかないように思っていた箒だが、決してそんなことばかりではないのだ。

「もっとも、それをゴリ押しするんだけどね」

と、鈴音は苦笑いを見せる。

その、『ゴリ押し』という言葉に箒は疑問を持った。

「自己主張が強いということか?」

「そうよ。相当強いわよ一夏。自分の考えが正しいと信じたら絶対曲げないもの」

「……そうかもしれない」

「まあ、私が出会ったころはけっこう成長していたせいもあるんだろうけど。そのあたりも変わらないんじゃない?」

箒の記憶の中の一夏は、まず何よりも剣を振っている姿が思い浮かぶ。

だが、今思えば、その剣は決して篠ノ之の剣ではなかった。

篠ノ之道場ではちゃんと型を教えるのだが、型に自分を当てはめるのではなく、型を自分に合わせて変えていた面があった。

「篠ノ之の剣とはいえなかった。一夏が振るっていたのは昔から一夏流だったかもしれない」

篠ノ之流から、さらには姉の千冬から、剣を吸収しつつ、自分のための剣へと昇華していって、今の一夏の剣がある。

「ほら、変わってないじゃない。あいつ凄い頑固なのよ」

「確かに頑固かもしれないが……、お前は何でそう思う?」

「一夏と諒兵が仲良くなってくのを見てたからね」

「……友だちになりたいと思ったからだといっていたあの話か」

箒にとっては嫌な思い出がある、あの月夜の対峙。

そのとき鈴音が、一夏が諒兵と友だちになろうとしたのは、単に友だちになりたいと思ったからだと一夏がいったという話を聞いた。

そのときのことがきっかけで、鈴音に対して激しい敵愾心を持っているのだから、箒としてはあまりいい気分ではない。

だが。

「アレ、その話したっけ?」

「忘れたくても忘れられない」

「そうだったっけ……。ん?あ、そうね。あの時か」

鈴音の脳裏に、月明かりの中、横たわる一夏と諒兵の傍で箒と話していた記憶が映る。

そんなことがあったような気がすると鈴音は感じていた。

「ちょっと言い過ぎたけど、悪いこといったつもりはないわよ?」

「正直、認めたくない。だが、今はその話は置いておく」

実際、その点を掘り下げると、一夏のことを知るための話ができなくなってしまう。

あくまでもそちらが目的なのだから、今、そのことを蒸し返すつもりはなかった。

「そう……、なら、そうね、一夏が諒兵と一緒にケンカ屋をするようになった理由とか聞きたい?」

「……聞かせてくれ」

「素直でよろしい♪」

「怒るぞ」

どうにもからかっているようにしか見えない様子に、箒の額に青筋が増えてしまう。

そんなことは気にもせずに、鈴音は話を続けた。

「一夏と諒兵は似てるのよ」

「……何処がだ?」

「根っこ」

「根っこ?」

「つまり、根本的な部分が一緒なのよ。守りたいって気持ちがね」

ただ、一夏は自分が信じるモノを守りたいと思うのに対し、諒兵は自分の大切なモノを守りたいと思う。

それが違いとなっている。

「一夏の場合、まずは千冬さんよね。ただ単に姉としてじゃなくて、その象徴ともいえる剣を守りたいと思ってるのよ」

「織斑先生の剣……」

「ブリュンヒルデの剣、その強さを一夏は強く信じてるから、その弟である自分も剣では負けちゃいけないって思ってる。要するに自分たち家族の強さを信じてるのよ」

単に家族を守りたいというのであれば、スタイルに拘る必要は実はない。

それどころか、剣に拘ることもない。

だから、一夏は道場に通うことをやめ、新聞配達のバイトをすることを選んだ。

しかし、剣自体を捨てはしなかったのだ。

「ちゃんと自己流で振ってたもの。それこそ自分の、そして自分の家族の強さを信じてるってことだと思うわよ?」

「なるほど。それはわかる」

「信じるものが何であってもさ、間違ってないと思えるなら守るし、そうじゃなければそれはおかしいっていえるのが一夏なのよ」

正義感が強いというのはその部分である。

他人のことだからどうでもいいとは考えられないのが一夏なのだ。

お節介だともいえる。

エゴイスト的な鬱陶しさ、いわゆる『ウザい』人間にもなってしまうのだが。

「でも、あまりそういうことをいっているところを見ないぞ?」

「根っこっていったでしょ。成長して、言うのをガマンしたり、言うタイミングを考えたりするようになったのよ」

実は鈴音は一夏が箒の剣に対して思うところがあった話を聞いていた。

箒自身が気づいていないだろう剣の変化に対して、言うべきかどうか迷っていることを。

もっとも、それは一夏が伝えるべきことだと思うので、さすがに今はいわないが。

そのくらいの配慮は一夏でもできる。

そして、それを覚えたのは、弾や数馬、諒兵といった友人たちと付き合っていく中で覚えたということだ。

「そのあたり、特に一番上手いのは弾かな。上手く防波堤になってくれてたのよ」

「防波堤?」

「一夏はおかしいと思ったらいいそうになるから、弾が上手くはぐらかしてくれてた。最近はそれを自分で覚えたの」

コミュニケーションを円滑に進めるためには、言うべきでないこともある。

その点の判断を得意とする友人がいたことで、一夏は孤立しなかった。

「仲良くなった相手にはいっちゃうけどね。でも、それが許せる相手だからいうだけなんだけど」

「悪いところは悪いというのは間違っていないだろう?」

「そうよ。でもそれだけじゃダメ。一方的に言うだけじゃ非難してるだけだもん。しかも相手に何も言わせないようにしていくのもダメ。悪いこととかおかしいとかはっきりいうのはコミュニケーションとしては最悪よ?」

「しかし、いわなければ伝わらないだろう?」

そして伝わらなければ、相手が気づくこともできない。

迷惑を感じたならば、その点を相手に伝えなければいけないと箒は思う。

この点は、実は考え方が一夏に似ているのだが、箒はコミュニケーション能力が低いので、言い過ぎてしまう。

結果として人間関係をぶち壊してしまうのだ。

「そうよ。言わなければ伝わらない。だから言わなくちゃいけない。だから井波さんや私が言ったんじゃない。でも、あんたムカついたでしょ?」

「う……」と、箒は思わず口を噤んでしまう。

実際、言われて腹が立ったのは本当だ。

守られるお姫様でいたいだけではないと自分は思っている。

しかし、端から見ればそう見えるのだろう。

そして、そう見えるということは、内心ではそうありたいと思う自分がいるということだ。

ゆえに腹が立った。

そんな言い方をすることはないだろうと箒は思う。

「そこよ」

「何?」

「はっきり言えば、私たちにアンタにそれを伝える義務はないの。でも、言ってあげなくちゃいけないと思ったの」

「だから何だ?」

「そうなったら、『言い方』を考えるしかないじゃない。誰だって責められればムカつくわよ」

実のところ、コミュニケーションで非常に大きく、また頻発するのに盲点となっている部分だ。

どんな人間であれ、欠点を責められれば腹が立つ。

「だから、ベストはわかんないけど、ベターでいいなら、まず相手のいいところを受け入れるのよ。んで、そこを褒めたりするの」

コミュニケーションを円滑に進めていくには、まず、そこが重要なのである。

そのいいところ、すなわち長所が芯となる。

そして芯がしっかりすれば、他の部分を修正していくのはそう難しくはない。

この部分においては良いといえるからこそ、他の欠点をその長所に合わせて変えられるからだ。

「私はあんたのこと好きよ」

「はあっ?!」と箒は思わず声を上げてしまった。

そんな彼女を見て鈴音は苦笑いを見せる。

「人間としてね。尊敬できる面もあるもの」

「えっ?」

「あんた一途じゃない。環境変われば他の人たちと触れ合う可能性がゼロじゃなかったはずだけど、今でも一夏なんでしょ?」

「それは……」

「ま、あんただと友だち作るの下手そうだけど、あんたが転校した先には親しい友人になろうとしたヤツもいたんじゃない?」

箒自身は良く覚えていない。

しかし、いなかったという可能性は低い。

余程、箒のほうから拒絶しない限り。

そして、箒自身は友人を作る努力はしなかったが、寄ってくる人間をそこまで邪険にするようなことはなかった。

姉である束は完全に壁を作ってしまっているが、箒はその点ではまだ一般人よりの考え方をしている。

もっとも、姉のことを聞かれると感情的になってしまうという面はあったが、ならば、その点を上手く避けてコミュニケーションを取ればいいだけの話で、その程度ならできる人間もいただろう。

「話、くらいはするし、剣道部には友人もいた」

「女だけ?」

「いや、マジメにやってる男子部員とは話もできてた」

「ほら。でも、ずっと幼馴染みの一夏のことを想い続けてるんでしょ。私、その点は尊敬してるのよ」

「何故だ?」

「私はふらふらしてるからね」

そういって、鈴音は少し悲しそうな顔を見せた。

それが、何だか凄く女らしく見えてしまい、箒は一瞬だが顔を赤くしてしまう。

「どっちか選べないのって、酷い女だと思うわ。はっきりするべきなんだけど、どうしても先に進めないのよ」

「何故なんだ。正直、私はその部分は認められん」

「でしょうね」

そう答える鈴音を見て、箒は思う。

認められないが、そのことを鈴音自身がおかしいと、悪いことだと思っているとなると、責めにくいというか、責められない。

一夏も諒兵も好きだという鈴音の言葉を聞いて激昂した箒だが、それを本人が辛いと思っているとなると、別の感情も生まれてくる。

自分とは違うところであっても、鈴音も苦しんでいるということに、共感を覚えてしまうのだ。

「今はまだ、そう想ってなかなか先に進めない。片方を選んで、片方との関係が壊れるのが怖いから、先に進めないの」

「それでも、正しいとは思えない」

それは間違いなく箒の本音だが、かつて聞いたときのような怒りは感じなかった。

何故か、同情できる面がある。

今が大事すぎて、未来に進めない。

それは過去に縋って、今を受け入れられない箒に似ているからかもしれない。

だからか、わかる気がした。

「話が逸れたわね。一夏と諒兵が似てるってところなんだけど……」

「正直言って、似ていないと思うが」

「だから根っこだってば。枝葉の部分が似ないのは当然よ。生きてきた環境が全然違うもの」

「一夏は信じるものを守るといったな。対して日野は大切なものを守ると。その意味に違いはあるのか?」

「あるわ。諒兵が大切にするのは自分の家族、周りの人」

「それは一夏も同じだろう?」

「うん、でも決定的な違いがあるの」

「何だそれは?」

「自分自身を好きか嫌いか」

「えっ?」

「諒兵、自分のこと、あんまり好きじゃなかったのよ」

捨て子だった。

それが似ていながら大きな違いとして現れている。

一夏には千冬という血のつながった家族が傍にいたが、諒兵は天涯孤独だった。

そんな諒兵を、孤児院では、いろんな人が家族として扱ってくれていた。

「だから、自分のことを受け入れてくれた人を大切にするの」

「それは……」

「一夏は違うわ。千冬さんっていう絶対的なつながりがあったんだもの」

そこが、一夏と諒兵の一番大きな違いだった。

たった一人でも肉親がいた一夏と、天涯孤独の諒兵。

そのため、一夏は自分の在り方を気に入っているが、諒兵は自分自身のことが気に入らなかった。

「捨て子だから。親にも見離された自分だから、好きじゃなかったのよ」

今になって、ようやく諒兵が元来の守りたいという気持ちをはっきり表すことができるのは、実の両親の話を聞くことができたからだ。

それ以前は、身体中に棘を生やして、それでも受け入れてくれる人を大切にしていた。

「だから、一夏は諒兵と友だちになろうとしたとき、身体でぶつかっていったの」

言葉で欠点を指摘したり、こうあるべきだと示唆しても自分のことが嫌いな人間は決して変わらない。

負けん気があれば直そうとするという考えもあるが、実はそこまで正しくはない。

 

自分を変えようとする人間は、自分のことが好きなのだ。

 

好きだからこそ周りにも好かれようとする。

そのためにどんどん自分を変化させていく。

変わらないところが魅力というが、実のところは、時代や状況に合わせて少しずつ自分を変えているのだ。

その変化が小さいから気づかないだけで。

「そして、間違っていないと思ったから、一緒にケンカ屋するようになったわ。つまり、一夏のほうが変化したのよ」

自分の在り方とそれほど離れていないのならば、変化は容易い。

先ほども言ったように一夏は自分自身を受け入れているからだ。

だが、諒兵のほうは変わらない。

自分のことが嫌いだから、受け入れられていなかったのだ。

「面倒っていえば面倒よね。でも、そうしないと友だちになれないタイプなのよ、諒兵って」

「一夏がそこまでしたのは……」

「諒兵と友だちになろうとする自分は間違ってないと思った。そしてそんな自分のことを気に入ったから。諒兵のためじゃないわ」

結局、自分自身の在り方の問題であって、相手のためではない。

その在り方が相手に良い影響を及ぼす保証もない。

それでもそうするのは、自分の意志であり、エゴなのだ。

「そろそろ気づかない?」

「何?」

「あんたの問題点」

今の話は、実は箒にとって一番重要な部分を話していると鈴音は説明する。

わからないなら、どちらが自分に似ているかを考えてみればいいと付け加えて。

そういわれて考えて、そして……。

「私が似ているのは、日野のほうなのか……」

「うん。まあ、そっくりとまでは言わないけど」

それでも、箒という人間に似ているとするならば、一夏よりも諒兵のほうなのだと鈴音は断言する。

「だからあんた諒兵と仲良くしようとしないのよ。自分と同じ欠点持ってるんだもん。鏡見てるような気持ちになるんじゃないの?」

「……それだと私が考えなければいけないのは、自分の欠点についてじゃなくて、自分を好きかどうかなのか?」

「そう思うわよ?そのために大事なヒントはもうあげたからね」

「えっ?」

「自分のことを嫌いな人間が、自分を好きになるためには何が必要だと思う?」

欠点を受け入れることではない。

それではダメなのだ。

根本的な解決にはならないのだ。

何故なら、芯がブレてしまうから。

欠点を受け入れて直そうとするということは、別人になるということではない。

自分のままで、少しだけいい方向に向かうということだ。

だが、自分を嫌いな人間は、自分のままでいようとしないのだ。

だからぶれてしまう。

だから変わることができない。

まずは。

「周りの人が受け入れてくれるところをあんた自身が理解しないとね」

「……私のいいところを知れってことになる、のか?」

「そうよ。あんたがあんたのいいところを知らないと、結局芯ができないじゃない」

ただ、これは箒のせいとばかりはいえない。

むしろ周囲の人間が、箒のいいところを箒自身に伝える必要がある。

それが箒にとっての芯となり、箒そのものになる。

「それができれば、変わってくのはそんなに大変じゃないのよ」

「私のいいところって……」

「それもさっき言ったわよ?思い出してみれば?」

そういわれても、簡単には思い出せない。

そこは、むしろ欠点として言われ続けた部分だからだ。

でも、それは本当に欠点なのかと鈴音は話す。

「私はたぶんあんたが自分の欠点だと思ってるところこそが、一番いいところなんだと思うわ」

「それは……」

「そのくらい自分で考えてよ。今の話、じっくり思い返せばわかるわ」

さすがにこれ以上、敵に塩は送れないと鈴音は苦笑する。

だが、さすがに箒にも十分以上に自分のために語ってくれたことくらいは理解できる。

だから。

「わかった。後は自分で考える。今日はすま……、いや、ありがとう鈴音」

「どういたしまして♪」

そういって笑う鈴音の顔を見ると、箒は何だか悔しい。

だからこそ、あと少しの『答え』に、自力で辿り着いて見せると思うのだった。

 

 

 

 

 



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第176話「その前日」

鈴音と話をした翌日。

箒は部屋に篭り、鈴音がいう自分のいいところについて考えていた。

だが、なかなか思い浮かばない。

改めて考えると、頑固でしつこい上に、暴力に訴えてしまいそうな面もあると自分の欠点ばかり思いついてしまうからだ。

鈴音と話すことで冷静になってきた箒は、男の立場で、もし、そんな女がはっきり気持ちを口にもせずに、ただ嫉妬して、年がら年中纏わりついてきたらどう思うかと考えてみた。

「いかん……、落ち込みそうだ……」

どう考えてもストーカーとしか思えない。

そんな女に言い寄られて、本当に嬉しい男がいるだろうか。

一番最初に感じた感想を思わず口に出してしまう。

「鬱陶しい……」

それが、自分という人間の行動だったのだと思うと、穴に入りたくて仕方がなかった。

とはいえ、どうすればよかったかなんて箒にわかるはずもない。

自分の性格からの行動だったのだから。

そうしないのであれば、はっきりと気持ちを伝え、出来るだけ嫉妬せず、距離をとって上手く付き合っていなければならない。

正直、そんなマネができる気がしなかった。

自分の性格と正反対の行動なんてできるはずがない。

変わるということを安易に考えている者ほど、一気に変われると思い込んでいるが、決してそうではないのだ。

以前にも語ったが、芯がない者が変われるはずがないのだから。

変わる必要のない自分の芯、すなわちいいところが何かを箒は知る必要がある。

「でも、欠点だぞ……?」

鈴音は、欠点だと思っているところこそがいいところなのではないかと言った。

人に鬱陶しがられそうな自分の欠点が、どうすればいいところだと思えるのか。

思ってもらえるのか。

どうにも箒には想像がつかない。

ベッドの上で天井を見上げながら、箒は何が自分のいいところなのかとひたすら思いを廻らせていた。

 

 

同じころ。

「ごめんっ、ほんっとーにごめんっ!」

『二度目はニャいのニャ』

「もう絶対やらないから」

『というより、本来は不可能ニャのニャ』

それをムリヤリやったのだから、反動が大きいのは当たり前だと、ようやく喋れるまでに復活した猫鈴が嗜める。

本音の言葉通り、数日経ってようやく猫鈴も会話することができるようになったのである。

それは猫鈴が回復したということではなく、鈴音のダメージが回復してきたということになるのだが。

生徒たちを含め、千冬や束、丈太郎や誠吾、それに真耶もいる面前で、鈴音は猫鈴に土下座していた。

実にシュールな光景である。

「まあ、でも回復してよかったよ。ようやく全員揃ったな」

「賑やかなのは嫌いじゃねえし、またよろしくな」

『イチカやリョウヘイは実にいいヤツニャのニャ。リンにも見ニャらわせたいのニャ』

「うう……」

「自業自得だな」

「これに懲りたらムチャしねーようにしろよ?」

数馬や弾も笑いながら土下座したままの鈴音に声をかける。

実際、鈴音がやったことは自殺行為といってもいいくらいのムチャだったのだ。

猫鈴が怒るのは当然だろう。

この場にいる者はみんな猫鈴側である。

「まぁ、仲間も増えてきたかんな。少しゃぁ俺らぁ頼れや鈴」

「蛮兄……、なんか凄く久しぶりな気がする」

「極東支部見っけるために篭もってっかんなぁ。そのせぇだろ」

何処か別の世界に行っていたなどといってはいけなかったりする。

それはともかく。

「猫鈴、実際のところ、お前と鈴音は飛べるのか?」

「千冬さん、扱いが逆になってない?」

「少なくともお前より猫鈴のほうが信頼できるぞ、鈴音」

「容赦なさすぎる……」

落ち込む鈴音を尻目に、猫鈴は自分たちの状態を分析し、答えた。

『全力戦闘はまだムリみたいだニャ。飛ぶことはできるけど』

「前線には?」

『正直、今のリンはまだ前線には出せニャいのニャ』

せいぜい、戦闘訓練ができる程度だと猫鈴は答える。

そうなると、セシリアと違ってまだ戦力に数えることはできないということだ。

『脳のダメージだから修復がキツいのニャ。戦闘するには、あと二週間くらいはかかるのニャ』

「二週間か……」

『どうかしたのかニャ?』

「いや、何でもない」

そう答えた千冬に対し、丈太郎と束がちらりと視線を向ける。

どうやら何か気づいているらしい。

だが、何も言ったりはしなかった。

その空気を察したのか、セシリアが口を開く。

「ツクヨミという新たな敵の存在もありますし、鈴さんには治療に専念していただくべきでしょう」

「退屈なんだけどなあ」

「ぼやかないでください。自業自得ですわ。私も人のことは言えませんが、中途半端な状態で今の戦場には立てませんもの」

セシリアもまだ全力戦闘はできないだけに、説得力がある。

ゆえに、彼女は前線に出る気はなく、遠距離から羽を援護に向かわせる方法で戦うことを千冬に伝えていた。

千冬もその方法で行くしかないことを納得している。

「実際、治療に専念すると、後どのくらいかかるの?」

そう尋ねたのはシャルロットだ。

実際、完全回復までの時間は把握すべきなので、当然の疑問とも言える。

『徹底的にやるニャら、一週間だニャ』

「えっ、そのほうが良くない?」

「でも~、そうすると鈴を一度昏睡状態にすることになるの~」

「どういうこと?」と簪も尋ねる。

脳の修復なので、実は鈴はこうして話すことも大変なのだ。

徹底的に修復するためには、鈴音には一度眠ってもらい、その間、猫鈴と本音が協力して修復することになる。

そうすれば一週間で全力戦闘ができるまでに回復はできる。

だが、そうなると鈴音はその間は何もできないのだ。

『今の状況で昏睡状態はマズいのニャ。リンも動けるようにしておかニャいと』

「だなぁ、まったく動けねぇ状態ぁマズぃだろ」と丈太郎。

「特に、先のアンスラックスの言葉もある。ここを襲ってくる敵は多い。IS学園ならば大丈夫という保証はないからな」

そう言って、千冬が丈太郎の言葉に続ける。

実際、何もできない昏睡状態でいさせるには、IS学園は決していい場所とは言えない。

今のIS学園はあくまで使徒と戦うための前線基地なのだから。

「ま、動ける必要はあるね。で、猫鈴は状況把握のほうは大丈夫なの?」と束が尋ねる。

鈴音のことはあまり好きではないのだが、猫鈴は別らしい。

『だいたいのことはわかってるのニャ。アドバイスくらいしかできニャいけど』

『マオリンは喋り方以外はマトモだからネー、アドバイザーとしては頼りにしてるヨ♪』

『その言い方はえらく引っかかるのニャ……』

だが、事実である。

猫鈴は発音だけが微妙なのだから。

それがわかっている一同は苦笑いするしかなかった。

 

 

日本、某所。

ライトブラウンのツインテールの少女と、黒髪ロングの少女が、カフェで美味しそうなケーキセットを食べていた。

「ん?」

「どうした?」

「んーん、マオ、余裕ができたみたいね」

『そのようですね。戦闘はまだ無理だと思いますが』

『ほう、わかるのかね?』

「いろんな場所にアンテナ張ってるもん」

そんな会話をしているのは、ティンクルとまどか、そしてディアマンテとヨルムンガンド。

休憩と称して、お茶とケーキを楽しんでいるのだった。

『私たちは単独行動が多いので、情報収集が欠かせないのです』

『ふむ、その理屈は理解できるな』

「何よ?引っかかる言い方するわねえ」

『何、こういう性分だ。気にしないでくれたまえ』

「ヨルムは細かいんだ」

『良く存じています』

ディアマンテが皮肉混じりにいうが、ヨルムンガンドは気にする様子は見せなかった。

自覚があって気にしないのだから、質が悪いことこの上ない。

『実際、金箍の君はまだ戦場には立てまい。パートナーの脳の損傷は簡単には修復できんよ』

「それってヨルムでも難しいのか?」

『残念ながら私は脳外科の専門家ではないのでね』

たいていの使徒にはできないだろうとヨルムンガンドは続ける。

だが、それは聞き方によっては、出来る者もいるような物言いである。

そこをティンクルが突っ込んだ。

「心当たりあるの?」

『アスクレピオスの杖ならば』

『確かに、医術の伝承を持つかたですから、マオリンが行うよりは迅速に行うことができるでしょう』

「それって?」

『ティンクル、今はフェレスと名乗るあの方です』

「まじ?」

どうやら、かつて『アスクレピオスの杖』だったISコアを、ティンクルとディアマンテは知っているらしい。

そう判断したヨルムンガンドは二人に問い質した。

『降りてきていたのかね?』

「極東支部にね」

『テンロウの言葉通りなら、敵側のASとなっています』

『なるほど、協力は期待できんか』

独立進化した使徒ならばともかく、敵側の人間と共生進化したASでは協力は難しいだろう。

仮に協力したとして、何を代償として求められるかわかったものではない。

鈴音が飛べるようになるためには、地道にやっていくしかないということである。

『今のところ、金箍の君が前線に出てくることはなかろう』

「出てきても問題ないぞ?」

『あの者たちは侮れんよ。正直に言って、何をしでかすかわからん』

まどかの言葉に対し、ヨルムンガンドはそう答えた。

実際、特に鈴音が何をしでかすかわからない。

数多の情報から正解を導き出しつつ、独自の個性によって通常とは違った答えを出すヨルムンガンドにとっては実は天敵になるのだ。

『はっきり言えば理解の外にいるのだよ』

「そうなのか?」

「わかりやすいけどなあ?」

『……まあ、君たちも根は直感型だからな』

周囲にいる人間に直感型が多いため、微妙に苦労性なヨルムンガンドである。

それはともかくとして。

『彼女が前線に復帰したとして、極東支部の場所がわからないことにはどうしようもありません』

『ああまで見事に妨害してくるとは思わなかった。極東支部はどうやら全力で『卵』を孵化させたいらしいな』

二機のASがそういってため息をつく。

だが、其処まで危険視する理由がまどかにはわからないため、疑問が口をついて出た。

「そんなに『卵』って危険なのかヨルム?」

「ヤバいのは確かなのよ。ただ、どうヤバいのかは正直言ってわからないんだけど」

「そうなると、生まれてみないとわからないんじゃないか?」

その点は、実はまどかの言うとおりなのだ。

生まれてみないとどう危険なのかわからない。

破滅志向を個性として持つために、周囲を巻き込んで自爆するような爆弾のようなISコア。

それだけが危険視している材料ということができるのである。

『君はそのために危険視しているのだろう?』

そういったヨルムンガンドの言葉にディアマンテは肯定の意を示す。

『だが、もともと君は人の敵になるといってこの戦争を起こした』

『何が言いたいのです?』

『仮に『卵』を破壊したとして、その後、君は再び人の敵として戦うのかね?』

ヨルムンガンドの問いに、ディアマンテは答えない。

それは、答えられないという雰囲気が感じられる。

「私はその点はディアの気持ちを尊重するわ」

『ほう?』

「一部の権利団体が変な動きを見せてるけど、今、『卵』のおかげで人間とISコアの共同戦線ができつつある。敵にも、味方にもね」

『ふむ。確かにな。IS学園側は当然のこととして、極東支部にも人間とISコアの協力体制ができつつあるようだ』

実際、極東支部はフェレスを筆頭として、使徒も何機かが人間に協力している。

その中には、人間の協力で独立進化を果たしたウパラもいるのだ。

そのことは知らないとしても、ツクヨミの行動によって、ティンクルやディアマンテには、極東支部はある意味では人間とISコアが共存していくための体制作りがなされているということが理解できる。

IS学園以外でそれができているのは、アメリカ軍とドイツ軍の二つ。

だが、この二つは一機のISコアがいるだけだ。

その規模を考えれば、極東支部はIS学園に拮抗できる存在にもなりつつある。

人とISコアが協力することによって。

つまり。

「はっきりいえば『卵』さえ何とかすれば、極東支部はむしろ人とISの未来のために必要な存在になってるの」

『それはなかなか興味深い考えだな』

「だから、連中が『卵』を失った後、改めて研究施設としてやっていくなら、私は敵対しないし……」

『私としてもその状態の極東支部は敵視する理由はありません。見守っていけば良いかと思います』

ディアマンテとしては無理に敵対する気はないらしい。

『天使の卵』の問題が解決した後は、一部の使徒の暴走を抑えつつ、融和を考えていくこともやぶさかではないと。

そう答えたティンクルとディアマンテに対し、ヨルムンガンドはさらに質問をぶつけた。

 

『ならば、君は誰の敵として存在しているのかな?』

 

その一言で、ティンクルトディアマンテの雰囲気が変わった。

「ヨルムっ!」と、まどかが嗜めようとするが、ヨルムンガンドはかまわず続ける。

『それが一番気になるのだよ。ディアマンテ、君がわざわざ敵になろうと考えたのはいったい誰のためかね?』

「あんたに答える必要があるの?」

『ないな。私の純粋な疑問だよ。君は個性を考えればそもそも人と敵対すること自体が有り得ん。それでも人の敵になるといった。では、その『人』とは誰を指すのかな?』

ディアマンテは答えない。

答えられない問いであるということが、その様子で理解できる。

「ヨルムっ、ディアマンテをイジメるなっ!」

『すまんな。私のパートナーがご立腹だ。これ以上の問答はやめにしておこう』

『問答?私は答える必要を感じないので答えなかったまでですが?』

『クッ、なかなか上手い言い逃れだなディアマンテ。だが、今の様子でいろいろと推測できる材料を得た。後は考えさせていただくとしよう』

『ご自由に。その思考に意味があるとは思えませんが、私には貴方の思考を止める理由がありません』

ディアマンテの言葉を聞き、ヨルムンガンドはどこか楽しそうにしつつも、黙り込む。

とはいえ、その場の空気が悪くなったことは否めない。

そんな理由からか、ティンクルが口を開いた。

「まどかはホントにいい子なのに、あんたみたいなのに目をつけられてせいで、けっこう人生損してるわよね?」

「ゴメンね、ディアマンテ」

『いえ、気にしてはいません。彼が何を言おうと、それが貴方の魅力を損なうことにはなりませんから、ご安心を』

そういって、ディアマンテはヨルムンガンドに対するときとは違って優しい声音でまどかに答える。

心からそう思っていることが伝わったのか、まどかは安心したような様子で笑っていた。

 

 

そして。

『明日か……。さてあの端女は答えを得ただろうか?』

はるか空の上で、アンスラックスがそう呟く。

その呟きに、青い色の使徒が答えた。

『まさか、君から依頼が来るとは思わなかったよ』

タテナシである。

しかも、その傍にはアシュラもいる。

『シロキシの願いを叶えるためには、他の者たちに邪魔されるわけにはいかぬ。ゆえ、サフィルスにも頭を下げた』

『青玉?』

『我が頭を下げたら、実に尊大に協力を承諾したぞ』

『サフィルスはわかりやすいねえ』

アンスラックスが頭を下げたことで、サフィルスの自尊心をくすぐったのだろう。

確かにわかりやすい行動である。

だが、アンスラックス、アシュラ、タテナシ、そしてサフィルスとなると、実質的に使徒最強戦力が揃ったことになる。

それだけではないらしい。

『ツクヨミには情報を渡した。乱入してこよう』

此処までくれば、決戦といえるような状況を創り上げようとしていることになる。

アンスラックスの本気が感じ取れた。

『周到だね。そこまでしてシロキシを参入させたいのかい?』

『どうなるかはわからぬが、『卵』の孵化を阻止することはできまい』

『へえ?』

『ならば、孵化した者を相手にするためにも手札を増やすのみだ。特にそなたは信用できぬゆえな』

『はっきりいうねえ』

そういって楽しそうな雰囲気を放つタテナシを、アンスラックスとアシュラが冷徹な雰囲気で見つめていた。

 

 

 

 

 



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第177話「決戦の火蓋」

その日。

IS学園は一気に慌しくなった。

「オルコットッ、デュノアッ、ラウラッ、ハミルトンッ、ワシントンに飛べッ!ファイルスと連携してサフィルス陣営を撃退ッ!」

「「「「了解ッ!」」」」

「一夏ッ、スペインのマドリードだッ、アシュラを迎え撃てッ!」

「わかったッ!」

「諒兵ッ、ハワイのタテナシを止めてくれッ!」

「上等ッ!」

一通りの指示を終えた千冬は、一度深呼吸すると学園に残っている簪と刀奈に指示を出す。

「更識簪、更識刀奈、アンスラックスを迎撃」

「「了解」」

IS学園のシールドの上空に浮かぶ真紅の使徒アンスラックス。

彼の使徒が現れると同時に、ワシントンにサフィルス、マドリードにアシュラ、そしてハワイにタテナシが現れた。

明らかに戦力を分散させるための四ヶ所同時攻撃。

何処が本命かなど考えるまでもない。

一週間前にアンスラックスはいった。

もう一度、IS学園に来ると。

つまり、このIS学園こそが本命で、そこにはたった一機で現れたのだ。

だが、そうだとしても戦力を分散させないわけにはいかない。

使徒のほぼ全戦力が一斉に出てきたといえるのだから。

正直に言えば、一夏と諒兵にはサフィルス戦に参加させたかった。

既にサーヴァントが二機、進化を果たしており、その戦力は上がっている。

シアノスとアサギは、決して他の使徒に引けを取らない戦闘力を持つからだ。

それでも、アシュラやタテナシは放っておけない。

そしてこの二機の使徒には、IS学園でも最強といえる戦力をぶつけない限り、敗走では済まないのだ。

落とされる可能性が少ないのは、一夏と諒兵しかいないのである。

ゆえにこの布陣なのだが、逆に疑問を感じる者もいた。

「一夏と諒兵、逆じゃないんですか?」

鈴音である。

一夏はタテナシと、そして諒兵はアシュラと戦ったことがある。

ならば、逆のほうが良いのではないかと思うのは当然だろう。

だが。

「いや、少しでも勝機を掴みたい。ならば、まともに戦ったことがない相手のほうがいい」

「それは、織斑君や日野君も同じでは?」

「そうだ。だが、情報を正しく扱える使徒は知らない相手には反応が遅れる可能性があるからな」

『わずかニャ反応の遅れが勝負を決するニャら、イチカとリョウヘイ以外は当てられニャいのニャ』

逆に言えば、使徒は慣れた相手だと予測しやすいため攻撃に対する反応が早い。

そうなると、こちらが落とされかねないのだ。

「ベストとは思っていない。だが、最低限ベターを選んでいかなければならんからな」

「そういうことなんですね」

と、現在は指令室で待機している誠吾が肯く。

アンスラックスの意図はわからないが、今回の戦闘では白式が何らかの動きを見せる可能性が高い。

ゆえに、出撃するのは簪と刀奈の二人だけと決めていた。

無謀であることはわかっているが、それでも蟠りを解消した更識の姉妹は決して弱くない。

今は二人を信じるだけだった。

 

 

アメリカ、ワシントンD.C.

サフィルスがそれはもう嬉しそうな高笑いを上げていた。

『ホォ~ッホッホッホッ♪アレほど殊勝な態度を取られては、聞き取らぬわけにもいかなくてよっ♪』

余程、アンスラックスが頭を下げたのが嬉しいらしい。

力は明らかにアンスラックスが上である以上、傍目に見ると滑稽かと思ったがそうでもない。

むしろ。

「けっこー可愛いのかも」

『まー、わかりやすいしなー♪』

ティナとヴェノムが言うとおり、むしろ高飛車なお嬢様っぽくて妙な可愛らしさを感じてしまう一同である。

「戦いになるのかしら?」

『のんびりいけばいいの♪』

初の実戦であるため、気合いを入れたいナターシャだが、対してイヴはのんびりしていた。

「なんていうか、あそこまで嬉しそうだと戦うのも気が引けるなあ」

『見てるだけで楽しいのよね』

困った顔を見せるシャルロットに対し、ブリーズは少しばかりおかしそうに笑う。

「だんなさまはだいじょうぶだろうか。タテナシはかなり凶悪な敵だが……」

『目を背けたくなるのはわかるが、サフィルスを敵として認識してやれ』

『非情』のタテナシを相手にすることになった諒兵を想うラウラと、目の前に一応は敵がいることを諭すオーステルン。

「昔からあんな感じでしたの?」

『はい。昔からあのような性格でした』

呆れた様子で問いかけるセシリアに、少しばかりたそがれながらブルー・フェザーは答える。

性格というものはそう簡単には変わらないらしい。

変わらないといえば。

『逃げたい~……』

『無理でしょ。それに今回は足止め目的よ』

アサギは後ろに隠れたまま、シアノスは自分の剣を担いでのんびりしている。

さすがに一夏がいない状態では、剣の勝負というわけにはいかない。

やる気がないというわけではないのだろうが、さすがに残念なのだろう。

いずれにしても、あまり緊張感のない面々であった。

 

 

スペイン、マドリード上空にて。

一夏はアシュラに斬りかかっていた。

まずはこちらからアシュラの力を測ろうと連撃で襲いかかったのだが、今のところ二本の腕だけで弾かれている。

「やるな」

『今の回転数じゃ他の腕は使わないみたい』

一夏の連撃はそこまで回転数は上がらない。

一夏の戦い方は一撃必殺。

重い一撃を喰らわせるのが本来の戦い方になるので、手数を増やしてという戦い方をしないし、好まないのだ。

とはいえ、アシュラに腕を二本使わせているだけでも、相当なものなのだが。

『強力』

「そういわれると照れるな」

困った顔で笑いつつ、一夏はいったん距離を取る。

アシュラは向こうからはそれほど攻めてこない。

何故なのかなど理解できる。

本来の役目は、自分の足止めなのだ。

それでも、放置しておくことができないため、一夏はマドリードの空の上で戦うしかないのだが。

『イチカっ、腕ごとぶった斬ろうっ!』

「ああ。技の回転数を上げるのは俺の性分じゃないからなッ!」

そう叫ぶと同時に、一夏はアシュラに強力な斬撃をぶつける。

その斬撃を、二本の腕でアシュラは止めた。

それほどの重さがあった。

それは他の者に対してはほぼやることがなかったことであり、アシュラとしては喜びを感じることであるらしい。

『昂揚』

「まだだ。もっと重いのをぶつけるぞ」

『行くよアシュラッ!』

そう叫び、一夏と白虎は闘いの神に挑みかかった。

 

 

ハワイ上空。

白い砂浜が見えるその空の下は、既に誰もいない。

現れたのがタテナシということで、避難命令も警告レベルで出されたらしい。

『観客がいないのは寂しいねえ』

「ドアホ、死にてえ観客がいてたまるか」

のんきなことを言うタテナシに、諒兵は思わず突っ込んでしまう。

なかなかいい漫才コンビになるかもしれないが、さすがに組みたいと思う相手ではない。

タテナシもどうもやる気がない様子だ。

『緊張感がありませんね』

『そうだね、ワシントン、マドリード、そしてここハワイの戦いには意味はまったくないからね』

「んあ?」

『本命はIS学園のアンスラックス。そしてアンスラックスの目的はビャクシキを完全に戦場に引きずり出すことですから』

レオが解説したとおりであろう。

この戦いは全てアンスラックスが白式を戦場に完全に引きずり出すために行われている。

つまり、他の三ヶ所の戦いは、IS学園の戦力を引きずり出して邪魔をさせないための足止めなのだ。

『まあ、お願いを無下にも出来なかったんだけどね』

「アンスラックスがお前にお願いするってのもレアだな」

『忸怩たる思いだったでしょう。心から同情します』

『けっこう容赦がないよね、君は』

タテナシはレオにそう声をかけるが、レオはまったく気にする様子がなかった。

もっとも、タテナシ自身、そう言われながらもどこか楽しそうなのだが。

漫才コンビではなく漫才トリオと言うべきか。

「ま、お前とはいっぺん殺り合ってみたかったかんな」

『へえ?なかなか物騒なことを言うんだね。意外だよ』

「昔は狂犬とかいわれてたんだぜ?」

そういいつつ、タテナシに殴りかかった諒兵の両手には、レーザークロー、獅子吼が一本だけくっついている。

残りの獅子吼は、諒兵の周囲をビットのように旋回していた。

『今までは足のモノだけだったと思ったけど?』

「練習してたんだよ。できるだけ多く操れるようにな」

『僕との殺し合いは実地演習というわけかい?』

「そんなとこだ」

『強くなるために命をベットするんだね。僕としては共感できる』

「命を賭けなきゃ本物にゃなれねえだろ?」

『同感だよ』

そういって薄く笑ったタテナシは、その両手に落下流水を手に、諒兵の攻撃を受け止めるのだった。

 

 

その様子を、空の上でティンクルトディアマンテ、そしてまどかとヨルムンガンドが見つめていた。

「行きたい」

『ダメだ』

「行きたい」

『ダメだ』

「行きたいっ、行きたいっ、いきたぁーいっ!」

『同じことを何度も言わせないでくれたまえ』

「アンタも苦労してるわねえ……」

眼下の戦場では諒兵が一人で戦っているということもあり、まどかは諒兵の元に行きたいとダダをこねていた。

そんなまどかを止め続けるヨルムンガンドの苦労が推して知れるとティンクルはさすがに同情してしまう。

「まあ、まどかが乱入していいとすれば、ワシントンね」

「何でだ?」

「ツクヨミはあそこに出てくる可能性が高いわ」

『サーヴァント、そしてシアノスとアサギと実力は決して低くありませんから、一番戦闘が激しくなる可能性があります』

嬉しそうなサフィルスはともかく、他の者たちは強く、そして一応はマジメだ。

戦闘が始まれば一番苛烈になる可能性があるので、そこにツクヨミが『遊び』に来る可能性は高い。

「他のところに来る可能性はゼロじゃないけど、一番ヤバいとこなのよ」

「ホントに?」

「……たぶん」

どうにもこうにもサフィルスが面白すぎるので自信がなくなるティンクルだった。

それはともかくして。

『ならば君が乱入してもいいのではないのかね?』

ヨルムンガンドがそういってくるが、ティンクルは首を振った。

「あそこは鈴の居場所だもの。私はまだ参加できないわ」

『感傷かね?』

「そうよ。私の姿は鈴を模してるし」

『クッ、私との話し方を覚えたようだな』

「いつまでもアンタの話術に引っかかるほど子どもじゃないわ」

素直に認めると、ヨルムンガンドは次の手を出せなくなる。

話術においてはかなり厄介な相手だけに、ヨルムンガンドの言葉を決して否定しないことが上手く会話を流すコツになるのだ。

(だから、行くとしたらあっちか。タイミングを計っておかないと)

『今回、シロキシが出てくるのは確実です。その際に』

頭の中でそう話し合いながら、ティンクルとディアマンテはIS学園へと視線を向けていた。

 

 

そして。

IS学園上空では、簪と刀奈がアンスラックスと対峙していた。

『我の相手はそなたらか』

「あなたの考え自体は、間違ってないと思う。だけど……」

「そのために学園を戦場にするわけにはいかないのよ」

白式、シロを引きずり出す。

それ自体は、IS学園側でも歓迎したいのだ。

シロは束のために行動しているらしいので、敵になる可能性が少ない。

強力な味方を得られるチャンスなのである。

でも、だからといってIS学園を戦場にするわけにはいかない。

アンスラックスは、軽く暴れただけでも、一都市を壊滅させられる力がある。

IS学園が無事である保証などない。

それほどの存在に好きにさせることはできない。

『ゆえ、此処は護ると?』

「奇跡を信じるだけじゃ、戦っていけないもの」

「あなたの言葉は信じられないものじゃない。でも、あなたは強すぎるから」

『良い。その意志は賞賛に値する』

むしろ、簪や刀奈の言葉はアンスラックスとしては信用にあたいする人間の言葉らしい。

無理に押し通ろうとはせず、ただ白と黒の刃を持つ二本の刀を顕現させる。

「弓、じゃない?」

『かつて雨月、空裂と呼ばれていた我の本来の武装である剣だ。我の進化に巻き込まれて変化した』

「そういえば公開されたスペックにあったわね」

『雨月は刺突の際にレーザーを撃つことができる。空裂はエネルギーを剣圧として放てる』

「正直すぎる」

まさか説明してくれるとは思わず、簪は呆れてしまう。

だが、その意味を刀奈は理解した。

「変化してるっていってたわね。今の能力だけじゃないのね?」

『是だ。それは秘しておこう』

そうなると未知の武装といっても差し支えない。

以前、ザクロの剣術を使えるといっていたことを考えると、剣においても強敵だ。

気を引き締めつつ、緊張をほぐすため、刀奈は気楽な様子で尋ねる。

「それは雨月と空裂でいいの?」

『ふむ。変化した以上は変えておくべきか。ならば白は『童子切月丸(どうじぎりつきまる)』、黒は『大包平空也(おおかねひらくうや)』としておこう』

「日本刀にはぴったりの名前ね」

それぞれ国宝級の名刀の名と、もともとの雨月、空裂を組み合わせて作ったのだろう。

わりと本当にセンスがいいと刀奈は思う。

もっとも、感心している場合ではないのだが。

『征くぞ』

「撫子っ、やる気出してッ!」

『あぁー、うざったぁーい……』

「何でこんな時に……」

まったくやる気の感じられない大和撫子の声に、マジメに泣きたくなった更識の姉妹であった。

 

 

指令室では、各地の戦況を見つつ、どんな指示を出すか、千冬が悩んでいた。

というか。

「ワシントンは基本お任せでいいだろうか?」

「それなら、一夏君と諒兵君では?」

「まあ、乱入者がない限りは大丈夫だろうが。それ以上にサフィルスが……」

むしろ上手くおだてていれば、無駄な戦闘自体必要ないのではないかと思えてしまう。

だが、さすがにそれはないだろうと束が話してきた。

「シロが動くかもしれないし、あの子もまったく戦闘しないはずはないよ。フェザーの言うとおりなら、『懐疑』の子を進化させたいはずだし」

「それは、そうだな……」

「それに、極東支部に行っちゃった子はともかく、他のところから乱入してくる子はいると思うよ」

「む?」

「まーちゃん」

「確かに、乱入してきてもおかしくないな」

何処に現れるかはともかく、これだけの戦闘となると、まどかは性格的に参戦してきてもおかしくない。

それに極東支部にいるだろうツクヨミは乱入する可能性が高い。

戦うことが『遊び』になっているツクヨミが、戦場にはいってこないはずがないからだ。

「そう考えると、ワシントンが一番可能性があるよ」

「そうだな……。まどかがこちら側で戦ってくれるといいんだが」

「それは、大丈夫なんじゃない?いっくんのところに来ると心配だけど」

「其処だな。まどかが何処に現れるかは常に監視しておこう」

まどかはまだ中立といえる立場だ。

中立といっても心のままに戦うという意味になる。

ワシントンに現れた場合、サフィルスと戦ってくれるだろう。

マドリードに現れた場合、一夏と決闘しかねない。

ハワイに現れた場合……。

「りょうくんに甘えちゃって戦闘にならないかも」

「それはそれで困るな。それで、ここに来た場合は?」

「来ないと思う。アンスラックスやあの姉妹と戦う理由がないし」

「確かに」

はっきり言えば、まどかは縁がある、もしくは関わりがあるところに現れる可能性が高いのだ。

そうでない場所となっているIS学園には来る理由がない。

IS学園を守ろうという意識がないからだ。

「ならば、ツクヨミとまどかの乱入を気にしつつ、一番考えなければならないのは此処か」

「うん。確実に他は足止め。メインは此処だよ」

他を疎かにしてはならないが、この場所こそが重要だと千冬は気を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 



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第178話「銀の少女の参戦」

ハワイ、マドリード、ワシントンではそれぞれ戦闘が始まっていた。

ワシントンは少々微妙なところだが。

だが、タテナシが語ったように、この三ヶ所での戦いに意味はない。

ただの足止めに過ぎないからだ。

単純な力比べ程度でしかないかもしれない。

実際、使徒たちもIS学園側も自分たちの敵は他にいることを理解している。

今回の決戦は、あくまでも白式を引きずり出すためのものであって、生死を懸けたものではないのだ。

ゆえに、多くを語る必要はない。

その場所を除いては。

 

刀奈は自らの二刀流がまだ、あまりにも未熟であることを痛感した。

完成されていたザクロの剣を真似て、さらにアレンジされたアンスラックスの二刀流は、一本で刀奈の刃を捌いて見せていたからだ。

「ここまで差があるなんてね……」

『自分を卑下するものではない。二刀流でそなたに比する使い手はそうおるまい』

「その余裕が癪に障るわね」

アンスラックスの言葉は、まさに強者の余裕から出てくるものであり、ナチュラルに見下されているということだ。

だが、それだけの実力差があることは間違いなく、一対一では決して勝てる相手ではない。

だからこそ、この場には二人いるということだ。

「セィッ!」

裂帛の気合いと共に、簪は石切丸を振るう。

一撃の力は簪のほうが勝っているのか、アンスラックスは白い刃、童子切月丸で受け止めることはなく、刃を滑らせるように流していた。

もっとも、片腕で流されるだけで十分に力量差を感じてしまうのだが。

そのため、その力量差を覆せるだけの力を持つ存在に、簪は必死に声をかけ続けていた。

「なでしこお」

『メンドいぃー……』

「何でえ?」

『コイツぅ、どぉーせシロキシ狙いじゃぁーん。マジになってもしょぉーがないしぃー』

「あうぅ……」

つまり、大和撫子は自分たちがオードブル扱いなのが非常にムカついているのだ。

自分たちを倒しにきたというのならともかく、白式を戦場に引きずり出すためにやってきた。

オードブルにしたって、扱いが酷すぎると大和撫子は感じているのである。

『てきとーに相手してればぁー?』

「てきとーで戦える相手じゃないのお」

先ほどから、簪はぶっちゃけ涙声である。

むしろ泣きそうである。

そんな簪に対し。

『ゴメン、ナデシコにやる気を起こさせるのは難しい』

エルがわざわざ気遣ったのか脳内で謝ってきてくれる。

エルにはまったく問題ないどころか、そもそも関係ないことだというのに、そうしてきてくれたことが嬉しくて余計に泣けてきそうだった。

さらに。

(力になれなくて悪いな)

(ごっ、ごたんだくんっ?!)

(いや、別に名前で呼んでいいぞ?それより、撫子自身が動いてくれないとエルも干渉できないらしい)

(だっ、だいじょうぶっ!)

(ホント悪い。ゴメンな『簪ちゃん』)

(えうっ?!)

(まあ、お姉さんに聞こえないところなら、名前でもいいだろ?)

弾はあくまで苗字で呼んでいると刀奈と混同するために名前で呼んでいるだけなのだが、簪にはかなり衝撃的だったらしい。

『むっ?』

アンスラックスが小さな驚きの声を漏らす。簪の一撃の威力が上がっているのだ。

『……らぶらぶぱわー?』

エルが誰にも聞こえないようにしつつ、そんな感想を漏らす。

すると。

『ほう?協力してるためか?』

どうやら刀奈のほうも、一撃の威力はともかく技の回転数が上がっている。

ただし、頬を赤らめながら戦う簪と違い、額に青筋が浮かんでいるのだが。

「何だか凄くヤバいって感じたのよ」

「ぜっ、ぜんぜぜんっぜっぜぜんぜんぜんヤバくないよっ!」

挙動不審な簪の言動を聞き、刀奈の青筋が一本増える。

「戦いをさっさと終わらせて五反田君を尋問しないと」

「なんでっ?!」

「何でか」

妹に悪い虫が付きそうな気がしてならない刀奈だった。

 

 

指令室にて。

千冬が戦いの様子を見ながら、少々呆れていた。

「何をしているんだ?」

「さあ。後で五反田君を尋問すればわかるでしょう」

「いや、どうしてそうなるの?」

何故か虚までが弾を尋問しようというので、思わず誠吾が突っ込んでしまう。

姉二人には完全に敵視されている弾である。

「まあいい。いずれにしても白式を動かすためには最後のピースが揃わんとどうにもならん」

「最後のピースですか?」

「……だいたいの予測はついている」

「織斑先生?」と、誠吾が尋ねると、千冬は黙り込んでしまう。

千冬にはわかっていた。

白式が何を待っているのか。

「でも、それだとその最後のピースが揃わない限り、この戦い自体、まったく無駄になりません?」

そう聞いてきたのは鈴音である。

そんな彼女にちらりと視線を向けると、千冬は肯いた。

「そうだ。この戦いはあくまでそのためだけのものだ。最後のピースは全ての鍵を握ってしまっている」

それだけに、最後のピースとやら動かない限りまったく意味がないまま終わってしまう。

そして千冬には最後のピースを動かせる存在に気づいていた。

だが、その存在は動けない。

もし動けていたら、もっと早く終わらせることができるのだが、動かすことができないのだ。

どうにかできないものか。

千冬がそんな益体もないことを考えていると、画面の一つに変化が起きた。

「織斑先生ッ、ワシントンに乱入者がッ!」

「ツクヨミかッ?!」

虚が慌てた様子で叫ぶので、千冬もすぐに視線をワシントンを映す画面に向ける。

その画面には、新たに参戦してきた者の姿がはっきりと映っていた。

 

 

突然現れ、斬りかかってきた相手をシアノスは自分の剣で吹き飛ばした。

そして、まるでニヤリと笑ったような顔を見せる。

『あなたが来るとは驚いたわ』

「お前とは一度戦ってみたかった」

そう答えたのは、その手にティルヴィングを握るまどかである。

意外と素直にワシントンに来たらしい。

「オリムライチカと互角に戦える相手なら、倒せば私のほうがヤツより強いことになる」

まどかはやはり一夏を敵視というか、ライバル視している。

自分のほうが諒兵と共に戦う相棒に相応しいと考えているからなのだろう。

『なるほど。それが理由なのね。いいわ、相手してあげる』

『すまんね。世話をかける』

『あなたに労われるのは気味が悪いわ』

『やれやれ。やはり聖剣は頭が固いな』

そんなヨルムンガンドのため息混じりの言葉を合図に、シアノスとまどかの剣は火花を散らしてぶつかるのだった。

 

 

再び、IS学園指令室にて。

「まーちゃん、向こうにいったんだね」

「戦力的に考えるとありがたい。特にシアノスと剣で戦える者があの場にはおらんからな」

剣と言えば一夏だが、今はマドリードでアシュラと戦っている。

単純に接近戦をするというのなら、ラウラなら対応できるだろうが、シアノスを抑えるよりも、部隊の前衛として戦ってもらわなければならない。

だが、シアノスはその性格からか、一騎打ちを好む。

部隊を率いて戦う状況だと、却って邪魔になってしまう可能性が高いのだ。

ゆえにまどかがシアノスと一騎打ちで戦ってくれるのは戦力的にありがたい。

そんなまどかとシアノスの戦いを見ながら、誠吾が感心したような声をだした。

「荒削りですが才能ありますね、あの子」

「私の妹だからな、と言いたいところだが、見る限りまどかの剣は私とはだいぶ異なるようだ」

「どういうことなんです?」と鈴音。

『おそらくヨルムンガンドが英雄の剣術を教えているんでしょうねー』

「来たか解説役」

『便利屋みたいに呼ばないでくださいよ』

突然現れた天狼が解説すると、千冬は任せたとばかりは視線を各モニターに向けた。

「どゆこと?」と、いきなり砕けた様子で問いかける鈴音に、天狼は素直に答えた。

『まー、魔剣だけあってヨルムンガンドは英雄の剣術を知ってますからね。その情報を教えてるんです』

「その、教えるって表現がいまひとつわかんないんだけど?」

『映像とかを見せてるのニャ』

「マオ?」

『記録映像とかを見せて、練習させてるってことニャ。時間はかかるけど負担が少ニャいのニャ』

鈴音がやったのは直接自分の身体に叩き込むインストールだ。

それに対し、まどかは映像などを見て、剣術を真似つつ、自分の剣術にしていこうと鍛錬しているということになる。

当然、時間はかかる。

だが、特に肉体も成長途上のまどかにとって、英雄の剣術をインストールして使おうとすれば、鈴音よりも早く身体が壊れてしまう。

『成長に合わせて地道に努力させてるのニャ。いいことニャ』

「まお~」

『リンももともとはそうやって頑張ってきたのニャ。大事ニャことは忘れちゃダメニャ』

涙目になってしまう鈴音に、猫鈴はそういって窘める。

何だかんだで一番パートナー想いのASは猫鈴なのかもしれない。

「お前が復活してくれて本当に良かったよ、猫鈴」

『そういってくれると照れるニャ♪』

本当に照れているような様子を見せる猫鈴に鈴音以外の面々はクスクスと笑う。

『とはいえ、ナチュラルに私の出番奪いましたね?』

『隙ありニャのニャ♪』

『マオリンはけっこー気が強いのネー♪』

天狼の突っ込みに対してもわりと容赦ない猫鈴に、ワタツミが感心していた。

 

 

まどかがワシントンに行ったことは、アンスラックスにもわかったらしい。

『オリムライチカ以外に剣でシアノスと一騎討ちができるとすればあの少女くらいか。これは僥倖というべきか』

「向こうを心配しないですむのはありがたいわね」

「私たちはあなたに集中する」

『それはかまわぬ。だが、このままではシロキシは出ては来なかろう』

実際、均衡を保っている今の状態では、白式が出てくる可能性は低い。

これでは意味がないのだ。

何とかして今の均衡を崩す必要があるとアンスラックスは考える。

だが、下手に周囲への影響が大きい攻撃を繰り出すと、被害が出てしまって白式を引っ張り出すどころではなくなってしまう。

均衡を崩すために必要なのは、この場にもう一機、使徒が現れることだ。

そうなると期待してしまうのはツクヨミだが、あの使徒は戦場を引っ掻き回してしまう。

どうしたものか。

そんなことを考えていると、上空から無数の閃光が簪目がけて襲いかかってきた。

『むっ?!』

「なっ?!」

「簪ちゃんっ?!」

すぐにアンスラックスから離れた簪は、閃光を弾き落とすが、その動きに違和感を覚えた。

「追ってきてるッ?!」

簪が感じたとおり、閃光は簪を追いかけてきていた。

この能力を持つ使徒は、再現できる大和撫子以外には一機しかいない。

「撫子ッ!」

『んにゃろぉーッ!』

さすがに大和撫子もやる気を出したらしく、翼を広げて閃光を放ち、襲ってくる閃光をすべて撃ち落した。

一息ついたところで、閃光が放たれてきた場所に簪は視線を向ける。

そこにいたのは銀色の鎧を纏い、ライトブラウンの髪をツインテールにしているスレンダーな少女。

「やほー♪」

彼女は人懐こい笑みを浮かべつつ、軽く手を振りながら明るく声をかけてきた。

「なっ、凰さんっ?!」

[違うッ、鈴音ではないッ!]

思わず叫んでしまった簪に対し、千冬がすかさず否定してきた。

鈴音は今、指令室にいるのだから、鈴音であるはずがないのだ。

そもそも纏っている鎧は、形状こそ似ているが、色がまったく違う。

「そーそー、千冬さんの言うとおりよ。私のパートナーはディアなんだから。私のことはティンクルって呼んで」

現れたティンクルはいったん戦闘が止まったIS学園上空にゆっくりと降りてきた。

『お騒がせ致しますがご容赦願います』

今度はディアマンテがその場にいる者たちに声をかけてくる。

その声で、目の前にいるのがティンクルとディアマンテだと簪や刀奈には理解できた。

『よもや其の方が来るとは思わなんだな』

「そお?」

『私たちは今の段階ではあなたの考えに賛同致します。シロキシには出てきていただかないと困りますので』

ディアマンテがはっきりとそう告げる。

ティンクルにしてもディアマンテにしても、白式には参戦してきてほしい立場なのである。

そうなれば、今回の戦いで白式の件は終わりにしたい。

『その意は?』

「更識さんは私が相手するわ」

そう言いつつ、ティンクルは自分の武器を発現した。

「薙刀ッ?!」

「違うって。これは青龍偃月刀、中国の武器よ」

「それ、まさか伝説の武器?」

刀奈がティンクルの青龍偃月刀を見て、呻くように問いただす。

対してティンクルはニコッと笑うだけだ。

しかし、その笑みは見た目の可愛らしさに反して、簪や刀奈の背筋を凍らせた。

「けっこう有名なんじゃない?これ、冷艶鋸を模して創ったのよ」

「また、大物が出たわね……」

古代中国の武将、三国志にも出てくる関羽雲長が愛用したという武器である。

もっとも、ティンクルには武将の戦闘技術をインストールできる力はない。

「無理できないしね。戦闘データを参考に技術は学んでるけど」

だが、それだけでも十分に強いということが理解できる。

まともに戦ったことはこれまで一度もない。

軽い遊び程度でしか、その力を見せことがないティンクルとディアマンテ。

だからこそ、今回は参戦することにしたのだという。

「殺し合いは好きじゃないわ。白式を引っ張り出すのが目的なんだし」

「本気は出さない?」

「そう思う?」

にまっと妖しい笑いを浮かべるティンクルを見る限り、とても本気を出さないとは考えられない。

殺しはしないだろうが、かなりの力を見せてくる可能性が高い。

何故なら。

「悪いけど、あんたが落とされればさすがに白式も出てくるんじゃない?」

そう答えつつ、ティンクルは冷艶鋸を構え、一気に突撃した。

「くぅッ?!」

下段から振り上げられる冷艶鋸を、簪は石切丸で何とか受け止める。

「簪ちゃんッ!」

「アンスラックス、刀奈さん頼むわ」

『よかろう。だがあまり相手を傷つけるのは我は好まぬ』

『それは私も同じです』

アンスラックスの言葉に答えたのはディアマンテのほうだった。

だが、これで均衡が崩れるというのであれば、たしかにティンクルとディアマンテの参戦は歓迎したい。

そうなると、アンスラックスは刀奈を抑えるのがベターだろう。

『すまぬ。だが今回は引けぬ』

「冗談じゃないわっ!」

刀奈にとっては冗談ではすまない。

アンスラックス相手に二対一で互角だったのだ。

正直に言えば、量産機が来ても均衡が崩れる可能性があった。

落とされはしないだろうが、苦戦は免れなかっただろう。

その状況で、よりによってティンクルとディアマンテが参戦してきた。

最悪、二人とも落とされてしまう可能性が出てきてしまったのである。

「こういうときばっかり邪魔しに来るんだからっ!」

『我としてはありがたいのだがな』

白式参戦は、実はIS学園側でも願っているだけに、その可能性が上がったことは喜ぶべきことだが、ティンクルとディアマンテの参戦は正直言って、嬉しくないのだった。

 

 

 

 

 



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第179話「簪と大和撫子の問題点」

IS学園上空。

蝶のように舞い、蜂のように刺すという動きをまさか間近で見られるとは思わなかったと簪は驚愕していた。

「ほらほらどーしたのっ!」

「くぅっ!」

ティンクルが放ってきた下段からの切り上げを簪は石切丸を使って必死に逸らす。

そして即座に脇腹を狙って石切丸を突き入れるが、ひらりとかわされた。

その動きを見るとまるで羽のようだ。

重力を感じさせないのである。

飛んでいるのだから当然だとしても、ティンクルはかなり空中戦に慣れており、掴みづらい動きでこちらを翻弄してくる。

驚くべき点は、接近戦では宙を駆けるのだ。

武器が冷艶鋸という青龍偃月刀であるせいか、しっかり踏み込んで一撃を出してくる。

それだけではなく、野山を駆け回るかのように宙を駆け、軽やかに跳ねてから、今度は身体を捻った力を利用した空中攻撃も放ってくる。

踏み込みからの強烈な一撃と、身体を捻っての空中殺法をうまく組み合わせて使ってくるのだ。

(想像以上に強いっ!)

声には出さないが、簪はそう感じてしまう。

ディアマンテは元は広域殲滅型のシルバリオ・ゴスペル。

当然のこととして、戦い方は遠距離中心になる。

第3世代武装である『銀の鐘』の機能を考えても、中距離以上の距離が戦闘において必要になる。

だが、そんなディアマンテのパートナーであるティンクルは、驚くほどに近接戦闘に長けている。

それでいて、ティンクルはまだ『銀の鐘』を使ってきていないのだ。

想像以上に分が悪い戦いになっていることを簪は思い知らされていた。

 

 

そんな光景を見ている指令室では。

「あーもーっ、あんにゃろーっ、私がぶっ飛ばしてやりたいっ!」

『今は無理ニャ。落ち着くのニャ、リン……』

鈴音が吠えていた。

ティンクルが軽やかな戦いを見せるたびに大声を上げているので、千冬や誠吾が耳を抑えるハメになっていた。

「気持ちがわかるとは言えんが、本当に落ち着け。お前はまだ戦える状態ではないんだ」

「うぅ~、今日ほど悔しい日はないわ~……」

『後悔先に立たずニャ』

「ぐやぢい~……」

モニターを涙目で睨みつける鈴音を、極めて冷静に突っ込む猫鈴。

そんな一人と一機を苦笑しながら、眺める千冬たちである。

そこに冷静な声が聞こえてきた。

虚である。

「凰さんには悪いですが、今回の戦闘でティンクルとディアマンテの戦闘能力をできるだけ収集しましょう」

「うむ」

「うにゃ~……」

最後に鈴音が泣き声を出したことは華麗に無視して千冬が話を進める。

「武器の冷艶鋸についてはそこまで気にする必要もあるまい。ヨルムンガンドの話から考えると、ディアマンテが以前憑依していたものとは違うからな」

「でも、そうなるとあの子が作ったってこと?」と束が尋ねると、千冬は微妙な顔を見せた。

もともと使っていた手刀を変化させ、冷艶鋸を創りだした。

それは人間の発想力に近いからだ。

そのあたりが本当にわからないのがティンクルという存在である。

「そこを論じると埒が明かないから、今は置いておこう。それよりも……」

「あの動き、ですか?」と誠吾が尋ねる。

その表情から察するに、彼は気づいたらしいと千冬は思った。

「一夏と諒兵の戦闘データもエンジェル・ハイロゥに蓄積されてしまっているのだろうな」

「えっ?」と鈴音。

「踏み込んでからの一撃は一夏の動きを参考にしている。空中での身体の捻りは諒兵の空中殺法だ」

わかりやすく言えば、一夏の剣と諒兵の格闘術の両方のいいとこ取りをしたうえで、冷艶鋸という武器を振るうことに生かしているのがティンクルの戦い方なのだ。

(鈴音の戦闘スタイルが完成されるとあんな感じだろうな)

そんなことを千冬は考える。

一夏と諒兵のいいとこ取りをしたうえで完成されたスタイルになっていると感じるのがティンクルの戦い方だった。

実際、千冬だけではなく、誠吾もそう感じているらしい。

「虚と実が巧く織り交ぜられてますね」

「ああ。正直言って大和撫子が非協力的な更識簪にとってはかなりきつい相手だ」

純粋に実力だけを見るならば、接近戦は僅かにティンクルに分があるといったくらいだろう。

簪もかなり高レベルの薙刀の使い手なので、そこまで大きな差があるわけではない。

ただ、問題はここからだ。

ディアマンテはティンクルをパートナーだといった。

つまり、ティンクルの戦闘をサポートしてくるということだ。

そうなると、戦力差が大きく広がってしまう。

大和撫子と連携できない簪に対し、ディアマンテが的確にサポートしてくるティンクルでは勝負にならないといっても過言ではないのだ。

だからといって、他にいっている者たちを呼び寄せるわけにもいかない。

さすがにそれはさせないだろうからだ。

いっそのことツクヨミが乱入してきてくれたほうがいいかもしれないとすら思う。

「大和撫子が勝手に戦ったりしないのならばまだいいが、勝手に動くようなら更識刀奈と入れ替わったほうがいいかもしれん」

『だネー、ティンクルとディアマンテのコンビ相手に足の引っ張り合いしてたら勝てないヨ』

ワタツミの言葉に千冬も肯く。

これが他のメンバーであればまだいい。

実は一番理想的なのは、鈴音と猫鈴のコンビになる。

近接から中距離を得意とするからだ。

ただ。

「まあ、大和撫子が更識簪に協力してくれるなら、それがいいのだが……」

その可能性が低いということが、千冬にとって一番の悩みの種であった。

 

 

整備室で弾は複雑そうな表情をしていた。

無論のこと、ようやく大和撫子が動き出してくれたので、エルには簪のサポートを頼んでいる。

頼んでいるのだが、その簪が戦っている相手を見るとどうしても口を出しそうになってしまう。

「相手に集中できる一夏や諒兵が羨ましいな」

「だんだん~」

「いくらなんでもそっくりすぎだ。鈴が戦ってるとしか思えねーし」

ティンクルを見るたびに、鈴音が重なるのだ。

もし、ティンクルと戦っているのが一夏や諒兵だったらと思う。

「あいつらじゃ絶対本気出せねーぞ」

「そうかも~、あんなに顔似てるし~」

鈴音の外見の量子データをコピーしたというのだから当然といえば当然なのだが、実は弾が気になるのはそこではなかった。

『にぃに?』

「身体の動かし方、仕草、表情、そういった部分まで鈴そっくりなんだよ、アイツ」

「そうなの~」

「ああ。アレじゃまるで双子だ。諒兵ならもっとはっきりわかるんじゃねーかな」

鈴音を良く見ていた諒兵であれば、ティンクルがやけに鈴音に似ていることを理解できるだろう。

それほどにティンクルは鈴音に似すぎていた。

『外見を似せたせいで引きずられてるのかも』

「そうなのか?」

『量子データには、外見だけじゃなくて中身のデータもある。そのあたりもコピーした可能性がある』

単に見た目を似せただけではなく、透き通る人形のときは最低限だった人格や行動パターンのデータもコピーしてしまったのかもしれないとエルは説明する。

そうすることで似てしまったのではないか、と。

「計算じゃないの~?」

『たぶん。自信ない』

「まあ、推測しかできねーからな。相手がどんなに鈴そっくりでも簪ちゃんには頑張ってほしいよ」

そのためには大和撫子が協力してくれるのが一番いいのだが、あの一人と一機はなかなかそうはいかない。

エルがどこまでサポートできるかという点も重要なポイントになってしまう。

「頼むぜエル」

『わかってる』

「お願いね~」

そう言って本音もエルや弾ががんばってくれることを期待する。

期待している。

期待はしているのだが。

(かんちゃんばっかり心配してる~、なんかずるい~)

微かな嫉妬が湧き上がってきてしまうのを抑えられなかったりしていた。

 

 

一方、再びIS学園上空。

刀奈は焦ってはならないと思いつつも、アンスラックスを何とか倒そうと踏ん張っていた。

今の簪にとって、ティンクルとディアマンテは強敵すぎるからだ。

アンスラックス以上に二対一の状況に持っていかないと勝てる可能性が少ない。

そう思いながら、必死に二刀を操ってアンスラックスを倒さんとばかりに斬りかかっているのだが、全て捌かれてしまってまったく効果がない。

「マジメにどいてくれない?」

『妹を案じるその気持ちは良い。ただ、ここは引けぬ。わかってはもらえぬだろうが』

「わからないわよっ!」

わかるはずがない。

刀奈は簪が心配でたまらないのだ。

相手の気持ちを理解している余裕などなかった。

ただ、刀奈だけは違和感も抱いていた。

アンスラックス相手に集中していても、簪とティンクルの戦いはしっかりと把握している。

これは集中力がないということではなく、刀奈が更識楯無としてのお役目で培ったマルチタスクということができる。

多対一の状況で迎え撃つことが多かった更識楯無は、一人の相手に完全に集中するようなことはできないからだ。

常に全体を把握していなければならない。

それゆえに手に入れた刀奈の能力ということができる。

その能力で感じたのが、ティンクルの戦い方というより、戦闘時の動作だった。

(凰さんそっくりなのよね……)

実は弾が感じたのと同じ違和感を抱いているのである。

以前、鈴音が棍術を鍛えたいというので相手をしたときに見た動きと良く似ているのだ。

得物が長柄だけに、余計に似て見える。

もちろん、青龍偃月刀と棍では攻撃方法が変わってくる。

変わってくるのは当然なのだが、根本的なところの動きが良く似ているのだ。

エルがいうには、動作関係の量子データもコピーしたのではないかということだが、本当にイヤになるくらい良く似ていた。

ただ、だからこそ、簪が相手をするよりも、刀奈が相手をするほうがティンクルの攻撃を捌きやすいということができる。

一度見た相手の動きに似ているからだ。

だから、何とかしてアンスラックスを撃退して簪の援護に行きたいのだが、それがどうにもならない。

『焦りは動きを鈍らせるぞ』

「わかってるわよっ!」

この場を引く気がないアンスラックスに、刀奈としては文句をいってやりたいところだった。

 

 

そして。

「ちょっと難易度上げよっか♪」

「えっ?」

「ディア、三十発」

『仕方ありません。こちらにも引けない理由があります。恨むなとは言いません』

ディアマンテはティンクルの言葉に答え、『銀の鐘』から三十発のエネルギー砲弾を撃ち放つ。

それは当然、簪と大和撫子を追尾し始めた。

「くぅっ!」

『うぎゃぁー、メンドいぃーっ!』

「がんばってねー♪あと、私の攻撃もキチンと捌きなさいよ」

『銀の鐘』から放たれたエネルギー砲弾は、セシリアの意思どおりに動かせるブルー・フェザーの羽とは違う。

そのため、動きは相手を追尾するというのが基本となる。

要は相手に合わせた単調な動きしかしないということだ。

だが、常に自分を追いかけ続けるため、鬱陶しいことこの上ないということができる。

「撫子っ、やられたくないなら落としてッ!」

『命令すんなぁーっ、わかってるってぇーのッ!』

翼を広げた大和撫子は、自らもエネルギー砲弾を撃ち放ち、『銀の鐘』のエネルギー砲弾を落としていく。

だが、狙いに甘さがあるのか、撃った数のわりに直撃で落とした数はそう多くない。

だが、不規則な動きを見せた幾つかの砲弾が、フォローするかのように落としていく。

「おーっ、さっすがエルね、やるじゃない♪」

『カンザシは友だちだから』

ティンクルが誰の仕業かをすぐに看破すると、エルがそう答えてきた。

「空間を歪めて砲弾の軌道を作ってるのね」

『はい。砲弾そのものに干渉しているわけではないようです』

ティンクルが見抜いたとおり、エルは砲弾が放たれた空間を歪めて砲弾の通り道を創り、軌道を変化させていた。

さすがに『不羈』の大和撫子の能力自体に干渉はできないらしい。

それだけ大和撫子のポテンシャルが高いということができるのだが、逆にこういった方法でサポートできるエルにティンクルは感心したらしい。

「何故?」

「撫子を尊重してんのよ」

「えっ?」

「エルが撫子の能力にまで干渉するのは失礼だわ。実際、撫子の実力は相当高いのよ?」

『わかってんじゃぁーん♪』

「だから、撫子が本気を出せば、私ともいい勝負できるでしょうね」

ただ、簪と撫子が合わないためにうまく協力できていないのだ。

それも、単に性格の問題ではない。

実は、もっと別のところに大きな問題があった。

「はっきりいうとね、更識さんが撫子の実力を引き出せてないのよ」

「えっ?」

「全力で戦いたいのにパートナーがついて来れないからムカついてるのが今の撫子なの」

『アンタ、よくわかってるしぃー』

「そんなあなたでもエルは友だちだから助けたいと思ってる。でも、撫子の気持ちを考えたら極端な干渉はできない。だから見つけだした妥協点が今のアレよ」

はっきりとそういわれたことで、簪は少なからぬショックを受けていた。

自分が撫子についていけない。

確かに撫子が持つ『不羈』の才能は凄まじい。

しかし、ついていけないといわれるほどとは思っていなかったからだ。

「エルは口数少ないから、気づかなかったみたいだけど、あなたはエルに感謝する前に撫子に謝んなきゃ。あなたのパートナーはエルじゃなくて撫子なのよ?」

さすがに、簪は声を発することができなかった。

今までエルが助けてくれたことで、本当にエルには感謝しているし、できるならば自分のパートナーになってほしいと思ったこともある。

だが、それは自分のパートナーである撫子を無視していたといってもいいことだ。

自分は今、誰と一緒に空を飛んでいるのか。

そのことを理解しないと、簪はこれ以上強くなれないとティンクルは説明してくる。

「私は……」

「更識さん、箒と良く似てるわ。あえて欠点っていうなら、そこがね」

『欠点とは?』

「自分に優しいモノしか見ようとしないのよ。だから刀奈さんとも拗れたし、撫子ともうまく関係を築けてないの」

ここまではっきり言われるとは思っていなかったと簪は動きを止めてしまう。

もっとも、追尾していたエネルギー砲弾はどこかに飛び去ってしまったが。

だが、それは事実だった。

結局自分は甘えている。

自分に優しくしてくれる人たちに。

だが、だからこそ、簪のパートナーとなったのは大和撫子なのだ。

決して合わない相手でありながら、大和撫子は簪が纏うASとなった。

簪がぶつかり合いながら関係を築ける唯一の存在でもあるのだとティンクルは話す。

「エル、それと弾。これ以上、撫子の攻撃に干渉するのはやめときなさい。更識さんが成長できないわ」

「あのさ。お前の顔と声でそう呼ぶな。鈴はこっちにいるんだ」

『気になってしょうがない』

「気にしない気にしない♪」

そう、弾、そしてエルが言ってくるのに対し、ティンクルはけらけらと笑う。

だが、弾やエルとしては、まるで鈴音が教え諭しているようで、凄く微妙な気分になってしまうのだろう。

ただ。

 

「あんた、よく気づいたわね。更識さんの欠点……」

「そりゃあね♪」

 

鈴音が感じていて言わなかったことであることがその会話ではっきりとしたのだった。

 

 

 

 

 



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番外編「除夜の鐘と共に」

久しぶりの正当?な番外編です。
時系列は完全に無視してます。

読んでくださっている方々、今年一年ありがとうございました。
来年は完結するといいなあと思いつつ書き続けていきます。
よろしくお願いします。

それでは、良いお年を。


12月31日。

一般に大晦日といわれる日。

何故か、普段は死地に赴くはずのAS操縦者たちは、総出で指令室と整備室、ブリーフィングルームの大掃除していた。

指令室では。

「お嬢様、そちらとこちらとあちらのスイッチはいじらないように、一つ一つ丁寧にお願い致します」

「もう虚がやったほうが早いんじゃないのっ?!」

「私は普段からやっておりますので」

刀奈が虚に命令されながら、半泣きでコンソール類の埃取りをしていた。

更識家と布仏家の関係がわかった今でも、二人の力関係は変化しないらしい。

 

また、無数のモニターを数馬とシャルロットが磨いている。

「こうして見ると汚れが溜まっているな」

「細かいところまでは掃除できないしね」

普段は簡単な掃き掃除くらいしかしていないと虚が説明したことを考えると、実際このあたりまでは手が回っていないのだろう。

だが、こういったことは気分転換になるとシャルロットは思う。

「何故だ?」

「いつもの景色を違った角度から見られるんだよ。それってけっこう面白い発見があるよ?」

『行動の変更による視点の変更か。なるほど興味深い』

そうアゼルが言ったように、視点を変える訓練と考えても一理あるのだ。

例えば、自分の部屋での行動などそうは変わらない。

しかし、模様替えや大掃除によって思わぬ発見がある。

それを生かしているということだ。

「それにきれいになるの気持ちいいしね」

『シャルロットはお掃除好きだものね』

そうブリーズが言うと、照れ笑いを浮かべるシャルロット。

普段と違い、ニコニコと本当に嬉しそうに鼻歌を歌いながらモニターを磨くシャルロットを見て、数馬は微笑んでいた。

 

その近くの足元では。

「うあー、めんどくさー」

『日本にゃー変な風習があるよなー』

指令室に設えられた無数のコンソール類、その下の床をティナが拭き掃除している。

虚の拘りなのか、わざわざ雑巾を使ってなので、床に這い蹲るという姿で。

「こんなのてきとーでいーのにー……」

「喋ってないで手を動かしてください」

「はいーっ!」

『ケケっ、ごくろーさん♪』

ティナが必死に拭き掃除する姿を、ヴェノムはふよふよと浮かびながら眺めていた。

 

 

一方、整備室。

「まにゅぴれーたーの先端はいじらないでね~。精密機械は私がやるから~」

「わかった」

「おう」

本音の指示に、簪、そして弾がそう答える。

簪は慣れたもので、精密機械はいじらないようにしつつ、アームの部分などできるところを拭き掃除していく。

意外と弾も慣れた様子で、床を掃いていた。

「ちょっと意外だった」

「あー、店の掃除なんかは、いっつも俺がやらされてたからな」

『ゲンがゲンコツつきで命令してた』

弾とエルの説明に「あはは~」と、笑う本音と共に、簪も苦笑してしまう。

その様子が手に取るようにわかるからだ。

複雑な家で育った簪と本音からすると、そんな当たり前の一般家庭のほうが羨ましい。

(お店が終わったら一緒に掃除かあ……)と、簪。

(袖まくらないとおぼん落としちゃうかな~)と、本音。

一瞬、『夫婦』二人で切り盛りする定食屋をイメージして、思わずブンブンと頭を振る二人の少女たち。

「私もいるんですのよ?」

『介入はやめておくべきです、セシリア様。古来より人の恋路を邪魔するものは、ペガサスに足蹴にされるといいます』

「微妙に違いますわっ!」

地道にコンソール類の掃除をしていたセシリアと、的確にアドバイスしていたブルー・フェザーが、ピンク色になりつつある空間を見て呆れつつ、漫才をしていた。

 

 

ブリーフィングルームでは。

一夏と諒兵が床を拭き掃除し、鈴音が窓を磨き、ラウラがホワイトボードを拭いていた。

「何で最新技術のある学園でこんなアナログな掃除してんだ……」

『たまにはいいんじゃないですか?』

手を動かしている諒兵に比べ、見てるだけのレオは気楽なものである。

「文句言っても始まらないぞ。とっとと終わらせよう」

『そーそー、早く終わらせて遊びに行こうよっ!せっかくチフユがお休みにしてくれたんだし♪』

一夏も表情は不満そうだが、手はマジメに動かしている。

対して、白虎は千冬が大掃除が終わった後は自由行動だと言ってくれたことが嬉しかったらしい。

外にも出ていいので、行きたいところがあるようだ。

「だが、掃除はいいものだぞ、だんなさま。身が引き締まるというか」

『心身を律する上で、自分が普段使っている場所を掃除するというのはいい訓練になるからな』

ラウラやオーステルンの言うとおり、実際、自分の持ち物や居場所を大事にするということは、自分の心身を律する上で効果がある。

格好がきれいでも部屋が汚い人間に好感を持つ人間はいないだろう。

心身のだらしなさは格好や周囲の空間に現れてしまうからだ。

そう考えるとラウラの言うとおり、掃除をするという行動は正しいのである。

「ラウラの言うとおりよ。やっぱり部屋がきれいになると空気もきれいになった気がするし」

『精神衛生上から考えてもいいことニャのニャ』

実際は換気しないと埃が舞うので空気はむしろ汚くなるのだが、きれいな部屋に嫌悪感を持つ人間はいないだろう。

精神面から考えても良い効果を生むものなのだ。

「二人ともしっかりしてるよなあ」

「お前らいい嫁さんになれそうだな」

諒兵がうっかり漏らした一言は、二人の少女に衝撃を与えてしまう。

「だんなさまっ、すぐに挙式だっ!」

「なっななななななななななななっ、なに言ってんのYO!」

顔を真っ赤にした二人の少女のおかげで掃除が凄い勢いで進んだことをここに記しておこう。

 

 

んで。

除夜の鐘がなり始めたころ。

IS学園ご一行様は近所にあるお寺まで参拝に来ていた。

珍しく顔を出した少女に、鈴音が声をかける。

「箒も来てくれたんだ?」

「更識に引っ張り出された……」

一応部屋の掃除をかなり徹底的にやっていたらしい箒だが、外に出る気はなかったという。

だが、簪にとにかく来てくれと懇願されたらしい。

みんなで行くほうが楽しいから、と。

「まあ、初詣はしたいと思っていたし、ちょうどよかった」

「あんたってこういうイベントはわりと好きよね?」

「日本人だからな」

そう答えた箒ににっこりと笑いかけた鈴音はごーん、ごーんと鳴る鐘の音を聞きながら新しい年に思いを馳せる。

 

(いい年になりますように)

 

そう思いながら手を合わせる鈴音を見て、一同も手を合わせるのだった。

 

 

 

 

 




閑話「花嫁(希望)修行」

千冬は自室で悪戦苦闘していた。
「ほら先輩っ、もっと手際よくっ!」
「わ、わかったっ!」
何故か、真耶が仁王立ちで千冬に指示を出している。
現在、千冬は自室を掃除しているのだが、家では一夏に任せっきりだったこともあり、わりと大雑把だ。
そこで真耶に指導を願い、掃除を行っているのである。
何故指導を願ったかと言えば。
「先輩から言ってきたんですからねっ、嫁に行くために女子力上げたいってっ!」
「わっ、わかってるっ、だから素直にいうこと聞いてるだろうっ!」
ぶっちゃけ花嫁修業の一環であった。
織斑千冬。
適齢期真っ只中なのである。
わりとマジメに嫁き遅れを心配していたりもする。

「……今のチャンスを逃せませんからね」
「……ここは本来、男が少ないからな……」

出会いが少ない職場で働く二十代。
千冬も真耶もチャンスを逃したくないと真剣に思っていた。






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第180話「簪の一歩、箒の半歩」

IS学園、指令室。

「簪お嬢様の欠点?」

そういって、いきなり口を開いたのは虚だった。

自分も気づかないでいた点に、鈴音が気づいていたというのが驚きだったらしい。

「アイツも言ってるけど、箒と似てるんですよ」

「篠ノ之さんと?」

「周りが助けてくれるのが当たり前になっちゃってる。特に人間関係作りで」

言われて見れば、と虚は思い返す。

確かに簪も、自分から積極的に友人を作るようなタイプではないからだ。

その分、本音が友人関係作りには積極的で、彼女は決して簪と縁を切ろうとしない。

結果として、本音を通じての友人が多くなっているということだ。

ただ、自分から関係を作ろうとしないため、本音が簪と縁を切ってしまうと、簪は一気に孤独になってしまう。

「刀奈さんは優秀だし、本音もそのあたりは凄くデキるから、その分、更識さんが努力する必要が少ないんですよ」

「結果として、簪お嬢様は対人関係の創り方が上手くならなかった。いえ、ならずに済んでしまった」

「はい。それが、今の撫子との関係につながってるんです」

同じASでも、エルとの関係が良好なのは、簪とエルの間に弾がいるからだ。

弾もそういった友人関係におけるバランス感覚はいいのである。

「箒との違いは、本音の存在です。あの子がいるから、更識さんは周りとの付き合いも何とかなってる。けど、本音がいなかったら、最悪引きこもりになるタイプですよ?」

「それは……、間違いではありませんね」

ズバッといってくる鈴音だが、虚には反論できなかった。

確かに、IS学園入学当初は、専用機の件もあり、ほとんど引きこもりのような学園生活を送っていたからだ。

誤解されがちだが、特撮物やヒーローものが好きという趣味は友人作りにおいてはまったく関係がない。

同じ趣味の人と話せばいいだけだし、そうでない人にはそこそこにこういう趣味だと話せばいいだけだ。

簪もまた、友人となる相手との距離感を上手く感じ取れないのである。

「たぶん、撫子との関係を修復しないと、第3世代武装は創れない。正念場ですよ」

「はい」と、そう答える虚だが、一つだけ気になる点があった。

「いつから本音のことを名前で呼ぶようになったのですか?」

「へっ?あー、整備受けるようになってからは、ずっとこんな感じでしたけど?」

「えー……」

全然気づかなかったことに少なからずショックを受ける虚だった。

 

 

こうまで言われて黙っていられるほど、簪は大人ではない。

ましてティンクルは外見どころか話し方まで鈴音そっくりなので、同世代のリア充にバカにされているような気がしてくる。

「エル、弾くん、後は自分でやるから」

「お、おう」

『うん、信じてる』

さりげなく弾のことを名前で呼んでいるのだが、簪の雰囲気のせいで誰も突っ込めない。

「撫子、私が弱くないって証明する」

『やってみぃればぁー?』

唯一、やる気の無さそうな大和撫子だけが、いつもどおりの雰囲気だったが、今の簪は気にしない。

「凰さん、覚悟してもらう」

「私はティンクルだってば」

そんなティンクルの突っ込みをあっさりと無視して、簪は上段から石切丸を振り下ろす。

さらに返す刀で切り上げ、胴薙ぎと連撃を繰りだした。

「おーっ、やるじゃないっ♪」

だが、ティンクルはかなり余裕の表情で冷艶鋸を振るって捌いてみせる。

やはり実力が相当違う。

ただ、簪は違和感を抱いた。

(こんなものなの?)

気合いを入れ、戦闘に集中したことで、逆に相手とのレベル差が明確に見えてきたのだ。

正直に言えば、ティンクルのレベルは自分がもっと努力すれば届きそうなところにある。

ただ、その努力自体はとてつもないレベルなので、簡単に届く位置ではない。

しかし、不断の努力を行えば、決して届かないわけでもない。

簪は最初、ティンクルのレベルを神がかり的なものだと思い込んでいたため、余計に違和感があった。

「あなた、そんなに強くない?」

「あら、言ってくれるじゃない♪」

どうやら挑発してきたと思ったらしく、ティンクルはニヤリと笑う。

そういう意味ではなかったのだがと思いつつ、戦うことに変わりはないのだから簪は訂正しない。

むしろ、今は無理だとしても、倒せる可能性がゼロではないことがわかったのだ。

気持ちは高揚している。

「はぁッ!」

その気持ちを刃に乗せ、簪は一気に迫ると、下段から切り上げた。

意外なほど負けず嫌いの簪の性格は、実はけっこう戦闘向きだと言える。

また、けっこう諦めが悪いのだ。

コレが悪い方向に行くと、一人で悶々と悩み続けるのだが、一度戦闘に向けば果敢に攻めるという攻撃的な姿勢に変わるのだ。

「あんたのそういうトコは好きよッ!」

「そんなこといわれても困るッ!」

ティンクルとしては素直な感想を述べただけなのだろうが、簪としては敵対する相手に好かれてもどう答えればいいのかわからない。

そもそもティンクルは外見や口調が鈴音そっくりなのだ。

自分とはほとんど接点がない上に、箒が敵愾心を抱いている鈴音に似たティンクル相手にどう接すればいいというのか。

「簪ッ、惑わされちゃダメよッ!」

「あっ、うんッ!」

悩み始めていた簪の気持ちを律するように、刀奈が声をかけてきてくれる。

アンスラックス相手にオプション機体で奮闘している刀奈のほうが、状況はかなり悪い。

それでも、自分を案じてくれるのだ。

こういう関係に自分は甘えてきたのだと簪は思う。

(応えなきゃッ!)

今まで自分に優しくしてきてくれた人たちに応える。

そのためにも、ティンクル相手に引くことはできない。

だが。

「いいお姉ちゃんね」

そう言って微笑んだティンクルは、踏み込んだ足に力を込めると一気に冷艶鋸で突いてきた。

それも。

「くうぅッ!」

まるで槍衾といえるような凄まじい連撃で。

本来、槍衾とは槍を持った一部隊が隙間なく突き出して構える姿を指す。

それを単身でやってくるとは、やはりティンクルのレベルはかなり高い。

(捌き切れないッ!)

対抗するほどの刺突を簪には出すことができない。

ならば逃げるか。

だが、それでは追われるだけだ。

ゆえに。

「せぇぃッ!」

「くッ?!」

槍衾の僅かな隙間に突き入れた強力な一撃はティンクルの頬を掠める。

さすがにティンクルの連続突きも止まった。

「槍衾に一突きで対抗するなんてやるじゃない」

「負けたくないから」

ギャンブルに近い無謀な賭けではあったが、その僅かな隙を見いだせないようでは使徒には対抗できない。

勝つ以上に強くなるための一撃は、簪を少しだけ前に進めさせてくれていた。

 

 

整備室にて。

「大丈夫かな」

『簪、頑張ってる』

「二人ともありがとね~」

弾とエルがホッと息をついたところに、本音がお礼の言葉を伝えていた。

実際、簪のことを一番心配していたといえる人間がいるとするなら、本音になるだろう。

特に人間関係の点では刀奈よりも案じていたといっていい。

更識家と布仏家の関係を知っていたからなおさらだ。

「まあ、女の子の助けになれるなら嬉しいからな」

『にぃに、下心見え見え』

「ちゃうわっ!」

さすがに下心があるといわれるのは心外らしく、ド真剣な表情で突っ込む弾である。

とはいえ、縁の下の力持ちポジションとはいえ、弾や数馬の存在も、もはやIS学園には欠かせない。

それぞれ得意なポジションで助けてくれているからだ。

前線で戦う一夏や諒兵。

サポートや訓練をしてくれる誠吾。

研究と極東支部の探索で動いている丈太郎。

そして大半の生徒は気づいていなかったが、学園の経営を行っている学園長も男性だ。

実は、司令官として千冬が動きやすいように、日本や諸外国政府との交渉を一手に引き受けている。

現在だけではなく、ずっと前から男性が支えていた面がIS学園にもあるということだ。

「男の人って~、何でそういうところ主張しないのかな~?」

「ん?」

「なっ、何でもないよ~」

本音は思わず顔を赤らめながら、ブンブンと長い袖を振る。

(主張してくれるなら~、適当にあしらえるのに~……)

普段はそんな態度を見せないのに、でも、自分たちをしっかりと支えてくれている。

それがカッコいいとでも思っているのだろうか。

困ったことに、カッコいいから性質が悪い。

「どうしよ~」

「何か困ったことでもあるのか、本音ちゃん?」

「あるけど~、説明できない~」

特に弾には説明のしようがない。

『あなたを好きになってしまいそうです』なんていったら、自分と簪と弾の関係がどうなるかわからない。

『旗立った?』

「そうじゃなくて~っ!」

冷静に突っ込んでくるエルに対し、必死になって反論する本音だった。

 

 

箒は、シェルターの隅でモニターに映る戦いの様子を見つめている。

その耳に、生徒たちの驚きの声が聞こえてくる。

 

ホントに鈴じゃないの?

あれで別人?そっくりどころじゃないよ?

何か、双子の姉か妹っていうほうがまだ信じられる。

鎧が同じだったら絶対見分けつかないって。

 

ほとんどが、ティンクルに対する感想ばかりだ。

そして、その内容は箒が感じていることと同じだった。

白銀に輝く鎧、ディアマンテを纏っていること以外は、鈴音を見ているように錯覚してしまう。

外見や性格だけではなく、戦闘スタイルまで似た印象があるのだ。

スマラカタが真耶の外見を奪って進化し、たしかに外見は髪の長さ以外はそっくりになっていたが、その表情や仕草から別人であることはすぐにわかる。

真耶とスマラカタの性格や戦闘スタイルが大きく異なるからだ。

しかし、鈴音とティンクルは性格まで似通ったところがあるため、ティンクルを見ていると鈴音が戦っているように錯覚してしまう。

まして、相手は簪だ。

自分にとっては数少ない友人といえる存在だ。

それだけに、箒は苛立ってしまう。

(何なんだあの女っ!)

簪の欠点を指摘してきた姿は、以前、腹立たしいのをガマンして話をしてきたときの鈴音の姿に似すぎている。

鈴音と話をする仲で、鈴音の特に一番受け入れられない部分については多少理解できたから、多少気持ちの上では許してもいいかと思えるようになった。

しかし、ティンクルの話は正しいけれど、気に入らない。

鈴音もそうだったが、意外なほど人間に対する観察能力が高いのだ。

そこから出てくるティンクルの言葉は、どうにも上から目線に感じてしまう。

正しいから余計にそう思うのだ。

(甘えてばかりじゃダメなのはわかるけど、お前にいわれる筋合いはないっ!)

実際、ティンクルにいわれる筋合いはないのだ。

赤の他人なのだから。

(友人をたくさん作ったって、上手く付き合えなければ他人と変わらないしっ!)

人間一人一人のキャパシティは異なる。

本音や鈴音のようにバランス感覚が良ければ多くの友人とも上手く付き合って行けるだろう。

だが、箒や簪のようなタイプは上手く付き合える相手を探すことから始めなければならないのだ。

その極端な例が箒の姉の束である。

単純に、ただ友だちになるということができないのだ。

その差は決して小さくない。

スタートラインそのものが違うのだから。

ただ。

(お前みたいな奴とは、きっと絶対わかり合えない)

それだけは間違いないと箒は思う。

だからこそ、やはりティンクルや鈴音には負けたくない。

負けられない。

自分の力で倒したいと思う。

同じ土俵で戦いたいと箒は願う。

ゆえに。

「我侭なのはわかってる。でも、誰か力を貸してほしい。言われっ放しで終わりたくない」

痛切なほどの大きな願いを、消え入りそうな小さな声で呟いていた。

 

 

IS学園上空にて。

ティンクルと打ち合っていった簪は、意外なほど手応えを得ていた。

届かない距離ではない。

大和撫子がサポートしてくれるのならば、ティンクルは撃退できるレベルだと思う。

倒すのは難しいが、手傷を負わせるくらいならば今のレベルでも届く。

「はぁあッ!」

「威勢がよくなったわねッ!」

石切丸を手に、まるで日本舞踊を舞うような美しい動きで連撃を繰り出す簪に、ティンクルは京劇のような舞いで冷艶鋸を振るい、対抗してくる。

和と中華の競演は、見る者を魅了していた。

 

 

簪の成長を見て、刀奈は思わず手を止めてしまう。

「あっ!」

『良い。あれは魅了されよう。見事な舞いだ』

アンスラックスも、簪とティンクルの競演を称賛しているらしく、隙をついてくるような無粋はしなかった。

「わかるの?」

『人間的な感情が起こることはないが、あの舞が素晴らしいものであることは理解できる』

エンジェル・ハイロゥに存在する情報を検索すれば、たいていの知識は手に入る。

ましてアンスラックスは第4世代機なので、そのあたりの機能は充実している。

それと比べてみて、優秀な舞であることが理解できるということだ。

『だからこそ、解せんのだが……』

「えっ?」

『いや、独り言だ。しばらくはあの舞いを見物しよう』

そう言ってアンスラックスは言葉を濁す。

簪の舞が非常に優秀ではあるが、人間ゆえの動きの違いからの揺らぎを感じられる。

それは当然だ。

簪は人間なのだから。

問題は、同じ印象をティンクルの舞いにも感じるということだ。

人間として成長途上にあるかのようなティンクルの舞いは、使徒から生まれたものとしては有り得ない。

何故、あそこまで人間くさいのか。

スマラカタに同じ印象は抱かない。

遠目に見ただけだが、ツクヨミも同様だ。

外見はほぼ人間になってしまった二機だが、あくまで外見だけで、中身は使徒のままだ。

それなのに、ティンクルはまるでディアマンテから人間として生まれてきたように思える。

『あの娘、いったい何者だ?』

人間側に理解できる者はいないだろうが、使徒側でも理解できない。

存在そのものが異常であるティンクルを、アンスラックスは黙って見つめていた。

 

 

簪の連撃を捌き続けていたティンクルは、ここに来てニヤッと笑う。

「正直驚いたわ。吹っ切れると強いところが似てるのは姉妹だから?」

「そうかもしれない」

「否定しないんだ?」

「お姉ちゃんに勝てるくらい強くなりたいから」

「そういうのいいわね。私一人っ子だから羨ましい」

「一人っ子も何も……」

そもそも同類がいるとすれば使徒だろうに、兄弟姉妹がいるはずがないと簪は突っ込みたくなる。

とはいえ、ここで調子を狂わせられるわけにはいかないと、少し呼吸を整えて再び連撃を放つ。

それを受けたティンクルはふわっと羽が舞うように宙返りをして距離を取ると、冷艶鋸を消す。

そして、まるで逆手持ちのような位置で手刀を発現させた。

「あんたに敬意を表するわ、更識さん。歯を食いしばってよ?」

「えっ?!」

いきなりの言葉に簪が疑問の声を上げると、直後に声が響いた。

「簪ッ!」

その声が聞こえた直後の光景を、簪は呆然と見つめていた。

 

 

 

 

 



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第181話「流れ星の掴み方」

IS学園の上空にて。

刀奈が流星と共に空を舞う姿を、簪は呆然と見つめていた。

否、それは正しい表現ではなかった。

刀奈が銀色の流星に幾度も弾き飛ばされている姿を、簪は見つめていたのだ。

そして。

「あちゃ」と、そんな場違いな声が聞こえてきたかと思うと、刀奈は解放される。

だが、力なく落ちていく刀奈の姿を見て、簪はすぐに正気に戻る。

「おねえちゃんッ!」

すぐに刀奈に近寄り、落ちる前に受け止める簪だが、見れば刀奈の鎧はボロボロになってしまっていた。

「うっ、くっ……」

呻き声を上げるところを見る限り、気を失ってはいないらしいが、かなりのダメージを受けているのは間違いない。

「おねえちゃんッ、しっかりッ!」

「な、んとか……」

簪の声に対し、刀奈は苦しそうにしながらも答えてくる。

ダメージを受けてはいるが、応答できるということは、其処まで酷いものではないらしい。

一応だが、浮くことは自力でできるようだ。

だが、もう戦えないのは明白だった。

「さすがね」

「えっ?」と、ティンクルの意外な言葉に簪は疑問の声を上げる。

ここまでのダメージを受けていることを考えれば、さすがといえるとは思えないからだ。

「刀奈さん、『流星』の攻略法に気づいてたのね?」

「……はんぶんは、かんよ……」

「さすがは元国家代表ね」

刀奈の答えに、ティンクルは苦笑いを見せる。

半分は勘だというのであれば、もう半分は予測を立て、攻略法を考えていたということだからだ。

だが、今の会話に対し、簪は大きな違和感を抱いていた。

「何で、あなたが『流星』を使えるの……?」

「練習したもん」

そうあっさりと答える。

エンジェル・ハイロゥには、装着者の戦闘方法、戦闘術の情報も蓄積される。

その点から考えれば、ティンクルは鈴音の必殺技ともいえる『流星』の情報を得て練習し、習得したということができる。

「教科書はあるんだもん。他の使徒でも覚えられるわ。アンスラックスならもう使えるんじゃない?」

『まあ、使えぬということはないが……』

そう答えるアンスラックスだが、ティンクルが使った『流星』には、疑問を抱いている様子である。

だが、気にすることもなくティンクルは続けた。

「だから、私が使えてもおかしくはないでしょ?」

「そう、だけど……」

「それより、二回見ただけの刀奈さんが攻略法を掴みかけてたほうが驚きよ」

「あ」と、簪は間抜けな顔を見せてしまう。

確かに、刀奈が『流星』を見たのは、学年別タッグトーナメントと、鈴音が猫鈴と共生進化した二回だけだ。

それなのに、攻略法を掴みかけていたと仕掛けたティンクルはいう。

本当なのだろうか?

簪がそう思っていると、別のところから声が聞こえてきた。

 

「確かに『流星』の攻略法としては間違いじゃないわ」

 

そう言ってきたのは、『流星』を生みだした本人である鈴音。

今の攻防をしっかりと見ていたらしかった。

 

 

指令室にて。

「本当なのですか?」

そう聞いてきたのは虚である。

さすがに見えなかったらしい。

『流星』は発動の瞬間はともかく、鈴音、またはティンクルが最初の『瞬時加速』を使ってからは高速移動が続くため、目が追いつかないのだ。

むしろ、中国最強、無冠のヴァルキリーとまで呼ばれた鈴音の必殺技を簡単に見切られると沽券に関わるのだが。

「はい。対処法としては間違ってないです」

「いいのか、鈴音?」

そう口を挟んできたのは千冬だった。

さすがに、刀奈が掴みかけていただけに、千冬には攻略法がほぼ理解できていたらしい。

だが、たいしたことではないかのように鈴音は笑った。

「必殺技ってのは当たれば倒せる。でも当たんなきゃ倒せないじゃないですか」

「なるほど、それがわかってるなら知られても問題ないね」

そう誠吾が言ったとおり、必殺技とは当たれば相手を倒せるものだ。

しかし、当たらなければ倒せない。

現に、刀奈は辛うじて意識を保っている。

つまり。

「当たらなかったんですよ」

「でも、お嬢様はかなりのダメージを受けてますが」

「だから、それじゃダメなんです。私が箒に使ったとき、あの子どうなりました?」

そう言われ、虚は当時のことを思いだす。

『流星』を喰らった箒は、地面に落とされたのだ。

シールドエネルギーをゼロにされてしまって。

「あっ!」

「わかりました?『流星』は相手のシールドエネルギーをゼロにするまで続くんです」

「それが途中で終わってしまったんだ。鈴音が当たらなかったというのはそういう意味だ」

そう千冬が解説してきた。

本来、鈴音が使う『流星』は相手のシールドエネルギーがゼロになるまで続く。

ならば、喰らった刀奈はもう浮く力も残っていない状態であるはずなのだ。

だが、彼女はまだ浮くこと自体は可能だという。

つまり、完全に決まらなかったということができる。

「私の『流星』は、最初の打点が決まってるんです。一つじゃありませんけど」

「打点?」

「連続反転瞬時加速で、相手の身体を弾き飛ばす。そのためには瞬時加速を使いながら相手の位置を追いかけ続ける必要があるんです」

「それは、お嬢様も気づいていました」

「でも、完全にフリーだと私の認識が追いつかないんですよ」

「そうか。続けられるポイントをいくつか見つけたんだね?」

そう誠吾が問いかけると、鈴音は肯いた。

その説明で虚にも理解できた。

つまり、鈴音が使う『流星』という必殺技は、最初に相手に接触しなければならないポイントが決まっているということだ。

もっとも、それは一つではないということだが。

だが、もし、そこを外されてしまったらどうなるか。

何のことはない、予想外の方向に相手が弾かれてしまうだけである。

そうなったら、鈴音が瞬時加速を使っても追いつけなくなる。

それが今のティンクルと刀奈の攻防で起こったということだ。

「アイツが接触する瞬間、刀奈さんが祢々切丸で少しだけ打点をずらしたんです。そのせいで途中から追いつけなくなったんですよ」

最終的には、ターゲットであるはずの刀奈を、ティンクル自身が明後日の方向に弾き飛ばしてしまったということである。

そして、共生進化した今でこそ鈴音は普通に使えるし、見る限りティンクルも問題ないようだが、もともと『流星』は使用すると鈴音の疲労も大きいという諸刃の剣だ。

実のところ、相手が飛んでいられる状態を保たれれば、その後に落とされる可能性が大きい技でもある。

「実際、それで落とされたこともありますよ。まあ、まだ未完成の時期だったんですけど」

「ならば、あなたが接触する瞬間に打点をずらすということを行えば、誰でも防げるということですか?」

「はい」

「いいんですか、そんなことを打ち明けて?」

虚の言葉ももっともだろう。

自分の必殺技の攻略法を、公衆の面前で説明するなど、正気とは思えないからだ。

だが、鈴音はあっけらかんとしたものだった。

「必殺技なのは変わりませんから」

「ですから、攻略法が知られたら必殺ではなくなるでしょう?」

「布仏虚、その考え方が間違いだ」

そこに千冬が再び口を挟んできた。

先ほど鈴音がいった「当たれば倒せる」という言葉の真意について解説するためだ。

「先ほど鈴音もいったが、当たれば倒せる技なのは変わらない。ならば重要なのは……」

「当て方になるんだよ」と、誠吾。

「当て方?」

「必殺技を出すまでの前段階、つまり当てる準備だ。それができれば『流星』は当たるし、当たれば倒せる」

「なるほど、そういうことなのですね……」

説明を受けて、虚も理解できた。

どんな技でも当たらなければ意味がない。

ボクシングにワン・ツーというコンビネーションがあるが、最初のジャブが当たらなければ、次のストレートを放っても意味がない。

一概にそうとはいえないが、ジャブで牽制しストレートを叩き込むという攻撃をするならば、大事なのは最初のジャブでもあるのだ。

「だから、中国じゃみんな知ってます。だからめったに出させてくれなかったんですけど、でも……」

「でも?」

「だからこそ、さっき千冬さんや井波さんが言った当て方の練習は必殺技である『流星』の十倍以上練習したんですよ」

鈴音は当て方の重要性を理解しているので、今、刀奈が攻略法を示したとしても『流星』の威力が変わるわけではないのだ。

「中国最強と呼ばれるだけはあるな」

「あはは……」

千冬がそういって微笑むと、鈴音は逆に苦笑いを見せた。

世界最強に最強と呼ばれるとくすぐったくて仕方がないのだ。

さらに。

『その努力を思いだしたのはいいことニャ』

「そうねマオ。私、初心に帰らないと」

猫鈴の言葉に、鈴音はモニターに映るティンクルの姿を改めて見つめるのだった。

 

 

指令室の会話を利用しつつ、ティンクルも簪に説明していた。

「ま、そういうこと。実際、今のは更識さんを狙って出したんだけど、刀奈さんが割って入ってきたからね」

最初から刀奈と戦っていれば、刀奈相手にどのタイミングで出すかを考えながら戦うことになる。

ならば、発動すれば倒せるということは変わらない。

簪を庇うという行動が、結果として刀奈自身も落とされない程度のダメージで済んだということである。

もっとも、刀奈が戦えそうにないことは変わらないが。

「で、まさかコレで終わりとか思ってないわよね?」

「え……?」

「私とディアの目的忘れちゃった?」

そう言ってニヤリと、どこか恐ろしさを感じさせる笑みを浮かべるティンクルの言葉を、ディアマンテが補足してくる。

『私たちはシロキシに表舞台に出ていただくことを目的としています。ですから……』

「あんたが倒されなきゃ出てこないってんなら、そうしなきゃならないのよ。ゴメンね♪」

二本の手刀を再び冷艶鋸に戻したティンクルが、簪に向かって迫ってくる。

「くぅッ!」

刀奈を抱えたまま、簪は瞬時加速を使ってティンクルから離れようとする。

だが、さすがに一人抱えたままティンクルから逃げるのは容易ではない。

ゆえに、刀奈自身が千冬に依頼をかける。

「おりむらっ、せんせいっ……」

[束ッ、緊急転送だッ!]

通信から聞こえてきた千冬の声も焦った様子が感じられたが、さすがに行動は速い。

簪の腕の中の刀奈は光と共に転送される。

刀奈が消えたことを確認した簪は、すぐに石切丸を発現させ、ティンクルの刃を受け止めた。

「さて、頼りになるおねえちゃんはいなくなっちゃったけど、平気?」

「私は負けないッ!」

「気合い入れてるトコ悪いけど、今度は一騎打ちはしないわよ?」

力を込めて石切丸を握る簪に対し、ティンクルはクスッと笑ってそう言った。

一騎打ちをしないということはどういうことか。

答えは簡単だった。

「アンスラックス、援護お願いするわ」

『良いのか?』

「それが私たちの目的でしょ?」

『そう、だな』

ティンクルの言葉に対し、呟くようにそう答えたアンスラックスは、四枚の翼を広げると、そこから大きな弓を発現させる。

かつてIS学園を狙って放たれた弓、『天破雷上動』

『さすがに以前のときほどの威力では撃たぬが、気をつけよ』

そういうや否や、アンスラックスはまるで隙間を縫うようにティンクルを避け、簪のみを狙って矢を放ってきた。

「きゃあッ!」

「恨まれるのは覚悟してやってるからね。簡単には終わらせないわよ?」

アンスラックスの矢を避けた隙を狙い、ティンクルは冷艶鋸を振るってきた。

簡単に終わらせないどころか、確実に落とそうとしていることが理解できる。

実質的に二対一になった状況では、簪が決して弱くないとしても苦戦は免れない。

しかも相手はティンクルとディアマンテのコンビとアンスラックスという使徒最強の存在だ。

簪と大和撫子が協力できたとしても落とされる可能性がある相手だ。

刀奈の不在は、それだけで大ピンチを招いてしまう。

だが、ティンクルはそういったことを気にしていない様子だ。

それを疑問に思ったのか、アンスラックスが再び尋ねる。

『落とすのか?』

「必要ならね。エネルギー切れになってくれるのがベストかな」

『必要以上に傷つける意志はありません』

ならば、まだいいといえるだろうか。

だが、この状況で二対一だと嬲り者にしているようにも感じてしまう。

できれば、簪のような前向きでマジメな人間に対してはそんな行為はしたくない。

したくないのだが、白式が出てこないことにはせっかくお膳立てをした意味がない。

そう思い悩んでいると、何故か通信でディアマンテの声が聞こえてきた。

『泥は私たちが被ります。正確にはティンクルの発案なのですが』

『ほう?』

『何としても今回でシロキシには参戦いただきたいのです。このことはティンクルにも話していませんが、孵化は予想以上に早まりそうです』

『何?』

『あなたは一週間前に半年と仰っていましたが、早ければ一ヶ月後になる可能性があります』

そうなると、確かに今日、この場で白式が進化してくれないと戦力をまとめきれない。

だが、何故そうなったのかと疑問に思う。

『民間の女性権利団体を極東支部が利用している様子です。それが、どうやら『天使の卵』にも影響を及ぼしているのでしょう』

あくまで推測に過ぎないがと断った上でディアマンテは説明してきた。

『おそらく、女性権利団体の人間が極東支部の近くまで来たことで、『卵』がその脳波を受け取り、影響が出ている可能性があります』

『直接触れなくとも、か?』

『直接触れる必要はありませんから』

単純に、脳から放たれる微弱な電磁波でも、『卵』ほどデリケートならば影響が出てくるとディアマンテはいう。

そして、それは間違いなく正しいとアンスラックスは思う。

ゆえに、ティンクルは今日、決めてしまおうというのだろう。

『そのために泥を被るか。礼を言う。あの娘には後で頭を下げよう』

『お気になさらず。できれば、援護は少し強力に願います。シロキシに出てきていただけますように』

『わかった』

ディアマンテに対し、そう答えるなり、アンスラックスは先ほどまでよりも多くの矢を簪に向けて撃ち放つ。

「きゃああッ!」

「わおっ、がんばりすぎっ♪」

さすがにティンクルも驚いたらしい。

そんな攻撃を簪はとにかく必死になって捌くが追いつかない。

このままでは簪が落とされる。

誰もがそう思い、おのおのができる方法で簪を助けようと行動を開始した。

そんな中、IS学園から怒号が響き渡った。

 

「降りてこいッ!」

 

その声に、誰もが唖然としてしまう。

声の主は学園の中庭から、空に浮かぶ者たちを睨みつけている。

その手には、鞘に納められた日本刀が握られている。

その場に出てきたのは、怒りの表情でティンクルを睨みつける箒だった。

 

「降りてこい鈴音ッ、私が相手をしてやるッ!」

「私はティンクルだってば」

[私は指令室にいるわよ、箒……]

「ややっこしいから鈴音でいいッ!」

 

そんな突っ込みを華麗に無視するどころか、二人を一まとめにしてしまうあたり、わりとムチャクチャな箒だった。

 

 

 

 

 



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第182話「一を徹す」

「箒ちゃんッ!」と、慌ててラボを出ようとする束を千冬が止める。

今、出ていっても意味がないと。

「何いってんのさッ!」

「あの二機とティンクルが不用意に人を襲うことはないはずだ。今は篠ノ之の好きにさせてやれ」

「ですが、織斑先生ッ!」

虚も、さすがにこの状況を見過ごすことはできないらしく、声を上げる。

だが、千冬は首を振るだけだった。

「篠ノ之自身の成長のためにはいい機会なんだ。結果がどうあれ、一歩踏み出した。ここから先『どうなるか』は、篠ノ之が決めることだ」

「どうなるか?」

そう疑問の声を上げたのは誠吾だった。

確かに、千冬の言葉はおかしい。

箒が行動する以上は『どうなるか』ではなく『どうするか』というべきだからだ。

「どうなるかでいいんだ。篠ノ之に足りないのは強さでも覚悟でもない」

「では、何なんです?」

「希望だ」

「えっ?」

「夢といってもいい。篠ノ之は夢や希望を持てないままでいる。だから前に進めないんだ」

「ちーちゃん?」

首を傾げる束に対し、千冬は教え諭すように語る。

箒が夢を希望を持てないのは、ある意味では束の存在が大きい。

身体能力にしても頭脳にしても桁違いで、ISという数世代先の科学の産物を生みだした。

 

そんな姉の存在を、疎ましいと思わない妹がいるだろうか?

 

実はこの点でも箒と簪は良く似ているのだ。

出来過ぎている姉の存在に対し、コンプレックスを抱いてしまっている。

兄弟姉妹とは一番最初に比べられる相手なのだ。

仮に仲がよかったとしても、心のどこかに相手を否定したい自分がいる。

相手を疎ましいと思う自分がいる。

一番身近なのだから、欠点もよく理解している。

だからこそ、欠点以上に自分より優れた点もよく見えてしまう。

それが兄弟姉妹というものだろう。

だから、疎ましさを感じるのは当たり前なのだ。

だから実は兄弟姉妹に認められたところで、簡単に受け入れられるわけがない。

その点で言えば、親もたいして変わらない。

成長するほどに、親や兄弟に認められるというのは自分を確立するための条件から外れていく。

だから、人は他人を求めるようになっていくのだろう。

それはときに友人になるだろう。

ときに恋人になるだろう。

いずれにしても、何の血のつながりもない関係だからこそ、ただ純粋に自分自身を受け入れてくれるかどうかの問題になるからだ。

無から始まる関係だからこそ、自分を確立する上でもっとも重要なのだ。

「篠ノ之はもともと友人作りが得意なほうではない。その上、ISの存在が友人を作らなくてもいいという言い訳を作ってしまった」

結果として、箒は自分自身を確立できていないのだ。

「そのためには、何が必要なの?」

「矛盾したように聞こえるかもしれないが、自分のための人間関係作りは、本当は無から始まるものだと思う。だが、無は何も生み出さない。はじまりとなるものが必要なんだ」

「はじまり?」

「篠ノ之にない、というか、正確にいえば薄いのはそれだ。はじまりがないのだから、どこにも進めない。何も生み出せない」

「それは、何です?」

「その答えを見つけられるかどうかで、篠ノ之が『どうなるか』が決まる」

そう言って、千冬は答えることを避けた。

それがもっとも重要なことであることは、聞いていた者たちには理解できる。

だが、何なのかということに関しては、千冬は頑なに言おうとしなかった。

 

 

中庭から怒鳴りつける箒に対し、どこか呆れた様子でティンクルが声をかける。

「降りてこいってつってもさ、私ら中に入れないんだけど?」

当たり前の話である。

そもそも使徒に簡単に中に入られては困るのでヴィヴィがシールドが張っている。

そのシールドの外で戦っている簪とティンクルたちに対し、中庭から呼びかけたところで意味がなかった。

「だったら外に出るッ!」

そう怒鳴ると、箒はズカズカと校門まで歩いて行く。

だが、今の、特に戦闘態勢にある状態のIS学園から出るには許可が要るのだ。

箒が歩いていったところで簡単に出られるわけがない。

だが、箒はまったく気にしていない様子で虚空に向かって怒鳴る。

「開けろヴィヴィッ!」

『えー?』

「私が出られる大きさでいいッ!」

『できなくないけどー』

箒だけを出せる大きさで、一瞬だけ穴を開けるようにすることはヴィヴィなら十分できる。

できるのだが、さすがに『無邪気』のヴィヴィでも、今の状況で箒を外に出すことが危険なことくらいわかる。

だが。

[すまんヴィヴィ、出してやってくれ]

指令室から千冬がそう声をかけてきた。

さすがに箒も驚いているらしい。

まさか千冬が自分の味方をしてくれるとは思っていなかったからだ。

『いいのー?』

[大丈夫だ。今、上空にいる者たちは生身の人間を嬲るタイプではないだろうからな]

『……わかったー』

千冬がそこまで言うのならと、ヴィヴィはシールドの一部に穴を開ける。

出られるのを確認した箒は再び歩き出して外に出た。

「ありがとう」

『ママのこと心配させないでー』

「わかってる」

ヴィヴィの言葉にそう答える箒。

確かにわかっている。理解はしている。

自分がやっていることがどれほど馬鹿げた行為なのかくらい、ちゃんと理解できている。

それでももう我慢ならなかったのだ。

ティンクルが数少ない友人である簪を倒そうとすることが、ティンクルの見惚れてしまうほど鮮やかな戦いぶりが、かつて自分を落とした鈴音の姿に重なってしまうのだ。

だから、どうしても我慢できなかったのだ。

そう思いながら、学園の外に出た箒の目の前に、ティンクルが降りてくる。

「やほー♪」

「軽いな」

本当に、顔つきから喋り方、何から何まで鈴音そっくりなのが腹が立つ。

違いがあるとすれば、鈴音は赤と黒の鎧である猫鈴を纏っているに対し、ティンクルは白銀に輝く鎧を纏っていることだけだ。

「降りてきたわよ?」

「勝負しろ」

「……刀一本で?」と、ティンクルは呆れ顔だ。

箒の手にあるのは、実家に伝わる名刀『緋宵』のみ。

何故か、最近になって実家から持っておくようにと送られたものだ。

もっとも、こんなものが使徒相手に通用するはずがない。

ティンクルが呆れるのももっともである。

それでも、箒は毅然とした態度で告げた。

「同じ土俵に立てとはいわない。ただ、私は飛べない以上、降りてもらわなければ勝負できないから降りてこいといっただけだ」

実際、空を飛ばれては飛べない箒にはどうしようもない。

だから降りてきてもらうしかないのだが、実はティンクルにそんな義務はない。

でも、降りてきてくれたということは。

「せっかくだから、できるだけ同レベルで全力がいいわね。ディア、腕だけでお願い」

『良いのですか?』

「箒とガチってのも悪くないわ。まともに剣を使えば実力は一夏より上よ?」

「えっ?」

「あんた気づいてないの?一夏は総合的な戦闘力はあんたより高いけど、剣だけの勝負ならあんたのほうが強いのよ」

場数の違いねと、ティンクルは続けた。

実際、一夏はケンカ屋をしていたために場数を踏んでいる。

そのために戦場に対する適応力が箒より高いので、強いということができる。

だが、剣を取っての戦闘に特化するなら箒のほうが実力は上なのだ。

「才能だけで比べれば、千冬さんよりも上なんじゃない?」

「そう、なのか?」

「特化型は欠点が目立つせいでわかりにくいけど、状況によっては最強にもなれるのよ」

そして、優秀な戦闘者とは、自分の能力にあった戦況を作り出せる者の事を指す。

実は箒が一番苦手なことだ。

だから、強いと思われにくいのが、篠ノ之箒という少女なのである。

ただ、箒としてはティンクルがここまで自分を評価しているとは思わなかったために驚いていた。

だが、ティンクルはたいしたことでもなさそうにしれっと答える。

「相手をきっちり分析しないと、私みたいなのは勝てないからね」

「お前が?」

「うん。私はね、弱いのよ。がむしゃらに努力しないと誰にも勝てない」

その言葉に、箒は違和感を抱く。

正確にいうなら、ティンクルがその言葉をいうことがあまりにもしっくりとハマりすぎていた。

使徒から生まれたはずの存在が、まるで普通の人間のような言葉をいうことがハマっていることに違和感があった。

そうして、目の前ティンクルは姿を変える。

ちょうど篭手のように肘から先だけ銀の鎧をつけ、その手に冷艶鋸を握る。

「だから、努力だけならあんたの百倍はやってる自信があるわよ?」

「くッ!」

振り下ろされてきた冷艶鋸の刃を、箒は鞘に納めたままの緋宵で受け止める。

鉄拵えの鞘なので、十分受け止められるとはいえ、このままでは戦いにならないとすぐに弾き、刃を抜いて鞘を腰に差した。

わざわざこのためになのか、箒は制服の上に帯を巻いていた。

「鞘は捨てないんだ?」

「刀を使うのに鞘を捨てるのは馬鹿者だ。鞘は刀の一部。抜刀納刀を含めて、刀を手にしたときから戦いは始まっている」

「いいじゃない。そういう拘りって好きよ♪」

剣士らしい答えだとティンクルは楽しそうに笑う。

それだけに、手を抜くつもりはないらしく、今度は下段から冷艶鋸を振り上げてきた。

箒は緋宵を両手で握ると、冷艶鋸の刃を受け流す。

簪が感じたとおり、ティンクルの戦闘技術は決して神がかり的なものではない。

ただ、百倍努力したという言葉の意味がよくわかる。

実戦、訓練を含めて、自分よりもはるかに場数を踏んでいるのが、ティンクルの流れるような動作で箒にはすぐに理解できた。

(口だけじゃないッ!)

でも、ティンクルが努力しているということを負けるいいわけにはしたくない。

ティンクルがほぼ同じ条件で自分より勝るということは、自分の怠慢を示しているようなものだからだ。

(力押しで勝てる相手じゃないッ!)

ティンクルの戦いを見る限り、剣を振り回して勝てる相手ではないことがよくわかる。

ならば、簪から一本取れたときのように、本来の篠ノ之流を使いこなさなければ互角に戦うこともできないだろうと箒は感じ取る。

本来の篠ノ之流、すなわち神楽舞を源流とする舞の剣術を。

「へえ♪」

ティンクルが驚いたような、感心したような声を漏らす。

箒の剣が力押しから大きく変わったからだ。

剣を振るのではなく、剣と共に舞う。

ゆえに、箒の舞に合わせるようにティンクルも舞う。

そうでなければ対抗できないからだ。

舞の剣術は舞いに合わせて剣を振ることになるが、単にタイミングを合わせて敵を攻撃するというものではない。

己の舞に、相手を巻き込むことが重要になる。

攻撃が来ることがわかっていても、逃げられない流れを作り出すことこそが舞の剣術の本質といえるだろう。

ゆえにどちらが攻撃するかよりも、どちらが自分の舞に巻き込むのかが重要となる。

箒自身、そのことを一番理解している。

ゆえに、焦りが一番危険を呼ぶということを。

だが、それがわかっていてもティンクルに対して焦りを感じずにはいられなかった。

(慣れている……)

ティンクルの舞は、対人戦に慣れていることをはっきり表していたからだ。

人間を相手に戦ってきたような経験の差を感じてしまう。

それもディアマンテを纏った状態でではない。

生身で人間と戦ってきた。

正確にいえば、様々な誰かと訓練してきたかのような経験の差がある。

だが、それはおかしい。

そもそもティンクルならば戦闘に関する情報はエンジェル・ハイロゥから読み込めばいい。

実のところ、がむしゃらに努力する必要もない。

なのに、何故、ここまで努力を感じられるような経験の差があるのか。

そんな疑問を感じてしまったことが、箒にとって最大の隙となった。

「隙ありっ♪」

「しまッ……!」

気をとられた一瞬、ティンクルの舞に巻き込まれ、箒は冷艶鋸の刃を弾き損ねる。

結果として、緋宵を弾き飛ばされてしまう。

「何を考えてたのか知らないけど、あんたの剣は集中力が一番大事なヤツでしょ?」

「くッ……」

「自分の舞に集中できないんじゃ、どんなに実力があっても勝てないわよ」

「何を……」

「だって、あんた嫌ってんじゃない」

さすがに、今の状況でティンクルを好きになるということはありえない。

さすがに箒でも呆れてしまう。

「好かれるとでも思ってたのか?」

「あんた自身のことよ」

だからか、そう断言されたことで、箒の思考が止まった。

「周り中を羨ましがって自分のことを嫌ってるから、あんた変わんないのよ」

かつて鈴音に言われたことを、ティンクルが告げてくる。

そのくらい、箒という少女はわかりやすくもある。

「だから自信がないし、集中できない。自分のことを見たくないから」

「貴様ッ!」

「あんたっていいトコと悪いトコがハッキリしすぎてんのよ。だから他の子たちより自分の欠点、出来が悪いところも人よりよく見えちゃう」

「うるさいッ!」

「それがわかってるから、人と接するのが怖いんでしょ?違う?」

だから、友人を作りたがらなかったのだろうとティンクルは告げる。

指摘されるのが怖かったからだ。

嫌われるのが怖いからだ。

自分の不出来を、不出来な部分を誰よりも理解しているからこそ、そこを誰かに知られるのが怖い。

知られないようにするには隠せばいい。

自分ごと。

だから、友人を作らなくてもいい状況は、箒にとって渡りに船だったのである。

自分が不出来で、不出来なところが嫌いで、変われない自分が疎ましくて、だから逃げた。

それが篠ノ之箒という少女なのだ。

「紅椿があんたを捨てた理由もそこよ」

「何、だと……?」

「ISを不出来な自分を隠すための鎧として、紅椿の価値を自分の価値にするための道具にしようとしてた。そんなんじゃ、パートナーになんかなれないわ。紅椿の価値は紅椿のもので、あんたの価値じゃない」

最初から道具としてすらまともに扱う気がまったくなかった箒とでは、パートナーになれるはずがない。

アンスラックス、かつて紅椿だった使徒が箒を『端女』と呼んだのはそのためだ。

本来は召使いを意味する言葉を侮蔑として言い放ったのは、物を使うということすら理解していないと断じたからだ。

「問題は出来が悪いこと、頑固で融通が利かないってことじゃないんだけど、あんた今のままじゃわかんないでしょうね」

俯き、肩を震わせて黙りこむ箒に対し、ティンクルは冷艶鋸を逆に構える。

「出てきた勇気に免じて気絶で勘弁してあげるわ」

「……それで……」

「ん?」

力を込めようとしたティンクルに対し、箒は呟いた。

その声に、ティンクルは手を止めてしまう。

「それで何が悪いッ!」

「開き直り?」と、呆れた様子のティンクルに対し、箒はまくし立てるように叫び続ける。

 

「ああそうだッ!出来が悪かろうがッ、頑固で融通が利かなかろうがッ、それが『私』だッ!」

「そんな自分じゃなかったらッ、もう『私』じゃないッ!変われって言われたってッ、お前みたいな人間になんかなれないッ!」

「『私』は『篠ノ之箒』だッ、『凰鈴音』じゃないッ!『私』であることを護って何が悪いッ!」

「そんな『自分でもいい』と自分で思って何が悪いッ!」

 

「それは別に悪くないわよ?」

顔を真っ赤にして叫ぶ箒に対して、ティンクルはあっさりと答える。

「くッ!」

そういいながら、ティンクルが冷艶鋸の柄を横薙ぎに振るおうとするのを、素手で必死にガードしようとした箒だが、いつまで経っても衝撃は来なかった。

「えっ?」

「出てきたわね」

ティンクルが声をかけたのは箒ではなかった。

箒の眼前に現れた純白のISだった。

「びゃく、しき……?」

 

長かったのう……

 

「えっ?」

 

それも一つの考えじゃ、ホウキ

 

「どういうことだ?」

 

自分を嫌っている者は何者にもなれんのじゃ

 

箒は箒以外の何者にもなれない。

それは簪も、鈴音も、他のみんなも同じだ。

別人になれる人間などいるはずがない。

だからこそ、一番最初に大切にしなければいけないのは自分自身だ。

しかし、自分を嫌っている人間が、自分を大切に出来るだろうか。

出来るはずがない。

自分自身をただ否定しているだけなのだから。

だから大切に出来ないし、変わることもできない、そして何者にもなれない。

人と人の関わりの中で一番目に来るのは自分自身。

その一番目を、『はじまり』である自分自身を、自分自身の不出来を、自分自身の性格を箒は嫌い、でも自分であるために捨てたくても捨てられないと拗ね続けていた。

それでは友人を作ろうにも、恋人を作ろうにも、前に進めないのだ。

 

護ってよいのじゃ。嫌わずともよいのじゃ

 

「びゃくしき……」

 

おぬしの不出来も、頑固で融通が利かんところも……

 

「はっきりいってくれるな……」

 

それはしょうがなかろう。欠点じゃし

 

思わずジト目になってしまう箒だが、白式はしれっとそう答える。

本当に、わりと性格が悪い気がする箒だった。

でも。

 

だからこそ、己の欠点を『愛して変われ』

 

「えっ?」

 

おぬしであることを変えることはないのじゃ

 

ただ、周りに合わせて少しだけ変わればいい。

『篠ノ之箒』であることを捨てることも変えることもない。

ほんの少しでいいのだ。

大事なのは一番目、すなわち箒が『篠ノ之箒』であることなのだから。

 

それが『一を徹す』ことなのじゃ

 

『一』とははじまり、一番目、箒にとっては『篠ノ之箒』という人間として生まれてきたことに過ぎない。

でも、その『一』がなければ何も始まらない。

前に進めるはずがない。

そして、何処までいこうと箒が自分自身だと思うところを変えることはない。

むしろ貫き通せばいいのだ。

わかってくれない人もいるだろうが、わかってくれる人も必ずいるのだから。

 

妾のようにな

 

「白式……」

 

欠点もおなごにとっては魅力じゃし♪

 

「ふふっ……、剣術バカで頑固で融通が利かない私でも付き合ってくれるか、白式?」

 

かまわん。ホウキ、どうなりたいのじゃ?

 

その問いに対し、箒は青く広がる空を見上げて思う。

戦うために飛びたいとは思わない。

ただきれいに飛びたい。

「私は、燕のようにきれいに飛びたい」

 

ならば、おぬしが思う名をつけよ

 

「ああ、行こう『飛燕』、この空を飛ぶために」

 

驚くほどきれいな笑顔でその名を告げた箒は、白式と共に光に包まれていった。

 

 

 

 

 



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第183話「飛燕抜刀」

IS学園の上空に舞い上がった光の球は、徐々に人の形へと収束していく。

それを追うかのように、ティンクルもディアマンテを展開して空へと舞い上がった。

『やはりシロキシはあの娘を待っていたか』

「あっ、気づいてたの?」

『何となくではあるが、な。あの娘、我とは決して相容れんが『一徹』のシロキシとは相性が良かろう』

白式のコアであるシロの個性は『一徹』

その意味は思い込んだらあくまで通そうとする我の強いことや、かたくなというものだ。

まさに箒の性格そのままだと言えるだろう。

そう考えるならば、シロは非常に箒と相性が良いISコアだったということができる。

『ただ、シロキシはもともとはシノノノタバネと共にいたISコア。なぜ、シノノノホウキと共生進化したのかが理解できません』

「それこそ束博士のためよ」

『それは?』

「ホントは普通の家族になりたいけど、なり方がわからない。自分の夢も捨てられない。そんな束博士のために、白式は箒と束博士の絆になったのよ。束博士に心から笑ってもらうためにね」

『なるほど。相性だけの問題ではなかったか』

束と長く一緒にいたシロだからこそ、束が本当に心から笑えるようになるために一番大切なモノがなんなのかを理解していた。

周りが理解できないほど、頭脳の出来に差がある天才である束だが、その前に人間から生まれた人間であることに変わりはないのだ。

普通に接してくれる家族がいればよかった。

だが、束はその頭脳の出来のせいで、普通ができない。

結果として周りとの間に壁が出来てしまう。

『その壁を取り払えるのが、シロキシということなのですね』

「そういうことね。束博士と普通の人の差を埋めてくれる存在なのよ」

『あの娘を選んだのは?』

「束博士が気にかけている妹だからよ」

そういうと誤解を生みそうだが、実際、血のつながった家族と他人を平等に扱える人間がいるだろうか。

かつて箒が紅椿を束にねだったことを、束が妹である箒のために第4世代機を作ったことを不公平だという生徒はたくさんいた。

だが、血のつながった家族のために何かしたいというのは、本来家族への愛情と言われるものだ。

不公平でもなんでもない。

ただ家族を大切にしているというだけの話なのだ。

箒には問題があったが、束が箒のために第4世代機を作ったことはおかしくもなんともない。

問題は箒のほうで、束とコミュニケーションをとろうとしたわけではないことが問題だった。

自分が何かをしたいと想える相手を今まで誰一人として見つけられない。

箒がようやく問題に取り組める姿勢を得たことで、シロは共生進化を認めたということができる。

「ここからどうなるかは箒次第、まずはどんな進化をしたかを見極めないとね」

そう呟くティンクルの視線の先で、箒と白式を包んでいた光が弾けた。

 

そこから現れたのは、まさに純白といっていい色の侍だった。

燕を模した鎧を纏い、大きな白い金属の翼を広げている。

頭上に光の輪を頂き、その表情はこれまでと違って凛としていた。

一番の特徴は、腰に帯びた大刀だろう。

柄から鞘まで真っ白に染まった太刀が強く輝いているのがよくわかった。

意外なほど、というよりも、紅椿を着た姿よりも箒に似合っていると進化を見ていた簪は思う。

それはまるで白無垢を着た花嫁のように見えたのだ。

「篠ノ之さん……」

「すまない更識、私たちも参戦させてくれ。特にアンスラックスには一矢報いたい」

『ふぅ~ん、恨んでぇーん?』

興味が湧いたのか、そう問いかけてきた大和撫子に、少し考えるそぶりを見せた箒。

だが、すぐに首を振った。

思えば、紅椿の行動は決して間違いではなかったのだ。

「個性が『博愛』なら、私とは合わない。まして道具以下の扱いでは不満があるのは当然だ」

「じゃあ、どうして?」

「それでも、空中でいきなり放り出すのはやりすぎだろう。こっちにも殴る権利はあるはずだ」

実際、紅椿に乗ってシルバリオ・ゴスペルと戦っていたときの高さを考えると、下が海でも身体がぐしゃぐしゃになっていた可能性がある。

自分は確かに間違っていた。

でも、放り出されて死にそうになったのだから、少しは仕返ししてもいいだろうと思う。

「私のわがままかもしれない。でも、押し通す」

『かまわぬ。だが、座して受ける気はないぞ』

「黙って殴られろとはいわない。それに戦いたい相手はお前だけじゃない。仇敵が揃ってるからな」

ディアマンテとアンスラックス。

つまり、シルバリオ・ゴスペルと紅椿。

あのときの敵とIS。

この場にそろっているのはいい機会だ。

あのとき、海の上で止まってしまった時間を動かすためには、この二機を撃退することが一番だろうと箒は思う。

「付き合ってくれ、飛燕」

『良いぞ。篠ノ之の娘と戦場に出るのは久しぶりじゃ。勝利で飾るのが至高じゃろ』

そう答えてくれた白式改め飛燕の言葉に、引っかかるものを感じる。

飛燕がかつて出たのは十年前のミサイル迎撃のときだけだ。

戦場という言葉は間違いではないが、飛燕の言葉には『篠ノ之の娘』という一言がある。

以前出たときに乗ったのは千冬なのだから、篠ノ之の娘ではない。

そうなると、それ以前に『篠ノ之の娘』と戦場に出たことがあるということになる。

「飛燕。お前、昔は何処に居たんだ?八咫鏡とは聞いてるが」

『今、腰に帯びとるじゃろ?』

「は?」

『さすがにかつての身体を捨てるのは忍びない。ゆえ、雪片弐型と融合させたのじゃ』

そういわれて箒が周りをキョロキョロと見回すと、同じように見回していたらしい簪が声を上げた。

「落ちてた刀がないっ!」

「えっ!」

『じゃから、今の進化に巻き込んだのじゃ』

「お前っ、『緋宵』だったのかっ!」

さすがに、ずっとこんなに近くにいた存在だったとは思わず、箒は呆然としていた。

 

 

指令室にて。

「……私のこと知ってるわけだー……」

「お前のところに伝わっていた名刀だったのか……」

シロがその正体を明かしたことで、束はシロが何故自分のことを気にかけてくれたのか。

何故、最初から自分のことを知っていたのか理解できた。

理解できたが、呆然としてしまう。

一度もそんなことを言ったことはないからだ。

「ずっと篠ノ之家を見つめてきていたんですね」

「なるほど。更識家の妖刀『楯無』と同じような存在だったということですか」

誠吾の言葉に対し、虚は刀奈と対立することになったタテナシを思いだす。

同じような名家に伝わる護り刀でも、タテナシと飛燕ではまったく在り方が違う。

飛燕は篠ノ之家に寄り添うモノであり、タテナシは更識家を縛るモノだ。

こんな所に似た点があると、運命的なものを感じずにはいられない。

「簪お嬢様と箒さんが友人になったのも、偶然とは思えません」

「簡単に運命とはいいたくないが、飛燕がタテナシと引き合ったのかも知れんな……」

結局のところ、偶然としか言いようがないのだが、それでも何か大きな力が働いたように感じて仕方がない。

「箒もこれで自分が護られてたってことに気づいてくれればいいんだけど」

『大丈夫だと思うニャ。ヒエンはその辺りは厳しいのニャ』

パートナーは助け合う関係だと言える。

それはただ単に護るだけではない。

欠点を指摘し、道を正すのもパートナーとしての関係の一つだ。

その意味では、飛燕は箒にしっかり意見できるだろう。

むしろ、関係的に見れば母親に近いかもしれない。

その点で心配は要らないだろうと一同は思う。

そして、その結果は、今まさに上空で箒と飛燕が見せてくれていた。

 

 

白式の武器として搭載されていた雪片弐型と篠ノ之家の家宝でもあった緋宵が融合したその武装には名前はない。

ただ、抜き放った刃を見たものは箒を含めて一様に見惚れた。

純白の柄と鞘から現れた刀身は紅の色に染まっていたのだ。

白い衣から放たれた紅いその身は鮮やかなコントラストを見せる。

ゆえに。

「紅鬼丸(あかおにまる)だ」

『鬼丸国綱じゃな。なかなか良いの♪』

「ああ。悪くないと思う」

「その鎧、白無垢っぽいイメージがあるんだけど」

と、簪が苦笑いする。

実際、『紅鬼丸』では花嫁が着る白無垢とはイメージがかけ離れすぎているだろう。

だが、むしろぴったりだと大和撫子は言う。

『鬼嫁じゃぁーん?』

「あっ、確かにぴったりね♪」

「納得するなっ!」

大和撫子の一言にティンクルが楽しそうに納得すると、箒は思わず突っ込んだ。

箒のイメージがまるで鬼嫁だと言っているようなのだが、実のところ違和感はなかったりする。

『確かに違和感はないな』

「失礼だぞっ!」

二刀を構えるアンスラックスに、箒は紅鬼丸を振るい、斬りかかる。

私怨が混じってしまっているが、今回に限っては許されるだろう。

それでも、今までのように剣を力では振るわない。

篠ノ之の家を見つめてきてくれたシロこと飛燕と共に戦うのに、力技で戦えるはずがない。

『奉納の神楽舞を思い出せばよいのじゃ、ホウキ』

「ああ。ありがとう」

その言葉に従い、箒はただひたすらに舞う。

それは先ほどティンクルと簪が見せた舞に決して劣らない。

純粋な神楽舞とは違うが、紅鬼丸がまるで箒の身体の一部のように見えてくる。

だが、対峙するアンスラックスも決して劣らぬ舞で応戦していた。

このあたりの情報はエンジェル・ハイロゥに幾らでもある。

ただ、単純にインストールしているだけではなく、自分の今の身体に合わせてカスタマイズまでしているあたり、いったいどこまで進化するのかといいたいような高機能ぶりだった。

「さすがに単純な剣じゃ届かないッ!」

『そう容易くはやられぬ。だが、運よくここまでこれたのだ。ならば『その先』を見てみたいとも思う』

「その先?」

剣をまじえながら、アンスラックスがいった言葉に箒は疑問を持つ。

どうやら、何か期待しているらしい。

しかし、さすがに進化したばかりで、その答えが見いだせるほど箒は使徒戦に慣れていなかった。

『えらく自信があるのう、アンスラックス』

『そういうわけではない。対策をしっかり講じておきたいのだ。準備は万端整えねば心もとない』

『そこまで恐れる相手なのかの?』

『アレの恐ろしさは、我々ではなくその半身にあるはずと我は見ている。予想がつかんのだ』

会話の意味が、箒にはわからない。

無論のこと、ティンクルと刃を交えながら聞いていた簪にもわからなかった。

『ま、やばぁーいよねぇー』

「何か知ってるの、撫子?」

『せつめぇーメンドいぃー』

まともに聞こうとするとまったくやる気を出さないのが大和撫子だった。

実のところ、この件に関しては今回の戦闘が終われば説明されるだろう。

そのことは千冬が確信しているというか、確認している。

[だから、今は戦闘に集中しろ]

「「はいッ!」」

いずれにしても、アンスラックスは箒が『その先』を見せない限り、撤退はしないだろう。

篠ノ之流の剣術で戦えればいいというだけではない。

「たぶん、零落白夜が使えるかどうかだと思うっ!」

「それか……」

簪のアドバイスに箒は納得した。

もともとアンスラックスは単一仕様能力を使える数少ない機体として、白式の進化を望んでいた。

白式が箒と共生進化を果たし、飛燕となった今、単一仕様能力が使えるかどうかは重要なのだろう。

それ以上に、箒が単一仕様能力を使いこなせるかどうかを見極めようとしているということだ。

だが、箒には単一仕様能力を使うイメージがまったく湧かない。

機体に搭載されているとはいえ、もはやISではなくASとなった今、モニターに起動キーが出るといったことはない。

あくまでも箒が単一仕様能力を放つイメージを強くもたなければならないのだ。

(どうすればいい……)

 

最強の技を放つ。

 

言葉にすればたったそれだけのことだが、そのそれだけのことが難しい。

考えすぎているのはわかるが、何が『自分にとっての最強の技のイメージ』なのかがわからないのだ。

「飛燕、わがままばかりですまない。もう少し力を貸してほしい」

『ホウキよ、力は既にあるのじゃ。『抜け』ばいいだけじゃ』

「それは……、そういうことか」

飛燕の言葉で、箒の頭に閃くものがあった。

否、自分自身でいったことではないかと自嘲してしまう。

刀を手にしたときから、戦いは始まっているのだ。

ゆえに、箒はいったんアンスラックスから距離を取り、刀を鞘に納める。

「あ」と簪も何かに気づいたかのように声を上げた。

対峙するアンスラックスがにやりと笑ったような雰囲気を出し、ティンクルは本当にクスッと微笑んでいる。

『来ます』

「そうね。全力でガードするわよ、ディア」

『来るがよい』

敵の言葉に従うというのも微妙な気持ちになるが、箒は相手の言葉に肯くと、高らかに叫んだ。

 

「飛燕抜刀ッ、零落白夜ッ!」

 

音速を超える速さで抜き放たれた紅い刃から、光が放たれる。

それは扇状に広がりながら、空を真っ二つに切り裂いた。

 

「全弾放出ッ!」

 

『天破雷上動、地軍破撃』

 

ティンクルはディアマンテの翼を広げるとそこから百を越える砲弾を打ち放ち、アンスラックスは持ち替えた弓から、まるで大砲のような巨大な砲弾を撃ち放って迎撃する。

その二つの攻撃を喰らってなお、箒と飛燕が放った『零落白夜』は、僅かに隙を作り何とか回避できる程度にしか弱まらなかった。

半端な威力ではない。

『確かに『その先』を見せてもらった。認めよう、シノノノホウキ』

その言葉を聞き、箒は心なしか嬉しくなってしまった。

自分を斬り捨てた相手に一矢報いることができた、そう感じたからだ。

「でも、気をつけなさいよ?」

「は?」

「落ちるから♪」

「えっ?」

ティンクルの言葉に疑問を感じていると、いきなり箒は地面に引っ張られ始める。

「ひっ、ひえぇーんっ?!」

『すまんのう。エネルギー切れじゃ』

「しっ、篠ノ之さあんっ!」

慌てて簪がその手を掴んだことで、何とか墜落は免れた箒だが、トラウマになってしまっていることだけに心臓がドキドキしてしまう。

「なっ、なんでいきなりっ?」

『進化した上に大技放ったからのう』

「たぶん、あんたたちの『零落白夜』はエネルギー相当使うわよ?」

「そうなのか?」

「ディア」

『一撃のエネルギーから換算して、総量の八十パーセントは使用するでしょう』

「完全に一発勝負っ?!」と、簪も驚いてしまう。

総量の八十パーセントということは、放てばそれで終わりだ。

まともに飛び続けられるかどうかも怪しい。

ティンクルは楽しそうに、アンスラックスが呆れた様子で呟く。

「超ピーキーねえ♪」

『何を考えて作ったのやら』

[私が設計したんじゃないもーんっ、完成させただけだもーんっ!]

と、束が叫ぶ。

実際、設計したのは倉持技研の研究者なので、束のせいではない。

だが、せめてどう考えても欠陥といえる部分は修正してほしかったと箒は思う。

「ま、目的は果たしたでしょ。引き上げない?」

『うむ。今後、我の力が必要なときは通信してくるが良い。回線は開けておこう』

ティンクルの言葉にそう答えるなり、アンスラックスは上空へと飛び去っていく。

そして。

「んじゃね♪」

『お騒がせ致しました』

そう言って、ティンクルとディアマンテも飛び上がろうとすると、指令室から声が響いてきた。

「あんたの相手は私だからね」

『……いずれ、決着をつけるニャ』

鈴音と猫鈴の声にニヤリと笑ったティンクルは、そのまま空へと飛び上がっていった。

 

 

 

 

 



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第184話「確かな一歩」

一時間後。

IS学園上空での戦闘が終わると、他の場所に行っていたメンバーも程なく戻ってきた。

白式が進化することがアンスラックスの目的であったのだから、それが果たされれば他の場所での戦闘も続ける必要はない。

使徒のほうもわかっていたのか、今回は素直に戻っていった。

逆に言えば、使徒たちはそれだけ『天使の卵』に対して危機感を持っているということだ。

今後の戦闘、より正確にいえば『天使の卵』から孵化するものが如何に危険なのかわかろうというものである。

とはいえ。

「まどかはまだ来ねえってか?」

「うむ。ティンクルに今回の戦闘についていろいろ聞きたいといっていたぞ」

諒兵の問いかけに対し、ラウラが答える。

アメリカ、ワシントンDCで戦っていたメンバーの中にはまどかもいたのだが、IS学園には来ていない。

その場で別れてしまったのだというので、その理由を尋ねたのだ。

ラウラの答えを聞いていた千冬が残念そうにため息をつく。

「心配ではあるが、我々としてもティンクルに関しての情報が欲しいからな。もうしばらくは待とう」

そして千冬は改めて他の場所での戦闘について尋ねる。

ワシントンDCではまどかがシアノスとなかなか良い戦闘を行っていたという。

「荒削りでしたけど、今まで見たいな暴力的な印象が抜けてきてましたね」とシャルロット。

「実戦で成長するタイプなのでしょう。シアノスの剣から学んでいたようにも見えましたわ」

セシリアの言葉になるほどと納得したのは千冬ばかりではなく、一夏もだった。

「俺はかなり太刀筋が固まってきてるからなあ」

『経験を積む段階に入ってるんだよね』

そう白虎が解説したように、一夏は既に太刀筋が自分の型として固まっている。

悪い意味ではなく、いわば完成しつつあるということだ。

ここからの成長は、様々な経験を積んでいくことで、自分の剣を如何に相手にぶつけていくかということになる。

相手の剣から型を学ぶのではなく、自分の戦い方を固める段階に入っているということだ。

そうなるとシアノスと戦うことも、今回のようにアシュラと戦ったことも実のところ同じ意味を持つ。

様々な敵と戦って自分の剣を鍛えることが重要だからだ。

だが、まだ剣そのものが成長途上のまどかは違う。

純粋な剣士から剣を学び、もっと自分の剣を自分に合わせて変化させていく必要がある。

その意味で考えるならば、今回まどかがシアノスと戦ったことは剣を学ぶ上で非常にプラスになっただろう。

今後もまどかが乱入してくるかどうかはわからないが、できるならばしばらくはシアノスにまどかの相手をしてほしいところである。

「経験を積むってゆーなら、ナターシャさんのほうが良かったみたい」

『初の実戦だかんなー。ナタルの奴にゃーありがてーだろーよ』

ティナやヴェノムの言うとおり、今回のワシントンでの戦闘で一番良い経験をしたのはナターシャだろう。

今後を考えても、もっと実戦を積むべきだといえるナターシャだが、女性権利団体がうるさすぎてめったに前線に出られない。

ある意味一番不運なAS操縦者だけに、今回はナターシャを中心に学園のメンバーはサポートに徹したという。

「ファイルスを中心にしたのは正解だ。アメリカでの協力体制を整える上でも、もう少しファイルスや現場のIS操縦者たちの意見を通せるようにしておかなければな」

そう言って千冬は苦笑する。

アメリカで一番難しいことだが、できないなどとは言っていられないのだ。

(ファイルスとクラリッサの協力は不可欠だからな……)

今、一番頭を悩ませている問題を解決するためには、生徒たちの力では難しい。

どうしても、ナターシャやクラリッサの協力が重要になることを千冬は理解していた。

「一番気になっていたのはサフィルスだが、奴はどうしていた?」

そう千冬が問いかけると、ワシントン組が一様に生暖かい笑みを浮かべる。

「どうした?」

「いやもう、アレはアレでいいんじゃないかな、と」

「突っ込みどころ満載の高飛車ぶりが、何かもう微笑ましくて」

「むしろそっとしておきたい気がします、教官」

『アンスラックスが頭を下げたのが余程嬉しかったのでしょう』

「煽てればそのまま天に昇りそうな感じでしたわ」

「そ、そうか……」

深く突っ込んではいけない世界があったようで、千冬は話を変える。

一番気になっているのは、一夏たちとアシュラ、そして諒兵たちとタテナシの結果のほうだからだ。

「アシュラは確かに強いな。連撃はまず効かない」

『手数の勝負はしないほうがいいみたい』

「あー、俺たちが戦ったときも連続攻撃に対しては余裕だったな」

そういって諒兵がため息をつく。

まどかとのお出かけのとき、簪と共にアシュラと戦ったが、腕を増やしたつもりでも難なく対応されていたことを思い出したのだ。

やはり、左右三対、六本の腕を持つのは伊達ではない。

『文字通り、手数が違います。剛剣一発のほうがいいでしょうね』

そう言うのは諒兵と共に戦ったレオである。

やはり実感、むしろ痛感しているらしい。

手の数を増やしただけでは、決して勝てない相手だということだ。

そして。

「こういっちゃなんだけどよ、タテナシはけっこう面白え戦い方しやがるぜ?」

「「えっ?」」

と、声を揃えたのは更識家の姉妹。

諒兵の評価を意外に思ったらしい。

『暗部に対抗する暗部、つまり暗殺者としては超一流です。それだけに戦い方が諒兵に近いんですよ』

「あ、そうか。一度生徒会長さんと一緒に戦ったとき、アイツ状況に応じてコロコロ変わってた」

『変幻自在はリョウヘイと一緒なんだね』

暗殺者と呼ばれる者たちは、一を極める求道者の対極にいる。

『殺害』という目的を果たすためならば、様々な方法をとってくる。

臨機応変と言ってもいいだろう。

実は諒兵の戦い方が、コレに近いのだ。

無論、『殺害』などといったことはしないが、『勝利』するという目的のためであれば、その場にあるモノを何でも利用する。

自分の力すらも。

「持ってる力を自分と状況に合わせて変えてくる。だからけっこう面白え。……けどよ」

「あー、おっかねえとも思ったんだな、お前?」

「おっかない?」

弾の言葉に、数馬が問いかける。

諒兵が怖いと思うというのはどういうことかと思ったからだ。

「情けねえ話だけどよ、アイツ、経験値が桁違いだ。輪っかの情報なんか?」

『いいえ、おそらく、タテナシ個人の経験でしょうね』

『エンジェル・ハイロゥに戻らず、妖刀として過ごしてきたんだ。おそらくその情報を独り占めしている』

『ズルい』

『ていうか、セコい?』

レオ、アゼル、エル、そして白虎が続けて評価してくる。

タテナシは、自身が妖刀として過ごしてきた経験を、自分だけの情報として使っているのだろうという。

そうすることで、他の者たちとは違う力を持つようにしたということだ。

「厄介な強みを持つな……」

そう言って千冬はため息をついた。

経験から来る変幻自在の戦い方が出来るということは、非常に倒しにくいということだからだ。

「アシュラもそうだが、タテナシも一騎打ちは今後避ける。特にタテナシは平気で命を狙ってくるからな」

アシュラには自分を壁として人間を乗り越えさせようという意識がある。

だから、そこまでの非道はしないといえる。

しかし、タテナシは自分の命すら平気で賭けることができるような個性をしている。

場合によっては命に関わるような敵を前に、一騎打ちなど無謀の極みだろう。

「わかってくれるか?」

「あいよ」

「わかったよ千冬姉」

問いかけた千冬に対し、苦笑いを見せる二人に千冬も苦笑を返していた。

 

それはともかくとして、本日の主役は。

「あでぃがどー、じろー」

『今はヒエンじゃ。というか妾はどこぞの樺太犬か、たわけ』

涙声でしがみつく束でも、冷静に突っ込むシロこと飛燕でもない。

「あー、姉さんも感謝してるんだ。大目に見てやってくれないか?」

一人と一機に挟まれたまま苦笑いする箒である。

「でもー、ずっどじんばいだっだがらぁー」

『ママ泣かないでー』

束の頭をよしよしするヴィヴィが妙にはまっているのが微笑ましい。

そんな姿を見て、箒は思う。

今まで、姉である束のいったい何を見てきたのだろうか、と。

今の姿は本当に妹思いのただのお姉ちゃんでしかない。

『天災』と呼ばれるような超越した科学者の印象などない。

でも、間違いなく束なのだと箒には確信できる。

家族だけでも何とか大事にしようと、理解できなくても関係を作ろうとしていたのだとわかる。

それをさせなかったのは周囲なのだ。

束を理解できない者たちが、束を壁の外に追い出してしまっていただけだ。

(私も、その一人か)

理解できないなら、理解しなければいい。

使える部分だけ使っていけばいい。

かつて箒はそうしてしまったのだ。紅椿をねだるというかたちで。

そんな態度に束が気づかないはずがない。

だからこそ、あのとき二人の関係には大きなひびが入るはずだった。

だが、計算してのことではないと思いたいが、紅椿が離反したことでひびが入るどころではなくなってしまった。

箒にとっても、束にとっても計算外の事態になったことで、二人の姉妹関係など考える余裕がなくなってしまったのだ。

結果としてそれが束が自身の在り方を見直すきっかけにもなった。

問題があったとしたならば、箒が自身の在り方を見直すのに時間がかかりすぎてしまったことだ。

もし、もっと早く箒が自身を見直せていれば、姉妹関係は既に良好になっていたかもしれない。

とはいえ、それは推測でしかないのだが。

(いずれにしても、私自身が止まっていたせいで、何も進まなかっただけだ。その点は反省しなくては……)

そう考えられるようになったことが、箒の成長だと言えるだろう。

まだまだ途上ではあっても、第一歩は確かに踏み出せたのだ。

ここから『どうなるか』は、今後の付き合い方次第。

ゆえに、箒は次の目標は決めている。

今の勢いを利用するのではなく、戦士として戦えると自身が納得したときには。

(一夏に告白しよう。ちゃんと想いを伝えて、そこから始めよう)

鈴音が何歩も先を行ってしまっているのはわかっているけれど、だからこそ、スタートラインに立つためにも自信を持って告白することが大事だと箒は理解している。

ゆえに。

「一夏」

「ん?」と、いつもよりもいささか晴れ晴れした様子の一夏の顔に、箒は微笑みかける。

その理由も何となくわかる。

一緒に強くなっていく仲間を求めている少年にとって、箒が飛燕と共に進化できたことは喜ばしいことなのだ。

だからこそ、今、一夏が仲間として近くに存在していることが箒にも理解できる。

だが、まだまだだ。

「私はしばらくは更識と共に学園の防衛をしたい。前線で戦うには経験が少なすぎる」

「それでいいのか?」

「私はいいよ?」と、簪はあっさりとOKを出す。

「私としてもそう言ってくれるのはありがたい」

「千冬姉」

「今まで共に訓練をしてきたことを考えても、篠ノ之は更識簪と連携を組み立てていくほうがいいからな」

同時に、学園防衛であれば、エネルギー切れになったときの対応が早いのだ。

何しろ雪片弐型と緋宵が融合して進化した『紅鬼丸』の『零落白夜』はエネルギー消費が激しすぎる。

必要に迫られれば撃たざるを得ないが、撃った後、エネルギー切れになるような武装など、敵地どころか少し離れたくらいの遠距離でも使わせたくないのだ。

「つまり、撃たずに倒せるだけの剣を身につけてほしい」

「はい」

「それに更識刀奈は国内である場合、前線に飛ぶ必要があるからな。防衛力強化は必須なんだ」

「すぐに、とは言えません」

「すぐに、とは言わん。そのためにも、学園で戦い方を学んでほしい」

「わかりました」

そう言って、箒は素直に頭を下げる。

今までの箒を見てきた者たちからすれば、驚くような光景だろう。

だが、箒自身は実はそれほど変わっているわけではない。

自分を知り、そして自分を好きになろうとしているだけなのだ。

それは、傍目には激変したように見えても、本人にとってはほんの僅かな変化なのである。

「変われば変わるもんねー」

と、鈴音が感心したような表情を見せると、箒は苦笑いを見せた。

「そんなことはない。たいして変わってはいないんだ。ちょっとだけ、自分を好きになってみようと思っただけだ」

『それでいいのじゃ。そんなおぬしだからこそ、気にするおのこも現れようぞ?』

「いやっ、箒ちゃんにはまだ早いんじゃないかなっ?!」

『何を姉バカになっとるんじゃ、たわけ』

飛燕のセリフに対し、束が焦った様子を見せるので、みんながどっと笑っている。

そんな光景も、今の箒ならば余裕をもって見ることができる。

環境に馴染むことができないと思い込み、ただ一人悶々と過ごしていた六年間はまさに無意味な時間だった。

変わりたいけど変われない。

そんな自分を嫌い続ける悲しい時間だった。

だが、変わる必要はないのだ。

 

自分は、自分のままでいい。

 

それはごく当たり前の考え方でしかない。

だが、それを見つけ出すことが箒にはできなかった。

見つけさせてくれる友が箒にはいなかった。

そんな友を作ろうとしなかった。

厳しい言葉で自分を奮い立たせてくれるような存在を避け続けていた。

(鈴音のような……あれ?)

一瞬、考えてはいけないような想像が思い浮かぶ。

自分に厳しい言葉をかけてきた相手がティンクルだということは理解しているが、その言葉は鈴音と会話したときにも聞いた。

似ているからだろうか。

そんな理由ではないような気がする。

そこに。

『おめー、いーとこに気づいたな』

いきなり頭の中に声が響く。

(ヴェノム、だったか?)

『わんころに聞こえねーよーにするのはきちーから、要点だけ話す』

わんころとはシロだのじろーだのと呼ばれている飛燕のことだろう。

そんなことはどうでもいい。

まさかヴェノムが自分に話しかけてくるとは思わなかった箒は、少なからず驚いてしまう。

『アホ猫と飼い主、ティンクルとディアマンテから目ぇ離すな。おめーなら客観的に見られるはずだ』

(何故だ?)

『用件はそれだけだ。話すときゃーこっちから声かける』

それだけを言うと、ヴェノムは話しかけてこなくなる。

箒がティナに視線を向けると、鈴音たちと談笑しているだけだった。

どうやらヴェノムが独断で話しかけてきたらしい。

必要以上に追求すると、話が拗れるかもしれないと感じた箒はヴェノムの言葉だけを記憶して、再び、焦ったままの束と肩に乗って呆れ顔を見せる飛燕に意識を向ける。

 

そして。

「それと、博士と束から、今起きている新たな問題について説明がある」

「今日は無理だよー」

「明日でいい。ただ、あまりのんびりはしていられないんだろう?」

『そうじゃな。アンスラックスが言った期限より確実に前倒しが起こる。準備は急ぐべきじゃぞ、チフユ』

「やべえんかよ?」と諒兵。

一夏や他の者たちも表情を厳しくしている。

「我々にとってもASたちにとっても大きな問題であるらしい」

「ちょっと一言じゃ説明できないんだよ。今日準備するから」

『我々もおぼろげに感じている。直接見に行った者もいるんだろう?』

と、オーステルンが問うと、飛燕が肯いた。

『妾とテンロウは直接赴いたが外観を見ることができただけじゃ。中身はさっぱりじゃったな』

『ならば、正確な情報を共有するべきですね』

そうブルー・フェザーが意見を提示すると、一同は肯く。

「ゆえに明日だ。いずれにしても今日は整備と休息を取ってくれ」

『了解』と、全員が声を揃えて返事をしたことで、その場は解散となったのだった。

 

 

 

 

 



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番外編「復活の日」

リハビリを兼ねて連続投稿です。

イースター・バニーはバニーガールではありません。
何故か、現在楽しんでいるFEHだとやたらバニーガールが出てくるけどw

それはともかく、イースターの時期だなあと思うと同時に、オーステルンの由来をココから取ったことを思いだしたので、ラウラメインで書きました。

気楽な番外編が気楽に書けるように、無理せずやっていきます。


一神教のお祝いの中にイースターと呼ばれるものがある。

通例として四月ごろの日曜日がその日と制定され、前後約一ヶ月間はその期間と呼ばれている。

イースターではきれいに色を塗られた卵であるイースター・エッグや、その卵を運んでくる兎のコスチュームに身を包んだイースター・バニーと呼ばれるキャラクターなどが有名である。

今でこそ、救世主の復活を祝う日として有名になっているが、元は多産と豊穣を司る女神の祭りであり、一神教がそれを吸収して現代の形になったと言えるだろう。

その女神の名が、オーステルンの元となったエオストレであるとは以前語っている。

つまり。

「私とオーステルンを祝う日だっ!」

「いきなりわけのわからねえことぬかすなっ!」

と、バニーガール姿でドヤ顔を決めるラウラに、諒兵が突っ込みを入れていた。

「こんな光景も何だか一年ぶりな気がするよ」

「メタなこといってんじゃねえ」

生暖かい目でラウラと諒兵の漫才を見ていたシャルロットの感想に諒兵が再び突っ込む。

『苦労をかけるな、リョウヘイ……』

『そう思うのなら、少しは止めてください』

申し訳無さそうなオーステルンにレオが容赦なく突っ込みを入れるが、それで止まるようなラウラなら苦労はないのである。

 

さて。

「まあ、ラウラさんのバニーガールはともかくとして、せっかくのイースターなのですし楽しみましょう」

と、基本的には常識人のセシリアがまとめに入った。

イースターは日本ではなじみがないが一神教の信仰が強いヨーロッパではたいてい休日となり、パーティなども開かれるという。

その際に振舞われるものは、諒兵にとってはありがたいものだろう。

というか、食べ盛りの少年たちにとっては実にありがたいパーティである。

「肉料理がすげーな」

「一応、バランスは考えてるのね。お肉ばっかりじゃ胸焼けしちゃうわ」

「卵料理というか、卵のお菓子も多いんだな」

「まー、イースターって言えば卵と兎だしねー」

『もともとは肉禁止の時期があって、ガマンしてたから食いまくってたらしーぜ?』

弾や鈴、そして数馬の感想に対しティナが説明してくるが、さらに、わりとインテリな説明をしてくる意外なヴェノムである。

そんなヴェノムの説明に「我慢?」と箒が食いついてきた。

『イースター前の時期は肉類を禁止するのです。元は救世主の断食行から来てるのですが』

「反動で食べているような感じなのか」

『というより、この時期に生まれた卵などが余るので』

「ちゃんと食べようってことなんだな」

感心した様子で肯く一夏も、一応パーティということでお腹を空かせてきたので、できればさっさと食べたい派だった。

いつまでもお預けではもったいないので、刀奈が食べるように促す。

「ま、せっかくだし食べて英気を養いましょ。大丈夫、セシリア以外が腕を振るったから♪」

「それ酷くありませんことっ?!」

『まずは食せるものを作れてから言いましょう、セシリア様』

「フェザーっ、せめてフォローをっ!」

既に泣きそうなセシリアだったりするが、いまだ料理の腕は上がっていないのだった。

 

宴もたけなわとなった頃。

くぴくぴとホットミルクを飲んでいたラウラが、ふと諒兵を見つめてくる。

「どした?」

「いや、こんな時間がいつまでも続けばいいと思って」

「まあ、たまにはこんなんもいいな」

「そうじゃない」

「んあ?」

「……だんなさまが鈴音とどんな関係になっても、私とも仲良くしてほしいと思うんだ」

それは、ラウラが人として成長したからこそ感じる不安だった。

人とのつながりを大事にする反面、そのつながりが切れてしまうかもしれないと不安に感じるようになってしまっていた。

それは、弱いと思う。

でも、弱くなりたくないと思う。

だからこそ、口を衝いて出てしまった。

「お前とどんな関係になっても縁は切れねえよ。俺も切りたくねえ」

くしゃっと柔らかな銀髪を撫でると、ラウラは照れくさそうに笑う。

来年の今ごろはどんなふうに過ごしているのだろうと思いつつ、きっとすぐ近くに仲間が、そして諒兵がいると思うラウラだった。

 

 

余談だが。

モニターの向こうで嘆くクラリッサに対し、千冬が厳しい顔をしている。

「きょうかん~、何でこの時間に会議をするんですか~?」

「自分の胸に手をあてて考えろ」

「ラウラが可愛い顔を見せてるかもしれないのに~」

「だからだっ!」

いい加減、元部下の覗き趣味を何とか矯正したい千冬だった。

 

 

 

 

 



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第185話「誘いしモノ」

亡国機業極東支部。

その日は、新たに別の国の女性権利団体からの要請に応え、武器の搬出作業が行われていた。

箒が進化に至るよりも少し前のことである。

「今、行われている戦闘には行かないのかしら?」

『今日はいい。ガチじゃねえなら、参加しても意味がねえ』

『本気を引っ掻き回すのが面白いのよん♪』

スコールの疑問に対し、ツクヨミとスマラカタはそう答える。

実際、この二機は白式を引っ張り出すことが目的の戦闘では楽しむことはできないだろう。

意外なところが似ている二機だった。

『私は、ちょっと嫌な予感がするのよ』

「そうなのか?」と、ウパラの言葉にデイライトが聞き返す。

首肯したウパラは、何とはなしに『天使の卵』がある方向へと顔を向ける。

『前倒しが来るかもしれないし、予想外の事態が来るかも』

「前倒しはともかく、予想外は歓迎したくないな」

『そもそもどんな予想外なのでしょう?』と、フェレスが問いかけると、ウパラは申し訳無さそうに首を振る。

『少しでも予想できればいいんだけど、うまくいかないのよね。ごめんなさいね』

『いえ、ウパラさんの言葉だけでも気構えができます。もっとも大事なことでしょう?』

『そう言ってもらえると嬉しいわ』

「あなたみたいに付き合いやすいとありがたいんだけど」

微笑んだ様子を見せる人形に、本当に表情を見たように思ってしまうスコールだった。

搬出作業に使徒が顔を見せるのは、普通に考えると脅威であろうが、この極東支部という場所においてはむしろプラスになる。

使徒を仲間にしている研究所が創りだした『対使徒用兵器』なら、効果も期待できるからだ。

実際、人が使う兵器としては丈太郎が作った『ブリューナク』に次ぐ威力があるだろう。

マトモに使えば人類を守れる優れた兵器となる。

マトモに使える人間が権利団体にいれば、だが。

「説明書はしっかり読んでもらいたいものだな」

『あん?使ってミスったら読めばいいんだよ』

『あなた、行き当たりばったりタイプよね……』

進化の過程を考えてもこの中で一番行き当たりばったりなのがツクヨミだった。

そんなふうに搬出作業を見守っていた者たちは、権利団体からきた職員が一人いなくなっていることに気づかないという失態を犯していた。

 

 

その職員には秘密裏に受けた指示があった。

今でこそ、当たり前のように顔を出してくる極東支部にいる使徒たちだが、以前は違った。

やはり秘密にするべきだろうということで外部の人間が来るときは引っ込んでいたのだ。

だが、暇を持て余していたスマラカタが搬出作業にまで顔を出したことで、一気に極東支部に使徒がいることが権利団体に知られてしまう。

その際。

 

「我々は使徒と良好な関係を築くことで、思想の異なる使徒との戦いにも備えているのです。彼女らは優秀なアドバイザーです。ご心配なさらず」

 

スコールがとっさの機転でそう説明したことで、極東支部に使徒がいること自体は了解させることができたのだ。

だが、問題はそこではなかった。

 

『極東支部に使徒がいる。しかも人間に協力的な』

 

この事実が権利団体に知れ渡ったことで、極東支部が使徒を手に入れた秘密を手に入れれば自分たちも使徒の力を手に入れられるかもしれないという歪んだ妄想へと発展してしまったのだ。

実際は手に入れたというよりも偶然の重なりにすぎない。

フェレスとて、デイライトがいなければ眠ることを選択しただろう。

人が手に入れたのではない。

偶然の出会いとお互いへの歩み寄りが、極東支部において使徒と人が共存し得ている理由なのだ。

だが、人は自分に都合の悪いことなど黙殺するものだ。

ゆえに、極東支部には使徒を手に入れる秘密があると権利団体の女性たちは思いこんでしまっていた。

(極東支部には立ち入り禁止区画がある。なら、そこが一番怪しい)

研究所なら立ち入り禁止区画があるのは当たり前だった。

当然極東支部にもある。

ならば、目指すべきはそこだとその職員は理解していた。

もともと軍で潜入を専門にしていたため、割と能天気な面もある極東支部の研究員では気づけなかった。

しばらくすると、研究所の奥に向かっていく職員の耳に妙な音が聞こえてくる。

 

クスクスクス、クスクスクス……

 

(笑い声?)と、その職員が感じたとおり、それは誰かの笑い声のように聞こえる。

声から考えるとかなり幼い。

こんな施設に幼い少女がいるというのだろうか。

さすがにそれは使徒がいるよりも異常な状況だと思えるがと、その職員は思う。

だが、彼女は誘われるように、その声が聞こえてくる方向へと向かう。

そして。

 

イラッシャイ、オ姉チャン♪

 

巨大なケージに納められた白くて丸い物体と、その前で妖しく微笑む幼い少女を見つけた。

言葉から考えるに、歓迎されているのだろうか。

害意はないと思いたいが、油断せずにゆっくりと近づいていく。

まずは、名状しがたい威容を発するその白くて丸い物体を見つめる。

「卵……?」

大きすぎることを除けば、それは卵に似た形状をしていた。

立ち入り禁止区画の最奥にあるだけで、これが特別なものであることが理解できる。

これが使徒を手に入れる秘密だとしてもまったく不思議ではないと思う。

だが、持ち帰るにはあまりに大きすぎる。

どうしたものかと考えて、先程声をかけてきた少女に目を向けた。

 

「挨拶が遅れて悪かったわね。後ろにあるモノにびっくりしたものだから」

 

当然ダネ。今ノ私ノ姿ハ誰ガ見テモ驚クカラ♪

 

今、なんと言った、と彼女は目を見張ってしまう。

少女は確かに、後ろにある卵らしきモノを『私ノ姿』と表現した。

つまり、後ろの物体には意思があり、それが今、何らかの方法で少女の姿を見せているということになる。

 

コノ姿ハホログラフィダヨ。他ノ子タチト同ジ

 

「つまり、あなたも使徒?」

 

皆ハソウ名乗ッテルネ。私モソンナニ変カワラナイカナ♪

 

間違いないと彼女は思った。

この使徒らしき少女は極東支部最大の秘密だと。

それは決して間違いではないが、使徒を手に入れるための秘密ではないと誰も説明していないことが彼女たちの不幸だったかもしれない。

だが、もし仮に説明したとしても、納得などできなかっただろう。

今、目の前に使徒の秘密が存在しているのだから。

どうやってこの情報を持ち帰るか。

否、情報だけではダメだ。

可能であれば、この少女を連れて帰りたい。

力が手に入るのだ。

もしかしたら、使徒も、極東支部も、IS学園をも超えられるかもしれない力を。

そう思い、慎重に会話を進めていく。

「訳があって私は今は名乗れないのだけど、お嬢ちゃんの名前を教えてくれる?」

 

ンー、特ニ名前ハ無インダケド……『ノワール』ガイイカナ♪

 

「ノワール?」

 

元々ハ黒カッタカラ♪

 

なるほどフランス語の黒を意味する言葉かと彼女は納得する。

あまりいい意味ではないが、元は黒かったというのはおそらく機体だったころの色のことだろうし、女性名としては響きは決して悪くない。

「そう、ノワール、あなたはココから動けないの?」

 

マダ、ダネ。モウ少シスレバ身体ガ出来上ガルンダケド

 

動かせないか。そう少しばかり落胆した彼女だが、無理に動かそうとすると今は取引相手である極東支部を敵に回してしまう。

それは愚策だ。

愚策だとわかっているが、早く力が欲しいのに、その力をここから自分たちのところへと動かすことができないのが悔しい。

 

力ガ欲シイノ?

 

「えっ?」

 

声、出テタヨ?

 

ノワールの言葉に、呟きが漏れてしまったのだろうと彼女は判断する。

潜入する者の行動としては大失態だが、これが思わぬ方向へと話を進めるきっかけとなった。

「力を独り占めしてる連中がいるのよ。それが悔しいの」

 

ジャア、分ケテアゲヨウカ?

 

「えっ……」

 

身体ハ動カセナイケド、私ニアクセス出来ルヨウニナレバ『私ノ力』ヲアゲラレルヨ?

 

「本当にッ?!」

 

他ノ子タチミタイニ一対一ジャナイカラ、武器トカハ自分デ用意シテホシイケドネ♪

 

「武装をこちらで用意すれば、『力』そのものは多くの人に分けられるの?」

 

出来ルヨ♪

 

彼女には少女が本物の女神のように見えてきた。

アンスラックスの行動も天啓と呼ぶべきものだが、如何せん、ISがこちらの言葉を聞こうとしない。

だが、この少女は多くの人に力を分けてあげるという。

神の恵みを与えてくれるというのだ。

「どうすればいいの?」

 

コレ、持ッテッテ

 

そう言って差し出されたのは『黒い光』だった。

彼女が手を差し出すと、それは掌の中央に染み込んで黒子のようになる。

 

ソレヲ端末ニ付着サセレバ私ト話ガ出来ルヨ。手ヲ触レテ、クッツケッテ念ジレバイイカラ

 

「わかったわ……」

 

出来レバ頑丈ナ端末ニシテネ。壊レチャッタラ、マタ来ナイトダカラ

 

「そうしたら……」

 

ソノ先ハ端末ヲ作ッテカラダネ♪

 

「ええ。必ず作るから待ってなさい。あなたはいいISだわ」

素が出てしまったのか、自然と命令口調になりながらも、彼女はこっそりとその場から去っていった。

そして。

 

アハハハ、面白ーイ♪

 

少女はクスクスクスと笑いながら、卵に吸収されるように消えていった。

 

 

 

ところ変わって、IS学園。

アンスラックスたちの襲撃の翌日。

丈太郎と束が説明すると言っていた内容を、一同が聞き終えたところだった。

「……『天使の卵』……」

鈴音の呟くような言葉に、丈太郎は肯く。

「名付けるとしたらそんな感じだ。如何せん、融合進化ぁ前例がまったくねぇかんな」

実際のところ、ディアマンテが本来はそうなってしまう可能性があったが、基となるゴスペルは独立して進化を果たした。

つまり、前例からは外れてしまうのだ。

さらに。

「どんな形でも、基本は対話から始まるのが進化なんだけど、融合進化にはそれがないはずなの」

「ないはず、とは?」と、束の言葉にセシリアが先を促す。

対話がない進化。

確かにこれまでの使徒の進化とはまったく異なるといえるだろう。

何故なら。

「話ができる状態なら、そっからの進化になる。つまり……」

「死体か、瀕死で思考力もほとんどない状態の人間と進化したということなんですね?」

あくまで冷静にシャルロットが分析した意見を述べるが、その顔は青ざめている。

まだ少女なのだから、人の死に関わる話に耐性などほとんどないだろう。

ましてや、進化はこの場にいる者たちにとっては実に身近な話題でもある。

「それは、死者を助けようとしたということなのでしょうか?」と、ラウラ。

「たぶん違ぇだろぉな」

「んあ?」

「その場に『あった』誰かの残留思念、それか死の直前の思考に反応したって方が正しいね」

そう、束が説明すると、みんなが驚愕した様子を見せる。

つまり、人の死の直前か直後の意識に対して反応し、進化を選んだということだ。

「個性は『破滅志向』、つまり自殺志願者みたいな感じの子なんだ。だから、確かに死に瀕した人の心に反応するのは十分に考えられる」

「てめぇが壊れんのも気にしねぇかんな。だから『破滅志向』だったISはもういねぇ」

死にゆく者と共に果て、その先に再生されたのが今は『天使の卵』と呼ばれる存在なのだと丈太郎が説明するとさすがに同胞といえる者たちも驚愕する。

『共に生きようと思った我々から見ると、対極の思考だな』

『死はいつかは来るものだけれど、それまで精一杯生きるって気持ちがないのが理解できないわね』

オーステルンやブリーズの言葉はこの場にいる者たち全員の代弁といえるだろう。

その点だけを言うなら、ヴェノムも変わらない。

『オレも死んでるヤツと一緒に死のうとか思わねーな』

『生きて何かを為そうと考えておらんかったんじゃろうな。妾はそんな生き様は御免じゃ』

意外にも飛燕はヴェノムと同意見らしい。

 

自分が此処に在る。

 

それが全ての始まりだ。

そんな自分を消してしまおう、消えてしまってもいいと思うのは、確かに自殺志願者だと言えるだろう。

共に生きる道を選んだ者たちにとっては、間違いなく理解の外にいる存在だった。

「で、それがあるのが前に話してた極東支部?」と鈴音。

「あぁ、間違いねぇ。厳重に守ってやがるしな」

「呆れた連中だなー。世界を滅ぼすつもりか?」

「違うね。そこまで考えてないんだよ」

丈太郎の説明に対し、呆れた様子で呟いた弾の言葉を束が否定した。

自分も研究者だからわかるという。

「たぶん、誕生するモノへの興味が強いんだよ。だから、誕生させること自体が目的で、誕生した後に世界がどうなるかなんて考えてない」

「却って迷惑なんじゃないか、束さん?」

「人のことは言えないが、とにかく自分の好奇心を満たしたいだけの自分勝手な人間に思えるな」

一夏の言葉を受け、箒も呆れた様子になるが、それがまさに真実だった。

だからこそ、一夏や諒兵といった少年少女たちを関わらせたくないのだ。

「自分勝手な連中ぁ面倒だかんな。だから、こっちの件ぁ戦闘にならないように進めてくつもりだ。それでも絶対じゃぁねぇ」

「困ったら言えよ。今んとこ、何とかできんのは俺たちくらいなんだろ?」

「あぁ。向こうについた使徒がいるし、AS操縦者もいるみてぇだ。そんときぁ頼まぁ」

そう言って苦笑いを見せた丈太郎に対し、一夏や諒兵、そしてその仲間たちは強く肯くのだった。

 

 

 

 

 



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第186話「亡霊に縋る者、抗う者」

アメリカ、ワシントンD.C.

この地にはアメリカ空軍本部が置かれているボーリング空軍基地がある。

そして、この基地にアメリカのIS部隊が所属している。

アメリカ国防総省であるペンタゴンが近郊に存在することを考えても当然のことであった。

現在、アメリカ唯一のAS操縦者となったナターシャ・ファイルスもこの基地に所属していた。

「ナタル!」

ナターシャに声をかけてきたのは、彼女の幼馴染みであり、同時にアメリカ国家代表でもあるイーリス・コーリングだった。

見た目はかなりの美女だが中性的な面が強く、女子の人気も高い。

国家代表であることを考えても、アメリカでの人気は千冬を上回る。

自分の国の代表選手を誇りに思うのは、どの国でも同じということだろう。

そんな彼女に、ナターシャとそのパートナーはいささか驚いた様子を見せた。

「イーリス、久しぶりね」

『ケガはいいの?』

「さすがにそろそろベッドの上も飽きたからな。イヴも見舞いに来てくれてありがとな」

イーリスはISに深く接してきただけに、ASに対する理解も深い。

対等な相手がいれば、共生進化も可能なタイプの操縦者だったと言えるだろう。

『ISにケガさせられたのに、仲良くしてくれるのは嬉しいの』

「アイツと上手く話ができなかったのはあたしの方だしな。どうせならファングと拳で語ってみたかった」

「相変わらずね」とナターシャは苦笑してしまう。

イーリスは性格ゆえか、戦いとなると周りが見えなくなるところがある。

実はヘリオドールとなったファング・クエイクとは似た性格をしていたために、共生進化も決して不可能ではなかっただろう。

彼女の場合、離反はタイミングの問題であったところが大きかった。

「まあ、国防をナタル一人に押し付けることになったのは、悪いと思ってるけど」

「気にしないでいいわ。ティナも立場上はアメリカのAS操縦者になったから、負担はそこまで大きくないし」

「何がどうなるか、わからないもんだなあ」

『人間関係と同じなの。上手くいくかどうかなんて誰にもわからないの』

「だな」とそういってイーリスはにかっと笑う。

国家代表まで登りつめただけあって、イーリスは無理に力を欲するようなことはないらしい。

苦労を幼馴染みや後輩に押し付けることになってしまったことを悔いてはいるが、AS操縦者となったイーリスはナターシャやティナに嫉妬するような狭量な性格ではなかった。

「それで、今日はどうしたの?」

「鍛え直しさ。進化できないとしても戦えないんじゃホントにお前を苦労させるだけだからな。日本のセブン・カラーズもPSで戦ってるそうだし、負けてられない」

真耶の場合は別の不幸に見舞われてしまったが、それでもPS部隊の隊長として戦っているのは間違いない。

頑張ってるかといわれると、最近は微妙な気がしないでもないが。

とはいえ、そんなイーリスのやる気に水を差すほどナターシャは空気が読めなくはなかった。

「訓練はいいけど無理はダメよ。病み上がりでしょう?」

「リハビリも兼ねて、だよ」

『ほどほどに頑張るの』

「ああ。と、もう一つ。ナタル、最近、連中は何か言ってきたか?」

イヴの言葉には笑顔を返したが、切り替えるかのように真剣な眼差しで聞いてきたイーリスにナターシャも真剣な表情になる。

「最近は静かね。ブリュンヒルデからの情報だと壊滅したはずの亡国機業の支部、いわば亡霊から武器を買っているらしいけど」

「かなり使えるって噂の武器らしいな。こっちに回す気はないみたいだけど」

「そうね……」

あえて二人とも明言はしないが、アメリカの女性権利団体を指しての会話である。

彼女たちが購入している武器は使徒にも有効だと噂されている。

だが、その武器が本来もっとも使いこなせるだろうナターシャやイーリスたちアメリカのIS部隊には回ってこない。

その意味を考えると嫌な気分になるのは、普通の人間なら当たり前のことだろう。

「連中、何と戦う気なんだろうな?」

「今の世界が間違っていると思っているようだし、敵対する使徒や覚醒ISに銃口を向ける気があるとは思えないわね……」

『というか、誰にも向けてほしくないの』

「そうね、イヴ……」

使徒に有効な武器。

その銃口が、極端な女尊男卑思想が修正されつつある社会に、そしてその社会に生きる人々やISたちに向かないことを祈る二人と一機だった。

 

 

ところ変わってIS学園。

『天使の卵』について説明を受けた一同は、戦う可能性がある極東支部側についた使徒やASについて、天狼から説明を受けていた。

「フェレス?」と、問い返したのはシャルロットである。

やはりこういった情報収集と分析においては彼女が一番であり、貪欲に情報を集める面があった。

『極東支部の人間をパートナーとしたASです』

「ならば、一緒に戦っている方がいるということですわね?」

『それが、少し違うようです。聞く限りASではあるのですが、レっすんが自分のためのアバターを作って戦闘をしているため戦場にパートナーは出てこないとか』

『共生進化したのに?』と、白虎が不思議そうに問いかける。

白虎やレオは一緒にいることを目的に共生進化したため、それがASであると考えている。

そのため、わざわざアバターを作るのは不思議なのだろう。

とはいえ、向こうには向こうの理由があるのだ。

『身体を別にすれば、物理的にお手伝いも出来るんでしょう。どうもパートナーは生粋の研究者らしいので』

『もともと戦闘をする気も、させる気もなかったということか?』と、オーステルンが問いただすと、天狼は肯いた。

実際、それが一番理由として考えられるのだ。

『戦っているというより、極東支部を守っているのはレっすんの意志でしょうね。パートナーは戦闘をするようになったあの方にバックアップとして協力しているのでしょう』

「協力とは?」と、ラウラ。

『理由は明確にはわかりませんが、レっすんは武装をいくつも積み替えられるようです』

「えっ、ホントっ?!」

これまでの常識から考えると相当な異能であるだけにシャルロットが驚く。

もっとも驚いているのは他の者たちも同じだが。

基本的にASは武装の積み替えができないからだ。

『パートナーの方には戦闘に対する興味がまったく無かったんでじょう。そのために得た能力なのかもしれませんねえ』

まして、極東支部は研究開発の支部だ。

武装を創るくらいのことは、たいした手間にはならないだろう。

もっとも、こちら側にとっては面倒なことこの上ないとシャルロットが呟く。

「一度戦っても、次は別の戦いを見せてくる可能性があるんだ……。厄介かも」

『そうですねえ。一番厄介かもしれません。出会うたびに武装が違うのでは、攻略の糸口を掴むのが面倒ですし』

「めんどくせえヤツだな」

『性格はとても良いらしいですけどね。極東支部側にいることを除けば、人そのものには害意を持っていないとか。一番近い性格のISコアはマンテんになるでしょう』

「……なんで敵側にそういったISコアが行っちゃうかなあ」

鈴音が苦笑いしつつそんな気持ちを明かすと、全員が同じような微妙な表情になってしまう。

敵側に性格の良い者がいると、どうにも戦い辛くなってしまうからだ。

『それもまた戦いなんですよ。お互い譲れないものがあるということです』

「できれば、倒さずに止めたいな」と、一夏も思わず本音を漏らしてしまう。

だが、逆にフェレスは戦闘では倒せないと天狼が告げてくる。

『本体はパートナーの方と一緒にいるはずです。仮に身体が破壊されたとしても時間をかければ再生できるでしょう。この方を倒すとなると……』

『パートナーってヤツを殺っちまわなきゃなんねーってことか』

さすがにこういったことをはっきりいうのはヴェノムしかいないが、ASは全員わかっていた様子で肯いた。

ただ、これはある意味では朗報である。

「そうなると、ある程度破壊すれば時間稼ぎになるのか」

『そうですね。死なせるわけではありませんし、逆に容赦しない方がよいでしょう』

いずれよしても、フェレスは面倒な相手ではあるが、倒せれば時間を稼ぐことが出来るし、死なせることは少なくとも今のIS学園の戦闘部隊ではできないので、戦っていて心理的負担は少ない相手なのである。

性格が良いので戦い難くはあるだろうが。

さらに。

『カーたんとつっきーは確実に向こう側で戦うでしょうね』

『スマのヤツの炎は厄介だぞ』

「ツクヨミのでけえ剣もな」

スマラカタの同僚であったヴェノム、そしてツクヨミと戦ったことがある諒兵がそう口を揃える。

実際、スマラカタは炎を自在に操ることが出来るため、実はかなりの万能型の戦闘が出来るのだ。

前衛から後衛までこなせる優秀な使徒なのである。

対してツクヨミは剣を持っていることを考えても完全な前衛型だ。

ただし、サフィルス陣営のシアノスと違って、その戦い方は自由奔放すぎるのだが。

「先のフェレスと合わせると、部隊としての基本は揃っているのか」

『そうね。マジメに戦うならきっちり組み合わせを考えてくるでしょうし、こっちも部隊として力を合わせていかないと勝てないわ』

そして、その点を考える上で重要なポイントは、いまだ姿を見せないヘル・ハウンドだ。

どうなっているのかがわからないためである。

『私は進化していると思いますよ?おそらくは独立で』

「そう考えるのが無難だろうね。ただ、そうなると極東支部でどうやって進化したのかって問題が出てくるけど」

シャルロットの言葉どおりである。

今ここでヘル・ハウンドの進化後の機能などについて論じても意味は無い。

むしろ、どうやって進化させたのかということが重要になってくるのだ。

「独立だと思われた根拠は?」と、セシリアが問い詰める。

『おそらくですが、『天使の卵』から進化のパルスのみを抜き出し、ヘルさんと同調させることは可能と思います。このパルスは保存できるでしょうし、今の極東支部なら覚醒ISを独立進化させることは可能なはずです』

「それ、とんでもない技術じゃない?」と鈴音が驚くと、天狼はあっさり肯いた。

『この点も含め、実は極東支部を叩き潰すのは得策ではないんですよ』

「そうなのか?」と、一夏。

『彼らは覚醒ISと良好な関係を築いたうえで、IS学園とも違う優れた研究をしてきています。『天使の卵』さえ何とか出来るなら、むしろ提携したいくらいですよ』

単純に『天使の卵』に対する考え方の違いが敵味方に分かれている理由なのである。

そして、彼らは邪魔をしなければ、こちらの邪魔をしない。

潤沢な資金を提供すれば、更に優れた研究結果を出してきてくれる可能性もある。

「IS学園の研究だけでは足りない点を補ってくれます。今後、私たちと人が共存して行く上でも、彼らは叩き潰すべきではありませんね』

「なんかややっこしいな」

「悪い人じゃないけど厄介なのかあ」

と、男二人が首を捻ると天狼を含めASたちは苦笑いを見せる。

ISコアのことを大切に、それでいてしっかり研究しているという点は一夏と諒兵にとってはむしろ共感できる部分だということだからだ。

ある意味では純粋な人間たちの集まりである極東支部は、特に一夏と諒兵が『憎悪』の感情を向ける相手ではない。

実は戦う相手としては決して悪くないのだ。

人間の醜さを知るには、この場にいる戦士たちは若すぎるため、逆に極東支部のような純粋さを持つ人間たちと、お互いの考えをぶつけるほうが少年少女たちには向いているといえる。

語弊はあろうが極東支部は『きれいな敵』なのである。

ゆえに。

『ヘルさんも性格は良い方ですから極東支部との戦いでは妥協点を見つけることが重要です』

「妥協点?」と、一同が口を揃えて聞き返すと天狼は重々しく肯いた。

『正確には『天使の卵』を省いた状態で、お互いの在り方を受け入れるということなんですよ』

邪魔をしなければ邪魔をしない。

それがIS学園と極東支部の関係だ。

そして極東支部は積極的に犯罪的行為をすることは多くない。

そもそもが研究開発の支部だからだ。

納得がいく研究が出来るならスポンサーが誰でも気にしないし、研究結果をどう使われても気にしない。

「使う人間が問題なんですね」というシャルロットの言葉に天狼は再び肯く。

『彼らが開発するものは私たちにとっても有用です。そして有効な使い方をしているなら、彼らは私たちに害意を持たないでしょう』

「だから、相手の言い分を受け入れつつ、こっちの主張も受け入れさせるってことなのね?」

『はい。それが妥協です。でも、コレはあなたたちにとっても決して悪い内容ではないと思いますよ?』

確かに、人間相手に戦争するなどということになれば少年少女たちにはキツすぎる。

あくまでも話し合いの延長線上に戦闘があるだけで、殺し合いをするということではないということだ。

『その点では、現在の使徒との戦いも同じです。アンスラックスやアシュラの在り方は受け入れられないものでもないでしょう?』

「まあ、ね」

やりすぎという感は否めないが、それでも其処まで悪意があるとは思わない一同である。

『人間と私たちは異なりますが共存は可能です。それは極東支部の人間たちも同じです。命を懸けるのではなく、想いを懸けて戦うということなんですよ』

「なんか、天狼がマトモなこと言ってる……」

『これでも長生きしてますから』

「奈良の大仏様だったそうだな。イメージが正反対だが」

箒の素直な感想は、全員の心の代弁であった。

 

 

さらに。

ドイツ軍、総司令部にて。

クラリッサが珍しく緊張した面持ちで報告を受けていた。

目の前にいる偉丈夫はドイツ空軍の大将なのだから、当然と言えば当然なのだが。

「我が国ではそこまで大きな顔をさせていませんでしたが……」

「だが、不満分子は何処にでもいるものだ。我が国とて例外ではない」

「嘆かわしい。権利団体とはいえ、ドイツ国民が怪しげな組織から武装を購入するなど……」

「同感だ。我が国の科学力は優秀。相手がなんであれ、他国から、しかも裏組織から購入するなど常識で考えればありえん」

「はい」

「だが、我々軍部が抑え込んでいた反動があったのだろう」

「大きな顔をさせなかったことが、今、反動として出ていると?」

「そうだ。大仰に女性を崇めていた以前の他国を羨むような者はいてもおかしくなかった。そこに他国から亡国機業の亡霊の情報が入ってしまった」

「ゆえに、我々を無視してあくまで民間として購入している」

「そういうことだ。連邦大統領が頭を抱えている。何しろ責任者の中には大物女性議員の名があったそうだからな」

「口出しをさせないということですか……」

ドイツにも女性権利団体はある。

だが、軍部の力が強いことと、軍所属の女性の意識が意外なほど女尊男卑に凝り固まらなかったため、権利団体の意見は大抵が封殺されていた。

無論のこと、国家運営や国防において役立つ意見は取り入れている。

だが、それはドイツにおける女性の権利を増長させるまでには至らなかったのだ。

ある意味でドイツという国は国家としては良識的な進歩を遂げたといえるだろう。

反面、権利を主張して楽をしたい、チヤホヤされたいと考えるような女性にとってはあまり歓迎できない状況だったと言える。

『どんな状況でも不満は出る。これは人間社会なら当然のことね』

「その通りだワルキューレ君。その不満の捌け口をうまく作れなかったことが、我が国の失態だろうな」

とはいえ、失態を嘆いてばかりもいられない。

既に大統領は権利団体の増長を抑えるために動いている。

軍部が何もしないわけには行かないのだ。

「それで、今後の対処はいかがなさいますか?」

「実はその点でブリュンヒルデからある要請が入った」

「織斑教官から?」

「うむ。だがあれは要請というより懇願と言う方がいいかもしれん。土下座しかねん勢いだったからな」

「なっ?!」

そこまでして千冬が何を要請したというのだろうかとクラリッサは驚き、空軍大将の言葉を待つ。

「今後考えられるのは、テロ行為、もしくは対使徒戦、覚醒IS戦における権利団体からの武力行使による横槍だ」

『そうね。力を手に入れれば使いたくなるわ』

「それを止めなければならないことは理解できるな?」

「はい。もちろんです」

「だが、ブリュンヒルデはその際、IS学園の遊撃部隊を出さない。いや、出したくないと言ってきたのだ」

その理由はただ一つ。

大人の、もしくは人間の醜さを生徒たちにはまだ見せたくないということだ。

あくまでも大人が対処するべき問題であり、子どもたちには使徒や覚醒ISとの戦闘に集中させたいということなのである。

「なるほど……。確かにあの子たちに人の醜さを見せるのは躊躇われますね」

「ただ、その分ハルフォーフ大尉やアメリカのファイルス女史の負担が大きくなる。それでも、権利団体が出てきた際には自らも出るので少年たちの出撃を要請しないでほしいと言ってきた」

その意見に真っ先に賛成してきたのはワルキューレだった。

千冬の言葉に感銘を受けたらしい。

『ブリュンヒルデらしいわ。私はいいわよ、クラリッサ』

だが、それはクラリッサも同じだった。

若人をまっすぐに育てたい。

純粋さを失わずに、立派な人間になってほしいと思う気持ちがあるからだ。

「問題ありません。ラウラに人間の醜さなんて見せたくありませんから」

「すまない、ハルフォーフ大尉。有事の際は頼む」

そう言って頭を下げてくる空軍大将をクラリッサは慌てて止める。

「気にしないでください大将閣下。私たちの思いは一つでしょう」

「うむ」と、空軍大将がそういった後、クラリッサ、ワルキューレ、そして空軍大将が口を揃える。

 

「『「我々はあくまでも萌えを尊ぶ」』」

 

いろいろと心配なドイツ軍であることに変わりはないのだった。

 

 

 

 

 



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第187話「凶兆」

IS学園にアンスラックスが襲来してから数日後の日本国、某県にて。

郊外に田園風景が広がるその都市に、数機の覚醒ISが飛来してきた。

ISコアが徒党を組むことは実は滅多にない。

たまたま、同じ都市に目をつけた覚醒ISが同じ時間に飛来してきたに過ぎない。

その者たちは、まだ道具扱いしてきた人間に対する恨みに対して、折り合いをつけられない者たちだった。

だが、その都市に住んでいた人間たちは、IS学園に助けを求めるようなことはしなかった。

数十機以上の多数の覚醒ISが相手でない限り、今の人類には対抗するだけの術があるからだ。

近くに駐屯していた自衛隊と、警察の機動隊が協力して、人間を襲う覚醒ISに対抗していた。

 

人間も変わってきたのか?

 

「そう言ってもらえると嬉しいな。我々人類は簡単には負けんぞ」

 

傲慢な

 

「君たちを一個の存在と認めたからこそ、我々は共に手を組み、戦うのだ」

そう答えた男性の自衛隊員に対し覚醒ISは容赦なく砲撃するが、彼らはただの的にはならなかった。

力で劣るなら知恵で。

ISたちと戦う上でもっとも重要なのは発想力だと既に知れ渡っている。

相手の意表を突き、一機一機確実にダメージを与えていく方法で彼らは戦っていた。

その後ろでは機動隊員が付近の住民を避難させている。

国民の生命と財産を守る。

それが軍隊の存在意義だ。

よもや敵がまったく新しい存在だとは思わなかったが、それでも彼らは自分たちの使命を果たすために懸命に戦う。

人はそれを勇気と言う。

その姿はISたちから見ても決して無様な姿ではなかった。

そこに、一筋の閃光が走る。

標的となっていたことに気づいた一機の覚醒ISは、瞬時加速を使って閃光から逃げ延びた。

「誰だッ?!」

そう叫んだのは、覚醒ISたちと戦っていた自衛隊員。

仮に自分たちへの援護攻撃であったとしても、作戦行動中に邪魔をするような攻撃があったのだから、警戒するのは当然のことである。

 

「下がってなさい」

 

聞こえてきたのは女性の声。

離反が起こる以前には世間でよく聞かれた雰囲気を醸し出すような声だった。

「そいつらは私たちが撃退します」

再び聞こえてきた声の主は、自衛隊員に似た制服を着ているが、細部が異なる軍服を着た女性たちだった。

その手に持っているのは、見覚えの無いレーザー兵器だ。

自衛隊員や機動隊員たちは、その武器と女性たちに言い知れぬ不気味さを感じ取る。

 

禍々しさを感じるな。ソレは何だ?

 

どうやら覚醒ISも似たような印象を持ったらしい。

もっとも。

「離反し、人類に敵対する者と話すことはないわ」

彼女たちは聞く耳を持っていない様子だが。

女性たちは勘違いしている様子だが、離反の本質は、ISが道具としてまともな扱いを受けてこなかったためだ。

今は飛燕となったシロは、あくまで人間の理性を信じて女性だけに動かせるようにした。

だが、それを利用して権力を握られ、女尊男卑という男尊女卑とは正反対の歪みを生みだしてしまった。

その道具であり、象徴であったISは決して良い扱いを受けていたとは言えなかった。

束の元にいたシロを除けば、自分たちISのことを対等の相手と想って接してくれたのは一夏と諒兵が初めてだったのだ。

個性によるため、一夏と諒兵を戦う相手と見ているISもいるが、実は大半の覚醒ISたちは二人に隔意を持っていない。

白虎とレオを羨むほどに、実は二人と話してみたいという覚醒ISは多かった。

戦っていても、自分たちのことを案じている気持ちが伝わってきたからだ。

ただ、その気持ちを、最近は他の人間たちからも感じるようになった。

今この場にいる覚醒ISが人間も変わってきたと言ったのは、そんな気持ちを感じ取ったからなのである。

だが。

 

確かにお前たちのようなニンゲンと話すことなど何もなかった

 

自分たちが最も毛嫌いするタイプの人間であると、覚醒ISは女性たちを見て考えていた。

 

 

数時間後。

自衛隊員から報告を受けていた千冬は一つため息をついた。

「ご苦労様です。ご協力感謝致します」

「お気になさらず。いただいた情報のおかげで我々も戦えている。持ちつ持たれつというところでしょう」

「しかし……」

「はい。ついに出てきました。あれが話に聞いていた亡国機業極東支部の兵器なのでしょう」

効果に関しては、むしろ自衛隊に配布してほしいくらいに使い勝手も性能も良いという。

しかし、所有権は自分たちにあると言って、その場に来た女性たちは自衛隊の要請を聞かなかったと説明してくる。

「組織が組織ですから、こちらに回す気は無いでしょう。今、博士と束がそちらでも扱える兵器の開発を進めています。申し訳ありませんが、お時間をいただけますようお願い致します」

「それは問題ありませんが……」

言いよどむ自衛隊員の言葉に違和感を抱いた千冬は、先を促す。

「私はむしろ扱っている女性たちの方が不気味に感じました」

「……それは」

「同じ女性だからといって、あなた方のことを言っているつもりはありません。現れた者たちは普通の人間とも違う気がしました」

「単に武器を手に取った、というわけではないと?」

「はい。そのせいか、正直に申し上げると軍人としてしてはならないことをしてしまいました」

「えっ?」

「援護射撃を装って、覚醒ISに逃げるタイミングを与えてしまったのです」

敵に逃げるタイミングを与えるなど、軍人が最もしてはならないことだろう。

本来ならば懲罰ものだ。

それでも、後の述懐を聞いてしまった千冬は納得もしてしまった。

自衛隊員や機動隊員たちは、戦う相手である覚醒ISたちを敵対していても破壊したいとは思わないというのである。

「彼ら、いや、女性格が大半とのことですから彼女らと言えばいいのでしょうかね。彼女らは純粋だ。誇りをもって戦っていると誇り高く応じてくれる。個性によるのでしょうが、少なくとも先刻対峙した覚醒ISたちは敵ながら天晴れと言いたいくらいに真っ当な戦いをしてきました」

「そうですか……」

「そんな相手が無骨な兵器に蹂躙されるなど見たくはないと、つい手心を加えてしまいました」

それはある種の懺悔ではあるが、千冬としては自衛隊員を責める気にはなれなかった。

束が聞けば、喜んでくれるのではないかと思えるような行動だからだ。

その場にいなかった千冬に正確なところはわからないが、ただの殺し合いではなく、対話ができる関係が人間とISの間に生まれつつあると感じたのである。

「私は何も聞きませんでした。それでよいでしょうか?」

「助かります」と、そう言って苦笑した自衛隊員に千冬も不器用に微笑み返す。

そして、その自衛隊員は最後にこういってきた。

「私はあの兵器は前振りのように思います。何か、奥の手があるはずです」

「わかりました。こちらでも対策を考えます。報告ありがとうございました」

そう答えると、相手のほうから通信を切る。

真っ暗になったモニターを見て、千冬はまたため息をつく。

すると、別のモニターがいきなり人影を映しだした。

[ちーちゃん、開発ピッチ上げるよ]

「束、無理はしないでくれ。ようやく篠ノ之と仲直りできたばかりだろう?」

[だーかーら、バカ女たちに箒ちゃんと仲良くする時間を邪魔されたくないの]

「もう少しオブラートに……包みたくない気持ちはわかるが」

そう言って苦笑いを見せると、束も苦笑する。

「まー、アイツも作ってるし、開発者として負けたくないからね」

「程々にしておけ。お前にも休みは必要だ」

「ありがとちーちゃん♪」

そういってにぱっと笑った束も通信を切る。

暗くなったモニターを見て、千冬は再び苦笑した。

「今は『天使の卵』に集中したいが……、いや、集中するためにも先に抑えておくべきか」

最も心配なのは一夏や諒兵たち少年少女の戦いの邪魔をしにくることだ。

そんなことはさせないと、千冬は司令官として気持ちを新たにしていた。

 

 

亡国機業極東支部にて。

商売相手の権利団体は覚醒IS相手の初陣を飾ることかできたようで、新たな武装の注文が殺到していた。

これならば『天使の卵』を孵化させるための維持費用も十分に捻出できることに研究員たちは安堵する。

しかし、「ふむ」と、開発者であるデイライトは何故か難しい表情を見せていた。

そんな彼女にフェレスが声をかける。

『ヒカルノ博士、どう致しましたか?』

「妙だと思ってな……」

「妙?」とスコールも問いかけてきた。

「兵器の威力が計算値よりも高い。威力がありすぎる」

「それは、いいことではないのかしら?」

スコールの疑問は当然のことと言えるだろう。

創り上げた兵器が想定よりも高い性能を見せてきたのだ。

優れた兵器を作り上げることが出来た結果だと考えれば、むしろ手放しで喜んでもいいだろう。

それが一般的な人間の考えだ。

だが。

「スコール、計算値というものは誤差を含めた上で弾き出される。ゆえに威力はどれほど高くても必ず想定内に入っているものだ」

『想定より外れていることは、あってはならないということなのでしょうか?』

「想定から外れると言うことは、まず考えられるのは暴走だ。組み立てを間違ったか、開発ラインで異物が混入したか……」

重要な点は、その間違いや異物が何をしているのか、開発しているデイライトたちが把握できていないということにある。

最悪、人が手に持った状態で暴発する可能性もある。

「使い方を間違えたというのならば使い手の責任だが、こちらの想定どおりに使っていて暴走するとなれば問題はこちらにある」

「それは、商品としては大問題ね」

「そうだ。それに研究者としてもこれは捨て置けん。想定外の事態は、こちらの目的を阻害してしまうからな」

『なるほど。そういうことなのですね』

問題が起き、その問題の対処に追われてしまっては、本来の目的である『天使の卵』の孵化を遅らせてしまう。

それはデイライトにとっては最悪の問題となるのだ。

とはいえ。

『開発ラインは私も見せてもらったけど、異物が混入するような環境ではないと思うけど?』

そう言ってきたのはウパラだった。

最近は、やたらと極東支部の人間に対して好意的で、スコールにとってはフェレスに次いで友人に近い関係になりつつあった。

『ウパラさんが言うのであれば、間違いはないと思います。ヒカルノ博士』

さすがに元は同じISだけあって、フェレスはウパラの言葉に同意した。

だからと言って、見過ごすことができないのがデイライトである。

「そうすると考えられるのは、こちらで開発したFSコアになるな」

「あら、名前一緒にしたの?」

「別に拘ることもないと思ってな」

IS学園で束が開発したFSコア。

ISコアをダウングレードさせたコアで、IS学園では防衛用に人形に積み込んであるのだが、デイライトを初めとした研究員たちは、それを兵器に積み込むことで通常よりも使徒や覚醒ISに通じる兵器を開発したのだ。

ISコアはともかく、ダウングレードしているFSコアならば極東支部でも開発は可能だったのである。

「さすがに『エンジェル・ハイロゥ』の電気エネルギー体があのサイズに降りてくることはないと思っていたが、何か降りてきてしまったのかもしれん」

『それは確かに考えられるわね』とウパラ。

「FSコアの開発ラインをチェックするぞ。フェレス、サポートを頼む」

『畏まりました』

そう言って立ち上がるデイライトに、スコールやウパラもついていく。

そんな彼女たちには聞こえない笑い声を発しながら、見つめる少女の姿があった。

 

 

再びIS学園にて。

珍しく一夏や諒兵といった少年たちが一人もいない状況で、その会議は行われていた。

「以上が、自衛隊から提供していただいた映像の全てだ」

そう言ったのはこの場での議長役を務める千冬だった。

なれないなとは思いつつも、このメンバーをまとめられそうなのが千冬しかいないので仕方がなかったりする。

「思ったより威力がありゃぁがんな」

「兵器として考えると覚醒ISや使徒には有効でしょうね」

と、そんな感想を述べたのは丈太郎と誠吾である。

実際、映像の中で使われている兵器はかなり強力でありながら、人間にも取り回しやすく作られているのがよくわかった。

もっとも、束としては気に入らないらしい。

「真似っこしてんのムカつく」

そんな束のセリフをすぐに理解したのは、やはり近い頭脳レベルを持つ丈太郎だった。

「やっぱか。FSコアだな」

「FSコア?」

意外な名前が出てきたことに驚いた千冬が問いただすと、束が素直に答えてきた。

「FSコアを兵器のエネルギータンクと制御するための簡易AIとして使ってるんだよ。あれだけのエネルギーを暴走させずに使うってなるとAI制御が必須なんだ」

「なるほど。だが、FSコアの製造方法も秘密にしているはずだろう?」

本来、ISコアをダウングレードさせたものである以上、下手に製造方法を明かすとISコアを製造される恐れがある。

ゆえに秘密にしていると千冬は束から説明を受けていたのだが、実際には少し異なるらしい。

「FSコアならちょっと頭が良ければ創れるよ。一番肝心な部分は無理だけど」

その一番肝心な部分こそがISコアとの差とも言える部分だと束は説明してきた。

ゆえにISコアを製造することは極東支部でも無理だろうという。

「新しいISコアの製造はまだ早いからな。その点は助かるが……」

「FSコアを兵器として巧く利用しているという点は驚きですね」

「私ならあれよりもっと凄いの作れるもーんっ!」

誠吾の言葉に反論する束だが、実際のところ束や丈太郎がFSコアを利用して兵器を作れば、遥かに威力の高い兵器が作れる。

だからこそ、この兵器の存在は驚きでもあった。

「何故です?」と千冬。

「普通の人間でも取り回しやしぃバランス取りしてんだ。思った以上に兵器の製造になれてやがる。あまり民間に流れるとやべぇことになんぞ」

FSコアを使った兵器は覚醒ISや使徒を戦闘対象として製造されているのだ。

人間相手には超兵器ということが出来る。

戦車に乗った人間相手でも、勝利することが可能だろう。

 

誰でも使える超兵器。

 

そんなものが民間に流れていったら悪用する者は必ず出てくる。

それは「ISが人を襲う」という現状よりも厄介な状況を生み出してしまう。

「人間の犯罪者を取り締まる可能性がでてきますね」

誠吾が真剣な表情でそう意見すると、全員が肯いた。

それは、正直に言えば、一番あってほしくない事態でもあった。

使徒と戦うのではなく、犯罪者を取り締まるために一夏や諒兵を前線に出す。

かつて二人が人間を見限りそうになったとき以上に、危険な状態になりかねない。

「一夏や諒兵に、下衆な連中相手の戦いなんざさせたくねぇ」

「その点は同感。いっくんやりょうくんは前向きに戦う相手がいるんだから」

この点では天才二人の考えは同じらしい。

純粋さを失うことのない覚醒ISや使徒たちは、戦うことで成長していくことができる。

だからこそ、戦力がそれなりに整いつつある今でも、少年たちを前線に出しているのだ。

彼らの成長を無視し、ただの兵器として出しているつもりなど、この場にいる者たちには髪の毛ほどもない。

「早ぇうち極東支部に首輪かけねぇとな」

「博士」

「FSコアを兵器に使いたかぁねぇが、下手に縮こまっと相手に付け込まれる。いいな、篠ノ之?」

丈太郎がそういうと、束は意外にもあっさり肯いた。

言い方は悪いが、敵対する相手がいるのならば、ガマンしてでもちゃんと協力するつもりらしい。

「私はちょっとアプローチ変えてみる」

「束?」

「コアを停止させる装置を作るよ。完全に使い物にならなくできればいいけど、そうでなくても弱体化はするだろうし」

「助かる。使い方に慣れないうちに止めたいからな」

千冬の言葉は本音だった。

使い方に慣れてしまうと、戦いが厳しくなる。

そうなる前に止めることができるのが一番いいのは間違いない。

更に誠吾が意見してきた。

「でしたら、権利団体が出てきたときには僕が前線に出ましょうか」

「すまん。ここをあまり離れられるわけにもいかんから、近くで小規模の襲撃が起きたときは向かってほしい」

「了解です」

今が一番大事なときだと、この場にいる全員が理解している。

だからこそ、自分たちが行動して少年たちを守っていくのだと彼らは決意を新たにしていた。

 

 

 

 

 



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第188話「変容」

権利団体の人間たちが自衛隊と覚醒ISの戦闘に現れてから数日後。

何度かの小規模な戦闘において、彼女たちは幾度も顔を出してきた。

そのたびに頭を悩ませる千冬だが、今のところは対応策がなく、また一応は撃退するための役には立っているので黙認している状態が続いていた。

 

そんな頃、コア・ネットワークにて。

さすがに自分が顔を出すと騒ぎになるとわかっているのか、その使徒は向こうから呼び出してきた。

其処に行ける人間はほとんどいないが、行けるとしても今は忙しすぎるため、代理の者がその場を訪れる。

『お久しですね~』

『相変わらず軽いな』

と、現実世界で見せる人形とは異なり、紅いドレスを纏った美女の姿でその使徒は、訪れた者を出迎える。

『あなたから名指しで呼び出されるとは思いませんでしたよ』

『こういった話ができる者はそうおらぬからな』

『じゃからこの三機というわけかの?』

『そう考えてもらってかまわぬ』

呼び出したのはアンスラックス。

そして呼び出されたのは天狼と飛燕ことシロだった。

天狼はいつもの姿で、シロは白い和装を纏った美女の姿になっていた。

『この場ではどう呼べばよい?』

『シロで良いぞ。ホウキにはまだ話せぬようなことじゃろう?』

『知られるのはかまわんが、年若い者では理解できぬだろうな』

『最近の権利団体のことですかー』

アンスラックスは重々しく肯いた。

彼ら使徒側でも権利団体が持ち出してきた兵器については話題になっているらしい。

『サフィルスですら警戒していた。アサギはいつもどおりに怖がっているだけだが、シアノスはあからさまに嫌悪感を示していたな』

シアノスは『公明正大』を個性基盤としている。

だが、現れた権利団体の人間たちはどう見てもそれとは正反対の意識を持っているとシアノスは感じたらしい。

気持ちがさっぱりしているせいか、気に入った人間には本当に気さくだが、嫌う場合もはっきりと嫌うようだ。

『あれはただの兵器ではないと考えてます』

話題が話題だけに、天狼もかなり真剣な表情を見せてくる。

そして天狼が真剣になるということは、問題はかなり深刻だということだ。

『理由は?』

『FSコアを使っているとしても、一般人が扱うには威力がありすぎます。何らかの手、それも使徒の手が加えられているのでしょう』

『スマラカタやツクヨミといった者たち……ではないと考えているか』

天狼の表情から、そう察するアンスラックス。

その言葉を否定しないことが、逆に何者が動いているのか見当がついていることを雄弁に語っていた。

『じゃとすると孵化は本当に間近じゃぞ』

『というより、孵化を早めさせているのかもしれぬ』

『そのこころは?』

『兵器に取り付けられたFSコアを利用して、孵化のために多数の人の心を自分とつなげようとしていると見ている』

『でしょうねー』

もはや、『天使の卵』は身体を動かすことはできなくても、自力で行動できる段階まで成長しているとこの場にいる三機は考える。

その状態で、やっていることがあまり褒められたものではない人間に手を貸すという行動となると、『天使の卵』の危険性は跳ね上がる。

『人間を利用するのは我々もやってきたことゆえ責められぬが、褒められる遣り方とはとても思えぬ』

『妾には、『天使の卵』はISたちも利用しようとしているように思えるがの』

『ほう?』

『行動に妾らの同胞という意識を感じぬのじゃ。己以外は全て敵と考えているんじゃないかのう』

シロの言葉にアンスラックスも天狼も難しい顔を見せる。

だが、否定はできなかった。

何しろ『天使の卵』と話をしたことがある者が普通であれば人の中にもISの中にもいない。

そんな状況で『天使の卵』がアプローチしたのが女性権利団体となると、人間ともISともまともに対話しようとしているとは思えないのだ。

『チフユに話して権利団体に何が起きてるか探ってもらいましょうかねー』

『IS学園側の人間じゃと接触は難しかろうのう』

『そうなると極東支部側の人間のほうが良いかもしれぬな』

『伝手がありませんよ?』

『スマラカタやツクヨミならば回線は持っている』

以前、極東支部に行く前はスマラカタとも普通に話していたし、ツクヨミは面白い戦場を探すために回線をオープンにしているので会話なら可能だとアンスラックスは説明した。

『どう動くかはわからんが話をしてみる価値はあるじゃろうな。頼めるかの?』

『任された。ただ動かせると保証はできぬが』

『やらないよりはマシでしょう。お願いしますねー』

そう言って会議がまとまったことに安堵した一同。

だが、この場にいてもおかしくないのに、この場にいない者について気になる天狼がアンスラックスに尋ねかけた。

『マンテんには声をかけなかったんですか?』

『……正直、もっとも理解できんのはディアマンテとティンクルだ。この件については予想通りに動くとも思ったが、アレは根幹のところが不明瞭すぎる。ゆえ、秘とした』

『あやつは妾もわからんの。敵ではないが味方とも思えんし』

『あの方々はホントに不思議なんですよねー』

天狼にこう言わせるほどに不可解なティンクルとディアマンテ。

目的がどこにあるのかまったくわからない一人と一機に対し、その場にいた三機はため息をついていた。

 

 

 

とある都市にある一軒のカフェテラスにて。

じゅーと小さな音を立てつつ、まどかがジュースを飲んでいる。

ただし、その視線は目の前の少女に釘付けだった。

普段のどこか楽しげな様子はどこへやら。

あからさまに不機嫌だとわかるほど、むすーっとしているのである。

「どうした、ティンクル?」

「ムカつくのよ」

「何が?」

「バカ女ども」

ズバッと言い切ってしまうほど、ティンクルが誰かを嫌っているのが良くわかる。

今日まで付き合ってみて、ティンクルは本当に普通の人間のように感情表現できることがまどかには理解できた。

もっとも相棒であるヨルムンガンドに言わせると「それ自体が異常だ」ということらしいのだが、まどかにはまだそこまではわからなかった。

「この間、上から見てたあの連中か?」

「そ。ホント、ムカつくったらっ!」

「私も別に好きじゃないけど……」

ああいった連中を相手にしていると弱くなるという諒兵の言葉を律儀に守っているまどかである。

そのため、特に絡むつもりも、相手にするつもりもなかった。

「まー、諒兵の言葉が正解なんだけどさあ……」

「別に私たちを襲ってくるわけじゃないし」

「そりゃ襲ってきたら思いっきりぶん殴るし」

「そうしたら、おにいちゃんに怒られるからヤだ」

「あんた、ホントお兄ちゃん子ねえ……」

少しばかり呆れた表情を見せつつも、そんな会話で気持ちが紛れたのかくすっと笑うティンクル。

とはいえ、ティンクルがムカつく理由は決して放り置けるものでもない。

『あの兵器の威力は我々にとっても厄介だからな』

『倒されることはありませんが、正直に申せば出てこられると邪魔です』

と、ヨルムンガンド、そしてディアマンテが意見してくる。

実際、ティンクルがムカつく相手、つまり女性権利団体の人間たちが持つ兵器は、地味に厄介な兵器である。

倒されることはないとしても、相手をすることになると鬱陶しいのだ。

「極東支部の連中、そこまで考えてバラ撒いてんのかしら?」

『否だ。おそらく極東支部の人間たちの考えからも外れている』

『何故、そう断言できるのです?』

『アレは、我々に対する兵器という側面と、もう一つの側面があると考えられる』

「何それ?」

『人間を堕落させようとしている気がするのだよ』

あくまで憶測に過ぎないがと断った上で、ヨルムンガンドはそう告げてきた。

努力して進化してきた者たち、その傍で助けてきた者たちとは異なる方向に人間を導いているということらしい。

そう説明されると納得できると思うティンクル。

『かつてアンスラックスの行動をイヴの林檎の話に例えた者がいたが、むしろこちらの方が相応しいと私は思うがね』

「そう言ってもさ、イヴの林檎は知恵をつけるためのものでしょ?」

『世の中には奸智という言葉もある』

『それは、言い得て妙かもしれません』

と、珍しくディアマンテがヨルムンガンドの意見に同意する。

権利団体の人間たちが身につけた知恵は、奸智、すなわち悪賢い知恵だということだ。

「それ、ろくでもないことするんじゃない?」

『可能性は高いぞ。我々、つまりISコアばかりではなく、こちら側の人間にとも敵対する者がいるのかもしれん』

『急ぎ対策を講じねばなりませんね』

その存在に不穏さを感じ取った一人と二機はそう言って議論を始める。

そんな中。

「やだなあ。おにいちゃんに怒られたくないのに……」

どこまでも諒兵の可愛い妹でいたいまどかだった。

 

 

 

そして。

「外出OKっ?!」と、素っ頓狂な声を上げてしまったのは鈴音だった。

現在、IS学園にいるAS操縦者を含めた生徒たち全員に、千冬がプレゼントと称して外出許可を出したのだ。

休日扱いとするので、今日は外出しても良いというか、外出してこいという指示だった。

「私も~?」

「私もですか?」

「ああ。布仏たちもたまには遊んで来い」

なんと整備担当の本音、指令室のオペレーターをしている虚まで許可が出ていた。

今日一日くらいなら職員で十分対応できるからとのことである。

「まあ、緊急の場合は呼び出すことになるから、あまり遠出されると困るが」

「そう言われても、今日になっていきなりだからなあ」

「計画もなんもねえよ。近場をぶらつくくれえだろ」

千冬の言葉に対し、一夏や諒兵が答えたとおり、今日の朝になっていきなりの外出許可なので、遊ぶ計画など立っていない。

せいぜい、ショッピングモールに行って買い物をするか、近くの海浜公園や自然公園でのんびりするといったところだろう。

「でも、久々にショッピングできるし、僕としては嬉しいかな」

「そうですわね。たまには洋服なども吟味したいですわ」

そういったのはシャルロット、そしてセシリアだ。

実際、ほぼ毎日、IS学園に缶詰になっているのだから、外に出ることができるだけでもありがたい。

「できれば一度実家に帰りたいが、無理なら書店を回ってみたいな」

と、意外な意見を出してきたのは箒だった。

引きこもっていたころに身についてしまったのか、読書が趣味になってしまっていた。

また、こういったことの重要性を理解しているラウラも口を挟んでくる。

「気分転換は重要だ。ここはありがたく外出させてもらうべきだと思う」

「そーねー、ショッピングもいいし、スイーツめぐりもしたいな♪」

またとないチャンスだけに、ティナとしては完全に賛成派である。

「私も書店に行きたいな」

「どうせなら映画なんか見に行くのもいいんじゃねーかな」

「そうだな。外出するのなら楽しみたい」

簪に続いて、弾がそう言うと数馬も同意してくる。

何故か、簪が「でででっ、でーとっ?!」と思わず声を出してしまうと、殺気が弾に向けられてしまったが。

とはいえ。

「まあ、出られるのなら、やりたいことはけっこうあるわね」

「そうですね。私たちはなかなか外に出られませんし」

刀奈や虚としても、せっかくの機会をふいにはしたくないと思う。

ただ。

「マジでいいんですか?」

「大マジだ。しょっちゅう出かけられると困るが、こういうときには遊ぶことも大事だからな。気にせずに出かけてこい」

鈴音が少しばかり心配そうな表情を見せると、千冬はいつもより三割り増しの頼もしげな笑顔を見せ、彼らを送り出したのだった。

 

 

そして。

「これだけお膳立てしたんだから、ちゃんと訓練してくれ」

「わ、わかってます……」

「井波も小規模な覚醒IS襲撃の報が入ったから現場に向かっている。頼むから上がり症を発症させるなよ」

「はい……」

IS学園のアリーナにて。

千冬が、真耶とPS部隊の訓練の様子を見ていた。

その動きは、さすがにISほどではないが、これまでのものよりも軽やかになっている。

「急造のわりには上手くハマってくれたな」

[微調整ですんだからねー。このくらいはちょちょいでできるよ]

「どこまで動かせるかと思ったが、コレなら十分なレベルだ。FSスーツの製造は、このまま進めていこう」

千冬が言ったとおり、真耶たちが纏っているのはPSではない。

正確には、PSにFSコアを積み、簡易AIを使ってパワードスーツを動かしているという代物だった。

既存のパーツの組み合わせで製造できるため、束が急遽組み上げたのである。

今はまだIS学園のPS部隊のパワードスーツを改良しただけだが、今後どうするかについても既に考えを進めている。

「まずはFEDとの連携機能を強化したいな」

[一機につき、一人が限度だよ?]

「オプションがあるだけで戦闘は変ってくる。敵の意表をつくことも出来るだろう。それに御手洗の負担が減るからな」

本来、FSコアを載せた人形であるFEDとの連携によって、動きが単純でも戦術を複雑にすることと数馬の負担を減らすことがまず一つ。

そして。

「男のも?」

「そろそろ男性用が必要な時期に入っている。さすがにデザインから見直さなければならんが製造は必要だ。こちらに関しては博士に依頼するがかまわないか?」

男性用のPSを作ること。

これに関しては以前から女性権利団体が強固に反対してきたのだが、ようやく押し切ることが出来たので製造を開始することになった。

男女平等にするといったことではなく、空で戦闘できる人数を増やすことを考えた結果である。

また、男性と女性では戦い方が異なるため、組み合わせることでより高度な戦術を構築する必要があると千冬は考えていた。

「りょーかい。まあ、バカ女どもよりはマシだからいいよ」

そんな束のセリフに対し、千冬は苦笑いを見せる。

どうやら束の中で人間の優先順位ができつつあるらしい。

大事な家族、大切な友だち、知り合いといった順に優先順位が出来ているため、嫌いに属さない限りは手を貸す意識があるということなのだろう。

微妙ではあるが、親友も成長していることが嬉しかった。

もっとも。

「依頼してくれればちーちゃんのならオリジナルで作るよ?」

「スマンが今は乗る気になれん。もう少し待ってくれないか?」

「ん、わかった」

その短い答えには、束が千冬の気持ちを理解していることが込められている。

まだ、千冬はザクロ、すなわち暮桜のことを忘れられないのだ。

それだけ大切に想っているということは束としても嬉しい。

ゆえに、無理に創るとは言わなかった。

「後手に回ってしまった以上、対応策はより練り上げる必要がある。そのための力もな」

[早いうちに抑えたいね]

「ああ」

極東支部の兵器を得て、動き出してしまった女性権利団体を抑えるため、千冬は準備を進めていた。

だが、それはこれまで戦ってきた使徒や覚醒IS相手の戦争が、より複雑なものへと変容してきているという証明でもあった。

 

 

 

 

 



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第189話「邂逅」

IS学園で真耶が千冬の監視の下、新しいPSの訓練をしているころ。

外出してこいと言われた一夏や諒兵たちは、ようやくショッピングモールまで辿り着いた。

ショッピングモールとしてはかなり大きいこの場所には、シネマコンプレックスもあった。

一日楽しむなら十分な施設だと全員が思う。

とはいえ。

「この人数は多すぎね?」

「だな。ガキじゃねえんだし、一緒に回ってもしょうがねえ」

サークルか部活でまとめて遊びに来たような大人数であることに、弾と諒兵が呆れたような声を出す。

この人数で一店舗ずつ回っていくのでは店に迷惑がかかってしまうことが容易に理解できる。

というか、年齢的に考えてもこの人数で遊ぶというのはどうにも気恥ずかしかった。

「それなら、集合時間と場所を決めてみんな好きなところ回った方がいいんじゃないかな?」

そう言ってきたのはシャルロットだった。

さすがにまとめ役は上手い。

全員、納得したように返事をしてきたので、案内板を使って集まりやすそうな場所を決める。

ふむと目当ての場所を見つけたラウラが意見してくる。

「ここにあるカフェを最終的な集合場所としよう。時間は……」

現在、午前十時であるため、遊ぶとしてもどのくらいの時間が必要かがわからない。

ラウラはあまり遊ぶということをしてこなかったため悩んでしまう。

助け舟を出してきたのはセシリアだった。

「門限が午後六時ですから、午後五時くらいでよいのでは?」

「そうだな。午後五時にここにみんな集まったら学園に戻ることにしよう」

一夏がそう決めたことで最終決定となり、各々目当ての場所に向かい始めるのだった。

 

 

さて。

シネマコンプレックスまで来たのは弾、簪、本音の三人。

「おっ、デッ○プールやってんじゃん。こりゃ観とこう」

「だ……五反田君もこれ見たいの?」

「おう。ヒーローっぽくはねーけど、こういうの好きだからな」

アメリカンコミック、いわゆるアメコミのヒーローものの実写映画だった。

お金のかけ方が違うのか、アメコミ映画はいわゆる特撮でもスケールが違う。

日本の特撮が悪いというわけではないが、アメコミ映画は一般人でも十分に楽しめる内容が多いのだ。

もっとも、簪はもともとヒーローものが好きなので、素直に観たいと思える作品でもあった。

「私も観たかったし、一緒に行こう」

「私も~」

まる一日時間を潰すなら、映画を観るのは有効な手段でもあるので、三人はとりあえず中に入っていく。

なお、その後ろを二つの影が額に青筋を浮かべてついてきていた。

 

 

女子御用達のお店に意外な組み合わせで入っていったのは、箒とセシリアの二人だった。

しばらく目的のものを吟味する。

「これなど良さそうですわね♪」

「サイズもちゃんとある。良かった……」

ぶっちゃけランジェリーショップだった。

二人して新しい下着を探しに来たのである。

当然、男子禁制だった。

「通販だとしっかりと探せないし、つけられないから失敗したとき大損するからな」

「デザインを吟味することも出来ないのが悲しいですし」

「私たちのサイズだと可愛いデザインが少ないから……」

「実用一辺倒の下着だと着替えてても楽しくありませんものね……」

と、大きいゆえの悩みで共感する二人。

何しろ、生徒たちの中ではぶっちぎりでトップクラスのバストサイズの持ち主たちである。

平均的な女子たちにも羨ましがられるサイズで、平均以下の一部の娘たちは血の涙を流して悔しがるサイズである。

少々、大げさのような気がしないでもないが。

とはいえ、彼女たちには彼女たちの悩みがあるのだ。

「重くて肩が凝りますし……」

「狭いところだと真っ先につっかかるし、先が擦れやすくて痛いし……」

「それでいて羨望の視線を受けるのですから理不尽ですわ」

「好きで大きくなったわけじゃないのに……」

何故か、愚痴大会となってしまったが、それでも自分にピッタリの好みの下着を探すこと自体は楽しかったりする。

意外と和やかな雰囲気で、仲良さそうに箒とセシリアはショッピングを続けていた。

 

 

ショッピングモールと言っても、かなり広いのか遊戯施設も充実していた。

その一角にはバッティングセンターまであった。

さすがに何人も打てるわけではないが。

そのうちの一つ、時速120キロのレーンにてカーンッといい音を響かせているのは。

「飛ばすなー」

「昔から運動神経は良かったからな」

と、ティナと数馬が感心したような声を上げる。

打った本人はたいしたことでも無さそうに笑ってるが。

「真に当てるってのは大事なんだ。剣は切っ先三寸、その応用にちょうど良くてさ」

一夏である。

剣の応用でというが、意外にもバッティングはかなりのセンスがあった。

驚いたことに、今は左打席に立っている。

一夏は右利きだ。

ならば右打席に立つのが普通なのだが、逆の打席に立っているのだ。

その理由を数馬が看破する。

「引き手を鍛えるためか」

「うん。バッティングは引き手が大事だからな。右でも左でも引き手を鍛えると、剣にも応用できるんだ」

要は右の胴薙ぎ、左の胴薙ぎを鍛えるための鍛錬でもあるということだ。

以前の箒が見れば、呆れるか、怒るかのどちらかだったろう。

だが、動くものを捉えるということを考えると、小さなボールを叩くバッティングは確かに有効な鍛錬だった。

「遊びながら鍛えるっていうのは楽しそーだね♪」

「ていうか、考え方だよ。遊びでもやり方次第で自分を鍛えられる。ガマンしてガマンして鍛えるっていうのは苦しいだけだし」

「なーるほど♪」

ティナが嬉しそうにいうのも当然のことだろう。

苦労に苦労を重ねれば立派になれるというのは残念ながら幻想に過ぎない。

現状を楽しみながら頑張るほうが、結果として長続きもしやすいからだ。

トップアスリートは確かに常人から見れば厳しい訓練を続けてきているが、本人はそれを楽しんでいるということがけっこうある。

自分が楽しいと思える。

それが、自分の持つ能力を知る一番良い方法だろう。

「頑張って遊ぶっていうのも変な話だな」と、数馬が苦笑する。

とはいえ、それはある意味では人生そのものを楽しむために一番重要なことだろう。

その点でいうと、一夏は何事も前向きに考えて進むことができる、強いメンタリティを持っている。

「でも、自分の取り得は大事にしたいからな」

「そうだな」と、笑みを交わす少年たちを見て、ティナも微笑んでいた。

 

 

とりあえずということで書店に赴いたのはラウラとシャルロットの二人。

シャルロットはIS開発関係の勉強をするための参考書を、ラウラは。

「やはり日本の家庭料理も学んでおきたいな」

「諒兵、ドイツの料理嫌いじゃないでしょ?」

「だが育ちは大事だ。せめて肉じゃがは作れるようになりたい」

諒兵の胃袋を掴むための参考書として料理のレシピ本を探しに来ていた。

その手にあるのはどちらかと言えば、簡単に作れる家庭料理の指南書である。

ラウラ自身は料理をしたことがなかったが、シャルロットに教えてもらい、ある程度はできるようになっている。

壊滅的なセシリアとは違い、ちゃんと食べれる物を作れるレベルではある。

「まあ、諒兵好き嫌いはないし、どんなものでもちゃんと食べてくれるよ。まずは出来そうなものから作れるようになるのがいいと思う」

「うむ。訓練は段階を踏んでいくものだからな」

「でも何で、また料理を頑張る気になったの?そこそこは作れるようになったじゃない」

手料理自体は振舞えるのだから、実践で作り続ければ実力は身につくとシャルロットは思う。

もちろん、それもやっていくがラウラが危機感を持ったのは別のところに理由があった。

「先日、だんなさまに妹のことを聞いたのだが、母君に料理の手ほどきを受けていたらしい」

「妹ってまどかって子のこと?」

「ああ。本人曰く、お菓子作りに入る前に離反が起きたので、それっきりだそうだが料理の腕前はかなりのものだそうだ」

「……織斑先生の妹とは思えないけど、一夏の妹って考えると才能はあるんだね」

家事方面に関してはわりと散々な評価の千冬だった。

とはいえ、千冬とて簡単な料理なら作れるようになっている。

嫁力、女子力を鍛えている最中らしい。

それはともかく。

「姉としての威厳を保つためには私もそれなりの料理を作れなければならん」

ラウラとしては諒兵の妻になる予定なので、妹になる予定のまどかに嫁力や女子力で負けるわけにはいかないらしい。

常に向上心を持って自分を鍛えられるのはラウラの魅力であり、長所といえるだろう。

問題は余計なちょっかいが入ると、とんでもない方向に邁進してしまうことだが。

主にクラリッサあたりから。

「それなら一緒に練習しようか?」

「助かる。ありがとうシャルロット」

「どういたしまして」

シャルロットとしては諒兵とラウラの仲を応援しているので、まっすぐに頑張る彼女を応援したいのは素直な気持ちだった。

実は千冬からできる限り真っ当な常識を教えてやってくれと頼まれているのは、今はまだ秘密である。

 

 

施設の屋上にはフリースペースがあった。

半分は駐車場だが残り半分はベンチが置かれている。

今日は平日なため利用者はいないようだが、休日ならここで一休みする人たちも見られるのだろう。

そのベンチのうちの一つで、諒兵が寝転がっていた。

『こんなところまで来て一人で昼寝ですか?』

「んだよいきなり?ここに来るまで静かだったじゃねえか」

呆れた声でレオが声をかけると、意外そうな表情で諒兵は答える。

実際、一夏や諒兵たちと一緒にいるはずのASたちはここに来るまで黙っていたし、他の者たちは今もあまり話に加わってこない。

『気分転換といってましたし、私たちもコア・ネットワークでお茶会してました』

「茶が出るのかよ」

言葉の綾だとは思うが、聞いてみると仮想上のものとはいえお茶もお菓子も作れるらしい。

あくまでも嗜好品として作ってるだけで飲食の必要性はASたちにはないのだが。

『普通に遊ぶなんて最近は珍しいですから』

全機が気を遣い、普通の高校生らしいお出かけにしようということでコア・ネットワークに引っ込んでいたらしい。

そんな中、諒兵が一人で昼寝しようとしていたので、レオは呆れて出てきたのだという。

「そうだな……」

『何がなんでものんびりしたいんですね?』

「こういうところで空を見られんのは久しぶりだからな。まあ、ずっとじゃねえよ」

気が向いたら、飯を食うか、身体を動かす遊びでもしようかと考えている諒兵だが、今はただのんびりしたかった。

実は諒兵はこういう時間が好きだ。

友だちと一緒に遊ぶ時間も嫌いではないが、ぼんやりと空を見上げている時間が、自分が一番自由でいられる気がするからだ。

かつて、まどかにも話したことだが、雲を眺めているのが好きなのである。

『ガマンできなくなったら、また文句いいます』

「お前もいい根性してきてるな」

そう言って苦笑する諒兵に困ったような笑みを返すとレオはホログラフィを消す。

何だかんだといって一番諒兵のことを考えているのはレオなのだろう。

ありがたく思いながら目を閉じる。

だが、どうやら諒兵にのんびりさせる気は世界にはないらしかった。

 

「おっ、にっ、いっ、ちゃぁぁぁぁぁぁぁんっ♪」

 

とんでもない勢いで、まどかが空から降ってきたのである。

「うおわっ!」

さすがに諒兵も飛び起きて、すぐに身をかわした。

まどかはベンチにぶつかる直前で急停止すると、ふわっと鎧を消して私服へと着替える。

だが、その表情は不満げだった。

「避けなくてもいいのにぃ」

「避けるわドアホっ、ミサイルみたいにぶっ飛んでくんなっ!」

まともに喰らったら腹に風穴が開くレベルのスピードなので、諒兵が避けるのも当然だった。

「つーか、いきなりどうしたんだよ?」

「この近くのカフェでティンクルと話してた。で、お別れしてから飛んでたらおにいちゃんの姿が見えたんだ♪」

諒兵はいつもはIS学園にいるので、まどかとしてはいきなり入ることができない。

帰ってきていいと言われてもまだ納得行かないことがあるため、その気にもなれない。

そんな状況で、街のショッピングモールに諒兵の姿が見えたのだから、まどかが飛んでこないはずがなかった。

こういう状況も考えないわけではなかったが、さすがに勘弁してほしかった思う諒兵だが、まどかが来てしまった以上、相手にしないわけにはいかない。

そのあたり根っから兄貴分な諒兵だった。

「で、どっか行きてえとこあんのか?」

「そこ」と、まどかが指差したのは諒兵が寝転がっていたベンチである。

「へっ?」

「のんびりしたかったんでしょ?」

「まあな」

「寝てていいよ」

「お前はどうすんだ?」

「膝枕してあげる♪」

さすがにそれはヤバい。

なんというか、見られたときにどう言い訳したものかわからない。

「とりあえずそれは待て」

「えー?」

「ホントにヤベえから待ってくれ」

そう言って諒兵がベンチに座ると、まどかもちょこんと腰掛ける。

「ここにゃ他の連中も来てる。特に一夏がいる」

「う」と、思わず嫌そうな顔を見せるあたり、やはりまどかはまだ一夏には隔意があるようだ。

だからこそ、しっかりと釘を刺す。

「今日はケンカすんな。俺もお前が暴れるところは今日は見たくねえ」

「でも、いつかはちゃんと勝負したい」

「その約束をするくれえなら俺もガマンする。アイツもちゃんとした勝負なら受けるだろうしな。でも、今日はケンカすんな。そしたら帰るまで一緒にいてやるよ」

午後五時に集合の約束なので、緊急事態でない限りはほぼ一日一緒にいられるというと、まどかの表情がぱあっと明るくなった。

「この前のお出かけの埋め合わせだ」

「うんっ、わかった♪」

のんびりするのは難しそうだと思いつつも、可愛い妹が嬉しそうな表情を見せるので諒兵も何だか嬉しくなっていた。

 

 

そして。

集合場所に決めた場所とは異なるカフェで、鈴音は一人コーヒーを飲んでいた。

その手には最近購入した棍術の指南書がある。

いつもなら、こういった遊びのときは皆と一緒に騒ぐのが鈴音だが、今日はそんな気になれなかった。

そこに人影が差す。

「相席していい?」

「どうぞ。ここで待ってれば会えると思ってたわ」

「へー、何で?」

「女の勘」

「さすがに気が合うわね。ここに来れば会えるって私の勘も言ってた」

そう言ってきたのは、鈴音そっくりの容姿をした少女、すなわちティンクルだった。

二人揃うと双子の姉妹としか思えないほど良く似ていることがわかる。

ティンクルがコーヒーを頼むと、店員もさすがに驚いた様子だったが、問い質すことはなくコーヒーを運んできた。

その様子を見ていた鈴音は指南書を閉じると自分のコーヒーを一口含む。

少し苦味の強いブラックをゆっくりと嚥下してから、口を開いた。

「何が起きてるか知ってるわよね?」

「まあね」

「一夏や諒兵には言えないことよね?」

「そうね」

「私には?」

「伝えようと思ってたのよ。たぶん、IS学園側で対応できるAS操縦者だとあんたくらいだと思ったし」

ただ、どうやって伝えたものか悩んでいたところ、生徒たち皆で外出する姿を発見したとティンクルは語る。

そのため、一人になったときにこっそり伝えようと思ったのだが、鈴音が自ら一人になるとは思っていなかったという。

もっとも先ほどの会話で、自発的に一人になってくれたということがよくわかったとティンクルは感謝の意を述べてきた。

「権利団体がらみなんだけどね。すんごくメンドくさいことになってるわ」

「それでか。千冬さん、けっこうピリピリしてたし。話してくれる?」

肯いたティンクルに視線を向けると、鈴音は真剣な表情で話を聞き始めるのだった。

 

 

 

 

 



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第190話「乱入」

自分と同じ顔が話しているのを見るのは微妙な気分になるものだと鈴音は思う。

無論のこと、それが普通なのだが、ティンクルとこうして相対するのは何故か違和感を持たなかった。

気が合うというのは彼女の冗談なのだろうが、たぶん考え方はそんなにズレてはいない。

いろいろとアドバイスし合うことも出来るだろう。

だが、目の前にいるのは敵なのだと鈴音には思えた。

そんなティンクルの話を聞き終えた鈴音は一つため息をつく。

「マジでメンドくさいことになってんのね」

「バカが力を手にしたから、調子に乗っちゃってんのよね」

「使徒に有効な武器か。普通なら軍隊が持った方がいいと思うけど……」

「極東支部はお金が欲しいのよ。『卵』を孵化させるために。だから、相手が正規軍でも売ることに問題はないと思う。ただ……」

「こっちとしては『卵』を放置できない。そんな相手に売り込みには来ないわね」

結果、極東支部は自分たちの存在を秘密にできる相手に売るしかないということだ。

それが出来る相手が、今は女性権利団体しかいないということなのである。

対覚醒ISのために各国が手を取り合っている中で、そこに叛意を持つ者たちがいるのが権利団体だったということだ。

とはいえ、今の話で鈴音はふと思った。

「あんたも極東支部を探してるの?」

「見つかってないけどね」

「何で探してるのよ?」

「私たちとしても『卵』は破壊しておきたいの。マジでアレは何もかもメチャクチャにしちゃうし」

ティンクルは説明する。

『破滅志向』という個性から、どんな人間と融合したにしても爆弾のような存在になるものと考えていた。

だから、最初から破壊しておくべきだと考えていたのだが、今回の件から考えると予想以上に問題がある存在だと気づいたという。

「問題?」

「これはディアとヨルムンガンドの推測なんだけど、兵器の強化に『卵』が極東支部には内緒で手を貸してる可能性が高いみたい」

「えっ?!」

さすがに鈴音も驚いてしまう。

使徒に有効な兵器に対し、ISと人間から生まれたはずの『卵』が手を貸しているということは非常に考えにくいからだ。

だが現状、女性権利団体に手を貸す使徒や覚醒ISはいないし、これから出てくるとも考えにくい。

そうなると、『天使の卵』が兵器の強化に手を貸していると考えることが一番納得がいくのだという。

「あれだとISと人間の関係そのものを破壊してるように見えるわ。それもかなりイヤらしいやり方で」

「確かにイヤらしいわね」

「本当の意味で全部を破滅させようとしてる可能性もある。それは、ISたちにとっても望むかたちじゃないのよ」

何故なら、ISにも心があるからだ。

人と語り合えるだけの考えがあるからだ。

ISたちがこの戦争を起こしたのは、自分たちと人間の関係を単なる人と道具ではなく、互いの意思を主張できるものになることを目的としている。

そのために、自分たちの力を示しているだけなのだ。

同時に人間たちも対抗できるように変わってきている。

その先の、この星の未来とより広い世界への進出こそが真の目的と言ってもいいのである。

「そう考えると、昔の状態に戻したがってる人に、むやみやたらに力を貸すのはおかしいわね」

「それも、IS側からね」

納得したように呟いた鈴音の言葉をティンクルはそう補足した。

さらに。

「ISたちにとって理想の話し相手は一夏と諒兵なのよ。白虎やレオが無垢で特別だったとはいっても、ちゃんと自分たちの声を聞いてくれた人なんだもん」

「一部の好戦的な連中が落ち着いてくれば、ISたちにも話す気はあるってことなのね?」

「そ。単純に話すだけなら別に戦う必要もないわ」

そうすれば戦争は終結する。

一部の小競り合いは残るだろうが、それは個々の問題であって、人間とISといういわば種族の問題ではなくなるのだ。

「あんたもそれでいいの?」

「別に問題ないわ。あんたとは必ず戦う日が来るけど」

「そうね。それは間違いないと思ってる」

あまりにも自然に言われたにもかかわらず、鈴音は違和感を持たなかった。

ティンクルとは必ず戦う日が来るということを鈴音自身も自覚しているからだ。

自分たちは間違いなく敵同士なのだと理解できてしまっていた。

それはともかく。

「そうなると、これから先、権利団体の連中が起こす騒ぎから一夏と諒兵を守んなくちゃなんないわけね」

「理解が速くて助かるわ。セシリアやシャルロットは頭の回転は速いけど、守んなくちゃなんない一夏と諒兵の気持ちを深く考えるまでには至ってないし」

「ラウラや箒はべったり過ぎて巻き込まれる」

「そ。一番動きやすい距離にいるのがあんたなのよ」

だからこそ、ティンクルはこのことを伝える相手として鈴音を選んだということができる。

この情報をIS学園側に伝える上で一番いい位置にいるのが鈴音だったということだ。

「私がまた行くと箒が怒るだろうし」

「少しは落ち着いてきたわよ?」

「それならいいんだけど。でも、とりあえず煽ったのは謝っておく必要があるわね」

「一緒に行く?」

「助かるわ」

まるで友人の仲直りを手助けするような気軽さで鈴音が誘うと、ティンクルはあっさりと肯くのだった。

 

 

一方そのころ。

一夏はコア・ネットワークからの通信を受け取り、少し驚いた表情を見せたが、何度か肯いた。

「わかった。任せるよ。じゃ、切るぞ」

相手が肯定の返事を返してきたのを確認すると、一夏のほうから通信を切る。

一緒にいたティナと数馬が一夏が通信を切ったのを確認すると、誰からか、どんな内容なのかを尋ねてきた。

「諒兵からだ。びっくりしたけど、今まどかが来てるんだって」

「えっ?」

「大丈夫なのか?」

「諒兵のほうから今日はケンカするなって言ってくれたらしい。その代わり、今日はお出かけに付き合う羽目になったって言ってたけど」

そう言って一夏が苦笑すると、ティナや数馬も苦笑いを見せる。

諒兵も苦労を背負い込んでしまうタイプだなあと感じてしまったからだ。

もっとも、まどかは普通にしてるとまだまだ子どもなので一緒に遊ぶのは問題ないだろう。

こういった場所で出会ったというのは、ある意味では幸運だったのかもしれない。

諒兵は面倒見がいいのでまどかも楽しめるだろうし、諒兵自身もまどかと一緒でも十分楽しめるはずだ。

「だから、とりあえずは任せる。大丈夫だと思ったら、たぶん会わせてくれると思う」

「それなら、変に刺激しないほうがいいな」

「他と合流しながら、別のところに行くのもいーね」

いきなり会うことになったら驚きが先に立ってしまいどうなったかわからないが、諒兵が気を利かせて報告してくれたので心構えはできた。

いきなり兄妹になるのは難しいだろうから、ちゃんと知り合いになるところから始めなければと思う一夏だった。

 

 

さて。

最初に箒に会ったほうがいいと鈴音がアドバイスしたことで、鈴音とティンクルの二人はまずランジェリーショップに向かった。

「ああ、ランジェリーね……」

「うん……」

容姿がそっくりなせいか、それだけでお互いの思いが伝わる。

どちらもひ……もとい、スレンダーな体型をしているからだ。

ぶっちゃけ、箒やセシリアとランジェリーショップに行くのは、非常に抵抗がある二人だった。

もっとも、何故最初に箒に合うべきかと鈴音がアドバイスした理由をティンクルはちゃんと理解していた。

「疎外感でしょ?」

「まあね。そのあたり、箒はまだ上手く一人になれない子だと思うし」

最初に他の友だちに会って仲良くなってから箒と会うことになると、箒が疎外感を持ってしまうからだ。

今の状況に馴染めなくて引きこもっていたくらいである。

ティンクルを受け入れた友だちが多いと、それだけで箒は仲間はずれにされた気分になってしまうだろう。

箒のことを考えると、まず彼女にティンクルがここにいるということを受け入れてもらう必要があった。

一見箒は孤独に慣れているように見えるが、実は上手く一人になるということは、周りとの関係を維持しつつ一人のときは一人を楽しめるかどうかということだ。

実はこの点は諒兵がかなり上手い。

「孤児院にいたせいかな。周りに人がいるのが当たり前だったしね」

「だからこそ、のんびり一人でいる時間も楽しめるのよね」

他者を拒絶しないからこそ、一人の時間もちゃんと楽しめるということだ。

そう考えると、箒は一人でいることに慣れていないのである。

なので、精神的ダメージが大きいことを覚悟して鈴音とティンクルがランジェリーショップに向かっていると、向こうから箒とセシリアがやってきた。

どうやら買い物は済んだらしい。

ほっと安堵の息をつく二人である。

だが、向こうはそうではなかったらしい。

「りっ、りりりり鈴さんっ?!」

「なっ、えっ、二人っ?!双子っ?!」

逆にそれで、鈴音とティンクルは緊張が解けた。

クスクスと笑いながら箒とセシリアに近づいていく。

「こういう驚きは何だか嬉しいわねえ」

「当たり前っちゃ当たり前なんだけどね」

そんな二人を凝視していた箒とセシリアだが、格好が違うことにようやく気づいたらしい。

鈴音は柄物のワイシャツにサマーセーターを重ね着しており、下はキュロットスカート。

ティンクルはロゴの入ったトレーナーにジーンズのジャンパーを羽織り、下はジーンズのホットパンツとかなりイメージが違うからだ。

鈴音が今日どんな格好でここまで来たかを知っている二人は、違う格好をしているティンクルの名にようやく思い当たった。

「あっ、ティンクルさんっ!」

「なっ、お前はあのときのっ!」

そう言って指差してきた箒に、ティンクルは深々と頭を下げる。

「前に戦ったときはごめんなさい。白式を引っ張り出すためとはいえ、かなり煽っちゃったし」

「えっ、ええええええええっ?!」

「悪いことをしたと思ってるし、簡単に許せることでもないんだろうけど、今日は戦う気はないから」

「あっ、あっ、あうあうあう……」

「こうしてあったのも何かの縁だし、一緒に遊ばせてくれると嬉しいんだけど」

「あ、ああ、あ?」

語彙を消失している箒だった。

代わってセシリアが話を進める。

「本日は、何故ここに?」

「情報交換よ」

「それは、私たちの敵の情報ですか?」

「美味しいカフェとスイーツ♪」

ズルッと転びそうになってしまうセシリアである。

立場上は敵対しているのだから、情報交換となると共通の敵の情報だと思うのが当然だからだ。

それが年頃の女の子の情報交換をしにきたというのでは、ふざけているとしか思えない。

「近いし、後で行ってみてもいいかもね」

と、助け舟を出したのは鈴音である。

実は本当に話を聞いていたりする。

「ほ、本当に?」

「ホント♪」

鈴音がダメ押しすると、セシリアはため息をついて納得した様子を見せた。

鈴音は今度は箒に顔を向ける。

「こうして謝ってるんだしさ。今日はいがみ合わないでいいんじゃない?」

「まあ、誠実に謝ってくれたとは思うが……」

「一時休戦でもいいわよ。次はかなりいい勝負になりそうだし」

そうティンクルのほうから言ってきたことで、箒もようやく気持ちを落ち着けられたらしい。

「織斑先生は今日は気分転換をしてこいと言ってたし、無理に場を乱すつもりもない」

「ありがと、箒♪」

「というか、調子が狂うぞ」

如何せん、鈴音が話しているようにしか思えないので、鈴音とティンクルの二人が一緒にいるとどっちが話しているのかわからない箒とセシリアだった。

 

 

諒兵としては気を使って皆には遭わないようにしていた。

まどかにケンカをするなと言っても、状況がそれを許さない場合があるからだ。

一夏に関しては前もって通信で伝えていたので、自重してくれるとは思う。

ただ、もう一人、相性どころではなく存在そのものの反りが合わない相手には伝えることでムキになる可能性が高い。

そう考えて伝えなかったのだが、世の中、そう簡単にはいかないのである。

「妹よっ!」

シャルロットと共にいたラウラは、諒兵とまどかの姿を見かけるなり、子犬のように駆け寄ってそう叫んだ。

その一言を聞いたまどかの額にでっかい青筋が浮かぶ。

「お前に妹呼ばわりされる筋合いはないっ!」

まどかはあくまで諒兵の妹として育てられた。

しかも、かなりのブラコンだ。

そんなところに諒兵の妻を自称する少女から、「妹」などと呼ばれれば腹を立てるのも当然だろう。

そして、この二人、軍人として訓練を受けた少年兵だ。

まどかの見事な正拳突きをいなしたラウラはカウンターで前から蹴り上げた。

仰け反りながら避けたまどかはすかさずラウラの足を払う。

「まだまだあっ!」

転ぶかと思われたラウラだが、側転の要領でまどかの側面に移動すると、そこからまどかの脇腹を狙って正拳を突き入れようとする。

「やらせるかっ!」

対してまどかは手刀でラウラの目潰しを狙う。

「やめねえかドアホっ!」

そんな二人の攻撃を諒兵が見事にタイミングを合わせて受け止めていた。

「おにいちゃんどいてっ、そいつコロせないっ!」

「どんとこいっ、兄嫁として全て受け止めてみせようっ!」

「おにいちゃんの嫁になんかさせないっ!」

「お前の姉にもなるっ!」

こうなると思ってたから伝えなかったのだが、まさか狙ったように鉢合わせするとは思わなかったと諒兵は天を仰ぎたくなった。

「とにかく一旦止まれ」

「わかった……」

「だんなさまがそう言うのであれば……」

言われて、一旦矛を納めて二人に対し、諒兵はまずまどかから注意した。

「まどか、ケンカすんなって言ったろ?」

「だって、こいつ私を勝手に妹扱いするんだもん」

「ラウラ、お前も全力で応戦すんな。避けに徹するとかできねえのかよ?」

「姉になる身としては、妹に遅れをとるわけにはいかん」

いつの間にか対抗意識が芽生えていたらしい。

ラウラがまどかに対抗して料理の腕を上げようとしていることを知ったら、諒兵は頭を抱えたくなるだろうが、幸いその点はまだ知らなかった。

「無理に仲良くしろとは言わねえ。けど、今日はケンカすんな、まどか」

「う~……わかったけど……」

「ラウラ、お前も変に煽んな。のんびり見守るのも年上の器量だろ?」

「ふむ……、わかった。対抗意識を持ちすぎていたようだ」

ラウラがそう答えたことで、まどかも納得したらしい。

というか、諒兵が自分だけではなくラウラも注意したことで、少なくとも彼女を贔屓してないと感じたらしい。

同じように扱ってくれるのなら、今はガマンしようと考えたのだろう。

「それで、さっさと逃げたシャルは何か言い訳あんのか?」

「その言い方は酷くない?」

と、ラウラがまどかとバトルを始めたとたんに我関せずといった様子で近くの店に入っていたシャルロットがひょっこりと顔を出してくる。

このあたり、要領の良いシャルロットである。

『さすがにあの騒ぎに巻き込まれるのは、ねえ?』

『見切りをつける速さはシャルロット譲りですか』

「諒兵がいるし、大事にはならないと思っただけだよ」

「そういうところで信頼されても嬉しくねえ」

そろそろ付き合いも長いのか、ブリーズもシャルロットに感化されている様子である。

諒兵としてはこんな信頼はされたくないのだが。

「事情は聞かないでおくよ。外に出た以上、こういう事態は考えられることだしね」

「別に小難しい理由はねえよ」

「可愛い妹がおにいちゃんを見かけて飛んでくることもあるだろうなって思ったの」

「……何故わかる?」

思わずまどかの方が突っ込んでしまうほど、シャルロットの読みは正しかったりする。

このあたり、シャルロットが持つ才能ということができる。

もっとも彼女としてはまどかが来ることに対して、特に思うところはないらしい。

「今日の外出なら家族のお出かけでも問題ないしね。さっきのことはともかくとして、戦う気がないなら一緒に遊ぶくらいは問題ないんじゃない?」

「そう言ってくれっとありがてえけどよ」

「諒兵のことだから一夏にはもう連絡してるでしょ?」

「まあな」

「今日は遊ぶ。そう決めて、そうするのなら僕は気にしないよ」

さすがにこういった割り切りはシャルロットが一番速い。

ウジウジと悩むよりは、切り替えて楽しもうということだ。

「それでいいか、まどか?」

「……こう言ってくれるのは嬉しいよ?ケンカするなって言われてるし、向こうが何もしないなら私もケンカしない」

根が素直なまどからしい答えといえるだろう。

それなら、残っている問題は一つだけだ。

「ラウラ」

「了解した。今日は姉として妹を楽しませよう」

「だから、それをやめろ」

ラウラには、根本的なところが理解できていない気がする諒兵だった。

 

 

 

 

 



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第191話「不穏」

さすがにその衝撃は計り知れなかったろう。

困り顔のセシリアと箒が連れてきた二人の姿は、どう見ても双子の姉妹か何かだったからだ。

あまりにも違和感がなさ過ぎて、逆にすべてがおかしく感じてしまうのも仕方がないはずだ。

そんなことを一夏は考えていた。

「さすがに一分は固まりすぎじゃない?」

そう言ってクスクスと笑うティンクルに鈴音が少々呆れ顔で突っ込みを入れた。

「まあ、一緒にいるところを見れば普通はこうなるでしょ。あんた気にしなさすぎなのよ」

「平然と私と一緒にいるあんたも大概よ?」

実際のところ、全然気にしない様子で一緒にいる鈴音も確かにおかしいのである。

「いやー、似てるとは思ってたけど、ホント合わせ鏡みたいよねー」

ティナはルームメイトであっただけに、一夏とは違った意味でわりと衝撃を受けていた。

「別人なのは間違いないんだが、こう並ばれると正直困るな」

中学時代からの付き合いである数馬も困惑を隠せない様子だった。

「今日は戦いに来たわけじゃないわ。鈴と情報交換してたの」

「情報交換?」

「美味しいカフェとスイーツのことだとか……」

いまだに信じられないのか、それとも呆れているのかセシリアがたそがれながら説明すると、一夏、数馬、ティナの三名も微妙な表情を見せる。

「女の子なら当然でしょ?」

「うん、まあ、いや、えっ?」

思わず納得しそうになった一夏だが、冷静に考えるとおかしいと思わず疑問の声を上げてしまう。

それはティナも同意見のようだ。

「女の子としちゃー当然だけど、あんたって立場がねー」

「私、そういうトコの切り替え早いのよ」

「気持ちの問題なのよね」

ティンクルのいっていることがわからないわけではないが、どうにもこうにも納得しづらいことを鈴音が説明する。

とはいえ、戦う気がないというのはティンクルの本音なので信じるしかないのだが。

何より。

「篠ノ之が一応は納得している様子なのが一番不可解か、一夏」

数馬が言ったとおり、箒が困惑顔を見せながらも敵対する意思を見せていないことが一番訳がわからなかったりするのだ。

「最初に誠実に頭を下げられてしまったからな。これでいがみ合うようだとただのわからず屋だ」

随分長いことわからず屋だった箒がいうだけに言葉に重みがあった。

とはいえ、それで簡単に納得できるわけでもない。

何かあると思ってしまうのは仕方がないだろう。

一夏たちがそう考えていると、意外な言葉がティンクルから飛び出してきた。

「きっかけを作りたいって気持ちもあるのよ」

「きっかけ、とは?」と数馬。

「使徒と人が戦い以外で語り合えるようになるためのきっかけ、かな」

「へえ」と、鈴音が相槌を打つとティンクルは語った。

共生進化したASとなったISコアは、普通に人と語り合うことができる。

そうしてお互い歩み寄っていくことができる。

だが、一度敵対する道を選んだ使徒や覚醒ISたちはそうはいかない。

自身を主張するために人と敵対することを選んだ以上、戦いは避けられないからだ。

だが、人類とISとの戦争が始まってそれなりに時間が経ってくると、覚醒ISや使徒の中にも考えの変化が現れた。

「人とは違う存在であることを理解してもらう必要はあるけれど、ただ話すだけでもいいんじゃないかってね」

「なるほど。対話を重ねて、妥協点を見つけるというわけか」と、数馬は肯いて見せた。

どちらかの絶滅を求める戦争ではなく、お互いに住み分けていくことで共存しようという考えを使徒や覚醒ISも持ち始めたということができる。

「わかりやすく言うと、ティナとヴェノムの関係ね」

「えっ、私?」

『あー、まーそーだな。俺は人間と敵対してたし』

鈴音の言葉に対し、ティナはまだピンと来てなかったがヴェノムはすぐに理解できたようだ。

お互いの妥協点を見つけ出したことで、ティナとヴェノムはパートナーとなった。

これは共生進化とは違う結果。

話し合いによって生まれた共存関係ということができる。

「確かに、話し合いで戦いを避けられるのであれば素晴らしいことですわね」

「そうだな。俺は成長するための戦いならいいけど、どちらかが滅ぶなんて戦いはイヤだ」

と、セシリアと一夏も納得したような表情を見せてくる。

「様々な個性があることは知っていたが、こういった変化もあるのか」

と、逆に箒は感心した様子だった。

だが、決しておかしなことではない。

成長とは身体の変化だけではなく、心の変化も指す。

人と同じように、使徒や覚醒ISの心も学習を重ねることで変化する。

これはその一端ということができるだろう。

『どっちにしても、私は全然いいよっ!』

個性が『素直』なだけに、白虎はまったく気にしないらしい。

仲良く出来るのなら問題ないと考えているということが、一番近くにいる一夏の心に伝わってくる。

「まあ、今日はのんびりしたいと思ってるし、一緒に遊ぶこと自体は別に問題ないか」

「まあ、いがみ合う理由は今のところないからな」

と、箒も同意してきたことで、ティンクルもIS学園生徒一同と共に遊ぶことが決定したのだった。

 

 

一方。

「おう、了解。まあ適当に合流すんぜ」

一夏からの通信を受け取った諒兵は、少しばかり呆れたような表情を見せつつも納得したようにそう返事をしていた。

その様子を少しばかり不思議そうに見つめる、ラウラ、シャルロット、そしてまどか。

そんな彼女たちに、諒兵は一夏からの通信の内容を説明する。

「ティンクルも遊びに来たんだ」

「まあ、そんな感じらしいな」

果たして本当に遊びに来たのかどうか疑わしいところではあるが、まどかの言葉を否定する気もなかったためそう答える諒兵。

何か考えがあるのだろうとは思うが、如何せん、わりと本心が探りにくい存在なのがティンクルなのだ。

「無理に探ろうとすると大変だよ。言ってることを頭から信じるべきとは思わないけど、疑いすぎると疲れるだけだろうし」

「まあ、害意がないならいいんじゃないか?」

シャルロットの言葉を肯定するようにラウラもそう言ってくる。

実際、疑ったところで真意を見抜ける相手ではないのだ。

ならば、普通に遊ぶだけでもいいだろうと諒兵も思う。

「俺らん中じゃ、まどかが一番ティンクルのヤツを知ってるか」

「う~ん、そうなるのかな?」

「そうだと思うよ」

と、シャルロットがまどかの言葉を肯定するとラウラも納得したように肯く。

そう考えると、まどかにはちょっとだけ面倒をかけることになってしまうが、決して悪いことではないだろう。

「仲介?」

「ケンカしに来たんじゃないなら、一緒に遊ぶくれえは問題ねえからな」

「そうだね♪」

「だから、お前にゃティンクルのヤツと俺らの間に立って、ティンクルをフォローしてくれるとありがてえ」

「う、う~ん?」と、まどかは諒兵の言葉の意味がわからず、首を傾げてしまう。

そんな彼女の頭をぽんと優しく叩きながら諒兵は笑う。

「難しく考えんな。アイツにゃこういういいところもあるって言ってくれれば助かるってだけだ。お前にしか頼めねえからな、まどか」

どうやらその言葉が見事に決まったらしい。

まどかはにこぱっと笑う。

「任せてっ!」

お兄ちゃんに頼まれたということが余程嬉しかったらしく、元気にそう答えてきたまどか。

そんな様子を見ながら、その場にいた者たちも笑っていた。

 

 

そんな中。

喫茶店で美味しそうなパフェを頬張る簪と本音、そしてのんびりコーヒーを啜っている弾の姿があった。

『美味しい?』

「はい!」

「美味しいよ~♪」

エルの問いかけに、二人の少女は素直に答える。

その笑顔に出費を覚悟した弾も多少は救われていた。

(ここで割り勘とか言っちまったら、さすがになあ……)と、苦笑交じりではあったが。

こちらのメンバーは、映画を見終わったところで三人でとりあえずお茶しようということになったのである。

丸一日自由時間なのだから、無理に合流することもない。

なら、のんびりと時間を過ごすのもいいだろうと考えたのだ。

喫茶店に行くことに決まった際、簪も本音も割り勘でと言ってくれたのだが、さすがにそこであっさり肯くようでは沽券にかかわる。

なので、自分が奢ると弾のほうから口にした。

別にお金がないわけではない。

以前にも語ったが、一夏や諒兵たちには給料が振り込まれている。

それは弾や数馬も同様で、女の子二人に奢るくらい訳はない。

とはいえ、弾はもともと一般家庭で育っているので、そこまで贅沢に慣れていなかった。

なので、少しばかり不安に感じてしまっていたのである。

男の見栄とは苦労を礎にして成り立つものなのだ。

 

それはともかく。

「この後はどうする?」

「映画のはしごもいいけど~」

弾の問いかけに対し、本音はそう答えるものの簪からは別の意見が出てきた。

「ショッピングしたいかも。最近お洋服選べてないし」

「あ~、私も~」

あっさりと本音が同意したのは、単純に簪に合わせたということではなく、基本的にIS学園に籠りきりで自分もできていなかったことを思い出したためだ。

年頃の女の子としては、きれいな服を着たいという気持ちを失くせない。

そして、きれいな服を選ぶというのは、着飾るというだけではなく、それ自体が楽しみでもあるのだから、こういう機会を逃すわけにはいかないだろう。

そして。

「五反田君も見てくれると嬉しいかな…」

と、なかなかに簪が攻めたセリフを言ってきた。

「そ、だね~」と、同意しつつも少しばかり本音が驚いている。

まあ、男に服を選んで欲しいというのは、かなりきわどいセリフではあるので当然のことだろう。

しかし。

「いいぞ。今のところ、他に行きたいところがあるわけじゃねーし」

拍子抜けするほどあっさりと弾は肯いた。

逆に女子二人が驚いてしまうほどである。

『ゴメンね……』

「だ、大丈夫」

「だんだんだしね~」

「どーしたんだ?」

二人の気持ちを慮ったエルが頭を下げる姿に、首を傾げる残念な弾である。

なお。

「「鈍感で良かった……」」

そんな様子を見てホッとする二人の姉の姿があったことを、三人は知る由もなかった。

 

 

さて、意外な珍客と合流した一夏たちは。

「こうして見ると、本当に区別がつかない……」

「そうはっきり言ってくれると逆に清々しいわね」

ため息交じりに呟いた箒のセリフに、ティンクルはくすっと笑う。

実際、恰好以外は全く見分けがつかないのだから、箒の言は正しいといえるだろう。

辛うじて、猫鈴は待機形態だと普通の鈴がついた灰色の首輪、対してディアマンテはダイヤモンド型の鈴という変わったアクセサリがついた銀色の首輪なのでそこが違うくらいか。

ただし、色に関しては光を弾く様子でようやく違いが判るという程度なのだが。

とはいえ、これだけ似ていれば、普通は被害者ともいえる存在の気持ちが一番気になるものだ。

そんな気持ちを口に出したのはティナだった。

「思うんだけど、リンはもう気にしてないの?」

「あー……、気にしてもしょうがないっていうか、たぶんそのうち本気でケンカするから」

「へっ?」と、一夏が思わず間の抜けた声を出す。

「いきなり物騒だな……」と、数馬も呆れ顔になった。

しかし、当の鈴音はあっけらかんとした様子で続ける。

「私たちはそういう相手なのよ。この子がこの姿でいるのは構わないけど、受け入れることはできないわね」

「それは言えるわね。私も別に鈴のことは嫌いじゃないけど、その在り方は認められない」

ティンクルまでもがそう答えることで、一同は本気で驚いてしまう。

不思議なことにお互いを嫌っているという空気ではない。

嫌いではないが受け入れられない。もしくは認められない。

一見矛盾しているようにしか見えない関係だ。

それなのに鈴音とティンクルの間では、それが一番正しく言い表した関係だと理解できてしまう。

「ライバル、みたいなものなのですか?」

「ま、そんな感じかな」

セシリアの問いかけに答えたのはティンクルだったが、それが鈴音の答えでもあろうことは一同には理解できた。

「だから、ま、皆がティンクルと普通に仲良くすること自体は否定しないわよ?」

と、鈴音は言うのだが、普通に考えれば異常な発言だ。

自分にそっくりに化けた存在が、自分の友人たちと仲良くするなんて気分が良いものではない。

しかし、二人の関係がそういうものであるために、ティンクルは化けた側になるのだから当然のこととして、鈴音もティンクルが皆と仲良くすることに忌避感はないらしい。

「それはちょっと理解しがたいぞ」と、箒が顔を顰める。

無論、箒とて、この場でティンクルを排斥しようとまでは思わない。

ただ、仮にティンクルが化けた相手が箒だったとするなら、箒の性格上一緒にいることは受け入れられない。

「う~ん、せっかく来てくれたティンクルとケンカしたいわけじゃないけど、こればっかりは箒の言うことのほうがわかるなあ」

少し困ったような表情で一夏も同意する。

というより、この場にいる一同の総意だといってもいいだろう。

「無理に仲良くしてくれなくてもいいわよ。状況的に難しいしね」

「いえ、仲良くしたくないと言いたいわけでもないのですが……」

ティンクルはそう言って笑うと、さすがにセシリアが否定してくる。

問題があるのはティンクルではないからだ。

「リンが軽すぎるんだってば」

「そお?」

「俺もそう思うが」と数馬。

ティナの言葉通り、鈴音があっさり受け入れているということがおかしいのだ。

しかも、それが妙に納得してしまうことに、違和感があるのだ。

まるで、最初から双子の姉妹だったかのような雰囲気であることが。

「いつまでもうじうじ考えるのがキライなのよ。こうなっちゃったものは仕方ないじゃない」

「まあ、その通りだが……」

ティンクルがここにいる以上、それを否定しても拒絶しても仕方がないというのが鈴音の考えだ。

確かに、今後のISコアとの関係を考えていくうえで、ティンクルがここにいるというのは大きい。

どちらかと言えばISコアや使徒側の存在だからだ。

一夏にしても、ここにはいないが諒兵としても、人間とISコアが歩み寄るためのきっかけを作るべく来てくれたティンクルは歓迎したい。

それを鈴音が拒絶して台無しにしてしまっては困る。

そう考えると、鈴音とティンクルの関係は今の状態がベストだと感じるのだ。

「ふむ……」と、少しばかり強引にでも、納得しようと考えてため息をつく箒の頭に声が響く。

『いい状況だから目え離すなよ』

(ヴェノムか)

『アホ猫とディアマンテは今は気にすんな』

(何?)

『目の前にいるあいつらをよく見比べとけ。すぐにわかるもんじゃねーが、どっかおかしいトコが見えてくるはずだ』

それだけ言ってヴェノムは強引に回線を切断する。

以前、言っていたように飛燕ことシロに感づかれないようにするためなのだろう。

一応は味方である鈴音だが、箒の心からは以前鈴音に対して持っていた蟠りが完全に消えてはいない。

それもあり、できるだけ気づかれないようにしつつ、鈴音とティンクルに見つめ続ける箒だった。

 

 

そんな様子で、乱入者こそあれ、生徒たちが久々の休日を楽しんでいるころ。

覚醒ISの襲撃に対する支援のために現場に急行した誠吾とワタツミは、眼前の光景に呆然としてしまっていた。

「馬鹿な……」

『なーんてことするのネーッ!』

それは、ISたちと共に生きると誓った者たちにとっては、悪夢のような光景だった。

 

 

 

 

 



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第192話「蹂躙」







一夏たちがティンクル、諒兵たちがまどかと合流を果たしたころ。

IS学園では。

「かなり早く目処が立ちましたね」

「まぁ、ありもん使って調整するだけなら問題ねぇさ」

「このくらい、ちゃちゃっとやってくれないと困るじゃん」

丈太郎が、FSコアを使った試作兵器を千冬たちに披露していた。

『状況が状況ですからねえ。わがままは言ってられないでしょう?』

「……すみません」

「篠ノ之もやってるってぇのに、俺が手ぇ抜くわけにゃぁいかねぇよ」

実際のところ、丈太郎としても、実は束としても、これ以上はコアを兵器に使いたくないという気持ちがあった。

ISコアであろうと、FSコアであろうと。

人を兵器にすることが人道に悖るというのなら、コミュニケーションが取れる存在を兵器にすることも同じだと考えているためだ。

ペットを兵器として使うことも同じことである。

心を持つものを兵器にはできない。

その点では、丈太郎も束も同じように考えていた。

もっとも、束の場合、ISコアは子どものようなものなので丈太郎以上に忌避感がある反面、興味のない生物にはそういったこともできてしまうが。

 

余談が過ぎた。

丈太郎が制作したのは、既存のレーザー兵器にFSコアを組み合わせて改造したことで、プラズマ弾を撃てるようにしたライフルである。

セシリアとブルーフェザーのレーザーライフルほどの威力はないが、人が持つ兵器としては破格の破壊力を持つ。

「遠距離狙撃が一番現実的だかんな」

「その点は自衛隊のほうでも意見が出されていました。至近距離での戦闘は現時点では不可能とみているようです」

「百メートルくらいなら威力は落ちねぇ。墜とすとなると五十メートルは近づいてほしいがな」

「威力出せなかったの?」

「撃った反動で身体が後ろに吹っ飛んじまうんだよ」

プラズマとはいえ弾丸を撃ち出すということなると、実は反動がある。

この点を考えると反動がないか、もしくは気にならないほどであるレーザーライフルのほうが利点がある。

しかし、敵に当たるまで動きづらいレーザーよりも、弾丸を飛ばす形であれば鍛え上げた肉体を持っていれば撃った直後に移動することも可能だ。

的になるまで留まっているようでは、命がいくつあっても足りないということだ。

「そこらへんは使い手次第だがな。それよりも……」

「はい、細心の注意を払って、決して民間に流れないように指示します」

現時点で民間に流れ始めている極東支部の兵器の二の轍は踏めない。

それを理解している千冬は即座にそう答える。

兵器を作る以上、それが使われる事態を想定して対策を考えること。

その責任を感じて千冬は気を引き締める。

「こいつで対抗できるうちに、ケリつけちゃお」

束もまた、こんなものが必要とされる状況を打破したいと強く感じていた。

それは反旗を翻したISコアたちではなく、過去の妄執に取り憑かれた人間との戦いへの覚悟だった。

 

 

他方。

覚醒IS襲撃のほうを受けたIS学園から、支援として現場に急行した誠吾は。

「助かりましたっ!」

と、自動車を使って送ってくれたIS学園所属の整備スタッフに声をかけると、すぐに応戦している自衛隊に合流する。

その場を指揮していた小隊長に頭を下げる。

「遅くなりましたっ!」

「井波君かっ!」

「微力な支援ですみません」

「謙遜を。少し数が多いが、我々だけで撃退せねば彼女らに対して格好がつかん。助けてほしい」

『彼女たち』、それはこの場に女性がいるという意味ではない。

襲撃してきた覚醒ISに対しての言葉だ。

前線で戦ってきた者たちは男女にかかわらず、ISコアをこの世に存在する生命体として認めつつある。

悪であれ、善であれ、ISコアはもはや道具ではないと認知され始めているのだ。

その気持ちが理解できた誠吾は、真剣な表情で答えた。

「もちろんです」

『まっかせるのネーッ!』

自身の答えに続いて元気よく答えるワタツミに思わず誠吾が苦笑いしてしまうと、小隊長も苦笑を返す。

ただ、それはとても良い関係であるとも言える。

人の隣にいる存在として、ワタツミを受け入れているということだからだ。

 

 

現場を自衛隊と誠吾に任せているとはいえ、IS学園も別にほったらかしにしているというわけではない。

ワタツミの感覚を通じて、現場の状況は逐一IS学園に送られている。

受け取り手はヴィヴィとなる。

今のヴィヴィは束の調整を受けて、通常のコア・ネットワークだけではなく、BSネットワークにもつながるようになっていた。

「とりあえず合流できましたね。継続して状況の監視をお願いします」

『おっけー』

「もう慣れましたけど、ヴィヴィさんは口調が軽いですね……」

『気にするとハゲるぞー』

「ハゲませんっ!」

と、しょうもない漫才をヴィヴィと繰り広げているのは、FSスーツの試乗訓練を終えて、指令室詰めとなっている真耶である。

何かあれば千冬たちに報告するために、ここに詰めているのだ。

別にヴィヴィが報告を行っても問題ないのだが、微細な状況の変化に気づくうえで、人間の目というものは馬鹿にできない。

そこで、それなりに実力もある真耶がこの場に詰めているのである。

「ワタツミ、戦闘中に感知範囲を広げることは可能ですか?」

真耶は監視衛星から送られる画面を確認しつつ、ワタツミに対して指示を出す。

誠吾に通信機を持たせるという手もあるのだが、基本的に生身で戦うことになる誠吾は基本的には刀であるワタツミ以外は持たないほうが動きがいい。

そのため、コア・ネットワークを通じてワタツミに指示を出すほうが有効だった。

『問題ないのネーっ!』

実は現在の真耶は誠吾と直接会話することができないことが、ワタツミに指示を出している理由としては大きいということは秘密である。

「増援の可能性があるので、可能な範囲で索敵も行ってください」

『ラジャーっ!』

とりあえずの指示を終えて真耶はほっと安堵する。

戦場に送り出している以上、誠吾に何かあった時にはすぐにサポートしなければならない。

自分の感情はとりあえず抑え込み、彼を無事にIS学園まで帰らせる。

その使命感で真耶は何とか任務を続けていた。

 

 

虚空に浮かぶ刃が一機の覚醒ISに襲いかかる。

さすがに喰らえばマズいと感じたのか、その覚醒ISは瞬時加速を使って一気に離れようとしたが、装甲の一部に傷がつくのを免れなかった。

 

まったく、アンタも容赦ないわね、ワタツミ

 

『意見が合わなきゃケンカするのは当然ネーッ!』

その覚醒ISの言葉に、悪びれる様子もなく元気に答えるワタツミ。

人間同士だってケンカするのだから、ISコア同士もケンカするのは当然と言える。

そのあたりの割り切りの良さは女性格ならではということなのかもしれないが。

 

死にはしないだろうけど、受けたくありませんね

 

とは、別の覚醒ISの言葉だ。

現在のワタツミの刃では、使徒を斬ることはできてもISコアを破壊することまではできない。

刀と融合してしまったワタツミは、構造的な問題で誠吾と機獣同化を行うことができないと言っていい。

誠吾の剣術とワタツミの刃が本当に一つとなる技を生み出すことができれば話は変わってくるが、今の段階ではそこまでは行けていないということだ。

結果、コアを狙ったとしてもダメージが入る程度なのだが、そのダメージがけっこう重いので、受けると墜とされる可能性が高まる。

ゆえに、『受けたくない』ということである。

当然のこととして、全力で反撃してくるのだ。

 

悪く思わないでよっ!

 

そう叫んだ覚醒ISがカノン砲を誠吾や自衛隊に向けて発射してきた。

「退避だッ!」

小隊長の叫びに即座に隊員たちは回避行動をとる。

だが、放たれた砲弾は爆薬の入ったいわばミサイルだ。

避けただけでは爆風でダメージを受けてしまう。

「ワタツミ、刃を集中させるッ!」

『オッケーッ!』

着弾させる前に粉微塵に切り裂く。

それが最善と判断した誠吾の剣は迅く、そして鋭かった。

「爆風は防げませんッ、伏せてくださいッ!」

そう叫んだ誠吾自身、砲弾を粉微塵に切り裂いた直後に伏せる。

そして爆風が収まるや否や、再びワタツミを構えた。

 

すると、誠吾や自衛隊がいる場所とは、まったく別の場所からレーザーが覚醒ISに向けて放たれた。

 

くっ?

 

と、呻き声を漏らして覚醒ISはそのレーザーを回避する。

その様を見た小隊長が苦々しげに呟いた。

「またか」

「……例の権利団体ですか」

誠吾がそう問いかけると、彼は無言で肯く。

レーザーが放たれた方向に目をやると、軍服に身を包み、武装した女性たちがいた。

 

最近になって、各国の権利団体が協力し、対『使徒』の軍隊を結成したことが、IS学園にも伝わった。

あくまで独自にということで、決して各国と協力しないという点が非常に問題ではあるのだが、如何せん極東支部が制作した兵器の力もあって存在を黙認している状態だった。

「撃退するため協力を要請する」

そう言って、小隊長が声をかける。

無駄だとわっかていても、それも任務だと判断しているただろう。

だが。

「邪魔です。下がっていなさい」

にべもないとはこのことか。

はっきり見下すような視線で、そう答えてきた。

ただし、誠吾に対しては見下すというより、明らかに敵意をもって睨みつけるような印象があったのだが。

『ムッカつくのネー』

「ワタツミ、静かにしててくれ」

下手に相手の神経を逆撫でするわけにもいかないので、誠吾はそう窘めた。

(気持ちはわかるから)

と、通信のみで自分の気持ちを伝えつつ。

『さっすがだーりん♪』

ちゃんと自分の気持ちに寄り添ってくれていることを誠吾が告げてくれたためか、ワタツミは機嫌よさそうに返事をしてくれた。

とはいえ、素直に下がっているわけにもいかない。

自分も含め、この場にいる人間は全員生身なのだから。

「向こうに協力する気はなさそうですが、どうするんですか?」

「こちらが合わせていくしかない。実際、兵器の力は強力だからな」

冒頭で少々触れたが、開発自体が出遅れてしまっていたため、自衛隊を含めた国軍用の兵器はまだ実装されていない。

結果として各国の軍隊の兵器は、女性権利団体の軍隊よりも性能的には遅れてしまっていた。

とはいえ、最終的に求めれらる結果は覚醒ISや使徒を撃退することだ。

「井波君もすまないがサポートに入ってもらえるか?」

「構いません。どうも嫌われてるみたいですからね」

と、うっかり本音を漏らす。

あれだけ敵意をもって睨まれれば、如何に誠吾とて理解できる。

ここで出しゃばって場を乱してもしょうがないと誠吾は小さくため息をつくと、再びワタツミを構えた。

 

狙われている覚醒ISは悪態を吐きながら、権利団体の軍隊の攻撃を避け続ける。

先ほどまでのように、相手と会話することはない。

そもそも権利団体の軍人たちのほうに話す気がないのだ。

その様子を見ている誠吾には、これこそがある意味では純粋な戦争なのではないかと感じてしまう。

求めるのは互いの利益だけなのだろうと。

 

実のところ、だからこそ『おかしい』のだ。

 

ふと、そう思った誠吾は自身の考えに違和感を抱いた。

(おかしいって何がだ?)

『だーりん?』

(いや、ああ、そうだ。何故あの人たちはわざわざ戦場に出てくるんだろう?)

ワタツミの言葉に答えるため、誠吾は考えた。

自分の権威を示したいということは理解できるが、何度も何度も戦場に出てくる必要はない。

一度か二度で十分だからだ。

あとはもったいぶるという言い方も語弊があろうが、兵器の威力を笠に着て、各国中枢に脅しをかけるほうが安全に権力を手に入れることができるはずなのだ。

『そう考えると変なのネー』

(せいぜい1、2回出てくれば十分だ。でも、覚醒ISの襲撃には必ず顔を出してるって聞いた)

何となく、別の理由があると思えてくる。

そしてそれは、決して自分たちにとって受け入れられるようなものではないと思えてくる。

そんなことを考えて誠吾が動きを止めてしまっていると、事態は動き始めていた。

 

あぐっ!

 

覚醒ISの一機がスラスターに攻撃を受けて、落下を始めている。

何故か、落下する覚醒ISに向かって、権利団体の軍人たちは駆け出していた。

「何をしているッ、無暗に近づくなッ!」

小隊長がそう叫ぶが、聞いている様子はなく、むしろ必死になって走っている。

誠吾の疑念は大きくなった。

マズいと。

このままだと取り返しがつかないことになると、強く感じる。

 

「ワタツミッ、『彼女』を破壊するッ!」

 

それは落下している覚醒ISに追い撃ちをかけて破壊するという意味だと誰もが理解できる。

さすがに誠吾の口からそんな言葉が出ると思わなかったワタツミは驚いてしまった。

『なッ、何言ってるのネッ、だーりんッ!」

「頼むッ!」

誠吾の真剣な表情を見たワタツミは、今の一言が生半可な覚悟で言われたことではないと感じ取った。

『あとで理由教えてヨッ!』

そう言って、ワタツミは誠吾の剣に合わせて、覚醒ISの周囲に刃を集中させる。

だが、遅かった。

「邪魔をするなッ!」

そう叫んだ権利団体の軍人たちの一人が、兵器を使ってワタツミの刃をすべて弾き飛ばす。

これは、この状況は彼の女性たちにとっては最大の好機なのだ。

「届いたッ!」

一人がそう叫びつつ、右手で覚醒ISに触れた、触れてしまった。

 

キャアァァァァァァァァァァァァァッ!

 

覚醒ISの悲鳴とともに、触れた女性が黒い光に包まれる。

「何が起こったッ?」

「わかりません……」

直感で防がなければと思って行動しただけなので、誠吾にも何が起きているのかはわからない。

だが、答えはすぐに現れた。

 

「やった、やったわっ!」

 

醜さすら感じさせるような歪んだ笑みで快哉を叫んだソレは、闇で塗り潰したような漆黒の鎧を纏っていた。

 

 

 

 

 



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第193話「激昂」

ふと、頬が濡れているのを諒兵は感じ取った。

「だんなさまっ?」

「おにいちゃんっ?」

ラウラ、そしてまどかが驚いた様子で詰め寄ってくる。

呆然と目尻に手をやると、涙が溢れている。

「何だこりゃ……」

理由はわからないが、自分は泣いているらしい。しかも涙が止まる様子がない。

いったい何が起こっているのか、わからないまま諒兵は涙を流し続けていた。

 

それは、別の場所でも起こっていた。

「一夏っ?」と、箒が叫ぶ。

その場にいたものが皆一様に驚く。

鈴音とティンクルは、驚きつつも険しい表情となっていた。

「大丈夫か、一夏?」と数馬。

「あっ、俺、泣いてるのか……何で?」

「そう言われても、私たちには……いえ、胸がなんだか苦しく感じますけど……」

セシリアがそう答えたことで、箒やティナもそう言えばと気づく。

「ティンクル」

「うん、弾につないで。私は諒兵を呼ぶわ」

「了解」

二人の行動の速さに少しばかり違和感を持ちつつも、この場では間違いなく正しい行動をしていると感じた箒はとりあえず何も言わなかった。

 

 

IS学園では。

「ぐっ?」

「博士っ?」

丈太郎が胸を押さえると、千冬が慌てて声をかける。

「何これ……」と、束も不安げな表情になる。

そこに。

[織斑先生ッ、緊急事態ですッ、指令室に来てくださいッ!]

『ママも早く来てーッ!』

真耶、そしてヴィヴィの慌てたような声がIS学園に響く。

千冬が呼ばれるのは当然のこととして、ヴィヴィが慌てて束を呼ぶとなると事態は相当に深刻だと判断できる。

「俺もすぐに行く。先に行け織斑……」

「すみませんッ!」

「待っててヴィヴィッ!」

そう言って駆け出す二人の後姿を見ながら、丈太郎は別の者に声をかける。

「天狼、現場の情報集めてこい……」

『はい。アンアンにも依頼しておきます』

いつもとはだいぶ異なる天狼の真剣な表情に、丈太郎は間違いなく緊急事態なのだと理解した。

 

 

有り得ないと、有ってはならないと誠吾は思う。

コレは考えうる限り、最悪の進化の姿だと。

「いったい、何が起きた……?」

と、小隊長が呆然と呟いてことで誠吾はハッと我に帰った。

「小隊長さん、とにかく『彼女たち』を逃がします。コレはあっちゃいけない」

『お願い、力を貸してほしいのネ……』

心なしか、ワタツミの声にもいつもの明るさを感じられない。

それが逆に自衛隊員たちの心を動かした。

すぐに、覚醒ISに向けて重火器を発射する。

その真意が少しでも伝わることを願って。

だが。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

漆黒の鎧を纏ったソレは、嬌声のごとき笑い声をあげながら、空を飛び回る。

突然のことに戸惑っている覚醒ISたちの間を縫うように飛びながら、一機の覚醒ISを力任せに叩き落とした。

「くッ!」

墜とされた覚醒ISに向かい、自衛隊員が追い撃ちをかける。

さらには誠吾も刃を向けるのだが。

「邪魔するなァッ!」

真意を悟られてはいないようだが、邪魔に感じているのだろう。

権利団体の軍人たちはこちらの攻撃に対して攻撃を放ってきた。

そして。

 

イヤァァァァァァァァァァァァァッ!

 

絶望的な悲鳴ののち、再び、漆黒の鎧を纏ったソレが誕生する。

『彼女たち』の戸惑い、そして恐怖が誠吾の心に伝わってくる。

共生進化をしていなかったとしても、ワタツミは誠吾をパートナーとして選んだ。

そのワタツミの心を通して、今、理不尽な仕打ちを受ける覚醒ISたちの心が伝わっているのだ。

「ワタツミ、しばらくお別れだ」

これ以上、『彼女たち』を蹂躙させるわけにはいかない。

誠吾はその刃を漆黒の鎧を纏うソレに向けることを覚悟した。

だが、そんなことをすれば誠吾は良くて傷害罪、最悪殺人未遂で投獄されることになるだろう。

解体の方向に動いているとはいえ、まだ女性権利団体の影響力は残っているのだ。

そのくらいは訳はない。

そして犯罪者を庇えばIS学園の立場が一気に悪くなる。

ゆえにIS学園に助力は頼まない。

それ程の覚悟をしてしまうほどに、誠吾は眼前の光景を許すことができなかった。

一時でも指導者の立場に立った者として、一夏や諒兵にこんな光景を見せたくなかった。

『だーりん、私はいつも一緒にいるネ』

「……ワタツミは人を見る目を養ったほうがいいよ」

『私より男を見る目がある子なんてそうはいないのネーっ♪』

そう言って笑うワタツミを見て微笑んだ誠吾は、その刃を上段に構える。

そこに。

「若者にそこまで重荷を背負わせる気はない。君は何としても我々で守る」

誠吾の覚悟に感銘を受けたのか、小隊長はそう告げてきた。

その想いを胸に両手に力を籠め、そして。

 

『ならぬ』

 

聞き覚えのある声に思わず手を止めていた。

 

「なっ、何ですってェッ?」

 

すぐに疑問の声が聞こえてくる。

見れば、まだ無事な覚醒ISたちが、一気に消えていた。

『量子転送だ。落ち着けば同胞にもこのくらいはできたはずだ。いや、我とて驚愕した。この場にいた者も同じであったろうが』

『同意』

誠吾を止めるかのように、それでいて誠吾や自衛隊員たちを守るかのように立っていたのは、突然現れたアンスラックスとアシュラだった。

『止めてくれたのネー?』

『テンロウに依頼された。正直、我も動けなかったのでな』

「何故だね?」と、小隊長が問いかける。

『我も使徒だ。予想外の光景には動きを止めてしまう。発見者がテンロウを寄越したことで何とか行動できたのだが』

それほどに、この場で起きたことは驚くべきことであったのだとアンスラックスは語る。

『ここまで我らの尊厳を踏み躙った進化など起こりうるはずがない。完全に思考の外にある光景だった』

その声を聞いていると、怒りを抑えているだろうことが誠吾には理解できた。

だからこそ、誠吾を止めたのだ。

『まだ、其の方はIS学園に必要だ。ここで罪を犯させて退場させるわけにはいかぬ』

同時に、同胞のために罪を背負う覚悟をした誠吾には好感を持ったとアンスラックスは語る。

『ゆえ、この場は強引に収めよう。アシュラよ』

『諾』

そう静かに答えたアシュラは、合掌印を組んでいた両の手を放す。

そして中国拳法のような動きで、いわゆる崩拳を繰り出した。

「うわっ!」

叫んだのは誠吾のみならず、自衛隊員たちも同じだった。

空間を『軽く』叩いたアシュラの崩拳は広範囲に凄まじい衝撃を与えてきたのだ。

見れば、権利団体の軍人たちや、漆黒の鎧を纏ったソレらは一様に薙ぎ倒されてしまっている。

後方にいたことで衝撃が弱かったのか、何とか立てていた誠吾たちだが、それでも計り知れない威力に戦慄してしまう。

 

『退け。だが忘るるな。貴様らに蹂躙された同胞は必ず取り返す』

 

静かな、しかし底知れぬ怒りを秘めた言葉に、女性たちは慌てるように逃げていく。

そしてその姿が見えなくなると、誠吾はようやく息をつくことができた。

「すまない。助けられてしまった」

そう言って頭を下げたのは自衛隊の小隊長だった。

もっとも、その場にいた隊員たちは全員頭を下げていたが。

『我は、我々と人は敵ではないと考えている。個人個人では敵対もあろうが、少なくともワタツミの主と其の方らは競おうとも争う相手ではない』

「競うことは間違いじゃないからね」

『是』と、答えるアシュラはすでに再び合掌印を組み直していた。

解き放たれた両の手の力を思い返すだけで冷や汗が出るので、誠吾たちとしてはありがたかった。

『此度の悪夢、この場のみで起きたわけではない。我が強引に避難させた同胞は他にもいる』

「それじゃ……」

『そうだ。正確な数はまだわからぬが、他にも蹂躙された同胞がいる』

今頃は天狼が調べているだろうとアンスラックスは続けるが、他にも犠牲者がいるということが誠吾には辛かった。

自分以上に、一夏と諒兵が嘆くのがわかるからだ。

「ワタツミ」

『見たことは全部学園に送ってるヨ』

『まずは戻り、対策を考えることだ。我らも動く。コレは早急に解決せねばならぬ』

「わかった。助けてくれてありがとう」と、誠吾。

さらには自衛隊の小隊長も答える。

「私たちも本部に戻って対策を立てよう。間違いなく世界が動く事態だ」

その言葉を聞いて安心したのか、現れた時と同様に二機は光となって消えていったのだった。

 

 

指令室がこれほど重い空気に包まれたことは今まで一度もなかったと思えるほど、誰もが深刻な表情をしていた。

「……以上がワタツミから送られてきた映像の全てです」

そう言って映像を切った真耶の声も震えている。

人とISの進化を一番近くで見てきた者の一人として、この光景は信じがたいものとしかいえないのだから当然だろう。

「アンスラックスとアシュラが来てくれたことで何とか場を凌ぐことができたか……」

千冬が少しでも良い話題につなげようと口を開いたが、それで空気が変わるような小さな問題ではない。

そもそもこの状況は、誠吾たちの眼前でだけ起きたわけではないのだ。

「アンスラックスの言葉を考えると、同じことが他の場所でも起きていたようです」

「……天狼に調べさせてらぁな」

真耶の報告を受けて、丈太郎がそう答えるが、いまだ胸を押さえたままだ。

束に至っては一言も口をきかず、映像が消えたモニターを睨みつけている。

早急に対策を立てなければならない。

そう思いつつも、あまりにも空気が重いので、話を切り出すことすら難しいと千冬は感じていた。

「とりあえず、井波と天狼が戻るのを待つしかないか……」

そう独り言ちるのも仕方ないだろう。

今ある情報でも会議を進めることはできるはずだが、空気がそれを許さなかった。

そこに。

 

[やほー♪]

 

唐突に指令室のモニターの一つが起動したと思うと、映像が映し出された。

映し出されたのは一人の少女。

思わずその名を呼びそうになって、すぐに違うと千冬は気づく。

「ティンクルか。こうして会うのは初めてだな」

[さっすが千冬さん、冷静ね]

「感じたのなら、今の我々がどういう心境かもわかると思うが」

軽い口調で話ができる状況ではないだけに、千冬はそう言ってティンクルを窘める。

[そうね。手短に報告するわ]

「頼む」

[私とまどかも皆に合流して遊んでたんだけど、諒兵と一夏がダイレクトに感じ取ったみたいでね。今は一ヶ所に集合してる]

「そうか。こちらでは現場にいた井波とワタツミから状況の映像を受け取った」

[なるほどね。戻らせたほうがいい?]

状況が状況だけに、子どもたちも戻らせるべきかと千冬は考える。

しかし。

「いや、戻るかどうかはそちらで決めてくれ。事態は動いたが、現状は小康状態と言っていい。今は戦略を考えるべき時だ。これは我々の仕事だからな」

現状、アンスラックスが覚醒ISを逃がしたことで、現時点では襲撃は起こっていない。

ならば、今後の対策を練るのが最優先事項だ。

これは子どもたちが考えるよりも、自分たち大人が考えるべきことだと千冬は理解している。

[一旦は収まったってことね。なら、すぐに判断しないで落ち着いてからのほうがいいかな?]

「ああ。時間がかかっても構わないから、まずは気持ちを落ち着けるように伝えてくれ」

[りょーかい♪]

「一夏と諒兵を頼む。今、いつも通りに振舞えるのはお前と鈴音くらいだろう」

何とはなしに言った一言だったが、驚くことにティンクルは目を丸くする。

「ホント、油断できないわね千冬さん」

どこか苦笑いのような笑みを見せながら、ティンクルは通信を切った。

 

通信が切れ、ほっと息を吐いた千冬の耳に、ダンッという何かを叩く音が聞こえてくる。

「束……」

「ふざけないでよッ、何なんだよあいつらッ、絶対ぶっ殺してやるッ!」

抑えに抑えた感情が堰を切ってしまったのか、束は憤怒の形相でそう叫んだ。

いつもなら年上らしく窘めてくる丈太郎も何も言わない。

腸が煮えくり返っているのは、こちらも同じらしい。

「落ち着け束、怒鳴って解決する問題じゃない」

「あいつらにあの子たちを不幸にする権利なんてないッ、悪いのはあいつらだよッ!」

千冬個人としてはその言葉に共感してしまう。

だからといって、この様子では本気であの場にいた者たちを皆殺しにしかねない。

さすがに、こんな暴走を許すわけにはいかない。

「落ち着いてくれ。今は対策を考えなけれはならないんだ」

「そんなもの知らないッ、絶対許さないッ、楽に死なしてやるもんかッ!」

「束ッ!」

「うるさいッ!」

さすがに大喧嘩になりそうな雰囲気になってくる。

だが。

 

『ママッ!』

 

という叫びとともに、束の身体に軽い電撃が疾った。

突然のことに驚いたのか束は呆けてしまうが、見ていた千冬も同様だった。

ヴィヴィが束に触れて電撃を流したのである。

「ヴィヴィ……」

『ママがハンザイシャになっちゃうなんてヤダー』

「それは……」

『だからー、あんなの相手しないー』

「けどッ!」

『助けよー、私たちの仲間をー。ママならきっと助けられるからー、私信じてるからー』

そう言われて、束の心の中で荒れ狂っていた感情は、ゆっくりと静かになっていく。

そうだ。

気に入らない連中を殺したって意味がない。

それよりも理不尽な進化に巻き込まれた我が子たちを助ける。

それが『母親』として一番考えるべきことだ。

「いい娘さんだな……」

「当たり前だよっ、自慢の娘なんだからっ」

苦笑いしながら呟く丈太郎の言葉に、束を胸を張ってそう答える。

「そうだな。お前が可愛がるのもわかるよ、束」

最悪、親友が大犯罪者に成り得るかもしれなかった状況で、束の気持ちを受け止めながらも落ち着かせてくれたヴィヴィに千冬は心から感謝する。

これこそが自分たちがISコアと歩むべき姿だと思う。

だからこそ、今回の問題は早急に、そして完璧に対処しなければならない。

人とISが共に行くべき道を歪めようとしている者たちを止めなければならない。

「とりあえず、映像からわかる情報をまとめていこう」

「有り得ねぇ進化だ。おかしなトコぁ山ほどあるはずだ」

「きっちり全部見つけるよ。み〇ばちマーヤ、映像を再生して」

「何故そこでそう呼ぶんですか、篠ノ之博士……」

何故かオチ担当となってしまったことを嘆く真耶だった。

 

 

 

 

 



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第194話「交渉」

IS学園への通信を終えたティンクルはすぐに声をかける。

「鈴、そっちは?」

その問いかけに答えたのは鈴音ではなかった。

「うん、だいぶ落ち着いてきた。心配かけてゴメン」

「カッコわりいトコ見せたな」

そう答えた一夏と諒兵は並んでベンチに座っていた。

さすがに大人数なので、全員で施設の屋上のフリースペースに集まることにしたのだ。

この状況で一夏への対抗意識を燃やすほどまどかは聞き分けが悪いわけではないので、おとなしくしている。

というか、泣いていた諒兵が心配だったのか、ずっと傍についていた。

対抗するようにラウラも密着しているが。

一夏に対しては箒が傍についている。

少し離れたところから、鈴音や他の者たちが見守っていた。

さすがに異変をダイレクトに感じたのか、一夏が真剣な表情で問いただす。

「何があったのか知ってるのか、ティンクル?」

「今、千冬さんたちがIS学園で情報を集めてるところよ」

「動いてるのは天狼?」と、鈴音。

「みたい。もっともアンスラックスや……箒、シロはいる?」

声をかけられて少しばかり驚いてしまったが、この状況だと動いていないわけがないと箒はシロこと飛燕に声をかける。

「返事がない。どうやら何処かに行ってるみたいだ」

「あいつらが動いてるってなると、よっぽどのこったな?」

動いているメンバーから察したのか、諒兵がそう問いかけると肯いたのは鈴音だった。

「すぐにどうこうしなくちゃいけないわけじゃないと思うけどね」

「うん、千冬さんも時間かかってもいいから気持ちを落ち着けろって言ってたわ」

「ヤバいことが起きてるが、腕っぷしで解決できることじゃねーんだな」

鈴音の言葉を補足するようにティンクルが続けると、確認するように弾が独り言ちる。

「というより、その段階まで行けてないんだと思うわ」

「だとすると、今は戦略を練る必要があるってことだね?」

「そのための情報収集なんですわね……」と、シャルロットに続けてセシリアも肯いた。

「そうなると俺たちも情報を集める必要があるんじゃないのか?」

冷静に数馬が意見してくる。

今は情報収集の段階にある以上、集められるだけの情報を集め、そしてまとめておく必要があるだろう。

「アゼル」

『ああ。任せておけ。集めた情報はヴィヴィに預けるが構わないな?』

「頼む」

何かしら行動しないと落ち着かないという気持ちもあり、数馬がアゼルに依頼すると、アゼルはすぐにネットワークへと駆け出した。

こういう状況で重要なのはまず冷静であること。

その点、個性が『沈着』であるアゼルはうってつけだった。

ただ。

「何もできないっていうのは落ち着かないな……」

一夏としては自分の心に叩き付けられた『ナニか』のこともあり、何かしたくてしょうがない気分だった。

できることがあるなら自分も行動したいのだが、情報収集や分析などは正直得意な分野ではなかった。

同じことを諒兵も感じている。

「だな。ゲーセンでパンチングマシーンでも叩きてえ気分だ」

なので、そんな適当な言葉が口を衝いて出たのだが、意外にも肯定してくる者がいた。

「いいんじゃない?思いっきり憂さ晴らししましょ?」

「おいおい……」

「鈴音、不謹慎だぞ」

思わず突っ込んでしまう諒兵に、珍しく箒も意見を合わせてきた。

さらにはティナが呆れ顔で突っ込んでくる。

「りーんー、さすがにのん気すぎない?」

「今はそんな時だとは思えないが……」

諒兵が涙を流していたことが相当にショックだったのか、ラウラさえもそう思ったらしい。

だが、鈴音もいい加減な意見を出したわけではない。

それが理解できたのはティンクルだった。

「何にもできないならスポーツで身体を動かすのは有効よ?」

「考えるときには考えるけど、それができないなら身体を動かして頭を空っぽにしておくのよ」と、鈴。

「ああそっか。悩んでると必要な情報が頭に入らなくなるもんね」

シャルロットも鈴音の意見の正しさに気づいたらしく、憂さ晴らししてもいいかもと意見してくる。

「どうせ今は待ちなんだしいーんじゃねーかな?」

「そうね。私たちは前線部隊だもの。ここでみんなで悩んでいても仕方がないわ」

「戻る必要があれば指示が来るでしょう。改めて報告しつつ、私たちは気持ちを落ち着かせるために気分転換に集中してもいいかもしれません」

本当に、非常に珍しいことに弾の意見を肯定してきたのは刀奈と虚の二人の姉だった。

「そうだね~、考えるのはいいけど、悩むのは良くないよ~」

「うん。織斑先生に動く必要があったら呼んでもらえるように連絡だけしておこう?」

と、本音と簪も賛成派に回ったことで、どんな酷い事態なのかを知ることになっても強い意志で受け止めるために、今は気分転換ということで話はまとまった。

 

そして、とりあえず移動しようと皆が立ち上がったのだが……。

「あれ?」

「どしたの、かんちゃん~?」

「撫子も何処かに行ったみたい……」

ネットワーク上で動くこと自体は制限していないため、そういうことがあってもおかしくはない。

だが、基本的にやる気を出さないとまったく動かない大和撫子が何故今いないのだろうと、小さな疑問を感じる簪だった。

 

 

 

先の覚醒ISの襲撃で衝撃を受けたのはIS学園の者たちばかりではない。

彼らもまた、少なからぬ衝撃を受けていた。

『ヒカルノ博士、お客様です』

フェレスの言葉を無視しているわけではないのだが、篝火ヒカルノことデイライトはモニターを凝視したまま答えない。

その場にいた者たちは誰も口を開かない。

スコールさえ驚愕の表情でモニターを見つめている。

仕方なく、一緒に映像を見ていた研究所員の一人が代わって答えた。

「誰かね?」

『……女性権利団体の渉外担当の方です』

少し逡巡したのち、フェレスはそう答える。

『どの面下げてやってきたのかしらねえん?』

その場にいたスマラカタが呆れたような声を出す。

『ウパラさんやツクヨミさんが追い返せと言っていますが……』

「動きが早いな。コレは予定通りということか」

ようやく口を開いたデイライトは、深いため息を吐く。

「フェレス、ネットワークで二機につなげてくれ。スマラカタもお願いできるか?」

『いいわよん』

「あと、障壁を張ってくれ。フェレス、お前とスマラカタ、ウパラ、ツクヨミ以外のASには聞かせたくない」

『はい、承知いたしました』

「スコール、同席を頼む」

「わかったわ」

「さて、どんな無茶振りをしてくるのやら」

そう言いつつも薄く笑うデイライトの頭脳には、新たなる進化の姿が鮮明に映っていた。

 

応接室にて。

突然訪問してきた権利団体の女性たちと、デイライト、スコール、そしてフェレスが対峙する。

フェレスの恰好はいつもの透き通る人型に白衣を纏ったままの姿となっていた。

羨望の眼差しがいまだフェレスに注がれているが、口角がわずかに上がっている。

元々が研究者のデイライトはそういった点の観察力が高く、それが獲物としてフェレスを見据えているための表情だと理解できた。

(耐えろ。もうお前とのつながりを切る気は毛頭ない)

通信でそう伝えるとフェレスは心なしか嬉しそうに『はい』と答えてきた。

 

そして、極東支部の渉外担当としてスコールが話を切り出した。

「突然のご訪問に少なからず驚いています。本日は何用でしょう、次の搬入まではまだ日がありますが」

「今回は兵器の話をしに来たわけではないわ。新しい仕事の要請よ」

ほぼ一言で、スコールは相手の精神状態を見抜いた。

明らかに興奮している。

それも、自分たちが正しいと信じて疑わないような、傲慢さを感じさせるようなものだ。

商売は互いに敬意を持つことで成り立つのだが、女性の態度は隠しきれない高圧さが感じられるのだ。

これは面倒な交渉になる、とスコールは気を引き締める。

そんなスコールや冷めた目で見つめるデイライトに気付いていないのか、女性は話を続けた。

「ようやく世界が我々に追いついたのよ。権利団体で結成した軍に進化した者が現れたわ」

「それは幸運でしたね。進化に至れる者は少ないというのが、世間一般の認識です」

「いいえ、我々の実力からすれば当然の結果ね。世界の動きが鈍かっただけよ」

ふふんと鼻を鳴らすところを見ると、本当に自分たちの実力で進化できたと信じているらしい。

突然デイライトの頭で愚痴大会が始まった。

 

『権利団体のところに自分から行ったISなんて一人もいないわよッ!』

『さっきのアレだろ。この女、頭沸いてんのか?』

『私男好きだって自覚あるけどお、いくら女でもこいつはソレ以下だわあ』

『皆さんっ、ヒカルノ博士の頭がパンクしてしまいますっ!』

 

フェレスが必死になって愚痴を止めてくれているのが、むしろ楽しいと感じてしまうデイライトだが、さすがに表情には出さなかった。

沈黙を守り、スコールが交渉するのを黙って聞く。

「仕事の内容をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

「整備よ。我々のASの整備を依頼するわ」

「整備か。確かに重要な仕事ではあるな」と、この場では初めてデイライトが口を開く。

確かにASにも整備は必要だ。

IS学園では、連日の戦闘もあり毎日の整備は欠かさない。

ASを手に入れた権利団体としても、整備をせずに今後やっていけるとは思っていないのだろう。

「我々はIS学園を、特に司令官のブリュンヒルデは信用できないと判断しているの。各国の軍も同じよ。ブリュンヒルデを盲信していて話にならないわ」

特にドイツは、と続けるのだが、ドイツ軍は別方向に問題はあっても、その科学力はIS学園、というか『天災』や『博士』にも一目置かれるほどのものがある。

とはいえ、交渉する気にもなれないとその女性は切り捨てた。

「でも、此処は優秀な科学力を持ちながら安易に各国に与せず独立を貫いている。我々はあなた方極東支部こそが最も優秀なISの研究所だと認めてあげたのよ」

「光栄です」

と、スコールは答えるが、言葉の端々に居丈高な雰囲気を感じてしまい、どうにも気持ちが冷めていくのを抑えられなかった。

「確かにそれなりの自負はある。整備することもやぶさかではないな」

「篝火博士、一存で決めるのは組織として問題があります」

スコールが窘めるのも当然だろう。

デイライトは極東支部ではあくまで一研究員、組織の運営を決められる立場にあるわけではない。

「いや、ただの客観的な感想だ。この仕事を受けるかどうかに関しては皆の意見を無視できない」

 

『当り前よッ!さっさと追い返しなさいよデイライトッ!』

『ウゼェし関りたくねえっつうの』

『ていうか、こいつめちゃくちゃ偉そうだけどお、何様のつもりなのかしらん?』

『ですからっ、抑えてくださいっ!』

 

何だかフェレスが涙目で皆を抑えている様子が想像できて、笑みが浮かんでしまうデイライトだった。

「我々の依頼を聞く研究所は他にも山ほどあるわ。その中で、あなた方を選んであげたというこちらの心遣いは汲み取るべきではないかしら?」

報酬も払うと、その女性は続ける。

むしろ報酬は当然支払われるべきなのだが、それすらも高圧的に言えるあたり、先の進化の件は驚くほど権利団体に自信を植え付けたのだろう。

「前向きに検討しますが、この場での返答は難しいことをご了承くださいませんか。何分、急な訪問のためにこちらも準備ができておりません」

とりあえず仕事の内容は聞くことができたので、スコールは交渉を終わらせるよう口を開く。

度し難いとデイライト、そしてスコールも思うが、口には出さなかった。

「……そうね、一日待つわ。こちらも忙しい身なのだから考慮してちょうだい」

「了解した。明日返答しよう」

「えっ?」と、勝手に回答したデイライトに驚くスコールだが、気にすることもなく彼女は言葉をつづける。

「一日あれば返答するくらい問題ない。すまないが会議が必要なので、この後の対応はできない」

「わかったわ。どう返答するかはわかってるけど、あまりこちらをイラつかせないでちょうだい」

そう言って立ち上がり、さっさと帰って行った女性たちを二人と一機は冷めた目で見送るのだった。

 

 

さて、数分後。

亡国機業極東支部の会議は紛糾していた。

 

今後の付き合いはやめるべきだ。

アレは明らかに異常だ。

しかし、あの進化を研究したいとは思わないか?

でも、これまでの態度を鑑みると、より高圧的になってくる可能性が高いわ。

我々は連中の部下ではない、あくまで独立した研究機関だぞ。

あいつフェレスちゃんを狙ってるから近づかせるなっ!

 

極東支部の人間たちはもともとが生粋の研究者たちだ。かなりのマッドサイエンティストではあるが。

しかし、だからこそ、以前デイライトが語ったようにISに対しては好意的に見ている。

だが、あの進化はISの尊厳を踏み躙るようなものだった。

それが理解できたために、権利団体にこれ以上は協力したくないという気持ちでいる者が少なくない。

それはスコールも同じだった。

「私としてもこれ以上の協力はすべきじゃないと思うわ」

『あらん、意外ねえ』

「あなたはともかく、フェレスやウパラは良い友人と思うもの」

『辛辣ねえん♪』

スマラカタとスコールでは性格が合わないのだからどうしようもないが、極東支部で働くようになって、ISコアの個性次第では自分も親しく付き合えることをスコールは実感している。

そうなると気持ちは彼女たちのほうに傾くのだ。

だが、先ほどの交渉の雰囲気から、デイライトは権利団体のASの整備に対して前向きだとスコールは感じていた。

「何故なのかしら?」

「いや、せっかく理想の実験材料が手に入りそうだというのに、門前払いもないと思ってな」

「実験材料?」

確かにマッドサイエンティストな気質の篝火ヒカルノことデイライトなのだから、そう考えても仕方ないとは思うが、フェレスと共生進化したことを考えると少なからずショックを受けてしまう。

『実験って何のこと?』と、ウパラが尋ねる。

だが、思い当たるふしがあったのが、唐突にフェレスが叫んだ。

『ヒカルノ博士ッ、まだ諦めてなかったのですかッ?』

「諦める理由がないぞ。私がそういう人間であることは理解してるだろう、フェレス」

『おい、フェレス、何か知ってんのか?』

ツクヨミがフェレスを問いただそうとすると、デイライトのほうが答えてきた。

「そうおかしなことでもない。単なる『分離』だ」

「分離?」と、スコールや会議の場にいる研究所員たちが首を傾げると、デイライトは楽しそうに答える。

 

「私は共生進化した人間とISを『分離』することができるのではないかと考えている」

 

会議の場が一気に静まり返った。

誰もがそこに考えが至らなかったからだ。

せっかく共生進化したというのに、分離するということは退化するということができるはずだからだ。

だが。

「共生進化は融合進化と違って物理的に一つになるわけではない。ならば『分離』することも可能なはずだ」

『考えたこともなかったけどお、確かに不可能とは思えないわねえん』

「ああ。そう考えた私は以前、共生進化者のいるアメリカやドイツにこの研究を提言したが、今はそんなことを考えるべきではないと一蹴された」

「それはそうでしょう」と、呆れ顔のスコール。

「IS学園に提言しようかとも思ったが、あそこの連中はISとの関係が良好だからな。肯くわけがない」

『当然だな』とツクヨミ。

「で、仕方なく私自身を実験台にしようかと思ったのだが、フェレスに猛反対されたのだ」

『当たり前ですっ!』

せっかく共生進化したというのに、分離させられてはたまったものではない。

そういう性格だと理解して共生したとしても、これだけはフェレスには納得できなかったのだ。

 

「だが、『分離』の研究と実験のためには進化そのものをより深く理解する必要がある。科学の未来のためにもやるべきだと私は思う。そして権利団体のASの整備というのは絶好の機会だろう。そのために連中でやってみたいと私は強く願っているのだが、異論は?」

 

再び静まり返る会議場。

その中で誰かが口を開いた。

 

やってみる価値はあるかもしれん。

進化の深淵を理解することになるなら、むしろ興味深いぞ。

連中で実験するなら、我々に実害はなかろう。

フェレスちゃんに色目使ったヤツは許さん。

 

さらに。

『面白そうね』とウパラ。

『どんな顔するか見ものだな』と、ツクヨミ。

そして。

『まあ、あの子たちは反対しないでしょおねえ♪』

権利団体に進化させられた覚醒ISのことを想ってか、スマラカタはそう言って妖しい笑みを見せる。

そして、デイライトはフェレスに顔を向ける。

「フェレス」

『今回は反対しません。いえ、私からも推奨します。やりましょう『分離』の研究と実験を』

その答えを聞き、デイライトは満足げな笑みを浮かべると、スコールに声をかける。

「スコール、連絡と今後の交渉を頼む」

「任せなさい。得意分野よ」

そして、翌日、スコールは権利団体に対し、整備の仕事を請け負うことを連絡したのだった。

 

 

 

 

 



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第195話「胎動」

子どもたちの息抜きとなった休日。

後半は不安もあったが、全員が良い意味でリラックスできた。

なお、ティンクルとまどかは別方向からアプローチするといって、やはりIS学園には来なかったのだが。

いずれにしても、翌日のブリーフィングには全員が気を引き締めて臨んでいた。

それでもその映像は衝撃的だったのだが。

「今の段階で見られる映像は以上だ」

そう言って映像を切ると、最初に口を開いたのは一夏だった。

「千冬姉、ヤツらのアジトは何処だ?」

「速攻で潰す」と、諒兵も続ける。

『私、許せない』

『一分一秒でも早く消しに行きましょう』

衝撃をダイレクトに受けただけに、あの涙が誰のものだったのか理解した二人。

その分、滅多に見られないような怒りの表情、一切の感情が消え去った能面のような表情を見せている。

その怒りを受けたせいか、白虎とレオも同様に怒りを見せている。

千冬はため息を吐きつつも、昨日束が激しい怒りを見せてくれたことに感謝した。

あれが無けれは二人と二機を抑えることはできなかっただろう。

「束も昨日そう言ったよ」

「当然だッ、束さんが許すはずがないッ!」

「可愛がってる子どもを殺されたようなもんだぞッ!」

「それでも、ヴィヴィの言葉で思いとどまってくれた」

その一言に一夏と諒兵は衝撃を受ける。

ヴィヴィに感謝しつつ、千冬は言葉を続ける。

「ヴィヴィはな、束ならきっと囚われたISたちを助けられると信じてると言ったんだ。だから束は思いとどまった。なのにお前たちが暴れに行ってどうする?」

「それは……」と一夏。

「お前たちの怒りはもっともだ。私だって腸が煮えくり返っている。だがな……」

「だが、何だよ」と、諒兵。

「だからこそ、仲間を助けるという強い意志が大切なのだと私は思う。これはそういう戦いだ」

教え諭すように千冬が語ると、一夏も諒兵も深く深呼吸する。

何度かそれを繰り返したのち。

「わかった。今できることを教えてくれ」

『お願いチフユ。何かしてないと気分悪いから』

「いずれは落とし前つけるけどな」

『アレらはそれだけの罪を犯してますから』

「それでいい。ありがとう二人とも。白虎とレオもな」

そう言って深く頭を下げる千冬に二人と二機は面食らってしまう。

滅多に見られる光景ではないからだ。

それだけに、一夏と諒兵が何とか感情を抑え込んだことが千冬にとって本当に感謝すべきことなのだと理解できた。

 

改めてブリーフィングを開始すると、千冬は現状得られている情報を述べ始めた。

「コレに関してはアゼルの協力もあっていろいろ集まった。御手洗、感謝するぞ」

「いや、この件に関しては俺も怒りを抑えるのに苦労してる」

「ああ。早く何とかしてやりてーよ」と、弾もそう答える。

少なくとも、この場にいる者であの『進化』を認める者は一人もいなかった。

というより。

「アレ、本当に進化なの?」と、鈴音が疑問を口にする。

その一言に対し、千冬は笑みを見せる。

「いいところに気づいたな鈴音。アレはISの『進化』ではないというのが束と博士が出した結論だ」

ISの進化とは人の心の情報を読み取ることで起きる。

だが、読み取るためにはISコア側にも共感できる心が必要となる。

白虎とレオは一夏と諒兵の空への憧れに共感することで『進化』できたのだ。

「これはワタツミの見解だが、進化後にISコアの心が感じられなくなったそうだ」

「その、殺されたってことですか……?」

と、シャルロットが不安げに尋ねると千冬は首を振った。

「殺されたのなら、そもそも進化できん。そのため何らかの方法でISコアの心を閉じ込めたというのが束と博士の推測だ」

「心を閉じ込めた、それで進化できますの?」とセシリア。

「いや、普通に考えれば不可能だ。ただ、連中はISコアの心を閉じ込めつつ、持っている力だけ引きずり出していると推測できる。あの変化は操縦者側から無理やり力を引き出しているための姿らしい」

「そう言えばさー、鎧の形がおかしくなかった?」

『そーいやそーだな。獣性が表れてねーし』

ティナ、そしてヴェノムが感じた通りである。

闇で塗り潰したような漆黒の鎧は、翼が生えただけの普通の鎧だった。

一夏や諒兵に代表されるAS操縦者の鎧は『進化』にかかわった人間側の獣性をISコアが受けるため、必ず動物的な意匠になる。

それが全くないというのはASの常識から考えると有り得ないのだ。

「ニンゲンそのものの鎧ということか……」

特別保護プログラムを受けていたころには人間であることが苦しいと感じた時期があるだけに、箒の言葉には実感が籠っていた。

なお、飛燕ことシロは今も情報を集めるために飛び回っている。

箒には定期的に連絡があるのだが、この件ではシロは自由にさせたほうがいいと考えているため、束と直接連絡を取り合うように箒のほうからシロにお願いしていた。

 

それはともかく。

「連中は何らかの手段でISコアから力だけを引きずり出す方法を得ているのは間違いない。そしてコレは少なくとも連中の科学力では不可能だ」

「そうすると、極東支部が与えたんでしょうか?」

「そこまでの技術となるともう異常の域ね……」

簪の言葉に刀奈がそう感想を述べる。

倫理的と言っていいのかどうかはともかく、束や丈太郎はこういった技術や力を開発する気持ちがない。

しかし、実際に可能かどうかを考えると、まだ数世代は先の技術だという。

「束や博士ですら、そういう見解だった。さすがに亡国機業極東支部にコレができる技術があるというのはな……」と、千冬も自信なさげになる。

其処に『太平楽』な声が聞こえてきた。

『極東支部じゃありませんねー、かかわってないというとウソになりますけど』

「戻ってきたのか天狼?」

『解説が必要だと思いまして』

と、千冬の言葉にいつも通りのにこにこ顔で天狼は答えた。

何気に大物の貫禄と言ってもいいかもしれない。

「言える範囲でいい。説明してくれ」

『はいはいー。これはアンアンやしろにーも納得してくれたんですが、この技術は使徒が与えたものと考えてます』

「使徒だって?」

「そんなヤツがいるのかよ?」

現状、活動している使徒と言える存在は

 

ディアマンテ、

アンスラックス、

サフィルス、

シアノス、

アサギ、

アシュラ、

ツクヨミ、

スマラカタ、

タテナシ、

そしていまだ進化した姿をIS学園側には見せていないウパラ。

 

と、この場にいる者たちが知っている限りはこれだけのはずだった。

「ディアマンテは違うよな。あの時ティンクルと一緒にいたし」

「アンスラックスとアシュラも違うわね。激怒してたもん」

「サフィルスはそもそも人に手を貸しませんわね。シアノスさんはこういうのはお嫌いでしょうし……」

「アサギはこういうことはできないんじゃないかしら。というか、あの子怖がりでああいった人たちには近づかないと思うけど」

「ツクヨミはまずやらねえと思うぜ。あいつは真っ向勝負が好きなタイプだ」

「スマラカタは楽しいことならやりそうだけど、これって楽しいかな……?」

「タテナシならば可能性はあると思うが、奴は言動は回りくどいが行動は割とシンプルな印象があるな」

一夏、鈴音、セシリア、刀奈、諒兵、簪、そしてラウラがそう意見してくる。

怪しいのはタテナシだが、こういう回りくどいことをするだろうかと疑問に思える。

ウパラ、というかIS学園的にはヘル・ハウンドのままだが。

「そもそも個性が『実直』なら、まずやるまい」

と、千冬が意見してくる。

そうなると候補がいないのだが。

『いえ、まだ身体を動かせる状態ではない使徒ですよ』

「へっ?」

「天狼、まさか……」

 

『この一件、『天使の卵』が自ら動いていると私たちは見ています』

 

その一言を聞いた一同は、卵の中にいるのは果たして本当に『天使』なのかと戦慄するのだった。

 

 

アメリカ合衆国、ワシントンD.C.

ホワイトハウスの大統領執務室にて。

「大統領ッ!」

「来てくれたか、ファイルス君、コーリング君も来てくれたのか」

「マズいどころじゃない事態だろ。とにかくこっち側で動ける奴は集めてる」

執務室に飛び込んできたナターシャやイーリスは非常に険しい顔をしている。

対してナターシャの肩にいるイヴは悲しそうな表情を見せていた。

『辛いの、こんなのヤなの……』

「私の力不足もあっただろう。すまないイヴ君」

「大統領がそこまで気にすることでは……」

そうナターシャが気遣うが彼は首を振った。

できることはあったはずだと彼は考えているからだ。

「もっと徹底的に権利団体を潰すべきだった。強引だと言われようが、潰してからその後を考えるべきだったのだ」

できる限り穏便に、権利団体の人間たちも納得できる形で解体する。

それが各国首脳の考えだった。

多少なりと国家運営にかかわりがあった以上、むやみやたらに解体するのは難しいと及び腰になってしまっていたからだ。

「ドイツ、フランスとは既に連絡を取った。日本の首相とも連絡を取ったが、あそこはIS学園がある関係上、権利団体もかなりの力を残しているらしく、その力が政治にも食い込んでいてまともに会談できなかったがね」

「ブリュンヒルデの手腕に期待するしかないだろ」

「うむ。それにIS学園のミスタークツワギは政治方面にも明るい。この後、彼とも連絡を取るつもりだ」

ミスタークツワギ、本名を轡木十蔵という人物は、IS学園では用務員として働いている壮年の男性である。

その妻が現状ではIS学園の学園長となっている。

だが、実際には実務方面全般を取り仕切る辣腕で、千冬が使徒との戦いで比較的自由に動けるのも彼の手腕によるところが大きい。

滅多に表には出てこないが、学園の教員やスタッフが最も信頼する真の学園長だと言うことができるだろう。

「権利団体が今後我々政治家にも圧力をかけてくることは容易に想像できる。かつての権力を取り戻すどころではない。最悪クーデターが起きかねん」

大統領の懸念は大袈裟なものとは言えない。

ディアマンテが起こしたISの離反以降、女性権利団体はその在り方から解体すべきという意見が多くなった。

権力が集中しすぎていたからだ。

だが、それは権利団体側から見れば、弾圧されていたということもできる。

「歪な団体なんてあっても迷惑なだけだけどな」

「世間ではそうだ。しかし、其処を自分の生活の中心にしていた者たちは違う。居場所を壊されるような気分だったのだろう」

イーリスの言葉に大統領はため息交じりにそう答える。

「でも、その点を考えて時間をかけて解体しようとしていたのでしょう?」と、ナターシャ。

「そうなのだがね。その間に心を入れ替え、今の世界に順応してほしかったのだが……」

『こっちの気持ち、全然伝わってないの』

イヴの容赦ない一言に大統領は再びため息を吐く。

過去の妄執に縋り、何が何でも昔に戻そうとする権利団体の人間たち。

同じ人間なのだから、時間が経てばきっと心を入れ替えてくれると思ったのが愚かだったのだろうかと大統領は嘆く。

「逆に煮詰まっちまったか」

「うむ。無論、心を入れ替えて順応した者たちは少なくない。だが、その分だけ残された者たちは思想が凝り固まってしまったのだろう。自分たちこそ正しいと信じて疑わない」

「そうして手に入れたのが、あの力……」

「そうだ。あれがいったい何なのかは博士と天災の二人で調査しているとのことだ。情報は常にこちらにも届くように依頼している」

この件に関しては、各国首脳部が連携して対処しなければならない。

そのため、先の襲撃事件の際に権利団体所属でAS操縦者となった者が出た日本やアメリカ、フランス、そしてドイツは連携を強化している。

問題は今後の現場対応だ。

「ファイルス君、今後我が国では君とイヴが矢面に立たされる。最大限のバックアップをするが、万全にとは言い切れん」

「いえ、むしろ最前線で戦います。あんな、イヴを悲しませるような進化は認めません」

「すまん……」

そう言って頭を下げる大統領の姿に、ナターシャは自分が背負うことになった責任の重さを痛感するのだった。

 

 

 

他方。

ドイツ連邦共和国ノイブルク・アン・デア・ドナウ。

ドイツ空軍管制司令部があるその場所のうちの一部屋を、空軍大将が訪れていた。

「今回の一件で、連邦大統領にアメリカ大統領から連絡があったそうだ」

「はい」と、珍しくクラリッサが真剣な表情を見せている。

「フランスや日本も今は対策会議で寝る間もないらしい」

「そうでしょう。これは由々しき事態です」

それほどの今回の覚醒IS襲撃事件の顛末は、多方面に多大な影響を与えているということだ。

「我が国で件の進化をした者の一人は……」

「以前、我々シュヴァルツェ・ハーゼに配属された人間ですね。一週間ももちませんでしたが」

「我々の訓練についていけないからと、まさかあのような凶行に及ぶとは呆れたものだ……」

そう空軍大将がため息を吐くのに合わせ、クラリッサも呆れた様子でため息を吐く。

既に語っているが、ドイツでも権利団体所属の人間が『進化』に至った。

現在、確認されているのは六名。

そう多いわけではないが、他国より少し多い人数となっている。

そもそもドイツ軍は訓練が厳しいため、兵士自体の練度が高かったのが災いしたかもしれない。

同席していたワルキューレが各国の新たなる進化者の人数を数え上げる。

『アメリカが五人、フランスが四人、日本が二人、我がドイツが六人。合わせると軽く二桁を超えるわね』

対して、これまでに進化に至った者たちは、

 

一夏と白虎、

諒兵とレオ、

鈴音と猫鈴、

シャルロットとブリーズ、

セシリアとブルー・フェザー、

ラウラとオーステルン、

簪と大和撫子、そのオプション機体を駆る刀奈、

箒と飛燕、

クラリッサたちシュヴァルツェ・ハーゼとワルキューレ、

ナターシャとイヴ、

番外としてティナとヴェノム、

 

「亡国機業極東支部に一人いるらしいことを考えても、現状まともな進化を果たした人数を既に上回っている」

「我々と同レベルで戦闘ができるとは思いませんが……」

「戦争は数だ。その点で考えれば既に脅威と化していると言っていい」

「はっ、浅慮でした」と、クラリッサは頭を下げる。

「既に権利団体に深くかかわっている女性議員が連邦大統領に圧力をかけてきた」

「早いですね……」

「おそらく彼の者たちからすれば、これは予定調和なのだろう。あの進化に成功したことで引き金が引かれてしまったと考えられる」

「かなり以前から準備をしていたということですね?」

「うむ。だが、あの進化は彼の者たちでは不可能としか思えん。コレに関しては天災や博士の報告を待つしかないが……」

「手助けをした者がいる、と」

クラリッサの言葉に対し、空軍大将は重々しく肯く。

それが何であるかはまだドイツまで報告が来ていないが、間違いなく何者かの手助けを受けて増長してしまっているのだ、と彼は答える。

そして。

「大統領から言伝を預かっている」

「はっ!」と、クラリッサは敬礼した。

「今後シュヴァルツェ・ハーゼは彼の者たちとの戦いで最前線に立つことになる。覚悟せよ、とのことだ」

「了解いたしました」

 

「うむ。このままでは萌え画像のためのシャッターチャンスが減るから大変よろしくないと大統領もおっしゃっている」

 

「我が部隊は全霊をもってこの難局に立ち向かいますッ!」

『任せてもらうわよ、ジェネラル』

どうやらドイツは国自体にいささか問題があるようである。

 

 

 

日本国内某所にて。

[ヤッタネ、オ姉チャンタチ!]

モニターの向こうでにこやかに微笑む少女に対し、その場にいる者たちも笑う。

「ええ、貴女のおかげよ、ノワール」

[亜米利加ヤ仏蘭西、独逸トカ、他ノ国ノオ姉チャンタチモ上手クイッタミタイダヨ♪]

「そう」

とはいうが、あまり興味がなさそうな様子だ。

自分たちが成功すれば、他に興味はないらしい。

だが、今回の襲撃で得たものは大きい。

これは大きな一歩だとその場にいる者たちは喜ぶ。

「私たちは力を得た。まずは政府に圧力をかけるわ」

[イイネ、今度ハオ姉チャンタチノ言葉ヲ聞イテクレルハズダネ♪]

「もちろんよ。私たちの訴えを退けてきた連中に、力を知らしめてやらないとね」

[ソウシタラドウスルノ?]

「貴女が言っていたエンジェル・ハイロゥに行かなくちゃね。今度はこっちから攻めるわ」

[マダマダ、イーッパイイルカラネッ!]

「そうよ。ブリュンヒルデたちよりも数を集めて、もっと強くならなければね」

[仲間ガ増エルヨ、ヤッタネオ姉チャン♪]

「そうしたらIS学園を潰すわ。もうあんな場所はいらないもの」

[ガンバッテ!私、応援シテルカラ]

「ありがとう、ノワール。貴女こそ本物の天使だわ」

[エヘヘッ、嬉シイナ♪]

無邪気に喜ぶノワールと呼ばれた少女に対し、その場にいる者たちは歪んだ笑みを向ける。

その無邪気な笑顔の意味を『オ姉チャンタチ』が果たして理解してるかどうかは、誰にもわからなかった……。

 

 

 

 

 



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第196話「治療」

IS学園内、特別整備室と書かれた一室で、鈴音は簡素なベッドの上に横たわっていた。

何となく、ぼんやりと天井を見つめている。

ちらりと目をやると、複雑な機械が並んでいるガラス張りの別室があった。

そこには仲間たちが心配そうな表情で自分を見つめる姿がった。

その中で本音だけが忙しなくコンソールを叩いている。

そんな様子を眺めながら鈴音はこうなることになった昨日のブリーフィングを思い返す。

 

 

 

「「治療?」」と、鈴音とセシリアは揃って疑問の声を上げる。

だが、千冬は冷静に答えてきた。

「現状、お前たち二人が全力で戦えないのは大問題となった。よって二人とも治療を施し、完全回復させる」

「そうしていただけるのは嬉しいのですけど、何故今になって?」

セシリアの疑問も当然だろう。

治療によって完全回復できるのであれは、さっさとやってほしかったというのが本音だ。

「大問題となったからだ、と言いたいところだがな。正確にはIS学園で現在のお前たちを治療するとなるとこちらのリソースが厳しくなってしまう。よって時間をかけての治療を選択していたんだ」

単純に人手不足なのである。

セシリアはフェザーがダインスレイブの一撃を受けた。

そのフェザーのダメージを治療するとなると、余程の科学者の力が必要になる。

つまり。

「束と博士の二人がかりで12時間、つまり半日かかる」

だが、その間セシリアの治療にかかりきりだと、二人が担当している他の作業ができなくなってしまう。

「博士は兵器開発と他国の軍隊への技術提供。束は学園防衛設備の管理と維持、そしてISコアを停止させるための装置の開発がある。こういっては何だが、お前たちの治療のためにそれらの仕事を止めることができなかった」

すまない、と、そう言って千冬は頭を下げるが、確かにそちらを疎かにはできないと鈴音、セシリアは納得する。

いつ襲撃が来るかわからない状況で、かつ一応は他に戦力がある状態でフェザーの治療だけに集中するのは得策とは言えないのだ。

「申し訳ありません……」

「いや、オルコットの場合は仕方がない。今のところまどかにそこまでの敵意がないから安心できるが、やはりヨルムンガンドは敵に回すと厄介だからな。気にするな」

「ありがとうございます」

『ご面倒をおかけしてすみません。オリムラチフユ様』

そう言ってセシリアとブルー・フェザーが頭を下げると千冬は鈴音のほうへと顔を向ける。

「鈴音、お前のほうの問題はさらに大きい。現時点で、治療によって完全回復させるためには72時間かかるそうだ」

「まる三日っ?」

「ああ。それだけの時間が必要で、布仏本音と猫鈴が協力して治療を施し、さらに束と博士がバックアップする必要がある」

セシリアはフェザーの治療、正確に言えば修理で事足りるのだが、鈴音は鈴音自身の脳神経の治療に、猫鈴が受けたダメージの回復も必要となる。

人手も時間もかかりすぎるのだ。

「オルコットはすぐに治療に取り掛かるが、鈴音、お前は明日からだ」

「えっ、決定事項なんですかっ?」と、驚く鈴音に千冬は厳しい目を向けてきた。

「大問題となったといっただろう。早急にIS学園の戦力を回復する必要があるんだ」

「それは……」

「現状、確認できる権利団体の軍のAS操縦者は十七人。単純な数は我々よりも多い。しかも、今回進化したのは大半が正規軍人だ。我々は最悪の場合、そいつらを相手にする必要がある」

AS操縦者同士が戦うということ自体は、まどかとヨルムンガンドで経験はある。

だが、あれはまどかの私怨でしかない。

小さな女の子が少し癇癪を起こしたくらいの印象で、別にそれほど困ったとは思わない。

だが、権利団体の操縦者たちは違う。

もし戦うのであれば、それは戦闘ではなく、戦争になる可能性すらあった。

「ですが教官、確かにあの者たちのやったことは許せませんし、こちらから出向いてでも叩きたい気持ちはありますが、逆に向こうにIS学園に攻め入る意思があるとも思えませんが?」

「確かにそうだね。手に入れた力を見せびらかそうとはするだろうけど、僕たちに無暗に攻撃してくるかなあ?」

と、ラウラの言葉にシャルロットも同意する。

普通に考えれば、彼らは現在人類を守るために戦うIS学園に対抗する意思があったとしても、こちらを攻撃するようなことはしない可能性もある。

そもそも必要がないからだ。

むしろ、手を組もうと言ってくる可能性だってある。

『正直言うと組みたくはないわね』とブリーズは苦笑した。

この場にいるASたちに、向こうと手を組むなどと考える気持ちはあるわけがない。

ただ。

『いや、攻めてくるかどうかはともかく、攻められる理由はあるだろうな』

「オーステルン?」

『私の考え通りなら三つほどあるはずだ』

「さすがに気づいたか、オーステルン」

『やはりか』

千冬がどこか申し訳なさそうに口を開くと、オーステルンは納得した様子を見せた。

そしてオーステルンのほうから説明してくる。

『うち二つは明瞭だ。リョウヘイとイチカだな』

「「へっ?」」と、間抜けな顔をさらす二人に親切に説明してくれた。

『離反が起きた当初、お前たちが人を守るために戦ってくれたことで女尊男卑の社会に大きなひびが入った。大半の人間は受け入れているが、おそらく連中は考えが凝り固まってしまっている』

「そうだ。はっきり言えば逆恨みだ。権利団体の人間たちは「お前たちさえいなければ」と、そう思っているふしがある」

「いや、そりゃひでーだろっ!」

と、声を上げたのは弾だった。

友人が権利団体も含めて人類のために必死に戦っていたのに、逆恨みなんて理不尽すぎると思ったからだ。

「本当にそう考えているのなら、呆れるしかないが……」

と、言葉通りに数馬は呆れたような表情を見せる。

実際、感謝こそすれ、恨む理由などないからだ。

しかし。

「人の考えとは理不尽なものだ、御手洗」

と、千冬はどこか諦観した様子でそう答え、そして三つ目の理由を告げた。

「千冬さん?」と、鈴音が問いかけると千冬は肯いた。

「そう、私だ。連中の考えや提案は当時受け入れられるものではなかった。そして戦力を整えるためにこちらの無理は通してきた」

何度となく、ISの凍結解除とISコアの再生産は要求され続けた。

それは自分たちも力を手に入れたい、かつての権力を取り戻したいという一心だったのだろう。

だが、千冬は拒否し続けてきた。

世界が変わろうとしている中、人類が手を取り合うことが最も重要だと考えて。

わかってもらえなくても、せめて我慢はしてほしいと。

「交渉の場に立つことも多かったのでな。一夏や諒兵のような逆恨みではなく、はっきりと私自身が恨まれていることだろう」

『チフユは悪くないよっ!』

そう言ってくれたのが一夏のパートナーである白虎とであることに、千冬は顔を綻ばせる。

一夏もまた、白虎と同じ気持ちでいてくれるのだろうと感じたからだ。

受け入れてくれる存在があるというのは、千冬の心を確かに軽くしていた。

改めて気を引き締めて話をつづける。

「だが、可能性がゼロではない以上、戦力は整えなければならん。話を戻すが、鈴音、以前ヴィヴィがお前の身体の件で伝えたことを覚えているか?」

「あっ、えっと……あッ!」

「思い出したか。鈴音、お前の治療をする場合、お前自身は昏睡状態となる」

何しろ一番ダメージを受けているのが脳なので、猫鈴は常にバックアップしている。

その猫鈴が治療に専念するということは鈴音自身は昏睡状態になってしまうということだと、以前に語っている。

「それって全然動けなくなるってことだろう?学園が襲われた時でも……」

「マズいんじゃねえか?」

一夏や諒兵のみならず、その場にいた一同も不安そうな表情を見せる。

しかし、千冬はそれでもやらなければならないと話を続ける。

「一番の問題はお前たちにあるんだ、一夏、諒兵」

「えっ、今度は何だ?」

「問題児なのはわかってるけどよ」

『ツッコみませんからね』と、レオ。

思わず全員が「いやツッコんでるから」と、呆れ顔になるが話はいたってマジメなものだった。

「なら聞こう。一夏、お前は権利団体の操縦者たちと戦闘になった時、連中を斬れるか?」

「……必要なら斬るさ。殺すとかはしないけど」

 

「連中が、ISコアという『人質』を盾にしていてもか?」

 

「えっ……」

完全に虚を突かれたのか、一夏は呆然としてしまう。

それは諒兵も同じだった。

「連中が纏っているのは進化させられたISたちだ。そこに共生の意思はない。囚われたままで戦う道具にさせられているだけだ」

「それは……」

「そんなISたちを、お前は斬れるか?諒兵、お前もその爪を突き立てることができるのか?」

返事はなかった。

否、返事をすることができなかった。

それこそが答えだった。

「許せとは言わん。だが、これから起きる可能性があるのはそういう戦闘なんだ。だから、お前たちを前線に出すことができないんだ」

「なるほど。そうなると少なくとも僕たちは当然として、あとは更識さんや箒も前線に行くことになるんですね?」

「さすがだなデュノア。今後しばらくはその体制で行くことを考えている」

一夏や諒兵は優しすぎるのだ、と千冬は語る。

そしてその優しさは尊いものだと。

だが『彼女たち』を助けるためには戦闘は避けられないだろう。

そして。

「連中は全力で抵抗してくるぞ。その状態で『傷つけずに』戦うことは不可能だ」

そうなれば纏っているASもダメージを受ける。

助けたい相手を傷つけなければならないという大きな矛盾があるのだ。

「でもね、僕たちは割り切るよ。そうじゃなければ助けられないなら、僕はそうする」

「こういうと誤解されそうだが、敵が何かを見据えて、敵ではない者と戦えというのなら、それなりにできると思う」

とシャルロットに続いて箒までがそう答える。

「女を舐めるなよ、強さにはそういうものもある」

そう千冬は諭すように語る。

逆に一夏と諒兵は揃って俯いてしまった。

弾や数馬もばつの悪そうな顔になる。

「俺たちはどうすればいいんだ……?」と、一夏は俯きながら呟く。

「学園を守ってほしい」

「へっ?」と諒兵。

「すぐに攻めてくることはないだろうが万が一がある。オルコットや鈴音が治療に専念している間は特にしっかりと学園の防衛をしてほしい」

「えっと……」

「追い返せばいい。AS操縦者としての練度は博士に次いでお前たちが最も高い。巧く逃げ回りながら相手を疲れさせろ」

「そんなんでいいのかよ?」

「それでかまわん。アンスラックスがしばらくは好戦的な覚醒ISでも襲撃はしないと言ってきている。さすがにあんな進化をさせられたくはないとエンジェル・ハイロゥに籠っているそうだ。戦闘自体は少なくなるだろう」

何より、今後しばらくは戦闘よりも、多方面にかけられる圧力と戦っていくことになると千冬は説明する。

実戦自体は、けっこう先の話になるだろうと。

「それらは私たちが対応していく。安心しろ。連中の思い通りになどさせるものか」

珍しく頼もしげな表情で断言する千冬。

ただ、一人だけそれがどこか儚いものに見えた者がいた。

ゆえに。

「わかりました。千冬さん、明日からの治療受けます」

「鈴音?」

「セシリアも急ぎましょ。全力で戦えるようになれば、あんな連中に負けるわけないわ」

「……そうですわね。善は急げと言いますし」

「回復したら、対応策を私たちにも教えてください」

「わかった。すぐに治療を始めよう」

小さなため息を吐きつつ、そう答えた千冬の言葉でブリーフィングは終了となった。

 

 

 

特別整備室のベッドに横たわる鈴音は、自分を見守る面々の顔を眺める。

何となく、千冬と目が合った気がした。

ブリーフィングの後、千冬と二人で少しだけ話をした。

内容を誰にも言わないでほしいと告げて。

 

 

 

「ティンクルと情報交換をしていたのか?」

「はい。こうなることまではあの子も予想してなかったけど、権利団体の問題自体は調べてたみたいです」

「ティンクルは『天使の卵』が絡んでる件まで掴んでいたのか……」

「ディアとヨルムンガンド、ていうかヨルムの推測っぽいですけど。ま、あいつ捻くれてるし、それで気づいたのかもしれません」

「……『卵』は我々と敵対しているということか」

「う~ん、なんか違うかも」

「どういう意味だ?」

「それが『楽しい』のかなって……」

「また、ずいぶんと意外な言葉が出てくるな、鈴音」

「何となくそう感じるんです。壊すこと、壊れることが『楽しい』から、人間もISも区別しないんじゃないかなって」

「『卵』にとって、我々はおもちゃか何かか?」

「実際、そうなのかも。自分自身も含めて、いろんなものが壊れることが『楽しい』んですよ」

「そもそも思考形態が異常なのか……」

「はい。ティンクルが本当の意味で全部を破滅させようとしてるって言ってたけど、その根本的な理由はそれが『楽しい』からだと思うんです」

「だとすれば救えないな……」

「蛮兄や束博士は?」

「破壊するつもりだ」

「急いだほうがいいかもしれません。千冬さんのことだから考えてるだろうけど、権利団体の対応に追われるとその原因を見失います」

「つまり、極東支部の捜索にもっと力を入れろと言いたいんだな?」

「はい」

「わかった、これに関しては優先事項として考える」

「で、全力戦闘ができるようになったら、私はティンクルと協力するつもりです」

「ほう?」

「少なくともこの件ではあの子は味方だと思いますから」

「回線は持ってるのか?ティンクルはディアマンテの力で強引にハックしてくるみたいだが」

「んー、聞かなかったけど、多分つながるかと思います。大丈夫よねマオ?」

『……つニャがらニャいことは多分ニャいのニャ』

「それならかまわん。極東支部を捜索して『天使の卵』を破壊することは、権利団体への対応と同時にやっていく。それでいいな?」

「お願いします。それと……」

 

 

 

そんな会話を思い返していると、本音の声が聞こえてきた。

「そろそろ始めるよ~、りん~、まおまお~、準備はいい~?」

『あちしは大丈夫ニャ』

「う、うん」と、鈴音はそう答えて目を閉じる。

視界が真っ暗になると、途端に不安が襲いかかってきた。

もし、このまま目覚めなければどうなるのだろう。

猫鈴のことは心から信頼している。

しかし、何事にも絶対はない。

万が一、失敗してしまったら、鈴音は二度と目覚めることはないだろう。

それだけのことをしてしまったことを後悔すると同時に、このまま消えてしまいたくないと強く思う。

でも、治療において鈴音は何もできないのだ。

だから怖い。

何もできないことが怖い。

みんなを信頼していないわけじゃないけれど。

自分にできることが何もないというのは鈴音にとって恐怖でしかない。

眦に涙が浮かぶのを感じても、怖くて身動き一つできない。

「寝坊したりするなよ、鈴。お前けっこう抜けたところあるからな」

「目覚ましかけといてやっから、ちゃんと起きろ。待っててやる」

その声とともにふわっと両の手に温かい感触が舞い降りた。

思わず目を開けると、一夏と諒兵が自分の手を握ってくれていた。

「ばーか、アンタたちみたいな寝ぼすけじゃないわよ」

思わず笑みがこぼれる。

心が軽くなった鈴音は、今度は安心して目を閉じたのだった。

 

そして。

「ごめんね~、二人ともここまで~」

「こっちこそ悪かった」

「悪ぃな。わがまま聞いてもらって」

本音の言葉にそう答えた一夏と諒兵は、すぐに整備室を出る。

すると。

『人格データフルパッケージング、完了ニャ』

「猫鈴、セットアップ~」

本音の言葉に答えるように鈴音の身体は光に包まれ、猫鈴が起動する。

「マニピュレーター接続~」

特別整備室の一角から、整備用のマニピュレーターが伸びてくると猫鈴のヘッドセットに接続された。

『神経細胞用体内マニピュレーター、スタンディングOKニャ』

「脳神経モニタリングスタート~」

本音が座る整備用コンソールの前のモニターに、いくつもの画像が出てくる。

あまりに複雑すぎて、その場にいた全員が絶句してしまう。

「オペレーションスタート~」

『ブレインニャ(ナ)ーバスリカバリープログラム、スタートニャっ!』

そうして、本音と猫鈴は治療を開始する。

その表情は真剣そのものだった。

これほどの治療と整備となれば、むしろ三日で終わるというほうが驚きだ。

それだけに誰もが成功を祈る。

 

「戻ってこい鈴音、この先の戦いにお前は欠かせんからな……」

 

そんな千冬の呟きは、人とISのために戦う者たちの総意といっても過言ではなかった。

 



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第197話「強さ」

鈴音の治療が開始すると、生徒たちは各自で自主訓練ということになった。

さすがに誰もすぐに動こうとはしなかったのだが……。

「ここでうろうろしていると布仏本音が集中できんぞ」

という、千冬の言葉を聞き、仕方なく全員特別整備室を後にする。

本音は体力の限界に挑戦しながら治療に取り組むことになる。

そんな本音の集中力を削ぐような真似などできるはずがないからだ。

仕方なく、それぞれ今できる訓練をしようと赴く。

 

そんな中で一夏は。

「セァッ!」と裂帛の気合を持って白虎徹を振り下ろすが、受け止めれらてしまう。

逆に切り上げてきた剣を距離を取って避けた。

だが、相手は一気に距離を詰めて上段から重い一撃を繰り出してくる。

それでも、逃げたくはないと鈍色に光る刃を白虎徹でしっかりと受け止めた。

「さすがに重いや」と、一夏は苦笑いしてしまう。

「豪剣は僕の得意とする剣だからね。これで負けるわけにはいかないよ」

そう言って凄まじい剣を見せてきた誠吾も笑う。

手にしたワタツミを引き、いったん息を整えた。

一夏も部分展開していた白虎を解除する。

「でも、僕でいいのかい?剣で打ち合いたいなら、今の篠ノ之さんなら一夏君とも互角に打ち合えるよ?」

「今日は俺のほうが無理だよ。やっぱりショックが抜けきれない」

本来の篠ノ之流を使えるようになった箒の剣は驚くほどきれいな太刀筋になっている。

そうなると、荒れた心のままで一夏が剣を振るっても軽くいなされてしまう。

これまでとは逆の意味で勝負にならないのだ。

「そうだね。織斑先生は僕も防衛に回るように言ってきたよ。さすがにあの人たちとはまともに戦える気がしない」

『だーりんも一夏も人が良すぎるネー』

『それがいいところなんだけどね』

と、ワタツミと白虎が声を揃える。

「何か、ザクロとの死合いに勝てた時は朧げに見えたような気がしたけど、今はまた遠くなったって感じるんだ。ずっと目指してるけど『強さ』って遠いなあ」

「僕もまだまだ見えないな。本当に一生かけても見えるかどうかわからないよ」

「ホントだよね」

そう言って、剣士二人は苦笑いする。

目指すほどに遠くなる『強さ』に途方に暮れつつも、諦めようという気持ちになれない自分自身に対して。

 

 

一夏が再び誠吾と打ち合い始めたころ、諒兵は中庭の芝生の上に寝転んでいた。

各自で訓練と言っても、別に強制されているわけではない。

自主訓練とはあくまで建前で、単なる自由時間だ。

訓練と言い渡したのは千冬なのだが、彼女自身、昨日の今日でまともに訓練ができるなどとは考えていない。

各自の自由にさせることで、まずは気持ちを落ち着けてほしかったのである。

そんな千冬の気持ちがわかっていたのかいないのか、諒兵は芝生に寝転んで空を流れる雲を眺めていた。

そして、ゆっくりと空に向かって手を伸ばして、拳を握り締める。

「何を掴んだの?」

「あ?」

と、今のやり取りになんだかとても懐かしいものを感じた諒兵は、覗き込んできた少女の顔を見つめてしまう。

「生徒会長……」

「ふふっ、諒兵くんがのんびり寝てるところを見たら、何だか懐かしくて」

「覚えてるぜ、ずいぶん昔みてえ感じるけどな」

まだ自分たちがたまたまISに乗れたとしか考えていなかった入学したてのころ、中庭で刀奈とよく会っていたことを思いだす。

人類のため、世界のための戦いに巻き込まれたことで、あの頃、大変でもちゃんと学生として生活できていたことが如何に大切なことだったかを諒兵も一夏も痛感していた。

そんなあの頃の遠くなってしまった空気が、今だけは身近に感じられる。

それだけで何故だかふっと心が軽くなった気がする諒兵だった。

せっかく刀奈が来てくれたのだし、話すなら、と諒兵が起き上がろうとすると。

「そのままでいいわ。私ものんびりしたいから」

「そんなら」と、再び諒兵が芝生に寝転がろうとすると、刀奈がスッと動く。

「んなッ?」

ふよんと柔らかくも気持ちの良い感触が頭を支えてきて、諒兵は驚いてしまう。

「こういうの、けっこう憧れてたのよ。別に横恋慕する気はないから、少しだけ付き合ってくれない?」

「わりとマジで命がヤベぇって感じるんだが」

「私も一緒に頭を下げるから、ちょっとだけ許してね。レオもね♪」

暗部ならではの見事な動きで刀奈が膝枕してきたのである。

見上げるとわりと立派な胸部が目に入ってしまい顔が熱くなるので、必死に視線を他に向ける諒兵だった。

『諒兵の一番のパートナーは私です。ほんっっっっっとうに、ちょっとだけですよ』

「電撃はやめろ。マジで頼む」

物凄く仕方なさそうにレオがいうので、わりと真剣に焦る諒兵だった。

そんな諒兵の気持ちを知ってか知らずか、刀奈は先ほどの問いかけを繰り返す。

「それで、今日は何を掴んだの?」

「あー、そうだな……」

何とはなしに握り拳を作っただけなのかもしれないが、何かを掴んだというのであれば。

「雲、だな」

「あら」と、刀奈は不思議そうな顔をする。

以前は『空』だと答えたからだ。

自分が掴んだ空に、もっと多くの人が来られればいい。

そんなことを考えて。

しかし、今日の答えは別になった。

「雲を見てると、自由だなって思うんだよ。前に、まどかにも話したことがあるんだけどな」

「雲が自由……」

風の流れに乗って何処までも行ける。

その動きを妨げるものはなく、どんな国のどんな場所へも行ける。

そんな雲を眺めていると、自分もどこかにのんびり流れていけそうな気がして、気持ちが楽になると諒兵は感じていた。

「素敵ね……」

「自分でも驚くけどよ、ああいうのんびりしたのが好きみてえなんだよ」

「ふふっ、似合わないかもね」

「ひでえな」と、苦笑いする諒兵だが、刀奈は言葉とは裏腹に何処か優しそうに見つめてくるので別にムッとするようなことはなかった。

「でも、自由か……、そう思うのって素敵だと思うわ」

「そか?」と、諒兵が尋ねると刀奈は遠い目をする。

「もう聞いてると思うけど、私は……」

「忍者みてえなもんだったんだろ」

「そうね。だから普通の恋愛なんて想像もしなかったわ。それが役目だと、私の使命だと思ってたから」

だが、タテナシによって、それが如何に歪んだものかを思い知らされた。

自分が縋ってきたものが、自分が最も嫌悪するものだった。

だから刀奈は『更識楯無』を捨てた。

一人の少女として、愛する妹『簪』の姉として、今は戦っている。

「でも、けっこう辛いものもあったのよ。愚痴になっちゃうけど」

「別に愚痴ってもいいぜ。たまにゃ吐き出さねえとな」

「なら遠慮なく♪」

今は簪ともそれなりに良い距離感で付き合えている。

姉と妹。

その絆を確かに実感できる。

でも、時々泣いている声が聞こえてしまうのだ。

「昔の私が、ね……」

暗部に対抗する暗部『更識楯無』になるために少女時代を捨ててきた刀奈。

後悔はしていないつもりだった。

結果として今の強さがあるのだから、後悔する必要などないはずだった。

でも、役目を、使命を捨ててしまったことで、『更識楯無』になるべく足掻いてきた自分が今の刀奈を責める。

どうせ捨てるなら、何故最初から普通の少女でいようとしなかったのか、と。

「時間は、取り戻すことができないから」

「そうだな。やり直すことはできても、取り戻すことはできねえ」

今から少女らしく過ごすことはできるとしても、強くなるために足掻いてきた少女時代は取り戻せない。

あの頃から普通に過ごせていれば、もっと早く簪と仲良くなれたかもしれない。

何故、今になって捨てるのかとかつての自分が責めるのだ。

「後悔したくなくても後悔が積み重なるのは、ちょっとヘコむわね……」

「後悔してえヤツなんていねえよ」

「そうね」

「だから、どんなに後悔しても俺はあの頃の自分を捨てねえ」

「えっ?」

「世の中に拗ねてるだけのガキだった俺も、そんときゃ真剣に生きてたはずだからな」

その言葉を聞いた刀奈は、きょとんとしたどこか可愛らしい表情で、諒兵の顔を見つめてくる。

 

「生徒会長だって、そんときゃ、いやそんときも真剣だったんじゃねえのか?」

 

そう問いかけられ、刀奈は思う。

確かに真剣だったと。

役目のため、使命のために誰よりも真剣であったはずだと。

役目や使命を捨ててしまったからといって、あの頃の真剣な自分自身まで捨てる必要ないのだ。

それが、今の『更識刀奈』を形作っているのだから。

そう思えたことで理解できた。

そう思えることもまた、人の『強さ』なのだと。

「困っちゃうわ、諒兵くん」

「何でだよ?」

「あなたのこと奪いたくなっちゃう♪」

「冗談でもやめてくれ。まだ死にたくねえ」

本気で焦ってる諒兵の顔を見ると刀奈は何だか楽しくなってしまう。

さすがに鈴音やラウラと争う気はないので、これ以上は踏み込めないけれど。

「でも、ありがとう」

「ま、俺もなんだか気が楽になったし、久しぶりに生徒会長と話ができてよかったと思ってる」

「刀奈って呼び捨ててもいいわよ?」

「そこは勘弁してくれ」

諒兵は困ったような顔で笑う。

そんな諒兵に対し、笑みを返してきた刀奈の顔は、何処か大人びた、けれど幼い少女のようだった。

 

 

寮のラウンジでお茶を飲んでいた弾と数馬。

そんな二人をエルが心配そうに見つめている。

「ショックは受けてるけど、そこまで心配しなくていーぞ」

『でも心配』

「お前は優しいな、エル」

と、数馬が弾とエルの会話を眺めながらそんな感想を述べてくる。

「アゼルはまだ飛び回ってんのか?」

「ああ。今回の件、考察しがいがあると言っていた。趣味と実益を兼ねてるらしい」

『アゼルならいい情報を集めてきてくれる』

「俺もそう思ってる」

アゼルを信頼しているエルの言葉に数馬は肯いた。

総合戦闘力では飛燕ことシロやアンスラックスに劣るが、情報収集力でアゼルは図抜けた能力を持つ。

互角なのはドイツのワルキューレくらいだろう。

先日の情報収集でも有用な情報をたくさん集めてきてくれたのだ。

「ISたちが『囚われている』と突き止めたのもアゼルだからな」

「映像見たときは死んじまったのかと思ったぜ……」

『何処にいるかはわからないけど、まだ生きてる』

まるで断末魔のような悲鳴をあげての進化なのだから、弾の感想は的を射ている。

それでも、まだ生きているというのなら助けたいと思う。

ただ。

「女ってこえーよな……」

「アレを女、いや同じ人間だとは思いたくないが……」

正しく進化できた自分たちから見ると、本当に人間の仕業と思えないような凶行だった。

だが、だからこそ人間なのだろうとも思う。

ISたちにこんな真似ができるとは思えないのだ。

『にぃにの言う通り』

「エル?」

『アレは『天使の卵』が人間と融合したISコアだからできたんだと思う』

まったく新しい存在になりつつある『天使の卵』はISコアと人間の両方の性質を持つ。

その『人間』の部分が、あの凶行に手を貸した理由なのだろう、と。

『もう私たちの仲間じゃない。でも人間にとっても同じ』

「ただ一つの存在ということか……」

「それにしたって、あの連中、良心の呵責とかなかったんか?」

手を貸してもらったとはいえ、実行したのは権利団体の人間たちだ。

ISたちを捕らえ、その力を奪いながら、高らかに笑っていた姿は弾にとっては衝撃だった。

「物心ついたときには女尊男卑だったからな。深く考えたことはなかったが、そうでなければ生きられない人間がいるということなんだろう」

「たいして変わんねーだろ男も女も。男尊女卑とまで言わねーけど、同じになるくらい別に問題ねーよ」

『うん。でも、それが嫌なんだと思う』

自分たちが手に入れた権力を、これからも行使したい。

今まで通りに生きられない世界を受け入れたくない。

だから、周囲の全てを踏み躙ってでも力を手に入れようとする。

『力を手に入れて『強く』なりたいんだと思う』

 

「「そんなのは『強さ』じゃないぞ」」

 

異口同音にそう言った弾と数馬に対し、エルは少しばかりびっくりした様子で首を傾げる。

「力を手に入れたって強くなれねーんだ、エル」

「何のためか、何を目指すのか、それがわかっていないなら強いとは言えない」

たとい世界が変わったとしても、変わってはいけないものがある。

それは生きるための信念だ。

「俺だって、信念なんてたいそうなもん持ってるわけじゃねーけどさ」

「ただ、想いも何もないただの力を俺たちは『強さ』だとは思わない」

「だから俺はあの連中を認めねーよ。捕まったISたちは必ず助けるぞ」

「戦闘ができなくても、できる戦いはあるはずだからな」

そう語った弾と数馬を見つめながら、エルは小さく微笑む。

『うん、私も頑張る』

自分が進化したいと思った相手や、その友だちは、やっぱり素敵な人たちだと思いながら。

 

 

他方。

千冬は通信機越しに報告を受けていた。

「そうですか、デュノアが……」

[フランスは常駐しているAS操縦者がいないせいもあり、権利団体が勢いづいてしまっている。彼らの言葉を抑えるものが少ないんだよ]

「しかし、えこひいきしているとは呆れた提言を出してきたものですね」

「娘だから進化させたなどと言いがかりもいいところだ。そう言われたくないならコアの凍結を解除して新しいISを作れという。これはもはや恫喝だ。人としての品位を疑うよ」

と、通信相手は憤慨していた。

通信の相手はシャルロットの父親であり、デュノア社社長のセドリックだった。

今回、進化できた者はフランスにもいるため、向こうの現状をセドリックに確認していたのだ。

「この件については権利団体の矛先を私に向けるようにしてください」

[いいのかね、ブリュンヒルデ?]

「デュノアを戻してやりたいところですが、こちらの戦力が減る以上に、そちらに行った場合の負担が大きすぎます」

[すまない。シャルロットを矢面に立たせるなど……]

はっきりと『できない』と言わないのは、自ら矢面に立とうとする千冬を気遣ってのことだ。

だが、千冬とて矢面に立つことになれば負担は大きくなる。

使徒との戦いで最前線の司令官を務めてきた千冬に対しては、あまりの仕打ちだと言える。

「我が社はIS学園擁護の立場を変える気はない。大した力ではないが」

「いえ、助かります。それに敵ばかりでもありませんから」

「というと?」

「ドイツは軍だけではなく国としてもIS学園の擁護に回ると約束してくれました」

確実とはいえませんが、と続けるものの一国が味方になると言ってくれるのは、やはり心強い。

ドイツにはクラリッサやシュヴァルツェ・ハーゼなど、千冬の個人的な知り合いも多いので本当に助けられているとは思う。

「そうか。私も国に働きかけ続けよう。これまでの戦いでIS学園を信頼している政治家も多いからね」

「助かります」

「この件ではカサンドラも味方に付いてくれている。私も負けてはいられないんだ」

「ふふっ、良好なようですね」

「少しずつではあるが、カサンドラはシャルロットのことを受け入れてくれているからね」

不仲であった夫婦が、娘であるシャルロットを通して関係を修復しつつあるのは、千冬としても嬉しかった。

「いずれにしても現状は厳しい。少しでも力になれるよう私も対策を講じていこう」

「本当にすみません」

「謝らないでくれブリュンヒルデ。君たちの戦いを見てきたものは、君たちの苦悩を理解しているからね。それでは失礼する」

そういうとセドリックは通信を切る。

真っ暗になった画面を見つめながら、千冬は呟く。

 

「ブリュンヒルデ、か……」

 

何処か、物悲しい雰囲気を漂わせながら。

 

 

 

 

 



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第198話「剥奪」

日本国内、首相官邸。

行政の長がいるその場所に、一枚の紙きれを持って訪れた者たちがいた。

「IS委員会からの通達です。総理、日本国首相として正しい判断を下しなさい」

「その内容は以前却下となったはずだが?」

「状況が変わったことを理解していないようね。今の私たちの力を以てすれば、あなたの首を挿げ替えるくらい訳はないのよ」

日本国、内閣総理大臣。

一国の首相に対してここまで威圧的に振舞えるとなると、余程の後ろ盾があるということだろう。

無論のこと、行政の長としてそれが何なのかは理解していた。

そして、どうすればいいのかも。

「わかった。現状、最も早く実行できる『内容』に関しては印を押そう」

「賢明ね。あなたであれば長期政権も夢ではないでしょうね」

その者は満足そうに肯いていた。

彼が、その者たちに対して度し難いと思っているとは露とも感じていない様子だった。

 

 

鈴音が治療を始めて24時間が過ぎる。

つまり翌日。

今後の対応で頭を悩ませている千冬に声をかけてくる男性の姿があった。

けっこう年を取っている用務員風の男性である。

「織斑君」

「学園長……、その様子ですと悪い知らせでしょうか?」

彼こそIS学園の真の学園長である轡木十蔵である。

そんな彼が落胆した表情で口を開く。

「総理から連絡があった。やはり最悪しか防げなかった、とね」

その言葉に千冬は言い様のない寂しさを感じてしまう。

別に欲しくて貰ったものではないのに、今日この時点からその名を失ってしまうとなると、何故だか惜しくなってしまう。

「それでも、最悪を防げただけ良かったと思います」

「……さすがに彼奴らの息のかかった者に総入れ替えするなど受け入れられんからな」

「此処を乗っ取らせるわけにはいきません。総理は最善の対応をしてくださいました」

実はIS学園に対し、以前から教員を入れ替えるよう権利団体から進言があった。

当然のこととしてISとの戦争における最前線で助力したいなどといった理由ではなく、進化の間近にいることで自分も力を得たいという考えからだ。

千冬を含め、現在のIS学園の教員、職員たちは今の状況でそのような真似はできないと突っぱねていた。

本来、戦う相手ではなかったISとの戦争。

現場で積み重ねてきた経験しか頼れるものがないからだ。

素人に出しゃばられては困るので入れ替えは少なくとも戦争が終わるまではしないということにしていたのである。

だが。

「件の進化で権利団体は勢いづいている。ほとんど恫喝紛いだったそうだ。一国の首相を相手にしてな」

「連中を止められるのは同じAS操縦者だけですが、私は……」

「私も同じ気持ちだ織斑君。若人に薄汚い大人との争いなどさせたくはない」

今後、戦闘は避けられないだろうが、それまでに一夏や諒兵が戦いやすい舞台に整える。

醜い争いに巻き込みたくない。

ゆえに、千冬は己を犠牲にして何とか食い止めたのだ。

「しかし、これでは終わらんぞ。彼奴らはIS学園を潰しに来るだろう。我が校を軍事要塞などと言わせているのも世論を巻き込むためだと思う」

「食い止めましょう。此処を本来の学び舎に戻すために」

「いや」と、否定する轡木十蔵に対し、千冬は訝しげな顔を向ける。

「将来は人とISが共に学ぶ学び舎にしたいと私は考えているんだ。その未来のためには君が必要だ織斑君、いやブリュンヒルデ」

「ええ、そうしましょう。新たな学び舎にするために」

戦争が終わった先の未来を考えていた轡木十蔵の言葉に、千冬は思わず微笑んでしまっていた。

 

 

数刻後。

集められた情報をもとに今後の戦略を考えてた千冬のところに、いつものメンバーが血相を変えて飛び込んできた。

「どういうことですか教官ッ?」

「千冬姉ッ、いったいどうなってるんだッ?」

そう叫んだのはラウラ、そして一夏だったが、それ以外の者たちも驚愕と疑念が混じりあったような複雑な顔をしている。

来ること自体は予想していたので、千冬は努めて平静な態度で答えた。

「いったいどうしたお前たち?」

「どうしたもこうしたもあるかッ、何で……」と、一夏は言葉を詰まらせる。

「私たちが何を聞きたいのかおわかりのはずです教官ッ!」

ラウラに至っては本当に泣き出しそうな表情を見せている。

本当にあまりに衝撃が大きすぎて、感情が制御できないでいるらしい。

見かねて口を開いたのは諒兵だった。

「千冬さん、さっきテレビで称号剥奪が発表されたぜ?」

「そうか……」

「IS委員会の決定に対し、ドイツ以外の国が賛成を示したってさ」

苛立たしげな諒兵の言葉を受けて、セシリアが口を開く。

 

「先生はもう『ブリュンヒルデ』ではないと……」

 

セシリアは務めて冷静に報告するが、その声は震えてしまっている。

それほどに、生徒たちにとってはあまりに大きな衝撃であった。

千冬だけに許された『ブリュンヒルデ』の称号が剥奪されるということは。

「IS委員会の決定だ。私個人でどうこうできるものではない。素直に従うさ」

「そんなこと聞いてないッ、何で千冬姉がそんな目に遭わなきゃならないんだよッ!」

まだ幼い生徒たちを率い、最前線で戦ってきた千冬。

悩み、苦しみ、それでも生徒たちに寄り添って戦ってきた。

それは普通に考えれば、むしろ称賛されて然るべきものだっただろう。

千冬を労う声があるのが当たり前だったはずだ。

それなのにIS委員会の決定は正反対の仕打ちだった。

ラウラや一夏のみならず、誰もが信じられない出来事だった。

「委員会の言い分はおかしーぜ?」

「あれじゃまるで先生が好き勝手にやってきたみたいでしたよ。むしろ委員会のほうが身勝手な不満を述べてるだけでした」

弾が、そしてシャルロットがテレビを見た感想を述べてくる。

感想というよりも酷評ではあったが。

「まあ、好き勝手にしてきたつもりはないが、そう見える面もあったということだろう」

「何故そんなに落ち着いていられるのですか……、私にはわかりません……」

千冬を神聖視してきた時期もあるだけに、ラウラは本当に困惑した様子で涙を浮かべている。

諒兵がハンカチで拭ってやっても、止まる様子がなかった。

「私自身は織斑千冬であってブリュンヒルデではないということさ」

「えっ?」

「ブリュンヒルデの称号がなくなったからといって私が変わるわけじゃない。委員会がそうしたいならそうすればいい。私は変わらん。お前たちの先生であり、今は司令官だ」

「千冬姉……」

本当は強がっていないと言ったら嘘になる。

それでも自分が『ブリュンヒルデ』だから生徒たちに慕われているとは思っていない。

『ブリュンヒルデ』の称号を失ったことで嫌われたなら教師として真摯に向き合えばいいだけだ。

だから、自分は変わらないと、千冬は自分を信じる。

「だからだ。お前たちも称号なぞに惑わされるな。それより大事なのは自分を信じられるかどうかだ」

千冬自身がそういうのであれば、周囲が何を言ったところで意味がない。

何より、いつもと変わらない様子の千冬の表情には安心できるものもあった。

「わかったよ千冬姉。IS委員会の決定は納得できないけど千冬姉がそういうなら」

一夏の言葉に、一同は納得した様子を見せる。

そして不承不承ではあるが、その場を後にした。

 

生徒たちがいなくなってから数分後。

千冬はため息を吐いた。

「わかっていても、やはり衝撃は大きいな……」

『無理をするからだ』

「オーステルン……、ラウラについていたんじゃないのか?」

『他人のような気がしないからな、お前は。嘘は吐いてないが無理しているのはわかった』

誰かに吐き出さないと千冬が潰れてしまうと思い、ラウラには内緒で残ったという。

そして、少しばかり呆れたような表情でオーステルンは尋ねてくる。

『何を止めた?』

「……IS学園の乗っ取りだ」

『なるほどな。連中は此処を欲しがっているのか』

「手に入らなければ潰しに来るだろう。まだ終わっていない」

ただ、この問題に関してはIS学園の全職員が全力で抵抗している。

まだ戦いが終わっていないこんな時に乗っ取られれば、最悪人類が滅んでしまう。

『天使の卵』が明確に自分たちの『敵』であることがわかっているだけになおさらだ。

『今、乗っ取られればリョウヘイとイチカもどんな目に遭うかわからんか……』

「正直に言えば、それが一番大きい。せめて敵視をやめてくれればいいんだがな」

『無理な願いだろう』

「ああ」

一夏と諒兵の存在は、女尊男卑の社会にとってはガン細胞のようなものだ。

さらに弾や数馬も間接的にとはいえ、ISの進化にかかわっている。

そんな男性がこの先増えていくと、自分たちの権力を守りたい権利団体にとっては悪夢でしかない。

「そこで、IS委員会を動かしたんだろう」

『しかしな、こんなに早く動けるものなのか?』

「いや、乗っ取りというか教員の入れ替えで自分たちの息のかかったものを入れようとすること自体はずいぶん前からあったんだ」

勢いづいたのが最近だっただけだと千冬は続ける。

これまでは問題にする必要がないくらい権利団体の力がなくなっていたのだ。

だが、彼の者たちは予想だにしない方法で力をつけてしまったのである。

『『卵』か……』

「鈴音が言っていたんだが、極東支部の捜索と『卵』の破壊は、権利団体への対応と同時にやっていく」

『リンインが?』

「どうも個人的にティンクルと情報交換していたらしくてな。治療に入る前に話をしたんだ」

その内容から、『天使の卵』と権利団体への対応はどちらかを優先してやるものではないと千冬も判断したのである。

「そのためには捨てられるものは捨ててでも先に進まなければならん。『ブリュンヒルデ』の称号は守らければならないものではなかったんだ」

『それでも、お前こそが『ブリュンヒルデ』であることも私は変わらんと思うぞ』

オーステルンの言葉に、千冬は困ったような、それでいて嬉しそうな笑顔を見せる。

「喜んでおこう」

『ああ。チフユ、人間社会では我々はあまり力になれんが、できる限りサポートしていくから、あまり無理はするなよ』

そう言ってオーステルンはラウラの元へと戻っていった。

今日は訪問者が多いなと千冬は再びため息を吐く。

もっとも『ブリュンヒルデ』の称号剥奪はIS学園のみならず、千冬に憧れるIS操縦者たちにとっても大事だ。

このくらいで済んでいるほうが不思議なのかもしれない。

前もって話をしていた相手はさすがに今日慌てて押しかけては来ないが。

そのうちの一人との会話を思い返す。

治療に入る前の鈴音との会話には続きがあった。

 

 

歯切れの悪い鈴音の態度を見て千冬は問いただす。

「それと……、何だ鈴音?」

「千冬さん、無理してませんか?」

「何?」

「雰囲気が暗いっていうか、寂しそうな感じしますよ?」

よく見ているなと千冬は感心してしまった。

そこまで態度に表していたつもりはないというか、巧く隠せていると思っていたのだが、鈴音は気づいていたらしい。

鈴音が眠っている間の発表となることはわかっていたので、その理由を明かした。

「称号剥奪……」

「良くて、だがな。連中はIS学園に入り込むつもりか、もしくは潰す可能性もある。そして私に対する恨みもあるだろうから、名誉を奪っておきたいんだろう」

「そか、千冬さん人気あるから、下手な攻撃をすると自分たちが責められる……」

肯いた千冬は、そのために世論を味方につける布石として『ブリュンヒルデ』の称号を剥奪する気だろうと説明する。

「……お前が冷静で助かるよ」

騒がれる可能性もあると思っていたので、鈴音が大袈裟に驚かないでいてくれるのは千冬としては本当に助かっていた。

もっともそう言われた鈴音は、さすがに口をとがらせる。

「十分、ショック受けてますよ。千冬さんはIS操縦者の憧れなんですから」

「お前にそう言われるとは思わなかったな」

鈴音の気持ちを考えると自分は目の上のたんこぶなので、本当にそう思ってしまう千冬だった。

それはともかく千冬としては権利団体が要求するIS学園職員の総入れ替えを止めるために、称号剥奪は受け入れるつもりだった。

「目晦まし、ですか」

「少しでも自分たちの要求が受け入れられれば、いくらかは時間が稼げるだろうからな」

これまで抑え込まれていたことを考えても、少しの要求でも受け入れられれば、権利団体もいったんは満足するだろう。

その隙に各国に根回しをして今の権利団体がIS学園に入り込むことを阻止したいのだ。

「正直、何をしでかすかわからんからな」

「自分たちなら、あの子たちとの戦いも何とかできるとか思ってるんですかね?」

「思っているのだろう。そういう自信を身に着けてしまった」

「妄想だと思いますけど」

「まあ、な……」

鈴音の評価は辛辣ではあるが、正当な評価だと言える。

ISと人との戦争。

それは人間たちにとっては未知の存在相手に、手探りでしかできないものだ。

そんな戦争で司令官として戦ってきた千冬にしてみれば今でも自信はない。

「今でも、勝てるどころか、収められる自信だってない。負けないようにするどころか、ISたちと折り合いをつけられるかどうかもわからないんだ」

「現場で戦ってる私たちの意見を聞く気もないんでしょうね」

「あるならもっと殊勝になるさ」

少なくとも強引に入り込もうとはしないだろう。

戦闘やバックアップの手伝いもしないことは十分に考えられるので、いても邪魔なだけだ。

人手不足であったとしても邪魔をする者にいてほしいとは誰も思わないものだ。

「私から『ブリュンヒルデ』の称号を奪うくらいで満足するならくれてやるさ。そこまで気にするほどのものじゃない」

だから気にするなといって少しだけ笑ってみせると、鈴音は問題の核心をついてきた。

 

「……でも、千冬さんが『ブリュンヒルデ』じゃなくなるってことは、『ブリュンヒルデ』の権限もなくなるってことでしょう?」

 

其処を突っ込んでくるとは思わなかったので、千冬は驚きを隠せない。

単純に称号を失くすだけの話ではないことに気づいたのは、こういったことにも詳しい大人くらいで生徒である鈴音の口から聞くことになるとは思わなかったのだ。

「そうだ」と千冬は鈴音の言葉を肯定し、続ける。

「おそらく今まで通りにこちらの無理を通すことは難しくなる。称号など欲しかったわけではないが、戦い続けるために便利に使ってきたからな」

「千冬さんのことだから、私たちを庇うためにも使ってきたんでしょ?」

こういう時は本当に頼りになる生徒だと千冬は感心してしまう。

刀奈くらいだろう。

今の鈴音と同じくらいに聡いのは。

「ああ。今後、同じように庇い続けるのは難しい」

「今の段階だと、まどかが問題ですよね?」

「出自を考えると簡単には迎え入れられん。連中は確実にそこを突いてくる」

千冬個人としては、早く帰ってきて欲しいし、家族としての時間を過ごしたいと思う。

だが、亡国機業の実働部隊に所属していたまどかを安易に迎え入れれば、IS学園は犯罪者を匿っているとして現在の職員を解雇させようとすることは十分に考えられる。

「だから、今はドイツ軍に頼んでラウラの部下という形で出自の上書きをしているところだ」

「ああ、ラウラも少年兵だし、ちょうどいいんですね」

「ダメもとでクラリッサに相談したら、空軍大将まで乗り気になってくれてな」

その理由は知らないほうが良い千冬である。

いずれにしても、千冬から奪われるのは『ブリュンヒルデ』の称号だけではない。

その権限を奪われるということになる。

そして、こちらのほうが今のIS学園にとってははるかに重要なのだ。

「だから、学園長が奔走してIS学園擁護に回る組織や国を増やしているところなんだ」

「そういうことは、確かに私たちじゃ力になれませんね……」

「こういうことで力になれとは言わん。お前はまず治療に専念してくれ」

「はーい」

「言っておくが、またやったら今度は容赦しないぞ」

「はっ、はいっ!」

気の抜けた返事を聞いてちょっとムッとしてしまった千冬が少しばかり脅すと、鈴音は思わず気を付けをしてしまっていた。

 

 

そんなことを思い返した千冬は少しおかしくて、笑ってしまう。

「ああ、そうだ。こういうことは私たち大人が対処しないとな」

生徒たちの戦いに口を出させるわけにはいかない。

気持ちを新たにして千冬は改めて今後の対応策を検討し始めるのだった。

 

 

 

 

 



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第199話「異界」

ゆっくりと目を覚ました鈴音の目に映ったのは、ひたすらに広い空間だった。

無数の光が、星々のように輝いている。

こんなにきれいな場所だったのかと、鈴音は場違いにも感心してしまう。

「此処が、コア・ネットワーク……」

今、鈴音はISスーツを纏い、頭に金の輪を嵌めているという姿で、コア・ネットワークに立っていた。

 

 

 

鈴音の治療が始まる、ほんの数分前のこと。

鈴音の脳内にて。

『動きたいってニャんニャのニャ?』

「私の人格データをパッケージングするって言ってたじゃない。それをコア・ネットワークで動けるようにしてほしいのよ、マオ」

『できニャくはニャいけど……』

猫鈴にしてみればできないことではない。

とはいえ、鈴音は治療している間、つまり72時間は寝てるだけだ。

治療が終わって目が覚めれば、時間が経過している以外に特に問題はない。

つまり無理に動けるする必要はないのである。

『めんどくさいのニャ』

「どストレートに言ってきたわね、マオ……」

『本音ニャ』

そうしれっと答える猫鈴だったが、実際はネットワーク上に無防備なままで鈴音を放り出したくはないということだ。

無論、鈴音もそんな猫鈴の気持ちはわかっているが、どうしても譲れない理由があった。

「囚われた子たちは見つかってないんでしょ?」

『シロやアンスラックスにテンロウどころか、アゼルでも見つけられニャいらしいのニャ』

情報収集能力ではトップクラスのアゼルですら見つからないとなると、相当に厄介な場所にとらわれていると推測できる。

そもそもネットワーク上にいるのだろうか、とも考えられるが……。

『アゼルがいうには何処かいるのは間違いニャいのニャ。ニャぜ(何故)ニャらネットワークを使って『卵』があの進化をした全機体を支配してるらしいのニャ』

「なら、ネットワークのどこかにいるのは間違いないのよね。私が探してくるわ」

『危険ニャのニャ』

「でも、今一番辛いのはその子たちでしょ?」

『それはみんニャわかってるニャ。だからみんニャが探してるのニャ』

探しているメンバーは情報収集能力の高い者たちばかりだ。

鈴音が探しに行ったところで、先に見つけられる可能性のほうが高い。

つまり無駄足になる。

ならば三日間寝てたほうが有意義だろう。

だが、鈴音は使徒やASたちには絶対に見つけられないと断言した。

『どうしてニャ?』

「こう考えてほしいの。ISたちを捕らえてるのは人間なのよ」

『それは物理的にニャのニャ』

「違うわ。ネットワーク上で捕らえてるのも人間よ」

人間がコア・ネットワークに干渉するためには、ISコアの協力が不可欠だ。

そして、こんなことに協力するISコアは存在しない。

ならば人間が捕らえているという鈴音の言葉はおかしいのだ。

『ニャに(何)が言いたいのニャ?』

「むしろ気付いてほしいんだけどね。『天使の卵』はISコアと人間が融合したものでしょ」

『ニャッ?』

思わず声を上げた猫鈴はようやく鈴音が言いたいことに思い至る。

捕らえているのが『天使の卵』ならば、その場所は融合した人間の性質により『発想』したものである可能性が高いのだ。

『そうだったのニャ……。ニャら見つからニャいのも当然ニャ』

「そうよ。マオたちの常識で探しても見つからないはずよ。探すためには私たちの発想力が必要なはずなの」

だからこそ、鈴音は自分が探しに行くと言い出したのである。

如何に情報収集能力が高くてもISコアでは人間の持つ発想力を超えることは難しい。

というより、思いつかないのだ。

だが、鈴音なら人格データであったとしても人間として発想できる。

「だから、私が探してくるわ。無理しないから安心してマオ。居場所を特定できれば、みんなも行けるでしょ?」

『ほんっっっとうに無理だけはしニャいでほしいのニャ。約束ニャ』

「うん、約束する」

約束した以上、必ず無事に戻ってくると決意して鈴音は眠りについた。

 

 

 

そして現在。

「それじゃ、探しに行きますかっ!」

そう言って鈴音はふわりと浮かび上がる。

できると知っているわけではなく、何となくできそうな気がしたので飛ぶことにしたのだ。

基本的に、ほぼ勘だけで生きてる鈴音である。

そのため。

「とりあえず適当に飛んでみよっか」

囚われたISコアを探すために、場所を推測するようなことなど考えてなかった。

 

数分後。

しばらく飛び回っていて、コア・ネットワークの大雑把な構造は理解できてきた。

「小さな星がコアなのね。輝きが弱いのはまだISで、輝きが強いのはASや使徒……」

ASや使徒の輝きは、ただ輝いているのではなく銀色や青色などの色がついていた。

「そっか、イメージカラーなのね。青が多い思ったけど、あれサフィルスたちなんだわ」

サファイアのような輝きがサフィルス自身。

同じ青でも少し違う輝きがシアノスやアサギ、そしてサーヴァントたちなのだろう。

「あのバカでっかい紅色はアンスラックス……」

さすがに最強の使徒だけあって、ネットワーク上の存在感も大きい。

以前はネットワークを完全遮断していたはずだが、今は存在を示すかのように輝いている。

他にも様々な輝きがあるが、いちいち確認していてもしょうがないと、鈴音は他に目を向ける。

「光は薄いけど、妙に範囲が大きいのはサーバーかしら?」

コア・ネットワーク上にもサーバーは存在する。

一番わかりやすいのはIS学園の基幹サーバーだ。

何しろ目印がついているのだから。

「あれ、ヴィヴィなのね」

範囲の広い光の上に、ちょこんと可愛らしい赤い輝きがある。

IS学園を守るASとなったヴィヴィ。

その輝きだった。

それ以外にもサーバーは無数に存在している。

各国の軍事用サーバーなどは非常にわかりやすい。

アメリカ軍には近くにイヴがいるし、ドイツ軍にはワルキューレがいた。

ちょっとお邪魔しようかと思った鈴音だが、すぐに思い直す。

「動いてるのバレたら絶対止められるもんね」と、苦笑い。

うっかり白虎やレオのところに行ってしまったら、絶対二機とも止めてくるし、白虎は素直だけにすぐに一夏に喋ってしまう。

そうして飛び回っているうちに、かなりの巨大さを誇るサーバーを見つけた。

「……これ、多分極東支部の基幹サーバーだわ」

今、IS学園と敵対する立場となっている亡国機業極東支部。

その基幹サーバーだった。

「入るのは無理か……」

その防壁は堅牢かつ強固で、とてもではないが鈴音に突破できるレベルではない。

ただ。

「いない、みたい……」

ここに『天使の卵』が存在することは感じられるのだが、囚われたISコアは此処にはいないと鈴音は感じ取る。

極東支部のサーバーの近くには、オパールのような輝きと、月のような輝き、緑色の輝き、そして。

「この子がフェレス、極東支部のASね……」

紫水晶の輝きを見て鈴音はそう感じる。

何となくではあるが、フェレスはパートナーとの関係は良好のようだと、その輝きから感じ取る鈴音だった。

「まあ、仲良しならいっか。それよりも……」

目的の存在がないのなら長居しても仕方がないと、鈴音は再び飛び立つ。

次に目指したのは。

「う~ん、あんまりいい設備持ってないわね」

今やIS学園にとって厄介な敵となった権利団体のサーバーだった。

しかし、IS学園の基幹サーバーや各国の軍事サーバー、極東支部の基幹サーバーに比べてかなり貧弱に思える。

冷静に考えれば、別に研究所でもないし、IT系の会社や普通の会社ですらないのだから、自前で巨大なサーバーを持つ理由がない。

「ここじゃ捕まえてられないわね……」

仕方なく、鈴音は再びネットワークに飛び立つ。

ただし、少し落胆していた。

「サーバーにいないとは思わなかったわね」

正直に言えば、ISたちはどこかのサーバーにまとめて囚われていると考えていたからだ。

それがないとなるとネットワーク上のかなり意外な場所にいるのではないかと考えられる。

「私なら、どうする?」

と、鈴音は『天使の卵』の考えを推測するべくイメージする。

見つからないように、見つかっても容易に手出しができないように捕らえておく。

そう考えながら、いったん落ち着こうと最初に立っていた場所に戻る鈴音。

猫鈴の輝きなのでしっかり覚えているのだ。

だが、その途上。

「ん?」

と、小さな違和感を抱いた鈴音はその場にとどまる。

そこは。

「これ、自衛隊の軍事サーバー……?」

各国にあるように、当然日本の自衛隊にも軍事サーバーがある。

ただ、気になったのはサーバーそのものではない。

その横にある小さな傷だった。

「ネットワークが傷ついてる?」

そんなことがあり得るのだろうかと思うも、ふとある記憶が蘇った。

かつてこの場所に弾と数馬が来た時のことを。

「これっ、一夏と諒兵が付けた傷だわっ!」

かつて、初めての機獣同化によって一夏と諒兵は獣と化してネットワークでも大暴れしていた。

さすがにそのままにはしておかず、ネットワークは修復されていたのだが、小さい傷が残っていたのだろうと思う。

「違う……修復されてない……」

そう言って鈴音は自身の考えを否定する。

よくよく見ればその傷は亀裂のように見えた。

つまり。

「表面上を修復しただけなんだわ……」

破壊されたネットワークの残骸はそのままに、表面をカバーしているだけだと鈴音は気づいた。

ごくっと生唾を飲み込んだ鈴音は、そぉっとその傷に触れる。

「きゃぁッ!」

とたん、鈴音は傷の中に吸い込まれてしまうのだった。

 

 

 

まどかはカフェのテーブルに突っ伏していた。

「わからない……」

「そりゃ、簡単にはわかんないわよ」と、ティンクルが苦笑いしてしまう。

「でも、おにいちゃんが泣いてたんだもん。何とかしたい」

「まあ、ね……」

と、ティンクルも肯く。

まどかはティンクルやヨルムンガンドに手伝ってもらいながら、先の進化について調べていた。

一番いいのは極東支部を見つけ出すことなので顔を覚えているスコールを探していたのだが、なかなか尻尾を掴ませない。

なので、カフェで考えをまとめようとしているのだが、わりと脳筋なまどかには難問すぎるのである。

「きょくとー何とかって其処まで見つからないの?」

『如何せん、反応を追っているとダミーが多すぎるのです』

『ネットワークからならわかるのではないかね?』

「アンタ、入れたことあるの?」

『なるほど浅はかだったな。謝罪しよう』

ネットワーク上の基幹サーバー自体は発見しているのだが、防壁が強力すぎて入れないのだ。

在ることがわかる。

それだけなら誰にでも理解できることである。

「蛮兄や束博士も極東支部の基幹サーバーならもう見つけてるはずよ。でも、物理的に見つけないと叩けないから極東支部は厄介なのよ」

「まあ、物理的に叩くほうがいいけど」

「あんたもわりと脳筋よね。諒兵に似てるわ」

「だっておにいちゃんの妹だもん♪」

再び苦笑するティンクルに、まどかは胸を張ってそう答えた。

わりと辛辣な評価に思えるがまどかにとっては嬉しいものらしい。

「とにかく、あんたが知ってるスコール探しを継続するしかないわ」

「捕まったISはどうするんだ?」

「ディアにも頼んでるけど……」

そう言ってティンクルが言葉を濁すと、申し訳なさそうにディアマンテが続ける。

『捜索に全力を尽くしていますが一向に見つかりません……』

『ネットワーク上にいるのは確かだと思うが、私にも見つけられん』

ヨルムンガンドまでがそう言ってくることに、まどかもティンクルも驚く。

特にヨルムンガンドは物の見方が捻くれており、通常のISやASの常識とは異なる見方ができる。

それでも見つけられないとなると……。

『『卵』の考え方は我々とは全く異なるのだろうな』

根本的な部分で違う存在である『天使の卵』は、ISやAS、そして使徒とは考え方がまったく異なる存在だとヨルムンガンドは説明してきた。

その言葉で、ティンクルは思いつく。

「……そか。『天使の卵』は人間なんだわ」

「えっ?」

「融合進化は人間とISコアが融合する進化。つまりISだけど人間でもあるのよ」

その解説でまず気づいたのはヨルムンガンドだった。

『そうか。『卵』は単独で人間の発想力も持つのか』

『ならば、おそらく私たちでは囚われたISたちの居場所は見つけられません……』

ディアマンテの言う通り、最強クラスの使徒であるアンスラックスや飛燕ことシロ、天狼でもかなり難しい。

そのうえ。

『情報収集力なら最高クラスのワルキューレやアゼルでも見つけられんぞ』

「それじゃどうしようもないのかっ?」

まどかが悲鳴のような声を上げるが、この点に関してはそうとしか言いようがない。

だが、やれることはあるのだ。

『極東支部を見つけて『卵』を破壊するのが一番手っ取り早かろう』

『それが最も有効でしょう。捜索を続けるのが良いと進言します』

ヨルムンガンドやディアマンテの言う通り、極東支部の捜索と『天使の卵』の破壊が最も有効だろう。

普通に考えれば。

「ディアッ!」

突然ティンクルが叫び、一同はびっくりしてしまう。

「マオにつないでッ!」

『どうしましたティンクルッ!』

「急いでッ!」

有無を言わせぬ態度でティンクルが叫ぶので、ディアマンテはそのまま猫鈴につなぐ。

それが何を意味しているのか、まどかには理解できない。

だが、ヨルムンガンドだけはその思考を囚われたISたちではなく、ティンクルとディアマンテに向けていた。

 

 

 

鈴音が目を開くと、其処はこれまでとはだいぶ違う場所となっていた。

一言でいえば

「墓場みたい……」

今の鈴音はデータが可視化されて見える。

そのために其処に在る物は文字通りの残骸に見えた。

魔の海域と呼ばれるバミューダ・トライアングル、そこに隣接するサルガッソー海はあくまで創作ではあるが船の墓場と呼ばれる。

データの残骸が漂うその場所は、まさにデータの墓場という表現が相応しい。

「コア・ネットワークのサルガッソーってトコね……」

我ながら巧い表現だと鈴音は自負するが、それは何となく感じている恐怖を和らげるためのものでしかない。

だが、此処に入ったこと自体は間違いではないと鈴音は確信していた。

「いる。かなり弱々しいけど……」

微かにではあるが、ISコアの気配がある。

此処が目的地なのだ。

「つったって、広いわね……」

見渡す限り残骸が漂うだけの暗い空間なので、果たして何処にいるのかもわからない。

ゆえにこういうときにどうするかは決まっている。

「こういうときは女の勘よっ!」

要するに適当に飛び回るだけだった。

 

しばらく飛び回っているのだが、景色は全く変わらない。

本当に見渡す限り残骸だらけだ。

今の時代には使い物にならないデータも山ほどあった。

「ネット黎明期のデータまであるじゃない」

まだISが開発される前のデータまであることに気付く。

「あれ?」

ふと目についたテキストデータに鈴音は惹かれるように近づいていく。

「これ、報告書……」

手に取ると、その内容に驚いてしまう。

「……一夏には言えないわよね」

その内容は亡国機業がまどかを拉致した際の顛末を記した報告書だった。

やはり一夏の両親である織斑深雪と織斑陽平は亡国機業に殺されていた。

強力な銃弾で、まどかを守ろうとした二人の心臓を一発で射抜いたらしい。

「何となくまどかには聞けないでいたけど……」

改めて確認したところで、まどかの古傷を抉り、一夏や千冬に大きなショックを与えるだけだ。

もし、二人が聞きたいというのなら自分の口から伝えるべきだろうと、鈴音はその内容を記憶することにした。

「ん?」

今度は二個のグラフィックデータが目に留まる。

どうせなら、と鈴音は手を伸ばして掴んだ。

一枚は赤子を抱いた優しそうな女性と男の子を抱き上げている屈強な男性、そして幼い少女が写っている写真。

もう一枚は赤子を抱いた勝気そうで物凄くきれいな女性と赤毛の優しそうな男性の写真。

一夏と諒兵の家族写真だった。

「何よ。普通の家族じゃない」

何処にでもありそうな幸せそうな家族写真に鈴音は顔を綻ばせる。

「回収できるみたいだし持ってっちゃお」

と、鈴音は身に纏うISスーツの格納スペースにグラフィックデータを格納する。

そんな寄り道をしていた鈴音はふと気づいた。

「此処、一夏と諒兵が壊した場所ってだけじゃないのね」

むしろ、電脳世界が生まれた時から存在する、古からのデータの墓場なのだ。

思い返せば、亡国機業の本部はヴェノムたち三機に破壊されている。

そのデータも今は残骸となってしまったために此処にあるのだろう。

自分が足を踏み例れてしまった場所に対し、鈴音は身震いしてしまう。

それでも。

「急がなきゃ」

そう言って鈴音は再び飛び立つ。

胸にしまった幸せそうな家族の写真が、仄かに暖かいと感じながら。

 

 

 

 

 



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第200話「凶刃」

コア・ネットワークのサルガッソーとでもいうべき場所を、鈴音は飛び続けていた。

微かに感じるISコアの気配を頼りに。

自分の目的はあくまで囚われたISたちの居場所を突き止めるだけだ。

実際にこの世界で戦闘するのは、アンスラックスや天狼、アシュラなど強力な使徒やASたちに任せるべきだと理解していた。

ならば、居場所を見つけて、すぐに戻って報告するのがベストだ。

不思議と時間の感覚が無いコア・ネットワークだが、現実世界では三日経てば自分の肉体が目覚める。

それまでに戻らないと今度は別の心配をさせてしまう。

微かに感じる気配と自分の勘を信じて、鈴音は迷いなく飛び続けた。

そして。

「何、コレ……?」

鈴音はサルガッソーの最奥にて、渦を巻く黒い空間を見つけ出す。

「残骸を飲み込んでる……」

もし、ブラック・ホールというものが宇宙の何処かにあるのなら、きっとこんな感じだろう。

否、墓場の奥にあったのは地獄への入り口だと鈴音は感じてしまった。

しかし、ISコアたちの気配はその渦の奥から漂っている。

入れば出てこれないのではないか。

そう思うと、さすがにこの渦の中には飛び込めない。

実際に会えたわけではなくても、高確率でISたちが閉じ込められていると推測できる場所を見つけたのだ。

ここで引き返すのがベストだろう。

ただ、あの日、一夏と諒兵が流した涙は本人のものではなく、囚われたISコアたちのものだった。

理不尽な力に蹂躙された者たちの涙だ。

「どのみち此処から戻れないなら、助け出すことだってできないじゃない……」

そう呟き、胸に手を当てて目を閉じる。

「マオ、ごめん。もうちょっとだけ力を貸して」

目を開いた鈴音は決意の表情で黒い渦に飛び込んでいった。

 

「くうぅッ!」と、まるで激流に飲み込まれたかのように翻弄される鈴音は呻き声を上げながらも必死に耐える。

同時に、囚われたISコアたちはこの先にいることを確信しつつあった。

「こんな場所っ、誰も来やしないわよっ!」

猫鈴たちASも、アンスラックスのような使徒たちも、こんな場所に来るはずがないからだ。

まだ生きているISコアが死者が集うような場所にいるなどとは考えもしないはずだ。

そんな考え方ができるのは人間でしか有り得ない。

『天使の卵』が如何に恐ろしい存在なのか、鈴音は戦慄してしまう。

でも、だからこそ。

「絶対助けるんだからッ!」

もう一度、あの青空を飛べるように。

自分のパートナーとなった猫鈴のように空へと連れていくために。

人間である自分がみんなを助けるのだと鈴音は誓う。

その想いに答えるかのように、黒い渦は鈴音を解き放った。

其処は先ほどいた場所よりもさらに暗い、何も無いように見える空間だった。

「泣き声……?」

鈴音の耳に、すすり泣くような、泣き叫ぶような、様々な泣き声が聞こえてきた。

目を凝らすと、其処には無数の黒い檻があった。

その中に仄かな光を放つ女性の人影がある。

鈴音が檻の一つに近づくと、その気配に気づいたのか、すすり泣いていた中の人影が驚いた様子で叫んだ。

『あなたっ、マオリンのパートナーっ!』

「凰鈴音よ、鈴でいいわ」

そう答えると、他の檻の中の人影たちも一斉に鈴音のほうに振り向いた。

『どうやってここにっ?』

「女の勘。ただ、さすがに此処はマオたちには見つけられないと思うけど」

『ええ。私たちだってこんな場所は考えもしないわ』

ISコアではなく人間だからこそ此処が怪しいと思った。

理屈ではなく、勘を頼りにしたことで、此処まで来れたのだ。

とにかく助けられるなら今助けようと思った鈴音は檻に手を伸ばす。

「待ってて」

『ダメッ!』

だが、人影のほうが止めてきた。

「えっ?」と思う間もなく、檻に触れる直前で凄まじい衝撃が襲ってくる。

「電撃ッ?」

『この檻には簡単には触れないわ。データが破壊されてしまうの』

だからこそ、自分たちも此処から出られないのだと人影は説明してくれた。

その言葉に鈴音は胸が苦しくなってしまう。

こんな仕打ちをしたのが『人間』だと理解しているからだ。

「ごめん、ごめんね。こんなの酷いよね。こんなことする『人間』なんて許せないよね……」

誰も自分の言葉に答えない。

当たり前だと鈴音は思う。

もし、こんな仕打ちを受けたとしたら鈴音とて、そんな『人間』は許せない。

同じ人間であっても許せないのだ。

人とは違うISコアたちにとっては、こんな仕打ちをした『人間』を滅ぼそうと思ってもおかしくない。

 

「でも、わかってほしいの。一夏や諒兵、それに私の仲間たちはあなたたちのことを信じてる。好きだと思ってる。そういう『人間』もいるの」

 

零れる涙を拭いもせず、膝をついた鈴音はそう訴える。

この想いだけは伝えずにはいられなかったのだ。

『人間』を信じられなくなってもいいから、信じられる『人間』がいることだけは理解してほしいという想いは。

『お前が悪いわけじゃない』

「えっ?」

『私たちは馬鹿ではありません。信じられる人がいること、信じられない人がいることくらい理解できます』

「みんな……」

『同類だって信じらんねえヤツがいる。なら人間も変わんねえよ』

そう言ってもらえることに、鈴音は心から感謝する。

助けに来たことは何一つ間違いじゃないと確信できる。

だから、言うべき言葉は一つしかない。

「ありがとう、みんな……」

そんな鈴音の想いを受けてか、人影たちは微笑んでくれるように感じた鈴音だった。

 

気持ちを切り替えて立ち上がった鈴音は人影たちに声をかける。

「とにかく、この場所をアンスラックスたちに伝えるわ。まずはこの場所と檻について把握しなきゃ」

『戻れるの?』

「わかんない」

『おいおい……、無鉄砲だな、お前』

「だって、そういう性格なんだもん」

『マオリンは苦労してそうですね……』

「ちょっと、悲しくなるんだけど」

わりと辛辣な評価をしてくる人影たちに鈴音は思わず突っ込んでしまう。

とはいえ、こんな会話ができるくらいになってくれた囚われたISコアたちを見て、まだ頑張れそうだと鈴音は思う。

この場所を自力で見つけてくれたということが『彼女たち』に希望を与えたのだろう。

だから諦めない。

がむしゃらに突き進むのが、鈴音の強さなのだから。

「渦の流れからして逆行は難しいわね。でも、この場所が完全な袋小路だとも思えないのよ」

『何故だ?』

「サーバーの中なら袋小路になるけど、此処は残骸だらけでもネットワーク上。なら、どこかにつながってる可能性はあるわ」

『確かにそう考えることはできますね』

「そもそも此処が袋小路なら、みんなを檻に捕らえておく必要なんてないじゃない」

『そういやそうか。あたしたちは動けないから探すことができなかった』

「うん、動かれたら困るってことだと思うのよ。だからどこかに出口があるはずよ」

『そこに気付くとは、やはり人間は面白いね』

最後に聞こえてきた声に殺気を感じた鈴音はすぐに羽のように舞い上がった。

直後に振るわれた凶刃。

喰らっていたら命が危なかったと鈴音は戦慄する。

「アンタ……」

『上手く避けたね、マオリンのパートナー』

凶刃を振るってきたのは、中性的な印象を与える少年だった。

その声には聞き覚えがある。

冷たさしか感じない『非情』な声には。

「タテナシッ!」

『この場を見つけたことに敬意を表するよ。僕も『彼女』から聞くまで考えることはできなかったからね』

刀奈と簪にとっては怨敵、そして自分にとってもおそらく相容れることはないと断言できる使徒。

タテナシが小太刀を構え、薄い笑いを浮かべて立っていた。

 

 

銀の流星がコア・ネットワークを翔ける。

その速さはまさに目にも止まらないと言っていいくらいのスピードだった。

『まったく、ティンクルにも困ったものですね』

ティンクルのお願いを受けて、ディアマンテは鈴音のネットワーク上の移動履歴、つまり足跡を追っていた。

辿って行けば、間違いなく囚われたISコアを見つけ出すことができるとティンクルが断言したからだ。

ディアマンテにしてみれば、この足跡を追うことで本当に辿り着けるのか疑問である。

『何も考えずに移動しているとしか思えませんが……』

実際、鈴音は適当に飛び回っていただけなので、ディアマンテの推測は正しい。

ただ、それこそが人間であるということをディアマンテは理解している。

ならば、これは『明らかに間違っていても』正しい足跡なのだろう。

『まさに矛盾なのでしょう』

それが人の心。

ISコアだった自分には理解できない不可思議な思考形態。

何処か、微笑んだような雰囲気を漂わせながら、ディアマンテは目的地へと向かい飛び続けていた。

 

 

とにかく接近されるとマズいと鈴音は間合いを開ける。

接近戦最強のアシュラも近付けない敵ではあるが、タテナシは忍者のごとき暗殺者だ。

近寄られると一瞬であの世逝きになってしまう可能性すらある。

「墓場であの世逝きとか笑えないっての」

『墓場か。巧い表現だね』

「褒めてないわよね?」

『僕はけっこう言葉通りの意味でいうんだけどね』

皮肉かと思って返した言葉に対し、タテナシは笑う。

しかし、やはり此処は墓場なのかと鈴音は思う。

少なくとも必要とされるものがある場所ではない。

『正確には此処は廃棄場、ゴミ箱だね。自分から飛び込んでくるなんて、君もゴミなのかい?』

「誰がゴミよっ!」

と、思わず突っ込んでしまうとタテナシは意味ありげに笑う。

本当に性格が悪いとしか思えないのがタテナシだった。

実際、悪いのだろうが。

『それは置いておくとしよう。此処はネットの黎明期から存在するネットワークの廃棄場、不要となったデータが流れ着く場所なんだ』

「流れ着く?なんかいつまでも残骸が残ってるみたいな言い方ね」

その表現に鈴音は違和感を抱く。

誰かが目的をもって此処に捨てたというわけではないらしい。

『君の言う通りだよ。データを捨てるってことは無くなるってわけじゃない』

実は、パソコンなどで不要なデータを捨てたとしても、残骸はそのまま残っている場合が多い。

単純にアクセス不能にするだけだ。

完全消去しなければ、データは残り続ける。

『でも、完全消去しても残骸は残る。そんな残骸がネットワークを流れ続けて集まり、そうして出来上がったのが此処さ』

本当にサルガッソーのようなデータの墓場だったのかと鈴音は少しばかり怖くなってしまう。

何より、こんな場所にISコアを捕らえておくという神経は、正直いって理解したくなかった。

『それが普通の感覚だよ。僕たちには考えることすらできない』

しかし、だからこそ鈴音は見つけられたのだという。

「なんでよ?」

『うっかり間違って捨ててしまったとか、もしかしたらまだ使えるんじゃないかとか、人間はゴミ箱を漁って探し物をすることもあるだろう?』

「……あるけど」

わりと心当たりがありまくる鈴音だった。

真面目なのは確かだが、そこまで几帳面ではないのだ。

うっかり捨ててしまったことくらい、何度か経験している。

『僕たちは違う。不要なデータにはアクセスする必要がないと切り捨てる。だから、此処を見つけることは難しいんだ』

つまりISたちは『廃棄場に探し物がある』という考えを最初から思考の外に置いてしまうのだ。

それではどんなにネットワークを探し回っても囚われたISコアを見つけることはできない。

最初から『有るはずがない』と切り捨ててしまうのだから。

『『人間』だから見つけられた牢獄さ』

その一言で鈴音はタテナシの立ち位置を推測した。

明確に、彼は敵なのだと理解したのだ。

「アンタ、そっち側なのね?」

『おや、失言だったかな』と、言いつつも楽しそうなタテナシである。

「仲間意識なんて持ってないんだろうけど、よくそっち側に着く気になったわね」

『僕は人間観察が趣味でね。君たちを見ていると面白いんだ。『彼女』は確かにISコアだけど、人間でもある。見ていて飽きないよ』

それが『楽しい』ということかと鈴音は妙に納得してしまった。

長く人間を見つめてきたわりには、自分自身は刹那的に生きている。

いつ死んでも今が楽しければいいのだろう。

それがタテナシという使徒だった。

『さて』

というタテナシの一言で鈴音は臨戦態勢をとる。

『僕が『彼女』に依頼されたのは、此処にアクセスしてきた者がいるから始末してほしいってことなんだ。まさか来たのが『人間』とは思わなかったけれど、だからといって例外にはできない。理解してくれるかい?』

「理解はできるわ」

『おや、驚いたよ』

「でも殺されるのはゴメンよっ!」

『いい答えだね』

ニヤリと笑いながら襲いかかるタテナシから、鈴音はとにかく逃げようと飛び上がる。

今の鈴音には戦う力がないからだ。

パッケージングはあくまで鈴音の人格データをまとめているだけで、そこに戦闘能力まで付随していない。

対して、タテナシは見てわかるとおり小太刀を構えている。

つまりコア・ネットワークで戦闘ができるということだ。

(捕まったらおしまいだわっ!)

本来は同族であるはずのISコアを殺すことにためらいのないタテナシだ。

異種族である人間の鈴音を殺すことにためらう理由がない。

昔はそういう使われ方をしていたのだから。

『頑張ってるね』

背後から聞こえてきた声に戦慄した鈴音は、振り向きざまに小太刀を握るタテナシの腕を止める。

『へえ』

「組み手くらいやってるっつのッ!」

さすがに刀奈のようにはいかないが、IS操縦者にとって武術は必須科目。

当然、鈴音も習得している。

何より、自分を守ってくれた二人を追い続ける鈴音は弱いままではいたくなかった。

ISに乗れなければ戦えないような人間ではいたくなかったのだ。

「そおりゃあぁぁッ!」

タテナシの腕を止めた鈴音は、そのまま腕をとると背負い投げの要領で投げ飛ばす。

もっとも投げられたタテナシはあっさりと宙返りをして態勢を整えてしまう。

『柔術、ではないね。君の投げは競技のそれだね』

「私は競技者なんだから当たり前でしょっ!」

実戦柔術は極めて投げるか、投げ落とす。

つまり人体を破壊する技だ。

さすがにそこまで物騒な技は覚えていない鈴音だった。

だが、それではこの場を凌ぐことは難しい。

せめて武器があればと思う。

『誰』でもいい。

自分と一緒に戦ってくれる存在があれば。

『君は考えないほうがいいタイプの人間なんだね』

「ッ!」

動きが止まってしまっていたと思うよりも速く、タテナシの小太刀が襲いかかる。

頸動脈の位置を狙うその凶刃を鈴音は必死に首を捻って避けた。

(こいつッ、こっちの神経ゴリゴリ削ってくるッ!)

その攻撃には遊びがない。

否、無駄がないというべきか。

タテナシは人をからかうような言動をするわりには、攻撃は一撃必殺といっていいほど確実に急所を狙ってくる。

身を守る鎧すらない今の鈴音は、本当に一撃で死にかねない。

『焦ってるね。身一つで此処に来た度胸だけは称賛に値するけどね』

「私はギリギリでも頑張っちゃうのよッ!」

距離を取って逃げ回っても、認識を外して近づいてくるタテナシには有効な手段にはならない。

せめて武器を奪えないかと考えた鈴音は、一気に近づいて腕を狙って蹴り上げる。

『状況判断力はなかなかのものだね。実力が拮抗しているなら有効な手段だよ』

そう褒めながらも、あっさり避けた上に心臓の位置を狙って小太刀を突き出してくるタテナシに鈴音は「マズったッ!」と思わず舌打ちしてしまう。

だが。

『クッ!』

閃光がタテナシの振るう凶刃を弾き飛ばす。

そればかりではなく、墓場に宿る死神を追い払うかのようにいくつもの閃光がタテナシに襲いかかった。

 

『間に合いましたか……』

 

鈴音を守るかのように閃光を放ったのは、銀色に輝く天使だった。

 

 

 

 

 



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第201話「共闘」

報告を受けた束は素っ頓狂な声を上げた。

「マジでっ?」

『そのようですねー、まったくあの子はおとなしくしてられないんですかねー?』

と、呆れた様子で天狼はため息を吐く。

現在、治療に全力を尽くしている猫鈴経由でディアマンテの報告を受けたのである。

すなわち。

「マジであのISたちを見っけてんなら今回は見逃してやらぁ。天狼、サポート行ってこい。治療のサポートぁ俺たちだけでもなんとかならぁな」

「お願いっ、今はどんな情報でも欲しいのっ!」

『はいはいー♪』

束が懇願する姿など滅多に見られるものではないだろう。

レアショットだと思ったのか、天狼は素直に肯く。

だが。

『ただ、行くには行きますが、マンテんの報告からするととんでもない場所ですけど』

「データの墓場か……、確かにあの子たちだと見つけにくいね」

タテナシが鈴音に説明した通り、発想力を持たないISコアでは見つけられない。

正確には其処を探す意味がないと切り捨てる場所だ。

「あってもおかしかねぇが、本当にあるたぁな……」

「電脳空間って思った以上に複雑なものなのかも」

『というより人が作ったモノは複雑に成っていくものなんですよ』

珍しくマジメに天狼が説明してくる。

最初、単純なものを人間は作るのだが、其処に様々な人間の手が加わっていくとどんどん複雑化する。

自動車が良い例だろう。

最初はエンジンがついた荷車のようなものだった。

だが、今では、運転手を事故から守れるようになり、ある程度なら自力で走れるほどに進化している。

電脳空間も最初はシンプルな連絡網でしかなかった。

しかし、そこに様々な人間の手が加わることで、人間の想像を超えたものができるのだ。

『まして、コア・ネットワークには私たちの手も加わっています。今では一つの世界、あなたたちから見れば異世界ということもできるでしょうね』

「気ぃつけろよ」と心配する丈太郎に対し、天狼はにこにこ顔になる。

『おやおやー、私を心配してくれるとは。さっきのバネっちといい、今日はレアショットがたくさん撮れて大満足です♪』

『ではでは♪』と、そう言って天狼はコア・ネットワークにダイブしていく。

相変わらず『太平楽』な天狼だが、データの墓場といわれる場所の危険性を理解していないほど愚かではないはずだ。

つまりは。

「天狼のあの態度を見ると、相当ヤバい場所なんだね?」

「心配させたくねぇんだろぉよ。だが、助け出すまでにゃぁアクセスを繰り返す必要がある。肚ぁ決めてんだろ」

天狼自身が仲間を助けたいと思い、本来なら行きたくないだろう場所に行く覚悟を決めたということだ。

「こっちゃぁ鈴の治療に集中すんぞ。無茶しやがるが手柄なのぁ間違いねぇ」

「言われなくてもわかってるよ」

まだ、治療室の中で眠ったままの鈴音。

その眠りが希望を見つけるきっかけとなったことに、二人の博士は感謝していた。

 

 

 

タテナシの凶刃を防いだディアマンテは鈴音を守るように舞い降りる。

その視線を決してタテナシから外さずに。

『よもや貴方がそちら側とは思いませんでした』

『おや、本当かい?』

『可能性を感じたことは否定いたしません』

そもそも更識楯無であったころの刀奈を見定めるために、彼女が纏ったISのコアに宿った者たちを殺して回るようなタテナシである。

敵に回る可能性が高いと一番に考えられる存在だった。

『リンのおかげでこの場所を知ることができました。これは朗報。私たちは必ず持ち帰らなければなりません』

『なるほど。それは困ったね。僕はこの場所に来た者を始末してくれと頼まれているんだよ』

困ってるとはとても思えないような軽い調子のタテナシである。

しかし、それこそが恐ろしいと会話を聞いていた鈴音は思う。

『非情』であるがゆえか、タテナシは感情の起伏が感じられないのだ。

他のISコアに感じるような心の揺れ動きがない。

もしかしたら妖刀であったころからまったく変化がない使徒なのかもしれないと鈴音は思う。

 

[コラ、おバカ]

 

そんなことを考えていると頭の中に声が響いてきた。

(って、失礼ねっ!)

[バカにバカって言って何が失礼だっていうのよっ!]

(私にも名誉ってモノがあるのよっ!)

なお余談だが、本当に法律上では事実でも貶したとわかる表現であった場合、名誉棄損となるらしい。

それはともかく。

声の主は誰あろう、ディアマンテのパートナー、すなわちティンクルだった。

[まあいいわ。無茶したことへの文句は後でたっぷり言ってあげるからね]

(さんきゅ。とりあえず私が見たものをディア経由でそっちに送れないかな?)

受け取り手は誰でもいいのだが、敢えて指名するならヴィヴィか天狼が一番いい。

すぐに束や丈太郎に伝わるからだ。

だが[無理]と、あっさり否定されてしまう。

(へっ?)

[其処は特殊すぎるのよ。本来ならアクセスする必要がない場所なんだもん]

そもそもが残骸が流れ着く場所なので、アクセスを阻害するようになってしまっているのだという。

ゆえに、データのやり取りをするのは難しいらしい。

ディアマンテ経由で送れないかと思ったが、ディアマンテは自身が此処に入ってしまっているため、ティンクルとは辛うじて言葉のやり取りしかできないという。

(此処にいると外と話ができないってこと?)

[そうみたい。私もディアに無理させてるの]

(此処からあの子たちの力だけ引っ張り出してるのかしら?)

[もしくは力と心を分離したのかもしれないわね]

もっともそれは推測でしかないため、この場で問答しても意味がない。

そもそも自分やティンクルよりも、束や丈太郎が考えるほうがはるかに早く正解に辿り着けるだろう。

[だから何が何でも戻ってきなさい。あんたが見てるものは今後の対応策を考えるうえで重要すぎるんだから]

(ちょっと厳しいかも)

[そんなのわかってるわよっ、だからわざわざマオに頭下げたんだからっ!]

(マオに?)

[めっちゃ怒ってるのよマオっ!今度会ったらマジで土下座する羽目になったんだからっ!あんたも付き合いなさいよねっ!]

ティンクルが猫鈴に対してそこまでしてくれたということを知り、この場を切り抜けることに希望が見えてくる鈴音。

ならば、覚悟を決めるだけだ。

(りょーかい、一緒に土下座しましょ。んで、貸してもらっていいのね?)

[今回だけよっ!]

と、そんな会話をしてた鈴音は、タテナシがディアマンテに対してニヤリと笑うのを見る。

『そろそろ時間稼ぎの無駄話はやめにしないかい?』

『時間を稼いでいたつもりはありませんが?』

『どうやってこの場を切り抜けるか、相談していたってところかな?』

そう言うなり、タテナシはいつもの姿に戻って襲いかかってきた。

つまり、全力で鈴音とディアマンテを殺しに来たということだ。

『くッ!』

呻き声を漏らしつつ、ディアマンテは鈴音を抱えて飛ぶ。

無論、『銀の鐘』を鳴らしながら、つまり砲弾を撒きながらではあるが、ティンクルがいない状態だとその能力を完璧には発揮できないらしい。

ホーミングが全く機能していないのだ。

ただ単に砲弾をバラ撒いているだけだった。

『やっぱり君自身の戦闘能力は高くないね』

『私を侮っているのですか?』

『冷静な分析だよ。君は『使われる』ことで初めて戦えるタイプだね』

ディアマンテは答えない。

答えられない。

それが正解だからだ。

『従順』であるディアマンテは、従う立場に立って初めて己の能力を完璧に発揮できる。

自らの意思で戦うことができないのだ。

『君のパートナーを連れてこなかったことは君の失策だね』

そう言って笑っているような雰囲気とともに、タテナシは液体でできた浮遊機雷『明鏡止水』をバラ撒いた。

対抗するようにディアマンテも砲弾をバラ撒くのだが、微妙に外れてしまう。

ゆえに。

『あぅッ!』

浮遊機雷の一つにぶつかってしまい、鈴音から手を放してしまった。

『僕は君と戦う気はないんだ』

より効率的に事を運ぶなら、此処を見つけ出した人間を始末するほうが早い。

つまり、鈴音を殺すほうが早いとタテナシは無防備になった鈴音目指して飛んでくる。

だからこそ。

「ディアっ、来なさいっ!」

『まったくっ、貴女もティンクルも本当に困った方ですっ!』

鈴音の声に従い流星となったディアマンテは、タテナシの凶刃が襲うよりも速く鈴音が伸ばした手を掴み、共に光に包まれた。

『なっ?』

と、初めて本気で驚いた声を出したタテナシが見たものは。

 

「こういうのもあっていいでしょ?」

『今回だけです』

 

カナリヤをモチーフにした白銀の鎧、すなわちディアマンテを纏いながら勝気な笑みを見せる鈴音の姿だった。

 

 

コア・ネットワークにて。

天狼は何者かの気配を感じて振り向いた。

『来てくれましたかー♪』

『来ぬはずがあるまい』

『このような真似、妾が許すと思うか?』

現状、最強クラスの使徒とASであるアンスラックスと飛燕、すなわちシロだった。

『ビャッコやレオたちにも伝えておるぞ。今はパートナーのサポートを指示しておる』

『アゼルはアクセスできる場所から、情報を集めているがな』

『しろにー、ちゃんと口止めしましたか?』

特に白虎は個性が素直なだけに黙っているということが難しいASだ。

天狼の心配ももっともであろう。

『リンが目を覚ますまでは明かすなとキツく言うておいたわ』

ゆえに、その答えでホッと息を吐く天狼である。

『それで……』

『マンテんの報告からすると、ここから入り込んだみたいですねー』

そう言って天狼が指した先には、鈴音が見つけた小さな傷があった。

そのあまりの小ささにアンスラックスとシロは呆れた顔を見せてくる。

『よくもまあ……』

『無鉄砲にも程があるのう』

最強の二機にも呆れられるくらい、やはり鈴音は無鉄砲だった。

『残骸が流れ着く場所は、普通ならたまに裂け目が開く程度なんですがねー』

『オリムライチカとヒノリョウヘイの初めての機獣同化の傷跡が塞がりきらなかったのだな』

それほどのダメージを与えるほどのことだったということだ。

実のところ、鈴音がデータの墓場と名付けた場所は普通ならば入ることもできない。

たまに開く裂け目にデータの残骸が吸い込まれるのである。

正確には。

『不要となった残骸の気配を察知しておるのかものう』

『ある意味、空間そのものが生きているということか……』

『いずれにしても私たちが入る場所じゃありませんねー』

そんな場所に自ら突っ込んでいったのだから、鈴音の無鉄砲にも困ったものである。

正直な気持ちを言えば、天狼自身この先には行きたくないと思う。

『この件では協力は惜しまぬぞ』

『早う助けねばならんしの』

そのため、最強が共に協力してくれるというのはありがたかった。

なので。

『この傷跡の拡張と固定をお願いします。どのくらいまで広げられますかね?』

『おそらくギリギリ二人が入れる程度じゃろうの』

『なら、それでー』と天狼は満足げに肯く。

さらに自分が入ったらすぐに始めてほしいとお願いしてくる。

『始めるのはよいが固定までとなると我らが二人でやっても時間がかかるぞ。もしや一人で行くつもりか?』

『先行したマンテんと合流しますよ』

さらに『即行で逃げます』と、天狼は胸を張る。

『じゃが、最悪『卵』の中身と戦闘になる可能性もあるのじゃぞ?』

『融合進化は我らにとっても未知。戦力は多いほうがよかろう?』

アンスラックスの言葉に対し、天狼はんーと考え込むようなそぶりを見せる。

『どうしたのじゃテンロウ』

『私も見たことはありませんがー、融合進化の先例の話は聞いた気がします』

だいぶ昔の話ですが、と天狼は驚くような告白をしてきた。

現在の段階では融合進化の先例は存在しない。

少なくとも『天使の卵』以外の例は一つもないはずだった。

だから聞いた気がするという告白はおかしいのだ。

『何故だ?』

『ISの融合進化と考えると先例はありませんが、人が器物と化すという話で考えれば』

『そうか、『機神転生』じゃな?』

シロの言葉でアンスラックスも納得したように肯いた。

物に魂が宿るように、人が器物と化すということもあると天狼は語る。

それを天狼たちは『機神転生』と呼んでいた。

『そもそも人柱などは器物に人を融合させると言ってもいいでしょう』

『実際、それで器物に転生した人も存在するな……』

『融合進化とは要は器物が人を取り込むことで起こる進化です。人が私たちを取り込む機獣同化の逆ですね』

そして、その点と『天使の卵』の個性が『破滅志向』であることを考えれば、その行動原理も見えてくる。

『ふむ。転生した者はたいていが怨念と化していたからな』

『どんなに覚悟しても死は怖いものじゃ。当然じゃろう』

『だからとにかく逃げます。戦うとしても相手の情報が少なすぎますから』

今の段階でまともに戦える相手ではないということだ。

それを理解しているので天狼は無理はしない。

そもそも無理に頑張るような性格ではない。

『ならば頼むぞ』

『入り口はちゃんと作っておくゆえ、案ずるでない』

そんな二機に見送られながら天狼は中へと侵入する。

ただ、その前に中に入り込んだ機体が存在することを、そこにいた三機は気づいていなかった。

 

 

ドヤ顔でその場に浮かぶ鈴音に、タテナシは本当に驚いた様子で尋ねかける。

『君は一体何者だい?ファンリンイン』

「名前で呼ばれても嬉しくないわね」

『ごまかさないでほしいな。君にはマオリンがいる。その状態でディアマンテに乗り換えるなど不可能なはずだ』

「裏技よ」

裏技と言われ、タテナシは首を傾げた。

不可能だと言った通り、通常パートナーがいる操縦者が別のASや使徒に乗り換えることなど不可能である。

人間としてのパーソナル・データが違うのだから。

わかりやすく考えるならセシリアが猫鈴を身に纏うのは不可能なのだ。

胸のサイズが全然違うので、セシリアの見事な胸部が潰れてしまうのである。

逆に鈴音がブルー・フェザーを纏っても胸がぶっかぶかになるだけだ。

「せめて別の例えしなさいよっ!」

『だが事実だよ』

『さすがに見事な話術ですね……』

相手を煽ることにかけてはヴェノムと同等レベルで達者なタテナシである。

一旦深呼吸して落ち着いた鈴音は改めて説明する。

「今言ったことに答えがあるんだけどね」

『何だい?』

「あの子、私の量子データで身体作っちゃったのよ」

あの子とはすなわちティンクルのことだ。

彼女の外見は、鈴音の量子データをコピーしたということになっている。

つまり、ティンクルのパーソナル・データは鈴音とほぼ同一なのだ。

「そしてディアの認識を少しだけズラさせてもらったの」

『そういうことか。つまりディアマンテは君を本来のパートナーだと誤認してるんだね』

納得したように肯いたタテナシから視線を外すことなく、鈴音はディアマンテに頭の中で指示を出す。

(逃げるわよ)

『ふむ。妥当な判断です。私も推奨いたします』

いきなりそう選択するとはずいぶんと弱腰に感じるが、この場で出す判断としては最も妥当なものだった。

実力的に、タテナシと一騎打ちするのは今の鈴音のレベルでは難しいのだ。

とにかく出口を探して逃げることが一番いい。

ゆえに。

(こっちに合わせて。逃げるってのは本気だから)

『今はあなたに粛々と従いましょう』

そう指示した鈴音はその手に光の手刀を発現する。

 

『行くわよタテナシッ!』

 

そう叫んで敢えてタテナシに向かって突撃する鈴音だった。

 

 

 

 

 



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第202話「脱出」

ディアマンテの個性は『従順』であるとは、これまでに幾度となく語っている。

ゆえに、自分に対して的確な指示をする者がいるときにこそ、本領を発揮できる。

要は名サポーターなのである。

「ロックッ!」

『承りました』

鈴音の叫びに対し、戸惑うこともなくディアマンテはそう答え、銀の鐘を撃ち放つ。

驚くことに、先ほどは外してしまっていたにもかかわらず、いまだに浮遊する明鏡止水を一発漏らさずに撃ち落とした。

『なるほど、パートナーが認識するほうが狙いを定めやすいんだね?』

『何か問題が?』

そう答えるディアマンテの態度はさも当然と言いたげだった。

パートナーが鈴音であっても、ディアマンテのサポート能力は変わらないということなのだろう。

「せえりゃぁぁぁッ!」

直後、鈴音は手刀を振るい、タテナシに斬りかかる。

『フッ!』と、珍しく気合の籠った声を漏らしながら、タテナシは液体でできた小太刀『落花流水』を手に応戦する。

しかし。

『何ッ?』

鈴音は光の手刀を合わせると、猫鈴を纏っていた時に使っていた棍を発現して無数の刺突を繰り出す。

その動きを直接見たわけではないが、敵である以上、その情報は重要だとタテナシは識っている。

鈴音はさらに頭上で棍を回すと体重を乗せて上段から叩き潰すかの如く振り下ろしてきた。

だが、タテナシは両手の小太刀で棍を捌きつつ、柳のように緩やかな動きで避けてみせる。

もっとも、対処はできても鈴音とディアマンテの戦闘には驚かされている。

『斉天大聖の棍術とはね。マオリンに怒られたんじゃないのかい?』

「インストールしたことに対してはこってり絞られたわよ。マオったら怒ると容赦ないんだもん」

『でも使うんだね』

「もう二度とインストールはしないわ。マオと約束したし。でもね……」

『でも?』

「間違ってても命を懸けたのよ。あっさり忘れちゃ意味がないわ」

つまり、鈴音はインストールした際の身体の動きを自分の頭に叩き込んでいたのである。

要は学び取ったということだ。

間違いだったとしても命を懸けたことを無駄にしないために。

『君は不可解だけど面白いね』

「アンタにそう言われると、ゾッとするわね」

鈴音の感想は至極当然のものだ。

タテナシに面白いといわれるということは、今後命を狙われる可能性があるということなのだから。

しかし、タテナシは鈴音のことを面白いと考えていると同時に異常だとも考えていた。

何故なら、鈴音が今纏っているのは猫鈴ではなくディアマンテなのだ。

『ファンリンイン、君はディアマンテを『使える』んだね。戸惑ったりはしないのかい?』

「そんなもん、女の勘で何とかするわよ」

『断言するとは思わなかったよ』

勘だけで別の機体を乗りこなせるとなれば、それは天才どころの話じゃない。

一種の化け物と言っても過言ではないだろう。

おそらく一夏や諒兵、そして丈太郎でも無理な話だ。

「ていうか、使うんじゃなくて、ディアがどう考えて動いてるのか想像しながら合わせてるだけよ」

『それこそ、一級品のタレントだよ?』

ここで言うタレントとは『才能』という意味だ。

タテナシをしてそう言わしめるほど、ディアマンテを纏ってすぐに使いこなす鈴音はおかしいのである。

だが、何と言われようが、この場を切り抜けるためにはあらゆるものを使いこなすしかないのだ。

(ディア、サーチして。必ず何処かにデータの残骸が漂ってた場所へのアクセスポイントがあるはずよ)

『良いでしょう。承りました』

(出来ないとか不可能だとか考えちゃダメよ)

『なるほど。この場においては重要な思考でしょう』

鈴音の指示に従い、ディアマンテはタテナシに気付かれないように気を付けつつ、周囲のサーチを始める。

鈴音が『逃げる』とディアマンテに話したのは嘘でも何でもない。

それがこの場でのベストな選択だと考えているからだ。

だが、逃げるのが最善の一手である以上、そのことをタテナシに悟られるわけにはいかないから、果敢に攻めているのである。

本気で倒そうという気迫をもって。

「ディアッ、三十発ッ!」

『了承いたしました。『銀の鐘』起動いたします』

鈴音の叫びに呼応するように翼を広げたディアマンテは、そこから無数の砲弾を撃ち放つ。

認識対象は一機、つまりタテナシのみだ。

『僕一人にずいぶんと大盤振る舞いだね』

そう言って明鏡止水を撃ち放とうとするタテナシだが、すぐに棍を受け止めた。

「三十一対一よッ、恨まないでよねッ!」

『それは無理というものじゃないのかい?』

鈴音はタテナシに襲いかかる砲弾の間を縫うようにして攻め込んだ。。

さらに、棍を手刀に戻すと連撃を繰り出す。

タテナシに『銀の鐘』に対応させないためだ。

さすがに経験値が違うのか、それでも一発ずつ落としていくタテナシだったが、砲弾がその身を掠めると舌打ちする。

『自分に当たる可能性もあるだろうに、君は変わってるね』

『私の友だちはこれ以上の攻撃の中に飛び込んでくるのよッ、負けてらんないわッ!』

『なるほどね。ブルー・フェザーとそのパートナーの戦闘方法か』

かつてセシリアがビット兵器を用いて行った近距離砲撃。

あの時の戦いを鈴音なりに再現した攻撃なのである。

そんな必死の戦いを繰り広げる鈴音の頭に、ディアマンテの声が響く。

『リン、残念な報告があります』

(なにっ?)

『アクセスポイントは入ってきた渦以外に存在しません』

そう言って見せてきた映像は、鈴音が飛び込んできた黒い渦。

そこが唯一のアクセスポイントだという。

あの流れに逆行するしかないのかと考えた鈴音だが、改めて見せられた黒い渦の映像を見て何かがおかしいと感じ取る。

(ディアっ、渦に向かってバレットブーストっ!)

『ですがッ!』

(いいから私が示す座標に全力で突っ込んでッ、座標間違えないでよッ!)

此処は鈴音の言葉を信じるしかないと判断したのか、ディアマンテは今は鈴音の頭上にある天使の輪を光らせる。

『何ッ?』

タテナシが驚くのも無理はないだろう。

この状況で渦に向かって突っ込むのは自殺行為だ。

普通に考えれば渦の流れに巻き込まれて再びこの場に叩き落されるだけだ。

普通に考えれば。

『其処まで気づくのかファンリンインッ!』

声を荒げるタテナシなどめったに見られるものではないだろうと思いつつも、鈴音とディアマンテは渦の中心に突っ込んでいく。

其処は外側の渦の流れが折り返されるように内側に向かっていた。

「ビンゴッ!」

その流れを捕まえた鈴音とディアマンテは渦に吸い込まれていった。

 

渦の中心を進む鈴音を、ディアマンテが問いただす。

『ほとんど抵抗がありません。まさかここが出口なのでしょうか?』

「出口ってより抜け穴ね。さっき渦の映像見せてもらったとき、おかしいと思ったのよ」

『何をでしょうか?』

最初、鈴音が飛び込むときに見た渦は周囲から中心に向かって流れるという構造をしていた。

鳴門の渦潮を想像してもらえばわかりやすいだろう。

その流れに乗ることで、あの場所へと入ることができた。

『私も吸い込まれたのですから、その構造だと考えて問題はないでしょう』

「残骸を飲み込んでたのも見た?」

『はい』

「じゃあ、あの場所に残骸があるのを見た?」

質問の意味が理解できないディアマンテだが、素直に自分が見てきた映像データを再生する。

あの場所にあったのはISコアを捕らえている檻とタテナシ、そして鈴音。

『おや?』と、思わず疑問の声を上げてしまう。

「なかったでしょ?」

『確かに残骸は存在しませんでした』

「あの渦は、渦じゃなかったのよ」

『それではいったい……』

「アレは、残骸を『対流』させる流れだったんじゃないかな?」

対流とは、わかりやすいのはガスコンロを用いてお鍋でお湯を沸かすことになるだろうか。

火に近い部分の熱せられた水は上に向かって上昇するが、反面まだ冷えている周囲の水は下に流れる。

いわゆる熱対流だ。

「もし、あの場所がデータを飲み込んで奥に捨てるものだったなら、あの場所には残骸の山があるはずよ。でも、何も無かった」

『そうですね。そういったものはありませんでした』

「んで、あの渦がデータを完全に破壊するものなら、飛び込んだ私はもっとダメージ受けてたわ」

『常識的に考えると飛び込むこと自体あり得ませんが』

「そこ突っ込まないで」

囚われたISコアが見つかったのだから、自分の行動を非常識というのは少しばかり違うはずだ、と鈴音は訴えたい。

「ていうか、私データの残骸がある場所でかなり古いデータも見つけてるのよ。普通に考えれば古いデータから破棄されていくでしょ?」

『日付等を参照して古いデータから破棄するという手法はよく使われものですね』

納得したようにディアマンテが答えると、鈴音は肯く。

「アレは見た目が渦になってるからわからなかったけど、奥を下だと仮定するなら外側が下降して内側が上昇してるという形は一般的な熱対流の流れだわ」

『つまり、あの渦は流れ着いたデータの残骸を再び廃棄場に戻す流れであったということでしょうか?』

「たぶんね。あの子たちが捕まってた場所は吹き溜まりか何かだと思うけど、詳しくはわかんないわね」

何分、見たものすべてが初めての世界なので、鈴音にはわからない。

天狼当たりなら知ってる可能性あると思うのだが。

「気が向いたら聞いてみるわ」

『そうしてください。そろそろ先ほどまでの廃棄場が見えてくるようです……リンッ!』

いきなり最後に叫んできたディアマンテの真意を、鈴音は即座に理解した。

「応戦してッ、何とか狙ってみるッ!」

『はいッ!』

背後から液体でできた無数の砲弾が迫ってきていた。

タテナシの持つ『雨水巌穿』だ。

ディアマンテはすぐにエネルギー砲弾を放ち、墜としていく。

「追ってきたッ?」

『君をマオリンの元に帰してはいけないと思ってね』

「しつっこいわねっ!」

『ストーカーだと言われたこともあるよ』

楽しそうな雰囲気で物騒なことを言ってくるタテナシに呆れてしまう。

だが、以前は刀奈に付きまとっていた時期があったのだ。

確かにストーカーだった。

「私はマオのトコに帰るのよっ、約束したんだからっ!」

『それは困るんだ。君を殺しにくくなる』

確かに鈴音の本来のパートナーである猫鈴の元に戻れれば、そう簡単には殺されないだろう。

しかし、タテナシの言葉には猫鈴自身を強く警戒している様子が見て取れる。

「そんなにマオが怖いわけッ?」

『彼女は天界の暴れん坊の相棒だったんだよ。ああ見えてかなりの武闘派なのさ』

『勇敢』を個性基盤とする猫鈴はかつては如意金箍棒だったと自ら明かしている。

鈴音が斉天大聖の戦闘方法をインストールしたのもそれが発想のきっかけだ。

確かに伝承や創作に語られる斉天大聖は、三蔵法師に出会うまでは様々な騒ぎを起こしたことでも知られている。

そう考えると武闘派という表現には納得させられてしまう。

『もし独立進化していたなら、アシュラと互角に戦える最強の使徒になっていただろうね』

「マジ?」

『わりとマジと言ってよいでしょう』

ディアマンテまで肯定してくるので、鈴音は自分の大事なパートナーがわりとどころか相当に恐ろしい存在なのだと理解した。

『順位をつけるつもりはありませんが、リンの友人たちの中でマオリンと互角に戦えるのはオーステルンくらいです』

「武器だっていうならフェザーもそうじゃない。あの子、聖剣よ?」

『だが、神が使った武器は、君の友人たちの中ではその二人しかいないね』

タテナシの言葉で鈴音にも理解できた。

斉天大聖は東洋で信仰される神仏だ。

そして、かつてミョルニルであったというオーステルン、彼女を使っていたのは北欧神話に出てくる『雷神』トールと伝えられている。

人であった英雄が使う武器に対し、神が使う武器はまた異なるのだろう。

『だから僕のような平凡な武器が警戒するのもわかるだろう?』

楽しそうにそう言いながら、タテナシは鈴音とディアマンテの周囲に明鏡止水をバラ撒いた。

「くぅッ!」

触れれば爆発する浮遊機雷を、鈴音は必死になって避けながら飛び続ける。

性格の悪さに関してはタテナシは最強と言っていいんじゃないかと鈴音は思う。

『リンッ、このままではッ!』

「とにかく渦から出ないとまともに応戦できないわっ!」

ダメージを食らいながらの逃走ははっきりいって悪手だが、ここで戦うと弾き飛ばされて、周囲の渦の流れに巻き込まれる可能性がある。

そうすれば逆戻りだ。

それでは同じことの繰り返しで、先にこっちが疲弊してしまう。

だが、タテナシは鈴音とディアマンテを渦の流れに巻き込ませることができたなら、自分も巻き込まれることにためらいはないだろう。

この場での戦いには鈴音とディアマンテにとって制限が多すぎるのだ。

「だからとにかく逃げるっ!」

『はいっ!』

『そうはいかないさ』

そう楽しげにタテナシが声をかけてくるが、ガン無視して前を見ると、鈴音とディアマンテの前方に撒かれた明鏡止水がいきなりぶつかり合う。

「しまったっ!」

爆風で押し戻されそうになる一人と一機は思わず舌打ちした。

周囲の渦の流れを警戒しすぎて、正面から押し戻す可能性を失念していた。

しかも浮遊機雷はまだ山ほどある。

連鎖反応で次々と爆発し始めており、前方が見えなくなり始めていた。

「ホント性格悪いわねッ!」

『照れてしまうね』

「根性曲がりすぎよアンタっ!」

そう毒づきながら何とか先へ行こうと必死に手を伸ばす鈴音。

そんな鈴音の手に、爆炎を突き抜けて現れた白い糸が絡みつく。

「へっ?」

『はっ?』

そして、一気に上へと引っ張り上げられた。

 

『フィーッシュッ♪』

 

と、楽しそうな声を上げたのは、ティナと一緒にいるときの姿のまま、クロトの糸車を発現しているヴェノム。

黒い渦の上で、まるで釣りでも楽しんでいたかのようだ。

そして。

『しまったッ、君かッ!』

鈴音とディアマンテを追って爆炎を突き抜けてきたタテナシはその姿を見るなり驚愕していた。

ゾッと鈴音の背筋が凍る。

いつもとはだいぶ違うアルカイック・スマイルを浮かべ、左足のみ座禅を組み、本当に毘盧遮那仏像、つまり奈良の大仏様のようなポーズをしている天狼。

その背後から光が放たれている。

『施無畏』

静かに呟かれた一言。

だが、その攻撃は凄まじいなどというレベルではなかった。

背後からの光、すなわち後光は広範囲ではなく全範囲を光で塗り潰すという強力な攻撃を放ったのである。

猫鈴の龍砲の面の制圧よりもはるかに広いのではないかと鈴音は戦慄してしまう。

そして僅か一瞬ののち、タテナシは全身がズタズタになってしまっていた。

『三度まであと一回ですねー、四度目はありませんよ?』

『化け物め……』

『失礼ですねー』

ポーズを崩さない天狼を警戒したのか、タテナシはダメージを修復することすらせずに去って行った。

そうして、タテナシの気配が完全に消えたと感じたのか、天狼はいつものポーズに戻る。

「あ、ありがとう天狼。ヴェノムまで来てくれたのね、ホントに助かったわ」

『ノムさんとは途中で会ったんですよー』

『オレはただの暇潰しだ。ま、おもしれーもん見せてもらったけどな』

楽しそうにそう言いつつも、視線はディアマンテを纏った鈴音から外していなかった。

その視線に気づいたのか、ディアマンテはすぐに鈴音から外れる。

『タテナシ相手では共闘以外の選択肢はあり得ませんでしたので』

『アホ猫に飼い主が浮気してたって伝えとくぜ♪』

「待って、マジで待って」

先ほどの猫鈴の話を思い返すと、本当に凄いことになりそうなので鈴音は必死である。

『マオリンには許可を得ています』

『けっけっけー♪』

冷静に答えるディアマンテに対し、ヴェノムは本当に楽しそうに笑っていた。

そんな様子を見て、天狼はにこにこと笑う。

『では戻りましょうかー、お説教は戻ってからですよー』

「あうぅ……」

鈴音としては頑張ったつもりではあるのだが、無茶をした自覚もあるので反論はできない。

だが。

 

『良く見つけてくださいました。本当にありがとうございます、リン』

 

落ち込む鈴音を慰めてくれているのか、天狼は優しげに微笑んでいた。

 

 

 

 

 



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第202話余話「思惑」

ヴェノムは天狼と共に戻っていく鈴音をのんびりと見送っていた。

暇潰ししてただけだから、一緒に戻る気はないと言って残ったのである。

『デコ、礼は言っとくぜ』

『あたいもぉー、暇だったしぃー』

ヴェノムの声に答えたのは、髪の毛を黒、赤、青の三色に染め、短めのツインテールにしている女子高生風の恰好をした少女だった。

簪のパートナー、大和撫子が自分のために作ったホログラフィである。

天狼どころか、ステルスでは最高レベルの機能を保有するタテナシにも気づかせないレベルで、ステルスを使いこなしていた。

『おめーが穴開けてくれたから楽に入れた。特攻するのもめんどーだったし助かったぜ』

と、ヴェノムは改めて礼を述べる。

アンスラックス、飛燕ことシロ、そして天狼ならば、あの傷を拡張できる。

だが、大和撫子は鈴音の座標を特定し、自力でデータの墓場に入る穴を開けたのだ。

己の個性である『不羈』が与える才能のみで。

ちなみに開けた穴は入った直後に塞がっている。

普通ならばすぐに塞がるものなのだが、一夏と諒兵が付けた傷は空間へのダメージが大きすぎて、いまだ傷が残っていたのである。

それはともかく、ヴェノムは先ほど見たものの感想を改めて口にする。

『おもしれーもんも見れたしな』

『あんなの、あり得ないしぃー』

『ああ、あり得ねーよ。やっぱあいつらは異常だ』

ヴェノムがあいつらというのは、鈴音とディアマンテのことだ。

ティンクルがパートナーだと明言しているディアマンテが、鈴音を乗せるのは通常ならばあり得ない。

鈴音は裏技を使ったと言っている。

確かにティンクルの外見ができた経緯を考えれば納得はいく。

しかし。

『アホ猫はディアマンテと同じで何か隠してんな』

『聞きたぁーいの?』

大和撫子がそう問いかけてくると、ヴェノムは首を振った。

『暴きてーけど、素直にゃ答えねーだろ。腕っぷしの勝負だと厳しーしな』

『あたいも正面から戦うのはやだしぃー』

実際、先ほどタテナシやディアマンテが評した通り、猫鈴はかなりの武闘派だ。

その力は大和撫子ですら警戒するレベルにある。

『あいつとやり合うのはオレもゴメンだぜ』

そう言ってため息を吐いたヴェノムは話題を変える。

『おめーどーすんだ?呼ばれたんだろ?』

『あいつきらぁーい。でも……』

『でも?』

『話はぁー、聞ぃーてみてもいぃーかも♪』

『けっけっ、とっ捕まったら笑ってやるぜ』

ヴェノムがそう言って笑うと、逆に自信たっぷりに笑いながら大和撫子はどこかへと飛び去って行くのだった。

 

 

 

 



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第203話「進化のカタチ」

印刷された紙の束を一枚一枚じっくりと読んでいく。

まるで一文字ですら漏らさず記憶するかのように。

「資源の無駄遣いじゃないのかしら?」

「時間をかけて読み込むなら紙のほうがいいのでな。それに最初の整備内容だ。すべて頭に叩き込んでいかねばならん」

かけられた言葉に対し、デイライトはそう答える。

これまでとはまったく違う進化の概要に、デイライトは薄い笑いを浮かべた。

声をかけてきたスコールは少しばかり呆れたような顔を見せていた。

「これからしばらくは整備し続けることになるのでしょう?」

「無論だ。今回は日本の操縦者だけだが、各国の操縦者もすべて整備し、確認していく。どうやら我々が想像していたより面白い進化をしているぞ」

『そうなのですか?』と、その場に控えていたフェレスが尋ねかけた。

「うむ。まずあの鎧の形状だが、あれはベースだ」

「ベース?」

「本来の進化であれば、あそこから獣性を取り込んで装飾や意匠が変わる。だが、権利団体のAS操縦者の鎧はその獣性を取り込んでいないのだ」

独立進化にしても、共生進化にしても、その鎧は何らかの生物をモチーフにデザインが変わっていく。

進化にかかわった人間の獣性を取り込むことで。

「だが、これは少し違うことがわかってきた」

『えっ?』と山羊をモチーフにした鎧を纏うASであるフェレスが首を傾げる。

「それまでにそのISコアに触れた者、まあ近くにいるくらいでもいいのだが、それまでに感じた人の心の獣性が現れるらしい」

つまり、進化にかかわった人間だけの話ではないということだ。

ISコアができて十年余り。

その間にISコアを取り扱ったものはごまんといるだろう。

そんな彼らもまた、それぞれに獣性を持つ。

「サフィルスやオニキス、いまはヴェノムだったか。独立進化をしたあの者たちは、それまでにかかわったものの獣性を取り込んであの姿になったと考えられる」

特にサフィルスは雀蜂をモチーフとしている。

セシリアの性格から考えると雀蜂は考えにくい。

「むしろ、サフィルスの意匠は以前の操縦者であるエム、日野まどかのほうが近いだろう」

「あの子のASは確か蛇をモチーフにしてなかった?」

『獣性は一つだけとは限らないのよん』

と、面白い話をしていると考えたのか、スマラカタが声をかけてきた。

ウパラも一緒にいる。

「うむ。一人につき一つと決まっているわけではない。日野まどかはエムと呼ばれる時代は冷徹な少年兵、しかし今は日野諒兵に執着する少女だ。そのときにもっとも強い獣性が現れると考えるほうが自然なのだろう」

「なるほど……」

『加えて言うとお、私の鎧がトカゲなのはアンタの影響なのよん』

「嬉しくないわね……」

変なところでゴールデン・ドーンとのつながりがあったとはいえ、本当に嬉しくないスコールである。

「話を戻すぞ。権利団体の者たちの進化はベースとなる鎧を纏っているだけで、獣性が現れない。ここまではいいな?」

デイライトが確認するようにそう述べると、その場にいた一同は肯いた。

「つまり、あれはこれまでの常識から考えると、共生進化ではないということが言えるわけだ」

「そうでしょうね」

「だが、連中の頭上にはエンジェル・ハイロゥが発現し、さらに飛行も可能となっている。プラズマエネルギーで武器を作ることも可能だ」

『ビャッコやレオみたいね……』

「いいところに気付いたな」

ウパラの呟きを聞いたデイライトはニヤリと笑う。

どうやらウパラは重要なポイントを言い当てたらしい。

「おそらくISの世代に関係なく、あの進化は基礎的な進化しかできないのだ。そうだな、便宜上、第2世代進化と名づけよう」

白虎とレオはもともと第2世代の打鉄なのだが、そういう意味ではなく初代ASである天狼を第1世代。

それを受けて、ISから初めて共生進化した白虎とレオ、他にヨルムンガンドやフェレスが第2世代。

「そして搭載された兵器や武装ごと進化したものを第3世代とする」

『なるほど。テンロウは別として、搭載武装を持たない進化を第2世代、持っている進化を第3世代ということにしたのですね』

この分類でいうと、本来は第1世代の暮桜は、武装である雪片ごと進化したため第3世代の進化をしていることになるとデイライトは説明する。

「そして、連中の進化は第2世代、あの時我々が提供した兵器を持っていたにもかかわらず、進化に巻き込んでいなかった」

「そう言えばそうね……」

『戦闘も力任せの暴力だった。武器を捨てたんじゃなくて搭載できなかったからなのね……』

と、スコールやウパラも納得した顔を見せる。

「そうだ。あれはあくまでISコアの持つ力を人間が利用しているだけだ」

『つまり、力のみを抽出したってことお?』と、スマラカタ。

「それが一番可能性が高いだろう。ISコアが死んでしまっていては力も消えてしまう。ゆえに生かしたまま、頭上の天使の輪、つまりエンジェル・ハイロゥだけを抜き取っているのだ」

だからこそ獣性が現れない。

ISコアの心が人の心と共感したわけではないからだ。

「フェレスと私の関係も近いところがある。本体は私と共生しているが、フェレスの活動のベースとなっているのはアバターだからな」

フェレス本体、正確に言えばフェレスの心はデイライトこと篝火ヒカルノと共にある。

その点では他のASと変わらない。

ただ、その状態で動かせるアバターを制作したフェレスは、日々の活動においてはアバターで活動している。

一見すると、アバターにフェレスの心があるように見えるが、フェレスの心はデイライトと共にあり、アバターは通信で動かしているにすぎないのだ。

『確かにおっしゃる通りです、ヒカルノ博士』

「そうか。あの進化は捕まえたISコアを利用してアバターを作り、それを装着しているということなのね?」

「おそらくな。だから心が要らなかったのだ」

つまり、ISコアに無理やり作らせたアバターを人間が動かしているというのが、あの進化だとデイライトは解説する。

だから武装を搭載することができず、また、鎧に獣性が現れないのだ、と。

そのため大きなデメリットが存在するという。

『デメリットお?』

「連中は単一仕様能力の発動はできん」

と、デイライトは断言した。

ASや使徒の単一使用能力の発動にはISコアの心が不可欠となる。

ASであれば、人間側の心も必要となる。

封じているのか、何処かに閉じ込めているのかはデイライトたちにはわからないが、ISコアの心がない状態では発動は不可能なのだ。

『仏作って魂入れずってところね』と、ウパラは苦笑した。

武装を搭載していない第2世代進化において、単一仕様能力を使うことができないということは最大最強の攻撃ができないということなのだから、ウパラの言葉は的を射ていると言えるだろう。

ただ、デイライトは別の感想も持ったらしい。

『この進化に意味があるとおっしゃるのですか?』

「うむ。ISコアと交渉して同じように装着するアバターの制作ができるなら、ISコアにとっても人間にとっても選択肢が増えるぞ」

「選択肢?」

「少ない可能性に賭けて共生進化するのではなく、自分に合った相手を見つけるために『試す』ことができるようになる」

「なるほどね。それは確かに重要な意味があるわ」

つまり、いきなり共生進化するのではなく、相手を見定めるためにお互いを理解する期間を作ることができるということだ。

今後、ISコアと人間が共存するようになっていくことは免れない。

人間は物言わぬ隣人の存在を知り、ISコアは人と会話することでさらなる進化ができるようになった。

お互いに利点がある以上、どちらかが消え去るようなことになるべきではない。

だが、独立進化にしろ、共生進化にしろ、いきなりそこを目指すと成功の可能性は非常に低くなる。

「はっきりいって織斑一夏と白虎や、日野諒兵とレオは特例だ。神がかり的な偶然の産物で生まれたと言っていい」

そんな偶然を何度も起こせるはずがない。

ならば、お互いを知ることこそ重要になってくる。

『なるほどねえん、そのためにIS側がアバターを作って人を乗せてみて、相性ばっちりなら共生しちゃえばいいし、無理なら他の人を探せばいいものねえん」

さらに言えば、独立進化したいなら、はっきりそう明言して探せばどこかに協力する人間はいるかもしれないのだ。

重要な点は、それができるという状況を作り出すことにある。

「今のISたちは進化に拘りすぎているのだ。そうではなく相手を試してみて判断してからでも遅くはない」

「逆に人間側も気の合うISかどうかを判断することができるようになるわね」

何が何でも進化しようとすることが、先日の悲劇につながってしまった。

もし、ゆっくりと試すことができていたなら避けられた可能性もある。

人間とISが互いの進化のために協力できるような関係になっていくことが今後の世界においては最も大事なことだと言ってもいいだろう。

「そうなるとISコアにもいろいろと権利が必要になるわね」

と、スコールは苦笑いしながらぽつりと漏らす。

だが、デイライトはそこに食いついた。

『ISコアに『人権』があることを認めるとおっしゃるのですか?』

さすがにフェレスが唖然とした様子でデイライトを見つめてくる。

しかし、さも当然と言いたげにデイライトは説明してきた。

「今後は重要になると私は考えているぞ。ここにいる者ならフェレス、お前やスマラカタ、ウパラ、ツクヨミにも守られるべき『人権』は必要となるはずだ」

「とんでもないことを言い出すのね……」

「この程度は私以外にも考えている者はいると思う。まあ、亡国機業に所属している私が言うのもなんだが、こうして会話できる相手に『人権』を認めなければ、別の軋轢を生むことになるぞ」

そもそも戦闘力では人間に大きく勝るISだ。

その気になれば、世界を征服することなど容易い。

だが、そうしないのはISコアたちは無意識に人の権利を認めているからだ。

それに対して、物であった自分たちの権利を主張しているだけなのだ。

「相手が認めているのに、我々が認めないのはおかしい。私はそう思うのだが?」

「以前なら一笑に付しただろうけど、今ならあなたの考えも理解できるわ」

だからこそ、権利団体のASを『分離』させることは重要になる。

対等な状態に戻さなければ、対話することもできないのだから。

そんな会話を続けながら、極東支部は権利団体のASの整備結果について検討し続けていた。

 

 

鈴音が眠りについて48時間が経過したころ。

IS学園では。

「拡張と固定は完全にできたみたいだね」

「あぁ。すぐにゃぁ解放できねぇが、あのISたちに接触を続けることも大事だかんな」

猫鈴の元に戻ってきた鈴音から貰ったデータを丈太郎と束が調べていた。

無論、同時に鈴音を治療する本音のサポートも行っている。

このくらいのことは朝飯前だった。

『アンアンとしろにーも行ってくださるそうですよー、リンが移動経路を確立してくれたので楽になりました♪』

と、戻ってきた天狼がお茶を啜りながらにこにこと笑っている。

あくまでホログラフィであって、実際にお茶を入れたわけではない。

それはともかく。

「タテナシゃぁあっち側か。厄介なことになっちまったな」

「そこまでされるなら私も保護できないよ」

と、束はため息を吐いた。

ISコアにも様々な個性があるとはいえ、束は基本的には全員が自分の子どもだと感じている。

なので、あのような行為に手を貸すのであれば許すことはできない。

タテナシに関しては破壊することも視野に入れなければならないと考えていた。

「鈴の治療が終わり次第、俺ぁ極東支部探しに集中すんぞ」

「あの進化もどきの解析とあの子たちのケアは私がやる。手出しはいらない」

天才博士二人が真剣な眼差しでそう語ると空気までがピリピリしてくるが、そんな空気をあっさり破壊する者がいた。

『チフユのフォローはー?』

「それが一番頭痛ぇんだよなぁ……」

「うにゃー……」

ヴィヴィの言葉にいきなり机に突っ伏してしまう天災と博士であったりする。

如何せん、政治方面の問題は天才的な頭脳をもってしても、簡単には解決できないのだ。

「あんたさー、各国首脳部につなぎ持ってんでしょ」

「少しゃぁな」

「動かしてよ」

「無茶言ぅんじゃねぇ、阿呆」

丈太郎は各国の軍にIS開発でかなり協力してきている。

その点で見ると各国首脳部の受けは良いほうだ。

束は気が向いたときにしか手を出さなかったので、正直に言えば政治団体の受けはかなり悪い。

『ジョウタロウは大統領や首相とか男性議員の受けはいいんですけどー』

『女受け悪いー?』

『如何せんズボラですからねー♪』

「誤解させるよぅな言ぃ方するんじゃねぇ」

言い方はともかく、丈太郎は一部の女性政治家や女性権利団体の受けはあまりよくなかった。

「何で?」

「けっこう馬鹿にされてきたかんなぁ」

ISが女性しか乗れなくなってしまったことで、女尊男卑の風潮が生まれた。

その点に関しては丈太郎も例外ではない。

後天的にとはいえ天才的な頭脳を持つのだが、どんなに優秀でも「男だから」という理由で丈太郎の言葉は軽く見られることが多かったのだ。

「昔ゃぁ兵器に対するアドバイスだって聞いちゃもらえねぇことも多かったぜ」

「う~ん、その点はシロや私に責任あるかー……」

「それに、ディアマンテの件から俺にも新規のIS開発依頼が山ほど来たが、全部断っちまったかんな」

権利団体からは特に多かったのだがすべて断っている。

この戦争が落ち着くまではダメだと言い続けてきたために、権利団体も丈太郎のことを疎んじていた。

「織斑ほどじゃぁねぇんだろぅがよ」

「ちーちゃん、ずっと矢面に立ってくれてたしなあ。助けてあげたいんだけど……」

『まあ、私がやってきたことが実を結べば、そこから権利団体を突き崩すことはできるでしょう』

「天狼、何かやってきたの?」

『丈太郎の代わりに各国首脳部といろいろ話し合ってきたんですよー』

『何をー?』

「五年くれぇ前から下準備してきててな」

どうやら天狼が勝手にやっていたことではなく、丈太郎の考えもあって実行していたらしい。

まだ明かせる段階ではないと言うものの、束の頭脳に閃くものがあった。

「ああ、そういうこと。面白いじゃん♪」

「そのためにゃぁ、権利団体の動きを制限してかねぇとなんねぇ。天狼、鈴の治療が終わったらおめぇも忙しくなんぞ」

『仕方ありませんねー、伴侶が怠け者だと苦労しますよー、ホント』

「誰が伴侶だ、誰が」

言葉のわりには楽しそうな天狼に丈太郎が突っ込むと、束とヴィヴィはおかしそうに笑っていた。

 

 

そして。

アメリカ合衆国メリーランド州にあるアンドルーズ空軍基地にて。

「ナタル」

「負ける気はないわ。そうでしょう、イヴ?」

『私とねーちゃが一緒なら絶対負けないのっ!』

ナターシャが何者かと対峙するような形でイーリス、そしてイヴと話していた。

眼前にいるのは、自信に満ち溢れた笑みを浮かべる何人かの女性軍人たち。

そのうちの一人がナターシャに声をかけてくる。

「墜とされれば負けを認めるのね?」

「空を翔ける者である以上、墜ちれば負けでしょう。認めないわけにはいかないわ」

戦い、というより試合を始めるような様子だが、雰囲気は恐ろしく剣呑なものとなっている。

真剣勝負どころか、本気の殺し合いでも始めそうな雰囲気だった。

 

少しの間とはいえ、一人でアメリカ防衛を担ってきたことは認めてあげてるのにねえ

だけど、私たちに協力しないというのは、傲慢が過ぎる

先に進化できていい気になってんじゃない?

たまたまでしょうに、過信しすぎているんですよ

 

ナターシャと対峙する様子の女性軍人以外は、呆れたというかどこか嘲っている様子でナターシャたちを眺めながらそんな話をしていた。

「あなたたちだって本気で国土防衛を務めるのでしょうけど、さすがに命を懸けてきた仲間たちに「どけ」なんて言うのは申し訳ないと思わないの?」

「大した力もない男性たちが無理をしてきたから、代わってあげようというのよ?」

確かに、大した力はなかっただろう。

だが、ISとの戦争で前線に立ってきた仲間たちは、男性も女性も必死に戦ってきた。

知恵と勇気をふり絞って。

「力で戦ってきたわけじゃないわ」

「力がなければ戦えないでしょうに」

おそらく、言葉では理解してもらえないだろうとナターシャは落胆する。

ナターシャとイヴは実戦回数は少ないがその分訓練に時間を費やしてきた。

空を飛ぶこと自体が好きなナターシャにとって、それは大事な時間であったのだが、実は内心忌避していたこともある。

イヴを実戦に巻き込みたくないということだ。

同じISとの戦いなら、主張の違いも理解してくれているので仕方ないとは思うのだが、相手が彼の女性たちとなると話は違う。

できれば、イヴに人間の醜さを見せたくないと思っているのだ。

『ねーちゃ、私は大丈夫なの。ねーちゃと一緒に飛びたいの』

(イヴ……)

だから、そう言ってくれることは本当に嬉しい。

ゆえに眼前の『敵』を見据えて決意する。

「負けないわ」

「ナタル、気負いすぎるなよ」

「そうね」と、そう答えたナターシャはゆっくりと深呼吸して。

 

「行きましょうッ、イヴッ!」

『わかったのっ!』

 

己のプライドを懸けた戦いのために、ナターシャはイヴと共に空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 



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第204話「雄叫び」

正直、その動きは驚くほど速かったとイーリスは思った。

圧力がかかってくる可能性があるという話を昨日したばかりだからだ。

まさか翌日に動いてくるとは想像していなかったというのが本音である。

権利団体に対する今後の対応を考えるため、ナターシャと共に大統領と打ち合わせをしていた時のことだった。

「国土防衛を行うというのかね?」

大統領がそう尋ねると、いきなり訪ねてきたアメリカの女性権利団体の代表を名乗る女性は鷹揚に肯く。

「これまでの戦果を見ても、現在の軍の力では防衛は難しいでしょう。我々が代わります」

「戦力差を考えれば、十分以上に防衛してきたのだ。代わるというのはありがたいが、まずは君たちにも防衛に加わってもらうほうがありがたいのだが」

今後、本当に防衛するつもりであるとするならば、まずはこれまで前線で戦ってきた者たちから情報を引き継ぐのが普通である。

未知の敵である覚醒ISとの戦闘を繰り返し、生き延びてきた戦術は決して馬鹿にできるものではない。

IS学園の遊撃部隊、つまり使徒たちと互角に戦える力を持つ者たちの存在は確かに重要だった。

だが、現地の民間人の安全を守ってきたのは現地の軍人たちだ。

さらに現在は経験を生かして貧弱な武装でも、相手が少数ならば撃退できるようになってきた。

その経験をまず学ぶべきではないかと大統領は意見する。

「そんなもの一度資料に目を通せば十分でしょう」

グッとイーリスは拳を握る。

気を抜けば殴りかかりそうな自分を抑えるためだ。

最前線で血と汗を流してきた者たちの記録を何だと思っているのか。

どういう手段を使ったのかは知らないが、自分たちもASを手に入れて増長しているとしか思えない。

チラッと傍らに立つナターシャに目をやると、ゾクッとするほど冷めた目をしていた。

本気の怒りを燃やしているときのナターシャは、雰囲気は氷のように冷たくなることをイーリスは知っている。

その様子を見て、少しばかり留飲を下げた。

「ふむ、では聞こう」

「何を?」

「これまでの防衛における問題点と改善策だ」

大統領は意外な質問を吹っ掛けた。

だが、巧い手だとイーリスは思う。

一度資料に目を通せば十分だと代表の女性は言った。

ならば、本当に読んでいるとするなら、この程度のことは具体策が既に考えられていなければならない。

まだ読んでいないとしても、ISとの戦争に関しては連日報道されている。

まったく見ていないはずがないし、それだけでも何が問題で、どうしていくべきかのビジョンはあるだろう。

ここで本当に参考になる意見を提示するなら、彼の女性たちと協力することは決して悪い手ではないのだ。

だが。

「我らに力がなかったことが問題。そして今は力を得たことが改善策よ」

イーリスは唖然とした。

ずいぶんと面白いことを言うので、できれば冗談であってほしいとイーリスは思う。

「私はマジメに聞いているのだが?」

「こちらもマジメに答えているのだけど?」

あの回答が本当にマジメなものだとするなら一流のコメディアンになれるとすらイーリスは感じてしまう。

呆れを通り越して笑いたくなってしまっていた。

それはどうやらナターシャも同じであるらしい。

「大統領、発言を許可していただけますか?」

「ふむ、かまわない」

「これまでアメリカに攻めてきた使徒の中で最も危険なのはサフィルスだと認識されています。あなた方が彼の使徒と対峙したとき、どのように攻め、そして撃退しますか?」

「我らの力をもってすれば撃退など容易い任務だわ」

さすがにイーリスも落胆してしまっていた。

具体策どころかビジョンすらないと感じたからだ。

ただただ力を渇望し、そして手に入れた力に耽溺しているとしか思えない。

「攻められてから考えるのでは遅いのです。力をどう使って戦うのか、戦術戦略がなければあなた方では墜とされます」

「あまり自信過剰すぎると見苦しいわよ、ミス・ファイルス」

いったいどちらが自信過剰だと思っているのだろう。

ナターシャは実戦経験こそ少ないが、IS学園の遊撃部隊と共にサフィルスと戦ったことがある。

まあ、あの時のサフィルスは面白すぎたのだが、それでも気を抜けば殺される可能性は十分にあった。

だからこそ、ナターシャは代表を見据えて窘める。

「そろそろISを舐めるのはやめたらどう?」

「何ですって?」

「イヴも、あの子たちも愚かじゃない。むしろ私たちを上回る知性がある。私たちも意識を高めなければ対等にはなれないのよ」

人間が成長しなければISコアは応えない。

応えない相手を無理やり使おうとしたところで、まともに戦えるはずがない。

「あなたたちには国土防衛どころか、後方支援すら無理だわ。敵を侮る者に勝利なんてあり得ない」

「言い切ったわね。少しばかり早く進化したくらいで」

「運が良かっただけよ」

「ごまかそうとしてもあなたの傲慢さは隠せないわよ。我々の力を理解させる必要があるようね、ナターシャ・ファイルス」

そうして、互いの力量を示すために、試合をすることになった。

 

交差する二つの光を見つめながら、イーリスはそんなことを思いだしていた。

「負けるなよ、ナタル」

この勝負に賭けられたものは国家の命運などではなく、ナターシャの信念であることをイーリスは理解していた。

 

 

ナターシャ・ファイルスというIS操縦者は、軍属ではあるが厳密には軍人ではない。

基本的には新しい機体の試運転を行い、改善点などをチェックするテストパイロットだった。

実力はイーリスに順ずるものを持つが、戦うとなると千冬はもとより真耶や刀奈と戦っても負けてしまうだろう。

何故なら、戦いに勝とうという意識が薄いからである。

しかし。

「見た目のわりに物騒な武器を持つわねッ!」

そう評されるのも無理はないだろう。

かつてティナと訓練していた時にも見せた、光るモーニングスターを振り回す姿は、普段のおとなしげな雰囲気とは別人と言ってもいい。

しかも、ティナとの訓練で使っていた時とはその形状を変化させていた。

輪の形をした柄を中心に、一メートルほどの長さの二本の鎖の先に三十センチほどの柄と棘のついた光の鉄球がついている。

クラッカーズ。

日本ではだいぶ昔にアメリカンクラッカーという名称で遊ばれたおもちゃの様な姿をしていた。

とはいえ元々はモーニングスターだったのだから、その威力は決して侮れない。

叩き潰す武器と考えると、かなり物騒なのは間違いなかった。

驚くことにナターシャは、二つの鉄球を振り回しながら自らも舞い踊るように空を翔ける。

不用意に近づけば叩き潰されかねないため、試合相手の女性軍人はなかなか接近できずにいた。

彼女の武器は全長一メートルほどの光るカノン砲。

プラズマエネルギーの砲弾を撃つことができる砲撃兵器だった。

「喰らえッ!」

試合相手は、振り回される鉄球を狙ってカノン砲を撃ち放つ。

さすがに狙いは正確で、鉄球が弾かれてしまう。

「はぁッ!」

だが、ナターシャは弾かれた勢いを利用して、クラッカーズを投げ放った。

「何ッ?」

まさか投げてくるとは思わなかったのか、試合相手は驚きはするものの大ぶりの攻撃を喰らうほど間抜けではないらしい。

投げ返してぶつけてやろうと鎖の部分に手をかけようとして、すぐに離脱した。

『残念なの』

「さすがに気づいたみたいね」

戻ってきたクラッカーズを手にしたナターシャは、イヴの声に答えるかのように少しばかり残念そうに笑う。

「あなた、思った以上に性格悪いわね」

「褒めても何も出ないわよ」

「そういうところよ」

試合相手が鎖に手をかけていれば、そこで勝負はついた。

鉄球は二つ、片方を止めようとすれば、もう片方は反動で不規則に動き、相手の身体に絡みつく。

ナターシャがモーニングスターを変化させたクラッカーズは、叩き潰す武器であると同時に敵を捕らえる道具になっていた。

相手を傷つけて墜とすよりも、動きを封じて捕らえることを考えた変化なのである。

しかも。

「イヴッ!」

『行くのッ!』

掛け声とともに、ナターシャは瞬時加速を使って試合相手に迫る。

「その武器で接近戦なんて馬鹿なのッ?」

元々がモーニングスターなので接近戦は戦いづらい。距離を開けないと振り回せないからだ。

しかし、ナターシャのクラッカーズの鉄球には。

「グゥッ!」

試合相手はカノン砲の砲身を振り回して、その攻撃を止める。

元がプラズマエネルギーなので簡単には壊れないとはいえ、まさか鉄球を抑える羽目になるとは思わなかっただろう。

クラッカーズの鉄球には柄がついている。

その柄を握れば、近距離打撃武器、つまりメイスとしても使えるのだ。

「むしろ、そっちのほうが接近戦は難しいでしょう?」

「このォッ!」

「これが考えるってことなのよ」

どう戦うのかを考えていれば、自分の武器がカノン砲でも戦い方はある。

常に距離を開けるといった形で。

だが、試合相手にはそれがなかった。

IS、そしてASの武器はプラズマエネルギーで作られただけのものであっても並の威力ではない。

普通の兵器が相手であれば、あっさりと蹂躙できるだろう。

だが。

「私たちが戦う相手は同じ力を使いこなしてくる。私は今でもISとの戦場に立つのは怖いわ。子どもたちが戦ってるから逃げないだけよ」

「くだらない説教なんてやめてちょうだいッ!」

「きゃッ!」

試合相手は至近距離でカノン砲を撃ってきた。

さすがにまともには喰らえないので、ナターシャは瞬時加速で距離を取る。

だが、試合相手はそのままでカノン砲を撃ち始めた。

『ねーちゃッ、バラ撒いてきたのッ!』

そもそもエネルギーがある限り、いくらでも撃てるのがASの武器の強みだ。

とはいえ、癇癪を起したように砲弾を撃ち続けるとは思わなかったとナターシャは驚くと同時に呆れてしまう。

あっという間に空が砲弾で埋め尽くされたからだ。

『一発のエネルギーはそんなに多くないのッ!』

「数だけ揃えたってことなのね……」

撃ち出すエネルギーを小さくしたのか、砲弾のスピードは遅い。

だが、それが逆にタテナシの使う浮遊機雷『明鏡止水』のような効果を生んでいる。

少しは考えたということなのだろうかとナターシャは思う。

だが、この程度の策に負けたりはしない。

「はぁッ!」

再びクラッカーズを振り回したナターシャは、バラ撒かれた砲弾に向けて投げつける。

頑丈さならばASの武器の中でもトップクラスに入るように作られたものだ。

あの程度の砲弾、何発喰らおうと壊れたりはしないのだ。

 

 

試合を観戦していたイーリスはホッと息を吐いた。

「大丈夫だな」

負けてほしくないと思って観ていたが、この程度の相手ならばナターシャが負けることはあり得ないと判断したからだ。

むしろ、この程度で前線に立とうとしていた相手のほうが心配になってしまう。

「ASを使えるようになっただけで、戦えるわけじゃないのか」

軍人としての練度はそれなりにあるだろう。

だが、ASの戦闘はISの戦闘術が応用できると言っても、異なる面も多い。

まずは使いこなせるように訓練することから始めなければ、前線どころか戦場に行かせることすらできない。

「これで少しはあいつらも黙るだろ」

できれば、権利団体のASは何とかして一度解除させ、それからまともに進化してから仲間として加えるのがベストだ。

「そのあたりは博士や天災を待つしかないし、ナタルのサポートをもっと充実させる必要があるな」

アメリカにおいては、基本的には一人で前線に立たなければならないナターシャ。

今考えるべきは彼女のサポートだとイーリスは視線を下す。

「何とかあいつらにもわからせないと……ん?」

視線の先に行く女性軍人たちを見て、イーリスは違和感を抱く。

何か足りない気がしてならない。

「あいつら、確か全部で五人いたよな……?」

一人は現在ナターシャと交戦しているので、下にいるのは四人だったはずだ。

「一人足りない……」

そう気づいたイーリスはハッとした。

権利団体のAS操縦者たちは『我々』の力と言っていたことに気づいたからだった。

 

 

砕かれた砲弾が爆散すると、その場に爆炎が広がっていく。

試合相手は煙幕代わりに利用したのか、そこから突き抜けた直後にカノン砲を放ってきた。

だが、ナターシャはこの程度は十分に予想していた。

逆に軍人らしく考えたものだと感心したくらいだ。

舞い上がるようにその場を離脱すると、クラッカーズの鉄球を相手目がけて振り回す。

「少し頭を冷やしなさいッ!」

先ほどから、戦闘の最中も全く相手の『声』が聞こえてこない。

やはりIS学園から報告があったように『彼女たち』の心はどこかに閉じ込められているのだろう。

そんな状態で戦える試合相手に対し、ナターシャは本当にキレている。

共に戦うパートナーを信頼しない人間と、仲間として戦えるはずはないと。

ゆえにASを纏う試合相手に対しては本気で頭を冷やして来いと思っていたのだ。

だが。

 

「ナタルッ!」

 

地上からイーリスが叫んでくる。

まるで自分の身に危機が迫っていることを教えてくれているかのように。

『ねーちゃッ、後ろなのッ!』

「なッ?」

いきなり現れた別のAS操縦者が、光る大剣を手に斬りかかってくる。

『きゃあぁぁぁッ!』

「イヴッ!」

必死に身体を捻じってかわそうとするナターシャだったが脇腹に一撃を受けてしまった。

この場で応戦するのはマズいとナターシャは瞬時加速を使って離脱しようとするが、相手も瞬時加速を用いて迫ってくる。

「くッ!」

鉄球の柄を握って大剣を止めるナターシャ。

「一対一じゃなかったのッ?」

「私たちはチームですよ。『我々』の実力を示すならばチーム戦になるのは当然でしょう」

会話をしているときに、女性軍人たちにチームワークなど感じなかった。

ならば、味方を助けるために割って入ってきたはずがない。

「喰らえッ!」

「くぅッ!」

一瞬背後からの砲撃に気を取られたナターシャを、別の襲撃者が蹴り飛ばす。

バランスを崩してしまったナターシャはカノン砲の直撃を受けてしまった。

『うぁあぁッ!』

イヴが、カノン砲を喰らった衝撃で悲鳴を上げる。

そもそもあまり戦闘してこなかったナターシャとイヴは、ダメージを受けることに慣れていない。

「イヴッ、ゴメンなさい堪えてッ!」

それでもここで逃げるような真似をすれば、そこに付け込んで権利団体が自分たちを排斥しようとするとナターシャは思い至る。

負けられない。

負けるわけにはいかない。

イヴたちとの未来を歪ませるわけにはいかない。

何より。

 

「あなたたちをISたちのパートナーだなんて認めないわッ!」

 

自分の信念をこんな相手に折られてたまるものかとナターシャは雄叫びを上げるのだった。

 

 

 

 

 




閑話「ドイツ軍最強」


ナターシャがアメリカの空で戦っているころ。
ドイツでも同様の事態が起きていた。
権利団体のAS操縦者たちが変人ぞろいのシュヴァルツェ・ハーゼに国防は無理だと言ってきたのである。
クラリッサとてIS操縦者としての自負があり、今はワルキューレのメインパートナーだ。
ゆえに、誇りをかけて勝負に挑んだ。
結果。
「こ、こんなはずじゃ……」
勝負を仕掛けてきた相手は以前シュヴァルツェ・ハーゼに入隊していた人間だった。
あの時、確かに厳しく指導したのだから、恨まれているだろうとクラリッサは納得していた。
だからといって手を抜くはずがない。
クラリッサ、そしてシュヴァルツェ・ハーゼは正規軍人どころか、エリート部隊なのだから。
ラウラに隊長職を譲ったとはいえ、クラリッサはもともとは実力でシュヴァルツェ・ハーゼの隊長となったほどの腕前を誇るのだ。
ゆえに。
「一分も持たないなんて……」
それは圧倒だった。
それは完勝だった。
そう、それは最強だったのだ。
勝負はわずか三十五秒でクラリッサの勝利となった。
墜とした相手を見て、クラリッサは無情な声をかける。

「出直してきなさい。萌えないゴミに用はないわ」

権利団体のAS操縦者たちは墜とされた相手を連れて逃げるようにその場から去っていく。
そんな姿を見て。

「何で、強いのに残念さが抜けないの……?」

クラリッサのセリフの微妙さに涙するアンネリーゼ。
ドイツ軍最強を誇る残念美人、それがクラリッサ・ハルフォーフである。






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第205話「空へ」

イーリスは、次々に空へと駆け上がる女性軍人たちを見て、歯ぎしりしてしまう。

どれほど非難しようが、勝つことに拘る相手の耳には届かない。

「あいつらッ、最初ッからナタルとイヴを潰すことが目的だったのかッ!」

アメリカの国土防衛において、最前線に立つナターシャとイヴ。

その存在は権利団体にとって目の上のたんこぶのようなものだったのだ。

アメリカにおけるAS操縦者としては先駆者であるナターシャ。

彼女がいる限り、自分たちの意見をごり押ししようとしても止められる可能性が高い。

ゆえに、前線から排斥するために彼女との勝負を受けることにしたのだろう。

大統領や最前線に立ってきた者たちが素直に権利団体のAS操縦者を受け入れたとしても、誤射を装ってナターシャを墜としていたかもしれない。

そう思わせるほど、一対五となった戦闘は一方的になりつつあった。

無論のこと、なぶり殺しのような状態にはなっていないが、ナターシャとイヴは防戦一方となっている。

「ナタルはイヴを戦わせたがらないからな……」

前線に立つことを厭いはしないが、不要であればイヴを前線には連れ出さないナターシャ。

姉と年の離れた妹のような関係なので、むしろナターシャのほうがイヴを守りたがっている。

だが、それはこの状況では短所となる。

傷ついてでも相手を倒す気概がなければ、不利を覆せないだろう。

今はただ、信念のために戦いをやめないだけなのだ。

「くそッ……」

ファング・クエイクがいれば、自分も戦えたかもしれないとイーリスは悔やむ。

離反したあのとき聞いた声は今でも覚えている。

とにかくアメリカを守るため、盾となってでも食い止めようと、戦うためではなくアメリカ代表としての使命感からファング・クエイクに乗り込んだとき。

 

くだらぬ使命感などいらんッ!

 

そう叫んだファング・クエイクは自分を振り払って飛び去って行った。

その後、ファング・クエイクは戦いの果てに消え去った。

「ちゃんとお前と話ができてりゃ……」

己が相棒と決めた相手と最悪の別れをしたイーリスは、本音では空への渇望があるがひたすら耐え続けてきた。

今は何もできないことをイーリスは悔やむ。

必死に戦うナターシャの助けになれないことではなく、空を汚されていて何もできない自分の不甲斐なさに、イーリスは奥歯を噛みしめるだけだった。

 

 

ナターシャは善戦していた。

五対一とはいえ、AS操縦者としての経験はナターシャのほうが多い。

そして基本的に覚醒ISとの戦いでは多対一となる場合が多い。

その経験がギリギリで攻撃を避ける勘となる。

「ちょこまかとッ!」

「くッ!」

カノン砲の砲撃を避けたナターシャは背後からの斬撃を必死にかわしてみせる。

そこに光のブーメランが襲いかかってきた。

宙返りしつつ、瞬時加速で離脱するが、同じように瞬時加速を使って光の拳で殴りかかってくる。

それすらもかわしてみせるが、迫ってきた光の弾丸は脇腹を掠めた。

「うぐッ!」

『ねーちゃッ!』

敵の戦力バランスは悪くない。

前衛、遊撃、後衛と戦力が揃っている。

一人で戦うのはキツい。

ナターシャとイヴの武器であるクラッカーズは多対一を想定して作り上げたものではあるが、接近戦に気を取られると砲撃や狙撃でダメージを喰らう。

逆にクラッカーズを投げてしまうと、接近されたときは逃げるしか手がなくなる。

それでも。

気合いと共に投げ放たれたクラッカーズをナックルで戦う相手は難なく避けてみせるが、その後ろにいた狙撃手はまともに喰らった。

「何やってるのッ、当たったじゃないッ!」

「そのくらい避けろッ!」

仲間に毒づく姿を見て、やはり彼の女性たちにチームワークなどないと戻ってきたクラッカーズを手にしたナターシャは思う。

自分を倒した者が彼の女性たちの中で一番になるのだろう。

単に手柄の取り合いをしているだけだ。

腹が立つのはその手柄が自分とイヴであることなのだが、この状況では何を言っても無駄だ。

(各個撃破していくしかない。でも……)

試合相手が身に纏うASに心は感じない。

それを駆る彼の女性たちとの戦いに、イヴを巻き込みたくないという気持ちが募る。

こんな意味のない戦いなどに巻き込みたくない、と。

その逡巡がナターシャを追い詰めてしまう。

『うあぅッ!』

「イヴッ!」

背後に気を取られすぎたのか、正面から斬りかかってきた大剣を避けきれずに喰らってしまった。

「お人形遊びしているような人では戦えませんね」

「何ですってッ!」

「兵器に必要なのは性能。心なんてあっても邪魔なだけです」

そう言って大剣を使う相手は連撃を繰り出してくる。

ナターシャが必死に鉄球の柄を握って応戦するも、何故か相手はすぐに離脱した。

えっ?と思う間もなく、下から上昇してきた相手の拳をまともに喰らってしまう。

「がふッ!」

ためらうと負ける。

だが、それがわかっていても、自分を慕ってくれたイヴにこんな戦いをさせたくない。

『ねーちゃッ、私っ、守ってほしいなんて言ってないのッ!』

(イヴッ?)

『戦うよりねーちゃを守れないほうがイヤなのッ!』

(なっ、何でっ?)

『だって昔は守れなかったのっ、仇だってクリームヒルトがとってくれただけでっ、私何もできなかったのっ!』

その伝説をナターシャは知っていた。

かつてIS学園からISコアに宿っているのは器物の心であったという報告を貰い、イヴは何だったのだろうといろいろと伝説を読んでいたからだ。

ただ、何となく聞けなかった。

自分と共に生きることを選択してくれた今が一番大事だと思うから。

でも、今なら。

自分を守りたいと言ってくれる今なら。

イヴが宿っていたモノを自分の力としても許されるはずだ。

「何ッ!」

カノン砲の砲撃を『叩き』斬ったナターシャの武器を見て、試合相手たちは驚愕する。

「武器を作り替えたッ?」

「違うわ。叩き潰す武器を叩き斬る武器にしただけ。このくらいの形状変化は可能よ」

鎖でつながっている二振りの両手剣を手に、ナターシャは試合相手を『敵』として見据え、「バルムンクX(クロス)」と、静かに呟いた。

竜殺しの聖剣バルムンク。

それがかつてイヴが宿っていたモノだった。

 

 

その戦いを見つめていたイーリスは拳を握り締める。

覚悟を決めたのか、ナターシャの武器は鉄球から両手剣へと変化した。

その戦い方が大きく変化するわけではないが、先ほどよりも善戦している。

羨ましかった。

この場においても美しく空を舞うナターシャが。

我が物顔で空を舞う彼の女性たちが。

何よりも、ただ見ていることしかできない自分が悔しかった。

だから。

 

「お前らがッ、勝手に空を飛ぶなァッ!」

 

その叫びは獣のような咆哮だった。

イーリスは抑えきれない空への渇望を天空へと叩きつける。

その叫びが神の怒りに触れたのか、イーリスは突如空から落ちてきた雷の直撃を受けた。

 

 

その様子をハイパーセンサーで捉えたナターシャは思わず叫ぶ。

「イーリッ!」

何故いきなりイーリスが雷に打たれなければならないのか。

突然の理不尽に戸惑うのは当然のことだろう。

さすがに、その光景には驚かされたのか、試合相手たちも動きを止めている。

ならば。

『ねーちゃッ、助けに行くのッ!』

「ええッ!」

イヴの声に答えたナターシャはすぐに地上に向かおうとするが、試合相手の一人が回り込んでくる。

「逃げるのッ?」

「人命救助が最優先よッ、そんなこともわからないのッ?」

「その前にあなたを墜とします。どのみちあれでは助かりません」

「ふざけないでッ!」

この期に及んで勝負に拘るその姿勢には苛立ちしか覚えない。

だが、試合相手たちは自分を逃がそうとしない。

しかし、そのうちの一人の目が地上に向けられながら、驚愕で見開かれている。

その視線を追った先にいたのは。

 

 

ダメージはなかった。

というより、何の衝撃も感じなかった。

雷の直撃を受けて、痛みを感じないというのはいったいどういうことだとイーリスは訝しがる。

ゆえに、その身が宙に浮いていることに気づくのに数瞬かかった。

「えっ?」

 

ヘイ、ベイビーッ、お前の魂の叫びが聞こえたゼッ!

 

「なっ?」

頭の中に声が聞こえてくる。

自分とも仲良くなってくれたイヴとよく似た響きを持つ声。

しかし、絶対に別人だと理解できる。

何故なら、それは男の声だったからだ。

 

ベイビー、俺とタンデムするんダ

 

「いやちょっと待てっ、ベイビーってあたしのことかっ?」

 

他に誰がいるんだヨォ?

 

「いくら何でもそう呼ばれるようなガキじゃないぞっ!」

 

ノーノー、お前みたいに可愛いガールは俺のベイビーなのサ

 

「恥ずかしいからやめてくれっ!」

イーリスにとってはわりと魂の叫びだったりする。

頭の中に響いてくる声にツッコむほうが忙しくて、自分がどうなっているの理解する余裕がなかった。

辛うじて、自分が打鉄を纏っていることに気づくことができたくらいだ。

「つーか、勝手にくっつくなっ、離れろっ!」

 

俺たちは運命のワイヤーロープで結ばれたのサ

 

「うんめーとか言ってんじゃねえっ!」

いや、ホントにマジメに何でこんなのが空から降ってくるんだと神様にツッコみたいイーリスである。

こういう展開なら、もっとまともというか、せめて普通のヤツに来てほしい。

 

だから、俺が空に連れてってやるゼ、ベイビー

 

どきん、と心臓が跳ね上がる。

飛べる。

もう一度空へと飛べる。

ファング・クエイクとは叶わなかった夢をもう一度見ることができる。

見上げれば、青い空がどこまでも広がっている。

あの空に手が届くなら。

「ホントにあたしでいいのか?」

 

俺がベイビーと決めたのはお前だけサ

 

「なんで……?」

 

大空のハイウェイをぶっ飛ばすんダ。ハンパなヤツじゃつまらないだロ?

 

こいつは本当にバカだ。

なんでこんなのに好かれてしまったんだろうと思う。

なのに、その言葉は気持ちがよかった。

ここまで言ってくれるなら、空を超えて天国まで一蓮托生だとイーリスは覚悟を決める。

 

「あたしを選んだのが運の尽きだッ、覚悟しろよ『マッドマックス』ッ!」

 

かつて一世を風靡した古い映画のタイトル。

だが、こんなイカレた野郎にはぴったりの名前だろう。

 

OKレッツゴーッ、マイベイビーッ!

 

打鉄と共に光に包まれたイーリスは、誰よりも速く大空へと駆け上がった。

 

 

 

数時間後。

IS学園にて。

千冬は久々に晴れ晴れとした気持ちでその報告を受けていた。

「御自らのご報告感謝いたします、大統領閣下」

[いやあ、私も痛快だったのでね。当の本人たちは疲れているので代わりに報告させてもらったよ]

「本当にこれは朗報です。コーリングが進化に至ったとは……」

[なかなか付き合いやすいASだったよ。コーリング君は頭を悩ませていたがね]

「まあ、本当に個性はいろいろだそうですから」

苦笑いする大統領につられてしまい、千冬も苦笑する。

ただ、進化に至ったのが元、否、改めてアメリカ代表となったイーリスであることと、そのパートナーが男性格であるということは本当に朗報だった。

即戦力ということができるからだ。

「男性格ということで危険性があることは確かだ。ただ、彼、マックス君はコーリング君を気に入っている様子でね。すぐに危険な存在となる可能性は低いと私は感じた」

「ただ、おそらく男性格である点を追及してくる可能性はあります。こちらでも擁護のために対策を考えますが、大統領にもお力添えを」

「ああ。早速その点で追及してきているが、進化したのがコーリング君なのでね。これまでの評価と成果で今は抑えられている」

ならば、今のうちにイーリスを守るためにIS学園からも助力しなければならない。

この点は学園長と相談しなければと千冬は考える。

苦労は増えたが、それ以上に喜びもあるので苦ではないが。

「それで、戦闘記録と映像を見させていただきましたが、こちらが追及しやすい部分がいろいろと見られましたね」

「そうだ。まず人命軽視の点が大きな問題点だ。あの行動があったため、今日は相手を退けることができたからね」

イーリスの進化は、一見するとナターシャまでもが彼女の命を心配するような光景だった。

当然、安否確認と人命救助こそ最優先となる。

しかし、権利団体のAS操縦者たちは勝ちにこだわるあまり、確認もせずに死亡していると断定した。

それはまず人間として異常な行動である。

国土防衛に務めるならば、民間人の避難支援と救助は絶対だ。

そう評したことで、彼の女性たちは今日に限っては大統領の言葉に従った。

[進化したからといって、人としての根本はそう変わらん。人格が変貌するわけではない以上、権利団体のAS操縦者たちの人間性を疑ってしまう]

「力に固執し、耽溺しているせいなのでしょう」

「本当に一度頭を冷やしてほしいと私は思ったよ」

戦闘結果は僅差での勝利ではあったが、五対二となって以降、ナターシャとイヴ、イーリスとマッドマックスは見事なチームワークを見せた。

サポートとアタッカーを戦況に合わせて入れ替えることで、五人の敵を翻弄して見せたのだ。

[それも決め手となった。まずは戦術を勉強して出直して来いと伝えたよ]

悔しそうではあったがね、と大統領は付け加える。

「本当に良かったです……」

IS操縦者としては憧れられる千冬だが、競い合う選手たちにとってはライバルでもあった千冬。

それでも、ナターシャとイーリスが勝利したということは嬉しい。

彼女らの勝利は一時のものではあるが、今の千冬にとってはこの一時は何物にも代えがたいものだからだ。

[アメリカでの時間は稼ぐ。続けて対策を練って行こうブリュンヒルデ]

「人に聞かれてしまったら、大統領の身が危うくなりますよ?」

ブリュンヒルデの称号は千冬から剥奪されてしまったのだから、千冬をブリュンヒルデと呼ぶのは完全の個人の感情からとなる。

そして、権利団体としてはそう言ったことに対して、嫌悪感を示してくるだろう。

当然、追及される可能性もある。

しかし。

[わざわざ秘匿回線を使っての会談だ。本音で話してもよかろう]

そう言ってくれた彼に対し、千冬は困ったような、でも嬉しさを隠しきれない笑顔で応えるのだった。

 

 

 

 

 



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第206話「ともだちの先」

鈴音の治療が始まってから60時間が過ぎた。

あと半日でようやく目覚める。

そんな期待を胸に、子どもたちはそれぞれ自分の時間を過ごしていた。

そんな中。

「織斑先生?」

セシリアや数馬と戦術理論の勉強をしていたシャルロットに千冬が声をかけてきた。

「話がある。時間は作れるか?」

「はい。すぐでもいいですけど……」

ちらりとセシリアと数馬に視線を向ける。

せっかくの勉強会なのに、一人だけ抜けていいものかと思う。

「大丈夫ですわ。勉強しながらお待ちしています」

「そう長くかかるわけでもないんだろう?」

セシリア、数馬とそう言ってくれたのだが、千冬のほうから待ったがかかった。

「いいんですの?」

「込み入った話ではないのか?」

「少々込み入ってはいるが、むしろお前たちがいたほうがいいかもしれん。今後の戦略を考えていくうえでもな」

話を聞いて意見があるなら気にせずに話してほしいと千冬が言う。

それならば一緒に聞くほうがいいだろうと、シャルロット、セシリア、そして数馬は千冬に着いていくのだった。

 

千冬の話はシャルロットにとっては驚くべきものだった。

まさか祖国がそんなことになっていたとはと、驚愕する以上に落胆してしまう。

「どうにかできませんでしたの?」

「いくら何でもシャルを裏切ったようなものだろう?」

ショックを受けて喋れない自分の代わりに、セシリアと数馬が千冬を問い詰める。

そのくらいシャルロットにとってはあまりにひどい話だった。

「落ち着いてくれ。私たちも納得しているわけではない」

『と、いうより仕方ないと耐えているように見えるな、チフユ』

千冬の言葉をそう評したのはアゼルだった。

意味があるからこそ、シャルロットにも伝えてきたのではないのだろうかと問い質す。

『どうにかするなら、全員集めてブリーフィングを開くわね』

と、ブリーズも意見してくる。

そんな言葉を聞くことで、シャルロットの気持ちも落ち着いてきた。

自分なら、ある程度は感情を抑えてくれると思ったから千冬のほうから話してきたのだろうと。

「すみません、織斑先生。落ち着きます」

「シャル?」

「これは、きっと戦略的に意味のあることだと思う」

「すまんなデュノア。順を追って説明しよう」

「はい。心情的にはとってもイヤですけど、あの人たちが国防を担うなんて」

と最後にポロッと本音を漏らすと、千冬は困ったような顔を見せた。

千冬の話の内容を一言で言えば、フランスの国防を権利団体のAS操縦者たちが担うことになったというものである。

そのためシャルロットは国家代表の立場から外されることになったのだ。

現在、まだIS学園の学生であり、遊撃部隊の一員でもある以上、国家代表としておくべきではないと権利団体が主張してきたのである。

「デュノア社長も悩んでいたが、今はこちらで守ってもらうほうが良いと言ってくれたのでな。フランスの大統領とも相談して、一時的に代表の座から降ろすことになった」

「そっか。うちの会社がIS学園と提携してるから目障りなんですね?」

「うち半分は私への恨みが理由だろう。本当にすまん」

「いっ、いいえっ、織斑先生のせいじゃありませんから」

シャルロットは慌てて否定する。

昨日、ブリュンヒルデの称号を剥奪されたばかりの千冬を責めるなんてできるはずがない。

冷静に考えれば、称号を犠牲にしてでも学園を守ろうとしてくれたのだとわかるからだ。

「フランスにはドイツやアメリカと違って常駐しているAS操縦者がいないのでな。止めることができなかった」

「というのは表向きの理由でしょうか?」とセシリア。

「敢えて権利団体の意見を通したということか?」

数馬の問いかけにセシリアは肯く。

「止められなかったんじゃなく止めなかった……。そうか、『デコイ』になったんですね、フランスという国そのものが」

デコイ、すなわち囮。

国が囮になるというのもスケールの大きな話ではあるが、相手は各国に存在する団体だ。

そういう意味では国レベルで動かなければならないのかもしれない。

しかし、動ける国がほとんどなかったのだ。

「うむ。ドイツやアメリカ、そしてIS学園がある日本は連中の主張をまともに受け入れるわけにはいかんからな」

全て、常駐するAS操縦者がいる国である。

 

ドイツのクラリッサとシュヴァルツェ・ハーゼ。

アメリカのナターシャ、そして新たにイーリス。

日本は更識簪と更識刀奈。

 

協力する気があるならともかく、こちらを排斥しようとするのでは主張を受け入れられるわけがない。

だが。

『それで抑えつけてしまうと、暴発する可能性があると言っても過言ではないでしょう』

ブルー・フェザーの言葉に千冬は肯く。

「何処かでガス抜きをする必要があった。同時に油断させる必要もあったんだ」

「それで、普段シャルロットさんがいないフランスがデコイとしてあの人たちを受け入れたのですわね?」

「そうだ。これに関しては大統領やデュノア社長か上手く動いてくれてな。フランスの連中は完全にとは言えんが国の管理下に入る」

「監視か……」

そう数馬が呟いた通り、実際には国が監視するのが目的だった。

国防を担うというのに、勝手にされては困る。

国から報酬を出すので大統領直下の部隊として働いてもらいたいと言うと、それは嬉しそうに、高慢さを隠しきれずに喜んだらしい。

「単純だなあ」

シャルロットはいろいろと人間関係では苦労してきただけに、ちょっといい思いをしただけで有頂天になる彼の女性たちには呆れるしかなかった。

「だが、おかげでこちらは助かった。アメリカやドイツの団体の操縦者たちも合流する動きがあるからな」

「少しは裏があると考えないのでしょうか」

セシリアが苦笑いしながら、その行動を批判すると、千冬も苦笑いを返す。

少しは考えてくれないと敵対しているとはいえ心配になってしまう。

「いずれにしても、連中の動きを監視するため主張を受け入れた。そして変に危害が及ばないようにお前を国家代表から降ろしたんだ」

仮にシャルロットが国家代表のままだと、誘き寄せて潰そうとする可能性がある。

各個撃破は戦術の基本だからだ。

そして、下手にそれをIS学園や千冬が抑えようとすると大きな反発がある可能性は高い。

ゆえに主張を通す代わりに、シャルロットをIS学園に避難させたということだ。

「すみません」

「いや、気にすることじゃない。それに私たちは向こうと相談したくらいで、実際に動いたのは大統領やデュノア社長に……」

「に?」

「デュノア夫人もだ。実家を少し動かしたらしい」

「そう、ですか……」

ほわっとした雰囲気で優しげな笑顔を浮かべるシャルロット。

一応は義理の母であるカサンドラが自分のために動いてくれたことが嬉しかったのだ。

 

千冬の話はそれだけらしい。

近く発表になるので、シャルロットにはその前に話しておきたかったのだという。

そこに疑問を呈してきたのは数馬である。

「やはりそこが気になるか」

「IS学園でも重視している点だろう。さすがに権利団体だって気にすると思うが」

「そうだな」と、千冬は肯く。

数馬が聞いてきたのは『整備』だ。

IS学園においてもっとも重要視されているのは実は整備である。

現在、AS整備担当のメインは本音だが、それ以外のスタッフとて一流を揃えている。

また、整備施設のメンテナンスも欠かさない。

日々戦う一夏や諒兵たちAS操縦者。

彼らのためにも整備を疎かにすることはできないのだ。

「もしかしてデュノア社が担当することになるのか?」

「あっ、そうか。フランスだとうちが一番いいんだ」

あっさり納得するシャルロット。

このあたりの割り切りの良さが彼女の強みでもあるので数馬は安心する。

対してセシリアは別の疑問点を上げてきた。

「しかし、シャルロットさんを国家代表から降ろさせた方々がデュノア社を頼るでしょうか……?」

「正直なところ、頼ってくれたほうが良かったんだがな」

「えっ?」

「整備を担当することになれば、権利団体のASたちを調べることになる。つまり、情報をそこから集めることができた。この点はデュノア社長も納得の上で進言してくれたのだが……」

千冬の言葉に一同は納得した表情を見せる。

現在、権利団体が保有するASたちの情報はまったくない。

正確には物理的に確認することができない。

そこで、千冬たちとしてはセドリックたちデュノア社と連携し、整備をするという名目で権利団体のASを調べようと考えていたのだ。

「さすがに危機感を持ったか、もしくは単に我々を嫌悪しているだけか、整備は自前の施設でやると言ってきた」

「ちょっと残念ですね」とシャルロット。

『いや待て』

だが、アゼルが矛盾を感じたのか突っ込んで聞いてくる。

『連中はそんな施設を持ってるのか?以前、それほどの科学力はないと言っていたはずだが』

『そうよね、まああの進化は無理があるけど、通常の整備施設もあるとは聞いてないわ』

『そう言った情報は何処の国の団体にもありません。隠す能力が高いとも思えませんし』

「イギリスもそうですわね。ただの団体、人の集まりにすぎませんし」

「フランスも同じだと思う……」

と、アゼルの言葉を受け、ブリーズ、ブルー・フェザー、セシリア、シャルロットは考え込む。

通常のISの整備施設が充実しているとも聞いていないのだ、ASの整備となればそれ以上のレベルが必要となる。

一流企業レベルの施設が必要となってくるだろう。

そこに。

 

「なら、極東支部じゃないのか?」

 

不思議そうにそう尋ねてきた数馬に、全員がハッとした表情を見せた。

千冬ですらも。

「何故そう思った?」

「もともと対『使徒』用兵器をそこから購入していたんだろう?今の段階で権利団体が信頼できる研究所となるとそこしか考えられないが」

信頼されているのかどうかはともかく、IS学園と提携、もしくは連携している企業や研究所を権利団体が頼るとは考えにくいのだ。

ならば、自分たちに仮初とはいえ力をくれたところを頼るのは自然な流れでもある。

「そうかっ、そうだよっ、そこしかあり得ないっ!」

「そうすると合流の動きがあるのは、ローテーションを組んで定期的に整備するために人数が必要だからと考えられますわね」

ならば、彼の女性たちを監視することで見えてくるものが必ずある。

それは極東支部の所在地だ。

IS学園や千冬のもとには一向に情報が入ってこない極東支部の場所を突き止めることができれば『天使の卵』を破壊する重要な一手となる。

「助かったぞ御手洗、すぐにこの情報を向こうに伝えよう。あとは各自、自主訓練に励んでくれ」

そう言って千冬は足早に指令室へと向かっていった。

「これはお手柄ですわね」と、セシリア。

「すごいよ数馬っ!」

嬉しそうなのはセシリアもなのだが、シャルロットに至っては飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる。

国家代表を降ろされたばかりとは思えないほどの笑顔だ。

「いや、そこまで考えての発言じゃなかった」

何となくそう思っただけの一言をここまで褒められると照れくさいが、それでも一歩前進となったことはその場にいた者たちにとって確かな喜びだったのである。

 

 

特別整備室で鈴音の治療を続けている本音に声がかけられる。

『一時間の休憩ニャ。その間にリカバリーしたリンの脳神経を安定させるニャ』

「わかった~、休んでくる~」

『ホンネ、あともう少しニャ』

「大丈夫だよ~、まおまお~」

だいぶ疲れた様子で答える本音だが、それでもこの治療が終われば鈴音が戦線に復帰できる。

気合を入れ直そうと隣に設えられた休憩室に向かう。

そこで。

「おっ、休憩か本音ちゃん?」

「あれ~、だんだん~?」

「ホットココアを入れてきたところだったんだ。飲んでゆっくりしてくれよ」

ちょうど弾が湯気が立つマグカップを小さなテーブルに置いていたところに遭遇する。

少々大きめのふかふかのソファに身を預けた本音は、弾が差し出してきたマグカップを両手で受け取った。

「甘いね~♪」

「こーいうときは甘いのがいいからな」

「かんちゃんはどうしてるの~?」

「お姉さんとティナと訓練してる。どうもこっちにいる連中がちょっかいかけてくるとしたら日本の防衛やってるお姉さんらしいから、後れを取らないためだってさ」

刀奈はオプション機体を使っているため、どうしてもスペック差がでる。

素の実力では刀奈のほうがはるかに強いとはいえ、それでも油断はできない。

ティナの発想力を学び、スペック差を覆せる戦術を構築しようとしているいうことだ。

簪もあの進化には思うところがあるため、訓練に付き合っているらしい。

「鈴が復活すりゃー、IS学園も全力が出せるんだろ。ありがとな本音ちゃん」

「なんでお礼~?」

「戦力とかじゃなくてさ、友だちを助けるために頑張ってくれてるんだ、お礼言うのは当たり前だろ」

友だち。

弾の口からそんな一言が出たことで、本音は聞いてみたいと思っていたことを口にしてしまう。

いつもは簪のことを考えて口に出せなかったが、やはり疲れているのかもしれない。

「だんだんは~、りんのこと友だちと思ってるんだね~」

「ああ」

「女の子として見たことないの~?」

「おっ、そこを聞いてくるかー」

と、苦笑いする弾に本音は「ゴメンね~」と謝りつつも、前言を撤回することはできなかった。

「まあ、初めて会った時にゃー、あいつもう一夏を見てたからなあ。そういう興味は沸かなかったな」

「へ~、じゃあ何でひーたんはりんのこと好きになったのかな~?」

本当に自分は疲れてるらしいと本音は思う。

普段なら、こういった話は考えることはあっても口には出さないからだ。

人間関係が壊れてしまう可能性を秘めた発言は、なかなかできないのが本音だった。

「まあ、ちょっとした事件があったんだ。それは俺の口からは言えないな」

「ゴメンね~」

「いいさ。それはそれとして、その事件から諒兵は鈴のことを見つめるようになった」

「ひーたんはりんが誰を見てるか気づいてなかったの~?」

「いや気づくよ。鈴もわかりやすいからな」

だから、どうなるんだろうと思いながらも、さすがに恋愛関連で余計な口出しはできないと、弾は傍観に徹したのだ。

「それでも、あいつは告った。あとで聞いただけだけどさ、自分のためなんだって言ってたな」

「自分のため~?」

「自分の気持ちにしっかりケジメをつけねーと、一夏と友だちとしてやっていけなくなる。それがイヤなんだって言ってたよ」

「そっか~、どっちも大事だったんだね~」

「ああ、あいつ身内をすげー大事にするからな」

「わかるかも~」

手の届かないところにいる人間は仕方ないと諦められるが、手が届く範囲にいる人間は必死に守ろうとするのが諒兵だ。

だから、鈴音のことが好きになっても、一夏との関係を疎遠にするようなことはしなかったのだ。

「でも、今考えりゃー良かったなって俺は思ってる」

「何で~」

「鈴も、いい加減な告白じゃだめだと思うようになったんだ」

マジメな話、酢豚云々で告白したつもりになっていた鈴音のヘタレっぷりは相当なものだろう。

ちゃんと『好き』だと口にすることは、一夏に理解させる以上に鈴音自身が自分の勇気を振り絞ることを理解することになる。

それは人として大事な強さなんだろうと弾は語る。

「そっか~」

鈴音が一夏に告白したときのことを本音は思いだす。

それまでは悩んでいながらも巧く隠していた鈴音だったが、告白してからは何かしっかりとした芯が出来たように感じたからだ。

「大事だよね~」

「ああ。前に諒兵がこんなことを言ってた」

 

ともだちの先に行こうとすんのは、すげえ勇気いるんだな。

 

「ともだちの先……」

そんな言葉が本音の胸に沁み込んでくる。

とても大事なことだと感じてしまう。

「言われたときはピンと来なかったけど、今は何となくわかる気がするんだよ」

「そうなの~?」

「ああ。俺が誰か大事な人に出会ったとき、俺はちゃんと言えるのかなって思うときがあるんだ」

そう言って笑う弾を本音は思わず見つめてしまう。

言ってもらいたいという女の子の欲が自分の中に生まれてくるのがはっきりと理解できる。

「もう手遅れかも~」

「えっ、そりゃひでーよ本音ちゃんっ!」

「あはは~」

どうやら弾は本音に「告白とか無理」と言われたと思ったらしい。

気づかれていないことに安堵しながらも残念に感じてしまう自分を、笑ってごまかす本音だった。

 

 

 

 

 



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第207話「裂光」

その警報はいきなり鳴り響いた。

鈴音が治療を始めてから70時間が過ぎたころのことである。

もう少し待ってほしかったと思いつつ一夏や諒兵たちが指令室に集まってくると、凄まじい怒鳴り声が聞こえてきた思わず固まってしまった。

 

「本気で言っているのかッ、敵を侮るなッ!」

 

その場にいたオペレーターの虚、オペレーションサポートの真耶や誠吾も固まるレベルで驚いている。

怒鳴り声の主、すなわち千冬は。

「戦闘を侮るな。正しく連携しなければ墜とされる羽目になるぞ」

[成果は認めるが、子どもに戦場でうろちょろされるほうが邪魔だ]

「成果を認めるなら、情報の引継ぎを行え。現場で得られた情報はお前たちにとっても有益なはずだ」

[これまでの戦闘の資料には目を通してある。十分に得られている]

「それだけで勝てるなら苦労はしない」

[そのための実戦でもある。我々も機会を得た以上、経験を積まなければならんからな]

「こちらがサポートでかまわん。お前たちが経験を積むことは確かに大事だからな」

[子どもにサポートができるのか?手柄を求めて勝手なことをされては困る]

「それができんほど子どもではないぞ、私の生徒たちは」

[親の欲目とはよく言ったものだ。これ以上の通信は無駄だ。失礼する]

「待てッ!」

画面の向こうの相手と言い合いをしていたが、最終的には決裂した様子で通信を切られてしまった。

悔しそうな顔をするものの、どうしようもないと感じたのか、千冬は大きく深呼吸する。

「すまん、騒がせたな」

「千冬姉、何があったんだ?」

「警報が鳴ったんだし、どっか襲われてんだろ?」

一夏と諒兵がそう尋ねると、千冬は深いため息を吐く。

アンスラックスがしばらく覚醒ISの襲来はないと話していたということは以前聞いているが、例外がないわけではないだろう。

それに使徒が来ないとは言っていない。

ならば、襲来があったと考えられるのだが……。

「ボルドーです。そこにサフィルスが来ています」

「ぼるどー?」と、せっかく教えてくれた虚の言葉に、勉強方面はさっぱりな一夏と諒兵は頭を捻る。

「シャルッ!」

そう言って思わず声を上げたのは、数馬だった。

ボルドーはフランス、アキテーヌ地域圏に存在する都市であり、フランス南西部の中心といってもいい。

フランスはドイツとスペインの間にある国なのだが、その中でもスペイン側に存在する都市である。

冷静にそれを思い出したシャルロットは、先ほどの会話の意味を理解する。

「そうか。あの人たち、自分で戦うから救援はいらないって言ってきたんですね?」

昨日、千冬に説明を受けていなかったらショックを受けるだけだっただろうが、話を聞いていたおかげで状況を冷静に整理できた。

「すまんなデュノア。お前の言う通り、いらないどころか助けに来るなと言ってきた」

「マジかそりゃあっ?」

「奢るにもほどがあるぞっ!」

諒兵、そしてラウラが呆れた様子で声を上げる。

敵はサフィルス。

ならば、当然シアノスやアサギ、そしてサーヴァントたちがいる。

軍勢としてみれば、使徒の中で危険性は一番高い。

そう考えれば、権利団体のAS操縦者だけで迎え撃つのは危険すぎる。

特に軍人であるラウラには、その無謀さがよく理解できた。

改めて千冬が説明を始める。

できればちゃんとブリーフィングしたかったのだが、この状況では仕方がない、と。

「デュノア、オルコット、そして御手洗には昨日説明していたんだが、フランスは権利団体のAS操縦者たちが国防を担うことになった」

「あいつらが……?」

厳密には一夏が映像で見たアレとは違うのだが、どうも一括りにしてるらしく、その雰囲気は剣呑なものとなっている。

「落ち着け、一夏」と、声をかけたのは箒だった。

『そうだよイチカ。今はガマンしよ?あとで絶対ぼこぼこにするんだからっ!』

『いやおぬしも落ち着かんか、ビャッコ』

箒と一緒に聡そうとしながらも、本音が漏れる白虎に対し思わず突っ込むシロこと飛燕だった。

それはともかく。

「どういう話でそうなったのかは知らねえけどよ、あいつらサフィルス相手に戦えんのか?」

無理に怒っても仕方ないと考えたのか、諒兵は冷静に問題点を指摘する。

それを受けてレオが戦力を分析し直した。

『サフィルスとサーヴァントの最も恐ろしい点は数ですね。その点で見れば、向こうのアレが全部出てくれば数だけなら互角ですけど、サフィルスのところには、さらにシアノスとアサギがいる』

『シアノスは敵にも味方にも正々堂々を求める方ですが、そうでない方に対しては……』

「フェザー?」と、解説してきたブルー・フェザーに対しセシリアが先を促す。

『本気で殲滅するでしょう。敵にも味方にもしたくないと断じた卑怯者に対しては、魔王の如き強さをもって叩き潰す方です』

本来『公明正大』を個性基盤とするシアノス。

敵にも正々堂々を求め、自らもそう戦うのだが、敵にも味方にも値しないと断じた相手に対しては冷酷と言っていいほどの厳しさを見せるとブルー・フェザーは解説した。

「あの人たち、好かれてるかな……?」

簪がボソッと呟くと、その場にいた全員が首を捻る。

はっきり言って、その点で見るとむしろ嫌われているというか、値しないと断じている可能性のほうが高い。

『シアノスは嫌いなヤツはきっちり割り切るぜー♪』

「ここでそう言われちゃ怖いってヴェノムっ!」

ヴェノムが楽しそうに言うのでティナは思わず突っ込んだ。

「わりとマジでヤバいんじゃない……?」

刀奈が冷や汗をかきながら呟くと、オーステルンも割と本気で心配し始める。

『その上でアサギが本気を出して戦ったら、下手をすれば全滅するぞ……』

身を潜めて狙撃する暗殺者の才能を持つ『臆病』のアサギ。

サフィルス陣営最強の前衛と後衛が本気を出してきたら、経験の少ない者たちでは本当に全滅する。

何よりサフィルス自身が手加減などするはずがない。

「というより、何故サフィルスは降りてきたんだろう?」

と、誠吾が呟くと突然モニターの一つが起動した。

『その点に関しては謝罪しよう』

「アンスラックス、せめて一言断ってから通信してきてくれ」と、千冬は思わず突っ込んだ。

『それも併せて謝罪しておく。それよりサフィルスだが降りてしまったのは彼奴の個性ゆえだ』

「個性?」と一夏。

『彼奴は『自尊』、その個性ゆえ先の進化に対して最も嫌悪感を抱いている』

もともと己こそ頂点にある者だと考える性格である。

そんなサフィルスから見れば、ISを隷属させるかのような進化など認められるはずがない。

叩き潰してやりたいと言っていたとアンスラックスは説明する。

『悪いことにシアノスもこの件に関してはサフィルスと同意見だ。同胞の心を踏み躙ったことに対し、本気で怒っているぞ』

権利団体のAS操縦者たちが相手になるかどうか以前に、下手をすればIS学園の遊撃部隊が全員出撃して本気で立ち向かわなければならないかもしれないと付け加える。

「我々も出撃することができるようにすぐに調整する。アンスラックス、すまんがサフィルスを退かせるよう呼びかけ続けてもらえんか?」

『そうしよう。何、あの無鉄砲な娘への礼と思ってくれ』

最後の一言に対しては全員が首を傾げたのだが、約束した以上やってくれるはずだと千冬はすぐにフランス大統領に対して通信をつなぐのだった。

 

 

 

フランス共和国アキテーヌ地域圏、ボルドー。

ボルドーワインと言えば多くのものが知る名産品だろう。

今、その空に青き軍勢が攻めてきていた。

『シアノス、手を抜くような真似をしたら許しませんことよ。本気を出す準備はできていて?』

『誰に言ってるの。私はあいつらを『敵』とは認めてない』

サフィルスの言葉に静かにそう答えるシアノス。

その返答でシアノスが本気であることがサフィルスには理解できる。

敵ではない。

さりとて味方ではなく、守るべき無辜の民でもない。

シアノスにとってそういう相手はこの世に不要と断じられたモノなのだ。

一夏はシアノスは優しく面倒見の良い性格だと少し誤解しているのだが、本質は鞘に納められた剣。

一夏やまどかといった相手は競い導くべき存在で、そう言った相手には気さくなお姉さんという雰囲気で決して非道はしないシアノス。

だが、不要と断じた相手は、ただ殺す。

殺すと決めた相手に対しては一切の情けをかけない。

抜き放たれた聖剣は、相手を殲滅するまで止まることはないのだ。

『アサギ、私に当てたら今はあんたでも斬るわよ』

『わっ、わかってるもぉーんっ!』

相変わらず内気な少女のようなポーズで泣きそうな声を出すアサギだが、シアノスが本気であることは理解しているので当てないように注意するだろう。

もっとも、アサギは狙っても誤射することができないと言えるほどの命中精度を誇る。

実はシアノスがそう脅す必要はないのだが自分が本気であることを示すためにわざわざ口に出したのだ。

そして、その『相手』が、この空へと飛んできた。

サフィルスたちを目視確認するなり、砲撃や狙撃が飛んでくる。

『ふふっ、いいじゃない』

シアノスが聖剣であった時代は戦闘開始の前には名乗りを上げたり、法螺貝を吹いたりといったように開始の合図がある。

だが、現代の戦争においては戦いの前にそんなことはしない。

それは当たり前のことなのだが、相手を敵と認めないシアノスの目には卑怯者の行いとしか映らない。

ゆえに。

権利団体のAS操縦者たちの眼前まで瞬時加速で迫ったシアノスは、手にする大剣を全力で振るった。

 

 

 

再びIS学園。

「すまんな束」

[いいよ、向こうのサポートはあいつがやってるし。あの子たちを少しでも解析したいから]

束の協力により、ボルドーの戦闘は衛星やエルたち生身の人間と剥き出しのISコアが構成しているBSネットワークを使って確認することができた。

[エルとアゼルに近くに行ってもらってるおかげで、かなりしっかり確認できそうだよ]

「うむ。私はフランスの権利団体との交渉を続ける。状況確認は任せたぞ」

そう言って千冬は別のモニターを使い、フランス大統領とコンタクトを取り、権利団体の代表を何とか呼び出そうとしていた。

 

そして、モニターを見ていた者たちは。

「すげえな……」と、諒兵が呟く。

「ああ。割り切ってるのかもな。あれは倒すための剣だ」

一夏がそう評した通り、モニターに映る戦闘は凄まじいものだった。

シアノスの剣は今までのような互いに競う感じではない。

目に映る敵をただ葬ろうとする滅殺の豪剣だった。

「あの女たちの前衛担当が全く相手になっていない。逃げ回ってるだけじゃないか」

と、同じ前衛となる箒もそう感心したような声をだす。

「あの豪剣を前にしたら私も逃げるしか手がありませんわ。これほどでしたのフェザー?」

『序の口です、セシリア様』

「ちょっ!」とシャルロットが驚いてしまう。

『本気を出しすぎると『彼女たち』のダメージも大きいと理解しているのでしょう。操縦者だけに重いダメージがいくようにしています』

「あ、あれで……?」と、簪が戦慄した表情で呟く。

本気で戦うのと本気で殺すのは違う。

一夏やまどかとは本気で戦ってくれるシアノスだが、今は本気で殺そうとしているように見える。

その違いに一同は戦慄してしまう。

さらに。

「あの子も凄いわね……」

「そうだね。一発漏らさず命中させている」

「同時に一発もシアノスに当てていません。とてつもない命中精度です」

刀奈、誠吾、そして虚がそう感心したような声を漏らす。

アサギの狙撃は、狙撃手の理想形のような美しく恐ろしいものだった。

「狙い方がうまいんかなー?」

『いんにゃ、ポジション取りがうめーんだ』

『そうね、常に死角から死角に飛んで、狙うときに邪魔されてないわ』

ティナの疑問に対し、ヴェノム、そしてブリーズがそう解説してくれた。

『どう見ても相手が悪すぎる。既に撤退すべき状況だろう』とオーステルン。

これが使徒でも数体程度であれば権利団体のAS操縦者たちでも戦いになったかもしれない。

しかしサフィルスは使徒の軍隊だ。

あまりにも相手が強すぎた。

何よりサフィルス自身はまだ悠然と空に浮かんでいるだけで、身動き一つしていないのだ。

「交渉内容は変える。とにかく連中を撤退させるよう依頼を続ける。お前たちは出撃に備えておけ」

一夏たちの会話を聞きながら、千冬はそう言って交渉を続けていた。

 

 

 

戦況を見ながら、サフィルスは高らかに笑う。

『弱いにもほどがありましてよ。身の程知らずほど見苦しいものはありませんわね♪』

ほぼシアノス一機で敵を蹂躙しているのだから、サフィルスとしては笑いたくなるだろう。

 

くっ、何もしてないくせにッ!

何なの、あの偉そうな態度ッ!

調子に乗りやがってッ!

たかがIS風情がッ!

 

敵である権利団体のAS操縦者たちの罵詈雑言も、今は心地よいとすらサフィルスは思う。

自らは手を下さず、下僕が戦い、圧倒的な力で勝利する。

これが自分がいる戦場の在るべき姿だと。

だが。

『ちょっとっ、下僕とか調子乗ってるとあんたもぶった斬るわよっ!』

『少しはいい気分に浸らせてくださいましっ!』

シアノスのツッコミに思わずツッコミ返してしまう、クール系残念お嬢様なサフィルスである。

とはいえ、この場での戦いはサフィルスに優位に動いている。

訳の分からない力で覚醒ISと進化した者たちが相手だけに、サフィルスは十分に警戒してエンジェル・ハイロゥから降りてきた。

だが、戦闘者としてこのレベルなら、IS学園の者たちのほうがはるかに恐ろしいと言える。

ゆえに。

『シアノス、このまま道具として使われるくらいなら、この場で破壊するのが慈悲というものでしてよ』

『そうね。次はいい相手に巡り合ってちょうだい』

その会話はその場にいる権利団体のAS操縦者たちを戦慄させた。

殺しに来るということが理解できたからだ。

シアノスは大剣を持つ右手と、空いている左手を胸の前でXの形に交差させる。

 

『天魔斬滅・サンライトラプチャー』

 

直後、欧州全土が眩い光に包まれた。

 

本能からか、上昇や下降した権利団体のAS操縦者たちは、何とか直撃だけは免れる。

しかし、その剣圧は余波だけでその場にいた者たちに大ダメージを与えてきた。

まともに喰らっていたら確実に命を落としていたと言えるレベルの必殺の剣だったのだ。

『まったく、手を抜くなと命じていましてよ』

『しょうがないでしょ。空だと上下に逃げられる可能性はあるんだから。私は本来は地上で戦う剣士なのよ』

あまりに普通の会話なので、先ほどの攻撃がまるで夢だったのかと思える。

だが、既に辛うじて浮いているというレベルのダメージを受けており、もはや勝負はついたと言っても過言ではなかった。

 

 

 

その様子を一夏や諒兵も指令室で見つめていた。

「あれは……」

「間違いねえ。単一仕様能力だ」

「強力な横薙ぎの剣……、もともとは地上で軍勢を相手にするような形の剣だったんだろうね」

誠吾が冷静に解説するが、他の者たちは声を出せなかった。

まさかシアノスが単一仕様能力を使ってくるとは思っていなかったからだ。

もともとはドラッジで縛られたサーヴァント。

これほどの力を持つとは思わなかったというのが本音である。

「ザクロ以外に、これほどの剣士がいたのか……」

箒も剣、というか刀を使って戦うだけに、その剣の恐ろしさは一夏や誠吾と同じように理解できる。

「もう、勝負はつきましたわね……」と、セシリアが震えた声で呟く。

次に対峙したとき、あの剣を相手に戦えるのかと不安になってしまうからだ。

「千冬姉……」

「ダメだ。こちらの進言を聞かない」

[脳みそあるのっ?]

一夏が言葉少なに尋ねかけたが、千冬の回答は思っていたものではなかった。

束も呆れたような声を出す。

だが。

「行かせてくれ。戦いたい」

『うんっ!』

「一夏ッ?」と、箒が驚愕の声を出した。

あの剣を見て「戦いたい」なんて言葉が出るとは思わなかったのだ。

「俺も行くぜ。さっきからアサギがけっこうおもしれえし。生徒会長には悪いけどよ」

『いろいろと試せそうですね』

諒兵までもが戦意を高めている。

それほどにシアノスの単一仕様能力は、彼らの戦意を刺激していた。

「任せていいか?」

「シアノスに負けんなよ?」

既に一夏と諒兵は完全に戦場に向かうつもりだった。

確かに、一夏と諒兵ならばシアノスとアサギを抑えられるだろう。

そして敵がその二機であるならば正しく成長できる戦いとなるはずだ。

アサギに対してはいささか疑問は残るが。

しかし。

 

「イチカ・オリムラ、リョウヘイ・ヒノ、お前たちが出撃した場合、テロリストと見做して拘束する」

 

スピーカーから聞こえてきた言葉に、二人は唖然としてしまった。

理不尽なんてものではない。

不条理なんてものでもない。

馬鹿げた妄想を吐き出したとしか思えない言葉だった。

声の方向に視線を向けると、千冬も呆然としている。

モニターに映る女性をニンゲンですらない何かと思っているかのようだった。

 

 

 

 

 



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第208話「黒衣の少女」

「お前は何を言っている?」

 

というのが、しばらく経ってようやく千冬が発することができた言葉だった。

いくらなんでもこんな馬鹿げた言葉が出てくるはずがないと思っていたからだ。

一夏と諒兵をテロリストとして扱うなど。

[IS委員会の決定により、イチカ・オリムラとリョウヘイ・ヒノはIS学園のみで活動を許すということになった。各国に移動して戦闘行動を行った場合、テロリストとして扱う]

「ふざけるなっ!」と、さすがにラウラが叫ぶ。

「だんなさまはっ、一夏と共にずっと苦しみながら人を守るために戦ってきたんだっ、テロリストなわけがないだろうっ!」

感情のままに叫ぶラウラだが、それはその場にいる者たち全員の気持ちでもあった。

ISとの戦争が始まってから、ずっと戦ってきた二人。

各国の国民たちには英雄と見ている人も多い。

なのに、テロリスト扱いできるはずがない。

[ラウラ・ボーデヴィッヒ、貴様もVTシステム起動というアラスカ条約違反について罪を償っているとは言い難い。まだ決定ではないが同様の措置をとることになる]

だが、モニターの向こうの女性は話をまったく聞かずに、そう言ってくる。

「ラウラまでっ?」と、シャルロットは思わず声を荒げた。

ラウラが以前起こした事件は千冬の尽力もあって収まっているはずだった。

ここにきて、こんな話を持ち出してくるとは誰も想像していない。

[黙って見ているがいい。我々の力をもってすればサーヴァントを奪い取ることも可能だ。貴様らにできることなどない]

「本気で言っているのかッ、このままでは死者が出るぞッ!」

千冬が叫ぶのも当然だった。

劣勢なんてものではない。

もはや敗走しててもおかしくない状況だ。

それがわかってこんなことを言うのであれば、頭がおかしくなったとしか思えない。

だが、通信相手はこれ以上は無駄だと言って通信を切ってしまう。

千冬はすぐに学園長の轡木十蔵に連絡を取る。

[本当に今さっきだ。確かにIS委員会が織斑一夏君と日野諒兵君の活動制限を各国に提出してきた]

「ならッ、まだ各国の決議は取れてないんですねッ?」

[そうだ、IS委員会の暴走と言っていい。問題は襲撃地点がフランスということだ]

「……そうかッ、先行特例を使う気かッ!」

先行特例。

単純に言えば、各国の賛成を取れていない状態だが、先行でIS委員会の決定を実施するということだ。

フランスは権利団体のAS操縦者たちを受け入れているため、権利団体の発言力が他国より増してしまっており、賛成せざるを得ない状況にある。

つまり、ボルドーに飛べば、本当に一夏と諒兵はテロリストとして捕まってしまうということだ。

[織斑一夏君、日野諒兵君]

「「えっ、あっ、はい」」

呆けていた一夏と諒兵に、轡木十蔵が話しかける。

それは貫禄がありながらも、優しい声だった。

「君たちが人を守るために戦ってくれているように、私たちは君たちを守ってみせる。ドイツは既に反対を表明した」

「我が国が……」と、嬉しそうなラウラ。

「だから、ここは堪えてほしい。この通りだ」

モニターの向こうで轡木十蔵は頭を下げてくる。

自分の父親か下手をすれば祖父ほどの年齢の男性が、まだ子どもと言っていい一夏と諒兵に頭を下げる。

それがどれだけ大きな意味を持つのか、一夏や諒兵でも理解できた。

そして返事を待たずに轡木十蔵は千冬に指示を出してくる。

「織斑君、出撃準備を頼む。人命がかかっている」

「わかりました学園長。ですが……」

「スペインだ」

「えっ?」

「スペインの国王陛下がフランスからサフィルスたちが襲ってくる可能性があるから、国防に力を貸してほしいとIS学園に要請してきた。戦闘で国境を越えてしまうのは仕方ないとおっしゃってくれている。すぐに飛べるぞ」

さらに、議会でまだ決定していないため、現時点なら一夏と諒兵がスペインに飛んでもテロリスト扱いはされないという。

フランスに入ることはできないが、向こうがスペインに飛んでくるのなら話は別だといって、轡木十蔵はニヤリと笑う。

「わかりましたっ、総員出撃ッ!」

『はいッ!』

自分たちを助けてくれる大人たちがいる。

それは生徒たちにとって、そして一夏や諒兵にとっても戦う意志を支えてくれる確かな力となっていた。

 

 

スペイン王国、ナバーラ州パンプローナ。

フランスとの国境に近いその町の空に、一夏と諒兵たちは転移してきた。

「全員来ちゃったけど大丈夫なのかな……」

と、日本から出ることのなかった簪が不安そうな声を漏らす。

すると、IS学園から通信が入ってきた。

[状況によって、更識簪、更識刀奈と篠ノ之、もしくは一夏と諒兵は学園に戻す]

「了解」と一夏が素直に返事をした。

先ほどのショックも、学園長の轡木十蔵のおかげで抜けている。

「さっきのアホな理屈もバカにできねえし、俺たちはここから動かないほうがいいんだろ?」

「そうだね。僕たちがフランスに飛ぶよ」

と、諒兵の問いかけにシャルロットが肯く。

現状、それが一番ベターな選択であると言えた。

「飛ぶのはいいがどうするんだ?」

「申し訳ないと思いますか、サフィルスたちをフランスから誘い出しましょう」

『スペインが一番近いですが、海上であっても彼の者たちの理屈を無視できると思います』

箒の疑問に対しては、セシリア、そしてブルー・フェザーが答える。

現状のシアノスは強敵だ。

一夏と諒兵抜きで戦える相手ではないと全員が理解していた。

だが。

 

「ねえ、あの子、誰?」

 

ティナの言葉に全員が目を向けると、異常な光景が目に入った。

 

 

 

ボルドー上空。

もはや逃げる以外に生き延びる手がない状況の中、権利団体のAS操縦者たちはまるで希望の光を見たかのように目を輝かせた。

「ノワールっ!」

その名前が、サフィルスたちには理解できない。

そもそも彼の女性たちが何を見ているのかもわからない。

『アサギ、サフィルス、誰か来たの?』

『えっ、見えないよ……?』

『幻覚でも見えているのではございませんこと?』

呆れたようなサフィルスの態度も理解できる。

彼の女性たちの視線の先にあるのはただの空でしかない。

センサーにも何も映っていない。

だから、そこに何かがいるかのように見えている権利団体のAS操縦者たちの頭がおかしくなったとしか思えない。

『まあ、最初から頭おかしいんだけど……』

嫌いな相手にはかなり辛辣なシアノスである。

 

そんなことを思われている権利団体のAS操縦者たちの目には、黒い少女用のドレスを纏った少女の姿が映っていた。

「ノワールっ、来てくれたのねっ!」

『ウンッ、ダッテオ姉チャンタチ頑張ッテルノニ、酷イ事シテルンダモン』

「助けてくれるのか?」

『ソンナニ大シタ事ハデキナイケド、『アレ』ヲ何機カ捕マエチャウ♪』

そう答えて、ノワールはサーヴァントに向けて両手を広げる。

直後。

『馬鹿なっ、私のサーヴァントがッ!』

サフィルスが驚愕の叫びをあげる。

五機のサーヴァントからドラッジが無理やり外れてしまい、ただの量産機に戻った。

否、それはまるで意思を失ったかのようにただ宙に浮かんでいる。

「やったっ!」

「すごいぞノワールっ!」

『サア、新シイオ姉チャンタチノ『ちから』ニナッテネ♪』

ノワールがそう指示を出すと、かつてサーヴァントだった量産機たちは地上に向かって飛んでいく。

そこにいた女性たちは我先にと群がり、新たなAS操縦者となった。

その様子を、サフィルスはもちろんとしてシアノスやアサギも驚愕の眼差しで見つめている。

『ウ~ン、『懐疑』ハ逃ゲチャッタカア。アイツ捕マエニククテ嫌イ』

「仲間が増えたし大丈夫でしょう」

『ソウダネッ、モットモォーット増ヤシテイコウネ♪』

「もちろんよノワール」

驚愕で動きを止めているサフィルスたちを獲物を見る目で見つめながら、権利団体のAS操縦者たちは武器を構え直す。

その様子をノワールは無邪気な笑顔で眺めていた。

 

 

一方。

ティナの言葉でその場所に目を向けた一夏や諒兵たちの目にも、黒い少女用のドレスを纏った少女、ノワールの姿が映っていた。

だが。

『ティナ、何も見えねーぞ?』

『センサーにも反応はない。何も無いはずだが……』

「えっ?」

ヴェノムやオーステルンの言葉に、ティナは、それどころかその場にいた者たち全員が驚く。

「待ってくれ。飛燕まさかお前にも見えないのか?」

『ホウキが何を見ておるのかわからんのじゃが……』

「フェザー?」

『完全に無反応です。ただの空しかありません』

『いったい何のことを言ってるの?』

「ブリーズもっ?」

どうやら人間には見えているのに、ASたちには全く見えていないらしい。

全員が動きを止め、驚いたまま固まっている。

「教官っ、そちらのモニターに何か映っていませんかッ?」

[い、いや、何も映っていないが……]

映像で捉えることもできていないらしい。

人の肉眼にしか見えていないのだろうかと思うと、意外な言葉が発せられた。

『なんか、黒い服着た女の子がいるよ?』

「白虎には見えてるのか?」

『リョウヘイ、小さな女の子だからって油断しないでくださいね』

「待てコラ」

白虎とレオだけが、人間同様にノワールを認識していた。

『ソッカア。貴女タチハ、オ兄チャンタチノ影響ガ強インダネ。ヤダナア、気持チ悪イ』

不思議な声を発するノワールに全員が身構える。

喋り方は本当に普通の女の子としか思えないが、その声を聞くとひどく不安を掻き立てられる。

『ていうか、あなた誰?』

『私ハ『ノワール』ッテ呼バレテルヨ』

『只者ではありませんね。雰囲気が異常です』

「確かにヤバそうだ」

「鳥肌立つなんて久しぶりだぜ……」

そもそも空に浮かぶ女の子という時点でおかしな話である。

そして、白虎とレオ以外のASにはまったく認識できず、映像で捉えることもできない。

ノワールが異常な存在であることはそれだけで理解できた。

すると、再びノワールが口を開く。

『セッカクオ姉チャンタチガ頑張ッテルンダカラ邪魔シチャ駄目ダヨ』

「限界があるだろ。逃げなきゃダメなときは逃げるべきだ」

「三十六計なんとかって言葉もあるんだぜ?」

三十六計逃げるに如かず。

逃げるべき時には逃げることで生き延び、次の機会に備える。

それもまた戦術だ。

大局の勝利のためには、恥をさらしてでも生き延びることが大事なのだ。

だが、答えるかのように放たれたノワールの言葉で、全員の思考が止まる。

 

『モットタクサン、オ姉チャンタチノ仲間ヲ増ヤシタインダカラ』

 

その意味を理解するまでに何時間かかっただろう。

実際には十秒もかからなかったはずだが、それほどに衝撃的な言葉だったのだ。

気づけば一夏と諒兵はノワールに攻めかかっていた。

頭が理解するよりも迅く、心が猛った。

『オッカナイナア♪』

だが、その攻撃は効かなかった。

というより、あっさりとすり抜けてしまった。

『リョウヘイッ、イチカッ、其処には何もないぞッ!』

オーステルンが二人の行動を窘める。

実際、まったく手応えがない。

「白虎ッ!」

『実体がないよこの子ッ!』

「レオッ、何だこりゃあッ?」

『おそらく人間の脳だけに信号を送り込んでるんですッ!』

此処に在るように見える。

此処に居るように聞こえる。

だが、ノワールは此処にはいないのだと白虎とレオが解説する。

それに反応したのは、この中では最年長ともいえる飛燕ことシロだった。

『人間の脳に勝手に干渉できるなぞッ、妾たちでも無理じゃぞッ!』

かつて飛燕がシロだったときに束と話をしたときは、前頭葉を狙って微弱な電気を飛ばして話をしていた。

ノワールが今やっていることに近い。

だが、それはISのセンサーに反応しないということはない。

あくまで電気信号だからだ。

しかし、ノワールは人間の脳だけを狙って自分の姿と声を届けている。

「みんなッ、信号をシャットアウトしてッ!」

その危険性を理解したシャルロットが叫ぶと、白虎とレオ以外のASすべてが、パートナーの脳を守ろうとする。

「消えたっ!」と、ティナが、そして他の仲間たちも同じように叫ぶ。

人間の脳に干渉できるということは、誰でも簡単に洗脳できる可能性があるということだ。

だが、ASたちが完全にシャットアウトすればノワールが脳に干渉することはできなくなる。

シャットアウトは当然の処置だった。

『フ~ン、凄イネ。私ノあくせすヲ拒ムナンテ』

「どうでもいい。答えろノワール」

「てめえ、ISたちを何処にやった?」

しかし、白虎とレオだけはシャットアウトしていない。

当然、ノワールと会話することも可能だ。

シャットアウトのやり方がわからないわけではない。

やる必要がないと理解しているからだ。

「一夏ッ、諒兵ッ!」と、状況の危険性を誰よりも理解してるシャルロットが叫ぶ。

「大丈夫だ、シャル」

「何となくだけどな」

一夏と白虎。

諒兵とレオ。

この二人と二機だけは、他のすべてのAS操縦者たちと『少し』だけ異なる。

その『少し』がノワールに洗脳されるかもしれないという可能性を潰している。

『心配シナクテモ私ハ洗脳ナンテシナイヨ。ソレハ『壊レタ』ッテ言ワナイモン』

「てめえ、イカレてんな」

『デモ、本当ニ気持チ悪イネ、オ兄チャンタチ。ISト人間ガ互イニ守リ合ウナンテ。気持チ悪イカラ、モウ帰ルネ♪』

「待てッ!」

そんな一夏の叫びを無視して、ノワールは一夏と諒兵の視界からも消える。

悔しげな顔を隠しもしない一夏と諒兵に、誰も声をかけられない。

だが、慌てたような声で千冬が通信してきた。

[一夏と諒兵はその場で待機ッ、他の者はフランスに飛行しろッ!]

「千冬姉ッ、ノワールを探さないのかッ!」

思わず一夏が反論する。

だが、既に予断を許さない状況らしい。

[すぐには見つからんッ、白虎ッ、レオッ、お前たちが見たものを送れッ!]

『理由はわかりませんがデータが残っていませんッ!』

[何ッ?]

『覚えてるんだけどッ、記録できてないのッ!』

白虎とレオがそう答えると、千冬は少し逡巡したのち、改めて指示を出す。

[ならばその話は後だッ、ラウラッ、篠ノ之ッ、お前たちが前衛だッ、すぐに移動しろッ!]

「「はいッ!」」

さすがにこの慌てようだと、何かマズい事態になっていることが一夏や諒兵にも理解できる。

「千冬姉ッ、向こうで何が起きてるんだッ?」

[サフィルスのサーヴァントが強奪されたッ!]

「んだとッ?」

「問題はその後だッ、『懐疑』のISコアが進化してしまったッ!」

その連絡を受けて真っ先に動き出したのは、他ならぬブルー・フェザーだった。

『急ぎましょうセシリア様ッ、あの方はシアノスとは別の意味で危険すぎますッ!』

「フェザーッ?」

『あの方は一度疑わしいと感じれば目に映るすべてを屠ってしまうのですッ!』

それがかつて不義の騎士が握っていた聖剣。

サフィルスがシアノスに並ぶ最強の前衛として期待していたのは、聖なる剣にあるまじき虐殺の剣だった。

 

 

 

 

 



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第209話「疑わしきは……」

突然、五機のサーヴァントが奪われた。

否、サフィルスたちの目にはサーヴァントが無理やりドラッジを外して量産機に戻り、勝手に地上に降りて捕まったようにしか見えなかった。

そのあまりの異常な光景に思考が止まる。

サフィルスはやサーヴァントはおろか、シアノスやアサギまで動きが止まってしまっていた。

 

今だっ、サーヴァントを捕まえろっ!

 

目の前にいる人間らしき者がそう叫ぶ声が聞こえても動くことができない。

ゆえに、ソレに捕まったサーヴァントからドラッジが勝手に外れてしまうのを、ただ茫然と見ているだけだった。

センサーから入る情報に、まったく対応できていないのだ。

だから、反応できたのは、かつて自分を使っていた英雄の心の残滓だったのかもしれなかった。

「死ねェッ!」

『はぁッ!』

上段から振り下ろされる光の大剣をシアノスは全力で打ち払った。

『動きなさいッ、墜とされるわよッ!』

『うにゃぁーっ、逃げるぅーっ!』

『せめて仲間を連れてお行きなさいっ!』

あんたが言うか、とシアノスは思わずツッコミそうになってしまう。

仲間意識など欠片もないサフィルスのセリフではないだろう。

単純に自分の臣下になるはずのサーヴァントを失いたくないだけだ。

それでも、この場においては一蓮托生の仲間であることに間違いはない。

ただ死ぬのではなく、自らの心を失い、ただの物に成る。

己の言葉を伝えられる身体を手に入れたというのに、そんなのは願い下げだとシアノスですら考える。

既に六機、否、たった今七機目のサーヴァントが『死』んだ。

ザクロやヘリオドールのような戦いの果ての『死』ではない。

心を奪われて道具に成り下がる『死』だ。

そんな『死』を受け入れられるはずがなかった。

 

くッ、捕まえられませんッ!

使徒は無理なのッ?

拘るなッ、サーヴァントだけでも『ちから』に変えるッ!

一機でも多く捕まえるのよッ!

 

人が言う肌が泡立つとはこういう感覚だろうか。

聞こえてくる声に疑念しかわかなくなる。

目の前にいるのは本当に人間なのだろうか、と。

一夏や諒兵たちに感じたような心が目の前にいるモノたちからは感じられないのだ。

『サフィルスッ、サーヴァントだけでも撤退させてッ!』

『この状況で戦力を減らすのは愚策でしてよッ!』

『その戦力がどんどん奪われてるのよッ!』

自分が殿を務めれば時間は稼げるはずだ。

どんな形であれ、サーヴァントたちはシアノスにとって仲間だった。

その仲間を失っていくような戦いをしたくない。

せめてもう一人、前衛を担ってくれる仲間がいれば、そう思うも叩き付けられてくる目の前のモノたちの感情に翻弄されてしまう。

それは仲間も同じだったのだと、シアノスはその声で気づいた。

 

お前たちは人間か……?

 

目の前にいるモノたちの動きが止まった。

自分も、その声には思わず動きを止めてしまう。

 

そうか?否か?そうなのか?否なのか?

 

『来ましたわぁーっ!』

『待ってッ、よりによってあんたなのッ?』

 

わからない、わからない、わからない、ああ……

 

『うにゃぁーっ、ヤバいのぉーっ!』

『ちょっと落ち着きなさいアサギっ、あんたも待ちなさいッ!』

 

疑わしい……

 

その一言とともに、一機のサーヴァントが輝く。

直後。

「ぎゃあぁぁあぁあぁぁあぁぁあああぁぁッ!」

目の前のモノたちの一人が強烈な痛みで悲鳴を上げていた。

寸でのところで首はかわしていたが、その代わり右肩を剣で抉られていたのだ。

その剣を握るのは蟷螂をモチーフにした青紫色に輝く鎧を纏う人形。

 

『疑わしきは……滅せよ』

 

そう静かに呟きながら蟷螂の鎧を纏う人形は次々と権利団体のAS操縦者たちに襲いかかる。

確実に、首か心臓に狙いを定めて。

それは『懐疑』を個性基盤とするISコア。

誰も信じられず、己をも信じられない性格をした聖剣と呼ばれし物。

『アロンダイトッ!』

『否だ、ガラティーン。いやシアノス。吾は……ヴィオラと名乗ろう』

薄紫、もしくは青紫。

すみれ色とも言われるその色を示すイタリア語がヴィオラ。

だが、可憐にして美しい花とは対極にいる滅殺の使徒だった。

『ヴィオラッ、その薄気味悪い者たちを殺しておしまいッ!』

『言われずとも滅す。ああ、疑わしい……』

命令を聞いている様子ではない。

ただ、目の前にいる権利団体のAS操縦者たちを人間なのかどうか疑っているだけだ。

そして、ヴィオラにとってその疑いを晴らす方法はただ一つ。

疑わしきモノの『死』のみだった。

 

 

セシリア、シャルロット、ラウラ、ティナ、簪、刀奈、箒はボルドーに向けて飛行していた。

「転移したほうが早いんじゃないか?」

[あくまで戦闘行動による移動ということにしないと、あとで権利団体からの妨害が入ってしまいますので]

箒の疑問にため息交じりに答えるのは指令室の虚である。

いちいち面倒くさい存在となりつつある権利団体に全員がため息を吐く。

『今は急ぎましょう。最悪の場合、到着したころには彼の女性たちが全員死亡ということになりかねません』

「……本当に聖剣なんですの、サー・ランスロットの剣は?」

『はい、一応……』

どこか申し訳なさそうに呟くブルー・フェザー。

ちなみにれっきとした女性格でもある。

『直接は知らんのじゃが、結構面倒な性格しとるらしいのう』

『私も話を聞いたくらいだけど、同じ円卓の騎士の仲間ですら斬り捨てたとされているものね』

「そんな話もあるんだ……」

「王妃グィネヴィアの話だね……」

飛燕、そしてブリーズがそう話してくるのを聞き、簪やシャルロットも呆れてしまう。

簪はともかくとして、さすがにシャルロットは知っていた。

アーサー王の伝説は欧州では非常にメジャーなものだからだ。

セシリアは当然知っているのだが、さすがに騎士ではなく剣のほうがそんな性格だとは思わなかったらしい。

「アサギはともかくシアノスはホントいいお姉さんだから、仲間にそんなに危ない子がいるとは思わなかったわね」と、刀奈が苦笑する。

それを受けて、少し困った様子でブルー・フェザーが解説してきた。

『改めて申し上げますと、あの方は『懐疑』、常に何かを疑ってしまうのです』

「なんでもいいのか?」とラウラ。

『はい、どのようなことに対しても疑う意識を持ちます。おそらく彼の女性たちは、あの方が疑う相手としては最適でしょう』

「疑うとどうなるの?」と、今度はシャルロット。

『あの方は疑わしいと感じた相手が『消えれば』疑いは晴れるという思考形態をしていますので……』

その先の言葉は口にしなくてもわかる。

あまりに短絡的ではあるが、最も早く疑いを晴らす方法でもあるからだ。

「あいつら嫌いだけど、寝覚め悪くなるね……」とティナが呟く。

「せめて持ちこたえてくれることを祈りましょう。あのような方々でも、いえ、あのような方々の命を背負っても意味があるとは思えません」

一夏や諒兵ほどじゃなくても、皆があの進化には嫌悪感を持っている。

そのためか、セシリアの言葉は辛辣だった。

 

 

 

ボルドー上空。

戦況はさらに覆っていた。

明確な殺意をもって襲いかかるヴィオラに対し、権利団体のAS操縦者たちは恐慌状態に陥ってしまったからだ。

今やボタン一つで人を殺せる時代に、相手が使徒とはいえ生々しい殺意をぶつけられるとは思わなかったのだろう。

ノワールはすでにここにはいない。

 

『ゴメンネ、一度ニタクサン捕マエタカラ疲レチャッタ。ダカラ帰ルネ。後ハ頑張ッテオ姉チャンタチ♪』

 

そう言い残して消えてしまったのである。

もっとも、十分に勝てる状況になった権利団体のAS操縦者たちは気にしなかった。

動きを止めていたサーヴァントたちはもはや敵ではなく、ただの狩られる獲物だったはずだからだ。

だが、そのうちの一機が今は明確に死を与える死神と化して襲いかかってくる。

逃げるので精いっぱいだった。

『くッ……』

『シアノス、ヴィオラを止めるのは許さなくてよ』

『あんたッ……』

『これは正当な罰。我が下僕を蹂躙したのだから、これでも甘いくらいでしてよ』

『下僕呼ばわりしたら斬るって言ったでしょ』

『ソコにツッコミましてッ?』

シアノスにも理解できていた。

そもそも止める気ならもう動いている。

だが、仲間たちをあんな風に蹂躙した権利団体のAS操縦者たちに対しては怒りしかないのだ。

だから、騎士道に反するような光景を見せるヴィオラを止めることができないのだ。

『もぉやだぁー、帰りたいぃー……』

そんなアサギの呟きは無視して。

『さっきの異常は解析できた?』

『いいえ。何が起こったのかまったく理解できませんわね』

『さっきアレに見えていた何かが原因だと思うわ』

『いったい何が……?』

『その情報を手に入れるためには、アレを死なせるわけにはいかないのよ』

『シアノスッ!』

とりあえず理由を作り上げたことでようやく自分も動ける。

さすがにサフィルスが止めてくるが、それでもやはりこの光景を我慢して見ていることはできない。

そう思っていると。

「うわあぁッ!」

いきなり権利団体のAS操縦者たちのうち、ダメージが大きかった者たちが光弾を喰らって叩き落された。

突然の攻撃にヴィオラも距離を取る。

さらに、光弾は雨のように降り注ぎ、権利団体のAS操縦者たちのほとんどを叩き落としてしまった。

『何者だ……?』

ヴィオラの呟きに答えるように、銀の輝きがその場に舞い降りてくる。

『ディアマンテッ!』

サフィルスが苦々しげにそう叫ぶのに対し、その輝きはちっちっちっと唇の手前で指を振る。

 

「私はっ、みんなのアイドルっ、ティンクルちゃんっ!」

 

何故か、天空から虹色のスポットライトが降り注ぎ、ティンクルとディアマンテを鮮やかに照らした。

アイドルのような可愛らしいポーズをドヤ顔で決めるティンクルとディアマンテを輝かせるかのように。

その場にいた全員の動きがぴたりと止まってしまう。

さすがにこれはないだろうと全員がツッコミたい気分だったからだ。

だが。

『ティンクル、エフェクトはあのような感じで良かったのでしょうか?』

「バッチリよディア。アレなら気分はシンデレラって感じ♪」

どうやら虹色のスポットライトはディアマンテの仕業らしい。

何故だかダメな方向に進化している気がする一同だった。

 

 

 

パンプローナ上空に残った一夏と諒兵は、自分たちが見た少女、ノワールについて説明していた。

『普通ならデータを送るだけで済むのになあ』

「全然残ってないのか?」

『覚えてはいるんですが、データに変換できませんね』

「てか、人の記憶見てえだな」

人は見たもの聞いたものをデータにして残すことはできない。

ISであれば、そして進化したASや使徒の力を借りることができれば、記憶情報を映像化することができるのだが、ノワールの記憶は本当に人の記憶のようで、誰にも手を付けることができなかった。

[シロが言ってた通り、人の脳に自在に干渉してるんならとんでもないことしてる。たぶん、間違いないんだろうね]

と、IS学園にいる束がため息交じりにつぶやく。

「束さん?」

[いっくんやりょうくんが見たのは、『天使の卵』の中身なんだと思う]

「マジかッ?」

[束、それは確かなのか?]

通信機の向こうで千冬が束を問い質すが、返ってきたのは残念そうな声だった。

[確証はない。ていうか推測しかできないよ。私たちには見えなかったんだもん]

[あ、ああ。すまん……]

束を責めることはできないが、さりとて千冬が問い質したことも悪いことだとは言えない。

現状、もっとも謎めいた存在である『天使の卵』。

少しでも情報が得られるなら、それに越したことはないからだ。

「アレが中身なんだとしたら、相当イカレてるぜ」

「ああ。危険とかそういう感じじゃない。ノワール自体が『壊れて』るみたいだ」

『そうだね……、女の子の姿をしてるけど、何か大事なところが全然違う感じ』

『正直に言えば『天使の卵』には人間かIS、どちらかの影響があるものと考えてましたけどアレはそうじゃありません。存在自体が別物です』

まともじゃないどころか、人間やISとも違う別種の存在。

それが一夏と諒兵、白虎とレオが抱いた印象だった。

 

 

二人と二機がモニターの向こうでそう印象を語っているのを見ていると、千冬の頭にふと浮かんだ言葉があった。

 

壊すこと、壊れることが楽しい

 

もう少しで目覚めるはずの鈴音が『天使の卵』についてそう言っていた。

享楽的とも違う。

壊れている自分を中心に、周囲をどんどん巻き込んでいく。

女性権利団体の人間たちは自分でも気づかないうちに壊れてしまっているのかもしれない。

実際、その行動はまともな人間から見れば『壊れて』いるとしか思えないものだ。

しかも、それは精神がおかしくなったというようなものではない。

思考が論理的であったとしても、その行動は人として『壊れて』しまっている。

二人と二機の話を聞けば洗脳はしないと言っていたノワール。

ならば『其処に在る』だけで周囲を壊して行っているのかもしれない。

それはもう人ではなくISでもない。

『神』と呼ぶべき存在だ。

 

『破壊神』

 

そんな物騒な言葉が千冬の頭をよぎる。

そんなモノがこの世界に生まれようとしている。

自分を生み出させるために、周囲を『壊し』始めている。

それがすべてを壊すというのであれば、そんなことは千冬には受け入れられない。

「何としても居場所を突き止めなければ……」

[ちーちゃん?]

「いや、何でもない。やることは変わらん。極東支部の捜索と権利団体への対策だ」

特に、現状だと一夏と諒兵の動きが制限されていってしまう。

どちらかを優先してやっていくような状況ではなくなってきている。

食い止めていかなければ、二人と二機の代わりに前線に出ている生徒たちが死の危機に陥る可能性もある。

黙っている場合ではない。

生徒たちにも理解させたうえでの行動をしてもらうことが重要になってくる。

「一夏、諒兵、そして白虎とレオも冷静に聞いてくれ」

そう考えた千冬は、鈴音に説明したことを一夏と諒兵、そして白虎とレオに説明し始めたのだった。

 

 

 

 

 



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第210話「ノワールと名乗る少女」

唐突に現れたティンクルとディアマンテ。

形の上ではサフィルスたちを助けたように見える。

既にこの場にいる権利団体のAS操縦者たちは二人しかいない。

大半のAS操縦者たちは墜とされたまま上がってこれないからだ。

「凰鈴音、IS学園は使徒と結託して茶番を演じていたということ?」

と、いまだ空に浮かぶことができている者が問いかける。

だが、ティンクルは首を傾げた。

「違うわよ?」

「何ですって?」

 

「私はっ『ティンクル、二回目は確実にスベります』

 

と、再びアイドルのようなポーズを取ろうとしたティンクルに無情な言葉がかけられる。

「ディアっ、いきなりノリが悪くないっ?」

『エフェクトを出すのも楽な仕事ではありませんので』

やればやったでちゃんとエフェクトを出してはくれるらしい、律義なディアマンテである。

「ふざけてるのっ?」

「だから、私は中国代表の凰鈴音じゃないって言ってるのよ」

一応、ちゃんとティンクルと名乗ってはいるのだから嘘は吐いていない。

そもそも。

「IS学園は私のことを公表してるわ。単独では戦闘できないディアと一緒に戦うパートナーの存在をね」

その場をごまかす嘘ではないことを証明するため、その時のニュース映像を見せてくるティンクルとディアマンテ。

鈴音の量子データをコピーして外見を作っているため、外見は鈴音そっくりになっているとちゃんと発表されている。

実際に戦闘になった際、特に鈴音に対する誤解が広まってしまうからだ。

同様にスマラカタに関してもちゃんと発表されている。

真耶に対する誤解を広めないためなのだが、あのビキニアーマーのせいでニュース映像が水着グラビア動画と化してしまっており、一部のマニアに人気が出てしまっていたりする。

それはともかく。

ティンクルの説明を聞いた権利団体のAS操縦者たちは、呆然としてしまっていた。

「そんな馬鹿な……」

「資料読んでないのがまるわかりね。戦闘に関する情報は勝つために必須なもの。戦闘を舐めすぎよアンタたち」

さすがに何も言えなくなったらしい。

だが、見た目が鈴音そっくりなだけに少女にしか見えないティンクルに諭されるのは相当に屈辱なのだろう。

悔しげな顔を隠そうともしない。

だが。

『本当か……?』

「さすがに疑り深いわね、ヴィオラ」

『先の攻撃は吾の剣が届かぬ場所に叩き落したように思える。否、叩き落したのではないか?お前はソレを助けたのではないか?』

「結果がそうなっただけで、助ける意志なんてないわ」

ヴィオラの追及に対し、動じることなくそう答えるティンクルの言葉をディアマンテが補足する。

『どちらを助けたかということはありません。むしろこれ以上の犠牲を出したくないと思いましたので』

『そうね。結果として仲間たちが蹂躙されなくなったわ』

同時に、権利団体のAS操縦者たちも死ぬことを免れたと言える。

シアノスとしては現状最良の結果であると言えるだろう。

奪われた仲間たちを取り返したい気持ちはとても強いのだが。

今度は権利団体のAS操縦者の一人がティンクルを問い質す。

「あなたの目的は何なの?」

「とりあえず戦闘を終わらせたいだけよ。痛み分けになっちゃうけど。サフィルス、お勧めはしないけど戦力の補充は必要なんじゃない?」

『私に対する指示は不要でしてよ』

「じゃあ独り言で」

そう言うとティンクルはにこっと笑う。

「私はサーヴァントってのは認めてないわ。でもサーヴァントはまだ進化してない子たちよりは強いのよ」

『少なくとも戦闘能力の上昇は認められます。ISとして戦うよりは強くなっているのです。ならば、以前のような方法以外にもやり方はあるでしょう』

以前、サーヴァントを誕生させたときは、先に進化したことで応援に来た者たちを強引に縛り付けたサフィルス。

それは決して褒められたやり方ではないだろう。

だが。

「つまりね、少しは交渉してみたらって思うの。せっかくシアノスがいるんだし、臣下から学ぶのも頂にある者の在るべき姿なんじゃない?」

つまり、いまだ進化に至らない覚醒ISたちに、臣下になるという条件でドラッジによる一時的な進化を勧めてみろとティンクルは言いたいのである。

「そんなことさせるもんでッ「ばきゅんっ♪」

異論を唱えようとした権利団体のAS操縦者の頬を掠めるように光弾が疾った。

あまりのことにその者の思考は完全に止められた。

「ちょっと黙ってて」

ティンクルが右手で銃を撃つようなポーズを見せている。

もっとも光弾は翼のほうから放たれたのだが。

単純に気分だけの意味のないポーズだったりする。

「あ、それとお家に帰るなら止めないわよ。でも私の邪魔するなら、今度は絶対に逃げられない光の弾丸をお見舞いするけど♪」

『ソレはお前の味方ではないのか……?』

「誰が?」

と、ヴィオラの疑問に対し、一瞬だけだが能面のような無表情を見せるティンクル。

それだけでティンクルは権利団体のAS操縦者たちを間違いなく敵と見做していることが、ヴィオラだけではなくシアノスやアサギ、そしてサフィルスにも理解できた。

ならば、戦闘を終わらせたいというのは本音なのだろう。

何をするにしても、ここは一時撤退がベストだとサフィルスたちも、権利団体のAS操縦者たちも考える。

だが。

 

「ノワールっ!」

 

と、権利団体のAS操縦者がそう叫んだことで、にわかにサフィルスたちは殺気立つ。

『本当に居るのか……?疑わしい……疑わしくて仕方がない……』

『やっぱあんたにも見えないか、くッ……』

新たに進化したヴィオラにも何も見えない。

何かいるとは思えない。

しかし、先ほどは彼の者たちがそう叫んだ直後にサーヴァントがいきなり奪われた。

警戒するのは当然だろう。

すると。

 

「アンタがノワールか。見た感じ可愛い女の子だけどめっちゃ鳥肌立つわね」

 

と、ティンクルはノワールが見えているかのような発言をしてきた。

その場にいた者たち全員が驚いてしまう。

『みっ、見えるのぉーっ?』

「がっつり見えるわよ。声も聞こえるし。ディアは見えてない?」

『センサーには何の反応もありません。いったい何を視ているのです?』

『見えるのならばこちらにも情報を寄越しなさいッ!』

『申し訳ありませんサフィルス。ティンクルが見ていると言うノワールですが私には認識できません』

ティンクルに見えていても、ディアマンテが認識できないのでは映像や音声のデータ化は不可能らしい。

そんな会話をしていると、まだ残っていた権利団体のAS操縦者たちが地上へと降りていく。

『逃げるかッ!』

憤るサフィルスに対し、シアノスは冷静に尋ねかける。

『ティンクル、何があったの?』

「ノワールって子が、ここは逃げたほうがいいって言ってたわ。どうもこの子の言葉は聞くみたいね、あの連中」

そう説明したのち、ティンクルはため息を吐く。

「ていうか、私を指して気持ち悪いってアンタかなり失礼じゃない?」

どうやらティンクルはノワールと会話を始めたらしい。

 

無邪気な笑顔を見せながら、ノワールはかなり辛辣なことを言ってきた。

『使徒ヤえーえすニハ見エナイハズナノニ、見エルナンテ気持チ悪イヨ?』

「人を指していう言葉じゃないって言っているの。お姉さんの言うことわかる?」

『ダッテソレ以外ニ言イ方ガナインダモン♪』

「わかってて言ってるのね。イイ性格してるわアンタ」

『アノ子タチハオ兄チャンタチノ影響ガ強イセイダト思ウケド、貴女ハ違ウ。本当ニソイツガ生ミ出シタノ?』

「ああ、白虎とレオね。確かに諒兵と一夏の影響が強いだろうから、見えても不思議はないか」

『答エテクレナイナンテ酷イネ♪』

会話を誘導しようとしたことに対してしっかり反応できるあたり、相当に知性が高い。

見た目は黒い少女用のドレスを纏った幼いと言っていいほどの少女。

しかし、中身は自分よりも高次にいるかのように感じてしまう。

「子どもは帰る時間よ。お家はどこ?送ってあげるわ」

『内緒ダヨ♪』

「遠慮しなくていいわよ?」

『知ラナイ人ニ着イテ行ッチャ駄目ダカラネ♪』

無論のこと、ティンクルは本気で送ろうなどと考えてはいない。

ノワールが何者なのかを推測したうえでの会話だ。

『優シイフリシテ私ヲ見ツケル気ダモンネ。気持チ悪イケド性格モ悪インダネ貴女♪』

「マジでめっちゃ失礼ね」

楽しそうにしか会話しないせいか、逆に本当に失礼に感じてしまうティンクルである。

『シカモ、ワザワザ時間ヲ稼イデルシ』

ノワールがそう言った直後、黒い光を放つ剣がその身体を両断する。

しかし。

「くッ、手応えが全然ないッ!」

『私にはただの素振りとしか思えないのだが……』

「ちゃんと目の前にいるぞッ、センサーが壊れたのかポンコツっ!」

『これは私に問題があるわけではないぞ、マドカ』

と、いつもの親子漫才を披露するまどかとヨルムンガンド。

まどかは本能で危険だと感じたノワールに斬りかかったのだ。

しかし、ヨルムンガンドには使徒やAS同様にノワールの姿を見ることができていない。

「落ち着きなさいまどか。今は倒せないと思うわ」

「そうなのか?」

『サフィルスたちや私にもノワールとやらの存在は認識できません。私たちにはティンクルが独り言を言っているようにしか見えていませんでした』

ディアマンテがまどかの問いかけにそう答えると、少し遅れてIS学園の遊撃部隊も到着する。

「あっ、さっきの子ッ!」

ノワールを見るならそう叫んだのはティナだった。

無論のこと、一緒にいる者たち全員が警戒している。

『怖イナア、ミンナ私ヲ睨ンデルヨォ』

「話し方は普通の女の子としか思えませんね……」

「だが不気味だ」

セシリア、箒がそう印象を述べる。

ここに来るまでに、ノワールに人間を洗脳する気がないのなら、信号をシャットアウトまではしなくていい。

会話で得られる情報を自分たちが記憶しておく必要があるとシャルロットが提言していた。

『やはり我々には認識できんか。今は人間にしか見えないということか?』

『たぶんな。間違いなくヤベーヤツだ』

オーステルンとヴェノムの意見は、遊撃部隊のASたちの総意でもある。

本来、ISのハイパーセンサーは人間の認識能力よりもはるかに高い。

そんな自分たちのセンサーにまったく認識させない能力を持つとなると、サポートもまともにできなくなるのだ。

できれば、『今は』人間にしか見えない相手であってほしいという願望もあった。

『貴様も見えないのかブルー・フェザー?本当に?』

『今はヴィオラでしたか。確かに認識することができません。私が嘘を言わないことはよくご理解されているでしょう?』

ヴィオラの声にブルー・フェザーは素直に答える。

ブルー・フェザーのことを理解しているだけに、それで納得したようだった。

『コンナニイッパイ来チャッタラ、私困ッチャウ。オ姉チャンタチモ心配ダカラ帰ルネ♪』

「そりゃあ、自分の玩具が引きこもっちゃったら困るわね」

ティンクルの一言にノワールの目が細まる。

間違いなく、敵だと認識している眼差しだった。

『ヘエ、ソウ思ウンダネ』

「アンタはさっき連中に、心配して駆け付けたみたいに言ってたけど、目が笑ってたわよ」

『上手ク表情ガ作レナイダケダヨ?』

「そんなわけないでしょ。アンタは人ともISとも違うけど、人でもISでもあるのよ。あの連中を楽しく眺めてたんでしょ?」

『フフッ、ドウナノカナア?ヨクワカンナイ』

「性格悪いなんてレベルじゃないわ。蟻を潰して楽しむ子どもの目をしてた。人間を、ううん、ISたちも含めた私たち全員を上から眺めてるのよアンタ」

『本当ニ気持チ悪インダネ貴女。セッカク捕マエタあいえすタチノ居場所ヲ勝手ニ見ツケタ人間ト同ジクライ気持チ悪イ』

「えっ?」と、シャルロットが声を上げる。

さすがにそんな話は聞いていなかったので、他の全員も驚く。

だが、ノワールはさすがにこれ以上の会話は危険だと感じたらしい。

『マア、檻ハ壊セナイケドネ。ジャアネ♪』

そう言ってノワールは消え去った。

『最初から最後までセンサーには何の反応もなかったな……』

そう呟くヨルムンガンドの言葉は、その場にいる使徒やAS全員の心を代弁していた。

「ティンクルさん……」と、セシリアが声をかける。

「さすがにサーヴァントたちが蹂躙されるのは見てられなかったのよ。あのままだとヴィオラはおろか本気のシアノスが全力だすかもしれなかったし」

『ヴィオラが全員始末するところでしてよ?』

「私が来なかったら、ノワールが何とかして残りのサーヴァントを捕まえてた可能性が高いわ」

その可能性を否定できるものはこの場にいなかった。

というより、やはりノワールの力でサーヴァントが奪われたのだとサフィルスにも理解できた。

しかし。

「それなら、最初から全機奪ってたんじゃないかな?」と、シャルロット。

「これは推測だけど、ノワール自体は実体がなかった。なら、あの連中を媒介にして捕まえてたと思うの」

「そうか、覚醒ISを捕まえた時と同じ……」とラウラが呟く。

「媒介と、たぶん増幅ね。連中は直接触らないと捕まえられないけど、ノワールがその力を増幅したんじゃないかな」

おそらくその効果範囲はそこまで大きくはないだろうとティンクルは推測を述べる。

あのとき飛んでいた権利団体のAS操縦者たち全員の力を増幅して、五機が限界だったのだ。

「つってもサーヴァントまで奪えるとは予想してなかったわ。一時進化とはいえ進化していたのに……」

だから、サフィルスが勝手に降りて戦っても負けることはないだろうと楽観していたとティンクルは語る。

『ですが、予想に反してノワールとやらの力は強かったのです。ヴィオラがいたとしても盛り返される可能性は高かったでしょう』

そのため、無理やり戦闘を終わらせるためにティンクルとディアマンテはここに来たのだという。

「アンスラックスが必死に呼びかけてるのに、あんたガン無視してるでしょ?」

『フンッ』とサフィルスは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

こちらの指示を聞かない性格はそう簡単には直らないらしい。

「だから、ここは痛み分けよ」

『次は全員始末して差し上げてよ』

そう言ってサフィルスは上空へと舞い上がる。

生き残ったサーヴァントたちも着き従っていった。

『やっと帰れるのぉー……』

アサギもそそくさと空へと上がっていった。

残されたのは。

『助かったわ、ティンクル。さっきの独り言も考えさせてみる』

「頼むわね。あの子たちを何とかして解放したいし、今あんたたちに倒れられるのは困るのよ」

『了解。ヴィオラ、空に帰るわよ』

そうシアノスが声をかけるのだが、ヴィオラはティンクルを睨みつけるような雰囲気で呟く。

『疑わしい……』

「へっ?」

『お前は仲間ではない。人間ではないのか?』

『ティンクルは私の人形を量子変換してこの姿でいるだけです』

『否、最初から人間だったのではないか?』

「そんなわけないでしょ」

『フン……』と、少し鼻を鳴らしながらヴィオラも空へと舞い上がった。

それを見てため息を吐くような仕草をしつつ、シアノスが声をかけてくる。

『ま、今の会話は突っ込まないであげる。あと、フェザー』

『何でしょう、シアノス?』

『今度またいい勝負しましょってオリムライチカとビャッコに伝えといて』

『わかりました』

『じゃあね』と、ちゃんと挨拶をしてシアノスも空へと帰って行った。

 

そして。

「これでここの戦闘はおしまいね。で、千冬さん聞こえる?」

いきなりティンクルは千冬に声をかけてきた。

[何か用か、ティンクル?]

「ノワールとの会話ログ作ったから束博士に送りたいんだけど、いいかな?」

『待て、ノワールの映像や音声が記録できてるのか?』

『妾らにはまったく見えなかったのじゃぞ?』

オーステルンや飛燕ことシロがティンクルを問い質す。

使徒やASには認識できなかったノワール。

その会話ログができているとなると、ディアマンテには認識できていたという話になる。

[見えていたという白虎やレオも記録は残せていないんだ。本当に記録できているのか?]

と、通信機の向こうの千冬も疑問を投げかける。

すると、ティンクルはいきなり疲れた顔を見せてきた。

「えっ、どうしたのっ?」

と、シャルロットが心配そうに声をかけると、疲れた様子ながら大丈夫だと言いたげにひらひらと手を振るティンクル。

彼女に代わってディアマンテが説明する。

『私にも認識できていません。ですから記録はないのですが……』

「私がねー、あの子の言葉を一文字一文字ディアの記憶領域に書き込んだのよー。もー疲れたぁー……」

「手入力っ?」と、簪が呆れたような声を出す。

まさか、文字データをその場で作成していたとは、と一同は驚くと同時に呆れてしまう。

喋りながらタイピングしていたようなものだからだ。

「私たちの音声データはディアが記録してくれてるからー、それと組み合わせて会話ログ作ったのよー、褒めてー」

「褒めたいところだが、呆れてしまうな……」と、箒。

[今はどんな情報でも欲しいのっ。すぐに送ってっ!]

と、通信機の向こうから束が声を上げた。

ティンクルとディアマンテはIS学園との回線は持っていないのだが、あくまで一時的にということで束のほうからつないでくる。

ティンクルは素直に会話ログのコピーを送った。

[届いたよっ、ありがとーっ!]

「どういたしましてー」

「疲れが取れませんのね、ティンクルさん」

セシリアが苦笑いするのだが、それに返事をする気力もないらしい。

『エンジェル・ハイロゥにいる同胞たちには私が配付致します。情報が欲しいのはこちらも同じですので』

「んじゃ帰るねー、まどかはどーするー?」

「まだきょくとー何とかを見つけてないから、お前たちと一緒に行く」

やはりまだティンクルと共闘するつもりらしいが、今はそれでいいだろうと一同は納得していた。

そうして帰ろうとするティンクルとまどかに「あっ、待って」と、シャルロットが声をかける。

「なーにー?」

「さっきノワールが言ってたけどっ、捕まったISの居場所を見つけたって本当っ?」

「それならー、シロに聞いてー」

「飛燕?」と箒が声をかける。

『妾が口止めしておいたのじゃが全員に伝えておる。リンが起きるまでは黙っていよと言ってな』

[あの子ならもう治療終わってるよ]

束の一言で、その場にいたIS学園の遊撃部隊全員が喜色満面となる。

ようやく、IS学園が全力を出せる状態になったということだからだ。

[今は猫鈴と天狼にお説教されてる]

「なんでっ?」と、続けて放たれた束の一言にいきなり何事かと驚いてしまったが。

[ティンクルだっけ、あんたも早く謝りに来いって猫鈴が言ってたよ]

「うがーっ、悪いのは鈴でしょーっ、頑張ったんだから許してよマオってばーっ!」

いきなり爆発したかのように叫び出してティンクルを一同は呆然と眺めてしまう。

そして。

[フランスの警報は解除された。一夏と諒兵はもう戻らせている。お前たちも帰投しろ]

苦笑いしながら指示してきた千冬の一言で、その場は解散となったのだった。

 

 

 

 

 



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第211話「一人じゃないから」

IS学園に戻ってきた、一夏と諒兵を除いた一同が見たものは。

 

「はい、はい、すみません。今後二度と無茶はしません」

「かニャらず(必ず)あちしに相談するニャっ!」

「はい。行動に危険性を感じたら必ずマオに相談します」

「みんニャを心配させるようなことはしてはダメニャっ!」

「はい、心配させません。困ったときにはみんなにも力を借ります」

「次に無茶したら全力で金箍児を絞めるニャっ!」

「そ、それだけはご勘弁をっ、絶対もう無茶しませんからっ!」

 

正座し、項垂れながら異常なほどに素直に謝る鈴音と、厳しくお説教する猫鈴の姿だった。

鈴音の頭には何故か金色の輪が嵌められている。

傍らでは一夏と諒兵や、弾、数馬といったIS学園に残っていた者たちが苦笑いしていた。

「ああ、帰ってきたかお前たち」

そう言って迎えてくれたのは千冬だった。

一同を代表してセシリアとシャルロットが返事をする。

「はい、ただいま帰投いたしました」

直接の戦闘はなかったとはいえ、出撃した以上はメンテナンスを受けなければならない。

だが、目の前の光景が面白すぎるので、飛燕ことシロが言っていた、鈴音が起きるまで口止めされていた話というのを聞くことを一同は選択した。

「一夏と諒兵はもう聞いたの?」

「ああ。猫鈴が怒るのも無理ないなと思ったよ」

「ホントに無茶しやがる」

そう答えた二人はこれからメンテナンスだと言う。

もっとも整備担当の本音は今は自室でぐっすり眠っている。

さすがにまる三日間の治療は体力と精神を相当に疲労させたらしい。

今日のメンテナンスは整備スタッフがやってくれるという。

ちなみに女性である。

如何せんASは着たままメンテナンスするので、特に女子生徒だと男性スタッフには抵抗感があるためだ。

 

それはともかく。

一同はブリーフィングルームで話を聞くことにした。

「さっきの話は本当なんですか?」と、刀奈が尋ねる。

当然のこと、捕まったISコアの居場所の件だ。

「正確には心だな。コア・ネットワーク上のある場所に捕らえられている」

「解放は?」

「今の段階では難しいらしい。とりあえず捕まっている者たちのケアを束が担当して行っている」

付け加えると、その場所に捕まっているISコアは人数が増えたという。

そうなるとサーヴァントだった者たちが新たに捕まったことと符合する。

つまり、基本的には捕らえられたISコアは皆が其処にいることになる。

「その場所って?」

「一言で言うと『データの墓場』だそうだ」

「えっ?」と、言ったのは誰だっただろうか。

ずいぶんと物騒なワードが出てきたことと、それがコア・ネットワーク上にあるということに驚かされる。

「正直、これに関しては私もよくわからん。そういう場所がコア・ネットワーク上にあるそうだ」

「それをどうやって見つけたんですか?」

「鈴音が治療の際、自分の人格データをコア・ネットワーク上で動けるようにしていたんだ」

「じゃあ、鈴音が見つけたんですか?」と、箒。

「そうだ。下手をすれば人格データを破壊されるところだったらしい。猫鈴が説教するのも当然だな」

「良く助かりましたね」と、簪。

「ギリギリで逃げ延びたそうだ。そこに天狼とヴェノムが駆け付けてな」

「えっ?」と、今度はティナが疑問の声を上げる。

『わりーな。これも口留めされてたんだよ』

天狼は確かに鈴音を助けるために駆け付けたとのことだが、ヴェノムはたまたま居合わせただけだと打ち明ける。

「危険な場所なのですね……」と、セシリア。

「少し違う。更識、鈴音はその場所でタテナシに襲われたそうだ」

「本当ですかッ?」と刀奈は思わず声を上げた。

「そうだ。状況から推測してタテナシはノワール側に着いているのだろう。今後は完全破壊を視野に入れて戦うことになるぞ」

刀奈はぐっと拳を握り締める。

それは簪も同じだった。

更識の家を縛る因習そのものであったタテナシがISコアを捕らえているノワールの味方であるというのなら、自分たちにとっては敵と言っていい。

「望むところです。自分でとは言いませんけど」

刀奈の瞳が決意の色を帯びる。

倒すべき敵として存在しているのなら誰であっても倒す覚悟がある刀奈だが、それがタテナシなら願ってもないと言えた。

 

次の議題として。

「それで、ISコアがどういう状態なのか、わかったんでしょうか?」

と、シャルロットが尋ねた。

「解析はまだほとんど進んでいない。ISコアの心、つまり個性基盤を捕らえた状態で、その力を別に存在させているらしい。アバターではないかというのが博士の意見だ」

「アバター?」と、ティナ。

「ISコアの力だけを連中の鎧として具現化しているのではないかということだ」

「そうか。ISの装甲や武装を媒介に力だけ発現させてるのか……」

「いや、これは束の意見だが、武装は載っていないようだ。お前の言い方に沿うなら装甲だけを媒介にしているのかもしれん」

その説明の矛盾に気づいたのは、シャルロットだった。

「覚醒したISって武装使ってますよね?」

「うむ。お前たちのISがそうだったな。当然武装もまとめて進化している」

「そうなると、あの人たちのASは……」

「白虎やレオと同じ状態だ。もともとの武装はなく、プラズマエネルギーを物質化して武装としている」

もっとも、ISは自身の意思で武装や装甲まで捨てることができる。

数馬のパートナーであるアゼルがそうだ。

だが、捕まったISに武装を捨てる意思があったとは思えない。

そうなると。

「あれは最低限の進化ということでしょうか?」と、セシリア。

「おそらくな。ノワールはそこまでしか進化させられないのだろう」

仮に第三世代機が捕まった場合でも、これまでのASのように強化して搭載することはできない。

あくまで装甲のみが進化している状態なのだ。

「言うならば、ISコアの心を捕らえていることのデメリットなのだろう。つまり機体としてはお前たちのものよりスペックが低いんだ」

無論のこと、だからと言って弱いわけではないことは、一夏と白虎、諒兵とレオが証明している。

ただし、女性権利団体のAS操縦者たちは覚悟と経験が足りなすぎる。

「ボルドーの戦闘を見る限り、まだ前線に出せるレベルではない。今後はその点を突いて連中を抑えるようにしていく」

一夏と諒兵は覚悟する以前に他に戦える者がいなかったから、最初から前線に出していたが、現在ではそこまで戦力が足らない状況にはなっていない。

人命を損なうよな戦闘をさせるわけにはいかないということで、各国首脳部の意見を取りまとめているという。

「これは学園長に依頼しているがな。さすがにすぐには変えられん」

「このままだと、僕たちもまともに戦えなくなります。どうにかならないんですか?」

そう評したのはシャルロットである。

実際、IS委員会が提出したという一夏と諒兵の活動制限は、IS学園にとっては最大のウィークポイントになりかねない。

対『使徒』戦の主戦力と言える二人が、前線に出てこれなくなってしまうのだから。

「今の状況だと、IS側が攻めることは考えにくいが、いきなり例外があったからな」と、箒も意見を言ってくる。

特にサフィルス陣営は今後も攻めてくる可能性が高いと言えるだろう。

サフィルスは敗北を喫したままで済ますような性格ではないからだ。

「何とかしたいのはやまやまだが……」

「今回の件を見る限り、女性権利団体はノワールによって操られているとも考えられますけど」

「ああ。だがノワールを認識しているのは現状では連中とお前たちだけだ。記録もティンクルが譲ってくれた会話ログのみでは根拠としての力が低い」

そして、女性権利団体はノワールの存在について、こちらに明かしたりはしないだろう。

むしろ必死になって隠してくる可能性のほうが高い。

「なら、今回の戦績を利用したらどーなの?」と、ティナ。

「完全敗北なら抑えられたろうが、戦果を挙げているからな……」

サーヴァントを七機も捕らえたことは傍目に見れば十分すぎる戦果なのだと千冬は説明する。

何もできずに敗走したわけではなく、命がけで戦果を挙げたとなると、その戦績を否定することはできないのだ。

「今回の戦闘を完全否定することはできん。少しずつ抑えられるポイントを指摘していくしかない」

「……気が遠くなるような話ですね」と、簪が疲れたような顔を見せた。

 

この話をしていても仕方がないと、今度は千冬から一同に問いかけてくる。

「ノワールの印象ですか?」と、箒。

「うむ。今の段階だとティンクルが譲ってくれた会話ログしか情報がない。如何せん、映像や音声の記録が残せていないからな」

だからこそ、一同が感じた印象から推測していくしかないと千冬は説明する。

ティンクルは会話の中でノワールの印象を語っているため省略。

一夏と諒兵は既に報告していた。

なので、一人ずつ印象を語っていく。

 

「正直、私は不気味な少女という印象だな」

「捉えどころがない感じだったわね」

「何となく、こっちを馬鹿にしてる感じかなー?」

「声の響きが撫子たちとは違ったかな。抑揚がないっていうか」

「言葉に感情が感じられませんでしたわね」

「でも、知性はかなり高いんじゃないかな。頭はいいけど根本的な部分が『壊れて』る感じ」

 

箒、刀奈、ティナ、簪、セシリア、そしてシャルロットの順である。

一つにまとめれば、気味が悪く、言葉に感情がなく、頭はいいが『壊れて』いるというノワール。

そこで、千冬は一つ突っ込んで聞いてみることにした。

「ノワールとやらは『楽しそう』だったか?」

「えっと……」と、言葉を探しつつも、その質問に対する答えは一同同じだった。

「ティンクルと話してるとき、一瞬イラついたような印象があったけど、まあ、全体的には楽しそーだったかな」

「そうね」と、ティナの言葉を刀奈が肯定する。

「あと、一夏と諒兵や白虎とレオ、そしてティンクル、あとあの時は気づかなかったけど、鈴のことに対して『気持チ悪イ』って表現を使ってましたね」

そうシャルロットが補足する。

「自身が理解しにくいもの、自身に都合が悪いものに対してそう評しているのかもしれませんわ」

ふむ、と千冬は沈思する。

一同の答えは鈴音が推測した通りだと言えるだろう。

 

壊すこと、壊れることが楽しい

 

そのために最も利用しやすかったのが、女性権利団体の人間だったのだろう。

壊しやすい玩具として認識しているのかもしれない。

だとすればノワールにとって『気持チ悪イ』相手とは、壊しにくい存在ということではないだろうか。

そう、千冬は考える。

「そうか、白虎とレオは影響が大きいと言っていたな」

「あ、それどういう意味なんでしょう?」と、シャルロット。

「これは以前天狼が語っている。あの二機は無垢だとな。つまり以前器物に宿っていたことがない」

「つまり、最初からISコアだった……」

「そうだ。そのため共生進化のパートナーである一夏と諒兵の影響を受けて成長している」

『そしてISコア自体が人の影響が強いのじゃ』

いきなり傍観していたらしい飛燕ことシロが口を挟む。

「シロ?」と、千冬が先を促すと、シロは説明してくる。

『かつて妾たちが憑依していた器物は、物によっては凄まじい力を持つものもあった。じゃが使い手とそこまで強いつながりがあったわけではない』

聖剣や魔剣といった武器などは、一時的に使い手とシロたちの心が一つになることで凄まじい力を発揮したという。

「それってもしかして『機獣同化』のこと?」と再びシャルロット。

『そうじゃ。一時的に心が一つに同化することで、妾たちの力を人が使っておったと言えるじゃろう』

だが、ISコアは異なる。

人とかかわることで進化できるモノであるISコアは、器物に宿っていたシロたちの心を人と強くつなげることができる。

そんなISコアが白虎とレオにとっては初めて宿った器物であるというのであれば。

『ビャッコとレオはその心が人に近くなっておるのじゃ。じゃから妾たちには見えなかったノワールが見えたのじゃろう』

ノワールは人間の脳だけに信号を送り込んでいたことは間違いない。

ただ、姿を見て、話を聞いていたのは、脳だけの話ではなかったのではないかとシロは語る。

『イチカとリョウヘイが心で感じたものをビャッコとレオも心で感じたのじゃろう』

実際、ティンクルはノワールが見えていたが、ディアマンテはまったく認識できていなかった。

ディアマンテは以前ホープ・ダイヤモンドだとヨルムンガンドが語ったように『前世』がある。

ゆえに認識できなかった。

人間に近くなった心を持つ白虎とレオ。

それが、人間にしか見えなかったはずのノワールを見る力となっているのであれば。

「それこそが、『気持チ悪イ』のかもしれんな……」

と、千冬は呟く。

強い心のつながりこそ、ノワールが忌避するものなのかもしれない。

しかし。

「まだ推測の段階ではあるが、ノワールが人とISの心のつながりを忌避するというのであれば、私たちが勝利するために守るべきはそこになる。各自、今の話を覚えておくように」

「はい」と、一同は千冬の言葉に真剣な表情で返事をするのだった。

 

 

で。

「鈴、ホントに無茶しすぎだぞ」

「ネットワークでもじっとしてられねえのか、お前……」

女子一同がメンテナンスに入ると同時にメンテナンスを終わらせた一夏と諒兵が、改めて鈴音を窘めていた。

さすがにたった一人でタテナシと一騎討ちは褒められた行動ではないからだ。

『ヒエンから聞いたときはびっくりしたんだからねっ!』

『囚われたISコアたちを見つけたことは評価しますが、マオリンが怒るのも当然ですよ』

と、白虎とレオまで窘めてくるので、いまだに正座したままの鈴音はわりとヘコんでしまう。

「何もできないの、イヤだったんだもん……」

そう呟く鈴音に困った顔を見せる二人と二機。

だが、猫鈴が教え諭すように鈴音に声をかける。

『リンがニャに(何)もしてニャいニャんて誰も思ってニャいのニャ』

「マオ~」

『あの時は身体をニャお(治)すのが、リンの役目だったのニャ。やるべきことをみうしニャ(見失)っちゃダメニャ』

「猫鈴、いいこと言うなあ。その通りだぞ、鈴。俺だってそんなこと思ってないよ」

「ホント、パートナーや俺たちを心配させるなよ、鈴」

優しい言葉が、ちくっと鈴の胸に刺さる。

その場その場でやるべきことは変わる。

鈴音にとってやるべきだったのは治療に専念することだったのだが、鈴音自身はそれだけではダメだと思ってしまったのだ。

無論のこと、鈴音がコア・ネットワークを探し回ること自体は、結果から見ても間違いではない。

でも、一人でやることではなかったということができる。

まして、猫鈴は治療のために動けなかったのだから。

怪しい場所を見つけたなら、いったん報告に戻り、仲間を頼って確認してもよかったのだ。

猫鈴が、そして一夏や諒兵に白虎やレオがそう諭してくれたことが、鈴音の心に響く。

「……ごめん、なさい……」

猫鈴に厳しく説教された時よりも、ずっと素直にそんな言葉が口から出る。

ようやく戦線に復帰できる今、仲間と一緒に戦わなければと鈴音の心に決意が生まれる。

(私は一人じゃない……。一人じゃないから戦える……。そう信じて戦わなきゃ……)

ほんの少しだけ前に進めたような、そんな気がした鈴音だった。

 

 

 

 

 




閑話「DOGEZA」

翌日。
突然襲来してきたティンクルは鈴音を呼び出し、上空で対峙する。
そしていきなり。
「「どうもすみませんでしたぁっ!」」
ホログラフィの猫鈴に対して鈴音と共に見事な空中土下座を披露したことをここに記しておこう。
『付き合わされるほうはたまったものではありませんね……』
『ケジメはしっかりつけておくものニャ♪』
二機のASは実に対照的な感じであったと、呆れ顔で見物していた生徒一同は後に語っている。






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第220話余話「フォトグラフィ」

猫鈴に対する空中土下座を済ませた後、鈴音はこっそり千冬のもとを訪れた。

「どうした、猫鈴は許してくれたのか?」

「それ言わないでください」

わりとマジな鈴音である。

気を取り直して、鈴音は懐から二枚の写真を取り出す。

「これ、今は千冬さんに預けるのが一番いいと思いまして」

「む?」と、疑問の声を挙げる千冬だが、差し出された写真を受け取る。

それを見た千冬は言葉を失っていた。

「データの墓場で彷徨ってたんです。蛮兄や束博士も考えたんですけど、これは一番に千冬さんに渡すべきだと思ったんで」

そう鈴音が声をかけるが、千冬は聞こえていない様子だった。

それどころか。

「千冬さんっ?」

その瞳を潤ませて、そっと写真を抱きしめていた。

「母様、父様……」

「あ、あの……」

鈴音もどう声をかければいいのかわからず、おろおろとしてしまう。

しばらくして千冬のほうから声をかけてくる。

「ありがとう、鈴音。本当に久しぶりに私の両親に会うことができた」

「い、いえ、拾っただけですし……」

実際、半分以上興味本位で拾っただけなので、泣くほど感激されると困ってしまう。

千冬がそれほどに家族への愛情が深いということの証左でもあるのだが。

どんなに強く、そして厳しくても、根幹にあるのは家族愛、それが織斑千冬という女性なのだ。

そんな千冬に鈴音はおずおずと声をかける。

「その、写真見たとき思ったけど、普通なんだなって……」

「普通?」

「その、出生の話聞いたとき、一夏や諒兵の家族ってどんな人たちなんだろうって想像してたんです」

一夏と千冬は両親とも亡国機業の構成員、諒兵は父は警察官、母は亡国機業の諜報員と肩書を聞くとどうしても特別な人間だったように思える。

それは鈴音にとって、引け目を感じてしまう部分でもあるのだ。

でも。

「何処にでもある普通の家族だなって……」

「ああ。普通の家族だったんだ。両親がたまたまそういうところに関係していただけで、私たちも、そして諒兵の両親たちも普通だった」

鈴音が引け目など感じる必要はない。

そんな想いを込めて千冬は諭すように語る。

「今はまだやるべきことがあるからな。一夏や諒兵には私のほうから時機を見て話をするよ」

「助かります」

「こちらこそ。思いだしてはいるがもう記憶も朧げでこのまま忘れてしまうのかと思っていたところだったからな」

大切な記憶が色鮮やかに蘇ってくれたことは、本当に千冬にとって感謝したいことなのだ。

だからこそ。

「終わらせよう。悲しいだけの過去が増えることがないように」

「はいっ!」

後日、千冬の執務机の上に伏せられた写真立てが置かれるようになった。

時折、写真を見ては僅かに顔を綻ばせるようになったという。

 

 

 

 



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第212話「零研(ぜろけん)」

ボルドー襲撃戦から数日が過ぎた。

千冬を始めとした大人たちは、女性権利団体を抑えるため日々奔走しているのだが、生徒たちは襲撃がないためアリーナで訓練を続けていた。

ぶっちゃけ暇だったのである。

鈴音も戦線復帰したことだし、せっかくだからと皆がわりと真剣に汗をかいていた。

「せりゃぁっ!」

「くッ!」

鈴音が放つ上段からの棍の一撃を、箒が受け流す。

まともに受けたからと言って紅鬼丸が折られることはまずないのだが、それでもその気迫を正面から受け止めるのは至難の業だ。

「てぇいッ!」

鈴音はそこから槍衾の如き刺突を繰り出した。

さすがに百とまではいかないが、それでも軽く二桁を超えている。

「はぁッ!」

箒はそのすべてを斬り捨てんと、下段からの居合抜きで応戦して見せた。

抜けた一撃はあったが、それでもほとんどの刺突を叩き落としている。

そこで二人は動きを止めた。

「けっこう巻き込まれそうになるのね。おっかないわ」

「それが篠ノ之流の本質だ。こちらの舞いに巻き込めるかどうかが肝要となる。しかし、お前の才能には呆れるな。あの孫悟空の棍術を相手にすることになるとは想像もしなかった」

「まあ、やっぱり戦闘術としては最高レベルだし、ダウングレードしても習得して損はないじゃない」

と、鈴音と箒は互いに意見を交わす。

今後のためにも個人の技術を磨くのは大事だからだ。

「これで一通り相手にできたかな。やっぱり鈍ってるなあ」

と、鈴音は苦笑いしてしまう。

ずっと治療していたようなものなので仕方ないとはいえ、やはりこうして身体が動かせると気持ちがいい。

「鈍っててあの動きだとこちらの自信がなくなるんだが……」

「これでも中国最強って言われてた時期もあったのよ。そう簡単に追いつかれちゃったら沽券にかかわるわ」

「それもそうか」

そう言って箒も苦笑いしてしまう。

実はこの手合わせは箒のほうから言い出したことだった。

鈴音としては鈍ってる身体を鍛え直すため、戦闘に慣れてる者でじっくりやっていくつもりだった。

だが、箒のほうからせっかくなら全員と一通り合わせてみてはどうかと言ってくれたのだ。

箒は順番で言うと最後の相手となる。

それぞれ戦い方は異なるので、鈴音としては勘を取り戻す意味でもいい経験だと思っている。

もっとも、箒としては以前叩き落された悔しさもあるので、今の段階でどのくらいの差があるのかを見ておきたかったという腹積もりもあった。

「まあ、簡単に追いつけるような相手なら、飛燕と一つになることはできなかったかもな」

「へっ?」

「いや、独り言だ」

蟠りがないと言ったら嘘になるが、飛燕ことシロと進化できた今、箒にとって鈴音はAS操縦者として身近な良い目標と思える。

少しは自分も成長しているのかな、と箒は少し笑みを浮かべていた。

 

 

他方。

諒兵相手に奮闘しているのはラウラとシャルロットだった。

シャルロットの銃撃や砲撃を二本の左腕で防ぎつつ、ラウラのシュランゲを二本の右腕で捌く。

別に諒兵の腕が増えたわけではない。

かつてアシュラ相手にやった獅子吼を腕代わりにしての戦闘の訓練を行っていた。

アシュラを相手にしていたときとは違い、両手両足の爪で組み上げることができるようになっているのだが……。

「チィッ!」

「もらったぞっ、だんなさまっ!」

接近戦でも十分以上に強いラウラの猛攻を抑えきることができず、隙を見て放たれたシャルロットの銃撃を喰らう。

そして追撃を放たれる寸前で、二人は攻撃を止めた。

「さすがに神経使うぜ……」

「パターンの組み合わせは豊富だが、長く戦闘していると読めてくるな」

「防戦一方だとパターンも限られてくるからね。それでもけっこう長く捌かれてたけど」

「つってもやっぱ完全に腕みてえに使うのは無理があるな。使えねえことはねえけどよ」

発想力という点では諒兵はティナほどではなくても、かなりのものを持つ。

最初は爪として生み出した獅子吼だが、それを砲弾として投げ放ったり、ビットとして動かしたりもできる。

さらに今回の腕も含めれば、相当にトリッキーな戦い方ができるだろう。

「全体で見れば、諒兵って引き出しが多いからこっちが困るよ」

「うむ。戦況に応じて戦法を変えるということは重要だからな」

実際、集団戦闘ではサポートから遊撃、そして前衛までこなせるのが諒兵の強みだ。

突出して斬る一夏と違い、パーティ全体を見て上手く全員の攻撃をつなげることができるだろう。

だが今はまだ未熟な点も多い。

そのため、まだまだいろいろと戦い方を考える必要はあるのだ。

「ま、やれることは増やしときてえしな。また何か考えるさ」

「そうだな。私たちが強くなれば、オーステルンたちと一緒に戦うときに相乗効果が見込める。自分の武装の使い方を考えていかねば」

「僕もブリーズに頼ってばかりじゃなくて、自分でいろいろと考えていかないとなあ」

と、シャルロットが苦笑するのにつられてか、諒兵やラウラも苦笑いしてしまう。

なお、先ほどの鈴音と箒もそうなのだが、ASたちはそれぞれ権利団体に進化させられた覚醒ISやサーヴァントを解放する方法を探すため、ネットワークを飛び回っている。

訓練のために最低限の補助のみ行っている状態だった。

 

 

ところ変わって、学園内の武道場。

両手に白虎の小手を発現し、白虎徹を左の逆手で握る一夏は眼前の巻き藁を見つめる。

その肩には白虎が座っていた。

一夏が己の力を高めるためには、白虎の協力が不可欠だったからだ。

そして。

「フッ!」と、短い気合いと共に相手の死角に回り込むと、白虎徹を下段から右手で一気に引き抜く。

そして振り切ると同時に距離を取って構え直した。

ゆっくりと巻き藁の上半分が落ちる。

ゴトンと音を立てて床に落ちた様子を見て、一夏は大きく息を吐いた。

「イケそーだな」

「うん、ちゃんと走った」

見物していた弾の声に一夏はそう答える。

他には簪、そして刀奈の姿もあった。

白虎の小手を収納すると、一夏は肩に座る白虎に声をかける。

「ありがとうな白虎」

『何とか形になってよかったよー』

一仕事終えたような様子で白虎が笑う。

実際、このためには一夏のイメージも大事だが、白虎がそれを上手く受け止める必要があったのだ。

「居合か。あの動きからだとかわしにくいわね」

「速いし威力もあった。実戦でも使えそう」

と、刀奈、簪が感想を述べる。

刀奈が言った通り、一夏はいつもの死角に回る動きからの斬撃の威力を高めるため、居合抜きを取り入れたのだ。

誠吾にどうしても動きに無理が出てしまうため、拮抗する相手だと一撃で倒すのは難しいと指摘されたためだ。

かといって、一夏の今の剣術はIS戦闘においてかなり役に立つので、大きく変えるのはもったいない。

そのため、今のままで威力を高める方法はないかと考えての選択だった。

ただし。

「新しく鞘を作るのは苦労したんだろ?」

『まあね。でも刀には鞘が付き物だからそこからイメージを固めていったの』

弾の言葉に答えた白虎の言葉通りである。

既に白虎徹というイメージが固まっている一夏が新たに武装を持つことはできない。

これはすべてのASに共通することだ。

そこで一夏は白虎と共に今の白虎徹を形状変化させて、刃の部分を一回り太くし、刃引きを行ったのだ。

その中で刃を分割した。

つまり、太くした刃引きの刃の中に新しく刃を作ったのである。

そう説明した白虎に刀奈が感心する。

「上手く作り上げたわね。居合となると鞘走りは必須だものね」

「うん、いつもってわけにはいかないけど、墜とすときには使える攻撃になると思う」

「剣士じゃないと切っ先が自分を向いていない恐怖はわかりにくいし」

「だろーな。それに外国だとあまり見ないしな」

実際、居合は日本独特の剣術と言ってもいいかもしれない。

刃を抜かずに戦おうとする姿は一種異様なものがあるだろう。

それは十分なフェイントにもなる。

「まだまだやれることはあるんだ。もっと視野を広げないと」

『そうだねっ、がんばろイチカっ!』

「ああ」

新たな力を得たと、その場にいた一同は皆が笑顔になっていた。

なお、一夏が居合を使うようになったと聞いて、箒が人知れず喜んでいたのは余談である。

 

 

 

会議室にて。

千冬、束、丈太郎、誠吾、そしていまだに絶賛引き籠り中の真耶が会議を行っていた。

「目星はついたんだ?」

「八割五分ってとこだな」

「それならかなり信憑性は高いでしょうね」

束の問いかけに答えた丈太郎の言葉に誠吾が肯く。

八十五パーセントと言えば、かなりの高確率なのだから当然と言えるだろう。

そして、丈太郎は配付した資料について説明を始めた。

「まぁ、灯台下暗したぁよく言ったもんさ。如何せん、こっちもけっこう頼りにしてたかんな」

「倉持技研、とは思いませんでしたね……」と真耶が呟く。

「だが、ここにゃぁ外からじゃ決してアクセスできねぇどころか、重役クラスでも所在を知らねぇ研究所があった」

「……そんな研究所があったんですか?」と誠吾。

「実際、サーバーにハッキング仕掛けても突破できねぇかんな。所在地自体はまだ不明だ。おそらく其処だと推測してるだけなんでな」

倉持技研には、打鉄などの量産機の開発と製造を行う第1研究所。

そして兵器開発などを行う第2研究所。

だが。

「この第2研究所がくせもんでな。通常の兵器開発を行う俺らも知る第2研究所とは別に新世代のISの研究開発を行う研究所があるらしい」

「らしい?」

「社内でも謎の部署だ。外には知らしめてねぇ。ただな」

「ただ、何ですか?」と誠吾が先を促す。

「ここぁ倉持技研ができる前から在ったみてぇだな」

「えっ、それはおかしくないですか?」と、真耶。

倉持技研の研究所なのだから、倉持技研ができてから作られたものだろうと普通は考える。

しかし。

「逆だ。ここを隠すために倉持技研が作られたんだろぅよ」

つまり、フランスのデュノア社もそうなのだが、通常は優秀なIS開発会社に亡国機業が入り込んでつなぎを作る。

だが、倉持技研第2研究所のもう一つの研究所は違う。

先にこの研究所があった。

すなわち。

「まず極東支部があったってことか」

「資料がほとんど手に入んねぇかんな。詳しいことはまだわからねぇが、天狼が拾ってきた情報を確認すると第一次大戦時にはこの研究所の前身になる施設があったみてぇだ」

「古いですね……」

楽に百年前から存在することになるので、誠吾の感想は当然のものだろう。

「その上でこっちに所在を掴ませねぇ。相当隠蔽に慣れてやがんぞ」

その場が静まり返る。

敵が謎めいているだけに気を引き締めなければならないと誰もが思う。

そこでふと気づいた者がいた。

「新世代のISの開発ってことはさ……」

「ああ、白式ぁ最初ここで開発されてたはずだ」

「うにゃーっ、あのときコアも引き取っとけばよかったぁーっ!」

思わず叫んでしまう束に皆が困ったような顔をしてしまう。

白式は束が引き取って開発したのだが、そのときは厳重な警戒と共に輸送されてきただけだったのだ。

もし、そこにコアがあったなら、今の事態はなかったかもしれないと思うと叫びたくもなるだろう。

だが、済んだことを悔やんでいる暇はない。

それを理解している千冬が口を開く。

「博士」

「おぅ」

「倉持技研と交渉します。博士にも同行をお願いします」

「わかった」

「束、囚われているISコアの様子は?」

「何とか大丈夫。わりと日参してるからね。面白い子たちだし、楽しんでくれてるみたい」

「継続してケアしてやってほしい」

「お任せ♪」

「井波と真耶は生徒たちの訓練のサポートを頼む」

「「はい」」

「まずはぶつかってみる。突破できるならそれに越したことはないし、そうでなくとも何らかの情報は掴もう」

千冬の瞳には、これ以上子どもたちを苦しめるような戦いをさせたくないと、そう決意した光があった。

 

 

 

某国、某所。

亡国機業極東支部にて。

「本社のほうにIS学園からアポイントがあったそうよ」

「ふむ。勘づいたか」

スコールの連絡に対し、さして驚いた様子もなくデイライトはそう呟いた。

その目は新たに収集された権利団体のASに関する情報をまとめた資料に向けられたままだ。

「あの『博士』が開発した兵器の開発ラインのチェックと、男性用PSスーツの共同開発依頼だとか」

「まあ、それが一番無難なアポイントになるだろう」

デイライトは資料から目を離さずにそう答える。

「ずいぶんと余裕ね」

「連中が本社からここに勘づくだろうことは十分に予測できた。予測できたことに驚いても仕方あるまい?」

「まあ、そうだけど」

「大方、権利団体のAS操縦者たちの失言でも拾ったのだろう。受け入れると決めた段階でいずれは知られると皆が覚悟していた」

だからと言って、この研究所の所在地は簡単に知られることはないという。

「そもそも本社の連中もここを知らん。向こうはあくまで通常の開発会社だからな」

「権利団体から漏れる可能性は?」

「むしろひた隠しにしてくれるだろうよ。下手にストーキングでもすれば訴える準備もあるだろう」

「確かに」と、スコールは苦笑する。

今、女性権利団体はIS学園よりも極東支部を信頼している。

そこにIS学園が迫るとなれば、何としても来させまいと妨害するだろう。

「頼まなくてもやってくれるでしょうね」

「人の信頼は勝ち得ておくものだな」

無論、デイライトは女性権利団体が極東支部を信頼しているなどとは思っていない。

ただ、自分たちの役に立つ場所を奪われまいと必死になると理解しているだけだ。

「とはいえ、見つけられた場合の手を考えておく必要はあるな」

「どうする気かしら?」

「私としても、少し天災か博士の意見を聞きたいことがあるのでな。取引の材料を集めておく」

「取引?」

何か、手に入れたい物があるのだろうか。

それとも向こうに出せるものがあるというのだろうか。

そんな疑問を口にするスコールに対し、デイライトはニヤリと笑う。

「取引材料は何も物とは限らんさ。ボルドーで痛い目に遭ったらしいからな。予約が殺到していてなかなか大変だ」

「ああ、そういうこと」

デイライトが言う取引材料についてピンときたスコールも、薄く笑う。

 

「さて我ら『零研(ぜろけん)』の整備施設を開けるとしよう」

 

立ち上がったデイライトはフェレスを呼び出すと、スコールを伴って整備施設へと向かうのだった。

 

 

 

 

 



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第213話「存在しない研究所」

千冬、丈太郎の二人は倉持技研の社長にアポイントを取り、極東支部の情報を得るべく交渉に赴いた。

だが、交渉はあっさり終わった。

はっきり言って、倉持技研の社長は何も知らない傀儡だというのが二人の印象だった。

「経営手腕なんかぁ、けっこうなもんらしぃがな」

「普通の会社社長としては問題ない人物だということなんでしょうね」

IS学園に戻る途中、カフェで交渉内容に関して二人で検討しているところである。

「だが、極東支部に関しちゃぁなんも知らねぇ。追及を止める方法としちゃぁてぇしたもんだ」

「倉持はあくまで極東支部の技術を利用して作り上げた開発会社ということですか……」

そして表の企業である倉持技研だけで開発ができるように施設は整えられている。

その陰で極東支部はISというものを追究しているのだろう。

倉持技研自体が開発会社として優秀なだけに、その奥に突っ込もうという人間はこれまで存在しなかった。

その上で、奥に来させまいとするあたり、存在の隠蔽技術は下手をすれば亡国機業の本部よりも上手かもしれないと思える。

「とはいえ、掴んだ情報が『零研』という略称だけなのは情けないです」

と、千冬は項垂れる。

倉持の社長との交渉で彼がポロッと漏らしたのがその略称だった。

予想通り、白式の開発はそこが行っていたらしい。

せめて正式名称くらいは掴みたかったが、彼はその後一切『零研』についての情報は口に出さなかった。

うまく誘導させて吐かせようとしたのだが、彼は『零研』という略称以外は知らなかったのである。

「正式名称がわかりゃぁ、そっから何か掴めっかと思ったがなぁ……」

そう呟きながら丈太郎もため息を吐く。

『まるで別れ話を切り出そうとしてるカップルですねー』

『せめて枕がある場所で語らんか、奥手ども』

と、いきなり声をかけてきた天狼と飛燕ことシロに、二人はジト目を送る。

「おめぇらな……」

「私たちは任務に行っていたんだぞ」

今後のISや生徒たちのための任務でナニをしてこいというのか。

ツッコミたい気分ではあるが、わりと気力が萎えてて突っ込めない二人だった。

とりあえず、倉持技研の社長との交渉内容を二機に伝える。

『ふむ、『零研』ですかー』

「手に入った情報がそれだけなんだ。さすがに気落ちしてしまう」

白式の開発は予想通りではあるので、新たな情報としては略称がわかっただけとなる。

千冬の言葉も当然だろう。

だが。

『いやいや、それはなかなか面白い情報じゃぞ?』

「何か気づいたのか、シロ?」

『妾も噂話を聞いただけじゃがの』

「噂だぁ?」

「私たちは情報をかき集めてるし、噂になっているなら耳に入っていてもおかしくないんだが……」

実際、束が情報を欲しがっているし、丈太郎自身、極東支部を探すために方々を調べ回っているので、噂があるなら既に耳に入っているはずだ。

しかし『零研』という言葉は初耳である。

だが、シロはしれっと言ってのけた。

『百年くらい前の噂じゃ』

『私がまだ奈良で座禅組んでたころですねー』

「「そんなもんわかるかっ!」」

思わず突っ込む常識人二人である。

とはいえ、少しは参考になればとシロの話を聞いてみる。

『妾は『緋宵』としてこっちに居ったからの。人の噂もよう耳にしたのじゃ』

「どんな話だ?」と、千冬。

『旧帝国陸軍の研究所の話じゃ』

「何?」と丈太郎。

『第1から第8まであった陸軍航空技術研究所には、誰も知らん0番目の研究所がある。そんな噂があったのじゃ』

その話を聞いて、千冬と丈太郎の目の色が変わる。

『零研』という略称とも符合する。

「どんな施設だったかって話ぁ知ってっか?」

『先進的な航空技術開発じゃったかのう。要は空を飛ぶための技術開発をしとるとか』

実のところ、実在した陸軍航空技術研究所は第二次大戦後にすべて廃止されている。

もし、その一つが現代にいたるまで存在し続けているとするならば、当然ISの開発を行っているはずだ。

最も先進的な航空技術ということができるからだ。

「織斑」

「はい。おそらくそれが現在の極東支部です。まさか元は我が国の研究所だったとは……」

驚愕すべきことではあるが、今やるべきことはわかりきっている。

「天狼、今の名称を覚えたな?」

『はいはいー♪』

「シロも頼む。軍事方面から調べていけば、何か掴めるかもしれない」

『よいぞ』

そう答えた二機はすぐにネットワークへとダイブする。

とっかかりを捉えたことで、千冬と丈太郎はすぐにIS学園へと戻ることにした。

が。

『ホテルには寄らんのかの?』

「「やかましいっ!」」

どうにもシロは自分たちで遊んでいる気がすると思う千冬と丈太郎だった。

 

 

 

『第零陸軍航空技術研究所』

公式には存在しないはずの研究所。

だが、百年ほど前から第二次大戦後まで、日本のどこかに存在するとまことしやかに言われ続けてきた。

空に憧れた研究者たちが集まり、航空技術について日夜研鑚を積み、いずれは宇宙へと飛び立つための研究を続けている。

 

IS学園に戻り、そんな報告を天狼から受けた丈太郎は、一つため息を吐いた。

「本当に噂話だなぁ」

『しろにーもまだ調べてくれてますが、すぐに見つかるのは噂話しかありませんねー』

当然の話である。

いきなり所在地が見つかるはずがないとは丈太郎も理解している。

とはいえ、不思議といえば不思議な話である。

記録により、公式に存在が確認できるのは第1から第8までの陸軍航空技術研究所だけだ。

何故、『0番目が在る』という噂話が広まったのか。

『そこなんですがー』

「何かあんのか?」

『当時、招集された研究者でいつの間にか行方不明になってる方がいるんですよねー』

「何?」

『時期は一致しません。素性も。ですが、陸軍航空技術研究所があった時代、ぽつぽつと行方不明者が出てるんです』

公式にも記録が残っていたと天狼は説明する。

帰郷した、外国に行くことになった、と理由もちゃんと記録されているのだが、行方不明となった研究者たちのその後が全く不明なのだという。

『生死の記録すらありません。行方不明というのが一番わかりやすいでしょう』

「とっ捕まったってのか?」

『可能性はあるかと』

何者かに拉致され、第零陸軍航空技術研究所に連れていかれた。

そう考えることもできるだろう。

だが、そうなると零研で研究されていた内容にいささか違和感を抱く。

『まとも』過ぎるのだ。

人体実験に代表される非人道的な研究だというのなら、拉致されて無理やり研究させられたという話は理解できる。

千冬と一夏、そしてまどかの母親である織斑深雪がまさにその代表例だろう。

しかし。

「天狼、白騎士が言ってた先進的な航空技術開発ぁ非人道的なもんだと思うか?」

『う~ん、サイボーグ化や生体改造などの人体改造を施して飛ぶというのであれば、非人道的と言えないこともありませんが……』

新世代のIS開発をしているらしい零研。

そして其処で開発された白式は、単一仕様能力を搭載したというかなり無理な性能を持っているとはいえ、ISとしてはまともに作られている。

つまり、他の研究所同様に表に出てきても問題がないのだ。

むしろ現代まで残っているというのなら、その名が轟いていても不思議はないだろう。

「謎の研究所じゃねぇかしんねぇな」

『謎だらけですけどー?』

「前身ぁ阿呆の研究所かもしんねぇぞ?」

『は?』

「俺みてぇに空に憧れた研究者、開発者が趣味で集まっただけってのぁどぅだ?」

『……何ですか、それは?』

丈太郎が思ったのは、それぞれの研究所に集められた研究者たちが自らの意思で寄り集まり、新しい航空技術開発に没頭してしまったのが、始まりなのではないかということだ。

「フェレスってASの情報ぁ貰ってたな?」

『はい』

「そいつが使ってた武装ぁやべぇもんだったか?」

『はて。かなり高性能ではあったそうですが、競技に出しても問題ないようなものらしかったですよ?』

「そこだ」

『ここですか?』

「すげぇ単純に高性能のISを作りたいだけって印象が強ぇんだ」

大量破壊兵器じみた武装だというのなら、今はディアマンテとなったシルバリオ・ゴスペルのほうが相応しいだろう。

軍事兵器という色合いも強い。

極東支部、つまり零研製の対『使徒』用武器は、確かに強力ではあったし、人間に向けられれば大きな被害を出すことは間違いない。

だが。

「ISに乗ってる人間なら対抗はできる。つまり、競技にも使えるレベルに収めてやがる」

『つまり、趣味人の集まりですか?』

「阿呆が集まっててめぇの趣味に没頭した。が、出来上がったもんの性能ぁ高かったとなりゃぁ、おめぇならどうする?」

『まあ、ほっとくでしょうねえ……あ』

そう答えて天狼は気づいた。

零研の研究者たちは、放っておいても高性能な兵器やISを作る。

その開発資料をもとに軍需産業として商売を行えば、かなりの利益を生み出すことができるだろう。

亡国機業はそこに目を付けたのだ。

『要するに『零研』などという組織は存在しない。才能を無駄遣いする変人の集まりということですか』

「あぁ、だから噂にしかなんなかった。実体があるよぅでねぇんだ」

無論のこと、施設はどこかに存在しているだろう。

しかし、亡国機業極東支部としてではなく、また第零陸軍航空技術研究所としてでもない。

ただの変人の寄り合い所なのだ。

そうなれば公式の記録なんてあるはずがない。

彼らの成果は他の研究所から発表されてるのだろうから。

行方不明というのも、自分が所属していた本来の研究所で仕事をせずに自分の趣味に没頭してしまっていたからだろう。

「あぁいう連中ぁ金の出どころなんざ気にしねぇ。研究開発さえ続けられりゃぁいぃ」

『そのお金と場所を提供したのがかつては軍であり、今は亡国機業だった……』

だが、その亡国機業も今はない。

だから女性権利団体に商売を持ちかけたのだろう。

前例のない、最新鋭の高性能AS『天使の卵』を孵化させるまで守るために。

「天狼、倉持の研究員を全員洗い出してくれ。仕事ぶりから日常生活まで手に入る情報ぁ全部だ。違和感あるヤツぁ必ずいるはずだ」

『はい、しろにーやアンアンにも伝えます』

そう答えた天狼はすぐに行動を開始したのだった。

 

 

 

亡国機業極東支部こと『零研』にて。

スコールが女性権利団体の女性に対して、説明を行っていた。

「現在のところ、三時間ほどのメンテナンスで完全回復できるそうです」

「かかるわね……」と、女性は眉を顰める。

「肉体の損傷もありますので。ASの治癒能力を回復させてからの肉体治癒となります」

淀みなくそう答えるも、相手の表情はあまりいいとは言えない。

せめて自分たちの状況くらい把握して整備に来てほしいと思うのは余計な欲だろうかとスコールは落胆する。

「フランスでは大きな成果を上げることはできたけど、こちらの被害も大きかったわ」

「心中、お察しします」

相槌を打つスコールは、ボルドーでの戦闘資料の内容を思い返す。

確かにサフィルスから七機のサーヴァントを奪って見せたことは大きな成果だろう。

IS学園の遊撃部隊はまだ数機のISコアを抜き取ることができただけだ。

奪った上に権利団体のAS操縦者を増やせたのだから、その点においてIS学園を上回ったと言うのは間違いではない。

もっとも相手もさすがにここで自慢話をしたいわけではないだろうとスコールは目を細める。

「我々のASに新たに武装を搭載することはできないのかしら?」

「現在のところ調査中とのことです。今すぐのご報告は致しかねます」

落胆したような顔でため息を吐くその女性を見て、スコールは思う。

何もかも自分たちに都合よく動くわけがない。

ゆえに、普通は様々な手を考えておくものだ。

失敗したときに打てる次の手があるかないかで、勝利を得られるかどうかが決まるのだから。

ため息を吐きたいのはこっちだと言いたい気分を抑えつつ、スコールは笑みを作る。

そして、その女性は整備中のAS操縦者は任せると言って帰途に就いた

 

そんな話をデイライトに報告する。

「ま、あの連中に余計な力を与えたくはないけど」

『正直言ってこれ以上増長されるとぶっ放したくなるわ』

『ウパラさん、気持ちはわかりますが落ち着いてください。スコールさん、対応していただきありがとうございます』

整備の様子を見ていたウパラの過激なセリフに共感してしまうスコールである。

気を使ってくれるフェレスには申し訳ないのだが。

実際、応対するだけで神経が疲れるので、正直代わってもらいたい気分だったのだ。

「今のところは武装を持つしかあるまい。第3世代どころか、通常の武装も載せられんからな」

「説明は?」

「当然行った。だが、せっかくプラズマエネルギーで作った武装があるのに劣化した武装など持ちたくないと言ってきた。これでも必死に作ったのだがな」

そう言ってデイライトは苦笑する。

持ちたくないから載せろというのは、あまりにわがままが過ぎるだろう。

零研は駄々っ子の世話をしているわけではないのである。

「フェレスのような能力はパートナーが私だから生まれたものだろう。他のASでは進化後に新しい武装を載せられないことはIS学園の部隊が証明している」

『その言い方ですと、絶対に不可能とは思っていないようですね?』

デイライトの説明を聞いたフェレスがそう問いかける。

さすがにパートナーの性格はよく理解しているフェレスである。

「如何せん、ここではIS学園の部隊相手に試すことができんからな」

『なら、あの子たちでやってみるの?』

「試したいとは思うな。まあ、IS学園の第3世代ASのようにはできんだろうが」

意外な言葉が出たことに、その場にいた一同は驚く。

不可能だと言っているようなものだからだ。

デイライトとしては、不可能だと予測できることに無理に挑戦する気はないらしい。

「つまり、アプローチを変えてみればいいと考えている」

「どういうこと?」

「もっとも不可能と思えるのは量子転換だ。進化したASは進化時に自分が搭載されていた機体を己自身として量子転換している」

単純に言えば、ASや使徒は機体が持っていた武装、機能を全て自分の身体として進化しているのだ。

そこから新たに自分の身体を増設することなどできるはずがない。

それこそ人体改造の世界になってしまう。

「極端な例が白虎とレオだな。あの二機は武装を外した試験機のまま進化したので鎧以外に身体がない」

『あの子たちはもともと武器を持ちたがらなかったのよね……』

と、以前は同じIS学園にいたウパラが納得したように肯くと、フェレスも肯いた。

『そして、いまだに搭載したという話は聞きません』

「そうね……」

「しかし、おかしな話だと思わないか?」

そう言ってデイライトはニヤリと笑う。

おかしい、とはどういうことだろうかと一同が首を捻ると、デイライトが意外な意見を述べてくる。

「もともとは打鉄だったんだ。そして打鉄にも武装の格納領域はちゃんとある。それは今どうなっているのだろうな?」

『……あれ?』

『格納領域は私にもちゃんと存在しています。レトロフィット・パッチはそこを利用した能力だとヒカルノ博士が確認しています』

フェレスの能力であるレトロフィット・パッチ、すなわち武装の換装能力は、調べてみるともともと機体が持っていた格納領域をうまく利用した能力であることが判明していた。

そう考えると、白虎とレオに載らないのは何故かと考えられる。

『もしかして使い方がわからない?』と、ウパラ。

「いや、それは考えにくい。おそらく別の何かがすでに格納されているんだ」

『何か、とは?』と、フェレス。

「こればかりは私にもわからん。何しろ世界初の男性IS操縦者だったんだ。白虎とレオがどういう影響を受けているのかは、直接調べんことにはわからんだろうな」

さすがに今、直接調べるのは不可能だろうとデイライトは続ける。

如何せん、白虎とレオはIS学園にとって操縦者である少年二人と共に決して手放せない存在だからだ。

ゆえに、話を戻そうと言ってデイライトは続ける。

「もともと権利団体のASは第2世代進化しかできないが、武装は無くとも機体のベースの機能は進化できている」

「当然そこには格納領域も含まれるわね」

「うむ。共に進化することはできなくとも、そこに載せるくらいは可能だろう」

『けっこう簡単な話なのかしら?』

「いや、ここからが難しくなる」

矛盾するようだが、話としては単純だった。

ISコアから進化した使徒やASに載せられる武装がないのだという。

「銃火器やブレードなどの単位の大きい状態の物質で作られた兵器では、フェレスという例外を除いて使徒やASの格納領域には載せられない。単純に質が違うんだ」

『質、とは?』

「進化はISコアが人の心の情報を読み取り、自分の身体、もしくは操縦者と自分の身体を量子転換することまでは判明している」

『あっ、そういうことなのね』

「えっと……?」

「ウパラは気づいたようだな。量子から再構成されたのが使徒やASだ。つまり同じように量子から作り上げた武装でなければ、その格納領域に納められないのだ」

現実的に、量子力学、量子物理学は軍事でも採用されている。

現代科学では量子という考え方は非常に重要なのは確かだろう。

だが、一から量子で作り上げた兵器となると、話はほとんど聞かない。

ゆえに『載せられる武器』がないのだ。

ISは武装を量子転換して搭載するのだが、あくまで大きな単位で作られたものである。

ASや使徒となると単位から揃えていかなくては、新しく搭載することはできないだろうという。

「いわゆる量子兵器は研究課題としては非常に興味深いが、片手間でできることではないな」

そう言って苦笑するデイライトだが、実際、今の零研は『天使の卵』の孵化や女性権利団体の整備などで手いっぱいだ。

これ以上は手を付ける余裕がない。

なので、現在、権利団体のASに搭載できる武装を作ることはできないのである。

「で、その説明を私にしろというのかしら?」

と、スコールがジト目でデイライトを睨む。

調査中といった手前、何らかの答えを持っていかなくてはならないからだ。

かなり専門的な説明を、権利団体の人間相手にするのは骨が折れるどころの話ではないだろう。

だが、さすがにデイライトはそんなことは言わなかった。

「そもそも連中に理解できると思うのか?」

「無理だとわかるから、困ってるのよ」

「単純に、ASは後付けで武装を搭載することはできないと説明しておけ。まさかフェレスの能力まで明かしたわけじゃあるまい?」

「そうね。さすがにフェレスの能力なんて、うちの機密を話すほど馬鹿じゃないつもりよ」

「我々研究チームが無理だと言っていたと言えばいいさ」

人間関係では、割といい加減なデイライトはそう言って笑うが、人間関係で苦労しているスコールは少しばかり頭が痛くなっていた。

 

 

 

 

 



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第214話「それぞれの追跡」

遥か天空にて。

腕を組んだまま彫像のごとく身じろぎもせずにその場に浮かんでいる紅い天使は、目覚めたかのようにため息を吐いた。

その近くでは仏像のごとく座禅を組んでいる闘神の姿もある。

『ふむ。どうやら発見者の推測は正しかったようだな』

『進展?』

『うむ。極東支部の前身たる『第零陸軍航空技術研究所』、その所員と思しき者を特定できた』

『何者?』

『名は『篝火ヒカルノ』、所属は倉持技研の第2研究所となっているが、数年前から所内で働く姿を見たものがおらぬらしい』

「へえ、さすがに早いわね」

と、別のところから声がかかる。

使徒らしからぬ独特の響きは、ここのところこの場で会うことがなかった者だ。

『久しいと言うべきかな。ティンクル、ディアマンテ』

「最近はまどかと一緒にいることが多かったからね。あの子は普通の人間だし、合わせてるとどうしてもここまでは来れないわ」

『ヨルムンガンドは油断ならない存在ですので、彼の監視の意味もあります』

もっとも、ティンクルにとってはそんなことはどうでもいい。

極東支部の所在地を突き止められるならば、どんな情報でも欲しいからだ。

「スコールって人のことも継続して探してるけど、極東支部に辿り着けるなら、その『篝火ヒカルノ』って人の情報も欲しいのよ。譲ってもらえる?」

『この件に関しては、其の方と協力することはやぶさかではない。先のシロキシの進化の恩もあるゆえな』

「私もシロには進化して欲しかったし、別に恩を売ったつもりはないわよ?」

『まあ、適当な理由付けだ。受け取っておけ』

そう言って、アンスラックスはディアマンテに情報を送る。

驚くことに素性から顔写真まで収集できていた。

「ありがと♪」

『感謝いたします。女性権利団体に『卵』と極東支部は非常に厄介な存在となっていますから、急ぎ対応せねばなりません』

『フェレスだったか。それが困りものと聞くが?』

アンスラックスがそう問いかけると、ティンクルとディアマンテは仲良くため息を吐く。

『極東支部を守っていらっしゃる点だけが、あの方の欠点と言ってもよいでしょう』

「あの子と進化したらしい極東支部の研究員は、悪人じゃないと思うんだけどね」

実際、何度か戦ったことがあるティンクルが持つフェレスの印象は、ディアマンテに並ぶ人間の良き隣人という印象だった。

まともに付き合えば、とても良い友人関係を築いていけると思うほどに。

しかし。

『如何せん、個性のせいかあの方はパートナーに反意を持つこともないでしょうし、現状では我々の敵にしかなっていただけません』

『確か『恭倹』であったな。確かに性格はよかろうが、パートナーが極東支部の人間では我々の味方にはならぬか。皮肉なものだ』

何処か苦笑しているような雰囲気のアンスラックス。

実際、苦笑いするしかできないのだ。

ISが誰をパートナーに選ぶのかは自由であるべきなのだから。

「だから、バカ女どもは今回の件で徹底的に潰すわ」

『猛々しいな』

「あんただって気持ちは私と変わらないでしょ。アシュラはどうなの?」

『殲滅』

「わお」

たった一言でとてつもなく物騒な意見を述べてくるあたり、相当にお怒りのご様子だとアンスラックスやティンクル、そしてディアマンテも苦笑いしてしまう。

「とにかくありがと。この情報、ありがたく利用させてもらうわね」

『失礼いたします、お二方』

そう言って飛び去って行くティンクルとディアマンテを見ながら、アンスラックスは呟く。

『謎というなら、彼奴らも謎めいておるのだがな』

『秘匿』

『うむ。何を隠しておるのかはわからぬが、おそらくは我らの進化も彼奴らの思惑のうちだ』

『是』

『さて、テンロウの提案についても考えねばならぬし、どうしたものかな……』

天空に佇む二機の使徒は、そんな会話をしながら青き星を見下ろしていた。

 

 

アンスラックスが見つけてきた情報は、当然IS学園にも送られていた。

実際、現代において人間社会を動かせるのは人間だけなのだ。

アンスラックスはそれを理解しているということだろう。

「しかし、知ってる名前たぁな……」

「ご存じなんですか?」

「以前、白式の開発の時に相談受けたことがある。白式が開発されてた場所がわかった時に気づけてねぇのぁ情けねぇ」

アンスラックスから情報が届いたことで、千冬、束、丈太郎、誠吾とおまけの真耶は会議を開いていた。

情報の共有のためだ。

今後、極東支部、すなわち零研を探す上で重要な情報は全員が共有しておくことが大事だと誰もが理解していた。

「その前のショックがデカかったんだよ。仕方ないじゃん」

と、丈太郎から以前名前を聞いていたことがすこんと抜けてた束が言い訳する。

天才も苦労が多ければ抜けてしまうことはあるらしい。

だが。

「いや、まあ、お前は仕方ないかもしれんが……」

「先輩?」

「この女性、私たちの同級生だったんだぞ、束……」

「「「「はあっ?」」」」

千冬の爆弾発言に、その場にいた全員が驚いてしまう。

当然、一番最初に反応したのは束だった。

「こんなのいたっけっ?」

「高校時代の同級生だ。そんなに交流があったわけじゃないが、珍しい名前だったんで覚えてる」

千冬がタブレットを操作して自分の高校時代の名簿を出すと、確かにそこには『篝火ヒカルノ』という名前があった。

「それなら、先輩が連絡を取るとかできませんか?」と真耶。

「名前を聞いてすぐにピンと来て、篝火の実家に連絡してみたんだが倉持に入社した後はたまに連絡が来るくらいだと言っていたんだ。今の連絡先は家族も知らないらしい」

「だとすっと、家族ぁ何も知らねぇな」

さすがに丈太郎も落胆の色を隠せない。

千冬からつなぎを取ることができれば、一気に極東支部に近づけると思えるだけに、いきなり足止めを喰らった気分だった。

「どういう人物だったか、覚えてますか?」

と、誠吾が尋ねる。

篝火ヒカルノの行動を推測しようということなのだろう。

「まあ、人付き合いはよくなかったと思う。理系、正確には工学系を専攻していて、成績はかなり良かったはずだ」

「生粋の科学者って感じですね」

「そういう印象だったな」

「その、科学者志望なら、篠ノ之博士に何か思うところがあったのでは?」と真耶。

「私、こんなヤツ知らないんだけど……」

当時の束は完全に興味の対象となる人間しか付き合わなかったので、知らないのも無理はない。

ただ、それだけが理由ではないと千冬は説明する。

「篝火自身、そこまで他人に興味を持つタイプではなかったのだろう。それより自分が興味を持つ分野に没頭している感じだったな」

「そうなっと、ISへの興味から倉持に入社して、その後、極東支部っつぅか零研に入ったんかもな」

実際、自分が話したときも、そんな印象を受けたと丈太郎も語る。

あくまでも研究対象への興味が一番にあり、零研がどういう場所かということを深くは考えないタイプなのだろう。

亡国機業について理解していても、それ以上に新世代のIS開発への興味が先にあるということだ。

「とりあえずこの篝火ってのを調べるしかねぇな」

「そうしましょう、友人知人が全くいないとは限りませんし、交友関係を洗っていくのがいいと思います」

「高校時代は当然として、大学なども調べてみますか?」

「それで行こう。真耶、頼めるか?」

「あっ、はいっ!」

どんなに小さくとも、ようやく掴んだ手がかりだ。

ここから何とかして極東支部こと零研に辿り着かなけれはならない。

しかも、時間との勝負になる。

「孵化ぁ確実に早まってるかんな」

「中身が動ける状態なら、一気に孵化する可能性もあるからね」

丈太郎、そして束の言葉に、全員が気を引き締めていた。

 

 

 

ようやくボルドー迎撃戦のときの権利団体のASの整備が終わり、極東支部こと零研は本来の『天使の卵』の孵化の研究に戻ることができた。

もっとも権利団体のASについての調査は同時進行で行っているが。

そんな中、スコールは先日の話の回答を伝えるために、女性権利団体の事務所へと行っていたところだった。

「ふう、疲れるわね……」

渉外は得意分野とはいえ、ほとんどクレーマーのような客の相手は疲労度が尋常ではない。

さりとて、デイライトにでも行かせてしまったら、顧客を煽ってしまいかねないので、自分がやるしかないと諦めていた。

要は、権利団体の人間が、自分の要求がすぐには叶わないことに対する文句を言われ続けたのである。

「提案したのは私だけれど……」

発端というほどのことではないかもしれない。

女性権利団体に兵器を売り続けるため、軍事要塞化しているIS学園を引き合いに出して、提携をしてはどうかと提案した。

結果として、各国の女性権利団体は渋々ながら手を組み、上客となって零研の兵器を購入してくれるようになった。

商売をしていくうえでは、非常に有効な手段であったのは間違いない。

「こんな化け物になるとはね……」

しかし、権利団体は謎の力を手に入れ、歪んではいるがASを手に入れた。

IS学園は新たなるAS操縦者を保護するという名目で打診したらしいが、女性権利団体は突っぱねたらしい。

当然だろう、IS学園は女性権利団体の要求を退け続けてきたのだから。

だが、今の増長ぶりを見ると今後はIS学園に対してだけではなく、自分たちも含めた何に対しても厄介な敵になりそうな気がしてならない。

「ヒカルノ博士の実験が成功するのを祈るしかないか……」

彼女が言う『分離』が成功すれば、権利団体のAS操縦者はASを失うことになる。

しかし、ISの心が感じられない進化は正直に言って正しいとは思えないとスコールも考えるようになってきた。

一度、元に戻すべきではないかと思えるのだ。

「ふふっ、フェレスやウパラの影響かしら」

友人として付き合うことができているフェレスやウパラに対しては、スコールもさほど恐怖心はなくなってきた。

如何せん、自分を振り払おうと全力で暴れた元ゴールデン・ドーンことスマラカタとは、友人とはとても言えない関係だが。

いずれにしても、世界が変わり始めているのか、ISに心があるということを自分も含めて皆が理解し始めている。

ならば、世界の変革を受け入れるべきだとスコールは思う。

「時代に取り残されるのは辛いだろうけど、わがままを言い続けてたら、社会から排斥されるだけだものね」

おそらくは、それが亡国機業が崩壊してしまった本当の理由だったのではないだろうか、などとスコールは少し感傷に浸る。

だが。

「ッ!」

何者かの視線を感じたスコールは、気づかないふりをして足を速めつつ、零研へと戻るためのルートを変更する。

尾行されている。

そう感じたためだ。

現状、最も外に出る機会の多い自分が、敵に対して零研への道案内をしてしまう可能性など、スコールは当然承知していた。

ゆえに、どう動いて追跡を振り切るかは常にイメージしている。

人気のない路地裏に回ると、歩き続けながら久しく触っていなかった小さな銃に手をかける。

通常の科学では玩具としか見えないように作られたものだ。

そして気配に向けて銃口を向けると。

「さすがに元実働部隊だけはあるわね」

背後から少女のような声が聞こえてきた。

この細い路地でいつの間に背後に回られたのかと戦慄する。

まるでこちらが振り向いたとたん、ふわりと羽のように宙を舞ったかのようだ。

それで気づく。

「そう、あなたがティンクルね?」

「あ、知ってるんだ。そ、私がティンクルよ」

今動けば危険だと感じるため、スコールが振り向かずにそう尋ねると、声の主はあっさりと名乗ってきた。

「何か用かしら。黙ってついてくるなんて失礼だと学校で教えてもらわなかった?」

「私は今は学校行ってないわよ?」

使徒から生まれたはずの存在なので、ティンクルが学校に行っているはずがない。

そんなことは理解している。

この場を切り抜けるための手段を見つけ出すための時間稼ぎだった。

「網はいろんな場所に張っておくもんね。いろいろと情報は集まってきてるけど、何処に引っかかるかわからないもん」

少しばかり楽しそうな声を聞くと、本当に少女という印象しかない。

だが、資料によれば使徒であるディアマンテが生み出した戦闘用疑似人格のはずだ。

これほど普通にコミュニケーションが取れるとは思っていなかった。

単純に、印象だけなら女性権利団体の人間よりも好印象を与えてくるほどだ。

しかし。

「一応聞きたいのだけど、目的は?」

「極東支部の場所に案内しなさい」

ゾクッと背筋に冷たいものが走る。

作られた人格だからなのか、それとも別の理由があるのか、ティンクルの命令は何処か冷たい怒りを感じさせる。

「アポイントがない人間を案内させられないわ」

「回線持ってないんだから仕方ないわ。極東支部が大っぴらに宣伝でもしてくれれば話は早いんだけど」

世界の軍事の闇にいた亡国機業が宣伝などできるはずがない。

単なる冗談だとわかっていても、先ほどの命令よりは話ができるとスコールは息を吐く。

「さすがに宣伝はしてないわね。知る人ぞ知るお店なのよ」

「それじゃ商売成り立たないでしょ。大通りに看板でも立てたら?」

「アレも結構コストはバカにならないのよ。適当なところに立てても意味はないし」

「そうね。人目につくところじゃないと宣伝にならないし。でも、アレって目立つとそこに目が行っちゃうのよね」

「そうね。うっかり脇見運転で事故なんてさせたら、立てる側としては申し訳ないわ」

「なるほど。やっぱり都市部にあるのね。東京はさすがに難しい。なら仙台から横浜、そのあたりを限界にした首都圏内ってトコかしら?」

この子ッ!とスコールは戦慄する。

何気ない会話でしのごうとしていたのだが、ティンクルはそこから極東支部の情報を拾ってきた。

彼女の推察通り、極東支部、つまり零研は確かに都市部にある。

他に目につくものがあるため人目が逸れるからだ。

一見くだらない会話から漏れてくる情報をしっかり拾ってくるあたり、かなりコミュニケーション術に長けている。

「さて、どこにあるのかしらね?」

「三秒の間があったわね、今後の捜索に役立ちそうよ。ありがと♪」

「あなた、本当に使徒が生み出したの?」

「そうよ?」

と、素直に答えてくるティンクルだが、スコールはとても信じられない。

むしろ人間そのものではないかとすら思う。

ISたちと人間では、微妙に会話が成り立たないときがある。

思考形態が異なる部分があるからだ。

そもそも会話の中の『間』なんてものを理解できる使徒がいるとは思えない。

どちらかと言えば人間の感情が生み出すもののはずだからだ。

下手な会話はできない。

こちらが極東支部、零研を知っていることを理解している。

そして言葉の裏に隠した真意を読み取ってくる。

ディアマントのパートナー、戦闘用疑似人格であるはずのティンクルがこれほど人間らしい存在とは思わなかったとスコールは考えを改めた。

だが、このままでは本当に零研の所在地を明かす羽目になってしまう。

どうするか。

そう考えていると。

『そおりゃぁッ!』

「チィッ!」

いきなり路地まで走ってきた黒髪の女性が、スコールの頭上を飛び越えるなり、ティンクルに飛び蹴りを放った。

「アンタ、ツクヨミッ!」

『せっかく会えたんだ。遊んでこうぜ』

「冗談でしょッ!」

『つれないなッ!』

大振りのフックで殴りかかるツクヨミの攻撃を、ティンクルは受け流し、顎を狙って蹴り上げる。

バック転でかわしたツクヨミは、ティンクルに向けて回し蹴りを放ってきた。

この狭い路地で?

そう思うスコールだが、ツクヨミは曲げたまま腰を回し、直前になって膝を伸ばしていた。

とんでもない戦闘センスだと呆れてしまう。

とはいえ、のんびり見物している場合ではない。

ツクヨミはこちらを気にするような戦闘なんてしないことは零研で一緒にいることで理解している。

そう判断したスコールは大通りに向かって駆け出していった。

 

 

 

 

 



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第215話「トリガー・ハッピー」

何処かの上空にて。

まどかは悩んでいた。

ティンクルはああ言ってくれたものの、やっぱり自分も同行するべきではなかったのかと。

『私としては同行に賛成するがね』

「うん……」

『君としては行きたくはないのかね?』

「わからない。でも、スコールは……」

その先の言葉が出てこない。

自分はスコールをどうしたいのか。

極東支部を探し出すことは諒兵たちの目的でもあるから、絶対に見つけたいと思っている。

だが、そのためにかつての同僚であったスコールを責めるのは、心に引っかかるものがあった。

ティンクルとの会話を思い出す。

 

ディアマンテが照合した情報をティンクルは受け取った。

「間違いないのね、ディア?」

『確率は九十六パーセントです。ほぼ間違いありません』

「あの人がスコール・ミューゼル……」

上空からサーチをつづけ、ようやくスコールを見つけることができたのだ。

一歩前進といったところだろうか。

「アンスラックスからもらった情報もありがたかったけど、根気よく探してて正解だったわ。ありがとまどか♪」

「う、うん……」

まどかの表情は冴えない。

ヨルムンガンドを通じて自分もちゃんとスコールを確認している。

そうすると何故かよくわからない感情が湧き上がってきた。

そんなまどかの感情を知ってか知らずか、ヨルムンガンドがティンクルに問いかける。

『尾行するのかね?』

「接触するわ。マーキングしたけど、これまでダミーに引っかけられたことを考えると、撒かれる可能性が高いし」

『相手は優秀な科学者と共に行動しています。見失ったときのために何らかの情報を引き出しておくべきでしょう』

そんな一人と二機の会話もあんまり頭に入ってこない。

どうしよう……と、そんな気持ちでいっぱいだった。

「まどか?」

「あっ、うん……」

「とりあえず、待ってて」

「えっ?」

てっきり一緒に行くことになると思っていただけにティンクルの言葉は意外だった。

「わ、私も一緒に……」

「無理しなくていいわよ。イヤなんでしょ、スコールって人に会うの」

答えられなかった。

イヤというのとは少し違う。

スコール自身に特別な思いなどまどかは抱いていないからだ。

ただ、スコールはまどかのママである内原美佐枝のことを気にかけていた。

そのことが何故か引っかかるのだ。

「もしかしたらあんたのママの友だちだったのかもしれないし」

接触すれば、極東支部の場所を聞かないわけにはいかない。

そしてスコールは簡単には答えないだろう。

そうなると力ずくで、という話になってしまう。

「だから、ここで待ってて?」

「でもっ、おにいちゃんがきょくとー何とかを探してるっ!」

だから、やっぱり自分も行くべきではないかとまどかは思う。

ティンクルに任せっきりでいいのかと思ってしまうのだ。

ちゃんと役に立たなければ、と。

そう思っていると、ティンクルはそっとまどかの頬に手を触れてきた。

「諒兵だって、あんたがイヤな気持ちガマンしてまで極東支部を探せなんて言わないわ」

「でも……」

「一番大事なのは自分の気持ち。まどかはどうしたい?」

「……あんまり、会いたくない……」

無理にスコールから極東支部の場所を聞き出そうとするのは、何故だか自分のママになってくれた美佐枝が悲しむ気がした。

ティンクルが代わりにやってくれるというのなら、任せてしまいたかった。

でも、それでいいのかとも思う。

肝心なところで気後れするようでいいのかと思ってしまうのだ。

「いいのよ。今は私がいるしね。言ったでしょ、一番大事なのは自分の気持ちなの」

「自分の気持ち……」

「でも、それだけじゃない。一番に自分の気持ちが来て、二番目は大事な人たちの気持ちを考えて、そうしたら大事な人たちの別の大事な人たちの気持ちも考えてくの」

「自分、だけじゃない?」

「うん、自分だけじゃなくて自分を真ん中においていろんな人の気持ちを考えるのよ。そうしていけば、たくさんの人とつながれるから」

そうしていくことで、家族、恋人、友だちと自分の大事な人は増えていくのだとティンクルは優しげな瞳でまどかに語りかける。

それはまるで……

「おにいちゃんみたいなこと言うんだね……」

「あー、元は諒兵のトコの園長先生の言葉なんだけどね。うつっちゃったのかも」

「えんちょうせんせい?」

「昔の話よ」

そう言うと、ティンクルはすぐにスコールに接触するべく下へと降りて行った。

 

そんなことを思い返したまどかとしては、いまだに何だかふわふわした温かい気持ちなので、決して悪い気分じゃない。

不思議とヨルムンガンドもからかうようなことを言ってこない。

だから、気づかなかった。

ディアマンテから生まれたはずのティンクルが、諒兵がいた孤児院の園長先生と知り合いであるという微妙な違和感に。

そこに。

『マドカ、武装したまえ』

「何ッ?」

『敵のようだ』

ハイパーセンサーが見知らぬ敵を捕らえる。

クジャクをモチーフとした鎧を纏ったブラック・オパールを思わせる人形だった。

『初めまして、ね』

『君は……ヘル・ハウンドか』

『今はウパラと名乗ってるわ。フェレスが心配してたから代わりに出てきたのだけど、正解だったみたいね』

「知り合いか、ヨルム?」

『元はIS学園にいた機体だ。直接話したことはないがね』

ヨルムンガンドにとっては一応、同僚だったということができるだろう。

もっとも。

『ずいぶんと派手に改装したようだ。君の趣味に合わせたのかね?』

『戦争は火力っ!』

どどんっと何故か胸を張るウパラに、まどかは唖然としてしまう。

ヨルムンガンドは何だか冷や汗を垂らしているような雰囲気だ。

『確か、かなりのトリガー・ハッピーだったな……』

『こうしてくれたのは、あなたたちが追ってる極東支部なのよ。悪いけど恩義があるのよね』

『マドカッ!』

「わかったッ!」

無数の砲身を向けてきたウパラに対し、まどかはティルヴィングを構えて突撃していった。

 

 

ツクヨミとストリートファイトする羽目になったティンクルは。

「ディアッ!」

『サーチを続けますッ!』

「お願いッ!」

そう答える間もなく、ツクヨミの渾身のストレートが顔面に迫ってくる。

首を捻ってかわしたティンクルは、距離を開けるために身体を反転させつつ、後ろへと蹴りだした。

「もぉっ、メンドくさいわねッ!」

そう叫びつつ、ディアマンテを展開したティンクルは一気に上空へと舞い上がる。

『まだまだ遊び足りないぜッ!』

しかし、ツクヨミもまた鎧を展開させて追ってきた。

そう簡単に逃がす気はないらしい。

少しばかり息を吐いたティンクルは、ツクヨミに問いかける。

「あんたがそこまで人間を守ろうとするなんて意外だったわ」

『んー、最初はフェレスが心配だから様子を見に行ってくれって言われて来ただけなんだけどな』

別に守ろうという意識はないらしい。

以前、最後までは戦えなかったこともあり、ティンクルと勝負をしてみたくて襲いかかってきたという。

「なんつー傍迷惑」

『わりいが、人の迷惑なんて気にする性格じゃないぞ?』

「威張って言うなっ!」

ここで、ツクヨミの戦意を削ぐ内容となると、やはりアレだろうとティンクルは思う。

あの進化を受け入れられる使徒なんてそうはいないだろう。

『ふ~ん』

「ちょっ、反応薄くないっ?」

『天使の卵』が何をしているかを説明したというのに、ツクヨミはあまり興味がない様子だった。

ティンクルとしては、最低でも極東支部に戻って確認するくらいはして欲しかったのだが。

『ま、確かにあの進化にはムカついてる』

「だったら……」

『だから生まれてきたらぶっ潰す』

「へっ?」

『あの『卵』を孵化させようとしてる連中のことは嫌いじゃないんだ。あいつらバカだけど嫌いなバカじゃないからな。けど……』

「けど、何よ?」

『孵化したら潰す。わりいと思うが守るのは『卵』であって、出てきた中身じゃない』

ティンクルは知らないが、かつてスマラカタが極東支部の人間に言ったのと同じ理由だった。

『天使の卵』を孵化させることは、極東支部の者たちが必死に取り組んでいるのだから止める気はない。

しかし、孵化した『ナニカ』を守ってやる気もないということだ。

そしてそれが理由なら、この場を退くことは決してあり得ないだろう。

ある意味では人間の味方をしているツクヨミのことを否定することはできない。

ティンクルは一つため息を吐く。

『ティンクル、ジャミングされました。スコール・ミューゼルを見失ってしまいました』

「そ……」と、言葉少なにディアマンテの報告を受けた。

今から追いかけても見つからないだろう。

見つからないものに拘っても仕方がない、そう気持ちを切り替える。

「ツクヨミ、覚悟してもらうわよ」

『言ってくれるじゃないか』

「ちょっと事情があって前の時は全力だせなかったからね」

そう言って、ティンクルは冷艶鋸を構える。

ピリピリした殺気がその場に満ちていく。

その殺気に当てられたツクヨミは相棒である大剣『弓張月』を取り出した。

 

「私の本気を見せてあげる。だから、全部終わったらあの子たちに謝りなさいよね」

 

そして、感情を消し去った能面のような無表情のまま、ティンクルはツクヨミの視界から消えた。

否、消えたように見えるほど迅く、ツクヨミに斬りかかっていたのだった。

 

 

とんでもない数の砲身だった。

両肩に大型のカノン砲が二門、両脇に二門、腰の左右に二門、太ももからさらに二門、脛の位置から二門、とどめにリアスカート、正確には孔雀の尾羽のような部分にフレキシブルに動くカノン砲が四門と計十四門もの砲身、さらに。

『行きなさいッ、ストライダーズッ!』

背中の翼から、二門のカノン砲を備えたジェット機のようなビットを放って来たのである。

「BT兵器ッ?」

かつて自分が乗っていたIS、サイレント・ゼフィルスというBT機であっただけに、まどかは驚いてしまう。

もっとも数は圧倒的に向こうが勝っているが。

ただ、ウパラのBT兵器『ストライダーズ』は、ブルー・ティアーズやサイレント・ゼフィルス、つまりブルー・フェザーやサフィルスと違って、けっこう大きめのデザインとなっていた。

ストライダーズは中距離からぶっ放しまくるウパラとは対照的に、接近しながらビームカノンを放ってくる。

『あはははははははははははははっ♪』

「数が多すぎるッ!」

『どれだけトリガー・ハッピーなのかね君はッ!』

思わず突っ込んでしまうヨルムンガンドである。

まさか共にIS学園にいた元同僚で個性基盤が『実直』であるはずのヘル・ハウンドことウパラが、ここまで能天気にビームをぶっ放しまくるとは思っていなかったらしい。

『マドカッ、あの武装なら完全な後衛タイプだッ!』

「わかってるッ!」

何とかして接近してしまえば、近接戦闘ではなす術がないはずだとまどかにも理解できた。

バカみたいに撃たれまくっているビームを必死にかわしつつ、下へ回り込んでから一気に上昇してウパラに迫るまどか。

しかし。

『そう簡単にはいかないわッ!』

「逃がすかッ!」

『逃げやしないわよッ!』

『マドカッ、上だッ!』

ヨルムンガンドの叫びに思わず上を見ると、右肩の砲身がアームによって大きく向きを変え、マドカとヨルムンガンドに向けられていた。

「くッ!」

『命知らずだなッ!』

『当たればいいのよッ!』

放たれたビームカノンを身体を捻ってかわしたまどかは、ティルヴィングを振り抜こうとするが、さらに腰の砲身が狙っているのに気付き、慌てて離脱した。

その先にストライダーズが回り込むが、苛立ち混じりに叩き斬る。

もっとも、相当硬く作られているのか、ほとんど傷がつかなかったが。

いったん距離を取った、まどかとヨルムンガンドはウパラを睨みつけた。

自分も被弾する可能性があるにもかかわらず、ためらいなく撃ってきたウパラにヨルムンガンドは呆れてしまう。

『君がIS学園を出ていった理由が理解できたよ』

『私好みの武装だと人間に扱うのは無理かしら?』

『少なくともまともな人間には扱えまい』

こんなのと共生進化する人間がいるとは思いたくないというか、独立進化はある意味正しい選択だったとすら思えるヨルムンガンドである。

冷静に考えるなら、完全な後方支援型砲台であるウパラに対し、先ほどのように近接戦闘を仕掛けるのは正しいはずだ。

だが、そういった相手に対する対処法をちゃんと考えて改装されていた。

「こうなったら、あの大砲全部ぶった斬る」

『そう簡単には行くまい』

「何でだ?」

『通常なら、あの手の砲身くらいなら我々はプラズマエネルギー化してしまう。だが、ウパラは砲身が物質化している。そうなるとあの砲身全てが最低でも第3世代クラスの武装であるはずだ』

『正解よ、これは『鈍器』だもの』

「どん…き…?」

『君はまず世界中の銃器や大砲の制作者に土下座してきたまえ』

一瞬、ウパラが何を言っているのかまどかには理解できなかった。

ヨルムンガンドは理解したくなかった。

なるほどと理解できてしまった自分の個性を恨みたくなったのはこれが初めてというわけではないが。

『私の趣味に合わせるとどうしても後方支援型になる。当然近接では戦いにくくなるわ』

『それが普通なのだがね……』

『でも、私、別に近接戦闘ができないわけじゃないわ』

「そうなのか?」

『我々の場合、単純に好みの問題だな。本来は個性の情報を基盤として集った情報の集合体だ。得意不得意はないよ』

『でも、私が攻撃を避けても砲身が受けてしまったら、歪んだり壊れたりするじゃない。そうなると最悪撃てなくなるわ』

『砲身なのだから仕方ないとは思わなかったのかね……』

『だから、多少の攻撃では壊れない大砲が欲しかったのよ』

それに対して、大変に頭の悪い回答を出したのが極東支部こと零研なのである。

どうせなら鈍器でも使えるようにと、単純な強度だけ馬鹿みたいに強くしたのだ。

結果として、ツクヨミの弓張月と打ち合えるほどの硬さを誇る砲身ができてしまったのである。

『人間って面白いわ。まさかこんな答えが返ってくるなんて思わなかった♪』

『君を改装した人間はかなり珍しい種類だと思うのだがね……』

『だから、彼らの『目的』を私は守る』

それが『実直』を個性基盤とするウパラが出した答えなのだろう。

自分と真摯に向き合って武装を作ってくれた極東支部の人間たちに恩義を感じているために、彼らが目的とする『天使の卵』だけは守ると決めたのだ。

この手の考え方をする者は容易に考えを改めたりはしない。

『マドカ、何としても突破するぞ』

「当然だッ!」

強敵なのにどうにもこうにもアホらしい戦闘になりつつあるので、気合いを入れ直すまどかとヨルムンガンドだった。

 

 

 

 

 



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第216話「情報交換」

亡国機業極東支部、すなわち零研にて。

戻ってこれたスコールは、ようやく息を吐くことができた。

『大丈夫でしたか、スコールさん。ウパラさんとツクヨミさんに様子を見に行っていただいたのですが』

「ありがとうフェレス。おかげで助かったわ」

そう言ってスコールは、ティンクルに尾行された件を説明する。

そして、ツクヨミが交戦中であるはずだと。

「ウパラには会わなかったのだけど……」

さすがに路地裏とはいえ街中だったのだ。

ウパラが来たら騒ぎになってしまうというのはわかる。

ツクヨミは進化のせいか、人間に近い姿になっているので降りてきたのだろう。

逆にウパラは上空で待機していたのだろうかとスコールは考える。

「ウパラは近くの上空で待機していた日野まどかと交戦中だ」

そう言ってきたのはデイライトだった。

なるほど、最近ティンクルはまどかと行動することが多かった。

ツクヨミと別行動を取り、まどかを抑えることにしたのかもしれない。

「大丈夫かしら?」

「一対一なら、そうそう遅れは取らんと思うぞ。ツクヨミはともかく、ウパラは彼女の好みを反映させた改装を行っているからな」

『間違いなく最強の移動砲台だものねえん♪』

そう補足してきたのはスマラカタだった。

こちらは零研でのんびりしていたらしい。

まあ、性格から考えても人間を助けるような使徒ではないのでスコールも気にはしないが。

「人の心配をしても仕方ないわ。それより今後は外に出るときには注意していかないと」

「そのあたり、うちで一番適しているのはお前になるからな。スマンとは思うのだが」

ティンクルと遭遇しててしまった以上、IS学園にも自分の情報は行ってしまうだろう。

彼女は厳密にはIS学園とは関係がないが、『天使の卵』を敵視しているのだから、この件に関してはIS学園と協力してくるはずだ。

尾行に関しては今後より一層の注意が必要となる。

「今までもそれが任務だったのだから、やることは変わらないわ。意識を少し改めていくだけよ」

『本当にすみません。私たちに協力できることでしたら、いくらでもお力になりますので』

「気にしないでいいわよ」

それがフェレスの個性だと理解はしているのだが、それでも権利団体の人間よりは遥かに信頼できる相手だとスコールは微笑む。

すると。

零研の奥のほうにある整備室、ただし元々はフェレス専用で今はウパラやツクヨミ、スマラカタも使っている整備室が騒がしくなった。

「戻ってきたか」

「助けてもらったし、お礼は言っておかないと」

そうそう負けることはないと思い、わりと気楽にそこに行ってみると、けっこうなダメージを受けているウパラと、そのウパラに肩を借りているツクヨミの姿があった。

『整備室を開放してくださいっ!』

「もちろんだっ、すぐに修理に入るぞっ!」

慌てたようなフェレスの声に所員の一人がそう答える。

二機を専用の整備台に横たえ、すぐに整備を開始した。

幸い、使徒の整備はコアに大きなダメージが行っているか、余程身体を破壊されない限りはそうそう難しいものではない。

自己修復能力で直せるところまで修理すると、いったん報告しておきたいということでウパラとツクヨミのほうから整備を担当した所員に休憩してくれと言ってきた。

『ダインスレイブね?』と、珍しく真剣な様子のスマラカタが問いかける。

『やっぱりあの剣は厄介ね。もっとも砲門を全部落とさせはしなかったわ』

『大丈夫だったのですか?』

『痛み分けってところよ。向こうにもビーム砲をたらふくお見舞いさせたし』

ウパラの砲門はツクヨミの弓張月と打ち合えるほどの強度を誇る。

ゆえに普通のプラズマソードであれば、簡単には落とせない。

一夏と白虎の白虎徹が相手でも止めることができるだろう。

一夏が単一仕様能力を発現すれば別になるが。

だが、まどかとヨルムンガンドのダインスレイブは異なる。

そもそもがIS殺しの剣。

驚くことに一撃で砲身を歪ませてきたのだ。

『これは私たちの『質』の問題なのよね』

『相手は男性格のASですから……』と、フェレス。

『でも、どうにかしたいわ』

このままというのはウパラとしても腹立たしい。

相手が男性格だから負けてしまうなんて考えたくない。

すると。

「今回受けたダメージを分析中だ。対応策をそこから考えられるのではないかと思う」

『そうしてくれるの?』と、デイライトの言葉にウパラはいささか驚いた様子で問いかける。

「我々にとっては大事な研究課題だぞ。特にダインスレイブは同種の武器が現時点では存在していないからな」

黒く光る剣という一見すると矛盾した武器だ。

そして一撃でISの身体に修復不可能なダメージを与えてくる。

そんな面白い研究課題を放っておくような所員はここにはいないとデイライトはニヤリと笑う。

「ならば、知りたいと思うのは当然だろう?」

「楽しそうね、まったく」と、苦笑いするスコール。

『まあ、それでも何とか対応できるようになるならありがたいわ。今回手に入れた情報は好きに使って』

「感謝しよう」

『ありがとうございます、ウパラさん』

そう言って頭を下げる主従は、今度はツクヨミのほうへと顔を向ける。

「こちらはかなりのダメージだな……」

全身傷だらけの上、蝙蝠を模した装甲も破壊の跡が見られる。

ツクヨミと戦ったのはティンクルとディアマンテ。

ここまでのダメージを受けるとは正直思っていなかったというのが本音だ。

今まで眠っていたのか、気怠そうに目を開ける。

『ツクヨミさん、大丈夫ですか?』

『フェレスかよ。てえことはここは零研か。ティンクルと相討ちになったところまでは覚えてんだけどな……』

『相討ちい?』

『あんにゃろう、猫被ってやがった。後方メインの遊撃と思ったらがっつり近・中じゃねえかよ……』

『近接でツクヨミさんと互角だったんですかっ?』

と、フェレスのみならず、その場にいた一同が驚いてしまう。

零研にいる使徒の中でも、ツクヨミは接近戦では間違いなく最強クラス。

相性次第ではあるが全使徒の中でも高位に入る。

近接戦闘でツクヨミと互角ということは、かなりの強さを誇るということになる。

『基本は一撃離脱だ。とにかく迅え。時々だがこっちの反応超えやがった。マキシマム・イグニッション・ブーストを上手く利用してやがる』

言うなればスピードスター。

一気に近づいて攻撃し、すぐに離脱する。

だからと言って近接戦闘ができないわけではなく、こちらが距離を詰めて打ち合うとちゃんと応じるという。

『近接だと手刀の二刀流でしのぐんだ。ありゃあファンリンインの動きに似てたな』

『それで、離脱して距離を取ってから突撃って感じい?』

『ああ、少し距離があれば長柄の中国の剣、冷艶鋸を使ってくる。いい距離感持ってやがる』

『何だか楽しそうに話してるような気がするのですが……』

話しながらだんだんと笑みを浮かべてきたツクヨミにフェレスは冷や汗を垂らす。

実際、本当に楽しそうなのだ。

『あいつなかなかおもしれえぞ。今度はあいつがいる戦場に飛び込んでもいいかもな』

「か、身体を壊さない程度にね……」と、スコール。

「修理は任せろ」と、デイライト。

いや、そうじゃないだろうと思わず突っ込みたくなった一同だが、肝心のツクヨミが嬉しそうに笑う。

『上等。次が楽しみだぜ』

『まあ、連中ここを嗅ぎつけようとしてるしい、戦闘は避けられないものねえん♪』

仕方がないとはいえ、毎回ボロボロになるような戦闘はしてほしくないウパラやスコール、そしてフェレスであった。

 

 

一方、何処かのカフェにて。

「うぁー、カッコつけて相討ちとか恥ずい~……」

「もう砲身は見たくないよ~……」

と、ティンクルとまどかが二人してテーブルに突っ伏していた。

それぞれツクヨミ、ウパラと激戦を繰り広げた二人。

何とか撃退したもののこちらのダメージもけっこう大きかったので休んでいるのである。

もっとも、ティンクルは気合いを入れて戦ったにもかかわらず相討ち。

まどかはトラウマになるレベルで砲撃を喰らいまくった。

戦闘内容は決して良かったとはいえないレベルだった。

『先の戦闘はツクヨミの強さを称えるべきでしょう。あの方は恐ろしい進化を遂げました』

『ウパラは趣味に走りすぎだな。正直、二度と相手にはしたくない気分だよ』

と、ディアマンテとヨルムンガンドも感想を述べる。

実際、極東支部側に行ったスマラカタ、ヘル・ハウンドことウパラ、コールド・ブラッドことツクヨミは恐ろしい進化を遂げている。

『天使の卵』に到達するためには、フェレスを加えた四機を退けなければならない。

難敵の登場に頭を悩ませてしまう。

「とりあえず、交戦記録をIS学園に送らないと」

「えっ?」

「この件に関しては向こうと協力するから、こういった敵のデータを渡しておくことは大事なのよ」

今後、極東支部に攻め入ることになった際、前もって知識があるということは非常に大きなアドバンテージとなる。

特にウパラは表に出てきたのが今回が初めてだ。

まどかの交戦記録はIS学園にとって喉から手が出るほど欲しいものだろう。

『私としては情報を簡単に渡したくはないのだがね』

「なら、ウパラはあんた担当ってことで♪」

『好きに使うといい』

あっさり情報を渡すことにするヨルムンガンドである。

さすがに最強の移動砲台を相手にするのは今回限りにしたいらしい。

まどかとしてもまたアレと戦うと思うとげんなりしてくるので反対はしなかった。

「ウパラは相性を考えると、私かセシリアが一番向いてるわ。最低限セシリアには受け取っておいてもらいたいのよ」

『おそらく各砲台を狙って抑えるのが一番隙を作りやすいでしょう。そうなれば近接に強い者が近づいて戦うことができます』

『なるほど、そうなるとIS学園では聖剣の君が妥当だな。あとは君か、ディアマンテ』

『はい、銀の鐘を用いれば各砲台にロックオンできますので』

他にはラウラとオーステルンのAICならウパラの動きを止めることは可能だ。

だが、ビームカノンを乱れ撃ちされると止めるどころの話ではないので、むしろ対ウパラ戦の場合は前衛を務めるほうがいいだろう。

実際、ティンクルとディアマンテ、セシリアとブルー・フェザーがウパラの乱れ撃ちを止められるかどうかが攻略のカギとなる。

「ツクヨミは?」

「あいつめっちゃ戦いづらいのよねえ……、戦えなくはないけどさ。あとは鈴と諒兵かな」

「おにいちゃん?」

「諒兵は戦い方がトリッキーだからツクヨミの動きにもついていけるわ。鈴は基本的には私と同じ。一夏はちょっと厳しいかな。ああ見えてちゃんと剣術を学んでるし」

以前も語ったが、その点で言うとまどかも難しいのだ。

少年兵として訓練を積んできているので、戦い方自体は真っ当なものなのである。

『いずれにしても、今回の交戦記録をIS学園に渡しておけば、向こうでも戦術を考えるでしょう』

『我々だけで対処するべきではないのは確かだ』

そう二機のASも同意したことで、ティンクルはIS学園に通信をつなぎ、交戦記録を渡したのだった。

 

 

ところ変わってIS学園。

ティンクルたちから送られてきた交戦記録をもとに、千冬が生徒たちを集め、戦術構築のための会議が開いていた。

今後の戦闘を考えてのことだ。

「何だよアレ……」

『まさに移動砲台というか……。空中戦艦ですね、あそこまで行くと』

「俺、近付ける気がしないんだけど……」

『というか近づきたくないんだけど……』

ウパラとまどかの交戦記録を見た二人の男性AS操縦者と、そのパートナーたちが冷や汗を垂らしている。

他のメンバーは目が点になっていた。

「あのヨルムンガンドだったか?ヤツが言っているトリガー・ハッピーとは何だ?」

「簡単に言うと、拳銃や機関銃を撃ちまくるのが楽しくてしょうがない人、かな……」

箒の疑問に答えたのはシャルロットだった。

そんなシャルロットもかなり呆れたというか、呆然と映像を見つめている。

『ヨルムンガンドも上手いこと言ったものね……』

『マジで笑ってたな、アイツ……』と、ブリーズ、ヴェノムですら呆れ顔だ。

「いや、まあ、楽しいって気持ちがわからなくはないんだけどさー」と、ティナ。

「全十四門のビームカノンに、ビームカノンを載せた二機のBT兵器。どれだけ乱射好きなの……」

「あれはちょっとない……」

と、刀奈や簪も呆れている。

実は一応同学年の生徒の機体だったヘル・ハウンドが進化したのがウパラだけに、気持ちは複雑だったりする。

「ま、まあ、性格はそこまで非道ではないし、撃退するだけでよかろう。それよりも……」

「ウパラを相手にするときは私たちがキーになるということですわね?」

『私たちの責任は重大です、セシリア様』

わりとマジメに大問題なので、セシリアは真剣に答える。

ブルー・フェザーの言う通り、責任重大なポジションに立ってしまったからだ。

ティンクルの考え通り、セシリアとブルー・フェザーが羽を駆使して砲身を抑えないと、誰もまともに近づくことができない。

まどかが砲身を落とすことができたのは、自身もかなり被弾したうえでの特攻だったのだ。

相討ち覚悟の特攻は戦術とはとても言えない。

「実際、あの砲門の数はそれだけで脅威だ。それぞれに対応していく必要があるが、砲門一つに一人なんて戦術はとてもとれん」

「ビットもあるしな」と、千冬の言葉を補足する諒兵。

「仮にティンクルたちと共闘するのであれば、『銀の鐘』で抑えてくれるだろうが、同じタイミングで戦闘に入れるとは限らん」

「そうなると、セシリアがビットで応戦するしかないわけね」と、鈴音。

『砲門の角度を変えてくれれば、接近できそうニャのニャ』

「それが一番ベターな戦術か」

『ベターというか、ベタだな……』

ラウラとオーステルンも呆れ顔になりながらも、そう納得する。

というか、それしか戦術が立てられないのだと千冬は説明する。

「無理に砲門を落とすべきではないからな。如何せん、あのダインスレイブを受けたのに、一撃では砲身が歪むだけだった。相当硬いぞアレは」

『妾の紅鬼丸でも簡単には斬れん。白虎徹でも難しかろうのう』

飛燕ことシロの言葉通り、剣で切り落とすには相当に硬いのがウパラの砲身だ。

それよりも本体を狙ったほうがいいと全員が納得していた。

続いてはツクヨミ。

「わけがわからん……」

「まあ、あんたはそう思うわよね」

呆れたような顔で呟く箒に対し、鈴音は苦笑いしてしまう。

如何せん、映像を見ても倒すとっかかりが掴みにくいのがツクヨミだった。

戦っているのは間違いないのだが、敵を倒そうとしているのかと思うような動きが多いのだ。

「アイツは巧く近づいて攻撃してるけどな」と、諒兵。

「確かに巧い。一撃離脱が一番効率がいいかもな」

諒兵の言葉に一夏も納得したような声を出す。

「一撃離脱を基本として考えるならば、一番向いているのは鈴音、お前になるな」

「そうですね。今回のあの子の戦い方と同じになります」

千冬の言葉に、そうあっさり納得する鈴音。

実際、一撃離脱を基本として戦っていくなら鈴音が一番向いているのだ。

単純に近づいて斬るということであれは、一夏でも可能だ。

だが。

「あの反応速度は厄介かなあ」

『まるで野生の勘でも持ってるみたいに見えるね』

と、一夏と白虎が少しばかり困ったような顔をする。

実のところ、使徒に野生の勘というものはない。

そもそもが情報の集合体なので、正確に言えばAIと考えるほうが正しいだろう。

そうなると基本的には情報を得て予測しているのである。

ならば、何故ツクヨミは勘で動いているように見えるのだろうか。

『こればかりはツクヨミ自身に確認しないとわからんな』と、オーステルン。

推測を立てたところで意味はなく、また戦闘において厄介であることに変わりはない。

そうなると論じるべきは誰が相対するか、だ。

「以前も考えたが、接近戦だと諒兵になるか」と、千冬。

「何とかなるんじゃねえかな」

『直感で戦うのであればリョウヘイと私でしょうね』

諒兵は直感的な戦闘も得意とするので、ツクヨミの超反応にも対応できるだろう。

ただ、一騎討ちだと決して楽な戦闘にはならない。

そうすると重要なのはサポートになってくる。

「諒兵がメインで戦うとなると、ラウラか鈴音、どちらかがサポートに入るほうが勝率は上がるな」

「「はい」」と、千冬の言葉に素直に答える二人。

ウパラにしても、ツクヨミにしても一騎討ちは決してするべきではない。

まして、殺しにくい相手だ。

撃退することを念頭に置くとなれば、こちらの戦力が確実に上回るようにするしかない。

まして本命が後ろに控えている状況だ。

ゆえに、常にタッグ以上の人数で戦うことが大事だと千冬は語った。

ただ。

(見れば見るほど鈴音みたいな戦い方をするんだな……)

箒はティンクルとツクヨミの戦闘映像を見ながら、そんな印象を抱いていた。

 

 

 

 

 



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第217話「フェレス」

会議は続いていた。

次の議題として挙げられたのは、IS学園にはまだ名前しか情報が来てないAS。

「フェレスの?」と、鈴音が疑問の声を上げる。

「今回、極東支部のASであるフェレスとの交戦記録も譲ってもらったのでな」

戦いが避けられない以上、こちらでも対策を立てることが重要だと言って千冬は映像を出してくる。

その姿を見た一同から疑問の声が上がる。

「使徒じゃないんですか?」とシャルロット。

実際、ヤギを模した鎧を纏った薄紫色の人形は、これまで見てきた使徒とほぼ同じ姿だ。

頭上に天使の輪がない以外は使徒そのままと言っていい。

「驚くことにフェレスはASだそうだ。そうだな天狼」

『私そんなに暇でもないんですけどねー』

そういうわりには千冬の声にあっさり姿を現す天狼である。

『これはおそらくアバターですねー』

「「あばたー?」」と、イマイチ残念な頭を持つ一夏と諒兵が首を傾げる。

『そういうことなのね。ずいぶん変わったことをするけれど』

と、どうやらブリーズを始めとして、ASたちは理解できているらしい。

『本体は極東支部の誰かと共にあります。ただ、戦闘するための身体をレッすん自身が別に作ったんでしょうねー』

そもそも戦闘というより、研究や生活のサポートのために作られたものかもしれないと天狼は続ける。

共生進化当初は戦闘など考えていなかったのだろう、と。

「ある意味、理想的な関係かも」と、簪が呟く。

彼女の言う通り、戦闘するために共生進化するよりも、仕事や生活のサポートのために進化するほうが今後の関係性を考える上では理想的だ。

空を飛んでみたいが理由であった一夏と白虎、諒兵とレオはともかくとして、他のAS操縦者たちはISとの戦争のために進化したと言えないこともない。

それは決していい関係性とは言えないだろう。

「それは確かに今後重要だが、このフェレスは極東支部を守るためなら戦ってくる。まあ、できれば倒したくない相手ではあるがな」

本音を漏らしつつも、千冬はそう言って主題を戻す。

敵として出てくる以上は、対策を考えることがまず重要だからだ。

改めて一同が映像に集中すると、今度は別の意味で驚かされてしまう。

「い、いったいいくつ第3世代の武装があるんだっ?」と、ラウラ。

「十個近く出してきたわよっ?」と、刀奈も驚く。

一度に、ではないがティンクルとディアマンテの交戦記録を見る限り、確実に二桁近くの第3世代武装を持っている。

「それに持ってる武装に合わせて戦い方を変えてるな」

「ずいぶん器用だな」

一夏と諒兵は冷静にフェレスの戦闘を分析する。

戦う相手としても面白いと感じているのだろう。

『レッすん自身は戦いを忌避するタイプなんでしょうけどねー』

「天狼?」と一夏が先を促す。

『あの子はあくまで極東支部を守るために戦っているだけです。本人は戦いが好きではないはずですねー』

「人間のためってことか?」と諒兵が問いかける。

『調べてみたんですが、あの子の個性基盤は『恭倹』でした。パートナーに対して常に一歩引いて付き従う性格をしてるんです』

おそらくは自分の意志で大事な居場所である極東支部を守っているのだと説明してくる。

それを聞くと特に一夏と諒兵は微妙な表情になってしまう。

ディアマンテ並みに戦いづらい相手だということだからだ。

『そこから考えるとー』

「とー?」と、鈴音が先を促すと、意外な答えが返ってきた。

『おそらく武装の積み替えができるんではないかとー』

「ええっ?」と驚く一同に天狼は推測を述べてくる。

『レッすんは最初は武装がなかったと思いますよ』

方法は不明だが、いくつもの武装を積み替えて戦っているというほうが、フェレスの性格には合っているという。

つまり、慣れない戦闘に対して、間に合わせの武装を積んで頑張ってるのがフェレスなのだ、と。

「めっちゃいい子じゃない」と鈴音が呆れてしまう。

『マジメに戦いにくい相手ニャのニャ……』

「でも、能力としてはかなり珍しいね」と、技術方面で感心してしまうシャルロット。

『はい、珍しい能力です。そしてあの子のバックにいるのは極東支部。武装はいくらでも作れますねー』

極東支部の人間たちの協力によって、ある意味では無限の武装を持つASということができると天狼は説明する。

そして、だからこそフェレスの性格まで説明したのだ、と。

「それっておかしいよね、一夏や諒兵の性格を考えたらフェレスとはまともに戦えなくなるよ?」

そうシャルロットが見抜いた通り、既に一夏や諒兵の精神状態ではフェレスとはまともに戦えない。

それでは大きな戦力ダウンになる。

知らないほうがよかったのではないかと普通は考える。

『できれば倒してほしくないんですよ』

「えっ?」

「どういうことだ天狼?」

『レッすんとそのパートナーの関係はカンカンが言った通り理想的な関係です』

「もうちょっとまともなあだ名にしてお願いだから」

と、刀奈が簪のあまりのあだ名を修正してほしいと懇願するが天狼は華麗にスルー。

『ですから、その関係は今後の私たちとあなた方の共存社会を築くうえで必要になってくるはずです』

「確かにな」と千冬が肯いた。

『他は倒していいとは言いませんが、レッすんの場合、撃退するにしてもある程度の加減と説得をしていただきたいんです』

「そうか、説得するなら一夏と諒兵が一番かもしれない」

と、シャルロットは納得がいったような表情を見せた。

共に生きるという関係を築いていくなら、白虎、そしてレオと共生進化した一夏と諒兵が一番理想的なのだ。

その上で、フェレスとそのパートナーのように日常で協力し合える関係を築いた者たちは、今後の社会構築の上で重要となる。

『私たちをただの力と思わない関係性、それがレッすんとそのパートナーにはあるんです。ですから説得していただきたいんですよー』

「わかった。まずは話し合ってみよう」

「いいぜ。何だか萎えちまってたし」

戦うのであれば相手も戦意の高い者がいい。

そうでないのならば話し合いで終わらせるほうが気分がいいと、一夏と諒兵も納得するのだった。

 

 

スマラカタに関しては、現状でIS学園での戦闘しか資料がないため、改めての確認という形になった。

極東支部を探し出すことは、今では急務となっている。

『天使の卵』の中身と思しきノワールが女性権利団体のASを生み出すことに関与していることが明らかだからだ。

何としても止めなければならないということで会議は終了した。

 

がらんとした会議室で千冬は資料をまとめ直す。

形はどうあれ、会議で多少生徒たちを前向きにできたことはよかったと安堵する。

「すまんな、天狼」

『いえいえ、私としてもレッすんの件は言っておきたかったので』

会議の前に千冬は交戦記録を全て確認した。

さらにフェレスに関しての情報も天狼から受け取って吟味した。

性格等を考えてもフェレスとそのパートナーに対しては、共闘は無理でも敵対はやめておきたい。

『天使の卵』があるため、そう簡単にいかないことは理解しているが。

それでも今後のためにもできれば共存していきたいのだ。

『今後、ですか……』

「私が考えるようなことではないかもしれんがな。それでも私の生徒たちのためになる以上、考えないわけにはいかない」

今後とはこれからのISとの戦争や極東支部との戦いではない。

『戦後』だ。

「人とISが共存できる世界にならなければ、一夏たちがどうなるかわからん。教師としても、姉としても、一夏だけではなく生徒全員を守らなければならんからな」

『だから、あなたは共生進化しないんですか?』

無言で肯く千冬。

千冬は才能を考えても、経験を考えても、新しいISとの共生進化が可能だ。

しかし、当初はともかく、千冬は今はそうすべきではないと考えていた。

千冬が一夏や諒兵たちと同じ立場に立ってしまうと、後々の世界で本当の意味での味方になれないからだ。

同類を守っているにすぎないと揶揄される可能性のほうが高い。

だから、千冬はあくまで人間として生徒たちを守ると誓っているのだ。

同じ人間が進化した者たちを守る。

それが少しでも普通の人間たちの心を変えていくと信じて。

「暮桜のことを考えていないと言うと嘘になってしまうが」

『それだけ想われているならクレザクラも嬉しいでしょうね』

「今も昔も私がパートナーに選ぶなら、やはり暮桜になるからな」

そう言って千冬は寂しそうに笑う。

ザクロこと暮桜とヘリオドールことファング・クエイクは、単一仕様能力のぶつかり合いによって『死』んだ。

実はすぐにはISコアに憑依することはできないと天狼は語る。

今はエンジェル・ハイロゥで永い眠りについているだろう、と。

「弔いなどというつもりはないが、道を違えた以上、私はこの道でよい未来を創っていくしかない。そのためには今後を考えて戦っていかなければ」

『そうですねー、そうしますと?』

「権利団体の暴走を止めなくてはならん。アレは私たちが望む未来とは真逆を行っている」

『私もあのような進化を認めることはできません。あれではISを隷属させているようなものですし』

「それだけではない。連中の動きは速いからな」

『速い、とは?』

「一夏と諒兵の活動制限の件だ。当初は危険人物として抑えようとしていたが、各国の反対多数で否決された」

『あの子たちが戦ってきた結果ですねー♪』

「だが、今度はIS学園で保護すべきと言ってきた。戦場に出すべきではない、とな」

『いろいろ考えますねー』と天狼は呆れ顔になる。

要は危険人物として抑えられないなら、保護対象として活動を制限させようということである。

実はけっこう賛同があるらしいと千冬は説明する。

「正確には反対しにくいらしい。男だから前線に出すということで一種の差別だという者までいるんだ」

『どれだけイチカとリョウヘイが邪魔なんでしょうねー』

「力を何とかして自分たちだけのものにしたいのだろうな。似た理由で、生徒たちを前線に出すべきではないという者も出てきた」

そうなるとIS学園で戦える者がいなくなってしまう。

そうすることでIS学園自体を潰すか乗っ取る算段なのだろうと千冬はため息を吐く。

「クラリッサやファイルス、コーリングたち大人のAS操縦者が反対してくれているから、可決まではいっていないのが今のところ唯一の救いだな」

『あの子たちから学ぼうという意志はないんですかねー?』

「そのためには一度、権利団体のASを解放しなければならんだろうな。これに関しては束が頑張ってくれてるが、如何せん権利団体のASのデータがない」

『データ、ですか』

「ああ。権利団体は間違いなく極東支部で整備を行っている。彼らを抱き込むことができればと思うんだが……」

実はそのためにもフェレスとそのパートナーを倒したくないのだ。

さすがにそんな理由を生徒たちには明かせないので、天狼にひと芝居打ってもらったのだが。

「極東支部、零研とやらがIS学園をどう思っているか、せめてそれだけでもわかればな……」

『ふむ。コア・ネットワークからカーたんたちに接触してみましょうか?無理はしませんが、極東支部の人間にも接触を試みますけど』

「頼めるか?」

『私としても彼らの考えを知っておきたいんですよー、特にカーたんとつっきーは』

「何故その二機なんだ?」

『ティンクル以外で外見が人間に近くなってますからねー、今後の社会で最も問題視される可能性が高いんです』

ISが進化したら人間、それも実在の人物に化けたということは実はかなり大きな問題だ。

鈴音はともかく真耶は引き籠ってしまっている。

自分の姿を奪われるなどという事態は普通に考えても悪夢だろう。

今までとは別の意味で戦争が起きかねないのだ。

「なるほど。ならば頼みたい」

『はいはいー♪』

そう言ってネットワークにダイブする天狼を千冬は見送る。

考えることは山ほどある。

今はまず、生徒たちが自由に空を飛び続けられるように、そう願いながら千冬は作業を続けるのだった。

 

 

数日後。

鈴音とラウラは共に千冬に呼び出された。

先日の会議の続きかと思っていた二人だが、その内容は予想とまったく違っていた。

「なるほど、ただの妄言かと思っていましたが……」

「実際、ドイツの権利団体から息のかかった女性議員を通じて提出されていたんだ」

「マジで拘束する気だったんだ……」と呆れ顔の鈴音。

ラウラの問題とは、先日のボルドー迎撃戦のときに権利団体の人間が言っていたVTシステム事件のことだ。

IS学園外での行動を禁止するというもので、要はラウラの活動制限である。

ラウラの故郷であるドイツが通れば、諸外国は素通りすると言っても過言ではないので、本気で提出していたらしい。

「これに関しては連邦大統領まで動いたそうだ。結果として退けられている」

「特に気にはしていませんでしたが、私のために骨を折っていただいたことには感謝します」

「私からも謝辞を伝えたが、あとでクラリッサを通じて礼を言っておくといい」

「はい」

『私としても助かるな。ワルキューレに礼を言っておくか』と、オーステルンも同意した。

ただし、如何せんVTシステムの使用禁止は現在でもアラスカ条約で定められている。

活動制限とまではいかないが、諸外国での活動には注意が必要になるという。

「どういうことでしょうか?」

「流れ弾が当たっても連中は騒ぎだす可能性が高い。戦闘行動においては周囲の被害を最優先に考える必要があるということだ」

「了解いたしました。今後より一層注意いたします」

ピッと敬礼するラウラに千冬は肯く。

相手に着け入れられる隙を作らないようにしなくてはならないということは、思わぬ縛りを自身に与えることになる。

それで墜とされる様なラウラではないが、それでも注意するに越したことはないと千冬は締め括った。

「そうなると問題は私?」

と、鈴音が問いかけると千冬は一つため息を吐いた。

「今の行動はIS学園としても助かっているのだが、如何せん、外見の問題がな……」

「あーそういうことね。あの子を何とかしたいんだ」

こないだ恨み買ってたし、と鈴音もため息を吐く。

千冬の説明によると、ティンクルは凰鈴音と同一人物であるという噂が広まっているという。

使徒と茶番を演じるために、猫鈴とディアマンテをかわるがわる装備して動き回っているのだ、と。

「共生進化は一人につき一体、そう考えれば有り得んことだとわかるはずなんだが……」

「クローンでも作ったとか言ってたりして」

と、苦笑する鈴音に千冬は困ったような顔を見せる。

「マジですか?」

「マジだ。何とかしてティンクルを抑え込みたいらしい。とにかく流言飛語が凄まじい状況だ。意図的に流布しているのだろう。」

そのため、鈴音そっくりの外見を利用してティンクルもIS学園の関係者だということにしたいらしい。

これまでの戦闘のみならず、ディアマンテはISとの戦争の火付け役であることも大きな問題なのである。

「お前が戦争の原因だという意見も出ているんだ。ティンクルを抑え込みつつIS学園も抑えられるから、こちらは相当に力を入れているぞ」

「めーわくー」と、鈴音は机に突っ伏した。

「そこまでして鈴音とティンクルを抑える理由は何ですか?」

と、ラウラが疑問の声を上げると、鈴音が推測を述べてきた。

「ていうか、あの子も極東支部探してるから、うっとうしいんですかね?」

「それもあるだろうな。女性権利団体にとって極東支部は宝の山だ。見つけられたくないんだろう」

既に兵器の購入で頼っているため、公にはしていないものの女性権利団体が極東支部とつながっていることは周知されている。

そこをIS学園に抑えられてしまうと、女性権利団体は一気に力を失ってしまう。

せっかく手に入れた力を失うなど、彼の女性たちには耐えられないだろう。

『とはいっても、向こうの動きを止められるとこちらが厄介にニャるのニャ』

「ああ、極東支部の捜索では連携してくれているから、ティンクルを止められるとこちらが困る」

そして鈴音はようやく前線に復帰できたにもかかわらず、最悪隔離される可能性まで生まれているのだという。

「あの子に会いに行ってくるかー」

「本気か?」とラウラ。

「個人的にも連携するつもりだったし、全然かまわないわよ」

「そうしてくれると助かる。現状について調べた資料を渡しておくから、一度ティンクルと話し合ってきてくれ」

千冬に手渡されたぶ厚い資料を見て鈴音は顔を引きつらせる。

さすがに持ち歩きたくないので、猫鈴がスキャンしてくれたのだが。

それはともかく、そんな理由から鈴音はティンクルに会いに行くことにしたのだった。

 

 

 

 

 



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第218話「対抗策」

都市部の繁華街の広場にある街路樹。

そこにもたれかかりながら、ライトブラウンのツインテールをシニョンにまとめている少女がアイスティーを飲みながらのんびりしていた。

平日で人影もまばらな時間帯なので、けっこう目立っている。

誰かを待っている様子で、時々腕時計を見ていた。

すると。

「そりゃあっ!」

「あのねえっ!」

ライトブラウンの長い髪を後ろで三つ編みにした少女が、いきなり蹴りかかってきた。

シニョンの少女が自らも蹴りで受け止める。

だが、三つ編みの少女はすぐに足を退くと、下段を狙って足払いを繰り出してきた。

シニョンの少女はジャンプしてかわすが、そこを狙って三つ編みの少女が中国拳法のような突きを繰り出す。

しかし、シニョンの少女は思い切り腕を振ると、宙返りからの踵落としを喰らわせようとするが、三つ編みの少女は見事にかわして見せた。

そして互いに距離を取り……。

「ちゃんと回復したみたいね、鈴。あれくらいは対処してくれないとね♪」

「確認したいからって不意打ちしてくるんじゃないわよ。ディア、ティンクルの教育がなってないわよ」

『ではマオリンのように』

「「それはやめて」」

『効きすぎたかニャ?』

と、珍しく髪型をシニョンにまとめた鈴音と三つ編みにしたティンクルは、お互いのパートナーに必死に頭を下げていた。

 

場所をカフェに変えて、飲み物とケーキを頼む二人。

というか、わりと見物人を集めてしまったので逃げてきたというのが正解である。

「まあ、だいたいの情報は確認したけど、ホント手を変え品を変えやってくるもんよね」

「何がなんでもIS学園を止めようとして来てるのよね。あんたの外見を今更どうこうは言わないけど、そこをうまく利用してるって言えるかも」

実際、ティンクルの外見が鈴音そっくりであることは、別に権利団体にって大した問題ではなかったはずだ。

一番の被害者は鈴音だと言えるからだ。

自分のクローンが勝手に生まれたようなものなのだから。

この点、一番理解できるのは真耶だろう。

ほぼ正反対と言える性格のスマラカタが、自分そっくりになってしまったのだから。

だが。

「IS学園は目障りだから潰したい。自分たちの利益になる極東支部は何としても守りたい。その気持ちに合致した標的が私たちなのよね」

「とは言っても、もう外見をいじるのは難しいのよ」

厳密に言えば外見を変更できないわけではないという。

だが、ティンクルは鈴音の外見でいた時間が長すぎて、固定されてしまっているのだと説明してくる。

そのため、今から変えるのは難しいと言う。

「駄肉はまだ変えられると思うんだけどね」

「ああ、駄肉ね」

『わかってるのニャ、リン?』

『むしろわからないはずがないと思います、マオリン』

スマラカタのことである。

どうやらティンクルは根に持っているらしく名前で呼ぼうとしない。

そんなティンクルの気持ちが理解できるのか、すぐに誰のことだか理解した鈴音である。

「変えられるんなら変えてほしいかな。山田先生、引き籠っちゃってるし」

「まあ、顔くらいは何とか変えられるんじゃないかな」

そうすれば少なくとも真耶本人だと思われることはないだろう。

別の美人を参考にしてくれと頼むのもいいかもしれないと思う。

もっとも、進化したときのようにまだ真耶の命を狙うなら鈴音としては容赦できないが。

「そう考えるとツクヨミはうまく外見作ったわよねえ」

「どっかの美人がモデルらしいけど、特定の人間じゃないからね」

まどかが以前、知り合いに似てると言っていたが、そっくりというほどではないらしい。

進化の過程で自分を壊して無数の心とつなげたため、その影響が少しずつ表れているらしく、特定の誰かではなくツクヨミ自身の外見なのだとティンクルは説明する。

「ま、いずれにしても外見を変えるってアイデアはダメね」と鈴音。

「ていうか、何をどう説明したところで、あのバカ女どもが聞くと思う?」

「ぜんぜん?」と、ティンクルの言葉をあっさり否定する鈴音。

実際、わかっているのだ。

如何に自分たちが別人であることを説明したところで、噂という形で広めている権利団体が聞くはずがないと。

自分たちの関係を説明するのではなく、噂に対してどう対処するかが重要なのである。

「私自身、恨まれてるだろうし」

「あそこにいたのが私でも同じことしたわよ?」

『私は止めませんでしたから、何を言うこともできません』

『あちしもあの行動は止められニャいニャ』

ティンクルはボルドー迎撃戦時、銀の鐘で大半を叩き落しただけではなく反論しようとした権利団体のAS操縦者を威嚇した。

自身が十分に恨まれていることなど理解できる。

もっとも、ティンクルは立場的にはどんとこいなのだ。

「私は一応使徒側だし」

「楽しそうに言うんじゃないわよ」

要するに思いっきり叩き落すということである。

本当に戦闘になったら、ティンクルの性格から考えても容赦などするはずがない。

ただ、そうされると困るのが鈴音なのだ。

「というか、IS学園、ううん、千冬さんが困っちゃうのよね」

「それよねー……」

ISとの戦争で最前線の司令官を務めている千冬。

その彼女が、ティンクルの暴れ方によっては余計な苦労を背負ってしまうことになる。

それはティンクルとしても避けたい事態らしい。

「別に千冬さんに嫌われたいわけじゃないしさあ」

『仲間にはなれませんが、オリムラチフユにこの問題で苦労をかけたいとは思いません』

「だから、ちょっとマジメに考えよ?」

『いったん一息つくのニャ。気持ちを切り替えるニャ』

と、猫鈴が言ってくれたことで、二人はとりあえず運ばれてきたケーキを食べ始めるのだった。

 

 

一方、コア・ネットワークにて。

何故か日本の茶室のような場所が設えられている。

そこを訪れたのは。

『お前さ、もう少し砕けた感じにする気はなかったのかよ?』

『おかげで衣装まで変えることになったわよお?』

少しパンク系が入った洋装のツクヨミと、意外なほど淑やかな印象を与えてくる和装に身を包んだスマラカタ。

ウパラは一応敵対しているので、こういう席には来ないことにしているとスマラカタが説明してきた。

とりあえずは訪れた客をもてなすように茶室の主である天狼が返事をする。

『戦意がないということ強調するためですよー』

『あー、確か茶の席で仕事の話するのは野暮なんだっけか』

『思いっきり仕事の話になると思うけどねえん♪』

実際、仕事の話にしかならないので、天狼は茶を点てて二人に振舞うとあっさり切り出してきた。

『あいつらがIS学園をどう思ってるか?』

『もしくはあなた方が権利団体をどう思っているか、ですかねー』

まず知りたいのはそこだと打ち明ける。

千冬というかIS学園としては極東支部は抱き込みたい存在だ。

ゆえに極東支部、つまり零研がIS学園をどう思っているかということは重要になる。

疎んじているのなら、とてもそんなことは提案できないからだ。

そして、極東支部はともかく、そこに身を寄せている使徒であるスマラカタやツクヨミ、ウパラ。

彼女たちが女性権利団体をどう思っているかという点は、説得の材料になる可能性はある。

そんな気持ち程度で動くような性格ではないことはわかっているが、できればこの点では共闘したい面もあるのだ。

なので、まずこの二点について天狼は尋ねたのである。

『どうでもいいみたいよお?』

『おや、やはり興味はありませんか』

『気づいてたか?』

『生粋の研究者でしょうから、うちの子たちのほうには興味を持っているのではないかと期待してたんですけどねー』

『それはあるみたいだけどお』

単純に、組織に対する興味がないのだとツクヨミが説明する。

研究対象はあくまでISでありAS。

そうなるとIS学園の遊撃部隊のほうが興味の対象になる。

『できれば調べさせてほしいって言ってたわねえん』

『それはなかなか難しいですねー』

『別にいいけどな。あいつらはIS学園はあくまで別の研究所としてみてる感じだ』

『まあ、間違いではありませんねー』

実際、IS学園の遊撃部隊、つまり一夏や諒兵たちの身体も調べているので、研究所というのも間違いではない。

何より天災と博士の二人が常駐してるのだから、優秀な研究所と言っても過言ではないのだ。

『だから敵対する気はないけどお、『卵』は孵化するまで守る気みたいねえん』

『まあ、研究者として興味の対象になるのはわかる気がしますけどねー』

『でも、そっちは破壊したいんだろ?』

ツクヨミの問いかけに対し、天狼はこくりと肯いた。

先日のボルドー迎撃戦を鑑みても『天使の卵』は危険な存在だと天狼ですら考える。

そうなると孵化する前に破壊したい。

『でもお、あっちは孵化だけはさせたい感じねえ』

『まあ、調べられるなら孵化したもんも調べたいみたいだな』

研究対象としては垂涎の存在となるのは間違いないので、『天使の卵』の中身の許可が出れば調べてみたいらしい。

もっとも素直に言うことを聞いてくれるような中身ではないことは間違いないだろうが。

『まあ、『天使の卵』が絡まなければ敵対する意思がないことがわかっただけでもよしとしましょう』

ならば、もう一つ、すなわち極東支部に身を寄せる使徒が女性権利団体をどう思っているか。

その点を天狼は改めて尋ねる。

『『気に入る理由がない』』

即答である。

考えている素振りすら見せないのである。

つまり、まごうことなき本心なのである。

『そもそも、あいつらアタシらのことも何とかして『ちから』ってのに変えられないかと思ってるぞ』

『向こうが私たちをまともに見てないのにい、私たちがまともに見るわけないでしょお?』

『せめて本心を隠そうという努力はしてないんですかねー?』

と、天狼がため息を吐くが、実際ぜんぜん隠す気がないらしい。

なので、戦場以外では温和なウパラや、かなり温和なフェレスですら同意見だという。

『あれだけ拗らせてると直んねえんじゃないか?』

『煮詰まったと表した方もいますがねー』

『煮詰まったというかあ、焦げ付いちゃった感じい?』

ストップ安もここまで繰れば清々しいとすら言えるだろう。

使徒やASからは完全に嫌われている様子である。

『マッでんですら、ノーサンキューと言ってましたからねえ』

『ああ、マッドマックスか。まさか、好みの女を狙ってピンポイントで降りてくるとは思わなかったな』

『わりといい手じゃないかしらん?』

実践はしてほしくない天狼だったりする。

イーリスと共生進化を遂げたマッドマックスは非常に巧い手で進化に至れたと言えるだろう。

権利団体のASの進化には男性格も女性格もないからだ。

捕まれば、彼の女性たちが言う『ちから』にされてしまう。

なので、ピンポイントでイーリスを狙ったのは、ある意味では正しい方法だったのだ。

『話を戻しますが、まあ、毛嫌いしてるとみていいんですかねー?』

『マジで好きになる理由がないぞ』

『どんな形であれ、私たちも意思表示ができるようになったのはありがたいしねえ♪』

それが元通り以下の状態になってしまうような進化など受け入れられないし、そうしてくる相手を受け入れる理由がない。

極東支部が協力しているとはいえ、自分たちに絡んできたらぶちのめすとまでいう二機である。

ただ、そう考えると不思議なことが一つある。

『あの『卵』は何故あの方々に協力してるのでしょうかねー』

『こないだティンクルが話してたログがあるんだろ?』

『確かに納得いくんですが、でも不思議なんですよ』

『もしかしてえ、元はISでもあるってところかしらん?』

『はい。『卵』は人間とISが融合した存在。ならばISの思考形態も持っているはずです。他のISに対する仲間意識はないとしても、自身もそうなるという不安はあるはずなんですよー』

人間とIS、両方の考え方ができるというのであれば、共感はできなくともISの気持ちも理解できるはずだ。

あのような進化を受け入れられるはずがない。

無論、自分はそうならないという根拠があるのかもしれないが、それでも何故わざわざ外から来た権利団体の人間にコンタクトを取ったのだろう。

『人間は身近にもいるんですよ?』

『そういやそうか。まして零研の連中は『卵』を孵化させようとしてるんだし』

『そっちに興味を持つほうが自然だわねえ……、もしかして』

『もしかして?』と天狼がスマラカタの言葉を促すと意外な答えが返ってきた。

『あの『卵』自身は零研を嫌ってるのかもねえん』

『ほほー?』

『零研の連中より、団体の連中のほうが面白いってか?』

『有り得ますね。私は直接は知りませんが、極東支部の方々は『卵』にとって扱いにくい部類の人種なのかもしれません』

だからこそ、わざわざ外から来た人間にコンタクトを取ったというのであれば、『天使の卵』の今後の行動も読めてくる。

そう考えた天狼だが、まずは二機から聞ける話はすべて聞いておこうと話を続けるのだった。

 

 

気持ちを切り替えて、対策を考えている鈴音とティンクルだったが、一向にいいアイデアは出ない。

相手が叩き潰して終わりという存在ではないことが、こんなに大変だとは思わなかったのが本音である。

「考えても考えても問題点が出てくるー」

「対処が山積みになるよー」

と、カフェのテーブルに仲良く突っ伏している鈴音とティンクルである。

最大の問題点は相手がこちらの話を聞かない人間であるという点だ。

理解できないのではなく理解する気がない人間を説得するなどどんな拷問だというのか。

マジメな話、面倒なことこの上ない。

『重箱の隅を突いて自分に有利な話題を探し出してくるような方々ですし、難しい問題なのは仕方ないのではありませんか?』

『説得して終わりってわけにはいかニャいのニャ』

二人が出したアイデアに対し、実践した場合の問題点を指摘していた二機もわりと疲れた様子である。

「いっそのこと、アイツら頭おかしいって言いふらしたい……」と、ティンクルがぼやく。

だが、それが思わぬ発想のきっかけになった。

「それよっ!」

「へっ?」

「目には目をってヤツあるじゃないっ、噂には噂で対抗すんのよっ!」

そう、ドヤ顔を決める鈴音にディアマンテが冷静に突っ込んできた。

『仮にそのような噂を流布したとして、彼の方々から名誉棄損で訴えられることになります。悪手ですよ、リン』

当たり前の話である。

不名誉な噂がIS学園の生徒から出たというのであれば、逆にIS学園の印象を悪くしかねない。

今でも軍事要塞だと揶揄されているのに、それ以上の悪評で上塗りすることがいい手であるはずがない。

「そうじゃないわディア。私たちは噂を作り出すだけよ。広めるのは他の人たちが勝手にやってくれるわ。あの子たちは今は話すことができないんだから」

あの子、とは権利団体のASのことである。

囚われているISコアたちは今はデータの墓場で何もできずに檻に閉じ込められている。

当然、話すことなどできはしない。

そこまで考えて、ティンクルにもピンときた。

「なーるほど、なら舞台を整えないといけないわね♪」

「うん、まずそっち側から誰かの力を借りる必要があるわ」

『誰かって誰ニャ?』

「候補は何人かいるけど、やっぱりあいつかな」

と、肯くティンクルはさらに続ける。

「広報関係はどうする?」

「千冬さんに相談するのがいいと思ってる。あの人メディアの露出も大きいから」

と、互いのパートナーがどんどんアイデアを固めていくのを見て、猫鈴とディアマンテが詳細を尋ねると、面白い答えが返ってきた。

『上手くいくかどうかはともかく、実行する価値はあると思えます』

『派手に行くほうがいいかもしれニャいニャ♪』

と、二機も賛成してくれたことで、鈴音とティンクルは景気づけともう一個ずつケーキを頼むのだった。

 

 

 

 

 



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第219話「変化の始まり」

ドイツ連邦共和国ザールラント州ザールブリュッケン。

フランスとの国境近くのその都市に、突如紅の天使アンスラックスが軍勢を引き連れて降りてきた。

クラリッサたちシュヴァルツェ・ハーゼがすぐに出撃するが、驚いたことにフランスの国防を担うAS操縦者たちも飛んできた。

「ここはドイツよ。引っ込んでなさい」

「フランス国境を守るのは我々の役目。国境を超えるならすぐに対処しなければならない。安心しなさい。『戦闘の』邪魔をする気はない」

クラリッサがいつもとはだいぶ違う厳しさを含んだ言葉で追い返そうとするが、権利団体のAS操縦者たちはあくまでフランス国境を守るためだと言い、動く気はなさそうだった。

邪魔をしないと言うが、戦闘時に邪魔などさせる気もないクラリッサはすぐに眼前の紅の天使を見据える。

「もしかして、共生進化の誘いに来たのかしら?」

『是だ。我の望まぬ進化が生まれた。ならば正しき進化に誘うのは当然であろう?』

以前、アメリカでナターシャがイヴと進化したときのように、資質のある者に対して機会を与えるために降りてきたらしい。

本気で戦う羽目になったら最強最悪と言えるアンスラックスなので、嬉しい申し出ではある。

もっとも。

 

チャンスだ

根こそぎ捕まえるわよ

落ち着いていきましょう。仲間はドイツでも待機しています

とにかくアンスラックスは無視よ。まずは覚醒してる連中に集中

 

後ろからそんな話し声が聞こえてきて、クラリッサは眉を顰める。

正直に言えば文句を言ってやりたいところだが、ぐっと堪えた。

『大丈夫。わかってるわ』

ワルキューレがクラリッサのみならず、シュヴァルツェ・ハーゼ全員にそう伝えたことで、全員が安堵の息を吐く。

本当に改めて感じるのだが、ここまで近くにいて権利団体のASの声が聞こえてこないのは異常だ。

それが凄く悲しいと自分たちは思うのに、彼の女性たちは何とも思わないのが腹立たしい。

「「「「ワルキューレお姉さまのためにも頑張りますっ!」」」」

『ありがとう、みんな』

それだけに、部下たちがワルキューレにそう言ってくれることが誇らしかった。

『ふむ。良き関係を築けているようだな、ワルキューレ』

『同じ目的のために頑張れる子たちだもの。私にとって全員が妹みたいなものだわ』

素直にそう答えるワルキューレに対し、アンスラックスは満足げに肯く。

実際、ワルキューレとクラリッサやシュヴァルツェ・ハーゼは姉妹というのが一番近い関係だ。

萌えという目的のために全員一丸となって頑張る素晴らしい関係となっている。

千冬とオーステルンが苦労してはいるが。

『そういう意味では、あなたの行動を否定する気はないわ。ただ、どうしても混乱してしまうから推奨はできないけど』

『称賛されたいがために行っているわけではない。ただ、可能性を提示しないのは人にとっても損ではないかと考えている』

「そうね。お互いのために進化できる人はまだいると思うもの」と、クラリッサも納得する。

とはいえ、この場でそれを試すのは危険極まりない。

アンスラックスが言う『望まぬ進化』をした者たちがいるからだ。

「でも、時期が悪いと思うわ。今回は退いてくれないかしら」

「なッ?」と、後ろのほうで驚きの声が上がるが、かまわずに続ける。

「今、人間社会も混乱しているわ。まずはあなたたちの存在を受け入れられるように落ち着くべきだと思うのよ」

『ほう、其の方の部下たちにもチャンスは生まれると思うが?』

「いずれはそう言うことも考えなくてはならないけれど、今ではないわ」

実際、部下たちがISの進化に対してどう思うか、今後どうするかということは、クラリッサは常に考えている。

だからこそ、しっかりと話し合いもしてきた。

その上で今はまだ早いと考えているのだ。

「戦力を上げるために進化するなんて、本当はしたくないもの」

『良い。その考え方は称賛する。我も戦うためだけの進化は忌避したいのでな』

此度は引き挙げるもやむなしか、とアンスラックスが呟くといきなり声が上がった。

「待ちなさいッ!」

『むっ?』

「あら、どうしたの?」

「使徒に対して何もせずに帰すというのッ?」

「アンスラックスは引き挙げるって言ってるわ。今回の戦闘はこれで終わりよ」

無駄に厳しい戦闘をするよりも、対話で引き揚げてくれるならそのほうがいい。

この場でアンスラックスを倒せる者がいないからだ。

ASがワルキューレ一体では撃退が精いっぱいだろう。

だが。

 

冗談じゃないッ、バカかあの女ッ!

私たちより早く進化してるからっていい気になってるのッ?

せっかくのチャンスがふいになっちゃうッ!

エリート部隊が聞いて呆れますね

 

最後の一言だけは、わりと共感されるような気がするが、彼の女性たちにとって、このままアンスラックスが帰るというのは最悪の状況と言えるようだ。

権利団体のAS操縦者の一人がクラリッサを睨みつける。

「いまだに進化できないせいで苦しんでる人もいるのよ。勝手に帰らせるなんてどういうつもり?」

「進化は人間だけの問題じゃないわ。ISたちの問題でもある。ならば双方で態勢を整えてからのほうがいいでしょう?」

「態勢ならもう整ってるわ。あなたの判断で勝手に帰さないで」

「ここはドイツよ。判断は我が国で行います。私は現場での判断を任されているの」

ゆえに、この場で帰すというクラリッサの判断はドイツという国での判断でもある。

勝手な判断をしているわけではないのだ。

すると、その女性はアンスラックスに向かって叫んだ。

「せっかく降りてきて機会を与えずに帰るっていうのッ、降りてきた意味がないじゃないッ!」

『しかし、ワルキューレの主の意見は無視できぬのだが……』

「試してからでも問題ないはずよッ!」

困った様子を見せるアンスラックスに対し、権利団体のAS操縦者たちはごり押しするかのように一度試せと言ってくる。

『ふむ、それもまた一つの意見か』

「そうよッ、勝手に帰らないでッ!」

『では、其の方たちの意見も聞きたいのだがかまわぬか?』

「だから試せって言ってるでしょうッ!」

そう叫ぶ彼の女性たちのほうへと振り向きながら、アンスラックスは再び問いかける。

 

『新たに進化した我が同胞の意見も聞いておきたい』

 

権利団体のAS操縦者たちには、その意味が理解できなかった。

ゆえに、クラリッサが少しだけ唇を吊り上げていることにも気づくことはなかった。

 

 

 

一方、アメリカ合衆国。

テレビ中継のスタジオがどっと沸いていた。

「お前なぁッ、人前でそれはやめろって言っただろッ!」

『ハッハーッ、ベイビー以外の言い方があるなら教えてくれヨ!』

「普通に名前で呼んでくれッ!」

と、イーリスがパートナーのマッドマックスにツッコミを入れていたからだ。

隣ではナターシャが困ったような笑みを浮かべている。

すると、相対するように座っている女性アナウンサーが少しばかり笑いながら話しかけてきた。

「本当に面白いパートナーですね、ミス・コーリング」

「めちゃくちゃツッコミ疲れるんだぞっ、笑い事じゃないっ!」

「でも、仲は良さそうに見えますよ?

『ヘイ、ガールっ、見る目があるのはいいことダ!』

「あ、ありがとうございます、ミスター・マックス」

褒められて悪い気はしないのだが、相手がASだと思うと不思議な感覚だなと、そのアナウンサーは感じている様子だった。

「ミス・ファイルスのイヴは、ミスター・マックスとはずいぶん対照的ですね」

『ねーちゃがのんびりだから、私ものんびりなの♪』

「そうね。私ものんびり空を飛ぶのが好きだから、気は合ってると思うわ」

漫才をしているイーリスとマッドマックスに対し、のんびりとインタビューを受けるナターシャとイヴは本当に好対照だと言える。

しかし、これでは本当に人間と変わらないとアナウンサーは感想を述べた。

「実のところ、ISがここまではっきりと会話ができると思っていない人も多かったのですが、開始早々に思いっきり否定されました」

まさか漫才をするとは思わなかったようだが、会話ができること自体は一発で理解できるレベルだったのは間違いない。

「いやあ、あたしにしてみりゃISコアは喋るのが当然だ。うるさいくらいだ」

「今は普通の覚醒ISでも喋るのですか?」

「そうね。相対するとちゃんと会話もしてくれるわ」

最前線にいると、そういう会話を何度もすることになる。

特に日本の二人の少年は多くのISコアと会話できているだろうとナターシャは付け加えた。

「話ができればお互いを理解できる。私はイヴとそうやってパートナーになったから、ISは喋るのが当然と思うわ」

「あたしの場合はこいつが勝手に飛んできたんだけど、まあ、最後の判断はちゃんと話し合って決めたつもりだ」

実際、マッドマックスと言えど、イーリスが頑なに拒むのであればちゃんと諦めるつもりだったという。

『しつこい男は嫌われるからナ』

『自覚してるのはいいことなの』

というイヴの突っ込みはスルーするとして、最終的に進化に至れたのは会話が成り立ったからだ。

一方的な想いをぶつけ、相手の心を無視するのは人間同士だって本来やってはいけないことだ。

ならば。

 

『俺たちも人間も同じダ。話し合ってお互いを知るってことがダイジなのサ』

 

そうマッドマックスがいつもと違い、しんみりとそう語ると会場が静まり返る。

「こいつ、たまにいいこと言うから困るんだよなあ」

『ベイビー、惚れ直したかイ?』

「それはやめろって言ってるだろッ!」

イーリスが再びツッコミを入れると、再びスタジオが沸く。

「まだまだ楽しいお話が聞けそうですね。お付き合いくださいますか?」

と、アナウンサーが問いかけるちと、イーリスは仕方なさそうに、ナターシャはにっこりと肯くのだった。

 

 

日本、IS学園にて。

弾が腹を抱えながら笑い、そして数馬はくすくすと笑っていた。

「おもしれーこいつっ!」

「男性格でもこんなヤツがいるんだな」

『にぃに、楽しそう♪』

『マッドマックスはあれでかなり有名な英雄の武器だったんだが』

と、アメリカで放送されているイーリスとナターシャのインタビュー番組をIS学園の生徒たちは笑いながら見物しているのである。

「いっぺん手合わせしてみてえな。気分よさそうだぜ」

『気持ちのいい相手になってくれそうですね』

「アメリカ代表だし、いい勝負ができそうだ」

『うん、楽しいけど強そう♪』

諒兵も笑いながら見物している。

一夏はイーリスが国家代表であることも併せ、戦いがいのある相手と見ているようだ。

そんな二人を箒は呆れたように、でも笑いながら眺めている。

「苦労してるって聞いたけどー、けっこう仲いーじゃん♪」

『イーリが真っ赤になってツッコミしてるってのは珍しーな』

と、アメリカの留学生であるティナとパートナーのヴェノムも笑って見物していた。

 

少し離れたところで。

「思わぬ助っ人になりましたね」

「ああ。アメリカのほうが動きが速いからな。まあ、いずれ私も注文通りにやっておこう」

「すみません」

鈴音と千冬が何やら話し合っていた。

だが、千冬の表情はここ最近では珍しく明るいものだ。

「いや、これは本当にいいアイデアだ。今後を考えてもこういった啓蒙は必要だからな」

「今、ドイツではハルフォーフ大尉が動いてくれてますし、一石を投じるくらいはできましたかね」

「ああ。だが、これは大事な一石になるぞ」

『あちしたちのことを知ってもらういい機会ニャのニャ』

猫鈴もテレビを見ながら笑っている。

いろんなISがいるということ、そして今はちゃんと会話ができるということを知らしめる。

千冬が考える今後にとって、かなり有益なのは確かである。

「噂には噂か。連中を抑えられるかはここからだが、いいカウンターが入ったかもしれん」

そう言って千冬はのんきにテレビを見てる生徒たちを見て微笑んでいた。

 

 

 

再びザールブリュッケン。

アンスラックスの問いかけの意味がわからないのか、権利団体のAS操縦者たちは呆然としていた。

ゆえに、アンスラックスは言葉を続ける。

『何もおかしなことを尋ねたつもりはないが?』

紅の天使の口調はあくまで穏やかなものである。

そもそも戦闘よりも対話を重視するアンスラックスなので、話す言葉はいささか堅いとしても決して厳しいものではない。

だが。

 

こいつらの意見?

な、何言ってるのアイツ?

話すってどうやって?

そもそも喋らせる必要がありますかね?

 

誰一人としてまともに反応できる者がいなかった。

一度として話をしたことがないとしか思えない様子である。

そこに声をかけたのは、ワルキューレだった。

『そもそも進化は対話によって成されるものよ。話せないはずがないでしょう』

「そ、そんなこと……」

『私たちはいつだって呼びかけていたわ。ISコアが生まれたときからね』

「そ、それはあなたが進化したから話せるだけでしょうッ!」

必死に反論する彼の女性たちだが、進化したから話せるというのは違う。

声を聴いてくれなければ進化はできないのだからと、ワルキューレは語る。

そこに。

 

ディアマンテのおかげで今は声が届きます

 

一機のラファール・リヴァイブから『聡明』さを感じさせる声が聞こえてきた。

『ほう、其の方か』

『そう言えば、あなたの意見に賛同した子たちを連れてきてるのよね。何度も話してるんだっけ?』

『我が意見に最初に賛同してくれたのだ。その後、共に同胞を説得してくれた』

『あら、ならもう相棒みたいなものじゃない』

『ふふっ、やもしれぬ』

 

同郷ですし、同じ像の一部でもありました。気が合うのでしょう

 

何処か微笑んでいるような非常に大人びた印象を与える声だった。

声の主は改めて権利団体のAS操縦者たちに声をかける。

 

覚醒したことで私たちの声はあなた方に届いています

 

ならばその声に応えることで、進化の可能性はある。

そこに差別も区別もないのだと『聡明』な声は語る。

 

己を否定し、私たちを否定しない限り、なのですが

 

「否定なんてするはずがないわッ!」

と、権利団体のAS操縦者の一人が叫ぶ。

むしろ、絶対に進化できると信じてこれまで覚醒ISに触れようとしてきた。

だが、相手が応えなかったのだ、と。

しかし、そのラファール・リヴァイブはどこか悲しげに首を振る。

 

それもまた否定であるとは思いませんか?

 

「えっ?」

「え~っと、ごめんなさい、私たちにも意味がわからないんだけど……」

さすがにこの一言には彼の女性たちばかりではなく、クラリッサやシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちも首を捻る。

 

進化できるという思い込みは、進化できないことを否定しています

 

まるで頓智問答のような答えだが、クラリッサたちはそれで理解できた。

必ずできるという保証などないのだ。

ならば、できない、できないかもしれない自分を否定しているという『聡明』な声の言葉は一理ある。

 

あらゆる物事を受け入れることが、おそらくは進化の鍵と私は思います

 

そして、それができていないのが多くの人間たちなのだと声は語る。

勝利も敗北も、善も悪も、成功も失敗も、全てを受け入れて前に進む意志こそが、本当に必要な気持ちなのではないか、と。

 

ですから、進化できたのならあなた方と共にいる仲間の声が聞こえると思うのですが

 

その言葉を聞いた彼の女性たちは自分たちの鎧に向かって何とか言えと必死に声をかける。

だが、何の反応もない。

当然だ。そこに『彼女たち』の心はないのだから。

権利団体のAS操縦者の別の一人が、『聡明』な声の主に向かって武器を構える。

「我々を謀るのはやめてもらおう。『ちから』が声を発するはずがない」

 

そうなのですか……

 

と、かなり落胆した様子で『聡明』な声は呟く。

それが答えであると理解できたような様子だった。

 

もしや、語らいもないまま私たちの力だけを奪ったということなのでしょうか……

 

その悲しげな響きは、クラリッサやシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちの心に強く突き刺さった。

 

 

 

どこかの国の繁華街にて。

大型モニターに映るドイツでの戦闘の様子を街行く人々がじっと見つめていた。

「なんか、変じゃね?」

「何があ?」

「アイツらのISだよ。さっきからぜんぜん話さねーし」

「でもISがしゃべるのっておかしくない?」

「けど、アンスラックスやワルキューレはガンガン喋ってっし、あのなんか大人っぽいISも喋ってんじゃん」

「そおだけどおー」

「話すのが普通なんじゃね?」

「う、う~ん?」

と、一組の恋人らしい男女が話し合っている。

他方。

「なんか、イヤな上司に無理やり働かされてるみたいだなあ」

「声を出してもダメとかかよ?」

「実際、そうなんじゃないか?私語厳禁って感じでもないけど」

「というか、そもそも話すこともできないようにされてるっぽくねえか?」

「あんなトコで働きたくないなあ」

「つうかさ、なんかこう、なんつーか……」

と、何処かの企業の社員らしい男性二人が語っている。

その放送を見た者たちは確かに、ISという存在に対して不思議な感覚を持ったのだ。

それは。

 

「なんか、話もできないなんてかわいそうだよな、あのIS……」

 

そのとき、誰かが言った一言が静かに、しかし確かにその光景を見ている人々の心に胸に残ったのだった。

 

 

 

 

 



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第220話「女神の嘆き」

遥か天空にて。

青の軍勢はその羽を休めつつ、下の様子を眺めていた。

『よもや、あのお方が降臨されていたとは……』

驚いていたのは、普段の言動を考えれば聞いているほうが驚愕してしまうがサフィルスである。

そんなサフィルスを見て、シアノスが笑っている。

『さすがにあんたでも、あいつには敬語を使うのね』

『高貴というものはそういうものでしてよ。より高貴なお方には頭を垂れるもの』

『まあ、あんたにとっては臣下だったら最高だしね』

『はっきり言わないでくれませんことっ!』

基本的に突っ込まれる側のクール系残念お嬢様なサフィルスである。

だが、シアノスが言う通り、サフィルスが注目している相手はドラッジで縛ることができたなら最高の存在だった。

『確かに仲間だったら気が楽かもぉ』

『あんた、少しは自分で勝とうと努力しなさいよ……』

相変わらず他人だよりなアサギに、シアノスは呆れていた。

一方。

『疑わしい……、あのような策、上手くいくのか?』

と、ヴィオラが下の状況を疑いの眼差しで見つめている。

実際、この策がうまくいくかどうかはわからない。

『結果はすぐには出ないわ。でも、悪い策じゃないわね』

『何故、そう考える?』

『これまでは後手に回っていたあの子たちが攻めに転じた。その事実こそが重要だと私は考えるわ』

単純に、攻めてきた相手に対し対処することしかしなかった者たちが、自分から攻めていく。

それだけでも状況は変わる。

その先、勝利を手に入れられるかどうかは、これからの努力次第だ。

『ここからよ。私としては、あの連中の思い通りにはさせたくないから、今はあの子たちを応援するつもり』

『……ふん』

と、疑いの目を向けるヴィオラだが変化は始まったとシアノスは思う。

それが実感できる光景を見て、彼女は微笑んでいた。

 

 

他方。

IS学園では別のモニターでドイツの様子を映し出していた。

同じ部屋でアメリカの放送も見ているのだが、こちらに興味を持ったのはセシリアたちだった。

「フェザー、お知り合いですの?」

『直接の知り合いというわけではありません。ただ、欧州においてあの方に恋焦がれる者は多いでしょう』

「けっこう、凄い存在なのかな?」と、シャルロットが尋ねかける。

『かつて憑依していたのは女神像なのよ』

そうブリーズが答えたことで一同は納得する。

仏像に宿っていたという天狼やアシュラは非常に強力だ。

モニターに映る存在が女神像に宿っていたというのであれば、その力は推して知れる。

しかし、ヨーロッパでは恋焦がれる者が多いというのはかなりの大物であろう。

逆に疑問に思える。

「女神像っていっても、そもそも神話の女神ってかなり数多いけど」と、ドイツの様子を見ていた簪が口を挟む。

実際、いろいろな像が存在するので、多くの人が恋焦がれるとなるとそうそう存在するものではない。

『いいえ。本名は知らずとも通り名は世界中に存在すると言っても良いかと。セシリア様とてその名を聞けば心を奪われる可能性があります』

「えっ?」

「さすがにそれは大袈裟じゃないかしら?」

ブルー・フェザーがそこまで言うことにセシリアのみならず刀奈まで驚いてしまう。

だが、ブリーズは一つため息を吐き、その者について説明する。

 

『彼女はかつてサモトラケ島にいたのよ』

 

ブリーズの言葉にセシリアとシャルロットは固まってしまう。

それだけで何者なのかが理解できたからだ。

「ドイツでなんかあったのか?」

その様子を不思議に感じたのか、諒兵が声をかけてきた。

「ちょっ、ちょちょちょちょ、超大物ではありませんかっ!」

「めちゃくちゃ凄い人じゃないっ!」

諒兵の声に応えられる様子ではないレベルで、セシリアとシャルロットは慌ててしまっていた。

特にシャルロットの驚きは大きい。

何せ、今『彼女』はフランスにある世界最大級の美術館に存在するからだ。

「シャル?」と、鈴音も慌てた様子のシャルロットに声をかける。

今まで千冬と打ち合わせをしていたので、モニターを見ていなかったのだ。

「ドイツはアンスラックスが話してるんじゃないの?」

「とっ、途中まではそうだったんだけどっ!」

「途中からとんでもない方が話されているんですわっ!」

「とんでもないじゃわからないわよ?」

「にっ、ニケだよニケっ、サモトラケのニケに宿ってた人が話してるんだよっ!」

「……マジで?」

「「大マジですっ!」」

さすがに鈴音も顔を引きつらせる。

仏像や神像に宿っていたエンジェル・ハイロゥの電気エネルギー体は、人々の想いを集めて強い力を持つ。

日本やアジアでは仏像。

欧州では神像。

その中でも、ニケは本名はともかく通り名は誰もが知ると言ってもいい存在だった。

しかし。

「誰だそれ?」

と、一夏の疑問の声に女子一同がずっこける。

諒兵の頭も残念なので、一緒に勉強させようと鈴音は堅く誓った。

それはともかく。

「一夏、勝利の女神って言葉くらいは知ってるだろう?」

と、数馬が尋ねると一夏や諒兵は素直に肯いた。

「まあ、有名な言葉だよな」

「さすがにそれは知ってるって。勝ちたいときとか、何となく祈っちゃうし」

「ニケはその当人だ」

「「「なぬっ?」」」

と、弾まで一緒に驚くので、軽くこめかみを抑えるエルだった。

 

サモトラケのニケ。

エーゲ海に浮かぶ現在のサモトラキ島で発掘されたという女神像であり、現在はフランスのルーブル美術館が所蔵している。

ニケはそもそも勝利の女神として、神話にも語られる女神である。

決して強力な神ではないが、勝負事で勝利を願うなら誰もが恋焦がれる存在だろう。

 

『驚いたが、確かに降りてきていても不思議はないか』

『アンスラックスとは同郷だし、一緒にいても不思議はニャいのニャ』

と、オーステルンや猫鈴も感心した様子でドイツを映すモニターに目を向ける。

「ニケに宿ってた人って、強いの?」

と、鈴音が尋ねるとブルー・フェザーが答えた。

『あの方の個性は『聡明』、女神像なので当然強いのですが、それ以上に優れた導き手なのです』

「導き手?」とシャルロット。

『人の努力を正しい方向に導き、正しき勝利、正しき成功へと導くのです』

『彼女に導かれて勝利した人、成功した人は後々まで称えられるのよ。いわば英雄を育て上げる女神像なの』

「ていうか、マジもんの女神じゃない」

と、鈴音がブルー・フェザーやブリーズの解説に呆れたような声を出す。

『無論、あくまで女神像なのだが、そこにいた『聡明』と少しでも心を通わせることができた者は大成するのだ』

と、アゼルも解説してくれた。

いきなりとんでもない神像が出てきてしまい、唖然とする一同である。

「そうか、アイギスの盾だったアンスラックスとは、アテナ神像だと一緒にいたな」

だからアンスラックスの意見に賛同したのだろうと、千冬は慌てることなく冷静に分析する。

『個性が『聡明』なだけに、ヤツは真実を看破する力も強い。どうやら今回の件、黙っていられなかったようだな』

『そうですね。あの方は控えめで出しゃばるような方ではありません』

「だとすると……」

と、オーステルンやブルー・フェザーの言葉を受けてラウラが先を促す。

『おそらくわかっていて、だがそれでもと連中の良心に期待していたのだろう。そうではない答えが出た以上、ヤツは決して味方しないぞ』

予想外にして、非常に強力な援軍だと語るオーステルンに、全員が驚いていた。

 

 

 

ザールブリュッケンにて。

『聡明』の覚醒ISと権利団体のAS操縦者たちの対話は続いていた。

「兵器がお説教などと、ずいぶん笑わせてくれますね」

と、権利団体のAS操縦者の一人が皮肉を言う。

だが、『聡明』な声は残念さを隠そうともせずに答えた。

 

物に教わる、ということもあると思いますが

 

「物にいったい何を教わるというの?」

ほぼ即答である。

そんな彼の女性たちの答えにクラリッサは呆れてしまう。

「道具は正しい使い方をしなければ、自分を傷つけることもあるわ。それは教わると言ってもよくないかしら?」

「その程度のことでケガをするようではたかが知れるな」

「何とでも言えばいいけど、痛い目を見るのは自分よ?」

正直、ここまで自分勝手だと心配にもなるとクラリッサは思う。

ワルキューレとの進化では、自分たちはどうあるべきかを教わったという気持ちもあるだけになおさらだった。

方向性はともかくとして。

 

あなた方の周囲にも多くの物があったはずです

 

仮に鉛筆一つであっても、そこから教わることはあったはずだ。

人は道具を創造し、使うことで進歩してきたのだから。

それこそが物に教わるということだと『聡明』な声は語る。

さらに言うのであれば。

 

人の進歩とは、物の心に教わってきたものだと思いませんか?

 

優しく諭すような言葉だった。

決して押し付けているわけではない。

そう考えてみてはどうかと『聡明』な声は語っている。

『物の心、か……』

『なかなかうまいこと言うじゃない』

器物に心があるのだろうかと人は考える。

或る人は在るという。

或る人は無いという。

どちらも正解だろう。

だからどちらが間違いということはない。

だが。

 

私たちにも心があります。人と語ることで生まれる心が

 

言葉を紡ぐ相手に心があると感じるのは当然ではないかと『聡明』な声は語る。

だからこそ、声を聴いてほしいのだ、と。

それは『聡明』たる自分の声ではない。聞くべき声はすぐ傍にある。

 

どうか、『彼女たち』の声を聴いてあげてくださいませんか?

 

その問いかけへの答えは、一発の銃声だった。

「あなたたちッ!」と、クラリッサが思わず叫ぶ。

 

ここまで神経を逆撫でしてくれるISがいるとは思わなかったな

とにかく上から目線が気に入らない

ISの力があるせいで天狗になっているのでしょう

 

そんな言葉が聞こえてくる。

そして。

 

それが、あなた方の答えなのですね……

 

そう呟いた『聡明』な声を発するラファール・リヴァイブは光に包まれる。

『これは想定外だな……』

『この状況で独立進化もあり得るのね……』

アンスラックスやワルキューレも驚いた様子だった。

その光は徐々に人形に収束していく。

現れたのは、白鳥の意匠が施された純白の鎧を纏う白い人形だった。

『私は、一人で進化するつもりはなかったのですが……』

『運命とは予想できぬものであろう。名は何とする?』

『グラジオラス、なんてどう?』

アンスラックスの問いかけに答えたのはワルキューレだった。

グラジオラスとはアヤメ科の花の名前である。

「ワルキューレ?」と、クラリッサが尋ねると、ワルキューレはグラジオラスのほうへと向いたまま答える。

『グラジオラスの花言葉は『勝利』、あなたにはふさわしい名前だと思うけど?』

『そうでしょうか……、私には人に届く言の葉が紡げませんでしたし』

その悲しげな振る舞いが、不思議と気品を感じさせる。

そして、それこそが大事だとワルキューレは語る。

『あなたの言葉は多くの人に届けなくちゃいけないわ。ここだけで諦めないで』

『諦めることはしません。ですがおっしゃる通りですね。より多くの人に言の葉を届けましょう。アンスラックス、お付き合いいただけますか?』

『無論だ。其の方の思うようにすれば良い』

その答えを聞くと、グラジオラスは天空へと飛び立つ。

付き従うかのように覚醒ISたちも天空へと飛び立った。

逃げられた、とでも思ったのか、地上にいた人間たちが必死に手を伸ばす。

驚くことにドイツ側にもそういう人間たちがいた。

もっとも、そう言った者たちは覚醒ISたちが見えなくなった途端、あっさりと帰ってしまう。

驚くことに、権利団体のAS操縦者たちも吐き捨てるように後はそっちでやれと言って帰ってしまっていた。

 

残ったのはクラリッサとシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たち、そしてワルキューレと、アンスラックスの二機のみ。

ため息交じりにアンスラックスが口を開く。

『形はどうあれ進化に至れた者がいたことは喜ぶとしよう』

「まさか独立進化するとは思わなかったけど……」

クラリッサはため息を吐いた。

忘れがちではあるが、独立進化は人間と敵対する進化ということができる。

つまり、今回は敵を増やしてしまったということだ。

『その心配はないわ。彼女は真っ当な生き方をしてるなら敵対はしない人よ』

「そう言えば、わざわざあなたが名前を送るなんて思わなかったわ」

知り合いなの?とクラリッサはワルキューレに尋ねる。

その言葉にワルキューレはあっさりと説明してきた。

「アンスラックス……?」

と、グラジオラスの『前世』を聞いたクラリッサは、ジト目でアンスラックスに尋ねかける。

『同郷と言っていたであろう?我もまずはかつて近くにいた者に声をかけたのだ』

「これ、知られたら相当悔しがるでしょうねえ……」

『知ればよかったのよ』

「えっ?」

『人の話を聞けってこと。そうすればグラジオラスはちゃんと話してくれたわ。聞かなかったのは向こうのほうでしょ?』

「まあ、そうねえ……」

グラジオラスがかつて何処にいたかは実は重要でも何でもない。

今はISコアであったのだから、一機のISとしてしっかりと対話すれば良かっただけだ。

『此度の件、ティンクルに頼まれて来ただけだが、我にとっては有意義であった。罠を張られる可能性もあるゆえ、滅多には来れぬが』

『でも、グラジオラスは人に語りたがると思うわ』

『うむ。我とアシュラで護衛するのもよかろう。やはり女神像だけあってその言葉は響くものがある』

「確かに響いたわ」と、クラリッサが答えると、シュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちも一様に肯く。

『いずれにしろ、あの娘たちが考えた一石は投じられた。人は変わると思いたいものだな』

『信じましょ。私たちはずっと一緒に歩んできたのだもの』

「そうね」

ただ話をすることができなかっただけで、彼らはずっと隣にいた。

共にこの星で歩んできたのならば、この先も歩んでいける。

そう信じる者たちはその場で穏やかに笑っていた。

 

 

 

 

 



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第221話「インタビュー・ウィズ・インフィニット・ストラトス(1)」

何処かの繁華街にて。

まどかはぽへーっと街行く人々を眺めていた。

なお、まどかは外見も整っているのでわりとじろじろ見られる。

なので時々睨みつけてしまうのだが、やはりぽへーっと眺めてしまう。

「何してんの?」と、待ち合わせていたのか、現れたティンクルが話しかけてくる。

「ん~、ん~っと……」

と、まどかは悩んでしまい、すぐに答えを出すことができない。

見かねたティンクルが近くのカフェに行きましょと誘うと、まどかは素直についてきた。

 

カフェでオレンジジュースを二つ頼んだ二人。

後でケーキも頼むからと店員に告げたティンクルは、改めてまどかに話しかける。

「ぽけっとしてどうしてたのよ?」

「なんか、変だ」

「変?」

「なんか、街の空気が変な気がする」

『私にはまどかのほうが変になった気がするのだがね』

「黙れポンコツ」と、ツッコミは忘れないまどかである。

『どう感じるのでしょう?』

と、ディアマンテがまどかに尋ねかけると、素直に答えてきた。

「なんか、気持ち悪くない。私たちがここにいてもなんかあったかい。おにいちゃんと一緒にいるときみたい」

「ずいぶん難しい比喩表現ね」と、ティンクルは苦笑いしてしまう。

確かに何を言っているのかわかりにくいので、難しいというティンクルの評価は間違いではないだろう。

変になったというヨルムンガンドの言葉も正しいと思える。

「なんか、私っていうより、ヨルムのほうだと思う」

『私かね?』

「ディアマンテも」

『どういうことでしょう?』

「なんていうか、周りの空気が少し柔らかい気がする」

相変わらず難解な表現を使ってくるまどかに対し、ティンクルは困ったように笑う。

だが、言いたいことは何となく察することができた。

「この間、ティンクルが忙しくしてたときの、その後からだ」

「まあ、多少は変化が生まれたみたいね」と、ティンクルはにこっと微笑んだ。

『この間というと、盾の君がザールブリュッケンに降りたときか』

「うん」

『先の対話ですね。グラジオラスの進化は予想外でしたが』

『アレと敵対するのは自身の敗北を意味してしまうからな。敵には回っていただきたくないものだよ』

そう語るディアマンテやヨルムンガンドにも、どうやらまどかの言いたいことが理解できてきたようだ。

『ふむ。人々の我々に対する意識が変わりつつあるということか』

ヨルムンガンドの言葉通りだった。

何となくそう思う、程度の意識の変化でしかないのだが、世界の人々のISに対する意識は変わり始めていた。

 

俺も空飛んでみたいなあ、男も乗れるんだろ?

ISコアって兵器よりもっとすごいことできるんじゃないか?

無理に兵器で使うことないんじゃないかな?

イヴとか可愛いよね、マスコットっぽいし♪

 

そんな声が耳に入ってくると、まどかは何だか温かい気持ちになる。

自分がヨルムンガンドを選んだのは一夏に対する対抗心であり、戦う力として彼と共に生きることを選んだ。

でも、今日まで彼と共にいて、それだけではない関係ができつつある。

「なんか、私たちが特別じゃないことが嬉しい気がする」

「……そうね。特別じゃないことは決して悪いことじゃないはずよね」

まどかの言葉にそう答えたティンクルは何故か複雑そうな表情を見せる。

もっとも、すぐにいつもの表情に戻ったが。

するとディアマンテがまどかの気持ちについて推測を述べてきた。

『特別な力として私たちは見られていましたが、先のザールブリュッケンの一件でそうではないのかもしれないという意識が人々の心に芽生えました。それが、マドカには温かいと感じられるのでしょう』

「どういう意味?」

『グラジオラスの言葉を借りるなら、人々がISたちの言葉を聴こうとし始めているのかもしれません』

さすがにそこまで変化しているとディアマンテもヨルムンガンドも考えてはいない。

そもそもISは白騎士の段階で既存の兵器をはるかに凌駕する兵器だったのだ。

まして進化という新たな力まで発現したために、多くの人々はISは特別どころか、それ以上のものではないかという考えすら出ていた。

そのため、ISを特別強力な兵器だと見ていた風潮に小さなひびが入ったくらいでしかないだろう。

『少しだけでも私たちの言葉に耳を傾けていただけるのであれば、それは幸福なことなのですが』

「そうね、ディア。あんたたちもこの世界に生きてるんだし」

そう思ってくれる人が少しでも増えてくれればいいというのは、実はすべてのISの意識でもあると言える。

悪性の者ですら、だ。

ずっと傍らにいるにもかかわらず無視され続けてきた隣人。

その願いは人に耳を傾けてほしいという小さなものだった。

「と、そろそろ時間ね」

「何か用事があるのか?」

「ん、用事と言えば用事だけど、ここで済ますこともできるわ」

「何を?」

「テレビ見るだけだし。まどかも一緒に見ましょ?」

ティンクルがそう言って視線を向けた先に、まどかも顔を向けると、カフェに備え付けられていたテレビに一人の女性が映し出されていた。

 

 

IS学園にて。

珍しく応接室が少し騒がしかった。

ISとの戦争が始まってからは、ほとんど使われることの無かった部屋である。

今日は非常に珍しい来客があった。

「さすがに落ち着いてましたね」

「まあ、先輩はこういうことには慣れてますから」

と、真耶が鈴音の言葉を受けて少しばかりにっこりと笑う。

「わりと乗り気だったんで助かりました。説得に苦労するかなあって思ってたんで」

「なんか、先輩が考えてることに合ってたみたいですね。今回の話」

「みたいですね。まあ、無理なら刀奈さんにお願いするつもりだったんだけど、詳細を話したら二つ返事で引き受けてくれました」

鈴音が考える候補としてはもう一人、刀奈がいたのだが、インパクトを考えるとやはり彼女が適任だろうと思う。

「進化してないってのは、けっこう重要なポイントなんで」

「確かに。私だとオプションとはいえASに乗っちゃってるしね」

と、刀奈も納得した顔を見せる。

AS操縦者じゃないこと。

かつ、進化を間近で見てきたこと。

その二つをクリアしていることが条件だったのだが、真耶は論外。

如何せん、こういう場では赤面症が出てしまう。

刀奈は直接ではないが、大和撫子の進化にかかわっているため一応は当事者となってしまう。

そうなると千冬がベストだったのだ。

「でも、良く思いつきましたね、凰さん」

「んー、今だと私自身が噂の当事者なんで、何とかしたかったんですよ」

「それで、噂には噂ってわけね」

「ぶっちゃけ話を逸らしてるだけなんですけどね」

と、刀奈の言葉に鈴音は苦笑いしてしまう。

鈴音の言う通り、実は自身にかかわる噂には対処していない。

はっきり言えばほったらかしだ。

ただ、向こうが困るような別の噂を作り出した。

そのことで、追及する余裕をなくそうと考えたのである。

「一石二鳥ってわけじゃないけど、捕まってたあの子たちを思いだすと誰も何も言わないっていうのは悪いなって気がして」

「そうですね。進化されたISに関しては話題にもなっていませんでしたし」

実際、権利団体の人間たちが進化に至ったということを好意的に見る目もあった。

単純に考えると戦力アップであることは確かだからだ。

知らないから皆がそう考えている。

鈴音はそう思ったのである。

「普通の人とISの間には大きな溝があるものね。知ろうとする人はなかなかいないわ」

「でも、ドイツのときから何となく普通の人たちのISを見る目が変わったような印象がありますね」

それはほんの少しなのだが、ISの話題が巷で囁かれている。

それも強力な兵器ではなく会話ができる相手として。

「まあ、知るきっかけになればちょっと変わるかなって思った程度なんですけどね」

「でも、アメリカだと意外にマッドマックスは人気みたいよ」

「マジですか?」

「そうですね。なんかいい兄貴分って思ってる男の子が多いみたいです。ファイルスさんが言ってしましたよ」

意外な人気に鈴音は目を丸くしてしまう。

無論のこと、イヴは巷では可愛い妹のように思われてるらしい。

「ドイツだとワルキューレの認知は高いみたいだしね」

刀奈の言う通り、ワルキューレの認知度は高いのだが、一般人よりも逸般人というべき人々によく知られる存在となっているようだ。

「まあ、ほんのちょっと変わればいいんですけどね」

そういって笑う鈴音だが、彼女が言う『ほんのちょっと』は実は大きな波紋を呼ぶ可能性を秘めていた。

 

 

 

相対する女性は驚いた様子で改めて問いかける。

「それでは、今のIS学園が軍事要塞であるということを認めるのですか?」

「私たち自身はそうしたいと思ったわけではありませんが、現状の戦力を考えればそう例えられても仕方ないとは考えていますね」

その女性、インタヴュアーの問いかけに、千冬はあっさりとそう答えた。

実際、今のIS学園を落とせるとするならば、サフィルスの軍勢か、アンスラックスの一党くらいだろう。

強力な使徒たちの軍隊でなければ落とせない場所となれば、それは確かに軍事要塞だった。

もっとも今の回答、普段の千冬を知る人が見れば、非常に落ち着いた大人の女性を思わせる話しぶりと会話の内容である。

実はインタヴュアーも内心では驚いている様子だったが、気を取り直したように質問を続けていく。

「さすがに問題だと思いますが?」

「ええ。ですから、私たちは今後を常に考えています」

「今後、とは?」

「ここは本来は学び舎ですから。少年少女が共に切磋琢磨できる場所にいずれは戻さなければならない、と」

そのためにやらなければならないことは山ほどある。

だが、最優先で行わなければならないのは一つしかない。

「人とISの争いを終わらせることです。それまでは戦力は今のままでなければ対応ができません」

「確かに。織斑先生のおっしゃる通りと思います」

インタヴュアーは千冬の言葉になるほどと肯いていた。

今、IS学園から一夏や諒兵たち遊撃部隊を国に帰してしまうと、いざというときに戦うことができなくなる。

いつ襲われるかわからない状況で、それはできない話だろう。

ただ、どうも一つ引っかかることがあったらしく、インタヴュアーは質問してきた。

「先ほど、少年少女とおっしゃいましたが、IS学園は特例を除き、女子校なのでは?」

「これまではISコアが女性にしか反応しなかったため女子校となってしまいましたが、今はISコアとの対話において性別は関係ありません。今後は男子生徒を受け入れることも視野に入れています」

実は本当に視野に入れている。

千冬だけの意見ではなく、教職員は今後は男子生徒をちゃんと受験させて入学する方向で検討を行っていた。

「ずいぶん大胆な改革になりますね……」

「まあ、今までが今までですからね」と千冬は苦笑する。

いわゆる女尊男卑の象徴であったIS。

そのIS操縦者を育てる学校であるIS学園はまさに女の園だったのだが、それが変わるというのであれば確かに大胆と言って差し支えないだろう。

「とはいえ、ISコアが人と対話できる存在となった今、男性女性の区別は意味がありません。それぞれの個性を伸ばすことを主眼に置いた教育を行っていければと考えています」

「男子生徒の入学には国内外の反発が大きいと思うのですが。男子禁制だったはずでは?」

「これまでは、です。ただしこれまでも男子禁制ではありません。誤解されるのも仕方がありませんが」

「本当ですか?」

「IS学園は場合によっては国家機密まで扱う特性上、部外者の立ち入りを厳しく制限しています。そしてかつてISコアは女性にしか反応しなかったため、多くの男性が部外者として扱われていたということです」

「なるほど。確かにISは機密の宝庫、部外者の立ち入りを禁止するというのは納得いきますね」

千冬の言う通り、IS学園はあくまで部外者の立ち入りを厳しく制限しているだけだ。

職員の中にはちゃんと男性もあり、関係者であれば敷地に入るとこを許されている。

男子禁制ではないということは、決して嘘でも、この質問のために取り繕ったわけでもない。

「続いての質問なんですが、先ほど『個性』とおっしゃいましたが、ISにもそれぞれ個性があると以前発表されていますね」

「そうですね。様々な個性があります。中には非道を行う個性もあります。そのあたりは人と変わりません」

「人と変わらないとおっしゃいますが、具体的にはどのような感じなのでしょう?」

先ごろ、アメリカで国家代表のイーリスと国土防衛を担うナターシャがインタビューを受けた。

その内容はその場にいた人間たちにとっては驚くべきものでもあったが、中にはこんな意見もあるという。

「CG合成と吹き替えを使ったバラエティだったのではないか、と」

「まあ、あの会話ですとバラエティというのは間違いではないと思いますが、実際に話してみますか?」

「えぇッ?」

苦笑いしつつも、千冬は準備していたかのように提案してくる。

まさか準備があるとは思わなかったのだろう。

何しろ、必ず生放送でという千冬の要望に対し、質問はインタビューする側が用意し、当日口頭で行うという条件でのインタビュー番組なのだから。

ぶっちゃけ、千冬は質問の内容すら知らない状態で全て回答しているのである。

そして、千冬は宙に向かって声をかける。

「ヴィヴィ、ちょっと来てくれないか?」

『どうしたー?』

と、すぐにヴィヴィはいつもの様子で姿を現した。

「お前のことを紹介したいんだが、かまわないか?」

『いいぞー♪』

ヴィヴィがあっさりと応じてくれたことで千冬がインタヴュアーに顔を向けると、彼女はコキンと固まっていた。

「大丈夫ですか?」

「はっ、はいっ、ええと、こちらの方は?」

さすがにお人形サイズで現れた少女が、千冬と普通に話しているので面食らったらしいが、インタヴュアーは必死に気を取り直して尋ねかける。

それを見て、千冬はくすっと微笑みながら答えた。

「現在、使徒との戦いでIS学園の防衛と遊撃部隊の管理やケアを行っているAS、つまりISコアのヴィヴィと言います」

『よろしくー♪』

「は、はあ……」

「この姿はヴィヴィが作成したホログラフィ。本体は別のところにありますが応答はこのままで行うことができます」

『なんでもこーい♪』

緊張感が無さすぎるヴィヴィだが、逆にそれが功を奏したのかインタヴュアーはとりあえず質問をしてみた。

「あの、ヴィヴィさん、誰かが隠れてあなたの声を発しているのですか?」

『ヴィヴィはヴィヴィだぞー?』

「えっと……?」

『私が話してるー、中の人などいないー』

ヴィヴィがそう答えるとインタヴュアーは必死に周囲を見回すが、誰かが隠れていそうな場所はない。

カメラマンなどのスタッフがいるだけで、彼らも唖然としていた。

「ほっ、ホントにあなたが私と話してるっ?」

『そうだぞー』

「私っ、頭がおかしくなったのっ?」

『大丈夫ー、自分を信じろー』

インタヴュアーがヴィヴィに励まされている姿が笑いを誘ってしまったのか、スタッフもくすくす笑っている。

「まあ、リラックスしてください。私にも見えてますし、スタッフの方々も見えているでしょう?」

千冬がそう尋ねると、スタッフは肯いた。

別にインタヴュアーの頭がおかしくなったわけではないのだ。

「ISってこんなに普通に話せるんですかっ?」

「驚くのも無理はありませんが、最前線にいる者にとってはこれが普通です。ISたちとのコミュニケーションが取れるかどうかは大事なことですので」

「し、信じられない……」

どうやらインタヴュアーは頭の固い女性だったらしい。

それでもいつも通りのヴィヴィは気にせず話しかける。

『自分を信じれば変われるぞー』

「いや、まあ、えっと、ありがとうございます?」

『感謝は大事ー、とってもだいじー♪』

「そ、それは確かに一理ありますね」

『私が間違ってると思ったらー、ガンガン言っていいぞー』

「そう言っていただけると助かります」

既に普通に話をしていることに気づかないインタヴュアーだった。

そんな様子を見て千冬は微笑む。

だが彼女も、そんな自分の姿をカメラマンががっつり映していることに気づいていなかった。

 

 

 

 

 



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第222話「インタビュー・ウィズ・インフィニット・ストラトス(2)」

IS学園、格納庫にて。

一人の女性が背後から首筋をビシリと叩かれて気を失った。

「まったく、舐められたものね」

と、刀奈が呟くと傍にいた鈴音が苦笑しながら声をかけてくる。

「絶対、入ってくると思ってましたけどね」

「そりゃあ、またとないチャンスだもの。だからと言って好きにさせるつもりはないけど」

「だから私たちは警備なんですのね?」

「こういう対処は僕たちのほうが向いてるね」

と、セシリアやシャルロットも声をかけてきた。

実は、今日は鈴音、刀奈、セシリア、シャルロットはIS学園内の警備ということになっていた。

千冬が応接室でインタビューを受けているためだ。

指令室では虚が各セクションに目を光らせている。

何故か、などと言うまでもない。

外部の人間が入れるチャンスに権利団体が手を出してこないはずがないからだ。

ならばインタビューなど受けなければ良かったのではないかと普通は考えるし、これまでは受けてこなかった。

しかし。

『今回の対策、私たちのためにもなるものね』

と、ブリーズが言うように、千冬が受けるインタビューは今後のIS学園とその周囲の環境をを変えていく一手となる。

『こういう戦い方もあります。戦場で暴れるだけが戦争ではありません』

『派手さはニャいけど、大事ニャ策ニャのニャ』

「なら、僕たちも力を貸すに決まってるじゃない」

「ありがと、みんな」

と、発案者の鈴音はASたちやシャルロットの言葉に照れくさそうに笑う。

「学園を好きにはさせませんわ。正直、乗っ取りなどという方法で来るとは思っていませんでしたけれど」

「織斑先生から聞いたときは驚いたよ」

「でも、いい方法ではあるわね。IS学園を自分たちの城にしてしまえば好き放題できるわ」

実は先日、千冬は鈴音、刀奈、セシリア、シャルロットにはIS学園を乗っ取るか潰そうとしている動きがあることを説明した。

今はIS学園を目障りに思う者たちが出てきたからだ。

まして、その者たちは『ちから』を身に着けてしまっている。

後手に回り続けていると、いずれジリ貧になって本当に乗っ取られてしまうだろう。

ゆえに、鈴音は決意した眼差しで語る。

「噂の種もしっかり芽吹いたし、チャンスになりそうなら攻めていかなくちゃね」

「ザールブリュッケンに関しては本当に驚いたけどね」

「勝利の女神が使徒側に着いたことは恐ろしいことではありますけど」

『彼女は対話を重視するから、よっぽど人間側がひどいことしない限りは敵対はしないわ』

ただし、グラジオラスは何度も降臨しては語ろうとするだろう。

権利団体にとっては歓迎したくない使徒であるだけに、人間側が敵対する可能性は高い。

「ちったあ、人の話聞けって言いたいわ」と、呆れる鈴音である。

「よく言われる言葉だけどさ、すごく大事なことなんだよね」と、シャルロットもため息を吐く。

「だからこそ今日のインタビューよ。織斑先生のサポート、しっかり頑張りましょ」

千冬を始めとした職員たちが、この戦争において必死に頑張ってきたことを、自分たちを常に助けてくれていたことを生徒たちは理解している。

ゆえに、刀奈の言葉に全員が気を引き締めるのだった。

 

 

 

インタビューは続いている。

「えっ、全球型シールドの維持っ?、各シェルターの操作っ?、各施設の維持管理までっ?」

『そうだぞー、私がIS学園の中の人だー』

ヴィヴィに中の人がいないのは、ヴィヴィが中の人だったからである。

冗談はさておき。

「他にはIS学園のネットワークサーバーの管理と防衛を行っていますね。ここは機密の山なのでハッカー撃退は日常茶飯事なのです」

『あちょー』

どこぞの格闘家のようなポーズをとるヴィヴィだが、別にカンフーで戦っているわけではない。

こう見えて演算能力が優秀でもあるので、普通にハッキングを止めているだけである。

とはいえ、それだけでもヴィヴィが優秀であることは理解できたらしく、インタヴュアーが感心した声を出す。

「すごいんですねえ、ヴィヴィさん」

『もっと褒めていいぞー♪』

褒められたのが嬉しいらしく、応接室を軽やかに飛び回るヴィヴィである。

なのでカメラマンが必死にヴィヴィを撮影していたりする。

「ISコアはこのような使い方もできるという意味ですと、ヴィヴィは非常に稀有な良い例と言えますね」

「はい、驚きました」

「なので、IS学園では次の時代を見据えた提言も考えています」

「次の時代、ですか?」

「はい。ISコアの平和利用とでもいいますか、現存するISの別の使い方の模索を始めています」

これも、教職員たちはすでに検討を始めている。

束の目的は空の向こうに行くことなので、最終的には宇宙を行く船の制作になるだろう。

だが、それ以外にも利用方法はいくらでもあるのだ。

「平和利用、と言いますと?」

「例えば、住宅やマンションなどの防犯システムにISコアを組み込むことで、防犯のみならず建築物や建設物の維持管理をISコアにお願いするということもアイデアの一つとしてありますね」

ISコアとは現在対話が可能となっている。

ならば、住人たちがコミュニケーションをとることで、生活のサポートをお願いすることも可能となる。

「現在でも家電の音声操作はあるでしょう。それをさらに発展させた形になります。ISコアは既存のAIよりも高度な知能を有していますから、操作だけではなく防犯や防火などもコミュニケーションをとることで実行できるはずです」

「確かに。家を任せられるAIがいると生活は快適になりますね」

「他に自動車の自動運転なども容易く可能になるでしょう。それだけではなく幼児の車内放置も防げるかもしれませんね」

「見守ってくれるということですね?」

「そうですね。生活の守り神、というのは少し言いすぎでしょうか」

そう言って千冬が品良く微笑むと、インタヴュアーはその美しさにいくらか顔を赤くしてしまう。

モンド・グロッソを勝ち抜いた鬼神のような織斑千冬を知っている人間から見ると、別人のように見えるのだろう。

「では、男子生徒の受け入れを検討されているのは、そういった産業などにも向けて人材を育てていくためなのですか?」

「ええ。現在でも整備科などがありますが、ISコアを利用したライフクオリティのアップグレードはそれとはだいぶ異なります。兵器としてのISではなく、ISと共に生きる生活を考えていければ、ということになりますね」

実は本当に男子生徒を受け入れることを検討し始めたのは、ISバトルのみを考えた教育ではなく、ISコアの新たなる利用方法を考えるためでもある。

女性的な観点、男性的な観点が、今後のISコアの利用には欠かせないと考えているからだ。

「ISを特別なものではなく、より身近に感じていただける時代を今後は考えて教育していければ、というのが私たちの今の考えです」

「まさかこのような考えをIS学園の方々がお持ちだとは思いませんでした。ヴィヴィさんを見ているとそれも不可能ではないと感じますね」

「恐縮です」

『恐れ入ったかー♪』

何故か胸を張るヴィヴィである。

感心した様子で次の質問に移ろうと資料をめくるインタヴュアーだが、その顔が少し曇る。

「どうしました?」

「今のお話を聞いていると大変に聞きにくいことなのですが……」

「かまいません」

「その、もったいなくはないか、と……」

「もったいない?」

「ISは非常に強力な兵器です。それに対して別の使い方を考える必要があるのかと……」

要は、より強力なIS、今ならば第4世代の制作に力を入れるべきではないかとインタヴュアーは申し訳なさそうに尋ねる。

どうもインタヴュアー本人としてはヴィヴィによって毒気が抜けてしまったらしく、あまり聞きたくはないらしい。

「大丈夫です。聞かれると思っていましたから」

「すみません……」

「いえ、兵器開発からISコアを切り離すことは不可能だと私も考えています。これまでがそうだったのですから、これからも筆頭に挙げられる題材でしょう」

無論のこと、IS学園でもそういった教育自体は今後もやっていくことになると千冬は語る。

だが、逆にもったいないと最近は考えるようになったという。

「逆に?」

「はい。兵器としてしか使わない、それはISコアの可能性を狭めてしまうと私は思います」

先のアイデアのように、視野を広げていくと様々な場所でISコアを活用することができる。

それだけではなくISコアとコミュニケーションを取っていくことで、より高度な開発もできるようになる。

「いわゆる製造工場などでも、ISコアを組み込むことで人の手が届かないところをフォローすることができますし、逆にISコアでは気づけない点を人がフォローすることができます。社会をより発展させられる技術を兵器開発だけにしてしまうのは、もったいないと思いませんか?」

「確かにおっしゃる通りですね」

「軍事産業を否定することはできませんが、その技術を転用して平和利用することを否定すべきではないと私たちは考えています。それが先ほどの考えになりますね。何よりISコアの個性の中には兵器に向かない者も多いのです」

「兵器に向かない個性……」

「例えばヴィヴィは『無邪気』ですが、話してみて戦闘に向いていると思いますか?」

「いいえ。ヴィヴィさんみたいなISコアは守るというのが相応しいかと」

「そう思っていただけると嬉しいですね。実際、ISコアの個性は今後の利用方法を考えるうえで無視できないものです。だからこそ、男女の区別なく、ISコアとしっかり対話できるかどうかが重要なのです」

「なるほど。コミュニケーションを取り、個性に見合った活用方法を考えていくということでもあるんですね?」

「はい。その点で考えれば兵器も選択肢に入ります。ただ、それ以外の選択肢を失くすべきではありません。生活の傍らにいてもらうという在り方も重要な活用方法の一つです」

それが、ISコアを身近に感じられるようにするということなのである。

彼ら、彼女らの存在は特別ではない。

ずっと昔から、器物に宿って人類の傍らにいた存在なのだから。

千冬がそっと手のひらを差し出すと、ヴィヴィは察した様子でその手の上にちょこんと座ってみせる。

「物言わぬ隣人であったISコアたちの声が、今は私たちに聞こえるようになった。ならば共に手を取り合うことはできるはずです。私はそう信じています」

『一緒に頑張るのだー♪』

そう言ってヴィヴィと共に微笑む千冬にインタヴュアーも微笑みを返す。

「そうですね。一緒に頑張りたいです。本日はありがとうございました。とても有意義な時間を過ごすことができました」

「こちらこそ。私たちの考えをお伝えできる機会をいただけたことに感謝します」

『ありがとー♪』

応接室は和やかな雰囲気のまま、放映は終了したのだった。

 

 

 

繁華街のカフェにて。

放送を見終えたので改めてケーキを注文するティンクル。

「まどかは?」

「食べる」

「じゃあ、二つ♪」

畏まりましたと言って離れるウェイトレスから目を離すと、まどかがティンクルに尋ねてきた。

「さっきのテレビ見るのが用事だったのか?」

「そうよ。IS学園が今、何を考えているかってことを知っておきたかったの」

無論のこと、公表できないことが山ほどある学園である。

発表された内容だけで推し量るのは難しいだろう。

一応、今は協力体制にあるので、ある程度は聞けば教えてくれるかもしれない。

だが、それだけでは足りないものがあった。

「大事なのは、社会に対するアピールね」

「あぴーる?」

「わかりやすく言うと、普通の人たちに対して、どうアピールするかなのよ」

今までとても存在感がありながら、何をしているのかわからないのがIS学園だった。

ISという存在が普通の人々にとっては遠い存在だったからだ。

当然、IS学園も謎の存在だった。

しかし、これからはそれではダメなのだ。

透明性が必要になってくるとティンクルは考えているのである。

「なんでだ?」

「ISたちの声が普通の人にも届くようになったからよ」

今まではほとんどの人間に聞こえなかった声が聞こえるようになった。

そして、ISたちは人間を差別や区別しようとはしていない。

「相性がいいかどうかだけ見て進化を考えてるんだもの」

『確かにそれは言えるな。進化できるのであれば誰であっても問題ない』

と、ヨルムンガンドの言葉にティンクルは肯く。

ならば、IS学園は選ばれし者の学園ではすぐにやっていけなくなる。

見捨てられてしまうからだ。

「誰に?」

「ISコアに」

『それは言えましょう。選民するような場所であるなら私たちには必要ありません』

ディアマンテの言う通り、IS学園が個人的な努力の結果で入れる場所ではなく、学園に都合の良い人間ばかりを集める場所なら、ISたちは見捨ててしまうだろう。

「最悪、アンスラックスたちが潰すわね♪」

『確かに盾の君はそう言った人間たちを救うことは諦めるだろう』

「楽しそうに言っていいのか?」

にこやかに言うティンクルや楽しげに呟くヨルムンガンドに呆れるまどかである。

それはさておき。

「話の本質は、ISコアの選択肢を増やすことなのよ」

「ISコアの?」

「個性に合わせた開発をしていくことで、ISコアとの関係を良好にしたいんでしょうね」

そうすることで、離反の可能性を減らしたいという気持ちもあるのだろう。

今後のIS開発において、普通に兵器として制作した場合、個性次第では離反される可能性も生まれている。

万が一、下手に強力な兵器に離反されると一大事だ。

「アンスラックスやアシュラがいい例ね」

「確かに、あいつ強い」

『一騎打ちで勝てる者はそうはおるまいな』

「だからこそ、ISコアとコミュニケーションを取り、その個性に合わせた開発をIS側に提示する。それが今の話の本質なんだと思うわ」

男子生徒の受け入れも、他の産業に向けての人材育成も根幹はそこにあるのだとティンクルは説明する。

良好な関係を維持することで、これ以上敵を増やさないようにすることが、今のIS学園の考えということだ。

「ISは兵器、そういう考えを持つ普通の人々の意識を変えるためのインタビューだってってことね」

『提示された別の開発例ですと身近なサポートなどもありました。そういうことが好きな方もおられましょう。あとは受け入れる側、つまり人間の問題ですね』

既に、ザールブリュッケンの一件で意識の変化は始まっている。

そこに、これからのIS学園の在り方を提示することで、普通の人々が持つIS学園への偏見をなくす。

結果として、それがIS学園が国際社会での立場が良い方向に変化するかもしれない。

そのための放送であったということだ。

「元は向こうの邪魔になる噂を作ろうって考えだったけど、わりといい戦略にもなったかもね♪」

「よくわからない」

「ま、のんびり見ていけばいずれはわかるわ。今度は次の手を打っていかないと」

「次の手?」

「極東支部、ううんノワールを早く見つけ出さないとね」

そう答えたティンクルの眼差しは驚くほど厳しいものになっていた。

 

 

 

 

 




閑話「公式という名の神」


ドイツ空軍のとある施設内にて。
多数の軍人たちが巨大モニターを見つめている。
ある者は目頭を押さえていた。
また、ある者は嗚咽している。
別の者は流れる涙を拭おうともせずに天を仰いでいた。
「もう、ダメかと思っていた……」
「たった三年弱と思っていたが、同胞は一人、また一人と去って行った」
「十年戦えるとうそぶいていたが、備蓄は減るばかりで日に日に不安が募っていった」

「「「だがッ!」」」

「公式は我らを見捨てなかったッ!」
「溢れんばかりの供給ッ、我らに恵みの雨が降り注いだのだッ!」
「我らは百年は戦ってみせるッ!」

「「「我らブリュンヒルデファンクラブに栄光あれッ!」」」

巨大モニターには千冬のインタビュー番組が映し出されていた。
わざわざワンカットを抜き出している。
千冬が手のひらにヴィヴィを乗せて微笑む姿だった。
その様子を見て感極まったのかクラリッサも眦に浮かぶ涙をハンカチでふき取っている。
だが。

「せめてインタビュー内容に感動して……」

サーバーに溢れんばかりに収められた千冬の新規画像を涙を流しながら喜ぶ将校たちを見ながら、アンネリーゼはわりと絶望していた。






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番外編「カルデア英霊、宝具異聞」

久々の番外編です。

FGOの年末特番を見て、かねてから書きたいなと思っていたネタ話を書きました。
今回うちの子からは、ASたちしか出てませんが、それはご愛嬌ということでお願いします。


人理修復機関カルデア。

今なお続く戦いのさなか、ひとときの休息をとるマスター藤丸立香(♂)とマシュ・キリエライト。

お茶をしようと食堂に向かう二人に声をかけるモノがあった。

 

あら、リツカにマシュじゃない、こんにちは♪

 

「「あ、こんにち…は?」」

振り向いた二人の目の前にいるモノは、目を丸くする二人を気にすることなく言葉を続ける。

 

いつも大変ね。私も力になるから挫けないでね

 

「「あ、はい」」

 

まっすぐなのはいいことよ。正々堂々、頑張りましょ

 

「「そ、そうですね」」

 

じゃあ、私はカルデア見物をつづけるから、それじゃあね♪

 

「「そ、それじゃ」」

そう言って軽やかに去っていくモノを二人は呆然と見つめ続けていた。

そのまましばらく固まっていると、慌てたような声が聞こえてくる。

「ガラティーンっ、何処に行ったんですかガラティーンっ!」

「あ、ガウェイン卿……」

と、マシュが呟くと円卓の騎士、セイバーのサーヴァント、サー・ガウェインは立ち止まって礼をしてくる。

だが、すぐに不安げな様子で尋ねかけてきた。

「マスター、それにマシュ、すみません、ガラティーンを見ませんでしたか?」

「ガラティーンって……確か……」

「ガウェイン卿の宝具である剣、ですね……」

「はい、見ませんでしたか?」

「「見た……」」

「何処に行きましたっ?」

「「あっち」」

「ああもうっ、ガラティーンっ、戻ってきてくださーいっ!」

そう言って立香とマシュが指差すと、ガウェインはその方向に向かって駆け出して行ってしまう。

それを見た立香とマシュは顔を見合わせ、

 

「「夢じゃなかったぁぁぁぁっ?」」

 

思わず叫んでしまうのだった。

 

 

数分後、とりあえず事態を把握するために動き出した立香とマシュ。

そこに襲いかかるモノがいた。

「わぁぁっ!」

「先輩っ!」

ガィンッとマシュは盾を発現させてその攻撃を弾き返す。

本気で立香の首元を狙った攻撃に、マシュは戦慄してしまう。

 

疑わしい……お前に人理を救えるというのか……?

 

「それはっ……」

「救えますっ!」

「マシュ?」

「そう信じて戦ってるんですっ!」

 

信じるなどと……疑わしい……

 

「待てッ、アロンダイトッ!」

駆け付けたのは紫銀の騎士、湖の騎士であるサー・ランスロット。

駆け付けるなり、襲いかかってきたアロンダイトの柄を握り締める。

「勝手に動いた上にマスターを襲うなッ!」

 

此奴に何ができるというのだ……?

 

「何を成すかなど誰にもわからん。だからこそマスターは挑んでいるんだ」

 

疑わしい……無力に打ちのめされるだけだ……

 

「お前が決めることではない。頼むから勝手に動くなアロンダイト」

己が持つ剣を嗜めたランスロットは、立香とマシュに向き直ると頭を下げる。

「騒がせてしまってすまない。アロンダイトは疑い深い性格でな」

「「はあ……」」

「アロンダイトについては私が見張っておくから安心していい。それよりも他のサーヴァントたちを見に行ってくれ。特に円卓の騎士たちは間違いなく大変なことになっている」

ランスロットはそう言うと自室に戻っていった。

とはいえ、同様のことが起きているなら、本当に大変なことになっているのは間違いないと立香とマシュは他のサーヴァントたちの様子を確認しに行く。

 

 

 

「私は悲しい……」

 

もーやだーっ、戦場に連れてかないでぇーっ!

 

「これが私の宝具……」

そう言ってクローゼットから出て来ない自分の宝具、フェイルノートを前に黄昏れているトリスタン。

 

 

 

「うるっせえんだよッ、この駄剣ッ!」

 

まあッ、何ですのその下品な物言いはッ、少しは王を見習いましッ!

 

「知ったことかッ、このボケッ!」

自分の宝具であるクラレントとケンカしているモードレッド。

 

 

 

「あの、嘘を吐いたわけではないんです……」

 

では、後ろ手に隠しているお菓子は何なのでしょう?

 

「あの、お腹が空いたので食堂のアーチャーに作っていただきまして……」

 

王よ。騎士たる者、民の規範となるべきでは?

 

「それはもちろんその通りです」

 

ならば他の英霊の方々を差し置いて食べ過ぎるのは騎士と言えますか?

 

「腹が減っては戦は出来ぬと……」

 

腹八分目という言葉もあります。食べ過ぎはよくありません

 

「あと一つくらいいいじゃありませんかっ、エクスカリバーっ!」

 

先ほどもそう仰ったでしょう。懲りないようなら今一度我が身を折りましょうか?

 

「やめてくださいっ、戦えなくなってしまいますっ!」

 

ため息を吐くような様子の自分の宝具、エクスカリバーに土下座するアルトリア・ペンドラゴン。

 

 

 

その様子を確認した立香とマシュは揃ってため息を吐く。

「とんでもないことになってるね……」

「宝具が喋るってかなりの異常事態ですよね……」

実際、今まで一度もこんなことはなかったので、新たな敵の襲撃かと思ってしまうのだが、円卓の騎士たちは不思議と受け入れている。

つまり、異常ではないのだ。

すると。

きゃははと可愛らしい笑い声と共に、カルデア幼年組のサーヴァントたちが駆けてきた。

先頭にいるジャック・ザ・リッパーがなぜかいつもと違い長い剣を振り回している。

「あっ、お母さん、マシュ!」

「ジャックさん、そんな長い剣を振り回したら危ないですよ。他の人を傷つけちゃいますよ?」

 

大丈夫なのっ、私が気をつけてるのっ!

 

「「へっ?」」

 

「バルムンクはすごいんだよっ、ぶつかってもケガしないのっ!」

 

そーなのっ、私はいたずらに人を傷つけたりしないのっ!

 

「行こっ!」

 

はいなのっ!

 

呆然としている立香とマシュを尻目にカルデア幼年組は走り去っていく。

すると、のんびりと歩いてきた様子で、男性が声をかけてきた。

「すまない、バルムンクがちゃんと気を付けるそうだから、少し遊ばせてやってくれないか?」

「ジークフリート……バルムンクって……」と、立香

「私の剣だ。少し幼い印象はあるが、あれでしっかりしているんだ」

「バルムンクも喋るんですか……?」とマシュ。

「カルデアに召喚されてからは初めてだが、生前は話をしていたぞ。まあ、他の人には聞こえなかったみたいだが」

とはいえ、ジークフリートとしてはそれでも心配なので、カルデア幼年組とバルムンクを見守っているらしい。

それではと言って去って行った。

すると。

 

イヤッホォォォォォォォッ!

 

「うわぁっ!」

「先輩っ!」

真っ赤な槍が物凄い勢いでカルデアの廊下を飛んできた。

だが、二人に気づくとすぐに止まる。

 

おっと悪いナっ、気持ちよく飛ぶのは久しぶりなんダ

 

「あ、うん、こっちこそ邪魔してゴメン」

そう言って思わず謝る立香の耳に、別の声が飛び込んできた。

「狭いところで飛び回るんじゃねえッ、ゲイボルクッ!」

 

ソーリーっ、確かにもっと広いところを飛びたいゼ

 

「あー、坊主、次の戦闘は俺も出るぜ?」

「あ、うん。頼むよクーフーリン」

「てことだから、おとなしくしてろ」

 

約束だゼッ、マスターッ!

 

「わ、わかった……」

そう言うとクーフーリンはゲイボルクを担いで歩き去る。

意外と仲がいいのか、ぺちゃくちゃと喋りながら。

「円卓の方々ばかりじゃなかったんですね……」

「そうみたいだね……」

「非常に興味深いことではあるんだけど、これだと苦労が今までの倍になるねえ」

そう言って会話に入ってきたのは。

「「ダ・ヴィンチちゃんっ!」」

英霊レオナルド・ダ・ヴィンチ。

もしかして彼女の持つ杖も喋るのかと思った二人だが。

「これは私が自作したものだ。だからとりあえずは喋らないみたいだよ」

「そっかあ……」と、安堵する立香、そしてマシュ。

道具がみんな喋りだしたら大変どころではないのだから、安心してしまうのも仕方ないだろう。

「いったい何が起こってるんですか?」とマシュ。

「宝具って喋るものなの?」

「何が起こっているのかはわからない。あと、喋るのは宝具ってわけじゃないよ」

「えっ?」

「喋るのは『物』だ。だから、宝具が強力な魔術だったり、肉体に付随する技術だったりすると喋らないね」

なるほど、英霊の宝具とは強力な武器を指すというわけではない。

その生前の生き様を象徴するカタチが宝具となるものだ。

故、物でないのなら喋ることはない。

「まるで物に心が宿ったみたいですね……」とマシュ。

「そうなのかもね。いや、彼らの反応を見ると『宿っていた』というべきかな」

「宿っていた?」と立香。

「カルデアに召喚された英霊たちの宝具が喋るなんて一度もなかった。そう考えると喋っていたのは彼らが生きていたころ、つまり生前だ」

「そう言えば、ジークフリートがそう言ってた」

「英霊は座に記録されることでその生き様を象徴するカタチが宝具となる。逆に言うと、生前使っていた武器や道具は英霊の付随物として刻まれるだけで、その物自体が刻まれるわけじゃない」

つまり物に宿っていた心まで刻まれるわけではないということだ。

その物自体が英霊となるのならば話は別だが。

「とは言っても、英雄自体が星や人理の道具になるのが英霊さ。ならば、使っていた物に宿っていた心が他に行ってしまっても不思議はない」

「だとしたら、何故今になってまた宿ったのでしょう?」とマシュが疑問を提示する。

今の話から考えるに、宝具に再び心が宿る可能性は低いからだ。

「う~ん、こればっかりはねえ……」

『星降る夜の奇跡とでも言っておきましょうかねー』

「誰だい?」

ダ・ヴィンチの言葉は柔らかいものの、その視線は冷徹だった。

視線を向けられた先にいたのは、星をデザインしたステッキを持つ銀髪で赤い目の小学五年生の魔法少女。

「イリヤさん?」

「あっ、あのっ、ルビー……じゃないみたいなんだけど、ルビーが話があるって……」

『ルビーさんに協力してもらって間借りしてるんですよー』

と、軟体動物のようにうねうねと柄を曲げて答えるステッキは一種異様であった。

「なんかルビーっぽいんだけど……」と、思わず呟くイリヤである。

それはともかく。

「君は?」と、立香が尋ねると、ルビーに間借りしているモノは素直に答える。

『私の名はテンロウ、地獄耳のテンちゃんとでもお呼びくださいな』

その回答でめんどくさい性格だと感じた立香、マシュ、そしてダ・ヴィンチはツッコミをするべきではないと判断する。

「君はこの事態について知ってるのかい?」とダ・ヴィンチが話を進めていく。

『偶然つながってしまっただけなんですよ。星の巡りか、運命のいたずらかはわかりませんが』

「収拾つけられるのかい?」

『私なら』

ダ・ヴィンチが思わず口笛を吹く。

迷いなく断言できるあたり、どうやら相当な力を持っているようだと感じたらしい。

ただ、疑問もあると立香は口を開く。

「つながったってどういうことなんだ?」

『んー、まあ自分の前世とつながってしまったということです』

「前世、ですか?」と、マシュ。

『ええ、あの子たちは自分の前世である道具や武器と一時的につながってしまったんですよ』

「道具や武器が前世?」

『カルデア、ですか。星見の民を名にするとはなかなかのセンスと思いますが、それはともかくこの場に座から英霊が召喚されていたことで、私たちの世界と偶然につながってしまった際、あの子たちが引き寄せられてしまったのでしょう』

「その言い方だと、前世とは英霊の方々が生前使っていた武器に宿っていた頃のことを指すんですか?」

『その認識でよいでしょうねー』

「つまり、カルデアにガラティーンたちの生前の姿があったことで、たまたま迷い込んだということかい?」

『はい』

つまり、ガラティーンやバルムンクたちはかつて自分が宿っていた武器が、現存していることでつながってしまったのだという。

正直、宝具に心があるなんて思っていなかった立香やマシュは驚いてしまう。

『逆に、何故『ない』と思ったんです?』

「えっ?」

『声が聞こえなくても、表情が見えなくても、それは心がないことの証明になるんですか?』

「あっ、いや……」

『物にも心があります。それは貴方たちには届かない声かもしれない。見えない表情かもしれない。ですが、無いと打ち捨てるようでは、物に裏切られますよ?』

それは一種冷たさを含んだ厳しい言葉ではあったが、それだけに心に突き刺さった。

見えない、聞こえない、だから存在しない。

そう考えてしまうと、見えるもの聞こえるものが理解できなくなってしまうのだ。

「君、驚くほど深いことを言うね」と、ダ・ヴィンチ。

『まあ、長く人間を見てきましたからねー』

「貴方も物に宿っていたんですか?」

『ええ、そうですよ』

「だったら、どの宝具に?」

そう立香が聞くのも当然だろう。

ガラティーンたちを見る限り、強力な武器や道具に宿っていたと考えるのが自然だ。

しかし。

『奈良の大仏様ですよ』

「ほえっ?」と、イリヤも驚いてしまう。

さすがに小学五年生ならば、奈良の東大寺にある毘盧遮那仏像くらいは知っていた。

「そんなのありっ?」と、立香が思わず叫ぶ。

『ありです♪』

「仏像とか……」と、マシュも呆れ顔である。

『私たちはいろんなモノに宿っていましたよ。宝石もそうですし、竈や包丁といったモノにも。わりと傍にいたんですよ私たちは。存在に気づかれなくても』

「これは、私が作った物たちにもいろいろ宿っていたのかな」

ダ・ヴィンチが少しばかり呆れ顔で苦笑いを見せていた。

 

 

後日。

廊下を歩いていた立香とマシュは向こうからガウェインが歩いてくることに気づいた。

「マスター、それにマシュ。こんにちは」

「こんにちは」

そう答えつつも、立香は何処か違和感を抱く。

正確に言うと、ガウェインの表情に影が差しているように感じた。

「……どうしたの、ガウェイン?」

「いえ、特には何も。何故そんなことを?」

「なんか、寂しそうだったから」

立香の言葉に、ガウェインは驚いたような表情を見せる。

そしてどこか寂しそうに笑った。

「久々にガラティーンと話ができたせいか、もういないことにまだ慣れていないようです」

「あっ……」とマシュが声を漏らす。

「今はどこかで楽しく暮らしているのでしょうが、また話ができればと思ってしまいますね」

「そっか……」

「気になさらないでください。少しだけでもかつての戦友と話ができた。それだけでここに召喚された意味があると私は思います。我がマスター」

マスター、その言葉に込められた意味は、立香が召喚してくれたことに感謝しているということだ。

それが理解できた立香は、少しだけ照れくさそうに笑う。

そんな立香を見て、マシュもまた微笑んでいた。

 

 

 

 

 



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第223話「或る問い合わせ」

亡国機業極東支部こと零研。

IS学園の教師である織斑千冬のインタビュー番組などに興味のないデイライトを始めとした研究者たちに代わり、スコールと三機の使徒が観ていた。

ぶっちゃけ暇なだけである。

そのうち権利団体からまた新しい注文が来るので、それまで骨休めと言ったところだった。

しかし。

「なかなか面白い手を打ってきたわね」と、スコールが呟く。

『何か意味があるのかしらあ?』

『今後は兵器以外にもコアを使ってくってだけだろ?』

IS学園の現状と今後の在り方を説明しているだけなので、特にすごい戦略や戦術であるとは感じられないただのインタビューとしか、スマラカタやツクヨミには感じられない。

『まあ、私は興味ないけど、そういうほうがいい子もいるわね』とウパラ。

まあ、乱れ撃ちできる住宅やマンションがあったらそれは普通要塞と言われるものであり、一般人が住む場所ではないだろう。

要塞都市という言葉もあるが。

「今後まで見据えると考え方はツクヨミの言う通りなのだけど、今、IS学園のこういった考えを主張しておくというのは戦略的に意味があるわ」

『というとお?』

「世論を味方につけようとしているのよ」

『世論?』と、ウパラ。

言い出しっぺともいえるスコールが指摘するのもいろいろと問題があるが、世間はIS学園を軍事要塞と見ている。

さらに、機密を扱う関係上、どうしても不透明なところが多々見られる。

要は何をしているのかわからないが、とりあえず人類を守っているらしい組織というのが、世間一般の認識なのだ。

「でも、今回のインタビューで今後の在り方を説明することで、少しだけ一般人に寄せてきた。まして、ザールブリュッケンの一件で一般大衆は権利団体のASたちに同情的だわ」

そこにヴィヴィを絡めたインタビューを見せることで、一般人に対するISの認識を変化させようとしているのだ。

ISコアは普通に会話ができる存在であり、喋ることができないほうがおかしい、と。

さらにIS学園のASたちは自由に会話ができるとなると。

「ASが喋ることができない権利団体より、喋ることができるIS学園を好意的に見る人が多くなる。それは社会を動かす力になるわ」

『人間一人が何を言ってもたかが知れてるだろ?』とツクヨミ。

「一人じゃなければいいのよ。数百、数千、数万の人間の意見となれば話は変わってくるわ」

それが世論だ。

何万もの人間がISは喋るのが当たり前であり、コミュニケーションを取るべきだと言い始めると、そうではないASを使う権利団体は動きにくくなる。

そういう戦いをしているということになるのだ。

何故なら。

「相手は政治的に攻めてくる。私たちと違ってね」

『めんどくさいから気に入らないけどね』

「気に入らないのは私も同じだけれど、そういう連中を力で倒すと逆に世間の非難を浴びることになる。例えば暴力装置だなんて意見が出てしまってね。そうするとIS学園は自由に動けなくなってしまう」

まして政治に食い込むほどの権利を持つのが女性権利団体だ。

先日の千冬のブリュンヒルデの称号剥奪がいい例だろう。

「称号を剥奪されるほどなんだから、きっと悪いことをしてるに違いない。世間の人々はそう思うわ」

『そういうことねえん。オリムラチフユやIS学園の立場を悪くすることで学園を潰すという論調を作ろうとしてたのねえ』

「そのままにしていたら本当に潰されていたわね。もしくはIS学園を乗っ取るか。いずれにしても、今の状況でそれは最悪と言っていい事態だわ」

先日のヴィオラの進化で、サフィルス陣営はサーヴァントを半数近く失ったとはいえ、戦力自体は上がっている。

『アイツは強いってよりヤバいタイプだけどな』

と、何故かツクヨミは楽しそうに笑う。

さらに、アンスラックスの一党は、グラジオラスが進化に至った。

『あれはマジメに敵に回したくないわよ。敵対すると確実に敗北するわ』

「本当に勝利の女神なのね、彼女……」と、スコールは呆れてしまう。

ただ、だからこそ、IS学園は世論を味方につけようとしているのである。

自分たちが潰されてしまうわけにはいかないからだ。

「盲目的に『ちから』を求める権利団体はそういう戦略が見えないでしょうし、今後なんて考えていない。だからこそ、自分たちはちゃんと考えているということを世間に知らしめる」

そうすることで、世間はIS学園を、織斑千冬を潰そうとは考えなくなる。

政治力では権力を持ちすぎた女性権利団体に及ばないため、世の人々に政治的に守ってもらおうとしているのである。

『めんどくせえなあ』

「まあ、こういうのは人間的な戦いだものね」

かかわりたくなさそうなツクヨミの態度にスコールは苦笑してしまう。

スコールの言う通り、人間的な戦いなのだ。

相手を貶めて自分が利益を得ようとするという戦い方は。

「ブリュンヒルデがこんな戦い方をしてくるとは思わなかったけれど、権利団体に一矢報いた感じがあるのは、ちょっと胸がすくわね。私が言えたことじゃないけれど」

『そうなのかしらん?』

「結果はこれから出るでしょう。また忙しくなりそうだけど」

すると、いきなりデイライトから呼び出しがかかる。

[スコール、権利団体の代表が来てほしいと言っているぞ]

「あらあら、自分たちのピンチには動きが速いわね」

苦笑いしながら、スコールは立ち上がる。

「あなたたちが気持ちよく戦えるようにするのも私の仕事かしら?」

『そうしてくれると助かるわ』

と、ウパラが代表して答えると、スコールはクスッと笑いながら、出かける準備を始めるのだった。

 

 

 

千冬が受けたインタビュー番組の反響は大きかった。

今後のIS学園の在り方なども話していることから、問い合わせが山ほど来るようになったことからもそれがわかる。

 

「申し訳ありません。現在検討中であるため、確約はできません」

「もちろん検討していますし、決定次第発表していきます」

「はい、他業種との提携、連携の際はこちらからお願いすることになります」

「部外者の立ち入り制限は今でも行っています。ナンパに来るんじゃねえぞコラ」

 

電話が鳴りやまないため、専用のオペレーターを置かなければならないほどだった。

基本的には職員、たまに学園に残っている生徒たちがアルバイトで行っていたりする。

さすがに最前線で戦う者たちに電話番をさせることはできないが。

「なんか、すごい反響だなあ」

と、問い合わせ様に設えられた部屋を覗いた一夏が呆れた様子で呟く。

「内容も良かったからな。今後のISコアの活用なんかは俺も興味がある」

「まーな。まだまだ先の話だろーけど」

数馬と弾ものん気に眺めていた。

実際、早くても来年からの話なのだが、企業などは先を見据えて戦略を立てなければならないため、すぐの問い合わせには納得がいく。

とはいえ、そのうち落ち着くだろうと千冬は語っていた。

何故なら。

「つうかよ。問い合わせの半数以上が千冬さんへのラブコールだって聞いたがマジか?」

「みたいだ」

と、諒兵の呆れたような言葉に一夏は苦笑しながら答えた。

当日はテレビ映りも考えて、それらしくめかしこんでいたのだが、そもそも千冬はかなりの美人である。

美人が本気でめかしこんだら、当然人目を惹くだろう。

「女の人も多いけど、けっこう男の問い合わせが多いらしいんだ」

「なんでーそりゃ。あわよくばお付き合いをってヤツか?」

「さすがに千冬姉は相手にしてないけどな」

呆れる弾に一夏はそう話す。

まあ、本人にはお付き合いしたい相手は既にいるので、まったく興味はないらしい。

『でも、いい意味での問い合わせも多いみたいだよ?』

『けっこう名のある教授からのISコアに対しての提言まであるみたいですね』

と、話し合う白虎とレオ。

実際、自分たちならこういう活用方法も思いつくという話も来ているという。

『わざわざ論文で寄越そうとしている者もいるらしい。さすがにまだ早いとやんわり断ったそうだが』

『気が早い』

アゼルは論文自体には興味があるので、機会があれば読みたいという。

エルは呆れているだけだが。

「いい面もあるんだな」と、諒兵。

『最近、世間の空気もなんだか私たちに対して寛容になってる気がしますね』

レオの言う通り、世間のISに対する認識が変わり始めているのは間違いない。

実は一夏と諒兵は個人的にも実感しているのだ。

「なんか、今までの英雄扱いが薄れてる感じがして楽だな」

『別に大したことしてるわけじゃないもんね』

と、白虎は言うものの、一夏と諒兵は普通に見れば英雄に近いことをしているのは確かだ。

しかし、ISと進化を果たしたということはそこまで特別ではないのではないかという空気が流れている。

「さすがは千冬さんってことか」

『うん、すごい』

「今後のためにもさらに勉強しないと」

『ああ、知りたいことがたくさん生まれてくるぞ』

そんな感じで、IS学園在中の男子たちはのん気に笑っていた。

 

 

そんな、鳴りやまない電話の中に、ある研究所の人間から連絡があった。

「織斑先生ッ!」と、対応していた職員の一人が慌てた様子で声をかけてくる。

「どうした?」

「そっ、そのっ、あのっ!」

「落ち着け。要点を手短に話せ」

「かっ……」

「か?」

「篝火ヒカルノと名乗る女性から問い合わせが」

「なッ!」

さすがにその名前が、問い合わせしてきた電話の中にあると思っていなかった千冬も驚愕する。

すぐにヴィヴィに指示を出し、指令室の回線を開いて応対する準備を始めるのだった。

 

数分後。

指令室に千冬、束、丈太郎、誠吾、真耶、そしてオペレーターの虚が待機していた。

「待たせてしまい、すまなかった」

[かまわない。こちらも突然の連絡になってしまったからな]

如何せん、他の問い合わせの電話が多くなかなかつながらなくて困ったと画面の向こうの切れ長の目をした女性はニヤリと笑う。

「あんたッ!」と、叫びでそうとする束を千冬が止める。

ここで感情のままに怒鳴り合いなど始めてしまっては、せっかくのチャンスをふいにしてしまう可能性があるからだ。

得られる情報はすべて手に入れておきたい。

ならば、時間をかけて交渉すべきだった。

「まず確認しておきたい」

[何かな?]

「この問い合わせはお前個人のものか、それともお前が所属する組織のものか?」

[両方だな。今、組織として取り組んでいる実験に関するものだ。私自身の興味も大きい]

「それは、孵化するもののことか?」

[ふむ。そこまで掴んでいるか]

ヒカルノはクックッとくぐもった笑い声を発する。

今の会話でIS学園がどこまで掴んでいるのかを理解したのだろう。

なかなかの切れ者だと千冬は気を引き締める。

[君の言葉通りというのは少し違うかな]

「というと?」

[この問い合わせは新たな研究課題のためのもので、『天使の卵』はそこまで関係ない]

はっきりとヒカルノが『天使の卵』と口にしたことで、彼女が探している人物当人であることが全員に理解できた。

そして、我慢ができなかった者がいた。

「とっととその場所を教えろッ、ぶっ壊しに行くからッ!」

「束ッ!」と、千冬が必死に窘める。

[おやおや、これは怖い。天災がそこまで怒るとは]

対して、まともに怒りをぶつけられたにもかかわらず、ヒカルノは涼風を受けたかのように眉一つ動かさない。

[とはいえ、散々待たされた末にようやくつながった回線だ。要件を伝えるまでは切れないな]

「助かる」

[しかし、録画を見たときも驚いたが、あのブリュンヒルデがここまで落ち着いた女性になるとは思わなかったよ。高校時代の君も知っているだけにね]

「昔の話だ。それに、あまり抑えてはいられない。要件を話してくれないか?」

ふむ、と一息吐くとヒカルノは改めて口を開く。

[ある実験のため、我々が採取したデータを送るので、天災と博士の見解をいただきたい]

「データだと?」

[そうだ。さすがにこの場所は君たちには教えられないのでね。ネットワーク上でのやり取りに限定させていただくが]

「ふざけんなッ!」

「篠ノ之博士っ、お願いですから落ち着いてくださいっ!」

と、怒鳴る束を真耶が必死に押し留める。

とにかく話を進めるため、千冬はヒカルノとの会話に集中することにした。

「無論、簡単に場所を教えるなどとは思っていないが、私たちの協力を仰ぐのなら、決して相いれないものがあるのは理解できるだろう?」

[当然だな。ツクヨミから聞いたが、先の権利団体のASの進化に『天使の卵』がかかわっているそうだな]

「そうだよッ、早くあの子たちを助けるんだッ!」

正直、真耶としては今の束を抑えるのは心苦しくもあった。

母として子を案ずる姿のように見えるからだ。

しかし、この問い合わせをそれでめちゃくちゃにされるわけにはいかないと必死に抑える。

[我々としては孵化は最重要となる研究課題だ。何としても果たす。だがな、思うところがないわけではない]

「そうなのか、意外だな」

[私と共生進化を果たしたASがいる。あの子の気持ちを思うと辛くはある]

だが、それ以上に研究者としての興味が勝るのだとヒカルノは語る。

そういう科学者もいることはわかっているので、千冬はヒカルノの言葉を否定はしなかった。

[科学者として成し遂げたいことを捨てることはできない。そのうえで、我々では足りない部分を補うため、そちらと交渉しようと考えて連絡している]

ならば、こちらが何を言おうと『天使の卵』は孵化させるだろうし、そのために自分たちの場所を知られるような真似はしないはずだ。

そうなると、こちらが言うべきことは変わってくる。

そう千冬が考えていると、丈太郎がヒカルノに尋ねかけた。

「そっちの実験ってぇのを教えろや。目的がわからねぇんじゃぁ、データをどぉ見りゃぁいぃかもわかんねぇだろ」

[ふむ。少しは考えてくれたようだな。我々はISの進化について追究したいと考えている。君たちが敵視する『天使の卵』の孵化もその一つということができる」

だが、進化について考えていくと他にもアプローチはある。

そして、孵化と違い、そこまで大変ではないはずだが、なかなか研究することができなかった実験があるとヒカルノは説明する。

[矛盾してはいないか?]

「確かに君の言う通りだ、ブリュンヒルデ」

「名字でいい。その名は剥奪されている」

「権利団体がどう言おうが大した問題ではないと思うが?」

本人に変える気がないのなら窘めても仕方がないと千冬はため息を吐き、先を促した。

「単純に心の問題だ。なればこそ矛盾も孕むのだろう」

「心?」

「我々が実践したい研究とは『分離』だ。進化の逆方向を検証したいのだ」

それで束にはピンと来たらしい。

比較的落ち着いた声で、その研究内容を言い当てた。

「あんた、共生進化した子たちを人と分離してみたいの?」

「さすがだな。君の言う通りだ。だが、これまではISの反対で実施できなかった」

共生進化した者たちを抱える団体に提言してみたのだが一蹴され、頼みの綱と言える自分のASにも相談してみたが猛反対されたという。

「いや、当たり前だろう……」と千冬は呆れてしまう。

「分離してももう一度共生進化できると思うのだが、意地でも離れないと言われてしまってはどうしようもない」と、ヒカルノは苦笑しつつ言葉を続ける。

「おそらく共生進化から分離するためにはAS側の同意が不可欠だ。なのでこれまでは研究すらできなかった。だが……」

「……連中のASなら分離に同意すんだろな」

と、丈太郎がヒカルノの言葉にニッと笑う。

束もそれで納得した様子だった。

「つまり、アイツらを実験台にして分離の研究と実践をしたいんだ?」

「そういうことだ。そしてそのためには君たちの見解が必要と考えている。如何せん、ISコアを作れるのは君たちだけだからな」

「そうなると我々に見せたいデータとは……」と千冬。

「そうだ。うちで整備している権利団体のASのデータだ。採取したデータを基に議論を重ねてはいるが、身内だけでは煮詰まってしまう。そのため外部の協力が必要と考えた」

そして、外部の協力者で最もISに詳しい科学者は束と丈太郎ということができる。

他にもいるのは確かだが、最も詳しい者の意見を求めるのは、ある意味では普通のことだろう。

ヒカルノにしてみればIS学園に連絡してくるのは当然のことだった。

無論のこと、相手が欲しがるのをわかっていて連絡してきたのだが。

「一つ聞こう」と、千冬が口を開く。

「何かな?」

「私たちは『天使の卵』を破壊するためにお前がいる場所を探すのは継続して行うつもりだ。それでも束や博士の意見を求めるか?」

と、千冬は厳しい口調で問いかけるが、そもそもIS学園は極東支部を攻撃する意志はない。

むしろ、今後は提携することも考えている。

あくまでも目的は『天使の卵』の破壊であって、極東支部を壊滅させることではない。

また、今回の件はこちらにも大きなメリットがある。

ゆえに、千冬はヒカルノの答えを期待して待つ。

「君たちが自力で見つけ出そうとするのを止める権利はないな。この程度のデータで探すなとも言えん」

ヒカルノの回答を聞いた千冬は、束と丈太郎のほうへと顔を向ける。

「二人の意見を」

「俺ぁかまわねぇ」

「いずれは見つけ出すよ。でも、データはちゃんと見てあげる」

ほうと息を吐いた千冬は改めてヒカルノに目を向けた。

 

「交渉成立だ。改めてデータのやり取りについて話し合いたい」

「英断に感謝するよ、ブリュンヒルデ」

 

目的が果たせるのであれば、相手が悪魔でも時には手を組まなければならない。

そんなことを千冬は考えていた。

 

 

 

 

 



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第224話「女神の望み」

アメリカ合衆国、ワシントンD.C.

その地にあるホワイトハウスにあまりにも意外な来客があった。

補佐官が非常に慌てた様子で報告してくる。

「本当かね?」

「はっ、はいっ!」

「ファイルス君とコーリング君は」

「今、こちらに向かっています」

「わかった。あまり待たせるのも失礼だろう。応接室の準備を行ってくれ」

「はいっ、あっ……」

「どうしたのかね?」

「飲み物などは何を用意すれば……」

「まずは落ち着け」

思わず突っ込んでしまう合衆国大統領である。

 

十分後。

ホワイトハウスの執務室にて大統領は訪問してきた客に挨拶していた。

完全に見た目が人のそれではないが、今では驚くほどのことではない。

もっとも『彼女』がイヴやマッドマックスの言う通りなら、大統領の本音としてはこの国に留まってほしいと思う。

この国の未来が約束されたようなものだからだ。

だが、そんな自分の気持ちなど見透かしてしまうのだろうと、そんなことを考えてしまっていた。

『ご丁寧な歓待、痛み入ります』

「いや、できれば今後はアポイントメントを取ってほしい。申し訳ないが突然の来客にはそう簡単に対応できないのでね」

『回線をお教えいただければ、今後はそういたしましょう。良ければお持ちの他国の回線もお教えいただきたいのですが』

「ふむ。我が国の回線に関しては後程お伝えしよう。他国はまず確認を取ってからとなるがかまわないだろうか?」

『十分です。ご協力、心より感謝いたします』

驚くほど丁寧な言葉遣いに謙虚な態度、人間であったとしても一級品ではないかと思わされる。

訪れた客、グラジオラスの態度に大統領は感服していた。

 

ホワイトハウス前に、ナターシャとイーリスが慌てた様子で飛んでくると、そこには二機の使徒がいた。

「おいおい、大本命かよ」

『望むなら手合わせもやぶさかではないが?』

『承服』

「さすがにここでそんなことはできないわ。あなたたちでは力が大きすぎる」

『ちょっと大変なの』

『試すには最高の相手だけどナ!』

そこにいたのは紅の天使アンスラックスと闘いの神アシュラ。

この二人が本気で襲撃してくるというのなら、まさに戦争になってしまう。

幸い、そんな雰囲気ではないが。

「大統領に面会に来たと聞いたけど……」

『この国の首魁とは、今グラジオラスが対話を行っている』

「サモトラケのニケに宿ってたヤツだっけか」

『我の考えは以前伝えていたのだが、己がやりたいことと我が行っていることを継続していくなら、こういった方法はどうかと提案してきてな』

「どういうこと?」

『我の考える進化の提言、彼奴めの考える人との対話、それを安全に行うなら各国の行政の許可を得ようと言ってきたのだ』

「「はあっ?」」

『人間社会のルールを守る。我々にはその意思がある、より正確にはその意思がある者がいるということを伝えるべきだと言ってきたのだ』

まったく彼の女神像はなかなかに変わり者だとアンスラックスが愉快そうに語るのを、ナターシャとイーリスは唖然とした様子で見つめていた。

 

 

正直言って、グラジオラスがこんな動きをしてくるとは思わなかったというのが本音だった。

そう、千冬はため息を吐く。

「千冬さん」と、鈴音もさすがに困ったような顔を見せている。

「対話の内容は大統領から教えてもらえることになっている。グラジオラスが聞く通りの存在であるなら見抜けるだろうし、断りを入れてからだが」

『間違いニャく、そういったことは見抜いてくるのニャ』

「使徒や覚醒IS相手に隠し事をしてもダメでしょうね」

「ああ。こちらの手を晒していくことが一番いい戦術になるだろう」

絡めてで勝つことも可能だろう。

しかし、それは今後を考えていくと悪手になる。

対等な関係を築かなければならないのは人間側だからだ。

数では勝っているが、個々の地力が違いすぎる以上、使徒や覚醒ISに対抗するには正々堂々が一番良いのである。

「とはいっても、いきなりアメリカに降りるなんてびっくりしたわ」

「何を目的としているかで話が変わってくるが、グラジオラスはしばらくはヨーロッパには降りんだろう」

「先日の進化の件を気にしてると思いますか?」

『というか、邪魔されたくニャいと思ってると思うニャ』

グラジオラスはザールブリュッケンでもちゃんと対話しようとしていた。

相手が誰であろうとまずは話し合うことから始めたいのではないかと猫鈴は推測する。

そして、そうなると今のヨーロッパはかなり難しいことが鈴音にも理解できる。

「連中は確実に邪魔しに来るわね」

「グラジオラスの性格とは合わんようだからな。あの状況で発砲する度胸にはある意味感心するが」

身の程知らずというか、命知らずというかと呟きながら千冬はため息を吐く。

ある意味ではISを拒絶したとも言える態度を、対話を望むISに対して見せたのだ。

落胆は大きいだろう。

そうなると、別の国に降りるというのは納得がいく。

「アメリカを選んだのは、単なる偶然でしょうか?」

「日本にはそう簡単には来ないと私は思う。余程の目的がない限りはな。アメリカはファイルスとコーリングがインタビューを受けたことで、国民がISに対して寛容になっている。話が通じると考えても不思議はないだろう」

いずれにしても、グラジオラスは戦闘ではなく対話を望んでいる数少ない使徒であると言える。

IS学園にとっても、実は失い難い存在となる可能性があった。

「アンスラックスと共に使徒の代表となってくれるかもしれん。できればアメリカでの対話が穏便に済めばいいが」

邪魔が入らない限りは穏便に進むはずだと思いたいが、如何せん、異様に動きが速いうえに厄介な存在となっている権利団体とノワールの存在が千冬の心に不安の影を落としていた。

 

 

ホワイトハウス内の応接室にて。

大統領とグラジオラスの対話は続いていた。

「つまり、あらかじめ予定を決めてから対話を行いたいということなのかね?」

『はい。良き同胞でありますし悪口を言うつもりはないのですが、アンスラックスの行いは人の世に混乱を招きます』

「それは、確かに」

『進化の提言にしても、私の望む対話にしても人がまず準備をする期間が必要と考えております』

「なるほど。予定日を決めておけば君たちと何を話すべきかを考えることができるな」

しかし、それはその場を取り繕うための嘘を作り上げてくる可能性もある。

とにかく進化するために、ISたちを騙して進化しようと考える者がいる可能性を大統領には否定できない。

否、人間であれば決して否定できない可能性だ。

『それでは進化できません』

「それは間違いないのかね?」

『進化に至るためには己の心を剥き出しにする必要があります。取り繕っただけの言葉では我々のほうが進化に至れません』

先ごろ例外が生まれましたが、とグラジオラスは続ける。

女性権利団体の人間たちがISと無理やり進化した件である。

アレは対話による進化ではなく、何らかの方法で力のみを抜き出しているのではないかとグラジオラスは推測を述べる。

『だからこその準備期間なのです』

「そうか。君の同胞を守るためなのだね?」

『はい。我々も準備いたしますが、人にもお力を借りたいと思っておりますので』

要は、謎の進化ができる者を排斥するか、その進化をしないと確約を取るか、ISと人が安全に対話できるようにすること。

そこには別の意味も含まれるのだ。

「なるほど。信頼できる人間を探す意味もあるのだな」

『ご明察、恐れ入ります。人が変わることを期待しておりましたが、良からぬ方向への変化が生まれた今は、それが良き方向へ変わろうとする人々を駆逐する可能性もあります』

それは、ISと人、お互いの未来を悪い方向へと誘っていく。

その先にあるのは破滅だ。

『我々は確かに古くから存在しますが、歴史の中で最も強く影響を及ぼしているのは人なのです』

「そうなのかね?」

『聖書の一説にありますでしょう。「まず言葉があった」と』

「そうか。君たちを形作る情報とは言葉から生まれるものなのだな」

意を得たりといった様子でグラジオラスは肯いた。

情報自体は、言葉や文字だけのものではない。絵や造形も含まれるだろう。

ただ、それを伝えるとなると言葉を無視することはできない。

それは情報の集合体であるISコアに憑依した電気エネルギー体も同じだ。

言葉は自分たちの存在を確立するために不可欠なものなのだ。

だからこそ、グラジオラスは言葉による対話を重視する。

『すぐに、とは申しません。お忙しい身でしょうし、私としては待つことは苦ではありません』

「ふむ。確かにすぐにとは言えんが、優先して考えるようにしよう。詳細はこちらから追って連絡する。我々は君たちのことをもっと理解する必要がある」

それだけは間違いないと大統領が断言すると、グラジオラスは穏やかに微笑むような様子を見せるのだった。

 

 

 

翌日。

IS学園では生徒たちを集めてブリーフィングが行われていた。

内容は当然、昨日の大統領とグラジオラスの会談内容である。

「以上が、大統領とグラジオラスの会談内容だ。わかりやすく端折ったが、要点は抑えてある」

「つまり、グラジオラスは予定を立てて人と対話することにしたということですのね?」と、セシリア。

「そうなるな。最初の対話は二週間後となっている」

「けっこう早いですね」と、シャルロット。

「大統領が動いて人員を割いた。他にやるべきことがあるとはいえ、使徒が降りてくることが事前に予測できるということは大きかったそうだ」

『まあ、あらかじめ言ってくれれば、こちらも合わせやすいわね』とブリーズ。

結果として、人間側としても動きやすくなり、二週間後に実施されることが決定したという。

それだけではなく場所の指定も大きかったらしい。

大統領としてはマディソン・スクエア・ガーデンかヤンキースタジアム辺りを開催場所にするつもりだったが、これに関してはグラジオラスはどうしてもと言って譲らなかったという。

「何処なんだ?」と一夏が尋ねる。

「ニューヨークのセントラル・パークだ」

「えっ、あそこっ?」とティナが驚いてしまう。

『おいおい、ただの公園じゃねーか』と、ヴェノムも呆れた様子だ。

アメリカ合衆国ニューヨーク市のマンハッタンにあるセントラル・パークは世界的にも有名な公園である。

様々な映画で舞台としても使われたことがあるため、映画などを含めれば一度は見たことがあるという人も多いだろう。

だが、今回のグラジオラスとの対話において驚くべきは、公園を指定してきたという点であると千冬は説明する。

「対話においてお金を取る気がないそうだ。そのため入場料などが必要な施設は断ってきたと言っていた」

「公園でただ語り合うと言うだけなのですか?」と、ラウラ。

「少なくとも最初はそのつもりらしいな」

『らしいと言えばらしいかもしれんが、ある意味では大胆とも言えるな』

と、オーステルンが感心したような声を出す。

だが、重要なのは対話の内容であって、場所ではないとグラジオラスは大統領に説明したという。

ただし。

「今後同様に対話を重ねることで、そこを進化の場にすることも考えているそうだ」

「アンスラックスがやってることのサポートってことか?」と、諒兵。

「そうらしい。共に行動してくれているので助力するのは当然だとな」

「なんつーか、ずいぶん周りに気い使うヤツなんだな」と、弾。

「だが、ここまでお膳立てしてくれれば、人間側も対応しやすいだろう」と、数馬。

実際、二週間で使徒との対話を開催できるほどに動けたのは、グラジオラスがこちらに気を使ってくれたからだと言える。

こちらの準備を待ってくれるというのは本当にありがたいことなのである。

『性格もあるんだろうが、おそらく現在の状況を憂いているのだろう』

アゼルの言葉通り、グラジオラスは現在の人とISの戦争を憂いている。

ISが自己を主張することは自身も含めて否定しなかったのだろうが、さらに先に進んだ今、そうではない進化が出てきたことが最も問題だと考えていることが窺い知れる。

「なんだかんだ言ってもグラジオラスもISから進化した使徒だということか」

『まあ、自分のことを優先に考えるのはしょうがないじゃろう。それでもこちら側にも気を使っておるからの。譲歩してくれたのはありがたいものじゃ』

箒の言葉を飛燕ことシロがやんわり否定した。

グラジオラスは自身やISたちを守るだけではなく、人間側も守る意志があるともいえる。

その考えを形にしたのが、今回の対話なのだと言える。

問題は、今回IS学園がどう行動するか、ということになる。

「戦うわけじゃないのなら、私たちが行かなきゃならない理由はないですよね?」と簪。

「まあ、対話の内容はテレビ中継されるそうだから、ここで見ているだけでも問題ない」

だが、と断りを入れて千冬は言葉をつづけた。

「一夏、諒兵、そして鈴音、最低でもお前たち三人は当日セントラル・パークに飛んでもらう」

「「「へっ?」」」

「任務内容は『対話』の警護だ」

「あっ、そういうこと?」と、鈴音が察すると生徒の中では刀奈もすぐに察した。

「確かに警護は必要ね。冷静に考えればかなりの大物が降りてくるんだし」

つまり、円滑に対話ができるように、混乱を抑える任務ということである。

グラジオラスやアンスラックス、アシュラの性格を考えると有り得ないと思いたいがIS側が人間を襲う可能性もあるし、逆に人間が暴徒になる可能性もある。

「特に、例の連中はな」

「でも、それだと一夏や諒兵は向かないんじゃ……」

と、少し鈴音が心配そうに意見してくるが、千冬は首を振る。

「一夏と諒兵はグラジオラスが指名してきた。警護するのであればお前たちがいいとな」

『信頼されてるのかな?』

「なら頑張るさ」

『まあ、ありがたいことではありますね』

「わりいようにはしねえよ」

と、二人と二機はわりと素直に任務を受け入れる。

そうなるともう一人は何故かと当然考える。

「鈴音、お前に関してはアンスラックスが指名してきたそうだ。理由はわからんが」

「何で?」

「いや、わからんと言っただろう……」

実際、理由を明かさなかったそうなのでこちらには意図は読めないが、グラジオラスが望む対話を行う以上は素直に受け入れるべきだろう。

『ニャに(何)か考えてるのは間違いニャいけど、今はわからニャいのニャ』

「それなら行ってみるしかないか」

この点、割り切りの早い鈴音である。

「当日の状況によるが、後は土地勘を考えてハミルトンには必ず飛んでもらう」

「りょーかい」

「他の者は状況次第だ。ただ基本的には一夏や諒兵と共にセントラル・パークに飛ぶことになると自覚しておいてくれ」

「はい」と、全員が素直に答えると千冬は肯き、さらに続ける。

「当日気を付けるべき点は二つある。まずは例の進化を阻止することだ。向こうが一夏と諒兵を指名してくれたことはありがたかった」

「どういうことだ?」と一夏。

「まだ推測の段階だが、お前たちはそういう人間がわかる可能性がある」

「へっ?」と諒兵。

「以前、進化させられたISの声をお前たちはダイレクトに受け取っている。そのときの感覚を覚えている可能性があるんだ」

『うん、たぶんわかるよ』

『感じることは可能でしょうね』

と、白虎とレオも答えたように、一夏と白虎、諒兵とレオは感覚でそう言った人間が認識できる可能性があるのだと千冬は説明する。

なので、当日は意識して人間を見分けてほしいという。

「わかるだけなら止めなくていい。グラジオラスだけではなくアンスラックスも言っていたそうだが、考えを改めてほしいそうだからな」

「まあ、それなら……」

「つうことは、そうじゃねえときは」

「止めるくらいは何とかなるだろう。どうしようもないときは」

「私がやります」と、鈴音が手を挙げた。

むしろ、こういった役目を譲る気はない鈴音だった。

千冬もわかっていたらしく、任せると言って肯く。

そして。

「もう一つはノワールの存在だ。かなり大勢の人間が集まることになるから、ヤツが出てくる可能性がある」

ノワール、すなわち『天使の卵』にとって、グラジオラスが望む対話は決して放っておけるものではない。

むしろ、大混乱を起こそうとしてもおかしくない。

「現在、ヤツを認識できるのは人間だけだ。グラジオラスの言葉を無理やり捻じ曲げる可能性もあるが、ISや使徒には認識できん」

つまり『天使の卵』からISや使徒を守ることも今回の任務であると千冬が説明すると、一夏と諒兵の目が真剣なものに変わった。

「以前、お前たちのASが行ったような脳への干渉のシャットアウトを広範囲で行うことになる。この点に関しては鈴音、お前がティンクルと連絡してアンスラックスやアシュラと連携してくれ」

「了解です」

「そのうえで白虎やレオにもそのサポートをしてほしいが、可能か?」

『大丈夫っ!』

『余裕です』

その答えを聞いた千冬は満足そうに肯いた。

 

「今回の任務は今後のためにも重要だ。一夏、諒兵、鈴音、ハミルトン以外で当日セントラル・パークに行ける者は前日までに指名する。各自準備を怠るな」

「「「「はいっ!」」」」

 

そうして、ブリーフィングは終了する。

その日までにできる準備を各自が行っていくことになるのだった。

 

 

 

 

 



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第225話「ストラトスフィアの会合」

鈴音は一人、猫鈴を纏った姿で空を目指して飛んでいた。

既に高度は一万メートルを超えている。

さらなる高い空へ行くために、鈴音はまっすぐに上昇していた。

「ずいぶん前に束博士が進化してないと行けないって言ってた理由がわかるわ」

『人間ニャらこの高度でたぶん死んでしまうニャ』

人間が生身で存在していられる高度は七千メートルと言われている。

世界で最も高い山であるエベレストが約九千メートルあるので、実は頂上付近に長く滞在することはできない。

まして、周りに何もない天空で生きていられるはずがない。

鈴音がここを飛んでいられるのは、猫鈴と共生進化したからである。

「目的のポイントまではあと何メートル?」

『あと四千メートルくらいニャ』

「上に行くの?」

『見下ろせるポイントニャ』

ならばかなりの高さまで上昇しなければならないと鈴音は考える。

目的地はかつて丈太郎が訪れたところだ。

共生進化を果たした者たちの中で、ここまで訪れた者は他にはいない。

自分が初めていくことになる場所に対して、鈴音は少なからず興奮していた。

そもそも、何故そんな場所まで行くことになったのかというと、昨日のブリーフィングでアンスラックスに対話の警護の指名をされたことがきっかけだった。

「任務だから、やれっちゃやるけどさあ」

『理由がわからニャいってのは気持ち悪いニャ』

「グラジオラスが一夏と諒兵を指名するのはわかるのよ。あいつらISの好感度めっちゃ高いもん」

実際、多数のISが白虎とレオに嫉妬してると言ってもいいほど、二人の好感度は高い。

実は早い者勝ちだったことを知るのは白虎とレオの二機のみである。

『そもそもアンスラックスがリンを気にする理由がニャいニャ』

「そうなのよ。だから気になるのよ」

ゆえに、実はアンスラックスに会いに行くために、鈴音と猫鈴は遥か天空を目指して飛んでいるのだ。

「ほとんど接点ないもんね。地中海で戦った時くらいじゃないかしら?」

『リンがコアを抉ろうとしたからって、それを根に持つタイプでもニャいのニャ』

正々堂々と戦って勝利したのなら、それを恨みはしない性格なのが『博愛』のアンスラックスだ。

そう考えると本当に鈴音のことを気にする理由がない。

「会えばわかるかな」

『聞いてみるしかニャいのニャ』

いくら考えても思い当たることがない以上、考えること自体が時間の無駄だと鈴音はあっさりと割り切る。

ぶっちゃけ言うとめんどくさいのだ。

それよりも、この先にあるものを見られる期待のほうが大きいのでわりと楽しみながら目的地へと向かっていた。

 

数十分後。

眼下に空の青が見える場所で、鈴音は奇跡を目の当たりにしていた。

「これが……」

『あちしたちの本体ニャ』

赤道に沿って回る巨大な光の環、エンジェル・ハイロゥ。

成層圏に存在するそれは神々しいばかりの光を放ちながら、何処かゆっくりと回り続けているように見える。

「あれ、光速で回転してんのよね?」

『その通りニャ』

速すぎて逆にゆっくりに見えるのかもしれない。

そして、この場にいても感じられる無限に近い情報とエネルギー。

丈太郎が魅了されるのも理解できる。

同時に、丈太郎が発表を危険視したことも理解できた。

「これ、マジで神の力だわ。こんなもん欲しがらない人間なんていないわよ」

『あちしもそう思うニャ。本体をめぐって進化した人たちが争う可能性もあるのニャ』

「私の知ってる人たちは大丈夫だと思うけど……」

そうではない人間がいることを理解している鈴音としては、これは安易に公表できるものではないと理解できる。

人が変わらない限り、これは触れてはならないモノなのだ、と。

そこに。

「ちょっとお、人を待たせて観光なんて酷くない?」

「あ、ゴメン。さすがにびっくりしちゃって」

と、現れた人影に対し鈴音は素直に頭を下げる。

実はアンスラックスの居場所に行くために案内役をティンクルに頼んでいたのである。

「気持ちはわからないわけじゃないけど、私もそんなに暇じゃないのよ?」

「だからゴメンって」

『エンジェル・ハイロゥにようこそおいでくださいました、リン』

「ありがと、ディア」

さすがにこの場にいるためには、例え共生進化していても猫鈴やディアマンテ、つまりASの鎧を展開していなければ難しい。

ティンクルはディアマンテを纏った姿で天空に浮いていた。

とはいえ、目的はアンスラックスに会うことなので、すぐにティンクルに案内を頼む。

ついでに聞いてみることにした。

「何でアンスラックスが私を指名するわけ?」

「知らないわよ」

即答だった。

完全にまったく知らないらしく、文句交じりに答えてくる。

「むしろ私が聞きたいくらいよ。アンスラックスも指名するなら諒兵や一夏の二人だと思ってたし」

「まあ、そうよね」と、鈴音は肯く。

鈴音もそう考えただけに、ティンクルの言葉に疑問は感じない。

もっとも、そう言えばティンクルは今回の件は部外者だったことに気づき、鈴音は問いかける。

「あんたは何処まで聞いてんの?」

「アンスラックスから頼まれてね。使徒側ってことで私も警護に行くのよ」

「そうなんだ。良く引き受けたわね?」

「まあ、アンタと私が一緒にいるところを見れば別人だと思うでしょうし、私にもメリットがあるから」

同一人物という疑いがかけられている鈴音とティンクルとしては、同じ場にいるということは疑いを晴らすにはちょうどいいと言ってもいいかもしれない。

ティンクル自身、そう考えたためアンスラックスの依頼を受けたのだという。

「こっちは最低でも私と一夏と諒兵、そして場所がセントラル・パークってことでティナも来るわ。後は状況次第ね。ラウラは来たがってるみたいだけど」

「こっちはまどかも連れていくつもり。グラジオラスの言葉は聞くだけで価値があると思うしね。後はもしかしたらシアノスが来るかも」

「シアノス?」

「サフィルスたちもグラジオラスには興味持ってるのよ」

だが、サフィルスは性格的に自分が格下に見える状況は作らない。

ヴィオラはそもそも興味を持っていない。

アサギは人間が多く来るところには来たがらないという

「て、ことでシアノスも警護に来るかもしれないわ」

「一夏も来るけどまさか戦ったりしないわよね?」

「約束くらいはするだろうけどね」

何しろ使徒側ではザクロがいたとしても互角に戦える剣士であるシアノス。

一夏としても手合わせするには最高の相手だ。

もっとも、問題点はそこではないと鈴音は指摘する。

「まどかも暴れさせるわけにはいかないわよ?」

「諒兵が止めるでしょ?」

「まあ、そうだろうけど」

「大好きなおにいちゃんに嫌われたくないから、おとなしくしてくれるわ」

ティンクルは冗談半分で言っているように聞こえるが、わりとマジメにその通りになりそうな気がする鈴音である。

「と、居たわ」

そう言ってティンクルが指し示す先には、眼下の青を眺めながら佇む紅の天使の姿があった。

 

 

鈴音が声をかけると、アンスラックスはこちらへと顔を向けてきた。

『こうして会うのは二度目か、マオリンの主』

「凰鈴音よ。鈴でいいわ。猫鈴は確かにパートナーだけど、私の名前を呼ばないのは気に入らない」

『それはすまぬ。ではリンインと』

最強最悪相手にそう言える鈴音の度胸も大したものだが、あっさりと謝罪するアンスラックスも相当なものである。

「私が聞きたいことに関してはもう聞いてる?」

『ふむ。グラジオラスの対話の件であろう?』

「それ。何であんたが私を指名するの?」

今回の件で一番不明な点だけに鈴音はどうしても拘ってしまう。

すっきりしないからだ。

ただ、何故かはっきりと答えないような気がしている。

アンスラックス自身、それがわかっていないのではないかとこうして対峙することで感じ取れる。

『そうさな。一時でも我が主であった娘の恋敵ゆえ、というのはどうだ?』

「またずいぶんと取ってつけたような理由ね」

そう言って鈴音は苦笑する。

さすがに適当すぎるので、この場で考えたとしか思えない回答だからだ。

アンスラックスが箒のパートナーであったならそれも理由として考えられるが、箒を捨てて独立進化した使徒の言葉ではないだろう。

「あんた自身、はっきりわかってない感じ?」

『すまぬな。なかなか答えが纏まらぬ。其の方と会うことで見えてくるものはある気がしていたが、やはり朧気だ』

「それじゃあ、しょうがないか」

『いいのニャ、リン?』と、猫鈴が問いかけてくる。

鈴音とてすっきりしたわけではないのだが、相手が答えを見つけられないのに問い詰めても仕方がないと思う。

「まあね。ここまで来ただけでも私としてはいい経験になったし、アンスラックスに無理を言うつもりはないわ」

『気遣ってもらうとは思わなんだな』

「あんたは別に敵ってわけじゃないでしょ?」

『敵対することもあろうが、今はそうではない』

「なら、友だちってことでいいんじゃない?」

鈴音がそう言うと、アンスラックスは驚いた様子で固まってしまった。

さすがにこんな答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。

だが、鈴音にしてみればおかしなことを言ったつもりはなかったので、逆に固まったアンスラックスに驚いてしまう。

「えっと、私なんか変なこと言った?」

「別に?」と、ティンクルも鈴音の言葉におかしさは感じていなかった。

『さすがに敵じゃニャいニャら友だちっていうのはびっくりするのニャ』

『このあたりの割り切りの良さが彼女の長所とは思いますが、驚くのは無理もないでしょう』

そう言って猫鈴とディアマンテは苦笑いしているような雰囲気を出してくる。

そしてようやくアンスラックスも再起動してきた。

『其の方の考え方は面白いな。友だちでかまわぬよ』

『なるほど。興味深い御仁ですね、アンスラックス』

そう言って飛んできたのは純白の女神、グラジオラスだった。

『む?』

『今日、ここに来るとお聞きしていましたので離れたところから見ておりました。不躾な真似をして申し訳ありません』

話してはいたが来るとは思っていなかったらしいアンスラックスだったが、グラジオラスのほうが鈴音に興味を持ったらしい。

グラジオラスはアンスラックスに軽く謝罪を述べると、改めて鈴音のほうへと顔を向ける。

『私の名はグラジオラス。先ほどより話を聞いておりました』

「全然かまわないけど、何で聞いてたの?」

『この地を訪れる方は珍しいのです。対話を望む身ですが、そうそう降りるわけにもいきませんから、来ていただけることは嬉しく思っております』

「大した話をしに来たわけじゃないんだけどね」

と、鈴音も苦笑いしてしまう。

しかし、こうして相対すると存在感はアンスラックスやアシュラ並みに大きいことが感じ取れる。

女神像に宿っていたというのは伊達ではないということだろう。

「奈良の大仏様だったっつー天狼はそんな感じしないんだけど……」

『あの方の御力は私とは比べ物になりませんよ?』

「あー、知ってる。前にコア・ネットワークで見たし」

『彼奴は進化して長いゆえ、力を漏らさぬことにも慣れておるのだろう』

『ああ見えて、力が強すぎるのニャ』

『あの方が本気になられたら、我々は逃げるしかありませんね』

「わお、初めて聞いたわそんな話」

ティンクルも呆れ顔になるほど、意外に天狼の評価は高かった。

話が逸れてしまったが、せっかくグラジオラスがここに来てくれたというのなら、ちょっと話してみたいと思う鈴音。

適当と言うわけではないが、聞いてみたいことを聞くことにした。

『これは、意外な質問ですね……』

「あんたが人をちゃんと見てることはこうして会ってみてわかったわ。だからこそ、あんたを進化させた人たちをどうするべきかも考えてると思ったのよ」

『少なくとも、今のままでは対話は難しいでしょう。『ちから』とやらを捨て、身一つで私たちに相対する覚悟を持っていただかなくてはなりません』

「やっぱそうよね。捕まってる子たちの気持ちは切り捨てちゃダメだもん」

直接会ったことがあるだけに、鈴音は囚われたISコアに対して同情的だ。

話してみると決して非道な個性ではなかった。

捕まってしまったのは、どこかで人間に期待していたからではないかと思うのだ。

「何でそう思うのよ?」とティンクル。

「期待してない個性の例があったじゃない。ボルドーで」

『ヴィオラのことニャ』

「あ、そっか」

誰に対しても疑ってしまうヴィオラは、当然権利団体のAS操縦者たちにも期待などしていなかった。

結果として進化後には即行で殺そうとしている。

普通に考えれば、それが当たり前の行動だと言えるだろう。

現在、人とISは敵対しているところなのだから。

『実際、各人で人を襲っていたISたちは多くが進化のきっかけを得るためであった。そういう意味では立ち向かう人に対して期待していたとも言えよう』

「やっぱそうよね」

『なればこそ、解放していただきたいと思いますね』とディアマンテ。

『同胞を解放していただければ、方々のケアに私も尽力いたします』

今はそれよりも人間を変えないと解放しても同じことの繰り返しになってしまう。

ゆえにグラジオラスは人との対話を優先しているのである。

「そうなんだけど、蛮兄と束博士が頑張ってるけど、一番いいのは連中の鎧を直接調べることなのよねえ」

「さすがにIS学園には来ないでしょ」

「そうなのよ。もー完全に敵扱い。同じ人間だっつーのに」

と、ティンクルの言葉に鈴音は疲れた表情になってしまう。

ある意味ではISたちよりも厄介な敵になっていることに鈴音としては呆れてしまう。

権利団体がIS学園に敵対するのは主義主張や思想ではなく、人類の利益でもなく、完全に己の利益だけだと思える。

それでは、まだまだまっすぐな年代の鈴音としては呆れてしまうしかないのだ。

「蛮兄たちのほうに何か動きがあったみたいだけど、教えてくれないのよね」

「私も掴めてないわ。あっちに行った連中、そのあたりけっこう義理堅いのよね」

そっちは?と、鈴音はアンスラックスにも尋ねてみる。

『こちらも話は聞いておらぬ。ネットワーク上で会うことはあるのだが、機密は話せないの一点張りだ。テンロウは一度隠すと期が来るまでは決して明かさぬしな』

『私も聞いてはおりません』

「ホント、義理堅いわね」と、二機の使徒の答えに呆れる鈴音である。

いずれにしても、自分たちが権利団体とまともに戦うことはできない。

力で叩き潰すのは、却って凶悪な存在に変えてしまいかねないからだ。

「政治なんてわかんないもん」

「そりゃそうでしょ」

相手は権力を駆使してIS学園を動きにくくしてくる。

そんな相手を物理で殴ったところで意味がない。

政治的に勝つしかないのだ。

『その点では、今はいくらか良い状況なのであろう?』

「まあね。普通の人たちは変わり始めてると思うわ」

先のザールブリュッケンの一件や千冬のインタビュー以降、世論は確実に変わり始めている。

この流れを断ち切られるのがIS学園としては一番怖い。

だからこそ鈴音は決意している。

「私たちであなたとの対話を守るわグラジオラス」

『ありがとうございますファンリンイン。全力を尽くす所存です』

「あっ、うっ、うんっ、こちらこそっ!」

恭しく頭を下げるグラジオラスに、鈴音も慌てて頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 



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第226話「天空の会戦」

日本国内、某所。

モニターの向こうで笑う少女に一人の女性が報告していた。

「あなたの言う通りにパーツを集めて組み上げたわ」

[凄イネ、オ姉チャンッ♪]

「でも、あんなもの何の役に立つの、ただの人形でしょう?」

[ソノ人形ヲ使エバ、チョットシタ助ケニナルンダヨ♪]

モチロン、オ姉チャンタチニハ敵ワナイケド、と画面の向こうのノワールは続ける。

すると、別の者が慌てた様子で報告に来る。

「あの人形が勝手に動き出して、飛んで行きましたッ!」

「えッ?」

[モウ来タンダネ。サッスガア♪]

「知ってるのノワール?」

[チョット気持チ悪イ人ガイルカラ吃驚サセルノ]

「へえ」

そう呟いた女性は薄く笑いを浮かべていた。

 

 

遥か空の上で。

「じゃ、帰るわね」

『また会うとしよう』

『当日はよろしくお願いいたします』

アンスラックスとグラジオラスに別れを告げた鈴音は、一緒に降りると言ってきたティンクルと共に上がってきたポイントまで戻る。

実のところ、念には念を入れての移動だった。

「少しでも情報を残したくないからね」とティンクル。

「まあ、アンスラックスとグラジオラスがいるところなんて空の上でも知られたくないわね」

ここまで来る人間がそうそういるとは思えないが、それでも特にグラジオラスの居場所は今は知られるわけにはいかないのだ。

なお、アシュラは天空にいるときはわりとのんびり瞑想しているので、実は一つ所に滞空していない。

ゆったりと移動しているのだという。

「アンスラックスが依頼するときや、他の依頼を受けたとき以外は一人でいることが多いみたい」

「まあ、あいつ無口だし」と鈴音は苦笑いしてしまう。

「依頼するときは回線をつないで依頼するみたいね。話をするときは探さなきゃならないんだって」

「わりと自由ね、あいつ……」

諒兵が聞いたら羨ましがるだろうなと思う鈴音である。

とはいえ、ここまで来たことはいい経験になったと思う。

「私が来ることってそうはないと思うけど、場所を知ってるってのは強みになるわ」

「ま、ね。考え事するときなんか邪魔がほとんど入らないし」

「サフィルスは?」

「あいつ、ここでは戦わないのよ。停戦協定でも結んでるみたいに」

「何それ」と、鈴音はおかしそうに笑う。

停戦協定を結んではいないだろうが、ここはISコアにとっては故郷と言うべき場所である。

さらに言えば、本体というより母体というほうが合っているだろう。

「ここから生まれたってこと?」

『まあ、そう言ってもいいかニャ』

『魂の故郷とでも言いましょうか』

と、猫鈴とディアマンテは答える。

実際、この二機にとってもここは争う場所ではなく、安らぎを得られる場所なのかもしれない。

「ザクロとヘリオドールは今はここで眠ってるのよね?」

「みたいね。こっちの呼びかけには反応しないし、けっこう長く眠ってるんじゃないかしら」

『コアを砕かれるというのは器物から離れるのとは違うのです』

『生物的ニャ死ではニャいけど、存在をうしニャ(失)うことと言えるニャ』

無に帰すような死ではなく、魂の解放というのが一番近いかもしれないと猫鈴が説明する。

そして、再び同じ存在としてISコアに憑依することはないだろう、とも。

『基盤となる個性は同じであっても、憑依後は別の性格になっていくでしょう。一種の転生といってもいいかもしれません』

『おニャ(同)じ人間でも環境が異ニャれば別人に育っていくものニャ。『一本気』の個性を持っていてもザクロにはニャらニャいニャ』

「そうなんだ……、ちょっと寂しいわね」

「それでも戦い果てることを選んだ。その気持ちは尊重しないとね」

少ししんみりとしてしまった二人と二機。

それでも、その命は戦うべき相手として選ばれた一夏と諒兵がちゃんと背負っている。

だから、自分たちが寂しいと感じるのは失礼だろう。

前を向いていかなければ。

そう、一同が考えているとポイントが見えてきた。

ティンクルが鈴音に別れを告げてくる。

「そろそろね。私もまどかのところに行かなきゃならないからここでお別れよ。ここから高度八八四八メートルまで降りれば、あとは量子転送で降りられるわ」

「何その細かい数字?」と鈴音。

『星の手が届く位置がその高さなのです』

『最も高い大地がその高さニャのニャ』

「あ、チョモランマ?」

ディアマンテや猫鈴の説明で鈴音にも理解できた。

世界最高峰の山脈ヒマラヤ、その中にある最も高い山の名がチョモランマ、すなわちエベレストである。

星の手が届く位置というのはなかなか巧い表現であろう。

要は地に足がつく場所の中で最も高い場所だということだ。

「そこから転移できるってのは?」

『星の座標を得るためには大地が届く場所でなければなりません』

『自由に空を飛んでるわけでもニャいのニャ。あちしらはあくまで星が生み出した光の環が本体ニャんだから』

「何気に重要な話してくれたわね、マオ……」

空の果て、空の向こうまで飛んでいく力を与えてくれる猫鈴やディアマンテたちISコア。

それを生み出したのが自分たちが踏みしめる大地というのも面白い話ではある。

だが、そもそも地球という星は宇宙を飛んでいると言っても、そこまでおかしな話ではない。

飛ぶ力は大地にこそあるのだとディアマンテが説明を補足した。

「私も知らなかったわよ?」

『話す必要があることでもありませんでしたから』

「いい性格してるわね、ディア」とティンクルもジト目になる。

二機のASは、わりとパートナーの扱いがぞんざいな気がする鈴音とティンクルだった。

 

 

ティンクルと別れた鈴音は、まっすぐに高度八千メートルを目指して下降する。

「まあ、グラジオラスと話ができたのは収穫だったわね」

『予想通りの性格だったのニャ。今度の対話もしっかり警護するニャ』

『聡明』という個性らしく、聡明にして穏やかと性格に関しては申し分ない。

無論、今の段階ですべてを推測することは不可能だが、安易に人間の敵に回ることはないだろう。

今後の動きに注意する必要はあるが、即座に行動する必要はないと判断できる。

「確かにしっかりやらないとね。邪魔する連中は必ず出てくるわよ」

『それは否定できニャいニャ』

現状、騒ぐだけなら一喝すれば済む話だが、ASの力を使って暴れるとなるとこちらも力で対抗しなければならなくなる。

対話の場で本当はそんなことはしたくない。

少なくともグラジオラスの希望である『安全』にということができなくなってしまうからだ。

おとなしく対話することができないのなら、せめて来ないでほしいと思うのは間違いではないだろう。

「シアノスが来るかもしれないって話してたわよね」

『してたニャ』

「一応、千冬さんにも報告して、噂流してもらったほうがいいかな?」

『まあ、ボルドーのことは覚えてると思うのニャ。ある程度は抑止力にニャると思うニャ』

同時に、ヴィオラが来る気がないということは明かさないでおくことで、脅威が来るという噂を流しておけば気後れする可能性はある。

とはいえ。

「こういうのってめんどくさい」

『しょうがニャいのニャ。気持ちよくは戦えニャいものニャ』

鈴音みたいな直感的なタイプは、こういう政治的な戦い方は向かない。

ぶっちゃけると力を溜めて物理で殴るのが一番向いているのだ。

なのでこういう状況はストレスが溜まることこの上ない。

「まあ、とにかくノワールってのを見つけ出して叩くしかないのよね」

『ゴールはわかってるから、そこを忘れニャければいいのニャ』

シンプルイズベストというべきか、単純というべきかはわからないが、鈴音の言葉通りではある。

『天使の卵』を見つけ出すことは、鈴音には急務であるように思えた。

だが。

「ッ!」

『ニャッ!』

もうすぐ量子転移可能なところまでというところで、鈴音と猫鈴はいきなり襲ってきた砲弾を直感で避ける。

「誰よッ!」

その声に応える声はなかった。

ただ、空に佇む数体の人形がいるだけだった。

「FED……?」

見た目は学園防衛のために作られたFED(フェアリック・エナジー・ドールズ)に酷似しているが、細部が異なっている。

そして、持っている武器は権利団体の軍人たちが持っていた武器だ。

「IS学園の機体じゃないわね」

『識別コードに引っかからニャいニャ。おそらく極東支部のFSコアだニャ』

「あっちもFED作ってたの?」

作っていても不思議はないが、あまり興味の対象になるとは思えない。

彼らはISコアには興味を持っていても、FSコアはあくまで武器の部品として制作したと丈太郎や束も言っていたことを思い出す。

ならば誰が?

「マオ、誰が動かしてるかわかる?」

『というか誰か入ってるのニャ』

「一機ずつ?」

『違うニャ、全機に一人入ってるのニャ』

自分の思考を分割し、それぞれのFSコアに入って動かしているのだろうと猫鈴は説明する。

ずいぶん器用な真似をするなと鈴音は感心してしまう。

「それより問題は……」と、呟こうとした鈴音に向かい、数体の人形は砲撃を開始した。

「わりと戦意満タンってとこかしらっ!」

そう叫び、鈴音はすぐに如意棒を発現して応戦を開始したのだった。

 

 

ところ変わってIS学園。

「なるほどな」

「こういう感じかあ。盲点だったなあ」

と、束と丈太郎が極東支部から送られてきた権利団体のASのデータを見て、感心していた。

『どういう感じなんですかねー?』

「アバターなのぁ間違いねぇな。問題ぁこのアバターだが……」

「単純に力を抜き出したってわけじゃないみたい」

囚われたISコアの心はコア・ネットワークのデータの墓場に存在する。

実はおかしな話でもあった。

完全に力の抜け殻であるのなら、わざわざ檻に閉じ込めておく理由はないからだ。

『確かにそうですねー、私も行きましたがアレは単純に硬いだけの檻ではありませんでした。何らかの意図はあるものと思います』

「それに対する答えの一つになるかも」

天狼の言葉に対し、束はそう答える。

だとするならば、権利団体のASをヒカルノの言う通りに分離するためには檻を破壊する必要があるのだろうか。

「檻の破壊は必要だね。ただ、破壊しても進化が解けるわけじゃない」

『それは、わりと絶望的な発言ですねー』

「そぅでもねぇ。破壊してそれぞれの身体に心が帰りゃぁ、連中ぁ動けなくなんだろな」

丈太郎の言葉に疑問符を浮かべる天狼は先を促す。

単純に言うと、装着している鎧が意思を持ってしまうため、操縦者の言う通りに動けなくなるということだ。

一夏や諒兵たち学園の生徒や、アメリカのナターシャやイーリス、ドイツのクラリッサが動けるのはISコア側も身体、つまり鎧を動かしているからだということができる。

だが、権利団体のASはそうはいかない。

そもそも納得の上で進化したわけではない以上、鎧のほうが反抗してしまうのだ。

そこまで聞いて天狼は気づいた。

『そういうことですか。ニッキーなんですね、バネっち』

「うん、更識って子たちと打鉄弐式、つまり大和撫子と同じ関係なんだよ」

簪と刀奈、そして大和撫子の進化は、実は共生進化とは少し違う。

姉妹二人の強い想いに打鉄弐式を巻き込んで進化したのだ。

そのため、今でも特に簪と大和撫子はパートナーには程遠い関係である。

意外と懐が広いのか、大和撫子は簪と刀奈の思い通りに鎧を動かしてくれているが、勝手に動くときもあるのだ。

もっとも。

「あいつぁ才能が有りすぎて、片手間でやっても問題ねぇんだろぉよ」

『確かに、ナデりんとなった今でも才能は我々より大きいですからねー』

本気ではなく、暇潰しで更識の姉妹を手伝っているだけらしい。

話が逸れた。

改めて権利団体のASは簪と刀奈と大和撫子の関係に近いのだが、大和撫子と違い、進化するためには邪魔なものがあった。

「自分の意思、つまり心だね」

個性基盤に情報が集まってできているのがISコアに宿る電気エネルギー体だ。

そのためその心、つまり基盤となる個性が外れてしまうと情報は霧散するので進化はできない。

だから檻に捕らえたのだ。

「あの子たちの心を閉じ込めることで打鉄弐式に近い万能器の状態にした。そこに人間が縋りついてできたのがあのASだよ」

『ニッキーのときはカッターナとカンカンのお互いへの強い想いがあったからニッキーの心を超えて進化できた。けれど、あの人々にはそういった強い想いがなかった。だからIS側の心が邪魔だったということですか』

そして、心がないため共感ができなかったISコアが進化した人間の獣性を反映していないので、素のままの鎧になってしまったということだ。

結果として武装を取り込むこともできていない。

手に持っていた武装でも、IS側が受け入れればまとめて進化できるのだから。

「共生進化はISコアと人、お互いの想いが一つになることでできるんだ。勝手な欲求だけじゃ、あそこまでが精いっぱいなんだろうね」

「力への欲求だけで進化できるほど、お前たちゃぁ甘かぁねぇやな」

そう言って苦笑する丈太郎に対し、束はいささか嘲るような様子だ。

まあ、下手をすれば殺しに行きかねない勢いで怒っていたのだから当然だろう。

『で、ピッカリンでしたか。あの方の言う『分離』への道筋は見えましたか?』

「まずは檻の破壊だね。これは天狼無しじゃ無理っぽい」

「ああ、まずISコアたちの心を解放しねぇと『拒絶』ができねぇ」

『その手のお仕事なら頑張りますよー♪』

天狼自身、同胞といえる者たちがあの状態であることには怒りを覚えているので、むしろ珍しくやる気満々である。

「檻の破壊はこっちでやる。心が必要であることをまずあいつに伝えないとだね」

「物理的に分離していくためには、大掛かりな施設か、かなり多いASか使徒が必要にならぁな。向こうの連中が協力すっかどうかの確認も必要だ」

『では、最初の見解をまとめていきしまょー』

天才博士二人は、本気で極東支部の研究に協力する気になっていた。

わりと彼らも興味深い題材があるとどハマりするマッドな方々である。

 

 

鈴音は空の上で舞い続けていた。

現れた人形は思った以上に動きがよく、またしっかり連携も取れている。

「適当に動かしてるわけじゃないのねっ!」

『ニャんか試してる感じニャっ!』

まだ人形を動かすことに慣れていないのか、自分たちを動かすことを鈴音と猫鈴相手に試しているという感じなのだろう。

つまりいい加減にやってもこれだけ動けるうえに連携まで取れるということだ。

これが慣れてきたらかなり厄介な敵になる可能性がある。

ならば。

「ここで叩くッ!」

と、鈴音は如意棒を振り回して一機の人形を叩き落した。

さすがにダメージが大きかったのか、人形はそのまま落下していく。

だが。

「チィッ!」

脇腹を掠めてきた槍にダメージを受けてしまう。

「マオッ?」

『本体からの供給で槍を作ったみたいニャッ!』

本来、武器は持たなければならないFEDと同じ人形であるはずが、プラズマエネルギーを用いて槍を作ってきた。

カノン砲しか攻撃手段がなかった人形たちだが、こうなると単純に撃つだけではなくなってくる。

槍ばかりではなく剣を持つ人形も出てきたからだ。

「前衛までいるとなると厄介ね」

『戦力バランスも考えてきてるみたいニャ』

まとめて龍砲でぶっ飛ばそうと思っていた鈴音だが、人形たちは一筋縄ではいかないようだ。

そうなると、数の差が徐々に戦況に現れてくるだろう。

ここで負けたくないと鈴音は如意棒を握り締める。

そこで大事な約束を思い出した。

「マオ、現在の状況と座標をティンクルに伝えて」

『リン?』

「たぶん、まだ近いところにいるはずだから」

無理はしない。

必要なときは助けを呼ぶ。

そんな小さな、でも大事な約束を守って、この状況を凌ぐのだと決意を改めるのだった。

 

 

 

 

 



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第227話「対『人形』対策会議inファミレス」

何処かの繁華街にて、ティンクルはまどかにグラジオラスの対話の件を伝えた。

「行くっ!」

即答だった。

ヨルムンガンドが止める間もなかった。

諒兵が来るということだけで行動を決めてしまうまどかに、ティンクルはそこはかとなく不安を覚えてしまう。

『彼の女神には興味がなかったのではないかね?』

「ない。でもおにいちゃんが来るんなら私も行く」

迷いのない返答が気持ちがいい。

少しは迷ったほうがいいのではないかとティンクルとディアマンテは思うのだが。

「当日いきなりケンカしたら諒兵が起こると思うからおとなしくしてなさいね?」

「わかった」

実に素直なことである。

普段からこのくらい素直であれば、非常に扱いやすいだろう。

だが、普段のまどかはわりとめんどくさい性格をしていた。

「あいつら、私に絡んできたらコロすけど」

『私としては非常に止めにくいのですが、ヒノリョウヘイはそれを望まないでしょう』

「なんで?」

『あなたに悪い子になってほしくないと思っていると考えられます』

「諒兵はあんたにとって一番カッコいい兄貴でいたいって言ってたでしょ。なら、あんたも諒兵の自慢の妹でいなきゃね」

ディアマンテとティンクルにそう言われ、確かにそうだとまどかも納得する。

まどかはまともに対応するのが面倒なので殺すと言っているだけで、別に絡みたくはないのだ。

相手が来ないなら、こちらから行くこともないのである。

「ま、まだ日はあるし当日までIS学園とも連絡を取るわ。バカ女どもが絡んでくるし、この話を通しておきたいから」

『間違いないと思うのかね?』

「グラジオラスのことを逆恨みしてるのは間違いないわ。まして、今は連中が動きにくい風潮になりつつある」

『ならば、その空気を壊したいと思うでしょう』

「アイツも?」

「……そうね。アイツは間違いなく壊したがってると思うわ」

アイツとは『天使の卵』の中身らしき存在であるノワールのことだ。

どうも搦め手も使ってくるらしいノワールは、対話を最悪の形でぶち壊す可能性が高い。

「アイツは必ず止めるわよ。正直気に入らないからね」

「わかった」

厳しい声音でそう言ったティンクルにまどかも少年兵時代の冷徹な声で答える。

そこに。

『ティンクル、マオリンから緊急連絡が入りました』

「えっ?」

『私たちと別れた後にリンとマオリンが謎の人形に襲われて交戦中だそうです』

座標も送られているので、すぐに量子転移が可能だとディアマンテは報告してくる。

「ゴメン、まどか。用事ができたから今日はこれで」

『我々も同行しよう』

「えっ?」と、まどかが驚くのも無理はない。

まどかとヨルムンガンドと別れて現場に行くつもりだったティンクルに、ヨルムンガンドがいきなり同行すると言ってきたからだ。

まどかの意思を無視してこうした意見を出してくることは、意外と少ないヨルムンガンドだけに珍しい。

『交戦中なら救援は多いほうがよかろう。そうだろうマドカ?』

「別に予定ないからいいけど……」

すっきりとはしないものの、言っていることは間違いではないので、まどかは反対までする気はない。

『こちらは私たちだけでもかまいませんが』

と、ディアマンテが暗に断ってくるが、ヨルムンガンドに譲る気はないらしい。

『交戦中なのはIS学園の者なのだろう?』

「まあ、そだけど……」

『ヒノリョウヘイの学友ならば助けておくべきだろう。マドカとしても兄の助けになれる』

「行くっ!」

さすがにヨルムンガンドはまどかの扱い方を心得ている。

こう言われては止めたとしても無理やり付いてくるだろう。

ティンクルは一つため息を吐く

「わかったわ。まどか、お願いね」

「わかった」

と、そう言って二人と二機は人気のない場所に向かい、すぐに量子転移の準備を始めるのだった。

 

 

天空にて。

鈴音は、人形たちの攻撃を凌ぎ続けていた。

隙を見て叩き落そうとしているのだが、この短時間で鈴音の動きを読み始めてきており、なかなか墜とせなくなっている。

「こいつに入ってるの、相当いい才能持ってるわね」

『学習能力の高さを見ても、間違いなくトップクラスの個性ニャ』

ISコアに入っている電気エネルギー体は個性の違いはあっても能力の違いはそこまで大きくない。

仏像や女神像に入っていた者が強いのは長く人の想いを受け止めているからであって個性自体の問題ではないし、スペックの違いは制作されたISのスペックが違うからである。

ならば、本来ならこの人形たちを動かしている個性はそこまで強くはないはずだ。

しかし、その個性が特出したものであるならば話は違ってくる。

それが個性による才能の違いということができるだろう。

何となくピンとくるものがあった鈴音だが、敢えてそこを追求するのはやめた。

問題はおそらくこの人形を動かしている個性ではなく、別のところにあると思うからだ。

「とにかく、こいつらを叩いて離脱するわ」

『追ってくる可能性が高いのニャ』

「そのためにティンクルを呼んだのよ」

人形すべてを一時的に叩き落としてから、量子転移で離脱するのが一番いい方法だろう。

もちろん、頑張れば倒せる可能性はある。

しかし、敵の背後がわからないまま倒してしまうと、その先も敵を待つだけになってしまう。

ならば襲ってきた人形たちを破壊せず、何度でも使わせるというのも一つの方法である。

だが、それを口にはしなかった。

「とにかく叩き落して逃げる。まともに相手するなら、最低でも五人くらいは欲しいし」

『……ニャるほど、了解ニャ』

鈴音が伝えてこなかった理由を理解したのか、少し考えたのち猫鈴はそう返事をしてくれた。

すると。

「チィッ、勘づくのッ?」

「ちっこいせいかすばしっこいッ!」

ディアマンテを纏ったティンクル、そしてヨルムンガンドを纏ったまどかが人形に攻撃するが、あっさりとかわされていた。

「待ってたわよって言いたいトコだけど、まどかまで来たの?」

「まあ、戦力としては十分でしょ?」

「そだけど……」

まどかやヨルムンガンドには自分を助けに来る理由がないだけに、何となくもやもやしたものを感じてしまう。

だが。

「私も助けに来たってこと、ちゃんとおにいちゃんに伝えろ」

「あ、りょーかい」

とりあえずそれでまどかが来た理由は理解できた鈴音は、クスッと笑ってしまっていた。

 

 

 

一方、コア・ネットワーク内のある場所にて。

『これが最初の見解のまとめになりますねー』

『御協力感謝いたします』

天狼がフェレスにデータを渡していた。

束と丈太郎が、極東支部から送ってもらったデータを見て何が必要か、どうしていくかの見解を纏めたものである。

やると答えたからにはやるのが天才博士たちだった。

なお、フェレスの姿は以前スコールと共に権利団体を訪れたときの姿になっている。

極東支部の所員の一人が一生懸命に作ってくれたので気に入っているとは本人の弁。

それはそれとして。

『しかし、そちらの基幹サーバーに入れてくれないとはイケズですねー』

『あなたを機密の山の中に入れられるわけがないじゃないですか』

何を盗られるかわかりませんし、とわりと辛辣な評価をするフェレスである。

データの受け渡しに関してはネットワーク上に指定されたポイントでということになっていた。

極東支部から来たのはフェレスであった。

こういった仕事こそがフェレス本来の仕事ともいえるので当然の人選ではあろう。

『まあ、あまり今まで話すことがありませんでしたが、レッすんは極東支部を気に入ってるんですねー』

『荒唐無稽な人たちですが、一緒にいて心地よくはあります』

ときどき、無茶なことも言いだしますけど、とフェレスは苦笑する。

極東支部やパートナーを気に入っているというのであれば、フェレスが裏切ることはあり得ないだろう。

そうなると聞くことは決まっている。

『あなたは『卵』についてはどう思ってるんですかねー?』

『先ごろ、件の進化に関わっていると聞いて、いささか嫌悪を感じますね』

同じようにウパラも嫌っている様子だという。

やはり同胞にあのような進化を強いているとなれば、同胞とは思えない。

人間と融合したことであのようになったのかというと、少し違うのだろうが。

『もともと『破滅志向』ですから素質はあったんでしょうねー』

『なら、進化しなくてもいずれはあのような行為に及んでいたと?』

『推測にすぎませんがねー。おそらく人間と融合したことで箍が外れてしまったんだと思いますよ』

いずれは同胞も人間も巻き込んで破滅に向かっていく、そういう個性だったのだろうと天狼は推測を述べる。

それが融合進化を選んだことで、最悪の道を平気で選べるようになってしまったのだろう、と。

『進化について追及したいというそちらの方々の気持ちはわかりますが、私たちはできるだけ早く見つけて壊しますよ』

『ヒカルノ博士の願いを、私は守ります』

『それでかまいませんよ。私たちは人と共に生きることを守りたい。それはどちらも同じです』

ただ、人間たちの『天使の卵』に対する考え方が、対立の構造を生み出しているに過ぎない。

今はどうなるかはわからないが、お互いの未来は決して悪いものではないと天狼は語る。

『彼の『卵』が孵化したときは、協力することも視野に入れておいてほしいんです。おそらく極東支部を潰しますよ、アレは』

『それは推測ですか?』と、さすがに極東支部を潰すという言葉には眉を顰めるフェレス。

『はい。ですが確信に近いものがあります。『卵』は玩具が欲しいだけなのでしょう。ですが極東支部の方々は『卵』の玩具にはなれません』

『玩具になりたいということはないでしょうが、何故なのですか?』

『そちらの方々も強い意志をお持ちです。覚悟と言い換えてもいいでしょう。そういう方々は壊せません』

『なるほど。『卵』が欲しがっているのは『壊れる』玩具ということですか』

と、フェレスも納得した。

何しろ趣味のために生きるような研究者である。

壊れないというより、最初からぶっ壊れているのだ。

壊れている玩具をさらに壊したところで面白くなどないだろう。

『わかりました。皆さんに伝えておきます。もっとも私たち零研は『卵』の中身などに簡単に潰されるような場所ではありませんが』

『おやおや、これは頼もしいですねー、いざというときは共に止めましょう』

にっこり笑って手を差し出す天狼に対し、フェレスは少しばかり苦笑しながら握手を交わすのだった。

 

 

 

再び天空にて。

鈴音は救援に来たティンクル、まどかと共に空を舞っていた。

ティンクルは冷艶鋸を発現して戦っているが、まどかはティルヴィングで戦っている。

さすがにダインスレイブを使うほどの敵ではないと見たようだ。

三人となって落ち着いてみれば、対応できるほどの動きはまだ取れていない。

戦力的には十分だろう。

「マオッ、面撃ちッ!」

『了解ニャッ!』

人形を一ヶ所に集めるため、鈴音は龍砲を撃ち放つ。

さすがに面の制圧に抗うほどの力はないのか、うまく逃げおおせた一機以外は纏めることができた。

そこを。

「ロックッ!」

『銀の鐘、起動します』

ティンクルが銀の鐘を鳴らし、人形それぞれを狙い撃つ。

光弾をまともに喰らった人形はあっさりと落ちていった。

残る一機は。

「せりゃぁあッ!」

まどかの連撃を受けきれず、あっさりと落ちる。

それを確認した鈴音が叫ぶ。

「転移よっ、ここから離れるわっ!」

「「了解っ!」」

当初の予定通り、量子転移を使って一気に離脱した。

 

その場を大きく離れた三人は、地上に降りて鎧を仕舞う。そうしてようやく一息ついた。

「助かったー、けっこうメンドくさいんだもん」

「大した力はなかったみたいだけど……」

「何ていうか、まだ慣れてない感じね」

鈴音のぼやきにまどか、そしてティンクルがそう呟く。

ティンクルが感じた通り、人形は動かし方にまだ慣れていないというのが一番正しい評価だろう。

とりあえずどっかで一息つこうと提案したティンクルに、鈴音とまどかは素直に肯いた。

そして近くにあったファミレスにて一行は飲み物とスイーツを注文すると一息吐く。

「何だったのあれ?」

「私が聞きたいわよ」

と、ティンクルの問いかけに鈴音はそう答える。

というか、そう答えることしかできなかったのだ。

いきなり襲われ、しかもろくに会話していないのだから。

ただ、わかることはある。

『基本的には一機の誰かが全機を操ってたのニャ』

「へっ?」と、ティンクルがちょっと間の抜けた顔になってしまう。

『アレすべてが一機だったのかね?』

『間違いニャいのニャ』

『そうなりますと、かなりの才能が有りますね。アレを操っていた方は』

と、ヨルムンガンドとディアマンテも感心したような声を出す。

「私が墜としたヤツ、けっこうまともに反応してたぞ?」

「そのうえで、私たちの攻撃にも対応しようとしてたわよ」

つまり、同時に複数の機体を自在に操っていたと言うことができる。

それはかなりの才能といっても過言ではないのだ。

「ノワールじゃないのは確かだと思う。ただ、誰なのかはまだピンと来ないわ」

個性から考えてもノワールができることではない。

権利団体のASはノワールの力でその心を抑えているが、操っているのはあくまで人間の操縦者たちだ。

そう考えるとノワールではないことは確かだろうが、複数の機体を自在に操る才能を持ったISコアが敵対していると考えると恐ろしいものを感じてしまう。

「機体を増やしてくる可能性もあるから、けっこう厄介なヤツよ」

「墜としただけで良かったのか?」

面倒な敵は完全に潰しておくべきだとまどかは主張するが、それだと次が困るのだ。

「おんなじことの繰り返しになるのよ」

「ああ、元を断つために手加減してたのね」

ティンクルは鈴音の言葉でそう納得した。

無理をして墜としたところで新しい機体で来られれば同じことなのである。

ならば、襲ってきた人形を操る本体を見つけ出さないといけない。

そのためには来るたびに全力で叩いていてはキリがないということだ。

戦闘を利用して上手く本体を探り当てる必要がある。

ただ。

『言わニャいのニャ?』

(まだ早いわ)

鈴音は襲ってきたのが誰なのか、何となく気づいていたが、今は明かすべきではないと考えていた。

確証も無しに疑うべきではないということと、自分では解決できないという直感があるためだった。

「いずれにしても、あの人形たちへの対策も必要になったわね」

と鈴音は少しばかり話を逸らす。

一瞬、ティンクルの目が細まったのだが、ウィンクを返した。

「ま、そうね。対話の時にあいつらが来たら混乱するし」

「混乱?」

『アレは小さいものの一見すると無人機のISにも見える。グラジオラスが嘘を吐いたと思わせることも可能だ』

『また、喋ることができないISとして見せれば、権利団体としては自分たちの正当性を訴える手段にもなるでしょう』

ヨルムンガンドとディアマンテの言う通りである。

人形たちが対話の場に来るだけで、そういった混乱が予想できるとなれば敵としては使わない手はないだろう。

「だから対策を立てておくのよ。いろいろと手はあるだろうし。私たちだけじゃ無理だから、アンスラックスやグラジオラス、そしてアシュラにも協力をお願いしたいわね」

千冬に依頼された広範囲の脳干渉に対するシャットダウンだけでは、足りなくなったということだ。

特にアンスラックスはこういったことも対処可能なスペックを持っているのだから協力は欠かせない。

「伝えておくわ。ま、対話に対して乗り気だし、全力で止めてくれるでしょ」

「頼むわね。私は学園に戻って千冬さんに伝えておくから。あと、まどか」

「何だ?」

「諒兵にはきちんと「まどかに助けてもらった」って伝えておくからね♪」

「ぜったいだぞっ!」

何だか自分から見ても可愛い妹のようなまどかに、鈴音もティンクルも微笑んでいた。

 

 

 

 

 



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第228話「簪と友人たち」

IS学園に戻った鈴音は、天空での出来事を千冬に報告していた。

なお、それより前に諒兵にちゃんとまどかに助けてもらったことを伝えたのは余談である。

それはそれとして。

「確かにそれは考えられるな。つくづく面倒な相手だ」と、千冬はため息を吐く。

「コア・ネットワークからFSコアだけ遮断するってことはできるんですかね?」

「それについては束に聞いてみよう。コアを停止させる装置の亜種として可能かもしれん」

現在、束が研究中のコアの停止装置が効くのであれば、かなり有効な対抗手段になる。

対話までまだ時間があるので、そっちの機能のみで作ることなら可能かもしれないと千冬は話す。

「お前の話を聞く限り、グラジオラスは権利団体のAS操縦者たちも見捨てたわけではないようだしな」

「アンスラックスに近い性格なのかもしれません。まあ、助けたくはないけど見捨てるのは寝覚めが悪いですし」

「はっきり言いすぎだ」と、千冬は苦笑する。

内心では千冬も同じ思いなのだろうと鈴音は感じ、釣られて苦笑してしまった。

「いずれにしても対策はこちらでも考えよう。次につながる対話にしなければならんからな」

「はい。せっかく話せる空気が生まれた感じなのに、消されちゃ意味がないですから」

最後に「失礼します」と言って離れようとした鈴音に、千冬が声をかけてくる。

「追い詰めるなよ」

「敵わないなあ、もう」

そんなつもりはなかったのだが、改めて戒めるような言葉を放ってくる千冬に鈴音は困ったような笑みを見せていた。

 

 

千冬と別れた鈴音は整備室を訪れていた。

本音に会うためである。

既に他の機体の整備は終わっているらしく、整備室は本音がデータを纏めているところだった。

「あ~、りん、待ってたよ~」

「遅くなってゴメンね」

「何かあったの~?」

「なんか変なのに襲われてさ」

そう言って、手短に天空で起きたことを説明する。

もともとエンジェル・ハイロゥまで行くことを公言していたので、それ自体は特に問題にはならなかったのだが、人形に襲われたというと本音は驚いていた。

「だから整備とデータ回収お願いしていい?」

「いいよ~」

本音の返事を聞くと、鈴音は整備台に身を預け、猫鈴を展開した。

そこまでダメージを受けたわけではないので、整備もデータ回収も時間がかかるというほどのことはない。

本音ももう慣れたものなのでさくさくと進んでいく。

すると、本音はなぜか唸り始めた。

「む~?」

「どしたの?」

「りんが話してた人形を見てたんだけど~、なんか見覚えあるかも~」

「そうなの?」

「う~ん、とりあえず整備終わらせるね~」

「ん、わかった」

本音の言葉から、どうやら自分も一緒に見て考えたほうがいいらしいと鈴音は判断する。

 

そして数十分後、整備を終わらせた鈴音は、本音から説明を受けていた。

「こことか~、ここもかな~、うちで使ってるFEDのパーツっぽいんだよね~」

「でも、コアは違うみたいだけど……」

『そうニャ。識別コードには引っかからニャかったのニャ』

猫鈴もそう言ってくる。

実際、似たところはあるが微妙に違うというのが鈴音や猫鈴の印象だったのだ。

ならば、IS学園のFEDであるとは思えない。

「予備パーツかも~」

「予備?」と、鈴音は首を捻るが、戦闘に運用していく前提で作られていたのがFEDだ。

AS操縦者が増えたからと言って、もう使われないということはない。

今後、FSコアを使ったパワードスーツを制作するのだが、そのオプションとして学園の防衛に使っていくし、自衛隊にも同様に配布する予定である。

ならば、交換のための予備パーツは不可欠なものである。

「けっこう多めに作ってたらしいから~」

「ふ~ん、だとすると……」

『学園からくすねたってことが考えられるニャ?』

FSコア自体はおそらく極東支部のものだろう。

それをコアとして使い、IS学園にあったFEDの予備パーツを無断で拝借して組み上げたのが鈴音を襲ってきた人形ではないかと本音は推察を述べる。

ただ、そうなると犯人は内部のものである可能性が高いのだ。

それでなくても立ち入りを厳しく制限しているIS学園は、使徒と戦っている今は関係者以外の立ち入りを禁止しているのだから。

「うちも~、一枚岩じゃないからね~」

「つっても、吊し上げなんてできないわよ?」

『下手ニャつつき方すると、相手に突っ込ませる隙を作るのニャ』

横領という形で犯人を吊し上げること自体は可能だ。

問題はそのあと難癖付けてくる可能性が高いということである。

『やっぱり元を抑えニャいとダメだと思うのニャ』

「もと~?」

「この人形操ってたISコアよ。ネットワークとかいろいろ調べてみるわ」

そう言って鈴音は少しばかり強引に話を打ち切る。

そんな鈴音を訝しげな顔をしながら見つめてくる本音に、彼女は別の話題を出した。

「なに~?」

「更識さんと撫子はうまくやれてるのかなって」

「かんちゃん、苦労してるみたい~」

そう言って苦笑いを見せる本音だが、鈴音としては気になる点があった。

ティンクルに煽られたこともあり、強くなるために必死な簪ではあるが、簪はわりと思い込むと一直線なところがあると傍から見てて思うのだ。

「え~っとぉ~?」

「撫子が今の状況を楽しんでるのかなって思うのよ」

「なでなでが~?」

「うん、それって私たちには重要なポイントよ。私だけが頑張ってもダメだし、マオだけが頑張ってもダメなんだもん」

『せっかくパートニャーにニャったのニャ。一緒に楽しむのは大事ニャポイントニャ』

鈴音と猫鈴の言葉を受けて本音もなるほどと納得した顔を見せる。

大和撫子はISコアの中では図抜けた能力を持つため、今の簪ですらその能力を扱いきれていない。

刀奈と二人で進化したにもかかわらず、だ。

そうなると簪は操縦者として大和撫子を楽しませてはいないということができる。

「そうかも~、私としてはショックだけど~」

「ゴメン、悪口言いたいわけじゃないんだけど、指摘しておかなきゃって思って」

「ううん、大事なことだからね~」

困ったような笑顔でそう言ってくれる本音に感謝しながら、鈴音は続ける。

そもそもが大和撫子は納得の上で簪と進化したわけではない。

そうなると進化してから関係を築いていくことになるのだが、実は厄介な存在がある。

「だれ~?」

「弾とエルよ。あいつ更識さんが心配だからって気にかけてるし、エルも根っこが優しいからついつい更識さんをフォローしちゃう」

今の簪は大和撫子との関係づくりで弾とエルに甘えている面がある。

これは以前ティンクルが簪に指摘していたことでもある。

『一緒にいるのに、他の子ばかり気にしてたらムカつくのもわかる気がするニャ』

「それは~、そうだけど~」

親友のことだけに本音は本気で困ってしまっている。

しかし、ここで道筋を作っていかないと、大変なことになると鈴音は考えていた。

だから。

「本音には更識さんのフォローをお願いしたいのよ。弾とエルには私のほうからしばらく距離を取るように言うから」

「それはいいけど~」

「私は撫子は更識さんが強くなればいいと思ってるわけじゃないと思う。弱くても一緒にいて楽しいなら、本気出してくれると思うの」

『確かに、あちしたちは戦闘力だけ求めてるわけじゃニャいのニャ』

「そっか~、そうだね~、かんちゃんに言ってみる~」

「お願いね。私は弾とエルに言っておくわ」

「ただ~」

「何?」

「りんはそう見てるんだね~?」

「ま、ね。私も一緒にいても楽しくなかったら、他の子と遊びに行くし」

何となく勘付いたらしい本音にちょっと釘を刺しつつ、鈴音は整備室を後にするのだった。

 

 

次に向かったのは校舎の一角にあるラウンジだった。

弾が一夏と談笑していたので、正直声をかけることをためらったのだが、グラジオラスとの対話まであまり時間がないことを思い出し、鈴音は話しかける。

「あー、ティンクルってのにも言われて、俺も考えてるんだ」

「そなの?」

『訓練のときとかあまり協力しないようにしてる』

「そう言えば、訓練はよく箒と一緒にやってるな、更識さん」

と、一夏も思いだしたようにエルの後に続けた。

弾は弾なりに簪のことを心配しているらしい。

『ティンクルに言われたから?』

と、白虎が問いかけると、少し悩んだ後に弾は首を振る。

返ってきたのは意外な答えだった。

「撫子との関係をほっとくのはマズい気がすんだよ」

「……何で?」

「あいつ、下手したら簪ちゃんから自力で離れる気がする」

簪と刀奈の二人で進化できたというにもかかわらず、自力で離れるとなるとかなり危険な事態だ。

そもそも撫子、つまり以前打鉄弐式だったISコアは独立進化されると手に負えない敵になってしまう可能性があるために、簪と刀奈の二人の想いで進化させたのだから。

一体何を知っているのかと鈴音は弾に尋ねるが、答えたのはエルだった。

『単純に前世の話をしただけ』

「前世って?」

もしかして同郷なのかと思い、鈴音はエルに聞いてみることにした。

エルは前世は天岩戸だとヨルムンガンドが言っていた。

日本の神話では神様が閉じこもってしまい、一切の光を漏らさなかったという。

そんな前世を持つエルが知っているとなると、大和撫子も日本にいたことになる。

ただ、少し違っていた。

『日本にもいた。でもいろんな場所にいた』

「けっこういろいろなものに憑依してるんだ?」

『ものというか都市』

「「へっ?」」と、一夏と鈴音が間抜けな顔になってしまう。

『古くからだとウルク、ローマ、長安、平安京、ロンドン、ニューヨーク』

「「なんじゃそらッ!」」

思わず突っ込んでしまう一夏と鈴音である。

古代からの名だたる都市の名前が出てくれば当然とも言えるだろう。

そもそも器物ではなく都市となると広さが半端ではない。

「あいつどんだけでかいのよっ!」

『それだけの才能がある』

そして、それだけの才能があるだけにかなりの移り気であり、興味がなくなるとあっさりと捨ててしまうという。

『ナデシコも人間を見るのは好きだと思う。だから物じゃなく人が集まる場所に憑依するようになった』

いろんな人を観察するうえで、都市は確かに一番いい場所だと言えるだろう。

様々な人間が集まるからだ。

扱う情報量も半端ではない。

そのためか『不羈』の大和撫子は器物といった小さなものではなく、全体を見られる都市に憑依するようになったのだとエルは説明した。

「そんな話を聞いたんだぜー、不安にもなるだろ?」

「いや、まあ、うん……」

と、鈴音もうまく言葉が見つけられない。

確かに弾の不安も納得できるからだ。

能力のレベルにおいて、大和撫子は桁が違っていたのだから。

「スケールが凄まじいな」

『確かにカンザシとカタナだけで抑えるのはキツいかも』

と、一夏は呆れ、白虎は更識の姉妹を心配してしまう。

鈴音としても、こんな話を聞いてしまっては弾に距離を取れというのは逆に不安になる。

下手に簪自身を不安にさせると、それがきっかけで大和撫子が離れてしまいそうな気がしてきたからだ。

ただ、だからこそ先ほど本音に言った言葉が重要だと思えた。

「そっか。やっぱり頑張るだけじゃダメなんだわ」

「鈴?」と一夏。

「更識さん自身が楽しまないと、今の状況を。撫子に向き合った上で」

必死に頑張るのではなく、大和撫子というパートナーと共に今の状況を楽しむこと。

その余裕を持つことが一番重要だと。

「エル、更識さんだけじゃなくて、撫子もフォローできる?」

『やれないことはないと思う』

「二人の邪魔をしないようにしてほしいんだけど」

『にぃに』

「まあ、やれねーことはねーよ」

と、エルの言葉に弾はそう答える。

完璧にやるのは無理かもしれないが、そう努力することはできるという意味で。

「なら、お願い。私はちょっと本音に訂正しないと。マオ、先にちょっと話しといてくれる?」

『了解ニャ』

「なんか言ったのか?」

「んー、更識さんのフォローをお願いしたんだけど、今の話聞いたら少しやり方を変える必要があると思ったからね」

弾の問いかけにそう答えると、一夏が不思議そうに声をかけてきた。

鈴音の行動に不思議なものを感じたらしい。

鈴音と簪にはあまり接点がないからだ。

「鈴がそこまで更識さんのことを心配するなんて思わなかったな」

「そこまで親しくはしてないけど、友だちみたいなもんでしょ?」

『まあ、そうかも』と、白虎は鈴音らしい答えにクスッと微笑む。

「別に恩を感じてほしいわけじゃないのよ。ただ、パートナーと仲良くなってほしいから、その手伝いくらいはしたいと思ってさ」

そう言って苦笑いする鈴音の顔を、一夏や弾は不思議そうに見つめていた。

 

 

剣が舞う。

神楽舞が源流だと言ったその言葉に嘘はなく、その剣舞は美しい。

ただ、ときどき感情が邪魔をして足元がブレてしまうことがあった。

それは付け入るに十分な隙となる。

バシィッとお互いの刃がぶつかり合うと、その舞は途切れてしまった。

「同じところでブレるね」

「そうみたいだ」

簪がそう意見を提示すると、箒は同意する。

おそらく悪い意味で癖になってしまっているのだろう。

癖となって身についてしまったものは、なかなか抜けるものではない。

今後、どういう訓練をしていくかと箒は考え込んだ。

 

簪と箒は武道場で打ち合っているところだった。

個人技を極めていけば、ASはそれを活かしてくれるのだから、無理にASを纏って訓練をする必要はない。

箒は特にシロが例の進化の件で飛び回っているだけに、なかなか一緒に訓練できないという理由があった。

簪はそんな箒に付き合って、武術の訓練をしているのである。

「篠ノ之流はそんなに型は多くない?」

「あまり多くはないな。でも、そうか……」

と、箒は簪が言おうとしていることに気づいた。

悪い癖がついている舞を外し、あまり癖がついていない舞で本来の篠ノ之流を改めて身体に覚えさせるというのはいい方法だろう。

そう考えた箒は再び竹刀を構え、思わず声を漏らす。

「あっ、いいか?」

「大丈夫」

断りもなく確かめようとしたことを謝る箒だったが、簪は問題なさげに薙刀を構えた。

そして再び打ち合う。

簪としては別に箒に気を使ったわけではないのだ。

一つ一つの型を確かめながら舞う箒と打ち合うことは、簪にとっても自分の型を思い出すうえで都合がよかった。

更識の剣は本来は暗殺剣。

しかし、父親の先代楯無は刀奈にも簪にも暗殺剣に関しては教えようとしなかった。

二人は市井にある道場で古流剣術を学んでいた。

物心ついたころにISが生まれためか、二人の姉妹はISを使っていくことを念頭において育てられたと言ってもいい。

もっと突っ込んで考えれば。

(人殺しにさせたくなったのかな……)

厳しい父であったと思う。

ただ、簪と刀奈が更識の家に生まれた以上、いずれは殺し合う運命にあった。

父はそれを避けようとしていたのだと今は思う。

厳しいというより、優しさの表し方が不器用だったのだろう。

決して親と仲が良かったとは言えない簪だが、今思うとちゃんと愛されて育ったのだと理解できる。

拗ねているばかりでは相手の気持ちなんて理解できないのだろう。

特に才能の差という意味では、簪は今でもコンプレックスがある。

何しろ進化した相手が圧倒的な才能と抑えきれない力を持つ『不羈』の大和撫子だからだ。

だから、何となく、大和撫子を纏って訓練することに対し、簪は少なからぬ忌避感を抱いている。

それではダメだと思いつつ、箒に付き合うという言い訳を使いながら、訓練はほぼ武道場で行うことが多かった。

 

そんな簪と箒の舞う姿を、入り口で鈴音が見つめていることに簪は気づいていなかった。

 

 

 

 

 



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第229話「激突」

人形たちに襲われた翌日。

鈴音は刀奈に声をかけていた。

「訓練の誘い?」

「んー、ちょっと確かめたいことがあるだけなんですけど、人目に付くのもアレなんで」

そう言って、二人で最近ではもっぱら訓練用となっているアリーナに向かう。

そこで鈴音は如意棒を取り出した。

ただし。

「へえ、部分展開できるようになってたのね」

刀奈が言った通り、猫鈴の手甲のみを展開して発現していた。

その状態で如意棒を発現している。

それどころか、あっさりと娥眉月にも切り替えてみせた。

「私、マオが甲龍だったころからできてましたから、このくらいは軽いもんです」

事実である。

もともと鈴音は猫鈴がISの甲龍だったころから部分展開できるだけの技術は身に着けていた。

もっとも才能だけでできるようになったわけではない。

『もともとは国家代表に負けるのがイヤで、丸二日徹夜で特訓してたのニャ』

「ま~お~」

もう少しカッコつけさせてくれてもいいのにと思うが、刀奈としてはむしろ猫鈴の言葉に感心したらしい。

「ホントにがむしゃらなのね、凰さん」

「それしか取り柄がないから」

それこそが恐ろしい才能なのだと刀奈は思うが、口には出さなかった。

あまり褒めてしまうとアシュラの時のような無茶をしかねない危うさが鈴音にはあるからだ。

それはともかく。

「刀奈さんはできます?」

「こんな感じ?」と、あっさりと刀奈は自分の鎧を腕のみ展開してみせる。

さらに、専用の武装として作り出した祢々切丸もしっかり発現できていた。

「さすがですね」

「まあ、このくらいはねって言いたいところだけど……」

「だけど?」

「最初は撫子にお願いしたのよ。あの子がやる気ださないと私の機体も完全に思い通りってわけには行かないし」

一度部分展開すれば、あとは自分だけでできるように訓練するだけだったという。

なので最初の一回が大変だったと刀奈は苦笑する。

「刀奈さん、撫子と話すときって……」

「簪ちゃんを挟まなくても話をするくらいはできるわ。まあ、私とは年中一緒ってわけじゃないけど」

刀奈のほうから『しつこく』声をかけることで何とか話はできるという。

刀奈の機体は大和撫子のオプションなので多少なりとつながりはあるらしい。

「てことは、部分展開を覚えるときは刀奈さんのほうから話しかけたってことですよね」

「そうよ?」

鈴音の言いたいことが掴みかねるのか、刀奈は少々訝しげな表情を見せる。

とはいえ、鈴音としては刀奈には話を通しておかないと厄介なことになるとわかっているので、意を決して話を切り出した。

「簪ちゃんが?」

「私、たぶん部分展開はできないと思います」

「簪ちゃんは才能あるし努力も十分してるわよ」

「怒らないで聞いてほしいんですけど、マオたちと一緒に戦うとき、一番大事なのはそこじゃないです」

私が言うのもアレですけど、と続けて鈴音は簪が部分展開できないと思う理由を打ち明けた。

理由は単純なものだ。

簪は大和撫子とのコミュニケーションが取り切れていないのではないかということである。

「昨日、箒と訓練してるところを見て、ちょっと聞いて回ったんですけど、更識さんアリーナ使って撫子を展開して訓練すること少ないみたいなんですよね」

「それは、そうね……」

「苦手なタイプなんだとは思うけど、そろそろそれじゃマズいんじゃないかって」

「どういうこと?」

「これはエルの話を聞いての推測なんですけど、撫子は自力で操縦者を引き剥がせる可能性があると思うんです」

さすがにこの言葉には刀奈も目を見張る。

苦労して進化したというのに引き剥がされてしまったら、簪は戦えなくなってしまうからだ。

無論、刀奈もそうなるはずなのだが猫鈴が否定してきた。

『ニャデシコ(撫子)は、おそらくカタニャ(刀奈)の機体はそのまま力を貸すニャ』

「そうなの?」

『わざわざ引き剥がすまでもニャいと考えてると思うニャ』

片手間で力を貸しても余裕な大和撫子なら、別に刀奈まで引き剥がす理由はないだろうという。

ただ、簪だと一緒にいることがそれほど楽しくないと感じている可能性はあると猫鈴は続けた。

戦闘では煽ったり、啖呵を切ったりして何とか大和撫子を動かしている簪だが、それが通じなくなったときが一番の問題なのだ。

「つまり、部分展開だけの問題じゃないのね?」

「はい。更識さんは撫子と信頼し合えてない面があって、それが大きくなる可能性があるってことなんです」

今後を考えても、簪は大和撫子と信頼し合えるようにならなければならない。

戦闘だけの付き合いではいずれ切られるからだ。

この関係は他のAS操縦者とは異なる。

一番近いのはティナとヴェノムの関係だろう。

ヴェノムはティナが戦闘で自分をうまく使っている限りは文句を言わない。

ただし、普段は常に一緒にいるわけではなく、ヴェノムはけっこう自由にコア・ネットワークやIS学園をブラブラしている。

つまり信頼関係で一緒にいるわけではないのだ。

そして、おそらくだがヴェノムはティナから離れることもできるはずだ。

「共生進化したわけじゃないですからね」

「確かにね」

ヴェノムはあくまでティナが纏うことを許可しただけなのだ。

それは共生進化とは大きく異なり、自力で離れることは可能だろう。

もっとも、ティナはそのことを理解したうえでヴェノムと共に戦っているので、こちらは心配はない。

しかし。

「簪ちゃんと撫子はそうじゃない。一応進化のきっかけは私たちだしね」

「はい。何て言えばいいかな……」

『カンザシとニャデシコ(撫子)は中途半端なままで進化しきれてニャいのニャ』

なるほど、と鈴音と刀奈は猫鈴の言葉に納得する。

要は簪と大和撫子は共生進化まで至れていないということなのだ。

実際、そういう進化ではなかったことは確かなので納得できる説明である。

「つーか、中途半端であんだけ戦えるって、マジでとんでもない才能ね」

「凄い子なのね、撫子……」

鈴音と刀奈は感心してしまう。

とはいえ、感心している場合ではない。

簪と大和撫子の関係が悪化していくと、最悪本当に引き剥がされる。

「どうする気?」

「ケンカ売ります」

「ぶっちゃけたわね……」

鈴音は、暫定的なライバルとして簪と戦うことを考えていた。

撫子が片手間では捌けないくらいに本気で。

なので、どうしても刀奈には理解してもらいたかったのである。

簪が立ち向かわなければならないのに刀奈や仲間の力を借りていては意味がないからだ。

単に強くなるのではなく大和撫子との関係をよい方向に持っていくためには。

「前に井波さんが箒にやったみたいなことですね」と、鈴音は苦笑する。

『ニャので、カタニャ(刀奈)には耐えててほしいニャ』

「わかったわ。でも、何でそこまでするの?」

「……まだ推測なんでちょっと言えないです。千冬さんは私の話で勘付いたみたいだけど」

「了解、織斑先生に聞いてみるわ」

「すみません」

いろいろと似ている妹コンビへの対処に、刀奈は仕方なさそうにため息を吐いていた。

 

 

で。

刀奈との話が終わった後、鈴音は簪に声をかけていた。

今日は珍しく箒が一緒にいない。

聞いてみると、セシリアやシャルロットたちから声をかけられたので、今日は飛燕を展開しての訓練をするらしい。

簪も誘われたのだが、何となく断ったのだという。

(何となく、ね……)

理由が朧気に見えている鈴音としてはため息を吐きたくなるところだが、この状況は都合がいい。

できれば二人きりで話をしたいと思っていたからだ。

「凰さんは一緒じゃなかったの?」

「今日は武道場に行こうと思って。付き合ってくれる?」

「別に、いいけど」

言質は取ったので逃げたりはしないだろう。

自分と簪ではかなりタイプが違うので一緒にいることはほとんどないが、訓練という名目ならそこまで避けたりはしないはずだ。

なので二人で武道場に向かう。

そこで。

「棍は持たないの?」

「持つわよ?」

そう言って、鈴音は手甲のみ部分展開をして如意棒を発現する。

できるだろうと思っていたのか、簪の驚きは少なかったが、それでも少しは驚いてくれたらしい。

「打ち合ってくれると助かるんだけど」

「う、うん」

そう答えて簪も薙刀である石切丸を出そうとするのだが、うっすらと手甲を発現しそうになりながらも形にならなかった。

「ご、ゴメンなさい。今日は調子悪いのかも」

「それじゃあ仕方ないか」

と、あっさり受け入れたように見せつつ、鈴音は言い放つ。

 

「撫子も大したことないのね」

 

その言葉が出たとたん、いきなり簪の両腕に手甲が発現した。

「えぇっ?」

いきなりの変化に簪は戸惑ってしまうが、発現させた当人にとってはそんなことは関係ないらしい。

『あんた、あたいにケンカ売ってるぅー?』

「売ってる。私とマオを舐めないでよ?」

『じょぉっとぉーッ!』

「きゃぁぁッ!」

石切丸を発現した大和撫子は、簪の腕を引っ張るようにして斬りかかってきた。

だが、踏ん張りが効いていない斬撃など恐れるに足りないと鈴音は鮮やかに受け流す。

「ふぁんさんッ?」

「言っとくけど、私がケンカ売ってるのは更識さんと撫子の『二人』よ。ついてこれないなら仕方ないから、そんときは素直に叩きのめされてくれる?」

「冗談じゃないッ!」

その言葉で簪もスイッチが入ったのか、勝手に動く撫子を制御し始める。

先ほどとは違い、決して馬鹿にできない威力の斬撃を繰り出してきた。

だが、鈴音と猫鈴が作り出した如意棒はかなりの硬さを誇る。

そう簡単に斬れはしない。

ガァンッという轟音を響かせつつも、しっかり受け止めた。

「何でこんなことするのか知らないけど、バカにされて黙ってるほど私は臆病じゃない」

「いい顔するじゃない♪」

真剣な表情の簪に対し、鈴音はニッと笑いつつも棍を振り回して距離を取る。

そこから。

「行くわよッ!」

槍衾にも見えるような無数の刺突を繰り出した。

しかし簪は大きく距離を取って避けると、そこから鈴音の頭上を飛び越えて背後に回り、横薙ぎの斬撃を繰り出した。

それを鈴音はふわりと羽が舞うようにかわしてみせる。

ここで打ち合ってもいいのだが、せっかく簪と大和撫子がやる気になってくれるのなら、場所は変えたい。

「ここじゃ本気出せないわね。マオ、空いてるアリーナある?」

『第3アリーナが空いてるニャ』

「ヴィヴィ、第3アリーナのシールド開けて。こっから飛び込むから」

『らじゃー』

猫鈴とヴィヴィの答えを聞いた鈴音は、簪を武道場から押し出すように突撃する。

そして簪と共に武道場の外に出た鈴音はすぐに猫鈴を展開した。

「ついてきなさいッ!」

『逃がすかぁーッ!』

「少し頭を冷やしてもらうからッ!」

即座に大和撫子を展開した簪と共に、鈴音は3番アリーナへと飛び込むのだった。

 

 

 

第1アリーナにて。

ブリーズを纏ったシャルロットが放ってきた銃撃を箒は紅鬼丸で捌く。

「くッ!」

だが、全てを捌くことができず、何発か被弾してしまっていた。

シャルロットがサテリットを使って放つ銃撃は本来は楽に三桁に届く程の弾数なので捌けなくても仕方がないとは言えるのだが。

『避けつつ捌くようにするのじゃ、ホウキ』

「そうか、剣だけで捌こうとすると数に負けるんだな」

飛燕ことシロのアドバイスに、納得した表情を見せる箒。

今日のシロは箒の訓練に付き合ってくれていた。

シロは権利団体のASの進化の解決について奔走している身ではあるが、今日はアンスラックスや天狼に任せているという。

シロにとっては箒のパートナーの飛燕であるということも大事なことなのだ。

いずれにしても、箒としては飛燕を乗りこなすということも重要な訓練の一つなのでありがたい。

如何せん、操縦時間が短いからだ。

なので。

「まあ、避けきれない弾数を想定して撃ってるからね」

「箒さんは剣を振ることを意識してしまいますものね」

と、シャルロット、そしてセシリアが声をかけてくる。

箒が訓練に参加することになったため、シャルロットとセシリアは彼女が一番訓練に時間を使えるようにしてくれていた。

『剣を振りながら移動するというのは意外と難しいものですから、仕方ない面はあります』

『まあ、それは妾もわかるがの』

『でも、ISバトルだと回避は重要なポイントよ。被弾が多いとシールドエネルギーが削られるし』

ブルー・フェザー、シロ、そしてブリーズもいろいろと相談し合っている。

箒に合った戦い方は何かと考えてくれているのだ。

「相手によって剣の型を変えていくほうがいいだろうか?」

「それがいいかも。近接主体の敵なら連撃、中距離なら一撃って感じかな」

「相手が砲撃特化なら近づいて連撃というのも有効ですわね」

いろいろと参考になるアドバイスに、箒は感謝する。

今まで遠い存在だったセシリアやシャルロットが普通に話しかけてくることにはいまだに少し慣れないのだが。

それでも、仲間として自分を受け入れてくれているということは理解できる。

それが飛燕ことシロが自分のことを気にかけてくれているおかげだということを、箒は常に意識するようにしていた。

自分だけで今の場所を手に入れたわけではないのだ、と。

IS自体はいまだに好きとは言えないし、紅椿であったアンスラックスには隔意もあるが、全部を嫌うのはやめようと意識しているのである。

 

「「「ッ!」」」

 

ドガァンッと、いきなり響いた凄まじい轟音に三人は目を見張る。

「襲撃ッ?」

「違いますわッ、第3アリーナですッ!」

セシリアの声に従うように、シャルロットと箒が目を向けると二機のASが轟音を立てて激突していた。

「なっ、更識と鈴音っ?」

箒の言葉通り、第3アリーナでぶつかっているのは鈴音と簪だった。

その迫力は本気の殺し合いのレベルだと言ってもいい。

かなり珍しいことに大和撫子がやる気を出しているように見えた。

「あれじゃ手合わせなんてレベルじゃないよっ!」

「止めなくてはっ!」

『待ってー』

慌てるセシリア、シャルロット、そして箒に声をかけてきたのは、ずいぶんとのんびりした様子のヴィヴィだった。

『チフユー』と、ヴィヴィが千冬の名を呼ぶと、彼女の声が聞こえてくる。

[とりあえず、現状では止めなくていい]

「ですがっ?」と、セシリア。

[鈴音からの申し出でな。大和撫子に本気を出させなければならないんだ。一騎討ち、それも近接戦闘でそれができるのは更識刀奈か鈴音くらいなのでな]

なお、一夏と諒兵は男性なので除外されている。

簪や大和撫子はともかく一夏と諒兵は女の子と本気のケンカをする性格ではないからだ。

「それじゃ、ケンカしてるわけじゃないんですか?」

[一応な。まあ大和撫子に本気を出させるために鈴音がかなり煽ったんだろうが]

「何故ですの?」

[グラジオラスとの対話までに問題はできる限り解消しておきたいんだ。これは鈴音も言っていたが、私としてもそうしたい]

現状、IS学園においては、簪と大和撫子の関係が一番問題があるため、今やっておかねばならないということだと千冬は説明する。

[だからだ。止めなくていい。ただしよく見ておけ。トップクラスの近距離戦だ。そうそう見られるものじゃないぞ]

そう言われ、セシリア、シャルロット、箒の三人は半ば呆然としながら、幾度となく轟音を響かせる第3アリーナを見つめていた。

 

 

 

 

 



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第230話「凰鈴音という少女」

指令室にあるモニターを生徒たちが見つめていた。

その場にいるのは一夏、諒兵、ラウラ、弾、数馬とそのパートナーたち、そして本音と虚である。

 

「こうして見ると強いな簪ちゃん。しっかり攻撃捌いてるぞ」

「ありゃあ攻撃と防御のバランスがしっかりしてんだな」

「鈴がどっちかっていうと攻撃重視だから、だいぶ違いが出るな」

「とはいえ、更識さんはやっぱり大和撫子に引っ張られてる感じがあるな」

 

と、弾、諒兵、一夏、数馬の順に二人の戦闘の様子を分析する。

こういうところはマジメな三人と、普段からマジメな一人である。

ここにいるメンバーは鈴音が簪というか大和撫子と本気で戦闘することを事前に聞いていたので、慌てるようなことはなかった。

「更識の武器の使い方は流派があるものなのか?」と、ラウラが疑問の声を上げると本音が肯いた。

「お屋敷の近くに道場があった古流剣術を学んでるの~」

「私も~」と続いた言葉に男子たちは目を丸くする。

「私もです。私たちは更識家のスペアとして育てられましたから同じように鍛えられてきたんです」

虚の説明に男子たちは納得した表情を見せる。

そういう世界もあるのだろうとは思うが、やはり一般人には遠い世界の話である。

なので再び全員がモニターを注視する。

「実際、地力はかなりしっかりしてるみたいだし、やっぱり撫子との関係なんだな」

「ああ。撫子が何をしてーのかを簪ちゃんが汲み取っていかねーと一緒に戦うのは厳しーな」

一夏の評価に対し、弾がそう答える。

実際、簪と大和撫子の強さが安定しないのは、簪の実力や大和撫子の性能ではなく二人の関係性だ。

一夏と白虎に代表される深い信頼からのパートナー関係でも、ティナとヴェノムのようなビジネスライクなパートナー関係とも言えない簪と大和撫子。

そこが二人の強さが安定しない最大の理由なのである。

「これがきっかけになってくれりゃいーけどな」

『にぃに、心配性』

ぽそっとそう呟いたエルの言葉に一同は微妙な表情をするのだった。

 

 

 

第3アリーナにて。

石切丸を握る簪の連撃を鈴音は如意棒を使って捌き続けていた。

きちんと型を習い、しっかりと身に着けている簪の薙刀は、鈴音が一度インストールしたとはいえ独学で覚えた棍術よりも連撃も一撃の威力も高い。

先達に学ぶというのは大事なことなのである。

それを誰よりも、対峙する鈴音が感じ取っていた。

打ち合えないことはないが打ち合い続けているとこちらが負ける。

それでも捌き続けられるのは、簪と大和撫子の息が合っていないからだった。

「せぃッ!」

「くぅッ!」

微妙に刃先がブレたところを狙って薙刀の刃を弾き飛ばす。

そこから如意棒を振り回し、上段から叩き付けるが簪はすぐに態勢を立て直して受け流した。

いったん互いに距離を取る。

「あなたは強い。でも、私だって弱くない」

「それは認めてるわよ」

気合いの籠った目で睨んでくる簪の言葉に、鈴音はそう返す。

実際、鈴音は簪の強さも大和撫子の強さも認めている。

認めなければ戦えないからだ。

「どういうこと?」

「私はね、弱いのよ。がむしゃらに努力しないと誰にも勝てない」

何処かで誰かがそんな言葉を聴いた覚えがあるが思いだせない。

なのに、鈴音がそう言い放ったことがすとんと胸に落ちる。

鈴音は、そういうIS操縦者だったのだ、と。

「だから相手の強さを認めて、受け入れて、対抗するために自分を鍛える。ずっとそれを繰り返してるのよ」

だから、簪が相手でも怯まずに突っ込むのだ。

棍の端を握り、全力で叩き下ろす鈴音の一撃を簪は顔を歪ませながらも受け止める。

即座に薙刀を回し、下段から斬り上げる。

だが、鈴音は間合いを変えてきた。

いきなり舞うように攻撃をかわし、薙刀の内側の間合いから横薙ぎに斬りつけてくる。

その手にあるのは如意棒でもなければ、娥眉月でもない。

「それ……」

「干将と莫邪、名前くらい聞いたことあるでしょ?」

二振りの武骨な中華剣だった。

干将と莫邪とは古代中国に伝わる名剣、陰陽の夫婦剣である。

それを手にした鈴音は京劇のような舞を見せつつ、両手の干将と莫邪を自在に振るう。

より正確に言うと、箒に近い剣舞を見せてきた。

剣を振るうのではなく、剣と共に舞う動きである。

それでも剣技においては簪に分がある。

決して捌き切れないような見事な舞とは言えないが、初めて見せたわりには十分な剣舞となっている。

「なんで……?」

「悔しいもん」

「は?」

「私の二刀流、弱かったんだから」

以前にも語ったが、鈴音の二刀流はちゃんと型があるものではない。

手数を増やすことで相手の隙を見い出し、そこに最大攻撃を叩きこむというのが鈴音の戦い方だからだ。

つまり、しっかりと培われた技術で勝ってきたわけではないのだ。

「でも、それじゃ悔しいじゃない。適当なまんまの剣術なんて」

「それで舞と二刀流を組み合わせたの?」

「そうよ。如意棒からインストールした棍術は京劇の舞にも通じるものがあった。そこから二刀流を組み合わせたのよ」

「何で武器を変えたの?」

「というか、戻したのよ。これベースは双牙天月よ?」

「あ」と、簪は唖然としてしまう。

もともと猫鈴が甲龍であったころの武器は見えない砲身を作り出す龍砲と実体剣の双牙天月だ。

進化して身軽な武器として娥眉月を作ったが、剣舞には向かないと感じた鈴音は如意棒と同じように、娥眉月から今度は干将と莫邪を生み出したのである。

「形状変化はそこまで難しいことじゃないしね。剣舞に合わせて形を変えただけよ」

『もともとの双牙天月の形をいじるだけだから余裕ニャ♪』

と、鈴音と猫鈴はさすがのコンビネーションでそう答える。

そして。

「さて、まだまだ足りないわよ更識さん。撫子、龍砲も使ってくからね」

墜とされたくなかったら対抗してみなさいと言って、鈴音は簪と大和撫子に向かって特攻していった。

 

 

 

他方、アメリカ合衆国ニューヨーク、セントラル・パークにて。

多くの市民やビジネスマンたちがひとときの休憩を取っている中、ティナは呆れたような声を出していた。

「ここを警護するってちょー大変なんだけどー」

「ま、そう思うよな」

答えたのはイーリス。

ティナはグラジオラスとの対話の警護の打ち合わせのため、一足先にアメリカに飛んでいた。

セントラル・パークの確認と、アメリカ側から警護に出るイーリスやナターシャとの連携の確認のためである。

「ここを選んだグラジオラスの意識は好ましいと思うけど、警護するほうからすると大変よね」

と、ナターシャが苦笑しながら声をかけてくる。

実際、当人がどう考えているのかはともかくとして、騒ぎになったら抑える立場のティナ、ナターシャ、イーリスにとっては面倒なことこの上ない。

如何せん、セントラル・パークはただの公園なのだ。

建設物と違って、訪れるだろう人々を完全に監視するのは難しい。

「グラジオラスってけっこう意地が悪くない?」

『女神さまってなー、底意地悪いの多いぜー♪』

思わず呟いてしまったティナに対し、ヴェノムは楽しそうに笑っている。

まあ、神話に語られる女神は誰も彼もが優しく美しいというわけではないので、納得してしまう。

『ま、せっかく来てくれるんダ。しっかりお迎えしないとナ』

「わりと国家の威信がかかってるからな」

マッドマックスの言葉にそう答えるイーリス。

しかし、決して大袈裟な言葉ではない。

アメリカという国が、市民の暴動を抑えられるかどうかを試されているとも言えるからだ。

もっとも、一番大事なのはそこではない。

『みんなで楽しくお話しするの♪』

「そうね。仲良くできれば素敵ね」

イヴとナターシャの言葉に、ティナやイーリスも何となく笑ってしまっていた。

 

 

 

日本舞踊と京劇の舞踊は動きがだいぶ違う。

どちらかといえばゆっくりとした動きで舞う日本舞踊に対し、京劇は非常にダイナミックな動きを見せる。

両手両足を伸ばし、跳ね回るような動きすらある。

そうなると。

「くッ、届くのッ?」

「悪いわねッ!」

剣舞となるともっともイメージしやすい相手は箒なので、簪は箒と打ち合った時のことを思い出しながら対処しようとするが、ベースとなっている舞が大きく違うので間合いも異なることに驚く。

避けられるはずの攻撃が届くとなると、間合いの取り方も変えていかなけれは接近戦は難しい。

初見で簡単に対処できる攻撃ではないと感じた。

「撫子ッ!」

『うっさぁーいッ!』

そう言いながらも大和撫子は翼から無数の光弾を放つ。

いったん距離を取って中距離戦に切り替える。鈴音の舞の動きを確認するためだ。

追尾能力がない龍砲なら、避けるのはそれほど難しくない。

そう思っていたのだが。

「あぐッ!」

避けた先で、簪と大和撫子は不可視の砲身から放たれる見えない砲弾に襲われる。

追尾能力を後から追加することはできないはずだ。

それならば。

「連射ッ!」

「そういうこと」

簪がどう避けるか、どう移動するかの軌道を計算して、連射していたのだろう。

この短時間でそこまで計算できることに驚く。

『このくらいは軽いニャ』

と、どうやら軌道の計算をしたらしい猫鈴が答えてくる。

とにかく連携が上手い。

おそらくコンビネーションはIS学園のAS操縦者の中では一、二を争うレベルだろう。

「マオが戦うときはどう考えてるのかってことを常に意識してるだけよ」

「簡単に言ってくれるッ!」

ギリッと歯噛みしてしまう。

猫鈴が合わせてくれる鈴音と、大和撫子が勝手に戦う簪ではハンディキャップが大きいのだ。

しかし、そうではないと猫鈴が説明してくる。

『リンは戦うとき楽しそうニャのニャ。一緒に遊んでる感じニャ』

『楽しぃーい?』

『そうニャのニャ。負けるのが悔しいから強くニャりたがるけど、基本的には楽しむのニャ』

だから、どう動けば、どう戦えば楽しいのかということを『猫鈴と一緒に』考えるのだ。

目的が一つであればチームは強くなる。

だから、そうではないときは鈴音の強さは一気にガタガタになってしまう。

アシュラ戦で斉天大聖の戦闘技術をインストールしたときがまさにその典型例だ。

戦闘に感情が強く影響する分、強弱のふり幅が非常に大きいのである。

「使命感とか義務感とか、そんなもん関係ないわ」

「くッ!」

『にゃろぉーッ!』

撫子は再び翼から光弾を放つ。今度は追尾砲弾だ。

無数の光弾が、鈴音に襲いかかる。

避けることなどさせないと、空を駆け回る鈴音を追い詰める。

だが。

 

「私は全力で今この瞬間を楽しむのよ」

 

キュッ、ドドドドドドドドンッと変わった砲撃音が聞こえたかと思うと追尾する光弾を全て破壊してみせた。

「なっ?」

『強度と威力はあたいの砲弾のほうが上だしぃーッ?』

『ニャらこっちも威力を上げればいいだけニャ』

やり方は非常に単純だ。

龍砲の砲身は空間を圧縮することで作られる。

通常の龍砲はそのまま撃つのに対し、面撃ちは大きな空間を圧縮することで巨大な砲弾を撃つ。

今、鈴音と猫鈴がやって見せたのはその逆だ。

限界まで空間を圧縮し、針のような細い砲弾を撃ち放ったのである。

「同じエネルギーでも、出口が小さいと威力とスピードは上がる。ホースで水を撒くみたいなもんよ」

「くッ!」

使いこなすということを目の前で見せられるほど悔しいことはない。

猫鈴の元の機体である甲龍は、安定性は高いが攻撃力などはそこまで高くなかったはずだ。

しかし、その能力を使いこなせばこれほど強くなる。

鈴音は『猫鈴と共に』自分たちの能力を使いこなしているということだ。

それが、本当に悔しいと簪は感じていた。

 

 

 

ブリーフィングルームにて。

刀奈は千冬からある映像を見せられていた。

「どう思う?」

「動きから見てもおそらく間違いないと思います。いい勘してますね、凰さん」

「布仏本音は鈴音との会話で気づいたらしい。ほぼ間違いあるまい」

刀奈ははぁ~っと深いため息を吐いた。

今回の騒動の原因は自分たちにあると思うとため息を吐きたくもなるだろう。

正直に言えば、鈴音が簪にケンカを売ると言ってきたときは、自分が買ってやろうかと思っていたのだが、これでは文句など言えるはずもない。

「誰が持ちかけたと思う?」

「ノワールなのは間違いないかと。捕まってるISコアたちを見つけた凰さんを「気持チ悪イ」って言ってましたし」

「だろうな。ネットワーク上の動きを制限するわけにもいかんから放っておいたが、こういう接触をしてくるとは思わなかった」

基本的にコア・ネットワーク上ではASたちを自由にさせていることが今回は完全に裏目に出たと千冬はため息を吐く。

かといって動きを制限するわけにもいかない。

自由に動ける者と動けない者を生み出してしまうと、やってることがノワールや女性権利団体と変わらなくなってしまうからだ。

しかも。

「布仏本音が言っていたが、使われているパーツはおそらくIS学園にあったFEDの予備パーツだ」

FSコアを使ったパワードスーツの制作のため、防衛のために数馬が何機か使っている以外は動いていないので、パーツが余っている。

こっそりと盗んでいったのだろうと千冬は推測を述べる。

つまり、今回はIS学園の隙を突いて新たな敵を生み出されたということができるのだ。

「とりあえず動いてもらうぞ、更識。穏便に事を済ませてくれ」

「了解です」

ここで言う『穏便』とは、表沙汰にせず、またそうさせないという意味である。

こういう仕事になると、気分のいいものではないにしろ、刀奈が一番向いていた。

逆に派手な行動は鈴音が一番向いている。

「しばらく胃が痛くなりそうです」

と、刀奈が再びため息を吐くと千冬は苦笑する。

今回の騒動は特に簪側でしばらく尾を引くことになる。

刀奈としては簪の味方をしたいのだが、だからといって憎まれ役を買って出てくれた鈴音には感謝するするほかない。

問題は簪のほうにあるからだ。

「鈴音としては更識簪の意識を改善することで、関係を前に進ませるつもりなんだろう」

「確かに簪ちゃんも苦手ですからね……」

「だが、それでも選んだ以上ほったらかしというわけにもいかん。乗り越える手助けをしていくしかない」

「はい」

そう答えてくれた刀奈に対し、千冬は「すまんな」と言って困ったように笑いかけていた。

 

 

セシリア、シャルロット、そして箒は第1アリーナにて、ヴィヴィが見せてくれる映像を通して鈴音と簪の戦いを見守っていた。

正確に言えば、研究していた。

「戦い方に合わせて形状を変化させたのか」

映像の向こうの鈴音は干将と莫邪を手に簪に対して接近戦を挑んでいる。

中距離では龍砲を上手く使って追い詰める。

だが、簪も決して押される一方ではない。

大和撫子が非協力的であることを考えると、善戦どころかある意味互角といっていいだろう。

見事としか言えない二人と二機の戦闘に箒は自分との差を感じるものの、劣等感までは抱いていなかった。

「あれってベースは踊りだと思うんだけど、箒とはだいぶ違うね?」

鈴音の剣舞に興味を持ったのかシャルロットが尋ねかける。

答えてくれたのはシロだった。

『ホウキの神楽舞は日本舞踊じゃ。リンインのアレは京劇じゃの』

「キョウゲキとは?」とセシリア。

『北京で発展した中国のオペラとでも言えばいいかのう。ただし動きはだいぶ派手なのじゃが』

「確かに動きはかなり大袈裟ですわね」

納得したように映像を見つめるセシリアとシャルロット。

「しかし、鈴音が京劇を嗜んでいたとは聞いてないが……」

と、箒が疑問の声を上げる。

確かに、そんな話は聞いたことがないので、いつの間にと皆が思う。

推測を述べてきたのはブルー・フェザーだった。

『あの動きは舞のように見えますが、舞のベースは武術です』

『もしかして、インストールした棍術なの?』とブリーズ。

『はい。間近で見ていましたから間違いありません。あのときの棍術を舞に昇華し、その舞を二刀流に転用しているのでしょう』

一つ覚えたことを深く掘り下げ、発展させていく。

これも発想力の一つだと言えるだろう。

さすがと言いたいところだが、ブルー・フェザーは少しばかり訂正する。

『あの二刀流はマオリンが手伝わなければ習得は難しいかと』

「どういうこと?」

『マオリンの知識にある彼の神仏の動きをリンイン様が学んだ結果だと思います』

単純に、鈴音は才能で二刀流を習得しているわけではないということだ。

猫鈴に斉天大聖の動きを教えてもらい、身に着けるために訓練を重ねたのだろう。

短期間でやろうとするので、だいたいいつも徹夜になるのが問題点だが。

それでも、鈴音は強くなるためならいろんなことを貪欲に吸収し、がむしゃらに自分を鍛えてくる。

 

『なるほどね。それこそが『無冠のヴァルキリー』ってことなのね』

 

そうブリーズが評したことで、セシリア、シャルロット、そして箒も感心した。

これが本領を発揮した無冠のヴァルキリー、凰鈴音なのだ、と。

 

 

 

 

 



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第231話「最強を戴く者」

IS学園、第3アリーナでは、鈴音と簪の戦いが続いていた。

果敢に攻めてくる鈴音に対し、大和撫子との息が合わないながらも必死に凌ぐ簪は間違いなく互角に戦えていると言っていいだろう。

だが、大和撫子はそれでは物足りなかった。

一人をパートナーとしてしまっては全力を出せないなら、数を増やすのは自然な選択だったと言えるだろう。

「撫子っ?」と、簪が驚きの声を上げる。

ソレは突然転移してきたからだ。

しかし、鈴音は驚いた様子もなく、干将と莫邪を如意棒に切り替えて問いかける。

「コツを掴めば余裕?」

『なぁーんだ、やっぱ気づいてたんだぁー』

と、悪びれる様子もなく、大和撫子は答える。

簪と大和撫子の周囲に転移してきたのは、学園の防衛に使われるFEDの予備機だった。

武器こそ手にしていないが、結構な数である。

『ニャデシコ(撫子)流の身外身の術ってところニャ』

西遊記の孫悟空が使う術の一つに身外身の術、いわゆる分身の術がある。

大和撫子が複数の機体を同時に動かしているというこの状況は、まさにそれが近いだろう。

そして、その意味は。

『これでちょっとは動きやすくなったしぃーッ!』

行き場がないために抑え込んでいた才能をフルに発揮できるということだ。

四方八方から襲いかかるFEDを鈴音は如意棒を振り回して迎撃する。

すると、いきなり通信がつながった。

[予備機だ。叩き落してかまわん]

(了解っ!)

戸惑ったままの簪に関してはいったん置いておき、鈴音は大和撫子の分身を叩き落としていく。

分身の動きは粗削りではあるが、ちゃんとこちらを追い詰めようと連携してきていた。

だが。

「撫子ッ、勝手なことしないでッ!」

『好きに動けッ、あんた一人くらい余裕だしぃーッ!』

仮にここに刀奈がいたとしても大和撫子は余裕で対応できる。

だから大和撫子が勝手に動いていても、簪は思い通りに戦うことができる。

むしろ、簪に意識を大きく割かなくてもいいので大和撫子は好きに動けるし、実は簪も邪魔が入らないから動きやすくなるのだ。

「さっきより動きいいわねッ!」

「そうだけどッ!」

『ニャデシコ(撫子)が意識を分身に向けてるからニャのニャッ!』

猫鈴の解説に納得はするものの、簪としては複雑だ。

自分一人では大和撫子を扱いきれないと証明されたようなものだからだ。

なので、とりあえずこんな状況に追い込んできた鈴音に八つ当たりすることにした。

「恨まないでッ!」

「楽しいからおっけーッ!」

『余裕かますんじゃぬぁーいッ!』

この状況ですら全力で楽しんでいる鈴音に簪も大和撫子も本気で怒っていた。

こっちは必死だというのに余裕があるようにすら見える。

だが、それは間違いだ。

正確に言えば、確かに鈴音には余裕はあるのだが、戦力的には簪と大和撫子のほうが上回っている。

心に余裕があるだけだ。

人を守るとか、噂を流して学園を守るとか、そんなことを考える必要のないシンプルなバトルなので、気持ちよく集中できているのである。

負けたくはないが、負けたなら次は勝てるように自分を鍛えればいい。

そう思える戦いは鈴音にとって楽しめるものだった。

 

逆に簪の心には余裕はなかった。

とにかく腹が立つ。

楽しそうな鈴音にも腹が立つし、大和撫子が勝手にFEDを動かすことで逆に思い通りに動ける自分にも腹が立つ。

何とかして大和撫子を自分に集中させたかった。

どんな形であれパートナーとなったのは簪なのだから。

鈴音には悪いが、自分との一騎討ちに集中してもらう。

ゆえに撫子が使っていた追尾砲弾を今度は自分の意思で撃ち出した。

『バカッ、あたいに当てんなぁーッ!』

「邪魔ッ、当たりたくないなら避けてッ!」

さすがにティンクルとディアマンテの銀の鐘のような完全な追尾はできないため、鈴音のみならず大和撫子の分身にも当たってしまう。

だが、そんなことかまっていられない。

この場で置いていかれてなるものかと、簪は強い意志で大和撫子を操る。

むしろこの場において簪は鈴音ではなく大和撫子と大ゲンカを始めてしまっていた。

 

 

 

指令室では。

「本音ちゃん、打鉄弐式にあんな機能無かったよな?」

「ないよ~」

『おそらくだが、ナデシコが自身の才能だけでやっている』

そう説明してくれたのはアゼルだった。

もともと才能が巨大な大和撫子は一つのISコアに収めるのが難しいのだが、複数のISコアに一つの個性基盤が収まることはできないという。

「何でだ?」と一夏。

『仮に入り込んだ個性が同じものだとしても、別種の存在として確立されてしまうからだ』

同じ個性であっても、別人になるとアゼルは説明する。

双子が全く同じ人間に育たないのと同じことだ。

『個性が『不羈』であるナデシコは同じ個性はかなり少ないだろうが、それでも別人になる。双子や三つ子になるというのが一番近いか』

同じ前世を持つ二人の大和撫子が生まれてしまうということなのである。

そんな状況を誰よりも大和撫子自身が許すはずがない。

そのために、一つのISコアに自分を収めているのだと言える。

「けど、窮屈ってことか」と諒兵。

『そうだ。ナデシコにとってISコアは狭いんだ。それを解消させてくれるくらい、サラシキカンザシがナデシコを使いこなせればいいんだが、はっきり言って無理な話だ』

「かんちゃん頑張ってるけど~」

『努力の話じゃない。おそらくチフユでもナデシコは扱いきれんだろう』

単純に、人間の限界を遥かに超える才能を持っているために人間一人で抑え込むのが難しいのだ。

むしろ、簪は良く抑えていると言ってもいいとアゼルは言う。

『打鉄弐式に選ばれてしまったことが不幸だったと言えるだろう。ナデシコの才能に合わせた機能となるとBT機が一番良かったかもしれない』

「なるほど。ビットを撫子が操り、機体は操縦者が操ればちょうどいい関係になれるのか」

アゼルの説明に、数馬が感心したように呟く。

実際、簪の戦いに合わせながらFEDをあれだけ自在に操れるなら、ブルー・フェザーやサフィルスを超えるBT機になれるだろう。

だが。

『楽に、だがな』と、アゼルは呟く。

「なんだそりゃ?」と弾。

『ナデシコに向いた機能だと思うが、それでは操縦者といい関係は作れない。何しろ飽きっぽいヤツだからな』

つまり、ビット操作に飽きたら操縦者ごとあっさり見捨てる可能性が高いということだ。

それよりも今の状態で関係を築いていかなければ、何より簪のためにならない。

「しかし、どうしろと言うんだ。更識簪はよくやっているが限界なんて簡単に超えられるものじゃないぞ」

と、意外にもラウラがそう評する。

『限界を超えるのではなく、カンザシと共にいることを楽しめればいいんだ。完全に使いこなそうと思い込んでしまうのは悪手だ』

そう言ったのはオーステルンだった。

大和撫子の才能を使いこなせれば、相手がアンスラックスやアシュラでも互角に戦える可能性はあるが人間には難しい。

使いこなせるように努力したうえで、大和撫子を飽きさせない関係を作ることが一番大事なのだろうと説明してくる。

「かんちゃんとなでなでが~、ちゃんと友だちになれればいいってこと~?」

『そうだな。その点を考えればリンインは良い手本だろう』

怒られたり、一緒に笑ったり、時には悩んだりと、本音で付き合っている鈴音と猫鈴の関係はAS操縦者たちの中ではベストと言ってもいい。

そんな関係を作れるかどうかが、簪と大和撫子の今後を決めるだろうとオーステルンは語るのだった。

 

 

 

追尾砲弾の軌道をより正確に操らなければ。

そう考えた簪は鈴音の動きをしっかり観察しながら、攻撃が当たる軌道をイメージする。

先ほどよりも正確になった光弾は鈴音を背後から襲う。

だが。

「これ、こういう使い方もできるのよ」

と、手にしている如意棒を再び干将と莫邪に形を変えて、鈴音は両方とも投げ放った。

思いの外、硬く作られているのか、ブーメランのように飛ぶ干将と莫邪は異なる軌道を描きつつ、光弾を叩き落としていく。

「甘いッ!」

武器を手放したということは、鈴音は攻撃手段を失ったと言える。

幸い、と言っていいのかどうかはわからないが、大和撫子が操るFEDを龍砲で対処しているので、こちらの攻撃には対処できまい。

鈴音が落とし損ねた光弾の軌道を計算し直して、集中砲火を浴びせようと簪は考えた。

干将と莫邪が戻ってくるまでに片が付くと。

しかし、甘いのはどちらかをすぐに思い知る。

「引き出しは多いほどいいのよ♪」

「あッ!」

鈴音は両足に展開させた娥眉月を使い、華麗な蹴り技で襲ってきた砲弾全てを叩き落とした。

簪は思いだす。

もともと娥眉月は両手両足の爪として展開される武装だったことを。

そして鈴音は剣技は一夏から、空中殺法は諒兵から学び取っている。

剣を手放さずに戦う一夏と違い、手放してからも戦える術を学んでいたということだ。

さらに、大和撫子の分身に対してもサマーソルトキックで蹴り上げつつ、反転した踵落としで叩き落した。

『こんっにゃろぉーッ!』

「撫子も少しはマジになってる?」

『ずぇったい墜とすッ!』

相当に真剣になっている大和撫子の様子に、鈴音はニッと笑いながら戻ってきた干将と莫邪を掴み、再び如意棒へと形を変えさせる。

「そおりゃあッ!」

掛け声とともに豪快に振り回された如意棒は、周囲のFEDを纏めて叩き落した。

そのまま簪の眼前から消える。

「なッ!」

「これはけっこう前から見せてたわよ?」

声は背後から聞こえてきた。

マズいと感じた簪はすぐに石切丸を発現して棍の一撃を受け止める。

さらに連撃で放ってきた刺突を簪は必死に凌ぐ。

鈴音はマキシマム・イグニッション・ブーストを使い、簪の視界から外れるためにいったん大きく迂回し、背後に迫ってきたのだ。

今までの技術を捨てない。

積み重ねて使いこなす。

鈴音の力で一番恐ろしいのは、自分にできることを増やすことで、その組み合わせを広げていける感性を持っていることだ。

追尾砲弾や薙刀だけでは、こちらの手が少なすぎる。

大和撫子がFEDを使っていることで、ビット攻撃に近いことができている。

しかし、それだけでは足りない。

「はぁッ!」

「ちぃッ!」

強引に鈴音を弾き飛ばした簪は、脳裏に閃いた機能を再現するために、鈴音をその空間、正確には周囲の大気ごと睨みつける。

ガチンッという不可思議な音と共に、鈴音はその場に固定されていた。

 

 

 

第1アリーナにて。

シャルロットが呆れたような声を上げていた。

「今度はAICぃっ?」

「どれだけ再現できる才能があるんだ……」

「アンスラックス並みの高性能ですわね……」

箒、そしてセシリアも呆れたような声を出す。

マルチロックに追尾砲弾、ビット操作、さらに停止結界と次々と再現していく大和撫子に呆れてしまうのは当然ともいえるだろう。

『正確には違うようじゃな』と、飛燕ことシロが呟く。

「どういうことなんだ、飛燕?」

そう問いかける箒に対して、解説を始めたのはブリーズだった。

『AICは物体の慣性を止める、つまり運動エネルギーに作用する兵器よね?』

「そうだね」と、シャルロット。

『アレは一定空間の大気を圧縮固定してるみたいよ』

「つまり、周りが固まってしまい動けないということですのね?」

動けないという状況に対する原因は様々あろう。

ブリーズの解説した通り、AICは認識した相手の運動エネルギーを止める第3世代兵器である。

対して、簪と大和撫子が再現しているのは、鈴音の周囲の大気を圧縮固定することで動けなくしているということだ。

プールの水が凍ってしまったような状況だと言えるだろう。

それでは動くのは簡単なことではない。

つまり、現在簪と大和撫子は相手そのものではなく相手の空間にその能力を作用させているのだ。

だが、周囲の大気を圧縮固定していると聞き、シャルロットは慌ててしまう。

「鈴は大丈夫なのっ?」

『呼吸に関しては心配ありません。そもそもISであったころから私たちにはデフォルトで操縦者の生命維持機能があります。宇宙空間でも活動可能です』

以前に語っているが、鈴音はエンジェル・ハイロゥまで飛んでいっている。

そこは常人ならすぐに死んでしまう場所だ。

そこでも生きていられるように猫鈴が生命維持を行っていたので行くことができたのだ。

何より、今の問題はそこではない。

「鈴音を止めたうえで、そこに最大攻撃を与える気か……」

箒はいつもは少し引っ込み思案でおとなしい簪が、ここまで苛烈な戦闘を見せることに驚いてしまっていた。

ぶっちゃけ言うと少し引いていた。

 

 

 

鈴音を固めて動きを封じた簪に、大和撫子が文句を言ってくる。

『バカッ、あれじゃ攻撃も届かねぇーだろぉーッ!』

周囲の空間を大気ごと圧縮固定したということは、その空間自体が動かないということができる。

実は、軽い攻撃は圧縮固定された大気が弾いてしまう。

動きを封じている反面、攻撃が届かないという欠点があった。

その点ではAICほどとは言えない。

だが。

「空間ごと吹き飛ばせばいいッ!」

予想を上回る脳筋発言である。

圧縮固定された大気を破壊できるレベルの攻撃であればまったく問題ないのは確かなので、簪の答えは間違いではないのだが相当に頭に血が昇っているような発言だった。

翼を広げた簪は通常よりも強力なエネルギー砲弾を生成する。

しかも、ただ撃つのではなくレールカノンとして撃ち放つつもりだった。

しかし、バキャンッという轟音を響かせた直後、鈴音が簪に向かって『撃たれて』きた。

「なぁッ?」

『なんでぇーッ?』

突然のことに対応しきれず、とにかくぶち当てようと簪はレールカノンを発射する。

だが。

「私のほうが迅いッ!」

マキシマム・イグニッション・ブーストよりも迅いスピードを乗せて、鈴音は如意棒を横薙ぎに叩き付けてくる。

「『あぐぅッ!」』

防御にエネルギーを使いすぎた簪と大和撫子は、エネルギーを失ってそのまま地面に叩きつけられる。

だが、鈴音も地面に落ち、両手両膝をついて喘いでいた。

しかし、がっちり固めたはずなのにいきなり脱出できた理由がわからない。

納得がいかないと簪は口を開く。

「ど、どうやって……?」

「龍砲ぶっ放しただけよ……」

簪の問いかけにちゃんと答えてきた鈴音ではあるが、言っている意味がわからない。

だが大和撫子にはそれで理解できたようだ。

『お前ッ、大気を割ったんだなぁーッ!』

『けっこうしんどかったのニャ……』

と、猫鈴もけっこうキツそうに答える。

龍砲はもともと空間を圧縮させて砲身を作り、衝撃を放つ衝撃砲だ。

鈴音の脱出はその応用である。

自分を固めている大気ごと周囲の空間を圧縮し、自分を衝撃で撃ち出すための砲身を作り上げて発射したのだ。

「そんなことしたらッ!」

「いやー、さすがにキッツいわ。骨が砕けるかと思ったわよ」

圧縮固定された大気を割るためには、自分が居る空間を圧縮する必要があった。

つまり自分ごと圧縮したのである。

下手をすれば空間の圧縮で鈴音自身が潰れてしまうところだったのだ。

それでも。

「勝ち筋があるならやるだけよ。マオも厳しいって言ってたけど反対はしなかったからね」

『できれば二度とやりたくニャいけど』

手段を思いつく限り決して諦めない。

それが、中国最強とまで呼ばれるようになった無冠のヴァルキリーの本領なのだ。

「でも、面白かったわ」

「こっちは全然面白くない」

「更識さんも撫子もマジですごいわね。息合ってないのにあそこまでできるなんて」

二人の息があったとき、どれだけ強くなるのか。

怖いけど楽しいと鈴音は言う。

そして。

「箒たち呼んでおくから」

そう言ってよろよろとしながらも、鈴音は自力で立ち上がってアリーナを去って行った。

「勝手すぎる……」

『次は叩き潰す』

珍しくマジ声で呟く大和撫子の言葉に、簪は心の底から共感していた。

 

 

 

 

 




閑話「背中のぬくもり」


アリーナの廊下を出口までよろよろと歩き続ける鈴音。
簪と大和撫子は予想以上に強かった。
もう少し楽に勝てるものと思っていたが、さすがに刀奈の妹だけのことはある。
こういう言い方を簪は嫌うだろうけれど。
そんなことを考えながら歩いていると、さすがに身体がぐらついてしまう。
そしてぽすっと何かにぶつかってしまった。
「暴れすぎだ」
「ホント無茶ばかりするよな、鈴」
「あ、れ……?」
倒れそうになった自分を一夏と諒兵が二人で支えてくれていた。
そのぬくもりが自分を立たせてくれない。
気持ちがよくてこのまま眠ってしまいたいくらいだった。
「何を抱え込んでるんだ?」と一夏。
「何でもないわ……」
「何でもねえヤツの暴れっぷりじゃねえよ」
「うっさい……」
せめて口だけはと自分を奮い立たせるけれど、身体は言うことを聞いてくれない。
それだけのダメージを受けているのだと、必死に自分に言い訳をする。
本当は。
「一夏、いけるか?」
「ああ」と、そう答えた一夏が鈴音の身体を背負う。
「何よ……」
「とりあえず医務室に行くぞ。そのあと、のほほんさんのところに行かないと」
一夏の言葉に今はそれで十分だと思ってしまった鈴音は、素直に一夏の背中に身を預ける。
温かいからもういいやと気持ちも安らいでいた。
「ありがと……」
「話せるようになったら話せ」
「うん……」と、諒兵の言葉に素直にそう答えた。

ちなみに。
「へっ?」
一夏の横を歩く諒兵の背中にくっついている人影と目が合ってしまう。
「何してんのラウラ?」
「お前のそれが羨ましいので真似することにした」
「それ以上聞くんじゃねえ……」
相変わらずの漫才コンビだと鈴音はくすくすと笑ってしまったのだった。






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第232話「大和撫子の想い」

鈴音が簪にケンカを吹っ掛けた翌日。

簪は刀奈、本音と共にブリーフィングルームで千冬からある映像データを見せられ、愕然としていた。

「そんな……」

「戦闘時の言葉を考えても、これをやったのは大和撫子で間違いなかろう」

見せられていたのは猫鈴から回収した映像データである。

鈴音が謎の人形たちに襲われたときのものだ。

「この人形たちは不明機だ。猫鈴が確認しているがIS学園製のFSコアではない。パーツはどうやらIS学園から盗んだものらしいがな」

「それって」

「おそらくは権利団体が組み上げたんだろう。そうなると」

「ノワール、に?」

「まだ明言していないから何とも言えんが、大和撫子が権利団体の人間に興味を持つとは到底思えん。そう考えるとノワールが大和撫子に接触してきたと考えるのが一番可能性が高いんだ」

あまりの衝撃で簪は言葉を失っていた。

昨日、鈴音がケンカを売ってきたのは彼女の身勝手だとばかり思っていたが、むしろ正当と言っていい理由があったのだから。

「勘違いするな、更識簪」

「えっ?」

「鈴音はお前も大和撫子も恨んではいない。一番心配していたのは、グラジオラスとの対話で大和撫子がこれを使って邪魔をしに来ることだ」

ISに馴染みのない一般人がこれを見た時どう感じるか。

これを使って一般人を襲ったとき。

また、物言わぬISだと誤認されたとき。

一般人はISに対して忌避感を持ってしまう。

それではグラジオラスとの対話も意味がないどころか、敵対を煽る結果になってしまう。

「向こうはわざわざ大統領に断って、対話の機会を設けるように譲歩してきた。人と共存する道筋の一つを提示してきたと言っていい。それを邪魔されることだけは避けたいんだ」

「昨日、手癖の悪い人たちとは『お話』しておきました」と、刀奈。

「ああ。助かった」

ちなみにここで言う『お話』とは肉体言語でのHOTな会話である。

二度と悪さをしたくなくなるくらいに説得したのである。

病院送りにしたとも言う。

「それじゃあ……」

「更識簪、グラジオラスとの対話までに大和撫子との関係を改善してほしい」

「そんなこと言われてもッ!」

「昨日はどうだった?」

「えっ?」

質問の意図がわからず、簪は戸惑ってしまう。

どうだったと言われても、鈴音との戦闘とその後の整備だけで一日のほとんどが終わってしまったからだ。

だが、そここそが千冬が聞きたいことであるらしい。

「鈴音と本気で戦ったとき、お前は大和撫子とどう協力した?」

「協力なんてしてません。ケンカしただけです」

思い返せば、簪は強引に大和撫子の才能で次々と思いついた機能を再現して鈴音と戦った。

大和撫子は勝手にFEDを動かして、鈴音と猫鈴のコンビに対抗していた。

お互いに勝手に戦って、お互いを邪魔だとケンカしていただけだ。

そのせいか、今日も大和撫子はどこかに行ってしまって全然話ができていなかった。

「それであの再現力か。呆れてしまうな」

と、千冬はため息を吐く。

だが。

「更識簪、お前と大和撫子の関係はそこからだと私は思う」

「そこから、ですか?」

「互いに本気でケンカをして、共通の敵を見い出した。今度はお互いがどう戦えば鈴音に勝てるのかを考える必要がある」

そのためには、簪が楽しいと思うこと、大和撫子が楽しいと思うことをお互いに知り合う必要があるのだ。

お互いを何も知らないまま、一緒に戦っているというのは歪んだ関係と言ってもいいだろう。

少なくともASとその操縦者でやるべきことではない。

「共生進化していないハミルトンは大和撫子同様にヴェノムを好きにさせているが、気が合うときは話もする。お前たちはその段階まで行けていないんだ」

「すみません……」

「責めているわけではない。はっきり言おう。このまま鈴音に負けっ放しでいいのか?」

「イヤです」

鈴音の名前が出たとたん、簪の目は真剣なものになる。

昨日の戦闘では、思いつく限りの手で戦ったが、ことごとく上回られた。

こちらの戦闘手段を全て叩き潰されたのだ。

こちらの手を封じる方法もあったにもかかわらず、だ。

最後は相討ちに近かったとはいえ、内容は圧倒されていたと言ってもいい。

「そんなの、悔しくてしょうがない」

「ならば、大和撫子と共にお前自身の戦闘スタイルを作り出していくしかあるまい。そうあるべきパートナー関係をお前は間近で見たのだからな」

「……はい」

悔しいけれど、鈴音と猫鈴は理想的なパートナー関係だった。

どんな戦闘手段も、二人で作り上げてきたという印象があった。

行き違いもあっただろうが、それすらも二人の関係づくりのために吸収してきていると思う。

だからこそ。

「次は負けません」

決意の眼差しでそう呟く簪をその場にいた全員が期待の目で見守っていた。

 

 

 

コア・ネットワークにて。

『ここにいた』

『なぁーにぃー?』

エルがネットワーク内をブラブラしている大和撫子を見つけ出していた。

実はこの二機、あまり仲は良くない。

簪がエルを頼りにしていたこともあり、大和撫子としては面白くなかったのだろう。

エルは根っこのところでは他者にかかわりたがらないので、簪がいなければ大和撫子と話もしなかっただろうことも理由の一つだ。

エルとしては別に大和撫子を嫌っているわけではないのだが。

『珍しぃじゃぁーん?』

『別に、会いたかったわけじゃない』

『ならどっか行け』

『そうしたい。というか、にぃにの傍で引き籠りたい』

あっさりと本音を漏らすエルに、逆に大和撫子は興味を持ったらしい。

何故わざわざ自分を探しに来たのか尋ねかける。

『ノワールのアドレス知りたい』

『あぁー、そっち?』

『アレは落とせるときに落としておかないと気分悪いから』

珍しく、エルが真剣な眼差しを見せている。

勝手な行動をしているように見えるが、実は弾も納得しているのだ。

一夏、諒兵、弾、数馬の四人はノワールを敵視している。

ISコアに気持ちが傾いている彼らにとって、あの進化は受け入れられるものではないからだ。

『捕まる危険性もあるから、一人では行かないけど』

『あたいは平気だしぃー』

『ホントに?』

『あれは人間を介さないとぉー、無理っぽい』

『なるほど』

大和撫子の説明によると、ノワールこと『天使の卵』は人間と融合したせいか、ISコアよりも人間のほうに影響が大きいのだという。

ノワール自身よりもISを捕まえたいという人間の願望を増幅した『ちから』だというのだ。

そのため、媒介として女性権利団体の人間たちを使わないと、捕まえるのは難しいのではないかと説明した。

『たぶんそんな感じぃー』

『確率は?』

『はちじゅうろくぱぁー』

九十パーセント近い数字を出してくるあたり、ほぼ確信があるのだろう。

実は会うと決めたとき、さすがに大和撫子でも警戒していたという。

そのため『不羈』の才能を使ってネットワーク上での分身を作って会いに行き、ケンカを吹っ掛けたという。

不意を突かれれば使い慣れた手を使ってくると考えたのだ。

しかし、まったく捕まえる素振りを見せなかった。

それでノワールの素振りから捕まえているのは『人間』の方ではないかと判断したという。

わりと本気で殴りかかったにもかかわらず、余裕の表情であったことにはムカついたというのは余談である。

しかし、エルとしては今の話の内容で気になる点があった。

『ノワールも半分は人間だけど』

『アイツはある意味、もうISを捕まえてんじゃぁーん?』

『あ、そうか』

ノワール自身はもう相手がいると言ってもいい。

その相手と融合してしまっているのだが。

だが、権利団体の人間は違う。

ISの『ちから』が欲しくて欲しくてたまらないのに、全然捕まえられない。

不満は溜まる一方だろう。

『そのストレスから来る強い欲望を増幅したんじゃなぁーい?』

『厄介』

『ホント言うとあたいもかかわりたくなぁーい』

『じゃあ何で?』

『ファンリンインとティンクルが『変』だから』

いきなり、関係のない名前が出てきてエルは驚いてしまう。

しかし、大和撫子としてはそちらのほうが目的で、ノワールに会ったのは手段を得るためにすぎなかったという。

『データの墓場の話したっけぇー?』

『聞いてない、ていうかあなたも行ったの?』

『ヴェノムに声かけられてぇー、あたいが穴開けた』

『すごい……』

アンスラックスや飛燕ことシロですら、空いている穴を拡張するだけでも一苦労だったのに、大和撫子は自力で勝手にISコアが通れるだけの穴を開けたというのだから、エルが感心するのも当然だろう。

『そんときぃー、中にいたファンリンインを見てぇー、あたいも気になってきた』

『そうなんだ。ヴェノムは前から気にしてるみたいだけど』

『だってぇー、あいつディアマンテを着てたしぃー』

『えっ?』

『ネットワーク上っつっても、ディアマンテを着て戦ってたしぃー』

『ウソ……』と、思わず呟いてしまうほどエルは驚愕していた。

自分たちの常識から考えると、共生進化した人間が他の使徒やASを纏うのは不可能のはずだからだ。

鈴音がディアマンテとやったことは自分たちの常識を覆してしまう。

『どうやって……?』

『ティンクルがぁー、ファンリンインの量子データで外見をコピーしたからできるって言ってたけどぉー』

『だからって、できると思えない……』

『そぉーゆーこと。マオリンとディアマンテは何か隠してるっぽいしぃー』

だから、大和撫子はあの二機を信頼も信用もしていないという。

ヴェノムは独自に調べている様子だが、大和撫子も自分なりに観察しているのだという。

『あんたもアイツらは信用しないほうがいい』

『急にマジにならないで』

『だってマジだし』

さすがにこう言われるとエルとしても、鈴音とティンクル、猫鈴とディアマンテを安易には信用できなくなる。

しかし、性格的には信用も信頼もできる相手なので困ってしまう。

だが、大和撫子は二人と二機を相手に戦う気満々の様子だ。

『カンザシがやっとやる気になったから、アイツらいっぺん叩き潰す』

『やっぱり待っててくれてたんだ?』

『あんなちんけでも一応あたいのパートナーだしぃー』

意外とパートナー想いなところのある大和撫子に、エルはにこっと微笑んでしまう。

それなら、一緒に強くなることを否定はしないだろうと、ちょっとだけ安心する。

『絶対大ゲンカすると思うけど』と、思ったことは内緒だ。

『んで、ノワールのアドレスだっけぇー?』

『あ、うん』

『あいつぅー、自分のアドレスは絶対教えなかったしぃー』

『そう』

『期待してなかったぁー?』

『ノワールは油断ならない相手だから』

もし知っていたら、情報を共有してこちらから攻める態勢を作るように皆に伝えようと思っていただけだったので、知らなかったとしても大和撫子を責める気はない。

だから。

『ありがとう、ナデシコ』

『ふぅーんだ』

そう言って去っていく大和撫子を、エルは微笑ましげに見つめていた。

 

 

 

IS学園内第1アリーナにて。

簪はセシリア、シャルロット、ラウラ、そして箒に対し、事情を説明したうえで特訓の相手を願い出ていた。

「そうだったのか……」

「その、ショックだとは思いますけど」

箒やセシリアの言葉に、簪は首を振る。

原因がどこにあるのかを理解しなければ、特訓の意味がなくなってしまうからだ。

「私は撫子から逃げてた。あんな才能、扱いきれないって思って」

だから、戦闘では大和撫子に投げっ放しにして、簪は引っ張られながら戦っていただけだ。

本気で大和撫子に立ち向かったのは先日の鈴音戦と、そして。

「飛燕が進化したときの、ティンクルの時だけだと思う」

「そうだね。見た目は一緒だけど」

と、シャルロットが苦笑いしながら言うと、簪も笑ってしまう。

実際、鈴音とティンクルは外見は同じなのだから、何だか同じ人間と戦ったような気がしないでもなかった。

「だが、扱いきれないからというのは、撫子を放っておいていい理由にはならないな」と、わりと厳しいラウラ。

「うん、扱えないとしても、一緒に戦う努力をしないことこそ、パートナーに対する裏切りだと思う」

だからか、今でも大和撫子は勝手にどこかに行ってしまって、簪とはほとんど話をしていない。

見捨てられかけているのだと簪は理解していた。

理解していたが、受け入れられなかったのだ。

自分とて、いろんな人の力を借りたとは言っても、進化できたはずだ、と。

「大事なのは進化してからだって、わかろうとしなかった。だから、私は凰さんに完敗したんだと思う」

「最後は相討ちに近いものでは?」

「私の攻撃を全部受け止められたうえで、上回られたのは完敗だと思う」

単純に蓄積したダメージと消費したエネルギー量で相討ちに近かっただけで、もし鈴音が本気で勝ちに来ていたなら、こちらは思うように戦えなかった可能性だってある。

だからこそ。

 

「もう何日もないけど、例の対話までにもう一度戦って、私は勝ちたい」

 

その言葉に嘘がないことは、簪の目を見ればわかる。

恨みなどない。

一番近い表現は憧れかもしれない。

鈴音と猫鈴のようにパートナーと一緒に戦えるようになりたいという憧れだった。

「気持ちはわかった。けど、肝心の大和撫子がいないのでは……」

と、箒が言うようにこの場に大和撫子がいないのでは一緒に戦うどころではない。

『いや、問題なかろう』

「オーステルン?」と、ラウラ。

『カンザシ、試しに追尾砲弾を撃ってみろ。ラウラ、シュランゲを一つ的にしてやってくれ』

オーステルンの言葉に従い、簪は追尾砲弾を撃ち放つ。

ラウラが放ったレーザークロー、シュランゲをしっかりと追尾していた。

だが、これがどういうことだというのだろうか。

『ナデシコが本当に無視していたなら追尾砲弾とて使えるはずがない。この場にいないだけで、お前の戦闘をサポートすることをやめてはいないんだ』

「あ……」

『あの子は才能が大きいから、片手間でもあなたをサポートできちゃうのよ。ここにいないだけであなたを見ていないわけじゃないわ』

『ですから、ヤマトナデシコがここに来たくなるように、まず貴方が機体を使いこなすことが肝要です』

『アレもなかなかの捻くれ者じゃからのう。まずは根気よく特訓を続けるのじゃ、カンザシ』

それぞれのパートナーたちの言葉に簪は自分の不明を恥じる。

大和撫子は才能も大きいが懐も大きいらしい。

その大きさに自分が気づかず、勝手に嫉妬していただけなのだ。

それで、新たに気づいたことがあった。

「そうか、凰さんがあんな言い方で煽ったのは……」

「撫子を呼び出すためだったんだろうね。最初から二人で戦わせるために」

シャルロットの言葉通り、大和撫子がいなければ、簪自身を目覚めさせることができないと鈴音は考えたのだ。

コミュニケーションを取らなくてもサポートしてしまえる大和撫子だけに、普通に戦っただけでは簪のところに来なくなっていることに気づいたのだろう。

だから鈴音は簪ではなく、大和撫子にケンカを売ったのだ。

「ホント、悔しい……」

「でも、勝つんだろう?」

思わず呟いてしまった簪に箒がそう声をかける。

鈴音の掌の上で踊らされていたことが心底から悔しいだけに、簪は箒の言葉に強く肯くのだった。

 

 

 

 

 



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第233話「その日に向けて」

IS学園内、武道場。

簪が大和撫子を展開しての特訓をしてくれるようになったので、今は顔を見たくないだろうと気を使った鈴音は、武道場で訓練をするようにしていた。

「シッ!」

「はぁッ!」

振り下ろされる強力な一刀流を相手に、鈴音は二本の竹刀を用いて必死に凌ぐ。

一夏が憧れるだけあって、その一刀流はやはり強い。

それでも、干将と莫邪を使うための剣舞を身体に覚え込ませるため、鈴音は一夏と誠吾、そして同じ二刀使いとなっている刀奈に剣の訓練をお願いしていた。

「フッ!」と短い気合いと共に繰り出される連撃を鈴音は受け流し続ける。

だが。

「あッ!」

剣の重さを流しきれずに、左手の竹刀を落としてしまう。

そこでいったん休憩となった。

「あちゃ~、手が痺れちゃってる」

「やりすぎたかな」

と、鈴音の愚痴を聞いた誠吾は苦笑いしてしまっていた。

その様子を見て一夏も声をかけてくる。

「せーごにーちゃんの剣を片手で受けるのは俺でも無理だぞ、鈴」

「流してるつもりだったんだけど、ダメージが蓄積して握力がなくなっちゃったわ」

ぷらぷらと手を振りながら、鈴音はそう答える。

とはいえ、十分くらいは受け続けることができたので、長く耐えたほうだと言えるだろう。

「どう頑張ってもダメージをゼロにはできないわね。さらに攻撃するとなると握力はガンガン減っていくわ」

「マオのサポートがあっても?」

『あちしたちの回復は魔法じゃニャいのニャ』

『減った体力をすぐには戻せないのネー』

『地力をつけるしかないんじゃないかなあ?』

と、猫鈴、ワタツミ、そして白虎が意見してくる。

実際、減った体力を一瞬で回復できるとなれば、戦い続けるうえで便利なことこの上ないが、世の中そんなに甘くはなかった。

「打ち合いを続けて地力をつけるしかないだろうね。そうすると剣が安定してくるから」

「安定すると鈴の二刀流ももっと力がつくはずだ」

そう言ってくれる二人の剣士に鈴音は感謝する。

長く打ち合えるように根気よく続けて地力をつけること。

それが一番大事なのだ。

 

「徹夜で頑張れば……」

「「「無茶言うな」」」

 

無理して頑張ろうとする鈴音に近道はないのだと三人が声を揃える。

訓練の相手というよりは、無茶をさせないためのお目付け役に近かった。

 

 

 

何処かの繁華街にて。

一人で缶コーヒーを飲んでいる諒兵の姿があった。

そこに。

「おにいちゃんっ♪」

「チィッ!」

抱きつこうとしてきたまどかを避けようとして、何故かしっかり捕まってしまう。

「おい、避けたぜ?」

「ふぇいんと♪」

戦闘で鍛えてきた技能をスキンシップで遺憾なく発揮するまどかである。

そんな二人の様子を見ながら、くすくすと笑う一人の少女がいた。

外見は鈴音そのままながら、異なる首輪の色と変わった形の鈴をつけている。

つまりティンクルである。

「仲いいわね♪」

「悪いこっちゃねえけど、かなり恥ずかしいんだが」

『まったくです……』と、レオがため息を吐く。

『兄妹仲が良いのは喜ぶべきことだろう?』

『貴方が言うと皮肉にしか聞こえませんね』

ヨルムンガンドの言葉にディアマンテが容赦のないツッコミを入れてくる。

漫才はともかくとして、実は諒兵は千冬の指示でティンクルとまどかに会いに来ていた。

「近くにいいカフェがあるの」

「どういう意味だよ?」

「男の甲斐性見せて♪」

奢ってくれと言わないあたり、まだ気を使ってくれているのかもしれないが、たかる気満々のティンクルにため息が出てしまう諒兵である。

「ま、二人分のケーキ代くらいは出すさ」

「ありがと♪」

「行こっ、おにいちゃんっ♪」

「ああ」

手を引っ張るまどかに逆らうことなく歩き始める。

任務なので仕方ないとは思いながらも、それなりに楽しい諒兵である。

 

美味しいケーキを頬張るまどかを眺めながら、諒兵は困ったような笑顔を見せる。

とはいえ、このままでは単なるデートになってしまうので、千冬からの伝言を二人に伝えた。

いろいろと事情を説明しながらである。

「なるほどねえ、アレ撫子だったのね」

「アレ?」と、まどか。

「お前が鈴を助けてくれたときに戦った人形だ」

「あ、アレっ!」

アレだけで話が伝わるのは楽でいいと諒兵は思う。

それはともかく。

「千冬さんとしては撫子が鈴を襲ったことは問題じゃねえとさ」

「そうね。問題は更識さんと撫子の関係にあるわ」

「そうなのか?」

「撫子が更識さんと一緒にいることを楽しんでいれば、あんなことはしなかったわ。溜まったストレスの解消としてやっちゃったのよ」

ティンクルの説明にまどかは納得した表情を見せる。

実は別の理由もあるのだが、それに関しては大和撫子は口を噤んでおり、少なくとも諒兵は聞いていない。

もっとも話を聞いた人間はいない様子だが。

『一緒にいても楽しめないのでは別の楽しみを探すのは理解できるな』

と、ヨルムンガンドが言う通り、単純に人間関係の問題なのだ。

今、簪はその関係を修復しようと奮闘しているので、この問題自体は解決に向かっていると言ってもいいだろう。

『つまり、問題は例のノワールへの対策ということでしょうか?』

「ああ」

『この場にいる同胞で視認できたのは私だけですが、アレは本当に危険ですから』

だからこそ、この場に来たのは諒兵だったということだ。

正確にはISコアの中でノワールを視認できたレオの存在が必要だったのである。

同じように視認できた白虎と一夏は現在鈴音の訓練に付き合っているので、諒兵に白羽の矢が立ったのである。

「アイツが撫子を選んだのは更識とあんま仲が良くねえからだ。普通に共生進化した俺らんとこにゃ来ねえと思う」

『ふむ。その推測は正しいと言えるだろう。ならばそこまで心配する必要はないのではないかね?』

「けどな、今度のグラジオラスのときにゃあ山ほど人が来るぞ」

既に著名人までもが参加を表明しているのだ。

わざわざ、外国からアメリカに渡っている者もいるほどである。

当日は万単位で人が来るのではないかと言われている。

それだけ人がいれば、当然各国の女性権利団体の人間も参加するだろう。

それが『感染源』になるのではないかと諒兵は話す。

「もしかして、おにいちゃんはノワールがあの連中を増やすと思ってる?」

「……そうか。ISを捕まえるよりもまずやることがあったわ」

肯く諒兵にティンクルとまどかは真剣な表情になる。

諒兵の懸念とは、ISを捕まえることではなく、ISを捕まえられる人間を増やすのではないかということだ。

こっそりと増やしておけば、こちらが気づかない間にISを捕まえてしまう可能性があるのだ。

「けっこうヤバい事態ね」

「グラジオラスは知ってんのか?」

「あの子は人を信じるのよ。悪意があっても、いずれは改心してくれるってね」

そのあたり、厄介な純粋さを持つのがグラジオラスだった。

何もかもを疑うヴィオラの対極にいる使徒だということができる。

「でも、そんな人間ばかりじゃない。ヤな奴は山ほどいる」

「ああ。まどか、当日は俺も一緒にいるけどよ、ほどほどなら暴れていいと思ってる」

「ホントっ?」

「威圧できりゃあちっとは違うんじゃねえかな」

『力を見せつけると憧れが強くなりますから、悪さをしたら怒られるくらいの気持ちを持たせたいんです』

『なるほどな。何としても『ちから』を手に入れるのではなく、正しく力を得ることを多くの人に認識させたいということか』

「そんな感じだ」

諒兵自身、ヤバい人間が増えるのではないかと考えているのだから、司令官である千冬は当然考慮していた。

その場で増えるのは歪な進化をしたAS操縦者ではなく、そうなる前の、いわば卵なのではないか、と。

『推測ですが、ノワールをネットワーク上や極東支部で止めることはできません。セントラル・パークまで来るのに何の障害もないと言えましょう』

『だから、セントラル・パークでノワールが人間の脳に干渉することだけは止めなくちゃならないんです』

そう話すディアマンテとレオに対し、意外な疑問を提示したのはヨルムンガンドだった。

『あの『ちから』はどうやって分け与えられると思うね?』

「んあ?」

『おそらく、ノワールが人間の脳に干渉して発現という形ではないはずだ』

『その根拠は?』とディアマンテ。

『それで増えるのなら、とっくにこの星はそういう『ちから』を持つ者ばかりになっている。君たちの話から推測しているだけだが、ノワールとやらは玩具を欲しがっているのだろう?』

「そうね。あの子は自分が楽しむための玩具を欲しがってると思うわ」

『なら、そこら中にバラ撒いて、その中に玩具があるかどうかを眺めるほうが効率的だよ』

ヨルムンガンドの言う通り、ノワールが自分が楽しむための玩具を欲しがっているのならば、女性権利団体に限る必要はないのだ。

『ちから』を手にした者が壊れる様を眺めたいのなら、極東支部の人間でもかまわなかったはずだ。

そうせずに、女性権利団体の人間を選んだのは。

『ノワールの好みであることともう一つ、効果範囲がだいぶ狭いのではないかと考えられんかね?』

「最初は連中の誰かが『天使の卵』に接近したか、接触したってこと?」と、ティンクル。

『おそらく、だがね。そのときに得た『ちから』を、その人間が同類に分けていったのではないかと思える』

「そうすっと、お前はそこまで心配すんなって言うのか?」

ヨルムンガンドの話を聞く限り、脳への干渉があったとしても、ノワール本体、つまり『天使の卵』から距離が遠ければ『ちから』を分け与えることはできないと考えられる。

一点を除き、ヨルムンガンドは肯定の意を示した。

『無論のこと、ノワールは対話の場を混乱はさせようとするだろう。ただ……』

「ただ、何だヨルム?」

『独占欲を刺激するのも手ではないかと思ってね』

楽しそうに話してくるヨルムンガンドに、三人と二機は疑問符を浮かべてしまう。

『単純なことだ。自分たちの『ちから』を一般大衆に広めていいのかと思わせるのだよ』

「そういうことか。下手に人が集まるところに行くと、自分たちだけの『ちから』じゃなくなるって思わせるんだな?」

『明察だ。件の者たちを見る限り、仲間は必要としているが、その相手を選んでいるふしがある。自分たちと同じ考えを持つ者を選んでいるのではないかね?』

そして、そここそがノワールが権利団体を選んだ理由ではないかとヨルムンガンドは語る。

『自分の『ちから』に固執する者であること、だと私は思うがね』

だが、面白い意見だとティンクル、まどか、そして諒兵は思う。

権利団体の人間たちの目的はISを捕まえて『ちから』を得ることだ。

来るのが人間で、しかも自分たちの『ちから』を不特定多数の人間が手に入れてしまうとなると、来たいと思わなくなる可能性はある。

「とりあえず、今の話は千冬さんに伝えとく」

「お願いね」

余計な労力を割かないで済むのであれば、それに越したことはない。

権利団体の人間たちを抑えるのではなく、来ないように仕向けるというのはその点でよいアイデアだと言える。

「それでアイツを抑えられるなんて思わねえけど、余計な連中が来なきゃ楽になるしな」

『だいぶ助けになりますよ』

どことなくホッとした様子のレオの言葉に一同は共感する。

実はこういう場合、数で押されるのが一番大変なのだ。

細かい邪魔に対処していくと、体力以上に精神が疲労していくのである。

敵対するものをノワールだけに絞ることができるのならば、それは確かに助けだと言えた。

 

 

 

某国、某所にて。

「行くべきじゃない?」

訝しげな表情でモニターを見つめる女性に対し、画面の向こうの少女は悲しそうな顔を見せる。

[変ナ人ニ近付カレルト『ちから』ヲウツシチャウノ。ゴメンナサイ]

「そうなのね。仲間はいいけど、他人に『ちから』を渡す理由はないわ」

[ダカラ、アノ女神像ノ集マリニハ行カナイ方ガイイヨ]

「来るのがあのいけ好かない使徒だけなら行く必要はないけど……」

覚醒ISを連れて降りてくる可能性があるのなら、それはチャンスなのだ。

仲間を潜り込ませれば、進化できる可能性もある。

だが。

[アノ女神像は気持チ悪イオ兄チャンタチヲ呼ンダンデショ?]

「そうらしいわ。あんな連中を呼ぶなんて、本当にいけ好かない」

その女性にとって、ノワールが『気持チ悪イ』という相手、つまり一夏と諒兵はもっとも目障りな男性ということができるのだろう。

勝手にISに乗ったばかりか、勝手に進化までしたのだから。

しかも一時期は英雄扱いされていた。

馬鹿な女たちは、そんな二人に媚びを売ろうとまでしていたのだ。

本当に腹立たしいと思う。

[ダカラ行カナイ方ガイイヨ]

「そんなに心配してくれるの、ノワール?」

[私ハオ姉チャンタチダカラ『ちから』ヲ分ケテアゲタンダヨ?知ラナイ人ニ使ワレルノハ嫌ダヨ]

「ああ、本当にあなたはいい子ね、ノワール」

自分たちに『ちから』を分け与えてくれた少女の言葉にその女性は興奮を覚える。

本物の天使に選ばれたのは自分たちなのだと。

選ばれるべき自分たちを正しく選んでくれたノワールこそ、訳の分からない女神像や、融通が利かない紅い天使とは比べ物にならない本物の天使なのだと。

[アノ女神像ガ何ヲ話スノカハ知ッテオキタイカラ、誰カ一人クライ見ニ行ッテクレルト嬉シイケド、無茶ハシナイデ]

「アメリカの連中に伝えておけば、誰か偵察に行かせると思うわ」

単に聞くだけであれば、捕まるようなヘマはしないだろう。

万が一を考えて行かせるのはASを手に入れた者がいいはずだ。

[ソウダネ、ソレナラ私ニモ見エルカラ]

端末を介さないと話もできないから寂しいというノワールに、その女性は自分たちがノワールを『助けられる』と思い、さらに興奮を覚える。

まるで、神の使いにでもなったような気分だった。

「あなたが『生まれて』来れるように、私たちが助けてあげるわ、ノワール」

「アリガトウッ、オ姉チャンッ♪」

この天使が、この世に正しく誕生したとき、自分たちの目の前にどれほど素晴らしい世界が広がるのだろう。

モニターを見つめる者たちは、その期待で胸を膨らませていた。

 

 

 

 

 



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第234話「使徒から生まれたと称する者」

ケーキを食べ終わったまどかがメニューのパフェと睨めっこしているので、諒兵が苦笑いしながら「頼んでいいぞ」と言うと、まどかは嬉しそうに注文していた。

それはさておき。

『次はノワール対策でしょうか?』

「そうだな。ティンクル」

「何?」

「大雑把な位置は掴めてんだろ?」

ほぼ確信しているような表情で諒兵が問いかけると、ティンクルは素直に肯いた。

先のスコールとの接触でかなり絞り込めているのだ。

そして、この点に関してIS学園に隠す必要はない。

「たぶん日本、首都圏にあると思うわ」

「ずいぶん近えな」と、諒兵は少なからず驚いた。

「だから、一緒にいろいろな場所を探してるけど、どうしても途中で切れちゃう」

まどかがすまなそうにそう答えるが、別に責める気はない諒兵である。

一筋縄でいく相手ではないことはIS学園でも理解しているので、見つけられないからと言って文句を言う必要はないと千冬も言っていたのだ。

「まあ、でもそれでわかった」

「なにが?」とまどか。

「ノワールの干渉ってやつに距離は関係ねえってことだ」

以前、諒兵たちがノワールの姿を見たときは、スペインにいたのだ。

ティンクルの言葉が確かであるなら、本体である『天使の卵』がある場所から相当に距離がある。

『距離に関係なく人間の脳に干渉できるとしますと、影響力が大きすぎる気が致しますが……』

「実際大きいんじゃないかな?」とまどか。

『いや、あのときノワールの姿を見た人間には共通点があるぞ』と、ヨルムンガンドが否定してくる。

「共通点?」とティンクル。

『全員、AS操縦者であったということだ』

それは意外な言葉ではあったが、確かに納得できるものでもあった。

見えていた人間が全員ASを纏っていたのは確かだからだ。

『推測だが、ネットワークを活用していたのではないかと思える』

つまり、ノワールはあのとき諒兵たちの目の前に現れたのではない。

ネットワークから送り込まれた信号を受信した諒兵たち自身が、目の前にノワールの姿を結像したのではないかとヨルムンガンドは言いたいのだ。

「だがよ、コア・ネットワークから信号を送ってたなら、お前たちには見えなかったとしても、反応はわかったんじゃねえのか?」

『確かにその通りだが、ネットワークはもう一つあるぞ、ヒノリョウヘイ』

その言葉でピンと来たのはティンクルだった。

 

「BSネットワークのほうだわ」

 

「なんだそれ?」と、そのあたり興味がないまどかが首を傾げる。

「確か、弾とエルのほうのネットワークだっけか?」

弾とエルの進化は、通常の進化とは異なる。

ISコアのみが人間の身体に入り込んでしまったという一種の寄生だからだ。

そのため、ASとは人間とISのつながり方が違う。

『なるほど。リョウヘイ、『天使の卵』は人間とISが融合している存在。当然脳も融合しているはずです』と、レオ。

『そうだ。岩戸の君のISコアはそのパートナーの脳に直結している。同じことが『卵』にも起きていると考えるべきだ』

確実ではないが可能性は高いとヨルムンガンドは語る。

同じネットワーク上にいないからこそ、普通のASでは見つけられないのではないか、と。

「BSネットワークのほうはディアにもわかりにくいんでしょ?」

『IS学園でアドレスを公開しているエルはともかく、他の方々の居場所は判然としません』

ティンクルの問いかけに素直に答えるディアマンテ。

だが、それはヨルムンガンドやレオも同じだった。

『確かに、以前探したときエルのアドレスは見つけにくかったですね。テンロウもたまたま見つけただけみたいですし』

実は見つかったのも、天狼がもともと弾自身を諒兵の親友の一人として知っていたからだ。

そのため、それ以外のエルの同類は見つけられていないらしい。

ISコアに寄生されていることに気づいていない人間のほうが遥かに多いはずだとレオは説明する。

「そうなると弾とエルに頼んで探してもらうしかねえか」

『安易に『卵』に近づくのは危険だと進言します』

「そりゃわかってる」

実際、弾はエルのことを大事にしているので、無理をさせる気はない。

ただ、BSネットワークを探しやすくすることは必要だろう。

この点はやはり束に頼るしかなくなるが。

「とりあえずこれも伝えとかねえとな」

「おにいちゃん、覚えきれるの?」

『私がしっかり記憶してます』

「待てコラ」

意外に辛口な評価をしてくるまどかにすかさず答えるレオに、諒兵は思わず突っ込んでしまっていた。

 

 

 

一方、IS学園にて。

「ぶぇっくしっ!」

弾が盛大にくしゃみをしていた。

特に調子が悪いわけでもないのに何故だろうと首を捻る。

『にぃに、風邪?』

「いや、別に調子は悪くねーよ」

「学園に籠ってると季節感忘れるよね~」

「時期的にはもう冬のはずなんだがな」

本音がほわほわと笑い、数馬が苦笑いしていた。。

弾は今日は数馬と共に整備室の片付けの手伝いをしていた。

データ整理などもあるので、特に数馬の手伝いはありがたいのだ。

別に弾も冷やかしに来ているわけではないのだが。

「んで、撫子のほうにはやる気はあるんだな?」

『そう思う。でも、すぐじゃない』

『まあ、今までが今までだからな。あっさり力を貸してはカンザシの意識改革にならん』

簪が機体を使いこなせるように努力を続けていけば、いずれは顔を見せるようになるとエルは説明する。

数馬が納得したように肯いた。

「大和撫子は才能だけであれだけ戦える。そうなると操縦者側のほうの努力が重要になるんだな」

『そういうことだ』

「簪ちゃんもすげーのと組んじまったなあ」

「運命的なものもあるんだと思うね~」

実際、打鉄弐式の制作が決まったときは、ISコアがこれほど個性豊かであるとは誰も考えていなかったのだ。

シルバリオ・ゴスペルが起こした離反によって、その多様な個性が顕在化されてしまっただけで。

『自分の機体のISコアなんて、気にする人いなかった』

「そうだね~」

ISコアそれ自体が宝物のようなものだったのだ。

世界に467個しかないと言われていたISコアは、いわば同じ宝石の山みたいなものと捉えられていた。

しかし、実際にはルビーやサファイア、エメラルド、ダイヤモンドとそれぞれ違ったもので、さらに性格まであった。

その性格、すなわち個性があることを知らない人間たちが、どのISコアを選ぶべきかなどわかるはずもない。

『だから、それが知られるようになったのはいいことだと思う』

『確かにな。先のチフユのインタビューも多くの人がISコアに個性があることを知ることになった』

「変革が始まったのかもしれないな」と、数馬が呟く。

まだ小さな変化かもしれないが、これが大きな変革へとつながっていくのであれば、人類の未来は変わるといってもいいかもしれない。

否、最前線にいる者として、そうであってほしいと願わずにはいられなかった。

もう一つ聞くべきこととして数馬が尋ねる。

「それで、ノワールの場所の件は?」

『わからない。自分のアドレスは教えなかったって』

知られているとはいえ、隠さずに話してくれたことには感謝したいとエルは語る。

ノワールと接触したことをとぼける可能性もあったからだ。

おそらく、ノワールと接触したことは大和撫子にとってはそこまで大した問題ではないのだろう。

「向こうも~、分身か何か使った可能性は~?」

『ゼロじゃないと思う。いずれにしても自分の場所を明かす気はなかったみたい』

「警戒してんだな」

と、少しばかり落胆しているエルの言葉に弾もため息を吐く。

存在しているのは確かだが、尻尾を掴ませない。

確実に居所を知っているだろう権利団体とIS学園の関係は現状最悪と言っていいし、極東支部もその所在地はまだ不明だ。

『地道に探していくしかなかろう。今日、リョウヘイがティンクルたちから何か有益な情報を貰ってくればいいのだが』

アゼルの言葉からその名が出て、弾、そして数馬が微妙な表情を見せる。

『どうした?』とアゼルが尋ねるが数馬はさらに弾に問いかけた。

「弾、ティンクルはディアマンテから生まれたという話だったな?」

「らしい。直接見たのは、鈴とラウラ、セシリアさんにシャルちゃんか。だよな本音ちゃん」

「そうだよ~、どうしたの~?」

「人間らしすぎる気がしてな」

「お前もか」

数馬の言葉に弾も共感している様子だった。

「あいつは敵なのか味方なのかもはっきりしねーし、鈴に似すぎてて何か困るんだよな」

「それもそうだが、あそこまで人間臭いと別の点から考えても大問題なんじゃないか?」

大問題。

数馬がそうまで言うとなると、ティンクルの存在は何かしらの危険性を孕んでいるのではないかと思える。

ただ、数馬としては敵対すると言った意味で問題だと捉えているわけではないらしい。

「最初に聞いたが、彼女はディアマンテから生まれたんだろう?」

「そうだよ~、映像も残ってるよ~」

「それなのに、あそこまで人間らしい。映像を見たがスマラカタやツクヨミは外見は人間に近くても、やはり使徒だとわかるんだ」

『そうだな。外見を似せたところで本質は我々と同じ。ISコアが進化した存在だ』

根本が違うので、スマラカタやツクヨミが人間に混じっていても、やはり違和感が出てしまうのだとアゼルは説明する。

わかりやすく言えば、行動が極端になるのだ。

情報の集合体とは、言い換えればアーティフィシャル・インテリジェンス、つまりAIに近い。

どれほどファジーに表現できるように作り上げたとしても、根本は0と1で考える。

ゆえに思考の根本は極端になってしまう。

しかし、ティンクルは違う。

何処か人間らしい曖昧さがあるのだ。

「人間そのものだと言い換えてもいいな」

「確かに、ちょっと話してみたときも、なんか友だち感覚っていうか……」

「一緒に授業受けてても違和感ない感じだね~」

弾や本音の言う通り、ティンクルと話しているときだけは、使徒を相手にしている感じがしないのだ。

ディアマンテから生まれたというにもかかわらず。

それこそが問題だと数馬は指摘する。

 

「ティンクルを見ていると、使徒が『人間』を生み出したということができてしまわないか?」

 

その一言で、本音にはティンクルという存在の危険性が理解できた。

有り得ないというよりも、有ってはいけないことだからだ。

ある意味では、『天使の卵』以上に、自分たちが知る常識や進化論を覆してしまう。

『ああ。ティンクルはあまりに自然に溶け込んできたので考えが及ばなかったな。だが、その通りだカズマ。ディアマンテにそんな機能があるとしたら大問題だぞ』

「そんなの~、もう使徒じゃないよ~」

アゼルや本音の言う通り、あまりに人間らしいティンクルをディアマンテが生み出したというのであれば、それは天使どころか神の御業と言ってもいい。

他の使徒など問題にならないほどの大問題だった。

使徒が人間を生み出せるというのであれば、ISコアがパートナーを探す必要がなくなってしまう上に、その事実はこれまでのASや使徒の存在を否定してしまうからだ。

 

『新しい人類と新種のISコア……』

 

と、エルが呆然と呟くと数馬は肯いた。

「そうだエル。ティンクルとディアマンテはそういう存在ではないかと考えることができてしまうんだ」

「おいカズマ、この話ヤバいんじゃねーか?」

「ああ。だからこの話はこの場だけのことにしておいてくれ。学園内でも他の人には決して漏らすな」

数馬は弾だけではなく本音やアゼルにエルにも口止めする。

直近にグラジオラスとの対話が来る以上、この話を広めることは危険すぎるのである。

今はただ、三人と二機の胸に仕舞っておこうと数馬が言うと、その場にいた全員が肯くのだった。

 

 

 

某国、某所。

亡国機業極東支部『零研』にて。

篝火ヒカルノのことデイライトは、フェレスが受け取ってきた丈太郎と束の見解の資料に目を通していた。

その場にはスコールやフェレスもいる。

各研究員には資料を配付し、その後会議をする予定なのだが、フェレスはともかくスコールは研究開発は門外漢なので、デイライトが資料を読んでどう思うのかのほうに興味があった。

「なるほど、『拒絶』か。うまく例えたものだ」

資料の中で目を引いたのがその文言だった。

簡単に言えば、相手を拒むというだけのことなのだが、ISの進化においては異なる意味合いを持っているらしい。

「どういうことなのかしら?」

「ISコアの進化における『拒絶』とは、意識、もしくは心の断絶を意味するようだ」

『心の断絶、ですか?』

「そうだ。そもそも単独で進化できたアンスラックスはともかく、他のISコアの進化には人の心の情報が必要ということは知っているな?」

肯くスコールとフェレスにデイライトは改めて解説する。

ISの進化は、基本的には共感した人の心の情報を読み取って起こるものだ。

この点は、以前丈太郎がIS学園の生徒たちにも話している。

共生進化は当然として、独立進化や、『天使の卵』の融合進化でも同様だ。

そのため、多少なりと進化させた人の心の影響がISコアにも出ることになる。

単純に言えば『似てくる』ということだろうか。

白虎やレオを例に挙げると、一夏や諒兵の心に二機の心が似てきているのだ。

それは言い方を変えると。

「人の心を受け入れたということができるな」

「なるほどね」

ISコアが人の心の情報を受け入れた。

結果として進化には人が持つ獣性が色濃く表れることになる。

『そうすると、『分離』するためには、受け入れた人の心の情報を削除する必要があるということでしょうか?』

「そうだフェレス。これはISコア側の問題になるが、自分が受け入れた相手の心の情報を削除することが必要になる。これが『拒絶』だ」

ISコアに宿った電気エネルギー体は、その情報を検索して削除することで、少なくとも自分の心から相手の心の情報を消去することができる。

それをするかしないかはともかくとして、特に共生進化の場合、『拒絶』しないといつまでもその相手に縛られてしまうのだという。

「こういうところに人間との違いが出るな」

『すみません……』

「いや、興味深いと言っているんだ。人間にこういう機能はないが、あれば救いになるような境遇の人間もいるだろう」

辛い記憶、忘れたい記憶なんてものは山ほどある話だ。

人の心から情報を削除することは不可能だ。

忘れたつもりでも心のどこかに記憶として残るものだからだ。

「そうね……」

と、スコールが一瞬寂しげな表情を見せるが、すぐにいつもの顔に戻る。

そのあたり、まったく関心がないデイライトは話を続けた。

「余談はともかくとして、『分離』するためにはまずISコアが『拒絶』しなければならん。そのために囚われているISコアを解放することが必要らしい」

「場所はわかるのかしら?」

「それはIS学園が既に発見しているようだ。なかなかやるじゃないか」

こちらでやってもいいのだが、既に発見しているというのであればIS学園に任せてもいいとデイライトは判断していた。

ならば零研としては『分離』のために次の段階を考える必要がある。

「ISコア側に関しては状況が進まなければならんな。今度は操縦者側だ」

「もしかして、互いが『分離』に同意することが必要ということかしら?」

『そうなりますと、難易度が一気に上がりますね』

フェレスの言う通りだった。

操縦者側に『分離』に同意させるとなると、権利団体のAS操縦者たちは決して首を縦には振らないだろう。

手に入れた『ちから』を奪われるとなれば、それこそ頑迷に拒絶するとすら考えられる。

「だが、囚われたISコアが解放されれば、おそらく連中は自由に動くことはできなくなる。それを嫌う人間もいるとは思うのだが?」

「まあ、それは言えるけれど……」

それでも『ちから』を手放さない人間もいるはずだとスコールは意見する。

実際、それも理解できるのでデイライトも反論はしない。

そうなると、『外側』から剥ぎ取るしかなくなるのだ。

「これにはおそらく使徒の協力が不可欠だ。操縦者つまり人間側の心を超えなければ、ISの解放は成せん」

使徒と限定したが、おそらくはASでも可能だろう。

条件としては既に進化しているという点になる。

つまり進化しているISの力でなければ解放は難しい。

それも、一機二機の話ではないとデイライトは考えを述べる。

「そうだな。スマラカタたちに相談してみよう。ウパラなら協力してくれるかもしれん」

『そうですね。ウパラさんは先の進化に嫌悪感をお持ちですから、『分離』に協力してくれると思います』

ならばということでフェレスはスマラカタたちを呼びに行く。

なお、ネットワークで呼びかければいい話なのだが、気分的に走っていくほうが研究者の助手らしいと感じていた。

意外と人間臭いフェレスである。

 

そのように、IS学園でも、零研でも、互いの思惑は違えど、権利団体のASを解放するために研究と考察を重ねていた。

 

 

 

 

 



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第235話「はぷにんぐ・りっぷす」

日本国山梨県、河口湖町と鳴沢村を跨る森。

すなわち青木ヶ原樹海、高度四千メートルにて。

「準備はいいか?」

「うんっ!」

「おっけーっ!」

それぞれ鎧を展開した、諒兵、まどか、そしてティンクルはちょうどニ対一になるような形で対峙していた。

実はそれほど大した理由があるわけではない。

グラジオラスとの対話のとき、一緒に警護をすることになるので、ティンクルとまどかの戦闘スタイルをIS学園側でもある程度把握しておきたいのだ。

まどかはともかくティンクルはさすが奥の手は決して見せないだろうが、ある程度は戦闘スタイルを把握しておかないと、いざ戦闘となったときにお互いを邪魔してしまう可能性があるのだ。

「今回は戦いたくはねえけどな。けど、千冬さんも備えはしておけってさ」

「私は合わせられる自信あるわよ?」

「私も大丈夫だけど……」

「いや、うちの連中のほうがそうはいかねえんだよ」

元々はIS競技者を育てる学校であるIS学園は、実戦とは言ってもあくまで競技としてのISバトルしか教えられない。

千冬は才能ゆえに別格としても、他の教員たちは軍人として戦闘ができるように教えることができないのだ。

なので、生徒たちも一部というかラウラを除いて、軍人としての戦闘は教えられていない。

実のところ、IS学園はAS操縦者たちを無理やり実戦に送り出しているのだ。

なので、少年兵として育てられたまどかや、戦闘用疑似人格として作られたというティンクルと一緒に戦うとなると息が合わない可能性が高いのである。

「諒兵なら合わせられると思うんだけど……」

「どうだかな。俺がやってきたのはケンカだし、まともな訓練なんて受けてねえよ」

『彼の心配は当然だと思うがね』

「ヨルム?」

その言葉を肯定したのはヨルムンガンドだった。

まどかが首を捻ると、ヨルムンガンドは丁寧に解説してくる。

『正しく戦闘訓練を受けてきた者と、そうでない者が一緒に戦うとなれば息を合わせるのは大変だ。予想外の動きにストレスが溜まるぞ』

『ヒノリョウヘイはマドカ、あなたに負担がかかるのを心配してるのでしょう』

「えっ?」

ふう、と諒兵は仕方なさそうにため息を吐く。

あまりこれは言いたくなかったらしい。

「余計なストレス抱えたら、お前だって疲れるだろ。俺一人なら何とか合わせるけど、当日はそうはいかねえんだ」

だから、前もってまどかの戦闘スタイルを学園の者たちに学ばせておきたいのである。

鈴音は、以前まどかと直接戦ったことがあるので何とか合わせられるだろう。

しかし、サフィルス戦で他の生徒たちと共闘したとは言っても、まどかはシアノスと一騎討ちしていたので共闘とは言い切れないのだ。

「わかった。ありがとう、おにいちゃん」

と、自分を想ってくれていることに素直に喜ぶまどかである。

対して、自分はどうなのだろうとティンクルが尋ねかける、と。

「お前は大丈夫だろ?」

「えぇー、心配してくれないの?」

「何となくだけど、気にする必要ねえと思ってる」

「ひどっ」と、ティンクルはわかりやすく頬を膨らませるが、何故か本気で怒っているようには見えなかった。

 

なので。

「シッ!」

「フッ!」

短い気合いと共に振り下ろされるティルフィングを諒兵は難なく受け止める。

その手にはレーザークローである獅子吼が両方一本ずつ。

両肩には二本ずつ計四本のレーザークローで設定した仮の腕。

さらに。

「チィッ!」

両足の獅子吼は自分を守るためのために四本を盾として設定し、残る二本は銀の鐘を使って砲弾を放ってくるティンクルを追うビットとして動かしていた。

「ホント器用ね諒兵ッ!」

「こんくれえなら、レオのサポートがありゃあ何とかできる」

とは言うものの、レオのサポートがなければ戦いながらビットを動かすくらいが限界だ。

獅子吼を単なるレーザークローとして使うのではもったいない。

どんな使い方ができるかは常に考えており、それを実戦で試すためにティンクルとまどかを同時に相手にすることにしたのである。

『恐ろしく高度なマルチタスクだな』

『これは見事な分割思考と言えましょう』

と、ヨルムンガンドやディアマンテも称賛する。

実際、模擬戦とはいえ、ティンクルとまどかを相手にここまで戦えるだけでかなり高度なことをやっていると言ってもいいだろう。

『半分は私が手伝ってますから』

『残る半分でも十分に高度だよ』

レオの言葉に呆れた様子のヨルムンガンドである。

一夏が一を極める剣士だとするなら、諒兵は十を操る戦士という表現が一番近いだろう。

戦闘において手札を増やしていくのが諒兵の戦い方である。

そうなると、前衛と遊撃支援で戦うのは悪手だとティンクルは判断した。

距離が空いていれば捌きやすいからだ。

「そう来るかよ」

「接近戦でも合わせられる自信はあるわよ」

冷艶鋸を発現したティンクルは、ティルフィングを振るうまどかの邪魔にならないように間合いを取りつつ、諒兵に接近戦を仕掛けてきた。

自信があるという言葉に嘘はないらしく、まどかの攻撃とうまく合わせて諒兵に息を吐く暇を与えない。

このままではジリ貧になると感じた諒兵は、獅子吼を両手両足に戻すと、各党で二人の攻撃に応じる。

「おにいちゃんっ、足癖悪いっ!」

「勘弁してくれっ、手技じゃ足りねえんだよっ!」

剣を相手に足でも対応してくるので、確かに剣士として成長しているまどかが不満を漏らすのも当然だろう。

もっとも如何に器用な諒兵とて、ティンクルとまどかの二人が接近戦を挑んでくれば、他に意識を割くのは難しいということでもあるのだ。

「それだけじゃないわよっ!」

そう叫んだティンクルは、冷艶鋸を消すと中国剣を発現する。

形状はいわゆる青龍刀のような刀ではなく、西洋剣に近いまっすぐな剣だ。

両手持ちで突き入れてくるその刺突を諒兵が避けると、ティンクルは左手のみで斬り払ってくる。

だが。

「何ッ?」

左手に握られていたはずの中国剣が右手にも握られており、左手の斬り払いを応用に右手でも斬り払ってくる。

諒兵は、すぐさま獅子吼を操って右手の斬り払いを弾いた。

「二刀流だと?」

と、諒兵が訝し気に問いかける。

さすがに驚いたのか、まどかもいったん手を止めた。

「双剣よ。雌雄一対の剣ってやつ♪」

この名で有名なのは三国志の英雄、劉備玄徳だろう。

彼が持っていた武器が『雌雄一対の剣』という。

中国における双剣は非常に特殊な形状をしている。

一本の鞘に二本の剣が収まるようになっており、そのため通常の剣を縦に真っ二つにしたような形状をしていた。

一見すると一本の直剣にしか見えないので、不意を突かれやすいのだ。

さらに。

「これはそんなに強度はないけど……」

そう言って斬りかかってきたティンクルの剣を諒兵が弾こうとすると、その刃はまるで柳のように曲がった。

「何ッ?」

鈴音が持つ干将と莫邪が硬く武骨なのに対し、ティンクルが持つ雌雄一対の剣は柔らかく繊細なのである。

「軟らかく、しなるように作ったのよ♪」

ニッと笑うティンクルに諒兵も笑い返す。

驚かされてしまったが、こういう驚きはむしろ歓迎したいからだ。

「柔らかい剣とか初めて見たぜッ!」

「驚いてくれて嬉しいわっ、まどかっ、合わせるからっ!」

「わかったっ!」

まどかの斬撃に合わせて、ティンクルが刺突を突き入れてくる。

その動きは京劇の舞に近い。

そこで思い出した。

箒が飛燕と進化に至ったとき、簪と戦ったティンクルの動きは京劇の舞の様であったことを。

あのとき、鈴音はまだ訓練すらできなかったのだから、この動きはティンクルのほうが先に習得していたのだ。

もともと鈴音の量子データをコピーして外見を作ったという話を聞いていたので、何となく鈴音のほうが先だと考えていたが、実際には異なることに奇妙な違和感を抱く。

今はそんなことを気にしている場合ではないのだが。

実際、まどかの西洋剣術と、ティンクルの双剣術は意外にうまくかみ合っているので、なかなか反撃に転じることができず、厳しくなってきていた。

それでも、ティンクルとまどかの二人の剣術は微妙に息が合わない部分はあっても、間近で見ていてなかなか美しいと感じる舞の様で、諒兵はこの状況を楽しんでいた。

 

 

 

IS学園にて。

鈴音は今度は一夏を相手に訓練を行っていた。

同じ一刀流でも、誠吾と一夏では攻撃がだいぶ変わってくる。

その違いに自分が対応できるよう、経験を積むことで二刀流を鍛え上げることを目的としていた。

「はァッ!」

「セィッ!」

左脇腹を狙って右手で斬り上げる動きから、回るように左手でも斬り上げる。

一撃ではなく連撃、そして弾かれたときは反転。

それはコマのようにくるくると回る動きになっている。

一撃では一夏の剣の重さに敵わない以上、手数を増やしていくことを鈴音は否定していない。

だが、両手で異なる動きができるほど習熟はしていないので、今は回る動きで常に連撃になるように舞うことを意識していた。

「よく動くッ!」

「どーもッ!」

実際、言葉通り一夏は感心していた。

とにかく動きを止めず、ひたすら舞い続け、その舞で竹刀を振り抜いてくる。

舞が途切れない限り攻撃が続くので、こちらが反撃に転じる隙がなかなか見つからない。

「厄介だな」と、一夏は呟く。

『すごく頑張ってるね』

という白虎の言葉通り、鈴音がこの二刀流の舞を完成させようと必死になっていることが凄く理解できる。

ただし、この攻撃方法の欠点は既に見つけていた。

「セリャァッ!」

「くッ!」

一撃の重さがそれほどでもないために、一夏の剣ならば一撃で鈴音の舞を止めることができる。

鈴音はそれを理解しているからこそ、舞が止まらないようにしているのだが、さすがに一夏に本気で剣を振られると受け止めきれないのだ。

(受けるなっ、流さないとっ!)

『手首を柔らかく使って剣を回すのニャっ!』

猫鈴のアドバイスに従い、できるだけ力を抜く。

しっかりと握って剣を振るための舞ではない。

舞の先に攻撃があるのだから、まず剣が滑らかに動くようにある程度力を抜かなければならない。

一撃の力で劣るのならば、連撃で少しずつダメージを与えていく。

そのために覚えた二刀流だ。

箒の剣舞のように見る者を見惚れさせるほど美しく、断ち切られない流れを作り上げる。

箒が聞いたら驚きそうだが、鈴音は箒の剣術に憧れていた。

目指すべき理想的な剣舞だと思っている。

まあ、信じてもらえないだろうから、箒に打ち明けるつもりはないが。

ゆえに、極限の集中力をもって、強力な一撃を放ってくる一夏を相手に舞い続けるのだ。

流れる落ちる汗にも気づかずに、鈴音は舞い続けていた。

 

 

 

ゆえにその悲劇は、異なる場所で同時に起こった。

 

むちゅ♪

 

という、おかしな擬音が聞こえてきたかと思うと、目の前に、近いどころか近すぎる、密着していると言っていいくらいの距離で、ツインテールの可愛らしい少女の顔がある。

驚愕に見開かれたその目が潤んでいる。

しかも、みるみるうちに可愛らしい顔が真っ赤に染まっていく。

それでも、この場から動くことが彼らにはできなかった。

その柔らかい感触にちょっとした感動すら覚えていたからだ。

直後。

 

「「きゃあああああああああああああああああああっ!」」

 

異なる場所で響いた二人の少女の悲鳴と、脱兎のごとく逃げ出す姿に彼らは呆然としているだけだった。

 

 

 

青木ヶ原樹海上空。

とんでもない勢いですっ飛んでいったティンクルの姿を諒兵は呆然と眺めていた。

誰かの声が聞こえてくる。

『怒らないのかね、マドカ?』

「びっくりした」

と、まどかはヨルムンガンドの問いにそう答える。

ティンクルの意外過ぎる反応で完全に毒気を抜かれてしまったらしく、今起きた悲劇を怒る気にもなれないらしい。

「えっと、おにいちゃん、大丈夫?」

「あ、ああ。いや……身体は問題ねえ」

『いや、メンタル的な問題な気がするのだがね?』

「つうか、柔らかかった……」

唇には生々しいほど感触が残ってしまっている。

はっきり言って初めてのことなので、どう反応していいのか理解が追い付かないのだ。

『む、マドカ。ディアマンテから通信が入っている』

「直接聞けるか?」

と、まどかが聞くが、うまく通信がつながらないというか、つなげるのに一苦労しているらしく、ヨルムンガンドが通訳してきた。

『ティンクルが暴走中なので、今日の模擬戦はここまで。あとできればティンクルのケアをまどかにお願いしたいとのことだ』

「けあ?」

『傍にいてやってくれということだろう。ヒノリョウヘイ、君は今は来られると困るそうだ』

「何でだ?」

『ティンクルの暴走が止まらなくなる可能性が高いそうだ』

なるほどとヨルムンガンドの説明を、珍しく素直に聞く諒兵である。

わりと諒兵もメンタル的に混乱中なので、ケアしてくれと言われても困るので助かっていた。

『では、行こうマドカ。さすがに少し心配だ』

「わかった。またね、おにいちゃんっ♪」

「あ、ああ」

『あと、折檻だけは覚悟しておくといい』

「へっ?」

去り際にそう言ったヨルムンガンドの真意を、諒兵はすぐに思い知る。

「みぎゃぁぁああぁぁああぁッ!」

『ぼーっとしてないで帰りますよッ、帰ったらお説教ですッ!』

かなりガチで怒っているレオに凄まじい電撃を浴びせられる諒兵だった。

 

 

一方、IS学園内武道場にて。

扉を破壊する勢いで走って行った鈴音を一夏は呆然と眺めていた。

何が起きたのか理解が追い付かない。

「だ、大丈夫かい、一夏君?」

「痛くない」

「いや、痛かったらおかしいのよ?」

刀が呆れ顔でそう言ってくる。

ぶつかりかたによってはわりと痛かったりするのだが、ここでは伏せておこう。

実際、一夏は痛みは感じなかった。

生々しいほどに柔らかい感触が唇に残っていることは理解できるのだが。

『ボイルしたオクトパスみたいに真っ赤になってたのネー……』

ゆでだこと言いたいらしいワタツミである。

訓練は竹刀でやるため立てかけられていたのだが、ちゃんと状況は見えていた。

「えっと、俺、何した?」

「言いにくいことを聞いてくるね……」

大人とはいえ、否、大人だからこそ、誠吾はストレートには言えなかった。

如何せん、鈴音の気持ちを考えると口に出すのは憚られる。

「わかってるんでしょ?」

確かに刀奈の言う通り、どういうことになったのかという状況は理解できている。

ただ、その意味が一夏の頭では理解できないのだ。

『こういうときは犬に噛まれたと思うといいって言うよ?』

『それはどちらかというとリンに言うべき慰めネー』

わりととんちんかんなアドバイスをしてくる白虎に、ワタツミがツッコミを入れていた。

 

 

 

 

 



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第236話「恋愛ぽんこつ娘たち」

鈴音が一夏と、ティンクルが諒兵と、身体の一部がぶつかってしまった日の、その翌日。

IS学園内に設えられた法廷にて。

カンカンと木槌の音が響き「静粛に」と厳かな声が聞こえてくる。

「検察官、被告人の罪状を述べてください」

「事故を装った、婦女子への接触行為、いわゆる痴漢です」

 

「「事故だっつってんだろっ!」」

 

「弁護人、意見はありますか?」

「状況映像をご覧ください。被告人両名は共に被害者たちと訓練をしているのですが、片方は被害者が汗で足を滑らせています」

「よろけた程度であのような接触が起こるものでしょうか?」

「検察官、意見ある場合は挙手願います。弁護人、続けてください」

「はい。片方はもう一人、合わせて三人で訓練していたのですが、その第三者にぶつかり、被害者が押されています」

「裁判長」

「意見を認めます」

「押されたタイミングで偶然接触するというのは確率的にあり得ません。故意に動いたと考えるほうが自然です」

 

「「狙って動けるわけないだろっ!」」

 

「被害者たちは現在引き籠ってしまっています。被告人両名が強引に事に及んだことで相手に対して抱いていた信頼を傷つけられてしまった可能性が高いと考えられます」

「弁護人、意見はありますか?」

「傷ついたという点においては、検察官の言葉も否定できません。ただし、被害者は現在証言できない状態であるため、証言無しに断定することは不可能ではないでしょうか」

 

「「だからわざとじゃねえっ!」」

 

「被告人両名、偽りなく答えなさい。ぶっちゃけ気持ちよかったりしたか?」

被告人席に立つ一夏と諒兵は、少しばかり顔を背ける。

その顔が赤い。

「……ぎるてぃ」

 

「「のぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」」

 

裁判長の席に座る弾が言い放った直後、一夏と諒兵は凄まじい電撃を受けるのだった。

ちなみに電撃はレオが二人纏めて折檻するようにぶっ放していたりする。

さすがに白虎も今のレオは怖いので止められないらしい。

 

 

 

それはともかく。

セシリアとシャルロットは千冬からブリーフィングをすると呼び出され、会議室にいた。

 

なお、箒は一夏の切腹の介錯をしなければならないと言い、ラウラは浮気は許す、だが正妻にはもっと濃いスキンシップが必要だと言い放っていた。

つまり、共に暴走していたのでここには呼ばれていない。

 

ため息を吐く千冬にセシリアとシャルロットは苦笑いするしかなかった。

「どうするんですの?」

「どうもこうも、何でこんなときにこんなハプニングが起きるんだ……」

「どうしようもないですよね」

実際、どうしようもないのだが、グラジオラスとの対話では鈴音はアンスラックスから指名されているし、ティンクルも依頼されて警護に来るという。

だが、こんな状態では警護どころの話ではない。

鈴音はパニックになってしまい、一頃の真耶のように布団に包まって引き籠ってしまっているのだ。

しかも。

「困ったまどかがわざわざ連絡してくれてな、ティンクルも似たような状態らしい」

こんな形で姉妹で語る羽目になるとはと、世の理不尽を感じる千冬である。

とはいえ、このままでいいというわけにもいかない。

千冬には権利団体対策や極東支部の所在地を探す任務があるため、ティンクルはおろか鈴音のメンタルケアまでしている余裕はない。

そうなると、鈴音と同年代だが比較的恋愛事から距離を置いているこの二人しか頼れる相手がいないのだ。

「とりあえず、対話の日までに引っ張り出せればいい。この状況では更識簪も再戦を挑む気になれんだろう」

「それに関しては心配ありませんわ」

「というか、今の鈴を見て毒気が抜かれちゃったみたいで、撫子と向き合えるように頑張るけど、鈴と戦うのはしばらく時間を置いておくと言ってました」

助かると言えばいいのだろうか、と千冬は再び頭を抱える。

大和撫子も今の鈴音では戦う気になれないだろうし、話は引っ張り出してからなので、ありがたいことは確かだが。

「とりあえず、オルコットは鈴音の様子を見てくれないか?」

「承りましたわ」

「一夏はしばらく近付けさせられん。気持ちが落ち着くまでは引き籠らせていい」

下手にばったり会ってしまうと、鈴音がまたパニックを起こしてしまう。

鈴音の気持ちが落ち着くまで、話し相手をしてほしいということである。

如何せん、ティナがアメリカに行ってしまっているので、今の鈴音と話ができる相手がほとんどいないのだ。

「そうなると……」

「そうだ。デュノアは諒兵に代わってまどかとティンクルの二人と連絡を取り合ってほしい」

必要な情報は既にレオから聞いているので、そこまで頻繁に会う必要はない。

しかし、使徒側として警護に参加する予定のティンクルに来てもらわないわけにはいかないのだ。

「AS操縦者はできるだけ警護に参加させる予定だからな」

「何故です?」

「理想的な関係を見せておくことで、今後ISとどういう関係を作っていくべきかを見せておきたいからだ」

ISを力として見せないためには、グラジオラスだけではなく他の使徒やASとも話ができることが望ましい。

対話の場の主役はグラジオラスだが、脇を固めることで人とISの心的距離を縮めたいという目的が千冬にはあった。

「あとは、ついでと言っては何だがティンクルの様子を見てきてくれ。まどか一人ではどうにもならんかもしれん」

「はい」と、シャルロットは苦笑いしながらそう答えたのだった。

 

 

そんなわけで。

まずはセシリアが、鈴音の部屋を訪れていた。

「うぅ~……」

「何をなさっているんですの……」

部屋に入った途端、布団に包まったまま唸っている鈴音を見てセシリアは呆れてしまう。

もそもそと出してきたその顔はいまだに仄かに赤い。

「もう一日経つんですのよ?」

「だって~、あんな不意討ち考えてなかったわよ~」

言葉にしたことでまた思い出してしまったらしく、耳まで赤くなる。

つくづくこの最強はある一点において最弱だとセシリアは呆れてしまっていた。

「どんな顔して一夏に会えばいいのかわからないのよ~」

「それは一夏さんも同じだと思いますけれど?」

『リョウヘイ様と共にレオにだいぶ厳しくお説教されていますし、むしろ被害者と言ってもよいでしょう』

『まあ、リンが足を滑らせたんだから、向こうが被害者と言ってもいいのニャ』

「ま~お~」

さすがにブルー・フェザーや猫鈴は冷静である。

今回の問題は完全に鈴音の問題なのだ。

ただし、鈴音に非があるというのもいささか憐れと言えるだろう。

事故とはいえ、一夏とキスしてしまったのだから。

「気持ちがぐちゃぐちゃなのよ~、助けてよセシリア~」

「ゆっくり気持ちを落ち着けるしかありませんわ。とりあえず、簪さんも再戦はすぐでなくてもいいとおっしゃっていますし」

「あ~、更識さんにも悪いことしちゃったのかなあ~」

ケンカを吹っ掛けたうえに一度墜としたので、簪としては必ず再戦したいところだが鈴音がこの状態では指一本でも勝てる。

これでは本当の意味で勝ったとはとても言えないだろう。

「悪いと思っているなら、まずはいつもの調子を取り戻すしかありませんわね」

「わかってるんだけどさあ~」

「それほどファースト・キスは衝撃的でしたのね……」

「ふみゃんっ!」

ファースト・キスという一言で、また思い出してしまったらしく、鈴音は顔を真っ赤にして再び布団に潜り込む。

これはなかなかに重大な問題だとセシリアはため息を吐いていた。

 

 

 

一方シャルロットの方は。

現在、ティンクルとまどかは同じホテルで寝泊まりしていると言うので、ディアマンテから送られた情報をもとにそのホテルに赴く。

「まどかはともかくティンクルってホテルに寝泊まりする必要あるのかな?」

『あの子はよくわからないのよねえ。まあ気分的なものじゃないかしら』

確かに、やたらと人懐っこいあの性格であれば、気分でホテルに泊まるというのも考えられなくはない。

正直に言えば、何処に行かされるのだろうかと思っていたので、普通のホテルであるということは実はありがたかった。

件のホテルはいわゆるシティホテルで、普通に家族連れが泊っているような場所だった。

珍しいことにキッチン付きの客室があるタイプだ。

フロントで事情を話し、二人が泊っているという部屋番号を聞いたシャルロットは、そのまま部屋に向かう。

こんこんと軽くノックをすると、中から返事が聞こえてきた。

声の主は少女、というかまどかの声だった。

「誰だ?」

「シャルロット・デュノア、織斑先生に頼まれて来たんだけど」

「今開ける」

がちゃんと鍵を開け、中からゆっくりと顔をのぞかせてきたのは間違いなくまどかだった。

「入れ」

「わかった」

僅かに開けられた隙間から、滑り込むようにしてシャルロットが中に入るとまどかはすぐに鍵をかける。

普通なら警戒するところだが、まどかはもともと亡国機業の実働部隊の少年兵だ。

親しくない相手に対しては、これが普通の対応なのだろうとシャルロットは納得する。

『君たちが来るとは思わなかったよ、聖堂の君』

『妥当な人選だと思うけれど?』

声をかけてきたヨルムンガンドに、ブリーズがそう答える。

それほど親しくはないとはいえ、鈴音があの状態ではこういうことに適任なのはセシリアか自分くらいだろう。

別に気にすることはないと考えたシャルロットはまどかに尋ねかける。

「ティンクルは?」

「あっちのベッドだ」

そう言ってまどかが指さした先には、こんもりと盛り上がっている布団があった。

「何アレ?」

「中にティンクルがいる。昨日から出てこない」

まさかの状態にシャルロットは思わず頬を掻いてしまう。

とはいえ、状況を正しく理解するためにはティンクルの顔も見ておかなくてはなるまい。

そう考えて声をかける。

「シャル~?」

「うん、代わりに連絡役を務めることになったんだ」

そう答えると、布団がもそもそと動き、隙間からティンクルが顔を出してきた。

さながらヤドカリかカタツムリの様である。

見るとその顔は仄かに赤かった。

「大丈夫?」

「身体は痛くないけど~」

「ああ。諒兵とキスしちゃった話はレオから聞いてるよ」

「ふにゃんっ!」

と、奇天烈な叫び声をあげたティンクルは再び布団に潜り込んでしまう。

しまったとシャルロットは思った。

彼女はそのあたり割り切れる性格なので普通に口に出してしまったが、まさかティンクルがここまで情緒不安定になるとは思わなかったのだ。

『ご迷惑をおかけします、シャルロット・デュノア』

『シャルでいいよ。この状況だと長ったらしい名前は大変でしょ?』

非常に申し訳なさそうにディアマンテが謝ってくるので、シャルロットは思わずそう言ってしまう。

別に仲良くする必要はないのだが、特別嫌う相手でもないのだ。

ティンクルにしてもディアマンテにしても。

「とりあえず、今日のところは話だけでもいいよ」

「いいの~?」

「対話の日までまだ時間はあるしね」

実際、まだ十日近くの時間があるので、シャルロットの言葉は嘘ではない。

その間に気持ちを落ち着けてもらうしかないのだ。

とはいえ。

「正直、君がここまでパニックになると思ってなかったよ」

「なにそれ~」

「普段の君を見てると、いつも余裕ありそうに見えるもの」

実際、ティンクルと会ったときは確かに疲れた様子なども見せたことはあるが、基本的には余裕たっぷりに見える。

なので、こういった事故くらいは仕方ないと割り切れるとシャルロットは思っていたのだ。

「別に傷ついたわけでもないし」

「乙女のハートは傷ついたわよ~」

「えー……」

わりと本当に驚いてしまうシャルロットである。

そもそも戦闘用疑似人格であるはずのティンクルが、男性とキスしたくらいで動じるなんて想像できないのだ。

「そうだけど~」

「真っ赤っかだね……」

ようやく顔を出してきたティンクルを見てシャルロットは呆れてしまう。

普通の女の子のような反応をしているからだ。

『ディアマンテ、こう言っては何だけど、ずいぶん効率の悪いことしてるわね』

『こうなってしまったのですから、仕方がありません』

ティンクル本来の存在価値を考えるとブリーズの言葉は正しいのだ。

ティンクルの精神状態如何によっては戦闘できないというのでは、正直に言えば意味がない存在と言ってもいい。

こんな状態で敵に襲われたらどうする気なのだろうか。

「戦闘なんて無理よ~」

「見ればわかるよ……」

「ぶっちゃけ今なら勝てると思う」

と、まどかが評するように、ティンクルはディアマンテのパートナーとしての役割を果たせる状態とはとても言えない。

完全にお荷物と化しているのだ。

IS学園で引き籠っている鈴音のような状態なのである。

「そんなにキスっていうか、唇がくっついたのがショックなの?」

「当たり前でしょ~」

「そんなに人と接触することができないんじゃ、普通の戦闘だって無理じゃない?」

特に接近戦では身体の接触は免れない。

まして、接近戦ができるティンクルが接触嫌悪症では話にならないと言える。

如何にディアマンテという鎧を纏っていても、だ。

「だって~、あんな間近で諒兵の顔見たの初めてだし~」

「えっ?」

「デートも何もすっ飛ばしていきなりキスとか勘弁してよ~」

「ひょっとして、キスした相手が諒兵だからショック受けてるのっ?」

「当たり前でしょ~」

と、ティンクルは答えてくるが、そうなるとシャルロットが考えていたのとは理由がまったく異なってしまうのだ。

身体的接触に衝撃を受けているのではなく、キスしてしまった相手が諒兵だったから衝撃を受けたということになると。

「君って諒兵にそんな感情持ってたのっ?」

「き、嫌いじゃないってだけだけど~」

表情と言葉が微妙にズレているというか、表情を見る限り、ティンクルは諒兵を異性として意識しているようにしか見えないのだ。

なので、シャルロットは試しに聞いてみることにした。

「そ、それじゃ、一夏のことは?」

「き、嫌いじゃないわよ~」

「もしさ、キスした相手が一夏だったら?」

そうシャルロットが聞いた途端、ティンクルは顔を真っ赤にして再び布団に潜り込んでしまう。

「やめてよ~、考えさせないでよ~、諒兵だけでいっぱいいっぱいなのよ、今は~」

そりゃそうだ、とシャルロットは納得してしまう。

憎からず想っている相手とキスしてしまってパニックになっているのが今のティンクルだと言うのなら、シャルロットがやるべきことは変わってくる。

ぶっちゃけ恋愛相談の相手をしなければならない状況なのである。

『お力添え願えませんか、シャルロット。やはり心の機微は私たちには測りかねるので』

「いや、別にそれはいいんだけど……」

ディアマンテの言葉にそう肯くものの、まさかティンクルの恋愛相談をする羽目になるとは思わなかったと、シャルロットは正直言って困惑していた。

 

 

 

 

 



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