新米召喚術師の異世界紀行 (woodenface)
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異世界は樹海スタート

「え・・・・・・?」

 

 突如眼前に広がる鬱蒼とした森に俺は愕然と声を漏らした。

 お、お、お、OK落ち着こう。俺は自分の部屋で昔のモンコレのカードを眺めていた、そしたら急に意識が遠くなって、気が付けばこんな森の中に・・・・・・

 

「分からん、全く分からん。何だって俺はこんな目に・・・」

 

 あまりに非現実的な状況に、自分は部屋で寝落ちして実はこれは夢なのではないか、と現実逃避を始めていた頭にどこからか声が響き渡った。

 

 

 ―君にはそのカードを操る力をあげよう。詳しいことはステータスを見るといい―

 

 

 聞いたことのない、得体の知れぬ声。それに困惑しながらも、視線を差し向けた先にあるのは部屋で眺めていた時のまま目の前に置いてあるカード用の収納BOXに詰め込まれた大量のカードたち。

 

 モンスター・コレクション。通称『モンコレ』

 

 プレイヤーが召喚術師となってモンスターである「ユニット」を召喚し、戦闘を行いながら敵の本陣を目指す陣取りゲーム。カードゲームにボードゲームの戦略を加えたこのゲームは数多の戦術・戦略を考える楽しさをあたえてくれたが、複雑なゲームシステムからか遊ぶ人間を選んだ。かくいう自分もこのゲームをする友人は数人しか知らない。

 

 そんな不遇なカードたちを見ながら、むむむ、と唸りながら頭をひねる。

 もしさっきの声が本当なら自分はこのカードからモンスターが呼び出せる、ということだろうか?何を馬鹿な、と思う一方、こんな不可思議な事が起きているのだから今更何が起きても不思議ではないと思う心もあった。

 

「兎にも角にも、・・・ステータス!」

 

 唱えながら意識を集中させると

 

 

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 属性:聖・魔  レベル1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

 新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1

 魔力:5/5

 ○魔力回復

 6時間以上寝る事でスペル・アイテム・魔力が全回復する

 ○新米の召喚

 召喚に対し以下の制約がかかる

 ・召喚されたユニットは24時間でカードに戻る

 ・召喚されるユニットに応じた魔力を消費しなければならない

 ・極稀のカードは召喚できない

 この能力は打ち消すことができない

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 頭の中に自分のステータスが浮かび上がってきた。

 もはやこれが夢や妄想ではない事を認識し、驚愕すべき事実の山に辟易しつつもステータスの内容に目を通していく。

 ふーん、俺は聖と魔の二重属性か。たしかモンコレの舞台である六門世界では全ての生物が火土風水聖魔の六属性のいずれかを持ち、人間だけは二重属性を持つという設定だったはずだ。だとするとここは六門世界なのか?謎は深まるばかりだ。

 攻撃力/防御力の数値は・・・・・・うん、だってひよわな現代っ子だもの。モンコレ界の最弱オオカミ≪ウィンター・ウルフ≫ですら攻/防:1/1なのだから、武道のカケラも習ったことのない自分の攻撃力などオオカミに比べれば0に等しいだろう。しかしこの防御力では俺の命は風前の灯だ。

 スペル:*は戦闘時に使う呪文『戦闘スペル』を扱うためのものだ。それも「*」は六属性のいずれの代わりにもできる万能属性、たった一回しか使えないが戦術的には広範囲をカバーできる可能性があるだろう。

 アイテムが使用できるというのも嬉しい。アイテム枠は1つしかないので消耗品か装備品かを選ぶ必要はあるが、あまりにも心もとない防御力をアイテムで補助できる可能性がある。

 

 ここまではいい、ここまでの表記はモンコレのカードでもあったことだ。しかし魔力?そんな概念はモンコレにはなかったはず、それにその下の特殊能力を見るに魔力を消費してモンスターを召喚するようだ。つまり無制限な召喚もできないし軽率な召喚で魔力が尽きたら目も当てられない。

 召喚に対する制限は・・・、実際に召喚してみないことには分からないだろう。24時間でカードに戻るのが不便かどうかなんて呼び出してみないことには分からないだろうし、極稀どころか稀のカードですら今の魔力で召喚できるかは怪しいと感じている。

 

 

 とりあえず何を召喚しようか・・・、その場にあぐらをかき、のんきに召喚するモンスター候補を考えていた思考は突然中断させられた。

 

 

『ワオオオオオオオオォォォォォォーン!』

 

 

 響き渡る遠吠え。イヌ科の、それもおそらくはオオカミであろう野獣の声。自分が人間にとって危険な森のただ中にいることを思い出しあわただしく準備を整えると、とりあえず休息がとれる場所を探して収納BOXを抱えて勝手の分からぬ森の中を歩き始めた。

 




●特殊能力
一部のユニットが持つ固有の能力
発動の仕方によって、能力名の前につくアイコンで4つのタイプに分けることができる

○は常時発動型。発動の宣言無しに常に発動し続ける能力

✥は宣言型。適したタイミングで宣言することで何度でも使用できる能力

✔は完了型。能力を使用すると行動完了状態になり、このタイプの能力の
      使用と攻撃をすることができなくなる

✖は自爆型。このタイプの能力を使用したユニットは死亡する


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初めての召喚

あれから森の中を野獣の声に怯えながら歩き回り、やっとのことで崖の下の壁面に空いた洞穴見つけて腰を落ち着けることができた。

 

中にあった大きめの岩に腰掛けて、運んできた収納BOXを開く。中身のカードはそれぞれ六属性のユニット、戦闘スペル、アイテム、儀式スペル、地形に分けて入れられている。この中からユニットを選べばいいのだが、頭の中には後悔がよぎる。実はこの収納BOX、最新版のカードは一切入っていないのだ。冒頭で昔のカードを眺めていた時に、と言ったようにこのBOXは販売元がブシ■ードに変わる前、もっと言えばモンコレがモンコレ2に変わってからのブースターパック8種分くらいしか入ってない一昔前のカードたちなのだ。最新版なら個々のカードの力も強いし汎用性も昔の比ではない。無い物ねだりでしかないのは分かっているが、一抹の後悔は胸の奥でくすぶっている。

 

ユニットだけでも大量のカードに目を通しつつ、これからの森での生活を見越して護衛兼身の回りの世話係としての能力がありそうなユニットを選定していく。初めはドラゴンとか召喚してみたいなーとか考えても見たけど消費魔力を見て目が覚めました。何アレ、消費魔力が最大魔力を余裕で超してるよ、そりゃあ護衛としては最強かもしれないけど生活能力なんてカケラもないじゃあないですか。

消費魔力と折り合いをつけながら、今の魔力で呼べる3枚のカードを選び出した。

 

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属性:土  レベル:②  攻/防:1/2  進軍タイプ:歩行

コボルド自警団 【コボルド】  アイテム:1

イニシアチブ:+1

消費魔力:2

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属性:土  レベル:②  攻/防:2/1  進軍タイプ:歩行

コボルトド・ライダーズ 【コボルド】  アイテム:1

チャージ:+2

消費魔力:2

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属性:風  レベル:①  攻/防:1/1  進軍タイプ:歩行

ウィンター・ウルフ  【ウルフ】

イニシアチブ:+1  耐性:吹雪

消費魔力:1

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先手を取ると数値分だけ攻撃力が増加するチャージと数値が高いほど先手を取りやすくなるイニシアチブの組み合わせ。急場にしてはなかなか良い組み合わせだろう。後の問題は・・・・・・そう、召喚だ。

 

洞穴の外を見れば、空は夕闇に染まり夜の帳が訪れようとしている。ここで護衛を召喚できなければ森の野獣たちの晩飯にされてしまうのは間違いないだろう。

あとがない悲壮感を漂わせながら、覚悟を決め選んだ3枚のカードをかかげ、叫ぶ。

 

「普通召喚!《コボルド自警団》《コボルド・ライダーズ》《ウィンターウルフ》!!」

 

すると、かかげたカードから光の玉が飛び出し洞穴の床に魔法陣―――モンコレの象徴である六芒星の陣を描く。慌てて陣から飛びのくと、魔方陣からまるで湧き出るように7つの影が浮かび上がってきた。

6つの影は犬頭の獣人「コボルド」、うち2人はオオカミに騎乗しどこか精悍な顔つきの《コボルド・ライダーズ》。残りはこんぼうや鍬、草刈り用の鎌などで武装し、なぜか兜の代わりに鍋をかぶった者もいる《コボルド自警団》。最後の影は純白の毛皮をしたオオカミ《ウィンター・ウルフ》。

無事召喚に成功した俺だったが、召喚した今になってある不安が胸によぎり冷や汗が流れる。

 

 

――こいつら、俺の言うこと聞いてくれんの?

 

 

 

 

 

やべー、この数相手に言うこと聞いてくれないとかなったら八つ裂き確定じゃん、などと恐怖に凍りついた表情で戦々恐々としていた俺に言葉を投げかけたのはコボルド自警団のリーダー格っぽい、茶色い毛並みに赤い簡素な鎧をつけたコボルドだった。

 

「マスター、おれたちよんダ。何の用ダ?」

 

茶色のコボルドに続いて、自警団たちが次々と話しかけてくる。

 

「おれたちよばれタ!」

「なにすればいイ?」

「なんでもまかせロ!」

 

自警団とは対照的にライダーズは沈黙を貫いているが、俺の方を向いてどうやらこちらの言葉を待っているようだし、ウィンター・ウルフも行儀よくお座りしていて暴れる様子はない。

一応、命の危機は去ったようだ。安堵して大きく息をつきながら、目の前のユニットたちにこれからすべきことを伝えていく。

 

「ライダーズは周辺を探索して食べ物を探してくれ、自警団は洞穴の入り口で獣が入ってこないように警備、ウィンター・ウルフはここで待機してくれ。」

 

ライダーズは無言のままこっくりと頷くと、彼らが駆るオオカミたちを走らせ洞穴から出て行った。続いて自警団たちも洞穴の入り口に陣取り、

 

「じゃア、おれたちは夜営の準備すル」

「じゅんびすル!」

「ひをおこス!」

「たきぎあつめル!」

 

見張りを残して各々がそれぞれの仕事をしに分かれていった。

洞穴の中には俺とウィンター・ウルフが残された。地面が冷えて寒いのでウィンター・ウルフに擦り寄っていくと、心底嫌そうな顔をしていたような気がしたが、最後は根負けして(顔はプイとそっぽを向いていたが)おなかをベッド代わりに貸してくれた。

 

「ほあぁー、もふもふぅ」

 

吹雪に耐えるための純白の毛並みは暖かく、寒さを防ぐための脂肪のおかげかおなかは適度に柔らかい。圧倒的なもふもふに包まれながら俺の意識は遠くなっていった。

 

こうしてもふもふに包まれて異世界最初の夜は過ぎていった。

 

 

 

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属性:聖・魔  レベル:1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1

魔力:0/5

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●コボルド自警団
鎌や鍬で武装した犬頭の獣人(コボルド)たち
アイテム:1にイニシアチブ:+1と扱いやすい

●コボルド・ライダーズ
オオカミに騎乗したコボルド
先攻を取れれば強いが、防御は貧弱なので
どう先手を取るかが考えどころ

●ウィンター・ウルフ
単体では貧弱だが、群れると強い白狼
寒さに耐性を持ち、【吹雪】ダメージでは死亡しない


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魔力上昇

「うーん、よく寝たー。」

 

翌朝目が覚めるとともに洞穴にいる現状を確認し、この状況が夢ではないことに嘆息をもらす。ベッド代わりになっていたウィンター・ウルフに礼を言って立ち上がると腹が減っていることに気が付いた。思い返せばあの召喚を行った夕刻前から何も口に入れておらず、既に胃袋は空っぽだ。

すきっ腹を抱えながら洞穴から出ると、そこには整った野営地が出来上がっていた。

 

「マスター、起きたカ」

 

「やえいちつくっタ!」

「つくっタ!つくっタ!」

「たきびのじゅんびもしタ!」

 

洞穴の入口の前の広場には焚き火を起こす場所が用意され、広場の周りの森からは下草が取り除かれ獣が草むらに隠れられないようになっていた。入口の横には刈り取られた草まとめられ、簡易のベッドとして使われたことが察せられた。

 

「ありがとう、ライダーズは帰ってきたか?」

 

「木の実ヲ持って帰ってきテ、また獲物ヲ探しにいっタ」

 

どうやらライダーズは俺の起きる前に一度帰ってきて、また食料を探しに出てしまったらしい。

 

「木の実か、その木の実はどこにある?」

 

「この中ニ入ってル」

 

茶色のコボルドから小さな布袋を受け取り中身を確認すると、どんぐりのような木の実がぎっしり入っていた。どんぐりか・・・、まあ腹の足しにはなるだろうと一つ試しに殻を割って中身を口の中に放り込んでみる。

――――渋い。いやどんぐりらしい味といえばそうなんだけど、あまり腹いっぱいになるまで食べたい味ではない。とってきてもらった手前、残すのも失礼な気がしてもごもごと食べ続けていたが、なくなるまで食べても満腹には程遠かった。

気を紛らわすため、食べながら思いついた疑問をコボルドたちに投げかけてみる。

 

「お前たちって食事しなくて大丈夫なの?」

 

「食事できるけド、あまり意味無イ」

「ねむるのモいちにちふつか、だいじょーブ」

「でモ、たべるとたのしイ」

「ねむれるとうれしイ」

 

なるほど、まあ元はカードだしな。それに食べれないとアイテムの使用にも制限がでるし・・・・・・って、

 

「俺は馬鹿か・・・!アイテムで食べれるの出せばいいじゃん!」

 

早速洞穴に戻った俺は嫌がるウィンター・ウルフをソファにしながらアイテムのカードに目を通す。探したところ案外食用によさそうなアイテムは少なく、アイテムカード全てをひっくり返しても食用に適したアイテムはたったの二種類だけ。

≪鬼払いの団子≫と≪元気になる実≫

前者は人間に効果はないから俺にはただの団子だ。とするならば、心もとない防御力を少しでも上げることができる「防御力+1」の効果がある≪元気になる実≫にするべきだろう。

 

「アイテム召喚『元気になる実』!」

 

ユニットの召喚と異なり掲げたカードは光ると同時に燃え上がった。

 

「うわっちっちぃ!」

 

思わずカードから手を離すと炎は宙で六芒星を描き、桃のような果実を落として消えた。

ビビった~、消耗品だとああなんのか。そりゃカード回収できないわ。

それにしてもこれが「元気になる実」?見た目リンゴ並の大きさの桃にしか見えないが・・・

手に包み持って齧ってみると、桃のような見た目に反してシャキシャキとした食感。果汁もたっぷりだし効果うんぬんはおいといても美味いわ~。それに見た目のわりにだいぶ腹が膨れるし。

さて、美味しさのあまり一気に完食してしまったが、防御力+1の効果はどの程度のものなのか。試しに洞穴の壁を力いっぱい殴ってみたが全然痛くない。本来なら血がにじむようなことをやってるのに防御力アップのおかげか拳にはかすり傷一つない。

念のため、ステータスも確認すると

 

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属性:聖・魔  レベル:1  攻/防:0/2(30分間) 進軍タイプ:歩行

新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1(使用済み)

魔力:5/5

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残念な事にこの状態は30分しか続かないことが分かった。しかし本来は戦闘中しか使えなかったアイテム:消耗品が戦闘外でも使えるようになっているのだから、その事を喜ぶべきだ。防御面の向上はもっとほかの方法を探すとしよう。

 

 

 

 

 

その日の昼、回復のためと称して昼寝にいそしんでいた時、途中でコボルドによって揺り起こされた。

「ううん、どーしたー、まだ起こすに早すぎ・・・」

 

「ライダーズ戻ってきタ、獲物とっテ帰ってきタ」

 

待ちに待った知らせに起き上がり、伸びをしながら洞穴を出ると

 

3m級の巨大イノシシがいた。

 

目の前のショッキングな光景に硬直していると、化け物イノシシの陰からコボルドたちが出てきて声をかけてきた。

 

「マスター、エモノとれタ!」

「さばくまデ、すこしまツ!」

「にク、はらいっぱいくえル!」

 

癒されるぐらい自警団のみんなはいつもどおりだ。それにしても、とライダーズに問いかける。

 

「獲物をとってきてくれてありがとう。でも、よくこんな立派なイノシシを仕留められたな」

 

「・・・水場にいたのヲ奇襲しタ。後手なラ勝てなかっタ」

「・・・水も汲んできタ。これで暫らくハ食料困らなイ」

 

どうやら奇襲によってチャージ+2がいいように影響したようだ。確かに防御力1のライダーズでは明らかに強そうなこのイノシシに先手を取られれば倒されていただろう。しかし、彼らのイニシアチブ能力は±0、今回奇襲が成功したのは単純に運だ。あまり過信はしないようにしよう。

 

 

 

そして夜、再召喚したコボルドたちとウィンター・ウルフとともにたき火を囲んで巨大イノシシの肉を焼いて食べた。塩も胡椒もないただ焼いただけの肉ではあったが肉自体は思ったより硬くもなく、腹を満たすにはもってこいであった。

焼かれていない生肉に喰らいついているウィンター・ウルフを横目に見ながら大ぶりに捌かれた肉をかじりとっていると、ガチリ、となにやら固い感触が歯に伝えられた。

 

(なんだ、骨か・・・?)

 

そう思い吐き出そうとした時

 

「マスター、ちゃんとたべてるカ!?」

 

ドン、とぶちのコボルドが背中を叩いてきた衝撃で硬い物ごと飲み下してしまう。

 

「ゲホッ、ゲホッ」

 

「ごめンマスター、だいじょうぶカ?」

 

「だ、だいじょうぶだ・・・、だけどいきなり叩くのはやめてくれ」

 

むせながら答え、水を飲んで落ち着くと、今度は腹から熱いような感覚がじんわりと体中に広がっていった。

 

「一体なんだ・・・?」

 

そう思っていたところに、いつぞや聞いた声が脳裏に響いた。

 

―初めての魔力上昇おめでとう、お祝いに新しい能力をあげよう―

 

この森で初めて目覚めたときに聞いた声。相変わらず謎な声を信じ、ステータスを確認する。

 

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属性:聖・魔  レベル1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

新米召喚術師 【人間】  スペル:* アイテム:1(使用済み)

魔力:3/8

✥鑑定[普通/対抗]

✥感覚共有[普通/対抗]

○魔力回復

○新米の召喚

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ん、本当に能力と魔力が増えてる。でもなんでだ・・・?心当たりがあるとすれば先ほど飲み込んだ骨か何かだが、骨を食べるだけで魔力って増えるんだろうか。要確認だな・・・・・・、そう考えながら新たに手に入れた能力の詳細を確かめる。

 

=============================

✥鑑定[普通/対抗]

ユニット一体かアイテム一つが対象

対象のステータスを確認できる

✥感覚共有[普通/対抗]

召喚中のユニット一体が対象

対象と感覚を共有することができる

=============================

 

なるほど、ステータス確認能力に感覚の共有能力か。食料も余裕ができたし、これからこの森を探索していくには便利な能力だな。

試しに感覚共有を一心不乱に肉をかじっているウィンター・ウルフに使ってみる。目を閉じ、むむむ、と念じ続けていると初めはぼんやりと、そして徐々にはっきりとウィンター・ウルフの視界が見え始めた。自分よりかなり視点の低い視界の中、そのほとんどは目の前の肉塊に向けられていて、生肉を食べている味や飲み込んでいる感触もうっすらとだが感じ取れる。

 

(お~い、俺の方を向いてくれないか?)

 

(ますたー?いまにくくうの、いそがしい)

 

どうやら、感覚を共有してる間はそれぞれの思考がテレパシーのように伝わるらしく、念じた自分にウィンター・ウルフの考えが伝わってきた。とは言っても、ユニット本人の意思のほうが優先されるようだが。

 

(ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから!)

 

(・・・・・・わかった)

 

ようやく肉から視線を離したき火のほうを向くと、眉間にしわを寄せ、うんうん唸りながら集中してる自分の姿があった。ある意味滑稽な姿に思わず笑いがこみ上げてくると、急激に感覚が遠ざかり数瞬で感覚共有は解けてしまった。感覚共有はかけるほうがかなり集中していないと簡単に解けてしまうようだ。緊急時には使えないことを心に留めておこう。

 

十分な食料と新たな能力を手に入れ、召喚獣たちとのささやかな宴は夜が暮れるまで続いた。

 

 

 

 

 

ちなみに、イノシシの軟骨や小さめの骨を飲み込んでみましたが、魔力は上がりませんでした。残念。

 

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属性:聖・魔  レベル:1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1

魔力:3/8

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●アイテム[消耗品]
アイテム:1につき1回しか使用できない使い切りのアイテム

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鬼払いの団子  消耗品
[普通/対抗]
ユニット1体が対象。
対象ユニットが「種族:エイプ/ハウンド/バード」の場合、
「攻撃力:+2/防御力:+2」する。
===========================
※桃○郎印のキビ団子。
 犬・猿・雉限定で強化するアイテム

===========================
元気になる実  消耗品
[普通/対抗]
ユニット1体が対象。
対象を「防御力:+1」する。

もしくは

アイテム1つが対象。
対象を破棄する。
===========================
※効果が複数あり、どちらかを選ぶことができるアイテム
 本来のゲームでは、もっぱら下の効果で使われる



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襲撃

 あれから数日が経った。

 大量の肉はコボルド自警団の手によって干し肉や燻製にかわり、コボルド・ライダーズが集めてきてくれる木の実や果実などでここでの生活も大分余裕が出てきた。魔力にも余裕があるし、これまで出来なかったことをやっていこう。

 

そう、・・・・・・この森の探索である。

 

そもそも俺はこの森がどのくらいの大きさでどんな場所にあるかすら知らない。できるならこの森を出るための方向、それにどこか人のいる集落があればその位置などを知っておきたい。

 探索のために昨晩選び出しておいたカードをポケットから取り出し、叫ぶ。

 

「普通召喚、《ハリケーン・イーグル》!」

 

 輝く魔法陣から出てきたのは俺を一掴みにできそうな巨体を持った大鷲、風属性レベル2のユニット、ハリケーン・イーグルだ。攻/防は1/1と弱々しいが消費魔力は2と良心的で、なにより進軍タイプが飛行、すなわち空を飛ぶことが出来るという事が大きい。更にイニシアチブ:+2と先攻をとりやすいので、いざとなれば先手を取って逃げ出すこともできるだろう。特殊な能力はなく戦闘力も低いが、探索・偵察にはもってこいのユニットである。

 

 ハリケーン・イーグルに探索を命じた後、俺はいつもどおりコボルドたちの警備する洞穴の中で意識を集中させ感覚共有を行った。

 鬱蒼とした森の中からは見えなかったが、空から見るとどうやらこの森は三方を囲む山の麓にあるらしい。思っていたよりも森は広く、ハリケーン・イーグルでも森の地表を見ながら探索するのは木々の葉が生い茂っていることもあり、かなりの労力が必要に思えた。

 空から見る森の眺めを楽しみながら、森の危険度を知るために地上に見える獣たちにから片っ端から鑑定をかけていく。

 

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 属性:風  レベル:①  攻/防:1/1  進軍タイプ:歩行

 ハンター・ウルフ 【ウルフ】

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 属性:土  レベル:3  攻/防:4/2  進軍タイプ:歩行

 フォレスト・タイガー 【タイガー】

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 属性:土  レベル:2  攻/防:2/2  進軍タイプ:歩行

 ファング・ボア(幼体) 【アニマル】

 チャージ:+1

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 属性:土  レベル:①  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

 スモール・エイプ 【エイプ】

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              ・

              ・

              ・

 

 オオカミ、トラ、イノシシ、サル・・・・・・様々な動物に鑑定をした結果、この森には無害な獣も多いが、少数ではあるが危険な獣も確実にいることが分かった。ハンター・ウルフなどならコボルドたちが追い払ってくれそうだが、フォレスト・タイガーなどの大型の肉食獣が来れば身を守ることは至難の業、できるだけ早くこの森を離れるに越したことはないだろう。幸いな事に、その姿を見た場所は現在拠点としている洞穴の場所からは大きく離れており、縄張りに近づかなければ襲われることは多分なさそうだ。

 

 再召喚をしながら、探索は数日続いた。

 今日も今日とて上空から動物を探していると、キラリ、と森の中で何かが光っているのが目に入った。

 

(あの光っているものの近くを旋回してくれないか?)

 

(ヒッカテイルノ、トッテイイ?)

 

(危ないかもしれないからダメ)

 

(・・・・・・ザンネン)

 

 光り物に夢中とかカラスじゃないんだから、呆れつつ謎の光源を探していると、森の中に木々が邪魔でよく見えないが、やぐらのようなものが建っているのが見えた。その上には光を反射してキラキラ光る長い筒(おそらく望遠鏡だろう)を覗いてこっちを見ている粗末な衣服を着た青年がいた。

 

(・・・・・・もしかして人間?人間だ!)

 

(マスター、オリテカクニンスル?)

 

 あまりの喜びに集中が切れそうになるのを何とか抑えながらハリケーン・イーグルに応え返す。

 

(・・・いや、今降りても襲い掛かってきたと勘違いされるだろう。日暮れも近いし、一度戻ってきてくれ)

 

(ワカッタ)

 

 人間らしきものを確認できたのは大きな収穫だ。近くに集落でもあればここがどこなのか情報をもらうこともできるだろうし、動物たちを鑑定することで確信したが元の世界とは明らかに違う『この世界』についての知識ももらえるはずだ。

 意気揚々と感覚共有を解いた自分にも、そして帰還を命じられたハリケーン・イーグルも、この時気が付いていなかった。

 

 一つの影がハリケーン・イーグルを追ってきていることに・・・・・・

 

 

 

 

 夕暮れ時、俺は洞穴を出てたき火の周りにみんなを集めていた。というのも、もうすぐハリケーン・イーグル以外は召喚から24時間が経ち、再召喚の必要があるからだ。ポケットから現在召喚しているユニットのカードを取り出し、眺める。召喚に使用したカードは召喚している間色が白っぽくなり、同じ種類の別のカードと区別することができる。召喚したユニットが消えるとカードの色も元に戻り再召喚が可能になるということも、これまでの召喚で知ったことだった。

 ついに時間がやってきて、コボルドたちとウィンター・ウルフが光の粒子となって消えていく。手元の4枚のうち3枚が元に戻るのを見て、さあ召喚だ、と気合を入れていると、ゾクリ、と背筋に悪寒が走った。

 凶悪な「何か」に見られている恐怖。予感の命ずるままに視線を感じる方――森の中へ目を向ける。

 薄暗い森の奥、そこに光る二つの瞳が見えた。この森の猛獣、しかもこちらの数が少なくなる今を待って襲い掛かろうとしている。恐怖に体が強張り、冷や汗が噴き出す。上擦った声で召喚を叫ぶ声とその影が躍り出てくるのは同時だった。

 森から現れたのは一羽の猛禽。翼長は3m近く、その翼はまるで刃のような硬質の輝きを放っている。鋭い瞳はこちらを見据え、自分が獲物である事を否が応にも意識させる。

 

「即時召喚!」

 

 叫んだ声に応え、普通召喚と異なり瞬時に目の前に形成された魔法陣からコボルドたちとウィンター・ウルフが飛び出してくる。急に数を増した敵に一旦上昇した怪鳥に対し、俺は召喚獣たちの後ろに隠れるように数歩下がり鑑定を使う。

 

 ============================

 属性:風  レベル:2  攻/防:3/2  進軍タイプ:飛行

 ブレード・ファルコン  【バード】

 ○気配遮断[戦闘]

 このユニットが対象。

 対象ユニットが「敵軍領土」に存在する場合、

「イニシアチブ:+3」を与える

 ============================

 

(特殊能力持ちの先攻型ユニットっ・・・・・・!)

 

 鑑定した結果に内心で舌打ちをする。接近に今まで気付かなかったのはこの能力のせいだろう。しかし敵はイニシアチブ:+3だがこちらは全員合計で+4、差し引き+1分だけではあるがこちらに有利なのだからなんとしてでも先手を取らねばならない。

 

「ハリケーン・イーグル!アイツを空から引き摺り下ろすんだ!」

 

 相手に空の上に居られてはコボルドたちの攻撃は届かない。こちらに有利な形に持ち込むためにも地上へ落とさねば。

 命令に従い、上空の敵に向かって急上昇するハリケーン・イーグル。しかし相手もそれに気付いたのか、更に上へと高度を上げる。

 追いかけるその爪がついにその尾羽をつかもうとした瞬間、相手はヒラリとその身をひるがえし、その翼で体当たりを繰り出してきた。

 急劇な方向転換に避けることはできず、その硬質な羽根は見た目どおり刃のように、ハリケーン・イーグルの片翼を切り裂いた。

 

「ピイィィィィィィッッ!」

 

 ハリケーン・イーグルが悲痛な鳴き声をあげながら墜ちていく。そのさまには目もくれず、ブレード・ファルコンは翼を折り畳み、地表付近まで急降下してくると急降下した勢いのまま低空を飛翔して、俺や自警団たちより前に出ていたライダーズを一瞬で跳ね飛ばし、一直線にこちらへめがけて向かってきた。

 

 しかしその突撃もそこまでだった。

 

「くらエ!」

 

 低空に降りてきた敵に対し、自警団の一匹、白毛のコボルドが手に持った草刈鎌を投げ放った。

 二匹に体当たりをして飛ぶスピードが落ちていたからだろう。放たれた鎌は翼の付け根に刺さり、ブレード・ファルコンは地面へと墜落した。

 

「クエエエエエエェェェッ!」

 

 地に落ちて尚もその鋭い翼を振り回して地面をのたうち暴れていたが、

 

「ガウッ!」

 

 今まで距離をとっていたウィンター・ウルフが風のように疾駆し、その牙は一瞬の躊躇もなく、暴れる巨鳥の頭を噛み砕いた。

 

 

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・」

 

 生まれて初めての命をかけた死闘。それは余裕のでてきた生活に緩みきった精神を激しく消耗させた。あまりに強い緊張からの解放に、しばらく荒い息を吐いて呼吸を整える。意識して気を落ち着かせると、攻撃を受けた召喚獣たちのことに思い至った。

 

「ハリケーン・イーグル!ライダーズ!大丈夫か!?」

 

 声をかけるが、応える声はない。翼を切り裂かれ墜落したハリケーン・イーグルは高所から落ちたためか首が大きく曲がっているし、コボルド・ライダーズは跳ね飛ばされた際の傷が大きな切り傷になっており、もう助からない傷であることを如実に表していた。

 惨状に絶句していると、しばらくしてその体は光の粒になって消えてしまった。戻ったのかと思い手元のカードを見ると、その二枚のカードはインクでもたらしたかのように漆黒に染まり、触れただけでボロボロと朽ちて崩れていった。

 恐らくこれがユニットが死ぬ、カードが死ぬということなのだろう。

 けっして珍しくはないカード、同じカードが複数枚あるといっても、この数日間を共にした仲間の死に衝撃は隠せない。

 自警団に手伝ってもらい木の杭を地面に打ち込み簡単な墓標にし、穴を掘ってボロボロのカードの残骸を葬った。

 

 同じことが起きる前にここを離れなくては。明日にはここを発つことを決め、洞穴の中での最後の夜を過ごした。

 

 

 =============================

 属性:聖・魔  レベル:1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

 新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1

 魔力:1/8

 =============================




●即時召喚
戦闘時に行われる召喚。
普通召喚より時間をかけずに召喚できるが、
レベルが①,②,③・・・となっている即時召
喚対応ユニットしか召喚できない。


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集落へ

 次の日の朝。

 俺はいつもの洞穴の中で、昨日人間を見た地点への移動手段を考えていた。

 

 まず陸路はアウトだ。直線距離でもかなり遠いし、かなり険しい道を通ることになる。それに猛獣たちの縄張りを通過してしまえば昨日のような戦闘をする羽目になるかもしれない。

 

 陸路がダメなら空路で行くしかない。しかし、飛行できるユニットは数多くいるが、騎乗に適したユニットとなるとその数は限られる。いかに飛べるといっても、ただ大きいだけの鳥につかまって長距離を飛ぶのは無理があるし、騎乗に関する能力を持ったユニットにするべきだろう。

 

 以上を選考した結果、適した能力を持ったカードは3枚。

 《ペガサス》、《スカイ・フィッシュ》、そして《ワイバーン》だ。

 

 だが、まずペガサスは除外される。ペガサスは他の2枚と違って「進軍タイプ:長距離飛行」でより遠くまで移動できるが、その背に乗せるのは「属性:水/風」のユニットだけ。属性:聖・魔の俺はどちらにも該当していない為、騎乗することはできない。

 スカイ・フィッシュはペガサスと違い乗せるものに制限はないが、防御力の数値がが2とやや低い。昨日のブレード・ファルコンのような猛禽が襲い掛かってきたら簡単に倒されてしまうだろう。よって、召喚すべきなのは騎乗するユニットに制限がなく、かつ攻/防:3/4と十分な防御力を備えたワイバーンとなる。

 

 移動するためのユニットが決まったところで今度は俺自身の準備だ。今の俺の素の能力では何かの間違いで一撃でも食らえば即死亡の危険があるので、装備品によって能力を底上げしようと思う。そのために昨日のうちにカードから出しておいた黄金色のブローチをポケットから出して胸に付ける。

 ブローチの名は《黄金の紋章》。「タイプ:黄金」の装備品を残りのアイテム使用可能回数に関わらず3つまで装備できる装備アイテムだ。これを使えばタイプ:黄金のアイテムに限定されてはしまうが、今の自分でも装備アイテムを3つも装備することができる。

 

「アイテム装備、《黄金の鎧》《黄金の盾》《黄金の槍》!」

 

 声に応じ、カードが光の玉へと変わり全身を包み込む。体を包む光が消えると、そこには黄金の輝きがあった。

 頭以外の全身をすっぽりと包み込む、各所に青い宝石を嵌め込んだ黄金の全身鎧(フルプレート)。左手には赤い宝石と装飾があしらわれた黄金の盾、そして右手には槍頭に鳥の翼のような意匠が施された黄金の槍がある。黄金製の装備など自分には重くて使えないのではという不安があったが、装備品の魔力による攻撃力の増強効果のおかげかあまり重さを感じない程度で済んでいる。

 無事に装備は済んだ。これで合計して「レベル+1/攻撃力+3/防御力+4/イニシアチブ+1」分の能力の底上げになる。これならもし昨日見た人間や、恐らくあるはずの集落の人間たちと敵対されても逃げられるくらいの余裕はあるだろう。

 

 

 今できる万全の準備を整え終え、ワイバーンの召喚に臨む。

 

「普通召喚、《ワイバーン》!」

 

 その声に応え光が地面に魔法陣を描いていくが・・・・・・今までの召喚より明らかにその規模は大きく、速度は遅い。

 

(即時召喚可能ユニットじゃないから?・・・いや、単純に今までよりレベルが高いからか)

 

 今までに召喚してきたユニットは1レベルや2レベル程度の小型ユニット、しかし今召喚しているワイバーンは4レベルの上、即時召喚も不可能な中型ユニットである。

 モンコレにおいて、レベルとは一部の例外を除きそのまま規模や体の大きさを表す。ゲームにおける土地、「地形」の大きさはおおよそレベル合計8を基準にしており、単純に考えればワイバーンは標準的な地形の半分を占拠する大きさを持っていることになる。勿論、特殊能力やら何やらで一概にそうとは言えないが、今までにない大きさであることは確かだ。

 

(レベルが高いほど召喚に時間がかかるなら、高レベルの大型ユニットは戦闘中には召喚できないと思ったほうがいいな)

 

 感覚共有と違って召喚自体には然程集中がいらないので待つ間あれやこれやと考察していると、2分程の時間をかけてワイバーンは無事に魔法陣から現れた。

 

「よしよし、今日は結構飛んでもらう予定だから頑張ってくれよ?」

 

「グルルルル・・・」

 

 鼻の頭辺りを撫でながら話しかけると、気持ちいいのか目を細めながら喉を鳴らしている。猫みたいだな、と仮にもドラゴンの一種に対して場違いな感想を抱いていると、ワイバーンは器用に翼を折り畳み体を屈めて乗りやすい体勢になってくれた。

 その首に、カードの収納BOXをぶちのコボルドがつる草から編んで作ってくれた籠に入れてくくりつけ、自らもワイバーンの首の後ろに据え付けてある鞍の上へと跨った。

 さあ、いざ出発!という時になり、コボルドたちとウィンター・ウルフが見送りに集まってくれた。

 

「マスター、気をつけテ」

 

「がんばっテ!」

「たのしかっタ!」

「まタ、いつでもよんデ!」

 

「・・・・・・ウォン!」

 

 ワイバーンには一度に1人しか乗れないことと時間がくれば自動的にカードに戻ってくることもあり、彼らはここで召喚時間の限界が来るまで待機することになっている。

 ここ数日間を過ごしたねぐらと同じ時を共にした仲間たち、そして地面に別れを告げ、俺とワイバーンは一路人間を見た地点へ向かって移動を開始した。

 

 

 

 

 

 ワイバーンに乗って空を行くこと小一時間。

 かなり揺れるのではと覚悟していたが、鞍とあぶみがあるおかげか翼をはためかせるたびにおきる上下の震動以外はほとんど気にならない。頬で風を感じながらワイバーンの手綱を引いて上昇させたり旋回させてみたり・・・・・・、飛行機とは全く違う生物に乗っての初めての飛行に、まるで子供のように空の旅を満喫していた。

 しかし、楽しい時間はすぐに過ぎ去るもの。

 太陽が中天に差し掛かるころ、ついにやぐらと人間を見つけたポイントの周辺までやってきた。昨日はハリケーン・イーグルの視界ごしに1つのやぐらしか見ていなかったが、よくよく見ると4つのやぐらが森の中に対角線を描くように建っているのが分かる。木々が邪魔で見えにくいが、やぐらに囲まれるように十数軒の民家が密集しているのも見て取れ、求めていた集落へとたどり着いたことを実感させた。

 果たして集落の人間たちは友好的な反応をしてくれるだろうか。しばらく上空を旋回して様子を見ていたが、このまま空を飛んでいても仕様がない。心の中の迷いと怯えを断ち切り、集落へと降りる覚悟を決める。

 

「ワイバーン、あのやぐらの近くに降りられるか?」

 

「グルアゥ!」

 

 初めに見つけたやぐらを指差す俺の言葉にワイバーンは一声鳴き、徐々に地表へ向けて高度を下げていった。

 

 木々の合間を縫ってワイバーンが降下すると、やぐらの下には十数人の集団が集まっていた。弓を担ぎ簡素な皮鎧を身につけた狩人とおぼしき中年から青年の男たちに、独特の刺繍が施された民族衣装に身を包んだ壮年の男が2人。そしてその中心に立つ豪華な衣装を着て立派な髭を生やした白髪の老人。ワイバーンの上からでも彼らの視線全てがこちらに向けて突き刺さってくるを感じる。

 俺が着陸したワイバーンから降りると、明らかにこちらを警戒してざわめく集団の中から白髪の老人が壮年の男たちを脇に連れ立って出てきて俺に話しかけてきた。

 

「竜騎士殿、このピエットの村に何用で参られたのですかな?」

 

 

 

 ――――――――竜騎士?

 

 

 ==============================

 属性:聖・魔  レベル:2  攻/防:3/5  進軍タイプ:歩行

 新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1(使用中)

 イニシアチブ:+1

 魔力:3/8

 ==============================

 




=================================
属性:風  レベル:2  攻/防:1/2  進軍タイプ:長距離飛行
ペガサス  【モンスター】
○空中疾走
このユニットのパーティのユニット1体が対象。
対象ユニットがこのユニットと同時に同じ地形へ進軍する事を宣言され、
「属性:水/風」の場合、「進軍タイプ:長距離飛行」に変更できる。
この効果は1度の進軍に1体しか対象にできない。
消費魔力:3
=================================
※空飛ぶモンスターでも最も有名なものの1匹
 しかし現実は非情、乗る者を選びまくる為に万能の騎獣とは言い難い
 
=================================
属性:風  レベル:②  攻/防:2/2 進軍タイプ:飛行
スカイ・フィッシュ  【魔法生物】
○騎乗
このユニットと同じパーティのユニット1体が対象。
対象がこのユニットと同時に進軍を宣言される場合、
このユニットの進軍先も進軍範囲になる。
この効果は1度の進軍につき1回しか使用できない。
消費魔力:3
=================================
※空を飛ぶ魚の形をしたゴーレムの一種
 美点はレベルが低いことなので、大型ユニットと合わせて運用したい
 
=================================
属性:風  レベル:4  攻/防:3/4  進軍タイプ:飛行
ワイバーン  【ドラゴン】
チャージ:+3
○騎乗
消費魔力:5
=================================
※騎乗に適したドラゴンの一種
 先手を取ればドラゴンの名にふさわしい攻撃力を誇る 


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集落にて

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

不定期更新&遅筆ですがよろしくお願いします。


 ――――――――竜騎士?

 

 ――――――――え、何それ?どういうこと!?

 

 俺は努めてポーカーフェイスを保ちながら、心の中で必死に混乱と戦っていた。

 正直この展開は予想できなかった。元々どんな人たちが暮らしている集落なのかも分からないような状況だ。だからもしも集落の人たちの対応が友好的でなくても、いや、もっと言えば敵対的な反応をすることも覚悟して準備を整えてきたつもりだった。

 しかし、実際に向けられた反応は竜騎士?という者に対するもの。想定外の反応に、言葉が通じなかったらどうやってコミュニケーションをとればいいのかな、などと考えていた頭の中は、目の前の人物が日本語をしゃべった不思議に気付くこともなく動揺に千々に乱れていた。これが普通の旅人に対する対応であればここまでの精神的ショックを受けることはなかっただろう。

 

(落ち着け、俺! ま、まずは誤解を解かないと!)

 

「わ、私は竜騎士ではありません。旅の者で、召喚術師をしております」

 

 引きつりそうになりながらも笑顔を浮かべて話しかける俺に、村の代表らしき老人は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「・・・・・・召喚術師、ですかな? 寡聞にしてそのような職業は知りませんが、その見事な鎧に騎獣のドラゴン・・・・・・、話に聞く北の帝国の竜騎士とは関係ないのですか?」

 

 老人の疑問ももっともだろう。武装もワイバーンも最悪の事態に対する備えとして自分にはどうしても必要なものだったが、村の人間からしてみれば、森の中という辺鄙な場所にある村へドラゴンで乗り付けてきた――そのうえ黄金の武装に身を包んだ――人物をただの旅人だと思えという方が無理がある。

 しかし、ここで引き下がる訳にもいかない。老人には悪いが、納得させるためにも多少の誇張を混ぜて話をさせてもらうことにする。

 

「繰り返すようですが、私は竜騎士ではありません。このドラゴンは魔法で一時的に支配しているのです。南からの旅の途中で方位を見失ってしまい、必要なものの補給のために、しばらくご厄介になりたいのですが?」

 

「魔法!? 召喚術師殿は魔法をお使いになるのですかな!?」

 

 驚愕に見開かれる老人の瞳、それを真っ直ぐ見据えながら努めて丁寧に語りかける。

 

「はい。それに簡単なものですが癒しの魔法も修めております。物資などが頂けるならば、代価として病人の治療をさせていただきます」

 

 実際にはこれは正しくはない。確かに自分の持つ「スペル:*」は病気を治癒する聖属性の戦闘スペルも扱うことができるが、その用途の大半は攻撃用のものだからだ。

 

 しかしこの言葉の効果は絶大だった。

 まさに、目の色が変わるとはこのことだ。老人の視線は先程までの猜疑に満ちたものから一変して、物欲しそうな――何が欲しいのかは分かりきっているが――欲望を感じる視線を向けてきた。

 老人は後ろに控えていた壮年の男性2人と二言三言ヒソヒソと言葉を交わすと先程までの訝しげな表情を感じさせない笑顔を浮かべた。

 

「そういうことであれば、召喚術師殿を我がピエット村の客人として迎えます。ひとまずはワシについて来て下され。それとそのドラゴンに関しては村に入れぬようお願いしますぞ」

 

 

 

 

 

「ここで大人しくしているんだぞ?」

 

「グルルルルゥ・・・・・・・」

 

 ワイバーンの頭をなでてやりながら村の外での待機を命じ、俺は老人の方に向きなおった。

 

「ワイバーン・・・・・・このドラゴンはここに待機させておきます。それでよろしいですね?」

 

「おお、申し訳ありません。召喚術師殿からすれば面倒かもしれませんが、万が一ということもありますのでな。・・・・・・では、こちらです」

 

 老人と壮年の男2人に先導され、やぐらの近くにあった木製の門をくぐり村の中へと入る。

 老人達と一緒にいた弓を担いだ男達はそのまま俺を囲むようにしてついてきている。一定の距離をとりながら、時折こちらに警戒の視線を向けてくるので、気分はまるで護送中の犯人のようだ。もちろん男達からすれば警戒するのは当たり前のことなので、いちいち文句を口に出したりはしないが。

 老人達についていきすがら、《鑑定》を使って彼らの強さを測らせてもらうことにする。森の動物の強さを測るときに声に出さなくても使えることは確認済みなので、わざわざ相手に伝えなければバレることもないだろう。

 ―――――それ、鑑定!

 

 

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 属性:土・水  レベル:1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

 ピエット村の長老 サイモン 【人間】

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 属性:土・風  レベル:1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

 ピエット村の農業頭 ホーエン 【人間】

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 属性:土・火  レベル:1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

 ピエット村の狩猟頭 ダルカス 【人間】

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 属性:土・風  レベル:3  攻/防:2/3  進軍タイプ:歩行

 ピエット村の狩人衆 【人間】

 タイプ:弓

 ✔射撃[普通/対抗]

 ユニット1体が対象。対象が「進軍タイプ:飛行/長距離飛行」

 の場合、【2】ダメージを与える。

 ============================= 

 

 

 ・・・・・・なるほど、弓を担いだ男達は集団でユニット1体扱いなのか。特殊能力はあるが、空飛ぶ相手限定のようだし、ワイバーンを落とすほどの威力でもない。まだ村人全員に会ったわけではないから油断はできないが、少なくともこの場にいる全員が敵に回っても生きて逃げ切ることはできそうだ。

 村人達のステータスを確認して、ひとまずの命の危険が去ったことにホッと胸を撫で下す。万全の準備を整えてきたが、どうやら自分の取り越し苦労だったようだ。

 そんなことをしているうちに、先導していた老人は幾つかの民家の間を通り抜け、村の中でも外れの方にある大きめの小屋のような建物の前で立ち止まった。

 

「召喚術師殿もお疲れでしょう。今日のところはこちらでお休みくだされ。明日には村の病人を診ていただきますので」

 

「ありがとうございます。では、遠慮なく使わせていただきます」

 

「それでは、また明日に」

 

「ええ、また明日に」

 

 最後まで突き刺さる狩人衆の視線を背中に感じながら小屋へと入る。室内の幾らか埃くさい空気を感じながら扉を閉めると、それまでの緊張が途切れ、ホゥッと大きな溜め息がこぼれる。

 

(なんとかボロ出さずに済んだ~。けど、ちょっと面倒な事になったな。俺だけじゃ複数の病人は診れないし、聖属性のスペルが使えるユニットを探しておくか)

 

 部屋の奥にある木製の寝台に腰掛けて、つる草の籠から収納BOXを出して使えそうなカードを選別する。

 選ぶカードは能力は勿論だが今回は見た目も重要になってくる。たとえ襲われる危険がないとしても、見た目が恐ろしい、もしくは威圧的なユニットでは呼び出した後に村人が安心して治療を受けられるとは思えない。《シームルグ》などはその良い例だ。「スペル:聖*」を持ち《癒しの嘴》という回復系の特殊能力を持つユニットだが、その見た目は二階建ての建物に匹敵する大きさの巨鳥だ。こんなものを村の中で召喚すれば村人達が恐れ、敵対してくるのが目に見えている。

 

「種族:エンジェルのユニットは別の意味で騒ぎになりそうだし・・・・・・、どうしたもんかな・・・・・・」

 

 

 

 

 新たな悩み事と木製の寝台のあまりの堅さに眠りを遠ざけられ、集落での夜は更けていった。

 

 ==============================

 属性:聖・魔  レベル:2  攻/防:3/5  進軍タイプ:歩行

 新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1(使用中)

 イニシアチブ:+1

 魔力:3/8

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●アイテム[装備品]
アイテム:1につき1つ装備できるアイテム。
アイテムの能力を装備者に与え、自ら破棄
するか破壊されるまで残り続ける。

===========================
黄金の紋章  装備品
○黄金装備
このユニットが対象。
対象ユニットは「○黄金装備」の特殊能力1つにつき、
「タイプ:黄金」の装備品を「アイテム:X」に関係なく
3つまで装備できる。
===========================
※アイテム枠に関わらず3つのアイテムを装備できる優れモノ
 黄金の紋章はタイプ:黄金ではないので多重装備はできない

===========================
黄金の槍  装備品
タイプ:黄金
○黄金の疾風
このユニットが対象。
対象ユニットを「攻撃力:+1」し、「イニシアチブ:+1」
を与える。
===========================
※火力と速さを同時に上げる装備品
 欠点は火力の上がり幅が小さいことか

===========================
黄金の盾  装備品
タイプ:黄金
○黄金の守り
このユニットが対象。
対象ユニットを「防御力:+2」する。
===========================
※純粋に防御力だけを上げる装備
 弱小ユニットを守るもよし、中型ユニットで壁にするもよし

===========================
黄金の鎧  装備品
タイプ:黄金
○黄金の加護
このユニットが対象。
対象ユニットは「レベル:+1」され、
「攻撃力:+2/防御力:+2」される。
===========================
※攻撃力と防御力が両方上がるおいしい装備
 しかしレベルも上がるので大型ユニットとは運用し辛い


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幕間1:ピエット村の騒動

マニの大森林にある唯一の村、ピエットの村には集落を囲むように東西南北に4つの見張り台が存在する。

しかしその監視範囲は地上ではなく、むしろ上空に向けられている。

なぜなら村の周囲には獣の嫌がる臭いのする薬草が群生しており、滅多に野獣が姿を見せることはないからだ。

そのため、警戒対象はかなり離れた縄張りから稀に村のほうまでやってくるブレード・ファルコンやゲイル・ホークなどの猛禽であり、見張り役はほぼ全員が狩人である村の男衆の中で、弓の扱いが下手で狩りに参加できない者たちが順番に行っている。

その日の見張り当番の青年、ジャンは南の見張り台の上で不貞腐れていた。

理由はたった一つ、昨日の大鷲騒動で嘘を吐いたとして二日連続で見張り当番をさせられたからだ。

 

「絶対に大鷲はいたのになぁ・・・・・・」

 

ぼやきながら昨日のことを思い出す。

 

昨日も今日と同じく南の見張り台で見張りの当番をしていた。いつもなら退屈で仕方のない時間だったが、その日は手元に遊ぶにはもってこいの玩具があった。

望遠鏡。昨日に街から戻ってきた叔父が自分にくれた、遠くのものが近くに見える不思議な筒。村を代表して街へ物資を買いに行く叔父が持ち帰ってくる珍しい品物の中でも特に気に入った品だ。これを使って遠くの風景を眺めるだけでも時間を忘れて楽しむことができた。

 

問題の事件が起こったのは日が傾きかけてきた時刻、そろそろ望遠鏡で森を眺めるのにも飽きてきたころの事だった。

変わり映えのしない森の風景を見ることに飽きたジャンは望遠鏡を上に傾け、今度は空の雲を眺めることにした。叔父から望遠鏡を受け取るときに『太陽だけは直接覗かないように』と言いつけられていたため空を見るのは初めは避けていたのだが、退屈と好奇心には勝つことはできず、気をつけさえすればいいじゃないか、と自分に言い訳をして空の観察に勤しんだ。

思えば、このとき望遠鏡の中に映る景色だけを見ていたのがいけなかったのだろう。そうしていなければもっと早くに気付けただろうから。

 

ジャンが望遠鏡で空を眺めるのに夢中になっていると、突然視界が暗くなった。

視界が明らかに暗くなるほど厚い雲は無いのに何故、と訝しんで空を眺めるのをやめた時、彼は絶句した。

陽光を遮り彼の元へと影を落としていた原因は、彼が見たこともない大鷲だった。

その身体全体は銀色の羽毛に覆われ、頭の後ろからは数本の飾り羽が飛び出している。目の周りは強調するように赤く染まっていて、その鋭い眼光は獲物を狩る猛禽であることを示していた。

そんな大鷲がこの南の見張り台からそう遠くない空を円を描くように飛んでいる。まるでこれから襲う地上の自分達を観察しているようではないか。

 

「あわわわわ・・・・・・、早く皆にこの事を知らせないと!」

 

慌ててジャンは見張り台を転がり落ちるように降りていく。

その後の大鷲の動きに気付くことなく・・・・・・

 

 

 

 

「狩猟頭! 大変です!」

 

ジャンが息を切らせて飛び込んだのは村の狩人達を束ねる狩猟頭、ダルカスの家だった。

ノックも無しにドアを破らんばかりの勢いで家に飛び込んできた行為は、ともすれば礼を失していると責められてもおかしくはないものであったが、家の主である壮年の男、ダルカスはそれを気にした様子もなく鷹揚に応えた。

 

「おう、ジャン。そんなに血相を変えてどうした? 確かお前は今日は南の見張り当番だったはずだが・・・・・・」

 

「そ、それより大変なんです! むっ、村の南の空から、お、大鷲が!」

 

焦りの余り、言葉を詰まらせながら叫ぶジャンの言葉を掌で制し、ダルカスは彼を落ち着かせるため、殊更ゆっくりと言葉を発した。

 

「落ち着けジャン、・・・・・・それにしても大鷲? ブレード・ファルコンやゲイル・ホークが来たのではないのか?」

 

自生する薬草のおかげで外敵が少ないピエット村ではあるが、月に数度は野獣たちの村への襲撃がある。その大半は空を飛ぶ巨鳥たちであり、特に気配を消して村に接近してくるブレード・ファルコンなどはその筆頭であるといえる。

 

「分かりません・・・・・・、でも全く見たことがない姿をした大鷲でした」

 

ジャンが伝える未知の敵、その脅威を考え僅かな逡巡の後に指示を出す。

 

「ふむ・・・・・・、よし、分かった!俺は一足先に南の見張り台に行って大鷲の様子を見ておく。ジャン、お前は狩猟小屋に行ってガルドを呼んでこい。あいつの腕ならまず間違いない。今の時間なら狩りから帰って小屋にいる筈だ」

 

「は、はい!」

 

「くれぐれも急いでくれよ? じゃねぇと、着いた時にはその大鷲とやらの腹の中ってことになりかねねぇからな」

 

 

 

 

ダルカスの指示に従い、ジャンが次に走ったのは村の東の端にある狩猟小屋だ。ここは狩人衆が血抜きした獲物の解体や皮を剥いだりする作業を行う場所で、この時間ならば狩りを終えた者たちが今日の成果を手にたむろしているはずだった。

ジャンはダルカスの家の時と同じく、息を切らせて狩猟小屋へと飛び込んだ。

突然の訪問者に、何だ何だと獲物の解体などを行っていた狩人たちの視線がジャンへと集まる。

 

「ガルドさん! 居ますか!?」

 

大鷲が襲撃を仕掛ける前に見張り台に行かなければならない、その焦りから悲痛な色さえ感じさせる声を上げるジャンに、上背のある狩人たちの中でも一際大きな影が応えた。

 

「・・・・・・俺ならここにいる。一体どうした、ジャン」

 

それはまるで巌のような男だった。

背丈は周りの狩人たちよりも一回りは大きく、胸は厚い。村の狩人衆は皆たくましい男たちだが、ガルドはそれと比べてもたくましい。このたくましいとはなにも肉体の強靭さだけを言うものではない。その精神を含めたありようがしっかりと確立されているということだ。

まさに村一番の狩人との称号がふさわしいガルドの様に幾ばくかの安心をもらい、少しばかりの余裕を取り戻したジャンは伝えるべきことを率直に伝えた。

 

「弓矢を持って付いて来て下さい! 理由は道中でお話しします!」

 

 

 

 

ジャンがガルドに移動しながら事の経緯を説明していると、南の見張り台に着いた時、ちょうど見張り台からダルカスが降りてきているところだった。

 

「狩猟頭! ガルドさんを連れてきました!」

 

見張り台からゆっくりと降りてきたダルカスはジャンの前まで歩いてくると、無言でその拳をジャンの頭に振り下ろした。

 

「ぎゃんっ!!」

 

思わぬ一撃に奇声を上げ、頭を抑えて蹲るジャンに、ダルカスは大声を出して叱責した。

 

「こんなタチの悪いイタズラをする奴があるか!! 大鷲など何処にもおらんではないか!」

 

「イタタ・・・・・・、そ、そんなぁ。確かに自分が見たときはいたんですよぉ」

 

「まだ言うか!! ・・・・・・もし仮に大鷲がいたとしたら、そこまで近づいたのに村に何もせずにいなくなる訳がないだろうが!」

 

これはダルカスの方が正論である。これまで何度となく村を襲撃されてきた経験から言って、姿が確認できるほど近くまで接近してきた敵が村に何もせずに去っていくというのはありえないことだ。たとえそれが未知の大鷲だったとしても、様子見だけして帰るなどという知恵を野獣が持っているはずがないし、少なくとも村に襲撃をかけてきた今までの敵にはそのような素振りを見せたものはいなかった。

 

「・・・・・・そんなぁ」

 

強い危機感を抱いて行動してきた全てをイタズラと断じられた上に拳骨までもらい、ジャンは大鷲が去っていったという一抹の安堵と報われなかった失望感でいっぱいであった。

涙目になりながらガルドに助けを請う視線を向けたが、ガルドは「信じてやりたいが、狩猟頭には逆らえん」と言葉を濁し、かくしてジャンは虚偽の大鷲騒動を起こしたイタズラ者にされてしまった。

 

「とにかく!! ジャン、お前は罰として明日も見張り当番だ。いいな!」

 

 

 

 

とまあ、このような顛末でジャンは昨日と同じ見張り台で不貞腐れながら空を眺めていた。

大鷲騒動をイタズラ扱いされたのは腹に据えかねるものがあるが、接近に気付かなかったせいで報告が遅れたのが原因であるのもまた事実。それにこの上更に同じように敵を見逃せば自分の信用が失墜するのは目に見えている。

そんな訳で、時折愚痴をぼやきながら昨日よりは真面目に見張りをしていたジャンはある時、遠くの空に小さな点が浮かんでいるのを発見した。

初めは目にゴミでも入ったのかと何度か目をこすってみたが、空の小さな点は位置や大きさも変わっていない。いや、大きさは時間と共に徐々に徐々に大きくなっている。何かがこちらに向かってきているのだ。

すわ昨日の大鷲か、名誉挽回のチャンスがやってきた!と歓び勇んで望遠鏡でその小さな点を覗いてみると、

 

「は・・・・・・、え・・・・・・? ・・・・・・ド、ドラゴン?」

 

望遠鏡のレンズの向こうに見えたのは、幼き日の御伽噺に聞いた伝説の魔獣であった。

蜥蜴にも似た頭からは3本の角が生えており、前脚は皮膜の翼になっている。蜥蜴と違って後脚は強靭そうであり、長い尻尾も合わせて遠くの姿ではあるが全体的に強い威圧感を発していた。

ジャンは勿論本物のドラゴンを見たことなど無い。しかし絵本の挿絵などで大まかな姿は知っている。そんな貧相な知識でも分かることがある、あれは絶対にドラゴンだ。

その姿は今では望遠鏡でやっと分かる程度だが、こちらの方、つまり村のある方角へと真っ直ぐ突き進んでいおり、その輪郭は少しずつ大きくなりつつある。

 

「た、大変だ。大鷲どころの話じゃない、皆に知らせないと!」

 

 

 

 

ジャンがもう一発拳骨をもらいながらダルカスを説得し、直に望遠鏡でドラゴンの姿を確認してもらうと、狩猟頭から村全体に非常事態が伝えられ、女子供は一番丈夫な建物である長老の家に集められた。

今、事態の中心である南の見張り台の上には数人の男たちが集まっていた。

 

「ま、間違いない・・・・・・あれはドラゴンじゃろう」

 

村の長老、サイモンの震える声が男たちの間に響く。

六十年生きれば長生きとされる村の中で七十の齢を重ねる彼は村の誰よりも経験を積んだ村の生き字引だ。しかし、そんな彼をしても過去にドラゴンを直接見たことなどない。だが、彼の経験はあの魔獣が自分が相手をしてきた野獣や魔獣などより高位の魔獣であることを示していた。

 

「ど、どうします、長老! アレがあのまま村に来れば大変な事になります!」

 

悲痛な声を上げたのは村の農業・畜産を統括する農業頭、ホーエンだ。普段は冷静沈着に状況を判断する彼だが、今は焦りのあまりその姿は見る影もない。

まぁ、文字通り生きるか死ぬかの瀬戸際に普段どおりのままでいられる人間の方が少ないのは確かだが。

 

「少しは落ち着かんか! のう、ダルカス。狩人衆全員でかかればあのドラゴンにどれくらいの傷が与えられる?」

 

問いを投げられた狩猟頭、ダルカスは沈痛な表情で答えた。

 

「分かりません・・・・・・。下に集めた狩人衆はガルドを初めとして精鋭揃い、外すことはまずないでしょうが、あのドラゴンの鱗にどこまで矢が通用するか・・・・・・。最悪、矢が刺さらないという事もあり得るでしょうな」

 

いつもは豪放磊落なダルカスの気落ちした声に周囲の空気が暗くなってきたその時、1人の男が声を上げた。

 

「長老、私にもそのドラゴンの姿、確認させて下さい」

 

その声に満座の男たちの視線が1人の男に集中する。若い、周りの男たちと比べればかなり若い男だ。年の頃は四十手前といったところだろう。

彼の名はグァジ、ピエットの村と街との交易を一手に引き受ける村唯一の商人である。普段は村で取れた薬草や香草、獲物からなめした革などを街まで売りに行き、得た金銭で生活用品などを買って村へ戻る、という生活をしているので、時節によっては村にいない期間も多い。実際、グァジがピエットの村に帰ってきたのはつい一昨日のことだ。

彼はその役割柄、村の外で知見を広める機会が多く他の村人とは比べ物にならない広い見識を持ち、そのため村にいる間は相談役としても村人達に信頼されている。

 

「お、おお、グァジ殿」

 

「グァジ殿なら何か分かるかもしれねぇな」

 

長老から望遠鏡を受け取り覗きこむと、ドラゴンの姿はかなり大きくなっており、村までの距離が狭まっているのを感じさせる。

確かに寝物語に聞いてきたようなドラゴンの姿。しかし、そのわずかな特徴の差にグァジの知識は気付いていた。

 

「前脚がなく、翼になっているあの姿・・・・・・、あれは純粋なドラゴン―――竜種ではなく亜竜種の飛竜でしょう。竜種に比べれば数段格の劣る魔獣です」

 

竜種と亜竜種、それは形は近いが似て非なるものである。竜種は純粋な身体能力に秀でている上に魔法を使うことできる場合もあり、時には強力な吐息(ブレス)を使うこともある。それに比べて亜竜種は身体能力では竜種に比べて劣り――勿論、純粋な竜種と比べればの話だが――、知性も低く本能に忠実な場合がほとんどである。

 

「鱗も竜種に比べれば柔らかいでしょう。狩人衆全員でかかれば何とか倒せると思います」

 

「おお! 本当ですかな!」

 

「そんじゃあ、早速ガルドたちに指示を出して・・・・・・」

 

「待って下さい」

 

希望の抱ける情報に浮き足立ったホーエンとダルカスを止めたのはまたしてもグァジであった。

望遠鏡を覗き続けるグァジ。彼の目はドラゴンが近づいてきたことで今まで見えていなかったもう1つの事に気付いていた。

 

「あれは・・・・・・人? ドラゴンの背中に人が乗っています!」

 

ドラゴンが村に近づいてきたことで見えたもの、それはまるでドラゴンに馬のように跨った人影である。遠目にも見事な物であることが分かる金色の鎧を着込んだその姿は、グァジをして一瞬現実のものかと疑わせる程幻想的なものだった。

しかしその意識は2人の発言ですぐさま現実に引き戻されることとなる。

 

「ドラゴンをその人が従えている・・・・・・? ならばそいつを倒せば!」

 

「すぐにガルドに指示しよう。あいつなら外さねぇはずだ」

 

2人の軽率な発言にグァジは思わず舌打ちをする。こいつらはなんでも排除すればいいと思っている。ドラゴンを従えるものがドラゴンより弱いとも限らないのに。

 

「なんでそうなるんですか!? 乗り手を倒したら残ったドラゴンが暴れ回るかもしれないでしょう!」

 

「グァジの言うとおりじゃ。それに話が通じるだろう相手がいる以上、敵対するのは愚策。ホーエン、ダルカス、お前たちは少しは考えてものを言わんか! それでグァジ、お主はどう思う?」

 

「・・・・・・北の帝国では飛竜を卵から育てて騎兵の騎獣とする竜騎士がいると伝え聞いております。あの乗り手がそうなら、一応は連合王国の領土であるこの村でみだりに乱暴は働かないと思うのですが・・・・・・」

 

「ふむ、それでは礼儀を以って接すればいいということかの?」

 

「そうですね、そうすれば最初からこちらに対して害意がない限り敵対されることはないと思います」

 

「・・・・・・ふむ! よし、分かった! ならばワシが直接対応する。ホーエン、ダルカス、お前達はワシについて来い。グァジ、お主はガルドと共にワシの家に行き女子供達を守れ。ワシらに万一ののことがあればお主が皆を率いて逃げよ」

 

もはやドラゴンの姿は肉眼で確認できるほど近づいている。生きるか死ぬかの瀬戸際、決戦の場に赴く長老の目には相応の覚悟が滲んでいた。

 

 

 

 

見張り台から降りると集まっていた狩人衆たちは空に見えるドラゴンを見て騒然としていた。無理もない、いくら狩猟頭から「ドラゴンが来たから準備をして集まれ」と言われたとしても、実際にドラゴンを自分の目で見るのと聞くのでは大違いだ。たとえ長老の自分であっても、見張り台の上でその姿を先に確認していなければ、きっと同じように動揺を抑えることはできなかっただろう。

 

「降りてくるぞぉー!!」

 

狩人衆の誰かが叫ぶと、ドラゴンが木々の合間を縫って地上へとゆっくりと降りてきていた。大きい、見張り台で見たときにも感じたことだが、実際に間近で見ると改めてその大きさに唸らざるをえない。小さな小屋ほどもある生物というのはきっとドラゴンでなくても相当な威圧感を放つのだろうな、とどうでもいい思考が内心に浮かぶ。

地面に降り立ち翼をたたんだドラゴンの背から降りてきたのは若い男だった。その身を包む黄金色の鎧や盾、槍の豪華さに反して顔は精悍には程遠い柔和な顔立ちで、歳は二十にもなっていないだろう。

またこの突然の訪問者の謎が一つ増えたことに内心で溜め息を吐きながら、ホーエンとダルカスを引き連れて前に出て、一番の疑問である言葉を投げかけた。

 

「竜騎士殿、このピエットの村に何用で参られたのですかな?」




※出して欲しいカード募集中

出して欲しいカードや組み合わせ(コンボ)などありましたら、活動報告にお願いします。


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治療

 翌朝の目覚めは最悪だった。

 昨日この身を横たえた木製の寝台は村の中でも一般的なものだったのだろうが、いかんせん堅かった。マットレスが欲しい、というのは強欲な願いかもしれないが、鎧を脱いで寝たのに着たままかの様な寝心地というのは些か問題があるだろう。

 おかげで昨夜はなかなか寝付けなかった上に今朝起きたら身体の節々がギシギシと軋んでいるような気がする。今思えば、洞窟生活の時のウィンター・ウルフの毛皮ベッドがどれだけ有り難かったのか身に沁みて分かった。

 軋む身体を抱えながら木製の寝台から這い出し、狭い室内でストレッチを行う。気休めではあるが、やらないよりはマシ程度の意味はあるだろう。一通りの柔軟を終わらせると、昨夜に寝る前に脱いだ黄金の甲冑を嫌になるほど時間をかけながら身に着けていく。カードから出した時のように苦労無く装備できればよかったのだが、どうやらカードから出した後の装備品は破棄を宣言しない限りこの世に残り続けるようで、脱ぐときは黄金の紋章を外すことで全部の装備を外すことができたのだが、着るのは出っ放しの装備を自ら身に着けなくてはならないらしい。最悪、今出している鎧を破棄して新しい鎧をカードから装備するという選択もあったのだが、いくら珍しくないカードといっても補充の目処が立っていない今は徒にカードを消費する選択肢は選べなかった。

 なんとか鎧の装備を終わらせた頃、ドアをノックする音が部屋に響いた。ずいぶん早いな、と思いつつドアを開ける前に数度自分の姿を見ておかしい所がないか確認し、自分なりに身形を整えてからドアを開ける。

 そこにいたのは、昨日この家に案内してくれた老人であった。

 

「おはようございます、召喚術師殿」

 

「おはようございます、えっと・・・・・・」

 

 そういえば昨日は名前も聞かずに別れたのだと思い出し、応えに逡巡していると、老人は朗らかに笑って言った。

 

「ははは、昨日は旅でお疲れだろうと急いでおって名乗ってもおりませんでしたな。改めまして、このピエットの村の長老をしております、サイモンと申します」

 

「おはようございます、長老殿。それで何の御用でしょうか」

 

「いやなに、召喚術師殿に紹介しておかなくてはならない者たちが居りましてな。・・・・・・ガルド、アリッサ、召喚術師殿にご挨拶なさい」

 

 長老の言葉に、後ろに控えていた2人の男女が前に出てきてた。1人は十六、七の女性、もう1人は三十半ばほどの男性で2m以上はあろうかという巨漢だ。

 

「・・・・・・私は召喚術師殿の護衛をさせてもらう狩人のガルドという」

 

「わ、私はガルドの娘で、召喚術師様の身の回りの世話をさせていただく世話役のアリッサといいます」

 

 ぺこり、とアリッサがお辞儀をして挨拶を終えると、長老は笑顔で言葉を続けた。

 

「この者たちは夜以外は召喚術師殿のお傍に控えさせておきます。何か御用がありましたら気兼ねなくお申し付けくだされ」

 

 

 

 

 長老が帰った後、ガルドさんは家の外で待機し、アリッサは俺の分の朝食をを持って来てくれることになった。また一人になった部屋の中で俺は朝食を待ちながら長老が2人を紹介した理由を考えていた。

 世話役をつけてくれたのは純粋に助かる。食事を貰いに行くためとはいえ、よそ者が村の中を我が物顔で歩いては村人達も気分が悪いだろうし、この世界について聞きたいことも山ほどあったので、身の回りの近くに人を用意してくれたのは望外の幸いと言う他ない。

 問題は護衛の狩人のガルドさんだ。俺はまだ護衛をして貰うほどの事をした覚えはないし、昨日少しばかり見ただけだがこの村はそれなりに統制が利いていて、護衛が必要なほど治安が悪いようにも見えなかった。その上、ガルドさんにこっそり鑑定をかけた結果がこれである。

 

 

 =============================

 属性:土・火  レベル:2  攻/防:2/1  進軍タイプ:歩行

 ピエット村の狩人 ガルド 【人間】

 タイプ:弓

 ✔射撃[普通/対抗]

 ユニット1体が対象。対象が「進軍タイプ:飛行/長距離飛行」

 の場合、【2】ダメージを与える。

 ✔狙撃[普通]

 ユニット1体が対象。対象に【3】ダメージを与える。

 ============================= 

 

 

 狩人衆のような集団でではなく個人でのこの力、明らかに村の狩人衆とも一線を画する能力。こんな村の中きっての強者を安全な村に突如やってきたよそ者の傍につける理由、それは監視対象が外側でなく内側にある、すなわち俺を監視するためと思って間違いないだろう。

 勿論、村の中で率先して騒ぎを起こそうなどという気は毛頭無いが、わざわざお目付け役をつけられたのだ、これまで以上に慎重に行動することにしよう。

 

「召喚術師様、朝食を持って参りました」

 

「ああ、ありがとう。受け取るよ」

 

 色々考えていると、アリッサが朝食を運んできてくれた。野菜が少し浮いているスープと黒っぽいパン。簡素な食事だが、世話をしてもらっている立場上これ以上を望むのは酷だろう。まず黒っぽいパンに噛り付いてみたが、日持ちがするように焼き固めてあるのかなかなか歯が立たない。思った以上に固い黒パンを手でちぎっては塩味しかしないスープに漬け、柔らかくしながらなんとか腹の中に詰め込んでいく。味を楽しむ要素の無い作業のような食事に若干の辛さを感じていると、食べ終える頃に1人の来客が部屋に入ってきた。

 

「失礼します、召喚術師殿。お時間を少しよろしいですか?」

 

 入ってきたのはガルドさんと同じく、昨日は姿を見なかった顔だ。他の村人と比べて少し上等な服を着ており、柔和な笑顔を浮かべているがどこか油断のならない、抜け目無さを感じさせる男だった。

 

「いいですよ、何の御用ですか?」

 

「私はこの村で商人をしているグァジといいます。召喚術師殿は必要な物の補給にこの村へ立ち寄られたのだとか。私に用意できる物ならばいいのですが、物によっては準備に時間がかかりますので、内容について聞いておきたいと思いまして」

 

 なるほど、確かにそれは必要だ。こちらはいきなり森の中へ着の身着のままで放り出された都合上、旅に必要な物はないない尽くしときている。少しは遠慮したほうがいいんじゃないか、という気持ちもない訳ではないが、対価はこれから病気を治すことで払うのだから少しばかり欲張ってもいいだろう、と自分に言い訳をする。

 

「そうですね・・・・・・、まず服の上下と替えの下着を2着ずつ、それに手拭いを3枚と干し肉などの保存食を五日分、あとはそれらを入れられる大き目のカバンをお願いします」

 

 グァジさんは懐から取り出した紙の切れ端にさらさらと要望した品を書き込んでいく。

 

「服、下着、手拭い、保存食、カバン、と・・・・・・。手拭いやカバン、保存食などは今すぐにでもご用意できますが、服や下着は村の背格好が近い者の予備以外ですと、新しく縫わなくてはなりませんので時間が掛かってしまいますが・・・・・・」

 

「いえ、新しい物でなくとも予備の物で結構ですよ」

 

「そう言っていただけると助かります。ところで、村の外にいたドラゴンがいなくなっているようですが一体何処に?」

 

 どうやら時間が来てワイバーンはカードに戻ってしまったらしい。どうせ後で治療のためのユニットを召喚するのだから召喚術については隠し立てすることではないが、召喚に時間制限があることはわざわざ伝えなくてもいいだろう。

 

「ワイバーンはいつまでもいても村の人が怯えるでしょうから還しておきました」

 

「あのドラゴンはワイバーンというのですか。それにしても還す、ですか? ではあのドラゴンはもう村の近くにはいない、という事でいいのでしょうか」

 

「ええ、そう考えて構いませんよ。詳しいことは長老殿に話しておきます」

 

 グァジさんは少し納得がいっていないような様子だったが、「・・・・・・わかりました」とつぶやくと、一礼して部屋から出て行った。

 彼と入れ替わりに、食べ終えた食器を片付けに行ってから外に控えていたらしいアリッサが部屋に入ってきたので、これからの行動に重要な事を彼女に聞いた。

 

「アリッサさん、わたしもそろそろ病人や怪我人の治療に向かいたいと思うのですが、どちらに行けばよいか案内してもらえますか?」

 

「は、はい。それについては長老から言付かっております。病人や怪我人には長老の家に集まってもらっているので、準備ができましたらご案内いたします」

 

 既に病人や怪我人を一ヶ所に集めているのか。てっきり各々の家を回って治療することになるのかと思っていたが、確かにその方が一軒一軒回っていくより効率的だ。それに俺はまだ信頼されていない。村の中をぐるぐる歩き回らせることはできないという判断もあるのだろう。監視役もつけられてるしめっちゃ警戒されてるなぁ、とは思うが、まぁ、信用はこれからの行動で勝ちとっていく他ない。俺は昨日選んでおいたカードを懐に入れると、長老の家に案内して貰うべくアリッサに声をかけた。

 

 

 

 

 アリッサの案内で長老の家まで来たが、村の代表が住む家だけに俺の寝泊りした小屋よりかなり大きい。ここまで来る途中で見た家は全て平屋建てだったが、この家だけは二階建てであり、村の建物の中でも抜きん出て大きく見えた。

 アリッサに先導されて建物の中に入ると、すぐに長老が俺たちを迎えてくれた。

 

「おお、これはこれは召喚術師殿。皆ももう集まっております。どうぞこちらへ」

 

 長老の案内で建物の中を奥へと進み、他の扉よりも少し立派な両開きの扉がついた部屋の前までやってきた。

 

「ここですじゃ」

 

 長老の招きで扉をくぐると中は広間になっており、広間の真ん中には集まるように十数人の老若男女が座っていた。こちらをみつめてざわつく彼らに長老が声をかける。

 

「こちらが治療をしてくださる召喚術師殿だ。ではお願いできますかな?」

 

「わかりました。しかし私一人ではこの人数は荷が重い。治療を手伝う者たちを呼び出そうと思います、よろしいですか?」

 

「呼び出す・・・・・・ですか? グァジからドラゴンを"還した"とは聞きましたが・・・・・・、その呼び出したり還したりするのが召喚術、ということですかな?」

 

「はい、・・・・・・ああ、勿論昨日のドラゴンのような危険なものを呼び出すつもりはありません。バステト――獣人の一種を呼び出すつもりです」

 

 安全と治療という見返り、二つを天秤にかけて悩んだのだろう。長老は難しい顔をしてしばらく考え込んでいたが、最後には頷き答えを返した。

 

「その呼び出した者たちとで治療をしていただけるというなら否やはありません。しかし、獣人は概して粗暴と聞き及んでおります。どうか危険な事にならぬようお願いしますぞ」

 

 どこか縋るような響きを感じさせるその言葉に、分かっています、と応え、懐から2枚の同じ絵柄のカードを取り出して宣言した。

 

「普通召喚! 《バステト看護婦団》!」

 

 呼び声に応え、カードから放たれた光が二つの六芒星の魔法陣を床に描き、そこから六つの影がゆっくりと浮かび上がってきた。6人とも一様に緑のワンピースに白いエプロンを身につけ、肩口に切りそろえられた金髪には白いナースキャップが乗せられている。しかしその場違いに揃えられた服装よりも印象的なのはその顔である。その顔は明らかに人間ではなく、黄土色に近い肌と頬を走る黒い縞や斑点も含めて山猫のようなネコ科に近い顔付きをしており、ナースキャップの前にはちょこんと獣の耳が突き出していた。

 彼女たちは《バステト看護婦団》。聖属性のスペル枠を二つ持つ優秀な呪文詠唱者(スペルユーザー)であり、設定的にも怪我人を診ることができる数少ないユニットだ。

 

「「マスター、どうすればよろしいですか?」」

 

 それぞれの3人を代表して青い石の嵌まったペンダントを下げた2人が俺の指示を仰いでくる。・・・・・・、俺はどちらかというと犬派だが、こうして上目遣いで指示を待っている彼女たちを見ると、こう、なんかぐっとくるものがあるな。って、そんなことを考えてる場合じゃなかった。全く関係のない所で生じた雑念を振り払い、彼女たちに悟られぬよう苦心しながら指示を出した。

 

「ここに集まっている彼らの病状と怪我を診てやってくれ。スペルが必要な場合は後でまとめてやるから後回しに。他にも気付いたことがあったら報告してくれ」

 

「「はいっ!」」

 

 指示を受けたバステトたちはてきぱきと薬箱や包帯の準備を終えると、集まっている怪我人たちの手当てを始めた。初めは手当てされる者たちも獣人である彼女たちを警戒していたが、手際の良い看護や手当て、その丁寧な態度と優しげな雰囲気に徐々に警戒を解いていった。

 彼らが大人しく手当てを受けてくれたおかげで小さな擦り傷、切り傷、火傷や打撲などの軽傷の者たちや軽い風邪を引いている者たちの手当ては程なくして終わり、残るは軽い手当てだけでは治せない重傷の者が4人となった。

 俺が持っている戦闘スペルには病気を回復させるものはあるが怪我を直接回復するものはない。似たようなスペルに死亡効果を防ぐ《リジェネレーション》などがあるが、これはユニットが死んだときに効果を発揮するもので、重傷ながら命に別状のない怪我人を回復させるのには使えない。アイテムで何とかしようか・・・・・・、と考えていたところにバステトたちから思わぬ言葉をかけられた。

 

「マスター、怪我人への《キュア・ウーンズ》の使用を許可願えますか?」

 

 《キュア・ウーンズ》。たしかそれはダメージ自体を減少させるスペルであり、設定的にも怪我の回復に使えそうなスペルだ。しかしあれはモンスター・コレクション2以前のカードで俺は持っていないから使えないはずだが、それを許可?

 

「許可とはどういうことだ? お前たちは戦闘スペルのカード無しにスペルが使えるのか?」

 

「はい、私たちマスターに召喚されたユニットは一部を除いてカードがなくとも自由にスペルが使えますし、1時間ほどで再使用できます。勿論マスターの許可があれば、ですが」

 

 なんと!召喚したユニットたちは俺よりも自由にスペルを運用できるのか! それなら、これからは戦闘スペルを使用したいときはできるだけユニットに使用してもらうようにした方がいいな。自分でスペルを使用するには戦闘スペルのカードが必要だし、使用したスペル枠を回復するのには6時間も掛かってしまうのだ。それを考えれば、多少魔力は掛かってしまってもユニットを召喚したほうがいいだろう。しかし、これだと俺は完全にユニットの下位互換じゃないか。やっぱり召喚術師は召喚術師らしく、自分ではなく召喚獣で戦えということなのだろうか。

 

「分かった、残った人たちをスペルで治してやってくれ」

 

「分かりました!」

 

 俺が許可を出すとバステトたちはすぐに重傷者の治療を始めた。骨折してしまい患部が腫れ上がっている人や脇腹を深く切ってしまったらしく傷跡が膿んでしまっている人もキュア・ウーンズの詠唱と共にバステトたちの掌に集まった光をそっと怪我へと流し込むと、たちまちのうちに腫れは引き、骨はつながり、傷は癒えた。驚いたのは欠損してしまった部位もお構い無しに治ってしまった事である。木から落ちて脚を折ってしまっていた禿頭の男性は、昔、村を襲った猛禽との戦いで負傷して隻眼だったのだが、脚を治すためにかけたキュア・ウーンズで目玉までも再生してしまった。数年ぶりの両目での視界に泣きながら礼を言ってきたのには少し戸惑ったが、そんな奇跡のような治り方をするのも無理はない。そもそもキュア・ウーンズはダメージを1D(ダイス)――サイコロ一回分の数値――減少させるスペルだが、普通の村人ならそのほとんどの防御力は最低値の1。つまりスペルでほぼ確実に過剰な数値分回復するのだから、古傷もなにもかも含めて癒してしまったのだろう。

 キュア・ウーンズの思わぬ力に治してもらった者たちが歓喜の声をあげる中、先ほどまで脇に下がっていた長老が真剣な顔をして近づいてきた。

 

「召喚術師殿、その素晴らしき癒しの技、見せていただきました。ついてはもう1人、診ていただきたい病人が居るのですが・・・・・・」

 

「ええ、いいですよ。バステトたちはここに任せて行きますので、私が直接診ましょう」

 

 バステトたちは4人の怪我人を診るのにスペル枠を使い切ってしまった。スペルが再び使用できる一時間後を待つという手もあるが、病気なら治せるスペルがある。1人であれば俺だけでも対応できるし、ここは俺が直接行くとしよう。

 

「ありがとうございます。では、こちらに・・・・・・」

 

 

 

 

 長老が案内したのは二階に上がったところにある小さな一室だった。部屋の中には窓際にベッドがある以外に家具らしきものは置かれておらず、閑散としている。この部屋の主らしき14、5歳の少年はベッドの上に横になり、時折病の影を感じさせる咳をもらしていた。

 

「ワシの孫のハンスといいますが、『平民殺し』に罹ってしまっております」

 

「『平民殺し』?」

 

「おや、召喚術師殿はお知りになりませんか。『平民殺し』は肺の臓腑の病でしてな、咳が止まらなくなって徐々に衰弱していくのです。特別効く薬というのがありませんでな、街の神殿に莫大な寄進をして癒しの奇蹟をかけてもらうか十分な栄養をとって安静にしていられればよいのですが、それができないワシらのような平民は―――」

 

 ―――死に至る、か。『平民殺し』などと物騒な呼ばれ方をするのは伊達ではないらしい。まずはスペルの効果があるか確かめるためにベッドで眠るハンス君に鑑定をかけた。

 

 

 =============================

 属性:土・水  レベル:1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

 ピエット村の少年 ハンス 【人間】

 タイプ:疫病

 ============================= 

 

 

 思っていたとおり、ステータスにタイプ:疫病がついていた。これなら使う予定だったスペルで問題なく回復するだろう。心配そうな目をしている長老に安心させようと軽く微笑みかけ、俺は懐からカードを取り出した。

 

「戦闘スペル《キュア・ディジーズ》!」

 

 宣言と共にカードは光の束となり、スペルの対象となったハンス君の身体に吸い込まれていった。

 このスペルはモンスター・コレクションの世界設定、六門世界における三大疫病、眠り病(ソムナ)・石化病(ペトロ)・狂獣病(フォビア)をも治すことができる。たとえ『平民殺し』といえど、タイプ:疫病であれば癒せたはず。結果を確認するためもう一度鑑定を行った。

 

 

 =============================

 属性:土・水  レベル:1  攻/防:1/2(30分間)  進軍タイプ:歩行

 ピエット村の少年 ハンス 【人間】

 ============================= 

 

 

 うん、問題なく治っているな。副作用の攻撃力と防御力の上昇も+1と控えめな数値だ。この上昇値はゲームにおいては1D分であったから1~6のランダムの上昇で、それが今回はたまたま1だったということだ。まあ、たとえ30分間という限られた時間だとしてもあまり高すぎると細かい動作に支障をきたしそうだし、今回は運が良かったのだろう。

 傍らで固唾を呑んで見守っていた長老に無事病気は治ったことを伝えると、泣きながら礼を言ってきた。なんでもハンス君は流行り病で亡くなった息子夫婦の忘れ形見で、『平民殺し』に罹ったと分かったときはもう助からないものと覚悟を決めていたらしい。

 泣きながら感謝の言葉を漏らす長老を落ち着かせながら一階の広間に戻ると、そこには先ほどの人数の数倍に達する人が集まっており、バステトたちはその対応に追われていた。集まっている人たちから話を聞くと、キュア・ウーンズで傷を治してもらった禿頭の男性が話を村中に広めてしまったのだという。隻眼だった男性の見開かれた両目はこれ以上ない説得力となり、既に諦めていた古傷を治したいという者だけではなく、話に尾ひれがついて、かけてもらうだけで健康になる、長生きできるなどという話に集まってきた者たち、果てはその様を見たいだけの野次馬まで集まってこの人数になってしまったらしい。

 混沌とした場を長老に頼んで抑えてもらい、1時間に4人ずつという条件でバステトたちに村人を診てもらう事にした。魔法を使う関係上、この間隔が限界だと説明すると、村人達は渋々だが待つことを了承してくれた。

 長老と相談してバステトたちには夜まで長老の家で村人たちを診てもらう事にし、俺は一足先に小屋へと戻ることにした。

 

 長老の家から出ると、太陽は既に中天にさしかかろうとしていた。

 

 

 =================================

 属性:聖・魔  レベル:2  攻/防:2/3  進軍タイプ:歩行

 新米召喚術師  【人間】 スペル:*(使用済み) アイテム:1(使用中)

 魔力:2/8

 =================================

 

 




=============================
属性:聖  レベル:③  攻/防:2/2  進軍タイプ:歩行
バステト看護婦団 【バステト】
スペル:聖聖
耐性:石化/猛毒
消費魔力:3
============================= 
※石化と猛毒に耐性を持つ、獣人【バステト】のナースさん
 聖2つのスペル枠は攻撃に防御に使い易い


●耐性
「耐性:X」と表記される。Xはダメージ属性。
耐性を持つユニットは指定された属性のダメージでは死亡しない。


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学習

長老の屋敷から出ると、外で待機していたガルドさんが狩人らしき若者数人と話をしていた。

 

「――――という訳ですから、ガルドさんも気を付けて下さい」

 

「ああ。・・・・・・おっと、召喚術師殿も来たようだ。また後でな」

 

屋敷から出て来た俺の姿を見つけたガルドさんが話を打ち切り、若者の一団に別れを告げてこちらにやってきた。

 

「召喚術師殿、もう家に戻られるのか?」

 

「はい。護衛をよろしくお願いします」

 

名目上は俺の護衛であるガルドさんを横に連れて、しばらく村の中を歩いていく。彼は俺よりも二回りは大柄で、立っているだけで威圧感を感じるような巨躯だ。その上、無口なのかそれとも無駄な事は喋らない性分なのか、ずっと黙ったままで俺についてきているので、なんというか、非常に気まずい。

おそらく、この気まずい空気は俺が一方的に感じているものだろうが、感じる微妙な居心地の悪さを何とかするため、世間話でもしてみることにした。

 

「先程は、狩人の方たちと何を話されていたのですか?」

 

俺は出来るだけ無難な話題を選んだつもりだったのだが、彼はわずかに顔をしかめ、厳しい表情で答えた。

 

「森が・・・・・・荒れているようなのだ」

 

「森が、荒れる?」

 

森が荒れる、つまりは森が荒廃してきているということか? 何らかの原因で森の樹木に虫害や病害が蔓延して木が枯れてしまったりしているのだろうか、などと考え込んでいた俺を見て彼は苦笑し、事態を説明してくれた。

 

「森での暮らしを知らぬ召喚術師殿には少し分かり難いかもしれんな。森が荒れているというのは、森の中の獣や魔物たちの縄張りが荒れているという事なのだ」

 

彼は歩みを止め、地面に幾つかの円を隣り合うように書いて見せた。

 

「基本的に森の獣たちの縄張りは隣り合っても重なり合ってはいない。強い者は広い縄張りを、弱い者はその隙間を縫うように暮らしている。」

 

そして今度は一つの円を消し、周りの円をその分大きくした。

 

「縄張りの主が喰われた場合は捕食者が縄張りを乗っ取り、寿命や病気の場合は死ぬ前に縄張りが奪われていくから、死んでも縄張りが混乱することはまず無い。しかし―――」

 

言うと、彼は円の一つに×を描いた。

 

「狩られたり事故などで大きな縄張りの主が突発的に死ぬと、空いた縄張りを巡って、縄張りを広げるものや逆に縄張りから追い出されるものがでて、辺り中の縄張りが滅茶苦茶になるのだ」

 

「ということは・・・・・・村の誰かが縄張りの主を仕留めたのですか?」

 

「いや、村では森が荒れないよう、けっして大きな縄張りの主は狙わない。おそらく崖崩れのような事故が起きたのだと思う。縄張りの荒れようによっては村までやってくる魔物もいるかもしれん・・・・・・」

 

気まずい空気を何とかしようと話をしてみたのに、話のせいで雰囲気は更に重苦しくなってしまった。それから後はガルドさんに話しかけるタイミングがどうしても見つからず、家に着くまでの間、妙な居心地の悪さと戦い続けることになった。

家に着き夜になるまでは家の前で待機しているというガルドさんと別れ、昨日から宛がわれている仮初めの我が家に入ると、今までの心労を吐き出すように大きく息を吐いた。ガルドさんにはそんなつもりはないのだろうが、彼からは気迫というか静かな威圧感のようなものを感じる。その上、こちらが気付いたことは隠しているが、俺は彼が自分に付けられたお目付け役だと知っているのだ。そんな彼と一緒に行動するのは痛くない腹を探られているようで想像以上に気を張ってしまう。まだまだ日は高い時間帯だが、一応俺ができる仕事は済ませたし、現在進行形でバステトたちが傷病人の治療をしてくれているんだ。精神的な疲れと魔力、それに使用したスペル枠の回復のために今から寝てしまっても構わないだろう。辟易とした鎧の着脱を思い、寝苦しいのを覚悟で鎧を着たまま寝台にごろんと横になるとバステトたちが治療を終える夜まで惰眠を貪ることにした。

 

 

 

 

―――コンコンッ

 

鎧を着ながら寝たせいか寝苦しくて眠りは浅く、その控え目なノックの音でも睡眠を中断させるには十分だった。

のっそりと寝台から上体を起こして大あくびを一つ。そして両手を伸ばして軽く伸びをしながらステータスを確認してみたが、魔力とスペル枠のどちらも回復していない。

寝てから6時間経つ前に夜になってバステトたちが帰ってきたのだろうか?

いや、違う。この窓のない小さな小屋では直接外の様子をうかがい知る事はできないが、壁の隙間から陽の光が薄暗い室内に射し込んでいる事からまだ夜になっていないことくらいは分かる。

せっかく眠って魔力を回復しようと思っていたのに・・・・・・。魔力に限りがあることを隠す関係上、眠るのを邪魔しないようになどとは言っていないのだから途中で起こしたことを責めるのは少々酷だが、どうしても軽い苛立ちは感じてしまうのは仕方ないだろう。

いかんいかん、頭を軽く振って怒りを思考から追い出す。俺はまだ警戒される立場なのだ。村人たちにとって理由なく不機嫌になっているように見える横柄に感じられる態度は慎まねば。

深呼吸をし、心の棘が言葉に出ないよう苦慮しながら声をかける。

 

「はい、どうぞ入って下さい」

 

「・・・・・・失礼します」

 

扉を開けて入ってきたのは世話役をしてくれているアリッサ・・・・・・そしてどこか見覚えのある顔をした1人の青年だった。

アリッサの後ろに隠れるようについて部屋に入ってきた彼は茶色に近いくすんだ金髪といい、鳶色をした目といい、言っては悪いがこの村で会う人には珍しくもない特徴らしい特徴に乏しい極々普通の青年だ。しかし、俺は一体どこで彼を見たのだろうか? 別に今まで会った村人の顔を全て完璧に覚えているわけではないが、昨日村に到着した時にいた狩人たちの一団の中にはいなかったように思う。かといって今日会った人の中にいた記憶もないし・・・・・・謎だ。

 

「すみませんが、そちらの方は?」

 

「はい、この子は私の幼馴染のジャンです。今日はお願いがあって来ました。ほら、ジャン!」

 

アリッサに背中を押され、一歩前に出てきた青年は緊張してどもりながらもしゃべり始めた。

 

「う、うん。ぼ、僕は村で見張り役などをしているジャンといいます、です。お願いというのは、その、あの・・・・・・」

 

なかなか核心について言えずにいる彼の言葉を待つ中、俺の心の内では先程までの疑問が氷解していた。

見張り役! そうか、あの時か! ハリケーン・イーグルの視界越しに見た、見張り台で望遠鏡でこちらを見ていた青年。あれが今目の前にいる彼なのだ。どおりで此方に来てから会った人の中にいないはずだ。そもそも彼とは俺は直接会ってなどおらず、一方的に知っていただけだったのだ。既視感の理由が分かり、喉の奥に刺さった小骨が取れたような清々しさを感じていると、彼の話が本題に入った。

 

「ど、ドラゴン、ドラゴンを間近で見せてもらえませんか!」

 

「ドラゴンを、ですか?」

 

「はい! 昨日、召喚術師様が乗ってきたドラゴンを近くで見られたのは狩人衆と村長たちだけで、僕もどうしても近くで見てみたくて! その、お願いします!」

 

紅潮した顔で勢いよく頭を下げるジャン。よほどドラゴンを見てみたいのだろう、頭を下げた姿勢でもその必死さが伝わってくるようだった。しかし・・・・・・

 

「すみません、長老から昨日乗ってきたドラゴンのような大型の魔獣は召喚しないよう釘を刺されているのです」

 

それにワイバーンを喚ぶには魔力も足りないし。

 

「そ、そうですか・・・・・・」

 

「でも」

 

「?」

 

「脅威の少ない、小型のドラゴンなら喚んでも大丈夫でしょう。それでもいいですか?」

 

「!? えっ、あっ、その、も、もちろんです! ありがとうございます!」

 

「では、準備をするので少々お待ちを」

 

さすがにこんな状況は想定していなかったのであらかじめ選んで懐に入れてあるカードの中には小型のドラゴンなどいない。カード収納BOXを漁って探すのは風属性ユニットのアイツだ。本当ならモンコレ界でも有名なドラゴンである《ファイア・ドラゴン》の幼生、ウサギと変わらない大きさの《ドラゴン・パピー》の方がドラゴンらしくていいのだろうが、あれは強さのわりに極稀のカードだから召喚できない。少々ドラゴンらしくないかもしれないがそこは我慢してもらおう。

程無くして1枚のカードを取り出し、本日最後の魔力を使って召喚を行う。

 

「普通召喚、《フェアリー・ドラゴン》」

 

宣言と共に宙に展開されるのは今まで見た中でも最も小さい魔法陣。そこから飛び出してきたのは、体長50cmほどの細長いシルエットをした生き物だった。

トカゲを思わせる薄青色の胴体に細長く伸びた首と尻尾。顔はワニのように扁平に伸びており、頭には小さいながらもしっかりと存在を主張する一対の角が生えている。そこまでは小型ではあるが有名なドラゴンの特徴と似通っているが、背中に生えているのは皮膜の翼ではなく極彩色の蝶の翅だ。

 

「キュー!キュー!」

 

甲高い声で鳴きながら長い首を俺の顔にこすり付けてじゃれついてくるフェアリー・ドラゴンをひらひらと掌を振って追い払い、あんぐりと口をあけて呆けている2人に声をかける。

 

「これが最も小型のドラゴンの一種。妖精竜、《フェアリー・ドラゴン》です。ご期待に添えましたか?」

 

言葉を投げかけられてようやく我に返ったのか、2人そろってぶんぶんと勢い良く頭を縦に振る。

 

「こ。これがドラゴン・・・・・・、こんなに近くで見られるなんて・・・・・・」

 

「ドラゴンっておっきくてこわいイメージでしたけど、こんなにちっちゃくてかわいいドラゴンもいるんですね」

 

「キュキュッ!? キュキュキューッ!」

 

アリッサの言葉がフェアリー・ドラゴンのプライドを傷つけたのか、彼女の前まで飛んでいくと猛烈に威嚇とも抗議ともとれる鳴き声をあげる。

 

「あらあら、ごめんなさい。小さくたってドラゴンだもの、かわいいなんて言われたくないわよね。あぁ、そうだ!」

 

アリッサはポンと手を叩いて服のポケットを探ると、その中から小さな赤黒い木の実を取り出してフェアリー・ドラゴンに差し出した。

 

「良く熟れたランドの実よ。これで許してくれないかしら」

 

差し出された木の実を前に、フェアリー・ドラゴンはしばらくパタパタと周りを飛びながら鼻を近づけて臭いを嗅いだりしていたが、毒ではないと分かったのだろう、大きく口を開けてパクリと一口で木の実を食べてしまった。

 

「キュキュ? キューキュー♪」

 

よほど美味しかったのか、その長い尾を左右に振って喜びを表現するフェアリー・ドラゴン。上機嫌な様子で皆の頭上を飛び回り、降りてきたかと思うとアリッサの肩に留まって彼女にじゃれつき始めた。こう言っては何だが・・・・・・チョロい。

 

「ふふっ、くすぐったい。召喚術師様、この子、とても人懐っこいんですね」

 

微笑む彼女に、初めて召喚したとは言えない俺は曖昧な笑顔で返した。ドラゴンってそんなに人に懐く種族だったっけ・・・・・・? いやいや、そんな筈はない。人懐っこいファイア・ドラゴンとか想像できないし。フェアリー・ドラゴンは例外だ例外、うん。

さて、彼らの願いを聞いたのだ。今度はこちらのお願いを彼らに聞いてもらおう。

 

「・・・・・・実は私からもお願いがあるのですが」

 

こちらが真剣な顔をしていることに2人も気付き、先程までの和気藹々とした空気がわずかに強張る。

 

「な、なんでしょうか?」

 

「私たちにできる事なら何でもおっしゃって下さい」

 

こちらが何を言うか測りかねているのだろう、どちらとも知れずゴクリと唾を飲む音が聞こえた。

 

「別に難しいことではありません。この世界について、基本的な事から教えて欲しいのです」

 

「え・・・・・・」

 

「な、なぜそんなことを?」

 

俺の言葉に2人は拍子抜けした、というより困惑の色が強い。それもそうだろう、何せ誰でも知っている一般常識について教えて欲しいと言われたのだから。しかし、俺には絶対必要な事だ。これからしばらくこの村にいるにしても、別のもっと大きな街へ行くにしても話の齟齬を起こさないために基本知識は必要だ。教えてもらうためにも、こちらの事情を明かすことにしよう。

 

「私はこの森の南の方から来ましたが、それ以前は全く別の所に居たのです。突然ここへやってきたのでここが世界のどの辺りなのかも分かりませんし、どんなことが常識なのかも知りません。それをご教授願いたいというわけです」

 

良くて半信半疑、悪ければ全く信じてもらえないことも覚悟していたが、2人の反応は想像とは異なるものだった。

 

「え・・・・・・、ねぇアリッサ、それって・・・・・・」

 

「ええ、ジャン。そうかもしれないわね・・・・・・」

 

2人とも何か心当たりがあるのか、困惑というよりも驚きの表情を浮かべている。小さな声で二言三言言葉を交し合うと、アリッサが意を決したように言葉を紡いだ。

 

「召喚術師様は、もしかしたら『風の旅人』なのかもしれません」

 

『風の旅人』? 確かに今の俺は村から貸し与えられた仮宿暮らしで、特に決まった居場所を持たない根無し草の風来坊のようなものだが、この話の流れからしてそういう意味ではないらしい。未知の単語に困惑し、俺はアリッサに説明を促した。

 

「『風の旅人』はこの世界ではない何処かから風に乗って極稀にやってくる者たちのことです。彼らは異質な知識や技術を持ち、風と旅人の神メケトからそれぞれ特殊な能力を祝福として与えられている・・・・・・と言われています」

 

・・・・・・『風の旅人』、か。話だけなら眉唾物だが、当の本人になって見ると悔しいが全てのことに納得がいく。俺に与えれらた祝福とやらが「モンコレのカードを現実に召喚する能力」で、こっちに来てすぐや魔力が上昇したときに頭の中に聞こえた声が風と旅人の神とやらなのだろう。

しかし、『風の旅人』が一般に良く知られている存在ならば、確認しておかなければならないことがある。それは――――――

 

「話の限り、私は風の旅人なのでしょう。その上で、聞きたいことが一つ」

 

「なんでしょうか?」

 

「・・・・・・故郷に、故郷に帰れた風の旅人はいるのでしょうか?」

 

この世界から元の世界に帰ることができるのか。それが一番に聞きたいことだった。

俺の質問にアリッサはビクン、と身を震わし、哀しげに目を伏せて言った。

 

「統一王国の王、帝国の初代皇帝、伝説の傭兵・・・・・・、名を遺して亡くなった風の旅人は数多いますが、故郷に帰ったという話は遺っていません」

 

「そう・・・・・・ですか・・・・・・」

 

ある意味では予想できた言葉。元の世界で「異世界から帰って来た」などという話はフィクションの中や狂人の戯言以外にありえなかったのだから。

元の世界にはもう帰れない。そのショックにクラリときそうになるのを堪え、必死に頭を働かせる。「今まで」のことではなく「これから」のことを考える、それはある意味では帰れない現実からの逃避だったが、生きるための本能的な選択でもあった。もう元の世界に帰れないという事は、逆を言えばこれからこの世界で生き抜く必要があるという事。ならばなおの事この世界の知識が必要になるのだから、彼らから可能な限り常識を身につけ、できるなら旅人を名乗って遜色のないぐらいの知識を持っておきたい。

 

「だいじょうぶ、ですか?」

 

心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる彼女に、気力を振り絞って精一杯の笑顔で返す。その笑顔をどうとったのか、彼女は目を閉じ一つ頷くと、空気を変えようとしたのか一転して明るい声で言った。

 

「生活するのに必要な知識ならまずはお金についてですね! それなら私よりジャンの方が詳しいです。よろしくね、ジャン」

 

「うぇ!? ぼ、僕かい? ・・・・・・うーん、分かったよ」

 

アリッサの提案を承諾したジャンはコホン、と咳払いすると居住まいを正して語り始めた。

 

「ええと、一般に流通しているお金は4種類。銅貨、銀貨、金貨、それに白金貨です。もっとも、白金貨なんてそうとう大きな取引でもない限り目にすることなんてないんですけどね」

 

「ちなみに、この国で造られてる連合銅貨はこんなのです」

 

アリッサが見せてくれた数枚の硬貨は、誰か偉い人の横顔が表面に刻印されていて、少し歪な形で大きさも不揃いだった。

 

「それぞれの価値は銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚です。通貨には各国で造幣されている国造通貨と各地の迷宮都市にある迷宮から産出される迷宮通貨があって、交換比率自体は一緒ですが大きさや精度、純度などが一律の迷宮通貨のほうが信用度は上になってます。・・・・・・こんなところかな?」

 

「国についても説明した方がいいんじゃない?」

 

「そっか、そうだね。じゃあ次は国について話しますがそれでいいですか?」

 

国について。この辺りの国家についての説明だろうか? 興味深くはあるし断る理由もないので頷いて了承を示す。

 

「分かりました。ええと、まずこの世界にはここ北大陸と南大陸の二つの大陸があるらしいんですが、南大陸の国については僕も知らないので北大陸の国についてだけ説明しますね。

 

北大陸は500年ほど前に大陸のほぼ全てを支配してた統一王国が崩壊して、今では5つの国が存在します。このピエットの村が属しているのは大陸の中央よりやや東にある連合王国です。連合王国は13の都市国家が大盟約の下に連合した国家で、代々の王は各都市の代表が集まる連盟会議で選出されてます。

 

連合王国の西、大陸の中央にあるのは聖王国で、他の国と違って国民のほぼ全てが光の神を信仰してます。それは光の神の神殿の総本山がある国で、聖王が国王と神殿の大神官を兼任しているから・・・・・・らしいです。

 

連合王国より東にある公国は統一王国の流れを汲む国で、5つの国の中で一番領土は小さいけど、最も歴史が古く格式が高い国でもあります。でもそのせいで、国の中での身分格差や貧富の差が激しいんだとか。

 

南にある評議国は商人たちの合議で政策が決められる国で、港が多く唯一南大陸との交流のある国でもあります。砂糖や香辛料など南大陸の産品で評議国を通らない品はないと言われてます。

 

北にあるのは一番領土が大きくて、一番新しい国の帝国です。風の旅人だった初代皇帝が北へ移民した開拓民や先住の狩猟民族、土着の亜人とかを統一してできた国で、徹底的な実力主義を採用していて亜人などの多種族が出世できる国として知られてます。

 

あとは国ではないけど、聖王国より西には一国にも匹敵する広大な湿原が広がっていて、そこには独特の文化を持つ蛙や蜥蜴に似た亜人たちが住んでます。彼らは貨幣などは使用せず、物々交換で生活しているそうです」

 

・・・・・・予想外に広範な知識を得ることができた。てっきり村の近くの都市や属する国がせいぜいだと思っていたが、これは嬉しい誤算だ。しかし、頭の中に浮かんだ疑問が一つある。

 

「ジャンさんは随分お詳しいんですね。これもどんな村でも知られている一般常識なんでしょうか?」

 

こんな森の中の村なのに自分の村がある大陸の国全てについてある程度知っている。これが普通なのだとするなら、この世界の知識の水準は思った以上に高いのだろうか。そんな疑問に対して彼は面映そうに頬を掻きながら答えた。

 

「へへっ、実はお金のことも国についても叔父さんからの受け売りなんです」

 

「叔父さん?」

 

ジャンの叔父って誰だ、それに何者だ? 新たに湧いた疑問にアリッサがすぐに答えてくれる。

 

「召喚術師様はもうお会いになっていますよね。ジャンの叔父さんはグァジさんなんです」

 

グァジ。その名前を聞いて、頭の中に今朝会ったばかりの抜け目のなさそうな雰囲気を持った男の顔が頭に浮かんだ。

 

「グァジさんは元は大陸中を巡る行商人だったんですけど、ジャンの叔母さんと結婚して村専属の商人になってくれたんです」

 

「叔父さんは僕にもたまに面白い道具を買ってきてくれるし、狩猟頭や農業頭も叔父さんのおかげで毛皮や薬草の買取値が上がって随分楽になったって言ってたよ」

 

2人が説明するのを聞きながら、俺は独り納得していた。商人である以上、彼は間違いなく村の外と関わりを持っているのだから、外の事について詳しいのは想像できていた。そんな彼からジャンは外の知識を得ていたのだ。どおりで辺鄙な村に住んでいる割に詳しいはずだ。

俺も当初は彼に旅に必要な知識について聞くことも考えてはいた。しかし、商人である彼に利益を引き出されずに話を聞く方法が思いつかなかったのだ。俺はこの世界の人と比べてカードから得られる外付けの武力以外、知識においても劣っている。彼が生き馬の目を抜くようながめつい商人なら尻の毛までむしられてしまうだろう。そんな警戒が彼に話を聞くのを躊躇わせていたのだが、その知識を間接的とはいえ得られるのは望外の大戦果だ。まぁ、彼もこの2人にここまで慕われているみたいだし、そこまで警戒する必要もなかったのかもしれないが。

 

「何か他に聞きたい事ってありますか?」

 

ジャンの言葉にしばし頭をひねる。簡単な地理、そして通貨。これらは旅をするための知識だ。ならば他に必要なのは旅の中で生き残るための知識、直接的な危険についてだろう。

 

「この世界で一般的に旅の危険といえば何ですか?」

 

「旅の危険、かぁ・・・・・・。そうですね、猛獣やならず者は勿論だけど、やっぱり旅の一番の危険は魔物や魔獣、それに“はぐれ”かな」

 

また分からない単語が出てきた。魔物や魔獣はなんとなく想像が出来ないでもないが、この世界ではその想像があってるかもわからないし、“はぐれ”に至っては想像もつかない。完全にお手上げな俺は黙ってジャンが言葉を続けるのを待った。

 

「魔物は魔力を帯びて、魔法や特殊な能力を使えるようになった生き物のことです。・・・・・・といっても、知能は普通の獣と変わりませんから魔法を自在に操ったりはしないんですけどね。せいぜい自分の身体の強化や簡単な魔法を一種類使えるくらいらしいです。でも、これが自在に扱う程の知性を身に着けると魔獣と呼ばれます」

 

「魔物と魔獣を見分ける方法はあるんですか?」

 

「魔獣は頭が良くて自分から人を襲ったりはあまりしませんから、問答無用で襲いかかってくるのはまず間違いなく魔物です。あと普通の獣と魔物の違いは体の中に魔石を持ってるかどうかで分かります」

 

「魔石?」

 

「魔物の体の中にできる魔力の結晶のことです。本当は魔力を持つ生き物なら人間以外、どんな生き物の体の中ででもできるらしいですが、人間ではできない理由は・・・・・・忘れちゃいました。魔石は主に魔道具の動力源として使われますが、そのまま飲み込めば潜在的な魔力を上昇させる効果もあるって聞きました」

 

魔物かぁ、危険だから遭いたくないのが正直なところだが、魔力を上昇させる魔石とやらが手に入るなら遭う価値はありそうだ。って、あ、そうか。初めて魔力が上昇したとき飲み込んだ骨かと思ったもの、アレは魔石だったのか。ということはあの大イノシシは魔物だったことになる。改めて思うが、コボルド・ライダーズはよくアレに勝てたもんだ。

俺の思考がまた脇にそれていると、ジャンは説明を続けた。

 

「最後に“はぐれ”についてですけど、これは野生化した亜人のことです。幼い頃に口減らしで捨てられたり事故で孤児になったりして野山に置き去りにされると、人間なら普通死んでしまうんですが、一部の亜人は生まれたときから人間より強いので獣のままに成長するんです」

 

「それが“はぐれ”ですか・・・・・・。対処法は?」

 

「倒すしかありません。言葉は通じませんし、本能のままに動くのに獣より知恵も回る、厄介ですよ。街でも被害を出した“はぐれ”に対する討伐隊が組まれることもあるくらいです」

 

魔獣に魔物、それに“はぐれ”か。まともな知性があるのは魔獣だけだが、それでも話が通じる相手とは思えない。更には野生の獣に盗賊などのならず者も旅の脅威には含まれるのだから、護衛を召喚せずに野宿をするのは控えるのが賢明だろう。

・・・・・・しかし、ジャンのおかげで旅の知識の重要なところは押さえられたな。野営の仕方などは今までどおり召喚したユニットに丸投げしてしまえばいいし、あとは街や生活についての細かいところを詰めていくだけだ。

 

「細かい知識まで知っておきたいので、もうしばらくお付き合い願えますか?」

 

「「はい」」

 

 

 

 

細かい知識について話し始めてから結構な時間が経った。自分の伝え聞いた記憶を総動員して教えてくれるジャンと時折分かりやすい補足をしてくれるアリッサのおかげで、今まで『村の居候の旅人もどき』だった俺も『旅人見習い』ぐらいにはなれたと思う。

あまりに時間が掛かったためか、アリッサの肩に留まっていたフェアリー・ドラゴンなどは初めは退屈そうに欠伸をしながら話を聞いていたが、今では丸くなって寝息を立てていて、彼女に背中を優しく撫でられている。小屋の壁の隙間からこぼれる日差しも朱を帯び始めていて、陽が沈み始めていることを伝えていた。

 

「こんなところですか。長い時間付き合わせてしまって申し訳ない」

 

「いえいえ! いいんですよ、初めに無茶なお願いを言ったのは僕のほうですし」

 

「ジャンの言うとおりです。私も世話役として当然の事をしただけですから」

 

明るい笑顔と共に返してくれた彼らに心の中で感謝しつつ、もう家に帰らなければいけない時間だという彼らを見送るために3人一緒に小屋から出る。小屋の前に立っていたガルドさんはアリッサの肩でまだ眠っているフェアリー・ドラゴンを見て一瞬ギョッとしていたが、すぐにいつもの落ち着きを取り戻して黙ってこちらを見守ってくれている。

ジャンは別れの言葉を言うとすぐに家路を帰って行ったが、アリッサはどうしたのか何か言いたそうにモジモジしながら少し俯いてこちらを向いている。

 

「どうしたんですか?」

 

「あっ、あの・・・・・・、この子を、今日は連れて帰っちゃダメですか?」

 

彼女の視線の先にいるのはいまだに眠りこけているフェアリー・ドラゴン。どうやら木の実をあげて懐かれてから相当に気に入ったらしい。どうせカードに戻るのは一日後だ、今日は大分助けてもらったしこれぐらいのお願いは聞いても問題ないだろう。

 

「いいですよ。また明日、来るときに連れて来て下さい」

 

「わぁ! ありがとうございます!」

 

喜びのあまりにあげた大声で叩き起こされて目を白黒させたフェアリー・ドラゴンを連れて、アリッサも上機嫌で家に帰っていった。時刻はもう夕方、空は赤く夕焼けの色に染まっていて、そろそろバステトたちも帰ってくる時間のはずだ。

 

「それでは私も家に帰らせてもらう」

 

夜が近づきガルドさんも護衛を終えて帰ることになった。

 

「はい、今日一日ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」

 

ガルドさんにも労いの言葉と別れの挨拶をして、二人が別れようとしたその時、和やかな雰囲気は一つの叫び声で一瞬にして消え去った。

 

 

『“はぐれ”だあああああぁぁぁ! “はぐれ”のオーガが襲ってきたぞおおおおおおおおおぉぉぉ!!』

 

 

==================================

属性:聖・魔  レベル:2  攻/防:2/3  進軍タイプ:歩行

新米召喚術師  【人間】  スペル:*(使用済)  アイテム:1(使用中)

魔力:0/8

==================================




=============================
属性:風  レベル:①  攻/防:1/1  進軍タイプ:飛行
フェアリー・ドラゴン  【ドラゴン】
✔鱗粉の息[イニシアチブ/対抗]
この効果は「イニシアチブ決定タイミング」にしか使用できない。
ユニット一体が対象。
対象に「イニシアチブ:-1」を与える。
消費魔力:2
=============================
※最も小型のドラゴンの一体。同時攻撃回避から【吹雪】ダメージの起点まで幅広く活躍するサポートユニット。


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強襲!はぐれオーガ

投稿が遅れてすいません。

次は早く・・・・・・できるかな?(汗)


『“はぐれ”だあああああぁぁぁ! “はぐれ”のオーガが襲ってきたぞおおおおおおおおおぉぉぉ!!』

 

 

 和やかに別れようとした二人の元に突如響いた危機を告げる叫び声。突然の出来事に動揺し、思考が千路に乱れてしまった俺とは対照的に、隣にいた歴戦の狩人は冷静で迅速だった。

 

「召喚術師殿、私は他の狩人と共に現場へ行く。召喚術師殿は昨日のドラゴンを喚び出してくれないか?」

 

 戦力の強化のために即座に大型の魔物を喚び出さない約束を破る許可を出す判断の速さと決断力。俺としてもその要請に応えたいのは山々なのだが・・・・・・

 

「・・・・・・すみません。実は今日はもう、ドラゴンはおろか他の魔物の一匹も喚び出せないんです」

 

 アリッサとジャンと話をしたときに喚び出したフェアリー・ドラゴンで俺の魔力は空っ欠、ウィンター・ウルフの一匹も喚べやしない。スペル:*も長老の家で治療のために使ってしまったし、今の俺に使えるものは文字通り身一つしか残されていないのだ。

 この答えは想定外だったのか、初めガルドさんは目を瞠っていたが、俺の悔しげな表情に真実を感じ取ったのか、すぐに元の表情に戻り若干の口惜しさを感じさせる声で言った。

 

「そうか・・・・・・、分かった。今は時間が惜しい、召喚術師殿はここで待っていてくれ」

 

 そう言うが早いか、ガルドさんは護衛のために装備したままだった弓矢と山刀を手早く確認すると、先程から警告の叫び声が続く方角へと向かって走り去っていった。

 

 

 

 

 待っていてくれ、とは言われたものの、この緊急時にただここで突っ立っている訳にも行かないだろう。もう新たにユニットを召喚することは出来ないが、既に召喚しているユニット―――バステトたちなら戦力になるのではないだろうか。まだ別行動をとっているバステトたちに感覚共有を使って連絡を試みてみよう。全員に感覚共有をする訳にもいかないので、代表をしていたペンダントを下げたバステトを頭に思い浮かべ意識を集中していく。

 

『バステト看護婦団!聞こえるか!』

 

『えっ、あっはい、聞こえています、マスター』

 

『そっちでも警告の叫びは聞こえただろう。今からオーガを迎え討ちに行くことは出来るか?』

 

『それが・・・・・・、こちらもちょっと面倒な事になっていまして・・・・・・』

 

『何? どういうことだ?』

 

『オーガ襲来の報を受けて村人たちが長老の家に避難してきているのですが、今私たちは手分けして避難する人たちを誘導しているんです』

 

 頼みの綱のバステトたちも動けない・・・・・・か。

 

『分かった、それが終わってからでいい。現場に向かってくれ』

 

『了解しました。お気を付けて、マスター』

 

 集中をやめると感覚共有が解け、バステト看護婦団の声は遠ざかっていった。しかし、本当にどうするべきか。魔力は底をつき、召喚術も戦闘スペルも使えない。戦力になりそうな頼みの綱の召喚したユニットも今は手が離せない状況にある。絵に描いたような八方ふさがりだ。

 

「いっそフル装備でなら・・・・・・、いや、でも・・・・・・」

 

 今着ている《黄金の鎧》に合わせて、小屋の中に放りっぱなしにしている《黄金の盾》、《黄金の槍》を装備すれば相当な敵でもなければ対処できる攻撃力と防御力が得られる。しかし、それはあくまでステータスで見ればの話だ。たとえ槍と鎧の能力で攻撃面が多少なりとも強化されているとしても、所詮は武術の心得すらもかじったことのない素人のへっぴり腰の槍捌きでは敵に傷を負わせることすらおぼつかない。

 それになにより・・・・・・、心が追いついていない。はぐれオーガ撃退のために加勢しに行く、それを考えただけで今までにないほどの感情が沸き上がってくる。

 ―――それは恐怖、それも死が間近にあることへの恐怖だ。現代日本では襲われることのない感情に冷や汗は止まらず鎧の下で膝がガクガクと震えている。また、現場に向かったガルドさんが何とかしてくれるのではないか、という希望的な観測も恐怖に負けて次の行動に移れない理由の一つでもあった。

 だが、どんなに悩んでいようと残酷に状況は流れていく。

 メキメキと太い木が圧し折れる大きな音が村中に響き渡る。音がしてきた方角―――ガルドさんが向かっていった方角を向くと、村の外縁にあるやぐらが徐々に傾き倒れていくのが見えた。倒れていくやぐらはその質量をもって、倒れていく先にある民家を数軒巻き込みながら派手な音を立てて完全に倒壊した。

 数瞬後、辺りに響くこれまで聞こえていた警告の大声とは明らかに違う絹を裂くような悲鳴。俺はその声に驚きを隠せなかった。先程までとうって変わった声が響いた事にではない。その声に聞き覚えがあったからだ。

 

「まさか、・・・・・・アリッサ!?」

 

 日が傾くまで、この世界について丁寧に教えてくれた彼女。今日初めて会ったばかりだが、あの声は間違いなく彼女のものだと確信する。

 心の中の天秤で恐怖と助けに行かねばという義侠心、いや、多少なりとも縁を持った顔見知りを見捨てられない甘さがせめぎ合った結果、天秤はなけなしの勇気を奮う方へと傾いた。

 たとえ相手にならなくても、時間稼ぎくらいにはなるはずだ。早鐘を打つような心臓の鼓動に涙目になりながら乱暴に小屋の扉を開き槍と盾を引っ掴むと、震える両足を叱咤して悲鳴の聞こえた所へ走り出した。

 

 

 

 

 近づくにつれ聞こえてくる轟音を頼りにやぐらとそれに巻き込まれた二軒の家屋の残骸を迂回して現場に到着したとき、場はまさに惨憺たる有様だった。

 あちらこちらに狩人らしき格好をした者たちが呻き声を上げながら倒れており、中には手足がありえない方向に折れ曲がっている者もいる。そんな者たちの中心で対峙する二つの姿があった。

 片方は腰に差していた山刀を抜き相手を睨みつけている狩人、ガルド。矢筒は背負っているが戦闘の中で弾き飛ばされたのか弓の残骸が離れたところに転がっており、倒壊した家の残骸近くでへたり込んで震えているアリッサを庇う様に立ち塞がっている。幾許かの時間をたった一人で相手をしていたのだろう、疲れにより大きく肩で息をしている。

 対峙している相手は・・・・・・これが『はぐれオーガ』なのだろう。手には丸太のような棍棒、その身には動物の毛皮らしき腰蓑以外は一切身に着けておらず、肌は赤銅色をしている。これだけ見ればただの蛮族だが、異常な所が二つある。一つはその額から生えた二本の角。それを見て俺はモンコレのオーガとこの世界のオーガが完全に違っていることを感じた。モンコレのオーガは筋骨隆々、牙が鋭いなどの特徴があるが基本的には姿は人間とそう変わりない。まして角が生えているものなどいないし、たとえ種族の呼び方が同じでもモンコレの姿と同じとは限らないようだ。もう一つの異常な点、それは体躯だ。人間にあるまじき3mを超そうかという巨躯。対峙するガルドさんも2m近い巨漢だが、はぐれオーガを前にしては小柄にすら見えた。

 

「グウウウゥゥゥ・・・・・・!」

 

 近づいてきたこちらに気付いたのか、はぐれオーガはガルドさんを視界から外さぬようにしながらこちらを向き、牙をむき出し低い呻り声で威嚇してきた。その鋭い眼光に腰が引けそうになるのを必死で堪え、涙目で睨み返しながら鑑定を行う。

 

 ==============================

 属性:火  レベル:3  攻/防:3/3  進軍タイプ:歩行

 はぐれオーガ 【オーガ】

 ✔ぶんなぐる[普通]

 ユニット1体が対象。

 対象に【このユニットの攻撃力】ダメージを与える。  

 ==============================

 

 ・・・・・・よし! こちらの防御力が相手の攻撃力より優っている。特殊能力を持っていたのは予想外だったが、これならなんとかなるかもしれない。恐怖で半泣きになりながらガルドさんに向かって叫ぶ。

 

「私がこいつの相手をします! ガルドさんはアリッサを安全な所へ!」

 

「しかし・・・・・・! 大丈夫なのか!」

 

「いいから行ってください! 時間稼ぎくらいして見せます!」

 

「・・・・・・分かった。感謝する!」

 

 はぐれオーガの視線がこちらに向いている間にガルドさんはジリジリと後ろに下がっていく。俺はそれを見て、バッと身を翻してアリッサの下へ走り寄っていくのに合わせて、気を引くためにガルドさんとは反対側からはぐれオーガ目がけて槍を突き出す。素人の狙いも何もあったもんじゃない突きだ、はぐれオーガは何の気もなくひょいと避けてみせる。しかし、相手の気を引くという目的は果たせたようで、相手は完全にガルドさんに背を向けてこちらを向いた。

 

「ガアアアァァァァァァァァーッ!!」

 

 突然の闖入者に邪魔をされたはぐれオーガの怒りの叫び。その咆哮に鼓膜がビリビリと震え、身が竦む。こちらが萎縮したのを感じ取ったのか、はぐれオーガはすぐさまその手に持った棍棒を振り上げこちらに大きく振り下ろした。

 体が竦み本来ならば反応などできない攻撃だったが、盾を持った左腕が自分の意図なく勝手に動き、鈍い金属音と共に棍棒を受け止めてみせた。ただの純金製の盾なら大きく凹んだであろう衝撃だったが、《黄金の盾》はそれ自体に魔法でもかかっているのか、傷一つ付かない姿でそこにあった。

 攻撃を受け止められたのは予想外だったのか、はぐれオーガはさらに激高した様子で何度となく棍棒を振り下ろしてくる。その度に盾が金属音を立てて攻撃を防いでみせるが、攻撃は防げても衝撃までは防げない。あまりの衝撃に腕はジンジンと痺れていて、盾を放さないでいられるのはひとえに鎧での筋力の上昇によるものだ。

 こちらからも攻撃の合間に相手に向かって槍を突き出してみせるのだが、はぐれオーガは一歩横や後ろに跳んで苦もなく避けてしまう。ほぼ防戦一方の苦しい状況にまだか、という思いでガルドさんの方に目をやると、アリッサを背負って場を離れつつあった。

 もう少しだ、そう希望を抱いたのだが、この行動が悪かった。戦闘の最中に視線がそれたのに気付いたはぐれオーガがこちらの視線を追ってしまったのだ。視線を戻したときにははぐれオーガの顔は完全にあちらを向いてしまっていた。

 不味い! そう思いすぐさま槍を突き出したが、弾かれたようにガルドさんたちの方に走り出したはぐれオーガには肩にかすり傷しか負わせられなかった。

 

「ガアアアァァァ!!」

 

 咆哮をあげて二人を猛追するはぐれオーガ。俺も一拍遅れて追いかけに走り出したが、まだ二人がそんなに離れていないのもあってこのままでははぐれオーガに追いつく前に二人が追いつかれてしまう。何とか足止めをしないと、そう考えた俺の視界に背負われたアリッサの姿が映ったとき、妙案が浮かんだ。成功するかは運次第だが《黄金の槍》の効果で身軽になっている分成功率は上がっているはず、最後の希望を込めて今もアリッサの肩に留まっているアイツに大声で指示を出す。

 

「フェアリー・ドラゴン! 鱗粉の息だ!」

 

 俺の指示にビクンと身を震わせたフェアリー・ドラゴンはアリッサの肩からヒラリと飛び立ち、はぐれオーガに相対して口を大きく開けた。次の瞬間、

 

「キューーーーッ!!」

 

 フェアリー・ドラゴンの甲高い鳴き声と共に、その口から大量の銀色の煙の奔流がはぐれオーガに向かって迸る。これは流石に予想できなかったのか、はぐれオーガは呻きながら足を止め、全身に纏わり付く銀色の煙―――鱗粉を払おうと無軌道に腕を振り回す。

 これがフェアリー・ドラゴンの持つ特殊能力『鱗粉の息』。効果は戦闘に入る前に相手にイニシアチブ:-1を与える、つまりは少しだけ動きを鈍らせる程度のものだが、おかげではぐれオーガとこの場を脱する二人との間に割り込むことができた。

 鱗粉の靄が晴れていくと、そこにはこれまで以上に怒気を漲らせ、目を爛々と光らせたはぐれオーガの姿があった。

 

「グガアアアアァァァァァァーッ!!」

 

 怒りに満ちた鼓膜を破らんばかりの咆哮。無理もない、防ぐしか能がない雑魚に一度ならず二度までもあと少しという所で邪魔をされたのだ。その苛立ちはいかばかりか。この怒れる獣を相手にガルドさんが戻ってくるまで、あるいはバステトたちが応援に駆けつけるまで保たせなければならないのだ。

 頬に冷や汗が垂れるのを感じながら、槍と盾を持つ腕に再び力を込めて未だ来ぬ援軍を信じて目の前の敵と対峙した。

 

 

 

 

 ・・・・・・一体何度その一撃を凌いだだろうか。右手に握っていたはずの槍は先程棍棒で弾かれた際に手から離れてしまい、今は倒壊したやぐらの根本辺りに転がっている。それを拾いに行く隙を与えてくれるような甘い相手であるはずもなく、今は両手で盾を構え完全な防戦一方だ。その巨躯から繰り出される棍棒の一撃は強力で、盾のおかげで傷を負う事は防げているとはいえ、その衝撃は両手でもっても防ぎきれてはいない。

 何度となく打撃を防いできたことで、両腕の痺れは最早限界に近い所まできている。しかしこの盾が槍のように弾き飛ばされてしまえば俺の防御力は鎧の効果を含めても3、はぐれオーガの攻撃力と並んでしまう。この盾は傷を負う事を防ぐ物理的な壁であり、俺の命を守る命綱でもあるのだ。

 

(分が悪い・・・・・・。いくら装備で補ってるとはいえ、地力が違いすぎる・・・・・・!)

 

 痺れる両腕で必死に盾を掴み、棍棒の連撃を防ぎながら心の中で一人ごちる。モンコレの戦闘は短期決戦。持久力やダメージの蓄積などといった概念がなかったため、基本的には攻撃力と防御力の比べ合いであった。ステータスがモンコレ風に見えるので俺も無意識にそれを基準にして考えていたが、こうして戦ってみるとそれ以外の要素が圧倒的に多いことが分かる。恐怖による萎縮、武器の錬度、そして戦い続ける体力・・・・・・。ステータス上は優っていても実際の戦闘では俺がどんなに役に立たないかが今まさに現在進行形で思い知らされている。

 

(次からは絶対に前に出ないようにしよう・・・・・・いや、次があれば、か)

 

 悲愴な想いと共に諦観が心を捉えようとしたとき、ついに待ちに待った声がやってきた。

 

「すまない、待たせた!」

 

「「ご無事ですか、マスター!」」

 

 倒壊した家屋の陰から走り出てきたのはバステトたちを引き連れたガルドさん。頼もしいその姿に思わず涙がこぼれそうになる。そんな心の緩みを、はぐれオーガは見逃さなかった。

 俺の気がガルドさんたちに逸れた瞬間に放たれた、下から掬い上げるような棍棒の一撃。咄嗟に盾は一撃を防ぐ位置へと動いたが、痺れが限界に達した腕では、集中が途切れた状態ではその衝撃の中で盾を掴み続けることは叶わなかった。

 盾を手放してしまった上に、盾ごとかち上げられたために両手を上に上げた隙だらけの体勢になってしまう中、頭は変に冷静に、次撃を振りかぶるはぐれオーガの姿を目にしていた。極限の状況下、諦めと後悔に心が塗りつぶされ、ゆっくりにすら見える振るわれた棍棒が体に触れる直前、ドンッという衝撃と共に横に突き飛ばされて俺は尻餅をついた。

 

「――――えっ」

 

 言葉にならなかった。尻餅をついた瞬間俺が見たのは、俺を突き飛ばして代わりに殴られボールのように弾き飛ばされたガルドさんの姿だった。吹き飛ばされたガルドさんはそのまま倒壊したやぐらの残骸に叩きつけられ、派手な土煙を上げた。

 数瞬唖然としてその場から動けなかった俺に近づこうとしたはぐれオーガに走って割り込んできたのはバステトたちだった。

 

「ガアアァァァァッ!」

 

「フゥーーーーーッ!」

 

 威嚇するはぐれオーガに対して、いつものおだやかな雰囲気とは打って変わって大型の猫科猛獣のような形相で、目を見開き、全身の毛を逆立てて威嚇を返すバステトたち。一対一ならばはぐれオーガに軍配が上がるだろうが、バステトたちは6人がかりである。はぐれオーガも多勢に無勢を悟ったのだろう、威嚇の声も徐々になりをひそめ、後ろへ大きく跳躍して距離をとると一目散に森の中へと逃げ去っていった。

 

「「マスター、大丈夫ですか!」」

 

「俺のことはいいっ! それよりもガルドさんを!」

 

 俺の所へ走ってきたバステトたちを引き連れ、殴り飛ばされたガルドさんの下へ駆けつける。その場で目にしたものは、身を挺して俺を助けてくれた狩人の無惨な姿だった。

 俺を突き飛ばした後、咄嗟に両腕で棍棒から身を庇ったのだろう。その両腕は文字通り『砕けた』と呼ぶべきような状態で、腕のあちこちからは折れた骨が皮膚を突き破り飛び出していた。叩きつけられた時にぶつけたのか体の各所に青痣ができており、何よりやぐらの残骸の木材が後ろから腹部を刺し貫き、大量の血が足元に大きな血だまりを作っている。

 平和な現代ではまず見ることのなかった凄惨な様相に込みあがる吐き気を飲み下し、バステトたちと協力して治療の妨げになる腹部に刺さった木材からガルドさんの身体を引き抜く。

 

「―――ガフッ!」

 

 木材を腹部から引き抜くと、まるで堰き止めていたように大量の血液がみるみるうちに流れ出し、痛みに悶えるガルドさんは口からも血を吐き出した。時間はもう余りない、どんどんと青を越えて白くなっていく顔色を見て俺は急いで命令を下す。

 

「今すぐ《キュア・ウーンズ》・・・・・・いや、《リジェネレーション》を!」

 

「はい! マスター!」

 

 先程の戦闘を通して鑑定で見えるステータスを信じすぎてはいけないと感じ、万一のことを考えて治癒のスペルではなくより強力な再生のスペルをを使わせる。しかし、このスペルには手札のカードが一枚代償として必要だ。懐を探り、今日召喚に使わなかった最後の一枚を取り出す。《コボルド自警団》、俺のこの世界での始まりの地に残り、実体化の制限時間を超えてカードに戻ってきたものだ。正直に言えば思い入れがあるのでこんな使い方をしたくはないが、今は他に代償となるカードが手元に無い。惜しいと思う気持ちに人命の為には仕方ないのだと言い訳して使う決意を固めた。

 

「《リジェネレーション》!!」

 

 青いペンダントをしたバステトがスペルを唱え、横たわったガルドさんへ突き出した掌にポウッと淡い光が宿ると、同時に俺の手の中にあったカードは同じく光を放つと弾ける様に光の粒子となって消えてしまった。バステトの掌から放たれる暖かな光は徐々にガルドさんの全身を包んでいくと、身体なの中に染み込むように消えていった。

 それから数十秒、ガルドさんの身体には何の変化も現れず、再びゴボリと血を吐いて動かなくなってしまった時には、失敗したか、間に合わなかったのか、という思いが脳裏をよぎった。しかし、変化が起きたのはその後だった。血を吐き動かなくなったガルドさんの身体がぼんやりと光を放ち始めたかと思うと、まるで時間を逆回しにしているように傷がふさがっていく。体中に残る青痣は薄れて消え、腹部に開いた穴すら徐々に小さくなっていったかと思うと、後には傷を負ったときに破れた衣服以外に怪我をしていたことを示すものは傷一つなくなった。ぐしゃぐしゃになっていた両腕が蠢いて元の形に戻っていく様子は非常にグロテスクで、俺は再びこみ上げる吐き気を必死で堪えた。

 一分も経たないうちに怪我一つない姿になったガルドさん。眠るように横たわる彼に近づき、脈と呼吸があることを確認して俺はようやく一息つく。一時はどうなることかと思ったが、スペルは無事効果を発揮したようだ。緊張の糸が一気に緩んだ反動か、両脚から力が抜けてその場にへたり込みそうになるのをバステトの1人に支えてもらってなんとか耐える。

 はぐれオーガの再襲撃への警戒と辺りに倒れた狩人たちの手当てのために、2体いるバステト看護婦団の内の片方の3人をその場に残し、ガルドさんは2人のバステトたちに抱えられ、俺は怪我もしていないのに未だ十分に脚に力が入らないのでバステトに肩を貸してもらいながら避難した人が集まっているという長老の屋敷に向かった。

 

 

 

 

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 属性:聖・魔  レベル:2  攻/防:3/5  進軍タイプ:歩行

 新米召喚術師  【人間】  スペル:*(使用済)  アイテム:1(使用中)

 イニシアチブ:+1

 魔力:0/8

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槍は帰る前に回収しました。


●イニシアチブ
戦いにおける主導権。イニシアチブが大きいほど
先に攻撃することができ、ゲームにおいてはお互いの
1Dで決定する。
イニシアチブ結果に修正を加える常備能力に「イニシアチブ:+X」
と「イニシアチブ:-X」があり、+Xは動きが素早いことを、
-Xは動きが鈍いことを表す。


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リジェネレーション  戦闘スペル
属性:聖  使用条件:聖
[普通/対抗]
手札1枚を破棄することが代償。ユニット1体が対象。
対象ユニットの上に、このカードを置く。その後、対象ユニットが死亡した場合、
このカードを破棄して対象ユニットが死亡しなかったことにする。
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報告

話が・・・・・・進まない・・・・・・


待ってくれてた方、すみません。

もう少しお待ちを・・・・・・!


 長老の屋敷で避難してきた人々にはぐれオーガをなんとか追い返した旨を伝えた俺たちを迎えたのは、まるで部屋が爆発したかと思うような歓喜の渦だった。安堵の余り涙を浮かべる者、喜びのままに手近な人と抱き合う者、高らかに歓声を上げる者・・・・・・。先程まで部屋の中で身を寄せ合い、息を潜めて恐怖と不安に耐えていた者たちが、その朗報に歓喜と安堵を溢れんばかりに表現している。

 そして彼らは口々に俺へと感謝と賞賛の言葉を向けてくるのだが、それを受ける側としては少々複雑だ。確かに何が起きたのか知らない彼らからすれば、意識がなく抱えられているガルドさん、治療を行った穏やかな雰囲気のバステト、そして完全武装した俺を見て、俺がはぐれオーガを追い払ったと思うのも仕方ないのかもしれない。しかし実際には追い払ったのはバステトたちで、俺は彼女たちが着くまで時間稼ぎをしただけ。その上、最後に油断してガルドさんが身を挺して助けてくれなかったら今ここにいたかも怪しい身だ。喜びに沸く彼らに対して水を差すような真似はしたくないから黙って苦笑いを返しておくが、後で長老かガルドさんに頼んで誤解を解いてもらう必要がありそうだな。

 彼らの言葉に引きつりそうな笑顔で応対しながら部屋を辞し、未だ意識の戻らぬガルドさんを屋敷の別の部屋に横にならせ、バステトたちを残らせて部屋から出ようと扉を開けると、村の長老・サイモンさんが扉の前で待っていた。

 

「長老殿?」

 

「召喚術師殿、悪いのじゃが何があったのか早急に確認したい。すみませぬが付いてきて頂けますかな?」

 

 真剣な表情をした長老の言葉に俺は黙って頷くと、先導する彼の後ろについて歩き出した。

 

 

 

 

 俺が案内されたのは大きなテーブルとその周りに並べられた椅子しかない比較的小さな部屋だった。そこには既に3人の男が席についており、無言で俺と長老が席に座るのを待っていた。長老が腰を下ろすのを確認して俺も座りながら、既に座っていた男たちの顔を眺める。1人はこの村専属の商人であるグァジ。残りの2人も見たことがある顔だ。この村に着いたときに長老の両脇に立っていた2人、確か狩猟頭と農業頭・・・・・・だったはずだ。名前まではちょっと思い出せないな。

 

「召喚術師殿にはまだ紹介しておりませんでしたな。こちらは村で狩りについて取り仕切っている狩猟頭のダルカス、あちらは村の農業を取り纏めをしている農業頭のホーエンと申します」

 

 そんなことを考えていたら、ちょうどいいタイミングで長老が名前を教えてくれた。直接名前で呼ぶことはないかもしれないが、一応覚えておこう。

 

「村で大きな出来事が起きましたら、この4人で話し合いを持つことにしております。それでは、何があったか話していただけますかな?」

 

「はい、それでは―――――」

 

 それから俺は4人に俺が見たものを可能な限り詳しく語って伝えた。

 

 武装を整えて現場に着いた時には、既にガルドさん以外は倒されていたこと。

 ガルドさんはアリッサを庇って戦っていたこと。

 俺が2人が逃げる時間稼ぎをしたが、防戦一方だったこと。

 帰ってきたガルドさんが俺を庇い、代わりに重傷を負ったこと。

 バステトがはぐれオーガを追い払ったが、傷らしい傷は与えられなかったこと。

 重傷を負ったガルドさんをスペルで治療したこと。

 そしてバステトの半数は今もはぐれオーガを警戒しながら倒れた狩人たちの看護を続けていること・・・・・・。

 

 喜びに満ちていた避難した人々とは対照的に、話を続けるごとに4人の顔は苦虫を噛み潰したがごとく渋く、厳しい表情へと変わっていく。全てを語り終えた頃には、場は暗い沈黙が支配していた。

 重苦しい空気の中、まず口を開いたのは長老だった。

 

「・・・・・・まずはこの村を救っていただいた事、感謝いたしますぞ。いかにガルドといえど、弓無しでオーガに勝つことは難しかったはず。追い払う事ができたのは召喚術師殿と獣人の方々のおかげです」

 

「い、いえ、私はガルドさんに助けてもらってなんとか生き延びたようなもの。礼ならガルドさんとバステトたちにお願いします」

 

「そのガルドを治療した獣人の方々を喚び出したのは召喚術師殿ではございませんか。ですが、そのお言葉はガルドが目を覚ましましたら伝えておきます。・・・・・・しかし、少々厄介なことになりましたな」

 

 再び表情が蔭りを帯びていく長老。やはりはぐれオーガが倒せず、不確定要因になっているのが問題なのだろう。

 

「・・・・・・こうなっちまったからには仕方ねぇ。山狩りをしてでもはぐれの奴を倒しちまわねぇとな」

 

 吐き捨てる様に言ったのは狩猟頭のダルカス。おそらく同格の役職である農業頭のホーエンに比べてやや年嵩であり、ガルドさん程ではないにしても結構な大柄の男だ。

 不機嫌そうな彼の発言にホーエンが反対の声を上げる。

 

「待て、ダルカス。召喚術師殿の話では狩人衆の皆は怪我を負っているのだぞ。一体どうやって山狩りを行うつもりだ。」

 

「おいおいホーエン、獣人の嬢ちゃんたちに魔法で治してもらえばいいじゃねえか。あのスゲェ魔法なら夜明けまでには皆傷一つなくなってるだろうよ」

 

「おい、バカ! す、すみません召喚術師殿、ダルカスが勝手な事を言ってしまって」

 

「いえ、構いませんよ。元々バステトたちには狩人の皆さんを治療させ続けるつもりでしたし」

 

 これは俺の偽らざる気持ちだ。俺が使うのと違って、バステトたちが戦闘スペルを使うのにはカードを使う必要がない。自分の腹が痛まないのだから、ガルドさんが目覚めたら待機させていたバステトたちも合流させて治療させるつもりだった。

 俺の言葉を聞いて、ホーエンに窘められてバツの悪い顔をしていたダルカスがニヤリと笑う。

 

「よっし! じゃあ何の問題もねぇ、明日には山狩りをして奴をブッ倒しちまおうぜ!」

 

「だから待てと言っているだろう! 狩人衆は今日はぐれオーガと戦い、負けているのだ。入念な準備も無しに戦っては二の舞になるだけだ!」

 

「・・・・・・ホーエンよぅ、お前さんがそんな腰抜けだったとは思わなかったぜ」

 

「お前がそんなに考え無しだともな」

 

「何おぅ!」「何だと!」

 

「いい加減にせんか、この大馬鹿者共!」

 

 口論が白熱し、今にも席を蹴って立ち上がりそうだった2人を止めたのは長老の叱責だった。その鋭い声に言い争っていた2人はビクリとその身を震わせ、一触即発の空気は立ち消えていく。

 

「お主らをここに呼んでいるのはいがみ合わせるためなどではない! 召喚術師殿も居る前で見苦しい真似をしおって、少し黙っておれ!」

 

「「す、すみません・・・・・・」」

 

 厳しい言葉に2人が身を縮める中、長老は今に至るまで沈黙を保っている男に水を向けた。

 

「グァジ、お主はどう思う?」

 

「・・・・・・早いうちに対処するべきだという事自体は間違っていないと思います」

 

 黙考するのを止め、ゆっくりと語りだすグァジに部屋にいる全員の視線が集まる。グァジもこの場に呼ばれているということは、ただの商人というだけでなく村有数の知恵者の1人という事。そんな彼の考えに俺自身も興味があった。

 

「奴を放っておけばこの辺りに縄張りを構え、村の継続的な脅威となるでしょう。悪い事に、村の周囲に生える獣避けの薬草は亜人種のオーガには通用しない。今は追い返されてひるんでいるでしょうが、2~3日もすればまた村にやってきてもおかしくない」

 

 明らかに自分寄りの意見がグァジの口から出たことで、気落ちしていたダルカスが明るい声を上げる。再び勢いに乗るダルカスだったが、それを止めたのもまたグァジだった。

 

「しかし、山狩りともなれば捜索のために人手を分散せざるを得ません。突然の襲撃だったとはいえ、全員でかかって勝てなかった相手に少ない手勢で勝ち目があるとは思えない」

 

 続いたグァジの言葉に気勢を削がれ、勢いを失うダルカス。その姿は、然もあらんと言わんばかりの顔で頷いているホーエンと対照的だった。

 

「どちらの意見にも一理あるという訳じゃな。しかし、それでは動きようがないではないか」

 

「方法はあります・・・・・・」

 

 そう言ってグァジは不敵な笑みを浮かべ、長老に向けていた視線を外す。そのずらした視線の先にいるのは・・・・・・俺?

 

「召喚術師殿、あなたは魔獣だけでなく獣人すらも喚び出し使役できる御方だ。その御力で我々にご助力願えませんか。勿論、報酬はご用意します」

 

「え!? ・・・・・・あ、ああ、少し考えさせてください」

 

 さっきからずっと静かに傍観者をしていたのに急に話を振られて少し驚いたが、報告を終えてからも帰されずにここに留め置かれたことから、薄々そういう流れになるんじゃないかと予想していたので、すぐに気を落ち着かせることができた。アリッサたちからの話を聞いてグァジがあくどい商人ではないと分かってはいるが、現役の商人である彼の前であまり動揺した姿を見せたくない。無いとは思うが、隙を見せてしまって、彼の掌の上でいいように転がされても困るしな。

 努めて冷静に見えるよう振る舞いながらどう答えようか考える。実際、彼の申し出は自分にとって渡りに船だ。なぜなら、この世界に来て初めての現金収入を得ることができる機会だからだ。この村に着いたときに治療の対価は物資で受け取ると言ってしまった手前、後から現金も欲しいとは流石に言えなかった。しかしこれからこの世界で旅をしていくなら、どうしても先立つものが必要になる。最初はそこそこ大きな街でカード数に余裕のある《黄金の鎧》などを幾つか売り払って路銀を得ようと思っていたのだが(今でも同じ事はしようと思っている)、ジャンに聞いた話だと大きな街では中に入るときに入街税を払うのが普通らしい。最悪、他の村を探して幾許かのお金と引き換えに治療をしていこうかと思っていただけに、ここでまとまったお金が手に入るのは非常にありがたい。あと気になるのはグァジ以外の人がこの依頼についてどう思っているのかだが・・・・・・、横目で3人の顔を窺ってみる。さっきまで言い争っていた2人は、村の中だけで事を治められないのが口惜しいのか悔しげな表情をしているが、それでも異議を唱えず黙っているということは犠牲を出さないためには必要な事だと分かっているのだろう。長老は・・・・・・、瞑目していて何を考えているか分からない。まぁ何も言わないということは異論は無いのだろう。

 どうやら見る限り反対意見はなさそうだ。どんなユニットを召喚するかはまだ決めてないが、探せばちょうどいいユニットぐらい見つかるだろう。ならば断る理由は無いな。

 

「分かりました。お引き受けしましょう」

 

 俺の言葉におお、と幾人かから歓喜の声が上がる。グァジも断られる可能性も考えていたのだろう、安堵した表情で大きく息をついている。安心しているところ悪いが、こちらとしても聞いておかなければならない事がある。

 

「・・・・・・つきましては、報酬はどの程度になりますか?」

 

 続けて放った言葉に安堵に緩んだ空気は掻き消え、代わりに僅かな緊張感を含んだピリッとした空気が辺りに漂う。村側の人間は、当然俺に払う費用をできる限り少なくしたい。しかし、同時に俺が前言を翻さないよう不興を買わない様にしなくてはならない。2つの相反する想いがこの場にいる全員から透けて見えるようだった。

 

「それについてですが―――――」

 

「もうよい、グァジ。ここからはワシが話す」

 

 口を開きかけたグァジを長老の言葉が遮る。金銭関係の交渉で自分が外されるとは思っていなかったのか、訝しげな声で言いつのる。

 

「長老、お言葉ですがこれに関しては私の方が」

 

「確かに妥協点を探るのであればお主の方が数段上じゃろうの。じゃが今は利を追うよりも誠意を尽くす時じゃ。ならば必要なのは交渉の巧稚ではなく信頼を示すこと、そのためにはワシが話すべきじゃ」

 

「・・・・・・分かりました」

 

 不本意そうではあるが長老の言うことに納得したのだろう、グァジはそれ以上何も言わなかった。長老は大人しく引き下がったグァジを見て一つ頷くと、コホンと咳払いをして俺の方に向き直った。

 

「さて、お待たせしましたな。単刀直入に言いましょう、今のこの村で召喚術師殿に支払える報酬は銅貨で300枚が限界じゃろう」

 

 銅貨300枚・・・・・・、銀貨にして30枚、か。確か聞いた話によると街での食事が安くて一食銅貨2枚、そこそこの宿屋が一泊銀貨1枚くらいだというから、一日二食にすればだいたい20日ぐらいは暮らせる金額になる。勿論、入街税など別の出費もあるだろうからそのまま20日分の生活費が手に入るとは言えないが、当座の資金としては申し分ない。この非常時に笑うのは不謹慎かと思いほくそ笑む顔が見えないように俯いていると、長老はそれを見て勘違いしたのか苦み走った声で続けた。

 

「召喚術師殿には不満でしょうが、今村はグァジが街への買い付けから戻って間も無く、備蓄を掻き集めてもその程度にしかならんのじゃ。神殿の冒険者組合を通して依頼を出せれば報酬額に多少の援助が得られるのじゃが、そんな時間がないのも事実・・・・・・、しかし、何卒、何卒―――――」

 

 いかん、俯いてたら長老が真逆の方にとったらしい。すぐに誤解を解くべく、できるだけ穏やかな声で語りかける。

 

「大丈夫です、その金額でお引き受けしますよ」

 

「おお! お引き受けくださるか!」

 

「ただ、報酬とは別に1つお願いがあるのですが・・・・・・」

 

「なんですかな? 我々にできることならなんなりとお申し付けくだされ」

 

「・・・・・・道が分からないので、最寄の街まで案内、してくれますか?」

 

 

 

 

「ふうっ、つっかれた~」

 

 誰の目もないあてがわれた小屋の中で大きく伸びをする。あれからしばらく長老たちと話をして、山狩りは明日の早朝に行うことになった。その時間帯ならば俺も魔力回復に必要な睡眠時間を十分取れるし、バステトたちもカードに戻る前で戦力としてカウントできる。時間になったら狩猟頭のダルカス自ら迎えに来るらしいので、あと残った今日やるべきことは寝る前に明日山狩りのために召喚するユニットを決めることだけだ。

 すっかり夜の帳が下りて真っ暗になった室内をカンテラの灯りが柔らかく照らす。このカンテラは長老が特別に貸してくれた物だ。村で夜に灯りをとる際は油皿に火を灯すのが一般的らしいのだが、それでは少し心許ないと長老に相談したところ、グァジが街から買ってきたばかりのこのカンテラを快く貸してくれた。おかげで室内は多少薄暗くはあるが、カードの内容を見分けるのには困らない程度の明るさがある。

 そんな灯りの下で、置きっぱなしにしていたカードの収納BOXを開けて中のカードの山から土属性のユニットを引き抜いて目を通していく。やっぱり森に強いユニットといえばエルフだろうか。エルフの身体能力自体はそんなに高くないから戦闘スペル主体で戦っていくことになる。オーガは飛べない、となれば土属性のスペルが使えるエルフを使って有無を言わさず《ブライアー・ピット》で仕留めるのが一番いいが、問題となるのはエルフが森に強いというのが設定上のものだけだということだ。たしかにエルフは設定上は優秀な魔法使いであり狩人だ。しかし魔法使いとしての能力はともかく、狩人としての能力は弓の腕前以外特殊能力による裏付けが無い。弓の腕前も狩人として必要な要素ではあるが、今回の山狩りで必要なのは獲物を見つけたり追い込んだりする能力なのだ。狩人か、それに類する能力を探してつらつらとカードに目を通していく。【ドワーフ】、【トロール】、【ガネーシャ】、【コボルド】、そして【ゴブリン】・・・・・・。

 ん、ゴブリン・・・・・・? その時、頭に閃くものがあった。そうだ、ゴブリン! 急いで土属性のユニットカードを納め、別のユニットの束を引き抜いて目当てのカードを見つけ出す。このユニットなら設定的にも狩人だし、特殊能力による裏付けもある。しかし、単体でオーガを仕留める能力は無いから、あのユニットも組み合わせよう。実際のゲームでは微妙すぎてあまり使われることの無かった組み合わせだが、公式のガイドブックでも紹介されたくらいだし上手くいくだろう。となると、先攻を絶対取らなきゃいけないから残りの魔力でサポートユニットを・・・・・・

 

 そうして俺は、万全を期して眠りについた。

 

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 属性:聖・魔  レベル:2  攻/防:2/3  進軍タイプ:歩行

 新米召喚術師  【人間】  スペル:*(使用済)  アイテム:1(使用中)

 魔力:0/8

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●戦闘スペル
戦闘が起きている場所で使用される短期間・局地的な魔法。
使用するには使用条件に適した「スペル:X」を消費する必要がある。


===================================
ブライアー・ピット  戦闘スペル
属性:土  使用条件:土
[普通/対抗]
ユニット1体が対象。
対象ユニットが「進軍タイプ:歩行」の場合、【地震:3】ダメージを与える。
===================================
※相手の足元に棘入りの落とし穴を作るスペル。
 かなり使い勝手がいいので、コレで死ぬかどうかを基準にする場合もある。


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討伐

待っていてくれた方、ありがとうございます。

相変わらずの不定期更新ですがこれからもよろしくお願いします。


募集を活動報告にしました。
大変失礼いたしました。


―――――ドンドンドンドンッ!

 

「召喚術師殿! そろそろ時間だ、悪いがとっとと起きてくれや!」

 

未だ鳥も鳴かず、静寂が支配する朝にダルカスの野太い声が響く。相も変わらず鎧を着たままの就寝だったのだが、体が慣れてきたのかこの時間までぐっすりと眠れてしまった。さっさと売り払ってしまわないと鎧無しじゃ眠れなくなるかもしれないな・・・・・・・・・・・・いや、流石にそれは無いか。

急かすように何度も響くノックの音を聞きながら、必要なものを手に持つ。右手には昨夜に選んでおいた6枚のユニットカードを、左手にはもしもの場合のための盾を持っておく。今回は自分で戦う気は欠片も無いので槍はここでお留守番だ。焦れてきたのか徐々に頻度が上がり始めたノックの音に慌てて扉を開きにいく。

 

「おう、召喚術師殿。まだ寝てるのかと思ったぜ」

 

「おはようございます。では、案内してもらえますか」

 

「ああ、もうみんな集まってる。ちゃっちゃと行くとしようか!」

 

 

 

 

ダルカスに案内されて向かったのは、昨日はぐれオーガと闘った場所、倒れたやぐらと壊れた塀の切れ目を臨む広場だった。広場の周りには昨夜のうちにバステトたちの治療を受けたのだろう、怪我をしていた狩人衆たちも無事な姿で塀の切れ目を取り囲むように集合している。彼らはこれから行われる山狩りを前に心なしか緊張した面持ちで矢や弓の弦の確認を行っていたが、俺たちが広場に着くと、この夜明け前の薄暗闇の中でもとりわけ目立つ黄金色の鎧に気付いたのか、ダルカスが声をかけずともその視線はこちらへと集まっていた。

敵意は含まれていないからまだマシだが、ジロジロとこちらに突き刺さる視線にはやはり辟易としてしまう。しかし、もしダルカスから彼らに注意してもらったとしても警戒と好奇からくる視線を抑えるのは如何ともし難いだろう。彼らにも悪気は無いのだ、こういう時は我慢してさっさと終わらせるに限る。時間は有限なのだし、準備だけでも済ませてしまおう。

今回喚び出すユニットは6体。全てが小型のユニットで即時召喚が可能なので、一度の即時召喚で済ませてしまうつもりだ。手元のカードに目を落とし召喚の宣言をしようとしたその時、後ろから声が投げかけられた。

 

「召喚術師殿!」

 

せっかく意気込んでいたのを邪魔されて少しばかり調子が狂うな、と思いながら後ろを振り返ると、バステト看護婦団の3人を連れたガルドさんがこちらに歩いてくるところだった。歩くのに誰かに手を借りることの無い健常な様子で、昨日に生死に関わるような大怪我をしたとはにわかには信じられないほど、その姿には怪我を負った時の弱々しい様は面影の欠片すら残ってはいない。腰にはオーガへ抜き放っていた大振りな山刀を差し、手にはその堂々たる体躯には似合わない小さな弓を所持していた。

 

「ガルドさん! その様子だと、もう大丈夫なんですか?」

 

「ああ、少し調子を確認したがどこも問題は無い。昨日の事は長老から聞いている。助けたつもりが、逆に助けられたようだな」

 

「いえ、あの時ガルドさんに助けてもらわなければ確実に死んでいました。バステトたちに治療をさせたのは当然のことです」

 

これは俺の偽らざる気持ちだ。盾を失ったあの時、俺にははぐれオーガの一撃を防ぐ手立ては何一つ残されてはいなかった。バステトたちも向かっていたから息があれば大怪我をしていても治療してもらうことができたかもしれないが、もし死んでしまったらバステトたちの召喚も維持されるのか非常に怪しい。彼女たちの存在は俺が魔力でカードから作った虚像のようなもの。勿論、だからといって消耗品のような扱いをするつもりは無いが、俺が死んだ途端に陽炎のように消えてしまったとしてもおかしくはないと思っている。それらを踏まえて考えればガルドさんに助けてもらえたのは本当に僥倖だった。一歩間違えればはぐれオーガに各個撃破され、2人とも共倒れになるという事もありえたのだから。

恐縮する俺にガルドさんは巌のような顔を幾らか崩して苦笑した。

 

「そう畏まらないでくれ、それでも結果として私が助けられたことには変わりないのだから」

 

「・・・・・・分かりました。それで、ここに来たということはガルドさんも山狩りに参加を?」

 

「いや、私の弓は昨日壊れてしまってな、予備に残っていたこの短弓では山狩りには参加できん。獣人の方たちと共に長老の家の警護に残るという手もあったのだが・・・・・・まぁ、この弓でも召喚術師殿の身の回りを護るくらいはできる。私は召喚術師殿の護衛役だからな」

 

そう言って厳つい顔に不似合いな笑みを浮かべるガルドさん。不慮の事態に備えて長老の家に村の住民を集めて残りのバステト看護婦団に護らせているのだが、彼女たちと一緒にいた方が安全度は遥かに高かっただろう。それなのに危険を推して俺の護衛に来てくれたのだ。本当に、敵わないなぁ・・・・・・

 

「助かります。・・・・・・それじゃあ、そろそろ召喚に入ろうと思います。ガルドさん、狩猟頭殿、少し場所を空けてください」

 

「ああ」

 

「おう、狩人衆の奴らには昨日のうちに何が出てきても驚くなと言ってある。遠慮なく頼むぜ!」

 

そう言って後ろに下がっていく彼らに黙って頷き、心を落ち着けるために一度深呼吸をする。軽い緊張から来る体の強張りを息と共に吐き出してから再び気合を入れ、手にしたカードを掲げて宣言した。

 

「即時召喚!」

 

宣言と共に俺の前に魔法陣が浮かび上がり、その中から5つの影が(・・・・・)飛び出してくる。

 

「「「キャハハハッ♪」」」

 

3つの影は楽しげに甲高い笑い声を上げながら空中を縦横無尽に飛び回る。その姿はオレンジ色の簡素な衣服を身に纏い、青いリボンで髪をまとめた手のひらに収まるほどの大きさの金髪碧眼の少女―――そして背中に白い蝶の羽を備えた妖精、《フェアリー》だった。警戒していた狩人衆の男たちも宙を踊るように舞う彼女たちに数瞬の間唖然として見蕩れていたが、残る2つの現れた影を見てギョッと目を瞠った。

 

「キヒヒ・・・・・・」

「ケケケ・・・・・・」

 

それらはフェアリーたちに比べると余りに異質に過ぎた。片方は褐色の肌に薄い緑色をしたボロボロの服を肩掛けに着て、左肩に肉食獣の頭蓋骨でできた肩当を付けている。露出している右肩や膝、頭部には赤い顔料で独特の模様が描かれており、同じく赤い染料で染められたのであろう真っ赤な髪は頭頂部で一まとめにされている。鮫のように鋭い乱杭歯からデロリと長い舌を垂らしている姿からは凶暴性は感じられても余り知性は感じられないが、その手に持った使い込まれたクロスボウから彼が狩人であることが見て取れた。もう片方は裾が膝丈より上で破れている茶色いズボンと黒い外套以外左手首に巻いた羽飾り付きの革のバンドくらいしか身に纏っておらず、晒された病的な白い肌には紫色の顔料で同じように紋様が走っている。同じく髪の毛は真紅に染め上げられているが、ボサボサの髪をまとめているだけだった狩人と違い、こちらは元の世界で言うモヒカン刈りの形に切りそろえられている。不気味な嗤い声を上げる彼は手に肘から肩くらいまでの長さの木製の細い筒を持っていたが、この場にいる者の中でこの姿からその生業を窺い知れた者はおそらく召喚した俺以外にいなかっただろう。両者共に成人男性よりも若干低い程度の身長で人間に近い姿をしていたが、ありえないほど高い鷲鼻と先の尖った長い耳、何より黒目の存在しない白目だけの瞳が彼らがヒトとは違うモノだということを如実に示していた。

 

「お、おい、そいつらはゴブリン・・・・・・いや、その身体の大きさからするとホブゴブリンか? 見たことねぇ姿をしてるが・・・・・・」

 

そうダルカスが警戒を滲ませて聞いてきたのも無理からぬことだろう。実際、周りで見ていた狩人衆たちも姦しく空を飛んでいるフェアリーたちよりもいかにも怪しい風体の2人に警戒の視線を向けているし、ガルドさんも黙ってはいるが鋭い視線を彼らから外していない。

 

「彼らはゴブリンの亜種、レッドキャップです。暴れたりはしませんからご安心を」

 

本当は彼らはゴブリンの上位種であるハイゴブリンなのだが・・・・・・、まだこの世界の種族事情はよく分かってないからゴブリンの亜種ということで誤魔化しておこう。実害は無いんだし別にいいよな?

 

「―――フゥ、覚悟はしてたつもりだったんだがそれを聞いて安心したぜ。それにしても赤帽子(レッドキャップ)か、なるほど確かに赤い頭をしてるもんな。・・・・・・で、どうする? 長老からは召喚術師殿の命にできるだけ従うように言われてるが」

 

ダルカスの問いに俺は昨夜のうちに考えた作戦を話した。まず召喚したフェアリー2体に風のスペル《スピード》をレッドキャップたちにかけてもらって速度を上昇させる。彼らの特殊能力は[普通]タイミング、つまり先攻を取らねばならないのでこのスペルは非常に重要だ。本来は4体召喚して2回ずつ重ねがけしてもらう予定だったのだが、4枚目のカードは反応せず召喚できなかったので残った1体はもしもの時の《ヒュプノシス》要員に回すことにする。次に《レッドキャップの狩人》に森に入ってはぐれオーガをこの広場に狩り出してもらう。この点についてはそれに関連した特殊能力を持っているので心配していない。首尾よくはぐれオーガが広場に来たら、こちらに残ったレッドキャップが止めを刺す。もしそれが駄目だった場合にはバステト看護婦団が攻撃を防ぐ結界を張る戦闘スペル《サンクチュアリ》を使って足止めをし、狩人衆が一斉射撃を行うのだ。バステトたちも攻撃に回って《クロスファイア》を撃つ、というのも考えたのだが、クロスファイアのダメージ量は1D+1。威力によってははぐれオーガを仕留め損なってしまうので今回は除外することにした。

戦闘スペルの効果を説明しながら作戦を話していくとダルカスは大筋で合意してくれたのだが、ある一点に関しては難色を示してきた。

 

「召喚術師殿を疑いたかねぇが、はぐれオーガを追い出す役が一人だけってぇのは心許ねぇ。せめて1人や2人手伝いを連れて行っちゃくれねぇか?」

 

「レッドキャップの狩人は風の魔法で素早さを底上げします。付いて行くのは難しいでしょう」

 

「よし! 付いて行けりゃあいいんだな。・・・・・・おい、クロード! こっちに来い!」

 

ダルカスの呼び声に周りに待機していた狩人衆の中から一人の男が走り寄ってきた。年の頃は30代前半といったところで中肉中背、口の周りに蓄えた髭以外に特徴という特徴が見あたらない男だったが、わざわざここに呼んだからにはそれなりの男なのだろう。

 

「こいつはクロード、弓の腕は流石にガルド並みとまではいかねぇが俺らの中でも腕っこきの狩人だ。特に森歩きに関しちゃあ右に出る奴はいねぇ。こいつを供に連れててっくれ」

 

ダルカスの頼みにレッドキャップの狩人へ視線で大丈夫か?と問うと、レッドキャップはクロードをジロジロと頭から爪先まで見回してから頷き、低いダミ声で言った。

 

「キヒヒッ、遅レタラ容赦ナク置イテクゼ。小僧?」

 

「なっ! 望むところだ!」

 

・・・・・・うむ、なんか深~い溝ができたような気がしなくもないが、張り合って切磋琢磨してくれる分には問題ない。くれぐれも足を引っ張り合うなよ?とレッドキャップに感覚共有で意識を同調させて伝えると、今度は飛び回るのをやめて3体できゃいきゃいと無駄話に興ずるフェアリーたちに作戦を伝えた。

 

「じゃあフェアリーたち、レッドキャップたちにスピードをプラスでかけてやってくれ」

 

「は~い」

「おっけ~」

 

背中の白い蝶の羽をはためかせて2体のフェアリーたちがレッドキャップたちの頭上へ飛んで行く。ちなみに残った1体はガルドさんの肩にちょこんと座って出番があるまで待機している。レッドキャップたちの頭上に陣取った2体のフェアリーは隣り合わせて手をつなぐと、声を合わせてスペルの使用を宣言した。

 

「「せ~のっ、《スピード》!」」

 

2体の宣言と共に広場に突如として強風が吹き荒れる。目を覆いたくなるような旋風を巻き起こしながら吹きすさぶ風はその強さを保ったまま徐々にレッドキャップたちへと収束していき、最終的に彼らの肌を覆う膜のような形へと落ち着いた。狩人衆やクロードは突然巻き起こった突風に目を白黒させていたが、ダルカスから魔法の効果であることが伝えられると不思議がってはいたが納得したようだった。

あとはこのスペルの効果が続くうちにはぐれオーガと決着をつけねばならない。戦闘スペルは本来戦闘中という限られた時間内しか効果を持たない魔法だ。具体的な持続時間は分かっていないが、相当長い持久戦にならない限り効果が切れることはないと信じたい。時間が惜しいのでレッドキャップとクロードにはすぐに森に向かってもらった。

 

「ソレジャ、サッサト行クゼ。遅レルナヨ小僧」

 

「ああ! おまえこそな!」

 

・・・・・・やはり溝が生まれているような気がするが、憎まれ口を叩いていても彼らの動きは迅速だった。スペルで強化されたレッドキャップの狩人は文字通り疾風のように、クロードはそれには劣るとはいえかなりの俊足ではぐれオーガを狩り出すべく森の中へと入っていった。

 

 

 

 

彼らが森に入ってから15分ほどが経過した頃、広場でははぐれオーガを今か今かと待ち構え、ピリピリとした緊張感が漂っていた。特に狩人衆たちは、作戦ではレッドキャップが先に仕掛けることになっているものの、それで仕留められると思っているものは少なく、自分たちの働き如何が勝負を決すると考えているのが透けて見えている。俺自身はレッドキャップたちの特殊能力がこの世界でも表記通りの性能なら失敗はないだろうと思っているが、昨日の経験から念には念を入れるべきだという事を学んだばかりなので、自分用の攻撃系戦闘スペルを用意するのを忘れていたことを早速後悔していた。

緊張と不安によるものか、厳めしい顔をさらに強張らせて押し黙っているダルカスに対して場の空気を和らげるため適当な話題で話しかけようとした時、森の中から多数の鳥が飛び立つ音とつんざく様な悲鳴が聞こえてきた。レッドキャップでもクロードのものでもない。間違いない、はぐれオーガだ。

 

「始まったな」

 

ガルドさんの言葉に顔を見合わせて頷き合った。そうだ、始まった。森から響く悲鳴は時折左右に蛇行しながらも、その音源は徐々にこちらへと近づいてくる。加速度的に緊張が高まる中、止めを刺す役のレッドキャップに小さく頼んだぞ、と囁くと、彼はニタリと笑みを浮かべて、

 

「ケケケッ、任セトキナセェ。旦那ァ」

 

と言うと、その白目しかない目を細めた。

最初の悲鳴が上がってから5分も経たないうちに森から茂みを力任せに掻き分けるガサガサという音が聞こえ始め、狩人衆が弓を番えて準備する中、広場に面した森の茂みが揺れたかと思うと見覚えのある巨体が転げ出るように現れた。

赤銅色の肌はあちこち掠り傷だらけで、昨日振り回していた棍棒も持っていない。右手の甲や背中には短い矢が突き刺さっているが、出血の量が少ないことからそれほど深い傷ではないことが分かる。広場に入ってすぐははぐれオーガも事態が飲み込めず混乱しているようだったが、程なくして自分がここに誘い出されたことに気付いたのだろう、拳を硬く握り締め怒りと殺意に満ち溢れた咆哮を上げた。

 

「ウガアアアアアアアアアァァァ!!」

 

はぐれオーガは腕を振りかぶってここで一番目立つ、黄金の鎧を着ている俺に向かって一直線に突進してくる。しかし、そのくらいの事は予測済みだ!

 

「行けっ!」

 

俺の命令にレッドキャップがはぐれオーガに向かって走り出す。走りながら流れるような動きで左手首の革バンドから羽飾りを引き抜くと、それは羽が後ろに結わえ付けられた針だった。彼はそれを手に持った木製の筒―――吹き矢筒に入れると風のような速さではぐれオーガに狙いをつけるとプッ、と言う独特の軽い破裂音と共に吹き矢が風を切る音もなく撃ち出され、はぐれオーガの喉元に突き立つ。しかし、その程度の痛みで動きが止まるはずもなく、振り上げられた腕は目の前の邪魔者に向けて振り下ろされたが、スペルで強化された身のこなしでレッドキャップはスルリと後退し、強大な破壊力を秘めた拳は誰もいない地面を捉えて蜘蛛の巣状のひびをつくるに留まった。

狩人衆たちはすわ失敗か、と弓の弦を引き絞り一斉射撃に備えたが、どうも様子がおかしいことに気付く。大地にひびを入れた腕を引き戻したはぐれオーガが先程の勢いが嘘のようにフラフラと千鳥足で数歩歩いたかと思うと、その場に膝から崩れ落ちた。倒れたはぐれオーガはもがき苦しみながら喉をガリガリと掻き毟り、しばらく口から泡を吹きながらビクンビクンと痙攣していたが、そのうちにそれも治まり完全に動かなくなった。

呆然とする狩人衆の中、真っ先に我に返ったダルカスが問いを投げかけてきた。

 

「召喚術師殿、ありゃあ・・・・・・毒か?」

 

動かなくなったはぐれオーガの死体の喉の辺りがどす黒い紫色に変色していることに気付いたのだろう。事実、それは正解だ。この広場に残って止めを刺す役を務めたレッドキャップの正式なユニット名は《レッドキャップの殺し屋》。勿論その手から放たれる吹き矢もただの吹き矢ではなく、猛毒が塗られた毒の吹き矢だ。

 

「ええ、レッドキャップの毒矢です。連射は効かないので当たって良かったですよ」

 

レッドキャップの殺し屋の特殊能力『毒の吹き矢』は行動完了型の能力なので一度使うと連射が効かない。そのうえ吹き矢の射程が短いのでレッドキャップの狩人の特殊能力『追いつめる』を合わせて使って敵を射程内まで狩り出す必要があった。やっぱりこういったカード同士の組み合わせによるコンボは重要だな。カードゲームの時はこのコンボ使ったこと無かったんだけど、これは他のコンボとかも考えてみたほうがよさそうだ。

1人でウンウン考えているとダルカスは溜息をつき、

 

「・・・・・・召喚術師殿、アンタを敵に回さずによかったって改めて思ったよ」

 

と言って苦笑した。

 

 

 

 

ガルドさん、ダルカスと共に長老にはぐれオーガを無事倒したことを報告すると、長老は大層喜び夜に小さいながらも宴を開いてくれることになった。長老の乾杯の音頭で始まった宴にはガルドさんや狩人が何人か、村の有力者である狩猟頭と農業頭、村専属の商人であるグァジ、そして驚いたことに俺の召喚獣たちも参加させてもらっていた。フェアリーたちは自分とそう変わらない大きさの果実が盛られた皿の上で一つの果実を三体で分けて食べているし、レッドキャップの狩人などはクロードに飲み比べを挑まれて2人して次々と杯を空けている。

俺は酒に弱いので勧められても固辞して、同じく酒を飲まないと言うレッドキャップの殺し屋と一緒に甘酸っぱい果実を搾った飲み物をチビチビと飲んでいた。先程までは酔っ払ったダルカスが断っても断っても延々と俺に酒を勧め続けていたのだが、彼は見た目に似合わず酒に弱かったらしく、今は酔い潰れて横になっていびきをかいている。

グァジが俺に話しかけてきたのはそんな時だった。

 

「召喚術師殿、街への出発を急ぎたいので、明日の朝に出発してもよろしいでしょうか?」

 

明日の朝! 随分急だな。まぁ宴が始まるまでに長老から報酬のお金と頼んでいた物資は受け取ったし、別に出発が早まっても問題は無いかな・・・・・・?

 

「大丈夫ですよ。しかし、そんなに急ぐとは他に何か急用があるのですか?」

 

グァジは俺の言葉に少し戸惑ったようだったが、すぐににこやかな笑顔を取り戻して答えを返した。

 

「オーガの死体が出ましたからね。村の墓地に埋葬する予定ですが、アンデッドになる前に本格的に弔ってもらうために街の同胞会に報告して神官を派遣してもらわないと」

 

「同胞会、ですか?」

 

「同種族間の互助組織のようなものです。オーガの同胞会にはぐれが出て、倒したことを報告すれば神官を派遣するお金ぐらいは出してくれるはずです」

 

なんでも、特に苦痛の中で息絶えた遺体はアンデッドになる可能性が高いらしく、普段ならあちこちの村を回っている巡回の神官に弔ってもらうところだが、今回は急いで神官を派遣してもらうことにしたそうだ。ちなみに村を巡回しているのはこの村でも信仰されている大地の女神の神官だが、今回派遣されるのはオーガが火の神の祝福を受ける種族なので火の神の神官であろう、という話だった。

それからしばしグァジと明日の予定を話した後、宴はお開きとなりかなり高くまで昇った月を眺めながら帰途に着くことになった。レッドキャップたちには手分けして酔い潰れた者たちを家に送らせ(クロードはグデングデンに酔っ払ってレッドキャップの狩人に肩を貸されていた)、俺は果実数個分重くなったフェアリーたちを肩に乗せて借りている小屋へと戻った。

危険はもう無いので鎧を脱ぎ、手拭いと着替えを入れたカバンを枕にして寝台に横になった。木製の寝台は相変わらず堅いが枕があるだけでも大分違うもので、程無くして俺は深い眠りへと落ちていった。

 

===================================

属性:聖・魔  レベル:1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1(使用中)

魔力:1/8

===================================




●隊列
戦闘におけるユニットの並んでいる順番。
攻撃のダメージは最前列から順番に受け、
ユニットの防御力の数値分だけ減少していくので、
後列にいるほど攻撃からは生き残りやすい。


===================================
スピード  戦闘スペル
属性:風  使用条件:風
[イニシアチブ/普通/対抗]
ユニット1体が対象。
対象ユニットに「イニシアチブ:+2」または、「イニシアチブ:-2」を与える。
===================================
※イニシアチブ操作系のスペル。吹雪ダメージの起点にも。

===================================
ヒュプノシス  戦闘スペル
属性:風  使用条件:風
[普通/対抗]
ユニット1体が対象。
対象ユニットが「レベル:1D+2」以下の場合、行動完了にする。
===================================
※3レベル以下は問答無用で行動完了。✔特殊能力封じにもなる。

===================================
サンクチュアリ  戦闘スペル
属性:聖  使用条件:聖聖
[対抗:攻撃限定]
「攻撃」してきた敵軍パーティのすべてのユニットが対象。
対象ユニットの「攻撃」を打ち消し、行動完了にする。
===================================
※攻撃をシャットアウトする結界。特殊能力やスペルは防げないので注意。

===================================
クロスファイア  戦闘スペル
属性:聖  使用条件:聖聖
[普通/対抗]
ユニット1体が対象。
対象ユニットに【閃光:1D+1】ダメージを与える。
===================================
※聖属性スペルで貴重な制限の無い対抗スペル。弱点は使用条件の重さか。


=================================
属性:風  レベル:①  攻/防:0/1  進軍タイプ:飛行
フェアリー 【スピリット】 スペル:風
イニシアチブ:+1
消費魔力:1
=================================
※1レベルでスペル:風とイニシアチブ:+1が付いてくるお得なユニット。
 逆に言えばスペルが無ければ戦闘にはほとんど寄与できない。

=================================
属性:魔  レベル:①  攻/防:1/1  進軍タイプ:歩行
レッドキャップの狩人 【ハイゴブリン】
✔追いつめる[普通]
ユニット1体が対象。
対象ユニットに【1】ダメージを与える。
その後、対象ユニットをパーティの最前列に変更する。
消費魔力:2
=================================
※敵を目の前まで引きずり出す狩人。
 防御の薄い敵ならそのまま狩り殺すこともできる。

=================================
属性:魔  レベル:①  攻/防:1/1  進軍タイプ:歩行
レッドキャップの殺し屋 【ハイゴブリン】
✔毒の吹き矢[普通]
ユニット一体が対象。
対象ユニットがパーティの最前列の場合、【猛毒:3】ダメージを与える。
消費魔力:2
=================================
※1レベルで【3】ダメージを出せるユニット。
 射程が短いため狙い撃ちはできない。


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出発

2話連続投稿1話目。


まだ待ってくれていた方はありがとうございます。

これからも投稿ペースは不定期になると思いますが、どうかお付き合い下さい。



翌朝目覚めると、フェアリーやレッドキャップたちは既にカードに戻っていた。元に戻ったカードを収納BOXに入れ、頭についていた寝癖を手櫛で整えてから外に出る。扉を開けると小屋の前には、思っていたより起きる時間が遅かったせいか既にガルドさんとアリッサの姿があった。

2人に二言三言朝の挨拶をした後、アリッサが運んできてくれた相変わらず味が薄い気がする朝食を腹の中に流し込み、使った食器を返すついでに彼女に訊ねる。

 

「グァジさんから朝のうちに出発すると聞いたのですが、あとどのくらい時間がありますか?」

 

日の高さから考えてもまだそんなに遅くはなっていないと思うが、この世界の人の朝が早いということも考えられる。答えによっては今すぐ荷物を持って小屋を出なければならないだろう。質問した俺に対してアリッサは少し困ったような顔で答えた。

 

「すみません。馬車の準備がまだ終わってないようでしたので、もうしばらくはお待ちいただくことになると思います」

 

なんでもアリッサの話によると、このピエットの村の周りには獣を遠ざける効果のある薬草が生えているらしく、街への馬車を出すときにはその薬草を潰した汁を馬車全体に塗るのだが、前回街へ行ってから期間が空いていないので取り置きの薬草が無く急遽新たに薬草を準備しているのだという。

 

「昼まで掛かることはないと思いますが、まだ時間が掛かるかと・・・・・・」

 

「・・・・・・そうですか」

 

弱ったな、村の外に出ることになるから黄金の鎧を着直す時間があるのはありがたいのだが、正直それ以上となると時間を持て余してしまう。まさか出発間近にガルドさんを脇に連れて村の中を勝手にうろつく訳にもいかないし・・・・・・

俺が困惑しているのが分かったのだろう、オロオロするアリッサを助けるためか、黙って話を聞いていたガルドさんが助け船を出してくれた。

 

「時間があるのなら水浴びをしてはどうだ?」

 

「水浴び?」

 

「ああ、最寄りの街までは馬車でも3日はかかる。当然だがその間、身を清めるのは難しい。ならば今のうちに汚れを落としておくのも悪くはないと思うが?」

 

なるほど。水浴び、いいかもしれない。思えばこの世界にやってきてからというもの、一度も体を洗っていない。流石にまだ身体が臭うほど汚れてはいないと思うが、丁度良いし水浴びしてさっぱりしてから鎧を着ることにしよう。

 

「そうですね。では、準備をお願いしてもいいでしょうか?」

 

「ああ」

「はい!」

 

 

 

 

水浴びの準備を頼んでしばらく、アリッサは長老の家から大きなタライを借りてきて、ガルドさんは井戸から桶2つ分の水を汲んできてくれた。小屋の床にタライを置いて水を張り、2人に礼を言ってから人が来たら待ってもらうように頼んで小屋に一人きりにしてもらう。小屋の扉をしっかり閉じてこの数日間着っぱなしだった服を脱ぐ。タライでの水浴びなんて初めてだが、まあ行水みたいなものだろう。欲を言うなら温かい湯船につかりたいところだが、村の家の程度から察するにこの村に風呂なんて上等なものがあるとも思えないし、あっても旅人が出発前に一っ風呂入らせてくれと言って一々沸かせてくれるものでもないだろう。

井戸水のヒヤッとした感触に耐えながら水を張ったタライの中に座る。水が思ったよりも冷たかったが気温がそこまで低くないので耐えられる範囲内だ。元の世界ではもうすぐ初夏というくらいの時節だったがこちらも同じなのだろうか? そんな益体もないことを考えながら貰い受けた物資の中にあった手拭いに水を含ませ体中をこする。身体をこするたびに垢がポロポロと落ちる、ということはなかったが、やはり汚れてはいたのだろう、手拭いは徐々に黒ずんだ色に染まっていった。というか、それほど力を込めて洗っているつもりはないのに肌が痛い。多分布の織り方が悪いのだろうが表面が荒くてこすっていると肌がヒリヒリする。垢すりとしては悪くはないのだが、顔とかを洗った後にガシガシ拭くのはやめておいた方がよさそうだ。

身体をくまなくこすったら水を手で掬ってこすった跡を流し、大きめの別の手拭いで水気を拭き取る。身体が十分に乾いたのを確認して替えの下着と服を身につければ、服装だけ見れば完全にその辺の村人Aだ。顔立ちとかはこの辺の人と異なるが、服装が同じだけでも警戒心を和らげることができるかもな。

手拭いと同じで荒い生地の服に袖を通し、気合を入れ直して黄金の鎧を着込んでいく。文字通り全身を覆い手の指の先まで包む鎧なだけあって、一度脱ぐと再び着るのはなかなか面倒な作業だ。大きさ自体は俺の体格に比べて大きく一見ガバガバになるように見えるのだが、そこは魔法の道具だからなのか装備者である俺の身体に合わせて大きさが変わり問題なく着れるようになってくれる。自分で使っていながらアイテムの不思議さを改めて感じつつ、最後の留め具を嵌めて装備を終える。大きく腕を回したり足を上げたりして装備に問題がないことを確認し、使い終わったタライを抱えて外に出ると、そこには2人とともにグァジが俺を待っていた。

 

「どうも、お待たせしてしまったようですね」

 

「いえいえ、初めに待たせてしまったのはこちらの方ですから。準備の方はお済みですか?」

 

ニコニコと朗らかに笑うグァジに問いかけられ、頭の中でもう一度確認をする。今までに使用したカードは全て収納BOXに戻したし、その収納BOXも貰ったカバンの中に入れてある。水浴びに使った手拭いもよく絞ってから着替える前の服と一緒にカバンに入れた・・・・・・うん、入れ忘れたものは無いな。今すぐ出ても問題なしだ。

 

「はい、大丈夫です」

 

「では、馬車の所へご案内します」

 

「分かりました。カバンを持ってきますね。・・・・・・ああ、そうだ。アリッサさん、このタライを返しておいて下さい」

 

 

 

 

ガルドさんとアリッサに別れの挨拶をして、カバンと槍、盾を引っ提げてグァジの後ろをついていくと村の外れに1台の幌馬車が停まっていた。馬車を牽く馬が一頭繋がれており、荷台はそれほど大きくないが、大人3人がかろうじて横になれる程度の大きさはありそうだ。幌以外の車体の部分にはべっとりと緑色の汁が塗りたくられており、近づくとわずかに鼻にツンとくる青臭い匂いを放っている。

 

「さあ、召喚術師殿。荷台にお乗り下さい」

 

「ええ、お世話になります。ところで、到着まではどのくらいになりそうですか?」

 

俺の質問にグァジはふむ、と顎に手を当て少し思案して答えた。

 

「そうですね・・・・・・普段なら3日目の夕方頃までかかりますが、今回は荷物を載せている訳でもありませんし、3日目の昼前には着くでしょう」

 

ということは実質2日と半日かからないくらいか。馬車の旅も初体験だからどんな感じなのか想像付かないけれど、自動車やバスほど快適な旅とは言えないだろうから所要時間が短くなるのは喜ぶべきかな? まあでもこの世界での主要な移動手段は馬車だろうし、ここで慣れる努力をするべきかもしれない。

押し黙ってつらつらと考えている俺がかかる時間に渋っていると思ったのか、グァジは闊達に笑った。

 

「ハハハ、確かに召喚術師殿の喚び出すドラゴンに比べれば遥かに遅いかもしれませんが、なに、慣れれば馬車の旅もなかなか悪くないですよ」

 

そう言って馬車を牽く茶色い毛並みの馬の背を撫でる。馬はくすぐったかったのか少し身じろぎするとブルルルルッと鼻を鳴らした。大きい、元の世界で見た乗馬用の馬より一回り大きく身体もがっしりとしている。話に聞いたことしかないが、輓馬がこんな感じだろうか。

 

「こいつももう若いとは言えませんが、力は充分ありますし賢くて従順です。召喚術師殿を無事に街までご案内しますよ」

 

最後にニコッと笑って御者台に上ったグァジを見て俺も急いで後ろから荷台に乗る。ほどなくして馬車は動き出したが、ふと疑問が浮かんだので御者台と荷台の間にある幕ごしにグァジに問いかける。

 

「このままこの馬車で森の中を突っ切るのですか?」

 

俺がワイバーンに乗ってやってきた時、村の周りには開けた道など確認できなかった。森の外には微かに道のようなものが遠目に確認できたが、そこから村へと通づる道は見当たらなかったのだ。まさか森の中という悪路を馬車で強行するのか? 獣除けの薬草を塗ったのはそのため? どうにもピンとこない。

俺の問いはまるで頓珍漢なものだったのだろう。グァジは抑えきれない笑いが混ざった声音で言った。

 

「そんなことはせずとも大丈夫ですよ。・・・・・・そうですね、空から降りてきた召喚術師殿には分からなくて当然ですか。どうぞ、これを御覧下さい」

 

グァジが幕を後ろ手で開くと、そこから見えたのは"緑のトンネル"とでも言うべきものだった。空は完全に樹木の枝葉が覆い隠してしまっているため薄暗いが、木漏れ日の中に轍の残る一本の道がまるで森の中を丸く切り取ったような空間をずっと先まで続けている。この村は森の外からそれほど近い訳ではないはずだが、ここから外まで道が続いているのか・・・・・・?

 

「どうです、お分かりになったでしょう?」

 

どこか得意げなグァジに驚いていた俺は思わずといった感じで頷く。すると喜色を強めたグァジは続けて説明した。

 

「このマニの大森林にピエットの村が作られることになった際、当時の開拓民たちが命懸けで森を切り拓いたそうです。偉大なる先人の遺産というやつですな、おかげで今の我々は楽に村と町を行き来できる」

 

道理で空から見て気付かないはずだ。馬車が通る道の部分以外がこうも木々に覆われていては上からの視点では分からないのも無理はない。しかし、森の外からこの村まで道を引くなど並大抵の努力ではない。道を拓く際には森の猛獣や魔物の襲撃など困難や危険は挙げれば限がないほどだったろうに、今は実際に道が存在する。当然ながら犠牲もあったろう、それらの上にこの道はある、そう思うと道を切り拓いた人々に頭が下がる思いだ。目の前のこの男も昔はこの道を通ってやってきた一介の行商人だったと聞く。そう考えるとこの道が無ければ今、俺が彼と一緒に馬車に揺られることもなかったのかもしれないな。

感慨深い目で眺める俺を訝しみながらグァジは続けた。

 

「まあ、それでも森の中を通ることには変わりないので獣除けの薬草が必要なのです。森を抜ければその必要もなくなるのですが」

 

「森の外では襲撃の心配はないのですか?」

 

俺の勝手な想像では平原には平原なりの魔物とか夜盗とかがいるものかと思ってたんだけど。

 

「森の外の街道は傭兵たちが巡回していますから、中よりはずっと安全ですよ」

 

傭兵! 随分と剣呑な響きだが、グァジの話しぶりからするとそれほど珍しいものではないようだ。普通こういった場合に働いているのは冒険者だと思うのだが・・・・・・考えてみれば冒険者ほどイメージの仕事内容と名称が離れた職もないか。報酬次第で魔物や盗賊の討伐を行うのなど、どうみても雇われ兵の仕事だ。冒険と言ってしまえば聞こえはいいが、金目当ての依頼で戦うと言い換えれば確かに傭兵の領分と言えるだろう。俺はちょっとファンタジーのイメージを強く抱きすぎなのかもしれない。

 

この後グァジから万が一にも森の猛獣たちを寄せないよう、森から出るまでは静かにしているように言われ、俺は大人しく荷台にゴロンと横になると、一路街を目指して馬車に揺られていった。

 

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属性:聖・魔  レベル:2  攻/防:2/3  進軍タイプ:歩行

新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1(使用中)

魔力:8/8

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関門

2話連続投稿2話目。


半年以上かけてしまい、申し訳ありません。

初めての方は、これからも不定期更新であることをお気をつけ下さい。


―――――村を出発してから2日が経過した。この2日で思い知ったことは、馬車の旅は思った以上に過酷だということだ。

まず、なんといっても馬車は揺れる。馬車は完全な木製でゴムのタイヤもサスペンションもついていないし、そのうえ街道は多少整備されているとはいえ舗装はされていないのだ。当然だが馬車はガタガタと常に揺れ続け、立ち上がれば転んでしまいそうなほどだった。俺は街に着くまでの間、特にすることが無いのでほとんど荷台でじっとしていることになるのだが、ずっと座っていると振動の負荷が一点に集中してとてもじゃないがそのままではいられない。結果として横になって少しでも負荷を分散させようとするのだが、これには大きな問題がある。負荷が分散することで全身が振動に晒されることになるため・・・・・・酷く酔うのだ。幸いグァジがくれた乗り物酔い用の口に入れるとスッと鼻に抜ける風味のある薬草の一種を噛むことで吐き戻すのは避けられたが、休憩か夜営のために馬車が停まっている時以外は俺は完全に荷台の上でグロッキーになっていた。

他に付け加えるとするならば、食事面の酷さ、いや貧しさだろう。移動中の食事は全て日持ちのする保存食なのだが、その内容は味が薄いと感じてあまり好まなかった村での食事が懐かしく思えてくるほどだった。干し肉は異常に塩辛い上にゴムのような食感でなかなか飲み込むことができなかったし、パンは固く焼き締めてあって水でふやかさなければ歯が立たないほどだ。唯一普通に食べられたのは無花果に似た果実を干した物だが、たとえそれをある分全て食べてしまったとしても満腹にはほど遠いことが分かっていたため泣く泣く少しずつ分けて食べることにした。

そんな短いはずなのに長く感じた2日間を乗り切り、ついに到着予定の旅の3日目。俺は今日も今日とて激しい馬車酔いと戦っていた。日の出とともに出発してから初めの数時間は大丈夫だったのだが、陽が高くなった頃にはもうダメだ。それでもグァジから貰っていた酔い止めの薬草を噛まずにいられたのはこの2日で僅かなりとも馬車に慣れていた事の他に、街が近づいてきて道がしっかりしてきたことも大きい。

 

「う、うぅ・・・・・・まだ、ですかぁ?」

 

荷台の上で呻き声とともに、今日何度目かもわからない言葉を絞り出す。自分では酔いに耐えながら定期的に聞いているつもりではあるが、正確な時間を計るものなど無いから感覚に頼るしかなく、きっと酔いが酷くなってからは頻度が上がってきていることだろう。それでもグァジは少しも嫌がる様子もなく、毎回律義に返事をしてくれていた。まぁ、今のところ返ってきた答えは"まだですねぇ"だけなのだが。おそらく俺は彼の想像以上に馬車に弱かったのだろうが、彼の声には笑いの色は無く、むしろ俺への気遣いが感じられた。・・・・・・人間弱ったところに優しい言葉をかけられると弱いってのは本当だなぁ、商人だからって理由で警戒してた過去の自分が馬鹿みたいに思えるよ。

問いかけてはいるが今までのやり取りで良い返事がくることは期待していないので、思考を他所に飛ばしながら返事を待つ。しかし、グァジから返ってきたのは今までとは違う―――――そして待ちに待っていた言葉だった。

 

「おお、召喚術師殿。そろそろ街も見えてきましたよ」

 

「本当ですか!?」

 

どこにそんな力が残っていたのか、俺はガバッと瞬時に上体を起こすと未だグラつく視界の中を御者台の方へ向かうが、足が上手く言うことを聞かず四つん這いになって這ってようやく御者台までたどり着く。さっきまで馬車酔いでぐったりしていたというのに今の一瞬だけは気持ち悪さなどどこかへ忘れてしまったようで、自分の体のことながら現金なものである。

乱暴に御者台との間にある幕を開けると、馬の手綱を握ったグァジの背中越しに小高い丘の陰から姿を現している石造りの城壁が目に映る。グラグラ揺れている視界では細かいことまでは分からないが、遠目にも城壁がかなりの規模―――――すなわちその中の街もかなりの大きさであることが理解できた。

 

「あれが!」

 

「ええ、あれが村から一番近い、ダルゴの街です」

 

「あれが・・・・・・!」

 

御者台の後ろから身を乗り出して城壁を見つめながら同じ言葉を繰り返した俺に、グァジはフフッと微笑んで言った。

 

「もうすぐ馬車の旅も終りですが、これからも旅をお続けになるなら馬車には慣れた方が良いですよ」

 

"ドラゴンで乗り付けられたら大騒ぎですから"、そう悪戯っぽく付け足した彼の言葉に現実に引き戻された俺はほろ苦く笑って答えた。

 

「・・・・・・多少旅が遅くなっても、もう当分馬車は勘弁ですよ」

 

思った以上に情けない声が出たせいだろうか、グァジが快活に笑いだしたがそれほど悪い気持にはならなかった。

 

 

 

 

それからしばらくして、俺たちの乗った馬車は街の入り口である門の前までやってきていた。旅人を迎え入れるためか開いたままになっている門は大きくはあるが、流石に総鉄製ではなく所々に補強が入った木製で、その分厚さは一度閉じれば並大抵の攻撃では破れない堅牢さを感じさせる。しかしそれも当然か、なんたって街の外には魔物や盗賊など、元の世界の比ではない危険が満ち溢れているのだから最低でもこのくらいは必要なのだろう。

グァジが門の前で馬車を停めると、門の脇に立っていた衛兵の一人が近づいてきた。

 

「はいはい、どこから来たのか確認を―――――って、なんだグァジじゃないか。どうしたんだ? 前に来てからまだそんなに経ってないだろう。・・・・・・護衛まで連れて仰々しい」

 

どうやらグァジと顔見知りらしい中年の衛兵が、俺に訝しげな視線を向けながらグァジに問いかける。・・・・・・そりゃあ立派な鎧を着てる奴が一緒に乗ってりゃ誰だって護衛用の人員だと思うわな。で、そんな大層な装備を着込んだ奴を乗せて、護衛のいらないほど治安の良い街道を、いつもより早い頻度で街へやってくれば、何か特殊な事情があることなんか透けて見える。なんか悪事でも絡んでるんじゃないかと勘繰れば、疑われるのは当然信用があるグァジよりも・・・・・・俺、だよなぁ。

投げかけられる不躾な視線に憮然とした面持ちでいると、グァジはこちらにチラリと目をやり、俺の気持ちを感じ取ったのか苦笑しながら衛兵の男に説明した。

 

「この方は私の護衛ではないよ。そも、この街についこの前来たのに間を置かずまた来た目的の半分はこの方をここへ案内するためだ。誓ってやましい事はない」

 

疑念に対してグァジが強く否定をしたことで、男の懐疑を含んだ視線が少し和らぐ。しかし、それでも全ての疑いを払拭するには至らなかったらしく、どことなく胡散臭いものを見るような目でこちらを見ていた。

 

「案内のためにわざわざ一緒に来るとは・・・・・・随分と持ち上げられているんだな。もしかして、村で何かあったのか?」

 

「そいつが今回の目的のもう半分だ。村がオーガのはぐれに襲われてね、その亡骸の供養のためにオーガの同胞会に報告して神官殿を派遣してもらわなければならないのさ」

 

グァジの口から語られた言葉に、男は驚愕に目を丸くする。驚きの余り何か言おうとその口をパクパクと動かしてはいたものの、そこからは何の音も出てはいなかった。

 

「おいおい、少しは落ち着けよ」

 

傍から見ていれば滑稽と言ってもいい反応にグァジは笑いを堪えている様子で声をかけると、男はキッと視線を鋭くし、顔を歪めてグァジを睨み据えた。笑われていることへの羞恥か怒りか、その顔は赤みを帯びている。

 

「からかうな! はぐれのオーガなんて出たら場合によっては討伐隊の編成沙汰だ。どうせ未成熟な子供のオーガだったんだろう? まったく、脅かすんじゃないぜ!」

 

2人の会話を後ろから聞いていて俺は思った。・・・・・・え? 大人になったはぐれのオーガってそんなに強いの!? 確かにあのオーガには危うく殴り殺されかけたけど、まさかあれでもまだ未成熟ってことは・・・・・・いや、ないな。というか、あって欲しくない。あんなのがヒヨッ子レベルだったら、誰が何と言おうと街の外に出るときは4レベル以上のドラゴン並みのユニットを傍に常駐させるぞ、俺は。

俺の周りの迷惑を考えない決意に反して―――大変ありがたい事に―――グァジは男の言葉に静かに首を横に振った。

 

「冗談じゃない。実際に、村一番の狩人ですらやられたくらいだ。それでも結果として死人一人無く事が終わったのは、この方のおかげと言っていい」

 

グァジの言うことを総合的に判断すると、つまりあのオーガは犠牲なしに勝つことが難しいかなりの脅威だったということか。ホッと安堵に胸を撫で下ろしながら先ほどの傍迷惑なプランを白紙に戻していると、男は警戒を和らげてでこちらに向き直った。

 

「一応信用できる相手だって事は分かった。だが、仕事は仕事なんでな。商人にも職人にも見えんから遍歴証を出せとは言わんが、身元の証明できる物を見せてもらいたい」

 

くっ、また知らない単語が出てきたぞ。小声で傍にいるグァジに「『遍歴証』って何です?」と尋ねると、「行商や旅の職人に各地の領主が与える通行と商売の免状です。規模か技量が認められなければ発行されませんが」と教えてくれた。俺が元の世界の書類を持っていたなら、この世界の人が日本語を読めない可能性に賭けて故郷での遍歴証だと嘘でゴリ押すという手も考えられたのだが、何分こちらに来た時に持っていたのは衣服とカードだけ。身の回りの身元証明になりそうな物は何一つとして持ち込めていない。―――あれ? もしかしてヤバイ?

 

「どうしたんだ? 別に生誕証でもいいんだが」

 

「ほら、10歳になったら神官殿が授けてくれるこういうやつです」

 

2人して俺の方を向いて促してくる―――グァジに至っては自分の生誕証らしい掌に収まるくらいのメダルを見せてくれている―――のだが、俺には出せる物がないので冷や汗をかきながら視線をそらすしかない。・・・・・・ええい、こうなったら!

 

「言いにくいのですが、私の故郷では神官の方が訪れる事がなかったので、生誕証を貰った者はいないのです」

 

嘘は言っていない。少なくとも現代日本では10歳の子供に神官が何かを授ける事なんてなかったのだから。しかし、この世界においてはこれはかなり苦しい言い訳だ。その証拠にそれを聞いた2人は驚愕というより困惑している。

 

「おいおい、流石にそれは・・・・・・」

 

「まさか・・・・・・、しかし・・・・・・、それなら・・・・・・」

 

衛兵の男の方は半信半疑よりも疑がかなり強いようだが、グァジは自分が全く知らなかった召喚術やそれによって喚ばれた存在について見聞きしている為、神官さえも訪れないような未開の地の技術だったのかと得心しているようだ。

 

「スマンが、生誕証も見せられないなら少し話を聞いたりする必要がある。馬車から降りてもらえるか? ・・・・・・ああ、グァジは入街税を払ったらもう街に入っていいぞ。積み荷もないし、同胞会に早いとこ報告しなくちゃならないだろうしな」

 

男の言葉にグァジは俺の方を向いて是非を問うような視線を向けてきたので、了承の意味を含めて大きく頷く。彼がそれに頷き返すのを見て、荷台に無造作に転がしていた槍と盾、カバンを拾い、馬車後部の幌を開けて飛び降りる。まだ馬車酔いが抜けきっていないのか少々頭が揺れているような気がするが、槍の石突きの部分を杖代わりにしながら先ほどの衛兵の所まで歩いて行った。

ここでグァジとは別れることになる。短いようで長く感じた旅だったが、色々な教訓を得る事が出来た。その感謝を込めて、入街税を払い終えて御者台に座り直すグァジに一言礼を言っておく。

 

「では、ここまでありがとうございました」

 

「なに、本当に大した事はしておりません。私もこの街へ行く必要があったのですから」

 

「それでは、また」

 

「ええ、また」

 

簡単に別れの挨拶を済ませた後、グァジは馬車を進ませ始め、俺は衛兵の男に従って歩き始めたが、その途中で彼は御者台の上から大きな声で言葉を付け足した。

 

「召喚術師殿! もし宿に困ったなら『鬼哭の酒場亭』をお訪ねください! 安くて飯の美味い良い宿ですよ!」

 

声の元へ目を向けると少し遠くまで進んでいった馬車から叫ぶその顔は茶目っ気たっぷりで、害はなさそうだが何か企んでいるように見えた。うーん、彼が一体何を考えているのかは分からないが、宿を探す方法にも困ってたし丁度いい、かな?

彼の謎めいた表情に新たな疑問を抱きながら、手招きをする衛兵に付いて再び歩いて行った。

 

 

 

 

 

俺が連れてこられたのは門の脇、草がきれいに刈り取られて地肌がむき出しになっている小さな広場だった。連れて行かれる姿を見て門の内側の両端にいた衛兵の内の一人、ゴツイ戦斧を背負った立派な髭の小男も俺の後ろを固めるように付いてきていて、広場で俺たちが立ち止まると先導した衛兵と俺を挟んで向かい合うように背後をとって控えた。

 

「それじゃあ、ちょいと話を聞かせてもらおうか」

 

話を切り出した男の声に、体が緊張で硬くなるのを禁じ得ない。返答次第では折角ここまでやってきたのに街には入れないという事もあり得るからだ。そろそろ柔らかいベッドが恋しくなってきたし、挑発的と取られかねない態度は慎もう。宿のベッドに思いを馳せて襟を正していると、男はちょっとバツが悪そうな顔で続けた。

 

「・・・・・・と言っても、生誕証さえ持ってないのは初めて見るしなぁ。生誕証が当てにならない移動民族と同じと見るべきか? いやしかし、彼らも一応は持っているし・・・・・・、それとも―――――じゃあ―――――でも―――――」

 

「―――ええい、まどろっこしい! ごちゃごちゃ言っとるんじゃないわい!」

 

早々にその銅鑼声で一喝したのは、俺の背後に立っていた髭面の衛兵だった。

 

「ワシらの役目は街を守る事じゃ。なら危険かどうかで決めればええ。危険じゃなければ中へ通す!危険そうなら上の判断を仰ぐ!これでええじゃろうが!」

 

「お、おう・・・・・・」

 

髭面の衛兵が一方的に論破してフンッと鼻を鳴らす。この男、背丈が俺の肩ぐらいしかない事とその腹に届くぐらいに蓄えた立派な髭のせいで結構な年嵩に見えたのだが、よく見れば彫りの深い顔は生気に満ち溢れていて思ったより若々しく感じられる。冗長な事が苦手なようだが、その点も好感が持てるな。個人的に敵に回したくないタイプだ。

 

「で、お主は何を生業にしておるんじゃ? 立派な武具の割に戦士には見えんが」

 

上から下までジロジロ見ながら髭の衛兵が問いかけてくる。・・・・・・あっさり見破られてるなあ。これでも素人目には槍使いに見えてると思うんだが、この衛兵にはバレバレらしい。先導した方の衛兵は気付いていなかったから、こっちが鋭いのか、それともあっちが鈍いのか。なんとなく前者な気がするなあ。

さて、この期に及んで誤魔化しても何の意味もない―――グァジに後で確認されたらすぐバレる―――し、ここは真っ正直に答えるとしよう。ただし、『風の旅人』であることは面倒事になりそうだから意図的に伏せて。

 

「私は召喚術師です。カードを使い、動物や魔物などを召喚術で喚び出して使役することができます」

 

「「ショーカン・・・・・・ジュツシ?」」

 

衛兵の2人は揃って困惑の声を漏らす。どっかで見たなあ、この風景。何か疑問があれば聞いて下さい、と俺が申し出ると、2人は暫し互いに視線を交わしあい、おずおずと質問を口にした。

 

「あー、なんだ、その、召喚術ってのはなんでも喚び出せるもんなのか?」

 

「なんでも、とは言えませんが、大概は喚び出せますよ」

 

デメリットの特殊能力『新米の召喚』のせいでレアリティが極稀のカードからは召喚できないから若干の制限はあるが、稀以下のカードだけでも―――極稀のカードの数が少ない事もあって―――かなりの種類を召喚する事が出来る。特に動物系は哺乳類・鳥類・爬虫類・魚類となんでもござれだ。もっとも問題は、それらの動物たちのほとんどが大の大人より大きかったり、妙な特殊能力を持ってたり、人を2・3人殺して余りあるほどの身体能力を持っていたりする事だが。

 

「どこから喚び出すんじゃ? カードの中に事前に封じておるのか?」

 

「いいえ、カードの中に生きた存在がいる訳でも、カードがどこかに繋がっている訳でもありません。言うなれば、カードの絵と同じ姿の実体を持った幻を喚び出している、という感じでしょうか」

 

自信満々に言い切りながら心の中で、多分ね、と付け足す。この能力は仮称『風の神様』から与えられたものだから自分でも分かってない事が多いのだ。今言った事も、召喚したコボルドたちなどから話を聞いて立てた推論にすぎず、もしかしたらこの世界や六門世界とも違う別世界がカードの中に共通して存在しているのかもしれない。

 

「へぇ、最初の説明だと従魔を喚び出す従魔士(テイマー)みたいなもんかと思ったが、聞いた感じだとそういう魔法なのかもしれないな」

 

「そうじゃのう。じゃが、それだと何属性の魔法なのかは見当もつかんが」

 

"従魔士(テイマー)"ねぇ。俺の場合はそういう言い方をするなら、"召喚士(サモナー)"かな。それにしても召喚術が魔法か否か、とは難しい問いだ。原作小説では魔法である戦闘スペルを使えなくするアイテム《ザビエスの興奮剤》によって召喚術の行使が阻害される描写があったが、それは召喚術に高い集中が必要という設定があったからであって召喚術が魔法だからではないはず。事実、その後の展開でも強い精神力で集中を保てば興奮剤を受けてからも召喚術を使えていたしな。しかし、魔法ではないのかというと疑問が残る。なにせ原作の召喚術はなんといっても喚び出す対象を世界のどこかから自分の下へ瞬間移動させるのだ。これを魔法ではない、と言い切るのは少々苦しいだろう。その上、戦闘スペルには《○○○・ゲート》という名の各属性に応じた召喚補助スペルも存在する。その場に既にいる対象を使役した召喚術師もいたから、瞬間移動させる部分だけは魔法、という可能性もあるかもしれない。

では、俺の使っている召喚術はどうだろうか。召喚対象も別にどこかから瞬間移動させている訳ではなく、本来使役するのに必要な《真の名》や高い集中が要らないなど、細かい部分も微妙に違っている。《鑑定》を使った時の相手の能力値もモンコレ『風』に見えているし、個人的には『召喚術を模した能力』だと思う。戦闘スペルが封じられてる状況で召喚術も使えなかったら手も足も出ないんだ、召喚術が魔法扱いかどうかも近いうちに確認しておかなきゃな。

 

「話の限りじゃあ、俺たちで判断を下すのは厳しそうだな」

 

「じゃが、上に判断を仰ぐにしても、話が本当である確認をせんといかん。スマンが、なんぞ召喚してみてくれんか?」

 

衛兵たちは自分たちだけで事を終わらせるのを諦め、俺に召喚術を実演するよう求めてくる。

上に話を持っていくためにも実際に見せてみろ、か。まあ、妥当な話だ。今は魔力も最大値だし、ほとんど何を召喚しても大丈夫だが・・・・・・

 

「念のために聞きますけど、亜人や獣人を召喚するのもマズイですよね?」

 

隠しておいてもよかったが、後々トラブルの種にならないよう教えた情報に彼らは目を剥いた。

 

「えっ!? そりゃ、なあ? いくら幻といっても、誤解を生むだろうし・・・・・・。あ! まさか人間も召喚できるのか!?」

 

「いいえ、人間は召喚できませんが」

 

その言葉に男はあからさまに胸を撫で下ろし、髭の衛兵は少し疲れたような声音で言った。

 

「ま、絡まれたくなければ自重するべきじゃろうな。ワシもドワーフの召喚なぞ見たくはないわい」

 

反応はほぼ予想通り。やはり亜人系のユニットの召喚は街では慎重になった方がよさそうだ。しかし今はとりあえず適当に騒ぎになりそうにないユニットを召喚すべく、鎧の腰の部分に結び付けておいた袋の口を開く。

この袋の中には非常時に召喚できるように低レベルだったり即時召喚が可能だったりするユニットカードや幾つかの補助用のスペルなどが入っている。緊急時にはカードを選んでる時間などないことを見越して事前に有用なカードを選別しておいたのだ。・・・・・・実は全体攻撃可能なユニットや大型ユニットなどもお守り代わりに少量混ぜられているが、それはそれ。使われないことを祈るだけだ。

さて、袋の中から当たり障りのないカードを一枚だけ取り出して召喚を行う。コイツは戦力的にも消費魔力的にもそれほどでもないし、試しに見せるにはもってこいだろう。

 

「普通召喚、《グレイ・ウルフ》」

 

召喚の宣言と共に空間に奔った六芒の魔法陣から、大型犬くらいの大きさをした一匹の狼が現れる。《グレイ・ウルフ》、名前通り灰色の毛並みをしており、前に召喚した事のあるウィンター・ウルフと同じ1レベルの狼である。能力的な違いはこちらは吹雪に対する耐性やイニシアチブに対する上方修正値を持っておらず、攻撃力は1だけ上回っていること。ただそれだけ。特殊能力も何も持っていないのでその特長はレベルより高い攻撃力だが、グレイ・ウルフだけでは先攻をとれるかは運任せになるため別のユニットのお供として攻撃力の底上げ要員になる事が多かったユニットだ。

事前に説明を受けていた2人も実際に現れた狼に目を見張る。

 

「マジかぁ・・・・・・、こりゃ本物と区別がつかねぇぞ・・・・・・」

 

2人して目の前で大人しく"お座り"するグレイ・ウルフに呆けていたが、そこは年の功なのか髭の衛兵が先に我に返りもう1人の衛兵に指示を飛ばす。

 

「話がすべて本当となれば、ワシらでは話にならん! お前は詰所に行って隊長と詰めている神官殿を呼んで来い! 今の時間なら2人とも詰所におるはずじゃ! 」

 

「お、おう!」

 

言葉を受けて男は一目散に走り出した。俺はグレイ・ウルフと一緒にその後姿を眺めながら、なんか大事になってきたなぁ、とまるで他人事のように感じていた。

 

 

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属性:聖・魔  レベル:2  攻/防:3/5  進軍タイプ:歩行

新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1(使用中)

魔力:7/8

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属性:風  レベル:①  攻/防:2/1  進軍タイプ:歩行
グレイ・ウルフ 【ウルフ】
消費魔力:1
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※レベルより攻撃が1高いハイイロオオカミ。
 【ウルフ】デックか低レベルによる数合わせか、
 どちらにしても他のユニットの力が必要になるユニット。


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誓約

「へぇ、トマスさんはドワーフだったんですか。ドワーフの方に会うのは初めてです」

 

「ほう、そうか。しかし生誕証を持っとらん上にドワーフも見たことがないとはよほど辺鄙なところの生まれなんじゃなあ?」

 

隊長と神官とやらを待つ間、俺は此処に残った立派な髭の背の低い衛兵―――ドワーフのトマスと世間話をして時間を潰していた。とは言ってもこっちの身の上話はできないので、この街についてや衛兵の仕事などの話を一方的にしてもらっていただけなのだが。

彼の種族が分かったのは互いの装備について話していた時だ。初めはトマスが街の話が一段落したところで俺の装備をまじまじと見て、"武具は見事じゃがそれに着られておるな"と言った。まぁ、たしかにこの装備は足りない防御力の底上げのために着ているだけだから見る人が見れば身の丈に合わないものを持っているように感じられるのだろう。しかし、街に入れば危険はかなり少なくなるから過剰な防御力などほとんど必要ない。だから街に入ったら当座の資金を得るためにもこの装備は売り払うつもりだと伝えると、彼はかなり驚いていた。なんでも、てっきり先祖伝来の武具を相続して腕前より良い武具を持っているのだと思っていたから、『売る』という選択をするとは思わなかったらしい。何処か適正な値段で買い取ってくれるところがないか聞いてみると、"ぼったくりも酷い買い叩きもしない誠実な店だ"と快く衛兵隊とも取引をしている武器屋を紹介してくれた。

装備の処分についてアテが出来たことに礼を言って、そのついでに抱いていた小さな疑問を告げる。すなわち、"その体で戦斧を使うのは大変じゃないか?"と。

彼―――トマスは他の衛兵と同じ意匠の鎧を身につけているが、その身に帯びた武器は他の衛兵が剣なのに対し彼はゴツイ戦斧である。服の上からでも鍛え上げた筋肉を感じさせるその太い腕を見ればそれを振り回すことも可能なのだろうが、彼はいかんせん背が低い。身長は他の衛兵と比べても二回りは小さいし、腕よりさらに太い両脚は力強くはあるものの短足と言うほかなく全体的にずんぐりとした印象を受ける姿である。そんな彼が輪をかけて範囲(リーチ)を狭める武器を選んだのはなぜか、それが俺の疑問だった。

問いかけられたトマスは一瞬キョトンすると呵呵大笑し、"ドワーフの戦士は昔から戦斧か戦鎚を使うのが習わしだ。それにワシらにとってはこの程度の重さ、片手でだって扱えるわい"と言い切った。ここに至って、俺はようやく目の前のこの男がドワーフという人間とは別の種族であることを知ったのだった。

ドワーフ。モンコレにおいても土属性の主な種族の一つとして登場している亜人だ。能力的には完全な後攻型でイニシアチブ:-Xを持つ者も多く、小型のユニットとしては防御力が高めな事が特長で相手の攻撃を耐えて殴り返すのが基本運用法である。設定的には性格は短気で頑固。無類の酒好きで、手先が器用なことを活かした鍛冶をはじめととする職人仕事が得意。外見は例外なく背が低く髭を蓄えている・・・・・・だいたいこんなところだろうか。

勿論、オーガの時のようにモンコレと姿すら違う事もあるのだから、この設定とどれくらいこの世界のドワーフが似通っているかは分からない。しかし、今までこのトマスという男を見た限りでは割と俺の抱くドワーフのイメージと共通する点が多い気がする。

この世界にいる種族についても知識をすり合わせしときたいなぁ、などと考えながら適当に答えていたら迂闊にも冒頭の発言をしてしまい、図らずも相当な世間知らずであることを知られてしまった。その後しばらくはトマスからの身の上についての追及をかわしていくのに骨を折ったが、そのうちに彼も聞かれたくない話題であることを感じ取って問い詰めるのを諦めてくれた。

 

 

 

 

 

世間話が"最近、酸っぱいエールのような安酒しか飲んでない"などという愚痴に変わり始めたころ、トマスは一旦話すのを止めて焦れたように漏らした。

 

「しかし遅いな。あ奴め、一体何をやっ『お~い!』・・・・・・噂をすれば、じゃな」

 

響いた声に嘆息しながら振り返った彼の視線の先を見ると、初めに会った衛兵が腕を振りながら門から小走りにこちらに向かってきており、"結構待たされたな"などと気の緩んだ思考をしていた俺はその後ろに続いて門から出てきた2人の姿にギョッとした。

片方はいい。青色に染められたゆったりとした服に身を包んだ壮年の男性だ。首からは雫型をした銀色の紋章を提げており、深いしわの刻まれた顔は柔和な印象を与えている。

問題はもう一方だ。小さな子供の胴回りくらいありそうな太さの、指先が膝下まで優に届く長い腕。これはいい。痩せすぎた人のように腹だけが突き出た独特の体形に特別にあつらえたような鎧を身に付けた2mを超すヒョロリとした身体。これも百歩譲っていいとしよう。しかし何より俺を驚かせたのは、先の尖った小さな耳や太く大きな鉤鼻も気にならない程の、口が耳まで裂けた異様な面貌だった。

正直隣の青服の男性を頭から丸齧りし始めても驚かない、いかにも怪物といった顔をした者の登場に衝撃を受けていたが、トマスがその異貌の者に向けて拳を胸につけて腕を平行にした構え―――おそらくは敬礼―――をし、そして同じ礼があちらから返されたことで、俺は我に返るとともに彼こそが呼ばれて来た『隊長』であることを認識した。

 

「おう、トマス。そこの若いのが件の"召喚術師"か? ・・・・・・って、なんだ? 俺の顔になんか付いてるか?」

 

「え、あ、いや・・・・・・」

 

無意識にその顔に視線が釘付けになっていたようで、怪訝な―――顔から想像したのよりは普通の―――声で問うてくる凶悪な面構えに俺はへどもどしてしまい、咄嗟に言葉を返すことができなかった。何でもない問いかけにあからさまにおたつく俺を不審に思ったのか、眉間にシワを寄せ少し歪みが走った顔は先程よりも迫力を増していて、顔には出さないように努力するものの身体が強張るのまでは抑えきれず、それが更なるを不信を買う悪循環に陥ってしまう。

自分に向けられる鋭い眼光に俺はただ身体を固くするだけでまともに言葉を返せずにいたが、脇によけてその様子を見ていたトマスが吹き出し、声をあげて笑い始めたことでその連鎖は断ち切られた。突如笑いだしたトマスに皆呆気にとられ、厳しい顔をしていた『隊長』も底抜けに明るい笑い声に毒気を抜かれたようで、ハァと一息ついて頭をガシガシと掻くと俺から視線を外してトマスの方を向いた。

 

「・・・・・・トマス、どういうことか説明してくれるか?」

 

まだ釈然としないものを感じているからだろうか、説明を求めるその声は最初に俺に問いかけた時より若干低い。まぁ、無理もないな。そもそもここに呼ばれて来たのは下の人間では判断しきれない不審(もしくは危険)人物をどうするか決めるため。その対象が挙動不審なら怪しむのも当然の事だ。トマスを信用しているからこそ一旦疑念を打ち切ったが、納得するには程遠いという所だろうか。トマスが笑いながら答えている時、俺は気が緩んだ事でできた頭のどこか冷静な部分でそんな事を考えていた。

 

「ガハハハハ! いや何、隊長が強面すぎるってだけの話じゃわい!」

 

「強面って・・・・・・確かにお前さんよりは厳つい顔をしてる自覚はあるが、見た目の怖さなら虎獣人や獅子獣人の方が上だろ? 牙もあるし」

 

「こやつが生誕証も持っとらん事は聞いとるじゃろう? 話を聞いたところ、ドワーフも見た事がないような辺鄙な所の出身らしくてのう。そんな奴が生まれて初めてトロールを見りゃ、そりゃあ驚きの一つもするもんじゃて!」

 

トマスの言葉に顎に手を当て"なるほどなぁ・・・・・・"と深く頷く彼を見て、俺は早速現れたモンコレと違う特徴を持つ『トロール』に心の中で世の不条理に叫びをあげていた。

だって全然違うじゃん! 達磨みたいな肉厚な体形でもなければ皮膚が緑色でもないし! 唯一近い所を挙げれば身体が大きい事だが、モンコレの「種族:トロール」はだいたい4レベルだからワイバーンとほぼ同サイズと思えば明らかに小さい。こんな違いがまだまだあるなら知識を学ぶ優先順位を上げなきゃいけない。はぁ、やるべき事が山積みだなぁ・・・・・・

思わず出そうになる溜め息を堪えていたら、一応納得したらしい彼は口角を僅かに上げて再び話しかけてきた。本人は柔らかく微笑んだつもりなのだろう、多分、きっと、コワイけど。

 

「あー・・・・・・なんだ、驚かせちまったようで済まねぇな。俺がこの街の衛兵隊長、ウル氏族のユーグだ。そこの座ってるワン公がショーカンジュツで喚び出したってやつかい?」

 

「え、ええ」

 

どもりながらも俺が首肯すると彼は"ふむ"と呟き、視線をグレイ・ウルフに移してのしのしと近づいていく。それに驚いたのか今まで大人しく座っていたグレイ・ウルフは牙を剥き低い唸り声を上げて威嚇し始めたので、俺は急いで感覚共有を使い"何をされても大人しくしているように"ときつく伝える。グレイ・ウルフは不満そうではあったが威嚇するのを止めると耳をペタンと悲しげに伏せて、近づいてくるユーグ隊長を受け入れた。

グレイ・ウルフの前に立った彼は屈んで正面から見据えると、"ほう"とか"ふむ"、"なるほど"などと呟きながらその大きな手で毛並みを撫で回したり、口を開かせて牙を眺めたり、伏せた耳を軽く引っ張ったりした。グレイ・ウルフは非常に嫌そうにしていたが言いつけを守って大人しくしていてくれて、しばらくして一通り触り終えたユーグ隊長はここまで一緒に来たもう一人を振り返り口を開く。

 

「駄目だ、全然本物と区別がつかねぇ。神官殿から見て、どうだ?」

 

話を向けられた青い服の男性は大きな溜め息をつくと力なく首を横に振った。

 

「こちらも同じです。先程少しだけ魔力の流れが見えたような気もしましたが、それ以外は全く見分けがつきませんね。『召喚術』、でしたか・・・・・・実に興味深い」

 

求めていたのとは違う神官の答えに"そうか・・・・・・"と残念そうに零すと、表情を再び引き締めてこちらを向いた。

 

「悪いが、報告通りならアンタをこのまま街に入れる訳にはいかねえ」

 

ぐっ、やっぱそうくるか。グレイ・ウルフ程度しか見せてないから大丈夫かと思ったが、思ったより危機意識が高い。

召喚術は端的に言って危険な技術だ、なにせほぼ手ぶらで危険な存在をいつ何処ででも喚び出す事が出来るのだから。六門世界でも召喚術は規制の対象だった。時代によっては悪魔の技術と忌避され、協会や学院に保護されるようになってからも己のために力を振るうモグリの召喚術師は『無法召喚士』と呼ばれる問答無用の捕縛対象だ。組織に属する者たちも、能力の著しく高いものは『戦略級召喚術師』と呼ばれて管理され、戦場や防衛組織に身を置くことを余儀なくされていた。俺にとっては苦々しい思いだが、街の治安・安全を預かる者としては正しい判断と言わざるを得ない。

グァジに口裏を合わせてもらって黙っているという選択もあったが、俺は自身が危機的状況になったら迷いなく召喚術を使うだろう。もしそれで騒ぎが起これば―――いないはずの存在が現れる召喚術の性質上、起こらない可能性の方が低いのだが―――素直に話している場合といない場合、どちらの罪が重くなるかは明白だ。下手をすれば、騒ぎを起こすために黙っていたと取られる取られる事も考えられる。だからこそ(多少の誇張は除いて)正直に伝えたのだが・・・・・・

ここまで頑張ってやって来たのに街には入れないのは困るなぁ、せっかく久しぶりに柔らかいベッドで寝られると思ったのに。諦め気分でいた俺に、ユーグ隊長は思いがけない言葉をかけた。

 

「・・・・・・しかし、アンタが神官殿の『誓約の奇蹟』を受けて誓うのなら街に入っても構わない」

 

・・・・・・? 話が見えなくなった。しかし、どうやら条件付きでなら入れてくれるようだ。

 

「その『誓約の奇蹟』というのは?」

 

「神官殿の祈りの奇蹟で、水と契約の神マディアの名の下に誓ってもらうのさ。神を証人とするんだ、もし誓いを違えたりすれば・・・・・・」

 

「・・・・・・違えれば?」

 

思わずゴクリと唾を呑む音が俺の耳には大きく聞こえた。

 

「確実に天罰が落ちる。まぁ、神の名において誓った事を違えるヤツなどそうはいないが・・・・・・、記録には全身の血が沸騰して死んだヤツもいるな」

 

・・・・・・ゾッとした。絶対に落ちる天罰とはこの世界ならではだが、体験するのは御免被る。破る事がないよう誓いの内容には気を付けるべきか。

 

「ああそれと、神官殿の祈りの奇蹟の行使への寄進額は入街税に加えて払ってもらうからそのつもりでな」

 

「え!!」

 

それはマズイ! 俺の持っているのは村で貰った銅貨300枚分の金だけ、それ以上の額は逆立ちしたって出せやしない。まさかツケにしてくれる訳もないだろうし、足りなかったら装備の物納で勘弁してもらえないかな・・・・・・?

動揺する俺の様子を見てユーグ隊長はクックッと笑いながら言った。

 

「安心しな、『誓約の奇蹟』は水の神官にとって一番初歩の業だから寄進額も少ない。・・・・・・そうさな、銀貨にして5枚ってところか」

 

あ、意外と安い。いや、今の懐事情的には十分痛いんだけど、村で病気一つを治すのに莫大な額が必要と聞いていたので思ったより安いという印象だ。この街でなら装備の売却も可能だろうからこの程度の額なら大丈夫だろう。

 

「分かりました。その『誓約』とやら、させて頂きます」

 

「おう! そうとなりゃ話は早い。神官殿、よろしく頼む」

 

ユーグ隊長が促すと神官の男性は頷き前に出てきて、よく通る声で祈りの言葉を唱え始める。眼を閉じ朗々と祈りを捧げる姿は威厳と荘厳さを感じさせたが、俺には難解で何を言っているのか半ば以上分からなかった。分からないなりにジッと祈りを聞いていると、しばらくして辺りがまるで太陽が雲で翳ったように薄暗くなり始め、逆に神官の首に下げられた何かの紋章はぼんやりと光を放ち始めた。紋章の放つ光に誘われるように薄暗くなった周囲も青い光に包まれ、まるで水の中にいるような錯覚を感じる中、神官のはっきりした声が響く。

 

「神官パウロが水と契約の神マディアに願う、この者の誓いを聞き入れ給え」

 

この不可思議な雰囲気に圧倒されていた俺はユーグ隊長に無言で顎をしゃくられ慌てて前に一歩出て誓いの言葉を口にする。

 

「『この街で召喚術を犯罪のために使用しないことを誓います』」

 

自分ではごく普通に口にしたはずなのに、マイク越しのように反響しながら響いた誓いの言葉。それを声にし終わった瞬間、辺りを包んでいた青い光は急激に明度を増し、その眩しさに思わず目を瞑ると、次に眼を開けた時には辺りは神官が祈り始める前と同じに戻っていた。薄暗くなったり光に包まれたりした名残りなど全く見えない元通りの情景。その落差に目を白黒させている俺にユーグ隊長は機嫌良さそうに言った。

 

「よし! これで街に入れても大丈夫だろう。無いとは思うが、努々誓いを破らんようにな!」

 

俺はその言葉に苦笑いを浮かべる事しかできなかった。

 

 

 

 

 

「おお~~っ!」

 

『誓約』を見届けるとすぐに詰所へ戻って行ったユーグ隊長と神官を横目にトマスへ入街税と『誓約の奇蹟』の行使への寄進、締めて銀貨5枚銅貨6枚を支払った俺は彼から貰った従魔用の首輪をグレイ・ウルフに付けてやり、街の門をくぐった。

石造りの建物が目につく街並みはヨーロッパを想起させ―――まあ行った事はないから想像のだが―――、改めて日本ではない所にやってきた事を感じさせる。街の中心へと続くらしい道は石畳で舗装されており、他の地べたが剥き出しの道と違って分かりやすいから迷ったらこの道へ出ればいいだろう。よく晴れた昼下がりだけあって道には結構な人の往来があるが、村と違って明らかに人でない者の姿もちらほらある。服を着た二足歩行の獣のような姿の者、逆に上半身が人で下半身が馬の姿をした者、背中の大きく開いた服を着ている翼を持つ者に山羊のような角や蜥蜴のような鱗、二本以上の腕が生えている者など様々で、俺は思わず感嘆の声を零した。

黄金色の装備一式という派手な物を身に付けている上に結構大きなグレイ・ウルフを連れているせいか、早くも周りの視線を集め始めているようなので、こちらを見て何事か囁き合っている声を振り切るようにしてトマスから聞いた道順をなぞって武器屋を目指す。通り過ぎた道の数を数えて角を曲がるとどうやら道を間違えずに来られたようで、幾つもの鉄看板が道へ突き出している通りに出た。曲がるまでの道より人がまばらな通りを様々な意匠の看板を眺めながら歩いていると、奥まった場所にお目当ての剣と盾の意匠の看板の建物が見つかった。

グレイ・ウルフは店の前に座らせておいて、喜び勇んで扉を開けて中に入ると薄暗い店内に金物くさい金属の匂いが鼻をつく。剣や槍が無造作に突っ込まれた樽や防具や盾が飾られた棚などがある店内を見回すとカウンターの奥に鋭い眼でこちらを見ているトマスによく似た男の姿があった。

 

「何の用じゃ、ここにはお前さんの身につけておる物より良い品なぞない。お引き取り願おうか」

 

いきなりつっけんどんな態度をとるトマス似の男―――しかし髭だけは彼より長く、三つ編みにしている―――に苦笑しつつ、自分の目的を告げる。

 

「衛兵のトマスさんの紹介で来ました。この装備を売り払いたいのですが」

 

「なんじゃと!? ・・・・・・トマスの坊主の紹介か、しかしそれ程の武具を売り払うとは悪いが正気か?」

 

驚いている顔などは本当にトマスにそっくりだ、おそらくは血縁なのだろう。誠実な武器屋だとは聞いていたが、まさか手前味噌だったとは。まあ他に売り払うアテなどないから別に構わないのだけれど。しかし正気を疑われるとはなぁ、俺としてはレアリティの低くてそれ程惜しくないカードの中で黄金製の物だからそれなりに高価だろうという安直な考えしかもっていなかったのだが・・・・・・

 

「勿論正気ですよ。武具よりもお金が必要になりましてね、それで買い取って貰えるんですか?」

 

「フンッ! 確かに武具も見る目のある者に使われた方がいいじゃろうな! どれ、見せてみい!」

 

不機嫌そうに鼻を鳴らしてカウンターの奥から出てくる男。彼に促され、黄金の紋章以外の身に着けていた装備、鎧と槍、盾を手渡す。男は渡された装備を手に取ると途端に真剣な表情になり、金鎚で軽く叩いてみたりよく分からない工具で調べ始めたりした。

 

「むぅ・・・・・・やはり見立て通り全て魔法の武具か。しかも魔石を消費する型ではなく、そのものに魔法が込められた物・・・・・・」

 

独り言のように呟きながら渡した装備を一通り調べ終わった男はフゥと息をつきこちらを見て言った。

 

「錆びないが柔らか過ぎる金製の武具を魔法を込めて強化する、理にかなっちゃいるがそのせいで鋳潰せもしないから金としての価値では測れん。それに魔石消費型でない魔法具は使う者に才能を要求するからのう・・・・・・込められた魔法も含めて一級品の武具ではあるが、ワシがこれらに支払えるのは白金貨で15枚というところじゃな」

 

・・・・・・・・・・・・え? え、えっと、たしか白金貨は1枚で金貨100枚分で、銀貨は100枚で金貨1枚分だから・・・・・・銀貨にして―――――15万!? マジで!?

 

「ほ、本当にその額なのですか?」

 

俺が震える声で聞き返すと彼は機嫌を損ねたようで眉根を寄せて返答する。

 

「フンッ! そりゃあワシの店もこの街ではそれなりの大店だとはいえ、大都市の店に比べりゃ買い取り額も低いかもしれん。しかし、ワシも武具鍛冶の一人として誇りに賭けて妥当な額を言ったつもりじゃ!」

 

いや、俺はそんなに貰ってもいいのかという意味で言ったんだが・・・・・・まあいい、これで資金面での問題は解消されたも同然だ。けれど別の問題もある。このまま白金貨を受け取って使いでもしたらお釣りがとんでもない事になるからまともに買い物できない。そこで武器屋の男に頼むことにした。

 

「白金貨14枚でいいので、金貨1枚追加でもらえませんか?」

 

「払いが安くなるから構わんが、何か意味があるのか?」

 

男は訝しげだ。別に隠し立てするような事でもないので正直に話す。

 

「両替せずに使える分も欲しいので」

 

「なんなら白金貨1枚分を金貨で払ってやってもよいぞ?」

 

「無暗に荷物を多くしたくないので遠慮します」

 

善意からなのだろうが、金貨100枚も持ってあちこち動くなど俺にはできない。それでも荷物を重くしたくないというだけで査定額を白金貨1枚分下げた俺を変な奴だと言わんばかりの目で見てくる男から代金を受け取り、店から出た。

 

 

 

「よし、当面の資金はなんとかなった。次は宿屋だ、行くぞグレイ・ウルフ!」

 

そうして俺は店の前でキチンと座って待っていたグレイ・ウルフを連れて、大通りに出るため元の道を戻りに歩きだした。

 

 

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属性:聖・魔  レベル:1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1

魔力:7/8

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宿泊初日

食事の描写をしてて、メシテロの人は凄いと尊敬した。



毎度遅筆ですが、待ってくれる方々有難うございます。

訂正すべき点などご指摘いただけると嬉しいです。


トマスとの世間話で聞いた宿屋のある通りを目指して街の中をグレイ・ウルフを連れて歩く。多少の視線を感じない訳ではないが、それは一緒に歩いているグレイ・ウルフに対するもので、その視線もグレイ・ウルフが従魔用の首輪を付けているのに気付くとすぐに離れていく。さっきまでの黄金装備(キンピカ)も合わせて集めていた視線と比べると大分マシになった。

 

宿屋のある通りは武器屋のあった通りより城壁寄りにあったので来た道を戻ることになったが、幸いそれほど離れていなかったので迷うことなく辿り着く事が出来た。民家より大きな建物が並ぶ通りに着いてグァジの言っていた"オススメの宿"の事を思い出したのだが、どれがその宿なのかさっぱり分からない。仕方ないのでトマスたちと似た装備をしていた警邏の衛兵らしき人に声をかけ、幾ばくかの銅貨と引き換えに件の宿屋『鬼哭(きこく)の酒場亭』へ案内してもらった。

 

「ここか・・・・・・」

 

案内してもらった建物は全体的に大きい印象を受けるものだった。宿の規模自体も他の建物に比べて大きかったが、入口である扉も3m近い大きなものが取り付けられている。なんだか自分が身体に見合わぬ扉を開ける小さい子供のようだな、なんて考えながら扉を開けて建物に入った。

 

中は天井が高い広間のようになっていて脇に2階への階段が見える。1階には幾つものテーブルと椅子が並べられており、店名の通り酒場としても営業しているのだろう。今はまだ日も高いので客は疎らにしかいないが、逆に言えばこの時間でも客足が絶えていない。これだけでもここが良い店なのが分かる。なるほど、グァジが勧めたのも分かる気がする。

 

まずは宿泊の受付を済ませようとカウンターへ行くと、こちらに気付いたらしく奥にある厨房から髭面の男が出てくる。その姿を見て、俺は反射的に身構えてしまった。見上げるような巨躯、赤銅色の体色、そして額に生えた一対の角。そう、ちゃんとした服を着てはいるが男は間違いなくオーガだったからだ。オーガに対する第一印象が命のやり取りの最中という最悪なものだったのだから誰も俺を責める事は出来まい。

 

「はいよ、宿泊かい? ・・・・・・おいおいどうしたんだい、そんなに身構えちまって?」

 

猫だったなら全身の毛を逆立てているくらい警戒している俺に困惑するオーガの男。俺としては事情を話すのは吝かではないのだが、オーガである男に『貴方の同族に殺されかけました』などと言っていいものか判断がつかず黙っているしかなかった。沈黙を保つ俺にますます困惑して眉間にしわを寄せる男だったが、何かに心当たりがあったのか"ああ!"と合点がいった様子でポンと手を打った。

 

「アンタだろ、グァジんところの村ではぐれの同族を倒したって奴は!」

 

なんと、もう街のオーガたちに話が伝わっているのか。事情を知っているようだが気分を害してる様子もないので認めてもそれで冷遇されるという事はないだろうが。

 

「え、ええ、しかし随分耳が早いですね。グァジさんとは一緒にこの街に来たのですが」

 

「ああ、俺は同胞会の幹事もしていてな、そういう類の話は真っ先に入ってくるのさ。従魔を連れてるとは聞かなかったがな」

 

なるほど、そういう事か。『誓約』の一件のせいでグァジさんより街に入るのは遅れはしたが、その時間だけで凄い早さで話が広まったのかと思ってびっくりしたよ。・・・・・・って、そうか。グァジがここの宿屋を勧めた時に何か含みがある様子だったのはこれで俺を驚かせるためか! 性質(たち)が悪い・・・・・・いや、事情を知っている相手で大事にならないようにしてるから性質が良い、のか? どっちにしろ上手く乗せられてしまったことに変わりはないが。

 

「しかし、もう話に尾ひれが付いちまってるみたいだぜ? なにせ俺の聞いた話じゃ黄金の武具に身を包んでるってことになってたからな!」

 

「アハハ・・・・・・」

 

すみません、ちょっと前までその格好で歩き回ってました。できれば話が小さくなって欲しいから訂正しないけど。

 

「で、ウチに来たんなら泊まりか飯かだろう? どっちだい?」

 

「宿泊で。おいくら程ですかね?」

 

「素泊まりなら一泊銀貨1枚と銅貨5枚、飯付きならさらに銅貨8枚だ。もちろん前払いな」

 

ふむ、村で聞いた相場より少し高いな。懐事情的にもつい先程かなりの収入があったところだから痛くないが、もしかしてふっかけられてるのか?

 

「少し高くないですか?」

 

疑いの気持ちからかちょっと険のある言い方になってしまったが、店主は気にした様子もなく答えた。

 

「ああ、今空いてる部屋は図体のデカい亜人用のしかなくてな。だから普通の部屋より割高なんだ。それにウチは他と違って昼飯も出してる。飯代はちょいと高いかもしれんが、全体で見りゃ安いはずだぜ?」

 

むぅ・・・・・・ならまあ、いいか。新しい宿を探すのも面倒だし、この宿を拠点にしてしばらくこの街に滞在し、この世界についての知識を更に学ぶ事にするとしよう。

 

「分かりました、では食事付きで一ヶ月ほどお願いします」

 

「ほう、長期滞在だな。なら幾つか注意事項があるから聞いていけ。

 

 一つ、貴重品の管理については自己責任だ。一応鍵付きの物入れはあるが、盗まれても責任はとれん。

 

 二つ、前払いされた代金は宿泊予定をキャンセルする以外では返金しない。途中で外泊したりここで飯を食わなかったりしてもその分の代金は返さんから気を付ける事だ。

 

 三つ、ウチには風呂があるが沸かすのもタダじゃない。入りたければそのたびに銅貨8枚払うこと、いいな。

 

 ・・・・・・最後に、従魔連れで泊まっても構わんが部屋を汚してくれるなよ? そんじゃ先に金を払いな」

 

店主に促され、武器屋で小さい革袋ごと渡された武具の代金から金貨を1枚取り出して手渡す。店主は無造作に出された金貨に少し驚いた様子だったが、それを受け取るとすぐに薄汚れた袋に釣りの銀貨を詰めて差し出してきた。武器屋で貰った袋にはお釣りを入れられるほどの余裕がなかったのでありがたく受け取ることにする。俺が袋を受け取ると彼は階段を指さして言った。

 

「部屋は2階の一番奥だ。旅の疲れがあるなら寝てても良いぜ、飯の時間になったら起こしてやる」

 

至れり尽くせりだなぁ。まあ情報収集や知識のすり合わせなんてどうしても今日中にやらなくちゃならない事ではないし、明日からゆっくりと始める事にして今日はもう休もう。考えてみればこの世界に来てから柔らかいベッドで寝た事は一度もないし、馬車での移動でも堅い荷台で寝ていたから宿屋のベッドに俄然期待が膨らむ。

その事を伝えると彼は笑って、

 

「うちのベッドは流石に羊毛とはいかないが、バロメッツの毛を使ってるから満足できると思うぞ」

 

と言った。

バロメッツ・・・・・・聞いた事のない名前だな。毛が取れるという事は家畜の一種なのだろうが、羊より安価に毛が取れるなんて便利な動物もいるものだ。

俺は店主に"期待してます"と告げて、ワクワクしながら階段を上って部屋へと向かう。通路は店主が通るためなのか宿の入り口と同じく大きい造りをしていて、窓も高い位置にあるせいか全体的に明るい印象を受ける。薄暗いより全然良いな、と思いながら一番奥まで行くと、そこまでに通り過ぎた部屋に比べてかなり大きな扉が俺を待っていた。なるほど体の大きな亜人に合わせているのだろう、俺にとってはかなり高い位置に取り付けられたドアノブを押して開いていくと、できた扉の隙間からグレイ・ウルフはするりと部屋に先に入って行ってしまったので俺も急いで後に続く。

最初に部屋の中を見た感想は"殺風景なデカい部屋"だ。ベッドと背の低いキャビネット、その上に据え付けられた鍵付きの大きな物入れ以外に家具は無く、通路と同じく高い位置にある窓は雨戸が閉じているためにその隙間から洩れる僅かな光でもって部屋の外とは打って変わって薄暗く辺りを照らしている。元の世界のビジネスホテルを彷彿とさせる簡素さだが、特筆するとしたならその広さとベッドの大きさだろう。ベッド自体は何の装飾もなく質素ではあるがキングサイズのものを更に縦に引き伸ばしたような大きさで、部屋はそのベッドがあっても狭く感じないほどの広さがある。その広さに対して窓が一つしかない事が部屋の薄暗さの原因の一つでもあるのだが。

先に部屋に入ってベッドの横で頭も伏せてリラックスモードに入っているグレイ・ウルフをポンポンと撫で、荷物を降ろしてベッドに腰掛けて履物を脱ぐ。実は今まで脚絆もセットになっている黄金の鎧を装備している時以外はこっちに飛ばされた時に履いていた室内履きを使っていたのだが、武器屋から宿屋までの短い間でも舗装されていない道を歩いたので結構汚れている。靴も新調しないといけないな、と心の中のメモ帳に書き込んで寝転がるとベッドは十分柔らかい弾力でこちらを押し返してくる。羊毛か綿のような感触・・・・・・いや、バロメッツとかいう動物の毛らしいし羊毛に近いのか? 機会があればどんな生き物なのか見てみたいな。

夕食まではまだ時間がある。体の力を抜いて柔らかい寝床に身を任せると、瞼を閉じてまどろみの中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

次の朝、良い寝床のお蔭か気持ちよく目覚める事が出来た俺はベッドから身を起こし、ぐっと伸びをする。残った眠気が身体から抜けたら手櫛で髪を梳き、ベッドを出てちゃちゃっと身嗜みを整えてから朝食を食べるべく部屋を出て階下へ向かう。

今日の朝食はなんだろうか? 期待に思わず足取りが軽くなるのを抑えられない。昨日食べた夕食の牛の肉の煮込みスープはかなりのものだった。じっくりと茹でることで廃牛のものとは思えないほど柔らかくなった肉と野菜の旨味が溶けきったスープに皮が硬いバゲットのような香ばしいパンを浸して食べる美味しさ、そして飲み物をオススメで頼んで出てきた単独では酸っぱくて渋いと感じた赤ワインと合わせた時の意外な相性の良さ。全てが期待以上で、この宿を選んだ事を喜んだものだ。夕食があれほど美味しかったのだから、朝食がそれより幾段劣るとしても十分味には期待できるだろう。

階段を下りると宿屋の食堂兼酒場は昨日の夕方ほどではないが結構な数の人で賑わっており、朝食を食べる者たちの雑多な喧騒に満ちている。先客たちの邪魔にならないよう空いているテーブルを縫うようにしてカウンターへ向かうと、厨房に居た相変わらずデカい店主もこちらを見つけたのかニカッと笑って奥から出てきた。

 

「おはようございます。朝食、貰えますか?」

 

「おう、おはようさん。今よそうから少し待ってな。・・・・・・あと、別に敬語じゃなくて良いぜ? 自分で言うのもなんだがそこまで上等な宿屋じゃないからな」

 

"俺の柄でもないしよ"と言って笑う店主に俺は少し逡巡したが、そう言うのなら好意に甘えさせてもらうことにする。

 

「そう、か? なら、そうさせてもらう」

 

「おう、そうしろそうしろ。ほれ、今日の朝食だ。アンタ細ぇんだから残さず食えよ」

 

最後の言葉に、アンタは俺の母さんか! と内心でツッコミを入れつつ引き攣った笑いで返して、朝食を乗せたトレーを持って適当な空きテーブルに座る。ふむ、今日の朝食はプレーンオムレツと焼いた腸詰が2つ、刻んだ生野菜のサラダとスープ、それに薄切りにして焼き直されたパンが3枚だ。飲み物はワインやエールといった酒以外では湯冷ましすらも有料だったので今回は無しで。早速食べ始めようとして、食器を見てふと思う。街並みや行き交う人はだいたいヨーロッパ風なのに、平べったいスプーンは良いとしてなんで箸が普通に付いてきたんだろう? いや、箸の方が慣れてるからいいんだけど、謎だ。

気にしていても仕方ないので遠慮なく箸を使って食べ始めれば、期待を裏切らない味だった。プレーンオムレツはバターを使って焼いてあるのか香りが良い。しっかり火が通してあるので半熟特有のトロッとした感じはないが、保存技術がどの程度なのかも分からない場所で生に近い卵を食べるのは蛮勇でしかないので問題ない。腸詰は焼き目が付くくらい焼かれていて、噛むとパリッと皮が破れて肉汁があふれてくる。中身も香草が何種類か混ぜ込まれているようで、肉の臭みを消して後味に爽やかさすら感じられた。サラダはかけてあるドレッシングで生野菜特有の青臭さやえぐみを上手く抑えてあるし、パンは昨日の物と同じだが薄切りにして表面がカリカリになるまで焼き直されていて香ばしさとそれ自体のほのかな塩味で十分美味しい。

ほとんどの皿を問題なく空にしていったのだが、最後の一皿で手が止まる。スープ、それもなぜかやたら濃い緑色の。野菜由来の緑色なのかと匂いを嗅いでみるが、青臭さは全く感じない。とろみの付いたポタージュスープで具は濾したか溶かしきっているのか固形の物は入っておらず、逆に何でこの色が付いたのか疑問が膨らんだ。スープだけ残す、という手も無い訳ではないが、一口も口にせずに残すのは流石に失礼だろう。腹を据え、色から連想される苦味、えぐ味、渋味を覚悟して一匙掬い口へ運ぶと―――――

 

 

 

                       ―――――味は普通のポテトスープでした。

いや、美味しいけども。適度な塩気もあってジャガイモの味が力強い良い味に仕上がってるけども、何故緑色!? というかジャガイモの味で緑色ってかなり不安になるんですが!

・・・・・・後で店主に聞いたところによるとこの世界のジャガイモは食べるところも全部真緑色で芽にも毒は無いんだそうな。心配して損した。

 

 

 

 

 

朝食を終えて部屋に戻った俺は出かけるための準備をしていた。いざという時に使うために選別したカードは盗まれる事がないように布でくるんで体に直接巻き付けておく。カードの入った収納BOXは鍵付きの貴重品入れがかなり大きかったのもあってなんとか入れられた。グレイ・ウルフは街中でカードに戻ったら大変だし部屋に待機させておくとして、必要なのは出かける自分の護衛と途中で消えるグレイ・ウルフの代わりの留守番ができるヤツ、か。

護衛役は簡単に決まった。いくらグレイ・ウルフ用に貰った従魔を示す首輪があるといってもあまり派手なのは連れて歩けないし動物系じゃ入れるのを渋る建物もあるだろう。だから連れ歩くのは設定的にもカードの絵柄的にも隠密性が高いユニット《シャドウ・ストーカー》に決めた。基本攻撃力は無いが特殊能力で先攻でも後攻でもダメージを与えられるし、同時攻撃でも薄いが盾にはなる。問題は留守番役の方である。宿屋の関係者がもし入って来た時に衛兵を呼ばれる騒ぎなってはいけないが、さりとてこのカードたちは俺の生命線、万が一にも奪われることは許されない。となれば、それなりに強いユニットを喚び出す必要があるが・・・・・・隠密性が・・・・・・

しばらく悩み、ある程度妥協して2枚のカードを選び出した。選んだ3体のユニットは全て即時召喚できるので、時間を無駄にする必要もないからさっさと召喚してしまうことにする。

即時召喚、そう口にすると空中にすっかりお馴染になった六芒星の魔法陣が浮かび上がる。そこから現れた者たちは三者三様の姿をしていた。まず魔法陣から現れてきたのは赤子くらいの大きさの影、シャドウ・ストーカーだ。頭部と体を分けるくびれの無い寸胴な身体に、不似合いなほど細長い鳥の足のような腕が付いている。黒ずんだ体には薄青色の紋様が走っており、瞳と同じ色の翡翠色の口は笑っているように見える三日月を描いていた。魔法陣から滴るようにドチャリと床へと落ちたシャドウ・ストーカーは粘っこい音を立てて着地するとそのまま影の中に沈み込むように消えてしまい、翡翠の双眸だけが暗い影の中からこちらを見つめ続けている。次に姿を見せたのは朽ちた剣と盾を備えたボロボロの騎士甲冑。(ヘルム)は視界を得るための(スリット)だけがあるフルフェイスの物、篭手(ガントレット)も指先まで覆っている形式の全身鎧だが、腰から下は存在せず、左腕の篭手も手を覆う部分以外は失われている。ならば露わになっている所から着用者の姿が見えるのかと言われれば然にあらず、覆われていない部分から見える鎧の中は本来あるべき騎士の代わりに灰色の煙で満たされており、さながら幽鬼のように宙に浮かぶ下半身の無い鎧の各所、劣化による穴や隙間からは糸を引くように煙が漏れ出ていた。最後に出てきたのは耳障りな羽音を辺りに響かせた黒い靄にすら見える小さな虫の大群。正確な数を数える努力を放棄させる雲霞の如き数の群れには本能的な恐怖が刺激される。羽音が隣室に聞こえてしまっては不味いのでとりあえずベッドの上に留まるよう指示を出すと、あの大きなベッドのほぼ半分を埋め尽くす数に思わず気が遠くなった。

だが、今日はこれから行く場所があるんだ、そうぐずぐずもしてられない。気を取り直して虫の大群《羽虫の群れ》に貴重品入れの()()()()()()命じる。これが俺の考えた防犯と隠密を両立した隠れ場所だ。これなら宿の関係者が清掃などで部屋に入ってきてもまず見つかる事は無いし、仮に宿の人間だったとしても俺の留守中に貴重品入れを開けるようなら盗人とみて構わないから撃退の対象である。つまり盗人以外には留守番をしているユニットを見る者はいない。もし鍵を閉めたまま物入れごと持ち去られれば羽虫の群れは中から出てくることはできないが、そういう場合はもう一体のユニットが対応してくれる。・・・・・・ああ、そうだ。

 

「《アッシュ》、鎧と装備は部屋の隅にでも置いて()()()()()()()()()()

 

俺の言葉に応じてアッシュが煙をたなびかせて部屋の隅に行くと中身を失ったがらんどうの鎧がガシャンと床に崩れ落ち、中から煙だけが虫たちと共に貴重品入れの中に入っていく。アッシュの特殊能力にして本質、それはその名の通り本体は鎧を動かしていた煙状の灰であることだ。鎧と武具なくして物理的に敵を止められるのかとも思うが、カードのフレーバーテキストにはエルフの剣士がアッシュの灰に巻かれて倒れる様子が描かれているので問題は無いのだろう。ゲームの時は特殊能力に依存したユニットだったので能力の使えない同時攻撃に滅法弱かったが、現実となった今では相手にわざと先手を取らせることだってできるので、同時攻撃を誘発するスペルか能力を封じるアイテムに準ずるものがなければ大丈夫。物入れごと盗み出されそうになった時は小さな隙間からも出てこられるアッシュが対処するという寸法だ。2(?)体で合計攻撃・防御力5/5。先攻ならワイバーンもねじ伏せられるこの戦力ならたかが盗人ぐらい撃退できよう。物入れの中に隠れられるようなユニットを探すのには苦労したよ。この上にあえて問題を挙げるとすればアッシュがアンデッドである事だが・・・・・・流石に灰がアンデッドとは気付かないだろうと妥協するしかない。

 

さて、ユニット2体が潜んだビックリ箱に近い貴重品入れのカギを閉め、カバンに必要な物だけを入れて部屋を出る。宿を出て目指すは今日の最初の目的地。

 

 

―――――傭兵組合へ!―――――

 

 

===================================

属性:聖・魔  レベル:1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1

魔力:0/8

===================================




=================================
属性:魔  レベル:②  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行
シャドウ・ストーカー 【魔法生物】
✔闇の束縛[普通/対抗]
ユニット1体が対象。
対象ユニットに【混沌:2】ダメージを与える。
消費魔力:3
=================================
※影の魔法生物。
 先攻でも後攻でもダメージを飛ばせるが、基本性能に乏しい。

=================================
属性:魔  レベル:②  攻/防:0/0  進軍タイプ:飛行
アッシュ 【アンデッド】
○不幸の灰
このユニットが対象。
対象ユニットを「攻撃力:+3/防御力:+3」する。
消費魔力:3
=================================
※基本性能が0/0の異色のアンデッド。
 能力のお蔭で飛行の上にレベル以上の基本性能を持つが、封じられると
 自動的に死ぬので対策は必須。

=================================
属性:風  レベル:②  攻/防:2/2  進軍タイプ:飛行
羽虫の群れ 【インセクト】
イニシアチブ:+1
消費魔力:2
=================================
※平均的性能の虫。
 イニシアチブがあるので僅かに先攻を取りやすいが、対抗手段を持たな
 いのでインセクトデック以外には入りにくい。


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登録

|ω・`)チラッ


|つ〇スッ


|彡シュッ


さあ気持ちも新たに、やってきました傭兵組合! いや~相変わらず話に聞いていただけで詳しい場所は知らなかったんだが、思ったより楽に辿り着く事が出来た。というのも、昨日幾らかの銅貨と引き換えに警邏の衛兵に道案内をして貰ったのだが、小銭稼ぎの機会を逃さない者たちの間で広まってしまったのか、むしろ衛兵の方から積極的に目的地へ案内をしてくれた為だ。あからさまにカモと見られている事に忸怩たる思いはあるが、便利なことは確かなので今回案内してくれたノッポの―――人間の範囲は超えていない―――衛兵には気持多めに銅貨を握らせておいた。

さて、今日傭兵組合へやってきたのは他でもない、元々この世界に存在しなかった俺の身分証を手に入れるためだ。なんでもトマスに聞いたところによると、傭兵の中には日雇いのような仕事を主にしている者もいるとのこと。命を賭ける切った張ったの世界で生きるのは御免だが、戦わないでいる道も選べるのなら確固たる身分を得るために名目上だけ傭兵になるのも悪くない。トマスの口振りだと戦士というより何でも屋に近いようだし、その性質上、傭兵登録の審査はそう厳しくないらしい。素性の怪しい俺にはもってこいだ・・・・・・うん、何か自分で言ってて悲しくなってきたよ・・・・・・

心の内で涙をこぼしながら正面の西部劇に出てくるような扉を開ける。中に入ると、そこはどこか役所を思わせる作りだった。長いカウンターに何人かの受付、幾つかの長椅子が並べられていて順番待ちの人たちが座っている。俺の想像では傭兵は鎧を身に纏ったむくつけき男たちといった印象だったが、座っている彼らの中には普通の旅装やただの厚手の服の者も少なくない。依頼を出す側の者も混じっているのだろうか? いや、それにしては数が多いな。まぁこの街は最前線なわけでもないし、純粋に戦場で戦う傭兵の割合は少ないのかもしれない。右端の酒場みたいになっているスペースで朝っぱらから酒杯を傾けてる無頼漢のような奴らなんかはこれ以上ないほど傭兵っぽいけど(褒めてない)。

とりあえず待つにしても受付番号とかを貰わなければ話にならないので人のいない受付へ向かう。受付をしているのは幾分年上の栗色の髪をした細面の優男。荒事を監督している組織なのでなめられないようにあえて敬語にせずに話しかけた。

 

「傭兵への登録をしたい」

 

緊張もあってか少しぶっきらぼうな言い方になってしまったが、男は気にした風もなく笑顔で応対する。

 

「ご新規さんかい? 登録の前には組合の説明を聞く必要があってね。文字は読めるかい? 書面で読むのと口頭で聞くのを選べるけど」

 

「口頭で頼む」

 

思わず顔をしかめながら答える。文盲であることはこの世界で生きる上での俺の弱点の一つだ。村でジャンとアリッサに話を聞いた時に文字についても教えてもらった。幸いジャンは商人グァジの甥である事もあり簡単な読み書きができたので教えて貰うのに不都合は無かったのだが、文字は日本語とは全く異なっており、表音文字を使っていることは分かったがあの短い時間で習得する事は出来なかった。唯一覚えられたのは数字だな。あれはローマ数字に近かったのでなんとか覚える事が出来たが、今回のような書面を読むのには何の役にも立たない。この大陸の共通語だと言うし、余裕ができたら勉強しないとダメかなぁ・・・・・・

俺がそんなことを考えている一方で、男は顔をしかめたのを不快に感じたと思ったのか、笑みを深めて諭すように言った。

 

「大丈夫だよ。傭兵登録する人は読み書きが達者じゃない事も少なくないし。むしろそのために僕たち事務方がいるんだからね。じゃ、基本的な事から説明していくよ。面倒だろうけど、規則だから我慢して聞いてくれ。

 

まず、傭兵には二つ種類がある。一つは国家傭兵、もう一つは自由傭兵だ。

国家傭兵は国なんかの大きな組織に雇われて会戦や紛争、大規模討伐とかに従事する傭兵で、基本的に雇用主は多めに人を集めるから危険も収入もそれなりってところかな。仕事の頻度の関係上こっちは傭兵団に属する人が多いね。

 

自由傭兵は小さい組織や個人に雇われる傭兵で、討伐・護衛・採取とかから配達や力仕事なんかの雑用にいたるまで様々な依頼を受けることになる。危険や収入も依頼によって様々で、主に個人か少人数のパーティが多いかな。

 

僕たち傭兵組合の仕事はそんな傭兵たちへの依頼の斡旋と保障ってことになる」

 

「保障?」

 

「ああ。主だったところは依頼の裏取りだね。嘘の依頼で犯罪の片棒を担がされたり、身の丈に合わない危険な依頼を受けたくなんかないだろう?」

 

ほうほう、つまり依頼の危険度や真偽については組合が確かめてくれる訳か。その上で自分に見合った依頼を回してくれる、と。自由傭兵は本当に何でも屋みたいだし、こっちを選んで安全な依頼だけを受ければいいな。

 

「また傭兵には上は一級から下は七級までの等級があって、それぞれの等級に応じた依頼の斡旋がされる。もちろん、上の等級の方が実入りの良い依頼が入るけど、昇級にはそれまでの実績と組合が用意する試験用の依頼を達成する必要があるから、昇級希望の場合は必ず組合に申請してね」

 

「ふむ、具体的な等級別の依頼内容は?」

 

「そうだね・・・・・・七級じゃ危険度の低い場所での採取と雑用がほとんどだね。六級から討伐とかの依頼が入って、五級で初めて一人前さ。三級にもなれれば一流と呼んでも差し支えないし、滅多にいやしないけど一級の傭兵にもなれば魔獣すら討伐可能だと言われてる。」

 

「なるほど・・・・・・ちなみに、依頼を受けるには必ず組合を挟まないといけないのか?」

 

「いいや、推奨はしないけど禁止されている訳じゃないんだ。組合の支部のない街や村で依頼を受ける場合もあるからね。ただし、どんな依頼を受けたとしても完全に自己責任になるし、依頼を達成しても貢献度は計算されなくなる」

 

貢献度? 俺がきょとんとしていると、男は言葉を続けた。

 

「まだ言ってなかったね。組合には依頼の報酬から天引きされる仲介料の他に年に一度、銀貨5枚の更新料がある。でも一定以上の貢献度がある、つまり幾らかの依頼を達成して組合に貢献している場合はそれが免除されるのさ。危険のある依頼ほど貢献度は高いから、五級以上で年会費を払っている人はほとんどいないだろうね」

 

なるほど、なら自分が目指すべきなのは七級の自由傭兵だ。更新料の銀貨5枚はそれほど安くないが今の手持ちを考えれば楽に払えるし、雑用の依頼を受けて日銭を稼げば手持ちもそれほど減るまい。雑用の依頼だけで免除までいければ理想的だがそこまで簡単には出来てないだろうな。

他にも依頼を受けて失敗した場合の違約金についてや討伐した対象を解体してもらう際に必要な手数料などの説明を聞いた後、自由傭兵として登録したい旨を男に伝えると簡単な書類の作成が必要だが口頭で答えてくれれば代筆すると言ってくれた。年齢、出身地、得意なこと、前衛と後衛どちらを希望するかなどの質問に答えていく。教えたくない場合は伏せてもいいらしい―――ただしパーティメンバーを募集する際に人が集まりにくくなる―――ので、遠慮なく出身地は伏せさせてもらう。男は答えを聞ききながらスラスラと書類に記入していき、残る項目はあと2つとなった。

 

「・・・・・・じゃあ次、どんな戦闘技能があるんだい?」

 

「ん・・・・・・一応魔法も使えるが、主に使っているのは別だ」

 

「おお、魔法を。魔法が使える人は傭兵には珍しいんだよ。一度の戦闘に何回ほど使えるんだい?」

 

「いや、一度が限界だ」

 

《虹のつまった指輪》とかのスペル枠増強アイテムでも装備すれば別なんだが。・・・・・・まあ極稀カードだからまだ出せないんですけどね!

 

「そうか・・・・・・残念だけど、それなら登録する技能は別のほうをお勧めするよ。そっちは何だい?」

 

「召喚術だ」

 

「・・・・・・ショウ、カン、術、っと。ん~? 聞いた事無いなぁ。簡単に説明してくれない?」

 

ん~、どうするか。どう伝えるか少し迷ったが、後で齟齬があっても不味いので門で衛兵に伝えたのと同じ内容を話した。説明を聞くと眉根を寄せて"本当?"と確認してきたが、門で衛兵隊長に実際に見せたから確認をとってもらってもいいと言うと渋々ではあるが納得してくれた。

 

「・・・・・・じゃあこれで最後の項目だ。登録する名前をどうぞ」

 

「江堂隆樹だ」

 

あれ? 思い返してみると、もしかしてこの世界に来てから名乗ったの初めて? そういえば村でも馬車での旅中でも名前を聞かれずに『召喚術師殿』って呼ばれてたから本名を伝えてないな。また会う機会があったら伝えよう。

 

「エドー・リュークィだね・・・・・・はい、これで以上だ。」

 

男が書類にサラサラと書き込んでいく。なんか微妙に発音がおかしかった気もしたが・・・・・・まぁ、いいか。それほど大きな問題にもならんだろうし。いや、むしろ名前で風の旅人だとバレないようにこの世界風の名前を考えた方がよかったのか? 今更だから諦めるが、やはり俺程度の浅知恵じゃあすぐ粗が出るな。それもこれもこの世界での常識をまだ理解しきれていないのが原因だが、それを解決する上で再び問題となるのが文字が読めない事だ。字が読めなければ本が読めない、本が読めなければ人に聞くしかない、いい歳した俺が教えを乞うとなれば事情を聞かれるのは必至、もし事情を誤魔化すなら必要なのはこの世界の知識・・・・・・堂々巡りだな。いっそ信頼できる人に事情を話して教えてもらった方がいいかもしれん。信頼できる清廉な人柄の人物・・・・・・神官、とか? 本当に天罰が落ちたりする神が実在するこの世界では神官は厚い信仰心と正しくあることが求められる。そのどちらが欠けても神官の行使する神の奇跡は使えなくなるので、神殿で出世する上位の神官は両方を兼ね備えていることが行使できる神の奇跡の数で分かるそうだ。一応俺も風と旅人の神に召喚術という祝福(?)を受けた身であるし、後で風の神殿にでも行ってみるか・・・・・・

 

「はい、どうぞ。これが七級傭兵の錫の傭兵証だ」

 

思索を巡らせている間に受付の男は書いた書類を奥に持っていき、代わりに小さな金属のプレートを持って戻ってきた。プレートの両端には紐を通すためと思しき穴が開いていて、光を反射して鈍い輝きを放っている。

 

「できれば見える場所に身につけておいてね。紛失した場合は等級に応じた額で再発行可能だよ」

 

「ああ、分かった」

 

「それと、今回の登録料の銀貨一枚は一括での支払いとこれから受ける依頼の報酬からの天引きが選べるけどどうする?」

 

「今払う」

 

懐に余裕があるので迷わず一括で払う。プレートに通す紐もサービスで貰えたので、余裕を持って緩めに首から提げておくことにした。

よし、これで目的だった身分証は手に入った。胸の辺りに吊るされた錫の金属板を見下ろし、指先で弄びながら感慨にふける。これが、これだけが俺がこの世界に存在する事を証明する唯一の物だ。完全な異邦人である自分がこの地の人間になろうと踏み出した最初の一歩とも言える。できればそのうち戸籍とかも手に入れたい所だが・・・・・・いやこの世界じゃ市民権になるのか? まぁ、それは後々でいいだろう。今の自分では身軽な立場でいないと召喚術を利用しようとする者から逃げる事も出来ない。腰を落ち着けるのはもっと色々な場所を見て、抗える充分な力を―――もちろん召喚術で―――手にしてからでも遅くはない筈だ。

ふと視線を感じて顔を前に戻すと受付の男が戸惑った顔でこちらを見ていた。しまったな。そんなに長い時間ではないとはいえ、意識を完全に別の所に飛ばしていた。とはいえ、今日は依頼を探す気はないからここに居る意味はない。苦笑しながら"なんでもない"と告げて、踵を返してその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

傭兵組合を出た俺はそのまま辺りの店を見て回ることにした。幸い金はあるので村では手に入らなかった物を買っていく。服屋で雨合羽の代わりになるフード付きのマント、雑貨屋で着火器具と岩塩を初めとした調味料、靴屋で長靴代わりにもなる革のブーツなど・・・・・・。革製品を扱ってる店では思いついた事があったので金を割り増しで払いオーダーメイドで作ってもらうことにした。注文したのはカードを入れる為の腰に巻くカードホルスター。それもただウェストポーチをカード用に改造した物ではなく、モンコレの漫画《忘泉の探究者》のアイディアを取り入れ普通に開けただけでは中身が空に見える二重構造の機能を付けている。注文を受けた店主は"こんな造りの物は初めて作る"と不安そうだったが、追加で銀貨を渡すと"数日中に仕上げて見せる!"と快く請け負ってくれた。

そうして荷物を増やしながら歩いていると、ふと目に留まる店があった。他の店と比べて小奇麗な外観で、看板は台に置かれた丸い玉といった感じで何の店か分からない。なんとはなしに興味が湧いた俺はその店に衝動的に入る事にした。

 

「いらっしゃいませ」

 

中で俺を迎えてくれたのはカッチリとした服に身を包んだ初老の男性だった。顔にはシワが、髪には白髪が混じっているが、背筋がピンと伸びているからかそれほど老いを感じさせない。見た目はほとんど人間と変わらないが、頭の両側から羊みたいな角が生えてるからやっぱり亜人なんだろうな。

しかし、中を見れば何の店か分かるだろうと高をくくっていたが、実際見てみると余計に分からなくなった。腕輪や首飾りのような装飾品、何種類もある指揮棒にも見える短い棒、カンテラや革袋といった雑貨、扉付きの棚や何の装飾もない四角い箱などの用途不明の物まで・・・・・・統一性の感じられない品揃えだ。これは多分説明してもらわないと分からない類のものだと諦めて男に聞くことにした。

 

「ここは何の店なのかな?」

 

男は俺の質問にも表情一つ変えずに慣れた様子で問いに答えた。

 

「旅の方ですか? ようこそ『シュトライト魔法具店』へ。私どもの店では便利な魔法具とそれに使用する魔石を取り扱っております」

 

・・・・・・魔法具、魔法具か。たしか武具屋の店主が何か言ってた気がする。あ~、何だっけ。売った黄金装備が魔法具だって話だったか? でもそうすると何故ここの魔法具は魔石を使うんだろう。聞いた気もするが、高値で売れた衝撃が大きかったせいで思い出せないな。

 

「ええっと、魔法具ってのは魔石を使う物なのか?」

 

「ああ、いえ、魔石を使用しない魔法具もありますが、この店では取り扱っておりません。そういう魔法具は使う者に才能が必要ですから」

 

魔法具を扱う才能―――――つまりはユニットでいうところの『アイテム:1』とかのアイテム枠かな。なら、魔石を使う魔法具はアイテム枠を消費せずに使えるかもしれないか? ・・・・・・それって凄く便利じゃないか。俄然興味が湧いて来たぞ。

 

「どんな風に使うのか説明を頼む。できれば旅で役立つものが良いな」

 

「そうですね・・・・・・それなら、こちらの火の短杖なんてどうでしょう」

 

そう言って指揮棒のような魔法具の柄の蓋を開けて何かのかけらを入れ、柄尻ごと軽くひねるとボッ、と軽い音と共に先端に握りこぶしほどの火球が出現した。何も燃えるものがない空中にゆらゆらと揺らめきながら球を形作る炎はライターなどとは違って何処か幻想的なものを感じさせ、俺の目を奪う。この世界に来てから元の世界ではありえないものを幾つも見てきたが、この科学でない技術で作られた文明の火はその中でも一等『ファンタジー』っぽい光景だった。しばらく呆けたように火を見つめていたが、男が魔法具を逆にひねって火を消したことで正気に戻る。慌てて男の顔を見るとこちらを微笑ましそうな表情で見ていて、思わず顔が熱くなった。

 

「フフフ、お気に召したようですね。このようにこの魔法具は小さな火の玉を生み出せますので野営の際に火を熾す時、焚き付けの代わりにすることができますよ」

 

「うぅ・・・・・・忘れてくれ・・・・・・。・・・・・・最初に入れていたのが魔石か?」

 

「いいえ、あれは魔石を加工する時にできる魔石片です。これのように小さな魔法具は加工した魔石を使わずとも魔石片で動かす事が出来ます。勿論魔石よりは寿命が短いですが・・・・・・、それでも3ヶ月近くは動かせます」

 

「ほう、それは良いな。試しに使ってみても良いかな?」

 

「ええ、どうぞ」

 

男から手渡された魔法具を何度か持ち直して握りごこちを確かめ、柄をひねって火球を出す。そしてすぐさまステータス確認!

 

 

===================================

属性:聖・魔  レベル:1  攻/防:0/1  進軍タイプ:歩行

新米召喚術師  【人間】  スペル:*  アイテム:1

魔力:0/8

===================================

 

 

・・・・・・おお! アイテムが『使用中』にも『使用済み』にもなってない! つまりはこの世界の魔石を使う魔法具はアイテム枠を消費しないという事だ。金銭面では魔石というランニングコストが生じるが、金に困ったらまた適当な装備品でも売り飛ばせばなんとかなるだろうし、ここは積極的に手に入れるべき!

 

「他の魔法具も、ぜひ! 見せてもらえるか!」

 

「ええ、畏まりました」

 

 

 

 

 

―――――結局、4つも魔法具を買ってしまった。最初に見せてもらった着火用の《火球》の短杖と、飲み水を生み出せる《水流》の指輪、着用者の汗や汚れを浄化する《洗浄》の首飾りに一回こっきりではあるが体を隠せる程度の石の壁を作り出せる《障壁》の腕輪、それに維持用の魔石片などが少々。残り資金は大きく目減りしてしまったが・・・・・・先行投資だと思おう。流石に同じ街で何度も装備を売り払ったら目立つだろうし、これは思ったより早く依頼を受けるのを考えないといけないな・・・・・・

想像以上に大口の客にホクホク顔の店主に見送られて店を出るころには日も高く上がっており、何やら小腹が空いてきた。この世界では農繁期の村や肉体労働者以外は一日2食が普通らしいが、現代人としては昼食は外したくないところだ。宿に戻っても昼食は出してくれないし、途中で見かけた広場の屋台で何か腹に入れておくとしよう。

広場が近づくと活気のある声と何かを焼く音が聞こえてくる。それほど広くもない広場に軒を連ねる屋台からは威勢のいい呼び込みの声が響き、客の足を止めようと誘惑する。

 

「お兄さん! アリガの実を食べてきな! 今年のは甘くて美味しいよ~!」

 

「麦蜜をかけたガレットはどうだい、間食にぴったりだ!」

 

「甘さならやっぱり干し果物だ! 日持ちもするから買っていきな!」

 

果物や野菜を売る店、クレープのようなもののを売る店、干し果物を量り売りする店・・・・・・入り口近くの店は甘いものが多い印象だ。間食扱いだからあまり重いものは食べる人が少ないのだろうが、俺としては昼ご飯の代わりだからしっかりとしたものを食べておきたい。あっ、あの干し果物はちょっと買っていこう、保存食にもなるし。

無駄遣いをしつつ屋台をめぐると、香ばしい匂いが流れる一角に差し掛かる。どうやら肉類の屋台はこの一角でまとめられているようで、串焼き、網焼きの屋台に交じって干し肉、塩漬け肉などを扱う店も見受けられる。肉の焼ける匂いに唾を飲み込みながら、特に芳しい香りを放つ屋台に誘われるように近づくと、店主のでっぷりとした中年男性が声をかけてきた。

 

「おう兄ちゃん! うちの自慢の兎の香草焼きを喰ってけよ! 3本でたった銅貨2枚だぜ!」

 

むむぅ、隣の屋台の腸詰の網焼きもなかなか良さそうなんだが、この香りは暴力的だ。我慢できずに金を支払うと、店主はニカッと笑ってすぐに焼けてる串を差し出してきた。礼を言って受け取った串焼きを一口食べると香ばしい香りが口の中に溢れてくる。脂が少ないのか肉汁は少な目だが、歯ごたえのある肉質と合わさって噛むほど味がしみだしてくるし、使われている香草の香りが後味を爽やかにしている。腹にもしっかりと溜まるし、これは当たりだな。

 

「これは美味いな」

 

「だろう! うちの串焼きはここらじゃ一番だって評判なんだぜ!」

 

上機嫌に腹をゆすりながら笑う店主に、2本目を平らげてから問いかける。

 

「ここらで一番とは、肉が違うのか?」

 

「おいおい、見習い狩人の狩る草原兎に上物も何もあるもんかよ。違いがあるとすりゃ、俺の腕だな!」

 

自慢気に腕を叩いて見せる店主にそんなものなのかと思っていると、隣の屋台の店主がクツクツと笑いながら言った。

 

「おいおい、お前のところが評判になったのは嫁さんの味付けに変えてからだろ? 見栄張るんじゃねぇよ」

 

「うっせぇ! 悔しかったらてめぇも獣人の嫁を貰いやがれ!」

 

見た目には可愛らしさなど欠片もないおっさんたちの、子供のじゃれ合いのような掛け合い。ふと感じる既視感と懐かしさ。ああそうか、自分も悪友とこんな風に話してたなぁ。

今まで目をそらしていた思いが溢れ、胸を締めつけるような寂しさを感じた。

 

「仲が、良いんだな」

 

「ケッ、ガキの頃からの腐れ縁さ。何の因果か、今でも隣で商売してやがる」

 

「随分な言い様だな、この前は賭けの負け分を立て替えてやったってのに」

 

「そりゃ昨日酒奢ってやったんだからチャラだ、チャラ!」

 

憎まれ口をたたきながらも相手への信頼が感じられる気安い雰囲気。もう二度と会えない相手。鼻の奥に痛みが生じ目が潤み始めるのを感じた俺は逃げるようにその場を後にした。

 

 




身辺でごたつきがあってご無沙汰になってましたが、続けようという気はあります。
待って下さる方々にはご迷惑をおかけしますが、気長な目で見てください。


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