【習作】黒子のバスケ、神速のインパルスを持つ男。 (真昼)
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第0Q
以前、にじファン時代に活動報告で上げていた作品です。っていっても一話分しかないので、少し改稿して投稿しました。
基本的にネタです。血霧よりは力を入れてませんのでご了承ください。
00
谷沢正人はバスケを生き甲斐として、今までの人生を過ごしてきた。
正人の身長は日本人としては高い方の188 ㎝。そんな身長であるが、トレーニングを欠かさずに行ってきた為、筋肉がしっかりとついている体格だ。日本の選手で背の高い選手は俊敏性が失われがちだが、正人は克服するために何度も反復練習を繰り返し、身に付いた筋力でカバーする事に成功した。
最初にバスケというスポーツに触れたのは、家族でアメリカに行った時だ。バスケットボール界の世界最高峰であるNBAの観戦。これは正人の琴線に触れた。帰国後、正人は夏休みを利用して近くのスポーツセンターで行われていたスポーツチャレンジでバスケットを体験する。それを経て、ミニバスのチームに入る事になる。
正人の目標は幼い時に見た、あそこの熱きプレイの数々。あの場所でのプレイに少しでも近づくために、只管練習を繰り返してきた。
結局、努力はむなしく高校の時は、インターハイに出る事さえ叶わなかった。しかし、それでも県のベストプレーヤーに選ばれる等それなりの評価は受けていた。
正人自身、才能があるかと言われれば人並よりは上と言ったところだ。小さい頃から只管に努力を重ね続ける事で着実に力を付けてきたのだ。
そんな評価の為、決して多くは無いが幾つかの大学から推薦で来ないかと誘われた。
そんな正人だがバスケ選手としては幼き頃に見た本場アメリカのNBAでプレーをするのが夢である。勿論、叶わない可能性が高いことはわかっていた。しかし、それでも夢を諦めきれなかった正人はアメリカの大学に行くことを決心する。
そして、そこで才能の差に人生で初めて絶望する事になる。正人より背が高いのに俊敏性に長けた人達。特に黒人の選手のしなやかさは努力という言葉が安っぽく感じられる程だ。
正人は絶望の淵のギリギリに立ちながら、足掻いていた。自分より速いなら、相手を只管研究し、相手の好きなように動かさない練習を繰り返した。
正人は良い意味で日本人だったのだろう。そう、同じことを何度も何度も飽きもせずにやり続け繰り返していた。
相手を研究し、常に相手チームの動きを阻害し、自チームの勝利に貢献した。その研究力は大学内という括りになるが、一定の評価を受ける事になる。評価されたのは選手としてではなく、研究力という点ではあったが。それでも正人は諦めずに努力を続けていた。
そんな中、正人の大学の友人がある提案を持ってきた。
「正人! 息抜きにアメリカンフットボールを見に行かないかい?」
「アメリカンフットボール? ルールは知っているが詳しくは無いけど、それでもいいのかい?」
「ああ! 勿論さ! しかし、折角アメリカにいるならアメリカンフットボールを一度ぐらいは見た方が良い! 野球は日本でも流行っているようだけどね!」
「野球はした事あるけど、アメリカンフットボールは無いなぁ」
「なんて勿体ない! まぁいいさ! 実は見に行く試合なんだけどな、決勝戦なんだよ! ユースのワールドカップさ! しかもだ! 君の母国の日本とアメリカなんだよ! これは見に行くしかないだろう!?」
結局、正人は友人に連れられて決勝戦を観戦していた。そして、人生二度目の絶望に陥る。
アメリカの選手も日本の選手も才能の塊に見えたのだ。所詮凡人は何処まで行っても凡人なのだろうか。
正人はある一人の選手の動きに注目していた。
「なぁ、あのドレッドヘアーから坊主になった選手は誰だい?」
「ああ、チョーッと待ってくれよ? えぇっと日本の金剛阿含っていう名前だな。何でもものすごい反射神経を持っていて神速のインパルスなどと呼ばれているらしいぜ! 確かにさっきからの反応速度はすごいな!」
ああ、やはり才能なのだろうか。正人は目の前が暗くなるような気がした。自分があれだけの反射速度を持ってさえいればと……。金剛選手は見てから反応しているのだ。そして、その超絶な反射速度で戦っている。まさに天から愛された才能だろう。
観戦終了後も正人の心はあの反射速度にあった。
神速のインパルスか……、俺があの反射速度を持っていたら……。もっと色々と出来た筈なのにな。無い物ねだりだとはわかっている。しかし、正人は考えずにはいられなかった。
その時、一台の車が猛スピードで正人に突っこんできている。そして衝突。正人は最後の際まで、神速のインパルスさえ持っていたら今のも避けれたんだろうな……。そんな事を考えていた。意識はそのまま沈んでいく。
正人は気づいたらベッドの上だった。ベッドのサイズは病院のものとは思えない。どう見てもベビーベッドだった。
正人の思考は現実には追い付かない。生まれ変わりというものだろうかぐらいしか考えられないのだ。そして、心の中は安堵していた。それはまたバスケをやれるという気持ちでいっぱいだったからだ。
小学校に上がり、ミニバスのクラブに入る。正人はもう、正人ではない。生まれ変わったのだ、当たり前だが新しい名前が付けられた。
光谷克樹(ミツヤカツキ)それが新しい名前だ。
ミニバスに入り、練習を重ねる事で気づいた事があった。前世、正人の時よりも反射神経が良いのだ。それはまるで神速のインパルスのようだった。
克樹は前世の自分が死ぬ前に願ったからかもしれないと考えていたが、結局は考える事を辞めた。何にせよ、昔と違ったように動ける、克樹にとってはその事が大事だった。
克樹は中学生になった時、克樹が住んでいた近場ではバスケが強いと言われる中学に入れる事になった。その為に、多少の勉強をして中学受験までしたのだ。しかし、あくまで近場という限定だったが克樹にはそれで十分だった。なにせよ、克樹はバスケ選手として二つの強い武器を持っていたからだ。
勿論、一つ目は神速のインパルス。人間の限界の反射神経だ。弱い武器な筈がない。しかし、それ以上に強力な武器を克樹は持っていた。それは前世から続くバスケの経験だ。例外なくスポーツというものは経験という物に左右される。正人として生きてきた時の経験、特にアメリカでプレイしていた時の経験は克樹にとって圧倒的なアドバンテージとして存在していた。
そして、その二つの武器を持って克樹は独自のスタイルを作り上げていく。神速のインパルスと経験。克樹はこの強力な武器で中学一年生ながら、レギュラーを勝ち取った。そして、この二つが融合する事で、克樹のディフェンスを抜ける者は全国区でも居なかった。
全中決勝に行くまでは。
全中決勝の相手は帝光中学。元々全国の中でも屈指の強さを誇る中学だ。克樹は驚きを隠せなかった。なにせレギュラーの殆どが一年生だったのだ。克樹も一年生だが、それだって異例中の異例だ。最初は自分を棚に上げつつ舐めているのかと克樹は思ったほどだ。
そして、試合が始まり克樹は二度目の驚きにあう。
原因は相対した青峰という選手だ。青峰は克樹の神速のインパルスでさえ追い付く事が困難な加速、つまり俊敏性を持って克樹を抜こうとする。しかし、速さだけでいうならアメリカの黒人選手を思い出せば何とかなる筈だった。青峰は、そこからさらに普通では考えられないようなトリッキーなプレイスタイルで襲い掛かってくる。絶対的な俊敏性と見た事も無いトリッキーなプレイスタイル、この二つで克樹を抜こうと襲い掛かってくる。
驚きを隠せないでいたのは克樹だけではなかった。帝光中学側も青峰が一度に抜ききれないディフェンスに眼を見開いていた。
勿論、青峰も克樹のディフェンスに驚きを隠せないでいた。それも当たり前だろう。初見で自分の動きにここまで追いすがってくる選手と戦うのは初めてだからだ。
今までも試合中で目が慣れていき、動きを止められることはあった。しかし、初見は全国区でもいなかったのだ。
青峰の目に喜悦の色が浮かぶ。車の最高速度を少しずつ上げていくように、克樹と相対する度に青峰のギアが上がっていく。
青峰は抜こうとするが、克樹のとんでもない反射神経で先回りされ前に立たれる。無理に抜こうとして、ぶつかってしまうと青峰のオフェンスファールになる可能性がある。
正攻法で抜こうとすると、まるで予測済みの様に立ちはだかってくる。青峰はストリートバスケで身に付いた変則的な動きで対応する。
こう着状態が続く。青峰がフェイントを織り交ぜながら抜こうとする。それを、ギリギリながらも防ぐ克樹。ギアが二人とも上がっていき、二校ともアイソレーション気味に中学一年生ながらエース対決となっていく。
第一クォーターまではそんな形で拮抗をしていたが、第二クォーターから決着はすぐについた。それは克樹と青峰の余りにも速いスピードに克樹の味方選手がついて来れずに克樹とぶつかりかける事が多くなってきたのだ。その隙を逃す青峰ではない。確実にゴールを決める青峰。
青峰以外の帝光中学の一年もまた異常だった。前世のバスケではありえないような才能の塊達。
結局、試合は帝光中学がダブルスコアの大差で勝利を収めた。
勝利のカギは、帝光中学には青峰以外にも異常と思える才能を持った選手が居た事。克樹の中学には、克樹と同レベルの選手は居なかった。たったそれだけの事だった。
克樹と帝光中学の選手の出会いはそれが最初だった。
その後、克樹はトレーニングをさらに増やす。神速のインパルスを十全に使いこなせるように。また、攻撃面での練習も絶やさなかった。ドライブインからのクイックモーションでの3Pシュート。左右に振りながらのターンアラウンドをしつつラインに流されつつのジャンプシュート。
徐々に身長が伸びる中、少しずつ自分の役割を変えていきながら色々なポジションの経験を積んでいった。ポジションが身長につれて変化して行くため、克樹はオールラウンダーとしての才能が開花していく。最終的にはポイントフォワードの役割を果たす為にトレーニングを積んでいった。
そして次の年も、その次の年も全中決勝戦は克樹の中学と帝光中学であった。戦う度に青峰の動作速度は上がっていく。それに負けじと克樹もディフェンスの腕前を上げていく。
帝光のメンバー達はキセキの世代と呼ばれるようになっていた。たまに記者の間違いなどで克樹も含まれる事もあった。
しかし、それ以上に克樹の反射神経やディフェンスの腕前を持って『反射鏡』、『ただ一人からなる絶壁』などと呼ばれる事があった。
克樹としては恥ずかしいから辞めてほしかったのだが……。
克樹の中学も帝光中学も準決勝では圧勝と言ってもいい結果で相手を下してきた。克樹は中学三年生、せめて最後の大会ぐらいは勝ちたかった。
しかし、結局届かなかった。ダブルスコアではない。帝光中学と戦い、ダブルスコアにならなかったのは大会を通じても克樹の中学だけであった。
こうして、克樹は一度もキセキの世代に勝てないまま中学を卒業した。
バスケ一口メモ、転載ウィキペディア
アイソレーション:能力の優れた1人の選手をわざと孤立させて、1on1による得点を狙うプレイ。
ターンアラウンド:ゴールに背を向けた状態からターンしてゴール方向へ進む動き。
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第1Q
全中の大会が終了し、幾ばくかして克樹は今、自身が通っている中学の校長室にいた。校長室から見える外はそろそろ紅葉の季節を終え、落ち葉が目立ってきている頃合いの頃だった。
「では、こちらからの推薦を受けて貰えるということで、問題ないかね光谷君?」
「はい、こちらこそ。原澤監督これから3年間ご指導の程をよろしくお願いします」
校長室で克樹と担任教師、そして推薦を受けてくれないかという相手方の高校の監督が対面していた。
克樹には他にもいくつもの推薦が来ていたが、色々な条件とわざわざ監督自身が克樹の中学まで来て勧誘しにきたということで、桐皇学園高校に決める事となった。
「しかし、こちらのような無名の学校に来てもらえるとは思わなかったよ」
「王者と呼ばれる所に挑む事が好きなので」
そう言って、克樹はちょっと間を開ける。事実、克樹は中学の3年間、キセキの世代と呼ばれる集団を持っていた帝光中学に挑み続けていた。
「それに……。無名とはいえ最近はスカウトにも力を入れていると聞いていますよ?」
そう言って原澤監督を見やる克樹。
それに対して原澤監督はお手上げとばかりに微笑みながら、口を開く。
「ええ、光谷君が入ってくれるということで、これから3年間は全国を……いえ、全国でも優勝を狙えるチームになったと言えます」
「優勝ですか? 大きく出ましたね。キセキの世代の彼らがどこに行ったかもわからないのに……。まさか?」
原澤監督のあまりにも確信を持った優勝を狙えるという言葉にある可能性が克樹の中で浮上する。キセキの世代と呼ばれる『あの』集団に対抗できるのは克樹を除けば無冠の五将と呼ばれた人達と……、キセキの世代その人達ぐらいのものだろう。
しかし、桐皇学園に無冠の五将と呼ばれる人たちが入ったという話は聞かない。これらから考えれる事は……。
「ええ、考えている通りだと思いますよ。光谷君は頭も回るようで頼もしいですね」
原澤監督が答え合わせでもするように言葉を口にする。
「……キセキの世代が入ったのですね」
「その通りです」
「……ちなみに誰が?」
「それは入学してからのお楽しみとしませんか?」
「そうですね。桐皇学園に入ってからも気が抜けませんね」
「それは頼もしい。キセキの世代は我が強いですからね。ただ、一つだけ詫びなければいけないことがあります。推薦前にお話しした光谷君中心のチーム作りをするということが難しくなるかもしれません」
すまなそうな顔をする原澤監督。その言葉に反応したのは克樹ではなく、今まで一言も会話に入ってこなかった克樹の担任教師であった。
「そ、それは約束が違うのではないですか!?」
「ええ、こちらとしてもまさかOKされると思ってなかったのですよ。これに関しては本当に申し訳ないと思っています」
「いえ、キセキの世代が入るとなれば仕方がないことだと思います」
担任の言葉を制したのは克樹であった。克樹程キセキの世代の凄さを身をもって知っている者は少ない。
「彼らには天才という言葉も安く見える存在ですからね」
克樹はかつて戦った試合を思い出しながら溜息を吐きつつ答える。
「そんな卑下するものではないと思いますよ、光谷君。君の試合をビデオに撮らせていただいたのですが、相手が行動を起こしてから君が反応するまでの時間は……わずか0.11秒でした。これは人の限界速度と呼ばれるものです。神速のインパルスの由来ですね。ポテンシャル的に君はキセキの世代に劣っていないと思っています」
「そこまで高く買って頂いているとは、有り難いものです」
「……そこまで光谷を買って頂いてるのに、何故光谷中心のチームにならないのですか?」
再び、担任が口を挟む。
「先ほど言った通り、キセキの世代は我が強いのです」
「まぁ、彼ら協調性とかあまりなさそうですもんね」
「ええ、だから光谷君には申し訳ないですが……」
「わかりました。その件も込めて推薦を受諾します」
「ありがとうございます」
この後は和やかに話が進み、克樹は正式に桐皇学園に進むことになった。
四月
入学式を終え、推薦組はそのまま部活に顔を出す事となる。
桜の花びらの大半が散って、そんな散った花びらを踏みしめながら克樹は第一体育館の方へ足を進める。体育館の傍に寄ると、バスケボールが弾む音と、バッシュと体育館の床が擦れる事で出る特有な音が聞こえてくる。
このバスケ特有の音と、体育館から聞こえる掛け声だけで、この学校がバスケに力を入れている事がわかる。
体育館に入ると、春先と思えない熱気がそこには広がっていた。克樹が体育館に足を踏み入れた事に気づいたバスケ部員が何人かが克樹の方へ顔を向ける。その内、糸目でメガネを掛けた部員の一人が他の部員に指示を出し、一時的に練習を切り上げ克樹の方へ足を向ける。
「君が……、光谷克樹君か? ワシが桐皇のバスケ部のキャプテンをやらしてもろうてる今吉や。期待してるさかいに、これからよろしゅうな。ちなみにポジションはPGや」
そうやって、にこやかに手を出してくる。克樹も出された手に握手で返事をする。
「んー……、もうちょっと待ったってな? 推薦組は君合わして何人かおるねんけど、全員が集まってから色々説明しよう思っとるから。ちなみに君が一着やな。集まるまで、ウチの練習でも見て待っといてな」
「わかりました。こちらで見学していますね」
克樹がそう言うと今吉は少し驚いた顔をして、克樹の顔に改めて目を向ける。
「どうしました?」
「いやー。自分、随分と真面目やなぁっと思ってな。全国のスタープレーヤーはもっと我が強いと思っとったわ」
「性分なもので」
「そか、じゃあもうちょっとそこで待っといてな」
そう言ってから今吉は練習に復帰する。
それからしばらくの間、克樹が練習を見学していると、外から走ってくる足音が聞こえる。徐々に近づいてくる足音から、この体育館に向かって来ているのだと推測できる。
「スイマセン! スイマセン! 体育館の場所がわからなかったもので!!」
いきなり謝り始める克樹と同学年と思われる生徒。このタイミングで入ってくるということは彼も推薦組なのだろう。
そう判断した克樹は彼に声を掛ける。
「君も推薦組かい? 何人かいるみたいだから、全員が集まるまでここで待ってて欲し……」
いらしいよ、と続けようとした克樹の言葉を遮って彼がしゃべり続ける。
「そんな! 遅れてしまってゴメンナサイ! 初日から集合時間で遅れてしまうなんて、ほんとスイマセン!」
「いや、あの……」
「こんな、ボクが生きててスイマセン!」
「……」
―――なんだろう……、このマイペースなウザイ子は。
克樹の謝り続ける彼に対しての第一印象はこうだった。
それから、彼も落ち着き一緒に見学を始める。ウザイ彼の名前は桜井良と言うらしい。
そんな見学開始から一時間ほど経っても、推薦組の残りのメンツは来なかった。
「推薦組ってこれだけなんでしょうか?」
「んー……、最低でもあと一人は居ると思うよ」
「そうなんですか」
「そなんやけどなぁ……、先に器具の場所でも説明するかなぁ。おーい若松! 二人に倉庫とか説明したって」
克樹と桜井が話してる最中に一時的に休憩に入ったチームから抜けてきた今吉が会話に加わってきた。
どうやら、今吉にとってもここまで遅くなったのは予定外なようで困り顔だ。
若松という先輩がこちらに来て、倉庫と器具の説明をしていく。若松は一年が集合に遅れたことに少し憤っているようだ。
そんな時、外から女性と男性のケンカ声が聞こえてくる。
「初日に遅れるなんて! もうっ早く行くの!」
「わぁった、わぁった。だからそんな押すなっての」
「そんなこと言って、帰る気満々だったじゃない!」
「どうせ、雑魚ばっかだろ? 別に良いじゃねえか」
「もう! そんな事ばっか言って! ほら、急ぐ!!」
休憩中だった事もあって、外の声は倉庫の中にも良く聞こえた。声がこの体育館に近づいてくることもあって遅れた推薦組だと推測できる。そして、そんな不遜な声を聴いて青筋を浮かべる若松以下部員達。
「すいませーん、ばっくれそうになった子を連れてきましたー!」
「そかそか、おおきにな。そんで君はどちらさん?」
バスケ部の代表として、今吉が女性に質問する。倉庫からはまだ、姿は見えない。
「あ、はい。このバスケ部のマネージャー希望です。既に監督にはOK貰っています」
「おお、ウチの部にも女性マネージャーが出来寄ったか。ありがたいことやな。じゃあついでに君も自己紹介しよか」
「えぇっと……、やっぱり一番最後でしたか?」
「そりゃもう、断トツやな。おーい! 倉庫の二人ちょっとこっち来てくれるかー?」
キレる一歩手前の若松を置いて、呼ばれた克樹と桜井は倉庫から出て、部員達の前に出る。
そして克樹にとって、約9か月ぶりに目にする存在がそこには居た。
何度も戦った。その度にチームとしては負けた。しかし、個人としては負けてはいないと克樹は思っている。
そう、紛れもなくキセキの世代の一人でありエース。
全中ナンバーワンの
『青峰大輝』
そして、青峰も克樹に気づいたのか、口元を皮肉気に変える。
「へぇ……、さつき。さっきの発言撤回するわ」
「え? どの発言?」
「たった一人除いて雑魚ばっかに変更」
青峰の突き刺すような眼光が克樹を射抜く。
「久しぶりだな。青峰」
「テメェもな」
軽く挨拶を交わす二人。
「まぁまぁ、面識あんのはええけど、コッチにも紹介して欲しいんやわ。ほな改めて、ワシが桐皇のキャプテンはってる今吉や。他の部員は……、まぁぼちぼち覚えていけばええやろ。一年はとりあえず自己紹介やってな、やってたポジションとか」
「はーい。これからマネージャーやらせていただく、桃井さつきです。これから宜しくお願いします」
桃井が挨拶すると、部員から一斉に拍手が起きる。それほど女性のマネージャーが入るのが嬉しかったらしい。
「え、えっと。桜井良です。ポジションはシューティングガードやっていました。よろしくお願いします」
先ほどと、うって変わってまばらな拍手が起きる。
「光谷克樹です。ポジションはスウィングマンやポイントフォワードをやっていました。これから宜しくお願いします」
克樹が挨拶すると、拍手の代わりに少しざわめきが起きる。小声で「あれが神速のインパルスを持ってるとかいう奴か」などと囁きあっている。
「青峰。ポジションはパワーフォワード」
耳をかきながらやる気無さそうに答える青峰。その態度に何人かの部員がキレそうになる。そこを今吉が部員を、桃井が青峰を抑える。
そのタイミングで原澤監督が体育館に入ってくる。
「「チワーーッス」」
部員が一斉に監督へ挨拶する。
「紹介は済んだようですね。では突然ですが、レギュラーを変更します。青峰君と光谷君をレギュラーとして入れます。桜井君はこれからの様子を見てからという形です。代わりに暫定ですがレギュラーから水木と北原を外します」
「「な!?」」
監督が言った言葉に今吉を除いて、部員達に動揺が走る。ざわめく部員達に今吉が「静かにせい」の一言で黙らせる。
「ウチのチームが実力主義なんは今さらやろ? 強いならレギュラー入り、当たり前のことや。そして単にこの二人がワシらより強い、それだけや」
残酷だが、こういう強豪校ではよくある光景だ。頂点に近づくほど、実力主義にシビアになる。
「へぇ、今吉サン……、だっけ? わかってるじゃねえか」
青峰が不敵にも発言する。発言していない克樹もそこらの高校生部員程度には負ける気はない。
「納得できたみたいですね。なら練習を続けてください。一年の皆さんは私がこれから更衣室等を説明しますので、着いてきてください。そこで着替えてから練習に参加してもらいます」
監督の言葉で、一通りの顔合わせは終了となった。
そして着替え終わった後、練習に参加しようとするが、そこで青峰から声がかかる。
「光谷、1ON1しようぜ」
「やりたいが、今から練習って雰囲気の中で出来るのか?」
「ええ!? お二人ともそんな!?」
そんな会話が聞こえたのか、監督が一考する。
「ふむ、良いでしょう。レベルの違いというものを知ってもらうのも大事ですしね。……こちらの半面を開けなさい!」
そして急遽始まる1ON1。
最初は一年のわがままに文句を見せつつ、それを見ていた部員達が少しずつ黙り始める。
部員達の目の前で行われる激闘。
全国レベルでもお目に掛かれないようなスピードの応酬。
バスケをやっているからわかる圧倒的な実力差。
部員達を嫌でも黙らせるだけの強さ。
最初は部員達も残りの半面で練習をしていたが、いつのまにか体育館にいる全ての人の目は二人の戦いに釘づけとなっていた。
こうして、光谷克樹の高校一日目が終わった。
バスケ一口メモ ポジション編
バスケは5人でやります。
基本はフォワード二人、ガード二人、センター(以下C)という組み合わせ。
フォワードにはスモールフォワードとパワーフォワード(以下SFとPF)
ガードにはポイントガードとシューティングガード(以下PGとSG)
SFはドライブが上手い人に任されやすいです。特に一対一の突破が出来る人。そして点を取るのが役目です。中に切り込んだり、ポストプレイをしたりと大忙しなポジション。原作の選手では黄瀬や灰崎。
PFはSFより体格が良かったり、大きい選手が務めます。名前の通りパワーで攻める形でオフェンスリバウンドをとるのも重要な役目です。また、スクリーンをしたりと戦術的にも重要なポジション。原作では火神や青峰。スラムダンクの桜木花道のポジションもコレ。つまり主役になりやすい?
PGはチームの司令塔であり頭脳。単にガードとも呼ばれる。ゲームメイクをしなければいけない重要なポジションで、オールラウンダーな選手が務める事が多い。戦術が変わると役割が変わりやすい為、プレイも頭も器用さが必要。原作では伊月や高尾、赤司。
SGは名前の通りシューターです。ロングシュートの得意な人が務めます。しかし、それだけでなく、攻めに守りに重要なポジション。PGの代わりに司令塔に成ったり、自分で切り込んだりと実は近代バスケでは花形ポジション。原作では緑間や日向、桜井、氷室。世界的に有名なマイケル・ジョーダンのポジションであり、花形ポジションとなったのは彼のせいとも?
Cはなにより大きくジャンプ力がある選手が務めます。ゴール近くでの仕事が多く、リバウンド(ゴールから外れたボールを確保する行為)やブロックショット(相手シュート時に防ぐ行為)を主に行い。ゴール下において強さを発揮するポジション。
原作では木吉や紫原。
ちょっと特殊なポジション
スウィングマン(以下SW?)
右へ左へと縦横無尽に動きながら、SFとSGの仕事をするポジション。ただ、単にSFを差す場合もある。DEAR BOYSの哀川和彦やあひるの空の夏目健二(トビ)とかのポジションっぽい。点取り屋にありがちなポジションですね。
ポイントフォワード(以下PF)
名前の通り、フォワードの場所でPGの役割を果たすポジション。PG、SG、SFを同時にこなすまさにオールラウンダー。さらに、視野の広さが大事になる。
陽泉戦での伊月がまさにこれな動きです。本作の主人公のポジションになります。
っていうか黒子ってどこのポジションなんでしょうかねぇ……。点を入れないSF?
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第2Q
春休みが終わり、入学と進級という少し特殊な行事も無事に過ぎ。高校が正常に動き始めた頃、桐皇学園のバスケ部もまた始動し始めた。部活勧誘期間と仮入部期間を終えて、仮入部の部員の幾人かが正式に部員となり、練習が本格化してきたのだ。
基礎練習を終えて、本格的な練習に入る。少数のレギュラー陣が体育館半面を使い、それ以外の大人数で残り半面を使う。
克樹と青峰の入部によりレギュラー落ちした部員の仲良かった選手以外のほとんどが、二人のレギュラー入りに文句を出さなかった。理由があるとすれば、入部の時に二人が行った1ON1。圧倒的な実力の前に口を出すのが躊躇われたのだ。しかし、新入部員が正式に入って来た頃から、再び反発が出始めてきた。
「今日も青峰はサボりか」
そう、キセキの世代のエースである青峰が練習にほとんど参加しないためだ。練習に参加しに来るときも、ほとんどが克樹と1ON1をし始める為、チームとしての練習にはほとんど参加していないのだ。そんな青峰の自由な行動に、一時期は潜めた反発が再燃してきたのだ。
しかし、青峰が練習に出たくなくなる気持ちは、克樹も実は共感出来るものでもあった。この桐皇学園に入学してからはまだマシではあるものの、中学の時には克樹の相手が出来る部員はいなかった。基礎練自体は周りとも共に出来る。しかし、少し本格的な練習に入るとどうしても克樹と同レベルで練習できる人がいない。そんな事態になるのだ。
その為、克樹にとって練習自体をサボるというのはあり得ないが、青峰が練習に来る必要がないという言い分は十分に理解出来るのだ。正直に言えば、たまにくる青峰との1ON1が一番練習になるのも事実であった。
今日もそんな青峰が居ない中、桐皇学園バスケ部の練習は続いていく。
「皆さん、少し注目」
「集合!」
原澤監督の声に、キャプテンである今吉が集合を呼びかけ部員が監督の前に集まる。監督の近くに今吉が佇み、レギュラーが半円で二人を囲む。その後ろにそれ以外の部員が集まるという形が自然に出来るようになっていた。
「ゴールデンウィークが明けたら、すぐに全国の予選が始まるのは知っていると思います。決勝リーグまではトーナメント式です。一度でも負けたらそこで終わりです。その為、新メンバーも入ってきたことですし、試合慣れをしてもらおうと思います。土日とゴールデンウィークを利用して、いくつか練習試合を組みました。予選が始まるまでは、スタメン以外のレギュラーはほぼ白紙だと思ってください。今からスタメンだけ先に発表します。まずは今吉君」
「あい」
「若松君」
「シャーッス!」
「菊池君」
「オイッス!」
「光谷君」
「はい」
「そして青峰君」
青峰の名前が呼ばれるが勿論返事はない。代わりに部員たちがざわめく。実力があるのはわかっている。しかし、練習のほとんどをサボっている青峰がスタメンにまで選ばれるのは感情的に納得がかないようだ。
「とりあえず暫定ですが、次の練習試合はこれでいきます。スタメンに呼ばれた人たちはコートを使って2ON3を行ってください。それ以外の人たちはこれから指示する練習を行ってください」
「今日おらん、青峰のところはどないします?」
原澤監督が部員達に指示を出し、それぞれが散らばって行こうとするなかで、キャプテンとしての質問か今吉が監督に質問する。
「そうですね……。青峰君の代わりに諏佐君が入って練習するように。青峰君が居ない時はこれで練習してください」
「ほんならそれでいきますわ。おーい、諏佐はこっちの練習に参加しとくれ」
その後、克樹は青峰の代わりに呼ばれた諏佐とペアを組み、原澤監督の指示通り2ON3の練習を行っていく。
日が暮れてからも練習は続き、8時を過ぎた頃ようやく練習が終わった。練習が終わり、早々に部員達は帰宅し、部室には最後まで練習を行っていた今吉と若松の二人だけが残っていた。
「今吉さん!」
「どうしたんや? それと声大きいで。もう夜遅うから静かにな」
「今吉さんは良いんすか!?」
「何がや?」
「青峰のことっすよ! 練習も来て無い奴がスタメン入りするのはどーなんすか!?」
「……若松。ちなみに光谷はええんか?」
「光谷は練習にも参加してるし、実力もあんのわかってますから良いと思うんすけど。実際今日の2ON3も負けましたし」
「そやな、んで若松。今日2ON3やってどれだけ光谷から点取れた?」
「実質光谷から点は取れてないっすよ」
「そか、ワシも似たようなもんや。諏佐の方を攻めて点取ったのが実情やな。逆に光谷が攻めて来た時にバンバン抜かれてもうたしな」
「それは俺もそうっすけど」
「……言うとくけど、今日の光谷はヤル気ほとんど無かったで」
「はぁっ!?」
「っというか、いつもやな。ヤル気あんのは青峰と1ON1しとる時ぐらいか? まぁ練習出てくれるだけマシっちゃマシやけど。んでバンバン抜かれとったワシらやけど、……光谷はどっちかっていうと守備的なオールラウンダーや。……ヤル気のない光谷でさえ、あんだけ抜かれるんやで。攻撃的な青峰が本気になったとき、どれだけかわかるか?」
「……っ」
「それが答えや」
「今吉さんはそれで納得してんすか?」
「納得も何もないわ。ウチのチームが実力主義なんはわかっとったことや。若松もそれを了解してこの部活に入ったんやろ? ……もう遅いし、はよ帰るで」
「……ウィッス」
練習試合当日
これまでに桐皇学園は練習試合をいくつもこなし、克樹と同学年の桜井はレギュラーを勝ち取とるまでに至っていた。桃井もマネージャーとしてデーター収集の敏腕さを示し、原澤監督と部員達から認められていた。そして、これまで青峰は全ての練習試合をサボるという相変わらずな自由さを見せていた。流石に原澤監督も指示を桃井に行い、今日行う練習試合には桃井に連れて来られていた。
本日、桐皇学園は鳴成高校と練習試合を行う為に、鳴成側へと乗り込んでいた。鳴成は古豪と知られているが近年再び力を取り戻してきている高校だ。それに対して桐皇学園は新鋭に近い。桐皇学園も最近はスカウトに力を入れ、全国から有望な選手をかき集めているが、あくまで新鋭と呼ばれる部類である。
東京都には王者と呼ばれる高校が三校ある。ここ10年の間、東京都の代表となる3校は常に、この三大王者に占められていた。王者同士はほぼ互角であり、4位以下を突き放す形を取ってきた東京都不動の王者たちである。東京都の決勝リーグ出場の四校の内、三校は毎回その三大王者に占められ、残りの一枠を争うという形だ。
東の王者、秀徳高校。オフェンスリバウンドが特に強い、インサイドを主力としたチームで、前年度全国大会をベスト8という好成績を残している。
北の王者、正邦高校。古武術を取り込んだ特殊なバスケスタイルでディフェンス力のあるチームである。
西の王者、泉真館高校。突出した選手が居ない代わりに弱点もない、オールラウンドなチームであり隙が無いチームである。
この三大王者を崩さない限り、全国大会へは出場は出来ない。桐皇学園と鳴成高校のどちらも今年は全国を狙えるだけの力を備え、三大王者には情報を渡したくない。そういう利害が一致していた為、成り立った練習試合であった。
都内有数の力を持つ同士の練習試合。原澤監督がこの練習試合だけでも、強制的に青峰に参加させるのはこの為であった。
「しかしまぁ……、桃さんの情報収集能力はすごいな」
そう、克樹も生まれ変わる前は情報収集を得意として、それを元に分析を行ってを相手を封殺していくプレイスタイルを取っていた。しかし、桃井が集める情報とさらに、そこらから分析された情報。かつては情報を取り扱った者だからわかる凄さがそこにあった。
「カッキーもかなりこういうのは得意だよね。おかげで分析が楽になったよ」
「そうでもしないと、戦いにならないような相手とずっと戦ってきたからね」
克樹と桃井は前の練習試合の時に互いに持ち寄った情報収集、分析の話でかなり盛り上がっていた。おかげで気づいたら愛称で呼ぶ程度には仲が良くなっていた。
そんな、二人を見て、青峰が溜息をつく。
「こんな雑魚どもの情報を見て、何が楽しいんだか」
「ええっ!? で、でも、このデータすごいですよ青峰サン!」
「あ゛?」
「スイマセン! スイマセン! 口答えなんてしてスイマセン!」
「青峰ー。そんなに桜井くん苛めるなよ」
「あぁ? 苛めてねえよ克樹。勝手にこいつが謝ってるだけだろ?」
「ああ、そろそろいいですか?」
一年で集まって駄弁っていると、原澤監督が声を掛けてきた。
「さて、今日のスタメンは青峰君がいるので、前に言った通りにします。青峰君もいいね?」
「こんな雑魚相手出る価値ねえよ」
「ダメです。出なさい」
「はいはい、わかりましたよーっと」
ヤル気が無さそうな青峰に、原澤監督のスタメン出場命令が下る。試合に出たくても出れない選手が居る一方であまりにも不遜な態度だ。しかし、それを言える実力が青峰にはある。
「鳴成は今年はかなり調子が良いそうです。こちらのフルメンバーにどこまで出来るのか見せて貰いましょう。……叩き潰してきなさい」
そう言って選手に発破をかける原澤監督。それぞれが返事をしてコートに進む選手。
「青峰と一緒に試合をするのは初めてだな」
「ああ……。どう考えてもこいつら相手に過剰戦力だろ。俺は適当にやるぞ」
相手の選手を目の前に相変わらずの傲岸不遜ぶりだ。この会話が聞こえたのであろう鳴成選手の表情が歪む。
審判がジャンプボールの為にボールを投げ、試合開始となる。
そして始まる蹂躙劇。
第1クォーター、第2クォーターが終了し、試合の半分が終わった形となった。これから10分間の休憩だ。
スコアは84対12、圧倒的な差である。この時点で、鳴成側の心は折れていた。オールコートプレスをしているわけではない。しかし、ほとんどが鳴成側のコートでボールが行き交っていた。
青峰も克樹も互いに平面で強さを発揮するプレイヤーだった為に起きた現象である。この二人をドリブルで抜ける選手は全国で数えられることが出来ればいい方だろう。つまり、鳴成側はバスケであるにも関わらずほとんどドリブルという行為が出来なかったのだ。ならば鳴成としてはパスを繋げていくしかない。しかし、桃井が集めた情報によりパスの大半がカットされてしまう上に、パスが甘い時点で青峰、克樹の両名にスティールされてしまう。一度奪われてしまえば、二人の個人技でペネトレイトされてしまう。
前半はほとんど、この形で終わった。第2クォーターなどは鳴成の入れたゴールは僅か2ゴールだ。
「おい、コイツ変えろ」
休憩中に青峰が突然発言する。親指でコイツと差されたのはSGの菊池だ。青峰のいきなりな発言に休憩中だった菊池が激昂する。
「てめっ!! いきなり、ふざけんな!」
「3Pを外し過ぎだ。ありえねえ」
「なっ!? 練習にも出ねえようなテメェが言う事かよ!!」
「練習なんざ関係ねえよ。結果出せねえ奴はいらねえんだよ」
「テッッメッ!!?」
「ほとんどが俺と克樹の点数じゃねえか。しかも克樹はお優しいことに、わざわざドライブインした後にフリーのテメエにパスして、それを外してんのはテメエだろ」
青峰に前半の展開の現実を突き出され、押し黙る菊池。不遜な物言いに周りの部員達も青峰に掴みかかる勢いであったが、その言葉の前に沈黙する。
「ふむ、桃井さん。今日の菊池君の3P成功率はどれくらいですか?」
「えっと、10本中3本……。つまり三分の一以下です」
「確かに、少し低いですね。半分は欲しいですし……。菊池君と桜井君、交代で後半は行きましょう」
「「監督!!?」」
「コイツの言う事なんか聞くんですか!!?」
「はいはい、一回落ち着きけや。青峰の言うてることも事実やろ。実際、結果を出してるんは青峰と光谷の二人やないか。別に、この一回で公式戦のメンバーが決まるでもないし、とりあえず後半はこれで行く、でええやろ?」
今吉の言葉に憤ってた部員達も押し黙る。パンパンと手を叩きながら後半の準備をしてください、という原澤監督の指示で部員達が再び動きだす。
「よかったね、桜井くん。チャンス回ってきたじゃないか」
「ボクなんかが出ることになってスイマセン!」
「外すたびに、なんか奢れよ」
「ええぇ!?」
「脅すな脅すな」
後半が始まると、試合はさらに一方的なものとなった。鳴成側の心は折られており、先ほどまで桐皇側が唯一不振だった外からの攻撃も、青峰の脅しもあってか桜井が奮闘した為である。
最終的に203対21となり、桐皇学園の圧勝という前代未聞の結果に終わった。
「桃井さん、先日の試合の一年生3人のデータを見せて貰ってもいいですか?」
「はい、これですね」
「ありがとうございます。ふぅむ、桜井君は13本中10本ですか。クイックリリースも良かったですし、次の試合に使ってみてもいいですね。流石は青峰君……、96点ですか。ヤル気が無い状態でこれですか。ヤル気があればどれだけ点を取るのやら。光谷君は、と。……これはまた」
「どうかしたんですか?」
「光谷君のスティール数ですよ。こんな数字は初めて見ますね」
「……すごい。平面でのディフェンスに関しては青峰君を上回りますね」
「ええ……、ブロックの数も少ないわけでは無いですし。これは本当に狙えるかもしれませんね」
ゴールデンウィーク中の練習試合も終わり、全国大会予選の季節がやってくる。
さて試合だ!!
でも試合の状況なんて表現できるのか!? ならば書かなければいいじゃない!!
ってことで試合シーンはスキップ。下手に書くならこうした方が良い気がするのは私だけ??
いえ、モブ校だからこんだけ飛ばしたんですよ。ちゃんとした所は試合シーンも書くよ! きっと!!
バスケ一口メモ
ペネトレイト:DFの間をドリブルで出し抜き、相手ゴールに突き進むこと。
オールコートプレス:コート全面を使って、相手に積極的にプレッシャーを与えるディフェンスのこと。自チームがシュート決めた直後に用いる事が多い。
スティール:相手からボールを奪い、自分のボールにすること。
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第3Q
ゴールデンウィークが明けて、ついに全国大会への切符を手にする為の地区予選大会が始まろうとしていた。
桐皇学園が所在している東京では、まず大きく4つのブロックに分かれる事となる。それぞれA,B,C,Dと別れたブロックの優勝チームが今度は総当たり制の決勝リーグに進む事となる。そして、決勝リーグでの上位三チームがインターハイの出場権を獲得する事が出来る。
桐皇学園は新設の学園であり、今までは三大王者に阻まれ決勝リーグに進む事も出来なかった。しかし、今年はキセキの世代のエース青峰、キセキの世代に迫る実力を誇る光谷が入ったことにより、十二分にインターハイ出場を狙えるチームに仕上がっていた。
「お、ワシらんとこはBブロックか。三大王者いないんはラッキーってとこやな」
今吉キャプテンがコピーした予選トーナメント表を見て呟く。克樹や桜井も桃井からトーナメント表を渡され、それぞれ確認する。そして、毎度の如く青峰はサボりである。トーナメント表では桐皇学園はBブロック。そして、決勝リーグを今まで独占してきた三大王者の名前は見当たらない。
「三大王者(笑)じゃないですか? キセキの世代が今年から参入しますからね。王者なんて居ても居なくても関係ないですよ。キャプテン」
「そやな、光谷の言うとおりかもせえへんなぁ。やけども、キセキの世代どころか王者も居ないんやったら青峰が試合にも来なさそうやなぁ」
「ああ、それは確かにありえそうですね……。もしかしたら王者でさえ、舐めてかかって来ないかもしれないですけど」
「ありえるんが怖いとこやなぁ」
「まぁ、どちらにせよ。キセキの世代や無冠の五将の居るチームなんかと当たらない限り大丈夫でしょう」
「やな。王者も強いんやろうけど、あれらと比べたら見劣りすやろなぁ」
「いえ、三大王者の一校、秀徳高校には一人、キセキの世代が入りました」
今吉キャプテンと克樹の会話に桃井が参加する。そして、重大な爆弾発言を落とす。練習に来ないものの、克樹と共に桐皇のダブルエースと認識されている青峰。それと同じレベルであるキセキの世代と呼ばれるメンバーの一人が三大王者の一角、秀徳高校に入った。
「ん~、やっぱラッキーやったんちゃう?」
「そうかもしれませんね。自力のあるチームに起爆剤が入ったようなものですから。えっと秀徳はAブロックか……。うわッ!? 正邦もAブロックじゃん」
「ホンマや。これは荒れるかもしれへんな」
桃井の発言を受けて、他のブロックに目を通し始める克樹。そして、Aブロックのトーナメント表を見て思わず声をあげる。トーナメント表には三大王者の内、二校の名前書かれていた。それを見て、今吉キャプテンも目を光らせる。
「どっちが勝つんやと思う?」
「間違いなく秀徳でしょう」
「イレギュラーが起きなければまず間違いなく、秀徳高校が上がってくると思います。あと、Aブロックなんですけど……もう一校気になる所があるんです。もしかしたら台風の目になるかもしれません」
Aブロックでの争いは王者同士の戦いになり、その上で覇者は秀徳高校と予想していた克樹と今吉キャプテン。その王者の争いにもう一校参加するかもしれない、と桃井が言う。
「桃井がそこまで言うんなら、そこそこ強いんやろな。どこや?」
「誠凛高校っていうんですけど」
「誠凛なぁ……。確か去年の大会で、決勝リーグにはおったけど、それかて三大王者にボロボロされとったイメージしかせえへんのやけど」
「はい、それであっていると思います。ただそこに、テツく……帝光の元メンバーが一人入りました。カッキーは知ってるかもしれないんだけど、帝光のシックスマンだった選手」
「んー……? シックスマン? なんだっけ? あっ! もしかして、桃さん。練習試合のあの影が薄い子?」
「知っとるんか?」
「知ってるというか……知らないというか。帝光と練習試合をしてた時にちろちろ見た子だと思うんですけど……」
「うん、その選手であってると思うよ。全中決勝には出てなかったから、カッキーは詳しくは知らないと思うし」
「秀徳には劣るやろうけど、もしかしたらってことやな。そならAブロックの方は桃井に任せよか」
「そうですね。こっちは予選通過に集中しましょう」
「わかりました。とりあえず青峰君に試合にはちゃんと出るように言い聞かせます」
「頼むわ。桃井の一番の仕事はそれかもしれへんな」
「頑張って桃さん」
「はい……」
対戦相手に大型新人外国人がいるわけでもなく、桐皇学園は大した波乱も無く順調にトーナメントを勝ち上がって行った。
今回の大会では、Aブロックに三大王者の二校が固まるなど、有力校が偏ってしまった為に、ゴールデンウィーク前に練習試合を行った鳴成の居るCブロック、三大王者の一角、泉真館高校が居るDブロックは波乱もなく予想通りの結末を迎えて、決勝リーグに駒を進めていた。
そして、今から桐皇学園の予選トーナメント準決勝、決勝の戦いが始まろうとしていた。準決勝と決勝は一日で二連続行われるため、体力の消耗が激しくベンチメンバーを含めたチームの総合力が問われる戦いとなる。また、トーナメントの準優勝の学校までが冬のウィンターカップ予選の出場権が得られることになる為、準決勝も気が引けない戦いとなる。
桐皇学園の準決勝の相手は希学園。弱くはないが三大王者には届かない強さ。もちろんキセキの世代の居るチームでは尚の事。今日は桃井が青峰を引っ張ってきたおかげで青峰も遅刻をせずに試合に出る。
「何でこんな雑魚ども相手に出なきゃいけないんだよ……」
「まぁまぁ、落ち着けよ青峰。むしろ、最近試合に出てないんだから、久々だろ?」
「そうですよ、青峰サン。青峰サンと試合一緒に出るの初めてですよボクは」
「……良、テメェ。……いつスタメン入ったんだ?」
「ぇぇえ゛!?」
「んー、この大会の中盤当たりからかなぁ。いや、あの時のウザさはすごかったよ」
「? コイツがウザいのはいつものことだろ」
「ほんっとウザくてスイマセン!?」
「いやこれ以上にウザくなるからすごい」
「マジかよ」
「マジだよ。後、この準決勝は見るもの無くてツマラナイだろうけど。次に上がってくるだろう霧崎第一は無冠の五将が居るから少しは楽しめるんじゃないか?」
「居ても意味ねぇよ」
「そうか?」
「ああ」
そうして青峰、そして光谷の独壇場のような試合が始まる。
桐皇学園の圧倒的な強さに観客席は静まり返る。そんな中でこの試合を厳しい目つきで見つめる者が居た。決勝で当たるだろう霧崎第一の花宮真だ。
彼は無冠の五将と呼ばれるプレイヤーの一人である。中学時代、キセキの世代には届かないものの、十分に天才プレーヤーと呼べる資質をもった選手。そして、キセキの世代や光谷克樹が居た為に全中の優勝どころか決勝戦まで来れなかった傑物たち。それが無冠の五将と呼ばれる者達であった。
本来なら花宮は隣のコートで試合を行っている筈だった。しかし、他のメンバーに試合を任せて、前半だけでも桐皇学園の試合を見に来たのだ。彼からすればキセキの世代が居る桐皇学園に対して、希学園の戦意は前半で消失する為、見るべき所は前半だけである。また、霧崎第一の試合も自分が居なくても負けはしない。危なかったとしても、後半から花宮さえ出れば、試合は逆転する。わざわざ全力を尽くしてまで体力を消費する必要が無く、桐皇学園側の手札も見れる。勝つ為なら手段を選ばない。その為、彼はここに居る。花宮真、『悪童』という肩書きを持った無冠の五将の一人はそういう男であった。
「今日は反射鏡の光谷だけじゃなく、キセキの世代の青峰も試合に出るのか。光谷だけなら潰せば終わりだったんだけどなぁ。ふはっ……まぁソッチを潰せばエサとしては十分か」
花宮が呟く。そして目の前で始まりの笛が鳴る。
試合は予想以上に桐皇学園のペースで進んでいく。
花宮と克樹のプレイスタイルは似通っている部分がある。それはスティールの多さである。相手のパスをカットし、相手に点を取らせない。そして自身はカットしたボールを繋ぎ点数を取っていく。しかし、中身は全然別物である。克樹は視野の広さとその超絶的な反応速度でパスをカットするが、花宮にそんなものはない。しかし、スティール率だけで言えば花宮に軍配が上がる。それだけの成果を出す武器を花宮は隠し持っている。
花宮が見ている先で、克樹が相手のパスをカットした。すぐさま相手のゴールへペネトレイトする。その姿を見て、花宮は速いと呟く。上から見ればある程度誰にパスを出すのかがわかる。花宮から見ればそれは簡単に『予測』出来ることで丸わかりだった。しかし、確実に克樹は『見て』から反応した。人間の反応速度の限界、神速のインパルスだった。そして、神速のインパルスはパスカットだけ恩恵を与えるものではなかった。パスがダメなら克樹をドリブルで抜こうとするが抜けない。相手は物理的に克樹の手が届かないようなパスをしていくしかなかった。
再び桐皇学園側のボールとなった。しかし、今度の克樹はペネトレイトするわけでもなく、適当にボールをパスする。その先に居たのはキセキの世代のエース青峰だった。花宮も中学時代にキセキの世代を擁する帝光中と対戦したことはあった。その時はチーム全員、つまり五人共青峰に抜かれるという事態に晒された。そして、その光景が再び目の前で起ころうとしていた。
やる気無さそうに希学園側へドリブルしていく青峰。バスケットボールに限らず、スポーツはある程度は腰を落とすものが多い。それは膝を上手く使うためである。膝の屈伸を使う事で人間はより速く、よりダイナミックに動く事が出来るのだ。しかし、今の青峰は違う。普段歩く時のような姿勢だ。完全に膝は伸びきっている。そんな体勢でゆっくりとドリブルして近づいていく青峰。それはバスケットボールの試合中としてはあまりにも異質な光景だった。体育館から一時的に音が消えたように花宮が錯覚してしまう程にだ。試合のコートではただ、ダムッダムッと青峰がボールを叩きつける音が聞こえる。
そんな中でやっと、青峰にプレスを与えに希学園の選手が近寄っていく。しかし、その瞬間、青峰は一気に速度を上げる。先ほどまで膝を完全に伸ばしていた筈なのにだ。それは変則的なチェンジオブペースとして機能する。上から見ていた花宮でさえ一瞬、見失いかける程の速度の差異。プレスを与えに行った選手からすれば青峰が消えたように見えただろう。それほどに青峰は速かった。
そして、そのままゴールへと突き進む青峰。次々に希学園の選手もプレスを与えに向かっていくが、チェンジオブディレクションとチェンジオブペース、そしてクロスオーバーによって 抜かれていく。希学園の方もシュートレンジに差し掛かり二人掛かりでブロックをしかけてくるが、それさえ躱し最後はただ放り投げたようなシュートでゴールを決める。
そこまでの一連の流れがまるで映画のコマ送りのように映り、ボールがゴールに入った所で時間が戻ってくる、そんな感覚に花宮は見舞われた。気づかない内に浮きかけた腰を落とす。普通に戦えば、十中八九勝てない。そう思わせるプレイであった。
このプレイを眼前で見せられた希学園側は集中力が一気にかけた事が観客席に居てもわかる。
気づかず内に花宮の手は青白くなるまで強く握られていた。今まで桐皇学園の攻撃を見て、勝てないと認めてしまった自分に苛立っていた。それを認めてなるものかと。
「くそがっ……。次の決勝戦で、ぶち壊してやるよ」
第一クォーターが終わった時点で見る所は見たとばかりに花宮は観客席から去る。怨念めいた呪詛を吐きながら。
これまでのプレイによって流れは完全に桐皇学園に向いていた。第一クォーターを過ぎた時点で差が愕然と広がっており、希学園選手達の戦意は消失していた。結果、準決勝にも関わらず、これまでの予選と同じようなスコアに終わる。
準決勝が終わり、それだけで今日は終わらない。二連続の試合の内、まだ片方が消化しただけなのだ。
そして、ついに長きに渡った予選トーナメント決勝戦が始まろうとしていた。これに勝てば全国への道はかなり広がる事となる。
試合前のアップを終え、ベンチに集まり最後のミーティングを行う。その最中も青峰は一人自由に行動していたが。
「霧崎第一のメンバーには無冠の五将の一人に数えられる花宮真が居る。十分に注意してください。特にこのチームはラフプレーが多いです。そこも十分注意してくださいね。実力通りやれば貴方達が圧勝します。それでは行きなさい」
ミーティングの最後に原澤監督の激が飛び、光谷、青峰、桜井、今吉、若松、五人のスタンディングメンバーがコートに入る。
『それでは、これからインターハイ地区予選、予選トーナメントBブロック決勝戦。桐皇学園高校 対 霧崎第一高校の試合を始めます』
体育館にアナウンスが響く。
バスケ一口メモ
チェンジ オブ ペース:ドリブルの最中にスピードに変化を持たせ、そのスピードの緩急によって相手を抜くテクニック。バスケの基本であり、ある意味奥義にもなる。原作では青峰が得意とする。
チェンジ オブ ディレクション:ドリブルの最中に方向に変化を持たせ、その左右の動きによって相手を抜くテクニック。上と同じく基本的な動き。原作では注意書きはされてないが、基本的に皆使っている。
クロスオーバー:チェンジオブディレクションの一種。オフェンスプレーヤーが左右の動きでディフェンダーを揺さぶり、ボールを素早く左右に切り替えるドリブルでディフェンダーを振り切るテクニック。ボディーバランスと俊敏さが求められる技術。これも態々表記されていないが、ちょこちょこ原作では使われている。と思ったら第六巻P58で青峰が使用して伊月が叫んでました心の中で。
色々書いてて気になったんですけど、WC予選時に不思議な点が。
インターハイ予選での順位は
一位:桐皇学園 二位:泉真館高校 三位:鳴成 四位:誠凛
ここまでは決勝リーグ行ったってことでわかります。んで一位の桐皇学園が特別枠でWC出場ということで繰り上がったところまではわかります。その為、WC予選時にはこういう当たり方をしています(原作10巻P19、68、69参照)
1:泉真館 VS 8:希
2:鳴成 VS 7:霧崎第一
3:誠凛 VS 6:丞成
4:秀徳 VS 5:杉並西 ←ここはどっちが四位か五位かわからない。
うん。繰り上がったのはわかります。それで、予選トーナメント決勝まで行ったのが5~8位に入ると……、順位の付け方はわかりませんが。気になるのは希さん。
8位ってことは繰り上がってきたんですよね。この学校はどうやって決めたのかがすんごい不思議なんですが。もし、準決勝まで行ったチームを総当たりさせるんなら間違いなく、正邦高校が来ると思うんですよね。仮にも王者ですし。
ってことで、繰り上がったのは準決勝で桐皇に当たったからという設定をつける為に希には散ってもらいました。じゃなかったらキャラがわかる丞成にしようと思ってました。
あと、希が希高校ではなく、希学園にしたのは。小学生の時に通っていた塾がその名前だったからです。深い意味は無い。
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第4Q
桐皇学園と霧崎第一の選手たちが整列し礼をする。互いのチームのキャプテン同士が握手を交わす。通常バスケではキャプテンの選手は4番の背番号がついたユニフォームを着る。桐皇学園は今吉が4番の背番号をつけており、霧咲第一では二年生である花宮がそのユニフォームを着ている。インターハイ予選は通常三年生の引退試合になる可能性が高い。その為、二年生でキャプテンというのは非常に珍しい。しかし、無冠の五将という肩書きを持つ花宮がキャプテン番号を背負っていることに違和感はなく、寧ろ何処かしっくりくるものだった。それも当然の筈で、選手名簿を見ると霧崎第一の選手に三年生は居ない。
「おっ、花宮久しぶりやな。性格少しはよーなったか?」
「ふはっ、性格云々でアンタが言うかぁ? でもまぁ、嫌らしさって部分ならアンタよりはマシな性格してるっていう自信はあるな」
「よぉ言うわ。まぁよう考えればお前と戦うんは初めてやな。コッチは実績も何もない出来たてホヤホヤやからな、一つお手柔らかに頼むわ」
「どの口が言ってんだよ。まぁ、そうだな正々堂々と戦いましょうか」
握手を交わし、互いのキャプテンがまずはとばかりに舌戦を繰り広げる。それを見る他の選手達はどっちも滅茶苦茶性格悪そうだな、という思いで統一されていた。
『
審判から投げられたボールに飛びつく両陣営の選手。桐皇学園は背番号6番の若松が、霧崎第一は背番号5番の瀬戸が。
「どっせーいっ!」
気合の掛け声の共にティップオフから最初にタップしたのは若松だった。しかし、不運なことにボールは霧崎第一の選手の近くへ弾む。そこにボールの行方にどの選手よりも早く反応した克樹が確保に動く。一秒にも満たない攻防。最初にボールを確保したのは桐皇学園側、克樹だった。
『まず最初の攻撃は桐皇だ!』
東京屈指の攻撃力を持つと既に噂されている桐皇学園にボールが渡ったことで観客が騒ぐ。
「さてと、早速いきますか……、ねっ」
そう言って、克樹は確保早々に目の前に居た霧崎第一背番号10番の原を抜いてゴールへと向かう。原も必死に対応しようとするが、試合が始まった直後でまだ克樹の動きに目が追い付かない。
「おいおいおいっ! 190cmクラスが何でそんなに低く速く動けるんだよッ!?」
一気にゴールへと向かいたいが、流石にここまでトーナメントを勝ち上がってきたチーム。ボールを奪われてからの戻りが非常に速い。すでにゴール前に三人戻っており、青峰に一人マークがついている。お構いなしといった感じにゴールへと突き進む克樹。すでに3Pラインの内側に入り込んでいる。このままペネトレイトするかと思いきやいきなりパスを出す。
「まずはウチの特攻隊長にお任せしますかねっ」
完全に虚を突かれた形になった霧崎第一。パスの行先にはフリーの桜井がすでに待ち構えている。そして桜井のクイックリリースから放たれる3Pシュート。しかし、惜しくもリングにぶつかり、ゴールには入らない。
『リバウンドッ!』
両陣営の選手が叫ぶ。
ボールはリングに二回ぶつかり跳ねる。互いのセンターがゴール下のジャンピングポジションを確保しに走る。しかし、ポジションを確保しようとする二人を嘲笑うかのようにゴールへと跳ぶ選手が居た。
「オイッ良、何外してんだ。詫びとして今度堀北マイちゃんのポスター買ってこいよ」
ボールがリングから跳ねきる前に、青峰がボールをゴールへ戻れとばかりに叩き込む。普通の高校生からすればとんでもないプレイなのだが、ゴールを入れた青峰は眠そうな表情をしていた。さも詰まらなそうな表情でDFへと戻る。
『ウッオォッ!!? いきなりダンクで決めたぞっ! やっぱりキセキの世代レベルがちげぇっ!!』
いきなりの派手なパフォーマンスで体育館が盛り上がる中、静かに試合を見つめる者が居た。
「やっぱり、緑間っちも来てたんスね」
「……黄瀬か。このまま突き進めば最大の障害となるのだから当然なのだよ。むしろお前こそ何故いる?」
「桃っちから連絡があって来たッス。今日の試合は青峰っちが出るから見に来たらって。緑間っちもきっと見に来るよって言ってたッスね」
「それで『やっぱり』だったのか。桃井が予測していたのだったら納得なのだよ」
会話をしつつも目線はコート上から離さない。黄瀬と緑間の視線の先で行われている戦いは、青峰の派手なプレイのおかげか桐皇学園側が優勢となって動いていた。
「それでいきなり派手なプレイが出たッスけど、緑間っちはこの試合どう思うッスか?」
「どう思うも何も無いのだよ。桐皇には青峰が居て光谷が居て、さらに桃井まで居る。この状況で桐皇が負ける筈がないのだよ。始まってからのプレイを一つ一つ見ても桐皇の方が地力が上。何より霧崎第一が勝つには決定的に欠けているものがあるのだよ」
緑間に言われて黄瀬は試合を見つつ考え込み始める。
試合を見ている限りでは桐皇学園が優勢だ。しかし、桐皇学園としては珍しいぐらいにゆっくりとした遅攻で攻めている。しかし、それでも得点をしっかり決めている辺りは流石と言えるだろう。パッと見た所の差としては主に先ほど緑間が言った地力の部分が一番大きいように見える。このままでは霧崎第一が逆転するのは中々難しいだろうと黄瀬は考える。そこでハッと気付いた。
「……ここぞっていう時の得点力ッスか?」
「その通りなのだよ。確かに花宮のスティール率は普通に見れば目を瞠るものがある。でも結局はそれだけなのだよ。バスケは得点しなければいけないスポーツ、得点しなければ勝つことは無い」
「まぁスティールなんて結局光谷っちが居れば条件五分になるッスもんね」
「それにしても、まったく気に食わん試合なのだよ」
「何がッスか? って聞くまでも無いッスね。花宮のラフプレイのことッスよね?」
「正確には花宮が指示するラフプレイなのだよ。……それだけが気に食わないというわけじゃないのだけどな」
「あぁっ、今のも普通ならファールになってもおかしくないプレイッスねぇ」
「審判がちゃんと見ていれば間違いなくファールになるプレイなのだよ」
「青峰っちに言わせればコスい試合ってところッスね。あっと、もう第一クォーター終了ッスか。なんか、ダラダラやってて思った以上に差は開かなかったッスね」
「それほど桐皇側がラフプレイに警戒してるということなのだよ。万が一この試合で怪我をされたら、後々の決勝リーグやインターハイ本選に響くかもしれないからな」
黄瀬と緑間は視線の先を桐皇学園のベンチへと向ける。
桐皇学園が第一クォーターでいつものようにお得意のラン&ガンで攻めずにゆったりと攻めていたのには理由があった。
桃井が集めたデータによって花宮のスティール率は後半になればなるほど上がるとわかったのだ。桃井はそれを試合中にデータを集めていると判断した。データの収集を遅らせる為に、第一クォーターだけでもいつもとはまったく違うプレイをさせたのだ。
「アイツらっフザケタ真似しやがって!!」
桐皇学園のベンチでは若松がイライラしながら吠えていた。無理もないだろう、この第一クォーターで一番ラフプレイの被害にあっていたのはセンターの若松なのだから。
「まぁまぁ、そんなワメクなや若松。ラフプレイしてくるんは事前にわかっとったことやろ」
今吉が宥め、若松も渋々ながら一旦矛を収める。若松の腕には既に痣らしきものが浮かび上がりかけていた。原澤監督は湧き出る苦々しい思いを隠しながら若松の腕の状態を確認していく。
「しかし、思ってた以上にやっかいですね。今吉君はアレをどう見ますか?」
「多分ですけども伏線や釣りってとこちゃいますか?」
「やはり、そうですか」
原澤監督自身の考えと今吉の返答は一致していた。霧崎第一が何故ここまでラフプレイに拘るのか、そこを考えればある程度の予想はついていた。
「ワシらがラフプレイで潰れるんならよし。潰れんでも頭に血上らせたら儲けもんってとこちゃいますか。『悪童』まったくエゲツいもんやな。若松もわかったら一年見習いやー? 一年の三人はわかっとったみたいやで?」
「「ぇ?」」
今吉が自身の考えを話し、そこから急に振られた話題に一斉に疑問の声を上げる一年トリオ。
「ぇ? って……、わかっとってラフプレイなりそうなとこ避けとったんちゃうんか?」
「いや、単に痛いの嫌だし」
「面倒くさそうだなっと」
「す、スイマセン!」
花宮がどういった思惑でラフプレイを行っているとかを全く考慮せず、ただ単に痛いのが嫌だ、面倒くさいという理由で危険地帯を避けていた三人。それを見て若松がキレそうになるがそこでインターバルが終了し、第二クォーターが始まる時間となった。
「とりあえず、皆さん。怪我だけは注意して戦ってください。ここが終わりではありませんからね」
第二クォーターが始まり、先ほどと打って変わって徹底的に外から攻撃をしかける桐皇学園。中にはセンターの若松一枚だけ置いてある。外の四枚でボールを回し、誰かが3Pシュートを放つ。青峰もわざわざラフプレイが蔓延る場所へ突っ込みたくないのか素直にボールを回している。非常に珍しい光景とも言えるだろう。
霧崎第一もワンパターンな外からの攻撃に慣れてきたのか、徐々に対処のスピードが速くなってきている。
桐皇学園も霧崎第一も何処か攻めきれずに第二クォーターはこう着状態が続いていた。
キセキの世代のシューターである緑間真太郎でもない限り、本来3Pシュートを常に決め続けるのは非常に難しい。それでも最低二本に一本は決め続ける外の四枚の布陣。桐皇学園の日々の練習量が垣間見える。
派手な序盤から始まった割には両陣営及び観客までもフラストレーションの堪る試合展開となっていった。
「ふはっ。それで俺たちを攻略出来るつもりか?」
花宮がマークを行いつつ嘲笑うかのように克樹に話しかけてきた。霧崎第一は第一クォーターでは青峰に一人マンマークをつけるボックスワンで守っていた。しかし、第二クォーター入って克樹にもマークが付きトライアングルツーの形に変わった。ゴール下に若松一人しか来ないなら、もう一人ゴール下から外しても大丈夫という判断をしたのだ。
「さぁ? でも結局コッチが勝ってますし」
「あのうるせぇセンターが怪我しないといいな。怪我したら崩れそうだもんなぁソッチはさ」
挑発を続ける花宮。
霧崎第一のラフプレイは審判に露見しないように、しかし大胆に行われていた。ひどいものは若松の鳩尾に肘打ちを入れたりしているようだ。
「そういえば、わざわざ第一クォーターでは手加減してくれてありがとよ。残念ながらお前らの動きはさっきの試合で見てんだよ。既に頭の中に入ってるのさ」
人の精神を逆なでするような笑みを浮かべながら花宮が指でトントントンと頭をつつく。桐皇学園が第一クォーターでわざとゆったり攻撃していたことも、その理由にも気づいていたようだ。それどころか花宮の言う事を信じるなら、既に桐皇学園の大半の動きは予測されていることになる。
―――腐っても無冠の五将の名前は伊達では無いといったところか。っつか隣で試合やってたんじゃなかったのかよ。
嫌になるなとばかりに顔を顰めながら克樹がそんなことを考えている際にもゲームは続いていく。
ゲームが動き始めたのは、いやある意味で止まったのは第二クォーターがそろそろ終わる頃だった。
今度は桜井から今吉キャプテンへとボールが渡り3Pシュートを放つ。
「しもた! 少しずれたか」
シュートを放った瞬間に指先の感触でわかったのだろう。その言葉から若松と霧崎第一の三人がゴール下でポジション争いを始める。
単純な身体能力のパワーだけで言うならば若松は青峰や克樹に勝るとも劣らない。霧崎第一のセンター瀬戸はパワータイプのセンターではない。一対一なら間違いなく若松がゴール下での体のぶつけ合いには勝利することだろう。そもそも、この体育館の中で若松と体のぶつけ合いに張り合えるのは青峰と克樹の二人だけだ。
しかし、若松が一人に対して霧崎第一は瀬戸の他に二枚ゴール下についている。流石に若松でも三対一では勝ち目が薄かった。
それでも何回かに一度は若松がオフェンスリバウンドを勝ち取るのは流石と言えるだろう。
ボールの落下地点を予測して若松を囲みながらゴール下の選手達が一斉に跳ぶ。
何処からかパチンと鳴らす音が聞こえる。
三人の選手に挟まれながらもボールを確保した若松。しかし、選手が重なりもつれ合うように落下する。
「ぐぁぁっ…………!!?」
若松のどもった叫びが体育館に響き渡る。ボールがコートの外に転がる中、ゴールの下で若松がうずくまっていた。その様子を見て、審判が笛を鳴らし時間を一度止めた。
若松の様子を見るにすぐにプレイ再会は不可能だろう。何処からか囁くように小さい笑い声と共に「まずは一人目」という声が聞こえた気がした。
バスケ一口メモ
背番号4番:バスケではチームのキャプテンがユニフォームの4番をつける。
ティップオフ:試合開始時のジャンプボールの事。試合開始という意味でもある。サッカーでいう所のキックオフ。
試合時間:バスケの試合は1クォーター10分で行う。第一と第三の後にインターバルとして2分間の休憩があり、第二の後にはハーフタイムとして10分間の休憩がある。ハーフタイム前の第一第二クォーターを前半と呼び、ハーフタイム後を後半と呼ぶ。第四クォーターが終わった時点で同点の場合、5分間の延長戦(オーバータイム)を行い、それでも同点の場合インターバル2分を挟んで再び延長戦となる。
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第5Q
桐皇学園は怪我をした若松を一度下げて、代わりに諏佐を投入する。
諏佐は本来SFの選手だが、身長は190㎝あるので十分センターの仕事も熟す事が出来る。しかし、本職とは言えないのでオフェンスリバウンドを取れる可能性は先ほどまでよりさらに低くなる。
怪我をした若松を桃井と一年生何人かが付き添って医務室へと連れて行く。その姿をコートから見つめる桐皇学園の選手たち。
「あらら、大丈夫かな!?」
若松がコートの外へ連れ出されるのを見ながら花宮が言う。まるで周りに聞かせるかのようにわざとらしく、普通の感性を持っている人ならば気に障るような言い方だ。勿論、これも挑発の類いだろう。事実桐皇学園のベンチメンバーたちは顔を真っ赤にして怒りを顕わにしている。
「はぁ、どうするかな」
花宮の独り言を聞いて、克樹はそう小さく呟く。念の為に周りの様子を伺った。
案の定、花宮の嫌味な独り言に一々付き合う選手は桐皇学園には居なかった。今吉キャプテンは花宮の嫌らしさは分かっている上に、そもそも心理戦に長けている。桜井は元々の性格もあり3Pシューター以外に突っかかることはしない。青峰に至っては相変わらずコスい手使ってんなぁぐらいの感想だろう。克樹も膨大な経験から表情に出したりはせずにポーカーフェイスを貫く。
克樹もラフプレイに対して思う事が無いとは言わない。ただ、前世でアメリカに居た時はもっとひどいプレイも沢山あった。弱いチームが策を練るのは当然だ。ずる賢さやルールの裏をつくのも一つの戦い方とも言えるだろう。克樹としてもそういう行為があるのは知っているし、仕方がないと思う部分もある。
ただし、怒りが沸くか沸かないかは別問題だが。
「諏佐、なるべくコッチでシュート決めてくさかい。無理はすんなや」
「元々、本職じゃねえからな。とりあえずは第二クォーター終了まで後一分、頑張るとするか」
「そうやな。休憩挟んで若松の容態次第やからな。諏佐、きばりや」
「おう!」
今吉が諏佐に対し激を飛ばす。
諏佐がゴール下に入りきる前に克樹から鋭いパスを貰った桜井が3Pシュートを決めた。ゴール下で準備をさせなければラフプレイも何もない。
桜井も表情にこそ出していないが内心で怒りが渦巻いているのだろう。普段なら強い3Pシューターとの張り合う時にしか出さない筈の雰囲気を醸し出している。
クイック・シューターのように見える桜井だが、本質は相手が強ければ強くなるほどシュート精度が上がっていくクラッチ・シューターだ。霧崎第一のあまりにも酷いラフプレイを眼前にしてスイッチが入ったようだ。
その後は桐皇学園側は全ての3Pを決める事でさらに、点数を重ねていき霧崎第一との点差は更に開いた。しかし、まだ後半が丸々残っているのだ。普通のチームならリバウンドを取れなくなるのはある意味致命的に近い。
「これであいつ等天才組もゴール下に来るしか無くなる。ソイツらを潰せば桐皇は終わりだ」
「相変わらず花宮はエゲツねぇなぁ」
「まぁ気合入っているようなチームじゃないのは残念といえば残念か」
そう笑いながら控え室へ戻る霧崎第一のメンバー達。
その笑っている姿を見て緑間と黄瀬はあからさまに嫌な顔をする。全中三年連続覇者としてのプライドは持っている。それが一見鼻持ちならない態度に現れる事もある。しかし、二人ともバスケというスポーツに真摯に向き合っているのだ。その二人から見れば霧崎第一のプレイは顔をしかめるには十分なものだった。
「相変わらず嫌な戦い方するッスねぇ。まぁこんな感じに試合は進んでるんスけど、緑間っち的には改めてどう思うッスか?」
「普通のチームならセンターが負傷すると攻守のリバウンドが取れなくなって致命的なのだよ。普通ならばな」
「どっこい、桐皇は普通のチームじゃないッスもんねぇ」
「結論は変わらない。最終的には桐皇が勝つのだよ。そもそもあの二人がまったく本気を出していない」
黄瀬も一応聞いてみたという程度だ。黄瀬自身も桐皇学園が負けるとはまったく思っていない。何しろ、過去に練習とはいえ一度も勝てなかった男と試合で一度も抜けなかった男が揃っているのだ。緑間の言う本気を出していないという意味もわかる。
黄瀬から見て青峰に至ってはヤル気のかけらも見せてはいない。青峰に誰よりも挑んでいるのは自分だと言える自信が黄瀬にはある。そして卒業する最後の最後まで勝てなかった。そもそもあの青峰がボール回しに徹するところは非常に希少な光景とも言えるのだ。
そして光谷、この男の反応速度は異常ともいえるものだ。過去の試合でどうにか抜かそうとするたびに悠然と進む先に回り込まれるのは黄瀬にとって苦い思い出だ。
キセキの世代の一人に紫原という男が居る。他者を圧倒する体格から繰り出されるディフェンスは脅威と言っても良い。反応速度も常人とは言えない。まさにゴール下の守護神と言っても良い男だ。それでも反応速度という面では光谷に軍配が上がるだろう。その反応速度から生み出される平面でのディフェンスは正に鉄壁と言える代物。青峰とあそこまで競い合う選手を他に黄瀬は見た事が無い。
最初見た時は悔しかった。憧れであった青峰を光谷が止める光景を見て。次に勝ちたかった。試合で何度も止められて。
未だにあの二人には届いていないように思える。そんな二人が揃っているからこそ、こんな手で勝とうとするチームには負けないだろうという確信が持てる。
「あー、だから最初に気に食わない試合だって言ってたんスね?」
「ああ、人事を尽くさない試合に価値はないのだよ」
「緑間っちらしいッスね。でも、これでどっちかは腰を上げて本気だすんじゃないッスか。出すとしたら……、光谷っちかな」
「そうだろうな。青峰だったら、まずこんな相手では本気を出す筈がない。まったく気に食わん奴なのだよ」
緑間と黄瀬が思っている通り、青峰は本気を出すつもりもヤル気を出すつもりもなかった。青峰からすれば克樹が一緒の学校に居る事で、日々の練習には楽しみを見出せた。その為、逆に試合での落胆ぶりは激しいものとなっていった。どの相手もまったく相手にならない。こんな相手をしているなら克樹と1ON1をやってる方が全然楽しいと感じてしまう。克樹が同じチームに居る以上、楽しめるのはキセキの世代が居るチームとの試合に限られる。その為に負ける気は無いが、わざわざヤル気を出そうとも思わない。それが今の青峰のスタンスだった。
「若松君の怪我についてですが痛みは激しいようですが捻挫でしょう。五日もすれば完治します。以後の後遺症も無いですね。ただし、今日はこれ以上試合には出す事は出来ません」
「皆聞いとったな。若松の怪我も大したことならんで良かったことやし。後はこの試合に勝てば無問題やな」
「スンマセン、キャプテン。後任せます」
「安静にしときや。若松が入れん以上、このまま諏佐にセンターに入ってもらう。慣れんと思うけど頼むで」
「あーキャプテン、一ついいですか?」
ここで克樹が提案を出した。その内容に控室の全ての人間が驚く。確認もされるが、それに克樹は軽く大丈夫と言って流す。
「まぁ、光谷がそこまで言うんやったら別にかまへんけどな」
「おっし、アザッス。キャプテン」
了承の返事を貰い、少しだけ気合を入れる克樹。そうして細かい打ち合わせを行い10分の休憩時間が終了間際となる。続々と控室からコートへと戻っていく。その最後尾に一年の三人は居た。
「光谷サン本当に大丈夫なんですか?」
「ん? 心配?」
「い、いえ。そ、その信じてないわけじゃないんです! すいません、疑うような真似してほんとすいません!」
「あぁウザー。けど克樹……。お前……ドMだったのか?」
「はぁ!?」
「自分から痛めつけられるような所へ行くってことは、そういう性癖があるってことじゃねえの?」
「違うしっ!!」
「あ、あのスイマセン! ほんとスイマセン!!」
「何で桜井くんが謝ってんの!!?」
「あーメンドクセー」
「俺のセリフだよ!!」
「けどまぁ……、何か色々考えがあんだろ?」
「当たり前だ。誰だと思ってるんだよ」
克樹が控室で提案したことは非常に単純なことだった。先ほどまで若松が居た所に克樹が入る。それだけだ。克樹がセンターをやり、先ほどまでセンターに入っていた諏佐が克樹の代わりにSFのポジションに入る。元々、諏佐はSFのポジションの選手だ。即席のセンターで動くよりは問題無く動けるだろう。
「あれぇ? 今度は君が中に入るんだ。さっきの人みたいに怪我しないといいね」
克樹がゴール下に着くと先ほどまでマークしていた花宮が爽やかな笑顔で肩を叩いてくる。
花宮の予想では青峰と光谷を最後まで温存してくるものだと思っていた。だから怪我をしたセンターの代わりに新しく入ったセンターを潰すつもりだった。虫の手足をもぐ様にゆっくりと追い詰める予定だったのだ。そして最後に青峰と光谷というメインディッシュ、天才共を潰す。しかし、花宮の予想からずれて先に光谷を潰す事になりそうだ。
「ふはっ……、どいつもこいつも壊れたらただの木偶じゃねえか」
潰した時の光谷の表情を想像すると思わず嗤いが浮かんでくる。良い子ちゃんや熱血君ではないにしろ、バスケに青春を費やしているのは十二分に今までのプレイを見てわかっていた。今まで、バスケで挫折なんざ味わったことのないだろう天才。それが潰されて無様に負けた時、どんな表情をしてくれるのか。
これほど楽しみなのは去年の誠凛高校以来かもしれない。あの木吉を潰された時の怒り表情。その後の決勝トーナメントでボロボロになって悔しがる姿思い出す。思い出すたびに傑作だったと嗤いがこぼれる。
『悪童』花宮真にとってのバスケは勝つのが目的ではく、バスケに青春をかけて歯ぎしりしながら怒りと悔しさが混ざった表情をする敗者の姿を見て楽しむのが目的だった。
第二クォーターと同じく、桐皇学園は中に一枚置いての外からの攻撃のパターン。花宮は変わり映えしない攻撃パターンに飽きが来ていた。
「……そろそろいいか」
ついに光谷を潰すための合図を花宮が出す。諏佐が放ったシュートは惜しくもリングに跳ね返され、ボールはゴール下へと落下する。それと同時に故意の事故を引き起こす。
ゴール下に居た三人がもつれ合うように落下する。
……光谷は無事だった。そのままボールを確保しゴールを決められた。
「あぶねーあぶねー」
どうやら運よくラフプレイの被害を免れたようだ。チッと思わず舌打ちをしてしまう。続いて潰すように指示を出す。
再び、チャンスが訪れる。しかし、またも光谷は免れた。運の良い奴だ、その運が何処まで続くかな。とばかりに花宮はさらにラフプレイをけしかけさせる。
ラフプレイを仕掛ける、またも躱される。何度も何度も仕掛け、何度も何度も躱される。
花宮も流石におかしいと気づく。
有り得ないという思いが浮かぶ。しかし、それしか考えられない。光谷は全てのとは言わないが致命的なラフプレイだけは全て躱し続けていると。
「飛ばせないっ! ……ってね」
ゴール下でガムを膨らませながら原は光谷に対してボックスアウトを行いつつ、右足で光谷の左足を踏もうとし、さらに若松にも行ったように光谷の鳩尾に肘打ちをかまそうとする。しかし、右足を軸にすることで少しずらされた事で踏みに行く足は躱され、肘打ちは当たる直前で光谷の左腕にガードされた。そのまま光谷はリバウンドの為に右腕を伸ばしながら跳んだ。
「チッ……!」
自身の上下のラフプレイが全て防がれたことに原は思わず表情を変える。どちらか一方は入れるつもりだったのだろう。しかし、原は更に追い打ちをかけるため、光谷の軸足にのしかかるべくリバウンドを取るフリをして跳ぶ。
リバウンドの競り合いはラフプレイの対処の為に光谷が少し遅れたので霧崎第一の古橋が勝ち取った。
落下する間際、原が光谷の着地の軸足めがけて足を添える。さらに同時にボールを確保した古橋がボールを持ったまま肘を光谷の頭部目掛けて振りぬく。二人掛かりによる上下同時のラフプレイだ。
これは決まったと、思わず原は嗤いを浮かべる。その瞬間、光谷と目が合った。今から潰される筈の光谷もニヤリといった笑みを浮かべていた。
原の足が光谷の軸足に乗った瞬間、光谷は踏んばらずに軸足の膝を抜いた。先ほどまで力強かった光谷の力が抜けていた。原と光谷のバランスが崩れる。その崩れた反動を利用して古橋の肘打ちをスウェーで躱す。
原は舌打ちをして、倒れつつある自身の体を利用する。先に姿勢を崩してコート上に倒れ込む光谷に肘打ちを入れようとしたのだ。原の体重を込めた肘打ちも光谷が首を逸らすことで躱されてしまう。
一連のラフプレイを躱し立ちあがった光谷は腰をはたきながら、花宮の方を見て「この程度?」とばかりに鼻で笑う。
光谷はその後もラフプレイを躱し続け、そして第三クォーター終了のブザーが鳴る。
―――あの野郎ッ! フザケタ真似しやがってッ。
光谷のプレイを見て花宮は怒りから周りが見えなくなっていたのだろう。不意に後ろから肩を叩かれる。後ろには爽やかな顔をした光谷が立っていた。
「当たったらヤバいラフプレイも、当らなかったら意味がないよな。なら躱しまくれば良いだけの話だな」
笑顔で吐かれた光谷のセリフに花宮は射殺すような眼を向ける。そして、ギリッと歯ぎしりしながらベンチへと戻る。
怒りをほとばしらせベンチへと戻る花宮の姿を上から見ていた緑間と黄瀬が同時に呟く。
「決まったのだよ」
「決まりッスね」
依然として得点としての差は10点ほどだ。しかし、本来ならラフプレイを行って相手を挑発する側の霧崎第一。それが光谷のプレイによって逆に挑発されて怒る側へと回ったのだ。もう考えていたシナリオ通りにはいかないだろう。
「しっかし、光谷っちも無茶するッスねぇ。あの密集地帯で全部躱し続けるとか、人間業じゃないッスよ」
「他の人間には出来ない芸当なのだよ。常識外の反応速度で相手のラフプレイを見切って躱してるのだからな」
「それでも後ろから来てるラフプレイとか、普通躱せるッスか? 光谷っちの視野は一体どうなってるんスかね」
「俺のチームにも似たような視野を持つ男が居るのだよ。コート全体を上から見渡すような視野、
「
「その通りなのだよ」
黄瀬と緑間の視線の先では、二分間のインターバルを終えた選手達が再び試合を開始している。第四クォーターも引き続き光谷が霧崎第一のラフプレイを躱し続ける展開で進む。あからさまなラフプレイを行うとアンスポーツマンライク・ファウルになってしまう。審判に咎められてしまいディスクォリファイング・ファウルとして取られる可能性もある。しかし、生半可なラフプレイでは光谷に躱されてしまう。
外からの攻撃で攻める桐皇学園が試合を優勢に進めていた。
形勢は変わらぬまま、ついに試合終了のブザーが鳴る。
『やっぱり決勝トーナメントに進んだのはキセキの世代擁する桐皇だぁっ!!』
体育館に観客の声が響き渡る。
コートから荒らしく退場する霧崎第一の選手達。それと対照的に喜びをあらわにする桐皇学園の選手達。
「っしゃぁーーっ!! よくやった光谷!!」
「アイツらの顔見たかよっ!」
負傷した若松の意趣返しを行った克樹に次々に喜びと称賛という名のド突きが行われる。
こうして決勝リーグへと進む、予選トーナメントBブロックの覇者は桐皇学園に決まった。そして同時刻別会場で行われていたDブロック予選トーナメントでは東京三大王者の一角、西の王者である泉真館高校が波乱も無く決勝リーグの切符を手にしていた。
来週のAブロック、Cブロックの予選トーナメント決勝の結果で、決勝リーグでの戦う相手が決まることになる。
注目されているのはAブロック。去年、決勝リーグに残った4チームの内3つのチームが各々勝ち抜き。Aブロック予選トーナメント準決勝、決勝で戦うことになる。
三大王者の一角にして北の王者、達人達の居るチームの正邦高校。
同じく三大王者にして東の王者、さらに今年から『キセキの世代』No1シューターである緑間真太郎まで擁する秀徳高校。
去年は惜しくも決勝リーグで敗退するも、桃井が気にしてやまない『キセキの世代』幻のシックスマン黒子テツヤが新たに入った新鋭の誠凛高校。
どれも一筋縄ではいかないチームばかりである。本命は秀徳高校、対抗で正邦高校、大穴で誠凛高校と予想はされている。しかし、どのチームが勝ちあがってきたとしても荒れることは間違いないだろう。
波乱のAブロック予選トーナメント準決勝、決勝の幕が上がる。
ちょっとだけ主人公の無双っぷりを意識して書いてみました。
試合は少し淡泊に終わった感じかもしれません。ただ、プレイを一つ一つ書いていったら飽きが来るような気がした上に、霧崎第一でダラダラ書き続けるのもなんだったので他者視点を入れたりして二話分で消化することに落ち着きました。
何かありましたら感想や一言、メッセージ等でお伝えください。
次は主人公がAブロックを見に行く感じになります。
バスケ一口メモ
アンスポーツマンライク・ファウル:パーソナーファウルの一種で故意によって相手選手の体を叩いたり蹴ったり押したりする等をしてると判断された時に取られるファール。罰則として通常のパーソナルファウルと同じ条件でのフリースローが与えられます。さらにフリースローの成否に関わらずセンターラインの横からフリースローを投じた側のスローインでゲームを再開します。
ディスクォリファイング・ファウル:とても悪質なファウルと判断された場合に取られるファウル。即座に退場及び失格となります。また、一発で出されるだけでなく、テクニカルファウルの累積で取られる可能性もある。罰則は上のアンスポーツマンライク・ファウルと同じ。
どう考えても原作の霧崎第一のラフプレイはこの二つのどっちかに当てはまると思うんだ。
まったく関係ないんですけど、プレイとプレーどっちの方が良いですかね?
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第6Q
試合終了後、桐皇学園の選手達は軽くミーティングを済ませ、明日の練習時間を確認した後は個別解散となった。原澤監督は若松を病院へと車で連れて行き、今吉も後輩たちに指示を出し同じ三年の諏佐と共にさっさと帰途へ着いた。
なんだかんだいって勝利をものにした桐皇学園だが、一日で負ければ終わりという試合を二回連続で行ったのだ。試合に出た選手達は精神的に興奮しきっていた試合直後より、ある程度時間が経った帰りの時に疲労を実感するのだった。何処か気持ちのいい疲労感ではあったが。
克樹、青峰、桜井に桃井は先輩からせっつかれて荷物持ち等を行っている他の一年達を横目にダラダラと帰宅の準備を進めていた。克樹は霧崎第一のラフプレイによって出来た痣などに湿布を桃井に張って貰っていた為、さらに時間がかかっていた。
やっと一年の四人が体育館から出るとなった時、夏という季節がら空は明るいものの既に時刻は17時を過ぎていた。
帰ろうとする克樹たちを体育館の出口で待ち受けていた影が二つ。一人は片手に本を読んでいるメガネをかけた男。方や、何人かの女子にサインを受け渡している男。
「お、やっと出てきたッスね」
「まったく、待ちくたびれたのだよ」
『キセキの世代』と呼ばれる者達。黄瀬と緑間だった。
「きーちゃんにミドリン! やっぱり来てたんだっ」
二人にいち早く反応したのは桃井。そして呼ばれた愛称に思わず顔をしかめる二人。二人とも桃井の名付けた愛称に納得がいっていないのがわかる。
「……来てたのかよ」
先ほどまで眠そうにしていた青峰も二人を見つめる。
―――何かいきなり空気が重たくなった気がするんですけどッ!? 自分、謝った方がいいですかッ!!?
いきなりの雰囲気にテンパり始める桜井。
去年の全中決勝で活躍した選手が四人も集まっているのだ。集まって佇んでいるだけなのに他の選手達とは風格が違う。桜井は同じ一年生だとはとてもじゃないが思えなかった。
先ほどまで黄瀬にサインをねだっていた女子達も何かを感じ取ったのか、その場から逃げるように去っている。桜井自身も気づかない内に腰が引け、一歩下がっていた。
それと同時に決勝リーグやインターハイではこの人達と戦わないといけないと考えると背筋に寒気が走る。
四人から発せられるオーラに押され、いつものように謝ることさえ出来ない。この四人に挟まれながらもニコニコと笑顔を保ったままの桃井の気が知れなかった。
本を片手に会ってからずっと目を顰めて不機嫌を隠そうとしない緑間。
先ほどと同じく眠たそうな表情だが目だけはギラリと光っている青峰。
右手を首の後ろに回しながらコキコキと首を鳴らし、一人リラックスモードの光谷。
今から写真でも撮るかのように爽やかな笑顔をしている黄瀬……は口元が引くついているので同じだと桜井は内心で思う。
「……なんか重たい雰囲気なんスけど。とりあえず青峰っちと光谷っちは決勝リーグ進出おめでとッス」
場の雰囲気を見かねたのか、耐えられなくなったのか黄瀬が重たい空気を消にかかる。心の中で思わず「スイマセン! ありがとうございます!」と叫ぶ桜井。
「ふんっ。首を洗って待っていると良いのだよ」
緩みかけた空気を緑間が一瞬にして重たい空気へと変質させる。黄瀬の表情も本格的に引きつり始める。
「……ハッ」
「まぁまぁ、落ち着けって。二人から見て今日の試合はどうだった?」
青峰が緑間に対して反論を仕掛ける前に光谷が話題を変える。緑間がムッと顔を顰めるが、すかさず黄瀬が話題へと飛びつく。
「流石は光谷っちって感じだったッスね! あんなプレイは『
「知るかっつーの。あんなゴミクズ共に本気を出すわけねーだろ」
「相変わらず、人事を尽くしていないようなのだよ」
「まぁ青峰らしいっちゃ青峰らしいけどなぁ」
それから発言一つ一つは厳しいものの、先ほどよりは棘が取れて会話をする四人。それでもこのメンツの中にはとてもじゃないが入れない。会話が終わるまでは空気に徹していようと決意する桜井だった。
「……どちらも腕は鈍っていない所は見れた、十分収穫はあったのだよ。オレはそろそろ帰る」
「まぁ緑間っちは来週試合ッスもんね。確か黒子っちとぶつかるんスよね?」
帰ろうとする緑間の居る秀徳は来週、Aブロック予選トーナメント準決勝、決勝を行う。それに向けての練習もあるのだろう。
「黒子君って桃さんが気にしてた人だっけ? あんまり覚えてないんだよなぁ」
「そう! そうなの! 格好良いんだから!」
黄瀬が言った黒子という人物。前に桃井が話してた人物だろうと見当づけて、その姿を思い出そうとする克樹。その黒子という人物に思わずといって風に食いつく桃井。桃井がそこまで言う人物なら思い出させそうなものだが、未だに思い出せない。
「秀徳と当たるのは誠凛が王者正邦に勝ち上がればの話なのだよ」
「テツ一人じゃ無理だろ。アホ臭い」
まだ当たると決まったわけじゃないと緑間が発言し、青峰も溜息をつきながらソレに乗っかる。
「……ふっふっふ! 甘いッスよ青峰っち。誠凛には火神っちっていうまだ発展途上だけど、
黄瀬が自慢げに言ったセリフに克樹は少し驚く。『無冠の五将』クラスではなく『キセキの世代』クラスと言ったのだ。『キセキの世代』である黄瀬がそこまで言うならよっぽどの選手に違いない。
表情を変えていない所を見ると桃井もその存在は知っていたようだ。青峰はまだアホ臭とばかりに話を聞き流している。
「……へぇ。『キセキの世代』に負けない、か……。でも『無冠の五将』でもないし無名っぽいけど、良く知ってたね黄瀬君」
「黄瀬はその火神に練習試合で負けたからなのだよ」
「んぐッ……。緑間っち……、そういうこと言っちゃうッスか?」
緑間の突き放すような一言に黄瀬は撃沈して涙目になる。しかし、さらりと言ったが克樹にとっても聞き逃せないような一言だ。緑間も簡単に言ってのけたが『キセキの世代』である黄瀬を破ることの出来る人物は全国でも片手で数えれるほどの筈だ。
「……うん? 黄瀬、テメー負けたのか?」
黄瀬が負けたということを聞いた為か、先ほどまで話しを聞き流していた青峰も食いついた。
「黒子っちとの二人掛かりで負けたんスよ! 一対一じゃ負けてないし、次は二人掛かりでも勝つッスよ!」
「負けた事実に変わりは無いのだよ」
「ヒドイ!!?」
「黄瀬が二対一でも負けた、ねぇ……。流石はテツってとこか?」
「……悪いが青峰。お前と黒子たち誠凛が戦うことは無いのだよ」
そう言って緑間はきびすを返す。その背中には常勝無敗だった『キセキの世代』のプライドが垣間見えた。
「緑間っちと黒子っちの試合。なんかワクワクするッスね。そうだっ! 試合見に行かないッスか!?」
「テツ君の試合!? 行く!!」
「やだぜ、メンドクセー。そもそもテツと緑間が当たるかわかんねーんだろうが」
青峰がもう既に興味は無くなったかのように吐き捨てる。黄瀬が負けたという言葉に一回は反応したけども、黒子との二人掛かりということで興味は薄くなったようだ。
「もうっ! 青峰君は何でそういうこと言うかな!?」
「うーん、俺は行こうかな?」
「じゃあオレと桃っちと光谷っちの三人ッスね」
「確か時間は13時からだし、昼飯を一緒に食べてから行こうか」
「サンセー!」
それから集まる時間と場所を決めて、黄瀬とは別れた。黄瀬が居なくなると同時に桜井が会話に復帰する。今まで忘れられてた為少し落ち込んでいるようだった。反対に桃井は気になる人と会えるのが嬉しいのか、テンションが高い。青峰は再び眠そうな顔に戻っていた。
原澤監督は決勝リーグの決まる一週間、スタメンの練習を軽く流すように留めた。これは予選トーナメントが終わるまで練習と試合を繰り返し行ってきた選手達がオーバーワークにならないようにする為である。体に負担が掛からないようにするのが目的だ。
逆にその一週間で試合に出れなかった選手達には猛練習が課せられた。これは試合にあまり出れなかったベンチメンバーを篩いと発破をかける為である。
今回の試合のように主力メンバーが不慮の故障をした時、シックスマンやサブの層の厚さが問われることになる。この辺は圧倒的な強さで決勝リーグへと駒を進めた桐皇学園でも、新鋭である為三大王者たちには及ばないものがある。
今回は去年の決勝リーグ進出チームの大半がAブロックで潰しあってくれる。原澤監督は既にインターハイは出場確定と考えていた。東京都の代表校は三枠だ。Aブロックからどの高校が上がってきたとしても三枠に入るのはほぼ確定と見ているのだ。
ならば、決勝リーグで多少層が薄くなったとしても今のうちにベンチメンバーのレベルアップすることは意味があるだろう。見据える先はインターハイ出場ではなくインターハイ優勝なのだ。
そして練習自体は軽いスタメンにも原澤監督からあるものが渡されていた。
「監督……、これ何なんですか?」
「見ての通りですよ」
今吉が渡されたものを見て呆然とするスタメンたちを代表して質問する。そして呆気ない原澤監督の返答。確かに見ての通りなのだ。見ての通りなのだが何故渡されたのかがよくわからない。
「見ての通り、マスクです」
原澤監督から渡されたものは、何の変哲もない普通のマスクであった。
「スタメンの皆さんにはこれから一週間コレを二重につけて練習を行ってもらいます」
渡されたマスクを渋々装着し練習を開始する克樹たち。見た目は非常に間抜けであった。ちなみに青峰は練習をサボっている。もし参加していてもマスクはつけなかったんじゃないかと克樹は予想している。
このマスクをつけて練習することで簡易的な高地トレーニングを可能とする。克樹たちは決勝リーグまでは常にマスクをつけて練習することになった。
「思っとったよりキツイんやな、マスクつけて運動するんわ。後ワシの場合メガネが曇る」
「汗を掻いてマスクが湿ってくるとさらにキツイですね。……桜井くん生きてる?」
「……すい、ません。……いつも、通りの……練習じゃ、なくて助かりました」
「一番悲惨なんは諏佐やな。マスクつけて通常通りの練習入っとるし」
「ですね。他はというか若松さんはケガですし、青峰はふけってるし」
空気の薄い高山や高地に登って体を動かすと酸素を運ぶ赤血球ヘモグロビンが増える。この状態は数ヶ月維持される為、下山してから激しい運動しても、呼吸が楽になって息が上がりにくくなる。マスクトレーニングはこの空気の薄い疑似状態をつくり、赤血球の増加を促す為のものだ。
そうして克樹たちは身体的には軽いが心肺的には非常にハードな見た目はまるで間抜けな練習を一週間繰り返して行った。いつか、この練習の効果が出ると信じて。
インターハイ東京都予選トーナメントAブロック準決勝と決勝が今から行われる体育館前に克樹と黄瀬それに桃井は居た。
体育館前に居る三人は周りからかなりの注目を浴びていた。克樹と黄瀬は月バスなどでも取り上げられている為、バスケ関係者からは知名度が高いのだ。しかし、注目を浴びてる原因はそれだけではなかった。
「それにしても黄瀬くんは美味しいお店知ってるんだね」
克樹の服装はスートと土星のようなワンポイントが入ったボーダーの七分袖シャツにダメージジーンズという出で立ち。シンプルながら体格が良い為、良く似合っている。
「値段もリーズナブルで美味しいって事で隠れた名店らしいッスよ。ファンの子に教えて貰ったんスよ」
現役のモデルである黄瀬は無地のタンクトップに薄手のデニムシャツを羽織り、淡い色のチノパンというこちらもシンプルながら完璧に服を着こなしている。
「きーちゃんは相変わらずだねぇ」
「……桃っちこそ。久しぶりに黒子っちと会えるかもしれなからって気合入れすぎッスよ。昔、黒子っちとデートした時並みじゃないッスか……」
黄瀬はため息をつきながら桃井の装いを見る。桃井の格好はただただゴージャスであった。
注目を浴びる理由として克樹と黄瀬の知名度の高さも確かにあるだろう。しかし、それ以上に桃井の女子高生とは思えない体つきを前面に押し出した服装が注目を浴びていたのだ。とてもじゃないがバスケを観戦しに来た服装ではない。
「その黒子くんとデートした時もこんな服装だったんだ……」
「ちょっ!? なんできーちゃんがその時のこと知ってるの!?」
「なんでって、青峰っちと一緒にストーキングしたから!」
テヘッとばかりにウインクしながらサムズアップする黄瀬。
「青峰君も!?」
「青峰っちと一緒にナンパを撃退したり、職質されたりとそれはもう大変だったんスよ!?」
もしこの場に青峰が居れば「テメェは職質されただけだろうが……」と突っ込まれるようなセリフである。実際、職質されたのは黄瀬だけであり、ナンパを蹴散らしたのは青峰だったのだから。
「そんなことしてんだ青峰……。それより桃さん、午後からゲリラ豪雨があるかもしれないらしいけどそんな格好で大丈夫なの?」
「大丈ー夫! 後で着替える用の服も持ってきてるからっ!」
「後で着替えるのに何でそんなカッコしてるんスか……」
豪雨の対策として通常の服装も持ってきていた桃井。通りで大きなバッグを持ち歩いていると克樹は納得する。
「それは、だって……テツ君と会うの久しぶりだしッ」
頬を染めてイヤンイヤンと乙女モードに入る桃井。克樹と黄瀬はそれはもう冷めた目で見ていた。黄瀬は黒子っちの事になると相変わらずッスねぇという諦めの境地であり、克樹は普段から想像もできない程の変貌ぶりに呆れていた。
やっとこさ落ち着いた桃井を連れて、克樹と黄瀬は体育館の中へと入っていく。
既に四校の選手達はアップを初めており、互いに火花を散らしていた。今の時刻は12時半、これから三十分後運命の決戦が開始する。そして五時間もすれば栄光を手にする一校と手に出来ない三校に容赦なく分かれる事になる。
栄光を手にする事が出来るのは何処なのか、まだこの時は誰も知らない。
実況:黄瀬 解説:桃井 ゲスト:主人公 でお送りいたします。
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