やまと復活 鬼神の護衛艦 (佐藤五十六)
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序章
プロローグ


1945年4月7日 伝統ある大日本帝国海軍は消滅した。

帝国海軍の象徴たる"大和"の沈没とともに、幕を下ろしたはずであった。

しかし、沖縄に向け出撃したのは大和ではなかった。

三番艦"信濃"の竣工が間に合ったのだ。

無論、これは帝国海軍内部の一部しか知り得ていない情報であり、大和特攻を強硬に主張した神重徳大佐ですらも知らなかった。

なぜなら、竣工した時点では既に敗色が濃厚であり、神のような人物の知るところとなれば、非常にまずいことになる。

それを危惧した当時の連合艦隊司令長官、豊田副武と参謀長、草鹿龍之介が一計を案じたらしい。

結果として温存された、大和型戦艦3隻は太平洋戦争という航空戦力と潜水艦作戦が中心の戦闘の前には無力であった。

 

1945年4月7日未明

史実では、大和が水上特攻隊を率いて沖縄に突入したその日である。

瀬戸内海のどこか、暗闇の中を進む5隻の艦隊があった。

しかし艦隊というには余りにも少ない数であった。中央に鎮座している巨大戦艦を守りきれるのか不安なほどである。

だが、現在の瀬戸内海は海上護衛総隊と連合艦隊によって徹底した対潜水艦掃討作戦が実施され一応の安全は確保されている。後は航空機による攻撃が警戒されてはいたが、太平洋戦線の全航空戦力は、信濃攻撃の為に待機しておりこの艦隊に注意を向けるものなどいなかった。

「長官 そろそろ例の水域に入ります。」 

「艦長 すまないな 栄光作戦発令」

伊藤整一と有賀幸作は笑いあった。

吉報ではなかったが、念願の報告が信濃よりもたらされた。

「栄光作戦成功セリ 我ガ艦隊ハ敵ノ全戦力ニヨル空襲ヲ受ク 貴艦ノ健闘ヲ祈ル」

通信士からの報告は、つまり信濃は確実に撃沈されるということを物語っている。

「その後信濃との通信は途絶しました。」

「ふむ」

伊藤整一の言いよどむ姿を見た有賀艦長が代わりに発令した。

「全艦に発令 総員退艦準備繰り返す総員退艦準備」

最後に有賀幸作はこう付け加えた。

「この作戦は未来の日本人がどう判断するかにかかっている。我々の払った代償が無駄になるかならないかを諸君らは生きて生きて生き抜いて見極めてほしい。」

こう言い終わった有賀艦長は、甲板に下り退艦する乗員を見守り、駆け寄ってきた機関長の報告を受けた。

「キングストンバルブの開放を確認しました。また残っている乗員もいませんでした。」

うんと頷いた有賀艦長は、こう言った。

「では君達も急いで退艦したまえ。 私もすぐに合流する。」

そう言った有賀艦長は、機関長の退艦を確認すると自らも海に飛び込んだ。

救助に当たった駆逐艦の艦上にて有賀艦長は伊藤整一司令長官と再会した。

「艦長 私は今回の作戦で出た犠牲が作戦の成功と釣り合うのかを考えてしまっていたよ。 私は司令長官失格だな。」

自嘲する伊藤整一を有賀艦長は

「部下を心配するのは、上官としての責務です。 部下を心配しない奴は私が上官と認めません。 ですから自分を卑下するのはやめてください。」

と励ます。

一時その言葉を反駁した伊藤整一は、それを肯定した。

「艦長の言う通りだな。  私は自分を見失っていたようだ。 すまなかった、今のことは忘れてくれ。」

 

この作戦で日本側は、戦艦1隻と軽巡洋艦1隻そして駆逐艦2隻を失い、戦死者2547名、負傷者248名を出した。

米軍は、航空機57機を撃墜され、行方不明機も含め75機を失い、戦死者105名負傷者21名を出した。

 

これから一週間後、日本帝国は無条件降伏した。

それから5年間以上大和は海中に潜み、その時を待っていた。

そして歴史は変わりはじめた。

と思いきや、そう簡単には変わらない。

 

1950年4月7日

大和が沈んでから5年もたった。

水中に潜むやまとなど、誰も気にも止めない。

そして、その近くにて自殺死体が見つかった。

最後の第二艦隊司令長官、伊藤整一元海軍中将その人であった。

 

1958年

自衛隊創設。

その演説において、吉田茂は述べた。

「本日を持って、日本の占領は終わったのだ。

我が国は、独自の防衛力を保有し指揮権も有している。」

そこで言葉を切り、一拍おいてから言った。

「海上自衛隊は瀬戸内海にて戦艦大和を発見し、現在調査中であること。

これをこの場を借りて発表したい。」

 

1960年

やまとのサルベージ及び復旧作業完了。

海上自衛隊護衛艦やまととして、艦隊に編入。

世界最強の軍艦として今も現役である。

艦齢は、75年である。

 

未来は変わるのだ。



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やまと 性能表

やまと

基準排水量 55000t 満載時排水量 66500t

全長312m 全幅40.6m 喫水10.9m 速力30kt程度

機関出力 180000馬力 乗員1780名 航空機3機

兵装 九四式改Ⅳ型45口径46cm3連装砲 3基

オットーメララ改 70口径76㎜単装砲 4基

SeaRAM42連装発射機 4基

CIWS 4基

   3連装短魚雷発射管 4基

Mk41VLS 800セル

 

兵装説明 九四式改Ⅳ型45口径46cm砲

         やまとの主砲としてかなりの改造を受けた。

         射程 44.6km 発射速度 毎分2発

     オットーメララ改70口径76㎜砲

海上自衛隊採用の62口径モデルを改造したもの。

         次世代型護衛艦の主砲として採用予定。 

         射程18250m  発射速度 毎分10発~120発

SeaRAM3連装発射機

         海上自衛隊の次世代型護衛艦の近接防空ミサイルとして採用。

         射程9.6km

CIWS

海上自衛隊正式採用の近接防空火器。

         海上自衛隊では一種類しか採用していないのでそれ単体を指す。

         射程3km 発射速度 毎分3000発

    3連装短魚雷発射管

         艦載用の対潜水艦兵器。

         主に囮魚雷(デコイ)の発射に使用される。

         通常の魚雷で射程3kmである。

Mk41VLS

海上自衛隊で使用されている垂直発射システム。

         1セルで1つの発射機となっている。

         8セルで1モジュールを構成している。

         各種ミサイルを装填可能。

     トマホーク/ 対艦用トマホーク

         対地攻撃もしくは、長距離対艦攻撃用の巡航ミサイル。

         特に対艦用トマホークは、現在自衛隊のみが運用中である。

         射程 対地用 2500km以上

            対艦用 898km

         やまとには各20セルずつ搭載されている。

SSM-1B

海上自衛隊正式採用の対艦ミサイルで陸自と空自の対艦ミサイルと互換性

         がある。

         射程 150km

やまとには40セル搭載されている。

     SM-3ブロックⅡB

海上自衛隊が長距離防空用ミサイルとして採用。

         弾道弾対処能力を設計段階より盛り込まれた。

         射程は1200kmを超えるとされる。

         やまとには120セル搭載されている。

SM-2ER改

         海上自衛隊がSM-3を補完する中距離防空ミサイルとして採用。

         限定的な弾道弾対処能力を持つ。

         射程 120km~150km

やまとには200セル搭載されている。

ESSM(発展型シースパローミサイル)

海上自衛隊が個艦防空ミサイルとして全護衛艦に配備。

         1セルに4発搭載可能。

         射程 18.5km

         やまとには300セル搭載されている。

     ASROC

対潜水艦攻撃用のロケット弾で弾頭部分に搭載されている短魚雷によっ

         て敵潜水艦を撃沈させる。

         射程9km

 

 

やまと艦歴

1941年12月16日 竣工

1942年5月29日 MI作戦(ミッドウェー海戦)に参加。

1944年6月15日 マリアナ沖海戦に参加。

同年10月22日 レイテ沖海戦に参加。

1945年4月7日  瀬戸内海にて自沈。

戦後

1950年12月16日 再浮揚

1954年8月10日 復旧工事完了。

        第一次改装完成。

        木村篤太郎防衛庁長官より"やまと"と再命名。

        海上自衛隊に編入。

1980年     環太平洋合同演習(リムパック)に、ひえい、あまつかぜ、とともに初参

        加。

1984年4月5日  第二次改装完成。

1991年1月より 米国の要請を受けて、湾岸戦争に参加。

        イラク空軍の攻撃を受けたものの、損害はなかった。

2008年4月1日  第三次改装完成。

        イージスシステムの付与。

        新型装甲板の採用による船体の新造。

2016年     対中国戦争に参加。




架空のものを除いてこれらの兵器のデータは私の記憶に基づいています。
間違いや意見などありましたらコメントにてお知らせ下さい。

艦歴を追加しました。


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第一章
第1話 


3月17日

上条定雄は防衛省技術研究本部艦艇装備研究所にてESSMの新誘導システムの開発を担当していた。

開発作業は完了し、現在は特に専任で行っている仕事もないので常に他の研究の手伝いに駆り出されている。

「上条二佐 所長がお呼びになっています。所長室まで出頭するようにとのことです。」

白衣を着た技官の1人が呼びに来た。 

「分かりました。 すぐに行きます。」

上条はそう返事をして手伝いをしていた技官に会釈をして部屋を退室した。

居たところから、数分かかって所長室にたどり着いた。

ドアをノックして、入室の許しを得てから入室する。

「上条二佐 只今出頭しました。」

「やっと来たか 君宛てに辞令が届いている。

上条定雄二等海佐

3月31日付けで

防衛省技術研究本部艦艇装備研究所研究官の任を解き、

横須賀警備区護衛艦やまと副長に任ずる。 

海上幕僚監部人事課課長 柳井義政

以上だ。」

「はっ 拝命します。」

「だがやまと側には3月20日から佐世保へ向け出港するので、それまでに着任してほしいとの連絡が入った。

という訳で既にやまとから迎えが来ておる。

一旦官舎に戻って、私物を取って来たまえ。」

上条は了解の意を示して所長室を辞した。

同じ敷地内に建設された官舎には本当に必要なものしか置いていない。

男の単身赴任というのは大抵そういうものである。

だから荷物をまとめるのもすぐに終わる。

荷物を持って所長室に戻ると、若い一尉がいた。

「護衛艦やまと戦闘情報士官 吉井修斗一等海尉であります。

本日上条二佐のお迎えを命ぜられました。」

ピシッと敬礼を行った吉井一尉を、上条は答礼をしつつ労う。

「お疲れ様です。」

「はっありがとうございます。

荷物はそれだけですか?」

「はい。

男の単身赴任ですから、これだけです。」

「ではやまとに向かいましょうか。」

駐車場に黒いセダンが停められていた。

吉井一尉はそのセダンのロックを解除して、荷物をトランクに積み込んでから運転席に座る。

吉井一尉の運転するセダンに乗り込み、出発する。

「やまとまで1時間ぐらいかかります。どうぞお休みになってください。」

という言葉を有り難く受けて、上条は眠りにつく。

次に上条が目覚めたのは、海上自衛隊横須賀基地の手前であった。

そして原子力空母ジョージワシントンに次いで存在感のある巨艦が見えてくる。

これが上条の新しい職場であり、住居であるやまとである。

上条はやまとの甲板に立った。

吉井一尉は振り返りこう言った。

「上条二佐 ようこそやまとへ。」

そこへ見知った顔の自衛官が走って来た。

「上条 久しぶりやのう。」

「お久しぶりです。長谷川一佐

上条二等海佐やまと副長の任を任ぜられ只今到着いたしました。」

ピシッと敬礼をすると、相手も答礼を返す。

こうして上条は、やまとに迎えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2話

「すまないが、吉井一尉 副長の引き継ぎが終わったら、艦内を案内してやってくれ。」

「了解しました。」

長谷川はそれだけ言うと、きびすを返して艦内に戻る。

そこには眼鏡をかけた男が残った。

「やまと副長の山下邦雄です。

引き継ぎに関して連絡する事は特にないですね。」

と簡単に引き継ぎを終えて、艦内に入る。

「では副長どこから行きますか?」

吉井一尉の問い掛けに上条は自分の居室から行くことにした。

「第1居住区からお願いします。取り敢えず荷物を置いておきたいので。」

荷物を示してそう答えた。

「そうですね。 ではついでに士官室に行きましょうか?

確か砲雷長と航海長が今から休憩だったはずです。」

歩くこと35分第3甲板の途中にその士官室はあった。

「副長ここが士官室です。」

そう言って吉井一尉が扉を開ける。

「吉井一尉 その方は誰なの?」

「これは失礼しました。 一応31日付けでやまと副長に任ぜられた。

上条定雄です。 よろしくお願いします。」

「はっ失礼しました。自分はやまと砲雷長 遠山夕月三等海佐であります。」

「同じくやまと航海長 早乙女皐月三等海佐であります。」

2人は同時に立ち上がると敬礼をした。

上条も答礼をして、付け足した。

「今日は挨拶をしに来ただけですので、 そんなに畏まらないで下さい。

では失礼します。」

「了解しました。」

そして第1居住区内にある副長室に着いた。 

「こちらが副長室になります。」

「やまとには副長室なんて物もあるのか、しかもこんなに広いのか」

「やまとはその辺の護衛艦とは違います。排水量にしてあたごの約8倍あるのでその分を他に転用できたのです。」

「なるほど」

「荷物を置かれたようなので、機関室に向かいましょうか。」

「何故機関室なのですか?」

「海士から叩きあげたベテランの機関長がいるんですよ。

やまとのことなら彼に聞くのが1番です。」

「へぇ ではすぐ行きましょうか?」

やまとのすべてを知る人が居ると聞いた上条は積極的になった。

「ええ こちらから向かうのが近道です。」

そう言って手近の隔壁から出て歩き始めた。

45分かかって機関室にたどり着いた。

「桜野一士 機関長はいるか」

吉井一尉は若い海士にそう聞いた。

「機関長ならそこにいます。」

桜野一士はそう言って、コンソールの前で座っている男を指差した。

「機関長 吉井一尉がお越しです。」 

桜野一士は気を効かせて機関長を呼んでくれた。

「吉井 何の用だ。」

「新しい副長を連れてきました。」

「ほぉ 吉井の後ろにおるあんさんがか」

「はい やまと副長を任ぜられた上条定雄です。」

機関長は上条の事を値踏みするような目線を送って来る。

「わしはやまと機関長 碇省三三等海佐や。

よろしゅうたのむわ。」

「こちらこそよろしくお願いします。

そういえば、やまとに乗られて長いと聞いたんですけど本当ですか?」

「あぁ そうやのう。旧やまとのころから乗っとった。」

防衛省七不思議の1つに、やまと大改装というか新規建造予算が認められた。という項目がある。

防衛予算の中で巨額の予算を必要とするのにどう言いくるめたのか予算にうるさ財務省の主計官がなぜか認めたのである。

理由についてはいろいろと言われている。

主計官が情報本部のハニートラップに引っ掛かって弱みを握られていただのという確かそうなものから、主計官が艦船オタクでアメリカのアイオワ型戦艦に対抗しただの眉唾なものまでいろいろある。

2012年に行われた大改装にはやまとをもう一隻建造できるだけの予算がかかっていた。

だが何故海上自衛隊はやまとにこだわるのかと問われると大抵の人が他の護衛艦が保有していない対地攻撃能力と答えるだろうが、実際は異なる。

やまとは海上自衛隊が旧日本帝国海軍の後継を証明する血統書なのだ。

そのため1958年の再就役から常に海上自衛隊に籍を置きつづけている。

自分がやまとに乗りはじめた頃の話からここまで話は脱線した。

それを上条は真面目に聞きつづけた。

そして碇三佐の話は終わる。

「これで話は終わりやけど、最後まで聞いてくれたんはあんたが初めてや。

ホンマおおきに。」

碇三佐は本当に嬉しそうだ。

「副長 次行きますよ。」

次に向かったのは、航空機格納庫であった。

「自分は 杉崎幸一三等海佐であります。

SH-60K(シーライオン1番機)機長であります。

副長お待ちしておりました。」

「自分は 相良圭介三等陸佐であります。

UV-22J(シャドー)機長であります。

なお自分は陸上自衛隊より出向中であります。」

相良三佐が出向してきたのには、海上自衛隊でオスプレイパイロットがまだ養成できていない為らしい。

「自分は 折木洋輔一等海尉であります。

SH-60K(シーライオン2番機)機長であります。」

「皆さん 出迎えご苦労様です。

副長を任ぜられた上条定雄です。

よろしくお願いします。」

続いて吉井一尉に連れられて艦内を歩いている。

「次はどこへ行くんですか? 吉井一尉」 

「医務室ですよ。 うちの艦には、名医がいますからね。

ほら着きましたよ。」

「吉井一尉 その方は誰なの?

まさか新しい副長な訳ないわよね。」

「ええ そのまさかですよ。」

「失礼しました。

自分は護衛艦やまと医官 笠原薫一等海尉であります。」

「私は副長に任ぜられた、上条定雄です。よろしくお願いします。」

 

副長としての初日は幹部との顔合わせで終わった。

 




やまとが血統書云々の話は実際にもあった話です。
海上自衛隊の護衛艦わかばは旧海軍の駆逐艦梨でした。
駆逐艦梨の再就役には旧海軍の後継としての血統書が欲しかったのではないかと言われています。
詳しくはググって調べてみてください。



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第3話

やまとside

3月20日 海上自衛隊横須賀基地第1埠頭

「出航用ー意。 もやい放て。

左舷(ひだりげん)微速横進」

「アイ・サー 左舷微速横進。 よおそろ。」

「総員 帽ふれ」

上甲板にて整列した隊員、艦橋の見張り員と一緒に艦橋脇の見張り場から上条も帽子をふる。

やまとは東京湾に入った。

「総員対水上監視を厳と為せ。」

特に何も無くやまとは、浦賀水道に出た。

「艦長 久しぶりにやりませんか。」

「副長か。 そうだな、やるか。」

上条の手には暑いお茶が握られていた。

艦橋脇のウイングで話し合うのだ。

「佐世保まで6日ですか。」

「ああ 途中で由良に寄港する予定だ。」

そして由良では艦艇見学会が開催されることになっている。

上条と長谷川は会話を始めた。

「由良ですか? 2人で若い頃に無茶をして、由良の駐在さんに怒鳴られましたねぇ。」

「そうだったな あの頃が懐かしいよ。」

「そうですねぇ でも戻りたいとは思いませんがねぇ。」

「まったくだ。 はは」

長谷川はそう言って笑った。

上条もつられて笑う。

若い頃の無茶を、笑えると言うことは、それだけ落ち着きが出ていると言うことなのだろう。

やまとは日本列島に沿って太平洋を下って行く。

それから2日後 やまとの姿は由良基地にあった。

やまとside out

 

某国工作員side

「我が国の野望を阻止してきたあの悪魔に鉄槌を下す時が来た。」

工作員のトップらしき男はそう言った。

場がシーンと静まり返る。

トップらしき男はさらに畳みかけた。

「作戦計画は、由良港に停泊中のやまとに対して要員を送り込み自爆する。

というごくごく単純なものだ。

しかも見学会を開催する為に警備は手薄で1番確率の高いやり方だ、だが問題がある。

その要員の生還できる可能性がかなり低いのだ。

諸君らは、我が国の精鋭足る訓練を受けかなりの予算がかかっている。

要員を失ってまで行うべき作戦なのか、とても悩ましい。」

工作員のトップはそう言って口を閉じる。

その姿を見た部下達は、いきり立った。

「やりましょう。 我らは此処にありという所を見せてやりましょう。」

「「そうだ やろう」」

部下達の心は1つになった。

そうなったことに対して、トップは驚きを隠せないでいる。

最近の彼らは、命を捨てるということを肯定できていなかったからだ。

「では詳しい計画を話そう。 闇に紛れてやまとに接近する。

そして艦内に潜入、潜伏して機械室まで辿り着け。

そこに爆発物を仕掛けて戻るだけだ。

質問はないか?」

「その作戦に投入される人員の数は?」

「多くて2人、一応1人のつもりだ。

だが諸君らにはやってもらわなくてはならないことがたくさんある。

取り敢えず実行役を選ばなくてはな。

誰かやりたいものはおるか?」

静かにその場の全員が手を挙げた。

某国工作員side out

 



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第4話

やまとside

「今日、史上初めて一般公開が行われているやまとに来ています。

現在やまとは海上自衛隊由良基地に停泊しております。

甲板上のみの公開となっていますが、それでもこの船の巨大さが見て取れます。

また甲板に据えられた46cm砲の大きさは、大人が蟻のようにみえる程巨大です。」

テレビのリポーターがマイクを片手に喋っている。

「副長 どうしたんですかね。 今頃一般公開させるなんて」

吉井一尉の言うことは、尤もである。

今の今まで、やまとは一般公開されたことが無い。

理由としては、艦内構造が複雑でコースを区切ったとしても、何処かしこに分岐している場所がある。

その全てに、警備の要員を置く訳にはいかない。

まして、どこぞの悪ガキの考えることは分からない、そんな奴らが艦内を逃げ回れば、捜索を行うのはやまとを管理している海上自衛隊であり、やまと乗組の海上自衛隊隊員達である。

しかも、やまと艦内の構造に詳しい隊員しか、捜索を行えない。

素人が行けば、広大で複雑な艦内構造、またの名をダンジョンがお出迎えをしてくれる。

そして、あえなく二次遭難というオチ付きでである。

事実、ダンジョンというのは、冗談でも誇張な表現でも無い。

過去にも、数例、特に新人の自衛官が遭難している。

彼らは、一日か二日後に決まって衰弱した状態で見つかるのだ。

鍛えた自衛官がそうなのだから、子供が迷い込めば危険なのは明白である。

そうなったら、責任を取らされるのは、海上自衛隊上層部であって、保護監督義務を怠った保護者ではない。

「上の考えることなんて私に分かるわけないじゃないですか。

そうでしょ。 機関長?」

「そうやな 何かあるんやとは思うんやけどさっぱりやわ。」

上は、この時点で何も考えてはいなかったのだ。

テレビのリポーターがこちらに走って来る。

「副長の上条二等海佐がおられました。」

「お呼びやで。」

といって機関長は艦内に消えて行った。

「副長の上条二等海佐ですよね。」

「ええ そうです。」

「取材してもよろしいですか?」

「どうぞ。」

「この船に乗ってどのくらいですか?」

「まだ6日ほどです。人事異動で此処に来ました。」

「こんな時期にですか?」

「ええ。 やまとは佐世保を出港した後、南シナ海に出てASEAN諸国海軍艦隊と米国海軍との多国籍合同演習に参加する予定となっていて、帰投するのが4月17日になるのです。

だから早めに呼ばれたのでしょう。」

「では最後に、どうして海上自衛隊に入隊されたのですか?」

「私もともとが軍事オタクだったんですよ。

それでいろいろ本を呼んでたら、いつの間にかなってたんですよね

人生になんら目標があった訳じゃなく、親に言われて防衛大学校に入ってからですかね。

人生に目標ができたのは、」

「へぇ。 済みませんがその目標というのは何ですか?」

「この国と自分の仲間を守るということでしょうか。」

「なるほど、ありがとうございました。」

やまとside out

 

自衛隊情報保全隊side

海上自衛隊由良基地内事務所。

情報保全隊員達の待機場所に指定されている一室があった。

電話にて連絡を取っていた隊長が戻ってきた。

「我々は警備に参加しなくていいんですか?」

若い隊員が聞いてくる。

「そう焦るな はしょって言うぞ。

奴らが此処で動くとの情報が入った。」

「本当ですか 隊長。」

「ああ、だから我々に待機命令が出ている。

こう言えば分かるな。」

「「了解しました。」」

全員が敬礼をした。

全員が気を引き締めたところで、

「楽しみだなぁ」

海上自衛隊特殊警備隊(SBU)上がりの隊員が、腕を鳴らす。

「コード中国諜報機関(020109) 開設以来噂は聞かなかったが、やっと動き出したようだ。」

隊長が自慢の髭を右手で扱きながら、そう呟いた。

自衛隊情報保全隊side out

 

中国工作員side

「潜入するものの武装は、これしか用意できなかった。」

トップは22口径のデリンジャーピストルを指した。

そして実行役の張上尉に聞いた。

「張同志 済まないなこれでいいか?」

「はっ 故郷の家族に私の栄誉を伝えてください。」

「分かった。 善処しよう。」

「ありがとうございます。」

しかし、トップは家族に知らせるという行為を行うつもりはなかった。

どれだけ情に篤くても、行えばこの工作に中国政府の関与が明らかになる可能性があった。

それは工作が失敗したと同義である。

優秀な工作員を失った対価がそれでは本末転倒である。

(すまない 張同志 私はこうするほかにないのだ。

恨むなら国ではなく私個人にしてくれ。)

心の中でそう唱えた。

中国工作員side out

 

日本政府side

「情報本部長 それは確かなのかね」

銀髪の穏和そうな老人が陸上自衛隊の将官に問いかける。

情報本部長の池田陸将は丁寧に答えた。

「はい。 確かな情報です。

中国諜報機関コード020109が行動に移ったらしく、

現地の公安関係者から不審な日本人や中国人の集団を確認したとの通報がありました。

ですから現在由良基地に待機している情報保全隊に対し、警戒するように伝えました。」

横に控えていた海上自衛隊の将官がしどろもどろになりながらも伝えた。

「また江田島のSBUが由良基地に向け出動しました。

間に合うかは分かりませんが……」

「そうですか。 ふむ。」

少しの間総理大臣直木光宏は黙考する。

「統幕議長 君はどう思う?」

統幕議長の鳥羽空将は即答する。

「中国との戦争を覚悟すべきです。

何の考えもなしに、やまとを沈めにかかるとは思えない。

尖閣諸島か沖縄県を狙ってくるでしょうな。」

これには情報本部長も同意見な様で、しきりに頷いている。

「私の代でこのような事態になるとは正直思わなかったな。」

そう言って総理は苦笑した。

つられて情報本部長と統幕議長も苦笑する。

日本政府side out

 




設定
諜報機関のコード
これは上2桁で国、真ん中2桁で目的を下2桁で確認できた順番を表す。
情報自衛官や公安関係者の共通呼称である。




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第5話

中国工作員side

一般公開後、張上尉はやまと艦内に潜伏していた。

第三倉庫区にある航海科倉庫である。

傍らには、C4爆薬を入れたザックが置いてあり、デリンジャーを隠したポケットを頻りに確認していた。

「そこで何をしている?」

突如暗かった室内が明るくなる。

確認できた人間は1人だった。

(大丈夫。 1人までならやれる。)

張上尉は自分に言い聞かせるように心の中で唱えていた。

ポケットに隠していたデリンジャーを構え、引き金を引いた。

 ドンッ 

その男の胸のあたりに当たった。

その男が倒れるのを待たずに、走って突き飛ばす。

しかし、銃声が聞こえた為に海自隊員が集まりはじめていた。

張上尉は窮地に陥った事を悟った。

中国工作員side out

 

やまとside

副長室にて書類の決済をしていた上条は電話を受けた。

「副長 こちら桜野一士です。 たっ大変です。」

「どうした! 桜野一士

報告は明瞭にしろ。」

「艦内に不審者が侵入しました。 既に艦内隔壁を封鎖。

不審者が主要区画に侵入することを食い止めました。

しかし、艦長が負傷しました。」

「至急 由良基地に待機中の情報保全隊に応援要請を出せ。

艦長の容態は?」

「医務室の笠原一尉に聞いてください。」

「分かった。」

電話を切ると、今度は制御室に電話をかけた。

「副長から制御室。 不審者の位置は?」

「現在第2甲板の第2科員食堂にて確認できています。」

「数は?」

「1人です。」

「食堂に隊員の姿は?」

「確認できません。」

「周辺区画の状況は?」

「立ち検隊員が隔壁周辺を包囲中です。」

「ならば麻酔ガスを流し込んで制圧しろ。」

「了解しました。」

再び切ると医務室に電話をかける。

「こちら医務室。」

「副長だが、艦長の容態は?」

「現在、意識不明の重体です。

左胸部に、盲管銃創が確認できます。

心臓が傷ついている可能性があり、危険な状況が続いています。

大規模な病院ですぐに手術をしなくてはならないでしょう。」

「分かった。」

上条は戦闘情報センター(CIC)に移り、砲雷長の報告を受ける。

「不審者の確保に成功しました。

どうやら中国の工作員のようです。

既に情報保全隊に引き渡しました。

この件に関しての捜査は、情報保全隊が引き継ぐとのことです。」

「そうか…」

戦闘情報センター(CIC)にいる全員の表情は暗い。

「艦長の搬送についてですが、どうしますか?」

「航空科のオスプレイを使う。

それならば、ドクターヘリ運用可能な病院にすぐ搬送できるだろう。」

「了解。 すぐに発着指揮所(LSO)及び関係各所に伝達します。」

後部にあるヘリ甲板では、既にUV-22が引き出され、負傷者搬送用に改造が施されている。

「急げっ! ちんたらしてると艦長が危ないぞ。」

航空科員の古参隊員は、そう言って若い隊員を急かした。

他の科の隊員も巻き込んで作業した結果、短時間のうちに終了した。

「陸上自衛隊 相良圭介三等陸佐 行ってまいります。」

敬礼をした相良三佐に上条は言葉をかける。

「頑張ってほしい。

彼は、この船の希望なのだから。」

「はっ 了解しました。」

相良三佐がオスプレイに乗り込むのを確認したあとLSOより指示が開始される。

発着指揮所(LSO)よりUV-22(シャドー)へ!

甲板作業完了。 発動機運転開始」

「了解」

「ホールダウンケーブル切り離し

発動機 最大運転(レッドブースト)

発動機の回転数が上がりローター音が周辺に響く。

発艦(テイクオフ)

ふわりとUV-22の機体が浮かぶ。

順調に上昇できているようだ。

「現在高度 3000m

ナセル角度を0度に移行します。」

「了解」

「移行しました。

機体及び姿勢等に異常無し。

病院に急行します。」

「了解 無事を祈る。」

「了解 オーバー」

遠ざかるUV-22にやまとの甲板上では全乗員が敬礼をしていた。

やまとside out

 

中国政府side

「国防部長 大変です。」

青い顔をした中国軍総参謀長が話しかけてきた。

「一体 どうしたというのだっ。」

少し不機嫌になりながらも尋ねた。

「作戦が失敗した模様です。

やまとは健在で、潜入した工作員の消息が不明です。

こちらの工作が露見する可能性もあります。」

「しかし作戦は続行する。

我が民族の悲願を達成するのだ。」

中国政府side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第6話

やまとside

CICにて待機していた上条は若い隊員から呼ばれた。

「副長 横須賀の自衛艦隊(SF)司令部より通信が入っています。」

「分かった。 繋いでくれ。」

「自衛艦隊司令官の友田四郎である。

こちらは海幕人事課長 柳井一等海佐だ。

その隣にいるのが、海幕広報課長 岸田一等海佐。

先ほどの事件は聞いた。 ご苦労だった。」

自衛艦隊司令官の言葉に続いて海幕広報課長が報告する。

「対外的には、やまとの事件は存在しないという線でいきます。

艦長の入院は急病によるもの、心労による心筋梗塞と発表します。

決して銃撃によるものではない。

この点を、乗員達に徹底してほしい。」

海幕人事課長は人事に関する連絡を伝える。

「取り敢えず後任の艦長が決定されるまで、上条二等海佐を艦長代理に任ずる。」

「はっ 拝命します。」

敬礼して答える。

「最後に上海にある東海(トンパイ)艦隊に不審な行動が確認された。

たった今対処可能な自衛隊艦艇はやまと以外にはない。

よって新たな任務を与える。

敵性艦隊が尖閣諸島沖に現れた場合に備え、沖縄海域で待機している補給艦と合流。

補給を受け、尖閣諸島沖海域で待機。

万が一敵性艦隊が現れた場合、現時点では之を警戒及び監視せよ。

防衛出動発令が決定した場合、之を実力で排除せよ。

以上だ。」

自衛艦隊司令官の言葉が終わると通信が切れた。

「至急 出航用意。

本艦は、指示通り沖縄方面へ出動する。」

やまとside out

 

日本政府side

「総理 中国海軍に不審な行動が確認されました。」

再び官邸に説明の為に現れた自衛官達は、一様に顔が青い。

「至急、防衛出動の発令をお願いします。

防衛出動発令までは自衛隊(我々)は法律上の制限により、我が国領土を侵犯した敵軍であっても先制攻撃を加えることが認められておりません。」

うろたえる統幕議長と海上幕僚長を尻目に首相は達観していたようだ。

「そう言うと思っていたよ。

臨時閣議の召集は済んでいる。

後は我が国に、戦争の脅威が迫っていることを閣僚に納得させることだけだ。

1945年以来初めて我が国領土が危機に見舞われるとはな。」

総理と、自衛隊首脳部は連れだって会議室に入る。

「防衛大臣及び自衛隊よりの緊急の閣議の開催要請が入った。

このことは、国民の生命と財産を守るために重要なことである。」

総理がこう述べてから、閣議は始まったものの全員がイマイチピンと来ないのか、ぽかんとしている。

「統合幕僚会議議長、状況説明(ブリーフィング)を頼む。」

「了解しました。

これは、国家機密のため他言無用でお願いするが、つい先刻、海上自衛隊由良基地に停泊中のやまとが、敵の工作員によって攻撃を受けました。

これを受け、総理は非公式の国家安全保障会議(NSC)を召集しました。

自衛隊は中国国内に保有する情報網の全力を挙げて、調査するよう命ぜられました。

その結果、中国人民解放軍は、陸海空全てで物資の買い占め等を行っており、これらが沖縄、尖閣諸島、台湾、いずれの地域への、武力進行の前兆であると考え、台湾軍情報部門と接触しました。

そして情報交換を行った結果、その可能性がかなり跳ね上がりました。

結論を申しますと、明日、明後日には中国軍部隊が、尖閣諸島、沖縄に押し寄せて来る可能性があります。

以上です。」

「統合幕僚会議議長、ありがとう。

中国の侵略意図が明白な以上、すぐにでも防衛出動を命じたいと思うのだが、皆の意見が聞きたい。」

しかし、誰も何も言わない。

というか、言えないのだ、この場にいる安全保障という専門的な分野の人間は、防衛出動に賛成である。

それ以外は、この問題には素人であった。

「では、採決を取りたいと思う。

防衛出動発令に反対の者はおるか?」

誰も手を挙げない。

「反対無し。

よってこのことは承認したと見なす。」

総理の声で閣議は終わった。

10分という短い閣議ではあったが、直木内閣は防衛出動の発令を閣議決定した。

このことにより、直木内閣は、自衛隊法第76条に基づき防衛出動発令より20日間の作戦指揮権を獲得した。

しかし、20日間以降の作戦の継続は国会の承認が必要である。

日本政府side out

 

やまとside

「出航用意 もやい放て。

微速横進。」

UV-22は既にやまとに帰投していた為すぐに出航出来た。

海上自衛隊恒例の帽ふれは急な出航という事もあり行われなかった。

「艦長代理の上条である。

現在本艦は予定を変更し、尖閣諸島沖へと急行している。

艦内の各員にいたっては戦闘に備え、細やかな点検及び整備を行ってほしい。」

「こちら制御室 システム オールグリーン

何ら異常ありません。」

「こちら機関室 異常無しや。」

「こちら砲雷科 兵装に異常ありません。」

「航空科 異常無し。」

艦内全てからの報告を受け終わり、上条は全艦に向けて伝えた。。

「各員にいたっては、当直の者を除きしっかり休息を取るように。

明日は今日よりも忙しいぞ。」

艦内では、艦内有志によりZ旗の作成が進められている。

戦闘時にマストに掲揚するつもりなのだ。

後日、明日は今日よりも忙しいという言葉は色々な報道番組で引用されこの戦争の象徴のような物となった。

やまとside out

 



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第二章
第7話


TVside

(現在、首相官邸前に来ております。

つい先程、直木内閣は戦後初となる防衛出動命令発令を閣議決定しました。

それと同時に、憲法9条3項に基づき特別事態宣言が発令され、国民の夜間の外出の自粛を呼び掛けています。

また、現時点で、陸海空全ての自衛隊部隊に、待機命令が発令されています。

一部では、既に出動した部隊等があるとの情報もありますが詳細な発表が行われていないため不明です。

以上、首相官邸前からお伝えしました。)

(続いて、防衛省前にいる三浦さんに伝えてもらいましょう。

三浦さん。)

(はい、防衛省前の三浦です。

現在防衛省は異様な空気に包まれています。

先程防衛省の報道官の発表によると、現時点で海上自衛隊第一から第四護衛隊群には集結命令が発令されています。

が、明確に何処の部隊が出動する等の発表はありません。

防衛省前からは以上です。)

TVside out

 

やまとside

沖縄海域周辺に到達したやまとは、補給艦おうみと合流し補給を受けていた。

「補給活動はもうすぐ終了します。」

戦闘情報センター(CIC)内に篭る形となっている上条に補給艦おうみ艦長が報告してくれる。

そして補給が終わった。

次第に離れていく両者の間で発光信号を送り合った。

「貴艦の健闘を祈る。」

「了解。」

予定通り補給を終え、やまとは尖閣諸島沖に到達した。

到達してすぐにやまとは危機に見舞われた。

「ソナー探知 方位142 本艦より距離5000 深度100 速度 12kt

目標敵味方識別確認 米原潜ウ゛ァージニアである確率 95.86%」

一瞬緊迫に包まれた戦闘情報センター(CIC)であったが友軍艦船であることが報告され、空気が緩む。

「ウ゛ァージニアが増速 20kt

さらに接近。 距離3000 深度そのまま。」

ソナー員の報告が、にわかに危機感の上昇につながる。

「戦闘部署発動 対潜戦闘用意 総員配置につけ。」

戦闘部署配置が全艦に発令された。

「データを市ヶ谷に確認急げっ!

ワーニング・レッドだ。」

上条の叫びで戦闘情報センター(CIC)は、動き始める。

「アイ・サー」

「信号弾用意良し。」

「信号弾撃て。」

上条の指示とともに、左舷後方に向け閃光と煙が伸びていく。

「ウ゛ァージニア反応無し。

依然として接近中。」

「市ヶ谷より回答。 先制攻撃を許可する。」

その答えこそが全てを物語っていた。

ウ゛ァージニアは、米軍の指揮下にはないのであろう。

1隻の反乱による逃亡はまさしく沈黙の艦隊そのものである。

ただ1つ違うのは、牙を剥いた相手である。

UV-22(シャドー)SH-60(シーライオン1番機)準備。

立ち入り検査隊編成急げ。

これより本艦はウ゛ァージニア奪還のための作戦を開始する。

いいな 砲雷長?」

上条の問いに砲雷長は大きく頷きを返す。

「敵潜水艦 魚雷発射管扉開きます。

本艦へ向け魚雷発射 数4接近。」

囮魚雷(デコイ)発射用意。」

ついで上条は無電池電話を取り、機関室へとかけた。

相手が応答する前に話しかける。

「機関出力いっぱい。最大戦速(さいだいせんそぉー)。」

「機関室了解。 機関出力いっぱい。 よおそろ。」

次いで艦橋にかける。

この場合も、相手が応答する前に話しかけている。

「取り舵いっぱい。」

「取り舵いっぱい。 よおそろ。」

やまとは大きく左へ傾いていく。

ただでさえ最大戦速で突っ走っているのだ。

傾かない方がおかしい。

そんな状況で上条は砲雷長に目配せする。

頷いて見せた砲雷長は、砲雷科員に魚雷発射を命じる。

「舵戻せ。 面舵いっぱい。」

今度は大きく右に傾いていく。

「成功です。 敵魚雷全て遠ざかります。」

「今度は、こちらから行くぞ。

UV-22(シャドー) SH-60(シーライオン1番機)発進。」

発着指揮所(LSO)了解。」

ヘリ甲板より、2機のヘリが飛んでいくのを確認した上条は砲雷長に命じた。

「ASROC 発射用意。

発射弾数 4発

全弾ウ゛ァージニアとの距離300で自爆。

ウ゛ァージニアを逃がすな。」

「了解。 1番から4番発射用意

撃てぇ(テェー)

左舷舷側VLSよりASROCが飛び出す。

ロケットより短魚雷が切り離され、海面へと静かに着水する。

そして全力でウ゛ァージニアを追う。

ウ゛ァージニア艦内では、パニックが広がっていた。 

乗員のほとんどが素人であったからだ。

彼らは徐々に迫ってくる水中探信音に耐えることができなかった。

艦内は騒然としている。

彼らのパニックは唐突に終わる。

それは追いついて自爆した短魚雷によって、強制浮上させられ、その際に怪我を負った者が多かったからだ。

2機のヘリから降り立った立ち入り検査隊員は、ウ゛ァージニア艦内での抵抗が疎らなことに驚いた。

ウ゛ァージニアとその乗員は、連絡を受け駆けつけた海上保安庁の巡視船が連行して行った。

やまとside out

 

 

 

 

 



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第8話

日本政府side

直木総理はアメリカのルーズベルト大統領との電話会談をしていた。

「ウ゛ァージニアは、現在我が国の管理下にあります。

拿捕にともない乗員は我が国が拘束しました。

現在全乗員に対して、我が国刑法例えば殺人未遂罪等の適用も含めた対応を検討しています。

そのため改めて現場検証を含めて行う必要があり、今すぐの返還及び引き渡しは不可能です。」

アメリカ側の要求は、ウ゛ァージニアの即時返還と全乗員の即時引き渡しであった。

「そうは言ってもだ。 ウ゛ァージニアはアメリカ合衆国国民の財産なのだ。

それを彼らはウ゛ァージニア強奪という犯罪を犯している。

日米犯罪人引き渡し条約に基づき早期に引き渡してほしい。」

「そういえばその国民の財産を沈めても構わんと言い放ったのは、貴国の海軍でしたなぁ?

大統領。いや海軍作戦部長(CNO) スターク大将。

アンタは何を考えているのかねぇ。

軍人ならはっきり言いなさいよ。」

脇に控えていた海軍将官の顔がみるみる青ざめていく。

「私に対して、国民の財産だのなんだの抜かし寄ったくせに何を言っているんだ。

それは事実か? スターク海軍作戦部長

何か申し開きはあるか?」

ルーズベルト大統領も向き直り詰問する。

「・・・・・・・・・・・・・」

海軍作戦部長は、顔を俯かせ沈黙を貫く。

「沈黙はぜなりという。 言い逃れは出来んぞ。

追って処分は知らせる。

誰かこいつをつまみ出せ。」

有無を言わせない大統領の口調に、海軍作戦部長の身体が震えている。

シークレット・サービスから2人出てきて海軍作戦部長を連行する。

大統領はこちらに向き直り告げた。

「すまないな。

海軍側からの強い要請だったから要求したが、海軍側が何か関与していたようだ。

要求は直ぐに取り下げる。

これは要請なのだが、今回の件について日米合同の調査チームを置きたいと思う。

直木総理ご自身の意見が聞きたい。」

「参加するのはどの機関となりそうですか?」

「こちらとしては連邦捜査局(FBI) 陸軍憲兵隊等だ。

無論海軍側は一切参加させない。」

「それで結構です。

我々も参加しましょう。」

「賠償に関してだがどうする?」

ルーズベルト大統領の問いに直木総理は答えた。

DDG(ミサイル護衛艦)6隻分のイージスシステム一式 約3000億円分。」

「その程度でいいというのか。」

「ええ 幸いにもやまとが沈んだ訳ではありません。

死傷者もいませんでした。

この辺が妥当だと思いますが。」

「うむ そう言ってくれると有り難いが、本当によいのか?」

「地方隊所属の旧式艦の更新用に必要でした。

このような事が無ければ、イージスシステムを積もうとは思いませんでしたが。」

「そうか ではそのうち2隻の建造費用を我が国が負担しよう。

システムも含めて、約5000億円分の拠出だ。」

「本当によろしいのですか?」

「ああ 構わんよ。」

「ありがとうございます。」

日米両国首脳の会談でこの事件の後始末はついた。

米海軍が一方的に引き起こしたこの日米政治的紛争は国家機密とされ、後にイージス艦6隻が連続建造されるまでは誰も気付かなかった。

後日日米合同調査チームによる徹底的な調査によって米海軍がやまとの撃沈を画策していた事が判明した。

しかし日米両政府ともに沈黙を貫いたため特に報道される事もなかった。

お陰で米海軍の威信は保たれた。

日本政府side out

 

 

 



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第9話

中国艦隊side

張上校は尖閣諸島占領のための海軍陸戦隊を載せた輸送船団護衛のために急遽編成された特設部隊を指揮していた。

指揮下にある艦は、駆逐艦の杭州、福州。フリゲイトの温州、徐州、益陽、常州、舟山。の計7隻である。

中心に揚陸艦、長白山を置き、小型の輸送艦艇が2隻前後についている。

そして護衛部隊が周りを取り囲んでいるのだ。

彼はつい先ほど、弟の訃報を聞いたばかりだった。

弟は軍情報部門の工作部隊に配属されていた。

対日破壊工作(やまとに対する爆破工作)に出動して死亡したと聞かされたのだが、情報保全隊によって生きたまま確保されており尋問が行われていた。

一応軍所属とは言え工作員はジュネーブ協定やその他の協定の保護対象外である。

捕まった場合、その場で射殺されても文句は言えない。

殺されてはいないうえに、拷問も行われていない。

捕虜として丁重に扱われていた。

そんなことは知らない張上校は気持ちの中で、鬼畜日帝という言葉を並べ立てていた。

「葉同志そういえば別働隊の方はどうなってる?」

気を紛らわすように政治委員に尋ねる。

「張同志司令官両方とも本部隊より先行して尖閣諸島沖海域に到達しているはずだ。

どちらもやまとを叩き潰すには、充分な戦力だ。

どちらにしても我が軍が敗北することはないだろう。

それに空軍及び海軍航空隊の上空援護もある。

日帝空軍がどれほど強力でも我々には、指一本触れることなど出来まい。」

中国艦隊side out

 

航空自衛隊side

那覇基地

南西方面混成航空団第204飛行隊

国籍不明機(アンノウン)多数が我が国防空識別圏に侵入した。

待機中の各機にあたっては発進せよ。

なお発進してからは空中早期警戒管制機(AWACS)の指示を仰げ。

防衛出動が発令されている。

警告に従わなければ、撃墜して構わん。

以上。」

それを聞いてスクランブルの5分待機に当たっていた編隊そして中国空軍部隊を要撃するために飛び出す最初の編隊の2機のF-15J改の《コブラ1》《コブラ2》が飛び出した。

「こちらハイパー・アイ コブラ編隊へ。

そのままポイントチャーリーを通過。

方位001を維持しつつ、高度12000まで上昇せよ。

国籍不明機(アンノウン)は反応から推測すると、J-10及びJ-11、J-12で数は30機だ。

現在沖縄県方面へ向かっている。

現在の速度およそ30分で会敵するはずだ。」

「「了解。」」

レーダーにも輝点が現れる。

「タリホー(不明機発見)」

コブラ1からレーダーで捕捉したとの報告が入る。

「ハイパー・アイより 警告を開始せよ。」

「了解。」

2機のF-15J改は大きく旋回し、国籍不明機の後ろを取る。

「こちらは航空自衛隊だ。

貴隊は既に日本国領空を侵犯している。

今すぐ退去せよ。

繰り返す、貴隊は既に日本国領空を侵犯している。

今すぐ退去せよ。」

「ザーッ」

返ってきたのは雑音だけであった。

「コブラ1よりハイパー・アイへ。

警告に応答無し。

信号弾を発射する。」

「了解。」

F-15J改から信号弾が撃ち出される。

赤色の煙が目に入るはずだが、反応はなかった。

「ハイパー・アイへ。

信号弾も応答無し。

警告射撃に移行する。」

「了解。 なお現在那覇基地よりライジング編隊が急行中だ。」

「了解。」

F-15J改には右主翼付け根の部分にM61A1、20㎜バルカン砲を搭載している。

毎分6000発という発射速度を誇るそれは悪魔とでも言うべき代物である。

それが火を噴く。

無論照準は外しているとは言え、当たりそうな限界に撃ち込むのだ。

撃たれている側からしたら、肝が冷える思いである。

国籍不明機(アンノウン)に反応無し。」

「ハイパー・アイより上空の各機へ

国籍不明機(アンノウン)は敵機と認定された。

武器の使用を許可する。(クリア ファイア)

これを実力で排除せよ。」

「了解。」

2機のF-15J改は、手近の機体に照準を合わせ空対空ミサイル(AAM-4)を放つ。

大きく旋回を繰り返したりチャフやフレアーを使用して逃れようとするが、当然逃げ切れずに空対空ミサイル(AAM-4)に食いつかれる。

追われる形となった中国空軍戦闘機隊は、少数の敵機に翻弄されはじめた。

そこに航空自衛隊には増援が駆けつける。

少しずつ航空自衛隊の優勢に変わっていく。

空戦が始まってたったの10分だった。

突如中国空軍戦闘機隊の陣形は崩壊した。

残った少数の機体が中国沿岸へ飛び去っていく。

「敵機は去った。

領空上に敵の脅威は存在しない。

ご苦労さん ゆっくり休んでくれ。」

航空自衛隊side out

 



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第10話

やまとside

「むぅ やはりな。」

レーダー画像を見ていた上条は唸る。

昨夜沖縄方面にて中国空軍と航空自衛隊が交戦したとの情報がこちらに入ってきていた。

次はやまとであっても可笑しくはない。

敵機動部隊から発進したJ-15が20機飛行中なのだ。

その背後には中国空軍戦闘機隊が控えている。

ざっと見で60機程だが、もっと飛んでいる可能性もある。

「これらを敵機と認定する。

全艦に発令 戦闘部署発動 対空戦闘用意 総員配置につけ。」

「各種ミサイル準備完了。」

砲雷士が報告する。

「空自のF-15がスクランブルしました。

詳細なデーターを要求してきます。」

「データ・リンクにて転送しろ。

やまとは迎撃行動を開始せよ。

吉井一尉、頼むぞ。」

戦闘情報士官は情報処理を担当し、防空システムの目標を選択する。

やまとにのみ置かれているのは、それを担当する砲雷士の人数不足からであった。

他の艦であれば、他の部署から引っ張って来れば良いがやまとではただでさえ乗員の数が不足している。

どこの部署にも余裕何て言うものは無いのが現実であった。

そのため前の前の艦長が海上幕僚監部に嘆願して配属してもらったらしい。

「了解です。」

「目標、敵味方識別信号応答無し。

完全に敵機です。」

「攻撃の許可を申請します。」

吉井一尉が申請する。

「許可する。 敵を押し潰せ。」

「「了解。」」

上条の許可に吉井一尉と砲雷長が返事をする。

「SM-2発射用意。

発射弾数 12発」

砲雷長の命令で、SM-2が発射待機に入る。

撃てぇ(テェー)

舷側に設置してあるVLSよりSM-3が撃ち上げられる。

1分後、レーダーを睨んでいた吉井一尉が言う。

「5、4、3、2、1 マーク・インターセプト 12発全ての命中を確認。

J-15(敵機)を全機撃墜。

続いて第2波攻撃目標入力完了。」

「SM-2 発射用意。

発射弾数 12発。

撃てぇ(テェー)

また舷側のVLSからSM-2が撃ち上げられる。

これも全て命中した。

編隊が密集していたこともあり、多数の敵機が撃ち落とされた。

「敵機より高速飛行物体分離。

数 40。

対艦ミサイルと思われます。」

誘導システム(X-EGS)起動。

ESSM 発射用意。

発射弾数 60発

撃ち方始め。」

舷側のVLSから次々ESSMが撃ち上げられる。

これらはやまとのイージスシステムの中核たるAN/SPY-1G多目的レーダーの反射波を利用してESSMを誘導するものである。

技術研究本部で上条が研究していたものがこれである。

実用試験としてやまとに搭載されたのだ。

必要なら大量のESSMを誘導し続けることが可能だ。

しかし今のところESSMにしか対応できないのが難点である。

大方撃ち落としたが撃ちもらしがあった。

「主砲及び副砲 撃ち方始め。」

やまとの46cm砲と76㎜砲が猛烈な弾幕を張る。

46cm砲は面で制圧するのに対し、76㎜砲は、点の一点に火力を展開する。

これらが同時に展開されるのだから、ミサイルが撃ち落とされない事は無い。

爆発による煙が晴れた時には、ミサイルの影等どこにもなかった。

「状況終了。

残存する中国空軍機は待避していきます。

我々の勝利です。」

吉井一尉はそう締めくくった。

やまとside out

 



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第11話

中国政府side

前日の午前。

中国政治の中心地、中南海。

「宝主席、艦隊は既に尖閣沖に到達しました。

後は命令あり次第待機中の海空軍は攻撃を開始します。

やまとの撃沈には失敗しましたが……」

国防部長と中国軍総参謀長は並んで国家主席に報告した。

「フッ 問題ない。

直ちに実行したまえ。」

サングラスを光らせ某ロボットアニメの某司令のポーズをとった宝主席は命令した。

中国政府side out

 

日本政府side

尖閣航空戦直後。

「中国外交部に対して事情説明を求めましたが、いまだに回答はありません。」

外務省アジア太平洋局局長が言う。

「そりゃあ、そうだろう。

武力による一方的な領土の占有は国際社会から大きな批判を浴びるからな。

フォークランド紛争しかり湾岸戦争しかりだよ。

特に尖閣諸島は無人島だからな。

上手い言い訳なんざ出せるわきゃねぇんだよ。

聞いても無駄だ。

もっとも奴さんは我が国が文句を付ける前に叩き潰したいようだがね。

ククク」

前防衛大臣にして現外務大臣の島津義隆は言葉を言った後に笑う。

「そうですね。

外務大臣に頼みがあります。」

そう切り出した総理大臣の後の言葉は衝撃を隠せなかった。

「何でしょう? 総理。」

「アメリカに飛んで、核搭載の大陸間弾道ミサイルを10発程借りて来て下さい。

現地の防衛駐在官が根回しを終えています。」

「馬鹿な。 我が国には非核3原則があるんですよ。」

「指揮権を委譲してもらうだけで、我が国が直接保有する訳ではありません。

代金も使用した場合のみだけですし。

随分と良心的でしょ。」

悪びれた様子の無い総理に外務大臣は毒気を抜かれた。

「今回アメリカは頼りにならないでしょう。

親中派の多い民主党が、与党ですしね。

だから核ミサイルの抑止力が独自に必要なのですよ。

しかし、我が国には開発にかける人員も予算も時間も無い。

全てが無いんですよ。」

怒気を強めた総理の言葉に外務大臣は圧倒された。

「分かりました。

直ぐに向かいます。」

外務大臣がやっと搾り出した言葉がそれであった。

「今回の協定締結は、ワシントン.D.Cじゃなくてキャンプデービッドで行うそうですから。

頑張って来て下さい。」

総理の激励を受けた外務大臣はその足で羽田に向かい、待機していたB-737政府専用機に搭乗して一路アメリカに飛んだ。

飛行機にて10時間飛行し、ワシントン.D.Cのケネディ空港にてヘリコプターに乗り換えキャンプデービッドにたどり着いた。

大統領とサインを取り交わした。

「すまない。 我が国の政治家がもっとしっかりしておれば、このような事にはならなかっただろうな。」

頻りにそう呟く大統領は外務大臣に病みかけているとの印象しか残さなかった。

日本政府side out

 



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第12話

在日米軍side

「沖縄空襲の際の我が軍の対応に対して日本国内では批判の声が出ています。

沖縄空襲の際、第18航空団(我が基地)F-15(イーグル)が1機も出撃していない事が大きいようです。」

金髪のアメリカ空軍准将は報告する。

「実際に我が基地は今デモ隊に包囲されております。

現在沖縄県警機動隊が派遣され、憲兵隊(MP)と共同で警備に就いておりますが…………………

今後どうなるか見当が付きません

例えば、デモ隊がなだれ込んできた場合、我々と機動隊だけでは対応できません。

それにともない士気の低下が著しく目立っています。

どうか命令の再考をお願いしたい。

我々の参戦を認めてください。

お願いします。」

頭を下げる男を、テレビ画面に映る金髪の女。

アメリカ空軍の中将として第5空軍司令官そして在日米軍司令官を兼務している。

そして男の言葉を最後まで聞くと、ヒステリックに罵倒し始めた。

「嘉手納飛行場司令官、ケインズ准将。

命令は変更しないわ。

何故って?

だってそんな権限私にも無いもの。

そうねぇ、太平洋空軍司令官に頼み込んでみたら?

まぁダメだろうけどね。

考えてることがどうして分かったみたいな顔してるわよ。

アンタ。

士気の低下?

そんなこととっくの昔にわかってたんでしょうが、それをどうにかするのがアンタの仕事でしょう。

アンタそんなことも出来ないクズなの?

そうクズなのね。

それでも男?

あれ付いてんの?

私は、最初からアンタのことが気に入らなかったの。

何故か分かる?

男って何?

女って何?

男女同権って何?

自分はエリート風を吹かせて自分じゃ何も出来ないんでしょ。

そんな奴が私は嫌いなのよ。

誰だか分かる?

アンタよ、アンタ。

アンタなんかクビよ クビ。 

明日を楽しみにしてなさい。

アンタをクビにしてやるんだから。」

もう言ってることが支離滅裂だった。

しかしケインズ准将はF-15パイロットとして、湾岸戦争、イラク戦争等に参加し空軍勲功章を2度、部隊表彰を6度受けた。

最後の空戦で被弾、負傷し事務職に転職。

苦労の末に、嘉手納飛行場司令官に任命された。 

罵倒するだけ罵倒して、映像は消えた。

ケインズ准将は黒い液晶ディスプレイの前でずっと立ち尽くしていた。

(告発してやる。

絶対に告発してやる。

何が、何も出来ないだ。

お前が出世の階段を上がっているときに、こっちは前線で命張ってたんだ。

前線の恐怖も知らないくそ女が何も知らずに言いやがって。)

「司令官?」

近くにいた副官が声をかけてきた。

「副官、あの女を告発したい。

どうしたら良いと思う?」

「第390情報隊に情報収集させましょう。

空軍参謀総長を除いてあの女は嫌われていますから、上層部は司令官を支持するでしょう。

噂では参謀総長の愛人だとか、言われてますからね。

今の言動もバッチリ録音されています。

すぐにでも査問委員会に突き出せますが、まず外堀を埋めましょう。

在日米軍内での評判もかなり悪いですし。」

副官はそう提案する。

こうして静かに米軍が分裂する事態の種が蒔かれた。

在日米軍side out

 



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第13話

やまとside

「P-3C及びP-1Aで対潜哨戒を行ってください。

なにぃ、制空権が無いから出来ない?

お前らそれでも専門職かよ。

タンカーに被害が出たらどうすんだ?

お前らの責任だぞ。

それでこっちにどうしろって?

じゃあそれが専門の空自は何て言ってるんだ?

えッ、人員や機材を派遣する余裕が無い?

無理矢理でもこっちでやれ?

無茶なこと言ってんじゃねぇ。

航空優勢は、こっちが握ってんじゃなかったのかよ。

中国空軍の数による攻撃による消耗が激しい?

知ったことか、本土からの部隊はどうしたんだ?

防空戦闘で忙しい?

こっちも忙しいんだ。」

いらついた様子で通信を終えた上条は荒れていた。

それは、自衛艦隊司令部からの緊急通報が大元の原因であった。

自衛艦隊司令部の緊急通報は敵潜水艦多数が周辺海域に潜伏している可能性大との内容であった。

やまとは那覇基地の第5航空群と共同でこれに対処せよ、との命令も同時に発せられた。

そのため上条は第5航空群司令との協議のため通信回線を開いたのだが、相手の消極的なこと限りがなかった。

なんだかんだ理由をつけて出動を行わない第5航空群司令側に苛立ちを隠さなかった。

(万が一シーレーンが打撃を受けたらどうするんだ。

やまと(こっち)は、尖閣諸島沖(ここ)から動けないんだぞ。)

しかし、時既に遅し。

日本のタンカーを中心としたシーレーンが中国海軍南海(ナンハイ)艦隊中心の潜水艦に通商破壊戦が挑まれ、かなりの被害が出ていた。

上条にその情報が入るのは、第2護衛隊群がやまとに合流してからだった。

やまとside out

 

中国政府side

「宝主席、何を考えておられるのですか?

宣戦布告もせずに、日本に対し攻撃を加えるとは。」

けわしい表情で詰め寄る外交部長を宝主席はキラリと光るサングラスで見つめ返す。

「フッ、問題ない。」

「大ありです。」

「先制攻撃を加えてきたのは、あちらからだろうが。」

「大量の飛行機を送り込んだのはこちらでしょう。

無線の故障か何か知りませんが、3度の警告を無視したのも。

世界中で反中デモが起こっておるのです。

我々外交官の苦労を分かっていただきたい。

また先程日本政府より最後通牒が通達されました。

先制攻撃を受けた側としては、とても寛大な条件でした。

どうか対応をお考え直しください。」

懇願する外交部長を一瞥した後、決定を下した。

「これから日帝共に鉄槌を下すのだ。

そのために日本政府を孤立させるための外交戦略を練る外交部長がそんな弱気ではいかんな。

朱外交部長、君を解任する。

職務は副部長に引き継がせたまえ。

我が民族の裏切り者の顔など見たくない。

出て行きたまえ。」

外交部長は一礼すると、去って行った。

中国政府side out

 



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第14話

中国艦隊side

張上校は通信兵から報告を受けた。

「機動部隊が後退?

何でこんな時に?

どうしてなんだ?」

問い詰められた通信兵は答えた。

「機動部隊司令部は、搭載機の不足と言っていました。」

「どうして1日で機体がなくなるんだ。

はっきり答えろ。」

「りょう寧(りょうはしんにょうに療を合わせた感じ。)の搭載飛行隊は、午前中にやまとに対して全力攻撃を行い全滅したようです。

詳しくは聞かされてはおりませんが、それは確かなようです。」

「仕方ない。

上級司令部に周辺の駆逐艦支隊の増援を要請せよ。」

「了解。

周辺というと、第2機動部隊ですか?」

「どれでも構わん。

第2機動部隊でも上海周辺で防備に当たっている部隊でもどちらでもいい。

いますぐこっちに向かわせろ。

後ついで空軍と海軍航空隊に上空直援を要請せよ。

このままじゃ我が部隊は全滅するぞ。」

返事も言わずに、通信兵は下がる。

(クソッ、このままで終わると思うなよ。

日本の帝国主義者共め、覚えておれ。)

「本部隊は、現時点で待機。

増援部隊の到着を待つ。」

中国軍の攻勢は一旦頓挫した。

中国艦隊side out

 

防衛省情報本部side

音声情報解析課

品川情報官は分析された音声を聞いていた。

「これは、中国海軍第3の部隊と司令部の通信の内容と言ったな?」

「はい。

確かに、南海(ナンハイ)艦隊所属のソブレメンヌイ級駆逐艦、杭州から発信されたものです。」

「分かった。

現場に伝えて来る。

次の発信に備えてくれ。」

画像解析課

「解析官、話は聞いているな。

今日、尖閣周辺を通る衛星はあったか。」

「GPS型サーチ衛星、しらうめ1号と高感度熱源監視衛星、蝙蝠2号及び監視衛星、はくたか6号とが通過しています。

それらの画像と音声情報解析課から提供の発信位置を重ねたものです。

それから推定するとこの艦隊でしょうな。

尖閣諸島占領の為の海軍陸戦隊を搭載した揚陸船団でしょう。

それらから推定される現在位置はここでしょう。」

指し示した場所は、日中中間線のさらに中国よりの場所であった。

「そうか、ここか。

やまと及び関係各所へ伝達する。

無人偵察機(グローバル・ホーク)を飛ばして詳細を確認できないか?」

「分かりました。

やってみましょう。

三沢の無人偵察航空隊に命令します。

那覇に分遣隊を置いてましたから、それなりにすぐに確認できると思います。」

「分かった。

すぐに取り掛かってくれ。」

そう言うと、中央指揮所に品川情報官は向かった。

防衛省情報本部side out

 

 



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第15話

やまとside

自衛艦隊司令部より通信は、いつもと雰囲気が違っていた。

自衛艦隊司令官の香田四郎海将が、画面の前にいたのだ。

そしておもむろに口を開く。

「上条二等海佐。

君に言わなければならん事がある。

嬉しい話と悲しい話そして正式な命令、どれから聞きたい?」

「では悲しい話からお願いします。」

「つい先程、病院から連絡が入った。

長谷川一等海佐の死亡を確認したそうだ。

最期に付き添った看護師に最後の言葉を遺したそうだ。

今から読み上げる。」

「少し待ってください。

全乗員に聞かせてやりたいと思います。

宜しいですか?」

「分かった。」

「こちらは準備できました。

お願いします。」

「自衛艦隊司令官、香田四郎だ。

負傷して入院していた長谷川艦長は、残念ながら入院先の病院で息を引き取った。

最後に目を覚ました時に、諸君に最後の言葉を遺した。

今から読み上げる。

やまとに最後まで乗り組むことが出来なかったのは自分の不徳の致すところです。

やまとと乗員の各員は最前線にて戦っていると聞いています。

乗員の各員にあっては最後までどんなことがあっても最後まで戦い抜いてほしい。

やまと艦長 長谷川次郎

以上だ。」

「ありがとうございます。

で嬉しい話というのは?」

「佐世保の第2護衛隊群が今晩にも出動できる。

明日にはそちらに合流できるだろう。

第2護衛隊群が到着し次第、やまとに与えている任務を解除する。

すぐ北上して佐世保に寄港して、損傷箇所の修理及び休養を取るように。

で正式な命令は、尖閣諸島沖よりさらに先の中国EEZにて待機している中国揚陸船団が確認された。

情報本部の解析によると、この部隊は後方もしくは周辺からの増援部隊の到着を待っていると確認された。

現場海域(せんじょう)を熟知している上条二等海佐に自由な裁量を認める。

確実に撃滅できる作戦を立案し実行せよ。

そしてこの揚陸船団を撃滅せよ。

この事は統合幕僚会議及び国家安全保障会議の承認を得ている。

たった今、敵部隊の現在位置及び詳細なデータを転送した。

その他必要なデータがあれば担当部署に要求せよ。

上条二等海佐にたった今より現場海域周辺に存在する陸海空自衛隊全部隊に対する指揮権限を与える。

繰り返すが確実に揚陸船団を捕捉、撃滅せよ。」

「了解。

しかしデータ類は本艦に揃っているので大丈夫です。

これより、本艦は電波管制(エムコン)を開始します。」

「分かった。」

こうしてやまとは自衛隊からもロストした。

やまとside out

 

 

 

 

 

 

 



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第16話

日本政府side

首相官邸

首相執務室では男が2人きりで密談していた。

「中国国内の反共産党勢力と接触出来ました。

どうやら今回の戦争、国内では歓迎されていないようです。」

内閣情報調査室長はそっと言った。

「そうかそれで先方は何と言っている?

我が方でできることなら良いのだがな。」

「民主化運動に対する直接及び間接的な支援。

新政府樹立の後の経済支援等です。」

「そのグループの戦力はどのくらいかね?」

どうやら首相は乗り気の様だ。

「グループのメンバーだけで数百万人。

無論彼らに公安の手はまだ届いていません。

一部は人民解放軍北京軍区の軍人も混じっているようです。」

「では武装クーデターが起こせるでしょうな。

我が方は、中国に対しての経済制裁を強化します。

そして彼らの出した条件を呑みます。

急ぎ彼らと連係を取れるようにしておいてください。

停戦協定締結はクーデターの後でということをよく伝えておいてください。

それも海上自衛隊が敵揚陸船団を撃滅できるかにかかっているがね。

今回の戦争は綱渡りみたいだな。

突然始まり、いつ終わるか分からないというか予想できない。

そうだろ。

内閣情報調査室長?」

「はい。

そうですね。

明治時代の日本帝国政府首脳部は日清、日露両戦争の際は開戦の時及び停戦講和の時期すらも開戦前に検討したそうですからね。

今回は、押すも引くも相手次第、正直言ってつらいですな。」

「ふむ。」

考え込んだ首相を前に内閣情報調査室長は新たな報告を付け加えた。

「在留邦人の保護に関してですがかなり困難なようです。

海路及び空路での中国脱出を計画しておりますが、中国軍及び中国の秘密警察である国家公安部それに中国海警の監視及び妨害が予想されます。

中国政府は彼らを人質にするつもりなんでしょうかね。」

「その件についてだが、在留邦人の帰国について中国の日本大使館を通じて申し入れてはいるがね。

相手側からそのことは何も言ってこなかったよ。

むしろ、」

首相はそう言って苦笑した。

その顔は内閣情報調査室長の予測が間違っていない事を示していた。

「無事に返してほしくば周辺の陸海空自衛隊を撤退させ、尖閣諸島を含む沖縄県全域を無条件で明け渡せと言ってきおった。」

その顔には憤怒が溜まっていた。

「我々はそれに屈する訳にはいかん。

この問題は官房長官に公表するように伝えたがね。

これはもう完全に戦争だ。

未だ宣戦布告されていないからと言って戦争ではない訳じゃない。

外務省には大使館を格下げさせ連絡事務所に中国国内の全領事館を閉鎖するように命じたよ。

どちらにしても外務省官僚というのはどうして愚図ばかりなんだ。

さらには外務省官僚の無能共はさっきの要求を呑むように強要してきた。

領土より人命だ等と詭弁を並べ立ててな。

自国の国益より相手国の利益を優先するあいつらを売国奴というんじゃないかね。

強要しに来た職員全員懲戒処分にしてやったよ。

外務省監察部によると、あれは外務省内の派閥だそうだ。

中国かぶれ(チャイナスクール)というらしいが、あの様な輩が省内に蔓延っているのは問題だ。

監察部に早急に調査するように命じたよ。」

まくし立てるように言った首相はすっきりしたような顔をしている。

外務省と内閣との戦いは中国との停戦後も続いた。

日本政府side out

 

 

 




外務省監察部という架空の組織を作りました。
この組織は財務省職員や警察官、自衛隊警務官等の捜査や調査のプロを集めて、外務省職員の素行調査や犯罪捜査を行うものです。
直木内閣発足時に外務省の暴走を懸念して設置されました。


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第17話

やまとside

自衛艦隊司令部との通信の後詳しく言うと自衛艦隊司令官直々の命令の後、戦闘情報センター(CIC)には困惑が広がっていた。

「副長。

電波管制(エムコン)を敷くなんて正気ですか?

他の自衛隊部隊の支援はどうするんですか。」

砲雷長が聞く。

「必要ない。

邪魔なだけだ。

本艦の支援に本当に必要な戦力が、この辺にあるかね?」

上条の質問に砲雷長は考えても答えられなかった。

「沖縄にF-2や12式地対艦ミサイルのどちらかがある訳じゃない。

F-15じゃ単に邪魔なだけだ。

第5航空群のP-3Cは今忙しいしな。

それなら本艦単艦にて敵揚陸船団に突入した方がまだ勝機はある。

私はそう思うがね。

どう思う砲雷長?」

「その通りだと思います。

しかし対艦ミサイルの発射及び誘導にはレーダーが必要です。

その辺はどうクリアするつもりですか?」

「それは分かっている。

ステルスモードに移行後、敵船団に肉薄。

ミサイル戦及び砲撃戦を仕掛ける。

水平線の33.3kmが勝負だ。

船団の様子と現在位置が知りたい。

SH-60K(シーライオン)全機発進準備。」

ここでのステルスモードとはECMを応用して電波反射(エコー)を抑える技術で、特にやまとのステルス性の向上を念頭に開発された。

SH-60K(シーライオン)発進準備良し。」

SH-60K(シーライオン)1番機発進。

指定した座標周辺に飛んで、敵船団を発見したら燃料が限界になるまで接敵し続けろ。

指定座標は中国領海に近い。

十分に注意してくれ。

本艦も遅れてそちらに向かう。」 

「了解。

行ってまいります。」

1機目のSH-60Kがやまとから飛び立った。

「ステルスモードに完全移行。

灯火管制を発令する。」

そして上条は無電池電話を取り上げた。

戦闘情報センター(CIC)より艦橋へ。

航海長、針路300(サンマルマル) 最大戦速(さいだいせんそー)。」

無電池電話の向こうから、航海長の復唱する声が聞こえる。

「針路300(サンマルマル) 最大戦速(さいだいせんそー) よおそろ。」

全艦に状況を説明してこれからの予定を伝える。

「本艦に自衛艦隊司令官より特命が下った。

中国領海内に尖閣諸島占領の為の揚陸船団が確認されたそうだ。

それを阻止可能な海上自衛隊艦艇は本艦しかない。

よって敵船団攻撃の命令が下った。

本艦はこれより敵船団攻撃のため、中国領海に突入する。

何か不測の事態が発生する可能性が高い。

乗員各員のより一層の努力を期待する。

戦闘部署発動、対空対水上同時戦用意。総員配置に付け。」

やまとside out

 

 

 

 



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第18話

中国艦隊side

東海(トンパイ)艦隊司令員から急遽通信が入った。

余程の緊急事態が発生したのだろう。

「張上校そして同志政治委員に伝える必要のあることが出来た。

これは非常に大事なことだ。

中央軍事委員会より最上級命令が発令された。

増援部隊の到着を待たずに尖閣諸島占領の為、沖合に突入せよ。

これは中央軍事委員会の直接命令である。」

「何故こんなに急なんですか?

我が部隊だけでは、やまとに太刀打ちできないんですよ。」

「日帝海軍の第2護衛隊群(部隊)の南下が確認された。

この部隊は日帝海軍最強をうたわれる。

この部隊だけでも厄介なのだ。

それとやまとが合流したら本当に対抗できない。

それは分かるな。

張上校。」

諭すような司令員の言葉に張上校も頷かずにはいられない。

これ以上の命令の無視は、見逃せないとの事だろう。

「了解しました。」

張上校は無意識に背筋を伸ばし答えた。

「しかし、やまとはどうされるんですか?」

「南京軍区及び広州軍区の空軍部隊が待機している。

それらがやまとへの攻撃を担当するはずだ。

第1波攻撃隊がそろそろ出発する。

まぁ足止めにしかならんだろうがな。

「それが間に合う前にこちらが攻撃されたらどうしますか?」

「張上校、それは考えすぎだよ。

君の部隊が敵に発見されている訳無いだろう。」

司令員は揚陸船団が日本の衛星監視網に既に発見されている事を認めなかった。

「やまとの現在位置に関する情報はあるか?」

「我が部隊でも失探(ロスト)しています。

レーダー員が全力で捜索しておりますが如何せん距離が遠すぎまして大した情報は入っていないのが現状です。」

「分かった。

君の部隊の健闘を祈る。」

そう言って司令員との通信は終わった。

「全員聞いていたな?」

確認する口調の張上校に周りの全員が頷く。

「私の考えを話そう。

やまとはすでにこちらに向かっているだろう。

だから足止めのために、揚陸船団護衛のフリゲート2隻を残しそれ以外はやまとに突貫する。

これしか我が部隊に勝ち目はない。

特にやまとはレーダーに映らない。

見えない敵との戦いは先手必勝。

だから守勢に立つのは間違っている。

むしろ愚かだ。

そうは思わないか?」

「はっ。

確かにその通りであります。」

さらに頷く部下達を見て張上校はさらに付け足した。

「第2機動部隊にも支援を要請せよ。」

「了解。」

「総員戦闘準備。

対水上戦闘用意。」

張上校は発令した。

「「「「了解。」」」」

中国艦隊side out

 

 

 

 



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第19話

やまとside

「敵機接近。

方位315、距離30000、高度2000m、数200。

機体の種類の確認完了。

中国空軍のJ-7及びJ-8です。」

戦闘情報センター(CIC)内に怒号が響く。

「多いな。

迎撃行動は、砲雷長に一任する。

全機迎撃せよ。」

「了解。

SM-2発射用意。

数40。

撃てぇ(テェー)。」

舷側のVLSから撃ち出されたSM-2は敵の編隊に殺到した。

照準をロックされていた機体はさらに周辺の機体を道連れにして墜ちていく。

「撃墜確認。

数48。」

「距離12000。

敵機より多数の高速飛行目標接近。

多過ぎて計測不能。

対艦ミサイルと思われます。」

「目標変更。

CIWS及びSeaRAM、自動迎撃モードに移行(コントロール・オープン)

ESSM発射用意。

撃ち方始め(うちぃかたはじめ)。」

こちらも舷側のVLSから五月雨式に撃ち出される。

「続いて主砲及び副砲撃ち方始め(うちぃかたはじめ)

チャフ、フレアー展開。」

次々撃ち出されるESSMの網を抜け出たミサイルに砲火が集中した。

それでも数が多過ぎる。

やまとの処理能力を大きく超えていたのだ。

墜とされなかった152機のJ-7及びJ-8から各2発発射されたとして304発である。

仮に200発墜としたとしてもまだ100発以上残っているのである。

そのミサイルの大半がチャフやフレアーにも引っ掛からなかった。

やまとの船体や上構に大量に命中した。

「艦内各所より負傷者多数との報告あり。

ヘリ格納庫にて火災発生。

現在消火作業中。

UV-22J(シャドー)及びSH-60K(シーライオン2番機)大破。

1番から29番までのVLS炎上中。」

応急管制室(ダメコン)からの報告は被害が甚大であった事を示していた。

「延焼及び誘爆の危険性が高い。

炎上中のVLSをパージしろ。」

「了解。

パージします。」

砲雷士がレバーを回してボタンを押すと炎上中のVLSがやまとから次々切り離され海中に投棄された。

火災の消火作業が艦内各所で続けられている。

「敵船団を捕捉しました。」

レーダー員の報告に上条はすぐに確認する。

「距離は?」

「45000mです。」

「少し遠いな。」

「44000mです。」

「副長。

主砲のぎりぎりではありますが射程内です。

砲撃を進言します。」

砲雷長は言った。

「分かった。

改めてミサイル戦及び砲撃戦用意。

対艦用トマホーク準備及びSSM-1B準備。

目標071型揚陸艦。

数は砲雷長に任せる。」

「了解。」

「右舷砲撃戦用意。」

やまとside out

 

 

 

 



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第20話

中国艦隊side

「第1波攻撃隊が通過していきます。

あっ、攻撃を開始しました。」

「そこにやまとがいるんだ。

そうに違いない。

揚陸艦及び護衛に当たるはずのフリゲートに通信。

先の指示に従い、尖閣諸島沖に突入せよ。

残りの護衛艦隊は我に続け。」

「レーダーに微小な反応が現れました。

炎上中のやまとに反応している模様。」

レーダー員の報告に張上校は決断した。

「砲撃戦にて片を付ける。」

中国海軍正式採用の艦砲は最大のものでも130㎜砲である。

こんな砲ではやまとの装甲は撃ち抜けない。

というかやまとの装甲は最新の対艦ミサイルをもってしても撃ち抜けるか微妙なのである。

文字通りこれは大きな賭けであった。

「空軍の攻撃によって損害を被っているに違いない。

目視できる距離まで近付き砲撃戦とミサイル戦を挑む。

空軍の攻撃部隊と共同で攻撃を開始する。

最大速度に上げよ。」

「了解。」

中国艦隊side out

 

在日米軍side

米空軍嘉手納飛行場地下指揮所。

「やまとが攻撃を受けて中破したそうです。

航空自衛隊沖縄方面防空指揮所(JASDF-OFADC)から応援要請が来ています。

これは最重要そして最優先の要請だそうです。」

「そうか。

これはもう我慢の限界だ。

これ以上あんな奴の言うことを聞くのはもう御免だ。

戦場のせの字も知らない奴。

戦場の狂気を感じたことのない阿呆のな。」

「では基地司令、御命令を。」

基地の副司令もそれを待っていたようだ。

「全責任はわしが取る。

すぐに早期警戒管制機(AWACS)を上げよ。

出動可能なF-15C(イーグル)を全てやまと援護にまわせ。」

すぐにアラートがかけられて滑走路にF-15が出て来る。

パイロット全員がフライトスーツ着用で待機していた様だ。

管制塔に来た基地司令官は管制官に告げた。

「パイロット達に繋いでくれ。」

「分かりました。」

管制官は機器を操作して通信をつなげる。

「今繋がりました。」

「我々は日本の同盟国の軍隊である。

に対し我々は背信行為を続けてきた。

これ以上アメリカ合衆国軍人の栄誉を傷つけるのはやめにしたいと思う。」

管制官は同時に基地の各所に繋いだようだ。

基地司令官の言葉に基地の至るところから歓声が響く。

「同盟国軍として信頼を取り戻すためにも。

基地司令官として命じる、やまとを絶対に沈めさせるな。

中国海空軍の攻撃から絶対に守り切れ。

繰り返す、やまとを絶対に守り切れ。」

基地司令官が言い終わると、基地の至るところから上がっていた歓声がさらに大きくなる。

F-15が空へ飛び立ち機首を北東に向けると、基地の周りを取り巻く機動隊やデモ隊からも歓声が上がる。

沖縄方面の米空軍は独自の行動を始めた。

在日米軍side out

 



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第21話

やまとside

「レーダーオン。」

上条の声とともに電波管制(エムコン)を敷いていたやまとに目が戻ってきた。

「レーダーにて、こちらに向かって来る駆逐艦及びフリゲート計5隻。

また上空1000mに敵機の群れを確認できます。」

レーダー員の報告に上条は問い返す。

「どちらの方が近い?」

「敵機の方です。

数120。

種類はJ-11です。」

「対空戦闘用意。

砲雷長、対空ミサイルの残弾は?」

スタンダード(SM-3.SM-2)各23発。

発展型シースパローミサイル(ESSM)、405発。

以上です。」

「VLSをやられたのが痛かったな。

俺らは今日でお役御免だ。

砲雷長、全弾容赦なくぶっ放せ。」

「了解。

スタンダード、発射用意。

撃てぇ(テェー)。」

そこにさらなる報告が入る。

「シーライオン1番機より通信。」

「こちらシーライオン1番機。

071型揚陸艦がフリゲート2隻とともに尖閣諸島海域に突入の模様。

本機にてミサイルを誘導するので発射してください。」

「了解。

砲雷長、撃て。」

「了解。

砲雷士、トマホークを指定された座標に撃ち込め。」

VLSからスタンダード全てが、そしてトマホークが撃ち出された。

「スタンダード、5.4.3.2.1、マークインターセプト。

全弾命中を確認しました。」

それでも敵機の機数は74機残っている。

各4発の空対艦ミサイル(ASM)を搭載しているとすると296発である。

無論、制空任務に当たっている機体もあるからその全てというわけにはいかない。

空対艦ミサイルを搭載しているのが半分でも148発もある。

それでも上条は敵水上部隊の殲滅を急いだ。

「対水上戦闘用意。

敵機からのミサイル発射に備えろ。

主砲砲撃用意。

目標、第1砲塔、敵1番艦。

第2砲塔、敵2番艦。

撃てぇ(テェー)。」

各砲塔から発射された砲弾は的確に命中し、駆逐艦やフリゲートを炎上せしめた。

特にやまとは対空射撃に備えて、新三式弾を装填していた。

これは起爆すると内包している焼夷弾子が一気に高温となり鋼材すらも燃え上がらせるのである。

命中した艦では何も知らされることなく乗員が熱や炎に焼かれ死んでいった。

炎に焼かれなくても、砲弾の破片に切り裂かれ死んでいった者。

機械室にいて肉片すら残さずに爆散した者等、艦内は地獄の惨状であった。

やまと戦闘情報センター(CIC)では、敵部隊の対処と同時に航空部隊の対処に忙しかった。

「上空の敵機より高速飛行目標分離。

大量に飛来してきます。」

「ESSM発射用意。

撃ち方始め(うちぃかたはじめ)。」

やまとside out

 

 

 



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第22話

中国艦隊side

「やまとより多数のミサイルの発射を確認。

大半は上空の味方に向かっていますが、一部が揚陸艦の方へ飛んでいます。」

「そのミサイルを迎撃せよ。」

張上校はそう命じた。

「了解。」

兵器担当の士官が迎撃しようとコンソールに手を伸ばしたその時であった。

「やまとが我が部隊へ接近してきます。

あっ、やまとより6発の正体不明の物体が飛来し…」

レーダー員の報告が終わらないうちに艦内に衝撃が伝わる。

たったの一撃で杭州は被弾炎上していた。

「何が起こったのだ?

損害を報告せよ。」

張上校はそう部下に命じた。

「艦内各所にて死傷者多数との報告あり。

まさしく死死累々の有様です。

また同じく艦内にて火災が発生しました。

延焼するスピードが速く、もう手が付けられない状態です。

また艦底にて異常な水位の上昇が見られます。」

「つまりはだ。

本艦は間もなく沈没する。

総員離艦せよ。」

部下からの報告を張上校はそう言って締めくくった。

中国艦隊side out

 

第7艦隊side

CVN-73"ジョージワシントン"

米海軍第7艦隊最強の艦艇にしてアジア圏最強を誇る艦艇である。

それが護衛艦艇を率いて一路沖縄へ向け出撃していた。

目的は軍という組織に反旗を翻した米空軍嘉手納飛行場司令官及び彼の協力者達の身柄の拘束である。

「そんなことは憲兵(MP)にやらせやがれ。

奴らの仕事だろうが。」

艦橋脇のウイングにて艦隊司令官は呟いた。

それはこの艦隊全員の本音であった。

ジョージワシントンの空母戦闘群は日本沿岸を安全に下っていた。

というのも海上自衛隊の対潜哨戒機や哨戒ヘリが一日中飛び回っていたからだ。

そこで完全に油断していた。

「魚雷接近。」

ソナー・マンの声が響いた時にはもう遅かった。

ジョージワシントンの脇腹に水柱が4本も立つ。

「ダメージ・コントロールを開始しろ。」

艦隊司令官の怒号にジョージワシントンの乗員達は各自の持ち場にて活動を開始する。

第7艦隊sideout

 

海上自衛隊潜水艦"じんりゅう"side

潜水艦じんりゅうは首相直々に特命を受け、九州沖合にて待機していた。

海中に潜伏している彼らに与えられた任務は、沖縄に向かう第7艦隊主力を迎撃し足止めすることであった。

「多数の推進機音を捕捉しました。

コンピュータ解析完了。

100%米第7艦隊です。」

ソナー員の報告に艦長は頷きを返す。

「魚雷戦用意。

発射管注水開始。」

「発射管注水完了。」

水雷科員の報告を受ける。

「発射管扉開け。」

「射程内に入りました。」

ソナー員の報告を聞いて、命ずる。

撃てぇ(テェー)

海上自衛隊潜水艦"じんりゅう"side out

 

 

 

 

 



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第23話

やまとside

「副長。

こちらは航空援護(エア・カバー)も無し。

しかし敵の攻撃は空から、J-11が74機。

水上からは、フリゲート3隻。

正直厳しいです。

どうしますか?」

砲雷長の問いかけに上条は答えた。

「厳しいかどうかは分からん。

むしろ楽なくらいだ。」

「どうしてですか?」

航空援護(エア・カバー)は大量に来る。

我々は一人じゃない。

味方はいる。」

「どこにそんな戦力(機体)があるんですか?

航空自衛隊(あいつら)にもうそんな戦力(機体)はありませんよ。」

「もう一つあるじゃないか。

戦闘飛行隊(ファイター・スコードロン)が沖縄に2個も。

高い金かけて居てもらってるんだ。

きっちり給料分働いてもらわんとな。」

「まさか在日米空軍ですか?

生憎奴さんは動きませんよ。

天に誓っても良い。

奴らは絶対に動かない。」

砲雷長は怒気を強めた。

しかし上条はどこ吹く風だ。

「いや奴らは来るよ。

彼が命令しているだろうしな。

おそらくもうそろそろだね。」

上条が謀ったようにレーダー員から報告が入る。

「本島方面より敵味方不明機(アンノウン)多数接近。」

戦闘情報センター(CIC)内に緊迫が走る。

本島方面から来ているとは言え、中国空軍の増援部隊だと否定できないからだ。

「ちょっと待ってください。

IFFレスポンス確認。

U.S.A.F、嘉手納、44FS及び67FS。

友軍機です。

あっ空対空ミサイルを発射しました。

J-11を排除していきます。」

戦闘情報センター(CIC)内に安堵の溜息が漏れる。

レーダー画面を見ていると、J-11の数が徐々に減っていることが分かる。

そして最後の1機がレーダーから消えた。

「副長。

申し訳ありませんでした。

ですが、彼らが来援する事がどうして分かったのですか?」

砲雷長は上条が予言を的中させたことに興味を持ったようだ。

「なあに単純なことだ。

在日米軍司令官(無能だが偉そうなアマ)嘉手納飛行場司令官(叩き上げの最強親父)は仲が悪いらしい。

ということは、彼は命令を無視する可能性は高い。

特に無能らしいからな、あの女は。

後は時期だが、あの男は我慢強くないからな。

もうそろそろかなと思っただけだ。」

「なるほど。

ではどうしてそんなにも嘉手納飛行場司令官の事を知っているのですか?」

「奴は私の昔からの友人だ。

ワシントンの防衛駐在官時代からのな。」

「まあ疑問も解決しました。

改めて対水上戦闘用意。

でよろしいですね。」

「うむ。」

やまとside out

 



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第24話

中国反政府組織side

「武器の調達は、どうなっていますか?」

初老の男が尋ねた。

「順調に進んでおります。

現在、ロシア軍や各国軍払い下げのAK-47.AK-74(カラシニコフ)それに我が国軍採用の56式突撃銃を全員分かき集める事に成功しました。

対空用もしくは対戦車兵器も日本政府より供与されています。

後は時期の決定のみです。」

「そのことだが、台湾政府に要請を出した。

今日にも陽動の上陸演習作戦を実行してくれる。

沿岸防御のために各軍区の部隊に派遣命令が下るのは間違いない。

明日に実行する。

全員に連絡をしておいてくれ。」

「どうなさるおつもりですか?

この国や国民を。

そして国民の財産を。」

「一から改めて国を作る必要は無いと思っている。」

「それはどういう事ですか?」

「休戦協定発効後にだが、台湾の中華民国と併合させる。

どうせ民主化するのだったら、その方が手っ取り早いだろう。

無論制度はすべてあちらのものとなるだろうが。

彼らも二つ返事で承諾してくれたよ。

なんたって大陸反攻が彼らのスローガンだからな。」

「あなた自身はどうされるのですか?」

「私の進退か?

今は考えていないな。

改めて統一された中華民国国民に信を問おう。

共産党政権の中枢にいた私の罪を許すかどうかをな。」

中国反政府組織side out

 

台湾政府side

「どういうおつもりですか?

顔も知らぬあんな男を信用して。

毛総統。」

台湾政庁内は大きく割れていた。

それは中国反政府組織の代表代理を名乗る男が、"今後我らが中国国内において実権を握った場合即座に台湾政府との間で併合条約を結びたい"そう言ったからだ。

無論どちらがどちらを併合するのか問い質したところ帰ってきた答えがこれだった。

"中華人民共和国《我々》が中華民国(そちら)に併合されるのだ。

大陸反攻がスローガンの諸君らにとっては良い条件じゃないかね。"

毛総統は二つ返事で承諾した。

しかし台湾政庁内には反対派もいた。

それが今総統に詰め寄っている男を筆頭とするグループである。

「彼らの目的が見えません。

安易に判断するのは危険ではありませんか?」

「そんなことは無い。

彼らは真剣に国を憂いているのだろう。

暴走しはじめた、我の国をな。

彼らには国を救うにはそれしかない事も分かっているはずだ。

君ならば分かるだろう。

その気持ちが。

学生運動家だった君ならな。

そう信じておるよ。」

そう言って毛総統は微笑んだ。

台湾政府side out

 

 







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第25話

中国政府side

やまとが艦隊決戦に挑む前、

「何故だ。

何故奪えん。」

怒りをあらわにした、説明にやって来た中国人民解放軍総参謀長を宝主席は大声で叱責する。

「あの小島一つ奪うのに、その方面(南京軍区)どころかその他の軍区の空軍部隊を投入しても勝利を掴めないとはふがいないにも程がある。

海軍も東海(トンハイ)艦隊にさらには南海(ナンハイ)艦隊の一部まで投入したと聞いている。

それで何故やまとを抑えられんのだ。

どういうことだ。

納得のいく説明をしたまえ。」

「我が空軍及び海軍航空隊は、航空優勢確保のため敵日帝空軍と戦闘に入っております。

その間に、海軍と共同でやまと攻撃部隊を編成、出撃させております。

それが、どうしても大量の戦闘機部隊が必要な理由です。

それでもやまとを抑えられないのは、圧倒的な性能差が存在するためであります。

ただし、彼らはよくやっております。

確定している情報では、やまとは中破以上の損害を受け、ミサイル発射機(VLS)の大半を投棄したようであります。」

顔面蒼白の総参謀長は、しどろもどろになりながらも冷静に答えた。

「損害はどれだけ出ている?」

「今のところ航空機に集中しております。

被撃墜200機、修理不能175機。

戦死者及び行方不明者、負傷者は400名。

全て現在確認された数で今後増える可能性があります。」

「シナリオに遅れは認められない。

すぐにでも確固たる結果を示すことだ。」

宝主席の言う確固たる結果とは、すなわちやまとの撃沈である。

総参謀長は答えるほかなかった。

「了解しました。」

中国政府side out

 

日本政府side

「現在、我々は飛来した中国軍機の68%以上を撃墜しました。

しかし、中国空軍の攻勢は収まりません。」

統合幕僚会議議長は報告する。

「統幕議長、大変です。」

「どうしたッ、報告は明瞭にしろ。」

飛び込んできた情報本部の情報官を一喝する。

「中国領海内に敵の第三の艦隊を確認しました。

映像を出します。」

画像を見た統幕議長は、総理に対応を提案した。

といっても、できることは限られている。

というか一つしかない。

「現地に展開中のやまとに敵艦隊要撃の緊急指令を発令します。

また、沖縄方面の自衛隊部隊の指揮権をやまとに与えます。

よろしいでしょうか?」

情報に接した直木総理は、おもむろに頷き、すぐに命令書を認めた。

「統幕議長、改めて命じる。

我が国領土に踏み込んできた不埒な者は、全て叩き潰せ。

これは内閣総理大臣としての最上級命令である。」

日本政府side out

 

 




年末年始投稿せずに申し訳ありませんでした。
本日より投稿を再開します。


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第26話

台湾政府side

「日本政府は、そのような手を打っていたのですか?」

「どうやら、そのようです。」

「そんな方法があるなら、我が国でもしたいねぇ。

って言っても、もうすぐ核保有国になるんだがね。

ハハハ。」

「日本政府の次の手によって、状況は大きく変わります。

情報収集に全力を挙げてください。」

「それには、及びません。

日本政府は、この計画に一枚噛んでいるようです。

彼らは、計画の邪魔になるような手は打たないでしょう。」

「そうか、そうなら良いのだがな。

大陸反攻のチャンスは、今しかない。

邪魔が入らないよう、十分に警戒したまえ。」

台湾政府side out

 

やまとside

「上条二佐、命令の変更を伝える。

東シナ海にて待機している工作艦あかしと合流。

最低限の修理を終え、海上自衛隊特別部隊に合流せよ。

その後は、第二護衛隊群司令の命令に従うように。」

自衛艦隊司令官との通信は、もはや定例となっていた。

無論、やまとは自衛艦隊直轄艦であるため、自衛艦隊司令部と通信するのは有り得ない話ではない。

ただ、毎回の通信の相手が自衛艦隊司令官というのが、おかしいのである。

「了解しました。」

上条がそう答えると通信は終わる。

「正直言ってきついです。

まだ目の前の戦いすら終わってはいないのですから。」

砲雷長の言葉はもっともである。

「敵に後退の動きあり。

繰り返します、敵に後退の動きあり。」

レーダー員の報告を、上条は考える。

そして命じた。

「力ずくで押し戻せ。

主砲、撃ち方始め(うちぃかたはじめ)。」

やまとside out

 

北京軍区side

「俺達に移動命令だって?」

「ああ、そうだ。

広州軍区正面において、台湾軍の動きが活発になっているらしい。

俺らの移動はそれに対する予防措置らしい。」

「今の台湾に中国を攻略する余力は無いだろうに、上は何を考えてるんだ。」

北京軍区司令員は、反政府組織のメンバーである。

自分の信頼の置ける部隊以外は、南部へと派遣する腹であった。

広州軍区からの要請に従っているだけだが、北京はすでにがら空きだった。

クーデター部隊が簡単に侵入できるほどにである。

しかし、陸軍はいなくなっても青島には海軍陸戦隊が居るし、北京には武装警察隊が残っている。

北京軍区司令員の想像は当たっていた。

クーデター部隊の進行は、武装警察隊と海軍陸戦隊によって食い止められていた。

市内にすら入れていない。

市外で激しい戦闘を繰り広げている。

「司令員同志、中南海より出動命令です。」

「内容は?」

「同志孫司令員に命ずる。

残存部隊を全て出動させよ。

との事であります。」

北京軍区side out

 



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第三章
第27話


やまとside

中国軍輸送船団の撃退に成功したやまとは工作艦あかしと合流して、修理と休養を取っていた。

艦長代理として上条はあかし艦長に損害を確認していた。

「本艦は中破判定ですか?」

「そうなるね。

まあでもあれだけ喰らって、中破だからね。

逆にすごいんじゃない?

しかも、艦内の主要区画は、全て無事だしさ。」

確かに対艦ミサイルを100発単位で喰らって無事で済んでいるのだから間違いないだろう。

普通の艦艇では、間違いなく轟沈しているだろう。

「細かい話になるけど、主砲塔以外の甲板上の装備品は、全損って事でいいか。

というか、何処に何があったかさえ分からないね。」

そう言って見る甲板上は、まさしく焼け野原であった。

目に付くのは、全て黒く焦げた残骸であった。

中国海空軍との交戦は、やまとのほとんどの兵装を破損させるには充分だった。

しかし、挙げた戦果も大きかった。

航空機を200機以上撃墜、艦船を各種5隻を撃沈したのだから。

「一応対空装備やVLSなんかは予備があるけど、流石にヘリは無いわぁ。

戦争が終わったら、裁判沙汰になるかもな。」

最後の一言は余計である。

というか戦闘における装備の破損は、自衛官に対しては免責が認められる。

だから裁判沙汰にはなり得ない。

まあ査問委員会的なのに、呼び出される可能性はあるが…………

「んじゃ、こっちとしては時間に間に合わせるために外からやりますから。

中までやる時間はありません。

OK?」

やまとに与えられた時間は、たったの数時間である。

これは太平洋戦争時の在真珠湾海軍工廠の人間でも不可能だろう。

何故なら、彼らはミッドウェー海戦前に、損傷した空母ヨークタウンをたったの三日で戦闘可能な状態にしたのだから。

そんな彼らでも、与えられた時間がたった数時間では、やはり匙を投げるだろう。

しかし、自衛官達は諦めない。

何故なら、彼らは出来る出来ないで活動していない。

絶対にやりきるという想いで活動しているのだ。

「分かりました。

よろしくお願いします。」

やまと艦内では、乗員によって応急修理が行われていた。

「ここに鉄板持って来い。

取り敢えず、穴塞ぐぞ。」

鉄板を持ってきては、器用に溶接していく。

甲板上では、新しい兵装の取り付け作業が始まっていた。

「オーライ、オーライ。

OKです。」

あかし乗員は、手早く各種兵装を固定して、電装系をつなげていく。

「作業は全て完了。

後は、ドックにでも入らなければ直せませんね。」

やまとを見回ったあかし艦長は、そう報告した。

「了解しました。

これより本艦は、作戦行動に復帰します。」

上条はそう言って敬礼した。

やまとside out




艦艇紹介。
工作艦あかし
 海賊対処などで海外に派遣されることの多くなった護衛艦を現地で修理するために建造され
 た。
 基準排水量15000tで、自衛隊支援艦艇のなかで一番最大である。
 その理由は、兵装をも運搬する能力も有しているからである。
 命名理由は、日本帝国海軍唯一の純正な工作艦明石よりとられた。
 


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第28話

やまとside

「作戦内容を報告します。

これより、やまとを含む第二護衛隊群は、黄海(ホワンハイ)に突入。

北京市外にて戦闘中のクーデター部隊を直接的及び間接的に支援します。

以上です。

何か質問はありますか?」

「直接的や間接的な支援とは、どういったものでしょうか?」

「基本的には、戦闘地域に対するトマホーク攻撃。

これは直接的な支援になります。

間接的な支援は、周辺の制空権の確保等です。」

「部隊配置を報告して頂きたい。」

第二護衛隊群と合流したやまと艦長代理である上条はTV会議に参加していた。

そして質問した。

「まず突入部隊は、先程説明した通り第二護衛隊群及びやまとです。

脱出を支援するのは、第四護衛隊群。

後詰めとして第一護衛隊群が展開予定であります。

そのどれもが、八八艦隊を構成しております。

弾道ミサイル対処は、第三護衛隊群及び第一、第四護衛隊群が行います。

つまり、投入する戦力は我々の全力であります。」

「突入する第二護衛隊群には、敵の猛攻が予想されます。

やまとは、まだ完全に修理出来ている訳ではありません。

その点は、どうお考えですか?」

完全に修理できていないのに戦闘に投入された例として、先に挙げたヨークタウンがある。

ヨークタウンはミッドウェー海戦に投入され、第二航空戦隊空母飛龍の猛攻を受け中破。

後に、潜水艦イ-168の雷撃によって沈んだ。

無論、戦艦と空母では防御力に違いはある。

だが同じ運命を歩む可能性は、否定できない。

その例を挙げられて口をつぐむ首席幕僚に代わって第二護衛隊群司令が口を開いた。

「迎撃に全力を尽くす。

としか、答えられない。」

「なるほど、了解しました。」

護衛隊群司令が、そう言ったら上条は従うほかない。

これ以上の反論は、抗命として処罰の対象となり得る。

「これより、本部隊は、黄海(ホワンハイ)に突入する。

以上、解散。」

やまとside out

 

日本政府side

「良かったのですか?

やまとは、まだ完全に修理出来ていない。

そんな状態で戦闘に投入するなど。」

TV画面の先の島津外務大臣の問いに、直木総理は答えた。

「仕方ありません。

我々には、やまとしか無いのです。」

(この戦争がどう終わったとしても、私達は、いや私は、煉獄に住み続ける覚悟が必要です。

この戦争で散る幾千幾百の命に対する罪は、消えないのですから。)

「何考えてんのか分からんでも無いが、総理をやめるなんて言うなよ。

この戦争がどう転んでも、責任を取るのは総理なんだからな。

始末を付けるまでやめるなんて言うな。」

「外務大臣には、お見通しですか。

今辞めるつもりはありません。

しかし、辛いものです。

自衛隊最高指揮官として、最前線の兵士達の無事を祈ることしか出来ないのですから。」

日本政府side out



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第29話

日本政府side

「直木総理、これはどういうことなんだ?

海軍から報告が入った。

沖縄へ向かっていた空母戦闘群が、何者かに攻撃され空母が被雷。

中破したと、言うではないか?

被雷箇所には、日本の魚雷の部品が落ちていたらしいではないか?

詳しく事情を聞かせてもらおうか?」

「まず結論としては、我が自衛隊が空母を攻撃した事実はございません。

また、廃棄予定の89式魚雷が基地より紛失したと、報告が入っています。

今、申し上げられることは、それだけです。」

政治家は、国益のためなら嘘を平気でつく。

直木総理は、前政権のような腰抜けでは無いらしい。

むしろタフネゴシエーターである。

「攻撃された海域を聞いても、そう言い切れるのかね。

九州沖、君の国の海上自衛隊鹿屋基地の目と鼻の先では無いか。」

「その海域ですね、少し待ってください。

ああ、その海域は太平洋戦争での沈没船が多く、現地の部隊から安全が確保できない旨の連絡がありました。

よって、商船航路から外しております。

これは、在日米海軍(そちら)に連絡済と報告を受けましたが、どうなんですか?」

現実には、とっくの昔に中国潜水艦は追い散らされていた。

米海軍空母戦闘群が、ソナーで捉えていた(エコー)は、太平洋戦争での沈没船等ではなく、潜伏していた中国潜水艦のなれの果てであった。

海上自衛隊より虚偽の連絡を受けた米海軍は姿を見られないので好都合だと考えたらしい。

「しかし、上空を日本のP-3C対潜哨戒機が飛行しているのを我々は確認している。

彼らも、潜水艦の兆候を掴めなかったとでも言うのか?」

「申し訳ないが、その通りとしか答えられません。

魚雷の紛失に関しては、我々の落ち度です。

関係機関、例えば情報保全隊等に徹底調査を命じ、関係者を処罰しました。」

「そうか、ならば仕方あるまい。」

「再度の攻撃に備え、陸上自衛隊、警察の機動隊に出動を命じました。

次の攻撃を、我々は断固として許さない構えです。」

「そこまで言うなら、信用しよう。」

大統領がそう言うと、TV画面は消えた。

「よくもまあ、いけしゃあしゃあと嘘がつけますなぁ。」

後ろにいたのは内閣官房長官であった。

二人とも同じ時期から政治の世界に入ったため、当初より気が合い今では親友とでも呼べる付き合いである。

「国際政治とは、ライアーゲームですよ。

最後には、嘘つきが全てを手に入れる。

イギリスの二枚舌外交ですか、あれよりはマシだと思いますがね。」

直木総理はただの嘘つきではない。

たったの一度も国民に嘘をつくことが無い。

嘘をつくのは、外国に対してである。

「ちげぇねぇ。」

日本政府side out



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第30話

やまとside

士官室で艦内の幹部全員を召集して、作戦会議いや最終的な打ち合わせを行っていた。

航空科(我々)としては、先日の戦闘で設備の大半が破損しました。

よって、現状何もすることが無いという事になります。

航空科員はこれより、機関科の下にて応急運転に参加します。」

航空長が、自分の専門が活かせないことが悔しそうで唇をかむ。

「いよいよですか。

こちらに航空優勢も、制海権も無し。

沖縄以上に厳しいでしょうな。」

そう言いつつも、砲雷長の顔は明るい。

どうやら、戦闘慣れしてきたようだ。

「砲雷長、慢心するのは、良くない。

適度な緊張を持って励め。」

上条は、それをたしなめる。

「了解。」

砲雷長はその言葉を聞いて、気を引き締めたようだ。

続いて、機関長の報告である。

「機関の具合が、微妙や。

被弾した時に、歪んだんかしらんがな。

幸い人手に余裕が出来たから、機関科員が総出で子守してるけど。」

航空長の方を見ながらまだ言い続ける。

「カタログ上の最高速すら出せるかは、神頼みやわ。」

機関長の言葉に上条は頷く。

「航海科としましては、黄海周辺のデータ不足が不安要素です。

つまり、この先何が起こるか分からないという事です。」

航海長の要望は、上条としても対処が迫られる問題である。

「航海長の要望にはできる限り、善処する。

もうすぐ、戦いも終わるでしょうし。

中国が倒れるか、我々が倒れるかどちらかだ。

会議を終了する。

今から、敵性海域に突入する。

不測の事態発生に備え、幹部各員は、各自の持ち場に戻れ。

以上、解散。」

「了解。」

全員が敬礼をして退出する。

全員が士官室を出ると、やまと戦闘情報センター(CIC)に上条は移る。

「戦闘前に、全ての確認作業を完了せよ。」

「Link16システム、オールグリーン。

第二護衛隊群、第四護衛隊群、第一護衛隊群、第三護衛隊群を含む作戦参加単位全てを確認。

見落としはありません。」

「放射能除去用散水装置、オールグリーン。」

「武器システム、管制システム、オールグリーン。」

「レーダーシステム、オールグリーン。」

「ソナーシステム、オールレッド。

作動しません。」

「応急修理を開始せよ。

作業は、06:00(マルロクマルマル)までに完了せよ。

各部、他に異常はあるか?」

「報告はありません。」

「では、戦闘部署発動、対潜対空対水上同時戦用意、総員戦闘配置に着け。

繰り返す、戦闘部署発動、対潜対空対水上同時戦闘用意、総員戦闘配置に着け。

本艦はこれより、敵性海域に突入する。

何か不測の事態発生に備えよ。」

やまとside out



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第30.5話 決戦前夜

やまとside

艦橋

第三戦速(だいさんせんそぉー)取り舵(とぉりかじ)

僚艦との距離、30kmを維持せよ。」

航海長が指示を出す。

「了解、取り舵(とぉりかじ)。」

航海士の声は少し固い。

「いつも通りにやれ。

訓練通りにな。」

航海長はそう言った。

「了解。」

 

機関室

「今度は何処だって?」

「黄海の中国領海らしいぞ。」

「何ボサッとしとんじゃ、働かんかい。」

若い隊員の雑談を、機関長は一喝する。

機関科員は、全員でガスタービンエンジンのご機嫌取りに奔走していた。

「報告します。

1番、2番異常無し。

これより、3番及び4番に取り掛かります。」

先任機関士が報告した。

「分かった。

頼むぞ。」

 

戦闘情報センター(CIC)

「砲雷長、戻った。

明日に備え、休め。」

先程から1時間ほど上条は休息を取っていた。

そこから戦闘情報センター(CIC)に戻ってきていた。

「いえ、大丈夫です。」

「いや、戦闘指揮序列第2位の砲雷長に倒れられるわけにはいかない。

艦長代理命令だ、休め。

異議は認めない。」

戦闘指揮序列とは戦闘中に艦長等が負傷した場合、誰が指揮権を継承するかの決まりである。

単純に階級順に決まっているが、砲雷科士官の方が優先される。

「了解。」

砲雷長は敬礼をして退出する。

「この時間までに、報告することはあるか?」

戦闘部署発動中ではあるが、三直体制を敷いている。

夕方に言ったことは、まあ上条の気分だと思う。

「特にはありません。

ただし、時折レーダーに小型船のエコーが見られます。

排水量は10tも無いのですが、警戒が必要かと思われます。」

「分かった。」

やまとside out

 

日本政府side

「もう終わります。

彼らに任せておけば大丈夫でしょう。」

直木総理はそう言った。

日本政府side out

 

北京軍区side

「沿岸防備を固めろ。

地対艦ミサイル部隊は配置に着いたか?」

「はい。」

「ならば良い。

いいか奴らには絶対に指示あるまで待機。

これを徹底させろ。

以上だ。」

北京軍区side out

 

中国政府side

「核の封印を解け。

弾道ミサイルも発射態勢に移れ。

情勢が悪化した場合、即座に発射しろ。」

「しかし、その場合米国の介入を招く可能性もあります。

どうしますか?」

「どうせ負けるのなら、日帝に一撃加えた方がいい。」

「ですが……」

「くどいぞ。

私が、発射と言ったら、発射だ。」

これが、中国軍上層部や革命第3世代の長老を力で黙らせた宝主席の怒号である。

恐怖を感じない方がおかしい。

「それに、これは中央軍事委員会の決定事項である。

今更の変更は認められない。」

中国政府side out

 



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第31話

やまとside

「対空目標接近。

これよりアルファ目標と呼称。

方位、343。

距離、200000m。

高度、2000。

数、150。」

レーダー員は、事前に予測された通りの報告をする。

「対空戦闘。

迎撃始め。」

電子対抗手段(ECM)展開。

対電子対抗手段(ECCM)準備。」

電測長の指示が飛ぶ。

「アルファ目標、高度落ちる。

高度、1000、500、100。

あっ。

失探(ロスト)しました。」

レーダー員の報告にはうろたえが見えた。

上条は電測長に向いて聞いた。

「なんだと、電測長。

で、予想再捕捉位置はどの辺になりそうだ?」

「この辺になるかと思われます。」

「その延長戦で結べば、だいたいの諸元が出るな。

電測長やれるか?」

「もちろんです。」

電測長は答えながら、何かの計算を始めた。

「SM-2発射用意。」

上条と電測長の会話を聞いていたのか、砲雷長から何の疑問や異議もなかった。

諸元(データ)入力します。

電測長、諸元(データ)の指示願います。」

諸元(データ)指示します。

方位、335、距離、110000、高度、50。」

「諸元入力完了しました。」

吉井一尉が指を立てて報告する。

「タイミングは、電測長に任せる。

好きなときに撃て。」

「了解。」

「時間、今。

撃てぇ(テェー)。」

やまとからSM-2が撃ち出された。

その対空ミサイルは、真っ直ぐ敵編隊に飛び命中した。

電測長の計算の通りであった。

さらには、命中した機体というのが、丁度アルファ目標と呼称されている編隊の編隊長機であった。

指揮官機の喪失によって、編隊は大いに乱れた。

浮足だった機体は上昇して、やまとの対空ミサイルに撃ち落とされたり、そのまま降下して海面に激突したりした。

結果として、たった一発のミサイルによって編隊はずたずたにされた。

生き残った機体は、3割にも満たない。

「敵編隊、再捕捉。

方位、変わらず。

距離、20000m。

敵編隊、スタンダード防空圏突破。

ミサイルを発射しました。

数、84発。」

その報告を聞いても、皆平然としている。

発射地点からやまとまでの距離が近いのにはわけがある。

やまとは敵編隊捕捉時から、対電子対抗手段(ECM)を全開にしていた。

そのため対艦ミサイルのシーカーが惑わされない距離まで接近する必要があったのだ。

そのことが、編隊の半分以上を撃墜できたことにつながった。

「別目標捕捉。

これをベータ目標と呼称。

方位、260。

距離、150000m。

高度、1000。

数、60。

機種はJ-11(スホーイ)シリーズのどれかだと思われます。」

「方位260はあしがらの担当区域だったはずだ。

本艦は、アルファ目標との交戦を優先する。」

二桁台の対艦ミサイル攻撃と同時に別編隊が現れたのだから、パニックになりかかっているのは第二護衛隊群司令部の方であった。

やまと乗員にしてみれば、沖縄の時とは桁が違う。

対艦ミサイルの数は一桁少ないのである。

そのことが、心のゆとりを生んでいた。

「X-EGSシステム起動。

ESSM発射用意。

数、168発。」

「システム起動しました。

待機シークェンスに入りました。

いつでもいけます。」

一斉発射(サルボォー)。」

撃ち出されたESSMは、飛来する対艦ミサイルの、丁度倍の数である。

対艦ミサイルは、命中することなく全て撃墜された。

やまとside out



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第32話

あしがらside

撃てぇ(テェー)。」

黄海(ホワンハイ)に突入した第二護衛隊群は、旗艦であるヘリコプター搭載護衛艦いせを中心に防空輪形陣を敷いていた。

ミサイル護衛艦(DDG)3隻(臨時配備のやまと、あしがら、きりしま)をトライアングルに配置して、その間を汎用護衛艦(DD)5隻(はるさめ、たかなみ、おおなみ、てるづき、たにかぜ)が固めている。

さらには、たにかぜ型護衛艦は、真にミニイージス艦としての能力を持たせた護衛艦である。

防空戦や艦隊戦にも対応可能な、護衛隊群単位で採りうる最善の陣形である。

とはいえあしがらのレーダー画面を見る限り、中国空軍(ベータ目標)のJ-11が大きく数を減らしたようには見えない。

事実12発のSM-2(スタンダードミサイル)は、半分近くが回避されていた。

やまとのやったように対電子対抗手段(ECM)を全開にして戦闘しているため、どうしてもJ-11の編隊はこちらに肉薄せざるをえない。

それがせめてもの救いであり、また付け込める隙でもあるのだ。

「スタンダード防空圏突破まで10分35秒。

間違いなく、本艦だけでは阻止できません。

やまとに支援を要請してください。」

レーダー員が報告する。

「分かった。」

艦長は頷く。

「第2射、発射用意。

できるだけ数を減らす必要があるからな。

撃てぇ(テェー)。」

あしがらside out

 

第二護衛隊群司令部side

「やまとはどうなってる?」

やまとが、J-7(アルファ目標)と交戦しはじめていた頃の事である。

司令が首席幕僚に聞く。

「アルファ目標と交戦を開始した。

との報告は入っています。

黙って見守るしか無いでしょう。」

「ふーむ、そうか。」

「アルファ目標とは別の対空目標捕捉。

ベータ目標と呼称。

あしがらと交戦を開始しました。」

やまとのレーダー員とほぼ同時にこちらでも、敵機接近との報告が入る。

「アルファ目標がやまとに向け、対艦ミサイルが発射しました。

数、84発。」

「何っ、多過ぎる。

いくらやまとでも手に余るぞ。

やまとは何と言っている?」

首席幕僚に問われた通信士が、慌ただしく通信室に向かう。

電文を持って戻ってきた通信士はそれを読み上げた。

「敵対艦ミサイルの数は、本艦の対処能力を超えてはおらず。

故に、手出し無用との事であります。」

それを聞いた首席幕僚は、一瞬呆然とした。

「は?

それは、本当か?」

「はい。」

「そうか、わざわざありがとう。」

「いえ、自分はやるべき事をやったまでです。」

「やまとはそう言っていますが、司令いかがしますか?」

首席幕僚は、そばにいた司令に指示を仰ぐ。

「やまとがそう言うなら、それに従え。

あれは、海自最強の(ふね)だからな。

簡単に沈むことも無いだろう。」

「わかりました。」

第二護衛隊群司令部side out




たにかぜ型護衛艦
基本性能は、ほとんどあきづき型に準拠。
主な変更点は、VLSの増設と、SM-2ER改運用能力の獲得である。
同型艦は、DD-119"たにかぜ"
     DD-120"はるかぜ"
     DD-121"ゆきかぜ"
     DD-122"かみかぜ"
     DD-123"いそかぜ"
     DD-124"うらかぜ"の6隻である。


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第33話

韓国政府side

「それで西海(シヘ)(韓国国内で言うところの黄海(ホワンハイ))に侵入した日本の艦隊は、我が国の領海には侵犯していないのですね。」

チェ韓国大統領は、韓国軍統合参謀本部会議議長に聞く。

「はっ。

海軍の報告によると我が国の排他的経済水域に侵入することはありましても、領海には侵犯しておりません。」

国連海洋法で認められている排他的経済水域とは経済的な面での資源の独占が沿岸国に認められているだけで、あとは公海である、そのため海軍艦艇の通行は認められている。

通行はその海軍艦艇が戦闘状態であっても構わないのである。

「現在は海軍艦艇により警戒監視を継続しております。」

チェ韓国大統領は険しい表情を見せる。

「厄介ですね。

いっそのこと領海侵犯してくれればいいのですが、そううまくは行きませんね。

今我が国が先制攻撃する動機もありません。

今動く必要もありません。

しかし、備えは必要でしょう。

たった今を持って、デフコン1へ移行します。

韓国陸海空軍の全部隊は、待機させておいてください。

対岸の火事を放置しておくと、ろくなことになりません。」

歴代の大統領と違い、チェ韓国大統領は冷静なようだ。

チェ韓国大統領は、韓国国内で言うところの反日派でも無いし親日派でもない。

意識してその立ち位置(政治姿勢)を守り続けている。

「日中双方どちらかの領海、領空侵犯の事実が確認された場合は、陸海空軍の全力を持ってこれを攻撃しなさい。

そうでなければ、我が国は日本にも中国にも舐められます。」

韓国政府side out

 

情報保全隊side

「長坂一佐、工作員の拠点を発見、公安警察と共同で急襲。

工作員を多数逮捕しました。

全て、あいつの証言通りでした。」

「そうか、ご苦労だった。

こちらに損害は?」

「木島二曹が銃撃戦で負傷した以外は特に出ていません。」

「それはよかった。

なにせ相手は、破壊工作専門の情報機関だからな。

派手に抵抗されたら、損害が続出するだろう。」

半ば癖のようになっている顎髭を扱きながら、つぶやいた。

「あっ、尋問は終わったのか?」

思い出したかのように聞く。

「いえ、まだですが何か問題でも?」

「特には無い。

押収した武器は?」

「狙撃銃2丁、アサルトライフル15丁、対戦車ロケット弾(RPG)3門、サブマシンガン12丁、ピストル32丁、各種弾薬合計12万発、以上であります。

全て、警視庁公安部が保管しております。」

「尋問のことだが、気を引き締めてやれよ。」

「了解であります。」

情報保全隊side out

 

 



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第34話

やまとside

「あしがらより支援要請が来ています。」

戦闘情報センター(CIC)にて、戦闘指揮を執る上条に通信士が言う。

「そうか、でベータ目標の現状はどうなっている?」

上条はレーダー員に聞く。

「ベータ目標は、方位、260、距離、75000、高度、1000、数、48。

あしがらからの攻撃による損害は軽微と考えられます。」

「分かった。

支援行動を開始せよ。」

「SM-2発射用意。

数、40。」

撃てぇ(テェー)。」

VLSから撃ち出されたSM-2(スタンダードミサイル)は、あしがら搭載のものより一世代新しい。

J-11パイロットは、あしがらからの攻撃でSM-2(スタンダードミサイル)による攻撃がたいしたことないと思っていた。

それは、勝手な思い込みであった。

事実、飛行中のJ-11に真っ直ぐ突っ込んだSM-2はほぼ全弾が命中した。

「戦果報告。

敵機、37機を撃墜しました。

残りは、11機です。

あっ、退却していきます。」

「攻撃中止。

退却する敵機の動向に注意せよ。」

そして上条は、懐から封緘命令書を取り出した。

「Xアワー=敵第一波攻撃を退けた時。

丁度、今だな。」

封印を解いて、命令書を取り出す。

その内容は簡潔であった。

"中南海へ向け、トマホークを発射せよ。"

内容を一読して、命じる。

「トマホーク発射用意。

数、4発。

目標、中南海。

撃てぇ(テェー)

やまとside out

 

北京軍区side

「出動した部隊は壊滅?

何事だ。

我が軍は、そこまでの弱兵だったのか?」

「それが、各部隊は数による攻撃に押し潰されたようで………」

空軍の参謀が口ごもる間に、北京軍区の通信参謀が入ってきた。

「たっ大変です。

突入してきた敵部隊が、トマホークを発射しました。

目標は、中南海と考えられます。

中央軍事委員会より、最優先の迎撃命令が届いております。」

トマホーク(敵ミサイル)は捕捉しているのか?」

「いえ、海面高度を飛行中のようで、レーダーには捕捉されていません。」

「どう迎撃しろというんだ。

無茶言うな。

しかし、迎撃に全力を挙げているというポーズは必要だな。

周辺の防空部隊に命令を出せ。

"トマホーク(敵ミサイル)を発見次第、これを迎撃せよ。"

以上だ。」

「了解しました。」

そう言うと、通信参謀は退室する。

「では、私は前線の督戦に行ってくる。」

北京軍区政治委員もそう言って退室する。

それを見た軍区司令員は、隣の参謀長に話しかける。

「本気で戦っているように見せないといろいろまずいからな。

ところで、南部に派遣した部隊はどうなっている?」

「南京軍区、広州軍区で沿岸防備に就いているはずだ。

予備役を全て動員して、上陸して来たら間違いなくこの国の終わりだからなぁ。

南京軍区は、そう考えているようだ。

中央軍事委員会から北京軍区の部隊の帰還命令が出ていても、それを拒否しているよ。」

「では、我が軍区の精鋭部隊を北京に送り込むとするか?」

「はい、そろそろが頃合いでしょう。

北京防衛中の海軍陸戦隊の背後を突きますか。」

「その前に、地対艦ミサイル部隊に発射命令を伝達しろ。」

「了解しました。」

北京軍区side out

 

日本政府side

防衛省地下にある中央指揮所(CCP)

「こちらの戦略が当たりましたか。

ものの見事に内戦になってますねぇ。

しかしすごいですね。

内戦中でも、我々と戦争ができるとは。」

総理のつぶやきを聞いた防衛大臣が詳しく聞いた。

「総理は、そこまでお考えだったのですか?」

「さぁ、どこまでは考えてませんよ。

優秀な部下のおかげで、情報には困りませんでしたがね。」

直木総理のところには、防衛省情報本部、内閣情報調査室といった部署から常に新鮮な情報が送られてきていた。

「防衛大臣、逆に聞きますが。

BMD対応の為の部隊は配置に着きましたか?」

「海上自衛隊のイージス艦は、全て配置に着いています。

陸上自衛隊のTHAAD部隊は、日本海沿岸に、航空自衛隊のPAC-3部隊は主要都市に展開済みとの報告が入っています。」

「そうですか、それはよかった。

今の状況で、彼ら、中国の指導層が頼れるのは核弾頭搭載の弾道ミサイルですからね。

それを未然に防ぎえるならば、それに越したことはありません。

我々は国民の生命と財産を守り切らねばなりません。

それが国民の信託を裏切った我々の唯一の道です。」

「総理。

重大な事態が発生している可能性があります。」

呼びかける声がした方向を見ると、制服を着た自衛官がいた。

「どういうことですか?」

「韓国国内にて、不穏な動きが見られます。

一部の過激な反日派と韓国軍の反日強硬派が結託して、クーデターを画策しているとの噂であります。

その背後にいるのは中国政府のようです。

現在、韓国国内全ての情報網を使って裏を取っています。

もしかしたら、黄海突入部隊の背後を突かれる可能性も否定できません。」

「分かりました。

黄海突入部隊には、緊急事態発生(エマージェンシー・コール)を通報してください。

明日には戦争の勢いが変わる可能性が出てきました。

続報には、十分な注意を払ってください。」

「了解しました。」

日本政府side out

 

 



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第35話

韓国反日強硬派side

「チェはダメだ。

何も分かっちゃいない。

こちらの駒には、なりえないだろう。」

1番がたいのでかい男が言う。

それに対して、気の小さそうな男が尋ねる。

「じゃあ、どうするんだ?」

「チェを討つ。

陸軍から沿岸防備の為に、数個師団規模の部隊が出動する手筈になっている。

これが目的地に向かわずにソウルに突入したら面白いじゃないか。」

「フフ、それはそうだな。」

1番がたいのでかい男の台詞を聞いた気の小さそうな男は乗り気になっていた。

集まった周りの人間もである。

1番がたいのでかい男からは自然と笑みがこぼれていた。

韓国反日強硬派side out

 

情報本部side

「続報です。

協力している陸軍将官の名前が判明しました。

読み上げます。

第2軍司令官、パク・ドンチョル中将。

その他、数名の将官、十数名の佐官です。

証拠もバッチリです。」

「急ぎ、総理に報告する必要があるな。

報告書にまとめてほしい。」

「もうすでにまとめています。

あとは、総理に報告するだけです。」

情報本部side out

 

日本政府side

情報本部長の説明を聞き終わった総理はこう考えたようだ。

「どうやら、我々の行動は急いだ方がいいな。

北朝鮮へも使者を派遣しろ。

クーデターが成功して我々に手を出せば、どうしても南部に兵力が必要になる。

北部は手薄になるやもしれん。

必要なら北朝鮮にそこを叩かせる。」

そこまでを一息で言いきった。

「クーデターを防ぐにはチェ大統領に注意を促すしかないか。

我々としても、チェ大統領にいなくなられては困る。

証拠と一緒に全てを報告しよう。」

「了解しました。」

日本政府side out

 

韓国政府side

「クーデター計画ですか?」

チェ大統領と面会していた日本大使館の防衛駐在官が告げた内容に驚いたようで聞き返して来る。

防衛駐在官は、努めて冷静に受け答えする。

「その通りです。

これが関係していることが確認できた人物のリストです。

全員がソウルに滞在しているようです。

こちらに証拠もつけてあります。

情報元(ソース)は明かせませんが、本物の情報です。」

「貴国の我が国内での情報活動でですか?」

「どうでしょうか。

私は一切関知しておりませんもので、詳細はよくわからないのですよ。

ところで、貴方のお答えをお聞きしたい。」

えびす顔で防衛駐在官ははぐらかし、回答を促す。

後日、韓国防諜機関はこの防衛駐在官が工作責任者(スパイマスター)であると睨み、捜査したが何も出てこなかった。

それは当然である。

情報本部が派遣している工作責任者(スパイマスター)は別の職業として潜伏していたのだから。

例えば、クーデター派が相談をしつつ会食していたレストラン、そこの経営者も情報本部の工作責任者(スパイマスター)の一人であった。

それほどまで深く情報本部の工作責任者(スパイマスター)は韓国国内に根を張っていた。

少し話は脱線したから本筋に戻ろう。

「韓国国内法に基づいて行動する。

としかお答えできないが、貴国の協力には感謝する。」

そう言って、頭を下げる。

それを見た防衛駐在官は言った。

「分かりました。

私の仕事は終わりです。

これにて失礼します。」

大統領に向かって一礼してから退室した。

「至急、首都防衛司令部に繋いでほしい。」

チェ大統領はそう側近に告げた。

「分かりました。」

そう言って側近はパソコンを操作する。

「こちら首都防衛司令部。

ご用件は?」

「司令官を呼んでほしい。」

「ここにおられます。」

「そうか、では韓国大統領として命じる。

このリストにある人物を全て拘束せよ。

容疑は反乱罪だ。

例外は認めん。

以上だ。」

韓国政府side out

 




昨日は投稿せずにすみませんでした。
毎日投稿するように頑張ります。


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第36話

中国政府side

「工作が失敗?

どうして失敗した?」

「何者かが計画をリークしたものと推測されます。

現地の責任者含め、裏切り者を全力で捜索しております。」

「己、小癪な。

仕方あるまい、弾道ミサイル及び核の封印を解く。

野蛮で生意気な小日本(シャオリーペン)など絶滅させて構わん。

全ての弾道ミサイルを撃ち込め。」

「分かりました。

第二砲兵隊に命令を伝達します。」

宝主席は、重大な決断を下した。

中国政府side out

 

やまとside

「北京軍区より正式な休戦の申し出です。

第二護衛隊群司令部としては、これを受諾するとのことであります。」

「そうですか、分かりました。

戦いが終わるのならよいですが、おそらく、そううまくはいきませんねぇ。

砲雷長、本艦のシステムをミサイル防衛中心に組み直せ。」

BMD5.2仕様のシステムがやまとには積まれている。

これは2006年の大改装時に、装備された。

それ以来、常にアップデートを続けていた。

ところで、作中のミサイル防衛計画では、第一段階をイージス艦搭載のSM-3にて迎撃。

第二段階を、陸上自衛隊のTHAAD部隊が叩く。

航空自衛隊のPAC-3が最終的な迎撃を担当するということになっている。

これでの、撃墜率は、6割5分が良いところである。

さらに言うと現実でも、撃墜率は3割から4割である。

弾道ミサイルを迎撃するのは簡単なことではないのだ。

例えるなら、ピストルの弾を生身の人間が刀で切るようなものである。

生身の人間がル〇ン三世の石川五〇衛門のようなことができるわけがない。

「了解しました。

これから中国政府の最後の抵抗(悪あがき)が始まるんですね。」

「ああ、これが最後の決戦だ。

日本の未来は我々がどこまで弾道ミサイルを撃墜できるかにかかっている。」

現在、日本近海には4隻のイージス艦が展開している。

(こんごう、みょうこう、ちょうかい、あたご)である。

また、必要に応じて第二護衛隊群のイージス艦3隻(やまと、きりしま、あしがら)も迎撃に参加できる。

防衛省広報官は後の記者会見で、このことを尋ねられ、こう断言した。

「確かに数字の上では、6割5分だったかもしれない。

しかし、世界第二位の保有数の7隻のイージス艦、地上配備のTHAAD、PAC-3がうまく働けば、必ず全て迎撃できると我々は確信していた。

我々は、出来る出来ないでやっているわけではありません。

出来なくてもやる。

それが我々自衛官の信念です。

その心が、奇跡を起こしたのだと思います。

私からは以上です。」

やまとside out

 



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第37話

やまとside

「今回の紛争は、早くも最終局面を迎えている。

最後の賭けに出るかも知れん。

各員は、BMDシステムの最終チェックに入れ。」

「了解。」

中国政府が、核の封印を解いたことを、知らない自衛隊はいつも通りの対応を心掛けていた。

というか実際のところ、核・生物・化学(NBC)弾頭、通常弾頭、どれが飛んできても陸上自衛隊救援部隊の活動は変わらないのである。

「自衛隊法第82条3項に基づき、自衛隊に対し破壊措置及び着弾地点に対する救援措置命令が発令されました。

これより、全護衛艦はBMD対応態勢に移行せよ、とのことであります。」

通信長が直々に報告に来た。

上条は、通信長に頷きを返し、戦闘情報センター(CIC)内の全員の顔を見る、全員がこちらに頷きを返して来る。

そこに、砲雷長が言葉を付け加える。

「我々は、艦長を信じておりますから。」

やまとside out

 

日本政府side

「弾道ミサイル対処のため、総理は陸海空自衛隊に対し防衛大臣を通して、破壊措置及び着弾地点に対する救援命令を発令しました。

これは、国民の生命及び財産を守るためでありまして、万が一着弾しましたら陸上自衛隊員の指示に従い、避難してください。

決して、パニックを起こさないでください。

日本政府及び自衛隊は、あなた方国民を全力で守ります。」

官房長官はそう言って、水を一口飲む。

「また、衛星監視網増強のため、防衛省は、気象庁より気象衛星ひまわりを全て徴発しました。

明日からの天気予報に支障が出る可能性があります。

私からは以上だが、何か質問はありますか?」

「この紛争について、よろしいですか?」

「構いませんよ。

無論、国家機密もありますから答えられる範囲は限られていますが。」

「では、この紛争はいつ終わるか、分かっていますか?」

「そう長くは続かないと思いますよ。

そうですね、あと三日ぐらいでしょうか。」

「それは、政府としての見解ですか?

それとも個人としての見解ですか?」

「勿論、政府としての公式の統一見解と考えていただいて構いません。」

「そう言える根拠は何ですか?」

今度は、別の記者から質問が飛ぶ。

「現在、中国国内にて内戦の発生が確認されています。

少なくとも、中国政府でも二正面作戦はきついでしょうし、遠からず、休戦講和を求めて来るでしょう。」

「他にはありませんか?

無いようでありましたら、これにて会見を終了させていただきます。」

官房長官はそう言って、記者会見場から退室していった。

日本政府side out

 

情報本部side

「衛星監視網は、ひまわり8号機を加えて、21基。

うち早期警戒衛星は、7基。

少ないな。

米軍のやつは、使えないのか?」

「正規ルート、非正規ルート、どちらも試みていますが、使えませんねぇ。

米国からの反応はありません。」

「だろうとは思ってたが、そうか無理か。

仕方ないな。

手持ちの衛星でむらなく監視できる割り当てを考えてくれ。」

情報本部side out




ここでは、気象衛星ひまわり8号機に監視衛星としての能力を付与されているという設定です。


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第38話

やまとside

「衛星よりデータ受信確認。

中国軍第二砲兵部隊莱芺基地に動きあり。

発射の兆候と考えられます。」

画像を確認した砲雷士が報告する。

「画像を見せてくれ。」

手渡された画像を確認した上条も同じ結論に至ったようだ。

「おそらくそうだな。

警戒態勢に移行。

レーダー員、見逃すなよ。」

「艦長、ひどいですよ。」

「対艦ミサイルならいいが弾道ミサイルを見逃されたら、自衛隊上層部の首が飛ぶ。

ついでに俺達の首も飛ぶぞ。」

この場にいる全員の目の下には、真っ黒な隈がある。

全員がこの二日間、ろくに寝れていないのだ。

無論、全員が交代で睡眠を取るようにしていたが、前日の極度の緊張で眠れるような状態ではなかった。

そんな状態だから、戦闘情報センター(CIC)の空気自体が重かった。

しかし、上条の一言で笑い出した。

さらに、腹をよじらせた砲雷長も言う。

「弾道ミサイルを仕留め損なった部隊全部が、解雇ですか。

再就職先、探さないとな。

本当、見つかるかな。

いざとなれば、艦長のところに永久就職しても良いですか?」

「残念だったな。

今のところ採用予定は無い。

他を当たってくれ。」

「そうですか、残念です。」

戦闘情報センター(CIC)の全員がひとしきり笑ったあとで、タイミング良く通報が入った。

「早期警戒衛星より緊急通報。

莱芺基地にて、発射炎と思われる熱源を確認。

数、15発。」

「本艦のレーダーでも捕捉しました。

本艦の迎撃可能圏です。」

「よしっ、SM-3発射用意。

諸元(データ)入力。」

諸元(データ)入力完了。」

撃てぇ(テェー)。」

やまとから撃ち出されたSM-3(スタンダードミサイル)は、マッハ2で高高度を超え、成層圏を超え、宇宙に達した。

シーカーに入力された目標に向かって、するすると進んでいく。

そして、弾頭に命中した。

宇宙の地球に近いところにて、小さな太陽が発生した。

地球の大気圏ぎりぎりで、核爆発が起こると強力な電磁パルスが、発生する。

これは、今回も例外ではなかった。

中国遼寧省の大半、北朝鮮の一部の地域に設置されていた電子機器全てが、破壊された。

これを防げるのは、EMPシールドだけではあるが、全世界で見ても米軍が保有しているのみである。

「電波障害がひどく、目標捕捉できません。

戦果不明。」

レーダー員が報告する。

「核の封印が解かれたのか?」

上条は、その原因に心当たりがあった。

「いや、間違いない。

核が使われたんだ。」

「えッ、核ですか?

そんなものが使われたのですか?」

思わず、砲雷長が聞き返して来る。

「昔、本で読んだんだが、大気圏ぎりぎりで核爆発が起こると、強力な電磁パルスが、発生するらしい。

おそらくだが、目標付近での電波障害は、それが原因だろう。」

「市ヶ谷より、問い合わせです。

先程の弾道ミサイルの弾頭は何が搭載されていたのか、とのことであります。」

「こう返信してくれ。

個人の見解ではあるが、目標付近にて電波障害が発生。

そのことから、核が搭載されていた可能性が高い。

以上だ。」

「核でありますか?」

「ああ、その通りだ。」

「了解しました。

そう返答しておきます。」

それを聞いて上条は頷いた。

「まだ敵の攻撃は始まったばかりだ。

気を抜くな。

そういうときに思わぬミスをやらかすぞ。」

やまとside out

 



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第39話

日本政府side

「核の使用ですか?

中国政府も追い詰められているようですね。」

直木総理がつぶやくように言った、その台詞は誰にも聞かれなかった。

黄海(ホワンハイ)に展開中の第二護衛隊群に臨時配備中のやまと艦長からの推測ではあるが、報告は情報本部が各地に展開している情報網からの情報と照らし合わせて考えても、真実であった。

首相官邸地下にある危機管理センターで、中央指揮所(CCP)にいる防衛大臣、統合幕僚会議議長、陸海空自衛隊の幕僚長からの報告を聞いた直木総理はこう質問した。

「現時点で、国民の避難状況はどうなっていますか?」

「完了していると、申し上げたいところですが、避難しているのは全国民の25%にも達しません。

我々も避難を呼びかけてはいますが、楽観的な人間ばかりで反応すらありません。

無論、着弾した場合、自衛隊法第83条に基づき、強制収容を開始いたします。」

「分かりました。

改めて官房長官より、避難を呼びかけてもらいましょう。

それと、強力な電磁パルスが、発生しているそうですが、展開中の艦艇、航空機、衛星に影響は出ませんでしたか?」

「何とか、黄海に展開中の艦艇も、日本海に展開中の艦艇も影響は出ませんでした。

ただし、中国遼寧省や北朝鮮の一部では、被害が出ているそうです。」

海上幕僚長が、質問に答えた。

「それはよかった。

この紛争、早めに終わらせましょう。」

中央指揮所(CCP)の扉が開け放たれて、息を切らした情報本部の自衛官が走ってきて報告した。

「ハッ、ハッ。」

そして画面に写った直木総理の姿を見た自衛官は敬礼した。

「しっ失礼しました。

報告します。

クーデター部隊が、北京に突入しました。

現在も、武装警察隊、海軍陸戦隊との間で戦闘を継続中ではありますが、じりじりと中南海ににじり寄っています。

北京軍区の部隊の南下も確認されました。

共産党の支配も、もう終わりです。」

「そうですか。

この紛争も、もう詰みですか?」

「その通りであります。

なお、現在台湾軍情報部門から、連絡がありました。

中華民国総統は、明朝航空機にて北京に発つそうです。」

中華民国の大陸復帰に大きな役割を果たした日本政府ではあったが、相変わらず外務省への信用は低いようだ。

直木総理に言わせれば、外務官僚は米国風に言えば、赤色細胞(レッドセル)の塊だから、信用できないのは当たり前である。

中国政府からの情報を鵜呑みにして、それしか伝えないし、情報操作や機密情報を中国政府関係者に流していた可能性もある。

中華民国総統は、そこまで考えて情報本部から情報を伝えたのだろう。

「ならば、紛争は今日で終わりです。

今日一日、絶対に敵の攻撃を防いでください。」

日本政府side out



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第40話

やまとside

「そうか、瀋陽軍区からの攻撃はありえるのか。」

上条のつぶやきに、戦闘情報センター(CIC)内は、騒然となる。

やまとの乗員は完全に油断していた。

そこを突くように、敵の攻撃部隊が現れる。

「護衛艦"たにかぜ"より通報。

低空より敵部隊飛来。

これより、防空戦闘に入る。」

「いや、それは有り得ない。

奴らの兵器は動かないはずだ。

おそらく済南軍区からの部隊だろうが、取り敢えずは落ち着け。

これは済南軍区からの部隊だ。

昨日、瀋陽軍区の部隊は自滅したじゃないか?」

「ああ、そうでした。

今のあそこでまともに動けるのは、歩兵だけでしたね。」

砲雷長が同意する。

トップ二人が冷静になると、驚くほど動揺していた艦内が、特に戦闘情報センター(CIC)は、一転冷静になる。

「防空戦闘は、たにかぜ、あしがら、きりしまに一任する。

本艦はBMD態勢を維持しろ。」

上条が、指示を怒鳴って伝える。

「衛星より通報。

再び莱芺基地にて熱源を確認。」

「迎撃を開始しろ。」

上条の指示が飛ぶ。

「レーダーでも捕捉しました。

数、50。」

「SM-3発射用意。

数、40。

諸元(データ)入力。」

諸元(データ)入力完了。」

撃てぇ(テェー)

前回と同様にVLSから撃ち出されたSM-3(スタンダードミサイル)は、弾道ミサイルに殺到した。

前回と同じく撃破率は、発射数の八割に留まった。

そのため、二回目の迎撃は日本海に展開中の第三護衛隊群に託されたのだった。

やまとside out

 

みょうこうside

黄海(ホワンハイ)での戦闘の状況は、戦術データ・リンクシステム(Link16)を通じて、リアルタイム転送されていた。

「お客さんが、すぐ来るらしいな。

対空戦闘。」

「アイ・サー。

対空戦闘。」

みょうこう搭載のSM-3の数は、やまとほど多くはない。

VLSに15発も積んであればいいところである。

これはあたごも同じである。

「レーダーでも捕捉しました。

数、18。」

「あたごと共同で対処する。

SM-3発射用意。

数、9発。

諸元(データ)入力。」

諸元(データ)入力完了。」

「よしっ、撃てぇ(テェー)。」

みょうこうの後部VLSは、対空ミサイル専用となっている。

そこからSM-3(スタンダードミサイル)が撃ち出された。

みるみる白煙を残し、空を駆け昇っていく。

「全弾に命中しました。

その全てに核弾頭の搭載はありませんでした。」

「そうか、よくやった。」

みょうこうside out

 



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第41話

たにかぜside

「敵機、本艦のスタンダード防空圏内に入りました。

いつでも撃てます。」

レーダー員が報告する。

「第二護衛隊群司令部より入電。

イージス艦あしがら、きりしまと共同で敵機の脅威に対処せよとのことであります。」

受話器を耳に当てた通信士が言う。

「分かった。

総員、対空戦闘。

やまとを守りきるぞ。」

艦長の発した声は全艦に伝わった。

「「「ウォォオオ」」」

艦内の至る所で、歓声が響く。

「スタンダード、発射用意。

数、6発。

撃てぇ(テェー)。」

たにかぜ型護衛艦は前級のあきづき型護衛艦とは違い、スタンダード搭載用のVLSが増設されている。

それでも数にして、2個モジュール、16セルだけである。

無論、イージス艦が搭載しているSM-3のような長距離ミサイルは搭載していない。

誘導方式の違いから、射程150kmのSM-2といった艦隊防空用ミサイルまでしか搭載できない。

それでも、一般の汎用護衛艦DDが艦隊防空能力を保持していることは、大きくプラスに働く。

さらに、誘導できる数も、かなり少なく6発までである。

その代わりに、イージス艦よりもきめの細かい誘導が可能となり、それが命中精度の向上に繋がっている。

イージス艦の仕事が大きく減ったのである。

よって、BMDシステムに、全てのイージス艦を投入することが出来るようになったのである。

「本艦発射のスタンダード、全弾命中を確認しました。

第二射、やりますか?」

「よしっ、やるぞ。

第二射、数、6発。

撃てぇ(テェー)。」

「全弾命中。」

その知らせに、戦闘情報センター(CIC)で歓声が上がる。

「静かにせんか。

まだ終わったわけでないぞ。」

その騒ぎを艦長が一声で鎮める。

「敵機、対艦ミサイルを発射しました。

数、18発。

全て、本艦に照準されています。」

艦長は無電池電話を取りだし言った。

「こちら、戦闘情報センター(CIC)、機関室へ。

機関出力最大、最大戦速(さいだいせんそぉー)。」

「機関室、了解。」

「次いで、艦橋。

回避航行、取り舵(とぉりかじ)いっぱい。」

「艦橋、了解。」

「ESSM発射用意。

撃ち方始め(うちぃかたはじめ)。」

ESSMが濃密に弾幕となるように展開される。

数発の対艦ミサイルが海面に叩き落とされる。

残ったミサイルは、なおもたにかぜに迫って来る。

「主砲、撃ち方始め(うちぃかたはじめ)。」

主砲のオットーメララ改70口径62㎜単装速射砲が、火を噴いた。

戦闘では一発当たりの威力は低いが、高い発射速度が物を言う。

ESSM以上の濃密な弾幕が展開される。

たにかぜに近づく対艦ミサイルにCIWSが自動的に弾幕を張る。

そこまでで、対艦ミサイルは半数以上が落とされた。

「チャフ、フレアー展開。

取り舵(とぉりかじ)、15。」

対艦ミサイルの着弾予想位置から、たにかぜを無理矢理ずらさせる。

修正に失敗した対艦ミサイルは、そのまま海面に突っ込み、修正に成功した対艦ミサイルは、たにかぜ搭載の対空火器に捕捉され、撃ち落とされる。

「続いて、面舵(おーもかじ)、45。」

生き残っていた対艦ミサイルは、またもたにかぜの転針についていけず、海面に落ちるかやはり撃ち落とされる。

たにかぜの損害は、至近弾の破片にて艦橋にいた航海科員数名が負傷したのみであった。

「艦長、完璧な勝利です。」

「うちの爺も言ってたが、乗員に死傷者がでなければ完璧な勝利だが、出てしまっている以上そうは言えんよ。」

艦長はそう言って、副長の慢心を諌める。

「取り敢えずは状況終了。」

艦長がそう言うと、緊張の糸は解けたようだ。

たにかぜside out



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第42話

中国反政府組織side

「報告します。

前衛部隊が、北京に突入しました。

なおも、武装警察隊及び海軍陸戦隊と交戦中ではありますが、着実に中南海に近付いています。

北部より北京軍区の部隊も南下しています。

他の軍区は、対日紛争に出動中で対応不能です。

あとは、明朝、中華民国総統が北京に到着されます。」

「そうですか、では参りましょうか?

彼らに、引導を渡すために。」

そう言って彼は、席を立った。

中国反政府組織side out

 

中国政府side

中南海の地下指揮所を異常な振動が襲っていた。

それも、連続でである。

先程、トマホークが着弾したときよりも、強烈である。

「馬鹿め、ここは核シェルターだぞ。

それよりも、侵入した第二護衛隊群(敵部隊)の位置は、何処だ?」

イライラした様子で、宝主席は尋ねる。

「ここより、南南東、25kmの地点です。

海空軍が、再攻撃のために、監視下に置いているそうですが。何か?」

「やまとは今何をしているのだ?」

「はっ、確認してきます。」

慌てて、軍の若い将校は退室する。

「我々は、今日本とクーデター部隊(二つの勢力)に挟まれている。

この状況を打破できる手段が無い。

これは否定することの出来ない事実だ。」

「主席、お言葉を返すようですが。

核兵器を大量に使用すれば、この状況はひっくり返せるのでは無いのですか?」

「そんなことをすれば、我が国の経済は崩壊する。

ただでさえ、遼寧省の復興予算で金がかかるのだ。

金は出て行くばかりだ、入ってくる方を、自ら潰してどうするつもりだ?」

主席は告げなかったが、もう一つ核兵器が使用できない理由があった。

日本に対して、弾道ミサイルを照準している第二砲兵隊の各基地と連絡が途絶していたのだ。

こんな状態では、弾道ミサイルを使用することは難しい。

主席の言葉に指揮所内を思い空気が包む。

「確認できました。

やまとは北京方面へ向け、艦砲射撃を繰り返しています。」

先程退室した若い将校が戻ってきた。

「目標は、ここだと推測されます。」

「言われんでも、分かっている。

周辺地区の被害はどうなっている?」

「そっそれが、皆無であります。

全てこの施設に着弾しています。」

一際大きい音と振動を残して、砲撃は途絶えた。

それが分かったのは、それから数分たった後だった。

あとに響くのは、壮絶な地上戦が展開されている音であった。

しかし、それも消えた。

「地上に要員を派遣して調査しろ。」

宝主席が叫ぶ。

(その必要は無い。

君達の負けだ、潔く降伏したまえ。)

指揮所のTV画面が、男の映像に切り替わる。

「朱珉か?」

(その通りですよ。

あなたがこんな無茶に出なければ、死なずに済んだ兵士が何人いたとお思いですか?

先程も言った通り、我々はあなた方の降伏を要求する。)

「我らが降伏したとして、身体の自由は保証されるのか?」

(そこにいる方で、潔癖な方がおられるなら保障しましょう。

しかし、汚職に手を染めている方は、覚悟していただきたい。)

「我々が降伏しなければどうする?」

(あなたが思っている通りのことになりますよ。

疲れているとは言え、我々には数万の兵士がいます。

たかだか、数十の警備員(武装警察隊員)に阻止できるとお思いですか?)

「少し、猶予が欲しい。」

(分かりました。

1時間待ちましょう。

それまでに返答がなければ、我々は突入しますよ。)

それから、1時間がたった。

(返答を聞こう。)

「我々は、降伏する。」

(分かりました。

両手をあげて、地上に出てください。

その後、あなた方を拘束します。

よろしいですね?)

「ああ。」

地上に出た彼らは、拘束され政治犯が収容されていた施設へ収監された。

中国政府side out

 

中華民国side

「クーデター部隊が、北京の大部分を制圧したそうです。」

「そうですか、では我々も向かいましょうか?」

中華民国side out

 

 

 



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第43話

やまとside

「GPS衛星とのリンク確立を確認しました。

主砲、修正+0.05

以後は、自動修正に移ります。」

「主砲各部異常なし。

第一斉射、装填完了。」

「発砲用意よし。」

撃てぇ(テェー)。」

やまとを含む第二護衛隊群は、必要以上に、中国沿岸に近づく必要が出てきた。

無論、目的は対地艦砲射撃である。

世界最大の艦砲を持つやまとであっても、GPS誘導のロケット砲弾を使わない限り、最大射程は44.6kmが精々である。

第二護衛隊群司令部の作成した作戦計画表に基づく当初の予定では、北京を含めた都市を対象とした艦砲射撃は、行わないとされていた。

しかし、その予定を一本の電話が狂わせた。

それは、数分前に遡る。

「こちらは、やまと戦闘情報センター(CIC)だが、そちらは?」

『クーデター部隊現場指揮官、周鎮幸であります。』

「艦長代理の上条です。

ご用件は、何でしょうか?」

この指揮官が、日本語を喋れたことが、やまとクルーにとって、幸いだった。

千何百人といるクルーの中から、中国語の話せるものを探せば、一人はいただろう。

しかし、中国語の話せるクルーが、戦闘情報センター(CIC)には、居なかったのだ。

『艦砲射撃による支援を要請したい。』

「目標は何処でしょうか?」

『中南海にある国防部庁舎。』

たどたどしい発声ではあるが、はっきりと聞き取れる言葉であった。

「分かりました。

必ず行うとは確約できませんが、善処します。」

『ありがとう。』

そう言ったあと、電話は一方的に切れた。

「通信長、第二護衛隊群司令部に打電。

我、中国クーデター部隊よりの直接の支援要請を受く。

司令部の指示を待つ。

以上だ。

あと砲雷士、目標の測距を始めておけ。」

「了解。」

「艦長、よろしいのですか?」

砲雷長が、聞いてくる。

「どちらにしても、目標の測定はやっといて損は無いだろう。」

「それはそうですが、後々で問題になりませんか?

日本共生党辺りは、バリバリ問題にして来るでしょうし。」

「そうなったら真っ正面から、討論してやるまでだ。

戦場をよく知らん阿保共に、負ける気はせんな。」

そこで、上条はにやりと笑った。

「第二護衛隊群司令部より返答。

やまとの攻撃を許可す。」

戻ってきた通信長が読み上げる。

「砲雷士、測距は終わったのか?」

「はい。

渤海に入れば何とか、GPS誘導砲弾であれば、攻撃可能です。」

「砲雷士、座標を指定しろ。

航海長、指定座標に移動を開始しろ。」

およそ二時間弱で、やまとは攻撃座標に到着した。

「攻撃用意。」

全艦で、警告のサイレンが鳴り響く。

現在は、戦闘中だから甲板に出ている乗員はいないだろうが、念のためである。

そうして、最初の場面に戻るのである。

「GPS衛星とのリンク確立を確認しました。

主砲、修正+0.05

以後は、自動修正に移ります。」

「主砲各部異常なし。

第一斉射、装填完了。」

「発砲用意よし。」

撃てぇ(テェー)。」

やまとに搭載された46cm砲が、全て放たれる。

その一発、一発が1.5tという超重量である。

それが、9発も集中して撃ち込まれるのだから、国防部庁舎にとっては、たまったものではないだろう。

事実、真新しい国防部庁舎ビルはこの砲撃に耐えられず、たった十数発で崩壊した。

核シェルター仕様の地下指揮所めがけて撃ち込まれる砲弾に、地下指揮所からとは良く耐えたのである。

「着弾修正無し、いつでもいけます。」

「第二斉射、用意。」

「第二斉射、装填完了まで22秒。」

それは、長いようで短い22秒であった。

「第二斉射、装填完了。」

撃てぇ(テェー)。」

やまとside out

 



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第44話

陸上自衛隊side

この紛争において、常に影でありつづけた陸上自衛隊員のお話である。

「防衛出動命令が発令された。

既に、海空の自衛隊は戦闘に突入したと聞く。

我らに下されたのは、待機の命令だ。

ただ、すぐに出動することになると思われる。」

これは、大阪府和泉市信太山に駐屯する第37普通科連隊連隊長の訓示である。

駐屯地では、周囲に塹壕が掘られ、陣地が構築されている。

正面の警備詰め所には、配置の隊員が増やされた。

ただし、これは大阪などの後方地域での光景であって、沖縄に駐屯する第15旅団の駐屯地では、中国軍特殊部隊の攻撃に備えて、もう既に実弾が装填された89式小銃が隊員に配られたと聞く。

西部方面普通科連隊は移動命令を受け、相浦駐屯地から那覇駐屯地に移動している途中だという。

そして、夜も覚めやらぬ午前4時、事件は起こる。

それは、一発の銃声からであった。

銃声が響いてから、防衛態勢の構築を行うのは無理があった。

「駐屯地周辺に、敵部隊が展開中。

規模は不明なるも、激しい攻撃を受けつつあり、当番の中隊は、出動せよ。

繰り返す、駐屯地周辺に、敵部隊が展開中。

規模は不明なるも、激しい攻撃を受けつつあり、当番の中隊は、出動せよ。」

アナウンスが流れ、出動した第1中隊は駐屯地内に、侵入した敵の激しい抵抗に遭い、大苦戦の連続であった。

3時間の戦闘で、侵入者全員の排除に成功したものの、死傷者は、最終的に出動した二個中隊合わせて78名を数えた。

「侵入者たったの12人に、ここまでやられるとは。」

戦闘掃除中に現れた第15旅団副旅団長そして那覇駐屯地司令を兼務する荻野一等陸佐は視察の結果、そうつぶやいた。

西部方面普通科連隊(にしふれん)の応援が、いつ駆けつけるのか、それが鍵だな。」

そう結論づけた。

現在、沖縄県全域において交通が麻痺している。

主に、空の便と海の便が中心だが、そのせいで帰れない外国人が那覇空港に溢れてきていた。

那覇空港は那覇駐屯地の目と鼻の先にあるため、那覇駐屯地でもかなり気を使っていた。

現在でも、沖縄県と本土間の物資輸送は貨物専用機により行われているが、その便数は極端に少ないのだ。

国民が沖縄に取り残されている国の大使館は、民間機のチャーターを含めて救出策を練っていたが、何故か、中国大使館には動きが見られなかった。

どちらにしても、中国軍が上陸して来れば、陸上自衛隊が全力を挙げて迎撃を行うしかない。

そうなれば、取り残されている中国人が何をしでかすかも分からない。

「どちらにしても、我らが陸自はすり潰されるだけなのか。」

仲間が搬送されて行くのを、見つめていた若い陸曹のつぶやきは、誰にも聞かれることはなかったが、悲しみが詰まっていた。

敵ゲリラによる攻撃で、陸上幕僚監部と西部方面隊は、沖縄本島内における掃討作戦の実施を求めていた。

しかし、それを行うとすると第15旅団の主力である第51普通科連隊だけでは、人が足りない。

西部方面普通科連隊に続き、本土からの増援部隊の到着を待たねばならないだろう。

「飛んで火に入る夏の虫という言葉がある。

我々は、そうならない為にも徹底して準備を行う必要がある。」

とは第15旅団長の言葉である。

その言葉通り、翌日から始まった掃討作戦は休戦後も続けられ、負傷者数名を出したものの無事に終了した。

陸上自衛隊side out

 

 



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第45話

陸上自衛隊side

那覇で、ゲリラの掃討作戦が行われている頃、大都市圏の付近にある陸上自衛隊駐屯地も慌ただしさを増していた。

それは、突然の一報からであった。

「中国国内において、弾道ミサイル発射の兆候が見られる。

待機中の各部隊にあっては、対核・生物・化学(NBC)兵器用装備を持って出動せよ。」

陸上幕僚監部からの命令に、慌てたのは担当区域内に、大都市を抱える部隊であった。

例えば、東京23区を担当する第1普通科連隊(練馬駐屯地)、愛知県名古屋市方面を担当している第35普通科連隊(守山駐屯地)、大阪市方面の第37普通科連隊(信太山駐屯地)等である。

これらの大都市は、軍事基地以上に標的になりやすい。

中国軍第二砲兵隊からしたら絶好のかもである。

ただ、南大阪及び和歌山を担当区域としているはずの第37普通科連隊が出動する背景には、伊丹駐屯地の状況が絡んでいた。

伊丹駐屯地の直近には千僧駐屯地があり、そこには第3師団司令部が置かれ、数多くの直轄部隊が駐屯していたのだ。

全員が戦闘訓練を受けているとは言え、後方部隊の集まりである。

那覇駐屯地襲撃事件を受け、千僧駐屯地警備に、第36普通科連隊が派遣されたのだ。

「出動命令が下った。

連隊各員は、準備を急げ。」

信太山駐屯地の一室で、第2中隊中隊長は待機中の部下へ告げた。

「目的地は何処なのですか?」

一人の隊員が質問した。

「大阪市内だ。

各部隊は、対核・生物・化学(NBC)兵器用装備を持って出動準備に入れ。」

「銃器の携行及び使用はどうなりますか?」

「防衛出動命令が発令されている。

全隊員は、戦闘に備えて、完全装備の上で出動だ。」

「住民の避難はどうするんですか?

我々が誘導するんですか?」

「否だ。

現行の自衛隊法でも、国民保護法でも、国民の強制的な避難は認められていない。

府警の方に、避難を呼びかけてもらっているが、避難を開始している国民は少数だ。

しかも、ここは、交戦区域ではない。

つまり、我々の権限の外なのだ。

あくまでも、行うのは着弾時の救援活動だ。

ただし、敵ゲリラと接触した場合は、交戦規約(ROE)に従い、即座に交戦区域に指定される。

そうなったら徹底的にやれ、誰一人生きて帰すな。

以上だ。」

大阪市内に向かうのは、第1中隊、第2中隊、軽装甲機動車装備の第5中隊の3個中隊である。

無論、大阪市内にゲリラがいるわけが無いのだが、後に起こった事を考えると考えすぎとは言いきれなかった。

しかもこれは、最終的な結果論に過ぎないのだ。

しかし、この事件で大阪の都市機能は、停止した。

事件の発端は、警察の無線からであった。

「第1中隊、第2中隊、第5中隊の全隊は、待機場所に到着した。」

無線で司令部に報告する。

司令部との通信を終えたあと、その無線から、悲鳴のような声が聞こえてきた。

「こちら大阪府警阿倍野警察署。

自衛隊さん聞こえますか?」

「ああ聞こえている。

こちらは、陸上自衛隊第37普通科連隊だ。

貴官の姓名及び階級は?」

「本官は、大阪府警阿倍野警察署地域課、東條俊輔巡査であります。」

「で、東條巡査。

何があった?」

「銃を持った集団が現れました。

彼らは、オウム真理教を名乗り、麻原彰晃万歳と唱えています。

人数がおよそ20人から30人で、そいつらが突然銃を乱射し始めました。

急ぎ救援を要請します。

既に、民間人十数名が撃たれ、重傷です。」

「機動隊はどうした?

出動しているはずだ。」

「出動した第一機動隊、第二機動隊どちらも全滅しました。」

「何っ、全滅だと?」

「その通りです。」

「分かった。

急ぎ向かう。

奴らの現在位置を報告してほしい。」

「現在彼らは、NHK大阪放送局に向かっているらしく、SAT隊員の生き残りが何とか進行を阻止しようとしています。」

「分かった。

NHK大阪放送局だな。」

念を押して確認する。

「はい。」

「分かった。

あとは、我々に任せてゆっくり休め。」

「分かりました。」

無線は、そこで切れた。

改めて、隊員達と通信を繋ぎ直す。

「全員、聞いていたな?」

第一中隊長の確認に、全員が肯定を返す。

「これより、交戦規約(ROE)に基づき、テロリストと交戦を開始する。

プランCを発動。

プランCに従って部隊を展開させよ。」

「「「了解。」」」

大阪市内に入ってから、十数分後の事である。

「第5中隊、敵と遭遇。

これより、交戦を開始する。」

ここから先は、第5中隊の隊員の目線で物語は進む。

軽装甲機動車を装備した第5中隊は、NHK大阪放送局を目指して直線距離で猛進していた。

そこで、銃声と装甲に銃弾の当たる音が響く。

「一号車、状況を報告せよ。」

「こちら一号車、東北の方角のビル周辺に敵を発見。

距離、200m

数、30です。

応戦を開始します。」

「了解した。

全車停止。

一号車のサポートに入れ。」

「了解。」

中隊長の指示に従い、普通科隊員達は訓練通り下車すると、応戦を開始した。

89式小銃を片手に、中隊長も戦闘に参加した。

「佐渡一曹、負傷。

意識あり。

しかし、戦闘不能。」

「了解。

後方へ搬送せよ。」

(まさか、奴らは…、いやたまたまだろう。)

そう思いかけて、心から、その考えを追い出した。

古今東西の戦場において、自軍の負傷者ほど重たいものは無い。

後方へ搬送するのに、まだ戦闘可能な兵士を割かねばならないし、その後の治療費もかかる。

ベトナム戦争後のアメリカの財政赤字の理由の一つが、帰還した負傷兵士への治療費や各種手当であったことは、有名な話である。

しかし、追い出した考えも、負傷者が増加すると、再び頭に蘇って来る。

「今度は、島田士長です。

胸をやられてます。」

「助かるのか?」

「設備の整った病院で緊急手術を行えば、何とかなると思われますが。」

「仕方ない。

付近の病院に担ぎ込め。」

「状況はどうなってる?」

「敵は、遮蔽物を利用しています。

こちらの攻撃は届いていません。」

「了解した。

01式軽対戦車誘導弾(軽MAT)を使え。」

陸上自衛隊side out

 



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第46話

日本政府side

「国家公安委員長、大阪での騒乱事件は聞いていますね。

状況の説明を頼みます。」

大阪での騒乱事件を受けて、臨時の国家安全保障会議(NSC)が開かれていた。

これに日本の治安に対し、全責任を負う国家公安委員長が総理の説明の要求に答える。

「大阪府警本部長の説明によると、人数は30人弱。

大阪府警察の二個機動隊を全滅させ、SAT隊員と戦闘を継続中だそうです。

なお、現場の警察官の判断で、陸上自衛隊に出動を要請しました。」

「そうですか。

防衛大臣、報告はありますか?」

「現地に展開中の第37普通科連隊は三個中隊を持って、交戦を開始しました。

すぐにでも、応援の部隊が駆けつけるはずです。」

「それでも、足りない場合はどうしますか?」

「統幕議長に確認したところ、第1空挺団が那覇駐屯地に向かっている途中です。

この第1空挺団を転用するという事で話が纏まりました。

彼らは既に、関西空港に到着し、一部は中部方面航空隊のヘリコプターにて待機しています。」

「なるほど、分かりました。

どちらにしてもこの件は、日本の法律内での問題という事になりますね。」

「はい。

その通りです。」

法律家出身の国家公安委員長が肯定する。

「全員に、内乱罪を適用して射殺しなさい。

オウム真理教関連施設には、何か行っていますか?」

「公安調査庁及び現地警察が一斉捜索に入っています。

この機に根絶やしにしてしまいましょう。」

オウム真理教に、この国家公安委員長は何か恨みがあるようだ。

日本政府side out

 

陸上自衛隊side

「第1中隊、敵と遭遇。

交戦を開始しました。」

通信機を持った隊員が、中隊長に報告する。

「えっ。

おいっ、どうなってる?

敵は、30人弱のはずだ。

全てがこちらとの戦闘に巻き込んでいるはずだが、まさか報告された人数が間違っていたのか。」

第5中隊とテロリストとの戦闘は、火力によって第5中隊が優位を奪い返していた。

次々、隊員が撃たれて負傷していたが、まだまだ戦える隊員の方が多い。

それを考えれば、撤退するのは、まだ時期尚早であった。

そのうえで、第1中隊か第2中隊が駆けつけてくれれば、敵を圧倒できるはずだった。

その目算が崩れた。

「仕方ない。

第3、第4中隊に出動を要請しろ。

総力戦だ。」

第5中隊長の独断ではあったが、第37普通科連隊の全隊員がこの戦闘に投入された。

「了解。

すぐに要請します。」

通信機を片手に、連隊本部に連絡を取る。

その間にも、中隊長は一人つぶやいていた。

「第1空挺団にも来て欲しいぐらいだぜ。」

第1空挺団とは、陸上自衛隊中央即応集団に所属する精鋭部隊である。

三個普通科大隊を基幹として、1900名の隊員で編成されている。

そこに所属する全隊員が、レンジャー徽章を保持しているのである。

第1空挺団は那覇駐屯地に向かっている途中であるはずで、こんなところに寄り道をしている暇は無いはずだ。

つまりは、無い物ねだりである。

「敵兵が沈黙しました。」

「陣地攻略にはいる前に、良く注意して観察しろ。

敵の罠かもしれん。」

「了解。」

双眼鏡を片手に良く偵察するが、敵の気配は見当たらない。

「機関銃手、弾幕を展開、第1分隊は、突入を開始しろ。」

「了解。」

5.56㎜分隊支援火器(MINIMI)が弾幕を展開して、敵を圧倒する。

その隙に、第1分隊がにじり寄る。

そして、ツーマン・セルで突入する。

「こちら第1分隊、敵は陣地内で全滅しています。」

「こちら一号車、北の方角に敵勢力を確認。

たった今、発砲されました。」

「二十号車、こちらも敵勢力を確認しました。」

今では第5中隊は、敵に包囲されていた。

「応戦だ。

各員、応戦せよ。」

「小隊長負傷。」

「傷の具合はどうだ?」

「出血がひどく、手を付けられません。」

「後方には……無理だな。

仕方ない。」

言っている途中で、周りを見渡したものの、敵の布陣はアリのはい出る隙間もない。

「坂本二曹、被弾。

腕を貫通したと思われる。

立てますが、銃を握れません。」

再び負傷者が増えはじめた。

「坂本二曹は、車内にて休ませておけ。

狙撃班はどこにいる?」

「確認しました。

第1中隊支援に出ているようです。」

確かに、第1中隊に配備されている車両は非装甲のものである。

そんな会話をしているうちにも、敵の銃火は激しくなる一方だ。

「いかん、このままでは全滅する。」

中隊長がつぶやいた瞬間、上空から耳に馴染みのあるヘリの音が響いてきた。

上空を見ると、機銃を掃射しながら、八尾駐屯地の中部方面航空隊所属のUH-1Jが突入して来る。

「味方が来た。

最後の踏ん張りだ。」

中隊長がそう言うと、歓声とともに勢いが戻って来る。

低空、詳しく言うと高度10mに占位したヘリコプター隊からは次々、隊員がラペリング降下で現れる。

土壇場に近い形で、第1空挺団が駆けつけたからだ。

そのおかげで、銃撃戦は市街戦に発展しなかった。

第1中隊の方も、狙撃班と共同で殲滅したらしい。

ただ、大阪の中心で銃撃戦が行われたために、パニックに陥った国民が逃げようとして、次々負傷したのだ。

この喧騒は、大阪の都市機能を停止させた。

そこに、核弾頭搭載の弾道ミサイルが飛んでこなかったのが、不幸中の幸いであった。

休戦後も、大阪を狙ったのは誰かという議論が続いている。

陸上自衛隊side out



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第47話

第5潜水隊side

アメリカ海軍空母打撃群には、護衛として、1隻か2隻の攻撃型原子力潜水艦が随伴している事が多い。

主に、これらは空母打撃群周辺での、対潜警戒に従事している。

アメリカ海軍の空母打撃群の写真を見ても、潜水艦の影など形も無い。

だが、海中にはウ゛ァージニア級もしくは、旧式のロサンゼルス級の攻撃型原子力潜水艦が、潜伏している。

これは、黄海(ホワンハイ)に突入した第二護衛隊群も例外ではない。

第二護衛隊群の周辺にも、潜水艦が潜伏していた。

それが、第5潜水隊である。

所属原隊は、第1潜水隊群で、呉に司令部が置かれている。

大幅増強されつつある海上自衛隊潜水艦部隊の中でも、最新の装備かつ練度も高いことで知られている。

所属艦は"そうりゅう""うんりゅう""はくりゅう"の三隻である。

これらは、最新のスターリング機関を搭載した非大気依存型(AIP)潜水艦である。

この潜水艦達は、第二護衛隊群の指揮下にあって、アメリカの空母打撃群随伴の原子力潜水艦と同じく、対潜警戒にあたっていた。

「じんりゅうが、開戦初っ端からやってくれたからな。

うちらは、それ以上の戦果(大金星)を挙げにゃあならんわ。」

無論、じんりゅうがアメリカ海軍空母を雷撃したことは、国家機密であり、仲間の潜水艦乗り(サブマリナー)達にも知らされていない。

だが、雷撃した周辺海域は、じんりゅうによって徹底的に掃除されていた。

初老の潜水艦乗り(サブマリナー)の言ったじんりゅうの戦果とは、その際に出た中国潜水艦(副産物)のことである。

頭を掻きながら言うその姿には、毒気を抜かれるのだが、言葉の端々に他の艦に対する対抗心が見え隠れする。

しかし、この男こそ第5潜水隊所属の潜水艦、そうりゅうの艦長であった。

「艦長。

何らかの潜航物体の接近です。

この海域ですから、潜水艦の可能性大ではありますが。」

潜水艦の目であり、耳でもあるソナー員が、報告する。

「自然物ではない?」

「はい、100%自然物ではありません。

しかし、探知状況不良。

本海域におけるデータ不足な感は否めません。」

「よろしい。

全艦に発令、音響規制。

魚雷戦用意。

全発射管、魚雷装填急げ。」

「前部発射管室、魚雷装填完了。

いつでも撃てます。」

「現態勢のまま、待機せよ。」

「了解。」

「ソナー員、捉えられるか?」

「先程より、音がはっきりしてきました。

測距開始します。

諸元読み上げます。

数、1、深度、190、距離、5200、速度、15kt。」

「距離、2000まで待て。

発射管扉開放、注水急げ。」

「それにしても、ここは中国領海の中ですよ。

襲ってきたのなら、数が少なくありませんか?」

「あれじゃないか、あの索敵(ピケット)艦とか呼ばれる。」

面倒臭そうに艦長は答えるが、見る見るうちにソナー員共々顔色が変わる。

「「って(てぇ)事は、この先に罠がある。」」

ソナー員と艦長は、同じ結論に至ったようだ。

「第二護衛隊群司令部に、緊急警報を送れ。」

「距離、2000です。」

「1番から2番、発射用意。

撃てぇ(テェー)。」

そうりゅうから発射された89式魚雷は、自力航走(スイムアウト)で、射出された。

発射時の騒音は、ほとんどしない。

だから、敵潜水艦が気付いた時には、もう手遅れであった。

囮魚雷(デコイ)を発射して、かわそうとしたものの、懐に入り込んだ魚雷はかわせるものではない。

水中を爆発音が伝播し、そうりゅうの艦体を叩く。

「全弾命中。

これで、彼らも諦めてくれると、有り難いんですがね。」

ソナー員が報告する。

「奴らの考えなど分からんが、確かにそう思うな。」

第五潜水隊side out




二日連続で投稿せず申し訳ありません。
理由は、書きません。
どんなことを言っても、言い訳にしかならないからです。


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第48話

やまとside

渤海に突入した時から、時は少し遡る。

「周辺で警戒中の潜水艦より通報。

この先に、(トラップ)がある可能性が高い。

"対潜警戒を厳となせ"とのこと。」

戦闘情報センター(CIC)内に、通信士の声が響く。

「何だと。

ならば、第二護衛隊群司令部に進言。

"潜水艦を先行させて、渤海を偵察してほしい。"

以上だ。」

「了解。」

通信士が去っていくのを確認した上条は、無電池電話を取り上げ、聴音(ソナー)室に掛ける。

「こちら聴音(ソナー)室。」

「上条だ。

本艦前方海域に、敵潜水艦潜伏との情報あり。

警戒態勢に移行。

潜水艦の兆候を見逃さないで欲しい。」

「了解しました。」

返事を聞き終わった上条は、無電池電話を下ろし、叫んだ。

「第二護衛隊群の他の艦艇に、対潜掃討(ハンターキラー)を要請しろ。」

海上自衛隊の護衛隊群には、その時の為に汎用護衛艦(DD)が、5隻配備されている。

最新型のあきづき型、たにかぜ型こそ防空能力を強化しているが、本質は対潜護衛艦である。

また、ヘリコプター搭載護衛艦(DDH)のいせは、最大11機の各種ヘリコプターを搭載可能だ。

無論、今回の状況でヘリコプターが飛行することは、かなり危険である。

だから出動できない。

「潜水艦と水上艦で、追い詰めるしか無いか。」

上条は、つぶやいた。

やまとside out

 

第二護衛隊群司令部side

「第5潜水隊所属の潜水艦によると、本部隊に接近する敵潜水艦を確認。

攻撃を実施、撃沈を確認したそうです。

ただ、敵潜水艦が、1隻しかいなかったことから推測すると、前方海域にて敵潜水艦による待ち伏せが予想されますので、隷下の護衛艦全てに、緊急警報を通報しました。」

幕僚長が、言ったのへ第二護衛隊群司令も言う。

「分かった。

やまとからは、何と言っている?」

「潜水艦を使って先行偵察を行ってほしいとの要請が入っています。」

「分かった。

すぐに指示を出してやれ。」

「やまとより、再度の通信。

潜水艦と合わせて、本部隊周辺での対潜掃討(ハンターキラー)を行ってほしいとの要請が入っています。」

言い終わるのと、慌てて駆け寄ってきたいせの通信士が、読み上げながらも電文を差し出す。

「分かった。

それも合わせて、指示してやれ。

幕僚長。」

「了解。」

第二護衛隊群司令部side out

 

第5潜水隊side

「第二護衛隊群司令部より、緊急命令。

貴隊から潜水艦1隻を抽出し、渤海を偵察せよ。

であります。」

「分かった。

だが、問題はどの潜水艦に行かせるかだが、旗艦として使っているうんりゅうは問題外だ。

しかし、はくりゅうも無理だ。

となると、そうりゅうしかないが、全艦が行きたがるだろうな。」

そう言って、司令は頭を悩ませた。

「しかし、そうりゅうしかないのならば、悩む必要は無いのでは?」

「だがな。

はくりゅうの艦長が納得してくれるかだな。」

第5潜水隊side out



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第49話

第5潜水隊side

そうりゅう発令所

「隊司令より、命令が下った。

只今を持って、本艦の任務を解除された。

しかし、新たな任務が発令された。」

艦長の言葉に、発令所にどよめきが広がる。

「現在は、戦闘配置だ。

静かにしろ。」

発令所のどよめきに、艦長の叱責が飛ぶ。

「新たな任務の内容を伝える。

たった今を持って、第二護衛隊群を離脱。

渤海に潜入し、状況を偵察せよ。

とのことだ。」

「しかし、本艦だけで大丈夫ですか?」

「本艦だけでやるんだ。

むしろ、何隻で行っても、目立つだけで結果は変わらん。」

「それは、そうですが。」

「分かったならいい。

出力を上げろ。

最大戦速さいだいせんそぉー。」

「アイ・サー」

そうりゅうは、時速20ktで走りはじめる。

キロメートルに直すと、約36km/hである。

ものの直ぐに、渤海の入口にたどり着く。

「ソナー員、目標を確認できるか?」

艦長の確認に、ソナー員は首を振る。

「いいえ、確認できません。

ピン、打ちますか。」

「いや、まだやらんでよい。」

「水上の様子はどうだ?」

「戦時のはずなのに、妙に静かですね。

哨戒艦艇すら出ていないようですね。」

「そうか、あの噂は、本当だったようだな。」

艦長は、しみじみと言った。

「噂って何ですか?」

興味を持ったのか、ソナー員が聞いてくる。

「ああ、やまとに乗ってる同期から聞いた話なんだが、中国の弾道ミサイルを迎撃した直後、目標付近から強力な電磁パルスが確認されたらしい。

それが、北海艦隊の根拠地にふりそそいだらどうなると思う?」

「!」

艦長の言葉にソナー員も気付いたようだ。

というか、ソナー員は思ったはずだ。

誰に聞いたんだと。

それを押し殺して聞く。

「まさか、奴等は出てないんじゃなくて、出れないだけですか?」

現代の船は戦闘艦艇、民間船舶問わず船体の各所で、電子機器が多用されている。

その電子機器は、もしかしなくても電磁パルスの影響を受けるだろう。

「だろうな。」

「予定海域に到達。

当初の予定より、誤差+0.85。

予想の範囲内です。」

ソナー員と会話しているうちに、進出予定海域に到達したようだ。

航海士が報告してくる。

「よし、索敵始め。

例の技本(防衛省技術研究本部)から送られてきた試作品を使うとするか。」

「試製潜水艦用多目的索敵ポッドですか?」

「そう、それだ。

P-3CやSH-60J/Kの積んでるソノブイみたいなやつだ。

あれなら投棄式だし、この艦ふねからも距離を取って索敵できるだろう。」

「了解。

では、索敵モードはどれに設定しますか?」

「熱源モードで、試してみるか?

念のため、ソナーモードの物も、準備しておけ。」

技本から、試作品と一緒に送られてきた取扱説明書を見ながら、艦長はそう答えた。

「了解。

次に、射出方法ですがどうしますか?」

艦長より先に、取扱説明書をかじっていたらしいソナー員が聞く。

「魚雷みたいに射出しますか?

それとも、潮流に流しますか?」

「潮流に流せ。

本艦からの距離、1000で起動させろ。」

「了解。」

ソナー員は、コンピューターに必要事項を入力していく。

「ったく、技本の連中も変な物押し付けやがって。

使い物にならなけりゃ、張り倒すぞ。」

伝統を墨守する事で、新技術への理解が薄いのが世界の海軍関係者である。

「艦長、取り敢えず射出しましたけど、張り倒すって言っても、誰をやるんですか?」

軽く笑いながら、ソナー員は聞く。

「そんなもん、決まっておるわ。

帰ったら考える。

これに限る。」

そう断言した。

それから、時が経つ。

「センサーが、目標を捕捉しました。

水上には、大きな反応は見られませんね。

しかし、水中には三つ見られます。」

「自爆モードに移行させた後、ポッドを切り離せ。

本艦は、その隙に後退する。

安全地帯に移動後、第二護衛隊群司令部にデータを転送する。

以上だ。」

第5潜水隊side out




最近、主に使っているタブレットの調子がおかしいので、更新が少し不定期になりそうです。
できる限り、毎日投稿します。
佐藤五十六からのお知らせは以上です。


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第50話

やまとside

「先行して偵察を行ったそうりゅうからの通信では、渤海の内部に潜伏中の潜水艦を少なくとも3隻以上確認したそうだ。」

「えっと、3隻だけですか?」

砲雷長の反応は薄い。

「以上だ、以上、以上が抜けている。

だが、確実なのは三杯の獲物がいるってだけだがな。」

「中国海軍の待ち伏せにしては、数が少なくありませんか?」

砲雷長の言うことは正しい。

中国人民解放軍海軍は、北海(ペイハイ)東海(トンパイ)南海(ナンハイ)艦隊の3個艦隊に、通常動力型潜水艦、原子力型潜水艦合わせて、50隻程保有していたはずである。

日本近海で大量に撃沈されても、それを補える程の数が用意できるはずであり、それが性能で劣る中国海軍潜水艦隊のアドバンテージだったはずだ。

「どうやら、奴らは自滅したようだな。

その方が、こちらとしても都合がよいが、何やら出来過ぎている感じがする。」

「どういう意味ですか?」

上条の言葉を聞いて、砲雷長は納得できないという顔を見せて来る。

「自らが発射した核搭載の弾道ミサイルによって、青島基地、旅順基地、烟台基地、威海基地の青島を除く各基地で、少なくない被害が報告されているはずだが、その詳細が不明だ。

しかも、現在活動中の敵潜水艦の詳しい情報が無い。

もし、敵潜水艦の全てが青島基地にいたとしたら、どうなる?

被害の無い潜水艦の群れに飛び込むことになる。

その被害は、予想できない。

我々、第二護衛隊群が、全滅するかも知れん。

これが、奴らの敷いた罠の上かもと思うとだな。」

「考えすぎなのではありませんか?」

「確かにそうかもしれないが、用心は必要だ。

それに、今すぐにでも渤海に突入しなくてはならない。

この現状で、後顧の憂いを少しでも取っておきたいのだ。」

「なるほど、艦長の懸念は理解しました。

では、対潜警戒を厳重にしておきましょう。」

「今出来ることは、そのくらいか?」

「おそらくは。」

「では、全艦に発令。

対潜水艦警戒を厳となせ。」

やまとside out

 

はるさめside

『総員、対潜戦闘用意。

繰り返す、対潜戦闘用意。

これは、演習ではない。』

黄海(ホワンハイ)、さらには、渤海(ボーハイ)に突入しようと言うときに、演習もへったくれも無いが、実際に艦内では、このようなアナウンスが流されたと言う。

「先行して偵察を行ったそうりゅうからの通信では、渤海の内部に潜伏中の潜水艦を少なくとも3隻以上確認したそうだよ。

潜水艦狩りが、我々、海自の本来の仕事じゃないかね。」

艦橋にいた艦長の言葉に、双眼鏡で水平線を見つめる副長も頷いた。

「では、副長。

艦橋は、副長に一任する。

私は、戦闘情報センター(CIC)に移る。」

「了解。」

そう言うと、艦長は艦橋を出て行った。

はるさめside out



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第51話

中国潜水艦side

「張兄弟が、両方連絡を絶つとはな。」

そう呟くのは、張兄弟の従兄弟である劉仁であった。

彼は、中校の階級を持ち、636型、改キロ型哨戒潜水艦の一隻である遠征67号の艦長であった。

元々の所属は、東海(トンパイ)艦隊で、北海(ペイハイ)艦隊が事実上壊滅したために、呼び出されたのだ。

「あの二人が敗れると言うことは、それだけ日本軍が、侮れない敵という事なのだろう。」

しかし、劉仁自体重大なことに気付いていなかった。

これから戦うのは、現代の対艦攻撃用兵器を考えれば、完全なる不沈艦と化したやまとであると言う点である。

核を持ち出さない限り、勝てるという保障は無い。

キロ型といった通常の潜水艦であれば、やまとは、攻撃を吸収して反撃を加える。

その結果は、返り討ちである事は間違いない。

しかも、今回はやまと単艦ではなく、第二護衛隊群及び第5潜水隊の護衛付きである。

攻撃を加えられるかどうかすら怪しい。

「魚雷を全部撃ち込めば、勝てるだろう。」

そう楽観的なことをつぶやいていられるのは、今だけであることを彼らはまだ知らない。

中国潜水艦side out

 

護衛艦はるさめside

「ソナーをパッシブからアクティブに切り替えよ。」

戦闘情報センター(CIC)で艦長は決断を下した。

「しかし、アクティブだと敵潜水艦にも気付かれます。」

ソナー員の反論は、艦長にとっては的外れだった。

「馬鹿が。

水上艦と潜水艦では、騒音が違いすぎる。

パッシブソナーという同じ条件ではどちらの方が有利だ?

あちらさんだろう。

それに、こちらは、やまとよりも敵の潜水艦の気を引かねばならん。」

「哨戒中のSH-60J(SH)より入電。

敵潜水艦を確認。

キロ型潜水艦と確認されました。

阻止線まで20km、11ktで接近中。

阻止線には約1時間後に接触します。」

「対潜戦闘。

ヘリには魚雷が積んであるのか?」

艦長は対潜戦闘を指示。

「確認しました、搭載されています。」

「攻撃の指示を出せ。

浮上されると、ヘリにとっては厄介だ。」

「了解。」

それから、数分後。

「攻撃を実行しました。

命中を確認。

艦体破壊音を確認したそうです。」

その報告とともに、戦闘情報センター(CIC)の空気が重苦しくなる。

彼らが沈めた潜水艦には、52名の乗員が乗り込んでいて、その人数分の人生があったのだ。

そんな空気はどこ吹く風で、艦長は呟く。

「まずは一杯だな。

まあ気にするな。

こちらが殺らなければ、第二護衛隊群のうちのどれかが殺られていた。

戦争というのは、得てしてそう言うものだ。」

はるさめside out

 



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第52話

中国潜水艦side

ピーン、ピーン。

魚雷の着水音が響いたあと、キロ型潜水艦の乗員達が、聞いたのは時折魚雷が放つ探針音波だけであった。

それは、徐々に、徐々に、大きくなる。 

比例して、乗員達の恐怖も大きくなる。

それが、最高潮に達したときには、魚雷は命中していた。

潜水艦は大きく傾き、沈んで行った。

それが、別のキロ型潜水艦(遠征68号)の末路であった。

中国潜水艦side out

 

海上自衛隊護衛艦"はるさめ"搭載哨戒ヘリside

第22航空群第122航空隊所属の、SH-60Jが渤海上空で通常通りの哨戒飛行を行っていた。

しかし、機内にはいつも以上に緊張が高まっていた。

それもまあ、致し方ないことである。

まず第一にヘリコプター自体が、敵の航空優勢下での活動に向いていない。

戦闘機や地対空ミサイルに襲われれば、簡単に墜とされるからである。

「機長、磁気探知機(MAD)に、反応(エコー)が見られます。

ソノブイの投下、許可願います。」

戦術航空士(TACCO)は許可を求めた。

SH-60Kと比べて、SH-60Jは旧式の機体と評される事が多い。

だが、それはあくまでも、対潜水艦任務以外の任務での話であって、本来の任務である対潜水艦捜索及び戦闘であれば、性能に遜色は無かった。

「んっ、場所は何処だ?」

さっきのこともあり、機長は敏感に反応した。

「海図にあるE-7地点付近です。」

「ということはだ、第二護衛隊群からまだ距離にして30km以上離れているなぁ。

だが、念のため落としておくか。

七番シューターから落とせ。」

「了解。」

席から、各方面に言われた通りの指示を出す。

「ソナー員、七番シューターにソノブイ装填。

八番に信号弾を装填。

機長、機体を右に旋回させてください。」

戦術航空士(TACCO)は、対潜水艦作戦のセオリー通りに敵潜水艦をあぶり出すつもりのようだ。

「七番、ナウドロップ。」

そう言いながら、戦術航空士(TACCO)は、機器を操作する。

投下ボタンを押すと、機体に据付けられたシューターから、ソノブイがパラシュートで投下される。

「目標、コンタクト。

キロ型潜水艦である可能性大。」

戦術航空士(TACCO)、各種センサー測的始め。

敵潜水艦をいぶり出せ。」

ベテランの対潜水艦ヘリコプター乗りである機長は、すぐさま次の指示を出す。

「通信員、第二護衛隊群にデータを転送しろ。」

「了解。

えッ。」

「どうした?」

「通信システム、オールレッド。

データ転送できません。」

通信員が、喚く。

「回線がダメになっているのか?」

「おそらくですけど、機械自体が、ダメになっているようです。」

「仕方ない。

根気で直せ。」

通信員の問いに、機長は冷静に答える。

「根気ですか?」

「ああ。」

「取り敢えず、叩いてみますか。」

誰も何も言わないが、通信員はベシベシと通信機を叩く。

「システム起動しました。

通信システム、オールグリーン。

直っちゃいました。」

無駄口を叩きながらも仕事は行う。

「データ転送完了しました。」

「分かった。

戦術航空士(TACCO)、状況は?」

「探知状況不明瞭、ただし、接触は続いています。

吊り下げ式ソナーの使用、許可願います。」

「許可する。

何としても、捕まえて見せろ。」

「了解。」

「はるさめより入電。

"魚雷を以て敵潜を撃沈せよ。"

との事であります。」

戦術航空士(TACCO)と機長との会話に通信員が割り込んだ。

「敵潜の状況は?」

「改めて、コンタクト。

阻止線まであと1kmと言ったところだと思われます。」

「吊り下げ式ソナー格納。

攻撃態勢に入る。

ソノブイ用意。」

「用意良し。」

機長の命令に、ソナー員が応える。

「ばらまけ。

武器員、魚雷投下だ。」

「了解。」

戦術航空士(TACCO)ソナーは切っておけ。」

「もう、切ってます。」

深度自体は、浅かったため上空のSH-60Jからも水柱が確認できた。

「一隻の撃沈確実。

では、これより本機は、はるさめに帰投する。」

海上自衛隊護衛艦"はるさめ"搭載哨戒ヘリside out

 



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第53話

こう言うことがあって、第二護衛隊群は渤海に進出できた。

やまとは猛烈な勢いで、対地艦砲射撃を継続している。

 

中国潜水艦side

636型、改キロ型哨戒潜水艦、遠征67号。

「遠征68号が喰われたのか?」

「不明です。

ただ、遠征68号の方向にて、爆発音を確認しました。

アクティブソナーより、ピンガーを打ちましたが、返答ありませんでした。

それに、救難信号、救難ブイ、いずれも確認できませんでした。

沈没していた場合、生存は絶望的かと思われます。」

「そうか、奴らは喰われたか。

では、敵艦隊の状況は?」

「北京沖合130km地点に進出。

細かい振動や轟音が確認できますから、北京の何処かに向け、艦砲射撃を行っているようです。」

「分かった。

微速前進、距離、3000で雷撃戦開始だ。

遠征68号の敵を討つぞ。

前部発射管室、魚雷装填急げ。

鄧同志政治委員よろしいですか?」

最後に確認するように、政治委員に聞く。

「うむ、構わんよ。

党の利益となるならば、いかなる行動も容認しよう。」

「同志艦長、バッテリー充電量が足りません。」

「なにっ、どうなっている?

航行中は、電気使用の制限を申し付けておいたはずだ。」

「原因は、不明です。」

「仕方ない。

同志政治委員、お手数をかけて申し訳ありませんが、艦内においてで重大な規律違反が発生した可能性があります。

そちらの調査の方をお願いできますか?

必要なら、全ての電気機器を取り上げてしまっても構いません。」

「分かった。

すぐに取り掛かろう。

何人か、人を貸してもらいたいが、よろしいな。」

「手の空いている航海科から数人、派遣しましょう。」

「では、行ってくる。

艦長。」

鄧同志政治委員が発令所を出て行く。

「バッテリー残量はどのくらいだ?」

「あと、2時間から3時間といったところだと思われます。」

「ソナー員、距離、3000まであとどれくらいかかりそうだ?」

「あと、1時間30分程だと、思われます。

無論、敵艦隊が移動しなければですが。」

「攻撃後、浮上するしかない。

こちらとしては相打ちに持ち込まなくてはならない。」

「確かにそうなりますね。」

艦長とソナー員が、話しているとあっという間に時は過ぎる。

「距離、3000です。」

「雷撃戦用意。

目標、やまと。

撃て。」

魚雷は、海に放たれた。

中国潜水艦side out

 

やまとside

「雷撃を確認しました。

このままでは、本艦の舵機室に命中します。」

艦橋からの緊急通報を受けて、上条はある方法を真似た。

これは、防御力の高いやまとだからこそできるやり方であり、他の護衛艦であれば、一撃で大破沈没となりかねない。

そのやり方とは、わざと舷側に命中させるのだ。

「急減速、黒、50。」

四本の水柱が、やまとの脇腹に高々とそびえ立つ。

応急運転(ダメコン)室、状況を知らせ。」

「こちら応急運転(ダメコン)室、本艦に命中、4。

艦内一部区画にて浸水あるものの、十分に復旧可能です。」

「分かった。

引き続き頼むぞ。」

やまとside out

 



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第54話

中国潜水艦side

「全弾、命中を確認しました。」

「これで、遠征68号の敵は討てたな。

バッテリーの具合はどうだ?」

「もう、10分ともちません。

至急浮上してください。」

「それは、無理な相談だ。

だろう、ソナー員?」

「ええ、後方より一隻のフリゲート(巡防艦)が、急速に接近しております。

既に、距離は、3200mです。

むらさめ型のようです。」

日本の海上自衛隊では、大型もしくは中型水上戦闘艦の類別は、護衛艦(DD/DE)一択である。

その中でも、特にむらさめ型護衛艦は、専門家の間で議論が集中している。

その議論とは、大型フリゲートなのか、通常の駆逐艦なのかである。

防衛省の広報課や、海上幕僚監部に聞いても、護衛艦であるとしか返って来ないはずだ。

「どちらにしても、敵がそこまで迫っているのだ。

逃げ切ることはできんだろう。」

だからといって、沈むのを座して待つような人間はいない。

「艦回頭、180。

メインタンクブロー、深度、20に付け。」

「了解。」

こうなれば、追って来るフリゲートと相打ちに持ち込むしかない。

その思いが艦長を突き動かしていた。

しかし、その手は思いっきりの外れであった。

「頭上に着水音。

ASROCです。」

ソナー員の報告が上がる頃には、遠征67号は何の手を打つこともできずに魚雷の命中を待つほかなかった。

「メインタンクブロー。」

その指示は遅く、中途半端な形となって実行された。

それが、はるさめ乗員が見たキロ型潜水艦の最期の姿である。

中国潜水艦side out

 

護衛艦はるさめside

はるさめの戦闘情報センター(CIC)では、艦長と砲雷長が海図を睨んでいた。

「輪形陣を超えているわけではないようだな。

発射点は、ここから遠くはないか。

砲雷長、どう考える?」

「そうですねぇ。

我々の能力からすればやまとの周りを丸裸にできますけど、それを敵さんが予想しているかですなぁ。

予想していたら逃げるし、していなければ二度目を狙って、留まってるでしょうが。」

「ふむ、じゃあヘリには、この辺をさらってもらうか。

本艦は、手前をさらう。」

そう言って艦長は、海図に書き込む。

「これで指示を出してくれ。」

「了解。」

砲雷長は側のタブレットから、データを空中のヘリに転送する。

12式海図投影システムとして制式採用されたこのシステムは、電子海図上にいろいろな情報を書き込める上に、データリンクシステムを通じて味方の艦艇や航空機とその情報を共有できるスグレモノである。

「対潜戦闘用意。

取り舵(とぉりかじ)、30。

アクティブで探査しているが、調子はどうだ?」

ソナー員の側に来た艦長は尋ねた。

「明瞭です。

反応も確認できます。

以外と近いですねぇ、距離、4000も無いですよ。」

「そうか、ASROCの射程内なんだな。」

劉仁率いる遠征67号は、潮の流れに乗りすぎたようだ。

はるさめというハンターに近付きすぎていたからだ。

「距離、3000まで近付いて、ASROCを真上に落としてやれ。」

「現在、距離、3200。

えッ、敵潜水艦回頭、180、ブロー音が聞こえます。

深度、20に付きます。」

「なるほど、見上げた根性の持ち主だ。

本艦を冥土の土産に連れて行くつもりなのだろうが、その手は喰わんぞ。

ならば、ここで仕留めるのみ。

予定からはちと遠いが、ASROC発射用意。

撃てぇ(テェー)。」

むらさめ型護衛艦は、VLAと呼ばれる垂直発射のASROCを前部のMk41VLSに装備している。

そのVLSからASROCが、撃ち上げられる。

そのロケットは、3200mを飛ぶと、弾頭の魚雷を切り離した。

パラシュートを開いた魚雷は、着水するとソナーを起動させ目標を捕捉する。

狙い違わず魚雷は、キロ型潜水艦、遠征67号の頭上に命中した。

「艦体、浮上します。」

ソナー員の声と共に、キロ型潜水艦、遠征67号は浮き上がった。

そして自らの姿を誇示するように、乗員達の意地を示すようにである。

そして、充分だと見たのか静かに海の中へと消えて行った。

沈没である。

その姿に艦橋にいた副長と航海科の乗員が、戦闘情報センター(CIC)にいた全員が敬礼していた。

武人らしい最期であった。

護衛艦はるさめside out

 



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第55話

やまとside

「衛星データを受信、目標の完全破壊を確認。」

「撃ち方やめ。

ところで、砲雷長。

通報にあった敵潜水艦は、三隻以上だったな?」

「その通りです。

うちの二隻を、はるさめとはるさめ搭載のヘリが沈めたと報告されています。」

「はるさめの艦長は、神山だったな。」

「はい、神山二佐で間違いありません。」

「神山がやったのなら、おこぼれは期待できないなぁ。

三隻目に期待を繋ぐとするか。」

「艦長代理の同期ですか?

すごいじゃないですか、対潜の鬼と呼ばれる人ですよ。」

「まぁ、奴は特別だ。

天賦の才能というのかな、そう言うのを持った奴だ。

ということで、三隻目はうちが沈める。

ソナー員、気張ってかかれ。」

「了解。」

しかし、三隻目を沈めたのはやまとではなかった。

三隻目を沈めたのは、水中を遊弋している第5潜水隊の潜水艦はくりゅうであった。

「副長、いえ艦長代理。

市ヶ谷より通信が届いております。」

そう言って通信長直々に電文を持ってきた。

内容はこうである。

『 発 防衛省中央指揮所

  宛 各地で活動中の自衛隊各部隊

 

 一部部隊を除き、全ての部隊は速やかに戦闘行動を中止し、

 基地もしくは駐屯地へ帰投せよ。

 なお、各地で治安維持任務に当たっている陸上自衛隊部隊及

 び黄海に突入している第二護衛隊群はROE(交戦規約)を通常に

 戻し待機せよ。

 以上。                         』

つまり、中華人民共和国政府との間で、休戦講和の交渉が始まったと言うことである。

しかし現場の上条達は、その交渉相手が中華人民共和国ではないことを知らない。

そう、67年前に台湾に逃れた中華民国政府が交渉相手だった。

電文を見た上条の顔に笑みが浮かぶ。

「喜べ、俺達はもうすぐお役御免だぞ。」

「えッ本当ですか?」

「砲雷長か、本当だ。」

この事実は、瞬く間に艦内に伝わった。

「「「「やったぁぁー」」」」

歓声に歓声が上書きされて、もう既に収拾が付かなくなっていた。

「艦長代理、よろしいのですか?」

「今日くらい構わんだろう。

長い長い一日が終わったんだからな。

佐世保に着いたら、全員で宴会だ。

分かったな?」

「「「「了解。」」」」

「砲雷長は不満か?」

「人を残さなくていいんですか?」

「いいんじゃないか、どうせやまとはすぐにドック入りしなけりゃならんし、一日ぐらい大丈夫だろう。」

確かに、やまとの艦内は至るところで、破壊されており兵装の稼働率も大きく低下していた。

まず原因としては、対艦ミサイルの着弾による破壊、それに、46cm砲の連射による疲労の蓄積という二つが上げられる。

「人とかはまあいいとしても、予算はどうするんですか?」

「俺の奢りだ、とか言いたいんだけどそんな余裕、私にはないんだよな。

一人、2000円とかにしましょう。

あとは、主計長が隠し持ってる裏会計でなんとかしてもらいましょう。」

「艦長代理、あなたって人は、異動してきて間もないのに何でそんなこと知ってるんですか?」

「まぁ、その辺は企業秘密ってことでお願いします。」

実際には、帳簿を確かめて主計長に確認したところ、相手から洗いざらい自白されていたのだ。

「まぁいいですけど。

宴会っていうのは確かですよね。」

「あぁ、確かだよ。

無事に帰れたらだがな。」

「もう戦闘はほとんど終結してるんですから、無事に帰れますよ。」

やまとside out

 



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第四章
第56話


TVside

(日中紛争の勃発に伴い、本日は予定を変更して、報道特別番組をお送りしています。

現在までの防衛省大臣官房広報課の発表によると、陸海空自衛隊はBMD対応のために部隊を展開させたとの発表がありました。

さらには、これまでに、弾道ミサイルが多数発射されたものの全弾迎撃に成功したと発表されました。

しかし、現段階でも自衛隊に発令された破壊措置命令は解除されておりません。

繰り返し、政府からのお知らせとお願いです。

現在も弾道ミサイルが落下して来る可能性が残っています。

不要な外出は、お控えください。

以上が政府から国民の皆様へのお願いでした。

次に北京にいる清水さんに伝えてもらいましょう。)

(はい、清水です。

今、私はクーデター政権の樹立された北京の中心地、天安門広場にいます。

現在、クーデター政権よりの記者会見が開かれるとの話でした。

非公式の情報ではありますが、中華民国の毛総統が中国国内に入ったとの情報がありますが、真実かは微妙です。

あっ、あれは、クーデター政権の朱臨時主席です。

隣には、中華民国総統の毛氏の姿も見て取れます。

どうやら会見が始まるようです。)

(これは、皆さん良く集まっていただきました。

最初に前置きとして言っておきますが、これよりあなた方は歴史の目撃者となるでしょう。)

(では、始めます。

我々、中華民国と中華人民共和国は併合条約に調印しました。

この条約は調印後、即刻発効するものです。)

(これにより、今後10年の移行期間を持って、中華人民共和国は中華民国に吸収されます。

長い57年という分断の歴史に終止符が打たれたのです。)

(以上で会見を終わりますが、何か質問はありますか?

日本の記者さんですか、そこの白い服を着た女の方。)

(日本放送北京支局の清水と言います。

朱臨時主席にお尋ねしたい。

何故、せっかく掴んだ権力を手放すような真似をするんですか?)

(私は、前外交部長として中華人民共和国の裏も表も見てきました。

そこで見たのは、腐ったこの国でした。

しかし、台湾の中華民国を見てみると、同じ中国人が運営している国とは思えない豊かさというか、何と言えばいいのか、分からないのですが、そう言うものを見たんです。

それを見た私は、中国を任せられるのは彼らだけだと思いました。

理由はそれだけです。)

(なるほど、ありがとうございます。)

(他に質問はありませんか?

無いようであれば、これにて会見を終了とさせていただきます。)

(北京、天安門広場からは以上です。)

(ありがとうございました、清水さん。

官房長官が記者会見を開くようです。

首相官邸にいる沢田さんに伝えてもらいましょう。)

(はい、沢田です。

現在、官房長官が入室し、もうすぐ会見が始まるようです。)

(ええと、あっはい。

我々、日本政府としましては、東アジアの火種の一つであった中台問題が円満にそして解決されたことを、嬉しく思っております。

また、先程、中国政府担当者と接触し、休戦講和に関する交渉が開始されたことを、ご不便をかけました国民の皆様にお知らせしたいと思います。

以上で会見を終了としますが、何か質問等ございますか?)

(日本新聞の吉川といいます。

中国軍は、核を使用したとの情報も入っていますが事実ですか?

もし事実である場合、日本への影響は?)

(確かに、そのような情報は日本政府としても確認しています。

しかし、実際に使用されたのか確認できていない上で、いくつかの状況証拠は集まっていますが、決定的な証拠が見当たりません。

したがって、現段階では日本への影響は無いとしか言えません。)

(そうですか、ありがとうございます。)

(他に質問はありませんか?

ありませんね、では以上で記者会見を終了させていただきます。)

(政府関係筋によると、総理はクーデターの報告を受けても、特に驚いた様子が見られなかったと聞きます。

このことからも、総理とその周辺は何か情報を得ていたのではないかと思われます。

首相官邸からは以上です。)

(沢田さん、ありがとうございました。

また、新しい情報が入り次第お知らせします。)

TVside out

 



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第57話

日本政府side

2016年3月29日、東京、千代田区、永田町、首相官邸

「それにしても、久しぶりですなぁ。

まさかアメリカ(あっち)には、数十分しかいなかったなんて笑い話にもなりませんよ。」

「良くやってくれました。

外務大臣、せっかく結んでもらった密約ですけど、使わずに済みそうです。」

「そいつは結構。

日本が三番目の核兵器使用国ならずに済んで。

こっちの肩の荷も下りるな。」

「いえいえ、外務大臣。

これからが大変ですよ。

したたかな中国の外交官と、駆け引きをしなくてはなりません。

無能な外務官僚を、宥めすかして、時に騙してやってもらわないと。」

外交官というのは、背広を着た軍人だという考え方がある。

休戦交渉においては、いかに、戦争の敗北を少なくするか、勝利を利用出来るかが鍵となるのだ。

その点で、日本の外務省の評価は低い。

しかも、大使や総領事クラスまで上り詰める外務官僚の大半は、家柄で選ばれた無能な者が多い。

機密保持に関しても、危機感は薄い。

だからこそ、中華民国側は防衛省からの非正規のルートで、情報を伝えてきたのだ。

無論、自衛隊にもスパイが潜り込んでいる可能性はある。

それでも、外務省を通じた正規のルートよりは情報漏洩が少ないと判断されている。

「分かってるよ。

その辺の線引きは、もう考えてあるんだろ?」

「こちらからの要求は、決まっています。

尖閣諸島の領有権の主張を取下げること。

南京大虐殺等に関しての再調査。

最後に、今回の紛争を引き起こした人物への処罰。」

「おいおい、流石に最後のは無茶だぜ。

どう考えても、中国側は呑まねぇよ。」

「それは、ものは考えようですよ。

最終的な譲歩点として使えばいいじゃないですか。

こっちは譲ってるんだから、あっちも譲らずにはいられないでしょう。」

「まあ、そうだな。

その通りだ。」

「これから閣議です。

それでは、行きましょう。」

総理と外務大臣は、二人して会議室に入った。

そして着席する。

「全員、いますね?

では始めます。」

一人の閣僚が、挙手をする。

「外務大臣、どうぞ。」

「交渉団の人員についてですが、外務省の方からは足りないので、防衛省、警察庁の方から人を貸していただきたい。

親中派閥(チャイナスクール)が蔓延ってましてな。

その他の派閥に関しても、調査し次第、解体させている最中です。

恥ずかしながら、そう言う訳で人が足りないのです。」

「なるほど、そう言うことですか。

で、防衛省と警察庁の方は、どう考えてますか?」

総理の問い掛けに、防衛大臣と国家公安委員長は互いの顔を見合わせて、互いに頷く。

そして、防衛大臣が代表して述べる。

「無論、我々、防衛省それに警察庁としても人を貸し出すのは構わないのですよ。

しかし、今から選び出すとなると、時間がありませんよ。」

「その件については、心配は要りません。

既に、選出済みです。

あとは彼らを呼んでもらえれば、作業は完了します。」

「分かりました。

すぐに手配しましょう。」

と言いつつも、防衛大臣は総理をちらちら見ている。

「防衛大臣も何か?」

「我々、防衛省としましては中華民国との間で、安全保障条約を締結したいと考えております。

その点、外務省の方で検討願いたい。」

「なるほど、内容によっては興味深いですね。

外務大臣、休戦交渉の際にそれとなく確認してみてください。

あちらも結ぶ意思があるようなら、本格的に検討しましょう。

他はありませんね。

以上で解散します。」

日本政府side out

 



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第58話

日中休戦交渉side

日中休戦交渉は予備交渉が、北京で行われていた。

これは、本交渉を行う前に、行われる要求とそれをどうにかして緩和するために行われるすり合わせである。

大抵は敗北した側には、過酷な条件が突きつけられることが多い。

しかし、日本政府はそれほど過剰な要求を出していない。

「今回の紛争において、休戦状態に置くにあたっての、我々の要求は次の三つです。

尖閣諸島の領有権の明確化。

南京大虐殺の再調査。

今回の紛争の戦犯に対する訴追。」

しかし、この交渉には、元駐中国日本大使館職員は関与していない。

今、この場にいるのは、中国担当の防衛駐在官である。

総理の外務官僚不要論は、この交渉の場にも及んでいた。

このことを、左翼政党が知ったら、政権のバッシングに使うだろう。

一部新聞なども、自衛隊の暴走だ、文民統制(シビリアン・コントロール)の侵害だ等とこぞって、政権を批判するだろう。

当然、中華民国側も日本の事情を理解している。

つまり、日本の外務官僚の能力の低さを理解しているのだ。

しかも、直木総理の持論は、文民統制(シビリアン・コントロール)はこっちがキチッと手綱を締めていれば、どんな状態であっても機能するである。

だからこそ、こんな重要な予備交渉も、自衛官に任せられるのだ。

「無論、上の二つは当然です。

しかし、下の要求に関しては、我が国独自に行う予定です。」

「そうですか、取り敢えず、上の二つに関して認めていただけるということですか?」

「その通りです。

しかし、最後の条件に関しては、二重の行為となりますので、いかんともしがたい。」

「では、その件に関しては本国に問い合わせてみます。」

「では、またお昼からでよろしいですか?」

「ええ、お願いします。」

控室に戻った防衛駐在官は、秘密受話機能付きの衛星電話を取りだし、本国の外務省ではなく内閣府に直接かける。

これは、この電話を送ってきた防衛省からの厳命であった。

万が一にでも、外交音痴の外務省の横槍が入るのはまずいというのが内閣府、統合幕僚会議と防衛省さらには国家公安委員会・警察庁の統一された見解である。

現場の自衛官、警察官の犠牲の上で勝ち取った勝利を、台なしにされては堪らないのだ。

「どうやら、中国側も対応策を練っていたようですな。」

一通り防衛駐在官の報告を聞き終えた総理はつぶやいた。

この予備交渉の際には、総理大臣より直接、指示がだされるとあってこの防衛駐在官はかなり緊張していた。

「三番目の条件をどうしますか?」

改めて、防衛駐在官が聞く。

「では、取り下げてしまって構いません。

新たな条件を突きつけることもしません。

彼らの方でやってくれるのでしたら、こちらから文句を言う必要はありません。

以上。」

「了解しました。」

「私は、そちらに出向くことはできませんが、頑張ってください。」

「ありがたいお言葉、しかと受け取りました。」

そして、昼からの戦いが始まる。

「本国政府よりの回答では、三番目の要求。

今回の紛争の戦犯に対する訴追でしたね。

それに関しては取り下げても構わないとのことでした。」

「そうですか。

基本的な合意はなりましたね。」

「ええ。」

後日、中華民国側の担当者は周囲に、こう漏らしたという。

「今回の相手が日本と聞いて、楽な仕事だと思ったが。

交渉に出てきたのは、無能な外務官僚ではなく自衛官だった。

第一の誤算はそれだった。

無論、要求の内容も予測できていた。

だから、どこを落としどころにするかも決まっていたのだ。

そして第二の誤算が、その自衛官が交渉巧者(タフ・ネゴシエーター)だったことだ。」

しかし、この外交官も、勘違いをしていた。

交渉巧者(タフ・ネゴシエーター)なのは、自衛官ではなく指示を出していた総理自身である。

この二つの誤算が、中国優位で進むはずだった休戦交渉を、ひっくり返したのだ。

日中休戦交渉side out

 




佐藤五十六よりのお知らせ。
二つくらい前の話で立てたフラグを回収する話を書こうと思うので、投稿が遅くなると思います。


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第59話

やまとside

昼の激戦を超え、今はもう夜である。

「平和ですねぇ。

艦長、もう出て来ていいんですか?」

「阿呆、まだ艦長じゃない、代理だ。

あと、まだ気を抜くな。

と言いたいところだが、あらかた戦闘は終わったんで風に当たりに来たんだよ。

戦闘情報センター(CIC)はなぁ、空気はこもる、湿気もこもる、熱もこもるで過ごしづらいんだよ。

何か悪いか?」

「いえ、そんなことは言ってないですけど。

それにしても、曇ってるんですかね。」

空を見上げた航海長はつぶやいた。

見上げた先にある、どんよりとした雲のようなものに覆われた空は、暗く一片の光すらも届かない。

「いや違う。

あれは、スモッグだ。

海の方に流れて来たのか。」

「スモッグですか?」

「ああ、どちらにしても希望はあるよ。

この国の人々が諦めない限りは。」

「そうですね。

パンドラの箱の話のように、途中で諦めたりしないで欲しいですね。

そうすれば、また、いつか綺麗な星空を眺めることが出来るでしょうか。」

「出来るよ、この国の人たちならな。」

「艦長、第二護衛隊群司令部より緊急通報です。

読み上げます。

緊急事態発生(エマージェンシーコール)とのことです。」

やまとside out

 

反逆者side

「許さんぞ、日本人。」

中国空軍採用の重爆撃機であるH-6に乗り込んでいるのは、空軍中将の男であった。

だが、この男が許さないと思っているのは、自分の部下を殺したことにではない。

そんなこと、豆粒ほどにも思っていない。

自らの出世の道を叩き潰したことにである。

どんな組織にもいる無能でかつ自分の出世にしか興味の無い阿呆である。

そう言う男ほど、いつもは威張り散らすくせに、いざとなると逃げ出すのである。

この男は、遂に人生からも逃げだそうと言うのだ。

この男の乗ったH-6はやまと目掛けて飛んでいく。

反逆者side out

 

護衛艦"いせ"搭載哨戒ヘリside

停戦命令受領後も、第二護衛隊群は間断なく警戒を続けていた。

その一つが、SH-60J/Kにより昼夜問わず行われる警戒飛行であった。

「対水上レーダーに反応。

これは、大型の航空機です。」

対空レーダーでなくとも状況と条件によっては対空目標を捕捉できる時がある。

今回はその条件をクリアしていた。

だからこそSH-60Kの搭載している対水上レーダーでも確認できたのだ。

しかし、そんなことはめったに起こらない。

だから機長自身も半信半疑であった。

それでも、同じ海上自衛官として、乗り込んでいるものがヘリもしくは護衛艦との違いはあっても、自らが乗っているものを失うのは悲しいのである。

「警報発令。

緊急事態発生(エマージェンシーコール)を通報。

急げ。」

機長は決断した。

これから起こることに対して、機長に責任は及ばない。

「これより、本機は目標に肉薄。

ミサイル戦を挑む。

91式携帯地対空誘導弾 (スティンガー)発射用意。」

「えッ、 91式携帯地対空誘導弾(スティンガー)ですか? 」

「その通りだ。

できる限り、本機で足止めする。

撃墜、撃破できれば良し。

できなくとも、時間を稼ぐ。」

「了解。

ソナー員、手伝ってくれ。」

機長の命令を受けた戦術航空士(TACCO)はソナー員と二人がかりで、 91式携帯地対空誘導弾を準備する。

「発射用意良し。

いつでも撃てます。」

「もうすぐ射程圏内に入る。

入ったら、91式携帯地対空誘導弾(スティンガー)を容赦なくぶっ放せ。」

海面高度を飛ぶH-6には、SH-60Kでも最大速度で飛べば、追いつける。

それでも固定翼機に回転翼機が接敵できる時間も限られている。

命中までは期待できないのである。

目標捕捉(ターゲット・マーク)

撃て。」

戦術航空士(TACCO)の声が乗員の耳に届いた瞬間、耳をつんざめくような音とともにミサイルが飛び出す。

白い煙の尾を引いたミサイルはそのまま、H-6の右主翼付近で近接信管が作動、破片を撒き散らした。

無論、無数の破片を受けてH-6の主翼には穴が開いた。

それでも、飛行には支障がない、そう判断できる。

だいたい、こういった 携帯式地対空誘導弾は固定翼機に対して使用するものではない。

だからこそ、命中しても致命傷にはなり得ないのだ。

「ちっ、外した。

急げ、次を撃つ。」

戦術航空士(TACCO)は機内に戻ると、新しい 91式携帯地対空誘導弾を取り出した。

改めて機体から身を乗り出すと、すぐにぶっ放す。

今度のミサイルは真っ直ぐ胴体に飛ぶ。

「当たってくれ。

頼む。」

戦術航空士(TACCO)が祈る。

今度は、きちんと胴体に命中する。

胴体から煙や炎の混ざったものを吐き出しながら、H-6はそれでも飛んでいく。

とてつもない執念に、SH-60Kの乗員がたじろぐ。

「これ以上は限界だ。

これより離脱する。」

護衛艦"いせ"搭載哨戒ヘリside out

 

中華民国空軍第401戦術戦闘機連隊第17中隊side

「スクランブル。

我が国の指揮下から離脱したH-6爆撃機が、沖合の日本艦隊へ進行中。

これを至急要撃せよ。

必要ならば攻撃して構わん。

以上。」

北京の 北京首都国際空港に総統の乗った航空機とともに、到着後そのまま待機していたのだが、これが早速転用された。

待機していた4機は離陸すると、管制塔と連絡を取る。

「了解。

目標の座標はどこだ?」

「不明、なれども日本艦隊に向かっているのは間違いない。」

「分かった。

日本艦隊上空に向かう。」

「了解した。」

4機のF-16は、北京沖合にいるはずの日本艦隊に向かって飛んでいく。

レーダーは既に出力の限界まで作動させている。

「こちら、シルバー1。

探索の状況を報告せよ。」

「シルバー2、発見できず。」

「シルバー3、同じく発見できません。」

「シルバー4、発見できません。

しかし、海面高度を飛ばれているとなると、厄介なのではありませんか?」

「確かに、厄介だな。

海面反射(シー・クラック)がひど過ぎる。」

この時、既にF-16はH-6を追い抜いていた。

「当初の予定通り、日本艦隊へ向かう。

オーバー。」

中華民国空軍第401戦術戦闘機連隊第17中隊side out

 

中華民国政府side

「H-6と言うのは、人民解放軍空軍時代に採用された大型爆撃機です。

旧ソ連のTu-16爆撃機をライセンス生産したものです。」

随伴していた空軍将校が総統に教える。

「それが一機、何者かに乗っ取られたということだが。

兵器の管理はどうなってたんだ。」

「分かりません。

最初の一報以来、情報が入ってこないのです。」

「台湾に待機中の海軍艦隊に急ぎ命令。

直ぐに黄海(ホワンハイ)に入り、日本艦隊を援護せよ。

以上だ。

直ぐに伝えるんだ。」

中華民国政府side out

 

やまとside

「戦闘部署復旧。

対空戦闘用意。

総員配置に付け。」

艦橋から、命令を発した上条はそのままの場所で観戦するつもりだった。

もう既に水平線上には、H-6が現れていた。

これでは、もう遅かった。

「戦闘指揮は、砲雷長に一任する。

好きなようにやれ。」

「了解。」

しかし、既に懐に入られている。

出来ることといえば、ESSMを乱射することくらいだ。

闇雲に撃っても、死を覚悟している人間は止まらない。

「副砲の射程内に入るな。」

こう上条が呟いたときには、距離にして9.7kmといったところである。

猛烈な弾幕が敵機を襲っているはずではあるが止まらない。

そして、やまとから2kmといったところでCIWS、SeaRAMが投入され、副砲とともに弾幕を展開する。

それでもまだ敵は止まらない。

まずいと感じた上条は、マイクを取り上げ艦内へ向け叫んだ。

「右舷にいる乗員は、持ち場を離れ左舷へ退避せよ。

繰り返す、右舷にいる乗員は、持ち場を離れ左舷へ退避せよ。

総員、耐ショック姿勢。」

そうしてやまとに敵機は突入した。

轟音が響き、火柱が立つ。

H-6には、およそ9tの爆弾が搭載できる。

それが満載されていたと推測できた。

それほどの爆発である。

やまとは大きく揺れる。

「ダメージ・コントロール。

応急運転(ダメコン)室、状況は?」

上条が叫んだ。

艦橋内では負傷者が多数出ていた。

なんとか、負傷せずに済んだ隊員が、負傷した隊員に応急手当を施していた。

ということは、艦内はもっと酷いことになっているだろう。

「もうやってます。

なお、火災は右舷エリアに集中しています。

死者はなんとか出ませんでした。

負傷者も20人程度で済んでいますが、隊員15名の安否が不明です。」

「そうか。」

機関科や航空科の乗員達が消火活動に入っているのだろう。

「なんとか凌いだか。」

上条はつぶやく。

やまとside out

 



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第60話

やまとside

H-6の特攻のあと、上条は艦橋から戦闘情報センター(CIC)に移っていた。

応急運転(ダメコン)室。

今、現在の死傷者の数は?」

「死者、14名。

負傷者、38名です。」

「火災はまだ消火できないのか?」

「現在も行っています。」

上条も部下を信頼していないわけではない。

むしろ優秀なくらいである。

そんな彼らがここまでてこずっている場面を見たことがなかったからこそ、この状況が信じられないのである。

9tの爆弾それにH-6の機体が爆発した衝撃は艦内各部を破壊していた。

「右舷での浸水も確認されています。

排水もしていますが、間に合いません。

右舷への傾斜、15度。」

やまとは現在、大きく傾いていた。

乗員は何かに掴まりながら、各自の仕事を継続していた。

「最悪の場合も想定せねばならないか。

出来るならしたくはないが。」

そう言って、マイクを取り上げようとした上条を、砲雷長が制止する。

「我々を信じてください。

それは、最後の手段です。」

「分かった。

それにしても、注排水機能が廃止されたのは、きついな。」

建造された当初の大和型戦艦には、注排水機能があり、釣り合いを取ることができた。

しかし、それは2006年の大改装のおり、廃止されている。

「そういえば、護衛はきっちりしてもらってるんだろうな?

今のままだと、次の攻撃で沈むぞ。」

「それはもう完全に、がっちり周りを固めてます。」

第二護衛隊群司令部は大和が特攻を受けた事実を重く見て、すぐさまやまとを中心とした輪形陣に組み直した。

「Link16復旧しました。

戦術単位としての第二護衛隊群を確認。

上空に、中華民国空軍のF-16を確認しました。

第一、第四の各護衛隊群を確認。

こちらに合流する模様。

あとは、航空自衛隊のF-15がスクランブルしました。

これもこちらに合流する模様。

それとは別に、台湾海軍の艦隊がこちらに来てます。

Link16を切ってませんから、攻撃意図があるわけではないようです。」

「分かった。

次は無いだろうが、一応、再度の攻撃に備えよ。」

やまとside out

 

中華民国空軍第401戦術戦闘機連隊第17中隊side

日本艦隊の無事を確認したあと、引き返して捜索を行っても、H-6は見つからなかった。

そこで、日本艦隊の上空に戻るとそこには一隻の炎上している軍艦があった。

「何がどうなっているんだ?」

といいつつも、旋回しながら確認して気づいた。

H-6が突っ込んだのでは無いかと。

「ペキン・コントロール。

こちら、シルバー1。

任務失敗(ミッション・フェイリャ)

やまとは炎上している。

繰り返す、やまとは炎上している。

なお、周辺空域に、H-6の影は無し。」

「了解した。

貴隊は、航空自衛隊F-15の合流まで上空援護に付け。」

「了解。」

中華民国空軍第401戦術戦闘機連隊第17中隊side out

 

日本政府side

「やまとが大破、炎上?」

直木総理は、その報告を国会で聞いた。

国会は通常国会の会期中であり、日中紛争の勃発の報告と、それの終結の報告を行うためだ。

「その通りです。

しかも、この情報は現地に展開している第二護衛隊群司令部よりの報告であります。」

海上幕僚長の言葉は、これが真実であることを保障するものであった。

「中華民国外交部に問い合わせたところ、中華民国の指揮を良しとしない空軍将官がおり、その一人の暴走という回答がありました。」

「では聞くが、海幕長、空幕長。

たった一人が、国の財産たる空軍の航空機を掠め取れるのか?」

「通常は不可能でしょう。

ただ、中華民国政府が人民解放軍をどこまで支配下に置けているのか、そこが問題かと思われます。」

「あとの可能性としては、何処かの機関の支援を受けていたかですね。」

「となると、候補の筆頭は米国かな?」

総理の確認に、自衛官は頷く。

「じゃあ、彼らには釘をささねばなりませんねぇ。

我々としても、容赦するつもりはありません。

必要すらも感じません。

自衛隊の最高指揮官として命じます。

自衛隊の総力をあげて、今回の件の首謀者を表舞台に引きずり出しなさい。」

「了解。」

そう言うと、総理は本会議場へ消えていった。

日本政府side out

 

真の首謀者side

「スターク大将やりました。

オペレーション・シンメトリー、無事終了しました。」

海軍情報部所属の海軍将校が報告した。

場所は、ワシントン.D.C郊外にある海軍が保有している一軒家、所謂セーフハウスというやつである。

「そうか、でやまとはどうなったのだ?」

「海上自衛隊内に確保したモールによると、大破炎上中とのことであります。」

「私の海軍作戦部長(CNO)としての仕事も終わりだな。」

米海軍作戦部長、スターク大将、読者の皆さんもご存知だろう。

物語の最初の方で、大和を沈めようとして失敗した御仁である。

それでもなお、諦めていないのだから恐れ入る。

「流石に日本は同盟国だ。

第二次世界大戦の時のようにはいくまい。」

「となると、秘密作戦しかないのですね。

運よく紛争が起こってくれて助かりました。

とにかく、ウ゛ァージニアが失敗に終わったからこそ、第二段階(セカンドフェーズ)へ移行できました。」

「コリンズ大尉はこの紛争が偶然だと思っていたのか?」

「えッ、違うんですか?」

海軍情報部の将校は驚いた。

「中国の中央軍事委員会には、多数のCIAの中国人エージェントが潜入している。

彼らを使えば、中央軍事委員会の結論を歪ませる事など容易い。

1940年代にスターリンが我が国にしかけた政治工作と同じ事だよ。」

「なるほど、それで都合よく紛争が起こったわけですか?」

「そうだ。

一度火が付いてしまえば、中国と日本、どちらが潰れても構わない。

共倒れが一番だがね。

そこを我々が取り込むという寸法だよ。」

真の首謀者side out

 

情報本部対米情報課side

総理からの命令が伝わった防衛省情報本部では、すべての部署が忙しくなった。

ここは、アメリカの諜報網を管理している部門である。

ここでは主に、米国内における政治と軍事についての情報を収集している。

こう言った情報収集は通常、外務省の人間が行うべき事であり、直木総理も渋々外務省にやらせていたものの、大した情報も集められなかったために防衛省に移管された。

その時に、外務省内の優秀な人材も引き抜いたのは、あとの話である。

「ハンティントンの"文明の衝突"という論文を知っているか?」

外務省出身の分析官が部下に聞く。

この男は、有名私立大学の社会学部を卒業して、外務省に一般職員として採用され、駐米日本大使館に配属された。

そこで、組織の裏と表を見て、ほとほと嫌気がさしていたそうだ。

だから防衛省から引き抜きの話が来たときに飛びついたという。

「高校のころに、サラッと習ったくらいで覚えてないんですよ。

それがどうしたんですか?」

「それはな、確か米国の戦争戦略に関する論文だったんだが、21世紀の米国の戦争戦略は異文化間によるものと定義されているんだ。

どういうことか理解できるか?」

そのことを聞かれた部下は、首を横に振る。

「要するに、自分たちと違う文化は認めない。

そう言う狭量な戦略へと転がっていくというわけだ。

元々、アメリカ人はそう言う部分に狭量というか自己中心的なところがあるからな。

2003年のイラク戦争しかりだよ。

日本人とは大違いだ。」

そう言うと、その分析官は現地からの報告を、読みはじめた。

「現地からの情報によると、やっぱり海軍作戦部長が暗躍していたらしい。

それにしても、何処に入ったらここまでの情報が集められるのやら。」

情報本部の知らないところで、現地の工作責任者(スパイマスター)達は、連邦捜査局(FBI)と協定を結んでいたらしい。

連邦捜査局(FBI)側も、日本政府の諜報網が技術情報が目的でないことを重々承知している。

なにせ彼ら連邦捜査局(FBI)は、中央情報局(CIA)とは仲が悪い。

しかも、中央情報局(CIA)の人間は憲法の規定により国内で活動できない。

連邦捜査局の人間も自分たちの優位のために、借りを作りたくはない。

対外的な情報について不足する分については、日本の情報本部から得ていたのだ。

だからこそ、連邦捜査局(FBI)の黙認のもと、互いに互いの情報を利用しあっているのだ。

今かれらが見ている情報は、ほとんどの部分が連邦捜査局(FBI)の情報が元となっていた。

「おいおい、交通監視システムの情報なんて連邦捜査局(FBI)しか手に入らないんじゃないか。」

そう言いつつも、顔は嬉しそうだ。

「至急報告書にまとめる必要があるな。」

情報本部対米情報課side out

 



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第61話

海上自衛隊特殊警備隊(SBU)side

訳あって彼らは、米国上空にて待機していた。

正義の鉄拳作戦(オペレーション・フィストオブジャスティス)が発令された。

この軍事行動は日米両国の合意の上に行われる。

なお、目標は米国海軍の保有するセーフハウス。

適宜、周辺に展開している連邦捜査局(FBI)の対テロ部隊員が情報を転送してくれる。

心配することは何一つ無い。」

隊長の訓示が終わった。

しかし、正義の鉄拳作戦(オペレーション・フィストオブジャスティス)は急ぎ立案された無謀な作戦ではある。

入念に準備された作戦ではあっても、失敗する可能性はかなりの可能性となる。

今彼らが乗っているのは、海上自衛隊が保有するC-130Rである。

海上自衛隊特殊警備隊(SBU)第四小隊、陸上自衛隊を除いては公式に空挺レンジャー徽章を獲得した隊員が在籍する唯一の部隊である。

そのうえで、全員が空挺降下課程を修了した精鋭揃いである。

そんな彼らは紛争勃発と同時に厚木基地から米国へと飛んだのだ。

現在の米国では米国全土に非常事態宣言が発令されている。

この事態は、防衛省情報本部と仲の良い連邦捜査局(FBI)が仕組んだことである。

したことというのは、大統領に対し連邦捜査局(FBI)長官が、海軍作戦部長の行方が不明となっていること、それについて海軍に陰謀ありと報告しただけである。

その結果、大統領は陸空軍に対し、出動を要請した。

本土にちょうど待機していた陸軍の各部隊、第1機甲師団、第1騎兵師団、第1歩兵師団、第4歩兵師団、第3ストライカー騎兵連隊、第3歩兵師団、第10山岳師団、第82空挺師団、第101空挺師団のすべてに出動が命ぜられ、その一部は既にワシントン.D.Cに到着しているという。

また、空軍特殊作戦コマンドも非常待機している。

これは、命令あり次第すぐにワシントン.D.Cに入る予定の予備部隊である。

「こちら、機長。

進入コースに入った。

降下(エアボーン)ポイント、ゴー、ゴー。」

機長の声がすると、間髪入れずに隊員が飛び出していく。

今回採用された降下方法は、高高度降下高高度開傘と呼ばれているもので、米軍内では英語の頭文字を取って"HAHO(ヘイホー)"と呼称されている。

この降下方法は目標以外からの抵抗の有無、また指定されたポイントに的確な降下が求められることなどから検討された。

最後に全員が飛び降りたことを確認した隊長が飛び出した。

高度10000mから隊員達は降下して、間隔を開けて落下傘を開くのである。

その高度は大体9900m前後。

前方を見ると、18個の落下傘の花が咲いていた。

隊員には、個別に降下地点が指定されている。

その様子をコックピットから見た機長は、つぶやいた。

「グッドラック。」

この言葉は小隊長には届かない。

地表に到達した隊長は、散らばって降下した隊員達に連絡を取る。

南アフリカで開発された変幻無線機である。

これは、数分おきに交信する周波数が切り替わるスグレモノである。

「アルファ・ワンより各員、全員無事か?」

「ブラボーチーム、無事です。」

「チャーリーチーム、同じく無事です。」

「デルタチーム、無事です。」

「エコーチーム、無事です。」

「フォックストロットチーム、無事です。」

「ゴルフチーム、無事です。」

「ホテルチーム、無事です。」

「インディアチーム、無事です。」

「了解。

各員は行動を開始せよ。

以上。」

今回の小隊の編成はいびつである。

なぜなら、二人班(ツーマン・セル)が8個、三人班(スリーマン・セル)が1個という塩梅だからだ。

通常は、さらに二人班(ツーマン・セル)を組み合わせて四人班(フォーマン・セル)を組むのである。

連絡を切ったあと、アルファチームも移動を開始する。

草原の上をカモフラージュ・ネットを被った状態で匍匐前進する。

ある地点で動きを止める。

「通信拠点を確認しました。

警備はいますね。

完全武装の四人です。」

双眼鏡を覗き込んで偵察を行っていた隊員が報告する。

「ほぉー。

野戦用の移動通信システムだな。

我が海自では採用していないが、米国海軍では採用していたのか?」

.「そんなことは無いと思いますが、というか民間で売買されているものでしょう。

傭兵とか民間軍事会社が成り立つ社会ですからね。」

「そうだろうな。

周りに立つ人間の練度は低い。」

「確かに、ありゃあ街のゴロツキですよ。

どちらにしても、海兵隊(マリーン)海軍特殊部隊(ネイウ゛ィーシールズ)でなくて良かったですよ。

彼らと殺り合ったら、こっちも被害続出ですからね。」

しみじみした様子で言うのは、先任下士官の海曹長である。

「命令に従い、あれを破壊する。」

「ではこれで、やりましょう。」

曹長が差し出したのは、手榴弾である。

なにせ、屋敷内に突入したら最後、この手の殺傷性の高い手榴弾を使う機会は無い。

ここで使っておいても、問題は無い。

しかも今、爆薬は最低限しか持っていない。

そのことを考えると、手榴弾で破壊しても特に問題は無い。

隊長が指でまさしく字の通り、指示を出す。

距離が近くなったところで再び指示を出す。

今度は、スリーカウントを取りはじめる。

ゴーとばかりに手を振り下ろす。

スタングレネードを取りだし、四人のところへ投げ込む。

閃光と轟音が四人を襲う。

屋内で使用することを前提として開発されているが、屋外で使用しても特に問題は無かった。

三人を射殺して、一人を気絶させる。

そのまま縛り上げると、野戦用の移動通信システムに手榴弾を仕掛けていく。

その縛ったロープを手榴弾の安全ピンにくくりつけておく。

あとは、動こうとして安全ピンを抜いてくれるだけで、仕事は終わりだ。

あとは遠くからたたき起こすだけで十分である。

無論、この仕掛けは相手がド素人だからこそ出来るのである。

十分に距離を置いてから、携行してきた銃を発砲する。

この銃というのが、ヘッケラー&コッホ社製のMP-7A1個人防御火器(PDW)である。

これに装填する、4.6x30mm弾自体に通信システム本体を破壊する威力は無い。

あくまでも、相手をビビらせて逃げさせるために撃つのだ。

事実、起き出した男はそのまま何処かに逃げようとして、安全ピンを抜いてしまった。

轟音とともに男の身体は何処かに吹き飛んでしまった。

後に発見された遺体の一部は、大きくえぐられていた上に内蔵はぐちゃぐちゃであった。

野戦用移動通信システムの完全破壊を確認したアルファチームは屋敷に向け移動を開始する。

そして、屋敷の周りに取り付いた特殊警備隊(SBU)隊員達は、2個隊に分かれる。

「アルファ・ワン。

ファイアー。」

隊長の短い言葉の直後に、爆発の轟音と同時に屋敷のドアが吹き飛ぶ。

「突入。」

隊長の掛け声とともに、隊員が屋敷内に突入する。

いたるところから銃声が怒号が響く。

そのほとんどが次の言葉である。

「JMSDF、JMSDF。

ホールドアップ、リリースユアウェポン。

リピート、ホールドアップ、リリースユアウェポン。」

訳すると、こちらは海上自衛隊だ、武器を捨てて手を挙げろである。

武器を捨て投降した者は殴り倒し、武器を捨てずに抵抗する者には鉛玉がお見舞いされる。

「フォックストロット・ツーよりアルファ・ワンへ。

2階廊下にて海軍作戦部長(ターゲット)を確保しました。

しかし、敵の猛攻を受く。

至急、増援を求む。」

「了解。

至急向かう。」

隊長は警戒を続ける隊員四名を残し、2階に向かった。

「フォックストロット・ツーへ。

そちらを確認した。

援護するこちらに走れ。」

「了解。」

スタングレネードを投げ込み、MP-7A1で弾幕を展開する。

大まかな照準で撃っているのだ。

これで当たる奴はただのウスノロである。

その間に、エコーチーム、フォックストロットチームはこちらに退却する。

勿論、海軍作戦部長も一緒だ。

「アルファチーム、ブラボーチームは制圧に向かう。

デルタチーム、エコーチーム、フォックストロットチームは海軍作戦部長を連れて下に行け。」

反対側からも、デルタチーム、ゴルフチームが援護射撃を加える。

デルタチーム、ゴルフチームの射撃は正確であった。

次々、頭を撃ち抜かれ沈黙する。

そして、近くの部屋から掃討していく。

そして、安全を完全に確認した特殊警備隊(SBU)隊員は外に待機していた連邦捜査局(FBI)対テロ部隊員に海軍作戦部長を引き渡す。

「ずいぶんと派手にやったんですな?」

互いにバラクーダ帽を被ったまま、会話をする。

血まみれの海軍作戦部長の顔を見て、気を使うように尋ねて来る。

「部下によると、ピストルを片手に抵抗したそうです。

ただ、絶対に生きて捕らえよと命ぜられていたので、この程度で済みました。」

「そうですか。

あとは我々に任せて、輸送機が待ってますよ。」

そう言って、連邦捜査局(FBI)対テロ部隊隊長は、アンドリューズ空軍基地の方向を指した。

「お気遣い感謝します。

では、我々はこれにて失礼します。」

特殊警備隊(SBU)隊員達は、米国陸軍の用意した車両に乗り込んで現場を離れた。

海上自衛隊特殊警備隊(SBU)side out

 




特殊警備隊第四小隊、この部隊の設定は捏造です。
ただし特殊警備隊の隊員は空挺降下を訓練しているというのは事実らしいです。


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第62話

日本政府side

「きっちり殺りましたね?」

そう聞いているのは、直木総理である。

「はい、きっちり殺りました。

それで隊員が海軍作戦部長を合法的にボコボコにするために、ピストルを買ったのですが、それを必要経費として処理してほしいそうです。」

海上幕僚長が真顔で告げる。

ようは武器を持っていたという事実があれば、フルボッコにしても特に問題となることは無い。

「そのくらいなら、官房機密費から出しましょう。

でどのくらいの怪我を負わせたのかね?」

頷いた官房長官が尋ねる。

「大体、感触から全治一ヶ月といったところだと、報告を受けています。」

海上幕僚長が手元の資料を見ながら答える。

「情報本部の根回しのおかげで、特に問題は起こりませんでした。」

情報本部の対米諜報網は連邦捜査局(FBI)と仲の良いことは知られていない。

そのルートからの手回しのおかげで、この作戦における米国の協力を仰ぐことができた。

「愉快ですね。

やまと乗員の味わった苦痛からすれば、この程度でも甘いのです。」

「ですな。

悪因悪果、天網恢恢 、アメリカ人もその意味を知ってくれればいいんですがね。

それを期待できるほど奴らは賢くない。」

総理の言葉に繋ぐように官房長官は言う。

1941年に太平洋戦争を引き起こさせたように、2003年にはイラク戦争を引き起こした。

この戦争で米国は撤退するまでに、一説によると12000人が戦死して27000人が負傷したという。

さらには戦費として日本円にして、580兆円を拠出したという。

膨大な犠牲を払っても勝利できた太平洋戦争とは違い、どんな犠牲を払っても敗北だったイラク戦争では何も得るものが無い。

失ったものの方がはるかに多かったのである。

「来年度予算における在日米軍駐留経費の一部(思いやり予算)に関しては、全面的に凍結する予定です。

そのすべてを、紛争復興予算として再計上します。

あとは、ケインズ准将の再雇用ですね。」

総理は言った。

「そうですが、それは本人の意思次第だと思われます。」

海上幕僚長はそう言った。

なぜなら、軍隊における抗命は極刑に処されることもあるのである。

だが少なくとも、銃殺ということにはならないだろう。

不名誉除隊という形で処分されるはずだ。

日本のために戦ってくれたのだから、何か恩返しがしたいと思うのが人と言うものだ。

「航空自衛隊南西方面混成航空団司令の椅子を用意しています。

断られても、謝礼はどうにかして受け取ってもらいます。」

航空幕僚長が断言する。

それを見て、総理は大きく頷く。

「在日米軍撤退なんてことになると思いますか?」

この国家安全保障会議(NSC)は在日米軍撤退の可能性とその後の安全保障に関してだった。

官房長官は、この議題にイマイチピンと来ないようだ。

「この紛争を終わらせるのに、米軍が必要でしたか?

むしろ、我々の加担する必要の無い戦争にまで巻き込まれます。

対岸の火事は近ければ、何かしらの行動を起こす必要があります。

しかし、遠ければ物見遊山決め込めばよろしい。

牙は必要以上に見せびらかすものではありません。」

総理はそう言う。

これでも政権与党内では生粋のタカ派として知られているのである。

「米国は巨額の財政赤字を抱えていますからね。

削れるところはすぐに削るでしょうな。」

外務大臣は頷く。

「冷戦は終わった。

核抑止力に依存した平和など、とうの昔に崩壊しておる。

今の現代において、非対称戦が中心となっている。

この戦闘においては、米ソ両国の得意な物量攻撃が意味をなさないことは有名だ。」

国土交通大臣の言葉である。

これでも大学の時に、国際関係学について学んだという大臣の目は、今も慧眼であった。

「予算にゆとりが出れば、自衛隊の定員増を認めても良いかも知れんな。

非対称戦の主役となる陸上自衛隊普通科の方からはつねに人が足りないと言われていますからね。」

防衛大臣もそう言う。

しかし、ここにいる全員が感じている危機感を他の政治家は持ち合わせてはいないのだ。

「国を守るのは法律などではなく、人の意識そして努力であることに気付かないのかな。」

そうつぶやくのは、この紛争で部下をたくさん失った統合幕僚会議議長である。

日本政府side out

 



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第63話

やまとside

中国沿岸を一路南下して佐世保の沖合である。

「明日には佐世保に到着予定です。」

海図を確認していた航海科士官の報告である。

それを聞いても、上条の顔は優れなかった。

艦橋にいる要員の全ての目の下に隈ができている。

H-6の攻撃をもろに喰らったのは、船体でも砲雷科でも無かったのである。

それこそが航海科であった。

艦橋にいた要員の六割が、負傷もしくはそれに類することでリタイアとなったのである。

航海長の名前もこの中に入っている。

やまとの乗員の構成の中でも、特に航海科要員は少ない。

1700人もいるのだから、それはおかしいと思う人もいるだろう。

だが、現実は非情だ。

機関科曰くガスタービンエンジンの点検整備には人が要る。

また砲雷科曰くやまとに搭載されている兵装の点検整備にも人は要る。

実際、やまと乗員の七割はこの二つのどちらかに属している。

そのほとんどの要員が、船体の補修に借り出されている。

それでも交代で休憩が取れるのだからまだマシである。

となると航海科に残った人員で回すほかなくなる。

猫の手も借りたいと言うので、艦長代理である上条すらも召集されている。

徹夜二日目の夜である。

ただでさえ、気を張っているのだから疲労は馬鹿にできない。

「攻撃はもう有り得ません。

大丈夫なのではありませんか?」

付け足すように言った航海科士官の言葉にも、上条は頷かなかった。

否、頷けなかったのだ。

現在、大破そして帰投中のやまとの周りには、日台連合艦隊とも言うべき艦艇群が取り巻いていた。

数にして、およそ30隻、その多くが日本の護衛艦である。

第一、第二、第四の各護衛隊群を構成する24隻、中華民国海軍から派遣された駆逐艦、フリゲートが6隻である。

空には航空自衛隊の戦闘機の姿も見える。

F-15やF-2である。

築城基地や新田原基地から飛来したのであろう。

予備の機体も待機しているはずだ。

それに、水中でも日本の潜水艦が多数潜伏しているだろう

もし、やまとの大破でスケベ心をくすぐられた韓国海空軍が攻撃を仕掛けてきても返り討ちに遭うだろう。

だからこそ出た航海科士官の言葉である。

「確かに攻撃に対しては心配無いだろうね。

でも、現実としての問題は船体がそれまで持つかだよ。」

うんと濃いコーヒーを飲みながら、上条は言う。

艦橋にいるものの大半は、三度の飯とコーヒーで何とか立っているという人間もいる。

というか、手放した瞬間睡魔に襲われて眠ってしまうという段階にすらなっているのである。

「針路、011(まるひとひと)

面舵(おーもかじ)。」

艦長の号令一下、やまとは針路を変更する。

「アイ・サー。

面舵(おーもかじ)。」

「佐世保湾進入の許可は下りたのか?

進路変更したあとだが。」

「ええと、はい。

海上保安庁によると、特に問題無いそうです。」

睡眠不足の弊害はこんなところにも、表れていた。

注意力の散漫である。

「はい、こちら艦橋。

えっと、艦長代理を出せ?

そう言うのは、ちょっと困るんですけど。」

電話のベルが鳴り、近くにいた航海科員が受話器を取る。

押し問答を繰り広げている。

しかし、根負けしたのか受話器を片手に持ってくる。

応急運転(ダメコン)室にいる応急長からです。」

「この阿呆が、何しとんじゃ。」

第一声がこれである。

それにしても、実の上司を阿呆呼ばわりである。

口の悪いことこの上ない。

「やまとが進路変更したら右舷で浸水が激しくなったわ。

どないすんねん。

やるんやったら、もうちょい慎重にやりや。」

しかし、最後にフォローしてくれるだから憎めない。

「すみませんでした。」

このような相手には、謝っておくのがベストな対応である。

「ええよ。

次から気いつけや。」

「はい。」

そうして電話は切れた。

「何だったんですか?」

「怒鳴られたよ。

やっぱ、あの人いないと、この艦成り立たないね。」

最後の良心という意味ではない。

ただ、この船に人一倍愛着を持っているのだ。

そんな人が上司でないと、応急科の隊員は従わないだろう。

「すぐに入渠出来ればいいんだが。

難しいかもしれないな。」

上条は、そう言って佐世保の町の方角を睨む。

第二護衛隊群と合流したときに聞かされた情報では、中国の潜水艦の攻撃を受けて運よく沈まなかった船は佐世保に集まっているらしい。

となると、入渠するのは難しいかもしれない。

佐世保湾の湾口に近付いていく。

夜の闇の中に、キラリと光が見えた。

そして、光はモールス信号のように明滅を繰り返す。

「コ・チ・ラ・サ・セ・ボ・コ・ウ・ム・タ・イ。

オ・ウ・ト・ウ・モ・ト・ム。

以上です。」

「ではこちらも送ってやれ。

内容は"こちらやまと、出迎え感謝する、今後の行動について指示を求む"以上だ。」

「了解。」

通信士が、探照灯のところに走っていく。

そして、戻ってきた。

「返答ありました。

セ・ン・キ・ョ・ハ・ス・デ・ニ・カ・ク・ホ・シ・テ・イ・ル。

ホ・ン・セ・ン・ノ・シ・ジ・ニ・シ・タ・ガ・イ・ニ・ュ・ウ・キ・ョ・セ・ヨ。

以上です。」

「了解した。

操舵員、あの光を追え。」

狭い湾の中を気をつけて航行していく。

ここ近年、自衛隊艦船と民間船舶の衝突事故は続発している。

そのことへの警戒が睡眠不足の頭をさらに酷使している。

さいわい民間船舶の姿は見えなかった。

あとで聞いた話によると、海上保安庁が紛争発生を理由に出港禁止命令を発令。

さらに巡視船艇が密漁に出かける漁船を警戒して航路警戒を行っていたらしい。

「総員離艦部署発動。

各科の手空きの要員は所属部署ごとに上甲板に集合せよ。」

上条は念には念を入れて、ドックの手前で総員離艦部署を発動した。

これが発動されるのは、船が沈むときである。

ダメージ・コントロールすらも不可能な状態にでもならない限り発動されることは無い。

しかし、上条の危惧は当たっていた。

ドック入りした直後、そして乗員の離艦が済んだあと、やまとは横倒しになって沈みはじめたのだ。

艦魂という考え方がある。

熾烈な戦闘を生き抜いた艦には、魂が宿るという考え方である。

日本人は古来より、物を大切にしてきた。

付喪神という考え方もあるくらいであるから、その考え方が時とともに変遷し今のような艦魂の概念となったのだろう。

誰にも艦の魂など見えはしないのだから、真実を確かめる術は無い。

しかし、この時の状況は艦魂が時間を稼いでくれたのではないかと考えたくなるほど、乗員の離艦に間に合った。

結果から言えば、大半の乗員の離艦は間に合った。

しかし、艦橋に詰めていた上条を含めた航海科要員は間に合わなかった。

もう既に彼らの精も根も燃え尽きていたのだ。

そのことに乗員達が気づいたときには艦橋は大きく傾いていた。

完全に横倒しになったやまとの上をSH-60Jが飛んでいく。

そして上空10mでホバリングするとホイストを伝って機上救助員が降下して来る。

冷静に艦橋の窓を叩き割ると、そのまま進入する。

艦橋内に進入した機上救助員は負傷者の山を見て、簡単なトリアージを行った。

「上条二佐、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫です。

他の連中から頼みます。」

頭から血を流しながらも、上条は海に生きる者としての名誉を選んだ。

それを聞いた機上救助員は他の重傷者から次々外に運び出していく。

SH-60Jは搭乗者が一杯になると、やまとの上空から離れていく。

長崎県のドクターヘリ運用可能な病院へと急ぐのだ。

ついで、護衛隊群搭載のヘリコプター部隊の出番である。

彼らは人海戦術の如く、ヘリコプターを在空させた。

そして、最後の一人が吊り上げられた。

上条であった。

彼は重傷を負いながらも、艦長代理の責務を果たしたのである。

総員離艦の際は、艦長が最後に艦を離れるのが伝統である。

高貴なる者の責務( ノブレス・オブリージュ )となっているこの伝統を守ったのだ。

彼を載せたヘリコプターは一路病院へと急いだ。

やまとside out

 



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第64話

はるさめside

モニターには力尽きたように横倒しになっていくやまとの姿が見えた。

「上条は脱出できたのか?」

モニターから目線を外さずに、隣に立つ副長に聞く。

しかし、副長は何も見ずに何処かに問い合わせることもせずに答えた。

「分かりません。

詳細は不明です。」

それに今の段階で問い合わせたところで、答えが返ってくるはずも無い。

副長にはそれがよく分かっていた。

発着指揮所(LSO)に命令。

SH-60Jを救難仕様にて発進させよ。」

「命令されてませんよ。」

副長のこの言葉には大丈夫なのかとの思いがありありと見受けられる。

「大丈夫だ。

責任は俺が取る。

それに上条の奴も心配だしな。」

「了解。」

「低空にて偵察飛行を行って、生存者がいれば救助せよ。

爆発炎上したわけではないから、死んだ者は少ないはずだ。」

艦長の神山二佐はモニターの一点を見つめていた。

「SH-60J発進用意良し。」

「発進。」

はるさめside out

 

SH-60Jside

「目標の上空に到着。

これより目視による捜索を開始する。」

「了解。

慎重に捜索せよ。」

「了解。」

はるさめを発進したSH-60Jは光で照らされたやまとの周囲を旋回する。

見える範囲に生存者はいない。

「地上よりの発光信号。

コ・チ・ラ・ハ・ヤ・マ・ト

ヤ・マ・ト・カ・ン・ナ・イ・ニ・ヨ・ウ・キ・ュ・ウ・ジ・ョ・シ・ャ・ア・リ

バ・シ・ョ・ハ・カ・ン・キ・ョ・ウ

ニ・ン・ズ・ウ・ハ・ヨ・ン・ジ・ュ・ウ・ニ・ン

ク・リ・カ・エ・ス

ヤ・マ・ト・カ・ン・ナ・イ・ニ・ヨ・ウ・キ・ュ・ウ・ジ・ョ・シ・ャ・ア・リ

バ・シ・ョ・ハ・カ・ン・キ・ョ・ウ

ニ・ン・ズ・ウ・ハ・ヨ・ン・ジ・ュ・ウ・ニ・ン

とのことです。。」

「了解。

これより、機上救助員を降下させ、詳細を調査する。」

「おいっ。

安全は確認できたのか?」

慌てて問い合わせて来る発着指揮所(LSO)の隊員を機長が一喝する。

「危険なのは取り残されている方だ。

だから艦長は、俺達を出したんだろう。

無論、危険と判断すればさっさと逃げるよ。」

艦橋脇の窓の側にゆっくりと機体を下ろしていく。

ヘリにしろ、飛行機にしろ低空が危険なのは同じである。

例えば、低空を飛ぶときの危険な要素として風が挙げられる。

低空では吹く風が突如変わりやすい。

それの見極めが必要なのだ。

さいわい今日の風は弱い西風だった。

見たところ突然に変わることも少ないだろう。

細かい操縦を二人掛かりで行いながら、機長は機上救助員に降下準備を命じた。

機上救助員といっても、SH-60Jにそんな人間が乗っているわけが無い。

仕方なく戦術航空士(TACCO)が代理を務めている。

「こちら戦術航空士(TACCO)、降下用意良し。」

「降下。」

機体から機上救助員が飛び降りて、ホイストを伝って降下する。

慎重に慎重を重ねている。

そして、やまとに降り立つと窓から覗き込んで、内部を確認する。

「機長、内部に人がいるのを確認しました。

これより、内部に進入します。」

「了解。

気をつけて行け。」

それから10分くらいたった頃だったか、機上救助員より連絡が入った。

「負傷者を確認。

情報通り、40人です。

全員生存しています。

最初の重傷者を運び出すので、ホイストの準備を頼みます。」

「了解。

ソナー員も下りてやれ。

戦術航空士(TACCO)だけじゃきついだろう。」

「了解。」

ピシッと敬礼すると、ホイストに掴まりながら降下していく。

そして、1人目が、2人目が、3人目が、4人目が、5人目が、6人目が吊り上げられる。

戦術航空士(TACCO)へ。

生存者の収容完了。

本機はこれより病院へ急行するが、戦術航空士(TACCO)はやまとに残り、後続の機上救助員の支援に当たれ。」

「了解。」

生存者を収容したSH-60Jは、病院に急行するがその時には余計な振動を生まないように気を使う。

万が一にでも、傷に障ることがあってはならないからだ。

SH-60Jside out

 

戦術航空士(TACCO)side

SH-60Jから降下した戦術航空士(TACCO)は艦橋のドアが開かないことを確認すると、艦橋のドアの窓がラスを叩き割る。

「機長、内部に人がいるのを確認しました。

これより、内部に進入します。」

戦術航空士(TACCO)が報告する。

「了解。

気をつけて行け。」

機長からの返答があった。

海上自衛隊艦艇に使用されている窓ガラスは割ると粉々に砕け散る仕様となっている。

これは被弾した際に、破壊された窓ガラスの破片によって死傷者が出ないようにするための配慮である。

窓から頭を入れてドアの状況を確かめた。

歪んでいるだけで、簡単にこじ開けられる。

事前に準備したロープをドアのところにくくりつけて、戦闘のあとの残る艦橋内に入る。

破片の散らばった艦橋の中をゆっくりと降下していく。

下のところに全員が固まっている。

やまと自体が大きく傾いているのだから、無理も無い。

人を掻き分けながら、状況を確認する。

そこには、現在のやまとで最上位の人が横たわっていた。

「救助に来ました。

上条二佐、大丈夫ですか?」

上条は戦術航空士(TACCO)の呼びかけに薄ら目を開け答えた。

「ああ、大丈夫です。

他の連中から頼みます。」

しかし、見たところ上条が1番の重傷者だ。

他の負傷者の様子を見るが、上条以上にひどい人はいない。

全員、応答は無いがその代わりに大いびきをかいている。

「上条二佐、あなたから搬送します。」

戦術航空士(TACCO)はそう言おうとした。

しかし、言えなかった。

そう言うのを察したのか、上条が手を挙げて制したからだ。

「私には艦長代理としての責任があります。

私を搬送するのは最後にしていただきたい。」

息も絶え絶えながら、そう言い切った。

「分かりました。」

そう言って、上条に対し敬礼する。

機長に対して報告を行う。

「負傷者を確認。

情報通り、40人です。

全員生存しています。

最初の重傷者を運び出すので、ホイストの準備を頼みます。」

「了解。」

そのあとで近くにいた重傷者を抱えて艦橋を上がる。

上がりきったところには、ソナー員が待っていた。

「あとは私が担当します。」

「任せたぞ。」

「これが1番の負傷者ですか?」

ソナー員は疑問を持ったようだ。

「いや、1番の負傷者の上条二佐は離艦を拒否した。

部下の全員の離艦が終わるまではだが、無論容態が悪化すればすぐに離艦させるさ。」

「分かりました。

機長にはそう報告しておきます。」

「よろしく頼む。」

連続で6人を吊り上げると機長より命令が下った。

戦術航空士(TACCO)へ。

生存者の収容完了。

本機はこれより病院へ急行するが、戦術航空士(TACCO)はやまとに残り、後続の機上救助員の支援に当たれ。」

「了解。」

次には他の護衛艦を発進したSH-60J/Kが待機している。

そのうちの1機がやまとの上空にくる。

それを確認することなく、やまとの艦橋に戻り次の重傷者を引っ張り上げる。

6機のヘリコプターを見送り、次が最後だと気合いを入れ直す。

残り3人を最後のSH-60の機上救助員に引き渡すと、艦橋内に戻ると上条に声をかける。

「上条二佐、他の全員の離艦完了しました。

あなたが最後です。」

「ありがとう。

我が儘言ってすまなかった。」

そう言う上条を抱き抱えると、艦橋を登りはじめた。

艦橋のところには、ホイストが下りてきていた。

それをしっかりと上条の身体に固定させる。

ついで自分の身体にも、がっちり固定する。

準備が整ったことを、サインで示す。

一呼吸してホイストが巻き取られ、身体が浮きはじめた。

SH-60に到着すると、戦術航空士(TACCO)これまでの疲労からか倒れ込んでしまった。

「お疲れ様。

よくやったじゃないか。

水分は取っとけよ。」

こう言って水を渡してくれたのは、先輩の戦術航空士(TACCO)である。

「所属長に報告しなくてもいいのか?

というか、もう繋がってるぞ。」

ここで言う所属長とは、SH-60J発進を命じたはるさめ艦長である。

「はるさめ艦長の神山だ。」

「はっ、SH-60J戦術航空士、野中二尉であります。

たった今、上条二佐含む全員の救助完了しました。」

「そうか、よくやった。」

戦術航空士(TACCO)side out

 





通信文の内容を変更しました。


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第65話

はるさめside

「落ち着かないんですか?」

はるさめの艦橋でそわそわしている艦長に副長が聞く。

「いやぁ、なあ。」

「最後の機体は、今救助中です。」

「分かっているよ。」

モニターには、最後の一人を吊り上げるSH-60の姿があった。

最後の一人に目をこらすと、上条だった。

神山の眼が涙で滲む。

「上条二佐に敬礼。」

戦闘情報センター(CIC)の全員がピシッと敬礼する。

そこには海の男としての敬意しか存在しない。

「上条二佐を救助したSH-60と通信が繋がっています。

うちの艦のSH-60の戦術航空士が乗っているようです。」

顔には"報告は直接聞きたいでしょう"と言わんばかりの副長が、通信機を渡してくる。

通信機を受けとると言った。

「はるさめ艦長の神山だ。」

海に生きてきて、20年はじめてこんなに背中がぞわぞわする。

「はっ、SH-60J戦術航空士、野中二尉であります。

たった今、上条二佐含む全員の救助完了しました。」

1番気になっていたことを真っ先に言ってくれた。

安堵が、涙が身体を巡っている。

「そうか、よくやった。」

はるさめside out

 

SH-60side

「何か騒がしいな。」

この機体は最後に上条を救助したヘリコプターである。

「マスコミのヘリです。」

「やまとの方に向かっているのではないか?」

窓から外を見ていたソナー員が目測を元に報告する。

「それが、全部が全部こっちを追ってるみたいで。

航空法スレスレに近い高度を飛んでます。

一部はそれを超えてます。」

「高度を落とせ。

機体は揺れるが、致し方ない。」

「了解。

それにしてもスクープを狙ってんですかね。」

コ・パイロットはつぶやいた。  

「阿呆か、何してるか分からないヘリの映像より、横倒しのやまとの方が絵になるじゃねぇか。」

機長の言っていることの方が道理ではある。

「マスコミの山勘てやつかもしれませんよ。」

「おいおい、怪我人は寝といた方がいいんじゃないのか?」

後ろから響いた声に機長は言葉を返す。

「いやぁ、振動が気になって、おちおち寝てられないんですよ。」

「お前はそんな玉じゃないだろう。

無茶してると身体に来るぞ。」

「それはお互い様でしょう。」

互いに笑い合う中で、ソナー員は窓の外を眺めていた。

というか現実逃避したい気分だったのだ。

なんで足以外骨折っぽい人が処置も受けずに元気にふらふらしていられるのか、何故機長はそれを笑いで済ませるのか、心は状況は混沌としていた。

そこであることに気づいた。

「1機が前方を塞ぎにかかってます。」

「はあ。」

ソナー員の報告を聞いて機長は気の抜けた声しか出せなかった。

「前方を塞いで、奴らに何の得があるんだ?」

「分かりません。

けれども銃器の使用許可を願います。」

と言いつつも、ソナー員はドアを開けて何処から取り出したのか機関銃をマウントに据える。

「仕方ない。

進路妨害を確認すれば、撃って良し。

警告は行うが、無視する可能性もある。」

「了解。」

言いながら、機関銃に銃弾を装填する。

ドアのところからもう一度、外を覗いて現状を確認する。

「進路上を交差する機体が1機あります。」

「分かった。

警告を開始する。」

そう言った機長はスピーカーの電源を入れ、警告した。

「こちらは海上自衛隊だ。

貴機は既に本機との進路と交差している。

本機との衝突も懸念される。

こちらの警告を無視しこの進路を維持する場合は進路妨害と判断し、貴機を撃墜する。」

機長は言い終わった。

ソナー員はドアから相手の動きを見守る。

「相手は動きません。

進路、速度そのまま。」

「しゃあない、威嚇射撃用意。

撃て。」

「了解。」

曳光弾を中心に装填された銃弾は、光の尾を引いて、報道ヘリに集中する。

「命中。

進路変更を確認しました。」

「良し、これで搬送に集中できるな。」

SH-60side out

 

報道ヘリside

「大丈夫なんですか?

他の人と同じように距離を開けて追跡しましょうよ。

というか前を塞ぐのをやめましょうよ。

先輩。」

「大丈夫やて、俺の勘を信じひんのか。」

「あのヘリコプターのドアのところ、何か銃みたいなの構えてるんですけど?」

「いやいやそんなわけあるかいな。」

しかし、その先輩記者も見た瞬間絶句した。

間違いなく機関銃が、こちらを狙っていたからだ。

『 こちらは海上自衛隊だ。

貴機は既に本機との進路と交差している。

本機との衝突も懸念される。

こちらの警告を無視しこの進路を維持する場合は進路妨害と判断し、貴機を撃墜する。 』

スピーカーから聞こえた声に、記者達は目に見えて震え出す。

「せ、せやかて、あ、あんなんブラフやて。」

銃声とともに、機体に何かが当たった金属音が響く。

「う、撃ってきましたよ。」

「おいっ、まずいぞ。

たっ退避ぃ。」

報道ヘリside out



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第66話

病院side

長崎県大村市にある国立病院機構長崎医療センター、長崎県におけるドクターヘリの基地病院だ。

海上自衛隊第22航空群第22航空隊に所属するパイロットにとっては、大村市上空は自分の庭である。

上条が担ぎ込まれた病院では医師とはるさめに搭載されていたSH-60Jパイロットが言い合いをしている。

この二人は旧知の仲らしい。

「いくら病院だからってこんな夜間にこんなに連れて来られても困りますよ。」

「悪かったな。

こちとら、自衛隊佐世保病院に運ぼうかと考えてたんだが、医官が他の場所に派遣されていてな。

仕方なく、こちらに飛んできたわけだ。

恨むなら、自分の運の無さを恨めよ。」

この病院に一時的に入院した海上自衛隊員達は、自衛隊佐世保病院の準備が整い次第、転院することが決定している。

「それにこの規模の病院でこれが大量な訳無いだろう。

それを考えれば、この自衛官達の方がよっぽど過労だよ。」

「どういうことだ?」

幾分迫力の増した声で、医師が聞く。

「おー、怖いねぇ。

別に他意はねぇよ。」

特に怯えた様子もなく、手を挙げて降参だという意思を示す。

「そいつらはな、今の今まで中国と戦やらかしてたんだ。

三日三晩寝ずにな。」

「何やってるんですか?

労働基準法はどうなってるんですか?」

「おいっ、何を勘違いしてやがる。

戦争で自衛官(もののふ)を守るのは、そんなちゃちな法じゃねぇよ。

鍛えられた自分自身、与えられた装備、信頼できる仲間、それらがリンクして始めて自分を護るなんてことができるんだよ。

それだけは確かだ。」

「医師として忠告しておくが、お前らの組織はどうなってるんだ?

言ってること、やってることが無茶苦茶じゃないか、次には死人が出るぞ。」

「それがどうした?

軍人っていうのは、そんなやわな生き物じゃねぇ。

民間人に心配されることなんてねぇんだよ。」

売り言葉に買い言葉ではあるが、二人の言い合いはエスカレートしていた。

「精神論だけで物を測るな。」

「精神論だけで測ってねぇよ。

医学の知識にプラシーボ効果てぇ言葉があるが、人間の能力っていうのは信じることで、十全に発揮できるんじゃないのか?」

「もういい、不毛な会話をする気は無い。」

医師はその場から立ち去った。

顔に一抹の寂しさを残したままで。

そのままその姿を見送ったパイロットの顔には驚きの色が見えていた。

病院side out

 

診察室side

立ち去った医師が診察室でカルテの整理をしていたとき、パイロットは診察室に入って来た。。

何か落ち着かないことがあると、よく診察室でカルテをいじくるのだ。

「さっきはすまなかったな。

つい熱くなっちまった。

話が聞きたい。」

「何の話だ。」

先程のこともあり、医師の言葉には棘がある。

「上条二等海佐の怪我の具合についてだ。」

「そのことなら、足を除く全身十数ヶ所の骨折。足の骨にもひびが入ってるみたいだけど、リハビリをすれば、現役復帰は可能だろう。」

簡潔ではあるが、特に棘のある言い方ではなかった。

「しかし、どうしてお前がそんなことを気にするんだ?」

「………」

「言いにくいことならいいんだぞ。」

パイロットの沈黙を見て、医師も何か言いにくいことかもと思いいたり、そう告げた。

しかし、返ってきた答えは驚きのものであった。

「俺の首が飛ぶかもしれないからな。」

「おいっ、自衛隊に首も無いだろう。」

ボケにはツッコミを入れてみるが、まだ甘いと大阪の人には怒られるかもしれない。

「まあ、命があるだけ暗殺されるよりかマシか。」

かなり悲観的な考えに囚われている。

「おいっ、だから何があった?」

「お前はいいよな。

自衛隊の恐ろしさを知らないから。」

ボソッとこぼれた本音に医者の顔も青くなる。

「何が恐ろしいんだ?」

俺の専門は整形外科であって精神科や心療内科じゃないんだがなぁ。

そんなことを思いながら、話を聞いてみる。

「上条二佐は今回の戦争の英雄だ。

そんな人を死なせてみろ、この病院は火の海だぞ。

外の様子を見てみろ。

影がうごめいてるだろ。

あれは全部、情報本部の秘密工作を担当する特務部隊員達だ。」

医師は外を見ると、確かに木の間からこちらを見守る影がある。

「お前らには病院を襲撃する大義名分が無いだろう。」

「理由をでっちあげるのは、今の状況では簡単だ。

中国のスパイの襲撃ということにしてしまえばいい。

本国の支援を断たれたスパイが暴走。

連絡を受けた自衛隊が駆けつけるまでに、スパイは目的を達成して逃亡した。

そういうシナリオなら問題あるまい。」

「今の話は、国家機密にも相当する。

誰にも話してくれるなよ。」

「分かってる。

こんな話をしたところで、誰も信じないだろう。」

言いながら、もう一度外を見ると影はいつのまにか消えていた。

「ならいい。」

診察室side out

 

特務部隊side

木の影にいた男は、時たま上条二佐の主治医のいる部屋を覗いていた。

「上条二佐の容態が確認できました。

問題ありません。」

「了解した。

任務完了、これより帰投する。」

カラシニコフを手に抱えて、待機している車両のところへと歩く。

時折、あの部屋からこちらへの視線を感じていた。

発見されていた可能性もある。

最後に隊長はつぶやいた。

「何も無いなら、それでいい。」

車両に乗り込んだ男達はそのまま夜の闇に消えて行った。

特務部隊side

 



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第67話

やまと乗員side

上条の事前の指示により、やまとの乗員達は沈みゆくやまとから、無事に脱出できた。

脱出した乗員から整列し、所属長から点呼を受けている。

点呼が完了し、各所属長から報告を受けたのは、この場での最上位士官である砲雷長であった。

リストを片手に報告をするのは、無事な各科の最先任士官である。

「砲雷長、負傷者を除く航海科員の姿が見られません。」

「人数は?」

「副長を含む航海科の40人です。」

報告を聞いた砲雷長の顔には、苦渋の色が浮かぶ。

「機関長、救助部隊の編成は可能ですか?」

砲雷長は自らの後ろで聞いていた機関長に聞く。

「無理だな。

今のわたしらじゃ二次災害を引き起こすだけだ。」

疲労の溜まったやまとの乗員達では、救助には足手まといとなる。

機関長はそう言った。

「そうか、やはりそうですよね。」

その時である、上空よりヘリコプターの音が聞こえてきた。

海上自衛隊員であれば、聞き馴染みのあるSH-60Jのものである。

「上空より、SH-60Jが接近しています。」

上空を見ていた一人が叫ぶ。

「おいっ、野郎共仕事の時間だ。

それに探照灯を持って来い。 」

何処からか通信長が飛びだし、部下達に檄を飛ばす。

「了解。」

通信科自体は船務科に含まれる小規模な部署である。

つまり、航海科以上に人が少ないということである。

通信長の意図を理解した砲雷長は全員にその準備を進めさせる。

「他の探照灯はやまとの艦橋を照らせ。

ボサッとするな。

急げ。」

怪我もしていない乗員達は、佐世保地方総監部の隊員に混じって作業を進めていく。

「通信文はこれでいいな。

通信長、これを送ってくれ。」

砲雷長は手元のメモを取り上げ、通信長に手渡した。

「了解。

すぐに送ります。」

駆け戻った通信長は、部下とともに探照灯を上空へと向けた。

「コ・チ・ラ・ハ・ヤ・マ・ト

ヤ・マ・ト・カ・ン・ナ・イ・ニ・ヨ・ウ・キ・ュ・ウ・ジ・ョ・シ・ャ・ア・リ

バ・シ・ョ・ハ・カ・ン・キ・ョ・ウ

ニ・ン・ズ・ウ・ハ・ヨ・ン・ジ・ュ・ウ・ニ・ン

ク・リ・カ・エ・ス

ヤ・マ・ト・カ・ン・ナ・イ・ニ・ヨ・ウ・キ・ュ・ウ・ジ・ョ・シ・ャ・ア・リ

バ・シ・ョ・ハ・カ・ン・キ・ョ・ウ

ニ・ン・ズ・ウ・ハ・ヨ・ン・ジ・ュ・ウ・ニ・ン 」

上空のSH-60Jもこちらの言わんとしていることが分かったようだ。

艦橋上空を旋回している。

ホバリングではない、あくまでも旋回である。

何故旋回なのかと聞かれると、ヘリコプターの燃費の問題だと答えるほかない。

地球では常に重力が発生している。

ホバリング中のヘリコプターはその重力に負けないだけの出力で飛んでいると言うことである。

これでも分かりにくい人は、ボールを思い浮かべてほしい。

ボールは投げれば緩やかな曲線を描いて進むが、手に持った状態からそのまま手から放すと真下に落下するだけである。

ヘリコプターは、この真下に落ちようとする力に真正面から力で飛んでいるためにホバリング中の燃費が悪くなるのである。

「あっ、ホバリングを始めました。

隊員を降下させるつもりです。」

最初の一機が乗せられるだけの人員を救助すると、続々とSH-60J/Kが群がりはじめる。

そして、七機目のSH-60が40人目を引き上げはじめた。

「副長に敬礼。」

おそらく上条だと当たりを付けた砲雷長が全員に告げる。

やまとの乗員、佐世保地方総監部の隊員は砲雷長に従い敬礼した。

「無事に帰ってきてください。」

それが全員の思いだった。

やまと乗員side out

 

日本政府side

「こことここにサインしていただくだけで、日中和平協定は発効いたします。」

中華民国外交部長に外務大臣が示したのは、予備交渉の合意書をベースに公文書として使用するものである。

外交部長は慣れた手つきで、サインを入れていく。

「日中関係の新たな一歩となるのですね。」

「その通りです。

後、我が国の防衛省から日中安全保障協定を締結したいとの意見をいただきました。

これについての貴国の意見を聞きたいのですが?」

「内容にもよりますが、前向きに検討したいと思います。

内容はどのようなことをお考えですか?」

「二国間における防衛協力協定とお考えください。

もし、貴国が他国との間にて戦争に巻き込まれた場合、我が国は直接間接問わず貴国を支援致しましょう。」

「我が方からしかけた戦争であった場合はどうなるのでしょう?」

「状況と場合にも異なりますが、基本的には遵守します。」

「それならば、前向きに検討しましょう。

しかし、これを結んであなた方、日本には何のメリットがあるのですか?」

「未来のためですよ。

近い将来、再び東アジアで火が燃え上がるでしょう。

その被害を抑えるためにも、中国政府には我が陣営にいてもらわなくてはいけません。

戦争というのは、たちの悪い生き物でしてな。

一時の敵意が百年、二百年の努力を無駄にする。

だから、世界には偽善が満ちているのですよ。」

一時の友好など大国の外交官にして見れば大笑いの元である。

しかし、無駄とわかっていても、努力を怠ることはできない。

その国との関係の悪化=その国の国民感情の悪化である。

国との関係が悪化しても、国民感情がこちらを険しい目で見ることが無ければ、戦争まで進むことはありえないのだ。

「我々も備えなければいけないのですね。

これからは互いの装備更新の状況について、査察団を派遣しあいましょう。」

「それは、いいアイデアですね。

至急本国に持ち帰り、検討したいと思います。」

結果、後日日中外交安全保障の担当者が集まり、会議が行われた。

その場にて、日中安全保障協定は締結された。

ある種の歴史的な瞬間であった。

日本政府side out

 



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第68話

三週間の入院の後、上条は職務に復帰した。

やまとは、佐世保のドック内にて修理の真っ最中である。

佐世保の自衛隊病院を出た上条は知り合いの海上自衛官に声をかけられた。

「上条二佐、少し来てくれ。」

「神山か、何だあらたまって?」

第二護衛隊群護衛艦はるさめ艦長、神山二等海佐その人である。

神山に連れられて来たのは、佐世保地方総監部である。

そして総監部の周囲をかなりの数の自衛隊員が銃を持って警備していた。

しかも人数が足りなかったのか、大半が水上艦艇の乗員達であった。

「やけに物々しいだろう?」

苦笑しながらも、神山は言う。

「まぁ、それは無理も無い話だが、取り敢えずこっちだ。

こっちに来てくれ。」

「何なんだ?」

神山が上条を連れてきたのは、大会議場であった。

「香田海将。」

そこには、統合幕僚会議議長、海上幕僚長、やまと乗員達の直属の上官である自衛艦隊司令官はもちろん、護衛艦隊司令官、航空集団司令官、潜水艦隊司令官、横須賀・佐世保・舞鶴・呉・大湊の地方総監、横須賀・佐世保・舞鶴・呉・大湊の警備隊司令、第一から第四までの護衛隊群司令、すべての護衛隊司令、そしてすべての護衛艦の艦長と言った統合幕僚会議議長を除いてはありとあらゆる海上自衛隊の上層部の集まりであった。

「上条二佐、君に話がある。」

重々しく海上幕僚長が口を開く。

「何でしょうか?」

「今朝の会議で決まったことだ。

落ち着いて聞いてほしい。」

海上幕僚長がそこまで言い切る事なのだから重要なのだろう。

「上条二佐、君は本日付けで一等海佐に昇進。

改めて、やまと艦長に任ず。

これはきわめて異例な事態だよ。」

確かに新任の一等海佐がやまと艦長に選ばれたことは無い。

なぜなら、大型艦の操艦には、かなりの経験が必要だからである。

どんなに優秀であっても、やまとの艦長に経験も無しに選ばれることは無い。

「しかし、今回の紛争の功績を踏まえて昇進するだけなら納得できますが、経験も無い私にそのような期待はかけないでいただきたい。」

「その言葉は確かに尤もではある。

しかし、中国紛争における大金星は、何処の誰だと思う?」

「は?

何処のどなたでしょう?」

「君だよ、君。

やまと単艦で圧倒的な敵海空軍の戦力を薙ぎ倒し、第二護衛隊群にあっては対空戦闘に全力を尽くしたそうじゃないか?」

「しかし、あの程度やまとがあれば誰にだってできることです。」

「謙遜は良くないよ。

やまとに着任したのは、紛争勃発の一週間前だったそうじゃないか。

それであそこまで活躍できたんだ。

経験は十分だと思うが?」

「はあ。」

「もういい、一切の抗弁も許さん。

本日付けで一等海佐に昇進。

改めて、やまと艦長に任ず。

これには一切の拒否も認めん。 」

「拝命します。」

渋々と上条はやまと艦長の任を引き受けた。

「無論、経験の無い上条に、一佐の為にやまとの役職を増やした。

それには、君の知っている人物が就任しているはずだ。」

海上幕僚長の言葉に続き、よく画面越しに通信をしていた自衛艦隊司令官が発言する。

「分かりました。

全力で務め上げます。」

 




今回は明確なsideが無いので付けていません。


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エピローグ

嘉手納飛行場

電話をしていた司令官は受話器を下ろして言った。

「俺の処分が決まったそうだ。

不名誉除隊の上で恩給やその他の手当の受給資格剥奪だそうだ。」

「大丈夫ですか?」

「少なくない蓄えもある。

アメリカに帰らずに日本で過ごすよ。」

そう言って清々しい顔で、執務室の椅子にもたれた。

「司令官、お客様です。」

「通していい。

明日から俺はここの主ではなくなるからな。」

「航空自衛隊南西方面混成航空団司令、今野敏明空将補であります。」

「米空軍嘉手納飛行場司令官、ケインズ准将だ。」

「単刀直入にお伺いします。

再就職に興味ありませんか?」

「再就職?

私は既に戦闘機に乗れぬ男ですよ。」

「私は今年で定年でしてな。

最後の花道に南西方面混成航空団司令を務めて、正直に言うと後釜がいないんですよ。

それならばということで既にあなたを推す事で航空自衛隊は固まっています。

空将補(Major General)です。」

「誰が私なんかを推薦したんですか?」

「直木総理と後海上自衛隊の上条二佐、いえ今は一等海佐だった。

その二人です。

総理と英雄に推薦された人ですからね、こちらとしても異存は無かったのです。」

「その話、受けましょう。」

 

首相官邸

「日中和平協定の締結。

ケインズ准将の再雇用も成功。

めでたいですな。」

「後は北朝鮮だけだが、そう長くは持つまい。」

官房長官の言葉に国土交通大臣が返す。

首相執務室から、地下の危機管理センターへ入ってきた総理に国土交通大臣が声をかける。

「米国の動きはどうでしたか?」

「在沖縄の米軍の七割は本国へ撤退する。

本土の基地も、横田、横須賀、佐世保とその他一部の基地を除き、返還されるだろう。

大統領はそう言っていたが、分からんね。

アジアの何処かで、火が燃え上がれば、それを理由にして居座り続けるなんて事にもなりかねない。

しかし、今の中国を含め火種が無い。」

中華民国は独立を希望するすべての少数民族に対し、それを認めるとの布告を出した。

カシミール問題も含めて、インドとの関係も好転している。

印パ関係はぎくしゃくしているようだが、今の時点で米軍が介入するほどではない。

「私達の仕事も終わりですね。」

そう言うと総理は立ち上がった。

 

やまと

数ヶ月後やまとは修理を完了し、佐世保を出航して行った。

「それにしても、幹部が多くなりましたよね。

この艦。」

航海長もとい第二副長が言う。

「確かにな。

艦長が一人、副長が二人、統括機関長が一人、砲雷長、航海長、機関長、航空長、工作長、電測長、通信長、主計長が各一人ずつ、航空機の機長達が三人。

後は各科に配属されている幹部達でだいたい100人くらいか。

前は80人位だった。」

艦長の上条が指折り数える。

「大所帯ですね。

普通の護衛艦の乗員数の半分ですよ。」

「全体の人数で言えば、約8.5倍だぞ。

普通の護衛艦の。

そう考えれば、むしろ今でも少ないだろう。」

「平和ですね。

それにしても、あの三日間は悪夢のようでした。

第一副長ってサイダー好きだったんですね。

修理完成式典でやまとサイダーが振る舞われたとき、何本も飲み干してましたよ。」

「うん、あれは見ていて胃が荒れそうだった。」

「中国にまた行くことはあるでしょうか?」

突然、思い出したようにつぶやく。

「そればかりは私にも分かりませんよ。」

「あの空はきれいになっているでしょうか?」

遠くの中国の空に繋がっている空を見上げながら、第二副長は言った。

上条も釣られて空を見上げる。

夜だったので、綺麗な満月が爛々と輝いていた。

「中国でもあのような月が見えているといいのですが。」

しかし、上条達は思っていたそうなるのは数十年先の事であると。

 

                  完




一応、本筋としてはこれで完結です。
後は二本ほど番外編を書いております。


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番外編
番外編 やまとの宴会


「やまとの乗員の全員の復帰を祝して乾杯。」

戦闘終結後の約束通り、上条達やまと乗員は盛大な宴会を行っていた。

場所は佐世保市内の大きな公園である。

最初は屋内で行う予定だったのだが、1700人も収容できる施設を確保できなかったので、仕方なく公園の使用となったのだ。

長崎県警や佐世保市の方にすでに使用の申請を行っており、許可も下りている。

手の空いた乗員達が買い出しを行い、ビール355ケース、その他のお酒多数、おつまみ・お菓子類1.8tが集められた。

 

これは数時間前に遡る。

「ふ、艦長。

お帰りなさい。」

上条は昇進を伝えられた後、その足でやまとが修理中のドックにやって来ていた。

「桜野一士か。

手を火傷したそうだが、大丈夫なのか?

それで砲雷長はどこにいる?」

乗員を見つけるたびに上条は声をかける。

「やけどの状態は軽かったので大丈夫です。

砲雷長は艦橋におられると思いますが。」

「分かった。

ありがとう。」

「いえ、仕事がありますのでこれにて失礼します。」

桜野一士は艦橋へと進む上条の姿が見えなくなると、ポケットにあった携帯を取り上げて電話をかける。

「こちらチェリー、上条一佐(ターゲット)は艦橋へと向かいました。」

「桜野一士ふざけずに報告しなさい。」

「分かりました。

艦長は艦橋へと向かっているようです。」

「予定通りの状況ですね。

以後も状況の変化に備え、待機しておいてください。」

「了解。」

刻一刻と外堀は埋められていく。

やまとの外、ラッタルのところにいた上条が艦橋にたどり着くまでには時間がかかるだろう。

そう思いつつ、仕事という名の待機を続ける桜野一士であった。

 

その頃のやまとの一室では数人の影が見えていた。

「チェ、失礼。

桜野一士の報告では艦長は艦橋に向かっているそうです。」

「貴方まで影響を受けてどうするの?」

電話のベルが鳴り響く。

「こちら、臨時作戦室。」

緊急事態発生(エマージェンシーコール)、想定外の事態です。

こちら、舷門の…」

切羽詰まったような声が伝わってきた。

「林二曹、どうしたの?」

「海上自衛官らしき男が現れて、艦長に殴り掛かろうとしています。」

「オペレーションオールレッド。

要員はすぐに対処を開始せよ。

武器の使用も許可する。」

全周波数にダイヤルを合わせて呼びかける。

「了解。

目標の排除に入ります。」

やまと乗員は宴会という目的のために一致団結していた。

「目標の排除は、万難を排して行え。」

少し、イラッと来たのか気分転換のために別の班にも電話をかける。

「第二班(会場設営班)進捗の状況は?」

「作業は予定の七割に達しています。

10:00(ヒトマルマルマル)には完了すると思われます。」

「了解。

作業が完了次第、警備隊の応援に回ってください。」

「了解。」

「こちら第三班(買い出し班)、任務を完了しました。

買い込んだお酒、おつまみ、おおよそ6tすべての搬入の準備も完了しています。」

「了解。

それでは第二班の支援に回ってください。」

 

やまとの一室、臨時作戦室から各方面に指示が飛んでいる頃、舷門の近くの一室のドアのところでは数十人の自衛隊員と一人が睨み合っていた。

こうなったのも、数分前に訪れたこの男が原因である。

しれっと上条の後について、やまと艦内に入ろうとしたらしい。

現門に詰めていた隊員に正体を見破られ、近くにいた上条に殴り掛かった挙げ句、艦の一室に立て篭もった。

「こちらは海上自衛隊だ。

立て篭もり犯に告げる。

我々は警察ほど優しくは無い。

これより10分の猶予を与える。

今すぐ投降せよ。

繰り返す、これより10分の猶予を与える。

今すぐ投降せよ。」

ここにいる自衛官達に逮捕権といった警察権限は与えられていない。

しかも、武器使用の許可も下りていない。

けれども今取り囲んでいる自衛隊員は皆、防弾盾か89式小銃を持っていた。

男が舷門で問題を起こしたときには、全員が徒手空拳だったはずである。

武器を持たない隊員は上条を連れて退避したらしい。

おとなしく出て来ても、男には何かしらの制裁が下されるだろう。

事実、数十分後、警察に引き渡された男には無数の傷痕とトラウマが残されたらしい。

というのも、自衛隊員達はこの時の事を多くは語りたがらない。

それは宴会の邪魔をされたくないというのが主な理由であったからで、どんなに脚色しようとも消えることの無い事実だからである。

 

「艦長、大丈夫ですか?」

何も武器の持たない隊員達に安全な場所に引きずり込まれた上条は声をかけられた。

「かすり傷程度で済んだよ。

ありがとう。」

「警察の方に向かいましょう。」

「いや、まだ警察も来てませんよ。」

上条の声を無視して、部下の一人が上条を引きずっていく。

その一人の意図に気づいた乗員が数人がかりで上条を艦の外へと連れ出していく。

最後に残った一人が携帯を取り上げる。

かけた先は、言わずもがなである。

 

「艦長は強制的に艦から下ろしました。

警察の事情聴取に向かうでしょう。

到着は大体予定時刻の少し前になるでしょう。」

「了解。」

臨時作戦室で電話を受けた砲雷長、いや第一副長は第二副長に手でサインをした。

「総員に告げる。

作業中止、作業中止。

総員はアルファ・ポイントへ集合せよ。」

放送を終えた第二副長はそのまま立ち上がり第一副長に言った。

「我々も向かいましょう。」

 

西海橋公園

そこには公園では有り得ない光景が広がっていた。

遊びに来た親子連れを事情を説明しているのは海上自衛官である。

そこのエリアは自衛隊で借り切ってます。

ここには後で自動車が大量に到着するので車を停めないで欲しい。

などなどかなりの苦労である。

戦争も終結して三週間程がたち、国民生活も平静を取り戻しているこの頃であるから不満の声も多い。

やまと乗員達も最初、公園を使用するつもりは無かったのだが、周辺の居酒屋から人数が人数のために総スカンを喰らった。

やまと乗員は仕方なく市役所の方に出向いたのだ。

体育館か公園か、取り敢えず、大人1700人を収容できる施設を探すためである。

そこで紹介されたのが、この西海橋公園である。

即座にその話に乗ったやまと側の第一副長は作戦の始動を宣言した。

無駄に過剰な人数まで投入した人海戦術である。

やまとの修理の監督とか言う本来の業務を放棄して、やまと乗員達はこの二週間働いていた。

 

夕方、西海橋公園にはすべてのやまと乗員が集結した。

「最終的なチェックは完了しています。」

報告を受けた第一副長達はニヤリとした。

買い付けたビールやおつまみの搬入作業は順調に終了した。

軽トラック十数台分の荷物は山のようである。

後は、上条を待つだけだ。

 

「こっちでいいのか?」

「はい、そうです。」

本命の登場だ。

数人の隊員の案内で上条が姿を現す。

「艦長、復帰おめでとうございます。」

第一副長が花束を手渡す。

「ああ、ありがとう。」

そして拡声器を持った第二副長が乾杯の音頭を取るように要求する。

上条としても、それを断る理由は無い。

「まず一つ言いたいことがある。

皆、昇進おめでとう。

そして、やまとの乗員の全員の復帰を祝して乾杯。 」

「乾杯。」

ビールを全員があおる。

冷たく喉越しのキレも、春先ではあっても美味しいものである。

その夜は全員でワイワイガヤガヤ大騒ぎであった。

ビンゴ大会をしたり、一発芸をしたり、そこかしこで隊員の笑いが見られた。

ほんの二、三週間前には考えられなかったことである。

楽しい夜はこうして更けていった。

 

翌日、後片付けは二日酔いのひどくない隊員に押し付けられたそうである。

公園のトイレの周りでは、「もう飲みません、許してください」と呻く隊員の姿が多数見られたそうだ。

それにまだ寒いこの時期に外で寝たために、風邪を引いたものも多かった。

二日酔いと風邪というダブルパンチを喰らった隊員も少なからずいた。

発案者である副長二人には、上条より厳しいお沙汰が下ったという。

その日から一週間、副長二人の姿を見た者はいなかった。

 

 



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番外編 やまとのサイダー

一つだけ言っておくことがあります。
文中では瓶詰めのサイダーを普通にサイダーと表記しています。
ラムネと表記した方が正しいようですが、中身においてはインターネットによると両者との間に明確な差は無いのでそのままサイダーとしています。


宴会の二日後、二日酔いのひどい隊員も何とか働けるようになっていたが、風邪を引いた隊員はそうはいかない。

そちらの方にも、人手を取られてやまとの修理は進んでいない。

こんな事態を引き起こした第一副長、第二副長にはきつくお叱りの言葉を投げつけておいたが、何処まで効果のあったものか分からない。

そんなことを考えながら、修理中のやまと艦内を巡検していた上条達一行は、艦底近くの第四甲板の一画にとある部屋にて何かを発見した。

「この部屋は?

それにこの機械は何でしょう?」

答えられる者はここにはいなかった。

見たところ、危険物では無いようだ。

「取り敢えず、艦長権限でこの場を封鎖します。

誰か、機関長と佐世保の地方総監を呼んで来てくれ。」

やまとでも最古参の機関長とこの場の最高責任者である地方総監にこれがなにであるかを聞こうというのだ。

数分後に息を切らした二人がやって来た。

機関長はその機械を一瞥しただけで断言した。

「これはサイダー製造機だろうよ。

2006年の改装の時に紛失したと聞いていたが、こんなところにあったとはな。」

それを聞いた上条の顔に笑みが浮かぶ。

まるで悪巧みを考えついた悪童(ガキ)のようである。

「主計長を呼んでくれ。

主計科にやらせたい仕事ができた。」

機関長の回答を聞いた上条は主計長を呼んで来させた。

上条は地方総監に至急呉の地方総監部、広島の地方協力本部と連絡をとって、これから行うことへの根回しを要請した。

「主計長、入ります。」

「来たか。

単刀直入に言うが、主計科の人間を選抜して広島に向かえ。

広島の自衛隊員から迎えがあると思う。

何かあれば、普通に頼れ。」

「広島で何をすればいいんですか?」

怪訝な表情なまま、主計長が聞いてくる。

「サイダーの作り方を学んで来い。

呉にある株式会社中元本店というところだ。」

主計長は拒否すると言うことを出来なかった。

上条の眼力に気圧されたからであり、別なところでではあるが、犯罪に近い行為を行っているという後ろめたさがあったからだ。

 

五時間後、広島県呉市JR呉駅

「来ちゃいましたね。」

「ああ、それと迎えが来るはずなんだが、住所が広島県呉市三条1丁目4-8だから歩いて行けないことも無いな。」

市街地の地図を眺めていた主計長が言う。

呉駅のロータリーにワゴン車が入ってくる。

運転席から声がかかる。

「折原一尉ですか?」

「その通りだが、そちらは?」

「失礼しました。

呉地方総監部の佐藤二曹であります。

地方総監直々に皆様をお迎えするようにとの通達があり、只今到着いたしました。」

30代前半位のそれなりに若い曹であった。

自衛官候補生コースの中では、出世頭の一人ではあろう。

「今日は遅いですから、宿舎にご案内します。」

彼は車を下りてトランクのドアを開け、手際よく荷物を積み込んでいく。

「分かりました。」

車で走ること5分、呉地方総監部に到着した。

「こちらが本日から生活していただくことになる会議室です。」

そこは十分な広さを持った畳の敷かれた部屋である。

ここを訪れた主計長達は、何故地方総監部にこんな部屋があるのだろうと首を傾げただろう。

そんな主計長達の思いを知ってか知らずか、佐藤二曹は説明した。

「ここは、万が一の事態が発生した際、幹部の方々等が泊まり込むために畳が敷かれています。

今のところ、使用されたことはありません。」

「そうですか。」

 

「呉でうまくやってくれるかな?」

夜、サイダー製造機を磨く上条達有志の中で、上条はつぶやいた。

「やってくれると思いますよ。

彼らなら。」

上条のつぶやきに答えを返したのは、主計科の人間であった。

副長の二人も罰則として参加させている。

夜の公園で寝れば、どんな奴でも風邪を引く。

それは子供でも分かることだ。

宴会を開くこと自体に問題は無い。

上官としてその行為が生む事態というものも考えねばならないのだ。

「眠たいです。」

弱音を吐くのは、第二副長である。

「このくらいで弱音を吐くな。

入院していた航海科の人間は四徹してたんだぞ。」

こうして、弱音と罵声でやまとの夜は更けていく。

 

サイダー製造法を呉の株式会社中元本店で伝授された主計長達が戻ったのは、やまとの修理が完了する一週間前であった。

サイダーに使用する瓶自体も、株式会社中元本店の皆さんのご好意で分けてもらった物である。

やまと側としても、修理に携わった人に対する慰労の意味を込めて、サイダーを振る舞うのだ。

断じてやまとのお土産品や副業にするつもりは無い。

今回、一回限りである。

数千本の瓶にサイダーが充填されていく。

数日前から製造されていたサイダーも、これが最後の一本である。

主計長達の目には、涙が浮かんでいた。

そこに上条達の姿もあったのだが、上条は現在ある問題に頭を悩ませていた。

大和サイダーの復活という噂を聞いた海上自衛隊幹部がこぞって参加するという。

警備を固めなくてはいけないが、決して失礼があってはいけない。

さらには、佐世保や呉の基地には、何処から情報が漏れたのか、やまとのサイダーに関する問い合わせが殺到していた。

そのような問い合わせにも、丁寧に応対し、やまとのサイダーは非売品である旨をきちんと説明する。

それでも飲みたいという人がいれば、呉にある株式会社中元本店を紹介する。

自衛隊の業務外甚だしいのだが、それでも自衛隊員達は丁寧な対応を心掛けている。

上条の思いつき一つで、巨大な自衛隊という組織が混乱しているのだ。

 

そんなこんなでやまとの再進水式の当日である。

「シュワッとしてうまいな。」

上条達も進水式そっちのけで、サイダーを舌鼓を打っていた。

完成してから主計長を除いて、誰も飲んでいないのだ。

サイダーを配って全員で一息ついてから、やまとに乗り込む。

その時に戦闘情報センター(CIC)では一悶着あったと聞く。

「これはうまいぜ。」

「これはダメだ。

おいっ、誰かこの副長をつまみ出せ。」

サイダー瓶数本を抱えた状態で戦闘情報センター(CIC)にいた第一副長は、砲雷長となった吉井一尉いや三佐の手によってつまみ出されたらしい。

それまでにサイダー瓶六本を空にしていたと聞くから、一人で飲むとしたらかなりの量が第一副長の胃袋に消えたと思われる。

 

しかし、やまとのサイダーでは海上自衛隊内からも問い合わせが殺到していた。

ここまでの反響が来るとは、発案者の上条も思わなかっただろう。

仕方なくやまとの主計科で再生産されたのだが、それはまた別の話である。

 



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