機動戦士ガンダムSEED 自然発生の天才 (ただの粒)
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第1話 破滅への引導

C.E.71 ヘリオポリス

 

 

 

そこは現在、地球連合軍とプラントが武力衝突を起こしてから既に11ヶ月もの時間が経過している中、地球上で中立を保てている数少ない国、オーブが所有する資源衛星コロニーであり、外の世界と比べると全く戦争のない平和な場所であった。

 

しかし、中立などというのは名ばかりで、実際には国の中から自らの利益の為に、影響力の強い地球連合に取り入ろうとする閣僚も僅かではあるが存在しているのが実状である。

 

それらの閣僚らが独断で地球連合と共同でMSの開発を計画し、オーブからヘリオポリスに送り込まれたのがオーブ国営のモルゲンレーテ社の技術スタッフ達である。

 

そして、そのスタッフのリーダーを任されていたのが、ロイ・ネ・フラガである。名前からも分かる通り、彼は資産家であったフラガ家の次男で、10も歳の離れた長男であるムウ・ラ・フラガを兄に持つ。

 

勿論、彼もムウ同様にフラガ家が代々引き継いできた優秀な空間認識能力と特殊な予知能力も身につけている。更にロイはそれらの才能に加えて知能レベル、身体能力共に平均的なコーディネイター達と比べるとズバ抜けており、まさに本物の天才と呼べる存在だった。

 

そんな才能の塊である彼は現在、ヘリオポリスの工場区にて5機のG兵器の最終点検を行っていた。

 

G兵器と言うのは、今回ロイが連合軍と共同開発を進めてきたMS、デュエル、バスター、ブリッツ、イージス、ストライクの5機のGAT-Xシリーズの事で、それらのMSには共通して、PS装甲、MS専用ビーム兵装、低電力高出力ジェネレーターといった、これまでの技術では実用化するのはかなり難しいと考えられていた机上の空論だったものを盛り込んだ最新鋭の機体である。

 

そして、それらの高度な技術を実用化に漕ぎ着けたのも彼を含めた技術スタッフ達なのである。

 

「よし、ジェネレーターの出力に問題はないな」

 

ロイが手元の端末を確認しながら目の前に横たわる全身グレーの機体の最終調整を終えた。すると、ロイの部下の一人であるルーク・フェイロンが彼の元に来て声を掛けた。黒髪をオールバックにし、理知的な雰囲気を纏った男である。

 

「主任、こちらも最終調整終わりました」

 

「ああ、了解した。お前達は予備のジェネレーターとスラスター、武装一式をB区画に移動させておいてくれ。それが終わったら今回の仕事も完了だ」

 

「はぁ、ようやく終わるんですね。本当に大変でしたよ、例のスラスターの開発。ま、久しぶりにまともな物が作れて技術者としては大変喜ばしい限りなんですけどね」

 

ルークが溜息をつき、ようやく今までの激務から解放される喜びを噛み締めた。

 

「寧ろ、俺たちにとってはこれからの方が大変なんだがな。ところで、本国の連中の様子はどうだ」

 

「ええ、彼らも主任の無茶振りな要求に毎日死にそうになってますよ。でも、流石は主任が直々にスカウトした奴らばかりですね。死にそうになりながらも毎日子供みたいに目をギラつかせながら喜んで開発に勤しんでますよ。それと先日、ついに核融合炉の小型化に成功したそうです」

 

「そうか、ようやく完成したか。それで、アスハ派の人間には気付かれていないだろうな」

 

「ええ、そちらも心配ありませんよ。きちんとサハク家に提供してもらった秘密区画で開発は行わせていましたから」

 

「そうか、ならば予定通り例の実験機で大気圏内での飛行試験とデータ採り、それと理論値との誤差計算に移行しておくように伝えておいてくれ。それが終わったら核融合炉をエンジンユニットに換装して稼働試験の方もしておくように伝えてくれ」

 

「了解しました」

 

ルークはそれだけ言うと、ロイに背を向けて工場区の出口に向かって行った。

 

「さて、こっちの方も済ませておくか」

 

ロイは周りに誰もいない事を確認すると、ポケットから小型の端末を取り出し、ある人物を呼び出した。そして、数秒の後、その人物の顔が端末の画面に映し出された。

 

「やあ、ロイ。君から連絡してくるとは珍しいな。私に何か用かな?」

 

その人物はロイと同じ色の髪色をした奇妙な仮面を付けた男だった。その男の顔には笑みが浮かべられており、それが更にその男の奇妙さを際立たせていた。

 

「昨日、そちらにG兵器の画像と大まかなデータを送ったはずだが」

 

ロイはそんな奇妙な外見を気にした様子もなく、淡々と話を進めていった。

 

「あれは君が送って来たものだったのか。道理で情報が細か過ぎる訳だ。それで、データを送って来たと言う事は物もくれるのだろ?」

 

「あぁ、勿論だ。PS装甲もビーム兵器もこちらからすれば、既に型落ちした技術だからな」

 

「本当に君の才能にはいつも驚かされる。ところで、5機の内の何機をこちらに譲ってくれるのかな」

 

「4機やる。その代わり、そちらもジンを1機譲ってくれ」

 

「ん?残りの1機には君が乗るのではないのか?」

 

「あれらは5日後には連合に受領されることになっている。俺は今回、オーブの技術スタッフとしてここに来ている。だから俺は連合のMSには乗れない。それに、現状で堂々と実戦データを採れるのはザフト製のMSだけだからな」

 

「そうか、了解した。ジンを1機手配しよう。自爆装置は解除しておく。精々壊さんようにな。それと、詳しい作戦が立案され次第、そちらにも情報を流そう」

 

「感謝する」

 

「お互い様だよ」

 

端末に映っていた画面から光が消え、画面は元の液晶色に戻った。

 

 

 

 

 

一日後、ロイは端末に一通の文書ファイルが送られて来ているのを確認した。その中身は前日会話したラウ・ル・クルーゼからのヘリオポリス強襲作戦の詳しい内容についてだった。ロイはその内容を読み終えると、端末をポケットに入れて、連合の技術者達がストライカーパックの調整で集まっているA区画へとルークを引き連れて行った。

 

 

 

 

 

「マリュー・ラミアスさんですね。今お時間大丈夫ですか?」

 

ロイは連合側の開発主任を務めていたマリュー・ラミアスに経過報告するために来ていた。いくら、オーブと連合で分かれているとは言え、今はまだお互いに共同でMSの開発を進めている立場なので、何かあれば逐一報告し合うのが暗黙の了解となっている。

 

「ええ、時間ならありますが、何か用ですか?」

 

「昨日全てのG兵器の調整が終わりましたので、こちらのスタッフ、私を含めた数名以外を本国へ帰国させた事を報告に来ました」

 

「そうですか、お疲れ様です。後は4日後の受け取りのサインを残すだけですね」

 

「ええ、そうですね。これでようやく私も地球に帰れますよ。ところで、一つ聞いてもよろしいでしょうか」

 

「ええ、いいですけど、なんでしょうか?」

 

「あのG兵器とアークエンジェルがあればこれからの戦局は連合に有利になると思いますか?」

 

ロイは、未だストライカーパックの周りで忙しそうに作業を続ける連合の技術スタッフ達を眺めながら質問を投げ掛けた。

 

「……難しい質問ですね。正直なところ、私は流石にあれらのG兵器達だけでは戦局を変える程の戦力にはならないと考えています。しかし、これを契機に我が軍のMSの量産体制を整えて、物量戦に持ち込めば、ザフトに勝てる可能性はかなり大きくなると思っています」

 

「そうですか、確かに仰る通りですね。私たちからすれば地球軍には勝ってもらわないと今後の食い扶持が危ぶまれますから、これからも是非そちらに協力していきたいものです」

 

「それはありがたいお話ですが、私の一存で決めるわけにもいきませんので……」

 

「ええ、それは承知しています。ただ、こちらとしてもこういった姿勢を示しておかないといけませんので、どうかご了承ください。それでは、そろそろ時間なので失礼します。貴重なお話をありがとうございました」

 

「いいえ、こちらこそ」

 

ロイは軽く会釈しながらお辞儀をすると、もと来た方向へと戻っていった。

 

「さっきの話、どう思う」

 

ロイは歩きながら、斜め後ろから付いてくるルークに尋ねた。

 

「確かに彼女の言うことも正しいでしょう。しかし、今回主任がクルーゼに流した機密情報がプラントの評議会に知れ渡れば彼らも黙ってはいないでしょう。私の予想では本格的にNジャマーキャンセラーの実用化に乗り出してくると思います。そうなれば、単純な物量で圧殺というのは難しくなると思いますね」

 

「Nジャマーキャンセラーか、確かプラントでは既に基礎理論は完成しているそうだな。まあ、核融合炉の小型化に成功した今となっては重要度はかなり落ちる代物ではあるが、持っていて損することもあるまい。それで、その技術は手に入りそうか」

 

「ええ、そもそもこの情報の元は、事前に潜り込ませていたエージェントの一人からのものですから。偶然にもNジャマーキャンセラーの開発チームに入ることができたそうで、案外簡単に手に入ったそうです。ただ、完成に近づくにつれてスパイ対策が厳重になりつつあるそうなので、詳しい情報を持ち帰るのには時間が掛かりそうです」

 

「そうか、なるべく無理はしないように伝えておいてくれ」

 

「了解です。ところで、クルーゼにはGを4機渡すと言っていましたけど、どの機体を残すつもりなんですか」

 

「ストライクを残す。他の機体には既にビーム兵器が装備されているからジン程度なら一撃で撃破されてしまう。クルーゼが手配してくれるジンをなるべく傷付けずに鹵獲するには、まだアーマーシュナイダーしか装備されていないあの機体が適任だろう」

 

「それならストライクを奪取しようと近づいて来るザフト兵を排除する必要がありますね」

 

「あぁ、それはお前に任せる。確かお前はザフトのアカデミーを首席で卒業していたな。銃の扱いや近接格闘戦も得意だろ」

 

「ええ、あなたのお陰で私のこれまで積み上げてきた華々しいキャリアは全て水の泡になりましたけどね」

 

「まあそう言うな。俺の元で働いている方が軍で腐ってるよりよっぽどお前の才能を有効活用出来ていると思うが」

 

「ええ、確かに。私はあなたに拾われてから一度たりとも後悔なんてした事はありませんよ」

 

そう言う彼の表情はとても楽しそうに綻んでいた。

 

 

 

 

 

4日後、クルーゼの部隊がヘリオポリスの工場区画及びアークエンジェルが格納されているドックを襲撃した。ヘリオポリス内部は、ジン数機が暴れ回っていることも起因して、様々な場所から爆発音や悲鳴が聞こえてくるという悲惨な状況に陥っていた。

 

斯して、絶対に安全だと唱われてきた揺り籠は、一変して戦争の業火に呑まれた地獄へと化した。

 

「どうやら始まったようだな」

 

ロイは静かに呟いた後、すぐ近くで研究資料や整備記録をまとめていた数名の部下達に指示を飛ばした。

 

「この戦闘が一旦落ち着いたらB区画に搬入されているジンの改修キットを運び出す。お前達は、その部品が積み込まれているトレーラーをいつでも出せる状態で待機しておいてくれ」

 

「主任はその間どうされるのですか」

 

部下の一人がロイに尋ねた。

 

「俺はこれからルークの援護に向かう。お前達は今から移動を開始してくれ」

 

ロイはそれだけ言うと、ハンドガンを手にしてストライクとイージスがある激戦区へと走り出した。

 

 

 

 

 

一方、未だ奪取されていないストライクとイージスの周りには複数のザフト兵と連合の技術スタッフとが激しい銃撃戦を繰り広げていた。

 

戦況は連合側が圧倒的に不利だったが、ストライクの周りで戦っていたルークは、そんな複数のザフト兵達を相手取っても、かなり有利に戦闘を進めていた。

 

彼は基本的にロイの右腕として諜報活動や裏工作、そしてMSの開発などを行う比較的戦闘とは無縁の仕事をこなしているが、ザフト軍のアカデミーを首席で卒業したという功績は伊達ではなく、MSの操縦技術から白兵戦闘能力に至るまで、ロイ同様に平均的なコーディネイター達を遥かに上回っていた。

 

「あと4人ですか、しかし元とはいえ同胞をこの手で殺すのはあまりいい気分ではありませんね」

 

ルークはとても落ち着いた様子で状況を見据えながらひとりごちた。

 

彼は装備していたアサルトライフルの弾が切れたことで一旦物陰に隠れてマグチェンジをして、敵の様子を伺うために再び物陰から顔を出した。すると、彼の目の前で4人いたザフト兵の内3人の頭が連続で撃ち抜かれた。

 

ルークが一瞬呆気にとられていると、彼の横にハンドガンを持ったロイが現れた。

 

「ルーク、ここもそろそろ危険だ。一旦離脱するぞ。それと、あの赤いパイロットスーツを着ている奴にはイージスを奪ってもらわないと困るから殺すなよ」

 

辺りの爆発の規模が徐々に大きくなりつつある中で、ロイはルークに撤退の命令を出しながら、ストライクに取り付いていた赤いパイロットスーツを着込んだザフト兵の近くに数発威嚇射撃をした。

 

ザフト兵はストライクに乗り込む事を諦め、未だに誰も奪取出来ていなかったイージスの方へと走って行った。

 

「了解です。それにしても、相変わらずの射撃技術ですね。本当にあなたがナチュラルなのか疑いたくなりますよ」

 

ルークは少し飽きれた表情でロイに話し掛けた。

 

ルークは確かにあらゆる事に於いて優秀ではあったが、ロイはその更に上を行っていた。それがコーディネイターであるはずのルークがナチュラルであるロイに付き従う最大の要因でもあった。

 

「俺はれっきとしたナチュラルだ。ただ、俺の家系が少し特殊なだけだ。まあ、その中でも俺は特別に優秀だったらしいがな」

 

二人は自身の運動能力をフルに使い、炎に包まれて行く工場区画から撤退していった。

 

 

 

 

 

 

 

「主任、状況はかなり不利だと思うのですが、大丈夫でしょうか」

 

二人は安全な場所からストライクとジンの戦闘を見守っていた。

 

「あぁ、大丈夫だ。GAT-Xシリーズの性能は現行の兵器群の中ではトップクラスだ。たとえ素人が乗ったとしてもジン程度なら倒せるだろ」

 

「ですが、流石にあのOSでは歩く事すらままならないと思うのですが。多少なりともOSの開発も手伝ったほうが良かったのではないですか?」

 

「俺はそこまでサービス精神に富んでない。それに俺の勘がストライクが勝つと言っている」

 

「まあ、あなたが言うのであれば正しいのでしょうね」

 

2人がそんな話をしていると、今までまともに動く事すら出来ていなかったストライクの挙動が急にスムーズなものとなり、ジンの頭部を殴りつけた。

 

「ん?ストライクの動きが変わったな。OSを書き換えたのか?」

 

「どうやらそのようですね。確かストライクにはマリュー・ラミアスと民間人の少年が1人乗り込んでいたはずですが」

 

「民間人か、……恐らくそいつはお前と同じコーディネイターだろうな」

 

急に動きがよくなったストライクはその後の戦闘を終始、有利な状況のまま進め、ジンがストライクのアーマーシュナイダーを両肩の関節部に突き刺されたことで活動を停止した。そして、ジンのコックピットから自爆装置を起動させたつもりになったザフト兵が出てきて、そのまま飛び去って行った。

 

勿論、自爆装置はラウ・ル・クルーゼが事前に取り外していたので起動する事はなかった。

 

戦闘が終わるとロイはすぐに端末を取り出し、B区画で待機していた部下達に通信を繋げた。

 

「たった今捕獲対象が活動を停止した。機体はE区画付近にあるから早速回収に当たってくれ。合流ポイントは後程指定する。それと、もし人手が余っていたらA区画からストライカーパックが積んであるトレーラーも合流ポイントまで回してくれ」

 

ロイは通信を終えると、メインバッテリーが切れてPS装甲がダウンしたことでトリコロールカラーから元のグレーに戻ったストライクの元へと移動して行った。




かなり端折ってしまった感が否めないですが、この作品を読んでくださる方々の殆どが既に原作の知識を備えてらっしゃると思いますので、今後からも今回と同じように、一々既存のキャラの説明などはせずに書いていこうと思っています。

感想、評価などありましたら、是非コメントしていってください。


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第2話 崩壊を諭す者

ザフト軍宇宙艦艇ヴェサリウス、その水色にカラーリングされた独特の形の艦船の艦橋で仮面を付けた男、ラウ・ル・クルーゼはクルー達から上がってくる作戦経過の報告を聞いていた。

 

「オロール機大破。緊急帰投、消火班Bデッキへ」

 

「オロールがこんな戦闘で大破だと!?」

 

黒服を着た艦長のフレドリック・アデスが驚きの声を上げた。

 

「どうやら、いささか煩いハエが一匹飛んでいるようだな」

 

クルーゼは現在コロニー外部で行われているザフトのジンと連合のMA、メビウスとの戦闘の状況からMA部隊の内の1人はロイの実兄であるムウ・ラ・フラガであると当たりを付けていた。本来、ザフトのMS1機の戦力は、連合のMA5機をもってようやく互角であると言われている。しかし、その戦力差を覆すのがムウと、その搭乗機、メビウス・ゼロである。

 

ムウは先天的に備わっていたその突出した空間認識能力で有線式オールレンジ攻撃兵装、ガンバレルを自在に操りザフトのMSをこれまで何機も撃墜してきたエンデュミオンの鷹の異名で知られる連合のエースパイロットでもある。

 

「ミゲル・アイマンからのレーザービーコンを受信、エマージェンシーです」

 

再びクルーからの撃墜報告が上がってくる。

 

「どうやら私が出る必要がありそうだな。暫くの間艦は任せたぞアデス」

 

「りょ、了解」

 

ミゲルが撃墜されたことで、またもや驚愕の声をあげていたアデスにクルーゼは一声掛けて艦橋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

ロイとルークがストライクが撤退した場所に着くと、連合の士官であるマリュー・ラミアスが5人の少年少女に銃を向けていた。

 

彼らは全員険悪な表情をしており、中には何か喚いている者もいた。

 

「あれは民間人だな。大方、ストライクを見てしまったことで、箝口令でも敷かれているのだろうな」

 

「どうやらそのようですね。まあ、あんなに目立つ場所で大暴れした後に箝口令を敷いても、おそらく他の人間に見られていたでしょうし、それにザフトに他の4機を奪われた今となっては余り意味のあることだとは思えませんけどね」

 

ロイ達はそんな会話を交えつつ、マリューの元へ近づいて行った。

 

「ラミアスさん、ご無事でしたか」

 

ロイが、まるで天気の挨拶とも取れるような調子でマリューに話し掛けた。声を掛けられたマリューはロイの姿を認めると、少し驚いたような表情をした。

 

「フラガさん!?あなたは避難されたはずでは」

 

「ええ、俺も本来ならそうするつもりだったんですけどね、部下達と一緒に開発資料を持ち出す作業をしている内に避難用のポットが満員になりまして、こうしてまだここにいるわけです」

 

ロイはありもしない適当な話を平然とでっち上げてマリューの質問に答えた。

 

「それは災難でしたね。でも、ご無事で良かった」

 

「ところで、そちらの彼らは民間人ですか?」

 

ロイが5人の方を指して尋ねた。

 

「ええ、そうです。ですが、彼らは軍の最高機密であるストライクを見てしまったために私がこうして身柄を拘束しています」

 

「ということは、先程ジンを倒した時にあなたと一緒にストライクに乗っていた者も彼らの中に?」

 

「はい、そこのキラ・ヤマトと名乗る少年がそうです」

 

ロイはマリューが指した少年、キラ・ヤマトの方を見た。キラはロイをマリューと同じ地球連合の士官だと思ったのか、鋭い目付きでロイを睨み付けた。

 

「なんですか」

 

「そんなに警戒しないでくれ。俺は軍の人間じゃない。君らと同じ民間人だ」

 

「じゃあ何であんたはそこの連合の士官に拘束されないんだよ」

 

突然、キラとは別の少年が割って入ってきた。だが、ロイはそんなことに一々目くじらをたてるわけでもなく、その質問に淡々と答えた。

 

「あぁ、俺は民間人といっても、オーブのモルゲンレーテ社の人間でな。そこにある機体を連合と共同で開発してたんだ」

 

「オーブが!?オーブは中立の筈ですよね。なのに、どうして地球軍なんかと」

 

今度はメガネを掛けた少年が驚いた様子で尋ねた。

 

「さあな、末端の俺に聞かれても上の考えなんて知らん。文句があるなら行政府に直接抗議してくれ。ところで、キラ・ヤマト君だったかな。君に幾つか頼みたい事があるんだが、いいかな」

 

ロイは少年の質問に対して素っ気ない返事をした後、キラに向き直り、ストライクにストライカーパックの装着を手伝ってもらうように頼んだ。キラは友達の為といって案の定あっさりとロイの申し出を引き受けた。

 

数分後、ロイの部下達がコンテナを積んだ数台の大型トレーラーをストライクの元まで運転して来た。その中には、ロイが部下に頼んでいたストライカーパックを積んだものもあった。

 

ストライクに乗り込んだキラはマリューの指示を受けて、ランチャーストライカーを装備し始めた。

 

 

 

 

 

「それにしても、末端ですか。今回の連合との共同開発の件、裏で手を引いていたのもあなただというのに、本当によく言ったものですよ」

 

ルークが心底楽しそうに、換装作業に勤しむストライクを眺めるロイに話し掛けた。

 

「別に嘘は言ってない。俺は今こうしてわざわざヘリオポリスまで足を運んでいるんだからな。それに、共同開発の話もブルーコスモスの連中から大量の金と資源、人間を搾り取るには絶好のタイミングだったからな」

 

「まあ、彼らもザフトに負け続けで相当フラストレーションも溜まっていたでしょうからね。確かに今回のG兵器の技術提供はいいガス抜きになったでしょうね」

 

「あぁ、ザフト側にも予定通り情報を流すことも出来たし、更に戦火は拡大するだろうな。それに、キラ・ヤマトがまさかこんな所にいたとはな」

 

「彼の事を知っているのですか?」

 

「あぁ、少しな……ん?この感覚はラウと兄さんか。ルーク、ストライクの換装を急がせてくれ。ラウが来る」

 

ロイやラウ、ムウといったフラガ家の遺伝子を引き継いでいる者達は皆、特殊な直感力が備わっており、その力の影響で戦場などでお互いが近くにいると感覚的にその相手を認識することが出来るようになる。そして、今回もその特殊な直感力で彼らはお互いの存在を認識し合っていた。

 

ロイがルークに指示を出した後すぐにコロニーの中心にあたるシャフト部が爆発を起こし、その中からシグーとメビウス・ゼロが飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

コロニー内に侵入したクルーゼはシグーのコックピットからロイ達の姿を確認していた。

 

「どうやらロイの方はうまくジンを捕獲出来たようだな。それとあれが最後の一機か。現状のパイロットの技術を見ておくのも悪くはないか」

 

クルーゼはフットペダルを踏み込み、シグーのスラスターを吹かせて換装を終えたばかりのストライクへ直進していき、シールド裏面に設置されたバルカン砲を撃ち込んだ。しかし、間一髪でPS装甲を展開したストライクによって全て弾かれてしまった。

 

「ならば、これならどうだ」

 

クルーゼは次に右手に装備されているメインウェポンである重突撃機銃を撃ち込んだが、それすらも有効打にはならなかった。

 

「PS装甲……まさか強化APSV弾も効かんとはな。なるほど、素晴らしい防御性能だ」

 

クルーゼがそう言うと同時、突然コロニーの地表が爆発を起こし、港で爆発に巻き込まれたはずのアークエンジェルがほぼ無傷の状態でコロニー内部へと突入して来た。

 

「あれは例の新型艦か、まさかここまで侵入してくるとは。状況は不利だな。一度撤退すべきか」

 

クルーゼが、機銃を乱射してくるアークエンジェルの攻撃を避けながら牽制でアサルトライフルを撃ち込んでいると地表からストライクがシグーに向けてアグニを撃ち放った。

 

その攻撃にいち早く反応したクルーゼは赤色に発光するその強力なビームを余裕で躱したつもりでいたが、威力が彼の予想を遥かに上回っており、ビームが近くを通り過ぎただけで、右腕が武装もろとも融解してしまった。

 

「くっ、MS1機にあれ程の威力の武装を積んでいるとは」

 

クルーゼはシグーを反転させて再び背部の翼型をしたメインスラスターを吹かせ、ストライクがアグニを放ったことで空いたコロニーの穴から撤退して行った。

 

 

 

 

 

 

マリューは着艦したアークエンジェルにストライクを収納するのをキラに頼み、ロイ達を艦のハッチまで先導した。

 

マリュー達が艦に到着すると、アークエンジェルに搭乗していた少数のクルー達がマリューを出迎えた。

 

「ラミアス大尉、ご無事でしたか」

 

「バジルール少尉、あなたもよく無事で。それで、艦長はどちらに?」

 

「艦長は港の爆発で戦死されました。他の殆どのクルー達も同様に……」

 

ナタルが悔しそうに顔を顰める。

 

この事態を招いた根本の原因はロイにあるが、この場でその事を知っているのは現状でロイ本人と、その部下であるルークだけである。勿論、彼らはその事をこの場にいる者達に言うつもりもなければ全く詫びれる様子もない。

 

ロイ達はそんな無関係な態度でマリューとナタルの会話を聞き流していると、シグーとの戦闘でガンバレルを全て失ったメビウス・ゼロから降りてきたムウ・ラ・フラガが会話に入ってきた。

 

「へぇ、こいつは驚いたな。まさか子供がこいつの操縦をしていたとは」

 

彼はストライクから降りてきたキラを見ると、とても驚いているとは思えないような口調でそんなことを言いながら歩み寄って来た。

 

「地球軍、第7機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉だ。よろしく」

 

「第2宙域第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」

 

「同じく、ナタル・バジルール少尉であります」

 

連合の士官である3人がお互いに階級を名乗り合い、自己紹介をした。

 

「ところで、この艦の責任者は誰かな、乗艦許可をもらいたいんだが」

 

「艦長や、その他の主立った士官は皆、ザフトの奇襲により戦死されました。よって今は、ラミアス大尉がその任にあると思いますが」

 

「ほぼ全滅か。やれやれ、なんてこった。ともかく許可をくれよ、ラミアス大尉。俺の乗ってきた船も落とされちまってねぇ」

 

「あぁ、はい、許可致します」

 

ムウがマリューから乗艦の許可を得ると次に、キラの方に歩み寄り、彼がコーディネイターであることを問い立てた。その事で少し揉めはしたが、キラは中立であるヘリオポリスの民間人であることをマリューに説明されて、その問題はすぐに沈静化した。

 

「ところで、どうしてお前がここにいるんだ、ロイ」

 

丁度キラの話が纏まると、ムウは今まで傍観を貫いていたロイに話し掛けた。

 

「兄さん、俺の職業知ってるだろ?俺は、そこの機体の開発を上の連中に押し付けられてここにいるんだよ」

 

「はぁ……どうしてこう、面倒事が増えるのかねぇ。それにこいつの開発って、お前……性能のいい物を作るのは構わないが、作るんだったらナチュラルでも扱える物を作ってくれよ。俺はこいつのパイロット候補だった奴らのシミュレーションを結構見てきたが、奴らノロくさ動かすにも四苦八苦してたぞ」

 

「それはOSの問題だろ?俺達モルゲンレーテ社の担当はハードの方だよ。それに今はキラが自分用にOSを書き換えて動かせてるんだから問題ないだろ?」

 

「どうせお前の事だからこいつのOSも一から作り出せたんだろ?」

 

ムウは飽きれた態度でため息をついた。そして、2人の会話に全くついていけてなかった他の面々も再起動し始めた。

 

「えっ!?ロイさん、あなたはフラガ大尉の弟さんだったんですか?」

 

マリューが驚いた様子でロイに問い掛けた。

 

「ええ、そうですけど。フラガなんて名前は珍しいですから、既に気が付いているものと思っていましたが。ところでラミアスさん、あの回収したジンもこの船に積み込んでもいいでしょうか。修理すればまだ使えると思いますし、それに今は少しでも戦力が多い方がいいでしょう」

 

「……ええ、分かりました。許可します。ですが、一体誰が操縦するのですか」

 

「それは俺がやりますよ。ジンくらいなら操縦するのも訳ないですから」

 

「ということは、あなたもキラ君と同じ、コーディネイター……」

 

先程キラがコーディネイターであることが他のクルー達に知られた際、少し騒ぎになったことに負い目を感じているのか、マリューは遠慮がちにロイに尋ねた。

 

「いえ、俺は兄やあなた方と同じナチュラルですよ」

 

ロイは兄のムウと同じ、爽やかな笑顔でそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「肩の関節部分は全て取り替えてくれ。代わりにコンテナに積んであった強化キットを使って修理してくれ」

 

アークエンジェルへのジンと他の物資の搬入が完了すると、ロイやルーク、その他の数名の彼の部下たちは早速ジンの修理に取り掛かった。

 

しかし、連合の整備班はストライカーパックの積み込みやバッテリーへの電力供給、メビウス・ゼロのガンバレルの修理、弾の補充、推進剤の補給などやることが多すぎて、とてもジンの方に構っていられる様子はなかった。

 

それに、アークエンジェルにある修理キットではザフト製のMSとは規格が合わず、肩の関節部だけでも修理するのは難航すると思われていた。

 

だが、ロイ達はGAT-Xシリーズを開発しながら、この時のためにジン用の強化パックを製造していた。

 

その為、連合の整備班達は、ロイ達がジンに対応した部品を持ち合わせていたことに対して疑いの目を向けていたが、ロイがGAT-Xシリーズの開発に必要なジンのサンプルの予備が余っていたと説明すると、一応の理解は得られた。

 

ロイ達が暫く修理を続けていると、艦内に大きな振動が走り、第一次戦闘配備の警報が鳴り響いた。

 

「もう攻撃を仕掛けて来たか、ラウらしい思い切った判断だな」

 

「どうしますか主任。ジンの修理は既に終わっていますが」

 

ルークがジンの整備状況を報告しに、端末でジンの機体情報を眺めるロイの元まで駆けつけてきた。

 

「敵の数や装備は分かるか」

 

「はい、敵の数は4、その内の3機がD装備のジン、残りの1機がイージスです」

 

それを聞いたロイは顎に手を置き、少し考える素振りを見せた。

 

「D装備か……その程度の戦力でこの船が落ちるとは思えないが。それに両者がうまく暴れ回ってくれたらヘリオポリスは崩壊するかもしれない……。よし、それで行こう」

 

考えを纏めたロイはルークに指示を出した。

 

「ルーク、艦長には悪いが、まだジンの修理は終わっていないから出撃は無理だと伝えてくれ。この戦闘、うまくいけば俺たちにとって大きな利益になるかもしれない。そのためにも"モルゲンレーテの人間"としては今は出るべきではない」

 

「成る程、了解しました」

 

ルークはロイの言っていることの意味を理解したのか、まるで外道のような笑みをその顔に浮かべて、近くの艦橋に繋がっている通信端末がある場所へと走っていった。

 

そして、その考えを発案した本人であるロイもまた、その顔に薄っすらと黒い笑みを浮かべていた。

 

「お前達は次にメインバッテリーの取り替えに移ってくれ、それが出来次第、全てのスラスターの取り外しをしてから例の試作型のフレキシブルスラスターと補助スラスターを取り付けておいてくれ」

 

ロイは作業中の部下達に次の指示を出して、再び端末で機体状況の確認と、既存のOSを改造後のジンに対応させた新規のOSに書き換える作業に戻った。

 

 



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第3話 始動

「どうやら主任の思惑通り、ヘリオポリスは消滅したようですね」

 

ヘリオポリスはアークエンジェルやザフトのMSがビーム兵器やミサイルといった強力な火器を内部で乱射したため、コロニーの中心軸であるシャフト部にダメージが蓄積し、外壁を支えるための強度が保てなくなり、呆気なく崩壊してしまった。

 

戦闘中であったストライクはコロニー内部の空気が宇宙空間に漏れ出る際の気流によって、そのままコロニー外部へと放り出されたが、暫くすると推進部が故障した救命ポットを拾って帰還した。

 

「あぁ、そうだな。ルーク、プラントのシーゲル・クラインと通信を繋いでくれ」

 

本来、ザフトが開戦当初に地球に撃ち込んだNジャマーによって電波通信など、殆どの無線通信技術は封印されてしまっていたが、それは地球に限った話であり、ヘリオポリスの崩壊という形で戦闘が終了した現在は艦船に搭載されたNジャマー発生装置は起動していない為、通常通りに通信端末による長距離通信が可能となっていた。

 

通信が繋がるとルークが用意したタブレット端末の大きな画面にプラントの最高評議長であるシーゲル・クラインの顔が映し出された。

 

「お久しぶりです、シーゲル・クライン殿。今回私が何故あなたにこのような形でコンタクトをとっているかお分かりですか」

 

「いや、君から連絡してくる回数は中々に多いが、今回はなんの事かは知らんな」

 

「まあ、もうすぐそちらにも通達が行くとは思いますが、先に伝えさせて頂きます。単刀直入に言わせて頂くと、我々オーブが保有する資源衛星コロニー、ヘリオポリスがそちらのザフト軍によって強襲され、崩壊、消滅しました」

 

「ヘリオポリスが崩壊!?それは本当かね」

 

画面越しのシーゲルはいつもの穏やかな表情からは想像できない程の驚愕に染まった表情をしていた。

 

「ええ、事実です。しかし、幸いにもこの事は未だ我々オーブ本国には伝わっておりません。そこで提案なのですが今回の件、まだこちらで原因を有耶無耶にする事が可能ですが、いかがなさいますか」

 

ロイは口元を釣り上げ、挑戦的な笑みをシーゲルに向けた。

 

「待ってくれ、話が飛躍しすぎだ。そもそも、こちらの軍が動いた理由はなんだ」

 

「そこのところも順を追って説明しましょう」

 

そう言ってロイはシーゲルに事の顛末を表に出せる程度に事細かく説明していった。そして、大体の経緯を把握したシーゲルは次にロイに対して懐疑的な視線を向けた。

 

「ふむ、大体は理解した。しかし、君の話からすると、中立と言いながらも、連合とMSの共同開発などを行っていたそちらにも原因があると思うのだが、君はそこをどう考えているのかね」

 

「ええ、確かに我々は連合と共にMSの開発を進めていました。しかし、残念ながら我々オーブがヘリオポリス内でMSの開発を行っていたという物的証拠は全てコロニーごと宇宙のゴミとなり、それを証明する為の材料は全て失われてしまいました。唯一の手がかりとも言える5機のMSも装甲から駆動系、更にはOSにいたるまで全て連合製の物です。よって、我々がMSの開発に関与していたという形跡はどこにもありません。例えそれが我々のコロニー内部で行われていたと指摘されたとしても、こちらには幾らでも言い逃れする手段はあります。ですが、あなた方ザフトは違います。ヘリオポリスの港部や工場区にいた市民の多くは貴軍の象徴とも言えるMSのジンを多数目撃されています。このままではあなたの最高責任者としての土台が揺るぎかねませんよ」

 

「すこし横暴すぎやしないかね、ロイ君。そもそもジンが見られたのならば、そちらのMSも見られたのではないのかね」

 

「クライン殿のおっしゃる通り、5機のG兵器も多数の市民に目撃されたでしょう。しかし、先程も言った通り、あれらは我々の関与を認めるための証拠にはなり得ません。それに、もしあなた方が目撃者やその他の地球に住まう人々にヘリオポリスに侵攻した理由を懇切丁寧に説明したとしても、地球のブルーコスモスの思想に染まった人々は信じないでしょう。人という生き物は自らの信じたいものしか信じませんから。もう一つ付け加えるなら、たとえ此方にとって都合が悪い情報を蒔こうという者が目撃者から出たとしても今ならばまだ事故に見せかけて処分することも可能です。さて、そろそろ返事をお聞かせ下さい。あなたにはもうそれほど時間はありませんよ」

 

「……しかたがない、どうせ他に道はないのだから。わかった、今回の件も君に任せよう。それで、報酬はどれくらい払えばよいのだ」

 

「確かに受理いたしました。報酬の方ですが、ヘリオポリスの建造費と同額の金額を指定する複数の口座に支払っておいてください。それと、そちらが地球で確保したの重金属採掘場から産出される鉱物の一部横流しです。それにより発生する横領の件もこちらでもみ消しますので、ご安心を」

 

「まったく、前回もそうだが、君はちとぼったくりすぎやしないかね」

 

「前回というのは、あなたを議長に就任させるために行った工作のことですか。確かに私が要求する額は個人に対して払うにはいささか多すぎなくもないですが、我々は組織ですよ議長。組織運営に金が必要なことぐらいあなた自身よくわかってらっしゃるはずです。そもそも、あなたは一文も金を払っていないではありませんか。あれらは全てプラント市民の血税でしょうに」

 

「確かに君の言う通りだな。いや、すまなかったね。君には感謝しているんだよ。まあ、これからもよろしく頼むよ」

 

シーゲルはロイに礼を言い、通信を切った。そして再びタブレットの画面が黒へと移り変わった。

 

「ルーク、本国にヘリオポリスが崩壊したことを報告しておいてくれ。理由はテロリストがザフトから奪ったジンを使ってコロニー内で暴れたからとでもしておいてくれ。俺の名義で報告すれば国も納得するだろう。それと、市民を騙すための加工映像も頼む」

 

「了解です」

 

ルークは、もの言わなくなった通信用タブレットを片付けながら返事をした。そして、ルークはふと思い出したかのようにロイに質問した。

 

「そういえば主任、あのジンの武装にあるバッテリーパック式のビームライフルに関して少し気になることがあるのですが。何故組み立てもせずに放置しているのですか?」

 

「ああ、あれか。本来ならば組み立てても問題は無いが、これからこの船が向かう先が少し面倒でな」

 

「向かう先ですか……。確かこの宙域でこの船が向かうべきは月ですよね。ですが、今この船はクルーゼ隊に追いかけられていますから、月に到着する前に落される危険性がかなり高くなりますね。そうなると、残された選択肢はアルテミス一択になるという訳ですね。……ふむ、そういうことですか」

 

ルークはアークエンジェルの行き先がアルテミスであると予測するとすべてを理解した。

 

宇宙要塞アルテミスは光波防御体、通称アルテミスの傘の防衛能力や、それ程重要な拠点ではないという理由から、今までザフトに落されることのなかった不沈要塞という信頼がある。

 

確かに、追われの身のアークエンジェルとしてはこれほどまでに都合の良い拠点はないだろう。しかし、組織の悪癖である内輪揉めが原因でマリューやムウは入港を躊躇っていた。

 

その内輪揉めというのも、地球連合軍は元々多数の国家群から成り立っている組織であるため、結束力がそれ程強くない。

 

その証拠にアークエンジェルやG兵器の開発はユーラシア連邦には内密で大西洋連邦とオーブが結託して行っていた。

 

これらの理由があり、未だIFFにも登録されていないアークエンジェルをアルテミスに入港させた場合、その情報を狙ってユーラシア側がアークエンジェルのクルーを拘束するだろうことは確実だった。

 

そして、そのついでとばかりにロイ達が改修したジンも押収されることも目に見えていた。しかし、ジンにはロイが完全に新規のOSを書き上げ、外部からの侵入に対するロックも万全の為、情報を抜き取られる心配は無いが、先程ルークが言っていたビームライフルは別である。

 

小型化されたビームライフルは今のところどの勢力にとっても喉から手が出る程欲しいものの一つでもあり、いくらビームライフルに堅牢なロックを掛けようとも、それが回収され分析された場合、時間さえあれば必ず突破される。

 

しかし、ロイが恐れているのは情報の漏洩ではなく、単に押収された物が二度と返却されることがなくなるということである。仮に押収でもされようものなら、ロイはビーム兵器を一切使わずにこれからの戦況を潜り抜けなければいけなくなる。ロイであれば、それは不可能ではないが難易度が跳ね上がるであろうことは誰にでも想像できることである。

 

故に彼はアルテミスに入港するまでに再び戦闘が行われることを知りながら、未だビーム兵器を組み立てようとしないのである。

 

「別にビームライフルが無くてもGAT-Xシリーズ程度なら倒せるさ。なんせ、あれらの弱点は造った俺達が一番知っているんだから」

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

ジンの調整もすべて終わり、ロイ達が一息ついたところで艦内の警報が鳴り、第一次戦闘配備が言い渡された。連合の整備士達が慌ただしくし始めてすぐにマリューから通信が入った。

 

「ロイさん、ジンの調整は終わりましたか?」

 

かなり緊張した様子の彼女は、よほど状況が悪いのか、まるでそうであってくれと祈るようにロイに問い掛けた。

 

「ええ、終わってますよ。武装を装備すればいつでも出れます」

 

「そうですか、でしたらあなたもパイロットスーツに着替えてコックピットで待機していてください」

 

「了解です」

 

ロイが通信を切ると、ルークがロイのパイロットスーツを手にして現れた。

 

「OSの起動と武装の装着は私がやっておくので、先にこれに着替えて来てください」

 

「ああ、ありがとう。頼む」

 

ロイは手渡されたパイロットスーツを持ち、駆け足でその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

暫くしてロイがオーブ製の黒い専用パイロットスーツを着込んで再び格納庫に戻ってくると、メビウス・ゼロの近くにいたムウがロイの存在に気が付き近づいて来た。

 

「ロイ、MSに乗るだとか言ってたがお前本当に乗りこなせるのか?」

 

「ああ、一応試作機だけど、地球にいた時もかなりの時間MSは乗り回してたから大丈夫だよ兄さん」

 

「それじゃあ、対MS戦闘の経験はあるのか?」

 

「いや、無いよ。けど、実戦は一番の訓練ってよく言うだろ?」

 

「それは、ある程度経験のある奴に対しての言葉だろ」

 

ロイは飽きれた様子のムウの言葉に返事をしながらストライクのコックピットで整備長のマードックと言葉を交わしているキラを見た。

 

「まあ、あのキラにも出来たんだ。同じ人間の俺に出来ない筈はないさ」

 

「はぁ、お前なぁ……」

 

「それで、状況は?」

 

「今この船がアルテミスに向かっていることはお前も知ってるよな。残念ながらクルーゼの奴にそれが読まれてナスカ級に先回りされてる。結果的に後ろにいるローラシア級との挟み撃ち状態に陥ったというわけだ。一応作戦では俺がメビウスの慣性航行で先行してナスカ級に強襲を掛ける。そして動けなくなったナスカ級をこの船の砲撃で落として全速力でアルテミスに逃げ込むって算段だ。その間お前とあの坊主にはこの船の護衛に着いてもらう。何か質問はあるか?」

 

「いや、特に無いよ」

 

「よし、なら頼んだぞ。それと、絶対に死ぬんじゃ無いぞ」

 

「それこそお互い様だよ」

 

笑顔で言葉を交わした二人はそのままコックピットへと移動して行った。

 

 

 

 

 

 

 

「主任、ジンの武装はバズーカ砲とアサルトライフルで良かったんですよね」

 

「ああ。確かバズーカの弾数は5発だったな」

 

ロイはジンのコックピット内で最終チェックを行いながらルークに尋ねた。

 

「ええ、ですが主任にとっては5発もあれば十分でしょう」

 

今回、ジンにビーム兵器は積まないため自ずと実弾兵装のみとなる。それ故、ジンの総重量は若干重くなってしまうが、それを加味した上でも、このジンに搭載された新しいスラスター系統が破格の性能の為、そこまで戦闘には影響しない。

 

その新しいスラスターの概要だが、彼らがしたことは単にスラスターの内部構造やノズル部分をすべてフェイズシフト展開可能な特殊な金属で作り上げただけに過ぎない。だが、それによりスラスター内部の耐熱性や推進剤の莫大な膨張力に耐え得る堅牢さが飛躍的に向上したことに比例してスラスターの出力も、従来の物よりも圧倒的に増加した。

 

そもそも、スラスターというのはジェットエンジンと同じ仕組みで、取り込んだ空気や推進剤を加熱し膨張させて、それを運動エネルギーに転用して飛行するというものだ。言ってみれば、熱とそれに耐えられる容器さえ強化すればスラスターの性能はどこまでも上がる。

 

そして、その問題の推進剤に与える熱量はと言うと、ジンにはGAT-Xシリーズと同じバッテリーを使用している上、PS装甲自体、スラスター内部にしか使用していない為、電力の殆どをスラスター内部の加熱に回すことができたことで、エールストライカーのスラスター内部よりも高温なものとなっている。

 

この、スラスターの推進力だけで機体を無理矢理飛ばすという航空力学を完全に無視した脳筋な発想によって、この改修型ジンの大気圏外での最高速度と最大加速度は現行のMSすべてを凌駕していた。

 

 

 

 

 

 

ロイがコックピットハッチを閉めたあと暫くしてから格納庫の減圧が始まり、メビウス・ゼロ、ストライク、ジンの順番でカタパルトデッキへとハンガーごと移動させられていき、それぞれが順次発進して行った。

 

ストライクがエールストライカーを装備してカタパルトから射出された後、ジンの番が回って来た。

 

「そういえば宇宙でのMS操作は初めてだったな、俺。まあ、地球よりも簡単だろうからどうにでもなるか」

 

どう考えてもMSの操縦を嘗めた発言をするロイにブリッジから通信が入った。

 

「ロイさん、今回からMS兼MAのオペレーターを担当します、ミリアリア・ハウです。よろしくお願いします」

 

「ああ、こちらこそよろしく」

 

「作戦の内容は把握してますか?」

 

「大丈夫だ」

 

「了解しました。それではジン、発進してください。ご武運を」

 

「了解。ロイ・ネ・フラガ、ジン、出るぞ」

 

ロイがジンを屈伸させると、カタパルトが勢いよく滑り出し、機体を暗く、広い宇宙空間に放り出した。

 

ロイが一気にフットペダルを踏み込むと、ウィングスラスターがそれに応えるかのように一拍の加熱を経て、推進剤独特の青白い光を最大限まで撒き散らしながら機体を爆発的な加速をもって推し進め出した。

 

ロイは体に掛かる強烈なGを感じながら機体を縦横無尽に動かし、宇宙という広大な空間にその鋭い感覚を適応させていくのだった。



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第4話 性能の違い

「やはり、量産機の域はでない、か……」

 

ジンのコックピット内でロイがひとりごちた。

 

彼が搭乗しているジンの性能は確かに改修によって上がってはいたが、それはスラスター出力の向上と各関節部の強度、耐久性の向上、そして駆動範囲の拡大だけに限定された話だった。そのため、索敵機能や機体の追従性などといった目に見えない部分の性能は通常のジンとはなんの違いもない。それは、些細なことのように思えるかもしれないが、戦場という極限状況に於いては致命的なディスアドバンテージになり得る。

 

ロイが概ね機体の慣らしを終えた頃に少し離れた位置で待機していたストライクから通信が入った。

 

「ロイさん、敵機を捕捉しました。前方に1機、後方から3機来ます!」

 

キラは未だMS戦には慣れていないのか、少し焦りを含んだ声色でロイに通信を入れた。

 

「ストライクが敵を捉えたということは、向こうも既に此方の動きを掴んでるか。了解した。キラ、前方の1機を任せられるか?」

 

「ええ、大丈夫ですけど。ロイさん、もしかしてその機体で3機も相手にするんですか!?そんなのは無茶だ!後ろの3機は僕が相手をしますからロイさんは前の敵を叩いて下さい」

 

「そう心配するな。これでもMSの操縦には自信がある。それに高速で動き回るMS同士の戦いっていうのは、相手が1機だろうと複数だろうとそれ程差はない。兎に角、今は前方の敵を倒すことに集中してくれ」

 

そう言うや否や、ロイは機体を反転させて再びフットペダルを踏み込み、機体を敵のいるであろうアークエンジェルの後方へと進ませた。ただ、そのスピードはあくまでも、通常のジンと同じスピードを維持してではあるが。

 

彼のジンは確かに速いが、わざわざ最初からそれを敵に知らしめる必要もない。それに、いくら機体が速かろうが単調な動きでは簡単にFCSに動きを予測されて撃墜される。MS同士の戦闘ではトップスピードよりも、寧ろ加速度の大きさの方が重視される。その点で言えば、未だ改修型ジンの最大速度を知らない敵に不意打ちを与えられるチャンスであると共に機体面での不安が残るロイが現在持つ数少ない手札の一つでもある。

 

「敵は丁度4機、早速すべてのGを投入してくるとは、データさえ抜き取れば用済みの捨て駒というわけか。本当にラウらしい戦術だ」

 

ジンは未だ3機の機影を捉えてはいないが、相手は既にジンをロックオンしていた為、一方的に緑色に発光するビームがジンに向けて発砲された。

 

ロイはその光を目視してから回避運動をとったが、かなり機体のすれすれをビームが通過した。

 

「ふむ、どうしてもペダルやレバーを操作してからでは機体に反映されるまでにワンテンポの空白が出来るか。仕方がない、こちらもある程度その気にならなければ落とされるな」

 

再び幾条ものビームが機体を貫かんとする勢いで襲いかかってくるが、先ほどとは違い、今度はかなり余裕のある動きでジンはそれらすべてを躱していく。

 

敵が撃つ前に避ければ良い。

 

ロイがやっているのは丁度これにあたる。G兵器に性能で圧倒的に劣るジンがまともに戦うには彼が持つ直感が必要となる。その直感をもってして彼は未来予知の域に至る程の回避技能を行使することが出来るようになる。

 

 

ジンがビームを躱しながら敵へと接近していくと、ようやく敵機を捕捉したジンのコックピット内に機体の情報が表示された。それを確認したロイはジンの右手に握られたアサルトライフルをブリッツに向けて数発発砲した。

 

「来て早々で悪いが、君らにはとっとと帰ってもらおうか」

 

ロイはモニターに映る3機のガンダムに皮肉な笑みを向けた。

 

 

 

 

 

「おいおい、あの機体は確かミゲルが乗っていたジンだよな。やつら鹵獲した挙句、実戦にまで投入してくるのかよ」

 

バスターに搭乗しているディアッカが、イザークとニコルに無線を通じて話しかけた。

 

「くそっ、ナチュラル共め!ミゲルの機体を勝手に乗り回しやがって!!」

 

デュエルのコックピット内でイザークがロイの搭乗しているジンに向かって悪態をついた。その顔は完全に怒りに染まっており、彼がミゲルをかなり慕っていたことがうかがえた。

 

「イザーク、落ち着いてください。僕達の目的は、足付きとストライクの撃破です。あのジンはその対象に入ってはいませんから、余裕があれば無力化した後に鹵獲しましょう」

 

ブリッツから通信を送るニコルは我を失いかけているイザークを宥めながらも、作戦内容には無かったイレギュラーであるジンの処理の為に考えを巡らせていた。だが、今彼らが乗っている機体は連合が開発したとはいえ、現行のザフトの量産機よりも性能は圧倒的に上であると、彼ら自身理解していたため、ジンの排除など造作もないと考えていた。それに、その機体が3機もいれば尚更である。

 

確かに普通のジンに普通のナチュラルが乗っていたのならば、彼らの予想した通りの結果になっていたのだろうが、残念ながら、彼ら3人が相手をするのは普通ではないジンに乗る普通ではないナチュラルであった。

 

そんな彼らに油断するなと言うほうが難しいことは自明であろう。

 

「ディアッカ、ニコル、俺はあいつをやる。お前達は足付きを片付けろ!」

 

「イザーク、お前いつから俺たちに命令できる立場になったんだよ」

 

ディアッカが冗談めかしてイザークに問いかけても返ってくるのは半分罵声の高圧的な命令だけだった。

 

「いいから行け!俺はあいつを沈めなければ気が済まない!」

 

「わかったよ。それだけ大口叩くんだったら絶対に落とされるなよ。行くぞ、ニコル」

 

「了解です」

 

イザークの指示に従い、バスターとブリッツは散開し、ビームライフルによる牽制を行いながらジンを素通りしようとしたが、勿論のこと、ジンがその行く手を阻むべく、アサルトライフルをブリッツに向けて発砲してきた。

 

撃たれブリッツは攻撃されることを始めから視野に入れており、余裕のある動きでアサルトライフルの弾を回避していく。

 

「やはり、ただでは通してくれませんか。ディアッカ、先に行っててください。僕はイザークの援護が始まり次第、離脱してそちらに向かいます」

 

「了解した」

 

ディアッカは気を取り直して、再びフットペダルを踏み込もうとするが、今度はブリッツではなく、バスターに向けてジンのアサルトライフルの弾丸が飛来した。ディアッカもジンからの攻撃は想定内だった為、機体をそらすことで簡単にそれらを躱していった。

 

「おいおい、こいつもしかして俺たち3人とやり合うつもりか?ナチュラルってのは単純な戦力差もわからないほど馬鹿なのか?」

 

ディアッカはそう言いながらも現在いる戦線から離脱しようと試みるがロイの搭乗するジンはそれを許さなかった。

 

バスターが大型ビームライフルで牽制をしつつ距離を取ろうとするが、ジンはそれらの攻撃を機体のバレルロールを駆使して難なく躱し、そしてロイがフットペダルを更に踏み込んだことで生み出された強烈な加速によって、むしろどんどん距離を詰めてきていた。

 

「おい、なんだよこのジン!明らかにスピードがおかしいだろ!」

 

ようやくジンのスピードが通常のジンよりも速いことに気が付いたディアッカは若干の焦りを含んだ声で通信を再開した。

 

「イザーク、気を付けろ!こいつは改造機だ。普通とは速さが段違いだ!」

 

「そんなことは見ていればわかる!お前は速く離脱しろ!」

 

「俺もそのつもりだが、中々引き離せない。クソッ!」

 

そんな通信をしている間にジンとバスターの距離は目と鼻の先まで近づいていた。

 

イザークは流石にジンの異常性を理解したのか、今までのような怒りはおさまり、ジンの恐ろしいほどのスピードと回避能力を見せつけられて、寧ろ少しではあるが危機感を抱た。そして、デュエルの右手に握られたビームライフルを驚異的な機動性で動き回るジンに向けて数発放った。が、そんな単調な攻撃は最初から予測していたとでも言わんばかりに、射撃した瞬間には既に回避行動に入られており、全く命中する気配が無かった。

 

「……なんだ、今のは」

 

イザークは一言、そう呟いた。

 

まるで、たった今バスターに襲い掛かろうとしているジンが戦場の全てを第三者目線から俯瞰しているのではないかとすら思える程の認識範囲の広さとその反応速度を今の一瞬のうちに見せつけられたかのような感覚。

 

イザーク達はPS装甲によって実弾による攻撃は一切受け付けず、それでいてビームライフルという、ジン程度なら一撃で葬り去れる程の威力を持つ武器を装備したMSに搭乗しており、本来ならば一方的な戦闘で終わるはずだったMSどうしの戦いで、何故か圧倒的な差を見せつけられているような錯覚を覚えた。

 

だがそれは錯覚などではなく、現実として彼らに迫ってきていた。

 

「ぐあああっ!!」

 

ディアッカのくぐもったような叫びによって、イザークは我を取り戻した。彼は直ぐにモニター越しにバスターを見やると、ジンが突進の勢いを利用してバスターに膝蹴りを入れている様子が見えた。

 

バスターは蹴りの勢いを殺せず、吹き飛んで行いくかのように思えたが、ジンがそれを許さず、追い打ちをかけ始めた。

 

ジンはその左手に構えたバズーカ砲を至近距離からバスターの頭部に向けて2発連続で撃ちこんだ後すぐに、アサルトライフルを再び頭部に向けて乱射し始めた。バスターはバズーカ砲の攻撃によって、若干融解して強度が弱まってしまったメインカメラに至近距離からアサルトライフルの弾丸を十数発も受けてしまったために、"目"をやられてしまい、この機体の十八番とも言える遠距離からの射撃が難しくなってしまった。

 

ディアッカはコックピット付近の胸部装甲に蹴りを入れられた衝撃で、反撃に移ることができず、イザークもまた、ジンの動きに反応するのに遅れてしまい、うまくライフルで捉えられないでいた。

 

「ディアッカ!」

 

そこに、ジンの後方からミラージュコロイドを展開し、慣性航行で接近していたブリッツが比較的近距離からビームライフルをジンに向けて発射した。しかし、その奇襲すらもジンは予測していたかのように、一時的に行動不能に陥っていたバスターを踏み台にして回避した。踏み台にされたバスターは今度こそ吹き飛んで行き、ジンとの距離を離していった。

 

「クッ、今の攻撃は当たると思ったのに」

 

攻撃が外れた悔しさで、顔を顰めたニコルはジンからの攻撃で異常がないかをディアッカに問いかけた。

 

「ディアッカ、大丈夫ですか?機体にも異常はありませんか?」

 

「ああ、すまない。蹴りを食らった時に気を失いかけたが大丈夫だ。だが、機体は別だ。メインカメラとセンサー系がいかれちまってる。どうやらあいつはこれを狙ってやがったみたいだ。おかげで射撃はおろか、敵機のロックオンまで精度がかなり落ちた。それにエネルギー残量もあと半分ほどだ」

 

 

ディアッカは痛む頭をヘルメット越しに押さえながら応答した。

 

たとえ5機のGがPS装甲によって実体弾を弾くといっても、それは装甲部分に限られた話である。実際にロイが狙ったメインカメラにはPS装甲は施されていないし、することも現実的に不可能である。その他にも、関節部分やスラスターのノズルなどにはPS装甲は採用されておらず、そこを狙えば実弾兵装しか積んでいないMSでもGを落とすまではいかずとも、行動不能にすることは可能である。

 

「では一旦ガモフへ撤退してください。あのジンは危険だ。クッ!」

 

ニコルがディアッカに指示を出すのと同時にジンのアサルトライフルによる掃射が再開した。

 

 

 

 

 

 

 

ロイは再びフットペダルを全力で踏み込み、ブリッツに急接近していく。

 

「現状最も危険度の高いバスターはほぼ戦闘不能。あとは実質、ビームライフルとサーベルしか持たない機体だけ。なんとか突破できそうだな」

 

ロイは笑みを浮かべながら、ビームライフルを必死に撃ってくるデュエルとブリッツを見遣った。

 

「さて、仕上げといくか」

 

ジンは乗り手の気持ちに同調するかのように、メインスラスターであるウィング部からプラズマ化して発光する青白い推進剤を放出し、迫り来るビームの弾幕を全て躱しながら2機のガンダムに向けて突っ込んでいった。




この作品に関しましては既に最終話まで話自体は考え終わってはいるのですが、どうも文章に起こそうとすると億劫になってしまいます。書いていくうちに、私が一番書きたいところまで辿り着くのに掛かる時間を考えると手が止まってしまいます。

どうにかならないものですかねぇ……。


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第5話 強者

「くそっ!どうして当たらない!!」

 

イザークは焦っていた。

 

ビームの雨を無駄の無い動きで潜り抜けて接近してくるジンを見て、彼の中の苛立ちが更に大きくなりはじめていた。

 

火器管制システムがジンを捉え、ロックオンする。その瞬間に撃つ。

 

外れ

 

 

ジンが避けるであろう方向に向けて予測射撃する。

 

外れ

 

 

ならば何発も連続で撃ち込んで面制圧を……。

 

外れ

 

 

「なんなんだよあいつは!」

 

まるで、自分が撃つ場所を知っているかのように避けていくジンに歯噛みした。予測射撃をすれば機体の進行方向をずらして避けられ、ロックオンしてトリガーを引いた瞬間には既に回避行動に入られている。だからと言って撃たなければ避けない。

 

 

そうこうしている内に距離を詰められたイザークは一旦撃つのを止めて、ライフルを腰にマウントし、ビームサーベルを抜き放った。

 

「こうなったら近接戦で方をつける!」

 

そんなイザークの闘志に応えるかのように、ジンもまた、デュエルに突進を掛けてきた。

 

「俺にはバスターと同じ戦法は通用しない。ナチュラルめ、それは悪手だ!」

 

イザークは尚も接近してくるジンを見て嗤った。彼は、ジンが先程バスターに仕掛けたのと同じ突進を仕掛けてくるものだと信じて疑わなかった。所詮はナチュラル、その程度の能しかないのだと、あまりにもナチュラルを見下し過ぎた。それ故、今構えているビームサーベルで、攻撃範囲に入った瞬間に斬りかかれば勝てるという安直な答えに至った。

 

だが、ロイを含め、普通のナチュラルですらそんな見え透いた攻撃を再び仕掛けるはずもない。それに、ビームサーベルを構えた相手に、なんの策も無しに突っ込むことなど、それこそあり得ない。

 

イザークはジンがビームサーベルの攻撃範囲内に入った瞬間にジンのコックピットを狙って胴体部へと斬りかかった。しかし、その刹那の間にジンは急激な軌道変更によってデュエルの横をすり抜けていった。

 

「なにっ!」

 

そして、デュエルが振り抜いたビームサーベルの軌道上にはジンが置き土産とばかりにパージしていったバズーカが残されていた。ビームサーベルはバズーカの丁度弾倉部分を切り裂いてしまい、熱により引火した砲弾の弾頭部や推進剤が詰まっていたロケット部分が大爆発を起こし、デュエルとジンをその爆炎で包み込んだ。

 

 

 

「イザークッ!!」

 

デュエルの援護に向かおうとしていたニコルは広がる爆炎によってデュエルとジンの姿を捉えることができずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

「今の爆発でこちらも少しダメージが入ったが、駆動系には何も問題は無いな」

 

ロイは、爆炎に包まれたことによってデュエルの機影をロストしたジンのコックピット内で、機体の状態を確認していた。

 

ジンはデュエルと共に爆炎に呑み込まれたとはいえ、デュエルと比べて、爆心地点からは離れていた為、機体へのダメージは比較的軽微だった。

 

「さて、この煙が晴れる前に、もう一発攻撃をおみまいしてやるか」

 

確認作業を終えたロイはすぐに気をとりなおし、爆炎の中のデュエルの動きを予想しながら周りが一面赤色の中、機体を進め始めた。

 

ロイは持ち前の勘のお陰もあり、デュエルの背後を取ることに成功した。その一方でデュエルは爆散し燃え盛る固形燃料や液体燃料の炎に包まれ、未だジンの機影をロストしており、一度態勢を立て直すために、尚も薄れる様子の無い爆炎の中からの離脱を試みようとしていた。しかし、

 

「背中がガラ空きだぞ、コーディネイター」

 

ロイが、そう呟きながらアサルトライフルを背後から、デュエルの腰にマウントされてあるビームライフルに撃ち込んだ。

 

その瞬間、再びデュエルに爆炎が襲い掛かった。

 

デュエルのビームライフルには剥き出しになった1発のグレネードランチャーが装填されていた為、ジンのアサルトライフルの弾丸がそこに命中し引火したことで、エネルギーの塊であるビームライフルに中規模の爆発を起こさせたのである。

 

爆散したビームライフルの破片と熱は、機体のPS装甲に負荷を掛け、電力を大きく消費させた。そして、運もまたロイに味方したのか、破片の一部がスラスター内部を傷付け、ブースターに稼働不良を起こさせた。

 

「くそっ、後ろか!!」

 

耳障りなアラームが鳴り響くコックピット内でイザークは混乱していた。

 

何故こうも上手くいかないのか。カモを狩りに来たつもりが、逆にこちらが蹂躙されかけている。それも、ナチュラルが乗る量産機にだ。

 

敵がナチュラルであるということが更に、プライドの高いイザークの怒りに油を撒いた。

 

「くそがぁぁぁ!!」

 

イザークは機体を反転させ、目視で捉えたジンにビームサーベルで斬りかかろうとするが、先程起きたスラスターの動作不良により、思うように前に進むことができなかった。

 

そこに、バズーカの代わりに実体剣を装備したジンが再びスラスターを吹かせ、デュエルの懐に入り込んできた。イザークは接近してくるジンを斬り伏せようとするが、やはりジンには届かなかった。

 

ジンは振り抜かれたビームサーベルをその場で回転することで避け、回転の遠心力をそのまま左腕に装備されている実体剣に乗せ、デュエルのコックピット付近である横腹に叩きつけた。

 

重厚な金属の塊である剣による攻撃を受けたデュエルは姿勢を崩され、慣性の法則に従い飛ばされて行った。そして、ビームライルフを撃ちすぎたことや、2度の爆発を受けたこと、さらには決め手の実体剣による攻撃によって、デュエルのバッテリーは限界を迎えた。

 

青と白のツートンカラーからメタリックグレーの無機質な物言わなくなった機体の中でイザークは気絶していた。いくらPS装甲が機体を保護するといっても、衝撃までは殺してはくれない。したがって、実体剣によるあまりにも重い衝撃を受けた彼は意識を手放してしまった。

 

「イザークッ!!しっかりしてください、イザーク!!!」

 

ニコルはイザークの名前を何度も呼びながら、完全に無防備となってしまったデュエルを庇うために、当たらないことを承知でジンに向けてビームライフルを乱射しながら、デュエルのもとへ向けてスラスターを全開にした。

 

その甲斐あってか、ジンは狙いをデュエルからブリッツに変え、ビームを躱しながらアサルトライフルを撃ち返し始めた。

 

「アスランッ、聞こえますか!?」

 

ニコルは牽制を続けながらデュエルに近付き、アスランに通信を入れた。ニコルの通信に即座に応答したアスランは、キラが駆るストライクと交戦しつつもニコルのただならない様子をモニター越しに悟った。

 

「どうした、何があった!?」

 

「イザークとディアッカがやられました。ディアッカは先に戦線を離脱しましたが、イザークは意識を失っていて、エネルギーも底をついてしまい、完全に丸腰の状態です」

 

「イザークとディアッカが!?お前は大丈夫なのかニコル」

 

「ええ、僕は大丈夫です。ただ、僕もあまり余裕がありません。作戦は失敗です。僕はイザークをガモフまでなんとか連れて行きますから、アスランも離脱してください」

 

「そちらの撤退の援護には向かわなくても大丈夫なのか?」

 

「それくらいなら、なんとかしてみます」

 

「了解した、俺もここから今すぐ離脱してガモフに向かう」

 

アスランとニコルがお互いに情報を交換し合い、撤退し始めようとした時、デュエルを含めた3機のガンダムに、母艦であるヴェサリウスのメインスラスターが大破し、今すぐにこの戦線から離脱することが伝えられ、全機に撤退命令が下された。

 

「ヴェサリウスが被弾した!?」

 

ニコルは驚きと共に今回、自軍が敗北を喫したことを悟った。

 

ミッションの失敗による悔しさと、謎の改造型ジンに手も足も出なかったことの情けなさから、彼は顔を顰め、歯を噛み締めた。

 

「だけど、なんとかガモフまでイザークを守り切らないと」

 

ブリッツは相変わらず動く気配のないデュエルの腕を掴み、残り少ないバッテリーを気にしつつ、ビームライフルをジンに向けて撃ちながら後退していった。

 

「追撃はしてこないのか……」

 

ニコルは、攻撃を加えてこないジンを確認して張り詰めていた緊張から解放され、一つ溜息を吐いた。

 

「よかった、なんとか全員無事に帰れそうだ」

 

そう言う彼の顔は、酷く疲労を含むものだった。

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「与えられた子供は、与えた親を満足させる為に、目の前で愉快に戯れてみせる」

 

アークエンジェルのローエングリンによって推進機が損傷し、戦線から一時撤退を余儀無くされたヴェサリウスの艦橋で、ラウ・ル・クルーゼが呟いた。

 

「何です、それは?」

 

そんなクルーゼの意味深な発言が気になったのか、艦長のアデスがクルーゼに問うた。

 

「なに、今回の我々は健気な子供役だったということだ」

 

「はあ……」

 

アデスはクルーゼの曖昧な返事を聞いて、明確な答えを得ることは不可能だと悟り、話題を先の戦闘のことに移した。

 

「それにしても、アスラン以外の3人が鹵獲されたジンによって返り討ちに会うとは意外ですね。そもそも地球連合にMSをまともに操縦できる者がいたことに驚きです」

 

「確かにナチュラルはコーディネイターよりも劣ってはいるが、すべてがそれに該当するという訳でもない。中には突然変異体のように、コーディネイターよりも優れたナチュラルが出現することもある。実際、コーディネイターを最初に創り出した天才も、自然より産み落とされたナチュラルなのだからな」

 

「自らが創り上げた被造物の力を妬み、やがて手を噛まれた造物主。皮肉なものですな」

 

アデスは最後にそう呟くと、再び艦の指揮へと意識を集中させた。その為、クルーゼが微かに笑みを浮かべていることには、終ぞ気が付かなかった。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、主任」

 

作戦が終了し、アークエンジェルの格納庫へと帰投したロイはルークから水が入ったボトルを手渡された。

 

「ああ、ありがとう」

 

それを受け取った彼はストローで水を吸い上げ、少し口に含んだ。

 

「それにしても、量産機のジンでGを3機も相手取るとは流石ですね。あのジンは確かにスピード面は強化されて速くはなりましたが、あれ程の操縦技術を持つ人間はコーディネイターにもそうはいませんよ」

 

「お前にもできるんじゃないのか?」

 

「確かにそれなりの機体、例えばあのストライクにでも乗れば出来なくもないとは思いますが、追従性や操作性の自由度で圧倒的に劣るあのジンでは流石に無理ですよ」

 

ルークは整備班の人員達がジン、ストライクの周りで作業している様子を見ながら若干呆れの色を伺わせた。

 

「まあ、何はともあれだ。ジンの整備が終わり次第、起動プログラムのロックやその他の機密保持の工作に取り掛かってくれ」

 

「了解です」

 

「それと、今回の戦闘で得られたそれぞれのG兵器の戦闘データを解析しておいてくれ。ジンのカメラで追っただけの情報しか無いとは思うが、それぞれのカタログスペックとの誤差を基にデータを再計算すれば正確な情報が得られるはずだ」

 

「ええ、お任せください」

 

それだけ言葉を交わすと、ロイはヘルメットを小脇に抱え、格納庫の出口へと歩みを進めた。

 

そこへ、同じく格納庫の出口に向かっていたムウがロイの存在に気付き、話しかけてきた。

 

「ロイ、聞いたぞ。お前、あの3機を撃退したらしいな。我ながら、お前が本当に俺の弟なのか疑いたくなるぜ」

 

そう言うムウの顔はとても嬉しそうに綻んでおり、まさに弟の活躍を聞いて喜ぶ兄のそれだった。

 

「ああ、兄さんも無事で良かったよ。正直、キラを含めて出撃した俺たち3人の中で一番死ぬ確率が高かったのは兄さんだったから心配してたよ」

 

ロイは皮肉めいた笑みを浮かべながら、冗談を零した。

 

「おいおい、言ってくれるじゃねえか。ちょっと活躍したからって調子に乗ってると真っ先に死んじまうぞ」

 

そんなロイの挑発を歯牙にもかけず、ムウもまた軽い冗談で返した。

 

「……俺にはまだ、この世界で為すべきことがある。それを達成するまでは死なないし、死ぬつもりもない」

 

そんな2人が並んで歩いて行く様は、まさに理想の兄弟像と言えるものだった。

 




久しぶりにseedを見直して思ったこと

回を追うごとにイザークがボキャ貧になっていき、段々と戦闘中に発するセリフの種類が「くそ」に統一されていく……。

ただ、seed destinyでは、その役目をシンが引き継いだ模様。


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第6話 傘は破れて

光波防御体、それは実体弾、ビーム、レーザー等の如何なる攻撃も通さない鉄壁の壁。

 

そんな無敵とも思えるような防御設備に覆われた宇宙要塞アルテミスに、クルーゼ隊からの追跡を巻いたアークエンジェルが入港していた。

 

だが、アークエンジェルとアルテミスは同じ地球連合といえども、それぞれの所属が大西洋連邦、ユーラシア連邦という違いがある。それ故、形式上は友軍ではあるが、どちらかが隙を見せれば一気に呑み込もうという程度には牽制し合っているというのが現状である。

 

そして、その隙を見せてしまったアークエンジェルが今こうしてアルテミス内の兵によって武装解除され、占拠されていた。艦の指揮を執っていたマリュー・ラミアス大尉、ナタル・バジルール少尉、そしてこの艦内では比較的上級であるムウ・ラ・フラガ大尉の3名がアルテミスの施設内へと案内、もとい連行されることとなった。

 

アークエンジェルのハンガーでは、ストライクが武装解除され、アルテミス側のMAデッキへと移送された。だが、幸運にもアルテミスの対応としてロイが搭乗していたジンに対してそこまでする価値は無いと判断され、武装解除されるだけに留まった。それは、いかにアルテミスが新造艦であるアークエンジェルと新型機であるストライクに興味を示しているかの表れでもあった。

 

「さて、こうして我々は一箇所に押し込められた訳ですが、何か対策はあるんですか、主任?」

 

アークエンジェルのクルー達と同様にロイやルークも食堂に集められていた。不満を零すクルー達の中で彼ら二人は今後のことについて話し合っていた。

 

「対策も何も、放っておいてもザフト側にブリッツがある限りこの要塞は終わりだ。ただ、それは同時にストライクを捨てる結果になると思うがな」

 

「捨てるんですか、ストライク?」

 

「まさか。まだまともに戦闘データも取れていないのに手放すはずがないだろう?最悪、ザフトがここを襲撃してきた時の混乱に紛れて奪い返しに行くことも出来るが、その方法は確実性に欠ける」

 

「ではどうすると?」

 

「その内、焦れた向こうから迎えに来るだろうさ」

 

そう言ってロイは皮肉げな笑みを浮かべた。

 

暫くすると、細々とした不満が聞こえる食堂に武装した兵を引き連れたアルテミスの指揮官であるジェラード・ガルシアが入ってきた。彼は食堂内の人間を一通り見渡すと、口を開いた。

 

「この中にロイ・ネ・フラガという者はいるか」

 

その言葉を聞いたロイは自分の予想の通りに動いてくれるガルシアを滑稽に思いながらも、そのことを一切噯気にも出さずに返答した。

 

「私がそうですが、何か用でも?」

 

ロイが名乗りを上げるとガルシアは探るような、見定めるような視線をロイに向けた。

 

「ほう、君がそうか。確か君はあのエンデュミオンの鷹殿の弟だそうだな。聞く話によると、君はあの最新型のMSを操縦していたそうじゃないか」

 

ガルシアが言う最新型のMSとはストライクのことを指しているのだということを食堂内の人間たちはすぐに理解できたが、実際に操縦していたのはキラであり、ロイではなかったはずだと知っていた。ロイはガルシアの言っていることが事実と食い違っているのはアルテミスに連れて行かれたムウ辺りがロイならばどうにでも対処出来るだろうと判断して、ガルシアに嘘を吹き込んだのだと想像できたため、誰かがガルシアの間違いを指摘する前にこの状況を利用することにした。

 

「ええ、その通りですよ。あれは私が動かしていました。それで、私に何をしろと?」

 

「君は現状をよく理解できていて助かるよ。最近はどうも反抗的な輩が多くて困るのでな」

 

そう言いながらガルシアはアークエンジェルのクルーが集まっている一画に侮るような視線を送った。そして、そのクルーたちは顔を顰めるばかりで、自分たちに抵抗する手段がないことに苛立った。

 

「時間がおしていますので、具体的な内容を聞いても?」

 

ロイは大西洋側とユーラシア側のいざこざに関わり合いを持つのは面倒と判断し、ガルシアに先を促した。

 

「なに、簡単なことだ。ストライクのOSに我々では突破できない強固なロックが掛かっていてな。どうするべきか思案していたところにある方から助言を頂いたのだ。その内容に、君に一任するべきとあったので、君を迎えに来た訳だ」

 

ガルシアの言うある方という人物に引っかかりを覚えたロイはガルシアに助言をしたのはムウではないのかと考えたが、やることに変わりはないので了承の意思を示した。

 

「成る程。……いいでしょう、あなた方に協力しましょう」

 

「おお、そうか。協力してくれるのか。では早速こちらについて来てもらおうか。ああ、それと、一つ念のために確認しておきたいことがある」

 

ガルシアはもう一度食堂内に顔を向け、言った。

 

「あのジンを動かしていたのは誰だ」

 

食堂内の空気が凍りついた。本来ストライクを操縦していたのはキラであり、ジンを動かしていたのはロイだということをクルー達は知っているからだ。知っていながら嘘を吐いたのがばれると厄介なことになると感じながらも何人かの者達はロイに視線を向けた。その反応を目敏く見つけたガルシアはロイに問うた。

 

「何か知っているのかね、ロイ君」

 

「ええ、あのジンを動かしていたのは彼ですよ」

 

ロイが一人の男に指をさした。

 

「彼の名前はルーク・フェイロン。私の助手として付いてきてもらってます。ああ、何故彼がMSの操縦を出来るか不思議ですか。彼はコーディネイターですからMSの操縦くらいわけないですよ」

 

軽い調子のロイに紹介されたルークはガルシアに軽く礼だけをした。

 

「ほう、まさか地球軍の船にコーディネイターが乗っていたとは」

 

ガルシアはルークに興味を持ったのか、いつもの人を食ったような目を向けた。

 

「ガルシアさん、一つ勘違いされては困るのですが、我々は軍属ではありません。飽くまで民間人としてあなた方、地球連合軍に一時的に協力という形をとらせて頂くだけです。ですので、私を含めた避難民である部下達に必要以上のことを要求するようなら、この話はなかったことにさせて頂きます」

 

ロイがガルシアに決然とした態度で言い放った。ガルシアはそんなロイの顔を見て、ロイの表情の中に色濃く侮蔑を滲ませていることに気が付いたのか、彼は自尊心を傷つけられたような気分に酷く憤りを感じ、顔を歪めて怒鳴りつけた。

 

「調子に乗るなよ民間人が!その気になれば我々は武力を持って貴様らを従えることだってできるんだ。それを、こちらが穏便に済ませようと下手に出てやったらなんだその態度は!この場で全員殺してやろうか!?ここは我々の庭だ!貴様らを殺してしまっても証拠などいくらでも握り潰せるんだぞ!」

 

息を荒らげながら言い切ったガルシアに、ロイは愛想笑いの仮面を外し、溜息を吐いた。そして堂々と蔑笑を浮かべながら言った。

 

「それが本音か。そういえば、あんたがさっき言っていたある方とやらは今回の件を知っているはずじゃなかったか。それなら必然的に俺たちがここに立ち寄ったことは既に知れ渡っているはずだ。残念ながらあんたがその人物に連絡を取った時点で同胞殺し、ましてや民間人虐殺の証拠を全て消し去るなんてことは現実的ではないな」

 

ガルシアは怒りのあまり、今回の件に関して外部と連絡を取っていたことを失念していた。そもそも前提としてその連絡を取った人物がユーラシア側の人間であればガルシアにとって何も問題はなかった。しかし、ロイはガルシアと連絡を取った人物に関して思い当たり以上に確信があった。だから踏み込んだ。結果は焦りの表情を浮かべるガルシアの反応を見ればロイの予想通りであることが窺えた。

 

「ガルシアさん、一つ忠告だ。あんたらがザフトと今でも戦い続けられているのは連邦諸国の国力あってのものじゃあない。我々、企業をはじめとした多数の経済主体が齎す巨大な資本あってのことだということを忘れるなよ?余り調子に乗ってると、潰すぞ?」

 

ロイが語るその様はまるで何かの演劇でも見ているのではと錯覚しそうになるほどものだった。事実、ガルシアを含め、その場にいた誰もがロイのことを得体の知れない、何か恐ろしい物のように見えた。ロイの目はガルシアを映してはいたが、言外に彼などいつでも消し去ることの出来るゴミ屑と同然だと語っていた。

 

「ただ、今回のOSの件はこちらにも利がある。だから協力してやろう。ありがたく思えよ」

 

ロイは食堂から出るべく、出口に向けて歩き出した。その際、近くに座っていたキラの肩を軽く叩いて声を潜めて言った。

 

「少しストライクを借りる。艦長たちにはザフトの攻撃が始まったらすぐに艦を出すように言ってくれ」

 

ロイはそれだけ言うと、ガルシア達よりも先に食堂から出て行った。残された者達の殆どは状況がよくわかっておらず、ただ呆然とするばかりだったが、ガルシアが悔しそうな表情をしながら部下達を引き連れて行った後、ひとまず面倒事が去ったことだけは理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルークさん、でしたよね」

 

ロイ達が食堂を去った後しばらくして、一人で座り続けるルークにキラが声を掛けた。

 

「ん?ああ、君は確かキラ・ヤマト君でしたね。先程はうちの主任が色々と危ないことを口走ってしまいご迷惑を掛けたようで申し訳ありませんでしたね」

 

ルークは基本的に誰に対しても物腰の柔らかい対応をする。無論、ナチュラルに対してもである。特にプラント育ちのコーディネイターは幼少期にナチュラルを嫌厭するように教育されるため、ナチュラルとコーディネイターを表立って区別しない者はナチュラルよりも少ない。そういう意味ではルークは非常に珍しいタイプの人間である。

 

「いえ、そのことは僕も助かったので、寧ろ感謝してます」

 

「そうですか、それは良かった。主任が身を呈してあなたを守った甲斐がありますよ。それで、私に何か用ですか?」

 

ロイは特にキラを守るために行動したわけではないが、キラが感謝ししているのならばそういうことにしておくのが面倒が少ないと思い、キラの言うことを修正することなく受け入れた。

 

「いえ、特に用というわけじゃあないんです。ただ、少しきになって……。ルークさんも僕と同じコーディネイターだったんですね」

 

「ええ、まあ。私は特に自分がコーディネイターだということを意識しないのですけどね。この船は地球軍の所属ですから、気をつけるのに越したことはありません。それに自分から打ち明けるようなタイミングも特にありませんでしたから。それと、付け加えておくとあそこに集まっている技術士達は半分以上がコーディネイターですよ。我々の職場では何よりも優秀なことが求められますから、必然的にコーディネイターが多くなるんです」

 

ルークが指をさしながら言う一画にはロイがオーブからヘリオポリス、そして現在にかけてまで連れている部下達が談笑をしながら時間を潰していた。その緊張感に欠ける様子は他のクルーや避難民の張り詰めた雰囲気とは随分と乖離していた。それは単に危機に対して鈍いのか、それともロイがいるのなら何も心配はいらないという信頼なのかはキラには判断しかねた。それでも、アークエンジェル内にいるコーディネイターは自分一人だけではないという安心感も同時に感じられた。

 

「そうだったんですか」

 

幾分か緊張の解れた表情を見せるキラにルークは言った。

 

「まあ、私がコーディネイターということが知れて気分を害される方もいるようですが、それが普通の反応ですよ」

 

ルークが苦笑しながら目を向ける方へとキラも視線を送るとフレイ・アルスターの姿があった。彼女はコーディネイターに対する嫌悪感を隠すことなくキラとルークに敵対的な目を向けていた。キラはフレイのことが気になっていたこともあって随分とショックを受けた様子だった。

 

「察するに、色々と事情があるようですが、あまり気にしないことをおすすめします。そっちの方が気が楽ですし」

 

「楽、ですか……」

 

「ええ、楽です。私は元々、他人に対して特に興味を持たない人間でしてね。それは同時に他人の評価も気にしない気楽な生き方です。すべて自己完結していて、他人を一切顧みない。とても楽な生き方です」

 

「それは……、さみしいですね」

 

「ええ、よく言われます。ただ、そんな私も主任と出会ってからは少し違う生き方を楽しませてもらってますよ」

 

ルークは再び苦笑した。キラは自分が随分と失礼なことを言ったと気が付き、咄嗟に謝った。そして、少し暗い雰囲気を和らげようと話題を変えることにした。

 

「そういえば、さっきロイさん達が言っていたある方って誰のことなんですか?会話の内容から随分と偉い人の様に感じましたけど」

 

「私もはっきりとはわかりませんが、推測することはできますね。まず、ストライクのことを知っている人は今の段階では殆どいませんから、かなり絞れると思いますよ。それに、地球連合の軍人の中に主任の知り合いはあの人の兄であるムウさん以外いないはずですから更に絞れますね。そうなると、民間からのG開発への出資者といったあたりでしょうか」

 

さらりと物凄いことを言い出すルークにキラは若干気圧されつつも質問を重ねた。

 

「出資者、ですか」

 

「ええ、そうです。その中でも軍に口出し出来るほどの人物は一人しか思いつきませんね」

 

「それは誰なんです?」

 

「おっと、これ以上は流石にマズイですからね。お互いの身のためにも黙っておきましょう」

 

キラは、十分にやばいことを聞いたのでは、と思ったが、ルークが大丈夫だと言っているので信じることにした。そして、同時にロイは一体何者なのかと考えを巡らせていた。

 

それから、ルークがストライクの開発に深く関わっていたということもあり、ストライクに関する話がブリッツがアルテミスに攻撃してくるまでの間続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロイはストライクのコックピット内でキラがロックしたOSを起動するべく、キーボードを叩き続けていた。

 

本当ならば彼が持ち歩いている端末内に入っているソフトを使えばすぐにでもロックは解除できるのだが、それをしてしまうと、ロイがお役御免となってコックピットから降ろされてしまいストライクを奪い返すのが面倒になるため、ブリッツが攻撃を仕掛けてくるまでの時間を稼いでいた。

 

「まだ終わらないのかね。随分と大口を叩いた割には大したことはないのだな」

 

先の食堂での意趣返しのつもりなのか、嫌味ったらしく口撃してくるのはガルシアである。

 

「無視かね。それとも言い返す言葉が無いのかね。これだから世間知らずの若造は困るのだ」

 

ロイが言い返さないことに調子づいたのか先ほどから、この繰り返しである。ロイとしては食堂での一件はジンに関することから注意を逸らすためと、現在のストライクに乗り込むという状況を作り出すための演技であったので、用済みであるガルシアとこれ以上関わるつもりは無いのである。

 

暫くすると、ロイの勘に反応があった。

 

それを合図に、ロイは銃を構えて見張っていた兵を蹴り飛ばし、コックピットを閉じた。ストライクの外で何やら騒いでいるガルシアを始めとした者達の声を無視して、端末をストライクに接続しロックを瞬時に解除していき、OSを立ち上げた。そして、更にロイは端末を操作しOSそのものを、端末に保存されていた独自のOSに上書きしていく。彼が今回ストライクに乗り込んだ一番の理由は、たった今インストールしたOSの試験のためであり、他は飽くまでもついでなのである。

 

「さて、武装はアーマーシュナイダーとヘッドバルカンだけと、かなりのハンデではあるが、この機体がOS通りに動いてこれれば何も問題無い」

 

OSのインストールに若干の時間はかかったものの、ブリッツがアルテミスを攻撃する直前に完了した。アルテミス内に鈍い衝撃が走ったのと同時にロイはストライクのPS装甲を展開した。

 

「さて、兄さん達は上手くやると思うから心配はない。ならば、あとは俺が敵をここで足止めできれば脱出は完了するというわけだ。楽勝だな」

 

ロイは何のユニットも装着していない素のままのストライクのメインスラスターを点火し、ブリッツが侵入してくるであろうハンガーの出入り口に向けて機体を推し進めた。

 

ストライクがあと少しでハンガーの端に辿り着こうとした瞬間に、ハンガーのメインゲートが高熱の爆炎と共に爆ぜた。両手にアーマーシュナイダーを持ったストライクはまるで獲物が来るのを知っていたかの様にブリッツに直進した。

 

「くっ、対応が早すぎる。やはり、この手で来ることはバレバレでしたか」

 

ブリッツのコックピット内でニコルが自虐的な笑みを浮かべた。それでも、相手がジンでなかったことに多少なりとも安心していた。前回は改造されたジンのパイロットに自分たちザフトの赤服部隊を圧倒する腕を見せつけられたため今回の相手がジンでないならば、まだやりようはいくらでもあると彼は考えていた。それに、武装がナイフとヘッドバルカンのみと、随分と貧弱なことから気が楽になるのを感じた。しかし、ニコルが恐れていたパイロット、ロイは今、目の前のストライクに乗り込んでおり、ブリッツを落とさんとする勢いで襲い掛かっているのだ。

 

ペダルを最大まで踏み込まれたストライクはスラスターを全開にして真っ直ぐにブリッツに突っ込んでいった。そのスピードは改造されたジンと比べて遅いものではあったが、ジンよりも入力から出力までのタイムラグが圧倒的に短いことがロイを何よりも満足させた。

 

ブリッツはそれを迎撃するべくビームライフルをストライクに撃つが、すべて躱されてしまう。そして、避ける時は機体を最小限しか動かしておらず、どれも機体すれすれを通過していった。

 

「!?」

 

ストライクの避け方が明らかに異常であったことは誰の目からも明らかだった。それでも、実際にMSを動かしたことのある者にしかわからないこともある。

 

「あんな動き出来るわけない……」

 

ニコルはコックピット内で不安を打ち消す様に、自分に言い聞かせる様に呟いた。

 

そして、接近してくるストライクに、シールドとユニット化されたビームサーベルを展開し、切りつけた。だが、ストライクはひらりとそれを躱し、流れる様な動きで、シールド裏面に装填されてある貫徹弾にヘッドバルカンを打ち込んだ。放たれた弾丸は貫徹弾内部に含まれていた炸薬に起爆し、連鎖的に50mmレーザーライフルも破壊された。

 

「この戦い方は、あの時の……」

 

そこで漸くニコルはストライクに乗るパイロットがロイであることを確信した。ニコルは一度距離を取ろうとペダルを踏み込むがスラスターが点火されるまでの数瞬の間に三度、コックピット内に衝撃が響いた。

 

「くっ!」

 

そしてブリッツの三箇所の部位が操作不可能に陥っていることがすぐにわかった。頭部と両腕である。ロイはPS装甲の隙間を狙って、胴体と肩の接続部、頭部の付け根にアーマーシュナイダーを抉りこませたのである。

 

「そんなことがMSに可能なのか!?」

 

ニコルは戦慄しながらも、ブリッツの距離をストライクから離すことをやめなかった。その甲斐あってか、ある程度の距離を稼ぐことができた。そこで再び思考の海に潜った。

 

さっきのビームを避けたこともそうだが、ストライクの動きが異常なのだ。何が異常なのかはすぐにわかった。動き方が余りにも機械離れしている。まるで本物の生き物の様な繊細で滑らかな動きだ。まるで、全ての動作をOSに頼らずにしているみたいな。

 

だが、ニコルは首を振った。

 

そんなことが可能なわけがない。そもそも自分たちが使っているMSは、戦闘に必要な動きをOSの補助を受けて漸く再現できるようになるのだ。それなのに目の前のストライクはまるで一切の補助を受けずに全ての動作工程をパイロット一人に負担させているかの様な動きをする。

 

それとも、全ての戦闘行為をOSに頼っているのか。

 

いや、それこそありえないと思い直す。それではただの無人機だ。コックピットなどもはや必要ない。それに、さっきの戦い方は人間のそれだった。以前戦った者と非常に酷似した動きだった。だからありえないのだ。ならば、やはり最初の考えが正解なのか。それならばパイロットの方が異常なのだとニコルは理解した。

 

どちらにせよ相手が化け物であることは間違いないのだ。

 

ニコルは覚悟を決めて、応援がくるまでの時間を稼ごうとした。だが、ストライクは徐ろに機体を反転させて飛び去って行った。本来であれば、追いかける場面であろうが、今は頭部と両腕が機能を停止しているために、追撃は事実上不可能だった。そのことがニコルを安心させたことは言うまでもない。

 

補助カメラで見えているストライクはアルテミスから次々と発進してくるメビウスの部隊をヘッドバルカンで撃ち落としていた。一瞬仲間割れかと訝しんだものの、連合内の政治的いざこざを思い出し、納得した。自分達は彼らがアルテミスから脱出するための出しにされたのだと。

 

暫くしてから、デュエルとバスターが到着したことで、二機が基地内を適当に破壊していくのを攻撃手段を失ったブリッツのコックピット内から見届けた後にガモフに帰投した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎に包まれつつあるアルテミスから脱出したストライクは先に脱出したアークエンジェルを追うべく、スラスターを吹かせていた。そして、Nジャマー影響下から抜けたところで、ロイはとある人物と連絡を取っていた。

 

ロイの手にある端末の画面に映し出された人物は淡い青のスーツに金髪の愛想の良い顔をした若い男だった。

 

「やあ、ロイ。君から直接連絡を寄こしてくるなんて珍しいですね。何かあったのですか?」

 

「惚けなくてもわかってますよ。ユーラシア側に意見を通すのは大変でしょうに。今回の件、感謝してますよ」

 

「ふむ、やはりばれていましたか。ああ、一つ誤解がある様なので訂正しておきますが、僕は彼らに意見したのではなく、提案しただけです。流石に僕でもユーラシア側に意見を通す程の力は持っていませんよ。まあ、僕が手を出さずとも君なら解決できていたであろう案件でしょうが」

 

「どちらにせよ助かったことに変わりはありません。とにかく、一言礼を、と思って連絡した次第です」

 

「そうですか、では素直に受け取っておきましょう。それでは私も忙しいのでこれくらいで」

 

「ええ、また地球で会いましょう、アズラエル理事」

 

会話が終わると共に画面が液晶色に戻った。

 




ロイ・ネ・フラガという名前に関してですが、

・ネ・

↑これが顔文字に見えて仕方がない……。

ミッフィー?


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第7話 策の交差

アルテミスから脱出したロイがアークエンジェルに合流して暫くした頃、ヴェサリウスでプラントへと帰還していたラウ・ル・クルーゼとアスラン・ザラの二人はプラント最高評議会の臨時査問委員会への出頭を命じられていた。その表の理由として、オーブの資源コロニー、ヘリオポリスが崩壊した際にクルーゼが遂行した作戦に問題があったのではないかという疑問の声が一部の穏健派の議員から上がった為である。

 

そして、裏の理由としてはアスランの実父でありプラント評議会国防委員長でもあるパトリック・ザラが急進派としての立場において、クルーゼ隊が鹵獲、運用しているMSの卓越した性能をアピールし、それがいかに切迫した脅威であるのかという危機感を煽り、穏健派を封じ込めようとしていることが挙げられる。

 

「ヘリオポリスの件について、オーブからは特にこれといった賠償などは請求されていません。ただ、MSの管理体制について問題があるのではないかということを長々と述べた文書が数件届いています。まあこれは批判しているという姿勢を見せるためだけのものでしょうから無視してしまっても問題ないでしょう」

 

かなり広い会議場の中で多数のプラント評議員達が円状に向かい合って議論を行っている内に、議題がヘリオポリスの件へと移った。

 

「確かオーブの行政府はヘリオポリスが失われた原因がテロリストによる武力行使であると声明を発表していたな」

 

「だが、実際は我々の軍が動いた結果だと聞いているが」

 

「それをはっきりとさせる為に彼らを呼んだのだろう?」

 

全員の視線がクルーゼとアスランに集まったところで、議長であるシーゲル・クラインがクルーゼの発言を許可した。

 

「おっしゃる通り、我々はヘリオポリス内で地球軍と交戦しました。まずその目的として、ヘリオポリス内で開発されていた地球軍の新型MSの奪取が挙げられます。故に、我が隊による先の行動はヘリオポリス自体を攻撃することが目的のものではなかったということをご報告いたします」

 

クルーゼが簡潔に報告し、充てがわれていた席へと戻ると評議員達が困惑した様子で各々しゃべりだした。

 

「やはりオーブは地球軍と手を組んでいたか」

 

「これだから地球に住む者の言葉は信用できんのだ」

 

「では今回の彼らの対応は一体どういうことだ?」

 

段々と騒がしくなっていく中でシーゲルが声を上げた。

 

「皆さん静粛に。今回の件、恐らくは我々とオーブ双方に利があると判断してのことでしょう。世間に公表される筋書きはこうです。テロリストが我々ザフトから奪取した機体を用いた混成部隊がヘリオポリスを襲撃した。その後、付近を偶々航行していた我々の戦艦がテロリストの撃退に成功。まあ、ひどい三文芝居ではありますが、民衆に事実を知る術はありませんし、それで納得する他ないでしょう。ですが、これならば我々は世論の非難を浴びずに済みます。無論、地球軍に与していたオーブもですが」

 

シーゲルの論に対して急進派の一人が反論をした。

 

「だが、正当性はこちらにある。奴らは条約を無視し、地球軍に与していた。これは十分に攻撃する理由になるのではないか?国民にも真実を伝えれば賛同が得られるはずだ」

 

「これ以上敵を増やしてどうするおつもりか。オーブの技術力はもはや我々と比べて遜色ない程だと聞く。もしそれらの技術が表立って連合側に流されでもすれば、それこそ我々に勝ち目などなくなる。寧ろ、彼らと手を組むことを考えるべきだ。それと、この件についてもう一つ。我々は対応が遅すぎた。この映像が先日地球上で流され時点で我々にはもうどうすることもできはしない」

 

シーゲルの言葉と共に大型のディスプレイにMS同士の戦闘映像が流される。その内容は、複数のジンと所属不明の戦闘兵器がザフト側のジン数機と激しい白兵戦を行っているというものであった。それは先ほどシーゲルが語った内容と一致しており、一見するとザフト製のジンがコロニーを破壊しているようにも見えるが、その中にはご丁寧にも連合製のメビウス数機までもがヘリオポリスを攻撃している様子までもがはっきりと映り込んでいた。この映像だけを見ればテロリストによる攻撃ということが一番自然であり、信憑性も確かなものと思えるだろう。

 

「これは本当に事実とは違うのだな、クルーゼ隊長」

 

評議員の一人がクルーゼに確認した。

 

「はい、我々がこのような作戦行動をとった事実はありません」

 

評議員達は事態が既に彼らの考えていたところよりも、かなり先へと進んでいることを理解し、シーゲルが言うようにオーブの対応に沿った姿勢を見せるしかないと悟った。だが、彼らに一つ勘違いがあるとすれば、それはオーブが意図してこのような状況を作り出したということを信じきっていることだろう。

 

これはロイがシーゲルと結託しておこなった情報操作の結果であり、騙された側にはオーブの行政府も含まれている。ロイがヘリオポリス崩壊を他の誰よりも先んじて報告する際に、評議員達が見せられたものと同じ映像を添付していた。それによって、テロリストがヘリオポリスを襲撃したことに間違いはないだろうと、真実を知らない行政府内の者達は信じた。一方、G開発計画に一枚噛んでいた者達は映像の中からGシリーズの存在を認めるものが一切映っていなかったことに胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

だが、事態はそれだけでは収まらなかった。というのもオーブ本国では更に奇妙なことが起きていた。突如としてヘリオポリス襲撃を行ったと宣言した組織がオーブによるエネルギー、技術の独占に対する制裁を掲げた声明を発表し、武装した集団が相次いで蜂起する騒ぎになった。それによってオーブ政府は対応に追われ、ヘリオポリス崩壊の正確な原因を調べる余裕を失った。そして、テロリスト達の表立った行動は同時にロイが送ってきた加工映像に信憑性を付加した。

 

もう少し時間を掛けて事故原因を探っていれば或いは今回の件の真実に辿り着けたのかもしれないが、問題の武装蜂起の規模が異常だった。ある集団はどこから持ち出したのか、地球連合に標準配備されているリニアガン・タンクを街中で乗り回し、行政府の中枢機関が密集する地区を破壊した。

 

それを受けたオーブ政府が軍に制圧要請を出し、同型のリニアガン・タンクによる制圧を行った。だが、それらの鎮圧間近になって自称テロリスト側の増援に3機のジンが現れた。それらは港区方面から飛来していたことから、事前に港のドックに搬入されていたことが判明し、この武装蜂起がかなり以前から計画されていたことをうかがわせた。それと同時に、オーブの国境警備の杜撰さも露呈した。

 

それらの3機が現れたことでオーブ軍に配備されていたリニアガン・タンクだけでの応戦は難しいと判断した行政府の中枢機関がウズミ・ナラ・アスハにある助言をした。その助言というのはモルゲンレーテ社が開発しているというMSの出動要請であった。

 

現在モルゲンレーテ社が開発しているMSは主に2機存在している。1機はウズミの派閥が主に籍を置く設計部を中心に開発している機体、MBF-M1通称M1アストレイである。そしてもう一機がロイを主任とした技術研究部が中心となって開発している機体である。こちらは正式にオーブからの援助を受けていないため、海外の企業、財閥などから資金を調達している。実質的には癒着関係が形成されており、オーブが求める設計思想から多少逸脱した機体が建造されているのが現状である。

 

官僚の助言によりウズミがモルゲンレーテ社のMSの動員を決断したところで、一つの問題が生じた。それは一体どちらのMSを動員するのかということである。普通に考えれば、どちらの機体も稼働させてテロリストの制圧に充てるところではあるが、今回の件に関しては政治が大きく関わってくる為、ウズミとしては純国産と言えるM1アストレイを使い、外の組織との繋がりが深いロイの陣営を押さえ込みたかった。だが、現実としてM1アストレイはナチュラル専用のOSの完成を待っている状態であり、現状ではまともに稼働させることが難しいのである。一方で、ロイが所属する技術研究部が開発したMSは既に稼働試験を終えて実戦を待つのみであった。結果としてウズミはモルゲンレーテ社設計部の威信よりも国家の安全を取り、技術研究部のMS1機により3機のジンを撃破した。この事実が今後の戦争事情に影響を齎したが、その話は後にしよう。

 

 

今回問題となった、ヘリオポリス襲撃を行ったと声明を発表し、オーブの首都、オロファトでテロ活動を行った集団というのはロイが裏で支援、扇動をした小規模な武装勢力であった。彼らは元々他国の人間で、ザフトが散布したNジャマーによる自国のエネルギー不足が原因で引き起こされた治安の悪化によりオーブに密入国してきた犯罪者の集団であり、近日中にオーブ内で何らかの行動を起こす計画を立てていた。だが、その情報を随分と前から掴んでいたロイが、今回のヘリオポリスの件に利用するついでに使い潰したのである。オーブから密入国者を減らすついでに面倒事も片付く。更に、これらの武装集団の出現が、本来ならば存在しないはずの、ヘリオポリス崩壊の原因となったと発表されているテロリストの存在に信憑性を帯びさせた。ヘリオポリス崩壊とオロファトでの武装蜂起に直接の関係はなくとも、武装していたという共通点により、人々はあっさりとテロリストの存在を認めたのである。更には声明を発表した者たち自身がヘリオポリス崩壊との関係を認めていたこともあり、最早疑う者など出るはずもなかった。

 

「とにかく、オーブの件は今は迂闊に手を出すべきではない。しばらくは静観ということでよろしいか」

 

シーゲルが議員を見回し、誰も反対の意を唱える者がいないことを確認した。

 

「それでは次の議題、地球軍が開発したという新型MSについてだ。ザラ国防委員長」

 

パトリック・ザラが立ち上がり、クルーゼとアスランの方へと顔を向けた。

 

「クルーゼ隊長、先の君の説明にあった地球軍のMS、果たしてジン数機を失ってでも手に入れる価値のあった物なのかね?」

 

「その驚異的な性能については、取り逃がした最後の一機と交戦経験のあるアスラン・ザラより報告させて頂きたく思います」

 

パトリックがシーゲルに視線を向け、アスランの発言の許可を促した。

 

「アスラン・ザラよりの報告を許可する」

 

シーゲルの許可により、アスランがGシリーズの説明を始めた。

 

アスランが映像と共に解説したGがあらゆる面でジンを上回る性能を備えたMSであることを理解した議員たちの意見は、徐々に急進派寄りのものへと傾いていった。流石に、穏健派から急進派に寝返るような者はいなかったが、急進派の意見が着実に力を持ってきていることを、その場の誰もが感じた。それはパトリックとクルーゼが望んだことであり、ロイもまた同様に望んでいた通りのことでもあった。

 

 

 

 

 

 

一方、アークエンジェルはヘリオポリスから一度も補給を受けられずにいたことが影響して慢性的な水不足に陥っていた。

 

「俺たちはこれから月へのルートをとる際にデブリベルトを通過する。そこで諸々の物資を補給する予定だ。そこではお前にもジンでの船外活動を手伝ってもらう」

 

ムウがアークエンジェルのこれからの予定をロイに説明した。

 

「了解。そういえば、今いる宙域から月への最短のルートを通る辺りには丁度ユニウス7が漂ってるはずだったが……」

 

「何?それは本当か?」

 

「ああ、ユニウス7の軌道は逐一こっちでも追跡していたからね。仮にもあんな巨大な物体が質量兵器にでも転用されれば地球は壊滅するから」

 

ロイの言葉を聞いて、ムウは少し考え込む仕草を見せた。

 

ユニウス7の残骸から必要な物資を補給すればアークエンジェルの水不足が解消されるのはほぼ間違いない。だが、倫理観がそれを邪魔する。ムウは現実的な思考が出来るため、そのこと自体に否は無いが、他のクルー達が反対する可能性がある。

 

「お前はユニウス7からの補給には反対か?」

 

ムウが横目にロイに問う。

 

「まさか。今は戦時下だ。俺は聖人君主の教えよりも自分の命を優先する人間なんでね」聖人君主→聖人君子

 

ロイは手をヒラヒラ振りながら馬鹿馬鹿しいといった表情を浮かべた。

 

「まあ、最初からお前が反対するとは思ってなかったが。それと、アルテミスからここまで一睡もしてないんだろ?ストライクとジンの整備が終わったらお前もしっかり休めよ」

 

ムウはそれだけ言い残すと、MSが収納されているハンガーから出て行った。

 

ロイはというと、ストライクから回収したこれまでの戦闘データをジンにフィードバックする作業に追われていた。二機は同じMSという括りとは言え、規格が根本から違うため、色々と対応させるのに時間が掛かっていた。その他にも、ストライクで試験的に運用した新規のOS で、ジンに対応させたものを上書きし、調整したりと、やることが多く、ロイはかなりの時間を不眠で過ごしていた。

 

ロイはナチュラル離れした頑健な身体を持っているため、長い時間眠らずとも、大して支障をきたしたりはしないが、人間であることに変わりは無いため限界は勿論ある。ロイ自身も自分の限界を正確に把握しているため、ムウに促されずともその時が来れば休む予定だったが、実の兄に心配されたとあらば、それを無碍にする理由も無いため素直に作業を部下達に引き継ぐことにした。

 

「良いお兄さんですね」

 

近くでムウとロイの会話を聞いていたルークが言った。

 

「ああ、人間として出来上がってるよ、あの人は。俺も見習いたいものだ」

 

ロイは自嘲気味に鼻を鳴らすと、引き継ぎの行程を手短にルークに説明した後、当てがわれていた部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

臨時査問委員会が終わった後、会議場から出たところでパトリックがクルーゼに今後の行動方針を伝えていた。

 

「クルーゼ、次のヴェサリウスの出港の際には3人ほど補充要員として充てる。その中にはゼニット・スチュアートも同行するが、お前の指揮下に配属する。MSも通常のジン2機に加えて奴のシグーも積み込む予定だ。今後の補充は暫くは無いと思え。我々の人員不足は深刻だということを努々忘れるなよ」

 

「了解しました、閣下。それにしても、彼がプラントに帰還していたとは。確か月のプトレマイオス基地攻略の部隊にいたはずでは?」

 

「いつまでも睨み合いだけのために貴重なエースパイロットを遊ばせておくわけにもいかんからな。それに、これはMSの新機構の性能実験も兼ねている」

 

「成る程、それでは積極的に彼を使えば宜しいので?」

 

「ああ、勿論だ。それと、これはまだ公式な発表がなされていない情報だが、シーゲル・クラインの息女、ラクス嬢を乗せた民間船がユニウス7付近で連絡を絶った。緊急に調査隊が派遣されたが、その内の偵察型ジンの消息も絶たれたため、お前の部隊には本格的な救難隊として向かってもらうことになる。出発の予定が早くなることを加味して準備しておけ」

 

「了解しました」

 

パトリックは言うことだけ言うと、クルーゼの前から去っていった。クルーゼはそれをただ見送るだけだった。

 

一人残されたクルーゼは、おもむろに会議場の目の前に鎮座してある巨大な化石を見遣った。それは一見クジラの化石の様にも見えるが、鳥類の翼に類似した骨格も付随していた。

 

エヴィデンス01

 

通称宇宙クジラ。人類初のコーディネイター、ジョージ・グレンが木星探査の際に発見、持ち帰ったそれは堂々とした居住まいでクルーゼを見下ろしていた。

 

この化石を見る度にクルーゼは過去にロイが言った言葉を思い返していた。

 

「恐ろしい、か」

 

この化石を初めて見たロイは地球外生命体の痕跡に好奇心を刺激されたわけでもなく、確かに恐ろしいと言ったのだ。その言葉が純粋な恐怖によるものだったのか、未知への畏怖なのか、それとも別の何かなのかは知らないし、今後も聞くつもりもなかった。だが、その一言でロイの根底にあるものが見えたのも事実であった。

 

クルーゼは口の端を吊り上げ、踵を返すと自らも遅れて外へ向けて歩き出した。

 

「私の初期衝動と比べると、随分と高尚なものだ」

 

彼の素顔は仮面に覆われ、窺い知ることは不可能であったが、その表情が笑みに包まれていたことだけは確かだった。

 

 

 

人が去った後もなお、その証拠は静かに、そこに在り続けるのだった。




今回、新たに名前だけオリキャラが登場しましたが、主人公がチート無双の超人であることに変わりはないということをここに記しておきます。

次回は今回の話の中で語られたオーブの状況について不明瞭だった部分の補足を踏まえつつ物語を進めていく予定です。サイドストーリーというよりは、本編の裏側という感じの話です。


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第8話 ジェネライズ

今回はオリジナル要素を多分に含みます


「一体何が起きているというのだ……」

 

オーブの首都であるオロファトに構えられた行政府の会議室に、ウズミ・ナラ・アスハをはじめとした閣僚たちが顔を向かい合わせていた。

 

その中の一人が声を震えさせて呟いた。

 

「なぜテロリストごときがこれ程までの戦力を保有しているのだ。リニアガン・タンクだけでも異常だというのにジン3機など、もはやそこらの小国よりも戦力を持っていると言わざるを得ない。彼らは本当にテロリストなのか?もしやテロリストに扮したザフトということはないのだろうな」

 

テロリストが声明を発表してまだそれほど時間が経っていないにもかかわらず、その男の顔は憔悴仕切っていた。だが、それも仕方のないことだろう。

 

順を追って説明していこう。

 

ヘリオポリス崩壊のニュースが届けられて間も無く、突如としてあらゆるメディアがジャックされたのである。テレビ、ラジオといった公共のメディアは言うまでもなく、インターネット上にまで声明の様子が流された。その時点で、犯行を行ったと目されるその組織にはかなり情報戦に長けた者が所属していると簡単に予想できた。

 

その映像の中で自らがテロを扇動したとする一人の見すぼらしい風貌の男が、ヘリオポリス崩壊時の映像を背に語った内容が以下の通りだった。

 

ザフトが地中に撃ち込んだNジャマーによって世界中の国々がエネルギー不足に陥り、その国民たちも厳しい生活を強いられている。だからこそ世界中の国々は手を取り合い、団結して宇宙の化け物、コーディネイターを滅ぼさなければならない。だが、その意志に反してオーブ連合首長国は中立を貫いている。だからオーブ連合首長国の保有する資源コロニーヘリオポリスを破壊した。次は即刻武力を以ってオーブ連合首長国の首都に制裁を下す。

 

普通の感性の持ち主ならば、何を馬鹿なと口を揃えただろう。例えテロリストが語ったような厳しい生活を強いられている者たちでも現在の理不尽な状況に対して憤りを感じることはあっても、難民の受け入れに寛容で、他国に支援も十分に行っているオーブに対して悪い感情を持っている者は少なかった。

 

一方、オーブ行政府はテロリスト達の声明の後、すぐにテロリストとヘリオポリスとの件の関係性を洗い出そうとした。ヘリオポリスが崩壊した原因に、ザフトと所属不明の部隊がコロニー内部で行ったMS同士の戦闘があったとロイからの報告があった為、その関係の有無を究明することが急務とされた。しかし、そんな余裕をテロリスト側は与えなかった。

 

オーブの各省庁が関係各所に確認を行い始めたすぐ後に、行政府に近い場所で爆発音が鳴り響いた。3両のリニアガン・タンクが街中で無秩序に砲撃を繰り返していたのだ。その騒動に対し、ウズミの命令によりオーブ軍が早急に動いた。具体的にはテロリストが使っているものと同じリニアガン・タンク10両を用いて一網打尽にした。オーブ軍とテロリストでは練度の差が明確であり、何よりも数の差が圧倒的であった為テロリスト達は一瞬で瓦解した。テロリスト側のリニアガン・タンクに随伴していた少数の歩兵達はオーブ側による砲撃の際に木っ端微塵となっており、生きている者は誰一人として存在しなかった。

 

そこで、テロリスト達による武装蜂起は収まったものと思われていたが、そこに完全に出遅れた形となった増援がテロリスト側に到着した。

 

3機のジンが飛来し、撤収作業に移ろうとしていたリニアガン・タンクの部隊を襲撃したのである。再び蹂躙劇が再開し、ものの一瞬で終了した。先ほどとは形成が完全に逆転した形でそれは行われたのである。

 

そして冒頭に戻る。

 

「兎に角、今重要なのはテロリスト達の正体についてではない。あの3機のジンをどうやって撃退するのかということが先決だ」

 

ウズミが騒がしくなりつつある会議室の中で、決然とした態度で言った。

 

「既存の兵器で太刀打ち出来ないのであれば、モルゲンレーテで開発が進んでいるというMSを投入してみては如何でしょう。既に機体は完成していると耳にしましたが」

 

一人の閣僚がウズミに提案した。その提案は現材の緊迫した状況を打破するのには最も有効な手段だと誰もが思った。

 

「しかし、M1アストレイは未だソフトの面が未完成だとも聞く。出撃は流石に無理があるのではないですかな。確か、モルゲンレーテはもう一機MSを造っていたはずでは?」

 

「あの機体はもはや我々の手を離れたものだ。フラガの小僧が外部から技術者や研究資金を調達して造った機体だ。そんなものを使ってしまっては我々の面子が丸つぶれだ」

 

「しかし、現状どうすることもできまい。今回の戦争で中立を掲げた我々がテロリストごときに敗北したなどという事実を残してしまっては、この国の独立性までもが脅かされかねない」

 

再び閣僚たちが各々議論を交わし始めた。そんな彼らの意見は、はっきりと二つに分かれていた。一つがロイたち技術研究部が開発した機体を使用してテロリストの鎮圧に当てること。二つ目が、多数のリニアガン・タンクを投入し、圧倒的な物量をもってしてこれを鎮圧するということだ。そして、その最終的な意思決定は国の首長であるウズミに委ねられた。

 

「我々、国の代表は国民の安全を保障する義務がある。そこに政治的駆け引きを持ち込むべきではない。私はそう考えている。無論、モルゲンレーテ技術研究部と外国資本との癒着は問題ではあるが、現状を打破するためには彼らの機体を使用することが最も確実性に足る選択だと判断した。よって、これよりモルゲンレーテ社にGMS-01、ジェネライズの出撃要請を行う」

 

このウズミの号令により、オロファトの戦況が再び逆転することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

テロリストが跋扈するオーブ本島、ヤラファス島から少し離れた島、オノゴロ島はオーブの軍事の中心地である。MSやその他の兵器が多数収容されている地下には勿論のことながら、MSのパイロットたちが詰めている場所がある。そこにある一つの待機室でオーブ軍のパイロットスーツに身を包んだ一人の男が落ち着きのない様子で備え付けの椅子に座っていた。俯き加減の彼は灰色にカラーリングされたヘルメットを抱えながら、しきりに貧乏ゆすりを続けていた。それはひどく焦っているようにも、緊張しているようにも見えた。

 

そんな折、部屋に備え付けられていたスピーカーからアナウンスが入った。

 

「GMS-01のパイロット、バリト・ローレンスは直ちに乗機へ移動し、待機せよ。繰り返す、GMS-01のパイロット、バリト・ローレンスは直ちに乗機へ移動し、待機せよ」

 

そのアナウンスを聞いたバリト・ローレンスと呼ばれた男は幾度かの長い深呼吸を経て部屋の出口へと向かった。

 

バリトがMSの格納されているハンガーに到着すると、彼が乗る予定の機体の隣に彼が見たことのないMSが静かに佇んでいた、その機体は黒一色に塗装されており、彼に底の知れないような冷え冷えとした恐怖を与えた。そこで男はふと我に返り、呟いた。

 

「落ち着け、ただ緊張しているだけだ。そうだよ、何度もシミュレーションでやったじゃないか。あの通りやれば何も問題ない。こんなことで萎縮するような俺じゃない」

 

そう言ったバリトは再度黒いMSを見やると、次に自分が乗る機体、主に灰色に塗装されたMSに目を向けて乗り込んだ。

 

命令された通り、バリトはコックピットの中で待機していると、暫くして通信が入った。通信用の画面にはスーツ姿の一人の若い黒髪の女が映し出されていた。

 

「再度今回の作戦の概要を説明します。現在、ヤラファス島のオロファトで起きている武装集団の撃破が今回の作戦目標です。敵は行政府から南西に5キロの地点に3機のジンを展開しています。それ以上の増援はないものと思ってもらって結構です。現在、オーブ軍の戦車部隊が交戦中ですが、長くは持たないものと考えてください。それに当たって、ジェネライズには上空からの降下時に奇襲を行ってもらいます。上空からの攻撃で作戦が達成されなかった場合は、地上戦に移行してください。地上戦では市街地への配慮のためビームライフルの使用を制限します。以上が今作戦に当たっての簡単な説明になります。なお、この作戦はオーブ軍と協力して行いますが、あなたはオーブ軍の指揮下にはありません。そのため、あなた個人の意思による作戦の遂行が可能です。これ以降、作戦時の通信は専用のオペレーターを介して行ってもらいます。それでは、作戦の成功を祈っています」

 

その女が話し終わると通信は切れた。そこでバリトは今まで感じていた違和感の正体に気がついた。先ほど通信を入れて来た女が話した内容でおかしな点がいくつかあった。一つは異常なほど敵の情報を知っているということだ。彼女は敵の増援はないと断定していたが、普通は突発的に現れた正体不明の敵が保有している戦力など把握している筈などないのだ。それこそ、敵が現れる前からそれらの情報を知っていなければ不可能なのだ。そして、自分がここ数週間に渡ってやらされてきたシミュレーションの内容と今の状況があまりにも酷似しているのだ。これではまるで予定調和だ。

 

次に、バリトがオーブ軍の指揮下にはないということだ。これは彼自身、彼のバックについている組織が軍か政府に働きかけた結果だと容易に想像がついた。しかし、いったいどんな取引をすればそんなことができるのかまでは全く想像できなかった。結局いくら考えたところで、答えは出ないと判断した彼は考えることを一度放棄し、気持ちを切り替えた。

 

「落ち着け。緊張しているから余計なことまで考えてしまうんだ。上のやつらがどんなにヤバい連中でも俺には関係ない。俺は言われたことをやるだけだ。そうすれば、俺の身も安泰なんだ」

 

バリトは不安を押し殺すように何度も自分に言い聞かせていたところで、新たな人物との通信がつながった。それは先ほどとは対象に男だった。その男も先ほどの女と似て、硬い雰囲気の人物だった。

 

「これより私があなたのオペレーターを担当します。お互いの為にも長い付き合いになることを期待してますよ」

 

そう言って軽く笑みを作るその男を見て、バリトは再び不安に支配された。長い付き合いになることを期待するとは、つまりこの作戦が失敗すれば自分はお役御免になるということではないのかと、恐怖した。そして、それは目の前に映るオペレーターの男もまた同様に当てはまることなのではないかと。彼はいわば拾われの身だ。オーブ軍をとある理由で退役になった彼は、怪しげな組織に戦力として雇われたのである。故にその組織、今、目の前のモニターに映し出されている男が所属している組織に捨てられれば彼に行く当てなどないのだ。そんなバリトの気を知ってか知らずか、オペレーターの男が指示を出してきた。

 

「それではあなたの目の前に見えている軽量の輸送機に、機体を搬入してください。その際、機体は降下体制で維持しておいてください。本来であれば、フライトユニットを装備すればその機体は自律飛行が可能なのですが、今回は輸送機による移動が主となります」

 

「了解」

 

バリトは言われた通り、機体を前へと歩かせ始めた。その際、ふと気になって左手の方を見やった。そこにはジェネライズに乗る前と同じように、ただ静かに居るだけの黒い機体があった。しかし、先ほどとは違い、目に光が灯っていた。バリトが黄色に輝くそのデュアルアイを何気なく見やった瞬間に、まるで睨みつけられたかのような錯覚に陥った。しかし、すぐに、ただの気のせいで自分が緊張のせいで神経衰弱になっているだけだと思い直した。

 

バリトは気をとり直して機体を比較的小さめの輸送機に乗り込ませ、固定した。

 

「少し、聞いてもいいか」

 

バリトがオペレーターの男に問いかけた。

 

「何でしょうか」

 

「あの黒い機体は何だ。新型機か?それに、さっきは動いていないようだったが、今は火が入っているようだ。誰かが乗っているのか?」

 

「……それは機密情報なので、現在答えることを許可されていません」

 

「そうか、それは残念だ」

 

バリトはオペレーターの男の答えを聞いて、質問するべきではなかったと後悔した。やはりこの組織はヤバすぎると彼の中で警笛が鳴っていた。未だナチュラルの国々ではMSの開発でさえ難航しているというのに、彼らはいとも容易くそれをやってのけた。それに、国家ではない彼らが国の介入を受けずにそれらを成功させているところを見ると、組織内部の情報統制、監視体制は恐ろしいほど厳格なものだということも想像に難くなかった。そして、自分が乗っている機体をはじめとしたMSの量産体制を確立するほどの資金力。どれを取っても異常の一言で済ませられるものだった。しかし、それらを知ったからといって今更引き返せるわけもなく、状況は刻々と進んでいくだけだった。

 

その後すぐに、ジェネライズを乗せた輸送機がハンガーごと地上に向けて運ばれ始めた。そして、地上の滑走路に輸送機が到着すると、オペレーターの男が再び口を開いた。

 

「それでは、これより作戦を開始します」

 

オペレーターの男が平坦な口調でそう言うと同時に、輸送機のエンジンが点火して徐々に機体が加速していった。そして十分な速度を得た輸送機が滑走路から飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

とある宙域

 

「GMS-01の離陸を確認。60秒後、NRMS-102も順次離陸予定」

 

壁に取り付けられた巨大なモニターから半円状に広がるホールでヘッドセットをつけたオペレーター風の女が歯切れの良い声で機械的にそう言った。その場所には、その女以外にも多数の人間が彼女と同じようにそれぞれのモニターに向かい作業を行っていた。それらの様子からその場所を一言で表すならば、作戦司令室というのが最も適切な表現だろう。実際に、壁に取り付けられている巨大なモニターにはジェネライズが格納された飛行中の輸送機の映像が映されていた。その映像をホールの中央後方部、その場の最も上位の者が座る場所から見ていた黒髪の若い女が指示を出した。

 

「予定通り、NRMS-102は高度20,000mに到達後、高度を維持したまま地上の監視に移行するように命令してください。ただし、その存在が露見することはできるだけ避けてください」

 

「了解。CPよりNRMS-102へ。作戦は予定通り進行中。指定ポイントに到達後、射撃体勢で待機せよ」

 

「NRMS-102よりCPへ。了解」

 

オペレーターの女がヘッドセット越しに、NRMS-102と呼ばれた機体に通信を行うと、すぐに男性のものと思われる低い声で了解の意が伝えられた。

 

「まもなくGMS-01がヤラファス島上空に到達。機体の降下開始と同時に作戦をセカンドフェイズへ移行。なお、NJによる通信障害の深刻化が予想されるため、今後の作戦司令はマニュアルEを参照。これより、GMS-01の指揮権を地上司令部に移譲。地上との共同で今作戦を遂行する」

 

オペレーターの女が読み上げると同時に、ヤラファス島の上空に差し掛かったジェネライズが輸送機からパージされ高度10,000mの空に放り出された。

 

「セカンドフェイズに移行」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高度計の数値が急激に減少していくコックピットの中で、バリトはけたたましく鳴り響くアラート音を背に機体の姿勢制御を行いながら、まだ距離がある地上の様子が映されたモニターを睨み付けていた。そこには既にの火器管制システムによって捉えられた3機のジンの姿が映し出されていた。

 

「ビームの減衰率を考えれば、この高度はまだ有効射程距離ではない。もっと距離が縮まってからでないと。それに、今ロックオンすれば、こちらの存在が向こうにもばれてしまう。有効射程ギリギリから地上に到達するまでの短い間にどれだけ落とせるかで勝負が決まる。落ち着け。これもシミュレーション通りだ」

 

 

バリトがそう呟いている間にも高度計の数値は相変わらず同じペースで減り続けており、アラートもまた耳障りな音を響かせており、刻々と会敵の時が迫っていた。

 

「今だ!」

 

バリトの声とともにジェネライズが一機のジンにビームライフルを向け、トリガーを引き絞った。その瞬間に銃口から淡い緑に発光する一条の光線が放たれ、数瞬の後にジンの頭頂部からコックピットにかけてを貫き、機体があっさりと爆散した。

 

「1機目!」

 

「一機撃破。残り2機も速やかに排除してください」

 

1機目のジンが撃破されると、すかさずオペレーターの男が通信を入れてきた。バリトはそれを煩わしく思いながらも、口には出さずに次の目標に狙いを定めた。

 

テロリスト側の残りのジンは味方の一機が落とされたことで、上空から攻撃を仕掛けてきたジェネライズの存在に気付き、すぐさま迎撃態勢に移った。その時点では、オーブ側の残存兵力は撤退行動に移っており、ジンは地上からの攻撃に気を取られることなく対空射撃に集中できた。

 

2機のジンがアサルトライフルをジェネライズ向けて連射してくる中でも、バリトは慌てることなく、回避しながらビームライフルによる射撃を行っていた。しかし、回避をしながらの射撃はなかなか安定せず、簡単にはジンを落とすことは出来なかった。

 

「くそっ、思った以上に弾幕が激しい。このままでは」

 

 

そう言いつつも、彼の持ち前のパイロットとしてのセンスが徐々に雑だった射撃精度に補正をかけていった。そして、6発目でジンがアサルトライフルを持つ右手から右足にかけてを貫き、二本の足で立つことが困難になったジンは地面に倒れ伏し、手から離れたアサルトライフルもまた、ジン本体の近くに重低音を響かせて落ちた。

 

「これで2機」

 

「2機目、沈黙。優先的に3機目を撃破してください」

 

バリトは再び声をかけてくるオペレーターの男の指示に従い、3機目に狙いをつけようとした段階で高度計の数値が500mを切っていることに気が付き、すぐさま射撃を中止し、回避行動に移った。相も変わらず残り1機のジンはアサルトライフルを乱射していたが、たった1機分の弾幕程度ではもはや機体の挙動にに慣れてきたバリトに命中させることはかなわなかった。

 

無事、機体を着陸させたバリトは命令にあった地上戦でのビームライフルの使用の禁止に乗っ取り、腰にビームライフルをマウントし、同じく腰の左右に装備されているビームサーベルを一本取り、右手に装備した。その一連の動作を行っていた際にも敵のジンはアサルトライフルを撃ってきていたが、すべて左腕に装備されていたシールドにより防いでいた。そして、その射撃を最後に、ジンのアサルトライフルの弾は底をついた。それによりジンもアサルトライフルを捨て、腰にマウントされていた剣を両手に持ち、バリトの駆るジェネライズと対峙した。

 

「遅い!」

 

バリトはジンの体勢が完全に整う前にスラスターの出力を最大にし、ジェネライズの出し得る最高速度でジンに突進した。ジンは接近してくるジェネライズに剣を突き出し迎撃の体勢に入った。両機の得物がお互いを傷つけようかという距離に入って、ジェネライズが姿勢を落としてジンの攻撃を躱した。そして、通り過ぎる際に超高温のビームサーベルでジンの胴体を切り裂いた。

 

決着はものの一瞬で着いた。ジェネライズによって胴体と下半身を切り裂かれたジンは1機目と同様に爆散し、物言わぬ鉄の塊に成り果てた。

 

「はぁ、全て片付いたのか……?」

 

バリトはコックピット内で荒くなった息を整えつつ、機体の被害状況を確認していた。そこに、ロックオン警報のアラートがコックピットに鳴り響いた。そして、オペレーターの男が今までとは違い、強めの語気で訴えかけてきた。

 

「ロックオンされています。後方200m、ジンの再起動を確認」

 

「なにっ!?」

 

咄嗟に機体を反転させてシールドを構えようとするが、機体の動きよりも早く後ろの様子が確認できたバリトの視界には、右腕と右足を失いながらも、左手に装備されたアサルトライフルをジェネライズに向けているジンの姿が映っていた。そこでバリトは一瞬、自らの死を意識した。既にロックオンされている状況では回避はほぼ不可能であり、シールドで防ぐしかない。そのシールドを構えるまでの僅かな時間の中、ジェネライズが銃撃に耐えられるのであれば突破口は開くが、耐えられないのであれば死ぬ。その逡巡の間にも体は動いており、機体は防御体制に移ろうとしていた。だが、それでも間に合わない。

 

ジンのアサルトライフルが砲火を放とうとした瞬間、その直上から一条の光がジンを貫いた。その淡い緑色の光は数秒にわたりジンを串刺しにし続けた。そして爆散し、その場に残ったのはバリトの駆るジェネライズだけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

「目標への命中を確認。これよりNRMS-102は戦線を離脱し、施設ナンバー00へ帰投してください」

 

先ほどの作戦司令室でオペレーターの女が指示を出すと、巨大なモニターに映された黒いMSは、その長大なライフルを背中にマウントし、上へと向かってスラスターを吹かせた。それは明らかに地上ではなく、宇宙に向けて進路をとっていた。もしもその様子を、少しでもMSに関わったことのある技術者が見れば目を剥いただろう。なぜならば、現時点でMSの自律飛行はエネルギー効率の悪さから現実的ではなく、更に言えば単独で重力を振り切ることのできる機体など存在しないのだ。それを軽々とやってのけているのだから、その機体に使われている技術が現在の技術のレベルとは隔絶していることは明白であった。

 

そして、その漆黒の機体は加速を続けながら宇宙の闇へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。無事作戦は終了しました。これよりオノゴロ島のオーブ軍基地へ帰投してください。このヤラファス島の滑走路にに軽量輸送機が停まっていますので、そこまで移動してください」

 

3機全てのジンが破壊されてからすぐに、再びオペレーターの男から通信が入った。その声色は先ほどの抑揚のあったものから、元の平坦なものへと戻っていた。

 

「……ああ。了解した」

 

バリトは先程の光景を思い出しながらも、機体を滑走路がある方向へと向かわせた。そして、その道すがらバリトはオペレーターの男に尋ねた。

 

「また質問をしてもいいか」

 

「私の答えられる範囲でなら」

 

「最後の攻撃、あれは一体何だったんだ。今回の作戦に元々明記されていたことなのか」

 

「残念ながら、現在その質問に答えることを許可されていません」

 

またそれか、とバリトは内心で悪態をついていると通信が途切れ、代わりに作戦開始前に今回の作戦の説明を行っていた黒髪の若い女が画面に映された。

 

「作戦成功おめでとうございます。今回の功績により、我々はあなたを高く評価しました。これで、あなたは正式に我々の一員となります。ようこそ、フラガ財閥へ。我々はあなたを歓迎します」

 

バリト自身、フラガという名前に心当たりはなかったが、とりあえず首の皮が繋がったということは理解した。




今回登場した機体の紹介をとりあえずここに書いておきます。


型式番号:NMS-101→GMS-01

機体名:ジェネライズ

基本武装:ビームライフル×1 ビームサーベル×2 シールド×1

機体説明:本機はヘリオポリスで開発されていたGAT-Xシリーズと同時期に開発が計画された。その際、使用された技術はGAT-Xシリーズと同様のものが多く、内部構造を含む各部に共通点が見られる。装甲にはPS装甲は使用されておらず生産性、取り扱いの容易さが意識されて開発された。本機の開発はフラガ財閥が小型化、改良に成功した核融合炉をMSに搭載し、稼働させることが主目的で計画された。結果として計画は成功したが、本機は量産機の製造を目的としたものであるというカバーストーリーの元、オーブのモルゲンレーテ社で開発されていたため、その性能も量産機としての域を出なかった。また、核融合炉が一定以上の出力に達した際、機体内部の排熱が追いつかず、エンジンユニットが融解する事態を引き起こした。その為、核反応炉搭載機としての改良計画は破棄され、量産機としては生産性、互換性、修理の容易さが優秀であった本機は本格的に量産機として生産が開始された。その際、核融合炉の存在を秘匿する為、動力を核エンジンからバッテリー駆動に切り替え、型式番号もNMS-101からGMS-01へと変更された。また、本機にはGAT-X105ストライクと同様に様々な戦闘ユニットが存在しており、戦局に合わせて交換することができる。

型式番号のGMSはGeneral-purpose Maneuver System 汎用型機動機構の略式である。



型式番号:NMS-102

機体名:

基本武装:核動力対応型ロングレンジビームライフル×1 核動力対応型レール砲×1 ビームサーベル×2 近接防御機関砲×2

機体説明:NMS-101では計測が出来なかった、「現存する技術で再現し得る最大出力」を実現させることを目的とした実験機として開発が計画された。その試みは成功し、主に攻撃武装の面で、その火力を遺憾なく発揮した。その他、機動面でも単独で地球の重力を振り切ることが可能であり、現存する全てのMSを凌駕する性能を見せた。また、核融合炉の限界出力に耐える為、内部フレームから装甲に至る大部分が耐熱性に優れたPS装甲素材が採用されている為、重量が平均的なMSを大きく上回っている。なお、この機体の存在はフラガ財閥によって完全に秘匿されている。

型式番号のNMSはNuclear-reactor Maneuver System 核反応炉搭載型機動機構の略式である。また、3桁の数字の初めの数が1の場合は核融合炉搭載型、2の場合は核分裂炉搭載型を表している。本機は102なので核融合炉搭載型となっている。





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