IS 3組の少女 (被る幸)
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1-1

不定期更新になると思いますが、よろしくお願い致します。

流れは基本的にオリジナルは控え、原作遵守で進めていくつもりです。
誤字・脱字等あれば、指摘をお願いします。


リィン、という澄んだ鈴の音色のような音が頭の奥にまで響き渡り、基本操縦用の教科書で何度も反復したものと全く同じのISの操縦方法が流れ込んでくる。

それだけではなく、専門すぎて覚えきれていなかった部分を補完するかのように膨大な情報が意識を侵食してゆき、理解させられた。

 

基本動作、操縦方法、性能、特性、搭載装備、稼働時間、設定行動範囲、センサー精度、シールド残量、エネルギー効率etc.‥‥

 

全てが、もともと備わっていたかのように十全に自分のものとして扱えそうだ。

360度全方位に広がった視界には、奇妙な違和感があるものの、それが当たり前であると頭で強制的に理解させられる。

本物のISを起動させたのはこれが初めてであるが、なるほど、世界のパワーバランスを揺るがすには十二分過ぎる程強大な力だ。

 

戦闘機や戦車クラスの武器でなければダメージを与えることができないシールド、量子化することで状況に合わせて最適な武装を選択できる多様性、大幅な改修を行わずとも地・海・空や極地などあらゆる戦場に対応できる汎用性、必要時以外は待機状態でどこにでも持ち運べる携行性と隠密性、そのどれをとっても旧兵器とは一線を画するものである。

強いて欠点をあげるなら、その核となるコア部分の生産が開発主である篠ノ之 束と数名しかできず、その生産速度も年15個が限界であるというと事と男性適合者の数が恐ろしく少ない事くらいだろう。

 

国産第2世代型量産IS『打鉄』の装甲に包まれた左手を目の高さで突き出し、2、3度握り開きする。

ISの補助で身体能力等も強化されているはずなのに、若干反応に誤差があるようだ。

 

 

「受験番号162番の方、実技試験会場へ進んでください」

 

「はい」

 

 

自分をここまで案内し、ISの装着方法について懇切丁寧に説明してくれた女性教員の声に促され、身体を少し傾けて実技試験場へと低速で進んでゆく。

もっと速度を出して進むこともできそうではあるが、それをすると実技試験開始前に安全管理の点で減点されかねない。

現在、この施設全体が試験会場なのだ。

常在戦場に近い心構えで臨まなければ、女子競争倍率70倍オーバーというIS学園の入学は絶望的と言わざるを得ない。

実技試験会場に入るとそこは、今まで観客席からしか見ることができなかったISアリーナのフィールドだった。

 

ここまで来た、その喜びから心が抑えきれなくなりそうなほど躍り、歓喜の声をあげたくなるが我慢する。

 

 

「はい、貴女が次の受験生ね。じゃあ、自己紹介してくれるかな?」

 

 

実技試験の相手として自分を待っていたのは、同じ年代の少女としか思えない人だった。

試験官を務めているので教員であるのは間違いないのだが、大きさが若干合っておらず、今にもずれてしまいそうな黒縁眼鏡とおっとりとした純朴そうな外見で、そうには見えない。

しかし、こんな事で動じてペースを乱すほどヤワな精神はしてはおらず、落ち着いて対応する。

 

 

「自分は、受験番号162番。重善(じゅうぜん) 刹利(せつり)、本日はよろしくお願いします」

 

「はい、確認しました。受験番号162番、重善さんですね。

私は、実技試験官の山田 真耶です。今日は、よろしくね」

 

「はい」

 

 

山田先生が装着しているのはフランス製第2世代型量産IS『ラファール・リヴァイヴ』である。

第2世代型の中でも後期に生産された機体で、高い汎用性と後付け装備の豊富さが特徴の万人向けのISだ。

そのスペックは第2世代型中期に生産された『打鉄』を防御能力を除いては全て上回っており、使用するISが逆ではないのかと尋ねたくなる。

 

 

「では、実技試験の内容を説明します」

 

 

実技試験の内容を簡単にまとめるとこうだ。

 

○試験時間15分の模擬戦形式

○使用できる武装は登録リストの中から何を何度使用しても良い

○試験時間が5分を切るまでは試験官は反撃せず回避に徹する

○模擬戦の敗北は不合格ではない

 

とりあえず、現状でどれだけISを操縦できるかを見るためのものらしい。

自分のように今日初めてISを起動させた人間も少なからずいるのだから、そうであってもらわなければ困る。

 

 

「では、好きな武装を展開してください」

 

「はい」

 

 

意識を集中させると、視界とリンクしたハイパーセンサーに現在使用可能な装備の一覧が現れる。

 

近接装備は『打鉄』の基本装備である刀型から、太刀、脇差、ショートソード、ロングソード、クレイモア、レーザーブレード、メイス、アックス、ランス、ハルバート、スピア、ナックル、鉤爪etc.‥‥

射撃武器はハンドガン、アサルトライフル、アサルトカノン、軽機関銃、重機関銃、ショットガン、ガトリング、グレネードランチャー、ロケットランチャー、バズーカ、レーザーライフルetc.‥‥

他にも投擲武器や設置武器、補助装置等、現在までに製作された物をすべて集めてみましたと言わんばかりの

量の情報が一気に頭に流れ込み驚く。

 

試験官の山田先生の微笑ましいモノを見るような視線から察するに、きっと自分の前に実技試験を受けた子も同じような事していたのだろう。

全く、事前説明くらいして欲しいものだ。

 

 

 

 

 

 

ふふっ、驚いてる。驚いてる。

特別に用意された独立型拡張領域(バススロット)とのリンクによって表示される、膨大な展開可能な装備のリストを見て驚く微笑ましい姿を見れるのは、実技試験官の特権ね。

緊張でガチガチになっていたりする子も、こういった時には素の表情が見ることができる。と私、山田 真耶は思う。

世界で最も競争倍率が高い高校としてギネスにも認定されたIS学園の試験、その緊張感は生半可なものではなく、毎年極度の緊張で倒れたりする受験生が後を絶たない。

皆、自分以外の人間は敵と思っているような殺気立った筆記試験の会場は、本職の軍人ですら近づくのは遠慮したいと言い出すほど重苦しいのだ。

そんな中で、この実技試験は少しだけ違う。

 

もちろん試験に対する緊張もあるが、初めて触れるISへの興奮、広がる世界の感動、新しい自分の発見に対する恐れ、その他多くの感情が高校入学前の多感な時期の少女達にあふれる。

だから、その子の素に近い表情を群れるのはこんな時にしかないのだ。

 

 

「ゆっくりでいいですからね」

 

「はい」

 

 

こちらを向いて落ち着いた声で返事をしているが、その若干釣り上がった鳶色の瞳には非難の色が見えた。

やっぱり、ちょっと恨まれてしまったようである。

装備を選んでいる間に、私も彼女の簡単なデータを再確認しておく。

 

 

重善 刹利  女性  生年月日:H30.04.11 15歳

出身:日本  ISランクB-  総IS稼働時間0時間0分

筆記試験:274/300  体力試験:A-

 

筆記も体力もかなり高い成績を修めているし、ISランクも悪くない。

実技試験で危険な機動や暴走をしなければ、まず間違いなく合格するであろう。

春から、副担任ではあるが自分が受け持つ生徒になるかもしれないと思うと楽しみで胸が躍る。

そうしてデータをスクロールしてゆくと、体力試験の追記事項に気になる点を見つけた。

 

反応速度:0.13秒

 

これは、驚異的な数値と言える。

データによれば部活動等に所属してはいないようなので、天性のものなのだろう。

日常生活においては、この高い反応速度を生かす機会は少ないだろうが、ISを装着しているならば話は少し変わってくる。

ISには超音速での機動や特殊な装備の為にAllegory Manipulate Systemという人間の脳とISを接続するシステムが搭載されており、これにより人間の反応速度を超えた動きができるのだ。

生身の時点で人間の限界に近い反応速度を出せる彼女がISの補助受けると、どれほどのものになるのかわからない。

 

 

「よし」

 

 

『打鉄』の両手が一瞬光り、武装が量子展開される。

その両手に握られていたのは無骨なデザインのハンドガンだった。

 

アメリカ製 IS2014A1  装弾数7+1発

IS開発最初期に製作されたハンドガンタイプの武装

70年以上軍用拳銃として採用されていた『M1911』をIS用に再設計され、耐久性とカスタム性の高さから現在でも根強い人気を持つ

貫通力よりもストッピング・パワーに優れ、多種の兵器にも劣らない威力を誇る

 

なかなかマニアックな武器を選んだものだと思いつつ、気持ちを引き締める。

 

 

「準備はいいですね?」

 

「はい」

 

「では、実技試験を開始します」

 

 

そう宣言するのに連動し、視界に隅でカウントダウンが開始される。

彼女の方のハイパーセンサーにも、ちゃんとカウントダウンは表示されているようで緊張度が高まったのが見て取れた。

 

さて、彼女はどういった戦法を取ってくるのだろうか。

驚異的な身体的スペックを持つ実力未知数の相手に、もうすっかり忘れかけていた代表候補生の頃の血が騒ぐ。

 

 

3‥‥2‥‥1‥‥

 

 

カウントが0になった瞬間、『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で急上昇する。

本当なら実技試験では専用機持ち、総稼働時間24時間を超える者以外に戦闘機動は行ってはならないのだが、そこは実技試験の点に色をつけるので許してもらおう。

それに、バレなければ問題ではない。

 

さあ、これに彼女はどう反応す‥‥

 

 

――左脚部被弾、シールド減衰。ダメージ8、実体ダメージ無し

 

 

ハイパーセンサーに表示された文に驚きつつ、左脚部を確認すると弾丸が掠ったのだろう爪先部の装甲が欠けていた。

油断がなかったといえば嘘になるが、それでも開始直後の瞬時加速に反応して射撃を行い、あまつさえ命中させるとは思いもしなかった。

 

これは、本物なのかもしれない。

 

 

「‥‥初めてなのに、すごいね」

 

「これくらい、普通です」

 

 

そう言って、両手に持ったハンドガンを構える姿は素人っぽさが残るものの、私の動きに合わせて反応していた。

どうやら、まだ行動の先読みというものができないので、天性の反応速度でそれを補っているのだろう。

 

ちょっと意地悪しちゃおうかな?

 

 

 

 

 

 

「ふぅ‥‥」

 

 

未だ火照りの取れない身体に清涼飲料を流し込み一息つく。

現在、実技試験を終え、駅のホームで電車を待っている。

個別解散ではなかったので時間が掛かり、駅の電光掲示板横にある時計で確認してみると20:49だと示していた。

ここから、自宅の最寄駅まで8駅もあり、その駅からも自転車で30分近くかかるのだ、きっと自宅に辿り着く頃には22時近くになるだろう。

別に親が躾に厳しく、門限が定められているわけではない。

 

問題は、もっと単純で‥‥そして深刻なものだった。

 

 

グ~~、ギュルギュル~~‥‥

 

 

「お腹空いたな」

 

 

そう、ものすごく空腹なのだ。

実技試験の集合時間は朝の9時で、自分の試験開始時刻は午後で昼食休憩からも近かったので弁当は軽くつまめるものしか持ってこなかったのである。

自慢でもなんでもないが、自分はよく食べる。

一般的な女子中学生の倍くらいは簡単に食べるし、あればあるだけ食べたくなるタイプだ。

なので、つい食べ過ぎて実技試験でお腹が痛くならないように、予備の食料等を持ってこなかったことが、こんなところで響いてくるとは思わなかった。

 

 

「炭酸なんて買うんじゃなかったな」

 

 

火照った身体にはちょうど良かったかもしれないが、空きっ腹には炭酸の刺激は強すぎる。

喉が渇いていたのもあってかペットボトル選んでしまったので、容器の中にはまだ半分ほど中身が残っている状態だ。

 

 

「‥‥強かった」

 

 

そっと目を閉じてみると、実技試験の様子がまざまざと思い出される。

もともと勝てるなんて思ってはいなかったが、反射神経には自信があったし、実機を動かす機会には恵まれなかったが、その分市販されている教本をいくつも購入しイメージトレーニングと身体作りは怠らなかった。

でも、そんなものは大して役に立たなかった。

 

反射神経の良さを逆手に取られ、不規則なフェイントに揺さぶらて射撃は安定せず。

それでも必死に食いついて『多段加速(ショート・ブースト)』を駆使して、何発命中弾を出すことに成功したが、繰り返す内に対策を取られて当たらなくなってしまう。

リロードを何度も繰り返し、消費した弾倉の数が両手の数より多くなったところで10分が過ぎ試験官の反撃が始まった。

武装展開時の好きを見逃さず妨害を行うが、そんな小手先の技術など1度しか通用せず、結局は試験官の攻撃を紙一重で回避しつつカウンター叩き込むので精一杯だった。

 

反射神経任せのカウンターなんて何度も成功するわけもなく、次第『肉を切らせて骨を断つ』戦法に変化し、最終的に骨も断たれてしまう。

試験官のラファールのシールドエネルギーは半分くらいは削れたと思うし、それなりの操縦技術は示すことができたはずだ。

 

 

「合格してるといいな」

 

 

目を開いて空を見上げると、そこには綺麗な星空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

「稼働時間が0の者相手に、専用機持ちと同レベルで戦うなど何を考えてる!」

 

「す、すみませ~~ん」

 

 

IS学園の職員室に世界最強の怒号が響く。

口径が小さければIS装備でも弾く強化ガラスがビリビリと震え、他の教師達は触らぬ神に祟りなしと安全な場所で静観を決め込んでいる。

 

 

「まったく、いくら体力テストで優秀な成績を修めていても実機でも高い技能を発揮できるとは限らんのだぞ!」

 

「はいぃ‥‥でも、織斑先生。見てください、ここで私の展開に反応して『展開介入』してきてるんですよ!

初の実機でここまでできるなんて、やっぱりこの娘は本物だと思うんですよ!!」

 

「確かに、初の実機で元代表候補生の相手にここまでの動きができるなら十分すぎる」

 

「ですよね!ですよね!!射撃も銃口と私の指の動きで回避してきますし、近接戦を仕掛けたらカウンターしてくるんですよ!!」

 

「落ち着かんか!」

 

 

スパァーーーンッ!!

 

音を置いていかんという速度で振り抜かれた業務日誌が真耶の頭を捉える。

 

 

「とりあえず、コイツは合格だ。しかし、今年はどうもおかしい」

 

「うぅ‥‥そうですね、世界でも10人に満たない男性操縦者が4人、入学式には間に合わない子もいますが専用機持ちが8人、この娘も含め高すぎる操縦技術を持つ娘も多数、それに篠ノ之博士の妹さん。

はっきり言って異常です」

 

 

それまで静観を決め込み、合否判定作業に勤しんでいた他の教師も同意するように頷く。

例年であれば技量の高い生徒が多い年は何度かあり、専用機持ちが複数入学してくることもあった。

しかし、今年はそれに加えて世界に9人しかいない男性操縦者の約半数が入学し、その全員が専用機持ちである。

 

 

これも、お前の思惑通りなのか。束?

 

 

世界最強は、世界のどこかでほくそ笑んでいるだろうISの開発者を思い大きな溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 




用語解説

多段加速(ショート・ブースト)
小さな加速を連続して行う機動技術。
瞬時加速(イグニッション・ブースト)』に比べて燃費はよく、連続して行うので空間を縦横無尽に移動することができる。
ただし、実戦で使用する場合はある程度の速度が必要なので、慣れない間は酔う事が多いので注意が必要。

『展開介入』
相手の武装展開時に、展開直前の量子化状態の一瞬に銃弾等の異物を紛れ込ませエラーを起こさせ展開を失敗させる技術。
基本的にISの武装展開時間は1秒未満であり、上級者になればさらに早くなるので成功確率は極端に低い。

『独立型拡張領域(バススロット)
必要のない後付武装(イコライザ)等を大量格納するための装置。
全長9mのモノリス型をしており1機で最高500もの後付武装を格納でき、コア・ネットワークに接続することによって格納された武装を自由に使用できる。
開発企業やISアリーナには最低1機の設置義務が課せられており、後付武装をそのまま保管することは国際法で禁じられている。
公式戦での使用は認められていない。
価格:1機4億円


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1-2

原作突入は、次話以降になります。
なので、今回は原作キャラクターは一切登場しません。




某日、IS学園特別会議室

 

学園地下に設けられたこの場所は生徒は勿論、学園の教員の大半は存在を知らない影の部分にある。

清掃と整備用のロボットの侵入口以外に外部との繋がりを持たないこの部屋は、壁と天井がモニターになっており、そのモニターにはIS関連企業を代表する面々が映し出されていた。

 

 

『我社は、232番と618番との交渉を希望する』

 

『叢雲さん、それは欲張りというものです。どちらもISランクAで稼働時間も10時間超え、御国の言葉にもあるでしょう《二兎追うものは一兎をも得ず》と』

 

『ウチとしては、男性操縦者と交渉できるならどうでもいいわ』

 

『イングリット、お前の所は男性操縦者の1人のISスーツを開発することになっているだろう』

 

『あら、そうだったかしら?』

 

『おやおや、歳だけはとりたくないですね』

 

『同感だ』

 

『潰すわよ?』

 

 

ここで行われているのは、今年入学する新入生に対する交渉権の調整だ。

簡単に表現するならIS版のドラフト会議に近いものがあるが、世界に現れてから10年も経っていない歴史も浅く成熟していないISでは、国際法の整備も甘く大企業が圧倒的有利に事が進む。

なので『弱肉強食』『隷属か、死か』という戦国時代も真っ青な状態である。

発言こそしていないもの中流企業の姿もあるが、それは大企業のお溢れに与るのを待っているに過ぎない。

しかし、この場に参加できるだけ恵まれていると言わざるを得ないのだ。

この場に参加できない新参の弱小企業は、データを取ろうとすればIS学園を頼るか、多額の契約金を払って他企業の契約操縦者を雇うしかない。

後者を選べる余裕はないし、前者を選ぼうにも申請から認定まで数ヶ月はかかるし、その間に何かしらの不備があれば申請は却下される。

 

 

『そういえば、デュノアは来ないのか?』

 

『色々忙しいんじゃないの?フランスは《統合計画》から外されたわけだし』

 

『あの方は先見性に欠けていますしね』

 

『一応、専用機持ちの娘を入学させるらしいですが時間稼ぎにもならないでしょう』

 

『盛者必衰』

 

『おお、怖い怖い』

 

 

そんな軽口を叩きながら、各企業は互いに腹の探り合いを続ける。

この場にいる者たちにとって他企業の没落は権益拡大の機会でしかなく、どう上手く立ち回れるか、妨害するか以上の興味はない。

 

 

『次は、コルトさんの順番でしたね。希望する娘はいますか?』

 

『というか、何でケーファーが仕切ってんの?』

 

『誰もやらないからですが?』

 

『あっ、そう』

 

『162番だ』

 

 

中央の空間投影機に映し出されていた実技試験の映像が宣言された番号の物に変わり、その横に生徒のデータが表示される。

アメリカ企業コルト・ファイヤーアームズの系列会社であるコルト・ISの社長が選んだのは、重善 刹利であった。

 

 

『あっ、うちも162番希望ですね』

 

『ハービックか』

 

『ええ、清く正しい企業ハービックです』

 

『相変わらす、ムカつく話し方だな』

 

『いえいえ、インテリオルさんほどではありませんよ』

 

『なんだと!』

 

『はいはい、インテリオルさんは落ち着いて、ハービックさんも挑発しないでください。会議が順調に進みません』

 

『おやおや、これは失礼しました』

 

『ふん』

 

 

その後も大企業を中心としたIS学園新入生の交渉権会議は大半の生徒が未決定状態で一時中断となり、次回に持ち越されることとなった。

果たして、重善 刹利を獲得するのはコルト社になるのか、それともハービック社になるのか

 

神のみぞ知ることである。

 

 

 

 

 

 

「やったぞ、刹利!合格だ!!」

 

 

早朝、部屋に駆け込んできた父の嬉しそうなその言葉を聞いた瞬間は、寝起きということもあってか、いったい何のことを言っているのか理解できなかったが、すぐに今日がIS学園の合格発表だったことを思い出す。

本当なら合格への歓喜で満たされるところであるが、自分は違った。

 

 

「もう、父さん!勝手に自分の部屋に入ってこないで言ってるでしょ!!」

 

「な、なんだよ‥‥家族なんだからいいじゃないか」

 

「家族でもダメなの!」

 

 

手元にあったIS教本を手に取り、投げつけようとしたところで踏みとどまる。

ノックもせずに入ってくるなんて怒られても当然のことではあるが、父も合格を逸早く自分に知らせたかったというのもわかるので怒りづらい。

とりあえず、教本を下ろし、父に手を差し出す。

 

 

「とりあえず、頂戴」

 

「何をだい、刹利?お小遣いなら先週渡し‥‥」

 

「合格通知書に決まってるでしょ!」

 

「あ、ああ、そうだった。そうだった」

 

 

何の為にここに来たのかすら忘れるなんて、父も歳ということだろうか。

40代と年齢的には若くても、何かと女性が優遇されるのが主流になりつつある昨今で、早くに妻を亡くし男手ひとつで娘1人を育てるのは自分の想像もつかぬ苦労があったのだろう。

その点には深く感謝しているが、それはそれ、これはこれだ。

 

父から受け取った通知書の『合格』という文字を見て、ようやく実感が湧いてくる。

 

 

「や‥‥」

 

「刹利?」

 

「やった!自分、よくやったぞ!!」

 

 

暴走しそうになる喜びを発散させる為に自分で自分を褒める。

嬉しさが溢れ出して止まらない、ざまあみろ『重善さんの成績じゃ、記念受験にしかならないわね』とか言った担任教師、自分が本気を出せば合格できるんだぞ。

瞳から溢れてくる涙を拭う事無く、ただ喜びに震える。

 

 

「ああ、よくやったな刹利」

 

「当然!自分、努力家だからな!」

 

 

父の大きな手が自分の頭を撫でる。

乱暴な手つきで撫でるので髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまったが、今くらいは許してあげよう。

 

 

「よし、今日はお祝いに何処か食べに行くか!!」

 

「えっ、別にいいよ。自分が作るから」

 

 

女性優遇社会の中で男親だけであると、社会立場的にも経済的にも不利になってしまうことが多い。

ISが世界に出てきてから社会は変わりつつある、それもあまりよくない方向に。

これまで男性が優遇気味だった反動が一気に来たかのように、男性の地位は王族・皇族、一部の上流階級の人間を除いて地に落ちた。

実直な性格の父は、会社の中でも男女差別することなく公平公正に仕事をしてきたので特に立場とかは変化なかったが、それでも特にここ数年で残業で会社に泊まり込むや出張の回数が著しく増えた。

でも、父の給料はあまり上がっていない。

 

昨日も帰ってきた様子はなかったし、今も草臥れたスーツ姿であることから察するに帰ってきたばかりなのだろう。

よく見れば、目の下には不健康な隈が見えた。

 

 

「いや、刹利が頑張って掴んだ合格だぞ!お祝いしなくてどうする!!」

 

「でも、最近は教本とかで出費が多かったし‥‥」

 

「子供が遠慮するな!」

 

 

父に額を小突かれる。

見えていたので回避することはできたのだが、こういうものは避けてはいけない気がした。

 

 

「あぅ」

 

「こういう時のための蓄えくらいあるさ、父さんをなめるなよ」

 

「‥‥わかった。けど、とりあえず父さんはシャワーでも浴びてきて。

その間に朝ごはん作っとくから」

 

「ああ、すまない」

 

「別に、家族でしょ」

 

 

ようやくテンションの落ち着いた父を部屋から追い出す。

もう一度、通知書に記されている『合格』という文字を確認して、少し特殊な鍵の掛かる引き出しに厳重にしまい、朝食を作りに台所へと向かう。

 

 

「よしっ!頑張るぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう、重善さん。我が校からIS学園進学者が出たのは喜ばしい限りのことだ。

単にこれは君の普段からの努力のたまものであり、この結果は君の後輩達に大きな希望の道を示し、さらなる自学研鑽をさせその道に続く者を生み出すだろう。

そう君は、第一人者となったのだ。登りゆく朝日よりも、明るい輝きで『道』を照らしている。

そして我々がこれから向かうべき『正しい道』を‥‥」

 

 

IS学園合格を学校へ報告しに行くと、職員室は騒然とし校長室へ強制連行された。

そして、現在校長の拷問じみた長い演説に付き合わされている。

どうして、地位も高く年齢を重ねた人間というのは、こうも人に偉そうな話をするの好きなのだろうか?

自分がこの地位に来るまでに重ねた経験を語りたいというのは、クラスメイトの男子がたまにしている悪いことをした自慢に似ている気がした。

 

つまり、している方は気持ちいいかもしれないが、される方はどうでもいい。

 

 

「これからIS学園に入学し、幾度となく『こんなはずじゃなかった』と思うことがあるだろう。

しかし、そんな時にこそ自暴自棄にならず初心を思い出して欲しい。どうして、ここに来ようと思ったのか、そしてそれを支えてくれた人の顔を」

 

 

既に校長の話が始まってから10分近く経っているのだが、終わる気配は全く見えず、むしろ調子が乗ってきてさらに長くなりそうな予感すら感じさせる。

自分をここまで強制連行した担任も、あまり顔には出さないがうんざりしているようだ。

 

 

「校長、IS学園合格者に会いたいという企業の方が‥‥」

 

「そうか、まだまだ話したいことがあるのだがここまでにしておこう」

 

 

どこの企業の人か知らないがGJだ。この精神的苦行から解放されるなら、いくらでも会おう。

自分を呼びに来た教頭に連れられて、今度は応接室に案内される。

しかし、IS学園に合格したら企業の人間が会いに来るようになるなんて、『IS操縦者になると、世界が変わる』という言葉は本当だったのか。

 

 

「こんにちは、重善 刹利さんですね。私は、IS開発企業『ハービック』の紅葉(もみじ)・ディランです。

本日は、重善さんとの契約交渉のために来ました」

 

 

応接室にいたのは、とても綺麗な女性だった。

シミ一つ無い白磁の肌、アルビノというのだろうか白というより銀色に近い絹糸の髪、ルビーレッドの瞳、等身大の精巧なドールが動いているような整い過ぎた容姿は、どこか現実味を薄くさせる。

同性である自分でこれなのだ、異性である教頭などみっともなく見とれていた。

 

 

「どうも」

 

「申し訳ありませんが、重善さんと2人にしてもらえないでしょうか?」

 

「は‥‥はい、わかりました!」

 

 

美しい女性の頼みに二つ返事で了承し、応接室から出てゆく教頭。男の悲しい性というものなのだろうか。

椅子に座るが、正面から見るとこの美貌は凶悪な武器だ。

爛々と妖しく輝く赤い瞳に見つめられるだけで、筆舌し難い不安感に襲われ心が激しく掻き乱される。

 

 

「さて、早速ですが本題に入らせていただきます。こちらの都合で申し訳ありませんが、この後にも処理しなければならない案件ありますので」

 

「は、はい」

 

「我社についてどこまでご存知でしょうか?」

 

 

IS開発企業『ハービック』

アメリカに本社を置き、IS量産のシェアでは10位を下回り本格量産された機体はないものの推進系統、特に超音速関連の開発には他社の追随を許さないほどのノウハウを持ち、第1世代後期から超音速機の開発に成功している。

また、『IS最速』と名高い時速3800kmを記録した『ライトニング‐Ⅵ』の開発元でもある。

ISレース『キャノンボール・ファスト』の国際大会においては幾度となく優勝を果たし『1位で当然、2位で不調、3位で天変地異』と呼ばれるほど圧倒的な強さを示し、他企業に合わせる為の制限が入ったほどだ。

 

『速度のハービック』と呼ばれ、IS開発企業では5指に入るとされる大企業中の大企業である。

 

 

「雑誌に乗ってる情報程度なら」

 

「充分です」

 

 

わからない。企業としてISコアを多数所持し、国家代表に選ばれるような契約操縦者が在籍している大企業が、一般公立中学校からIS学園に合格した程度の自分に契約交渉を持ちかけてくるのだろうか?

これがまだ装備開発の小企業とかなら青田買いなのかと、まだ現実感がある。

しかし、今自分の前にいるのは超一流大企業の人間だ。

IS学園の合格のところから夢でも見ているのでは?と疑いたくなる。

 

 

「では、現在こちらが提示できる契約内容についてご説明します」

 

 

本当はまだ理解が追いついていないのだが、頷いておき話を進めてもらう。

提示された内容は、自分の今までの常識を塵一つ残さず消滅させるに足る程驚愕すべきものだった。

 

○契約金 年額480万円(賞与無し)

○当社から支給される装備を優先的に使用

○稼働データの全提出の義務

○月10時間以上の運用データの収集

○他社との契約禁止

 

 

「運用データの収集等に関しましては、優先して機体を使用できるようIS学園との調整を行いますので問題ありません」

 

 

正直、自分を代表候補生か何かと勘違いしていないかと尋ねたくなるくらいの破格の好条件だ。

自分は反射神経以外に取り柄がない普通の女子中学生で、天才的な才能を持っているわけでも、特殊な操縦技術を会得しているわけでもない。

 

『見て、反応する』

 

そんな簡単なことしかできないのだ。

 

 

「契約内容で何かご不明な点はありませんか?」

 

「‥‥どうして、自分なんです?」

 

「どうしてとは、どういうことでしょうか?」

 

「どうして、自分なんかと契約しようと思ったんですか?

『ハービック』程の大企業なら、自分よりももっといい人を選べるでしょう」

 

 

何も考えず、釣られた餌に飛びつくように契約するのが一番賢いのかもしれない。

でも、聞かずにはいられないのだ。

 

 

「成程、重善さん。どうやら貴女は自己評価が低すぎるようですね」

 

「え‥‥」

 

「はっきり言いましょう。貴女の実力は、この数年間でも例を見ない異常な程レベルの高い今年の新入生の中でも上位に入る‥‥専用機を持たないものとしてならトップクラスとも言って良いほどのものなんですよ?」

 

「嘘だ‥‥そんなの絶対嘘だぞ!」

 

「嘘ではありません。ですから、こうして私がここにいるのです」

 

 

自分がトップクラスの実力者?夢にしても出来すぎた話だ。

現実は漫画のような幸せご都合主義なんて存在せず、実機を動かしたことのない素人が少し努力したからといって凄い実力を身に付けるなんてありえない。

 

 

「‥‥」

 

「信じるか、信じないかは自由です。ですが、我社は貴女という人材を求めているというのは紛れもない事実です」

 

 

そう言ってディランさんは契約書を差し出してくる。

内容を読み返してみても、説明されたのと全く変わりないものであり、騙されて不利な契約を結ばされようとしているわけではない。

ここでこの契約書にサインをすればその時点で、自分は『ハービック』という大企業の契約操縦者となり、今後の未来も保障される。

そううれば、この女性優遇社会の荒波の中で男手ひとつで真っ直ぐに自分を育ててくれた父にも恩返しができる。

 

ならば、迷う必要はない。

 

 

「契約成立です。

これからは私が貴女の上司になるから、よろしくね」

 

 

契約書のサインを終えたあとのディランさんの笑顔は、先程までの妖しい恐ろしさなど微塵も感じさせない、優しくて綺麗なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




用語解説

『ライトニング‐Ⅵ』
ハービック社の開発した第2世代型IS
パッケージ換装無しで超音速機動を可能としており、オートクチュールの使用によりIS最速記録である時速3800kmでの飛行を可能としている。
速度を追求するため実験機であり、機動性以外の性能は第1世代と同等くらいしかなく、基本武装も存在しない。
第5回キャノンボール・ファストに初登場し、2位と5分以上のタイム差をつけて優勝したという伝説を残している。


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1-3

今回も原作突入せず日常パートです。
オリキャラのみで、多数登場しますが、基本的に再登場の予定はありません。



「おう、陽司(ようじ)。遅かったじゃねぇか、待ちくたびれたぜ」

 

「刹利が学校に捕まってたんだよ。おい、大吾(だいご)。お前は少し太ったんじゃないか?」

 

「抜かせ、こちとら体力がものをいう職業だぜ?お前のような、机仕事とは違うんだよ。

お前こそ、少し見ない内に衰えたんじゃないか?腹のあたりとか?」

 

「てめぇ、言いやがったな!」

 

 

夕方、学校に迎えに来た父の車に乗り、父の古い友人である巻島(まきしま) 大吾おじさんの経営するお店へとやってきた。

中学時代からの悪友らしく、お酒が入ると父はよく大吾おじさんとの武勇伝を語ってくる。

高校、大学とラグビー部に所属しフッカーというポジションをしていたという大吾おじさんは地元の高校生からは『熊店長』や『一人世紀末』と呼ばれる程に筋肉質で大きい。

ちなみに、父もラグビー部にウィングというポジションで在籍していたので細身でがっしりとした躰つきをしている。

自分はラグビーについて詳しくないので、具体的に実際にどんな事をするポジションなのかは知らない。

 

大吾おじさんが経営する『男飯』という定食屋は、普通盛りが他店の大盛り並で値段も安く、それなのに素材もこだわったものが使用されており、近所にある中高男子校生運動部御用達のお店である。

しかし、『男飯』は雄々しいだけの店ではなく、大吾おじさんの大きな手から創作されたとは思えない繊細なスイーツの数々も揃っており、女子中高生にも人気が高い。

自宅から少し離れた位置にあるため頻繁に通うことはないが、それでも2週間に1回のペースで訪れている。

 

先月は自分の受験準備や父の出張の関係上の都合で来ることができなかったので、久しぶりということになる。

 

 

「大吾、頼んでいたのモノは出来てるか?」

 

「おうよ、刹利ちゃんのお祝いだぜ。見たら目ん玉飛び出るような出来栄えだぜ」

 

「悪いな、無理言って」

 

「いいってことよ、親友の頼みだしな」

 

 

どうやら、サプライズ的な何かがあるらしい。

父が内緒で何を用意したのか非常に気になるが、それを聞くというのは無粋というものだ。

 

 

「あら、刹利ちゃん。いらっしゃい」

 

「お久しぶりです、さやかさん」

 

「ああ、もう‥‥かたいかたい。もっとフランクでいいのに」

 

 

父と大吾おじさんの楽しげな様子を眺めていると、さやかさんに話しかけられた。

20代前半にしか見えない用紙と外見をしているが大吾おじさんの妻で父達よりも歳上である。

大吾おじさんと歩いていると初見では絶対に夫婦と思われることはなく、良くて親子、悪くて暴漢扱いされ通報されたりする。

自他共に認める『男飯』の看板娘であり、人妻と知りつつも思春期真っ只中の男子中高生を魅了してしまっているらしい。

最も、大吾おじさんが怖すぎるので手を出そうとする勇者は未だ現れていないそうだ。

 

 

「アナタ、久しぶりに陽ちゃんに会えて嬉しいのはわかるけど、お客さんを待たせちゃダメでしょ?」

 

「おっと、すまねぇ。陽司、話は後だ」

 

「ああ、こっちも止めて悪かったな」

 

「気にすんな。刹利ちゃんも楽しみしておけよ!」

 

「はい、楽しみにしてます」

 

 

さやかさんに店の奥にある6名用座敷席に案内される。

いつもならカウンター席なのだが、どうやらサプライズにはここでなければならないようだ。

 

 

「そういえば、陽ちゃんから聞いたわよ。IS学園に合格したんだって?」

 

「ええ、まあ」

 

「すごいじゃない!頑張ったわね!!」

 

 

合格を自分のことように喜ぶさやかさんに抱きしめられる。

デニム生地のエプロンの硬さとその下の豊満な胸の柔らかさ、矛盾する2つが合わさり不思議な心地良さを演出していた。

長年使い続けたエプロンに染み込んだ食べ物の香りに刺激され、お腹が鳴る。

 

 

「おやおや、刹利ちゃんは食いしん坊ですな」

 

「う、うぅ~~‥‥さやかさん、意地悪だ」

 

「だって、なんだか刹利ちゃんがお澄ましさんなんだもん」

 

「別に澄ましてなんかないぞ。ただ、落ち着きを持とうとしているだけっさ」

 

「そうそう、刹利ちゃんはこうじゃなきゃ」

 

 

面接試験の為に1ヶ月近くかけて矯正してきた言葉遣いが崩され素の口調が引き出される。

自分の素の口調は少し語尾がおかしい。

どうしてこうなったのかは知らないが、少なくとも物心ついた頃にはこうだった。

 

 

「はは、さやかさんにかかれば刹利もお手上げだな」

 

「うるさい!父さんは黙ってて!!」

 

「はい」

 

 

なかなかの大声で父を怒鳴りつけるが、騒がしい男子中高生の声の中に消える。

目立っていないことに安堵して一息つく。

 

実際のところは物凄く目立っているのであるが、会話の途中で出てきた『IS学園』という単語に反応して誰も関わろうとしていないだけである。

女性優遇の社会で幼い頃から過ごしてきた彼等にとってIS学園の生徒というのは手を伸ばすことも憚られる高嶺の花なのだ。

 

 

「母ちゃん、刹姉に構ってないで手伝ってくれよ」

 

「はいはい、わかったわよ」

 

 

私に構ってばかりいるさやかさんを呼びに一人息子である優吾(ゆうご)が呼びに来る。

健康的に焼けた小麦色の肌、さやかさんに似たの中性的な顔立ちをしているが大吾おじさんに似て身長は高く、身体は男らしく筋肉質に引き締まっており無駄がない。

来年中学に入学する1年生であるが、2つ隣の町にあるスポーツ強豪の私立中学に特待生として入学が決まっている。

優吾がやっているのはバスケで、持ち前の強靭な身体と超小学生レベルの身体能力を活かしパワー・フォワードというポジションをしている(耳にタコができそうになるくらい説明されたがよく覚えていない)らしい。

バスケの小学生大会では全国に進み3位にもなった。

 

小学校ではモテモテで、クラスには『巻島ハーレム』なるものが存在するらしいが、優吾自身は心に決めた人がいるらしく全て断っているらしい。

産まれた時からの付き合いなので知らないことはあんまりないのだが、そんな人が今まで居ただろうか?

優吾はどう思っているのか知らないが、自分にとっては大切な弟だ。出来ることな力になってやりたいし、いくらでも相談にも乗るつもりだ。

 

 

「久しぶりだな、優吾」

 

「あ‥‥うん、久しぶり、刹姉。その、合格おめでと」

 

「ありがとう。優吾も明星学園だっけ、合格おめでとう」

 

「べ、別に、俺の実力なら当然だし」

 

「おっ、言ったな。生意気だぞ、うりうり」

 

 

少し調子に乗っている優吾の頭を抱き寄せ、整髪料でカッコつけている髪をグシャグシャと強く撫でる。

バスケで鍛えられた反射神経で回避しようとしたが、生憎生半可な反応では自分の反応速度を超えることなど無理だ。

 

 

「や、やめろよ、刹姉‥‥」

 

「あらら、優吾。顔が真っ赤よ」

 

「母ちゃんは、さっさと父ちゃんの手伝いに行けよ!!」

 

「はぁ~~い」

 

 

優吾に怒鳴られさやかさんが退散してゆく。

しかし、せっかく整えた髪の毛をグシャグシャにしているというのにあまり抵抗してこない。

自分が女だからって遠慮しているのだろうか、可愛いやつめ。

 

 

「ほらほら、早く逃げないともっとグシャグシャにするぞ」

 

「うぅ‥‥耐えろ。耐えろ、俺の理性」

 

 

なんだか必死に耐えているようではあるが、抵抗しないのなら容赦はしない。

 

 

「巻島のやつ、あんな綺麗なお姉さんにとイチャイチャしやがって‥‥羨ましいだろ、常識的に考えて」

 

「全くです。ですが、あの方の存在があるからこそ彼は強く純粋でいられるのでしょう」

 

「勿体無い奴だお。少し目をそらせば、美少女ハーレムがあるのに」

 

「お、お前ら‥‥覚悟しろよ」

 

 

近くのテーブル席にいたクラスメイトにからかわれ、優吾はようやく抵抗を始め拘束から抜け出す。

いじるのはもう堪能したので、自分もあっさり開放する。

抜け出した優吾は、持ち前の高い機動性とステップワークで3人との距離を一気に詰め、語尾に『お』がつく小太りの少年を捕まえヘッドロックをかけた。

 

 

「おおおおお、割れる割れる割るッ!頭が割れちゃうおぉ~~!!」

 

「うるせぇ、反省しろ!」

 

「無茶しやがって」「貴方の犠牲は忘れません」

 

 

明星学園に入学が決まって少し大人びたような気がしたが、やっぱりまだまだ子供っぽい。

 

 

「優吾!騒いでねぇで、さっさと戻ってきて手伝え!!」

 

「ええ、もう少し刹姉と話しててもいいだろ!?」

 

「心配しなくても、大丈夫よ。刹利ちゃん達、今日は泊まっていくらしいから」

 

「マジで!!」

 

 

ちょっと待とうか。

大吾おじさんの家には、長期休暇の時などによく泊まるのでこれが初めてではないが、今日泊まるなんて聞いていない。

学校から直接こっちに来たので、泊まるのに必要な諸々の準備だってしていないのだ。

 

 

「ちょっと父さん、どういうこと!自分、何も準備してないぞ!!」

 

「大丈夫、父さんがちゃんと準備しておいたからな」

 

 

真偽を問い正そうと振り返ると、既にビール瓶1本を空にした父の姿があった。

 

 

「ていうことは、まさか自分の部屋に入ったの!あれだけ勝手に入らないでって言ってるのに!!」

 

「い、いいじゃないか。家族なんだし」

 

「家族でもダメなものは、ダメ!!」

 

 

今朝も言ったばかりなのに勝手に入って、しかも泊まる準備のために自分の私物をいじるなんて。

反抗期や思春期の少女みたいに父のことを汚いとか思っているわけではないが、それでも下着等に触れられるのは抵抗がある。

 

 

「うっ、大吾!刹利が‥‥刹利がぁ!!」

 

「お、俺にふるんじゃねぇ!なあ、母ちゃん」

 

「う~~ん、これは陽ちゃんが悪いかな?」

 

 

涙を流しながら調理場へと走り去っていった父を見送り、溜息をつく。

全くいい年なんだから、娘にちょっときつく言われたくらいで何も泣くことなんてないのに。

 

 

「刹姉、今日はISの事いろいろ教えてくれよ」

 

「いいぞ。どうせ、明日は休みだしいくらでも語ってやるからな」

 

「よっしゃ、テンション上がってきたぁーーー!!」

 

 

やっぱりISに興味があるのか。

あの機械的なデザインは、どう考えても女の子よりも男の子ウケしそうだ。

そろそろ中二病の発症時期に差し掛かる優吾にとってISの存在は、最も近しい非日常への架け橋になっているのだろう。

 

 

「優吾、哀れな奴だお」

 

「言ってやるな、常識的に考えて」

 

「距離が近いと、異性として認識されない。ゲーム的には美味しいんですが、リアルだと笑えませんね」

 

 

ディランさんから貰った『ハービック』のISに関する資料もあるし、受験の為に『打鉄』や『ラファール・リヴァイヴ』、『ストラトス・イーグル』等の有名量産ISなら色々調べたし、一晩かけても足りないくらい教えてやろう。

いつも自慢を聞いてるんだから、今日くらいは聞き役に回ってもらうぞ。

 

 

 

 

 

 

「では、改めましてぇ‥‥刹利ちゃん、合格おめでとう!」

 

「「「「「「おめでとう」」」」」」

 

「ありがとうございます」

 

 

さやかさんの言葉に他が続く。

今日はお祝いのために営業時間を早めに切り上げてくれたらしく、稼ぎ時だというのに店内には自分と父と巻島一家、そして優吾のクラスメイト3人しかいない。

夕食を軽く食べているので、テーブルの上に並べられているのは簡単につまめる物やスイーツ系が主だ。

そんな中でテーブルの中央には十何人分と疑いたくなるくらい巨大なケーキが鎮座している。

きっと、父と大吾おじさんの用意していたサプライズというのはこの事だったのだろう。

確かに、目玉が飛び出しそうになるくらい驚いた。

 

 

「けど、良かったんですか。僕たちみたいな部外者も参加して?」

 

「何言ってんだお、お祝いは大人数でした方がいいに決まってるお」

 

「確かにそうだが、少なくともお前が言うことじゃないだろ」

 

 

この3人であるが、なかなか個性的である。

 

 

「お前ら、刹姉に迷惑かけたら‥‥捻るからな?」

 

「「「どこを!!」」」

 

 

ちなみに、この3人も明星学園に推薦合格している秀才である。

傍から見れば優吾も含めてバカルテットという言葉がしっくりきそうな4人組ではあるが、人は見た目によらないらしい。

 

 

「それにしても、刹利ちゃんがIS乗りか‥‥なんだか想像つかねぇな」

 

「ああ、俺もだ」

 

「おいおい、親のお前がそんなんで大丈夫か?」

 

「大丈夫‥‥だと思う」

 

「陽司、お前も不安かもしれないが‥‥一番不安なのは刹利ちゃんだっていうことは忘れんなよ」

 

「そうね、刹利ちゃんは弱音を吐かない子だから気をつけないと」

 

 

父達が何やら話し込んでいるが、優吾達の方が騒がしくてよく聞こえない。

 

 

「そういえば、せつりんは専用機とか貰ったのかお?」

 

「せ、せつりん?」

 

「てめぇ、店の裏に行こうぜ‥‥久しぶりにキレちまったよ」

 

「ーーーッ!!」

 

 

せつりん呼ばわりに、何故か優吾がキレて小太りの少年の頭を掴む。

ミシミシと頭蓋骨が軋む音がこちらにまで聞こえてきそうな痛そうなアイアンクローを決められ、少年は声にならない悲鳴を上げながらもがく。

 

 

「馬鹿な奴だ。わざわざ虎の口の中に飛び込むんだからな」

 

「そうですね。まあ、いつものことですが」

 

 

この2人は本当に小学6年生なのだろうか、変に落ち着きすぎて年上にすら見えそうになる。

 

 

「あのバカがご迷惑をおかけしました」

 

「友人代表として、謝罪します」

 

「別に、あれくらいなら気にしてないぞ」

 

「だそうだぞ、優吾。そろそろ開放してやれ」

 

 

160cmぴったりの自分より頭半分位高い『常識』が口癖の少年がそう言うと優吾はしぶしぶと小太りの少年を解放する。

この少年は、暴走気味の優吾達の中でいつも仲裁役をしているのだろう。

謝る時の姿も妙にサマになっていたし、いつも一緒に頭を下げているに違いない。

 

 

「死ぬかと思ったお」

 

「だったら、もう少し考えて発言すべきですね。専用機は代表候補や大企業の契約操縦者じゃないと貰えないんですよ」

 

「そうなのかお?」

 

「お前はもう少し新聞を読むべきだろ、常識的に考えて」

 

 

もう1人の少年は至って普通の体型で、特に目立つ容姿はしていないが、参謀的なポジションなのだろうか小太りの少年に対してISについて色々教えている。

 

 

「つまり、IS学園に合格したばっかりの刹利さんに専用機を手に入れる方法はないんですよ」

 

「なるほど、さっぱりわからんお」

 

「まあ、説明したところで理解してくれるとは思っていませんが‥‥結構腹立ちますね」

 

 

付け加えるなら、温厚そうに見えて意外と短気のようだ。

 

 

「刹姉、ごめん。騒がしい奴らで」

 

「気にしていないさ、むしろ見ていて楽しいぞ」

 

「なら、良かったけど」

 

「そうだ、いいもの見せてやるぞ」

 

 

夕食を軽く食べたあとに少し時間があったので車から持って来ておいた鞄から『ハービック』のIS資料を取り出す。

 

 

「じゃ~~ん!本物のISの資料だぞ!!」

 

「「ええぇ~~~!」」

 

 

この資料の価値を理解できたのか背の高い少年と参謀役の少年が驚く。

まあ、驚くのも無理はない。IS雑誌なんかとは違い、自分が取り出した資料は普通では知ることができないようなマニアックなデータまで記載されており、IS企業に知り合いがいなければお目にかかることは出来ないレアものなのだ。

 

 

「「そんなに凄いのか(お)?」」

 

「凄いなんてレベルじゃないだろ」

 

「本物IS資料、しかも『ハービック』社のモノなんて、マニアに売れば数十万は下らない代物ですよ」

 

「「数十万!!」

 

「ちょっと見せてもらってもいいですか!?」

 

「ああ、いいぞ」

 

 

IS資料を背の高い少年に渡すと丁寧かつ素早く内容に目を通してゆく。参謀ポジションの子もその横から必死に覗き込んでいる。

やっぱり、男の子には堪らない一品だったらしい。

 

 

「なあ、これって‥‥」

 

「ええ、一般に出回っているはずがない今年度の最新版ですね」

 

「ああ、『ハービック』本社の人から直接貰ったからな」

 

「直接?」

 

 

そういえば、『ハービック』と契約したことを言ってなかったことを思い出した。

胸ポケットに放り込んだままだった『ハービック』の社員鉦を取り出し、制服の襟に付ける。

 

 

「そ、それは!」

 

「君達には、ちゃんと自己紹介していなかったな。

 

自分は、IS開発企業『ハービック』専属IS操縦者 重善 刹利だ。よろしくな」

 

「「「「「「ええぇーーーーーーーーッ!!」」」」」」

 

 

今日一番の驚きの声が、『男飯』の建物を揺るがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




用語解説


『ストラトス・イーグル』
アメリカ製第2世代型量産IS
『統合生産計画』によって開発された量産ISで、アメリカのIS企業が合同開発した『量産IS最高傑作』『世界最強の量産機』と名高い機体。
第2世代中期に開発されながらも機動性、索敵、射撃能力、耐久性の全てがハイレベルで完成されており、パッケージ換装によってあらゆる要求にも答えられるようになっている。
唯一の欠点は、その高額すぎるコストで1機当たり打鉄1.8機分となっている。
なので、それを皮肉るように『半専用機』と呼ばれることもある。


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1-4

ようやく原作突入ですが、題名にある通り刹利のクラスは3組なので原作キャラは殆ど出てきませんし、半オリキャラ化しています。



これは、結構辛い。

『国際超級美少女の集う楽園』と称され、全ての男達の憧れの的でああるIS学園に入学した俺ではあるが、理想と現実の差に押し潰されそうだ。

 

視線、視線、視線

 

四方八方の全方位から向けられる様々な思いが入り混じった視線に、俺の身体は貫通寸前だ。

親友のアイツのようにISを動かせる事がわかった時には『俺の時代がキターー!』とか『もう一生涯分の奇跡を使い果たした!』などと言ったが、今思えば浮かれすぎていた。

 

『大いなる力には、大いなる責任が伴う』

 

春休みの間にアイツとレンタルして一緒に見たアメリカン・ヒーロー物の映画にこんな台詞があったが、この視線に耐えるのも責任のうちなのだろうか。

きっと今頃、別のクラスにいるアイツも俺と同じ目に合っているのだろう。

中学時代は、ほぼ無条件で呼吸をするように至る所でフラグを立てながらも、その全てに気がつかないアイツのことを『鈍感』『朴念仁』と呼んだりしていたが、似たような立場になって初めて理解した。

これは余程のスルースキル持っているか、鈍感な人間でなければ精神が持たない。

 

 

「‥‥田、五反田!」

 

「は、はい!」

 

「クラスに1人だけの男子生徒だからいろいろあるのはわかってるけど、今は自己紹介中。

これから1年間、苦楽を共にするクラスメイトの事なんだから集中して聞くじゃん」

 

「すみません」

 

 

確かに、これから1年はこのクラスで過ごしてゆくのだ。

ここで対応をミスって、女子から嫌われてぼっち生活なんて恐ろし過ぎる。

 

 

「じゃあ、とりあえず自己紹介するじゃん」

 

「はい、俺の名前は五反田 弾っていいます。実家が『五反田食堂』って定食屋なんで、料理とかは得意です。

男のIS乗りなんで専用機持ちですが、知識や技術は低い方なので色々教えてくれると嬉しいです。

よろしくお願いします」

 

 

どうだ、昨日1日かけてアイツと考えを出し合い決めた『自己主張しすぎず、それでいてそれなりの印象を残す自己紹介文』は。

アイツは『自己紹介なんだから、もっと色々言ったほうがいい』とか言っていたが、あまりがっつき過ぎて外してしまったら悲惨なことになるや主張し無いと印象が薄くなりすぎる等の意見の中間地点で生まれたこの文は、まさに『可もなく、不可もなく』を現す素晴らしいものだろう。

 

その御蔭か、自己紹介後に滑ってしまった時のような嫌な空気は感じなかった。

これで第一関門突破だな。

最初ながらも高難易度を誇る高校デビューの関門を越えた事で、少しだけ心に余裕は生まれる。

次の関門は、このHR後の休憩時間だ。自己紹介を無難に終わらせているので、ここでの対応をミスするとプラス分が少ないだけにマイナスへと一気に傾く可能性が高い。

なので、比較的話しやすそうな子を見つけるか、いざという時の話題を探しておかなければ。

 

その後も何人かのクラスメイトが自己紹介をするが、さすが『国境なき高校』IS学園、全員日本以外から来た子だった。

まあ、日本国籍の生徒はこのクラスでも全体の3分の1しかおらず、あとは全員外国の人間なのだから当然といえば当然であるが。

 

お、次は日本人の子みたいだ。

金髪、銀髪、赤毛と色とりどりの髪の中で、見慣れた黒髪はなんだかとても落ち着く。

流石IS学園、日本人学生のレベルも高い。

健康的で活発そうな印象を受ける小麦色に近い肌に、強い意志を感じさせる若干釣り上がった鳶色の目、首の後ろで一つ結びにされた長い黒髪、全体的に凛々しいのにどことなく優しさを感じさせる雰囲気。

10人の男子がいれば8人くらいは一目惚れするであろう、クラスの中でも上位の美少女だった。

 

その美少女が自己紹介をしようとするのだが、何やらクラスメイト達が隣同士で何やらひそひそと話しだす。

 

 

「あの子、『エンブレム持ち』よ」

 

「うわ、ホントだ。エリート中のエリートってこと?」

 

「そうじゃないの?だって、あれ『ハービック』のよ」

 

「『ハービック』って、あの!?」

 

 

耳を澄ましてクラスメイトの話を盗み聞きしてみると、どうやらあの子は相当なエリートらしい。

確かに彼女の制服の左衿には、空のように澄んだ青地に金文字の鉦が付いている。

『ハービック』なら、ISに疎い俺でも知っているくらい有名な企業だ。

そこのエリートということは、相当強いのだろう。もしかしたら、代表候補生なのかもしれない。

 

 

「自分は、重善 刹利。『ハービック』の契約操縦者をしているぞ。

契約操縦者っていっても、まだまだ契約したばかりだから専用機は持ってないんだ。特技はACM(空中戦闘機動)で、好きな物は動物、特に犬とかが好きさ」

 

 

専用機は持っていないのか、持っていたら先輩としていろいろ教えてもらおうと思っていたのに。

でも、企業の契約操縦者になるくらいなら、俺よりも格段に巧いに違いない。

やっぱり、土下座してでも教えを請うべきだろう。

 

俺は、アイツみたいに初起動で模擬戦をこなせる程天才的な才能を持っているわけではないのだから。

 

 

 

 

 

 

き、緊張した。

 

やはり、こういう時はどうしても緊張してしまう。

人間第一印象が重要とも言うし、ここで失敗してしまうと今後1年間の学園生活が灰色、もしくは無色透明の味気ないものになってしまうのだ。

1人でいいなんて孤高な一匹狼みたいな生き方はできないし、やはり人間は群れを成して生きる生物なので友達は多いほうがいい。

それは多くの人がそう思うだろう、自分の後ろみたいな一部の例外を除いて。

 

 

「ソンネン、ソンネンはいないのじゃん?」

 

「‥‥Zzz」

 

「先生、寝てます」

 

「‥‥起こすじゃん」

 

「はい」

 

 

自分は振り返り、机に突っ伏して爆睡中のルームメイトに手刀を叩き込む。

軽くやった程度じゃ起きないことは寮に移ってからの数日で身に染みて理解しているので、情けや容赦は一切ない。

 

ゴンッ、という鈍い音が響き、痛みを想像してしまったのかクラスメイト達は顔を顰めている。

 

 

「いたいの~~、刹利はもう少しルーに優しくすべきなの。今すぐに!」

 

「うるさい、最初のHRから寝ているルーが悪いんだろ?自分は、悪くないぞ」

 

「だって、こんなに空が青くて暖かいんだよ?これは春の精霊さんがルーに『お昼寝しよ♪』って言ってるに違いないの!」

 

「そんなわけ無いだろ!いいから、さっさと自己紹介する!」

 

「まったく、刹利は落ち着い気がない、慌てんぼさんなの」

 

 

この一番最初の授業から爆睡していた少女はルーツィア・ソンネン、渾名はルー。

腰まで伸びた空気を含んだようにふんわりとした金髪といつも眠そうな碧眼が特徴的なドイツ人だ。

ルーに合うまで自分が勝手に思い描いていた『真面目・頑固』といったドイツ人のイメージを良くも悪くも壊してくれた人物である。

 

 

「ルーは、ルーツィアっていうの。お昼寝とヴルストが大好き」

 

 

性格は説明不要なほどのマイペースで、好きな時に好きなことをする。それがどんな時であっても変わらない。

入学式の時も学園長が話している時も自分にもたれ掛かって寝ていたし、HRが始まる直前にもお腹がすいたからと隠していたソーセージを食べていた。

 

こんな自由気ままな子ではあるが、自分と同じ『エンブレム持ち』でドイツの最大手『ケーファー』社の契約操縦者である。

 

 

「終わりなの」

 

「もっと他に何か言うことはないじゃん?」

 

「ないの」

 

「‥‥次、田辺」

 

「は、はい」

 

 

恐らくクラス最速で自己紹介を終わらせると、ルーは欠伸をして再び睡眠態勢に移ろうとしていたので阻止する。

 

 

「寝るな」

 

「何で?ルーの自己紹介は終わったよ?」

 

「他の人の自己紹介も聞かなきゃダメだぞ」

 

「興味ないの。そんなことより、ルーは眠いの」

 

 

初日からこんなのでは絶対にクラスの中で浮いてしまう。

ただでさえ、『エンブレム持ち』はエリート意識が高いとか思われて敬遠されがちなのに、こんな自分勝手な行動ばかりしていたらぼっち街道一直線だ。

まあ、自分はルームメイトだし、同じ『エンブレム持ち』だし、なんだかんだ言ってルーのことは嫌いじゃないし、見捨てるつもりはないので本当にぼっちになることはないだろうが。

それでも、せっかくの学園生活なのだから友達をたくさん作って、色んな事をして、いっぱい思い出を作ってこそだと思う。

 

 

「ルー‥‥そんなんじゃ、友達できないぞ?」

 

「ルーには、刹利がいるからいいの。友達は量より質が重要なの」

 

「でも‥‥」

 

「刹利は心配さんなの。そういう時はお昼寝して、ゆっくりするのがいいの」

 

 

何故か自分の方が諭された。

えっ、何だ。もしかして、自分のほうが間違っているとでも言うのか。いや、そんなはずはない。

 

 

「マクラ使う?今の気分は春仕様だからピンクのはダメだけど、このライトグリーンのならいいよ」

 

 

何やら朝から準備していると思ったら、こんなものを用意していたのか。

ここ数日で、それなりにルーのマイペースさを理解していると思っていたが、どうやらそれは序の口だったらしい。

中学時代にも授業中に寝てしまう人は何人かいたし、自分も寝てしまったことはある。

しかし、そのため用の枕まで持参してきた猛者は今まで見たことがないし、これからも見ることはないだろう。

 

ああ、教卓の方から物凄く冷たい視線が突き刺さってくる。

 

 

「私も教師歴はそんなに長くはないけど、枕を持参してきたやつは初めてじゃん」

 

「何事も前例通りに進むはずないの。

そして、ルーは誰よりも鮮烈に生き、その姿をもって諸人を魅了しちゃうの。

全ての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者なの!」

 

「OK、OK‥‥たった今、理解したじゃん。

ソンネン、お前の性根は私が全身全霊をもって矯正してやるから‥‥首を洗って楽しみに待ってるじゃん」

 

「ふふ、だいたい30人目くらいなの。そんなセリフを言ったのは。

そして、未だにルーはこの性格‥‥後は言わなくてもわかるでしょ?」

 

「上等じゃん、そんな前例は私がぶち壊してやる」

 

 

あれ、この学園ていつから週刊誌のバトル系漫画になったんだ。

『IS インフィニット・ストラトス』、確かにマンガ連載されてもおかしくはない。

もし、これが漫画だとしたら主人公は男性操縦者の中の誰かで、自分やルーは第1部あたりで出てきて最初は強いけど、2部が始まった途端パワーインフレの波に呑まれ存在感が薄くなるタイプだろう。

 

 

「どうしてこうなった」

 

 

 

 

 

 

「ちょっといいかな?」

 

 

ルーが担任に強制連行され、周囲のクラスメイトに話しかけようにも『エンブレム持ち』で敬遠されているのと、唯一の男子生徒に話しかけるきっかけを探っているせいで上手くいかなかった。

仕方なく、ルーから半ば強引に渡された枕に顔を埋めていると声をかけられる。

その言葉の主は顔を上げずともわかった。

何故なら、その声は男性のものだったのだから。

 

 

「自分に何か用か?」

 

 

とりあえず、顔を上げ男子生徒、確か五反田だったかの方を見る。

 

 

「ああ、えと、重善さんで良かったよな?」

 

「うん、自分の名前は重善 刹利だ。君は、五反田だったよな」

 

「そう、五反田 弾。これからよろしく」

 

「よろしく」

 

 

ああ、周囲からの視線が痛い。

耳を澄ませると『抜け駆け』や『エリート同士』などの予想通りの言葉が聞こえてくる。

『エンブレム持ち』で目立つのは仕方ないと割り切っていたが、ここで五反田に話しかけられて倍プッシュになるのは予想外だった。

 

 

「で、いきなりで悪いんだけどさ‥‥俺にISのこと教えてくれないか?」

 

「別にいいけど、自分が人に教えられることなんてACMくらいしかないぞ?」

 

「ACM?」

 

「Air Combat Manoeuvering、空中戦闘機動のことさ」

 

「十分すぎる。頼む、俺にそのACMを教えてください!」

 

 

そう言って頭を下げた五反田からは、強くなりたいという強い意志とISに対する真剣な思いが感じられた。

まるで、IS学園受験前の我武者羅に努力していた自分を思い出すようで、奇妙な親近感を覚える。

どうせ、月のノルマもあるし、ルーはなかなかそういうのには付き合ってくれなさそうなので、ちょうどよかったのかもしれない。

 

 

「いいぞ。でも、自分は専用機を持ってないから、申請が通った日にしか無理だし‥‥あと、人に教えたことなんてないから下手くそだからな」

 

「ああ、それで構わない。よろしくな、重善さん」

 

「自分だけじゃなくて、ルーにも聞いてみたらいいぞ」

 

 

ルーも『エンブレム持ち』だし、初めて会った時に『砲撃が得意なの』とか言っていたから、射撃系は得意だと思う。

まあ、あのマイペース・オブ・マイペースのルーが頼んだくらいで自分の時間を削って教えてくれるとは思わないが。

 

 

「ルーって、ソンネンさんか?」

 

「そうだぞ、ルーも『エンブレム持ち』だしな」

 

「マジか!?」

 

「でも、ルーだからなぁ‥‥頼んでも断られるかも」

 

「ああぁ~~、なんか想像できる」

 

「えっ、ルー的には別にオッケーだよ?」

 

「そうなのか、ルー的にはオッケーなのか。よかったな、五反田」

 

「ああ、そうだな助かるよ‥‥って、ソンネンさん!?」

 

 

‥‥いつの間に戻ってきたし。

ごく当たり前のように会話に入ってきたせいで、全く気が付かなかった。

 

 

「いつの間に戻ってきたんだ?」

 

「さっきなの」

 

「ソンネンさん、本当にいいのか?」

 

「別に構わないよ?弾は、ルーの中で合格だったから」

 

「ご、合格?」

 

 

ルーは友人選びに独特な基準を設けているらしく、その基準に合格した相手はその場で友達認定してフレンドリーに接してくる。

不合格だった場合は相手にされず、ほとんど聞き流すか、無視する。

ちなみに、自分も即合格だった。理由を尋ねると『お母さんと同じ感じがしたの』だそうだ。

 

 

「だから、弾もルーのことをルーって呼んでいいの」

 

「ああ、わかった。よろしくな、ルー」

 

「なの」

 

 

ルーも名前呼びを許したのだから、自分も許さないわけにはいかないだろう。

 

 

「自分も刹利でいいぞ」

 

「なら、俺も弾でいいぞ」

 

「そうさせてもらうさ。じゃあ、改めてよろしくだぞ、弾」

 

「こちらこそよろしくな、刹利」

 

 

弾と握手を交わしていると休憩終了のチャイムが鳴る。

当初の予定では、この休み時間でクラスメイト達と少しでも打ち解けるつもりだったのだが、弾という友人が出来たのだから結果オーライだろう。

 

さて、これから色々とあるだろうけど頑張るぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




用語解説

『エンブレム持ち』
企業と契約したIS操縦者の事で、社鉦を襟につけていることから、いつからかをう呼ばれるようになった。
IS学園においては、ISとアリーナの優先使用権や良い結果を残せば専用機が与えられることから、尊敬と嫉妬の両方の対象になっている。


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1-5

今回もあまり話が進みません。
他のオリジナル専用機持ちや転生者の登場は、まだまだ先になりそうです。


「であるからして、ISの運用には基本的に国家の認証が必要じゃん。逸脱した私的な運用をしていると国際法に則って罰せられ‥‥」

 

 

教科書をめくりながら内容を確認し、なんとか付いていけている事に安堵する。

ISを動かせることがわかった後、俺達には国家から派遣された専門教師によってISについて徹底的に叩き込まれたのだ。

女性にしか動かせないはずのISを、まさか自分が動かせるなんて夢にも思っていなかったので、雑誌程度の知識しか持っていなかった俺は地獄を見る羽目になった。

姉がIS界では知らない人がいないくらいの超有名人なのに、ISに全く興味がなかったアイツは俺以上の地獄を見る羽目になったそうだが。

 

しかし、なんで入学初日から授業があるのだろうか?

コマ限界までIS関連の教育をする為らしいのだが、そんなにギリギリなら一般高校みたいに3年制にせず高専みたいに5年制とかにすれば、もっと余裕を持って様々な教育ができると思うのだが。

まあ、きっと俺のような一般的な小市民が想像も出来ないような諸々の事情があるのだろう。

この学園設立と運営は日本政府が行っているというのが一般的に知られている事であるが、少しパソコンで調べればIS開発にいち早く乗り出した企業の多大な援助があったことを知ることができる。

つまりこの学園は一部の大企業が多大な影響力を持つということだ。

特記事項の中に『在学中は、いかなる国家・組織・団体に帰属しない』とあるが、刹利やルーのような『エンブレム持ち』がいる以上、この規則は形骸化しているといってもいいだろう。

 

 

「また、うちのクラスにも2人程いるが、企業の契約操縦者はその大半が未成年であるが為、契約条件や内容についてはその企業に関係のない第三者機関で十分に検討され承認されなければならないとされている。

これを『企業IS契約法』というじゃん。この辺はテストとかでもよく出るから教科書とかに線とか引いとくじゃん」

 

 

やばっ、聞いてなかった。教科書何ページだ。

 

 

「10ページ、6行目からだよ」

 

「サンキュ、助かった」

 

「いえいえ」

 

 

隣の席のクラスメイトに教えられたページを開き、内容を再確認した後、蛍光ペンで線を引く。

危ない、危ない、ただでさえ付け焼刃程度の知識なのに、こんな余裕ぶった態度でいたら、あっという間に置いていかれてしまう。

このIS学園のテストは、上位30位までは発表され、60点以下は欠点扱いとなり放課後に補習が入るらしい。

そんなことになったら、実機を使った特訓の時間が大きく削られてしまうので避けたい。

 

授業内容を聞きながら刹利やルーの方を見てみる。

そこには、想像通りの光景があった。

 

 

「ルー、起きなって」

 

「眠いの」

 

「いいから」

 

「刹利、さっき貸したマクラ返して。ルーのは、没収されちゃったの」

 

「だから、寝たらダメだって言ってるだろ!それに渡されたのも没収されたさ!」

 

「そこ、うるさいじゃん!」

 

「はい、すみません」

 

 

ああ、やっぱり刹利は苦労人ポジションなのか。

自己紹介の時のルーとのやり取りを見ていて、面倒見のいい人なんだろうと思っていたが。

 

 

「刹利は、騒がしいの」

 

「だ、誰のせいだと‥‥」

 

「刹利?」

 

「‥‥明日から、自分でソーセージを調理するか?」

 

 

刹利のその言葉を聞いた瞬間、ルーの顔がこの世の終わりに遭遇したか、神話生物と遭遇してSAN値をごっそり削らた時みたいな顔をする。

というか、自己紹介前に食べてたソーセージは刹利が調理したものだったのか。

確かに、あのルーが早起きして料理しているのは想像できないし、そもそも料理している姿だけで驚愕しそうな気がする。

 

 

「そ、そんな、だったら‥‥だったら、ルーは誰にカレー・ヴルストを作ってもらえばいいの!?」

 

「自分でやればいいさ。ソーセージを焼いて、上にケチャップとカレー粉をまぶせばいいだけじゃないか」

 

「それが出来れば苦労しないの!ルーがカレー・ヴルストを作ろうとすると炭の塊ができるんだよ!?」

 

 

やっぱり、ルーは料理が苦手なのか。

それよりも、あの2人は気づいてないようだが、背後から夜叉か阿修羅の如く怒り心頭な先生が接近している。

出席簿が振り上げられ、そして‥‥

 

 

「おっと」

 

「避けただと!」

 

 

あまりのことに、気づいたら俺は席を立ち叫んでいた。

先生の振り下ろした出席簿はなかなかの速度が出ており、振り下ろされてから気がついた刹利は避けようがないはずだった。

なのに、刹利は身体を少し動かすだけで、いとも簡単に避けてみせたのだ。

あまりにも簡単に避けたので勘違いしてしまいそうになるが、あの速度では普通の人なら避けることは疎か、微動だにできなかっただろう。

あれが、『エンブレム持ち』の実力というものなのか。

 

 

「いい反応じゃん」

 

「いや、なんで自分が叩かれなきゃいけないんですか!?」

 

「ヴルストォ~~~、ヴルストがいつも食べられなくなるなんて‥‥地獄はここにあったの!」

 

 

流石、ドイツ人そこまでソーセージを愛しているとは。

というか、こんなんで大丈夫なのだろうか、このクラス。

行き先が、激しく不安だ‥‥

 

 

 

 

 

 

「刹利ぃ~~~、あやまるからぁ~~~。ルーの為に毎日ヴルストを調理してほしいの」

 

「抱きつくな、暑苦しいぞ!」

 

 

ドイツ人がソーセージ好きだというのは知っていたが、ちょっと脅した程度でこんな風になるとは、流石に予想外だった。

自分の大きすぎず小さくなくもない胸に顔を埋め、潤んだ瞳の上目遣いで懇願してくるルーを引き剥がそうとするのだが、意外と力が強くてなかなか離れない。

ああ、周りから『百合』やら『禁断の』とかの不穏な単語が聞こえてくる。

 

言っておくが、自分はノーマルだ。普通に男の子が好きだし、中学時代にも彼氏はいなかったが好きだった人くらいはいる。

確かに今のルーは庇護欲をそそるというか、『守ってあげたい』や『自分が助けてあげないと』という感情を芽生えさせてくるが、それは自分の母性がくすぐられただけだ。

 

 

「ね、いいでしょ?ルーに毎日ご飯を作るだけの簡単なお仕事だよ?

材料はルーが買ってくるから。ね?ねっ?」

 

「わかった、わかったから!」

 

「わぁ~~い、やっぱり刹利は優しいの♪」

 

「まったく、ルーが甘え上手なだけだと思うぞ」

 

 

周りの目を気にせず、あんなに素直に甘えるなんて自分には無理だ。

恥ずかしすぎるし、甘えるのは苦手なので、甘えるくらいなら自分でやったほうが楽である。

 

 

「ツェツィにも言われたの」

 

「ツェツィ?」

 

「本国にいた頃からの知り合いで、ツェツィーリアっていうの」

 

「じゃあ、その人もここにいるのか?」

 

「うん、確か1組だよ」

 

「へぇ」

 

 

なんだか、その人とは話が合いそうな気がする。主にルーによる苦労話とかで。

 

 

「そうだ、刹利もツェツィと会ってみるといいの。絶対気が合うの」

 

「そうだろうな」

 

 

というか、いつまで自分の胸に顔をうずめているつもりなのだろうか?

そろそろ周囲の疑惑の視線が確信の視線に変わりつつあるので、自分的のはそろそろ離れてもらいたいのだが。

しかし、間近で見るとルーは可愛いなと思う。

変な意味ではなく、純粋に母性をくすぐられるというか、お世話をしてあげなきゃと思わせるような。

そう、仔犬。生後まもない仔犬のような、可愛い系オーラを発しているのだ。

 

 

「刹利、いい匂いなの」

 

「嗅ぐな、離れろ!」

 

「えぇ~~、もう少し堪能したいの。ルーは、刹利の匂い好きだよ。

優しくて、あったかくて、ちょっとだけ食べ物の香りがする。お母さんみたいな匂いなの」

 

「‥‥そうか」

 

 

こういう時、どんな顔をすればいいのかわからない。

自分はこんな大きい子供を持つような年齢ではないのだが。

老けているとでもいいたいのか、それとも落ち着いていると言っているだけなのか。ルーの性格的に、前者ということはないだろうから、ここは褒め言葉として受け取っておこう。

 

 

「なんか、凄いことになってるな」

 

「弾‥‥これ、どうにかして欲しいさ」

 

「このまま眠れそうなの~~」

 

 

他のクラスの方にでも行っていたのか、戻ってきた弾は開口一番にそう言った。

そして、ルーよ。自分の胸は枕じゃないからな。

 

 

「うん、無理」

 

「即答!?」

 

「いや、だってさ‥‥セクハラとか言われたら、俺死ぬぞ。色々な意味で」

 

 

確かに、ISが現れてからセクハラとかの罰則は厳しくなった。

それにより冤罪で社会的地位を失わされる男性が増加したため、冤罪だった場合にはその女性は虚偽申告罪として罰せられる。

しかし、それは気の弱い女性が男性側の主張に押し切られたりするなどの弊害を生んでいる。

 

 

「刹利ぃ~~♪」

 

「ひゃん!もう、頭を動かすな!」

 

「‥‥」

 

「ねぇ、刹利。今日から一緒のベットで寝いていい?」

 

「ダメ」

 

「ねぇ~~、いいでしょ?」

 

「だから、頭を動かすな!!」

 

 

ルーが頭を動かすたびに、その‥‥何というか、いろいろとそうなって、ああなのだ。

こそばゆいとも、心地よいとも違う、筆舌しがたい感覚である。

 

 

「なあ、弾もどうにか‥‥って、なんで席に戻ってるのさ!」

 

「いや、すまん。いろいろあるんだ」

 

「訳わかんないこと言ってないで、早く助けて欲しいさ!」

 

「すまん、無理だ」

 

「何でさ!!」

 

「事情ってものがあるんだよ、男の子には‥‥」

 

 

訳がわからないよ。

結局、次の授業のために戻ってきた担任に実力行使をもって引き剥がされるまでルーに抱きつかれたままだった。

 

 

 

 

 

 

「授業を始める前に、クラス代表を決めるじゃん」

 

 

クラス代表か、なんだかなったらいろいろと苦労しそうなので、正直言うと避けたいのだが、『ハービック』社の意向的でならなければならない。

企業と契約して優先的にISやアリーナの使用権がもらえ、高校に入ったばかりの自分に使い切ることができないくらいのお金が給料として支給されているが、こういう時は面倒臭い。

これは義務なんだと心に言い聞かせているが、やっぱり思ってしまう。

 

 

「男子は1人しかいないから五反田は決定じゃん」

 

「マジかよ‥‥」

 

「言葉遣いに気をつけるじゃん。で、女子の代表だけど、立候補はいるか?」

 

「はい」「はいなの!」

 

「お前らか‥‥」

 

 

自分が立候補に手を上げるのと、ほぼ同時に後ろに座っていたルーも手を上げる。

ルーが立候補してくるなんて意外だった。てっきり『疲れるから、嫌なの』とか言って、立候補してこないと思っていたのだ。

 

ところで、あの担任の反応はなんだろうか。

もしかすると、自分もルーと同様に問題児扱いされているのかもしれない。

入学初日から担任教師に目をつけられるなんて最悪だ。どうにかして、評価を挽回しなければ。

 

 

「いくら刹利でも、代表は譲らないの」

 

「それは自分も同じだぞ。どうしてルーは、代表になりたいんだ?」

 

「代表になれば、ルーはキラキラできるからなの!」

 

「キラキラ?」

 

「そうだよ、キラキラ。クラス対抗戦とかのイベントでルーは、さらなる高みに昇る‥‥ルーは、頂点を目指す女なの!」

 

 

つまり、ルーは対抗戦とかのイベントで活躍して目立ちたいという事か。

そう考えると、ルーらしい立候補の理由かもしれない。

 

 

「でも、代表は委員会とかにも出なきゃいけないんだぞ?」

 

「‥‥刹利。ルーと刹利は友達だよね?」

 

「自分を代理に立てようとするな!」

 

「ルーが戦って、刹利が支える。完璧な分業なの」

 

「いい加減、ぶつぞ?」

 

「ぼ、暴力反対なの!」

 

 

面倒臭いことだけ自分に押し付けようとするなんて、油断も隙もない。

きっとさっきのような抱きつき+上目遣いの甘えコンボで頼んできて、何だかんだ言って自分は手伝ってしまう未来像が容易に想像できる。

 

昔から、頼られると『自分に任しておくさ』と、自分が苦手なことでも簡単に引き受けてしまう。

安請け合いはしないと心に誓っても、つい反射的に引き受けてしまうのだ。

 

 

「だから、お前らは騒ぎすぎじゃん」

 

「はい、すみません」

 

「刹利のせいで、ルーまで怒られたの」

 

 

後で覚えてろよ。

明日の朝は絶対ソーセージを調理してやらないと心に強く誓う。

 

 

「重善にソンネン、他に立候補者はいないのじゃん?」

 

「「「「‥‥‥‥」」」」

 

「なら、仕方ない。2人はIS学園らしくバトルで白黒つけるじゃん」

 

 

バトルの勝敗でクラス代表を決める。

クラスの代表として対抗戦とかに出るのだ、強い方が代表というのは四の五の言うよりわかりやすい。

ルーがISを動かしている所はまだ見たことないが、『エンブレム持ち』である以上は代表候補生とかにも勝るとも劣らない実力を持っていると思ったほうがいいだろう。

この甘えん坊の下に、いったいどんな怪物が潜んでいるのだろうか。

 

でも、自分も負けるつもりはない。

IS学園入学前に、『ハービック』の訓練場で先輩契約操縦者やディランさんの指導のもとで必死に実機訓練を重ね、様々なACMを会得したのだ。

反射神経の活かし方もある程度掴めてきたし、充分戦えると思う。

 

 

「わかりました」「わかったの」

 

「じゃあ、アリーナやISの調整はこっちでしておくから、決まったら知らせるじゃん。

よし、授業をはじめるじゃん。教科書の7ページを開け」

 

 

IS学園で、最初のバトルの相手がルーとは奇妙な縁もあったものだ。

 

 

「刹利」

 

「なんだ、ルー?」

 

「負けないの」

 

 

ルーが、こちらに向かって拳を突き出してくる。昨日貸した少年漫画にでも影響されたのだろうか。

影響されたかどうかは置いといて、ルーの方も気合十分のようであり、元々自分もこういう少年誌展開は嫌いじゃない。むしろ、大好きだ。

 

 

「こっちこそ、負けないぞ」

 

 

軽く拳を突き合わせ、そして互いに笑い合う。

『笑うという行為は本来攻撃的なものであり 獣が牙をむく行為が原点である』と優吾の持っていた漫画にあったが、ルーの笑顔には攻撃的な感じは一切なく、年頃の女の子らしく可愛らしい笑顔だった。

 

 

「だから、授業を始めるって言ってるじゃん‥‥」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




用語解説

『企業IS契約法』
早期にIS操縦者と契約しようとする企業を取り締まるために作られた法律
未成年で、社会経験に乏しく契約等の知識もない学生操縦者に不利な条件で契約させないために『契約内容は第三者機関で精査される必要がある』や『年1度の査察受け入れ義務』等が記載されている。


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1-6

ようやく、原作メインキャラクターを出せましたが、特に活躍はありません。


午前中の授業も滞りはありながらも無事終わり、待ちに待った昼食の時間になった。

IS学園では寮の設備を使って自炊も可能だが、自分は学食利用派である。

ルーの頼みで毎日ソーセージを調理しているので、弁当を用意しようと思えば簡単なのだが、やはり出来立ての温かいものを食べたい。

それに、自分で作ると味が簡単に想像できてしまうので、楽しみが減ってしまう。

 

 

「ルー、学食行くぞ」

 

「むぐ‥‥了解なの」

 

 

既に隠していたソーセージを1本完食していたルーに呆れながらも、学食へと急ぐ。

全校生徒が500人を超えるのだ。少しでも出遅れたら、自分の食べたかったメニューが売り切れになるかもしれないのだ。

教師の注意を受けない程度の急ぎ足で、生徒の間を抜けながら進む。

 

 

「刹利、速いの!」

 

「早くしないとソーセージとかも売り切れるぞ?」

 

「急ぐの刹利!ルーはお昼には最低15本は食べないと満足できなの!!」

 

 

ソーセージを出した途端に加速するルー。扱いやすいな。

周りの生徒にぶつかってもお構いなく進むルーを追いかける。

自分は、この反射神経があるし、ディランさんに鍛えられた御蔭である程度の先読みもできるようになったので、ぶつかる事なく進む。

 

そういえば、弾も誘ってみればよかったと今更思う。

クラスメイトや他の生徒が聞いたら、また抜け駆けとか言われてしまうかもしれないが、もうその辺は諦めた。

『エンブレム持ち』だし、ルーと一緒にいるから悪目立ちしているし、クラスの中で最も早く男子生徒の弾と友人になったし‥‥

なんだか、初日にして詰んではいないだろうか。

 

 

「すみません、通ります」

 

「きゃっ!」「危ないでしょ!」

 

 

やはり、人とぶつからないように回避している分だけ加速と速度維持が悪く、なかなかルーに追いつけない。

というか、いつも寝てばかりの癖に身体能力が無駄に高いのだ。

それくらいでないと『エンブレム持ち』としてやっていけないのだが、それでも何だか負けてしまったような気がしてしまう。

 

学食は1階、1年生の教室等があるここは3階。

 

 

「‥‥いけるか?」

 

 

階段前で止まり、窓を開け下を覗いて確認する。

この窓の下は花壇等ではなく、普通の芝生のようだ。右斜め方向数mの所にはそれなりの大きさに育った染井吉野の木が見えた。

他にも風向き等を考慮して頭の中で、可能かどうかをシュミレートしてみる。

 

‥‥不可能ではないが、制服が大惨事になりそうだ。

改造性が高いせいで、9万円と無駄に値段が張る制服を入学初日で買い換える羽目になりたくない。

 

仕方ないか、そう思いながら傍目にはわからないように改造を施したスカートから『ハービック』の姫先輩から貰った文庫本サイズの『簡易懸垂下降装置』を取り出す。

IS技術や素材をふんだんに使って作られたこの装置は、機材等を準備しなくても懸垂下降ができる優れものである。

半分に分け、窓の外に支点となる部分を直線上に他の窓がない位置を選んで貼り付ける。

次にIS系の技術を応用して作られた特殊素材のザイルをある程度引き出し、腰の部分で一周させるように巻きつけ、残ったもう半分の横溝にザイルを嵌めて固定する。

これだけで準備完了だ、後は外に飛び出せば擬似PICが慣性力等を軽減してくれ、簡単かつ安全に下まで降りることができるのだ。

1個750万円とかなりの高額だが、先進国の軍の特殊部隊等には配備されている。

 

 

「ストォーープ!!」

 

 

準備が完了したので飛び降りようと窓枠に足をかけると、横から大声で呼び止められる。

声から判別するに弾だろう。

 

 

「いいか、刹利。早まるな、早まるなよ‥‥」

 

「おい、弾!早く止めないと!!」

 

「いや、一夏。こういう時こそ、相手を刺激しないように慎重にいくべきなんだよ」

 

 

弾の隣にいる男子生徒は知り合いなのだろうか。

外見は日本人であることから、きっと『世界で最初の男性操縦者』織斑 一夏に違いない。

 

しかし、何だか物凄い勘違いをされているようだが、このまま相手にしていたら学食戦争に乗り遅れてしまう。

 

 

「弾、先に行ってるぞ」

 

「待て、刹利!そっちに逝くのはまだ早い!!

せっかくIS学園に入学できて、楽しい学園生活が始まったばかりじゃないか!?」

 

「そんなことやっちゃ駄目だ!俺は君のことを知らないし、何があったかのもわからない‥‥

でも、命を粗末にするなんて間違ってる!!」

 

 

ああ、あまりにも少年誌的な熱い台詞に、聞いているこっちが恥ずかしくなってしまう。

これ、事情を説明したら黒歴史行きなレベルではないだろうか。

2人の熱い台詞に周囲の生徒たちも反応して視線がこっちに集まりつつある。このままでは、また悪目立ちしてしまう。

 

 

「弾!そして恐らく織斑 一夏!自分は、自殺するほど愚かじゃないからな!!」

 

 

そう言って窓枠を蹴り、外へと飛び出す。

懸垂下降装置は正常作動しており、擬似PICで急激な重力加速を受けることもないので、素早く下まで降りる。

 

 

「なんだそりゃ~~!!」

 

 

地面にたどり着いて、ロックを外し回収ボタンを押して支点部分の方を回収していると、頭上からそんな声が聞こえてきた。

 

その問いに答えることなく、食堂へと急ぐ。

さて、今日は何を食べようか。

 

 

 

 

 

 

「まったく、自分が自殺なんてするわけないだろ?」

 

 

大盛りカツ丼と大盛りのきつねうどんを並べている刹利が呆れた顔をしている。

勘違いして騒ぎを起こしてしまったことは悪いと思っているが、そう思われるようなことをした刹利にも責任はあると思うのだが。

しかし、それ両方とも食べられるのか。男の俺でもちょっとキツそうだと思う程の量なのに。

 

 

「仕方ないだろ、一夏と篠ノ之さんと一緒に食堂に向かってたら刹利が窓から飛び降りようとしてるんだからよ」

 

「弾は早とちりさんなの」

 

 

ルーのメニューはライ麦パンとザワークラウトとここまではいい、しかし明らかにおかしい量が盛られたソーセージは見逃せない。

 

 

「ルー、それは何だ?」

 

「ヴルストだよ?」

 

「何で、そのヴルストはサラダとかを盛り付ける皿に山盛り盛られてんだ?」

 

「おいしいからなの!」

 

「おかしいだろ!絶対それ30本位あるだろ!?」

 

「おかしくないの!ルーは、これくらいが普通なの!!」

 

 

いくらドイツ人がソーセージ好きとは言っても、流石にルーは異常だ。

休み時間になる度にポケットに隠していたソーセージを食べていたというのに、ここに来てまだこれだけ食べるというのか。

 

 

「何というか、個性的な人たちだな」

 

「ああ、俺もそう思う」

 

 

今までのやり取りで、ある程度2人の性格を理解したのか、一夏が珍しく的を得た発言をする。

しかし、俺って気がつかない内に篠ノ之さん対して何かやらかしたのだろうか。

さっきから、親か何かの仇を睨むかのごとく鋭い視線を向けられているのだが。

 

 

「俺は、織斑 一夏。弾とは、中学時代からの親友だ。

で、こっちがファースト幼馴染の篠ノ之 箒」

 

「‥‥よろしく」

 

「自分は、重善 刹利だ」

 

「ルーは、ルーツィアだよ」

 

 

篠ノ之さんの鋭い視線の理由について考えている間に、刹利達と一夏達の自己紹介が終わったようだ。

雰囲気的には、そこまで気まずくないので大丈夫だろう。

ところで、こういう風に別の場所で知り合った友人同士を引き合わせるのは、どうしてここまで精神的消耗を強いてくるのだろうか。

心配したところで、どうにもならないに『大丈夫だろうか』とか『模式が合わなくて対立した時、どうしよう』とか考え出してしまうと止まらない。

まあ、幸いというか、篠ノ之さんを除いてはいい感じだ。

 

 

「う~~ん、2人共本当は不合格だけど‥‥弾の知り合いだから、おまけで合格にしてあげるの」

 

「ふ、不合格?」

 

「貴様、馬鹿にしているのか?」

 

 

と思って安心した途端にこれだよ。

ルーよ。頼むから、その物怖じせずに何でも言う癖は直してくれ。

じゃないと、一気にギスギスし出した雰囲気とかのせいで俺の胃がマッハだ。

 

こういう時、刹利ならルーの暴走を‥‥

 

 

「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」

 

 

滅茶苦茶食べていらっしゃるーー!

ルーと一夏達のギスギスとした気まずい雰囲気なんて眼中にも無いようで、一心不乱に食事に没頭している。

既にきつねうどんの方は7割方が無くなっており、今現在も物凄いスピードでカツ丼が消えていっており、そのペースは落ちるどころか、むしろ加速しているだろう。

周囲を不快にさせるような汚い食べ方ではないが、その猛スピードは視線を捉えて離さない。

 

今日出会ったばかりなので当然なのだが、刹利の新しい一面に驚きを隠せない。

 

 

「私達が不合格とはどういうことだ!説明しろ!」

 

「めんどくさいの」

 

「貴様‥‥」

 

「落ち着け、箒!ルーツィアさん、そう言わずに教えてくれないか?

俺も箒も、いきなり不合格とか言われて納得できないからさ」

 

 

こっちの方でも進展があったようだ。

篠ノ之さんがキレてルーを睨みつけているが、当の本人はそんなことなど、どこ吹く風のようにマイペースにソーセージを食べている。

しかも、女子撃墜率30%の一夏の『紳士的態度』も効果がないだと。ルーのマイペースさは、化物か。

 

ルーは、一夏達の質問に答える気はないようだし、ここは助け舟を出すべきだろう。

 

 

「ルー、頼む」

 

「仕方ないの」

 

 

とりあえず、ダメもとで頼んでみたのが了承されるとは思わなかった。

断られた時は、刹利を買収して聞き出そうかとも思っていたのに。ルーの基準というのが、いまいちわからない。

 

 

「ルー的に、覚悟してない逃げてる人は不合格なの」

 

「私が、逃げているとでも言うのか!?」「俺が、逃げてる?」

 

「篠ノ之は、覚悟もしてないし逃げてる。織斑は、逃げてはないけど覚悟はしてないの」

 

「「‥‥‥‥」」

 

 

どうやら、ルーの言葉に2人共思い当たる節があるようだ。

さっきまでは、今にも掴みかからんとするくらいに溢れていた怒気も沈静化されている。

 

 

「俺や刹利は、逃げたりしてないのか?」

 

「弾は、ちょっと戸惑ってるけど覚悟もしてるし、ちゃんと前を見てるの。

刹利は、言うまでもないでしょ?」

 

「むぐ、何か言った?」

 

 

自分の名前が出てきたことで、ようやく食事以外にも意識が向いたのか、刹利も会話に参加してくる。

大盛りだったカツ丼ときつねうどんは綺麗に完食され、丼の中にはご飯の一粒やネギの一欠片も残っていない。

こんなに綺麗に食べる人なんて初めて見たし、ここまで食べることに真剣になれるのは本当にすごいと思う。

 

って、俺何も食べてなくね。

今頃になって、こんな重大なことに気づく。

幸いなことに俺が頼んだのは、生姜焼き定食だったので冷えても美味しく食べれる。

これが、ラーメンとかだったらという恐ろしい想像はしたくない。

 

とりあえず、メインの生姜焼きを食べてみる。

 

 

「ウン、うまい」

 

 

実家が定食屋なので一口で、その料理の良し悪しが分かるのだが、これは文句なしに美味い。

豚肉は余分な脂を抜いてから丁寧に下味が付けられているし、タレも肉によく絡んでおり、くどすぎない程度の甘味の中に生姜の風味がしっかりと出ており、いくらでもご飯が進みそうだ。

生姜焼きの味をしっかり堪能した次はご飯だ。

少し時間が経ってしまったので炊きたて熱々とはいかないが、余計な熱がなくなったせいか噛むたびに米の甘みがしっかり感じられ、己がこの定食の主役であることを主張してくる。

生姜焼きの味にも負けず、しっかりと大黒柱としてこの定食を支えるご飯の存在は偉大だ。

 

ご飯、生姜焼き、ご飯、ご飯、お茶、生姜焼き、ご飯、ご飯、ご飯‥‥

これだけでも十分すぎる満足感を得られているのだが、そろそろ汁物にもいっておかなければ拗ねてしまうだろう。

1度付け合せのキャベツの千切りを食べて口の状態をリセットする。

事前に切り溜めしていたものではないのか、ドレッシングもいらないくらいに瑞々しい。そうか、キャベツってこんなに美味いんだと改めて気づかせてもらった。

汁物の蓋を開けると、そこに現れたのは具はキャベツのみの味噌汁だった。

一瞬、手抜きなのかとも思ったが、これまでの料理のことを考えると自信の表れのようにも思える。

食べてみればわかる事なので、しんなりとしたキャベツを口に含み味噌汁を啜る。

 

そして、手抜きとか思ってしまったことを調理してくれた人に謝りたくなった。

シンプル イズ ベスト、まさにその言葉が似合う味噌汁である、

どこか素朴で懐かしさを覚える味噌の味の中に、それをそっと引き立てるだしの味、そこにしんなりとはしているが食感までは失っていない春キャベツの味が加わることにより、絶妙なハーモニーを奏でる。

主役にはなれないが、なくてはならない名脇役のような存在だ。

 

なるほど、刹利が食事に没頭してしまうわけだ。

 

 

「時間は‥‥よし、まだあるな!自分、デザート注文してくる!」

 

「ルーも行くの!」

 

 

2人共、まだ食べるのか。

中学時代の女子は体重を気にしてあまり食べなかったのだが、ここではあれくらいが普通なのだろうか、それとも、あの2人が特別なのか‥‥恐らく後者だと思うが。

 

 

「あーー、なんか悪かったな」

 

 

一応、ルーのことを謝罪しておく。

あんな事を言うなんて、思いもよらなかったのだ。

 

 

「いや、千冬姉にも言われてたけど‥‥やっぱり、甘えてんだな」

 

「‥‥」

 

「まあ、俺には2人の事情なんて知らないけどさ、気にしないほうがいいと思うぞ」

 

「ああ」

 

 

覚悟しろって言われても、すぐにできるほど簡単なものでもないだろうし。

一夏は大丈夫そうだが、篠ノ之さんは俯いたまま黙々と焼き魚定食を食べている。

さっき知りあったばかりで、事情も何も知らない男が偉そうに言っても、何の慰めにもならないだろうし、言葉に重みもないだろう。

やっぱり、ここはコイツの出番か。

 

 

「おい、一夏」

 

「なんだ?」

 

「篠ノ之さんのフォローしておけよ」

 

「わかってるさ」

 

 

うわ、凄い信用できねえ。

そんなに期待はしていないが、それなりの効果はあるだろう。

ここで一夏が、気の利いた発言をして慰めて、そのまま篠ノ之さんといい感じになるかもしれないと思ったが、そんな奴なら中学時代にとっくに鈴と付き合っていただろう。

 

そういえば、鈴のやつ、元気にしているだろうか。

中国に戻った最初の頃は、それなりにやりとりがあったのだが、ここ半年近くは音沙汰ない。

便りがないのが元気な証拠、というがやはり心配だ。

 

 

「巨大パフェ&サンデーが通ります!」

 

「早く退くの!!」

 

 

大きな声がしたので、その方向を見るとそこにはファミレスのサンプルの中によく飾ってある巨大パフェの実物を持った2人が見えた。

 

 

「刹利、半分ずつだからね?絶対に、全部食べちゃダメだよ?絶対だからね?」

 

 

ルー、それはもう振りにしか聞こえないぞ。

 

 

「し、心配しなくても、自分、そこまで馬鹿じゃないさ!」

 

 

いや、あの食べっぷりを見せられたら、俺でも心配になるぞ。

 

というか2人共、昼休み中にアレを全て食べきれるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




用語解説

『簡易懸垂下降装置』
刹利の先輩である『ハービック』契約操縦者兼第4開発部所属の病曇(やまいぐも) 一姫(かずめ)が制作した懸垂下降装置
IS技術や素材の応用により、訓練せずとも誰でも簡単に懸垂下降ができる
安全に下降できるのは10mで、擬似PICのせいで一定スピードでしか下降できず、そして何より値段が高いが、応用法はいくらでもあるので、先進国の軍や警察、消防機関では一部取り入れられている


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1-7

転生者が少しだけ登場しますが、今回は顔見せ程度です。
本格的に絡むのは、もう少し物語が進んでからになると思います。


「終わった‥‥」

 

 

入学初日なのに授業は6限目までしっかりあり、俺の精神力をゆっくりと容赦なく削っていった。

さすが、IS学園。普通の高校の授業の数十倍は難しいだろう。

IS適性があり、稼働させることがわかったあの日まで学校での成績が中の下くらいだった俺が、進学校より難しいIS関連の教科についていけるなんて‥‥人間、死ぬ気で頑張ったらなんとかなるものだ。

 

教科書を鞄にしまい、首を鳴らしたあとに背伸びをする。

すっかり身体に溜まりこんだ疲れと倦怠感が抜け出してゆくような心地よい感覚だ。

 

視線を移すと、周囲のクラスメイト達は俺と同じように帰る準備をしたり、仲良さげに談笑したりとそれぞれ好きなことをしている。

まあ、一部俺に対しての様々な思惑を感じさせる視線を感じるが。

最近、他人の視線に対して敏感になりすぎているような気がするが、気の休まる暇なく視線にさらされ続ければ嫌でもこうなってしまう。

刹利とルーはというと‥‥

 

 

「刹利、今日はどうする?」

 

「特に予定はないし、夕食まで時間がある。IS申請した後、ちょっと運動してくる」

 

「うわぁ~~、よくやるの」

 

「IS操縦者は身体が資本だからな」

 

「じゃあ、ルーは部屋で寝てるの」

 

 

ルーの発言は置いといて、やっぱりもう少し身体を鍛えるべきだろうか。

中学時代は一夏と共に3年間帰宅部ではあったものの、実家の手伝いや筋トレでそれなりの筋力はあるつもりだ。

しかし、刹利の軍がやったりしてる壁を降りるアレとか見せられたら、俺もあれくらいできるようにならなければならないのだろうか。

 

ISの操縦においては、サポートがあるので初心者同士の内は身体能力の差はあまり関係ない。

しかし、それが上位に属する者同士の戦いになってくると話は別で、身体能力等の差は実力に大きく関わってくるのだ。

例を挙げるのなら、剣を振る時だ。

ISによるサポートがあるため、剣を一切振ったことのない人間でも最適化による恩恵によって、それなりに使える程度にはなるが、剣道や剣術を習った人間からすればソレはまだまだ無駄が多過ぎるらしい。

実際に測定してみたところ剣を構えて振りぬくまでの時間の差が1秒近くあったそうだ。

たかだか1秒と思うかもしれないが、世界大会等ではコンマ数秒の油断で勝敗が決するので、1秒もあれば十二分なのである。

 

しかし、今日はいろいろと疲れたので、鍛え始めるのは明日以降にしよう。

さて、一夏の奴と合流して、ルーみたく部屋でのんびりするか。

 

 

「じゃあな、刹利、ルー。また、明日」

 

「ああ、また明日」

 

「また明日なの」

 

 

2人と別れて1組を目指す。

その道中も、すれ違う時や目の前を通り過ぎる時に女子生徒から興味や恥じらい、畏怖に嫉妬と様々な感情がこもった視線が向けられ、ゲームで毒沼に入ってしまった時のように1歩毎に地味に精神力が削られてゆく。

これが、あと3年も続くかと思うと憂鬱で仕方がない。

2つ隣のクラスを訪ねて行っただけなのに、どうして数百mも歩いたくらいに消耗しなければならないのだろうか。

 

 

「一夏ーー、生きてるか?」

 

「ああ、何とかな」

 

 

1組を訪れるとそこには予想通りというか、俺と同じように磨耗した親友の姿があった。

やはり、俺と同じような目にあったのだろう。

 

 

「一夏、『楽園』なんてなかったんだな」

 

「そうだな」

 

「そういえば、篠ノ之さんは?」

 

「剣道部を見学してくるってさ」

 

「へぇ」

 

 

男2人が並んで窓枠に頬杖をつき、だんだんと夕焼け空に変わりつつある空を眺める。

まさか、『女の園』で男が心の癒しになるなんて思ってもみなかった。

 

そういえば、和馬の奴が昨日メールで『羨ましすぎる、全財産をやるから変わってくれ』とかいうのが届いていたが、果たしてそのセリフは入学したあとでも言えるのだろうか。

いや、きっと言えまい。

 

 

「そういえば、俺達以外にも2人。男がいるんだよな?」

 

「らしいな」

 

 

全男たちの夢であるIS学園に入学できたことで舞い上がり、今まで全く興味がなかったが。

俺と一夏以外にもこんな目に遭っているのが、後2人いると思うと、顔さえも見たこともないはずの相手に妙な親近感を覚える。

きっと、いい友人になれるに違いない。

 

 

「どんな奴だろうな?」

 

「さあな、少なくとも個性的な奴はお腹いっぱいだ」

 

「ああ、重善さんにソンネンさんか‥‥確かに個性的だよな」

 

「ルーは言うまでもないけど、刹利も意外とズレてんだよ」

 

 

特に、食事に関してはルーよりも我が道をゆく。

半分ずつ分けるという約束を忘れかけて半分以上食べてしまってルーを怒らせたり、『自分、まだ食べ足りないぞ』とか言い出して時間ギリギリまで食べ続けようとしたり。

いったい、あの程よく引き締まった身体のどこにあれだけの量が入るというのだろう。

 

 

「こっちも、箒とイギリスの代表候補生で疲れたな。特に代表候補生の子なんて男嫌いっぽくてさ、結構突っかかってくるんだよ」

 

「うわ、最悪だな」

 

「話しかけられたと思ったら、次には『腑抜けた顔をしていますわね』だぞ?」

 

「そりゃ、お前が本当に不抜けてたんじゃないのか?」

 

 

ルーに覚悟してないとか言われてたし。

しかし、いつもの腑抜けた顔と時折見せる真剣な顔のギャップで数多の女子を撃墜し、旗を構築してきた一夏の事だ。

きっとその女子もすぐ『一夏ハーレム(IS学園版)』を構成するメンバーになるのだろう。

中学時代から、コイツの旗構築場面を数多く見てきた俺の勘がそう囁いているのだ。

 

 

「そうなのか?」

 

「少なくとも、今のお前の顔は腑抜けてる」

 

「それを言ったら、お前もだろ」

 

「俺はいいんだよ」

 

「なんだよ、それ」

 

 

俺はお前みたいに無条件でもてたりするようなキャラじゃないからな。

そのセリフは言わないでおく。

 

 

「一夏、寮に戻ったら‥‥後の2人にでも会いに行かないか?」

 

「賛成、4人しかいない男だ。仲良くなれるといいな」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァ‥‥35分43秒06‥‥自己記録更新‥‥」

 

 

10000mを全力で走り切り、息も絶え絶えではあるが、止まらずゆっくりウォーキングを行いながら息を整える。

こうして運動後のクールダウンをしておかないと、筋肉中に乳酸が溜まったままになってしまい、翌日以降にも疲れ等が持ち越されてしまう。

この時酸素を多く取り込んだ方が、乳酸の処理効率が上がるらしい。

 

 

「35分の壁が厚い過ぎるぞ‥‥」

 

 

在学中に10000mを31分台で走れるような筋力をつけろという、ディランさんの指示ではあるが、達成できる気がしない。

というか、10000mを31分台って、高校陸上大会の記録の中でもトップ10に入るような記録ではなかっただろうか。

ストレッチをして身体をほぐしながら、違和感を感じる部位が無いかを確認する。

 

グラウンドの方に目を凝らしてみると、陸上部や他の運動部の人達が部活動に勤しんでいる。

どの部も活気があって、一生懸命頑張っている姿はカッコよくて輝いていた。

 

 

「君、新入生?」

 

「はい、そうですが?」

 

 

特に違和感等を感じないので、ストレッチも切り上げて帰ろうかと思案していると声をかけられた。

体操服姿なので学年はわからないが質問の仕方的に、この人が上級生であることは間違いないだろう。

 

 

「やっぱり、私は3年の神原(かみはら) みゆきだ。陸上部の部長をしている」

 

「はぁ?」

 

「回りくどいのは好きじゃない、はっきり聞こう。陸上部に入らないか?」

 

「えっ?」

 

 

これは、もしや部活への勧誘というものなのだろうか。

どこの高校でも入学初日から部活の勧誘合戦が激しいというが、このIS学園においてもそうだとは思っていなかった。

部活には興味がある。中学時代は、アルバイトをしていたので殆ど幽霊部員だったのだ。

 

しかし、自分には契約操縦者として月10時間以上の稼働データを収集する義務があるので、入部したとしてもまた幽霊部員になってしまうだろう。

 

 

「自分、『エンブレム持ち』なんで」

 

「大丈夫だ。ここはIS学園、IS関係のことで部活を休むことは許されているし、幽霊部員も多い」

 

「そうなんですか」

 

「ああ、君の走りはある程度洗練はされているが、まだまだ荒い。どうかな、陸上部に入って走りに磨きを掛ける気はないかな?」

 

 

流石IS学園、何に関してもISが優先されるようだ。

どうするべきだろうか、確かに部活には興味はあるが、陸上部に入るかどうかになると悩む。

 

 

「すみません、考える時間をください」

 

「ああ、構わない。私も即決してくれるとは思ってなかったからな」

 

「そうですか」

 

 

あっさり承諾されたので、少し驚く。

漫画とかでの高校の部活の勧誘合戦というものはもっと激しかったので、そこまでいかないにしてももっと勧誘してくるものだと思っていたのだ。

架空の世界と現実世界は違うということなのだろう。

 

 

「君はいいランナーになれる。是非とも前向きに検討してくれ」

 

「はい」

 

 

ストレッチも終え、部活の方に戻っていく先輩をの背中を一瞥してからシャワールームへと向かう。

 

 

「部活か‥‥」

 

 

 

 

 

 

半乾きの結んでいない髪に鬱陶しさを感じながら寮に戻ってくると、何だか騒がしい。

まあ、今日から寮に弾を含む4人の男子が住むようになるのだ。

興味、恥ずかしさ、期待、甘酸っぱさ等の思いが混じって、暴走しすぎる人が出てきてもおかしくはないだろう。

自分は、あんまり興味ないが。

 

 

「男子同士で喧嘩だって!」

 

「ウソ、ホントに?」

 

「ホント、ホント、何か1組の織斑君と4組のマルク君が部屋の前で口論してるらしいよ!」

 

「見に行こ、見に行こ!」

 

 

喧嘩か。やっぱり男子同士だと、どちらが上か決めたくなってしまうのだろうか。

女子達が向かっている方が男子部屋で喧嘩が起きている現場なのだろう。

人の喧嘩に首を突っ込もうとしたり、野次馬に行ったりするのはよくないことだというのは理解しているが、気になってしまうものは仕方がない。

 

ということで、他の女子の流れに混ざって男子部屋の方へと向かう。

さてさて、一体何が原因なのだろうか。

そんなことを考えながら進んでいると、現場にはすぐ到着した。

喧嘩のことは、まだ噂になったばかりなのか、自分と同じような野次馬はまだ十数人しかいない。

 

 

「貴様さえいなければ!」

 

「俺が、何をしたって言うんだよ!」

 

「落ち着け、一夏!」

 

「‥‥」

 

 

銀髪で右目が紅、左目が蒼というオッドアイの誰が見ても文句のつけようのないイケメンと織斑が口論し、弾と中東系の浅黒い肌と黒髪を持つクールな男子が後ろから羽交い絞めにして2人を抑えている。

あれが、この学園に通う4人の男性操縦者か。

全員、どこかの雑誌とかでモデルでもやっていそうなくらいにレベルが高い。

 

 

「ねぇ、誰がいいと思う?」

 

「私は、織斑君かな。だって、あの千冬様の弟だし」

 

「私、エーシア君がいい。寡黙な少年ってかっこいいと思わない?」

 

「ええぇ~~、マルク君でしょ、絶対!一番カッコイイもん」

 

「あたしも、織斑君」

 

「マルク様!」

 

「エーシア君」

 

 

と野次馬に来た女子たちの間では、男子4人に対する品評会が行われている。

本人達を目の前にして、よくそんなことを言えるなと思うが、男子4人は喧嘩の真っ最中でそれどころではないのだろう。

それにしても、弾の人気がなくて可愛そうだ。

確かに、あの4人の中では一番普通に近い容姿をしているが、自分と同じで常識的でいい奴なのに。

 

 

「貴女は、誰がいいと思う?」

 

「自分か?自分は、だ‥‥五反田君で」

 

「へぇ、マニアックね」

 

 

なんか、ムカついた。

『ハービック』での訓練で、ある程度それを表に出さないようにすることはできるが。

今日友人になったばかりでお互いをあまり知らないとはいえ、馬鹿にされるのは少々面白くない。

 

 

「‥‥」

 

「あら、どうしたの?突然黙り込んで?」

 

「別に、なんでもないぞ」

 

 

色々言ってやりたいことはあるが、しかし、ここで新たな喧嘩の種を蒔くわけにはいかないので我慢する。

質問してきた女子は自分に対する興味を失ったのか、他の女子に同じ質問をしていた。

 

深呼吸して気持ちを落ち着けながら、喧嘩している方を見る。

 

 

「何で、なんで、俺じゃダメだって言うのかよ‥‥」

 

「お前は、何が言いたいんだ?悪いが、俺にはわからない」

 

「ああ、わからないだろうよ。俺の気持ちなんて、お前には絶対わからない」

 

 

途中の会話を聞いていなかったせいか、何がどうなってこうなったのかわからない。

最初、あれだけ激昂していたはずの銀髪が今は何故か落ち込んでおり、織斑の方も訳がわからないのか困惑している。

とりあえず、喧嘩は終わったのだろうか。

 

 

「貴様ら、そこを動くな!」

 

「逃げても捕まえるから、覚悟するじゃん!」

 

 

どうやら、喧嘩の噂を聞きつけた教師陣がようやく到着したようだ。

うちの担任と『ブリュンヒルデ』と名高い織斑先生を投入してくるあたり、逃がさないというのは本当なのだろう。

ここは、下手な抵抗をするよりも素直に従ったほうがいい。

人間、時には諦めも必要だし、好奇心に負けた自分の責任だ。そんなにひどい罰は与えられないだろうから、甘んじて受け入れよう。

 

 

「まったく貴様らは、入学初日から騒ぎを起こし追って‥‥覚悟は出来ているだろうな?」

 

「げっ、千冬姉!」「ち、千冬さん!」「お、織斑 千冬!」「‥‥」

 

 

喧嘩をしていた2人は当然、それを止めていた2人も織斑先生を見て青ざめる。

喧嘩の最中でも全く表情を変化させなかった中東系の少年も例外ではない。

人形みたいに生気が感じられなかったので不気味な奴だと思っていたのだが、ああいう顔もできるのだとわかって安心した。

止めようとしていたのに、巻き込まれる形で弁明もできず説教組となった弾は肩を落として落胆していたが、織斑に何か言われると少し疲れたような笑みを浮かべてから何か言い返していた。

きっと、少年誌的に考えて‥‥

 

 

『悪いな、弾。巻き込んだみたいで』

 

『別にいつものことだろ。けど、貸し1な』

 

『了解』

 

 

みたいな感じで、当たらず遠からずといったところだろう。

 

 

「おっと」

 

「チッ」

 

 

考えるに耽っていると、捕まえようとした担任の手が伸びてきたので回避する。

しかし、今この教師、明からさまに舌打ちしなかったか。

 

 

「自分、逃げませんよ?」

 

「重善、これだけは言っておくじゃん‥‥」

 

「はい」

 

「私は負けず嫌いだから、覚悟しておくじゃんよ!」

 

 

ああ、こっちはこっちで面倒臭いことになりそうだ。

獲物を前に舌舐りをする狩人のような顔をした担任を見て、自分は直感的にそう判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1-8


ようやく入学初日終了です。
1日終了に5話かかるなんて、もしかしてテンポ悪いのでしょうか。


『入学おめでとう。どう、学園の様子は?』

 

「ありがとうございます、ディランさん。

学園は予想以上に面白そうなところです。まあ、その分だけ苦労しそうですけど」

 

 

夕食後の自由時間、風呂から戻り、まだ身体が冷えていない内に柔軟体操を行っていると『ハービック』から支給された最新型の携帯端末にディランさんから電話が掛かってきた。

最初は部屋から出ようかとも思ったが、すでに夢の世界へと船を漕ぎ始めているルーの姿を見てそのまま出ることにした。

まあ、よくもそんなに眠れるものである。

 

 

『確かルームメイトは『ケーファー』の『眠り姫』だったわよね?』

 

「『眠り姫』?」

 

 

それは、ルーのことなのだろうか。

確かに、起きている時間より寝ている時間の方は圧倒的に多いのではないかと思うくらいよく寝ているが。

 

 

『ルーツィア・ソンネン、『ケーファー』の契約操縦者の』

 

「えっ、ルーにそんな格好良い二つ名なんてあったんですか?」

 

『あら、結構打ち解けているみたいね。資料によるとなかなか気難しい娘だってあるのに』

 

「その情報を集めた人が、ダメだったんじゃないですか?」

 

 

ルーが気難しいなんて、その情報を集めた人は何を見ていたのだろう。

自分も深くまで知っているわけではないが、ルーくらいに単純な人間は世界でも数人程度しかいないのだろうか、と思える程にわかりやすい。

簡単に言うなら、ルーの中には基準となる線が引かれていて、その内側か、外側かしかない。

きっと、その情報を集めた人は外側だと判断されたのだろう。

 

 

『そうなの?じゃあ、部署異動してもらわないと‥‥情報部が無能なんて致命的だもの』

 

「え、まっ‥‥」

 

『何か、問題でも?』

 

 

軽い気持ちで言った言葉が人一人の人生を狂わせようとしている。

その事にとてつもない、言葉には言い表せないような怖さと焦りを感じた。

しかし、その事について今更撤回することはできない。

人の本心を完全に理解するのなんて不可能だ。だから、自分の言葉が正しいのか、ルーの情報を集めた人間が正しいのかは分からないのだが、ディランさんは自分が正しいと判断した。

それにより、その情報部の人はあっさりと部署を変えられる。

 

現代社会において、情報というものは非常に重要で大切なものでたった一つの情報が多くのことを知らせ、時には数百万ドル以上の利益をもたらすことがある。

『ハービック』に本格的に所属する前に教育されたのでよく覚えている。そして、その後の言葉も。

 

 

『我社は清く正しい企業です。有能な者には正しく報酬を、無能な者には正しく罰を与えます。

そして、裏切り者には正しく制裁を加えます。いいですか、『清く正しく』です。努々忘れぬように』

 

 

あの瞬間、自分は『ハービック』という巨大な装置を動かす為の歯車になったのだと実感した。

畏怖とかそういう感情的なものではなく、本能的な何かに理解させられたのだ。

 

 

「‥‥ありません」

 

『そう、ならいいわ。ところでクラス代表にはなれたかしら?』

 

「いえ、それが‥‥」

 

 

ディランさんにクラス代表の座をめぐって、ルーと対決することになった顛末を説明する。

自分が総報告してくるのを知っていたかのように、ディランさんは『そう』と楽しげに言う。

 

 

『一応、『カスタム・イーグル』は貴女に優先させるようお願いはしてあるけど、専用機相手だと心許無いわね』

 

「ルーって、専用機持ちだったんですか?」

 

『ええそうよ、ヨーロッパ大会にも何度か出場してるから、そのデータを後で端末に送っておくわ』

 

 

衝撃事実の発覚だ。ルーが専用機持ちだったなんて。

自分もIS学園から『カスタム・イーグル』を優先的に借りることができ、半専用機化しているが、やはり本物の専用機と比べると差は小さくないだろう。

IS学園最初の対戦相手が数少ない専用機持ちとか、どこぞの少年誌的展開だ。

 

 

『あなたなら『眠り姫』に勝てるかもしれないわ。期待しているから、精一杯頑張りなさい』

 

「無茶なフリはやめてください」

 

『まあ、間に合うかどうかはわからないけどFDS(フラッシュ・ドライブ システム)用の試作パッケージ4号を送っておいたから、データ収集お願いね』

 

「‥‥今回のは、大丈夫ですよね?」

 

『‥‥』

 

 

なぜそこで無言になる。不安を増長させるようなことはやめてほしい。

ただでさえ、あのパッケージにはトラウマがあるというのに。

 

 

『前回で見つかった問題点は修正済みよ。試験機動も病曇達が行っているわ』

 

「‥‥本当ですか?」

 

『嘘をついても仕方ないでしょ』

 

 

ここで何と文句を言おうとパッケージは既に送られている途中だろうし、今の自分の役目は『FDS』完成の為のデータ収集なのだ。

断ることは契約違反である。

それに、姫先輩が試験機動を行っているのだから、少なくともシステム稼働中に強制解除されることはないだろう。

上空数百mで、突然ISが解除され重力という柵に誘われて大地へと落ちてゆく感覚、思い出すだけでも背筋が凍りそうになる。

いざという時のために姫先輩が待機していてくれていたからこそ大丈夫だったものの、1歩間違えればこの場にはいなかっただろう。

 

 

『追加で欲しい装備があるなら遅らせるけど、何かあるかしら?』

 

「今のところは、特に」

 

『そう、なら頑張ってね。代表決定戦』

 

「はい、全力を尽くします」

 

『朗報を期待するわ』

 

 

通話が終了し、携帯端末をベットに投げ、自分もそのまま倒れ込む。

ルーとの代表決定戦に、陸上部への勧誘、FDS用パッケージの稼働データ収集、考えただけでも面倒臭そうだ。

 

 

「Zzz‥‥」

 

 

隣のベットに視線を向けると、すっかり緩みきったルーの微笑ましく幸せそうな寝顔が見える。

全く、こっちは色々と頭を悩ませているというのに。

 

 

「刹利‥‥ヴルストを‥‥忘れちゃ‥ダメなの‥‥」

 

「はいはい、わかったさ」

 

 

なんだか悩んでいるのがバカらしくなったので、電気を消して、アラームを確認してから眠りにつく。

いい夢が見られるといいな。

 

 

 

 

 

 

千冬さんの長い、長い説教から解放され、お互いほとんど会話のないまま交代で備え付けのシャワーを浴び、ベッドに腰掛ける。

正直、何がなんだかわからない。

隣の部屋にいる残りの男子生徒に会いに行ったら、その片方が急に一夏に暴言を吐いてきて喧嘩になったのだ。

いつもなら暴言なんて涼しい顔で受け流して相手にもしないのに、今日は違った。

あのリーダス・マルクとかいった奴の暴言は、一夏の中の地雷を盛大に踏んでしまったらしい。

 

 

「なあ、一夏‥‥アイツとは知り合いか、なにかなのか?」

 

「いや、あんな奴会ったこともない」

 

「じゃあ、何で」

 

「そんなの、俺が知りたいさ!あいつは何なんだよ!俺の何を知ってるって言うんだよ!」

 

「‥‥」

 

 

この話題は地雷だっていうのは十分に理解していたが、それでも聞かずにはいられなかった。

俺は、親友だ。少なくとも俺はそう思っているし、思い上がりでないのなら一夏もそう思っていてくれているだろう。

だから、互いに傷つくことだと理解しても、あえて踏み込む。

 

 

「なあ、『お前のせいで全て不幸になる。姉の時のように』とか言ってたけど‥‥千冬さんと何かあったのか?」

 

「‥‥」

 

「だんまりか」

 

 

まあ、今まで話してこなかったということは、それだけ言いにくいことなのだろう。

だが、ここで聞いておかなければ、この先一生聞けないような気がするのだ。

 

 

「一夏」

 

「‥‥なんだ」

 

「とりあえず、なんか吐き出しとけ。溜め込むと録なことにならねえし」

 

「でも‥‥」

 

「大丈夫だ。この寮の防音は結構高いらしいからな」

 

 

恐らくだが。

いきなり核心を聞き出そうとしても、この頑固者が言うはずないので、外堀から攻める。

人が聞いたら卑怯とでも言われるかもしれないが、俺自身が口を滑らせない限りバレることはないので、全く問題はないだろう。

一夏は、どうするべきか悩んでいるようなので、もうひと押しくらい必要か。

 

 

「たまには、俺を頼れよ。自慢じゃないが、よく蘭の人生相談に乗っているから、そういうには慣れてるんだぞ」

 

 

相談内容は、主に一夏の好みや自然なデートの誘い方、ライバルである鈴を出し抜く方法とかだったが。

 

 

「そうなのか?」

 

「ああ、当然だろ」

 

「なんか、想像できないな」

 

「なんだと!これでも、俺は蘭の兄貴なんだぞ。妹の人生相談くらい、朝飯前さ」

 

 

なにせ、お前からいろいろと聞き出すだけでいいんだからな。

何の疑いもなく答えてくれるし、蘭とデートさせるために仕組んだりしても疑う事が無い。

その分、蘭の必死のアピールとかもほとんど効果をなさないのだが。

 

まったく、この鈍感王はいつになったら周りの女の子たちの行為に気がつくのやら。

 

 

「じゃあ、とりあえず‥‥アイツって、何様のつもりなんだろうな?」

 

「何様のつもりって?」

 

「いや、だってよ。初対面の相手に『お前のせいで、全て不幸になる』だぜ?

何を知っているのかは、俺にはわからないけどさ‥‥何でお前がそんなこと断定できるんだ?」

 

「確かに」

 

「銀髪にオッドアイ、『不幸になる』発言。中二病か!?ってツッコミ入れたくなるよな」

 

「中二病?」

 

「一昨年の和馬」

 

「ああ、なるほど、わかった」

 

 

俺らの友人、御手洗 和馬は中学2年生の時に、それはそれは見事なまでに中二病を発症していた。

自らを『煉獄の処刑人(フェーゲフォイアー・シャルフリヒター)』と名乗り、無駄な行動力と技術力を遺憾なく発揮し、工場や廃墟にあった廃材等を組み合わせて深紅の大斧『血の拷問(ブルート・フォルター)』というものを単独で作り上げる程の真性だ。

その斧を学校に持ってきて『さあ、処刑の時間(ショータイム)だ』と叫びながら振り回し、グラウンドに設置されていたサッカーゴールのゴールポストを両断したのは、伝説として語り継がれるに違いない。

 

一夏も、あの頃の和馬の痛々しい言動を思い出したのか苦笑していた。

 

 

「確かに、和馬程じゃないけど、そんな感じだな」

 

「だろ。だから、あんな奴の言葉は真に受けない方がいいと思うぞ」

 

「でも‥‥」

 

「まあ、アイツは俺の知らないお前の何かを知ってるんだろうけど、悩むだけ無駄だと思うぞ?

ああいった奴は、自分の考えていることがすべて正しいとか思ってるだろうし」

 

 

過去に何があったのかは知らないが、一つだけ言えることがある。

詳細を聞きだせるのは、当分先になりそうだということだ。

 

まったく、貸し1追加だからな。

 

 

 

 

 

 

セットしていたアラームが鳴り、深く眠り込んでいた意識が覚醒してゆく。

微妙な寝足り無さを感じながらも身体を起こし1度伸びをする。背中から指先までの気怠さが抜けてゆく心地良さと共に、意識も完全に覚醒した。

 

ベットを出て、簡単なベットメイクをしてから洗面所へと向かう。

歯磨きや整容に着替えをしっかりして、おかしな所がないか入念にチェックしておく。

『エンブレム持ち』は、IS学園においての企業の顔のようなものである。ルーのような例外的存在もいるが、基本的には企業に泥を塗るようなことがないよう、常に気をつけておく必要があるのだ。

それが終われば、今度は部屋に備え付けられた冷蔵庫まで移動し、中から様々なソーセージを取り出す。

 

ソーセージにこれほどの種類があるなんて、ルーに出会わなければ知ることもなかっただろう。

とりあえず、今日は4種類を各6本の24本用意する。

これだけ用意しても昼前にはほぼ完食し、学食で更にソーセージを食べるというのだから、ルーのソーセージ好きには驚かされるばかりだ。

 

部屋に調理ができる場所はないので、このソーセージを調理する為にはキッチンルームへ行かなければならない。

 

 

「なんで、こんなことしてるんだろうな」

 

 

廊下を歩きながら自問自答してみるが、虚しいだけだった。

きっと寮に入った初日にルーのおねだりに負けてしまったのが、全ての元凶だろう。

 

ほどなくして、キッチンルームに到着する。

国家直轄の特別指定校だけあって、こういった所にも無駄に予算をかけており、置いてある機材は全てプロの料理人が愛用するものと同じ物が殆どだ。

この鍋一つでも数万は軽くするだろうし、本当に無駄としか思えない。

キッチンルームには、まだ5時になっていない事もあってか自分を含めても片手で数えられる程度の人数しか人はいない。

全員が1年生であり、上級生達がやって来だして混む前にさっさと済ませてしまおうという考えなのだろう。

 

コンロにたっぷりの水をはった鍋とソーセージを敷き詰め1cm程度水をはったフライパンを置き火にかける。後は待つだけだ。

コンロの前に椅子を持ってきて、それに座り携帯端末を弄る。

ニュースにさっと目を通して現在の情勢をある程度おおまかに把握し、その後はソーシャルゲームで時間を潰す。

初めは、携帯ゲーム機の劣化版と馬鹿にしていたソーシャルゲームだったが、いざ遊んでみるとこんなちょっとした暇を潰すのに最適なものはない。

 

ハマりすぎて、おかしくなってしまう人が出てくるのも納得だ。

自分は、そんな風になりたくないので無課金プレイヤーである。最近では、課金したら負けかなとすら思っている。

 

ゲームの合間にフライパンのソーセージを返しておくことも忘れない。

これを怠ると、火の通りが悪くなり味が落ちてしまう。

やるなら、完璧に。それが自分のモットーなので、手を抜いたりすることはしない。

 

 

「刹利、おはよう。ヴルスト、できてる?」

 

 

もうすぐフライパン組のソーセージが出来上がるという頃に、まるで狙ったかのようにルーが現れる。

整容もしていないボサボサの髪の毛に、緑地に星の柄の入ったパジャマにスリッパ姿という、起きてそのまま来ましたという状態だ。

 

 

「おはよう。もうすぐできるけど‥‥とりあえず、こっちに来な」

 

「はぁ~~い」

 

 

まだまだ寝たりないのか、眠そうな目を擦るルーを呼び寄せ、ポケットに入れておいた小型の鏡を置いて折畳式の櫛で髪を梳いてやる。

くすぐったそうに目を細めるルーを見ていると、なんだか手のかかる妹でもできたような気分だ。

 

 

「まったく、部屋を出る時は身嗜みを整えなきゃ駄目だぞ」

 

「はいなの」

 

「最初の頃は、ちゃんとできてたのに」

 

「だって、刹利がやってくれた方が気持ちいいんだもん」

 

 

やっぱり、わざとだったのか。

手早くボサボサになった髪を整え、茹で上がったソーセージを皿に移す。

そして、沸騰した鍋に残りの未調理分のソーセージを入れる。

 

 

「ねぇ、食べていい?」

 

「1本だけだぞ」

 

「5本!」

 

「多すぎる、2本」

 

「せめて、4本は食べたいの」

 

「却下。どうせ、朝食でも食べるんだろ?」

 

 

そう言うと、ルーは物凄い呆れた顔をする。

 

 

「刹利はわかってないの。早朝のヴルストは別腹なの!」

 

「‥‥」

 

「あぅ!」

 

 

とりあえず、無性に腹が立ったので頭をはたいておく。

 

 

「ぼ、暴力反対なの!」

 

 

その意見には同意するが、人間であれば許せない時というのは必ずあるはずだ。

 

だから、自分は悪くないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




用語解説

『カスタム・イーグル』
アメリカ製第2世代型量産IS
ストラトス・イーグルを各企業が特別改修した機体で、全体的なバランスはそのままに企業の特色が強く出ている。
その性能は、ほぼ第3世代と比べても遜色ないレベルに達しており、値段も含め『半専用機』ではなく『量産専用機』と言ったほうが良い。
ハービックモデルは、ストラトス・イーグルに比べ機動性や旋回性能といったところが強化されているが、耐久性が若干低下している。


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1-9


2桁前にして、ようやくセシリア登場です。この作品のセシリアは、ちょろくはありません。
後半に少々下ネタ表現があります。苦手な方は、ご注意ください。


朝8時、茹で上がったソーセージをラップで包んだり、その隙を狙って摘み食いをしようとするルーと激しい攻防を繰り広げたり、部屋に戻ってルーの整容を手伝ったりしていたらこんな時間になってしまった。

寮の食堂に到着するが完全に出遅れてしまったようで、殆どのテーブルが埋まっており、ゆっくり食べているような時間的余裕もない。

 

別に、満腹になるまで食べなければ倒れてしまう腹ペコキャラではないので構わないのだが、それでも食べれる時にはたくさん食べたいのだ。

 

 

「うぅ、時間がないぞ」

 

「‥‥ごめんなさい」

 

 

ちょっと泣き言が出てしまい、それを聞いたルーが暗い顔で謝ってくる。

いつもの太陽のように明るい笑顔は見る影もなく、今にも泣きそうな子供のような顔だ。

そんなつもりじゃなかっただけに、焦りが脳を支配して冷静さを欠く。

 

 

「き、気にしてないぞ!自分、全然気にしてないぞ!」

 

「でも、刹利は食べるのが好きなの」

 

「それは、そうだけど‥‥」

 

 

自分は、ある程度行動を考えてから動くタイプなので、こういった突発的に起こる予想外の事態には弱いのだ。

朝食をいっぱい食べれないことに対して、ちょっとショックを受けているだけに、下手な慰めをしても状況を混乱させるだけのような気がする。

だが、ルーに悲しい顔をさせたくないというのも、また事実だ。

そう考えると、頭の中では『どうしよう』という焦りの言葉が思考スペースを侵食してゆく。

 

 

「う、うぅ~~‥‥」

 

「‥‥本当に、ごめんなさい」

 

「いったい、何事ですの?」

 

 

食堂の入口で2人してオロオロしていると金髪の美少女に声をかけられた。

 

 

「ツェツィ‥‥」

 

「ルー‥‥そのようですと、またですのね」

 

「‥‥うん」

 

「まったく、貴女という子は‥‥」

 

 

状況がさっぱり理解できないのだが、この金髪巻き毛の美少女がルーの言っていたツェツィなのだろうか。

泣きそうなルーを見てため息をつくと、頭を撫でる。

 

 

「えと‥‥」

 

「貴女が、ルーのルームメイトの刹利さんですわね?」

 

「あ、ああ、そうだぞ」

 

 

ルーのルームメイト、なんだかダジャレっぽい響きだ。

第3者の介入によって、焦りによって支配されていた脳も落ち着きを取り戻し、こんなくだらないことも考えられるようになる。

本当に助けが入ってくれてよかった。あのままでは、絶対自体は良い方向に進まなかったであろう。

 

しかし、このツェツィという少女、専用機持ちだ。一瞬ではあるが、金髪の隙間からイヤーカフス型の待機状態になった物が見えた。

どこかで見たような覚えがあるのだが、うまく思い出すことができない。

 

 

「わたくしの名は、セシリア・オルコットですわ。ルーとは、IS学園に入学する前からの友人ですの」

 

「思い出したぞ、イギリスの代表候補生の」

 

 

そう、ツェツィ改めセシリア・オルコットは『ハービック』で渡された各国の国家代表と代表候補生のリストで見たのだ。

自分と同じ年齢の女の子が、IS操縦者として国家の代表候補として選ばれるなんて凄いと驚いた覚えがある。

まさか、ルーの言っていたツェツィがあのセシリア・オルコットだったなんて、世の中どこで繋がっているのかわからないものだ。

 

 

「あら、わたくしをご存知ですの?」

 

「まあ、それなりに。自分、重善 刹利。一応『エンブレム持ち』だ」

 

「そのエンブレムは『ハービック』のですわね。

ルー以外の『エンブレム持ち』は初めて見ますが‥‥貴女とは仲良くなれそうですわ。主に、この子の苦労話で」

 

「同感だな」

 

 

どうやら、オルコットも自分と同じ事を思っていたようで、握手を求めるように手を出す。

その一連の動作は、庶民生まれの自分では一生できない、一目で育ちの良さが分かる優雅なものだった。

手を握ることすら悪いように思えてしまうが、応じないのも失礼だろうし覚悟を決めて握手する。

自分の手とは全く違う、手入れの行き届いたすべすべとした感触にいつまでも触っていたいという誘惑に駆られるが、なんとか踏みとどまった。

 

 

「‥‥ルー的には、無視はよくないと思うの」

 

 

オルコットの介入によってルーも落ち着いたのか、まだ陰りは見えるものの笑みを浮かべることができるようになった。

何がきっかけで、ああなったのかはわからないが、今度からは気を付けよう。

 

 

「悪かったな、気をつけるぞ」

 

「全く、自分で騒ぎの原因を作っておきながら貴女は‥‥反省なさい」

 

「はぁ~~いなの」

 

 

オルコットに窘められ、がっくりと肩を落とすルーに苦笑しつつ、時計を確認する。

見事に少ない時間は消費され、今から頼んだとしたら遅刻を覚悟しなければならない。

流石に『エンブレム持ち』として、それは出来ないので諦めざるを得ないだろう。

 

 

「ルー、教室に向かうぞ」

 

「そうですわね、急がなければHRに遅刻してしまいますわ」

 

「えっ、でも、まだ朝ごはん食べてないよ?」

 

「お昼まで我慢だな」

 

「‥‥刹利」

 

 

朝食抜きという事に、またルーがその表情を曇らせようとするが、一度起きた事態は予想外ではない。

 

 

「別に気にしてないぞ。一食抜いたって問題ないさ‥‥ソーセージ5本な」

 

「気にしてないなんて、嘘なの!2本!!」

 

「いいや、譲らないぞ。6本」

 

「譲らないどころか増えてるよ!?明日から本気を出すから、3本で勘弁して欲しいの!!」

 

「仕方ない、それで手を打つさ」

 

「ぐぬぬ」

 

 

明日からちゃんとする事を約束させ、尚且つソーセージもいただく。

朝食を食べ逃したのだから、これくらいのことは許されるだろう。

非常に悔しそうな顔をしながらポケットに潜ませていたソーセージを差し出してくるルーに、オルコットが驚愕していた。

 

 

「あのルーに、自らソーセージを差し出させるなんて‥‥刹利さん、恐ろしい方!」

 

「ルーの胃は刹利に握られちゃったの」

 

「むぐ‥‥いいから、いくぞ」

 

 

とりあえず、素早く一本を平らげ、芝居がかったリアクションをとる2人を急かす。

 

 

「ノリ悪いの」

 

「刹利さん、淑女たるもの焦らず常に優雅でなければ」

 

「‥‥ルー、やっぱ6本な。セシリア、優雅じゃなくてルー化してるぞ?」

 

「ごご、ごめんなさいなの!」「わ、わたくしが、ルーに!ありえません、ありえませんわ!」

 

 

セシリアのことを勝手に呼び捨てにしたのだが、別に気にしていなさそうだった。

まあ、むこうも最初から自分の事を名前呼びしているのでお相子ということなのだろう。

 

このような茶番を挟みつつも、朝のSHRにはちゃんと間に合うことができた。

セシリアは1組だったので途中で別れることになったが、昼食を一緒にとる約束をしたので今から楽しみである。

 

ちなみに、ルーがあんなに泣きそうだった理由をこっそりセシリアに聞いてみたのだが‥‥

ルーは、基本的にマイペースで我儘なのに、親しい人の幸せや楽しみを邪魔してしまうのをひどく気にするらしい。

 

まったく、難儀な生き方をする。

 

 

 

 

 

 

「重善、ソンネン。お前達の模擬戦はこっちの都合で今週の日曜日になったじゃん」

 

「わかりました」

 

 

朝のSHRの最後に代表決定戦の日にちが知らされる。

日曜日か、当初の予定では土曜日に今週中に届くだろうFDSパッケージのデータ収集に使う予定だったのだが、変更せざるを得ないだろう。

FDSは使用後の疲労感で動くのも億劫になってしまうので、なるべく次の日が休日な土曜日にデータ収集をして日曜日は身体を休めようと思っていたのに。

模擬戦を行うとなるとアリーナ1つを貸し切ることになるので色々と都合がつきにくいのだろう。

不満はあるが、納得するしかない。

 

 

「えぇ~~、日曜日はお昼過ぎまで寝るつもりだったのに」

 

「我慢するじゃん」

 

「文句言うな。4組の方も女子の代表決定戦をやるらしく、そっちと纏めてやる事になったせいじゃん」

 

「ルーには関係ないの」

 

 

流石は、ルーというべきか。自分が寝たいからと言って拒否するなんて、典型的な日本人型思考の自分には恐ろしくて真似できない。

 

 

「なら、ソンネンの不戦敗じゃん」

 

「くっ‥‥卑怯なの」

 

「卑怯じゃない。職員会議で決まったことだから、お前がどんだけ騒ごうと変わらないじゃん」

 

「うぅ、仕方ないの」

 

「じゃあ、SHRは終わりじゃん。1限目は実技だから、さっさと着替えて第4アリーナに集合するように」

 

 

SHRも終わったので、荷物をまとめて第4アリーナの更衣室を目指す。

今年から世界中の人が予想しなかった男子学生が入学することになったので、IS学園は色々と準備が不十分なのだ。

寮の方は最優先で整備されたらしいが、アリーナの更衣室までには手が回らなかったらしく、3つあった更衣室の片方を男子用にしてしまったのである。

基本的に実技の授業は2クラス合同で行われるので、今まではかなりの余裕を持って更衣室を使用していたらしいのだが、その1つが使用できないので混雑するだろう。

 

なので、早めに場所を確保しておきたいのだ。

 

 

「ルー、急ぐぞ」

 

「‥‥納得できないのぉ~~」

 

 

 

どうやら先程のことをまだ引きずっているようで、悔しそうな表情を浮かべるルーは、ポケットからソーセージを取り出して食べだす。

 

 

「待ってくれ、俺も一緒に行っていいか?まだ、アリーナとかの位置が曖昧でさ」

 

「いいぞ」

 

「構わないの」

 

 

ISスーツが入ったと思われる袋を下げた弾が、合流してくる。

そういえば、朝食時には見かけなかったが織斑達と一緒に食べていたのだろうか。

 

 

「そういえば‥‥弾の専用機って、どんなの?ルーのは、これだよ」

 

 

そう言ってルーは、首に掛けたラリエットを見せる。

深い緑色のビーズがあしらわれたシンプルで、どこか古風な感じのするそれは、子供っぽさの残るルーの少し大人びた魅力を引き出していた。

 

 

「‥‥弾?」

 

「あ、いや、おお俺の専用機だったよな!」

 

 

どうやら、弾はルーの専用機の待機状態よりも、それを取り出す時にはだけた胸元に興味深々のようである。

男である以上、ルーのような美少女のそういう所に目がいってしまうのは仕方ないことだとは思うが、もう少し隠せないものか。

巻島家の掃除を手伝っていた時に、優吾の隠していたエッチな本を発見してしまった時のような気まずさと、冷めた感情が広がる。

ちなみに、優吾は少し年上のお姉さん系が好みらしい。

 

見蕩れていたのと焦っていたのもあってか、自分の冷たい視線に気づかないまま左腕の袖をまくる。

そこには、黒い無骨なガントレットが装着されていた。

専用機の待機状態は通常ルーのようなアクセサリータイプが主流なのだが、やっぱり男女差というものなのだろうか。

 

 

「へぇ、なかなかカッコイイの」

 

「でも、結構邪魔なんだよな‥‥コレ」

 

「何だか、蒸れそうなの」

 

「うわ、それは嫌だな。‥‥刹利、どうした?」

 

 

ようやく、自分の冷えた視線に気がついたようだ。

 

 

「‥‥視線が露骨だぞ」

 

「何の話?」

 

「ち、違うぞ!そそそそんなつもりは、い一切無くてだな!!」

 

 

まさかバレているとは思わなかったのだろう。弾の慌て用は相当なもので、しっかり見てましたと自白しているようなものだった。

まあ、見られていた当の本人はわかっていないようだが。

 

 

「まあ、自分もそういうのには理解がある方だから‥‥次から気をつけるんだぞ」

 

「痛い、その優しさに心が痛い」

 

「ねえ、何の話なの?」

 

「ルーは、知らなくでいいことさ」

 

「刹利のケチ」

 

 

ケチと言われようと弾の立場から考えて黙ってあげたほうがいいだろう。

さっきから『言わないでください』と言わんばかりに両手を合わせて、拝んできているし。

 

 

「じゃあ、そんなケチな人が調理したソーセージはいらないな?」

 

「刹利は、とっても優しい人だと思うな」

 

 

相変わらずソーセージのこととなると、この掌返しの速さだ。

どれだけ、ソーセージに命をかけているのだろうか。

 

 

「貸し1だぞ」

 

「了解しました!」

 

 

そんな馬鹿なことをしていると、ようやく目的の第4アリーナへと到着する。

腕時計で時間を確認すると、更衣室が混雑していても少し余裕を持って着替えができるくらいの時間があった。

 

 

「じゃあ、また後で」

 

「ああ、後でな。それと、ありがとな」

 

「自分をあんな目で見たら、許さないからな?」

 

「‥‥肝に銘じておきます」

 

 

理解はあるが、自分をその対象してもいいというわけではないので一応釘を刺しておく。

ディランさんの冷たい笑を真似て言うと、弾は首が痛くなりそうなくらいの速さで頷いた。どうやら、効果は上々のようである。

男子用更衣室に逃げ込む弾の姿は、ちょっとだけ優吾と重なって見えた気がした。

 

 

「刹利、更衣室けっこう混んでるの!」

 

「はいはい、今行くさ」

 

 

 

 

 

 

やばい、非常にやばい。

 

 

「はいはい、注目。今から、基本中の基本であるISの装着と起動をしてもらうじゃん。

各クラス3グループに分かれて、各班には1人ずつ専用機持ち達に班長としてついてもらうから、指示に従うように」

 

 

IS学園で初めての実技授業、一応専用機持ちとして恥じないように最低限のことは叩き込まれているので授業に関して問題ないが、他の問題が生じている。

 

 

「ねぇ、班の分け方って、どうするの?」

 

「出席番号順じゃないの?」

 

「えぇ~~、だったらマルク君や五反田君の班に入れないかもしれないじゃん!」

 

「うっさいわねぇ、それは私も同じよ」

 

「神様お願いします、マルク君の班になれますように」

 

 

手を伸ばせば容易に触れられそうな距離に、何故かに露出度の高いISスーツを着た女子がいる。

しかも、その女子のレベルは中学時代に比べて天と地の差と言って良い程に高く、この状況下において何も反応がない男子がいるとすれば不能か同性愛者くらいだろう。

ボディラインを強調させる悩ましいそのデザインは、絶対に男がしたとしか思えないほどに男心をくすぐるツボを押さえていた。

 

以上の点を踏まえて考えて欲しい。

反応してしまった俺は、最低な人間なのだろうか。

 

叢雲製ストライクモデルの男性用特注品に、反応を隠す機能がなければ、俺は社会的な終わりを迎えていただろう。

ありがとう、叢雲社の開発部の皆さん。

 

 

「1班五反田と3組1~11番、2班重善と12~22番、3班ソンネンと23~33番、4班更識と4組1~11番、5班スミルノフと12~22番、6班23~34番。

以上、指示された班に分かれるように。各班長は、ISを受領しに来るじゃん」

 

「やったぁ~~、神様ありがとう!」

 

「はら、やっぱり」

 

「残念だったわね。私は1班だけど」

 

「うぅ~~、憎しみで人が殺せたら‥‥」

 

 

歓喜と絶望の声の中、俺は反応してしまったことを悟られないように歩く。

隠蔽機能のおかげで傍目からはわからないが、それでも歩き方等からバレる可能性があるからだ。

今回用意されていたISは『打鉄』が3機『ラファール・リヴァイヴ』が3機、そして『ストラトス・イーグル』が1機である。

『最強の量産機』と呼ばれるだけあって、他の2機とは風格が違う。

しかし、雑誌の写真で見た『ストラトス・イーグル』よりも推進翼がふた回りくらい大型化しているし、脚部のスラスターも増設されている。

そして、肩部にも装甲が追加されており通常のIS装甲と違う所から、何かしら特殊機能があるのだろう。

 

 

「重善、お前もさっさと自分の機体を受領するじゃん」

 

「はい」

 

 

露出の多いISスーツの生徒ばかりの中で、唯一首から足先までの全身を包むボディスーツ型のISスーツを着た刹利が『ストラトス・イーグル』に近づいてゆく。

露出部分は一切ないはずなのに、かなりのスタイルを持つ刹利が着ているせいか、非常に艶かしい。

 

 

「先生、先に着用してもいいですか?」

 

「許可するじゃん」

 

 

先生から許可をもらうと刹利は立位のまま固定された『ストラトス・イーグル』の装甲に足をかけてコックピットの位置まで器用に登っていく。

なるほど、あれは刹利の為の機体なのか。

確かに、刹利は専用機持ちではないものの『エンブレム持ち』で他の生徒達より技量は高い。

だから、『ストラトス・イーグル』のような高性能機が与えられるのだろう。

 

10秒もかからず起動を済ませた刹利は、機体のロックを外して軽く動作確認している。

カシュン、という音とともに顔の上3分の2を覆うバイザーが展開される。その様子は、ロボットアニメのワンシーンのようでかっこいい。

 

 

「見事じゃん」

 

「どうも」

 

 

先生の褒め言葉に対してもそっけない返事をし、刹利は打鉄の乗ったカートを運んでゆく。

俺以外の専用機持ちも既にカートを運び始めており、残ったのはラファール・リヴァイヴだけだった。

 

 

「こら、1班。さっさとするじゃん!」

 

「はい!」

 

 

少々、刹利の姿に見蕩れ過ぎてしまったようだ。

俺は左腕のガントレットを撫でながら、自分の相棒に呼びかける。

 

 

行くぜ、黒曜石(オブシディアン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1-10

ひっそり更新です。
これからは不定期に更新できればいいなと思っています。


「‥‥」

 

「‥‥」

 

 

沈黙が痛い。

もともと数十人用の更衣室を2人で使用しているため、その沈黙の痛さも倍増しているような気がする。

横目で右を見ると、すぐ隣にイケメン要素の塊が見えた。

女性でもそうはいないであろう程に磨かれた白い肌、光を受けて輝く銀髪、アイドル並みのルックス、男で無くともその100分の1でもいいから分けてくれと言いたくなるくらいの美しさだ。

良く言って中の上程度の外見でしかない俺にとっては、一生辿りつけない領域だろう。

これで中二病とかを患っていなければ、もっとモテるのではないだろうか。

 

しかし、授業前も思っていたのだか‥‥

他にもロッカーはあるのに、わざわざ俺の隣で着替えるのだろう。

もしかして、ソッチの趣味の人間なのかもしれない。

だとしたら、気をつけなければ‥‥俺はノーマルなので、掘ったり、掘られたりするのもゴメンだ。

和馬は「『男の娘』なら抱ける、むしろこちらからお願いしたい!」とか力説し、俺と一夏もそういう雑誌を渡されたが、数ページで挫折した。

 

 

「何だ?」

 

 

俺の視線に気がついたのか、マルクが睨んできた。

『それは、こっちのセリフだ』といのは飲み込み、何でもないと誤魔化してさっさと着替えを済ませる事にした。

ISスーツは通気性等も抜群なので、脱がずにそのまま制服を着る。

こんな気まずい空間なんて、さっさと退散したい。

 

 

「お前も、俺達と同じなのか?」

 

 

着替えを済ませて更衣室を出ようとしたら、そんな問いかけがされた。

流石は、中二病患者。狙ったかのようなタイミングでこんな意味深な言葉を投げかけてるくなんて。

中学時代の和馬がいたならば、この空間は瞬時に謎のバトル・フィールドとなり、見ているこっちの顔が熱くなってしまうような茶番を繰り広げてくれたに違いない。

 

しかし、俺は中二病を患っていないのでそんな言葉に乗ってやらない。

 

 

「さあな」

 

 

俺は、そう言い捨てて更衣室を後にした。

 

 

「‥‥五反田 弾。貴様はどっちなんだ?」

 

 

扉が閉まりきる寸前に、そんな言葉が聞こえたが無視をする。

中二病患者は、バカ正直に相手にしていても疲れるだけであると身をもって知っているからだ。

 

さて、次の時間は座学か。激しく憂鬱だ。

 

 

 

 

 

 

「昼休みだ!」

 

「昼御飯だぞ!!」

 

「ヴルストォ~~なの!!!」

 

 

長かった、これまでの時間がとても長かった。

朝食抜きで最初の授業は実技、空腹に運動という最悪のコンボのせいでお腹が綺麗にすっからかんだ。

座学中、何度鳴りそうになったお腹を抑えたかわからない。

ルーから巻き上げたたった3本のソーセージでは、自分の空腹を紛らわすことすらできなかったようだ。

 

 

「先行くからな!」

 

「えっ、刹利!ちょっと待つの!!」

 

 

ルーの制止の声を無視して『簡易懸垂降下装置』を準備しつつ、教室の窓から飛び降りる。

 

 

「刹利!」

 

 

一度見ているはずの弾が驚愕の声を上げ、他のクラスメートたちも悲鳴を上げている。

ルーは、ちゃんとわかっているらしく食堂に向かって駆け出していた。

身体が重力に捕まり落下を開始したところで、装置の支点部を2階の窓ではない場所に目掛け投げる。

こうすることにより、通常の使い方よりも時間を短縮して効果をすることができ、現在のような緊急時にとても重宝するのだ。

降下完了と同時に回収を済ませ、食堂に一直線に走る。

契約操縦者として課されたトレーニングの効果と餓狼の如き原始的欲求の加護も相まって、今なら『世界最速の男(ウサイン・ボルト)』といい勝負ができそうな気がする。

 

 

「そこの生徒止まりなさい」

 

 

私の進行方向にのほほんとしながらお堅い仕事が得意そうなメガネの3年生が立ちはだかるが、そんな命令は餓狼と化した自分には聴くに値しない。

速度を緩めるどころか、さらに加速しながら真っ直ぐ進む。

 

 

「仕方ありませんね」

 

 

3年生は自分を武力をもって制することも厭わないようで、何かしらの武道の構えをとる。

 

 

「押し通る、邪魔をするな!」

 

「生徒会役員として、停めさせていただきます」

 

 

先に動いたのは3年生で、ほぼ無拍子で仕掛けてきた。

その外見とは裏腹な相手を沈めることに特化したえげつない人体急所への掌打が繰り出されるが、餓狼状態で感覚が極限まで高まっている自分にはそれすら遅く感じる。

手首に手刀を叩き込み軌道を逸らし、アメフトのプロ選手から習った最小限の動きで相手をすり抜ける動きで突破する。

3年生は、己の実力に相当の自信を持っていたらしく抜かれる瞬間何が起きたか分からないという惚けた顔をしていた。

障害はなくなったので、自分は食堂にトップスピードのまま駆け込み空いている券売機に滑り込む。

財布から諭吉を取り出し、券売機に食わせ大盛りラーメン、大盛り炒飯、餃子2人前、サラダのボタンを押し出てきた食券とお釣りを回収し、即食堂のおばちゃんに渡す。

 

 

「相変わらず、よく食べるねえ。作りがいがあるよ」

 

「ここのご飯は美味しいから、いくらでも食べられるぞ!」

 

「そうかい、じゃあいい子にして待ってるんだよ」

 

「了解♪」

 

 

すっかり顔なじみになった食堂のおばちゃんと軽く談笑し、受け取り口から近い席を陣取る。

そこでデザートを頼み忘れていたことを思い出したが、まあ後でもいいだろう。

今日は中華系にしたのでデザートも合わせたほうがいいだろうか、それともここは最近メニューに並んだ限定桜餅にすべきか。

自分のお腹の底を棲み家としている魔物が獰猛な唸り声を上げるが、もうすぐ昼食を取ることができると思うとそれすら愛しく感じる。

そんなことを考えながらテーブルに備え付けられている角砂糖をいじっていると、目の前に先程の3年生が立っていた。

 

 

「ようやく、追いつきました」

 

「自分に、何か用でも?」

 

「ええ、生徒会役員として幾つか注意を」

 

 

先程の闘いで自分は厄介事の種を蒔いてしまったようだ。

いくら空腹レベルが限界だったとはいえ、こんな事になるならもう少し自重すべきだった。

後悔しても遅いようではあるが。

 

 

「後じゃダメですか?」

 

 

ものを食べるときは静かに自由で、救われていたいというのに。

説教なんて受けてたら、せっかくの楽しい食事も喉を通らなくなってしまう。

 

 

「駄目です」

 

 

ダメらしい。

 

 

「なら、さっさとお願いします」

 

「反省していないようですね」

 

 

ああ、ダメだ。空腹のせいか気が立ってしまう。

こんな言い方するつもりはんかったのに、どうしても刺があるような言い方になってしまう。

 

 

「ただ、お腹がすいているだけです」

 

「その程度のことは理由になりません」

 

「‥‥その程度?」

 

 

今、コイツはなんて言った?

空腹がその程度?どんな基準でそんなこと言ってるんだ?

確かに自分の行動は褒められたものではないかもしれない。言葉も悪かったかもしれない。

自慢ではないがなかなかな健啖家である自分にとって、空腹はかなり辛いものがあるのだ。

 

 

「貴方の行動は一歩間違えると大怪我につながる危険なものです。それは他人ではなく、貴方自身かもしれないのですよ!

わかっていますか!?」

 

「弱肉強食のIS学園では、勝った者が法でしょう」

 

「‥‥何ですって」

 

「IS学園では、生徒の長となる生徒会長の選出基準は『強さ』という一点のみ。現生徒会長は2年生で、貴方がた3年生はその決定に従う。

企業では有名ですよ。IS学園は設備は最先端だが、運営する人間の思想は獣のようだったと。

力があれば偉くなれる此処ならば、自分を止められなかった敗者である貴方の言葉を聞く必要はありますか?」

 

「‥‥違います。IS学園はそんな場所ではありません」

 

 

空腹による八つ当たりだとは自覚していたが、口を開けばそんな言葉がすらすらと出てきた。

しかしこの話は企業では有名で、現ロシア代表である生徒会長が実権を握った途端、その権限で何度も独断による決定や改革を進めたため、一部では『IS学園では、ナチズム思想が復活した』等と過激なことまで言われていたりするのだ。

それ以外にも専用機を持つ者や自分のようなエンブレム持ちと一般生徒を比べると、明らかに贔屓と思われる部分が多く見られる。

 

 

「生徒会がどう思っていようと、それが企業から見たIS学園ですよ」

 

「違います!そんなことはありません!」

 

「大食い嬢ちゃん、できたよ。取りおいで」

 

「はぁ~い♪‥‥では、失礼します」

 

 

怒りと悲しさが混ざりすぎて訳のわからない顔になった3年生を置いて、注文の品を取りに向かうがもう追っては来なかった。

あんなこと言うつもりはなかったのに、そう後悔しながら受け取ったものを確認する。

いつもと変わらず、見るだけで涎が溢れそうな美味しそうな料理の数々なのだが、食べるのが楽しみという気持ちが薄れてしまっているせいか食べ切れそうにない予感がした。

 

どうして、こうなったんだろう。

 

 

 

 

 

 

「刹利、本当にどうしたの?すごい顔してるよ?」

 

「‥‥別に、普通だぞ」

 

 

どうも、五反田 弾です。突然ですが、テーブルの空気が最悪です。

投身自殺のような懸垂下降をした刹利を追って食堂に着いたら、そこには殺意の波動を撒きながらラーメンの丼を積み重ねている姿があった。

ルーに聞いても『ルーが着いた時には、もうこうだったの』との事で、それまでの間に何かあったのだろう。

 

 

「ルー、おかわり買ってきて。余ったお金でソーセージとか買っていいから」

 

「ありがたく使わせてもらうけど、その前に説明して欲しいの!」

 

 

4杯目の大盛りラーメンを完食した刹利は、テーブルに突っ伏し財布から千円を取り出しルーに渡す。

まだ食べる気なのか、その小さな身体のどこに入るのだろう。胃が破裂してしまうのではないかと本気で心配だ。

そして、ルーよ。お前はちゃっかりしてるな。

 

 

「‥‥自己嫌悪中」

 

「そうなの?珍しいね。じゃあ、おかわり買ってくるの」

 

「あっさりし過ぎだろ!!」

 

 

たった一言で納得して、おかわりを買いに行こうとするルーに我慢できずツッこむ。

理由とか聞かないのかよ、お前ら親友なんだろ?もっと、こう傷ついた時には互いが支え合うとか、そういったものはないのか?

 

 

「だって、自己嫌悪ならルーにできることはないの。そういう時は好きな事して発散するのが一番だと思うな」

 

「そ、そうだけど」

 

「それに刹利もルーと同じだから、これくらいの事は日常チャメシ事なの」

 

「そうなのか」

 

「なの」

 

 

俺の理解が浅いだけで、この2人は本当に互のことをよくわかっているのかもしれない。

一応、俺も数少ない男性操縦者で特別扱いされているが、『エンブレム持ち』には『エンブレム持ち』にしかわからない何かがあるのだろう。

ならば、俺のやろうとしていることはただのお節介でしかない。

 

 

「ルー」

 

「何?」

 

「チャメシ事じゃなくて、茶飯事(さはんじ)な」

 

「‥‥し、知ってたの。場を和ませるルー的ジョークなの」

 

 

間違いを正してやると、顔を真っ赤にして券売機の方へかけていった。かわいい。

いつもマイペースで自信家な女の子が失敗して顔を真っ赤にして恥ずかしがる。

何だろうか、この胸の奥底からこみ上げてくる暖かくて優しい気持ちになってくるモノは。

 

 

「それは『萌え』というものですわ」

 

 

これが『萌え』?和馬が俺達にアニメを見せながら力説していた『萌え』なのか。

確かに、こんな気持ちになるならば世の中にアニメに嵌り込んでしまう人間が後を絶たないわけだ。

あの時のように『言葉』ではなく、『心』で理解できた。

 

 

「歓迎しますわ。新しい同志」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

差し出された同志の手をとる。

少しひんやりとした同志の手は、女の子らしく小さかったが極上のシルクのような触れることすら罪に思える感触だった。

 

‥‥ところで、この娘誰?

 

同志は、ルーよりも鮮やかな金髪をした若干釣り上がった透き通った蒼色の瞳をした少女だった。

いつの間にか現れた少女は手を離すと刹利の前の席に持っていた焼き鮭定食の乗ったトレーを置き、何事もなかったかのように食べ始める。

日本人じゃないのに箸使い方がとても上手く、その動きの一つ一つ気品と優雅さを感じさせ、ただの食事風景が絵画のように見えた。

 

 

「あの‥‥」

 

「なんですの、同志?」

 

「いえ、何でもないです!」

 

 

ひと睨み。たったひと睨みで、理解させられた。

今の俺では、決して埋めることのできない実力差というものを。

俺よりも小さいはずの同志が何倍も大きく見え、言葉を続けることすら許されないような気がしたのだ。

 

 

「なら、いいですわ」

 

 

どうして、IS学園には普通の女の子はいないのだろう。

やっぱりあれか、才能を得るためには普通さを犠牲にしなければならないのだろうか?

くだらないことを考えながら、少し冷めてしまったハンバーグを食べる。

冷めてきているというのに、肉の旨味が一切欠けていない。

恐らくだが、ロースのミンチだけでなくいろんな部位の肉を混ぜているのだろう、一口ごとに微妙に変わる食感と味はまるで牛一頭を食べているようだ。

そしてレモンと醤油がベースのあっさりとしたソースが、胡椒を気持ち強めに効かせた肉のみの野性味溢れるハンバーグによく合っている。

この付け合せの薄切りにした玉ねぎも新鮮でえぐみもなく、シャキシャキとした食感と程よい甘みが嬉しい。

この味をなんとか盗んで、実家に帰った時に祖父ちゃんを驚かせてやるか。

 

ああ、ご飯が進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1-11

新オリキャラ追加です。
話に大きく関わってくるオリキャラはこれで終わりか、後1人くらいになると思います。


相打ち覚悟で瞬時加速で突っ込んでくる打鉄の脚部推進機を撃ち抜き、マガジンの残りを頭部に叩き込み絶対防御を発動させ撃破する。

 

仮想模擬戦モード、終了

タイム:11分27秒

非ダメージ:83

消費弾数:134発

命中率:69.2%

回避率:91.6%

評価B+

 

超感度ハイパーセンサーに表示された模擬戦結果に肩を落とす。

学習機能によって超感度ハイパーセンサーは日に日に自分の反応速度に最適化されてゆき回避率は平均85%超えるようになったのに、射撃の命中率だけはどうしても上がらない。

この記録も自分の今までの中でベスト3に入る好成績なのだが、射撃型ISであるカスタム・イーグルを使用してこれでは話にならないらしく、こちらも平均85%超えにしなければならないのだ。

射撃に関してはセンスと経験がものを言うので、銃と全く馴染みのない平和な日本で今までを過ごしてきた自分には圧倒的に経験が足りない。

毎日射撃はできないので、実弾が撃てないように処理された銃を使って構えや照準の練習だけは毎日行なっているのに結果に結びつかないのが歯痒く感じた。

持っていたアサルトライフルを展開解除し、地上に降下する。

超感度ハイパーセンサーを解除し、事前に用意しておいたスポーツ飲料の入ったボトルを慎重に手に取る。

普段通りに取ろうとするとボトルを破裂させてしまうからだ。

ハービックの施設でも両手で数え切れない数のボトルを破裂させてしまい、ディランさんに何度怒られたか。

いっそ、IS用のボトルを作ってしまえばいいのにと思う。

水分補給しながらさっきの模擬戦のデータを本社へと転送する。

 

 

「はぁ‥‥」

 

 

クラス代表を賭けた模擬戦まで後5日、こんな状態じゃ専用機持ちであるルーに勝てる見込みは薄い。

しかし、だからといって代表を諦めるほど自分は情けない人間でもない。後5日しかないのなら、5日で勝てるようになるまでに仕上げればいいのだ。

アリーナの使用時間には余裕があるので、まだ最低3回は仮想戦が行えるだろう。

目標は仮想戦の平均命中率65%超えだ。

 

 

「‥‥ふぅ」

 

 

しかし、お腹が重い。いくらやけ食いとは言え、流石に大盛りラーメン5杯はちょっと食べ過ぎだった。

IS操縦者として自己管理は重要なので、これからは気をつけなければ。

 

 

 

 

 

 

「寒っ!」

 

 

四月とは言え、完全に日が沈みきったアリーナの外は制服だけでは少々肌寒く感じる気温だ。

結局あれから仮想戦を4回ほど行い汗だくになったのでシャワーを浴びたのだが、それがいけなかった。

身体をあっためたことで皮膚に近い血管が拡張され、そこを春とはいえまだまだ冷たい空気が通り過ぎることで体温を持っていかれるのである。

病気には強い方ではあるとはいえ、慢心できる程でもない。

走って帰れば早いのだろうが、そうするとまた汗をかいて部屋に戻ったらまたシャワーを浴びなければならいだろう。

仮想戦で少々無茶な機動をして体力を結構消費してしまったので、明日の朝の準備とかを考えると部屋に戻ったらすぐに寝たい。

とりあえず両手を脇で挟み込み、汗をかかない程度の早足で学生寮を目指す。

 

 

「~~♪~~~♪」

 

 

途中にある運動部用に設置されている無料自販機を過ぎたところで、誰かの歌声が聞こえてきた。

日本語でも英語でもないので歌詞の内容は分からない。

しかし、透き通った凛とした声で歌い上げられるその穏やかな歌は、とても耳心地良くいつまでも聴いていたいと思わせる素晴らしいものだった。

寒いので早く自室に帰りたいという気持ちもあるのだが、この声の主を確かめたいという興味もある。

寒さと興味を天秤にかけ、興味のほうを選ぶ。この機会を逃せば、2度目はないような気がするからだ。

歌声の主の気を散らしてしまわぬように、足音を殺しながら慎重に声のする方向へと足を進める。

道から外れ、見苦しくないように整えられた茂み等を音を立てないため迂回したりしながら歌声の発生源へと急ぐ。

 

 

「~~♪~~~♪」

 

 

思いのほかすぐにたどり着いた歌声の発生源。そこにいたのは、月の女神だった。

月の光が質量を持ったかの如く夜の闇を優しく照らすような銀髪、アメジストの瞳は見ているだけで吸い込まれそうになるほど深い輝きを放つ。

肌も新雪を思わせる汚れひとつない白さで、嫉妬することすら罪に思えてしまう。

近づくことを許さない身体から溢れ出す高貴なオーラは、全く不快ではなく芸術を鑑賞している気分だ。

リボンの色からして同じ1年らしいが、こんな綺麗な人がいたなんて知らなかった。

流石は、IS関係の次に多い就職先がモデルや女優、アイドルといわれるIS学園なだけはある。

ルーも自分とは比べ物にならない美少女だが、この人はそれとは別ベクトルの美しさがあった。

 

 

「~~‥‥っ!!」

 

「‥‥あっ」

 

 

歌声に聞き惚れ、美貌に見とれていると不意に目があった。

気配は極力消していたつもりだったが不十分だったのだろう。

邪魔するつまりは一切なかったのだが、結果として歌を中断させてしまった以上は言い訳でしかない。

 

 

「‥‥ご、ごめん!」

 

 

罪悪感から急速旋回をし、その場から撤退を開始する。

最初から全力疾走、汗とかは一切気にせず一直線に学生寮方向へと駆け出す。

 

 

「逃しません!」

 

 

やはり怒らせてしまったのか、逃げる自分を全力で追いかけてきた。

先ほどまで月の女神に見えていたその姿が、今では獲物を狡猾に追い詰めようとしている猟犬に見える。

 

 

「謝るから、謝るから!許してぇ!!」

 

「必要ありません」

 

 

身体能力は向こうの方が上のようで、背中に受けるプレッシャーが一歩ずつではあるが縮まってくる。

学生寮まで残りは約100m、このペースでは逃げきれない。

どうする、何か冴えた手段は?いい逃走経路は?

頭を働かせてみるが、ここに来て2週間も経っていないのだ。複数のISアリーナを抱え、ただでさえ広すぎるこの学園の敷地すべてを把握できているはずがない。

 

 

「捕まえました!」

 

 

結局、逃げきれずに捕まってしまう。

なんて言って謝ればいいだろうか、ここから挽回する方法はないだろうかと少々酸素が足りなくなった頭で必死に考えを巡らせる。

 

 

「そのエンブレム‥‥貴女は、重善 刹利で間違いありませんね?」

 

「そ、そうだぞ」

 

「重善 刹利‥‥ワタクシと友達になってください!!」

 

「‥‥はい?」

 

 

予想外の言葉に思考が停止しかけたが、なんとか踏みとどまる。

こういう時、どんな顔をすればいいか分からないが、とりあえず微笑んでおけばなんとかなるような気がした。

 

 

「ワタクシ、ターニャ・スミルノフは‥‥日本でいうところのぼっちなのです」

 

 

あっ、この人どことなくルーと同類の香りがする。

 

 

 

 

 

 

「‥‥という訳でして、ワタクシは友達がいないのです」

 

「自業自得のような気がするさ」

 

 

あれから、近くにあったベンチに腰掛け話を聞くことになった。

スミルノフさんの話をまとめると

 

・スミルノフさんは4組の生徒でロシアの代表候補生で専用機持ち

・入学した理由は、経験を積むのと現生徒会長の持つロシア代表の称号を祖国に取り戻すため

・入学式前に生徒会長に挑戦するも結果は完敗

・ショックでやや自暴自棄になって引き篭っていた

・気持ちの整理がついた時には、すでに手遅れ状態に

・やけ食いをしていたら、さらに引かれた

 

こんな感じだ。

可哀想だとは思うが、やっぱり自業自得だと思う。

学校生活において、コミュニティが形成されるまでの最初の1,2週間は1秒1秒が金やダイヤと同じ価値を持つ。

国際色豊かなここでは尚更だ。

自分の場合はルームメイトのルーと初日から意気投合、というか一方的に気に入られたのであまり苦労しなかったが篠ノ之さんみたいなタイプだったら、かなり苦労しただろう。

 

 

「それは、わかっています。ですから、こうして頼んでいるのです」

 

 

自分の手を取りアメジストの瞳を潤ませながら上目遣いで頼ってくる姿は、庇護欲を絶妙な加減で刺激し無条件に頷きそうになる。

これを狙ってしているのなら、相当な悪女であるがスミルノフさんからはそういう嫌な感じはしないので天然だろう。

 

 

「なんで自分なんだ?」

 

「運命です!」

 

「わけがわからないさ」

 

「まだ祖国にいた頃、ISの整備班長が言っていました。『日本での出会いには、全てイベントがなければならない』と。

ですので、ワタクシは人目のない場所で歌っていたのです」

 

 

何を言っているのか、さっぱりわからない。

いつの間に日本はそんなことが決まってしまったのだろうか?

 

 

「それは、間違ってると思うぞ」

 

「はて、整備班長は日本の日常をアニメにしたもので勉強したと言っていましたが?」

 

「フィクション!それ、フィクションだから!!」

 

「なんと!そうなのですか!!」

 

 

どうやら、スミルノフさんに日本のことを教えた整備班長はオタクだったようだ。

悪気はなかったのだろうが、聞かれたままアニメで知った間違った日本像を純真無垢なスミルノフさんに教えてしまったのだろう。

人に聞くだけでなく、事前に自分で調べたりしなかったのだろう?

 

 

「では、この方法で友達は‥‥」

 

「できにくいだろうな」

 

「なんと!なんと‥‥」

 

 

なんだか相当ショックを受けている。

潤んでいた瞳は閉じられ、月明かりを受けて輝く雫がこぼれ落ちた。

握られたままのてからは微かな震えが伝わってき、嗚咽こそもらさないものの泣かせてしまったようだ。

きっと、これは最終手段だったのだろう。

 

 

「わ、わた‥‥ワタクシに、もう‥‥とと友だ‥友達は‥‥」

 

 

ああもう、せっかくの美人が台無しだ。

こんな娘を見捨てることができるだろうか。いや、できない。

 

 

「いるさ、ここにひとりな」

 

 

自分らしくない格好つけた台詞だが、これで泣き止んでくれるのなら安いものだ。

空いていた手で優しく頭を撫でる。この綺麗すぎる髪に触れのには一瞬躊躇したが、ここまで来たら引き返すことなどできない。

 

 

「あまりまじめになっちゃだめだ、そのほうが上手くいくんだぞ」

 

「‥‥はい。はい!」

 

 

今泣いた烏がもう笑う、そんなことわざがよく似合う表情の変化である。

涙の跡を輝かせながら、やや崩れた笑みを浮かべるターシャは月の女神とかなどではなく。自分と同じ、普通の女の子だった。

 

 

「これから宜しくな、ターシャ」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします‥‥あなた様」

 

 

雪のような頬をほんのり桜色に染めながら、深々と頭を下げてくるターシャ。

ちょっと嫁入りの時の挨拶みたいだなと思ったことは、秘密にしておこう。

そんなつもりはないだろうし、またアニメ好きの整備班長から教えられた間違った日本知識が原因だろうし。

 

 

「いやいや、そんな呼び方じゃなくて、普通に刹利でいいさ」

 

 

とりあえず、呼び方だけは変えさせておく。

あなた様なんて呼び方されたらクラスでどんな反応をされるかわからない。

今年になって男子が4人入ってきたが、IS学園の生徒の90%以上は女子なのだ。

『女の園』と呼ばれる理由はその圧倒的な女子率だけでなく、同性愛者が多いという噂からもきている。

数百人もいればそんな人が何人かはいるだろうというのはわかるが、自分はノーマルだ。

そっちの気なんて一切ない。

 

 

「そうですか、では刹利と呼ばせていただきます」

 

「それでいいぞ」

 

 

最初はどうなるかと思ったが、これで一件落着だ。

ホッとしたら、小腹がすいてきた。

昼にあれだけ食べたというのに、もうお腹が空くなんて何か住んでいるのではないだろうか?

空いてしまったものは仕方ないので、我慢せず食べることにしよう。ダイエット?何それ、美味しいの?

 

 

「さて、一緒にご飯でも食べないか?」

 

「ええ、お供させていただきます」

 

 

空を見上げると綺麗な夜空の中で満月が輝いていた。

ターシャの言葉ではないが、こうやって自分たちが出会ったのは何かしらの運命力が働いたのではないだろうか。

泣いたせいで少しだけ目を赤くしながらも、隣を歩きながら心底嬉しそうなターシャを見て、ふとそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1-12

今回は弾メインです。
後、名前だけ出てきていた専用機も出ます。


放課後から一夏が見当たらなかったので、食堂で様々な女子に絡まれ精神力を高速で削られながら食事をとり、ようやく自分の部屋へ帰ってくることができた。

部屋の奥からシャワーの音がするので、一夏の奴も戻ってきているらしい。

とりあえず第一ボタンまできっちり止められた制服の襟首を緩め、上着を枕元に投げベットにダイブする。

学校が始まってまだ2日、だというのに精神的疲労度は数ヶ月ぶんくらい溜まったような疲れようだ。

話しかけられるのもそうだが、見られるだけというのも相当くるとは知らなかった。

動物園とかで、ただ見られているだけで食住が保障されているパンダとかをニートみたいだと馬鹿にしたことがあったが撤回しよう。

ほぼ毎日自分の生活を見世物にされるなんて、拷問にも等しいえげつないものである。

よくストレスで弱ったりしないものだ。今の俺なら1週間も経たずに心折れるに違いない。

 

 

「おっ、帰ってきたのか」

 

「ああ‥‥一夏、確かにここは俺たちの部屋だがシャワーから出る時にはパンツくらい履いて出ろ」

 

 

何が悲しくて野郎の裸を拝まなければならないのだ。

 

 

「別にいいだろ、これくらい?」

 

 

男同士なんだしさ、と一夏は言うがそれは甘いと言わざるを得ない。

 

 

「一夏‥‥あの扉一枚の向こうは女の園なんだぜ。何万分の一の確率かはわからないが、もし今誰かが入って来てみろお前は性犯罪者扱いだぞ?」

 

「た、確かに」

 

 

そこまで考えが及んでいなかったようだが、そんなことは天文学的確率でありえないのはわかっている。

入寮前に説明があったが、俺達やあの厨二病の部屋は世界トップレベルのセキュリティシステムで守られており、扉のロックも限られた人間しか入れないよう生体認証が使われているのだ。

だがしかし、ここに居るのは中学時代『人間旗立て機』と称された織斑 一夏である。

少し早めに教室に着けば朝練後で着替えている女子がいて、裏道を通ると不良に絡まれている少女がいて、本屋に行けば欲しい本に手が届かず困っている女の子がいて等のイベントを発生させ、しかもその全て相手が美少女だという一夏だ。

『織斑が歩けば美少女イベントが起こる』と男子全員に言わせる程のイベント野郎に確率は天文学的なものだから安心しろと言えるほど俺は自信家ではない。

中学3年間をほぼ隣で過ごしてきた俺だから言える。

 

『一夏の行動に美少女が絡んだ時、確率や統計は当てにするな』

 

俺、五反田 弾はここに予言しよう。我が友織斑 一夏は、この1ヶ月以内に新しい美少女を惚れさせるであろうと。

 

 

「ここが俺達に残された、最後の安住の地だというのはわかる。だが、それでも最低限の緊張感は持っておけ」

 

「悪い。強くなることばかり考えてて、そこまで考えてなかった」

 

「おう、これから気をつければいいさ」

 

 

一夏が急いで着替え始めたので、俺もシャワーを浴びるための準備をする。

今日も疲れたので、さっさとこの倦怠感をシャワーで洗い落として眠りたい。

 

 

「なあ、弾」

 

「何だ?」

 

「どうやったらISで強くなれると思う?」

 

「そりゃあ、強い人に教えてもらうしかないだろ」

 

 

俺達はほんの数ヶ月前まで、自分にIS適性があるなんて夢にも思っていなかったのだ。

しかし、ここに入学している生徒の大半は年単位で操縦者になるための勉強や訓練を積んできているものばかりである。

故に、俺達は圧倒的に基礎経験値が足りていない状態だ。

それを埋めるには経験を積むのと上手い人の技術を盗んで自分のものとするしかない。

 

 

「だよなぁ~。でも、そんな知り合いいないし」

 

「千冬さんは?」

 

「無理無理、千冬姉は教師として色々忙しいみたいでさ」

 

「そうか」

 

「それに、どうせなら千冬姉の知らない所で強くなって驚かせたい」

 

「無茶言うなよ」

 

 

そんな選り好みできるような立場ではないことを自覚していないのだろうか。

重度のシスコンを患っている一夏は、世界最強の姉に褒めて欲しくてどうしようもないらしい。

 

 

「篠ノ之さんは?」

 

「今日頼んだら、剣道場に連れて行かれてボコボコにされた」

 

「何故、剣道場?」

 

「俺の腕がなまっていないか見るためだってさ」

 

 

ISに剣道の腕がどう関わってくるのかが、いまいちわからないが篠ノ之さんがそう言うなら何かしらの関係があるのだろう。

教えてくれた相手に取り敢えずで無駄なことをさせるとは思えないし。

一夏の専用機は、俺のとは違って近接ブレード1本しか装備のない超近接特化機だから丁度いいのかもしれない。

 

 

「そういう弾はどうするんだ?」

 

「俺か?俺は刹利にACMを教えてもらうことになってる」

 

「ACM?」

 

 

一夏がアホそうな顔で尋ねてくるが、もしかして俺も似たような顔をしていたのだろうか。

間違いなくしてただろうなと確信を抱きながらも話を進める。

 

 

「空中戦闘機動のことらしい」

 

 

よく考えたら『エンブレム持ち』からその技術を教えてもらえるなんて、結構凄いことではないだろうか。

あの時は何も考えずダメもとで頼んでみたが、普通なら大企業のエリートが初心者の為に時間を割いても何の得にならないので相手にもされないはずだ。

でも、刹利は悩むことなくOKしてくれた。その優しさに感謝の気持ちが溢れ出しそうだ。

これからは、刹利いる方向には足を向けて寝ることなんてできない。

 

 

「ずるいぞ、弾!なんでお前だけ!!」

 

「いや、お前のクラスにも専用機持ちの娘がいるだろ?」

 

「男嫌いっぽくて、近寄りがたいオーラを発しているから頼めなかった」

 

「そりゃ、ご愁傷様」

 

 

どうやら、IS学園に入学してから女運というものに恵まれてきているらしい。

これは、3年間一夏の面倒を見てきた俺への神様からのささやかなプレゼントなのだろうか。

 

 

「なあ、それって俺も参加できないか?」

 

「刹利ならいいって言ってくれるだろうけど‥‥お前は、篠ノ之さんに頼んだんだろ。それは、どうするんだよ?」

 

 

明らかに一夏に惚れている篠ノ之さんのことだ、頼まれた次の日に別の人にも教えてもらうなんて言ったらかなり傷つくだろう。

この鈍感野郎はそこん所の機微がわかるようになれば人間として文句がないだが、人間そう上手くできていない。

鈍感じゃないこいつなんて完璧超人すぎて近寄りがたい存在になっていただろう。

 

 

「それは‥‥そうだな。教えてくれって頼んだのは俺だし、もう少し箒に教えてもらうことにする」

 

「それでいんじゃね。もし、どうしても刹利に教えてもらいたくなったら俺も頼んでやるよ」

 

「ありがとな」

 

「おう。じゃあ、俺はシャワー浴びてくるな」

 

 

ちゃんと着替えを持って脱衣所に向かう。

もともと女子校だった場所を急ごしらえで改装したので仕方ないのだが、やはり生粋の日本人としては湯船に浸かりたい。

ちょっと熱めの湯に肩まで浸かり、皮膚をチクチクと刺激されながら冷えた身体を真からあっためたい。

 

 

 

 

 

 

「ルー的に、浮気はいけないと思うな」

 

「浮気ってなにさ」

 

 

昨日の教訓を生かし、余裕を持って行動したため今日は食堂で朝食をとることができた。

今日の朝食は、光り輝く白米に自家製と思われる青魚のフレークと根菜の味噌汁にキュウリの漬物だ。

一見質素に見える朝食だが、一口食べればそんな意見は消え去るだろう。

ごく一般的な家庭にある電気釜では絶対に出せないであろう米の香りが際立つ絶妙な炊き加減、噛めば噛む程にギュッと詰まった米の味が出てきて、おかずなんていらないレベルだ。

キュウリの漬物も程よい歯ごたえと塩気が、米を引き立て高める名脇役として心憎い演出をし、次のフレークへと繋ぐ。

そしてこのフレークをご飯と一緒に口に含めば、待ってました千両役者。生姜の風味とそれに負けない濃い魚の味が、口の中で米と渾然一体となり完璧な調和を生み出している。

 

 

「刹利はルーのなんだから、勝手にフラフラしちゃダメなの」

 

「自分は、誰の所有物でもないぞ」

 

「そうですよ、ルーツィア。刹利は誰のものでもありませんよ」

 

「ルーは昔から独占欲が強い子でしたから、仕方ありませんわ」

 

 

御飯、漬物、フレークの黄金トリオから少し離れ、味噌汁を一口。

日本人、万歳。人参や牛蒡等のアクの強い根菜に負けないしっかりとした出汁と味噌の味。

それに程よく柔らかくなった乱切りにされた根菜、どれをとっても自分では辿りつけない天上の味ともいえる究極の味噌汁だ。

こんな美味しい和の朝食を食べないなんて、周りの3人はかなり損をしている。

ああ、もう3杯目だというのに食欲が一切落ちる気配がない。

 

 

「ターシャは合格だけど、親友の座は譲れないの」

 

「構いません。親友の座は一つだけだとは、思っておりませんので」

 

「あらあら、少し妬けますわ」

 

 

フレークに少しだけ唐辛子を振りかけてみると、これがまた御飯が進む。

生姜の風味と醤油で臭みの消えた魚の旨みだけを詰め込んだフレークに唐辛子のピリリとした辛さが味を更に引き締めてくれる。

朝食に割ける時間が決められていることが口惜しい。

もっと時間があれば、この朝食を心ゆくまで味わうことができるというのに。

 

 

「しかし、3人共よく朝からそれだけ入りますわね」

 

「普通だぞ?」「普通なの」「普通だと思いますが?」

 

 

呆れたように言うセシリアの言葉に、自分達3人は完全に同じタイミングで答えた。

確かに周りの女子生徒達に比べたら多い方ではあるが、ターシャも他の運動部に所属すると思われる上級生も同じくらいの量を食べている。

昔は自分のことを大食いだと思っていたのだが、どうやら井の中の蛙だったらしい。

 

 

「それだけ食べて、何故太りませんの?」

 

「鍛えてるからな」「太らない体質なの」「秘密です」

 

「今なら殺意のみで人を倒せそうですわ」

 

 

なんだかセシリアからドス黒いオーラが漂ってくるが、気にせず食事を続ける。

ああ、本当に日本人で良かった。

 

 

 

 

 

 

「さて、まずは弾の実力を見せてもらうぞ」

 

 

愛機であるカスタム・イーグルを装着した刹利が少し楽しそうに言う。

世界最強の量産機をハービック社がフルカスタムした機体。

洗練された機体バランスの中で特に目立つふた回りくらい大きい推進翼や各所に改造が施された脚部推進器が唸りを上げており、そこから生み出される加速力と速度は想像を絶するものに違いない。

顔の大半を覆う超感度ハイパーセンサーは漫画とかに出てきそうなサイボーグみたいで、紅く輝くモノアイに見つめられると背筋が冷たくなる。

 

 

「な、何をするんだ?」

 

 

緊張と恐怖から若干声が上ずってしまった。情けない。

深呼吸をして恐怖を和らげ、心を落ち着ける。

 

 

「簡単なことさ、このアリーナの3分の1を使った鬼ごっこだぞ」

 

「鬼ごっこ?」

 

 

そんな子供みたいな遊びで本当に強くなれるのだろうか。

でも、どんな表情をしているかは分からないが声は真剣そのものだ。

大企業の契約社員でエリートな刹利が訓練してくれるというのに、それに疑問を持つなんて烏滸がましい。

 

 

「まあ、説明の前にISを展開してくれないか」

 

「了解」

 

 

左腕を真横に突き出し拳を握りこむ。色々と試した中でこれが一番黒曜石をイメージしやすかった。

(来いよ、黒曜石)

心の中でそう呟くと、左手首から薄い膜が身体を侵食し始める。1秒にも満たない、コンマ数秒で光の粒子が溢れISが展開されてゆく。

普通のISの腕部の1.5倍はある巨大な漆黒の腕、鏃のように鋭く尖った高圧縮大出力推進翼、一部を除き鋭角的で濃淡はあれ黒一色で統一された外観をもつ黒曜石は暗黒騎士という表現がよく似合う。

一夏の奴は聖騎士みたいなのにと最初は思ったりもしたが、今ではコイツ以外に俺の相棒はいないと胸を張って言える。

 

 

「展開時間0.8秒。まあまあだな」

 

「これでも早くなった方なんだぜ」

 

「専用機持ち最速は0.05秒だぞ?」

 

 

現状で満足してはいけないということなのだろうか。

しかし、0.05秒なんてどんなレベルなのか想像もつかない。

 

 

「まあいいか、じゃあルールを説明するぞ。

1、範囲は今から転送するエリアのみ

2、武装は使用禁止

3、3分逃げ切れたら弾の勝ち  これくらいかな」

 

「3分でいいのか?」

 

 

3分なんてカップラーメンの待ち時間くらいしかない。

そんな僅かな時間を逃げ切れば勝ちなんて、結構楽な条件な気がする。

いくらカスタム・イーグルの性能が破格でも、完全専用機である黒曜石よりスペックが高いとは思えないし。

転送されたエリアを確認してみるが、アリーナの3分の1を使うだけあってかなり広い。逃げに徹せば、勝てるような気がする。

 

 

「十分だぞ」

 

 

どうやら、刹利にとって3分という時間は逃げる俺を捕まえるに十分すぎる時間らしい。

初心者だからって余裕だと思っているのだろうか?なら、その考えは覆してやらねば。

今では古いとか言われたりするが、意地ってものがあるのだ。男の子には。

 

 

「じゃあ、弾が動き出してから10秒で自分も追いかけるからな」

 

「了解」

 

 

勝ったら何か奢らせてやろうと心の中で誓いながら、推進翼をフル稼働させ200m以上の距離を取る。

黒曜石の推進翼は一般的なものより小型に見えるが、その中身は獰猛過ぎて手に負えないじゃじゃ馬だ。

推進翼の中で圧縮されたエネルギーは爆発的な速度を生み出し、期待をさらに加速させてゆく。

動き出してから数秒で時速200kmを超えているが、黒曜石の本来のスペックでは理論上ではこれの倍は出せるらしい。

刹利もこの加速力には驚いているようだ。

 

 

『9、10!じゃあ、今から追いかけるぞ』

 

 

通信回線からその宣言が聞こえ、俺は更に機体を加速させる。

刹利が豆粒くらいの大きさに見える距離まで離れたが、ここからどう追ってく

 

 

「機体の加速力は凄いけど、一零停止や無反動旋回くらい使えないとACMの取得は難しいぞ?」

 

「はっ?」

 

 

なんでさっきまで豆粒くらいの大きさだった刹利がもう目の前に居るんだ?

急旋回で別方向に逃げるが、刹利は後ろにピッタリと食らいついて離れる気配はない。

 

 

「ハービックを舐めたらダメだぞ。このカスタム・イーグルにはライトニング系統の推進機器を使ってるんだからな」

 

 

伝説のキャノンボール・ファスト最速機系列の推進機器、どうりで速いわけだ。

しかも、俺は旋回の度に結構なGを受けているのに刹利にはその様子がなく涼しい顔をしている。

急な鋭角ターンをして距離を取ろうとするが、離れるどころか逆に距離を詰められてしまった。

これが、刹利の‥‥『エンブレム持ち』の実力だというのか。

圧倒的すぎる。なんとか機体の性能で捕まってはいないが、刹利も本気どころかその半分すらも出していない様子だ。

3分で十分すぎると言うわけである。

今の俺では勝ち目なんてないかもしれない。けど、これから技術をどんどん吸収していっていつか絶対に負かしてやる。

そう心に誓った。

 

 

「はい、捕まえた」

 

「くそっ、もう一度だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




用語解説



『黒曜石 オブシディアン』
日米合同開発特殊第3世代型IS
日米で第3世代型IS開発の技術交流の一環として作られていた機体
装甲内のエネルギー循環を自由に操作し攻撃・防御に転用できる『循環装甲』のデータ収集用の実験機である為、拡張領域は少ない
シールドと融合した腕部は表面を特殊偏光ガラスで覆っているため対物・対エネルギーの両方の防御力が高い



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