餓狼 MARK OF THE DRAGONS (悪霊さん)
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第1話 あなたはしにました

 目が覚めたとき、普通の人はまず天井が目に入るだろう。布団やベッドに寝ていれば誰だってそーなる、俺もそーなる。知らない天井だ、なんて台詞もあるくらいだ。勿論野宿(といっても今の時代でそんな事をする人は少なくとも俺の住んでいる国では殆どいなかったかもしれないが)やら机に突っ伏して寝るなりしていればその限りではないだろうが。少なくとも今まではそうだったのだ。

 

 なぜそんな事を話しているかというと、たった今目覚めた俺の目に入ったものが明らかにおかしかったからだ。頭を抱えて蹲り、プルプルと小刻みに震えている幼女を見て戸惑わない自信があるか?俺にはない。

 黙っていてもどうしようもないので話しかけてみる。そういえばここ俺の部屋じゃないんだが、なんだここ。辺り一面真っ白だし。

 

「あの、どうかしたのかい?」

 

 声をかけた瞬間、幼女がビクッと反応した。涙目になってこちらを見ているその様子は罪悪感を抱かせるに充分。何もしてないんだからそんなに怖がらなくても……別に怒っている訳でもないのに。若干落ち込みつつ首を捻っていると、どこからかスケッチブックを取り出して文字を書き始めた。

 

『ごめんなさい』

 

 誰か教えてくれ、初対面の幼女にいきなり謝られたらどうすればいい。俺が何をしたと言うんだ。俺は子供を泣かせる趣味なんかないんだ。

 

『私の失敗であなたを殺してしましました』

 

 ああ、間違ってるよ、しまいましたって書きたいんだろうけどしましましたって……。

……ん?んん?殺してしまいました。……え?

 

「えー、と・・・」

 

『私、神です。あなた、死にました』

 

 頼むから誰か教えてくれ、初対面の幼女にいきなり衝撃の真実を伝えられたらどうすればいい。いや、いきなりでなくとも困るが。それ以前にいきなり私は神ですとかあなたはしにましたとか言われても反応に困る。な、なんだってーとか驚けばいいのか?俺はリアクション芸人じゃないんだぞ。

 

「……なんで?」

 

『間違って』

 

「間違って?」

 

『あなたの家に隕石おとしました』

 

 な ん で だ。

 

『ごめんなさい』

 

「えー……蘇生したりは」

 

『無理です。よくて転生です』

 

「ですよねー……え、転生?輪廻転生とかそんな感じの?」

 

『です。悪いの私ですから』

 

「神とか隕石とか転生とか……どうにも眉唾物な話ばかりだけど、いきなりこんな事になってりゃ信じる他ないかぁ」

 

『ごめんなさい』

 

 ……すぐ謝るのはどうにかならないんだろうか。神ってこんな腰の低いものなのか?もっとこう、如何にもな感じで尊大なもんだと思ってた。それに俺のイメージする神様ってのは大体老人だったから、涙目でスケッチブックで会話している目の前のこのちんまい子が神様です、なんて言われてもこんな謎空間にいなきゃとても信じられん。

 

『何か希望する事はありますか?』

 

「希望?」

 

『はい。どんな姿がいいかー、とか』

 

「って言われてもなぁ……特にはないですね。強いて言えば人と関わっても問題ないような容姿ならそれで」

 

『分かりました。じゃあ早速送りますね』

 

「あ、その前にちょっと」

 

 頭の上に?を浮かべて可愛らしく小首を傾げる神様。

 

「転生って言ったけど、どこに生まれるとかは決まってるんですかね?」

 

『まだ確定ではないですけども、あなたが暮らしていた世界とは異なる世界です』

 

「……マジかー」

 

『ごめんなさい』

 

 もういいって。それよりも気に掛かるのはつまり、ざっくり言っても文字通りの異世界という事だ。ネット小説とかでよくある感じの。普通ならテンションが上がったりする所なんだろうけど、今の俺にそんな心の余裕はない。文化の違いとか言語とかもっとこう、心配すべき事があるだろうと。もし言葉も通じず食文化なんかもまるっきり違う、なんて事になったら数日と経たずこの神様と再会する事になるかもしれない。

 

『文化はともかく言葉については大丈夫になってるはずです』

 

 文末四文字で一気に不安にしてくれるねこの神様は。

 

『はずです』

 

 強調したからといって不安がなくなったりはしない。

 

「まぁ、成るように成るか……?」

 

 最低でも衣食住は確保したい所なんだけどなぁ……

 

「まぁいいや。そろそろお願いします」

 

『分かりました』

 

 そうして目を閉じると、段々と意識が遠のいていった。……今思えば死んだ瞬間を自覚してなかったのは良いことなのか悪いことなのか……どっちなんだろうか。




誤字などありましたらご指摘いただけると幸いです。
7/1改訂


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第2話 ロン

 目が覚めたとき云々という話を前回したと思う。今回は美しい青空は見えなかった。代わりに視界に入ったのは鬱蒼と生い茂った木々だった。どうやらここは何処かの森林か何からしいな。木陰に座り込んだ状態の自分の身体を見下ろすと、白を基調とした服を纏っている事に気がついた。流石に年をそのままとはいかなかったのか、7,8歳辺りの背丈のようだ。髪は少し長い金髪、それなりに綺麗な格好をしている。はて、どこかで見たような格好だな?

 

 まぁ、それは兎も角としてだ。辺りの探索でもしてみようか、まずここがどこかを調べないとだな。そう思い立ち立ち上がる。軽く屈伸して肩を回す。調子は良好、異常もなし。さて、行きますか。そう思って歩き出した矢先、茂みがガサガサと揺れる。ひょっとしなくても野生動物の類か?考えてみたら、何か危険な動物がいても全くおかしくはない。人の手も殆ど入ってなさそうな森の中、例えるなら熊とか、そう熊とか。

 

 固まってしまった俺を放ってガサガサと茂みを揺らしながら現れたのは、そう。茶色の毛皮の熊。……もっと言えば、野生動物というよりも魔獣とか魔物とか言った方がしっくり来るような面構えの熊だった。

 

「……マジかぁ」

 

「グルルル……」

 

 熊さん臨戦態勢。俺を見据えながら唸り声をあげている。どうしようか、武器も道具も何も無いこの状況でこれはまずい。開始数分であの世に逆戻りなんてごめんだ、どうにかしてこの窮地を脱しなければ。確か焦って走って逃げたり物を投げつけるのは悪手だって聞いたな。そう思いながら熊を睨みつけていると、不意に熊がびくりと怯えたように後退った。何かいるのか?そう思って背後を窺ったが何かがいる様子もない。ならば何に怯えたんだ?そう思っていると、視界の端で紫が動くのが映った。

 

「……?これは……」

 

 その方向に目を向けると、紫色の焔があった。俺の両手を覆うように。一瞬驚いたが別段痛みも何も感じない。代わりにあったのは、この焔は俺の力だという予感めいた確信だった。試しに右の拳を開き、その中に焔の珠を作る。思い通りの形にできた。音を立ててそれを握り潰すと、熊はまた怯えたようにびくりと反応する。やはりこの焔に怯えていたらしい。

 

「……さっさと失せろ」

 

 そう言い放つと、熊は踵を返して逃げていった。やれやれ、手から焔なんてどんなファンタジーなんだ?そう思っていると、さっき熊が出てきたのとは別の茂みから数匹の水色の生物が出てきた。

 

「……は?」

 

 思わず間の抜けた声を漏らしたが、俺は悪くない。目の前にいきなり、国民的RPGに登場する水色生物ことスライムが出てきたなら。その存在を知っているなら誰だって驚くだろう。……俺の立場を鑑みるに、ここは()()()()世界なのだという事を認識せざるを得なくて。そして、いくら愛らしい見た目をしていて一見人畜無害そうだとしても。スライムは魔物である。ならば、さっきの熊とは別方向に明確な危険だ。しかもそれが複数。またこの焔で追い払うか?戦闘になったらどうしようか、そんな俺の心配は杞憂に終わった。

 

「…こんな所で何をやっているんだ、ここは子供の来る場所じゃあない」

 

「っ!?」

 

 いつの間にか背後に立っていた男がそう言った瞬間、スライムの群れは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは青い肌に黒い髪、一際眼を引く大きなバツ字のキズ。そして長い耳。一目で人間以外と分かる風貌の男だった。ここが“ドラゴンクエスト”或いはそれに準ずるファンタジー世界であると仮定するなら、この男の種族は差し詰め魔族と言った所か。

 

「聞こえなかったのか?ここはガキが遊んでいていい所じゃあない。スライム程度ならまだしも、この辺にゃ豪傑熊だって出る。見つかる前にさっさと帰れ……」

 

「生憎と行くアテが無くって。熊ならさっき出ましたよ、追い払いましたが」

 

「冗談ならもっと面白いのを聞かせろ。魔法が扱えたとしても、人間のガキがどうにかできるレベルじゃあない……と、言いたい所だが」

 

 そこで言葉を切った男の眼が、ギラリと剣呑な光を帯びる。まさかとは思うが、その()()()()()に剣を抜くつもりじゃあないだろうな。そんな危惧は杞憂に終わったが、刃のような輝きの眼で見据えられているのは変わらない。

 

「武器も持ってない丸腰の人間のガキがたった一人でこんな所にいる事自体がおかしい。いくらスライムが大したことのない生物だとしても魔物に変わりない……普通の子供なら多少なりとも恐怖を抱く筈だ……普通ならな。お前は何者だ?」

 

「えー……っと。話したとしても信じてもらえるかどうか。何分与太話にしか聞こえないもんで」

 

「……フン」

 

 鼻を鳴らす男。幸先の悪い事だ、下手を打ったらここでゲームオーバーになりかねない。背中を冷や汗が伝うのを感じる。この男はきっと、さっきの熊とは比較にならないくらい強い。素人の俺でも分かる程の重圧だ。逃げるか?いや、恐らく直ぐに追いつかれてしまうだろう。地の利も多分に向こうにある。敵対行動を取るのはマズイ、それだけは確かだ。となれば言葉でどうにかこの男の殺気を収める他ない。

 

「……」

 

 そう考えていると、男の視線が一瞬だけ俺の背後に向いたように感じた。気のせいか、と思った瞬間。

 

「ガアアアッ!!」

 

「うわっ!?」

 

 俺の背後から、先程現れた熊、恐らく男の言う豪傑熊が飛び出してきた。一度立ち去ったあと、わざわざ回り込んできたのだろうか?ヤバイ、と思った時には既に身体が動いていた。反射的に振り向き様に振るった腕は空を切ったものの、その腕から飛んだ紫の焔が熊の顔面目掛けて放たれた。咄嗟に取った、全く無意識の反撃だった。だがその効果は覿面、豪傑熊は悲鳴を上げて焔に焼かれた顔を抑える。

 

「ギャウッ!?」

 

「……ほう」

 

 思わぬ反撃に熊と俺が驚いている中、男の冷静な声が聞こえた。面白い物を見つけた、どこかそんな響きのある呟きだった。熊が慌てて、今度こそ俺から遠ざかるように逃げ去っていくのを眺めながら呆然としていると、ガシッと肩を掴まれた。咄嗟に振り払おうとしたが、しっかりと押さえつけられてしまっていた。

 

「まぁいい。お前の境遇よりさっきの力に興味が湧いた。来い」

 

「え、ちょっ」

 

 そうして引きずられていった先にあったのは一軒の小屋。察するに男の家だろう。こんな森の中にぽつんと佇む姿からは、主が人目を避けるように、或いは人そのものを避けるように暮らしているであろう事を伺わせた。

 小屋の中に連れ込まれ、ぶっきらぼうに椅子に座らされる。改めて男の眼を見ると、さっきまでとは違い、何かが燻っているような眼になっていた。さっきまでは死んだ魚よりはマシと言うような、どこか空虚な眼だった事を考えるとまるで別人のようだ。

 

「さて、まずはお前の名前を聞かせてもらおうか」

 

「名前……」

 

 そこで俺は迷った。死ぬ前のただの人間だった時の名前を名乗るべきか、それともこの身体に相応しい名前を名乗るべきか。熊を改めて追い払った辺りから、俺はこの身体の特徴を纏め、ある結論を出していた。自分でも馬鹿じゃないのかなんて思えるくらい突拍子もないが、あのカミサマならやりかねないな、と思い直す。

 まず身体的特徴を整理しよう。長い金の髪、眼の色は流石に分からなかったが俺の予想が正しければ碧眼のはずだ。そして白を基調とした服。ここまでなら割りとありがちだろう。だが、ある二つの項目がありがちという言葉から遠ざけていた。一つ目は声。最初こそ気がつかなかったが、彼を知る者が聞いたなら、とあるキャラクターの声を少年にしたらこんな感じだろうな、という考えを抱く声だった。自分で言ってて訳が分からなくなってくるが続けよう。最後の特徴はあの紫色の焔。腕を振るった時に飛んだ焔。その気になれば両手を広げた状態で十字架のようにあの焔を纏えるのではないだろうか。

 長ったらしい自己考察を繰り返しながら、迷った俺はこう答えた。

 

「カイン――カイン・R・ハインラインです」

 

「……ハインラインか。聞いた事のない姓だ」

 

 それは当然だろう。何故なら今俺が名乗ったのは、餓狼伝説という格闘ゲームシリーズ、その中で俗にMOWと呼ばれるゲームの登場人物の名前なのだ。

 加えて言えば、今の俺の姿がそのカイン・R・ハインラインという男を幼くしたものだからだ。同作のラストボスを務める、あの男を。

 しかし、俺はそのカインという”キャラクター”を知っている。知っているが故に迷った。俺がこの名を名乗っていいものなのか。だがこの見た目で日本人的な名前を名乗っても違和感しかないだろう。この時はそう考えてこの名前を名乗ったが、後にして思えば高揚していたのかもしれない。ファンタジー世界で、ゲームのキャラクターの力と姿を持って存在しているという思いが何処かにあったのだろう、そのせいでどこか視野が狭くなっていた。それを自覚するのは随分と後になったのだが。

 

「オレはロン……まぁ覚えなくて構わん。手っ取り早く話を進めるぞ。お前、オレに武器を作らせる気はないか?」

 

「武器……?俺は剣の心得なんかはないですよ」

 

「似合わん敬語はいい。別に剣じゃなくてもいいんだ、なんなら手甲なりブーツなり、或いはもっと大掛かりなものだって構わん。オレがお前に作る、という事が重要だ」

 

「……そう言われてもな、俺は金も何も持ってない。着の身着のままだ。対価が払えないよ」

 

「じゃあそれはお前に素材を採ってきて貰う事で帳消しにしてやる」

 

 いきなりだな。それにその素材って鉄とかか?俺は鉱夫の経験だってない。俺の長所なんて精々少し喧嘩に強い程度だ。話がちょっとどころか大分飛躍していないだろうか。まぁ、もう少し話を聞いてみるか。

 

「で、その素材というのは?」

 

「コイツだ」

 

 そう言ってロンが取り出したのは青い金属。綺麗だな。

 

「コイツはブルーメタル、まぁまぁ上等な金属だ。それなりの数を採ってきて貰うが構わんだろう?」

 

「……まずどこで採れるのか、そこに行くにはどうすればいいのか、とか。先に話すべきことが結構あると思うんだが?それにお前に利がないんじゃあないか?そもそも行くとも言ってないだろう」

 

「……そうだな。まずはオレの利益から話すか……」

 

 そうして目を細めたロンは、ポツリと呟いた。

 

「お前がオレの消えた情熱を再び熱くさせてくれるような、そんな男なら……もう一度くらい本気で腕を振るってもいいか。そう思っただけだ。他には何もいらん」

 

「……情熱」

 

 言葉の意味は良く分からなかったが、それがこの男にとって何より大事な事なのだろうな、と察するのは当然とも言えた。要するにお眼鏡に適うかどうかをまず見極めたいのだろう、コイツの言う本気で腕を振るうに値するか否か。

 

「さっき豪傑熊を追い払った一撃。アレを見てオレはお前が大成する器を持った、そんじょそこらの木っ端とは違う男だと予感した。例えオレの作った武器を使わなくとも、お前という人間がそれ程の男なのだと言うのなら。これくらいやってみせてくれ……!」

 

「やれやれ、冷静に聞けばそもそも俺に利がないじゃあないか?だがまぁ……そうだな、分かった。アンタを納得、或いは満足させられるかは分からんがやってみよう」

 

 こうまで言われちゃ日和見なんてしてられないな。こんなに炊きつけられて尻込みするようならきっとこの先もそうなる。ずっとこの時の事を後悔して、後ろ向きに生き続ける。そんなのはゴメンだ、俺は人生を楽しく刺激的に過ごしたいんだ。幸いと言うべきか、豪傑熊をどうにかできる程度の力はあるみたいだからな。道中で色々試してみるのもいいだろう。どうせ行くアテや頼りにできる相手もいないんだ、ちょっとばかり冒険してみるのも悪くない。

 

「決まりだな。安心しろ、オレはこれでもそれなりに鍛冶ができる。採ってきた素材を無駄にするような事はせん……」

 

「まぁ、そこはいいんだが。とりあえず地図か何かないか?場所とか確認しないとな」

 

「おっとそうだった。まずはこれを見てくれ」

 

 ロンの取り出した地図を見ながら世界の大陸や国を頭に叩き込む。俺の住んでいた世界に比べると随分小さく感じるが、こんなもんなのだろうか?どうやら地底魔城と言うらしいそこの場所を覚え、行路を確認する。ここからだと海を渡る必要があるようだが、幸い船賃くらいは出してくれるらしい。薬草も少しは持たせるが後は自分でどうにかしろ、との事だ。ま、当然か。何でもかんでも強請るのはみっともない。ところで地底魔城って、確かゲームで同名のダンジョンがあったよな。こっちの地底魔城には何かいるのか?魔城って言うくらいだし、何かしらいるんだろうな。

 そのまま行路や地形、注意事項などを聞きながら頭にメモを取る。そういえば今日の宿はどうしようか、と思っていると今夜はロンが泊めてくれるらしい。酒の相手くらい付き合え、と言われたが。俺は一応未成年なんだが、ひょっとしてそういう法とかはないのか?いや、あってもお構いなしか……。ともあれ今日はゆっくりと休息を取り、明日からの旅路に向けて身体を整えなくてはな。

 

 そして夜が明けた。




7/1改稿


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第3話 魔族の思惑

 名前以外サッパリ不明な怪しいガキ……もといカインが地底魔城に向けて出発してから数日ばかり過ぎた。直ぐに帰ってくる訳がないと分かりつつも、オレの本心は今か今かとヤツの帰還を心待ちにしている。ヤツの眼、立ち振舞い、そして気配。何よりも豪傑熊を追い払った際のあの焔。オレの興味を引くには充分だった。そこらの人間のガキとは一線を画すなんてもんじゃあない、あれはまだ未熟だが狼の眼だった。青臭い言い方だが、もしアイツが何かに目覚めでもしたなら。首輪の付いていないあの狼は一体どんな獣になるのか、そう思わずにはいられなかった。

 ヤツはまだ子供だ。それ故に多くの可能性を秘めている。世界を支配する魔王とも世界を救う勇者とも、或いはそのどちらにも。まだ色のない、どんな色にでも染められるキャンバス。それがアイツ、カイン・R・ハインラインという少年だ。危うさと可能性の微妙なバランスの上に成り立つそれを見て、もしかしたらオレは希望を抱きたかったのかもしれない。ああ、人間もまだ捨てたもんじゃない、だからきっとオレの武器を上手く扱ってくれる奴だって何処かにいる。そんな希望を。いずれ世界に名を馳せるような強者になるだろう可能性を無意識に感じ取り、オレの予想を超えて育ってくれる事を願い、こうして送り出した。大層なお題目があったとしても、結局のところそれが一番真実に近いのかもしれない。

 

 昔、人と武器は一つだった。今はどっちもクズだ。別に人と限定した話でもない。魔族だってそうだ。オレがまだ剣士だった頃に比べればな。

 アイツが武器を扱わないのは分かりきっている。だが、それでもオレが武器を作るに値するという事を証明して欲しいのだ。クズじゃない人間だってまだ残っているのだと。ただし、ナイフ一本持っただけで強くなるような奴なんざ願い下げだがな。そんな奴に武器は必要ないだろうから。そんな奴を目の当たりにし、ただぬるま湯に浸かったような生活をしては完全に腐り落ちてしまう。その件に加え以前から抱いていた苛立ちでオレの心は、あの頃の情熱はなんだったのかと言う程に、文字通り火が消えたようだった。だから、人刃一体とでも言おうか。そのくらい己の武器を信じられる奴でないとオレを焚きつける事は出来ないと思っていた。だが、同時にこの腑抜けた自分をどうにかしたいという思いもあった。そんな時に現れたのがカインだ。アイツといういわば可能性の獣に出会った事で、燻っていたオレの何かは完全に眼を覚ました。後は、火をくべるだけ。ヤツが地底魔城に行き、ブルーメタルを手に生還したならば、オレはきっとただの魔族のロン・ベルクから名工ロン・ベルクに……そして、剣士のロン・ベルクに戻る事ができるだろう。その為に使われるアイツには気の毒だが。まぁ、これも経験と思ってもらおう。

 

 地底魔城を根城とする魔王ハドラー。カインはどうするだろうか。力量差を理解せずに玉砕するか、相手にならんと逃げ帰るか。それとも一矢報いて見せるか、或いは……まぁ、有り得なくはないとはいえ現実的ではないか。少なくとも豪傑熊を一蹴できるくらいだ、周囲の魔物にすら手も足も出ないという事はないだろう。特攻でもしない限りは逃げ帰る事ができるくらいの力はある、それに経験値が圧倒的に少ないとはいえ、確実に勝てる相手と何度かやり合えば戦闘のいろはくらい覚えるだろう。その為の薬草だ。流石にいきなり突入したならその限りではないが、いくらなんでもそんなバカな事はしないだろう。道中で村なり街なりに立ち寄れば魔王ハドラーについても聞けるだろうしな。

 

 一応の目的であるブルーメタルについても、その特徴やどんな所にあるかなど、必要な知識は一通り説明した。手っ取り早く言えばブルーメタルは癒しの力を持った鉱物だ。鎧にして纏えばある程度は傷を癒してくれるし、剣や機械に使えば刃こぼれくらいは自己修復し、重大な欠損でもなければ勝手に直る。その分加工が難しい代物ではあるのだが、一級品ができる。勿論オリハルコンには劣るが、とある鎧の魔剣や魔槍の素材とした金属と比べれば、硬度などは劣る代わりに圧倒的に使いやすい。

 そんなブルーメタルの活用法を語る上で外せない物がある。カインには言っていないが。それはキラーマシンだ。剣や鎧、或いは道具ではなく、キラーマシンというマシン。というのも、キラーマシンというのは魔王ハドラーの作り出した殺人兵器なのだが、件のブルーメタルがボディに使われており、高い防御力、機動性、そして攻撃力の三拍子揃った凶悪なマシン兵なのだ。並みの呪文など通らず、剣で斬ろうにもそんじょそこらの武器じゃあポッキリ折れてしまう。ブルーメタル自体かなり上等な金属だからな。これのもっとも恐ろしい点は、何かしらの上位命令がない限りは常にグループで行動している所だ。各個撃破しようとしても、一体に集中している時に死角から切り掛られたらひとたまりもない。遠距離からどうにかしようとしても弓矢による精密な狙撃がお見舞いされる。そんな物が奴の居城をうろついているのだ。とはいえ、流石の魔王ハドラーもこれを一から作ったわけではないらしく、古代の技術書などを参考にしたのだそうだが。

 さて、ブルーメタルを手に入れるならばそのキラーマシンとの戦闘は避けられない筈だ。ヤツがどんな手を打つかは分からん。正攻法で正面から打ち破るか、逃げ回りつつ集めるか。いや、あの殺人マシンから逃げ回るというのは現実的ではない……か。どのみちいずれはやり合う相手だと腹を括って玉砕覚悟で挑む……ありそうだな。どうあれ、ヤツがブルーメタルを手にした上で生き延びるにあたっての鬼門はキラーマシンと魔王ハドラーだ。生きろよカイン、お前には期待しているんだからな。ま、オレが半ば無理矢理行かせた上に勝手な期待だ、文句の一つも言うだろうが……生きて帰って、その手にブルーメタルがあったならば。そのくらいの文句ならいくらでも聞いてやるが、な。




7/1改稿


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第4話 地底魔城

 地の文が少なくて分かりづらいかもしれない。反省します。


 途中パプニカ王国に寄って準備を整えた俺は、勇み足で地底魔城に向かった。

 ハドラーが出てきたら煙に巻いて逃げればいいし、そこらのアンデッドどもには負けない故の自信だ。道中で出てきた死霊の騎士やオークを相手にして、シュワルツフレイムなどが通用する事も確認した。

 

 しかし妙にモンスターが少ないな。ホントにこの辺りなのか?・・・と、それっぽい洞窟を見つけた。地下へ続いてるみたいだし、“地底”魔城って名前にぴったりだ。

 

 そうして、俺はなんなく潜入する事ができた・・・っておかしくね?魔王の本拠地なんだから、見張りの一人や二人いるもんじゃないのか・・・?

 

 まぁいいや、いないならいないでいい。コッソリ動いてブルーメタルを頂いたらさっさととんずらだな。魔王を倒すのは勇者の役目だ、相手にする義理はない。

ってなわけで、レッツ隠密行動。

 

 

「クカカ」

「クカカ?」

「クカカ」

「クカ!?」

 

 ・・・何言ってんだろうな、アレ。通路の角から死霊の騎士同士の会話を盗み聴いてるんだが、解読不能。

おっと、移動するみたいだ。バレないように隠れなくちゃあな・・・

 とまぁ、そういう流れを繰り返して進んでいった。

 途中、壁に青い石が埋まってるのを見て、採ろうとしたタイミングで首から星形の勲章を提げた骸骨剣士に見つかりそうになって焦ったが。

 

 

 

 

 潜入から体感で1時間程度、入手できたブルーメタルは僅かに2つ。

もっと深く潜れば沢山見つからないかな、貴重品が深部にあるのってお約束だし。

 ところで、さっきからモンスターの動きが妙な気がする。なんとなくだけど、罠か何かじゃないよな・・・。

 よし、一旦引き返そう。嫌な予感がする。

 

 ・・・ダメだ、既にモンスターが道を塞いでる。進むしかない・・・

渋々こっそりと進んでいくと、急に視界が開けた。

 

 ――俺が出た場所は、いわゆるコロシアムだった。

円形のフィールドに観客席一杯の魔物。うわぁ・・・

 何より目を引いたのが、フィールドに立っているいかにもな威圧感を放つ男。

ヤバい、魔王だ。逃げよう。回れ右。

 

「待て」

 

 しかし まわりこまれてしまった!

 

「この魔王ハドラーを前にして背中を向けるとはいい度胸だ」

 

「勝てない相手とは戦いたくないんでさっさと帰らせてください」

 

 魔王コワイ。

 

「フッフ・・・子供だろうが、この地底魔城に侵入したからには唯ではすまさん・・・が、俺とて鬼ではない。一つチャンスをやろう」

 

「チャンス?」

 

 

 

 こういう場面でチャンスってむしろ公開処刑的なイメージしかないんですがねぇ。というか鬼じゃなくても魔王だろお前。

 内心そんな感じで戦々恐々としているのだが、当然そんな事はハドラーには関係のない事なのであり。

 

「そう、チャンスだ。アレを見ろ!」

 

「アレは・・・」

 

 反対側の入口から出てきたのは。

キラリと光るブルーメタルのボディ。ガシャガシャと音を鳴らして歩く四本足。真赤に光るモノアイ。

 ――殺人機械キラーマシン。

 

 ちょっと待て。

あんなのがいるなんて聞いてないぞ!?

 

 呆然としていると、ハドラーが自慢げに高笑いをあげた。

 

「フハハ、驚いたか!あれぞにっくき勇者を倒す為に開発したマシン兵、その名もキラーマシン!本来なら数体で組ませているが、特別にあの一体だけ用意した。コイツを倒せれば解放してやろう」

 

 OKOK。つまりアレかい?武器も防具もない状態で、しかも薬草ぐらいしかアイテムがない現状でキラーマシン倒せと。

 無理ゲーじゃなかろか。

 

「・・・やれやれ、やるしかないか」

 

「潔いな、もっと恐れてもいいんだが・・・まぁ、直に恐怖に顔を歪ませるだろうがな・・・!クックック!」

 

 ・・・攻撃、通用するかな?するよね?

 




 もっと文字数多い方がいいんですかね?


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第5話 VSキラーマシン

バトル回。上手い事回せない・・・


「行け、キラーマシン!徹底的にやってしまえ!」

 

 ハドラーの声と同時にキラーマシンが剣を振りかぶって突っ込んできた。勢いに任せた単純な一撃なら、俺にも躱せなくはない。

 横に軽く飛び、初撃を躱す。続く弓矢を転がって回避する。

 

 その一連のやり取りをしている間に、ハドラーは観客席に座ってこちらを眺めていた。っておい、誰だ賭け事してるの。しかもほぼ俺の負けに賭けられてるじゃないか!

 

 クソッ、当然といえば当然だが、やっぱりちょっとイラッと来るぜ。

命が掛かってるのもあるが、何としてでも勝たねば。

 

『ターゲット排除。ターゲット排除。』

 

 今度は矢を連続で射ってきた。――が、剣なら兎も角、弓矢如きはこの炎で焼き払える。

そう判断し、腕を横に払い、炎の壁を生み出す。

 狙い通り、矢は全て燃え尽き、俺に届く事はなかった。

 

「今度はこちらの番だっ!」

 

 叫ぶと同時に、シュワルツ・シュトゥース――炎を纏った強烈な蹴りを叩き込む。

が、キラーマシンは僅かに後退した程度、傷一つない。

 

「バカめ、キラーマシンの装甲が子供の蹴り程度で砕けるものか!」

 

 ハドラーが勝ち誇った声で叫ぶ。いや、分かりきってるよそんな事。

いくら俺だって一撃で倒せると思う程バカじゃない。でも、自信はそれなりにある一撃を目に見えるダメージもなく、平然とされては悪態の一つも吐きたくなる。

 攻撃が通じない程硬いのなら、方法は限られる。装甲の薄い場所を狙うのがセオリーだろう。

 

『矢デノ攻撃ハ効果無シト判断。接近戦モードニ切リ替マス』

 

 そう考え、まずは観察しようと思った矢先、キラーマシンが剣で斬りかかってくる。

防具もなにもない状態でこんなものをくらったら大怪我じゃすまされない。動きに注意しなくては・・・

 装甲が薄そうなのは、左胸に位置するガラス板のような部分、それにあの足だ。

安定した体勢を取るためになっているのであろう四足は、本体部分に比べてかなり細い。一本でも折れれば、機動力をかなり削げるはずだ。

 よし、まずは足をどうにかして、勝率を少しでもあげよう。

 

「ヒムリッシュ・ゼーレ!」

 

 闘気を込めた玉を作り出し、モノアイに向けて撃ちだす。ヒムリッシュ・ゼーレはゆっくりと飛ぶため、撃ちだすと同時に走り出して玉を追い越し、シュワルツ・シュトゥースを向かって右前の足に叩き込む。

 

 やはり足はボディに比べて弱いのか、機体がグラリとよろめく。が、すぐに何事もなかったように持ち直す――が、遅れて到着したヒムリッシュ・ゼーレが左胸に着弾し、再び傾く。

 ガラス板にはヒビが入っており、もう一撃加えるだけでも砕けそうだ。だが俺は足への攻撃を優先した。

 

「まずはその足一本、貰い受ける!」

 

「ヌウッ!?」

 

 ハドラーが驚いたように声をあげ、それと重なるようにして、バキリ、と破砕音が響く。

俺の繰り出した拳が、キラーマシンの足を一本叩き折ったのだ。

 たかが一本、されど一本。身体の一部を失ったキラーマシンは起き上がれずにもがいている。

 

『機体ダメージ23%、脚部ノ一本ヲ損失。』

 

「バッ、バカな!?あんな子供が!」

「キラーマシンの足を叩き折りやがった!」

「あのガキ何者だ!?」

 

 観客が驚いてるのが聞こえる。チラリと様子を見ると、ハドラーは――不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。奴め、あまり驚いてないな。

 とにかく、機動力はこれで激減した。後は油断して剣に斬られないように――左胸を穿つ!

 

「これで終わりだ!」

 

 そう叫び、拳を打ちつけようとした瞬間。

 

「――勝った!」

 

 ハドラーの声と同時に、キラーマシンのモノアイから赤色のレーザーが放たれ、俺の胸を貫いた。

 



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第6話 VSキラーマシン 決着

短い闘いだったな・・・


「ふっ……フハハハハ!所詮は子供よ、あっさりやられてしまったか!」

 

 足を一本やられた時には少し驚いたものの、キラーマシン第3の武装であるレーザーが見事に奴の胸を貫いた。粋がっていたが、所詮は脆弱な人間、殺人機械に敵うはずもなかったのだ。

 

「残念だったな、キサマの冒険はここで終わりだ」

 

 倒れ伏している人間に近づき、それを見下ろしながら嘲笑ってやる。

しかし、こんな細腕でどうやったんだか……

 まぁいい、どのみちもう終わる命だ。最後に遺言でも聞いてやるかな……ハッハッハ!

 

「キラーマシンにダメージを与えた事は褒めてやる……が、キサマの力量(レベル)は所詮その程度。くだらん結果だったなぁ?」

 

「ぐ……」

 

 呻き声がわずかに聞こえた。まだ生きているようだな。

 

「最後に遺言ぐらいは聞いてやる・・・さぁ、言ってみろ」

 

 命乞いをするか、泣き叫ぶか……さぁ、怨嗟や苦痛に満ちた声をあげるがいい!

 

 

「最後にものを言うのは……精神力だ。ただの腕力や魔力じゃなく、精神の、魂の力だ……」

 

「……なに?」

 

 死を前にして頭がおかしくなったか?くだらん戯言……と、一笑に付すには説得力がある。

 最期に真理を悟った、とか?そんなバカな。

 

「何が言いたい」

 

「俺の魂は、折れてない。だから、まだ負けてない。それに気づかない限り、お前は勇者を倒しても、勝ったとは言えんだろう」

 

「ふっ、バカな。このオレがアバンに……人間風情に劣ると言うのかぁっ!メラミ!」

 

 癇に障るガキだ、もういい、このオレのメラミで灰まで燃え尽きるがいい!

 

「ハハハハハ!このハドラー様を怒らせるからだ、愚か者め!」

 

 凄まじい熱気にガキが包まれた。ふん、断末魔もあげずに燃え尽きたか……

 

 つまらん余興だった。さて、キラーマシンの修理を――

 

 

 

「そしてもう一つ。“相手が勝ち誇ったとき、そいつは既に敗北している” ――ちょうどこんな感じにな。ヒムリッシュ……」

 

「なッ!?」

 

奴の声!??バカな、ありえん!ただの人間風情にアレが耐えられるはずが――

 

「アーテム!」

 

 天からの一条の閃光が、キラーマシンのモノアイを貫いた。

 

『ダメージ71%、索敵不可。対処ハ困難ト判断。』

 

「バ――」

 

「遅い!これで終わりだ!」

 

 破砕音が響いた。繰り出した拳が、キラーマシンの胸部装甲――動力源である、魔晶石の設置場所を正確に貫き――

 

『ダメ・・81%・動力・消失、行動、不、可』

 

 魔晶石を引きずり出し、キラーマシンは停止……撃破された。

 

「どうだ、倒したぞ……」

 

 そう言いながら、奴も倒れた。

 

 

「キラーマシンが……」

「あのガキ、マジで何者なんだ……」

 

 

……フン。

 

「バルトス!このガキの治療をしてやれ!」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

「ぐ……ここは?」

 

 目が覚めたとき目に入ったのは……ってこの言い回し何度目だ?兎も角、洞窟の中に作られた部屋のようだ。

 起き上がって辺りを見回すと、子供が描いたような絵や、玩具が置いてあった。俺の寝ている傍らには薬草が。

 そして、少年がこちらの顔をじっと見つめていて――

 

「父さん!さっきの子、目が覚めた!」

 

 せわしなくどこかへ駆けていった。

その辺の玩具などはあの子の物か?洞窟の……地底魔城の中で暮らす人間なんかいるのか?

 

「おお、よかったよかった。目が覚めたか」

 

 子供が連れてきたのは、キラーマシンと闘う前にも見た、星型の勲章を首から提げた骸骨剣士だった。なんか淒い優しそうな奴なんだけど、本当にモンスターなのか?

 

「あのままくたばってもつまらなかったのでな、治療させた。どうせならキラーマシンに殺された方が良かったのだが」

 

「げっ、ハドラー!?」

 

 なんでお前もいるんだよ……治療?

慌ててレーザーにやられた所を見ると、薬草を塗りこんだ包帯が巻かれていた。

 この骸骨剣士はハドラーの部下だろうに、何故そんな事を?

 

「聞きたいことがある、といった顔だな、お前達。質問を一人一つ許可する」

 

 え、一人一つってこの骸骨剣士と子供も?

 

「ではハドラー様、幾つか纏めてお尋ねしますが、何故彼はハドラー様のメラミを食らっても無傷だったのか、それとどうやってキラーマシンにあれ程のダメージを与えたのか、えーとそれから」

 

 一つじゃないのかよ。

 

「多いぞバルトス、そこまでだ」

 

だろうな……と思いながらハドラーが嘆息するのを眺める。

と、そこで少年が口を開いた。

 

「この人はなんていうの?」

 

「ああ、名前は聞いてなかったな。どうせ負けて死ぬと思ったから」

 

 いや、当然といえば当然だが。当然ではあるんだが!

ハドラーを半眼で睨みつけてから、とりあえず名乗った。

 

「カイン。カイン・R・ハインラインだ」

 

「偉そうな名前だな」

 

「うるせぇ!」

 

 またかよ!またその反応かよクソッ!

 

「もういいだろ!とっととそっちの骸骨剣士の質問の回答しろ!」

 

「何故そんなに怒ってるんだ……まぁいい」

 

 

「考えてみれば単純な事だったのだがな。バルトス、オレが得意とする呪文はなんだ?」

 

「火炎(メラ)系、閃熱(ギラ)系、そして爆裂(イオ)系の呪文ですな」

 

 呪文使えるのか……羨ましいぜ。ロンの奴には、才能ないんじゃないかとまで言われちまったからなぁ……

 

「では、オレに対してその系統の呪文で大打撃を与えられるか?」

 

 

「いえ、ハドラー様はその呪文を最も得意とする所、なれば並みの者のそれでダメージを食らう事は無いかと」

 

「成程、こういうことだな?俺は炎を使った闘いを得意とする、故に生半可な火炎ではこの身を焦がす事もできない、と」

 

 カイン・R・ハインラインに元々はそんな特徴はないはずだが……或いはこれも特典か何かだろうか?

 もしくはこの世界のルールの一つ、とかかもな。

 

「そして、キラーマシンを行動不能にまで追い込んだのはいかなる手段か、これも少し注視すれば分かる事だったのがな。カイン、お前が撃ちだしたあの青い玉――ヒムリッシュ・ゼーレ、とか言ったかな?アレには何を込めた」

 

 何を込めた、と言われても特に意識してなかったんだが……強いて言えば、そうだな――

 

「闘気、か?」

 

 勘で言ったが、正解だったようでハドラーは大きく頷いた。

 

「そう、闘気、すなわち――生命エネルギー!」

 

「「生命エネルギー……」」

 

「闘気は攻撃的生命エネルギー、集中させれば武器となる。あの玉はそれを直接撃ちだした物だ。そして一見ただのか弱い打撃に見えた攻撃にも、闘気が一点集中されていた。なれば如何にブルーメタルの装甲であるキラーマシンといえど、ただではいられん――以上が、キラーマシンを倒したからくりだ」

 

 闘気……全然意識してなかったが、無意識にやっていたんだろうか。これはカイン・R・ハインライン自身もやっていたんだろうか――もしかしてパワーゲージって闘気の溜まり具合とか?そんなわけないか。

 

「はぁー……流石はハドラー様。素晴らしい洞察力ですな」

 

「次にカイン、キサマの質問だが……殺すのを惜しいと思っただけではない。お前は中々高い能力を持ち、観察眼にも優れる。キラーマシンの弱い部分を瞬時に見抜いた程だからな」

 

 見たらすぐ気づけると思うんだが。

単に戦った奴らがキラーマシンを恐れてよく見てなかったんじゃないか?

 

「それだけで侵入者を助けるのはどうなんだ?」

 

「問題はない。オレが魔王、即ちトップだ。文句は言わせん。そして……カイン・R・ハインライン!キサマに一度だけ聞いてやろう――オレの部下になれ!そうすれば世界の半分を与えてやるぞ……!!」

 




いつもよりちょっと長くしました。

バルトス「ハドラー様は本当に頭のよいお方」


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第7話 勧誘、対話

「やだ、断る」

 

 と、ハドラーの勧誘を一蹴した。だってお前それ、あの有名なセリフ……

今更力量(レベル)1からってのはごめんだぞ?流石にそんな事はないとは思うが、まぁ一応な。今更だけどハドラーの格好ってあの魔王にそっくりだな。

 

「ほう……即答しおったか……」

 

 あれ、なんか怒ってない?ってか、こんな子供引き入れたって大した得もないんじゃないか――いや、もしかして。

 

「勇者と闘う時のために人質にするつもり、とか?」

 

 一番それっぽい理由を言ってみた。が、ハドラーは呆れと怒りが混ざったような表情になって、

 

「そんな卑怯な真似をするものか、この戯けが。そんな手段を取っては魔王としての誇りに傷が付く……どうした、その間抜けな表情は」

 

 ぽかんと口が空いた顔の俺をハドラーが鼻で笑う。

 

「いや、そういう誇りとかお前にもあったんだな、と」

 

「オレの地獄の爪(ヘルズクロー)に貫かれてみるか?」

 

 勘弁してください。

 

「ハァ……単純にお前の腕を評価したんだがな。もういい、さっさと帰れ」

 

 帰れ、とまで言われたら帰らないわけにはいかない。素直に出ていこうとして……本来の目的を思い出した。

 ブルーメタル、まだ集まってないじゃないか。懐を探ると、既に入手した二つがあり……そのうちの一つに穴が空いていた。多分最終的には溶かすだろうから、大した問題ではないのかもしれない。しかしあの短い時間の間でもロンの職人気質が感じ取れた辺り、少しでも不備があれば怒号が飛んできかねない。正直ロンは絶対に敵に回したくない。いろんな意味で。

 

「帰りたいんだが帰れない……悲しいなぁ」

 

「ブツブツと何を言っている?」

 

 溜息を吐きながらハドラーに向き直る。

 

「俺、ブルーメタル集めないといけないからまだ帰れねぇわ」

 

「「……」」

 

 バルトスとハドラーが固まり、俺と少年は首を傾げる。何かマズイ事でも言ったのか?

 

「キサマ……ブルーメタルが何に使われているか知っているのか?」

 

 鋭い眼で睨むハドラー。考えてみれば地底魔城で採掘するんだから、ハドラーも使ってたのかな?

 

「剣や防具は基本だろ、他には何に使うのかよく知らんが」

 

 ロンに教えられてはいたが、正直な所、鍛冶職人でもなければ何かを作成するような性格ではない俺にはさっぱりだった。

 仕方ないだろ、癒しの力が云々言われても、とりあえず装備してると傷が治りやすいぐらいにしか理解できなかったわ。

 

「……キラーマシンのボディはどんな見た目だった?」

 

「どんなってそりゃ……あ」

 

 ……あ。

 

「ブルーメタル……」

 

「キラーマシンのボディはブルーメタル製だ、戯け」

 

 あー……そうだった。確かに自分でもアレをブルーメタルと認識してたっけ。

ってことはつまり。

 

「キラーマシンの製造に使う、と」

 

「その通りだ。だから――」

 

 挑発的な笑みを浮かべて、ハドラーは言った。

 

「欲しければオレよりも早く奪い取れ!」

 

 結局そうなるんだな……

 

「分かった。では、見つけたらガンガン採っていくし、攻撃されたら容赦なく反撃してやるからな。いっそここのブルーメタルを掘り尽くさんぐらいにな」

 

「ハッハッハ!やれるものならやってみるがいい!」

 

 

 

 そうしてひとまず、地底魔城を脱出し、近隣の森にて夜を越すことにした。

明日からは毎日地底魔城に潜り、ブルーメタルを採掘、そして勝てる相手とだけ戦って経験を積む。帰るまでにウンと強くなって、ロンの奴を驚かせてやりたいものだ。

 いずれはハドラーやロンを相手にしても遜色ないくらいになりたいものだ。そのためにもまず、今日の闘いで負った傷を癒さねば。

 

 



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第8話 最近は

早くもサブタイのネタが切れてきた。
そしてルビの振り方が分からず……


 魔王ハドラーの居城、地底魔城のその深部。地獄門の前で、少年と地獄の騎士が相対していた。

 少年カインは、闘気を集中させ防御力を上げた腕で、騎士の剣戟を防ぐ。騎士バルトスは、6本の腕から繰り出される巧みな剣術によって、カインを徐々に壁際へと追い詰めていく。

 二人が戦っているのを眺め、はやし立てる魔物達。その一匹の肩の上で騎士を応援する少年は、父の背中を眺め、その勇猛果敢な姿に心を躍らせる。

 魔物達は、カインが勝つの、いや絶対バルトス様だの、楽しげに結果を予想しあっている。

 

 この頃の地底魔城は平和である。

 

◇◇◇◇◇

 

「いやぁ、バルトスは強敵でしたね」

 

「よく言うわい、ワシの斬撃など一太刀もまともに浴びせられんかったぞ」

 

 今日もいつものように、ブルーメタルを入手しつつ、バルトスとの勝負を楽しんでいた。

最初の頃は、(素手で武器持ちの相手なんかできるか)と思っていたが、闘気を集中させれば割と簡単に素手で弾く事ができた。少し臆病すぎたんだろうか。

 

 初日こそ大量に襲いかかってきた魔物達だが、俺がバルトスに勝ってからは「バルトス様が負けるのに俺らが勝てるわけないな」と、諦めていた。始めて潜った日から一週間が経った今ではチャレンジ精神溢れる奴ぐらいしか挑んでこず、少々力量(レベル)が上がりづらい現状である。

 今ではすっかり賭けの対象とされてしまっているが、たまに油断した俺が負けているので、オッズは中々のバランスとなっている。

 

「父さん、カイン、おつかれさま!」

 

 少年――ヒュンケルがタオルを持って駆け寄ってきた。

ヒュンケルはバルトスが拾った人間の子供で、この地底魔城で暮らしている。バルトスに大層懐いていて、俺から見ても羨ましくなるぐらい仲のいい親子だ。

 人間の子供を育てていて大丈夫なのか、とハドラーに聞いた事があったが、ハドラーが言うには“優秀故に多少の我が儘や酔狂は大目に見ている”のだそうだ。聞けばバルトスは魔王軍最強の騎士だという。成程、それならば色々戦果もあるだろうしな。

 

 

「ありがとうよ、ヒュンケル」

 

「サンキュ、ヒュンケル」

 

 ヒュンケルの持ってきたタオルで二人揃って汗を拭く。バルトスは骨だけなのに、どこから汗が分泌されているのだろうか。

 

「それじゃ俺は、ハドラーに用事あるから行ってくる。どこにいる?」

 

「ハドラー様なら、闘技場でキラーマシンの修理をしておるぞ」

 

「またな、カイン」

 

 

 

 あの時キラーマシンと戦った闘技場まで歩いてくると、俺が倒したキラーマシンと、そこにしゃがみこんでいるハドラーが見えてきた。

 

「ようハドラー、調子はどうだい?」

 

「ヌ、カインか……ぼちぼち、と言いたい所だがな、お前に倒されたキラーマシンの修理が一向に進まん」

 

 目を向けると、確かにモノアイは潰れているし、足も一本折れたまま、ついでに装甲も明らかに足りない。

 やり過ぎたか、いやいや命の危機だったのだから、とわけのわからない自問自答をしていると、ハドラーが溜息を吐いた。

 

「ダメだな、廃棄するしかないな……」

 

「直せないのか?」

 

「これ一台作るのにも相当な手間だったのだ、コイツを諦めた方が早い」

 

 理屈は分かるんだが、それはそれでなんとなく気に入らない。

何より、こんな素晴らしいマシンを諦めるというのも、俺は好ましくなかった。

 考えてもみて欲しい、改造すれば中に乗る事もできそうだ。この四足に手を加えてホバー移動できるようにすれば、川ぐらいなら渡れるだろうし、出力を上げれば乗りこんで大陸間を移動できるかもしれない。長旅の時には食料を積み込めるようにしたり、夜には安全な内部で睡眠を取れる。

 ざっと考えただけでもこれほどの可能性があるのだ、惜しいに決まっている。

故に、俺が取る行動は一つ。

 

「コイツ、もし俺が直せたら譲ってくれないか?」

 

 ハドラーは目を丸くし、ついで爆笑した。

 

「ハハッ!このオレに直せないのにキサマのようなガキが修復できるものか!よかろう、もし完全に直せたのなら、この一台くれてやる。到底無理だろうがな、ハーッハッハッハ!」

 

 ちょろい。

ともかく、ハドラーの許可を取った俺は早速修理に取り掛かった。時間はかかるだろうが、どうせブルーメタルはまだ集まりきっていないのだ、毎日バルトスや魔物、それにハドラーと戦って経験を積みつつ、少しづつ修理すればいいだけのことだ。

そう考え、ハドラーに詳しい事を訊きながら修理を始めた……。

 



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第9話 キラーマシン整備

「ちょっとそっちの本取ってくれ」

 

「ほれ」

 

 ポスっと音を立ててハドラーが投げ渡してきた本をキャッチする。もっと丁寧に扱えよ。

 

最近は、地底魔城訪問→ブルーメタル採掘→VSバルトス→VSハドラー→昼食→キラーマシン修理と並行しながらマシン兵系列についての勉強→帰宅、という正直学校に通っていた頃とあまり変わらないんじゃないかという生活を送っていた。

 どうでもいいことだが、俺の通っていたのは工業系の学校であり、その時習った事がキラーマシン修理に少なからず役立っている。本当にどうでもいいことだが。

 

「これは……ン、人間が書いた奴か?」

 

 受け取った本は人間の言葉で書かれていた。今まで借りた本は殆どが魔物の文字で書かれており、ハドラーに訊きながら読みすすめているのでこれは有り難い。

 題は……『メイドさんロボの作り方』……なんだこりゃ。

著者は……Dr.デロト。何やってんだあの爺さん。

 

 とりあえずスルーして他のを読み進めていく。といっても、おぼろげにしか解読できない物も多く、古代文字で書かれた物などはハドラーにも分からない部分が主だそうだ。

 その分性能は高いのだろうが、とはハドラーの弁。

 

「しっかし、魔王ってのも案外大変なんだな」

 

「まぁな。魔物を束ねるに値する力、知識、カリスマ、その他諸々が必要だからな。政治なんかも出来んといかんし、勉強は欠かせん」

 

「てっきり力でねじ伏せてるだけかと思ったが、魔物にも色々あるんだねぇ」

 

「そんなのはお山の大将というヤツだろうが。その理論でいったら今頃トロル族も魔王だな」

 

 雑談を交えながら修理と勉強を並行してやっていく。今もちょうど、音声システムを修理したところだ。

 

「しかし淒い技術だな、キラーマシンがみるみる直っていく」

 

「時間がかなりかかるけどな、パソコンを一から作るのよりちょっと難しいぐらいだ」

 

「ぱそこん?」

 

「こっちの話だ。よし、魔晶石嵌めるぞ」

 

 カチリと動力源の魔晶石をはめ込む。魔晶石とは、魔力を溜め込む性質のある石で、これに魔力を送って起動、細かな指示をするんだそうだ。俺は呪文が使えないから、魔力があるかは分からんが。     

 世の中にはこういった魔法石が沢山あり、特に上質な物を使った武器は伝説とまで呼ばれる一品になるんだとか。例えば振るうだけで真空波を生み出す斧、掲げると相手の守りを弱化する剣など。いつかはそういうのを手に入れられるんだろうか――

 夢想していると、ハドラーに声を掛けられた。

 

「カイン、お前が起動してみろ」

 

「はぁ?バカ言うなよ、俺に魔力なんざある訳無いだろ。まだ足や装甲が直ってないとはいえ、暴走しないとも限らんし」

 

 眉根を寄せて否定する。が、ハドラーは頑なにお前がやれと言う。

仕方ない、物は試しだ。闘気を放出する感覚で――。

 

 

 ピピッ、という電子音と共にモノアイに光が宿る。え、上手くいった?しかもあっさりと。

ぽかんとする俺を横目で見ながらハドラーは言った。

 

「カイン、キサマは潜在的に莫大な魔力を保有している。それもこのオレを上回らんばかりのな。放出さえできれば、この程度は容易いだろう――もっとも、お前は呪文が使えんから、宝の持ち腐れだがな」

 

 言葉の最後で小さく吹き出しやがったのでとりあえず顔面に裏拳を叩き込んでおいた。悶絶しているが知ったこっちゃないな。

 

「えーと、とりあえず、今の状態を報告してくれ」

 

『ダメージ61%、脚部、及ビ胸部装甲破損。行動ニ支障が出マス』

 

 

「ふむ、音声に問題はなし……武器はモノアイ以外壊してないし、そこも修理した。後は脚部、それに装甲か……大分完成が見えてきたな」

 

 ブルーメタルも大分集まった。まだ予定数には足りないが、後一週間もあれば集まるだろう。ここから去るのも近いか――

 ここでの出来事を思い返しながら、本を纏めていく。感傷に浸っている間、ハドラーはまだ悶絶していた。

 



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第10話 旅立ち

 コロシアムに置かれた壊れたキラーマシン、その周囲に魔物達が集まっていた。

 その中には地獄の騎士バルトスや、少年ヒュンケル、果ては魔王ハドラーの姿もある。彼らが固唾を飲んで見守っているのは、カインが最後の作業を行っている所だ。

 数日前では、装甲の破損などが目立っていたボディだが、完全に修復され、一筋の傷すら見当たらない。連日の勉強と修理のおかげで、カインはすっかりキラーマシンについて熟知していた。

 

 「起動するぞ……これで完璧なはずだ」

 

 いよいよ、キラーマシンが起動される。ダメージが0%ならば、晴れてこのキラーマシンは貰い受ける事が出来る。緊張の面持ちで、魔力を送った。

 

『ダメージ0%、損傷アリマセン』

 

 観客から歓声があがる。ただの人間の子供が、キラーマシンを修理した。些細な事ではあるが、彼らにとっては知った顔がそれを成した。その事実に魔物達は色めき立つ。

 バルトスは六本の腕で拍手をし、ヒュンケルは目を輝かせ、ハドラーが一歩前に出て、カインを労った。

 

「素晴らしいな、まさか本当に修復してしまうとは思いもよらなかった!約束通りこいつはキサマにくれてやろうではないか!」

 

「有り難くいただくぜ、ハドラー。ま、ここまで出来たのもお前のおかげさ。大事にするよ」

 

 ハドラーは満足げに頷いている。やや興奮冷めやらぬ様子であったが、真面目な顔になっている。魔物達もそれを感じ取り、静まり返る。

 

「では――行くのか?」

 

「ああ……ブルーメタルも集まったし、キラーマシンも修復した。もう、ここでやる事はないからな」

 

 それを聞いて、どことなくハドラーが落胆したように見えた。やはり、カインを部下に引き入れたいと今も思っているのだろう。だが、一度しか問わないと言った事を断られた手前、再び同じ事を言うわけにもいかないし、そもそも彼が誰かに従うような性格とは思えない。

 魔族であるハドラーと懇意にしていたり、強さを含めて常識に囚われない奴だ、とハドラーは常々思っていた。もしかしたら気分でしか行動していないんじゃないかというぐらいに気分屋だったり、全力を振るう事を楽しむ戦闘狂じみた一面もあれば、ヒュンケルと遊んでやる程度には面倒見がよかったりと、まるでカインという個を見定めさせないかのような振る舞いが目立っていた。

 彼の多面性はどうあれ、もう彼がここから去るというのはわかりきっていた。元々、これ程長く滞在するとは思っていなかったが、彼がいる間の地底魔城は平和で楽しげな空気が流れていた。

 

「また遊びに来いよー!」

 

「歓迎するからなー!」

 

 魔物達から別れを惜しむ声があがれば、地獄の騎士から、短い間だったが楽しい時間をありがとう、と礼があり、ヒュンケルはまだもう少しいてほしい、と引き止められる。

 後ろ髪を引かれる思いで、カインは立ち去ろうとした。

 

 

 

「ちょっと待て」

 

 が、ハドラーに呼び止められて立ち止まった。

 

「どうした、まだ何かあるのか?」

 

 怪訝な顔をするカインに近づき、ハドラーは一本の筒を懐から取り出した。その筒を手に握らせ、語った。

 

「これはな、生物を封じ込めて置ける魔法の筒だ。相手に向けて、イルイル、と唱えれば一匹のみ収納して持ち運べる。出すときにはデルパだ」

 

「おい、これって貴重品じゃあないのか?いいのかよ、こんなもん」

 

「構わん、餞別だ。旅立つ我が好敵手への、な」

 

 そう言ってハドラーはニヤリと笑い、カインと握手をした。好敵手と呼ばれたカインは満更でもないようで、少し照れくさげだった。

 

「今度会う時には今よりもっと強くなってるからな、覚悟しろよ?」

 

「面白い、もし弱くなっていたら、わかっているだろうな?最も、その頃にはオレも格段に強くなって、勇者を葬っているだろうが……っと、最後に一つ聞かせてくれ。あの時、『最後にものを言うのは精神力だ』とか言ってたが、あれはどういう意味だ?」

 

 首を傾げるハドラーに対し、カインは若干脱力して答えた。

 

「お前な、それを訊いてどうすんだよ、ったく――いいか?重要なのは心持ちだ。意気込みだ。できないと思い込むからできない、できると信じるからできる。そういうもんだ」

 

「ムゥ……いまいちよく分からんな」

 

「後は自分で考えな。――それじゃ、今度こそ」

 

「ああ、そうだ、もう一つ」

 

「まだあんのかよ!?」

 

 呆れた顔で嘆息するカイン。さっさと言え、という思いが態度に出ていた。

 

「最初の頃と口調が少し違うが、どうしたんだ?」

 

「……かっこつけてたんだよ、悪いか」

 

 小さく吹き出したハドラーがカインに吹っ飛ばされる。今では割と見慣れた光景を、ヒュンケル達は笑いながら見ていた。

 

「今度こそ行くからな、じゃあな!」

 

「ああ……さらばだ、カイン」

 

 そうして、カイン・R・ハインラインは去っていった。魔王が見つめるその後ろ姿は、初めてそれを見たときより、心なしか大きくなって見えた。

 



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第11話 ランカークス村

最近キーボードの調子がすこぶる悪くて大変です。
買い替え時かなぁ……


 地底魔城を去って数日、俺はようやくランカークス村まで帰ってきた。

真っ直ぐロンの所へ行こうかと思ったが、そろそろ日が沈む。着く頃には夜になっているだろうし、そんな時間に押しかけても迷惑だろう。

 そう考えて、キラーマシン――ロビンと名付けた、ハドラーから譲り受けた機体だ。そいつを近くの森に隠し、ブルーメタルを持たせて待機させ、俺は村の宿に泊まろうと考えた。盗賊に見つかったとしても、キラーマシンを見れば手が出せないだろうからな。

 

 ここは小さいがのどかでいい村だ。老後はここでのんびり過ごすのも悪くないかもな……

 そう考えながら、宿に予約を入れた。さて、後は道具屋で薬草やらを仕入れて、武器屋でも適当に冷やかすかな。

 

 

 

 武器屋で剣や槍を物色するのは中々楽しいものである。当然俺は武器を使わないが、世の中には様々な武器を使いこなす猛者もいるのだから俺もそのぐらいやってのけたい、と思うのも事実だ。某武器コレクターのように『最強の剣』を探したりとか、そういうのに憧れる事だってある。

 そんな事を考えながら見ていると、隅に置いてある剣に目がいった。手に取ってみると、店主に声をかけられた。

 

「それを手に取るとはお目が高い、そいつはどうだい?安くしとくぜ」

 

「うーん……この剣を作ったのは何という方で?」

 

 持ち合わせはそれなりにあるから買えるといえば買えるのだが、それ以上に製作者が気になった。勿論、『最強の剣』とかそういった大層なもんじゃあない。だが、普通の武器とは明らかに違う感じがした。あくまで感じであり、理屈ではないが。

 店主は片眉をあげて、知りたいってんなら教えるが、と前置きして言った。

 

「最近知り合った魔族だよ。気難しい奴だが、その剣を見れば腕の良さは分かるだろ?」

 

「ああ、魔族か。どうりで……」

 

 さっきの前置きは多分、魔王の脅威がある今のご時世、魔族の友人がいる、なんて言ったらどうなるか、という危惧故だろう。その魔族に迷惑を掛けたくないのもあるだろうが。

 まぁ、俺はハドラー達とも親交があるし、ロンも魔族だ。その辺の事でとやかく言うつもりも言われるつもりもない。……あれ、知り合いの人間ってヒュンケルしかいないじゃん俺。

 しかし腕の良い鍛冶職人の魔族か、ロン……ではないよな、あそこはそうそう見つからないだろうし。道に迷ったとかじゃあないと見つからないんじゃなかろうか。

 

「そうか、ありがとう。明日の夕暮れ時に来てまだあったら考えておくよ」

 

「どうせ客なんざ殆ど来ないから構わんさ。貰うもんはきっちり貰うがね」

 

 苦笑しながら武器屋を後にし、宿に戻った。当てられた部屋に入って荷物を無造作に置いてから、ベッドに身を投げ出し、手帳を取り出した。

 この手帳は、地底魔城に挑み始めて何日かしてから、バルトスとハドラーの動き方や俺の得意な間合い、立ち回り、それにキラーマシンの事を覚える目的で購入したものだ。

 最近では、気になる事を書き込んだり、今後の予定などを書き込んでいる。こういったマメな事も何かに役立つかもしれないしな。決してカッコつけてる訳じゃあない。

 

 手帳を眺めながら今日の事を思い出していると、先ほどの店主との会話が頭に浮かんだ。魔族と知り合い、というだけで石を投げられる可能性があるのなら、魔族にはどんな反応をするんだろうか。攻撃するか、或いは圧倒的な力の差がある相手なら、怯えるだけか。それ程の差があれば、歯牙にもかけないだろうが。

 だが、例えば、力のそれ程強くない魔族の恋人がいる、もしくは親が魔族の子供だったら、どうだろうか。圧倒的な武の前には、数の暴力など意味を成さないが、そうでない場合には。

 ……やめよう、胸糞悪くなるだけだ。さっさと食事して寝よう。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 翌朝、俺はロビンを連れて、遠回りでロンの所へ向かった。何故遠回りしたのかというと、単純に見つかると面倒だからだ。キラーマシンに乗って移動する子供。どう見ても怪しいと思われるだろうな。

 そのおかげで、多少時間はかかったものの、誰にも見つからずに到着する事が出来た。

ロビンを待機させ、戸を叩く。しばらく待つと、ガチャリと音を立てて扉が開いた。

 

「はいよ、どちらさん……って、昨日のボウズじゃないか。どうした?こんな森の中で。道にでも迷ったのか?」

 

 戸を開けて出てきたのは、昨日の武器屋の店主だった。営業ではないからか、口調は昨日よりも若干柔らかい。

 ここはロンの家だったはずだが、もしかして店主が話していた魔族ってやっぱりロンの事なんだろうか。

 

「ああ、失礼。知り合いに用事があって来たんですが」

 

 一応俺は子供なので、敬語を使う。敬語慣れないけどな、いつもの口調が楽でいいわ。

 

「知り合いって……って、なんだそいつ!?」

 

 店主がロビンをみて驚く。忘れてたな、そういえば。普通の人間だったら驚くよな、そりゃ。ロビンにお辞儀をさせると、更に驚いた。楽しい。

 とりあえず危険はない事を理解したらしい店主は、家の中に向かって声をあげた。

 

「騒がしいなジャンク……どうした?って、お前……」

 

 そこでようやくロンが出てきたのはいいが、俺の顔を見て固まった。どっか変な所でもあったか?

首を傾げると、ロンが口を開いた。

 

「生きてたのか」

 

「第一声がそれか」

 

 いつの間にか死んだと思われていた。解せぬ。

 




キラーマシンの名前候補

ロビン
キラーマ
のっひー

無難にロビンにしました。


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第12話 彼は綺麗に吹き飛びました

 ロンの家で、俺達は茶を飲みながら(ロンは酒を飲んでいる。昼間から飲むなよ……)談笑していた。

 

「ワッハッハ……!悪かったって、そういつまでも不貞腐れるなよ、カイン!」

 

 笑いながらロンが俺の肩を乱暴に叩く。不貞腐れてなんてないやい。

 

「しかしボウズ……おっと、カインがロンの奴と知り合いだとは思わなかったな。どうやって知り合ったんだ?」

 

 武器屋の店主――ジャンクが意外そうな目で俺とロンを交互に見る。俺から言わせれば、一介の武器屋と魔族の鍛冶屋が何故知り合うのか不思議なんだが。

 

「なに、そこで拾っただけよ……こいつがたまたま修行、か?やってるところに出くわしてな」

 

「あの時はビビったぞ、いきなり魔族が話しかけてくるんだからな」

 

「ぬかせ、ちっとも動じてなかったじゃねぇか」

 

 良く冷えた茶を飲みながら肩を竦める。実際はビビリはしなかったが、驚いたのを覚えている。動きの確認をしていたら突然声をかけられたからな。

 

「しっかしまぁ……キラーマシンを倒すとは、一体どんな手を使ったんだ?」

 

「人聞きの悪い、正面から倒したよ。レーザー一発食らったけど、こっちは脚一本折って他にもいくつか壊した。完全勝利だったぞ」

 

 信じがたい、という目でジャンクが見てくる。といっても、ロビンという証拠がそこにいるんだがな。

 余談だが、ロンはキラーマシンの存在を知っていたらしい。だったらちゃんと教えろよ、と思わないでもないが、結果的にはこうして無事に帰り、その上キラーマシンも手に入ったのだから万々歳なのだが。とはいえ、ムカついたので掴んだ相手にサマーソルトを浴びせる投げ技、シュワルツモーメントを食らわせておいたが。しっかり当てれる辺り、成長してるなと実感できるのは嬉しいんだが……。

 

「まぁ確かに、見違える程の成長ぶりだしな、納得せざるをえない。で、ブルーメタル採ってきたんだろうな?」

 

 そうそう、忘れちゃいけない。こいつを使って篭手を作るって話だったな。

ロビンの前面装甲を開けさせて、中に収納していたブルーメタルを取り出す。因みにこの中、子供なら2,3人、大人でも1人ぐらいは楽に入れるだけのスペースがある。急な雨でもこれで安心……っと、そうじゃない。

 

「ほら、指定された数持ってきたぞ。これとあといくつかの素材で作ってくれるんだろ?」

 

 と、ブルーメタルを渡し――

 

「なんか数が多くないか?」

 

「は?」

 

 ロンの一言でピタリと止まる。数が多いって?

 

 どういう……ことだ……

 

「は?いや、だってお前渡したこのメモにちゃんと数書いてあるだろ」

 

 ロンに渡されたメモを見せる。ジャンクとロンが覗き込みながら数を数え――

 

「あ」

 

「「あ?」」

 

「すまん、桁が一つ多かった」

 

「「……」」

 

 ……これはキレてもいいよな?な?

 

「ま、待て待て!余った分で……そうだ、ついでだが剣も作ってやる!だから無言で頭を掴むな!」

 

 ギリギリと音を立てて片手でロンの頭を掴んでいると、そんな事を言ってきた。

もし俺にバギクロスでも使えたなら、今頃『お別れです!』的な事になっていたのに、残念だ。

 

「……それでも余ったら?」

 

 ジトーっとロンを睨みつけると、ロビンを指し示し、そいつの改造にでも使えばいい。必要なら高く買い取ってやる、と言った。

 そういうことならいいだろう。あまり使わなそうだが、剣も手に入る。ロビンも色々と手を加えたい所だしな。ハドラーの所にあった本の何冊かをデータにしてロビンに残してある。材料さえ揃えば、それらを作る事も出来るかもしれないしな。

 

「分かったよ。じゃあ、俺はまた素材探しに行くけどいいよな?」

 

 立ち上がってそう言うと、ジャンクは引き止めてきた。もっとゆっくりすればいいだろう、急ぐわけでもあるまいし、と。

 

「そうは言うがな、俺は確かに子供だ、しかしそれは同時に伸び盛りということでもある。子供の頃から無茶だと思われるぐらい修行しないと、俺みたいな凡人は高みにいけないんだよ。目標とする奴に追いつこうなんて、夢のまた夢だ」

 

 頭を振ってそう言うと、ジャンクは微妙な顔つきに、ロンは納得したような顔になった。

 

「妙に生き急いでるなと思えば、そういう事か。じゃあよ、お前さんは誰を目標としている?」

 

 神妙な面持ちでロンが問いかけてくる。

こればかりは迷う事もなく、正直に答える。

 

「魔王ハドラーは勿論の事、お前も目標だよ、ロン・ベルク」

 

「……ハッハッハ!この俺も目標ときたか、いやはや全く食えない野郎だ」

 

 二人で愉快げに笑っているが、ジャンクはまだ首を傾げていた。

 

 

 

 

 未だ名残惜しそうにしているジャンクと未だ酒を飲んでいるロンに見送られながら、俺はロビンと共に再び旅に出た。どこに行こうかな、とボーッと考えながら。

 

 

 

 

 

 これは言わなかったが、目標としているのは他に何人かいる。出会う事はないだろうにしても、だ。

 格ゲー好きなら、彼らの名前を聞いた事もあるのではないだろうか。

 

 例えば、『拳を極めし者』豪鬼。

 例えば、『虐殺の交響曲』ルガール・バーンシュタイン。

 そして、『悪のカリスマ』ギース・ハワード。

 

 彼らのような強さ、気高さ、執念。目標とすべき所は沢山あるのだ。

いずれはあのぐらいの高みには立ちたいものだと夢想する。いずれ起こるある闘いを知るよしもなく、唯、呑気に。

 



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第13話 小さな勇者

 ランカークスを発ち数日後、俺はベンガーナに来ていた。

ベンガーナは世界有数の商業大国だ。ここに来たのも、ロビンを改造、或いは何か物を作るための素材や道具を購入に来たのだ。

 金は道中で魔物を蹴散らした時に落としたアイテムやなんかを売って稼いでいる。時には困っている人を助けてお礼を貰ったり、方法は様々だ。一見価値のないようなアイテムでも、好事家は意外といるものだからな。

 ゲームだとメダル王がいるように、こっちでは鉱石マニアやなんかも沢山だ。余っているブルーメタルを買い取ってもらえればかなりの額になる。

 

 とまぁ、そんな風にして稼ぎながらやってきたのだが、ベンガーナのデパート(世界でもここにしかないらしい。かなりの発展具合だ)まで来たのはいいんだが、都会特有のゴミゴミした感じというか、空気の淀みというか、何というか。それが嫌だったので、わざわざ近隣の小さな山村までやって来て宿を取る事にした。

 

 

 宿に予約を入れた俺は、またいつものようにその辺をぶらぶらと散歩していた。

こうして散歩しながら人の会話を聞いているだけでも、何か情報が手に入る事もある。 例えば、今聞こえている会話なら、山菜を採りに行った妻が中々戻ってこないんだが、と心配する声や、夜までには戻ってくるだろうから心配するな、と返す声も聞こえる。

 見たことのない魔物がいた、いや、それはただの見間違いじゃないか、とか。まさかロビンの事じゃないだろうな。

 この辺りで勇者と名乗る者が来ているらしい、まさかあの有名な勇者様か、いや、勇者様の名を騙る偽物かもしれない、とか。

 それを言ったらあのなんとかって盗賊団が来てるらしい、じゃあ勇者様はそれを退治に来たんじゃないのか、いや、俺はもう改心したって聞いたが、とか。

 

 中々楽しいものであるが、流石にそろそろ日も暮れる。宿に戻るか。

 

 

 

  

 宿に戻った俺は、手帳にメモしたデータの整理をしていた。

 ロビンのAI、古代の技術、新しく分かった事などなどだ。ロビンのAIについては、やはり臨機応変に対応させたい。武装の変更も視野に入れよう。

 古代の技術やそれに準ずる物は、解読が難しい物も多い。ゆっくりと解読していこう。今読み取れる範囲では、『空を駆ける事のできる靴』とかいうのが気になるな。

 

 さて、そろそろ寝るか。しっかり寝ないと身体が持たないしな。

 

 俺の日常は大体こんな感じで過ぎていく。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 翌朝目を覚ました俺は、再びデパートへ行く準備をしていた。露天で適当に朝食を摂りながら必要な物を手帳に纏めていく。

 ぼんやりと考え事をしている時、喧嘩のような声が聞こえてきた。

興味本位で見に行ってみると、騒いでいたのは、昨日山菜がどうとか……違う、山菜を採りに行った妻が中々戻ってこないと言っていた人だった。

 近くの人に事情を尋ねると、その奥さんがまだ帰ってきていないらしく、夫が探しに行こうとしてるのを諌めている所らしい。

 これだけならまだいいんだが、近くで熊や魔物の目撃情報もあり、迂闊に森に入ったら危ないと止めているんだそうだ。

 だが、夫としては尚更行こうとするだろう。自分の妻が危険な目に遭っているかもしれないとなったらそりゃ助けに行くだろう。俺だってそーする。

 

 

 故に俺は、自分が探しに行くと伝えた。当然ながら、子供が行くなんてもっと危険だ、そんな事はさせられない、と、口を揃えて言ってきた。

 

「君は下がっていなさい、これは俺の問題だ、俺が探しにいく!」

 

 と、スキンヘッドの夫が言えば、

 

「彼女が戻ってきた時にお前が戻ってこなかったらどうなる!彼女が悲しむだろう、お前は自分の女を泣かせたいのか!?」

 

 と、傍らの男が言う。

 

「ぐ……だが、仕方ないだろう、アイツに何かあったら、俺は……」

 

「あの、だから、俺が行きますよ?」

 

「だから子供は――」

 

「一人旅ができる程度には強い子供ですが、それでもですか?」

 

 そう言うと、二人共動きを止めて俺に向き直った。ってかさっきのままじゃあ堂々巡りだよな……

 そう考えて密かに嘆息すると、スキンヘッドじゃない方の男が訊ねてきた。

 

「……君は自分の力に自信があるのか?」

 

「そりゃありますよ、過信はしませんが」

 

「なら、どのくらいのレベルなら相手できる?」

 

「お、おい!まさか本当にこの子に行かせるつもりか?俺は反対だ!」

 

 夫のほう……めんどくさいな、村人Aでいいや。Aはまだ渋っていたが、あー、こっちは……Bだな、うん。Bは俺に任せようと考えているようだ。最も、やはり不安なようだが。

 

「魔王ハドラーぐらいのレベルなら、まともにやり合えます」

 

「……分かった。ただし、自分も行く。子供一人にそんな事をさせては、自分の誇りに関わる」

 

「っ!おい!」

 

 Aが声を張り上げようとしたが、面倒なので、

 

「では、走りますよ。ちゃんと付いてきてください」

 

 とだけ言い残してダッシュした。面倒キライ。

じゃあなんでわざわざ面倒に首突っ込むんだ、無視すればいいだろうと思われるかもしれないが、これには訳がある。

 

 

 ……予算オーバー、しそうなんだよなぁ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 森に踏み込んですぐ、村人Bが追いついてきた。

少し息を切らしているが、構わずどんどん突き進んでいった。

 

「この辺りでは、熊や魔物の出没情報がある。おまけにあの悪名高いカンダタ一味もいるという。余り長居したくはないな」

 

 というセリフを聞き流しながら、こっそりロビンに指示を送って探させる。いちいち説明するのも面倒だからな。

 この人も大して強くないようだし、いざとなったら俺一人でどうにかするしかないな。ま、ハドラーより強いのは流石にいないだろう。

 

 たまに茂みが揺れて身構えるものの、特に何もいなかったり、野兎だったりと空振りが続いた。ロビンの方もまだ何も見つかっていないようだ。

 

「見つからないな……一体どこにいるんだ?」

 

「案外森の中じゃなく、洞窟かどっかに身を隠しているかもしれませんがね。搜索の範囲を広げましょう」

 

 と、相談していた時、突然どこからか声が鳴り響いた。

 

「フッフッフ……お困りのようだニ」

 

「誰だ!」

 

 聞き覚えのない声に身構え、ロビンを臨戦態勢に入らせる。ついでにBを後ろに庇って、声の出処を探る。

 

「怖がる必要はないニ。ボキは弱きを助け強きをくじく、みんなのヒーロー……そう」

 

 木の上から小さな影が眼前に飛び降りてきた。

そいつは、ビシッとポーズを決めて、仰々しくこう言った。

 

「人はボキを……勇者と呼ぶニ」

 

「チェンジ」

 

 勇者と名乗ったのは、勇者は勇者でも魔物の勇者。

『プチヒーロー』という魔物だった。

 




※呼びません


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第14話 勇者アベル

おかしいな、当初の予定より物凄い長いぞ?二話ぐらいでさっくりやるつもりだったのに。


「フッ……余りの格好良さに声も出ないかニ」

 

 否、俺と村人Bはただ単に反応に困っていただけである。

いきなり魔物が勇者と名乗って話しかけてくれば困惑ぐらいするだろう。というかそうは思わんのか、コイツは。

 

「おっと、こうしてる暇はない。急ぎましょう」

 

「え、あ、ああ」

 

 Bを急かして、プチヒーローを迂回して進んでいく。プチヒーローはさっきのポーズのまま固まっていた。

 

「なんだったんだ……?」

 

「変な奴もいるもんですねぇ」

 

 後ろから走ってくる声が聞こえるが気にしない。プチヒーローが必死に叫んでるのなんて聞こえない。

 

「ちょっと待ってくれニ!人を探してるならこのボキが手伝うニ~!」

 

「……どうします?」

 

「どうするといっても、悪意はないようだが……」

 

 そうだな、ちょっと試してみるか。

 

「よく聞いてください。今から20秒後に、キラーマシンが出てきます。そうしたら立ち止まってください、キラーマシンへの反応で決めます」

 

「き、キラーマシン!?なんだってそんな奴が――」

 

「タネ明かしは後でと相場が決まってますよ。いいからほら、準備してください」

 

 こっそりとロビンを先回りさせる。ロビンに対して、例えば捕まえろとか言うんだったら無視、もしくは吹っ飛ばす。ただし、もしも『人間』を助けようとするんだったら、合格だ。キラーマシンのように強さが分かりやすいとこういう時に便利だ。差し向けた時の反応で簡単に判断できる。やってる事は少しばかり汚いが、本当に急いでるのだからこれぐらいは仕方ない、うん。

 

 

「よし、来いロビン」

 

 がさり、と音を立てて草陰からロビンが出てくる。

Bは おどろきとまどっている!

 

「ほ、本当にキラーマシンが……」

 

「あ、コイツ無害なんで大丈夫です。で、アイツは……」

 

 後ろを振り返ってみると、さっきのプチヒーローがちょうど追いついてきた所だった。

 

「ぜぇぜぇ……や、やっと追いつい……って、なんでキラーマシンがこんな所にいるんだニ!?」

 

 さて、どう出るか……

 

「コイツは危険だニ!君達はボキに任せて逃げるニ!」

 

 うわ、わかりやすっ。

プチヒーローは剣を抜いてロビンに飛びかかった。が、あっさりと倒された。分かり易い、そして弱い。

 

「ロビン、もういいぞ、下がれ」

 

「ニ……ニ?」

 

 状況を把握できていない様子のプチヒーローだが、ロビンの上に座り直した俺を見て理解したようだった。

 

「そういう事かニ……」

 

「ああ、そういう事だ。騙して悪いが――」

 

「お前が魔王ハドラーかニ!」

 

「「……」」

 

 訂正、全くもって理解してない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 俺の説明(物理)によって、どうにかプチヒーロー……『アベル』は、試されていた事を理解した。

 アベルというのがプチヒーローの名前らしい。アベルは勇者として、ハドラーを倒す事を目標にしているらしい。魔物なのにそれはいいのか、と聞いたら、

 

「魔物とか人間なんて、正義の前には些細な事だニ」

 

 と返された。一応一本筋の通った奴のようだ。弱いけど。ハドラーどころかバルトスに勝てるかも危ういが。

 口が悪いって?そんな事はない、俺は事実を言っているだけだ。とはいえ、ベホイミやヒャダルコ程度の魔法なら使えるそうだ。取れる手段は俺よりも多いのだろう。

 

「キラーマシンを従えてるなんて、カインは相当変わった人間だニ」

 

「うるせぇ、お前も相当変わった魔物だろうが」

 

「ヒーローというのはいつの世も理解されないものなのニ」

 

 どこかズレた奴だが、どうにも憎めない。なんだろう、ゆるキャラってこんな感じなのか?それともアベルがちんまいからか?

 

「二人共、話すのはいいんだがもう少し静かにしてくれ、熊が出たらどうするんだ」

 

「少なくとも君以外は熊より圧倒的に強いニ」

 

「……見たことのない魔物が出たら」

 

「アベルの事でしょう、多分」

 

「……か、カンダタ一味が出たらっ!」

 

「「襲われたらボコって情報収集」」

 

「もう無理だ!」

 

「むしろカンダタ一味とやらには出てもらわないと困るんだがな、俺は」

 

 ロビンに揺られながら、財布の中身を確認する。ええと、大体3500ゴールド……やっぱり少し心許ないな。

 

「盗賊からなら色々奪ってもいいよな?」

 

「山賊みたいな考えだニ」

 

 アベルの呟きを無視し、辺りに注意を払いながら進んでいく。カンダタ一味か目的の女性、それもいなけりゃ熊でもいないかなーっと。

 そう考えながら視線を巡らせていると、森が少しばかり開けているのが見えた。

 

「この辺りはもうテランとの国境近くだ、流石に一旦戻った方がいいだろう」

 

「戻るのはあの辺を見てからでもいいんじゃないか?」

 

「そうだニ、そこの開けた場所……ん、洞窟があるニ」

 

 こっそりとアベルの見つけた洞窟を伺ってみると、屈強な男が二人入口に立っているのが見えた。

 これはもしかすると、もしかするかもしれんぞ。

 

「二人共、ここで待っててくれ。俺がちょっと訪ねてくる」

 

「待った、奴らは多分噂のカンダタ一味だ。君一人では――」

 

「いてきまーす」

 

「せめて最後まで聞いてくれ!」

 

 声を無視し、俺はカンダタ一味(推定)に近づいていった。

 



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第15話 カンダタ義賊団

「ちょっと失礼、少々お尋ねしたいのですが」

 

 洞窟の入口を守る男達に正面から声をかける。無駄に警戒されないように、丁寧な態度を心がけながら、注意深く進む。

 

「あぁ?なんだぁテメェは?」

 

「子供がこんな所を彷徨いていると危ないぞ。この辺りで熊が出てな、今そいつを警戒して、こうやって二人一組で注意を払ってるんだ。道に迷ったんなら、手すきの者を呼んでくるから」

 

 メットを被った方の男は少しばかり威圧的だったが、もう一人の男は結構親切だった。

申し出を丁重に断り、人を探している事を伝えると、

 

「なぁ、もしかしてあの人じゃないか?昨日見つけた」

 

「あー、そうかもな。ボウズ、そのねぇちゃんの顔分かるよな?」

 

「いえ、俺は探すのを手伝っているだけなので風貌までは。知っている人が一人ついてきてますが、カンダタ一味とやらが来るかもしれないってその辺を警戒してますよ」

 

 肩を竦めながらカマをかけてみる。

 

「そのカンダタ一味って俺らの事だぞ、ボウズ」

 

「その人をちょっと呼んできてくれないか?」

 

「はいはい、ちょっと待ってくださいねっと」

 

 大当たり。やっぱりこの人達がカンダタ一味か。

やけにあっさり了承したなって?悪意があるか、とかどんな感情抱いてるか、なんて眼を見れば分かるだろ?

 

 

 村人Bとアベルを呼んで、ロビンに乗って洞窟に戻ってくると、男達は目を剥いた。いい加減このリアクションも飽きてきたな。

 事情を説明すると、快く中に案内してくれた。部屋に案内され、Bがベッドに横たわる女性に駆け寄ると、やはり村人Aの奥さんだと判明した。

 

 二人が会話している間に、どことなく世紀末臭のするメットの人が語ってくれた内容によると、こうだ。

 

「あのねぇちゃん、山菜を取りに来たはいいが、道に迷っちまったらしくてな。途方に暮れたところに熊まで出やがった。慌てて逃げようとしたら運悪く足をくじいちまって動けなくなった。そこに偶然通りがかったお頭が熊を追い払って、村より近かったここのアジトに連れてきて手当をした訳だ。今はお頭と何人かでその熊を仕留めるために探してる。お頭が戻ってきたら村まで送ってやろうって事になってるんだ」

 

 なんだ、カンダタって良い奴じゃん!

兎も角、カンダタ達は村人が懸念していたような悪人ではないようだ。とりあえず当面の問題はその熊だけだな。

 

 そう考えていると、部屋に駆け込んできた下っ端が、お頭が帰ってきたと叫んだ。

 

 

 

「なるほどな、まぁなんにせよ無事でなによりって感じだな」

 

「え、えぇ。その、本当にありがとうございました、カンダタさん」

 

「いいって事よ、困ったときはお互い様ってな。情けは人の為ならずともいうだろ?親切は惜しんじゃあいけねぇわな」

 

 などと男前な事を言っている、カンダタ一味のトップ、カンダタ。

その出で立ちは――

 

覆面!

 

上半身裸+マント!

 

斧!

 

 どう見ても不審者です、本当に以下略。

 

「しかしカンダタさんよ、俺はあんたらが盗賊だとか聞いたんだが、根も葉もない噂って事でいいのか?」

 

 そう切り出した俺にカンダタが向き直る。直視しづらいんだが、アンタの格好。

 

「カインって言ったな。完全に根も葉もないってわけじゃあねぇぜ、その噂。俺たちは確かに数年前までは盗賊団だった、だが!ある日を境に我らカンダタ盗賊団は、カンダタ義賊団となったのさ!」

 

 仰々しく身振り手振りを交えて話すカンダタ。すまん、物凄い直視しづらい。なんで皆平気なんだよ?

 

「あー……そのある日ってのは?」

 

 なんとなく聞かなきゃいけなさそうな雰囲気だったので一応訊ねてみる。

 

「よくぞ聞いてくれました!そう、あの日、俺たちは――」

 

 

 以下、数十分に及ぶカンダタの話を要約するとこうだ。

 

カンダタ達は、いつものように盗みを働いていた。

ところがその日は、邪魔が入った。天下のカンダタ盗賊団様に逆らうなんてふてぇ野郎だ、ぶちのめしてやると意気込んで殴りかかったものの、彼は剣も抜かずに一味をコテンパンにのしてしまったという。

 そして彼はこう言った。

 

『あなた達のその力は、弱者から奪うために修行して手に入れたものですか?……私には聞こえます。あなた達の拳が、剣が、涙を流しているのが。こんな事のために鍛えられたんじゃないぞ、そう叫んでいる声が。……それと、これはちょっとした持論なのですが』

 

『修行で得た力というのは他人のために使うものだと私は思います』

 

 その言葉に深く感銘を受けたカンダタ達は、彼――勇者アバンに謝罪し、盗賊稼業から足を洗い、世のため人のために闘う義賊となる事を誓ったそうな。

 

 

 

「いま思い出してもあの時の勇者殿はシビれるぜ。で、盗賊時代の人脈や独自ルートを使って、行商なんかで生計立ててるのさ。このエピソードは、俺達に関わるような奴しか知らないから、普通の村人には伝わらないんだろうけどさ」

 

 それを聞いてBが申し訳なさそうな顔をする。

 

「申し訳ない、私はあなた方を誤解していた」

 

「よくあるこった、気にすんな!……正直、今までやってた事が事だから、今更受け入れてもらおうとは思わんさ。アレだ、縁の下の力持ちって奴だな。受け入れてもらえなくとも助けになろうって決めたんだ、その事に後悔や迷いはねぇさ」

 

 そう言ってカンダタは豪快に笑った。不審者かと思ったらかなりの好漢で驚いた。

 

 

「アベル、一応村まで送ってやってくれ。俺はちょっとここで用事がある」

 

「ニ?分かったニ、戻ってきたらボキも君に話があるニ」

 

「ありがとう、カイン、アベル。君たちのおかげで彼女を見つける事ができた。あいつもきっと喜ぶだろう。カインとはここでお別れのようだが……その、元気でな。本当にありがとう」

 

 Bは丁寧にも俺に礼を言って、カンダタ盗賊団……おっと、義賊団のメンバーにも一人一人頭を下げていた。

 さて、俺の用事を済ませるか。

 

「カンダタさん」

 

「おっと、呼び捨てでいいぜ。堅っ苦しいのは嫌いでな。ってかさっきも普通に喋ってたじゃねぇか。で、何だ?」

 

「面倒だったんだよ。行商やなんかをしてると言ってたが、商品はあるか?」

 

 そう、用事とはこれだった。カンダタと顔なじみとなる事で、珍しい物を安く手に入れる。これが狙いだったのだ。

 

「あー、悪い。今は手元に商品がねぇんだわ」

 

 俺の目論見は儚く砕け散った。

 

「とはいえ、何日かすりゃあ仕入れられる。それまで待っててくれりゃあ、安めに且つ優先的に流してやるぜ?」

 

 天は我を見捨てなかった。そういえばあの幼女神の加護とかあるのかな、期待できそうにないけど。

 

「いいのか?それじゃあ頼むよ、主に鉱石や珍しい素材を頼む」

 

「あいよ、任せておきな」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 洞窟の外でロビンの整備をしていると、ちょうどアベルが戻ってきた。

 

「お帰り、ちゃんと送ってきたか?」

 

「勿論だニ。それでだニ、カイン」

 

「あん?」

 

 ドヤァ、という擬音語でも見えそうないい表情で、アベルはこういった。

 

「君は中々見所があるニ、勇者であるボキと共に魔王を倒す旅に出るニ」

 

「お断りします」

 

「真顔で断られたニ!?」

 

 やだ、めんどい。ってかハドラー倒すとしても、俺は一対一の決闘がいいんだが。

あと、勇者だろうと魔王だろうと俺は誰かに従う気はないから!そこんとこかなり重要だからな!

 

「じゃ、じゃあ折衷案でボキと共に修行の旅に」

 

「却下」

 

「ぐぬぬ……じゃ、じゃあ、君の旅に同行させてくれニ!」

 

「いいぞ。薬草だけじゃ不安だしな」

 

「ボキの価値は薬草程度なのかニ!?」

 

「何言ってんだ、世界樹の葉ぐらいだよ」

 

「そ、そうかニ?……ふふん、そこまで言われちゃあ仕方ないニ。このボキがついていってやるニ」

 

 なんか騙されやすい上に乗せられやすいな、こいつ。大丈夫なのか?

 

「さーて南のアルキードに行くかなー、行くぞロビン」

 

『了解』

 

「ちょ、ちょっと待つニ!置いてかないでほしいニ~!」

 

 アベルが なかまに くわわった!

 

 こうして、騒がしい旅の友が増え、俺はベンガーナを出て、アルキードへと歩を進めるのであった。買い物?カンダタの所でするからいいのさ。金も心許ないし。

 手帳に書く事が沢山できたな、と思いつつ、アベルを拾ってロビンに乗せてやり、のんびりと行く末を眺めていた。

 



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第16話 魔族

 例の如く、俺とアベルはアルキード近郊の小さな街……の、近くの森で野営の準備をしていた。アベルがいるのだから宿に入れる訳ないよな。

 

 準備を終えた俺達は、各々軽く修行をしていた。

 

「ヒャダルコ!メラミ!ライデイン!……やっぱりライデインはまだ出来ないかニ」

 

「カイザーウェイブ!……ダメだ、これじゃエアガンのがまだマシだ。ゼーレ撃つ方が効果的だな。レイジングストーム!……これじゃ雷震掌だよ」

 

 が、難航していた。

アベルは単純に力量不足で手に余る大呪文は使えず、俺はヴォルフガング・クラウザーの必殺技『カイザーウェイブ』や、ギースの『レイジングストーム』を再現しようとして、尽く失敗していた。

 

 アベルはプチット族の中でもかなりレベルが高いらしく、魔力が(同種に比べて)豊富なんだそうだ。使える呪文も多岐に渡り、中級呪文なら粗方使えるらしい。

 因みに俺が練習していたカイザーウェイブは、気弾を撃ち出す技なのだが、威力が高い上に回避しづらく打ち消す事も殆ど不可能という恐ろしい飛び道具だ。勿論実際に使えば横に回避できるだろうが、サイズが非常に大きいため、どちらにしろ回避は難しい。習得できればかなりの戦力になる。

 レイジングストームは、闘気を拳に込めて地面を殴りつけ、闘気の柱を噴出させる技だ。相手を上方に吹き飛ばすのは勿論、前面の殆どをカバーできるため、ある意味ではカイザーウェイブ以上に汎用性が高い。雷震掌?世紀末のKINGの技、説明省略。

 まぁ要するに、強い技を覚えたいから練習してたって事だ。

 

 

 一段落した所で、適当に晩飯を買いに行く事にした。因みに俺は料理ができない。今までは買い溜めた食事をロビンの中に保存したり宿に泊まっていたから問題なかったが、覚えた方がいいのかなぁ。

 

「買い物行くが何か食いたい物あるか?」

 

「特にないニ。無駄遣いしないよう気をつけるニ」

 

「へいへい、行ってくる」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 適当にパンや果物を買った俺は、ふらふらと散歩しながら、露天を見て回っていた。焼いた肉(何の肉だ?)を串に刺してタレを浸けた物など、中々美味そうな物がある。

 無駄遣いするなって言われたけど、食い物なら無駄じゃあないよな、うん。アベルの分も買っときゃいいだろ。あれ、プチヒーローって植物系じゃなかったっけ?肉食うのかな、ここまで来る時の食事でパンしか食べてなかったから分からんな。

 

 結局二本買った俺は、ちょうど近くに噴水があったので傍のベンチに座って食すことにした。あ、ここで全部食っちまえばバレないんじゃね?とりあえず一本食っちまうか。

 遠くから聞こえる子供の笑い声をBGMに、のんびりと咀嚼する。にしても、なんとなく癇に障る笑い方だな。

 通行人の会話を聞いていると、勇者がこの街に来ているそうだ。……アベルじゃないよな?とりあえず二本目食ったら行ってみるか。

 

 

 

 きっちり二本とも食べ終わった俺は、通行人が向かっていった方に歩き出した。アベルの分?知らんな。

 のんびりと歩いていると、さっきの子供の声がまた聞こえてきた。あと何か打撃音も。なにやってん……あ。

 

 

 妙に癇に障ると思ったら、子供の集団がフードを被った子供を囲んで痛めつけている所だった。子供は嫌いじゃないけど、こういうのは嫌いだな。という訳で止めに入る。

 

「おいガキども、何やってんだ、いじめは良くないぞー」

 

「まぞくめー!」

 

「やっつけてやるー!」

 

「やめろ」

 

 無視されたのがイラっとしたので、無理矢理適当に首を掴んで引き離す。魔族とか言ってたけど、いじめの言葉にも使われるのかよ、どこの世界でもこういうのはいるんだなぁ……

 

「な、なんだよ?はなせよー!」

 

「うるせぇ、おとなしくしてろ。大体いじめなんて……あん?」

 

 ふと、子供が手に持っている棒に気づいた。さっきの打撃音、棒……こいつら、棒っきれなんか使ってやがったのか。

 威圧する意味も込めて、棒を奪い取り、握りつぶしてから炎で灰にすると、子供達は萎縮したようだ。叩かれていた少年も呆然としている。

 

「男なら拳一つで勝負せんかい!ってな。大体多対一なのも気に食わない。気に入らないんなら口で直接言うか、自分一人で勝負しろ。分かったらさっさと行け!」

 

 パッと手を離すと、子供はどさりと尻餅をついた。そしてそのまま全員逃げていった。逃げ足だけは一人前だな。

 

「おい少年、大丈夫か?」

 

「少年って……アンタだって同じぐらいじゃないか。大体、なんでオレなんか助けたんだよ」

 

「アイツらが気に食わなかった、いじょ。なんであんな奴らに囲まれてたんだ?」

 

 その問いに、少年は俯いたまま答えなかった。だんまりか、やれやれ……

 

「まぁ、話したくないんなら無理に話さんでもいいさ。たまにはやり返したって良いと思うぞ?向こうは多数、武器も使う。数発ぐらいやっちまったっていいじゃねぇか」

 

「……オレが奴らに手を出すと、大人達がやってくるんだ。オレの家を壊したり、母さん達の墓を壊したり――」

 

「……墓?」

 

 聞き返した時、少年は驚いた目で俺を見ていた。ふと手を見ると、焔が轟々と燃え盛っていた。無意識のうちに軽くキレてしまったらしい。ため息を吐いて焔を消すと、少年は続きを話し始めた。

 

「……オレの父さんは魔族で、母さんは人間だった。オレは魔族と人間の間に生まれた子なんだ。魔王が世界を脅かしている今の時代、人間は魔族を目の敵にしてる。オレは両親が好きだったから、二人の子に生まれた事は誇りに思ってる。でも、人間達は父さんだけじゃなく、母さんまで迫害したんだ……っ!」

 

 悔しそうに歯をギリギリとさせる少年は、涙を流していないはずなのに、どこか泣いているように見えた。

 にしても、酷い話だ。人種や肌の色etcで迫害されるというケースは多いが、やはり気に食わない。ああ、ハドラーに言ってこの街滅ぼしてもらおうかな、なんて事を考えるぐらいには苛立っていた。勿論そんな事は頼まないが。

 そういえば少年の名を聞いてなかったな、と思い立ち、訊ねてみる事にした。

 

「……人に名を聞く時は自分から名乗るものじゃあないのか?どんな仲にも礼儀は必要だって父さんも言ってたぞ」

 

「確かにそうだな。俺はカイン。カイン・R・ハインラインだ」

 

 どうせまた『偉そうな名前』とか言われるんだろうなー、あぁやだ、そんなに偉そうかねぇ?

 

「カッコイイ名前だな」

 

「……」

 

 少年の評価を5段階ぐらい上方修正しよう。

 

「オレはラーハルトだ」

 

 少年ラーハルトは、フードを取り払い、俺に笑顔を向けた。ククッ、やっと笑ったな。

 

「ラーハルト、こんな所にいてもしょうがないだろう?どうだ、俺と――」

 

 

 そう言った時、突然石が飛んできた。ラーハルトにぶつかりそうだった石をキャッチして飛んできた方を見ると、先ほどの子供が大人を連れてやってきていた。

 

「あいつら……!」

 

 ラーハルトは身を強ばらせ、大人達は口汚く罵りの言葉をあげている。耳障りだから聞き流すが、気分の良いものではない。

 さて、どうしてくれようか……アーテムで威嚇するか?どうするか……

そこまで考えた時、俺達の前に立ちはだかる影があった。

 

「やめてください!何故子供に石を投げるのですか!?」

 

「勇者様、そのガキは魔族です!俺達に危害を加えようとしてるに違いねぇ!」

 

「そうだそうだ!そっちの金髪のガキもなかまに違いない!」

 

 うぜぇ。俺達を庇った水色カールの人は兎も角、こいつら焼いちゃっていいよね?ね?

 

「魔族だろうと、子供ではありませんか!大体――」

 

「ああ、いいよ、庇わなくて」

 

 投げやりに言った言葉に驚いて『勇者様』が振り返った時には、既に俺は右手を振り下ろしてヒムリッシュ・アーテムを撃ちだして群衆の目の前の地面を深く抉った後だった。

 

「行くぞ、ラーハルト」

 

 

 恐怖と驚き、その他諸々で固まっている人垣を尻目に、ラーハルトの腕を掴んで歩き出すと、ラーハルトが驚いて声をあげた。

 

「ど、どこにいくんだよ!」

 

「こんな胸糞悪い所にいられるかよ。連れの所まで戻る、お前も来い。それともこいつらと一緒にいたいのか?」

 

「……そうだな、オレも連れてってくれ」

 

「分かった。ああ、そこの水色カールのお人、名はなんと?」

 

 呆然としていたカールの人はようやく我に返り、ぺこりと一礼した。

 

「私はアバン、旅の者です」

 

「アバンさんよ、庇ってくれた事、感謝する。だが、西の森には来ないでくれよ、絶対にな」

 

「……ええ、分かりました」

 

 気分の悪いまま、俺とラーハルトは街を後にした。

さて、アレがハドラーの好敵手殿か。果たして来てくれるかな?

 そう考えながら俺は、この街にはもう二度と来ない事を手帳に記した。

 



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第17話 テラン

PCの不調により中途半端に斬って投稿。
キーボードが動かなくなるわ、ネットに繋がらなくなるわ……散々でした
( ◇)<どうでもいいですが昨日初めてブレイブルーをプレイしました


 カインに連れられて街を出て、西の森に向かう道中、オレはカインと何も言葉を交わさずに歩いていた。静かに怒っていたカインは、オレを虐めていた大人達よりも怖く見えた。同時に、凄く格好よく見えた。とてもオレと同年代とは思えないぐらいに。

 カインには、人……というより、魔族を引き付ける何かがあるんじゃないか?無意識にそう考え、そんな人間がいるのかと首を捻った。

 人と魔族の中間、どちらかというと魔族寄りに立っているように見える彼は、一体何を見据えているんだろうか。

 

 

 そう考えている間に到着したようで、小さな魔物と機械が出迎えた。

 

「随分遅かったニ、何かあったのかニ?」

 

「あぁ、長くなるからまずは飯食おうぜ。とりあえずパン買ってきた。アベルは肉食うっけ?」

 

「いや、ボキは肉はあまり食べないから大丈夫だニ」

 

 

 

 三人でのんびりとパンを食べながら、さっきの事をアベルというらしい魔物に話していると、アベルもカインと同じように怒った。

 

「弱者を虐げる事で満足しようとは言語道断だニ。根性叩き直してやるニ」

 

「あの手の連中は何言ったって無駄さ。自分達が正義だと盲信する奴ほど、面倒臭い奴はいない」

 

「さり気にボキの悪口言ってないかニ?」

 

「自覚があるって分お前は良い奴だよ」

 

 話を終え、月明かりが見えてきた頃、カインがおもむろに訊ねてきた。

 

 

 曰く、一緒に来ないか、と。

あんな奴らに怯えて過ごすより、共に旅をして強くならないか、と。強くなれば同じような境遇の者を助けられるし、大事な人を守れると。

 自分なんかがいて迷惑じゃないか、足でまといになるに決まってる、そう言ったら、

 

「誰だって最初はレベル1だニ。そこから先に進む一歩を踏み出すかどうかが運命の分かれ道だニ」

 

「俺だって今のレベルになるまで、ハドラーや色んな奴と戦って強くなったんだ。俺にできてお前に出来ないってこたぁねぇだろ……自信過剰は良くないが、俺なんてーとか言わずに自信を持つことも大事だぞ」

 

 そう真顔で言われては返す言葉がない。本当は、是が非でも一緒に行きたい。

けど、ダメなんだ。

 

「オレは、父さんと母さんの墓を守らなきゃいけないから、無理だよ」

 

 そう俯いて言うと、カインはこんな事を聞いてきた。

 

「墓って遺骨とかは棺桶に入ってるか?」

 

「え?あ、あぁ勿論……」

 

「ならもっと静かなところに眠らせてやろうぜ。またあいつらにやられるのも癪だろ?」

 

 なんという事を言い出すんだこの男は。それが出来たら苦労はしない。

声を荒らげようとしたが、カインが指を一本ピッと立てて先んじてこう言った。

 

「テランという国は自然が多く、また人口も比較的少ない。魔物もあまり出ないようだし、盗賊も滅多にいない。稼ぐ相手がいないからな。代わりに、カンダタ義賊団という奴らがいる。ちょっとした顔見知りなんだが、そいつらに頼めば多少の無理はなんとかしてくれる。腕も立つから心配はない。墓守も引き受けてくれるだろう。それにあそこの国王は温厚だと聞く。事情を話せばどうにかしてくれるかもしれん。まぁ、全部希望的観測に過ぎないが……」

 

 そこで言葉を切り、片手をオレに向けて続けた。

 

「この手を取るか、それとも切るか。それはお前が選ぶ事であり、俺が選ぶ事じゃあない。どうなったとしても、それはお前の選択の結果だ。どうなろうと責めはしないし、止めもしない。それを踏まえた上で問おう」

 

 

「ラーハルト。私達と共に来ないか」

 

 

 オレは、僅かに逡巡した。墓の事も大事だ。でも、オレはこの手を払いたくない。掴みたい。見失いたくない。やっと差し伸べられた手を、掴み損ねないように。

 

 

 オレは、がっしりとカインの手を掴んだ。

 

「歓迎するよ、ラーハルト」

 

「仲良くやろうニ」

 

「よろしくな、二人共!」

 

『宜シクオ願イシマス』

 

「うわっ、喋った!?」

 

 楽しげな笑い声が夜の森に響いた。

一頻り笑った後、カインがゴロンと寝転んで空を眺め始めた。

 

「どこの世界でも満天の星空というのはいいもんだな……で、いつまで隠れてるつもりだ?」

 

「え?」

 

「おや、バレちゃいましたか」

 

 そういって、昼間のアバンという人が木陰から出てきた。一体いつからいたんだ?全然気づかなかった。

 オレの視線に気づいたようで、ついさっき来た所だと話していた。本当か?

 

「でもなんで気づいたんですか?完璧に気配を消していたと思うんですが」

 

「簡単なことさ」

 

 気障ったらしく髪をかきあげながら、カインは気だるげに言った。

 

「適当言っただけだ」

 

「「「……」」」

 

「外れたら外れたでよし、当たったら向こうから勝手に出てきてくれるしな。現にアンタはそうだろ」

 

「……アッハッハ、これは一本取られちゃいましたねぇ」

 

「おいアバン、のんびり話してていいのか?」

 

 そう言って今度は年老いた爺さんが出てきた。どことなく下世話に見えるのは気のせいだと思いたい。

 

「そうですね、さっさと本題に入りましょう。ロカ達に留守番頼んでこっそり抜け出てきましたし……では改めまして、私はアバン。こちらは大魔導師マトリフさんです」

 

「カイン・R・ハインラインだ」

 

「アベルニ」

 

「ラーハルトです」

 

『ロビント申シマス』

 

 ロビンが喋ったところでマトリフという爺さんは片眉を上げて、ジロジロとカインを無遠慮に眺めた。が、すぐにやめ、真面目な顔付きをしてこう言った。

 

「話は聞かせてもらったが、カンダタ達に任せていいのか?本当に大丈夫なんだろうな。えぇ?アバンよ」

 

「ふーむ……あの時の彼らには私の言葉が届いていたように感じましたし、それにカイン君が言うなら大丈夫なんでしょう。じゃなきゃ、街であんな事するぐらい怒ってた子がお友達を任せるはずもないでしょう」

 

「フン……一理あるな。だがな、ラーハルトって言ったか?自衛の手段はあるに越したことはない。それは当然だが、墓守に何かあったらってのは考えてるのか?」

 

 考えてなかった。

 

「それについちゃあ俺にちょっとしたアイデアがあるんで、そこは任せてもらおう。アバン、アンタはラーハルトと一緒にテランに行ってそこの国王とカンダタ達に事情を話しておいてほしい。これがカンダタ達のアジトの地図だ。その間に俺達はこっちの用事を済ませる」

 

「承知しました。では、ラーハルト君。私達に付いてきてください。マトリフさん、ルーラお願いします」

 

 カインが地図を手渡し、アバンがオレに手招きをする。踵を返して移動しようとするアバンにカインが、

 

「ああ、その前に悪いんだが、キメラのつばさはないか?あったら二つ譲って欲しい」

 

 と、頼み込んだ。行きと帰りの分だ、と呟きながら。

 

「それぐらいならお安いご用です。はい、どうぞ」

 

 悪いな、と言いながらカインがキメラのつばさを受け取る。キメラのつばさを使うぐらい遠い所なんだろうか。

 

「善は急げだ。頼むぞ」

 

「ええ、お任せを。では……」

 

 マトリフ爺さんの呪文で、俺達は空に舞い上がった。

 

 

「さて、俺達も行くぞ」

 

「行くってどこにだニ?」

 

「着いてからのお楽しみってな」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 キメラのつばさを使ってどこへ向かったのかと言うと。

 

「ここは……」

 

「魔王ハドラーの住む、地底魔城さ」

 

 若干懐かしく感じる、地底魔城だった。

 

「成程……ラーハルトが迫害される原因を直接叩く訳だニ?」

 

「全然違う。掠ってすらいない」

 

 ずこー、とアベルがすっ転ぶ。そもそも何故その発想に至ったんだお前。

 

「じゃあこんな所に一体何の用だニ?」

 

「墓守も必要だが、墓の手入れする奴も必要なんじゃないかと思ってな。とりあえずお前は大人しくしてろよ」

 

 

 地底魔城に入ってすぐにハドラーを見つける事ができた。手間が省けたな、と思いつつ事情を話すと、

 

「事情は分かったが……それで何故ここに来たのだ?あとそのプチヒーローはなんだ」

 

「ちょいと入用の本があってな。で、こいつだが」

 

「ボキは弱きを助け強きをくじく、みんなのヒーロー……そう、人はボキを……勇者と呼ぶニ」

 

 ハドラーは 微妙な顔をしている!

 

「お前を倒すのが目標なんだと。適当に相手してやってくれ」

 

「……バルトスに任せよう。おい、ちょっとバルトス呼んで来い」

 

 近くの魔物を呼び止め、バルトスを連れてきてもらうと、アベルはまた口上を述べ、バルトスに挑みかかった。

 俺はロビンを連れてハドラーの部屋に向かう事になった。

 

「悪いバルトス、任せたわ」

 

「ウム、後でゆっくりと話そうではないか」

 

 アベルが吹っ飛ばされる音を聞きながら暫く歩き、部屋にたどり着くと、書斎に案内された。

 

「で、どの本だ?」

 

「確か……お、あった」

 

 手に取ったのは、『メイドさんロボの作り方』という、どっかの爺さんが書いたおかしな本。

 それを見てハドラーは首を傾げながら、

 

「お前そういう趣味だったのか?」

 

「ジェノサイドカッター」

 

「ぐほっ」

 

 華麗な蹴り技で、ハドラーが吹っ飛ばされていく。……ん?

 あ、出来た。何だ、無意識に任せた方ができるのか?とりあえずハドラーを吹っ飛ばしながら、モーションを思い返していると、ハドラーが抗議しようとしたので投げておく。

 

「墓の手入れとかするんだったらこういうのを作って置いとけばいいんじゃないかと思ってな、決して俺の趣味じゃあない。断じてない」

 

「何故お前はいつも口より先に手が出るんだ……まぁいい、それを作ればいいんだな?勿論お前にも手伝ってもらうが」

 

「当然。ついでにロビンのAIとか更新したいからそれも手伝ってくれ。始めるぞ、ロビン」

 

『了解』

 

 作業工程は割愛する。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 殴ったり投げたりしながらメイドロボは一応完成した。キラーマシン程ではないが、それなりの武装を備えており、そこらの魔物程度では相手にもならないだろう。ミサイルとかレーザーとか装備してるのはご愛嬌。どこぞのメカな翡翠さんっぽい造形なのはきっと気のせい。

 

「お前の趣味が多分に入ってないか?」

 

「気のせいだ」

 

 断じて俺の趣味ではない。あれ、俺の趣味ってどんなんだっけ?

 

「まぁいいや、ロビンも色々更新できたし、そろそろ行くよ」

 

「ウム、またいつでも来い。外まで見送ってやろう」

 

 

 談笑しながらアベルを迎えに行くと、

 

「フッ……な、中々やるじゃないか……ニ」

 

「お主こそやるではないか……ぐっ」

 

 何故か剣を捨てて殴り合っていた。暑苦しいわお前ら。

 

「フフ……良い勝負だったニ。だが、次に勝つのはこのボキだニ」

 

「言ってくれる、ワシも息子に格好をつけたいのでな、負けてやれんよ」

 

「盛り上がってる所悪いがもう終わったから行くぞ。思ったよりも早く終わったしな」

 

 ガクッと脱力する二人。ハドラー達は楽しげに笑っているが、俺としてはさっさとテランに行きたかったので、すこしばかり急かす。

 

「仕方ないニ。バルトス、いずれ決着をつけるニ」

 

「いいとも、その時は手加減しないぞ」

 

「え、手加減してたニ?」

 

 バルトスが目を逸らし、アベルがガックリと倒れこむ。しょうがないのでロビンの中に放り込んで外に向かう。

 

「じゃあな、ハドラー、バルトス。今度来るまでに倒されるなよ?」

 

「フッ、誰に向かって物を言っている」

 

「カインも気をつけてな」

 

「ああ、それじゃあな」

 

 

そう言ってキメラのつばさを放り投げ、俺達は地底魔城を後にした。

あ、メイドロボの名前どうしよ。

名前考えとくか。ついでに後でジェノサイドカッターの練習もしよう。アベルはまだロビンの中に入っている。いい加減出てこい……あ、無理か。

 ラーハルト達、随分と待たせてしまったな。自力で空飛べりゃあいいんだがな……と、ようやく到着した。

 さて、とりあえずはカンダタの所に行くか……

 




前回書き忘れたカイン・R・ハインラインの周囲(?)の人物とか色々。
※興味がなければスルー推奨


ギース・ハワード:カイン・R・ハインラインの義理の兄。カインの姉が妻。

ヴォルフガング・クラウザー・フォン・シュトロハイム:ギースの義理の弟。幼少時にギースを殺しかけた。

ロック・ハワード:カインがラスボスを務める餓狼MOWの主人公。ギースの息子。

グラント:本名はアベル・キャメロン。カインの親友。この小説のプチヒーローの名前の元ネタの人。


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第18話 大魔導師

お久しぶりです。
年内に更新したかったので急ぎ書き上げました。
空白の時間については活動報告をご覧下さい。

……最新話のあとがきに書いておくべきでしたね、活動報告のこと。


 テランとのベンガーナの国境近くにあるカンダタ義賊団のアジトに到着したカイン達を迎えたのは、大魔導師マトリフだった。

 ロビンを外に待機させ内部で茶を飲みながら確認したところ、アバンとラーハルトは既にテラン王に話を付け、カンダタ達と共に墓の移設準備を始めたそうだ。それを聞いてアベルは先に移設予定の所に向かう、と言って出て行った。

 

「俺達もいこうぜ。こいつの紹介もしたい所だしな」

 

 と、カインがメイドロボを顎で示すと、マトリフは顎に手を当てたまま黙り込んでいた。

どうかしたのかと声を掛けると、なんでもない、と答えた。だが、視線は真っ直ぐメイドロボの方を向いている。

 彼をよく知る者ならば、“またセクハラでもしようとしているのか”と思っただろう。しかしそんな事は欠片も知らないカインは、マトリフの視線をどう解釈したものか、と思い悩んでいた。

 

 

 この世界の誰も知らない、或いは忘れている事だが、カイン・R・ハインラインにはある特技がある。

 それは、『目から相手の感情が分かる』事。カイン自身は気づいていないのだが、これは彼がこの世界に来る切欠となった女神のささやかな加護によるものだった。カイン自身はこれをカイン・R・ハインラインの身体の特徴の一つとすら思っていない。

 ともかく、この特技のおかげで彼は誰が相手だろうと、目さえ見えれば感情が理解できる。理解できる感情ならば、だ。

 今現在のマトリフの思考は、アバン達仲間の事、ラーハルトの事、目の前のメイドロボ(にセクハラする事)、そしてカインとロビンへの警戒。

 当然、仲間の事やラーハルトの事を考えるのは理解できた。自分への警戒も、彼自身マトリフに対し警戒心があるので分かる。キラーマシンを見られているのでそれも多分に含んでいるだろう。問題は、彼がおおよそ興味のないセクハラについての思考がある事だ。その思考のせいで、カインは感情が上手く読み取れずにいた。戦闘や機械にばかり関心を向けていたせいだろうか、彼はそういった事に興味が欠片もなかった。しかもカインはこれをマトリフが高度に感情を隠しているのだと勘違いしている。それがマトリフに対する警戒に拍車を掛けていた。

 

 

 暫く経って漸く、マトリフが溜息を吐きながらカインに向き直った。

 

「出発前にお前さんに尋ねる事がある」

 

「なんだ?」

 

 警戒しながら応答すると、マトリフは先ほどよりも鋭い目でカインを見、

 

「お前は何者だ?」

 

 と、言った。

 

「何者も何も……ただの旅の少年だよ。何かおかしいかい?」

 

「ああ、おかしいね。テメェは旅をするにゃ若すぎる。年の割には経験豊富なようだし、何よりもあのキラーマシンだ。どこで手に入れた?」

 

 凄味を利かせながらマトリフが言うと、カインは肩をすくめながら、

 

「地底魔城」

 

 と、一言だけ言った。

 

「そら、また怪しい所が増えたぜ。ただのガキがどうやって地底魔城に行って、キラーマシンなんざ盗んでこれるんだ?よく今まで怪しまれなかったもんだ」

 

「さてね、子供に思えなかった、とか言われた事もあるが。それと一つ訂正だ」

 

「あん?」

 

「盗んだんじゃあない。譲ってもらったんだ」

 

「……あのハドラーにか?それこそありえん、奴が人間に施しを与えるような――」

 

「なんなら直接行って確かめるかい、大魔導師」

 

 部屋の空気が一変した。誰の目で見ても一触即発というのが見て取れるだろう。

マトリフはまるでたった一人で魔王の前に立ったかのような錯覚を覚え、カインは圧倒的な魔力の昂ぶりを感じ、無意識のうちに戦闘時のように斜に構えていた。

 マトリフが杖を構え、カインが僅かに闘気を全身に張り巡らせる。互いにいつでも動けるように身体を整えていた。杖の先に火球が生み出され、カインは黙ってそれを見つめる。

 しばしの静寂が訪れ、最初に動いたのは――

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!なんで喧嘩してるんですか~!?」

 

 乱入してきたアバンだった。

そして次に動いたのは、

 

「うおっ!?」

 

 突然のアバンの登場に驚き、誤ってカインの顔面目掛け火炎呪文(メラゾーマ)を撃ちだしたマトリフだった。

 カインはというと……

 

 

 アバンの方を向いていたため火炎呪文を避けそこね、首から上が炎に包まれていた。

 

「ちょ、ま、マトリフさぁぁぁぁん!?」

 

「あー……その、なんだ、すまん」

 

「いやいやいや、貴方子供になんてことしてるんですか!?」

 

 すっかり慌ててしまったアバンと、戦意を削がれたマトリフが立ち尽くす。

せめてホイミぐらいかけようとアバンがカインに駆け寄った。

 

 

「流石は大魔導師、ってところか。顔がちょっぴり焼けちまったぜ」

 

 しかしというべきか当然というべきか、カインは全く動じる事もなく、平然と自らを襲っていた炎を振り払った。

 これには流石の勇者と大魔導師もしばし惚けていたものの、すぐに我に帰った。

 

「大丈夫ですか、火傷は……ってあれ、全然ない?」

 

「ああ、俺は炎や熱に高い耐性があるんだ。ハドラーのメラミ食らった時も火傷一つなかったしな」

 

 ハドラーと聞いて普段は柔和な表情のアバンも目を鋭くした。が、次の瞬間には既にカインの僅かな火傷にホイミを掛けていた。

 

「いいのか、回復して。もし俺が魔物だったらどうするんだ?」

 

 カインが意地悪げな笑みを浮かべて言うが、アバンはさらりと

 

「そんな綺麗な目をした方がいきなり襲いかかってくるとは思えないので」

 

 と返し、カインも閉口してしまった。

 

「さて、話していただけますか。地底魔城に行った経緯、あのキラーマシンを手に入れる事の出来た理由その他諸々。洗いざらいぶっちゃけちゃってください」

 

「……わーったよ。話すよ、全部な。前置きしておくが嘘は無いからな」

 

 そう言ってカインは語りだした。流石に転生云々の話はしなかったが、やはり多少は疑われて当然と思いながら話していった。マトリフもアバンも口を挟まずに黙って聞いている。

 こうして思い返すと、存外あそこで得たものは多かったのだな、となんとなく考えた。マシン兵の知識、戦闘経験、身のこなし、他にも様々だ。勿論物的な物も多いが、経験はどんな宝にも代え難い物だと考えるカインにとってはそちらの方が余程重要であった。

 

 そう思いながら話を終え、反応を待っていたところ、アバンがこんな事を言った。

 

「ハドラーが異様にレベルアップしてると思ったらそういう事だったんですか……」

 

「……」

 

「あの野郎、部下を連れないでやってきたと思ったら『アバンと一対一で勝負させろ』と来たからなぁ。おかげでパーティ全員であちこち巡ってレベル上げの旅だよ」

 

「ボッコボコにされて、その上で『お前の力はそんなものではないはずだ』なんて言われちゃって。何があったんだってぐらいの変貌っぷりでしたよ」

 

「……すまん」

 

 なんとなく気まずくなって目をそらしながら謝るカイン。それを見てアバンは苦笑しながら、マトリフはニヤニヤと笑いながらこう言った。

 

「いえいえ、悪い気はしなかったですからお気になさらず」

 

「お前さんは一応信用に値する人物のようだしな。そもそも戦ったの俺じゃねぇし」

 

「……そ、そうか」

 

「それで、カイン君。あなたの事ですが、ハドラーとの関わりはあるが人間に敵対する気も協力する気もなく、というかそもそも面倒だから関わらない……って事でよろしいんでしょうか?」

 

「まあ、大体あってる」

 

「変なガキだな、普通はここで勇者様の力になりたーい、とか、勇者様頑張ってくださーい、とか言うもんじゃあねぇのか?……いや、むしろ最近のガキはこういうもんなのか?」

 

 これが普通だったら世も末だろう。もし世が末だったらしっかりした子供が多いんだろうか。モヒカンも増えそうだが。

 などと関係ない事を真顔で考えながら自分のスタンスを説明していくカイン。キラーマシンの説明の時は流石に訝しがられていたが、今度ハドラーに会った時にでも聞きましょう、とアバンが言って、少々険悪に始まった対談は終わる事となった。

 流石に長居しすぎたので、ラーハルトやカンダタ達が待っているだろう。早く行こうか、とカインが切り出し、墓の移設予定の場所に向かう事となった。

 

「そうですね、彼らが待ってます、我々もそろそろ行きましょう」

 

そういえばアベルも待ってるんだったな、と心の中で付け加えてから立ち上がった。予定外のトラブルがあったものの、まぁ大した問題はなかったな、と思うカインであった。アバンがメイドロボに無反応だったのは気になったが、後ろからメイドロボの胸部装甲に手を伸ばすマトリフの腕を掴んでいるのを見て、

 

(あぁ、マトリフが注意向けないようにしてたのか……)

 

 と、アバンのささやかな気遣いに感心すると同時に感謝するカインだった。

もっとも、マトリフからすれば真面目な話をしていたから自重していただけで終わったからと手を伸ばしたようだったが。アバンの気遣いは無駄となってしまった事に何とも言えない気持ちになってしまった。

 

(マトリフはセクハラ爺、と……)

 

 バレないようにこっそりと手帳に書き込むカインだった。

 




皆様、来年もよろしくお願いいたします。


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第19話 移設、学校、旅

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

書いてる最中に一回吹っ飛びました。悲しいなぁ


 墓の移設先としてカンダタとテラン王、そしてアバンが選んだのは、竜の騎士の神殿が沈んでいるという湖の畔だった。

 竜の騎士についての事は、地底魔城で読んだ書物に載っていたので多少は知っている。完璧に理解しているか、と聞かれれば否だが。そういえばハドラーが『俺を倒しに来てもおかしくないはずなんだが』とか言ってたっけ。

 

「なぁ、カイン」

 

「ん、どうしたラーハルト」

 

 ボーッと立ってのんびり考え事をしていると、ラーハルトに声をかけられた。何かあったのかと思ったが、不安げというより困った感じだったので少し安心した。

 

「ちょっと相談なんだけど……その、これからはオレも一緒に旅する訳だろ?でも、オレは呪文が苦手だし、素手もちょっとキツイ。何か武器とかないかな?」

 

「あー……確かに用意した方がいいな。武器なんてアベルが使ってる小さい剣しかないし。ちょっと待っててくれ、考えてくる。っと、ついでにちょっとカンダタに用事あるから行ってくるわ」

 

「ああ、悪い」

 

 確かになー、俺みたいな戦い方をラーハルトにさせるのも無茶だな。俺は闘気や色々な格ゲー技あるし、アベルも剣と呪文が使えるから気にしてなかったが、どうしようかな。

 そう考えながら覆面マントを探すと、ちょうどテランの国王と話しているところだった。よく見るとアベルもいる。

 

「よう、カンダタ。ちょっといいか」

 

「おうカイン。ちょっと待ってくれ、今王様に許可貰ってるところだから」

 

「おお、君がカイン・R・ハインライン君かね。話は聞いておる、友人のためにここまで我を通し皆を動かすとは感心感心。彼のご両親の墓のことは任せたまえ、カンダタ義賊団は正式に我が国の兵として扱う事になったからの。何かあったらいつでも王宮の門を叩きなさい」

 

「ありがとうございます、これで我が友人も安心した事でしょう。この恩義にはいずれ報いたいところです」

 

「敬語似合わないニ」

 

「うるせぇ、俺だって分かってるよ。でも一応王様の前でぐらいこうしないとよ」

 

 しかも文法的にも用法的にもあってるかどうか分からない。下手すりゃ不敬とみなされたりするかもしれないけど、敬語なんて覚える気にならない。

 

「ホッホッホ、仲が良いのう。そう畏まらずともいいんじゃよ、あるがままの其方でいるがええ」

 

 テランの国王……フォルケン王は白い髭を蓄えた優しげな老人で、見た目子供な俺や見た目変態なカンダタ、そして魔物であるアベルにも紳士的だった。うん、国王が優しそうな人でよかったわ。傲慢な王とかだったら下手すりゃぶん殴っちまいそうだもんな。そういえばフォルケン王は身体が弱いらしいが大丈夫だろうか。

 なんでもテランでは争いの種になるとして、道具や武器の製造を禁じているんだそうだ。そうは言っても薬草なんかはなければ困るし、直接採りに行こうとすると凶暴化した野生動物や魔物に襲われる心配がある。だから今日日の商人は護衛を雇うんだが、カンダタ達は団員全員がそれなりに強いため、護衛を雇う必要がない。結果、かなり自由に動く事ができる。まぁつまりは、作れないからカンダタ達に既製品の薬草なんかを持ってきてもらおうって事らしい。当然武器は禁止で、日用品や薬など限定且つ、今までどおりの行商を認める代わりに有事の際にはテランの兵として戦う事にはなるらしいが。

 ただ、テランが何処かに侵略される事はまずないだろうとも国王は言っている。その理由が、“侵略価値がない”からだという。確かに、普通の人間は広い国土や資源なんかを求めて侵略するだろうが、テランにはそのどちらもない。故に少なくとも最初に侵略されるような事はないだろうという考えだ。もっとも、兵力も殆ど無いため襲われたらどうしようもない。ここを侵略されるのは俺も困るし、何か対策を講じなければ。俺としてはテランに伝わる伝承や竜の騎士に纏わる情報とか、そういうもんはかなり貴重なんだがな。

 

 

「さて、いいぞ。待たせたな、カイン。で、例の件か?」

 

「ああ、見せてくれ。今掃除とかさせてるが、少し時間がかかるだろうからな」

 

 俺が連れてきた――“ラムダ”と名付けたメイドロボだが、今は墓の掃除、物資の準備その他諸々を任せていた。見た目が翡翠さんなのに名前が某第十一素体なのは気にしてはいけない。任せてる間は暇だから、カンダタが仕入れた商品を見させて貰うことにした。前回は見られなかったからな。さて、どんな物があるかな、楽しみだ。鉱石や何かで上質な物があればいいんだが。

 

 

 

 

「あいよ、好きなもん買ってくれ」

 

「思った以上に色々あるんだな……これはプラチナ鉱石か。こっちの石は?」

 

「そいつは幻魔石だ。幻魔の加護を受けた石だって噂だが、詳しい事は分かってない。一説ではとんでもないお宝の素材にもなるらしいが、どの道扱う技術がなきゃあ無理だな」

 

 鉱石以外にも掘り出し物が沢山あって目移りしてしまうな。特薬草や力の盾とか、一体どこから手に入れてるんだ?特薬草は兎も角盾はパーティの中に装備できるのがいないから買わないが、アバン達も買ったらいいんじゃないか?

 

「その服はなんだ?」

 

「これはよく分かんねぇんだよな。戦闘データを収集して肉体にふぃーどばっくできるとか書いてあったが……どうやら壊れてるらしい」

 

 ネスツ驚異の科学力……それはさておき、色々見てるうちに、銀色の鉱石と青い宝石の着いた指輪を見つけた。この指輪、見たことある気がするな。なんだっけ?

 

「そいつを手に取るとは流石御目が高い!その金属はな、どんな呪文でも弾いちまうんだ。その昔魔界の名工がそいつを使って武器を作り、何者かに贈ったそうな。その武器は鎧の魔剣や鎧の魔槍とか、協力な武具だそうでな……まぁあくまで伝説みたいなもんだが、どうだい、ウチに鍛冶が出来る奴もいるからちょっと作ってみないか?安くしとくぜ」

 

「ン……いや、鉱石は買うが、俺の知り合いにも腕の良い鍛冶師がいるんでな、そいつに頼むよ。こっちの指輪はなんだ?」

 

「そうか、残念だな……これは祈りの指輪と言ってな、指に嵌めて祈りを捧げると魔力が」

 

「俺には必要ないな」

 

「判断速ぇよ!もうちょっと思案しろよなー……さて、これで全部か?」

 

「あぁ、いくらだ?」

 

「全部で9200といいたいところだが、特別に9000Gポッキリだ。いいか?」

 

「悪いな、これからも頼むよ」

 

「毎度有り~」

 

 中々に良い買い物が出来た。これからも贔屓にしておこう……おっと、さっきの金属の話もメモしておかないとな。

 その後ロビンを呼んで金属を内部に収納させ、ラムダの所へ向かった。そろそろ終わっているだろう。

 

「マスター、掃除完了致しました。次は何をしましょう」

 

「ん、ご苦労。後は待機しててくれ」

 

「了解しました」

 

 今喋ってたのがラムダだ。最初期のロビンや某第十一素体に比べれば大分人間味が増したはずだ。相変わらず声に抑揚が無いのは問題だが。因みに殆ど喋らないがロビンもラムダと同じぐらい滑らかに喋れるようになった。……俺の周り、魔族とマシンばっかりだな……別にいいけど。

 

「さて、墓参りだな。ラーハルトもアベルもしっかり挨拶しとけよ」

 

「ああ、ちゃんと行ってきますって伝えないとな……」

 

「じゃあ次に来た時はただいまだニ」

 

「そうだな、また三人でただいまって言いに帰ってくるんだ。その時にはオレももっと成長してないとな」

 

 そうしてカンダタやアバン達が見守る中、俺達は無事に墓参りを終えた。

ふと空を仰ぎ見ると、澄んだ青空が目に広がった。この綺麗な空の下でなら、安心して眠れるだろう。いつになく穏やかな気分になって感傷に浸っていると、アバンが声をかけてきた。

 

「ありがとうよ、助かった。俺やアベルだけじゃこうはいかなかったろうな、アンタのおかげだ」

 

「ありがとう、アバンさん。きっと両親も喜んでくれる」

 

「流石はボキを差し置いて勇者になっただけあるニ。褒めてやるニ」

 

「アハハ……いえ、此方こそ。こうして無事に終わってほっとしましたよ」

 

「そうだな、それが何よりだ。後で王様やカンダタ達にも挨拶に行かないと……そういえばマトリフはどうしたんだ?」

 

 辺りを見回してもあのセクハラ爺の姿は無かった。墓の方を見ても待機中のラムダしかいない。

 

「ああ、マトリフさんならアルキードに置いてきた仲間のところに行ってます。黙ってきちゃいましたからね」

 

 苦笑するアバンに釣られて、小さく笑いが起こる。先日の苛立ちが嘘のように晴れ晴れとした気分だ。

 

「ところで三人とも、ちょっとご相談なんですが」

 

 揃って首を傾げる俺達に言ったアバンの次のセリフで、ラーハルトとアベルは首を更に傾け、俺はげんなりとした表情になった。

 

 

 

「“学校”へ行ってみませんか?」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 この世界ではないが、バトランドという国のイムルという小さな村にも学校というものはある。俺が元いた世界のように義務教育なんてもんがあるわけじゃあないが、こういったものは意外とあちこちにあるらしい。大体は教会と一緒になってたりとかで目立たないようだが。

 ただ、経済的な事情から通えない者も多く、識字率もそこまでではないそうだ。逆に言えばそこさえなんとかなればって事だが。

 このテランもご多分に漏れず、学校があった。とはいっても通っている子供は数名程度、教員も教会のシスターが善意でやっているんだそうな。

 

 で、そんな学校で何をしているのかというと。

 

「はーい皆さん、エプロンは着けましたか?手は洗いました?調理をする準備はOKですか~?」

 

 生徒達が元気よく返事をする。俺とラーハルトは呆気に取られ、アベルは未だに理解していなかった。

 さっきのアバンのセリフで分かると思うが、何故か調理実習に参加させられているのだ。さっきまでの流れからこれはおかしいだろう。というかなんでシスターじゃなくアンタが指導してるんだよ。

 

「解せぬ……」

 

「なんでこんな事になってるんだ?」

 

「ボキにはさっぱり理解できないニ」

 

「はいはい、カイン君もラーハルト君もアベル君も、まずは野菜を切っちゃってくださいね」

 

 手刀で斬ってもいいんだろうか。

 

「今日はシチューを作りますよー」

 

「……ラーハルト、料理できるか?」

 

「え、ああ、一人で暮らしてたから多少は」

 

「じゃあ任せたニ」

 

「うむ、任せた」

 

 俺もアベルも料理なんてできない。したこともない。だったらここは一番料理の得意なラーハルトに丸投げもとい任せるのが得策だろう。

 下手に手を出してダークマターなんかが出来たら目も当てられない。ダークマターはないにしても、やはり慣れた者がやるのがいいだろう。

 

「いやちょっと待て、お前らはどうするんだよ!?」

 

「サボる」

 

「だニ」

 

「待てコラ」

 

 こっそり抜け出そうとしたがラーハルトに捕まった。当然だが。分かったから肩を離してくれ、そろそろHP減りそうだ。痛い痛い痛い。

 漸く手を離してくれたが、逃げられそうにない。仕方ない、諦めるか。

 

「あー……料理した事ないですか?誰か教えてあげちゃってくれませんかね」

 

 アバンが苦笑しながら生徒に声をかけると、金髪の少女が勢いよく手を挙げた。改めてアバンが彼女に頼むと、ぱたぱたと駆けてきた。

どっかで見たことのあるような格好だが気のせいだろう。

 

「というわけで、彼女に教わりながら作ってみてください」

 

「あー……よろしく」

 

「よろしくだニ」

 

「よ、よろしく……」

 

「よろしくねー三人共。私はルミアっていうの、仲良くしてね」

 

 ルミアと名乗った少女は一応ここで最年長らしい。アベルを見ても特段大した反応を見せないのは気にしてないのかアベルの見た目故か。魔族だからと毛嫌いしない辺り好感が持てるな。

 ラーハルトとルミアに教わりながら野菜を切りながら雑談をしていると(手刀で斬ろうとしたら怒られた。何故だ)必然的に食べ物の話題になった。

 

「皆は好きなおやつとかあるの?」

 

「何か無性にアップルパイが食べたい。という訳でアップルパイが好きだ」

 

「ボキは特にこだわりは無いニ。美味しく食べられればそれでいいニ」

 

「オレもアベルと同じかな。何でも好きだぞ」

 

「そーなのかー」

 

「待って、今の返事淒いデジャブを感じた」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「どういう風の吹き回しだ?」

 

「何の事ですか?」

 

 調理場の外の壁に隠れるようにして、アバンとマトリフが立っていた。

マトリフは責めるというよりも訝しんでいるだけと言った体で、カインとマトリフが喧嘩していた時のような険悪なムードは欠片もない。

 

「あのボウズどもをなんでわざわざ学校に呼んだのかって事だよ。ほっといても一件落着って感じだったろ?」

 

「ええ、確かにそうでした。ただ、気になったんですよ」

 

 平時のアバンには珍しく、真面目な声だった。普段お調子者の仮面を被っているアバンだが、締めるところはしっかり締めている。普段のお調子者ではなく勇者の声だった。

 

「彼、カイン君。どう見えました?」

 

「少なくとも子供にゃ見えなかった。かといって魔族にも見えないが、だからといってまっとうな人間にも見えない。そんなところか」

 

「私もそう見えました。加えてあのマシン兵達。アレを作るだけの技術と知識を保有している子供というのも些か不自然です。伝説にあるような竜の騎士ともまた違う異質な存在です。ですが、人間に敵対している訳ではないという……」

 

「だが奴の目には諦観のようなモンが見て取れたぜ。所詮はこんなもんだろう、期待して損したっていうような」

 

「だから、せめて彼が優しく接する事のできる子供達に囲まれれば何か分かるんじゃないかと思いまして。シスターに頼まれたというのもあるんですがね」

 

 わいわいと楽しげに調理をする生徒達の声を聞きながら、カインの目つきを思い浮かべ顔をしかめるマトリフ。自分の失敗は兎も角としても、ラーハルトの件で怒りを顕にする以前に何かあったのだろうか、そう考え僅かに気が滅入る。

 

「一体どんな人生送ればあんなに擦れちまうんだかな。当初はハドラーのせいかとも思ったがどうやら違うようだし、どちらかというとハドラーとは友好的な関係らしいな。となるとやはり……」

 

「人間のせい、ですかねぇ……」

 

「そうだな……ああ、俺も気になることがあったんだが」

 

「なんですか?」

 

 腕組みをしながら唸るマトリフ。ちらりと後ろを見ながら疑問を口にした。

 

「メラゾーマが僅かなダメージしか与えられなかったのはどういうことだ、ってな。ハドラー風に言えば炎が得意だから効かないって事だろうが、それでもああやって涼しい顔でいられちゃ自信無くすぜ」

 

 言葉とは裏腹に楽しげな目をしているマトリフは、珍しい物を見たというような口調で語った。

 

「ハドラー風は兎も角としても、実際その通りなんでしょう。自らの炎で焼かれては笑い話にしかなりませんからね」

 

「つくづく変わった奴だよなぁ。さて、お前はそろそろ戻ったらどうだ?どうせアイツら今頃てんやわんやしてんだろ?」

 

「アハハ、そうですね。では私は戻ってシチューを作ってきますね。折角ですから食べていきませんか?」

 

「悪いが遠慮するぜ。ほれ、さっさと行きな」

 

 促され、軽く会釈をしてからアバンは調理場に戻っていった。

アバンが立ち去るのを暫し眺めていたが、ぼそりと呟いた。

 

「いつまで隠れてるつもりだ」

 

「流石にバレるか、気配隠してたんだがな」

 

「ハン、このマトリフ様を欺こうなんざ千年早いんだよ」

 

 木陰から姿を現したのは、件のカインだった。

サボりか、と笑いかけるマトリフに肩をすくめ、先ほどアバンが立っていた場所まで歩んできた。

 

「で、実際のところどうなんだ。人間は嫌いか?」

 

「どちらかというと嫌いだね。でも、アバンのような良い奴がいるのも知ってるしアルキードのあの街の連中みたいな下衆がいるのも知ってる。正確に言うと、俺が嫌いな事をする人間が嫌いだ」

 

 自分勝手だろう?と笑うが、そりゃ誰だってそうだろうと返される。

 

「じゃあ、お前が嫌いな事ってのはなんだ?」

 

「子供に手を出す奴、種族差別をする奴、一対一の決闘を邪魔する奴だな。それ以外なら許容してやるが」

 

「案外まともだな。もっとこう、我が儘言うのかと思ったぜ」

 

「失礼な。気に食わないから倒す、とかそんな馬鹿は言わないぞ?強いて言えば自分のやりたいようにしかやらない、とかか」

 

「それもそれで問題だがな」

 

 軽口を叩き合う二人は、喧嘩をしていた時のような険悪な雰囲気もなく、楽しげに話していた。年齢差もあって年寄りと孫のようにも見えるが、互いに対等な者として扱っていた。

 

「……ああそうだ、お前さん昔何かあったか?」

 

「昔?いや、特に。急にどうした?」

 

「随分とひねたガキだがなんでこうなったのか、ってな。ただの興味本位だ」

 

「興味本位でそういう事聞くのどうなんだよ……まぁいいや。ちょっと人間の汚い部分も知ってるってだけのただのガキだよ。現代日本の若者にありがちなタイプさ」

 

 そう肩をすくめながら笑って言うと、マトリフは首を傾げた。

 

「日本?どこだそりゃ」

 

「なんでもない、気にすんな」

 

 訝しげな顔のマトリフだったが、追求はしなかった。

 

「ま、言いたくないんならそれでも構わんさ。そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」

 

「ああ、そうす――」

 

 言いかけたカインの頭に何かが飛んできて、ゴツンと鈍い音がした。

何事かと目を見開いたマトリフの目に映ったのは、麺棒だった。それを力一杯投げつけたのは誰かというと。

 

「い、いきなり麺棒はねぇだろラーハルト……」

 

 サボっていたカインを捕まえに来たラーハルトだった。

 

「調理を抜け出してこんな所でサボっている馬鹿には例外なくこの麺棒をぶつけるのが流儀でな」

 

「それ今決めただろ」

 

「当たり前だ、こんな流儀あってたまるか」

 

「お前が言ったんだろ」

 

 コントのような会話を繰り広げながら、ラーハルトがカインの首を掴んで引きずっていった。一人取り残されたマトリフは、出会って間も無いだろうに仲のいい事だな、と独り言ちた。

 そして暫くしてから。

 

「シチューに麺棒はいらねぇだろ……」

 

 と、呟いた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 結論から言うと、シチューは普通に美味かった。俺は殆ど何もしてないが。

サボった事でまたとやかく言われるのかと思ったが、別にそんなことはなかった。追加で麺棒を食らったが。ラーハルトは結構気が短いのかもしれない。

 片付けも終わり、俺とアベル、ラーハルトとアバン。それになぜかルミアがその場に留まって話をしていた。これからの話や人間との付き合い方などを話しているだけなのだが、とても興味深そうに聞いていた。

 

「私はテランから出た事がないもん。旅の話を聞いて色々想像するぐらいいいじゃない」

 

「いやまぁ、そりゃそうなんだが」

 

「大体私と大差ない年なのに旅ができるカインがずるいのよ。私も連れてけー」

 

「まぁまぁ、ルミアちゃん。旅は楽しいですが危険なんですよ。女の子に何かあったら彼も困るでしょう?」

 

「むー……まぁいいか。それで、カイン達は次どこに行くの?」

 

「特に決めてないが、お前らどうする?」

 

「ボキはどこでもいいニ。修行になるならどこにだって付いてくニ」

 

「オレはさっきも言った通り、武器が欲しいからカインの知り合いだっていう鍛冶師に会ってみたいな。歩いても行けるんだろ?」

 

「だな。じゃあ、次の目的地はランカークスだ。決定」

 

 楽しげに談笑しながら、ロンの顔を思い浮かべる。あいつ結構気難しいからな、ちゃんと武器作ってくれればいいが。そういえばブルーメタルで剣作ってくれるって言ってたし、それをラーハルトに回すか。アベルは今使ってる剣気に入ってるみたいだしいいか。

 そういえば防具の事は考えてなかったな。戦闘の時は闘気使うから、大概の攻撃は闘気の鎧で防げるから意識してなかった。その辺も考えとかなきゃな。

 

「今日出会ったばっかりなのになんだか寂しいなぁ。また遊びに来てよ、三人とも?」

 

「おう、ここに来るときは大体カンダタに用事あるからな、ついででよけりゃここにも顔出すか」

 

「そうだニ、中々居心地も良かったからニ。何より自然が豊かで過ごしやすいニ。ベンガーナなんかとは大違いだニ」

 

「ここの子供達はオレを見ても嫌な顔をしなかったし……そうだな、また来たいよ」

 

 老後はここで暮らしたいな、と呟くラーハルト。こんなガキの頃から老後の心配ってのもなんだかなぁ。ま、ここで暮らしたいってのには同意だが。

 そして話が終わり、今日中にここを発つ事になった。余り長居しても泊まる場所がないからな。流石に湖の畔だと野宿するには寒い。学校に泊まるにしても、ロビンは外に居させなければならない。

 

「ラーハルト、荷物はとりあえずロビンの中に突っ込め。適当でいいから」

 

「ああ、分かった。しかし便利だな、ロビン……」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

 今喋ったのがロビンだ。ちょっと堅苦しいかもな。AI弄ってもっと感情表現豊かにしたいんだが……

 

「さて、出発するかニ」

 

「じゃあね、三人とも。私の顔忘れてたりしたら頭噛むからねー」

 

「アハハ、懐かれましたね~。では皆さん、お元気で。またいつか会えますように」

 

「怖ぇよルミア。ま、生きてさえいれば会えるさ、そのうち」

 

「さらっと死亡フラグを建てた気がしないでもないニ……ま、そっちも元気でやるニ」

 

「本当にありがとう、アバンさん。今度会った時は武器の扱いを教えてほしい。ルミアも元気でな」

 

 いつものようにロビンに飛び乗り、ランカークスに向かって歩き出す。ラーハルトは名残惜しげに二人の影が見えなくなるまで手を振り、アベルは後ろを向かずに手を振って歩いて転んでいた。

 テランは良い所だったなぁ、ホント。また来たいどころか何回でも訪れたいぜ。

 

「さて、これからよろしくな、ラーハルト」

 

「とりあえず戦闘は暫くはボキとカインに任せるニ。見るだけでも多少は参考になると思うニ」

 

「ああ、よろしく、二人共。足を引っ張っても悪いからそうさせてもらうよ」

 

 これからは三人+一機パーティってわけだ。これからの旅が楽しみで仕方ない。ロンの奴への土産話が増えたな。手帳を取り出しながらこの先の旅路に思いを馳せた。

 



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第20話 忍び寄る影

タイトル変えようと思うんですが、中々良いのが思いつきません。唯一思いついた物は殆ど餓狼MOWだし……文才とネーミングセンスが欲しいです。


「ウチは託児所じゃねぇんだぞ……」

 

 家の前で組手をしているカインと魔族の少年ラーハルトを眺めながら俺は溜息を吐いた。なんでこうなってんだか……そう考えながらカインがラーハルトとアベルを連れて来た時の事を思い出す。

 

 

 

「前ブルーメタルで剣作ってくれるって言ったよな、こいつに武器作ってやってくれ」

 

「いやちょっと待て、なんでお前は来るたび連れが増えてるんだ、まず誰だそのボウズとプチヒーローは」

 

「かくかくしかじかというわけで」

 

「かくかくしかじかで分かるか、普通に話せ」

 

 事情を聞いた所まではまだ良い。武器を作ってやるって話も元々俺のミスが原因だから仕方ない。

 

「ラーハルトが戦えるようになるまで稽古つけてやろうと思うからそっちも頼むわ」

 

「は?」

 

「いや、ロンは強いだろ?それに武器の扱いだったら俺より適役じゃないか」

 

「そりゃそうだが俺はまだ良いとは」

 

「じゃあ暫くここに厄介になるわ」

 

 本当に厄介だ。

 

「あの、すいません。お世話になります」

 

「あー……まぁ、なんだ。途中で投げ出したりするなよ?この俺が武器をお前のために作ってやるんだからな、相応に強くなってもらうぞ」

 

「ハイ!よろしくお願いします!」

 

 ラーハルトが礼儀正しいのがせめてもの救いだった。

 

 

 

「よし、終わり。ロン、交代」

 

「応」

 

 ちょうど組手が終わり、カインが俺と交代する。

組手はローテーションで行っており、順番を待っている間、俺はラーハルトの動きや素質を観察、或いはちょっとした暇つぶしをしている。カインは自主練とキラーマシンの整備、改良。アベルはひたすら瞑想している。魔力が足りないのが悩みだという。プチット族はなぁ……

 

「よし、かかってきな」

 

 木剣を構え、ラーハルトが飛びかかってくる。俺も木剣を持っているが、防ぐことはせずにひたすら体捌きだけで避けていく。今は持久力を鍛えるため、少し長めにやっている。打ち込ませてもいいんだが、命中率も上げないとな。魔人斬りみたいにギャンブル性のある技もあるが、こいつにゃ向かんだろう。

 

 そのままニ十分程続け、今日のところは終わりとなった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 四人で食卓を囲みながら、雑談に花を咲かせる。アベルが魔力の不足をどうにかしたいとぼやき、カインが技の再現がどうのと独り言を言い(会話に混ざれよ)ラーハルトが今日の特訓内容を反芻する。

 

「思ったんだがよ、ラーハルトには剣が向いてないんじゃないか?」

 

「剣が向いてないって、それじゃどうするんだニ?」

 

「ラーハルト、お前はどう思う」

 

「……剣を握っても、しっくり来ないというのはある。でも他に武器なんてないから、慣れるしか」

 

「槍とか斧とかあるぞ」

 

「……」

 

「俺の見た感じじゃ、槍とか向いてそうだがな。パワーよりもスピードを重視するのが良いかもしれん」

 

「んじゃ明日ジャンクに頼んで適当に借りようぜ」

 

「真剣だからちと重いがな。ま、いいだろ」

 

 

 改めて考えると不思議なもんだ。あの日カインと出会ってからというもの、色んな事が起きている。あそこにいた時ほどではないが腐っていた毎日に、些細な違いが生まれた。カインという切欠に出会い、ジャンクという友に出会い、カインがハドラーと親交を深めてキラーマシンを譲り受け、今度は魔族の少年と魔物を連れて帰ってき、挙句三人ともに稽古をつけたり暇つぶしにアレを作ったり。カイン関係だけでもこんな所だ。少なくともコイツがいれば退屈する事はないだろうな。

 

 

 カインは変な奴だ。馬鹿にしているとかそういうのではなく、まさしく変なんだ。初めて会った時からそうだが、子供に思えない。言動がしっかりしている、強い、知識量など様々な要因はあるが、それらを知らない時から子供と認識できていなかった。

 見た目だけならちょっと変わっている、程度だろう。だがコイツはその中身もおかしい。闘気の扱いに長けているのもそうだが、何より魔族と平然と接し、あまつさえ魔王と仲良くなる子供など聞いた事もない。魔族と仲良くする、ぐらいだったらまぁそういう奴もいるだろう。多かれ少なかれ魔族に友好的な人間、人間に友好的な魔族がいるのは否定しない。

 カインには、魔族を惹きつける何かがある。カリスマとでも言えばいいのか、とにかくそういう何かがある。生まれ持った性質なのか、それとも本人の気質か。ひょっとしたらその両方かもしれない。どちらにしろ、それが今こうして俺やアベル、ラーハルトと過ごしていられる遠因の一つだろう。もっとも、それが関係なくともこいつの性格に惹かれて集まっただろうが。

 普通、人を惹きつけるカリスマのある者は、二つの道のうちどちらかを歩む。分かりやすい例を言えば勇者だろう。人民に支持されず期待もされなければ勇者ではない。勇者とは勇気を与える者だから当然ではあるのだが。要するに他者に勇気を与える事のできない者は勇者足りえないという事だ。勇者の他にも、優れた指導者や王などはそういった人物である事が多い。むしろそうなる絶対条件とも言えるかもしれない。

 今例に挙げたのが光に導く道だとすれば、もう一つの道は闇に導く道。勇者の対ともいえるやはり魔王だ。力で人民を支配し、知勇を持って従わぬ者を滅し、そのカリスマを持って従える。ハドラーもそうしているが、魔王に敵とみなされれば力によって闇に追いやられるだろう。従う者からすれば正に勇者の如き存在だが、敵にとっては畏怖すべき存在。それが魔王だ。

 話が逸れたが、カインが持っているのはそういうカリスマだ。それも勇者というより魔王に近い形の。もし何かが違えばハドラーと共にカインが魔王として世界を席巻するかもしれないが、逆に勇者として世界を救うような事はないだろう。アイツが持っているのはそういう魔王の器であって、勇者となる器ではない。しかも話を聞いた所、かなりの激情家のようだ。ふとした出来事でそちらに堕ちる可能性がある。

 しかし、魔王と言っても王ではある。部下からすれば賢王であろう。そういった面に自然と惹かれるのかもしれない。並みの人間は特に何も感じ取れないだろうが、魔族ならばそれを鋭敏に感知し、意識的だろうと無意識だろうと惹きつけられる。ただの人間であるにも関わらずだ。ハドラーが惹かれたのもそれかもしれない。

 

 

「そういえばこないだカンダタから珍しい金属買ったんだが、加工できるか?……おい、ロン?」

 

「ん?あぁ、出来るぞ。何か作るか?」

 

 思考の海に沈んでいた俺は、カインに話しかけられて我に帰った。珍しい金属か、昔作った鎧の魔剣と魔槍を思い出すな。

 

「いや、とりあえず保留で。入り用だったら頼む」

 

「おう、そん時は手抜いて本気で作ってやるよ」

 

 さて、考え事はこれくらいにしとくか。明日も修行に付き合わんとな。

そういえば暇つぶしに作ってるアレ、中々良い出来栄えだな。バランスを取るのが難しいが、使いこなせば機動力が格段に上がる。

 

「さて、そろそろ寝るか」

 

「そうだニ、満腹になったら眠くなってきたニ」

 

「食べてすぐ寝ると牛になるって聞いたぞ?」

 

「……牛になるのは嫌だニ」

 

「ハハハ、ありゃ比喩だろ」

 

「いやーホントかもしれねぇなぁ。気ぃ付けねぇと明日の朝にはお前ら全員牛かもしれねぇぞ?」

 

 談笑しながら寝床に入る。カインはいつもどおりロビンの中に入って寝、ラーハルトとアベルは毛布を被る。俺もさっさと寝ちまうかね。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 翌日、修行を始めようとしたラーハルトにロンが声をかけた。

 

「まだカインと本気でやりあった事がないからな、レベルを見ておきたい。順番変わってくれるか?」

 

「ええ、大丈夫です。オレもカインが思い切りやる所見たいですから」

 

 本格的な指導に入る前に、カインの力量も見て方針を固めたいのだろう。ロンはいつものように気だるげだったが、カインは油断できなかった。

 

「ロンは強いからなぁ、俺じゃ中々勝てないだろうな」

 

「何弱音吐いてるニ!カインはこのボキが認めた男なんだから、誰が相手だろうと完勝してやるぐらいの気概は見せてみろニ!」

 

 若干熱くなっているアベルが叱咤激励する。それを苦笑で受け流し、斜に構える。身体の調子を確かめ、準備を整えた。アベルだけが緊張した面持ちで眺めているが、ロビンが運んできたお茶を飲んで幾分か力を抜いたようだ。

 

「中々勝てないとは言ったが、負けるとは言ってないんだがな」

 

「フッ、ガキがいっちょまえに吠えやがる。さぁ、手加減してやるから本気でかかってきな」

 

「天狗になってるお前の鼻っ柱叩き折ってやるよ」

 

 

 そうはいってもカインは良くも悪くも遊びを忘れない。冷静沈着であると同時に、行動にもゆとりを持たせすぎる癖がある。

 先に動いたカインの第一手は。

 

「南斗獄屠け――」

 

「隙がありすぎるぞそれ」

 

「うわらばっ」

 

 正面からの獄屠拳もとい飛び蹴りだった。ロンはあっさりとカインの足を掴んで投げ飛ばしてみせた。中々勢いのある蹴りだったが、あっさりとさばいて防御と同時に攻撃してみせるのは流石と言った所か。しかしカインは投げのダメージにも動じずすかさず飛び退る。まだ始まったばかりだから色々試してみよう、という考えが見え隠れしている。

 

「さっきの飛び蹴りのようにバカみたいに隙だらけな攻撃じゃ当たりゃしねぇぞ?」

 

「分かってるって。しかし当て身投げみたいな真似してくるとはな……」

 

 毒吐きながら地面に拳を叩きつけ、衝撃波を撃ちだした。パワーウェイブと呼ばれるその技を横に飛んで回避したロンは手振りで、かかってこい、と挑発した。それを見たカインはニヤリと笑って駆け出した。

 

(来るか!)

 

 ロンに向かって走り出した姿を見て、突っ込んでくると思ったロンは即座に迎撃の体勢を取った。

 

「オラァ!」

 

「ッ!?」

 

 だが、カインはロンの攻撃がギリギリ届かない位置で急ブレーキを掛けて停止した。勢いよく地面を擦ったために砂埃が舞う。反射的に目を細めた瞬間、カインは足元の砂を蹴ってロンの顔に飛ばしていた。

 

「ぶはっ、てめ――」

 

「いよっと」

 

 飛んできた拳を間一髪で躱したロンはそのまま距離を取って、終わりを告げた。

 

 

「いやあの状況で普通に躱せるもんなのかよ」

 

「お前真っ直ぐ突っ込んできてたじゃねぇか、見なくても躱せるわ」

 

 水で目を洗ったロンは、先程の組手の感想を話していた。

 

「まず最初の飛び蹴り、隙がでかい。あんな技ぶっぱなしてもそうそう当たらないだろう。衝撃波を飛ばすというのは中々良かったな、距離があるからと油断すると足元狩られる。砂かけはまぁ、良いんじゃないか。場所が限定されるのは仕方ないが、視覚に頼りきりな奴には効果的だろう。それ以外の感覚に頼る奴には無駄だがな」

 

「ぶっぱが当たる事ってのもなぁ。上中下の攻めの切り替えも大事か」

 

「そうだな、ガードの固い所ばかり攻めてもどうしようもない」

 

「でも淒いじゃないかカイン、手加減されてるとは言ってもロンさんに勝ったんだぞ?」

 

 ラーハルトがそう言うが、カインは肩を竦めた。ついでロンの腰を指差した。ラーハルトもアベルも首を傾げていたが、ある事に気がついた。

 

「ロンさん、剣はどうしたんだ?」

 

「家の中だが?」

 

「つまり……」

 

「剣士であるロンに対し、剣を抜かせる事も一撃当てる事すら出来なかったって事。ま、そのうち俺がそうさせるようになるがな」

 

 実際、ロンが抜剣するまでもなくカインは終始手玉に取られていたようなものだ。パワーウェイブは兎も角、功を奏したと言えるのは砂かけによる目晦まし程度。これでは勝ったとは言えない、そう言いたいのだろう。

 

「ま、修行あるのみだな。じゃあ俺はジャンクの所に行ってくるから、三人でやっててくれ」

 

「ああ、分かった」

 

 

 そう言ってロビンに向かって歩いて行ったカイン。ふと途中で立ち止まり、後ろを振り返った。見えるのはロン、ラーハルト、アベル、そして森のみ。首を傾げながらロビンに向き直った次の瞬間、ロビンの左手から矢が撃ち出され、カインを僅かに外して森の方へ飛んでいった。

 

「おい、どうしたカイン?」

 

「いや、なんでもない。気にするな」

 

 そう言ってカインはそのままスタスタとランカークスに歩いて行った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「アレがかの名工ロン・ベルクか。多少腕は鈍ったようだけどまだまだ現役って所だね」

 

「どうする、殺っちゃう?今なら簡単にイケるよ」

 

「まぁ待ちたまえ。彼もそうだけど、金髪の少年も要注意だ。キラーマシンを従えてるのもそうだが、かなりの距離があるにも関わらずボク達に気づきかけた……さっきキラーマシンが矢を射ってきたのはそういうワケさ。矢なんて刺さってもこんな感じに溶けちゃって無駄だけどね。それにロン・ベルクの方はある程度のデータがあるけど、少年の方はまだまだ未知数だ。藪をつついて蛇を出す……この場合は狼だね。そんな事になったらほんの少しだけ面倒だ。だったらのんびり眺めていればいい。そもそもボクのスタイルは正面切って戦う事じゃあないだろう?」

 

「さっすが!頭いいな~!」

 

「ハハハ、そう褒めないでくれたまえ。後、今は任務じゃなく暇つぶしに来てるだけだからね。余計な事をして怒られても嫌だろう?」

 

「そうだね、暇つぶしで怪我するのも嫌だもんね」

 

「そのうち彼と戦う事になるかもしれないけど、いくら強くてもボクにかかればイチコロさ。罠もいいし、親しい人間がいるなら人質に取るのもいいね」

 

「じゃあもうちょっと調べなきゃね!」

 

「いや、今は一旦帰ろう。さっきからロン・ベルクとキラーマシンがこっちを見ている。気づかれたら面倒だ」

 

「うわぁ、鋭い奴ら!それじゃ、帰ろうか!」

 

「ああ、そうだね」

 




因みにパワーウェイブは餓狼のテリー・ボガードの、砂かけはKOF97で永久できた山崎竜二の砂かけです。


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第21話 魔神機

家族全員(自分除く)が倒れる→家事に追われる→卒業試験目前だという事に気づき慌てて勉強する→流石に間が空きすぎるのもアレなので急いで書く←今ココ


 ラーハルト達がロンの所で修行をするようになって早三ヶ月が過ぎた。

ラーハルトは元々槍の扱いに才覚があったようで、特に速さでは最早カインを完全に上回っていた。カインは相変わらず技を再現しようと悪戦苦闘しているようだが、闘気の扱いが益々向上している。ロビンの改良にも取り組んでいるが、やや行き詰まっているようだ。アベルは一番の弱点である魔力の不足を解消する……とまではいかないが、上級呪文も何発かは使えるぐらいには成長していた。ロンに言わせるとまだまだだそうだが。

 

 この夜は、カインとロンが外で月を眺めながら話をしていた。ロンは相変わらず月見酒と宣いながら酒を飲んでいる。カインは一応自重して茶を飲んでいる。

 

「それで?話ってのはなんだ」

 

「前話した金属の事なんだけどさ、ちょっとこのデータ見てくれ」

 

 そう言ってカインが紙をロンに手渡す。怪訝な顔をして受け取ったロンが、徐々に目を見開いてく。

 

「お前こんなもんどこで……」

 

「ハドラーの所で本読んでる時にあったからロビンにデータコピーしてきた。これ作ろうかと思うんだけど、あの量じゃ足りなさそうだよなぁ」

 

 手帳をトントンと指で叩きながらカインが唸る。手帳に記された予定量には例の金属、他にも様々な素材が不足していた。これさえ作ればかなりの戦力になるのに、とぼやきながら溜息を吐いた。

 

「確かにな、コイツを作るにゃあ色々必要だろうし、かなり強力だってのも分かる……だがカイン、お前はコレを作る事が出来ると思うのか?」

 

「え、出来るよ」

 

 あっけらかんと答えるカインの姿に思わず酒を吹き出してしまった。

 

「簡単に答えるが、本当にそう思うのか?」

 

「まぁ不可能じゃあないだろ。作る時はロンにも手伝ってもらうし」

 

「おい初耳だぞそれ」

 

「それはそれとして」

 

「おい」

 

「常時マホカンタ展開ってのはどうにかならないかねぇ」

 

「……あの金属をボディに使えばそれに近しい効果は得られる。あくまで反射じゃなく無効化だから数段劣るだろうが、汎用性はあるかもな」

 

「あ、その手があったか。なら課題の一つはクリア、と。とりあえずそのうち素材集めに行くかな」

 

「ラーハルトもお前に劣らないぐらいには強くなったし、いいんじゃないか?強いて言えば回復役なんかが欲しいところだな。傷を癒す手段がアベルのベホイミと薬草しかないだろ?」

 

「当たらなければどうということはない」

 

「そのセリフははぐれメタル並の回避力を身につけてから言え」

 

 いつものように雑談を交えながら相談をして夜は更けていった。

 

 

 

――ロンに手渡した紙にはあるマシン兵の記述が書いてあった。これはハドラーも素材がなかった為に製作を断念したというマシン兵である。

 そのマシン兵は強力無比な攻撃を繰り出し、様々な剣技を使いこなす。そのモノアイからは高熱のレーザーを撃ち、機体下部に装備したボウガンで敵を撃ち抜く。おまけに呪文を放たれてもそのボディに纏ったマホカンタの力が跳ね返し、キラーマシン以上に強固な機体は生半可な事では絶対に傷つかない。いつかのカインのように弱点を狙おうと胴体を繋ぐチューブを狙うと、体を分離させて回避してしまう。その分離した状態でもお構いなしに剣戟や射撃が飛んでくるのだからたまったものではない。

 ある世界の海底に存在する宝物庫では宝を守る番人として幾多の冒険者を葬ったという。

キラーマシンの改良型であるキラーマシン2、その更に改良されたモノがこのマシン兵である。その強さはキラーマシンやその前身であるプロトキラーとは比べるまでもない。

 

 

 その紙には、“キラーマジンガ”と書かれていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 翌日、ロンはラーハルトに武器を作る旨を伝えた。

 

「お前の体格に合わせたお前だけの武器だ。大事に扱えよ」

 

「ありがとうロンさん、オレのためにわざわざ……何か手伝える事はないかな?」

 

「んじゃとりあえず中入れ、やる事あるからな。おい、カイン!」

 

 アベルを放り投げて遊んでいるカインに声をかけて呼び寄せる。キャッチされなかったアベルが地面に激突して鈍い音を立てたがお構いなしに話は進められた。

 

「俺は暫く武器作りに専念するから邪魔しないようにな。時間かかるからどっか行っててもいいぞ」

 

「あいよ。んじゃ適当に出歩くわ」

 

 そう言ってロビンに向けて歩を進めようとしたカインにアベルのライデインが降り注いだ。雷鳴を無視しながらロン達は家の中に入り、パタリとドアを閉めた。ライデインをくらったカインも苦笑いしている。アベルも気分は治ったようだ。

 気を取り直してロビンを待機させている所まで歩いて行った二人の前に、一匹の魔物が現れた。正確には、ロビンの前だが。

 その小さな魔物は、“ひとつめピエロ”と呼ばれる種族だった。何故こんな所に、と訝しげに思いつつもカインはそのひとつめピエロに話しかけた。

 

「おーい、ウチのロビンに何してんだお前」

 

 突然人間に話しかけられたにも関わらず、ひとつめピエロは些かも動じていないようだ。カインの声にロビンを触る手を止め振り返った。

 

「ねぇねぇ、このキラーマシンって君が作ったの?」

 

「……作ったというより修理しただがな。それよりお前は何をしている?」

 

「やだなぁ、そんなに怖い顔しないでよ。ちょっと珍しい物があったら触ってみたくなるでしょ?誰だってそーなるだろうしボクもそーなる」

 

 飄々としていてどうにも形を掴みづらい、そういう印象を抱かせる魔物だった。ふわふわと空に浮かびながら、品定めでもするかのような目でこちらを見ている。カインは直感的に良くない者だと思い、アベルは最初からそう思っていたようで既に臨戦態勢である。

 

「もー、短気だなぁ。それにしても君は変だね、魔物と一緒にいるなんて!もしかしたら君も魔物だったりして?ああ怖い、ボクなんか食べられちゃうかも!」

 

「うるさい奴だな、さっさとどこかへ行け」

 

「仕方ないや、それじゃあね……異端者クン」

 

 そう言ってひとつめピエロはどこかへ飛び去っていった。

 

「カイン……あんなチビの言うことなんて気にするなニ。例え異端者だろうと何だろうと、このボキが付いてるニ!だから心配するなニ、ボキだけじゃなくラーハルトもロンも、アバン達だってカインの優しさを知ってるんだニ。アルキードの時みたいな人間が嫌っても、ボキ達はカインの味方だニ」

 

「うるせぇよ……分かってるよそんな事は。信頼してるからこうやって一緒にいるんだぞ、そもそも有象無象の連中なんざどうでもいいっての。俺はお前やラーハルトみたいに自分の周りの奴だけが大事なんだよ」

 

 アベルが熱弁を振るうのは特に珍しい事でもないのだが、この時ばかりはカインも素直に受け止めた。少々気恥しいのか若干刺々しい言い方だったが、そろそろ付き合いも長くなってきたアベルにはカインのそういった所も理解できるようになっていた。

 

 

「さ、気を取り直して適当に出かけてこようぜ」

 

「そうだニ、何か良い物が見つかればいいんだけどニ」

 

 そうしていつもの雰囲気を取り戻し、二人はロビンに乗って去っていった。

 

 

 

 

 

「仲がイイんだねぇ、お二人さん……ウフフフフ!」

 

「どうしようか?彼らにちょっかいかけるのも簡単だが、あの様子だとちょっとやそっとじゃ仲違いしそうもない。一度帰るかい、それとも別のところに行くかい?」

 

「ンー……そうだね、ボク達も別のところへ行こう。さっき話に出てきたアルキードにでも行く?それともハドラー君の地底魔城とか」

 

「ふむ、どっちも面白そうだねぇ。暫くは仕事のお呼びもないだろうし、ボクらも楽しもうじゃあないか。とは言っても、怒られない程度に、だがね」

 

「怒られるのは嫌だもんね、いつもどおり影から色々やっちゃおうか」

 

「ああ、そうだね。折角今は自由なんだ、自由にやらなきゃ。彼処に居た時は仕事が多かったからねぇ……楽しいからいいんだけど。そうだ、今度誰かを誘ってピクニックにでも出かけようか?消し飛ぶ前に堪能しなきゃ勿体無い」

 

「うわぁ、楽しそう!でも来てくれるかなぁ」

 

「フフフ、どうだろうね。そこも含めて楽しみだ。さ、ボクらも行こう」

 

「うん!そうだね、キルバーン!」

 



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第22話 靴

ようやく補習終わりました。なお結果は(
反省文書いて合格貰ったので卒業でき……るよね?



「武器が完成したら旅に出るのか?」

 

 ラーハルトの手をじっくりと観察しながらロンが言った。ラーハルト専用の武器を作る為にも、使い手に合わせなければならない。ラーハルトがどういうタイプか、というのはここしばらくの生活で分かってはいるが、それでもチェックを欠かさないのは職人の性か。

 

「ああ、多分そうなんじゃないかな。オレもちょっとはレベル上がったし、カイン達の足を引っ張らなきゃいいんだけど」

 

「フン、謙虚がすぎるといらん反感買うぜ。もっと胸張れ、お前は俺ほどじゃないが強い。でなきゃわざわざなけなしのやる気振り絞ってまで武器作りなんかしない」

 

「そう……か。うん、分かったよ」

 

 観察の合間に会話を交えながら作業していると、ふとこんな話が出た。

 

「お前の喋り方どうにもガキっぽいな、そんなじゃ舐められるぞ」

 

「えー……そんな事言われてもな。急に変えられるもんじゃないだろ?そもそもオレはガキだぞ」

 

「無理矢理にでも威圧的に喋ってみろ。戦闘前の舌戦が重要な時だってあるんだ、そこで舐められちゃあいけねぇ……魔王みたく話せとは言わんが、覚えておいて損はない。使える物は使っておけ」

 

「……やれやれ、気楽に言ってくれる。まぁ、善処するとしよう……こんな感じか?」

 

「お、ちょっぴりマシになったぞ。その調子だ」

 

 そんな他愛もない話をしながら作業に移り、手際よく準備をしていくロン。その姿を眺めながらラーハルトがふと疑問を口にした。

 

「なけなしのやる気って言ってたけど、ロンさんは面倒くさがりなのか?」

 

「別にそういうわけじゃねぇ。ただ、萎えてるだけだ……俺の武器を上手く使ってくれる奴があまりにもいないもんでな。トドメになったのは、俺がお遊びで作った武器が『最高の武器』だとか言われた事だな」

 

「遊びで作ったのにか?」

 

「詳しい事は言わないが、その武器はそいつが持った時だけ絶大な力を発揮する。問題なのはそいつの強さだ……常軌を逸した強さを持つそいつは、極端な話ナイフ一本持っただけでも強くなる。武器屋にとってこんなしらける客はいない……おまけに武器を上手く扱う奴がいないってのも原因だ」

 

 話を聞きながら、ラーハルトは普段あまり自分の事を話さず、修行やキラーマシンの話ばかりしているロンが、こうやって昔のことを話してくれたことに少しばかり嬉しくなった。

 

「昔、人と武器は一つだったが、今はどっちもクズだ。人は強い武器に恥じぬよう努力し、強き者がいるからこそ武器も日々進歩したというのに……せめてお前はそうならんでくれよ」

 

「その言葉、ずっと忘れないようにするか。そうすれば危惧してるような事にはならないだろう?」

 

「いっちょまえに言うじゃねぇか、期待してるぜ」

 

 それからは暫く会話もなく、黙々と作業するロンをラーハルトは黙って眺めていた。一心不乱に鎚を振り下ろす姿からは、とても『なけなしのやる気』などで動いているようには見えなかった。

 修行している時にも思ったが、ロンのあの強さは一体どこで身につけたのだろう。尋ねてみたい衝動に駆られたが、今のロンに声を掛けることは憚られた。今声をかけたら、良い武器はできないかもしれないと思うと、邪魔するわけにもいかなかった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 武器作りが一段落し、ロンが小休止に入った時、タイミング良くカイン達が戻ってきた。

 

「お帰り、カイン」

 

「おう、ただいま。なぁロン、鳥系の魔物って何食うんだ?」

 

 汗を拭きながら怪訝な顔をするロン。次の瞬間には面倒くさそうな顔になって、

 

「元の場所に戻して来い」

 

「先読みしすぎだよ!」

 

 小動物を拾った子供が親に言われそうなセリフを言った。

 

「どうせお前また何か連れてきたんだろ?今度は何拾った。そもそもお前はなんでしょっちゅう何かを連れてくるんだ?趣味か、趣味なのか?」

 

「意識してるわけじゃな……なんだよその親みたいなセリフ。せめて見てから言ってくれ」

 

「で、その拾ってきた鳥公はどこだ?姿が見えないが」

 

「ああ、ここにいるよ」

 

 そう言ってカインは懐から小さな筒を取り出し、

 

「デルパ」

 

 と、短く言った。呪文とともに、筒から出てきたのは……

 

「極楽鳥か、また珍しいモンを……」

 

 桃色の体毛が美しい極楽鳥という魔物だった。冒険者の間では割りと有名な、ベホマラーを使っては逃げ出す厄介な魔物である。その極楽鳥をカインは拾ってきたのだ。

 話を聞く限りでは、何かの拍子に怪我をして地面にうずくまっている所をアベルのベホイミで治療したところ、何故か懐いてしまったそうだ。なんで野生の魔物がそう簡単に人間に懐くんだ、とロンは若干呆れたが、そういえばそういうカリスマがあると思い返し、カリスマがあるからといってもこれはおかしいんじゃないかと首を捻った。極楽鳥はカインの肩に止まっているが、重くはないんだろうか。そもそもその流れで何故カインに懐くのか。

 

「世話は自分でしろよ」

 

「だからなんなんだよその親御さんっぽいセリフは。お前は俺の保護者か」

 

「それになんだ、その筒。そんなレアアイテムどこで手に入れた?」

 

「ハドラーに貰った」

 

「羽振りいいな魔王」

 

 そう話していると、アベルも若干呆れたように言った。

 

「カインは色々惹きつけすぎだニ。もう少し自重するニ」

 

 自重できたら苦労はしない、との声が三つ重なって、やや遅れて笑いが起こる。

 

「まぁ確かに惹きつけすぎだよな、ハドラー然り」

 

「ボキ然り」

 

「オレ然り」

 

「なんだその一体感」

 

 俺もいるぞ、と言わんばかりに極楽鳥が一鳴きする。口に出さないだけであってロンも同じなのだが。

 

 話題を変えよう、とカインが咳払いをし、調子を尋ねた。

 

「で、どのぐらい出来たんだ?」

 

「まだ3割もないぞ。そんな一朝一夕で出来るわけないだろ」

 

「正論だニ」

 

 そりゃそうか、と呟いて手帳を取り出すカイン。それを見てロンが意地悪げな笑みを浮かべた。

 

「しかし極楽鳥かー、このサイズならお前ら乗せて飛行するぐらい楽勝だろうし、これはいらねぇなー」

 

 そう棒読みで言ってロンが取り出したのは、見慣れた青を基調とした靴だった。ラーハルトとアベルはきょとんとしていたが、カインはそれを見た瞬間目を剥いた。

 

「おまッ、それどうやって作った!?」

 

「暇なときにちょちょいとな。なぁに、簡単に出来るもんだからな、処分しちまってもーっと」

 

 そう言って溶鉱炉に向かって放り投げられた靴を、カインが炉に頭から突っ込みながらもキャッチする。平然と頭を振って冷ましているカインを見て、

 

(やっぱコイツ色々おかしいわ)

 

 と、ロンは密かに思った。

 

「なんで靴一つにそんな必死なんだ?そんなに貴重なのか、それは」

 

「かなりのレア物だぞ、これ。これをちょちょいとで作れるロンも色々おかしいぞ……」

 

 ロンのささやかないたずらごころはそれで満足したようで、種明かしを始めた。

 

「こいつはカインが手帳に書いてた物を参考に、余ったブルーメタルと諸々を使って作ったんだがな、面白い機能を付けてみたんだ。魔力を送り込む事で宙に浮く事ができる。要するにこれを履くだけで魔力の続く限りは空を飛び続けられるのさ」

 

「お前いつの間に手帳見やがった」

 

「暇なときにちょっとな」

 

「テメェ!」

 

「そんな物をちょちょいとで作れるのは確かに淒いニ……カイン、早速使ってみるニ」

 

「そうだな。カイン、やってみたらどうだ?」

 

「んじゃま、お言葉に甘えて。ロンは後で殴る」

 

 そう言って靴を履き、ロビンやラムダを操る要領で魔力を送った。見事に宙に浮いた。浮いたのだが。

 

「おいロン、なんでこうなるんだ」

 

「バランスが悪いんだ」

 

 上下が逆さまになったまま浮いていた。長髪が地面に垂れ、服もひっくり返っているというのに、変わらず腕組みをしているせいでシュールな光景になっている。

 アベルとロンは遠慮なく笑っているし、ラーハルトすら口元を押さえている。カインはずっと仏頂面だった。

 

「いや、練習すればちゃんと扱えるようにはなるだろう。練習すればな」

 

「まぁ、有り難く貰ってはおくが……お前ら後で覚えてろよ」

 

 そう言って体を回して着地しようとし、顔から地面に落ちた。今度こそラーハルトも吹き出した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 その後暫くして、槍が完成した。

 

「……出来たぞ。中々上等だ」

 

 その槍はブルーメタルの青を基調とし、何かの紋様を黄色で染め抜いた美しい槍だった。

ラーハルトは槍を受け取ると、その軽さに驚いた。まるで羽のように軽く、持ち前のスピードを十二分に活かせそうだ。

 

「“英雄の槍”、ってところか。どうだ、持った感じは」

 

「凄く軽い……それに手に吸い付くようだ、良く馴染む。ありがとう、こんな良い武器がもらえるとは思わなかった」

 

「フン、俺が作るんだ、このぐらいは容易い……と、見栄を張りたいところだがな。そいつはここ数年じゃ一番の傑作だ。大事に扱えよ」

 

「英雄の槍、か。ロンの事だから当然何か効果があるんだろ?」

 

「おおとも。そいつを装備して振るうとな、段々と傷が治るんだ。長期戦にゃもってこいの品ってわけだな」

 

 揃ってロンの腕前に感嘆していると、ジャンクが駆け込んできた。

 

「どうしたジャンク、騒々しい。何かあったか?」

 

「はぁ、はぁ……う、うま……」

 

「馬?」

 

「そうじゃない!生まれたんだよ、俺の子供が!」

 

 嬉しそうに語るジャンク。息を切らして走ってきた所を見ると、一刻も早くこの喜びを伝えたかったのだろう。少々焦りすぎではあるが、それ程嬉しいのだろうと見て取れる。

 だが、ロン達の反応は。

 

「そいつはめでたいな、じゃあ帰れ」

 

「おめでとうさん。さっさと帰りな」

 

「おめでたいニ。早く帰るニ」

 

「おめでとう……ってなんで三人ともそんな冷たい反応なんだよ、ちょっと酷くないか?」

 

 ラーハルト以外の三人は揃いも揃って帰れと言い出した。ロンが素直な性格をしていない事を知っているジャンクは(勿論ロンの方もジャンクに対してそう思っている)どういう意図かと首をひねりかけたが、その回答は直ぐにカインから来た。

 

「子供生まれたんだったらここに来るのは後回しにして奥さんの傍にいるべきだろう。スティーヌさんとの仲の良さは知ってるが、だからこそ一緒にいてやれ」

 

「そういうこった、なんなら知らせんでくれても良かったがな。今は俺達よりもその生まれたばかりの赤子と嫁さんの所に居てやりな」

 

 ラーハルトがハッとした表情を浮かべた。ジャンクも得心がいった、とばかりに大きく頷く。

 

「そうだな、悪かった。ありがとうな、お前ら。落ち着いたらまた来る!」

 

 そう言って来た道を全速力で駆けていった。

 

「やれやれ、忙しない奴だ。カイン、お前は見に行っても問題ないだろうし見てきたらどうだ?ジャンクの普段見れないような面白い顔が見れるだろうよ」

 

「やめとくよ。俺はそういう賑やかな祝い事はなんとなく苦手でね、ひっそりと祝ってやりたい派なんだよ」

 

 肩を竦めながらそう言って、カインは外のロビンの所へと歩いて行った。

 

「さっきの帰れってのはそういう意味だったのか。三人ともそんなに酷い性格をしてたかと思ってしまったじゃないか」

 

「失敬だニ、ボキは人間相手だろうとめでたいことは素直に祝うニ。まぁ、素直じゃないのは二名程いるようだがニ」

 

「ほぉ、そいつは誰のことかな?」

 

「ニ゛~!」

 

 口を滑らせたアベルがロンに掴まれて振り回される。それを見てラーハルトが笑う。その声を聞いてカインも口元を綻ばせる。今日も彼らは楽しそうだ。

 余談だが、ジャンクは生まれた息子に付ける名前をずっと悩んでいたらしい。結局“ポップ”という名に落ち着いたのは、そろそろ落ち着いた頃だろうとカインが様子を見に行く直前の事だった。

 



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第23話 獣王

餓狼MOWがスマホでできるんですかやったー!→俺スマホ持ってないじゃん・・・(´・ω・`)

現実逃避にGGXrdやってました。ラムちゃん楽しい。


「んじゃま、行ってくるわ」

 

「行ってくるニ」

 

「行ってきます」

 

「おう、今度は連れ増やすなよ?」

 

「無茶すんなよー」

 

 ロンとジャンクに見送られ、俺たちはランカークスを後にした。ロンはなんでまたそんな親御さんみたいなセリフを……ジャンクの気遣いは普通にありがたいんだが。

さて、当面の目的地だが……

 

「どこに行こうかねぇ」

 

「無計画かニ」

 

「違うぞ、これは行き当たりばったりって奴だ」

 

「同じじゃないか」

 

 いやいや、無計画とは似て非なるものであってだな……やっぱ同じだった。

行った事がない場所っていうと、ロモスやオーザム、それにカールか。オーザムは寒冷な地域らしいし、プチット族のアベルにはちょっとキツイだろう。カールとロモスのどちらにするか。どーちーらーにーしーよーかーなーっと。

 

「という訳で目的地がロモス王国に決定しましたー」

 

「何がという訳なのかは分からないけど、確かあの辺りには魔の森と呼ばれる場所があったっけな、そこも行ってみないか?」

 

「いい案だニ、それじゃあ早速レッツゴーだニ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 ロモス領内にある魔の森と呼ばれる場所。そこは動植物系の魔物が多く住まう危険な場所である。魔王ハドラーが台頭してからはその影響で凶暴化した獣も多く、近隣の住民は決してそこに踏み入らないようにしていた。

 それでも何かしらの用事があって踏み込まざるを得ない場合もある。例えば薬草などの、魔の森にしかないアイテムが必要な場合、通常は腕の立つ護衛を雇うなりして入る。だが、金を持たない者にとってはそうもいかない。その場合は諦めるか、運良く旅の者が持っている事を期待して待つしかない。

 カイン達のように腕試しと称して森に入った者もいるが、殆どが命からがら逃げ帰っている。そういった者を多く見ているだけに、人々は益々恐怖する。

 この森の存在感を一際際立たせるのが、獣王と呼ばれる魔物の存在である。その他の魔物とは比べ物にならない程強く、獣王と呼ばれるに相応しい強さだ、とは実際戦って逃げ帰った者の弁である。

 

 

 その男は、自分の腕に自信があった為に獣王に挑み、敗北し、また挑み。そんな事を繰り返していた。今日もまた、男は負けた。

 

「フン、これで何回目だ?いい加減に諦めたらどうだ」

 

「ハァ、ハァッ……ま、まだまだや。わいが勝つまで諦めんで……」

 

 男は満身創痍で、息も絶え絶えになりながらも目の輝きは失われていなかった。リザードマンと相対している彼は、武闘家であった。

 

「人間の身でこうも諦めずに向かってこれることは賞賛するが……何度やっても同じだ。お前の技ではオレにダメージは与えられん」

 

 ハッキリと告げられ、悔しげに獣王を睨みつける。だが、事実今まで彼の攻撃でまともにダメージを与えられたのは彼の流派の奥義のみだった。

 

「覇王翔吼拳、だったか?もはやアレを撃つ体力はあるまい。これまでだ」

 

「ハァ、グッ……んなわけあるかい、全然余裕や余裕」

 

「強がりが目に見えているぞ。もはや立つのも苦しかろう、ひと思いに……」

 

 そう言って獣王は斧を構えた。強がっては見せたものの、やはり体力の限界だ。手足もろくに動かない。

 獣王が斧を振りかぶった。最早これまでか、と目を閉じ、その刃を受け入れようとした。

 

 

 だが、いつまで経っても痛みが来ない。何事かと思い、彼が目を開けると、獣王はあらぬ方向を睨みつけている。

 

「どこ見とんねん、やるならはよ――」

 

「そこにいる奴ら、隠れているのは分かっている。出てこい」

 

「ッ!?」

 

 その言葉を聞いて、目を見開く男。声をかけられた茂みから出てきたのは――キラーマシン、ロビンであった。

 

 

「悪いな、邪魔する気はなかったんだが。とはいえ、見てしまったもんはしょうがないだろう?」

 

 次いで頭を振りながら出てきたのはカインだった。後にはラーハルトとアベルも続いている。

 

「人間の小僧か……引っ込んでいろ、死にたくなければな」

 

「はよ帰れや坊。これはわいらの問題や、すっこんどれ……」

 

「おいカイン、ああ言ってるけどどうするんだ?」

 

 ラーハルトにそう尋ねられ、カインは顎に手を当ててこう言った。

 

「いやまぁ、決闘とか邪魔するつもりないけどさ、もう勝負ついてるから」

 

「ふざけんなや、わいはまだ負けて……痛ぅ!」

 

「……確かにその小僧の言うとおりだ、もう勝負は決した。止められても問題はない」

 

「だったら――」

 

「しかし興を削がれたのも事実、お前たちがこの獣王クロコダインを相手してみるか?」

 

「ハァっ!?」

 

 驚きの声を上げたのは男のみで、カイン達の反応は実にあっさりとしたものだった。

 

「あ、いいぞ」

 

「中々手強そうだニ、いい経験になるニ」

 

「オレは構わないぞ。この槍を全力で振るえる相手が欲しかった所だ」

 

 そう言いながらカインが筒から極楽鳥を出し、クロコダインを含めた全員にベホマラーをかけさせた。

 

「どういうつもりだ?」

 

「勝負はフェアじゃないとな」

 

「グフフッ……中々骨のある奴よ。名はなんと言う?」

 

「カイン・R・ハインライン」

 

「アベルだニ」

 

「ラーハルトだ」

 

「カイン、アベル、そしてラーハルトよ……この獣王クロコダインが相手だッ!」

 

「おうよ、あ、ロビン。そっちのロバ守っとけ」

 

「了解」

 

「坊、一体何者なんや……」

 

「通りすがりの旅人だよ、ロバート・ガルシア」

 

「なんや、わいの事知っとるんか……?」

 

「……有名だぜ、アンタ。さて、お喋りはここまでだ。行くぞ」

 

 ロバートをロビンと極楽鳥が守るように挟み、カイン達が散開してクロコダインの前に立つ。クロコダインも斧を構え、戦いの準備は整った。

 

「「行くぞッ!!」」

 

 最初に動いたのはラーハルトだった。持ち前のスピードを活かし、英雄の槍の切先をクロコダインの腹部に突き出す。

 

「ヌンッ!」

 

 しかしクロコダインは冷静に腹部に闘気を集中する事で攻撃を弾き、態勢が崩れたラーハルトを狙い、斧を振り上げる。

 

 身体を捻ってかろうじて躱すが、その隙を見逃す獣王ではない。すかさず左手から闘気弾が放たれた。

 放たれた闘気弾は、飛び込んだアベルの構える盾に阻まれる。その間にラーハルトは立て直し、アベルと共に後ろに飛び退った。

 

「シュワルツパンツァーッ!」

 

 ちょうどラーハルト達が退いた所に、左腕に轟々と燃え盛る紫炎を纏わせ、カインが突進してきた。その腕はしっかりとクロコダインの胴を捉えた。

 

「甘いわぁッッ!」

 

 獣王は炎にも怯まず、逆にカインの腕を掴んだ。ガッシリとしたクロコダインの腕が、ギシギシとカインの腕を潰そうと音を立てた。

 

「甘いのはどっちだ、よッ!」

 

 カインも怯まず、瞬間的に左腕から闘気を爆発させ、その勢いを以てクロコダインの腕から逃れた。力自慢の獣王といえど、強力な闘気を武器とし防具としているカインの腕を簡単に握りつぶす事はできなかった。

 

「グフフッ、中々やるな……少しばかり本気を出そう」

 

 そう言ってクロコダインは片腕に凄まじい闘気を込めだした。その余波でクロコダインが右肩に付けていた防具が弾け飛ぶ。

 

「見よ、これがこの獣王クロコダインが秘義ッ!受ければただではすまんぞ……!」

 

 身構えるカイン達に向けて、クロコダインは自信に満ちた笑みを浮かべた。その一撃に相当の信頼があるのだろう、正しく必殺の一撃というのが見て取れる。

 

「受けてみるがいい、このオレの――獣王痛恨擊をーッ!」

 

 言葉とともに先程よりも肥大化した腕が突き出される。それと同時に、凄まじい勢いの闘気流が吹き荒れる。闘気の渦に巻き込まれ、大木が何本も粉砕されていく。その威力を間近で見たロバートは身を凍らせた。

 咄嗟に横に飛び退ったラーハルトとアベルは無傷で済んだが、直撃したカインは大きく吹き飛ばされた。

 

「カイン!」

 

「フン、まともにくらったか……生きてはいるだろうが、最早身体はズタズタ。これ以上は……!?」

 

 クロコダインが目を見開いた。立ち上がる事は出来ないだろうと考えていた相手が、平然と起き上がったのだ。

 

「いってぇなぁ、オイ。大層な名前なだけはあるな、まともにくらったら流石にお陀仏だったかもしれん」

 

「キサマ……何故ろくにダメージがない!?獣王痛恨擊は確かにキサマを巻き込んだハズ……ッ!」

 

「ああ、巻き込まれたさ。だがな、さっきの技は凝縮された闘気を放つ技だろう?」

 

 大仰な仕草で肩を竦めながら歩み寄ってきて、最初の辺りの距離に戻った所でこう言った。

 

「生憎と同じ系統の技は俺も使えるんでね、闘気流の流れを見切る事は容易かった。勢いが強かったせいで吹っ飛ばされはしたが、渦の流れと同じ方向に俺が纏っている闘気を移動させる事で、威力をほぼ殺したってだけだ」

 

「ヌ、ヌゥッ……!!」

 

 自慢の一撃を初見であっさりと攻略されたクロコダインは怒りではなく、感嘆の唸りを漏らした。驚愕や悔しさもあるが、何より一歩間違えば再起不能となるやり方を取り、あまつさえそれを成功させた胆力を賞賛した。

 

「見事だ、カインよ……オレの獣王痛恨擊を真っ向から破ったのはお前が初めてだ。見事と言う他はあるまいて。さぁ……次はお前たちが見せてみろ、その力をッ!」

 

「いいだろう、ではまずはこのラーハルトの技を受けてもらう」

 

 ラーハルトがそう言って一歩前に出ると、槍を高速で回し始めた。

 

「……これぞ修行の中で編み出したオレの奥義ッ!修行の日々、仲間の教え、その結晶だ!その名も……」

 

 高く飛び上がり、必殺の斬撃を繰り出した。圧倒的な加速度+ロン・ベルクの生み出した名槍から繰り出される一撃は威力十二分。

 

「ハーケンディストール!!」

 

 ラーハルトの槍の一撃をクロコダインは両腕を交差させ、闘気で力を高めた上で防御した。槍と腕はしばしせめぎ合っていたが、やがて大きな音を立てて両者が大きく体勢を崩した。

 

「グムゥ……」

 

「チッ……」

 

「今度はボキの番だニ」

 

 そう言ってアベルが颯爽と駆け出し、先程のラーハルトのように高く飛び上がる。

 

 そして剣に稲妻を落とし、こう叫んだ。

 

「勇者のイカヅチ……受けてみるがいいニ!」

 

「魔法と剣を同時に扱うとはッ……!」

 

 クロコダインは驚愕した。通常、魔法を扱う時は武器を使えず、剣を扱う時は魔法は扱えない。それは人間も魔物も同じである。単純に制御できない、というのもあるが、何よりも生半可な技量や才ではそれを可能とするには程遠い。それを可能とできる者といえば――

 

(――勇者ッッ――!!)

 

 体躯は己より遥かに小さいものの、今この瞬間のアベルは確かに勇者として見られていた。

 

「これがボキの必殺剣……デインブレイクだニッ!」

 

 雷鳴を響かせながら、勇者の剣が獣王に叩き込まれた。

 

「グオオオオオオーーーッッッ!!」

 

 強烈な熱と光、そして見た目からは想像もできない程強い膂力によって放たれた攻撃には流石の獣王も叫び声をあげた。

 だが、それは悲鳴ではない。己を鼓舞する雄叫びである。これ程の攻撃を長くは続けられまい、そう見たクロコダインは全神経を防御に回した。先程のハーケンディストールで負った傷を正確に切り込んだ一撃は、さしもの獣王といえど看過できないダメージとなるのは明白だった。

 

「この獣王をッ……」

 

 そう低く呟き。

 

「舐めるなァーーーッ!」

 

「ニ゛――ッ!」

 

 叫びとともに振り払った腕が、アベルを吹き飛ばした。ボテっ、と音を立てて落ちてきたアベルを見て、クロコダインは僅かの安堵と驚愕の混じった息を吐いた。

 

「最後は俺だな」

 

 カインがそう言って間合いを開ける。

 

「反撃するならしても構わんぜ。どう反撃しようと、或いは防ごうとも俺を止める事はできない」

 

「グフフッ……後悔するなよ、小僧」

 

 そう言ってクロコダインは再び獣王痛恨擊の構えを取った。先程の攻防によるダメージのせいで威力が落ちる事を承知でもう一度奥義を放とうというのだ。

 

「今一度受けてみるがいいッ!獣王痛恨擊――ッッ!!」

 

 闘気流が迫ってきても、カインは動こうとしなかった。じっと獣王痛恨擊を見据えたまま棒立ちになっている。

 

「何やっとんねん坊!躱すか攻撃するかせい、なんで動かんのや!」

 

 焦ったロバートから声が飛んだ。しかしそれも意に介さず、カインはひたすらタイミングを見計らっていた。

 

(なんだ、何を考えている……?先程はダメージを防いでも吹き飛ばされていた、とても耐えようとしているようには見えんし……ハッ、まッ、まさかッ!?)

 

 クロコダインが目を見開くと同時に、カインが思い切り地を蹴った。身体を回転させながら、さながらドリルのように闘気の渦に突っ込んでいく。

 

「サイコクラッシャーーッ!」

 

 とうとう痛恨擊に飛び込んだ。だが、その回転の勢いは止まっていない。カインがダメージを負った様子もなく、ロバートは驚愕した。アベルとラーハルトは、アイツらしいやり方だな、と見ているだけだが。

 

「そうか、先程と同じ……今度は自らに闘気の渦を纏わせたかッ!しかも獣王痛恨擊とは逆の回転……僅かにでも目測が狂えば二つの渦に巻き込まれてズタズタとなるというのに、なんという無茶をッ……!本当に子供か、あのような闘気の扱い方……ッ!」

 

 クロコダインが驚愕している間に、カインは獣王痛恨擊をやり過ごしていた。地に立ち、真っ直ぐに走ってきた。

 

「カァァーッッ!!」

 

 瞬間、クロコダインの口からブレスが吐き出された。ヒートブレスと呼ばれる彼の奥の手だ。何かされる前にこれで動きを鈍らせようという目論見で放ったブレスは、見事に空を切った。

 

「な、なにィッ、は、速いッ……!」

 

 ヒートブレスが届く前に、カインは既にクロコダインの懐へ潜り込んでいた。そして、その技の準備も既に整っていた。

 

「デッドリー……」

 

「う、うおおおおおおおおおおッッ!!」

 

「レェイブッッ!!」

 

 カインの拳と蹴りの嵐がクロコダインのガードを弾き飛ばしながら、その強固な身体に強烈な衝撃を与えていく。防ごうにも防ぐ事のできないその乱舞は、いつ終わるのかもしれないほど長く、重く、そして優美だった。

 

 デッドリーレイブの締めとして、両の手から紫炎と共に衝撃波が撃ち出された。獣王の鎧を穿ち、獣王そのものさえも大きく吹き飛ばした。

 

「グ、オォォォッッ……!」

 

 呻き声を上げながらクロコダインが立ち上がり、息も絶え絶えになりながらも言った。

 

「この獣王が、こんな小さな小僧どもに……破れるとはッ!不覚ッ……!」

 

「身体の大小に意味なんてないよ。やれる事がそれぞれ違うだけ。違うかい?」

 

「フッ……そうだな、その通りだ……お前たちを子供だと思って舐めてかかったツケか……」

 

 そう言って、晴れやかな笑顔を浮かべ、獣王はこう宣言した。

 

「オレの――負けだ」

 




23話目にしてようやくまとも(?)な戦闘。しかし駆け足。


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第24話 色々

前回の話を見返して、マウスを投げ捨てた。
そしてそのままゲーセンに行き、医者にボコられた。なんなのあのどこでもドア……

あ、無事卒業しました。


「お前たちは一体何者なのだ……!?どんな時間を過ごせば、そのような力を……」

 

 クロコダインがそう尋ねる。その声色には悪意と呼べるような物は一欠片もなく、カインが目を見るまでもなく純粋な興味しかなかった。己を倒した子供たちが、どうやってその力を身に付けたか知りたいと思うのは至極当然であろう。

 

「ただの旅人、それで十分。ここまで登ってこれたのも、日々の研鑽としか言い様がないな。なぁラーハルト?」

 

「そうだな、常日頃から弛まぬ鍛錬をしているからこそだ。だがカイン、それだけじゃあ足りないだろう?」

 

「そうそう、俺達にあって獣王殿にないもんがあるよな」

 

「お前たちにあってこのクロコダインにないもの、だと?なんだそれは、一体?」

 

 髪をかきあげ、カインがキザったらしく口を開こうとする。が、それに先んじてアベルが言った。

 

「ボキ達は互いに目標にしあって、高め合っているんだニ。一人が強くなれば他の二人もそれを目標として強くなり、またそれを繰り返すニ。君にはそういう、所謂友というものが欠けているんだニ」

 

「お前人のセリフを……」

 

「カインはちょくちょくカッコつけようとするニ。正直無駄だと思うニ」

 

「なんだとコラ」

 

「ニ゛~!」

 

 歯に衣着せぬ物言いにイラッと来たカインがアベルを掴んで振り回しているのを尻目に、クロコダインは一人呟いていた。

 

「友、か……考えもしなかった。友と呼べる者も、信頼できる者も居らず何が獣王か。ハハハッ、オレはやはり馬鹿なのかもな……」

 

(こうやってふざけあったり尊敬しあったりできるというのは、素晴らしい事だな。友とは、人間とは良いモノなのかもなぁ……)

 

 

「話してる所申し訳ないんやけど、わいはどないすればいいんや」

 

 会話に混じれなかったロバートが漸く会話に参加した。

 

「正直、目標だった獣王が目の前で坊らにやられてわい涙目やねんけど。あんだけ苦労してもろくすっぽダメージ与えられんかったゆーに、泣けるでホンマ……」

 

 言葉とは裏腹にやや興奮した面持ちでそう語ると、当然全員の視線が集中する。キラーマシンさえ自分を見つめるのでロバートは若干どころではなく居心地が悪かった。

 

「魔物は従えとるし、獣王に勝ってまうし、おまけにこのマシンや。坊らマジで何者なんや?まさか魔王の手下、っちゅー事はないにしても些か不自然すぎると思うで。特にカイン坊、子供とは思えないんやけど。実は誰かさんの生まれ変わりやったりとか……」

 

 表には出さないものの、今のセリフでカインは若干冷や汗をかいた。別にバレた所でどうこうなるものではないが、『実は俺は一度死んで人生二回目なんだ』なんて言った所で誰が信じようというのか。いや、今のロバートのように“子供に思えないから”と信じる者はいるかもしれないが。

実際の所カインにとってその辺りはどうでもいいのであるが、アベルやマトリフに笑い話の種にされるのも癪、ロンやハドラー辺りにまた変な事を……という目で見られるも癪。従って彼が転生云々について話す事はまずないと思われる。

 

「なんて、んなワケないか……んで獣王、わいはもっともっと強うなっていつかまた来る。だからそん時はもっぺん勝負や。ええな?」

 

「オウッ、心得た!」

 

「やっぱり諦めないで挑み続けるのか。いいねぇ、そういうの。俺はそういう奴大好きだぜ」

 

 話題が変わった事にホッとしながら(当然ながらビクビクする必要もないというのに)カインがそう述べると、クロコダインもそれに賛同した。

 

「うむ、さっきはああ言ったが、お前の成長を見てみたくなった。いつでも来い、この獣王クロコダインが相手をしてやろう」

 

「お、お手柔らかに頼むで……」

 

「それはそうとラーハルト、お前あんな技いつの間に編み出したんだ?」

 

「コッソリ修行してたからな、秘密にしておこうと思って」

 

「中々カッコよかったニ。ま、ボキ程ではないがニ」

 

「デインブレイクだっけか、アレもカッコよかったじゃないか。剣に魔法乗せるなんて普通考えつかないだろうな」

 

「フッフッフ、もっと褒めるニ」

 

 大人びた言動でも、やはり彼らはまだ子供である。カッコイイものに憧れたり、自分をかっこよく見せたいと考えるものだろう。そう考えてロバートはふと笑みをこぼす。

 

「さーて、そろそろ帰るか。坊ら、よかったらわいの住んどる村来んか、歓迎するで。ネイルゆーてな、あの勇者アバンの仲間の子供が産まれてなぁ、マァムっちゅーんやけどこれがまた可愛い子でなぁ」

 

 アバンの仲間、と聞いてカインは興味がそそられたが、仲間の事を考えると自分だけ行くというのはなんとなく憚られる。故に笑顔で辞退する事にした。

 

「折角だけど遠慮するよ。ラーハルト達を置いて俺一人で行くのも気が引けるからな」

 

「遠慮しないで行ってきてもいいんだがな、オレ達は気にしないんだし」

 

「それがカインの良い所だニ。こうみえてもボキはカインを高く評価してるんだニ。ボキはカインの才能をこの世で初めて見抜いた男であり……」

 

「いや、それは多分ロンだろ」

 

 ずこーっ、とアベルがこける。ラーハルトが笑う。釣られて皆笑う。

 

「ほな、わいは行くわ坊らもクロコダインも元気でな」

 

「オウ、さらばだ」

 

「じゃあなーロバやん」

 

「次に会う時が楽しみだニ」

 

「次はオレ一人で倒せるようになっておきたいな」

 

 こうして獣王との戦いを経て、ロバートという一人の人間と細やかだが交流し、また一つ経験を積んだカイン一行。次はどこへ行こうか、と話しながらどこかへと歩いて行った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

「ただいまー、今帰ったで」

 

「おうロバート、どこ行ってたんだよ。……って怪我してるじゃねぇか!まさか魔の森に……」

 

「あー、せやせや、魔の森や。友人のお前さんがアバンさんにくっついて魔王倒しに行っとるんに、わいだけじっとしてられんわ。わいが居れば、この村の事やマァムちゃんの事も安心やろ?」

 

「お、おう……まぁそうだけどよ、あんま無茶すんなよ」

 

「わーっとる。お、そういやお仲間はどこや?」

 

「アバンとレイラなら台所、マトリフならマァムの子守だ」

 

「ぶっ、あのセクハラジジイがマァムちゃんの子守か。見てみたい気もするのう」

 

「さっきはおしめが上手く変えられない、とか言ってたぜ。アイツ魔法については誰よりも知識と技術があるってのに、こういうのにはからきしなんだな」

 

「お前が言えた事かいな、この朴念仁」

 

「なんだとテメェ!」

 

「ちょちょちょ、喧嘩しないでくださいよ二人共~。マァムが泣き出したらどうするんですか?」

 

「ぐ……おいアバン、料理はできたのか?」

 

「ええ、もう出来てますよ。並べるのはレイラに任せて私は皆さんを呼びに来ました」

 

「アンタの作る料理は美味いからのぅ、楽しみや。ああ、そういえばな?さっき魔の森であったんやけど……」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 魔王ハドラーの居城、地底魔城。魔王は今日も闘技場でキラーマシンを弄ったり、腹心を相手に修行を積む。最近はヒュンケルとかいう坊やへの態度も軟化してきて、なんだか平和な雰囲気だ。

 

 腹心であるバルトス君も、坊やのお守りにハドラー君の稽古に付き合い部下への指導にとてんやわんや。もう少しのんびりしてもいいんじゃないかと思う。まぁ、ここの住民には慕われているようだ。

 

 魔王だっていうのに、随分とのほほんとした雰囲気じゃあないか。ちょっかいをかけてみたくなるけど、派手な真似は避けたい。こうしてのんびり観察するのも悪くないし、これはこれでいいかな?もっとも、度が過ぎると本業を忘れてしまうかもしれないから、適度に行動している。ここではないが、ね。

 

 そういえば以前ロン・ベルクの所にいたあの子供たち、キラーマシンを連れていたけどどこで手に入れたんだろうか。修復した、と言っていたからには入手経路があるはず。まさかここから直接、とかだったりするのかな?キラーマシン程度なら簡単に始末できるからいいが、射手の名を冠したマシン兵、なんてのが出てきちゃたまったもんじゃない。もっとも、ただの子供には無理だろう。無理ではあっても、何らかの形で驚異にはなるかもしれないし、今のうちにババを抜いた方がいいかもしれない。

 

 いや、待てよ。あの性格なら仲間との仲違いはしそうにない、じゃあそこを突けばどうなる?どうやら人間嫌いなようだし、何か決定的な、人間との敵対を決意させるような事があれば――引き抜く事は不可能ではない、かな?

 

「ウフフッ……考える価値はあるね、ちょっとピロロに話してくるかな」

 

 そう呟いて、ボクは地底魔城の外に出た。外は穏やかな風が吹いていて、とてもすぐそこに魔王の居城があるとは思えないようなのどかさだ。

 さて、ピロロはどこかな?外を散歩している、とは言っていたが。そう考えて歩き出した時、背後に誰かの気配を感じた。

 

「……」

 

 ゆっくりと振り向いて、その姿を確認したボクは少しばかり嬉しそうな声を出した。勿論フリではなく本意だ。

 

「なぁんだ、誰かと思ったらミストじゃないか。どうしたんだい、こんな所で?」

 

「……」

 

「やれやれ、やっぱりダンマリかい?君ったら必要がない限り殆ど喋らないんだもんなぁ、そこが格好いいんだけどね。でも君はもうちょっと笑顔があってもいいと思うよ。ほら、スマイルスマイル」

 

「……」

 

 ああ、彼はやっぱり喋らない。無視しなかったり、苦笑めいた雰囲気が伝わってくる辺り、話を聞いてくれてるのは分かるけどもたまには彼の声が聞きたいと思わないでもない。今だってミストがツッコミを入れられるようにボケてるんだよ?ほらほらミスト、そこは言ってくれなきゃ。『お前はいつも笑顔の仮面だろう』ってさ。もしくは『私が表情を変えても分からんだろう』ってね。そうしたらボクは言うのさ。

 『仮面が浮かべている表情が偽物とは限らないよ?』とか、『ボクはミストが好きだからすぐ分かるけどなぁ』ってね。断っておくけどボクにそういう趣味はないよ。

 それにしても、ミストは喋らないけどボクは外も内もお喋りだ。彼とは対照的、性格もそうだ。なのに何故こんなにも気が合うのかな。

 

「……バーン様が」

 

「!」

 

 おや珍しい、口を開いた。それでも一言目が彼の敬愛する主君なのが彼らしく、またちょっぴり妬けちゃう所だ。

 

「私に暇を下さってな……」

 

「へぇ~、バーン様ったらやっぱり気前がイイねぇ。ボク、ヴェルザー様の部下辞めてこっちに就こうかなぁ?」

 

「フッ……好きにするといい」

 

「そのセリフは歓迎してるって取るよ?勿論そうだろうけど。にしてもミストってばアレだね、最近流行りのクーデレって奴かい?でも、なんでここに?」

 

「……」

 

 あれ、またダンマリ。でも雰囲気的には話す気がないというよりも言いづらそうだ。ここはボクが代弁してあげなきゃあね。

 

「も・し・か・し・て。ボクに会いに来てくれた?フフッ、なーんて」

 

「……」

 

 頷いちゃったよ。まさかの図星かい、ミスト。

 

「……以前、ピクニックがどうとか言っていただろう?折角バーン様が私に時間を下さったのだから使わねばな……たまにはのんびりしろ、と言われた」

 

「そうだね、ミストはちょっと働きすぎだ。バーン様も忙しいからって君が動くのは分かるけど、働きすぎていざって時に動けなかったら困るだろう?」

 

「……そうだな、反省する。バーン様やお前の言う通り、たまには……そうだな、五ヶ月に一度くらいは休もう」

 

「ミスト、それは世間的には過労に分類されると思うよ」

 

 彼はたまにこうやってボケるが、それが天然だと知っているのはボクとピロロ、そしてバーン様ぐらいだ。勿論ミストはそうとは思ってない。

 

「あ、そういえばピロロを探してたんだ。さ、一緒に行こうか、ミスト」

 

「うむ」

 

 たまにこうやって普通に会話してくれる辺り、デレがあると見ていいのかな。クーデレとかいう謎性格だという前提だけども。これだからこの生活は辞められない。冥竜王の所にいるよりもよっぽど充実してる。

 ふと、あの坊や達もこんな感じなのかな、と考える。そうだろう、まず間違いなく今の自分と同じような思いを抱くだろう。さっきは人間に敵対させるための云々考えていたが、実際ボクがその立場だったらと思うとゾッとする。実行するのは勿論ボクなんだけど。それでもミストをどうこうされたり、今の生活が続けられなくなるのは困るな。

 まぁいいか、今はこの時間を楽しもう、それがいい。

 

 

 草原に寝転がって昼寝をしているピロロを見つけて二人で苦笑するのは、その後すぐだった。

 




これまでに出てきたキャラが今どんな感じか、というお話。
カンダタとかロンはいないけど、ほぼ変わってないという事で。

不思議なのは最後の辺りを書くとき、異常に筆がサラサラ進んだ事。解せぬ。


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第24,7話 魔王VS勇者

今回は少し短め。そしてタイトル詐欺疑惑回。


 カイン達が獣王クロコダインと戦った数ヶ月後、ハドラーの住まう地底魔城は慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 地底魔城の一室で、ハドラーは部下達を集めて会議を開いていた。

 

「もうじき、俺はアバン達勇者共と決着を付ける。必然的に奴らはこの地底魔城に攻め込んでくるだろう」

 

 壇上から魔物達を見渡しつつそう言った。その場にいる部下達はざわめき一つ起こさず、ただ黙ってハドラーの演説を聞いている。

 最近のハドラーの変わりようから、近いうちに勇者との決戦があるだろうというのはヒュンケルを除いた地底魔城の住人皆が覚悟している。以前のハドラーのままなら、いざ決戦という時に慌ただしく準備をする事となっていただろう。以前のハドラーにも指揮能力はあったが、高慢すぎるきらいがあった。人間が相手だから充分、と考えていた為にその精神的な隙を突かれる事が多かったのだ。

 だが、カインの存在が“人間を舐めていけない”という共通認識を生み出し、(ヒュンケルの遊び相手になっていた魔物達は元からだが)“人間にも善人と悪人がいる”などの考えが生まれる程度には人間の事を知るようになっていた。そして、何よりも魔王ハドラーが勇者アバンに敬意を払うようになっているのが、大きな変化だろう。

 

「以前の俺は人間を完全に見下していた……取るに足らない存在だとな。だが、カイン、そしてアバンという二人の男がその認識を改めさせた。お前たちも知ってのとおり、カインは子供ながらにキラーマシンを打倒し、修復すらこなす程。アバンもその智謀と、何よりも勇気と仲間との絆を武器とする恐るべき、そして何よりも尊敬すべき人間だ」

 

 語りながらハドラーは、初めてアバンと戦った時を思い出していた。アバン本人も驚異だったが、もしあの場であの戦士、ロカが自分に攻撃しなければ今頃アバンはこの世に居らず、ひょっとしたらとっくに世界を支配していたかもしれない。

 

(だが、これで良い……あの時の俺は井の中の蛙だった。魔王という肩書きに溺れ、ゆっくりと腐っていったかもしれない。今の俺は、アバンと雌雄を決するッ!それだけが目的、生きる理由と言っても過言ではない!)

 

 魔界の伝承に伝わるような古の大魔王と勇者もこんな間柄だったのだろうか?とぼんやりと考える。もしそうだとしても、アバン以上の切れ者はそうそういないだろう、と何故か誇らしくなる。

 

「その事を思い知った俺は、人間に対する奢りを捨てた。同時に強者への敬意を持ち、あくまでも敵と対等になるように戦う事を心がけてきた。だが……まだ足りないのだ。それだけでは、まだ。率直に言おう。勇者達と戦う事を恐れる者は、早急にここから去り、故郷にでも帰るがいい。引き止めはせんし、無論罰したりもしない。俺に着いてきてくれる者はこの場に残れ。必要なのは、俺に命を預けてくれる者達だ。その覚悟がない者は去っても構わない」

 

 ハドラーがそう重々しく言葉を切った。それを聞いて、魔物達は互いに顔を見合わせ、最後にバルトスと目を合わせ、頷いた。

 バルトスは立ち上がり、ハドラーに向かってこう言った。

 

「ハドラー様、我ら魔王軍は一蓮托生、どこまでもあなたに着いていく所存です。どうか、最後まで、最後までハドラー様と共に戦う事をお許しください」

 

「しかしバルトス、ヒュンケルの事はどうするつもりだ?アイツはまだ幼い、万一の事があっては」

 

「ハドラー様、万一などとらしくない事を言わないでください。我らはあなたの勝利を目指し猛進する姿に、人間たちが勇者に感じるモノと同じモノを感じたのです。それに我が息子ヒュンケルの事は心配無用。あの子は強い、きっと私がいなくても強く育ってくれるでしょう」

 

「……そうだな、俺とした事が後ろ向きな発言だったな。ならばバルトス、お前がアバンに負けた場合、降伏してヒュンケルの事を話せ。お人好しなアイツの事だ、きっとトドメを刺さずに見逃す。そうすれば別れを告げる時間ぐらいはあるだろう」

 

「ハドラー様……ありがとうございます。このバルトス、粉骨砕身働きましょう、必ずや勇者達を食い止めてみせます」

 

 ハドラーは内心、もし自分が負けたらアバンにヒュンケルを託すのも悪くないかもしれない、と思っていた。だが、こうまで言われて負けた後の事など考えていては部下に申し訳が立たない。魔王の誇りを賭けて、勇者と全力でぶつかろう、そう心に決めた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

「ハドラー君たら、張り切ってるね」

 

「ホントホント。ちゃんと勝てるかなぁ?」

 

「さぁ、どうだろうね。ちょっかい出すのもいいけど、ちょっと様子を見てからにしよう。下手に手を出して両方に敵対されるのも面倒だしね」

 

「そだね。ボク達は正面からはやらないもんね」

 

「そう、罠にかけてじわじわ……というのがボクのスタイル。必勝法さ」

 

「キルバーンカッコイイ!」

 

「ははは、そう褒めないでくれ。それはそうと、今勇者君達はどこにいるかな?」

 

「こないだは確かネイルって所に暫くいたっけ。多分そろそろパプニカに着くんじゃないかな?」

 

「ウフフッ、アバン君とハドラー君の晴れ舞台、しっかりと見ていてあげないとね」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 あの会議から数日、とうとうアバン達が攻め込んできた。バルトスも敗北したのだろう、先程地獄門が開いた。

 部下達はよくやってくれた。最後に俺がアバンを打ち倒す事で、倒れていったアイツらへの手向けの花としよう。俺が世界を支配した暁には、勇者達を称える石碑でも建ててやろうかな。無論部下達の名も刻んでやる。勇敢な戦士達として、未来永劫名が残るようにな。

 足音が聞こえてきた。とうとう決戦の時だ。

 

「ハドラーッ!」

 

「来たな、勇者よ。今日こそ俺とキサマの因縁に終止符を打とうではないか」

 

「……戦う前に、いくつか聞きたい事がある」

 

「何だ?冥土の土産……という訳でもあるまい」

 

「以前のお前は、人間を見下していただろう?無論私の事も。それがいつからか、人間を見下す事を辞めたばかりか、私を対等に見ている。一体何があった?」

 

 ほう、最初の質問がそれか。てっきりバルトスの事かと思ったのだがな。

 

「よかろう、教えてやる。俺は、ある時出会った人間の子供に、それまで抱いていた高慢なだけの無駄なプライドを砕かれた。子供に、ただの子供にキラーマシンが負けたのだ……笑えるだろう?これで人間は弱いなどと言えたら、どれほどの自信家だろうな。俺は、その邪魔なプライドを捨てた。そして今、捨てる訳にはいかない魔王としてのプライド、そして我が命を賭けて戦おうとしているッ!……納得したか?」

 

「……ええ、とても。今ならこう言えますね。貴方は、誇り高き我が好敵手だ、とね。ところでその子供って、もしかしてカインって名前じゃあないですか?」

 

「ほう、やはりお前も出会っていたか。そう、奴だ。アイツと会って、お前は何を感じた?」

 

 フン、誇り高き好敵手、だと?泣かせよるわ、ガキの癖に……ならば俺もコイツの事をそう伝えねばな。

 カインから何を感じたのか、という質問の意図。それは魔族、引いては魔王からだけでなく、人間、それも勇者から見たカイン・R・ハインラインという存在の器を知る事。

 

 魔物の連れがいたり、子供ながらあの力、常識では考えられぬ子供に、アバンは何を感じたのか。俺から見た奴は、ともすれば俺以上の魔王、若しくはそれに準ずるモノになりえる器を感じた。こればかりは理屈ではなく、直感なのだが。そして、奴を表現するならば――

 

「そうですね、月並みですが――根本的な所では、まだまだ子供だと。表面的な部分では、人間……というよりも、子供を一方的にいたぶる者に激怒したり、旅の仲間と楽しげに談笑したり……感情豊か、といった所ですね。そして、カイン君を一言で表すなら……」

 

「表すなら?」

 

「ポーカーで言うところの“ジョーカー”ですね」

 

「フ……フハハハハ!流石はアバン、よもや俺と同じ答えとはな!」

 

 ポーカーにおいてジョーカーの札は、どの札の代わりとしても扱える。スペードのAだろうと2だろうとキングだろうと。即ち、カインは何者にも成れる可能性を秘めている、という事だ。まさか俺とアバン、双方共が同じ答えとはな。魔王から見ても勇者から見ても変わらないのか、それとも俺とアバンだからか?

 

「クックック……やはりお前は面白い。それでこそだ……だからこそ、答えが分かっていて問おう。アバン、俺の配下になれ。そうすれば世界の半分を与えてやるぞ……!」

 

「……断る!」

 

「ハハハハハ!!そうだ、それこそがお前だッ!さぁ、お喋りはここまでだ。そろそろ始めるとしよう……行くぞ、勇者よッ!」

 

「来いッ、魔王ハドラー!!」

 

 俺のヘルズクローとアバンの剣がぶつかり合い、激しく火花を散らした。

 

 

◇◇◇◇◇

 

「いやはや、仲がいいんだねぇ、あの二人は」

 

「あのカインって奴の事一つであんなに喋れるってなんか凄いなぁ。因みにキルバーンはどう思ったの?」

 

「ボクかい?そうだねぇ、ボクはちょっと違うかな。ジョーカーというよりは、コレかな」

 

「コレ……ブランクカード?ブランクって事は……あ、分かった!真っ黒く染められるって事でしょ?」

 

「7割がた正解、かな。正確には黒だけじゃなく、存在自体危ういとか、真っ白なままでいられる、とか。まぁ、何者にも成れるって辺りは大体同じだがね」

 

「へぇ~、結構高く評価してるのかな?」

 

「そりゃそうさ、彼は観察した限りじゃあ今まで見た事の無いタイプだからね。アバン君のようにムードメーカーとなる訳でもなく、ハドラー君のように誰かを従わせるような性格でもない。ハッキリと言ってしまえば、未知数の一言に尽きる。ボクらと共にバーン様に付く未来、勇者と共にバーン様に敵対する未来、そのどちらでもなくただ暴れまわったり、或いは何もせずに傍観したり。ざっと挙げるだけでも、これぐらいはある。詳しく言えばもっと出てくるだろうけど、要はそのぐらい“読めない”んだよ」

 

「ふぇ~……キルバーンも凄いけど、アイツも凄いなぁ。行動が読めないって厄介……ん?キルバーン、アレちょっと見て!」

 

「ん?アレは……ほう、面白そうだね、行くよピロロ。アイツを――」

 



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第25話 オーザム

明日から暫く母型の実家に行くので次回は遅れます。
今回は結構独自解釈な所が。


 吹雪が吹きすさぶ中、ガシャンガシャンと機械の音が響く。近くを彷徨いていたブリザードが訝しげに音の方向を見つめた。吹雪でやや視界が悪いものの、冷気の魔物であるブリザードにとってこの天候は心地よいものである。気分良く歩いていってみると、そこにいたのは一台のマシン兵であった。

 

「ナンダ、タダノキラーマシンカ……ベツニメズラシクモナイナ」

 

 すぐに興味を失い、足早に彼は自分の住処へ帰っていった。

 キラーマシンの中に誰がいるのか気づかなかったのは、ある意味運が良いのかもしれない。

 

「バレなかったみたいだな」

 

「だニ」

 

 キラーマシンの内部から、ラーハルトとアベルの声がした。

 

「ったく、吹雪だけでも大変なのに魔物の相手なんてしてられないからな。気づかないでくれて助かったぜ」

 

 カインが溜息混じりにそう呟く。

 

「カインなら全身から炎出してれば平気だけど、オレやアベルはそうもいかないしな。回復しようにも極楽鳥もこの天気じゃ出せないし、ロビンが居ると助かるよ」

 

 ラーハルトの言葉にチカチカとモノアイを点滅させて答えるロビン。心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

 事の発端は、ロモスを発った数日後の事だった。

 

 魔の森を抜けて暫く歩いた頃、カインがふと立ち止まってアベル達に向き直った。

 

「次の目的地はどうしようか」

 

 地図を広げながらカインがそう言うと、アベルが身を乗り出して言った。

 

「このオーザムって所に行ってみたいニ、ボキ達の一族に伝わる噂では、そこに凄い宝があるらしいニ」

 

「「宝?」」

 

 目を輝かせてそう言うアベルとは対照的に、カイン達の顔は苦い物だった。

それもそうだろう、オーザムは極寒の地。国があるからには人が住んでいるのだろうが、わざわざそんな所に行こうと言われるとご遠慮願いたいものである。

 

「ふふん、それは行ってみてのお楽しみだニ。とにかくオーザムだニ、行ってみるニ」

 

 そうテンションを上げるアベルとは逆に、やはり二人は乗り気ではなかった。そもそも宝と言われても、このパーティで金に困る者も、金が欲しい者もいないのだから無駄だとすら思える。普段から寝るときは野宿だったり、食事もその辺りで適当に獲っているのだから、使う事もないのだが。

 とはいえ、普段回復や補助を担当してくれるアベルの希望を叶えてやりたいという思いもある。迷った二人は、ロビンに三人とも乗り込めるように手を加えてから、という条件で承諾した。

 じっくり数ヶ月かけて改装を終え、寒さに対する備えを整えた一行は満を辞してオーザムへと踏み込んだのだったが、この吹雪へ歓迎されているのが現状である。

 

 

「ロビンの改装しておいて正解だったな、この寒さじゃあっという間に体力も体温も持ってかれる。戦いなら兎も角、自然に関しちゃあどうしようもないからな……」

 

「こんな所に本当に人が住んでるのか?疑う訳じゃあないが、なんでこんな地域に住もうと思ったんだろうな」

 

 溜息を吐きながら二人が愚痴を言う。アベルも口にこそ出さないが、もし宝の話が嘘だったらその話を教えたあのプチファイターめを吹っ飛ばしてやりたいと思っている。

 余りの視界の悪さに、魔物に会ったのも先程のブリザードが始めてだ。人間については語るまでもないだろう。このままでは二進も三進も行かないと考えたカイン達は、どこかで吹雪が止むのを待とうという事になった。

運良く洞窟を発見する事が出来たため、大急ぎでその内部へと入っていった。明らかに人為的な手が加えられた痕跡に気づかないまま。

 

 

「いやー、助かった助かった。こんな所に洞窟があるとはな」

 

 ロビンの内部で胸を撫で下ろしながら、カインがほっと息を吐いた。ロビンの内部に居ても多少の寒さを感じていたので、これで火を起こして暖を取る事が出来ると安堵した。

 洞窟の中程まで進み、充分な広さがある事を確認したカイン達はロビンから降り、その辺に散らばっている薪を掻き集めた。

 洞窟の中程に薪がある、という明らかな何者かの痕跡にも、カイン達は気づく事がなかった。それ程切迫している訳ではないとはいえ、生まれて始めて体験する吹雪が余程堪えたのだろう、安全な所へ来れたという喜色が見える。

 

「ほいっ、と……これでよし、後は定期的に薪を入れるぞ」

 

「分かった。カイン達は少し寝てていいぞ、オレがやっておく」

 

「悪いニ、じゃあ少しだけ寝かせてもらうニ。植物系のボキにはこの寒さは辛いニ」

 

 ラーハルトの申し出を有り難く受けたアベルがゴロンと寝転がった。

 

「俺は起きてるよ。ラーハルトこそ疲れたろう、寝てていいんだぜ?俺は炎出せるから寒さには強いし」

 

「ハハ、お前ばっかり働かせる訳にもいかないさ。これも経験だ、どんな状況でも動けるようにならないとな」

 

 

 談笑しながら身体を温めるカイン達を、入口近くの岩陰から様子を伺っている男がいた。

 

「クソッ、この吹雪のせいで研究所に戻るのに手間取ったとはいえ、侵入者を許すとは……!鉢合わせしなかったのが不幸中の幸いか……」

 

 憎々しげに呟く男の耳は長く、寒さで赤くかじかんでいた。魔法で寒さを軽減しながら進んだとはいえ、この吹雪はいつにもまして酷い。こんな所に作らなければ良かった、と吐き捨てながらデータを持って移動する事を決めた。

 ただ、肝心のデータはカイン達のいる場所の更に奥だ。遭遇は避けられないだろう。どうやってやり過ごすか……いや、相手は子供ばかりだ。魔法でどうとでもなるだろう。

 

 魔族の彼は、人間を舐めていた。実験動物程度にしか考えていないのは彼の父親も同じだが、生憎と二人共まだその人間にしっぺ返しをくらう、という事がない。

 故に、カインの後ろに控えるキラーマシンを見落とし、その立場を危うくする。

 どの呪文を使うか、と思案を始めた途端に空気を裂くような音がした。ヒョイと岩陰から顔を出した瞬間。

 

――ドスッ。

 

「な、なッ……!?」

 

 男の目の前に、蒼い槍が突き刺さった。

 

「どうした、ラーハルト?」

 

「気づいてて無視してただろうお前、さっきから何かがこっちを見ている」

 

「――!?」

 

 男は驚愕した。光源のある向こうと違い、自分が立っていたのは薄暗い岩陰、しかも顔ぐらいしか覗かせていないというのにあっという間にバレ、しかも見るからに強力な武器を持っている。

 それなりに距離があるというのに、正確に男の顔のすぐ前に、しかし男には刺さらないよう配慮された一撃を飛ばす事が出来るぐらいの強者に、この武器だ。魔法が主体である彼は、格闘がそれ程得意ではなかった。唯一対抗できそうな研究中のアレもまだまだ実用に耐えるモノではない。

 

(ここはイチかバチか、無害を装って切り抜けてやるッ……!)

 

 あっという間にその男の前までやって来た二人は、剣呑な目つきで言った。

 

「誰だお前は、先程からこちらを見ていたな。何者だ?」

 

「な、なんなんですかアナタ達!?ここは私の住処ですよ、アナタ達こそ誰ですか!?」

 

 裏返った声で必死に叫ぶ男。ラーハルトは訝しげな顔のままだが一応は信用したのか、構えていた槍を下ろした。

 だが、カインは腕を組んだまま、男の眼をじっと見つめていた。

 

(な、なんだこのガキ……人の眼をじっくり観察しやがって、薄気味悪い奴だ。というか、本当に何なんだコイツら……?)

 

「……そうかい、それは失礼をした。この天気に困っている時にココを見つけたもんでね。勝手に入った事は謝るよ。よければ名前を教えてくれ」

 

(……チョロイぜ、やっぱりガキだな。大人ぶってても、簡単に騙されてくれる――)

 

 腕を下ろし、カインは握手でもしようというのか右手を男に向けた。それを見た男が密かに息を吐いた時。

 

「敢えて言うが」

 

「?」

 

「お前が俺達に攻撃した所で、勝つ事は出来ない。魔法使い系の魔族が、この距離で近距離型二人相手にして勝てるとは思うなよ。そして向こうにはキラーマシンも控えている。今すぐにでもお前の額を撃ち抜く事も出来るぞ」

 

(――ッ!?)

 

 男の目論見は完全にバレていた。釘を刺した上で、ハッタリを交えてきたのだ、相当な切れ者だ、敵に回すのはマズイ。

 男はそう思ったのだが、実際の所はただ事実を言っただけである。無論カインにとっての事実ではあるが。

 

「え……ええ、肝に銘じておきます。私はザムザと言いまして、学者をしております」

 

 男――ザムザは、内心冷や汗を掻きながらそう名乗った。

 

「学者?興味深いな、何を研究しているのか私に教えてはくれないか?」

 

 カインが目を光らせてそう語りかける。子供とは思えない気配とその立ち振舞いに、ザムザは混乱した。他愛のない子猫だと思っていたらライオンヘッドだった気分だ。

 自分でも気づかない程畏怖しながらも、ザムザはどうにか声を絞り出した。

 

「え、ええ。構いませんよ、といっても差し支えないモノだけですが、宜しいでしょうか?」

 

「構わない。分野は違えど研究の成果は見てみたいのでね」

 

(カイン、またカッコつけようとしてるな。懲りない奴だな)

 

「では、奥の方に。あ、ちょっとデータを纏めておきたいのですが」

 

 少しだけ平常心を取り戻し、ザムザはカイン達を奥へと案内した。その道すがら、あの研究に関するモノだけは保存しておかなければ、と思い立った。

 

「ああ、では先に行ってやっておいてくれ。見られたくない物もあるだろう」

 

 一礼し、足早に奥の研究室へと向かうザムザが道中のキラーマシンに驚愕してうっかりアベルを踏んでしまったが、他には大した事もなく穏便に進んだ。

 目下最重要なモノのみ隠し、どうでもいい物、或いは既に終わった物だけを取り出して、カイン達の所へ持っていくと、アベルが項垂れていた。

 

「ど、どうしたので?」

 

「ああ、気にしないでくれ。少しがっかりしているだけだ」

 

「やっぱり宝は無いのかニー……」

 

 首を傾げながらも、ザムザは落ち着いた様子で話を始めた。

 

「えー、まずこれは“魔法の聖水”と言いまして、魔力を回復させるアイテムです。これを改良し、素早く摂取できるようにと、木の実状にしたのがこの種で……あ、名前は特にないのですが。魔法の聖水程多くは回復できませんが、この種は大量に持ち歩く事が出来る為、戦闘では魔法の聖水以上の活躍が期待できるかと。難点は味ですね。次にこの根っこですが、これはパデキアという万病に効く植物を品種改良した物で、スノキアの根っこと言います。本来パデキアの成育には特殊な酵素を含む土壌が必要なのですが、このオーザムのような寒冷地域でも育つので安定して薬を作る事が出来ます。要するにパデキア並みの効力を持ちながら、パデキア以上の適応力がある、という事です。一度に収穫できる量が少ないため、広い場所で大量に育てるのをオススメします。で、これは……」

 

 ザムザは、一度説明を始めると物凄い饒舌であった。目の前の子供に恐れていた事も忘れ、夢中になって自分の研究成果を説明している。彼の父親にはくだらないと一蹴されたスノキアの根も、カイン達は賞賛しながら聞いてくれる。ザムザにはそれが心地よかった。

 おおよそ戦闘には役立たないスノキアの根のような日用品と言える物は、彼の父はあまり重要視していなかった。魔族がそうそう大病に罹る事もないのでその反応が当然なのかもしれないが、ザムザはそうは思っていなかった。特に魔族の中でも高齢な父については。

 中々認められる事が無かっただけに、ザムザは目の前の少年達を好ましく思っていた。効能を説明するたびに、手放しで褒めちぎってくれるのだ。それが無性に嬉しかった。

 

「凄いな、どれもこれも素晴らしい物ばかりだ。よければ、可能な限りでいいから譲って欲しいのだが」

 

「えっ!?え、ええ。勿論構いませんとも、ですがお代は……」

 

「そうだな……ゴールドで構わないか?不服ならこの金属も付けるが」

 

 カインが袋から取り出したのは、両手に余る程の金貨だった。ザムザはしばし思案した。研究にも先立つ物が必要だ。素材を揃えたり人を雇うのにも金が要る。この金属も欲しい所だが、どうしようか。

 

「これだけあれば充分です。ええと、では――」

 

 そう言って研究成果を指し示そうとした時、ザムザの懐から黒い何かの欠片が落ちた。

 

「ん、何か落ち――」

 

「触るなッ!!」

 

 カインがその欠片を拾おうと手を伸ばした瞬間、ザムザは反射的に叫んでしまい、しまったと慌てて口を手で押さえた。

 

「……どうしたのかね?」

 

「い、いえ……それは危険な物です。下手に手を出さない方がよろしい」

 

「ほう、この黒い欠片がそれ程危険なのか。一体何だい?」

 

 もはや言い逃れは出来ない。かといって誤魔化そうとすれば、即座に見破るだろう。

腹を括って、正直に言うしかない。コレがどんな物かわかれば、コイツも関わるのを止めるだろう、そう考えたザムザは低い声で語りだした。

 

「……コレは、正直私も余り持っていたくはないのですがね。“黒の核晶”という……所謂、爆弾です」

 

「「「!」」」

 

 三人が一様に目を見開く。この小指の先程もない小さな欠片が爆弾であるなどと、眉唾物の話だろう。

 だが、彼らはその存在を知っていた。魔界の名工、ロン・ベルクから聞いた事があったのだ。その忌まわしき伝説の超爆弾の逸話を――

 

「……黒の核晶を、何故持っている?危険だと分かっているならば手放せばいいじゃあないか」

 

「いえ、そうもいかないのです。私は所詮非力な学者。魔法が通じないような強大無比な相手への対抗策なのです。幸いこのサイズに込められた魔力ならこの洞窟の丁度今私達がいるこの広場を吹き飛ばす程度の威力しかありませんが、巻き込まれてはただではすみません」

 

「そうか……是非もなし、と言ったところか」

 

 嘘ではない。確かにザムザは嘘を吐いていないが、その“強大無比な相手”というのは、実験に使ったモルモットの事である。

 そそくさと懐にしまおうとするザムザに、カインがこんな事を言った。

 

「確か、黒の核晶は黒魔晶という魔界の奥地に存在する魔力を無尽蔵に吸収する鉱石を呪術で加工して製造するのだったな……自分で採ったのか?」

 

「い、いえ。これは父から貰いまして……万が一の為に、と」

 

 若干震えながらもザムザは答えた。事実、彼が持っている黒の核晶は彼の父親から譲り受けたものだが、そのあまりの威力故に二人共使おうとは思えなかった。己の身を滅ぼしかねないというのに、安易に使える筈もない。

 しかし何故それを確認してきたのか。元を辿ろうとでもいうのか。そう疑問に思った時、カインは言った。

 

 

「そうだな……ゴールドに加えてこの金属も僅かだが付けよう。黒魔晶が欲しい。これよりももっと大きな物を、ね」

 

「ッ!?」

 

「おい……何を考えている?」

 

「まさかとは思うが、黒の核晶を使おうなんて思ってないニ?」

 

「……あのな、俺は黒魔晶が欲しい、と言ったんだ。俺は呪術に関しては門外漢だ、黒の核晶が欲しければそう言う。そもそも手に入れたとして、どこでどうやって使うというんだ」

 

 二人の疑問ももっともだが、カインの言い分ももっともだ。そもそも彼は普段から貴重な金属を欲しがっているのだから、今回もそうなのだろう、ラーハルト達はそう思い直した。

 

「そういう訳でザムザ、私は黒の核晶ではなく、黒魔晶が欲しいんだ……頼まれてくれるかい?」

 

「え、ええ。代金的には申し分ないのですが……本当によろしいので?」

 

「構わない。これも研究の為だ」

 

「し、しかし今は持っておりませんよ」

 

「それもそうか……では、人に化ける事は可能か?テランを中心として活動している、カンダタ義賊団という連中によこしてくれ。彼らなら買い取ってくれるだろう」

 

 ザムザは暫し思案した。大きいサイズの黒魔晶を採ってくる、というのは兎も角としても、中々旨みのある話だ。モシャスを使って人間に化ければスムーズに取引が出来るだろう。あの研究に黒魔晶は特に必要ない。こちらは損をするような事もないのだし、受けてやってもいいだろう。そう結論付け、ザムザは大きく頷いた。

 

「分かりました。では――」

 

 そう言いかけた瞬間、ザムザは眉を顰めた。

 

「どうした?」

 

「いえ、ちょっと……今、父から連絡がありまして。一度帰ってこい、と言われました」

 

 どこか陰のある表情でそう話すザムザに、カインは首を傾げながら尋ねた。

 

「何かあったのか?」

 

「私や身内の者に何か、という訳ではないのですが――」

 

 顎に手を当てて考え込む仕草をしながら、ザムザはこう言った。

 

 

「魔王ハドラーが、人間の勇者によって倒されたそうです」

 




一応この世界、パデキアはあるんですよね。効能やスノキアについては(ry


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第26話 地底魔城三度

ここ最近引越し準備で忙しいです(´・ω・`)
ただでさえ遅筆なのに時間が……


「そうか……ハドラーは負けたのか……」

 

 どこか遠くを見るような目で、カインは呟いた。アバンともハドラーとも友好関係にあるカイン達にとってはなんとなく複雑な気分だった。

 だが、あのハドラーの性格ならば自分を打ち負かしたアバンを素直に称えるのだろう。逆も然り、アバンとハドラーならば少なくとも敗者を貶めるような事はすまい。

 

「……地底魔城、行ってみるか」

 

「えっ、地底魔城に……ですか?恐らく人間達が調査なりなんなりするでしょうから、あまり……ああ、そういえばあなたも人間でしたっけ」

 

「何だと思ってた?」

 

「魔お……なんでもないです、ハイ」

 

 冗談の通じそうな目ではないと感じたザムザは即座に口を閉じた。しかし、人間と認識していなかったのもまた事実である。そのぐらいカインは普段ザムザが目にする人間とはかけ離れていた。これまた理屈ではなく、感覚的なモノなのだが。

 

「まぁカインは人間扱いしていいのか分からないから仕方ないニ」

 

「失礼な、俺はまだ人間辞めたつもりはないぞ」

 

「「「まだ?」」」

 

 ザムザとラーハルトまでもが声を揃えて言った。それ程までに人外扱いされているのか、とカインは若干落ち込んだ。ちょっと普通の人間より強くて仲間が人間じゃないだけで俺はまだ人間だ、とぐちぐち呟いている。

 その姿に思わずラーハルトが小さく吹き出すと、それが呼び水になったかのようにザムザも口元を手で押さえて顔を背け、アベルに至っては相も変わらず声を上げて笑っている。

 

「お前ら……ったく、好き勝手言いやがって」

 

「まぁまぁ、いいじゃないか。このくらいの軽口を叩きあえる仲の方が良いだろう?」

 

「そりゃそうだがよ……まぁいいや。じゃあザムザ、黒魔晶の件、頼んだぜ」

 

「ああ、はい。あの、良ければパプニカまでならルーラでお送りしますよ」

 

「ほう、そりゃ有難い。ちょうど吹雪も止んだし、もう少ししたら行くか」

 

 いつの間にかカッコつけようとして使っていた口調を投げ捨て、いつもの砕けた口調になるカインにザムザはそう申し出た。

 ザムザも研究の都合などでパプニカに行った事があるので、ルーラで簡単に向かう事が出来る。普段人間をモルモットとしてしか見ていないザムザがそんな提案をするというのが驚きだが、短時間の会話にも関わらずザムザの中でカイン達はその提案をしても構わないと思えるぐらいのものになっていた。

 ザムザがそれを自覚しているかは分からないが、カイン達もザムザに対して友好的な所を見ると、確かにカインが人間以外のものに見えてくる。無論良い意味でだが、カインはそう言われると機嫌を損ねるのだろう。

 

「そうですね、交渉も済んだ事ですし。よければこれからもこういったものを買い取って頂けると有難いのですが、どうでしょうか。何分研究にも先立つものが必要でしてね……」

 

「ああ、いいぜ。少なくとも持ってて損はない物ばかりだし、かなり有能な物もある。こちらとしても助かるよ」

 

 その返答に満足したザムザは、大きく頷いた。

 

「さて、それじゃあそろそろ行くか。ようやっとこの極寒地帯からおさらばできるぜ」

 

「全くだニ、寒くて凍え死ぬかと思ったニ」

 

「気候に慣れる必要もあるというのが難しいな。こういう環境でもしっかり力を出せるようにならないとな……」

 

「ははは、私も寒いのはあまり好きではないですが、暑すぎるのも勘弁願いたいですよ?さて、それでは行きますよ」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 ザムザのルーラによって飛び立ったカイン達は、あっという間にパプニカへと到着した。城下から少し離れた、カインにとっては馴染み深い森に降り立った一行は、改めて辺りを見回した。

 

「ルーラ、か。キメラのつばさがなくともこれさえ使えばあっという間に目的地に行ける、というのは便利だな……俺は呪文使えないけど」

 

 未だに呪文の契約が出来ない事を気にしているのか、カインは若干気だるげだ。呆れたように肩を竦めるラーハルトだが、ラーハルトはほんの初歩程度の物のみだが、契約する事は出来たのだ。割りと最近までただの子供だったラーハルトまでもが自分に出来ない事を習得するのを見ると落ち込みたくもなろうが、アベルはそもそもカインは呪文が出来る必要は無いと考えている。

 このパーティでの各員の役回りは、アベルが回復、補助、攻撃と比較的何でもこなせるオールラウンダー、ラーハルトは突出したスピードと槍捌きで敵を圧倒するどちらかというと攪乱兼切り込み役だ。ロビンはその頑丈な装甲を活かしたいわば壁役、若しくは弓矢やレーザーでの砲台役。極楽鳥は臨時の回復役兼バシルーラ役、そしてカインは突出した闘気によって、他の者の攻撃が通じないような相手にまで強力な攻撃を加えられる分かりやすいまでのパワーアタッカーである。

 言ってしまえば、カインが呪文を使えようが使えまいがどちらでも良いのだ。いや、むしろ使えないからこそ余計な魔力を消費しない分ロビンを不休で動かす事が出来るのだろう。そう考えているアベルが、カインが呪文を使えなくてもいい、と考えるのは自然な事だ。そしてそれをわざわざストレートに“使えないほうがいい”だけ伝えてカインに投げ飛ばされるのも、最早自然な事だ。カインは分かっていてやっているのだが。

 

「そこまで魔力を使う訳ではないですが、キメラのつばさも安くはないですからね。便利なものです。さて、私はこれで失礼しますよ。黒魔晶は……そうですね、3日程したら採れると思うので、それ以降にお尋ねください」

 

「ああ、助かるよ。じゃあ、元気でな、また会う時を楽しみにしているよ」

 

 そう言ってザムザは再びルーラで何処かへと飛び去っていった。暫くザムザが飛び去っていった方を眺めていたカイン達は、ゆっくりと地底魔城に歩みを進めた。

 

 

「しかし凄い賑わいだな、城下町は。ここまで喧騒が聞こえてくるぞ」

 

「それだけ魔王が討たれた、というのが喜ばしいんだろうニ。これで平和な時代が訪れるというのなら、このぐらいは喜んでもいいんじゃないかニ?」

 

「……そうだな。ただ、ロビンやラムダが居るのも、魔王ハドラーのおかげとも言えるだろう?そう考えるとちょっと複雑だな……」

 

「気持ちは分かるニ。しかし、魔王ハドラーが居なければボキ達はきっとこうして出会う事は無かったニ。魔王によって失われたものも多いとは思うニ。でも、それと同様に魔王によって巡り会えた者達がいるのも事実だニ。……やっぱりちょっと複雑だニ」

 

 ラーハルトとアベルが会話をしながら歩いていると、カインが一言も喋っていない事に気がついた。いつもなら自然に会話に混ざっているのだがどうしたのだろうか。二人がカインの方に目を向けると、カインは顎に手を当てたまま考え事をしているようだった。魔物が出ないとはいえ、考え事をしながら歩くのは少々危ない。邪魔するのも気が引けたが、声をかけてみた。

 

「ん?あぁ、ちょっとな。ハドラーが倒されたって事は、地底魔城の中は結構な数の魔物の死体があるのかな、って。もし野晒しだったら墓ぐらい作ってやろうぜ」

 

「ああ、そうだな……確かに、ちょっと前まで戦場だったんだもんな。弔いぐらいしてやらなければな」

 

 地底魔城の魔物達とは、カインもそれなりに交流があった。割りと淡白な所のあるカインだが、こういった考えが出る程度には人間的なんだろうか、とアベルはうっすらと思った。そういえばあの地獄の騎士も倒れたのだろうか、ハドラーが倒れたのならばそうなのだろうが。そう考えながらアベルが歩き出す。

 

「火事場泥棒みたいな真似するのは癪だが、色々と調べておかなきゃあな」

 

 そう呟いて、カインも歩き出した。

 

 

 

 地底魔城に到着し、念のために人や魔物がいないか気配を探ってみたが、どうやら誰もいないようだ。人がいないのなら好都合だ。今なら堂々とロビンやアベルも侵入できる。

 

「デルパ」

 

 カインが懐の筒から極楽鳥を呼び出すと、辺りの哨戒を命じた。誰かがこの地底魔城に近づいたらすぐに知らせるように言い、内部へと潜っていった。

 内部に入ったはいいが、魔物の死体はほぼ無かった。灰のようなものは恐らく不死系怪物の成れの果てだろう。オークなどの動物型の魔物などは影も形もなかった。キラーマシンも見当たらない。

 

「……妙にすっきりしてるな。もうちょっと何かいても良さそうなもんだが」

 

「全滅した訳ではない、のか?逃げれた奴もいたのかもしれない」

 

「だとしてもキラーマシンの残骸すら無いのは妙じゃあないかニ。人間が調査で持ち帰ったとしても、人員を割いていないのはおかしいと思うがニ」

 

 首を捻りながら、真っ直ぐに地獄門へと向かっていく。その道中にも、何も見つける事は出来なかった。かつてはここに入り浸っていただけあり、カインは地底魔城の構造を熟知している。迷う事もなく、すんなりと魔王の間へとたどり着いた。

 

「地獄門の前には灰は無かった。とすると、バルトスは別のところで倒されたのか……?アイツが持ち場を離れる程の理由なんて一つしか無いが……」

 

「……ここも、がらんとしてるな。闘いの跡はあるが、ハドラーの死体はないのか……アバンさんが埋葬したんだろうか」

 

「その可能性はあるニ。アイツならそうしても不思議ではないニ。このボキをして勇者と言わしめる男だからニ」

 

 しばし思案するカインだったが、魔王の間のすぐそばにあるハドラーの私室へと入っていった。いないと分かっていて敢えてノックをしてから入ると、そこには本や何かの魔導具が大量に保管されていた。

 本棚に近づき、無造作にその中の一冊を手に取って読み始めたカインは、一通り流し読みしてから、ロビンの中に放り込んだ。

 

「おいカイン、勝手に持って行っていいのか?」

 

「どうせもう使えんだろう、なんならメモ書きでも残しておくか」

 

 そう言ってサラサラと手帳に『借りてくZE✩』と書き、ページを破いて机に置いた。この机も、かつてはハドラーが勉学に励んだり何かを記録する時にでも使っていたのだろう、年期が入っていた。

 

「やってる事が泥棒みたいだぞ……全く、持っていくのは必要なのだけにしろよ」

 

「日記見っけ」

 

「それはそっとしておけ!」

 

 内容が気になったが、ラーハルトが目を光らせているので読むのも持ち帰るのも断念した。持っていく事にしたのは、竜の騎士に関する文献、魔族についての本、それにマシン系のモンスターの考案書などなどだ。メタルドラゴンなども名前だけは出ているのだが、製造法が書かれていなかった。そういえばメカバーンってエビルメタルで作れそうだな、と呟きつつ次々と本を仕舞って行く。確かにやっている事が泥棒のそれに見えなくもない。

 

「そうだ、もう一箇所見る場所があったっけな。お前らはここで待ってていいぞ」

 

「何言ってるニ、ついてくに決まってるニ」

 

「そうだ、言っておくが何か盗むんじゃないかとは思ってないからな」

 

「ラーハルト、それ言っちゃうのは疑ってるって言うようなもんだから」

 

 他愛のない会話をしながら、カインを先頭に歩いていく。雑談をしながらも周囲に気を配る事は忘れない。何かがいたら気配で気づくだろうからそこまで過剰に注意しなくてもよいのだが、三人とも過信をせずに気を配っている。

 程なくして、道中に灰があるのを見つけたカインがそこにしゃがみこんだ。傍に落ちている六本の剣を手に取りながら呟いた。

 

「……バルトスの剣だ。ここで逝ったのか」

 

 そこは、カインがロビンを倒した後に担ぎ込まれた部屋、そしてかつてヒュンケルが住んでいた部屋のすぐ目の前であった。ハドラーが倒される前に地獄門からここまでやってきていたのだろう。

 

「今際の際に息子に一目会おうと思ったか……だが、この位置から考えると会えなかったのだろうな。……ああクソ、こういう時なんて言えばいいんだかな、言葉が出てこねぇよ」

 

「立派な剣士だったニ。敵前逃亡した訳じゃあないだろうニ、恐らくアバンに負けた後にここまで来て、そこでハドラーが倒されたんだろうニ」

 

「貴方の事はカインから聞いていた。不死系怪物ながら人間の子供を育て上げた、立派で心優しい騎士……せめて、一目会ってみたかった」

 

 溜息を吐いた後、カインがバルトスの遺灰を掻き集め始めた。二人もそれに無言で続いた。

 

「せめて日当たりの良い場所にでも埋葬してやろう。探しておかないとな」

 

「だったら、オレの父さんと母さんの墓の横に埋めてやってくれないか?あそこなら日当たりもいいし、何より……ラムダがちゃんと墓を手入れしてくれるだろう?」

 

「ボキからもお願いするニ。カイン、頼むニ」

 

「頼まれるまでもないっつの。俺だってバルトスの事は尊敬してるんだ、おざなりにする訳ないだろ」

 

 先程よりも心なしか明るい雰囲気で言葉を交わしながら、ヒュンケルの部屋の扉を開けた。

 そこには――誰もいなかった。子供の使うようなおもちゃが置かれたまま、その部屋は痛いぐらいの静寂に満ちていた。

 

「ヒュンケルもいない、か。アバンにでも保護されたかね」

 

「有り得るな」

 

「まあアバンだしニ」

 

「段々アバンなら仕方ないって雰囲気になってないかお前」

 

 そう話しながら地上に出ると、丁度極楽鳥がやってくる所だった。どうやらパプニカの兵達が調査に来たらしい。

 

「……人間が来た?分かった、行くぞお前ら」

 

「ああ。ここに居ると面倒な事になりそうだ」

 

「じゃあ、とりあえずテランに向かうニ。レッツゴーだニ」

 

 やってきた人間達に見つからない内に、カイン達は極楽鳥に乗って飛び去っていった。ロビンもそれに追従している。

 

「……これからこの世界はどうなるかね。吉に転ぶか凶に転ぶか……神のみぞ知るってか?」

 

 口の中だけでそう呟くカインは、憂いを帯びて見える。

 この後、カイン達はテランにてバルトスを埋葬した後、再び旅に出た。

 

 

 そして、三年程の時間が過ぎた――。

 



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第27話 3年後

引越し前最後の投稿です。次回は落ち着いた頃投稿します。しかしほぼ説明回。


 テランの湖の湖畔、ささやかだが立派な墓が建てられている場所。

そこで二人の人影が、箒を持って辺りを掃除していた。一人はカインが作った機械人形のラムダ。もう一人は、金色の長髪を風に揺らしている少女だった。鼻歌を歌いながらてきぱきと落ち葉を集めていく姿はとても楽しそうだ。

 

「ラムちゃーん、そこ終わったら休憩しよっか」

 

 ラムちゃん、と親しげにあだ名で呼ばれたラムダはしかし少女の言葉に無反応だった。茂みを見つめたまま微動だにしない。

 

「ラムちゃーん?」

 

 首を捻りながら再度呼びかけると、ラムダは目を光らせながら振り向いた。

 

「どうかしたの、ビームでも出しそうな眼して」

 

「判別不能な存在を検知、臨戦態勢なうです」

 

 微妙におかしな言葉遣いで答えたラムダは再び茂みを見据えながら、言葉通りにいつでも砲撃を出来るよう構えていた。少女が箒をぎゅっと握り締めながら同じく茂みを見据えていると。

 

 

「ようルミア、ただいまー」

 

 カイン、アベル、ラーハルト、おまけにロビンが出てきた。ただし、ルミア達が睨みつけていたのと丁度反対側の茂みから。

 

「あ、皆お帰り。今回は結構早く戻ってきたね」

 

「ああ、また注文してた物があるからな」

 

 若干低くなった声でラーハルトが答えた。ラムダはもう臨戦態勢を解いているし、アベル達もリラックスした様子でいる。3年の間に彼らは随分と親しくなった。

 

「丁度掃除も終わったから家来なよ。こないだカンダタさんから新しい茶葉貰ったんだ」

 

「アイツ本当色々扱ってるよなぁ。ま、有り難く頂くぜ」

 

「暫く水分取ってないから喉が渇いたニ。早く行くニ」

 

「まぁまぁ、そう焦るなアベル。焦ると余計に喉が渇くぞ」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 まず、カイン達の3年間について記そう。

 

 バルトスを埋葬した後、カイン達はフォルケン王、カンダタ、そしてルミアにそのことを話した。この三人はロンと旅の仲間を除けば、カインの心根を最も知っている者達である。

 フォルケン王は元々病弱であった事に加え体調を崩し気味だったのが、カインがザムザから買い取ったスノキアを国内で栽培し薬にして服用した所、目に見える程の勢いで快方に向かったそうだ。その事でフォルケン王が礼をしたい、と伝えた所、カイン達はバルトスを埋葬する許可を欲しい、と語った。バルトスについて話すと、王は心良く承諾してくれた。魔物と言えど、かの騎士の生き様は王のみならず家臣の胸も打たれるものであった。その頃からカイン達はフォルケン王と懇意にしており、ラーハルトなどは将来城で働かないか、と勧誘までされているそうな。

 カンダタについてだが、彼が一番変わりない。今までどおりの商売をしているが、変化と言えばいつの間にかルミアとも仲良くなっており、一味からは数少ない癒しとして可愛がられている事ぐらいか。特にカンダタと会話している所などは(カンダタの格好さえ度外視すれば)親子のようでもある、とはカインの弁である。着実に商売のルートも増やしているようで、ザムザからの買取以外にも様々な物を仕入れては売り捌いている。

 ルミアはカイン達がテランを訪れた際に暫く会話をしていただけなのだが、こまめに墓の掃除をしてくれていたそうで、その事を知ってからカイン達はちょくちょく彼女の所に来ては旅の土産話をしている。屈託のない笑顔でそれを楽しそうに目を輝かせて聞く様子は、彼らの顔を自然と綻ばせた。一度ラーハルトが、何故墓を掃除してくれていたのか、と聞いた際に“私がそうしたいからやるのであって、特に理由はない”と答え、それを聞いたカインが一層彼女の事を気に入ってからは2月に一回は来るようになり、ロンに通い妻のようだと笑われた。魔族だろうとマシンだろうと何の分け隔てもなく接する姿に、一行が惹かれるのも当然と言えた。

 

 カイン達の方はというと。一行はバルトスの埋葬後も旅を続け、城砦王国リンガイアや勇者アバンの出身であるカール王国など、様々な地を巡った。それでもアルキードにだけは寄ろうともしないのは、未だにあの一件が彼らに怒りを抱かせているからであろう。

 カインは身長以外殆ど変わっていない。背は伸びたものの、今ではラーハルトの方がほんの僅かに高く、時折背を比べては一喜一憂している。勿論強さの方も変わっているが、クロコダイン以上の相手と戦えた事が殆どないので成長を実感できずにいる。なので、近頃は“強い奴を探すよりラーハルトやアベルを相手にして修行する方がいいんじゃないか”とまで思っている。本人はそう思っているのだが、大きくレベルアップしているのは確かだ。ロンと組手をする際にも、剣を使わせるに至っている。

 アベルは身長も中身も変わっていない。小さいのは種族的にどうしようもない。強さの方は彼も3年前に比べて遥かに強くなっている。プチット族の弱点とも言える魔力の少なさを、気合とザムザが発掘、改良した“ふしぎなきのみ”で底上げし、様々な呪文を扱えるようになり、剣の腕も上がっている。平均的なプチヒーローに比べると、スライムとドラゴン程の差だ。頭に血が上りやすくなった感じはあるが、そこはカインの方がキレやすいのであまり気づかれない。というか元々一番喧嘩っ早いのは彼である。

 精神的に一番成長したのはラーハルトだ。以前に比べると、格段に冷静な態度で穏やかに過ごしている。キレやすい二人を止めるのはいつも彼の仕事だ。カインやルミアと共に居ると種族云々というのがバカらしく感じる、と呟く姿からは旅に出る前のような陰は感じられない。腕の方もご多分に漏れず成長しており、一対一の勝負ではカインを圧倒する事もある程だ。フォルケン王からの勧誘については、王の人柄もあって満更でもないようだ。

 

 あれからの旅では、平和になった事もあり、目新しい出会いというのはなかった。というのも、行く先々で出会ったのが知り合いばかりだった、というのもあるのだが。

 マトリフはハドラーを倒した後、パプニカの王宮努めだったそうだが、彼を良く思わなかった者達に追い出され、嫌気が差してバルジ島近くの小島の洞窟に隠れ住んでいた。その辺りに立ち寄った時、雨から逃れようと入った洞窟が偶然彼の住まいだったのだ。カイン達の事は気に入っているから、魔法関係で困った事があったら頼ってくれても構わない、と語った。そんなに気に入っていたのか、と密かに驚くラーハルトをよそにカインは未練がましく魔法が使えるようにならないかと言い、無理だ、の三文字に撃沈していた。どうせだったらテランに来ないか、と聞かれたが、“今ののんびり魚釣って暮らす生活も悪くないし、何より人間相手にするのはうんざりだから”と断った。

 ロンは相変わらず森の奥でのんびりしているが、カイン達の成長を見て“負けていられない”と密かに鍛錬を再開している。長年のブランクを取り戻しつつある彼は、成長したカイン達との勝負でも遅れを取る事がない。ジャンクやその妻スティーヌとの仲も良好で、結構楽しくやっているようだ。カイン達が訪れる度に、カインの靴やラーハルトの槍を調整、若しくは修理してその損耗具合に呆れている。変化があるようにも見えてないようにも見える、そんな日常を楽しく満喫しているようだ。3年という時間は、寿命の長い魔族である彼にも確実な変化をもたらしている。

 アバンとヒュンケルには、未だに会えていない。たまに噂は聞くものの、実際出会えた事はない。ヒュンケルがアバンに弟子入りした、というのは聞いたのだがある時からぱったりとそれも聞かなくなった。何かあったのかは気になるので、旅先ではいつもその影を探している。

 ロバート・ガルシアは、親友のロカと共にネイル村を守りながら、獣王クロコダインに挑んでいるそうだ。ロカが病気で寝込んだ際にこっそりと村に忍び込んでいた老人のような魔族を撃退したりと、その腕前は着実に上がっているようだ。

 ザムザは今までどおり研究に精を出しているそうだ。時折カインが彼の研究で出来たアイテムを買い取っている辺り、割りと順調なようだ。以前話をした際には、父親がミスをやらかして怪我をした、と話しておりその為に上質な薬草を持って行ったりと、高齢な父が心配なようだ。

 

 ところで、極楽鳥とロビンの事なのだが。

 極楽鳥はカインの勧めでいくつかの回復呪文を習得し、ベホマラー以外にもベホイミなどで的確な回復役となった。戦闘に参加する事はないが、同種と比べると明らかに強くなっている、とロンは語った。彼(彼女かもしれない)がいるおかげで、カイン達は安心して戦っていられると言っても過言ではないだろう。信頼できる回復役がいるというのは、それ程安心できる事なのだ。

 そしてロビンだが――彼が最も変わった、と言えるだろう。

 

「いつ見てもロビンの銀色カッコイイよねー、でも最初に来た時は青じゃなかったっけ?」

 

「最初来た時はまだキラーマシンだったからな。今はキラーマジンガだぜ、キラーマジンガ!」

 

「全く、人の身でありながらキラーマジンガを作るなんてカインは本当に常識外れな奴だニ。無論良い意味だから投げるのは止めるニ」

 

「物を収納したりは出来なくなったけど、それでも凄く強いんだぞ?並みの相手ならロビンだけで充分なぐらいだ。こんなモノを作れるってのは本当に凄いぞ」

 

 そう、ロビンは今やキラーマジンガとなっている。ブルーメタルだったボディはあの金属の銀色となり、右手にはロン特製の魔神の金鎚、左手にはこれまたロンが作った吹雪の剣。内部に替えの武器も仕込んでおり、モノアイからのレーザー、尾の弓矢も含めて武器庫のような状態になっている。その防御力もキラーマシン時代とは比べ物にならず、魔法などは全く通用しない。更に強靭になったロビンは、カインの攻撃ですら易易と貫けはしない。

 

「それで、今回はどこ巡ってきたの?」

 

「ああ、ロモスの方にな。クロコダインは相変わらず強かったよ。それとランカークスだな。後はパプニカにも行ってザムザに注文してきたっけ」

 

 茶を啜りながらカインが答える。

 机を挟んで座って楽しげに談笑している姿から、四人がとても親しいという事が分かる。ルミアのような心を許せる相手がいる、という事をラーハルトは嬉しく思っていた。カインとアベルの他には、亡くなった両親にしか心を開く事が出来なかった彼は、とりわけこの時間を大切にしていた。勿論他の二人が大切にしていないという訳ではなく、むしろカインとアベルも彼女に対しては心を開いていた。

 

 

 その日はそのまま夜更けまで楽しく会話をして過ごし、そして夜が明けた。

 

 

 

「で、なんだこのイカ頭巾みたいな奴」

 

 翌朝の早朝、ラムダのアップデートをしていたカインは一人で呟いていた。

ラムダの視覚データの中にあった何者かの影を見て、真っ先に出た言葉がそれだった。その影は昨日ラムダが警戒していた判別不能な存在とやらなのだが、一見して確かにイカのような形状の頭、というか衣服だったのだ。決して魔物の方のイカ頭巾と思った訳ではなく、ぱっと見そう感じたというだけの事ではあるのだが、本人が聞いたらさぞや気分を損ねるであろうセリフを呟いた。

 首を傾げながらAIの更新などをてきぱきとこなしながら、カインは次の目的地について思案していた。

 

 作業を終え、まだルミア達が起きてこない時間なので散歩に出かける事にしたカインは、湖の畔を一周する事にした。

 

「しっかし、なんなんだろうなあの影。襲ってきたりはしなかったみたいだが……」

 

 腕組みをしたままブツブツと呟くカイン。最早これは癖となっていて、ラーハルトには度々苦言を呈されている。

 首を傾げながら歩いていると、森の方に人が立っているのを見かけた。辺りをキョロキョロと伺っていて、何かを警戒しているようでもあった。ゆっくりと歩いて近づくと、その人影は女性だと分かった。

 

「あの、どうかなされましたか」

 

「あっ……あ、いえ。ちょっと何か果物か何かがないかと思って……」

 

「果物ですか。よければ適当に収穫しましょうか?」

 

 眼を見る限りでは悪人ではないようだ。黒い髪を風にたなびかせ、柔らかな微笑みを浮かべる姿から、カインは陽の光を感じていた。果物なら少し探せばいくらでも見つかる。その程度なら簡単だろう、そう考えてカインは申し出た。

 

「いいんですか?すみません、子供に頼んでしまって……」

 

「いえいえ、困っている人がいたから助ける、それだけの事ですよ。では、少々お待ちを」

 

 そう言ってカインは靴に魔力を送り浮き上がる。今では苦労の甲斐あって自在に扱えるようになったが、練習段階では何度もアベルやロンが爆笑し、カインに吹っ飛ばされていたのは言うまでもない。

 手早く適当に林檎などをいくつかもぎ取ったカインは、女性の下に戻ろうとした。しかし、そこで始めて先程の女性に誰かが話しかけているのに気がついた。女性もそうだが、その話しかけている男も、見た事のない相手だった。訝しみながらも女性の所まで飛んだカインは、声をかけた。

 

「どうぞ、少しですが獲ってきました」

 

「あ、ありがとうございます。ほら、あなたもお礼言ってね?」

 

「う、む……感謝する」

 

「もう、そんな固くならずに、ありがとうの一言でいいのよ?」

 

「むぅ……」

 

 困ったように唸る男を見て、女性もカインも自然と口元が綻んだ。ばつが悪そうに頭をガシガシ掻きながら、男は言った。

 

「この果物は有り難く頂くが……できれば、私達がこの辺りで暮らしている事は誰にも言わないで欲しい」

 

「……訳ありかい?って言ってもアンタら悪人には見えないが、どういう事だ?」

 

 男の頼みに頷きながらも、カインは首を傾げて言った。何か罪を犯して逃げている、というような風体でもないし、そもそもこの女性がそういった人間には見えない。

 

「……詳しくは言えんが、彼女……ソアラは、さる国の身分の高い女性である、ここまでしか言えぬよ」

 

「あー、駆け落ちって奴?大変だねぇ、お偉いさんは。隠れ住んでたいならちょっとフォルケン王に掛け合ってみようか?話ぐらいなら聞いてくれると思うけど」

 

 身分が高い、と言われてもカインにとってはどうでもいい事である。そもそも貴族や王族などがカインはあまり好きではないのだ。フォルケン王のような例外を除き、基本的に権威をひけらかすような輩が嫌いなのである。もっとも、目の前の女性が本当に駆け落ちした、というのならそれは身分を捨ててまでこの男と生涯を共にしたい、という事なので好意的に見る事ができるのだが。

 

「そうは言われてもまだ私はお前の事を信用できん。信用に足る人物かどうか、見極める必要があるのだ」

 

「ちょっとあなた、子供に対してそれは……」

 

「いやいやごもっとも。じゃあ、まずは自己紹介からしようか?俺はカイン・R・ハインライン。旅をしていて、このテランには友人がいて、加えて旅の仲間の両親と俺が尊敬しているとある騎士の墓がある故、ちょくちょくここに帰ってくる。種族差別はしない主義で、人間だろうと魔族だろうと同等に見る。趣味はマシンの研究と鍛錬、こんな所か?さぁ、次はそっちが話してくれ。あ、名前だけでいいぜ」

 

 ペラペラと自分の紹介をするカインに面食らった様子の男は、目をパチパチとさせた。女性の方も同様で、同じような反応をしていた。どうかしたか、と声をかけられ、我に返った男は咳払いを一つし、低い声で名乗った。

 

「私は……バラン。当代の竜の騎士だ」

 



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第28話 竜の騎士

お久しぶりです。一応は落ち着きました。
次話投稿時に、作品タイトルを変えようと思います。


「竜の騎士っていうと確か……世界のバランスを崩す者が現れた時にそれを征伐し、バランスを保つ役目を負った存在……だったかな?」

 

「知っているなら話が早い。いかにも、その竜の騎士だ。しかしよく知っているな、現代では人にも魔族にも、伝承の存在程度にしか認知されておらんというのに」

 

「テランはそういう伝承が色々伝わっててね。それに、ちょいと長生きな友人から聞いた事もあったし。まぁ所詮はその程度の知識なんだけどね」

 

 竜の騎士と聞いて目を軽く見開いたカインはそう語った。常日頃からそういった伝承などに興味を示し、あれこれと調べまわっているカインには、確かに竜の騎士についての記憶があった。彼が言った通り、その程度の知識でしかないのだが。

 

「で、バランさんよ。アンタらがこの辺に暮らしている事を言うな、てのは分かった。分かったんだが……」

 

 気まずそうに顔を逸らしながら、カインが言った。訝しがりながらバランが、どういうことかと尋ねようとすると。

 

「悪い、俺の旅の仲間にバレたわ」

 

「は?」

 

 バランが間の抜けた声を出すと同時に、いつの間にか背後に回っていたアベルとラーハルト、それにルミアががっしりとカインの頭を掴んだ。

 

「いないと思ったら、何をやってるんだ?」

 

「しかも見目麗しい女性とダンディな男と一緒とは、修羅場の匂いがプンプンする二。カイン、正直に話す二」

 

「カイン、噛んでいい?」

 

「……お、おい?」

 

 戸惑いながら声を掛けるバラン。ソアラに至っては可愛らしく小首を傾げたまま動かない。

 

「待て待て待て待て!まともなのがラーハルトしかいねぇぞ!?とりあえずルミア、腕を噛むな!アベル、お前は後で羅生門の練習台になってもらうからな!」

 

 言葉のみ慌てた様子で取り繕う姿は手馴れたものだった。ガブガブと腕に噛み付いているルミアを振りほどこうと暴れながらしっかりとアベルに攻撃し、ラーハルトはこっそり安全圏に避難している。

 突然の襲撃に困惑しているバランをよそに、カイン達は賑わしく話していた。咳払いするとようやく騒ぎが収まり、話をできる状態になった。

 

「……とりあえず、立ち話もなんだ。早いところソアラを休ませたいし、ここでは人目に付く。私たちの住んでいる小屋に来い。できるだけ静かにな」

 

 そう念を押してカインに背を向け、バランはゆっくりと歩き出した。ソアラはちょいちょいと手招きをしている。

 

「あいよ。お前ら、着くまでは黙ってろよ、いいな?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……わざとやってんのか?」

 

 カインが振り向いた時には既に口元を手で隠していた三人をジトーっとした眼で見つめるカインを見て、ソアラは微笑ましそうに笑みを浮かべた。ふふっ、という可愛らしい声に反応すると、彼女はこう言った。

 

「四人とも、随分と仲がいいのね」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 小屋に案内されたカイン達は、のんびりと茶を啜りながらラーハルト達の紹介をしていた。カインは最初に喋ったので省略だが。

 バランが竜の騎士だと聞いた時のラーハルトとアベルの反応だが、アベルは意外なことに冷静だった。もっとテンションが上がって騒ぐかと思われたのだが、”騒ぎ立てては迷惑になる”と至極まともな事を言った。対照的に、かの竜の騎士と会えた事に喜びテンションが上がっていたラーハルトはばつが悪そうにしていた。ルミアは首を傾げていたが。

 

「まぁバレちまったもんはしょうがないとしてだ。確か……真魔剛竜剣、だっけ?それを見せればフォルケン王なら力になってくれると思う。フォルケン王なら竜の騎士の事も知ってるだろうからな」

 

「それ程推すのならば悪くないのかもしれん。だが、あまり迷惑はかけたくないのだ。万一テランとあの国との戦に発展してしまえば大変なことになる。テランは武力がないだろう?蹂躙されるのは目に見えている」

 

「そうならないためにも兵力を充実させたい所なんだがな……ただバランよ、お前が戦えば例え一人でも並みの国相手なら勝てるだろう?戦わない理由を教えてくれ」

 

「……私に、罪のない人々を斬り捨てろというのか?そんな事は出来ない。私は……人間を守る為に奴と戦ったのだ。守るべきもの達を自らの手で葬るなど、私にはできん」

 

 ゆっくりと首を振ってカインの意見を否定するバラン。それを見て、カインは大きく頷いた。しかし、そのカインが発した言葉で場の空気がほんの僅かに凍ったように感じられた。

 

「グッド、良い答えだ。じゃあもう一つ質問だ。アンタは幸せになりたいか?」

 

「……私とて意思ある生物、そう思うのは当然だ。だが、私が……竜の騎士が幸せなどと夢を見ても良いのだろうか。私はソアラを愛しているし、最愛の彼女との間に子を成す事もできた。これ以上の幸などないのかもしれんがな……」

 

 バランが俯いてそう言うと、ソアラは無言で彼に寄り添った。それを見て微笑むバランをよそに、カインは溜息を吐いた。

 

「オイオイ、誰とかは知らんがお前はもう竜の騎士としての役目は果たしたんだろ?だったらもう引退してのんびり余生過ごしゃあいいだろ。何を迷う必要があるってんだ、のんびり幸せに……え、子供?」

 

 セリフの途中でようやくそれに気づいたカインは、首をカクンと曲げてからソアラに目を向けた。ソアラは微笑みながら腹を撫でていた。

 

「まさかとは思うがカイン……気づいてなかったのか?」

 

「き……気づいてたに決まってんだろ、ははは」

 

「「「嘘吐け」」」

 

「……ハイ」

 

「ふふっ、あなたも大分馴染んできたじゃない。もうこの子達の事信用しても大丈夫だと私は思うわ」

 

「む、う……確かにそうなのだが……済まない、少し考えさせてくれ」

 

 顎に手を添えて唸るバラン。カインは頷いて茶を飲み干した。

 

「別に焦る必要はねぇよ。ゆっくり考えりゃあいいさ。で、ラーハルト達はどうする?」

 

「オレ達か?どうって、何がだ」

 

「俺はちょっとラムダとロビンに付けたい機能があるんでな、一回帰る。お前らはどうするんだって話」

 

 それを聞いて考え込むラーハルト。ルミアもそれを真似てうーんと唸ってみせるが、おそらく特に何も考えてはいないのだろう。アベルは目を閉じたまま動かない。寝ている訳ではないようだが。

 

「バランさん、色々話を聞かせてほしいんだが、構わないか?昔から竜の騎士は憧れなんだ」

 

「ボキも興味がある二、是非とも聞かせて欲しいもんだ二」

 

「バラン、私もあなたの武勇伝を聞いてみたいわ。あなたが戦ってきたのは知ってるけれど、どんな事があったかよくは知らないもの」

 

「ああ、そのくらいなら構わない。お気に召すかは分からないがな」

 

 表情を明るくする三人を見てカインも笑みを浮かべた。ルミアを伴って小屋を出たカインは、ルミアの自宅へと戻っていった。

 

「私が戦った相手だが、冥竜王と言って……」

 

 

◇◇◇◇◇

 

「ねぇねぇ、付けたい機能って何なの?」

 

 道すがらそんな事を尋ねるルミアに、カインは得意げにその機能について語った。それを聞いてルミアは”なんかよくわからないけど便利らしい”と思った。あやふやな理解ではあるが、だいたいあってるからまぁいいか、と呟く。

 自宅の前に待機させていたラムダから作業を始めたカインは、重苦しい溜息を吐いた。

 

「あー、また溜息。溜息吐くと幸せが逃げるって言うよ?」

 

「よく言うよなーそれ。どっから始まったんだか」

 

「茶化さないのー。……バランおじさんの事?」

 

「お、おじ……なぁルミア、お前カンダタの事も最初おじさんって呼んでたけど、呼ばれる側としては結構傷ついたりするんだぜ?確かにバランの事だけどよ……」

 

 若干脱力しながらそう話すカインは、首を傾げながら語った。

 

「冥竜王とか言う奴倒して役目終わったんだろ?だったらもうのんびりしてもいいと思うんだよ俺。なのに竜の騎士が云々って、竜の騎士関係なくただのバランとして暮らせばいいのに頑固すぎるぞ?」

 

(初対面の人でも割とズバズバ言うのは相変わらずなんだなぁ。それに頑固ってどの口が言うんだか)

 

「何か言ったか?」

 

「言ってはいないよ」

 

「そうか。っつかよ、ソアラってどこの国出身なんだかな。陸続きじゃない所に行けば少しは安心……ああ、ソアラが身ごもってるんじゃあまり長く旅はできない、か。テランに留まってるのも仕方ないのかもな」

 

 カインはいっつも一人で納得しちゃう癖があるなぁ、と呟きつつルミアはカインの作業を手伝う。会話しているのかしていないのか分からないが、これも度々ラーハルトに怒られている。

 

「最初は素直に自分だけ出ていこうとしたけどソアラさんと駆け落ち、かぁ……浪漫だね」

 

「そういうもんなのか?」

 

「そうだよ、女の子なら誰でも一度はそういうのを夢見ると思うよ?」

 

「俺には分からんが」

 

「じゃあカインがバランさんの立場だったら?」

 

「俺なら……どうするかね。そもそも俺はそういう出会いとか無いだろうけどな」

 

「今凄い失礼な事言った自覚はある?」

 

「すまん」

 

「よろしい」

 

 いつもの軽口を叩きながら着々と作業を進めていく。二人が互いをそういう目で見ているかは置いておくとして。ルミアはマシンの事はよく分からないが、カインの指示をよく聞いて作業している。カインが趣味と自称するマシンの研究などに関わるのを良しとしている辺り、彼らの信頼関係が伺える。

 そんなやり取りをしている間に、ラムダの方は作業が終わり、ロビンの番となった。

 

「テランの兵力かー……メルキドみたいにゴーレムでも作れればいいんだが、俺は魔術系統は門外漢だからなぁ、やっぱりマシン兵で補うしか……いやまずはフォルケン王がそれを良しとするかだな。俺の一存でどうこうする訳にゃいかんし」

 

「どっかから強い人をスカウトしたらどうかな?」

 

「スカウトか……あれ、名案じゃね?」

 

 確かにマシン兵を量産するよりはそちらの方がフォルケン王としてもいいだろう。問題はスカウトするに値する人物がいるか、いたとしても他の国で何かの役職に着いていないか、そして何よりも誘いを受けてくれるかなのだが。そもそもスカウトに誰が行くというのか。カインは確かに強いが、見た目は子供だ。カンダタは論外である(主に服装的な意味で)。体の弱い王が行く訳にもいかないし、そこがネックだ。案としては悪くないのだが……

 

「しかし身分が高いって大変なんだな、恋愛すらままならないとは」

 

「身分関係なくそうだと思うけど、バランさんを追い出したっていう連中はちょっと酷いんじゃないかな。魔王が怖かったのは分かるけど魔物かもしれないから追い出すなんてさぁ」

 

「力を持たない連中ってのは必要以上に強者を怖がる節がある。そういう攻撃的な姿勢は恐怖の裏返しなんだろうが、馬鹿なこった。相手がどういう奴かも分からずにとりあえず攻撃ーなんて猪じゃねぇんだからよ」

 

「猪でも相手は選ぶんじゃないかな、つまりその人たちは猪以下だね」

 

「最近口悪くなってないか?」

 

「気のせいだよ。そういえば真魔剛竜剣って言ったっけ?バランさんが持ってたあの剣、竜の騎士の証明みたいな物なんでしょ?それ見せてもダメだったのかなぁ」

 

「竜の騎士自体ただのおとぎ話だと思ってる奴もいるぐらいだからな。テランみたいに伝承が深く伝わってるような所なら兎も角、ソアラの出身国には竜の騎士の伝承すら無かった可能性もある。若しくは湾曲して理解してるかもしれんな」

 

 竜の騎士を英雄のように扱う可能性もあれば、神の使いとして崇める場合も、はたまた魔物と同一視して石を投げる可能性も否定できない。言外にそう語るカインは顔を顰めていた。噂にしろ伝承にしろ、言葉という物は人を通して広まるにつれ、変質していく事がままあるのだ。竜の騎士などと呼ばれていても、魂ある生物には違いないだろうに。そう呟いてカインは溜息を吐いた。

 

「溜息禁止!」

 

「やだ」

 

「やだも禁止」

 

「なんでだよ」

 

 子供のようなやり取りをしながら(実際子供なのだが)作業を終えた二人は茶を飲んで一服していた。ほう、と息を吐きながら茶を啜るカインはどことなく年寄り臭い。それを指摘するルミアに反論しようとして出来ないカインを見て、ルミアの笑みは更に深まった。

 

「っと、そういえばカンダタに用事があったんだった。ルミア、先にバランの所に行っててくれ」

 

「ん、りょーかい。カインも早く来てね」

 

「おうよ」

 

 そう言葉を交わし、二人は逆方向に歩き出した。

 

 

「……もしかしたら、力尽くでソアラを取り戻そうと来るかもしれないな。何か対策を講じておいた方がいいか。カンダタが何かそういうのに便利な物持ってるといいんだが」



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第29話 強き竜

やっぱり夜更かしするもんじゃないね!


「父上、傷の具合はどうですか?」

 

「まだ痛むわい、全くあの男……ロバートとか言ったか、いずれ機を見て殺して……いや、モルモットにしてやるわ!アイツに邪魔さえされなければ勇者アバンの仲間であるロカを殺せたものをっ……!」

 

「……興奮すると傷に障りますよ」

 

「うるさいわあっ!そんな事をしている暇があればさっさと研究成果を持ってこんか!」

 

「……わかりました」

 

 某所の城の一室で、ザムザは父ザボエラの看病をしようと薬を持ってきていた。もっとも、その父に突っぱねられ5分足らずで退室させられる事となったが。

 ヒステリックに怒鳴りつける姿には威厳も何もあったものではない。性格は悪いし性根も腐っているが、魔法力にかけては右に出る者は殆どいない。単純な総量ではカインの方が上ではあるが、彼の強みはその魔力と知識だった。何をどう使えば最大の効果を発揮するか、それを熟知した上で自分は手を汚さずに事を済ませる、そんな男だ。

 クロコダインのような男が見れば軽蔑するであろう外道でも、ザムザにとっては父親なのだ。高齢なのも加え、命に別状がないと言ってもやはり心配なのである。あれだけ騒げるならば心配は無用だろうが。

 

「……ハァ」

 

 人知れず溜息を吐くザムザはどことなく疲れて見えた。父に萎縮していたのもあろうが、自分の研究成果であるスノキアの根で作った薬を受け取ってすら貰えなかったのが彼を落胆させていた。カインからの感想(実際に服用したのはフォルケン王だが)を元に改良し、更に効能を高めた代物だ。回復呪文程ではないが傷にも効く、正に万能薬といった代物なのだが、ザボエラはそれを評価しなかった。

 広間に誂えられた椅子の一つに座り、深く息を吐く。と、そこにズシンズシンと、大地を揺らすかのような音が響いた。ザムザがそちらに目を向けると、深紅の鱗を纏った巨竜が歩いてくる所だった。その巨竜は通常の竜とは異なり、大木の如き二本の脚で大地を踏みしめ、その左手には何か金色の宝玉のような物を握り締めている。その尾は三本に分かれ、かのグリンガムの鞭のような風貌である。

 

「ああ、貴方は超竜軍団の……」

 

「そういう貴様は確かザボエラの息子……だったか?すまぬな、名を覚えていない」

 

「妖魔学士ザムザと申します、お見知りおきを」

 

「うむ。……それは薬か?ザボエラの見舞いにでも行っていたか」

 

「ええ、まあ。受け取ってはもらえませんでしたが」

 

 自嘲気味にザムザがそう言うと、巨竜は呆れたような声をあげた。

 

「あやつはもう少し冷静になれば良いのだがな。いくら魔力が強大であろうと、あれでは部下を無くす……折角だ、貴様も我が下へ来ないか?優遇してやるぞ」

 

 驚いて巨竜の顔を見ると、その眼は真剣だった。超竜軍団の長である彼は、本気でザムザを引き抜こうかと考えている。世辞や心にもない言葉を返す訳にもいくまい、そう考えたザムザは素直な言葉を出した。

 

「有難いお言葉ですが、辞退させていただきます」

 

「ほう?何故だ、このドラゴンガイアには従えぬというのか?」

 

 言葉とは裏腹に、ガイアと名乗った巨竜は試すような事を言った。

 

「ええ。確かに、貴方の軍門に降るというのは魅力的なお誘いです。前任の超竜軍団長である豪魔軍師ガルヴァス殿を倒してその座に着いたという事は、見掛け倒しという訳でもありますまい。ガルヴァス殿はその後三日三晩生死の境を彷徨ったとか……強さを見ても人格を見ても、貴方に従うのは良い選択なのでしょう。しかし、あんな男でも父なのですよ」

 

「フ……フハハ、親子の情、という訳か。しかし……いや、貴様が自らの意思で決めたのならば何も言うまい。いやはや残念だ、貴様程の頭脳の持ち主ならばそれ相応の地位を与えてやれたのだが」

 

「ええ、断っておいてなんですが残念です。……そういえば、大魔王様と貴方以外にも一人だけ従ってもいいと思えるような相手がいた事を思い出しましたよ」

 

 先ほどザボエラの所に居た時よりも穏やかな顔つきで、ザムザはそう語った。その言葉に興味を惹かれたガイアはザムザの顔を覗き込んだ。

 

「ほう?一体どんな奴だ、それは。聞かせてみろ」

 

「ええ。あれは3年前、私がオーザムの研究所へ行った時の事で――」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 その後、カインがカンダタの所で用事を済ませた頃には既に日が暮れていた。思った以上に時間を食っていたようだ。そろそろアベル達も帰ってきているだろう、そう思ってカインは足早に駆けていった。

 しかし、ルミアの家には明かりが灯っていなかった。普段ならば火炎草を使った篝火の明かりが見えるのだ。それがないという事は、ルミア達はここにはいないという事。念の為ラムダとロビンに確認を取ったが、やはり帰ってきていないようだ。

 

「火を起こしてる時に出歩く訳が無いからな……まだバラン達の所か?」

 

 呟いて、今度はバランとソアラが暮らす小屋へと足を向けた。随分と遅くまで居るのだな、と首を傾げながら。まさかもうソアラ達に追っ手が来たのか、と心配しながらも目立たぬようにこっそりと、されど速度を緩めずに向かっていった。

 

 小屋にたどり着き、扉を開けたカインは目を見張った。うっかり踏みつけそうだったが、床にアベルが倒れ伏しているのだ。手早く外傷が無い事を確かめ、アベルの容態を確認した。

 

 

「……ぐう」

 

「……」

 

 結論。眠っているだけである。

 

「起きろこの野郎、何こんな所で寝てやがる」

 

「ぐう」

 

 ピキリ、と額に血管が浮かんだのをカインは自覚した。このまま焼いてやろうかと思うがギリギリで踏みとどまった。

 困惑していると、バラン達が居た部屋の扉が開け放たれた。そこから出てきたのは何やらかなり疲れた様子のラーハルトであった。

 

「ラーハルト、一体何があった?」

 

「ああ、カインか……口で説明するより見た方が早い。こっちへ来い」

 

 訝しみながらも、ラーハルトに従って部屋に入ったカインの目に真っ先に映りこんだのは、何やら涙を流しているバラン、ひと仕事終えたという感じのルミア、そして。

 

「……あるぇ?」

 

 赤子を抱いたソアラであった。

 

「……誰か俺に状況説明をしてくれ、理解が追いつかない」

 

「バランさんとソアラさんの子供が産まれた」

 

「OK、分かった。とりあえず色々言いたい事や聞きたい事があるがまずは祝福しよう。おめでとう、二人共」

 

 目が点になりながらもどうにかそれだけ口にしたカインに、バランは感極まって喜びを伝えようとしたが、涙が溢れていて言葉になっていない。それでも彼の想いは痛いぐらいに伝わってきた。

 

「悪いな、手伝えなくて。アベルが力尽きてたのもそういう訳か」

 

「そだよ、大変だったんだからねー。一時はどうなることかと」

 

「本当にありがとう、ルミアちゃん、皆。ほら、あなたもお礼を言わなきゃ」

 

 そう言ってソアラは優しく赤子を撫でた。赤子の無邪気な声が耳に心地よく響く。ジャンクもこういう感じだったんだろうなと口の中で呟いた。

 ひとまずルミアのサポートで疲れきっているラーハルトと、体力を消耗しているソアラを赤子と共に休ませる事にした。

 

「慣れない事をするとこんなに疲れるものなんだな……知らなかったよ」

 

「お前たちには感謝してもしきれないな……何と礼を言えばいいものか」

 

「お礼なんていいよ、バランおじさん」

 

「お、おじ……まぁいい、私は……お前たちを信じる事に決めたよ。妻と子の恩人だ、信じない理由がない」

 

 そう語ったバランの顔は、とても晴れ晴れとしたものだった。それ程までにソアラと子が大事なのだろう、それを感じたカイン達は自然と顔が綻んだ。

 

「じゃあ、フォルケン王に打診してみるが構わないか?」

 

「ああ、勿論だとも。その時は声を掛けてくれ、私も同行する」

 

 カインは、バランがこうも嬉しそうに笑っているのを見て微笑ましく感じた。竜の騎士だなんだと言っても、この男は元々温厚で愛情深い性格なのだろう、それが見て取れた。こうなれば意地でもこの美しい家族愛を守ってやろうと心に決めた。積もる話は後にするとして、まずは王に謁見する準備をしなければ。

 

「とりあえず真魔剛竜剣はちゃんと持てよ?紋章があるとはいえ、それも竜の騎士の身分証明みたいなもんなんだからよ」

 

「ああ、分かっている。しかし……血塗られた戦鬼のようなこの竜の騎士が子供を授かるとは……奇跡とは本当に起こるのだな、カインよ……!」

 

「あーあーまーた泣いてら。気持ちは分かるけどとりあえず涙拭きな。ったく、この分だとバランは親バカ間違いなしかもな」

 

 冗談めかしてそう言うと、バランは照れくさげに笑った。それを見たルミアは、”竜の騎士って言ってもやっぱり普通の人と変わらないな”なんて思っていた。竜の騎士は竜の力、魔族の魔力、そして人の心を持って作られるというが、それを抜きにしても人間よりも人間らしいな、そう感じていた。

 バランは竜の騎士を若干卑下するような言い方をしたが、無意識にそういった表現をしてしまう程、竜の騎士というのは戦いに明け暮れるものであった。それがこうして愛する女性との間に子を成したのだ、奇跡と称して嬉し涙を滝のように流したとしても誰も責められまい。それ程までに、バランは家族を愛している。

 その日はそのまま小屋で夜を過ごし、明日改めてフォルケン王の下へ向かう事にした。

 

 

◇◇◇◇◇

 

「成る程……事情は分かった。竜の騎士様、我々は貴方を歓迎しましょう、どうか奥方様と御子息と、この地で平穏無事に過ごせますように」

 

「有難い……貴方とカイン達には、本当に何とお礼をしたらいいのか分からぬ」

 

「礼がしたいってんならソアラとディーノと幸せに暮らせよ?それが俺達に対する最大の礼だと思え」

 

 翌日、テランの王宮でフォルケン王と謁見したバランとカインの二人は、無事にテランで一家が暮らす許可を貰う事が出来た。兵力を増強するべきではないかとカインが進言した際に、”有事の際は不肖このバランが力添えをしよう”とバランが語った為に、テランは竜の騎士によって庇護を受ける事となった。フォルケン王は、伝説の竜の騎士にそんな事を言わせるとはと少々恐縮していたが、バランにとってはこれも礼の一つらしい。一体いくつ礼をするつもりなのか、そう茶化そうかとカインは考えたが、多分これは本気だろうからと自重した。

 ディーノというのは、バランとソアラの間に産まれた子の名前である。アルキードの言葉で”強き竜”という意味だ。いかにもバランが付けそうな名前であるが、ディーノ本人は気に入っているのかもしれない。

 ソアラの出身国であるアルキードとはあまり交流がないために情報が簡単に漏れる事もないだろう。アルキードはカイン達一行も嫌っているので、大した問題もなかった。

 フォルケン王は、スノキアのお陰で玉座に座った状態でも謁見が出来るぐらいには回復している。こうして見ると、カインはあちこちに恩を作っているようなものなのだがそれに気づく事はあるのだろうか。

 

「して、カイン……最近はどんな調子かね」

 

「ええ、すこぶる良好ですよ。目立った事は……まぁ、今回の事ぐらいしかないですがね。フォルケン王こそ、お身体の具合はよろしいので?」

 

「うむ、あのスノキアのお陰で最近はこうして起き上がれるまでには良くなった。これもそなたのおかげだ」

 

「礼ならアレを開発した奴に伝えますよ、俺はそれを買い取っただけなんですから」

 

「カイン、謙虚は良いが行き過ぎるのは良くないぞ」

 

「わーってるよ。……バラン、俺達はまた旅に出るけど、元気でやれよ?たまには帰ってくるけどよ」

 

 肩を竦めながらそう言うとカインは、王に一礼して城から出た。バランもそれに続き、暫し無言で並んで歩いた。

 

「……この国は、良い所だな。ここに来て正解だったよ」

 

「だろ?俺はここの出身じゃあないがこの国が気に入っている。逆にアルキードは大嫌いだがな、ククッ」

 

 意地悪げな笑みを浮かべるカインを見てバランは苦笑した。子供に似つかわしくない云々というのはいつもの事なので割愛するが。

 やがて小屋に着いたカインは、ラーハルト達を呼び、旅の準備をした。

 

「また寂しくなるね、ちゃんと帰ってきてよ?」

 

「オイオイルミア、俺達が帰ってこなかった事があるか?」

 

「あったらつまり全滅してるんじゃないか二」

 

「縁起でもないぞ、アベル。バランさん、ソアラさん、どうかお元気で。今度来る時は何か土産でも持ってきますよ」

 

「気をつけてね、いつでも帰ってきていいんだからね?ほら、ディーノもいってらっしゃいって」

 

 相変わらず無邪気な声をあげて笑っているディーノの姿に、一同は顔がにやけていた。子供の笑顔というのは、それだけで人を笑顔にする事が出来る。

 

「まっ、そういう事で、そろそろ行くわ。んじゃな、三人とも。ラムダ、そっちは任せたぞ」

 

「了解しました、いってらっしゃいませ」

 

「土産話を楽しみにしているぞ、そっちはディーノの成長を楽しみにしておけ」

 

 そうして、カイン達はまたテランを旅立っていった。テランに立ち寄る理由が増えたな、そう呟きながらカイン達は歩き出した。バラン達は、その後ろ姿が見えなくなるまでずっと眺めていた。

 

 そして、また一年の歳月が過ぎた――。




バラン編は大分巻いて行きます。
でももうちょっとだけ続くんじゃ。

ついでに超竜軍団長交代のお知らせ。


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第30話  アルキード

少し展開が速すぎるかな、と反省。


 ディーノが生まれてから1年後、ハドラーが討伐されてからは4年後。カイン一行はまたいつものようにテランを訪れていた。

 王城のフォルケン王の自室で、カイン達は王に旅の報告をしていた。勿論ロビンは外で留守番なのだが。流石にキラーマジンガを城に入れては兵士が怯えると思ったのだろう。アベルは見た目のせいもあって無害と認識されているからいいのだが。とはいえ、魔物を含めたパーティが王の私室へ招かれているということ自体は普通の王族には信じがたいことではある。

 

「思うに、物の生産を禁じるのはあまり良くないと思うのですよ。せめて薬や食物で何か他国に誇れるような物があればいいのではないのでしょうか。確かに武器を奪えば争いも減るでしょうが、それは同時に人々の自衛の手段を奪う事にも繋がる」

 

「……そうだな、闇雲に武器を無くせば良い、というものではないな。ワシはこの国のために良かれと思いこの国から武器を奪った。だが、国民は段々と国を去ってしまっている……ワシの力量のなさゆえかもしれんがな」

 

「オレは、そんな貴方が治める国だからこそ好きなんだ、どうかそんな事を言わないでください。人はいずれどこかへ去る、それが定めだ。でも、オレ達のようにここに来て、気に入って。そうして住み着いたりする人がいるかもしれないんだ。例え貴方の力量のなさが原因だとしても、オレ達がこの国を好いているのは変わらない」

 

 体調はかなり改善されているとはいえ、フォルケン王は精神的に弱って見えた。先日など、世界に名高い占い師であるナバラという老女さえ、孫娘を連れてこの国を出たという。物が豊かな生活を望むのは自然な事だろう、カイン達のような者でもなければ。だが、ラーハルトの最後の言葉は紛れもない本意だ。それを感じた王は微笑んで言った。

 

「もうワシも年だ……体調はそなたたちが持ってきたスノキアのお陰でかなり良くなったが、ワシとて人間、いずれ滅びる……この国の未来を作るのは、そなたたちのような若い世代に託すべきなのかもしれんな」

 

「何を弱気な事を!俺達が作るにしても、先達というものは必要でしょう。そもそも俺達まだまだ子供なんですが」

 

「ほっほっほ、そうじゃったな。ああ、勿論まだまだ逝くつもりはないがの。ただ、そなたたちにならば、この国を見守って欲しい、そう頼めると思ってな」

 

「当然だ二。ボキは故郷の事もあるけど、友人が住んでいる所を見守らない訳が無い二。だから安心して逝……くのはダメだから、安心して見てるといい二」

 

「お前今口滑らせかけたろ」

 

「何、気にすることはない二」

 

 気にするわ、と額を抑えてカインが言う。肩を竦めたラーハルトとフォルケン王の苦笑が響いた。

 

「兎も角、そなたたちはまだ若い。さっきのも本音ではあるが、道はいくつにも分かれているのだ。テランの行く末を見守るもよし、自由気ままに生きるもよし。一度限りの生だ、後悔のないようにしなさい」

 

「ええ、勿論」

 

「自分で選んだ道ならば、後悔などありません」

 

「セリフをラーハルトに取られた二」

 

 いじけたようなアベルの言葉で、カインが小さく吹き出す。つられて3人も笑う。そうして、今回の報告を終えて、この場はお開きとなった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 ラーハルトとアベルをルミアの所に呼びに行かせ、カインは先に一人でバラン達の所へ向かう事にした。このところ、ルミアも含めてバラン宅で茶を飲みながら話をする事が多いので、そうした方が効率的だと考えたのだ。

 道中の森の空気を楽しみながらゆっくりと歩いていく。爽やかな風が心地よく吹き抜ける。さわさわと葉鳴りの音を聴覚で楽しみながら歩いていると、見知った小屋が見えてきた。のんびりと近づき、小屋の戸を叩くと、中から返事がした後にバランが姿を見せた。

 

「ようバラン、息災か」

 

「カインか、帰ってきていたのか。私は勿論、ソアラもディーノも元気だとも。さぁ、入ってくれ」

 

「おう、邪魔するぜ。もう暫くすればラーハルト達も来ると思うぞ」

 

 中に入ってソアラに片手を挙げて挨拶すると、ソアラは微笑んで口元に指を一本当てた。見ると、ディーノがスヤスヤと寝息を立てていた。口角を上げて頷き、椅子に座った。

 

「どうだ、ディーノも大分大きくなったろう?」

 

「ああ、赤子の成長って早いもんだなぁ……しかしおとなしく寝るもんだな、もっとこう、騒いでて眠ってくれない印象があるんだが」

 

「うふふっ、バランが抱くといっつも泣き出しちゃって眠ってくれないのよ」

 

 ソアラがそう言うと、バランはしょんぼりとした顔になって頭を掻いた。

 

「どうにも寝かしつけるのが下手でな……ラリホーマなど使う訳にもいかんし」

 

 子供を寝かすのに魔法を使ってどうする、そう喉まででかかったカインは寸前で言葉を飲み込む。どうやら竜の騎士サマにも苦手な事があるようだ。そう思ったカインはふふっと笑いをこぼした。それを見たバランが若干口を尖らせたが、笑顔のソアラを見て、同じように微笑んだ。

 

「やはり母親の腕の中というのは安心できるものなのかな、スヤスヤとよく眠っている」

 

「そうなのだろうな……ソアラの気質もあるのだろうが。流石はソアラだ」

 

「もう、あなたったら」

 

 素で褒めたバランの言葉に、ソアラがポッと赤くなる。いいカップルだねぇ、というカインの言葉にバランも照れくさげにしている。

 将来は自分もこうして所帯を持つことになるのかな、などと茶を啜りながら夢想する。その場合伴侶というのは誰になるのか、と考えてなんとなく頭に浮かんだのが、ルミア、ラムダ、ロビン、ラーハルト、それに極楽鳥やバラン達。そしてアベルを振り回している自分の姿だった。

 

「いつもと変わんねぇ……」

 

「「?」」

 

 机に突っ伏してそう言うカインに首を傾げる二人。だが、突然ディーノが泣き出し、ソアラが慌ててあやし始めた。それを見たカインとバランは素早く立ち上がり、窓の横に身を隠しこっそりと外の様子を伺っていた。

 

 

「……そっちはどうだ?」

 

「恐らくこの小屋の周囲一帯を囲ってるな、隙間がない。チッ、空気の読めない奴らめ」

 

 小屋の周りには、武装した兵士達が大挙して取り囲んでいた。恐らくアルキードの兵だろう、一際目立つ兜を被っているのが恐らく兵士長若しくは国王だろう。

 

「……蹴散らしちまうか?」

 

「……あの程度の軍勢、蹴散らすのは容易い。だが、私達は普通の人間に比べて強すぎる。人間達を殺してしまうかもしれん。それだけはいかん」

 

「じゃあどうするんだ、籠城するか?」

 

 ソアラの目が不安げに揺れた。ディーノも泣き止まない。外の人間達の敵意を感じ取っているのだろう、いつもよりも激しく泣いていた。

 バランは暫しそんな二人を眺め、意を決したように頷いた。ソアラを抱きしめ、ディーノを優しく撫でてこう言った。

 

「私に考えがある。カイン、ソアラとディーノを……頼んだぞ」

 

 そう言ってバランは、外へと繋がる扉に手を掛けた。それを見たソアラが慌てて叫ぶ。

 

「ま、待って!あなた!」

 

「おいバラン、何考えてやがるッ!?」

 

 その声を背に受けながら、バランは扉を開け放った。ちょうど正面に立っていたアルキードの王……ソアラの実父を見据え、こう言った。

 

 

「……降伏しよう。だが、ソアラと息子、それに私の友人の安全を保証してくれ」

 

「……いいだろう、いかに魔物の子でもワシの孫だ。我が国には置けんがどこか異国の地にでも送ってやる」

 

「テメェバランッ、ふざけんな!お前がいなくてソアラ達をどうするってんだよ!?」

 

 バランの言葉に目を剥いたカインは、バランに怒鳴りつけた。だが、バランは苦しげにしながらも言った。

 

「言っただろう、ソアラとディーノを頼むと」

 

「だからってッ……!」

 

「喧嘩をしている所悪いが、その友人とやらはお前か?ソアラと孫は兎も角、見逃す訳にはいかん。お前も共に来てもらう」

 

「待てッ!カインはただの旅人だ、私達とは関係ないッ!」

 

 アルキード王を忌々しげに睨みつけたカインは、鼻を鳴らして言った。

 

「ああいいぜ、大人しく捕まってやるよ」

 

「カインッ!」

 

「アイツらを任せるなら俺みたいな根無し草よりもルミアやフォルケン王のが適任だ。それよか俺はお前の方が気がかりなんだよ」

 

 歯を剥き出しにして唸りながら国王を睨みつけるカインは、さながら飢えた狼のような形相だった。アルキード王は慄いて一歩後退したものの、兵に命じて二人を縄で縛り付けた。

 

「……おいバラン、お前まさかとは思うが」

 

「みなまで言うな、カイン」

 

「……」

 

 その後、ソアラもアルキードへ連れ戻され、ディーノは船に乗せられてどこかへ連れていかれたという。カインとバランの二人はアルキード城の地下牢に閉じ込められた。

 

 

 

「クソッ!ラムダ、なんで止めた!?」

 

「命令でしたので」

 

 兵達が完全に撤収し、小屋の周りから人の気配が消えた頃、ラーハルトの怒鳴り声が辺りに響いた。先程の騒ぎを聞きつけ乱入しようとしたものの、ラムダに押し止められたのだ。

 

「ラーハルト、落ち着く二。あの場で下手に突っ込んだらもっと不味い二」

 

「だからって指を加えて見てられるかッ!」

 

「ラーハルト、いいから落ち着いて」

 

 有無を言わせぬ様子のルミアに驚き言葉を止めると、ルミアは暫し目を閉じた後こう言った。

 

「……テラン領にも関わらず平然と侵入してきたって事は、気づかれない内に事を済ませるつもり、もしくは……魔物だと思い込んでるから、それを理由にすれば説き伏せられると思ったから?ここで始末しなかったのは、王族としての面子があるから大々的に処刑しようとしたか……兎も角、すぐには殺されないはず。落ち着いて、まずは荒事に慣れてるカンダタさんの所に行って相談しよう」

 

 饒舌にしゃべりだした彼女は、言うやいなや長髪を風にたなびかせながらカンダタ義賊団のアジトへと走り出した。慌てて二人と一機も後を追う。

 

「ルミア、お前本当にルミアか?」

 

「それ以外の何に見えるの?」

 

「いや、いつもはもっとこう、のんびりした感じだったからな」

 

「私だっていつもいつも気を抜いてる訳じゃあないよ。むしろこういう時にのんびりしてどうするのさ、正直二人とももう爆発寸前でしょう?だったら尚更私が冷静にならないとね」

 

 普段のほわほわとした顔つきから一変して、キリッとした眼差しのルミアを、ラーハルトは驚いて眺めていた。ルミアがこう言うという事は、つまりはそれだけの非常事態なのだろう、ラーハルトも僅かに頭を落ち着かせた。アベルも途中から彼女の意図を掴んでいたようだ。

 カインはルミアのこういう面も知っているのだろうか、そう考え、まず知らないだろうがアイツなら知っていても不思議じゃあないな、と小さく漏らした。走っているルミアには聞こえなかったようで、そのまま走り続けた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 カインとバランは、一応は別々の牢屋に捕らえられた。とはいっても隣同士なので、話そうと思えば話せるのだが。勿論牢番が付いている為、おかしな素振りを見せたら即座に見つかるだろう。迂闊な事は出来ない。

 

「おいバラン、お前なんで自分から捕まった」

 

「私のせいでお前やソアラに危害を加えさせる訳にはいかん、そう思ったのだ……すまない」

 

「ケッ、謝るぐらいなら抵抗しろっての。戦わなくても振り切るぐらいは出来るだろうが」

 

 溜息を吐きながらカインは床をコツ、コツ、と軽く叩く。忌々しげに顔を顰めている辺り、ラーハルト達と同様大分どころではなく頭に来ているようだ。

 ふと、カインは牢番に目を向けて話しかけた。

 

「なぁ、バランは一応テランの客将として扱われてたんだが、テラン領に安々と踏み込んでよかったのか?」

 

 それを聞いた牢番は、何を馬鹿なことを、と一笑に付した。

 

「例え他国で客将となろうともキサマらは魔物だろうが!?邪悪な魔物を捕らえて処刑する為ならばテランも良しとするだろう!」

 

「……ああそうかい、そういや魔物だと思い込んでるんだもんなぁ」

 

 溜息を吐きながら再び床を軽く叩き出す。

 

「ってか退屈だな。おいそこの、ついでに聞いとくが俺達はこの後どうなる訳?」

 

「分かりきった事を。処刑されるに決まっていよう、それも3日後にな!」

 

「……んじゃあ、もう処刑の段取りは決まってるのか?」

 

「ああ、キサマらは宮廷魔導師達の火炎呪文で滅される事になっている。有り難く思うんだな!」

 

「フン、殺されるってのに感謝なんぞするかよバーカ」

 

「なんだとキサマ!」

 

「うぜぇぜ、いい加減その声も聞き飽きた。黙ってろ」

 

 カインの言葉に怒ったのも束の間、カインから発せられる怒気に怯え、牢番は無理やり黙らされた。

 

「火葬だとよ、ところで天下の竜の騎士サマはそんな貧弱な方法で死ねるのか?」

 

「……竜闘気を使わなければ、肉体的には人間と大差ないからな、問題なく死ねるだろう」

 

「はぁーぁ……そうかよ。お前は生きたいと思うか?」

 

 床を叩きながらカインが発した言葉に、バランは敏感に反応した。

 

「生きたいに決まっているッ!私だって、ソアラとディーノと一緒に静かに過ごしたい……っ!それだけだ、それだけが望みなのだ……」

 

「じゃあそうすりゃあいいだろうが、全力で抗えよ。出来るんだろう?バラン」

 

「当たり前だッ!だが、ソアラの立場を考えろ……彼女はこの国の王女、私は得体の知れない存在……許されるはずがないだろう……?それに、私が死ねばソアラもこの国で静かに暮らせる、ディーノもどこかで元気に生きていてくれる、ならば私は彼女達の為に」

 

「テメェはッ!」

 

「!?」

 

 突然、それまで大人しく喋っていたカインの怒鳴り声に驚いたバランは言葉を止めた。止めざるを得ない何かが感じられた。

 

「それでアイツらが喜ぶとでも思ってんのかッ!?」

 

「――ッ!」

 

「……もういい、もっぺんよーく考えとけ!」

 

 そう言ってカインは会話を終え、また黙々と床を叩き始めた。

バランは、俯いて何かを考え込んでいるようだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 3日後、二人は城下の処刑場に連れ出された。国民も集まり、早く火炙りにしろ、などという声も聞こえる。棒に括りつけられた二人は身動きが取れないように縄で手首を縛られている。魔王の手下らしい、などという声がある辺り、国民はそれを信じきっているのだろう。魔王への驚異を考えれば、それも仕方ないのかもしれない。

 国王が腕組みをして二人を睨みつけ、家臣がおどおどとしながら魔導士を呼びつけた。三人の魔導士が並び、手にメラミを生み出した。

 

 家臣が撃て、と合図を出そうとした瞬間。

 

「おい、そこの雑魚共ッ!」

 

 カインが声を張り上げて言った。

 

「テメェら、まさかそんな弱っちい炎でこの俺を焼き殺せるなんて思っちゃあいねぇよなぁ?俺はハドラーのメラミを至近距離で受けても火傷一つなく、大魔導師マトリフのメラゾーマでさえろくな火傷もなかった男だぜ、お前らみたいな雑兵が何百年かかろうがこの俺を炎で殺す事なんざできねぇ!そう断言してやるッ!」

 

「か、カイン!?」

 

「ぐぬぬ……言わせておけば!お前たち、そっちの金髪の魔物から先に処刑しろ!」

 

 カインの挑発に乗った国王は魔導士に命じ、カインを狙わせた。魔導士達もプライドを傷つけられたのか、カインを強く睨みつけている。

 これに狼狽したのはバランだ。バランはカインが戦っている所を何度か見てはいるが、目の前で友人が焼かれるのを見たくないと思ったか、それとも純粋にカインの身を案じてか、声をあげた。

 

「やめろ!やるなら私からやってくれッ!この子は関係ない!」

 

「黙れえぃっ!さぁ、撃てーーーーッ!」

 

 国王の合図と共に、メラミが三発同時に、カインに向けて放たれた。カインは笑みを浮かべてそれを待ち受ける。だが、その笑みが凍りついた。

 

「やめてええーーーーッ!!」

 

 ソアラが、二人を庇うために飛び出してきたのだ。自分の炎熱耐性に絶対の自信があるカインや、並みの人間よりは頑丈なバランとは違って、彼女はただの人間。メラミを三発も受けてはただでは済まされないだろう。故に唯一ソアラの動きに気づいたカインは必死に怒鳴りつけた。

 

「馬鹿野郎ッ!来るな、畜生急げッ!」

 

 バランや魔導士達が気づいた時には遅く、既にメラミは放たれた。真っ直ぐにカインの方に飛んでくる炎魂は、そのまま飛べば間違いなくソアラを焼くだろう。

 

「ソアラーーーーッ!」

 

 バランの叫びと共に、メラミが着弾し、辺りは黒煙に包まれた。



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第31話 無茶

前話と一緒に初めて予約投稿。


「ソアラァァァァァァァァッ!!」

 

 バランが叫び、自身を拘束している縄を容易く引きちぎった。やろうと思えばこの程度はいつでもできたのだが、バランは今この時までそうしようとしなかった。そして今、それを猛烈に後悔している。自らの事よりも何よりもまず彼女の事を気にかけるべきだった。カインも同様に縄を焼き切り、身体を自由としている。バランは二人を庇うように立ちはだかっていたソアラに駆け寄り、必死に声を掛けた。

 

「ソ……ソアラ……!なんということだ!!」

 

「あ、あわわっ……!」

 

 王や魔導士達はすっかり慌てている。それはそうだろう、王女が処刑される者を庇い、その身に炎を受けようとしたのだから。魔導士達にしても、ひょっとしたら王女殺しとして罪を負う事になるかもしれない。

 

「ソアラ!ソアラーーッ!」

 

 

 

「そ、そんなに叫ばなくても聞こえてますよ……」

 

 煙が晴れた時カインの目に映ったのは、しっかりとソアラを抱き抱えたバランだった。どうやら火傷などもないようだ。ほっと胸をなで下ろすカインとバラン、それにアルキード王だった。

 

「ソアラ!よかった……しかし、なんて無茶をッ!私は……お前たちの為に死ぬつもりだったんだぞ!!」

 

「父上達がこれ以上酷い事をするのを見ていられなかったの……ッ。お願い、人間を恨まないで……皆臆病なだけなのよ」

 

「ああッ……ああッ!ソアラが無事でいてくれるなら、恨んだりはしないッ!」

 

「ソアラ」

 

 今にも泣き出しそうな表情で言葉を交わす二人にゆっくりと歩み寄り、カインは言った。

 

「――この馬鹿野郎ッ!」

 

「!!」

 

 カインは誰が見てもそうと分かる程怒っていた。あまりの剣幕に、その場の誰も口を挟めなかった。

 

「俺はバランに、”それでアイツらが喜ぶと思うのか”っつったけどよォ、お前にも言うぞッ!自分を犠牲にしてバランを助けて、それでいい訳あるかッ!ただの人間なのに、無茶してんじゃあないッ!知ってるか、パズルってのは一欠片でもピースが揃わなきゃあ完成しねぇんだぞ?ソアラが欠けても、バランが欠けてもだッ!お前ら二人それでいいのかよォッ!?」

 

 カインは当初、自分とバランの力を見せつけて悠々と去ればいい、と考えていた。メラミを敢えて食らった上で、処刑は終わったという体でバランを連れて去ろう、そう考えていた。だからこそ、あのように余裕の態度でいたのだ。だが、ソアラが自分の身を割り込ませるというのは誤算だった。故にカインは狼狽したし、無茶をした友人を怒鳴りつけた。その怒りが心配から来るものだと理解したソアラは、心底申し訳なさそうに謝った。

 

「……ごめんなさい、二人とも。私、心のどこかで私を犠牲にしてでも助けなきゃって考えてた。でも、違うのね。皆一緒じゃないと……っ」

 

 ソアラはそこで言葉を詰まらせ、涙を流し始めた。バランは無言で彼女を抱き寄せ、その溢れる涙を拭ってやった。

 

「バランもバランだぜ、何勝手に死のうとしてるワケ?冥竜王とかいうの倒して使命果たしたんなら好きに暮らせよ、何でそうしないで自己犠牲精神発揮しちゃってるんだよ、このバカップル。いや、夫婦か?兎に角次あんな事したら殴り飛ばすからな!?」

 

 どうやらカインも大分混乱しているようだ。

 

「……ハッ!そ、ソアラ!」

 

「父上……」

 

 王は、ソアラの無事な姿を見てほっと胸を撫で下ろしていた。魔導士達も同様だが、そちらはソアラの無事から来る安堵ではなく、自分達の首が繋がった事によるものだった。

 

「しかし、何故……というのもなんだが、よく無事だった。確かにメラミが撃ち出されていたはずだし、だからこそそれで煙が出たのだが……カイン、お前が何かしたのか?」

 

 バランの言葉に、腕組みをして顔を顰めていたカインはこともなげに頷いた。

 

「俺が何の策も講じないと思ったか?」

 

 そう言って、パチンと指を鳴らす。すると、先程ソアラが立っていた場所より少し前方で、影が揺れた。

 

「お、おおッ!?」

 

 その揺らぎは次第にしっかりとした形を作っていき、最終的には――

 

 

「き、キラーマシンだぁぁっ!?」

 

「ノンノン、キラーマジンガ、だぜ!キラーマシンじゃあなくマジンガだよ」

 

 ある意味ではカインと最も付き合いの長い、キラーマジンガのロビンだった。その銀色のボディには当然ながら損傷など一つもない。三人がかりであろうとも、宮廷魔導師程度の力量でキラーマジンガに傷を付けるというのは土台無理な話だ。もっとも、ロビンの装甲に使われている金属は呪文を弾く効力があるためどう足掻いた所でロビンを突破する事などできないのだが。

 その姿を見た国民は、一斉に逃げ去ってしまった。キラーマシン、という殺人機械の情報だけはあったので混同して怯えるのも無理はない。辺りには、王と臣下だけが残された。

 

「こ、ここは危険です!早くお逃げに」

 

「黙れ!」

 

「ハイィッ!」

 

 王の恫喝に、怯えて逃げようとした家臣は背筋を正した。それを横目で見ながら、カインは種を明かした。

 

「簡単な事だよ。消え去り草ってあるだろ?磨り潰して粉にして振り掛けると透明になれるっていうアレだよ。それを事前にロビンに掛けさせて直ぐ近くに待機させてただけだ」

 

 

「待て、一体いつそんな指示を出したのだ?マシン兵というのは指令がなければ動けないだろう?まずお前がキラーマジンガを従えている時点でも驚きではあるが……」

 

 バランの言葉に、カインはやれやれと言いたげに肩を竦めた。

 

「連絡取ってる時のはお前も聞いてたはずだぜ。牢に居る時、俺が何度も床を叩いてただろ?もしかしてただの八つ当たりとでも思ってたのか?初めてお前達と会った日に、ロビンとラムダに通信機能を付けたんだ。声だけじゃなく特定のリズムの羅列で指示になるようにな。トン・ツーって知ってるか?あれと違って完全にただの音だけだがな」

 

 ペラペラと話すカインとは対照的に、ソアラとバランの二人はぽかんとしている。自分達が苦悩している間に手を回してここまで仕組んでいるとは。驚きを通り越して呆れすらするだろう。本当に、何を考えているのか分からない、そんな奴だ。

 冷静に語る姿を見ると怒りが収まったのかと思うが、よく見ると額に血管が浮かんでいる。まだまだご立腹のようだ。と、そこにアルキード王が歩み寄ってきた。

 

「ソアラ……」

 

「父上……」

 

(……まだいたのか)

 

「お前は……どうあってもその男と共に生きたいというのか?」

 

 厳格な表情で、しかし寂しげな目で王は言った。それに対し、ソアラも悲しげな目をしながらもしっかりと答えた。

 

「ええ。私は、彼を愛しています。彼と共にずっと暮らしていきたい、そう考えています。それが叶わぬのならば……ソアラは、身分も命もいりません!」

 

 毅然とした表情でそう答えたソアラに、アルキード王は寂しげに目を伏せた。しかしカインは――

 

「あ、それいいな。今ここで死ぬか?」

 

「「ハァッ!?」」

 

 図らずもバランとアルキード王の声が重なった。二人はカインに詰め寄り怒鳴りつけた。

 

「何を考えている!?どう考えてもこのタイミングで言う言葉ではなかろう!」

 

「わ、ワシの娘に手は出させんぞ!」

 

「オイオイオイオイ、なんでそこだけ息ピッタリなんだよ……そうじゃなくてよ。死ぬのはアルキードの王女と王女を篭絡した魔物だけだ」

 

 溜息を吐いてそう話すカインに、三人はやはり訝しげな顔をする。問い詰めようとした時には、既にカインは動いていた。

 

「聞くより殺った方が早い。バラン、そこを動くなよ」

 

「か、カイン!待ってッ!」

 

 手刀を構えて、バランに向けるカイン。それを見たソアラは慌てて止めようとするも、ロビンに押し止められた。アルキード王も目を見開いて驚いている。

 

「よし……行くぜ」

 

 そう言って、カインは手刀を全力で突き出し――

 

 

 

 バランの首の直ぐ横の何もない空間を突き刺した。

 

「これで魔物は死んだ、と……次はソアラの番だ」

 

 有無を言わさず、バランにすら反応できない勢いでカインはおもむろに手刀を先程と同様、ソアラの首の直ぐ横の空間に突き立てた。

 

「……これでアルキード王女と魔物は死んだ!従って、愛し合う二人の男女が異国で平和に暮らしていても、誰も文句は言えまい?それとも文句あるか?」

 

「「「……」」」

 

「反応ぐらいしろ」

 

 カインが肩を回しながらそう言うと、最初に反応したのはアルキード王だった。

 

「ああ、そうだな……アルキード王女ソアラは、今ワシの目の前で死んだ。だから、そこな娘がそちらの騎士殿と共に暮らしても誰も文句は言えぬな」

 

 そうソアラに向き直って言った王は、寂しげな笑みを浮かべていた。優しくソアラを抱きしめた後、今度はバランに向かってこう言った。

 

「騎士殿、娘を頼みます」

 

「……ええ、勿論。この命に代えましても、我が伴侶を守りましょう」

 

 カインはもう、最初のような目をアルキード王に向けてはいなかった。優しいとはいえないが、敵意を示してはいなかった。

 アルキード王にとっては辛い選択だったろう。大事な一人娘を死んだ事にして、異国の地で暮らさせる。親からすればとても辛いものだろうに、王は自分や王族の面子よりも娘の幸せを選んだ。

 

「お前には、感謝せねばなるまい。あのままでは、周りに流されるままに……恋人を身体を張って助けようとした娘を罵倒してしまう所であった。結果論になってしまうが……いや、よそう。ソアラも死んだ、この礼も不要よな」

 

 最後にカインに向き直った王はこう言った。”アルキード王女のソアラ”と”王女を拐かした魔物”は死に、ここにいるのはただのソアラと彼女を愛する男だ。王にとっては娘を失った事にほかならない。

 

「さぁ、さっさとどこかに行くといい。ワシはこれを家臣に報告しなければいけんのでな」

 

 そう言い残し、王は立ち去ろうとした。

 

「あのッ!」

 

 その背にソアラが声をかけた。

 

「……何かね、お嬢さん」

 

「あ、あの……お元気でッ!」

 

「ッ!ああ、ああ……!」

 

 それだけ交わすと、今度こそ王は去った。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 その後、群衆に紛れていたカンダタの部下と共にキメラのつばさでテランに戻ったカイン達を、ラーハルト達が手荒く出迎えた。どうやらあの後直ぐにルミア達がカンダタに頼んで、万一の時は割って入れるように部下をアルキードに送っていたようだ。幸い武力を行使する機会はなかったが。

 カイン達は、勿論三人ともこっ酷く説教をくらった。ラーハルト達からすれば、頼ってほしい時に無茶をされたのだから当然といえば当然なのだが。そうして、三人とも無事でよかった、という事に話が落ち着いた。カインだけはそのままルミアに説教を続行されたが。ラムダとロビンが止めなければ直接アルキードに乗り込みかねなかった、とも。ガミガミと不機嫌を隠そうともしないルミアの剣幕に圧倒され、カインはずっと説教を受け続けていた。

 

「兎に角!カインは無茶をしすぎる、もう少し身体を労わりなさい!今回は無事だったからよかったものの、心配したんだからね!?」

 

「ああ……すまない。俺だって悪いと思ってるよ、だからそろそろこの姿勢をだな」

 

「ダメ。暫く正座」

 

「あ、はい」

 

 

 

 日付が変わろうという頃、カインは一人でカンダタの所に訪れていた。ロビンも伴わず、こっそり来たという風体だった。部下がしっかり見張りをしていた為、すんなりとカンダタの部屋までやってこれた。

 

「事の顛末は聞いた。ったく、ガキの癖に無茶しやがって」

 

「返す言葉もない……俺もソアラに無茶すんなって言ったけど完璧にブーメランだなこりゃ。それはそうと、消え去り草、助かったぜ」

 

「なぁに、いいってことよ。あ、代金はツケとくぜ」

 

「逞しいねぇ……」

 

 グラスに継がれた果実酒で無事を祝って打ち鳴らし、ゴクリと軽く一口呑み、カインは口を開いた。

 

「王族ってのは、難儀なもんだな」

 

「まぁ、面子ってもんがあらぁな。例え本人は祝福していたとしても、家臣や国民にどう見られるかってのがな……」

 

「……俺さ、あの王は実際の言葉や態度程バランを危険視はしてなかったと思うんだよ。ただ、家臣が魔物だなんだと騒ぐから落ち着ける為にああいう形を取っただけで。それがこんなことになって、下手すりゃ娘を失うとこまで行ってて気が気じゃなかったろうな」

 

 溜息を吐きながら果実酒を飲み干す。その言葉に、カンダタも腕を組んだまま低く息を吐いた。

 

「実際どうだったのか、なんて本人しか分からねぇだろうが……少なくとも俺だったら娘とその恋人を引き裂きたいだなんて思わねぇな。聞く所によると、周りに流されるままに罵倒する所だった、とか言ってたんだって?本心じゃあなかったのかもしれないが、国王としての面子を保ち、国民を落ち着かせる為に鬼を演じようとした……てとこかねぇ。つくづく難儀なもんだ、俺平民で良かったわー」

 

「でもお前嫁さんいないだろ」

 

「うるせぇやい。……ところでカインよ、お前なんでそう思ったんだ?」

 

「ン……眼、かな。アルキード王の眼がそう言っていた、それだけ」

 

「眼、か。目は口ほどに物を言うってか?」

 

「ま、そんな所よ。眼ってのは思ってる以上に心を叫んでるんだよ」

 

「ハハっ、詩的な言葉だな。さ、そろそろ帰って寝とけ。背伸びねぇぞーガキんちょ」

 

「うるせぇなぁ、これでもじわじわ伸びてんだよ、いつまでもガキ扱いするんじゃあねぇよ。ま、いいや。本当に助かったよ、ありがとう。じゃあなー」

 

 ひらひらと手を振って部屋から立ち去るカイン。その背を眺め、カインが出て行った後も暫くそのままでいたカンダタはおもむろにグラスの中身を飲み干し、呟いた。

 

「いつまでもガキじゃあない、か。俺もいつまでもこのままじゃあいられねぇし……時代ってのは、移り変わるもんだな。昨日までちんまかったガキだって成長するわな」

 

 

 部屋を出て外に向かうカインに、カンダタの部下が駆け寄ってきた。初めてここに来た時にも見た、あのメットを被った世紀末のような格好の男である。

 

「カイン。ちょうどよかった、伝えたい事がある。今報告が来たんだ」

 

「どうしたんだ、報告って……って、まさか」

 

 思い当たる節があるのかカインは軽く目を見開いた。

 

「それで、どうだった!?見つかったのか!?」

 

「まぁ落ち着け、落ち着いて聞けよ」

 

 そう前置きし、彼は躊躇いがちに言った。落ち着け、と連呼しながら絞り出すように言った。

 

 

「バランって人の息子さん、ディーノ……だったな。その子を乗せた船が、あー……難破、したそうだ。捜索してた奴が命からがら報告してきた。運がよけりゃあ、いや……アイツが助かったんだ、きっと無事でいてくれる。だから――」

 

「……そうか、ありがとう」

 

 顔が引きつったりした様子もなく、カインは至って冷静な声で礼を言った。詰め寄られると思っていた男は逆に不安になってしまう。

 

「お、オイ、カイン?」

 

「大丈夫だ、俺はクールだよ。喚いたってどうにもならねぇからな」

 

「分かってるならいいんだが……すまんな、こんな報告で」

 

「下手に嘘を吐かれるよりいいさ。気休めとはいえ励ましてもくれてる相手に文句を言うつもりもないからな」

 

 そう言い残し、カインはアジトを出てルミアの家へと戻っていった。報告してくれた男が見たその背中は、小さいがはっきりとしていた。



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第32話 ダイ

また身体壊しました。


 翌日、ルミアは何かの羽の音で目を覚ました。寝ぼけ眼を擦りながら起き上がると、カインの姿が見当たらない。ラーハルト達はまだ眠っているし、もう出発した訳ではあるまい。外に出てみると、カインは空を見上げて溜息を吐いていた。

 

「おはよ、どうしたの?」

 

「ん、ああ、おはよう。なに、ちょっと気休めにな」

 

「ん?」

 

 見るとカインは魔法の筒を手に持っている。その蓋が開いているという事は、極楽鳥を何処かへやったのだろうか。

 視線に気付いたカインが、頭を掻きながら説明した。

 

「昨夜、ディーノの事話したろ?船が難破したって辺りに発信機を落としてくるように頼んだんだ。気休め程度だが、無いよりはマシだろ」

 

 昨夜、バラン宅に戻ってきた時、全員がしっかりと起きていた。カインとしては全員が寝静まったろうと考えて出て行ったのだが、その目論見は完璧にバレていたようだ。因みにその後ルミアにまた正座させられた。その際にディーノが乗せられた船が難破した事を話したのだ。

 

「ふーん……あの後作ってたの?で、数はどのぐらい?」

 

「20程度だ。潮の流れとか俺は分からないし、海流も変化するかもしれないからな。耐水性は勿論のこと、しっかりと頑丈にしてある」

 

 抜かりはない、と呟くカイン。懐からリモコンのような機械を取り出して弄り始めた。ルミアがそれを覗き込むと、いくつかの光点がオレンジで表示されていた。

 

「これは?」

 

「コイツで発信機の場所が分かる。ま、ドラゴンレーダーみたいなもんだな」

 

「ドラゴンレーダー?」

 

「こっちの話だ。兎も角、バラン達が起きてきたら色々話をするだろうし、もう少し休んでな」

 

「ん、折角だし家から良いお茶持ってくるよ」

 

 そう言ってルミアは自宅へと駆けていった。その後ろ姿を見送りながら、カインは一人呟いた。

 

「……こんな物があっても、無事でいてくれなきゃ意味がない。運良く陸地に流れ着いたとしても、数日放置されてたら事だ。こういうのを使わなくて済むよう、何か手を回すなり抵抗するべきだったな……」

 

 

◇◇◇◇◇

 

「じゃあラーハルト、そっちは頼むぞ」

 

「ああ、カイン達も気をつけてな」

 

 数時間後、カイン達はロモスへ向けて出発した。ラーハルトとラムダはバランに付いてベンガーナ国の方へと向かった。発信機が流れ着いた場所を探す為だ。船はベンガーナとロモスの国境辺りで難破したそうなので、まずはその近辺を探す事とした。それなりの数があるので二手に別れ、捜索する事となった。

 カイン達がディーノ捜索に赴いている間、ルミアはテランでソアラと共に留守を待っている。さっさと見つけて安心させてやらないとな、と呟いてカインは極楽鳥へ飛び乗った。

 

「何かあったらラムダを通じて連絡をくれ。こっちも何か分かったら連絡する」

 

「分かった。そちらは頼んだぞ……どうか無事でいてくれ、ディーノ」

 

 極楽鳥が飛び立つと同時に、バラン達もルーラでベンガーナへと向かった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

「竜の騎士、か……」

 

「どうかしました?」

 

「当代の竜の騎士とやらはどんな者かと、ふと気になってな。まさか余が敗北するなどとは思えんが、予測不可能なものだけは警戒しておく必要がある。少し調べてみようかと思ってな……」

 

「確かバランでしたっけ。ヴェルザー様を倒した男……単騎であの方を倒せるという事は、相当なものでしょうねぇ」

 

「うむ。破れたあ奴は未だ魔界で石となっているのだろう?フッフッフ……」

 

「クックック……そうですねぇ。正直、ボクはどっちでもいいんですがね。ココ、結構楽しいんですよ」

 

「お前はいつも楽しそうだな……そういえば、先日もミストに休暇をやろうとしたのだが、頑として了承しなくてな。お前からも何か言ってやってはどうだ?フフッ……」

 

「ボクにミストを口説けと?ウフフッ、それも楽しそうですねぇ……それでは、少々デート……と言いますと語弊がありますが、まぁ彼を誘ってみますか」

 

「以前はテランやあちこちに赴いていたようだが、何をしていたのか尋ねたら『魔王軍の配下にできそうな者を探していた』そうだからな。全く、余が休めと言っておるのに仕方のない部下だ。お前たちはセットで丁度いいぐらいかもしれんな」

 

「それだとまるでボクが仕事しないって言っているように聞こえますよぉ?」

 

「そうそうお前が仕事することもないだろう?」

 

「ごもっとも。ああそうそう、ガルヴァスとかいう元超竜軍団長、どうします?」

 

「放っておけ。ハドラーにでも任せるとしよう。わざわざ始末する程の価値もあるまい」

 

◇◇◇◇◇

 

「カイン、反応はどっちだ二?」

 

「もう暫く真っ直ぐだ。近いが……まぁ、ディーノはいないだろうな」

 

 ロモス国東の海岸を歩きながら、カイン達は発信機の反応を追っていた。一応近隣の村なども調べてみたが、尽くハズレだった。とはいえ気落ちする事もせず、ましてや諦めるなどという選択肢はない。カイン達は足早に調査を進めていた。

 

「ここもハズレ、か。これで4つだ」

 

「まだ陸地に流れ着いていない可能性もある二。一応空からもロビンと極楽鳥が探してるけど、もしかしたら近隣の小島に流れ着く可能性も否定できない二」

 

「小島か……それもそうだな、ロビンに伝えて島か何かがないかも調べてもらおう。クソッ、ナバラとかいう占い師の婆さんさえいりゃあなぁ」

 

「ないものねだりをしてもしょうがない二。さ、無駄口叩く暇があったら歩く二」

 

「アイアイ、バラン達の方も収穫はないようだな」

 

 その後も暫く歩き続けたものの、目立った収穫はなかった。少し焦りすぎているので一度休憩しよう、とアベルが言った。

 地図を広げて顰め面で睨むカイン。アベルが肩の上からそれを覗き込んだ。

 

「今俺達がいるのは大体この辺。残りの発信機のうちいくつかはまだ海中のようだな」

 

「おっ、ここって結構魔の森に近いんじゃないか二?」

 

「だな、割とすぐ近くだ。折角だしネイル村とクロコダインのところへ行ってみるか」

 

 地図で現在地を確認すると、アベルの言う通り、魔の森の目と鼻の先であった。魔の森近くならすぐ傍にネイル村もあるだろう。ついでに小休止もそこで取っておかなければ。カインは靴で空を駆け、アベルはトベルーラであっという間にネイル村までたどり着いた。

 

 捜索を極楽鳥とロビンに任せ、カイン達は村に降り立った。タイミングよく、ちょうどロバートが家から出てくる所だった。

 

「よう、ロバやん」

 

「久しぶりだ二」

 

「おっ、カイン坊にアベル坊やないか。珍しいのー、アベル坊が村に来るなんて」

 

「ちょっと色々あってな。最近この村に赤子が拾われてきたりしないか?」

 

「赤子?いや、来とらんで。探し人かいな?」

 

「やっぱここもハズレか。その辺の話、クロコダインにも相談したいからとりあえず森に行こうぜ」

 

 

◇◇◇◇◇

 

「成る程……事情は分かった。この獣王クロコダイン、可能な限り力になろう」

 

 魔の森にある小さな洞窟、そこに獣王クロコダインは住んでいた。カインが事情を話すと、彼は低く唸って快く協力を申し出てくれた。ロバートも同様だ、そういうことならと引き受けてくれた。

 

「有難い。本当に助かるよ。俺達だけじゃあ人手が足りないしな、クロコダインは配下に空を飛べる魔物がいるんだろう?」

 

「ああ、ガルーダなんかがいるぞ。そいつらに命じて空からの捜索も行う。無論オレの言う事は聞くからな。陸に流れ着いてさえいれば、獣系の魔物を総動員して見つかる可能性は高い。陸地はそいつらやロバートに任せ、オレ達は海上や島々の捜索を行おう」

 

「せやな、村のもんにも声かけとくわ。魔王が倒れてから凶暴な魔物や動物も減ったしの、村人の手も借りたい所やろ?」

 

「持つべきものは頼れる友だ二。頼もしい二」

 

「よし、身体も休めた。行こうぜ、みんな」

 

◇◇◇◇◇

 

「ふぅ、ソアラさん大丈夫?」

 

「ええ、少し楽になったわ。ありがとう、ルミアちゃん」

 

「ディーノ君、早く見つかるといいね。今カイン達やカンダタさん達が探してくれてるから、きっと見つかるよ!」

 

「そうね……親の私達が一番にあの子の無事を信じてあげなくっちゃね。うん、大丈夫!私とバランの子だもの、きっと大丈夫よ!」

 

「その意気だよ!一応私も自作した通信機があるから、カイン達とも連絡取れるよ。ちょっと連絡してみる?」

 

「ううん、大丈夫よ。邪魔になっちゃあ悪いもの。帰りを待っててあげましょ。そうだ、皆が帰ってきた時の為に何かお菓子でも作ってみない?」

 

「あ、作る作る!えへへ、作る前からお菓子楽しみだなぁ」

 

「あらあら、ルミアちゃんったら相変わらず食いしん坊なんだから。うふふっ、カインの好きなアップルパイにしましょう?きっと喜んでくれるわよ」

 

「うん!カインの分回ればいいけどなぁ、なんて」

 

「あらあら、ちゃんと残してあげないとダメよ?」

 

「はーい。……」

 

(ソアラさん、少しは落ち着いたのかな。私がネガティブじゃ伝染しそうだし、明るく振舞わなくちゃ。そうだよ、今はバランさんがいないから、私がソアラさんの支えになってあげなくちゃ!アップルパイは楽しみだけど、カイン達も心配ね……たまには神様に祈ってみようかしら)

 

 

◇◇◇◇◇

 

「クロコダイン、何か見つけたか?」

 

「いや、まだ何も……ん?」

 

 クロコダインがカインの問いに答えていると、ふと視界の端で何かが光ったような気がした。海面が光を反射したにしては、妙に神々しい光だった気がする。

 

「カイン、今向こうで何か光らなかったか?」

 

「ボキも感じた二。ちょっと行ってみる二」

 

「そうか?俺は分からなかったが……とりあえず行ってみよう」

 

 三人が降り立った先は、ロモスのあるラインリバー大陸の南、世界地図上では南海に位置する孤島だった。クロコダインを運んでいたガルーダがぐるっと島を一回りして、その全景をクロコダインに伝えた。

 

「ふむ、火山がある南海の孤島……恐らく、ここはデルムリン島だな」

 

「デルムリン島?」

 

「なんだ二、そのデルムリン島って?」

 

「噂に聞いた事がある。魔王の邪悪な意思から解放されたモンスター達がひっそりと暮らしている、いわゆる怪物島だと。オレの部下にもモンスターはいるが、そいつらはオレの命令しか聞かないから区別は付くがな。兎も角、ここは人間が住んでいるような島ではないはずだ。魔王の意思から解放されているならば、良いモンスターが拾っている可能性が無い訳ではないが……並みのモンスターの知能でそれを期待するも酷か。どうする、散策するか?」

 

「その必要はなさそうだ。誰か来るぞ」

 

「敵か二?」

 

「おいアベル、剣を抜くんじゃねぇ」

 

 そそっかしいアベルをなだめながらカイン達が気配の方を探っていると、現れたのは何体かのモンスター。その中心角はどうやら鬼面道士のようだ。できるだけ刺激しないよう、クロコダインは斧を足元に下ろし、アベルも剣を収めた。

 どう出るか、とカインが思案していると、鬼面道士が口を開いた。

 

「この島に何の用ですじゃ?ワシらはただこの島でひっそり暮らしているだけ。どうか、ここのことは忘れて立ち去って頂きたい」

 

「鬼面道士殿、あなたがここの長だろうか?少し尋ねたい事がある。それさえ済めば直ぐにここを出よう」

 

 代表してカインが前に出て言った。相手の鬼面道士は丁寧に応対してくれている。ならばこちらも相応の態度で接さなければいけない。話し合いをするなら対等でなくては、カインはそう考えている。

 

「尋ねたい事、ですか……島の者に危険が及ばない事ならば、なんなりと」

 

「では、遠慮なく。先日、この近くの海域で船が難破したのは知っているか?」

 

「ええ、酷い嵐でしたからな。それが何か?」

 

「実は、その船に人間の赤子が乗っていてな。その子を探して――」

 

「に、人間の赤子ですと!?」

 

 突然鬼面道士が大声を出した。驚いたカインは、思わず言葉を止めた。アベルが首を傾げるのを尻目に、カインはあくまで冷静に言った。

 

「何か心当たりが?」

 

「失礼ですが、その赤子は名前の頭文字がDでは?」

 

「!そうだ、ディーノという。知っているか?」

 

「もしかしたら、ですが……こちらですじゃ、お急ぎくだされ!」

 

 言うやいなや鬼面道士は島の中へと駆けていった。カイン達が顔を見合わせると、直ぐに後を追っていった。

 鬼面道士の態度からは悪意の類は全くなかったし、カインが彼の眼を見ても、眼に宿っていたのは純粋な島民の心配と、何らかの希望、或いは期待だった。

 暫く走っていると、一軒の家が建っていた。鬼面道士もそこで立ち止まっている。

 

「そういえば名乗っていませんでしたな、失礼。ワシはブラスというしがない鬼面道士ですじゃ」

 

「カイン・R・ハインラインだ。ブラス殿、実はその赤子というのは友人の息子なのだ。その友人をここへ呼んでもいいだろうか?」

 

「アベルだ二」

 

「獣王クロコダインだ」

 

「ええ、ええ、構いませんとも!ささ、カイン殿、アベル殿、それにクロコダイン殿。お早く家の中へ!」

 

 ブラスに急かされ、三人は家の中へと駆け込んだ。

果たして、赤子の眠っている籠には、Dの文字が刻まれていた。

 

「……間違いないだろう、ディーノだ。おいバラン、南海の孤島デルムリン島だ!急いで来い!」

 

『み、見つかったのか!?待っていろ、今すぐ行く!』

 

『あっ、ちょ、バラン様!?置いていかないでくだ――』

 

 ブツッ、と音を立てて通信が切れた。なんだかラーハルトの焦った声が聞こえたが、大丈夫だろう。ほどなくして、というより数十秒でバランが家に駆け込んできた。

 余りの勢いにアベルが吹き飛ばされたのも気づかぬ程焦った様子で、赤子の顔を覗き込んだ。

 

「おお、おおっ……ディーノ!!良かった、無事で……本当に良かった……!」

 

 ディーノは竜の紋章が発現している訳ではないが、何らかの親子の絆のようなものがあるのか、それとも単純に父故か、バランは一目でディーノと分かり感涙を流していた。

 ブラスは感動の親子の再会を見て、涙ぐんでいた。クロコダインもうっすらと涙を浮かべており、アベルは人目もはばからず大粒の涙を流していた。カインが微笑んで三人にハンカチを渡すと、バランがブラスに向き直った。

 

「貴方が息子を救ってくださったのか、ありがとう……本当にありがとう!なんと礼を言えばいいのか分からない!ありがとうと、ただそれしか言えんっ……!」

 

「いえ、息子さんと再会できて何よりですじゃ……ううっ、年を取ると涙腺が緩んでいかんわい。兎に角、本当に、本当によかった……!」

 

「良かったな、バラン。ディーノが無事で、本当に良かった。ブラス殿、俺からも礼を言いたい。何か力になれる事があったら頼ってくれ」

 

「涙で、前が見えない二……なんというかもう、単純な言葉でしか今の状況を言い表せられない二」

 

「良いものだな、親子というのは……兎に角、良かった。それしか言えんな……良かった、良かった!」

 

 暫くカイン以外の面子が滂沱の如く涙を流し、目が軽く赤く腫れるぐらいになって、ブラスがハッとした表情で気まずそうに言った。

 

「そ、その……ディーノ君のお父上殿」

 

「なんだろうか、鬼面道士殿。私はバランという」

 

「バラン殿……ワシは、貴方に謝らなければならない」

 

 その言葉に、カイン達は軽く目を見開いた。どう考えても、この目の前の鬼面道士が謝罪するような事が見当たらないのだ。

 

「ワシは……ディーノ君に、別の名を付けて呼んでいました。ネームプレートが削られていて、Dという文字しか読めなかったので……ダイ、という名で呼んでいました。せめて頭文字だけでも同じにしよう、と……本当に申し訳ない!」

 

 そう言ってブラスは、なんと地面に頭を伏した。驚いたバランが、慌てて彼の手を取って立ち上がらせる。ブラスの手をしっかりと握り、バランはこう言った。

 

「何が飛び出るかと思えば、そのような事とは。貴方は本当に優しい方なのですな……貴方のそのお心遣いを嬉しく思う事はあれど、貴方が謝罪するような事などありません。むしろ、礼を言いたいぐらいだ……ダイ、良い名前じゃあないですか。立派な、本当に立派な良い名前だ」

 

「ば、バラン殿……!」

 

「ブラス殿、改めて貴方に礼を言わなければ。息子を救ってくれて、本当にありがとう。あまりこういう事を繰り返して言うと、安っぽく感じられるかもしれないが……それでも、これ以外に感謝を表せないのだ、許してくれ」

 

「バラン殿……ならばこちらも礼をしなければいけません、ダイ……いえ、ディーノ君と無事に再会してくれて、ありがとう……!」

 

 二人揃って再び涙を流しながら、グッと手を取り合う。カインはそれを暫く眺めた後、家を出た。クロコダイン達も、邪魔するのは野暮と思ったか、共に出てきた。

 

「とりあえず……もしもし、俺だ。……ああ、見つかった。無事だ、今バランが保護してくれた方にお礼を言ってる所だ。今からアベルが迎えに行く。……ああ、分かった。じゃあな」

 

「では、ボキは急ぎソアラ達を迎えに行ってくる二」

 

「ああ。ルーラが使えるのはお前とバランだけだからな……ラーハルトも一応使えるが、アイツは来てな……あれ、ラーハルトどうしたんだアイツ」

 

「まさかはぐれたのか?」

 

「さっきの通信の様子だと恐らくそうだろう二……まったく、気持ちは分かるがバランはもう少し落ち着くべきだ二」

 

 そう言ってアベルはルーラでテランへと向かっていった。

 

「オレも発見をロバート達に伝えなければな。では、また会おう、カインよ」

 

「助かったぜ、クロコダイン。お前の協力がなければ見つからなかっただろう。本当にありがとう……って、この短い間に何回ありがとうって出たかね。ま、本当に助かった。ありがとう、獣王」

 

「フッ、気にするな。友が困っていれば手を差し伸べる、それが当然だろう?」

 

 そう語り、クロコダインもデルムリン島を去って魔の森へと帰っていった。

 

「あ、発信機の反応は……って、海岸じゃないけど近くにあるな。流れ着いたのを魔物が拾ったか?」

 

 ため息を吐き、海岸まで歩いていく。途中何度か魔物とすれ違ったが、軽く片手を挙げると挨拶を返してくれた。ここは中々に居心地のいい場所だ、カインはそう感じた。

 海を眺めて物思いに耽っていると、海岸線の向こうに何かが見えた。

 

「あん?ありゃあ……あ」

 

 見えたのは人影だった。水面を激しく水飛沫を上げながら走ってきたのは――

 

「うおおおおおおおおっっ!!」

 

「……やれやれ」

 

 バランに置いていかれたラーハルトだった。よく見れば後ろにラムダも浮かんでいる。水面を走れるのか、とか飛べよ、とか何故敢えて水上歩行を選んだ、とかラムダに掴まってりゃ良かったんじゃね、とか色々言いたい事はあったがまずは一言。

 

「仲間を置いてくなよバラン……」



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第32,5話 日記

今回はちょっと短め。


 この日記を書き始めてから、今日で5年が過ぎた。結構な冊数になってきたし、そろそろ日記を収納する棚を作るべきだろうか。

 折角だ、節目と言っても差し支えない日だし、あの日からの事を順番に、人ごとに思い返そう。

 

 

 まず、バラン様。

 ディーノ様が見つかってから、ソアラ様と親子でデルムリン島に移り住んだ。月に1回テランに来てはフォルケン王に挨拶し、私達に顔を見せに来る。家族仲は至って良好なようで、時々酒に酔ってはその仲を自慢している。

 剣の腕も衰えていないようで、時折マスターやラーハルト様達と稽古をしている姿が見受けられる。冗談でギガブレイクを使おうとした時は、珍しくマスターが本気で逃げていたのが印象的だった。その後ソアラ様にお説教されていた。

 纏めてしまうが、ラーハルト様は竜の騎士直属の配下である竜騎衆の”陸戦騎”となられた。2年前、バラン様が直接勧誘し、ラーハルト様も喜んで承諾されていた。旅についてだが、有事の際に呼び出されるだけなので問題はないそうだ。ラーハルト様も、『竜の騎士に仕えられるのもそうだが、バラン様程の方の下で働けるのは嬉しい事だ』と語っていた。最近は益々腕を上げたそうで、特にそのスピードにおいてはバラン様をして『凄まじい』と言わしめるまでになっている。マスターやアベル様との組手においてもその速度を発揮されるが、マスターは当身という技術を、アベル様は動きを先読みする事によって対抗している。齢16にしてその実力はかなりの高みにある、とはバラン様の弁。

 ソアラ様は、デルムリン島で魔物達とも仲良く過ごしているそうだ。私はそれを実際に見てはいないが、ブラス様とよくディーノ様のお話をして楽しんでいるそうだ。ブラス様もそれを楽しみにしているそうで、良き友人のような間柄だという。余談だが、ブラス様の方がバラン様よりも子供を寝かしつけるのが上手いそうだ。ソアラ様が言っていた。

 ディーノ様は、ブラス様の名付けたダイという名前を通称として、ディーノの名を本当に信頼できる相手にのみ明かす真名としている。デルムリン島の魔物達と元気に遊びまわり、健やかに育っているそうだ。パピラスやキメラに乗って空を飛ぶ事が多いそうで、物怖じしない性格なようだ。デルムリン島の魔物皆が友達と豪語するだけあって、どこからか現れた金色のスライムとも友達になったそうだ。マスターは金色のスライムは記憶にないと首をひねっていたが、確かに私やロビンのデータバンクにも該当しなかった。突然変異の類かもしれない、という結論に落ち着いたが、マスターは今でもたまに首を傾げている。※追記、名前を書き忘れていた。彼の金色のスライム、ゴールデンメタルスライムは”ゴメちゃん”という名前だそうだ。マスターはまた首を傾げている。

 アベル様。変わらず剣と魔法の腕を磨いておられるようで、バラン様とよく刃を交わせている。マスター曰く、『無尽蔵にレベルが上がるような感じ』だそうだ。私にはよく分からないけれど、『一番強いのは剣でも魔法でもなくその精神』とも言っていた。精神力という言葉はあるけれど、精神が一番強いとはどういうことなのだろう。後で質問してみようか。書いていて気付いたが、変化が殆どない。何故なのだろうか。これも尋ねてみよう。※追記。『変化がないのがアイツらしくて良いんだ』とのこと。要考察。

 次にルミア様。いつものように私と共に墓を掃除したりして過ごしている。最近はカンダタ氏に頼み込んで機械の素材を貰ってきては弄っている。一度理由を尋ねたら、『カインと一緒に色々造ったりできるのが楽しい』と言っていた。マスターも『飲み込みが早いから教えるのも楽しい』と言っていたし、満更でもないようだ。現状マスターの作業を手伝えるのはルミア様だけである。ラーハルト様やバラン様が首を傾げたり呆れたりといった時でもマスターの手伝いができるというのは、他に類を見ない。

 マスターこと、カイン・R・ハインライン様。ロビンのデータを参照しても、やっている事は昔から変わっていない。修行をして、マシンの研究をし、ふらりと帰ってきてはまた旅に出る。それでもアベル様と同じく充実しているそうだ。特筆する事といえば、最近思うようにレベルアップできない、とぼやいていた事と、機械に関する技術の向上くらいだろう。レベルアップの方は、私は戦うという事がまずないためによく分からない。ラーハルト様達なら分かるのだろうか?しかし、竜の騎士であるバラン様とも度々戦っているのにそういった事がありえるのだろうか。ロビンに尋ねても要領を得ない。機械技術については、最早今更語る事でもないだろう。『仕組みさえ分かれば戦いながらでも解体できそうだ』と豪語しているが、あながち見栄という訳でもないはず。言っているだけであって、少なくとも魔王ハドラーが倒れて以降マシン兵と戦う機会など無いとは思うのだが。

 

 一応、私とロビンについても書いておこう。

 私、ラムダ(以下Λと表記)とロビンは、ディーノ様が発見されてしばらく後、マスターによってAIが付けられた。マスター曰く、『従来の命令通りにしか動かないものとは違う、自分で思考し動く事のできる』AIだそうだ。詳しい事は私でも分からないが、こうして私が日記を書けるのもそのおかげである。

 人によっては、機械にそんなものは必要ない、あっても邪魔なだけ、何の役に立つ、などといったように良い感情を抱かないかもしれない。事実、私も何故知能を与えられたのか理解できない。従来通りのただただ命令を聞くだけのものでは駄目だったのだろうか?私達は所詮ただの機械、つまりは道具であるからには主の為に自らを投げうって役に立つのが当然ではないのか?

 もしかしたら、こうして自らの在り方について考えさせる事それ自体が目的なのだろうか。マスターはただ飄々としているだけのように見えて、その実非常に様々な事を考えておられる方だ。私がこうして思考する事が、あの方が次のステップへと進む為に必要な事なのかもしれない。しかし、自動機械以上の技術など私には思いつかないのだが。それでも主の為ならどんな命令だろうと実行するのが私達機械。従って私や主の進歩の為にも、こうして悩み、考え、時には迷い。そうして進んでいくのが、主に報いる事なのだろう。ならば私はそれに従事するだけだ。しかし、マスターの事だから実はもっと単純な理由だったり、そもそも意図なんてないのかもしれない。良い意味で何を考えているのか分からない方なのだ。

 分からないと言えばこの日記。書くように指示したのはマスターだが、何故わざわざ紙媒体にしたのだろうか。内部データに記録しても別段違いは無いと思うのだが……

 それはそれとして、ロビンについて。ある意味では私の兄とも言えるロビンは、私と同じく自分で思考できるAIを装備している。如何なる方法によってか、内部に多数の武器を収納しており、戦う相手によって使い分ける事ができる。主にロン・ベルク氏がリハビリと称して作った武器を使用しているのだが……改めてマスターの人脈は訳が分からないと思う。魔王や竜の騎士、魔界の名工など、普通の人間が得られる人脈ではないだろうに。

 彼の性格としては、まず殆ど喋らない。必要がなければ全く喋らない。いや、それは私もなのだけれど、ロビンは私以上に喋らない。だが、一度口を開けば(口は無いのだけれど、この表現は正しいのだろうか)それなりに饒舌だ。主に敵に対してしか喋らないそうだが。どちらにしても敵に対しては一切の容赦もないので相対した場合、凄まじい重圧を感じるだろう。

 

 さて、こんな所だろうか。ここまでで約3000字、これは多いのか少ないのか。とりあえず、大まかな事は書き留めただろう。記入漏れはあるかもしれないが。機械といえども完璧ではない。マスターもきっとそう思っているのだろう。

 

 ここからは今日の日記だ。

 

 今日はルミア様が私に化粧をしようと画策していた。一応人のような顔をしてはいるけれど、私は身体の殆どが鉱石等の複合素材で出来ているから化粧は効果が薄いのではないかと思われる。そう話したら、『化粧が出来ないなら髪を弄ればいいじゃない』と言われ、結果髪が金にされ、ついでとばかりに三つ編みにされた。機能性に違いはないと思うのだけれど、これは何らかの利便性があるのだろうか。その後服も着せ替えられた。そういえば『楽しかったから今度カインにもやってみよう』と言っていた。もしかしたらただの趣味なのかもしれない。でも、ああして楽しそうだから多分良いんだろう。定期連絡の際にそれをマスターに話したら『ブリスの類は流石に勘弁して欲しいもんだ』と言っていた。ブリスとは何だろう……。

 昼過ぎにバラン様が、何者かに『軍に来ないか』という勧誘を受けたそうだ。人間は嫌気がさすだろう、お前のようなものは人間と共に暮らすなど出来はしない、ならば我々と共に来い、そういった内容だったそうだ。使いの者を通して勧誘していたそうだが、バラン様はそれを蹴ったそうだ。『確かに人間と共に歩むなど不可能かもしれない、それでも私は人を愛した。故にここにいる』と語り、バーンと名乗る者の誘いを断ったそうだ。使いだという白い衣の者は、恐らく5年前に私が見た、マスターが”イカ頭巾”と評した者だろう。特徴が一致していた。マスターにそれを連絡した所、暫く王宮内とルミア様の近辺を特に注意して警備するよう命じられた。バラン様がテランの王宮に居る際に安々と侵入して白昼堂々そんな誘いをする輩だ、警戒するに越したことはないだろう。断られた事に激昂したりはしなかったらしいから早々おかしな真似はしないとは思うが、念には念を入れよとの事だった。

 マスター達は、つい先程から破邪の洞窟へ潜ったそうだ。アベル様が実家であるプチット族の郷へ帰る事になったため、その前に大きな冒険をしたいとの希望で、予てから目をつけていた彼の洞窟へ挑戦する事にしたそうだ。特製の荷物入れに食料と水と砥石を大量に詰め込み、ザムザ氏から手に入れたアイテムを持ち込み、準備は万端、意気揚揚と向かったそうだ。破邪の洞窟はリレミトを行使できないため、いつもより念入りに準備をしたという。地下何階まであるかも分からない程厳しいダンジョンという話だし、マスター達程の力を持った方達でも警戒するのは当然だろう。行ける所まで行くとの事だったので、ひょっとしたら次に陽の光を浴びるのは数年先かもしれない。洞窟内でも通信できるとは限らない。無事を祈るばかりである。ふと思ったが、こうして心配するなどの人間らしい心の機微を、マスターは必要としたのだろうか?機械である私に心などというものがあるのかは分からないが……。

 大きな出来事はこのくらいだろう。さて、マスターから絶えず魔力供給がされていると言っても無駄遣いは好ましくない。一応私達は魔力を貯める、いわば心臓部とも言える部分をいくつも持ってはいるが、何が起きるかというのはその時にならないと予測できない。今日はもうこの辺りで筆を置く事にする。

                                      ――Λ。




キーボードのGが使えないだけでここまで不便だとは……
バラン編は一応ここで終わりという形になります。
次回から破邪の洞窟になりますが……ちょっと色々やりたい事をやるので、まぁアレです、あしからず。


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第33話 破邪の洞窟

暫く入院してました。まだ療養中なのでリハビリがてら。
今回もまた短いです。

6/28追記
活動報告に重要なお知らせがあります。目を通していただけると幸いです。


 ――破邪の洞窟。古文書によれば、人間の神が邪悪なる力に対抗するための魔法の全てをおさめた場所とされている。実力に見合わぬ強大な力を身につけさせぬ為、その迷宮は想像を絶する厳しいものであるという。各階一つずつの呪文が契約できるというが、カイン達はむしろ群生している怪物たちが目当てであった。魔法を使うのはアベルと極楽鳥のみであり、カインとラーハルトの二人は殆ど関係がない。アベル自身も、契約できる魔法よりも魔物との戦いで経験を積む事が重要であった。

 

 地下25階。大破邪呪文ミナカトールを契約できるという魔法陣のすぐ横で、ラーハルトとアベルは武器の手入れをしていた。そのすぐ傍らには二つの棺桶があり、ロビンと極楽鳥がそれを守っている。暫くしてラーハルトが棺桶の一つを叩き、呟いた。

 

「そろそろ時間だぞ、カイン」

 

「ン……ああ、今起きる」

 

 棺桶の中から、カインの眠たそうな声が響いた。

 

「しかしこのベッドのデザインはどうにかならないのか?棺桶というのはあまり縁起が良くないぞ」

 

「人一人収めて眠るにゃこれが丁度いい……ふあぁ」

 

 欠伸を噛み殺しながら、カインが蓋を開けて起き上がってきた。それを聞いてラーハルトはやれやれと肩を竦めた。それを見てアベルも呆れた風に言った。

 

「カインは昔からセンスがズレているから、今更言う事でもない二」

 

「まぁそうなんだが。しかし食料入れも同じデザインというのはどうにも慣れん」

 

 ラーハルトの言うとおり、もう一つの棺桶には食料が入っていた。一体どういう収納術なのか、明らかに棺桶の体積よりも多く詰め込まれているのだ。わざわざ幻魔石で作った頑丈な棺桶なんだぞ、とカインが言うとラーハルトが棺桶は死人が入る物であって眠る為の物じゃあないと返す。そもそも問題なのはそこではない。

 

「ったく、いいじゃないか。お前らだってこれ使ってるだろ?」

 

「そりゃあ地面に直接横たわるよりは休まる二。でもそれとこれとは話が別だ二」

 

 確かに、ここまでの道中交代で仮眠を取りながら進んできて、その仮眠は棺桶を使ってとっていたのだが。カインには何故二人が呆れているのか分からなかったが、まぁいいかと気を取り直して立ち上がった。誰もカインのセンスがズレているというのを否定しない。

 ちょうどいいタイミングで魔物の気配もするし、寝起きのストレッチ代わりに倒されてもらおうか。そう思って柱に目を向けると、正にその方向から魔物が飛びかかってくるところだった。

 

「いよっと」

 

「グギャッ」

 

 飛びかかってきた銀色の体毛が特徴的な猿のような悪魔のような魔物、シルバーデビルの爪を受け止めつつ地面に叩きつける。悪魔が悲鳴を上げると同時にラーハルトの槍が悪魔の身体を斬り刻み、あっさりと戦闘は終わった。

 

「準備運動にもならなかったな」

 

「わざわざ1匹で来たというのに、運のない奴だ」

 

 ここまでの道中も、打撃がメインの魔物は尽くカインの当て身投げの餌食となった後にラーハルトにトドメを刺されている。それを見て魔法やブレスで攻撃しようとした魔物達も、ラーハルトの速度とアベルの放つ魔法の前には驚異とはなり得なかった。つまり、未だに苦戦するような敵がいないのだ。これにロビンという強力なアタッカー兼壁役と、極楽鳥という回復役がいるのだ。魔物達としてはやってられるかという感じだった。

 

「今何回だっけ?」

 

「25階だな」

 

「どのくらいまであるのかわからんが、25階でロンダルキア前後ってところか?強い奴はいないのかねぇ」

 

「そういえば他に潜っている冒険者とかいないもんか二、一人や二人くらいいても良さそうなもんだが二」

 

 談笑しながらも警戒は絶やさない。この階層の魔物がいくら脅威足り得ないとは言っても、常に万が一という可能性が付きまとう。できるだけそれを無くして探索したい、そう考えながら一行は進んでいた。

 

 

 ここまでが、体感時間としては2ヶ月程前の事。そして今、カイン達は急いで階段を駆け下りていた。

 

「宝箱の中に落とし穴って、作った奴は一体何を想定してたんだ?」

 

「ああいう馬鹿をだろう……しゃべっている暇があったらアベルを探すぞ」

 

 まず、宝箱を見つけたアベルがそれを開けようと近づいた。しかし、アベルの身長ではギリギリ中身が見えなかったのだ。そこで身を乗り出し、中身を確かめてやろうとしたのが拙かった。宝箱の中に落ちたアベルは、そのままなぜか宝箱の下に設置されていた落とし穴にハマり、階下へと姿を消したのだ。本当に、誰がどういう意図であんな配置をしたのやら。

 

「ロビン、サーチ頼む」

 

 ロビンがモノアイで辺りの壁を見渡す。魔力を探知させている間に、カイン達はそろそろと歩いては、耳を澄ませていた。やがてロビンが止まり、壁の方へと近づいた。

 

「こっちは行き止まり……いや、待てよ」

 

 ロビン達を下がらせ、カインは壁に向かって構えを取った。

両腕を弓のように引き絞り、胸の前に闘気を集中させる。手のひらの先にも闘気の塊を生み出し、力を充填する。

 

「カイザー……」

 

 つぶやき、腕を一気に前へと突き出す。同時に、圧縮した闘気を突き出した勢いのままに撃ちだす。

 

「ウェイブ!!」

 

 放たれた闘気弾は凄まじい勢いで壁にぶつかり、破砕音を立てて突き崩した。土煙が晴れた先には、地面に突っ伏しているアベルの姿があった。

 

「……なんか違うんだよなぁ。一応溜め撃ちもできるけど、本家本元のカイザーウェイブとは何か……」

 

「それは後にしろ。今は合流が先だ」

 

 幸いにしてアベルに怪我はなく、気を失っているだけであった。その事を確かめると、念の為に極楽鳥にホイミをかけてもらって棺桶に放り込んだ。些か扱いが雑じゃあないか、と極楽鳥は思ったが黙っていた。そもそも人語は話せないが。

 

「やっぱり縁起が良くないぞコレ」

 

「今更言うな」

 

 その後も探索を進め、目に付いた契約用魔法陣に使われている文字や術式をメモするカイン。ラーハルトは魔物についてのメモをしていた。ほどなくしてアベルが目を覚ますと、最早先ほどの事は笑い話となった。またフロアを隅々まで探索してマッピングを終えてから、階下へと歩を進めた。

 

 

 そうして早地下75階まで進んだ一行。休息を取り、暫く歩くと金属音が耳に飛び込んできた。此処まで進んできた限りでは、他の探索者もいなければ小競り合いをしている魔物達もいなかった。警戒する一行は、即座に身を隠して話し合った。

 

「二人共、今の聞こえたか二?」

 

「ああ、何か剣を交わすのに近い音だった。少々違和感があったが……」

 

「行ってみよう、何か居るのは間違いない筈だ」

 

 そう言葉を交わし、一行は駆け出した。

少し進んだ先では、ちょっとした広場のようになった場所があり、中央に魔法陣があるのが見えた。そこから少し離れた場所で戦っている二つの影も。

 

「アレは……魔物同士のようだな」

 

「2体共ここまででは見なかった魔物だ二……カイン、どうする二?」

 

「……おい、カイン?」

 

「ああ、すまん。ちょっと考え事をしていた」

 

 アベルが声をかけた時、カインは完全に固まっていた。どうしたのだろうと思いつつも、ラーハルトは記憶の中から二匹の魔物についての情報を引っ張り出していた。

 二匹のうち紫色の方はピエロじみた格好をして、釵を巧みに操って攻撃している。時折曲芸じみた動きをしており、もう一方の魔物が投げつける岩石を避ける前にわざわざ綺麗に3等分して斬り捨てている。もう一体は人型をしており、人間で言う髪に当たる部分が白く、石の刺のように逆立っている。その身体は黒く、腰には長布を纏っていた。岩石をなげつけたり石の柱を生み出したり、岩や石を利用した攻撃が得意なようだ。

 

「あっちの紫色が切り裂きピエロで、もう一体が動く石像だろう。そこまで強い魔物ではなかったと思うが……」

 

「なーんか妙に見覚えある動く石像なんだが」

 

「知り合いか二?」

 

「知り合いっつーか良く似た奴を知っているというか……」

 

 なぜか動く石像を見て項垂れるカイン。ラーハルト達は首を傾げている。

と、暫く様子を見ていると件の二匹が動きを止めてこちらを見ていた。気づかれたようだ。身構えると、切り裂きピエロ達は逆に構えを解き、片手を上げて挨拶をしてからこちらに近づいてきた。随分と親しげな感じだが、何者だろうかと訝しむカイン達の目の前まで揃って歩いてきて、まずピエロが口を開いた。

 

「オイオイオイオイ、まさかこんな辺境の洞窟くんだりまで来て、こんな珍しいモンが見れるたぁなぁ~。人間と魔族にプチット族、それにマシンと極楽鳥と来たもんだ。アンタらもこの破邪の洞窟に挑戦に来たクチかい?」

 

「あ……ああ、そうだ。アンタらもって事は、お前たちもか?」

 

 ピエロはやはりというべきか、饒舌に話しかけてきた。面食らいつつも対応すると、ピエロと石像は納得したとでも言うように頷いた。

 

「ワレらのホカにチョウセンし、ココまでタドりツくモノがイたとはな。どうだ、ヒトつコブシをマジえてはみんか?イロイロとエるモノもあろう」

 

 石像がそう語ると、ピエロがそれを補足する形で喋りだした。

 

「わざわざこんな深くまで来るって事は、修行目的だろう?オレらもなんだよ、レベルアップの為にオレと……えーと無界だっけ?コイツで勝負してたってワケよ。修行にゃあ実践が一番だろう?どうだい、悪い話じゃあないと思うが」

 

「良く口回るなお前……だそうだが、どうする二人共?俺は異論はないが」

 

「オレも問題ないぞ」

 

「ボキも構わない二」

 

「うむ、では……ワレのアイテはダレが?」

 

 無界と呼ばれた動く石像が尋ねると、カインが片手を軽く上げそれに応じた。

 

「んじゃあオレの相手は誰だい?」

 

「オレが相手になろう。曲芸がどこまで通じるか試してやる」

 

 釵をくるくると回しながら、ピエロが問いかける。今度はラーハルトが答え、槍の調子を確かめた。

 

「おほ~ッ、格好良いねぇ~。ま、お手柔らかに頼むぜ」

 

「アベル、審判頼むわ」

 

 そう言って、まずカインと無界が柱で仕切られた即席の決闘場に足を踏み入れた。アベルが頷いてちょうど真ん中辺りの柱へ飛び乗った。ぐるぐると肩を軽く回すカインに、無界が問いかけた。

 

「サキホドからミョウなカオをしているが、どうかしたのか?」

 

「ああ、気にしなくていい。ただどっかでこういう奴がいたなぁ、って思っただけだ。気にしなくていい」

 

「そうか。ならば、ハジめるとしよう」

 

 そう言って無界は両腕を軽く上げて構えを取った。カインも斜に構えを取り、攻撃に備えた。

 

「何か妙に様になるねぇ、お二人さん。なんでだろうな?構えが同じワケでもねーのに、みょーにしっくり来るっつーか、なんつーか。なぁ、どう思うよ、えーと」

 

「ラーハルトだ。良く口が回る奴だな……」

 

「オレはピエロだからな。おっと、オレの名はジャック。よろしく頼むぜ」

 

 ペラペラと喋る、切り裂きピエロのジャックに呆れるラーハルト。そういえば昔カインが会ったという一つ目ピエロもかなりお喋りな奴だったそうだな、と思い返しながら適当に相槌を打った。

 

「おーい、外野うるせぇよ」

 

「おっと悪い悪い。大人しくしてるぜー」

 

 突発的ではあるが、中々戦う機会のないスタイルの相手だ。得るものは多いだろう、そう考えカインは走り出した。無界もそれを迎え撃つ形で拳を突き出した。

 本当に人外との関わりのが多いなぁ、と漠然と感じながらも戦いが始まった。




暫く更新頻度が下がると思います。


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第34話 計算

お久しぶりです。久しぶりすぎて忘れられてそうです。
詳しい事は活動報告にて。


カインと無界は共に自らの肉体を武器にして戦う、いわば武闘家だ。しかし、この二人に限っては闘気による技や身体強化、更には特殊な技能を駆使して戦う、純粋な武闘家とはとても言い難いスタイルである。これが普通の武闘家かと問われれば断じて否だ。強力な格闘タイプではあるが。

 同じレベルの者が戦った時、勝敗の分かれ目となり得るのはまず経験。気迫や闘志、そして知識と情報である。彼らの場合、まず経験は二人共同程度であった。強いて言えば竜の騎士という稀代の猛将との戦闘経験が何度もある分カインに軍配が上がるか。気迫で言えば、圧倒的に無界だった。カインは常に余裕を持とうとする癖があるが、それは裏を返せば全力でないとも言える。逆に無界は、先程まで切り裂きピエロのジャックと戦闘をしていた為に戦闘時の状態が続いているのだ。情報については、カインが勝っているだろう。目の前の動く石像が、カインの知っている無界と同じような技を使うのならばだが。

 

 無界が蹴りを放つと、カインも同じように足を使った鋭い一撃をぶつける。カインが左の手刀を横薙ぎに払うと軽く飛び上がって回避し、そのまま頭を狙って蹴りをかます。それを避けつつ後方に宙返りしながら蹴り上げると、無界はそれを敢えて受けた後がっしりと左の足を掴んだ。足を掴まれたカインは、いつものように瞬間的に闘気を爆発のように放出する事で逃れようとした。

 

「イシとなれ!」

 

 しかし、無界の腕が一瞬一層黒くなったように見えた次の瞬間、今まさに闘気が放出されようとしていた左足が言葉通りに石と化したかのように動かなくなったのだ。いや、そればかりか込めていた筈の闘気さえも固まっている。カインが目を見開いている間に、無界は追撃を仕掛けた。

 

「どりゃあッ!」

 

「いっ……ってぇな、やってくれるじゃないか」

 

「フフ、このテイドか?」

 

「ぬかせ、まだまだこれからだ」

 

 肩をすくめて挑発すると、カインは歯を剥き出しにして笑いながら応じる。知ってても実際食らうと驚くな、と呟きながら。追撃の裏拳を食らった時点で、既に足は動くようになっていた。調子を確かめながら腕を振るって紫炎を飛ばすと、無界は地面を踏みつけて石柱を生み出して防御する。舌打ちしながら走り出すと、無界も姿勢を低くしながら突進してきた。靴に魔力を送って飛び上がり突進を避け、叩きつけるように腕を振り下ろす。

 

 

「……楽しそうだな」

 

「いつもあんな感じなのか、アイツ?」

 

 その光景を、ラーハルト達は会話しながら眺めていた。ラーハルトの言葉通り、カインは殴られながらも楽しそうに笑っている。昔から戦いを楽しむ癖がある事は知っていたので、別段驚きもしないが。

 

「たまにカインの動作が鈍くなっているのは何かされているからか二?さっきも足を止められていたし、そういう魔物なのか二」

 

「いんや、ありゃアイツの特技だぜ。動く石像皆が皆あんな芸当できるわけじゃあねぇ。ま、答え合わせは全部終わってからと相場が決まってる。手品だって途中でネタばらしするのはつまんねぇだろ?」

 

 ジャックの言葉には答えず、ラーハルトは戦いを眺め続けた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 我が主は聡明である。ロビンはそう思った。並々ならぬ機械の知識と技術、同年代の若者と比べたら天と地ほどの差がある。そう常々思っている。カインという主人に造られたモノとして、彼を尊敬してもいるし、同時に家族か何かのような安心感と信頼を抱いている。それは、カインに従う二機と一羽の共通認識である。最も、ロビンとラムダは尊敬していることくらいしか正確には理解していないのだが。それでも”尊敬”という心の機微が理解できるというのは通常のキラーマシン或いは機械人形にはありえないことなのだが。機械に心などない、或いは不要。主のために戦うロビンはそう思っているが、それ自体が感情或いは心というものである。

 カインが他の人間、或いは魔族と一線を画すのはどこか、と聞かれればロビンは知識と答える。魔物についての知識は言わずもがな、何よりも魔導機械についての知識はそれこそ魔王ハドラーを凌ぐだろうという確固たる思いがあった。それが自分の主の頭脳に対する自信と信頼という一種のプライドのようなものであることを彼はまだ知らない。

 

 カインという友は不思議な奴だ。ラーハルトはそうとしか表現出来なかった。まず感情の起伏が激しい。怒っていたかと思えば笑い、その逆もある。それだけならそういう性格だと納得できる。戦いにおいても普段の生活においてもそうなのだ。真面目にやるかと思えばいきなり遊びだしたり、悩んでいたかと思えば突然に身を起こして作業に取り掛かる。忙しない奴だ、そう感じるのが常であった。最早カインが大人しくしているところなど想像するのも難しい。そう思っていればまた突然静まるのだろうが。

 カインが他の人間、或いは魔族と一線を画すのはどこか、と聞かれればラーハルトはセンスと答える。様々な技を考え出したりキラーマシン系統のみならずラムダのような機械人形、果ては小型の通信機まで作り出す。そのセンスが良くも悪くも突出している、そうラーハルトは感じていた。そういったところも不思議である。理解できるところは理解できるが、できないところはトコトンできない。そういうものだ、とラーハルトは割り切っているが。

 

 カインはよく分からない奴だ、アベルに限らず、これはハドラーやロン・ベルクもよく考える事だ。何をするか想像しにくいというのもあるが、何を目的としているかが見えてこないのだ。気まぐれに何かを始めたと思えばあっという間に終わらせていたり、勤勉だと思えばゴロゴロとベッドに転がっている。のらりくらりとした態度を取ることもあれば急に真面目な顔つきになったり、かと思えば眠そうに目をこすり。そんな姿を見る度に、アベルは、魔王ハドラーは、ロン・ベルクは、首をかしげながら眉を顰め、さっきまでの態度はどうしたと思うのだ。

 カインが他の人間、或いは魔族と一線を画すのはどこか、と聞かれれば彼らは器と答える。人間、魔族、魔物、或いは機械。カインは嫌いな者以外には態度を変えるということをしない。友人には親しげに話したりするが、その友人からして魔族が多いのだ。となると当然、何故種族はおろか、言ってしまえば自分の道具のような存在の機械にも同じ態度なのか、という疑問が浮かぶ。

 ハドラーは、どの種族も纏めて対等に相手取れる器量があるのだと考える。かつて地底魔城で過ごしていた時にも、魔王の自分やその部下、果ては人間の子供であるヒュンケルとも対等に接していた。いくら当時子供だったからと言っても、明らかに異質だ。そもそも子供だったら魔王である自分や見た目骸骨のバルトスなどは恐怖の対象だろう。それが、カインは最初こそハドラーを警戒していたが、恐怖というのは抱いていなかったように見える。故にハドラーはそう考えた。

 ロン・ベルクは、種族の違いというものを認識していないのだと考える。初めて出会った時にも、カインは彼を”人”と言った。特徴的な長い耳が見えていただろうに、人と言ったのだ。ひょっとしたらアイツはそういう、種族の違いなんてあってないような場所から来たのかもしれないし、単純に本人の気質なのかもしれない。ロン・ベルクはそう考えた。

 アベルは、もっと単純に考えた。カインはそういった種族がどうのということを、面倒だから或いはどうでもいいと考えているのだと。カインは興味のない事には消極的だ。人間や魔族の間にある溝など彼にとってどうでもいいのかもしれない。いや、厳密に言えば興味がないというよりもくだらないと思っているのかもしれない。そんな些細なことを気にするよりも、戦ったり機械を弄る方が合っているのだろう、それは間違いない。種族の壁が彼に関係ないのは事実であるし、興味がないから無視している訳でもなく、ラーハルトのような者がいれば積極的に助けに行っている。だから、これはこれでいいのだろう、アベルはそう考えた。

 

 

 たった一つの事柄、たった一人の人間に対しての評や感情も、このように多岐に渡る。違う者に、例えばルミアに聞けばカッコイイ人、或いは機械好きと、バランに聞けば誠実と言えるかは分からないが大事な友人、といった具合に返答は様々だ。当然の事だが、それも感情、或いは心というものだ。

 

 では、ここで一つの疑問が浮かぶ。

 

 カインは、彼自身をどう評するのだろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 カインと無界の戦いが終わり、ジャックとラーハルトの戦闘も続けて行われた。トリッキーな動きに苦戦こそしたものの、持ち前の素早い動きで苛烈な攻めを絶やさなかったラーハルトに軍配が上がった。

 

「あんたも技術者なら分かると思うが、歯車ってのは棒なり石なりを詰め込めば動きの流れがせき止められるだろ?それと同じさ」

 

 無界の技術について尋ねようとすると、ジャックが先んじて話しだした。

 

「コイツの場合自分の闘気っていう、まぁ要するに……そうさな、不純物を相手の闘気の流れに混ぜて、動作不良を起こさせるのさ。風の噂で聞いた光の闘気と暗黒闘気ってのは互いに反発しあう……のかは知らんが、いわば相反する力らしいじゃないか。そう考えると闘気ってのは意外にデリケートらしいな。少なくとも、攻撃目的でない不純物が混ざっただけで固まっちまうみたいによ。掴まれた部分、石になったみてーに感じただろ?それがカラクリさ」

 

「ダイタイそれでアっているが、フジュンブツヨばわりはやめろ」

 

「合ってるのか二……ボキは全然分からなかった二」

 

「こういうのは考えるより感じ取った方早いぞ」

 

「とはいっても、とあるジュジュツをサンコウにしてマぜアわせたブブンもあるから、カンゼンオリジナルというワケではないがな。スクなからずマリョクもツカう」

 

 暫く談笑しながら、回復も兼ねて一行は休息を取った。食事を取ったり、毛づくろいをしたり、メンテナンスをしたりと思い思いに体を休めていた。無骨な無界、剽軽なジャックの二人はそれなりにカイン達と馬が合うようだ。

 身体をしっかりと休め、武器やロビンの手入れも終えた一行は改めて下の階層を目指す。まだ暫く休んだ後、ゆっくりと探索するという無界達と別れ、一行はまた歩き出した。

 

そしてたどり着いた95階。そこは今までのフロアと若干違う雰囲気だった。至る所に水辺や沼のようなものがあり、そこからトカゲのようなモンスターが襲って来るのだ。苦戦する訳ではないが、何分数が多い。加えてトカゲ達の身体は泥に塗れている。その泥が邪魔で上手く急所を一撃で潰せなかったり、武器にまとわりついて斬撃を阻害したりと厄介な事この上ない。おまけに数が多く、カインが当身を取ろうとしてもその前に死角から噛み付かれてダメージを負いかねない。

 

 とまぁ、これだけ書くと明らかな強敵ではあるのだが。

 

「普通に焼けば良かったのよな」

 

「ギャアアア」

 

「その炎が何の役に立つのかと思ったらこういう時にか二」

 

 炎への耐性はさほどでもないようで、カインの紫炎や極楽鳥の火炎呪文(ベギラマ)で割と簡単に撃退できている。中には多少炎耐性がある個体もいたが、そちらはアベルが氷結呪文(ヒャダルコ)を撃ち込んで凍った所を砕かれている。名工ロン・ベルク作の武器で貫けない程強靭な訳でもないので、多少面倒なモンスターの域を出なかった。

 

「どんどん焼くぜーっと。お、そこにも一匹いるか?」

 

 そう言って同じようにカインは腕を振るって炎を飛ばした。身体のどこからでも出せる炎というのは中々に便利だ。今度は耐性あるかなー、などと考えていたカインは一瞬気づくのが遅れた。

 

「……おい、その燃えてるのって人型じゃないか?」

 

「「……」」

 

 カインが炎をぶつけた相手は、人の形をしていた。どう見たってトカゲには見えないだろう、そんな意思のこもった視線をジトーっと三方からぶつけられ、気まずげに顔をそらすカイン。

 

「あー、その……あれだ、ホイミでもかければ大丈夫…………?」

 

「どうした?」

 

「いや、コイツ人型ではあるけど人間じゃないと思うぞ」

 

 訝しげな顔をするラーハルトに、カインは首をかしげながらその何かを軽く調べ、説明した。

 

「絵の具に泥を混ぜ込んだみたいな身体だ。簡単に燃えたのも多分そのせいだな。妙に油臭いし、殆ど溶けてるけど顔の形状が人間のそれじゃない。多分そういう魔物なんだろう。見たことのない奴だが……」

 

「泥状の身体の魔物か……確かに珍しいと言えば珍しいが泥人形などもいるだろう。見たこともない魔物だったらここまでにもいたはずだが?」

 

「あー、うん。まぁそうなんだけどさ」

 

 気を取り直して探索を続ける。その道中でもまた初見のモンスターが数多く見受けられた。水で出来た獣のようなモンスター、貝を人型にして鎧を着せたようなモンスターなど、全体的に水系が多い印象だった。強さは兎も角。確かに並のモンスターと比べれば多少は強いのかもしれない。特に貝のモンスターなどはそれなりだった。しかし、ここまで潜ってこられる実力の者にとっては手に負えないような強さでないのは確かだ。

 

「しかしこの洞窟ってどっからモンスター湧いてるんだかな。無尽蔵に出るんじゃないかって感じがするぞ」

 

「洞窟そのものが生み出しているか、或いはどこかに卵が大量にあったりするのかもしれないな。洞窟そのものとは言わずとも、モンスターを作り出すというのは不可能ではないだろう」

 

「迷惑な話だ二。ま、修行にはもってこいだが二」

 

「そうだな。しかしこのフロアは妙に水や泥が多いな……っと、アレなんだ?」

 

 カインが指し示した先には、扉があった。何の変哲もないただの木の扉。しかし、何故こんな洞窟の奥深くに扉などがあるのか。カインは首をかしげた。

 念の為アベル達は横に避け、扉を開けるカインもいつでも回避行動に移れる姿勢を取っていた。開けるぞ、と短く言って、勢い良く扉を開け放った。予想に反して、矢や槍が飛んでくるようなトラップはなく水と泥に囲まれた広い部屋が広がっていた。奥の方は暗くて様子を窺えない。

 

「こういう場所は宝箱かボスがいると相場が決まってるが」

 

「どうする、入ってみるか?」

 

「一応俺一人で入ってみるぞ。棺桶持っててくれ」

 

 棺桶をラーハルトに渡し、カインはゆっくりと部屋の奥へと進んでいった。少し近づいた先には階段とまたも木の扉が見える。わざわざこんな所に住んでいる奴でもいるのだろうか?そう考えてある程度の距離まで近づいた。

 

「フーム……部屋を無視して階段を降りるのも手だが」

 

「そいつは困りますね……」

 

 独り言に反応し、何者かが声を発した。それと同時、周囲の水から先程も見た魔物達が一斉に姿を現した。鉄の貝の魔物、水でできた獣、トカゲの魔物などと何度も見た顔ぶれだ。勝てない相手ではないが数が多い。

 囲まれたな、と舌打ちをすると、階段の方から重厚な足音を響かせながら、新たな魔物が現れた。

 

「ようこそ、私の城へ」

 

「城ってか部屋だろこれ」

 

「……そこを突っ込まないでいただきたい。あなたがたが来ることは既に部下からの報告で知っていました。中々にやるようですが、あなた一人なら問題ない……私の計算ではね」

 

「ほう、計算ねぇ。だったら試してみるかい?」

 

「ええ、そうさせてもらいますとも。ですが、死にゆく者に冥途の土産くらい渡さなくてはね……私はムガイン。冥途の土産に覚えておきなさい、坊や」

 

 ムガインと名乗った魔物は、泥の塊のような格好をしていた。マントを羽織り、手にはワイングラスを持っている。泥の体に似合わない白い角が目立っていた。ニヤニヤと笑みを浮かべたままやけに丁寧な動作でグラスを口元へ運び、ワインを飲み干す。それを眺めながらカインは肩をすくめた。

 

「坊やときたか……これでも俺は16になるんだが。まぁ魔物からすれば子供か」

 

「私は」

 

 ムガインが口を開いて何か言いかけた瞬間、カインは指笛を鳴らした。ピィ、と甲高い音が鳴り響き、ついで鳥の羽音が聞こえだす。何の真似か、と問うまもなく極楽鳥がラーハルトとアベルを乗せて飛来し、少し距離を空けてカインの後に降り立った。

 

「で、俺一人ならなんだって?」

 

「う、ぐぐ……まぁいいでしょう、たかが人間一人に魔族一人、おまけの魔物が二匹程度大したことはない!鉄騎貝、アクアドッグ、泥トカゲ!やってしまいなさいッ!」

 

 ムガインの命令でモンスター達が一斉に飛び掛ってきた。勝てない相手ではないとはいえ、数が多い。特に鉄騎貝と呼ばれたモンスターは比較的攻守のバランスが取れている面倒な相手だ。一体一体がやられている間に他の部下を大量にまとわりつかせ、動きの鈍ったところを一息に仕留めよう、ムガインはそう考えた。

 

「……まぁ、数の暴力で来るなら範囲攻撃するだけだけどな?」

 

 そんな声が聞こえたと思った瞬間、最初に入ってきた人間が一番早くに飛びかかったアクアドッグを両手で掴み、全身から紫の炎を激しく噴出した。その業火はアクアドッグを蒸発させ、泥トカゲを灰も残さず焼き尽くした。炎に巻き込まれずに済んだ鉄騎貝も、直後に振り払われた手刀で纏めて薙ぎ払われた。

 

 一瞬でかなりの数が蹴散らされたムガインは、僅かな間呆気に取られたもののすぐに持ち直し、攻撃を繰り出した直後の今なら仕留められる、そう思って身を屈め飛び出す体制に入った。

 その時には既に、アベル達もモンスターを仕留めにかかっていたのだ。

 アベルの氷結呪文でアクアドッグ達は氷の塊と化し、極楽鳥の体当たりで纏めて砕かれた。ムガイン配下で最強の鉄騎貝は瞬きの間に両断されていた。死角から飛びかかっていた泥トカゲは、後方からの熱戦に撃ち貫かれて落ちた。

 

 ムガインの判断は正しかったのだろう。カインは腕を振り切った直後、アベルは呪文を放つために動きを止めており、極楽鳥も体当たりを敢行した為に全員に背を向けていた。ロビンからの射撃も、ムガインの位置ならカイン達の身体が邪魔で撃てない。一太刀は浴びせられるだろう、そう考えて飛びかかった。

 

 

「遅いな」

 

 それだけ呟き、ラーハルトは槍を横薙ぎに振るった。ラーハルトが特に大きな動きをせずに鉄騎貝達を両断したのでなければ、或いは一矢報いる事はできたかもしれないが。ムガインはラーハルトの速さを見くびっていた。彼は、計算を遥かに超えて速かったのだ。彼の仲間や自分の部下達どころかこの場の誰よりも。

 

「な」

 

 最後まで言う事もできず、ムガインの泥のような身体は二つに斬り裂かれた。




ゲスト(瞬殺)
ボス戦が終わったら破邪の洞窟で出てきたものを活動報告に纏めておきます。


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第35話 第一ラウンド

ボス戦。


 破邪の洞窟は、一説によると神々が作ったものだという。内部に潜むモンスターや罠は、実力に見合わぬ力を手に入れさせない為に存在している、と考えればいくら倒しても尽きる事のない魔物の群れにも幾らかは納得できる。要するにここは、広大な試練の場である考える事もできるのだ。呪文を求める者、破邪の力を求める者、破邪に限らず力を渇望する者――このダンジョンは、そんな者達に試練を与える存在である、と。

 洞窟の存在意義はどうあれ、結果的に挑戦者へ試練が与えられているのには変わりない。今こうして地下100階へと到達したカイン達も、それは例外ではないのだ。

 

「なんだこりゃ」

 

「デカイ鏡だが……気をつけろ、魔物か罠かもしれん」

 

カイン達の前に立ちはだかったのは、道を塞ぐように置かれた大きな鏡だった。悪魔の鏡のような魔物かとも思って警戒したが、それにしては襲ってくる気配もない。通路に置いて進路を妨害するのならともかくここは部屋になっている。どこかの塔宜しく鏡に映っている自分達が魔物かと思って調べてみたが、どうやらそれも違うようだ。

 

「案外誰かが身だしなみを整えるのにでも使っているのかもしれんニ」

 

「そんな事気にするような魔物いたかねぇ……」

 

 一瞬カインの頭に、誰よりも強くそして美しいと自称する拳法家が浮かんだがそれを無視してコンコンと鏡面を叩いてみる。触った感じも何の変哲もない鏡だ。そう言おうとして振り返った瞬間、鏡が光を放ち始めた。

 

「何だ!?」

 

「カイン、鏡から離れるニ!」

 

 全員が溢れる光に目をふさいだと同時に、何かの声が聞こえてきた。何を求める、と問いかける声が。光と共に段々と意識も薄れてきた。ロビン達がいるとはいえ洞窟の真ん中で意識を失うのはマズイ。そう考えて意識を保とうとしたが、光は尚も強くなり続ける。光が収まった時、カイン達は全員が地面に倒れ込んでいた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 ラーハルトが目を覚ました時、そこは洞窟ではなくのどかな村だった。

 

「ここは……幻惑呪文の類か?クソ、厄介な」

 

 そう毒づき立ち上がると、辺りの探索を始めた。自分がここにいるのは十中八九あの鏡が原因だろう。幻惑呪文(マヌーサ)か、それとも極楽鳥も得意とする強制転移呪文(バシルーラ)の可能性も否定はできない。幻惑なら兎も角、後者だとすると厄介だ。仲間の位置を把握できなければ合流することもできない。そもそも風景からするとここは明らかに洞窟の外だ。

 

「小さな村のようだな……のどかな所だ。……あの塔のような建物が少々気になるが。しかし上に登る階段はなかった。だがあそこから見えるのは窓だ、そう考えると二階部分に何者かがいるはず……ん?」

 

 探索をしていると、近くで何かの足音が聞こえた。魔物の可能性もある、まずは相手を見極めよう。そう考えて物陰に身を隠すとすぐに足音の主が現れた。

 

「……」

 

 足音の主は、黒衣を纏った銀髪の青年だった。棘の着いた肩当てを装備し、腰には剣を下げている。一目見て分かる程、強者の風格を漂わせる男だった。男は塔のような建物を一瞥すると、ゆっくりとラーハルトの隠れている方へ歩いてきた。

 

(アイツ……何者だ?隙がない。それにあの雰囲気、ただの剣士ではない!)

 

 そう考えると同時、背にタラリと一筋の冷や汗が流れるのを感じた。息を詰めていると、そよ風が吹いて男の髪を揺らした。

 

(……!)

 

 髪に隠れて見えていなかったが、男の耳は人間のそれよりも長く、鋭利だった。それが意味するところはつまり。

 

(あの男……魔族か!)

 

 警戒を深めると、魔族の男が徐に口を開いた。

 

「隠れているのだろう?出てこい」

 

(……)

 

 その声は穏やかだったが、同時に棘を感じさせる声色だった。隠れ通すのは難しいだろう、そう判断したラーハルトが物陰から出ると同時、丁度彼が隠れていたすぐ近くから桃色の髪の少女が姿を現した。男が目を向けたのは少女の方だ。自分に言ったと思ったのは勘違いだったか、そう自問するラーハルトに男は鋭い目を向けた。少女に向けた優しい目とは全く異なる。そこまで考えて、ラーハルトはカインと目の前の魔族がどこか重なって見えた。

 

「勝手に出歩いて……まぁいい、今は大丈夫か」

 

 男がそう言うと、少女は申し訳なさそうな顔をする。若干俯いた際に見えた耳からすると、彼女も人間ではないようだ。男が微笑んで少女の顔を撫でると、少女も嬉しそうに顔を綻ばせる。ここにいても邪魔だろう、そう思って立ち去ろうとしたラーハルトに、男は待てと静止する。

 

「オレがここにいては邪魔だと思うが」

 

「ここがどこだか分かるか」

 

 ラーハルトの言葉を無視した問いかけに眉を顰める。が、男は無視して語りだす。

 

「ここはロザリーヒル。だが、ロザリーヒルであってロザリーヒルではない」

 

「どういう事だ?分かるように説明しろ」

 

「そう急くな。私も同じだ、ピサロであってピサロではない。彼女……ロザリーもそうだ」

 

 ピサロと名乗った男はそのまま淡々と話し続ける。ロザリーと言うらしい彼女を優しく微笑んで撫でながら。

 

「私は、言うなれば試練の具現。お前達が求めるものを得る為の試練。それに相応しい形を取って真似ているだけ……いわばただの偶像だ。だが、幻ではない。ここで死ねば当然明日の朝日は拝めん」

 

「偶像、だと?」

 

「その通りだ。私達は姿こそ真似ている。だが、その思考や行動などは元の存在と何も変わらん。偽りの存在である私だが、ロザリーを愛し人間を憎むのは元のピサロと同じだ」

 

「待て、その話通りならば元となる存在がいるのだな?その元となる存在をどうやって選んでいるんだ。それに試練と言ったな、オレだけではなくオレの仲間にも同様の試練が与えられているのか?」

 

「質問は一つずつにしろ、面倒だ。……最初の質問だが、答えは記憶だ。次の質問については自分で確かめろ」

 

「記憶……だと?オレはお前たちなど記憶にない」

 

「お前になくとも、お前の仲間の記憶にあるのだろう。何者かは知らんが……魔族の王であった私とロザリー、そしてこの村の存在を知る者がそうそういるかは兎も角としてだ」

 

 その言葉にラーハルトは考え込む。アベルだろうか?いや、ピサロの言葉からするとパーティの誰とも面識はなさそうだ。アベルならば間違いなく彼に挑んでいるだろう。魔族の王と名乗る者が勇者を名乗る魔物を捨て置くものだろうか。となると、消去法で答えはカインだ。だが世間の人間達に、魔族の王は誰かと聞いたらなんと答えるだろうか?答えなど一つしかない。ハドラーだ。ピサロという名前は影も形もない。ラーハルトだって今初めて聞いたのだ。

 

「さて、話は終わりだ」

 

 その声に思考を中断させられると、ピサロは音高く剣を抜き放った。手振りでロザリーを下がらせ、ラーハルトに向かって構えを取る。それを受けてラーハルトも英雄の槍を構える。

 

「お前が探している答え、自覚はしているか?」

 

「……何のことだ」

 

「恍けるか、ならばそのまま死ね」

 

 その言葉と共に、魔族の王と半魔族の闘いが始まった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

「成程ニ……さしずめ、ボキに与えられた試練であるキミは即ち勇者……ということだニ?」

 

「いやまぁ、そうだけど」

 

「ならば話は早いニ。ボキも勇者、キミも勇者。剣を交えて高め合おうではないかニ!」

 

「なんか……いい意味で凄い単純そうな頭というか……」

 

「シンプルイズベスト、だニ」

 

 鏡の光が収まったと思った時、アベルは広い荒野に立っていた。首をかしげかけたものの、目を開けたときに目の前に居た黒髪の青年からラーハルトがピサロから受けたものと大体同じような説明を受けて納得していた。ロトと名乗った青年はピサロよりも分かりやすく丁寧な説明をしていたが、アベルは先程の会話のような思考ですぐに納得した。

 

「ところでロトって本名なのかニ?」

 

「いや、称号だよ。本名はあるけど、多分後の世には勇者ロトとして伝わっていると思う」

 

「ふむふむ、つまり称号を与えられる程の勇者と戦えるのかニ!これはいつになく燃えるニ」

 

「なんだかとても羨ましい性格してるなぁ……僕の場合色々あったからかな」

 

「勇者は大変だニ。でも、勇者というのは苦労と同じだけ、いやそれ以上の経験をするものだ二。それを理解できるのは苦楽を共にした仲間、そして同じ勇者だけだニ。苦難があろうと何があろうと、最後まで勇者で有り続けたキミをボキは心から尊敬するニ」

 

「……ハハ、ありがとう。叶うならその言葉は、本物の僕にも言ってやってほしかったけど……それはもうかなわないか」

 

 そう儚げに微笑むと、勇者ロトは剣を抜いた。アベルもそれに倣って剣を構える。

 

「君は魔物だけれど、悪い奴じゃあないみたいだ。もし君が僕と同じ世界、同じ時代に居たら肩を並べて戦えたかもしれない、そう考えるとこの試練がとても価値のある邂逅に思えてならないよ」

 

「ボキはいつだって全ての出会いを大事にしているニ。さあ、これ以上は剣で語ろうじゃないかニ!」

 

 そう言ってアベルが駆け出す。ロトは苦笑してそれを迎え撃つ姿勢を取った。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 カインが目を開いた時、そこは最早見ることはないと思った高層ビルの中だった。周囲にもビルがいくつか立ち並んでいるのが見える。一体何故こんなところにいるのか、混乱したもののすぐに冷静さを取り戻した。まずはここがどこなのか、誰か人はいないのか探索してみようと思い立ち、ビルの中を歩き出す。

 

 暫く歩いていると記憶に軽い引っかかりを覚えたものの、そのまま探索を続ける。上階に登ってみると、今度は屏風や仁王像、刀や甲冑などの妙に日本らしい物がいくつも飾られていた。この時点でカインはここがどこかを半ば確信していた。いくつかの屏風には覇我亜怒と書かれている。若干呆れながら、確信を持って屋上へ向けて歩き出した。

 

「……やっぱり、アンタか」

 

 屋上には、白い道着と赤色の袴を纏った男が立っていた。男は腕組みをしたまま、眼下の町並みを眺めていて、カインの声にも反応はしなかった。身動ぎ一つせずに、黙ってフェンスもない屋上の縁で町を眺めている。

 

「お目にかかれるとは思ってもいなかった。どういうこったろうな、これは」

 

「……フン」

 

 語りかけられた言葉に鼻を鳴らし、男は振り返った。不敵な笑みを浮かべ、カインを見据える。ゆっくりと歩いてきて、少しの距離を開けて立ち止まる。

 

「なぁ、ギース・ハワード」

 

「……」

 

 名前を呼ばれても、男――ギース・ハワードは大した反応を見せなかった。ただゆっくりと腕を解き、片手をくいくいと曲げ、挑発するように呟いた。

 

「C'mon,youngboy」

 

「ハッ……そうかよ、なら遠慮なく行かせてもらうぞ!」

 

 そう叫びながら、右腕に炎を纏わせて突進する。ギースはそれを見ても不敵な笑みを浮かべたままだった。しまったな、と思いつつも勢いのついた攻撃は止まらない。炎が触れるか触れないかという瞬間、ギースの腕がカインの右腕をがっしりと掴む。それを視認した時には既にカインの身体は宙を舞っていた。地面に叩きつけられ、息が詰まる。動きが止まった隙に、ギースは再び動き出した。落下した直後のカインの頭を再び掴んで持ち上げ今度はそのまま地面に叩きつける。雷でも落ちたかのような衝撃を味わったカインは毒づきながら立ち上がる。

 

「クッ……当身の事忘れてたな。突っ込むべきじゃあなかった。じゃあ、今度はこっちの番だッ!」

 

 自分を鼓舞しながらニヤリと笑みを浮かべ、カインはその身から盛大に焔を噴き上げる。焔はビルには伝わらずカインの意のままに動き出す。炎の塊のような魔物にフレイムというのがいるが、フレイムの身体を形作っている炎でさえこうも吹き荒れるようなものではない。カインはフレイムよりも激しい勢いで噴き上がる焔を身に纏った。元々闘気の鎧を着込んでいるようなものだが、徹底的に物理攻撃によるダメージを抑えようというのだろう。噴き上がる焔の勢いからもそれが伺えた。

 

「……それで?まさか見掛け倒しということはあるまい」

 

 ここで漸く、ギースが普通に語りかけてきた。軽く驚いたものの、互いに不敵な笑みを浮かべたまま睨み合う。

 

「当然。油断してると焼き殺すぞ」

 

「フン、油断しているのはお前ではないのか?」

 

「ほざけ」

 

 言いながら走り、右手で殴りかかる。闘気と焔を纏った今の状態なら純粋な殴打でもダメージになり得るだろう。大技を振ってその隙を突かれるよりは小技で着実に手傷を負わせる事を選択したのだ。隙の小さい動きならばそれを強引にキャンセルしてフェイントのようにすることもできる。その狙い通り、先程の突進では突き出した腕をあっさりと掴まれていたのが今度は掴まれる前に脚を振り上げて回避することができた。その蹴りはバックステップで紙一重で回避されてしまったが、カインは確かな手応えを感じた。行ける、と。

 流れをものにしようと、回避した直後の姿勢のままのギースに向かって両腕を背中側に弓なりに引き絞る。ギースが軽く目を見開くのを見ながら、腕を前方に思い切り突き出す。その勢いのまま撃ち出された気弾はギースに真っ直ぐに飛んでいく。ヒットを確信し、更なる追撃を繰り出そうと身構えるカイン。だが、その気弾はギースにダメージを与えるには至らなかった。撃ち出された気弾は、ギースが片腕を勢いよく振り上げて撃ち出した、闘気と風の塊によって相殺されたのだ。

 

「烈風拳か!あのタイミングでも防がれるとは、流石はギース・ハワードといったところか」

 

 感嘆しながらも動きは止めない。鉤爪のように折り曲げた指先に特に強く闘気を込めて斬りかかる。それを迎撃しようとギースの拳が唸りを上げてカインの攻撃と衝突する。強烈な音を立てて、互いの闘気がぶつかりあった。一瞬拮抗した後、カインの指がギースの頬を掠めて火傷の跡を残し、ギースの拳がカインの髪を打ち抜いた。

 一気にラッシュを仕掛ける、そう決めて拳と蹴りを次々と繰り出す為に大きく息を吸い込んで力を溜める。そうしてすぐさまカインはギースの懐に潜り込む。

 

「デッドリーレェイッ!」

 

 叫び、いつかクロコダインと戦った時のように素早くラッシュを繰り出す。これなら焔によるものも含めて一気に大打撃を与えられる。そう思って殊更力を込めたのだが、ギースは次々撃ち出される打撃を、時には受けきり、時には捌く事でその連撃を防御した。歯噛みしながらも締めの一発として爆発的な闘気弾を撃ち込むも大したダメージは与えられていないようだ。

 

「チッ、流石に強いな……しかし、……」

 

「……何故自分の技が効かないのか。そう思っているな?」

 

「そりゃアンタが強いからじゃねぇのかよ」

 

「違うな。お前の技には致命的な欠点がある」

 

「欠点、だと?」

 

 眉を顰めるカイン。力量不足や隙の大きさなどなら理解している。だが、力量が足りないというのなら兎も角致命的な欠点とは一体。思わず動きを止めて続きを促す。

 

「先程の闘気弾や乱舞……お前の技ではあるまい」

 

「……ああ、そうだよ。言われなくても分かるさ、特にデッドリーレイヴは元々アンタの技だ。それくらい」

 

「分かっていないな。そこにお前の出す技が稚拙な理由があるというのに」

 

 見下すような視線を向けるギース。それを黙って受けるカイン。

 

「貴様がやっているのはただの猿真似だ。上辺だけを真似た所で、その真価は発揮されん!知っているぞ、昔から真似た技が不完全だった事は。いつかの稽古の時に南斗獄屠拳とかのたまって唯の飛び蹴りをした時や、獣王とやらと戦った時に突進でしかないものを格好つけてサイコクラッシャーなどと叫んでいたりと」

 

「ちょっと待て、なんでアンタがそれを知ってるんだ?知れる訳ない事だぞ、それ」

 

「独学でこのギースの必殺技をも身につけたといい気になっているようだが」

 

「聞けよ」

 

「所詮は真似事に過ぎん。技の本質も何も理解せずに形を真似ているだけで私に勝てる気でいるとは思い上がりも甚だしい!」

 

 鼻で笑うギースを黙って見返す。確かに編み出した本人からすれば真似事としか映らないだろう。それでも、そういった”真似”をした技でない格闘術は自分で積み上げたものだ。その日々の修行を嘲笑うかのようなギースの言葉に歯噛みしてしまう。思わず拳を強く握り締めると、ギースが言った。

 

「悔しいのか?悔しければまずは勝て。話はそれからだ」

 

「言われなくとも。勝たない事にゃ言い返せもしない」

 

「威勢だけは一人前だな。ならば、今一度受けてみるがいい。本当のデッドリーレイヴを!」

 

 突然叫び、ギースが突進してきた。カインは咄嗟に当身投げの体勢を取るが、直ぐに自分の失策を悟った。カインはギース程”捌く”という防御が強い訳ではない。むしろ受けない防御という点においては目の前にいるギース・ハワードという男に一日の長がある。何故ならばギースという男は、カインが普段使っている当て身投げという技術の元祖とも言えるべき存在なのだ。その道の先達相手では見切られるであろうことは予想できる。

 

「デッドリーレイヴッ!!」

 

 予想通り、ギースの重い拳と蹴りが身体を抉る。一発ごとに重い打撃が響き、身体がぐらりと揺れた。薄れそうになる意識をつなぎ止めながら睨みつけようとすると、ギースは揃えた両腕を撃ち込む所だった。爆裂呪文でも炸裂したかのような音と共に強烈な闘気の塊が零距離で放たれる。

 

「ガっ……ぐ、あッ!?」

 

 血反吐を吐きながら吹き飛ばされる。闘気と焔の鎧を纏っていたというのに、喰らった事もないような衝撃を味わう。宙を舞いながらも敵を睨みつけると、その道着の袖が燃え尽きるのが見えた。少なくとも焔による防護の効果はあったというのにそれを貫通してダメージを与えられた事に益々苛立ちが募った。

 

 それでも体勢を立て直そうと、カインの両足が地面を踏みしめる――事はなかった。

 

「弱い」

 

 その一言が聞こえた時には、カインの眼下には暗い街並みが広がっていた。吹き飛ばされるうちに、ビルから落下したのだ。そういえばギースに負けるとあそこから投げ捨てられるんだったな、などとどこか他人事のように感じながら、重力に従って暗闇の中へと落ちていった。



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第36話 第二ラウンド

大分間が空いてしまいました。年内に破邪の洞窟編を終わらせたいところですが少々キツいか。
そして気がついたらいつもの倍以上。


 閑散としたロザリーヒルに剣を振るう音が響く。時折ラーハルトの持つ英雄の槍とぶつかり合う金属音も鳴るが、ピサロの隙のない立ち振る舞いにラーハルトは中々切り込むことができなかった。どうにか一瞬の隙を突いて槍を突き出すものの、巧みな体捌きで掠るように躱される。

 攻撃呪文の一つも撃てばどうにかなるかもしれない、などという甘い考えは持てない。一瞬でも槍から手を離せば即座に斬って捨てられかねない。そもそもラーハルトは呪文は不得手だ。使えない訳ではないが、そんなものに頼るより自慢の愛槍一本で戦う方が良い。そう結論付け、時折身を掠める刃を必死に躱しながら機を伺う。

 

「クッ……」

 

「どうした、そんなものか!」

 

「いいや、こんなものではないとも!」

 

 自慢の目にも止まらぬ早業で一呼吸の間に三度槍を突き入れる。が、最初の突きは首を掠め、次の突きは剣の腹に阻まれ、最後の突きはマントに風穴を開けただけだった。

 何が、何が足りない。速さが足りない訳ではない。むしろ単純なスピードならこちらが上だと自負している。なのに何故当てられないのか。そんなことは自問するまでもなく分かりきっていた。経験の差だ、奴と自分では文字通り潜った死線が違うのだ。ピサロはラーハルトの攻撃より速く防御或いは回避している訳ではない。ただ、培った経験を元に軌道を先読みしているだけだ。防御されているというより防御の上を攻撃させられている、と言った方が相応しかろうか。圧倒的な経験則から来る動きをただのスピードで圧倒するのはいくらラーハルトでも至難というものだ。それに戦闘前に言っていた自分が探している答えとは一体何なのか。恍けると言われたが心当たりはない。次第に焦燥感に駆られだした自分に気づいたラーハルトは、頭蓋を貫かんとする剣から身を捩って回避し、そのまま大きく飛んで距離を取った。

 

「ハァ、ハァ……くっ、手強いな……」

 

「魔族の王たるものが弱いと思うか?」

 

「思うわけがない。これでも今まで色んな者と戦ってきたが……お前より強いかもなどと思い浮かぶ者など数える程はいないな」

 

「……数えずに分かる程度にはいる、ということか。バランという男か?」

 

「そうだ、竜の騎士たるバラン様だ。だが……」

 

 そこでラーハルトは皮肉げに口元を歪めると、自信有りげに言った。

 

「バラン様もお前も本気を出したところは見たことがないが、もしお前とバラン様が戦ったならバラン様が勝つだろうと言ってやる」

 

「……ほう」

 

 挑発と己が仕える騎士の強さへの自信を込めた言葉にピサロは面白いとでも言いたげな顔をする。手加減していた事に気づかれていたのも含め、多少は認めてやろうかという気が出た。しかしそれも束の間、すぐに鋭い眼でラーハルトを見つめる。

 

「確かにバランという男は強いな。あの人間を彷彿とさせる雷呪文や剣技といい、私が知る中でも指折りの存在だ。だが――」

 

 そこで言葉を切り、どこか遠くを見るような眼でピサロは呟いた。

 

「人間を愛し、人間と共にあろうとした事が不幸を招くかもしれぬ」

 

「……なんだと?」

 

「お前も知っているだろう、人間の醜さを。強欲で、醜悪で、その上愚か。自分のためなら同じ人間をも食い物にするような種族だ。確かにお前の友人……カインという者のような人間もいる」

 

 ラーハルトに向き直ると、ピサロは怒りを宿した眼でラーハルトを見据える。その気迫はラーハルトが気圧される程で、ピサロの人間に対する怒りを伺わせた。

 

「だがそれは例外中の例外だ。アレのような欲が薄い人間の方が珍しいくらいだ……普通はそうもいかん。人間は己の欲望には忠実なものだ」

 

「確かにそうだ。だがそれは人間の一面でしかないのだ、そう決まっている訳ではあるまい」

 

 ピサロは暗に”人間と共に暮らす事などできはしない”と言っているのだ。自分の友人や主人の妻など、人間とも関わって生きているラーハルトにとって、それは否定したい事だった。否定しなければいけなかった。

 

「……お前は知らんのだ。世の中には煮ても焼いても食えぬ者がいるということを。……ロザリーは、あの娘は人間に狙われているのだ。涙がルビーになるというくだらない理由でな」

 

「ルビーの涙……」

 

「欲深い人間どもはロザリーを追い立てては涙を流させ、それを手に入れようとしていた。人間は決して触れられぬと分かってもだ……だから私は人間どもを手にかけた」

 

「……その後は、一体どうなったんだ?」

 

「あまり話したい事でもないがな……初めて会った時、私は彼女の目の前でその人間どもをあの世に送ってやった。そうしたら彼女は酷い、と言ったよ。人間だってわたしたちと同じ生きとし生ける者なのに、とな。面食らったよ、そして興味深かった。エルフとは奇妙なものだと。今ならエルフだからではなくロザリーだからだと思えるが……」

 

 そう語るピサロは、ほんの少しだけ嬉しそうに見えた。しかしそれを塗りつぶすくらいの怒りが見えた。

 

「私はロザリーを匿う為に、この村の……あの塔に住まわせた。調度品を揃え、信頼できる部下に警護を任せてな。……それからも欲深い人間達はどうやって嗅ぎつけたのかこの村に度々ロザリーを捕まえにやってきた。村の者達はロザリーを匿うのに協力してくれたがな」

 

「村の者達……この村には人間もいたのか?」

 

「ホビットや大人しい魔物、動物達が主だったが人間も僅かにいた……それがなんだ」

 

「ならば人間と手を取り合う事は出来なくとも、共存する事はできたのではないか?その無法者は兎も角としてだ」

 

「そうする為には、色んな事があり過ぎた。最早私はそんな道は選べぬ」

 

 怒りと決意と、そして何かの篭った眼でピサロはそう断言した。その眼はラーハルトにはどこか悲しく映った。だが、そんな思いはピサロの続く言葉でどこかへと消え去った。

 

 

「貴様は人間に愛する者を奪われて、それでも尚共に生きようなどと言えるのか」

 

「な、に……?」

 

「私達はお前の仲間の記憶の具現と言っただろう。元となった私達が今も生きているとは言っていない……ロザリーは、私の目の前で人間に殺されたのだ」

 

 頭を金槌で殴られたような衝撃だった。先程仲睦まじく向かい合っていたこの二人が、既に命を落としていると、しかも人間が命を奪ったというのか。激しい怒りを覚えたラーハルトだが、更なる言葉に声を失った。

 

「お前もそうだろう。人間に、愛する者を奪われた。なのに人間と共に暮らせるのか?」

 

「っ!」

 

 父と母の顔を想起する。優しかった両親が、あの自分をいじめていた人間達のせいで命を落としたというのに当の奴らは今ものうのうと生きている。そう無意識に考えて、ラーハルトはかぶりを振った。思い出さないように、あまり考えないようにと自分でも無意識のうちにどこかへ追いやっていた事だった。それでも何か言い返してやろうとピサロを睨みつけると、魔族の王は半魔族に向かって手を翳していた。

 

幻惑呪文(マヌーサ)

 

「な――」

 

 迂闊だった。戦闘の最中だというのに、こんな呪文をかけられるような隙を晒してしまうとは。自分の失態を悔やみながらも、先程のピサロの言葉が頭を離れない。戦闘に集中しろ、まずは倒してから考えろ、幻などに惑わされないように気をしっかり持て。そう自分に言い聞かせて前を向くと。

 

「……これは」

 

 魔法で惑わされた眼に映ったのは。

 

「何の嫌がらせだッ……!!」

 

 幼い日の自分と、それを虐めている人間達の姿だった。

 

◇◇◇◇◇

 

 

 アレフガルドというらしい大陸の片隅にある荒野が、小さな勇者と大魔王を倒した勇者の決闘場だった。ピサロとラーハルトの闘いとは違い、彼らは呪文も積極的に使いつつの勝負だが。

 

閃熱呪文(ベギラマ)!」

 

氷結呪文(ヒャダルコ)だニ!」

 

 ロトの放つ熱線に氷の槍をぶつけ、威力を大きく殺す。威力の殆どを使って氷槍を溶かした熱線を回避するのは容易だった。

 

「氷結系呪文が使えるのか、ちょっと羨ましいかな。僕にも使えたらもっと楽だったかな?」

 

「ロトは氷結系呪文の契約が出来なかったのかニ?」

 

「ああ、素質が無かったみたいでね。メラゾーマどころかメラミも使えないし、さっきは閃熱呪文を撃ったけど、極大閃熱呪文(ベギラゴン)は使えない」

 

「難儀なもんだニ。でも君の剣はそれを補って余りある強さだから羨むことはないニ」

 

「そうだね、剣技に関しては自分でも自信を持っているよ。さ、続きと行こう」

 

 そう言って、かかってこいと言うような動作で挑発する。アベルは一つ頷いて、小柄な身体に似合った小さめの剣を掲げて飛びかかった。ロトは王者の剣でそれを迎え撃つ。二本の剣がぶつかり合って激しい音を立てた。

 

「くぅっ……やはり手強いニ。ボキよりも数段上の相手、というのも久しぶりだニ」

 

 鍔迫り合いをしたまま、アベルがそう漏らす。弱気になっているとかではなく、純粋にロトの強さを讃え、そんな相手と戦える事を喜んでいるようだ。

 

「そいつはどうも、っと!」

 

 魔界の名工ロン・ベルクの鍛えた剣は、オリハルコンで出来た王者の剣とぶつかり合っても折れる事はなかった。ロトが全力を出していないというのもあるが、これほど激しくオリハルコンと打ち合わせても戦える剣を作り出すロンの腕は確かなものだ。そんな奴が自分に作ってくれた剣なのだから決して負けないという自信の下にアベルは剣を握る手に力を込める。

 

「!」

 

「ニ゛!」

 

 両手で王者の剣を握り締めていたロトはいつの間にか指を一本だけ立て、そこから閃熱呪文を撃ちだしてきた。顔面目掛けて飛んでくる熱線は間一髪回避できたが、頬が少し焦げ臭くなった。後ろに飛んで距離を取り、念の為に頬にホイミを掛ける。

 

「やはり伝説の勇者だけはあるニ。今のボキではとうてい敵わない……」

 

「じゃあどうするんだい?ここで終わる?」

 

 ロトはそう言葉を投げかけてはいるものの、アベルがそれを是としないのは分かっているようだ。戦意を緩める気は全くない。

 

「んな訳ないニ!だったら今のボキが出せる全力をぶつけるだけだニ!」

 

「そう来なくっちゃ!」

 

 剣を収めたアベルは両手をロトに向け、魔力を込める。先程から彼は氷結系呪文を多様していた為、今から撃ちだされるのがそれである事は想像に難くなかった。

 

 

「マヒャドか……思い出すな、昔を」

 

 ぽつりと呟いたロトは盾を翳して防御する耐性を取った。アベルの放った冷気で地面がたちまち凍りついていくが、勇者の盾はそれ程の冷気をものともせずに主人を護り続けている。ベギラマでは出力がマヒャドに追いつかないと判断したのだろうか、呪文を使う様子はない。

 

「ぐぬぬ、マヒャドでもびくともしないとは凄い盾だ二。まさに勇者の盾ってところだ二」

 

「そうだね、この盾にはよく助けられた。さっきのマヒャドよりも強い氷のブレスを使う奴と戦った事があったけど、その時も護ってくれたよ」

 

「ほほう、ボキの魔法より強いブレスとは、もしやそいつが君の戦った魔王か二?」

 

「そうだよ……君、とぼけた性格の割には鋭いね」

 

「とぼけたは余計だ二。して、そいつの名は?」

 

 心外だというように肩をすくめるアベルに苦笑すると、ロトは昔を懐かしむような顔つきで空を見上げた。

 

「……大魔王ゾーマ」

 

「ゾーマ……」

 

「氷の魔法やブレスを得意としていてね、勿論その力も半端じゃない、大魔王と呼ばれるに相応しい奴だった。戦う時に聞いた彼の前口上は未だに覚えているくらいだ。彼は確かに僕の敵だったけど、誇り高い存在だった。ゾーマが絶対的強者だったからこそ、負けないようにとここまで強くなれた。倒すために強くなれた。ゾーマがいなかったら勇者ロトは決して生まれなかったと言える程にね」

 

 故人を懐かしむように、いや、実際そうなのだろう。ロトにとって大魔王ゾーマというのはただの倒すべき悪ではなく、乗り越えるべき壁、称えるべき強者、そして勇者としての人生の終着点――そんな存在だったのだ。勇者アバンと魔王ハドラーのように、互いを認め合ったからこその関係。その道が交わる事はないが、理解者となる存在。

 

「確かにゾーマは悪だ。でも、ただの悪党じゃなかった。勇者というものが正義のカリスマだとしたら、ゾーマはただの悪じゃなく、いわば悪のカリスマだったんだ。それに気づいた時、僕は彼をひどく羨んだ」

 

 ロトの自嘲するような言葉にアベルが首を傾げる。勇者が大魔王を羨むとは一体どういうことなのだろうと。問いかけたかったが、それを口にする事はなんとなく憚られた。黙って見つめていると、視線に気づいたのかロトはバツの悪そうな顔で続けた。

 

「ゾーマは自分の意思で大魔王だった。魔物達を束ね、魔王バラモスを従え……大魔王であり続けた。最期の時まで、立派な悪で在り続けた。……でも、僕は違った。勇者になったのも、半ば周りに強制、或いは流される形だった。父が勇者だったからか自然と僕にも期待が向けられていた。僕の意思とは関係なしにね」

 

 そう話すロトは先程までのいかにも勇者という威風堂々とした姿ではなく、やるせなさや苦悩を隠せずにいるただの若者だった。

 

「王様からは魔王を倒せと言われ、与えられたのは棍棒や旅人の服に50ゴールド。死ぬ事で英雄になれとでも言うのかって思ったよ。仲間達は頼りになったけどこんな事を話せる訳もない。勇者なんて辞めてやると思ってもそれが許される事もなく勇者を続ける事を勝手に決められていた。天が選んだのだとしても、僕は勇者なんてどうだってよかった」

 

 勇者ロトと小さな勇者アベルの最大の違いはそこなのだ。アベルは誰かの為に勇者たらんとし、ロトは本人の意思を無視して勇者である事を宿命づけられた。アベルは勇者である事を望み、ロトは勇者である事を望まなかった。

 ロトの歩んできたその道に、アベルはショックを隠せなかった。それではその王や周りの人間達の方が悪ではないかと。自分達が悪だと気づいていない、魔王なんかよりもドス黒い悪だと感じた。今まで勇者は人々を助け勇気を与える者だと、悪を打ち倒す勇気ある者だと思っていたアベルにとって、彼の告白は衝撃的だった。

 

「勇者という肩書きもロトという称号も、重荷でしかなかった。こんなものに縛られずに自由でありたかった。そういう意味では、君の事もとても羨ましいと思ってしまう。何が伝説だ、何が勇者だ!僕だって結局一人のちっぽけな人間でしかないんだ!」

 

「……ボキは、君にかける言葉が見つからない二。そもそもかけられる言葉なんてない二、君の苦悩は君にしか分からないんだから二。だからボキはこう言う二」

 

 ロトがアベルに目を向けると、彼は小さい身体で目一杯胸を張っていた。小さな勇者の名の通り、勇者らしく堂々と小さな身体で雄々しく立っていた。

 

「その悩みや苦しみ、全部ボキにぶつけてみる二。思い切り吐き出す事でスッキリすることもある二」

 

「……いいのかい?僕が全力を振るったら君は生きていられるかも分からない。いや、きっと死んでしまうだろう。ゾーマだって僕が」

 

「ノープロブレェム!だ二。ゆくゆくは君のように強くなる予定なんだからここで死んじゃいられない二。つまりボキは死なない二」

 

「……無茶苦茶だよ」

 

 ロトは深々と溜息を吐いた。そんな馬鹿みたいな理論で死を免れる事ができるというなら今頃世界はそんな馬鹿で溢れかえってるかもしれない。

 しかし、ロトはどうやっても目の前のこの馬鹿が嫌いになれそうになかった。自分が無くしてしまった何かを目の前の馬鹿は持っている。そう思うと、彼の言葉を無下にするのは憚られた。

 

「分かった、全力で行かせてもらう」

 

「全力で来いニ。いっそ剣に最大呪文乗せて斬りかかるくらいで来るニ」

 

「……やった事ないんだけど、そんなの」

 

「君程ならできると思うニ?ボキだってできるニ」

 

 そう言ってアベルはこともなげに雷撃呪文(ライデイン)を自分の剣に落とし、その雷を纏わせる。自慢げにしている様子を、ロトは目を細めて見ていた。

 

「雷撃呪文……やっぱり君は……」

 

「これがボキの必殺剣、名付けてデインブレイクだニ。これを受けて立っていた者は……何人かいるニ」

 

 若干間の抜けた内容を誇らしげに語るアベル。この短時間でアベルの一挙一動に苦笑するロトという図が半ばテンプレートのようになっていた。

 

「じゃあ……やってみるかな」

 

「やってみるニ」

 

 ロトは王者の剣を高く掲げ、ポツリと呟いた。

 

「――ギガデイン」

 

 アベルのデインとは比べ物にならない程の強力な雷撃が、王者の剣に炸裂した。オリハルコンで出来たその剣はその豪雷をしかと受け止め、その威力を保っていた。

 

「これが僕の最大呪文、ギガデインだ。もう一度だけ聞くけど」

 

「NO!だニ」

 

「質問くらい聞いてくれ……言ったって答えは曲げないかな、君は。……行くよ、小さな勇者(プチヒーロー)

 

「来るがいいニ、強き人間」

 

 剣を構えた二人は同時に飛び出し、同時に剣を振るった。

 

◇◇◇◇◇

 

 カインは落ちていた。人工的な光しかない、暗い町並みに。ギース・ハワードに手酷くやられ、身体だけではなく精神も打ちのめされていた。

 意識は朦朧とし、頭に登っていた血がどんどん身体から抜け落ちていくのを感じる。虫の息だと他人事のように思い、これから訪れるであろう結末を半ば受け入れていた。

 段々と落下がスローになってきたように感じる。人は死ぬ間際にいわゆる走馬灯を見るらしいが、実際見るのは初めてだなとうっすら思う。

 

 

(猿真似でしかない技と与えられただけの身体、か。結局、俺ってなんだったんだ?あのカミサマは間違って俺を殺したって言ってたけど、結局こうして死ぬんだからそんな気に病まなくても良かったんじゃないか)

 

 

 最初に出てきたのは件の神だ。少女の姿をした彼の神は何故自分にこの身体を与えたのか。そんなことは本人に聞いてみないと分からないだろう。そんな事を疑問に思ったカインだが、理由なんてどうでもいいなと思っていた。

 

(ロンは最近どうしてんのかね。俺の成長に負けないようにって修行のやり直しとか言ってたけども。結局本気のアイツにゃ勝ててないな)

 

 次に出てきたのはこの人生で初めて出会った友人。思えば最初の友人が魔族だった時点で、その後の道が決まっていたのかもしれない。何にせよ、失望させてしまうかもな。そう自嘲すると、記憶の中の彼は酒を呷って笑い飛ばした。

 

(ハドラー……はもう死んでたっけな。このまま死んだら会えっかな?バルトスは性格的に天国逝ってそうだが……そういや天国とか地獄ってあるのかね。ヒュンケルはどうしてんだかな)

 

 魔王ハドラーは既に勇者アバンに破れ、その生涯を終えている筈だ。散々悪行をやらかした彼と同じ所まで逝けるかね、そう考えるとほんの少しだけ笑みがこみ上げてくる。バルトスなら天国行きでもおかしくはないのだが。最初の人間の友人は今頃何をしているのだろうか。

 

(ジャンクはちゃんと家族と仲良くしてるかね。特にポップと上手くやれてるか心配だ。アイツは変なところで強情だからな)

 

 人のいい武器屋の店主とその家族を思い出す。あの頑固一徹な父親は年若い息子とよく喧嘩をしているようだ。その喧嘩の元がジャンクの親心と若い少年にはよくある反発心と知っている身としては色々と思う所もあるが。あの年頃の子供とはそういうものだろう、自分にも覚えがある。もし自分に子ができたら、ジャンクのような父親になれるだろうかと考えて自嘲する。

 

(フォルケン王にゃ世話になったよなぁ。最近は体調良くなってるけどもう歳なんだからあんまり無理しないで欲しいもんだ。ま、その辺はカンダタもフォローしてくれるだろ。なんだかんだ言っても情に厚い奴だからな、アイツは)

 

 高齢の上に病弱なテラン王は身体が心配だが、その辺は自分がいなくてもきっとあの義賊がどうにかしてくれるだろう。無責任な事を言うと自分でも思うが、スノキアなどの薬草もしっかりカンダタの所で栽培している。ザムザとの取引ができなくなってもそれ程問題はないだろう。

 

(アバン殿はどこで何してんだかねぇ。いつだったかにヒュンケルが弟子入りしたって話は聞いたが、それもいつからかとんと途絶えちまった。どっかで野垂れ死にって訳はないだろうがな。あの二人はあれだな、殺しても死なないタイプだ。間違いない。マトリフのじじいは少なくとも向こう10年は死なないだろうな。せいぜい養生して長生きしやがれよ)

 

 割と失礼な事を半ば本気で考える。少なくともあの男に弟子入りした以上、ヒュンケルも最低限の技能は身につけている筈だ。アバンは教育者としても一流だからな、そう思って笑みを浮かべる。どうせ生きているだろうから、アイツに関しちゃ心配ないな。そう考えるとアバンも大概だなと笑えてくる。マトリフはマトリフでいい意味で歳を感じさせない人間だ。多分若い頃もああだったんだろう。若者が老いぼれより先に死ぬな、なんて怒鳴られそうだなと苦笑する。

 

(クロコダイン……あの獣王痛恨激は凄かったよなぁ。もし防御せずにまともに食らったらオリハルコンでも砕けるんじゃないかね、アレ。流石にそこまで甘くはないかな?まぁ、クロコダインもロバートとよく戦って成長してるみたいだし、そのうちマジにオリハルコンでも砕くようになるかもな。ロバやんもどんどん強くなってる。人間ってのは凄いもんだよなぁ)

 

 獣王クロコダインの必殺技を思い出す。初めてアレを避けた際はノリと勢いでやったようなものだが、今のクロコダイン相手に同じことをやれと言われてもできる気はしない。耐え切れと言われたら余裕綽々で耐え切る自信はあるが。ロバート・ガルシアも獣王相手に戦える人間だ。また魔王とか出たらアイツも戦いに行くのかねぇ、と呟いた。

 

(そういやザムザとは最近会ってないよな。今度会ったら何を……って今度はねぇわな。最後に会ったのいつだっけな?)

 

 あの魔族の青年ともそれなりに長い付き合いだ。自分が死んだらラーハルトやアベル達が伝えてくれるだろうか。高齢だというザムザの父よりも速く死ぬ事になるのは残念だったが、それ以上にもうザムザの研究成果を見れないということが残念だった。

 

(バラン達、俺が死んだって知ったら悲しむかね。ダイは今6歳だっけ?ダイにゃ俺やバランみたいに戦ってばっかりなんて事はないようにしてくれよ、バランよ。ソアラにゃなんだかんだ言って助けられたなぁ……)

 

 あの子煩悩な騎士は、自分よりも若い者が先に逝ってしまう事を嘆き悲しむかもしれない。心優しいその妻も、その両者の血を継いだ子も、知人の死に心を痛めるのだろう。せめてあの幼子が自分のような道を歩まない事を祈るだけだ。もっとも、このまま世界が平和でいればそんな心配も杞憂であろうが。

 

(アイツら、こんなのが主人で悪かったな。まぁ、後の事はラーハルト達に任せよう。俺がいなくても、きっとなんとかなるだろうさ。極楽鳥にゃなんだかんだ助かってる所もあったんだが、それも伝えられず仕舞か。ロビンとラムダには色々小間使いみたいにさせちまってたし……やれやれ、俺は主なんて器じゃねぇな)

 

 キラーマジンガのロビン、機械人形のラムダ、そして極楽鳥。自分の配下とも言える三者にはせめてもう少しまともな主人でいてやれればよかったなと自嘲する。三者共に長くカインに付き従っていたが、主らしい事はしてやれたんだろうか。ハドラーのような堂々とした主人でいてやれたなら、何か違ったのだろうか。ロビンとラムダの精神の成長を見届けられないのが心残りだ。

 

(ラーハルト、アベル、ルミア……この短い生の中で、最も俺と親しくしてくれた友人達よ。お前らは早々死ぬんじゃねぇぞ、なんてこれから死ぬ奴が言えた事じゃあないが……ったく、最期くらい四人でのんびりと茶でも飲みたかったな。来る前に“絶対帰ってこい”なんて言われてたのに、このままじゃあ約束破っちまうなぁ……)

 

 半魔族、小さな英雄、そして人間の少女。この世界に生まれて最も彼が心を通わせたであろう友人達。ラーハルトは自分の死をどう思うだろうか。早々に両親を亡くした彼に、友人を失う悲しみを与えるのは酷だなと感じる。アベルはそれでも前を向くのだろう。人間や魔族の汚い部分も知っているカインにとって、彼は正しく太陽のような勇者であった。ルミアはそれでも帰りを待つのだろうか。いつものように、墓を掃除しながらラムダと一緒に、時折空を見上げながら。ただ、アイツの泣き顔は見たくないな。そう漠然と感じた。

 

(……なんだよ、潔く死ぬような事考えておいて。未練タラタラじゃないか俺。口元から溢れ出るぐらいに未練がある。ああそうだよ、死にたかねぇさ。でももう身体はボロボロ、その上このままじゃあ地面に激突して御陀仏だ。もうどうしようも――)

 

――本当に?

 

――本当にどうしようもないのか?

 

――本当にこのまま死んでもいいのか?

 

「……なわきゃあねぇだろォが!」

 

 ルミアが自分の為に涙を流すかもしれない。そう考えて閉じかけた両眼をカッと見開いた途端、急速にカインの世界に色が戻った。このまま死んで逃げようなんて腑抜けた事を考えた自分への怒りと、それを凌駕する生への渇望が沸々と湧いて出、その為の道を探り始める。最早地面は目前だ。いくら闘気の鎧があっても、この速度でアスファルトに激突すればどのみち致命傷だ。それを避けるにはどうすればよいか。

 

「ヘッ……簡単だぜ、ヒントがさっき見えてたよなァ!」

 

 右腕に闘気を集中させ、闘気流を生み出す。成程、試してみるとこれは存外難しい。ともすればあらぬ方向に撃ちだしてしまいそうなくらいには安定しない。かの獣王はよくこれを自在に操ったものだと感嘆する。さて、自在に出来ぬものをどうやって操ったものか?疑問としてはみたものの、その答えもすぐに出た。

 

「燃え上がれ……俺の焔よ……!」

 

 全身から噴き上げた紫の焔は、身を焦がさんばかりの勢いをそのままに、右腕に纏った闘気流をそっくりそのまま上から覆った。燃やすものとそうでないものを区別して自在に操れる焔で流れを作ってやれば、闘気の流れもそれに従う。クロコダインの獣王痛恨激とは違う、カインならではの闘気の渦が右腕に出来上がった。だが、これだけでは足りない。眼下に迫った地面への落下の勢いを削ぐにはこれだけではまだ足りなかった。

 

 だから。

 

「帰ったらまたいつもみたいに皆で茶飲んで、ゆっくり語らっていたい……その為に、俺は生きなくてはッ!何が何でも生きて帰ってやるッ!」

 

 名工ロン・ベルク作の、ブルーメタルを贅沢に使った魔靴。魔力を込める事で空を飛ぶ事のできるその魔導具に、カインはありったけの魔力を送り込んだ。ロンが戯れと称して作り上げたその魔靴は、カインの膨大な魔力をも受けきりおのが力へと変えた。その力を持ってして全力で主の落下速度を減衰させる。その間に。

 

「思い切り、ぶちかましてやらあああああッ!!」

 

 焔闘気流を地面に向けて解き放つ。身に纏えば鋼鉄の鎧と化す闘気の大渦に、並大抵のモノを焼き払う焔。それが溶け合った焔渦はその勢いを以てカインの落下速度を大幅に落とす。渦はそのままカインが落下する地面を飲み込み、大きな風穴を開けた。落下距離は伸び、落下速度は大幅に低下した。そのままカインは自身が空けた大穴に落下していった。

 

 

 ドサッ、と麻袋か何かを落とすような音が響く。ややあって、穴の縁から手が這い出てくる。カインの手はしっかりと縁を掴み、その大穴から這い出ようとしていた。空に浮かぶ月を掴むように手を伸ばす。すると、突然誰かがその手を掴み、カインを穴から引きずり出した。

 

「うおッ、とと……すまんな、助かった」

 

 カインを引っ張り上げた男は、気にするなと言うように首を振った。それを見てカインも一つ頷き、身体の調子を確かめ始める。

 

「右腕良し、左腕良し、右足左足……よしよし五体満足」

 

「……君は何の為に闘う?」

 

 男は唐突に質問を投げかけた。その言葉でカインの動きがピタリと止まるが、直ぐにまた動き出す。ガリガリと若干気恥しそうに頭を掻きながら。

 

「正直、さっきまでの俺に闘う理由なんてなかった。ただ漠然と戦ってるだけだった。今までの俺には何かに動かされるっつーか流されるっつーか……まぁ、要するに確固たる物が無かった」

 

「ならば、今は?」

 

 顔の血を拭い去り、男の眼を真っ直ぐに見て毅然と言った。

 

「泣かせたくない女がいる。これからの俺が闘うのはそいつを護るだけの力を得る為だ、友人を護る為だ、家族を護る為だ。……結局、動機なんて些細なもんだ。こんな簡単な言葉での決意なのに、前の腑抜けた俺よりもしっかりと前を見ていられる。それに、アンタに出会った事でもう一つ決意が固まった」

 

「もう一つの決意とは?」

 

 黙って男から目を離し、月を見上げる。満月でも三日月でも新月でもない、中途半端な満ち欠けだ。だがそれが俺には合っている、そう考えて深く息を吸い込む。

 

「俺は俺だ」

 

 その言葉に男は首を傾げた。もう少し分かりやすく言えとその眼が語っている。

 

「……今までの俺は、心のどこかでこの身体の元となった男に……カイン・R・ハインラインにならなければいけないと思っていた。だから立ち振舞いもそれを意識したものと俺自身が混ざり合っていた。この身体だから、この容姿と力だからカイン・R・ハインラインとならなければと」

 

 でも、と言葉を切り。

 

「――別に、誰かになる必要なんてないんだ。半魔族の友人はギース・ハワードの義弟であるカイン・R・ハインラインじゃなくて俺だし、色気より食い気なお嬢ちゃんに惹かれたのも俺だ。……俺は俺なんだ、アンタになる必要なんて最初からなかった。だから、せめてこれからは俺らしく生きていこう……ってね」

 

「フ……そうだな、私としても影武者が私に成ろうというような真似は好ましくない。君は君でいたまえ」

 

「そうさせてもらう。俺はカイン・R・ハインラインではない。ただのカインだ」

 

 カインと同じ顔をした男は、その言葉を聞いて満足気に頷いた。

 

「カイン。君はギース・ハワードとまた闘うつもりなのだろう?」

 

「当然。アイツのお陰で色々と気づけたんだ。猿真似って言われたのだって、今なら解る。……俺は、上辺でしか見ていなかった。ただ上っ面だけを真似て、そういう技なんだと分かった振りをしていた」

 

 こんなの黒歴史確定じゃないかと呟き、カインは続ける。

 

「必要な物は理解だ。ギースのデッドリーレイヴだって元は龍虎乱舞(他人の技)をアレンジした技。龍虎乱舞を理解して自分のものとしたからこそのデッドリーレイヴだ。俺にはその理解がなかった。全くだ。ただ見たものだけを真似ていたんだから猿真似で当然だ。思えば誰かの真似でない、俺自身への動きにはギースは何も言わなかった。つまりそういうことなんだろう」

 

「かのルガール・バーンシュタインは相手の技を見ただけでコピーできたというが?」

 

「それはあの自爆趣味野郎が、一瞬でも見ただけで理解して自分用に昇華できるだけのセンスがあるからだ。俺にはそんなセンスはない。だから」

 

 そこで言葉を切り、拳を握り締める。多少身体から血は失われたが、意識ははっきりしているし気分も高揚している。自分でも分かるぐらいにハイになっている。

 

「俺はシンプルに行く。誰かの技は、時間をかけて自分の物にする。センスがないならないなりに努力して掴み取ってやるさ。だから、それまでは至極単純に――」

 

 ぶん殴る、と歯を剥き出しにして笑う。それを見て、男は薄く微笑む。

 

「見ただけで闘気に満ち溢れている。大分力を使ったと思ったが」

 

「簡単な事だ。闘気ってのはな、闘う気って書くんだぜ?……あ、英語は分からんが。まぁそれはともかく、俺の闘気は即ち闘志だ。俺が闘う意思を捨てて、心が折れない限り俺の闘気は尽きんよ」

 

 そうか、と呟いて男はカインを真っ直ぐ見据える。カインもそれに対し正面から見返す。

 

「最後にもう一度だけ聞こう……一度負けた相手にもう一度挑もうというのだ。覚悟は出来ているのかね?」

 

「出来てなきゃあさっきの落下で死んでいる。それと、一つ訂正だ」

 

 人差し指をピンと立て、カインはおどけて言う。

 

「二本先取した方が勝ちだ。場所によっちゃ三本先取だが、俺はまだ一本取られただけだ。こっから挽回すりゃあいいってだけの話だろ?」

 

 なぁ、と片目を瞑って問いかける。男は暫しポカンとした後、クックッと肩を震わせて笑いだした。カインもクククッと笑いを零す。一頻り笑った後、男は笑顔をカインに向けた。

 

「分かった。では、屋上まで肩を貸そう。少しでも力を温存したいだろう?」

 

「ああ、すまんが頼むぜ」

 

 男の肩に腕を回し、少しでも楽な体勢を取る。そのままゆっくりと、二人は無言で歩き出した。やがてエレベーターにたどり着き、それを使って最上階まで登る。屋上に繋がる道に出るまで、二人は終始無言だった。少し前にも通った扉の前で立ち止まり、カインは男に向き直った。

 

「では、頑張りたまえカイン君。私は君を応援しているよ」

 

「ありがとうよ、カイン・R・ハインライン。俺が伝説に勝つ所をしっかりと見ていな」

 

 そう言って、カインはしっかりとした足取りで屋上へ歩いて言った。後に残った男は、自分に語りかけるように呟いた。

 

「全ての人間が彼のように、惰性で生きる事を辞められたなら……か。ふふ、彼ならもっと面白い事をやってのけるかもな。しかし、友人の名前まで一緒とは……まぁそこは図った訳ではないだろうが。兎も角頑張りたまえよ少年。全てを否定し排除するだけでは人も力も動かない……君が何をするのか、楽しみだよ」

 

 

 

 屋上に足を踏み入れると、ギース・ハワードは腕組みをしたままこちらを見据え、鼻を鳴らした。見るからに不機嫌そうだ。先程のカインの無様な姿で機嫌を損ねたのだろう。

 

「死に損なったか。わざわざ戻ってくるとはご苦労なことだ。今度こそあの世に送ってやろう」

 

 クイクイと手を曲げて挑発するギース。それを見つつも、カインは深呼吸をしてからぽつりと呟いた。

 

「――神になろうとした男は言っていた」

 

「……?」

 

 何の話だと訝しむギースを尻目に、言葉を続ける。人間が神を望まないのならば全てを無に帰す破壊の悪魔になるとも語った男の言葉を思い出しながら。

 

「人は何かを成すために生を受け、成し終えた時死んでいくと」

 

「……」

 

 要するに何が言いたいんだと焦れたギースは眼で問いかける。

 

「……俺はまだ何も成し遂げちゃいない。こんな所で死ぬ訳にはいかない。だから、アンタに勝つ」

 

「それは結構。だが何の為だ?貴様は何の為にこの私を倒そうというのだ。言葉通り生きる為か?それとも悦楽の為か?まさか、まだ何も見ないまま惰性で闘うとでもいうのか?」

 

「そんなことは口にするまでもない、って言いてぇがさっきまでの俺だったらそう言われるわな。アンタのおかげで眼が覚めたってところだ。だからここで宣言してやる」

 

 そこでカインは言葉を切り、深く息を吸い込んだ。万感の想いを乗せて、声高に決意を表明する。ギースに向けて伸ばした手を握り締め、叩きつけるように、自分にもギースにもぶつけるかのようにカインは叫んだ。

 

「俺がアンタと闘うのは、俺が俺であるためだ!他の誰でもない、俺という存在を証明する為だ!力を与えられただけのカイン・R・ハインラインの偶像ではない、ただのカインとして……そして一人の男としても!俺はお前を超えてみせるッ!」

 

 その叫びを受けてギースはほう、と声を漏らす。言外にお前はただの通過点だとでも言うかのような言葉に不敵な笑みを浮かべ、構えを取る。

 

「……先程よりも良い眼になったな」

 

「そりゃどうも。さっきまでの眼がくすんでるような俺とは一味も二味も違うぜ」

 

「ならば力を示してみろ。どれだけ強くなったのか見せてもらおう」

 

「分かってらァ!」

 

 言葉と共に右手を強く握り締め、軽く払う。蒸気のように立ち昇る闘気を見ながら、ギースは不敵な笑みのまま攻撃を仕掛けた。

 

「邪影拳ッ!」

 

 雄叫びを上げながらギースが突進し、カインに肘打ちを繰り出した。ガードをしたカインの腕を勢いそのままに掴み、地面に叩きつける。鈍い音を立てて床の破片を散らした直後、ギースはすぐさま距離をとった。

 

「フ……ガードしても投げられる事を見越して掴まれるであろう場所を焔で覆っていたか……抜け目の無い奴め」

 

「気づかずに追撃してくれてたら大炎上と行ったんだがな。掴んだのも一瞬だったから表面がちょっと焼けた程度じゃねぇか」

 

 軽口を叩きながら平然と立ち上がるカイン。ギースは手の火傷も意に介さずに不敵な笑みを浮かべたまま、再びカインに躍りかかる。来るかと反撃する姿勢を取ったカイン。だがギースは攻撃せずにすぐさまバックステップで距離を取った。フェイントだと気づいた瞬間、闘気弾が風を纏ったような状態で飛んできた。辛うじて焔で相殺したと思った時には既に二発目、三発目が飛んできていた。防ぐのに手一杯で回避に移れないと見たギースは更に数発の烈風拳を撃ちだした後、両手を合わせ、爆発的な闘気弾をカインの顔面目掛けて撃ちだした。

 

「ッ!」

 

 烈風拳を警戒し、足元に注意を払っていたカインは一瞬遅れてその一撃に気づいた。が、回避も反撃もできずにまともに喰らって吹き飛ばされる。また屋上から落下しそうになったものの、今度はしっかりと縁を掴んで戻ってきた。

 

「この程度では満足せぬぞ……」

 

「俺だってそうだ、こんなもんじゃあ満足できねぇぜ……」

 

 ギースの呟きに答えながら、目前まで歩いてくる。拳をパシパシと打ち合わせながら笑う姿からはダメージを感じさせない。だが、大技を何発かくらった上にこの高いビルから地面まで落下したのだ。ダメージを受けない訳がない、そう考えてギースは飛びかかる。

 

「Onslaught!」

 

 手刀を構えた状態から袈裟懸けに斬るようにして右腕を振り下ろす。カインはそれを迎撃しようと左足で蹴り上げる。手刀とハイキックがぶつかり合い、強い衝撃を生んだ。一種の拮抗の後、鈍い音を立ててギースの右腕が弾かれる。その勢いに乗って後方に跳躍したギースは、暫し自分の右腕を見た後、声を立てて笑った。

 

「やるじゃあないか…今のはいい蹴りだったぞ。だが貴様の反撃もここまでだ!」

 

「ヘッ、次はもっと強烈なの食らわせてやるよ」

 

「残念だがそれは無理だ……この技でトドメを刺してやろう」

 

 言葉と共にギースは素早い動きでカインの懐へ潜り込む。咄嗟に腹部と喉を守る姿勢を取ったカインの両腕をギースは掴む。打撃を警戒していたカインは、反応が遅れ、ギースにその技を出させる事を許してしまう。腕を持ち上げ、カインを上へ放り投げた。

 

「Nice fight!」

 

 短く呟くと、ギースは両手を頭上で交差させた。その両手に闘気を集中させ、力を込める。回避は間に合わないと判断し、急所を守る姿勢を維持するカイン。重力に従って落下してくるカインを見据え、ギースは両手を地面に叩きつける。

 

「レイジィング……ストォームッ!!」

 

 ギースが地面に叩きつけた赤い闘気が牙のように吹き上がり、カインを貫く。辺りの地面を一息に破壊する威力を持ったそれをくらい、カインは紙切れか何かのように吹き飛ばされた。それを見てギースは勝ち誇った声で笑いだした。常人ならばとっくに息絶えるような傷を負っている所にこれだ。最早動けはしないだろう。勝利を確信したギースは声を上げて笑う。

 

「ハッハッハ……Die yobbo!!」

 

 

「勝ち誇るのは……」

 

「ん!?」

 

「俺を完全に仕留めてからにしやがれェ!」

 

 つい先程レイジングストームをまともに食らい、地面に転がっていた筈のカインが猛烈な勢いで飛びかかってきた。魔靴の力で速度に大幅なブーストをかけたカインは、大きく広げた右手に焔を纏ってギースに向かって振り下ろす。目を見開いて驚愕したギースは身を捻ってその攻撃を避ける。代わりにその一撃を受けた地面は、破砕音を立てて砕け散った。もう少し削るだけで下の階が見えそうなくらい深く地面を抉ったカインの反撃は惜しくもギースには届かなかったが、彼を戦慄させるには十分だった。

 

「バカな……レイジングストームは完全に入っていた。デッドリーレイヴを受けた時点で虫の息になっていた貴様が耐えられるものか!」

 

「確かにまともにくらっちまったよ。ただ耐えただけだぜ?耐えたからこうして反撃したんだ。何かおかしいか?」

 

「貴様……」

 

「何ビビってるんだよギース、まさか俺が怖いのか?んな訳ねぇよなぁ、お前はこのサウスタウンの支配者だろう?お前程の者が俺如き若僧に怖気づく訳ないよなァ!?」

 

「クッ……そうとも、このギース・ハワードこそサウスタウンの帝王!私に後退はない……あるのは前進勝利のみ!」

 

「それでこそだ!そんなアンタだからこそ俺は勝ちたいんだ。もっぺん全力でぶちかましてこいや!」

 

「いいだろう!ならば貴様がまだ食らっていない奥義を馳走してやるッ!」

 

 その言葉に笑みを深くすると、カインは真っ直ぐに歩き出した。ギースに向かってゆっくりと、しかし確実にその距離を詰める。ギースも同じように歩き、腕を伸ばせば届くという所まで互いに近づく。

 

「……来いよ。今度も耐え切ってやる」

 

「いい度胸だ。その自信ごと打ち砕いてやる」

 

 言葉と共に、ギースは再びカインを高く放り投げる。今度は先程のレイジングストームと違い、両手を腰だめに構えた。込められた力は先程と比べても遜色無い。威力だけを見れば、直接相手に叩き込む分これから放たれる技の方が上だろう。落下しながら、今度は腕を交差させて防御姿勢を取るカイン。その両腕の交差点がギースの目の前までやってきた瞬間。

 

 

「オオォ……羅生門!!」

 

 雄叫びを上げながら、双掌打がカインに叩き込まれる。先程のレイジングストームや、最初にカインが受けたデッドリーレイヴと違ってその破壊力を一点に集中して必殺の一撃を叩き込む、それが羅生門。ガードの上からとはいえ、致命傷どころではないダメージを受けるはずだ。防ぎ切ったとして両腕は使い物になるまい。そう思ったギースは、叩き込んだ瞬間にカインのガードから感じ取った感触に目を見開く。骨が砕けるような感触ではない。ましてや腕を粉砕した感触でもない。渾身の一撃を耐えきられた、そういう手応えだった。確かめるまでもなく、コイツは死んでいない。そう確信せざるをえなかった。

 

「……馬鹿な、普通なら既に何度も死んでいるというのに……何故だ?何故貴様は倒れない?何故だ!?」

 

「言ったろう、こんな所で死ぬ訳にはいかないと。だから死なない」

 

「ふざけた事を……そんな子供の屁理屈のような理論で――」

 

「その屁理屈を実現させているだけだ。確かに、自分でも無茶苦茶な事言ってると思うよ。でもな、このくらいやってみせなけりゃあ」

 

 額から血を流しつつも、強い光を宿した眼で見据えながらカインは言う。

 

「未熟な俺ではアンタに拳を当てられないだろう?」

 

 未熟、そう自称した男をギースはとんでもない奴だというような顔で見ていた。どうやって耐え切ったのか、そのカラクリ程度は分かっている。攻撃を受ける一点に集中して闘気で防御壁を張った、それだけだ。自分が羅生門を打ち込む時にしているのと同じような事だ。ギースが戦慄しているのはそこではない。一瞬一瞬でその着弾箇所のみに闘気の壁を張る精度、そしてその壁のあまりの強靭さに、ギースは戦慄していた。強烈な一撃を食らっても微塵も揺るがない、絶対防壁の如き闘気に戦慄していた。流石の自分でも、自分が唯一恐れた男ですらこのような芸当は出来ない。この若さでこれほどの防御能力を身につけているという事に驚愕すると同時に、気分が酷く高まっていくのを感じた。

 

「俺はアンタみたいに戦いの年季がある訳でもない。自爆野郎みたいに天才的なセンスがある訳でもない。技巧じゃ完璧に俺の負けなんだ」

 

 驚愕と高揚を隠しきれないでいるギースに、カインはそう語りかける。

 

「だから俺は考えた。どうすればアンタをブッ飛ばせるか。考えるまでもなかった。俺は頭のどこかで、技というものに固執していた。だから自分で考えもせずにひたすら猿真似をしていたんだ」

 

 自分で自分に呆れるぜ、そう吐き捨てながらカインは叫ぶ。

 

「攻撃を受けて、受けきって!そうして思い切りブン殴るッ!ただそれだけだ、技術も何もあったもんじゃない脳味噌まで筋肉で出来てるようなやり方だが……少なくともアンタの真似して当て身投げなんてするより、アンタの後をただ追いかけるよりは余程いいってもんだ。そうは思わんか、なぁ!」

 

 カインが選んだのは“受けない防御”ではなく、“受けきった上で反撃する防御”、とでもいうのだろうか。攻撃を放った瞬間と、それを当てたと確信した瞬間、一瞬だけとはいえどうしても精神的に隙ができてしまうものだ。それが必殺の一撃ならば尚更、それで勝負が決まったと確信するからこそだ。カインはその必殺の一撃を敢えて受け、それを耐え切った上で自分の一撃をお見舞いする。ギースの当て身投げを真似するよりもと、そのやり方を選んだ。

 

「フッ……ハハハッ、ワハハハハハッ!!確かにそちらの方が猿よりはマシというものだ、

面白い!一度死線を越えたおかげか?随分逞しくなりおって……そうでなくてはな。このギース・ハワードをわざわざ引っ張り出したのだからそれくらいのことはしてもらわんとなぁ!口だけではないことを期待してやろう!」

 

 カインの言葉にこの短時間での成長を感じ、思わず笑いが溢れる。若者の成長を見て、自分も負けてはいられぬ、油断は禁物だと心に決め、羽織っていた胴着を脱ぎ捨てる。屈強な身体が晒され、高揚した身体に吹き付ける風が心地よく感じる。それを見てカインも、ギース・ハワードが本気で相手をすると悟り気合を入れる。高まる闘気に当てられ、地面に罅が入り始めた。

 

「来い、ギース!最終ラウンドだッ!」

 

「よかろう!今ひとたびの悪夢、存分に堪能するが良い!」




ひょっとしたら年内最後の更新になるかもしれません。
どうか気長に、のんびりとお待ち頂けると幸いです。


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第37話 最終ラウンド

随分と間が空いてしまいましたが一応生きてます。


幻惑呪文(マヌーサ)はその名のとおり幻で相手を惑わす術だ。無論一定以上の力量の者なら気配なり魔力なり視覚に頼らない索敵をするなり、簡単に対応できる。しかし幻とは言っても惑うに充分なものが見え、聞こえているのだ。それが心を動かすに充分なものなら尚更看過できない。

 自分が幼く弱い頃、まだカインに出会う前。子供や大人に虐められ、痛めつけられている頃。幼く、まだ抗うだけの力すらなかった頃の苦い記憶。集団で囲んで暴力を振るい、自分を痛めつける人間達。ラーハルトが見せられている幻惑はその映像だった。勿論それが幻であることなど、ラーハルトは理解している。理解はしているが、許容はできないのだ。半分魔族である自身のみならず、人間である母親にさえも石を投げる人間達。人間の弱さは知っている。自分達と異なるものを排斥したがる、弱い人間を。今更こんなものを見せつけられずとも、ラーハルトは知っていた。

 

「何の真似だ、これは。今更オレがこんなもので動揺するとでも思ったのか?」

 

「これは事実の提示、いわば証明としてのもの。お前が人間と共に暮らす事はできないというな」

 

 幻の霧に阻まれピサロの姿は見えないが、声だけは届いた。苛立たしげに槍を握る手に力を込めて鼻白む。

 

「フン、くだらん。これは過去の話だろう、今のオレはあの頃とは違う。この幻のように無様に縮こまっている頃のオレとは違うんだ」

 

「ふむ……しかし」

 

「……力は強くなっても心は弱いままだとでも言うつもりか?」

 

「……そうではない」

 

 このまま手当たり次第に槍を振り回してもピサロだけに当てる事は難しいだろう。それどころか、最悪ロザリーを巻き込んでしまう可能性がある。流石に非戦闘員かつ敵というわけでもない女性を巻き込むのは避けたい。そもそもそんな隙を晒す真似をするのは命取りだ。例え今のところ攻撃を仕掛けてくる気配はないとしても。できるだけ気配に注意しながらこのまま幻惑が解けるのを待とう、そう考えてラーハルトはほんの少しだけ肩の力を抜いた。

 

「確かにお前は強くなったとも。お前自身はな。人間は弱いままだ。ごくたまに現れる、英雄と呼ばれるような類の人間なら或いは魔族や魔物との共生も可能かもしれない。だがそれは一部の人間だけで、普通の人間という奴は」

 

「分かりきっている事をグダグダと喧しいっ!だから何だと言うのだ、オレが求めている人間はそんな奴らではないっ!」

 

「では証明してみせろ。お前が求めている人間達と共に生きる事ができるとな」

 

「証明だと?」

 

「そうだ。単純な事だ、私を納得させるだけの証を提示してみろ。たったそれだけだ」

 

 僅かに視線を落として考え込む。この男が納得できるだけの証拠と言われても、何を出せというのか。そもそも自分は言葉だけで納得させる事ができる程弁舌には優れていない。ラーハルトにとっては、論ずるより実践してみせることが何よりも証明となる。それ以前にまず。

 

「フッ、それを言うならばお前こそオレを納得させてみるがいい。オレは人間と共に暮らせないとは思わんのでな」

 

 鼻で笑うラーハルトに、ピサロは変わらぬ調子で語りかける。

 

「お前が今見ているその過去こそ、証明とはならんか」

 

「くだらんと言った。過去の事ばかり持ち出して、貴様は先を見ようという意思がないのか?生憎とオレはお前のように過去に囚われて歩みを止めるつもりはない。あの日、カインの手を取った時から立ち止まるという選択肢はオレにはないのだ!」

 

 ラーハルトはそう叫ぶ。それを聞いてピサロはほう、と声を漏らす。

 

「だが……そうだな、敢えて言うならばこの槍こそ証明となろう。人間の友が、魔族の友に頼んで、半魔族であるオレの為に誂えてくれたものだ。例えこの槍が砕けようともその事実と、絆とやらは砕けん

 

「……それは結構、素晴らしい事だ。ならばもう一つ訊こう。人間と共に生きようという魔族がいるのか?」

 

「知らん。前例がないというならオレが先駆けとなる、それだけの事だ」

 

「……成程、これしきでは揺らがんか」

 

 そんな呟きが聞こえた途端、凍えるかのような魔力の波がラーハルトの身体を通り抜けた。反射的に身構えたものの、ダメージを負う事はなく、それどころか先程から煩わしかった幻が消え去った。ピサロに目を向けると、彼は左手をラーハルトに向かって翳していた。何らかの方法によって幻惑呪文を解除したのだろう。

 

「ようやく消えたか、悪趣味な幻が」

 

「客観的にあの光景を見れば心変わりするかと思ったのだがな。思った以上に精神が強い」

 

 フン、と鼻を鳴らして槍を構える。が、ピサロは剣を収めたまま抜こうとしない。また呪文を使おうと企んでいるのだろうかと警戒するラーハルト。それを見ながら、ピサロは暫しの間顎に手を当てて考える。

 

「お前の考えが変わらんのは分かった。揺さぶりをかければ、その底で眠っている考えに気が付いて意見を変えるかと思っていたのだが……目を背けていたというだけでちゃんと答えが出せる奴だった、か。私もまだまだだな」

 

 苦笑するピサロに怪訝な顔をするラーハルト。コイツが笑うのを初めて見たなと思いつつ口を開く。

 

「どういう事だ?オレは最初からこう言うつもりだったぞ」

 

「……うむ、確かにお前は問われればそう答えていただろうことは確かだ。問われていれば、だ」

 

 思わず眉間に皺を寄せる。さっさと要点を纏めろ、そう眼で訴えるとピサロは肩を竦めた。

 

「そう睨むな、そこまで長い話でもないのだぞ?お前は今まで、人間と暮らせるのか、心の底で疑問に思っていた。また同じ事が起きるのではないか、やはりここにいてはいけないのでは……とな。自覚できない程深い無意識の海の底で、だがな。それはつまり、その疑問に向き合っていないということだ。自分は強いからあんなことはもう起きるはずがないとタカをくくっていた、とでも言おうか」

 

 音高く剣を抜き放ち、魔王は呟く。

 

「……自覚した途端、向き合った途端に。答えがあっさり出てしまったがな……その答えがこれからも変わらん事を願おうか」

 

「フッ、魔王が一体誰に願うつもりだ?」

 

「無論、魔族の神……と、普通なら言うのだろうがな」

 

 そこで言葉を切り、ロザリーに目を向ける。

 

「ピサロという愚かな男を地獄から救いあげてくれた彼女と……そうだな、癪だが奴に助けられたのは事実か。天空の勇者に、感謝と願いを。これでどうだ?」

 

「まぁ、いいんじゃないか。役に立つかも分からん神などに祈るよりは上出来だろう」

 

「フフッ…………では、そろそろ終わろうか」

 

「ああ、終わらせよう」

 

 ピサロが腕を軽く引いて剣を構える。それを受けてラーハルトも身体を低くし、槍を構えた。いつでも必殺のハーケンディストールを放てる姿勢を維持したままピサロの紅眼を見据える。

 

「最後に、もう一つだけ教えてくれ。人間が憎くはないのか?」

 

「また揺さぶり……という訳ではなさそうだな。いいだろう、教えてやる」

 

 眼はピサロに向けたまま、ピサロの疑問に答える。真っ直ぐに、己の意思を。

 

「憎くないと言えば嘘になる。が、そんな(しがらみ)に囚われるのはもうやめだ」

 

「……」

 

「仮にオレが憎しみに囚われたまま人間を殺したとしよう。殺された人間の家族や友人はそれをどう思う?オレを憎むだろうな。その連中が別の魔族や某かを迫害して、それをやられた者も……そんなくだらん負の連鎖などさっさと断ち切ってしまわねばな」

 

 ラーハルトの言葉を聞いてもピサロは黙っていた。ラーハルトは更に続ける。

 

「愛する者を奪われる絶望を知っているのに復讐に走らないのはおかしいか?おかしいだろうな、それが普通だろう。自分が味わった悲しみを奴らにも味あわせてやりたいと思うのが当然だ」

 

 ニヤリと口角を上げて締めくくる。

 

「生憎とオレの主も友人も普通じゃあないんでな。普通とか常識とか、そんなものは投げ捨ててしまった。だからオレにとってはこれが普通……いや、オレの決めた道、とでも言おうか。恨み辛みばかり言っていても仕方がないのでな……フッ、慣れない事などするものではないな、オレはあまり弁舌を振るうような性格じゃあないというのに。言いたい事は決まっているのに上手く言葉に出来んよ」

 

「そこはお互い様という奴だ。私もあまり口が達者ではないからな」

 

「なるほど、オレ達は存外似た者同士らしい」

 

「違いない」

 

「「フ……ハッハッハ!」」

 

 二人同時に声を上げて笑う。先程までの苛々とした気持ちが嘘のように消え、決着への期待で胸が高鳴る。最初は気に食わない奴だと感じたが、ひょっとしたらコイツはそこまで悪い奴ではないのかもしれない。そもそも異種族、それもエルフの恋人がいる時点で大悪党という訳ではないのかもしれない。

 

「……お前が私の世界にいたなら是非ともスカウトしたかったのだがな」

 

「悪いが、オレはバラン様以外の方にこの槍を捧げる気はない」

 

「残念だ。……行くぞ、ラーハルト!」

 

「ああ、来い!」

 

 ピサロが叫び、突進してくる。ラーハルトもそれを迎え撃つ為、槍を回転させる。十八番にして必殺の技を放つと同時、雄叫びを上げる。

 

「この一撃で終わらせてやるッ!喰らえ、ハーケン――」

 

 黒い魔力を纏った剣が横薙ぎに振り抜かれる。空間ごと斬り裂くかのような一撃に、ラーハルトは真っ向勝負を仕掛けた。

 

 

 

「――ディストールッッ!!」

 

 英雄の槍と魔王の剣が激突し、けたたましくも美しい音を奏でた。唯一の立会人であるロザリーが固唾を飲んで見守る中、二人の攻撃で巻き起こった砂煙が段々と晴れていく。

 

 

「フ……」

 

「……」

 

 互いに武器を振り切った姿勢のまま静止していた。共に背中を向けた状態の中、ラーハルトはニヤリと笑みを浮かべ、対するピサロは神妙な顔つきだった。

 

「これが魔族を統べる王の剣か……」

 

 どこか清々しい笑みを浮かべたまま呟き。

 

 

「――強いな」

 

 そのまま、ゆっくりと地へ倒れ伏した。

 

 

「……私の勝ちだ」

 

「ああ、そうだな」

 

 倒れたラーハルトの傍まで歩み寄り、ピサロは剣の切っ先をラーハルトの首元へと向けた。ラーハルトは焦った様子もなく、むしろ当然という体でいた。

 

「大きな口を叩いてはみたが、結局オレもまだまだ未熟者だったという事か……さぁ、トドメを刺すがいい」

 

 これからやってくるであろう自身の死を受け入れたのか、ラーハルトは若干悔しそうにしながらも、笑みを浮かべたまま目を閉じる。最期の時を今か今かと待ちながら。

 

 

「……やめだ」

 

「……なんだと?」

 

 ラーハルトは耳を疑った。今何と言った?やめだ、と言ったのか?戦いを始めた時には”死ね”とストレートに殺意を示した男が、今更殺すのを止めるというのか。ラーハルトは戸惑った。まさか最初からそのつもりだったのか、と。

 どういうことだと眼で問いかけると、ピサロは剣を収めながら肩を竦めた。

 

「ロザリーが見ている前で、無駄な殺生をするのは好ましくない。ロザリーに怒られるのでな」

 

「……まったく、貴様という奴は」

 

 ラーハルトは確信した。この男は自分を焚き付ける為に直接的な殺意の意思を見せただけで、本当に命を奪おうという気はさらさらなかったのだと。そもそもただ殺すだけなら攻撃魔法を使えばいいものを、それをせずにわざわざ剣一本で相手をした辺りに程良く加減をしながらラーハルトの意思と力量を同時に試すという思惑が見え隠れしていた。それを見抜けなかった自分に呆れると同時に脱力する。

 

「あの馬鹿もそういうところがあるが、貴様はアイツよりも強い分タチが悪い」

 

 顔を顰めてそう呟くと、ピサロは苦笑を漏らした。

 

「それは悪かった……とは言わんぞ。お前があまりに腑抜けでいるようなら本当に殺っていた」

 

「フッ、どうやらお眼鏡に適ったようで何よりだ……」

 

 そう呟くと、ラーハルトは視界がぼやけている事に気づいた。血を流している訳でもまた幻惑をかけられている訳でもないはずだが。

 

「……そろそろ時間か。お前の連れも試練が終わったようだな、どうなっているかまでは知らんが。先も言ったが、お前の答えと想いが変わらない事を祈っている」

 

「待て、まだ――」

 

 聞きたい事がある、そう言いかけたラーハルトは視界が白く染まると同時、意識を失った。ここに来た時と同じように。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「――これで二回目だよ」

 

 辺りの地形が変わっているのが分かった。ロトの放った魔法剣はそれ程の威力だった。当代の竜の騎士が全力で放つギガブレイクと比べても遜色ない破壊力だ。その大破壊を巻き起こした勇者はやるせなさを隠さずに吐き捨てた。

 

「尊敬した相手を殺すのは!ゾーマも、小さな勇者(プチヒーロー)も!なんで尊敬した相手を殺さなくちゃいけないんだッ!」

 

 激情と共に剣を叩きつける。オリハルコンで出来た王者の剣はその程度で傷付く事はなかった。その傷一つない普段と余りにも変わりない姿が、勇者という立場から変われない自分のようで腹立たしさが更に募る。

 

「ゾーマも君も……クソッ……僕が強すぎるからなのか……?」

 

 その慟哭を聞く者はいない。ここに立っている者は彼しかいなかった。

 

「なにが勇者だ……これじゃ、まるで化物じゃないか……!」

 

 地面に座り込み、感情のままに地面を殴りつける。大して力を込めてもいないのに石が砕けた。まるで化物だと彼は言った。化物を倒せたということはそれ以上の化物という事ではないか、勇者はそう嘆いた。

 勇者は嘆いている。俯いて、感情を吐露している。故に彼は気付けなかった。空から何かが降ってくるのを。

 

 

「だから嫌だったんだ……君を殺すことになるから――」

 

「――に」

 

「えっ?」

 

「勝手に……人を殺すんじゃあない二゛……ニ゛ッ」

 

 空からポスンと、軽い音を立てて小さな何かが落ちてきた。確かめるまでもなく、それはアベルだった。確かにギガブレイクで消し飛んでしまったと思っていた、小さな勇者だった。最初はなんて都合のいい幻覚だと思った。ボロボロになりながらもしっかりと生きているなんて、想像だにしなかった。これほどの威力の技を受けて尚、五体満足でいられたというのか。

 

「なん、で……」

 

「言ったハズだ二、ここで死んじゃいられないって。……ま、ボキのデインブレイクで威力を減衰させただけじゃ、消し飛びはしなくとも腕の2、3本程度は吹っ飛んだかもしれないが二」

 

「そんな理屈で、死を免れるなんて出来るわけがないだろう!」

 

「理屈はどうあれ、ボキは生きている二。例えあの御仁の助力があったとはいえ、ボキが生きている。真実はそれだけだ二」

 

 ロトは深々と溜息を吐いた。そして悟った。アベルの言う通り、理屈を抜きにして真実を受け入れるしかないと。そう考えた時、アベルの言葉に引っかかるものを感じた。

 

「待て。あの御仁、だって?どこにそんな奴がいるんだ?」

 

「それは……二?どうやらどこかへ行ってしまったようだ二。まぁそれはともかく、状況をおさらいする二。あの時君のギガブレイクは確かにボキを仕留めるに十二分な威力だった二。ボキはデインブレイクをぶつけて相殺しようとしたんだ二」

 

 威力は僅かに減衰させられたが、それでも即死級のダメージだったとアベルは語る。そしてこう続けた。

 

「あの時ボキは死を覚悟した二。君の一撃はそれ程強力なものだったから、二」

 

「じゃあ、なんで生きてるんだ」

 

 ロトは内心の歓喜を押し隠すように呟いた。

 

「まず一つ目。君の一撃は確かに強力だった二、文字通り地形を変える程に。その一撃で凄まじい衝撃が巻き起こり、ボキの小さな身体はその衝撃によって上空まで吹き飛ばされたんだ二。ギガブレイクが直撃する前に吹き飛ばされた事で、まず一つの命綱が繋がった訳だ二。まずそれが、空から落ちてきた理由だ二」

 

 なるほど、言われてみればこんな小さな身体程度吹き飛ばせるような衝撃だった。まだ子供と言っていい頃の身体であるカインだって、アベル程度は軽々と振り回せるサイズと重量だ。そこはまだ理解できる。

 

「衝撃だけとはいえそれでもボキは一旦死にかけた二。本当に即死するレベルだったから二」

 

 最早ロトも、なんで生きてるんだとは言えなかった。コイツに理屈で向き合うのは辞めておこう、ロトは密かにそう思った。

 

「まぁその即死分のダメージは気合で耐えたんだが二。思いっきり食いしばってやった二」

 

「……本当に、無茶苦茶だ」

 

「我ながらよく耐えたもんだと褒めてやりたい二。その直後、ボキは意識を失いかけていたんだ二。しかしそこに誰かが強い魔力と叱咤を送ってくれたんだ二。それがボキを覚醒させ、吹き飛ばされながらも自分にベホイミを使う余裕を与えてくれたんだ二」

 

 つまり、その誰かの助けがなければいくら気合で耐えたとしても死は免れなかった。そういう事なのだろう。確かに理屈は通っている。問題なのは、その魔力を送り込んだというのが誰なのか、だ。あの土壇場で自分に察知されず、彼のベホイミで自身の命を繋ぐに充分な量の魔力を即座に、それもアベルが完全に意識を落とす前にそんな芸当を可能とできるだけの存在。もしかして、という思いはあった。もしかして、その魔力をくれたのは……そう考え、空を見上げる。空は少し明るくなっていた。

 

「とはいえ……ダメージは甚大だからニ、いくらベホイミかけたとは言ってもこれでも結構死にかけだニ……ぐふっ」

 

 そういってぱたりと顔から地面に倒れこむアベル。

 

「……は、ははっ」

 

 ロトは力なく笑う。彼を殺さずに済んだ事に安堵した。自分の情けない姿に羞恥心が込み上げる。さっきの無様な叫びを聞かれていたと思うと少しばかり恥ずかしい。が、それ以上にアベルが生きていた事が嬉しかったし、心底負けたと思った。勇者は彼の方が相応しい、と。

 

「……負けたよ。君が、真の勇者だ」

 

「……何言ってるニ、勇者に真も偽もないニ」

 

 ゴロンと仰向けになってアベルは語る。

 

「勇者とは勇気あるもの、相手の強さによって出したり引っ込めたりするのは本当の勇気じゃない、だニ。ボキの知り合いの大魔導師……の、師匠が言っていた言葉だそうだニ。君は大魔王相手でも一歩も退かずに戦い、そしてボキと正面から真っ直ぐにぶつかってくれたニ。君は勇者だニ、ボキが保証する二」

 

「……君には敵わないな。もし生きてる間に君に会えたらと思うと、本当に残念でならない。全く、こんなんじゃ父さんにもゾーマにも顔向けできないな……」

 

 もしさっきの自分をゾーマに見られていたとしたら、自分を倒した勇者がなんと情けない、自分はそんな弱い男に負けたつもりはないぞくらいのお小言は言われるかもしれない。そう考えると自嘲するような笑みが浮かんだ。

 

「大体、君がそんなウジウジしてたら君に負けた者達に失礼だニ。大魔王ゾーマだってこんな情けない勇者には負けてないって怒ると思うニ。」

 

「本当に言われそうだ……一喝された方が頭も冷えるかな。……負けた者達に失礼だなんて、考えた事もなかったよ。そうだね、確かにその通りだ。父さんだって最期まで立派な人だった。ゾーマもそうだ、僕に倒されても堂々とした姿で、立派に……」

 

「君がすべき事は、まず自分に自信を持つ事だニ。勇者とかそういうのは関係なく、君は強い男だニ」

 

「自信を持ったら、その後は?僕が倒してきた彼らに何て言えばいいんだ、こんな情けなく無様な僕が」

 

「誇るニ」

 

「え?」

 

「だから、君が倒してきた者達の強さを誇るニ。自分の方が強かったけども、アイツも凄く強かったぞーって具合に誇るニ。それが手向けだニ」

 

「誇りが手向け、か……今からでも間に合うかな?」

 

「勿論だニ」

 

「……ふふ、ありがとう。試練なんて言って、どっちが試練を与える側か分かったものじゃないな。僕が逆に説教されてるよ」

 

「まぁ、せっかくだから勇者の何たるかを小一時間話し合いたいところだがニ……流石にそろそろ、きついんだニ」

 

 すっかり忘れていたが、アベルは満身創痍なのだった。ベホイミをかけたとはいえ、死に体である事に変わりはない。慌ててアベルにベホマを掛けようとしたが、アベルはそれを拒否した。

 

「傷は男の勲章だニ」

 

「それで死んだら元も子もないんだけど」

 

「言ったはずだニ、こんな所じゃ死んでられないって」

 

「なんだろう、さっきと同じ台詞なのにさっきよりカッコ悪い気がする」

 

 溜息を吐くと、どちらからともなく笑い出す。先程の黒いものが嘘のように霧散し、清々しい気分だ。思えば自分を貶めていてばかりだったが、それは彼の大魔王を筆頭に自分が打倒してきた者達への侮辱になっていたのかもしれない。力量で言えば自分が圧倒的に上なのに、この小さな勇者には驚かされてばかりだ。技は勿論、心構えなどでも。

 

「……僕が勇者なら、君も勇者だ。こう言うのもなんだけど、君は確かに僕より力はない」

 

「いずれは超えてみせる二」

 

「その時を待っているよ。でもね、これだけは言わせてくれ。君のこれまでの道の中で、君に救われた人達はいたんだ。僕も含めて、ね」

 

 地面に寝転がりながらロトははっきりと口にする。

 

「君が僕より少し力がなくたって、救われた人がいるなら勇者だよ。君も、僕も。今やっと分かったよ。僕があれだけ嫌ってきた勇者にも、色々いるんだ。人を助ける勇者、人に勇気を与える勇者、敵を打倒する勇者……勇者って魔王を倒すだけじゃあないんだね……真の勇者なんてものはない。強いて言うなら、勇者と呼ばれる者がそうなんだ。ああ、今なら胸を張って僕は勇者だと名乗れそうだ」

 

「そうだ二……ボキはこう思う二。勇者というのは、自分より他人に勇気を沸き起こさせるような人だと。君の仲間もきっと、君の勇姿に勇気づけられてた二。勇者って呼び方が嫌ならヒーローと呼ぶに相応しい二」

 

「ヒーロー……勇者とどう違うんだい?」

 

「……呼び方、か二」

 

 もう何回彼の言葉に脱力させられただろうか。

 

「ま、まぁ呼び方は兎も角君は凄い男だってことだ二」

 

「ああ、うん……言いたい事は分かるんだけどさ、なんというか……締まらないね」

 

「……ボキは多くを語るタイプじゃない二」

 

 どの口が言うか。最初から大分饒舌じゃないか、そう思ったが黙って飲み込んだ。彼がこういう肝心な場面でもイマイチ締まらない質なのは分かっていた。それでもいちいちツッコミたくなる辺りにロトの気質も出ているが。

 

 そうしていると、アベルが咳払いをして言った。どうやらこれが限界のようだ。

 

「ま、そういうワケだニ。君との戦い、楽しかったニ」

 

「欲を言えばもっと話したかった。でも仕方ないか……おやすみ、勇者アベル。君の道が光溢れるものであることを祈っているよ」

 

「さよならだニ、勇者ロト。いつか、また会えた時はもう一度勝負するニ」

 

 その言葉を最後に、アベルは目を閉じた。まるでこの世を去ったかのような状態だったが、しっかりといびきをかいている。気を失っただけのようだ。

 ロトは暫し眼を伏せると、徐にいつも頭に装備していたサークレットを外し、アベルの手に握らせた。しっかりと握りこませると、ゆっくりと立ち上がり、どこかへと歩いて行った。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「ハッハァッ!楽しいなぁギースよぉ!」

 

「フン、粋がるな小僧!」

 

 カインとギースの戦闘はどんどん苛烈なものになっていく。ギースが空中から闘気弾を無数に撃ちだすと、カインはそれを全身から凄まじい勢いで焔を吹き上げて防御する。着地際を狙って突進しながら蹴りを繰り出すとギースはそれを掴んで投げる。投げられている最中でもカインは腕を思い切り振るい、その勢いのままに焔が襲う。腕を振り上げ、烈風拳でそれを跳ね返すと、地面に落ちたカインの頭を掴み、再び地面に叩きつける。が、カインは大したダメージを負った様子もなく即座に反撃に転じる。

 

「ハハハッ!そうだ……来い!私を倒したいのなら……!そんな攻め方では私は倒せぬぞ!」

 

「ならもっとギア上げてくぜギィース!」

 

 叫びながら獣のように飛びかかる。ギースが身を捻って回避すると同時、闘気の篭った拳が寸前までギースが踏みしめていた地面に叩きつけられる。炸裂と同時、砕けた地面の欠片が襲いかかる。急所に当たる物だけ弾き、それ以外は敢えて受ける。受けながら手刀をカインの首筋目掛け振るうと、金属の塊を殴りつけたかのような感触が伝わってきた。思わず手を引っ込めると同時、首筋を焔が包み込む。

 

「ククッ、惜しかったな。今のが通っていれば首を撥ねられただろうに」

 

「全くだ。いくら闘気で強化しているとはいえ、貴様の身体は一体何で出来ているのか問いたくなるぞ」

 

「ハハッ!おいおい、俺は人間だぞ?まるで鉄か何かと思ってるような言葉じゃないか」

 

「フン、人間だと?貴様の動きはまるで餓えた獣のように荒々しいがな!」

 

「気高く餓えなきゃ勝てないって誰かが言ってたっけな。確かに俺は餓えているよ、勝利になァ!」

 

「猿の次は餓狼か、余程獣が好きと見える」

 

 言いながら突進し、勢いを乗せてカインの顔面目掛けて肘打ちを繰り出す。ふわりと飛び上がってそれを回避し、中空から踵を振り下ろすと足を掴まれて放り投げられる。頭から派手に落下し、地面が少しばかり陥没したがカインにダメージはないようだ。少し前まではこの一連の動作でダメージを食らっていたというのに。その防御能力の高さとこの短時間で自分を驚嘆させられる程のカインの成長力に、ギースは我知らず笑みを浮かべる。

 

「チッ、やっぱり当身投げが厄介だな」

 

「フフン、その程度か?」

 

「冗談。それに、その当身投げを破る手立てはあるのさ」

 

「……ほう」

 

 そう言って、カインは突然ギースに向けて突進した。ただ勢いを乗せただけか、そう鼻で笑い再び攻撃を流そうと構える。構えると同時にカインの手刀が袈裟懸けに振り下ろされた。受け止めようとしたギースは鋭い痛みに目を見開いた。

 ギースの当身投げという技術は、攻撃を受け、その威力を流して無防備な相手を投げる事に因る技だ。故に飛び道具で攻撃されては通じない。だからこそ、遠距離攻撃ではなく近接攻撃を選んだカインの選択を鼻で笑ったのだ。確実に当身を潰せる飛び道具ではなく、直接攻撃を仕掛けるなどと愚かな、そうギースは思っていた。

 

「ぬ……ンッ!」

 

 カインの振り下ろした右手刀は、威力を受け流そうとしたギースの掌の表面を切り裂いた。深く切り込めなかったのは仕方ないとしても、受け流す事も許さずギースの主力である拳に傷を残した事に、カインは笑みを浮かべた。そして手刀を振り下ろしたカインはそのまま身体を一回転させ、その勢いのままギースの顎目掛けアッパーを繰り出した。首を後ろに逸らす事でかろうじて回避したが、目前で大砲でも撃ったかのような轟音が耳を劈く。今の一撃を食らっていたら、戦闘不能ないし致命傷になっていただろう事を理解しながらも、ギースはギラリと獰猛な笑みを見せる。

 

「心地よい緊張感だな。やはり、命の削り合いはいいものだ!」

 

「ああ、楽しいなァギースよ!かつてない高揚感を感じるぞ、最高にハイな気分だッ!」

 

「クク、やはり若僧だな。さぁ、魂をすり減らすような死闘をしようではないか!」

 

「あぁ、望むところだ!」

 

 カインが吼え、ギースが笑う。二人の戦いは続く。幾度とないぶつかり合いで、既に二人の身体は至る所に傷が見受けられる。そもそもカインは既に重症の身だった筈なのだが、そんな事実はないとばかりに暴れまわっていた。ギースとて先程の拳の他にもあちらこちらに火傷などを負っているが、お構いなしにぶつかり続けていた。

 

「クハハッ、どうしたよ、随分と紅くなったじゃあないか!最近は皮膚を紅く染めるのが流行りか?」

 

「そういう貴様は血化粧が好きなようだな、カブキ者でも気取っているのか?」

 

 軽口を叩きながら真っ直ぐに蹴りを叩き込む。当身投げをされないようにと焔を纏わせたそれを、ギースは躊躇なく掴み自分の懐へと引き寄せた。

 

「まだロウソクのほうが燃えさかっているぞ!貴様の焔はその程度か!」

 

「あァ!?ンな訳ねぇだろ、血染めの灰にしてやろうか!?」

 

「やれるものならな……!」

 

 ギースの拳がカインの顔面に叩きつけられる。拳から溢れ出た血がカインの視界を遮ると同時、もう何度目かの乱舞がお見舞いされる。急所やそうでない部位も見境なしに滅多打ちされるが、カインは先程致命傷を受ける原因となったそれを敢えて受け続けた。

 

「デッドリーレェィッ!!」

 

 幾度となく攻撃を受ける内に、カインはギースの狙いに気づいた。滅茶苦茶に繰り出しているように見えて、その実ギースの攻撃は精密にそれぞれ同じ箇所を狙っていた。闘気鎧があるとはいえ、ダメージを完全に防げる訳ではない。乱舞という技の特徴上直ぐには気づきにくい事だが、言うなれば鎧の傷ついた箇所をひたすらに攻め立てるようなもの。例えば、腕で攻撃をガードしたとしよう。その場合ダメージを負う事になるのはどこか。論ずるまでもなくガードをした部位である。10のダメージを1に減らす。言ってしまえば、防御というのはそういう事である。カインのやり方が回避ではなく闘気鎧による防御である以上、その1のダメージは存在する。ギースはその1を積み重ねる事でカインの防御力を突破しようというのだ。

 

「クハハッ!最初はこんなズタボロにされたが、もう慣れた!いい加減殴られるのも飽きたぜ!」

 

 デッドリーレイブを受けながら、カインは強引に反撃に出る。防御を絶やさず、拳や蹴りにも闘気を纏わせて殴りかかる。それを回避しながらギースがお返しとばかりに、未だ血液を滴らせている傷口に手刀を突き込む。痛みに顔を顰めるものの、それならこちらもとその手刀を焔で焼く。強い闘気を纏ったそれを一瞬で焼き尽くす事こそできなかったものの、ギースの手刀に篭った闘気とカインの身体から噴き上がる焔、軍配が上がったのはカインの焔だった。

 

「ウオォッ!」

 

「ハハ、どうしたギース。地獄の炎はこんなもんじゃない筈だぜ!?」

 

「フン……ならば貴様が逝って確かめてこい!」

 

 そう叫び、ギースは烈風拳を放つ。カインは左足を振り上げ、蹴りで闘気の流れを生み出す事でそれを相殺する。どうだとでも言いたげに笑みを浮かべるカイン。ギースは取り合わず、すぐさま追撃に二発目、三発目の烈風拳を撃ちだしていた。即座に回避をしようとするが、視界がブレたのを感じる。気がつけばぐらりと身体が倒れ掛かっていた。

 

(チッ、流石に傷を負いすぎたか?急に身体の力も抜けてきた、そろそろ限界か……だが、負けられん。今更この程度のダメージでどうこう言ってる暇もない……力が足りなきゃ命を燃やすだけだ!!それでもダメなら我が全てを灰燼とするだけよッ!)

 

 ギースからもその様子は見えていた。歯を食いしばりながらバランスを崩すのを見て、カインにも余力があまりないのを察知した。この場に戻ってきた時点で死に体だったというのに、よくもここまで保たせたものだと感心する。それと同時に、全力で叩き潰してやるという衝動も湧き出る。だがまずはこの二発の烈風拳だ、これを避けられず食らうとしてそれでどうなるか。耐え切るか、それとも力尽きるのか。この二発だけで沈んだとして、それはなんらおかしな事ではない。いくら防御能力が異常に高くとも、カインは人間だ。人間である以上は限界が訪れる。そもそも最初にこの屋上から叩き落とされた時点で死んでもおかしくない程の重症だったのだ。しかし、ギースはこう考える。この二発の烈風拳は奴にトドメを刺すには至らない、ともすればあの状態からでも完全回避してのけるかもしれん。そんな確信めいた予感を感じていた。

 

(この程度で終わるようならそもそもこの私とこうまで渡り合う事など出来はしない……さぁ、どう出る!?)

 

「クッ……」

 

 バランスを崩したカインの目前まで烈風拳が迫る。せめて焔で防御して少しでもダメージを減らすのが得策だろう。どの道防御するなら足を止めざるを得ない。一瞬の硬直を狙って、もう一度羅生門なりレイジングストームなりお見舞いしてやろう。ギースはそう考えた。だが、ギースの目論見は外れる事となった。カインは回避したのだ。

 

「……今の動きは……」

 

「……」

 

 カインは滑るようにスっと動いた。倒れかけた姿勢からほんの僅かに片足をあげただけの姿勢になり、それを維持したまま烈風拳から逃れるように、僅かな距離だけだが移動し、回避してみせたのだ。カインはその自分の動きに対し驚いたように呟いた。

 

「今のは一体……無意識だが、アレに似た動きを……」

 

「……フン、あのタイミングで回避してのけた事実は認めてやるか。貴様は窮地に陥ればそれだけ成長するのか?だが、本能や才覚だけでこの私に勝てる……などと思い上がっている訳ではあるまい。さぁ、貴様の限界を見せてみろ」

 

「……ああ、そうだな。少なくとも俺はまださっきの動きを自分の物にした訳じゃあないし、な。限界まで飛ばすぜ」

 

 烈風拳を回避したカインは暫し自分で自分に驚いていたが、口に溜まった血を吐き出してギースに向き直った。

 

「ケリをつけようぜギース」

 

「貴様の死をもってな」

 

 そう言ってギースが当身投げの構えを取る。カインはそこに敢えて左腕を大きく振り被り、わかりやすく拳で殴りかかる。

 

「バカめ、性懲りもなく打撃を仕掛けるか!」

 

 当然ギースは当身投げの餌食にしようと腕を伸ばす。

 

「後悔させてやるぜェ!」

 

「なッ……ぐぁぁッ!?」

 

 カインの拳はその威力を流そうと触れたギースの掌を弾き、顔を僅かに掠めていった。結果的に空振りに終わったかのように見えたその一撃はギースを捉える事こそなかったものの、その圧倒的な闘気はこのビルの屋上を丸ごと吹き飛ばすかのような衝撃を生んだ。その衝撃はギースを容易く吹き飛ばし、その身体を眼下に暗い町並みが見える中空へと押し出した。

 

「くっ……」

 

 間一髪、伸ばした腕は屋上の縁を掴んだ。全体重を支えた腕がビキリと痛んだが、気合を入れて自身を持ち上げる。なんとか戻ったギースタワーの屋上は、先程までより更に酷く荒れていた。もういつ崩落してもおかしくはないほどだ。

 

「防御とか全部忘れて、ただの一発に全部込めてみれば俺でもこのくらいできる。だがよギース。それだけじゃあ足りないよな。俺がアンタを超えるにゃ、アレを打ち破らなきゃあな……来いよ、全力のデッドリーレイブで」

 

「ほう、いい心がけだ。良かろう、相手してやろう。その生意気なセリフが二度と言えんようにしてくれるわッ!C'mon!」

 

 両者共に腰を低く落とし構え、同時に飛び出す。全く同じ動作で拳を突き出し、ギースの右拳とカインの左拳が激しくぶつかり合った。

 

「フン!貴様の力は所詮こんなものか!」

 

「そいつはちょっと早計ってもんだぜギィィィス!」

 

 続く蹴りも互いに相殺しあい、更なる連撃も正確に、同じタイミングで放たれ相殺される。速度は全く同じ、威力も寸分違わず拳の握り方さえも鏡写しのようである。何度かぶつかり合ったギースはそれに気づき、舌を巻いた。自分の動きを二手、或いは三手先までは読んでいるかもしれない。

 

「少々性格に問題があるがやはりいい素材だ。それだけに惜しいな、こんなところで潰すのは!」

 

「言ってろ、潰してもまた這い上がってきてやるよ!」

 

 壮絶な乱舞のぶつかり合いの最中でも笑みを絶やさず、二人は舞う。荒々しく、獣のように。

 

「オラオラァッ!どうしたギース、疲れたなら引退してなァ!」

 

「ハハハ!若僧がよく吠える、貴様のような未熟者には負けぬわ!」

 

演舞のような嵐のような、そんな印象だった。時折朱が飛び、紫の焔が舞い散る演舞。近づくものを粉々に打ち砕き、圧倒的な破壊を齎す嵐。二人のデッドリーレイブは、一種の芸術のような美しさと暴力を持ってぶつかり合う。拳と蹴りの応酬、その永いようでいて一瞬にも感じられるぶつかり合いに終止符を打たんとギースは両手を胸の前で構え、闘気弾を放った。最初のラウンドでカインを地に落とした一撃。カインはそれを見据え迎え撃つ。

 

(これだ……この一撃を破って、猿真似じゃあない、俺の技で勝利する。それ以外、あの腑抜けた俺に決別し、ギース・ハワードに勝利する道はない)

 

「トドメだ、もう一度地に墜ちるがいいッ!」

 

「終わりだ、ギース・ハワードッ!」

 

 そこから、カインはギースの動きを読む事を止めた。意図的に同じ威力の同じ攻撃をぶつける事でギース・ハワードのデッドリーレイブを、その力の流れを読み取る意図があったが、この瞬間からカインはその読み取った動きを利用し彼の必殺の一撃を打ち破らんとしていた。読みに回していた分の集中力を闘気のコントロールに使う。先程も拳や蹴りに圧縮した闘気を使っていたが、今度はそれ以上に強く。下手を打てば闘気の暴発で自らの身を危うくする程に。

 

 まずカインは、アッパーをするように右腕を振り上げ、目前に迫った闘気弾を上に向けてぶん殴る。闘気のぶつかり合いによる衝撃が、間近にいたギースにも感じられた。防がれたか、と内心感嘆するギースを余所にカインは動き続ける。次に放ったのは左ストレート。上へと跳ね除けられた闘気弾を貫き、ストレートを放った左拳とアッパーを繰り出した右拳が重なり合った。目を見開くギースの視界に、紫が広がった。

 

「―――」

 

 爆音と共に、重なり打ち合った拳から爆焔が放たれる。強烈な闘気も含まれたそれは、ギースをあっさりと吹き飛ばした。吹き飛ばされるより先に爆焔が身を焼き、闘気が身を裂いた。強烈な一撃の反動でカインの身体にも少なくない衝撃が襲いかかったが、一瞬の間機能しなかったギースの視覚が回復した時、既にカインは動いていた。反動を利用して宙へ飛び上がり、魔靴によって齎される推進力を以てギースへと襲いかかる。竜の爪を想起させる形状に折り曲げた指には超圧縮された闘気と焔に包まれており、まるで本物の竜が迫ってくるような、そんな強い脅威を、ギース・ハワードに感じさせた。

 

「バカな……この私が……ギース・ハワードが……!」

 

 投槍のような勢いで猛進するカインの一撃はギースを穿ちビルの一角をケーキを切り崩すように容易く破壊した。ギースは辛うじて防御する事ができたが、カインの一撃はその防御を貫き、ギースの身体に五つの風穴を開け、その傷にも瞬時に焔が這い回る。

 

「ぐおおおおおおッッ!!」

 

 叫び声を上げながらも、カインに食らいついてやろうと自らの傷に向けていた視線をカインに戻すと、カインは血に塗れた身体でこちらへ向かっているようだった。時間がゆっくりと流れているように感じる中、ギースはカインの接近が攻撃目的でないことに気づいていた。何故なら。

 

「掴まれ、ギース!テメェ、ビルから落ちて負けなんざ認めねぇぞ!」

 

 ギースの身体はビルの瓦礫と共に、遥か下に見える地面に落ちようとしていた。ギリギリ崩落していない場所からカインが手を伸ばし、今なら安々とその手を掴み取れるだろう。そうすれば再びビルへと戻れる。

 

 

 だからこそ。

 

「フンッ!」

 

「あ……!?テメェ、ギース!」

 

 ギースは差し伸べられた手を振り払った。パチン、と乾いた音を立て、カインの手が弾かれる。

 

「……貴様の勝ちだ、カイン。まぁ、一応合格点をくれてやるか。よく聞け、カイン!」

 

 ゆっくりと落下していく中、その声はしっかりとカインに届いていた。

 

「負け犬になるか、狼の執念を持ち続けるかは、お前次第なのだ……!この私を失望させるような最期は許さんぞッ!」

 

「ギースッ……!」

 

「さらばだ、カイン!ハーハッハッハッハッハ!!」

 

 敗者とは思えない高笑いをあげながら、ギースは落下していった。夜の街並みにその姿が消えていくまで、カインはずっとそれを眺めていた。ゆっくりと深く吐いた溜息には万感の思いが篭っていた。その後も暫く街並みを眺めた後、静かに立ち上がろうとすると眩暈がカインを襲った。

 

「うおっ……とと、悪い」

 

「気をつけたまえ。折角勝利を掴んだというのに、君まで落ちては笑い話にもならない」

 

「そうだな……。……俺は……勝ったんだよな?」

 

 足を踏み外し、危うく屋上から落下する所だったカインの手を、同じ顔の男が掴んで引き止める。カインは屋上のまだ崩落していない辺りに寝転がり、小さな声で呟いた。それに対し男は、微かに笑みを浮かべて答えた。

 

「ああ、私も見ていた。夢幻ではなく、君は確かにあの男に認められ、勝利を手にした。紛れもない事実だ、誇りたまえ」

 

「ああ……そうだよな、勝ったんだよな、俺。でもなんでだろうな、あんだけ勝ちたかったのに……嬉しいってより、なんだか寂しいような……愉悦とも寂寥とも言えない、複雑な気分だ……」

 

「……私が言葉にするべきではないようだね。今はただ、ゆっくりと身体を癒すといい」

 

「おう……じゃあな、カイン」

 

「ああ、おやすみカイン」

 

 

 

 目を閉じ、カインは意識を手放す。次に目が覚めた時、カインが横たわっていたのはあのビルの屋上ではなく、洞窟の冷たい地面の上だった。緩慢な動作で額に手をやるとヌルリとした感触があった。顔の前に持ってくると、赤い血液が未だ滴り落ちているのが分かった。胡乱な眼のまま起き上がると、すぐ近くにラーハルトやアベルは勿論、ロビンと極楽鳥も地に伏していた。この距離で気配を感じ取れない程消耗しているのを自覚すると、身体に痛みが戻ってきた。先程までは酷く高揚していたからか忘れていた痛みに呻くと、ラーハルトが微かに身動ぎした。意識はないようだが、自分と違って致命傷を負った様子はない。アベルはかなりダメージを食らっているようだが、ガーガーといびきを掻いている様子を見るに命に関わる傷ではないと判断した。

 

「あれは……夢、な訳ないよな。でも何が……」

 

「んなのオレ達が知りたいっつの」

 

 声に振り返ると、そこに立っていたのは切り裂きピエロと動く石像だった。パーティーメンバーが戦闘不能、自身も満身創痍。どうするかと考えかけた途端、眼前の彼らの事を思い出した。

 

「ジャック……無界……?」

 

「んだよ今の間。まさか忘れてたのか?」

 

 不満げなジャックの声で、暫く前の事を思い出した。彼らは自分達と同じく、この破邪の洞窟に挑戦している者達だ。此処まで潜ってきたのか、血の抜けた頭でうっすらとそう考える。

 

「イシキがモウロウとしているようだな。ジャック、カレらホドのゴウのモノがダレともワからぬザコにツブされるはフユカイだ。カイフクするまでワレらでマモるとしよう」

 

「だな。コイツをここまで追い込んだ奴も気になるし……っと。言ってるそばからお客様だぜ」

 

 彼らの会話をぼんやりと聞いていると、不意にジャックが武器を抜き放ち、入り口に眼を向ける。釣られてカインもゆっくりそちらに眼を向けると、今度は泥の魔人が立っていた。

 

「全く、人が死にかけてるってのに客の多いことだ。何か用か、ムガイン」

 

 やってきたのは、ラーハルトに真っ二つにされたはずのムガインだった。見るとその切断面は若干歪で、彼が従えていたモンスター達の身体の一部が浮き出ていた。モンスター達を取り込んで再生したのであろうことは想像に難くない。

 

「大変でしたよ……その銀髪のボウヤに斬られた半身を復元するのは。ドローマスターが4体、鉄騎界が5体、アクアドッグが9体……まぁそれはいいです。それ程そのボウヤが凄いという事ですから……銀髪のボウヤだけではない、キミ達は強い……認めますよ、素直にね……!」

 

「部下のモンスターを喰らって再生、か。そういう奴は決まってあっさりとやられるものだよ」

 

「フフ……そうかもしれませんね。ですが見たところ、あなたの命は最早風前の灯……更にはお仲間はその魔物二匹を除いて皆戦闘不能!あっさりとやられるのは……」

 

 そう言ってムガインは泥のような身体の切断面から刃を何本も生やし、カインに飛びかかりながら叫んだ。

 

「そちらの方ですよォッ!」

 

「カイン!」

 

 無界がカインを庇おうと前に踏み出る。が、カインはそれを腕で制する。血まみれのカインの行動にぎょっとする無界とジャック。それを見て諦め故の行動と取ったムガインは勝ち誇って叫んだ。

 

「そう、ジタバタせずに大人しく斬られなさい!そのまま私がやられたのと同じ目に遭ってもらいますよ……61対39の比率で……!胴体を真っ二つにしてねェェッ!」

 

 ムガインは身体の泥剣を回転させながら勝ちを確信する。カインは避ける素振りも見せず、ムガインの攻撃が迫るのを黙って眺めていた。そうして吸い込まれるように剣がカインの首に達した瞬間。

 

「……は……?」

 

 パキン、と硬質な音を立て、剣は砕けた。人間の急所に向けて振るわれた結果とは思えないような事象を前に、ムガインの思考が一瞬硬直した。思わず間の抜けた声を漏らした時には既に、カインの拳が眼前に迫っていた。最早闘気すら纏っていない、ただの暴力。それだけでも泥の魔人の顔の形を変えるのではないかという威力で、それをカインは時折足技も交えながら素早く放つ。

 

(バッ……バカな、私の計算でも……いや、計算するまでもなく確かに死にかけている筈なのにこの威力はっ……ま、まずい!このまま喰らい続けるのは……確実にマズイッ!)

 

 意識が飛びそうになりながらも、ムガインは必死に反撃の糸口を探す。痛みを堪えつつ、必死に策を練っているとカインの鋭い蹴りによってムガインの右腕が千切れ飛んだ。瞬間、ムガインは微かに笑みを浮かべた。千切れたムガインの腕は、泥で出来た縄となり、カインを拘束せんとその身体に巻き付き動きを封じる。

 

(やったッ!この拘束なら力技では破れないッ!計算通り、そうだ計算通りだ!このまま手早く片付け……ッ!?)

 

 その歓喜の笑みはすぐに凍りついた。カインを拘束したはずの腕が凍りつき、砕かれた。バカな、この金髪は焔の使い手の筈――そう驚愕すると、先程まで倒れていたプチヒーロー達、アベル達が起き上がっているのが見えた。アベルは手をカインに向けており、ラーハルトは槍を振り切った姿勢だった。

 

(しまった、既に目覚めて……あの魔物が私の腕を凍らせ、魔族がそれを砕いたのかッ……!?)

 

 起死回生の一手は敢え無く潰され、再びカインの乱舞がムガインを襲う。重い拳の一発が身体を抉る度に泥の身体が弾ける。左腕もいつの間にかなくなっていた。そうして必死に耐えていると、闘気弾が焔と共にムガインの身体に撃ち込まれる。その衝撃で腹部から生やしていた剣は全て砕け散った。それでもムガインはそれを耐え切り、大技を放った後の隙を晒している筈のカインに向けて吠えた。

 

「舐めるなァァァッッ!!」

 

 腕は二本ともなく、剣も全て折れた。ならばその頭を噛み砕いてやるとムガインが迫る。それを見てもやはり慌てる事もなく、カインは両手をゆっくりと上へ向けた。降参でもするつもりか、それともまた攻撃してくるのかムガインには分からなかった。どの道する事は同じだと、大口を開け、カインの頭に狙いを定める。

 

「レイジング……」

 

 呟かれた言葉は、妙に響いて聞こえた。狙っていた頭が僅かに下がる。掲げられていた両手は振り下ろされ、交差して地面に叩きつけられる。直後、ムガインの視界を紫が覆った。カインが地面に打ち付けた両手から、紫の闘気の牙が吹き出してムガインを襲ったのだ。気づいた時には既にムガインの身体は紫焔が余すところなく這い回り、頭部が僅かに残るのみだった。その残った頭部も闘気の牙に喰らい尽くされ、特徴的だった角も粉々に砕け、薄れゆく意識の中でムガインは驚愕していた。

 

(バカな……こいつの命は本当に風前の灯だったはず……こんな業火を出す余裕がある筈もなかったのに……こんな……!こんな事、計算外にも……程があ……る……ウ……!)

 

 その驚愕を顔に貼り付けたまま、泥の魔人は爆散した。欠片の一つも残さず焼き尽くされ、後には千切れ飛んだ両腕の一部が残るのみだった。

 

「……おっそろしいねぇ、この間より……いや、比べ物にならないくらい強さも雰囲気も変わっちまって。んな死にかけの身体でよくあんな動きできるぜ……」

 

 ジャックがそう呟くと、カインはゆっくりと振り向いた。その視線に射抜かれたジャックは一瞬、狼の牙にでも囚われたかのような錯覚を覚えた。それも束の間、肩を竦めながらこちらに向けて歩き出すと、その重圧は消え去った。

 

「死にかけだからこそ、てのもあるかな。死に物狂いでぶつからなきゃ勝てない奴と闘ってたんでね」

 

「ほう、お前でもそういう時はあるんだな。少し意外だ」

 

「ボキも死にかけた二。いやぁ、ロトは強かった二」

 

 アベルが何気なく呟いた名前に、カインがピクリと反応した。が、特に何も言う事はなく、ロビンの横に鎮座している棺桶に凭れ掛かる。

 

「……ジャック、無界。すまないが少し席を外してくれないか」

 

「ラーハルト?」

 

「おう、オレ達がいちゃ話しづらい話題か?行こうぜ無界、オレはあっちを見張ってる。お前は反対側な」

 

「ココロエた。オわったらヨんでくれ」

 

「ああ、助かる」

 

 訝しげな顔をするカインを尻目に二人は離れていく。無茶を叱られるのかと思ったカインは嫌そうな顔をする。

 

「確かに無茶をしたとは自分でも思うけどよ、相手が相手なんだから仕方ないだろ?アイツは俺より格上なんだからよ」

 

「……別に説教をしようという訳ではない」

 

「ありゃ、違ったか。説教じゃないならなんだよ」

 

「少し聞きたい事があるだけだ。アベル、お前はロトという者と闘ったのか?」

 

 首を傾げかけたアベルだが、ラーハルトの質問の意図を理解して頷いた。

 

「然り、だ二。彼は」

 

「どんな者だったか話すのは後にしろ。カイン、お前は?」

 

「……ギース・ハワードって男だよ。強い……とても強い男だ」

 

 そうか、と呟くとラーハルトは英雄の槍を撫でる。何が言いたいんだ、と首を傾げるカインに、自分の相手だった者の名を告げる。

 

「オレが闘ったのは、ピサロという魔族だった」

 

 ロト、ピサロ。どちらもカインにとって聞き覚えのある名前だ。勇者と魔族の王、何故そいつらが出てくるのだろう。そう考えかけたカインは、一瞬顔が引き攣るのを自覚した。

 

「ピサロは魔族の王……つまり、魔王と名乗った。奴に聞いた話では、ピサロもロトも、ギースという男も記憶から生み出された幻影に過ぎんらしい」

 

「……初耳なんだが」

 

「……お前は教えられなかったのか。まぁいい、今重要なのはそこではない。アベル」

 

「ニ?」

 

「魔王と言ったら誰だ」

 

「そりゃハドラーだ二」

 

 ここに来てようやく、カインもラーハルトの問いの真意を理解した。理解して、顔を引き攣らせた。今度は明確に。

 

「そうだ、ハドラーだ。ピサロという名前は聞いたこともない。そうなるとその記憶の持ち主とは……カイン、お前ということになる」

 

「……ああ」

 

 辛うじてそれだけを呟いたカインに、ラーハルトは問い続ける。

 

「つまり……お前は魔王ハドラーの他に魔族の王ピサロという存在を知っていて、その内面や在り方など……少なくともある程度は奴のことを知っている、ということでいいんだな?」

 

「……」

 

「その上で聞きたい。以前からお前はどこの生まれなのか尋ねられてもはぐらかしていたな。最初はオレと同じように、何らかの理由でそこを去らざるを得なくなったのだろうとだけ考え、尋ねるのを止めた。だが、尋ねることを辞めても尚考えは尽きなかった。何故オレとそう歳も離れていない人間の子供が旅をしていたのか。何故魔族であるオレや魔物であるアベルに忌避感がないのか」

 

「それは厭う理由がなかったからだ!もしお前らと友人でなくても、オレは魔族や魔物を嫌うことはなかったと断言できるぞ!」

 

「そうだな……お前はそういう奴だ。すまない、今のは少々意地の悪い言い方だった。兎も角お前には常識という物が通じなかったのでな。……続けるぞ。基本的に人間は、魔族や魔物に忌避感があって然るべきだ。明確な脅威であるのだからな。魔物と共に育ったとか、そういった過去があるというなら得心がいく。そういう訳でもなくある程度人の世に精通していたお前が忌避感を抱かないのは何故か。勿論性格によるものが一番の理由だろう」

 

 そこで言葉を切り、ラーハルトはカインに向き直る。

 

「確かにお前の性格故、というのは納得できるし、理解もできる。そろそろ付き合いも長いからな……だがオレはもう一つ理由があったのではないか……そう考えていた」

 

「……どんな理由だよ」

 

「……お前の暮らしていた所には、魔族も魔物もいなかったのではないか?」

 

 ラーハルトの問いに、カインは一瞬逡巡したものの頷いた。

 

「……やはり、な。お前の態度には、魔物への脅威というものを分かっていないのではないかと思えるものが多々あった。自身の強さ故ではない、ただの無知……というには少し違うか。兎に角、お前は魔族も魔物も、脅威どころか外敵とすら見ていない……しかし、お前は魔族の王と呼ばれる者やそれが親しくしているエルフの娘を知っている。明確に自身より強い……しかし、どこを探しても存在しない者達をハッキリと知っていて、尚且つ魔物のいない地に住んでいたという。有り得ない事ではないかもしれない……だが、限りなくおかしな事だ」

 

 一つ大きく息を吸い込んで、ラーハルトはカインを真っ直ぐに見つめて言った。

 

「……教えてくれカイン。お前は一体、どこからやって来たんだ?」




次はそこまで長くならない筈なので早めに投稿でき……たらいいなぁ……


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第38話 友人

「……言い逃れとか誤魔化しが通じる雰囲気じゃあねぇよなぁ……」

 

「当然だ。言ったろう、そろそろ付き合いも長いと。お前が嘘を吐いたところですぐ分かる」

 

 ラーハルトは目を逸らすこと無く、真っ直ぐに見つめてくる。問い詰めるような視線は、カインに取ってどんな刃物よりも突き刺さって感じた。

 

「言って、信じるのか?」

 

 僅かに声が震えた気がした。対照的に、ラーハルトの声は呆れる程真っ直ぐだった。

 

「それが真実ならば信じる、それだけだ」

 

「……アベルは、どうだよ」

 

「真実でも嘘でも信じるニ。真実ならばそれを話してくれる程度には信頼してくれているという事、嘘ならば嘘を吐いてまで隠し通したい事と分かるニ。もし絶対に言いたくないっていうなら、ボキは特に追求もしないニ」

 

 アベルも同じく、いつもどおりの調子で答えた。昔っからブレねぇなぁ、と溜息と共に呟き、やっぱりお前は俺にはちょっとばかり眩しすぎるかもな、と声には出さずに思う。

 

「……んじゃ、話す。けど、誰にも言わないでくれよ。他に……そうだな、ルミアやロン、バラン達には自分で話す。けど、どうなっても知らないからな」

 

「構わん、話せ」

 

 ラーハルトが促すと、咳払いをしてぽつりと呟く。

 

「……俺の元々住んでたのは、まぁ……魔界や天界とも違う、言葉通りの異世界だ。そこには魔族や魔物はおろか、魔法すら存在しない。そんな所だった」

 

 目を閉じて、当時を思い返しながら言葉にしていく。意外に覚えてるもんだな、と自分でも驚きながら。

 

「あの世界は魔法とかがない代わり、科学技術や娯楽が盛んでね。ただ、物が豊かな反面精神面は貧しかったように思える。今思うと俺がそうだっただけかもしれんがな」

 

「マシン兵関連の技術もそこで学んだのか?」

 

「いや、あれはこっちに……正確には地底魔城に行ってからのほぼ独学。ハドラーに色々教えてもらったりはしたけどな。向こうには無かった優れた技術だったから程度の興味を持って始めたのが、今じゃこんなのめり込んじまって。話を戻すがその娯楽の中に、小説とか…‥まぁ、本やなんかも沢山あってな。結構色んな物語が楽しめたもんだ」

 

「ピサロ達の事も、その物語として知ったのか」

 

「……ああ。けどよ……俺はな、ラーハルト。ああいう物語に出てきてた奴らは存在しないとか、作り話だとか、そんな事は一切思っちゃいない。その辺の話は少し長くなるが……」

 

「構わん、洗いざらい話してみろ」

 

「分かった。……纏めると、俺がいた世界は魔族や魔物といった脅威がない……この世界とは常識から何から違う世界だった。勿論自然災害や獣による害なんかがない訳じゃあなかったが。その世界で俺はな……」

 

 そこで一拍溜めて、呆れたような溜息を吐き出しながらカインは笑った。

 

「隕石が直撃して死んだらしい」

 

「……隕石って、つまり……星の欠片が宇宙から降ってきて、それがぶつかったってことか二?」

 

「多分な。星の欠片なのかただの石ころかは兎も角」

 

「一度死んでこちらに渡ってきた……ということか」

 

 顎に手を当てて小さく呟くラーハルト。苦笑するカイン。

 

「しかもその隕石が降ってきたのが向こうの神様のミスだってんだから笑えるぜ。自分の失敗のせいで殺してしまったから別の世界に生まれ変わらせるって事で、俺はこっちに来たんだ」

 

 そう話すと、ラーハルトとアベルは顔を見合わせ、同時に盛大な溜息を吐いた。

 

「向こうの人間の神は馬鹿なのか二?」

 

「控え目に言っても大馬鹿だ。そいつは本当に神だったのか?」

 

「んー、まぁ別にそれ自体はいいんだよ。この世界にやって来た事で得られた出会いが沢山あるからな」

 

 そう言って微笑むカインの額に、ラーハルトは仏頂面で手刀を落とした。

 

「何すんだよ」

 

「……フン。さっさと続きを話せ」

 

「なんだよ……まぁいいか。で、どこまで話したか……そうそう、神様のミスが原因で違う所からやって来たって言ったろ?向こうの常識はこっちじゃ殆ど通用しないし、逆も然り。正しく別世界だ。でーだ……そのな、さっき言いかけたが、俺が思うに……なんていうかさ、小説やなんかの物語はただの作り話じゃなくどこかに存在する世界の話なんじゃないかって、時折そう思うんだよ。異世界や神、こっちじゃ魔法なんてものもあるくらいなんだ。そう考えたっておかしくはないだろ?」

 

 そう言ってカリカリと頭を掻くカイン。どうやら上手く言葉にしづらいようだと理解したラーハルトは助け舟を出す。

 

「つまり彼らは誰かの創作物ではない、生きた存在。確かにどこかに生きていた者達だ、そう言いたいのか?」

 

「正にそんな感じだ。だから俺は、彼奴等をキャラクターとしてではなく一個の生命として見ている……これはロビンやラムダにも言える事だけどよ。兎も角、ピサロ達やロトを知っているのは、それが理由だ」

 

「成程、理解した。突っ込みたい所こそあるが、概ね納得できるな」

 

「でもなんで話したがらなかったんだニ?ボキ達はあっさり信じたニ」

 

 アベルがそう首を傾げると、カインは苦虫を噛み潰したような顔でボソッと呟いた。

 

「……別世界から来たって話したよな。そこに住んでた頃の俺はカインって名前じゃなかった。この身体は、この世界にやって来る時神様とやらによって与えられたモノ……カイン・R・ハインラインって名前もこの容姿も、餓狼MOWっていうゲーム……あー、物語に出てくる男のものなんだ。要するにこの名前も身体も借り物、俺自身を示す物じゃない……こんな事、わざわざ聞かせたいとは思わねぇよ」

 

 カインが話すのを躊躇っていた一番の理由がそれだ。カイン・R・ハインラインというのが、自分ではない他人のモノであるなどと知れたらと思うと、怖かったのだ。ここにいる自分は何なのか、自分というものが揺らぐ気がして。それを晒す事で、友人達が自分を見る眼が変わるのが恐ろしくて、ずっと黙っていた。せめて哂ってくれと思い、ラーハルト達に目を向けると。

 

「そうか。で、それだけか?」

 

「それだけって……あ、いや。確かにこれが一番話したくなかった理由だけども。その……何か、ないのか?」

 

「何の事だ」

 

「いや、何の事って。何かこう……」

 

「お前が何を言って欲しいのかは分からんが、一つ訊いておこう」

 

 そう言ってラーハルトはもう何度目かの溜息を零して呆れたように言った。

 

「まさかとは思うが、たったそれだけの理由でオレ達がお前との付き合い方を変えるとでも思ったのか?」

 

「ぐ……だってよ、生まれ変わり云々ってだけでも突飛なことなのに……名前も身体も模造品なんだぞ?大体、俺の事をおかしいと思ったからこうして問い詰めたんじゃあないのか?」

 

 カインがそうまくし立てると、ラーハルトは眉根を寄せて訝しんだ。その反応に何か引っかかるものを感じたが、ラーハルトの返答を待つ。

 

「それこそ何の事だ。オレはただ“お前はどこから来たのか”と聞いただけだ」

 

 ぴしりとカインが固まる。追い討ちをかけるようにアベルが頷く。

 

「確かに、何者か、とかではなくどこから来たのかってしか質問してないニ。加えて言えば、どんな所から来たのか聞いただけで事情とかは一切尋ねてないニ」

 

「そろそろ付き合いも長い、二度もそう言った筈なのだがな?」

 

 思い返す。そういえばそうだ、どこから来たんだとは言われたが、その辺りの事情は一切問われていない。話の流れ上、質問する事こそあれどそれは真偽を問うものですらなく。つまり……

 

「……俺は尋ねられてもいない秘密を自分から曝け出した……って事か」

 

「……間抜けだな、相も変わらず。何故お前はそうも抜けているんだ、いざ戦闘となればあれ程の実力を見せ、日常においても多大なマシンの叡智を活用している癖に」

 

「カインは馬鹿だからニ、良くも悪くも一つの事しか見えてないんだニ」

 

「……なぁ、本当に……その、何とも思わないのか?」

 

 念を押すように震えた声で呟くカインに対し、ラーハルトは溜息を吐きながらも微笑んだ。アベルも笑顔を浮かべ、カインを見つめている。

 

「その程度で見る眼を変えるような奴なら、お前の友人にはなっていないだろう。お前はらしくもなくウジウジと悩んでいるようだが、オレからすれば酒の肴にもならん」

 

「模造品だろうとカインはカインだニ。このボキの友人はそのナントカいう物語に出てくるカインじゃなく、マシン馬鹿で魔物に好かれる変な奴のカインだニ」

 

 二人共笑みをカインに向け、そう語る。暫し呆然としたカインは、思わず呟く。

 

「お前ら……マジで言ってるのか?」

 

「くどい。そもそも、そんな事は気にするような事でもないだろう」

 

「ボキはいつだって本気だニ」

 

 そう言われたカインは閉口し、押し黙った。目を閉じて何事か呟くと、不意に堰を切ったように笑いだした。

 

「ふ……はは、ははははははは!」

 

「フッ……」

 

「フフ、ニ」

 

「あははっ、ははっ!ははははははは、はぁー……」

 

 一頻り笑った後、カインは先程の強ばった顔が嘘のように、文字通り憑き物が落ちたような笑顔で思い切り言葉を吐き出した。

 

「あー、ははは……変に抱え込んでた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」

 

「そうだな、お前は馬鹿だ」

 

「そこは否定してくれるとこじゃあないのか」

 

「マシン馬鹿も付け加えるニ」

 

「底抜けの馬鹿だからな、お前は」

 

「……否定したいけどできないのが悲しい所だ」

 

「だが、その馬鹿な所もお前の美点だろう?無駄に悪知恵を働かせるより余程いい」

 

「褒めるのか貶すのかどっちかにしてくれよ……」

 

「じゃあ馬鹿にしてみるニ」

 

「てめぇ!」

 

 いつもの空気、いつものやり取りが。この空気が変わる事を恐れていたカインの想像とは裏腹に、何一つ変わる事なく彼らの間に流れていた。結局のところ、カインの心配は杞憂に過ぎなかったのだ。カインが思っているより、ずっと彼らの友情は厚かった。ただそれだけの、たったそれだけの話。たったそれだけだけど、彼らにとっては何より尊い事。

 

「……はぁ、俺本当に馬鹿だな。なんだよ、あんだけビクビクしててこれか、無様だなぁ」

 

「カインは昔から格好つけようとして失敗するニ。もっと自然体のが格好よく決まるニ」

 

「そうかもな。もうなりふり構うのは辞めるか……なぁ、お前ら」

 

「なんだ?」

 

「ニ?」

 

「違う出会い方をしていたら俺達は友になれたと思うか?」

 

「かもしれん」

 

「同じく、だニ。たらればなんて知らんニ」

 

「そうだな、少なくともこのラーハルトの友人にカインという人間やアベルという魔物がいるのは確かだ。もしあの時カインに出会わなかったとしても、それは今こうしているオレではないのだからな。だが、一つ断言できる事がある」

 

 そう言ってラーハルトは槍を掲げると、笑みを浮かべて言った。

 

「お前達と出会えて良かった」

 

「ボキもだニ」

 

「……ああ、俺もそう思う……ったく、お前ら最高だよ」

 

 

 

 

 

 ――それから。ジャック達の助けもあって、無事に破邪の洞窟を脱出したカイン達はまずはある程度身を清めてからテランへと戻った。その際、傷の治りきっていない状態で帰り着いたカイン達の姿を見てルミアが卒倒しそうになり、その後大層叱られた事を記しておく。ジャックと無界は別れを惜しみつつ、何処かへと旅立っていき、数日のんびりと過ごし傷の治ったアベルもまた、故郷へと帰っていった。相変わらず若干熱くなりながら別れの挨拶を告げるアベルには、珍しくカインも水を差さなかった。またいつでも来いという声を背に受けながら、アベルは旅立っていった。カインはその背を見ながら、今度会う時はもっとデカイ勇者になってるだろうな、そう予感した。更に数日経ち、ラーハルトはバランに付いてデルムリン島やテランを行き来しており、今はデルムリン島で過ごしている筈だ。つまるところ。今現在テランのルミア宅にはカインとルミアの二人だけである。正確にはロビンや極楽鳥、そしてラムダもいるため二人きりという訳ではないが。そして今――

 

「本当にいいの?」

 

「ああ、バッサリやっちまってくれ」

 

「……うん、分かった」

 

 パサリ、と静かに金色の房が地面に落ちた。カインの腰まで届くような長髪はバッサリと切り落とされ、うなじに掛かるかどうかというくらいまでになっていた。一纏めにした髪をナイフで無造作に切り落としたルミアは残念そうな顔をしている。

 

「折角綺麗な髪してるのに、勿体無いなぁ」

 

「なんならラムダに移植でもしてみるか?」

 

 冗談めかして言ってみたが、ルミアは顎に手を当てて本気で考え込んでいるようだ。ラムダも定期的にルミアが弄り回しもとい手入れをしているが、やはり無機物でそれらしく作ったパーツでは物足りないのだろうか。パーツの換装をするにしても生体パーツとそれ以外をどう融合させるのが課題か、などと直ぐに頭に浮かぶ辺りやはりカインはアベル達の言うところの“マシン馬鹿”なのだろう。見るものがみれば親心或いは親馬鹿故とでも言っただろうか。

 

「でもなんでまた急に髪切るなんて言い出したのさ?」

 

「……まぁ、気持ちの切り替えみたいなもんだ。心機一転再出発ってな」

 

「ふーん……?」

 

「んでよ、ちょっと話したい事があるんだが」

 

「んー?愛の告白か何か?」

 

「違ぇよ。何をどうしたらそうなるんだ……それとは違うが、大事な話だよ」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 それからまた数年。部屋に食欲を煽る匂いが漂い、カチャカチャと食器を準備する音が響く。ルミアとラムダが食器を運んでいるのを眺めながら、カインは暇そうに呟いた。

 

「コンロとか作るべきかねぇ」

 

「カインがいるからいいんじゃないかな、このままでも」

 

「そうだな、こうして俺の焔を適度に活用する事で食事を温めたり火を通したり色々できるけどそうじゃない」

 

 シチューの入った鍋の底を両手で支え、手のひらの表面から弱火でコトコト煮込んでいるカインがそう呟く。

 

「こうしてただ温めながら待つだけってのが退屈なんだよ分かるかラムダ」

 

「退屈だからって適当にラムちゃんに話振るのやめようねー」

 

 突然話題を振られたラムダは首を傾げながらてきぱきと食事の準備をこなしている。うちの子は働き者だーと笑いながらカインはひたすらにシチューを煮込む。退屈とは言いつつも、こうしてルミアが答えてくれるので言うほど退屈はしていないのだ。

 

「とりあえず食事終わったらデルムリン島行くぞ。今日はラーハルト達も向こう行ってる筈だからな、今晩は向こうで食事の予定だ」

 

「ん。留守番お願いね、ラムちゃん」

 

 コクリと頷く。程なくして準備を終え、手早く食事を終わらせたカインは外に出て指笛を吹き鳴らす。すると、指笛に応えて極楽鳥が飛んできた。最初に会った時よりも二周り程大きくなったように感じる。今でも人一人くらい余裕そうに運ぶ事ができる程度には成長しているのだ。

 

「俺はともかくルミアは飛べないからな、頼むぞ」

 

 顎を撫でてやりながらそう言うと、任せておけ、とでも言うように一鳴きする。風が短く切り揃えた髪を揺らすのを感じながらそのままルミアが準備を終えるのを待っていると、ロビンが森の中から現れた。剣とメイスの代わりに装備した籠に果物を入れて。

 

「ロビン、ラムダにも言ったが留守は任せるぞ。何かあったらこれに連絡入れろ」

 

 懐から四角い箱のような物を取り出しながらそう言うと、ロビンもコクリと頷く。籠を受け取って中身を覗き込んでいると、ちょうどルミアも準備を終えてやってきた。

 

「さて、そんじゃ行きますか」

 

「おー」

 

 そのまま空へ飛び立っていく二人と一羽を見送った後、ロビンはポツリと言葉を発する。

 

「……チェスデモスルカ」

 

 コクリ。頷いたラムダと共に、二機は家の中へと入っていった。

 

 

 

 

 そしてデルムリン島上空。カインは訝しげな顔をしていた。島の砂浜近くに、大きな船が存在していたのだ。デルムリン島は怪物島として有名である。そんな島にわざわざ訪れるというのは、あまりいい目的とは思えなかった。

 

「船が泊まってる。誰か団体さんで来てるのか?」

 

「……こないだニセ勇者とかいうのでひと悶着あったんだよね?」

 

 果物の入った籠を抱えたルミアがそう言って眉根を寄せる。先日、デルムリン島へやって来た人間達が皆にゴメと呼ばれている、ダイの親友であるゴールデンメタルスライムを連れ去った事件があった。当時は折り悪くバランもラーハルトも不在で、戦えるのがダイと島の魔物達しかおらずみすみす連れ去られてしまったらしいが、ダイが攫われた先のロモス王国の城まで乗り込んで取り返し、しっかりと犯人達を懲らしめて終息したはずだ。事件後、ダイはロモス王にも気に入られていたそうだし楽観的に見るならロモスからの使者という可能性もなくはない。考えすぎかな、と思った瞬間轟音が鳴り響いた。音に目を向けると、件の船が炎に包まれていた。船体は真っ二つになり、見るも無惨な姿だ。

 

「……あ?」

 

「爆発?」

 

「なんだあの船、爆薬でも積んでたのか?にしちゃあ様子が……あ」

 

「どうしたの?」

 

「悪い、先行く」

 

「あ、ちょっと!?」

 

 一言だけ残し、カインは急降下していった。突然の行動にルミアも極楽鳥も反応できず、置いてきぼりをくらうこととなった。暫く呆然と佇み、我に返って追いかける。その時には最早事は殆ど終わっていたが。

 

 

 

 カインが急降下するより少しだけ前。船を破壊して現れたのは三機のキラーマシンだった。これだけならカインは特に焦る理由はない。自分が手を加えた訳でないマシン兵など少し手強い魔物と大差はない。だが、そのキラーマシンの向かう先に友人がいるとなれば話は別だ。バランとラーハルトに関しては心配など不要だが、ソアラやダイ、ブラスがいるのだ。急いで合流するに越した事はなかろうと、カインは地に降り立った。他より大きい金色のキラーマシンに島の魔物達が突撃しようとした瞬間だった。突然の闖入者に思わず動きを止める両者。

 

「な、なんだ貴様ッ!?」

 

「んー……おお、いたいた。よぉラーハルト」

 

「お前か。随分とタイミングのいいご登場だな?」

 

「ちょうどやって来た所なんでね。ま、タイミングは良かったんだろ?で、バラン達は?」

 

「バラン様とソアラ様はご自宅に。ダイ様は洞窟の方に行かれている」

 

「わしを無視するなっ!ええいっ、やってしまえバロン!」

 

 金色のキラーマシンを操っているのは、どうやらバロンという男らしい。何やら喚いている老人や周りの人間達の格好を見る限り、どこかの国の所属のようだ。おまけに敵は人間、何故ラーハルトが蹴散らさないのかと思ったらそういう事かと合点がいった。

 

「国に仕える人間に手を出したら問題になるかもって懸念したワケか。どうりでコイツらが無事でいるワケだ」

 

 そう言って笑うカインの背後から、バロン操るキラーマシンがその剣を振り下ろす。人間であるカインに対しても躊躇のない動きからするに、彼らは悪党と見て間違いないだろう、そうカインは考えた。眼で捉えずともその攻撃は認識できていたが、カインに回避や防御を行うつもりはなかった。

 

「く……くぅっ!な、なんなんだコイツはっ!?」

 

「お、おおっ……!?」

 

 バロンが動揺を隠せず思わず口走り、老人は何事か言おうとしたが言葉にならない。ラーハルトは当然といった顔で眺め、ブラスは呆気にとられて感嘆の息が漏れ出る。カインの頭部目掛けて振り下ろされた剣は、彼の髪一本斬る事ができずに押し止められていた。髪の一本一本の先まで張り詰められた闘気の鎧がいとも容易く剣を食い止めたのだ。叩き斬ってやろうとバロンが更に力を込めてもビクともしない。

 

「バ、バカなぁっ!キラーマシンは勇者を抹殺する為に造られた前大戦の化物だぞ!そのキラーマシンの一撃を受けて何故平然としていられるっ!?」

 

「そりゃお前、俺がこのポンコツより強いからだろう」

 

「ぐぐぐ……ええい、何をしているバロン!もう二機のキラーマシンで奴を始末するのだ!」

 

 分かっている、とバロンが叫ぼうとした瞬間。二機いる青いキラーマシンの内一機のモノアイに、一本の剣が突き刺さった。柄尻に竜の細工が施されたその剣を投げつけたのは、当代の竜の騎士だった。

 

「真魔剛竜剣……ってことは。よ、バラン、ダイ」

 

「よく来たなカイン。それで、先程の轟音と彼らは?」

 

「敵。以上」

 

「あいつらは悪い奴らなんだ……レオナを殺そうとして、魔のサソリをけしかけてきたんだ!父さんが解毒呪文をかけてくれたから助かったけど……」

 

「彼女は家で休ませている。今、ソアラが看てくれている筈だ」

 

「ぐぅ……しくじりおって馬鹿者めが……!こうなったら手段は選ばん!コイツらを片付けて姫を始末するのだ!」

 

「分かっ……!?」

 

 バロンが剣を引こうとするが、剣はビクともしない。カインが二本の指で刃を挟み込み押しとどめているのだ。

 

「くぅっ、貴様離せっ!」

 

「おいダイ、レオナってのは友達か?だったら勿論コイツはお前がやるよな!」

 

 パキンと刃を折りつつ、問いを投げかける。

 

「……ああ!」

 

 カインの問いにダイは勢いよく答え、バロンの前に躍り出る。バロンは刃を中程から失った剣を投げ捨て、ダイと対峙する。先程バランの投げた真魔剛竜剣でモノアイを失った個体はバランに狙いを付けたようだ。剣が相手のモノアイに刺さったままだが、バランなら大丈夫だろうと残った一機に目を向けて歩み寄る。騒がしい老人テムジンには一瞬だけ、そのキラーマシンが怯えたように見えた。目の錯覚だと思いたかったが、何よりも彼自身が怯えていた。

 

「んじゃ、俺はコイツをもらおうか。来いよポンコツ、ジャンクにしてやる」

 

「ギ……」

 

 キラーマシンが弓を装備した左腕をカインに向ける。と同時、カインはキラーマシンの真下へ潜り込んだ。片手を地面に突いて勢いよく下段に回し蹴りを繰り出すと、巻き込まれた脚部が砕けた。最早言葉も出ないテムジンを尻目に、カインは素早くキラーマシンのボディを空高く放り投げた。

 

「な、なんなんじゃコイツは……」

 

 いつの間にか鼻水を垂らしていることにも気づかないテムジンは、何故こんな怪物がいるのかと自問した。が、答えは出なかった。呆然と空を見上げるテムジンの視線の先で、カインは打ち上げたキラーマシンよりも高く飛び上がっていた。

 

「――ドラァァァーッ!!」

 

 雄叫びを上げながら振り下ろしたカインの両拳が、爆発と共にキラーマシンを打ち据える。地上に落ちてきた頃には既に原型をとどめていない程砕かれたソレは、カインの宣言通りジャンクとされていた。

 

「お前は……一体何者なんじゃ……」

 

 ペタンと地面に尻餅を着く老人。問われたカインは顎に手を当てて考え込んで言った。

 

「唯の変わり者の人間だよ」




今回で破邪の洞窟編は終わり、ようやく原作の時間軸となります。
此処まで随分と時間がかかったものですが、これからもお付き合いいただければ幸いです。
活動報告に近況報告も兼ねて破邪の洞窟編の事を書いておくので、興味のある方は是非。


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第39話  急転

6月中には間に合いませんでした。ちょっと反省。


「しっかし、子供の成長は早いもんだな。ついこないだまで赤子だったかと思えば今はそれなりに立派にやってる。若者の成長ってのは見てて気分の良いものだな」

 

「フッ、その年でもう老人気取りか?」

 

「老人気取りっつーか人の親気取りっつーかな……」

 

 バロン達を撃退した日の夜、月が煌々と照らす丑三つ時のデルムリン島。ダイ達が暮らす家から少し離れた辺り、カインとラーハルトは手頃な岩に腰掛けて語らっていた。島の生物も殆どが寝静まったこの時間にこっそりと家を抜け出してきたのだ。しかも上等なワインまで持ち出して。勿論それはカインの私物であるが、夜中に抜け出して酒を飲んでいると知れたら飛んでくるのは自分にも飲ませろという文句か、明日に差し支えるのではないかという純粋な心配である。悪意がない分心配の方が居心地悪く感じるのは明白である。バレる前に戻らなければ、とは思うものの折角だからこの語らいと美酒をゆっくり楽しみたいという思いもある。

 ワインを並々と注いだグラスを月に翳し、ラーハルトは呟く。

 

「オレもいつか誰かを愛する事が出来るのだろうか、な」

 

 グラスを傾け、ワインの芳醇な香りを楽しみつつ喉に流し込む。呟きを聞いたカインは、お前でもそんな台詞が出るんだな、とは言わずただ静かに笑う。

 

「さてな。何が起こるかなんてその時になってみなきゃ分からん。案外俺が呆気にとられるくらい情熱的な恋をするかもしれないぞ?」

 

「フン、ならばお前はその前に」

 

「おおっと言わせないぜ。壁に耳あり障子に目あり、どこで誰が聴いてるか分からんのに暴露させる訳にはいかんなぁ」

 

 先んじてラーハルトの言葉を制するカイン。それを聞いてラーハルトはまた愉快げに笑う。

 

「お前はたまに分からんな。普段あれ程積極的な癖に、そういった事には奥手か。戦場で一騎当千の活躍を出来るような者は皆そうなるのか?」

 

「イマイチ否定できない推論だな。俺もバランも、ついでにアバンやその仲間も戦闘に比べれば……なぁ?」

 

「フッ……ならばオレも気をつけなくてはな」

 

「違いない」

 

 笑みを浮かべつつ、グイっと美酒を飲み干す。もっと味わうべきかとも思ったが、チマチマと啜るのはどうにも好きではない。

 

「分からんと言えば……カイン、お前の技術には目を見張るものがある。ただ、その一方でお前自身理解しているとは言い難いものを造っているのは一体なんなんだ?理解していないのに造れるというのはどうにも分からん」

 

「あー……ロビンとラムダの事か。つってもなぁ、造れるもんは造れるとしか。呼吸をするのと同じだよ。やり方は分かるが原理は分からん。そんなもんだ」

 

「そんなもん、で済ませられれば良いのだがな……お前は以前言っていたな。あの二機に与えたAIとやらも電子的なものと魔法的なものを組み合わせただけ、言ってしまえば1と0の羅列に変わりないのだと。何の知識もないオレでも分かる。それだけで、あれ程人間らしい動作や思考をできる筈がないと」

 

 ラーハルトは常々思っていた。確かにカインの技術力は高い。だが、それはただの技術でしかないはずだ。カインの造り上げたあの二機はぎこちない部分こそあるものの、命令とは全く関係なしに自ら思考し、行動している事が多々ある。これが更に高められたなら、それは最早人間と変わりないのではないか?と。カインにとって、人間とマシンの境界というものは非常に曖昧になっているのかもしれない。少なくともラーハルトの眼から見ても、彼らはただの鉄の塊ではないのだ。

 

「そしてお前はこうも言っていた。由来がそうだからといって全てがそうなるわけではないと。あの時お前が言っていたのはつまり、神によって生み出された人間の全てが神を信奉する訳ではないのと同じように、その思考が電子の海から生み出されたものであっても生物と大差無い存在になれるのではないか。そういう意味だったのだろう?」

 

「そこまで分かってるんならわざわざ言う必要あるかね?」

 

「ある。オレはオレの推論ではなくお前の持論を聞きたいんだ。酒の肴には丁度いい話題ではないか?こういう問答は好きだろう?」

 

 そうだな、と肯定を示し、グラスを傾ける。そういえばまだ二杯目を注いでいなかったな、と思い直しボトルに手を伸ばす。とくとくと赤がグラスを満たすのを見ながら、カインは笑う。

 

「そんじゃ、今日の講義は……そうだな、“マシンとは何ぞや”って所か?」

 

 ワインを一口含み、喉を潤す。唇を湿らせて口を開くと、自分でも思った以上に熱のこもった声が出た。

 

「まずは一番最初の質問からだな。何故理解できないのに造れるか、だったか。さっきはああ言ったが、実際にはちょっと違う。というのも、そういう風に造れた物は基本的に俺が望んではいても意図していないからだ」

 

「というと、想定外の事象という事か」

 

「然り。確かに俺はアイツらを造る時、自意識ってもんの一つでも芽生えれば面白いなぁくらいには思ってたが、AIという仮初の知能は造れても俺は魂を造れる訳じゃあない。つまり、俺が造ったのは器だ。魂の造り方なんざ知らん」

 

 グラスを掲げ、言葉を連ねる。

 

「このワインが魂或いは自我と呼べる物だとすれば、俺が造れるのはこのグラスが精々って訳だ。器を造っておいて注ぐべき物が自然と注がれるのを待つ、とでも言おうか。だから造るという言い方よりも宿るという言い方のが適切だな」

 

「宿る、か。よく物の例えで神が宿っている、なんて言い回しを聞くがそれと同じようなものか?」

 

「当たらずとも遠からずかな。俺のいた所では付喪神って考えがあってな、使い込まれ、大事にされた道具には魂が宿り自我を持つ……って感じであってたかな?うろ覚えだが。神は予め存在しているものが宿るが、付喪神は違う。他所から入ってくる訳じゃなく、道具という器の底から染み出すようなイメージかね。物言わぬ道具や機械ではなく、付喪神のように完全に一個の生命として確立する事こそが最終目的と言っていいだろう。ま、付喪神については正確に覚えてる訳じゃあないけどな」

 

 俺はそういう、本来意思や命ってもんがない奴らの成長や変化を見たいんだ。そう語るカインの眼は、子供のようにキラキラと輝いて見えた。

 

「……お前らしい。全く、マシンにそういった考えを抱くような変人は他にいるのか?」

 

「さてな。ドラゴンが人に恋をすることだってある。造りものが命を持ったっていいだろ?」

 

「それはバラン様のことか?」

 

「アイツは人間だろう」

 

「違いない」

 

 生物学的には違うのかもしれない。何せ竜の騎士という文字通りの伝説の存在だ。しかしそれでも、カインはバランのことを人間として見ていた。少なくとも人間の心を持ったあの男は人間であると。出自がどうあれ、その身体がどうあれ。彼は人間だと、決して化物の類ではない。そう暗に言っていた。ラーハルトも同じだ。自分の自慢の主人は立派な人間だと、そう思っているからこそそう尋ねた。帰ってきた答えは予想通りの物であったが。

 

「まぁなんだかんだ言ってもさ、つまるところ俺が求めてるのは可能性を内包したマシンという事なんだ」

 

「可能性……というと?」

 

「“戦いこそが人間の可能性なのかもしれん”と言ったAIがいた。それを思い出した時、俺は思った。戦いが人間の可能性なら、マシンの可能性ってなんだ?疑問に思ってからはいつも考え続けていた。人間のように、輝きに満ちた可能性を秘めたマシンを、人間と変わらない魂を持ったマシンをな……俺は見たいんだ。マシンの可能性を。アイツらの力を」

 

「……その輝きとやらは、一体何色になるんだろうな」

 

「さて、そりゃ人それぞれって奴だな。綺麗な光になる奴もいりゃドス黒い闇になる奴もいる。くすんだ光もあれば誇り高い闇もあるだろう。何にだってなれるのが人間って奴だからな、そこは魔族だろうと魔物だろうと魂があるなら同じなはずだ。だからきっと、アイツらも」

 

 グイっとワインを呷り、カインは続ける。自分でも良くこんなに舌が回るものだと驚く程には饒舌だった。

 

「強さで言えばロビンの方がラムダよりも上だ。ま、役割を考えればそれも当然ではあるんだが。けど、二機……いや、二人ともまだまだぎこちない部分こそあるものの、確実に人間性ってもんがある。強さなんて関係なく、確かに芽生えてるんだ。今日までアイツらを見てる限りじゃ順調に育ってるようで製作者としちゃ嬉しい限りだね。肝心の自由意思が芽生えたのがいつかは気になるが……本当、子は親が思ってるよりも成長してるもんなんだな」

 

「言わんとする事は分かるが……まぁそうだな、確かに最初に会った頃、造られた頃と比べれば雲泥の差と言える。知っているか、お前が昼寝しているとラムダはいつも毛布をかけてやっている。ロビンも毎晩お前の工具を丁寧に手入れしているんだぞ」

 

「……知らんかった。ルミアも言ってなかったぞそんな事」

 

「もしかしたらオレ達が唯のマシンに過ぎないと思っていた時には既に、意思の芽が出ていたのかもな?」

 

 ラーハルトがそう言って愉快げに笑い、ワインを一口含み嚥下する。

 

「かもなぁ。……大切なのは力なんかじゃない、もっと大切なのは、誇り高き魂だ……か」

 

「それも誰かの言葉か?」

 

「どっかで聞いた覚えはあるんだがよく思い出せん。だが、アイツら……だけじゃなく、俺にとっても重要な言葉だな。結局のところ、誇り高い魂になるか醜い欠片になるかは本人次第な訳だからな。負け犬になるか狼の執念を持ち続けるかはお前次第だ、なんてな」

 

「そっちは確かギースとやらに言われた言葉だったか。中々手厳しいものだ。昔のお前は危うい所で揺れていたらしいがな」

 

 お前も手厳しいわ、と笑い飛ばしてワインを一息に呷る。空になったグラスを見つめながら、カインは神妙な顔で語る。

 

「正直さ、最初の頃はそんなに高尚な事は考えちゃいなかった。けど……なんでかなぁ、いつの間にかアイツらを唯のマシンとは見れなくなっちまった。前は気軽にあれこれ操作するように指示できたけど、今は人に対して接するのと変わりないんだ。これは俺が変わったという事なのか?」

 

「そうだな。オレは変わったが、お前はもっと変わったよ」

 

「……昔の俺ってどんなんだった?」

 

「格好つけようとして失敗する……のは今もそうだが、無駄に気取った態度が多かったな。何を意識しているのかと思っていた」

 

 ぐわー、と顔を隠して呻くカイン。

 

「小っ恥ずかしいな、昔の俺。で、でもよ。ラーハルトだってそういう恥ずかしい過去とかあるんじゃないか?」

 

「知らんな、オレの歩んだ道を何故恥じなければならない」

 

「あぁ、お前はそういう奴だからなー……畜生、様になりやがる。ま、要するにだ。恋するドラゴンがいるくらいだ、人になるAIがいたっていいんじゃないか?と、俺は思うわけよ」

 

 愉快げに笑ってグラスを傾ける。その後も暫し談笑しながら美酒を味わいすっかり心地良い酩酊感に包まれた頃。カインの懐からピー、ピーと小さな音が発せられた。ラーハルトが指摘すると、カインは懐から小さな黒い箱を取り出した。

 

「それはなんだ?」

 

「使ってみるか?」

 

 笑ってカインは箱をラーハルトに放ってよこした。また何か妙な物を造ったのか、と呆れながら観察する。箱はまだ電子音を立てていた。使い方を教えろ、と目を向けるとカインはボタンを押してみろとジェスチャーで伝える。

 

「全く、これが何だというんだ」

 

『……ラーハルト?』

 

 箱の下部に備え付けられている小さなボタンを押すと、箱の中央辺りにあるスピーカーから、慣れ親しんだ声が聞こえてきた。

 

「……?ルミアの声か、これは。おいカイン、なんだこれは。また妙な物でも造ったのか」

 

「妙な物って……これはな、通信機ってもんだ。本当なら携帯電話でも造ろうかと思ったんだが、試作品にしちゃ良い出来だったからな。とりあえず4つほど造ってみたんだ。どの程度まで交信できるかはまだ実験中だが設計通りならそれこそ星の反対側まで行けるんだぜ。中に仕込んだ板状に加工した黒魔晶が込められた魔力を自動的に特定周波数に変換、送受信してだな」

 

「仕組みを解説されても良く分からん。要するに、遠方との連絡手段になり得る物か?お前の頭は本当にどうなっているんだ」

 

『おーい』

 

「うるせ、どんな物かって知識さえありゃ魔導学とか色々駆使して似たようなもん作れはするんだよ。少なくとも魂造るよりゃ簡単なはずだ」

 

「それがおかしいと言っているんだ。普通はそれだけで造れはしない。」

 

『ちょっとー』

 

「俺のいた世界じゃPCだって自作する奴はごまんといたし、キラーマシンの比じゃない精巧な物を自作する奴はいたぞ」

 

「比較対象がおかしいんだ。PCとやらが何かは知らんが、少なくともこの世界に今まで存在したかどうかも定かではない代物だぞ?」

 

『……』

 

「そういやそうだな。未だに遠方とのやり取りは手紙が主だし、通信手段さほど発達してないよな。確か鏡を使った呪術的な通信手段なんかはあるらしいが、アレって鏡に字が浮き出るんだよな?それって掃除しないと消えないのか?だとしたらかなり迷惑なもんだよな」

 

「使った事がないから分からんな。というか貴様、気づかなかったが相当酔っているな?段々と呂律が回らなくなってきたぞ。そういえば先程から結構なハイペースで飲んでいたな」

 

「酔ってませんー俺の意識はしっかりしてんぞー」

 

「酔っ払いはみんなそう言う」

 

 そう言って背後からガッシリとカインの頭を両手で挟む人影。言うまでもなく、先程から呼びかけを無視され続けていたルミアである。笑顔を浮かべてはいるものの、二人にはその背後にある暗闇が形を持っているかのような重圧を感じ取っていた。笑顔とは本来攻撃的な物であるという。

 

「よ……ようルミア、お前も飲むか?」

 

「……こんな時間に抜け出して、心配して探しに来てみれば……!」

 

「落ち着け、心なしかお前の背後の闇がざわめいてる気がするんだが」

 

「そんな事はどうでもいい」

「あ、はい」

 

 ミシミシと音を立てるカインの頭蓋。音が立つだけで実際にダメージを受ける程ではないのだが。確かにあっさり収束したと言っても事件があった日の夜中にいなくなっていれば心配されるのも致し方なし。自分に非があるとそう考えていたカインは物理的な圧力よりも精神的な圧力で冷や汗をかかされていた。そのままの状態でカインに説教を始めるルミアと先程までの酒が回って紅潮していた顔が元に戻って引きつっているカインを見ながら、ラーハルトはポツリと呟いた。

 

「……女は怖い」

 

「ラーハルトもラーハルトだよ。誘われたからって黙って出て行く事ないでしょうに、せめて一言言ってくれれば良かったんだよ。大体私もそのお酒飲みたかったのにもう殆どないしちょっと飲みすぎじゃないの?大体あんな事があった日の夜にこうやっていなくなられたら心配にもなるよ?いくらあの連中が皆捕縛されたからと言っても……」

 

(しまった、飛び火した)

 

 叱られながらもラーハルトは嬉しく思う。こうやって、自分達を心配して怒ってくれる友人がいる事を。大事に思うからこそ、心配するのだ。たまにカインと一緒に無茶などを叱られたりはするものの、ラーハルトはその度に良い友人を持ったと誇らしくなり、一人笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 翌日、カインとルミアは極楽鳥に乗ってテランへ帰っていった。別れ際、ダイが今度会ったら格闘の稽古をつけてくれとせがんでいた事以外は特筆する事もなく、平穏に。バランとラーハルトは数日島で過ごし、その後テランに向かうそうだ。

 

 ダイはよくラーハルトやカインに稽古をつけるよう頼み込んでいる。ブラスの話では、どうやら勇者に憧れているらしい。それを聞いた時こそカインは“この年頃の男ってのはそういうもんだ。俺にも覚えがある”と笑っていたが、バランはあまり良い顔をしていなかった。勇者や竜の騎士が必要になる事態というのはつまり魔王なりなんなり、世界のバランスを崩す程の脅威が現れる事に他ならない。バランにしてみれば、大事な一人息子がそんな脅威に立ち向かうというのは不安なのだろう。だからといって本人の意思も無視してただ安穏と暮らさせるのも如何なものか、という話になると、渋々ながらも許可を出した。剣に関しては自分が教える事、途中で投げ出さない事、そして鍛えた力は誰かを守る為だけに使う事を約束させて。勿論ダイは大喜びで承諾した。それを見ていて羨ましくなったのかブラスが自分は魔法を教えたいと言い出し、剣の師をバラン、魔法の師をブラスとして修行する事になった。混血とはいえ竜の騎士故か、ダイは凄まじいスピードで成長していった。特に、先日ニセ勇者と戦ってからはそれが顕著らしい。魔法の方はそこまででもないらしいが、剣の腕前はバランが驚く程のレベルだ。息子の成長を、バランが酒の席でよく誇らしげに語っている。時折ダイへの授業に混じってルミアが参加しているそうだが、ブラスは楽しそうにしている。

 

(ダイはあの年で既にかなりのレベルに達している。ひょっとしたらハドラークラスとだってやりあえるかもしれないな)

 

 密かにそんな事を考えているカインは、自分の若い頃を思い出していた。といっても、この世界にやって来た頃の事だが。あの頃の自分でもキラーマシンくらいなら際どい所とはいえ勝つ事もできたし、地底魔城にいる魔物も圧倒する事が出来たのを思い出す。そして無闇矢鱈に格好つけようとしていた自分を思い出して悶絶した。

 

『どうしたの急に変な声あげて。虫の魔物でもいた?』

 

「そのくらいで驚くかよ。ちょっと黒歴史を振り返っちまっただけだ」

 

 手に持った通信機からルミアの声が響く。ここはギルドメイン山脈北方、城塞王国リンガイア近隣の森。バロン達の一件から数日経ち、ラーハルトに見せびらかしていた通信機の性能を試す為カインはロビンと極楽鳥を連れ立ってテランから離れたこの国に趣いていた。今のところ通信が阻害される事もなく、実験は順調だった。海を越えても、深い森の中にいても、洞窟の中にいても通信は途絶えなかった。以前にもパプニカやロモスなどの遠方に趣いて試験してみたが、何かに遮られる事もなく遠方の友と会話をする事ができた。試作のつもりだったこの機械が思った以上の出来だった事に機嫌を良くしながら、カインはリンガイアの城へ向けて歩く。

 

「これ、もっと早く造れば良かったかなぁ。そうすりゃアバン辺りに渡していつでもアイツの料理レシピ聞けたのに」

 

『あー、それは確かに聞きたい所だね』

 

「アイツは今頃どこで何をしてるんだかな。カールの女王が心待ちにしてるそうじゃあないか。全く、罪作りな野郎だ。……ん?」

 

 雑談を楽しむカインの横で、ロビンのモノアイが紅く光る。左腕部分に剣を装備したロビンが素早く周囲を警戒する。カインも足を止めて索敵を始めた。何者かの敵意を感じ取り、素早く臨戦態勢に入る。空気が変わったのを察したのか、訝しげなルミアの声が響く。

 

『どうかしたの?』

 

「……何か来る」

 

 そう呟いた瞬間、木々を何本かへし折りながら魔物が現れた。トゲの付いた鎧のような皮膚の魔物だ。どことなく亀やサイにも似た姿の魔物はカインを見た瞬間、獲物を見つけたと言わんばかりに吠えた。

 

「グオオオオオッ!!」

 

「こいつは確か……デンタザウルスだったか?魔界の魔物がなんだってこんなところにいやがるんだ」

 

「グオオッ!」

 

 魔界の魔物、デンタザウルスはカインに向けて一直線に突進する。先程木々を容易くへし折ったのもこれだろう、まともに受ければひとたまりもないだろう。普通の人間であればだが。ステップを踏んで突進を回避したカインは横を通り過ぎていったデンタザウルスを後ろから蹴り飛ばしてしまった。後ろから衝撃を加えられたデンタザウルスは勢い余って盛大に転ぶ。ひっくり返ってもがいているデンタザウルスを尻目にカインは通信を再開する。

 

「敵意十分、そもそも魔物が暴れてる事自体おかしいが……おいルミア、ちょっとバランの所に行って」

 

『ちょ、ちょっとカイン!大変だよ!』

 

「……おーい、どうしたよそんなに慌てて」

 

 通信機越しにルミアの慌てた声を聞き、何事か起こっていると察したカインは眉を顰める。

 

『テランが魔物に襲われてる!テランだけじゃなく、アルキードも、ベンガーナも!』

 

「……なんだと?」

 

 思わず目を見開いて驚きの声を漏らす。いくつもの国が同時に魔物の襲撃を受けるなど、誰がどう考えても異常事態だ。それこそ魔王ハドラーが健在だった頃のようではないか。未だもがいているデンタザウルスを睨みつけながら続きを促す。

 

『テランにはガストやシャドー、ベンガーナには魔導師とかの魔法使い系、アルキードにはドラゴンの群れが押し寄せてる!』

 

「おいおいおいおい、どんなラインナップだそりゃ……そっちは大丈夫なのか?」

 

『うん、今のところは。カンダタおじさん達が食い止めてる。他の二箇所に比べれば数も少ないし、何か大物でも出てこなければ大丈夫だとは思うよ。ラムちゃんがベンガーナにいるけど、魔法には耐性あるからどうにかできてるみたい。ラムちゃんや国の兵士だけでどうにかできてるってさっき連絡来た』

 

「そうか……ルミア、お前はさっさと王城にでも行け。家よりゃマシだろう。魔法メインの連中程度じゃラムダを完全に仕留めるのは難しいだろうしな、自分の心配しとけ」

 

『そうするよ。……カインも気をつけてね。もしかしたら……ううん、十中八九リンガイアにも何か来てる筈だから』

 

「魔王の群れでもいるんじゃなきゃ大丈夫だって。ロビン達もいるんだしよ」

 

『……先に言っておくけど無茶はしないでね』

 

「了解了解、お前も無茶するなよ?最近ダイと一緒に呪文の勉強とかしてるみたいだが、まだまだレベル不足なんだからよ、戦闘はそれ専門の連中に任せればいい」

 

『むぅ、そりゃまだメラくらいしか覚えてないけども……ってそれよりも情報の続きね。ベンガーナはどんどん押し返してて、強力なドラゴンの多いアルキードにはバランおじさんとラーハルトが向かってる』

 

「……非常事態とはいえ、なんだかなぁ……」

 

 アルキードの救援に向かっているのがよりにもよってあの二人とは。仕方の無い事とはいえ複雑なものだ。せめてベンガーナとアルキードの状態が逆だったら良いのに。そんな事を考えても仕方ないが、そう思わずにはいられなかった。

 

「……俺はこのままリンガイアへ向かう。一旦通信を切るぞ、何かあったらこっちから連絡入れる」

 

『了解、気をつけてね』

 

 通信を切断し、通信機を懐へしまい込む。漸く起き上がったデンタザウルスが鼻息荒くこちらを睨みつけている。溜息を吐きながら向き直り、呟く。

 

「……やれやれ、ヘビィだぜってところか……」

 

「グオオオオオッ!!」

 

 その言葉を皮切りに、怒りのままに突進してきたデンタザウルスに対し、その顔面に思い切り拳を叩き込む。突進の勢いも加わって、魔物の顔は大きくひしゃげる事となった。大きくダメージを負ったデンタザウルスとは対照的に、カインは全くの無傷であった。

 

「ギャオオッ!?」

 

 思わず大きく仰け反った瞬間、隙だらけのその柔らかい腹部に手刀が突き入れられる。ドスっ、と鈍い音を立ててカインの手がデンタザウルスの腹を刺し貫いた。ビクリと一瞬もがいたものの、手刀をゆっくりと引き抜かれ地に倒れ伏した彼はもう動くことはなかった。

 

「いくら頑丈な鎧があったって鎧に覆われてなきゃどうとでもできる……っと、急ぐか。行くぞ」

 

 血に濡れた手もそのままに走り出すと、ロビンも両手に武器を装着したまま追従する。右手にメイス、左手に剣を構え浮遊するキラーマジンガ。そこらのトカゲどもにゃ遅れを取らんだろうと考えつつカインはリンガイア王城に向けて疾駆する。走り続け、やがて森を抜け。本来ならば堅牢な城塞の映える王国が見えたであろうそこには、ヒドラやスカイドラゴン、様々なドラゴン系の魔物が跋扈していた。

 

「おいおい……ドラゴンのバーゲンセールかクソッタレ」

 

 少し離れたここからでも、スカイドラゴンを駆るライダーが街を蹂躙している光景や、ドラゴンがそこかしこに火を吐き続けているのが良く見える。舌打ちを一つ漏らし、飛び出そうとして踏みとどまる。役者が足りなかったな、と懐から取り出した筒に謝罪をかける。

 

「お前も出番だぜ……デルパ」

 

 懐から取り出した魔法の筒から極楽鳥を呼び出し、カインは近場のドラゴンに狙いを定めながら手早く指示を出す。その眼は戦闘への期待からか、マシンについて語る時とは別種の光を宿し、爛々と輝いていた。

 

「久しぶりの大暴れといこうぜ。敵はリンガイアを襲っているトカゲども、兵士達じゃ敵わないような大物はできるだけ引きつけて、戦士達と協力して連中を討つ!行くぞお前ら!」

 

「クアアアアッ!」

 

 極楽鳥が大きく鳴いて飛び立ち、ロビンが丁度こちらを向いていたドラゴンの眼に矢を放つ。そしてカインは、ロビンが狙ったのとは別の個体に向けてダッシュする。それに気づいたドラゴンが炎を吐いて牽制しようと試みるが、そんな事で止まるカインではない。炎の中を突っ切りながら眼前で跳躍する。

 

「ハッハァ!」

 

「グギャアッ!?」

 

 一回転しながら空中に飛び上がったカインが、その踵をドラゴンの頭目掛けて振り下ろす。鈍重なドラゴンにそれを回避する事が出来るはずもなく、いとも容易く頭蓋を砕かれながら大きなトカゲはあっさりと地に沈んだ。それに気づいたスカイドラゴンの主と思しき鳥人族の戦士が何事か叫ぶ。叫び声に反応し、今度はそのスカイドラゴンに狙いを定める。今倒したドラゴンを踏み台に鳥人目掛けて飛びかかると、鳥人はレイピアを構えて迎撃せんと試みる。一瞬でドラゴンを葬った突然の闖入者に対し、鳥人が驚きも顕に問いかける。

 

「テメェ、何者だ!?」

 

「通りすがりの……唯の人間だッ!」



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