あたし、ツインテールをまもります。 (シュイダー)
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壱の巻
1-1 青と赤の入学初日 / 青の苦悩


原作の再構成です。基本、原作キャラは全員出すつもりでいますが、展開の都合上、登場の順番が変更されるキャラがおります。
また、作者の解釈によるオリジナル設定が出てくる時があります。
処女作のため、お見苦しい点もあるかと思われますが、精進の心は絶やさないよう努めます。

二〇一四年十一月三十日 初稿
二〇一五年七月五日   修正
二〇一五年十月十日   文章のみ修正



 朝が、来てしまった。

 壁にかけられた真新しい制服を見たまま、窓の外から射し込む光が視界に入り、そう思った。

 

 

 

「なんで俺は、あんなこと書いちまったんだ」

 暗く沈んだ声が、愛香(あいか)の耳に届く。隣の席に座っている、総二(そうじ)のものだ。

 高校生活初日の放課後。津辺(つべ)愛香は、幼馴染の少年、観束(みつか)総二と一緒に、彼の母が経営する喫茶『アドレシェンツァ』で、遅めの昼食を摂っていた。

 家が隣同士である総二とは、生まれたころからの付き合いであり、愛香にとってこの店での食事は、普段通りのものとも言える。

 そして、総二の母が趣味で開いているこの店は、彼女の気分次第で簡単に閉められてしまう。いまも、平日の昼間であるにもかかわらず閉店となっており、店内には、愛香と総二の姿しかなかった。

 愛香と総二の前には、愛香も含めてファンが多い、店の自慢である特製ブレンド珈琲(コーヒー)と、喫茶店にそぐわないスパイシーな香りを店内に轟かせる、愛香の好物でもある、店の名物カレーが置かれていた。

 しかし、食が進んでいるのは愛香だけであり、総二は、それどころではないといった調子で落ちこんでいた。

「ツインテール部はないわよねえ」

 カレーを食べながら、愛香が呆れた声で返すと、総二は頭を掻き毟ってから、後悔に満ちた様子で声を上げた。

「焦ってたんだよ、無意識だったんだよ、あんなこと書くつもり、全然なかったんだよ!」

「無意識にあんなこと書いたってことの方が、よっぽどヤバい気がするんだけど」

 ほんっと、ツインテール馬鹿、と愛香が言葉を続けると、総二は開き直ったように声を張り上げた。

「うるせー! 人間生きてりゃ、予想だにしない失敗のひとつや二つやっちまうもんだろうが!」

「そりゃ、普通は予想できないわよね。いくらツインテールが好きだからって、部活アンケートに書くなんて」

「ぐっ!」

 総二の言葉に、愛香が再び呆れ声で返すと、彼は痛いところを突かれたかのように押し黙った。

 ちょっとからかってやろう。そう考えた愛香は、笑みを浮かべて自分のツインテールの片房を摘み、ユラユラと揺らしながら口を開く。

「ほらほら、大好きなツインテールでちゅよー」

「む、むむう」

 呻き声とも感嘆ともとれるような呟きを漏らした総二は、愛香の煽りの言葉を聞きながらも、揺れるツインテールから目を離そうとしなかった。

 

 髪を頭の横で左右に結わえた、ツーテール、またはツインテールと呼ばれる髪型。

 腰まで届く長い髪を、そのツインテールにしている愛香と、ツインテールをこよなく愛する総二は、今日、高校生になった。小、中、高、大学部まで一貫進学可能の超エスカレーター校、陽月学園。その高等部の入学式に、新入生として出席したのだ。

 高等部に進学しても、大して変わりはしないだろう。そう思っていたのだが、校舎にせよ、体育館にせよ、目につくものすべてが中等部の物よりずっと大きく立派であり、圧倒されるものすら感じるほどであった。

 そして、入学式のあとに体育館で行われた、各部活主導のオリエンテーション。そこで披露された、運動部、文化部それぞれのパフォーマンスには、愛香だけでなく、新入生のみんなが感動した様子だった。愛香が見るかぎり、それは、総二も同じようであった。

 しかし、総二の心を揺さぶったのは、その次に現れた者だろうと愛香は思っている。

 新入生に対する歓迎のスピーチを行った少女、神堂慧理那(えりな)生徒会長。登壇した彼女を目にした総二は、それまで以上に目を輝かせていたように見えた。

 背恰好は、小学生ほどの小柄なものであり、小さな子供が背伸びして大人っぽく振る舞うような演説に、周りの生徒たちが子猫を愛でるような雰囲気を醸し出す中、総二の反応は異質なものと言えた。

 理由は、簡単にわかる。慧理那の髪型が、ツインテールだったからだろう。先端にカールがかかり、ふわりと丸まっていて、どこか上品な印象を受けた。

 いつからかはよく覚えていないが、昔から総二は、どうしてそこまでと思うくらい、ツインテールを愛していた。

 世界が美しいのは、ツインテールがあるからだ、と大真面目に言うくらいのツインテール馬鹿であり、彼がそのツインテールに対する情熱を語れば、周りの人たちがみんな離れていくほどだった。

 慧理那のツインテールは、愛香の目から見ても、きれいなものに思えた。総二の反応も、仕方ないものかもしれない。

 それでも愛香は、総二には自分だけを見てほしいと思ってしまうのだ。

 

 物心ついたころから、愛香はずっと総二に想いを寄せていた。

 総二にふりむいてほしくて、ずっとツインテールを続けてきた。そのための髪の手入れも怠っていない。髪の毛のケアについてならば、素人にしてはちょっとしたものだと自負できるくらいにもなっている。

 しかし、時々不安になってしまうのだ。自分は、いつまでツインテールでいられるのか、と。

 総二と、ずっと一緒にいたい。ずっと自分を見ていてほしい。愛香はそう思って、いや、願っている。

 だが、大人になって、自分がツインテールをやめてしまったら、もう自分のことを見てくれなくなってしまうのではないか。

 総二は、自分ではなく、自分のツインテールしか見ていないのではないか。そう考えてしまう時があった。

 愛香の友達は、男女問わず多い。とりわけ、女子の友人はみんな、愛香の恋を応援してくれている。

 告白すればいい。その友人たちから、そう言われたこともある。自分もそう考えたことはあるが、もしフラれたらと思うと、実行する勇気が出なかった。

 相手は、ツインテール馬鹿なのだ。異性の体より、ツインテールという髪型にばっかり興味を持っている男なのだ。

 自分だけが相手を異性と意識しているこの状況で告白しても、成功するとは思えなかった。

 

 タイムリミットは、高校生になるまで。そう思っていた。

 ツインテールは、子供っぽい髪型。世間ではそんな認識があるし、愛香自身もそう思っている。できても中学生までだろうとも、思っていた。

 そのツインテールを、自分はいつまで続けていられるのか。いつまで総二の望む、求めるツインテールでいられるのか。

 いつまで、総二と一緒にいられるのか。いつまで、総二に見ていてもらえるのか。

 その不安が、寝ようとする時に頭をよぎることがあった。

 中学生活が終わりに近づくほど、その不安は強まっていき、頭に浮かぶ回数も増えていった。

 そして、今日。記念すべきはずの高等部への入学式だというのに、愛香の胸にあったのは、新生活に対するものではなかった。

 幼馴染みという関係から変わらなかった、変えることのできないままタイムリミットを迎えてしまったことへの、悲しみと後悔だけだった。

 壁に掛けられた真新しい制服を見ながら一睡もできず、窓から、光が射し込んだのを見た。

 朝が、来てしまった。

 ただ、そう思った。

 

 歓迎のスピーチが終わり、教室に戻るまで、いや、戻ってからも、総二は上の空だった。よくあれで、自己紹介の時にツインテール馬鹿を晒さなかったものだと感心する。時間の問題だったが。

 希望部アンケートを配られたことにも気づかなかった総二は、担任の間延びした声に、我を取り戻したようだった。

 総二は、後ろの席から回されたプリントを受け取ったところで、慌てて自分のプリントにペンを走らせ、前の席の生徒に渡した。やがて、すべてのプリントが回収され、それらを一枚一枚確認していた担任が、名前を書き忘れてあるプリントを見つけ、声を上げた。それを聞いた総二が自分の物だろうと伝え、担任が読み上げた、その空欄に書かれた言葉が、『ツインテール』だったのだ。

 まだ、ごまかせたかもしれないというのに、ツインテールが好きなのか、と担任から聞かれた総二は、それはもちろん、と即答してしまった。

 そのあと、最近この近辺で変質者が増えているため注意するように、という、クラスの生徒たちに対する担任の呼びかけに総二は、本気でツインテールが好きなんだ、とさらなる自爆を行い、クラスにおける彼の立ち位置が確定されてしまったのだった。

 

 

 

「あああああああああああ―――」

 愛香がツインテールを揺らすのをやめると、総二ははっと我に返ったようだった。

 そして、自分がやらかしてしまったことをまた思いだしたのか、総二の口から生気の抜けるような呻き声が漏れる。

 混乱していたからといって、咄嗟に、空欄に『ツインテール』と書いてしまうというのは、もはや生態と呼んでいいのではないだろうか。そう考えたところで、愛香はカレーを食べ終えた。

「ん。おかわり」

 総二は、珈琲すら飲もうとしない。食欲がないと判断し、彼のカレーを自分の前に持ってくる。

 一口食べたあと、総二にむかって語りかける。

「間違って書いたことそのものより、そのあとのフォローがマズかったのよ。テンパリ過ぎだって」

「テンパってたのがわかってたんなら、おまえこそフォローしてくれよ。友達だろ」

「友達、ね」

 愛香は総二の言葉を聞いて、不機嫌になると同時に悲しくなった。やはり総二は、そうとしか見てくれてないのだろうか。

 そんなことを考えてしまい、気づかれないように小さくため息を吐くと、愛香は再び口を開く。

「アンケートなんてものはね、あくまでもファーストインプレッションよ。現時点での希望調査でしかないの。希望部以外に、自分で作ってみたい同好会があれば書いてください、って補足もあったけどさ、いきなりそんな自己主張する生徒なんていると思う?」

「グ、グム~」

 愛香の言葉に、総二が呻き声を上げる。愛香はピンと人差し指を立ててから、言葉を続けた。

「つまり、あそこで部の新設を希望するのは、あれだけのプレゼンを見ても、自分はこれと決めた、やりたいこと、作りたい部活があるんだ、って声高に宣言するようなものでしょ。違う?」

「その上で俺は、ツインテール部なんていう、わけのわからないものを書いたことになるわけか」

「そういうことね」

 暗い声ではあるが、総二が納得したような言葉を返してくる。その言葉に答えると、愛香はさらに一口、カレーを口に運ぶ。

 飲みこんだところで、総二が大きな声で訴えてきた。

「いまだからそうやって冷静に分析できるんだろうけどよ、あの時は頭の中、真っ白だったんだぞ!」

「少なくともあたしは、単語すら知らない人も多い髪型の名前を咄嗟に出しゃしない、って胸を張って言えるわ」

「説得力がねえよ。張ったところで起伏なんてねもがっ」

 総二が愛香の胸のことに触れた瞬間、相当に手加減した拳を、彼の顔に打ちこむ。

 スタイルそのものは良いと言えるが、愛香は、自分の小さな胸にコンプレックスを持っていた。身内が、自分とは逆に見事な巨乳であることと、総二が口喧嘩のたびに貧乳をからかってくるため、そのコンプレックスは、かなり強いものとなっている。

 家事なども含めて、女として磨ける部分は、磨いてきたつもりだ。胸に関しても、大きくなるように努力を続けてきたのだが、少しも成果は見られなかった。育ち方を、間違えたのだろうか。

 口喧嘩の時に総二は、こちらの胸のことばかり触れてくるが、胸がもっと大きければ、女の子として意識してくれたのだろうか。そんなことを考えてしまうと、愛香は、いっそう自分の貧乳が嫌になってしまう。

 打たれた顔を押さえていた総二が、再び鬱々とした空気を漂わせ、声を漏らした。

「くっ。俺に、もっとアドリブ力があれば」

「いや、あんたのツインテール馬鹿っぷりは、遅かれ早かれ白日(はくじつ)の下に晒されてたと思うわよ? いつバレるかってビクビクしながら過ごすより、隠す必要がなくなったってポジティブに考えなさいよ」

「だからって呑気に二人分たいらげてんじゃねーよ! つか、よく珈琲飲みながらカレー食えるな!?」

 愛香の言葉に反応した総二から、ツッコミのあとに驚きの叫びが上がる。

 とりあえず落ち着かせようと考え、口を開こうとしたところで、総二が訝しげな顔になり、店の、奥の席の方を見た。

「ん?」

 なんだろう、と総二の様子を不思議に思い、彼の視線の先を見ようとしたところで、馴染んだ感触が髪に触れた。思わず動きを止めてしまい、体が少し熱くなる。

 意識したわけではないが、少しか細い声で、愛香は慌てて呼びかけた。

「ちょ、ちょっと、そーじ。また」

「あ」

 テーブルに乗せていたツインテールが、総二に摘まれていた。顔が、赤くなっている気がした。

 嬉しい気持ちを表に出さず、呆れ顔を作って、これ見よがしなため息を吐く。

 総二がツインテールから手を離し、口を開いた。

「癖なんだよな、これ。昔から愛香のツインテールを触ると、なんか落ち着くんだ。悪い」

「し、知ってるわよ」

 苦笑しながらの総二の言葉に、そっけなく返してしまう。

 総二に触れてもらえるよう、わざわざ彼の手に届きやすいところに置いてあるくせに、触られてほんとうは嬉しいのに、なぜ自分は素直にそれを示せないのか。そうすれば、なにか変わるかもしれないのに、変わったかもしれないのに、と愛香は思った。

 なにに対してのものなのか、自分でもよくわからないため息を吐き、愛香は言葉を続ける。

「やれやれ。あんたのせいで、あたしも肩身が狭くなりそう」

「俺のせい?」

「へ、変に勘繰られたら、どう責任取るつもりよ。その内、みんなツインテールがなにかわかるだろうし。そ、そうなったら、あんたと仲良くしてるあたしが、その、誤解―――」

 珈琲を飲み干したあと、総二とテーブルを交互に見て、人差し指同士をつつき合わせてモジモジとする。

「なんだよ。じゃあ、ほかの髪型にするって言うのか?」

「ち、違うわよっ。だいたい、誰かになんか言われたくらいで、なんで髪型変えなきゃいけないのよっ。あたしは、これが気に入ってるのっ!」

 挑発するようでいて悲しそうな総二の言葉に、愛香が慌てて言葉を返すと、彼はほっとした様子を見せた。

 総二にふりむいてほしいという想いとともに、彼に悲しんでほしくないという想いもある。

 愛香たちが生まれるずっと前から家族ぐるみの付き合いがあり、家族、姉弟(きょうだい)同然と言える関係なのだ。そんな総二の悲しむ顔を、見たくはなかった。

 幼いころから、武術家である祖父に稽古をつけてもらっていた愛香は、総二と喧嘩をしても負けたことがなかった。それに負けん気を刺激されてなのか、総二も愛香の祖父の道場に一緒に通うようになり、二人で一緒にいる時間は、それによってますます増えていった。

 それからもずっと、不思議と同じクラスが続き、外部編入が増え、知らない顔ばかりの高等部になっても、当然のように同じクラスとなった。

 一生の付き合いになるだろう、最高の親友。

 きっと総二は、愛香との関係を問われたら、こう説明するのだろう。それ自体は、とても嬉しい。

 それでも、愛香はその先に進みたかった。

 親友ではなく、恋人に。そして、いつか、家族同然ではなく、ほんとうの家族になりたいと思っている。

 幼馴染みという停滞した関係から、先に進みたい。だが、フラれてしまったらと思うと、その勇気が出ない。

 この想いが、かたちになってくれれば。

 このツインテールに、どんな想いを、願いをこめているのか。それが、総二によく見えるように、かたちを持って現れてくれれば。

 そんな都合のいいことを、愛香は考えてしまうのだった。

 

「ん?」

 愛香が考えこんで少し経ったところで、総二がまたも訝しげな声を上げた。

「どうしたの、そーじ?」

「い、いや」

 総二に問いかけると、戸惑いを含んだ声が返された。

 愛香はそれを訝しく思うと、彼の視線の先に顔をむける。閉店しているはずの、店の奥の席に、人が居た。

「え、嘘、でしょ? 気配を感じなかったわよ?」

 驚きから、思わず小さな声を漏らしてしまう。

 武術を修めている愛香は、人の気配を察知することができる。少なくとも、店内に人が居れば気づけたはずだ。自然と警戒心が湧く。

 見た感じ、年のころは十歳に満たないであろう幼い少女が、こちらを見ていた。肌の色は褐色で、腰まで届く長い金色の髪を赤いリボンで結び、ツインテールにしてある。そのツインテールに、大人げないかもしれないが、さらに警戒心が強くなる。

 また、目を輝かせているのだろうか、と総二の方を見ると、なぜか彼は、首を(かし)げて不思議そうな顔をしていた。

 総二が、少女の方を見ながら、愛香に問いかけてきた。

「なあ、愛香。あの子の髪、ツインテール、だよな?」

「いや、あれがツインテール以外のなんだって言うのよ?」

「そう、だと思うんだけど、なんか別のものに感じるっていうか」

「はあ?」

 どこか納得いかないと言わんばかりの総二の言葉を不思議に思ったところで、少女が席を立った。

 店を出るのだろうか、と考えたところで、それを否定するかのように、少女がこちらにむかって来る。

 黒いマントを羽織っており、場違い感がとてつもないが、金色のツインテールが、そのマントの黒で引き立っているようにも感じた。

 少女が、愛香たちの一歩手前で足を止める。

 愛香は、少女の姿をじっくり見る。瞳の色は赤い。マントの下は、黒いレオタードのようだった。どういう恰好だ。

 改めてよく見てみると、顔だちもツインテールも、どちらも美しいと言い切れるが、どこか作り物のような、いや、そういうかたちをしただけのなにか、のように感じてしまう。総二が不思議そうな顔をしているのも、そのせいだろうか。

 妙に似合う不敵な笑み、のような表情を、少女が浮かべた。笑顔のはずだが、表情を見たことではなく雰囲気で、笑顔を浮かべたのだと感じた。なぜそんなふうに思ったのか、自分でもわからなかった。

 少女が、口を開く。

「おぬしたち。少し、尋ねたいことがある」

 きれいな声、のはずだが、どこか生気の感じられない声に聞こえるのは、どうしてなのか。

 笑顔らしきものを消し、真剣な雰囲気になった少女が、自身の二房の髪をつまみ上げ、言葉を続ける。

 

「コレは、ツインテールだと思えるか?」

 

 そして、その意図の掴めない言葉に、愛香は総二と顔を見合わせた。





原作において、ヒロインとしての扱いは良くても――線引きによる――が、キャラとしての扱いはあまりにも不憫な愛香、というかテイルブルー。
二次創作なら、最初から良い扱いしても良いだろう。という思いで書きました。彼女の魅力を少しでも伝えられるよう精進いたします。


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1-2 双房への想い / 青の変身


トゥアールさんの出番はしばらくお待ちください。
なお、双房とはツインテールのことです。

二〇一四年十二月一日  初稿
二〇一五年七月五日   修正



「え?」

「え、ええっと」

 謎の少女からの、彼女自身の髪型を指して、ツインテールと思えるかという謎の問いかけに、愛香は総二と顔を見合わせ、二人で戸惑いの声を漏らす。

 ツインテール、だろう。少なくとも彼女の髪型は、ツインテールと言っていいはずだ。それなのに、なぜかツインテールだと思えない。

 総二のようなことを考えているな、と思いつつ、少女のどこか切実な様子に、愛香はどう答えるか悩む。総二も同じなのだろう。困った顔をしていた。

 答えを返せない愛香たちの反応から悟ったのか、少女がため息を吐き、沈んだ様子で肩を落とした。

「そう、か。やはりツインテールには、思えぬか」

「あ、いや」

「そ、その」

「いや、かまわぬ。おそらく、そうであろうとは思っておったからな」

 愛香たちの言葉を遮り、カラっとした調子で少女が言う。だが少女の声は、どことなく悲しそうに思えた。失望、というより落胆だろうか。自分でも成功するとは思っていなかったが、実際に失敗したのを()の当たりにしてしまった時のような、そんな虚しさらしきものを感じた。

「まあ、それはよい。それはそれとして、もうひとつ聞きたいことがある」

 自分に言い聞かせるような言葉のあと、少女は再び真剣な雰囲気になる。

 今度はなにを聞いてくるのか。愛香は、総二と顔を見合わせると、言葉を促した。

「なに?」

「うむ。おぬしたち、ツインテールは好きか?」

「は?」

「大好きだ!!」

 またも意図の掴めない言葉に、愛香は固まり、総二は即答した。その即答したツインテール馬鹿は、自らの失言を隠すかのように、すぐに口を押さえていたが。

 総二の答えを聞いて、笑顔のような表情を浮かべた少女が、嬉しそうな雰囲気で口を開く。

「うむ、やはり、そうか。では、おぬしは?」

「まあ、好きよ。愛着だってあるし」

 不思議と似合う、妙に時代がかった口調で質問してくる少女に、愛香は戸惑いながら答える。

 警戒を解いたわけではないが、表に出すことはないだろう。先ほどの少女の様子から、そう思った。

「おおっ、そうか、そうか。その一心に磨かれたツインテールは、伊達ではないようだな。うむ、実に結構なことだ。しかし、おぬしのそのツインテールには、なにか複雑な想いもこめられているようだが」

 愛香の返事を聞いた少女は、やはり嬉しそうに返しながらも、途中から少し戸惑ったように言葉を紡いでくる。

 愛香は、少女の言葉に一瞬硬直し、警戒心を強めた。なぜ、そんなことがわかる。この少女は何者だ。

 愛香の反応を気にした様子もなく、少女は腕組みをして、仁王立ちとなった。不敵な笑みを浮かべた――そんな雰囲気――少女が、堂々と言葉を続ける。

「だが、全宇宙、全世界を並べ、ツインテールを愛する心にかけては、我の右に出る者はないと自負している!! そのように愛する心を隠すようでは、まだまだよ!!」

「は?」

「なっ!?」

 少女のいろいろとヒドイ言葉に、愛香の緊張感が失せていく。隣のツインテール馬鹿、もとい総二は、どこか感銘を受けた様子だったが、呆れていたのだと思いたい。

「あー、うん。あんたがツインテールを好きなのはわかったけど、それがあたしたちと何の関係があるわけ?」

 愛香は、呆れながら少女に問いかける。警戒は完全には解いていないが、こんなことを言ってくる相手が、わざわざ自分たちに害を為すとも思えなかった。

 愛香の問いを受けた少女が、不敵な笑顔っぽい表情を消し、まじめな顔で返事をしてくる。

「うむ。ひとつ、いや、二つ確認したいことがあったからだが、それはもう済んだ。だが、用はもうひとつあってな。すまぬが付き合ってもらうぞ」

「は? なにを言って」

 少女は答えると、ペンと紙のような物を取り出した。

 やはり意味がわからない少女の言葉に、愛香が説明を求めようとしたところで、視界を、閃光が包んだ。

 

「え? つっ!?」

 光が消え、視界が元に戻る。同時に目と鼻に刺激を感じ、思わず鼻を手で覆うとともに、目を固く閉じた。

 ゆっくりと目を開け、愛香は周りを確認する。どうやらこの刺激は、煙によるもののようだった。

 空が、見える。車が並んでいることから、どこかの屋外駐車場のようだった。

 そこまで考えてから、さらに周りを見渡すと、見覚えのある場所であることに気づいた。

「ここって、マクシーム宙果(そらはて)? どうして俺たち、こんなところに?」

 呆然とした総二の声が、愛香の耳に届く。愛香も、まったく同じ気持ちだった。

 地元最大のコンベンションセンターである、マクシーム宙果(そらはて)。この場所は、学校の行事などで利用することもあるのだが、さっきまで自分たちが居たアドレシェンツァからは、車で二十分はかかるはずなのだ。時計を確認するが、そんな時間は経っていなかった。

「ふむ。すでにはじめておったか」

 少女の声が、愛香の耳に届いた。

 おそらく、この少女がなにかしたのだろうが、遠く離れた場所へ瞬時に人を移動させるなど、そんなことが可能なのか。

 大人げない、などと言ってる場合ではない。得体の知れない相手に再び警戒心が高まり、威圧するように彼女に問いかける。

「あんた、あたしたちに、なにしたの?」

「言ったであろう。もうひとつ、用があると」

「だから、なにをっ」

 かなり強くプレッシャーをかけているつもりだが、少女は、まったく気にした様子もなく答えてくる。

 またも意図が掴めない言葉に愛香が問い返そうとしたところで、耳をつんざくような轟音が鳴り響き、途中で思わず言葉を止める。

「今度はなんだ!?」

 叫ぶ総二とともに、轟音がした方にむき直る。

 車が、なにか別のもののように、宙を舞っていた。

 一台だけではなく、何台も。次々と打ち上げられ、重力に負けて落下し、燃え上がる。

「嘘、だろ、こんな」

 さっき以上に呆然とした総二の声が、聞こえた。映画などのフィクションにおいてはそれなりに目にするシーンではあるが、現実に起こりうる光景とは思えなかった。その気になればできるかもしれないが。

「む、少年よ。あまり、我のそばから離れるな。認識攪乱の効果範囲は、然程広くないのでな」

「にんしき、かくらん?」

 炎上する車の方にフラフラとむかおうとしていた総二は、少女の言葉にぼんやりと聞き返すと同時に足を止め、愛香と少女のそばに戻ってくる。見た目、総二よりも幼い少女が『少年』と言えば違和感があるはずだが、なぜか妙にしっくりきている気がした。

「まあ、我のそばにいれば、見つかりはせん。それよりも。あれを見よ」

「あれ?」

 少女の言葉に不思議そうに聞き返しながら、愛香は総二とともに、彼女が指さす方に眼をむけた。

 広い駐車場の真ん中に、なにかがいる。

 再び、総二の呆然とした声が、愛香の耳に届いた。

「なん、だよ、あれ」

「――トカゲ?」

 総二の言葉に、愛香も呆然と続ける。

 凶悪そうな目。岩ですら噛み砕くのではないかと思える牙。背中から尾の先まで無数に屹立する、触れれば怪我をしそうな、刃のごとき背びれ。

 蜥蜴(とかげ)を思わせる二足歩行の怪人。そうとしか言えない存在が、そこにいた。

 甲冑に身を包み、頭には角を生やしている。身長は、二メートルはあるだろう。キグルミかと思いたかったが、歩くたびにアスファルトにヒビを入れる重量感や、遠目に見ても感じる凄みが、それを否定していた。

「っ!?」

「か、怪物!?」

 ここに来てようやく目の前の光景を受け入れ、愛香は絶句し、総二は驚愕の声を上げた。

 怪物が、車を片手で無造作に弾き飛ばす。大した力を入れているようには見えなかったが、車は軽々と宙を舞う。あの怪物は、どれだけの力を持っているというのだ。

 怪物が、口を開いた。

「者ども、集まれい!」

「え?」

「に、日本、語?」

 怪物の腕力にも驚いたが、その口から放たれた言葉に、愛香は総二とともに再び驚く。

 人間の言葉。それも、達者な日本語。愛香は、次から次に起こる出来事についていけず、言葉を失うしかない。それは、総二も同じようだった。

「ふはははははは!!」

 それなりに離れた距離であるにも関わらず聞こえる、よく通る野太い声で、怪物が高笑いをはじめる。

 いったい、なにを言うつもりなのだ。

 愛香はそれを、呆然と見つめることしかできなかった。

 

「この世界の生きとし生けるツインテールを、我らの手中に収めるのだーーーっ!!」

 

「ブウウウーーーー!?」

「はい?」

 蜥蜴の怪物の、致命的に単語を間違ったようにしか思えない血迷った叫びに、総二は吐血せんばかりに吹き出し、愛香は言葉の意味がさっぱりわからず間の抜けた声を漏らす。いや、意味はわかる。なんでツインテール。生きとし生けるってなんだ。手中に収めてどうするんだ。愛香の頭に、いろいろなツッコミの言葉が浮かんでは消えていく。

 とりあえず、総二に声をかけることにした。

「そーじ、あんたキグルミなんか着て、なにやってんのよ?」

「俺じゃねえよ!」

「はっ!?」

 総二から返された叫びによって、愛香は気を取り直す。少し混乱していたようだ。

 先ほどの怪物の言葉を受けてか、全身が黒一色の、薄気味の悪い集団が現れた。

「モケェーーーーー」

 奇妙な鳴き声を上げた集団は、全員が同じ恰好をしている。戦闘員といったところなのだろうか、妙な形のマスクはお揃いであり、カサカサと虫のように小刻みな早足で、辺りに散って行く。

 その内の何人かが、女の子を捕まえていた。その捕まった全員が、ツインテールだった。

 先ほどの怪物の言葉。ツインテールを手中に収める、という言葉を思い出す。

「手にする、って。ツインテールの女の子をかっ?」

「あいつら、いったいなにする気なのよっ?」

 総二も思い出したのだろう。彼とともに、愛香は小声で慌てる。

 視界の端に映る少女は、怪物ではなく、自分たちの方を観ている気がした。

 

 怪物は肩を怒らせながら、語気荒く声を張り上げる。

「それにしても、なんと嘆かわしい! これほどまでにツインテールが少ないとは! これだけ電気と鋼鉄にまみれていながら、石器時代で文明が止まっているようだな!!」

 どういう判断基準なんだ、それは。怪物の戯言にしか思えない言葉を聞き、愛香の頭が痛くなった。

「まあ、よい。それだけ純度の高いツインテールを見つけられるというものだ。者ども、隊長殿の言葉を忘れるな。極上のツインテール属性は、この周辺で感知された。草の根分けても探し出すのだ! 兎のぬいぐるみの耳を持って泣きじゃくる幼女は、あくまでついでぞ?」

「モケ? モケェ」

「うむ、言われるまでもない。究極のツインテール属性の奪取は我らの悲願。だが俺も、武人である前にひとりの男なのでな。やはり、ぬいぐるみを持った幼女も見たいのだ! 見つけた者には、褒美を遣わすぞ!!」

 黒ずくめの言葉は、愛香には理解できないが、怪物には関係ないらしく、問題なく意思疎通を行っているようだった。言葉の内容は、問題だらけというか、鉄柱でぶん殴りたくなるような世迷言だったが。

「大人に用はない! 手早くつまみ出せ! 多少手荒に扱っても構わぬが、怪我はさせるでないぞ!」

 黒ずくめたちは、速やかに怪物の指示をこなしていく。何気(なにげ)に気を遣っているらしいことが、言葉の内容からわかった。

 黒ずくめのひとりが怪物に近づき、声を上げた。報告なのかもしれない。

「モケー」

「なん、だと? ぬいぐるみを持っている幼女が、いない!? むう、女がぬいぐるみを持たぬなら、持たすのが男の甲斐性というもの。構わぬ、連れてまいれ!!」

 黒ずくめの声に愕然とした怪物が、気を取り直したように指示を返す。指示と呼ぶべきか悩むが、多分、指示なのだろう。パイプ椅子で思いっきり殴り倒したくなるような暴言ではあるが。

 幼い女の子の悲鳴が、耳に届く。

「たすけてーっ!!」

「あすかちゃんっ!!」

「っ!」

「そーじ!」

 泣きじゃくる幼い女の子が怪物の前に連れてこられ、その子の母親と思われる女性が、黒ずくめたちに抑えこまれていた。それを見た総二が飛び出そうとするのを、愛香は腕を掴んで引き留める。

 怪物は、少女に危害を加えるつもりはないようであり、むしろ、ぬいぐるみを渡して、あやしているようだった。それを見たことで、総二も様子を窺うことにしたようだ。黒ずくめたちに取り押さえられている女性の方を見ると、彼女もやはり困惑した様子だった。

 彼らは、人間を傷つけるつもりはなさそうだが、あの怪物は、車を軽々と吹き飛ばすような力を持った相手である。愛香と総二が二人がかりで戦いを挑んでも、どうにかするのは難しいだろう。

 愛香はそう考えると、なにかを知っていると思われる少女の方に、総二とともに顔をむける。

 総二が、少女に問いかけた。

「なあ、きみ。きみはこのことを、いや、あいつらのことを知っていて、俺たちを連れて来たんだろ? あの怪物は」

 問いかけの途中で怪物たちの方を見た、総二の言葉が止まった。呆然とした呟きが、彼の口から漏れる。

「会、長?」

「えっ!? ほ、ほんとだ! あれ、会長じゃないっ!」

 総二の呟きに、愛香も慌てて彼の視線を追うと、制服のままの、神堂慧理那生徒会長の姿があった。

 彼女は、黒ずくめ二人に両腕を捕らえられ、強引に引っ張られていた。体育館では、彼女を見守るかのようにお付きのメイドたちがひっそりと付き従っていたが、いまは、どこにもその姿がない。

 慧理那は、大事そうになにかを抱えている。はっきりとは見えないが、子供向け特撮番組の玩具のように思えた。

「離しなさい!」

 怪物の目の前に連れて来られながらも、慧理那は毅然とした態度を崩さない。

 なにかを確かめるかのように、怪物が慧理那の全身をじっくりと見ている。

 そして、称賛するかのような怪物の声が、辺りに響いた。

「ほほう、なかなかの幼子! しかも、どうやらお嬢様のようだな! お嬢様ツインテールとは、まさに完全体に近い! 貴様が究極のツインテールかっ!!」

「きゅ、究極っ!? いえ、それよりも、あなたは何者なんですの!? 人間の言葉がわかると言うのなら、いますぐほかの子たちを解放なさい!!」

「わかるとも。ゆえに、こうして意思の疎通ができておるのだからな。そして、解放はできぬ、と言わせてもらおう」

「では、答えなさい! なんのために、こんなことをするのです!」

「それは、すぐにわかる。まずは、もののついでよ」

 慧理那の言葉をどこ吹く風とばかりにいなした怪物が、大きなぬいぐるみを彼女に差し出した。なんとなくだが、怪物の鼻息が荒くなったような気がした。

「貴様は、この子猫のぬいぐるみを持つがいい! 敵意もまた愛らしさと光る腕白な幼女には、この子猫のぬいぐるみがよく似合う!! さあ、抱けい!!」

 黒ずくめたちが、横幅三メートルはありそうな、ピンク色のソファーを担いできた。

 どこから持ってきたんだ、あれ。怪物の言葉の内容のためにいまいち緊張感を保てず、愛香はそんなどうでもいいことを考えてしまう。

 怪物は、ぬいぐるみを慧理那に押し付け、そのままソファーに座らせた。

 ぬいぐるみを持ってソファーに座った慧理那を見た怪物が、腕組みをして、うんうんと頷き、満足する仕草を見せる。

「おまえたち! この光景を、しかとその目に焼き付けよ! ツインテール、ぬいぐるみ、そしてソファーにもたれかかる姿! これこそが、俺が長年の修業の末に導き出した、黄金比よっ!!」

「モッケケケケーー!」

 それは多分、金メッキなんじゃないか。いろんなものに喧嘩を売ってるかのような暴言と、それに賛同するかのごとき複数の甲高い鳴き声に、愛香の頭がさらに痛くなった。

 

「ふ、あやつめ」

 少女が、どこか嬉しそうに呟くのが聞こえた。愛香が眼をむけると、少女は笑顔らしきものを浮かべ、怪物の方を見ていた。

「とにかく、あいつらがツインテールの子を狙ってるってのはわかった。それで、俺たちはなにをすればいいんだ? なにかができるから、ここに連れて来たんだろ?」

「む? うむ」

 総二が、足を少し震わせながらも少女に質問する。どこか嬉しそうにしていた少女は、総二の足の震えを気にすることなく、まじめな顔になるとひとつ頷いた。

 愛香には、この少女の方が、あの怪物以上に得体が知れないものに感じる。そんな相手を、信じていいのか。

 そう悩んでいたところで、地が揺れ、轟音が響き、愛香は慌てて慧理那たちの方をふりむく。

「そーじ、捕まった人たちが!」

 愛香が指を差す方に、総二も再び顔をむけた。

 車は大半が蹴散らされ、駐車場の中心部に、捕まった少女たちが一列に並べられていた。まるで、なにかの儀式場のようだった。

 気絶しているのだろうか、先頭の少女が、直立したまま宙に浮く。そのまま、直径三メートルはある、金属製らしき輪っかの中心を目掛けて、少女たちが飛んで行く。あの輪をくぐったら、どうなってしまうのか。

 死。

「っ!!」

 最悪の状況を予想してしまい、愛香は思わず自分の目を手で覆う。

 総二の息を呑む音が、聞こえた。

「なっ!?」

 その一瞬あと、愕然とした総二の声が聞こえ、愛香は指と指の間から、恐る恐る少女たちの方を見た。

「えっ?」

 呆然とした呟きが、愛香の口を衝いて出る。ツインテールが、ほどかれていた。

 ひとりだけではない。輪っかをくぐらされた少女たちのツインテールが、次々とほどかれていく。

 最後に慧理那もくぐらされ、そのツインテールが、やはりほどかれた。

 ツインテールを手中に収めるという怪物の言葉を、再び思い出す。

 だから、どうした。呆然と、愛香はそう思った。

 遠目ではあるが、横たわった少女たちには見たところ外傷のようなものはなく、また、一定の間隔で躰が動いていることから、呼吸もしっかりとしているようだとわかる。

 人が怪我をしたり、死んだりするのを望んでいたわけでは、決してない。だが、あんな意味ありげな輪っかを使って、あんな怪物が行うことが、ツインテールをほどくだけとはどういうことなのか。

「あ、い、つ、らぁぁっ!!」

 困惑する愛香の耳に、総二の声が届く。愛香ですら聞いたことがないほど、その声は怒りに満ちているように感じた。

 総二が、少女に詰め寄った。

「教えろ。どうすれば、ツインテールを助けられる。どうすれば、あいつらをぶちのめせるんだ!!」

「いや、そんな大袈裟(おおげさ)な。ツインテールじゃなくなるだけで、どこも怪我とかしてないみたいよ?」

「大袈裟、だと!?」

 総二を落ち着かせるために声をかけるが、その言葉にふりむいた彼は、愛香が見たことがないほどの鋭い眼をむけ、胸ぐらを掴みあげてきた。

「っ!?」

「愛香、おまえにとってツインテールは、その程度のもんだったのかよ! 取られたら取られたで別にいいで済むくらいの、軽いもんだったのかよ!?」

「そ、そーじ?」

「っ! わ、悪い」

 はじめて見る総二の形相に、愛香の声が震える。その声を聞いたことで少し落ち着いたのか、総二は愛香から手を離した。

「ふむ。それでは、話しの続きといこう」

 愛香たちの間に流れる気まずい空気を気にした様子もなく、愛香の方を見た少女が口を開く。

「ツインテールの少女よ。先ほど言ったもうひとつの用だが、そちらはおぬしの方にあるのだ」

「あたし?」

 そちらは、という言い回しがなんとなく気になったが、いまは置いておく。

 少女は愛香の言葉に肯くと、蒼い、機械的なブレスレットを差し出してきた。

「これを腕につけて、変身したいと強く念じるのだ。さすればおぬしは、戦う力を得ることができる」

「それだけ? ずいぶんと簡単なのね」

 少女に対する疑念は未だ消えないが、総二ではなく自分の方なら、まだ受け入れやすい。

 応え、少女からブレスレットを受け取ろうとしたところで、総二が愛香の腕を掴んだ。

 愛香の動きを制止した、総二の顔を見る。どこか心配そうな顔に見えた。

「そーじ?」

「待ってくれ! 愛香に、あいつらと戦えって言うのか!?」

「いや、あんたも戦う気満々だったじゃない」

「それは、そうだけど、でも」

 焦った様子で少女に問いかける総二に愛香が言葉をかけると、彼はなにかを言おうとするものの、上手く言葉が出てこないようだった。

 愛香の腕を掴みながら、総二は少女にむかって再び口を開く。

「なあ、きみ。そのブレスレットは、俺には使えないのか?」

「うむ。これは、ツインテール属性の強い少女にしか使えぬのだ」

「また、ツインテール? あの怪物も言ってたけど、なによ、ツインテール属性って?」

「簡単に言えば、ツインテールに執着し、拘り、愛する心から生まれるのがツインテール属性。ツインテールだけでなく、なにかに執着し、愛する心から生まれる精神(こころ)の力。それを、属性力(エレメーラ)と言う」

 簡単に言われたが、なぜツインテールなのだ、という疑問が湧く。だが、いまはそれを気にしている場合ではない。

 腕を掴む総二の手に愛香は手を乗せ、優しく言葉をかける。

「そーじ、あたしは平気よ」

「愛香! あんな怪物が相手なんだぞ! もしも、おまえが怪我とかしたら」

 顔を辛そうに歪めながら、総二は言葉を続ける。

「俺はいい。ツインテールを守るためなら、俺は戦える。だけど、おまえが戦うことなんてないだろ!?」

「―――そーじ。ありがとう」

「え?」

 愛香が微笑んで返すと、総二は不思議そうに目を(しばたた)かせた。

 単純かもしれないが、彼の言葉で、愛香の悩みはひとつ消えた。

 自分ではなく、ツインテールしか見てないのではないか、と悩んでいた。だが、いまの言葉からは、ツインテール以上に、愛香の身の安全を考えていてくれたように感じた。

 当たり前のことであるはずなのに、なぜ、いままで信じられなかったのだろう。

「心配してくれてありがとう、そーじ。でもね、あたしだってツインテールである以上はあいつらの標的なんだし、戦う力を持っていた方が安全でしょ? あたしは、そーじほど他人を守るのには親身になれないけどね」

「愛香」

 総二は、うつむいて考えこむ様子を見せたあと、愛香を掴んでいた手を離した。

「わかった。だけど、無理はするなよ」

「わかってるわ。ありがと、そーじ」

 絞り出すような総二の言葉に応えると、愛香は少女からブレスレットを受け取り、右の手首につけ、変身したい、と強く念じる。

 総二の大切な、ツインテールを守りたい。誰よりも大切な、大好きな総二に、悲しい顔をして欲しくない。そのために、戦う力が欲しい。

 愛香の戦う理由は、それで充分だった。

 そしてブレスレットから、強い光が(ほとばし)った。

 

「ほんとうに変身できたの?」

 光が収まり、愛香は自分の姿を確認することにした。腕と脚が、丸みを帯びた、機械的な蒼い装甲に覆われている。胴体は、蒼いレオタードのようなピッチリとしたスーツに覆われており、自分のコンプレックスである胸が目立ってしまうことに抵抗を覚えたが、タンカを切った手前、我慢する。そして顔に手を当てると、なにも覆われていないことに気づいた。

 愛香は、慌てて少女に問いかける。

「ちょ、ちょっと。顔剥き出しなんだけど!?」

「案ずるな。認識攪乱装置(イマジンチャフ)の効果によって、おぬしの正体が周りにわかることはない。存分に戦うがいい。―――すまぬ、――――――――」

「ん? ―――とりあえず、正体がバレることはない、ってのはわかったわ」

 愛香の言葉に答えたあと、少女は口の中でなにかを呟いたようだった。気になったが、彼女のなにかに耐えるような雰囲気に、聞くことは(はばか)られた。

「愛香」

「そーじ?」

 総二の声にふりむくと、彼はやはり辛そうに顔を歪めていた。

 総二のこんな顔は、見たくない。そう思うと同時に、総二にお願いしたいことがあった。

 恥ずかしさに、顔が少し熱くなる。それでも、伝えたい。

 意を決して、愛香は言葉を紡ぐ。

「そ、そーじ。あたしのツインテールに、さ、触ってくれないかな?」

「え?」

「お願い」

 総二が、自分の手と愛香のツインテールを交互に見る。

「わかった」

 一度頷き、総二が近づいてくる。

 愛香のツインテールを、総二が優しくすくい上げた。いま気づいたが、髪の色も変わっており、海を思わせる青色になっていた。

「愛香。無事で帰ってきてくれ」

「うん。ありがとう、そーじ」

 総二の手の感触と優しい声に、感謝の言葉を返すと同時に、必ず無事に帰ってくることを誓う。

 自分から総二に、ツインテールを触って欲しいと言えた。まだ、遅くない。少しずつでも、総二に想いを伝えていきたい。そのためにも、いまはあの怪物を倒す。

「行ってくるわね、そーじ」

「ああ」

 名残惜しいが、やるべきことがある。愛香が声をかけると、総二はゆっくりとツインテールから手を離した。

 怪物たちがいる方にむき直り、深呼吸する。

 そして、怪物のいる方にむかって、愛香は力強く駆け出した。



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1-3 青の初陣 / 蜥蜴の信念 / 感謝の想い

タグのオリジナル装備は、いま現在のブルーの装備のことです。

二〇一四年十二月四日  初稿
二〇一五年八月二十二日 修正
二〇一六年四月十七日  微修正
 


 怪物たちの方にむかって走る。予想していたよりもずっと早く怪物たちの姿が近づいたことに驚くが、意識を切り替えて怪物たちの数メートル手前で立ち止まると、まず声を張り上げた。

「そこまでよ、変態!」

「む、何者だ!? ――――むうう、幼女ではないのか。いや、しかし、なんと見事なツインテールなのだ!!」

 ふりむいて愛香の姿を見た怪物は最初に失望の混じった声を漏らしたが、ツインテールを見たところで感激の声を上げた。高揚を隠さず、怪物が言葉を続ける。

「先ほどのお嬢様幼女のツインテール属性もかなりのものであったが、それ以上のツインテールの持ち主がすぐに現れるとは! この地を最初に選んだ、隊長殿の予感は正しかった! 磨きに磨かれた究極のツインテールッ! 我らのものとさせてもらうぞ!!」

「モケー!」

 怪物の言葉が終わるあたりで、黒ずくめたちが声を上げ、愛香に飛びかかってくる。

 その黒ずくめたちを見据え、愛香は構えをとった。

「ツインテール、か」

 構えながら、小さく口の中で呟く。

 こいつらが現れなければ。あの少女から、ツインテールへの想いによって変身できるブレスレットを渡されなければ。自分は、少しずつでも総二に想いを伝えようとする勇気を出せただろうか。出せたとしても、ずっと先だったかもしれない。そう考えると、不謹慎だろうが、少し感謝してやってもいいかもしれないなどと思ってしまう。

「究極だか、なんだかしらないけど」

 だが、ツインテールを奪い、総二を悲しませるなら、容赦する気はない。

 自分以外の女の子のツインテールを、総二に見てほしくはない。それでも、総二の悲しむ顔は見たくない。

 なにより、総二と誓ったのだ。必ず無事で帰ると。

「あんたたちなんかに、誰が渡してたまるもんですか!!」

 吼えると同時、襲いかかって来た黒ずくめに愛香は拳を叩きこんだ。

 

 

 飛びかかってきた黒ずくめに、変身した愛香が拳を叩きこむ。殴られた黒ずくめは、吹っ飛んだかと思うと空中で光をまき散らし、跡形もなく消え去った。

 愛香の動きを止めようと黒ずくめたちが次から次へと襲いかかっていくが、まったく捉えることができないようだった。遠くから見ている総二にも、愛香の動きはまったくと言っていいほどわからない。

 攻撃を躱したかと思えば、次の瞬間には黒ずくめの姿が消えている。そう説明するしかなかった。

 水影流柔術。亡くなった愛香の祖父から、総二が愛香とともに教わった武術。彼女の才は凄まじく、総二は愛香に稽古で勝てたことがない。愛香が言うには、総二の才能は自分以上とのことだが、持ち上げ過ぎだろうと総二は思っている。

 少なくとも自分が、生身で熊を倒せるとは思えない。

 愛香は、やった。

 祖父に連れていかれた山で熊と遭遇した愛香は、その熊を生身で倒している。わずか十歳のころに。

 儂はただ、上には上がいることと、野生動物の怖さを教えたかっただけなんじゃ、と総二と一緒に体育座りで夕焼けを見ながら、哀愁を漂わせてそう語った愛香の祖父の姿を、総二は未だに忘れられない。

 それからも愛香は鍛練を続けている。変身して身体能力も上がっているだろう彼女に敵うわけがない。そういうことなのだろう。

「愛香」

 それなのに、総二の心は晴れない。

 なにをするにも一緒だった大切な幼馴染みを、ひとりで戦わせている。

 さっき、愛香にツインテールを触ってほしいと頼まれた時、ありったけの想いをこめて触れた。無事に帰って来るように、と。そしていまは、戦っている愛香を応援している。

 それだけしか、そんなことしかできない。

「少年、これを」

「え?」

 少女から声をかけられてふりむくと彼女は、総二の掌に収まるくらいの、トランシーバーらしき物を渡してきた。

「通信機だ。少女に伝え忘れていたことがあってな。おぬしが伝えてやるとよい」

「え、あ、ああ、わかった」

 この少女のツインテールを見ていると、妙な気分になる。

 コレは、違う。

 自分でもよくわからないが、コレはツインテールではない。そんな失礼なことを考えてしまうのだ。だが同時に、不思議な対抗心や共感も湧きあがってくる。

 そのことに気になるものを感じながらも、いまはそんなことを考えている場合ではない、と思考を切り替える。

 少女から、奪われたツインテールのことと、武器の取り出し方の説明を受ける。

 あの強さなら武器なんていらないのではないか。そう思わなくもないが、あるに越したことはないのも事実である。自分にもできることがある。そう思うと、気休め程度ではあっても、少し気分は楽になった。

 少女は、こちらに気を遣ってくれたのかもしれない。総二はそう考えると、愛香に呼びかけた。

 

 

『愛香』

「ん、そーじ?」

 十何体か黒ずくめたちを倒すと、連中は愛香の様子を窺うように間合いを取りはじめた。その様子を見て、今度はこちらから仕掛けようと愛香が考えたところで、総二の声が耳に届いた。

 黒ずくめたちから眼を離さず、彼の声に耳を傾ける。

『いま、通信機渡されて、伝言頼まれたんだけど』

「うん」

『まず、奪われたツインテール、属性?は、一時的にあの輪っかに保管されているだけだから、あの輪っかを壊せば元に戻る。それと、頭のリボン型のパーツに触って武器を念じれば、武器が生成される、らしい』

「わかったわ。教えてくれて、ありがとう」

『ああ』

 総二の声は、まだ沈んでいるように思えた。いや、彼の性格を考えれば、当然かもしれない。さっさと片づけて、安心させてあげなければ。そう考えたところで、なぜ少女が直接通信してこないのか気になった。気を遣ってくれたのだろうか。

「ぬうう、これほどの戦闘員(アルティロイド)たちを難なく倒すとは。ツインテールが素晴らしいだけではないっ。貴様、いったい何者だ!」

「何者、って聞かれてもねえ」

 怪物から問いかけられ、ひとまずそちらに意識をむける。さすがに本名は名乗れないが、なんと名乗るべきだろうか。

「名乗るつもりはない、と言うことか。だが構わぬ。改めて、そのツインテール、奪わせて貰うぞ!」

 おまえに名乗る名前はない、とでも言ってやろうか。投げやり気味に愛香がそう考えたところで、怪物は吼えると大仰な構えをとった。

 愛香もそれを見て、再び構えをとる。黒ずくめの横やりも含め、なにをしてきても対応できるように周りも警戒する。

 怪物が口を開き、朗々と声を上げた。

幼女(しょうじょ)の手の中に抱かれたドールが、その持ち主の幼女(しょうじょ)と交わりし時の如く――――」

(なげ)えわああああああーっ!!」

「グオアアアーッ!?」

 長い口上にしびれを切らし、愛香は言葉とともに拳を怪物の顔面に叩きこむ。大きく吹っ飛んでいった怪物は顔を押さえながら起き上がると、座りこんだまま非難の声を上げてきた。

「なにをするっ!? そんな立派なツインテールを持っていながら、(いくさ)(なら)いも知らぬのか!?」

「長いのよっ! もっと、チャッチャッと来なさいよ! だいたい、一方的に侵略しに来てるくせに、自分の流儀に従え、みたいな勝手なこと言ってんじゃないわよっ!!」

「っ!」

 怪物に愛香が怒鳴り返すと、彼はなにかを思い出したかのように突然動きを止めた。

 怪物のその様子に愛香が訝しんだところで、再び総二の声が届く。

『なあ、愛香。こんな時になんだけど、変身した時の名前、テイルブルーとかどうだ?』

「テイルブルー?」

『いまのおまえのツインテール、きれいな青色に見えるからさ』

「安直ねえ。でも、わかりやすくていいか」

 苦笑しながら、総二の提案を受け入れる。

 改めて名乗りでも上げてみようか。そう考えると、怪物の方に眼をむけた。

「ん?」

 怪物の雰囲気が、さっきまでとは違って見えた。

 立ち上がった怪物が、堂々と声を上げる。

「我が名は、アルティメギルの斬り込み隊長、リザドギルディ。少女が人形を抱く姿にこそ、男子は心ときめくべきという信念のもと戦う者。ツインテールの戦士よ、貴様の名は?」

「あたしは、テイルブルーよ!」

「―――しかと聞いた!!」

「あんたみたいな変態に覚えられても嬉しくないわね!」

 総二のためにも、絶対に負けない。

 そう考えると、愛香は頭のリボンに手を伸ばした。

 

 

 未熟。

 リザドギルディは先ほどの己の醜態を思い起こし、それを痛感した。

 自分たちアルティメギルは、人間たちから見れば、紛うことなき侵略者なのだ。堂々と戦う者もいれば、自分たちの属性力(エレメーラ)を守るためなら形振(なりふ)り構わず戦う者もいるだろう。

 それを失念し、隙を見せておきながら、攻撃してきた相手を糾弾するなど、それこそ武人として恥ずべき行為ではないか。

 相手がどのような戦い方をしてこようと堂々と受け止め、叩き潰してこそ、自らの目指す武人の、師であるドラグギルディの姿ではないのか。

 もはや慢心はしない。目の前のツインテールの戦士を倒し、属性力(エレメーラ)を奪う。そして自分は、戦士としてのさらなる高みを目指す。

 立ち上がって青きツインテールの戦士を見据えると、決意をこめて自らの名を告げる。

「我が名は、アルティメギルの斬り込み隊長、リザドギルディ。少女が人形を抱く姿にこそ、男子は心ときめくべきという信念のもと戦う者。ツインテールの戦士よ、貴様の名は?」

「あたしは、テイルブルーよ!」

「―――しかと聞いた!!」

「あんたみたいな変態に覚えられても嬉しくないわね!」

 先ほどは返されることのなかった名を、返された。

 それは、自身の慢心を見抜かれていたということではないのか。名乗るほどの相手ではないと判断されていたのではないのか。

 そして、いま、認められた。

 不思議と心が昂る。溢れんばかりの高揚に身を委ね、雄叫びを上げる。

「いくぞ、テイルブルーよ!」

 その声に応えてか、テイルブルーはツインテールを留めるリボンのような物を叩くと、どこからともなく取り出した、三つ又の槍を手に持った。

 本気を出す、ということか。そう考えると、リザドギルディの心がますます震える。

 自らの拳に加え、尻尾を振り回し、掌から光線を放ち、そして自身の背中のヒレを分離させ、攻撃する。ヒレは、言うなれば爆弾そのもの。さらには、リザドギルディの意思でその軌道を制御できる。

 すべてを駆使し、攻撃する。しかし、目の前の戦士に致命打を与えることはできない。

 それどころか、攻撃の隙間を縫って、拳や蹴り、槍による攻撃をこちらに()ててくる。

 最善を尽くしても届かない。それほどの強敵。

 ならば、この戦いの中でさらなる高みに至るまで。リザドギルディは、そう決意した。

 それまでの戦法を続けながら、先ほど不発に終わった技を放つため、力を溜めはじめる。

 これまで、できたことはない。いや、やろうとしたことがなかった。

 強敵との戦いの中、いままでにない手応えを感じると同時に、己の不甲斐なさに思い至った。

 俺は、自分に満足してしまっていたのだな。そう自嘲する。

 しかし、それを悔やむのはあとだ。いまは、目の前の戦士を倒す。

 そしていつか、師であるドラグギルディをも超えてみせる。

 それが武人の在り方であり、師への恩返しとなるはずだ。リザドギルディはそう信じる。

 力が、溜まった。

 テイルブルーの槍をあえて避けず、ヒレによる攻撃で彼女の体勢を崩す。

「くっ!」

 テイルブルーが、焦りを含んだ声を漏らした。

 この間合いならば、避けられまい。

「受けよ、テイル」

「スプラッシュスピアー!!」

 力を解き放とうとした瞬間テイルブルーの声が響き、凄まじい踏み込みとともにその腕から槍が放たれた。

 

 慢心は、しなかった。

 自らの限界を超えてなお、相手がその上を行っていた。

 ただ、それだけのことだ。

 こちらが力を解き放とうとした瞬間、テイルブルーはダメージを受けることを覚悟し、己の最大の技でもって、リザドギルディが技を放つ瞬間の隙を狙ったのだろう。

 なんと、凄まじき戦士か。

 胸を貫いた槍によって致命傷を受けたことを悟りながら、リザドギルディは目の前の美しき戦士に呼びかけた。

「感謝するぞ。俺はようやく、ツインテールのほんとうの強さと美しさを知ることができた。――――最期に、ひとつだけ頼みがある」

 彼女を見つめると、最期の力をふり絞り、叫ぶ。

「お前のツインテールで、頬をスリスリさせてくれええええいっ!!」

 叫び終わった瞬間、世界が闇に包まれた。

 これが、死か。

 恐怖は、なかった。武人として生きてきたのだ。戦いで死ぬ覚悟は、常にあった。

 悔いも、なかった。自身の限界を超えた上で敗れたのだ。悔いなど、あるわけがなかった。

 だが、未練はあった。生涯をかけて追い求めた、ツインテール、ぬいぐるみ、ソファーにもたれかかる姿。その黄金比が間違っていなかったことを、いま一度確認したかった。

 最期まで未練がましく、なんと無様なのだ、俺は。

「む?」

 膝をつき、うつむいて自嘲していたリザドギルディの頬に、なにかが触れた。

 顔を上げると、麗しくも可憐な幼女が、その美しいツインテールを触れさせていた。

 なぜかはわからない。だがリザドギルディは、目の前の幼女は、さっきまで戦っていたツインテールの戦士の、幼きころの姿なのではないかと思った。

 思わず眼を見張ったところで、幼女がリザドギルディから離れた。

 追いかけようとするが、なぜか足が動かない。

 行かないでくれ。情けなくも、そんな懇願が心に浮かぶ。それでも、その思いが口を衝いて出る。

「ま、待ってく――」

 制止の言葉をかけようしたところで、目の前の光景にリザドギルディは言葉を失った。

 いつの間にかそこにあった大きなソファーに、幼女がもたれかかった。それも、大きな、子犬のぬいぐるみを抱えているではないか。

「お、おおっ!」

 なんとすばらしい姿だ。

 己の理想とする、黄金比を体現した姿。感動に身が震え、思わず声を上げてしまう。

 間違っていなかった。俺の一生は、間違っていなかったのだ。

 視界が、明るくなった。自分の躰が、光に包まれていた。

 上を見ると、祝福するかのように一筋の光がリザドギルディの躰を照らしていた。

 躰が、光の射す方に引っ張られていく。

 待て。まだ、待ってくれ。

 強くなってしまった未練からそんなことを考えてしまい、慌てて幼女の方を見る。再び、リザドギルディは眼を見張った。

 幼女が、微笑みながら手を振っていたのだ。

「お、おお」

 未練が消えていくのを感じる。

 男として、あんな可憐な幼女の前で無様な姿を晒してよいのか。そう思ったとたん未練は消え、穏やかな気持ちが湧きあがった。

 微笑んで手を振り返し、光の射してくる方を見る。

 至福の喜びと、不思議と柔らかく感じる光に包まれ、意識が光に融けていった。

 

 

「誰が、あんたみたいな変態に触らせるかあああああーーーーーーっ!!」

 叫びとともにブルーは、全力の拳をリザドギルディに叩きこんだ。殴り飛ばしたリザドギルディが、(ひら)けた駐車場の真ん中で盛大に爆発する。

 激戦の中ブルーは、躱せそうもないタイミングで放たれようとした攻撃に対し、死なばもろともの思いで一か八かの全力の刺突を放った。技の名前は、不思議と頭に浮かんできたものを使っていた。

 予期していたダメージがこなかったことで、なんとか賭けに勝ったことを確信する。しかしそれでも倒れないリザドギルディを、ブルーは油断なく見据えた。

 相手は人外の存在。まだ動ける可能性はある。

 そう考えていたブルーに、リザドギルディが言葉を告げてきた。

 感謝の言葉。そして、最期の頼み。

 よほど酷いことでもなければ聞いてあげてもいいけど。警戒心を解かないままそう考えたブルーに放たれたのは、ツインテールをスリスリさせろ、という絶叫(ヒドいこと)だった。ブルーがそれに怒りの叫びと鉄拳で応えると、その拳によって吹っ飛んでいったリザドギルディは、彼自身の手によって拓けた空間となった駐車場の中心で、派手に爆発した。

 髪は女の命。よほどの関係でなければ、女は異性に髪を触られることを嫌がるものだ。

 それに、ブルー、いや愛香にとってこの髪は、たったひとりの大好きな人(ツインテール馬鹿)のために、ずっと大事にしているものなのだ。

 家族を除けば、総二以外の誰にも触られたくはなかった。

「――――」

 気持ちを落ち着けるために、深呼吸をする。

 それにしても、殴り飛ばしたリザドギルディの顔がずいぶんと安らぎに満ちた笑顔になってた気がしたが、走馬灯でも見てたのだろうか。

 なんとなくそう思ったが、答えられる当人がもういない以上、考えても無駄だ、と思い直すと、リザドギルディのことを頭から追いやり、ツインテールを奪った輪っかに目をむける。

「ふっ!」

 槍を振るう。思ったよりずっと脆かったそれは、ただの一撃で両断された。

 粉々になっていく輪から、光が散っていく。その光がツインテールを奪われた少女たちに降り注ぐと、何事もなかったかのように、少女たちは元の髪型に戻っていった。

 これで一安心。あとは、早くこの場を立ち去ろう。

 そう考え、足を踏み出そうとした時、リザドギルディが爆発したところから、光る小さななにかが飛んできた。

 反射的に受け止め、掌に収まったそれを見る。(きらめ)く、(ひし)形の石だった。爆発したりする様子はない。

 とりあえず持ち帰ろう。なんとなく気になり、愛香はそう思った。

「あの」

「――――?」

 遠慮がちな呼びかけが耳に届いた。声のした方に顔をむけると、そこには神堂慧理那生徒会長がいた。いや、いることには気づいていたが、声をかけてくるとは思っていなかったのだ。

「助けていただいて、ありがとうございます」

「いえ、お気になさらず。たまたま居合わせただけですから」

 慧理那の感謝の言葉に、ブルーはあえて突き放した言い方をする。

 総二に比べればアドリブ力にはそこそこ自信があるが、ボロが出ないとは言い切れない。

 慧理那に背をむけて、歩き出す。

「と、とても素敵な戦いぶりでしたっ。わたくしと同じぐらいなのに、ほんとうに勇敢で、強くて、豪快で。わたくし、感動しましたわっ!!」

 背中にかけられる慧理那からの称賛の言葉に嬉しいものを感じるが、表には出さずにブルーは歩を進める。

 少し悲しそうな声が、耳に届いた。

「あの、せめてお名前を教えていただけませんか?」

「――――テイルブルーです。それでは」

 答えを返し、駆け出す。

 それとほぼ同時に現れたリムジンが、猛スピードで慧理那のそばまで来る。その中から大勢のメイド達が飛び出し、彼女に駆け寄っていった。

 そのあと、慧理那の指示によるものだろうか、メイド達が、ツインテールを奪われて気絶していた少女たちの介抱をはじめていく。それを見たところで、今度こそブルーはその場を離れた。

 

 人目につかないように壁伝いに歩き、気配を消して移動してきたブルーは、先回りしていたらしき総二の姿を見て、安堵の息を漏らす。なにかに耐えるような、少女の姿もあった。誰かを悼むような雰囲気に思える少女の様子に気になるものを感じながらも、愛香は気配を探り、周りに自分たち以外はいないことを確認する。自然と力が抜け、変身が解けた。

「愛香!」

 倒れこみそうになったところで、駆け寄ってきた総二に抱き留められる。

「愛香、大丈夫か?」

「うん。ちょっと気が抜けちゃっただけ」

「そう、か。よかった」

 総二の安心した声が聞こえ、彼の腕にこめられた力が少し強くなる。総二の体温を感じ、愛香の躰が熱くなった。

「見事だ、少女よ」

 頭も熱くなり、意識が遠のきかけるが、確認しておきたいことがあった。どうにか意識を繋ぎ止め、声をかけてきた少女に視線をむける。

 彼女には、いろいろと聞きたいことがある。

「あんた」

「恥を忍んで、頼みがある」

「は?」

「え?」

 愛香の言葉を遮った少女の真剣な声を聞いて、愛香は総二とともに、思わず間の抜けた声を出した。

「少年、我のツインテールを、結んではくれぬか?」

「っ!?」

「えっ、俺っ!?」

「うむ、おぬしだ。頼む」

 自分以外の女の子の髪を総二が触るなど、できることならほかの女の子を見てほしくないと考えている愛香にとって、看過できることではない。だが少女の真剣さが、邪魔することをためらわせた。

「で、できないっ」

「え、そーじっ?」

 辛そうに顔を歪めながら、絞り出すように言葉を返した総二に、愛香は戸惑う。少女の申し出を断ってくれたのは嬉しいが、彼女の切実な様子に、喜んでいいのかわからなかった。

 総二が、悲痛な叫びを上げた。

「結ぶってことは、ツインテールをほどかなくちゃいけないってことだろっ!? そんなこと、俺にはできないっ!!」

「―――はい?」

 なにを言っているのか、わからなかった。

 愛香が呆然と声を漏らしたあと、(かぶり)を振った少女が、重々しく言葉を紡いだ。

「言いたいことは、わかるっ。だが、これはツインテールではない。おぬしもそう感じたはずだ。―――情けなど、不要っ!!」

「それでも、ツインテールには変わりないだろうっ!? おまえだってそう思ってるから、そんな辛そうなんじゃないのかっ!?」

「そ、それはっ」

「あんたたち、なんの話をしてんのよ」

 親を殺せ、とでも言われたような悲痛な様子で言い合うツインテール馬鹿二人に、口から魂が出ていくような脱力感に襲われる。

 さっき愛香が戦いにむかおうとした時と悲痛さが大して変わらないように感じ、気絶したくなった。なったが、我慢する。愛香は溜息を吐くと、少女に声をかけた。

「あのさ、そーじじゃなくて、あたしが結ぶんじゃだめなの?」

「む、それは」

「あ、愛香っ、ツ、ツインテールをほどくってことが、どういうことかわかってるのか!?」

「あんたねぇ」

 半眼になって総二の顔を見る。再び溜息を吐くと、少女に声をかけた。

「で、どーなの?」

「む、むう、確かにおぬしでもよいかもしれぬが、ツ、ツインテールを、ほどくのだぞっ?」

「なんで、言い出してきたあんたまで及び腰なのよ」

 実際にやろうとしたところで腰が引けてしまうというのは、確かにある。だが、なんでツインテールをほどくだけでそんなふうになるのだ。うつむいてなにかを考えはじめたらしき少女を見ながら、愛香はそう思った。

 少しして少女が、意を決したように顔を上げた。

「わ、わかった。頼む」

「お、おいっ」

「案ずるな。さっき我が言ったであろう。これは、ツインテールではないのだ、とな」

「くっ」

 震えながらも決意を感じさせる少女の声に総二が慌てて声をあげると、彼女はきれいな微笑みのような表情を浮かべ、静かに言葉を返した。その言葉に総二は目を固く閉じ、(かぶり)を振る。

「いや、だから、あんたたちね」

 頭がどんどん痛くなってくる。ほんとうに気絶したくなるが、目を覚ました時にまだこの言い合いを続けていたら、また気絶しそうな気がした。というか実際にそうなりそうな気がする。それを思えば、耐えなければならない。

 そういえば、総二から少女に対する呼びかけが、『おまえ』になっていたな、と思った。なぜか、『きみ』よりもしっくり感じることに不思議なものを感じながら、愛香は総二から離れ、少女の後ろに立つと、彼女のツインテールを結ぶリボンに手をかけた。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁ―――」

「オオオオオオォォォォォォ―――」

「二人して死にそうな声出してんじゃないわよっ、このツイン・ツインテール馬鹿!」

 少女のリボンを解いてツインテールをほどいたところで、総二と少女が、嘆きと悲しみを感じさせる呻き声を上げはじめた。それに対して愛香が怒鳴ると、二人は愛香の方をむくと同時に眼を見開いて口を半開きにし、驚いたように突然動きを止めた。なぜか二人の背景に稲妻が映った気がした。気のせいだろうが。

 そのまま二人が、呆然と呟いた。

「な、にっ?」

「ツ、ツイン・ツインテール、だってっ?」

「お、おおっ、な、なんと心踊る言葉なのだ」

「い、いや、だけどそれじゃ、髪の房が四つになっちゃうんじゃ」

「麗しきツインテールの、持ち主が二人いると考えるのだっ!!」

「なるほどっ!!」

「あんたら」

 総二が二人いるようだ。いや、同類がいるためか、総二も普段より生き生きしているように思える。もし総二に妹がいて、その子もツインテール馬鹿だったら、毎日こうなっていたのだろうか、とわけのわからないことが思い浮かんだ。

 愛香はますます痛くなる頭に手を当て、今日、何度めになるかわからないため息を吐くと、少女の髪を手にとる。

 なんとなく、髪の毛という感じがしない。髪の毛のようななにか、まるで人形のそれのようだ。そんなことを愛香は思った。

 少女の髪の長さから、どのあたりで結ぶのが一番きれいなツインテールになるか、少し考える。少女の、もともとのツインテールと同じくらいでいいだろうが、ほんの少しだけ上の方で結んだ。

 バランスはキチンととれている。悪くはないだろう、と愛香は思った。

「これでどう?」

「す、すごい。さすが愛香だ」

「お、おお、これはっ。か、鏡を持っておらぬか?」

「コンパクトでよければあるけど。――――はい」

「感謝する。おおっ!!」

 なぜかはわからないが、さっきまでと違って、ツインテールだと感じられるものになっていた。

 感動の声を上げた総二の反応に複雑な気持ちが湧きあがるが、ツインテールに触れて感激した様子の少女の声にいったん気を取り直し、鏡を渡す。鏡にツインテールを映したところで少女が、感動の声を上げた。

 持ち上げたツインテールを嬉しそうに眺め、撫で、鏡に映しては、やはり嬉しそうな様子を見せる。

「――――」

 少しして、少女はなにかに気づいたように動きを止めると、ツインテールから手を放した。

「どうしたの? なんか気に入らないところとかあった?」

 おかしなところでもあったのだろうか、と少女の様子から考え、問いかける。

 少女がゆっくりと首を振り、口を開いた。

「いや、すばらしいツインテールだ。アレを、これほど見事なツインテールにしてもらっておいて、不満などあるわけがない。ただ」

「ただ?」

 言葉を止めた少女に愛香が聞き返すと、彼女は笑みを浮かべた。すがすがしさとともに、どこか寂しさを感じる笑みのように思えた。

 フッ、と笑った少女が、言葉を続ける。

「ただ。我らには、やはりツインテールを作ることはできぬのだな、と。そう思ってしまっただけだ」

 その声はやはり、なにかをふっきったようで、それでも隠し切れない悲しみがこめられているように感じた。

 

「気にすることないんじゃない?」

「なにっ?」

 愛香の言葉に、少女が反応した。声の調子から、少し怒らせてしまったかもしれないと思ったが、そのまま言葉を続ける。

「ツインテールが好きだって言うけど、そーじ、ツインテール結べないと思うわよ」

「む?」

「え、い、いや、確かに結んだことないけど」

 キョトンとした少女が目を(しばたた)かせると、総二は言い訳をするように慌てて答えた。

 少女は少しの間なにを言われたかわからないようだったが、気を取り直した様子のあと、口を開いた。

「いや、男ならば、結んだことがなくとも不思議ではな」

 そこで少女が、なにかに気づいたように言葉を止めた。

 少女は、少し考えこむ様子を見せると総二に視線を戻した。そのまま、確認するように問いかける。

「おぬしは、なぜツインテールが好きなのだ?」

「ツ、ツインテールが好きなことに、理由が必要なのか?」

「確かに()らぬ」

「言い切ったわね」

 開き直ったようでどこか恥ずかしそうな総二の答えに、打てば響くといわんばかりの早さで少女が納得し、愛香はげんなりと声を漏らした。確かに、なにかを好きだということに理由など要らないかもしれないが。

 少女は、なにかを見極めるように総二を見つめる。

「世界が美しいのは?」

「ツインテールがあるからだ」

「そーじ」

 少女の問いへ即座に返された総二の言葉に愛香が呆れて声をかけると、彼はハッとした様子で口を抑えた。

 少女は総二の答えに満足そうに頷きかけるが、なぜか途中で眉をひそめた。

「おぬし、ほんとうにツインテールを結んだことがないのか?」

「あ、ああ」

「彼女のツインテールを結んだこともないのか?」

「か、かのっ、あ、あたしは、ずっと自分で結んでるわよっ」

 『彼女』という言葉に思わず過敏に反応しかけるが、気持ちを落ち着かせて愛香が答えると、少女が改めて愛香のツインテールを見た。

 いったん納得した様子を見せながらも再び考えこんだ少女が、むう、と声を漏らしたあと、彼女は自分に言い聞かせるように言葉を続ける。

「まあ、男ならば確かに結んだことがなくとも不思議ではないであろうが、しかし考えてみれば、そもそもアレをほどくことにまで抵抗を覚えるほどでは、まるで、――――いや、少女のツインテールは、そのためか?」

 愛香と、いや、愛香のツインテールと総二を見ながら、少女はブツブツと呟き続ける。納得したようでなにかが引っかかるらしく、腕組みをして、なにかを考えはじめた。

 総二と顔を見合わせてから少女に視線を戻すと、彼女は首を(かし)げて、うーむ、と唸りはじめる。

「あー、とにかくね」

「む?」

 愛香が声をかけると、少女が顔をむけてくる。

 少し気恥ずかしいが、意を決して言葉を紡ぐ。

「『あんたたち』がツインテールを結べないって言うんだったら、あたしが結んであげるわよ」

「――――おぬし」

「愛香?」

 少女があっけにとられた様子で呟き、総二が不思議そうに声を漏らした。おそらく、そういうことではないのだとは思う。なぜかはわからないが、少女――あるいは少女たち――がツインテールを結んでも、ツインテールと感じられるものにならないことが悲しいのだろう。そんな相手にこんなことを言うのは、当てつけに思われてしまうかもしれない。

 それがなくとも、下手をすればライバルを増やす行為になるかもしれない。それでも、伝えたいと思ったのだ。

 総二に想いを少しずつでも伝える勇気を出すきっかけをくれた少女に、感謝を。

 これからも自分のツインテールを見ていてほしいと、総二に。

 上手く伝わるかはわからないが。

「フ、ハハハ、ハッハッハ!」

「ど、どうしたんだよ?」

 突然、少女が笑いはじめた。馬鹿にしたような感じはまったくせず、ほんとうに楽しそうな笑い声だった。

 少しして笑いが収まった少女が、総二に顔をむける。

「少年」

「な、なんだ?」

「彼女のことを、大切にしてやれ」

「え、ああ。それはもちろん。って、愛香っ?」

 戸惑いながらもはっきり答えた総二の言葉に愛香の躰が熱くなり、意識が遠のきかける。気がつくと、再び彼に抱き留められていた。

 総二の言葉を聞いたこともあるが、すでに疲労が限界にきているようだった。

「すまぬな。疲れているところに、長話まで付き合わせてしまったせいだろう。ゆっくり休むといい」

「待ちな、さいよ。あんたには、いろいろ聞きたいことが、あるのよ」

「我のことについては、いま明かすつもりはない。そのほかのことについては、少年に渡してあるデータバンクで確認するといい」

「これのことか?」

 総二が紙切れのような物を取り出すと、少女が、うむ、と頷く。

 少女はため息を吐いてから、言葉を続けてきた。

「すまぬ。恩を受けておきながら、我は、それを返すこともできぬのだ」

 そう言って少女が(きびす)を返し、愛香たちから離れていく。

属性玉(エレメーラオーブ)。おぬしの受け止めた菱形の石だが、なにかの役に立つ物ではない。だが、できることなら、持っていてほしい」

「なによ、それ」

 愛香の言葉に答えることなく進んでいく少女の前に、光の門のようなものが現れた。自分たちをここまで連れてきたもののように、転移させるものなのだろうか、となんとなく思った。

 視界が、ぼやけていく。

「それにしても」

 薄れていく意識の中、少女がふと思い出したように、誰にともなくといった調子で言葉を漏らしたのが、聞こえた。

 

「やはり乳がない方が、ツインテールが()えるな」

 

「――――――あ?」

「お、おい、愛香っ?」

 少女の言葉に、愛香の意識が覚醒した。総二からゆっくり身を離そうとしたところで、彼から心配そうに声をかけられるが、確認しなければならないことがある。

 いま、乳がないと言ったか。

 そう思ったところで、残像が見えそうな速さで少女がこちらにふり返り、驚愕の叫びを上げた。

「こ、この気迫っ、わ、我が、気圧(けお)されているだとっ!?」

「いま、なんて言ったの?」

 殴るつもりも、怖がらせるつもりもないが、愛香の口から思わず低い声が出る。少女は後ずさりながら、焦ったように返事をしてきた。

「い、いや、我の旧友がな、巨乳にツインテールこそ完璧なものだ、と言っておったのだが、ツインテールが似合うのはやはり幼女。その幼女と対極と言える巨乳よりは貧乳の方が似合うのではないか、と我は思って」

「誰が幼児体形ですってええええええええええ!?」

「そこまでは言っておらぬううううううううう!?」

「落ち着け愛香ああああああああああああああ!!」

 慌てた様子の総二に掻き抱かれ、愛香の顔が彼の胸元に押しつけられた。

「ふぇっ!?」

 いまにも倒れそうなほどの疲労、意識が遠のく寸前に聞こえた言葉によって目を覚ましたものの、無理やりの覚醒だったため、実際にはすぐにも眠りにつきそうなほどだった。

 その状態で愛する総二に抱かれ、思いっきり彼の(ぬく)もりと匂いを感じたことで、幸福感やらなにやらが湧きあがり、意識が飛んでいく。

 少女の慌てた声が、耳に届いた。

「おぬしたちがツインテールを愛するかぎり、再び逢うこともあるだろうっ! その時まで、さらばだっ!!」

 なんとなくあの少女らしさを感じる言葉が聞こえ、愛香の意識が闇に包まれた。

 

 

 なんて可愛らしい。

 強いツインテール属性を持つ者を探すかたわらで見つけた、三人の元気な(よう)、いや幼い少女たち。認識攪乱装置を使い、十メートルに満たない距離で彼女たちを見る。この世界で見たなかでも、最高級の可愛らしさと言っていい。もっとも、可愛らしい幼女に貴賤はないが。

 時折、自分の足元を見ると、口から垂れた液体で濡れているが、気にすることではない。

 三人ともお持ち帰りしたくなるが、耐える。YESロリータ、GO、いや、NOタッチ。それが淑女であるべきだ、と自分に言い聞かせる。拳が、強く握りすぎて血の気がなくなり青くなっているが、大した問題ではない。

 気を取り直して、少女たちに眼をむける。輝くような笑顔に、自然と心が弾む。

 これだ。この笑顔を見るために、自分は戦っていたのだ。

 もう、自分の故郷で見れることはない。そのことに、心が沈む。

「あれ? あっ、あすかちゃーんっ!!」

 三人の内のひとりである、栗色のツインテールの少女が、むこうからやってきた同い年くらいのツインテールの幼、いや少女に元気よく手を振って声をかけていた。

 声をかけられた幼、――幼女が手を振り返し、元気よく駆けてくる。

 三人に勝るとも劣らない、ツインテールの可愛らしい幼女。ツインテールに心が動くことがないことに胸が痛むが、いまはこの幼女たちを見ていたい。そう思った。

「ぁ、ぁぁ」

 そろった。世界(ロリコン)に光をもたらす、(あかつき)の四幼女がそろった。押しとどめていた欲望が、理性を押し流していく。

 天を見上げ、空へと掲げた拳を強く握りしめる。

 ロリコンのなにが悪い。犯罪だと。国家権力(警察)など怖がってどうする。YESロリータ、GOタッチ。それが、淑女というものではないか。

 さっきと考えていることが違う、と聞こえた気がしたが気のせいだ。再び四幼女に眼をむける。

 息が荒くなり、口から涎がどんどん垂れていく。両手が自然と肩の高さまで上がり、わきわきと手が動く。

 もう、我慢できない。

 少しずつ、幼女たちに近づいていく。

「ん? どうしたのよ、あすか。なんか楽しそうね?」

「なにかあったの?」

「うんっ!」

 長い金色の髪の、勝気そうな幼女の言葉に、紫がかった長い髪にカチューシャをつけた、おとなしそうな幼女が続ける。

 その言葉に元気よく返事をした、あすかと呼ばれた幼女が言葉を続けた。

「テイルブルーっていう人がね! トカゲのお化けから助けてくれたの!」

「うん? なにそれ?」

「テイルブルー?」

「トカゲのお化け?」

「――――。――――。――――。――――へ?」

 あすかちゃんの言葉に、三人の幼女が困惑していた。

 幼女たちの間近に迫ったところでその言葉を聞いて数秒ほど硬直したあと、属性力(エレメーラ)の探知装置を急いで取り出し、確認する。

「しまったあああああああああああああああああーーーーーーーーっ!?」

 叫び声が、空に響いた。

 

 




 
防犯ブザー。

総二に対する献身っぷりから、個人的に愛香さんのイメージは犬だったりします。異論は認める。


八月八日に、総二×愛香のR-18の話を新作として投稿しております。十八歳以上でご興味のあられる方、よろしければご覧下さい。続きもいずれ書くつもりです。
 


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1-4 青赤会議 / 狐と亀 / 黄、竜の演説

 
二〇一四年十二月七日  初稿
二〇一五年九月九日   修正
 


 目を覚ますと、見知った天井があった。

 自分の部屋では、ない。幼馴染みである、総二の部屋の天井だ。

 そこまで考えて愛香は、戦いが終わり、少女と会話をし、ツインテールを結んであげたあと、総二に身を任せて気絶したことをぼんやりと思い出す。なにかを吹っ飛ばしている気がしたが。

 ベッドから、なんとなく総二の匂いを感じた気がして、頭が少しぼーっとする。

 視界に、心配そうな総二の顔が映った。

「愛香。目、覚めたか?」

「そ、そーじっ?」

「ああ。どこか、痛むところとかあるか?」

「え、えっと」

 気遣ってくる総二の声を受け、慌てて起き上がった愛香は、自分の体の調子を確認する。少し疲れのようなものはあるが、それだけだ。

 気持ちを落ち着けて、微笑んで返す。

「うん、大丈夫。ちょっと疲れてるけど、それだけよ。ありがと、そーじ」

「そっか。よかった」

 愛香の言葉を聞いて、安心したように総二も微笑んだ。

 総二の笑顔に一瞬見惚れ、慌てて愛香は口を開く。

「そ、それはそうと。そーじ、どうやってここまで来たの。ずっとおぶってきたの?」

「ああ、あの子が渡してきた道具の中に、転移装置ってやつがあったから、それを使ったんだ。マニュアルもついてた」

「そ、そう、よかった」

 総二に、あまり苦労させずに済んでホッとしたが、ほんの少し残念な気持ちになる。いや、気絶してたのだから、総二の体の感触はわからないわけだし、素直によかったと思っておく。

「愛香。疲れてるんだったら、今日はもう休んだらどうだ?」

「ううん。とりあえず、あの子から渡されたデータバンクってやつで、ある程度のことは知っておかないと」

 心配そうな総二の顔を見て、答える。

 疲れてはいるが、さっきまで寝ていたおかげで、すぐに倒れるというほどではない。

 納得したように総二が頷き、口を開いた。

「わかった。ちょっと飲み物淹れてくるな」

「うん」

 部屋を出て行く総二の姿を見送った愛香は、今日の出来事を思い起こす。

 陽月学園高等部への入学式。神堂慧理那生徒会長。部活アンケートで、総二が『ツインテール部』と書いてしまい、後悔しまくっていたこと。得体の知れない謎の少女。ツインテールを狙う、わけのわからない変態怪人たち。

 そこまで考えて、少女から渡された、手首にはめてある蒼いブレスレットを見る。

 ツインテールへの想いによって生まれる、ツインテール属性。ツインテールにどんな想いをこめているのか、かたちになってくれれば。そう考えていたことが、現実になるとは。

 そう考えて、苦笑する。起こった出来事に関して、複雑な気持ちはある。だが、総二が、愛香のことをちゃんと大切に思ってくれていることが、わかった。自分も、少しではあるが、総二に対して素直に想いを伝えられた。ほんの少しではあるが、それでも、前に進めたと思えた。

「そーじ」

 名前を、呟く。

 ひとりで彼の名前を口に出すときは、不安や悲しみ、自分への不甲斐なさで、胸に重苦しいものが張り付いているようだった。

 いまは、違う。不安などはまだあるが、心に、それ以上の温かなものがある。そこまで考えて、少女から胸がないと言われて怒り、怖がらせてしまったことを思い出す。少女に再会した時、謝ろう。そう考えたあと、総二に思いっきり抱きしめられたことも思い出し、顔が熱くなった。

 扉が、開く。

「お待たせ、愛香。紅茶でよかったか?」

「う、うん。ありがと、そーじ」

 微笑んで、言葉を返した。

 

 紅茶を飲んで一息つき、データバンクと称された紙切れを広げると、宙に画面が現れた。

「まるでSFね。ごめん、そーじ。操作お願い」

「ああ」

 愛香は呟いたあと、総二に操作を頼む。愛香は、機械関連の扱いが得意ではない。説明を受けなければ、ろくに操作などできず、ボタンひとつでできない機能などは、無いも同然と言えるほどだ。

 総二は、ツインテール馬鹿ではあるが、そこはやはり男の子と言うべきなのか、機械関連の理解力は意外とある。

 総二が、画面のあちこちに触れる。時折、少し考えこむ様子を見せるが、どうやら使い方を確かめているようだった。

 一通り触ったところで、総二が、用語説明の画面らしきものを表示させる。

 変態蜥蜴怪人、もといリザドギルディが言っていたアルティメギルや、少女が軽く説明していた属性力(エレメーラ)などを、二人で読み進める。

 属性力(エレメーラ)。あの少女が言った通り、なにかに執着、または愛する心。

 どれだけ人生をかけているか、かけられるかで、強さが変わるらしい。ツインテールに人生をかけるって、と愛香は頭を抱えるが、考えてみれば愛香自身も、総二にふりむいてもらうため、つまりは女としての人生をかけているのだから、そうなるかもしれない、と複雑な気持ちになりながらも納得した。

 気を取り直して、再開する。

 属性自体にも強弱があり、なんでこんなものが、と言いたくなるようなものが強力であることも珍しくないらしい。

 その中でも、最大級の力を持つとされており、アルティメギルが最も執着する属性。

「それが、ツインテール属性、か」

 ツインテール属性に匹敵する属性もあるのに、なぜアルティメギルは、ツインテールを狙うのか。今日のリザドギルディも、ぬいぐるみを持った幼女、もとい少女に執着していたが、ツインテールが前提であるようだった。

 そのことについて気になるものはあるが、いまは、ほかに知らなければならないことがある。

 そして、知れば知るほど、アルティメギルがどれだけ危険か、属性力(エレメーラ)を奪われることが、どれだけまずいことかわかる。

 属性力(エレメーラ)を奪われた人は、その属性に対して心を動かされることが、なくなる。関わろうと思うことも、できなくなる。

 人の生活に密接に関わる属性力(エレメーラ)が奪われてしまったら、どうなるのか。あるいは、その人にとって生きがいともいえるものを奪われてしまったら。ツインテール属性なら、ツインテールにできなくなり、ツインテールに対して、なにも思わなくなるだけだ。だが総二にとっては、決して看過できることではないだろう。そんな心が奪われていったら、その世界は、熱の無い、ただ人が死なないだけの世界になってしまうのではないか。

 家族愛や友情と言ったものは、知性ある生物なら持っていて当然のものであるため、これらが奪われることはないとあるが、慰めになるものではないだろう。

「思った以上にやばいわね、アルティメギルって」

「そう、だな」

 愛香の呟きに総二が、どこか沈んだ様子で答えてくる。

「そーじ?」

 さっきから、総二の様子がおかしい。

 いまも、愛香の方に手を伸ばそうとしては引っこめる、という行動を何度か繰り返している。

 気になったが、総二が次のデータを確認しはじめたため、いまはそちらに集中する。

 次の項目は、エレメリアン。

 

 

 

「リザドギルディが、人間に倒されただと!?」

「馬鹿な、ありえぬ!」

「油断したと言うだけでは説明がつかんぞ、どういうことだ!?」

 人が足を踏み入れること叶わぬ場所。言うなれば、世界と世界の狭間に、神秘と科学の結晶で造られたアルティメギルの前線基地はある。姿を隠すためでは、ない。言ってみればここは、聖域だった。

 その中の、巨大な会議室とでも言うべき大ホール。そこにむかう通路を進んでいたドラグギルディは、大ホールの方から響き渡る、いくつもの同胞たちの声を聞く。

 いま彼らは、意気揚々と属性力(エレメーラ)奪取にむかいながらも、一日足らずで多数の戦闘員(アルティロイド)とともに倒されたリザドギルディと、彼が命を落とした原因について話しているようだった。

 今回、侵攻を決めたこの世界は、ほかに類を見ないほどの高い属性レベルがありながら、文明レベルの低い理想的な狩場。そのはずだった。

 人の精神から生まれる属性力(エレメーラ)を核として生まれる、精神生命体。ゆえに、エレメリアン。

 ほかの、生物や植物などを殺し、喰らわなければ生きていけない有機生命体と違い、エレメリアンがほかの生物を殺すことはない。

 しかしエレメリアンは、人の心、すなわち属性力(エレメーラ)を喰らう。

 属性力(エレメーラ)を奪われたものは、一定期間内にそれを取り返さなければ、二度と戻ることはない。そして、吸収された属性力(エレメーラ)も、復活することはない。

 そのため、エレメリアンはあらゆる世界を渡り、属性力(エレメーラ)を奪う。

 幾百、幾万、幾億の、人の属性力(精神)から生まれた存在が、人の属性力(精神)を喰らう。

 なんとも、皮肉な話であった。

 大ホールの入り口で、足を止める。一面(にび)色の大ホールに丸テーブルが置かれ、個性豊かな姿のエレメリアンたちが集い、喧々諤々(けんけんがくがく)と言い争っていた。

 ドラグギルディは、ふむ、とひとつ頷くと、大ホールに足を踏み入れた。

 

「静まれい!!」

 大ホールに姿を見せると同時にドラグギルディは、白熱する議論を一喝して静めた。

「ド、ドラグギルディ隊長」

 部下である、ひとりのエレメリアンが、畏敬の籠もった声とともに、ドラグギルディの方に顔をむける。

 人間たちの神話にある、竜。

 ドラグギルディの姿はそれを思わせるものであり、黒い体と赤い目を持ち、マントを羽織っている。

 歴戦の戦士であるドラグギルディの強さは、並のエレメリアンとは一線を画しており、ひとつの部隊も任されている。弟子入りを志願してくる者もおり、部隊内には、多くの弟子がいた。

 リザドギルディも、その弟子のひとりだった。

「リザドギルディの力は、師である(われ)がよく知っておる。それを打ち負かすほどの戦士が、密かに存在していたということだ」

 言いながら、ドラグギルディはモニターを操作する。

「これを見よ」

 青きツインテールの戦士、テイルブルーが映し出された。

 おお、という感嘆の声が、一斉に上がる。

「むう。まるでひとつの想いで一心に磨き抜かれたような、見事なツインテール。リザドギルディ殿が敗れたのも、納得がいく」

「これが、この世界の守護者(ガーディアン)

「事前に知れる文明レベルなど、あくまで表層的なもの。中には、それを逸脱した存在がいても不思議ではない。これまでも、我らの前に立ちはだかる戦士とは、何度か相見(あいまみ)えたであろう」

「ですが、いままで戦った戦士たちはすべからく我らの手で。―――むう、これはっ」

 テイルブルーのツインテールは、すばらしいものがある。同時に、テイルブルーとリザドギルディの戦いに、武人としての血が騒いだようだった。戦いの中で、目に見えて動きがよくなっていくリザドギルディと、それを上回るテイルブルーの強さ。最後の一瞬の攻防。そしてやはり、美しく(なび)くツインテール。

 じっと映像を見つめ続ける彼らに、ドラグギルディは問いかける。

「さて、どうする。怯えて尻尾を巻き、他の世界へと逃げ出すか?」

 挑発するかのように薄く笑い、ドラグギルディは周りを見渡した。

 どのエレメリアンも、臆した様子などなく、不敵な笑みを浮かべる者ばかりだった。

「なにを仰います。あれほどのツインテールを前に、他の雑多な世界に逃げろと?」

「フッ、ここが俺の死に場所だ」

「それに、リザドギルディのあの戦いを見せられて逃げ出すなど、武人として恥ずべき行為です」

「ならば、なにも変わらぬな。あのツインテールともども、この世界の属性力(エレメーラ)を頂くとしよう!!」

 集ったエレメリアンたちが、一斉に雄叫びを上げる。

 それに頼もしさを覚えるとともに、忸怩(じくじ)たる思いを、感じていた。

 

 

 

「こんなところかしら」

 無数に存在する平行世界。その中の、突出した科学力を持った一部の世界で発展した、精神力をエネルギーとする技術。

 属性力(エレメーラ)と、そこから生まれたエレメリアン。

 愛香が、あの少女から渡された装備。名前は、ギアと言うらしい。それの機能と、転移装置や、エレメリアンの探知装置の使い方も調べ終わった。探知装置は、手を広げたくらいの大きさで、懐中時計のような形をしており、側面にあるボタンを押すたびに表示画面の縮尺が変わる、どこかで見たようなものだった。

 結論として、アルティメギルとは、自分ひとりで戦わなければならないらしい。愛香はそう思った。

 精神生命体であるエレメリアンには、同じく精神から生まれる力、属性力(エレメーラ)を利用した攻撃しか通用しない。そして、愛香たちの世界で、精神力を利用した技術など聞いたことがない。

 つまりは、愛香の持っているギアしか対抗手段がない。

 愛香が知らないだけの可能性はあるが、探しようがない以上、同じことだ。

 また、アルティメギルが脅威として認識しづらいという点がある。

 属性力(エレメーラ)を奪われるということがどういうことなのか、事情を知らない人からすれば、別にいいのではないか、と無視される可能性が高い。

 連中が今日やったことも、車を破壊することなどはしても、人間に危害を加えることは、一切しなかったのだ。

 ある程度事情を知った愛香ですら、まだどこか戯言のように感じかねないくらいだ。

 国、いや世界規模で対策を取らなければならない危機のはずだが、正直、期待は持てなかった。

 いちおうの結論が出たため愛香は、さっきから気になっていたことを、総二に聞くことにした。

 

 

「それで、そーじ。さっきからなにを気にしてるの?」

 一通り調べ終わったところで、愛香がこちらの目を見て問いかけてくる。ごまかそうかと一瞬考えたが、すぐに観念する。

 総二は、疑問ではなく、確認のために問い返した。

「やっぱり、わかるか?」

「そりゃ、あんな変な行動ばかりとってる上に、沈んだ顔してればね。何年一緒にいると思ってんのよ」

 はっきりと言われ、昼間にも痛感した自分のアドリブ力の無さを、総二は心の中で嘆く。泣き言を言って愛香を困らせたくはない。だが、きっと、愛香も引き下がらないだろう。

 心配そうな顔をむける愛香に対し、総二は自嘲する。

「俺も、あいつらと同じように見られてたのかなって思ってさ」

「はあ?」

 なにを言っているのだ、というような反応を返してくる愛香に、笑顔をむける。笑顔をむけたつもりだが、上手く笑えているかは、正直、自信はなかった。

 自分のことを、情けない奴と思いながらも、言葉を続ける。

「ツインテール、ツインテールってさ。俺がツインテールについて語った時とか、その語った相手が、ツインテールがどんなものか知った時とか、みんな俺のこと、おかしなものを見るような目で見てきたんだ。好きな髪型を主張して、なにが悪いんだ、っていままでそう思っていたけど、みんなからは、あんな怪物みたいに見えてたのかなって思ってさ」

 俺は、開き直ったフリをしてても、ほんとうは、ツインテールを好きなことに後ろめたさを感じてたのかも知れない。

 総二がそう締めくくると、愛香が少し考え込むそぶりを見せた。

 愛香が総二の目を見つめ、どこか恥ずかしそうに口を開いた。

「ねえ、そーじ。そーじはさ、あたしのツインテール、その、好き?」

「好きだ」

 いましがたあんなことを言っておいて、それでも自分は、即答するのか。

 そう考えて、また気持ちが沈みこみそうになったところで、再び愛香の問いが続いた。

「それじゃ、そーじは、あたしのツインテールを奪いたいって思う?」

「いや、思わない」

 一瞬考えるが、迷わず即答する。それに関しては、はっきりと答えられる。

「それは、どうして?」

「愛香のツインテールは、愛香だからこそのツインテールなんだ。奪って自分のものにしたところで、それはもうツインテールじゃない。ツインテールは、愛でてこそ輝くものなんだ」

 総二の言葉に、愛香が優しく微笑んだ。

 笑顔のまま、愛香は語りかけてくる。

「なら、そーじは、あいつらとは違うわよ。あいつらは、人の大切なものを奪う。そーじはそんな酷いことしない。ね、違うでしょ?」

「―――愛香」

「それに、あの子とツインテールの話をしてる時、そーじはどう思ったの?」

 どこか複雑そうな表情で聞いてくる愛香に、少し気になるものを感じたが、少女と話した時のことを思い出す。答えは、すぐに出た。

「楽しかった。いままで、あんなふうにツインテールについて語れる相手っていなかったから、さ」

「うん。そう、だよね」

「愛香?」

 少し沈んだように、愛香が応えてくる。なんとなく心配になり、声をかけたところで、愛香は優しい笑顔で言葉を紡いでくる。

「とにかくね、そーじは考えすぎなのよ。おじいちゃんにもよく言われてたでしょ。お前は雑念が多い、心を無にしろ、ってさ」

「そう、だな」

 愛香の言葉に、心が軽くなる。

 それに、愛香の言う通りだ。総二は、師でもあった、愛香の祖父の言葉を思い出す。

「あ、そういえば」

「ん?」

 ふと思い出したように、愛香が再び口を開いた。

「さっきから、手を伸ばそうとしては引っこめるのを繰り返してるけど、どうして?」

「いや、あのリザドギルディってやつが、ツインテール触らせろーって言ってた時、愛香すごく嫌がってたからさ。俺もやらない方がいいのかなって」

 リザドギルディの要求に対して、とても嫌そうに、絶叫と拳で答えていた愛香の様子と、いままで自分がしてきたことを思い出し、再び落ちこみながら総二は答える。愛香が戦いにむかう前に、触ってほしいと彼女から頼まれたが、あれは総二に気を遣ってくれたからであって、ほんとうは嫌だったのではないだろうか。そんなことを思ってしまう。

「いや、そりゃあんな変態に触られたくないわよ」

 変態に触られたくない。当然だ。うつむいてそう考え、さらに気持ちが沈みそうになったところで、愛香がすぐに言葉を続けてきた。

「あのね、そーじなら、別に触られてもいいっていうか、むしろ、触ってほしいっていうか」

「えっ?」

 顔を上げて愛香を見ると、彼女の顔が真っ赤に染まっていた。

 恥ずかしそうにモジモジとしながら、愛香は言葉を紡いでくる。

「そ、そーじ、あたしの髪触ってると落ち着く、って言ってるでしょ? あ、あたしも、そーじに触ってもらえると落ち着くから、その、変な気を遣わないで、いままで通り触ってほしいなって」

「そ、そうか」

 愛香の言葉を聞いて、顔が、なぜか熱くなった。

「そ、それじゃ、触っても、いいか?」

「―――うん」

 なんとなく(かしこ)まって尋ねると、愛香から小さな、しかしはっきりとした肯定の声が返ってくる。いままでになく丁寧に、愛香のツインテールに、触れた。

「んぅ」

 時折、目を細めた愛香の気持ちよさそうな声が耳に届き、不思議と落ち着かなくなる。普段なら、愛香のツインテールを触っていると落ち着くはずが、いまは、なにか妙な気分になっていた。ただそれは、決して不快ではなく、むしろ心地よさを感じるものだった。

 愛香のツインテールに触れている自分の手が、どんどん熱くなっている気がした。いや、自分の顔も、さっきより熱くなってきた気がする。

 気恥ずかしさを感じ、なんの気なしに、ドアの方に顔をむけた。

「―――」

 目が、合った。

「なにしてるんだ、母さん」

「ふぇ!?」

 ドアの隙間からこちらを覗いている母に総二が声をかけると、ツインテールを触られて心地よさそうにしていた愛香が、驚くと同時に慌てはじめた。

「あらあら、ごめんなさいね。お邪魔しちゃったかしら」

 実に楽しそうに、母が言葉を返してくる。

 総二の母、観束未春(みはる)。早くに夫を亡くし、総二を女手ひとつで育ててきた。だが、苦労人では、決してない。喫茶店の適当経営など、根本的にノリで生きる人である。

 続けて未春は、愛香にむかって、それはそれは楽しそうに声をかけた。

「ふふ、愛香ちゃん。その調子よ。しっかりねっ」

「み、未春おばさんっ!」

 慌てる愛香を後目(しりめ)に、手をヒラヒラと振りながら、未春が部屋から去って行く。

 さっきまでの雰囲気を思い出し、総二の顔が、また熱くなる。総二は、自分と愛香の間に、妙な空気が漂っているように感じた。

「じゃ、じゃあ、そーじ。今日はこれでお開きってことで、また明日、ね」

「お、おう、そうだな。また明日」

 顔を赤くして、口ごもりながらの愛香の言葉に、総二もなんとなく口ごもって返す。

 家が隣である愛香の部屋と総二の部屋は、ちょうどむかい合っており、空き幅も狭いため、窓をまたいで移動できる。子供のころから、そうやってお互いの部屋を行き来していたため、習慣のようになっていた。

 愛香が、自分の家に帰っていく。

 愛香を見送ったあとに総二は、彼女のツインテールに触れていた自分の手を見る。まだ、手が熱い気がした。

「愛香」

 名前を呟き、なにか変な気分になりかけた総二は、頭をブンブンと振って雑念を追い払った。

 

 

 

「やはり、おまえが残ったか。さすがだな、フォクスギルディ」

「あなたこそ。だが、最後に勝つのは私だ、タトルギルディ」

 大ホールの中央。ふたりのエレメリアンが、大きなひとつの塔を挟み、対峙していた。

 ひとりは、甲羅をまとった、亀を思わせるタトルギルディ。もうひとりは、細身の、狐を連想させるフォクスギルディ。いま彼らは、テイルブルーに挑む順番を決める勝負を行っているところだった。

 ドラグギルディが見る分には、ここまで勝ち上がってきた両者の間に、決定的な差はない。だが、勝つのはおそらく、タトルギルディの方だろう。

 フォクスギルディが、声を上げた。

「行くぞっ」

「おおっ!」

 

「最初は、グーッ。ジャン・ケン・ポンッ!」

「最初は、グーッ。ジャン・ケン・ポンッ!」

 

 ふたりのエレメリアンの声が重なり、タトルギルディは、握りこぶしから指を二本だけ伸ばした手を突き出し、フォクスギルディは、握りこぶしを突き出した。あらゆるものを切り裂くチョキだが、それも、あらゆるものを砕く頑強なグーには、歯が立たない。まず順番を決めるジャンケンに勝ったのは、フォクスギルディだった。

「私からだっ!」

「グ、グムーッ」

 嬉しそうなフォクスギルディの声と、とても悔しそうなタトルギルディの声が、響いた。

 塔は、一段につき三本の直方体の棒で形成され、一段ごとに、縦横に交差するように組み上げられている。

 フォクスギルディが、塔の下の方から、一本の棒を引き抜き、上の方に積み重ねる。フォクスギルディのあとに、タトルギルディもまた同じく、下の方から棒を引き抜き、積み重ね、両者が同じことを繰り返す。

 ジェンガ。人類には、そう呼ばれる勝負であった。だが、人間たちが一般的に行うものより、ずっと大きい。

 棒も、人類の技術では、加工すらままならない材質のものである。だが、アルティメギルの技術力は、人類のものとは比較にならない。何万、何億本と加工することができる。

 とてつもなく硬い材質で作られたその棒を、天高く積み上げ、行われるジェンガ。

 明鏡止水と呼ばれる境地。曇りなき鏡のごとき穏やかな水面のような、心。

 天使のように細心に、悪魔のように大胆に。すばやく精確に引き抜く、技。

 心によって動かされ、その技を顕現させる、制御され、鍛え抜かれた、体。

 心・技・体。すべてが揃って、真の勝利を得ることができる。

 それがこの、『ジェ・ンガジャーイ・アント』だった。

 だが、ドラグギルディをはじめとする幹部エレメリアン同士では、この勝負が行われることは、ない。

 決着が、つかないのだ。

 以前ドラグギルディが、あるエレメリアンと戦った時、七日七晩と続けたが、(つい)ぞ決着がつくことは、なかった。幹部級と一般のエレメリアンには、それだけの開きがある。

 戦いが、佳境に入ってきた。引き抜く場所が高くなり、飛行能力を持たない両者は、ふたりとも脚立(きゃたつ)に上がって、勝負を続ける。この脚立も、アルティメギルの超技術で作られており、安定性は、人類のものとは比較にならない。足場が悪くて負けた、など言い訳はできない。もっとも、ほかのものに責任をなすりつけるなど、武人として恥ずべき行為ではあるが。

 タトルギルディが引き抜き、塔がグラッと傾きかける。だが、崩れることはない。

「くっ」

「フフフ」

 フォクスギルディの動揺の気配と、タトルギルディの安堵が伝わってくる。タトルギルディは安堵しながらも油断した様子を見せず、引き抜いた棒を、塔の上の方に積み重ねた。フォクスギルディの動揺が、ますます強くなったのが、わかった。

 勝負はついた。そう考えると、ドラグギルディは眼を閉じた。

 

 

 

 高校生活の二日目。一時間目の授業を中止して、体育館で全校集会が開かれていた。内容はおそらく、昨日の事件のことだろう。

 学校の、このような集会なら、気のないそぶりをする者のひとりや二人いそうなものだが、欠伸をする者がひとりとして見受けられず、話し声すらしない、静寂に包まれた空間。

 神堂慧理那生徒会長が、登壇した。

 彼女の後ろには、昨日、慧理那を危険に晒したことでだろうか、SPも兼ねているらしき数人のメイドが、もはや(はばか)りもせず控えていた。

 慧理那が、愛香も含めた整列する生徒たちにむけて、口を開いた。

「皆さん。知っての通り昨日、謎の怪物たちが暴れまわり、街は未曽有(みぞう)の危機に直面しました」

 確かに未曽有(みぞう)だろう。そもそもツインテールを狙ってくる怪物など、誰が想像できるか。

 そんなことを考える愛香を気にするはずもなく、慧理那が言葉を続ける。

「実は、このわたくしも現場に居合わせ、そして狙われたひとりです」

「なっ」

 

『なんだってーーーー!?』

 

 慧理那の言葉を聞き、沈黙を守ってきた生徒たちが一斉にざわめき出す。生徒たちが静粛にしていたのはひとえに、慧理那に対する敬意――多分――からであろうが、その慧理那が狙われたとあっては、落ち着くことなどできないのだろう。

 チラリと総二の方を見てみると、身振り手振りのたびに揺れる慧理那のツインテールを見てだろうか、彼の目が輝いているように見えた。

「冗談ではないっ!!」

「や、やってやる、やってやるぞ! あんな連中がなんだ!」

「許せない。この俺の生命(いのち)に代えても、躰に代えても、奴らを倒して見せる!!」

「おい、俺の躰に早くダイナマイトを巻けっ! フッ、気にするな。命なんて安いもんだ。特に俺のは」

「昔、誰かが言ったような気がする。感情のままに行動することは、人間として正しい生き方だと」

 かなり物騒な台詞が、辺りを飛び交う。何人かは、特攻したり、自爆しそうな気がするほどだ。

 激情と呼ぶしかない熱いオーラのようなものが、人々を支配していた。

 なぜ、このノリで、総二のツインテール部はスルーできなかったのだろう。そう思わなくもないが、慧理那が狙われたとあっては仕方ないのかもしれない。そう思っておく。

「皆さんのその正しき怒り、とても嬉しく思いますわ。誰かのために心を痛めることができるのは、素晴らしいことです。まして、わたくしのように先導者として未熟な者のために」

 正しき怒りとかそういう表現を使っていいのかわからないが、生徒たちの反応に、慧理那は感激した様子だった。

 身長が低いために、底上げ台を用いて、なおかつ爪先立ちでの演説。昨日も思ったが、幼い少女が一生懸命背伸びしているような印象を受ける。

 周りの生徒たちにとっては、そんな健気さも魅力と映るのであろう。実によく調教された犬、もとい訓練された生徒たちだった。

 さらに慧理那は、自分以外の人たちも襲われたことを話す。その言葉に生徒たちがざわめき出すところで、それを遮るように、慧理那は言葉を続けた。

「しかし、いまこうしてわたくしは、無事にここにいます。テレビではまだ情報が少ないですが、ネットなどで知った人もいらっしゃるでしょう。あの場に、風のように颯爽(さっそう)と現れた正義の戦士に、助けていただいたのです」

 途中から、声が少し甘くなっていた気がした。そして、正義の戦士という言葉に、不思議と嫌な予感を覚える。

「わたくしは、あの少女に心奪われましたわ!!」

『うおおおおおおおお!!』

 二千人から成る大歓声が、巻き起こった。

「え、え、え?」

 戸惑いながら、愛香が総二の方を見ると、彼も困惑していた。

「その言葉を待っていたぜ、会長!」

「会長よ。私を導いてくれっ!」

「ちっちゃい会長が、ボーイッシュなヒロインに憧れる! これはっ!」

 待て、こら。どこを見てボーイッシュとかぬかした。さらっと言われた言葉に、愛香はイラっとする。

 そこに慧理那が、やたら高いテンションで声を張り上げた。

「これをご覧あれ!」

 慧理那の声に、控えていたメイドがスクリーンを操作する。

 愛香が変身したテイルブルーが、映し出された。 

『ウオオオオオーーーー!!』

『ユニバァァァァァァス!!』

「ええええええーーーー!?」

 再び巻き起こる大歓声に、愛香は困惑の声を上げる。何割かは奇妙な言葉だったが、歓声であるらしかった。

 なんで、こんなに騒がれているのか。自分の姿が映し出されたのにも驚くが、それ以上に、周りの反応に愛香は戸惑うしかない。総二の方を見ると、なぜか、少し複雑そうな顔をしていた。

「神堂家は、あの方を全力で支援すると決定しました! 皆さんもどうか、わたくしとともに、新時代の救世主を応援していきましょう!! 綺羅星(キラボシ)ッ!!」

『綺羅星ッ!!』

「なぁにが綺羅星だ。バカバカしいっ」

 なに、その挨拶。

 どこか優雅さを感じる動きから、右手の親指、人差し指、中指を立て、人差し指と中指の間から右目が見えるようにその手を目元に勢いよくかざした慧理那の仕草と、口から飛び出た最後の謎の言葉に、愛香は呆然とする。するが、周りは、生徒だけでなく、教師やメイドも同じ仕草で一斉に返していたため、愛香はさらに困惑した。総二の方を見ると、愛香と同じく呆気に取られた顔をしていたため、少しホッとしたが。

 どうでもいいが、ひとりだけ、バカバカしいと返していた男が、赤毛の少年に殴られ、盛大に吹っ飛ばされていた。実に、見事なパンチだった。そのあと、さわやかな笑顔で笑い合っていたため、演技だったのかもしれない。なんの意味があるかは、さっぱりわからないが。

 歓声が、さらに強くなる。愛香は、最後まで周りの反応についていけなかった。

 

 昼休み、愛香は総二の席に近づき、彼に声をかけた。

「ねえ、そーじ。一緒にお昼食べよ?」

「いいけど、愛香は中学からの友達もいるんだろ。その子たちはいいのか?」

「そ、その、あたしは、そーじと一緒に食べたいの。それとも、あたしと一緒に食べるの、嫌?」

「そ、そっか。お、俺も嫌なんてことないからな。うん、じゃあ一緒に食べるか」

 少しずつでも、素直に。

 愛香の言葉に、総二が照れたように頬を掻いた。

 周りの女子生徒たちが、ニヤニヤと楽しそうにしている。顔が熱くなるが、二人で一緒に昼食を摂りはじめた。

「それにしても、凄い人気だな、テイルブルー」

「あたしも、なにがなんだかさっぱり」

 学園の理事長でもある慧理那の母も含めて、神堂家が支援すると表明したことに加え、慧理那に心酔する生徒も多いことを考えれば、学園の生徒はほとんどが賛同するだろう。

 応援してもらえるのはありがたいのだが、なぜこんな人気になっているのかさっぱりわからないため、戸惑うしかない。

 周りの反応を見ていると、性的な目よりも、テレビのヒーローやアクションスターに対するような、いわゆる『恰好いい』ものに対する憧れのようなものが多いので、まだ受け入れやすくはあるが。

 そう考えていた愛香の耳に、総二の声が届く。

「まあ、いやらしい目で見てる奴はいないみたいだから、ホッとしたけど」

「女として、ちょっと複雑な気持ちではあるけど、それは確かにね」

 総二の言葉に賛同を返したあと、少し考えこむ。

「うん?」

 愛香の口から、呟きが漏れる。

 気にし過ぎかもしれないが、いまの総二の言葉は、愛香をいやらしい目で見られるのは嫌だ、と言っているように聞こえた。

「ね、ねえ、そーじ。いま」

「おっ、この写真はまだ見たことなかった!」

 総二にいまの言葉の意味を聞こうとした時、窓際でたむろっていた生徒たちの上げた声が、耳に届く。

 総二が、目だけそちらにむけた。

「ッブーーーーー!!」

 その直後、総二が愛香にむかって、口に含んでいたフルーツオレを噴き出していた。

「ちょ、ちょっとそーじ、いきなり顔にかけないでよ。うう、べたべたする」

「わ、悪い。つい、出しちまった」

 周りの女子生徒たちが、こちらを見て、またニヤニヤとしている。確かに、意味深に取られそうな台詞だったかもしれないと思い、顔が少し熱くなる。

 総二の、さっきの言葉の意味を聞くタイミングを逃がしてしまった愛香は、窓際の生徒たちの方に視線をむけた。

 

 そこは、魔境だった。

「力強さの中にも、優美さと気品を失わない。まるで、この薔薇のようだ」

 周りよりも熱い目で、タブレットに映ったテイルブルーを見ている者たちが、いた。いや、気品って。

「これで、もっと胸が大きかったらなあ」

「あ?」

「愛香、落ち着けっ」

 自分のコンプレックスである貧乳に触れた生徒の言葉に、愛香の胸に怒りが湧き、総二が小声で慌てて宥めてくる。

 総二の声に気持ちを落ち着かせようとしたところで、ほかの生徒が声を上げた。

「ハッ! あの胸を見て、貧乳のよさがわからないオールドタイプは失せろっ!!」

「はい?」

 その生徒の言葉に、愛香は総二と一緒に困惑の声を漏らす。

 さらにその声に、ほかの生徒たちが続いた。

「大きさばかりに囚われるから!」

「胸のことばかりで、尻のよさを知らぬ者ばかりとは。これでは、人に品性を求めるなど絶望的だ」

「胸とかお尻とかっ、どっちもいいものでしょっ! どちらかしか認めないって言うなら、僕はどちらとも戦いますっ!!」

 なんだ、あれ。

 思わず、総二と顔を見合わせる。性的、と言っていいのかわからないが、面妖なことを言っている連中に、愛香の思考が停止する。いや、ほんとうに、なんだ、あれ。

 タブレットの持ち主らしき生徒が、その画面に顔を近づけていく。

「もう、我慢でーきーなーい!」

 なんとなく、いまにもコーンフレークを食べだしそうな言葉とともに、ひとりの生徒が口を尖らせ、画面のテイルブルーにキスをしようとする。

 殴りに行くわけにもいかない愛香は、嫌悪感に身を震わせた。

「うわぁぁっ」

「スリャアアアーーッ!!」

「ケカーッ!?」

 かけ声とともに、愛香のマグボトルを掴んだ総二がそれを生徒に投げつけ、生徒のタブレット・キスをギリギリで止める。

 マグボトルをぶつけられ、悲鳴らしきものを上げた生徒は、総二の方に顔をむけて文句を言ってきた。

「痛えだろっ、なにすんだ、観束!」

「おまえっ、恥を知れよ! その、なんだ。み、みっともないだろ、そんな真似して!」

「なにを言うかっ。恥もなにもかも受け入れた上で、俺はここにいるのだ!」

「そーじ」

 ツインテール部などという、とんでもない高校デビューを飾った総二の名前を憶えていた生徒が、堂々と言葉を返してくる。まあ、むしろそのツインテール部のために憶えられたのだろうが。

 それはそれとして、咄嗟に生徒の凶行を止めてくれた総二の行動に、愛香は感謝する。

 生徒が、ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、声を上げた。

「ははーん。そういえばお前、初日に、ツインテール部を作りたいって言うほどのツインテール馬鹿だったよな? テイルブルーちゃんを独占したいってことかっ!」

「えっ、ち、違うっ、そ、そんなんじゃないっ!」

「そーじっ」

 総二が、顔を微かに赤くし、愛香の方をチラチラと見ながら、慌てて声を上げる。

 否定の言葉に嬉しさが吹っ飛び、愛香が不機嫌になったところで、生徒はニヤニヤとした笑みを消さず、言葉を続けた。

「あー、そうだよな。おまえには津辺がいるし。彼女以外に見惚れてたら、愛想尽かされてツインテールやめられっちまうかもしれねえもんな?」

「か、彼女って」

「えっ、愛香、が?」

 彼の言葉に、愛香の顔が熱くなり、総二が、呆然とした。

 気恥ずかしさを覚えながらも愛香は、総二の反応に、気持ちが沈んだ。

 思ってもいなかったことを言われた。そんな感じだった。やはり総二は、自分と恋人になることなど、考えられないのだろうか。愛香はそう思った。

 生徒もなにかを感じたのか、総二に、訝しげに問いかけた。

「なんだよ?」

「愛香が、ツインテールをやめるっ?」

『そっち!?』

「そーじ」

 反応するところが彼女うんぬんではなく、ツインテールであった総二に、その場にいた生徒たちはツッコミを入れ、愛香は少しホッとしながらも複雑な気持ちになり、肩を落としてため息を吐いた。

 

 

 

 昼休みの騒動のあとから、総二はなにかを考えこんでいるようだった。時々、なにかに耐えるように顔を歪めると、胸に手を当て、そのあと、不思議そうな表情になる時があった。

 授業が終わって放課後になり、彼と一緒に帰宅する。

「ねえ、そー」

「なあ、愛香。おまえは」

「―――うん。なに?」

「―――いや、なんでもない。そういえば、愛香は部活どうするんだ?」

 その途中、総二の様子が気になった愛香が質問しようとしたところで、逆に彼の方から問いかけられた。このことを考えていたのだろうか、と質問の内容と、言い直したことに気になるものを感じながら、愛香は総二に答えを返す。

「まだ決めてないけど、どうして?」

「いや、アルティメギルの奴らがいるからさ。ひょっとしたら、今日も攻めてくるかもしれないし」

「まさかあ、昨日の今日で」

『この世界に住まう全ての人類に告ぐ! 我らは異世界より参った神の徒、アルティメギル!』

 来た。

 空に映し出された巨大なスクリーンを見上げ、愛香は総二と同時に、鞄を落とした。

『我らは、諸君らに危害を加える気はない。ただ、各々の持つ心の輝き(ちから)を欲しているだけなのだ。抵抗は無意味である。そして、抵抗をしなければ、命は保障する!』

 どこか竜を思わせる怪物が、やたら立派な玉座に座って足を組み、演説を行っている。

『だが、どうやら、我らに弓引く者がいるようだ。いま一度言おう、抵抗は無意味である。それでもあえて戦うと言うならば、思うさま受けて立とう。存分に挑んでくるがよいっ!』

「これ、まさか世界中にむけて配信してるのか!?」

「―――?」

 空のスクリーン以外にも周りの民家から聞こえてくる声と、携帯のワンセグを起動して確認した総二が驚愕の声を上げる。

 愛香もそれには驚くが、スクリーンに映る親玉らしきエレメリアンの姿に、なにか引っかかるものを感じた。

「あいつら、ほんとうに地球丸ごと侵略する気かよっ」

「―――」

 見覚えはない、はずだ。

 拳を握りしめ、憤りを見せる総二の言葉を聞きながら、愛香が考えていると、亀のような怪人がスクリーンに現れた。

『ふはは、我が名はタトルギルディ! ドラグギルディ様の仰る通り、抵抗は無意味である! 綺羅星ッと光る青春の輝き、体操服(ブルマ)属性力(エレメーラ)をいただく!』

 ドラグギルディと呼ばれたエレメリアンと交代するように現れた亀の怪人、タトルギルディが、ふんぞり返りながら偉そうに言う。

 そこに、後ろから現れた戦闘員(アルティロイド)がタトルギルディに近づき、耳打ちをした。

『なん、だとっ!? この世界では、いまはほとんど存在せぬだと!? おのれ愚かなる人類よ、自ら滅びの道を歩むかああああっ!!』

 一瞬、愕然としたあと、怒りを露わにしたタトルギルディが声を張り上げる。

 こんな怪物たちを生み出すほど、体操服(ブルマ)やらなにやらを愛した連中の顔を、一度見てみたい。隣にいるツインテールを愛する男(総二)を見て、愛香はそう思った。

 

 

「出てきたみたいね」

 エレメリアンを探知するレーダーに反応が現れたのを見た愛香の呟きが、総二の耳に届く。その声には、緊張が滲んでいるように思えた。

 愛香が、行ってしまう。心配から、思わず声が漏れる。

「愛香」

「そーじ、ごめん。鞄、お願い」

「あ、ああ」

 自分には、なにもできない。愛香から、言葉とともに鞄を渡された総二は、無力感を感じると同時にそう思った。

 自分の愛するツインテールを、この手で守りたい。その思いも確かにある。

 だが、それ以上に、大切な幼馴染みがひとりで戦いにむかおうとするのを、ただ見ていることしかできない。それが、総二にとって、なによりも辛かった。

「そーじ。―――カレー大盛り四人前とデザート奢りね?」

「っ!」

 総二の顔を見たところで、愛香が一瞬、表情を曇らせ、そのあと笑顔でかけてきた言葉に、総二は驚く。

 総二もなんとか笑顔を作り、口を開いた。

「ばーか、うちの大盛りは本気だぜ。二人前で十分だ」

「うん」

 総二の返事に、愛香が満足そうに微笑んだ。

 戦いにむかおうとするその時にまで、こちらに気を遣ってくれる幼馴染みの想いに、応えたい。

 愛香の勝利を信じて、待つ。それが、戦えない自分にできることだ。そう思い定める。

 いや、もうひとつできることが、いや、したいこと、してあげたいことがある。

「そーじ、あの」

「愛香。ツインテール、触っていいか?」

「―――うん」

「ありがとう」

 少し顔を赤らめた愛香の言葉を遮って総二が問いかけると、彼女はさらに顔を赤くして頷いた。

 総二は、感謝の言葉を返し、彼女のツインテールに、優しく触れる。

 無事に、帰ってきてくれ。昨日の、リザドギルディとの戦いの直前と同じく、そんな想いをこめて、ツインテールを撫でる。

「ありがと、そーじ」

「愛香、無事で」

「うん」

 周りに誰もいないことを確認し、愛香がブレスレットを胸の前にかざし、目を閉じる。

 光が走ったかと思うとそこには、変身を終えた愛香の姿があった。

「それじゃ、行ってくるわね、そーじ」

「ああ。負けるなよ、愛香!」

「あったりまえよ!」

 総二の声に力強く答えた愛香は、青いツインテールを(なび)かせ、戦場に跳び立っていった。

 

 

 

*******

 

 

 

 これだけは、言っておかなければならない。

 真っ向勝負を行っていれば、彼女は世界に受け入れられるだろう。あの、たったひとりへの想いで磨かれたツインテールは、そう思わせるだけのものがある。だが、あの姿を見せたら、どうなるかわからない。下手をすれば、作戦の完了が遅れ、部下たちの被害が増える恐れがある。それになぜか、自分自身が、あの姿を見たくはなかった。

「おまえたちに、ひとつだけ言っておくことがある」

『はっ!』

 居並ぶ部下たちから、一糸乱れず返事がくる。

 そのことに満足を覚えながら、言葉を続ける。

「テイルブルーと戦う時、あやつの乳についてだけは、決して指摘するでないぞ」

『はっ! ―――は?」

「よいな。これは、命令だ」

 困惑する部下たちに、有無を言わせぬ強い口調で、そう告げた。

 

 

 

 




 
天使のように細心に~、はキン肉マン二世のクロエ(ウォーズマン)の台詞。故・黒澤明監督のお言葉では、天使が大胆で悪魔が細心。元ネタなんだろうか。

ネタのタグは、あとどれくらい増えるのだろうか。
 


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1-5 青春の亀 / 青赤交互通行

なんか、甘いです。

二〇一四年十二月十日  初稿
二〇一五年十月十六日  修正

お待たせしました。
誠に勝手ながら、内容の大きな変更がないのに再投稿とするのは抵抗がありましたので、上書きで更新させていただきます。
上書き更新の際は、活動報告の方で通知させていただきます。ご了承ください。

3200文字が8300文字に。




 脚に力をこめて、高く跳躍する。

 自分でも信じられないほどの高さに飛び上がり、青いツインテールが風に(なび)く。

 変身した愛香は、エレメリアンが現れたところにむかい、建物の屋根から屋根に跳んで移動していた。目的地は、隣町のとある高校。ブルマを、(いま)だに使っているという話である。

 ほどなくして、とある高校と、その校庭にいる異形が、視界に入る。異形は、戦闘員(アルティロイド)たちとともに、その高校の生徒たちを追い回しているようで、よく見ると、案の定、ブルマの少女ばかりだった。

 ブルーは校庭に着地し、異形、タトルギルディにむかって、声を張り上げた。

「そこまでよ!!」

「ぬ!? ――――おまえが、テイルブルーか!」

 こちらの声に反応したタトルギルディが、ヨタヨタと体のむきを変え、ブルーとむかいあったあとに声を上げてきた。亀だけあって、動きは鈍いらしい。

「お、おおっ。テイルブルーよっ」

「なによっ。リザドギルディみたいに、ツインテールを触らせろとか言うわけ?」

 目を輝かせた――そんな雰囲気――タトルギルディに、ブルーは警戒を全開にして言葉を返す。

 ブルーの言葉を否定するように、タトルギルディは(かぶり)を振り、再び口を開いた。

「いや、そうではない。触らせてもらえるなら触りたいが、そうではない」

「じゃあ、なによ?」

「ブルマを穿いてく」

「誰が穿くかああああああああああ!!」

「カメエエエエエエエエエエエエエ!?」

 タトルギルディの変態全開の言葉に、ブルーは顔面への怒りの鉄拳で答える。

 かなり強く殴ったつもりだが、タトルギルディはよろめいてあとずさりこそしたものの、倒れはしない。少なくともタフさに関しては、リザドギルディ以上のようであった。

 嘆くように、タトルギルディが声高く訴えてくる。

「なぜだ!? おまえのその美しい尻ならば、ブルマは間違いなく似合うはずだ! ブルマとは言わば、青春の象徴! おまえが穿いて、それを見せてくれれば、(みな)青春を思い出し、ブルマが復活するはず!」

「どんな理屈だああああああああっ!?」

 似合うと言われても、ある意味下着と似たような感じでもあるので、素直に喜べない。しかし、総二に見せたらどんな反応を、いや、いまはそんなことを考えている場合ではない。

 少し顔が熱くなり、冷ますために頭を振ったところで、そもそも総二がブルマに反応するのか、と冷静になる。

 ため息を吐いてタトルギルディの方を見たところで、声が聞こえた。

「確かに、似合うかも」

「はい?」

 目の前のタトルギルディではなく、遠巻きに見ている高校の生徒たちの方から聞こえた言葉に、ブルーは思わず声を漏らし、そちらに顔をむける。

「似合うわよね。きれいなお尻だし」

「そう考えると、ブルマもアリかも」

 いや、ちょっと待て。なんで、エレメリアンの言葉に賛同してるんだ。

 さらに周りの声を聞いてみると、賛同している声ばかりではないようだが、嬉しくはない。

 学校の外からも、声は聞こえてくる。

「短パンは短パンでいいもんだろ!?」

「いや、スパッツだ!!」

「乳、尻、ふとももーーっ!!」

 なんだ。なんなんだ、これは。エレメリアンよりも、周りの反応に、ブルーは困惑する。

 さっさとタトルギルディを倒して帰ろう。そう心に決め、改めてタトルギルディにむき直る。

 周囲の反応を見ながら、タトルギルディが嬉しさを隠さず、叫んだ。

「やはり、やはりだっ。おまえがブルマを穿いてくれさえすれば、この星は救われるっ。さあ!!」

「色んな意味で救われないわああああああああああああ!!」

「むっ!」

 叫びと同時に殴りかかると、タトルギルディが後方に宙返りを行い、ブルーの拳が宙を切る。

「は!?」

 まるで重力を感じさせない軽やかな動きに、思わず驚愕の声を上げる。それは、ブルーだけでなく、周りの人々も同じだったようで、さっきとは別種のざわめきが聞こえた。

 先ほどの鈍重な動きは、演技だったのだろうか。それとも、タトルギルディの能力によるものだろうか。

 着地したタトルギルディは、どういうわけか、首を甲羅の中に引っこめていた。

 気を取り直して、ブルーが構えをとったところで、強い意思を感じる声をタトルギルディが上げる。首を引っこめたまま。

「テイルブルー。おまえを、倒す。そして、ブルマを穿いてもらうっ。さらに、そのツインテールを我らの手に!」

「首を引っこめたままじゃ恰好つかないでしょうが!」

「行くぞっ!」

 ブルーの言葉に耳を貸さず、タトルギルディは右半身を後ろに引いたあと、こちらにむかって弾丸のように飛び出してくる。それと同時に、首だけでなく、両手、両足、尻尾を甲羅にしまい、そのまま横方向に回転しながら、こちらに突っこんでくる。

「くっ!」

 慌てて横に跳んで躱すと、リボン型パーツを触って槍を呼び出し、むき直った。

 タトルギルディは、手足を甲羅の中から出して一度着地したあと、先ほどと同じ動作から、再び回転しながらこちらに突撃してくる。

 どこの亀の怪獣だ。心の中でそう呟くが、火を吹いたりしているわけではない。勢いよく飛び出してきているとはいえ、あそこまで回転できるものだろうか。そう思ったが、考えている場合ではなさそうだ。

 再び、回転しながらの突撃を躱し、槍を突き出す。

(かた)っ!?」

 槍が()たるが、甲羅の硬さと回転の勢いによって弾かれ、驚きに声が出る。

 ならば、と着地する瞬間を狙おうとタトルギルディの方を見ると、フワリと軌道を変え、ブルーが予想していた場所とは異なる位置に着地し、またも突っこんでくる。着地する時も頭を引っこめたままなのは、着地の隙を狙われないためだろうか。

 こうなると、攻撃の機会はかなり限られてくる。相手の攻撃を躱しながら、チャンスをうかがうしかない。

 そう考えながら突撃を躱すと、着地したタトルギルディが、声を張り上げた。

「これだけではないぞっ!」

「っ!?」

 さっきまでは横方向に回転していたが、どうやったのか、今度は縦、後ろ方向に回転しながら、こちらにむかってくる。

 それに、なんの意味があるんだ。そう考えたところで、タトルギルディの足が甲羅から飛び出した。

「あぶなっ!?」

 ブルーは、上半身を後ろに反らして地面に両手をつく、いわゆるブリッジでその蹴りを躱し、タトルギルディが通過したところですばやく起きあがる。

 ブリッジになったところで歓声が聞こえた気がしたが、いまは放っておく。気にしたら、緊張感が削がれそうな気がした。

 改めて、槍を構えてむき直り、タトルギルディを見据えた。

 

 

 青春。

 ブルマを愛するタトルギルディは、それとともに()る青春も、愛している。

 尻を包む、ピッチピチのブルマ。それを穿いて、友や恩師とともに夢を追いかけ、汗や涙を流す少女たち。長いとも短いとも言える人生の、その中でもわずかといえる、限られた時間。

 その、わずかな時間を精一杯生きる者たちの、なんと美しいことか。

 過ぎ去った時間は、取り戻すことができない。なぜあんなことをしていたのか、と後悔する者もいるだろう。

 だが、それでも思うのだ。それらも含めて、青春とは、美しく、かけがえのないものである、と。

 そして、ピッチピチのブルマも、同じだけ美しく、かけがえのないものだ。

 ブルマが失われていくのは、この世界だけではない。ほかの世界でもブルマは、スパッツや短パンに追われるところが多かった。

 ブルマとは、青春の象徴。それが失われるということは、青春もなくなっていくということではないか。そう考えると、タトルギルディの心は悲しみに引き裂かれそうになる。

 だが、テイルブルーがブルマを穿けば。この見事な尻を、ブルマが包めば。

 皆、ブルマと青春の大切さに気づいてくれるのではないか、とタトルギルディはそう思った。

 そのためにも、負けられない。

「テイルブルー! ブルマと青春を人に還すため、勝たせてもらうぞ!」

「そのあと結局、それを奪うんでしょうが、あんたたちは!!」

 その通りだ。己の愛するものを広めておきながら、それを奪う。そのことに対して、罪の意識は少なからずある。エレメリアンは、みんなそうだ。

 だが、それでも。

「それでも、ブルマと青春のすばらしさを、皆にわかってほしいのだああーーーっ!!」

 回転の速度を上げ、テイルブルーにむかって突撃する。これで、決める。

 タトルギルディの能力は、重力操作。自分の躰の部分部分にそれを使い、回転して攻撃する。

 単純ではあるが、頑強な甲羅の防御力もあって、易々と打ち破れるものではない。

「覚悟っ!!」

 テイルブルーに、迫っていく。回転する視界の中で、彼女が槍を大きく引いたのが、見えた。

「スプラッシュ、スピアアアーーッ!!」

 テイルブルーが吼えると同時に、彼女が踏み出した地面から爆発するかのような音が響き、タトルギルディの躰を、なにかが貫いた。

 

 テイルブルーを逸れたタトルギルディの躰が、そのまま地面に投げ出され、滑っていく。

「カ、メェ」

 力が、入らない。

 なんとかテイルブルーの方を見ると、その美しい尻、いや、なにかを投擲したような後ろ姿が、眼に映った。

 よく見ると、その手から、槍が消えている。

「なん、とっ」

 体の中心を、頭からなにかが貫いたような感覚が、ある。

 あの回転を見切り、槍で撃ち抜いたということか。自然と頭に、それが浮かんだ。

 テイルブルーにブルマを穿かせることができなかった、という口惜しさはある。だが、タトルギルディは信じていた。先ほどの、周りの人々の反応から、ブルマのすばらしさは、この世界に広がっていくだろう、と。

 それを思えば、後悔はない。

「フッ、フフ」

 眼を閉じると、ブルマを穿き、青春を駆ける少女たちが、見えた。その中には、テイルブルーの姿もある。思った通り、いや、思った以上に似合うその姿に、自分の見立ては正しかった、と誇らしい気持ちになる。

 そうだ。俺も、青春を駆け抜けたのだ。

 最期の力で、ただ、笑みを浮かべた。

 

 

 タトルギルディにむかって槍から放った光が、その躰を包む。その次の瞬間、タトルギルディの躰が爆発した。

 タトルギルディを包んでいた光が、膨れあがったかと思うと、爆発とともに消えていく。辺りには、ほとんど被害はない。

「あ、危なかったぁ」

 勝ちを拾えたこともそうだが、『ピラー』というギアの機能によって、タトルギルディの爆発を抑えることができたことに、ブルーは安堵の呟きを漏らした。

 昨日、リザドギルディが爆発した時も、かなりの範囲に衝撃がきた。その爆発を抑えるための機能が、このピラー、らしい。もっとも、爆発を抑えることしかできないらしく、戦闘で使えるものではないようだが、それでもありがたい。

 タトルギルディの爆発したところから、昨日と同じように、光る菱形の石が飛んで来たため、受け止める。

 エレメリアンには核があるらしく、これがそうなのだろう。使い道はないらしいが、あの少女からの言葉もあるので、いちおう持って行く。

 あとは早く帰って、総二を安心させてあげよう。

 そう考えて少しだけ微笑んだところに、高校の女子生徒たちが群がって来た。

「あの、お名前を教えてください、お姉さま!」

「え、ええっと、テイルブルーです。ってなに、お姉さまって」

 顔を赤くし、眼をキラキラさせて聞いてくる女の子の言葉に、ブルーは戸惑いながら答える。

 それを皮切りにほかの子たちも詰めかけ、声をかけてきた。

「すごく、恰好よかったです!」

「あ、ありがとうございます。っ、髪は触らないでっ!」

「あ、ごめんなさい、お姉さま。でもすごいきれいな髪。憧れます!」

「あの、握手してください!」

「あ、わたしも!」

 逃げようにも、強化された筋力で振り払ったら怪我をさせてしまうかもしれないし、こんなふうに寄ってくる人たちを攻撃するわけにはいかない。

 ごめん、そーじ。まだ、帰れそうにないわ。

 いろんなものに対する、諦めに似た思いとともに、心の中で、そう幼馴染みに謝った。

 

 今日も閉店となっているアドレシェンツァの扉を開けて、愛香は店の中に入った。入口に最も近いテーブル席に、総二の姿を見つける。

「ただいま」

「お帰り、愛香。って大丈夫か?」

 元気のない声で挨拶すると、心配そうに声をかけてくる総二の言葉に答える前に、愛香は彼の座っている椅子の隣の席に座り、テーブルに突っ伏す。

「そんなに、強い相手だったのか?」

「いや、強いと言えば強かったけど、問題はそのあとよ」

 総二の言葉になんとか答え、愛香は説明を続けた。

「なんていうか、なんか、みんなちやほやしてきてね。せめて握手してくださいとか言ってきて、すっごく疲れたわ」

「それは、疲れるだろうな」

 ほんとうに、疲れた。同情するような総二の言葉に、心の底からそう思う。

 途中から数えるのをやめたため、全部で何人いたのかはわからない。ほんとうに、何人いたんだろうか。

 次からは、即座に立ち去るようにしよう、と愛香が心に決めたところで、髪が優しくすくい上げられるのを感じた。

「そーじ?」

「こんなことで、愛香の助けになるわけがないけど」

 総二が言葉とともに、優しく愛香の髪を撫でてくる。

 その、手の感触に、不思議と心が安らいでいく。

「そんなことないわよ。ありがと、そーじ」

「ああ」

 感謝の気持ちをこめて愛香が礼を言うと、総二が優しく返事をしてくる。

 少し経ったところで、髪を撫でてくる総二の手から、なにかを感じた気がした。

「ねえ、そーじ」

「ん、どうした、愛香?」

「やっぱりまだ、あたしだけ戦わせてるってこと、気にしてる?」

「っ」

 顔を上げて総二に問いかけると、彼は図星を突かれたかのように動きを止めた。少しして、総二が再び口を開く。

「俺は、愛香を信じるって決めたから。だけど」

 そこで総二は、言葉を止めた。

 辛そうに総二が顔を歪めるのを見て、愛香の胸が痛くなる。

 愛香は身を起こし、総二の眼を見つめて、言葉を紡いだ。

「そーじ。あたしはね、そーじがいるから頑張れるんだよ。そーじがいてくれるから、強くなれるの。だから、そんな辛そうな顔しないで」

 なんの助けにもなってないなんてことは、絶対にない。

 それだけは、わかってほしかった。

 その言葉のあと、少しの間だけ総二はうつむき、再び顔を上げた。

 愛香の気持ちが通じたのか、彼の顔は、さっきより明るくなっていた。

 苦笑しながら、総二が口を開く。

「悪い。また気を遣わせちまった」

「気にしないでいいってば。あたしとあんたの仲でしょ?」

「だったらなおさらだろ。気を遣わせっぱなしじゃいたくない。なにか、俺にしてほしいことってないか?」

「そ、そーじにしてほしいことっ?」

 少しでも総二の気を晴らすことができたのなら、それだけでも自分はうれしい。そう思っての言葉に返された総二の言葉に、胸が高鳴り、愛香の顔が熱くなる。

 モジモジとしながら、愛香は言葉を紡ぐ。

「そ、その、髪を触るだけじゃなくて、あ、頭撫でたりっ、だ、抱き締めたりとかっ」

「え、えっ?」

「あっ、う、嘘々、じょ、冗談よっ」

「そ、そう、か」

 愛香の言葉を聞いた総二が固まったのを見て、慌てて発言を撤回する。彼は、どことなくがっかりしたように見えた。おそらく気のせいだと思うが。

 素直に想いを伝えるにしても、心の準備がいる。頭を撫でてもらったり、抱き締めてもらえれば確かに嬉しいが、気絶してしまうかもしれない。

 頭がぼんやりとしてきたが、もうひとつだけ伝えたいことがある。微笑んで、言葉を紡ぐ。

「あたしは、そーじがしてくれることなら、なんでもうれしいから、変な気を遣わなくても大丈夫よ」

「そ、そうなのか」

 総二の顔が、赤くなった気がした。

 なにか恥ずかしいことを言ってしまった気がするが、疲れで頭が回らない。

 焦点が合わなくなってきたところで、総二が再び髪を撫ではじめた。

「んぅ」

 さっきより、不思議と気持ちがいい。疲労と心地よさに負け、愛香は眼を閉じた。

 

 

「愛香?」

 フラッと体を傾かせた愛香を、総二は抱き留める。

 もしやと思い、顔を覗きこむと、彼女は穏やかな表情で、瞳を閉じていた。

「眠っちまったのか」

 小さな声で呟き、ホッと安堵する。

 このまま抱いていようかと思ったが、どうにも落ち着かない。愛香の体を優しくテーブルに預けると、総二は上着を脱いで、彼女の肩にかけた。

「こんなに、小さいんだよな」

 自分も、それほど体が大きいわけではないが、平均的な女子程度の体格である愛香は、当然ながらそれより小さかった。こんな小さな体のどこに、あんな強さを持っているのだろう。そう思った。

 改めて椅子に座り、愛香のツインテールを撫ではじめる。

「愛香」

 なんとなく、名前を呟く。

 昨日から、どこか自分がおかしいと総二は感じていた。

 ツインテールがどうとかではなく、愛香を見ていると、時々落ち着かなくなるのだ。

 いまも、可愛らしく寝息をたてている愛香を見ていると、不思議と鼓動が早くなる時がある。さっき抱き留めていた時も、なぜかどんどん自分の体が熱くなり、その体の熱と、強くなる鼓動で、愛香が起きてしまうのではないかと思ったために、テーブルに預けることにしたのだ。

 愛香のツインテールを撫でていた手が、いつの間にか止まっていた。総二はそのまま、手に持ったツインテールを見つめる。

 愛香のツインテールに、キスがしたい。そう思った。

 愛香は、家族同然の幼馴染みで、親友だろう。そう自分に言い聞かせても、躰が止まらない。鼓動が、さらに激しくなる。

 ツインテールに唇が、触れる――。

「そー、じ」

「っ」

 触れようとする瞬間、愛香の声が聞こえ、総二の体が硬直する。

 恐る恐る、愛香の顔に視線をむける。

「――――」

 寝言か。

 そのまま数秒ほど経っても、変わらず寝息をたてる愛香を見て、安堵する。

 そして、いま自分がやろうとしていたことを思い出し、総二は身悶えた。

 

 俺の夢を、見てくれているんだろうか。

 愛香を起こさないように静かに悶えたあと、彼女の寝言から、総二はそう思った。なぜかはわからないが、不思議な嬉しさが湧きあがる。綺麗なツインテールを見た時とも違う、胸が温かくなるような、そんな感覚だった。

「ん?」

 なんとなく視線を感じたような気がして、厨房の方に眼をむける。

 眼が、合った。

 正確には、ビデオカメラのレンズと、眼が合った。視線を感じるなどという、そんな生易しいものではなかった。

「なにしてるんだ、母さん」

 愛香を起こさないように声を抑え、ビデオカメラ越しにこちらを見ている母にむかって、総二は呆れて昨日と同じ問いかけを行った。

「決まってるじゃない。総ちゃんと愛香ちゃんの、イチャイチャシーンを撮ってるのよ」

「イ、イチャッ!?」

 ビデオカメラをこちらにむけたまま、楽しそうに返してきた母の言葉に、総二の顔が不思議と熱くなった。

「あら。あらあらあら~?」

 未春がとても嬉しそうな声を出し、なぜか、顔がさらに熱くなるのを感じた。

 なんとなく恥ずかしくなった総二は、ゴホンと咳払いをし、口を開く。

「イ、イチャイチャって。愛香は幼馴染みで、親友、だろ」

 さっきも、抱き締めたりといった言葉は冗談と言っていたし、と総二は思った。

「っ」

 なぜか、胸が痛むのを感じた。顔を歪ませて、手を自分の胸に当てる。昼休みから、愛香のことを考えると、時々こうなるようになっていた。

 愛香を『彼女』と言われた時、なぜか胸が高鳴るような感覚があった。だがそのあとの、愛想を尽かされたら、ツインテールをやめられてしまうかもしれないな、と言われ、胸が締めつけられるように痛くなった。愛香がアルティメギルに敗れ、ツインテールを奪われたら、という心配とは違う。

 もし、ほんとうに、愛香に愛想を尽かされて、ツインテールをやめられたら。あるいは、彼女が自分のそばから離れていったら。そう考えると、目の前が真っ暗になるようだった。

 どちらとも、いままで考えたことすらなかった。愛香はずっと、ツインテールで、自分のそばに居てくれるものだと、そう思っていた。

 学校から帰る時、なぜ、ツインテールで、一緒に居てくれるのかふと気になり、聞こうと思った。だが、なぜか、軽はずみに聞いてはいけないことなのではないか、という思いが頭をよぎり、聞くことができなかったのだ。同時に、自分で気づかなければならないことなのではないか、とも不思議と思った。

 総二の顔を見て、また嬉しそうな表情になった未春が、語りかけてきた。どこか、優しい声に聞こえた。

「ふふ、青春ね~。精一杯楽しみなさい、総ちゃん」

「楽しむって、なにをだよ?」

「言ったでしょ、青春をよ!」

 母の言葉に総二が戸惑いながら問いかけると、彼女は嬉しそうに答え、厨房の方に去っていく。今夜はお赤飯かしら~、という声が聞こえた気がした。

 母がいなくなってから総二は、自分の手を見つめたあと、再び愛香のツインテールを手に取った。

 夕飯になったら起こそう。そう考えると、また愛香のツインテールを優しく撫ではじめた。

 






アイアン・ディスカス。
以前は途中で書くのをやめたタトルギルディ戦。考えてみれば、ブルマの似合いそうな尻に反応してくれるのでは? ということで加筆。タトルギルディの能力、重力操作に関しては、体操服属性が重力操作なのでという安直なものです。亀の怪人、怪獣が行う攻撃と言えば、まあこれになるよなと。
ピラーに関しては、オーラピラーの『爆発を最小限に抑える』効果のみのもの。これも考えてみれば必要だった、と。
あとは、二人のイチャイチャを。


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1-6 青と赤の距離 / 狐の夢 / 青の後悔

お気に入り件数が100件行ってたことを見て、驚きました。
拙作を読んで下さる方たちのためにも、今後も精進の心を欠かさないよう心がけます。


二〇一四年十二月十四日 初稿
二〇一五年十一月十日  修正
 


 なんだか、とんでもないことになっていた。

 高校生活三日目。タトルギルディとの戦いがあった日の翌日。

 自宅で朝食を済ませた愛香は、観束家でさらにトーストをいただきながら朝のニュースを見て、呆然とするしかなかった。

 ニュースではテイルブルーの特集が組まれ、昨日の、タトルギルディとの戦いからはじまり、現場となったとある高校の女生徒たちに群がられている映像まで映し出されている。

 眼を輝かせ、顔を赤らめた女生徒たちは、まるで、生で有名人などと出会うことができたかのように、興奮した様子であった。ごく一部の人は、なにやら恍惚とした危なそうな表情だが、気にしないことにする。

『ぐろろ~。イイ女ではないか~』

 学校関係者であるという、剣道着を着た謎の巨漢が、インタビューでそう答えていた。顔はよく見えないが、なんとなく眼が血走っているように思える。変身してもまったく勝てる気がしないのは、なぜだろうか。

 あの学校で見た覚えはないが、きっと気にしない方がいいのだろう。あの学校の歴史に関わっているのかもしれない。

 なにか変な納得の仕方をしている気がするが、あまり考えてもしょうがない、と思考を切り上げる。

『警視庁は、この少女に関しての情報を引き続き求めていく方針で――』

「いや、アルティメギルの方を調べなさいよ。なんでそっちの方ばっかりなのよ」

 報道内容に、愛香はうんざりと独りごちる。

 一緒にニュースを見ていた未春が、不思議そうに問いかけてきた。

「どうしたの、愛香ちゃん? 不機嫌そうだけど」

「えっ? い、いえ、あんな怪人が現れたのに、ヒーロー、っていうかヒロインの方ばっかり調べてどうするんだ、って思って」

 さすがに、テイルブルーは自分です、と教えるわけにもいかない。言いふらすことはないだろうが、悪ノリしそうな気がする。

 未春が、苦笑しながら口を開く。

「うーん、可愛くて恰好いい女の子だから、夢中になっちゃうのも仕方ないんじゃないかしら」

「そ、そうですか?」

 未春のその言葉に、愛香は気恥ずかしさを感じ、顔が少し熱くなった。

「あら、どうしたの、愛香ちゃん? 顔が赤いけど」

「い、いえ、なんでもないです」

「そう?」

 再び不思議そうに問いかけてくる未春に対し、自分のことではなくテイルブルーのことを言っているのだ、と自分に言い聞かせながら答える。

未春は、その答えに小首を(かし)げながらも、総二の方に顔をむけ、口を開いた。

「ところで総ちゃん、さっきからどうしたの?」

「え、な、なにがっ?」

 突然、話しかけられたことに動揺したのか、総二が焦った様子で聞き返す。未春は、総二の反応に釈然としないものを感じているのか、再び不思議そうに問いかけた。

「テイルブルーちゃんがテレビに出たあたりから、真剣な顔になってたでしょ? それに、握手会のあたりで、複雑そうな表情になってたし」

「い、いや、別に」

「――ほんとにどうしたの、総ちゃん? 総ちゃんなら、テイルブルーちゃんのツインテールがきれいだから、とか言うと思ったのに」

「あ、ああっ、うん、そうだなっ。ほんとに、きれいなツインテールだよなっ」

 未春の、眼をパチパチとさせてからの再度の問いかけに、総二が慌てたように返す。総二のその言葉に、愛香の顔が熱くなった。

「それに、握手会が終わったところで、ほっとした顔になってたし」

「いや、男がいなくてよかった、って」

「へ?」

「あら」

「あっ」

 未春の言葉に対して、即座に返された総二の答えに、愛香は間の抜けた声を漏らし、未春はきょとんとした様子で呟く。

 愛香たちの反応に、自分がなにを言ったかに気づいたのか、総二がはっとした様子で自分の口を手で塞ぐ。

 未春が、自分の口に手を当てて、なにかを考えるような仕草をしたあと、意地悪そうな笑顔を総二にむけた。

「あらあら~、総ちゃんったら、テイルブルーちゃんに(ひと)目惚れしちゃったのかしら」

「ひ、一目惚れって」

 未春の言葉に顔を赤くした総二が、愛香の方をチラチラと見ながら、再び慌てた様子で答える。

 未春の言葉と、総二の反応に、愛香の顔もさっきより熱くなった。

「愛香ちゃん?」

「な、なんですかっ?」

 また不思議そうに名前を呼んでくる未春に、愛香は慌てて聞き返す。

 またもパチパチと(まばた)きして首を(かし)げた未春が、テレビの方に視線をむけた。

「あら?」

「ど、どうした、母さん?」

「んー」

 なにかに気づいたように声を上げた未春に、総二が少し焦った様子で問いかける。

 未春は、総二の問いかけに生返事らしきものを返しながら、愛香とテレビに映るテイルブルーを交互に見ている。

 背中に冷や汗が流れるのを感じながら、未春がなにを言いだすのか、愛香は気が気でなかった。

 少しして、なぜか楽しそうな笑顔で、未春が言葉を返してきた。

「うん、なんでもないわ」

「そ、そうですか」

「そ、そうか」

 彼女の言葉を聞いて愛香は、表に出ないように気をつけながら、心の内で安堵する。気づかれたかどうかわからないが、聞いて藪蛇になっても困るので、追及はしない方がいいだろう。そう思った。

 総二も同じことを考えたのか、ふと思いついたように声を上げた。

「そ、そういえば、ネットの方はどうなってるんだろうな」

 なんだか見るのが怖い。そう思ったが、口には出さず総二に近づくと、彼が取り出した携帯の画面を一緒に見る。

 ネットを開き、『テイルブルー』で検索する。

「え?」

「いや、なによ、これ?」

 画面を見た愛香は、総二とともに困惑の声を漏らした。

 

 

 

「ほんとうにすごい人気だな。テイルブルー」

「いや、ほんとに、なにがどうなってこんなことになってるのか、さっぱりわからないんだけど」

 戸惑う様子の総二の言葉に、愛香も戸惑いながら返事をする。

 一緒に学校にむかいながら、周りの人たちの言葉に耳を傾けると、やはりテイルブルーのことばかり聞こえてくる。

 朝のニュースのあとに確認したネットでも、すでにテイルブルーWikiや、まとめが作られていた。

 なにをまとめるんだ。そう思いながらも、ちょっと興味を引かれた愛香は、総二とともにまとめを覗いてみた。とはいえ書いてあったのは、容姿――オブラートにくるんではあったが、胸のことにも触れていたため少しイラっとした――や戦い方程度で、大したことは載っていなかった。当然と言えば当然だが。

「っていうか、なんでテイルブルーばっかりなんだか。アルティメギルの方もちょっとは調べなさいよ」

 誰にともなく言う。アルティメギルの方に関しては、まったく調べようとする気配がなかった。

 作為的なものを感じてしまうが、さすがにそれは考え過ぎだろうか、と思い直したところで、総二が苦笑しながら、なだめるように声をかけてきた。

「確かにな。でも、嫌われたり怖がられたりしなくてよかったじゃないか」

「まあ、そうだけどさ」

 いや、ほんとうにそうよ、と、うんざりとした調子の、自分に似た声が聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。

 苦笑をやめた総二が、どこか不機嫌そうに口を開いた。

「いやらしい目で見られるのは、嫌だけどな」

「へっ? そ、そーじ、いま、なんて?」

「えっ、い、いや、なにも」

「そ、そう?」

 総二のボソッとした呟きが耳に届き、愛香が慌てて聞き返すが、彼は顔を微かに赤くしながら、ごまかすように首を横に振ってくる。

 問いただしたい気はするが、気恥ずかしさも感じてしまう。意識してくれているのだろうか。

 世間の反応に多少うんざりするものを感じながらも、少し縮まってきたように思える総二との心の距離に、愛香は幸せなものを感じた。

 

 

 

 あいつか。

 狐を思わせる、シャープな印象を受けるエレメリアンを見て、ブルーの胸にあった苛立ちがますます強くなる。

 総二と少しずつ距離が縮まってきていることに幸せを感じつつも、世間の反応や二日連続の戦闘により、愛香は疲れとストレスが溜まっていた。

 家に着いてから、今日は休みたいな、と愛香が考えていたところで、エレメリアンの反応を確認する。

 愛香は総二にツインテールを触ってもらったあと、変身して現場にむかい、そこにいたエレメリアンを視界に収めると、怒りを隠さず鋭く睨みつけ、声を上げた。

「あー、もうっ。なんで毎日出てくるのよ、あんたたちはっ!」

「ああ。やっと、お逢いできましたね、テイルブルー」

「こっちは、会いたくなんかなかったけどね!」

 ブルーの怒声を気にとめず、エレメリアンが恰好つけたポーズで放ってきた気障な台詞に、ブルーは改めて怒鳴り返す。やはり、エレメリアンはそれを気にした様子を見せず、丁寧な礼とともに言葉を続けてきた。

「私はリボンに魅せられし者、フォクスギルディ。どうかお見知りおきを、美しき女神よ」

「誰があんたたちみたいな変態、いちいち覚えるもんですか!」

 やたらイイ声で発せられる、いちいち気障ったらしい言葉に、ブルーの苛立ちはますます募る。

 今回の戦場はかなり郊外のようで、いまのところギャラリーの姿は見えない。とはいえ、時間をかければ、また誰かが来る可能性がある。

 速攻で決着をつける。昨日の騒ぎを思い出し、ブルーはそう心に決めた。

 リボンを叩き、槍を手に持つ。

 フォクスギルディは、あなたの槍がリボンより呼び出されたものであることに運命を感じる、などとのたまっていたが、もはやブルーは聞く気がなかった。

 フォクスギルディを見据えると、槍を構え、脚に力をこめる。

「これは、プレゼントです」

「っ!?」

 飛び出す直前、フォクスギルディの手からリボンが放たれ、ブルーの周囲を回りはじめる。

 なにをしてくるのか。旋回するリボンを見てブルーは警戒を抱き、動きを止めた。

「っ、な、なによ、これっ!?」

 躰をリボンが一瞬で縛り上げ、ブルーは戸惑いの声を上げる。躰に力をこめて千切ろうとするが、リボンはかなりの強度のようであり、すぐには切れそうもない。

「っ!」

 ブルーが焦りを覚えたところに、フォクスギルディが再びリボンを飛ばしてくる。

 まずい。ブルーは躰を縛るリボンを解くのをいったん諦め、そのリボンに対して身構えた。

 今度は攻撃のためのものかもしれない、と思ったところで、フォクスギルディの飛ばしたリボンは渦を巻くようにブルーの周りを何度か回ると、彼の手元に戻っていった。

「―――?」

「お、おお、こ、これほどのものとはっ」

 なにがしたいんだ。なぜか大袈裟に吐血するフォクスギルディを見て、ブルーは困惑する。

 そこでリボンを千切ることを思い出し、腕に力を入れたところで、フォクスギルディが高々と声を上げた。

「結晶せよっ、我が愛!!」

 その力のこもった声とともに、フォクスギルディの躰から放たれた光――おそらく属性力(エレメーラ)――がリボンに注がれ、そのかたちを変えていく。ゴワゴワと。

 興味は湧くが、ただ傍観する気はない。しかし躰を縛るリボンはやはり解けず、かたちを変えていくリボンを見ていることしかできない。

 少しして、リボンの変形が終わった。

「あたしの、人形?」

 リボンが作りだしたものは、ブルーを模した人形だった。それを見て、警戒心がさらに強くなる。ひょっとしたら、ブルーの能力をコピーしたものかもしれない。

 そう考えていたブルーにむかって、フォクスギルディが口を開いた。

「リボンとは、結ぶもの。ツインテールを引き立たせるには無二の存在。あなたの、そのすばらしきツインテール属性。僭越ながら私の属性力(エレメーラ)にて、結ばせて、いただきました」

「あたしの力をコピーしてる、ってやつ?」

「いえいえ、鏡に写した程度のことですよ。姿をまねただけの、ただの人形です。ましてや、リザドギルディほどの強大な人形属性(ドール)を持たぬ私では、自ら動かすこともできません。ですが、外見だけは、見ての通りほぼ忠実に」

 そこまで言うとフォクスギルディは、壊れ物に触れるように、人形のリボンにそっと触れる。その眼は、庭で遊んでいる孫を優しく見つめる老人のようであった。

「あ、あんた、あたしの人形相手になにしてんのよっ!」

 まるで、一流の役者を思わせる演技力。だからこそ、ブルーとしてはたまったものではない。気持ち悪さに鳥肌が立つ。

「はっ!」

「ちょっとっ!」

 ブルーの声などどこ吹く風とばかりに、フォクスギルディが気合の入った声をあげた。その声とともに、爪先立ちで回転したかと思うと(うやうや)しく人形の手を取り、ダンスをはじめる。その演技力によるものか、それとも妄想(イメージ)力とでも呼ぶものなのか、舞踏会場のようなものが、ブルーの眼に見えた気がした。

 あまりのおぞましさに、自分の顔が引きつるのがわかる。

「ふうっ」

 ダンスが終わり、いい汗をかいたとばかりに、フォクスギルディが額を優雅に拭う。ブルーは逆に、背中に嫌な汗が出ている。

 すぐさまぶちのめしたいところだが、リボンは未だ千切れる様子がない。

「はああぁぁぁ」

 フォクスギルディが、顔の前で両腕を交差させ、深く深く、息を吐く。

 そして、人形にむかって優しく、いや紳士的といった風情で、言葉を紡いだ。

「フフ、そんな恥ずかしがることはありません。さ、早く躰をお拭きなさい。湯冷めしてしまいますよ」

 ブチッ、となにかが切れる音が聞こえた。リボンではない。その音は、自分の内から聞こえた気がした。一回だけでなく、数回。堪忍袋の緒が切れる時というのは、ほんとうに音が聞こえるものなのだな、と冷静な部分で思った。

「あ、あ、あ、あ、あ、ん、たねえええーーっ! あたしの人形相手に、勝手なことばかりしてんじゃないわよっ!!」

 怒りが心を満たし、怒鳴り声を上げる。総二以外の誰かに、自分でそんな妄想をされたくはない。

 自分を汚されたように感じたブルーは、それを少しでも拭うために、絶対にあの人形を壊すと決める。

「できますか、あなたに?」

「なにがよ!?」

 フォクスギルディの余裕ぶった言葉に、ブルーは感情のまま怒鳴り返す。フォクスギルディは人形を相手にしながら、余裕を崩さず言葉を続けてきた。

「できますか、あなたに。ツインテールを破壊することが?」

 総二の大好きなツインテールを、壊すのか。その考えが頭に浮かび、ブルーの動きが止まった。

 ブルーは、――愛香は、総二の悲しむ顔を見たくなかった。総二が守りたいと言うツインテールを、彼の代わりに守るために、彼の分も戦うことを決めた。

 それを、自分の手で、壊すのか。

「やはり、あなたは本物だ。それを情けなく思う必要はありません。ツインテールを愛する者として、ツインテールを滅することができないのは、当然のことなのですから」

 迷うブルーを見ながら、フォクスギルディが満足そうに称賛してくる。見当違いの方向だが、壊せないことには変わりはない。

 歯を食いしばり、顔をうつむかせる。

 手から、槍が落ちた。

 

「ガッ!?」

 手から落ちた槍の石突きを、ブルーはその場で回転して蹴り飛ばす。意表を突かれたのだろう、フォクスギルディは反応すらできず、人形ともども貫かれた。

「グッ、に、人形がっ」

 だが、浅い。人形が間にあったために、フォクスギルディを倒すには至らなかったのだろう。彼は、自分の躰に刺さった槍を引き抜いて投げ捨てると、信じられない、とでも言うかのように激しく(かぶり)を振って、声を上げた。

「馬鹿なっ。あなたの大切な、ツインテールなのですよっ。それを」

「それが、なによ」

 声を絞り出し、フォクスギルディの言葉を遮る。

 もしも、愛香がツインテールを壊したことを総二に知られたら。

 悲しむだろう。怒るかもしれない。ひょっとしたら、嫌われてしまうかもしれない。

 総二に嫌われたらと思うと、頭の中が真っ白になる。

 それでも。

「ここで負けたら、もう守れない。戦うことすらできなくなる。だから」

 壊す。

 嫌われても、いい。

 守れなくなる方が、ずっと辛い。

 自分の身を縛っていたリボンを解くため、両腕に力をこめる。フォクスギルディにダメージを与えたためか、さっきまでの強度が嘘のように、簡単に千切ることができた。

 槍はフォクスギルディの近くにあるため、無手のまま構える。

 再び人形を作るようなら、即座に破壊する。フォクスギルディを見据え、そう決意する。

「―――」

 じっとこちらを見ていたフォクスギルディが、姿勢を正し、ブルーにむかって一礼した。

 (いぶか)しむブルーに対し、フォクスギルディが(うやうや)しく告げてくる。

「あなたに謝罪を。そして、その気高き覚悟に敬意を」

 フォクスギルディは、そう言ってその手にリボンを持つと、鞭のように振るう。そしてそのリボンを、地面に投げ捨てられた槍に巻きつけると、ブルーにゆっくりとした速さで(ほう)ってきた。

 槍を受け止め、眉をしかめると、フォクスギルディの顔を見る。

 フォクスギルディが、口を開いた。

「もはや、小細工は不要。堂々とあなたを倒すまで」

「どういうつもりよ」

「言ったでしょう、小細工は不要、と。それに、また人形を作ったとしても破壊されるだけ。それは、私の本意ではありません」

 突然態度を変えたフォクスギルディに、怪訝なものを感じたブルーが尋ねると、彼は堂々と言葉を返してくる。

 フォクスギルディが、リボンを構えた。

「では、テイルブルー、お覚悟!」

 吼えると同時、そのリボンがブルーに振るわれた。

 

 

 甘く見ていた。

 テイルブルーが、人形を壊しながらも戦う姿勢を崩さなかったことを見て、フォクスギルディは考えを改めた。

 フォクスギルディは、これでも歴戦の戦士だ。

 搦め手を得意とする性格ではあるが、それで葬ってきた戦士は、ひとりや二人ではない。

 先ほどテイルブルーに行ったように、ツインテールを愛する気持ちを利用して、戦意を喪失させる。

 中にはツインテールを破壊する者もいたが、それらも、自らの手で愛するツインテールを破壊させることで精神的に脆くなるため、さほど脅威と言える者はいなかった。

 だが、目の前の戦士は、ツインテールを破壊しながらも、戦う意思を捨てなかった。

 いままでの己の戦い方を恥じるつもりはない。

 これ以上、人形を壊されたくないというのも、本心だ。

 しかしそれ以上に、ここまでの覚悟を見せられたのだ。小細工は、無粋というもの。フォクスギルディは、そう思った。

「では、テイルブルー、お覚悟!」

 声を張り上げると同時に、リボンを鞭のように振るう。

 己の力で形成したリボンは、自らの意思で、ある程度軌道を制御できる。生半(なまなか)な実力の相手なら、充分に打ち払うことができるほどだ。

「こんなもの!」

 もっとも、目の前の戦士は、そんな生半(なまなか)な強さではない。テイルブルーは、声とともにリボンの軌道を見極め、避け、あるいは槍で(さば)きながら、フォクスギルディに接近し、槍を振るってくる。

 フォクスギルディに動揺はない。リザドギルディ、タトルギルディとの戦いの映像を見ているのだ。彼女が並々ならぬ実力の持ち主であることは、重々承知している。

 ならば、リザドギルディがテイルブルーとの戦いで見せたように、自分も限界を超えなければならない。それだけのことをしなければ、彼女に勝利することはできないだろう。フォクスギルディはそう思った。

 フォクスギルディには、夢がある。

 それは、己の属性力(エレメーラ)である『髪紐属性(リボン)』をどこまで高められるのか。そしてそのリボンで、どれだけのことができるのか。それを追求し続けること。

そしてそれは、まだ道半ばだ。ここで死ぬ気はなかった。

 テイルブルーの攻撃を躱し、リボンを振るいながら、意識を集中し、そのリボンの数を増やす。二、三本増やすが、やはりその程度では、テイルブルーの動きを捉えることはできない。

 さらに、増やす。

 人間の神話にある、九尾の狐。それを思わせる、九本のリボンを作り出す。

 簡単なことではない。制御が甘くなるリボンも出てくる。

 それは、意思で制御する。自分の属性力(エレメーラ)で作ったものならば、できない道理はない。そう信じる。

「くっ!」

 数に押され、テイルブルーの接近が止まり、一本のリボンを、彼女の、槍を持たない方の腕に巻きつけた。

 好機。

 テイルブルーの動きを完全に封じるため、残りのリボンも一気に巻きつけることを決める。

「スプラッシュスピアアーーッ!!」

「っ!」

 そう考え、リボンを彼女に伸ばした瞬間、リザドギルディとタトルギルディを葬った、テイルブルーの必殺の刺突が放たれてくる。

 それになんとか反応し、放たれた槍に八本のリボンを巻きつけ、勢いを()ぐ。

 胸を貫く直前で、槍が止まった。

「―――」

 防げた。その安堵に、フォクスギルディの動きが一瞬、止まる。

「ハッ!!」

 その瞬間、凄まじい踏みこみとともに放たれたテイルブルーの掌底が、リボンに巻きつかれた槍の石突きに叩きつけられた。

 

「ふっ」

 息が、フォクスギルディの口から漏れる。

 掌底によって押し出された槍が、フォクスギルディの躰を貫いていた。

――――お見事。

 自らの夢を阻んだ怨敵であるはずだが、怒りも憎しみも湧いてこない。

 おそらく、リザドギルディもそうだったのだろう。自らの限界を超え、その上で自分を破った相手に対し、ただ、その強さを讃える。タトルギルディも、きっと。

 躰の力が抜け、視界がかすんできた。

 眼を、閉じる。

「ふふ、まったく、恥ずかしがり屋ですね」

 最期の力を振り絞り、妄想を、いや、夢を見る。いままで追いかけてきた夢、リボンの可能性を追求するために。

 逃避ではない。いままで、夢に生きてきたのだ。夢の中で死ぬことの、なにがおかしいのか。

「ほら、恥ずかしがらずに出てら」

 夢の中に出てきた彼女の姿に、言葉が止まった。

 リボンを、躰に巻いていた。まるで服のように。彼女自身が贈り物であるかのように。なぜいままで、この使い方に気づかなかったのか。

「な、なるほどっ。リボンに、そんな使い方がっ。あ、ああっ!!」

 最期に、いい夢を見れた。薄れゆく意識の中、不思議な安らぎと、満たされた気持ちだけがあった。

 

 

 フォクスギルディが妄想を垂れ流しながら爆散するのを、ブルーはただ呆然と見ていた。

 そこから飛んできた核を反射的に受け止めたが、喜びも感慨も湧かない。

 総二に、どんな顔をして会えばいい。その思いが頭を埋め尽くし、両手で顔を覆う。

「よしっ、取材だ! テイルブルーさんっ、あ、ちょっとっ!」

 戦いが終わったと判断したのだろう、いつの間にか来ていたマスコミが、ブルーに近づいて来る気配がした。

 顔を覆っていた手を離すと、彼らに一瞥(いちべつ)もむけず、駆け去る。いまは、ひとりになりたかった。

 ただ、走る。

 総二の大好きなツインテールを、壊してしまった。

 後悔だけが、頭の中を占めていた。あんな啖呵(たんか)を切っておいて、なんて情けない。

 そう思っても、総二に嫌われてしまったらと考えてしまうと、涙が出そうになる。

「どう、しよう」

 か細い声が、口から漏れた。

 

 




 
フォクスギルディの描写ですが、まあ趣味です。自分の好きな時代小説家先生のような文章書きたいって思いもありまして。


以下、補足です。
不要という方はスルーでお願いします。











原作では、愛香の最優先は総二を守ることであるため、躊躇せず、人形を破壊していますが、総二が戦場にいない本作ではこのようになりました。
また、本作の状況で、愛香が平然とツインテールを壊すことが想像できないこと、トゥアールと会うまで、嘘が苦手な実直さを持つ、と総二に評されているため、こうなるのが自然かな、と。


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1-7 青と赤の想い

R-15のタグ付けました。
まあ、付けた方が良いかなと。

二〇一四年十二月十五日 初稿
二〇一五年十一月十四日 修正
 


 時計を見ると、だいぶ遅い時間になっていた。愛香は、まだ帰ってこない。

 総二は、新たなエレメリアンの反応を確認して迎撃にむかった愛香を見送ったあと、珍しく開店しているアドレシェンツァの、手伝いを行っていた。なにもしないでいると、余計なことばかりを考えてしまうためだ。そのくせ、戦いにむかった愛香のことを時折考えてしまい、落ち着かない気持ちになってしまう。

 愛香を信じるって決めただろう。そう自分に言い聞かせるが、集中しきれず注文を間違えそうになるときもあった。

 しばらくしてから、店から客の姿がなくなり、母が声をかけてきた。

「総ちゃん、お疲れ様」

「ああ、母さんもお疲れ様」

 お互いに労いの言葉をかけ合い、総二が時計を見ると、だいぶ遅い時間になっていた。それなのに、愛香は、まだ帰ってこないのだ。

 なにか、あったのだろうか。

「愛香ちゃんのことが心配?」

「ああ、なにかあったのかな。って、ただ帰りが遅くなってるだけだろっ。愛香は強いから、大丈夫だって」

 母の言葉に、思わず内心をこぼしそうになり、慌てて言い直す。最後は、自分に言い聞かせていた。

 母には、友達と一緒に遊びに行ったと説明してある。だが、母は真面目な顔で再び口を開いた。

「でも、心配なんでしょ」

「それは」

 心配に、決まっている。できることなら、いますぐにでも駆けつけたい。だが、なんの力もない自分が行っても、足を引っ張るだけなのは、目に見えている。

 思えば愛香は、いつだって総二と一緒にいた。いてくれた。

 総二がツインテール馬鹿を晒すと、同年代の、仲良くなれそうだった者たちは、みんな離れていった。それでも愛香だけは、ずっとそばにいてくれた。それを、当たり前のことだと思っていた。

 ふと思う。愛香は、いつまでツインテールでいてくれるのだろう。いつまで、一緒にいてくれるのだろう。

 いつか愛香に恋人ができたら、彼女のツインテールは、その誰かのものになってしまう。そいつがツインテールを好きでなければ、ツインテールをやめてしまうかもしれない。なにより、愛香が誰かのものになってしまうと考えると、なぜか胸が締めつけられるように痛くなる。

「ねえ、総ちゃん。総ちゃんは、愛香ちゃんのことをどう思ってるの?」

 母の質問に、少し考える。答えはすぐに出た。なぜか、口に出したくなかった。それでも、母に答えを返す。

「愛香は、幼馴染みで、親友で」

「ほんとうに、それだけ?」

「え?」

 無理やり口に出すと、さらに胸が痛くなった。言葉を吐き出すと、母がまた問いかけてくる。

 母は、自分になにかを考えさせようとしている。そう思わせる彼女の言葉に、改めて考える。

 一生の付き合いになるだろう最高の親友。

 そう、思っていた。いまは、それだけで満足したくないと思う自分がいる。

「俺は」

「こんばんは。総くん、居ますか?」

 なにを言うか決めていたわけではない。だが、なにかを言わなければならない。そう思って口を開こうとしたところで、ドアの開く気配とともに、聞き覚えのある声が耳に届いた。言葉を止め、声の方をむく。

「恋香さん?」

「あら、恋香ちゃん。こんばんは」

「こんばんは、未春おばさん、総くん」

 愛香の姉である、恋香の姿があった。

 津辺恋香。総二と愛香より四つ年上の大学生であり、愛香から喧嘩っ早さを引いて、おしとやかさを足したような人である。さらには、愛香がコンプレックスとしている胸もずっと大きく、それも含めて愛香の姉と言える人であった。

「こんばんは、恋香さん。恋香さんが店に来るの、珍しいですね」

 挨拶を返し、なにかあったのかという問いも含めて、言葉を続ける。

 恋香はうん、とひとつ頷くと、どこか心配そうに言葉を続けた。

「少し前に愛香が帰ってきたんだけどね」

「あ、帰ってきてたんですか」

「ええ。けど、なんだかすごく落ちこんだ様子だったから、総くん、なにか知らないかなって」

「え?」

 帰ってきていると聞いて安心したものの、落ちこんでいると聞いて、総二は再び不安になった。

「俺、ちょっと様子見てきます」

「お願いね、総くん」

 愛香の様子を見に行くため、店の扉の方にむかう。扉を開けようとしたところで、母の声が耳に届いた。

「待って、総ちゃん」

「ん?」

 母の声に振り向くと、彼女はどこか真剣な表情を浮かべていた。その雰囲気のまま、母が口を開く。

「ここは、総ちゃんの部屋から行った方がいいと思うわ」

「へ? なんで?」

「なんとなくよ」

「うーん」

 母の言葉に聞き返すと、やたら自信に満ちた態度で答えてくる。

 どちらにしても、時間的にはそれほど変わりはない。

「わかった。そうするよ」

 とにかく、愛香のもとに行くのが先決である以上、あまり考えてもしょうがない。そう結論づけると、自分の部屋にむかう。

 いまはただ、愛香に会いたかった。

 

 

 どうしよう。

 エレメリアン、フォクスギルディとの戦いを終えて帰ってきた愛香は、ベッドの上で、立てた両膝の間に顔を埋め、苦悩していた。

 総二の大好きなツインテールを、壊してしまった。

 自分を責めるとともに、もし、総二に嫌われたら。そう思うと、泣きそうになってしまう。

「愛香?」

「っ!」

 カーテンを閉めた部屋の窓から、総二の声が聞こえた。おそらく、恋香から愛香のことを聞いて、様子を見に来たのだろう。

 嬉しく思えたのは一瞬だけで、すぐに、恐怖に似た思いが湧きあがる。

 総二の心配そうな声が、続けられる。

「愛香、どうしたんだ。まさか、怪我でもしたんじゃ」

 総二に嫌われたくない。だが、嘘を吐きたくない。悩み、迷う。

 愛香は窓に近づくと、口を開いた。

「あ、あたしは大丈夫よ。怪我なんてしてない。心配してくれてありがとう、そーじ。その、ちょっと疲れちゃっただけだから」

――――嘘、吐いちゃった。

 自分を心配して来てくれた総二に対して、自分が嫌われたくないという、ただそれだけの理由で嘘を吐いてしまった醜い自分に、愛香は泣きたくなった。

 なにかに気づいたように、総二が一瞬、動きを止めたように感じた。ほんの少しだけ間を置いたあと、総二の、意を決したような声が聞こえた。

「愛香。その、さ。顔見せてくれないか?」

「えっ」

 総二なら、これでなんとかごまかせるはず。そんなことを考えてしまった自分に気づき、さらに落ちこんだ愛香は、総二の申し出に戸惑う。

「なんか、愛香、いま、すごく無理して明るく言ってるように聞こえてさ。気のせいだったらいいんだけど」

「そーじ」

 心の底から心配してくれているのだろう、総二のその言葉に、愛香はまた泣きたくなる。

 総二にこれ以上、嘘を吐きたくない。そう考えたところで、さっき騙そうとしておいて、なんて都合のいいことを、という心の声が聞こえてくる。

 泣きそうになるのを無理やり押しとどめ、愛香は言葉を絞り出した。

「そーじ、ごめん。あたし、ツインテール、壊しちゃった」

「え、どういうことだ?」

 総二が戸惑った声を返してくると、愛香は今日の戦いであったことを話しはじめる。

「今日戦ったフォクスギルディは、あたしの姿をまねた人形を作ってきたの。それで、ツインテールを壊すのか、って言われて、あたしっ」

 壊した。最後は言葉にできなかったが、理解したのだろう。総二が、息を呑んだように感じた。

「愛香、部屋に入れてくれないか」

「―――うん」

 少しして聞こえた総二の声に、カーテンと窓を開け、部屋に入れる。

 怒られるだろうか。嫌われてしまったかもしれない。

 ツインテールを壊したことだけではない。それを隠すために、嘘を吐いてしまったのだ。

 怯えながらうつむいていた愛香は、髪が優しくすくい上げられたのを感じた。

「悪い。また、気を遣わせちまったんだな」

「そー、じ?」

 髪を撫でながらかけられた総二の優しい声に、愛香は顔を上げる。総二の眼には、優しい光があった。そのまま彼は、愛香の髪をなでながら言葉を続けてくる。

「ツインテールを壊したことを聞かせて、俺にショックを受けさせたくなかったんだろ?」

「ち、がうよ、あたし、ただ、そーじに、嫌われたくないなんて、勝手な理由で」

「嫌われたくないって思うことの、なにが悪いんだよ。俺だって、愛香の大切なものを壊したら、きっと同じことをすると思う」

「そーじは、そんなこと」

「する。俺だって、愛香に嫌われたらって思うと、すごく怖い」

「え?」

 愛香の言葉を遮った、総二の言葉に声を漏らすと、優しく抱きしめられた。

 突然の総二の行動に、愛香の体が熱くなり、慌てて問いかける。

「そ、そーじっ?」

「い、嫌、だったか?」

 恐る恐るかけられた声に、体は熱いままだが、思考が少し落ち着く。

「う、ううん。嫌なんかじゃ、ないよ。ただ驚いただけ」

「そ、そうか」

「ふあっ!?」

 愛香が答えると、総二は抱きしめたまま頭を撫ではじめる。頭を撫でてくる、優しい手の感触に、愛香は再び声を上げた。

 優しい声が、耳に届く。

「愛香は、嘘なんて吐きたくなかったんだろ? 嫌われたくないから嘘ついて、だけどほんとうは、俺に嘘を吐きたくなくって、そんな辛そうなんだろ?」

「そーじ」

 総二の優しい言葉に、涙が溢れてくる。嗚咽(おえつ)しながら、愛香は総二にむかって言葉を絞り出した。

「ごめ、ん、ごめ、んね、そーじ」

「愛香が謝ることなんてない。俺の方こそごめんな。いつも気を遣わせっちまって」

 言葉のあと、総二の腕にこめられた力が、少し強くなったのを感じた。

「愛香。確かに俺は、ツインテールが大好きだ。正直に言うと、ツインテールを壊したって聞いて、ショックだった」

 総二の言葉を聞き、愛香はまたうつむく。

「う、ん」

「それでも、愛香の身に代えられるものじゃないんだ。それだけは、わかってほしい」

「っ、そーじっ」

「愛香が俺に気を遣ってくれることは、すごく嬉しい。だけど、戦いの時くらいは、俺に気を遣わないでほしい。もっと自分を大事にしてくれ」

「―――うん。そーじ、ありがとう」

 想いのこめられた総二の言葉に、心が晴れていく。

 もう、迷わない。総二を悲しませないためにも。

 そう、改めて決意する。

 抱きしめられたまま少し経ち、落ち着いたところで、総二が愛香から身を離した。

 総二は、愛香の髪をすくい、少しためらうそぶりを見せたあと、意を決したように口元に持っていき、そのまま髪にキスをした。

 それを眼にしたことと、髪から伝わる感触に、愛香の体が熱くなる。

「そ、そーじぃ」

 嬉しさに、涙が溢れそうになり、体を震わせ、総二を見上げる。

 次の瞬間。一瞬、躰を硬直させた総二に、愛香は再び抱きしめられた。

 

 

 顔を真っ赤にして瞳を潤ませながら、上目遣いにこちらを見る愛香の姿を見た次の瞬間。総二は、気がつくと彼女を抱きしめ、そのままベッドに押し倒していた。総二の頭の中には、ただ、愛香への愛しさがあった。

「そ、そーじっ?」

 驚いたように総二を見る愛香の顔に、頭が冷える。

 こんなことをして、愛香に嫌われてしまったら。慌てて、身を離すために、腕に力をこめる。

「んっ」

「っ!」

 身を離そうとしたところで、愛香が瞳を閉じた。観念したように、いや、こうなることを望んでいたかのような愛香を見て、再び愛しさが、そして、欲望が湧きあがる。理性が、飛んだように感じた。

 愛香は、幼馴染みで、親友だろ。昨日も自分を止めようとした、理性の声らしきものが聞こえたが、総二はもう構わなかった。

 愛香がほしい。愛香を、自分のものにしたい。幼馴染みで親友なだけでは、満足できない。

 その想いだけで、頭が一杯になった。

 衝動に身を任せ、口づけを行うために、顔を近づけていく。

 愛香は、それを待ち望んでいる。勝手かもしれないが、彼女のツインテールから、そんなふうに感じた。

 もう少しで、唇と唇が触れる。愛香の顔が、間近に迫った。

 

 お互いの唇が触れる直前、昨日と一昨日のことが総二の頭をよぎり、思わず体が止まった。

 総二はゆっくりと、窓を、いや、窓から自分の部屋を見た。

 眼が、合った。

「なにしてるんだ、母さん、恋香さん」

「えっ、えええええええええええっ!!」

 呆然と声を漏らすと、それを聞いたことでだろう、愛香が一昨日以上に慌てはじめた。

 窓から見える自分の部屋に、昨日と同様にビデオカメラを構えてこちらを見ている母と、いままさに行為に及ぼうとしていた幼馴染みの、姉の姿があった。

 ビデオカメラを構えながら、やたらイイ笑顔を見せた母は、親指を立て、とても見事なサムズアップをこちらにむけ、恋香の方は頬に手をあて、あらあら、とでも聞こえてきそうな、とても嬉しそうな笑顔をむけていた。

 母と恋香は、どう反応していいかわからず呆然とする総二たちにむかって手を振ってくると、実に楽しそうに部屋から出て行った。

「―――」

 気まずい空気が、辺りに立ちこめている。嫌な空気ではないが、いたたまれないというか、気恥ずかしさがとてつもない。

 愛香の顔が、耳まで真っ赤になっている。自分もそうであろうことは、鏡を見なくてもわかった。

 愛香の顔をまっすぐに見れず、チラチラと横目に見ることしかできない。彼女もそうなのだろう、同じようにチラチラと視線をむけてくる。時折視線が合うと、むしょうに恥ずかしくなってくる。

 しばらくの間、それをくり返したあと、空気を変えるために話しかける。

「じゃ、じゃあ、きょ、今日はここまで、じゃ、なくって」

「そ、そうだな、また、明日、って、へ、変な意味じゃなくてだな」

 先ほど行おうとした行為を意識してしまう言葉が出るが、無理やり切り上げ、総二は窓から部屋に戻る。

「そ、そーじ」

 部屋に入ったところでかけられた愛香の声に、ふりむく。

 未だ真っ赤な顔をしながらも、嬉しそうに微笑む愛香の笑顔とツインテールに、総二は思わず見惚れた。

「あ、ありがとね。慰めてくれて」

「あ、ああ」

 総二が答えると、愛香は恥ずかしさをごまかすかのように、窓とカーテンを閉めた。

 総二も、愛香と同じように窓とカーテンを閉める。

 そして、ベッドに転がると、昨日と比べものにならない勢いで身悶えた。

 






甘さをさらに。次の話ではさらに甘くする予定です。
以下補足です。修正はなしです。









愛香は、かなり自己評価が低い子だと思ってます。総二のためならどこまでも強くなりますが、同時に自分のこととなると、かなり打たれ弱い。ラフレシアギルディに匂い嗅がれてかなり長い間へこんで、それで総二に嫌われるんじゃないかと怯えてたり、自分のツインテールを総二の一番だとは思えてないとか。そのため、負のスパイラルに入るとなかなか抜け出せなくなるのではないかなと。
総二に関しては、積み重ねと、ここまでされたら堕ちるだろ、と。


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1-8 青と姉 / 黄の悩み / 赤の悩み

 
原作八巻読みました。
愛香さん、ヒロインにして、ヒーロー。
本当に、素晴らしい。


二〇一六年一月十三日修正



 フォクスギルディと戦い、総二に押し倒された日の翌朝。愛香が台所に行くと、恋香の姿があった。

 お互いに挨拶をしたあと、顔を少しうつむかせた恋香が、口を開く。

「愛香。昨日はごめんね、邪魔しちゃって」

「だ、だからいいってばっ。ちゃんと謝ってもらったし」

「うん、ありがとう、愛香」

 申し訳なさそうに言ってくる恋香に、愛香は慌てて言葉を返す。微笑みながらも、まだ少し気にしている様子の恋香を見ながら、愛香は昨日のことを思い出し、顔が熱くなった。

 もうちょっとで総二にキスしてもらえたのに、という思いは確かにある。だが、総二に抱き締めてもらえたうえに、頭までなでられて、髪にキスまでしてもらえたのだ。うぬぼれでなく、間違いなく総二は、愛香のことを意識してくれていると思えた。そのことで心に余裕ができているため、恋香たちを怒る気は起きない。

 それより、いったいどんな顔をして総二と会えばいいのだろう、と愛香は思った。

 思ったが、だからといって避けたりしたら、総二はきっと傷つくだろう。それに愛香自身、総二を避けることなどしたくない。いや、いつだって総二と一緒にいたい、と愛香は思っている。

 悩みながらも朝食を終え、食器を片付ける。

 愛香が部屋に戻ろうとしたところで、恋香が微笑みながらも不思議そうに、言葉を紡いできた。

「だけど、ほんとにびっくりしちゃった。総くん、ツインテールにしか興味ない感じだったのに、愛香のこと押し倒しちゃうんだもん。なにかあったの?」

「え、えっと、その、い、いろいろっ?」

「いろいろ?」

「う、うん」

 愛香の答えに恋香が首を(かし)げるが、実際のところ、いつ、どんな理由で自分のことを意識してくれたのかは、愛香自身もわからないのだ。

 愛香が少しでも素直になったことでなのか、自分だけを戦わせていることからなのか、それとも別の理由なのか。

 いずれにしても、いきなり押し倒されたのは確かに驚いた。そして、それ以上に、嬉しさがあった。

 昨日のことを思い出し、顔が熱くなってきたところで、恋香が自身の長い髪をすくい、苦笑しながら口を開いた。

「でも、姉さんももう二十歳になっちゃうし、その前にツインテールにしてみたいなあ」

「っ、だ、駄目っ!」

 からかわれているのはわかるが、恋香の言葉に強い焦燥を覚え、思わずすがりつくような声を上げてしまう。姉は、舌をチロっと小さく出し、いたずらっぽい笑みを浮かべた。こんな仕草が似合うのも、愛香には羨ましかった。自分がやっても似合わないだろうし、なにより気恥ずかしい。

「大丈夫よ。愛香が総くんとちゃあんと結ばれるまでは、ツインテールにしないって約束だったものね」

「や、約束って」

「ふふ。だって、とっても可愛くって、いまでもはっきり覚えてるもの。お姉ちゃんがツインテールにしたら、そーじとられちゃうからやだぁ、って」

「ま、また、そんな子供の頃の話ぃ」

 おねしょのことを話題にされるよりもある意味恥ずかしい、子供のころの思い出を持ち出され、さっきとは違う意味で顔が熱くなった。

 ただ、姉がツインテールにすることに、不思議と強い危機感を覚えるのだ。恋香が言った通り、総二をとられてしまうのではないか、という恐怖に似た思いのためだが、それは姉だけではなく、年上の女性のツインテールみんなに言えることだった。

 愛香が憶えているかぎり、身近でツインテールにしている者はいなかったはずなのだが、物心つく前に、そんな誰かと会っていたのだろうか。

「その時の愛香、おばさんが写真に撮っててねっ、私にくれたの。宝物よ」

「未春おばさんはほんっとに、もうっ」

 弾むような調子で返された姉の言葉を聞いて、恥ずかしさに愛香が頬を膨らませると、恋香は楽しそうに微笑み、優しく声をかけてくる。

「ふふ、ごめんね」

「お姉ちゃんこそ、彼氏作らないの?」

「そう、ね。愛香と総くんが無事に恋人になったのを見届けたら、かな」

 恋香の言葉に、愛香の顔がまた熱くなった。姉は微笑みを崩さず、言葉を続けてくる。

「ふふ、きっとそう遠くないわね。そうなったら、姉さんも本気だしちゃおっと」

「う、うん。ありがとう、お姉ちゃん」

 気を遣われていることに対して申し訳ない気持ちもあるが、恋香のその思いやりに感謝の思いが湧きあがる。

「でも、ほんとうに早いよね。屈んで頭をなでなでしてあげてた、あのちっちゃな総くんが、もう私より背が高くなっちゃって」

「そう、だね」

 感慨深そうに紡がれる恋香の言葉に応えると、胸に手を当て、瞳を閉じる。幼いころからずっと一緒にいた、一番大好きな人、総二の姿を思い浮かべた。

 彼も、自分も、もう子供ではないのだ。応援してくれている姉のためにも、がんばらなければ。

「――――てあげなきゃ」

「ん?」

 恋香が、なにかを呟いたような気がした。別の頭がどうとか聞こえたように思えたが。

 眼を開くと、恋香の顔を見て、問いかける。

「お姉ちゃん、なんか言った?」

「うん。愛香が早く総くんと恋人になれますように、って、お祈りをね」

「も、もうっ」

 恋香の返事に、再び顔が熱くなる。

 とにかく総二に会いに行こう。

 よし、と気合を入れ、愛香は自分の部屋に戻った。

 

 

 朝か。

 眼を開き、外の光を見て、ぼんやりと総二はそう思った。

 時計を見ると、いつも起きる時間より、いくらか早かった。昨晩はなかなか寝つけなかったこともあり、眠気がまだある。

 もともと総二は朝に弱く、寝坊する時もある。そんな時は、愛香に起こされるのだ。

「うおおおぉぉぉ―――」

 愛香のことを考えると同時に、昨日、彼女にしたことや、しようとしたことを思い出し、恥ずかしさに体が熱くなった。顔を両手で覆い、ベッドの上をゴロゴロと転がる。夜、寝つけなかったのも、そのことをなにかと思い出してしまっていたためだ。

 どんな顔をして会えばいいのだ、と思うとともに、抱き締めた時の愛香の感触や、上目遣いにこちらを見上げる彼女の姿を思い出し、さらに身悶える。だが、愛香を避けることなどしたくない。それどころか、いますぐにでも会いたいと思う自分がいる。

 そこでふと、あることに気づき、体がピタリと止まった。考えてみれば、本人の了承を得る前にツインテールにキスしてしまったが、気持ち悪いとか思われていたりしないだろうか。あのあと、瞳を潤ませていたのは、嫌だったからではないだろうか。いや、愛香が本気で嫌がっていたら、あんなことさせるはずがない。さまざまな考えが、脳裏をよぎっては消えていく。

「そーじ?」

「うおおおおおッ!?」

 突然聞こえた愛香の声に驚いた総二は、文字通りベッドから飛び上がった。自分でもどうやったのかわからないが、空中で回転して、どうにか片膝をつく体勢で床に着地する。

 その体勢のまま、声のした方を振り返ると、予想通り愛香の姿があった。呆気にとられたように、眼をパチパチと(しばたた)かせ、不思議そうにしているが、彼女の顔は、どことなく赤くなっているように思えた。

 恥ずかしさを押し隠しながら立ち上がり、愛香とむき合う。

「お、おはよう、愛香」

「あ、うん、お、おはよ、そーじ」

 口ごもりながら挨拶をすると、愛香がハッとした様子で返してくる。悶えている姿を見られてしまったのだろうかと考えると、さらに恥ずかしくなった。

 顔を赤くしたまま愛香が、心配そうに話しかけてくる。

「え、えっと、そーじ、どうしたの?」

「えっ、な、なにがだ?」

「さ、さっきベッドの上で悶えてたし。か、顔が赤いから、その、もしかして具合が悪いとか」

「い、いや、昨日、愛香にしたこと考えてたら、っじゃなくって!」

 思わず口走りそうになり、なんとかごまかそうとするが、しっかり聞こえていたのだろう。愛香の顔が、さらに赤くなった。

 聞くのが怖いが、聞かないままにしておきたくはない。意を決して、総二は愛香に問いかけた。

「な、なあ、愛香。昨日、おまえのツインテールにキスしちゃったけどさ。い、嫌だったか?」

「え、い、嫌なんかじゃ、全然ないよっ!」

「ほ、ほんとうか?」

「う、うん。む、むしろ、すごく嬉しかったし」

「そ、そうか。よかった」

 愛香から返された答えに、ホッと胸をなでおろす。

 モジモジとしながら、愛香が話しかけてきた。

「よ、よかった、って?」

「そ、その、愛香に許可貰う前にあんなことしちまったから、もし愛香が嫌だったらどうしようって」

「そ、そうなんだ」

 そこで、顔をうつむかせた愛香が、少し考えこむ様子を見せた。うん、と意を決した様子のあと、こちらに近づいて上目遣いに見上げてくる。

「あ、あのね、そーじ。あ、あたしは、そーじがしてくれることなら、なんだってうれしいから」

「愛香」

 一昨日にも言ってもらった言葉に、昨日と同じく彼女への愛しさが湧き上がってくる。

「あ、そーじ」

「あっ」

 恥ずかしそうな彼女の声に、我を取り戻す。気がつくと、昨日と同じように愛香を抱き締めていた。

 昨日はあまり意識しなかったが、彼女の体の感触に、胸がドキドキしてくる。鍛えているためだろう、ハリのようなものはあるが、それも適度といえるほどで、むしろほどよい柔らかさがあった。

 体が熱い。だが、愛香を離したくなかった。抱き締めた腕に力をこめる。

「そ、そーじ?」

「い、嫌か、愛香?」

「―――ううん、嬉しい」

 愛香に恐る恐る問いかけると、否定の言葉のあと、ほんとうに幸せそうな声が返され、体を預けられる。総二もまた、嬉しくなり、片手で抱き締めたまま、彼女の頭を、時にツインテールをなでる。愛香の口からどこか恍惚とした吐息が漏れ、総二の体はさらに熱くなった。

 愛香は、こんなに可愛かったのだろうか。ずっと一緒にいたはずの幼馴染みが見せる、はじめての反応にそう思うとともに、総二の頭がますます熱くなってくる。

 気がつくと総二は、昨日と同じように、愛香をベッドに押し倒していた。

 愛香は少し驚いた様子だったが、すぐに微笑みを浮かべた。愛しさが、ますます強くなる。

「そーじ」

「愛香」

 互いに名前を小さく呼び合ったあと、愛香が瞳を閉じた。心臓が、跳ね上がる。彼女に、キスをしたい。衝動に身を任せ、顔を近づけていく。

 おまえら、学校はどうするんだ、という声が聞こえた気がしたが、躰が止まらない。

 愛香の顔が、間近に迫った。

 

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

 昨日と同じくらいの距離まで顔が近づいたところで、ドン、というなにかを叩くような音が聞こえ、慌てて愛香から身を離す。壁、ではない。いまの音は、天井から聞こえた気がした。上を見るが、そこには天井しかない。いや、なにかがいたらむしろ怖いが。

 愛香の方を見ると、彼女は窓から出て、屋根の上を見ているようだった。

 少しして総二の部屋に戻った愛香は、顔を赤くしながら、恥ずかしそうに口を開いた。

「だ、誰もいなかったわ」

「そ、そうか」

 愛香に負けないくらい、自分も顔が赤くなっていることだろう。愛香が言ってくれた通り、嫌なわけではなさそうなのは嬉しいが、気恥ずかしいのは同じである。

「え、えっと。が、学校行かないとねっ!?」

「そ、そうだなっ!?」

 恥ずかしさをごまかすように大きな声を上げる愛香に、総二も同じように返事をする。

 さっきの続きをしたいという気持ちもあるのだが、いろいろな意味でハードルが高い。むしろ、また身悶えしたくなっているほどだ。

 愛香が部屋の外に出たあと、悶えたくなるのを我慢して、すぐに着替える。大して時間をかけずに着替えを終えると、扉を開けて愛香とともに食卓にむかう。台所には当然ながら、母、未春の姿があった。

 総二たちの姿を認めた母は、顔を曇らせ、うつむかせた。

 総二は、愛香と顔を見合わせた。母のことだから、からかってくると思ったのだ。昨日の夕食の時は、邪魔したことを謝ってきただけで特になにも言われなかったが、おそらく愛香と一緒にいる時に言うつもりなのだろう、と総二は考えていた。それが、この反応である。困惑するしかなかった。

 母が、顔をうつむかせたまま、口を開いた。

「おはよう、総ちゃん、愛香ちゃん。昨日はごめんなさいね。邪魔しちゃって」

「お、おはよう。い、いや、別に」

「お、おはようございます。そ、そうですよ、そんな気にしなくても」

「でも」

「き、昨日も謝ってもらったしさ。チャンスはこれからも、ってそうじゃなくてっ」

 思わず口が滑り、それを聞いたことでだろう、愛香の顔が赤くなった。総二の顔も、やはり熱くなる。

 それでも母は、沈んだ顔のままだ。再び、口を開いた。

「ほんとうに、ごめんなさいね」

「だから」

「もう少しで、総ちゃんと愛香ちゃんのキスシーンが撮れたんだけど」

「多分、ごめんの方向性が違うよな!?」

 やはり、母は母であった。

 

 食卓に着き、朝食をはじめたところで、母が口を開いた。

「ふふ、それにしても。まさかこんなに早く押し倒しちゃうなんて思わなかったわ」

 とても楽しそうな笑顔で言われた言葉に総二の体が硬直し、思わず愛香の方を見る。彼女も視線をこちらにむけており、見つめ合うかたちになった。

 総二の体が、不思議と熱くなった。愛香もまた、顔が赤くなっている。

「あらあら」

「っ!」

 楽しそうな母の声に我を取り戻すと無理やり視線を外し、弾かれたようにテレビの方に顔をむける。愛香も同じような動きで、テレビの方に顔をむけていた。

「ん?」

「え?」

 報道されていたニュースに、総二と愛香の呟きが重なる。

 テレビでは、テイルブルーの特集がされていた。きれいなツインテールを(なび)かせ、豪快に、時に眼を見張るようなアクションを行うテイルブルーの姿。声援を送られ、各国からも、あの少女への支援は惜しまない、という力強いメッセージもある。

 テイルブルーとエレメリアンの戦いは、一進一退の攻防で迫力があるということで、ニュース以外では、戦闘シーンも飛ばさずに報道する場合も多く、動画も同じだ。リザドギルディとの戦いは、一般人が携帯で撮影した拙い動画が多いが、タトルギルディとの戦いは場所と時間によるものか、さまざまなアングルから撮られた、鮮明な映像がある。とりあえず、ブリッジするところを何度も流すのやめろ、と総二は複雑な思いを抱く時があった。

 そして昨日の、テイルブルーとフォクスギルディの戦いのことが報道された。正確には、フォクスギルディとの戦いが終わり、テイルブルーが駆け去っていくところだった。

『今回もテイルブルーは恰好良かったですね』

『ええ。ただ、去っていくテイルブルーがどこか辛そうなのが気にかかりますね。まるで、大切な誰かの、大切なものを壊してしまった時のような、いたたまれない気持ちを感じます』

「なんっ」

 なんでわかるんだ。コメンテイターのやたら的確な言葉に、思わず愛香と一緒に声を上げてしまいそうになり、慌てて言葉を呑みこむ。

 総二が母の方を見ると、口元に手を当てて、なにかを考えているようだった。

 母が、こちらの視線に気づき、問いかけてくる。

「あら、どうしたの、総ちゃん、愛香ちゃん?」

「え、あ、いや」

「な、なんでもないです」

「そう?」

 その後、当たり障りのない会話をしつつ、食事を終え、時計を見る。そろそろ学校にむかおう。そう考え、愛香とともに席を立つ。

「じゃあ、母さん。いってきます」

「いってきます、未春おばさん」

「いってらっしゃい、二人とも。あ、総ちゃん」

「ん?」

 手招きされ、母のそばに寄る。耳元に母の顔が近づき、小さな声で言葉を紡いでくる。

「愛香ちゃんのこと、ちゃんと守ってあげないとだめよ?」

「っ、でも、愛香は」

「総ちゃんより強い?」

 強い、だろう。ただ、いまはなぜか頷きたくなかった。愛香への嫉妬とか、そういうものではない。

 自分が無力であることを、認めたくないのかもしれない。

 母の優しい声が、耳に届く。

「でもね、総ちゃん。愛香ちゃんが強いのは、総ちゃんがいるからだ、って母さんは思うの」

「えっ?」

 二日前に愛香からも伝えられた言葉を聞き、驚く。母は、優しく微笑んで言葉を続けてくる。

「がんばりなさい、男の子」

「―――ああ。わかった、がんばってみるよ」

 なにをどうすればいいのかはわからない。それでもなにか、愛香のために、自分にできることを探してみよう。母の言葉に、総二はそう思った。

 

 

 一緒に学校にむかっている途中、総二が周りをキョロキョロと見る。なにを見ているのか、愛香はすぐにわかった。

「女の子ばっかり見て、どうしたのよ?」

 声に刺々しいものが混じるのが、自分でもわかった。

 周りを見ながら、総二が口を開く。

「ん? ああ。いや、なんかツインテールの子が増えてるからさ」

「―――あっそ」

 返された答えにますます不機嫌になりながらも、愛香は気掛かりなものを感じていた。

 ライバルが増えるかもしれない、という焦りもあるが、なにか引っかかるものがある。

 まさか、と思う考えは、ある。とは言っても、それは推測でしかない。

 頭を振って考えを切り変えようとしたところで、総二が言葉を続ける。

「そういや、神堂会長も最近ツインテールにしたのかな」

「なんで、いきなり会長の話になるのよ」

 なおもほかの女子のことを話題に出す総二に、再び刺々しく返事を行ってしまう。彼は、少し高揚した様子で返事をしてきた。

「いや、だって、あんなすごいツインテールの持ち主なら、中学の時とか絶対気づいてるはずだしさ」

「会長は、高等部からの編入みたいよ。それなのに、半年足らずで学園の顔になったみたい」

「へ~」

 総二らしい言葉の内容に複雑な気持ちを抱きながら知っていることを話すと、彼は感心したように声を上げる。

 あれほどのツインテールなら生徒会長にふさわしい、とでも思っているのだろう、このツインテール馬鹿は。

「っ」

 総二には、笑顔でいてほしい。しかしそれは、ほかのツインテールを、ほかの女の子を見るということでもある。

 できれば自分だけを見てほしい。そんなことを考えてしまう自分の心の狭さが、嫌になる。

「あっ」

 愛香の気持ちが沈んだところで、なにかに気づいたような声を総二が上げた。続いて、なじんだ感触が髪に触れ、ツインテールの片房がすくいあげられる。

 髪をすくいあげた総二の顔を見ると、微かに赤くなっていた。不思議に思い、問いかける。

「そーじ?」

「え、えっと、その、な。お、俺の一番好きなツインテールは、愛香のだから。そこは、誤解しないでほしいんだ」

「―――うん」

 照れくさそうに紡がれる総二の言葉に、自分でも単純だと思うが、気持ちが明るくなった。

 髪を触られたまま、学校にむかう。なんとなく、周りから生暖かい視線をむけられている気がした。

 

「おはよう。よい朝ですわね」

 言葉に見合わない暗さで、聞き覚えがある声の挨拶を受ける。声が聞こえてきた方向に愛香が総二とともにむき直ると、思ったとおり、さっき噂した神堂慧理那(えりな)会長の姿があった。

 見ず知らずであるはずの生徒にも声をかける人となりは、みんなに好かれる生徒会長にふさわしいものなのだろう。ただ、なにがあったのか、妙に暗い。周りの生徒たちも、ちらちらと心配そうに会長を見ていた。

「おはようございます、会長。あの、なにかあったんですか? すごく落ちこんでるみたいですけど」

 心配になった愛香は、余計なお世話かもしれないと思いながらも、彼女に問いかける。

 暗い雰囲気のまま、会長が口を開いた。

「ええ、昨日のテイルブルーの報道を見たんですが、なんだか彼女、すごい辛そうな顔だったものですから」

「―――えっ?」

 思いもよらない言葉に虚を突かれる。会長は、そのまま言葉を続けた。

「ひとりで戦い続けるって、きっとすごく辛いことだと思いますわ。たとえわたくしたちが応援しても、彼女を支えられるわけではありません。それが、悲しくって」

「そう、ですね」

「そーじ」

 表情を同じように暗くした総二が、会長の言葉に同意する。彼も同じ思いを(いだ)いていたのだ。いや、いまも抱いているのではないだろうか。そう考えると、愛香の気持ちも沈みそうになる。

「でも」

 いや、そうではない。沈みそうになったところで気持ちを切り替え、愛香は二人にむかって言葉を紡ぐ。

「でも、応援してくれる人がいるってだけでも、違うと思います。自分はひとりじゃないんだって思えるだけでも、力は湧いてくるんじゃないかって」

 恥ずかしい言葉ではあるかもしれない。それでも、なんの支えにもならないなどということはないのだと、それだけでも二人に伝えたかった。

「そう、ですわね。一緒に戦うことができないからこそ、せめて応援だけでも、自分にできることを精一杯やらないといけませんわね」

「―――愛香、ありがとな」

 愛香の気持ちが伝わったのか、会長の顔が明るくなる。総二も、完全に吹っ切れたわけではないのだろうが、さっきよりは明るい表情に見えた。

 総二が、会長の方に顔をむけた。

「会長は、ほんとうにテイルブルーを応援してるんですね」

「ええ。この年で変だと思われるかもしれませんが、わたくし、ヒーローに憧れておりますの。(いま)だに子供向け特撮番組を見たり、玩具も買ったり」

「そうだったんですか」

 少し恥ずかしそうに語る会長の言葉に、総二が優しく言葉を返す。幼い外見のせいでまったく違和感はないが、さすがに口に出して言うのは失礼だろうと思い、愛香はそれについてはなにも言わなかった。

 テイルブルーに助けられた日も、マクシーム宙果(そらはて)で開かれていたヒーローショーをお忍びで見に行ったところ、事件に巻きこまれたらしい。

「だから、運命を感じていますのよ。テイルブルーに出会い、助けられたことに」

 嬉しそうに、笑顔で会長が話を締めくくった。

「会長。きっとテイルブルーは、会長みたいに応援してくれる人がいるだけでも、心の支えになっているはずですよ。なあ、愛香」

「うん。絶対に」

「ありがとう。確か、あなたたちは、一年A組の、津辺愛香さんと、観束総二君ですわよね」

 名前を呼ばれたことに驚き、総二と顔を見合わせる。総二が、会長の顔を再び見て、返事をする。

「は、はい」

「そう、ですけど。もしかして、全校生徒の名前、覚えてるんですか?」

「ふふっ。わたくし、記憶力には少し自信がありますの。おふたりとも、お話を聞いてくれてありがとう。それでは」

 総二の返事に愛香も言葉を続けると、会長は微笑みを浮かべ、答えた。そして、感謝の言葉を残し、先に学校の方へむかっていった。

「すごいな、あの人。生徒の名前、全員暗記してるのか」

 去っていった会長の後ろ姿を見送ると、総二が驚きと感心の入り混じった声を出す。

 うん、と愛香も気合を入れ直す。

「あんなに応援してくれるんだもの。あたしもがんばらないとね」

「ああ。愛香、俺もできるかぎり支えるからな」

「ありがと、そーじ」

 総二に力強い声に、心からの感謝の言葉を返す。

 決意を新たにして、二人で校舎にむかって行った。

 

 

 

 お互いに風呂上がり。総二の部屋。何度か、してもらっていることだが、恥ずかしさは消えない。いや、はしたない女だと思われないだろうか、と考えてしまうこともある。それでも、その欲求には逆らえなかった。

 体が熱い。いまの自分の顔は真っ赤だろう、と愛香は思う。眼の前の総二と同じくらいに。

 愛香は意を決して、総二にむかって口を開いた。

「そーじ、だ、抱いてっ」

「わ、わかった」

「んっ」

 恥ずかしそうな総二に、強く抱き締められる。続いて頭に、なじんだ感触が触れる。総二の手。優しく頭を、時にツインテールをなでられ、満ち足りた気持ちになる。

「ふああ―――」

 気持ちよさに、思わず恍惚(こうこつ)とした声が漏れてしまう。

 総二の躰の熱が、愛香から離れる。

「愛香」

「あっ」

 身を離され、残念な気持ちが湧きあがりかけたところで、総二が愛香のツインテールをすくい、そのツインテールにキスをする。髪から伝わるその感覚に、抱き締められている時と同じくらい幸せな気持ちが満ちた。

 

 フォクスギルディとの戦いがあった日から、十数日が経つ。アルティメギルのエレメリアンは、いろいろな意味で一筋縄ではいかない相手ばかりだったが、それでも愛香は勝利し続けることができている。それは、自分を応援してくれる、会長のような純粋なファンと言える人や、支えてくれる総二がいてくれるからだと、愛香は思っている。

 世間の反応も、フォクスギルディの時に撮影された、テイルブルーの苦しそうな表情の影響か、少なくとも前より受け入れやすい騒ぎ方になっている。いや、結局騒いではいるのだが。

 なにより、いまもしてもらっている、総二からの『ご褒美』。

 フォクスギルディの次に現れたエレメリアンとの戦いを終え、総二のもとに戻った時。顔を赤くした総二から、愛香が喜んでくれるかわからないけど、と恥ずかしそうに前置きされてから、抱き締められ、頭をなでられ、髪にキスをしてもらったのだ。愛香はあまりの嬉しさに、抱き締められたまま、その場で気絶した。前日と、その日の朝にもしてもらったことではあったが、その時は雰囲気が雰囲気だったこともあり、気絶することはなかったのだ。要は、心の準備ができていなかった。

 気絶してしまったことを見て、嫌だったか、と悲しそうに聞いてきた総二に慌ててそう答え、総二の方こそ嫌じゃなければ、またして欲しい、と続け、承諾してもらい、今日もまた、ご褒美をもらっている。

 アルティメギルとの戦いがあった日にすると、決めてある。毎日行ったら、ご褒美にならないと思ったのだ。もっとも、アルティメギルは、ほぼ毎日出ているのだが。

 行うタイミングは、愛香と総二で交互に決めることにしてあったが、基本的には、どちらとも風呂上がりにすることが多かった。

 

 

 愛香のうっとりとした声が耳に届き、総二の体がさらに熱くなる。ツインテールへのキスのあと、再び彼女を抱き締め、頭をなでると、やはり愛香の口から、恍惚とした、どこか艶を感じる声が漏れる。

 その声と、風呂上がりの愛香から漂う香りに頭がクラクラし、押し倒したくなるが、頭をよぎるひとつの悩みが、それを押しとどめた。

 しばらくしてから、愛香が体を離した。

「ん、ありがと、そーじ」

「ああ。もういいのか?」

「うん。っていうか、適当なところでやめないと、ほんとにきりがないから」

「そっか。うん、そうだな」

 名残惜しさはあるが、愛香の言う通りである。彼女も、実際にはやめたくないのだろう。愛香の表情とツインテールから、そんなふうに感じた。

「じゃあ、おやすみ、そーじ」

「ああ。おやすみ、愛香」

 微笑んで言葉を交わし合い、愛香が窓から自分の部屋に戻っていく。カーテンが名残惜し気にゆっくりと閉められるのを見届け、総二もカーテンを閉めた。

 ベッドに寝転がり、愛香に触れていた手を見る。

 まるで、恋人だ。自嘲するようにそう思う。

 愛香と触れ合うのが嫌なわけではない。むしろ、愛香に触れながら、彼女のツインテールを触っている時、いままで生きてきて感じたことのなかったほどの安らぎと幸福感に包まれる。

 そんなふうに感じ、恋人のように触れ合い、言葉をかけ合いながら、愛香に告白をできないでいた。

 自分の想いが、恋かどうかわからない。そして、自分は愛香を利用しているのではないか、という思いが、頭から離れないのだ。

 いままで生きてきて、ツインテールにしか興味がなかった。そのために、恋愛感情というものがわからない。愛香に対する友情、あるいは親愛を勘違いしている可能性もある。なにしろ、愛香以外に親しい同年代の者がいなかったのだ。

 異性で仲のいい者がいれば、愛香にむける感情を比べることができたかもしれない。

 同性で仲のいい者がいれば、この気持ちを相談することもできたかもしれない。

 総二には、どちらもいない。そばにいてくれたのは、愛香だけだった。

 母に相談することも考えたが、それは不思議と(はばか)られた。

 からかわれるかも、という思いがなかったわけではないが、このことは、母から答えを貰ってはいけないのではないか、となんとなく思ったのだ。

 ただ、これ自体は、どうでもいいことだとも思っている。

 愛香を大切に想う気持ちに、嘘はない。できることなら、ずっと一緒にいたいと思っている。これも、心からの思いだ。

 だから、この気持ちが恋でなかったとしても構わない。それでも、自分は愛香を利用してるのではないか、と思ってしまうと、告白することができなかった。

 違う、と言うのは簡単だ。しかし現実に、総二に戦う力はなく、代わりに愛香を戦わせているようなものだ。考えすぎだと思っても、心の底から納得することは、できなかった。

 あの日、愛香は、ツインテールを壊したことで、総二に嫌われることを怖がっていた。そのために、吐きたくなかっただろう嘘まで吐いて、涙を流した。

 その時、ふと思ったのだ。愛香がツインテールにしているのは、そして彼女が戦っているのは、総二のためなのではないか、と。

 物心ついたころから、ずっとツインテールにしてくれて、ずっと総二のそばにいてくれた。愛香はずっと、自分のことを想ってくれていたのではないか。

 それは、総二がそう思っているだけかもしれない。いや、自分の思いこみだと考えてしまうのは、自分との触れ合いを喜んでくれている愛香に失礼ではないか、と思う。それは、彼女の想いを無碍にすることと変わらないのではないか。

 とにかく、愛香が総二のために尽くしてきてくれたのだとしたら、この上なく嬉しい。それに気づいてやれなかった自分への憤りや情けなさもあるが、だからこそ自分からの想いを返してあげたい。彼女を大切にしたい。

 それでも、いや、それがあるからこそ、思ってしまうのだ。もしも、自分の抱いている気持ちが、恋じゃなかったら。総二が告白して、愛香がそれを受けてしまったら、それは、彼女の気持ちを利用していることになってしまうのではないか。

 いや、自分が愛香のためにと思って行っているご褒美も、彼女の気持ちを利用していることなのではないか。ただ自分は、愛香のためにとかこつけて、欲望を発散しているだけなのではないか。はじめてご褒美を行った時に、そう考えてしまったのだ。

 あれからも、押し倒しそうになったことは一度や二度ではない。だが、そのたびにその考えが頭をよぎり、体が止まる。

 それだけではない。少し前から、なぜかはわからないが、愛香のツインテールからなにかを感じる気がするのだ。前よりもきれいになっているように思えるツインテールから、小さな、不安と呼べそうな思いを。

 自分にできることで、愛香を守ろう。そう思っても、ほんとうに愛香を守れているとは思えなかった。

 力がなくとも戦うことはできる、などということはない。むしろ、愛香の足を引っ張るだけでしかない。

 愛香の気持ちに応えたい。しかし、愛香を利用するようなことはしたくない。

 愛香を守りたい。なのに、守られているのは自分の方だ。

 そんな自分に、愛香に告白する資格があるのか。愛香の想いを受ける資格があるのか。

 思考はぐるぐると廻り、いつも同じ思いに行きつく。

 なぜ自分には、戦う力がないのだろう。

 できることなら自分の手で、ツインテールを、そして、愛香を守りたい。男として、大切な女の子を守りたい。

 だが、自分に力はなく、愛香の精神的なケアに努めるのが精一杯であり、それがまた、総二の悩みをループさせる。

 無理やり思考を断ち切ると明かりを消し、ベッドに潜りこみ、眼を閉じる。

 なんで俺には、なんの力もないんだろう。

 眠りに落ちる瞬間まで、その思いは頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*******

 

番外編

 

 

「ん?」

 風呂上がりの自室で、総二はふと違和感を覚えた。

 愛香はまだ、風呂から部屋に戻っていない。基本的に同じタイミングで風呂に入るのだが、やはりそこは性別の差なのだろう、総二の方が早く上がる。

 それはともかくとして、ここ最近ではあるが、たまに違和感を覚えるのだ。なんというか、誰かが自分の部屋に入っていたのではないか、と。

 制服のかけられたところが、違う場所になっているような気がしたり、床が、妙にきれいになっているように感じることがあるのだ。あとは、ベッドが少し荒れていたり、逆に、(しわ)がなくなっていたりすることもあった。

 総二が家にいるときは、愛香が入ってこれるよう、窓に鍵をかけたりしない。そのため、入ろうと思えば入ることはできる。だが、部屋が荒らされた形跡はなく、総二がなんとなくそう感じるだけでしかないのだ。

 愛香にそれとなく聞いてみたこともあるが、彼女は不思議そうに首を(かし)げるだけだった。部屋にいない時には鍵かけたら、と提案されたが、愛香が自由に入ってこれなくなるだろ、と思わず返してしまい、お互い顔が赤くなったが。

「ご褒美、か」

 ご褒美とつけたのは愛香ではあるが、総二としては、なんとなくモヤモヤとしたものがある。

 まるで、自分が愛香を利用していることを指しているように、感じてしまうのだ。考えすぎだとは、自分でも思っているが。

 もしくは、俺が愛香のご主人さま。

「っ!」

 愛香への想いを考える一環として総二は、いままで興味のなかった方面の知識を勉強している。そのせいか、その言葉になにやらイケない妄想が湧き上がり、慌てて頭を振る。メイド服やらなんやらを着た愛香が、総二に奉仕する画が脳裏に浮かんだ気がしたが、気のせいだ。

 そもそも、自分は愛香を利用しているのではないかと悩んでおきながら、こんな不埒(ふらち)なことを考えるなどもってのほかではないか、と自分を叱りつける。いや、しかし、愛香にはメイド服とか似合いそうだ、ってそうではない。奉仕というのがいろいろ意味深だが、気にしてはいけない。奉仕は奉仕だ。

 雑念が多い。精神統一するのだ、観束総二。氷の精神だ。

 煩悩退散。愛香が、奉仕しながら上目遣いでこちらをうかがう。

 色即是空。それに対し、ツインテールを優しくなでることで返すと、愛香はうっとりとして奉仕を続けてくる。

 双房合体。GO、いや、合体はまだ早い。もっとお互いを気持ちよくしてから、いや、そうではなく。

「そーじ?」

「うおっ!?」

 不思議そうな愛香の声が届き、慌ててそちらをむく。総二が悶えている間に入ってきたのだろう、首を(かし)げる愛香の姿があった。

「どうしたの?」

「い、いや、なんでもない」

 言葉のあとに総二は、ごまかしも兼ねて一気に愛香を抱き締めた。

 

 

 





いろいろ書いていたらかなり文字数増えました。未春母さんも恋香さんも出番が増える増える。総二と愛香のイチャイチャも増える増える。総二の苦悩っぷりも強くなりましたが。

番外編は俺ツイのキャラソン聞いて思いついた話。


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1-9U 竜の出陣

 
初稿では書かなかったアルティメギル側の話です。
1-9まで修正が完了しておりますので、まだご覧になってない方はそちらからお願いします。
1-10、1-11も同時に修正しました。
 


 そろそろ頃合いか。

 世界に広がっていくツインテールを見て、玉座のような立派な椅子に座り、足を組んでいたドラグギルディは、そう思った。こういった派手なものはあまり趣味ではないのだが、どっしりと構えることで周りの者たちに安心感を与えるためということもあり、あえてこのようにしている。

 それはともあれ、いつのころからか、アルティメギルによる侵略作戦の最優先となった、ツインテールを拡散――あるいは養殖――させ、刈り取る作戦。それは、この世界でもほとんど問題なく進んでいた。

 選んだ戦士によっては、ツインテール以上に拡がる属性もあるが、この世界で最も拡がっているのは、目論見(もくろみ)どおりツインテール。ほかに拡がっている属性は、恋愛属性(ラブ)貧乳属性(スモールバスト)などだが、テイルブルーの恋愛属性(ラブ)、想いを象徴するのがツインテールであるためか、ツインテールほどの拡がりはなかった。貧乳属性(スモールバスト)については考えないことにする。

 それにしても、あの衣であそこまで戦えるとは。彼女の戦闘を思い起こし、ドラグギルディは感嘆する。

 この世界の戦士、テイルブルーとなった少女に渡したギアの性能は、下の下。最下級のものである。特殊な機能はほとんどなく、身体能力の強化のみ。その強化も、並のエレメリアンとどうにか戦える程度のものでしかない。

 機能のひとつであるピラーは、エレメリアンの爆発による被害を撒き散らさないだけのもの。これも、ツインテールの戦士を祭り上げさせるためでしかなかった。

 戦いによる被害が大きく出れば、それに文句をつける者も現れ、下手をすれば戦士とツインテールの評判が落ちる可能性がある。そうなれば、ツインテールが世界に拡がるのが遅れ、部下の被害が増えていく。

 戦士の強さ――弱さ――によっては、より性能の高いギアか、機能拡張ツールの設計図、あるいは現物などを渡す。ツインテールが拡がりきる前に倒れられては、困るからだ。

 いままでは、そうだった。それを必要とせず、ここまで戦い、勝利してきたテイルブルーは、まさしく武の天稟(てんぴん)を持っている。戦闘の才ならば、ドラグギルディが見てきた戦士の中で、おそらく最高のものだろう。

 かつて戦った中で、自分と対等に戦った、最強の戦士を思い出す。戦士自身が作った衣をまとい、それまで見た中でも最も美しいツインテールを(なび)かせた、銀髪の戦美姫。

 戦闘力は、装備のことを考えれば、彼女の方が遥かに上だろう。だが、戦闘のセンスと技量に関しては、テイルブルーの方が上に思えた。ツインテールも、美しさに関してはどちらも遜色はない。しかしテイルブルーは、ツインテールというものに複雑な想いを持っているようであり、同時に、どこか自信を持ちきれてないようにも思えた。

 テイルブルーが、ツインテールへのわだかまりを捨て、自信を持ち、あの戦美姫の衣をまとえば。いや、自分たちが所持するギアの中でも最強のものを渡せば。

 そこまで考えて、小さく(かぶり)を振る。それは、多くの部下の命を預かる者として、やってはいけないことだ。自分の欲求のためだけにやっていいことでは、ない。そう自分に言い聞かせる。

 眼を、部下たちの方にむける。

 いま彼らは、誰が次にテイルブルーに挑むかを話していた。

 テイルブルーと戦う者は、なにがそうさせるのか、戦いの中で限界以上の強さを発揮する。それが、武人として心惹かれるのだろう。志願する者は多かった。

 武人として、その気持ちはよくわかる。強者と戦うこと、そして、さらなる強さを求めることこそ、武人の本懐。命と引き換えとなっても、抗いがたい魅力だ。

 だが目的は、あくまでもツインテール属性である。それを考えれば、これ以上、部下たちを出すわけにはいかない。

「ドラグギルディ様、次は私をっ!」

「――――スワンギルディか」

 そう考えていたところに、白鳥を思わせるエレメリアン、スワンギルディが志願してきた。

 スワンギルディは、ドラグギルディの弟子の中では年若いが、これは、と思わせるものを持っていた。それは、テイルブルーと同じく天稟(てんぴん)と呼べるものであり、おそらくは、いずれ師である自分をも超えるのではないか。そう感じさせるほどのものがあった。

 だが、いまはまだ、並よりは上程度のものでしかない。テイルブルーと戦うことで、その持ったものを引き出せる可能性はある。だが、命を落とす可能性も充分にあった。

 この男を、ここで死なせたくはない。そう考えると同時に、弟子に優劣をつけてしまうなど、師としてあるまじき行為だと、己を叱責する。

 しかし、この男を死なせたくないというのも、紛れもない本心だった。

「よかろう。だが、その前にテストを行う。おまえが、テイルブルーと戦うにふさわしいかどうかをな」

 眼を閉じ、少し考えたあと、再び眼を開き、告げる。

 この試練を越えられるのならば、なにも言うことはない。その上で命を落とすのならば、それまでの男だったということだ。

 そう思い定め、ドラグギルディは静かに立ち上がった。

『っ!?』

 周りのエレメリアンたちが息を呑んだのが、わかった。

 いつの間にか、文字通りスワンギルディの眼の前に、ドラグギルディの大剣が突きつけられていた。周りからは、そうとしか見えなかっただろう。

 だがスワンギルディは、身じろぎひとつしない。反応できなかったのではない。スワンギルディの眼は、はっきりとドラグギルディの剣を追っていた。ドラグギルディには、それがわかった。

 ドラグギルディは、特に驚きはしない。この男なら、この程度は当然だろう。

 切っ先を突きつけていた大剣を、ゆっくりと戻す。

「フッ。肝はなかなかのものだ。だが、もう少し試そう。あれを持ていっ!」

 ドラグギルディの言葉が終わると、戦闘員(アルティロイド)がキャリーでPC(パソコン)とモニターを運んできた。黙礼とともにその戦闘員(アルティロイド)が、ドラグギルディにかしずく。

「あ、あれは、私の部屋のパソコンッ。な、なぜここへ!?」

 なぜと言いながらも、おそらく察しはすでについているのだろう。戦闘員(アルティロイド)が運んできたPCとモニターを見たスワンギルディは、はっきりわかるほど怯えていた。周りの者たちもまた、ざわめきだす。

「静まれ。これも、テストの一環だ」

「ま、まさかっ、あの修羅の試練、エロゲミラ・レイターをっ」

 ドラグギルディの言葉に、周りのエレメリアンたちは一斉に静まるが、スワンギルディはさらに動揺する。歯の根が合わず、ガチガチと鳴っていた。

 PCを立ち上げると、ドラグギルディは無言でマウスを動かし、デスクトップ上にある、ツインテールの女の子型のアイコンの上で、カーソルを止めた。

「っ!」

 スワンギルディの、怯える気配が強くなった。だがスワンギルディは、画面を見ていない。ドラグギルディがマウスを動かした距離だけで、察したのだろう。驚くべき資質であった。

 カチリ、とマウスのボタンをクリックする。

『おまかせ! ナースエンジェルたんっ!』

 原色たっぷりのメーカーロゴのあと、タイトル画面が表示される。それと同時に、複数の声優さんの声によって室内に響き渡る、タイトル名。

 エロゲーである。人間ならば、大抵の世界において十八歳未満禁止とされるエロゲーだが、エレメリアンにとって気にすることではない。

 就職するには早そうな年齢に見える女の子たちが、ナース服を着ている。スワンギルディの属性は、看護服属性(ナース)。そのためだろう。

 すぐに、『ロードする』を選択する。

『ハーイ、ロードしまぁーす』

「これは、この世界で数日前に発売されたばかりのゲームであろう。もうコンプリートしておるわ。卑しいやつよのう」

 語尾にハートマークがつきそうな、媚びっ媚びな女の子の声が響き、その声とともに表れたロード画面を見て、ドラグギルディは(あざけ)るように言いながら、心の内で感心する。この短期間で、このゲームをコンプリートするとは。ゲームだけならともかく、鍛練を行い、テイルブルー攻略の会議に出た上で成している。そのことに、目の前の弟子の才の片鱗を感じとり、嬉しくなる。

 この男は、努力を欠かさない。看護服属性(ナース)の申し子と称されるほどの、誰もが神童と認める才を持っていながら、それに(おご)らず、飽くなき向上心を備え、他者への敬意を忘れない。そしてそれ以上に、それらの理由が余計なことと思えるほどの、見る者をはっとさせるなにかがあった。

「おお、そうだ。皆にもよく見えるようにせねばな」

 その思いをおくびにも出さず、言葉通りほかの者たちにも見えるように、部屋の大モニターにPC画面を映し出す。

 ひっ、とスワンギルディが怯えたような声を漏らすが、気にせずにセーブデータのサムネイルをチェックしていく。

「フッフッフ。それにしてもこのセーブデータ、サムネイルが肌色ばかりよのう」

「お、お許しをっ、どうかお許しをーっ!!」

「ほう。だというのにひとつだけ、頬を赤く染めた少女のサムネイル。これは、怪しいのう」

 必死な様子のスワンギルディの反応を流し、ドラグギルディはそのセーブデータをロードする。

 おそらくは主人公の部屋。そこでの二人きりのやりとり。なぜ、看護(ナース)服ではなく、学生服なのだ。画面に映ったヒロインを見て、そう思わなくもないが、些細なことなのでそのまま続ける。女の子は顔を赤らめているが、そのまま普通の会話が続き、場面が切り替わった。

 ドラグギルディは、すべてを察した。

「どうやら幼馴染みの部屋に遊びに来たところで、これから二人で睦事(むつごと)をするのではないかと期待し、すぐさまセーブしたのであろうな。だが、何事もなく終わり、落胆」

「あるある」

「あるある」

「スワンギルディ、誰もが通る道だ」

「そうだ。恥ずかしがることじゃないぞ」

「ぐわああああああっ」

 共感する声が辺りに響き、優しく慰める言葉もかけられる。それが逆に、スワンギルディへのトドメとなったようだった。悲鳴を上げて、彼は倒れ伏した。

「連れて行けい」

「モケェー」

 ドラグギルディの指示を受け、気絶したスワンギルディを戦闘員(アルティロイド)が運んでいく。

「フッ、未熟者め。これしきのことで倒れるような者がテイルブルーと戦おうとは、片腹痛いわ」

 だが、大したものだ。運ばれていくスワンギルディを見ながら、心の中で褒める。

 ドラグギルディのような幹部級のエレメリアンなら、なにほどのことでもないが、スワンギルディくらいのエレメリアンなら、セーブデータを開いたあたりで倒れているところだろう。それを、あれだけ耐えたのだ。

 ほんとうに、先が楽しみなやつだ。そう考えると、スワンギルディのPCをシャットダウンし、立ち上がる。

(われ)が、行く。スパロウギルディよ、スワンギルディのことは任せたぞ」

「はっ、承知致しました。しかし、おひとりで行かれるのですか?」

「うむ。供の必要は、ない」

「かしこまりました。ご武運を」

 (すずめ)を思わせるエレメリアン、スパロウギルディに告げて歩き出し、ドラグギルディが出るという言葉を聞いてどよめく大ホールをあとにする。スパロウギルディは、戦闘力そのものはそれほどでもないが、古参の戦士であり、優秀な参謀である。ドラグギルディの副官である彼も、ツインテールを拡散させる作戦のことは知っており、また、ドラグギルディの悩みも察しているふしがあった。

 それにしても。

 通路を歩きながら、思う。スワンギルディのことは任せたなど、まるで遺言のようだ、と。

 テイルブルーの武の才は、確かにとてつもない。だが、あの衣では、幹部である自分には、万にひとつの勝ち目もない。そういうものなのだ。戦闘員(アルティロイド)も、部下のエレメリアンも必要ない。

 満たされないものを胸に抱きながら、戦場にむかう。

 ふっと思い出すのは、ひとりのエレメリアンのことだった。

 ツインテール属性と並び立つ、ポニーテール属性の戦士、不死鳥の名を冠したエレメリアン。

 付き合いは長かったが、友ではない。むこうも、同じように思っていただろう。対立する属性ではあったが、自分たちの関係は、言うなれば好敵手と呼ぶべきものだったのだと思う。

 何度もぶつかり合ったものだった。暑苦しいヤツではあったが、なにがあっても自分の生き方を貫く姿勢は、見上げたものがあった。暑苦しいヤツだったが。

 

 部下たちのことばっかり気にかけてないで、もっと自分の思うように生きたらどうだ。ドラグギルディが、部隊長となって多くの部下を預かり、弟子を持つようになってから、ヤツに言われた言葉だ。

 そういうおまえは、あちこちで随分とおせっかいを焼いているようだな。自分は、その言葉に対してこう返すのが常だった。ツインテールを拡散させて刈り取る作戦を、(こころよ)く思っていない幹部エレメリアンは、実のところ少なからずいる。それでも、責任ある立場に就く以上、表立ってそれに反発する者はまずいない。その数少ない例外が、ヤツだった。

 ドラグギルディ自身、その作戦に思うところがないわけではない。人の精神から生まれながら、まるで人を下に見るようで、傲慢なものだと思う。しかし、エレメリアンの数は膨大なものであり、いまも増え続けているのだ。それに、実力を認められ、部隊長に任命されながら、その責務を放り出すことを正しいとも思えなかった。

 そしてヤツは、反逆者として、アルティメギル首領が自ら封印を行った。

 ツインテールを刈り取る作戦を邪魔したため、ではないような気がした。いろいろと引っかかることがあったのだ。

 ヤツと同じポニーテール属性を持った、アルティメギル史上最高の頭脳を持つと言われたひとりのエレメリアンが、その少し前にいなくなったと聞いた。そのふたりに関する情報は、なぜか調べることすら許されなくなった。

 さらに気になったのは、戦美姫のまとっていた衣だった。あの世界における最強のツインテール属性を探している時に、彼女は現れた。あの世界は、確かに高い技術力を持っていたが、属性力(エレメーラ)関連のテクノロジーがある気配はなかったのだ。彼女がほんとうに一から作り上げた可能性は確かにあるが、どうにも引っかかるものがあった。

 最初に考えたのは、高い技術力を持ちながらアルティメギルに滅ぼされた世界の、属性力(エレメーラ)を奪われることを免れた者がほかの世界に渡り、その技術を教えたのではないか、あるいは彼女自身がそうなのではないか、ということだった。だがその場合、彼女の行動が腑に落ちない。滅ぼされた世界の者なら、こちらの作戦を知っていてもおかしくない。しかし彼女は、かの世界で大々的にアピールしている。なにより、最後に戦った時、彼女のツインテールからは迷いを感じた。途中でこちらの作戦に気づいたことで、それが生まれたのではないか。あくまでも勘であり、確証があるわけではないが、そう思った。

 その次に、消えた、ポニーテール属性のエレメリアンのことが、なぜか気にかかった。

 あの戦美姫の世界の侵略が終わってから、あの話は流れた。世界は広い。宇宙はもっと広い。異世界の数は、無限にあるのではないか、と思えるほどである。それを考えれば、偶然であってもおかしくはない。だが、どういうわけか、釈然としなかった。

 もうひとつ気になったのは、ヤツ、不死鳥のエレメリアンと話した内容のことだ。戦美姫と戦ったあと、少し経ってからドラグギルディのところに来て、話をした。その際にヤツから、ある質問をされたのだ。ツインテールになりたいと思ったことはないか、と。

 自分の切り札のことを知っているはずだったが、それとは違うのか。そう思い、ドラグギルディが問い返すと、そういうものではなく、ツインテールの似合う姿になってみたいと思ったことはないか、と改めて聞かれた。

 なにを言っているのだ、と思った。しかし、ヤツの物言いは真剣なものであり、本気の答えを求めているのだと知れた。ドラグギルディがそれに、考えたこともないと答えると、そうだろうな、とヤツは深々と頷き返し、だが、もし成れるとしたら、それによって、人間から属性力(エレメーラ)を奪わなくてもいいようになったら、おまえはどう思う、と言葉を続けてきた。

 一笑に付すような質問であったが、笑い飛ばすことはしなかった。考えるまでもなく、答えはすぐに出た。

 もし、成れるとしたら、どれだけすばらしいことであろうか。『人』の属性力(エレメーラ)を奪うことなく、己のツインテールをじっくりと見て愉しめるのだ。それだけでなく、人のすばらしいツインテールを見て、人とともに生きることもできる。夢のような話だ。だがそれは、まさに夢のようなものではないか。到底叶うこととは思えぬ。ドラグギルディは、そう答えた。

 まあ、そう思うだろうな、とヤツは苦笑を浮かべてそう返したあと、だけどな、ひょっとしたら、成れるかもしれないぜ、と続けてきたのだ。

 楽しみにしておけよな、とヤツが言い残してその会話は終わり、ポニーテール属性のエレメリアンふたりが、アルティメギルから消えた。

 さらにそのあと、アルティメギル首領から召喚を受け、ヤツと話したことを聞かれた。答えてはならない、と不思議と頭に浮かび、その時以外のことだけを話した。それを信じたのか、そこで質問は終わった。いや、もしかしたら、すべてを知っていたのかもしれない。難解な言葉とともに、『ヒトガタ』を賜った。

 そして、ヒトガタの『髪』を結んだ。

 エレメリアンが『人』に成ることなど、できはしない。そう言われた気がした。

 

 テイルブルーに、彼女に結んでもらったツインテールを思い出す。

 いまから自分は、彼女を倒しに行く。この世界のツインテールを、彼女のツインテールを、彼女が想いを寄せる少年の、ツインテールを愛する心を、属性力(エレメーラ)を奪いに行く。

 我は、恩を仇で返そうとしている。

 だが、そう考えながらも、あの二人の属性力(エレメーラ)を喰らいたいと思う自分もいる。その欲求は、日に日に強くなっているのだ。それが、エレメリアンの本能だった。

 迷ったことなど、なかった。ヤツからあの話を聞いてからも、それは変わらなかった。属性力(エレメーラ)を喰らわなければ生きていけない以上、仕方がないことだ、という思いが強かったのだ。

 しかし、もし、あの結んでもらったツインテールを奪われるとしたら、自分は断固拒否することだろう。奪われて死ぬことはなくとも、失いたくないと思ってしまうのだ。自分たちがやってきたことは、そういうことなのだろう。

 あの二人と会わなければ、ツインテールについて語り合い、結んでもらわなければ、こんなふうに悩むことはなかっただろう。しかし不思議なことに、出会えたことを嬉しいと感じている自分も、確かにいるのだ。

 立ち止まり、自分の手を見る。何人もの戦士を打ち倒してきた、自分の手。

 何人もの『人』の属性力(エレメーラ)を、奪ってきた。喰らってきた。そこに、後悔はない。いや、してはならない。生きるためなのだ。なにより、自らのやってきたことを否定してしまっては、部下たちに、そして、属性力(エレメーラ)を奪ってきた人間たちにも、顔向けできないではないか。

 だが、もしも、ヤツの言うように。

 そこまで考えると、迷いを振り切るように顔を上げ、再び歩き出す。足音が、通路に響いた。

 

 

 

 出てきたのか。

 探知装置で確認した、強大な属性力(エレメーラ)。間違いなく幹部級の、ドラグギルディのものだ。できれば、こんなに早く出てこないでほしかったのだが。

 結局、チャンスは掴めなかった。迷いもまだ晴れない。

 だからといってこのままでは、ヤツを倒せる機会を失ってしまう。決断するしかない。

 認識撹乱装置を起動し、そっと店の中に入る。閉店となっているが気にしない。もとい、気にしている場合ではない。

 居た。ひとり、カウンター席に座り、黄昏(たそがれ)ている少年、観束総二の姿を見つける。

 おそらくテイルブルーを、津辺愛香のことを心配しているのだろう。

 こっそりと店の奥の席に行き、座る。新聞紙を取り出し、広げた。一度、やってみたかったのだ。特に意味はないが。

 新聞紙を広げながら、チラチラと総二の方を見る。彼の表情は、やはり優れない。

 よし。

 意を決して、新聞紙に指で穴を空け、そこから覗きこむ。これも、一度やってみたかったことだ。やはり意味はないが。

「――――」

 眼が、合った。

 

 これが、互いに惹かれあう二人の、運命の出会いだった。

 

 そう思ってみることにした。

 

 

 




 
『おまかせ! ナースエンジェルたん!』はコミカライズ版の『俺、ツインテールになります。π』から。アクションシーンの迫力はありませんでしたが、雰囲気はバッチリで良作だったと思ってます。早くに終わってしまって残念。

焼き鳥さんとドラグギルディは知り合いっぽいのでこんな感じで。
「あいつも部隊だ部下だのに構い過ぎなけりゃ、いつか辿りついたかもしれねえのに」

 


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1-9 兎と青 / 竜の猛威 / 赤き勇者

 
前から、書こうと思っていた場面だからか、なんか、物凄い勢いで書けました。
ドラグギルディ、そして、ヒーロー登場です。


二〇一六年二月四日 修正

曜日の感覚がおかしくなってる気がする今日この頃。
2月2日になにか特別な話あげたかったんですが、無理でした。

サブタイトルの赤き勇者は読みは『レッドブレイバー』で。テイルレッドのキャラソンのタイトル名。
 


 人里離れた山奥。周りの被害を気にする必要は、ない。

 まずは、岩を天高く蹴り上げる。そして次に、周りにある木々の中の一本目掛け、弾丸のごとく跳ぶ。一瞬で、十メートル以上あった距離を縮め、先ほどの岩と同じように蹴り上げる。それを、ほかの木にも繰り返す。根っこごとであったり、幹からであったりだが、五本ほど。時間にして数秒足らず。準備は整った。

 槍を構えるテイルブルーは、訝しみながらもこちらから眼を離さない。並の者なら、自分の動きについてこれずに、辺りをキョロキョロと見ているところだろう。

 それでこそだ、とラビットギルディは思った。

 テイルブルーの後ろ、最初に蹴り上げた岩にむかって、鋭く跳躍する。落下し始めていた岩を蹴り、こちらに振り向いたテイルブルーに、足を伸ばして飛びこむ。

「っ!」

 おそろしいほどの反応速度でテイルブルーが、ラビットギルディの蹴りを躱した。

 これを躱すとは、さすがだ。とはいえ、驚きはあるものの、想定内である。テイルブルーが突き出してくる槍を避け、今度は蹴り上げた木にむかって跳ぶ。

 テイルブルーは即座に体勢を立て直し、さっきよりも早くこちらにむき直った。なんという適応力だ、と内心感嘆する。

 ラビットギルディの耳が、テイルブルーの躰の動きを察知する。カウンターを狙おうというのだろう、わずかに槍を引いたようだった。

 だが、甘い。木を蹴りつけ、ほかの木に目掛けて跳び、その木から跳びこむ。再び、テイルブルーの背後から襲うかたちになった。頭上、そして背後。どちらも人間にとっては、対応の難しい死角。さらには、迎撃のタイミングを外した強襲。まず躱せるものではない。

「くっ!」

 それでも、直撃しない。それどころか、躰を回転させて蹴りを躱したテイルブルーは、着地したラビットギルディに対して、その回転の勢いのまま後ろ回し蹴りを放ってくる。

「はあっ!」

「ピョッ!」

 蹴りの勝負なら、逃げるわけにはいかない。ラビットギルディも、跳びこんだ勢いを利用して、同じく後ろ回し蹴りで迎え撃つ。脚と脚が、ぶつかり合った。お互いに大きくふっ飛ぶが、危なげなく着地する。落下していた岩や木が地面にぶつかり、辺りに大きな音を立てた。

 再び槍を構えるテイルブルーの呼吸は、少しだけ荒くなっているようだが、動揺した様子はない。鼓動の音も同じだ。油断なくこちらを見据えている。

 強さもそうだが、身のこなしも見事なものだと感心する。隙がほとんど見当たらない。いや、わずかにあるように見える隙も、誘いである可能性があるし、ほんとうに隙であったとしても、先ほどの反応を見たあとでは、隙と呼べるものではないだろうと思えた。

「さすがだな、テイルブルー。私の動きについてくるとは」

「ピョンピョン、ピョンピョンと、落ち着きのないやつね」

「フッ、私の属性力(エレメーラ)兎耳属性(ラビット)。兎とはピョンピョン跳ぶもの。当然であろう」

「あー、はいはい」

 軽口のように放たれたテイルブルーの言葉に、ラビットギルディが誇りをもって返すと、彼女はなぜかうんざりとした様子になって、投げやり気味に言葉を返してくる。

 その反応に首を(かし)げるが、あまり時間はかけられない。再び構えをとる。師でもある部隊長が、そろそろ来るころだろう。あの師の前には、目の前のテイルブルーですら敵ではない。そう言い切れるほどの強さなのだ。その師が出陣すると聞いてラビットギルディは、出過ぎた真似と自覚しながら、独断で先行した。

 テイルブルーと、戦ってみたかったのだ。

 テイルブルーの戦いから分析されたことだが、彼女の身体能力自体は、大したことがないと言っていい。使っている装備の性能によるものなのだろうが、いままで出撃した同胞たちの誰に負けていても、不思議ではないほどだ。にも関わらず、彼女はここまで勝ち続けている。それも、一度の直撃もなく、だ。まるで柳のように攻撃をいなす。

 それが、ラビットギルディが戦ってみたいと思った理由である。(うさぎ)を思わせる姿であるラビットギルディの体格は、エレメリアンの中では小柄な部類に入る。単純な力などは、かなり低い。だが、しなやかな躰のバネを最大限に利用し、相手を翻弄することで、戦いに勝利してきた。

 テイルブルーの動きは、そのラビットギルディから見れば、そこまで素早いわけではない。だが、直観的と言うべきか、上手いのだ。

 ピンチの直後は最大のチャンスとばかりに、こちらが大技を放とうとする、または放った直後の隙を逃さない。あるいは、相手の力を利用して致命傷を与えてくる。

 攻撃は、非常に鋭い。槍だけでなく、拳も足も振るい、状況によっては投げ技や組み技なども使ってくる。投げ技などは、ダメージ自体はなくとも、体勢を崩されればその後の攻撃を受けることとなる。そんな、ありとあらゆる方法で、斃しにくるのだ。それもほとんどが、的確な行動ばかりである。武の天稟(てんぴん)とは、こういう者を言うのだろう。

 これほどの相手と戦えることなど、これから先、ないかもしれない。戦士として、彼女と戦ってみたいという欲求に逆らえなかったのだ。たとえ、どんな結果になろうとも。

 そして、もし勝てたら。

 テイルブルーに兎耳(うさみみ)を着けてもらうのだ。

 いや、もしではない。絶対に勝つ。兎耳(うさみみ)を着けてもらうために。

 そう思うと、弱気はどこかに消えていった。決意を新たにし、テイルブルーを見据える。なぜか彼女は、悪寒に襲われたかのように身震いした。

「いくぞ、テイルブルー。貴様に勝ち、ウサミミを着けてもらうっ!!」

「結局そのノリかあああああああああああああああああああああっ!?」

 絶叫しながらも隙を見せない彼女の周りを跳び、さっきと同じように岩や木を蹴り上げる。

 人里離れた山奥に出たのは、本気で戦うためだ。戦士でもない人間たちを傷つけるのは、エレメリアンにとって禁忌。それに、力のない者たちを傷つけるなど、戦士の風上にも置けぬ行為。そのために、この場所を選んだ。

 あとはこの山に、儚さを宿した天使が居ることも期待してきたが、いまはとりあえず忘れておく。

 テイルブルーは、こちらから眼を離さない。冷静に待ち構えている。

 ラビットギルディは、自分の頭上に蹴り上げた木に跳んだ。テイルブルーの正面である。そこから、彼女の背後の方にある木に跳ぶ。瞬時に方向を特定したらしきテイルブルーが振り向き、ラビットギルディはそこから即座に、自分が跳躍した場所に戻る。彼女の背後を、とった。テイルブルーは、ラビットギルディがさっき足場に使った木の方向をむいたままだ。

 跳び出す。これまで生きてきた中でも最高の跳躍で、テイルブルーにむかって一直線に跳ぶ。そして、自身の最大の武器である、頭の耳を伸ばした。

 ラビットギルディの長い耳は、伸縮自在の刃。ヘリコプターのローターのように回転させて相手を切り刻む技もあるが、それでは彼女のツインテールまで傷つけてしまう恐れがある。だが、この状況なら、それを使う必要はない。

 とった。

 ラビットギルディの耳が、閃いた。

 

「ピョッ!?」

 腹になにかがぶつかり、ラビットギルディの口から思わず困惑の声が漏れた。

 ふっ飛びはせず、少しだけ後ろに()ね返るかたちとなる。

 なにが、起きた。

 視界に映る世界が、ゆっくりと見える。むこうをむいたままのテイルブルーの、槍の石突きがこちらに突き出されていた。振り向きもせずに、ラビットギルディの来る場所を察知して、攻撃をしてきた。そう考えるしかなかった。

 だが、ダメージはさほどではない。思いっきり突かれたわけではなく、ただ置いてあったようなものらしい。ゆっくりと、地面にむかっていく。このまま着地して、再び攻撃を仕掛ける。

「っ!?」

 そう考えた瞬間テイルブルーが、振り向くと同時に、一瞬で間合いを詰めてくる。

 ラビットギルディの目前でテイルブルーが、轟音とともに思いっきり踏みこんだ。

「ガッ!?」

 顎に、頭へと突き抜けるような衝撃がきた次の瞬間、視界が青く染まる。空だ。蹴りで、打ち上げられた。そう考えるとともに、悟る。先ほどラビットギルディの攻撃を止めた槍は、この追撃のために、あえて置いておくかたちにしてあったのだと。

「スプラッシュウウウウッ」

 テイルブルーの、筋肉の軋みと、数々の同胞を葬った技の名が聞こえる。

 もはや死に体。飛行能力を持たない自分には、これを躱す手段などない。

 口惜しさはない。これほどの相手と戦えたのだ。戦士として、満足だ。

 ただ、最期に叫ぼう。エレメリアンとして、心の(おもむ)くままに。

「なぜだ、なぜわからぬ! 寂しいと死んでしまうという儚さをその身に宿した天使のおおおおおっ!!」

「スピアアアアアアアアーーーッ!!」

 胸を、槍が貫いた。

 視界が暗くなり、すぐに明るくなった。

 なにが、起こったのだ。困惑していると、ラビットギルディの耳が、なにかの音を拾った。

 不思議に思い、空を見る。天使たちが舞い降りてくるのが、ラビットギルディの眼に映った。

 

 

 全力の刺突で、ラビットギルディを貫く。最期の最期までエレメリアンらしい発言をしていたラビットギルディが、そのまま爆散した。発言内容は覚える気もないが。

 ふうっ、とブルーは大きく息を吐いた。

 正直なところ、かなり危なかった。いままでの戦いで腕が上がっていたためにどうにかなったが、もっと早くに戦っていたら負けていたかもしれない。

 これまでの戦いで、攻撃をまともに受けたことはない。以前の自分に比べて、動きに無駄がなくなっていることがわかる。明確な目的、ヴィジョンというべきものがあると効率や成果が上がるというが、そういうことなのだろう。総二に心配をかけないために、攻撃はすべて躱し、必殺の一撃で相手を確実に斃すように努めてきた。ただ、思った以上に自分の強さには先があったのだな、とあらゆる面での未熟さを自覚し、なんとなく複雑な気持ちになったが。

 だが、あと、どれくらい戦えば。

「っ」

 そこまで考えたところで、(かぶり)を振る。なにを考えているのだ。どれだけ来ようとも、すべて倒せばいいだけの話ではないか。

 総二はまだ、愛香だけを戦わせていることを気にしているのだろう。触れ合っている時、喜んでくれているとは思う。ただ、その先に踏みこんでくれることはなかった。

 そのことで、自分にはやはり、女としての魅力がないのだろうか、と悩んだ時もあったが、ふとした時に一瞬だけ見せる辛そうな顔が、自分自身を責めているように見えることがあり、負い目を感じているのではないか、と思ったのだ。

 アルティメギルを追い払えば、総二が自身を責めることもなくなる。そうすればきっと、心から笑ってくれる。もっと距離が近づける。そのためにも、負けられない。そう決意し直したのだ。

 そこでふと、なぜエレメリアンがこんな人里離れた山奥に現れたのだろうか、と疑問が湧いた。連中は、人の心、属性力(エレメーラ)を奪うために現れるはずである。

 まさか、野生の兎もターゲットだったのだろうか。

 そこまで考えたところで、もう答えられる当人がいない以上、考えても無駄だ、と思考を切り上げる。

 それよりも、今日はご褒美をいつ貰うか考えよう。帰ってすぐにしようか、それともやはり、お互い風呂上がりがいいか。そのことに思いを馳せると、いや、総二のことを想うだけで、心が少しずつ元気になっていく。

 大丈夫だ。まだ、自分は戦える。そう考えて歩き出し、前方に大きく身を投げ出した。はっきりとした理由があるわけではない。ただ、本能的に危険を感じたのだ。

 その次の瞬間、いままでいたところに、轟音とともになにか大きなものが着弾した。

 そこから眼を離さないように空中で体勢を整え、着地する。

「ふむ、さすがだな。よく避けた、テイルブルーよ」

 なにかが着弾した場所から、凄みを感じさせる声が響く。声の主は、衝撃によって辺りに立ちこめた土煙のせいで見えないが、聞き覚えのある声だった。

 土煙が、少しずつ晴れていく。中心に、黒い、大きな影が見えた。

「っ、あんたは」

 見覚えがある相手だった。アルティメギルが宣戦布告をしてきた時、玉座らしき物に座っていた、親玉らしきエレメリアン。確か名前は、ドラグギルディ。

 三メートルはある巨体にマントを羽織り、外見は、どこか黒い竜を思わせる。ブルーの身の(たけ)以上はありそうな、巨大な剣。そして、見ただけで感じられる、とてつもない威圧感。いままで戦ってきたエレメリアンとは格が、いや、桁が違う。

 ドラグギルディが、ラビットギルディが爆散した場所に顔をむけた。

「馬鹿者が。(われ)が行くと言ったものを」

 だが、見事な最期であった。悼むような調子の言葉にそう続け、ドラグギルディがブルーの方にむき直った。それだけで、圧迫感が強くなり、押しつぶされそうになる感覚を味わう。

「我はアルティメギルの将が一、ドラグギルディ。全宇宙、全世界を並べ、ツインテールを愛する心にかけては我の右に出る者はないと自負しているっ!!」

「っ!?」

 堂々とドラグギルディが上げた、聞き覚えのある言葉に驚くとともに、ブルーの頭の片隅にあった、まさかという考えが現実味を帯びていく。

「ふがいない部下が退屈をさせた。だが、大事な同胞であることに変わりはない。仇は、討たせてもらう。おぬしの属性力(エレメーラ)をいただくことでな」

「だから、侵略者の分際で勝手なこと言ってんじゃないわよっ!!」

 躰を縛るプレッシャーを()()けるために、力をこめて怒鳴り返す。呑まれるな。ドラグギルディを見据え、自分にそう言い聞かせる。

 槍を構えたところで、ドラグギルディが愉しそうに笑った。

「フッ、よい気迫だ。では、参るぞ」

「っ!?」

 言葉のあと、それなりにあった距離が一瞬で詰められ、ブルーは驚きながらも防御のために槍をかざそうとする。

「っ、くっ!」

 かざそうとしたところで、直感に従い回避することに全力を傾ける。この攻撃は、防げない。下手に受ければ、そのまま持っていかれる。

 さらに何度か剣が振るわれてくる。躰の動きは、なんとか見える。だが、太刀筋がほとんど見えない。

 ほとんど勘だけで動き、振るわれてくる剣をすべてぎりぎりで躱すと、いったん間合いを空ける。

 ドラグギルディは追ってこない。感心したように、ふむ、と呟いた。

「よくぞ避けた。では、次はもう少し速くするぞ」

 ドラグギルディが、言葉と同時に再び間合いを詰め、剣を振るってくる。宣言通り、さっきよりさらに速い。

 剣が、ブルーの躰をかすめる。ただそれだけで、肌が(あわ)立つような感覚を味わう。直撃を受けたら、おそらく立ち上がることはできない。そう確信できる迫力があった。

 先ほどと同じく、幾度か振るわれた剣をなんとか躱し、再度間合いを空ける。

 ドラグギルディは、やはり追撃をしてこない。さっきよりも称賛する調子を強め、口を開いた。

「ほう、これも避けるか。思っていた以上だな」

「っ、なめてんじゃないわよっ!!」

 小細工が通じる相手ではない。一気に勝負を決める。そう考えると、今度はこちらから接近する。

 ひと息に間合いを詰め、思いっきり踏み出し、弓を引き絞るように槍を引く。

「スプラッシュ・スピアーッ!!」

 全身のバネを使い、全力で槍を突き出す。何体ものエレメリアンを葬ってきた必殺の技が、身動きひとつせずに佇むドラグギルディの腹部に吸いこまれ、硬い物同士がぶつかり合う音が響いた。

「っ!?」

 直撃は、した。だが、傷どころか、刺さりすらしていない。全身全霊をこめた刺突を放ったことに加え、攻撃がまったく通用しなかったことによる動揺に、ブルーの動きが止まる。

 その隙を見逃さず、ドラグギルディが剣を振り上げた。

「フンッ!」

「っ、あああっ!!」

 気合の声とともに振るわれた剣に対し、どうにか槍を間に挟むことで直撃は避けたものの、そのまま大きく弾き飛ばされる。受け身も取れず、地面に何度か叩きつけられ、地に跡をつけて滑っていき、そのままうつぶせに倒れた。

「く、う、っ!?」

 痛みを我慢し、槍を支えに立ち上がろうとしたところで、ふっと手応えがなくなり、再び倒れこむ。

 槍が、粉々になっていた。槍だけでなく、身にまとうギアの装甲にも、ところどころ亀裂が走っていた。

「そん、な」

 力の差が、ありすぎる。呆然と呟き、少しの間放心すると、歯を食いしばって両腕を地面に突き、なんとか躰を起こす。しかし、ダメージがひどく、立ち上がれそうになかった。

「大したものだ、テイルブルーよ。その衣で、これほどまでに戦うとはな」

 座りこんだままのブルーにむかって、褒め称えるようなドラグギルディの声が届く。

「テイルブルー。おぬしの武の才は、すばらしいと言うよりほかない。だが、その衣では力不足だ」

「その程度の力しか出せないもの渡しといて、なに言ってんのよっ」

 ドラグギルディの言葉に対して吐き捨てるように返すと、彼は軽くため息を吐いた。

「気づいておったか」

「そもそもあんた、隠す気なかったでしょ。あんなこと言うやつ、そうそういてたまるもんですか」

「確かに、そうだな」

 ツインテール馬鹿の幼馴染はいつか言うかもしれないが、それはともかくして。

 どこか物憂げに見えるドラグギルディの雰囲気が気になるが、これまでのことを確認するため、ブルーは口を開いた。

「あんたがあたしにこの『ギア』を渡したのは、あたしをヒーロー、いえ、アイドルやスターのようにすることで、ツインテールを世界に広げさせるため。そのためにあの日、あたしに接触した。違う?」

(おおむ)ねその通りだが、ひとつ訂正しておこう。おぬしのツインテール属性は、この世界において第二位。充分に強力なものだが、おぬしより強いツインテール属性の持ち主は、他の世界も合わせれば、数は少ないが、いた。あの日、我が直接出向いたのは、いままで感じたことがないほどの、強いツインテール属性を感じたからだ」

「それって」

 ドラグギルディの言葉に心当たりのある者が、ひとりいる。ブルーの、愛香の大切な人。

「そーじのこと?」

「そう、おぬしとともにいた、あの少年だ。驚いたぞ、いったいどれほどに美しいツインテールを持っているのか、と行ってみれば、男。それどころか、ツインテールを結んだこともないとは、夢にも思わなんだ」

「あんただって、ツインテール結べないでしょうが」

「フッ、そう、だな」

 ブルーがなんの気なしにツッコむと、ドラグギルディはさっきのように、どこか物憂げに笑った。そのことに、気になるものを感じていると、ドラグギルディが話を続ける。

「そして我は、正体を隠して、おぬしたちと接触した」

「その上であたしを選んだのは、あんたたちの目的があくまでもツインテール属性だから」

「そうだ。いままで我らが侵略してきた世界で、ツインテール属性の強い者は皆、美しい少女たちだった。男に渡しても、我らが望む、ツインテールを広げるための偶像足りえるかわからなかったのでな。それゆえに、おぬしを選んだのだ。その、他者への想いで磨きに磨かれた、至高と呼ぶにふさわしいツインテールの持ち主をな」

 ドラグギルディはそこで言葉を切ると、なにも言わずにブルーを見つめてくる。攻撃を仕掛けてくる様子はない。ブルーも、ドラグギルディの顔を見返した。

「――――、――――、――――、――――」

「――――、――――、――――、ん?」

 冥土の土産ということなのだろうか。数秒ほどして、ふっと頭に思い浮かんだ。とりあえず、気になっていたことを聞いてみる。

「えっと、この『ギア』を、わざわざ渡した理由は?」

「この世界の技術力の問題だ。この世界には、精神力を利用した技術が存在しない」

 思った通りだったらしい。答えてくるドラグギルディを、律儀なやつと思いながら、その返された言葉から答えを導き出す。

「つまり、あんたたちの技術をこの世界に流しても、そこからこのギアみたいに、あんたたちと戦う力が出来上がるまでどれだけの時間がかかるかわからない。だから、時間を短縮するために、ギアと道具一式を渡した」

(しか)り」

 ドラグギルディが、ブルーの言葉を端的に肯定する。

「ツインテールが広がりきる前にあたしが負けたら、どうするつもりだったのよ」

「新たな力を渡す。より強いギアか、ギアを強化させる道具をな」

「えっ?」

「一度敗れた戦士が、新たな力を得て、再び立ち上がる。物語として、これほどに盛り上がる展開はそうあるまい」

 驚くブルーにそう答えると、ドラグギルディは苦笑しながら言葉を続けた。

「実を言えば、そうなるだろうと思っていたのだがな。おぬしの身のこなしから、かなりの心得があるだろうと考え、最も弱い衣を渡しておったのだ。強すぎる戦士は恐れられる。それを防ぐためにな。しかし、まさか敗北どころか、一度の直撃もなく勝ち続けるなど、思ってもいなかった」

 ほんとうに、大したものだ。ドラグギルディが、そう言って言葉を締めた。掛け値なしの、称賛の響きがあった。

「いままで戦ってきたエレメリアンは、みんな捨て石だったってわけ?」

(いたずら)に同志の命を散らすことを望みはせぬ。我にとっては皆、かわいい部下であり、教え子たち。大切な同胞なのだ」

 眼を閉じ、悼むように言葉を返してくる。嘘だとは、思わなかった。だが、それ以上に強い決意を、ブルーは感じた。

「だが、我とて指揮を任されただけの将兵。効率のよい方法が見つかれば、それを使わざるを得ぬ。それによって結果的に同胞の犠牲を減らせるのなら、欺瞞(ぎまん)と言われようとも構いはせん。それが、我が信じる、将として務めだ」

 眼を開き、告げられた言葉に圧倒される。ただ、なんとなくだが、迷いのようなものがあるようにも感じられた。

 大きく息を吐く。これが、最後だ。

「あの女の子の姿は、なに?」

 その言葉に、ドラグギルディがどこか悲しそうに笑った。

「あれは、ヒトガタだ」

「ヒトガタ?」

「人の姿に似せて作られた、人のかたちをした物だ。同じ世界にいれば、地球の裏側にいようとも、一瞬のタイムラグもなく操作できる。本来のデザインは中肉中背の男で、人類社会へ戦闘員(アルティロイド)が薄い本の買い出しに行くために作られた」

「いや、買い出しって。っていうか薄い本って」

 そこは、人類社会への潜入とかそういうものじゃないのか。返された答えに、なんともいえない感想を抱くともに、場違いな好奇心が湧いてくる。

「変装は手間がかかるのでな、それが使われるのだ。もっとも、人形でしかないために、見ただけで違和感を覚えるほどだ。それほどに、生気というものを感じられぬ」

「あんたたち、人間に化けるとかできないの?」

「できる者もいるが、それほど数は多くない。それに、ヒトガタと同様に、見ただけでも違和感を感じるほどだ。そもそも我のような上位のエレメリアンに近づくほど、そういった見せかけだけの力を(いと)う。極めようとする者は、我の知る限りでは、いない」

「じゃあ、エレメリアンも使うわけ? 例えば、映画を見にとか」

「まず使わぬ。実際のところ、そちらのヒトガタでは、映像越しに見るのと大して変わりがないのでな。通販やダウンロードで済ませられるのなら、大半の者はそれで済ませる。アニメの映画などをチェックして気になった作品は、この世界でいうところのDVDやブルーレイなどの記録媒体になってから鑑賞する。映画館内で撮影するのは、どこの世界でも違法なのだ」

「えーと、お金とかは?」

「アルティメギル内で生成した貴金属類などを、その世界内でバランスが崩れない程度に売る。あとは、趣味程度ではあるが、同人グッズや同人誌などを売る者もいるな。非十八禁だが」

「あー、ああ、うん。そう」

 こいつらがどんな生活しているのか、(ひと)目だけでも見てみたい。生返事を返しながら、投げやり気味にそう思った。

 

「そして、おぬしたちが見たヒトガタだが」

「えっ?」

 返されてきた答えに頭が痛くなったところで、ドラグギルディが口を開いた。なんかもう聞かなくていいかな、と一瞬思ったが、哀しそうな声音に意識がむけられる。

「あれは我が、ある時に(たまわ)ったものだ」

 賜ったと言いながらも、その声からは誇らしさよりも、哀しみが強く感じられた。

「我の属性力(エレメーラ)をこめて作られたあれは、我の意識を移し、自分の躰のように動かすことができる。世界を隔ててもな。そして、人と見(まご)うほどの姿、人と変わらぬ質感」

 だが、とドラグギルディが言葉を続ける。

「おぬしも見て、感じたであろう。ツインテールに思えない、と。まるで人形のようだと」

「それは」

 確かに、そう感じた。なにかが違う、と思ったのだ。髪も同じだ。不思議なのは、愛香が結んだとたん、ツインテールだと思えたことだ。

「あのツインテールは、我自身が結んだものだ」

「え?」

「何度も結んだ。最初のころは不揃いで、それが理由でツインテールに見えないのだと、そう思った。だが、回数を重ねるごとに美しくなっていくにも関わらず、それは一向(いっこう)になくならなかった。いや、むしろ美しくなっていくからこそ、その感じは際立っていった。――――認めるしか、なかった。エレメリアンには、『本物』を作れぬのだと」

「っ、あんた」

「なまじ人に近すぎるからこそ、求めてしまうのだ。自らの手で、(おの)が愛するものを生み出せれば、とな」

 ()いているように、ブルーには思えた。声は力強いが、どこか哀しさがあった。

「フィギュアならば、たとえ感じられなくとも、そういうものだと思える。―――先ほど、非十八禁の同人誌の話をしたな。それはな、エレメリアンにエロは描けぬためだ。あるエレメリアンが、己の属性をかたちにするために創作を極めたが、結局エロ漫画を描くことはできなんだ。ただ、裸を羅列するだけの(がん)作にしかならなかったのだ」

「いや、あんたね」

 言葉の内容に、再び頭が痛くなる。まじめに言っているのはわかるが、もう少し単語を考えろと思わざるを得なかった。

 ブルーの反応を気にせず、ドラグギルディが話を続ける。

「さらに言えば、ヒトガタをエレメリアンが使わぬのは、あれが『偽物』でしかないからだ。無意識に拒絶してしまうのだろう。――――だが、ヒトガタの『髪』を、人が結んだらどうなるのか。いままで感じたことのない強さの属性力(エレメーラ)に、ふとそう思ったのだ。そして、おぬしたちと会った」

 フッ、とドラグギルディが苦笑した。

「あの少年に結んでもらおうと思った。だが、彼はツインテールを愛しながらも、結んだことがないときた」

「そう、ね」

「そして、おぬしに結んでもらった」

 ほんとうは、総二に結んでほしかったのだろう。いろんな意味で、自分は余計なことをしたのかもしれない。

「おぬしに結んでもらえてよかったと、我は思えた」

「え?」

 驚き、ドラグギルディの顔を見返す。異形の怪物であるはずなのに、優しい笑みが浮かんでいるように思えた。

「我らのことを知らなかったためだとしても、おぬしは気持ちをこめてツインテールを結んでくれた。おそらく、少年がツインテールを結べれば、おぬし以上のツインテールとなっただろう。万人を魅了するようなものにな」

「そう、かもね」

 総二のことだから、そうなるかもしれない。なんとなくではあるが、なぜかそう思った。

「だがそれは、ツインテールへの想いから作られたものだ。それは、すばらしいものだろう。我らエレメリアンが求めるツインテールは、確かにそういうものだ」

「―――?」

 なにを言いたいのか、と思ったが、口には出さなかった。ドラグギルディの声が、どこか穏やかだったからかもしれない。

「しかし、おぬしのツインテールは、誰かのことを想い、結んだもの。魅了することはできなくとも、どこか安らげる気持ちを与えるものだと、心を動かすものだと、我は思ったのだ」

「あんた」

 ドラグギルディの言葉は、ほんとうにそう思っているのだと感じられた。なんと言ったらいいのかわからず、あっけにとられる。

 ドラグギルディが、剣を地面に突き立てた。ブルーにはそれがなぜか、なにかをふっ切るためのもののように思えた。

 ドラグギルディは片手で拳を作り、胸の前にもってくると、堂々と声を上げる。

「我は、エレメリアンである自分を憐れとは思わぬ。生を受けた以上、エレメリアンとしての誇りを持って生きていく。勝手なことを言うようだが、おぬしが結んでくれたあのツインテールは、我の生涯の宝とさせてもらう」

 そして、ドラグギルディが言葉を止めた。静かに、ブルーを見つめてくる。

 感謝はある。敬意も感じられた。それでも、生き方は変えられない。これがエレメリアンなのだと、突きつけるものだった。

 少ししてから、ブルーは眼を閉じて、大きく息を吐いた。

「なるほどね、だいたいわかったわ」

「そうか」

 眼を開くと、よろめきながらもどうにか立ち上がる。

「まだ、立つか」

「当然、でしょ」

 予想はしていたのだろう、ドラグギルディの声に驚きはなかった。

 勝ち目はないかもしれない。それでも、あきらめたくなかった。

「あたしが負けたら、あたしの、そして世界中のツインテールが奪われる。そうなったら、そーじが悲しむ。ううん、悲しむ心まで奪われる。そんなこと、絶対に嫌」

 総二の大切なものを、守りたい。

「守りたいのよ。当然でしょ」

 総二の心を、守りたい。

「世界で、宇宙でたったひとりの、大切な人なんだからっ!」

 総二の未来(あした)を、守りたい。

 そのために、愛香は戦うことを決めたのだ。

「そうか」

 ドラグギルディが、惜しむようにため息を吐いた。

「そう、だな。おぬしはそういう(むすめ)だ。だが、だからこそおぬしは、真に輝けぬのだ」

「なにを」

「おぬしは、ツインテールにわだかまりを持っておる」

「は?」

 意味がわからない。ブルーの声を遮ったドラグギルディの言葉に、思わず聞き返す。

「おぬしのツインテールは、少年への想いありきのもの。少年への想いゆえに、そこまでの属性力(エレメーラ)を得た」

「それが、なんだっていうのよ」

「考えたことがあるのではないか。もしも、少年があれほどにツインテールを愛していなければ、あるいは、ツインテールがなければ、自分のことをもっと見てくれたのではないか、と」

「っ!」

 それは、何度もあった。図星をつかれ、絶句する。

 淡々と、ドラグギルディが言葉を続けた。

「そして、少年が他のツインテールに、他の娘に眼をむけてしまうのではないか、自分から離れていってしまうのではないか、と思うこともあったであろう」

「だから、なんだって言うのよっ!!」

 怒鳴り返すが、ドラグギルディは意に介さない。

「少年への想いゆえに、おぬしは強くなった。だが同時に、少年への想いのために、ツインテールを認めきれず、自信を持つこともできない。常に不安を抱いている」

「っ、あ、あぁ」

「皮肉としか言いようがあるまいな。――――かつてある世界に、ひとりのツインテールの戦士がいた。彼女は、独自に作り上げた衣と、その凄まじいツインテール属性によって、我と対等に戦えるほどの強さを持っていた。おぬしが彼女の衣をまとい、そのツインテールに自信と誇りを持ち、真の輝きを持てれば、我を倒すこともあるいはできたかもしれん。だが、おぬしの心がそうであるかぎり、不可能というものだ」

 その言葉に、ぎりっと歯を食いしばる。

 弱いと、そう断じられた。どんな強い力を持っていても、心の弱いおまえでは勝てない、と。それでも、なにも言い返せなかった。

 ドラグギルディが、(かぶり)を振った。

「いや、おぬしはそれでよかったのかもしれぬ」

「なによ、それ」

 うつむき、力なく呟く。いや、弱くてよかった、ということか。

「おぬしがそうだったからこそ、あの少年は曇らずにすんだのだろう」

「えっ?」

 顔を上げると二、三度ほど(まばた)きし、ドラグギルディの顔を見る。

「おぬしがそれほどにあの少年を想っていたからこそ、彼は笑顔でいられたのだろう。我とツインテールについて語り合ったが、あれほどのツインテールへの愛は、おそらく『人』に理解されるのは難しいだろう。もしもおぬしがいなければ、彼はずっと寂しい思いをし、あるいは少年自身が、望まぬものとなったかもしれん」

「望まぬもの?」

「さてな。なぜそんな言葉が出たのか、我もわからぬ。ただ、そんな気がしたのだ」

 なんとなく気にかかった言葉を聞き返すと、ドラグギルディは(かぶり)を振ってから答えた。そして、話は終わりだと言うかのように、ドラグギルディがこちらにむかってくる。一歩一歩、別れを惜しむかのように、ゆっくりと。

「戦士として、せめてもの手向け。我が剣で、終わらせよう」

「く、うっ!」

 武器を持たないまま構えをとろうするが、躰の力が抜け、再び倒れる。両腕を突いて、完全に倒れこむことは避けたが、それが精一杯だった。

 ドラグギルディが、目の前に近づいた。

「テイルブルーよ、おぬしは、よく戦った」

 剣を両手で握り、ゆっくりとドラグギルディが剣を振り上げた。それなのに、見ていることしかできない。

 ごめんね、そーじ。あたし、守れなかった。

 うつむき、心の中で、大好きな人に謝る。

 死ぬことはない。それでも、いままで彼のために磨いてきたツインテールが、彼にふりむいてもらうため、一緒に歩んできたツインテールが、奪われる。総二に、一番好きなツインテールと言ってもらった、愛香のツインテールが、奪われてしまう。

「やだ、よ」

 嫌だった。悔しかった。それでも、躰が動いてくれない。力が湧いてこない。

「そー、じ」

 心に浮かぶのは、やはり総二のことだった。

「たす、けて」

 彼に対する申しわけない気持ち以上に、ずっと心の中で押し殺していたこと、どうしても言えなかったこと。

「そーじっ」

 助けて。

 

「助けて、そーじっ!!」

 

「――――さらばだ」

 言葉とともに、ドラグギルディの剣が振り下ろされた。

 

「待ちやがれえええええええええええーーーっ!!」

「むうっ!?」

 ドラグギルディの剣がブルーに届く直前、叫びとともに、小さな赤い影が飛びこんでくる。十歳に満たないだろう、幼い少女だった。少女はその勢いのままドラグギルディに蹴りを放つが、剣を離した彼の片腕に阻まれる。

 だが少女は、防がれたことを気にした様子もなく着地すると、ブルーを横抱きに抱え、大きく跳躍し、ドラグギルディとの間合いを離す。

 おお、とドラグギルディが声を上げた。

「なんと見事なツインテールをした幼女だ! テイルブルーのものに勝るとも劣らん! おぬし、何者だ!」

「俺か? いいぜ、知りたきゃ教えてやる」

 感嘆とともに誰何(すいか)の声を上げるドラグギルディに、少女がブルーを横抱きにしたまま、少年のような口調で答える。

 膝下まで届きそうな、長く、赤い髪を、きれいなツインテールにした少女。ブルーと同じような、レオタードを連想させるボディスーツに、手や腰、ツインテールを結ぶリボンなどには、赤い、機械的な装甲。

「俺は、テイルブルーとともに在る、ツインテールのもう一房(ひとふさ)

 そこで言葉を止めて笑みを浮かべ、少女は、力強く吼えた。

 

「テイルレッドだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*******

 

「ごちそうさま」

「ねえ、愛香」

「―――?」

 愛香は食事を終え、立ち上がろうとしたところで、恋香から心配そうに声をかけられ、首を(かし)げた。

「なんだか元気なさそうだけど、どうしたの?」

「えっ、べ、別に、なんでも」

「なんでもないように見えないから聞いてるんだけど」

「うっ」

 恋香に指摘され、慌ててごまかそうとするものの、再び心配そうに言われてしまい、愛香は言葉に詰まった。

 これは、愚痴のようなものだ。できれば姉にこんなものを聞かせたくはないが、正直なところ、不安がまた大きくなってしまっている。

「あのね、お姉ちゃん」

「うん」

 気がつくと、口が動いてしまっていた。止めようとしても、止まってくれない。

「あたしってやっぱり、女としての魅力、ないのかな」

「――――、――――、――――えっ?」

 そんなに答えにくいほどなのか。数呼吸ほどして、不思議そうに声を漏らした恋香の反応に、気持ちが沈んでいく。

「そうだよね。やっぱりあたし、女の子っぽくないもんね」

「えっとね、愛香。どうしてそんなふうに思ったの?」

「そーじが」

 戸惑った様子で問いかけてきた恋香に答えようとしたところで、ふと頭をよぎった考えに言葉が止まった。冷静になってみると、尊敬する姉相手とはいえ、話すのは少し、というか、かなり恥ずかしい。

「総くんに、なにか言われたの?」

「むしろ、なにも言ってくれないっていうか」

「えっ?」

「あっ」

 反射的に答えてしまうと、再び恋香が戸惑いの声を上げた。一瞬ためらうが、眼をパチパチとさせた恋香に、説明を続ける。思っていた以上に自分は、話を聞いてほしかったのかもしれない。

「え、えっとね。だ、抱きしめたり、頭をなでたりとかはしてくれるんだけど、こ、告白とかはしてくれなくて。って言っても、それが物足りないってわけじゃなくて、なんていうか、ここで止まっちゃってるのは、やっぱりあたしに魅力が無いからなのかなって。やっぱりそーじは、あたしのこと、女として見てくれてないのかなって」

「年頃の男の子は、女の子だったら誰でも、っていう子もいるっていうけど、愛香は、総くんがそういう男の子だって思ってるの?」

「ううん、思ってないよ」

 恋香の指摘に一瞬ドキリとするが、すぐにはっきりと答える。そもそも、ツインテール馬鹿は変わらないままであるようで、愛香への『ご褒美』も、やはりツインテールに対する割合が多い。それが不満であるわけではない。いや、少し思うところもあるが、不満というものではないのだ。

 だが、テイルブルーの影響によるものか、周りにツインテールの女の子が増えてきており、総二がその娘たちに眼をむけているのを見ると、どうしても不安になってしまうのだ。そのために、早く先の関係に進みたい、と思ってしまうのかもしれない。

「それじゃあ、愛香から告白してみるとか」

「そ、それも考えたんだけどっ」

「ふられたらって思うと、勇気が出ない?」

「っ、うん」

 恋香の、確認するかのような言葉に、力なく肯く。大丈夫だと思っても、心のどこかに一抹の不安があるのだ。いまは、愛香が告白をすれば、きっと総二はそれを受け入れてくれるだろうと思える。それなのに、もしも受け取ってくれなかったら、と頭に浮かんでしまうと、言うことができなかった。

「愛香」

 恋香が、優しく抱き締めてきた。巨乳に対していろいろと思うところはあるが、尊敬する姉に対しては、特に嫉妬といった感情は湧いてこない。

「お姉ちゃんはね、愛香のこと、とっても魅力的な女の子だって思ってるわ」

「え?」

 思ってもいなかった言葉に、恋香の顔を見る。

「さっき返事が遅れちゃったのはね、あんなこと聞かれると思ってなかったからなの。確かに愛香は少しおてんばだけど、女の子らしくないなんてこと、絶対にないわ」

「でも、あたし、お姉ちゃんみたいな女らしさ全然ないし」

「私の方こそ、愛香に憧れているのよ。愛香はずっと総くんを一途に想い続けてきたんだもの。ほんとうに素敵だな、って思ってるのよ」

「お姉ちゃんが、あたしのことを?」

 愛香にとって恋香は、尊敬と同時に憧れの女性であり、まさかそんなふうに思われているとは、考えたこともなかった。慰めるためにこんなことを言っているのだろうか、と一瞬、頭に思い浮かぶが、恋香の優しくも強い声に、本気で言ってくれているのだ、と思えた。

「ええ。だからね、愛香。自信を持って」

「お姉ちゃん。――――ありがとう」

 不安がすべて取り除かれたわけではない。もしも、という恐怖もある。それでも、恋香の応援にほんとうの意味で応えるためにも、もっと勇気を出さなければ。愛香はそう思った。

 とりあえず、添い寝でも頼んでみようか。いろいろと考え、顔を熱くしながら、愛香は部屋に戻ることにした。

 




 
勇者(ヒーロー)見参。

ラビットギルディの設定は、特典小説に載っていた設定から膨らませたもの。耳がブレードになるとかもそこから。回転させて切り刻むのはオリジナルというか元ネタありの技。エルクホルン・テンペスト。
ほかにもネタをいくつか。ロビン戦法。
ちなみに天稟とは、天賦の才とかと同じ意味です。なんか好きなんです、この言葉。

お金に関してはオリジナル設定です。実際どうしてるんだろう。

次は、閑話というかアルティメギル側の話を追加します。久しぶりに新規投稿となります。


以下、修正版の補足説明です。ちょい長いです。製作裏話的な話も含みますので、興味のない方はスルーでお願いします。














『少女』もとい『ヒトガタ』。
三メートルの巨体が店の中とか、あまり気にしないでください。とか言っておいて、自分が気になってしまったという。
体のサイズ変更も考えましたが、それよりはロボット的なものを遠隔操作の方がそれっぽいかなと。アルティロイドの仕事に薄い本の買い出しとかあったので、こういうのがあっても不思議じゃないのでは、と。その後、9巻でユノ曰く、『変装は面倒くさい』とのことでしたので、手軽に使えるものは必要だろうと。
当初はアルティロイドの使う『中肉中背の男』ボディでしたが、三人を仲良くさせてみたかったこと、6巻でビートルギルディがプテラギルディに語ったエレメリアンの哀しみ、なぜ『首領』はフェニックスギルディを封印したのか、といったところから『少女』ボディに。なお、ケルベロスギルディがダークグラスパーの髪を三つ編みにしたように、ドラグギルディも人の髪を結んだ場合は、ちゃんとツインテールと感じられるものになります。
また、ドラグギルディがやたら察しがいいのは、「ツインテールは口ほどにものを言う」からです。

最後のサイドストーリーのあとは、愛香が勇気を出せればIFの『添い寝』に分岐。本編は結局勇気が出せなかったルートだったりします。


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1-10 赤と白の邂逅 / 赤の変身

 
お待たせしました、ファッション痴女さんの登場です。


二〇一六年三月六日 修正
 


 伸ばした手が空を切ったことに気づき、総二は自嘲するように深くため息を吐いた。

 自分以外に誰もいないアドレシェンツァの、カウンター席。日曜の昼下がりだが、いつものように、店主である母がどこかに行ってしまったため、閉店となっている。最近は、なぜか客が少しずつ増えてきている気がするが、それはともかくとして今日は休みだった。

 愛香がいないのは、いつものこととなってしまった、アルティメギルとの戦いにむかったためだ。それでも、愛香がそばにいないことが、慣れることはない。いや、プライベートならばともかく、大切な女の子をひとり戦わせていることになど、慣れたくはなかった。

 愛香の無事を祈りながらも、気持ちが落ち着かず、無意識の内に彼女のツインテールを触ろうとして誰もいない隣に手を伸ばし、空ぶっては我に返ってため息を吐く。愛香がいないときは、それを繰り返してばかりだった。

 自分にできることを探したが、現実的なものは思い浮かばなかった。属性力(エレメーラ)を使えるようになれれば、と考えたこともあるが、どういうものかという説明こそできても、どうやって使うのかなどわかるはずもなく、それを利用している『ギア』の仕組みも、当然ながらわからない。ギアを、どこかの研究所などに持ちこんで調べてもらうことなども考えたが、アルティメギルの出現頻度を鑑みれば、調べている間に連中が出てくることは明らかであり、被害者が出る可能性もある。それに、調べてもらったところで、解析できるかも疑問だった。

 愛香に気を遣わせないようにこっそりと鍛錬を再開してみたが、師であった愛香の祖父はすでに亡く、できることなど、昔に習った型を反復したり、筋力トレーニングなどがせいぜいであり、そもそも鍛えたところでエレメリアンに通用するのか、という思いもあって、成果は上がらなかった。

 なにより、力が欲しいのは、いまなのだ。長い時間をかけて鍛錬をしている暇などない。愛香が苦しい思いをしているのは現在(いま)であり、ツインテールを守るためにも、彼女を助けるためにも、いますぐに力が欲しいのだ。都合のいいことと知りながらも、そう考えずにはいられなかった。

 それでも結局、戦う力がない自分にできるのは、戦いに行った愛香の無事を祈ることだけだった。愛香を信じて、待つ。それが、自分の戦いだ。しかし、そう思い定めても、心のどこかでそれを認めることができない。そんな自分のことを、女々しいやつと思いながらも、やはり割り切ることはできなかった。

 そして、今日はいつも以上に落ち着かなかった。(ツインテール)の知らせ、というやつなのか、朝から嫌な予感を覚えていた。

 愛香なら大丈夫だと自分に言い聞かせ、(かぶり)を振ってそれを追い払おうとしても、消えてくれない。それどころか、どんどん膨れ上がってくるのだ。

 再びため息を吐いたところで、ふと、あの日のことを思い出す。謎の少女と出会い、アルティメギルが現れ、愛香が変身した、あの日。その、謎の少女がいた店の奥の席に、なんとなく顔をむける。

「――――」

 眼が、合った。

 いつの間にいたのか、奥の席に、誰かが座っていた。上半身を隠すように新聞紙を拡げているため、姿ははっきりとはわからないが、とにかく人が居た。なぜか新聞紙に穴を空け、そこからこちらを見ている。

 新聞紙の穴から覗く瞳と、少しの間見つめ合う。

「よし」

 無視しよう。口の中で小さく呟くと、不審人物の見本と言える相手に対し、頭に思い浮かんだ提案になにひとつ抵抗することなく、総二はそう思った。

 そこで、またあの日のことを思い出す。あの日も、誰もいなかったはずの店内に、あの『少女』がいたのだ。

 まさか、と思った時、その客が新聞紙を()じ、席を立つ。美しい銀色の長い髪をまっすぐにおろした少女だった。

 店を出るのか、と思ったが、その少女は総二の方に近づいてくる。まるで、あの日の『少女』のように。いや、こう言ってはなんだが、行動のせいで、あの『少女』よりも怪しいが。

 少女が、総二の目の前で立ち止まった。まさか、という思いが、ひょっとしたら、という期待が、総二の胸に湧き上がる。

 少女が、口を開いた。

「相席、よろしいですか?」

「――――はい?」

 いまは閉店状態で、席はガラガラである。勝手とは思いながらも、いろいろな意味で予想を外され、総二は思わず間の抜けた返事をしてしまう。

 見たところ、総二や愛香とそう変わらない年頃だろう。絶世の、とつけてもいいくらいの美少女だ。愛香も美少女と呼んでさしつかえないが、それ以上かもしれない。身長は、愛香と総二の間くらいだった。

 そして、愛香とは比べものにならない大きさの胸と、その谷間を強調する薄手の服、まではいいが、なぜか白衣を羽織(はお)っている。コートと見えなくもないが、白衣と言った方が合っているだろう。穿いているスカートも、ミニ、どころか下着が見えかねないぐらいの短さであり、逆にそれらが、自分の躰に対する自信を(うかが)わせた。

 碧眼と、真っ先に眼を引くだろう銀髪からして、日本人ではないだろう。まるで、創作の世界でしかお目にかかれないような、神秘的な雰囲気があった。それにしても惜しい、と総二は思う。

 この美しい髪なら、さぞかし見事なツインテールになっただろうに。

 そこまで考えて、はっと我に返るが、眼が彼女の髪から離れない。一番好きなツインテールは愛香のものだ、と言っておきながら、ほかの女の子の髪に見惚れてしまうなどと自分を叱るが、これだけはどうしても治らないのだ。ほんとうに、生態の域に達していると思わざるを得なかった。

「――――?」

 その髪に見惚れていると少女が、ニタリと笑ったように見えた。クスッ、ではない。ニタリ、である。邪悪さを感じるというのは言い過ぎかもしれないが、なにか腹黒いものを感じさせる笑みのように思え、視線が彼女の髪から外れる。

 気のせいだとは思うのだが、もう少し危機感を持ちなさい、と愛香からも言われているので、多少警戒することにして、少女に問いかけることにした。

「ええと、俺になにか用、ですか?」

 わずかに腰を引いて、心持ち距離をとる。

 少女はそれに気づいた様子もなく、あるいは無視しているのか、さらに総二に近づいてくる。

「はい。あなたに、大切な用があって」

「――――大切な用?」

 まったく見覚えがない相手なのだが、なんなのだろうか。

「私は、トゥアール、と申します」

「はあ。トゥアール、さん?」

「トゥアール、で結構ですよ。敬語もいりません」

「はあ」

 名前からして、やはり外国人なのだろうが、妙に気安い対応をとられ、再び間が抜けた言葉を返す。

 少女、トゥアールが笑みを浮かべた。

「ツインテール、お好きですよね」

「大好きです」

 どんな時であろうとも、自分の好きなものなら胸を張って主張する。そんな男で在りたい。などというものではなく、条件反射というか脊髄(せきずい)反射的に答えを返してしまい、総二は自分の業の深さに内心悶える。

 トゥアールが満足そうに頷き、白衣のポケットに手を入れ、なにかを取り出した。

 ニパッ、とでも音がつきそうな笑顔を浮かべ、彼女が再び口を開く。

「では、なにも言わずに、このブレスレットをつけてくれませんか?」

「脈絡ないぞ、おいっ!?」

 なぜ、あの問答からそんな要求に展開するのか理解、できないわけではないのだが、その直前の、いまいち理解しがたい言動からにじみ出る怪しさも加わり、ツッコミを入れざるを得ない。

「――――」

 大きく息を吐いて気を取り直すと、差し出されたブレスレットとやらをまじまじと見つめる。思い出すのは、やはりあの日のこと。あの日、あの少女も、ツインテールは好きか、と聞いてきた。というか、最初にそう聞いてくるかと思ったら、相席よろしいですか、である。予想外にもほどがある。

 それはそうとして、いま、世の中には、テイルブルー関連のグッズが現れてきている。テイルブルーの身につけているブレスレットもそのひとつだが、それは蒼色。トゥアールの差し出してきたブレスレットは赤色で、形も細部が異なっていた。

 もしかしたら、これを身につければ、変身できるのではないか。ツインテールを、そして愛香を守る力を得ることができるのではないか、という期待に、鼓動が跳ね上がる。

「さあ、つけてください」

 そんなふうに思ったりもするのだが、怪しさ満点の言動ばかり行うトゥアールに、警戒レベルを上げざるを得ない。あの少女も得体が知れない相手ではあったが、こちらは得体が知れない以上に怪しすぎである。

 再び総二が微妙に距離をとると、トゥアールが、ぽんと手を打った。彼女は朗らかな笑顔を浮かべ、口を開く。

「総二君。私よ、私」

「――――はい?」

 さっき以上に気安く、というか、やたらとフレンドリーな口調に変わり、総二はさらに戸惑う。

「私、私、ほら、私よ、トゥアール。実はちょっと困ったことになっちゃって。ねっ、このブレスレット、つ・け・て?」

 気のせいか、胸の谷間を強調するように前かがみになり、総二の顔を覗きこむように懇願してくる。最後は(ひと)文字ずつ区切って、どことなく甘ったるい声になっていた。

 なぜこんな、怪しさ大爆発の行動をとるのか。突然オレオレ詐欺を行ってきたトゥアールに対し、総二の警戒心の上昇はとどまることを知らない。

「っ?」

 待て。そこで総二は、ふと気づく。

 自分は、名前を教えただろうか。

 いや、言った覚えはない。なのになぜ、彼女は総二の名前を知っているのだ。

 いよいよ怪しさが核爆発したトゥアールに、総二は傍から見てもわかるような警戒態勢をとった。

「お代はいただきませんから! つけるだけ! つけるだけでいいですから! つけてください! つけてくれないと困ります! なんでしたら、私が、おつけしますから!」

 トゥアールの懇願が続けられるが、どうもブレスレットではなく、ナニか別のものに聞こえてしまうのは、気のせいだろうか。

「つけてくれたら、なんでも言うこと聞きますから!」

「えっ?」

 悲痛な――どこか嬉しそうというか、ノリノリに見えるが――トゥアールの言葉に、警戒していたはずの総二の心が揺さぶられた。

 男の(さが)と言うべきか、思わず眼が、いまも揺れる一点に集中する。

「な、なんでもっ?」

「はい!」

 揺れる、きれいな銀色の髪に眼が吸い寄せられ、聞き返すと、はっきりとした返事をされ、ひとつの思考に支配される。

 この美しい銀髪がツインテールになれば、どれほど自分の眼を潤してくれることだろう。

 そう考えたところで、愛香の姿が頭に浮かぶ。

 いや、浮気じゃないぞ、愛香。俺はただ、美しいツインテールを見たいだけだ。絶対に浮気じゃないからな。

 心の中で愛香にそう釈明しながら、総二は思わず前のめりになる。

「私になにをしても構いませんっ。王道でも、ちょっと特殊な感じでもっ。むしろ特殊なこと、大・歓・迎ですっ!!」

「――――」

 言葉のあと、顔を赤くしながらハァハァと息を荒らげはじめるトゥアールに、先ほど揺れた総二の心と、前のめりになっていた躰が静かに、しかし即座に戻る。

 言葉は、理解できる。

 思考が、まったく理解できない。というか、この娘、むしろ怖い。

「大丈夫ですから! ちょおーっと前金代わりに、この辺を両手でガバーっとどうぞ! ささっ、驚きのふんわり感ですよ!!」

「ちょっ、ストップ、ストップ!」

 もはや、怪しさが超新星爆発を起こすほどに高まったトゥアールが、その大きな胸を突き出し、両手で掴むようにして総二にのしかかってくる。慌てて押し返したところで、トゥアールが叫びを上げた。

「っていうか、これをつけなければ、世界中からツインテールが消えてなくなってしまいますっ!!」

「ちょっ、ちょっと待ったっ! 愛、じゃなくって、テイルブルーがいるのにっ」

「ですから、そのテイルブルーが負けると言ってるんですっ!!」

「っ!?」

 愛香の名前を言いかけてなんとか訂正し、反論しようとしたところで、遮ってきたその言葉の内容に総二は絶句する。

 愛香が、負ける。その言葉に一瞬呆然とし、はっと我に返る。

「ど、どういうことだよ!?」

「えいっ」

「あっ」

 慌てて詰め寄ったところで、トゥアールに腕を抱えこまれ、そのまま右の手首にブレスレットを押し当てられる。ふうっと(ひと)仕事をやり終えたかのように、トゥアールが息を吐いた。

「よかった。これなら、間に合うはず」

「――――」

 身動きが、とれなかった。腕を包む柔らかい感触に、総二の顔が熱くなってくる。

 総二は、性欲がツインテールへの愛に転化されていると言ってもいいほどだったが、愛香への意識の変化などから、最近はイロイロな知識を勉強している。それもあって、愛香と触れ合っている時などは、その知識に振り回されてしまうこともあった。それに、羞恥心はもともと人並みにある。

 要するに総二はいま、その胸の感触にとても狼狽(うろた)えていた。正直なところ、かなり気持ちいい。

 すまん。すまん、愛香。

 妙な罪悪感に駆られ、心の中で愛香に謝ったところで、トゥアールが総二の腕を離した。彼女は再び白衣のポケットから、なにかを取り出す。

 そのトゥアールを横目に、総二は右の手首につけられた赤いブレスレットを、改めてじっくりと見る。やはり、愛香の物に似ているが、違う物だ。繋ぎ目がなく、なにか不思議な力で固定されているのか、引っ張ってもびくともしない。

 トゥアールの方に顔をむけた瞬間、あの日と同じ閃光が、視界を包んだ。

 

 視界がもとに戻ると、総二が予想していた通り、店内ではなかった。緑に囲まれ、木々があり、人工物らしき物はまったく見当たらない。どうやら、人里離れた山奥のようだった。

 そこまで把握すると、トゥアールの方に顔をむける。

 彼女が再び手元のなにかを操作すると、宙に画面が現れた。

「っ、まずいっ」

「っ!?」

 画面に映った映像に、トゥアールが焦りの声を上げ、総二は言葉を失い、呆然とする。

 画面に映し出されていたのは、アルティメギルが宣戦布告を行った時に見た、黒い、竜を思わせるエレメリアンと、ボロボロになったテイルブルー、――愛香の姿だった。

「――――愛香っ!!」

 傷ついた愛香の姿に総二が思わず叫びを上げると、肩に柔らかみのある感触が置かれる。トゥアールの手だった。

 真剣な表情で、彼女が口を開く

「もはや、一刻の猶予もありません。総二様、いまは行動しましょう」

「っ。ああ」

 トゥアールのその言葉になんとか動揺を鎮め、頷き返す。

 再び真剣な顔で、トゥアールが口を開いた。

「では、まずは私の服を脱がせてください。っていうか破ってください。――――あ、そうだ。こう、私の両腕を頭の上で押さえつけて、総二様は、こう、片手で。で、もう一方の手でブラをむしり取って」

「おうっ! ――――ってなんでだああああああああーーーーーーーっ!!」

 あまりにも自然に言い出してきたため、一瞬ほんとうにやりそうになったが、ジェスチャーまで交えてとんでもないことを言い出すトゥアールに、総二は全力でツッコミを入れ、彼女の肩を掴んだ。

「早くこれの使い方をっ」

 トゥアールの肩を掴み、ブレスレットに眼をむけながらそこまで言ったところで、ふと思い浮かんだことに言葉が止まる。ほんとうにそれが、使うために必要なことだったら、どうすればいい。そういったことをするのは、いや、自分がそういうことをしたいのは、愛香だけだ。乱暴なことはしたくないが、いずれやるかもしれないプレイのひとつ、いや、そうではない。いまはそんなことを考えている場合ではない。だが、愛香を助けるためには。

「すいません、確かにいまは時間がありませんね。端折(はしょ)ります。強く念じれば、変身できますっ!!」

「さっきの行動どんな端折(はしょ)り方すれば、その結論に行き着くんだあああああああーーーーーっ!!」

 懊悩(おうのう)する総二にむかって行われた説明に、本日二度目となる全力のツッコミを上げる。やらなくていいことにはホッとするが、ツッコまざるを得ない。

「このブレスレット、テイルブレスによって生成される戦闘用スーツ、テイルギアは、身体能力を大幅に強化します。そのスペックは、いま愛香さんがつけている物とは比べものになりません。さらには、精神力によりその出力が増減するため、気力を(みなぎ)らせれば(みなぎ)らせるほどパワーアップしますっ!!」

 いままでの人生で出したことがない全力のツッコミを、二連続で行ったことにより肩で息をする総二に、トゥアールが力強く説明をしてくる。その言葉に無理やり気を取り直し、少し気になったことを聞く。ツインテールが好きかと聞いてきたことから、そうなのだろうとは思うが、一応の確認である。

「――――わかった。それで、これもツインテール属性で動くのか?」

「はい。それに、総二様のツインテール属性は、テイルブルーである愛香さん以上の強さ。この世界における最強のものです。さっきも言ったように気力が、そしてツインテールへの愛が高まれば、さらに出力は強化されます!」

「そうか。――――よしっ!」

 ブレスレット、テイルブレスをつけた右手を胸の前に構え、強く念じる。

 ツインテールを、そして、誰よりも大切な幼馴染み、愛香を守るための力を、俺に与えてくれ。

 そして、愛香が変身したあの時のように、いや、あの時以上の光が、テイルブレスから(ほとばし)った。

 

 光が収まり、総二は自分の姿を確認するため、まず、手を見た。

 違和感が、あった。

 赤と白を基調としているが、テイルブルーのような機械的な装甲が、手をまとっている。だが、問題はそこではない。

 小さい。自分の手は、こんなに小さくなかったはずだ。

 嫌な予感に駆られ、下を見る。

 やはり、テイルブルーと似た、レオタードのようなボディスーツに、手甲と同じ色合いの装甲が、腰や足をまとっている。違和感が、ますます強くなった。

 胸は常の通り平坦なものだが、問題は、その下だ。小さい、というか、股間に盛り上がりがない。手で触ってみても、引っかかるものはない。男の象徴である大切な相棒は、どこに行ってしまったのだ。

 嫌な予感が、さらに強くなる。

 手を、頭の方に持っていく。頭の横で、なにかに触れた。

 ツインテール、だった。グローブ越しにも伝わるその見事な感触に一瞬我を忘れかけ、頭に浮かんだ疑問に躰が硬直する。

 なぜ自分の頭に、ツインテールがあるのだ。

「総二様、こちらを、ご覧になってください」

 声にふりむくと、店で見せた以上に顔を赤くしてハァハァと息を荒らげるトゥアールから、どこからか取り出したのか手鏡を渡される。そのトゥアールの顔の位置も、さっきまでより高い位置にあり、見上げるかたちになっていた。

 とてつもなく、嫌な予感がした。

 恐る恐る手鏡を覗きこむと、赤く長い髪の、可愛らしいツインテールの幼い女の子の顔が、見えた。手を上げてツインテールを触ると、鏡の中の少女も同じようにツインテールを触る。顔を引きつらせると、やはり少女も顔を引きつらせる。

「お、おっ」

 自分の声とは思えない、甲高い声。もはや、疑うべくもない。

「女になってるじゃねーかあああああああーーーーーーっ!?」

 幼い少女の叫びが、山中に響いた。

 

「あぁ――――」

 あまりものショックに総二は膝から崩れ落ち、地面に手を突いてうなだれた。ツインテールが地面についてしまうことを頭の冷静な部分が指摘するが、躰が動いてくれない。それほどまでに打ちのめされていた。

 これは、罰なのか。あまりにもツインテールツインテールとうるさかったために、そんなにツインテールが好きなら、いっそツインテールになってしまうがいい、とビババな光線を慈悲深き元神から浴びせられてしまったのか、などとわけのわからないことが頭をよぎる。

 どうすんだよ、女になっちまって。戻れるんだろうな。戻れなかったらどうすんだ。愛香を連れて、女同士でも結婚できる国に行くしかないのか。いや、愛香はこんなんなっちまった俺のことを受け入れてくれるのか。いや、そもそも――――。

 頭を埋め尽くすのは、愛香のことだった。女の子になってしまった自分を、愛香が受け入れてくれるのか。それが問題だった。

 おまえ、もうそれ恋愛感情でいいよ、とどこからか聞こえた気がしたが、それに反応する前にトゥアールの声が届く。

「ああ、すてきです、総二様っ。うへへへ、大・成・功っ!」

「おおーーーーいっ!!」

 立ち上がり、トゥアールにむかって叫ぶ。

 首につけたチョーカーにかかるほどに(よだれ)をたらし、恍惚(こうこつ)とした表情を見せるトゥアールに少し、いや、かなり身の危険を感じるものの、自分の身に起こったことを確認しなければならない。

「どういうことだ、トゥアールッ。なんで俺は、女になっちまったんだっ!?」

「総二様」

 総二の叫びに、トゥアールは瞳を閉じると自身の胸に掌を当て、静かに答えはじめる。

「総二様。大きな力を手に入れるためには、それ相応の代償が必要となるものです。その覚悟が、そしてそれを乗り越える意思こそが、人を強くするんです」

「っ!」

 静謐(せいひつ)なトゥアールの言葉に、総二ははっとさせられる。確かに、その通りではないか。

 いま大切なのは、ツインテールを、そして、愛香を守ることだ。女の子になってしまったことを気にしている場合では、ない。

 絶対に、守る。そう考え、拳を握りしめる。

「そう、だな。トゥアールの」

「うへへ、幼女かわいいよ、幼女」

「言うと、おおおーーーーーい!?」

 気持ちを切り替え、トゥアールの言葉に肯こうとしたところで、彼女の口から飛び出すスルーしきれない発言に、総二は再び叫びを上げる。

 トゥアールは真剣な表情――なぜかキリッという音が聞こえた気がした――になり、再び口を開いた。涎は未だに口元についたままだが。

「毒を以て毒を制す、と言います。敵が変態である以上、戦う者もある程度HENTAIさんでなければ、太刀打ちできませんっ!!」

「HENTAIって言うなああああああーーーーーーっ!!」

 日頃から気にしている自分のツインテール馬鹿を指摘されたように感じ、総二は再び山中に響く絶叫を上げた。

 

『そうか。――――そう、だな。おぬしはそういう娘だ』

「はっ!?」

 映像から聞こえるエレメリアンの声に、総二の意識が引き戻される。

 見ると、アホな漫才をやっている間に、愛香がトドメを刺されそうな雰囲気になっていた。

 まずい。総二は慌ててトゥアールにむき直る。

「トゥアール、俺はどっちの方向に行けばいいんだ!? あと、このテイルギアで気をつけておくことはないか!?」

「むかう方向は、いまそちらにお送りしました! 基本的な使い方は、愛香さんのものとさほど変わらないはずです! また、機能の説明は脳内に直接行われます! そしてなによりも、意思を強く持つことです! テイルギアは、精神から生まれる武装! 意思で御せない道理はありません!」

「わかった!」

「そして、これを!」

 納得の返事を行った総二に、トゥアールが言葉とともに青いブレスレットを差し出してくる。

「これもテイルブレスです! 愛香さんなら扱えるはず! 渡してあげてください!」

「おうっ!!」

 返事をするとともにテイルブレスを受け取り、反応のある方にむかって力いっぱい跳躍する。

「うおっ!?」

 予想していた以上に高く、速く跳び上がったことで焦るが、トゥアールの言葉をすぐに思い出し、意思を強く持って、自分の動きをイメージする。

 着地し、再び跳び上がる。さっき以上に高く、速いが、今度は動揺はない。いや、もっと高く、もっと速く。

 愛香のもとに急ぎながら、自分の動きとテイルギアの機能を、可能な限り確認する。

――――愛香、待ってろ。すぐに俺が行く。もう、おまえだけを戦わせねえ!!

 戦場にむかって、さらに速く、高く跳ぶ。

 世界のためではない。ツインテールを、そして、愛香を守るために。

「っ!」

 見えた。愛香の目の前で、エレメリアンが剣を振り上げていた。その体勢で固まっているように見えるエレメリアンのことが少し気にかかったが、その眼で直接見る、傷ついた愛香の姿に、総二の頭がカッとなった。

「待ちやがれえええええええええええーーーっ!!」

 声も()れよとばかりに、総二は吼えた。

 

「むうっ!?」

 跳躍の勢いのまま、総二は蹴りの体勢でエレメリアンに突っこむ。声か、それとも気配かは知らないが、エレメリアンはそれを正確に察知して片腕で受け止める。とはいえ、それは別にどうでもいい。ダメージを与えるのが目的ではないのだ。

 着地すると、すぐに愛香へ近づき、彼女を横抱きにしてエレメリアンと距離を離す。いつか愛香にしようと考えていたお姫様抱っこを、こんなかたちでやることになるとは思っていなかったが。

 愛香の顔を視線だけで見ると、彼女は困惑に満ちた表情を浮かべていた。こんな姿になっているのだから、当然であるが。とにかく、ギアはボロボロであるが怪我はないようで、総二はホッと安堵の息を吐く。

「おおっ、なんと見事なツインテールをした幼女だ! テイルブルーのものに勝るとも劣らん! おぬし、何者だ!」

 感嘆するような声のあとに続けられたエレメリアンの言葉を聞いて、今度はそちらに視線をむける。不思議とどこかで会ったような気がするが、いまは置いておく。

「俺か? いいぜ、知りたきゃ教えてやる」

 この姿で愛香と、――テイルブルーとともに戦うのだ。名前など、決まっている。

「俺は、テイルブルーとともに在る、ツインテールのもう一房(ひとふさ)

 不謹慎かもしれないが、思わず笑みが浮かんでしまう。自分の無力さが嫌だった。いまは、違う。戦うための、大切なものを守るための力がある。

 鋭くエレメリアンを睨みつけ、相手に、いや、世界に吼える。

 

「テイルレッドだ!!」

 




 
やっぱりトゥアールが出ると雰囲気がいろいろ変わるなー、というか、ドラグギルディとの関係が少し変わっているため余計にそう感じたり。

『BLACK RX』で体を鍛えるんじゃなくて超能力を発現させようとして特訓した女の子がいましたが、エレメーラってそんな感じ。実際に超能力発現させたあの子はすごすぎ。


以下補足です。あとの方に加筆。














補足って言うか、まあ原作通りなんですけどね、トゥアール。
頭脳明晰、思いやりもあって、心が強く、痴女はファッションで実は乙女。
これで終われば完璧なのに、変態でロリコン。
さらには、フォクスギルディ戦とかトイレとかで総二がやばいって時に欲望優先する人ですし。

少し変えることも考えましたが、彼女のシリアス強くすると雰囲気がまじめ一辺倒になりかねないので。


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1-11 青の涙

 
ちょっと短めですが、他の話と混ぜて、今回の話の空気を壊したくなかったので、投稿します。
恐らくは、今年最後の投稿です。多分。


二〇一六年三月六日 修正

サブタイトルにルビをふれれば、『ブルーエモーション』とか付けたいと思いました。
 


 温かい。どこからともなく現れた、自分の相棒を自称する幼い少女に横抱きにされたまま、戸惑いながらもブルーはそう思った。

「だ、誰?」

 それでも、疑問の声が思わず口から漏れる。見覚えはない、はずだ。それなのに、不思議と警戒心は湧かず、むしろ総二に触れられている時のような安心感があった。

 そこまで考えたところで、さっきドラグギルディが言った言葉を思い出す。ドラグギルディがいままで感じたことないほどの強力なツインテール属性を持った、愛香の幼馴染みである、総二。

 改めて、少女の顔をまじまじと見る。可愛らしいが、どこか凛々しく感じる顔立ち。真っ赤な髪をきれいなツインテールにしている少女に、なぜか総二の顔が重なって見えた。

「は?」

「愛香、大丈夫か?」

 再び戸惑いの声を漏らしたブルーに、少女が顔をむけて、心配そうに問いかけてくる。その言葉に、ブルーの躰が硬直した。自分の、テイルブルーの正体を知っているのは、総二と、ギアを渡してきたドラグギルディだけ。ドラグギルディが仲間であるエレメリアンたちに伝えている可能性はあるが、人間で正体を知っているのは、総二だけである。いや、気づいていそうな人がひとりいるが、『愛香』と呼ぶのは総二だけだ。

 おそるおそるブルーは、少女に問いかけた。声が震えていたが。

「そ、そーじ?」

「お、おう。よくわかったな、愛香。こんな姿で」

 返された少女の答えに、再びブルーの躰が固まる。ブルーの眼に映っているのは、間違いなく少女なのだが、総二だとわかったとたん、総二としか思えなくなった。

 確か認識攪乱装置(イマジンチャフ)の効果は、その正体を連想されると、効果を失うとされていたが、問題はそこではない。

「な、なんで女の子になってんのよっ!?」

「あー、いや、俺もどう説明していいのかわからないんだけど」

 驚きやらなんやらで、つい大声を上げてしまうと、少女、もとい総二は困った顔になった。

 少し考えこんだあと、総二が言葉を続ける。

「簡単に説明すると、トゥアールから渡されたテイルブレスってヤツで変身したら、この姿になってたんだ」

「いや、簡単すぎでしょうが、それ」

 そのざっくりした答えに思わずツッコみを入れてしまう。とりあえず、気になったところから聞くことにした。

「誰よ、その、トゥアールって?」

「ええっと、銀髪の女の子で、店に居たらあの日みたいに、ツインテールは好きか、って声をかけられたんだ。それで、このままじゃテイルブルーが負けるって言われて、このブレスレット、テイルブレスをつけられて、気がついたら山奥に一緒にワープしてて、愛香がボロボロになってる映像を見たから、変身して急いでここに来たんだ」

 順番に聞くつもりが、一遍に言われたため少し混乱するが、一応は飲みこめた。

 こんな時に聞くことではないが、どうしても気になってしまった疑問が、口を衝いて出る。

「その女の子も、ツインテールなの?」

「いや、違う。すごく似合いそうだとは思ったけど」

「――――そう」

 返された総二の言葉に、ブルー、――愛香の口から、意識せず平坦な声が漏れた。

 慌てた様子で、総二が口を開く。

「あ、愛香っ、俺の一番好きなツインテールはっ」

「うん、わかってる。――――わかってるのに、あたしっ」

 総二が本気でそう言ってることは、わかっている。総二を疑っているのではない。

 愛香が信じられないのは、自分だ。自分のツインテールが、ずっと総二の一番でいられるのか、自信が持てない。

 ドラグギルディの言葉、そして、恋香と話した時のことを思い出す。

 恋香の応援に応えるためにも勇気を出そうと、自信を持とうと、誓ったはずだった。それなのに、実際はどうだ。不安を常に抱き、自分を信じ切れない。いや、総二を疑っているわけではない、と言っておいて自分を信じられないのは、総二のことを疑っているのと同じことではないか、と思う。

 愛香の視界がにじんでくる。嗚咽が漏れはじめた。

「う、くぅっ――――」

 泣くな、こんな時に。総二に心配をかける。そう自分に言い聞かせても、躰は言うことを聞いてくれない。

 総二の慌てた声が、再び耳に届く。

「あ、愛香、俺は浮気なんか、――――いや、どこか痛むのか、愛香っ!?」

「ちが、う、の。ずっ、と、だれ、か、に、たす、け、て、ほし、く、て。それ、で、そー、じ、が、たす、け、に、きて、くれ、て、うれ、し、く、ってぇ――――!」

 涙をボロボロとこぼし、嗚咽しながらも、総二に伝える。

 応援してくれる人がいるだけでも、力になる。以前、神堂会長に、そして総二に、そう伝えた。それは、紛れもない本心だった。

 気持ちのこもった総二からの『ご褒美』に、活力と戦う力を貰ったことも、間違いはない。

 それでも、毎日のように現れる、アルティメギルのエレメリアンたちとの戦い。一手でも失敗すれば、一瞬でも気を抜けば敗れてしまいそうな、お互いの戦力差。そんな薄氷の上を歩くような戦いを、たったひとりで続けなければならないことに、心が押し潰されそうだった。

――――いつまで戦い続ければいいの?

――――いつまでも、戦い続けなきゃいけないの?

――――いつまでひとりで戦い続ければいいの?

――――いつまでも、独りで戦い続けなきゃいけないの?

 誰かに助けてほしかった。

 誰かに支えてほしかった。

 誰かに、――総二に守ってほしかった。

 それでも、総二に心配をかけたくなかった。総二の悲しむ顔を見たくなかった。総二が、自身を責めるのを見たくなかった。だから、平気な顔をして、辛い気持ちから目を(そむ)け続けてきた。

 そして、ドラグギルディと戦い、その強さの前に手を足も出ず、無力さを嘆き、自分の心の弱さを見抜かれ、それを痛感し、誰にも知られない山奥で口惜しさと心細さを抱えたまま、独り倒れることになるのかと覚悟、――いや、あきらめ、心折れた時に。

 愛香の一番大好きな人が、総二が、助けに来てくれた。

 もう心細さと戦わなくていいのだ、と言ってもらえた気がした。

 そう感じた瞬間、いままで張り詰めていたものが緩み、涙が溢れだした。

「っ! ――――ああ、これからは俺も一緒に戦う。もう、ひとりで無理することなんかないぞ、愛香」

「――――うん」

 それがわかったのか、戦いがはじまってから愛香がずっと欲しかった言葉を、総二がかけてくれた。

 なんとか涙を止める。

 泣くのは、あとでもできる。いまは、総二と一緒に戦わなければ。そう考え、ドラグギルディの方を見ると、なにを思ってか、こちらに背をむけていた。いや、もしかしたら、空気を読んだのかもしれない。とことん律儀なやつだ、と愛香は思う。

 総二が、ゆっくりと愛香を地面に降ろす。

「愛香、これを」

 言葉とともに、総二が青いブレスレットを差し出してきた。愛香のつけている『ギア』の待機状態であるブレスレットに似ているが、細部が違う。見ると、総二が右手首につけているテイルブレスとやらの色違いのようだった。

「テイルギアって言って、愛香がいままで使っていたギアよりもずっと強力なものらしい。こいつで変身し直してくれ」

「わかったわ。けど、あたしまでちっちゃくなったりしないでしょうね」

「――――」

 総二の言葉に冗談めかして返すと、彼――いや、いまは彼女か――は、なぜか愛香から眼を逸らした。

 いや、ちょっと待て、なぜ眼を逸らす。

「ちょっと」

「あり得るかもしれな、あー、いや、とりあえず」

 愛香の追及を避けるように、総二がドラグギルディの方にむき直り、前に出る。それを察したかのように、ドラグギルディも総二の方にむき直った。

「話は、終わったか?」

「ああ」

 ドラグギルディの声に、総二が応える。総二の声には、どこか怒りがこめられているように思えた。

「おぬし、あの日テイルブルーとともにいた少年だな? 自らツインテールになるとは、見上げた覚悟だ」

「あの日?」

 ドラグギルディの言葉に、総二が首を(かし)げた。

「そーじ、そいつはあの日」

「ふむ、では改めて名乗ろう」

 愛香の言葉を遮るように、ドラグギルディが浪々と声を上げる。

「我が名はドラグギルディ。全宇宙、全世界を並べ、ツインテールを愛する心にかけては、我の右に出る者はないと自負している!」

「っ!? そのセリフは、あの時の!?」

 ドラグギルディの、いろいろな意味で忘れられそうにない言葉を聞いた総二が、戸惑いの混じった声を上げる。

「じゃあ、おまえは、あの時のあの子なのか? だけど、じゃあなんで、わざわざ愛香にあんなものを。それに」

「答えるのは構わんが、まずは少し手合わせと行こうではないか」

「っ」

 ドラグギルディの言葉に、総二が困惑する様子を見せた。

「そーじ?」

「む?」

 総二の様子に、愛香とドラグギルディの口から疑問の声が漏れる。

 どうしたのか、と聞こうとしたところで、ふと、愛香の頭にあることが思い浮かんだ。あの時の女の子だと知ったために、総二の中に、ためらいが生まれてしまったのではないか。

「そーじ、あの女の子の姿は、あいつのほんとうの姿じゃないの」

「うむ、人形のようなものだ。我の本来の躰はこちらだ」

 愛香の言葉に、ドラグギルディが続ける。なんとなく息が合ってしまっていることに、愛香の胸に複雑な気持ちが湧き上がった。敵だとは思っても、どうにも憎めない相手なのだ。むしろ、エレメリアンが人の属性力(エレメーラ)を奪うということさえなければ、その変態性に頭を痛くしながらも、きっと仲良くなれたのではないかと思ってしまう。

 基本的に、敵だと判断した相手に対しては容赦しないと決めている愛香でさえ、そうなのだ。生来、優しい性格である総二が、たとえ少しの間だけだとしても心を通わせた相手に対して、攻撃することができるのか。

「人形?」

「ヒトガタと言ってな、まあ、わかりやすく言えば、遠隔操作が可能なロボットと言ったところだ。気にせずに戦うがいい」

「だけどっ」

「っ、そーじ」

 なおも躊躇する総二に、無理もないと愛香は思う。

 話題がツインテールということがちょっとどうかなとは思うものの、自分の大好きなものを語り合える、はじめての相手だったのだ。だが、ここでドラグギルディを斃さなければ、そのツインテールが奪われてしまうことになる。

 ドラグギルディの眼が、鋭くなった気がした。

 

「おぬしは、なにをしに、ここへ来たのだ?」

 

「っ!」

 疑問ではない、静かな、しかし怒りを含んだドラグギルディの声に、総二がはっとした様子を見せる。

 鋭く総二を見据えたまま、ドラグギルディが言葉を続けた。

「ただ、そのツインテールを見せるためか? ならば、いますぐここから消え失せよ。目障りだ」

「俺は」

「確かに見事なツインテールよ。だが、いまのおぬしからは、先ほどまでの輝きなど、もはや微塵(みじん)も感じられぬわ」

 ドラグギルディは言葉を止め、スッと片手を上げると、愛香の方を指差した。

「テイルブルーは、その少女は、たったひとりのために戦い続けた。――――いま一度だけ聞く。おぬしは、なんのために、ここに来た?」

「――――」

 (ひと)言一言を区切り、試すようなドラグギルディの問いに、総二は顔をうつむかせ、少ししてからゆっくりと顔を上げた。頭の方に両手を持ち上げ、リボンのような装甲に触れる。

「ブレイザーブレイドッ!!」

 叫びとともに振り抜いた総二の右手から、炎が(ほとばし)った次の瞬間、その手に両刃(もろは)の剣が握られていた。いまの総二の体格と合わせて見ると、平均以上の長さの物に思えてしまうが、実際のところは長剣というほどではないくらいの物だった。

 剣を片手に佇む総二の背中からは、さっきまでの戸惑いが消え、闘気と呼べるものが漲っているように思えた。

「俺は、戦いに来た」

「ほう。なんのために?」

「ツインテールを、そして、愛香を守るために!」

「――――フッ」

 さっきの頼りなさが嘘のような総二の力強い声に、ドラグギルディが満足そうに応じ、剣を構える。

「そーじ」

「大丈夫だ。心配すんな、愛香」

 なんと言ったらいいのかわからず、愛香が名前を呼ぶと、総二は振りむいて微笑み、優しい声を返してきた。

 総二が、改めてドラグギルディにむき直り、剣を構える。

「いくぜ、ドラグギルディ!!」

「来るがいい、テイルレッド!!」

 吼えるとともに総二が跳躍し、ドラグギルディもまた、その声に応え、迎え撃つ。

 総二、――テイルレッドとドラグギルディ、ふたりの持つ互いの剣が、打ち合わされた。

 

 




 
大まかには変えず、最後の方を修正。
良くも悪くも甘いのが総二。

初稿の時、不思議と書いていた話ですが、特典小説の方で『愛香がアルティメギルとの戦いに不安を感じていた』という話が出て驚きました。独りで戦ってたらやはりこうなるのだろうなと。


以下、総二の反応についての補足です。









総二がドラグギルディとの戦いをためらったのは、ギアがボロボロでも愛香に怪我自体がなかったため。怪我をしてたら、ほとんど迷うことなく戦っていました。


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1-12 二人の双房馬鹿 / 赤と青の決意

 
前回で今年の投稿は終わりだと言ったな?
あれは、嘘だ。

いや時間取れて書き上がったので投稿いたします。
今度こそ今年最後、かなあ。区切り次第では、もう一話いけるかも知れませんが、まあ、あまり期待しないでください。


二〇一六年四月十四日 修正
 


 総二、――レッドとドラグギルディ、互いの持った剣が打ち合わされ、硬い物同士がぶつかり合う音が響く。剣を受け止められたレッドは着地しながら体勢を立て直すと、再びドラグギルディに斬りかかった。ドラグギルディもさっきと同じく、その攻撃に冷静に対処する。

「そーじっ!」

 心配するなと総二は言ったが、ドラグギルディの強さは計り知れない。テイルギアとやらの性能がどれだけのものかは知らないが、いま打ち合った時も、ドラグギルディにはまったく怯んだ様子がなかった。おそらく、単純な力に限っても、ヤツには届いていない。

 総二を信じていないわけではない。むしろ愛香は、総二の武術の才能は自分以上だと思っている。だがそれは、あくまでも才能の話であって、現時点での武術の腕は愛香の方が上だ。

 いまは手合わせ、いやレッドの実力のほどを見るためか、ドラグギルディが守勢に回っている。しかし攻勢に出たら、あの凄まじい太刀筋をレッドが躱せるかわからない。

 変身を解除し、愛香はいままでつけていたブレスレットに手をかける。アルティメギルの思惑の上で使っていたとはいえ、これまで一緒に戦ってきた、いわば相棒を外すのは多少抵抗があった。だが、いま必要なのは、それ以上に強い力。ためらったのは一瞬だった。

 ブレスレットを外し、先ほどレッドから渡されたテイルブレスを右の手首につけると、これまで変身してきた時と同じように強く念じる。いままで以上の強い光が(ほとばし)り、変身が完了したことを知ると、自分の姿を確認するため躰を見下ろす。

「っ、な、なによ、この恰好」

 戸惑いと恥ずかしさに、思わず声が漏れた。

 手足をまとい、腰にもついている青を基調とした装甲は、これまでのものよりシャープな印象を受ける。これは別にいい。

 躰を覆う青と白のボディスーツが、これまでのものやレッドのものより露出が多く、(へそ)周りが覆われていないが、それもまだいい。問題は胸元のデザインだった。

 まるで胸の谷間を強調するかのような隙間が、胸元にあった。

 自身の小さな胸に強いコンプレックスを持つ愛香としては、あまり歓迎したくない衣装であった。

「なんで、こんな恰好なのよぅ、――――って、そうじゃないでしょっ、あたしっ!」

 張りつめていたものが緩んでいたのか、つい弱々しい声を漏らしてしまうが、総二を助けなきゃいけないのに、こんなことで(くじ)けていられない、と頬を叩いて気合を入れ直す。

 ツインテールも含めて、全体の色合いはいままでと大して変わらないので、これまで通りテイルブルーと名乗ろうと考えながら、剣戟の音が響く方向にむき直る。愛香を巻きこまないためか、それなりに距離が空いていたが、二人の戦いはすぐに確認できた。

「えっ?」

 視界に映った光景に思わず声が漏れ、眼を見張る。

 レッドが、ドラグギルディの剣と真っ向から打ち合っていた。

 視力などもこれまでの装備より強化されているのか、ドラグギルディの躰の動きはさっき以上によく見える。だが、先ほど愛香に振るっていたものより速くしているのだろうその剣は、やはり完全には見切れそうにない。その剣と、レッドは打ち合っていた。

 レッドとドラグギルディは、真っ向から何(ごう)となく打ち合うと、互いに大きく飛び退り、間合いを空けた。

「そーじ!」

 レッドの方にむかって駆ける。これまで以上の脚力だったが予想はしていたため、すぐに適応してスピードを上げる。

 着地して剣を構え直したレッドのそばで立ち止まり、ブルーは喜びと興奮を隠さず声を上げた。

「そーじ、すごいじゃない! あいつと打ち合えるなんて!」

 自分には見切れそうにない攻撃を防ぎ切ったレッドに対し、悔しさも妬みもなかった。自分の予想を上回る大好きな人のすごさに、トキメキだけがあった。

 レッドは一瞬だけブルーの方を見ると、すぐにドラグギルディに視線を戻し、口を開いた。

「ああ、なんとなくだけど、ヤツの剣筋がわかった。いや、感じたって言う方が正しいかもしれない」

「大したものだ、テイルレッドよ。たったこれだけの結び合いで、我の剣を見切るとはな」

 大剣を片手に佇むドラグギルディも、ブルーと同じように称賛の声をかける。なにかに気づいていたらしきレッドが、剣を構えたまま口を開いた。

「ドラグギルディ、おまえの剣は!」

「そう、我が振るうは!」

 確信のこめられたレッドの言葉に、なにを言おうとしているのか察したらしきドラグギルディが、言葉を繋げる。その張り詰めた空気に、ブルーは固唾を呑んで二人の言葉を待った。

 そして、レッドとドラグギルディが、同時に声を上げた。

 

『ツインテールの剣技(けん)!!』

 

「――――は?」

――カラララーッ。

――ネバァーッ。

――モァーッ。

 自分の耳がおかしくなったのだろうか。そう疑いたくなるような言葉がブルーの耳に届き、思わず間の抜けた声を漏らす。どこかでカラスの声が聞こえた気が、いや、鴉はこんな鳴き方しないはずだが、なんとなくカラスという名前が浮かんだ。どうでもいいが。

「テイルレッド、恐るべき戦士よ。我が神速の斬撃、これほどに早く見切ったのは、おぬしがはじめてぞ!」

「見くびるなよ。どんなに速かろうが、心のかたちをなぞられたら見えるに決まってるぜ。俺はいつだって、心にツインテールを想像(うつ)して生きてるんだからな!」

「敵ながら、あっぱれ! さすが、自らツインテールとなるだけの覚悟を持つだけのことはある!」

「っ」

 ドラグギルディの称賛の言葉が終わるあたりで、レッドの表情が一瞬だけ曇ったように見えた。レッドのその反応が気になったものの、理解しきれないヒドイ内容の会話に、ブルーの頭が痛くなる。トキメキを返せなどと言うつもりはまったくないが、もう少し単語と雰囲気を考えてほしい。あらゆる意味でブルーの予想を上回る二人のツインテール馬鹿に、そう思わざるを得なかった。

「フッ。では改めて、とくと味わってみるか! 極めに極めた、我が刃の冴えを!!」

 ドラグギルディが吼えると同時、その足元から轟音が鳴り響き、凄まじい勢いでレッドに近づき斬りかかる。

 いままで以上に、速い。

「うおおおおお!」

 雄叫びを上げながら、レッドはその斬撃と真っ向から打ち合う。無我夢中で剣を振り回しているようにも見えるが、躰への直撃はなく、ギリギリではあるが確実に(さば)いていた。

 再び何(ごう)となく打ち合うと、さっきと同じように大きく距離をとり、ブルーのそばにレッドが着地した。

「ふ、ふふ、はーはっはっはっはっは! 見事だ!」

 ドラグギルディはレッドを追わず、豪快に、(たの)しそうに笑い声を上げると、自身の大剣を肩に担ぎあげ、再びレッドの実力を称賛する言葉を続けた。

「見事なツインテールだ! 敵として出会ったのが実に口惜しい!」

 違った。いま称賛していたのは、ツインテールの方だった。

 先ほどの打ち合いの中でも、ドラグギルディの剣はどんどん速さを上げていったように思えた。それを凌いだレッドもすごいが、それでもドラグギルディの実力は、まだ先があるのではないかと感じる底知れなさがある。

 しかし、それだけの実力を持っているというのに、なぜこんなツインテール馬鹿(変態)なのか。いや、変態だからこそ強いのか。

 戦慄するとともに、一緒に戦う仲間ができたことで心の余裕が生まれたためか、どうでもいいことも考えてしまった。

「それはこっちのセリフだぜ。俺だって、そんなふうに心から笑ってツインテールについて語れるやつが友達にいたら、どれだけよかったか」

 こちらもツインテール馬鹿だった。

 どこか寂しそうなレッドの言葉に引きずられそうになるが、このレベルのツインテール馬鹿が身近に二人以上いたら、頭痛が止まりそうにない。いや、いたらいたで受け入れるが。

「その小さな躰で我の刃を受けきった腕前。舞うように放たれるおぬしの斬撃。そしてなにより、それに合わせ、空を踊るツインテール! このドラグギルディ、戦いの場で美に心奪われたのは久方ぶりのことぞ!」

 ドラグギルディにとっては、自分と真っ向から打ち合ったことよりも、レッドのツインテールの方が気になってしょうがないようであった。

 ほんとうに、なぜこんなにツインテール馬鹿(変態)なのか。

「ううむ。見れば見るほど奥深い。基本に忠実でありながら、それでいて眼を凝らすごとに様変わりする錯覚すら覚える。純粋なるツインテールへの愛で作られた超一流のツインテールとは、これほどのものか」

「歴戦で培われた審美眼ってやつか。その傷だらけの躰ってそういうことだろ?」

 レッドとドラグギルディの会話を聞き、改めてドラグギルディの躰を見てみると、確かにいたるところに傷があった。どれほどの戦いをくぐり抜けてきたのか、その傷がまさに、歴戦の戦士であることを物語っていた。

「傷だらけ、か。フフ」

 レッドの言葉にドラグギルディは小さく笑うと、マントを外してその背中をこちらにむける。

「だが、見よ。このドラグギルディ、背中に傷がないことを誇りとしておる」

「ふん、敵に背中を見せたことがないってやつか」

 ありがちだな、と言わんばかりの反応をレッドが返すが、それは逆に言えば誰ひとりとして正面から挑む以外のことができなかったという、ドラグギルディの強さの表れだ。軽く流していいものではない。

「無論、それもある。だが、それ以上に、いつか出会う至高の幼女に背中を流してもらうために、この背中を守っておる!」

「お前のいままでの戦いって、いったいなんだったんだよ!?」

「知れたことよ。生涯を添い遂げる至高の幼女と出会い、その属性力(エレメーラ)を手にするため!!」

「くそ、なんてやつだ」

 人間とエレメリアンの価値観の違いからくる愛の定義ともども、軽く流していいものではないはずなのだが、致命的に狂った単語のせいでどうでもよくなりそうになるのが、ほんとうにヒドイ。

「愛香、わかったぞ、こいつの強さの秘密が」

「えっ、あ、ごめん、なに?」

 精神的な疲れもあってどうでもいい気分になりつつあったブルーは、レッドの言葉に思わず生返事を返す。

 ブルーの反応にか、レッドは少し不思議そうにしながらも、気を取り直したようにドラグギルディにむかって声を張り上げた。

「ドラグギルディ、おまえは、純粋にツインテール属性だけのエレメリアンなんだな!」

「然り。そして、たったあれだけの結び合いで、おぬしが我の剣を見抜いた所以(ゆえん)もそこにある」

「なに?」

「そう。ツインテール属性は、共鳴し合うものなのだ!」

「共鳴だと!? 俺たちが!?」

「ただの類友だと思うわ、それ」

 なにやら盛り上がるふたりのツインテール馬鹿に、ブルーはため息を吐く。なんだか、ほんとうにどうでもよくなりそうだった。

 

「む?」

 ブルーの姿を見たドラグギルディが訝しむような声を漏らし、なにかを思い出そうとする仕草を見せた。

 続けてレッドの方を見ると、再びブルーに視線を戻す。やがて、納得したかのように頷いた。

「テイルレッドの強さ、もしやと思ったが、いまのテイルブルーの衣を見て確信したぞ。あの世界の戦士の差し金だな?」

「なに、どういうことだ?」

「ふむ、その様子では知らぬと見えるな。テイルブルーには先ほど少々話したが、ある世界に、我と対等に戦ったツインテールの戦士がいた。その、たったひとりで戦いを挑んできた少女が、いまテイルブルーがまとっている物と同じ衣をまとっていたのだ。フフ、その少女は、ツインテールにそぐわぬ下品な乳を携えておったがな」

「同じ衣だと!?」

「下品な乳って」

 ドラグギルディの答えに、レッドは驚きの声を上げ、ブルーは自分の胸元を見て、暗く沈んだ声を漏らす。

「だが皮肉よな。同じ衣をまとう戦士ゆえに、結末も同じとなる」

「なんだとっ!」

 激しい反応を見せるレッドとは対照的に、ドラグギルディは剣と闘気を収め、腕組みをして静かに語りはじめた。

「かつて我らと戦ったツインテールの戦士、そうだな、同じくテイルブルーと呼んでおこうか。彼女もまた、恐るべき強さを持ち、我らの侵攻を妨げ、世界の守護者(ガーディアン)として君臨していた。そう、彼女は確かに強かった。だが結果的に、それが彼女の世界を殺したのだ」

 淡々とドラグギルディは語る。思い出すように、どこか悼むように。

「侵略者を追い払う戦美姫(いくさびき)。彼女は、いつしか世界を上げて讃えられる女神となり、誰しもが彼女のツインテールに魅せられた。そして、ツインテールが世界中に広がった」

「それって」

「そうだ、テイルレッド。この世界と同じだ。ツインテールの戦士、テイルブルーに魅せられてツインテールが広がった、この世界とな。あとは、その広がったツインテールを我らが刈り取るのみ。――――皮肉よな。世界の救世主が、世界の破壊者となるのだから」

「そういうこと、か」

 ドラグギルディの話が終わり、レッドが納得したように呟きを漏らす。

「愛香は、気づいてたのか?」

「――――なんとなくおかしいとは、思ってたわ」

「そうか。――――なら、なんで戦い続けたんだ?」

「おぬしのためであろう」

 疑問というよりも、確認するかのようなレッドの言葉に、ドラグギルディが答える。

「おぬしが真にツインテールを愛するがゆえに、テイルブルーは我らと戦い続けたのであろう」

「そうなのか、愛香?」

「――――違う」

「えっ?」

「なに?」

「違うの。あたしは、そーじに嫌われたくなかったから」

 正直にこのことを話すのは怖い。総二に嫌われてしまったら。それでも、もう総二に嘘を吐きたくなかった。

「ライバルが増えるのも怖かったし、嫌な予感もあったけど、あたしっ」

 総二に嫌われたくなかったから、戦い続けてしまった。結果的にアルティメギルの手助けをしてしまった。

「そう、か」

 ブルーの答えを聞いたレッドは、それだけ言って黙りこんだ。彼女の様子に、ブルーははっとする。いまのような言い方をしたら総二は、また自分自身を責めてしまうのではないか。そんなつもりで言ったのではないのだ。

「そーじ、悪いのは」

「悪い。やっぱり、ずっと気を遣わせっちまってたんだな」

 総二が悪いのではない。そう伝えようとしたところで、レッドはブルーに近づいてくると、ブルーのツインテールをすくい上げ、優しく言葉を紡いでくる。

「そーじ?」

「礼を言うぜ、ドラグギルディ。これでもう、なんの憂いもなくなった」

「むう?」

 レッドの言葉に、ブルーはドラグギルディとともに困惑する。

「こいつらが一斉に奪おうとするってことは、世界に広がっているツインテールは一過性のブームじゃないってことだろ。ツインテールを愛しているからこそ、ツインテール属性が生まれるんだからな」

 不敵な笑みを浮かべ、レッドはさらに言葉を続ける。

「だったら話は簡単だ。ドラグギルディ、ここでおまえを倒して、アルティメギルをぶっ潰せば、世界にツインテールが広がっただけだ。万々歳じゃねえか」

「勝てると、思うのか?」

「勝つさ。俺のために、愛香は辛い気持ちを押し殺して戦ってきてくれたんだ。こんなところで無駄にさせねえよ。絶対にな」

「そーじっ」

 強い意思のこめられた、愛香の気持ちに報いるという総二の言葉。その言葉を聞いて、愛香の心に力が戻ってくる。

 そうだ、負けられない。愛香は改めてそう思う。

「ふ、ははははは! さすが、自らツインテールになるほどの覚悟を持った戦士だ!」

「ドラグギルディ。俺は、そんな大層なやつじゃない」

「なに?」

「この姿になったのは成り行きだ。そんな覚悟なんてものは、俺にはなかった」

 レッドは自嘲するように深くため息を吐き、顔を曇らせる。さっきブルーが一瞬だけ見た、暗く沈んだ表情だった。

「俺は、自分のツインテール馬鹿を疎ましく思ってた。ツインテールを愛していることに関しては、なにひとつ恥じる気はないけどな」

「そーじ?」

「このツインテール馬鹿のせいで俺は、(いま)だに自分の大切な幼馴染みに対する気持ちもわからない。ほんとうに、嫌だった」

「そーじ――」

「おぬし――」

 ずっと悩んでいたのだろう。はっきりとそう感じられる、辛そうな声音だった。

「だけどそれは、さっきまでだ」

「え?」

「む?」

 レッドが、再び不敵な笑みを浮かべて紡いだ言葉に、ブルーはドラグギルディとともに驚きの声を漏らす。

 レッドは、剣を持たない方の手で拳を作り、力強く言葉を紡いでいく。

「俺が、この世界で最強のツインテール属性を持てるほどのツインテール馬鹿だったから、いま、こうして戦うことができる。大切なものを、ツインテールを、そして愛香を守る力を得ることができた。だから」

 剣の切っ先をドラグギルディに突きつけ、総二(レッド)が吼えた。

「俺はもう、自分のツインテール馬鹿を恥とは思わねえ! これからもツインテールを愛し続ける! そしてドラグギルディ、おまえを倒す! アルティメギルもぶっ潰す! 愛香への気持ちの答えも見つける! これでコンプリートだ! 文句あるか!!」

 さっき以上の決意のこめられた総二の宣言に、ドラグギルディが愉しそうに笑った。

「フッ、おぬしの決意、しかと聞いた。だが、先ほどまでの立ち合いでわかった。おぬしの技量では、我には届かぬ」

 強がりでもなんでもないとわかる、自信に満ち溢れたドラグギルディの声。彼はそのまま言葉を続ける。

「おぬしの属性力(エレメーラ)は、確かにすさまじい。しかし悲しいかな、戦いの新参ゆえにか、技量が伴わぬ。我の剣を防ぐことはできても、攻撃の鋭さでテイルブルーに及ばぬおぬしでは、我を捉えることはできぬ」

「つまり、あたしがそーじと一緒に戦えば問題ないってことよね」

「愛香」

「一対一で、なんて恰好つけたこと言わないでよ? あたしたちは、ここで負けるわけにはいかないんだから、ね。――――それに、そーじがあたしのことを守るって言ってくれたみたいに、あたしもそーじのこと、守りたいの」

 こちらをむいてなにかを言おうとしたレッドを遮り、見つめ返しながら自分の気持ちを伝える。ひとりでは、きっと勝てない。けれど、二人なら。

「あたしには、あいつの剣を見切れそうにないから、あたしのこと、守って」

「――――ああ、任せろ。おまえは俺が守る。頼りにしてるぜ、愛香」

「うんっ」

 頷き合い、レッドとともにドラグギルディにむき直る。ドラグギルディは、静かにこちらを見つめていた。

「テイルブルー、おぬしは」

「あんたが言った通り、あたしは自信を持ちきれてない。ツインテールに対しても、そうなんだと思う。だけど」

 ドラグギルディがなにかを言う前に、言葉を紡ぐ。

「だけどっ、そーじはそんなあたしのツインテールを、一番好きだって言ってくれた。そしていまも、あたしを信じてくれた。だから」

 そこで言葉を切ると、頭のリボンのようなパーツを拳で弾く。頭にひとつの銘が浮かんだ。

「ウェイブ・ランス!」

 銘を叫んだと同時、三つ又の槍が手元に現れる。これまで使っていた物よりも力強さを感じるその槍を振り回し、構え、ドラグギルディを見据えて声を上げる。

「だから、ドラグギルディ。あんたを倒すわ。そーじを守るために。そーじと一緒に生きていくために!!」

「おお――っ!」

 ブルーの宣言を聞いたドラグギルディは、なにかに驚いたような声を漏らすと、さっき以上に愉しそうな笑い声を上げはじめた。

「フフフ、ハハハ、ハーハッハッハッハッハ! ――――面白い。ならば、抗ってみせるがいい、テイルブルー、テイルレッド!」

「いちいちそれぞれの名前で呼ばれるのもなんだからな、チーム名で呼んでくれ。いまから俺たちは、二人で一(つい)のツインテール、『ツインテイルズ』だ!」

「また安直ねえ」

 ドラグギルディにむかって、まるで友達に対するように言うレッドの言葉に対し、ブルーは苦笑しながら感想を漏らす。不思議と嬉しい気持ちがあった。

「い、いいだろ、別にっ」

「まあね。じゃあ、ツインテイルズ初の共同作業といきましょうか」

「ああ!」

 恥ずかしそうに言葉を返してくるレッドに、ブルーが笑顔でもって返事をすると、彼女も笑顔で声を上げる。そして再び、ドラグギルディにむき直った。

 ドラグギルディは、強い。たとえ二人がかりでも、勝てるかどうかわからない。

 それでも、負けるとは思わなかった。自分はいま、ひとりではない。

 信じやすくて、騙されやすくて、危なっかしいけど、優しくて熱くて思いやりがあってかっこいい、世界一のツインテール馬鹿(大好きな人)と一緒なのだから。

 ただ、ひとつだけ懸念があった。それは、アルティメギルの増援だ。ブルーとレッドの連携を阻害する存在が現れれば、勝てる可能性はほとんどなくなるだろう。その前に決着をつけなければ。

「いま、この戦場に我ら以外の者が来ることはない」

「は?」

「え?」

 唐突にドラグギルディの口から出た言葉に、ブルーとレッドは揃って声を漏らす。

 いきなりなにを言いだすのだ、とブルーが思ったところで、ドラグギルディが言葉を続けた。

「ツインテールを拡散させる作戦については、幹部以上の者のみが知る秘匿事項。士気に関わるのでな。おぬしたちが口走ってほかの者たちに知られるのは、我としても困る。それに」

 ドラグギルディはそこで言葉を切ると、いままで肩に担いでいた大剣を地面に突き立てた。そのまま挑発するように鼻を鳴らし、言葉を続ける。

「それに、属性力(エレメーラ)は強大でも技量の伴わぬ未熟者と、技量はあっても属性力(エレメーラ)の半端な半人前。二人相手にするには、ちょうどいいハンデよ」

「――――礼は言わないわよ」

「言ったであろう。ちょうどいいハンデだ、とな」

 口では馬鹿にするかのような言葉だが、見下すようには聞こえなかった。むしろ、思う存分戦おう、と言われているような気がした。

 ほんとうに律義なやつだ、と内心苦笑しながらも意識を切り替え、ブルーはいつでも飛び出せる体勢に移る。

 ドラグギルディもまた、地面に突き立てていた大剣を持ち上げ、迎撃の体勢をとった。

 そして、深呼吸をしたレッドが、ドラグギルディにむかって剣を突きつけ、力強い笑みを浮かべた。

「さあ。いくぜ、ドラグ」

 

「はーはっはっはっはっはっは! そこまでです、ドラグギルディ!!」

 

「ギルディ、――――って誰だよおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 レッドの言葉を遮った、空気をぶち壊す笑い声に対し、彼女は山中に響く絶叫を上げた。上げるしか、なかった。

 

 



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1-13 白の主張 / 双房集結成 / 竜との友情

2014年中にもう一話と思ってたのですが
家のことやらなんやらで時間がとれず
加えて、文章がいまいち納得がいくものにならず
遅くなってしまったため
どうせなので、この時間に投稿することにしようか、と。

拙作共々、今年もよろしくお願いします。


二〇一六年四月十四日 修正
 


 もはや語る言葉はない、とブルーとドラグギルディが構えをとり、レッドが開戦の声を上げようとした瞬間、それをぶち壊すような高笑いが、辺りに響いた。

 その声にレッドは山中に響く絶叫を上げ、出鼻をくじかれて力が抜けたブルーは首をカクンと傾かせ、ドラグギルディは空を見る。いや、空ではない。

「何者だ! 名を名乗れい!!」

 声の主の位置を即座に把握したのだろう、ドラグギルディが誰何(すいか)の声を上げた。彼が見ていたのは、周囲に生えている木の中でもひときわ目立つ大木の天辺(てっぺん)。最も高い枝の上に、人影が見えた。

 

「私の名は、世界を渡る復讐者、仮面ツインテール!!」

 

「ブ~~~~~~~~ッ!!」

「は? え? 誰?」

 人影が名乗りを上げると、レッドは吐血せんばかりに噴き出し、ブルーはその怪しさに困惑した。

「ようやく姿を現しましたね、ドラグギルディ。この時を待っていました!」

「むむう、仮面ツインテールとな!?」

 仮面ツインテールと名乗った、白衣を羽織り怪しい仮面を被った怪しすぎる人物は、空気をぶち壊したことをまったく気に留めず喋り、ドラグギルディもまた、まったく気にせず、大仰かつ律儀に反応する。

「なにやってんだ、トゥアール」

「トゥアールって、さっき言ってた、このテイルブレスを渡してきたっていう?」

「ああ」

 レッドの答えを聞くと、ブルーは改めて仮面ツインテールの姿を見た。

 頭をすっぽりと包む、いわゆるフルフェイスのヘルメットを被っており、そこから出ている髪型は、真っ直ぐにおろしたロングストレートだった。ヘルメットにもツインテールらしきかたちはない。

「どのへんが、ツインテールなのよ」

「あのウイングパーツだな」

「は?」

「ほら、ヘルメットの左右から雄々しく展開してるパーツがあるだろ。多分、あれがツインテールなんだと思う」

「はあ」

 生返事を返し、改めて見てみるが、やはりツインテールには見えなかった。レッドが言うからにはそうなのかもしれないが。

 頭を振って、再び視線を仮面ツインテールにむける。視線が、一か所で止まった。止めざるを得なかった。

 思わずギリッと歯を喰いしばり、拳を握りしめた。悔しさや嫉妬などのいろいろ複雑な感情に衝き動かされ、口が思わず動いた。

「なによ、あの乳っ。それに、これ見よがしな服なんか着て――っ!」

「いま気にすることか、それっ!?」

 いまブルーが着ている衣装は、ただでさえ自身のコンプレックスである貧乳を刺激するデザインなのだ。そこにあんな、たわわに実った巨乳を見てしまえば、怨念のこもった声を漏らしてしまっても仕方ないではないか。

 ふとブルーは、さっき流していた言葉をなぜか思い出した。

 朗らかな笑顔をレッドにむけ、努めて明るく声をかける。

「そういえば、そーじ。さっき、浮気がどうとか言ってなかった?」

「――――」

 その言葉にレッドは一瞬固まったあと、眼を泳がせて油汗をかきはじめた。数秒ほどして、彼女はどこか引きつった笑顔をむけてくる。

「い、言ってないぞ?」

「――――いまの間と、その疑問形のセリフは、なーに?」

 まだ付き合ってないだろ。レッドに追及しはじめたところで、そんな声が聞こえた気がした。

 

「トゥア!」

 グダグダな空気を切り裂くような鋭い、それでいてどこか微妙に自己主張を感じる声を上げ、仮面ツインテールが枝から跳び立った。かなりの高さであるが、その跳躍にはまったく恐れた様子がなかった。

 彼女は空中で一回転すると、どうやって入れていたのかわからないが、白衣のポケットから傘らしき物を取り出し、落下しながらそれを開いた。

 不思議な力でもあるのか、仮面ツインテールの落下速度がどんどん遅くなっていき、そのまま地面に、激突した。

「なんとっ!」

『――――』

 ドラグギルディは驚いていたが、ブルーはどう反応していいかわからず、レッドの方に顔をむけた。困った顔をしたレッドと顔を見合わせる。自分も同じような表情をしているだろうことは、鏡を見なくてもわかった。

――――どうしよう。

――――いや、どうしろってんだ。

 困った眼と表情で、なにを言いたいのかはわかった。その気持ちが通じ合ったこともわかった。なにをどうすればいいのかは、まったくわからなかったが。

 仮面ツインテールが墜落した場所に、どちらともなく視線を戻す。土煙が盛大に上がっていた。おそらく傘を開くタイミングが遅かったため、減速しきれなかったのだろう。

 ドラグギルディも、じっとその場所を見つめている。なんとなく出待ちに見えるのは気のせいだろうか。

 さらに二、三秒ほどして、土煙のむこうに人影が映った。

「おおっ!」

『――――』

 人影、もとい仮面ツインテールは、開いた傘を持ったままぐったりとした様子で、一メートルほどの高さに浮かび上がっていた。というか、まだ浮かび上がり続けていた。

 ドラグギルディは再び律儀に驚くが、頭の痛くなったブルーは頭を抱えると、やはり同じように頭を抱えたレッドと顔を見合わせた。

――――帰ろっか。

――――いや、ホントになんもかんも放り出して帰りたくなるから、そういうこと言わないでくれ。

 再びアイコンタクトが成立したことを感じ取るが、なにか解決策が出るわけでもない以上、やはりなんの意味もなかった。

 二人で揃って頭を振り、ため息を吐いてから仮面ツインテールの方を見る。

『――――』

 何事もなかったかのようにと言うべきか、それともなにがあったと問うべきか、腕組みをして、その長く美しい銀髪を(なび)かせ佇む仮面ツインテールの姿があった。どことなく白衣が薄汚れている気がするが、気にしない方がいいのだろう。

 いろいろな意味で場の流れについていけず、ブルーはレッドとともになんとも言えない表情を浮かべ、仮面ツインテールとドラグギルディを見つめた。

「仮面ツインテールと申したな。だが貴様、気迫とは裏腹に際立(きわだ)った属性力(エレメーラ)も感じぬが、よもやツインテイルズの加勢に来たなどとは言うまいな?」

「加勢するつもりはありません」

「ほう?」

「じゃあ、なんで出てきたんだよオオオオオオ!!」

「これだけは、いま話しておかねばと思いまして」

 俺のドヤ顔返せよオオオオ、と叫ぶレッドを気に留めず、仮面ツインテールが静かに言葉を紡いだ。その声にレッドは叫びを止め、ブルーとともに眼を(しばたた)かせた。

「えっ?」

「あんた」

「それに、ここで登場しておけば私の印象を残しやすくなりますし」

 ボソッとした呟きが聞こえたあと、仮面ツインテールはゴホンと咳ばらいをし、言葉を続けた。

「ドラグギルディの言っていた通り、私はそのテイルギアを装着して戦っていました」

『オイ』

 出番が欲しかったから、と聞こえた理由に、ブルーとレッドは揃って半眼でツッコミを入れた。入れたが、やはり仮面ツインテールは気にした様子がなかった。

 そこでドラグギルディが、はっとした様子を見せた。

「そうか、貴様。かつて我らと死闘を繰り広げた、あの戦美姫。やはり、世界を渡ってきていたか。だが、なぜだ。いまのおぬしからは、弾けんばかりに輝いていた無敵のツインテール属性がまったく感じられぬ。我らは、ついぞ奪わずじまいだったはずだ」

「それは、託したからです」

「なにっ!?」

 信じられん、とばかりに驚愕するドラグギルディから仮面ツインテールが視線を外し、レッドの方に顔をむける。仮面で覆われているためはっきりとはわからないが、微笑みかけたようだった。

 ここまでのグダグダな流れと怪しい仮面のせいで、いまいち感動できなかったが、気にしてはいけないのだろう。

「ドラグギルディ。私は、あなたたちアルティメギルと戦っている時、なにかおかしいとは思っていたんです」

 仮面ツインテールの語りがはじまり、いったん彼女の言葉に耳を傾ける。仮面ツインテールの声はどこか抑揚が感じられず、感情を押し殺しているようにも思えた。

「なぜ、敵がこんなにも弱いのか。なぜ、彼らの目的であるはずの属性力(エレメーラ)の奪取に、本気さが感じられないのか。世界がツインテールに染まっていく中、迷いが私の心を支配していきました」

 そこで仮面ツインテールが、顔をうつむかせる。ブルーにはそれが、涙をこらえているように見えた。

「きっと、止める(すべ)はあったはずなんです。なんでもいい。私が、世界の人々がツインテールへの興味を失うようにふるまえばよかったはずだったんです。でも、私はできなかった。世界に芽吹いたツインテール属性を消したくなかったんです」

 自分も同じだ、とブルーは思った。ブルーも、なにかがおかしいとは思っていたのだ。しかし、もしもブルーが、ツインテールへの関心を人々から失わせるようなことをして、そのためにツインテールが減ったら、そしてそれによって総二に嫌われてしまったら。そう考えると、どうしてもできなかったのだ。

 ドラグギルディの話からも、仮面ツインテールは総二に次ぐくらいツインテールを愛していたのだろうことは予想がつく。その苦しみは愛香以上だっただろう。どれだけ悩んだことだろうか。仮面ツインテールの声は平坦なままで、それがなおさら彼女の悲しみと後悔を感じさせた。

 いたたまれなくなり、ブルーは衝動的に口を開く。

「あたしもいっ」

「私に憧れてツインテールにした可愛いロリッ()たちが、もとの髪形に戻っていくのが怖かったんです」

「――――」

 自分も同じだと呼びかけようとしたところで耳朶(じだ)を打った言葉に、ブルーの口がピタリと止まった。

 なにか妙な言葉が、聞こえた気がした。

 レッドの方を見るとあちらも同じだったようで、お互いの眼が合った。真顔だった。彼女の瞳に映るブルーの顔も、真顔だった。

 とりあえず話の続きを聞くために、再び仮面ツインテールの方に顔をむける。

「その心の隙を突かれ、私はドラグギルディに負けた。基地にこもって策を練っている間に侵略は進められ、世界からツインテール属性は消えた。二度とツインテールを愛することのできない、灰色の世界になってしまった」

 それだけ聞くと、別にどうでもいいことに聞こえてしまうのが、いろいろな意味で恐ろしい。

「さまざまな属性を奪われ尽くし、世界から覇気が失われた中、私ひとりだけがツインテール属性と幼女属性を残していた。私が、道行くロリッ()のスカートをめくってもろくに注意されない、冷たく、寂しい世界でした」

「誰ひとりツインテールにできないなんて、地獄だっ!!」

 いまの話で反応するべきは、そこではない。

 レッドの言葉にそんなことを思いながらブルーは、仮面ツインテールの変態(ロリコン)っぷりに気が遠くなった。傍から見れば白目でも剝いているのではないだろうか、と頭の冷静な部分で考える。

 仮面ツインテールはブルーの反応に頓着せず、告白(自白)を続けた。

「そして復讐を決意した私は、テイルギアと戦いのデータをもとに、与えられたテクノロジーを徹底的に分析しました。ロリッ()のちっぱいを後ろから揉んでもリアクションすらされない虚しさを糧に、認識攪乱装置(イマジンチャフ)を完成させ、元気一杯のロリッ()たちを求め、世界間航行の技術を解析しました」

「ヒドイ、ヒドすぎる!!」

 なんでよりによって、ロリッ娘(それ)で復讐を決意するのか。なんでよりによって、ロリッ娘のちっぱい(それ)を糧にするのか。なんでよりによって、求めるものが元気一杯のロリッ娘(それ)なのか。

 どこにツッコんだらいいのかわからない、あまりにもヒドイ話に、ブルーは頭を抱え、倒れそうなほどにのけぞり、仮面ツインテールのヒドさに対して叫ぶ。

 叫んだが、やはり仮面ツインテールは気にすることなく話を続けていく。

「そして、けじめとして、私の持つツインテール属性を(コア)に、もうひとつのテイルギアを完成させました。それが、――――総二様、あなたにお渡ししたテイルギアなのです」

「俺のテイルギアが、――――じゃあトゥアールは、自分からツインテール属性を手放したのか!?」

 驚愕するレッドの声になんとか気を取り直して体勢を戻すと、仮面ツインテール、いや、トゥアールの言葉から、彼女がとても強い心を持っていることを感じ取った。

 レッド、――総二ほど、愛香はツインテールを愛しているわけではない。そのため、ツインテールがなくなること自体には、それほど深刻になれない。愛香がツインテールを守るのは、あくまでも総二のためなのだ。

 それでも、大切なものを守るために、その大切なものに対する気持ちを手放さなければならないとしても、自分にそんな決断ができるとは思えなかった。

「あとは、装着できなくなった私のテイルギアを、テイルブルー、愛香さんに託した。これが、すべてです」

「へー、これお下がりなんだ。どうりで胸のところが、へー」

 トゥアールの最後の言葉に、ブルーは彼女の胸と自分の胸を見比べてしまい、思わず暗い声を漏らす。おそらくいまの自分の眼は、一切の生気が感じられないことだろう。

「執念か。仮面ツインテールよ、どうやら我は、おぬしが持つツインテールへの深き愛を侮っていたようだな。大したものだ」

 心からの敬意を感じさせる賞賛の言葉をドラグギルディが紡ぎ、その声にブルーも気を取り直す。

 自分も、戦場ではひとりで戦い続けてきた。だが、それはあくまでも、守りたいもの、大切なものがあり、支えてくれる人が、――総二がいたからこそ、どうにか戦い続けることができたに過ぎない。

 トゥアールは、守るものをなくし、大切なものに対する気持ちを手放しながらも、ひとりで彼女なりの戦いを続けてきた。ほんとうにすごいやつだと、心から思う。

 そして同時に、言動のところどころでわかってしまう残念っぷりも、理解してしまった。

 聞くのが怖いが、嫌な予感に衝き動かされ、ブルーはトゥアールに問いかける。

「えっと、トゥアール、だっけ。ちょっと聞きたいんだけど、なんでそーじはちっちゃい女の子になってるの?」

「総二様がテイルギアをまとうとロリッ()になるのは」

 ブルーの問いに答えていたトゥアールが、そこで言葉を切った。気のせいか、さっきの話の時とは違い、その声には抑えきれない様々な感情が混じっているように思えた。

 わなわなとトゥアールが躰を震わせる。一拍置いて、カッと眼を見開いたのが、仮面越しにもわかった。

「私の趣味ですよ! 悪いですかっ!?」

「開き直ったあああああああああっ!?」

「開き直るなあああああああああっ!!」

 できれば当たってほしくなかった予想があまりにもヒドイ叫びで肯定され、レッドは驚愕の、ブルーはツッコミの叫びを上げる。

 その真性の変態(ロリコン)っぷりを前に、ブルーは反射的にトゥアールを殴り倒しそうになったが、変身した状態で殴るのはさすがにまずいだろうと頭に浮かび、叫ぶだけにとどめる。このトゥアールという相手には、ある程度加減すれば別に大丈夫なんじゃないか、という考えがなぜか思い浮かんだが、さすがに自重した。

「それに! 幼女の姿なら油断を誘える上に、注意を引きつけることもできます! アルティメギルと戦うにはベストのスタイルです!!」

「そっちの理由だけを言えばいいだろうがあああああああああああああああああああ!!」

「もはやなにを言ったところで言い訳にしか聞こえんわあああああああああああああ!!」

 とってつけたようなトゥアールの説明に、二人でさっき以上の叫びをぶつける。

 叫び終わったところで、ドラグギルディの声が耳に届いた。

「よき仲間を持ったな、テイルブルー」

「なんでこんな会話で感動してんのよあんたはあああああああああああああああああ!!」

 なにが彼の心の琴線に触れたのかは知らないが、目の端に光るものを見せ、なにやら少し震える声で呼びかけてきたドラグギルディにもツッコミを入れる。いろんな意味で疲れ、ブルーが肩で息をしはじめたところで、レッドが疲れたようにため息を吐いた。

「あー、わかったよ。納得はできないけど、理由があるなら、仕方ない」

「ですよねっ。幼女かわいいですもんねっ!!」

「黙れ」

 無理やり自分を納得させるようなレッドの声に欲望丸出しの言葉を返すトゥアールにむかって、いろいろと思考に黒いものが混じりはじめたブルーは端的にツッコミを放った。

 ほんとうに、グダグダとしか言いようがなかった。

 

「仮面ツインテールよ。そこまで弁を尽くさずともわかっておる。どれだけ打ちのめされても、こやつらのツインテールは、いささかの輝きも失っておらぬ」

 さっきまでの空気を無視して、いや、まったく気にせず、ドラグギルディが言葉を紡いだ。

「だが、いかな輝きで照らそうと、覆らぬ闇もある」

 ブルーとレッドにむき直りながら、ドラグギルディが言葉を続ける。かつての宿敵に再会したためか、彼からはいままで以上に強烈な気迫が感じられた。

「先ほども言ったな。それが認められぬならば、抗ってみせるがいい。もっとも、ひとりが二人になったとて、なにも変わらぬだろうが、な」

「――――さっきの言葉、ちょっと訂正させてもらうぜ、ドラグギルディ」

 そのドラグギルディにまったく臆した様子もなく、レッドが笑みを浮かべながら言葉を返す。ドラグギルディに負けないほどの気迫を漲らせたレッドは、トゥアールを見やりながら言葉を続けた。

「ツインテールは、左右の髪を支える頭があって、はじめてツインテールだ。つまり、だ」

 ドラグギルディにむき直り、レッドが声を上げる。

「俺とブルー、そしてトゥアール。俺たちは三人で、ツインテイルズだ!!」

 戦っているのは、愛香(ブルー)総二(レッド)だけではない。テイルギアにこめられたトゥアールの思いも、ともに戦っているのだと。トゥアールの想いを汲み取った総二の言葉から、愛香は総二の優しさを感じ取った。

「ああ、なんて凛々しくすてきな幼女っ。涎が止まりませんっ。うぇへへへ」

「そ、うよぉ。さ、三人でー、うん、ツインテイルズ。――――はぁ~あ」

 しかし、想いを汲み取ってもらったトゥアール当人は、マスクの隙間から涙ではなく涎をすさまじい勢いで垂れ流し、愛香(ブルー)もまた、総二の優しいところを見れて嬉しくはなったものの、できれば総二(レッド)と二人で、と考えていたためにいろいろと複雑な思いを持て余し、テンションを下げる。

 やはりとことんまでに、グダグダであった。

 

 

 安全な場所まで退避したトゥアール、いや、仮面ツインテールを見届け、レッドはブルーとともに、いつの間にか手から消えていた武器を改めて呼び出す。

「愛香、ちょっと待ってくれないか?」

「え?」

 ブルーに声をかけてから、ドラグギルディにむき直る。もう一度だけでも、話がしたかった。さっきは場の空気をぶち壊した仮面ツインテールにツッコんだが、もう一度話す機会を作ってもらったと思えば、むしろ感謝するべきかもしれない。

「ドラグギルディ。譲歩とかはできないのか? たとえば」

「おぬしはまだそんなことを言うのか? 先ほども」

「俺はっ!」

「っ?」

 怒りを含んだドラグギルディの言葉を、レッドが声を上げて遮ると、彼と愛香は訝しげな反応を示した。思った以上に大きな声が出たことにレッド自身も驚くが、これだけは伝えたかった。

「俺は、ツインテールのことで話せる友達ができて、嬉しかったんだ」

「そーじ――」

「おぬしは、我を友と呼ぶのか? 我は、エレメリアンなのだぞ?」

「それがなんだってんだ。人間がエレメリアンを友達だと思っちゃいけないってのか?」

「我らは、いくつもの世界を侵略してきた。数えきれないほどの、人の属性力(エレメーラ)を奪ってきた。そして、おぬしの大切な少女も利用した」

「それはっ、――――それでも俺は、おまえを憎いとか思えねえんだ」

 さっき自分が戦いをためらってしまった時も、ドラグギルディは総二の迷いを振り切らせてくれた。トゥアールの話も、ただ彼は罪を受け入れるようにじっと聞いていた。ブルーに仲間ができたことに、小さく涙も流してくれた。最後のはいろいろとヒドイ流れだったが、それはともかくとして。

 ツインテールの話ができて、ほんとうに楽しかった。はじめてツインテールのことで熱く語り合える相手ができて、心の底から嬉しかった。あの『少女』と、ドラグギルディとツインテールのことで盛り上がって、隣で呆れながらも、愛香が総二たちのことを見て微笑んでいて、そんなふうに過ごせればと考えていけないのか。

「俺は」

「そこまでだ、『テイルレッド』」

 ドラグギルディが掌をむけ、言葉を遮る。さっきのような怒りは感じられず、レッドに言い聞かせるような穏やかな声だった。首を横に振り、どこか寂しそうな、しかし強い決意を感じさせ、彼は言葉を続ける。

「どちらが上の存在か、などと大それたことは言わん。だが、食い食われる連鎖の中、話し合いなどしょせん不可能なのだ。我らは、人の心を喰らうエレメリアン。おぬしたちは、人の心を守るために戦う、人間の戦士。戦う理由など、それだけでよい。それだけで、よいではないか」

「だけどっ」

「我はおぬしたちの属性力(エレメーラ)を喰らいたい、と言ってもか?」

「っ!」

 レッドをまっすぐに見つめるドラグギルディの瞳には、やはり強い意思があった。本気で言っているのだと、総二は直感(ツインテール)で感じ取る。

「わかったであろう。それが我ら、エレメリアンなのだ」

 ドラグギルディは突き放すように、だがどこか優しく言葉を紡ぐ。

「おぬしは、守ると決めたのだろう。ならば、ためらうな。我の屍を越えてみせよ。我を友と呼ぶのなら、それが我に対する友誼(ゆうぎ)の証と思え」

「ドラグギルディ――」

 彼の名を呼び、目を伏せる。拒絶ではなく、彼もまた、総二を友と思ってくれているのだと、不思議と感じた。

 それでも、彼は戦うと決めたのだ。エレメリアンとして。

「そうか」

「そーじ」

「心配すんな、愛香」

 心配そうに呼びかけてきた愛香に、守ると決めた大切な幼馴染みの少女に、優しく微笑んで返す。

 総二も、守るために戦うと決めたのだ。

 守るという言葉で、すべてが許されるなどと思わない。だとしても、大切なものが奪われるのを黙って見ていることを、正しいとは思えなかった。そしてドラグギルディも、そう伝えてきている気がした。

 決意をこめ、ドラグギルディを再び見据える。満足そうに、ドラグギルディが小さく頷いた。

「さあ。存分に仕合おう、『ツインテイルズ』」

 言葉とともに、ドラグギルディが闘気をぶつけてくる。

 恐れはしない。守らなければならないものがあるのだ。そう強く思う。

 ブルーが槍を構え、レッドも同じく手に持った剣を構える。

「勝とう。そーじ」

「ああ、そうだな、愛香」

 憎いわけではない。

 それでも、戦わなければならない。

 生きるために。

 守るために。

「いくぜ」

 レッドの声と同時にブルーが飛び出し、こちらも一拍遅れてそれに続く。

 ドラグギルディは泰然と構え、迎え撃つ。

 それぞれの守るもののために、今度こそ戦いがはじまった。

 




 
表現を変える以外に、ところどころを『俺ツイπ』の台詞に変えてみたり。ほんとうにあれは良コミカライズだったと思います。


いまだに悩むツインテイルズって漢字。
双房隊、双房団、サブタイの双房集、それとも他の何か。
 


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1-14 双房大決戦 / 竜との別離

 
二〇一六年四月二十九日 修正

ドラグギルディに愛着が湧きすぎて、とてもエネルギー使いました。




 ドラグギルディから先手を取るために、ブルーはその場にいた誰よりも速く飛び出した。ブルーとドラグギルディの間にあった距離は、文字通り一瞬で消える。

「はあっ!!」

 間合いに入ると同時にブルーは、ドラグギルディにむかって槍を全力で突き出す。

 さっきまでの装備では、その躰にかすり傷ひとつつけることすらできなかった。テイルギアの性能で、どこまで自分の攻撃が通用するようになったのか。それを確認する必要があった。

「むっ!」

 刺突に反応したドラグギルディが、ブルーの攻撃を左腕で受け止めた。硬い物同士がぶつかり合うような音が響くが、その腕に傷がついた様子はない。

 ドラグギルディが、右腕に持った大剣を振り上げた。

「フン!」

 全力の攻撃を行ったことで動きが止まったブルーに対し、ドラグギルディが剣を振り下ろしてくる。直撃すれば、このテイルギアでもただでは済まないだろう。しかし、焦りはしない。

「させねえっ!」

 力強い言葉とともに、レッドがその手に持った剣でドラグギルディの攻撃を止める。総二(レッド)が守ると言ってくれたのなら、愛香(ブルー)はそれを信じるだけだ。

 レッドに剣を止められたことで、今度はドラグギルディの動きが止まった。その隙を逃さず、ブルーは槍を引いて再び刺突を放つ。今度は止められることなく、ドラグギルディの胴体に()たった。

「っ!」

 手応えはあったが、浅い。少し傷がついた程度だ。

 ()たる瞬間、わずかに身を捻ることで打点をずらしたのだろう。さすがに、やる。

 落胆はない。むしろ、直撃すれば多少なりとも効果があることを確認できたのだ。上出来と言えた。

「フンッ!」

 ドラグギルディが剣を振り払ってレッドを弾き飛ばし、再びブルーにむかって剣を振るう。さすがにこの状況では、信じる信じないの話ではない。

 ブルーは後退しながら槍を押し出し、距離を離してその剣を避ける。

「おおおおおおおっ!!」

 弾き飛ばされたレッドは着地すると、雄叫びを上げながらドラグギルディにむかって駆ける。迎撃のために、ドラグギルディが返す刀で剣を横薙ぎに振ろうとする。

 ここだ。ブルーは瞬間的に判断すると、ドラグギルディの剣にむかって槍を突き出した。

 振りはじめた瞬間なら、充分な力がこめられていない。槍と剣が咬み合い、お互いの動きが止まった。

「むっ!?」

「いつ、どこから振るのか、わかればねえっ!」

 なんとか止められるのだと、驚愕するドラグギルディにむかって、ブルーは吼えた。テイルギアによってあらゆる能力が高まっているからこそ、できる芸当でもあった。

 レッドもまた、ブルーが止めると信じていたのか、駆ける速度はまったく緩めていない。その勢いのまま姿勢を低くしたレッドは、動きの止まったドラグギルディの足元を滑り抜け、その背後に回りこんだ。

「なにっ!?」

「うおりゃあっ!」

 吼えるとともにレッドが、驚きの声を上げるドラグギルディの背中を斬りつけた。

「グッ、わ、我の背中に、傷をっ!」

「背中をゴシゴシこすって欲しかったんだろ! 望み通りにしてやったんじゃねえか!!」

「なるほど、一本とられたわ!!」

 怒りとも感嘆ともつかない声を上げるドラグギルディにレッドが答えると、彼はほんとうに愉しそうに笑う。

「そーじにばかり気を取られてんじゃないわよ!」

 ブルーは声を上げると、追撃のために槍を突き出す。レッドも剣を両手で握り直し、振りかぶった。

「フン!」

 ドラグギルディは槍をその大剣で、剣を左腕で受け止めた。体勢を崩すために押しこんだ瞬間、手応えが軽くなった。

「フンーッ!!」

 ドラグギルディは気合の声を上げるとともに、ブルーとレッドを大きく弾き飛ばした。一瞬だけ力を緩めることでできた空隙(くうげき)をついたのだろう。伊達に歴戦の戦士ではない。

 ブルーとレッドは、着地するとすぐに武器を構え直す。ドラグギルディはその場で、笑みを浮かべた。

「これが、おぬしたちの真の力か!」

 驚きと喜びの入り混じった、まるでずっと心待ちにしていたものを目にした時のような声。

「ならば、我も命を懸けよう!!」

 ドラグギルディはそう言うと剣を地面に突き立て、両腕を躰の前で交差させたあと、深く呼吸を繰り返す。あの仕草には、見覚えがあった。

「あんた、あのキツネ野郎みたいに妄想でもする気!?」

「フォクスギルディのことか。我もあやつの強大な妄想力には一目置いておった。だが、妄想を人形に頼るようでは、まだ未熟」

 攻撃を仕掛けるべきだとは思うのだが、ドラグギルディから感じる闘気が、それを許しがたいものとしていた。

 属性力(エレメーラ)なのだろうか。光のようなものが、彼の躰を包んでいくように見える。

「見るがいい。これぞ、わが愛!!」

「っ!!」

 言葉とともに闘気が弾け、ブルーとレッドを含む周囲のものを吹き飛ばす。そして、ドラグギルディの頭から、光の二房が伸びた。

「っ!?」

「ドラグギルディが、ツインテールに!?」

「これこそが、我が最終闘体、ツインテールの竜翼陣(はばたき)! ツインテール属性を極限まで引き出した、見敵必殺の姿よ!!」

 レッドの言葉に答えるように、ドラグギルディの堂々とした言葉が響く。

 己の愛するものを、己の身で表す。その姿からは、圧倒されるものを感じるほどだった。

「そうだ。男子に許されしは、ツインテールを()でることだけではない。自らツインテールとなる。それこそが、ツインテール属性を持つ者の本分」

「――――」

 ドラグギルディの言葉は相変わらずツッコミを入れたくなるような内容だが、彼が言った言葉を思い出す。自らの手で、己が愛するものを生み出せれば、と言った言葉を。

 彼がなりたかったのは、あの『少女』の姿のような『ツインテールの似合う女の子』だったのだと思う。それでもドラグギルディは、いまの姿に一切の恥も疑問もないだろう。

 これが、自分の愛するものなのだと。これが、自分なのだと。自分のすべてを認め、受け入れ、生き様を見せつけるような姿だった。

「ドラグギルディ。おまえのツインテールに懸ける覚悟と愛、ほんとうにすげえと思う。でもな」

 ドラグギルディに対する、レッドの敬意すら感じられる言葉が聞こえる。

「俺だって、ツインテールに対する愛だったら、負けるつもりはねえええええええ!!」

「っ!」

「なんと!」

 吼えると同時、レッドのツインテールが輝いたように見えた。同じくレッドの姿を見たドラグギルディが、驚愕の声を上げる。

「ここに来て、さらにその輝きを増すとは。おぬしのツインテールは底なしか!?」

「俺だけじゃねえ、愛香だってさらに輝くぜ。なんてったって、俺の一番好きなツインテールだからなっ。そうさ、俺たちのツインテールは、無限だ!!」

「よくぞ吼えたあっ!!」

 応えるレッドの声に、ドラグギルディもまた、愉しそうに吼えた。二人のやりとりに、ブルーはため息を吐いて独りごちる。

「あー、もう。どいつもこいつも中二テンションになって。あたしの方がおかしいみたいじゃないっ」

 自分を信じきることは、まだできない。それでも。

「やってやるわよ」

――――そーじを信じることはできる!

「馬鹿あああああああああああああ!!」

 ほかの二人と違って開き直りのようなものだが、ツインテール馬鹿である総二にとっての一番なら、自分が世界で一番のツインテールだと信じる。

 叫ぶと同時、錯覚かもしれないが、自分のツインテールが輝いたように愛香は感じた。

 

 

 なんと楽しき時であろうか。

 青と赤。二人のツインテールの戦士との戦いの中、ドラグギルディは奇妙な喜びに身を委ねていた。

 剣を、槍を合わせ、武を交わし、ツインテールを翻す。それだけで、万の言葉を紡ぐよりも語り合えているような、互いの心が伝わり合うような、不思議なつながりを感じていた。

――――ううむ、やはり見事なツインテールよのう。

――――へっ、ありがとよ。おまえのツインテールも、かっこいいぜ。

――――フッ、嬉しいことを言ってくれるではないか。

――――かっこいい、ってツインテールに遣う言葉かしら。

――――えっ。なに言ってんだ、愛香?

――――うむ、なにを言っているのだ。ツインテールに似合わぬ表現などない!

――――おう、そういうことだ!

――――意気投合してんじゃないわよ、このツイン・ツインテール馬鹿!

――――サンキュー、愛香!

――――うむ、最高の褒め言葉だ!

――――褒めてないわああああああああああああああっ!!

 ドラグギルディの属性力(エレメーラ)が、ツインテールを愛する魂が、目の前の二人と響き合っているのだろうか。いや、きっと錯覚なのだろう。ツインテール属性が共鳴し合うものだとしても、ここまでわかり合えるものではない。それでも、不思議と嬉しく思えた。

 それにしても、このように一介の武人として、ひとりのエレメリアンとして戦うのは、いつ以来のことだろうか。

 部下や弟子を持つのが嫌だったわけではない。むしろ、慕ってくれる部下たちや、少しずつでも強くなっていく弟子たちからは、ツインテールを()でることとは別種の、不思議な喜びをドラグギルディにもたらした。人のように子孫を残すことができないからこそ、そうやって自分の生きた証を残したかったのかもしれない。

 だが、そんな彼らを死地に赴かせるのもまた、ドラグギルディ自身だった。ツインテール属性を拡げ、奪うため、自分たちの手で人類に戦う力を与え、同胞たちを死なせる。どこか茶番じみたものにすら思えた。それでも、その犠牲によって、それ以上の同胞を生かせるというのならと、そう思ってきた。

 将として、師として、部下や弟子、同胞たちのためにと、自分に言い聞かせてきた。それが間違っていたとは思わない。ただ、それはある意味で、部下や弟子たちを言い訳に使ってきたのではないか。自分の心を偽ってきたのではないか。

 ヤツからあの話を聞き、ヒトガタを受け取り、訝しいものを感じながらも、自分を抑えてしまった。それに、慣れてしまっていたのかもしれない。

 まだ、若く、未熟だったころは、心の赴くままに生きていた。ただひたすらに強さを、ツインテールを、追い求めていた。それが、愉しかった。

 その未熟さゆえに、戦場で苦戦したことも一度や二度ではない。あらゆる世界の、多種多様な、さまざまな想いのこめられたツインテールを()で、属性力(エレメーラ)を奪うために、強さを求めた。

 属性力(エレメーラ)を奪うことに罪悪感がなかったわけではない。だが、恨みを受けることは、慣れて久しい。エレメリアンとして生まれた以上、奪わなければ生きていけないのだから、当然のことだった。

 だからこそドラグギルディは、誰よりも堂々たる武人であろうと誓った。それが、属性力(エレメーラ)を奪われた人間に対する、せめてもの礼儀であると信じたからだ。

 その考えに迷いが生じたのは、あの二人と出会ったためだ。

 誰よりも強いツインテール属性を持った少年と、その少年のためにツインテールを磨き続けてきた少女。出会うべきでは、なかったのかもしれない。そう思った時もあった。

 いまは、違う。この二人と会えてよかった。

 ツインテールを愛する者として、この二人と会えてよかったと、心から思う。

 だがそれでも、自分はエレメリアンなのだ。同時に心の底から湧き上がるのは、二人の属性力(エレメーラ)を奪いたいという思いだった。

 どれだけ傷ついても、たったひとりのために戦い続けた気高い少女と、そんな少女を大切に想い、ドラグギルディを友と呼んでくれた、心優しき少年。

 そんな二人の属性力(エレメーラ)を、喰らいたいと思った。そして、この二人になら、斃されてもよいとすら思えた。

 アルティメギルは、まさに強大極まりない組織。ドラグギルディに負けるようでは、どちらにせよ、いずれ敗れることになるだろう。そうなったら、二人の属性力(エレメーラ)はほかのエレメリアンに奪われる。それは我慢ならなかった。

 しかし、ドラグギルディを斃せるようであれば、話は別だ。ドラグギルディは、アルティメギルの中でも上位の実力者。属性力(エレメーラ)を高め、修練を続け、未だかつて誰も修めた者がいないとされていた、アルティメギル五大究極試練の内の一つ、通販で買った物が一年間ずっと、透明な箱で梱包され配達され続けるという恐ろしき苦行、『スケテイル・アマ・ゾーン』を乗り越えた唯一のエレメリアン。

 その自分を超えられるのならばと、そう思うのだ。

 そんな自分のことを、面倒なやつだと思う。だが、エレメリアンである自分が、人間である二人にしてやれることなど、――いや、違う。エレメリアンである自分だからこそ、できることだ。

 エレメリアンとして、二人とぶつかり合う。何人(なんぴと)たりとも、邪魔はさせない。

 ただし。

 負けてやるつもりは微塵もない。エレメリアンとしての、そして武に生きてきた者としての誇りが、矜持がある。

 中途半端はない。甘さも死角も、一切ない。己のすべてを懸け、二人と、いや、三人と戦おう。自分が勝ったなら、遠慮なく属性力(エレメーラ)を奪い、二人との思い出を胸に生きていこう。

 我に勝てないようなら、おまえたちはその程度のものだ。超えられるものなら、超えてみよ、『ツインテイルズ』。

 

「フンッ!」

 気合の声とともにドラグギルディは、大剣をテイルレッドめがけて振るう。

「っ、うおおおおおおおっ!!」

 一度ではなく、数度振られたそのドラグギルディの剣を、テイルレッドは雄叫びを上げながら打ち合う。

「はあっ!」

「っ!」

 声と同時、殺気を感じた瞬間、最後の一撃でテイルレッドを大きく弾き飛ばし、必殺の意思がこめられたテイルブルーの槍を、ドラグギルディは左腕で受け止める。

 ドラグギルディの左腕は、自身で作り出した大剣と同じ硬度。大剣を振るう右腕が最強の矛なら、左腕は最強の盾。そうたやすく破壊できるものではない。

「フン!」

「くっ!」

 今度は、テイルブルーにむかって剣を振るう。テイルレッドと違い、ドラグギルディの剣を見切りきれないテイルブルーは、積極的には打ち合わず、身を躱すことに専念する。しかし、完全には避け切れておらず、剣が何度かその躰をかすめ、彼女の口から時々苦悶の声が漏れた。

「おおおおおおおおっ!」

 テイルレッドが、再び雄叫びとともに突進してくる。ドラグギルディは大きく剣を振るってテイルブルーを飛び退かせると、その勢いのままテイルレッドにむき直り、切り結ぶ。

 先ほどから幾度となく繰り返された攻防。テイルブルーの攻撃を防ぎ、反撃を行えばテイルレッドが守り、テイルレッドと打ち合えば、その隙を逃さずテイルブルーが仕掛け、あるいはドラグギルディの剣を止め、今度はテイルレッドが剣を振るう。

 なんという、すばらしい連携。

 そして、二人のその強さを支えるのは、彼女たちがまとう衣、テイルギア。仮面ツインテールを名乗る、かつての強敵が作り出した、凄まじき戦装束。

 強くなりすぎたために戦いに飽いていたドラグギルディの前に現れ、ドラグギルディと対等に戦ったツインテールの戦士。その彼女もまた、まとっていた衣。ドラグギルディの予想を超えた、人の心の強さの結晶とでも言うべきもの。

 思えば、『人』を侮っていたのだろう。ドラグギルディはそんなふうに思う。

 ツインテールを愛する者が、ツインテールを愛する心を手放すなど、なにかを愛する心という大切なものを自ら手放してまでアルティメギルと戦おうとする者がいるなど、考えもしなかった。

 人の精神(こころ)から生まれた自分たちエレメリアンが、人の精神(こころ)の強さを侮っていたのだ。なんという皮肉であろうか。

 かつて戦った時は、ただ愉しいだけだった。

 それまで見た中でも最上のものと言えるツインテールと、久しく出会っていなかった、己の本気をもってしても倒しきれない強さの戦士。

 ツインテールを愛する者としても、武に生きる者としても、実に愉しいひと時だった。

 結果として、勝利することはできたが、彼女の属性力(エレメーラ)を奪うことはできなかった。とはいえ、気にはしなかった。

 あの戦士がツインテールを愛する限り、また戦場で逢うこともあるかもしれない。そうなれば、また心躍らせる戦いが愉しめる。あの美しいツインテールを見れる。その時こそ奪えばいい。その程度にしか思っていなかったのだ。

 なんのことはない。人を下に見ていたのは、ドラグギルディも同じだったのだ。

 そして、仮面ツインテールの作り出した二つのテイルギアの話を聞いて、ドラグギルディの胸に湧き上がったのは、驚嘆と喜びと、敬意だった。

 人間は、エレメリアンに一方的に狩られる存在ではないのだと、そう示してきたように思えた。人間の子供が親のすごさを目にした時、このような気持ちになるのかもしれない。不思議とそう思った。

 結局、彼女がどこからあの技術を手に入れたのかは聞けなかったが、聞いたところで答えてはくれなかっただろう。自分は、彼女の世界を滅ぼした仇なのだ。アルティメギルを滅ぼすために、人の心を守るために、彼女はたったひとりでいくつもの世界を渡ってきたのだろう。そんなふうに思う。

 そしていま、その想いを託された、かつての強敵に匹敵、あるいはそれ以上の強さを持つ、青と赤、二人のツインテールの戦士との戦い。

 ただ一人のために、磨きに磨き上げられた至高のツインテールと、純粋なツインテールへの愛によってかたち作られた、究極のツインテール。

 いまなお、輝きと強さを増し続ける二人。

「フン!」

「おおおおっ!」

「はあっ!」

 剣が、槍が、想いが飛び交う。

 一歩間違えれば、どちらが倒れてもおかしくないこの緊張感こそ、真剣勝負の醍醐味(だいごみ)

 瞳に映るのは、二人の動きとともに美しく舞い、輝く二対のツインテール。

 なんという、至福。

 ドラグギルディは、至上の喜びの中にいた。

 

 さらに幾度となく攻防が繰り返された。辺りは、戦いの余波で地面が隆起、あるいは抉れ、木々はなぎ倒されている。さらには、大地は焼け焦げ、溶け、高熱を発しているほどだった。

 ドラグギルディにはまだ余裕があるが、ツインテイルズの二人は、少しずつ息が切れてきたようだった。

 意を決したように、テイルブルーが槍を掲げた。

「オーラピラー!」

「むう!?」

 テイルブルーの声とともに、ドラグギルディの躰が水流で締め上げられた。躰の自由が奪われる。

完全開放(ブレイクレリーズ)!」

 テイルブルーが声を上げると同時に、彼女の持つ三つ又の槍の先端が展開する。そのままテイルブルーは、大きく槍を振りかぶった。

「エグゼキュートウェーイブ!!」

 技の名前らしきものを叫ぶと同時に、身動きの取れないドラグギルディ目掛けて、テイルブルーがその槍を投げ放つ。凄まじい勢いで、槍がドラグギルディに飛来した。

「フンッ!!」

 だが、ドラグギルディもこれでやられるつもりはない。裂帛(れっぱく)の気合とともに、身を縛っていた水流を弾き飛ばし、左腕を掲げた。防いだと思った瞬間、耳障りな音が響き、激痛が走る。

「なにっ!?」

 最強の盾と自負していたドラグギルディの左腕に、槍が深々と突き刺さっていた。思ってもみなかった光景に眼を見開き、すぐに大剣を振りかぶる。

 左腕の一本程度、くれてやる。

「フンーーッ!!」

 動揺したのは一瞬。全力の攻撃を放ったことで動きの止まっていたテイルブルーにむかって、力をこめた斬撃を飛ばす。衝撃波が、地を抉りながらテイルブルーにむかっていった。

「っ!」

 テイルレッドのカバーは間に合わず、衝撃波がテイルブルーに直撃する。テイルブルーが、なにか人ではないもののように弾き飛ばされた。

「愛香っ!」

 悲鳴すらなくふき飛ばされたテイルブルーにむかって、テイルレッドが跳躍した。隙だらけではあったが、狙うことはしない。そんな勝ち方に意味はないのだ。テイルレッドが空中でテイルブルーを抱きかかえ、着地する。テイルブルーの青いツインテールが、もとの黒いツインテールに戻った。

「愛香っ、しっかりしろ、愛香!」

 テイルレッドが、心配そうに呼びかける。ひとまず自身の負傷を確認するため、ドラグギルディは己の左腕に視線をむけた。

「むっ」

 テイルブルーが戦う力をなくしたためだろう、左腕に突き刺さっていた槍が消えた。当分の間、左腕は使えそうにないが、構わない。むしろ、左腕一本でかつてない強敵のひとりを倒せたのだ。僥倖(ぎょうこう)というものだろう。

 左腕をだらりと下げたままテイルレッドにむき直り、呼びかける。

「テイルレッド、あとは、おぬしだけだ」

「っ!」

 ドラグギルディの言葉を聞いたテイルレッドは辺りを見回し、視線を止めた方向にむかって跳躍した。ドラグギルディは追わない。そこは、それほど被害のない地形だったからだ。

 テイルレッドは気絶した少女をそこに横たえると、再び跳んだ。彼女を巻きこまないためだろう。ドラグギルディもテイルレッドとともに移動する。

 テイルレッドが立ち止まり、再び剣を構えた。彼女の目は死んでいない。負けてたまるか、という強い意志があった。

 今日何度目になるかわからない結び合いをはじめる。相手の気迫は充分。だが、テイルブルーが倒れたためだろう、彼女のツインテールと剣からは、焦りと動揺が感じられた。

 たとえ左腕が使えなくとも、ドラグギルディは歴戦の戦士。だんだんテイルレッドを押しはじめる。

「うあっ!」

 それから何度か打ち合い、剣ごとテイルレッドを弾き飛ばす。彼女の手から離れた剣が、大地に突き立った。

 膝をつくテイルレッドに、ドラグギルディは剣を突きつけた。

「惜しかったな。おぬしたちは、確かに強かった。かつて戦った、あの仮面ツインテールと名乗った少女よりも遥かにな。もしもおぬしが戦いの経験を積んでいれば、我を斃せたかもしれん」

 彼女たちの健闘を讃えるとともに、残念な気持ちが湧き上がった。胸の内には、寂しさがあった。忸怩たる思いがあった。それでも、剣を止めることはしない。それは、相手への侮辱だ。

 テイルレッドを見据えながら、剣をゆっくりと振り上げる。

「感謝するぞ、ツインテイルズ。我が生涯最大の敵にして、最高の想い人たちよ。(まこと)にすばらしい戦いとツインテールであった」

 これで、よかったのだろう。果てなき戦いに二人を追いやるよりは、いまここで自分が引導を渡すことこそ、友であるドラグギルディがしなければならないことだったのだろう。そう思い定める。

「さらばだ」

 ツインテールを結んでもらった時の、二人の笑顔が頭をよぎる。

 振り切るように、ドラグギルディは剣を振り下ろした。

 

「オーラピラー!」

「むっ!?」

 ドラグギルディの剣がテイルレッドに達する直前、彼女が声を上げるとともにその躰を赤い光が包んだ。剣が弾かれるが、光はその一撃で粉々に砕ける。驚いたのは、一瞬。すぐに体勢を立て直し、再び剣を振り上げた。

 テイルレッドが、顔を上げた。その手には、先ほど弾き飛ばしたはずの剣があった。

「なにっ!?」

――――二刀だと!?

「伊達にツインテールじゃねえってなあ!!」

「ぐおっ!?」

 ドラグギルディの驚愕を読み取ったかのような言葉とともに、テイルレッドが斬り上がった。深い一筋の傷が躰の前面に刻まれ、激痛がドラグギルディを襲う。右胸を大きく抉られ、剣を取り落としそうになるが、戦士としての意地がそれを許さない。

 剣を握り直し、テイルレッドを眼で追う。テイルレッドは、太陽を背にして、空にいた。陽光を受け、ツインテールが美しく煌めく。

 ほんの一瞬だけ見惚れるが、躰は戦うために動いた。痛みを無視して、剣を構え直す。このタイミングならば、テイルレッドが剣を振り下ろすよりも、こちらの方が(はや)い。

 ドラグギルディの勝利は、揺るがない。

「オーラピラアアアアアアーーーーーッ!!」

「ッ!?」

 テイルレッドにむかって横薙ぎに剣を振るおうとした瞬間、もう聞こえるはずのない少女の声が響いた。それと同時に、さっきと同じように水流がドラグギルディの躰を締め上げる。驚きもあって、ドラグギルディの躰が完全に硬直した。

 かろうじて動く顔を声のした方にむけると、先ほど倒れたはずの青き戦士の姿があった。

 テイルブルー、気絶したはずではなかったのか。

完全開放(ブレイクレリーズ)!』

 青と赤、二人の戦士の声が重なる。言葉と同時に、テイルブルーの槍の穂先が、テイルレッドの剣の刀身が、展開した。

「エグゼキュートオオオオオ!」

「グランドオオオオオオオオ!」

 水をまとった槍を構え、凄まじい踏みこみとともにテイルブルーがドラグギルディにむかって跳び出し、炎が(ほとばし)る剣をテイルレッドが振り上げる。

 二人のツインテールが、ひと際輝きを増した。

「ウェエエエエエーーーーイブ!!」

「ブレイザアアアーーーーーッ!!」

 あらゆるものを砕き、押し流す津波のごとき剛槍が、すべてを焼き尽くし、切り裂く灼熱の斬撃が、ドラグギルディに迫る。

 もはや、これまでか。――いや。

――――まだだ!!

「フンーーーッ!!」

 ドラグギルディもまた、すべての力を振り絞り、その身を縛る拘束を解く。砕けた左腕を無理やり動かすと、テイルブルーの槍を防ぐためにかざし、力の入らない右腕を意思で持ち上げ、テイルレッドの剣にむかって斬り上げる。

 彼女たちの勝ちだ。ドラグギルディを超えたのだ。これ以上あがく必要がどこにある。これで充分のはずだ。頭はそう訴えるが、躰はそれに抗い続ける。

 違う。

 心が、魂が、戦うことを望んでいるのだ。

 たとえ見苦しく見えようとも、最期の瞬間まで堂々と、全身全霊を懸けて戦う。それが、ドラグギルディの信じる戦士の生き方であり、エレメリアンとして望む在り方。

 この戦いだけは、心のままに生きると、決めたのだ。

 左腕で槍を止め、剣と剣が打ち合わされる。

 永遠にも感じられた、一瞬の停滞。

 そして、左腕を槍が貫き、大剣が切り裂かれ、ドラグギルディの躰が撃ち抜かれた。

 

「美しい――、まさに、神の髪、――――神、型」

 青と赤、二人の戦士の最大の攻撃がドラグギルディの躰を砕いた瞬間、瞳に映ったのは、美しく煌めく二対のツインテールだった。

「最初から、一刀目は囮であったか」

「いや、思いつきさ。けど、二人守るんだ。剣が二本いるのは道理だろ。――――っ、愛香、大丈夫か!?」

「えっ?」

「むっ?」

「血がっ」

 慌てて問いかけるテイルレッドの声に、テイルブルーの不思議そうな声と、ドラグギルディの声が重なる。見ると、確かに口の端から血が流れていた。

「おぬし」

「あー、これ?」

 あっけらかんと答えるテイルブルーに、ドラグギルディとテイルレッドは逆にあっけにとられた。彼女はそのまま言葉を続ける。

「さっきふっ飛ばされた時に気絶しそうになったから、とっさに唇噛み切って意識つないだのよ。別に大した傷じゃないわ。体が痛くって、すぐには動けなかったけど」

「いや、とっさにできることじゃないと思うぞ、それ」

 なんてことないように言葉を返すテイルブルーに、テイルレッドが苦笑しながら呆れたように言う。

 不思議と、ドラグギルディは愉快な気持ちになった。

「見事。見事だ、ツインテイルズ――ッ!」

「ツインテールが、か?」

「無論だ。はーはっはっはっはっは!!」

 ドラグギルディの称賛の声に返された、笑みを含んだテイルレッドの言葉に、ますます愉快な気持ちになる。

(うるわ)しき幼女に斃される。これもまた、生涯を添い遂げたことには変わりあるまい。まあ、ひとりは幼女ではないが、美しきツインテールの持ち主であることには違いない」

「どこまでもポジティブなやつ」

「ほんと、最期までそーいうノリなのね、あんた」

 力を振り絞って喋るドラグギルディの言葉に苦笑しながらも、二人はどこか哀しそうに返してくる。

 心そのものの存在であるエレメリアンは、人間たちのいう輪廻転生といった概念を信じていない。

 それでも、こう言おう。

「いつか、――――来世で、また逢おうぞ」

「っ」

「ドラグギルディ――」

 哀しむな。そう伝えたつもりだった。

 ツインテールを愛する者として、未練はない。

 武人としても同様だ。師としては、スワンギルディの成長を見届けられなかったのが心残りではあるが、きっと自分がいなくとも、ドラグギルディ以上の高みへ飛べるだろう。

 部隊に、最期の言葉を送る。部隊の長として、ツインテイルズのことを。そしてスワンギルディにむけて、師としての言葉を。

 躰の力が、抜けていく。視界が黒く塗り潰された。躰の感覚もなくなり、立っているのか、座っているのか、それとも横たわっているのか、それさえわからなくなった。

 あとはただ、死を待つのみ。いや、ひょっとしたら、すでに死んでいるのかもしれない。

 そう考えたところで、感覚がなくなったはずの両手に、なにかが触れた気がした。いや、これは。

「ツイン、テール?」

 不思議なことに、わずかに力が戻った。見えなくなったはずの瞳がそれを映し、なにも感じられなくなったはずの躰が感じとり、口から言葉が紡がれた。

 テイルレッドが右手に、テイルブルーが左手に、ドラグギルディが生涯を懸けて愛し続けたツインテールを、触れさせていた。

「同情なんかじゃねえぞ。これは、友だちへの手向けだ」

「あたしからは、感謝と、お詫びよ。勇気を出すきっかけをくれたことと、その、胸のこと言われた時に驚かせちゃったこと。特別だからね?」

「っ、おお――っ」

 幾人もの属性力(エレメーラ)を奪ってきた自分が、こんな気持ちのまま旅立ってよいのか。そう思えるほどの、幸せを感じた。

 苦笑しながら、言葉を紡ぐ。

「まったく、律義なやつらよ。しかし、確かにあれは驚かされたな。まさか乳のことを言われただけで、我が気圧(けお)されるほどの気を放つとは」

「しょ、しょうがないでしょ、気にしてるんだから!」

「自信を持て。おぬしは、充分に魅力的な娘だ、『アイカ』」

「っ、うん」

「彼女を大切にしてやれ、『ソージ』」

「――――ああ、もちろんだ!」

「うむ」

 二人の返事を聞き、ドラグギルディはツインテールから手を離した。

「もう、いいのか?」

「腹八分目だな」

「いや、満足してないんじゃない、それ?」

「いや、ほどほどがちょうどよい」

「そう、か」

 二人がうつむいた。背中を押すような心持ちで、声をかける。

「さあ、行け」

「――――ああ」

 テイルレッドが返事をし、二人がドラグギルディから離れた。

 『人』に成ることはできなかった。だが、人の友ができた。その友が、ツインテールを手向けとして触れさせ、看取ってくれるのだ。

 我は、世界で最も幸せなエレメリアンだ。心からそう思う。

「来世、か」

 テイルレッドが、呟いた。

 彼女はテイルブルーと見つめ合い、頷き合うと、二人でドラグギルディにむき直る。

 二人の声が、重なった。

 

「おまえがツインテールを愛する限り、そんなこともあるかもな」

「あんたがツインテールを愛する限り、そんなこともあるかもね」

 

「――――」

 それはいつか、ドラグギルディが二人に言った言葉。

 味な真似を、と心の内で苦笑する。

 我が友たちよ。

「さらば、だ」

 万感の想いをこめ、告げる。

 ただ、世界に還るのだ。

 ヒトガタが、ドラグギルディが理想とした、ツインテールの幼女の姿が見えた。もう、哀しみはない。不思議な喜びがあった。

 生ききった。満ち足りた思いだけが、ドラグギルディの胸にあった。

 

 

 ドラグギルディが消え、レッドはブルーと肩を貸し合う。身長差があるためかなりやりにくいが、辺りは地面が溶け、焼け焦げている。ここで倒れるのは危険だった。

「愛香、変身解けてたけど、大丈夫なのか?」

「うん、なんとか。ただ、すっごく疲れた」

「ああ、俺もだ」

 ブルーから返された言葉にホッと安心しながら同意すると、彼女は顔を覗きこむように見つめてくる。

「そーじは、大丈夫?」

「大丈夫だって」

「そうじゃなくて、ドラグギルディのこと」

「――――ああ、大丈夫だ」

 安心させるために、微笑みながら言葉を返す。

 それでも彼女は、心配そうな顔のままだ。疑っているのではなく、気を遣ってくれているのだろう、とレッドは思った。

「ほんとうに? 無理、してない?」

「悲しくないわけじゃない。だけどさ、あいつも言ったろ。来世で逢おう、ってさ。それに」

「それに?」

「なんていうんだろうな。戦ってる時、あいつと語り合えた気がするんだ。だからかな。不思議と納得してるんだ」

「そーじも?」

「愛香もか?」

 愛香の言葉に眼をパチパチとさせると、ドラグギルディが言った言葉を思い出した。

「そうか。ツインテール属性は共鳴し合うって言ってたもんな」

「いや、なんかあたしまで類友みたいに言われるのは、結構複雑なんだけど」

「嫌か?」

「嫌っていうか、なんていうか」

 言葉通り複雑そうな顔で、ブルーがため息を吐きながら答える。

 彼女は(かぶり)を振ると、苦笑を浮かべた。

「まあ、いっか」

「おう」

 レッドも苦笑で返し、ひとまず歩くことに集中する。気を抜くと、倒れてしまいそうだった。

 一歩一歩、踏みしめながら歩く。ブルーの躰の温もりが、戦いに勝てたことを、彼女を守れた実感を、少しずつ与えてきた。

 少しして、視界に仮面ツインテールの姿を捉えた。慌てた様子でこちらに走ってくる。

「総二様、愛香さん!」

 駆け寄ってきた仮面ツインテールが薬品のような物を辺りに撒くと、周りの熱が収まっていく。完全に熱が引いたところで、肩を貸し合ったまま、二人でその場にへたりこんだ。

 気が抜けたためか、二人とも変身が解け、もとの姿に戻る。愛香が、総二の姿を見ながら安心したように息を吐いた。

「よかったあ」

「ああ、勝ててよかったな」

「いや、それもあるけど、そーじがもとの姿に戻ってよかったなって」

「あー、確かに。戻らなかったら、外国に行くしかなかったかもしれないしな」

「へ?」

 総二の言葉に愛香は眼を(しばたた)かせると、首を(かし)げた。

「なんで?」

「いや、女同士でもけっこ、いや、なんでもない」

「――――?」

 思わずいろいろと恥ずかしいことを口走りそうになり、途中でごまかす。少し顔が熱くなった。

 不思議そうにしていた愛香が、なにかを思い出したように口を開いた。

「そういえば、そーじ。オーラピラーを防御に使うなんて、よく思いついたわね」

「あー、いや、あれバクチなんだ。ドラグギルディの動きを少しでも止められるんだったら、どうにかできるんじゃないかって」

 総二からの答えに、愛香が呆れた様子を見せた。

「また無茶なことしたわね。成功したからいいものの」

「それくらいしないと勝てない相手だったろ、あいつは」

「まあ、ね」

 ほんとうに強いやつだった。勝てたのが不思議なくらいだ。ただ、剣を弾かれたレッドに振り下ろそうとしたドラグギルディの剣が、一瞬鈍った気がしたのは、――いや、総二の気のせいなのだろう。彼は、エレメリアンとして、戦士として全力で戦った。それで、いいのだ。総二はそう思った。

 ふっと、総二の頭に気になることが浮かんだ。

「なあ、愛香。ツインテールを愛する限りって言葉、どこかで聞いたことないか?

「ん? いや、ドラグギルディでしょ?」

「いや、もっとずっと昔に聞いたことある気がするんだけど」

「うーん」

 愛香は少し考えこむが、やがて(かぶり)を振った。

「どこかで聞いた気もするけど、多分気のせいでしょ。そもそもあんな言葉、ドラグギルディかそーじくらいしか言わないでしょ」

「――――それもそうか」

 愛香の言葉に、とりあえず納得する。少し引っかかるものはあるのだが、記憶にある限りでこんなことを言うのは、確かに総二かドラグギルディくらいのものだろう。

「これから使うつもりね、あんた」

「当たり前だろ。ツインテールの戦士なんだぜ、俺たちは」

「まったくもう」

 確認するような愛香の言葉に総二が即答すると、彼女は頭を抱えてため息を吐いた。ただ、どこか嬉しそうにも見えた。ドラグギルディのことを忘れないためにも、使ってやりたいのだ。口には出さなかったが、愛香もなんとなく感じ取ってくれたのではないか、と思った。

 会話が止まったことでだろうか、仮面ツインテールがそばに近づいてきた。

「お疲れ様です、お二人とも。ほんとうに、ありがとうございます」

「いや、こっちこそありがとう。勝てたのは、テイルギアのおかげだよ」

「うん。これがなきゃ、絶対に勝てなかったわね」

 単純な性能もそうだが、ドラグギルディに勝てたのは、テイルギアが二人の心に応えてくれたからだと、不思議とそんなふうに思うのだ。

 仮面ツインテールが、ドラグギルディが爆散した場所を見つめる。なぜか、戸惑っているように見えた。

「気を遣うことないわよ」

「えっ?」

「愛香?」

 愛香の言葉に仮面ツインテールが不思議そうに返し、総二も呼びかける。

「あいつはさ、多少はいいやつだったけど、それでもたくさんの世界を侵略して、属性力(エレメーラ)を奪ってきた。あんたにとっても仇だったんでしょ。だから、あたしたちに気を遣うことなんてない、と思う」

「っ!」

「あっ。そう、だな」

 複雑そうな愛香の言葉に、総二も静かに同意する。ドラグギルディは確かに憎めないやつではあったが、いくつもの世界を滅ぼしてきた侵略者であることも間違いはないのだ。それでも、総二と愛香、ドラグギルディの会話を聞いていた彼女は、素直に喜んでいいのかわからなかったのだろう。

 愛香の言葉を聞いてうつむいていた仮面ツインテールが、顔を上げる。仮面を被ったままだが、なんとなく優しく微笑んだように感じた。

「ありがとう、ございます。でも、お二人の前ではしゃぐ気にはなれません。あとでこっそりはしゃがせていただきます」

「いや、なんていうか、それはそれで複雑な気分になるんだが」

「はっきり言うのは、いいのか悪いのか」

 返された言葉に、二人で苦笑して返す。仮面ツインテールが、総二のすぐそばに立った。

「それでですねー、総二様にお礼がしたいのでー、動かないでくださいねー?」

「お礼?」

 なにやら甘ったるく感じる仮面ツインテールの言葉に、訝しさを感じながら総二が聞き返すと、柔らかいものが総二の頭を包んだ。彼女の大きな胸だとすぐに気づき、慌てて声を上げる。

「ちょっ――!」

「なああああーーーーー!?」

 驚きと怒りを含んだ愛香の叫びが響き、仮面ツインテールが総二を抱きしめたまま話しかけてきた。

「どうですかー、私のおっぱいは。言った通り、驚きのふんわり感でしょー?」

「い、いや、抱き締めてもらうなら、あい、じゃなくてっ!」

 なにやら愉しそうに胸の感想を求めてくる仮面ツインテールの言葉に、焦りからまた恥ずかしい言葉を返しそうになり、慌ててごまかす。

 離れなければと思うが、女の子に対して乱暴なことをするのは、抵抗があった。

「離れなさい!!」

 愛香が割って入り、総二と仮面ツインテールを引き剥がした。思った通り、彼女は怒りの表情を浮かべていた。

 そのまま愛香は、仮面ツインテールを問い詰める。

「なんのつもりよ! あんた、ロリコンじゃなかったの!?」

「可愛い幼女を()でるのは、人として当然のことです! そして、女が自らの持つ武器で男性にアピールするのもまた、人として当然のこと! まな板である愛香さんには不可能でしょうけど!!」

「誰がまな板じゃああああああああああああああ!?」

「ぼしゅらあああああああああーーーーーーーー!?」

 恥じることなどなにもない、とばかりにその大きな胸を張って言葉を返す仮面ツインテールの顔面――仮面――に、さっきまでの戦いの疲労など毛ほども感じられない怒りの鉄拳を愛香が打ちこむ。

 なすすべなく拳を受けた仮面ツインテールは、すさまじい勢いで回転しながら奇妙な悲鳴を上げ、数メートルほど離れた地面に叩きつけられた。

「お、おい愛香、やり過ぎじゃ」

「いや、ちゃんと手加減はしたわよ?」

「あれでかよ!?」

 人を回転させながら数メートルもふっ飛ばす拳を、手加減したという愛香の言葉に、自分は普段どれだけ手加減されているんだ、と総二はいろいろ複雑な気持ちになる。

 総二は、頭を抱えてため息を吐いた。

「私の見立ては正しかったようですね。やはり、蛮族でしたか」

「っ!?」

 聞こえた声に、総二は慌ててむき直る。仮面ツインテールは、平然と立ち上がっていた。

 信じられない光景に、総二は思わず叫ぶ。

「なんで、あれをくらってピンピンしてるんだよ!?」

「手加減しすぎたかしら」

「そういう問題か!?」

 あの拳を受けておいて普通に立ち上がる仮面ツインテールもとんでもないが、それを見て手加減しすぎたかもと言い出す愛香も、いろいろととんでもない。

「あ、あれっ?」

 意識が、明滅しはじめた。最初の戦いの直後の、愛香の様子を思い出す。はじめてでありながら激戦であったさっきの戦いと、頭が痛くなるいまのやりとりを見たことによる精神的疲労だろうか、となんとなく思った。

「愛香、悪い、俺、もう限界――」

「あ、うん。わかったわ。あとのことは」

「お任せくださいっ。こういう時は、人肌で温め合えば精りょ、もとい、体力も回復します!」

「え?」

 愛香に身を任せようとしたところで響いた言葉に、嫌な予感を覚える。仮面を被っているにも関わらず、邪悪な笑顔を浮かべていると確信できる、欲望にまみれた声だった。

 視界と意識が薄れていくなか、仮面ツインテールの肌色面積が増えていく。服を脱いで、総二にむかって跳びこんできたようだった。

「マスクだけ残して脱ぐなっ、怖いわよっ!!」

「かぶとおおおおおおおおーーーーーーっ!?」

 その仮面ツインテールを愛香は、ぼやけた眼で見てもわかる実に美しいハイキック――One、Two、Threeというカウントが聞こえた気がした――で迎撃すると、総二の躰を抱き留めた。いつかの時と逆になったな、と総二はふっと思った。

 トゥアールのような柔らかさは、確かにない。けれど愛香の胸は不思議と温かく、安心を感じるものだった。安らぎに抱かれ、総二は瞳を閉じる。

 薄れていく意識の中、愛香の優しい声が耳に届いた。

「そーじ、ありがと。守ってくれて。――――そーじ」

――大好き。

「――――ああ」

 最後の言葉は、はっきりと聞こえたわけではない。それでも、嬉しくなった。

 やっと、守れた。不思議な達成感が、総二を包んでいた。

 

 

 

*******

 

 

 

 意識が覚醒する。

 起き上がって周りを見渡すと、自分の部屋であることにスワンギルディは気づいた。

 なぜ自分は、ここにいるのだ。そう考えて、すぐに思い出す。自分は、師ドラグギルディの課した試練、『エロゲミラ・レイター』に耐えきれず、気絶してしまったのだ。

 情けない、という思いを抱きながら、部屋を出る。

「っ?」

 違和感があった。その正体が掴めないまま、大ホールにむかう。近づくにつれ、喧噪が聞こえてくる。ただ、やはりどこか違和感があった。

 馬鹿な。

 そんな。

 ありえぬ。

 信じられないと言わんばかりの言葉だけが聞こえてくる。どの声からも、覇気というものが感じられなかった。

 大ホールに入る。同胞たちが、一斉にスワンギルディを見た。そしてすぐに、ほとんどの者が眼を逸らし、あるいはうつむく。

 スパロウギルディが、スワンギルディに近づいてきた。彼からも、まったく元気が感じられなかった。

「スワンギルディ。目を覚ましたか」

「スパロウギルディ殿。いったい、なにがあったのです?」

 嫌な予感があった。それでも、聞かずにはいられなかった。

 その言葉にスパロウギルディはうつむき、少ししてから意を決したように顔を上げた。

「ドラグギルディ様が、戦死なされた」

「え?」

 なにを言っているのだ、とスワンギルディは思った。

「スパロウギルディ殿、冗談はおやめください。ドラグギルディ様が敗れるなど」

 笑い飛ばそうとして、失敗する。自分の声が震えていることに、スワンギルディは気づいた。

 違和感の正体は、これだったのだ。不思議な喪失感があった。艦全体からも、どこか頼りない雰囲気を感じた気がした。まるで、主を失ったかのように。

「ドラグギルディ様は、最後にこう言い残された」

 テイルブルーが、新たな力と仲間を得た。

 そして。

「スワンギルディ、我の届かなかった高みへ至れ、と」

「っ!」

 なぜ、ですか。

 なぜあなた自身が、私の成長を見届けてくださらなかったのですか、師よ。

 失意の中、スワンギルディは膝から崩れ落ち、涙を流した。

 

 





ドラグギルディとの決着。ボスキャラは、JOJOのワムウとか、キン肉マンの完璧始祖とか、強く気高くかっこよくを理想に。いなくなるのは哀しいけど、どこか爽やかに。哀しいだけではないよ、と。ああいうのが好きです。いい人すぎたシングマンは泣いていい。

共鳴については、原作よりも仲良くなってるのでこういうことがあってもいいんじゃないか、と。

最強の矛と盾はドラゴンつながりのネタ。「フン!」は中の人つながりのネタ。ダイヤモンドパワーはないが。
マッスルグランプリ3出ないかしら。



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1-15 赤と青と白と母

 
1-EPの前半にダイジェスト風に書いていました部分です。
加筆したらとんでもなく長くなってしまったので、追加するかたちで投稿しました。
1-EPと同時投稿です。

サブタイトルが手抜きと言われてもしょうがない。
 


 なんだか、気持ちいい。眼を閉じたまま、総二はぼんやりとそう思った。

 後頭部に当たる感触は、ハリがあるものの硬いわけではなく、不思議なやわらかさがあった。時折、頭を優しくなでられるような感覚もあり、それがまた、総二の心に安らぎを与えてくれる。

――そーじ?

「――――?」

 名前を呼ばれた気がした。総二の大切な幼馴染みである、愛香の声だったように思える。なんとなく、総二の頭の上あたりから聞こえた気がした。

 まだ頭がぼんやりとしているが、眼を開けてみる。少し、暗い。誰かが光を遮っている。いや誰かではない。愛香だ。視界に逆さまに映った愛香が、総二の顔を覗きこんでいた。かなり、近い。

「っ!?」

 一瞬で目が覚めた。反射的に上体を起こしそうになるが、愛香の頭とぶつかりかねないため、なんとか思いとどまる。

 そこで、自分がどんな体勢でいるのかに気づいた。どこかに寝転がっている状態で、愛香の太腿を枕代わりにしている、いわゆる膝枕の体勢だった。膝でなく腿を枕にしているのに膝枕とはこれ如何(いか)に、などとどうでもいいことが頭に浮かぶ。

「あっ、そ、そーじ、起こしちゃった?」

「え、あ、その、お、おはよう」

「う、うん。おはよう」

 恥ずかしそうに()いてくる愛香に、いまの体勢に気恥ずかしさを感じていた総二も答える。お互い、声が上ずっていた。

 気恥ずかしさはあるが、できればもう少し愛香の膝枕を味わっていたい。とはいえ、総二の目が覚めた以上、このままでいるのも迷惑ではないか、と思う。

「あ、ありがとな、起きるよ」

「えっ。う、うん」

 愛香の返事を聞いて、起き上がる。彼女の顔を見ると、どこか残念そうに見えた。

「もう少し寝ててもよかったのに」

 愛香の小さな呟きが耳に届き、早まった、といういろいろと残念な気持ちが湧き上がった。

 心の中で悔し涙を流しながら、周りを見る。木々に囲まれていて、自分たちはその木陰にいた。森というほどではなく、そこまで歩きづらそうではない。さっきまで自分たちが戦っていたところから少し離れた場所だと、愛香から説明された。

 トゥアールに今後のことを聞こうかと考え、再びぐるっと周りを見渡すが、彼女の姿はどこにもなかった。

「あれ、トゥアールは?」

「あ、うん。さっきの戦いの被害を直すって」

「ああ、なるほど。って直せるのか?」

「地面とかは直せるみたい。植物は完全には直せないって言ってたけど。とりあえず、行ってみる?」

「そうだな」

 愛香の言葉に頷くと、彼女は地面に敷いてあった薄いシートを小さく畳んで持ち上げた。トゥアールが用意してくれたものらしく、ゆっくり休めるようにとのことだった。

 そういえば、と思い返すと、寝苦しさのようなものはまったく感じられず、それどころか不思議と寝やすかった。認識攪乱装置(イマジンチャフ)もつけられているため、たとえ人が来ても見とがめられることはなく、さらには虫の類も寄ってこないらしい。地味にすごい。

 シートを持ったまま、愛香が歩きだした。

「あっ。愛香、俺がそれ持つぞ」

「重いものじゃないし、別にいいわよ」

「いや、俺に持たせてくれ。愛香はずっと起きてたんだし、それくらいはしたい」

「もう、そんなこと気にしなくていいのに。でも、じゃあお願い、そーじ」

「ああ」

 片手で簡単に運べるくらいまで畳んだシートを、苦笑しながらもどこか嬉しそうな愛香から受け取って、一緒に歩き出す。

 隣で歩く愛香を横目で見る。ツインテールを、そして愛香を守ることができたのだと思うと、たまらなく嬉しくなった。ただ同時に思い出すのは、やはりドラグギルディのことだった。愛するツインテールのことではじめて語り合える、友だちだった。その彼を(たお)したのは、自分なのだ。

「そーじ?」

「あ、ああ、どうし、あっ」

 愛香の声にハッと我に返ると、空いていた方の総二の手が、彼女のツインテールをすくっていた。いつもの癖が出ていたようだ。愛香は心配そうに、総二の顔を見つめていた。

 一緒に歩みを止めると、愛香が口を開く。

「そーじ、あまり思いつめないでね。あたしも、一緒なんだから」

「愛香、――――ありがとう」

 彼女の口から紡がれた言葉に、心からの感謝をこめて返す。

 納得したつもりだったが、割り切れてなかったのだろうと思う。だが、完全に割り切ってはいけないことだとも思った。ドラグギルディは紛れもなく、総二の友だちだったのだ。ただ、そのことを引きずりすぎるのもダメなのだと思う。ドラグギルディが見たら、きっと怒るだろう。

 それに、総二のためにどれだけ傷ついても戦い続けた、愛香がいる。彼女の想いに報いなければ、自分の魂(ツインテール)にも、友だちにも顔向けできない。そう思うのだ。

「また俺が悩んじまったら、なぐっ、デコピンとかしてでも、喝を入れてくれ」

「――――うん、わかったわ。でも、なんでいま言い直したの?」

「いや、まあ、気にしないでくれ」

「――――?」

 仮面ツインテールをぶっ飛ばした拳を言葉の途中で思い出し、さらっと言い直すと、愛香は承諾しながらも不思議そうに訊いてくる。なんとかごまかすと、再び歩き出した。ツインテールは触ったままだ。

 時々、お互いの視線が絡み合う。愛香は、嬉しそうではあるが、どこか物足りないようにも思えた。表情からも、触れているツインテールからも、なんとなくそんなことを感じる。

 ふと、愛香の手が寂しそうに見えた。時折、少し持ち上がるが、すぐに下がる。彼女の口も、なにか言いたそうに開きかけ、恥ずかしそうに閉じることを繰り返している。リザドギルディと戦ったあと、総二の部屋で愛香と話した時の自分を、思い出した。

「あっ」

「なっ、なに、そーじ。どうしたの?」

 ふっと思い浮かんだことに総二が思わず声を上げると、愛香が慌てたように問いかけてきた。

 これは、正直なところ少し恥ずかしい。彼女の髪を触るのも同じくらい恥ずかしいことなのかもしれないが、それは昔からの習慣でもあるので、いまさらだ。

 総二の勘違いかもしれないが、一度そう考えると、してあげたくなった。いや、自分もしたいのだ。

「あ、愛香。手、(つな)ぐか?」

「えっ?」

「い、嫌ならいいんだっ。その」

「い、嫌なんかじゃないわよ!?」

 愛香の返事に総二が沈みかけたところで、彼女は慌てて声を上げた。愛香はハッとすると、恥ずかしそうに言葉を続ける。

「た、ただ、そーじから言ってくれると思わなかったから」

「愛香――」

 モジモジとしながら言葉を紡ぐ愛香が、とても可愛らしく見えた。いや、いつも可愛いが。

 ゴホンと咳ばらいをし、彼女に手を差し出す。顔が、不思議と熱かった。

「じゃ、じゃあ」

「――――うん」

 顔を真っ赤にした愛香も、手を差し出した。自分も、おそらく同じくらい赤いだろうと思う。

 胸が、不思議とドキドキした。幼いころは普通に手を握っていたはずだが、そのころとは違うのだ。ただ、彼女が自分にとって大切な存在であることは、ずっと変わっていない。気づいていなかっただけなのだと、総二はそう思った。

 ゆっくりとお互いの手が近づく。手と手が触れ合いかけたところで突然、影が差した。

『ん?』

「渾身のトゥアールどろおーーーーっぷ!!」

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

 愛香と同時に訝しんだ瞬間、総二と愛香の間へ、聞き覚えのある声とともに空からなにかが降ってきた。お互いが離れるかたちで反射的に避けると、それはそのまま地面に激突し、大きな音を響かせた。まるで、人の形をした一トンの岩の塊が落下したようだった。

 見ると、思った通りトゥアールだった。両手両足を広げた体勢で、うつぶせに地面にめりこんでいる。彼女の体格と重さでどうしてそうなるのかわからないが、躰が埋まるくらい陥没していた。

 倒れたままのトゥアールから、か細い声が聞こえてくる。

「あ、悪魔はただでは死にませんっ。こ、この生命(いのち)に代えても、ラブコメだけは阻止してみせますっ」

「おまえはなにと戦ってんだあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「そんなことに生命(いのち)懸けるなあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 息も絶え絶えなトゥアールの言葉に、二人で全力の叫びを上げる。叫び声が、木々の間に響き渡った。

 

「それはそれとして、総二様、ゆっくり休めましたか?」

「あ、ああ、疲れはかなりとれたよ。ありがとう」

「いえいえ。私の作った物がお役に立てたのなら嬉しいです」

 少しして、トゥアールが何事もなかったかのように起き上がり、微笑みながら問いかけてくる。なんであれで平然としてるんだ、と(おのの)くとともに呆れながら頷いて返すと、彼女はやはり笑顔で答えてきた。

 邪魔されたかたちではあるが、トゥアールは総二たちの戦いの(あと)を直すためにひとりで作業していたわけだし、そんな時に当の自分たちがあんなことをしていたら、なにか言いたくもなるだろう、と総二は思った。

 また次の機会にすればいい。そう自分に言い聞かせていたところで、愛香が口を開いた。彼女はどこか不機嫌そうだが、それも仕方ないとは思う。

「ところで、トゥアールはこれからどうするの?」

「そのことですけど、こんなところで話をするのもなんですし、もっと落ち着ける場所に行きませんか。総二様の家とか」

「あ、ああ、そりゃいいけど。愛香、どうした?」

「ん、別に」

「――――じゃあ、トゥアール」

「わかりました。あ、ちょっと待っててください」

「ん?」

 どこか複雑そうな表情を浮かべる愛香に首を(かし)げつつ、改めてトゥアールに了承する。彼女は総二の言葉に頷くと、さっき自分が作った穴にむき直り、手に収まるくらいのリモコンのような物を白衣から取り出した。それを操作するそぶりを見せると、見る間に穴が塞がっていく。

 周りの土を少しずつ集めて塞ぐらしく、なにもないところから土を生み出してるわけではない、ということだが、傍から見るとそれと変わらないように思える。ほんとうにすごい技術力だと、総二は愛香と揃って感嘆するしかない。植物に関して訊くと、直せないわけではないが、生態系がおかしくなる可能性もあるため、必要でなければ最低限のケアにとどめておき、自然の回復力に任せた方がいいとのことだった。

 トゥアールはリモコンをしまうと総二たちの方にむき直り、ここに来るときに使った転送装置らしき物を取り出した。

 それを操作しはじめたトゥアールから視線を外し、総二は自分たちが闘いを繰り広げた戦場がある方向を見る。総二と並んだ愛香も、そちらを見た。

 少しだけ顔を見合わせ、再び一緒にあの戦場の方へ視線を戻す。

 いつか、またな。

 心の内でそう呼びかけたところで、光が視界を包んだ。

 

 

 

 夕日が射している。随分と遅くなってしまったが、昼下がりのトゥアールとの出会いからはじまり、ドラグギルディとの戦いを経て、総二が疲れから眠ってしまい、そのあと自宅近くへ転移してそこから歩って来たのだから当然と言えた。

 普段なら店の入り口から入るのだが、いまはいろいろと事情があるため、裏口からこっそり入る。

 音を立てないよう、ここまで気にする必要あるだろうかと自分でも思うほど慎重に、扉を開ける。開けたところで、中から聞こえてきた音に、母、未春がいることを総二は察知した。

 ふり返って、愛香とトゥアールに小声で注意を促す。

「静かにな。母さん、帰ってきてるから」

「うん」

「わかりました」

 頷き合い、静かに靴を脱いで廊下に上がる。トゥアールのブーツは、彼女がどこかに収納した。なにをしたのか訊きたくはあるが、いまはそれを訊いている場合ではない。ツッコみたくなるのを我慢して進む。総二、トゥアール、愛香の順番だ。

「抜き足っ」

「っ」

 トゥアールの小さな声に反射的にツッコみかけるが、どうにか堪える。(ささや)くような声だったためだ。下手に声をかけるほうがおそらく危ない。

「差し足っ」

 再びトゥアールが呟きながら、ともに一歩進む。なぜか、とてつもなく嫌な予感がした。

「千鳥足ぃ~~~~~きゅわっ――!?」

 さっきまで気遣いはなんだったんだと言いたくなる声量と、言葉通り酔っ払いのようなたどたどしい歩き方で、トゥアールはその嫌な予感に即座に応えた。瞬時に愛香が彼女の首に腕を回し、締めたことで、すぐに収まったが。片腕を相手の首に回し、もう片方の腕でその腕を固定して相手を失神させる、スリーパーホールドの名は伊達ではない。締め落とすスリーパーホールドというより、喉を潰すチョークスリーパーに見えるのは、きっと気のせいだ。

「あら、総ちゃんー?」

「っ!」

 聞こえてきた母の声に、一瞬飛び上がりそうになるが、落ち着け、と自分に言い聞かせる。

「ああ、ただいま、母さん!」

「おばさん、愛香ですっ、おじゃまします!」

「は~い」

 わざとらしかったかもしれないと思いつつも、いつもののんきそうな調子で返ってきた声にホッと胸をなでおろし、愛香と頷き合う。総二は台所へ向かい、彼女たちは先に総二の部屋へ行ってもらう。ここで下手にホールドを解くと、トゥアールの声に気づかれてしまうかもしれないからだ。

 トゥアールを締め落としたまま、愛香はズリズリと彼女を引っ張っていく。トゥアールの耐久力なら、おそらく大丈夫だ。グッタリして白目を剝いているが、きっと大丈夫だと信じている。

 とりあえず、母の注意を逸らす意味も兼ねて、紅茶でも()れに行く。

 台所に入ると、母は夕飯の支度をしていた。さっきもしたが、改めて挨拶をする。

「た、ただいま、母さん」

「おかえりなさい、総ちゃん。あら?」

「っ、ど、どうした、母さん?」

 ふりむいて総二の顔を見たところで、母がなにかに気づいたような声を上げた。トゥアールという知らない女の子を連れてきたことによる、説明しづらい後ろめたさもあって、胸がドキッとする。

 母は、まじまじと総二の顔を覗きこみ、少しして優しく微笑んだ。

「悩みは解決した?」

「え?」

「なんだか、スッキリした顔してるから」

「そう、かな?」

「ええ。母さんには、そう見えるわ」

 母の顔は、どこか安心したように見えた。ずっと心配をかけていたのだ。そう思うと、すべてを話してしまいたくなった。

 しかし、関係のない母を巻きこみたくなかった。視線を逸らし、どうにかごまかすことを試みる。

「まあ、一応。その、なんていうか、俺にとって愛香は、ほんとうに大切な()なんだって思っ」

 そこまで言ったところで、ふと気づいた。自分は、かなり恥ずかしいことを口走っていないだろうか。ごまかしとはいえ紛れもない本心であり、そもそも言葉の内容を思い返すと、ノロケに聞こえる気もする。そう考えると、顔が熱くなった。

 ゆっくりと、母の顔を見る。自分の顔は、熱くなりながらも少し引きつっているような気がした。

 思った通り母の顔は、ニンマリとでも聞こえてきそうな、とても楽しそうな笑顔だった。

「あらあら、うふふ」

「あー、えーと、いまのは」

「アラアラウフフ、略してアラフ」

「それ略する意味あるか!? じゃなくて、いまのは」

「はいはい、アラフアラフ」

「いや、だから、いまのは違っ、いや違わないけど、違くって!」

 さっきとは違うごまかしを試みるが、母の笑顔が崩れることは、なかった。

 

 母にからかわれながらも紅茶を淹れ、部屋にむかう。三人分淹れては怪しまれるため、愛香とトゥアールの二人分だ。

 部屋に入ると、すでにトゥアールは息を吹き返していた。なぜか、ソワソワソワソワと口に出している。気にはなったが、とりあえずいまは置いておく。

 それぞれが床に座ったところで愛香が、呆れとも感心ともつかない様子でトゥアールに話しかけた。

「それにしても、あんた、ほんとにタフね」

「フッ、あいにくですが、頭脳とスタイルと頑丈さと体力には自信がありましてね。これから総二様と三日三晩ぶっ続けでヤっても」

 なにやらノリノリで話していたが、愛香が手刀を作ったところで、トゥアールの言葉がピタリと止まった。心なし、顔が引きつってるように見える。

 なにから話すべきだろうか。

「とりあえず、先にトゥアールのことを教えてもらってもいいか?」

「待ってましたあ! どーぞ隅々までげふぇ~~~っ!?」

 華麗に白衣を脱ぎすて、喜色満面の(てい)で言うトゥアールの顔面に愛香が強烈なチョップを叩きこむと、彼女は奇妙な悲鳴を上げてのたうち回った。愛香の背後に、血走った眼をした剣道着姿の何者かが見えたのは、気のせいだろう。

 少しして落ち着いたトゥアールが、顔を押さえながら口を開いた。

「と、とりあえず、お二人もご存じの通り、私は異世界の人間です」

「うん」

「まったく違う世界っていうより、平行世界みたいなもの、ってことでいいんだよな、トゥアール?」

「はい、その通りです。技術力の違いなどはありますが、それ以外についてはさほど違いはありません。名称こそ違いますが、この世界で言えば私は日本人になります」

『えっ』

 トゥアールの言葉を聞き、愛香と言葉が重なった。

 日本人。さほど違いはない。こう言ってはなんだが、ところどころで感じていた会話の噛み合わなさは、国、ひいては世界の壁だと思っていたのだ。それを、同じ日本人で、なおかつさほど違いはないと言われても、逆に想像がつかなかった。

「納得していただいたところで、話を続けましょう」

「あ、うん」

「そ、そうね」

 微妙に納得はしていないのだが、いまは話を進めることにしよう、と自分に言い聞かせる。

 まずは、お互いの情報をすり合わせることにした。

 総二たちの知っていることは、アルティメギルからもたらされたものだ。あまり考えたくはないが、アルティメギルにとって都合のいい情報を渡されていることも考えられる。逆に、トゥアールの知っていることが絶対に正しいとも言い切れないが、参考にはなるだろう。

 情報のすり合わせとともに、トゥアールの実体験から知らされた話は、アルティメギルの恐ろしさを再確認するには充分なものだった。

 傍から見れば、なにひとつ変わっていない、しかし、そこはどこか無機質で、覇気のない人間しかいない寂しい世界だと、前に総二と愛香が危惧していた通りのことを、そして、世界をそんなふうにした一因を担ったのは自分なのだとも、トゥアールは淡々と語った。

 もしも自分たちがドラグギルディに負けていたら、いや、トゥアールが来てくれなかったら、間違いなくこの世界もそうなっていただろう。そう考えるとともに、ドラグギルディと戦う前の、戦い続けた動機を愛香が吐露(とろ)した時のことを思い出し、総二の背中が冷たくなった。そうなっていたら、愛香はそのことを気に病みながら生きていくことになっていたかもしれない。

 自分がやったことが原因で世界が滅びてしまったなど、耐えきれるものではないだろう。たとえ、愛香のせいじゃないと言ったとしても、彼女は自身を許せなかっただろうと思う。

 それを、トゥアールは救ってくれたのだ。

「改めて礼を言わせてくれ。ありがとう、トゥアール」

「えっ?」

「トゥアールの世界が滅びてるのに、こんなことを言うのは不謹慎かもしれない。それでも言わせてくれ。来てくれてありがとう、トゥアール」

「総二様――」

「あたしからも、ありがと、トゥアール」

「愛香さん」

 愛香はやはり複雑そうな顔をしていたが、その言葉には、心からの感謝があったように思えた。

 トゥアールは顔をかすかに赤くすると、明るく声を上げた。

「い、いえいえ。ほら、言ったじゃないですか。お二人が、私の世界の仇を討ってくれたんですから」

「俺たちだって言っただろ。それだって、トゥアールが作ってくれたテイルギアのおかげだよ」

「いえ、二つのテイルギアであっても、ドラグギルディに勝てるかどうかは賭けでした。その勝利を引き寄せたのは、お二人の力です」

「お互いさまってことでいいでしょ。アルティメギルから渡されてたギアじゃ、それこそ勝ち目ゼロだったんだから。素直に受け取りなさいよ」

「――――ありがとう、ございます」

 どこか陰はあるが、トゥアールは嬉しそうな笑顔で言葉を返した。

 

 話を続ける。さっきの照れ隠しなのか、時々トゥアールが痴女的、変態(ロリコン)的に脱線することがあったが、話を続けた。

 属性力(エレメーラ)のこと。テイルギアの技術は、もともとアルティメギルから意図的に流出させられたものであるということ。そして、できれば嘘であってほしかった、トゥアールのロリコン趣味によるいろいろもわかった。わかってしまった。

 とにかく、情報を照合してみたが、お互いの情報にほとんど違いはなかった。

 ただ、すべてが一緒だったわけではない。属性玉(エレメーラオーブ)のことだ。

「違う、ってなにが違うんだ、トゥアール?」

「正確に言いますと、なにも使い道がない、というのが違います」

「つまり、テイルギアにそれを使う機能があるってこと?」

「その通りです、愛香さん。詳しくはあとで説明させていただきますが、属性玉(エレメーラオーブ)を使用することで、お二人のテイルギアは様々な特殊能力を発現させることができます。もっとも、総二様の使っているテイルギアを製造した際に作った機能なので、私は実際に使用したことはないのですが」

「そうか」

 トゥアールの言葉を聞きながら総二は、彼女から迷いのようなものを感じた。すごい発明だと思うのだが、それを誇るわけでもなく、なにかを気にしているように思える。そして総二自身も、なにか引っかかるものがあった。

 愛香が、ため息を吐いた。

「トゥアール。さっきも言ったけど、変に気を遣うんじゃないわよ」

「っ」

「愛香?」

 愛香の言葉に眼を見開いたトゥアールを横目に、どういう意味なんだ、という意をこめて総二は愛香に呼びかける。

 愛香は頷くと、神妙な様子で口を開いた。

属性玉(エレメーラオーブ)ってどういうものだっけ、そーじ?」

「どういうものって、エレメリアンたちの」

 そこまで言って気づく。属性玉(エレメーラオーブ)とは、彼らが斃されたあとに残る、エレメリアンたちの(コア)。それはつまり。

「遺された属性玉(エレメーラオーブ)とは、言ってしまえばエレメリアンの亡骸(なきがら)です。愛香さんのギアには属性玉(エレメーラオーブ)の自動回収機能がありますが、それはおそらく、自分たちを斃した相手に弔ってもらいたい、いえ、そこまでではなくとも、それを見た時だけでも自分たちのことを思い出して欲しいという、せめてもの願いなのかもしれません」

『――――?』

 なにか、違和感があった。愛香も同じなのか、どこか訝し気な表情を浮かべていた。

 しかしトゥアールの話の腰を折るのも申しわけないので、いったん彼女の話に集中する。彼女は(かぶり)を振り、そのまま言葉を続けた。

「人間で言えば、人の死体を利用するようなものです。やつらを斃すためなら、どんなことだってする。そう思っていたんです」

 感情を見せずに話すトゥアールに、総二はなにも言えなかった。自分の世界を滅ぼされたのだ。復讐を考えても仕方ないと思う。そしてそれが正しいと、トゥアールも信じていた。いや、それしか考えられなかったのかもしれない。その思いに迷いを生じさせたのは、おそらく自分たちなのだろう、と総二は思った。

 総二たちがドラグギルディと仲良くなってしまったのを見て、エレメリアンも人間と変わらない生命(いのち)なのだと、考えてしまったのではないか。彼らを、ただの仇だと思えなくなってしまったのではないか。そんなふうに思う。

 なにかを考えていたらしき愛香が、顔を上げた。

「トゥアール。その機能だけど、あたしは思いっきり使うわよ」

「えっ?」

 愛香がそう言うと、トゥアールはあっけに取られたように呟いた。総二は、特に驚かなかった。愛香ならそう言うのではないかと、なんとなく思ったのだ。

 愛香はトゥアールに、力強く言葉を続ける。

「あたしたちは絶対に負けられない。だからあたしは、使えるものはなんでも使うし、どんな手だって使うわ。それで誰かにどう思われようと知ったこっちゃない。あたしは、そう決めたんだから」

「愛香さん――」

「だいたいね、あいつらは侵略者なんだから、変な遠慮とかして侵略を許しました、とかその方がダメでしょ。やるからには徹底的にやらないと」

 毅然とした態度で愛香が言った。過激と取られそうな言葉ではあるが、アルティメギルの規模を考えれば間違っていないだろう。

 ちょっとだけ愛香の顔が赤くなったように見えた。少し恥ずかしさを感じたのかもしれない。

「そーじは、どうなの?」

 恥ずかしさをごまかすように、愛香が総二の方に顔をむけて訊いてくる。本心で答えなければならない、と総二は思った。

 愛香とトゥアール、それぞれと見つめ合ったあと、静かに言葉を紡ぐ。

「俺は、なるべくなら使いたくない」

「そーじっ」

「いえ、愛香さん。総二様がそうおっしゃられるのも仕方ありません。ドラグギルディは」

「いや、勘違いしないでくれ、二人とも」

「え?」

「――――あー、そういうこと?」

 総二が続けた言葉に、トゥアールはまたもあっけに取られたように声を漏らし、(とが)めるように声を上げかけた愛香は、呆れながらも納得したように言った。

 愛香に頷くと、トゥアールにむかって言葉を続ける。

「俺は、ツインテールの戦士だ。だから、できることならツインテール属性ひと筋で行きたい」

 愛香から聞いた話では、エレメリアンたちはツインテールを求めながらも、それ以外の属性も欲しがっていたという。そんな中、ドラグギルディだけは、純粋にツインテールのみを愛していた。自分もそれに負けたくないと、総二は思うのだ。

「その機能を使わなきゃいけない時も、きっと来ると思う。だけど、いや、だからこそ、ほんとうに必要になる時までその機能は使いたくないんだ。わがままだってことはわかってるけど、これが俺の気持ちだ」

「総二様」

「だけどトゥアール。俺は、その機能を否定する気はないんだ。それだけはわかって欲しい」

 トゥアールの努力を、想いを否定する気はないのだと、ツインテールを愛する者としての思いがあるのだと、そのことをはっきりと伝える。

 それに、勝手な言い分かもしれないがそうやって使うことに、いや、力を貸すことを、エレメリアンたちは拒否しないのではないだろうか。総二が直接知っているエレメリアンは、リザドギルディとドラグギルディしかいないが、どちらも満足して斃れたように思える。そんな彼らなら、自分たちに力を貸すことをためらわないのではないかと、そんなふうに思うのだ。

 それは、総二がそう思いたいだけかもしれない。それでも、そう信じたかった。

 愛香が、ため息を吐いて苦笑した。

「ほんっと、ツインテール馬鹿なんだから」

「悪いな、愛香」

「まあ、そーじらしいけどね」

「そう、ですね。ですが、テイルギアは精神力と属性力(エレメーラ)が強まるほど強化されます。総二様はその方が強くなるかもしれません。嫌々とやっても、やる気なんて出ませんからね」

 気を取り直したトゥアールも、苦笑しながら愛香の言葉に同意し、自身の見解を述べた。

 その言葉に、総二は笑みを浮かべた。

「なら、問題はないな」

「っていっても、必要になったら使いなさいよ?」

「ああ、わかってる」

「ほんとかしら」

 愛香の言葉に頷くが、彼女は訝し気に呟いた。確かに総二自身、実際に使う決意ができるかは疑問だが、いまはそう言うしかない。

「ではいよいよ、テイルギアの性能を公開するとしましょうか」

 さっきの暗さを吹き飛ばすように、トゥアールはもったいぶった調子で言うと、ポケットから紙切れのような物を取り出した。それを広げると、折り目も消えて巨大な液晶端末となり、画面中央にテイルレッドの全身図が表示されて各部名称と説明書きが表れる。

 その画面を、トゥアールが指差し指差し説明をはじめた。

 ツインテール属性を核とし、装着者の属性力(エレメーラ)と共鳴することで生成される、対エレメリアン用強化武装、テイルギア。地上のみならず、深海、宇宙でも同等の動きが可能。変身から装着完了まではわずか0.01秒であり、その間ですら(まゆ)状に展開されるフォトンコクーンによって守られている。

 首を覆うパーツ、フォトンサークル。認識攪乱の力である、イマジンチャフを展開している。視覚、聴覚を強化する要となっており、二十キロメートル離れたところを視認し、聞き取ることも可能となる。

 装着者の属性力(エレメーラ)の高まりに応え、武装を生成する髪飾り型デバイス、フォースリヴォン。

 テイルギアを構成し、全身を覆う極軟性金属、フォトンヴェイル。ダイヤモンドの八十倍の硬度を持ちながら、衣服と変わらない軽さと動きやすさを実現。装着者の服を分解、吸収しており、変身と解除をスムーズに行うことができる。

 手首から指先まで覆う、スピリティカフィンガー。握力を数百倍に強化し、パンチ力は百トン以上。

 膝下から足首までを覆う、スピリティカレッグ。脚力を数百倍に強化し、百五十トン以上のキック力となる。

 変身ツールであるとともに、変身後はテイルギアの出力安定装置として稼働する、テイルブレス。基地のメインコンピューターとも連動しており、稼働状況を0.001秒のズレもなく転送する。

 腰に展開する、属性力(エレメーラ)増幅装置、エクセリオンブースト。具現化した武装と連動し、力を供給するとともに、完全開放(ブレイクレリーズ)による力の反動で装着者が傷つかないように、逆流を防ぐ。

 エクセリオンショウツ。

 精神エネルギーの防護膜、フォトンアブソーバー。九十トンの物理衝撃をも防ぎ、宇宙空間での戦闘の際は、放射線を完全に遮断する。

「そして、先ほど話した例の機能、属性玉変換機構(エレメリーション)! 左腕に取り付けられた、属性玉(エレメーラオーブ)の力を引き出す特殊装置です! どうです、この超性能っ!!」

「なっげえわあああああーーーーーっ!!」

破裏拳(はりけーーーーーーん)!?」

 話しているうちにどんどん興が乗ってきたのか、最後はノリッノリであった。聞いているうちにイライラしてきたらしき愛香が、ドヤ顔で説明を締めくくったトゥアールへ拳を叩きこむと、彼女はよくわからない悲鳴とともに床にくずおれた。

「どれもこれもアホすぎるけど、なによこのフォースリヴォンって! なんでウに点々してんのよ、イラッとする!」

「なに言ってるんですか!」

 声を荒らげる愛香の言葉に、即座に復活して立ち上がったトゥアールが反論する。

「年頃の男の子はウに点々が大好物なんです! しょせん男を知らないメンヘラ愛香さんには理解できないでしょうけど!」

「なっなななによそれっ。じゃ、じゃああんたは、そんなにたくさん経験あるって言うの!?」

「失礼な。愛香さんみたいなビッチと一緒にしないでください」

 処女に決まってるじゃないですか、といきなり真顔になったトゥアールの言葉を聞いた愛香は、瞬時に彼女の背後に回って背中合わせとなると、その状態で背を少し屈めて後ろに手を回し、トゥアールの腹の前あたりで手を組む(クラッチ)。強靭な足腰で立ち上がりつつ前方に躰を曲げて、背負うかたちとなった彼女の脳天を床に叩きつけた。鋼鉄の不沈艦と異名されるほどタフな相手でも沈めてしまいそうな、総二が見たこともない投げ技によって、トゥアールは悲鳴すら上げられずに(マット)に沈んだ。

「ビッチじゃないわよっ。そーじのために、ずっと大切にしてるんだから」

 愛香とトゥアールのやり取りに冷や汗をかいていたところで、ボソッと呟かれた言葉が耳に届き、顔が熱くなるとともになんとも言えない嬉しさが湧き上がった。しかし同時に、気恥ずかしさも感じてしまう。

「それにしても、ほんとうにすごいな」

 総二は、恥ずかしさをごまかすように呟いてトゥアールが落としたマニュアルを拾い上げると、テイルギアのスペックデータを改めて読み直す。パンチ力百トンなんて、ビルがふっ飛ぶんじゃないだろうか。

 ツインテール馬鹿とはいえ、総二もまた男の子。強いものに憧れる、そんな年頃なのだ。トゥアールの言う、ウに点々云々(うんぬん)というのはともかく、これだけとんでもないスペックが羅列されているのを見ると、不思議と口元が緩んでしまう。

 なぜ宇宙空間での使用を想定しているのかは謎だが、それもまたテイルギアのとてつもなさを物語っていると言えた。

 だが、これだけの性能でありながら、ドラグギルディに対しては紙一重の闘いになった。おそらく、リザドギルディなどの一般エレメリアンなら軽く蹴散(けち)らせるのだろうが、ドラグギルディのような幹部、上級エレメリアンには、確実に勝てるとは言い切れないのではないだろうか。そして、アルティメギルがこの世界の侵略をあきらめないようなら、そんな相手がまた来ることも充分考えられるだろう、と総二は思った。

 読み進めるなか、気になる項目がひとつあった。先ほどのトゥアールによる説明の時も気になったところだ。そのトゥアールの方に眼をむけると、彼女は頭を振って起き上がったところだった。

 さっきの一撃はさすがに効いたらしい、と思いつつ問いかける。

「トゥアール、この空欄はなんだ。エクセリオンショウツ。ちょうど、その、パンツの」

「ああ、そこは、その、戦いが長引いておトイレに行きたくなっても、すばやく吸収し、分子分解して大気に拡散してくれる機能が」

 あるんですが、中二っぽさを台無しにしてしまうので、記載をためらってしまって、というためらいがちなトゥアールの言葉に、訊くんじゃなかったと総二は後悔した。

 とりあえず、いまのは聞かなかったことにして、ふと思い浮かんだことを口にする。

「そういえば、トゥアールはいままでどれだけの世界を渡って来たんだ?」

「いくつも、としか言えませんね。そのテイルギアを託せるだけのツインテール属性の持ち主、最低でもかつての私以上の属性力(エレメーラ)を持つ人を求めていましたが、総二様以外にはいませんでした」

「愛香は?」

「愛香さんは確かにこの世界では第二位ですが、かつての私には及びません。もっとも、戦闘センスに関しては私をぶっちぎってますので、まったく心配いりませんけど」

「そうか」

「そうなの?」

「ええ。実を言うと、そんな二人を見つけられたらなー、と思ってたので、ほんとうにラッキーでした。もう少し遅かったら完璧に詰んでましたね」

 二度と見つかる気がしません、と話すトゥアールの言葉に、ほんとうにギリギリのタイミングだったのだ、と再び背中がゾッとする。

「そういえばさ、トゥアール」

「なんでしょう、愛香さん」

「あたしたちがドラグギルディから渡されてた道具だけど、一応調べてもらってもいい?」

「あっ、確かにそうだな」

 情報と同様、これもあまり考えたくないことだが、アルティメギル製の道具である以上、なにか細工されている可能性はある。念のため調べてもらって、というより、最初にこれを提案しておくべきだったかもしれない。

「わかりました。渡してもらっていいですか?」

「うん」

 愛香が返事をして、トゥアールに道具を渡す。すぐに済むと思います、と言うと、彼女はそれらをひとつずつ起動させ、あちらこちらをいじる。流れるように、手が動いていた。

「問題ないですね」

『はやっ!?』

 大して時間をかけずに言われたその言葉に、総二と愛香の言葉が重なる。そんなに簡単でいいのか、と問いかけると、そもそもそこまでの技術を使っていないようですので、との言葉が返ってきた。

「おそらく、その程度のものを渡してきたのでしょう。万が一、私みたいな別世界の住人に渡って技術を解析されてもいいように」

「なるほど」

「ただ転送装置に関しては、移動距離、精度ともにかなりのものです。地球全土のどこにエレメリアンが現れてもいいように、ということでしょう。解析して役立たせていただきます」

「わかった」

 すでに相槌しか打てない。仕方ないとは思う。

「トゥアール。あたしが使ってたギアは?」

「ボロボロですが、問題はありません。ですが、たとえ修理したとしても、性能の面で今後役立つものではないと思います」

「そっか。まあ、仕方ないわね」

 愛香は少し寂しそうに見えたが、すぐに気持ちを切り替えたようだった。その切り替えの早さに、総二の方が気になってしまう。

「愛香、いいのか?」

「いいのよ。ドラグギルディにはそれこそ全然歯が立たなかったし、リザドギルディとかにも苦戦してたくらいだったんだから。これから先、もっと強いエレメリアンが出てくるとしたら、テイルギアじゃないと」

「そう、だな」

 なにも思っていないわけではないのだろう。ただ、それ以上に優先することがある。負けられない理由が、そこにあるのだ。

「とりあえず、修理はしておきます。なにかいい使い道が思いついたら、使わせてもらってもいいでしょうか、愛香さん?」

「うん。これから先の戦いが少しでも楽になるんだったら、好きなようにやっちゃって」

「ありがとうございます。あとは、そうですね。変身の時のかけ声でも決めましょうか」

『は?』

「せっかく戦隊ヒーローっぽくなってるわけですし、テンションを上げるためにもそういう要素は突き詰めていかないと」

「なるほど」

「いや、なるほどじゃないわよ。だいたい人前で変身するわけじゃないし、わざわざそんなもの決める必要ないでしょ」

「そんなことはありません。言ってみれば、これは儀式です。これから戦うんだ、というスイッチを入れることで、戦うための『変身』を心もするんです」

「参考までに聞きたいんだけど、トゥアールは変身する時、なんて言ってたんだ?」

「私は、特になにも言ってませんでした」

『オイ』

 さっきの言葉はなんだったんだ、と二人でツッコむが、一理あることには違いないので一応決めることにした。

 それにしても、トゥアールはなんだかとても楽しそうに見える。はじめて友だちができてはしゃいでいるような、そんな印象をなぜか受けた。

 そこまで考えたところで、不思議とさっきの言葉が気にかかった。明るく言われたが、どこか寂しそうな声に思えたのは総二の気のせいだろうか。

「かけ声、って言ってもねー」

 そこに、特に考えるそぶりを見せずに発せられた愛香の声に、いったん思考を切り上げる。

「『変身』、でいいんじゃない?」

「某仮面のヒーローのような感じならそれでいいかもしれませんが、戦隊なんですからっ。ここはひとつ、『ツインテイルズ』って感じがバッチリ出るかけ声を!」

「プロデューサーかなんかか、あんたは!」

「そういえばさ、テイルギアの『テイル』って、やっぱり『ツインテール』から取ってるのか?」

「それもありますが、空想を意味する『テイル』からも取っています。人の精神(こころ)から形作られる、人の精神(こころ)を守る最強の武装たれ、と願いをこめて」

「なるほど」

 トゥアールの回答に頷く。あまり凝り過ぎても仕方ないとは思う。

 ふっと思い浮かぶものがあった。

「じゃあ、『テイルオン』とかどうだ?」

「んー、まあ、いいんじゃない?」

「いいセンスです」

「あ、ありがとう」

 愛香は特に反論することなく、トゥアールはなぜかニヒルな感じで称賛してきた。なんとなく気恥ずかしくなり、総二が口ごもりながら礼を言うと、トゥアールが時計に視線をむける。

「今日はこんなところですね。テイルギアの詳しい説明や今後の方針などは明日以降にして、今日は休みましょう」

「そうだな」

「そうね」

 もう少し聞きたいこともあるが、今日はさすがに疲れたため、その意見に二人で賛成する。少し眠れはしたが、完全には疲れは取れていなかったようだ。愛香はまだ余裕があるように見えたが、ひょっとしたら総二に気を遣ってくれたのかもしれない。

「それでですね、総二様」

「ん?」

 なにやらモジモジとしながら、トゥアールがどこか言いづらそうに口を開いた。総二は首を(かし)げて続きを促した。

「戦いをバックアップしていくためにも、なるべく一緒に行動させて欲しいんです。できれば寝食も。特に、(しん)

 トゥアールの言葉が、そこで止まった。愛香が、血走った眼ですさまじい気を放っているように感じるが、多分気のせいだ。

「えっと、ウチに泊まるのか?」

「はい。寝床になれば充分ですので、お部屋をひとつ貸していただけませんか?」

 愛香の方を総二がチラッと見ると、彼女はやはり複雑そうな顔をしていた。

「おまえごときに貸す部屋などないわ~~、このド下等が~~、とおっしゃられるのでしたら、トイレでもいいですからっ」

 むしろその方が困るだろうと、なぜかハアハアと息を荒らげるトゥアールを見て正体不明の悪寒を感じながら、総二は思った。というか、なんだド下等って。

「いや、部屋自体は余ってるから別にいいけどさ、愛香の家じゃだめなのかって思ってさ。女の子同士の方が、なにかと都合がいいんじゃないか?」

 総二の家は、総二と母の二人暮らしのため、部屋は余っているが、愛香の家も両親が海外赴任中のため、愛香と恋香の二人暮らしになっている。愛香と恋香さえよければ、そちらの方がいいのではないかと思うのだが。

「男と女の方が――、もとい、いろいろ事情があるんです。なにより、基地の建設も急務です」

『基地て』

 返された単語に、またも愛香と言葉が重なった。トゥアールが言葉を続ける。

「家の地下に掘らせていただきたくて、地盤的にもここが適切なんです」

「地下に空間、って地震とか来た時大丈夫か!?」

「あたしの家、隣なんだけど。ウチもろとも沈まないでしょうね?」

「愛香さんがひとり暮らしなら爆破沈降させるのもやぶさかではありませんが、ご家族もいらっしゃいますので、そこは気をつけます」

「埋まれよ。なあ、埋まれよ」

 怒りの表情を浮かべた愛香が、ドスの効いた声でトゥアールの頭を床に押しつける。会って半日ほどしか経ってないというのに、すでにお互いの態度には遠慮というものが感じられなかった。総二の気のせいかもしれないが、なんとなく二人は楽しそうにも見える。いや、言うこともやることも過激ではあるのだが、ただ相手を害しようというような、悪意らしきものが二人から感じられないのだ。それが気のせいだとしても、息はやたらと合ってきている。

 トゥアールも、愛香も、ひとりで戦ってきた。それによる不思議な共感(シンパシー)のようなものが、二人の間にあるのかもしれないと、なんとなくそう思った。そこに、少しだけ疎外感のようなものを感じなくもないが、腐るつもりはない。愛香を守るのは自分だと、トゥアールの思いも一緒に背負って戦うのだと、総二は決めたのだ。

 思考を切り替え、トゥアールを家に住まわせる、ということを考える。母は、決める時は決める人ではあるのだが、基本的にノリで生きる性格であり、基地だのなんだのと聞けば、おそらくノリノリで承諾するだろう。

 だがやはり、できることなら巻きこみたくなかった。

「とりあえず母さんを説得するから、同居のうまい理由を考えてくれないか、トゥアール。テイルギアとかアルティメギル絡みの諸々がバレないように」

「お任せください。そういう嘘ならいくらでもっ。虚無の思考時間(シークタイム=ゼロ)のトゥアールとは私のことです!」

「乳を揺らすな」

 トゥアールが躰を少し跳ねさせて胸を弾ませ、それを見た愛香が眼つきを鋭くしてその口から低い声を漏らす。

 悪意は感じられない。トゥアールからは煽りのようなものを、愛香からは怨念めいた暗い呪詛のような念を感じなくもないが、悪意は感じないのだ。多分。

 なにか怪しいルビを振られた言葉が出てきた気もするが、とりあえず先を促す。

「えーっと、それで、なにか浮かんだか?」

「ええ、こういうのはどうですか。私は外国から留学してきた同級生で」

「なるほど、ホームステイか」

「いえ、見知らぬ土地で不安を抱える私を総二様が騙して拉致監禁! これなら、必死に逃げようとするために地下に穴を掘っても、無理がありません!」

「ありすぎるわあああああああああああ!!」

「げへがあああああああ~~~~~~っ!?」

 その大きな胸を張って言うトゥアールに、岩すらへこませそうな正拳突きを愛香が叩きこんだ。足がもげそうなローキックを続けてかましそうな気もしたが、愛香はそこまではせずにため息を吐いて、頭を抱えた。

 総二もため息を吐き、愛香に告げる。

「俺、ひとりで説得してくるわ」

「うん――。そうして」

 絶世の美少女が、眼を逸らしたくなるような酷い悶え方をしている。言動も含めていろいろと残念な気持ちになりながら、総二はドアノブに手をかけた。

 どう説明するか、と悩むが、ホームステイが最も無難だろうと総二は思う。

 母に嘘を吐くのは、抵抗があった。苦労人ではないかもしれないが、総二を女手ひとつで育ててくれた、大切な家族なのだ。

 それでも、巻きこみたくないのだ。うまく説明しなければ、と考えながら扉を開けた。

 

 総二が廊下に出ると、不敵な笑みを浮かべて腕組みをした母が、壁にもたれかかっていた。

 予想していなかった状況に、総二の頭が混乱する。

「話は聞かせてもらったわ」

「――――聞いてんじゃねえええええええええええ!!」

「あらら」

 母からかけられた言葉に総二は一瞬硬直したあと、彼女の肩に手を置き、盛大に叫びを上げた。母は特に動じず、いつも通りののんきな声を返してくる。

 息子のプライベートをなんだと思ってんだ、と訊くと、愛香ちゃん以外の女の子を連れてきたから、オモシロ展開になると思ってと返され、こっそり帰ってこれたと考えたのが間違いだったか、と総二は頭を抱えてうつむいた。

「とうとう、この日が来てしまったのね」

「っ!?」

 耳に届いた母の静かな言葉に、総二はハッと顔を上げる。母は天井を見つめ、ふうっと息を吐いたあと、普段見ることのない真剣な表情を作った。

 なぜ、こんな顔をするのだ。なぜこんなに冷静なのだ。

 ふっと頭に、ひとつのことが思い浮かんだ。いや、それしか考えられない。

「まさか、母さんは知ってたのか? 俺が、テイルギアの装着者として選ばれるって」

「ううん。全然知らないけど?」

「さっきのセリフなんだったんだよおおおおおおおお!」

 再び頭を抱える総二に母は、先ほどトゥアールとの会話で出てきた属性力(エレメーラ)やエレメリアンのこと、テイルギアのことなどをバッチリ聞いていたことを語った。理解力とんでもねえ、と総二の頭痛がどんどん進行する。

「夢、だったのよ」

「は?」

 再び母の顔を見ると、いまにも涎を垂れ流しそうな恍惚とした表情を浮かべていた。

「母さんはね、中二病をこじらせたまま大人になった人間なの。世界を守るヒロインになる夢は果たせなかったけど、その夢はすべてヘソの緒を通してあなたに託したから」

「生まれる前の我が子になんてこと!」

「そして、死んだ父さんもまた――」

 あまりにもヒドイ話に総二は叫びを上げるが、母は聞いた様子がない。いや、多分止める気がないだけだ。

 まあ、ほんとうにテイルレッド(ヒロイン)になったけど。そんなことを考えながらため息を吐いて、なにやら溜めを作っている母に、一応聞き返す。

「また?」

「――――末期の中二病患者だったのよっ」

「溜めて言うことか!? っていうか父さんもだったのかよ!?」

「私たちはすぐに恋に落ちたわ。思うさま自分たちの中二をぶつけ合い、求めあった」

 中二をぶつけ合うってなんなんだ。そう思った直後に母は、それを説明するかのように語りはじめた。

 父さんはヒーローに強い憧れを持っていた人で、自分がヒーローになった時の設定や、パワーアップする時のシチュエーションがどうとかまで語ったというその回想に、総二は遺影を叩き割りたくなる衝動に襲われた。あるいは位牌から蘇らせてぶん殴りたい、などと意味不明なことまで頭に浮かんでくる。

 しかし母が最も望んだシチュエーションは、敵対した組織の少年とわかり合って恋に落ちる展開であり、そのために正反対のシチュエーションを夢見ていた父さんと反発し合い、別れようとする話にも何度かなったらしい。

 ヒドイ、としか感想が出てこなかった。唐突に相席を申し入れて痴女のようにふるまったあげく、無理やり幼女に変身する腕輪をつけてくるロリコンの人の方がまだマシに思えてくるのが、ヒドすぎる。いや、こう考えるとあっちも大概だが、いろいろと助かったからいいのだ。

 よりによって、なんでそんな理由で喧嘩別れする寸前にまでなってるんだ、と頭と胃が痛くなり、気が遠くなった。愛香とはそんなふうにならないよう、ツインテールに対しての節度は守ろう、と薄れていく意識の中で思う。彼女と別れたら本気で絶望する、と続けて思ったところで、そもそもまだ付き合ってないだろ、という声が聞こえた気がした。

「大学三年の冬にね」

「うん?」

 視界が真っ暗になる寸前で、どこか切なげな響きを持った母の声に意識を取り戻す。

「それじゃあ、仲間内でいがみ合っていた男女が惹かれ合ったという設定にしましょう、と母さんが断腸の思いで譲歩しても、水着っぽいプロテクター着用の女敵幹部との禁断の恋しかありえない、って父さんは頑として譲らなかったわ」

「うわあ」

 なんだかもう、いろいろといっぱいいっぱいの話に、総二はそう返すことしかできない。母はやはり気にした様子もなく、言葉を続ける。

「私たちの関係も、もうここまで。ついにそんなあきらめを抱いた、そのころだったわ。――――総ちゃん、あなたが母さんのお腹にいるってわかったのは」

「うぁぁぁぁぁーーっ」

 躰から魂が抜けていく感覚を味わう。ヒドイ妄想で付き合い続け、そのうえ、デキちゃった結婚。やり場のない気持ちが、総二の心を支配した。

「それから二人は、それまでが嘘のように仲睦まじく、ね。子は(かすがい)とはよく言ったものね」

「あー、そーですか」

 微笑んで言う母に、総二は投げやりに返す。仲睦まじくなったのは結構なことだが、思春期の少年がこんな話を聞かされたら、やさぐれても仕方ないと思う。

「もうひとつ、大事な話があるの」

「え?」

「総ちゃん。長男なのに、どうしてあなたの名前には『二』って文字があると思う?」

「っ!」

 深い悲しみを湛えるようなその瞳に、その言葉に、総二はハッとさせられる。

 総二も、いままでにそのことを何度か考えたことはあった。そして出てくる結論に、訊いたら悲しませてしまうのではないかと思い、いままで訊くことができなかったのだ。

 改めて母の顔を見る。彼女の顔には、強い決意があるように見えた。

 逃げてはいけない。総二も、意を決した。

「やっぱり俺には、生まれてくるはずの兄さんか姉さんがいたんだな、母さん」

「え、違うけど?」

「――――え?」

 キョトン、と軽く返された母の言葉に眼を(しばたた)かせて、総二は思わず間の抜けた声を漏らした。

「あ~、ホントの中二のころが一番楽しかったな~、って父さんと母さん共通の想いが、あなたの名前に『二』がある理由」

「聞かせんでいいわ、そんなオモシロ出生秘話! こんなん聞かされたら普通はグレるぞ!? っていうかグレるからな!?」

「ほんとうはもっとかっこいいものにしたかったのよ。命天男(めてお)とか有帝滅人(あるてぃめっと)とか。これも妥協案で、共通の好きな文字を選んだんだけど」

「すんません、総二でいいです」

 マットを焦がさんばかりの胸の炎が、一気に沈静化した。痛々しい名前を付けられなかっただけマシだ、と自分に言い聞かせる。総二という名前自体はまともなのだから。愛香に、そーじと呼ばれるのも気に入っているし。

 しかし、このオモシロ出生秘話、封印すべきだと僕は思う。

 どこからか聞こえてきたその謎の声に、心から賛同する。なんか顔が銀色に輝いている人が見えたが、きっと気のせいだ。

 それにしても、自分の、人から見たら結構痛い部分は、ほんとうにヘソの緒から受け継がれたものかもしれない。総二は頭を抱えながらそう思った。

 

「あのー、よろしいでしょうか?」

「っ、トゥアール、まだっ」

 開いた扉に躰を半分隠して声をかけてくるトゥアールに、慌てて静止の声を上げる。もう回復したのかと内心戦慄したところで、母が神妙な様子で、しかし楽しそうに口を開いた。

「トゥアールちゃん。話は聞かせてもらったわ」

「実は私も、聞かせていただきました」

「ぐわあああああああああああああっ」

「そーじ、しっかりして!」

「うおおおおおおおおおっ」

 まじめな顔で返されたトゥアールの言葉に、総二は顔を両手で覆って羞恥に身悶える。そこに愛香からも声をかけられ、恥ずかしさはさらに加速した。

 すぐそこにいたのだから当然だが、聞かれてしまった。人が知ったら、笑えばいいのか同情すればいいのかわからないレベルのオモシロ出生秘話を、聞かれてしまった。

「お母さま。総二様にはもうお話ししましたが、ここに住まわせてほしいのです」

「断る理由がないわ」

「あとできれば、この家の地下に研究所を」

「構わないわ。むしろどんどんやっちゃって。あと、たまに見せてね」

「もちろんです」

 打てば響くとばかりに話がポンポン進んでいくなか、総二は近づいてきた愛香の手を握り、彼女に顔を近づけた。

「愛香、頼む。さっきの母さんの話は忘れてくれ」

「えっ、あっ、そ、そーじっ」

「頼むっ」

 顔を赤らめた愛香の手をもっと強く握り、さらに訴えると、彼女の顔がますます赤くなった。

「う、うん、わかった。その、そーじっ。か、顔っ」

「えっ、あっ、わ、悪いっ」

 鼻と鼻がくっつきそうなくらいまで近づいていたことに気づき、慌てて躰を離す。

 モジモジとする愛香はやはりとても可愛らしく、さっきとは別の恥ずかしさで躰が熱くなった。

「それとお母様、もうひとつお願いが」

「なにかしら、トゥアールちゃん?」

 恥ずかしさをごまかすように、トゥアールと母の会話に耳を傾ける。

「いまからですね。困ったわね、予備の布団がないのよ。そうだ、総二のベッドで一緒に寝るといいわ、って言って欲しくて」

「本人を目の前にしてなに言ってんの!?」

「あんた、いい加減にしときなさいよ!」

「ああもう、トゥアールちゃん。あなたみたいな人が異世界から来たとか、すごく嬉しい!」

「母さん!?」

「未春おばさん!?」

 トゥアールの発言に総二と愛香は同時にツッコむが、母は感極まった様子で声を上げた。

「でも困ったわね、予備の布団がないのよ。そうだ、総二のベッドで一緒に寝るといいわ!」

 一言一句違えず、ボイスレコーダーかなにかかとばかりに完璧に再生する母に、総二は絶句するしかない。どうやら母もまた、虚無の思考時間(シークタイム=ゼロ)の使い手らしかった。

 母とトゥアール、二人から光のようなものがお互いに発せられ、引き合う光景を幻視する。これが、中二マグネットパワーか、などとよくわからないことを思った。

「み、未春おばさん、よく考えてっ。そーじの貞操が」

「もう、なに言ってるのよ。二人だって、そういう雰囲気になってたじゃない。総ちゃんも愛香ちゃんのこと一度押し倒してたし」

「うっ」

「そ、それはっ、――――あれ?」

「どうしたの、愛香ちゃん?」

 からかうように返された母の言葉に、愛香が怪訝な顔となった。愛香は眼をパチパチさせ、呟く。

「一度?」

「あら、もしかして、あのあともなにかあったのかしら?」

「え、あっ、そ、そのっ」

「い、いや、ええっと」

「なにはともあれ、トゥアールちゃんはウチに住んでもらって全然構わないから。自分の家だと思って遠慮なく使ってね」

 総ちゃんの部屋も含めてね、と続けると、トゥアールは感謝の言葉のあとに、主に総二様の部屋を自分の部屋だと思って生活します、と返した。

 そのさまを見て、母が満足そうに笑みを浮かべた。

「ふふっ。トゥアールちゃんはいい眼をしているわ。童貞食いたくてムラムラしてる、節操なしの女の眼」

「仮にも客人に言う言葉ですか!?」

「客人じゃないわ、愛香ちゃん。トゥアールちゃんはもう、立派な家族よ」

「っ、母さん」

「未春おばさん――」

「お義母(かあ)様っ」

 欺瞞でもなんでもない、心からの言葉だと総二は感じた。愛香とトゥアールもそう感じたのか、ハッとした様子を見せる。

 いくつもの世界を渡り歩き、孤独の中で戦ってきたトゥアールのことを家族だと、そう言ってくれたのだ。

「いや、でもさっきの言葉は」

「あ、うん、まあ」

 雰囲気に流されかけたところで愛香が呟き、総二も引き戻される。言われた当人であるトゥアールは母と手を握り合い、微笑んで言葉を紡いだ。

「お義母(かあ)様、私は節操なしではありません」

「前半部分も否定しなさいよ!」

「そうね。ひとりの男だけに節操がなくなるというのも、女のロマンだわ」

「それロマンですか!?」

「ロマンですよ、愛香さん」

「そうよ、愛香ちゃん。愛香ちゃんだって、総ちゃんのことになると見境がなくなるでしょ。それと同じよ」

「なんか一緒にされるのは結構抵抗があるんですけど!?」

 ロマン、ロマンってなんだ、と母たちの会話を聞いて総二は思った。

 母とトゥアールの会話に頭が痛くなるが、まあ二人とも楽しそうだからいいかな、と半ばなにかをあきらめるような心持ちで自分に言い聞かせる。

 ため息を吐いて天を――天井を――仰ぐ。総二は、なんとなく愛香の胸で泣きたくなった。ちなみに我慢はした。

 

 

 

 そのあと愛香が母と二人で会話をしてから、トゥアールも一緒に食卓について夕食を摂り、少ししてから風呂に入って、(とこ)につく。

 愛香と触れ合いたくもあったが、今晩はトゥアールが例の基地を造る作業を行うらしく、自分たちがそんなことをしていたらやる気も出ないだろうと考え、おとなしく寝ることにしたのだ。一応、別れ際にツインテールには触れさせてもらえたので、なんとか今晩は保つだろうと考えながら、眼を閉じる。

「――――?」

 なにかが聞こえた気がした。人の声にも思える奇妙な音に、総二の眼が覚める。

 はんぎゃらうーばーすてらっちー、こんとらこんとらべんたらー。

 ウニョラー。

 トッピロキー。

 キロキロー。

 ムオワイデリュシニュムニャアー。

 そんなよくわからない音が聞こえる。守護霊的な存在に対する祈祷やら、青とうがらしを食べて野生化した者たちの鳴き声のようだ、などとわけのわからないことが思い浮かぶが、切削音らしい。切削音らしかった。

『っと、危ないっ。もう少しで星の(コア)まで貫いてしまうところでした』

 いったいなんなんだ。聞こえるはずのないトゥアールの声も含めてそんなことを思いながら、固く眼を閉じる。

 忘れよう。忘れるんだ。忘れなくてはならない。総二は、自分にそう言い聞かせた。

「――――?」

 しばらくしてから、ヒッポロ系ニャポーン、という音のあと、唐突に掘削音が止んだ。ひと晩で終わらせると言っていたため、今晩はずっと我慢することを覚悟していたのだが、もう終わったのだろうか。それとも切り上げたのか、はたまた星の、については考えまい。

 不思議と眼が冴えていた。ふうっとため息を吐き、起き上がると、窓のカーテンを開いて愛香の部屋の方を見る。夜遅くのため当然だが、カーテンが閉まっていて部屋の中は見えない。

 疲れている上に眠れない状況だが、こんなにスッキリした気分で夜を過ごせるのは、久しぶりだった。愛香を自分の手で守れた。そのことが関係しているのだと、自分でもわかる。

 空を見上げる。満天の星空という表現がこの上なく似合う、美しい夜空だった。

「ん?」

 流れ星だろうか。ひと筋の線が、夜空に走った気がした。

 気のせいかもしれないし、(がら)じゃないかもしれないが、反射的に願いごとを考える。

 愛香が、ツインテールで、いつまでも一緒に――。

 そこまで考えたところで、上から逆さまに人間が落ちてきた。窓越しに、その血走らせた眼と総二の眼が合う。

「――――うおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「まっぎゃああああああああああーーーーっ!?」

 心霊体験ばりの状況に思わず叫びながらベッドから転げ落ちると、窓の外で相手も叫ぶ。トゥアールだと、すぐに気づいた。

 ベッドの上に戻って窓を開けると、窓枠に手をかけてギリギリで落下を免れているトゥアールの手を掴んで引き上げる。そしてなにがあったのか訊くと、寝ぼけて屋根の上を歩いていたと説明され、今後の付き合い方の見直しを総二は考えはじめた。

 ガラッと窓を開ける音が、聞こえた。

「どうしたの、そーじ! なんかすごい声が、聞こえ」

 予想した通り、愛香だった。心配そうな声が、途中で小さくなっていく。

 総二もトゥアールも、ともにベッドの上にいる。誤解されてしまったのではないか。

「愛香、誤解」

「なにを、しとるんじゃああああああああっ!!」

 愛香が声を上げながら、けもののように総二の部屋に飛びこんできたことで、総二の言葉が中断された。彼女はその勢いのまま、トゥアールだけを撥ね飛ばす。

「えっ、ちょ、な、なんで私にっ、こういう時ラブコメだと男の人が殴られホギャラーーーーーッ!?」

 総二の眼では、愛香の動きは見切れそうになかった。トゥアールを拳や蹴りなどで浮かせ、格闘ゲームさながら青い残像をまとって連続技(コンボ)を極めていく。

 龍と虎が乱れ舞うようであり、死へ誘う舞いのようであり、基礎技の集合体のようであり、絶え間ない攻撃がトゥアールに繰り出される。人間の動きか、あれ。と愛香の実力の底知れなさに驚かざるを得ない。

 途中、胸に対する悲哀を愛香が漏らし、トゥアールが慰めになっていない慰めをかけ、それによってさらなる怒りを胸に燃やした幼馴染みの動きが一層激しくなる。

 総二が呼びかけても、それは収まらない。疲れと眠気が唐突に襲ってきたこともあり、まあ二人なら大丈夫だろう、といろいろあきらめながら、総二はベッドに潜りこんだ。

 

 

 




 
トゥアールの発明品については某猫型ロボットの秘密道具的なノリです。
こんなんあってもいいかなと。

テイルギアの説明はもうちょっと切ってもよかったかもしれない。
全体的にもっと短くまとめられるように精進せねば。


以下、トゥアールとテイルギアについての補足です。







トゥアールの説明とエレメリーションの製作時期ですが、設定によりますと『テイルギアを作成する際に~』とあります。ですがその場合、なぜ総二たちが使いはじめた時にエレメーラオーブがないのかということと、トゥアールも知らなかった純度の話が引っかかるため、『トゥアールの現役時代にはエレメリーションは作られていなかった』と解釈し、『赤の』テイルギアを作成する際にしております。
 


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1-EP 双房に想いを

 
二〇一六年五月二十九日 修正

分割した1-15と同時投稿です。
修正をはじめて一年過ぎてしまいました。
ここまで長くなるとは。

相変わらずツインテールのキャラに眼が行く今日このごろです。
 


 日差しが、不思議と気持ちよかった。いつまで続くのだろうか、と心に(おり)のように溜まっていた黒いものが消え、すがすがしい気持ちで愛香とともに学校への道を歩く。鼻歌でも歌いたい気分だった。恥ずかしいので実際にはやらないが。

 眼の前を小学生の女の子たちが横切ったところで、愛香が口を開いた。

「ねえ、そーじ」

「ん、なんだ、愛香?」

 自分の口から出た声が、不思議とやわらかいことに気づく。いまなら、なにを聞かれても優しく返せる気がした。

「未春おばさんの属性力(エレメーラ)ってなんだろうね?」

「おい馬鹿やめろ」

 気のせいだった。思わず反射的に返した自分の声によって、それは気のせいだったのだと即座にわかった。

 苦笑しながら、愛香が言葉を続ける。

「いや、結構マジメに、ね。この人はどんな属性力(エレメーラ)を持ってるのかな、結構普通なのか、それとも人に言えないようなものだったりするのかなって。今朝になってからはじめて思ったことだけど、多分、余裕がなかったんだよね」

「愛香――」

 その言葉に、彼女の瞳を見つめる。気のせいかもしれないが、昨日までよりも穏やかな眼になっているように見えた。

 歩きながら愛香のツインテールに手を伸ばし、すくい上げる。

 自分のツインテール馬鹿を、疎ましく思った。そのせいで、彼女への想いに応えられない自分が情けなかった。彼女の力になれない、無力な自分が嫌だった。

 だが、そのツインテール馬鹿があったからこそ、誰よりも大切な幼馴染みを守るための力を得ることができた。孤独の中、いくつもの世界を渡って戦い続けてきた女の子の力になれた。そして、尊敬できる友だちに出会えた。

 その友だちを斃してしまったのは、自分だ。それでも、出会わなければよかったなどと思わない。出会ったことを後悔するなど、してたまるものか。総二はそう思う。

「やっぱりさ、好きなものは好きって言える世界が、一番いい。俺は、そう思うんだ」

「うん」

 昨日の決戦の時も、総二の心を奮い立たせていたのは、愛香と、ツインテール。

 エレメリアンは、人の命を奪わず、心を奪う。たとえ総二たちが敗れたとしても、死ぬことはなかっただろう。そうなったとしても、愛香と生きていくことだけは、できたかもしれない。

 それでも、愛香のツインテールを奪われたくなかった。彼女がツインテールじゃなくなることも、それを見ても、なにも感じなくなってしまうことも、嫌だった。それは総二にとって、死ぬことと変わらないように思える。

 それに、総二たちが物心ついたころから、愛香はツインテールを続けてきた。そのツインテールを奪われるというのは、まるで、自分たちが一緒に過ごしてきた時間さえ奪われてしまうような、そんなこわさがあったのだ。

 そしてそれはきっと、総二に限ったことではない。愛香も、母も、総二が顔も知らない人たちもみんな、そんななにかを持っていると思うのだ。

 みんなの心を守るために、などと大層なことを言うつもりはない。自分は、そんな立派な人間ではない。それに、もっとほかに方法はなかったのか、と時折思ってしまう自分もいる。ドラグギルディも一緒に生きていくことはできなかったのだろうか。そんなことを、いまさら考えてしまう。

 それでも、自分が守ると決めたものを守るために戦う。そう決めたのだ。

 昨日の戦いは、誰にも知られていない。決戦の場となった山奥自体はニュースで報道されたが、木々にある程度の被害こそあるものの、地形はほとんどもとのままのため、不可思議な現象として処理された程度だ。テイルブルーとアルティメギルの戦いがあったのではないか、というコメントもあったが、そのくらいのものだった。

 そんなわけで、今日のテイルブルーの報道は、それ以前のものが映されていた。

 それでいいのだ、と総二は思う。自分たちとドラグギルディの戦いは、不思議な絆は、誰かに知ってほしいものではない。それに、あの戦いの凄まじさがみんなに知られれば、アルティメギルによる侵略を恐れる人も出てくるかもしれない。だから、それでいいのだ。みんなが侵略の恐怖に怯えず、日々を過ごしてくれれば、それで。

 穏やかな空気のまま、二人でゆっくりと歩く。ふと昨日の、愛香の手を握ろうとして失敗に終わったことを、思い出した。

 顔が熱くなるが、今度こそ、と意を決して愛香に呼びかける。

「あ、愛香っ」

「えっ。な、なに、そーじ?」

「その、手、(つな)

「待ってくださーい!」

 遠くから聞こえてきた聞き覚えのある声に、総二の言葉が途中で止まった。

 愛香と二人で、少しだけ空を見上げると、(かぶり)をふって声の聞こえてきた方にふりむく。

 思った通り、自宅のある方向から、トゥアールがこちらにむかって走ってきた。

「あれ?」

「ん?」

 近寄ってくるトゥアールの姿を見て、愛香と一緒に訝しむ。こだわりでもあるのか昨日と同じ白衣こそ羽織っているが、愛香と同じ陽月学園高等部の女子制服を着ていた。

 二、三歩手前で立ち止まると、少し息を切らしながら、非難するように声を上げた。

「ひどいじゃないですか。置いてかないでくださいよ、二人ともっ」

「いや、なんであんた、制服なんか着てんのよ?」

「決まってるじゃないですか。私も今日から、同じ学校に通うからです」

「は?」

 本気で不思議そうな愛香の問いかけに対し、なにをわかりきったことを、と言わんばかりにトゥアールが返す。そのトゥアールの答えに、愛香はさらに不思議そうに反応した。

 制服を着ている時点でまさかとは思っていたが、実際にそう返されてしまうと、総二としてもあっけに取られるしかない。愛香は二、三度(まばた)きしたあと、再び口を開く。

「いや、編入試験とかはどうしたのよ?」

「フッ、私からすればあの程度の試験、赤子の手をひねってお母さんに怒られまくるようなものです」

「まあ確かに、赤ん坊にそんなことしたら親御さんに怒られるよな――、じゃなくて、トゥアールなら確かに簡単だろうけど」

 愛香の質問に対してトゥアールが自信満々に返し、その答えに総二も納得する。実際、テイルギアをはじめとする超科学の産物を独自に作り上げるのだ。高校の試験など簡単なものだろう。なにやら変な言葉が付いていたが、気にしないことにする。

 それはともかく、なにかが引っかかった。総二がそう感じたところで、愛香がさらに問いかける。

「いや、あんたの頭がいいのはわかってるわよ。そうじゃなくって、その制服とか、いつ試験を受け」

 なにかに気づいたかのように、愛香が動きを止めた。

「愛香、どうした?」

「フッ。蛮族が胸ともども、私との差を痛感し」

「トゥアール。あんた、いつこの世界に来たの」

 得意げな顔で喋っていたトゥアールの動きが、抑揚のなくなった愛香の声によって止まった。その言葉に総二は、昨日不思議に思ったことをなんとなく思い出した。

「そういえばトゥアール。どうして俺の名前を知ってたんだ? 俺、名乗ってなかったはずだけど。――――ん?」

 総二の言葉に、トゥアールがドヤ顔のまま額からひと筋の汗を流し、愛香が眉をピクリと動かす。なぜか、その愛香を中心に、写真が数枚ほど回りはじめたように見えた。

 二度目に愛香を押し倒した際、いきなり天井から音が響いた時のこと。

 誰かが部屋に入っていた気がする、と総二が話した時のこと。

 昨日、属性玉変換機構(エレメリーション)の説明の際、『ギア』についていた機能をトゥアールが話した時のこと。

 そして、いま話した、総二の名前を知っていたこと。

 なぜか、そういった写真が音声付きで、愛香を中心に回っているような気がした。

(つな)がったわ」

 愛香のその言葉に、総二はなんとなくキュッとネクタイを締め直す。愛香の脳細胞がトップギアだ、という謎の言葉が頭に浮かんだ。

 愛香はトゥアールにむき直ると、軽く息を吐いてから口を開いた。

「まあ、なんていうか、なんか変な感じはあったのよね。まず昨日、あんたがあたしの『ギア』の機能を喋った時、なんでそのことをしってるんだろ、ってちょっと思ったのよ。でも、トゥアールもアルティメギルから技術を渡されていたわけだから、別に不思議でもないかってその時は納得した。けど、いま思えば、まるで見ていたかのような感じがあんたの言葉にはあった。確かめもしてないはずなのに」

 愛香の言葉に総二はハッとし、眼を泳がせたトゥアールの顔からダラダラと汗が流れる。愛香は淡々と、しかし少し恥ずかしそうに言葉を続けた。

「未春おばさんの言葉もそうね。あたしがそーじに、その、二回目に押し倒された時、天井から音がした。その日の朝食の時、未春おばさんから、こんなに早く押し倒しちゃうなんて思わなかったわ、って言われたから、未春おばさんが屋根裏に覗き穴とか作ってて覗き見してたのかな、とか思ってたんだけど、昨日訊いてみたら、そんなことするわけないじゃない、って笑いながら言われたわ」

 トゥアールの汗が、とてつもない勢いになった。脱水症状にならないだろうか、と思ってしまうほどだ。どうでもいいが、いまの話の母の答えは、覗き穴なんて作るわけないじゃないという意味だと思うのだが、物音なんか立てて邪魔するわけないじゃない、という意味に感じるのはなぜなのだろうか。

 総二に顔をむけた愛香が、やはり恥ずかしそうに言葉を続ける。

「あれはつまり、こんなに早く進展するとは思わなかったわ、って意味だったらしいの」

「あ、そういうことか」

 その言葉に、総二は気恥ずかしさを覚えながらも納得する。

 考えてみれば、それまでずっとツインテール馬鹿であったはずの総二が、数日足らずで愛香を押し倒すところまで行くとは思わないだろう。朝早くから、ではなかったのだ。紛らわしい言い方ではあったが、言わんとすることはわかる。

「いや、でもさ」

「うん。だからってそれがトゥアールだって証拠はないわね。でも、あの時の音は、人がなにかを叩いたような音だった。それなのに、天井からは人の気配を感じなかったわ。で、昨日トゥアールの説明した認識攪乱装置(イマジンチャフ)の内、人の気配を薄くするものがあったわよね?」

「あっ」

「わざわざ早朝に屋根裏に潜んで、あたしが気配を察知できない相手。もしもこれが泥棒だったとしても、そんなことできるやつがあんな物音立てると思う?」

「まあ、確かに」

 昨日、誰もいなかったはずの店内にいたのに総二が気づかなかったのは、その認識攪乱装置(イマジンチャフ)の効果だったらしい。ちょっと確認させてもらったが、愛香が気づけないほどだった。叫んだりすると気づかれやすくなるらしいが、あの時は姿自体が見えなかったこともあって、愛香でも察知できなかったのだろう。

「で、あたしたちのことを知ってたから、そーじに名乗られるまでもなく、名前を呼んだと。あと多分だけど、そーじの部屋に侵入してたのもトゥアールね」

「だ、だけど、なんでそんなことを。それに、俺の部屋に入ってたとしても、なんのために?」

「さー、なんでかしらねー」

 総二が戸惑いながら言うと、愛香が半眼でトゥアールの方を見る。愛香の声はなんとなく棒読みで、なにかに気づいているようにも思えた。

 トゥアールの汗が、いよいよものすごいことになっている。もしもこれがダイヤモンドの汗だったら、このあたり一帯がダイヤモンドでコーティングされているだろう、と意味不明なことを考えるくらいだった。

「え、え~とですね~」

 とても困った様子で、トゥアールが口を濁す。そのトゥアールに、愛香が近づいて睨みつけた。

 そのプレッシャーに負けたように、トゥアールが口を開く。

「そ、その、四月――」

 言いにくそうに、その日にちが告げられる。なんの日だったか、総二はすぐに思い出した。

「その日って、確か入学式、――――ってアルティメギルが現れた日じゃないか!?」

「で、あんた、なにしてたの?」

「あ、あははははは」

 朗らかに見える笑みを浮かべた愛香から、すさまじい気が放たれる。

 トゥアールは顔を引きつらせたままカラ笑いをはじめるが、やがて観念したかのようにゴホンと咳ばらいをすると、姿勢を正して真剣な表情になった。

「あの日、この世界に来た私は、強いツインテール属性を探して辺りを彷徨(さまよ)っていました。そして、強い反応が二つあるところ、つまり、総二様と愛香さんの場所を確認し、そこにむかっている途中。――――見つけてしまったんです」

 そこで言葉を切り、意を決したように叫びを上げた。

「すっごく可愛い、私好みのロリッ娘たちをっ!!」

 世界が、死んだ。そう思ってしまうくらいの静寂が、辺りを支配した。

 トゥアールの言い訳(説明)が、続く。

「で、それでですね。その子たちをお持ちかえ、ではなくて、お近づきになりたくてストー、もとい、遠くから眺めてどうにか話しかけようとしているうちにですね、新たに現れたとっても可愛いロリッ娘が、テイルブルーって人にトカゲのお化けから助けてもらった、って言っていて、――――てへ」

「なんだそりゃあああああああああああああああああああ!?」

「あほかああああああああああああああああああああああ!!」

「ぺがさあああああああああああああああああああああす!?」

 あまりにもヒドイ、トゥアールの遅刻の理由を聞いて、総二は頭を抱えて絶叫し、愛香は怒りの声とともに、トゥアールにむけて流星のごとき無数の拳を繰り出した。その愛香の拳によってトゥアールは天高く舞い上がり、やがて重力に負け、脳天から地面に激突した。

「なんでよりによってそんな理由なのよ! 遅刻するにしても、もう少しまともな理由で遅刻しなさいよ!!」

「――――あー、落ち着け、愛香」

 総二は、痛む頭を抑えながら愛香をなだめると、トゥアールの方にむき直った。気になることがあったからだ。思った通り彼女は、脳天から地面に落ちたにもかかわらず、すでに起き上がりはじめていた。もっとも、ダメージ自体はそれなりにあったようで、多少ふらついてはいたが。

「トゥアール。その日から二十日間ぐらいはあったわけだけど、どうして俺たちに会おうとしなかったんだ。いつでもできたはずだろ?」

「それは」

 時間はあったはずだ。なのに、なぜトゥアールは総二たちと会おうとしなかったのか。

 総二の問いかけに、トゥアールが顔を歪めてうつむいた。

「迷って、しまったんです」

「えっ?」

 少ししてから、絞り出すように紡がれた言葉に、総二は思わず声を漏らした。いまのトゥアールは、いまにも泣き出しそうに見えた。

「迷ってしまったんです。こんなことをしていいのだろうか、と。いまさらやつらを斃したとしても、私の世界がもとに戻るわけではありません。それなのに、いつまで続くのかわからない戦いに、総二様たちを巻きこんでいいのか。これでは、自分たちの目的のためにツインテールの戦士を作り出すアルティメギルと変わらないんじゃないかって、そう思ってしまったんです。そして、迷っている内にドラグギルディが現れてしまったのを見て、もう迷っている場合ではないと、大変勝手なことと思いながらも総二様と接触したんです。――――ごめんなさい」

「トゥアール――」

 彼女の言葉に総二は、あの日のことを思い出した。自分も、アルティメギルのエレメリアンと変わらないんじゃないかと悩んだ、あの日。

 だがトゥアールは、アルティメギルとは違う、と総二は思った。彼女が来てくれたからこそ、自分たちはこうしていられるのだ。総二はアルティメギルとは違うと言ってくれたあの日の愛香のように、今度は自分が伝えなければならない。

 テイルブレスをつけた右手を、トゥアールに見えるように胸の前に掲げる。これが、彼女から託され、自分たちを救ってくれたものなのだと、伝わるように。

「トゥアール、それはちが」

「で、ほんとうの理由は?」

「すぐに渡そうかなーって思ってたんですけど、総二様をストー、いえ、お二人を観察してたら、なんかどんどん親密になっていくじゃないですか。ここで普通に渡しても、協力者その一、って感じにしかなれそうになかったんで、好感度が一気に上昇するような劇的なタイミングを狙ってたんです。そしたらドラグギルディが思ったより早く出てきちゃったんで、あ、これはヤバい、と思ってすぐに総二様のところにむかったんです、てへぺろ」

「な、ん、だ、そ、りゃああああああああああああああああああああああああああ!?」

「あ、ほ、かあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「どらごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!?」

 総二の言葉を遮った愛香の問いに対し、とてつもなく軽い調子で返されたトゥアールのいろいろとヒドイ発言に、総二はさっき以上の絶叫を上げ、愛香は廬山(ろざん)大瀑布(だいばくふ)をも逆流させそうな、気迫のこもったアッパーを彼女に打ちこんだ。

 奇妙な悲鳴とともにさっきより天高く舞い上がったトゥアールは、やはり重力に抗えず落下すると、脳天から地面に激突し、倒れ伏した。

「だ、か、ら、なんでそんなしょーもない理由で遅刻すんのよ!?」

「あああああぁぁぁぁぁ――」

 あまりにもしょーもない理由に、愛香はさっき以上の怒りをあらわにし、力が抜けた総二は思わず意味のない(うめ)き声を漏らした。

 トゥアールがさっさと来てくれていれば、愛香に辛い思いをさせずに済んだし、自分も無力感を抱き続けることはなかったのではないだろうか。総二はそんなことを考えてしまう。

 はあ、と愛香がため息を吐いた。

「まあ、理由はそれだけじゃないかもしれないけど」

「えっ?」

「いや、多分だけど、ドラグギルディに」

「い、いいじゃないですか!」

 うつぶせに倒れたままのトゥアールが、顔だけ総二たちの方にむけて叫びを上げる。その叫びに愛香の声が遮られるかたちとなり、トゥアールはそのまま言葉を続けた。

「結果として勝つことはできたんですし! それに、私が遅刻したおかげで、お二人の仲が進展したのかもしれないんですよ!? それを思えば、感謝してくれてもいいんじゃないでしょうか!?」

「だからって開き直るなあああああああああ!!」

「ゆにこおおおおおおおおーーーーーーーん!?」

 愛香はトゥアールの言葉にツッコみつつ、倒れたままの彼女の背中に、必殺の踏みつけ(ストンピング)を炸裂させる。

「まあ、確かにそうかもしれないけどさ」

 さっき遮られた愛香の言葉は気になるものの、とりあえずはいまトゥアールから言われた言葉に対し、静かに認める。

 愛香ひとりを戦わせていた状況だったからこそ、総二ははっきりと彼女の大切さに気づき、守りたいと思った。大切な存在だと意識しはじめたのだと思う。

 もし、自分が先に戦っていたり、最初から一緒に戦っていたりしたら、ツインテール馬鹿の方が進行していたかもしれないし、意識するにしても、ずっとあとだったように思える。

 それを思えば、確かに感謝することなのかもしれない。しれないが、やはり釈然としない。

 さわやかな朝にまったく合わない悲鳴を聞きながら、総二は深くため息を吐いた。

 

「それはそうとしてですね。総二様にお伝えしたいことがあるんです」

「伝えたいこと?」

 少ししてから、トゥアールが何事もなかったかのように立ち上がった。総二は、トゥアールの頑丈さに驚きながらもすでに慣れはじめていることを自覚しながら、改まった態度で紡がれたその言葉に聞き返す。

「はい」

 トゥアールは総二の言葉に頷くと、とてもきれいな笑顔を浮かべた。

「総二様、お慕い申し上げます」

「っ!」

「――――え?」

 一瞬、見惚れていたのかもしれない。なにを言われたのかわからず、思わず問い返すような声を漏らしてしまった。同時に視界の端で、愛香が怯えるように身を震わせた。

 総二の反応に、トゥアールは気分を害した様子もなく、微笑んだまま言葉を続ける。

「愛しています、総二様。私は、故郷の世界をアルティメギルに滅ぼされ、せめてもの贖罪にと、私自身のツインテール属性を使ってテイルギアを作りました。それを託せる人が男性だと――、総二様であると知った時、私はすべてを捧げることを決めました。――――総二様。私の想いを、受け取っていただけないでしょうか」

「トゥアール――」

 昨日からの、いや、これまでの彼女の不可解な言動の理由が、いまわかった。すべては、総二への想いがあったためだったのだと、理解した。

 総二と愛香の仲が進展するのを邪魔するようなことをしたのも、そのためだったのだろう。そのことに怒りはない。それだけトゥアールも、総二に対して強い想いを抱いてくれていたのだ。

 答えは、すぐに出た。

「ごめん、トゥアール。それだけは、できない」

 心が揺れなかったと言えば、嘘になる。

 トゥアールのきれいな笑顔に見惚れ、ツインテールじゃないにもかかわらず、美しく(なび)く銀色の髪にも心奪われた。

 それでも、不安に怯えるように震える愛香の瞳とツインテールを見たとたん、それを受け取るわけにはいかないと思った。

「トゥアール。俺は」

「わかっています。総二様が、誰を想っていらっしゃるのか。総二様が、その人をどれだけ大切に想っていらっしゃるのか。ずっと見てきたんですから。それでも、お伝えしたかったんです」

「――――そうか」

「ええ」

 総二の言葉を遮ったトゥアールの言葉に、それ以上なにも言えなかった。

 トゥアールは愛香の方にむき直ると、明るく声をかけた。

「まあ、そういうわけです、愛香さん。ですから」

「あんたは、それでいいの? だってそれじゃ、あんた、なんの見返りも」

「いいんですよ」

 愛香は、総二の言葉に一瞬安堵した様子を見せながらも、すぐに辛そうに顔を歪め、トゥアールの言葉を遮った。トゥアールは愛香の言葉に優しく微笑みながら、彼女と同じように言葉を遮る。

 なにも言えなくなった愛香に、トゥアールが一転、不敵な笑顔をむけた。

「まー、って言ってもですね。あきらめたわけではありません」

「は?」

「さっきの総二様の反応を見るかぎり、まだ脈はありそうですからね。愛香さんが不甲斐ないようなら、私がかっさらうって言ってるんです」

「なっ!?」

 その言葉に、愛香は驚きの声を上げると、トゥアールと同じような不敵な笑みを浮かべた。

「上等じゃない。あたしは、絶対に負けないからね」

「口だけじゃないことを祈ってますよ。フフン」

「あんたこそ、途中でヘタれるんじゃないわよ」

「その言葉、そっくりお返ししますよ」

 お互いの視線をぶつけ合い、攻撃とも励ましとも取れる言葉をかけ合う二人の間に、火花が飛び散ったように見えた。

 少しして、トゥアールがふっと視線を緩める。

「ただ、愛香さん。ひとつだけ、どうしても、これだけは聞いていただきたいお願いがあります」

「なによ?」

「たとえ、どちらが選ばれることになったとしても、総二様の――」

「――――うん」

 必死なものすら感じられるトゥアールの懇願に、愛香も静かに応じる。

 言いにくそうに口を引き結んだトゥアールが、意を決したように、口を開いた。

 

「総二様の童貞は、私にくださいっ!!」

 

「――――」

 トゥアールの、そのあまりにもヒドイ言葉に、再び世界が死んだ。

 据わった眼で、愛香がトゥアールの胸ぐらを掴み上げた。とてつもない怒気が、彼女の躰とツインテールから立ち昇る。

「あんたねえ」

「い、いいじゃないですか、童貞くらい私にくれたって! なんだかんだ言っても、愛香さんの方がずっと有利なんですし! もしも私の方が選ばれたとしても、一緒に混ぜてあげますから! ですから! ですからせめて童貞だけは! 童貞だけはあああああああああああっ!!」

「時と場合を考えて発言しろこの痴女がああああああああ!!」

「ろびいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーん!?」

 欲望丸出しのヒドイ言葉を聞いた愛香は、トゥアールを仰向けにして肩の上に担ぎ上げると、右手を彼女の(あご)、左手を(もも)に掛け、そのまま弓なりに背中を反らす。プロレスでいうところのアルゼンチンバックブリーカー、いや、その美しく反らされたトゥアールの躰のかたちは、まるでイギリスはテムズ川に掛かるタワーブリッジを思わせた。

「イく! イっちゃいます! 背骨があああああああああああああ!?」

「逝ってしまえ、あんたなどおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ろおおおおおおおおおおおびいいいいいいいいいいいいいーーん!?」

 トゥアールが、さっきとは別種の必死さが感じられる悲鳴を上げ、愛香がさらに力をかけるとその悲鳴がますます響く。

「伝えなきゃいけないこと、か」

 二人のやり取りを見ながら、総二は先ほどのトゥアールの言葉に思いを馳せた。

 愛香に伝えなければならない。

 自分の気持ちを。

 時計を見る。まだホームルームまで時間があることを確認すると、総二は愛香に声をかけた。

 

「愛香、ちょっといいか?」

「あ、うん」

 総二が呼びかけると、愛香はかけていた技を解いてトゥアールを地面に落とし、微笑みながらこちらにむき直った。

「なに、そーじ?」

 その優しい声は、つい先ほどまでの暴れっぷりはどこに行ったのか、とばかりの豹変ぶりだが、総二にとっては別にどうでもいいことなので、そのまま話を続ける。

「えっとさ、いつもありがとうな。ほんとうに、愛香にはずっと世話になりっぱなしだ」

「なによ、改まって。言ったでしょ、あたしとあんたの仲なんだから、気にすることないって」

 愛香は心からそう言ってくれているのだ、と総二は思った。そう確信できる、裏表のない笑顔とツインテールだった。

「俺だって言っただろ? 気を遣わせっぱなしじゃいたくない、ってさ」

「もう、律義ね。そもそもあたしだって、そーじには何度も助けてもらってるんだから。昨日だって――」

 このままでは、本題に入れない。多少強引ではあるが、流れを変えなければ。

「愛香。愛香のツインテールって、やっぱり俺のために結んでくれてるんだよな?」

 違っていたらどうしよう、と内心不安になりながらも、愛香に問いかける。

「――――うん」

「愛香?」

 かすかにためらうそぶりを見せたあとに頷かれ、総二の不安が強くなった。自分の勘違いだったのだろうか、と考えたところで、愛香がハッとした様子を見せる。

「あ、その、そーじの言う通りこのツインテールは、そーじのために結んできたの。だけど」

「だけど?」

「その、そーじにふりむいて欲しいって気持ちの方が強かったから」

「愛香――」

 愛香のどこか沈んだ声に、自分が彼女を不安にさせていたのだ、と総二は思った。

「愛香。俺な、すごく嬉しいんだ」

「えっ?」

「ほんとうに小さいころから、俺のためにツインテールにしてくれてたんだって」

「そーじ。でも」

「俺のことをそれだけ好きでいてくれたから、だろ? だったらそれは、俺のためでいいと思う」

 笑顔で、優しく言葉を伝える。多少強引な論法かもしれないが、それはどうでもいい。総二の本心であることは間違いないのだ。そしてなによりも、愛香の不安を取り除いてあげたかった。負い目を感じてほしくなかった。

「気づいてやれなくて、ごめん。そして、ありがとう、愛香」

「――――そーじ、ありがとう」

 愛香が浮かべた笑顔を見て、総二の鼓動が跳ね上がるとともに、胸に温かなものが広がった。

 いまがチャンスだ。誰かに背中を押されるような心持ちで、総二は意を決して口を開く。

「愛香。聞いて欲しいことがあるんだ」

「え? ――――うん」

 少しだけ不思議そうにした愛香は、総二の様子にただならぬものを感じたのか、顔を引き締めた。同時に、その瞳とツインテールから、なにかを期待するような雰囲気を感じた。

「俺は、愛香が戦っているのを見てるだけだったのが、ほんとうに辛かった。どうして俺には戦うための力がないんだろうって、ずっと思ってた」

「そーじ――」

「ぎがぎが」

 愛香がなにかを言いそうになったが、途中で口を噤む。総二の話の続きを、待ってくれたようだった。

 倒れ伏したトゥアールが、せめてもの抵抗とばかりに(うめ)き声――鳴き声かもしれない――らしきものを上げているが、無視する。

「愛香は俺のために戦ってくれてるんじゃないかって、なんとなく思ってた。愛香の力に少しでもなりたくていろいろなことをしたけど、これは愛香の気持ちを利用してるだけなんじゃないかって、悩んでた」

「そんなことっ」

「ぼしゅーぼしゅー」

 愛香が声を上げようとするのを、総二は手を上げて止める。きっと彼女は、否定しようとしたのだろう。そのことはとても嬉しい。だがいまは、総二の気持ちを伝えたかった。

 トゥアールの(うめ)き声は無視する。

「ドラグギルディとの戦いの前に言った通り、俺は、愛香への気持ちが恋心なのかはっきりわからない。友情や親愛と勘違いしているのかもしれない」

「っ!」

「だけどっ」

「ぴゅあぴゅあー」

 悲しそうな表情とツインテールになった愛香に、総二は急いで言葉を繋げた。彼女を悲しませることは、したくなかった。

 その笑い方してたやつは誰だったんだよ、と意味のわからないことが頭に浮かんだが、とにかくトゥアールの鳴き声は放っておく。

「だけど、愛香とずっと一緒にいたいって気持ちや、愛香を大切に思ってることは、嘘じゃない」

「そーじ――」

「――――」

 総二の言葉に、愛香は一転して嬉しそうな笑顔とツインテールとなり、それを見た総二も嬉しくなった。

 鳴き声すら上げなくなったトゥアールに、逆に意識を取られそうになるが、無理やり無視する。

「だから、愛香」

 抱き締めることができる距離に近づき、片手でツインテールに触れ、もう片方の手で彼女の手を優しく握ると、頬を赤く染め、期待に瞳を潤ませる愛香と見つめ合う。

 心臓が、うるさいぐらいに高鳴っている。口の中は、カラカラだ。この言葉を言って、愛香が受け入れてくれれば、自分たちの関係は、変わる。親友から、恋人へ。

 そのことに、こわさがないわけではない。それまで友だちだったからこそ許されていたことが、許されなくなってしまうこともあると聞く。意識のズレが、二人の関係に軋みを入れてしまうこともあるかもしれない。

 それでも、先に進みたかった。愛香の気持ちに応えたかった。彼女を笑顔にしたかった。

「愛香、俺と」

「うん――」

 顔が熱い。喉が、ますます乾いていた。

 唾を飲みこみ、意を決して口を開く。鼓動が、ひと際強く高鳴った。

『うわーーーーはっはっはっはっはっ! 聞こえているであろう、テイルブルーよ!!』

「俺とつきあ、って誰だよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 そして告白を盛大に邪魔され、総二はこれまでで最大の絶叫を上げた。上げるしかなかった。

 

「ああぁぁ――」

 愛香から手を離した総二は、うつむいて頭を抱えこんだ。

『新たな力と仲間を得て勢いづいているのであろうが、そうはいかんぞ! ドラグギルディ様の昇天されたこの世界は、我らにとっても死地! ドラグギルディ様の死を無駄にせんためにも、なにがなんでもすべての属性力(エレメーラ)をいただくぞ! そこで、我らにも頼もしき援軍が到着した!!』

 (いか)つい獣顔のエレメリアンが、なにかを言っている。耳には入っているが、勇気を振り絞った告白を、ここぞというところで邪魔されたショックにより、総二の頭には入ってこなかった。

 なんでよりによってこのタイミングで邪魔されるんだよ。そういえば、いままでも愛香といい雰囲気になるたびに邪魔されてるな。あれか、俺は呪われてるのか。もしかして、愛香にプロポーズする時も邪魔されるんじゃないだろうな。いや、むしろ告白すら――。

 気が早すぎるだろ、とどこからかツッコまれた気がするが、気のせいだろう。

『スク水! 母なる星に身を委ねる水の衣こそ、星の意思を継ぐ属性力(エレメーラ)と言えよう! ドラグギルディの盟友、このタイガギルディが、スク水の属性力(エレメーラ)をいただく!!』

 別のエレメリアンが宣言し終わったところで総二は、心にふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。

 人の告白を邪魔しやがって。

 怒りを胸に、顔を上げる。

 そこには、阿修羅がいた。

 

 

 愛香は、怒っていた。

 それこそ昔から夢に見ていた、総二からの告白。ほんとうに夢に見ることもあったし、最近はひと晩に二回その夢を見ることがあるほど、待ち望んでいたことなのだ。怒りは、すさまじく燃え上がっていた。

 自分に顔が三面あったなら、おそらくすべて怒り面になっているだろう。そんなわけのわからないことを考えるぐらい、愛香は怒っていた。

 アルティメギル、全部ぶっ潰す。怒りに歯を食いしばり、空に浮かぶアルティメギルの映像を鋭く睨みつけるが、その映像は言いたいことを言ったあと、速やかに消えた。

 軽く舌打ちをしながら視線を正面に戻すと、総二と、いつの間にか起き上がり移動していたトゥアールの姿があった。

 トゥアールが、思わず殴り倒したくなるイイ笑顔を浮かべた。

「愛香さん。――――お気の毒ですう。ぷぷー」

「あんた、あとで覚えときなさいよ」

 神経を逆なでするような声で挑発してくるトゥアールに、愛香は八つ当たりであることを自覚しながらも、ドスの効いた声で返す。

 いや、あとでなどと言わず、いまやろうか、といささか過激なことを考えたところで、総二が口を開いた。

「なあ、愛香。部活、決めたか?」

「え?」

 唐突な総二の質問に、愛香は怒りを忘れてキョトンとする。

「トゥアールも、なにか希望とかあるか?」

「はあ」

 トゥアールもまた、質問の意図がわからないのだろう。生返事を返していた。

 質問の意図はわからないが、愛香はとりあえず問いに答えることにする。

「まだ決めてないわよ。ゴタゴタしっぱなしだったし」

「私は総二様と一緒がいいです。鍵付きの部室、放課後、若い男女。――――うふふ」

「そっか。なら」

 愛香が答え、トゥアールも欲望が(にじ)み出た答えを返すと、総二は笑みを浮かべて高々と右腕を突き出した。

「俺たち三人で、ほんとうに作ってみないか。ツインテール部」

「ふうん。活動内容は?」

 総二の言葉に愛香も笑みを浮かべ、彼と同じくテイルブレスをつけた右腕を突き出し、答える。疑問ではなく、確認だ。

「決まってるだろ?」

「そうね」

 総二の、不敵さすら感じられる声に微笑んで返す。そのあと二人でトゥアールにも微笑みかけると、彼女も微笑んで頷き返した。気持ちは、一緒だ。

 探知装置を確認したトゥアールが、呼びかけてきた。

「総二様、愛香さん。出てきましたよ」

「わかった」

「オッケー。念のため、人がいないか確認してくれる、トゥアール?」

「わかりました」

 愛香も気配を探ってはみたが、言った通り念のためである。

 問題ないと答えが返り、愛香は総二と頷き合った。

『テイル・オンッ!』

 二人の声が重なり、光が(ほとばし)る。

 その光が収まりきる前に、二人で同時に跳び立ち、トゥアールの声援を背に戦いへむかう。

 風に(なび)く青と赤のツインテールが、光を受けて美しく煌めいた。

 

 




 
一巻のエピソード終了ですが、ドラグギルディとトゥアールのサイドストーリー的なものを追加するかもしれません。1-0をどうするか考え中です。後ろの方に持ってくるかな。

今後の話はダイジェストにしていた部分の肉付けと、アルティメギル側の描写を少し追加していきます。一巻ほど時間はかからない、といいなあ。


ツインテールの話ですが、頭の横から二つ出ていればツインテールなら、ガンマンのあの角もツインテールに! ――――いや、無理があるだろ。あ、でも、ゴリラのツインテールがOKなら、角度変えればいけるかな、とかいろいろおかしいことが思い浮かびました。
 


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1-0 序

 
二〇一七年四月三十日 修正

いろいろと悩みましたが、思い切って変更。


 稀代の天才、と称されていた。いくつもの新技術を発明し、それらの特許を取っていることで、財産も莫大なものとなっていた。他人からすれば、これ以上ないほどの勝ち組にしか見えなかっただろう。

 しかし、どこか満たされていなかった。

 気を許せる人はいなかった。友だちと言えるほど仲のいい人もいなかった。いや、近づいてくる人はいたが、仲良くなりたいと心の底から思える人がいなかったのだ。

 自分を理解してくれる人は、いや、理解しようとしてくれる人はいなかった。

 なんで、そんな子供みたいな髪型をしているんだ。

 人に会った時、まず言われるのは、だいたいそんな言葉だった。

 そう言う人たちが浮かべる表情は、困惑だったり、不満げなものだったりというものばかりだった。中には、露骨に苛立ったような態度をとる者もいた。

 それも無理はない、とわかってはいる。

 ツーテール、あるいはツインテールと呼ばれる髪型。一般的には、小さな女の子がする髪型であり、人によっては、幼稚な印象を受けかねないものでもあるだろう。それはわかっている。もっと似合う髪型があるだろう、もっと大人らしい髪型にすればいいだろう、と言われることも少なくなかった。皆が皆、いや世界が、子供に対し、早く大人になることを望んでいる。そんな世界だった。ツインテールとは、それに反抗するようなものだった。

 それでも、その髪型を続けていた。

 ツインテールという髪型が好きなのだ。好きな髪型をして、なにが悪い。口に出すことはしなかったが、そんな思いを抱きながら、ツインテールをし続けていた。

 ツインテールの素晴らしさを、ツインテールへの愛を理解してくれる人は、いなかったのだ。

 いや、まったくいなかったわけではない。幼女、もとい幼い少女たちは、自分がしていたツインテールを、可愛いやら綺麗だと言ってくれる。なんの含みもなく、ただ純粋にそんなことを言ってくれる彼女たちは、どこか窮屈な世界の中で、清涼な風をもたらしてくれる存在だった。

 そんな幼女たちに対する思いをわかってくれる人も、いなかった。いや、ごくごく稀にはいたのだが、そういう人たちはみんな、ハアハアと息を荒らげ、涎を垂れ流しそうな者たちばかりだったのだ。

 YESロリータ、NOタッチ。それを守れぬロリコンに、慈悲などない。いや持ってはならないと、心を鬼にして通報する時もあった。こちらが通報された時もあったが、それは揉み消し、などということはない。ないのだ。淑女たる自分が、そんな状況に陥るはずがないのだ。

 そろそろ結婚適齢期ではあったが、特に気にすることはなかった。こう言ってはなんだが、容姿には自信があった。周りからは、絶世の美少女とこぞって言われるほどだ。その気になれば、恋人を作ったり、結婚したりすることなど、シャープペンシルの芯をペキッと折るのと同じぐらいたやすいことだ。ちょっと妥協すれば、相手などいくらでも見つかるだろう。

 ただ、妥協したくない、という思いもあった。

 孤独をどこかに抱えながら生きていた。自分が自分のままで一緒にいられるような、そんな相手が欲しかった。

 そんな時だった。

 なにかを愛する心から生まれる力、属性力(エレメーラ)というものを教えられたのは。

 

 

*******

 

 

 これは夢だ、と目の前の光景を見て、思う。

 映像が、次々と映し出される。自分が闘っている映像もあった。テレビなどで報道されていたのを見た時もあったので、そのためだろう。

 人の、なにかを愛する心の力、属性力(エレメーラ)。それから生まれた精神生命体、エレメリアン。

 そのエレメリアンだけで構成された、異世界からの侵略者である組織、アルティメギルとの闘い。

 自分を慕ってくれる、可愛らしい幼女、もとい子供たち。

 どこか真剣みの感じられない、アルティメギルの侵略に対する、疑念。

 たったひとりでも闘い続けると決めた、かつての自分。

 気づいていたはずなのに、自分の望みのために相手の掌の上で踊り続け、世界を滅ぼす一因を(にな)ってしまった絶望と、自責の念。

 なにか方法があったはずなのだ。いや、そもそも、魅せるような闘い方などする必要は、なかったのだ。目にも止まらぬ、いや、文字通り目にも映らないほどの速さでエレメリアンを斃し、ただ去っていくようにしていればよかったのではないか。そんな後悔だけが、胸にあった。

 だが、もうどうしようもなかった。

 これは、夢だ。

「っ」

 目が醒め、瞳を開く。まどろみは、一瞬で消え去った。

「――――」

 自分が造りあげた、異世界を渡るための小型戦艦の、居住ブロック。そこにあるベッドの上で仰向けに寝転がったまま、まんじりともせず天井を見つめ続ける。特にそこになにがあるわけでもないが、起きたからといって、いますぐにやらなければならないこともなかった。

 しばらくそのままで、さっきまで見ていた夢を思い返した。

「懐かしいですねー」

 自分以外に誰も乗っていないこの(ふね)の中で、声を出すことにどれだけの意味があるのかわからないが、孤独だと独り(ごと)が多くなるというし、仕方ないことなのだろう。自分に言い聞かせるような心持ちで、そんなことを思う。

「まあ、それはそれとして、そろそろ見つかって欲しいんですけどねー、私より強いツインテール属性の人」

 努めて明るく言うと、身を起こした。まっすぐおろした、自身の銀色の長い髪が揺れる。

 もう自分の髪は、ツインテールではない。目的のために、手放すしかなかった。

 あれだけ好きな髪形だったというのに、もうツインテールにしようとも思えず、ツインテールのようなかたちを作ろうとすると、手も動かなくなる。誰かのツインテールを見ても、可愛いだとか綺麗だとか、そんな感想を持つこともできない。そして、それをつらいとも悲しいとも思えないことが、なによりもつらく、悲しかった。

「――――」

 ふうっとため息をついて頭を振ると、深呼吸をして気持ちを切り替える。

 かつての自分以上のツインテール属性の持ち主を探していくつもの世界を渡ったが、いまだ見つかっていない。

 できることなら、二人。自分以上に強いツインテール属性の持ち主と、自分以上の戦闘センスの持ち主。

 すなわち、真っ向から強敵を打ち倒せる強さを持った『最強』の戦士と、最強の戦士をフォローでき、なおかつ、あらゆる手段でもって敵を屠ることのできる戦闘センスを持った『最高』の戦士。さらには、互いに補い、支え合えるようなタッグが見つかって欲しい。

「って、そんなうまくいくわけありませんよねー。テイルギアを起動できるクラスのツインテール属性の持ち主が二人揃っていて、なおかつそんな関係なんて」

 赤と青、二つのテイルブレスを見ながら、再び独り語ちる。

 強い属性力(エレメーラ)の持ち主同士は引かれ合うらしく、強いツインテール属性の持ち主が一緒にいることは、何回か見たことがある。ただ、近い強さの者はいたのだが、自分には及んでいない者ばかりだった。言い方は悪いが、そのぐらいだったら自分がそのまま闘っていた方がよかっただろう。自分のツインテール属性は、どうやら考えていた以上に強かったらしい、と複雑な気持ちになりながら思った。

 最強と最高のタッグは夢物語でも、せめて最強は見つかって欲しい。そう願って、いくつもの世界を彷徨(さまよ)ってきた。

 アルティメギルに侵略を受けている世界もあったが、目的の人物が見つからないと判断したら、すぐにその世界を去った。たとえ薄情者と(そし)られても、自分には目的がある。同情で切り札を切って、無駄にするわけにはいかなかった。

 探す(かたわ)ら、いや故郷の世界を滅ぼされた時から、属性力(エレメーラ)を奪われた人たちの、属性力(エレメーラ)をもとに戻す研究もしていた。幼女を(かどわ)かし、もとい、幼女たちの協力を得て、いろいろなことを試してはみた。

 結果は、(かんば)しくなかった。芳しくないどころか、取っ掛かりすら見えなかった。少なくとも、自分の技術力では不可能。

 アルティメギルの技術力ならどうだろうか、と考えたこともあったが、そんなことができるのなら、いくつもの世界を侵略する必要もないだろう。そう考えれば、連中の技術力でも不可能と見るしかない。

 奪われた属性力(エレメーラ)の復活は、不可能。認めたくはないが、そう結論づけるしかなかった。

 いまでも研究自体は続けているが、やはりなにひとつ進んでいなかった。ただ自分は、自分を慰めるために、誰かに言い訳するためにこんなことをしているのではないか、という虚しさが襲ってくることもあった。

 それでも、研究をやめることはできなかった。

 最強のツインテール属性を持つ者を探すのをやめることも、できなかった。

 それをやめてしまったら、自分は。

 頭を振って思考を切り替え、コンソールを起動した。すでに、次の世界には到着していた。

 収集してある、この世界の情報を確認する。

「ふむふむ。――――?」

 技術レベルはそれほど高いわけではないが、属性力(エレメーラ)が妙に高かった。これより高い世界もいくつかはあったが、なぜか不思議と気にかかった。

 期待とも、願いとも言える思いを胸に、(こぶし)を握りしめる。

「ここなら、見つかるかもしれませんね。最強のツインテール属性を持った」

 可愛らしい幼女が。

 そこまで口に出したところで考えこむ。

 いや、待ってください。可愛らしい幼女をあの変態たちと闘わせるのは、さすがにかわいそうですよね。そもそも幼女をそんな危険な目に遭わせるなんて、人としてやってはならないことじゃないでしょうか。でも、だからといってそのままでは、その幼女ともども世界が滅ぼされてしまいますし、あ、だったら、闘って精神的に不安定になった幼女をケアして私にいぞ、いえ、やはりそれはよくありません。幼女は()でるものであるべきです。

 歯を噛み砕かんばかりに噛み締め、血涙を流しながらあきらめる。そもそも、幼女ではなく、自分のストライクゾーンをはずれた、少女である可能性も充分にあるのだ。そちらを祈っておくべきだろう。

「――――」

 まあ、目的の人物が幼女なら、仕方ないですよね。

 一瞬そう考えたあとニヤリと笑い、赤いテイルブレスを見た。

 ふっと思い浮かぶことがあった。いい考えが思いついたとかそういうものではなく、こうだったらいいなあ、などという妄想の類だ。

「男性の方で、これを使ったら幼女になるとかだったらバッチリなんですが。――――ゲヘヘ」

 その男性と運命的な出会いをして、めくるめくラブロマンス。

 そんなことを考えていると、なにやら粘っこい水音がした。視線を下にむけると、涎が溢れていた。

 おっと、と涎を拭いながら、再び妄想する。

 なぜか、もうひとつのテイルブレスを身に着けた方からの、蛮族のごときアクションにどつきまわされる()が浮かんだ。なぜ、と思いながらさらに妄想し続けるが、どういうわけか自分がその二人のラブロマンスを邪魔する()になった。

「――――まあ、いいでしょう」

 妄想を断ち切り、ベッドに横たわった。

「とりあえず、もうひと寝入りしますか。おやすみなさい」

 そう口にすると、眼を閉じる。

 睡魔がすぐに襲ってきたことで、なにも考えることなく眠りに落ちることができた。

 

 

*******

 

 

 不思議な感覚が、ドラグギルディの内にあった。

 次に侵略する世界のデータに眼を通す。文明レベルは、数ある平行世界の中で見れば、そこまでではない。精神力を使った技術などは、創作物などの、いわば想像の世界の技術程度にしかない。怪しげな理論などはあるが、技術として確立されていないものばかりだった。

 しかし、観測された属性レベルは、異様なほどの高数値。

 理想的な狩り場。そう呼んでいいほどだった。

「ふむ」

 ドラグギルディの躰の奥底と、その世界のなにかが、呼応している。いやツインテール属性が、響き合っているような気がした。強いツインテール属性は共鳴し合うものではあるが、これほどまでに、なにかを感じたことはなかった。

 この世界に、いままで出会ったことがない強さの、言うなれば究極のツインテール属性の持ち主がいる。

 勘でしかなかったが、奇妙な確信があった。

 副官であるスパロウギルディだけを、ドラグギルディは自室に呼んだ。

「スパロウギルディ」

「はっ。この世界の、ツインテールの戦士を作り出す算段でありましょうか?」

「そうだ。(われ)が行く」

「は?」

 なにを言われたかわからないといったふうに、スパロウギルディが声を洩らした。

「この世界の、最強のツインテール属性を持つ者との接触は、我自身が行く」

「は、はぁ。それはわかりましたが、なぜ自ら?」

「気になることがあってな。おそらくこの世界には、まさしく究極と呼べるツインテール属性の持ち主がいる」

「究極、でございますか?」

「うむ。勘でしかないが、この眼で確かめたい」

「かしこまりました。ヒトガタを、使われるのでしょうか?」

「――――うむ」

 ためらいがちなスパロウギルディへの返事は、わずかに遅れた。ドラグギルディ自身、あれには思うところがあるが、実際に人類と接触するとなると、手段は限られてくる。

 ふと、首領から(たまわ)った、あのヒトガタが浮かんだ。同時に、究極のツインテールの持ち主に、ヒトガタの髪を結んで貰ったらどうなるのか。そんなことが頭に浮かんだ。

「いや、そうだな。首領様から賜ったものがあるのでな、それを使う。許可を出すまで、我の部屋には誰も入れるな」

「首領様から、ですか?」

「うむ」

 スパロウギルディがわずかに首を傾げたが、気を取り直したように頷いた。

「承知いたしました。しかし、ドラグギルディ様が賜ったものとは?」

「それについては触れるな、スパロウギルディ」

 見ると、(むな)しくなるものだ。そう言いそうになるのを堪え、ゆっくりと首を横に振った。

 ヒトガタを他者に見せたことは、一度もなかった。姿形(すがたかたち)を知っているのは首領と、それを作った技術者ぐらいのものだろう。

 スパロウギルディもなにかを感じたのか、それ以上なにも言わなかった。

「話を戻そう。その者がいる場所の見当はある程度つけてあるが、一応確認しなければならん。その者の確認が終わったら、追って連絡する。出撃者は?」

「リザドギルディが、志願しております」

「リザドギルディ、か」

 リザドギルディは、いま隊にいるドラグギルディの弟子の中でも、有望株と言える者だった。

 ドラグギルディに限らず、弟子を持つ上級エレメリアンは結構な数になる。そして実力をつけた者は幹部となり、新たな部隊を率いることになるのが多かった。リザドギルディも、いずれそうなるだろうと思えるほどには才がある。

 いまは自分の実力に満足している(ふし)があったが、なにかのきっかけさえあれば、自分の殻を破ることができるだろう。そう思っていた。

 その弟子を、死地にむかわせるのか。

 勝ってくれるのなら、それでいい。その思いに嘘はない。

 だがそれでもドラグギルディは、アルティメギルという組織の、一部隊の隊長なのだ。

 ツインテール属性を世界に拡げ、刈り取るのが隊の任務。それを果たさなければならない。

「そうか。許可する」

「はい」

 それについて、互いになにかを言うことはしない。スパロウギルディもまた、ドラグギルディの副官となってそれなりに久しいのだ。なにも言えるはずがなかった。

 懐かしむように、スパロウギルディが口を開いた。

「どれぐらい前のことになりますかな。『マウンテーン・クズシヨーギ』を勝ち抜いたリザドギルディの雄々しき姿は、まさにアルティメギルの斬り込み隊長と呼ぶにふさわしいものでした」

「うむ。そうだったな」

 『マウンテーン・クズシヨーギ』とは、人類が行う遊戯のひとつ、将棋崩しをもとにした試練だ。ただしサイズは、ひとつひとつの駒がおよそ二メートル、並のエレメリアンと同じぐらいになっている。

 駒の材質は、人類の技術では加工すらままならないほど強固なものだが、それ以上に、重い。この試練のために、あえて重い材質で作っているのだ。アルティメギルの技術力ならば、そんな材質のものでもたやすく加工できる。

 その駒を乱雑に積み上げ、出来た山から、駒を引き抜いていく。重い駒ではあるが、エレメリアンの力ならば、動かすことはそう難しくはない。だが、崩れていく駒の山に巻きこまれる危険性もあり、その恐怖を乗り越える精神力が試される試練でもあった。

 ただの物理的な衝撃ならば、エレメリアンにはなにほどのこともない。だがその試練を行う時には、自らの持つ大切なコレクションを身に着けなければならない決まりがある。フィギュアや、秘蔵のデータを詰めこんだ PC(パソコン)などを、自らの躰に(くく)り付けるなりなんなりして、行うのだ。

 本人は無事でも、巻きこまれたそのコレクションはどうなってしまうのか。そう考え、二の足を踏む者は、少なくなかった。

 ドラグギルディに弟子入りしていたリザドギルディが頭角を現したのは、その試練の時だった。それなりに戦歴を重ねた者でも恐怖が先に立つだろうその試練を、リザドギルディは微塵も臆した様子を見せず、越えたのだ。ツインテールの女の子の人形を手足にくっつけ、PCを背負いながらリザドギルディは、ためらうそぶりを見せるほかの者たちを尻目に、大胆かつ繊細に駒を引き抜いていった。

 その時からリザドギルディは、アルティメギルの斬り込み隊長と呼ばれるようになったのだ。

「あの時、やつはまだ弟子入りして間もないころだったが、あの若さで大したものだと、頼もしさすら覚えたものだ」

「ええ、私もでございます」

 そこで、言葉を互いに切った。

 ドラグギルディが頷きかけると、スパロウギルディは一礼し、部屋から去っていった。

 椅子に座る。背もたれに身を預けて、眼を瞑った。

 リザドギルディと語らった時のことを、ふっと思い出した。

 ぬいぐるみを抱いたツインテールの幼女が、ソファーにもたれかかる姿。それこそが、俺が長年の修行の末に見つけ出した黄金比ですと、リザドギルディは照れくさそうに、しかし誇らしげに笑っていた。

 

 




 
オリジナルなウェイブブレイドも含めた戦闘部分は、思い切ってカット。だいぶ悩みましたが。

巨大将棋崩しは、アニメ版で没ネタになったというアレから。
 


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弐の巻
2-1 水虎特攻


 
二〇一六年六月二十五日 修正

趣味以外のなにものでもないタイガギルディの話。タイガギルディが好きというよりも、エレメリアン視点が書きやすいというか書いてて楽しいというか、そんな感じです。
内容を考えるのが楽しいのは総二×愛香のイチャイチャですが、エレメリアンの方は文章自体を考えるのが楽しいです。
でもエレメリアンばっかり書いてると、総愛書きたくてしょうがなくなる。




 どこかの学校のプールサイドに転移したタイガギルディは、戦闘員(アルティロイド)たちとともに大地に立った。

 プールサイドに、人の姿はまったくなかった。この国でかつこの時期、さらに言えば早朝という時間帯を考えれば、当然ではある。とはいえ、残念な気持ちはあった。

 あわよくば、ツインテールのスク水少女を()でたかったのだが。内心そう落胆しながら、タイガギルディは再び周囲を見渡す。タイガギルディの容貌は、虎を思わせる厳ついものであり、この場所にはいまいちそぐわないだろうが、それはどうでもいい。

 この世界で、ドラグギルディは生命(いのち)を落としたのか。

 タイガギルディはそう考えると、そっと眼を伏せた。人類の間でいう、黙祷という行為だ。悲しみはない。ただ、寂しさはあった。もう、あいつと語り合うことはできないのだな、と思った。しかし、まさか自分より先にやつが斃されるとは思っていなかったが。

 友であった。お互いに若く未熟だったころは、切磋琢磨する間柄(あいだがら)でもあった。

 いつのころからか、実力に開きが見えていた。気がつけばドラグギルディだけでなく、同期と言えるエレメリアンたちに比べて、タイガギルディの力は一枚も二枚も下になっていたのだ。それに対し、焦りと妬みを覚えていたこともあった。

 そんな時に、ドラグギルディに言われたのだ。(われ)は、ツインテールに対する愛において誰にも負けるつもりはない。それは、友であるおまえに対してもだ。その思いこそが、(われ)を強くした。いまの(われ)の強さは、おまえのおかげでもあるのだ。

 不思議とその言葉で、タイガギルディの中にあった暗いなにかは消えた。単純かもしれないが、そのまっすぐな言葉に打たれたのだ。

 ドラグギルディに比べれば、タイガギルディの強さは大したものではない。その後、さらに修練を重ねはしたが、幹部のなかでは、よくて中の下といったところだろう。しかしもう、焦りも妬みも湧かなかった。

 上を目指すのをあきらめたわけではない。修練は、いまでも続けている。だがそれ以上に、部下たちを導くのが、自分の役目だと思ったのだ。

 すべての生命は、母なる海から生まれた。遠く辿れば人類も同じであり、その人類の精神から生まれたエレメリアンもまた、そこから生まれたといっていいのではないかと思うのだ。

 スクール水着、あるいはスク水と呼ばれる衣装の属性力(エレメーラ)学校水着属性(スクールスイム)、それがタイガギルディの属性力(エレメーラ)。そして学校水着属性(スクールスイム)こそ、その母なる海に身を委ねる水の衣にして、星の意志を継ぐ属性力(エレメーラ)だと、タイガギルディは信じている。

 優しく生命を包む海のように、(みな)を導く。それが、学校水着属性(スクールスイム)を持つ自分の役目だと、タイガギルディは思ったのだ。ハイレグやらに対していろいろと思うことはあるが、それはそれとして。

 正直なところ、テイルブルーと会うのは楽しみだった。アルティメギル製のギアではあるが、デザインはスク水によく似たレオタード。彼女の容姿にスク水はとても合うことであろう、と思ったからだ。事実、映像で見たかぎりではとても似合っていた。

 友を斃されたかたちではあるが、怒りや憎しみはない。戦に生きてきたのだ。であれば、いつ命を落としても不思議はない。それが戦の(なら)いというものだろう。

 それに、やつは満足して逝ったのではないか、となんとなく思うのだ。

 今際(いまわ)(きわ)にドラグギルディから送られてきた言葉は、テイルブルーが新たな力と仲間を得たことと、彼が最も目をかけていた弟子に対するものだけだったという。

 増援を呼ぶこともなく、記録を残すこともなく、ドラグギルディは戦った。おそらく、ひとりの戦士として戦いたかったのだろう。将としての立場を忘れてまで。そして、散った。

 そんな勝手なやつのために、誰が怒ってやるものか。そう考え、タイガギルディはここに来た。仇討ちではない。補充部隊の長としてだ。

 ドラグギルディを斃した相手に、自分が勝てる可能性はほとんどないだろう。だが、あとに続く者の(いしずえ)になれば、それでいい。やつらの力を少しでも暴くことと、自らの戦いと死を、呼び水として戦意を上げること。それが、自分の最期の仕事だ。

 校舎の方を見る。テイルブルー、いやテイルブルーたちが来るまで、属性力(エレメーラ)を奪うことにしようか。

「モケーッ」

「む?」

 そう考えたところで、一体の戦闘員(アルティロイド)が上空を指差しながら声を上げた。見ると、人影がこちらにむかって飛んで来る。比喩ではなく、文字通り飛行してきているようだった。

 ひとりが、もうひとりを抱きかかえているようだった。おそらく、テイルブルーとその仲間。抱えてくる方の頭から、翼を思わせるなにかが広がっているように見えた。

 テイルブルーの『ギア』に、あのような機能はないはずだ。だとすれば仲間のものか、それとも新たな力という言葉から推測するに、『ギア』を強化したのかもしれない。あるいは、まったく別の装備である可能性もあるが。

 そこまで考えたところで、少し離れたところに二人が降り立ち、抱きかかえて来た方がもうひとりを優しく下ろした。運んできた方の、ツインテールを結ぶリボンを思わせる装甲から広がっていた、翼を思わせる光が消えた。多分あれで飛んでいたのだろう。

 抱えてきた方は、事前に確認していた映像とは装備のデザインが違うように見えるが、青いツインテールと貧乳からして、テイルブルーであろう。もうひとりは、赤く、美しいツインテールを(なび)かせた少女、いや幼女のように見えた。

 ほう、と感嘆の吐息を吐く。なにやら顔を見合わせ頷き合う二人に訝しいものを感じながら、まずは名乗りを上げることにしよう、とタイガギルディは思った。

「現れたか、テイルブルーとその仲間よ。我が名はタイガギルディイイイイイイイイーーーーー!?」

 そして名乗りを上げている最中、同時に跳躍した二人の蹴りを顔面に受け、タイガギルディは大きくふっ飛ばされた。

 

 

*******

 

 

 エレメリアンが現れたという方向にむかって、レッドはブルーとともに屋根の上を跳躍して進んで行く。出発して間もなく、ブルーがふと思い立ったように呟いた。

「どーせだから、ちょっと試してみようかしら」

「ん?」

属性玉変換機構(エレメリーション)!」

「おおっ?」

 建物の上で立ち止まったブルーが声を上げるとともに、薄緑色に煌めく小さな石、属性玉(エレメーラオーブ)が彼女の胸元から現れた。同時に、ブルーの左手首についている手甲パーツがスライドして展開し、そこに(あら)わとなった窪みに属性玉(エレメーラオーブ)がひとりでに装填される。

属性玉(エレメーラオーブ)髪紐属性(リボン)!」

「おおっ!?」

 スライドしていた部分が閉じ、彼女の全身が属性玉(エレメーラオーブ)と同じ薄緑色に輝く。ブルーの声と同時に、彼女のフォースリヴォンから光が伸び、翼を思わせるようなかたちを作った。

 驚くレッドの前でブルーの躰がふわりと浮き上がり、こちらに近づいてくる。

「これ、空飛べるみたいね」

「だな。って、ちょっ」

 相槌を打ったところでブルーが、レッドを横抱きにした。レッド、というか総二としては、男として逆の立場でありたいため慌てて声をかけるが、ブルーは気に留めずレッドを抱えたまま飛び立つ。あっという間に雲を見下ろせるぐらいの高さに到達した。そのまま目的地にむかって進み、レッドの眼に映る景色も移り変わっていく。

 かなりの高空に加え、速度も出ているはずだが、息苦しさはまったく感じられなかった。さすが、宇宙空間でも問題なく活動できるというテイルギアである。

「気持ちいいわねーっ」

「――――」

 きれいだ。ブルーの笑顔と、空の青を受けて普段とは違う輝きを魅せる彼女のツインテールに見惚れ、レッドは自然と思った。

 レッドの顔を見たブルーが、不思議そうに口を開く。

「どうしたの、そーじ?」

「いや、きれいだなって」

「ふぇっ!?」

「えっ、あっ」

 ボーっとしながら返した言葉にブルーが顔を赤らめ、その反応によってレッドも自分がなにを言ったかに気づき、顔が熱くなった。

 そこから少しだけ、お互いに無言で進んだところで、レッドは意識を切り替える。言っておきたいことがあった。

「愛香」

「う、うん、なに、そーじ?」

「えっとな、エレメリアンとは、俺ひとりで戦わせてくれないか?」

「――――どうして?」

 レッドの言葉を聞いて彼女も意識を切り替えたのか、ブルーが問い返してくる。

「俺はまだまだ戦いの経験が浅い。だから、少しでも強くなるために、強い相手と戦っておきたいんだ」

 思い出すのは、おぬしが戦いの経験を積んでいれば、というドラグギルディの言葉だった。確かにドラグギルディには勝てた。だが、自分が戦いに慣れていれば、もう少し楽になっていたのではないか、とも思うのだ。

 トゥアールを責める気はないし、テイルギアの性能でドラグギルディ以外のエレメリアンと戦っても、そこまでの経験にはならなかったかもしれない。とはいえ、はじめての実戦だったということで、うまく動けなかった部分があることも否定できないのではないか、とレッドは思う。

 ブルーが少し考える様子を見せ、口を開いた。

「学校はじまっちゃうから、一気にケリをつけること。それと、危ないと思ったらあたしも戦うからね?」

「ああ。悪いな、わがまま言っちまって」

「別にいいわよ」

 相手は、ドラグギルディの盟友と言っていた。だとすれば、レッドひとりでは荷が重いかもしれない。それでもレッドがひとりで戦うことを承諾してくれたのは、こちらの意思を汲んでくれたからだろう。ブルーの期待に応えるためにも、無様なところは見せられない、とレッドは思う。

 それに、愛香に恰好いいところを見せたいし、いや雑念は捨てろ、そんなことを考えている場合か観束総二、もといテイルレッド、と自分を叱りつけたところで、ブルーが不機嫌そうに呟いた。

「ただ、それはともかくとして」

「――――ああ」

 なにを言いたいのか、レッドも直感的に感じ取った。ふつふつと怒りが湧いてくる。

 いいところを邪魔した報いは、きっちり受けてもらう。

「うん。このあたりね。降りるわよ」

「おう」

 レッドが答えると同時に、すさまじい速度で急降下をはじめる。かなりの風圧であるはずだが、やはり息苦しさはまったく感じられなかった。

「っ」

 見えた。ほどなくしてどこかの学校のプールサイドに、虎を思わせる異形と、黒ずくめ、もとい戦闘員(アルティロイド)たちの姿を捉えた。一体の戦闘員(アルティロイド)がこちらを指差したのを皮切りに、全員が見上げてくる。

 そこから少し離れたところに、ブルーは周りへ風を起こすことなく静かに降り立った。はじめての飛行と降下だというのに一切の淀みを感じさせない彼女の動きに、レッドは内心で感嘆する。自分がやったとして、ここまできれいな動きはできないだろう。

 そう思ったところで、ブルーに優しく下ろされる。なにかこう、男として――いまは女だが――いろいろと複雑な気持ちになるが、無造作に放り投げられるよりはずっといいため、彼女の心遣いだと受け入れてエレメリアンの方にむき直る。怒りが、再び燃え上がった。

 レッドの横に並んだブルーと顔を見合わせ、頷き合う。そして、なにやら名乗りを上げはじめたエレメリアン目掛けて同時に跳躍し、その顔面に怒りのツインテイルダブルキックを炸裂させた。

 

「な、なにをする、きさまらー!?」

『やかましいわあああああああーーーーーーーっ!!』

 殺してでもうばいとる、とでも言われて襲われたかのような叫びを上げるタイガギルディの顔面を、レッドはブルーとともに殴りつけ、人の姿が見当たらない校庭の方に大きくふっ飛ばした。怒りのツインテイルダブルパンチを受けたタイガギルディは、受身を取ることもなく、そのまま地面に叩きつけられる。

『あれ?』

 困惑するレッドの声と、同じ調子のブルーの声が重なった。

 弱い、とレッドは思った。不意打ち気味ではあったが、まさか受け身も取れずにそのまま叩きつけられるとは思わなかったのだ。

 ツインテイルダブルパンチ、ツインテイルダブルキック。ひとりで放つ場合に比べ、『ツイン』テールで二倍、ダブルでさらに二倍、二人の怒りとか愛とかそういった力を合わせることで三倍、二×二×三で十二倍のツインテールパワーだー、などとわけのわからない言葉と理屈がレッドの頭をよぎったところで、ブルーの声が耳に届いた。

「ドラグギルディの盟友とか言ってた割には、かなり弱い気がするんだけど」

「――――まあ、考えてみれば、弱かったら友だち名乗っちゃいけないってわけじゃないしな」

「あー、それもそっか」

 同じことを思ったらしいブルーの言葉に少し考えてから返すと、彼女も納得する。

 そもそも、愛香に比べれば総二はずっと弱いが、友達なのだ。それ以上の関係になれただろうチャンスをぶち壊されたがそれはともかくとして、そのことを考えれば、別におかしいことではないだろう。

 そんなことを考えつつ、レッドはブルーとともに跳躍し、タイガギルディの近くに二人で着地する。レッドの耳が、喧騒を捉えた。校舎の方と、学校の敷地外の両方からだった。

 怒りのあまり、やりすぎてしまったかもしれない。レッドがそう考えたところで、タイガギルディが起き上がり、頭を振りながらブルーの方に顔をむけた。

「っ!?」

「なによ?」

 絶句した様子のタイガギルディに、ブルーが訝しげに問いかける。少ししてタイガギルディが、怒りと嘆きを感じさせる大仰な動きを見せ、叫びを上げた。

「テイルブルーよ、なんだその恰好は!?」

「は?」

「俺は貴様と会うことを楽しみにしていた! すばらしきツインテールを持ち、スク水をまとう貴様と会うのをだ! だがなんだ、貴様のその恰好は!? ツインテールはすばらしいが、そのような布面積の少ない水着など、スク水と比すれば尻を拭く紙も同然! スク水に謝るがいいいいいいいいーーーーー!?」

「好きでこんなカッコしてるわけじゃないわあああああああああ!!」

 盛大にブルーの地雷を踏み抜いたタイガギルディは、怒りと悲しみに満ちた彼女の叫びと拳によって、またも殴り倒された。虎も鳴かずば撃たれまい、などとよくわからないことをレッドは思う。

 そんな、コンプレックスである貧乳を刺激するデザインの衣装を、ブルーが我慢して使っているのは理由があった。まあ理由というほどのものではないが、製作者であるトゥアールが変更してくれないのだ。

 私の想いも背負って戦ってくれるんじゃなかったんですか、とトゥアールが切なそうに訴えてきたのだ。デザインの変更と、想いを背負うということの関連性がどこかズレているような気がするが、どうにも変更してくれそうにないので、いまのところはこのままである。

 それはともかく、いまさらではあるがさっきの提案を実行することにする。

「あー、ブルー。とりあえず俺に戦わせてくれ」

「――――ええ、わかったわ。思いっきりやっちゃって」

「おう。ブレイザーブレイド!」

 まだ怒りは収まらない様子だが、すんなりと承諾される。最後のひと言に、さっき告白を邪魔されたこと以外の念がこめられているように感じたのは、気のせいだろうか。

 そんなことを考えながら剣を手元に呼び出し、顔を押さえて起き上がったタイガギルディの前に進み出る。

「き、貴様は!?」

「俺はテイルレッド! テイルブルーの相棒だ! そして俺たちの名は、ツインテイルズ!」

 驚愕するタイガギルディの言葉に先んじて名乗りを上げる。トゥアールはこの場にいないが、それでもツインテイルズは三人揃ってのものとレッドは思っているため、二人で、とは言わない。

「お、おお――」

「っ?」

 レッドの名乗りを聞いたはずだが、タイガギルディは呆然としたままだった。

『モケーッ』

「っ」

 いまさらといった感じだが、戦闘員(アルティロイド)たちが近寄ってきた。ブルーが構えをとるが、なぜか彼らは、囲むかたちではあるが距離は遠めで、襲いかかってはこない。なんとなくだが、カメラを構えている戦闘員(アルティロイド)たちを、なにも持っていない戦闘員(アルティロイド)たちが守っているようにも見えた。

 いつもは二、三体ぐらいの戦闘員(アルティロイド)がカメラを持っているが、普段よりカメラを持っている戦闘員(アルティロイド)が多く、レッドとブルーをあらゆる方向から撮影しているようだった。意識をむけると、遠くの方から撮影している者もいるように感じた。威力偵察といったところかもしれない。

 どうする、とブルーの方に視線をむける。少し考えるそぶりを見せたあと、ブルーが口を開いた。

「んー、特に気にすることないんじゃない?」

「へっ? あー、確かにそうか」

 軽い調子で返されキョトンとするが、確かに気にしてもしょうがない、と納得する。なにせ自分は、武術の経験こそあるものの、戦い自体ははじめたばかりなのだ。力を見せないように、などと器用なまねはできないし、それで変な癖がついてしまう方が困る。全力でやっていくしかない。

 どちらにせよ、戦闘員(アルティロイド)たちの相手はブルーに任せ、自分はタイガギルディを相手にする。再びタイガギルディに視線をむけるが、やはり彼はレッドを見つめたままである。なんなのだろうか。

 先手を打つか。レッドがそう考えたところで、突然タイガギルディが顔をほころばせた。

「すばらしい! テイルブルーに勝るとも劣らないツインテールに、テイルブルーの紙切れなど足元にも及ばないすばらしいスク水!!」

「――――は?」

 タイガギルディの叫びの意味がわからず、躰が硬直したレッドの口から思わず声が漏れた。

 タイガギルディはレッドの反応に構わず、まるで動物が服従する時のような姿勢で地面に仰向けになると、だらしなく四肢を投げ出した。子犬や子猫なら、その可愛らしさで笑顔になれただろう。だがタイガギルディの姿は、筋骨隆々とした躰と、虎を連想させる獰猛そうな厳つい獣顔なのだ。可愛らしさなど、まったく感じられなかった。

「な、なんなんだよ、おまえ。腹出して寝転がって――」

 あまりにも異様な絵面と、意図がさっぱりわからないタイガギルディの行動にレッドは恐怖を覚え、反射的に大きく飛び退(すさ)る。

 タイガギルディが、その体勢のまま叫びを上げた。

「すばらしきスク水をまとう幼女よ、後生(ごしょう)だ! 我が腹を海と見立て、元気よく泳いでくれい!!」

「変態だああああああああああああああ!? ってこっち来んなあああああああああああああ!?」

 タイガギルディの能力によるものか、彼の躰がまるで水に浸かったかのように大地に沈み、そのまま背泳ぎでこちらに近づいてくる。フォーム自体は美しいとさえ形容できるものではあったが、想像を超えた怒涛の変態っぷりにレッドは思わず絶叫を上げた。

 タイガギルディは止まることなく迫り、レッドを中心にして旋回するように地面を泳ぎ回る。パニック映画などで見た覚えのある、鮫が獲物に襲い掛かるシーンを思い出した。

 何度か旋回したタイガギルディが、地面に沈んだ。そう思った直後、ザバーンとでも音が付きそうな勢いで、地面から飛び出したタイガギルディが宙に身を(おど)らせ、レッドの方に飛びこんで来た。今度は、水族館のイルカショーなどで見る、イルカのジャンプのようだった。いや目の前の光景は、子どもが泣き出しそうなほど絵面がヒドすぎるが。

「きゃーっ!?」

属性玉変換機構(エレメリーション)!」

 あまりのおぞましさに、レッドがこれまでの人生で一度も出したことのないか弱い悲鳴を上げ、剣を取り落として尻餅をついてしまったところで、ブルーが鋭く跳躍した。

「っ?」

属性玉(エレメーラオーブ)体操服属性(ブルマ)!」

「さあ幼女よゴボオオオオオオオッ!?」

 タイガギルディより高く跳び、空中で属性玉変換機構(エレメリーション)を発動したブルーの躰が、地面に引っ張られたかのように急降下した。その勢いのままブルーが、レッドに迫って来る変態(タイガギルディ)の腹を両足で踏みつけ、すさまじい速度でそのまま落下する。ブルーが乗ったままタイガギルディがとてつもない勢いで地面に激突し、大きな音が辺りに響いた。

 音がしてすぐ、タイガギルディの躰が地面に沈んでいき、軽く飛び退いたブルーが着地する。少ししてからちょっとだけ離れたところへ、まるで水面に浮き上がるようにタイガギルディが現れた。

 空中に飛び上がったところでは、能力を解除していたのかもしれない。そして、落下のダメージを少しでも軽減するために、再び能力を使用したのだろう。タイミングはかなり遅かった気もするが。

 いろいろな意味でその考えは当たっていたらしい。ダメージはかなりのものだったのか、タイガギルディはすぐに能力を解除し、地面の上で腹を押さえて悶絶しはじめた。

 呆れたような、うんざりしたような様子でブルーはタイガギルディに視線をむけてため息を吐くと、すぐにレッドにむき直って口を開いた。

「えーとね、レッド。アルティメギルの連中って、だいたいこんなやつばっかりだから」

「い、いや、リザドギルディやドラグギルディは結構まじめじゃなかったか? 変態って言えば変態だったけど。それとも、ほかのやつらはみんなこんなのだったのか?」

 レッドが直接知っているエレメリアンといえば、そのふたりしかいない。しかしほかの連中も、テレビで見るかぎりでは(おおむ)ねまじめに戦っていたように思えたのだが。

「あー。まあ確かに、戦いはじめてからこいつみたいなことするやつはいなかったわね。アレなこと言うやつはいたけど」

「そう、か」

 レッドはブルーの言葉に頭を抱えると、ひとつの感情が燃え上がってくるのを感じた。

「そうか。俺はよりによって、そんな変態に告白を邪魔されたのか」

 あまつさえ、そんな相手に怯え、剣を取り落とした上に尻餅までつき、まるでか弱い少女のような悲鳴を上げるなどという醜態まで晒してしまった。目の前の変態に、そしてなによりも自分自身に怒りが湧いてくる。

「お、おおおぉ」

 少ししてある程度ダメージが抜けたのか、腹を押さえながらタイガギルディが起き上がった。レッドは先ほど取り落とした剣を拾い上げ、タイガギルディを静かに見据える。

 一気に決着をつけるならば、いまがチャンスだろう。だが、この状況で不意を打って斃したとしても戦いの経験にはならない。強くなるために、一戦たりとも無駄にできないのだ。いや、学校に急がなければならないのも確かなのだが、それはともかく。

 もう恐れない。強くならなければならないのだ。おまえも全力でかかってこい。俺は、負けない。その意思を、剣とツインテールにこめて、改めて剣を両手で構える。

 タイガギルディはレッドを見てハッとした様子を見せると、構えを取り、顔を引き締めた。おそらくレッドの気迫に気づいたのだろう。やはりドラグギルディの友を名乗るだけのことはあるのだと、少し見直すような気持ちになった。

『――――』

 いつの間にか増えた、レッドたちを見つめる観客たちも、静かになっていた。戦闘員(アルティロイド)たちはカメラを回し続けている。

「フッ」

「っ」

 タイガギルディが、不敵に笑った。空気が変わったように感じ、ゴクリと誰かが唾を飲む音が、聞こえた気がした。

 来るか。わずかな動きも見逃さないよう、レッドはさらに集中する。

 そして、タイガギルディが腹を出して寝転がった。さっきのように。

「さあ、幼女よ! 今度こそ我が腹の上で――」

「――――オーラピラアアアアーーーーッ!!」

「ぬおお!?」

 プチッ、となにかが切れるような音が聞こえた気がした瞬間、レッドは目を吊り上げ、吼えると同時に剣から火球を放った。なんかもう、いろいろなものに対する怒りでいっぱいだった。

 火球は、タイガギルディに当たる直前に爆発し、螺旋を描くようにその躰を取り巻いていくと、一瞬で円柱のようなかたちとなって彼を包みこむ。その結界に包まれたタイガギルディは、強制的に立ち上がるかたちとなった。

 敵を拘束する結界、オーラピラー。ドラグギルディのような強力なエレメリアンには破られることもあるだろうが、必殺の一撃を直撃させやすくすることに加え、エレメリアンの爆発を最小限にとどめるためにも、戦闘では有効に使って欲しいとトゥアールから言われている。あたしが使ってた『ギア』のピラーにも、相手の動きを止める効果があったらもっと楽だったのに、と愛香がぼやいていたがそれはともかく。

完全開放(ブレイクレリーズ)!」

 再び剣を構えながら声を上げると、その剣の形状が変化し、展開した刀身から炎が噴き上がる。

 そしてレッドは、タイガギルディ目掛けて高く跳び上がった。

「グランド・ブレイザアアアーーー!!」

 自身の躰を包む結界を解こうとするそぶりも見せないタイガギルディにレッドは、跳躍の勢いを生かし、怒りの咆哮とともに剣を振り下ろす。

 レッドを見つめ続けるタイガギルディの躰を、炎の剣が切り裂いた。

「お、おお――。やはり、すばらしい」

「なに?」

 恍惚とした様子で漏らされたタイガギルディの呟きにレッドが反応するが、彼は誰にともなく言葉を続ける。

「すまんな、スパロウギルディ。このタイガギルディ、戦いの中で戦いを忘れてしまったようだ。だが、これほどのツインテールを持った幼女に敗れるのであれば、本望というものっ。なにより、このスク水! やはり俺は間違っていなかった! 生命は海から生まれた。その海に身を委ねる水の衣スク水こそおおおおおおおおーーーーー!?」

「さっさとくたばれえええええええーーーーーーっ!!」

 レッドの恰好のせいなのだろうか、なかなか力尽きず残念なことを口走っていたタイガギルディだったが、ブルーが怒りの咆哮とともに投げ放った必殺の剛槍に貫かれると、いまいち締まらない断末魔の叫びを上げて今度こそ爆散した。

「――――」

 いや、海でスク水を着るやつは、そういないだろ。

 タイガギルディの最期の言葉に、レッドはそんなどうでもいいことを考えた。

 

 戦闘員(アルティロイド)たちが、タイガギルディが爆散した場所へむけて一斉に敬礼し、淀みなく撤退していく。まるで、そこまで指示を受けていたかのような逡巡のない動きだった。気にはなったが時間はないため、レッドもブルーも彼らを攻撃することはしない。

「さっさと行きましょ、レッド」

「ああ」

 ブルーの言葉に答えて周りを見渡すと、近くでなにかの撮影でもしていたのか、テレビ局の人たちらしき姿を見つけた。ふとレッドの頭に、あることが思い浮かぶ。

「いや、ちょっと待ってくれ、ブルー」

「ん?」

 首を傾げるブルーのそばから離れると、レッドはカメラの前に進み出た。周囲がざわめくなか、遠すぎず、近すぎずといったあたりで足を止める。

「き、君は?」

「俺はテイルブルーの相棒、テイルレッド! そして俺たちは、ツインテイルズ!」

 レッドは拳を高々と掲げ、問いかけてきたひとりの言葉に答えるように、カメラにむかって名乗りを上げた。どういうわけか、周囲のざわめきが一斉に止まる。

 その反応に不思議なものを感じなくはないが、さすがにもう急がなければまずい。目的は果たしたので、すぐにブルーのそばに駆け寄ると、戸惑った様子の彼女へ呼びかける。

「よし、行こうぜ、ブルー」

「あ、うん」

 ブルーは生返事をすると髪紐属性(リボン)を発動し、来た時と同じようにレッドを横抱きにした。なぜか周りが息を呑んだように感じたが、そのまま空へ飛び上がる。

 離れたあと、そこからとてつもない歓声が聞こえた。

 

 

 歓声が、(いま)だに聞こえてくる。なんとなく気になったが、戻って確かめるわけにもいかないため、ブルーはとりあえず横抱きにしたままのレッドに話しかけた。

「なんであんなことしたの?」

「あ、悪い。怒ったか?」

「あっ、えっと、怒ってるんじゃなくって、どうしてあんなことしたのかな、って」

「――――ああ」

 こちらが怒っていると勘違いしていたのか、ブルーの言葉にレッドはホッとした様子を見せた。

「会長に、いや、みんなに伝えたかったんだ。テイルブルーはもう、ひとりじゃないって」

「え?」

 思ってもみなかった言葉に、ブルーは戸惑う。レッドが、ブルーの眼を見つめてきた。

「会長以外にも、きっといたと思うんだ。愛香が――、テイルブルーがひとりで戦っていることを気にしてる人って。そういう人たちに伝えたかったんだ。テイルブルーはもう、ひとりじゃない。テイルレッドって仲間ができたから、もう心配しないでくれって」

 まあ、ビビッてカッコ悪いところを見せっちまったけどさ、と自嘲するように大きくため息を吐き、レッドが力なく言葉を締めた。タイガギルディへの反応のことを言っているのだろうが、いきなりあんなものを見せられれば、驚いても仕方ないだろう。ブルーは特に気にせず対応したが、いままで戦い続けてきたことで免疫ができていたようなものなので、別段気にすることでもないと思った。

 女の子のような悲鳴を上げてしまったことに関しては、まあ精神は肉体に引っ張られるとも言うし、多分それもしょうがないことなのだろう。それに、本人が一番気にしてそうなので、そのことについてはなにも言うまい。自分も、いまのレッドが幼い少女の姿のため横抱きにしているが、別の抱え方にした方がいいだろうか、とブルーは思った。

 とりあえず、話を続ける。

「でも、そのあとはしっかり戦おうとしてたでしょ。だったら問題ないと思うわよ。相手が変態過ぎたせいでいろいろと無駄になった感じだけど」

「――――ああ」

「強くなろうって思ったって、すぐに強くなれるわけじゃないしね。あたしだって、まだ足りないところがたくさんあるから」

 思い出すのは、ドラグギルディに言われた言葉だった。愛香に欠けている、自信と誇り。そして、心のどこかにある、わだかまりのようなもの。

 総二のために、総二にふりむいてもらうために、ずっとツインテールにしてきた。手入れに関しても、手を抜いてきたつもりはない。トゥアールからもドラグギルディからも、この世界における第二位のツインテールだと太鼓判を押されたほどだ。

 だがそれは同時に、あくまでもこの世界においてなのだ。かつてのトゥアールには及んでいないということも、それこそドラグギルディと、当人であるトゥアールから言われた。

 心の中にある、いろいろなものとむき合わなければならないのかもしれない。それは、総二への想いと、それとともにある、自分にとってツインテールとはなんなのか、といったものなのかもしれない。なんとなくそんなふうに思った。

 一旦気持ちを切り替え、まだどこか落ちこんだ様子のレッドに話しかける。

「でもね、そーじ。あたしはやっぱりそーじのこと、すごいなって思う」

「え?」

「あたしは、会長たちのことまで気にしてなかったから。励ましてもらったのにね」

 会長の言葉には少なからず励まされたというのに、自分は彼女に対してなにかを返そうとも思わなかった。情けない、と自分のことを思う。

 ただ強いだけでは、力があるだけでは、きっと駄目なのだ。

「だから、気づかせてくれてありがとう、そーじ」

「愛香」

「一緒に強くなろ、そーじ」

「――――ああ。そうだな」

 ブルーの微笑みに、レッドも微笑みを返してくる。

 いろいろといい雰囲気ではあるが、少し気恥ずかしくなった。ごまかすように呟く。

「あー、でも、この分じゃ遅刻ね」

「うっ、わ、悪い、手間取っちまって」

「えっ。あ、ごめんっ。そういうつもりで言ったんじゃないのよ。一番悪いのは、あのタイミングで出てきたアルティメギルだしね。それに、そーじがひとりで戦うのを認めたのはあたしだし、一緒になってぶん殴ったりしてたし、気にすることないわよ」

「だけど」

「――――うーん」

 迂闊なことを言ってしまったかもしれない。ほんとうにこちらは気にしてないのだが、レッドはまだ気にした様子である。なんて言えばいいのだろうか。

「えーっと。――――ほら、そーじと一緒に遅刻の、同時入室で変な誤解されてからかわれるとか悪くないかなーって思うし、だから気にすることない――」

 変な誤解とは、どういうことを言うのか。そう考えたところで、声が尻すぼみになった。

 ここ最近、総二からしてもらっていたことが頭に浮かび、時間にすればついさっきのこととなる、彼から告白してもらえそうだったことを思い出す。

 レッドも恥ずかしくなったのか、顔を赤くした。

「そ、そっか。そうだな。まあ、悪くはないな、うん」

「う、うん。だよね」

 お互いに少し黙りこみ、レッドが意を決したように口を開いた。

「愛香! 俺と付きあっ」

『総二様、愛香さん、お疲れ様です! ドラグギルディの盟友とか言ってた割には大したことのないやつでしたね! それにしても総二様はやはりお優しい方ですね! 応援してくれる人たちのことまで気を遣われているなんて、どこぞの蛮族とは大違いですよ! それはそうとして、今日転入しても私の計画通りに行かなくなりそうなので、今日は見学だけにして後日編入することにしますね! あとですね――!』

「ておおおおおおおおおーーーーーーーーーい!?」

 トゥアールの息を吐かせぬマシンガントークに言葉を遮られたレッドが、叫びを上げた。

「トゥアールッ。あんたっ!」

『やらせはしません! 愛香さんに総二様の童貞を! やらせはしません! やらせはしませんよおおおおおおおーーーーーーー!!』

「やかましいわああああああーーーーー!!」

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――」

 マシンガンを持って巨大人型ロボットに応戦するかのような気迫を見せるトゥアールに、ブルーは怒りの叫びを上げ、レッドは顔を両手で覆って意味のない呻き声を漏らす。

 学校に着くまで、グダグダな空気が変わることはなかった。

 

 

*******

 

 

 自分以外に誰もいない大会議室で、スパロウギルディはひとり、椅子に腰かけじっとしていた。そこで、タイガギルディ帰還の報を待っている。しかし、タイガギルディの凱旋を願いながらも、心のどこかでそれをあきらめている自分がいることに、スパロウギルディは気づいていた。

「っ」

 複数の足音が聞こえてくる。数は五か六。かなり早いことから、駆けてきているのだろうことは予想がついた。そのことに、嫌な予感が大きくなる。

 大会議室の入り口に、焦った様子のエレメリアンたちが姿を見せた。

「報告いたしますっ、タイガギルディ殿が、敗れました――!」

「そう、か」

 やはりか、と口に出しこそしなかったが、スパロウギルディはそう思った。予想はしていたが、落胆は消せなかった。

 学校水着属性(スクールスイム)の雄にして、ドラグギルディの盟友であるタイガギルディだが、純粋な戦闘能力ではドラグギルディと大きな差があった。

 タイガギルディは、ハイレグなど布面積の少ない水着に多少の隔意を持っていたが、自分の属性力(エレメーラ)と並ぶ属性に対してそういった感情を持つエレメリアンは、決して少なくない。なにかを愛する心、属性力(エレメーラ)から生まれた以上、それは仕方ないことだ。

 タイガギルディはそれでも、スク水以外の水着もある程度は認めており、その大らかさゆえに多くの部下から慕われていた。だがその心こそが、タイガギルディが強くなれなかった理由かもしれないと、スパロウギルディは思っていた。

 己の愛するものに対する、譲れない想い。それが彼には欠けていたのかもしれないと、ふと思う時があったのだ。

 もちろん、散っていったタイガギルディを悪く言うつもりなど、スパロウギルディにはない。スパロウギルディの勝手な考えでしかなく、まるで見当違いの推測だと言われれば、返す言葉はない。

 ただいずれにせよ、タイガギルディは負けるべくして負けた。冷たくはあるが、そう考えるしかなかった。そしてそれは、タイガギルディも予想していたのだろう。

 俺が戻らなかったら、部下たちのことは任せたぞ。タイガギルディからそう言われていたのだ。おそらく彼は、あとに続く者たちのために、隊長として最期の仕事を果たしに行った。

 それを、無責任だとは言い切れない。ドラグギルディが斃されたことで、隊の士気は下がっていた。

 圧倒的な強さと強烈なカリスマを持っていた、ドラグギルディ。その彼が命を落としたこと自体もそうだがそれ以上に、なんの記録も残さなかったことが、士気を下げた要因だった。

 敬愛するドラグギルディの最期の戦いが、どのようなものであったのか。どのような最期だったのか。それを知りたがる者は、隊の全員だった。

 しかし残されたのは、言葉だけだった。

 そのためだろう、ドラグギルディが死んだという実感が湧かなかった。あのお方が負けるはずがない。沈みこむ自分たちの前に姿を見せ、一喝してくれるのではないかと、あるいは、なにをそんなに落ちこんでいるのだ、と鷹揚に笑い飛ばしてくれるのではないかと、そんな淡い期待を抱いてしまうのだ。

 仇討ちだと気炎を吐き、出撃を願う者もいたが、それはどこか自暴自棄なものを感じさせるものであり、ドラグギルディの跡を追いたいのだとしか思えないものだった。

 遺された隊をまとめる者として、それを認めるわけにはいかなかった。場合によっては、そこから隊が完全に崩れる可能性すらあったからだ。確かに、テイルブルーとその仲間の力を調べるために誰かが出撃しなければならなかったが、その戦い次第ではさらに士気が下がる可能性があり、下手な者を出すわけにはいかなかった。

 その役を、タイガギルディはなにも言わずに買って出てくれた。おそらくは、力がなくともやれることはあると、死に急ぐなと皆に伝えるために。

 力は弱くとも、その在り方は間違いなく、幹部にふさわしいものだった。

 タイガギルディ隊のエレメリアンのひとりが、一歩進み出た。二足歩行の蟹を思わせるエレメリアン。名は確か、クラブギルディ。

 その眼には、闘志があった。隊長の跡を追いたいという自棄(ヤケ)になったものではなく、必ずやつらを倒してみせるという、強い光だ。タイガギルディの隊だけではなく、スパロウギルディの部下たち、すなわちドラグギルディ隊の者たちにも、同じ光があった。弱々しい光は、もうどこにもない。

 タイガギルディが狙っていたのはこれだったのだろうと、スパロウギルディは思う。

「スパロウギルディ殿、出撃させてください。タイガギルディ様の仇を討ちたいのです!」

「待て」

「っ、なぜです、スパロウギルディ殿!」

「仇を討つのを待てと言っているのではない。その前に、やらなければならないことがあるというだけだ」

「やらなければ、ならないこと?」

「タイガギルディ殿が遺してくださった情報を、しっかり確認せねばならぬ。それを怠っておまえたちがむざむざ斃されることを、タイガギルディ殿が、そしてドラグギルディ様が望むと思うのか?」

 全員が、ハッとした様子を見せた。スパロウギルディはひとりひとりと眼を合わせると、強い意志をこめて語り掛ける。

「テイルブルーとその仲間を含め、必ずやこの世界の属性力(エレメーラ)をすべて奪う。そのためには、一兵、一戦たりとも無駄にしてはならん。――――ドラグギルディ様とタイガギルディ殿を破ったことから、我らだけで勝てる可能性は限りなく低いだろう」

「そんな弱気なことをっ」

「だがそれは、勝てないという意味ではない。やつらの力を探り、分析し、いつか打ち破る。死ぬためではなく、最後に勝利を得るために戦うのだ。それを心せよ」

『っ! ――――はっ!』

 全員が姿勢を正し、敬礼した。スパロウギルディも静かに敬礼を返す。

 侵略をあきらめないかぎり、彼女たちと戦い続けることになる。犠牲は、出続けるだろう。だが、いまの彼らを退かせることなど考えられなかった。ここで退いたら、武人ではない。

 傍から見れば、馬鹿馬鹿しい考えだろう。それで死ぬのならば、結局は同じことだと。それも、否定はできない。

 だがそれでも、ここで臆病風に吹かれて撤退してしまったら、その瞬間に武人としての、そしてエレメリアンとしての誇りと矜持は死ぬ。いままでの生が無意味なものになってしまう。そんなふうに思うのだ。同時にその思いは、生きている限り心に(かげ)となってつきまとうだろう。それは、死よりもずっと恐ろしいものに思えた。

 自棄になって戦うのではなく、個としての身勝手なものでもなく、散っていったドラグギルディやタイガギルディ、数々の同胞たちのために、これからあとに続く者たちのために、戦うのだ。

 人類からすれば、侵略者がなにを勝手なことを、と憤ることだろう。だが、自分たちも生きているのだ。どれだけ浅ましく見えようとも、生きることを放棄することだけはしたくなかった。

「モケー」

「うむ。まずは、ここにいる我らだけで確認しよう」

『はっ!』

『モケーッ』

 カメラを差し出してきた戦闘員(アルティロイド)にスパロウギルディが答えると、全員が一斉に頷く。あくまでも念のためである。

 カメラの映像が、再生された。

「――――!」

「お、おお!」

「な、なんと」

「これは――」

「――――皆を集めよ」

『はっ!』

『モケー』

 再生された映像を見たエレメリアンたちが声を漏らし、スパロウギルディが招集を命じると、一斉に駆け出していく。

 彼らを見送り、スパロウギルディは大きく息を吐く。

「テイルブルー、テイルレッド。そして、ツインテイルズ、か」

 スパロウギルディの声が、誰もいない大会議室に消えていった。

 

 




 
髪紐属性(リボン)の翼の描写は、アニメ、漫画版より。原作ではパーツが伸びる方向ですが、ほか二つでは光で形成されているようですのでこちらに。

タイガギルディ、パワーアップ。イルカのように飛びこんでくるのではなく、レッドの足元から出てればワンチャン、あったかなあ。イルカに乗った少女ならぬ、虎(仰向け)に乗った幼女かあ。
ブルーによる迎撃はいくつか考えましたが、シンプルに体操服属性(ブルマ)で踏みつぶすってことに。マッスルインフェルノとか考えましたが、そのあとの空気がさらにヒドイことになるためボツ。サーフボードに見立てられる直立タイガギルディの絵面は――。

スパロウギルディは原作よりも老兵っぽく、というイメージで。
 


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2-2-上 双房部設立

 
またもお待たせしてしまいました。
ダイジェストに肉付けしていったらまた大幅に増えたため、上下に分割して投稿させていただきます。

八月八日に新作の短編を投稿しております。またも俺ツイです。短編というより小ネタのようなものですが、よろしければご覧ください。
 


 教室を目指して、愛香とともに学校の廊下を静かに進む。すでに一時間目の授業がはじまっているためだ。なるべく大きな音を立てないように、しかし早足で急ぐ。少しして、総二たちの教室に着いた。

 当然のことながら、中からは授業をしている教師の声が聞こえた。この雰囲気のなか扉を開けて入るのは、正直なところかなり抵抗があった。総二は朝に弱く、寝坊する時もあったが、そんな時は愛香に起こされていたため、遅刻したことはなかったのだ。

 ふり返って愛香と頷き合うと、覚悟を決めて扉にかけた手に力をこめ、あまり音が立たないようにゆっくりと扉を開ける。

「し、失礼します」

「ち、遅刻してすいません」

 二人でそう言いながら教室に入ると、中に居た全員の視線がこちらにむいた。珍しいものを見るような視線の群れに少したじろぐが扉を閉め、授業をしていた樽井教諭のそばに近づく。なぜか女子たちは全員、愉しそうにニヤニヤしていた。

 いつも通りの間延びした声で、樽井教諭が声をかけてきた。

「遅刻ですよ、二人とも~」

『す、すいません』

「ま~、いいですけどね~。今後は気をつけるようにしてくださいね~」

「は、はい」

「き、気をつけます」

 総二と愛香が同時に謝り、返ってきた樽井教諭の言葉にホッとひと息つく。

「それで~、どうして遅刻したんですか?」

「えっ」

「あ、えっと」

 当然といえば当然の質問だろうが、アルティメギルと戦っていました、などと言えるわけがない。適当な理由を考えていなかったことに気づき、総二が声を漏らしたところで、愛香が慌てて声を上げた。

「その、ですね」

 上げるが、なぜか愛香は途中で顔を赤らめ、モジモジしながら総二の顔を見る。可愛いな、と場違いなことを総二が考えたところで、男子の何割かがなにかに気づいた様子を見せ、女子勢はさらにニヤニヤと笑みを深くした。

 なんなんだ、と総二が思ったところで、朝の出来事がふと頭をよぎった。アルティメギルと戦ったことではなくその前の、愛香に告白しようとしたことだ。

「っ」

 顔が熱くなり、口元を手で隠す。愛香が赤くなっているのも、同じことを考えてしまったからかもしれないと総二は思った。

「ああ~、わかりました。それじゃ~、二人とも席についてください~」

「えっ?」

「い、いいんですか?」

「あー、はい。だいたいわかりましたから」

『へっ?』

 樽井教諭の言葉に、総二が愛香と同時に間の抜けた声を漏らすと、彼女は教壇から、席に着いた生徒たちを見渡した。

「え~とですね~。皆さんも高校生になったことですし、異性に興味を持つお年頃だと思います。ただですね~、節度あるお付き合いをするように心がけてくださいね~。なにかあると面倒なので~」

『ちょっ!?』

 樽井教諭の言葉に、総二が愛香とともに慌てて声を上げるが、やはり彼女はどこ吹く風であった。樽井教諭はそのまま言葉を続ける。

「不純異性交遊は駄目ですからね~」

「ふ、不純じゃないですよ!」

「そ、そーじっ?」

「はっ!?」

「ま~、なんでもいいですけど~、席に着いてくださいね~」

 反射的に言い返してしまったところで、総二は我に返った。さっきよりも顔を赤くしながらも嬉しそうな愛香に、おおー、と感心するような声を上げる男子生徒たち、そしてなにやら親指を立て、サムズアップしてくる女子たちの姿が眼に入る。

 あとでからかわれるんだろうな、といろいろ複雑な気持ちになりながら、総二は愛香とともにそれぞれの席にむかった。

 

 ふう、と総二は息を吐いた。いまはもう放課後である。

 総二には友だちと言えるほど仲のいいクラスメイトはいないため、積極的になにかを言ってくる者はいなかったが、ツインテール部設立の手続きや、部室予定の部屋の掃除など、休み時間のたびに愛香と行動していたこともあって、ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべてくる者はいた。愛香の方は、友だちから普通にからかわれ、恥ずかしそうではあったが、やはり嬉しそうに応答していた。

 総二も、愛香との仲をからかわれること自体は嫌ではない。ただ、恥ずかしくはあった。

「じゃあねー、愛香」

「うん。じゃあ、またね」

「観束君もバイバーイ」

「あ、ああ。さよなら」

「じゃあなー、観束」

「お、おう」

「観束君。これからワクワクもんだねっ?」

「先生が言ってた通り、ほどほどにしときなさいよ?」

「そうそう、節度は守れよー」

「やりすぎるなよー?」

「爆発しろ」

「砕けろ」

「神罰です」

「いっぺん死んでこいっ!」

「調子こいてんじゃねーぞコラァ!」

「ブルゥアァァァァァァァァァ!!」

「言っとくけど誤解だからな!?」

 時々からかっていく生徒もいるが、次々とクラスメイトたちが教室から去っていく。からかうと言っていいのかわからない言葉を残していく者もいたがそれはともかくとして、しばらく経ったところで、教室に居るのは総二と愛香だけになった。

 これからツインテール部の部室にむかうわけだが、トゥアールも学校内の見学を兼ねて合流する予定だった。しかし、どこで合流するかは決めていなかった。そういえば、やるべきことがあると言っていたが、なんなのだろうか。

 帰りのホームルームが終わる時間は伝えてあるため、何事もなければこちらに来ているはずなのだが。

「とりあえず、トゥアールを待つ?」

「うーん。そうだな、一旦玄関に行ってみるか?」

「そ、その必要は、ありません」

「ん、トゥアール、来てたのか。――――ん?」

 現れたトゥアールは、教室の扉にしがみつくような姿だった。どこか元気が無いように見えた。

「どうしたの。なんかふらついて、っ!?」

「トゥアール!?」

 愛香の言葉の途中でトゥアールが、扉にもたれかかるようにしてゆっくりと倒れた。慌てて駆け寄り、抱き起こす。

「トゥアール、どうし、っ!?」

 手が、冷たかった。まるですべての生命力を吸い取られたかのように、生気が感じられなかった。

 いったいなにが、彼女の身に起こったというのか。

 トゥアールが、力のない声を漏らした。

「総二様、愛香さん」

「トゥアール、しっかりしろ!」

「なにがあったの、トゥアール!?」

「流し斬りが完全にはいったのに」

「マジでなにがあった!?」

「――――グフッ」

「トゥアールッ!?」

「トゥアールーーーーーーッ!!」

 力をなくしたトゥアールの手が、総二の手からこぼれ落ちた。

 

 ひとつの部屋の前で、立ち止まった。

「この部屋ですか、総二様?」

「ああ。ここがツインテール部の部室だよ、トゥアール」

 トゥアールからの質問に、総二は頷いて返した。

 あのあと少ししてから、トゥアールが例のごとく何事もなかったかのように復活し、三人でここに来たのだ。なにがあったのか訊きはしたのだが、ア、ウ、オ、とだけしか答えてくれないこともあって、追求はあきらめた。知らなくていい理由が返ってきそうな気がしたというのもあるが。

 あんなふらついていて誰かに止められなかったのか、とトゥアールに尋ねたが、来る途中は、認識攪乱装置(イマジンチャフ)を使ったうえでダンボール箱を被っていたため、特に見咎められることはなかった、という答えが返ってきた。ダンボールはむしろ目立つだろうとちょっと思ったが、なぜか有無を言わさぬ説得力を感じ、不思議と納得してしまった。

「とりあえず、あれ付けてみたら、そーじ?」

「おう、そうだな」

 愛香に答えると、総二は鞄から『ツインテール部』という文字が書かれたプレートを取り出した。昼休みに技術工作室を利用して、総二が自作したプレートだ。

 プレートに彫られた『ツインテール部』という文字をなんとなく指でなぞると、不思議と高揚感のようなものが湧いてくるのを感じた。明朝体で描かれたその文字は、思わず姿勢を正してしまいそうな、厳かな雰囲気を醸し出しているように思えた。

 ゴシック体で『ツインテール部』と書かれていたら、むしろ可愛らしさを感じるんだろうな、などととりとめもないことを考えながら、掛かっていた無地のルームプレートと差し替える。不思議と、感慨深いものが総二の胸に湧き上がった。

 扉を開け、中に入る。

 へえ、と感心するようなトゥアールの声が、総二の耳に届いた。

「ピカピカですねー」

「休み時間のたびに、愛香と二人で掃除してたからな」

 続いて入ってきたトゥアールの言葉に答え、窓の近くに移動すると、ふりむいて部屋の中を見渡す。

 ホワイトボード、スチールの本棚、長テーブルに折り畳み式のパイプ椅子、ロッカーという文化部として必要最低限の設備ぐらいだが、壁や床と併せて、ピカピカである。

「ツインテールを守り、世界を守る。これが俺たち、『ツインテール部』の活動だ。二人とも、一緒にがんばろうぜ」

「頼りにしてるからね、そーじ。それと、トゥアールもね」

「ええ。私自身が戦うことはできませんが、お二人が全力で戦えるよう、精一杯サポートさせていただきます」

 決意を新たに三人で頷き合う。総二の戦う理由は、愛香を守るというものもあるが、それはここで出すことではないと思うため、あえて言わない。

 それはそうと、今後のためにやっておかなければならないことがあった。

「トゥアール。頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」

「わかりました。世界を守るために私、脱ぎます!!」

 なにやら悲痛さと悦びがないまぜになったような声を上げるトゥアールの手を愛香が取り、流れるような動きで彼女を床に叩きつけた。ダンボール箱を被り、バンダナと眼帯をつけた男の姿がなぜか見えた気がした。

「頼みってなに、そーじ?」

「とりあえず愛香は、もう少し落ち着いて生きてくれないか?」

「も、もっと、言ってやって、ください。自分の胸のように、慎ましく、平穏に生きろ、と」

 シンプルな投げ技ではあったが、ダメージはかなりのものだったのか、トゥアールがピクピクと痙攣しながら賛同した。

 ふう、と総二は息を吐き、立ち上がったトゥアールにさっきの話の続きを行う。

「えーと。それでさ、トゥアール。この部室を、うちの地下基地みたいに改造できないかな。基地に直行できる転送装置とか、ほかにもいろいろと必要になると思うんだ。あと、床をもう少し柔らかい素材にしておいた方がいいと思う」

 トゥアールの命に関わる問題だ。彼女のタフネスを考えれば必要ないような気がしないでもないが、やっておくに越したことはないだろう。

「そうですねっ。お心遣いありがとうございます、総二様。防犯設備の重要性を強く認識したところです。対蛮族用の地雷なども作っておきましょう!」

「そこで攻撃も考えるのか」

 防御だけにとどまらず反撃も考えるあたり、愛香と一緒で負けず嫌いだよなあと、互いに不敵な笑みを浮かべる愛香とトゥアールを見ながら、総二は思った。

 

 愛香と一緒に廊下の壁にもたれかかり、トゥアールによる部室の改装、もとい改造工事が終わるのを待つ。一時間もかからずに終わるらしい。

 そのくらいでいいのか、と総二はちょっと思ったが、あの地下基地をひと晩で完成させたのだ。朝、少しだけ説明してもらったのだが、あの規模のものがひと晩で終わるのなら、部屋ひとつぐらい簡単なものなのだろう、と考え直した。

 問題は、中には決して入らないでください、覗き見もいけません、と釘を刺されたことだった。

 まさかと思ったが、昨晩と同様に奇妙な、音というか声のようなものが、しばらくしてから響いてきた。

 ――ぐろろーっ。

 ――ふんーっ。

 ――つあーっ。

 ――もがーっ。

 ――てははーっ。

 ――はわーっ。

 ――しゃばばーっ。

 ――ぎらぎらーっ。

 ――からからーっ。

 ――にゃがーっ。

 ――エ・ゾ・ゲ・マ・ツ~。

「最後のなに!?」

「なんだろうなあ」

 気になるのは最後のだけではないが、ほかのと比べて浮いていたためだろう、愛香が声を上げた。総二も答えを知ってるわけではないため、なんとなく遠くを見ながら静かに答える。数十億年に渡って完璧を目指し鍛え続けた超人たちが作業しているのだろうか、などとよくわからないことが思い浮かんだ。最後のは、世界のどこかに生息しているという謎の植物の鳴き声かもしれない、とさらにわけのわからないことが浮かんだが。

 愛香が壁から離れ、扉に手をかけようとした。慌てて声をかける。

「愛香、覗くなって言われたろ?」

「だって、そーじは気にならないの?」

「いや、まあ、気にはなるけどさ。世の中、知らなくていいことはあると思う」

 不服そうな顔をむけてくる愛香と見つめ合うと、ふう、と同時にため息を吐き、再び壁にもたれかかる。愛香が、ふと思いついたように口を開いた。

「そーいえばさ。こんな時期なのに、よくこんな立派な部室が残ってたわね」

「あー」

 陽月学園はマンモス校ではあるが、敷地が無限にあるわけではない。五月も目前で、しかもたった三人だけの新設部だというのに、こんないい部室を宛てがわれれば疑問にも思うだろう。

 言っていいものかどうか迷うのだが、なにかしら起こるかもしれないことを考えれば、伝えておいたほうがいいだろう、と観念するような心持ちで総二は口を開く。

「いや、なんかこの部屋、『出る』らしいんだよ」

「は?」

「幽霊の目撃情報が絶えなかったらしくてさ、いままで閉鎖されてたんだと。女子生徒が昔自殺したとか、いろいろ噂はあるらしいけど」

「はじめて聞いたわよ、そんな話!? なんでそんないわくつき物件がいまさら解放されたのよ!?」

「あー、そのな。部員に愛香がいることを確認した先生が、津辺さんがいるなら大丈夫ですね~、って」

「あの担任、あたしをなんだと思ってんのよ!?」

 マイペースで細かいことを気にしないため、頼み事の類に関してはいろいろな意味で助かる樽井教諭を思い出し、答える。教師としてどうなんだ、それ、と思わなくもないが。

 樽井教諭の言葉を聞き、愛香をなんだと思ってるんだ、と思うと同時に納得してしまったがそれはともかく、怒りの声を上げた愛香を説得するため、言葉を紡ぐ。

「愛香。エレメリアンってのは、心の力が実体化した存在だよな?」

「なによ、いきなり?」

 総二の言葉に唐突なものを感じたのだろう、愛香が訝しんだ。ちょっと無理があるかもなあ、と思いつつも言葉を続ける。

「幽霊っていうのも、心やら魂やらが残って出てくるものって言われてるだろ。そう考えれば、エレメリアンも幽霊のお仲間みたいなもんだ。そいつらと戦ってる俺たちが、いまさらなにを怖がる必要があるんだよ」

「エレメリアンはぶん殴れるけど、幽霊は殴れないでしょーが」

「――――そこが問題なのか?」

「殴れるんならどうにかできるかもしれないけど、殴れなかったらどうしようもないでしょ?」

「まあ、そう、かな?」

 間違ってはいないかもしれないが、拳で解決できれば問題ないという理屈を女の子が言うのはどうなんだろうかと思わなくもない。そういえば、愛香がいままでなにかに怖がっていることがあっただろうか。

 そう考えたところで、フォクスギルディとの戦いがあった日のことがふと頭に浮かんだ。総二に嫌われてしまうんじゃないか、と愛香は怖がっていたではないか。

「そーじ」

「っ?」

 それを思い出したところで、顔を赤らめた愛香が上目遣いにこちらを見つめていた。鼓動が跳ね上がり、自分の顔が熱くなったのを総二は感じた。

「えっと、幽霊が出たら、守ってよね」

「お、おう。任せ」

「完成しましたよー」

 総二の言葉が、扉越しのトゥアールの声に遮られた。あらゆる意味でタイミングが悪かった。

 ふう、と二人で揃ってため息を吐き、部室に入る。

「これで、カモフラージュは完璧です!」

 得意げなトゥアールの言葉を聞き、改めて室内を見渡す。

 ホワイトボード、スチールの本棚、長テーブルに折り畳み式のパイプ椅子、ロッカーに、ピカピカの床と壁。さっきまでとなんら変わりないように見えるが、すべてトゥアールの超科学で改造したということだった。

「なんで、改造してるとこ見せてくれなかったのよ?」

「それは、秘密です」

 不服そうな愛香の言葉にトゥアールが、人差し指をピンと立ててウインクしながら返した。おかっぱ頭の男の姿が見えた気がしたのはなぜだろうか。

 その仕草が気に障ったのか、愛香が顔を顰めた。とはいえ、さすがに殴ったりすることはなく、またもため息を吐く。

「代わりと言ってはなんですが、この部屋の機能をひとつお見せします。愛香さん、その椅子に座ってみてください」

「これ?」

「はい」

 トゥアールの示す、肘掛け付きの椅子に愛香が座ったところで、トゥアールが自身のブラウスのボタンを外し、胸の谷間からリモコンを取り出した。

「なんで、普通にポケットに入れないんだ?」

「基本ですから」

「――――そうか」

 なんの基本なんだ。そう思わなくもないが、求める答えは返ってきそうにないため、総二はそれで自分を納得させる。愛香は、殺気にも似た気を放っているようにも見えたが、椅子から立つことはしなかった。いまは好奇心の方が勝っているのかもしれない。

 カチッというリモコンを操作した音が聞こえたところで、プロジェクターで投影されるように壁に映像が現れた。映像には、砂漠らしきところとピラミッドのようなものが映っていた。

「あ、間違えました」

「えっ」

「ちょっ」

 トゥアールがリモコンを操作し、映像を消す。なにやらピラミッドの半分が崩れはじめていた気がしたため、やたら気になるのだが。

 総二たちの反応を気に留めず、再びトゥアールがリモコンを操作する。その直後、愛香の座っていた椅子の脚が、床から出てきたトラバサミのようなもので固定された。同時に、肘掛けの横側からせり出してきた手枷に愛香の手首が拘束され、天井から降ってきた首輪が、意思を持っているかのように動いて彼女の首に嵌まった。首輪からは、鎖らしきものが天井にむかって伸びていた。

 愛香が眉を顰め、冷めた視線をトゥアールにむけた。

「なんのつもり、トゥアール?」

「かーっかっかっかっかっかっ!」

 愛香の冷たい声に、腕組みをしたトゥアールが高笑いを上げた。トゥアールに顔が三面あったら、みんな笑い面になってたかもしれない、などと意味のわからないことが思い浮かぶ。

「好奇心は猫を殺すとはよく言ったものですね。油断大敵ですよ、愛香さん。いまのあなたは、蜘蛛の巣に捕らえられたようなもの。その状態では脱出など不可能でしょう。これがアンチアイカシステム二号、アイカトラエールです!」

「二号?」

「はい、二号です、総二様。一号は、この熱線銃です!」

 なんとなく気になったことを総二が問いかけると、トゥアールが言葉とともに白衣のポケットから拳銃らしきものを取り出した。それは胸からじゃないんだな、などと頭に浮かんだが、とにかく愛香を助けるために動こうとしたところで、その愛香から視線をむけられ、総二は動きを止めた。手出し無用と言われた気がしたからだ。それを肯定するかのように、愛香が深く息を吸いはじめた。

 トゥアールが、銃を持たない方の手を愛香にむけた。掌を上にむけた手とか彼女の仕草やポーズは、どこか優雅さを感じるものがあり、なぜかどこかのプリンセスを思わせた。

「さあ、お覚悟決め」

「ふんっ!!」

「なさ、い?」

 トゥアールの言葉の途中で愛香が気合の声を上げ、両手を胸の前で交差させるように振り抜く。頑丈そうに見えた手枷が、椅子の肘掛けから引きちぎられるかたちで、たやすく破壊されていた。トゥアールは呆然と言葉を止める。

 愛香が自分の首に嵌められた首輪に手をかけ、トゥアールが慌てた様子で声を上げた。

「そ、その首輪は引きちぎれませんよっ。この鍵がなければ」

「はああああああーっ!」

 少し手こずったようだったが、さっき以上の気合の声を上げた愛香によって、首輪が引きちぎられた。鎖で繋がれた若き女獅子は、自力でそれを解き放ったようだった。変身しなかったのは、愛香自身のポリシーとかプライドといったものなのだろう。

 白衣のポケットから鍵らしきものを取り出していたトゥアールは、顔を引きつらせていた。

 愛香が立ち上がり、トゥアールに笑顔をむける。眼が笑っていない。手首に残っていた手枷を愛香が無言で引きちぎり、床に放り捨てた。

 恐怖に負けたのか、トゥアールが銃を愛香に突きつけた。

「ファ、ファイヤー!」

「なにこれ弱い」

「ゲェーッ!? 片手で受け止めたーっ!?」

「はぁっ!」

ANGYAAAAH(アンギャアアアアー)!?」

 愛香が間髪入れず放った手刀によって熱線もろとも銃まで切り裂かれ、トゥアールが驚愕の叫びを上げた。

 ふん、と愛香が鼻を鳴らした。

「おっぱいの谷間から取り出したリモコンなんかで、あたしを捕らえられると思ってたの?」

 愛香の視線が、トゥアールの胸の谷間に集中していた。その眼には、憎しみだとか渇望だとか、いろいろと複雑な感情があるように思えた。

 愛香の視線に気づいたのか、トゥアールが胸元を隠して恥ずかしそうに横をむく。

 そして躰をくねらせたトゥアールが、顔だけ愛香の方にむけた。

「んもう。愛香さん、エッチだぞっ」

 軽い調子で言葉を放ったトゥアールの顔面に愛香から両の拳が叩きこまれ、トゥアールは盛大に打ち上げられた。

 

 少し経って回復したトゥアールが、宅配ピザくらいの大きさの箱を白衣のポケットから取り出した。どうやって入れていたんだと思わなくもないが、いままでもいろいろと取り出していたため、特にツッコミはしない。

 さすがにそのサイズだと胸の谷間に挟めないようね、となぜか勝ち誇る愛香に、負け犬おっぱいの言葉を優しく受け止めるのも、胸の大きな者の務めだとトゥアールが軽くいなし、そのあと彼女の口から出た高貴なる乳の義務(ノブレス・オブリージュ)なる言葉に総二がなんとなく感心し、同時に愛香が悔しそうに唇から血を流していたが、それは置いておく。

 その箱から取り出されたのは、スマートフォンを思わせる長方形のガジェット。赤、青、白がひとつずつの計三つ。ツインテイルズ用のツールで、三人分用意したとのことだった。

 三人揃ってツインテイルズだ、と総二が言った言葉を憶えてくれていたのだろうか。トゥアールの言葉にそう考え、嬉しくなったところで、トゥアールの説明が続けられる。

 高性能通信端末、その名はトゥアルフォン。

 自分の名前を付けて恥ずかしくないのか、という愛香の言葉に、まったく全然これっぽっちも、と言葉通りまったく恥じる様子を見せないトゥアールの答えに愛香が押し黙った。アンチアイカ、トゥアルフォンときたことから、そのうち総二の名前を冠したなにかも作られるのだろうかとちょっと思ったがそれはともかく、地下、深海、宇宙、あらゆるところでも圏外にならず、変声機能、成分分析機能、そのほかにもさまざまな機能を持ち、さらに機能を追加する予定だという。

 テイルギアといい、なんで宇宙での使用を想定しているのだろうかと思ったが、基本ですから、という答えあたりが返ってきそうな気がしたため、やはりツッコミはしなかった。とりあえず、ツインテール力学に(もと)づいて、宇宙空間におけるツインテールの動きでも空想(シミュレート)してみようか、などと総二は思った。

 白いトゥアルフォンを手に取ったトゥアールが、その機能のひとつを説明しはじめる。さっき話した変声機能のことだった。

 テイルブレスを介しての通信は、周りに人がいるところでは怪しまれる可能性がある。トゥアルフォンの変声機能とは、認識攪乱装置(イマジンチャフ)の穴のひとつであった『声』をカバーする機能であり、リアルタイムで通話内容を暗号化することができるというものだった。

「それはすごいな」

「えっと、どういうこと?」

 機械が苦手な愛香が首を傾げ、トゥアールが口を開く。

「簡単に言えばですね、周りの人たちには別の言葉に聞こえるんですよ。例えばトゥアルフォンを使って総二様が、アルティメギルが現れたって? と言ったとします。その声は、トゥアルフォンで受ける私たちにはちゃんと届きますが、周りの人たちには、今日の夕飯なに? といったように聞こえるんです」

「へえー」

 馬鹿にした様子はなく、どこか楽しそうに行われるトゥアールの説明に、愛香も素直に感心する。昨日も、テイルギアの説明をしてる時のトゥアールは不思議と楽しそうだった。こういった、なにかを説明するという行為が好きなのかもしれない、と総二はなんとなく思った。

 それはそうと、これは非常に助かる機能だった。極端なことを言えば、人ごみの中でもツインテイルズとしての連絡ができるということなのだから。

「助かるよ、トゥアール」

「その機能ってどうやって使うの?」

「百聞は一見に如かず。実演してみましょうか。といいましても、通話の基本操作は普通のスマフォと同じです。総二様、私にかけてくれますか?」

「あ、ああ。じゃあ、かけるよ?」

「はいっ。たっ~ぷりかけてください!」

「あんたねぇ」

 変な色気を感じるトゥアールの声に総二が戸惑いながら返すと、彼女は嬉々として答えてくる。愛香がどこか苛立ったように反応したことから、彼女も妙なものを感じたのかもしれない。下手にツッコむと藪蛇になりそうな気がしたため、そのまま続ける。

 アルティメギルが出たって、と総二が問いかけ、トゥアールからは、急いで出撃してください、と返してもらう。それが愛香にどう聞こえるか。

 結果は、なんと言っていいものか悩むものだった。トゥアルフォンからではなく、トゥアールの方から聞こえてきた音声が、控えめに言っても痴女のものであり、愛香に教えてもらった総二の音声が、ツインテールツインテールツインテールとくり返すという、愛香曰く古代ツインテール語だったからだ。

 大学などにそういったものがあれば、総二としては専攻してみたいものであるがそれはそれとして、トゥアールのものも含め、これでは逆に周囲の注目を集めてしまうだろうと思わざるを得ない。トゥアールが言うには、個人の属性やこだわりが反映され、その人が言っても違和感がない言葉が出てくるとのことだった。違和感がないことが、注目を集めないこととイコールではないという好例と言えた。

 続けて、総二から愛香にかけることにした。違和感のない言葉が出てくるというのであれば、愛香が使ったら、そーじ大好き、とか出てきてくれるのだろうか、などとふと思い浮かび、恥ずかしくなると同時に密かに期待する自分がいた。

 結果は、いろいろヒドかった。蛮族だった。ビッチだった。

「バッチリです。違和感なく再現されてます!」

 いや、違和感しかないだろ、愛香は一途だろ、と総二は思った。しかしこの音声を教えたら、再び惨劇が幕を開けるのではないだろうか。

「ほう、どれどれ」

「えっ」

「ん?」

 愛香が自分の携帯を取り出し、操作しはじめた。ふと総二は、前に愛香から録音機能の使い方を訊かれたことを思い出した。

「あの、愛香さん。なにを」

『ゲハハハハハ! 生肉が食いてええええええ! 生がいいんだよ、生がぁーっ! 生が好きなのさ、あたしはぁっ! なんでってぇ? ビッチだからぁっ!』

「うりゃあああーーーっ!!」

「トゥアルフォーーンッ!?」

 携帯から再生された音声を聞いて、愛香がトゥアルフォンを全力でぶん投げた。壁にトゥアルフォンが激突し、大きな音が室内に響く。

「バージョンアップし続けることで、いつかテイルブレスと連動して変身携帯になるはずだったのにーっ!」

「なにが変身携帯よっ、略してヘンタイじゃない!」

「その発言はいろいろ問題だと思うぞ、愛香」

 言いながら、床に転がったトゥアルフォンを拾い上げる。少し操作してみるが、普通に動くようだった。図らずも、部屋とトゥアルフォンの耐久テストができたのかもしれない。

「っていっても、せっかく作ってもらった物に対する扱いじゃないだろ、愛香。音声変換のところだけ変えてもらえばいいじゃないか」

「あんたは自分の好きな言語だからそう言えるのよ。あたしの聞いたでしょ?」

「愛香がビッチなんかじゃないことは、俺が一番知ってる」

「えっ?」

「あっ」

 愛香が顔を赤らめ、総二も気恥ずかしさを覚えた。

 しまったーっ、とトゥアールが頭を抱えて声を上げているが、とりあえず放っておく。トゥアルフォンを愛香に渡し、口を開こうとしたところで、緩やかになにかが躰を貫くような感覚が総二を襲った。

 

 

 口を開きかけた総二が、なにかに気づいたように扉の方にむき直った。

「誰かが近づいてくる?」

「えっ?」

 総二の呟きに、愛香も意識を集中する。こちらに近づいてくる気配が二つ、そう遠くないところにあった。

 少し前までは、ここまで感じ取ることはできなかった。ひとりで戦い続けてきたことで、感覚が研ぎ澄まされていったのだろうと思う。そのことにいろいろと複雑な気持ちはあるものの、いまはそれより総二のことだ。

 総二は、愛香よりも先に気配に気づいた。彼には、気配を察知することはできなかったはずだ。自分以上だと愛香が見ていた総二の武術の才が、戦いはじめたことで開花しはじめたのかもしれない。

「そーじ。あんたも」

「ツインテールの気配だ」

「け、――――、――――、――――はい?」

「え?」

 気配を察知できるようになったの、と訊こうとしたところで耳にした総二の呟きに、愛香の動きが止まった。彼の呟きを反芻し、思わず聞き返すと、総二が不思議そうに愛香の顔を見た。二、三度ほど瞬きし、口を開く。

「いや、なにエレメリアンみたいなこと言ってんのよ?」

「おまえにだけは言われたくねーよ!」

「はぁ!? なんであたしには言われたくないのよ!?」

「人の気配を察知するなんてことできるやつが言えたことか!?」

「ツインテールの気配を察知する方がよっぽどでしょーが! だいたい、それぐらいだったら修行すればできるようになるわよ!」

「ならねーよ! だったらツインテールの気配を探ることだって!」

「いや、さすがにそれは無理だと思うわよ?」

「――――」

 思わず真顔で言うと、彼は力なく項垂(うなだ)れた。

『っ!』

 ノックの音が聞こえた。扉の方に二人でむき直る。

『生徒会長の神堂慧理那ですわ。入ってもよろしくて?』

『ええぇ!?』

 愛香は、ほんとうにツインテールの持ち主が来たことに、総二はおそらく予想していなかった人物が来たことにだろう、同時に驚き、トゥアールも含めて三人で慌てる。

「ちょ、ちょっと待ってくださーい!」

 総二が扉の外の慧理那に呼びかけ、室内を見渡す。なにか見られてマズいものがないかと、愛香も同じように室内を見渡したところで、総二がトゥアールに問いかけた。

「トゥアール、なにか隠さないといけない物とかあるか!?」

「いえ、これだけです!」

 トゥアールが指し示したのは、愛香だった。とりあえずトゥアールの顔面に全体重を乗せた肘打ちを叩きこみ、よろけた彼女の顎を愛香の肩口に押しつけると、そのまま尻餅をついてトゥアールの顎を痛めつける。スタナーという技である。どうでもいいが。

 ふらつくトゥアールは放っておき、もう一度周りを見渡したところで、総二が扉の外に声をかけた。

「ど、どうぞ!」

『お邪魔しますわ』

 呼びかけに答えたあと、扉が開く。慧理那と彼女のお付きのメイドが、室内に入ってきた。

「――――」

 慧理那を、いや、おそらく慧理那のツインテールを見たことでだろう、総二が感嘆の吐息を漏らした。その反応に愛香の気持ちが少し沈むが、すぐに気を取り直す。いまはそのことを気にしている場合ではない。

 トゥアールに視線を留めた慧理那が、今日編入届を出した生徒かと問いかけてきた。全校生徒の名前を暗記しているぐらいである。編入生のこともしっかり聞いていたのだろう。

 慧理那の問いに、総二の親戚という設定でトゥアールのことを説明する。部外者であることを咎められるかと内心恐々としていたのだが、笑顔で歓迎されることとなり、愛香は総二とともにホッと安堵の息を吐いた。

 慧理那に席をすすめ、机を挟んでむかい合うように愛香たちも席に着く。メイドは、主と同じ席に着くのは恐れ多いということだろうか、慧理那の後ろにつくようにして立ったままだった。

 神堂家のメイドは護衛も兼ねているという話を聞いたことがあるが、確かに佇まいが素人のものではなかった。むしろ、かなりの強さだと感じた。警戒してる様子はなく自然体ではあるが、隙がほとんど見当たらなかった。

 慧理那が、手に持っていた書類に眼を落とした。表情が一転して引き締まり、全校生徒の上に立つ生徒会長のものとなった、はずなのだが、その幼い容姿のためか、どこか子どもが背伸びしているような印象を受けてしまう。

 そんな、いささか失礼なことを愛香が考えたところで、慧理那が顔を上げた。

「申請のあった新設部の書類を見て、少し気になりまして。直接確かめさせていただこうと思い、こちらへ伺いました」

「わ、わざわざすみません」

 総二が、一瞬口ごもりながらも応答する。

「部活内容は、ツインテールを研究し、見守ることとありますが、間違いありませんか?」

「間違いありません」

 間違いないのか、というか、なんだその部活内容。

 いまはじめて聞いた活動内容と、総二の力強い表情と声に、愛香の頭がいろいろな意味でクラクラした。いや、総二の引き締まった顔はとても恰好いいのだが。

「観束君。あなたは、ツインテールが好きなのですか?」

「大好きです」

「なぜ、ツインテールが好きなのです? それも、部活にするほど」

「ツインテールを好きになるのに、理由が要りますか?」

「っ」

 なんだ、この会話。慧理那の質問と、なんの迷いもなく即答する総二の答えに、愛香はなんとなく疲れるものを感じた。呼吸や食事と同レベルか、と思わなくもないが、ツインテールが世界から無くなったら、確かに総二は死んでしまいそうな気がする。いまさらだが。

 慧理那が動揺したように見えたのが気になったが、こんな答えが返ってくれば動揺もするか、と愛香は思った。

「――――?」

 ふと、総二の視線が気になった。慧理那の眼を見て話しているのかと思ったが、なにか違う気がした。

 そして、気づく。

 ツインテールを見ている。それも、なんかとんでもなく眼に力をこめて。気のせいであって欲しいが、おそらく間違いないだろう。

 薄々感じてはいたが、総二のツインテール馬鹿が加速している気がする。そもそもツインテールの気配を察知することなど、いままでできなかったはずだ。それで気配を察知できるようになるかはわからないが、実際に総二が見せた以上、できるのだろう。いろいろと認め(がた)いことではあるが。

 加速した理由は、ツインテールへの愛によって戦う力を得ることができたからだろう、と愛香は思った。もう自分のツインテール馬鹿を恥とは思わない。これからもツインテールを愛し続けるとも言っていた。

 ドラグギルディにむかって啖呵を切った時や、戦っている時の総二の姿はとても恰好よかったし、そのおかげで愛香も守ってもらえたことを考えれば、文句を言うことではないと思う。思うのだが、なんとなくもの悲しいものを感じなくはない。

 いろいろと切ない気持ちになった愛香の耳に、慧理那の声が届いた。

「そうですか。ええ、わかりましたわ」

 納得したようではあるが、どこか含みがあるように聞こえた。総二と視線を交わし、愛香の方から問いかける。

「あの、活動内容が問題でしょうか?」

「いえ、問題ありませんわ。ツインテールを愛する部活なら、テイルブルー、いえツインテイルズへの応援にも繋がると思いますし」

 問題ないのか、この内容で。一瞬そう思ったが、そのあとの言葉を聞いて納得する。総二が口を開いた。

「会長、ツインテイルズのことを?」

「はい。ニュースで見ましたわ。ほんとうによかったです。テイルブルーはもうひとりじゃないから心配しないで、とテイルレッドが言ってくれた気がして、嬉しかったです」

「そーじ」

「ああ」

 喜んでくれている慧理那の言葉に、愛香も嬉しくなった。ありがとう、という気持ちもこめて総二に微笑みかけると、総二も笑顔を返してくる。

「尻餅をついて悲鳴を上げるほど怖くても、そのあと再び立ち上がって剣を構えたテイルレッドはとても健気で」

「え、そこ?」

「あー」

 慧理那から出てきた言葉に、総二は呆然として小さく呟き、愛香はいろいろと納得する。そういえば、午後の授業がはじまる前に教室へ戻ってきた時、騒いでいる生徒たちがいたが、ツインテイルズのニュースを見たのかもしれない。

 なにやらウットリしたようにテイルレッドのことを語った慧理那が、ハッとした様子で口を閉じた。恥ずかしそうにしながらも、微笑んで言葉を続ける。

「でも、かっこよかったと思いますわ」

「ええ。あたしもそう思います」

「少しでも彼女たちの力になれるように、いままで以上に応援に力を入れませんと」

 愛香と慧理那の言葉に、総二がかすかに顔を赤くした。少し口ごもりながら、総二が応答した。

「そ、そうですね」

「がんばりましょう、会長」

「ええ!」

「お嬢様、そろそろお時間です」

「ええ、わかりましたわ」

 控えていたメイドが、慧理那に声をかけた。慧理那は小さく頷き、立ち上がる。

「それでは、ツインテール部のこれからの躍進を期待していますわ、皆さん」

 なにをどう躍進するんだろうか、と思ったが気にすることではないだろう。

 部室から出ていく彼女たちを、総二たちも廊下まで出て見送る。メイドがふり返り、微笑みながら口を開いた。

「時間を取らせてすまなかったな。ところで君、さっきはいい眼をしていた。真剣さが伝わってきたぞ」

「ありがとうございます」

 ツインテールを見ていたようなんですが。愛香はそう言いそうになったが我慢した。

 廊下を歩って行く二人の姿が小さくなっていく。部室内に戻ると、三人揃って椅子に腰を下ろし、大きく息を吐いた。

「あー、びっくりした」

「まさか会長が直々に来るとは思わなかったわ」

「だな」

 安堵する総二に愛香も同意した。

「ウヘヘ、イイですねぇ、合法ロリ」

『――――』

 なにか、欲望に満ちた声が聞こえた気がした。総二とともに、その声の方に顔をむける。

 トゥアールが、キリッとした顔をむけていた。

「どうかしましたか、総二様、愛香さん?」

「――――トゥアール、涎垂れてるわよ」

「はっ!?」

 愛香による物理的な注意で、その日の部活は終了した。

 

 




 
某所で総愛のイラスト見ていろいろ滾ってきました。

ネタいろいろ。古いもの最近のものいろいろです。
ロマサガのBGMは本気で名曲揃いだと思う。
 


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2-2-下 雀の悩み / 赤青白の悩み

 
二〇一六年八月二十二日 修正

長くなってしまったため上下に分割して投稿いたします。

アルティメギル、エレメリアン関連は、再構成にあたって独自解釈によるオリ設定をある程度入れております。ご了承ください。
 


 スパロウギルディも含め、大会議室に集まったエレメリアンたちが、タイガギルディの最期の戦いの記録映像を静かに見続ける。三度目の再生だ。

「――――」

 映像が終わり、感嘆の声がスパロウギルディの耳に届いた。いや、ひょっとしたら自分が漏らしたものかもしれない。これを見て感動しない者など、エレメリアンの中にはまずいないだろう。それほどまでにすばらしいものだった。

 ともに映像を見ていたエレメリアンのひとりが、眼を輝かせて口を開いた。

「スパロウギルディ殿、もう一度再生してもよろしいでしょうか?」

「うむ。一度だけと言わず、好きなだけ再生し、語り合うといい」

『ありがとうございます!』

 許可せぬ理由などどこにもない。スパロウギルディが頷くと、周りのエレメリアンたちも一斉に声を上げた。大会議室が、いや艦全体が揺れたと錯覚するほどだった。

 すぐにまた、映像が再生された。タイガギルディ最期の戦いにして、テイルレッドがはじめて姿を見せた戦いだ。

 映像を見ながら、隊員たちがそれぞれの想いを語り合う。

「テイルレッド。なんと可愛らしい」

「まさに。これこそが究極のツインテールなのだろうな」

「ああ、見ているだけで心が震えるようだ」

「まったくだぜ。クソッ、うまい表現が浮かばねえぜ、チキショウ!」

「ううむ。尻餅をつき、悲鳴を上げる姿が庇護欲を誘うのう」

「それもよいが、剣を構えてタイガギルディ殿を見据える姿。可憐さと凛々しさを同居させ、ひとつの芸術を完成させていると言えるのではないか?」

「むう、確かに」

「テイルブルーにお姫様抱っこをされている姿も、実に可愛らしいではないか」

「うう~む。ぜひとも給仕服を着て欲しいものだ」

「いや、そこは濡れ濡れスケスケのTシャツだ!」

「ならばロープで縛るのもありなのではないか~っ!?」

「甘ロリは外せぬであろう!?」

「ここはタイガギルディ様を偲ぶことも兼ねて、旧スク水を!」

 テイルレッドを巡って、さまざまな議論が交わされ続ける。ドラグギルディが亡くなってからの寒々しい空気を吹き飛ばすような熱気が、そこにあった。

 これほどのツインテールを持った幼女と戦えたのだ。ドラグギルディに悔いはなかったはずだ、とスパロウギルディは思った。

「しかし不思議だな。テイルブルーのツインテールもそれに劣らぬぐらい美しいというのに、テイルレッドのツインテールほどには惹かれぬ」

「うむ、確かにそうだな。どういうことであろうか?」

『うーむ』

 一斉に会話が止まり、皆が皆、考えこむ。もっとも、誰ひとりして視線が映像から離れることはないが。

 映像が終わり、再び再生する。

「テイルブルーがどうというよりも、テイルレッドのツインテールがほんとうの意味で特別なのかもしれぬな」

「む、どういうことでしょうか、スパロウギルディ殿?」

 ひとりのエレメリアンが、映像から眼を離さないまま問いかけてきた。スパロウギルディも映像を見ながら答えを返す。

「我々はこれまでに、いくつもの世界であらゆるツインテールを眼にしてきた。その中にはテイルブルーのものも含め、テイルレッドのツインテールに劣らぬものも少なくなかったはずだ」

「確かに」

「しかし、テイルレッドのツインテールほどに心を奪われた覚えは、私にはない。おまえたちはどうだ?」

 スパロウギルディの言葉に、再び皆が考えこむ。やはり、視線は映像から離れない。スパロウギルディも含めてだ。

 時々、おお、やら、むっ、などという感嘆の声が聞こえてくるが、気にすることではない。スパロウギルディもたまに漏らすのだから。

 映像が、終わった。

「私にはありません。いえ、美しいと感じ、心を揺さぶられたことはありますが、テイルレッドのものほどではなかったと思います」

「俺もです。ここまでの感動を覚えたことはありませんでした」

 答えが、次々と返されてきた。どの答えも同じ内容だった。

 うむ、とスパロウギルディは頷き、言葉を続ける。

「つまり、テイルレッドのツインテールには、我らの心を惹きつけるなにかがあると考えるべきかもしれん。もっとも、それがなにかはわからんがな」

「グム~」

「どちらにせよ、ドラグギルディ様やタイガギルディ殿への弔いとして、やつらのツインテールを奪うことには変わりありますまい」

「確かにな。やることが変わるわけではない」

(しか)り」

 一斉に頷き、またも映像を流す。

 テイルレッドに飛びこんだタイガギルディをテイルブルーが迎撃したところで、感心するような声が響いた。

「しかし、やはりテイルブルーもまた、とてつもない戦士だ」

「新たな力、とドラグギルディ様が言い残しておられたが、たった一撃でタイガギルディ殿を悶絶させるとは。凄まじいパワーだ」

「私は力以上に、あの対応力こそ彼女のすごさだと思う。タイガギルディ様のあの動きを初見で見切り、完璧に迎撃したのだぞ。それに、そのあと追撃を行わなかったことから、あえてあの程度に抑えていたようにしか思えん」

「確かに。本気だったら、あそこでタイガギルディ殿を斃していたでしょうね。一連のやり取りを鑑みるに、テイルレッドに戦いの経験を積ませるために思えます。そしてテイルレッドも、それに応えようとしている感じを受けました」

「やつらもまた、一戦たりとも無駄にするまいという考えなのだろう。テイルレッドは戦いの新参。ひょっとしたら彼女自身が、強敵と戦わせてくれと言ったのかもしれん」

「テイルレッドはタイガギルディ様に悲鳴を上げながらも、再び立ち上がって剣を構えた。あの健気さを見れば、充分にあり得ることだと思う。わかっていたことではあるが、手強(てごわ)いやつらだ」

「しかし、なぜこんなデザインの衣装なのだ。以前の方がよかったように思うのだが」

「なにを言うかっ。あの(へそ)を見ておきながら、いったいなにを言うのか!」

「てめえこそ、なにぬかしやがる。そこはあの引き締まったふくらはぎだろうが!」

「待ちなさい。ほのかな色気を醸し出す肩を忘れてもらっては困ります!」

「おまえたちこそなにをっ、いや、その議論はあとにしよう。(それがし)が言いたいのはだ、タイガギルディ殿へのテイルブルーの反応から、彼女自身あの衣装に思うところがあるのではないか、ということだ」

「む、なるほど」

 目を吊り上げタイガギルディを殴り倒すテイルブルーの映像を見て、皆が納得する様子を見せた。

「おそらくあの胸元の隙間は、胸の谷間を見せるためのものだろう。谷間がないというのに、なぜあのようなものを」

「そういえば、ふと思い出したのですが、ドラグギルディ様がおっしゃられていましたね。テイルブルーの乳に対して、決して指摘するなと」

「しかし、あのような恰好をしていれば、胸が注目されるのは必至。それが狙いならともかく、あの反応とドラグギルディ様の言葉を考えれば、望んでいるものとは思えぬな」

「うむ、確かにそうだな。どういうことであろうか?」

『うーむ』

 またも一斉に会話が止まり、皆が皆、考えこんだ。

「ひょっとしたら、我らの行う修練と同じかもしれんな」

「む、どういうことでしょうか、スパロウギルディ殿?」

 さっきと似たような流れで、ひとりのエレメリアンが問いかけてきた。

「あえて厳しい状況に己を置くことによって、精神を鍛えているのではないか、ということだ。我らエレメリアンの間にも、『スケテイル・アマ・ゾーン』をはじめとするアルティメギル五大究極試練があるように、あえてあの恰好をすることで、テイルブルーも己の力を高めているのかもしれん。そして、さっき話が出たように、ドラグギルディ様がおっしゃられていた、テイルブルーの乳に対して決して指摘するなというお言葉。ドラグギルディ様は、テイルブルーが自らの乳を気にしていることに気づいていたのではないだろうか。あのお方なら、ツインテールを見ることでそれを感じ取っても不思議ではない」

「なるほど」

「確かに」

「さすがドラグギルディ様」

 いや、別にそういうわけではないのだが、と困ったような声がどこからか聞こえた気がした。気のせいだろうが。

 スパロウギルディは言葉を続ける。

「だが、自分で決めたことだとしても、他者から指摘されることで頭にくることはあるだろう」

「それが、タイガギルディ殿への反応の正体でしょうか?」

「推測だがな」

「理にはかなっている、と思います」

 再び、修羅のごとき気迫でタイガギルディを殴り倒すテイルブルーを見ながら、皆で一斉に頷く。なにかが違うと思うぞ、とまたどこからともなく聞こえた気がしたが、幻聴だろう。

 それはともあれ、映像越しであるにも関わらず、身が竦むような気迫を感じるほどだ。いざ相対して直接この姿を見たら、平静でいられるだろうか。

「もしもいままでに彼女の乳を指摘して、テイルブルーが荒ぶる鬼神となっている姿を見ていたら、いま新たな力を得た彼女に立ちむかおうと思えただろうか」

「認めたくないことですが、もしもそれを見ていたら、言葉の通じぬケモノと同じように感じてしまい、闘志は湧かなかったかもしれません」

「そうだな。相手が意思と理性を持つ戦士だからこそ、闘志というのは湧き上がるものだ。理屈もなにも通じぬケモノには、闘志よりも先に恐れが立つ。もしもテイルブルーのことをケモノと認識してしまっていたら、必要以上に彼女を恐れ、そしてその恐怖から眼を背けていたかもしれん」

 淡々と語る同胞たちの言葉に、いまの自分たちなら大丈夫だ、とスパロウギルディは思った。

「ですがテイルレッドを見ていると、テイルブルーがどれだけ彼女を大切に思っているか、なんとなくわかる気がします。テイルレッドがテイルブルーを信頼していることも。それに、テイルブルーが戦い続けてきたのは、テイルレッドのためなのではないかと不思議と思うのです」

「ああ。テイルブルーは苛烈ではあるが、気高き戦士だ。そしてテイルレッドも、テイルブルーを守るために戦場に出たのだろうな」

「おそらくな。だが、我らも退くわけにはいかぬ」

「ああ、当然だ。私たちにも意地がある。たとえ身勝手と思われようとも、必ずや」

 全員が、力強く頷いた。そして再び、語り合いはじめた。

「むう」

 隊員たちに頼もしさを感じながらも、スパロウギルディは内心思い悩む。

 ドラグギルディたちの仇討ちとして、ツインテイルズのツインテールを奪うことを決意した。やつらの力を探り、分析し、いつか勝利を得る、という思いも本心である。

 だが現時点の戦力では、どれだけやつらの弱点を探ったとしても勝てないだろう。ドラグギルディという、アルティメギルのエレメリアンの中でも最上級の幹部を斃しているのだ。

 ドラグギルディに、特殊な能力はほとんどなかった。属性力(エレメーラ)の中でも最強を謳われるツインテール属性を核としていたが、武器の生成や躰の硬質化は、実のところそこまで珍しい能力ではない。

 しかし、鍛え方が違う。精根が違う。理想が違う。決意が違う。そう言わんばかりの凄まじい強さを、ドラグギルディは持っていた。

 力や速さ、技や頑強さなどの基礎的な能力を極限まで磨き上げ、属性力(エレメーラ)をひたすらに高め続けた彼の実力は、純粋な戦闘能力で言えば、アルティメギル首領直轄部隊である四頂(しちょう)軍の幹部にも劣らない。

 さらには、たとえ(から)め手を使われても、よほどのものでなければ、戦闘経験の豊富さからくる観察眼によって真っ向から打ち破るほどだ。戦士として、ひとつの極みと言っていい。

 それほどの強さを持っていたドラグギルディが一部隊の隊長程度だったのは、彼自身が前線にいることにこだわったからだ。強者と戦うために、そして、すばらしいツインテールを持つ至高の幼女と出逢い、背中を流してもらうために、と語られたことがあった。まさに、エレメリアンの中のエレメリアンだと、スパロウギルディは羨望を憶えたものだった。

 そのドラグギルディを斃したツインテイルズの強さは、並のエレメリアンの及ぶところではないだろう。それは、スパロウギルディも同様だ。スパロウギルディは、戦歴自体はそれなりに長く、ベテランと呼べるものではあったが、直接的な戦闘能力で言えばそこまでのものではない。

 実戦においてテイルブルーのような強敵と戦うことはなく、エレメリアンたちの衝突を止めたり、仲裁を行っている内にそれがドラグギルディの目に留まり、彼の副官となっていた。ただそれだけのことであり、巡り合わせがよかっただけに過ぎないとスパロウギルディは思っている。いま必要なのは、純粋な戦力だった。

 そう考えると、幹部に至る器を持っていた者たちが敗れているのが、痛かった。

 リザドギルディ、タトルギルディ、フォクスギルディ、ラビットギルディ。彼らは、まだ強くなる余地があった。技や躰はある程度まで鍛えてあったが、属性力(エレメーラ)がまだ未熟だったのだ。修練を重ね属性力(エレメーラ)を高めることで、さらに強くなれたはずだった。

 アルティメギルの侵攻作戦の裏にある、ツインテール属性の拡散作戦。ドラグギルディの副官であったスパロウギルディは当然知っているが、一般隊員には、士気への観点から知らされていない。

 下手に出撃者の()り好みをして、士気が低下することは避けたい。そのため、志願者は基本的に拒まないようにしているのだ。察しのいい者が、そこから拡散作戦に気づく可能性もある。

 タトルギルディからはじまった出撃も、公正たる勝負で決めたこともあって、変更するわけにはいかなかった。さすがにこのような状況は予想できるわけもないため、ドラグギルディを責めることなどできないが、どうすればいいのかと暗(たん)たる気持ちにはなる。

 だが、希望はあった。スワンギルディが残っているのだ。

 ドラグギルディの弟子で修行を終え、幹部に成った者は少なくない。だが、ドラグギルディ以上の強さを得た者はいなかった。それほどまでに、ドラグギルディという壁は高く、厚かったのだ。

 スワンギルディは、そのドラグギルディ自身が、いつか自分を超えるかもしれんと言わしめたほどの器だ。それもあってだろう。いまにして思えば、ドラグギルディがスワンギルディにかける期待は、ほかの弟子たちに対するものとは違っていたように思えた。ほとんどの者は気づいていないだろうし、もしかしたらドラグギルディも自覚していなかったかもしれない。

 誰に対しても公正に接してきたはずのドラグギルディが、あの時のスワンギルディの出撃だけは、許可しなかったのだ。

 実際のところエロゲミラ・レイターという試練は、並のエレメリアンには荷が重い。スパロウギルディが受けたとしても、なんとか超えられるかもしれないといったところだ。いまのスワンギルディに超えられる可能性は、ほとんどなかったと言っていい。それを、スワンギルディだけには行ったのだ。

 ドラグギルディは、スワンギルディに死んで欲しくなかったのではないだろうか。スワンギルディがドラグギルディを超えるまで、生きて欲しかったのではないか。なんとなくではあるが、スパロウギルディはそう思った。

 そのスワンギルディはいま、自分の部屋に(こも)っていた。年若いスワンギルディにとってドラグギルディは、敬愛する師であったとともに、人間で言えば父のように慕っていた存在だったのだ。それを考えれば、無理もないと思う。

 ただ、ツインテイルズの映像は、一度だけ見た。

 周りのエレメリアンがテイルレッドに感嘆の声を漏らすなか、彼だけは、ただじっとツインテイルズを見つめ続けていた。その眼に焼き付けるように。

 いまはまだ、立ち上がれないのだ。いっそ思う存分泣ければと思うのだが、若さゆえにそれもできないのだろう。

 戦術を変えることも考えた。大まかな案は二つ。ひとつは、属性力(エレメーラ)を奪って帰還するだけのもの。もうひとつはあらゆる地域に順々、あるいは一斉に隊員たちを出撃させるものだ。

 前者は、自分たちの侵略目的を考えれば、決して間違っているものではない。後者も、ツインテイルズを疲弊させる手段としては効果的だろうと思える。

 ただ、どちらにしても隊員たちの士気が問題だった。

 属性力(エレメーラ)だけが目的なら、さっさとほかの世界に行けばいい。この世界の侵略を続けるのは、仇討ちのためなのだ。精神的な方から攻めると考えれば、ツインテイルズに対してまったく無意味ではないだろうが、臆病風に吹かれたのだと思う者もいるだろうし、自分たちの行いに恥を覚える者もいるだろう。

 一斉に隊員を出撃させる作戦は、決め手に欠ける現在の戦力を考えると、疲弊させる以上の効果が望みにくいというのも問題だった。いま現在のすべての戦力をぶつけたとしても、ツインテイルズに勝てるとは思えない。なにしろ、ドラグギルディを斃しているのだ。

 それに、ほとんどのエレメリアンは、堂々とした闘いを望む気質がある。命令とあればやらなくもないだろうが、迷いが生まれる者もいるだろうし、そこから部隊が分裂する可能性もあった。ドラグギルディのようなカリスマがあればともかく、スパロウギルディにそんなものはないのだ。強行策を取るには、リスクの方が大きすぎた。

「スパロウギルディ殿!」

「む、どうした?」

 周りに気づかれない程度の小さなため息を吐いたところで、他部隊との連絡を受け持っていた部下が駆けこんできた。随分と慌てているが、困惑しているようにも見えた。

「その、リヴァイアギルディ殿の部隊が増援に来られるそうです」

「なんと!」

 驚きと歓喜に思わず立ち上がり、それを聞いた周りのエレメリアンたちもざわめきはじめた。映像は一時停止している。

 リヴァイアギルディと言えば、ドラグギルディと旧友であり、修行時代をともにしたエレメリアンだ。その実力は、ドラグギルディと同格。その彼が来てくれるというのなら、ツインテイルズへの勝ちの目も充分に出てくるだろう。

 喜ぶべきことのはずだが、なぜ彼は困惑しているのだろうか。

「ただ、もう一部隊」

「む?」

「クラーケギルディ殿の、部隊です」

「なにっ。クラーケギルディ殿の部隊も、増援に来られるというのか?」

「はい」

「むむぅ」

 部下の困惑の理由が、スパロウギルディにもわかった。周りのざわめきも困惑の色が強くなる。クラーケギルディもまた、アルティメギルでも有数の実力者であり、リヴァイアギルディに匹敵する猛者。

 だがこのふたりは、非常に仲が悪かった。互いに相反する属性力(エレメーラ)を核としているためか、なにかと対立するのだ。お互いに実力を認め合っていながら、決して歩み寄ることがなかった。

「なぜ、同時にあのおふたりを?」

 誰にともなく、スパロウギルディは呟いた。ふたりがひとところにくれば、間違いなく衝突するだろう。そもそもふたりの仲の悪さは、それこそアルティメギル全体に知れ渡っていると言っていいほどだ。だというのに、なぜなのか。

 スパロウギルディの胸に、モヤモヤしたなにかが湧き上がっていった。

 

 

*******

 

 

 風呂から上がった総二は、自室で愛香を待っていた。ベッドに腰かけ、なんとなくトゥアルフォンをいじる。ある程度の機能は把握したが、成分分析機能とかいつ使うのだろうか、などととりとめもないことが頭に浮かぶ。

 昨日、いや一昨日までよりも、待ち遠しいという気持ちが強くなっていることに総二は気づいた。

 いままでは、どこか暗い気持ちが胸にあった。無力感と、そこからくる、自分は愛香を利用しているのではないかという思い。それらが解消されたためだろう、その暗いなにかはもうなかった。

「ん」

 ツインテールの気配が近づいてくるのを感じた。それがある程度近くなったところで、窓の方を見る。思った通り、愛香がいた。突然ふりむいたからだろう、ノックしようとしているところでキョトンとしていた。

 気を取り直した様子で、愛香が入ってくる。パジャマ姿で、なおかつ風呂上がりで上気した彼女の顔は、そこはかとなく色気を感じさせた。

「えーと、やっぱりツインテールの気配を感じたとか?」

「おう」

「うーん」

 総二の答えに、愛香が困った様子を見せた。どう反応すればいいのやら、とでも言いたげに思えた。

 少しして、愛香が苦笑した。

「まぁ、いっか。そーじのツインテール馬鹿のおかげで助かったんだし。それでね、そーじ」

「ん?」

「今日は、その、あたしからそーじに『ご褒美』あげたいんだけど」

「えっ?」

 頬を赤らめ、恥ずかしそうに紡がれた言葉に、総二は不意を突かれたような気持ちになった。

「そーじ。嫌、かな?」

「まさかっ」

 おずおずといった調子の愛香の言葉を、慌てて否定する。

「嫌なんてこと絶対にないけど、遅刻したし、あんなかっこ悪いとこ見せちまったから、ご褒美を貰うのは抵抗があるっていうか」

「今日のことは、そんな気にすることじゃないと思うわよ。それに、今日だけじゃなくって、昨日助けてもらったこともあるから、ご褒美っていうか、お礼っていうか」

「あっ」

「駄目?」

 ドラグギルディを斃したことに対して複雑な気持ちはあるものの、助けてくれたお礼だと言われれば、受け取らないのも失礼かもしれない、と総二は思った。

 少し悲しそうに言われたこともあり、愛香のご褒美を貰わないという選択肢は即座に消え去る。

「いや、じゃあ、お願いしていいか?」

「うんっ」

 総二の言葉に、愛香が笑顔になった。その愛香の様子に総二も嬉しくなる。

「じゃ、じゃあ、そーじ。なんか、して欲しいことってある?」

「して欲しいことか」

 愛香の質問に少し考えこむ。イロイロとイケないことが、頭をよぎった。

「っ」

「そーじ?」

 顔が熱くなった。思わず手で口元を隠し、愛香から顔を背ける。

 愛香への気持ちを考える一環で仕入れた知識が、頭の中に次々と浮かんできた。

 いや待て、落ち着け、俺、と自分に言い聞かせるが、その妄想は止まってくれない。

 昨日、もう少し味わっていたかったことが、頭に浮かんだ。

「あっ」

「ん、なにか思い浮かんだ?」

「あ、ああ。――――その、膝枕してもらっていいか?」

「――――うん」

 愛香は顔を赤らめ、嬉しそうに頷いた。

 

 気持ちいい。後頭部に当たる感触に、恥ずかしさとともに安らぎを感じながら、総二はそう思った。ベッドに寝転がって愛香にしてもらう膝枕は、格別なものがあった。

「そーじ、気持ちいい?」

「ああ。すごく気持ちいい」

「よかった」

 愛香の穏やかな声に、総二が心からの答えを返すと、彼女は優しく微笑みながら頭をなでてきた。その手の感触に、さらに心が安らいでいく。

「ふふっ」

「どうした、愛香?」

「うん。なんか、幸せだなって思って」

「――――そうだな。俺もだ」

 一昨日までの無力感と罪悪感から解放され、素直に愛香との触れ合いを楽しむことができる。愛香を隣で支え、守ることができる。

 そのことが、たまらなく嬉しかった。

 愛香のツインテールを触りながら、優しく言葉を紡ぐ。

「いまはまだ不甲斐ないけど、俺はもっと強くなってみせる。ツインテールを、そして愛香、おまえを守るために」

「うん。頼りにしてるからね、そーじ」

 微笑みながら優しく言葉を返してくる愛香に、総二の鼓動が高鳴った。

「愛香、俺と」

 いままでの、告白しようとした時や、いい雰囲気になった時に邪魔されたことを思い出し、総二の口が止まってしまった。

 愛香は一瞬だけ表情を暗くすると、すぐに微笑んだ。

「そーじ。あたし、待ってるから。そーじから言ってくれるのを」

「――――ああ。絶対に伝えるから、待っててくれ」

「うん」

 愛香はどこか悲しそうに、それでも笑顔で、総二を待つと、信じていると言ってくれた。情けない、と自分のことを思いながらも、彼女の想いに応えるためにも、必ず自分から伝えようと総二は思った。

 再び愛香が、総二の頭をなではじめた。総二も愛香のツインテールに触れ、なでる。ツインテールだけでなく、時々彼女の頬に触れると、愛香は気持ちよさそうに眼を細めた。

「あっ」

 少しして、ふと総二の頭に思い浮かぶものがあった。

 口で伝えるのが駄目ならば。

「どうしたの、そーじ?」

「いや。悪い、ちょっと起きてもいいか?」

「うん」

 不思議そうにしながらも、愛香が躰をどかした。それを見て総二も起き上がる。

 ベッドに座ったままの愛香の隣に密着するように座り、総二は彼女の腰に手を回して抱き寄せた。

「そ、そーじっ?」

「ほ、ほんとうは告白してからにしようと思ってたんだけど」

 慌てる愛香の頭の後ろに、空いている方の手を添えて固定する。総二の躰は、燃えているのではないかと思うぐらい熱くなっていた。

「愛香、キ、キスしても、いいか?」

「――――うんっ」

 顔を真っ赤にしながら、愛香が嬉しそうに頷き、瞳を閉じた。

 その可愛らしさに頭をクラクラさせながらも総二は、愛香の唇に自分の唇を近づけていく。

 トゥアールの姿が頭に浮かび、総二の躰が止まった。想いを寄せてくれる彼女に対し、罪悪感に似た気持ちは確かにある。

 だが、総二の一番は愛香なのだ。愛香の気持ちに応えたいのだ。

 振り切るように、再び唇を寄せていく。

「っ?」

 視界の端で、なにかが動いた気がした。

 思わず動きが止まり、その方向、扉の方を見る。漫画やアニメで、モグラなどが地面を掘り進む時に描かれるように床が隆起し、その膨らみが扉からベッドに近づいて来た。

「そーじ?」

「あ、いや、あれ」

「――――なにあれ?」

「いや、なんだろ?」

 瞳を開いた愛香に不思議そうに呼びかけられ、なんと答えたらいいかわからず、膨らみの方に視線をむける。同じくそれを見た愛香も、困惑する様子を見せた。

 膨らみがそのまま、ベッドの下に潜りこんだ。

「え?」

「ん?」

「私はここですーーーーーーーーーっ!!」

「うおおおおおおおおーーーーーーー!?」

「きゃあああああああーーーーーーー!?」

 トゥアールの声が響くとともに、総二と愛香はベッドからふっ飛ばされた。

 何事だと思うものの、躰は反射的に動く。

 愛香を抱き寄せると総二は、彼女が躰を床に打ちつけないように自分の躰を下にして、クッション代わりにした。愛香の強さを考えれば、余計なお世話かもしれない。それでも総二は、可能な限り愛香を守りたかった。男としての意地のようなものだった。

「愛香。大丈夫か?」

「うん。ありがと、そーじ。そーじは大丈夫?」

「ああ。なんてことないさ」

 ちょっと痛くはあるが、安心させるために笑顔で返す。愛香はホッとしたようだった。

 ベッドの方を見ると、やはりトゥアールがいた。ベッドの上に立っているが、そのベッドは、壁際の方に大きな穴が空いていた。どうやらあのモグラはトゥアールだったらしい。ほかに誰がいるんだ、という話ではあるが。

 トゥアールが、どこか得意げな様子で口を開いた。

「フッ。愛香さん、邪魔されないように私を簀巻(すま)きにしたところまでは見事でしたが、その程度で私を完全に封じたと思っているようではまだまだ甘いですね」

「結構強めに縛っておいたつもりだったけど、布団とロープじゃ不充分だったみたいね」

 トゥアールの言葉に、愛香が悔しげに返した。

 いつの間にそんなことしてたんだ、と総二が思ったところで、トゥアールが右手を掲げた。手の甲に、鉤爪のような物が付いていた。

「このS×A妨害ツール・壱式(ファースト)、トゥアールくろーで、愛香さん、あなたを排除させていただきます。そして総二様の童貞を私のものに!」

 言葉のあとトゥアールが、鉤爪、もといトゥアールくろーを突きつけてくる。安全を考慮してなのか先端が丸まっているが、ベッドと床を壊しながら現れたことから、なにか特殊な力があるのかもしれない。

「あ、ちなみにこのトゥアールくろー。床だけでなく、地面を掘り進むこともできます。あと、爪が触れた服などはもろくなって破けやすくなります。エロ同人みたいに。もちろん、人体には影響ありませんのでご心配なく」

『うわぁ』

 いろいろな意味で総二の予想を上回る効力に、思わず愛香と二人で呻く。

 ところで、『S×A』ってなんだ。総二()×愛香()か。

 二人で立ち上がると、愛香が総二の前に出た。

「愛香?」

「ごめん、そーじ。トゥアールとの勝負に関しては、手出ししないでほしいの」

「――――わかった」

 勝負だったのかと思いつつも、愛香がそう言うのであれば信じよう、と総二は思った。あとは、愛香がやり過ぎないように祈っておく。声は静かだったが、それだけに内に溜めているものがあるように感じたからだ。

「愛香さん、覚悟っ、こーほーっ!」

 鉤爪を付けた腕を突き出し、トゥアールが回転しながら突撃した。現役を退いたとはいえ、かつて戦士だっただけのことはあり、その動きはかなりのものがあった。というか総二よりもすごいのではないだろうか。回転しながら水平に飛んで行くなど、総二にはできる気がしない。

「っ!?」

 爪に触れないようにして、突き出されていた手を愛香が片手で難なく弾いた。愛香は、攻撃を逸らされ驚愕したトゥアールの顔を間髪入れず掴んで彼女を止めると、イイ笑顔を浮かべた。なんというか、コロス笑みだった。トゥアールくろーを付けている手は、もう片方の手でガッチリ掴んでいる。

 掴んだ手にどれだけの力をこめているのか、トゥアールの苦悶の声が聞こえてくる。

「にゃ、にゃがががっ」

「トゥアール。あんたはどうして、こうもいいところで邪魔するのかしら?」

「にゃがああああああああーーーーー!?」

 さらに力がこめられたのか、愛香のその巨握の()によって、トゥアールの悲鳴がさらに悲痛なものとなった。

「そーじ。ちょっとトゥアールと、おはなししてくるね」

「あ、ああ、わかった」

 総二の返事のあと、愛香はトゥアールを掴んだまま部屋を出て行く。階段を降りて行く気配がした。

「――――」

 大きく息を吐き、総二は(かぶり)を振った。

 情けない、と自嘲する。

 トゥアールの告白を断り、愛香の想いに応えると誓ったはずだった。口に出して告白するのが邪魔されるのなら、キスという行動で応えよう。そう考え、行おうとしておきながら、直前でトゥアールのことを思い出してしまい、ためらってしまった。

 愛香を選んだはずだった。トゥアールの気持ちには応えられないと、はっきり言ったはずだった。それなのに自分は、ためらってしまったのだ。

 自分の優柔不断さが愛香をがっかりさせ、ひいてはトゥアールにも、余計な期待を持たせて傷つけているのではないか。

 そう考え、うつむく。

「っ」

 違う、そうじゃないだろう、と頭を振った。

 そこで沈みこんでどうするのだ。至らないところがあると思うのなら、改善すればいいではないか。

「よしっ」

 とにかく、チャンスを見つけて愛香に告白するのだ。それが、男として、自分がやるべきことだ。

 改めてそう思い定めると、自分の部屋を見渡し、ベッドに眼をむける。

 ところで、このベッドと部屋は、直してもらえるんだろうか。

 隆起した床と穴の空いたベッドを見たあと、愛香に連れて行かれたトゥアールのことを思い浮かべ、いろんな意味で不安になった総二は大きくため息を吐いた。

 

 

 トゥアールを掴んだまま、総二の家の一階に移動すると、愛香はトゥアールから手を離した。

 はあ、とため息を吐くと、トゥアールにむき直る。

「あんたねえ、いい加減にしときなさいよ」

「い、言ったはずですよ。愛香さんにやらせはしません、と」

 頭に手を当て、ふらつきながら立ち上がったトゥアールが返事をしてくる。トゥアールくろーはすでにしまっていた。

 愛香は、再びため息を吐いた。

 邪魔をされたことに対する怒りは確かにある。だが、ため息の理由は、そのことではなかった。ため息を吐いたのは、自分にだった。

 同じ人を好きになったのだ。彼女の行動の理由は、充分にわかる。もし立場が逆だったら、自分も同じことをするかもしれない。といっても、邪魔されたらさすがに怒るが。

 思うのは、朝、トゥアールが言った、もし自分が選ばれたとしても、愛香も一緒に混ぜるという言葉だった。かなりどうかと思う言葉ではあるが、トゥアールはトゥアールで、愛香のことを大切な友だちと思ってくれているのではないかと思うのだ。単語自体はともかく、そう言ってくれている相手に対して自分は、なにひとつ渡さないと言っている。

 それに、トゥアールの作ったテイルギアのおかげで、自分たちは助かった。言ってみれば、トゥアールは恩人なのだ。しかし彼女はそれを恩に着せてくることもしない。変態ではあるが、ほんとうにいいやつなのだ。

 それでも、こわかった。

 トゥアールは羨ましいくらい綺麗で、胸の大きさも含めてスタイルが抜群で、頭もいい。ロリコンで痴女なのはどうかと思うが、欠点がある方が親しみやすいと考えれば、そこまでのマイナスポイントではないだろうし、痴女ということも、要はエッチな女と考えてみると、普通の男だったらプラスになってもおかしくないところだろう。

 いまの総二は、ツインテール以外のことにも興味を持ってきているようで、こう言ってはなんだが、普通の男に近づいている。そのために、なにかの拍子にそのまま彼を取られてしまうのではないか、という恐怖が湧き上がってしまうのだ。

 そう考えてしまうと、童貞ぐらいトゥアールにあげても、と思っても、やはりできなかった。普通の男になって欲しいと何度も願っていたはずなのに、こんなことを考えてしまう自分が、酷く身勝手に思えた。

 いや、なにか惑わされているというか、根本的な考え方がおかしいというか、そもそも前提が間違っているような気もするのだが、いまは置いておく。

 とにかく、もしもトゥアールがツインテールに戻ったら、自分の魅力で総二を繋ぎ止めておけるのか。そんなことを考えてしまうのだ。

 総二は、トゥアールの告白を断った。愛香への告白こそ成功していないが、愛香の気持ちに応えるとはっきり言ってくれてもいる。それなのに、総二が愛香以外を選んでしまうのではないかと考えてしまうというのは、彼を信じていないのと同じではないか。そう自分を叱りつけても、そのこわさは消えてくれなかった。

 やはり自分は、未だに自分を信じ切れていない。そう思うしかなかった。

「――――」

 トゥアールの顔を見る。彼女は、自信に満ち溢れているように見えた。

 トゥアールが、不思議そうに首を傾げた。

「愛香さん、どうかしましたか?」

「別に。あんたがもっと嫌な女だったら、もっと気兼ねなくやれたのにな、って思っただけよ」

「あれよりキツくなるんですか!?」

「そーいう意味じゃないわよ!」

 愛香の言葉を誤解したらしきトゥアールに叫び返し、言葉を続ける。

「ただ、あんたは確かに変態だけど、いいやつなのは間違いないし」

「っ」

「ん?」

 トゥアールが、表情を曇らせたように見えた。

「トゥアール?」

「いえ、なんでもありません。それよりも愛香さん、そんな余裕をかましていていいんですか?」

「はあ?」

 真顔になったトゥアールの唐突な言葉に首を傾げると、彼女は愛香の胸に手を当ててきた。

「ちょっ!?」

「こんな貧乳で無駄なセックスアピールを繰り返したところできゅわあああーーーーー!?」

「乳が無くて悪いかぁあああああああ!?」

 慌てたのは一瞬だけだった。何度目になるかわからない、胸に対する挑発によって怒りが湧き上がった。さっきキスを邪魔された怒りも加えて、即座に愛香の胸に当てられた両腕をねじり上げると、勢いよくその腕を解き放って上空にふっ飛ばす。

 回転しながら舞い上がったトゥアールの頭が、天井に突き刺さった。

「もう知らん!」

 とにかく総二は誰にも渡さない。トゥアールには絶対に、いや、誰にも負けない。

 そう決意し直すと、愛香は肩を怒らせてその場をあとにした。

 

 

「いいやつ、ですか」

 愛香が立ち去って少ししたあと、天井から首を引っこ抜いて着地すると、トゥアールはさっき愛香に言われた言葉を呟いた。自分でも驚くほど、力のない声だった。

 いい人なのは、二人の方だ。自分は、告白してフラれておきながら、未練がましいことをしている。

 告白自体も、告白することでトゥアールのことを総二に意識させるという計算があった。そして、それは成功した。してしまった。負い目を感じるほどに、二人はいい人だった。

 愛香は、強烈な攻撃をしてはくるが、総二との関係を進めることに関しては、トゥアールにどこか遠慮しているように感じられた。すでにお互いの気持ちを知っているも同然でありながら、あくまでも総二からの告白を待っているのだ。

 それに、本気で妨害されたくなければ、もっと容赦なくやってくるだろう。愛香の全力の攻撃を受ければトゥアールだって気絶する。いや、テイルギアを使われても文句は言えない。人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて地獄に落ちろ、という言葉すらあるのだ。少し違うが、意味的にはそう変わるまい。

 それが、簀巻(すま)きにした程度で終わっている。いや、簀巻きは簀巻きであれではあるがそれはともかく、トゥアールのことをどうでもいいと思っていれば、もっとやりようはあるはずなのだ。

 総二の方も、自身への不甲斐なさといった気持ちは見えても、告白を邪魔するトゥアールに対しては、怒りなどの負の感情をむけてこなかった。アルティメギルに対しては怒りを(あら)わにしていたというのにだ。

 確かにトゥアールは、それも狙って総二に告白した。好意を抱いているのだと知らせることで、トゥアールのことを無視できないようにと。それでも、ここまで気にかけてくれるとは思わなかった。

 告白するべきではなかったかもしれない。そう思ってしまうほどに、優しい人たちだった。

 それなのに、総二をあきらめたくないと思ってしまうのだ。

 テイルギアを託せる人を見つけるため、いくつもの世界を巡った。

 見つからないかもしれないと、何度も思った。可愛いロリッ娘はどこの世界でも見つかったが。

 幾度となくあきらめかけた。いっそ、どこかの世界でロリッ娘ハーレムでも作って全部忘れてしまおうか、などと考えたこともあった。

 その果てに見つけたのが、総二だった。鼓動がうるさいほどに高鳴り、彼のことを考えるだけで熱に浮かされるようだった。ひと目惚れとはこういうものなのだと、不思議とわかった。

 しかし、総二の心はすでにひとりの少女にむかっているのだということも、わかってしまった。タトルギルディが現れた日に、外からこっそり覗いていたのだ。

 二人とすぐに合流しなかった理由は、三つあった。二つは、二人に言った通りのことだ。言わなかったひとつは、愛香に強くなってもらうためだった。テイルギアは強すぎて、戦闘経験を積むどころの話ではない。弱い『ギア』で戦うことで経験を積んでもらい、いつか出撃してくるだろうドラグギルディへの勝率を上げるために、愛香に苦戦を強いらせた。

 ドラグギルディを斃すために。アルティメギルを滅ぼすために。

 身勝手な考えと自覚しながらも、それを強いらせてしまったのだ。

 そして愛香は、なんとなくそれに気づいていたようだった。彼女が総二に説明しかけたところで思わず遮ってしまったのは、ひょっとしたら責めて欲しかったのかもしれない。責めてもらうことで、少しでも楽になりたかったのかもしれない。

 ほんとうに自分は、身勝手な女だ。

 愛香のことを認めながら、大切な友だちと思っていながら、告白の妨害をしてしまったこともそうだ。

 虚無の思考時間(シークタイム=ゼロ)もそうだが、考えるよりも先に口と躰が動くというか、欲望のままに躰が動く性質(たち)が災いし、何度も二人の邪魔をしてしまった。それでも二人は、トゥアールのことを友だちと思ってくれている。

 トゥアールも反省する気持ちはあるというのに、やってしまうのだ。つくづく度し難いと思う。

 もうひとつ思うのは、ドラグギルディの、エレメリアンのことだった。

 ドラグギルディを斃すと、エレメリアンを、アルティメギルを滅ぼすと決意した。幾度となくあきらめそうになっても、復讐が心から消えなかったのは、自分になにも残っていなかったからだ。やつらに奪われたのだ。復讐は正当な行為だと、そう思ったからだ。

 自分のような思いをする人たちをこれ以上出したくないというのも確かにあったが、結局は自分の復讐心が先にあったと思う。それほどまでの復讐心が、揺らいでしまった気がした。

 ドラグギルディと総二たちを見た。エレメリアンが属性力(エレメーラ)を奪わずに生きていけるのなら、きっと友だちになれただろうと思えた。いや、三人は友だちだったのだと思った。その友だちの命を奪わせるようなことを、自分はしてしまったのではないかと、トゥアールは思った。

 テイルギアを渡さなければ、二人にそんな辛い思いをさせずに済んだのではないか。そんなふうに思ってしまったのだ。それでも二人は、ありがとうと言ってくれた。トゥアールがしてきたことは間違っていないと、そう言ってくれたのだ。

 二人は、トゥアールのおかげで助かったと言ってくれた。だがトゥアールこそ、二人に助けられた。未春も、トゥアールのことを家族だと言ってくれた。優しく受け入れてくれた。

 なくしたと思った自分の居場所が、見つかった気がした。

 その居場所を守るために、総二たちの力になるために、この世界で闘おうと思ったのだ。

 そのくせ、総二と愛香の仲が進展するのを邪魔するのは、自分でもなにをやってるんだと思ってしまうが。

 二人のことが、大好きなくせに。

「っ」

 自分は、二人にかまって欲しいのかもしれない。総二にふりむいて欲しいというのももちろんあるが、二人の関係が進んで、トゥアールにかまってくれなくなってしまうのがこわいのかもしれない、とふと頭をよぎった。

「――――、子どもですか、私は」

 ため息を吐き、呟く。

 認めたくないことではあったが、否定しきれなかった。確かに自分は、二人に甘えている。

「しっかりしないといけませんね」

 再び呟き、ふんっと気合を入れ直す。

 二人に甘えるばかりでなく、二人を支えられるようにならなければ。そう考えると、総二の部屋にむかう。

 まずは家の壊れた場所を直そう。トゥアールはそう思った。

 

 

 

 っていっても。

 物は直せても、精神的なものってそう簡単に直せるものじゃないんですよねえ。

 愛香にぶっ飛ばされながら、トゥアールはそう思わざるを得なかった。

 

 




 
前書きにも書きましたが、アルティメギル周りは独自設定を入れています。
リザドギルディたちが幹部候補とかスパロウギルディが副官になった経緯とかいろいろ。
処刑人周りもある程度変える予定です。

あとトゥアール。いろいろ悩みましたがこういう感じに。
 


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2-3 青赤と世界

 
二〇一六年十月十七日 修正

 


 嫌な汗が、背中を(つた)ったように感じた。

 タイガギルディとの戦いにして、ツインテイルズとして世界に名乗りを上げた翌朝。愛香、トゥアール、母である未春とともに朝食に着き、朝のニュースを見はじめたところで、嫌な予感が総二を襲った。思い出すのは、テイルブルーの報道である。

 ツインテイルズのことが、報道されはじめた。

「ウギャーッ!?」

 嫌な予感が当たり、思わず総二は叫びを上げた。

 ツインテイルズが、テイルレッドが世間に受け入れられなかったわけではない。むしろ受け入れられまくった。総二が引くくらいに。

 可愛い。

 尻餅をついて悲鳴を上げる姿が庇護欲を誘う。

 剣を構えている姿が、可愛らしさと凛々しさを同居させ、ひとつの芸術をかたち作っているようだ。

 テイルブルーにお姫様抱っこされている姿もとても可愛らしい。

 ほかにもいろいろと出てきた。ネットの方も一緒だった。さらに言えば、やはりすでにまとめWikiとかが作られていた。

『私はいいと思う』

「待ってください。正気ですか?」

 テレビに出てきた謎の巨漢がそう言ってるのを見て、総二は思わずツッコんだ。一枚布を躰に巻きつけ頭に月桂冠を載せるという、なにやら古代ギリシャを思わせる衣装をまとい、ひと際目立つ椅子に座っているのだが、なぜか総二のほかに誰も気にした様子がなかった。

「なんか、あたしの時より騒がれてない、これ?」

「あー、確かに」

 困惑する愛香の言葉に、総二は力なく応える。

「仕方ありませんよ。テイルレッドたん可愛いですから」

「ほんと、可愛いわねえ。ねっ、(テイルレッド)ちゃんっ」

「やかましいわ!?」

 嬉々として言うトゥアールと母に、総二は叫びを返した。

 しかし世間の反応は、トゥアールの言葉を借りれば、幼女可愛いよ幼女、と騒いでいるように感じるため、トゥアールたちの言葉は否定できそうになかった。

 なんで幼女にそんな騒ぐんだ、と思ったところで、テイルブルーのことに話が移った。

『似合わないと言いますか、なぜ谷間もないのにあのような衣装を』

「あ?」

 出てきた発言のひとつに愛香が反応し、ドスの効いた声を洩らした。

「愛香、落ち着け」

「あっ、うん」

 いまにも飛び出していきそうな愛香を落ち着かせるため、彼女のツインテールをなでる。総二の狙い通り、愛香は顔を赤くしながらも落ち着いてくれた。ニヤニヤと愉しそうに笑う母については気づかないふりをする。

『なにを言いますか!』

「えっ?」

「ん?」

 ほかの出演者のひとりが、声を上げた。それを皮切りに、いろいろ出てきた。

 スマートな感じで恰好いい。

 (へそ)がいい。

 そこは引き締まった脚だろう。

 鎖骨が色っぽくていいよね。

『私はいいと思う』

「またかよ!?」

 再び出てきた巨漢の言葉にツッコむ。ほんとうに何者だ、というかその言葉はどれにむけたものなんだ。全部か。いや、それはいいが、そういう目でブルーを見るんじゃねえ、とイライラした。そもそもこの連中は、朝のニュースでなにを語ってるんだ。

「そーじ、落ち着いて」

「あ、わりぃ。ありがとな、愛香」

 顔を赤くした愛香が、総二の手にツインテールを触れさせた。さっきとは逆の立場になったが、総二の心が落ち着いてくる。やっぱりニヨニヨしている母のことは、気づかないことにした。

「まあ、ちょっと腹立ったけどさ、そんな否定的な声はないみたいだからよかった、のかな?」

「そう、だな」

 複雑そうに言う愛香に、総二も同じく複雑な気持ちになりながら同意する。胸に関するところはちょっとどころではなかった気がしたが、そのことには触れないことにした。

 タイガギルディを殴り倒したことについては、驚いたり、多少こわかったという言葉があったが、多分あの衣装について複雑な事情があるのだろう、といういろいろな意味で理解ある結論に落ち着いた。

『二人の関係は、いったいどのようなものなんでしょうか?』

 さらに話が移り、出てきた言葉に思わずドキッとした。同時に、わざわざ議論することか、それ、とも思ったが。

 姉妹やら、憧れのお姉ちゃんと妹分といったものが多いようだった。もっとも、真相を当てられたらその方がこわいというか、何者だそいつは、と思う。

 少なくとも、お互いに強く信頼しているように見える、という言葉にはみんな頷いていた。そのことに不思議とホッとする。

『幼馴染みかもしれません』

「っ!?」

『私はいいと思う』

「もういいわ!?」

 どんな意味で言ったのかわからないが出てきた言葉に驚き、続けてまた出てきた巨漢の言葉によって我に返った。

 とにかく、まっとうかどうかは疑問だが、ツインテイルズは世間に好意的に受け入れられたようだった。

 

 

*******

 

 

 総二と一緒に登校した愛香は、なにか妙な熱気が、学校全体を包んでいるように感じた。表に出さず、爆発させる時を見計らってるような、そんな空気に思えた。

 登校してすぐ、一時間目の授業を中止して、全校集会を開くという連絡があった。いつかのことを思い出しながらも体育館にむかう。

 整然と並ぶ生徒たちからは、やはりいつかの時のように話し声ひとつ聞こえず、愛香の不安がますます膨れ上がっていく。

 慧理那が、あの時のように登壇した。やはりメイドたちが近くに控えている。

 まず慧理那は、またも授業を中止させて集会を開いたことを謝罪した。生徒たちはなにを言うこともなく、静かに慧理那の言葉の続きを待っている。

「今日、集会を開いたのは、みなさんにお知らせしたいことが、いえ、みなさんと喜びを分かち合いたかったからです。すでにニュースでご存じかと思いますが、テイルブルーに、ともに戦う仲間ができました。その名は、テイルレッド」

 静かに語る慧理那の言葉を聞いて、やっぱりこのことだったか、と愛香は思った。

「怪人たちと戦うヒロイン、テイルブルー。わたくしは、何度も彼女に助けられました。そしてその姿に、わたくしは憧れを抱くとともに、歯がゆさも覚えました。なぜ自分には戦う力がないのか。なぜ助けられるだけなのだろうか。そして、彼女はたったひとりで辛くないのだろうか、と」

 会長、と愛香は思わず口の中で呟いた。そこまで思っていてくれたのだと、感謝と切なさが胸に湧き上がった。愛香だけでなく、周りの生徒たちも切なそうにしていた。

「しかしテイルレッドは、そんなわたくしの心配を吹き飛ばしてくれました。もうテイルブルーはひとりじゃないと、もう心配することないと言ってくれた気がしました」

 微笑みながら、慧理那が言った。安堵とともに、なぜか嫌な予感がした。

「これをご覧あれ!」

 一転してテンションを上げた慧理那が身を(ひるがえ)して声を張り上げると、スクリーンに映像が映し出された。

 あらゆるアングルで撮られた、テイルレッドの映像だった。

『ウオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーー!!』

 生徒たちが、一斉に声を上げた。その声は、体育館どころか学園全体が震えたように思えるほどだった。

 予想を超える盛り上がりに困惑しつつ、愛香はそっと総二の方を見た。総二もまた、困惑している様子だったが、一瞬だけ、どこか恍惚とした表情を浮かべていた気がした。

 そのことにいくばくかの不安を覚えるものの、再びスクリーンの方を見る。

 慧理那が、胸の前で手を組み、眼を輝かせていた。

「今後もよりいっそうテイルブルー、いえ、ツインテイルズへの支援に力を入れたいと思っています。みなさん、これからも一緒に、彼女たちへの応援をお願いします!」

 歓声が、さらに大きくなっていった。

 

 

 集会が終わり、授業が進む。

 総二の周りから聞こえてくる声は、朝のニュースやネットで確認したのと同じようなものが多かった。テイルレッドたんハアハアだの、可愛いだの、そんなものばかりである。とりわけ人気なのは、尻餅をついて悲鳴を上げている()や、テイルブルーにお姫様抱っこをされている画のようだった。

 テイルブルーも、少し前のアクションスター的なものより、性的な目で見られているような気がした。以前愛香は、女として複雑な気持ちになると言っていたが、実際にそういう目で見られるのは、やはり嫌であるようだった。総二としても、ほかのやつに愛香をそんな目で見られたくなかった。

 昼休みになり、愛香が総二のところに来た。いつものように、昼食をとるために机を移動させようとしたところで、愛香が口を開く。

「そーじ、お昼、どうしよっか?」

「どうするって、なにがだ?」

「あ、いままで通り教室で食べるか、それとも部室に行って食べるか、って」

「ああ、なるほど」

 確かに、部室に行って二人っきりで食べるというのもありかもしれない。

「っ」

 二人っきりという言葉を意識してしまい、顔がちょっと熱くなった。

「そーじ?」

「あ、いや、なんでもない」

 冷静を装い、答える。ふと、こんなことで心を乱されるようになったんだな、と思った。愛香と二人っきりでいることなど、いままで普通のことだったはずだ。それなのにいまは、愛香のちょっとした仕草や、彼女と一緒にいれることに、不思議と心が動かされる。

 ただそれは、決して嫌な感覚ではなかった。

 それはそうとして、どうするか。心情的には、部室に行って二人っきりで食べたいところだが、そのあと周りから、からかわれることになるだろう。嫌ではないのだが、やはり恥ずかしい。

「あー、いや、今日は教室で食べよう」

「あ、うん。わかった」

 少し悩んだあと、総二が遠慮がちに告げると、愛香はちょっと残念そうにしながらも頷いてくれた。

 愛香のその様子に、責めるように鼓動が跳ねた。

「明日」

「えっ?」

 気がつくと、口から言葉が滑り出ていた。気恥ずかしさに少しためらうが、意を決して言葉を続ける。

「明日は、部室で食べよう。そのっ、二人っきりで」

「――――うんっ」

 顔を赤らめ、嬉しそうに笑ってくれた愛香に、総二も嬉しくなった。聞き耳を立てていたらしき周りの女子たちが愉しそうにニヤニヤしているが、下手に反応すると藪蛇になりそうなので気づいていないふりをする。

 いままでと同じように机を移動させると、二人で弁当を広げて食べはじめた。

『おおっ!』

「ん?」

 少ししたところで、教室の一角に集まっていた男子生徒たちが声を上げた。

 以前、タブレットに映されたテイルブルーにアレなことを行おうとした生徒のことを思い出し、嫌な予感を覚えながら視線をむける。(くだん)の、あの生徒だった。

 彼も含めた四人の生徒が、タブレットを手にして盛り上がっていた。

「決めた! 今日から俺が、テイルレッドたんのにぃにだ!」

「うへへ、剣持ってて可愛いなあ。俺も斬られてぇ~」

「テイルブルーちゃんに大人しく抱きかかえられてる姿もいいよな~」

「この尻餅ついてるのが至高だろう!」

 聞こえてくる声に、総二の顔が引きつった。同時に鳥肌が立ってくる。

 体育館で、大多数の人たちにテイルレッドが見られた時、自分のツインテールがみんなに見られていることを意識してなにか妙な気分になりかけたが、こういう個人個人のアレな言葉を聞くと嫌でも冷静になる。応援されることは決して嫌ではなく、むしろありがたいものだと思うが、こんな言葉には正直言って悪寒しか感じない。

 アルティメギルの変態、もといエレメリアンに負けない世迷言(よまいごと)を語り合う生徒たちの姿に、総二の頭と胃が痛くなってきた。

「お、俺の情熱は、もはや我慢の限界を~っ!」

「っ!」

 例の生徒が、あの時と同じようにタブレットに顔を近づけていく。さっき以上に鳥肌が立ち、悪寒に衝き動かされるまま愛香のマグボトルを手に取った。

「オアーッ!!」

「ぎらーっ!?」

 生徒の凶行を止めるために、急いでマグボトルを投げつける。なにかこう、ダンベルで空の彼方(かなた)へぶっ飛ばしたくなったがそれはともかく、その生徒が総二の方にふりむいた。

「って、またお前かよ、観束!」

「前も言っただろうが! おまえ、恥を知れよ! 今度はそんな小さな女の子に!」

 生徒からかけられた非難の声に臆せず怒鳴り返す。彼は腰に手を当て、清々しい笑顔を浮かべた。

「俺だって前に言っただろうが。恥もなにもかも受け入れたうえで、俺はここにいるのだ、ってな!」

「どんな悟り開いてんだよ、おまえは!?」

 返されてきた答えにツッコミを入れ、総二は頭を抱えた。生徒が、ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべた。

「聞いたぜ、観束。おまえ、ほんとうにツインテール部を作ったんだってな?」

「ああ、それがどうかしたか?」

 からかうような言葉に、総二は堂々と返した。開き直りではない。いまの総二にとって、ツインテール馬鹿は恥じるものではないのだ。それがあったからこそ自分は、闘う力を、大切なものを守る力を得ることができた。それに、ドラグギルディの誇り高き姿を見ているのだ。こんなことで恥ずかしがっていては、あいつに笑われてしまうだろう。

 ニヤニヤ笑っていた生徒は、あっけにとられたように総二の顔を見ていたが、すぐに気を取り直した。

「あー、つまり、ツインテールの女の子は自分のもんだって言いたいわけだな、観束!」

「ほかの()はともかく、愛香だけは誰にも渡さねえ!!」

 反射的に言い返すと、クラスの生徒たちが静まり返った。

「あれっ?」

 周りの反応に訝しいものを感じたところで、自分がなにを言ったかに気づいた。

「あっ、いや、いまのは言葉のあやで、愛香のツインテールは俺のものだって言いたいんであって」

「それ、ごまかしになってなくねえか?」

「あ、いや、だから」

「えーと、じゃあ、津辺は誰かに持ってかれてもいいのか?」

「いいわけあるか! 愛香は俺のだって言っただろ! ――――あ」

 即座に怒鳴り返し、再び自分の失言に気づく。

 ゆっくりと愛香の方に視線をむけると、彼女は顔を真っ赤にしてうつむいていた。

『きゃああああああああああ!!』

「うおっ!?」

 女子たちが、突然黄色い悲鳴を上げた。総二が驚いたところで、二人の女子がこちらにむき直った。

「観束君!」

「え、な、なに?」

「いま、愛香は俺のだ、って言いました!?」

「あ、い」

「言ったわね」

「いや、その」

「甘い匂いがするもふ~」

「だからそれは、っていま喋ったの誰!?」

 二人の言葉にタジタジになったところで、どこからともなく聞こえた言葉に声を上げた。なにやらクマのぬいぐるみが喋った気がしたのだが、それは気のせいだとでも言うように、誰も気に留める様子がなかった。

「観束、おまえすげーな」

「は?」

 さっきまで言い合いをしていた例の男子生徒の声にふりむく。

 総二の方にむけられた彼の眼には、尊敬の光があるように見えた。

「な、なにがだよ?」

「いや、自分の好きなもんを、そんなふうに堂々と言い切れるってすげーなって思ってさ」

「そ、そうか?」

「ああ」

 戸惑いながら総二が問い返すと、彼は親し気な笑顔を浮かべて頷いた。

 ふと総二は、同性からこんな答えを返されたことがあっただろうか、と思った。こんな親し気に笑いかけられたことがあっただろうか、とも。

 いままで、自分がツインテール馬鹿をさらしたあとにむけられてきた視線は、頭のおかしいやつを見るような眼か、気味の悪いものを見るような眼ばかりだったと思う。むけられてくる笑みも同じく、馬鹿にするような(わら)いや、理解できないと言わんばかりの困惑の混じったものばかりだった気がした。

 女子からは、馬鹿にするようなものは少なかったと思うが、変な男だと思われていただろうと思う。その程度で済んでいたのは、いまにして思えば、愛香のおかげだったのだろう。彼女が総二のことを一途に想ってくれていたからこそ、女子たちはどこか生温かく見ていたのではないだろうか。

「――――」

 友だち。いままで生きてきて、総二がそう呼べた存在は、愛香とトゥアール、そしてドラグギルディぐらいだったと思う。仲良くなれそうだった者はいたが、総二のツインテール馬鹿を見て、みんな離れていったのだ。

 彼以外の生徒に、さりげなく視線をむける。感心するような顔や、あっけにとられたような顔ばかりだが、見慣れた、馬鹿にするような視線はないような気がした。

 理解されなくてもいい。好きなものを好きと言ってなにが悪い。無理に友だちを作る必要なんて、ない。そう思ってきた。

 それは、強がりだったのだとわかっている。ひょっとしたら友だちを作れるのではないか、自分のツインテール馬鹿を知りながらも普通に接してくれる、同年代の、同性の友だちがはじめて作れるのではないか。そんな期待を抱いている自分がいるのだ。

 いや、自分から踏み出さなければならない。

「なあ、お」

「俺も負けてられねえ! テイルレッドたんのにぃにに、俺はなる!!」

「れ、え?」

 彼が続けたとち狂った言葉に、総二は言葉を止めた。その生徒の言葉にハッとなったほかの生徒たちが、対抗するように次々と声を上げはじめる。

「ふざけんな、テイルレッドたんは俺のだ!」

「なら俺は、テイルブルーちゃんを貰う!」

「どさくさに紛れて何言ってやがる! あの尻は俺のだ!」

「ならば俺は、二人ともだ!」

「お寿司百人分をいただこう」

「ちょっと待てお前ら!?」

 無駄に熱い変態発言が飛び交う。総二が静止の声をかけるがまったく効果はなく、それどころかさらに声が大きく、多くなっていく。どうやらほかのクラスにも伝播(でんぱ)しているようだった。なぜか廊下を通りがかった剣道着姿の巨漢が大食い自慢をしてきたが、それはどうでもいい。

 ほかのクラスからはなぜか女子らしき声も聞こえてくるのだが、総二のクラスの女子たちは愛香の周りに集まっていた。さっき総二に声をかけてきた二人もその中にいる。

 女子たちの声が、総二の耳に届く。

「最近、どんどん仲良くなってるなー、って思ってたけど」

「昨日遅れてきたのってやっぱりそういうこと?」

「よかったね、愛香。ずっとがんばってたもんね」

「告白はどっちからしたの? ――――え、アルティメギルに邪魔された?」

『乙女の夢のシチュエーションを邪魔するなんて、アルティメギル、絶対に許せない!!』

「もふー!」

 女子たちは、愛香を中心にガールズトークに花を咲かせていた。どうでもいいが、許せないと同時に叫んだ二人の女子と、さっき総二に尋ねてきた女子二人は、そのまま変身しそうな気がした。またクマのぬいぐるみが喋ったように思ったが、そのことも含めて、気にしたら負けなのだろう。

 教室の、いや、学校全体の空気がさらに混沌となっていくのを感じる。アルティメギルの、ツインテールを拡散させる作戦が頭に浮かんだが、ツインテイルズによって拡散されていくものは、それだけに留まっていない気がした。

 自分たちは、とんでもないものを世界にもたらしてしまったのではないだろうか。痛む頭を押さえながら、総二はそう考えざるを得なかった。

 

 放課後となった。

 部活に行ったり、下校するクラスメイトたちと挨拶を交わしつつ、時に愛香とのことを冷やかされながら、総二は愛香と一緒に部室にむかった。途中ですれ違う人たちとも挨拶をして、何事もなく部室にたどり着く。

 昼休みからいくらか経ったことで落ち着いたのだろう。あれからしばらくの間、顔を赤らめ、時に小さく身悶えしていた愛香も、普段の調子に戻っていた。いや、顔はまだ赤らんでいるが。

 それは総二も同じで、まだかすかに顔が熱かったりするが、とりあえずはいつも通りと言えた。

 結局、友だちは作れなかったが、いまはいいや、と思う。ああいうことを言う者たちと友だち付き合いできる気がしないというのもあるが、あの調子だと、話題はツインテイルズのことばかりになりそうなため、いろんな意味で会話ができそうになかった。さらに言えば、レッドたんハアハアとか言われたり、ブルーのことでいやらしい話をされたら、思わず張り倒してしまうかもしれない。

 好きなものを好きと言ってなにが悪い。そう思ってきた。いや、それ自体は間違っているとは思わないが、時と場合と相手は選ぶべきだ、ということを理解した。理解せざるを得なかった。こうして人は大人になっていくのだ。多分。

 扉を開け、二人で部室に入ったところで、愛香の声が聞こえた。

「もう、そーじったら、あんな大声であんなこと言わなくても」

「えっ、いや、その、つい。い、嫌だったか?」

 昼休みのことを思い出していたらしい。顔を赤らめた愛香の言葉を聞いて、自分が言ったことを思い出した総二も顔が熱くなった。

「い、嫌なんてこと全然なくて、むしろ嬉しいけど。その、不意打ちだったから」

「じゃ、じゃあ、今度から先に言っておくな?」

 そういう問題じゃないだろう、とどこからかツッコまれた気がした。

 だが、実際には予告などできそうになかった。ほんとうに、思わずというか無意識というか、生態になりかけているような気もするのだ。いまも、愛香を抱き締めたくてしょうがなかった。

「そーじ」

 なにかを期待するような愛香の瞳と見つめ合う。ツインテールも、総二になにかを訴えている気がした。

 心臓が、跳ね上がった。

「んっ」

 気がつくと、愛香を抱き締め、ツインテールを触りつつ頭までなでていた。ほんとうに、生態になっている気がした。

 自分でも、最近はツインテールへの愛が加速しているとは思っている。それを止めようとは思わないし、ツインテール馬鹿を恥じる気ももはやなかった。

 ただ、ツインテールへの愛に負けないぐらい、愛香への愛しさも加速している気がした。

 それも止める気はないが、人前でいまやっているようなことをするのはさすがに恥ずかしいし、なにより他人に、愛香のこんな可愛いところを見せたくなかった。愛香の可愛いところを見ていいのは自分だけだ、とこんなことを普通に考えてしまうぐらい、愛香への独占欲も強くなっている気がした。

「そーじ――」

 愛香の、熱に浮かされたようなぼんやりとした声が聞こえた。

 抱き締めた腕を解いて躰をそっと離し、再び彼女と見つめ合う。

「――――」

 蕩けたような顔に見惚れ、総二は息を呑んだ。

「愛香」

「あっ」

 優しく呼びかけると、彼女のツインテールをすくい上げ、ツインテールにキスをした。うっとりとした彼女の様子に、総二の熱がますます上がってきた。

 チャンスじゃないか、これは。トゥアールはいない。室内には俺と愛香の二人っきりだ。そして、この雰囲気。だけど、アルティメギルやトゥアールがこのタイミングで現れる可能性も、いや考えてる場合じゃない。機会が二度、君のドアをノックすると考えるな、って言葉だってある。いくぞっ。

 意を決して、口を開く。

「愛香っ」

「そーじっ」

 蕩けた顔のまま期待に瞳を潤ませる愛香の様子にまたも見惚れ、数瞬だけ言葉を詰まらせてしまったが、なんとか言葉を続ける。

「愛香。俺とっ」

 けたたましいアラーム音が鳴り、総二は思わず言葉を止めた。

 そのまま数秒ほど、愛香と無言で顔を見合わせる。

『――――』

『総二様、愛香さん、アルティメギルです!』

「なんでこのタイミングで来るんだよおおおおおおおおおおーーーーーーーー!!」

 考えこんでしまったのが悪かったのか、それとも見惚れてほんのわずかに動きが止まってしまったのが問題だったのか、トゥアールからの通信に総二は叫びを上げた。

 機会が二度、君のドアをノックすると考えるな。運命の女神には前髪しかない。チャンスは二度来ない。

 チャンスと感じたならためらってはいけない。考えこんではいけない。動きを止めてはいけない。

 これが、世界の真理か。

 総二はため息を吐いて天を仰いだ。

 

 




 
エレメリアンも人類も、そんなに変わらないのかもしれない。いろんな意味で。
 


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2-4 女中の誇りと項後蟹

 
うなじは漢字で書くと『項』の様ですが、原作で『項後』となっているのでこちらに。

二〇一六年十月十七日 修正

こんなにうなじと書いたのははじめてですわ。
 


 (みこと)は軽く腕を組んだまま、笑顔でレジに並んでいる慧理那から視線を逸らさず、周りに注意を配った。

 不審な動きをする者がいれば即座にその者を捕らえ、慧理那に襲い掛かる者がいれば(ただ)ちに彼女のそばに行き、その身を守る。それが、慧理那のメイドであり護衛でもある、尊の仕事だ。

 同時に、警戒していることを周りに感じさせないように心がけていた。自然体でそれを行なえるように訓練している。空気のようにそこにいること。それがメイドというものだ。周りに身構えさせるようなことがあってはならない。

 敬愛する(あるじ)であり、義理の妹とも姉とも言える慧理那を守るために鍛錬を重ねてきた尊にとっては、そこまで難しいことではない。それだけの努力を積んできたのだ。

 今日は、ゴールデンウィーク前の週末である土曜日。いま尊たちがいる、この大手のおもちゃ屋には、朝も早くから整理券を持った多くの客が並んでいた。尊たち、というか慧理那もその客のひとりだ。このような大型連休の時期、玩具会社は新しいおもちゃを販売する。子供だけでなく、大人にもそういった需要があるらしい。それは大人ではなく大きいお友だちと言うんです、と部下が言っていたが、それはどうでもよろしい。

「お嬢様も、買い物程度なら私に任せていただければ」

 言葉のあと、軽くため息を吐く。

 特撮ヒーロー番組、いやヒーローを愛する慧理那は、自分が代わりに買ってくるという尊の提案を拒み、おもちゃ屋に自ら赴く。毎回、多少の問答はするものの、結局は尊が折れるかたちになっていた。

 自分で買うからこそ愛着が湧く、と返されることもそうだが、慧理那はいろいろな重圧がかかる身である。そんな彼女にとって熱中できる趣味であり、一種のストレス解消であることを考えれば、尊としても強くは言えないのだ。

 できることなら、慧理那には笑顔でいて欲しい。なにかと尊を気にかけてくれる、慧理那の実の母にして、尊の義理の母でもある慧夢(えむ)への恩返しというのももちろんあるが、家族に幸せであって欲しいと考えるのは、当然のことだろうと思う。

「――――」

 そう思いながらも、尊は再びため息を吐いた。

 慧理那を狙う者は、人間に限らない。この四月になってから現れた、変態怪人集団アルティメギル。ツインテールをなぜか狙うあの連中が、いま最も慧理那を狙う者たちだ。

 いままでも何度か襲われていたが、そのたびにテイルブルーに助けて貰っていた。たとえアルティメギルに襲われたとしてもテイルブルーが、いや、いまはツインテイルズが助けてくれるという絶対の信頼を、慧理那は持っているようだった。護衛である自分の立場を考えると、多少なりとも複雑な気持ちにはなるが、一番大事なのは慧理那の身の安全なので、彼女たちへの隔意はない。むしろありがたいと思う。

 ただ、尊にはひとつ気になることがあった。

 お嬢様は、むしろアルティメギルに襲われることを望んでいるのではないか。そんな考えが、ふっと頭に浮かんでくることがある。

 いや、アルティメギルに襲われることそのものではなく、襲われることによってテイルブルーに助けて貰うために、会うために、襲われやすい状況を作っているのではないか、と思うことがあった。

 ヒーローに強い憧れを抱く慧理那の前に、本物のヒーローが現れたのだから、無理もないとは思う。思うのだが、だからといって危険なことをして欲しくはなかった。

 とにかく、護衛として全霊を尽くすのみ。尊は改めてそう思い定める。

 考えている間も慧理那から意識を逸らすことはなく、周りを行き交う人たちにも注意を払い続けていた。慧理那に危害を加えようとする者も、中にはいるかもしれない。

 そして自分の旦那候補を見つけるため、人たちというか男たちを観察する。

 桜川尊、二十八歳。結婚というものに焦りを覚えている。慧夢のためにも、慧理那のためにも、一刻も早く結婚したい。その一心で行なう人間観察は、婚活と同義と言えた。

「むっ」

 耳に付けたレシーバーから、受信を示すノイズが聞こえた。瞬時に婚活、もとい周囲の観察をやめ、意識を慧理那の護衛としてのものに切り替える。

『メイド長ッ、いますぐお嬢様をお連れして逃げてください!』

 部下であるメイドからの、焦りを含んだ声が聞こえはじめた瞬間、会計を終えてレジから離れた慧理那のもとに駆け出していた。なにがあった、などと聞き返す必要はない。部下たちも護衛としての訓練は受けているのだ。その彼女が焦っているというだけで、まずいことが起こったとわかる。おそらく、あの連中だろう。

「尊?」

「お嬢様、失礼します!」

 不思議そうに呼びかけてきた慧理那の反応にかまわず、尊は彼女を横抱きにすると、フロアを駆け抜ける。不思議なものを見るような視線をむけてくる客たちの間を抜けると、階段が見えた。この状況でエスカレーターなど使ってはいられない。いまは一刻を争うのだ。

 駆けながら、慧理那に呼びかける。

「お嬢様、舌を噛まないようお気をつけください!」

 階段にたどり着くと、エスカレーターを使わずに階段を一気に飛び降りた。これまでいたところは三階であるため、踊り場を含めて四度それをくり返すことになるが、問題はない。

 テイルブルーとは比べるのも烏滸(おこ)がましいが、体術にはそれなりの自信がある。慧理那は高校生ではあるが、体格、体重は小学生ほどのものであり、尊にとっては大した負担ではない。息を切らすことなく一階に降り立つと、一瞬たりとも動きを止めず、出入り口にむかって再び走り出す。ちょうどよく開いていた自動ドアから外に出て、駐車場に飛び出した。

「っ!」

 視界に現れた者たちの姿に、尊は足を止めた。いや、止めざるを得なかった。

 くそっ、と吐き捨て、苛立ちのまま呟く。

「先回りされたかっ」

「モケーッ!」

「ミケーッ!」

「モケケー!」

 尊の呟きに答えるように、これまで何度も目にした黒ずくめの怪人たちが、立ち塞がったまま怪声を上げた。なにか微妙に違うものがあった気がしたが、気にしている場合ではない。

「っ!」

 黒ずくめたちの後ろから、直立した蟹のような姿をした怪人が悠然と現れた。怪人は尊を見たかと思うと、すぐに興味を失ったかのように視線を動かし、慧理那を見たところで感嘆混じりの声を上げた。

「むむ~、これはなかなかハイポテンシャルな幼女。これだけ強力なツインテール属性ならば、さぞかしアレもすばらしかろうな~っ!」

「またかッ、化け物めっ!」

 現れた怪人に、尊は怒鳴り返した。

 ツインテールはともかく『属性』というものがよくわからないが、慧理那のツインテールが目的なのは間違いない。髪型を変えるのが、手早く安全なのだが、神堂家の家訓のためにそれはできない。仕方ないこととはいえ、歯痒さはあった。

「我が名はクラブギルディ。ツインテール属性とともに在る属性力(エレメーラ)項後属性(ネープ)を後世に伝えるべく日夜邁進(まいしん)する探究者よ~!」

「ネープ、――――えっ、うなじ!?」

 怪物、クラブギルディの言葉に、慧理那が戸惑いの声を上げた。

 いつものことではあるが、なぜこのアルティメギルという連中は、毎度毎度このような俗っぽいことを声高々に吹聴してくるのだろうか。

 いろいろと言ってやりたいことはあったが、いまはそんな場合ではない。

 外で待機していた、部下であるメイドたちが駆け寄ってきた。

「お嬢様ッ、メイド長!」

「慧理那お嬢様を早くッ。ここは私が食い止める!」

「尊っ!」

 心配そうな声を上げる慧理那を部下のひとりに託し、クラブギルディの前に立ちはだかり、構えをとった。

「ほほう、妙齢の女性よ、おぬしもツインテールを(たしな)むか」

「妙齢だと!?」

 クラブギルディの言葉に、尊は思わず怒鳴り返した。

 尊のツインテールは、ウェーブのかかったモコモコの髪を、頭頂近くから背中に落とすようにして、首元あたりの長さでまとめているかたちだ。尊自身、自分の年齢を(かんが)みていろいろと思うことはある。だがこの髪型は、神堂家に仕えると誓った日から一度も変わらない、尊の誇りのひとつだった。馬鹿にする者は許さない。

「化け物めッ、貴様ごときに品定めされてたまるものか!」

 まるで自分のツインテールを馬鹿にするような言葉と、いままでの、慧理那を狙ってきたことへの怒りも加わり、尊の頭がカッとなった。尊は吼えると一気に間合いを詰め、得意技でもある蹴りをクラブギルディに叩きこむ。

 ミニスカートのフリルがはためくが、他人が見たとしても、色気などは感じられないだろう。一流の格闘家にも劣らない威力と迫力を持った蹴りだと、自負できる練度なのだ。

「っ!?」

 しかし、そんな蹴りをいくら叩きこんでも、クラブギルディはまったく(こた)えた様子がなかった。逆に、金属かなにか硬いものを蹴っているかのように、尊の脚が痛みを覚えてくる。

「くっ、なんだ、この硬さは!」

 背中の甲羅どころか、柔らかそうな腹部を狙っても微動だにしなかった。

 さらに何度か蹴りを叩きこんだところで、ついに痛みが無視できないものになった足を押さえて(うずくま)り、尊は苦悶の声を洩らした。

『モケーッ!』

「きゃああっ!」

「っ、お嬢様!」

 (うずくま)っていた尊の耳に、慧理那の悲鳴が届いた。

 見ると、黒ずくめの手によって、慧理那が部下のメイドから引き剥がされていた。メイドたちは黒ずくめたちに取り押さえられ、軽く首筋を叩かれては気絶していく。

 ほんのわずかな時間で、メイドたちは全員無力化された。

「お逃げください、お嬢様!!」

 ほかのメイドに危害を加えられないようにと離れた、自分の考えの浅さを呪いながら叫ぶと、痛みを訴える足を無視して立ち上がり、急いで駆け出す。

『モケー!』

「っ、離せっ!」

 駆けはじめたところで、尊も黒ずくめたちに取り押さえられた。

 こんなヒョロヒョロの躰のどこにこんな力があるというのか、振りほどこうにも身動きが取れない。単純な力では確かに男には敵わないが、黒ずくめの力はそんな大の男すら遥かに超えるもののように思えた。

 取り押さえられながらも、慧理那に呼びかける。

「お嬢様!」

「大丈夫ですわ、尊。きっと彼女が、いえ、彼女たちが――」

 慧理那の眼は、わずかな恐怖も見えない、信頼に満ちたものだった。

 やはり慧理那は、この状況を待っていたのだ。そう考えていた尊を気にした様子もなく、クラブギルディが黒ずくめたちにむかって声を上げる。

「ようし、後ろをむかせよ」

「モケー」

 指示に従い、黒ずくめたちが慧理那の背中をクラブギルディの方にむけた。

 クラブギルディは腕組みをすると、じっと慧理那の首の後ろを見つめ、やがてうんうんと満足そうに頷いた。

 さすがに不気味に思ったのだろう、慧理那が戸惑う様子を見せた。

「な、なにを見てるんですの!」

「うなじだ!」

 戸惑いながらも毅然とした慧理那の問いだったが、それに返されたクラブギルディの言葉は、一切のためらいもない堂々とした、しかし残念極まりないものだった。

「よいかっ。ツインテールにする以上、うなじが見えるは必然。美は相乗され、さらに輝きを増す。このすばらしき関係を、俺はもっと多くの仲間に、そしておまえたちに知って欲しいのだ!!」

「あなたに教えてもらうことなど、なにもありません!」

(たわ)け!」

「っ!?」

 変態の世迷言を切り捨てた慧理那に、クラブギルディは鋭く叱責の声を上げた。

 ふんっ、とまるで馬鹿にするように鼻を鳴らし、クラブギルディが言葉を続ける。いや、鼻があるかはわからないが。

「男は背中で語り、女はうなじで語る。その、世界の(ことわり)も知らぬとは。外見だけでなく、知性も幼いか!」

「っ、わ、わたくしは――」

 クラブギルディの言葉に、慧理那がはじめて動揺した。

 尊の胸に、怒りが湧き上がる。

「お嬢様への侮辱は許さんぞ、化け物め!!」

「年増のうなじに興味などないわ。家に帰ってほうれい線対策に躍起(やっき)になるがいい!」

「っ、私はまだ二十八だぞ! ふざけるな! 殺してやる!!」

 クラブギルディから返された言葉によって、尊の頭にさらに血が(のぼ)った。心を埋め尽くさんばかりの怒りに、思わず過激な言葉が尊の口から飛び出したが、クラブギルディは一顧(いっこ)だにせず慧理那にむき直った。

「さて、おぬしのツインテール属性、いただくとしよう!」

「お嬢さ、っ!」

 叫びを上げかけたところで首筋に衝撃を受け、意識が遠のいていく。尊を拘束している黒ずくめの当身(あてみ)によるものだろう。だが、それ自体はどうでもいい。

 このままでは、お嬢様が。

 尊の頭の中にあったのは、慧理那のことだけだった。

 歯を食いしばり、意識を繋ぎ止める。

「待、て」

「むっ?」

「み、尊!?」

 意識が朦朧としていたが、どうにか顔を上げ、訝し気な声を洩らすクラブギルディを睨みつける。

「お嬢様にっ、手をっ、出すなッ」

「っ!」

「むむ~っ、見上げた忠誠心ではないか。しかし、そのまま気絶していた方が、つらいものを見ずに済んだと思えぬか?」

「ふざけるなっ、家族の危機に、おめおめと寝ていられるものかっ」

「なんと」

「尊っ」

「ご心配なさらないでください、お嬢様」

 どこかこちらを気遣うような言葉をかけてくるクラブギルディに、尊は吐き捨てて返した。そして、はっきりとはわからなかったが、慧理那が顔を曇らせたように思え、尊は微笑みかける。

「年増のうなじと侮辱した非礼を詫びさせていただこう、気高き年増メイドよ。だが、先ほどの攻撃でわかったであろう。おぬしの攻撃は私に通用せん。ましてや、その状態では、できることなどなにもあるまい」

「なにを、言ってるんだ。できてるじゃないか」

「なに?」 

 尊の力で、この連中をどうにかすることはできない。尊の躰は、変わらず黒ずくめたちに拘束されているし、気を抜いたら意識が飛んでしまいそうなぐらい頭もフラフラで、声を出すことすらおっくうなほどだ。

 だが、なにもできないわけではない。

 己の無力さは、情けないと思う。だが慧理那を守るためなら、どんな手段を取ろうと恥じる気はない。そのためならば、自分の矮小なプライドなど不要。いや、どんな手段を用いても慧理那を守り抜くことこそが、尊の誇り。

 この連中には何度か襲われているが、その経験と、やつらに襲われた人たちの経験談によって、いくつかわかっていることがある。

 まず、こいつらは人間に危害を加えてこない。面とむかって抵抗しても、気絶させられたりはするが、怪我をさせるようなことはしてこないのだ。逆にそういった相手には、敬意のようなものを表してくるという証言もあった。

 そして、かなりノリがいい。話しかければ、まず会話に応じてくれる。いま、こうやっているように。

 フッ、と笑みを浮かべる。

「時間稼ぎが、さ」

属性玉(エレメーラオーブ)ッ、兎耳属性(ラビット)!」

 尊の声に被せるように声が響いたと思った瞬間、慧理那を掴んでいた黒ずくめたちがふっ飛び、尊の躰を拘束していた力が消えた。

 倒れそうになった尊の躰を、誰かが抱き留めた。かすんでいく視界に、青と赤、二対のツインテールが映った気がした。

「あとは、頼むぞ、ツインテイルズ」

 最後の力をふり絞ってそう呼びかけると、尊は意識を手放した。

 

 

 ブルーは属性玉変換機構(エレメリーション)を解除し、倒れかけたメイドを抱き留めた。

「任せてください」

 気絶する寸前の彼女からかけられた言葉に、力強く返す。

 ここに着く前に、慧理那の護衛も兼ねているのだろうメイドたちが軽く殴られ、気絶させられているとトゥアールから伝えられていたのだ。この連中は、見た目からは想像できないが、普通の人間には太刀打ちできない身体能力を備えている。

 このメイドもそうだったはずだが、それでもブルーたちが来るまで意識を保っていたのは、慧理那を守るためだ。そんな彼女の期待を、裏切りはしない。

 レッドが、蟹を思わせるエレメリアンの前に立ちはだかった。

「ブルー、その人たちを頼むぞ!」

「オッケー、あんたこそ負けるんじゃないわよ!」

「おう!」

 レッドが剣を構えたところで、エレメリアンが声を上げた。

「グム~、見事だ、気高き年増メイドよ。ツインテイルズが来るまでの時間を稼いでいたということだな。あっぱれな心意気よ」

 言葉のあと、エレメリアンが改まった様子で構えをとった。

「さて、名乗らせてもらおうか。我が名はクラブギルディ。ツインテール属性とともに在る属性力(エレメーラ)項後属性(ネープ)を後世に伝えるべく日夜邁進(まいしん)する探究者よ!」

『気に入ってるんですかね、そのフレーズ』

 現場を基地で確認していたトゥアールが、通信越しに呟いた。

 ブルーたちが反応する前に、クラブギルディが言葉を続ける。

「ツインテイルズよ。我らが敬愛する隊長たちを破ったおぬしたちの強さと美しさ、すでに我らの間で知れ渡っておるぞ」

「そいつは光栄だな。じゃあ、なるべく大声で宣伝してくれよ。この世界には俺たち、ツインテイルズがいる。侵略なんかできっこないから、あきらめた方がいいってな!」

「なにを言うかっ、タイガギルディ様の仇を討たずして、生き永らえることなどできるものか!!」

「あの変態の部下か、おまえ」

「やってくれたわよね、あいつ」

「ほんとにな」

 告白を邪魔された時の怒りを思い出し、ブルーがボソッと呟くと、それが聞こえたらしいレッドも呟いて答えた。彼女の声にも、小さな怒りのようなものがあった気がした。

 レッドが、クラブギルディを正面に捉えつつ移動していく。クラブギルディもそれに付き合って離れていくと、ブルーと戦闘員(アルティロイド)たち、そして慧理那と、倒れたメイドたちが残された。

「尊っ!」

 様子を窺っていた慧理那がこちらに寄ってきたところで、抱き留めていたメイドをゆっくりと地面に横たえた。

 立ち上がると、安心させるために微笑んで告げる。

「大丈夫、気絶しているだけです」

「は、はい。来てくださったのですね、ツインテイルズ」

 慧理那の声は、どこか暗いものに感じた。いや、護衛であるメイドたちが、目の前でみんな気絶させられてしまったのだ。人間に危害を加えないとわかっていても、こんなものを見せられたら不安になって当然だろう。

「ごめんなさい。遅くなってしまって」

「そ、そんなことありませんわ!」

 ハッとした様子で、慧理那がブルーの言葉を否定した。

 言葉のあと、彼女は再び顔を曇らせ、言葉を続ける。

「悪いのは、あなたたちじゃありません。悪いのは」

『モケーッ!』

「っ!」

 戦闘員(アルティロイド)たちが声を上げたことで、慧理那の言葉が遮られた。

 ブルーはいったん彼女の前に出て構えを取り、うんざりしながら吐き捨てた。

「ええ。悪いのは、この変態たちです」

「っ」

 ブルーの言葉に、慧理那がかすかに息を呑んだように感じた。

「――――?」

「尊。みんな。ごめんなさい」

 なにかを悔やんでいるような、慧理那の小さな呟きが聞こえた。

 彼女が、これまで何度もアルティメギルに襲われていることに、引っかかるものはあった。信頼してくれているのは確かだし、嬉しくはあるのだが、いまの呟きの意味は。

 いや、いまはさっさと戦闘員(アルティロイド)を片づけよう。そう考えると、再び属性玉変換機構(エレメリーション)を発動する。

属性玉(エレメーラオーブ)兎耳属性(ラビット)!」

 発動と同時に、強化された跳躍力で横方向に鋭く跳んだ。一体の戦闘員(アルティロイド)に一瞬で近づき、天高く蹴り上げる。ダメージ自体は与えないよう、直前で力を押さえた、浮かせるための蹴りだ。

「モケッ!?」

 天に舞い上がった戦闘員(アルティロイド)が思い出したように悲鳴を上げるが、気にせず次の戦闘員(アルティロイド)にむかい、同じように蹴り上げる。時に拳で打ち上げるが、それを、その場にいるすべての戦闘員(アルティロイド)にくり返す。ラビットギルディのやったことを参考にした戦法だ。戦闘員(アルティロイド)の爆発は、エレメリアンに比べればずっと小さなものではあるが、いま地上で爆発させてしまったら、慧理那や倒れているメイドたちに被害が及ぶ可能性がある。

 戦闘員(アルティロイド)をすべて打ち上げると、最初に上空に蹴り上げた戦闘員(アルティロイド)目掛けて跳び上がり、蹴りを打ちこむ。その蹴りの反動で別の戦闘員(アルティロイド)にむかい、再び蹴りを打ちこんではその反動で別の戦闘員(アルティロイド)にむかうことをくり返す。

 最後の一体に打ちこむと慧理那のそばに降り立ち、ブルーはレッドとクラブギルディの方にむき直った。

「って、メチャクチャ速いわね、あのカニ」

 レッドが、クラブギルディに翻弄されていた。残像ができるほどの速さで、クラブギルディはレッドの攻撃を避けている。

 単純な速さで言えばドラグギルディ以上かもしれない、と思えるほどの速さであり、レッドが斬り裂いたあとに残像がようやく消えるほどだ。

 上空で戦闘員(アルティロイド)たちが爆発したが、ブルーは気にせずレッドの戦いを見つめる。

 斬りかかるレッドの剣を避けたと思った次の瞬間には、彼女の背後に回りこんでいて、そこからハサミで殴りかかったり、首の後ろをじっと見つめるという攻防が繰り返されていた。なにやらうなじがどうとか言っているが、首の後ろを見ているのは、レッドのうなじを見るためのようだった。あの隊長にしてあの部下あり、と言ったところか。

 遠慮がちに、声がかけられた。

「テイルブルー。あの、テイルレッドを助けに行かないのですか?」

「ええ。強くなるために、なるべく自分ひとりで闘わせて欲しい、と言われてますので」

「そう、ですか」

「大丈夫ですよ。あいつは、あたしの」

 そこで、口が止まった。なんとなく恥ずかしいことを言ってしまいそうになったからだ。

 なんて言おうかと悩んでいたところで、慧理那が首を傾げた。

「あいつは?」

「あいつは、あたしの、あ、相棒ですから!」

 なるほどっ、と慧理那が頷いた。

「沈んでばかりでは、駄目ですわよね」

 自分に言い聞かせるような、慧理那の呟きが聞こえた。

 慧理那は、気合を入れるように自分の頬をパチンと叩くと大きく息を吸いこみ、レッドにむかって大声を上げた。

「テイルレッドー! がんばってくださいましー!!」

 慧理那の声援に、ブルーの顔が思わずほころんだ。

 

 

 慧理那の声援が聞こえたレッドは、(つか)()その方向に視線をむけ、軽く目を見張った。わずかな時間で、あれだけいた戦闘員(アルティロイド)がすべて消えていたからだ。そのことに、ブルーと自分の力量差を感じ取る。

 遠いな、と思う。戦闘スタイルの違いはあるだろうが、自分が闘ったとしてもブルーのようにはいかないだろう。

 悔しくはある。だが、妬ましくはない。いまはただ、ツインテールと愛香(ブルー)を守るために強くなることだけを考える。それが、総二(レッド)愛香(ブルー)に誓ったことだ。その悔しさもバネにして、強くならなければならない。

「おりゃあ!」

 気合の声とともにクラブギルディ目掛けて剣を振るうが、やはり手応えがない。

「フッ、残像だ」

「チッ、またかよ!」

 さっきから何度もくり返された攻防である。最初に避けられた時は、レッドのうなじを見て、陰ながら美を支える土壌だとか、母なる大地に生命を育む海だのとのたまい、すばらしいうなじだと感動の涙を流してきた。

 問題はそのあとである。

「どりゃあっ!」

 再びレッドが斬りかかるが、またも手応えがない。

 背後から、風を感じた。

「カカッ!」

「くっ!」

 クラブギルディは、今度は殴りかかってきた。ふりむくと同時に剣を盾代わりにしてその攻撃を防ぎ、再び反撃するがやはり躱される。

 スピードだけならば隊長たちにも負けないと豪語してきたその速さは、実際に相対したレッドにも、ドラグギルディ以上かもしれないと思わせるほどだった。そこまで磨き上げた理由が、うなじを見るためだという至極残念なものではあったが、至高の幼女に背中を流して貰うために背中を守ってきた、とドラグギルディが言っていたことを思い出し、いろいろ複雑な気持ちになった。エレメリアンにしてみれば普通の理由なのかもしれない。

 それはともかく、ツインテールを切らないためだろう、ハサミで鋏みかかることはしてこないし、スピード以外は大したことはない。とはいえ、そのとてつもない速さでこちらを翻弄し、殴りかかってくる戦法は、かなり厄介なものがあった。

『レッド、確かに相手のスピードは脅威ですが、やつの動きには明確なパターンがあります。そこを突いてください!』

 明確なパターン。トゥアールのその言葉にハッとする。確かにクラブギルディは、うなじを見るためにレッドの後ろを取ることしかしていない。習性や生態と言えるぐらいに、その動きが染み付いているのではないか。

 ならば、罠を仕掛ける。

 そう考えると、剣を構え直してクラブギルディを見据えた。

 

 

 なんとすばらしいうなじだろうか。

 テイルレッドのうなじを見たクラブギルディは、感動に身を震わせた。

 先ほど見たお嬢様幼女のうなじもかなりのものであったが、テイルレッドのうなじは、

それとすら比較にならないものに思えた。

 それはおそらく、最強のツインテール属性があるためだろうが、逆に言えば、ツインテール属性と項後属性(ネープ)は相乗する関係にあるという、クラブギルディの探求し続けているものを証明するものと言えるのではないだろうか。クラブギルディはそう思った。

「残像だ」

「このっ!」

「残像だ」

「うなじを見るなああああっ!!」

「残像だ。そして、見る!」

 うなじを見るために、速さと眼を鍛え続けた。その二点に関しては、幹部エレメリアンにも劣る気はない。飛行能力は持たないため、あくまでも地上における速さだけだが、エレメリアンの中で最速を謳われる、死の二菱(ダー・イノ・ランヴァス)に所属する『神速の申し子』と称されるエレメリアンに迫るかもしれない、と言われるほどだった。視力も、どんな速い攻撃であろうと捉えることができると自負している。

 そのスピードでテイルレッドの攻撃を避けつつ背中に回りこみ、その眼でうなじを一瞬だけ見つつ攻撃を繰り出す。時折、美しさに見惚れて攻撃を忘れることがあるが、問題はない。

 テイルブルーのうなじも見たくはあるのだが、あちらはいまのところ、お嬢様幼女のそばから離れる様子がない。二人がかりであっても攻撃を避ける自信はあるが、とにかくいまは、テイルレッドのうなじ、もといテイルレッドとの闘いに集中することにする。

 惜しくはあるが、そろそろ勝負を決めよう。そう考えると、クラブギルディはハサミに力を集中した。

 クラブギルディの必殺の技は、ハサミで切り裂くこと、ではない。それではツインテールとうなじを傷つけてしまうおそれがある。それらを傷つけないために体得した、強固なハサミで行なう必殺のパンチ。それが、クラブギルディの必殺技(フェイバリット)

 テイルレッドが剣を構え直し、クラブギルディを見据えた。

完全開放(ブレイクレリーズ)!」

 テイルレッドが声を上げるとともに、その剣が形を変え、炎を噴き上がらせる。

 思いっきりその剣を振りかぶり、テイルレッドが斬りかかってきた。

 チャンス。

 大技ならば、相応の隙がある。

 いままで同様に躱して、テイルレッドの背後を取る。テイルレッドは返す刀で、背後に回ったクラブギルディに再度斬りつけてくるが、それもなんなく躱してまたも背後を取り、体勢を崩しているテイルレッドに対してハサミを振りかぶった。

「っ?」

 なにか、違和感があった。

 まだ数回しかテイルレッドの闘いは記録されていないが、彼女は大技を放つ時、『オーラピラー』という結界でエレメリアンの動きを捕らえていたはずだ。

 今回はそれを使わず、これ見よがしに斬りかかってきた。まるで、クラブギルディの動きを誘うように。

「オーラピラー!」

「っ!?」

 クラブギルディの違和感を肯定するかのようにテイルレッドが声を上げた瞬間、クラブギルディの視界が赤く染まり、躰が動かなくなった。

 なにも、見えぬ。

 誘い。罠だったのだと、クラブギルディは悟った。

 その驚愕以上に、うなじが見えないことへのとてつもない恐怖が心を支配した。

「う、うなじがッ、うなじが見えぬうううーーー!?」

「グランド・ブレイザー!!」

 恐怖を抑えきれず叫びを上げたところで、なにかがクラブギルディの躰を斬り裂いた。

 躰から、力が抜けていく。

「う、な、じ」

 せめて、最期にもう一度うなじが見たかった。

 そう思ったところで、なにかが見えた。

 いや、なにかではない。うなじだ。ツインテールから覗く、見事なうなじだった。ただ、見たことがないうなじに思えた。

 いままで見たうなじほど、瑞々(みずみず)しさを感じないのだ。だが不思議なことに、いままで見たうなじにはない、包みこんでくるようななにかを感じた。母性とでも呼ぶものなのではないか、となぜか思った。

 あの年増メイドが、ふっと頭に浮かんだ。

 これは、あの年増メイドのうなじなのだろうか。

 言葉にすると、そうだとしか思えなくなった。そこでクラブギルディは、ハッと気づいた。

 自分はこれまで、うなじのすばらしさをみんなにわかって貰いたいと、広めたいと思ってきた。うなじの可能性を探求し続けてきた、つもりだった。

 だが自分が見てきたのは、年若い少女のうなじだけで、年増のうなじなど見る価値がないと切り捨ててきた。年経たことで(はぐく)まれる魅力というものに、眼をむけてこなかった。よくそれで、探求者などと名乗れたものだ。

 フッ、と苦笑する。己への不甲斐なさはある。しかしそれ以上に、最期にそのことに気づけたことへの、奇妙な喜びがあった。

 気高き年増メイドよ、感謝するぞ。

 クラブギルディは、そっと眼を閉じた。うなじが見えないことに対する恐怖は、もうなかった。

 

 

 クラブギルディが爆散し、レッドが剣を消した。ふうっ、とレッドが息を吐いたのが聞こえた。

 あえて大技を避けさせて、剣から放ったオーラピラーをその場に停滞、二撃目を躱したクラブギルディが再びレッドの背後に回ったところで、停滞させていたオーラピラーを発動させ、トドメを差す。お見事、とブルーは思った。

 レッドはまだ数えるほどしか闘っていないが、一戦一戦ごとに動きがどんどんよくなっているのがブルーから見てもわかる。それに加えて、ブルーよりずっと強いツインテール属性によって、気力が漲れば単純なパワーやスピードはブルーよりも強くなるらしい。もっとも、技量に関してはブルーの方がずっと上のため、レッドの方がブルーより明確に強いというわけではないそうだが。

 しかし、ドラグギルディのような強さを持つ相手には、単騎で勝つのは難しいだろう。コンビネーションに磨きをかけなければならない。

 トゥアールの言葉を思い出す。

 ――いいですか、総二様、愛香さん。あなたたちはひとりひとりでは単なる火ですが、二人合わされば炎となります。炎となったツインテイルズは、無敵です。そしていつか、お二人の必殺技が重なることで、それぞれ単独で放った時の二倍、いえ十倍の破壊力となるであろう『テイルドッキング』を!

 なにを期待しているんだ、というか二人の必殺技が重なるだけでは二倍すら難しくないだろうか、それはそうとなんでサングラスをかけたうえで帽子を被ってるんだ、あとツッコミどころはひとつにしておいてくれ、などといろいろツッコみたくはなったが、言わんとすることはわかった。トゥアールも重なると『火炎』になるらしいが、それは置いておく。

「ツインテールで相乗される美。うなじ、か」

 レッドの呟きが聞こえた。なにか心に響いたのか、どこか遠くを想っているようにも思えた。

 ツインテール関連というか、愛香との触れ合いで遣われるのだろうか、と思うと、顔が熱くなった。

 レッドがふりむき、こちらに駆け寄ってきた。ブルーは微笑んで出迎える。

「おつかれさま、レッド」

「おう。ブルーもおつかれ。メイドさんたちは?」

「ん、大丈夫よ」

「はい。気を失っているだけですわ」

「そっか。よかった」

 返された答えに、レッドがホッと安堵の息を吐いた。慧理那もようやく安心したのか、微笑みを浮かべていた。

「ありがとうございます。テイルブルー、テイルレッド」

「いえ、遅くなってしまってすいません」

 レッドの言葉に慧理那がまた、ほんの一瞬だけ表情を暗くしたような気がした。

 レッドもそれに気づいたようだったが、気を取り直した様子で言葉を続ける。

「ブルーから聞きました。こんな目に何度も遭って、こわいだろうと思います。けど、絶望だけはしないでください。俺た、じゃなくって、私たちが守りますから」

「こわくなんてありませんわ! 信じていましたもの!」

 慌てた様子で、しかしどこか感激したように慧理那が声を上げた。いままでブルーは、慧理那を助けてもすぐに立ち去っていたため、会話をすることはほとんどなかった。ヒーローに憧れているという慧理那は、ずっとこんなふうに話したいと思っていたのかもしれない。

 そのことに多少の罪悪感はあるが、正体がバレるのはまずい。そろそろ撤収しなければ。

「レッド。もう」

「あなたがツインテールを愛する限り、私たちはいつだって駆けつけます」

「ツインテールへの、愛――」

「――――?」

 レッドの言葉に、慧理那が顔を曇らせた。なぜか、先日ツインテール部の部室で彼女が動揺した時のことを思い出した。

 気にはなったが、いまはとりあえず帰ろう。この姿で突っこんだ会話をするわけにはいかない。

「レッ、っ!」

「あ、あのっ」

「えっ、――――あぁっ!?」

 ブルーの言葉が止まり、慧理那が戸惑いながら声を洩らし、自分のやっていることに気づいたらしきレッドがハッとした様子で声を上げた。

 レッドが、慧理那のツインテールを触っていたのだ。それもどこか、ウットリした様子でだ。

 暗いものが心に浮かび、呼びかける。思った以上に低い声が出た。

「レッドォ?」

「う、浮気じゃないぞ!? 落ち着いてくれ、ブルー! 俺にはおまえだけだから!」

「浮気?」

 レッドが慌ててブルーを宥め、慧理那が不思議そうに呟いた。

「ご、ごめん、会長っ、それじゃ!」

「っ、属性玉(エレメーラオーブ)髪紐属性(リボン)!」

 ブルーは属性玉変換機構(エレメリーション)を発動すると、慧理那から離れたレッドの手を取って空に飛び上がった。

 ある程度離れたところで、レッドの両脇に手を差しこみ、吊り下げるような体勢に変え、呼びかける。

「そーじ」

「ま、待ってくれ、愛香っ、浮気じゃないんだ!」

「そっちはあとで。会長なんて呼んで、バレたらどーすんのよ!」

「あっ」

 いまさら自分が言ったことに気づいたらしい。呆然とした声が、ブルーの耳に届いた。

 少し考えこんだあと、レッドが口を開く。

「い、いや、大丈夫だろ?」

「根拠は?」

「根拠っていうか、さすがにテイルレッドの正体が男だとは思わないだろうし」

「まあ、確かにそうかもしれないけど。とにかく、気をつけてよね。結局、例の言葉も言っちゃったし」

「いや、あれは言わなきゃいけないだろ」

 真顔で返されたレッドの言葉に軽く苦笑する。

 気を取り直し、ブルーは笑顔をむけた。

「じゃあ、浮気のことについて話しましょうか?」

「――――、――――」

 レッドの引きつった笑顔が、ブルーに返された。

 

 

*******

 

 

 クラブギルディを斃したあと総二は、帰還中ひたすら謝り倒した。

 浮気では決してない。俺にはおまえだけだ。おまえ以上に大切な人は、俺にはいない。

 必死になって説得した。ドラグギルディとの闘いの時以上に必死だったかもしれない。

 帰ったあとも説得は続いた。

 拗ねた彼女も可愛かったが、だからといってこのままというわけにはいかなかった。

 おだてるとかそんなことは考えなかった。心からの言葉を伝え続け、彼女を抱き締め、ツインテールを触りつつ、頭をなで、ツインテールにキスをした。

 愛香の顔が真っ赤になり、総二の躰も熱くなっていた。

「もう、あんなことしないでね?」

「ああ。ほんとにごめん」

 どうにか機嫌を直してくれた愛香に感謝と謝罪をしつつ、風呂上がり恒例のご褒美タイムである。

「それじゃ、今日はなにして欲しいの、そーじ?」

「えーっとな」

 クラブギルディの話を聞いて、興味が湧いたことがある。

「う」

「うなじ?」

「う、うん」

 顔を赤くしたままの愛香に先んじて言われ、恥ずかしくなりながらも頷く。

「う、うん。わかったわ。じゃ、じゃあ、どうしよっか?」

「え、えっとだな」

 口ごもりながら総二はベッドに腰掛け、眼をパチパチとさせた愛香に告げる。

「その、背中をむけて膝の間に座ってくれないか?」

「――――うん」

 恥ずかしそうにしながら、総二の言う通りに愛香が座った。

「んっ」

 総二は手を愛香の前に回し、軽く抱き締めた。

 躰が熱くなるが、愛香の躰の柔らかさとか体温から意識を逸らし、うなじを見る。

 なるほど、と総二は思った。

 確かに、ツインテールとお互いを引き立たせるという姿勢には、大いに学ぶべき点がある。愛香の美しいツインテールと、そのうなじを注意深く見ていると、引きこまれるような妖しい魅力を感じた。

 愛香のうなじが、さっきよりちょっと赤くなった気がした。

「そ、そーじ、ちょっと恥ずかしいんだけど、これ」

「い、嫌か、愛香?」

「い、嫌ってことはないけど、そうやって見つめられてると、やっぱり恥ずかしいかなって」

「そ、そうか。けど、ごめん。もうちょっと見せてくれないか?」

「う、うん。いいよ」

 愛香の答えにホッとし、再びうなじを見つめる。

「――――」

 恥ずかしさからか、愛香のうなじに赤みが増していく。総二も気恥ずかしさを覚え、顔がますます熱くなってくるのを感じた。それでも愛香のうなじから眼を離さず、抱き締めた腕を解くこともしない。

 そういえば、と総二はふと思った。

 トゥアールもアルティメギルも、総二が告白、あるいはそれに相当するキスなどを行なおうとした時に出てくる。国外にアルティメギルが現れ迎撃に出た時もあり、本気でお祓いしてもらうべきではないかと悩んだぐらいである。そのあとでなぜ続けないのかと言えば、そんな空気になったあとで成功させても嬉しくないというか、いろいろむなしいからだ。できることなら、愛香との思い出は大切にしたかった。

 それはともかくこのように、抱き締めるといったことなどでは、なぜか出てこない。

 いままでは、とにかくチャンスを見つけて告白やキスをすることだけを考えていたが、アプローチを変えてみるのも手ではないだろうか。どのぐらいの行為までなら邪魔は入らないのか、それを見極めることで告白する隙を見出せるのではないか。総二はそう思った。

 なんで告白するのにこんな苦労をしなければならないのか、という根本的な疑問は置いておき、行動に移る。

「――――」

「ひゃっ!?」

 抱き締めたまま愛香のうなじに息を吹きかけると、彼女の口から戸惑いの声が洩れた。気にせずもう一度吹きかける。

「そ、そーじっ、くすぐったいよっ。も、もうっ」

 愛香の言葉に、息を吹きかけるのをやめる。

 思った通り、この程度なら出てこない。

 次だ。成功するかはわからないが、総二の推測が正しければ出てこないはず。躰が熱くなるが、意を決してうなじに顔を近づけ、口づけた。

「っ、そ、そーじ!?」

 当然ではあるが、愛香はさっき以上に驚いたようだった。抱き締めた腕にさらに力をこめ、うなじに吸いつくと、愛香の躰の熱がますます高まっていくのを感じた。

「あっ、んっ、そーじっ、んんっ」

 愛香の口から、甘く感じる声が洩れた。その声に総二も昂ってくるが、いろいろ我慢してなおも吸い続ける。

 賭けに、勝った。頭の片隅でそう思った。この程度なら、やはり出ない。

「やっ、そーじっ、んっ」

 やっ、と言っているが、本気で嫌がってはいないはずだ、と総二は思った。愛香が本気で嫌がっていたら、総二はとっくにぶっ飛ばされているだろう。冷静に考えるとかなり情けない気がするが。

 抱き締めたままうなじにキスを続けると、愛香の口から洩れ出る甘い声が、艶を増してきた気がした。その反応に総二の躰の熱も上がり、彼女の唇にキスをしたくなるが、根性で耐える。ここでそこにむかったら、どちらかが出てくるだろう。アルティメギルは昼に出てきたため、多分トゥアールの方だ。

 うなじにキス程度なら出てこないことがわかった。こうやって、ちょっとずつ攻略していくのだ。ツインテールは一日にして成らず。千里のツインテールも一歩から、だ。

 なんだか自分でもなにを考えているのかわからなくなっている気がするが、いろいろな意味で余裕がなくなっているのでそれもしょうがない。とにかく、次の攻略に移る。

 次は、ここだ。

 そう考えると、愛香の首に狙いをつける。

「そっ、そーじぃ、んんっ」

 愛香の首の横に吸いつくと、さっき以上の甘い声が洩れた。

 出てこない。(つか)()だけそう考えると、愛香の声に集中する。

 どんどん声が甘くなっていくように感じ、総二の頭もさらに昂ってきた。衝動のまま、もっと強く吸い上げる。首に、キスマークができてしまうかもしれない、とふと思った。

「そ、そーじぃ、みんなにからかわれちゃうよぉ」

 愛香もそう思ったのかもしれない。蕩けたような彼女の言葉にそう考えると、いったん唇を離した。

「あ、愛香は俺のだ、って証拠をっ」

「も、もうっ」

 愛香が、ふりむいてはにかんだ。

 愛香の真っ赤な顔と、ふりむくと同時に美しく(なび)いたツインテールを見た瞬間、これまでなんとか押しとどめていた衝動が、総二の理性を吹き飛ばしたような気がした。

「きゃっ!?」

「っ!?」

 気がつくと、愛香をベッドに押し倒していた。

 ――――ままよ!

 こうなったら押し通すしかない。敗れた己の理性を不甲斐なく思うものの、総二はそう考えると、驚きながらも期待に瞳を潤ませる愛香の唇へ自分の唇を近づけていく。

「やらせませんよ!」

 一気にキスを敢行しようとしたところで、どうやって察知したのかトゥアールが扉を開けて姿を現した。

 だが、この距離なら間に合うはずだ。そう考えた瞬間、なにかが総二の躰を捕らえた。

「っ!?」

 反射的に愛香から顔を離して自分の躰を見下ろすと、フックのような物が総二の躰を捕らえていた。フックからはワイヤーのような物が伸びており、それはトゥアールの肩に付いている、タイヤらしき物から出ていた。

「うおっ!?」

『タイヤコウカーン!』

 浮遊感を覚えるとともに愛香から離され、トゥアールの方に引っ張られた。

 その直後、謎の音声がどこからか響くとともに、トゥアールの肩に付いていたタイヤが外れ、どこからともなく飛んできたタイヤが、今度は彼女の両肩に装着された。両方とも、さっき付けていたタイヤより大きい。

 一瞬ののち、総二の躰が床に打ちつけられた。フック付きのタイヤはトゥアールの肩から外れたものの、伸びていたワイヤーが意思を持っているかのように総二の躰を縛り上げたため、愛香とトゥアールを見ていることしかできない。

「トゥアールッ!」

「S×A妨害ツール・弐式(セカンド)、トゥアールたいやー! 愛香さん、覚悟! 完裂・トゥアール・らじある・いんぱくとおおおおーーー!!」

 怒りに目を吊り上げた愛香にむかって、両肩のトゥアールたいやーを回転させたトゥアールが突進していく。それを真っ向から受けて立つように、愛香が構えた。

 激突する二人を見て総二は、今日も告白が失敗したのを思い知った。しかし、落胆はない。

 少なくとも一歩は前進できたはずだ。この調子でちょっとずつでも攻略を進め、いつか本懐を遂げてみせる。

 片方のトゥアールたいやーを破裂させ、全身全霊を傾けたブレーンバスターでトゥアールの脳天を床に叩きつけた愛香の姿を見ながら、総二は改めて誓ったのだった。

 

 




 
テキサス・ブロンコ、執念の一撃ー。

クラブギルディのスピード評は盛ってるようで盛ってない気がしたり。剣で切り裂いたあとに残像がようやく消えるって。

尊さんはキャラ的にはとても好きです。でも総二×愛香だからあきらめてください尊さん。

少しずつ近づくテイルイエローの出番。
技のブルー、力のレッド。
力と技のテイルイエローになれるのか。できるのか。
 


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2-5 赤の誓い / 白の入学 / 戦慄の婚姻届

 
二〇一六年十月三十日 修正

原作十二巻を読んでなんかこう、執筆意欲がガンガンに。なのにこういう時に忙しくなるのマジで勘弁。
やっぱり愛香さんは総二とイチャついている時が一番可愛いと思いました。
 


 月曜日の朝。洗面所に入ると総二は、周りをさりげなく見渡した。

 誰もいないことを確認すると、今度はツインテールの気配を探る。少し遠いところに、馴染んだツインテールの気配があった。愛香のものだろう。まだ自宅の方に居るということだ。

 やるなら、いまだ。

 そう考えると、洗面所の鏡にむき直った。

「テイルオン」

 小さく呟いて変身し、ツインテールを鏡に映す。

 映った自分のツインテールに見惚れ、ほうっと小さく感嘆の息を洩らした。

 だが、それだけで終わるわけにはいかない。気持ちを切り替え、グローブを外す。別にグローブを付けていても、感覚は素手とほとんど変わらないのだが、やはりここは(じか)に触りたかった。

「おお――」

 そのすばらしい感触に、再び感嘆の声が口から洩れた。

 手で持ち上げたり、さまざまなアングルでツインテールを鏡に映して、じっくりと見る。レッド自身も満面の笑顔を浮かべると、ツインテールもさらに輝くように感じた。

 総二の一番好きなツインテールは、愛香のツインテールだ。テイルレッドとなった自分のツインテールがどれだけ見事でも、それは変わらない。

 だが、一番でなくとも、美しく、すばらしいツインテールであることも間違いなかった。毎日三食、食べても飽きない好物はあるかもしれないが、それでも違う物が食べたくなる時はあるだろう。いや、違う物を食べることで、好物がもっとおいしく感じられるのではないだろうか。

 それに、これは自分のツインテールなのだ。決して浮気ではない。

「ああ――」

 そう自分に言い聞かせながら、己のツインテールを見てうっとりする。

 そうだ、と手鏡を取り出す。これと洗面所の鏡を使って、後ろの角度から見てみよう。

 そう考えると、まず映りを確認するため、手鏡を掲げた。

「そーじ。なにやってるの?」

 総二の一番好きなツインテールの持ち主が、手鏡に映った。

 

 夢中になりすぎて、接近に気づかなかった。

 気づかれないようにゆっくりと手鏡の角度を変え、愛香の顔を映す。手鏡に映った愛香の顔は、うつむき気味なためはっきりとは見えない。しかし、たったいまかけられた抑揚のない声は、レッドの危機感を煽るには充分だった。

 冷や汗をかきながら手鏡をしまい、おそるおそるふりむく。愛香はまだわずかにうつむいたままで、言いようのない恐怖が湧き上がってきた。

「ち、違うんだ、愛香っ。これはだな、ええっと、そのっ、――――ほ、ほら、毎日毎食、食べても飽きない好物ってあるけどさ、たまには違う物を食べることで好物がもっとおいしく食べられるんじゃないかって」

「ツインテールやめてもいーい?」

「ごめんなさい、すいません、俺が悪かったです、出来心だったんです、もう二度とやりませんからそれだけは勘弁してください、お願いします、お願いしますったらお願いします、愛香様、いえツインテール将軍様、ツインテール閻魔様」

 しどろもどろに行なわれるレッドの釈明を遮った、感情のこもっていない愛香の言葉に、レッドは土下座してひと息で謝りたおした。ツインテールが床に着いてしまうことなど、普通なら許容できることではない。だが、愛香がツインテールをやめて、下手すれば総二のもとから去ってしまうかどうかの瀬戸際である。さすがに気にしている場合ではなかった。

 どうでもいいが、なぜ将軍、というかツインテール閻魔ってなんだ。いや、もしかしたら、結ばれなくなったツインテールがその後にむかうというツインテール墓場を統括する、伝説の存在かもしれない。

 焦りのあまり、わけのわからないことが思い浮かんだレッドの耳に、愛香の拗ねたような声が届いた。

「別に、いいけど」

「愛香、俺は決して愛香のツインテールに飽きたわけじゃないんだ。ただ、その」

「だから、いいってば」

「――――え?」

 ――おいおい、浮気を見逃すってのか? そりゃいくらなんでも慈悲深すぎるぜ。

 慈悲深すぎるってどういう言い回しだ、と頭をよぎった言葉にツッコむが、同意せざるを得ない。いや、浮気では決してないのだが、自分のものとはいえ、愛香ではなくほかのツインテールに(うつつ)を抜かしていたのは間違いない。それなのに、別にいい、とは。

 愛香の顔を呆然と見ながら、レッドは考える。

 ――――え、どういうことだ。別にいいって。もしかして、俺、愛想尽かされたのか? あまりにもほかの女の子(ツインテール)に気を取られすぎたせいか? いや、ひょっとしたら、想いを必ず伝えるって言っておきながら未だにできてないせいか? それとも。

「そーじのこと縛りつけて、嫌な女って嫌われたくないから――」

「っ、愛香」

 愛香の声は、かすかに震えていた気がした。ツインテールも、どこか悲しく、切なそうに見えた。そのことに、自責の念が湧き上がってくる。

 なぜ、こんなにも総二のことを想ってくれる愛香を、一瞬でも疑ってしまったのか。

 ――おばあちゃんが言っていた。男がやってはいけないことが二つある。女の子を泣かせることと、食べ物を粗末にすることだ。

 誰のおばあちゃんが言ってたんだ。脳裏をよぎった言葉にまたツッコみながらも、確かにその通りだ、と思う。女の子を、愛香を悲しませていいわけがない。

 気持ちを切り替え、変身を解いて立ち上がると、愛香の手とツインテールをその手に取り、言葉を紡ぐ。

「愛香。俺はもう二度と、ほかのツインテールに気を取られたりしないって(ちか)

「できるの?」

「――――」

 半眼になって総二の言葉を遮った愛香の問いに、なにがあるわけでもないが上を見て、考えこむ。答えはすぐに出た。

「――えるといいなあ、って思いたく思います」

「――――はぁ」

 総二の弱気な言葉に、愛香は額を片手で押さえ、深くため息を吐いた。

 

 

*******

 

 

 総二の口の中は、不安と緊張でカラカラになっていた。

「今日は転入生を紹介します~」

 朝のホームルームがはじまり、担任の樽井ことり教諭が、いつも通り間延びした、なんとも気怠(けだる)そうな声で告げてきた。ついに来たか、と総二は思った。

 先週、トゥアールから説明された通り、彼女が陽月学園に転入してくる。それも、どんな手を使ったのかわからないが、総二と愛香のクラスにだ。

 学校におけるトゥアールの設定は、事前に決めてあった。しかしトゥアールは、虚無の思考時間(シークタイム=ゼロ)を得意とし、欲望を優先する行動を取りたがる。完全に信用するにはハードルが高すぎた。やたらノリのいい校風なので、よほどの事をしでかさない限りは問題にはならないとは思うが、それでも心配にはなる。いろんな意味で。

 ツインテイルズ絡みのことでヘマをするとは思っていないが、普段の言動を知っている身としては、なにか面妖なことをしないか気が気でなかった。

 唾を飲みこみ、トゥアールがなにかやらかした際に、さらになにかやらかしかねない愛香の方にふりむく。彼女と視線が交錯し、以前も行なったアイコンタクトを試みた。

 いいか。トゥアールがなにを言ってきても、喧嘩だけはするなよ。みんなの前で暴力は絶対駄目だぞ。

 そう心の中で呼びかけた。

「――――」

 総二の意思を受け取ってくれたのか、愛香が力強く頷いた。そして片手で拳を作り、それをもう片方の掌に叩きつける仕草を見せると、不敵な笑みを浮かべてもう一度頷いてくる。

 おそらく伝わったはずだ。総二と愛香の絆は、それこそツインテールの二房のように切っても切り離せないほど強い、はずなのになぜ不安が強まってくるのだろうか。なんだかやる気満々の仕草にしか見えなかったからだろうか。

 溢れる不安をそのままに、再び黒板の方にむき直る。

「どうぞ~」

 少しして、樽井教諭が扉の方に間延びした声をかけた。一拍置いてその扉が開き、トゥアールが静々(しずしず)と入ってきた。

『――――』

 周りから、男女問わずいくつもの感嘆の吐息が聞こえた。トゥアールの姿を見たことによるものらしい。陽月学園の制服の上に、いつもの白衣を羽織っている。

 美しく煌めく銀髪を(なび)かせた、絶世の美少女、トゥアール。

 そこで総二は、トゥアールが美少女であったことを思い出した。

 トゥアールが、自己紹介として黒板に名前を書きはじめた。数秒ほどで書き終え、生徒たちの方にむき直り、微笑みを浮かべた。

 書かれた名前は、観束トゥアール。

「観束だって!?」

 トゥアールに見惚れた者もいたようだが、早さを問わずほとんどの者が総二の方を見てざわめきはじめた。総二の心に焦りが湧き上がる。注目を受けるのは、テイルレッドとして好奇の視線をむけられるのに慣れはじめているため、大したことではない。問題は、トゥアールだった。

「ソウデス。コノハンノウガ、ミタカッタンデスヨ。ニヒヒ」

 トゥアールが涎を垂れ流し、なにかを呟いていた。彼女は涎の海地獄でも作るつもりだろうか、と思ってしまうぐらい垂れ流していた。彼女の発明品か、ハンカチらしきものですべてきっちり拭ってはいるが、どんどん垂れ流されていた。

 周りの注意がこちらにむいているうちに、さっきまでの笑顔に戻ってくれ。総二が心の内でそう懇願していると、樽井が口を開いた。

「トゥアールさんは~、観束君の親戚で~、海外から引っ越してきて~、いまは一緒に住んでるそうでーす」

「ちょっ、ちょっと!?」

 いつも通りの間延びした樽井の言葉に、トゥアールが慌てて声を上げた。

「いろいろ焦らしてもうひと盛り上がりさせる算段が! なんですかっ、その()(さび)のない説明は!?」

「え~と、もうおひと方紹介する人がいるので~、あまり時間を割けないんです~」

「はあ!?」

 その必死な抗議を気にも留めないマイペースな樽井の言葉に、トゥアールが驚愕の叫びを上げた。

 叫んだところで、再び扉が開いた。

「失礼するぞ」

 言葉とともに、堂々とした態度でひとりの女性が入ってきた。常に慧理那のそばに控えているメイドだった。いつもと変わらないメイド姿である。

「――――え?」

 誰かが、困惑に満ちた呟きを洩らした。ひょっとしたら自分が洩らしたものかもしれない。それほどまでにわけのわからない状況だった。

 トゥアールと同じく教壇の横に立ったところで、樽井が口を開いた。

「本日から体育教師として赴任されました、桜川尊先生です~」

「うむ、よろしく!」

『――――』

 誰も、さっきまで騒いでいたトゥアールさえも、なにも言えなかった。生徒でなかったことにはホッとしたが、メイド服で教師をやるのだろうか。

 そんなどうでもいいことを総二が考えたところで、ひとりの生徒が遠慮がちに手を上げた。

「あのっ、樽井先生?」

「知りません~、私はなんにも知りません~」

 その勇気ある生徒の言葉に、樽井は知らぬ存ぜぬを通しはじめた。質問した生徒のみならず、ほとんどの生徒の顔が引きつった。

 とりあえず、改めてメイド先生こと尊の方を見る。慧理那の方ばかり見ていて気づかなかったが、なかなかどうして綺麗な人だと思えた。ツインテールがよく似合っている。

 お付きのメイドとして慧理那に併せているのか、それとも本人のポリシーによるものかはわからないが、何年もかけて磨かれたように感じられる見事なツインテールだ、と総二は思った。

 トゥアールが、ハッとした様子を見せた。

「わ、私の計画は完璧だったはず! そ、それがなぜぇぇっ!?」

 頭を抱え、やたらオーバーな仕草で天を仰ぎ、トゥアールが叫んだ。叫んだが、誰も気に留めた様子がなかった。

 トゥアールの反応を気にした様子もなく、尊が彼女の手を取り、握手した。よろしく、と落ち着いた調子で言うと、生徒たちの方にむき直り、よく通る声で言葉を紡ぎはじめた。

「見覚えのある者もいるだろうが、改めて自己紹介させてもらおう。私は桜川尊。神堂慧理那様の身の回りのお世話と警護を一任されている者だ。しかし、学園内ではそれほど忙しいわけでもなく、手持無沙汰(てもちぶさた)になることも事実。お嬢様もそれで気を遣われていることもあり、理事長と学園長に相談したところ、非常勤の体育教師をすることとなった。ああ、ちゃんと教員免許は持ってるぞ」

 説明を聞いても、誰もなにも言わなかった。というか、なにを言えというのか。

 その反応に尊は気を悪くした様子もなく、総二たちのことを、大人しいと評してきた。そして、普通こんな美人の教師が赴任してきたら、スリーサイズやら彼氏の有無やらと質問攻めしてくるだろう、と続ける。

 それでも、やはり誰も反応しない。

「待ってください!」

「む?」

 そう思った時、ひとり硬直から立ち直り、声を張り上げる者がいた。尊が不思議そうに声を洩らし、横を見る。

 トゥアールだった。憤然としながら尊に詰め寄る。

「私の計画をぶち壊しておきながら、なに勝手に仕切ってるんですかッ。ここは私の戦場(いくさば)です!」

「そう言うな」

 大人の余裕とでもいうのか、尊は軽く苦笑しながら返答し、言葉を続ける。

「それに、自己紹介なんて、いまやろうと、ホームルームが終わってから休み時間にやろうと、そこになんの違いもありはしないだろう?」

「違います!!」

 ――違うのだ!!

 気迫すら感じられるトゥアールの声に、同じぐらい気迫のこめられた声が重なった気がした。トゥアールの気迫によるものか、なにやら忍び装束の男の姿が見えたようにすら思えた。

 トゥアールは、気迫と必死さをそのままに、なおも言葉を続ける。

「この、誰にも邪魔されないはずのタイミングだからこそ、印象深く残せることがあります! 私にとって、今日、いまこそが、唯一無二の闘い!!」

「ほう、その意気や良し。君のような子は嫌いではないぞッ。では公平に、二人同時に質問を受けようではないか。さあ、質問はないか!?」

 なんでそこまで必死になるんだ、と聞きたくなるトゥアールの必死さもどこ吹く風とばかりに受け止めた、いや、気にしない尊が、再び総二たちの方を見て声を上げた。

『――――』

 やはり誰も、なにも言わない。聞かない。なんというか、開けてはならないパンドラの箱のように思えてくる。おそらく、ここにいるみんなが、そう思っているのだろう。

 言ってみれば、巨大スニーカーの靴紐をほどいた瞬間、中から恐竜の足が飛び出し、襲い掛かってきそうな雰囲気だ。なんだかよくわからないが、とにかくそんな感じだ。

 ふと尊が、不思議そうにこちらに視線をむけた。

「む。熱い視線を感じるな。――――おお。君は、観束君じゃあないか」

「えっ、え?」

 突然名指しされ、総二は思わず声を洩らした。

 なんで、と思ったところで、ぼんやりしながらも彼女のツインテールに見入っていたことに気づいた。朝の誓い――多分――を即座に破ってしまった自分の心の弱さを不甲斐なく思いながらも、どうにか誤魔化すことを試みる。

「いや、その」

「先生ー。観束はツインテールが好きなんですよー」

「おい!?」

 総二の言葉を遮った生徒の言葉に抗議の声を上げる。ばらされるのは構わないが、このタイミングで言わないでもらいたい。

「おお、そうか。ならばこれをあげよう。ツインテールを好きだという君に、私からのささやかな贈り物だ」

「は?」

 総二に近づいてきた尊が、A6サイズぐらいの封筒を手渡してきた。総二だけでなく、周りの生徒たちも困惑に満ちた表情になる。

 封筒をまじまじと見る。大きさからして、写真だろうか。尊のツインテールピンナップ写真なら嬉しいが、いや、朝の誓いを忘れたか、観束総二。愛香のツインテール以外に気を取られたりしないって誓ったばかりだろう。

 顔をブンブンと振って雑念を振り払い、封筒を開いた。中には、折りたたまれた紙が入っていた。訝しみながらも取り出し、広げる。

「はい?」

 書かれている文字に、思わず総二は声を洩らした。尊がどこか得意げな調子で話しかけてくる。

「嬉しいか。そうだろう」

「婚姻届、って書かれているのは、気のせいでしょうか?」

「いや、合ってるぞ?」

「妻の欄に、先生の名前が書いてあるのは?」

「当然だろう。夫と妻、双方の名前を記してはじめて婚姻届は意味を為すのだ。白紙のまま渡すなど、相手に失礼じゃないか」

「相手って!?」

「君だ!!」

 とうとう大声を上げた総二に、尊は堂々と返した。

「君はツインテールが好きなのだろう!? ならば、私と婚約してもまったく問題ないじゃないか!」

「っ!?」

 叫びのあと、尊が自分のツインテールを摘まみ、総二に見せ付けてきた。そのツインテールに、胸がドキッとする。

 ――惑わされるな。

 頭をよぎった声に、総二は我を取り戻した。その通りだ。惑わされるな、観束総二。

 総二がずっと一緒にいたいと思っているのは、一番大切な人は、愛香だ。尊のツインテールがどれだけ見事でも、流されるわけにはいかない。

 場の空気に呑まれていたらしきトゥアールが、再び尊に詰め寄って声を張り上げた。

「問題ありますよ、この行き遅れ年増ッ、総二様はすでに売約済みです!!」

『っ!』

 響いたトゥアールの声に、周りの生徒たちが驚いた様子を見せた。

 ニヤリ、とわずかに得意げな笑みを浮かべたトゥアールが、総二の方にむき直り、言葉を続けた。

「さあ、総二様。そんな紙切れ、とっとと破り捨ててくださいッ。そもそも先生ッ、誰に許可を得て総二様に求婚してるんですかッ。総二様にはすでに、赤い糸で結ばれた運命の相手がいます!!」

「そうよそうよ!」

「トゥアールさんの言う通りよ!」

「言ってやって、トゥアールさん!」

 なぜか女子たちが同調する声を上げ、トゥアールのドヤ顔がさらに深くなった。なぜか、邪悪なものが感じられる笑顔だった。

 トゥアールがバサッと白衣を翻し、声を上げた。

「そう。私こそが、総二様の前世からの婚約者です!!」

 ピタリ、と女子たちの声が止まった。ドヤ顔のままトゥアールが周りを見渡す。男女関係なく、真顔だったり、訝しげだったり、不思議そうな顔をしていた。

「なんで、なんでそこで止まっちゃうんですかぁ。ここでざわめいたり(はや)し立てたりしてくださいよぉ。うぅ、私の夢見ていた学園ラブコメと違うぅぅ――」

 えぐえぐとトゥアールが肩を震わせて泣くが、周囲の反応は変わらなかった。

 尊が、なにかを思い出したような仕草を見せた。

「そういえば、君はこの前あの部室で見たな。君が噂の編入生、トゥアール君だったか。編入試験を満点でパスした天才がいると聞いていたぞ。まあ、いろいろ問題があるという注意も受けていたが」

 それは、その生徒本人の前で言っていいことなのだろうか。そして、それを言っている当の本人も、その問題のある生徒に負けないぐらい問題のある教師の場合、どう反応すればいいのだろうか。

 総二がそう考えていると、尊がその大きな胸を張って、堂々と言葉を続けた。

「だが若いな、小娘よ。その若さは羨ましいが、考え方も若い。前世がどうだろうが、いま恋人がいようが、それは求婚するにあたってなんの障害にもならん。求婚は、平等なのだ!!

「こ、これが、婚期を逃した大人の論理思考(ロジック)だとでも言うんですか!?」

 ――惑わされるな。

 前世はともかく、恋人の有無は気にしてもらえないだろうか。そしてできることなら、その論理思考(ロジック)より直感を信じていたい。

 トゥアールの動揺が伝播(でんぱ)したのか、女子たちが焦りを見せはじめた。

「さぞ滑稽に見えるだろうな、少女たちよ」

 静かな、しかしどこか熱さを感じさせる声で、尊が語りかけてくる。

「だがな、この年まで独身でいると、中途半端に焦るのはもはや時間の無駄。冷静に、しかし全力で焦る。独身という十字架を背負い、渾身の力で毎日を生きる。それが、三十路(みそじ)を目前にしながら結婚できなかった女の業!!」

「いやああーーー!?」

「ど、ど、ど、どうしよう!? わたし、彼氏なんていないよおー!?」

「美味しそうに、一緒にご飯を食べてくれる旦那様を早く見つけないと!!」

 尊の言葉に、ほとんどの女子生徒が叫びを上げはじめた。なぜ、平日かつ朝のホームルームの時間に、結婚観について深く考えなければならないのだろうか。

 うんうん、と尊が深く頷いた。

「よく学びなさい、生徒たちよ。反面とはいえ、教師は教師だ!」

 なんて嫌な反面教師なんだ、と総二が思ったところで、尊がこちらに顔をむけた。

「というわけで観束君。そろそろその紙に名前を書いてくれたまえ。君が結婚できる年齢になるまで、しっかりと保管しておく」

「ええ!? いや、そのっ」

 矛先が戻され、総二が口ごもると、尊はさっきと同じように自らのツインテールを摘まんだ。

「私と婚約すれば、このツインテールは君のものだぞ?」

「っ!?」

 ――惑わされるなと言っておるーっ!!

「お、俺には愛香がいますから!!」

 叱責するような怒鳴り声が聞こえた気がして、総二は反射的に叫び返した。

『――――』

 周りの生徒たちが、みんな静まり返った。

 あっ、と総二が我に返ったところで、衝撃を感じた。

『おおおおおおおおお!!』

『きゃあああああああ!!』

「さすが観束だぜ!!」

「よかったね、愛香っ、観束君ちゃんと言ってくれたよ! 幸せハピネスだね!」

 衝撃のもとは、生徒たちの声だった。ざわめき、黄色い声を上げ、(はや)し立ててくる。

 顔が熱くなり、愛香の方を見てみると、彼女は顔を真っ赤にしながらも嬉しそうにはにかんでいた。

「なんで愛香さんだけーっ!?」

 トゥアールがさらに叫ぶが、誰も気にしてくれない。なんだかごめん、と思いつつ、尊の様子を見る。

 総二のいまの言葉を聞いても、尊にはあきらめたそぶりがなかった。

「なるほど。だが私は言ったはずだ。いま恋人がいようと、それは求婚にあたってなんの障害にもならんとな。冗談でもなんでもない。これまで婚姻届を五百二十六枚配ったが、すべて本気だ。ただ、ちょっと相手の都合が悪かっただけだ!!」

「なおさら駄目でしょ、それ!?」

 反射的に総二はツッコミを入れた。実物を見たのはさっきがはじめてだが、渡された婚姻届は、コピーなどではなく役所の窓口で受け取る正式なものに思えた。総二が渡された物だけとは思えない。おそらく、その渡してきた婚姻届すべてが。

 戦慄する総二に構わず、尊はやはり堂々と声を上げた。

「無論、私も教師として赴任してきた以上、分別は弁える。教師と生徒の交際がご法度だということも知っている。ならば、結婚を前提に付き合うなどという回りくどい真似などせず、即座に結婚するのみ!!」

「させるかあああああ!」

 愛香が声を上げ、尊に突進する。止める暇はなかった。

「っ!?」

「なっ!?」

「むぅ」

 愛香が息を呑み、総二も驚愕の声を洩らした。尊も小さな呻き声らしきものを洩らす。

 一撃必倒を誇り、KUMAさえ屠る愛香の拳が、尊の交差させた両腕に防がれていた。メイド服の袖が破れ、その切れ端が宙を舞い、少し後ずさっていた尊はわずかに顔を顰めている。

 よく見ると、こぶしではなく掌底となっていることから、さすがに手加減はしていたのだろうと思われるが、それでもあの愛香の拳を防ぐとは。

「ふっ!」

「っ!」

 尊が愛香の拳を()ね上げ、組みにかかった。愛香はその場を動かず、尊と組み合うかたちになる。

 互いに頭を突き付け合い、プロレスでいうところのロックアップの体勢になった。

「君がトゥアール君と並ぶもうひとりの噂の生徒、津辺愛香君だな。その若さでこれほどの功夫(クンフー)とは。末恐ろしいぐらいだ」

「この、肩にズッシリと重くのしかかってくるような感覚。おじいちゃん、ううん、それ以上の手応えかも」

 なにやらお互いに実力を感じ取ったのか、両者とも驚きと喜びが()()ぜになった声を洩らした。愛香は一応柔術家のはずなのに、なんでロックアップなんかしているんだ、ということは置いておく。

 身長は尊の方がやや高いが、勝負自体は見たところ愛香の方が優勢に思えた。だが、尊も負けてはいない。周りも、手に汗握る様子で二人の闘いを見守っていた。トゥアールは、なんで、なんで私の入学イベントがこんなおかしなことにぃぃぃ、と嘆きの声を洩らし、樽井は我関せずとばかりに窓から外を見ている。

「む」

「あ」

 チャイムの音が鳴り響き、二人がロックアップを解いた。

 互いにちょっとだけ距離を離し、どことなく名残惜しげに尊が口を開く。

「ここまでだ。ホームルームが終わったからな」

「ほんとうになにしてくれてるんですかキーンコーンカーンコーンしてるじゃないですかあああああああーーーーーーー!?」

 頭を抱えながらトゥアールがこの世の終わりのごとく絶叫したが、やっぱり誰も気にしなかった。

 最後にひと言とばかりに、尊が教壇の前に立った。

「ところで男子諸君。観束君のように婚姻届が欲しい者はいないか。この学園の男子全員に行き渡るぐらいの枚数は手元にある。遠慮は無用だぞ?」

 尊の言葉を聞き、ほとんどの男子生徒が教科書を広げ、知らないふりをした。

 どこに持ってるんですか、と総二が思ったところで、教科書を広げなかった生徒のひとりが、キッと顔を上げて叫んだ。

「観束に負けてられるかよ! 俺はテイルレッドたんと結婚するんだ! 婚姻届なんて、眼に映しただけでレッドたんが悲しむ!!」

『っ!!』

「待てぇい!?」

 彼の叫びを聞いて、ほかの生徒たちもハッとした様子で顔を上げ、席を立った。総二が制止の叫びを上げるが、彼らが聞いた様子はない。

「その通りだッ。テイルレッドたんが俺の嫁!」

「これは、罰なのだな。まだ俺がテイルレッドにふさわしい男ではないというのに、愛だけは一丁前ということに対する。ならば、学年主席を目指すのみ!」

「テイルブルーちゃん、いつか俺が必ず迎えに行くぞ!」

「愛香は俺のっ」

『それは聞いた!!』

 彼らの叫びのひとつに思わず総二が反応すると、周りの生徒たちはなぜかそこだけ一斉にツッコミを入れてきた。失言を流されたことに一瞬安堵するものの、ますます大きくなっていく魔界言語に総二の頭が痛くなってくる。

「ふむ。まあ、今日はいいだろう」

 男子生徒たちの反応を見て、尊が残念そうに教室の出入り口にむかった。

 扉を開け、肩越しにふり返った尊が、不敵な笑みを浮かべて口を開く。

「津辺君、いずれまた、語り合おう」

 リングの上で。なんとなくそんな言葉が最後に付けられそうな気がしたが、尊はそのまま去っていった。

 風のように現れて、嵐のように闘って、朝日とともに帰って、来なくていいです。会長のそばにいてください。そう思わざるを得ない。いままでの印象とだいぶ違うが、あれが彼女の素なのだろうか。

 そう考えていた総二の手から、婚姻届けが抜き取られた。戻ってきた愛香によるものだ。彼女がそのままその紙をビリビリに破くと、周りの女子たちから歓声や口笛が上がった。

 トゥアールはまだ半泣きで、ハンカチを咥えて羨ましそうに愛香を見ていた。

 それにしても、と総二はふと思った。あの先生は、婚姻届は学園の男子生徒全員分あると言っていた。すべてのクラスであんな自己紹介をしていく気なのだろうか。

 いや、ひょっとしたら、婚姻届を渡す獲物を見つけるために、教師になったのではないだろうか。

 嫌な考えに思い至り、再び戦慄するとともに、厄介な人に眼を付けられてしまったという事実に総二は頭を抱えた。

 

 




 
冒頭部分を書き足し。
あと、ところどころを修正。

以下、補足とはちょっと違う気がする補足。







原作を読んでて気になったのが、人間キャラの強さの強弱。
二巻のこのあたりの描写だと、愛香より尊の方が強そうな感じなんですけど、その後の巻での描写とセリフだと愛香の方が強いように読めるわけで。戦闘経験積んで強くなったということでいいんだろうか。あと愛香の爺さんはどれぐらい強かったのやら。総二の思い出での爺さんの言葉からして熊殺しはできなかったっぽいけど。
なお本作では、愛香さんの戦闘経験が原作以上のためこの時点で尊さんより強いです。



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2-6 青の背中と臀部 / 復活の白鳥 / 海竜の追憶

 
R-15ってどれくらいまで書いていいもんなんでしょう。

二〇一六年十月三十日 修正
 


 トゥアールが高校デビューに失敗し、愛香と総二の関係がクラスの生徒たちに恋人同士と認識、というか誤解され、このたび陽月学園に非常勤体育教師として赴任した、慧理那のメイド兼護衛である尊から総二に婚姻届が渡されるなどいろいろなハプニングがあったが、放課後になった。

「さあ、お二人とも、部室にむかいましょう!」

「あ、ああ」

「張り切ってるわねー」

 なにやらテンションの高いトゥアールの様子に、総二は愛香とともに二人であっけに取られた。

 トゥアールがなにやらニヒルな笑みを浮かべる。

「フッ、当然です。いままでは総二様と愛香さんを二人っきりにするしかありませんでしたが、もうこれ以上好きに、ってあの、みなさん。私になにか御用でしょうか?」

 不思議そうに、トゥアールが周りの女子たちへ問いかけた。総二たちのクラスの女子全員だ。なんとなく、取り囲んでいるようにも見えた。

 長い金髪をまっすぐにおろした(すい)眼の快活そうな女子が、笑顔を浮かべた。

「いやー、ほら、転入してきたばっかりだろ、トゥアールさんよ。ここはアタイたちが学園を案内してやろうと思ってな」

「え、いえ、別にそんな」

「遠慮なんていりませんよ、トゥアールさん。これからクラスメイトとして一緒に過ごすんですから、親睦を深めるためにもこういうのは必要だと思うんです」

「いや、この前、総二様たちに案内してもらいましたから」

「なんだよ。アタイたちとは仲良くしたくないってのか?」

「い、いえ、そういうわけじゃなくって」

 長く綺麗な黒髪をまっすぐにおろした、丁寧な喋り方をする女子の言葉のあと、金髪の女子が不満そうに言葉を続け、トゥアールが戸惑う。

 ヘヘッ、といたずらっぽく笑った金髪の女子がトゥアールに無造作に近づき、ひょいっと彼女を肩に担ぎ上げた。かなり鍛えているのか、まったくふらついた様子がなかった。

「まー、いいからいいから。お礼は、その見事なおっぱいを揉ませてくれるだけでいいぜ? イッシッシ」

「ちょっ、なに言ってるんですか!? このおっぱいは総二様のもの! ほかの誰にもおおおぉぉぉ――」

 トゥアールがジタバタするが、金髪の女子はまったく気にした様子もなく、楽しそうに笑いながら教室を出て行った。ほかの女子たちもそれに続き、次々と教室を出て行く。

 黒髪の女子が、一礼してきた。

「わたくしも行きます。トゥアールさんに手荒なまねをする気はありませんので、安心してください。それでは、二人でごゆっくり」

 優しいようでどこかからかうような笑みとともにそう言葉を締められ、総二は愛香と顔を見合わせた。誤解されているとは思うのだが、総二自身、愛香と関係を進めたいと思っているのは確かなので、否定もしたくなかった。

 気恥ずかしさを感じ、顔が熱くなったところで、愛香が顔を赤らめた。

 クスクス、と楽しそうに笑いながら、女子たちは教室を出て行った。

 

 

 教室にいてもしょうがないので、愛香は総二と一緒に部室にむかうことにした。

 ごゆっくり、と言われたことを思い出し、隣にいる総二のことをいつも以上に意識してしまうが、とにかく部室を目指す。総二も時々顔を赤くしている時があり、愛香と同じように意識しているのだろう、と思った。

 部室に着き、中に入った。扉を閉めたあと、なぜか総二が頭を下げてきた。

「そーじ?」

「ごめん、愛香。今朝あんなこと言っておいて、桜川先生のツインテールに見惚れっちまった。ほんとに、ごめん」

「でも、そーじは流されなかったでしょ。それどころか、そ、その、俺には愛香がいますから、って言ってくれたし」

「そ、そうだけど。けどさ」

「それだったら、あたしの方こそ、ごめん」

「えっ?」

 軽くため息を吐き、自嘲する。

「そーじがほかの女の子のところに行っちゃうんじゃないか、ってすぐ思っちゃうあたしの方こそ、謝らなきゃいけないと思うの。あたし、そーじのこと、信じてないみたいで」

「愛香、それは違うだろ。それは、それだけ俺のことをす、好きでいてくれてるから、だろ。ほかのツインテールに気を取られてる俺の方が」

「けど、そーじはちゃんとあたしのこと気にかけてくれてるし」

「それなら愛香の方がずっと」

 話が平行線をたどり、終わらない。犬も食わないからやめろ、とどこからか聞こえた気がした。

 しばらく言い争ったあと、総二が額を押さえながら制止するように手を挙げた。

「やめよう。なんか不毛だ」

「まあ、そうかもしれないけど。でもさ」

「あー、じゃあ、こうしよう。俺も愛香も、自分の方が悪いと思ってる。なら、俺は愛香を許す。愛香も俺のこと、許してくれるか?」

「それはもちろんだけど。――――うん、わかった」

 確かに、このまま言い合っていても意味がないし、ここから喧嘩に発展してしまうのも馬鹿馬鹿しい。

 考えなければいけないのは、自分の心の弱さだ。自分を信じる心の強さを持たなければならない。ドラグギルディも、自信を持てと言ってくれたのだ。充分に魅力的なのだから、と。

 総二の瞳が、強い光を見せた気がした。

「もっと、強くならなくちゃな」

「うん。そうだね」

 いろいろな思いがこめられた総二の言葉に、愛香も強く同意した。

 

 気を取り直し、並んで椅子に腰かける。思い出したように総二が話しかけてきた。

「そういえば、トゥアールはどこに連れて行かれたんだろうな。なんかちょっとこわい雰囲気だったけど」

「うーん。まあ、物騒なことはしないって言ってたから、大丈夫だとは思うけど」

 愛香の方も理由を聞いているわけではないので、それぐらいしか言えなかった。

「とりあえず、トゥアールに関しては来るのを待つしかないとして、その間どうしよっか。そーじは、なんかやりたいこととかある?」

「やりたいこと?」

 愛香の言葉を反復して、総二が考えこんだ。少しして、なぜか彼は顔をかすかに赤くした。

「愛香。部活内容、憶えてるか?」

「ツインテールを研究し、見守ること、だっけ。っていうかあんた、もうちょっとまともな理由は思いつかなかったの?」

「い、いいだろ、別に。ちゃんと創部できたんだし。とにかく、部活内容はその通り。だから、その」

 総二が、恥ずかしそうに口をモゴモゴさせた。

 なんとなく気恥ずかしくなり、愛香は自分のツインテールを摘まみあげた。

「えっと、とりあえず、あたしのツインテール、研究する?」

「と、とりあえずっていうか、俺が一番研究したいのは、愛香のだから」

「そ、そう?」

 総二の答えに顔が熱くなる。恥ずかしさとともに、嬉しさがあった。

 どこか恥ずかしそうに、総二が口を開いた。

「あ、愛香。その、せ、背中見せてくれないか?」

「背中? 別にいいけど」

 なんでその程度のことで、こんな恥ずかしそうに言うのだろうか。そう思いながら、椅子に座ったまま躰のむきを変え、背中を見せる。

「あっ、いや、そうじゃなくて。その、愛香の肌を見せて欲しいっていうか」

「えっ?」

 背中というのは、服を脱いだ素肌の背中のことか。確かにそれは頼みづらいだろう。

 呆然とそんなことを考えながら、肩越しに総二の顔を見る。彼は、顔を赤くしながら口を開いた。

「この前、愛香にうなじを見せてもらっただろ? それで、その、愛香のツインテールとうなじの調和、って言うのかな。とにかく、なんだかすごくきれいっていうか、引きこまれそうになって、愛香の背中とツインテールが合わさったところも見てみたいって思って。――――い、嫌ならいいんだっ。俺も、愛香の嫌がることはしたくないし」

「い、いいよ? そーじが見たいって言うんなら、あたしはっ」

「む、無理することないんだぞ?」

 こちらを気遣ってくれる総二の言葉に、愛香も意を決した。

「その、むしろ、そーじに見てもらえるんなら、嬉しいっていうか」

「そ、そっか」

 恥ずかしさに頭が沸騰しそうだった。それでも、総二が求めてくれるのなら、してあげたい。いや、自分のすべてを見て欲しい、とも心の奥底で思っているのだ。こんなことを言ったら、はしたない女だと思われてしまうだろうか。

「そ、それじゃ、そーじ。ちょっとだけ、うしろむいててもらえる?」

「――――? ああ、わかった」

 総二が、少し不思議そうな顔をしながらうしろをむいた。

 目の前で脱いで欲しかったのだろうか。どちらにしても同じかもしれないが、脱いでいるところを見せるのは、やっぱり恥ずかしい。総二がどうしても見たいというのなら見せてあげてもいいが、素直にうしろをむいてしまってはしょうがない。いや、なんで自分は、むしろ残念に思ってるんだ。

 深呼吸をして、気持ちを切り替える。

 思い切って上着とブラウスを脱ぎ、青い縞々のブラジャーだけになった。

 こんなことになるんなら、もっと大人っぽい下着を着けてくればよかった、と内心で悔やみながら総二に背中をむけ、背中越しに声をかけた。

「い、いいよ、そーじ。こっち見ても」

「あ、ああ。――――っ!?」

 むき直った総二が息を呑んだのがわかった。不安になり、再び呼びかける。

「な、なんか変だった、そーじ?」

「いや、その」

 総二の声は、どこか困った調子に思えた。口ごもりながら、言葉を続けてくる。

「ふ、服を(まく)り上げるくらいでも、よかったんだけど」

「え?」

 総二の言葉に、さっき彼が不思議そうにしていたのは、脱がせることまで考えていなかったからだということに気づいた。そして、勘違いしていたことと、自発的に脱いでしまったことに思い至り、さっき以上に頭が熱くなった。これでは、トゥアールのことを痴女などと言えないではないか。

 どうしよう。何事もなかったかのように服を着なおした方がいいのかな。でも、せっかく脱いだのになにもしないで終わるのも、ってなに考えてんのよ、あたしっ。このままじゃ痴女よ。トゥアールよ。ごめーん、勘違いしちゃった、テヘッ、とか言って、どうせだから召しあがれ、ってそれじゃ結局トゥアールでしょうが。普通に、間違えちゃったって言えば済むだけの話でしょうが、あたし。けどやっぱり、そーじに見て貰えるチャンスなのに――。

 混乱のため、思考がメチャクチャになっているのが自分でもわかる。なんだか欲望に負けかけている気がするのは気のせいだ。

「あ、愛香っ。愛香がよければ、そのまま見せて貰ってもいいか!?」

「っ! う、うんッ。そのために脱いだから、いくらでも見ていいよ!?」

「お、おう!?」

 互いにどこかヤケクソ気味になって叫び、総二が混乱した様子で応じた。

 

 ともに立ち上がり、総二が扉の正面に移動した。愛香は、扉から誰かが入ってきてもすぐに愛香の姿が見られないように、総二を盾にするような位置に立ち、彼に背中をむけた。テーブルと総二に挟まれるような位置になった。

 ブラジャーのみとなった愛香の背中に、総二の視線が注がれていることを感じた。恥ずかしさやらなんやらで躰が縮こまる。

「よしっ」

 総二の、意を決したような呟きが聞こえた。同時に、彼が近づいてくるのを感じる。

 ツインテールを、総二が手に取った。

 壊れ物を扱うかのように、優しくツインテールが背中に垂らされる。総二が一歩離れた。

「おおっ」

 総二が、感動したように声をふるわせた。

「愛香。綺麗だっ」

「っ、あ、ありがと、そーじっ」

 総二の言葉に喜びが湧き上がり、愛香も小さな声で返した。

「ああっ」

 立ち位置を変えては、総二が恍惚とした声を洩らす。

「ほう――」

 そして時に、愛香のツインテールの位置を変えては、やはり感嘆の吐息を洩らす。

 総二の反応によって、愛香の胸に誇らしさと喜びが生まれてくる。ただ同時に、どんどんツインテール馬鹿が加速していく総二の様子に、そこはかとないもの悲しさも覚えた。いや、どちらかというと、不安の方が近いのかもしれない。愛香が一番と言ってくれるのはほんとうに嬉しいし、疑いたくない。ただ、このツインテール馬鹿が行き着いた先はどうなってしまうのだろうか、というなにかおかしな不安があった。

「っ?」

 総二が、愛香のすぐうしろに近づき、しゃがみこんだようだった。

 なにをするんだろう、と思ったところで総二が、愛香の腰を軽く、しかししっかりと掴んだ。

「そ、そーじっ、ん、んぅっ」

 戸惑いながら呼びかけようとしたところで、背中になにかが触れた。吸い付かれたことで、背中に口づけられたのだとなんとなくわかった。自分の口から出たのが信じられないほどの甘い声が、愛香の口から洩れた。

「あ、んんっ、そーじぃ」

 総二が、背中のあらゆるところに何度もキスしてくる。頭がボーっとしてきて、触れてくる総二のことしか考えられなくなってきた。躰が火照り、自分の息が荒くなってきたのがわかる。

 総二の躰が、離れた。

「あ、――――ひゃん!?」

 総二の熱が離れ、寂しさを感じた愛香の口から切ない吐息が洩れたところで、総二が背後から愛香を抱き締めてきた。

「あっ、そーじ――」

 片手で愛香のお腹を押さえるようにしながら、もう片方の手で尻をなで回され、鼻にかかったような甘い声が、愛香の口から洩れはじめた。

 そーじに、こんなことしてもらえるなんて。そんな、充実感にも似た幸せな気持ちがあった。

 頭の中に、桃色の(もや)がかかってきたような気がした。熱のこもった総二の声が聞こえる。

「テイルブルーの、愛香の尻は、俺のだっ。そう、だよな、愛香っ」

「うんッ、お尻だけじゃなくって、あたしは、全部そーじのだからッ」

「っ、愛香っ」

「きゃうっ!?」

 どこかのぼせたような声に愛香も、躰を支配する熱に身をまかせて答えた。その答えにさらに興奮したのか、総二が愛香の尻を(わし)掴みにしてきた。

 躰の火照りは、もう止めようがなかった。声が、蕩けていた。

「あ、はぁ、そーじぃ、ほかの女の子のお尻とか、見ちゃやだよ?」

「するわけないっ、こんなことしたいって思うのは、愛香だけだっ。だからっ」

「うんっ、あ、んんっ」

 切なさをこめた愛香の懇願に総二がはっきり答え、そのまま愛香の尻を揉みしだきはじめた。

 足から力が抜け、机にうつ伏せになるようにもたれかかる。総二はそのまま愛香の躰に覆いかぶさり、また尻を揉みしだく。

「愛香、愛香っ」

「そーじっ、んぅっ」

 耳もとで総二が、息を荒らげながら愛香の名前を呼ぶ。愛香も、ますます息が荒くなっていた。

 尻を揉んでいた総二の手が止まり、愛香の下着にその手がかけられたのを感じた。

「そ、そーじ、ここ、学校だよ?」

「ごめん、愛香。俺、もう我慢できないッ」

 愛香のほんのわずかに残った理性が制止の言葉を紡ぐが、期待によって声が蕩けているのがわかった。総二も愛香の下着に手をかけたまま、鼻息荒く答えてきた。

 高まる期待と、大好きな人に求められていることで、愛香も我慢できなくなっていた。

「うんっ、あたしも、もう我慢できないっ。きて、そーじっ」

「愛香っ!」

 愛香の下着にかけられた手に、力がこめられたのを感じた。

 

『ついせき! ぼくめつ! いずれも~、まっは~!!』

 

 感じた瞬間、テンションの高い、というか陽気な調子のトゥアールの声が室内に響き、総二の手が止まった。

『――――』

 雰囲気をぶち壊すその声に、総二も愛香もなにも反応できず、数秒経った。

『マッテローヨ!』

『やかましいわああああああああああああああああああああ!!』

『イッテイーヨ!』

『イケるかああああああああああああああああああああああ!?』

 続いて響いた声に、血涙を流さんばかりに二人で絶叫する。

 叫びが終わり、二人で大きく息を吐いたところで、扉が開いた。

「総二様、愛香さん、アルティ、っ!?」

 聞こえてきたトゥアールの声が、途中で止まった。扉が閉まる音がしたあたりで、総二とともに顔をむけると、トゥアールは顔を赤らめ、硬直していた。

 少ししてハッとしたトゥアールが、慌てた様子で声を上げた。

「ちょっ、ちょっと待っててください!?」

『へ?』

 扉を開け、トゥアールが出て行った。揃って間の抜けた声を洩らしたあと、自分たちの状態に気づき、愛香の顔が熱くなった。

 総二が愛香に覆いかぶさり、愛香の下着に彼の手がかけられたままである。

 もともとは総二が扉の前に居たわけだが、いまの状態では、愛香の下着、というかパンツも、それにかけられた総二の手も丸見えだろう。もう、行為に及ぶ直前以外のなにものでもない。というか実際その通りだったのだが。

 総二もそれに気づいたのだろう。顔が真っ赤になった。自分もそれに負けないぐらい真っ赤だろうと思う。

 このタイミングで鳴り響いたことと、さっきのトゥアールの感じからして、おそらくさっきの音声は、アルティメギルが現れたことを示すアラート音なのではないか、と思う。であるならば、すぐに離れ、出撃するべきなのだろうが、愛香の火照った躰はいまだに総二を求めている。総二も同じなのだろう。下着から手は離れたものの、顔を(しか)めて呻き声を上げ、悩んでいる様子だった。

 悶々とした空気で数秒ほど経ったところで、再び扉が開いた。

「ずるいですよ、愛香さんッ、私も混ぜてくださあああーーーい!」

「なにしに来たのよ、あんたはああああああああああーーーーー!」

 総二を求める躰の熱を無理やり押さえつけると、覆いかぶさる彼の躰をわずかに浮かし、その隙間から脱け出す。

 両(てのひら)を揃え飛びこんでくる、白衣だけになった痴女にむかって、愛香は跳躍した。

 

 

 一瞬、総二は浮遊感を覚えた。

「っ!?」

 その直後、躰が落ちるような感覚を覚え、テーブルについていた腕に力をこめて躰を支える。

 総二の躰の下にいたはずの、愛香の姿が消えていた。

 さっきの浮遊感は、愛香が総二の躰を浮かせたためで、それによってできたわずかな隙間から、彼女は自らの躰をすり抜けさせた、と考えるしかなかった。ほんとうに、驚愕するしかない技量だった。

「やっぱり、もっと鍛えないとな」

 エレメリアンと闘っているだけでは足りない。師であった愛香の祖父亡きいま、守ると誓った相手である愛香に鍛えてもらうしかないかもしれない。

 情けない、という思いはある。だが、いまのままでは、愛香を守るどころか、逆に守られることになってしまうだろう。その方が、総二には耐えられなかった。

 躰も、精神(こころ)も。

「絶対に、強くなってやる」

 改めて、そう決意する。

 とにかく、いまはエレメリアンの迎撃に行こう。

 白衣の下になにも着ていないらしきトゥアールは見ないように気をつけつつ、彼女の背中の上にサーフィンのように乗り、勢いをつけてそのまま壁にトゥアールの頭を激突させた愛香の姿を見て、総二はそう思った。

 

 

*******

 

 

 スワンギルディとともに、スパロウギルディは通路を進んでいた。行き先は、基地最奥の搬入口だ。増援である、リヴァイアギルディとクラーケギルディそれぞれの部隊を出迎えるためである。

「とにかく、あのお二人が手を取り合ってくだされば、鬼に金棒というものだ。我らでなんとか橋渡しをせねばならぬ」

「はっ」

 スパロウギルディの言葉に、スワンギルディが静かに応じた。他者の言葉に対して反応はするが、やはりまだ、覇気というものが感じられなかった。

 それも、無理はないとは思う。だが、このままでは駄目なのだ。そしてそれは、スワンギルディ自身もわかっているはずだ。それでも、まだ立ち上がることができないでいた。

 スワンギルディを伴ったのは、実力と素質を買っているというのもあるがそれ以上に、ドラグギルディの旧友であるリヴァイアギルディと会うことで、その(くすぶ)っている心の炎を燃やせることができればと思ったからだ。

 進むごとに、どこか空気が息苦しくなっていく気がした。嫌な予感がどんどん大きくなっていく。

 アルティメギルが、無数の部隊を作って複数の平行世界を同時に侵略するのは、まず、その方が効率的だからという理由がある。短期決戦を狙うならともかく、ツインテール属性を拡げたあとに刈り取るというのが作戦の基本になっているため、戦力を集中させることに大した意味がないのだ。(まれ)に、アルティメギルが技術を流出させる前にすでにツインテールの戦士が居る世界もあるが、ほとんどの場合、上級エレメリアンに及ばない。ほんとうにごく稀に、上級エレメリアンすら斃すことのできる戦士もいるが、そういった場合は他部隊が増援として来る。いずれ、数も質も取り揃えた精鋭たちの部隊により、侵略は為されるのだ。

 だが、部隊を分けるのは、ほかにも理由がある。エレメリアンは、人がなにかを愛する心から生まれる力、属性力(エレメーラ)から生み出される存在だ。己の譲れないもの、なにかを愛する心を核として生きているのだ。

 人類もそうであるように、それぞれの主義主張がぶつかり合い、争いに発展することも珍しくない。その、愛するものと相反する属性を持つ者とぶつかり合うのは、必然と言えた。それを事前に防ぐための分隊化なのだ。

 そして今回、増援として来たリヴァイアギルディとクラーケギルディは、まさにその相反する属性同士。それぞれの部隊の者たちもほぼ同じだ。

 果たして、何事もなく部隊を統合することができるのか。その不安が、スパロウギルディの胸の内にあった。

「っ、遅かったか」

 目的地に着き、眼に入った光景に、スパロウギルディは思わず呟いた。

 すでに、両部隊が相対していた。両部隊、ともに十数体ほど。

 いくらか距離を置いてはいるが互いに睨み合っており、その険悪な空気は逆に、掴み合いの喧嘩に発展していないのが不思議なぐらいに思えた。

 物理的な圧力すら感じられるその空気にスパロウギルディが二の足を踏んだところで、スワンギルディがスパロウギルディをかばうように静かに前に出た。圧力が、ふっと弱まった気がした。

 心の内でスワンギルディに感謝しながら、深呼吸をして気持ちを切り替える。いま現在、部隊をまかされている者としての責務を、果たさなければならない。実力は幹部の足元にも及ばないが、自分はドラグギルディとタイガギルディにあとをまかされているのだ。

 意を決して、スワンギルディに頷きかけながら彼より前に出た。

 それぞれの陣頭に、ドラグギルディに匹敵する属性力(エレメーラ)を持った、ふたりのエレメリアンを見てとる。圧力の大もとは、あのふたりだろう。

 ひとりは、細身で精悍な顔つきながら、肩から垂れ下がったひときわ大きな触手を中心に、躰中に無数の触手を備えた、アルティメギル最強の一角に数えられる貧乳属性(スモールバスト)の騎士、クラーケギルディ。

 対峙するリヴァイアギルディは、そのクラーケギルディと互角の実力を持つ、巨乳属性(ラージバスト)の戦士。股間部から巨大な触手を一本伸ばし、それを胴体に巻きつけ鎧のようにしているが、いざ闘いとなればその触手を槍のように遣い、目の前の戦士を貫くという。

 委縮しそうな自分の躰に喝を入れ、スパロウギルディはふたりの前に進み出た。

 まずは敬礼からだ。

「クラーケギルディ様、リヴァイアギルディ様、おふたりに援軍に来ていただけるとは、光栄の至りです」

 声は、震えずに済んだようだった。

 リヴァイアギルディが、軽く手を振って応えた。

「首領様のご命令は絶対だ。もっとも、どこかの能無し部隊のお()りまでまかされてしまったようだがな」

「ふん、言ってくれるな。侵攻先の世界で何度も情けをかけ、属性力(エレメーラ)の完全奪取を完遂せず見逃す、甘ちゃんの半端者が」

 両者とも、敵意を隠そうともせず、挑発し合う。言葉というものが眼で見えるのならば、いったいどれほど棘が付いているのだろうか、と思ってしまうほどだった。

 リヴァイアギルディが、眼つきを鋭くした。

「おまえこそ、時代遅れの騎士かぶれがますます悪化したと見える。揃いのマントなど部下に羽織らせるとはな」

「お言葉ですが、このマントは我々がっ」

 クラーケギルディが、リヴァイアギルディの言葉に反論しようとした自分の部下を、手を挙げて(いさ)めた。

 スパロウギルディとしてはそこで終わって欲しかったのだが、クラーケギルディもまた、リヴァイアギルディを鋭く睨みつけた。

「ともかくだ。出しゃばりは慎んでもらおう。貴様こそ、戦士らしくということにこだわりすぎて、隊長としての責務を放り出しているではないか」

「なっ!」

 リヴァイアギルディの部下たちが憤然と声を上げるが、クラーケギルディはフンッと鼻を鳴らし、言葉を続ける。

「違うとでも言うのか。弱い戦士などトドメを差すに(あたい)せぬと見逃し、そしてそれを何度もくり返すなど、組織への反逆と変わるまいよ」

「なにを!」

 今度は、リヴァイアギルディが自分の部下たちを諫めた。

 今度こそ、終わってくれるのか。そう思ったところで、クラーケギルディとリヴァイアギルディが睨み合い、同時に眼を閉じた。

 気が、ぶつかり合う。さっき以上の息苦しい空気が、あたりに満ちた。

 一秒一秒が、果てしなく長い時間に感じられた。

 両者が、同時に眼を見開いた。

(キョ)ッ!!」

(ヒン)ッ!!」

 ふたりが、同時にすさまじい気迫のこめられた雄叫びを上げたかと思うと、とてつもない衝撃と、なにかが破裂したような耳をつんざく轟音がスパロウギルディを襲った。ふたりの後ろにいたエレメリアンたちがふっ飛ばされ、周りの壁が軋みを上げた気がした。

 スパロウギルディもふっ飛ばされそうになったところで、誰かが躰を後ろから支えた。スワンギルディだった。

 ふたりの方に視線をむける。いつの間にか、どちらとも触手を伸ばしていた。

 そして、リヴァイアギルディがまた触手を自身の躰に巻きつけ、クラーケギルディが背中から伸ばしていた触手を収めた。スパロウギルディには見えなかったが、おそらくあれらが激突したのではないだろうか。

「五合」

「――――っ!?」

 スワンギルディが誰にともなく呟き、一瞬遅れてスパロウギルディは驚愕した。

 スパロウギルディの勘違いでなければ、いまの言葉は、クラーケギルディとリヴァイアギルディの触手がぶつかり合った数なのではないか。あれが、見えたというのか。

 いや、それだけではない。周りのエレメリアンが大小問わず軒並みふっ飛ばされているなかで、スワンギルディだけは平然とし、それどころかスパロウギルディがふっ飛ばされるのを支えていた。ふっ飛ばされたエレメリアンたちも無様に転がったりしてはいないものの、あの衝撃にはなすすべもなかったというのにだ。

 スワンギルディから身を離し、彼の顔を見る。さっきまでより、眼の光が強くなっている気がした。

「まあよい。部隊が大きくなっては、いまの基地の大きさでは足りまい。私たちの母艦(基地)も合わせよう。作業が終わり次第、話に聞くツインテイルズとやらの資料を見せてもらう」

「は、はっ!」

 クラーケギルディの言葉にむき直り、なんとか応えると、彼は部下たちを自分たちの母艦に戻らせた。どういうわけかクラーケギルディは残り、スワンギルディを興味深そうに見ている。

「よし。おまえたちも戻れ。俺はひとつ、用がある」

『はっ!』

 リヴァイアギルディも同じく部下を下がらせると、彼はスパロウギルディに近づき、質問してきた。基地の構造と、ドラグギルディとタイガギルディそれぞれの部屋の場所のことだった。

 頷き、問いに答えた。

「そうか。わかった」

 応え、リヴァイアギルディが(きびす)を返した。方向からして、まずはドラグギルディの部屋の方から行くつもりなのだろう。

 リヴァイアギルディの背中に、スワンギルディが問いかけた。

「ドラグギルディ様のお部屋に、なにか御用が?」

「む?」

 リヴァイアギルディが、背をむけたまま答えた。

「なぁに。戦の前に、負け犬の面影でも見て笑っておこうと思ってな」

 リヴァイアギルディの、その(あざけ)るような答えが返った直後、いつの間にか近づいていたスワンギルディが彼の肩を掴んでいた。

 

 

 気がつくとスワンギルディは、リヴァイアギルディの肩を掴んでいた。

 リヴァイアギルディがふり返り、眼を見張った。

「むっ」

「ほぉ」

 クラーケギルディが感心するような声を洩らした気がしたが、そんなこと、いまはどうでもよかった。

「ス、スワンギルディ!」

「スワンギルディ、か。なるほどな」

「いまの言葉、お取り消しください」

 スパロウギルディが慌てたように声を上げ、リヴァイアギルディがなにか納得するかのように呟いたが、スワンギルディは構わずリヴァイアギルディにむかって静かに言葉を紡いだ。

 はらわたが煮えくり返りそうな怒りを押しとどめ、リヴァイアギルディの眼を見つめる。いや、ひょっとしたら自分は、睨みつけているのかもしれない。殺気すらこもっているかもしれない。

 無礼であるかもしれない。それでも、敬愛する師を侮辱するような言葉だけは、許せなかった。

 たとえ誰であろうと、あの方を馬鹿にするのだけは、絶対に許さない。

 その意思をぶつける。ぶつけるが、リヴァイアギルディはまったくもって涼しげな様子だった。

「なぜだ?」

「っ、ドラグギルディ様は戦士として闘われ、昇天なされました。敗れたとはいえ、闘い抜いた戦士を侮辱するのが、同じ戦士のなされることでしょうか?」

「ほう。若造が、なかなか言うではないか」

 スワンギルディの怒りなどどこ吹く風とばかりに、リヴァイアギルディが言葉を紡ぐ。

 馬鹿にされている。スワンギルディはそう思った。

「さっきの言葉を撤回しろ、と言ったな、若造?」

「はい」

「ならば、俺の槍を見切ってみろ。俺の槍を避けることができたなら、先の言葉を撤回し、謝罪してやろう」

(まこと)ですか?」

「戦士に二言(にごん)はない」

 リヴァイアギルディの言葉に、スワンギルディは彼の肩から手を離した。

「おまえの好きな間合いを取れ。どこでも構わん」

「っ」

 やはり、馬鹿にされている。そう思うも、努めて冷静に考える。

 さっきのクラーケギルディとの激突の際のリヴァイアギルディの槍は、確かに速かった。だが、ドラグギルディの剣には及んでいない。自分ならばなんとか避けられるはずだ。師の本気は、スワンギルディには見切れないほどの剣速だったのだ。

 三歩ほどの距離を取り、リヴァイアギルディを見据えた。

「その距離でいいのか?」

「はい」

「ふん。舐められたものだな」

 舐めているのはどっちだ。リヴァイアギルディの言葉にそう思いながら、呼びかける。

「いつでも、どうぞ」

「ふむ。では、俺が腕を組んでから、五秒後に放つとしよう」

「っ、私を、馬鹿にしているのですか?」

「それは俺の台詞だ、若造。本気で俺の槍を見切れると思っているのならな」

 そこまで愚弄するのか。スワンギルディの頭がカッとなったが、落ち着けと自分に言い聞かせる。

 言葉のあと、リヴァイアギルディがゆっくり腕を組んだ。

 いつでも来い。

 リヴァイアギルディのわずかな動きも見逃すまいと、全神経を集中する。時間は、数えるまでもなく躰でわかる。

 五秒が、過ぎる。

 視界の中心に、なにかが見えた気がした。そう感じた直後、リヴァイアギルディの姿に違和感を覚えた。

 鎧のように巻きつけていた触手がなくなり、その鍛え上げられた躰が見えている。

「っ!?」

 驚愕に息を呑む。リヴァイアギルディの股間の触手の切っ先が、スワンギルディの眉間に突きつけられていた。

「気づくのが遅いぞ、若造」

「――――っ」

 まったく動けなかった。そう愕然としていたところで、リヴァイアギルディが言葉を続けた。

「ふん。ドラグギルディのやつも、これぐらいの速さは出せたはずだがな。それとも、さっきの俺とクラーケギルディの小競り合いを見て、俺たちの実力をあんなものだと勘違いしたか?」

「っ!」

 その言葉に、いまさらながらハッとする。リヴァイアギルディは、師ドラグギルディと同格と謳われている幹部だ。そしてクラーケギルディも、そのリヴァイアギルディに匹敵する実力だと言われている。あの程度のわけがない。

 自分は、なにも見えていなかった。いや、見ようとしていなかったのではないか。

 リヴァイアギルディが、触手をまた鎧のように巻きつけ、背をむけた。

 力が抜け、スワンギルディは呆然と膝をついた。

「貴様も戦士なら、敗将などにいつまでもこだわらず、剣の一本でも振っていろ。やつと同じ負け犬になりたいというのなら、話は別だがな」

 言葉のあとリヴァイアギルディが、ドラグギルディの部屋のある方向にむかって歩いていく。もう、こちらをふり返りもしなかった。

「くっ」

 手が、震えていた。勝てないと、そう思ってしまった。

 あれが、リヴァイアギルディの本気。舐めていたのは、自分の方だった。自分が馬鹿にされるのはいい。この(てい)たらくでは、馬鹿にされて当然だ。

 だが、ドラグギルディを侮辱され、それを通させてしまった。

「私が、私が未熟なばかりに、ドラグギルディ様にあのような(はずかし)めをっ」

「ふん。ひねくれ者が」

「――――えっ?」

 聞こえてきたクラーケギルディの呟きに、スワンギルディは顔を上げた。クラーケギルディは、リヴァイアギルディの方を見ていた。

 スパロウギルディが(かが)みこみ、スワンギルディの肩に手を置いた。

「スワンギルディ。リヴァイアギルディ様の姿をよく見よ」

「っ?」

 スパロウギルディの言葉に従い、リヴァイアギルディをじっと見る。少しして、気づいた。

「あ、あれはっ」

 リヴァイアギルディの触手が、震えていた。自身の躰を引きちぎらんばかりに、巻きつけた触手が張り詰めている。まるで、泣いているように見えた。

「リヴァイアギルディ様にとってドラグギルディ様は、古くからの友。悲しくないわけがあるまい。だが、あの方もまた、自分に厳しきお方。だからこそ、あの方を(おさ)として慕い、着いていく者たちがいるのだ」

「っ」

 自分だけが悲しいのではなかった。いや、自分よりずっと、リヴァイアギルディは悲しいはずだ。

 彼だけではない。スパロウギルディも、スワンギルディよりずっと長く、ドラグギルディのそばにいたのだ。それでも、自分が為すべきことを見据え、悲しみを飲みこみながら先に進んだのではないか。

 私は、いつまで泣いている。いつまで甘えているのだ。

 そう思うと、躰の奥底から熱いなにかが(のぼ)ってきたような気がした。

「顔つきが変わったな」

「え?」

 クラーケギルディが、スワンギルディの顔を覗きこんでいた。

「音に聞く英傑、ドラグギルディの弟子なのだろう?」

「は、はい」

「ならば、貴様がやるべきことがなにか、わかるな?」

「っ!」

 立ち上がり、静かに頷く。

 ニヤリ、とクラーケギルディはどこか満足げに笑い、その場を去っていった。

 クラーケギルディの姿が見えなくなったところで、スワンギルディはスパロウギルディにむき直り、頭を下げた。

「スパロウギルディ殿、お願いがあります。ドラグギルディ様が成し遂げられたという伝説の試練への挑み方を、お教え願えないでしょうか?」

「なに?」

「一年続けなければ修了にはなりませんが、時が来るまで続けてみせます」

 スパロウギルディが、眼を見張った。彼は眼を閉じ(かぶり)を振ると、再び瞳を開き、スワンギルディの眼を見つめてくる。

「スワンギルディよ。『スケテイル・アマ・ゾーン』は、初日で絶命する者もいる荒行。ドラグギルディ様がそれに挑んだのも、相応の実力をつけてからだ。おまえはまだ若く、未熟だ。死に急ぐ気か?」

「そんなつもりはありません」

「ならば、なぜ?」

 アルティメギル五大究極試練のひとつ、『スケテイル・アマ・ゾーン』。通販で買った物が、一年間ずっと透明な箱で梱包されて配達され続けるという、すさまじい修練。ドラグギルディ以外に誰も(おさ)めた者がおらず、師が打ち立てた幾多の武勇のなかでも最も名高いものと言われている。

 スパロウギルディの心配ももっともだろう。だが、師が遺した最期の言葉を思い出したのだ。

 自分が届かなかった高みへ至れ、と。そのための、第一歩だ。

「ドラグギルディ様の遺志に、応えるために!」

 決意とともに、スワンギルディはスパロウギルディに告げた。

 

 

 ドラグギルディの部屋に入ると、幼女のフィギュアがきれいに積み上げられているのが見えた。部屋の中を見渡すと、ツインテールと、ツインテールが似合う幼女関連の物がやはり多い。

「っ?」

 なにか、違和感があった気がした。

 改めて部屋を見渡すが、特におかしなものはない。

 気のせいだったか、と気を取り直し、幼女のフィギュアが積み上げられた場所の前に行く。それはまるで、墓標のようにも見えた。

 まさか、おまえが敗れるとはな。

 口に出さず、リヴァイアギルディはそう語りかけた。

 ドラグギルディは、まさに完璧に近い戦士だった。闘って負けるとは思わないが、それでもやつのツインテールへの愛には、リヴァイアギルディをもってしても圧倒されるものを感じるほどだった。そしてそれは、強さだけではなく、やつの人徳、カリスマと言えるものにもあった。

 もしも、あらゆる部隊を統合する(おさ)の任をまかされるものがいるとしたら、ドラグギルディ以外ありえなかっただろう。リヴァイアギルディがそう素直に認められるほど、ドラグギルディには惹きつけられるものがあった。同時に、いつか超えてやる、と思わせる不敵さがあり、それがやつのカリスマにひと役買っていたのだろうとも思えた。

 友だった。同期の中でも、ドラグギルディは群を抜いた実力を持っていた。そんなドラグギルディが、こんなに早く死ぬとは思ってもみなかった。

 タイガギルディもそうだ。やつもまた同期で、友と呼べる間柄(あいだがら)だった。実力ではドラグギルディやリヴァイアギルディに遠く及ばなかったが、気のいい、憎めないやつだった。ああいうやつが意外と長生きするものだ、と思っていたのが、あっさりと死んでしまった。だが、立派な最期だったと聞き及んでいる。

 仇討ちなどと、そんな殊勝なことを言うつもりはない。やつらは、戦士として闘い、死んだのだ。悲しみこそすれ、憎むのはお(かど)違いというものだろう。

 ただ、ドラグギルディの最期の戦いを、見てみたかった。

「受け取れ、ドラグギルディ。俺からの、せめてもの(はなむけ)だ」

 持参したおっぱいマウスパッドを供える。幼女とは対極に位置する巨乳を模した物ではあるが、リヴァイアギルディは巨乳属性(ラージバスト)の戦士なのだ。やつには難色を示されるかもしれないが、自分が供えられるのはこれしかない。

 エレメリアンに墓などない。人類が言う、輪廻転生などという考えも信じていない。

 死とは、ただ世界に還るだけのこと。そう思っている。だからこそ、エレメリアンは潔さを美徳とする。それが強さとなり、誇りとなるのだ。

 己がよしとする生き方を貫き、己が愛する属性を追い続け、己が満足できる死にざまを迎えるその時まで、闘い抜く。それがほかのエレメリアンの心に残り、そのエレメリアンがまた見事な生き方と、己が属性への愛と、死にざまを他者に見せつけ、それが繋がっていく。

 エレメリアンがほんとうに死ぬのは、それを繋ぐ者が誰もいなくなった時だろう。

 ドラグギルディは世界に還った。だが、やつの生きた証は残っている。

「あのスワンギルディとかいう若造。おまえが言っていた通りだったな。なかなか面白い」

 気づくのが遅い、とスワンギルディには言ったが、リヴァイアギルディの見立てでは、反応できるものではないと思っていた。

 それが、動くことこそできなかったが、リヴァイアギルディの動きを無意識に感じ取っていたようだった。それに加えて、リヴァイアギルディが肩を掴まれた時、掴まれるその瞬間まで気づけなかった。おそらく、ドラグギルディを侮辱されたと感じたことによる怒りで、あの瞬間だけ実力以上のものが引き出されたのではないだろうか。

 いったいどれほどの戦士になるのだろうか。あれほどの天稟(てんぴん)を持った弟子をとることのできたドラグギルディに、ほんの少し羨ましいものを感じながら、リヴァイアギルディはそう思った。

 フッ、と笑い、再び語りかける。

「おまえは、ツインテールのみを追い求め、走り続けた。だが、もうよい。ゆっくりと休め。そして、巨乳にも眼をむけてみるといい。いままでとは違った世界が見えるかもしれんぞ」

 もっとも、こんなことを言ったところで、やつがツインテール以外に眼をむけるとは思わないが。

 (きびす)を返し、部屋の出口にむかう。次は、タイガギルディの部屋だ。

 不意に、ドラグギルディたちとの思い出が(よみがえ)った。扉の前で足を止め、眼を閉じる。

 思い出すのは、修行時代のことだった。

 ともに研鑽を重ね、修練に励み、競い合った。

 そして、夢を語り合った。ドラグギルディが、ツインテールの似合う至高の幼女に、いつか背中を流して貰いたいものだ、と語ればタイガギルディも、ツインテールのスク水少女に、我が腹を海に見立てて元気よく泳いで欲しい、と豪快に笑いながら言い、リヴァイアギルディもまた、見事な巨乳とツインテールを兼ね備えた娘にパフパフして貰いたい、と語ったものだった。

 彼らとだけでなく、同じく同期である友たちも一緒だった。ひとつの焚き火を中心に、みんな体育座りで車座になって、夜通し語り合ったものだ。その友たちも、夢(なか)ばにしてすでに命を落とした者もいれば、己の属性を体現する理想の存在を求め、いまだ闘い続けている者もいる。自分も、いつ、どうなるか、わかったものではない。

 古き友が突然訪ねてくるように、死も不意に訪れる。言ってみれば死もまた、古き友のようなものなのかもしれない。

「ふん」

 瞳を開く。

 感傷に(ひた)るのは、わずかでいい。

 別れは告げた。あとは、自分がやるべきことをやるだけだ。

「ツインテイルズ、だったな。やつらのツインテールを奪うことで、おまえたちへの鎮魂としよう」

 呟くと、扉を開いて再び歩き出す。ふり返ることは、しなかった。

 

 





マッスル・インフェルノー。
キン肉バスターと迷ったけどこのままで。どっちにしても絵面がヤバい。

冒頭のクラスメイト女子1と2のモデルは、わかる人はわかると思いますが某爆乳アクションゲームの子たちです。愛香さんがグヌヌしそうな人ばっかりですが。
ほかのクラスに感情無いさんとか、はるかーさんとかいるかもしれない。

2-1でさらっと書いていましたが、タイガギルディも同期というのは本作のオリ設定。『かつて夢を語り合ったエレメリアンたち』って書くと切ないものがあるが、会話内容を考えると中学生かなんかかおまえら、ってなる。
体育座り=体操座り=三角座り。


以下、スワンギルディの強さについての補足です





本作において、現時点では反応やセンスといったものも含め才覚は非常に高いが、エレメーラがまだまだ低いため肉体的な部分で幹部たちの足元に届くか届かないか程度となっています。
 


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2-7 青き戦慄 / 忠義の猛牛

 
二〇一七年一月八日 修正

牛君は、原作と本作のどちらが悲惨なのか。いまだにわかりません。
 


 ギリッ、とブルーは歯を食いしばった。

「ハッタリばかりで見かけ倒しの者ばかり。真の巨乳は、ここにはおらぬのか!」

 エレメリアン出現の報を受けたブルーとレッドが現場に着くと、牛を思わせる大きなエレメリアンが、腕組みをして仁王立ちのまま不機嫌そうに大声を上げていた。

 場所は、グラビアアイドルのオープンコンテストの会場で、女の子たちが戦闘員(アルティロイド)から逃げている。皆が皆、その大きな胸を揺らしながら。

 総二との行為――未遂――を邪魔されたことに怒りを覚えていたが、自分のコンプレックスである胸のことを嫌でも刺激され、ブルーの怒りの炎はさらに燃え上がった。

「っ?」

 隣にいるレッドが、チラチラと心配そうにこちらを(うかが)っていることに気づいた。

 これではいけない、と気持ちを切り替える。大丈夫だとレッドに笑いかけようとしたところで、エレメリアンが再び声を上げた。

「とにかく、まずはツインテール属性を奪うのだ。戦闘員(アルティロイド)よ、かかれい!」

「モケケー!」

「ウケー!」

「モケーッ!」

 エレメリアンが戦闘員(アルティロイド)たちに指示を出すと、彼らは声を上げて――なんだか違う鳴き方をしたやつがいた気がした――ツインテールの娘たちを取り囲みはじめた。女の子たちは怯えてへたりこむが、テレビ局のカメラを意識したポーズをとっているように思えるのは気のせいだろうか。

 いろいろと思うことはあるが、ツインテールを守ることと、アルティメギルの迎撃が、自分たちツインテイルズのやるべきことだ。

 そう考えるとレッドと頷き合い、近づいて行く。

 ある程度近づき、ブルーが戦闘員(アルティロイド)たちを見据えたところで、エレメリアンが立ち塞がった。『し』の字に曲がった鋭い大きな角から、猛牛や闘牛といった印象を受けるそのエレメリアンの体格は、ドラグギルディと同じかそれ以上に大きいが、受ける威圧感は比べるのも失礼なぐらい小さい。部隊員クラスのエレメリアンなのだろう。

「邪魔はさせぬぞ、ツインテイルズッ。我が愛する巨乳属性(ラージバスト)を広げるために、その大義を掲げ闘う(あるじ)のために、このバッファローギルディがお相手致す!!」

巨乳属性(ラージバスト)、ですって? つまり、あんたを斃せば、巨乳の属性玉(エレメーラオーブ)が手に入るのね?」

 求め続けていたものが手に入るかもしれない。そう頭に浮かび、身を乗り出しかけたところで、馴染んだ感触がツインテールに触れた。大きさや柔らかさなどはまったく違うというのに、ブルーの大好きな人の手だと不思議とわかった。

 隣を見る。思った通り、レッドがブルーのツインテールに触れていた。

「レッド?」

「落ち着け、ブルー」

 レッドの口から出てきたのは、制止の言葉だった。ちょっと心配させてしまったかもしれない、と改めて思い、微笑みながら言葉を返す。

「大丈夫よ、レッド。あたしは充分に落ち着いてるわ」

「ほんとか?」

「ええ。さあ、レッド。あいつを斃して巨乳属性(ラージバスト)をいただいて、念願の巨乳になるムネ?」

「落ち着いてるように見えねーよ!? 変な語尾までついてんじゃねーか! とにかく落ち着け!」

 ブルーの言葉に、なぜかレッドは慌てた様子でツッコミを入れてきた。

 なにかおかしなことを言っただろうか、とブルーが首を傾げたところで、彼女は頭を抱えてため息をついた。

 気を取り直すように(かぶり)を振ったレッドが、思い出したように呟いた。

「それにしても、巨乳属性(ラージバスト)なんて俗な属性、ホントにあるんだな」

「俗な属性とは、言ってくれるな、幼子よ」

 レッドの呟きが聞こえたのか、バッファローギルディが耳聡く反応した。聞きようによっては貶すような言い方ではあるが、レッドにそういった気はないとわかっているのか、あるいは別にどうでもいいことなのか、バッファローギルディはただ、しみじみと語りはじめた。

「とはいえ、おぬしのような幼子にはまだわかることではないか。願わくば、成長とともに胸も大きくなると信じる純粋さを失うでないぞ。そして、たゆまぬ練磨も忘れてはならぬ。それらを放棄したなれの果てが、この中にも大勢いる人工的な」

「成長とともに大きくなると信じて練磨も欠かしてないはずなのに大きくならない場合は、どうすればいいのかしらねえ」

「きょ、にゅう」

 バッファローギルディの言葉の途中でブルーが呟くと、なぜか彼は言葉を止めた。バッファローギルディだけでなく、どういうわけか周りの音も止まったように感じた。

 周囲の視線がみんな自分にむけられていることをなんとはなしに感じながら、ブルーは微笑んでバッファローギルディに言葉を続けた。

「あら、どうしたのよ。続けなさいよ。あきらめずに続ければいつか大きくなる、って言いたいんでしょ。でも、それで大きくならなかったら、どうすればいいのかしら?」

 バッファローギルディが、気圧されるように一歩後ずさった。

 そのことに気づいたのか、バッファローギルディはハッとした様子を見せると、前のめり気味に構えをとった。

「ツインテイルズ、覚悟おおおおおおおーーー!!」

 威勢のいい雄叫びを上げたバッファローギルディが、角を突き出して猛然と突っこんでくる。その声は、どこか恐怖をごまかしているようにも聞こえた。

 

 

 恐ろしい。

 自分の言葉を遮ったテイルブルーの声と、彼女からむけられたなんの感情も見えない瞳に、バッファローギルディはそんな思いを抱いてしまった。

 言ってみれば、純粋な恐怖。こいつには勝てないと、背をむけて、恥も外聞もなく逃げ出したくなるような、そんな思いだった。

 人の精神、属性力(エレメーラ)を奪うエレメリアンである自分が、ツインテールの戦士とはいえ、人間相手に怯えてしまうとは。

 これでは、自分に期待をかけてくれた、敬愛する(あるじ)に顔むけできぬ。

 そう考え、自らを奮起させると、さらに勢いをつけるため雄叫びを上げ、ツインテイルズ、いやテイルブルー目掛けて突撃する。ほんのわずかな間でも恐怖に負けた自分を乗り越えるために、まずはテイルブルーを倒す。

 パワーと巨体を最大に生かした、小細工なしの突進(チャージ)。それこそが猛牛。

「ブルー!」

「レッド、今回はあたしに」

「えっ、あ、ああ」

 テイルブルーが、声を上げたテイルレッドを手で制し、バッファローギルディを見据えてくる。構えも取らず棒立ちのままで、避ける様子もない。

 舐めているのか。いや、あれはハッタリで、おそらくバッファローギルディが目前まできたら変化を行うつもりだろう。だが、それも狙いのひとつだ。

 巨体を生かしたパワー殺法がバッファローギルディの好むところではあるが、バッファローギルディは技巧も低くはない。突進(チャージ)を回避することに気を取られ、防御が甘くなった相手の隙をつくのも、バッファローギルディの戦法のひとつだった。そこからなる尻尾のモーニングスターによる奇襲は、そうそう避けられるものではない。

 絶対の自信を持つ武器をひとつ持っておき、磨き上げ、その武器を最大限に生かす戦い方が、(あるじ)であるリヴァイアギルディの好む戦法だ。そしてそれはリヴァイアギルディだけでなく、バッファローギルディをはじめとする、彼の部下のほとんどに言えることだった。

 もう数歩で、テイルブルーにたどり着く。なのに、彼女にまだ動きはない。

 さらに近づいた。それでも、彼女は動かない。

 ぶつかる。

「っ!?」

 そう思った瞬間感じた手応えに、バッファローギルディの身体が硬直した。避けられたのではない。止められた。

 なにかしてくるにしても、直前で躱すか、足下を狙うといったところだろうと高をくくっていたバッファローギルディを嘲笑(あざわら)うかのように、突き出された二本の角が、テイルブルーの両腕で捕まれ、止められていた。多少はうしろに退()げさせられたが、それもわずかなものだった。

 いままで何人もの戦士を倒してきた、バッファローギルディ最大の攻撃である突進(チャージ)。それが、いともたやすく止められてしまった。

 角を掴んだまま、テイルブルーがバッファローギルディの身体を軽々と持ち上げた。

「ガッ!?」

 投げ捨てられ、衝撃に思わず声が洩れた。痛いわけではないが、精神的なショックの方が大きかった。

 倒れたまま、テイルブルーの姿を改めて見る。

 ツインテール以外に見るところのない、巨乳とはほど遠い貧乳の娘。

「――――」

「う!?」

 バッファローギルディがそう思ったところで、テイルブルーの顔が険しくなり、さらに鋭く睨みつけられた。殺気を叩きつけられ、バッファローギルディの全身を恐怖が支配する。身体が震えないようにするのが、やっとだった。

 まさかやつは、人の身でありながら、他者の思考を読むことができるというのか。いや、間違いない。そうでなければ、あのタイミングでこれほどの殺気を放ってくるはずがない。

 死神。

 その言葉が、思い浮かんだ。

 死など、恐れてはいなかった。戦士なのだ。いつかその時が来るだろうと思っていた、はずだった。

 しかしいま目の前に、その死を体現するような者がいる。そのことに、自分の戦士としての覚悟が崩れていくような感覚を覚えた。

 身体が、恐怖で震えそうになった。

「ッ、ウ、ウオオオオオオオーーーッ!!」

 雄叫びを上げながら立ち上がり、テイルブルーにむかって再度突進する。さっき止められたのは、迷いがあったからだ。今度は余計なことはなにも考えず、ただ押し潰すことだけを考える。

 バッファローギルディのすべてを懸けた、正真正銘、最大の突進(チャージ)

 テイルブルーが飛び出すような構えをとったが、知ったことではない。

 なにをしてこようと、ただ突撃するだけだ。恐怖とともに、ねじ伏せるのみ。

 瞬間、テイルブルーの姿が、バッファローギルディの視界から消えた。

「なっ、にっ!?」

 声を上げかけたところで、身体になにかがぶつかった。気がついた時には、バッファローギルディの身体が、きりもみに回転しながら宙を舞っていた。バッファローギルディの突進(チャージ)を受けた者がそうなるように。

 バッファローギルディの躰が重力に負け、頭から地に落ちていく。

「グアッ!?」

 そのまま地面に激突すると思ったところで、再びなにかがぶつかり、バッファローギルディは苦悶の声を上げた。それによってまたも自身の躰が宙を舞う。一瞬だけ、青い影が見えた気がした。

「オーラピラー」

「っ!?」

 聞こえた声は、静かな、小さなものだった。だというのに、その声は不思議と鮮明に聞こえた。

 水流とともに、恐怖がバッファローギルディの躰を縛った。

「エグゼキュート」

「ゴッ!?」

 テイルブルーの声が聞こえると同時になにか鋭い物、テイルブルーの槍がバッファローギルディの背中に突き立てられた。そのまま、すさまじい勢いで移動させられる。むかう先で、テイルレッドが剣を構えているのが見えた。

「グランド!」

 炎が噴き上がる剣を振りかぶり、テイルレッドがこちらに鋭く跳躍した。

「ブレイザアアアアアアアーーー!!」

「ウェイブ」

 雄叫びとともに横薙ぎに振るわれたテイルレッドの剣と、バッファローギルディの背中に突き立てられたまま静かな声で放たれた槍に挟まれ、凄まじい衝撃と同時に、躰が砕けたように感じた。

「――――」

 これが、死か。

 無様だな、と粉々になっていく意識の中で思う。恐怖に負け、それをごまかし、無謀な特攻をかけた。たとえ冷静になっても結果は変わらなかったかもしれないが、それでもあの闘い方は、無様としか言いようがなかった。

 リヴァイアギルディの顔が浮かんだ。不思議と、テイルブルーへの恐怖が消えていく。

 期待に応えるどころか、このような無様な最期をお見せしてしまい申し訳ありません、リヴァイアギルディ様。あなたの勝利を、信じております。巨乳属性(ラージバスト)に、栄光あれ。

 主への信頼の念を最期に、バッファローギルディの意識が塵となっていった。

 

 

 ブルーにむかって、バッファローギルディが爆散したところから属性玉(エレメーラオーブ)が飛んで行く。彼女はそれに対して視線をむけず、しかし華麗にキャッチした。

「やったわ、レッド。巨乳属性(ラージバスト)、GETよ!」

「あ、ああ、うん」

「これで、これであたしはっ」

 さっきまで落ち着いていた、というか冷静を装っていたのだろう。ブルーが喜びを隠しきれない様子で呟いた。もっとも、冷静というより、苛烈、残忍、惨酷とでも付きそうな空気を撒き散らしていた気もしたが。

 それはともかく、彼女の顔をよく見ると、目の端に涙まで浮かんでいた。

「――――」

 周りに気づかれないよう、レッドは小さくため息をついた。

 テイルブルーの人気は高い。怪人ことエレメリアンに一歩も引かず、攻撃のことごとくを躱し、一瞬の隙をついては一撃で相手を屠るその姿はまさに、創作の中に出てくるヒーロー、もといヒロイン。

 ひとりで彼女が闘っていたころは、人前で笑顔を見せることはなく、エレメリアンを斃してもすぐに立ち去っていた。それも、孤高のヒーロー然として恰好いいと言われていた。

 ツインテイルズとして活動するようになってからは、衣装に関していろいろと言われてはいるものの、人気が落ちているということはない。むしろ、レッドにむけるものではあるものの笑顔も見られるようになっていることで、人気は上がっていると言ってもいい。『テイルレッド』自体の人気がとんでもないというのもあるが、そのテイルレッドが強く信頼していると感じられるのも、理由のひとつであるようだった。

 今回の闘いは、場所が場所だけにカメラに撮られまくっているだろうが、アルティメギルに対して容赦しないのはいつものことであり、世間でははじめて見る喜色満面の笑顔に加え、涙を浮かべたその姿。おそらくお茶の間で話題になるだろうことを考えると、レッド、というか総二としては複雑な気持ちになる。変な目でブルーを、愛香を見るな、と言いたくなるのだ。

 ただ、いまため息をついたのは、それが理由ではない。

 冷静になればわかることに気づかず無邪気に喜ぶブルーに、そのことを言うかどうか悩んだことによるため息だった。

「あ、あのー」

「え?」

 悩んでいたところに声をかけられ、ふりむく。ツインテールのグラビアアイドルの女の子たちが、何人か駆け寄ってきた。

「ツインテール、触って貰えますか?」

「はい?」

 いきなり、なんなんだ。唐突な頼みに困惑したところで、彼女たちは楽しそうに言葉を続けた。

「いま噂になってるんですよー。テイルレッドちゃんにツインテールを触って貰うと幸せになれるって!」

「ええっと、ブルーは?」

「テイルブルーさんに触って貰うと、悪いものが逃げていくとか勝負事に勝てるとか言われてますね」

「そ、そうですか」

 確かにブルーの御利益があれば、悪いものは逃げていきそうだ。それに、レッドにとっての勝利の女神ではある。しかし、どこから出てきたんだ、その噂。そもそもツインテールを触って幸せになるのはレッド自身であり、なにより、見知らぬ女の子たちのツインテールを触るわけにはいかない。

 取り囲んでいた女の子たちが、一斉にツインテールを突き出してきた。

『お願いしま~す!』

「い、いや、そのっ」

 触りたいという欲望と、やってはいけないことだ、という理性の声がせめぎ合う。

「――――っ」

 欲望に負け、思わず手が出そうになったところで、朝と、ここに来る前の部室で愛香に誓ったことを思い出した。

「ごめんっ。俺が触るのはあい、じゃなくってブルーのだけって決めてるから!!」

『へ?』

 一瞬、本名を言いそうになったが、大きく声を上げた。

 レッドの言葉に女の子たちの躰が固まり、その隙を逃さず高く跳躍する。髪紐属性(リボン)で飛んで来たブルーがレッドの手を掴み、そのままその場をあとにした。

 

 ある程度の高度になったところで、腋の下に手を差しこまれ、ブルーに吊り下げられるかたちになった。

 その状態で運ばれて少し経ったあたりで、ブルーが口を開いた。

「そーじ。なんか、誤解されそうなこと言っちゃった気がするんだけど」

「あ、いや、つい」

「でも、ちゃんと言ってくれて嬉しかった。ありがと、そーじ」

「お、おう」

 喜びに満ち溢れたブルーの笑顔とツインテールに気恥ずかしさを感じ、レッドの顔が熱くなった。

 ニコニコとしていたブルーが、さっきとはまた違った様子で含み笑いを洩らした。

「ふふふっ」

「愛香、あー、えーと、その、う、嬉しそうだな?」

「うんっ。アレを手に入れたからには、もうトゥアールに馬鹿にされずに済むしね!」

「そ、そうか。そうだな」

 はっきり言っていいのか踏ん切りがつかず、レッドが当たり障りのない言葉で訊くと、ブルーはやはり満面の笑顔を返してきた。いまにも鼻歌を唄い出しそうなほどご機嫌な様子のブルーに、レッドは生返事をすることしかできなかった。

「――――」

 ブルーに気づかれないよう、レッドはこっそりとため息をついた。

 別に大きくなくてもいいのではないか。愛香には悪いのだが、総二としてはそう思わなくもない。

 少なくとも総二は、愛香の胸が好きだ。貧乳、巨乳のどっちが好きだというものではなく、愛香の胸だから好きなのだ。柔らかさはなくとも、愛香の胸は温かくて、この上ない安らぎを総二に与えてくれる。トゥアールに抱き締められた時もあったが、あちらは柔らかくて気持ちはよかったものの、安らぐことはできなかった。

「うふふっ」

 そう。いまされているように、腋の下から腕を差しこまれてはいるが、抱き締められて顔がその胸に触れていると、やはり安らげる。

「――――、――――、――――っ!?」

 いつの間にか体勢を変えられていたことに驚く。どうやら考えこんでいる間に持ち替えられていたらしい。

 愛香から抱き締められることは、ほとんどない。ドラグギルディとの闘いのあとに抱き締められたのが最後だったはずだ。頼めばやってくれるとは思うのだが、貧乳をコンプレックスとしている愛香に頼んで嫌がられはしないだろうか、と不安になることもあって、お願いしたことはなかった。そして、愛香の方から進んで抱き締めてきたことも、いままではなかった。

 それだけ嬉しいということなのだろう。そう思えば、いまは夢を見せてあげていてもいいのではないだろうか。決して、愛香の胸に顔を(うず)めていたいからこんなことを考えているわけではない。ないったらない。

 どちらにしても、わずかな間のことなのだから。

「――――」

 なんで俺には、なんの力もないんだろう。

 これから愛香を襲うであろう絶望。それから彼女を救う力を持たない自分の至らなさ。

 ブルーに抱き締められながら、レッドはテイルブレスを持つ前に抱いていた時と同じ無力感に(さいな)まれた。

 




 
開幕、と言うかゴング前に十割と、掟破りのハリケーンミキサー返しからの合体攻撃によるオーバーキルは、どちらが酷いのか。
 


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2-8 新たな決意

二〇一七年一月八日 修正
 


 なんで。どうして。

 その思いだけが、愛香の頭の中を埋め尽くしていた。

 求め続けた。願い続けた。祈り続けた。努力だって、欠かしたつもりはない。自分でできる限りのことは、し続けてきた。例えるなら、殺意の塊と言える必殺技を活人技に昇華させるような、途方もない努力を続けてきたのだ。

 しかし、ダメだった。

 なにも変わらなかった。求めるものは手に入らなかった。

 そしていま、これならばと希望を見出(みいだ)し、裏切られた。

 絶望。きっといま自分の心を占めているのは、そうとしか言いようのないものなのだろう。頭の中の冷静な自分が、そんな他人事のような感想を洩らした気がした。

 神なんていない。奇跡など起こらない。それでも、あきらめきれなかったのだ。奇跡がなかったとしても、それに代わるなにかが起こってくれると、信じていたのだ。

「愛香」

 大好きな人の、総二の声が聞こえた。床に座りこんだまま、愛香は顔を上げた。力が湧かず、ノロノロとした動きになっていた。

「そーじ」

 総二の顔は、悲痛なものを感じさせる表情だった。だが同時にその瞳からは、それでもなにかを伝えようとする強い光があった気がした。

「ねえ、そーじ。なんで、なんでなのかな。これなら、これならきっとって、そう思ったのにっ!」

「愛香」

 愛香が(かぶり)を振って嘆くと、総二は身を(かが)め、愛香の肩に手を置いた。

「そーじ?」

 改めて、彼の顔を見る。

 総二は一瞬辛そうに顔を歪めて顔を逸らしたが、すぐに愛香の瞳を見つめ返すと、意を決した様子で口を開いた。

「愛香。もういいかげんあきらめろ」

「っ、でもっ」

「仮に使えたとしても、いままで名目通りの効果だったことなんてあったか?」

「っ!」

 愛香の言葉を遮った、総二の言葉に絶句する。視界が、涙でにじんでいた。

 総二は決然とした態度を崩さぬまま言葉を続ける。

「わかってるんだろ。兎耳属性(ラビット)だって、ウサ耳が生えてくるわけじゃなかったんだ。そのことに気づかないおまえじゃないだろ!?」

「それでも!」

 総二の言葉に、叫び返した。

「それでもあたしには、最後の希望だったのよ!? なのに、なのに、――――なんで!」

 言葉が詰まった。泣き崩れながらも、振り絞るように愛香は叫んだ。

「なんで巨乳属性(ラージバスト)が使えないのよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「だから使えても巨乳になれるわけじゃないだろうがああああああああ!!」

 愛香の嘆きの声と、総二のツッコミが、室内に響いた。

 

 

 基地の一室で、作戦会議を進める。

 まず、トゥアールが口を開いた。

巨乳属性(ラージバスト)が発動しなかったのは、純度の問題ですね」

「純度か。あいつの話を聞いていた限りじゃ、巨乳属性(ラージバスト)ひと筋って感じだったけどな」

「まあ、単純に属性力(エレメーラ)が低いってだけかもしれませんけどね」

 エレメリアンの(コア)である属性玉(エレメーラオーブ)と、それを利用することであらゆる特殊能力を発動できるテイルギアの機能、属性玉変換機構(エレメリーション)。言ってみればこれは、テイルギアの切り札のひとつだ。身も蓋もない言い方をすれば、敵を斃せば斃すほど強くなれる機能とも言える。ただ、トゥアールにもひとつ計算違いがあった。

 これまでに愛香が斃してきた者も含め、斃してきたエレメリアンの数はかなりの数になる。しかし、手に入れている属性玉(エレメーラオーブ)のすべてが発動できたわけではないのだ。

 リザドギルディの人形属性(ドール)。タトルギルディの体操服属性(ブルマ)。フォクスギルディの髪紐属性(リボン)。ラビットギルディの兎耳属性(ラビット)。タイガギルディの学校水着属性(スクールスイム)。そして先日闘ったクラブギルディの項後属性(ネープ)。このあたりのものだった。

 愛香が闘ったというフォクスギルディの属性玉(エレメーラオーブ)髪紐属性(リボン)だが、わずかに人形属性(ドール)も混じっているらしい。その話をした時、人形を作りだしていたのはそのためか、と愛香も納得した様子を見せていたが、それはとりあえず置いておく。

 人間の属性力(エレメーラ)とは、つまりは趣味嗜好であるが、それがひとつしかないという者はそういない。エレメリアンもまた、(コア)としている属性力(エレメーラ)のほかに、別の属性力(エレメーラ)を備えてしまうことがあるらしかった。

 だがエレメリアンの場合、あとから得た属性力(エレメーラ)が大きくなればなるほど、(コア)である本来の属性力(エレメーラ)の純度が下がるらしい。

 人間ではまずそんなことはあり得ないが、属性力(エレメーラ)そのものの存在であるエレメリアンはそんなことも起こり得るのだろう、というのがトゥアールの結論であった。その純度が低い物は、属性玉変換機構(エレメリーション)で使用できないのだろうとも。

「まあ、それはそれとして、気になるのは今日のバッファローギルディの言葉ですね」

(あるじ)のために、ってやつか。新しい戦力が補充されたって考えるべきかな?」

「そう考えるのが妥当でしょうね。いままでの情報から推測するに、やつらはいくつもの分隊を作っており、侵攻する部隊に大きな被害が出たら、ほかの部隊が援軍に来る。そんなシステムになっているものと思われます」

「なるほど」

 トゥアールの言葉に、総二は思わずため息をついた。

 こちらの戦力は、総二と愛香、サポートにトゥアールの三人だけ。トゥアールが切り札と見越していた属性玉変換機構(エレメリーション)も、使用に耐えうる属性玉(エレメーラオーブ)を手に入れられなければ戦力強化は望めず、どんな効果が発揮されるかも、いざ手に入れて使ってみなければわからない。ドラグギルディ級の実力を持つ幹部がこれから来ないとも言えないし、エレメリアンの総数は不明。

 ほんとうに、勝てるのか。

「っ」

 頭にそんな言葉が浮かび、総二は(かぶり)を振った。そして、なにを弱気になっているんだ、と自分を叱りつける。

 三人しかいない、ではない。三人もいるのだ。

 愛香もトゥアールも、たったひとりで闘い続けた。総二には、戦場で背中を預け合って闘える愛香と、闘えなくともうしろから支えてくれるトゥアールがいてくれる。そんな恵まれた環境にいる自分が、弱気になってどうするのだ。

 それに愛香は、総二のためにずっと、つらい気持ちを押し殺して闘ってくれた。そんな彼女を、愛するツインテールとともに、この手で守り抜くと誓ったのは総二自身ではないか。

「総二様」

「大丈夫だ、トゥアール。俺たちは、負けない。そうだろ?」

 心配そうなトゥアールに、笑みを浮かべて応える。トゥアールは少しの間キョトンとすると、優しく微笑んだ。

「頼もしいですけど、ちょっと残念ですね」

「ん?」

「大丈夫です、総二様のツインテールを愛する心に限界なんてないんですから、って励ましてあげようと思ったんですけど」

 いたずらっぽく笑う彼女の言葉に、今度は総二がキョトンとした。すぐに苦笑する。

「それは、悪いことしたかな?」

「さあ、どうでしょうね?」

「ハハハッ」

「フフフッ」

「――――」

 二人で笑い声を上げるが、室内の空気はどこか重苦しかった。というか重苦しい空気を少しでも変えるために笑い声を上げてみたのだが、かえって重苦しさが強調されたようにも思えた。

 笑うのを同時にやめると、重苦しい空気の中心である愛香に、二人で顔をむけた。彼女は変身したまま総二の隣の席に着き、突っ伏していた。辛気臭いを通り越し、気の毒なものすら感じさせた。

 バッファローギルディを斃し、総二とともに基地に帰って来た愛香は、変身を解かずに属性玉変換機構(エレメリーション)巨乳属性(ラージバスト)を発動させようとした。その時の愛香の笑顔は、とてもとても嬉しそうなもので、総二も釣られて笑顔を浮かべてしまいそうになるほどのものだった。もっとも、嫌な予感でいっぱいだったため、実際に笑顔になることはなかったが。

 嫌な予感は、当たった。

 愛香が、属性玉変換機構(エレメリーション)の取り付けられている左腕を掲げて声を上げ、なにも起こらなかった。

 彼女は何度も属性玉変換機構(エレメリーション)を発動させようとしたが、やはりなにも起こらず、左腕を叩いたり、振り回したり、噛んだり、美しさすら感じる演武を行ったり、しまいには不思議な踊りらしき動きをとったが、結局なにも起こらなかった。

 それでもあきらめず、何度も何度もくり返すごとに、彼女の顔から笑みが失われていき、最後には瞳とツインテールから生気が感じられなくなった。それはまるで、これが絶望というものだ、とでも言っているかのようだった。

 あきらめない心というものは、とても大切なものだと思う。だが、引き際を誤れば、それはただ見苦しいだけであり、見る者の心に悲しみをもたらすだけのものになってしまうのではないだろうか。

 そして総二は、愛香のその姿から眼を(そむ)けるような心持ちで、彼女の悲しき闘いを止めたのだった。

 

 ため息をつき、総二はブルーの頭とツインテールをなでた。ブルーは一瞬、ビクンと躰を震わせたが、机に突っ伏したままだった。

 総二は(かぶり)を振って再びため息をつくと、トゥアールに視線をやり、会議の続きを促した。トゥアールがひとつ頷く。

「とりあえず、使用できる属性玉(エレメーラオーブ)の効果について、改めて説明させていただきます。まずは人形属性(ドール)ですが、これは人形(にんぎょう)を操ることができます」

「人形って、普通の人形か?」

「人の形に近い無機物全般のことですね。ひょっとしたら、フォクスギルディの時の人形も、これを使えばあっさり奪えていたかもしれません」

 トゥアールが目を伏せた。合流するのを遅らせていたことを、気に病んでいるのかもしれない。

「トゥアール」

「申し訳ありません。話を続けましょう」

 気にしすぎるな、と言おうとしたところで、トゥアールが再び顔を上げた。

 大丈夫です、と言っているように思え、総二は頷いた。

「次は体操服属性(ブルマ)ですが、重力の操作を可能とするようです」

「タトルギルディは妙に軽やかな動きをしていたって愛香が言ってたけど、それによるものかな?」

「おそらくは。無機物だけでなく有機物、それこそ人間やエレメリアンにも作用させられるようですね。うまく遣えば攻撃力の底上げもできるでしょうし、相手の動きのリズムを狂わせることもできるかもしれません」

「なるほど」

 トゥアールの言葉に頷く。ツインテール属性ひと筋で行くと決めてはいるが、愛香は属性玉変換機構(エレメリーション)を戦闘の主軸に加えて闘っている。愛香との連携を密にするためにも、彼女の遣える能力をきちんと把握しておかなければならない。

「次は髪紐属性(リボン)ですね。これに関しては総二様も何度か目にしていると思います」

「飛行能力だな。でも、フォクスギルディは別に飛んだりしてなかった、って愛香が言ってたけど、どうして属性玉変換機構(エレメリーション)で使うと飛べるようになるんだ?」

「これはですね、属性玉変換機構(エレメリーション)で発動する能力というのは、実は属性力(エレメーラ)ごとに決まっているんです」

「どういうことだ?」

「簡単に言うと、斃したエレメリアンの能力が使える、ではなく、この属性玉(エレメーラオーブ)から抽出できる属性力(エレメーラ)からは、こういう能力が発動できる、ということなんです。例えば、それまでに斃したエレメリアンと同じ属性力(エレメーラ)を持つエレメリアンを斃したとします。そのエレメリアンがもしも別の能力を使っていたとしても、どれだけ実力に開きがあっても、獲得できる属性玉(エレメーラオーブ)から発動できる能力は変わりません」

「そういうことか。ってことはこの先、それまでに斃したエレメリアンと同じ属性力(エレメーラ)のやつが現れたとしても」

「こちらの戦力が増強されるわけではありませんね。それに別の能力を使ってくる可能性もありますから、油断はしない方がいいでしょう」

「わかった」

 いまのところ、同じ属性力(エレメーラ)(コア)とするエレメリアンは現れていないが、先に闘った相手と同じように考えるのは足を(すく)われる可能性がある。どんな相手であろうが、油断するべきではないだろう。

「続けます。次は兎耳属性(ラビット)。跳躍力の強化です。脚力自体はそこまで強化されていませんので、攻撃力よりも機動力の強化と言えます」

「単純だけど、かなり便利そうだな」

「そうですね」

 ほかに言えることがない。続けて貰う。

「タイガギルディの学校水着属性(スクールスイム)。地面などを水のように泳ぐことができるようになりますが、エレメリアンの攻撃を透過させることなどはできませんので、使いどころには注意してください」

「おう」

「最後は項後属性(ネープ)です。武器のリーチを伸ばすことができます。リーチを伸ばすのは一瞬で済みますので、これもうまく遣えば、かなり強力だと思われます。さすがに、音の五百倍の速さで十三(キロ)や、とはいきませんが。以上です」

「わかった」

 なんで音の五百倍とか十三(キロ)という言葉が出てきたのかはわからないが、効果のほどはわかったので頷いておく。

 トゥアールが飲み物の注がれたカップを持った。ひと口、ふた口飲み、カップをそっと机に置いた。

「ねえ、トゥアールちゃん。ちょっと気になったんだけど」

「はい。ドラグギルディのツインテール属性のことでしょうか?」

「ええ」

 問いかけたのは母、未春だった。

「ほら、ドラグギルディのツインテール属性の属性玉(エレメーラオーブ)でテイルギアをパワーアップ、とかできないのかしら?」

「残念ですが、属性玉変換機構(エレメリーション)でツインテール属性を使用するのは危険なんです。本来、同種の属性力(エレメーラ)を共鳴させるのは、強大な力を生み出すことができるものの非常に不安定で、ともすれば暴走する可能性すらあります」

「テイルギアの説明の中に、ギアの(コア)と装着者のツインテール属性を共鳴させてる、ってものがなかったかしら?」

「あります。これは、ひとつを装甲の生成、もうひとつはその制御という別々の役割にすることで、その問題をクリアしてるんです」

「なるほどね」

「まあ、そんなわけです。確かに、暴走せずに使えれば、大きな戦力になるのは間違いないのですが、少なくとも現状では無理です」

「二倍に掛け合わせるのってお約束だと思ったけど、いろいろと難しいのね」

「ってなんで当たり前のように交ざってんだよ、母さん!? しかもそんな恰好で!」

 残念そうに言う母に、総二は思わずツッコミを入れた。

 母の服装、と言うより衣装は、自作らしきボンデージ風の衣装にマントをつけた、悪の女幹部のような恰好だった。どうにか視界に入れないようにしていたのだが、とうとう我慢できなくなったのだ。

 現在進行形で中二病にかかっており、トゥアール発案の地下基地建造に喜んでOKを出した未春は、なにかとその地下基地に顔を出す。顔を出すというか、日課というレベルで来る。

 まあまあ、とトゥアールが総二を宥めてきた。その彼女も、なぜか普段とは違う恰好になっていた。いつも以上に露出の多い黒いボンデージ風の服、というか水着っぽいものに、棘の付いた肩当て、ファンタジー作品においてビキニアーマーと呼ばれる衣装の上にマントを羽織っており、さながら悪の女魔導士――見本――といった風情だった。マントの上にいつもの白衣をさらに羽織っているため、かなりシュールな絵になっているが。

 トゥアールが、顔をキリッとさせた。

「総二様。闘う者だけでは視野が狭くなりがちです。日常の象徴であるお義母(かあ)様の意見を(たまわ)ることで、思いがけないアイディアが浮かぶかもしれません」

「すでにそのコスプレ自体が非日常極まりないだろうがあああああああ!!」

 母のコスプレが日常になっている一般家庭など、どこにあるというのか。

 叫んだあと、肩を落としてため息をつくと、絞り出すように言葉を吐き出した。

「関係ない母さんを、これ以上巻きこみたくないんだよ」

「関係あるわ。お腹を痛めて産んだ我が子が、世界を守るヒーローなんですもの」

「その世界を守るヒーローのお腹が、躰の中からチクチク刺されているような痛みに襲われているんですけど、原因に心当たりはありませんか母上様!?」

 お腹というか胃が痛い。体内に侵入してきた怪人に中から攻撃されてるかのように痛い。あっちは心臓だが。

「――――」

 自分でもよくわからない例えを思い浮かべたあと、総二は頭を抱えた。

 十五歳、いわゆる思春期の子供にとって、三十六歳の母親のノリノリのコスプレを見せつけられるなど、よほど特殊な趣味を持った者でもなければ罰ゲーム以外のなにものでもないだろうと思う。正直、非行に走っても文句は言われないだろう、というかむしろ同情すらされそうな気がした。

「でも、もったいないじゃない。あんなに強敵だったんなら、必ずなにかの役に立つと思うし、総ちゃんたちの友だちだったんでしょ?」

「――――ああ」

 返事は、少し遅れた。ブルーも、わずかに躰を身じろぎさせた気がした。

 母は優しく微笑むと、労わるように言葉を続けた。

「ドラグギルディもきっと、総ちゃんたちの力になりたい、って思ってる気がするの。友だちの力になりたいって思うのって、普通のことでしょ?」

「母さん」

 母の言葉に、少し心が軽くなった気がした。誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。普段はチャランポランな人ではあるが、こういう時の母の言葉は、不思議と心を打つものがあった。

「それに、総ちゃんと愛香ちゃんのはじめての共同作業だしね。あんなことになって大変だったとは思うけど、きっと二人のいい思い出になるわ。最後の二人の合体なんて、母さん感動して泣いちゃった。総ちゃん成長したなあ、って」

「なんだか別のことに聞こえるからやめろおおおおおおお!!」

 ニヤニヤしながら、総二といまだ机に突っ伏したままのブルーを見て言われた言葉に、総二は絶叫した。確かにツインテイルズとしてはじめての『共同作業』だし、ドラグギルディへの最後の一撃は二人の『合体』というか同時攻撃だが、なにか別のことに聞こえ、恥ずかしさで躰が熱くなった。

「くっ、まだです。まだ童貞は奪われていません。まだチャンスはありますっ!」

 ハンカチではなくマントの端を口に咥え、悔しそうに歯噛みしながら、トゥアールが自分に言い聞かせるように呟いていた。

 

 ひとつ息をついたあと、そういえば、と総二は母の方に顔をむけた。

「って、なんで母さん、ドラグギルディとのことを知ってるんだ?」

「ああ、それね。トゥアールちゃんからその時の映像を見せて貰ったのよ」

「あー、それでか」

 返された言葉に納得する。いったいどれぐらい記録されているんだろうと思ったが、いまは置いておく。

「確かに、ドラグギルディの力を借りれるんなら助かるけど、属性玉変換機構(エレメリーション)で使えないんじゃどうしようもなくないか?」

「うーん。そうですね」

「そうねえ」

 総二の言葉に、トゥアールと母が悩まし気に唸った。

 あれほどにツインテールを愛したドラグギルディの属性玉(エレメーラオーブ)の純度が低いことなど、あり得るわけもない。だが、使い道が問題だった。

 あっ、と母が思いついたように声を上げた。

「ねえ、トゥアールちゃん。その属性玉(エレメーラオーブ)(コア)にして、もうひとつテイルギアを作るっていうのはどう?」

 一般人の視点から出る提案だろうか、と思いつつ、総二はその言葉に頭を抱えた。

「母さん。まさか自分がテイルギアを装着して闘おうなんて」

「心配しなくても、母さんにはツインテール属性がないでしょ、総ちゃん」

「まあ、そうだけど」

 世界を守るヒロインになるのが夢だった、などという話を聞いているのだ。いろいろと心配になる。というか母も変身して一緒に闘うなどということになったら、いろんな意味で胃がヤバい。

 母が、優しい眼で総二に微笑んだ。

「それにね、母さんは確かに昔、ヒーローに憧れていたけど、いまはヒーローの母、観束未春なの。母さんは総ちゃんの母親だってだけで、充分幸せなの」

「母さん」

 さっきとは違った温かさが胸に広がり、総二はなにも言えなくなった。母の恰好を見て現実に帰り、別の意味でなにも言えなくなったが。

 今日何度目になるかわからないが、総二は(かぶり)を振った。気を取り直し、母の提案を改めて考える。

「でも、そうだな。仲間が増えてくれるのは心強いかな」

 三人もいるのだ、という思いに嘘はないが、それでも仲間が増えてくれるに越したことはないとも思う。

 総二の言葉に、トゥアールが少し考えこむそぶりを見せた。

「確かに、そうかもしれませんね。お二人の力を信じていないわけではありませんが、アルティメギルの戦力を考えると、単純な戦力増強も必要かと思いますし」

 これ以上、誰かを巻きこむのか、という思いは確かにある。トゥアールもそう思っているのだろう、どこか口調は重かった。しかし、言葉の前に一瞬だけ口の端の涎を拭り、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべたように見えたのは、気のせいだろうか。

「そーじ」

「ん、どうした、愛香?」

 いつの間にか顔を上げていたブルーから声をかけられ、問い返す。

 彼女は、なにか言いたげに口を開きかけては、なにも言わずに口を閉じるということをくり返していた。

 心配そうな彼女の様子に、ふっと思い当たることがあった。

 微笑みながら優しく語りかける。

「愛香。俺の一番好きなツインテールは、おまえのツインテールだ。誰がツインテイルズに入ったって、それだけは変わらない。信じてくれないか」

「うん。そーじのことは信じてる。けど」

「愛香」

 自分を信じ切れていない、ということなのだろうか。なんと言ったらいいのかわからず、総二が口ごもったところで、トゥアールが口を開いた。気を遣ってくれたのか、普段より明るい調子だった。

「どちらにしても、テイルギアの予備を作っておくのは悪くないと思います。特に愛香さんのギアは年季が入ってますし、新調も考えるべきかもしれません」

「別にいいわよ、これで。デザインはともかく」

 ブルーもトゥアールの気遣いを感じたのか、左腕――噛んだりしたせいか左腕に唾液がついている――を軽く叩きながら、さっきより明るく返事をした。最後にボソッと呟かれた言葉に彼女の複雑な思いを感じたりもしたが。

 ブルーの言葉に、トゥアールが苦笑した。

「いえ、というかですね、属性玉(エレメーラオーブ)を使ったハイブリッド技術を試してみたいんですよ」

『ハイブリッド?』

「はい」

 トゥアールの言葉に総二とブルーが揃わせて聞き返すと、彼女はコンソールパネルに設計図らしきものを表示させた。

 総二には難しすぎて理解しきれないが、テイルブレスと属性玉(エレメーラオーブ)が結ばれていることに、なにか象徴のようなものを感じた。

「総二様のテイルギアは、装着すると幼女化しますよね。でも別に、私の幼女属性が組みこまれているとか、そういうわけではないんです」

「あんた確か、私の趣味ですって言ってなかったっけ?」

「趣味であることは間違いありませんよ?」

『ああ、うん』

 ブルーの言葉にさらっと返されたトゥアールの言葉に、総二とブルーは揃って納得した。

「話を続けますと、どうして幼女化するのか、原理はいまだにわかりません。でも、この偶然を必然にすることもできるんじゃないか、って思ったんです」

「えーと、つまり、属性力(エレメーラ)の掛け合わせを人工的に再現する、ってことか?」

「はい。属性玉変換機構(エレメリーション)で使うことはできなくても、さっきの巨乳属性(ラージバスト)をうまく新しいテイルギアに組みこめば、装着者の身体変化には作用するかもしれません」

「っ!」

 ブルーの瞳とツインテールに、輝きが戻った。

「じゃあ、巨乳に変身できるテイルギアが作れるの!?」

「まだ研究段階ですので、はっきりとは言えませんが、可能性はあります」

 トゥアールの言葉が終わるか終わらないかというタイミングでブルーが、どうやったのかわからないが座ったままの姿勢で高く跳躍した。彼女は空中で変身を解除してトゥアールの前に着地すると、両手を胸の前で組み、祈るように見つめ、懇願をはじめた

「お願い、トゥアールッ。完成したらそのテイルギア、あたしにちょうだい!!」

「いまので充分ってさっき言ったじゃないですか!!」

「新しいのができるんなら話は別よ! このテイルギア、起動する時コーホーって音が鳴るし、計算する時カチャカチャ音がうるさいし、三十分過ぎるとオーバーヒートするし、バージョンアップができないなら早めに交換しないと!!」

 どこの戦闘(ファイティング)コンピューターなんだ。氷の精神で闘っていそうな愛香の言葉を聞いて、そんなわけのわからないことが頭に浮かぶと同時に、それはもとの持ち主に失礼だろうと総二は思った。トゥアールの顔を(うかが)うと、彼女は満面の笑みを浮かべていた。なにやら邪悪なものを感じた。

「そうですか~、欲しいんですか~」

 また惨劇が起こるのだろうか。楽しそうなトゥアールの声に、総二はそう考えざるを得なかった。

 トゥアールが愛香の貧乳を(いじ)るたびに起こる、愛香の容赦なき蛮獄殺を思い出す。総二と愛香の触れ合いを邪魔された時は、愛香はそこまで苛烈な攻撃をすることはない。いや常人に行えばスプラッター間違いなしな攻撃ばかりなのだが。

 それはともかく、貧乳を弄られた時の攻撃の凄まじさは、その比ではないのだ。そしてそれは総二にも止められない。

 それは、トゥアールもわかっているはずだ。それなのになぜ、貧乳を弄るのをやめようとしないのだろうか。

「ほーっほっほっほっほっほ!」

 総二がため息をついたところで、トゥアールが高笑いを上げた。なんとなく、悪の女魔導士――見本――がやりそうな笑い方に思えた。

「それじゃあ、まずはいままでの非礼を詫びて猛虎落地勢、もとい土下座でもしてもらいましょうか。その次に地面に這いつくばって、私を様付けで敬うように」

「トゥアール様っ、いままですみませんでした!!」

『っ!?』

 なんのためらいも見せずに愛香が、叫びとともに猛虎落地勢、もとい土下座をした。信じられない光景に総二とトゥアールが目を剥くと、愛香はやはりなんの逡巡も見せず、四肢を投げ出して床に這いつくばった。

「ヒイイイイイイイイッ!? 蛮族が平身低頭!? どころかほんとうに這いつくばるなんて!?」

 困惑と恐怖が全面的に出てしまっているトゥアールの叫びに、総二も茫然としながら内心で同意してしまう。そこまでして愛香は、胸が欲しいのか。

「や、や、やめてください、愛香さんっ、頭を上げてください! どうせあとで仕返しするつもりでしょう!?」

 怯えているのだろう、トゥアールの声は震えていた。それも無理もない、と総二はやはり茫然としながら思った。

 愛香が、這いつくばったまま顔を上げた。

「っ!?」

「お願い、しますっ」

「け、血涙っ!?」

 慟哭(どうこく)。そうとしか言いようのないものだった。愛香にとって決して頭を下げたくないはずの、ライバルと見ているトゥアールに対し、愛香は神に縋るかのように懇願していた。

「愛香。おまえ、そこまでして巨乳にっ」

「あたしの最大の欠点は、胸がないこと! 母性の証があたしには備わっていない!!」

「う、ううん?」

 愛香の叫びに、総二は困惑の声を洩らした。

 別に胸がなくとも母性は備わっている女性はいるだろうし、愛香の胸に抱かれている時に安らぎを感じていた総二としては、戸惑うしかなかった。

「女は誰だって胸が欲しいのよっ。スカした顔して、別に胸なんてどーでもいいし、とかほざいてる女だってね、ちょっと胸ぐら掴んで軽く揺さぶってやれば、やっぱ欲しいです、って本音が出るんだからね!?」

「なんでそんな具体的なんだよ!? やったことあるのか!?」

「総二様」

 なんだかいろいろとこわい想像が頭に浮かび、総二が大声でツッコミを入れたところで、トゥアールが首を振り、真顔で語りかけてきた。

「総二様。愛香さんの言葉はすべて否定して生きていたい、がモットーの私ですが」

「いや、なかなかヒドイな、そのモットー」

「私ですが」

 トゥアールの言葉に思わず総二が感想を洩らすが、気にしないでくださいとばかりに彼女は言葉を続ける。

「これに関しては同感です。胸がどうでもいい女なんていません。毎日が一喜一憂、人生の命題。女にとってはそういうものです」

「そ、そんなに――」

 なんと言っていいのかわからず、総二はそんな言葉しか返せなかった。

 静かな、しかしとてつもなく強い意志を感じさせる愛香の声が聞こえた。

「もし巨乳になれるのなら、大いなる意思をも滅ぼすわ」

「そんな理由で滅ぼされたらさすがにたまったもんじゃねえだろ。それがなにかはわからんけど」

「ああ、胸が欲しい。胸が」

「――――」

 切々とした愛香の言葉に、総二は天を仰いだ。

 これは、巨乳を求める乾いた魂、という声が聞こえた気がした。なんだかもう、悪魔とかと融合してでも乳が欲しそうなほどに思えた。

 なぜ神は、いや大いなる意思は、愛香にもうちょっとだけでも胸を与えてくれなかったのだろうか。そうすれば滅ぼされずに済んだだろうに。どこかの堕天使長もびっくりだろう、とよくわからないことが頭に浮かんだ。

「愛香さん」

 トゥアールが(ひざまず)き、愛香の肩にそっと手を置いた。

「わかりました。その願い、聞き届けましょう」

「トゥアール様!」

 感極まったように、愛香がトゥアールの腰に抱き着いた。胸ではなく腰なあたり、やはり巨乳に対する思いは複雑なものがあるようだった。

 口の端だけ上げたニヒルな笑顔で、トゥアールが言葉を紡ぐ。

「フッ、敵に塩を送るとは、私もとんだ甘ちゃんですね」

「ありがとうっ、ありがとうございます、トゥアール様っ。この御恩は一生忘れません!」

「いいんですよ、愛香さん。私たちは友だちじゃないですか」

 満面の笑顔で礼を言う愛香に、トゥアールも満面の笑顔で返した。

 いろいろ複雑な思いはあっても、どれだけ喧嘩しても、やっぱり愛香とトゥアールは親友なんだな、と総二は思った。

 腰に抱き着く愛香を邪悪な笑顔で見下ろしたトゥアールに、一抹(いちまつ)の不安を感じながら。

 

 

*******

 

 

 キーボードを軽やかにタッチする音が、ツインテール部の室内に響いていた。

 音の出どころは、トゥアールが新型テイルギアの設計を行っているノートパソコンからだ。

 制服の上に白衣を羽織り、淀みなく作業する彼女の姿に総二は、はじめて出会った時の神秘的な姿を思い出した。そういえば最初見た時だけは、そんな印象だったんだよなあ、といろいろと残念な思いを多少なりとも抱きながら、トゥアールの作業する姿を見続ける。

 明日からまた連休になるな、と総二はふっと思った。

「テイルギアが完成するまでどれぐらいかかるんだ、トゥアール?」

「そうですね。新しい機能を組み込むため、基礎設計からやり直す必要がありますので、ゴールデンウィーク明け、といったところでしょうか」

「そうか。――――無理する必要はないからさ、ゆっくりでいいよ?」

「総二様、声に、そこはかとなく元気がありませんよ?」

「うっ」

 内心愕然としつつ、平静を装って言ったつもりだったのだが、お見通しだったのだろう、トゥアールは苦笑していた。

「別に総二様たちまで無理する必要はありませんし、せめて愛香さんのツインテールを触るぐらい、いいのでは?」

「いや、我慢するよ。トゥアールが頑張ってるのに、そういうことはしたくない」

 一瞬、彼女の言葉に頷きそうになったが、さすがにこの状況でチャンスがどうこう言うのは酷すぎるだろうと思う。愛香とも話して決めたことだ。新型のテイルギアができるまで、勝負はお預けにしよう、と。彼女もまたそう思っていたのだろう、素直に頷いてくれた。

 なんだか惑わされているというか、主旨がずれているような気がするが、きっと気のせいだろう。

 フフッ、とトゥアールが楽しそうに笑った。

「まったく。律義ですよね、二人とも。でも、ありがとうございます」

 どこか申し訳ないような響きがあったように感じたが、彼女はそこで喋るのをやめると、再び作業に集中しはじめた。さっきより早くなったような気がした。

 総二も椅子に座り直し、テイルギアができあがるまでの時間の意味を考える。

 あの広大な地下基地をひと晩で造り、この部室の改造を一時間もかからずに終わらせられるトゥアールが、何日もの時間をかけてやっと作り上げるテイルギア。ほんとうにとてつもないものなんだな、と総二は改めて思った。

 そして、彼女が人々の属性力(エレメーラ)を守るために遣っていた青のテイルギアと、彼女が大切にしていたツインテール属性を(コア)に作られた、赤のテイルギア。その二つを託されたことに重いものを感じながらも、きっとその信頼に応えてみせる、と再び強く思い定めた。

「あ、総二様」

「ん?」

 ふとトゥアールが、楽しそうに語りかけてきた。

「今日は疲れて無防備に倒れる予定なので、その時はよろしくお願いしますねっ。疲れのためにいろいろとはだけているはずですので、いろいろよろしくお願いします!」

「いや、だから無理するなと」

「トゥアール様、お茶です」

 頭を押さえながら総二が言葉を返したところで、愛香がティーカップをトレイに載せて運んで来た。躰の芯がまったくぶれない、いまさらながら見事な動きである。

 トゥアールが笑みを浮かべ、愛香の方を見た。

「はい。ご苦労様です」

「あたしのために貴重な連休を潰していただき、誠に申し訳ございません」

「いいんですよー。大事な友だちの、ひいては総二様のためであり、世界のためですからね」

 労いの言葉に、愛香がなんの感情も感じられない抑揚のない返事をすると、トゥアールがティーカップに口をつけた。飲んだかどうかも判断できないほどわずかにカップを傾かせると、すぐにトゥアールは愛香の持ったトレイにティーカップを戻した。

「なにか盛られていたら困りますので、このお茶は愛香さんが飲んでください」

「は、い。わかりました、トゥアール様」

 トゥアールの言葉を受けた愛香が、部屋の隅に(しつら)えてある、茶道具を並べてある机の方に戻っていく。

 なんだかんだでなにかと攻撃されていることへの仕返しなのか、なかなか地味な嫌がらせをトゥアールは行っていた。そして愛香は、なにを言われても、なにをやらされても、ただ笑顔で唯々諾々(いいだくだく)と従っていた。

「そういえば総二様、ツインテイルズの食玩が発売されてきてるんですけど、ちょっとこれを見ていただけませんか」

 そう言ってトゥアールが表示させたパソコンの画面に、眼をむける。

「全部で九種類。内、テイルブルーとテイルレッドが四種類ずつに、シークレットでテイルブルーが以前着ていたギアのものがひとつです」

「ツインテールの作りこみが甘いな。躍動感が足りない。一番力を入れなきゃならない部分だろうに」

 ちょっと待っててください。本物のツインテールをお見せしますよ、などとなぜか頭に浮かんだが、それも仕方ないだろうと思う。自分たちツインテイルズの最大の魅力は、ツインテールのはずだ。そこに力を入れないでどうするのか。

「それで、これがどうしたんだ?」

「ええ。テイルブルーの造形を見てください」

「ん?」

 促され、テイルブルーフィギュアの造形をまじまじと見つめる。

 ツインテールの作りこみは、やはり甘い。

 尻を見たところで、先日揉みしだいた愛香のお尻の感触を思い出した。

「っ」

 顔が熱くなり、ほかの箇所に眼をむける。なんとなく首に視線が行き、吸い付いた時の思い出した。

 慌てて視線を背中に移すと、やはり背中にキスした時のことを思い出してしまい、顔も躰も熱くなり続ける。

「ツインテールはともかく、デザイナーはなかなかいい仕事してますね~」

「あ、ああ、そうかもなっ」

 なんだか骨董品とかを鑑定するようなノリを思い出したがそれはともかく、トゥアールの楽しそうな声に慌てて返すと、彼女はその調子のまま声を上げた。

「ええ、見てくださいよ、この胸! いっそ美しさすら感じられる見事な直線です! 安易に膨らませることを良しとせず、あるがままを表現したすばらしいデザインです!!」

「――――」

 トゥアールの言葉に、総二はチラッと愛香の顔を見た。

 愛香は、笑顔のままだった。ただ、その笑顔に似つかわしくない、息苦しさすら感じるほどの、凄まじい気が(ほとばし)っているように思えた。ツインテールが逆立ち、バチバチというスパークが躰の周囲に見えそうな気すらした。

 ひょっとしたらトゥアールは、心臓に毒薬入りの指輪を埋めこまれて余命一ヶ月になっており、それを知っているためにこんなことをしているのではないだろうか。

 そうでなければこんな、自ら高度数百メートルの高さの崖にむかって全力疾走するような、自殺まがいのことはできないだろう。

 カタカタと、なにかが鳴っている気がした。

 総二自身から、その音が鳴っていることに、少しして気づいた。

 歯の根が合わず、躰が震えていた。

「そーじ?」

「っ」

 総二を見て首を傾げた愛香が、ああ、と納得する様子を見せ、手をパタパタと振った。

「なに震えてんのよ、もうっ。別にこれぐらいなんでもないわよ。あたしだってトゥアールにいろいろしてきたしね。まあ、罪滅ぼしよ」

 そう言って愛香は深呼吸すると、口の端だけ持ち上げる笑顔を作った。しかし眼は笑っておらず、暗く濁った光があるように見えた。

「なにより、胸が大きくなれるって思えば、この程度のこと、なんてことないわ」

 笑顔というものは本来、威嚇するためのものだと聞いたことがある。

 愛香の笑顔と、その時のツインテールは、総二に安らぎをもたらしてくれるものだ。しかしいまの笑顔からは、その美しいツインテールと併せても落ち着けそうにない、圧倒的プレッシャーがあった。

 もし、ここまで我慢していながら、結局巨乳になれなかったら。

 不意にそんなことが頭に浮かび、背筋が震えあがった。

 奇跡よ。奇跡じゃなくてもいい。それに代わるなにかがあるのなら、起こってくれ。頼む。

 いままで生きてきた中で、これ以上ないほど真摯に、総二はなにかに祈りを捧げた。

 

 




  
イチャイチャはあまり増やせず、文章の修正とかが主に。流れ的にしょうがないけど、もっとイチャイチャさせたい。修正が終わったらイチャイチャさせるのだ、と頑張る。

エレメーラオーブの効果ですが、ある程度独自解釈の部分があります。ご了承ください。
 


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2-9 手を取り合って

 
二〇一七年四月三十日 修正
 


 ゴールデンウィークと称される大型連休が終わり、総二たちは地下基地のコンソールルームに集まった。

 連休の間、エレメリアンは一度も現れることなく、世の中は平和なものであった。世の中は。

 なぜ自分の告白の妨害には、タイミング悪く現れるというのに、待っている時には現れてくれないのか。勝手ながらも、総二はそんなことを思ってしまった。一度でも出て来てくれたなら、ここ最近の愛香から感じる(そら)恐ろしいほどのプレッシャーも、少しぐらいは(やわ)らいだかもしれないのにと。エレメリアンには申し訳ないが、ストレス解消的な意味で。

 待っていたのは、エレメリアンの出現だけではなく、連休が早く終わることもだった。

 正確に言うと、連休が終わること自体を望んでいたわけではなく、連休が終わるあたりで完成する予定の、三つめのテイルブレスを待っていた。

 それによる愛香との触れ合いの再開も理由のひとつではあるがそれ以上に、日に日に愛香から、怒りやら殺気やら、そんな不穏な気配がどんどん強くなっているように感じられるのだ。トゥアールにこき使われていることが原因なのだろうことは想像に(かた)くなく、完成が遠くなればなるほど、それが残念な結果になってしまった時、愛香がどれほどの惨劇をもたらすのか、総二は気が気でなかった。

 頼む、うまくいってくれ。そうやって毎朝毎晩、なにかに祈りを捧げ続けていた。これほどまでに真剣に祈ったのは、やはり生まれてはじめてだった。

 ただ祈っていたわけではない。総二なりに、愛香のストレスを和らげることを狙って、彼女との組み手も行っていた。汗をかけば、ちょっとはスッキリするだろうと思ってのことだ。

 もちろんそれだけが狙いではなく、総二自身の戦闘技能向上も大きな理由だ。普段の状態では愛香の家の道場を使って、時には変身した状態で、地下基地にある訓練場を使って模擬戦を行ったりしていたのだ。

 結果として、狙いの半分は果たされたと思う。エレメリアンとの実戦を行ったわけではないのではっきりとは言えないが、愛香の動きは前より見えるようになっていたし、対応もできるようになってきた。いままでずっと修練を重ねてきた愛香が本気を出したら、それなりのブランクがある総二が敵うものでもないのだが、それでも前よりは強くなったと思いたい。まあ残像をまとって動くなどという、肉体的に人類の限界突破をしてるようにすら思える愛香には、ブランクがあろうとなかろうと勝てる気がしないでもなくもないが、その辺は深く考えず、強くなることだけを考える。

 それはともあれ、理由のもう半分である、愛香のストレスを和らげるという方は、失敗した。いや、汗をかかせるぐらいには激しい組み手をしていたのだが、それが、ある意味では失敗だった。

 汗をかき、軽く肩で息をし、上気してほんのりと赤く染まった愛香の姿を見て、押し倒しそうになったのは一度や二度ではない。愛香も同じだったのだろう、総二を見て、ボッと顔をさらに赤くしていたことが何度もあった。

 しかし、勝負は一旦おあずけにしようと誓った手前、ほんとうに押し倒すわけにはいかない。実はやりそうになった時もあったが、その時は、これが私のライフワークですとばかりにいつも通りトゥアールが乱入し、阻止された。誓った手前、邪魔されたことに対して文句を言う気はないが、それはそれとして愛香のストレスは溜まっていく。他人には言えないが総二も、欲望的なものが溜まっていく。

 とにかく連休は終わり、予定通りテイルブレスが完成した。

 ドラグギルディの属性玉(エレメーラオーブ)、ツインテール属性を(コア)とした、三つめのテイルギアが。

「ついに、ついに完成したんですね、トゥアール様っ。巨乳ブレスが!!」

(コア)属性力(エレメーラ)変わってるぞ、おい!?」

 浮かれまくった愛香の言葉に、総二は思わずツッコミを入れた。よほど嬉しいのか、地下基地のコンソールルームが普段より熱く感じられるほど、彼女から熱気を感じた。

 まあ確かに、我慢に我慢を重ね、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の念で待ち望んだ瞬間であることを考えれば、愛香の喜びようはわかる。それだけに、うまくいかなかった場合どうなってしまうのだろうか、という不安が総二の頭から離れなかった。

 さわやかな笑顔を浮かべたトゥアールが、鮮やかな黄色の腕輪、テイルブレスを愛香に差し出した。

「さあ、愛香さん。どうぞ、これを。御所望(ごしょもう)のテイルブレスです」

「うん!」

 笑顔のトゥアールに愛香も満面の笑顔で返し、受け取った。どちらもいい笑顔のはずなのに、トゥアールからは邪悪さを、愛香からは異様なこわさを感じた。

 青のテイルブレスをはずし、黄のテイルブレスを右手首に()めた愛香が、笑顔のまま総二にむき直った。こちらにむけられる笑顔からは、こわさは感じなかった。

「そーじ、見ててね!」

「お、おう」

「ちゃんと見ててね。あたしが巨乳になるところ!」

「わ、わかってるって」

 嬉しそうな愛香はよく見れるが、こんなにはしゃいでいる愛香は珍しかった。

 得した気分にはなったものの、不安が胸に居座り続ける総二は、引きつった笑顔を返すことしかできなかった。

 愛香が、右腕を高々と掲げた。

「テイル・オン!!」

 力強い愛香の声が、室内に響いた。

「――――」

「――――あれ?」

「え?」

 響いただけだった。

 嫌な予感が的中した総二はなにも言えず、愛香とトゥアールは不思議そうな声を洩らし、眼を(しばたた)かせていた。

 再び愛香が腕を掲げ、さっきよりも強く声を張り上げた。

「テイルッ、オーンッ!!」

 しかしなにも起こらなかった。

 まばゆい光が降り(そそ)いだり、笑う大魔神が現れたり、あやしい霧が立ちこめたりといったこともなかった。

 ただ、変身に失敗しているというよりは、テイルブレスが反応しているように見えなかった。

「どうしてっ、どうして変身できないのよ!?」

 ブンブンブンと腕を振り回し、泣きそうになっていた愛香が、トゥアールに顔をむけた。

「トゥアールッ、このギア、失敗作じゃないの!?」

「そんなはずありませんっ。変身だけは、絶対にできるはずです!!」

「じゃ、じゃあ、どうしてよぉ――」

 自分でも納得がいかない様子のトゥアールの言葉に、愛香がその場に力なくへたりこんだ。その瞳は、いまにも泣き出しそうに潤んでいた。

 さっきのトゥアールの言葉に多少引っかかるものはあったが、いまはどうでもいい。

 嫌な予感が的中してしまったことに総二は天を仰ぐと、祈りを捧げていたなにかに心の中で恨み言を言い、愛香にむき直った。

 ここからは自分の役目だ。そう考えると総二は、愛香に近づいてしゃがみこみ、優しく抱き締めた。

「そーじ?」

 不思議そうな愛香の声に総二はなにも応えず、彼女の背をぽんぽんと優しく叩いた。

「っ」

 愛香は顔を総二の胸に押し付け、声もなく泣きはじめた。

 彼女の背中を、時に頭やツインテールを優しく撫で、愛香がちょっとずつ落ち着きはじめたところで、総二はトゥアールに顔をむけた。

「なあ、トゥアール。もしかして、最初に使ったブレス以外は使えない、ってことはないか?」

「いえ、無理やり奪われないようにセキュリティは組みこまれていますが、そもそも世界最高レベルのツインテール属性がなければ変身できません。本人以外に使えないようにするセーフティの類は意味がないので、もともとつけていないんです」

「そうか」

「一応、総二様も使ってみますか?」

 トゥアールの答えに落胆しながら総二が返事をすると、彼女は遠慮がちに問いかけてきた。

 その言葉に、自分が身に着けている赤のテイルブレスを見やる。

「あっ」

 ふっと頭に、心に浮かぶものがあった。同時に、なぜ愛香が変身できなかったのか、わかった気がした。

 愛香の手を取り、彼女が持ったままだった青のテイルブレスに触れる。不思議そうに見つめてくる愛香に微笑むと、トゥアールに顔をむけた。

「いや、せっかくだけど、俺はこれでいいよ」

「愛香さんに、遠慮してらっしゃるんですか?」

 ひょっとしたら、幼女にならずに済むようになるかもしれませんよ、と続けられ、総二は苦笑した。

「いや、遠慮してるってわけじゃない。まあ、幼女にならずに済むかもしれないってのは魅力的だと思うけど」

 そこで言葉を切ると、総二はテイルブレスを嵌めた右腕を掲げた。

「でも俺は、これがいい。トゥアールのツインテール属性と想いを託された、このテイルブレスが。大切な、ツインテールと、愛香を守ることができた、一緒に闘いを乗り越えてきた俺の相棒。だから俺は、これがいい。これで闘っていきたいんだ」

「総二様」

 トゥアールが、ハッとした様子で声を洩らした。

 彼女の瞳を見つめたまま、言葉を続ける。

「だからさ、俺がそのブレスをつけても変身できないんじゃないかって、なんとなく思うんだ。テイルギアは、心に応えるものだからさ。きっと愛香もそう思ってるから、変身できなかったんじゃないかって、俺は思うんだ」

「そーじ」

 愛香とちょっとだけ見つめ合い、彼女の頭をなでると、トゥアールに再び顔をむけた。

「新しいブレスは、いつか必要になった時のためにとっておいてくれ。俺たちは、これで勝ち続けてみせる」

「でも、愛香さんは巨乳になりたかったんじゃ」

「ううん、いいわ。あたしが間違ってた」

「愛香さん?」

 泣いたために眼が赤くなっているが、愛香はすがすがしい笑顔でトゥアールの言葉を遮ると、そのまま言葉を続けた。

「そーじの言う通りよね。トゥアールから託されて、一緒に闘いを乗り越えてきたんだもの。ここでこいつを使わなくなるなんて、薄情ってもんよね。――――ごめんね、トゥアール。あたし、すごく酷いこと言ってた」

「愛香さん」

 愛香の言葉にトゥアールが(かぶり)をふり、沈痛な表情を浮かべた。

「愛香さん。私こそ、ごめんなさい」

「え?」

「私、愛香さんに復讐するつもりだったんです。ほんとうは、身体変化のための属性力(エレメーラ)ハイブリッドなんて、机上の空論でした。ただ単に私は、意気揚々と新しいテイルブレスをつけても全然胸が大きくならない愛香さんを見て、胸が大きくならない? 私にとって愛香さんとの約束は破るためにあるんですよギレラレ~、異世界の技術を用いようが、愛香さんのおっぱいが貧乳であるという真実をごまかすことなんてできないんですよシャババババーッ、って指差して大笑いするつもりだったんです」

「それなら、あたしだってそうよ、トゥアール。目的の物さえいただいたら、あとはもうさんざんこき使ってくれた仕返しに、いままであたしにむけて使ってきたあんたの発明品を下敷きにしたリングの上で、あんたの九つの急所を封じて半殺しならぬ九割八分殺しにしてやろうと思ってたんだもの」

「愛香さん」

「トゥアール」

「――――」

 さわやかな笑顔をむけ合って語られた二人の思惑を聞いて、総二の背中を冷や汗が伝った。

 なにか、とんでもないことを暴露し合っているように思えるのは、気のせいなのだろうか。

 いや、きっと気のせいだ。そうでなければ、こんな、今後の付き合いに間違いなく支障が出るだろう言葉をお互いに聞いて、笑顔になれるわけがない。おそらく、自分の耳か脳がどうかしてしまったのだろう。

 流れる嫌な汗をそのままに眼を泳がせた総二は、必死に自分にそう言い聞かせた。

 

 突然、バイオリンのような弦楽器を奏でた音色が室内に響いた。

 愛香と顔を見合わせ、トゥアールに視線を戻すと、彼女はすでにモニターを確認していた。

 トゥアールの顔が、一気に険しくなる。

「総二様、愛香さん。アルティメギルが現れました」

「いまのってアラーム音か?」

「え?」

「いや、前のとも違うなって思ってさ」

 なんとなく気になり総二が訊くと、トゥアールは不思議そうに眼をパチパチさせた。

 ああ、と得心がいったように、トゥアールが頷いた。

「同じのだけを鳴らすのも芸がない気がしたので、いくつかパターンを作ってみました。もっと増やす予定です」

「わかりづれえよ!?」

 総二が叫ぶと、トゥアールが(かぶり)を振った。

「総二様。殺伐とした闘いの日々でも、いえ、だからこそ遊び心を、余裕をなくしてはいけません。それをなくしてしまったら人は、ただ闘うためだけのマシーンになってしまいます」

「闘う前の緊張感までなくしてどうする!?」

「確認したエレメリアンの反応は二体。それもおそらく、属性力(エレメーラ)の強さから推察されるに、ドラグギルディのような幹部クラスかと思われます!」

「おおい!?」

 総二が声を上げるが、トゥアールはやはり気にせずに報告してくる。

 いまのバイオリンのような音ならともかく、この間の陽気なトゥアールの台詞などが流れた日には、闘う前に気力が奪われかねない。いろいろと頭が痛くなってきた。

「――――」

 そう思いながらも、エレメリアン、それも幹部級の相手が出てきた以上、気にしている場合ではない、と大きく息をつき、総二は気持ちを切り替えた。

 いまだ抱き締めたままだった愛香と視線を合わせ、笑みを浮かべた。

「愛香。行けるな?」

「とーぜんでしょ?」

 総二の問い、いや確認の言葉に、愛香が不敵な笑みとともに答えてくる。おそらく、いまの自分も、同じような笑みだろう。

 二人で一緒に立ち上がる。

 総二と愛香が二人掛かりで挑み、紙一重で勝利をなんとかもぎ取ったドラグギルディ。そのドラグギルディ並みの属性力(エレメーラ)を持ったエレメリアンが、二体同時。

 絶望的であるはずなのに、不思議と負ける気がしなかった。

『テイル・オン!』

 高揚に身を任せ、総二は愛香とともにテイルブレスをつけた腕を胸の前にかざし、同時に変身する。

 愛香と、テイルブルーと並び、二人でトゥアールにむき直った。

「じゃあ、行ってくるよ、トゥアール」

「とりあえず、勝ってくるわね」

「今夜は祝勝会でも開きましょうか。総二様、愛香さん、ご武運を!」

 トゥアールの言葉に力強く頷き、レッドたちは基地の通路を駆け出した。

 必ず勝つ。胸にあるのは、その決意だけだった。

 

 

 戦場にむかうブルーの胸に恐怖はなかった。あるのは、必ず勝つという強い思い。そして、温かな安心感だった。

 ドラグギルディは、底知れない強さを持っていた。もう一度闘ったとしても、はっきり勝てるとは言い切れない。いや最後のドラグギルディの剣から感じた、迷いとも呼べないほどのほんのわずかな揺らぎがなかったら、負けていたのはこちらだっただろう。あれがなかったら、ブルーのオーラピラーは間に合うこともなく、仮に間に合ったとしても、拘束はもっと早く破られ、きっと打ち倒されていた。

 総二ほどはっきりとは言えないが、愛香もドラグギルディに対して奇妙な、友情にも似た思いはあった。

 ツインテールを求めながらも、自らでそれを作り出せない、奪うしかない悲しみ。しかしドラグギルディは、それでも自分はエレメリアンなのだと、誇りを見せ、闘い、散った。

 きっと彼は、愛香たちに敗れることを、心のどこかで望んでいた。総二も、なんとなくそんなことを感じたのだろう。

 それでもそれは、口にしてはいけないことなのだ、と思った。

 ドラグギルディは、エレメリアンとして、武人として、全力で闘った。それだけでいいのだと、不思議と思った。

 いまから闘う相手は、ドラグギルディと同等の属性力(エレメーラ)を持つらしきエレメリアンが、二体同時。ドラグギルディの強さを考えれば、絶望的とも言えるはずだ。

 それでも、恐怖などなかった。

 愛香はいま、ひとりではない。

 いつだって愛香を支え、守ってくれる、いや、ともに支え合い、守り合う、大好きな総二が。

 さっきお互いの心を伝え合った、恋敵(こいがたき)にして親友であるトゥアールが。

 そんな二人が、いてくれる。

 恐怖など、あるわけもなかった。

 二人と過ごす、騒がしくも大事な日々を守るため、総二の愛するツインテールを守るため、彼とともに幸せを掴むために、必ず勝つ。勝ち続けてみせる。

 改めて決意を胸に抱き、ブルーたちは戦場に繋がる光の門に飛びこんだ。

 

「この摩天楼を颯爽(さっそう)闊歩(かっぽ)する、巨乳のツインテールはおらぬかあー!!」

「違う! 私たちは、正しく貧乳のツインテールを求めなければならぬのだ!!」

 

 光の中を駆け抜けた先で聞こえてきた、ヒドすぎる二つの叫びに力が抜けたブルーは、レッドとともに盛大につまずき、その勢いのまま二人で道路を(えぐ)り砕きながら滑っていった。

 

 




 
全体的に文章を整える方向で。
もう少し、あと少し。
 


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2-9U 巨乳対貧乳

 
お待たせしました。

スク水って書いてると、『トリガーハート エグゼリカ』が頭に浮かんでくる。続編出ないかな。無理か。無理だよなあ。

マジンエンペラーG 恰好いいなーってなりました。
チト鉄、イイよね、ってなった同志はいるだろうか。
 


 合流したそれぞれの隊の母艦を連結させたことで、基地と隊の規模は、かなり大きなものとなった。あと残すは、部隊の統合。

 ツインテイルズの強さは、いままでアルティメギルの侵略に立ちむかってきた戦士の中でも最強クラス。いや、最強と言い切ってもいいかもしれない。

 ツインテール属性を拡散させる作戦は、アルティメギルからの技術流出によって、意図的に戦士を作り出させるのが基本だ。しかし、すでに属性力(エレメーラ)の技術がある世界や、あるいはいずこかの世界から渡ってきたのか、技術がない世界にもかかわらず、属性力(エレメーラ)を利用した装備を使う戦士がいる世界などが、時々あった。

 意図的に作り出される戦士の方は、幹部級ならたやすく倒せる程度になるようにするのだが、後者はごく稀に、幹部級でも斃されるほどの戦士が出てくる。アルティメギル最強の一角を謳われるドラグギルディは、そんな戦士たちが相手でも勝利してきた。

 だがツインテイルズは、そのドラグギルディを破ったのだ。

 そんな彼女たちに勝利するためには、全員が一丸となって掛からなければならない。そのために、スパロウギルディも含む各部隊の要人は、基地内の大会議室に集まり、連日にわたって会議を行っていた。

 しかしエレメリアンとは、なにかを愛する心、属性力(エレメーラ)から生まれた存在。相反する属性の者と手を取り合うのは、かなり難しい。部隊の統合という、場合によってはその相手側の下に就くということになれば、面白くない感情が先に立つのも充分にわかることだった。

 それを考えれば、いま目の前で起こっている結論の出ない会議も、仕方ないことなのかもしれない。

「おぬしたちもいい加減呆れ果てていよう、この世界の巨乳属性(ラージバスト)の少なさに」

「そう。大事な己の躰に刃を入れ、手軽に大きくしようという浅ましさが蔓延している。そんな付け焼き刃の乳があるために、巨乳属性(ラージバスト)は生まれぬのだ!」

「だが貧乳属性(スモールバスト)は違うぞっ。小さいからこそ、誇りが生まれる!」

「その通りだ。小さいからこそ愛が生まれるのだ!!」

「なにを言うか。安易な方法で大きくされた贋乳(にせちち)蔓延(はびこ)るからこそ、荒れ地に咲く一輪の花のごとき真の巨乳属性(ラージバスト)が栄えるのではないか!」

「そうだ。稀少だからこそ、巨乳属性(ラージバスト)は美しいのだ。限られた一瞬にこそ万人を魅了する在り方こそが真実(まこと)の巨乳、至高の美!!」

「貧乳で永劫の時を生きたとて、それは彫刻と変わらぬ!!」

「なにいーっ!!」

 部隊統合のための会議ではあるが、リヴァイアギルディの隊とクラーケギルディの隊は両部隊ともに一歩も引かず、それぞれの主張をぶつけていた。

 お互い、自分たちの主張を曲げることはない。しかし同時に、相手の主張を受け止めているようにも見えなかった。ただそれぞれが自分の言いたいことを言っているだけで、会議などと呼べるものではなかった。

「――――」

 周りに気づかれないよう、スパロウギルディはこっそりとため息をついた。

 そっと、リヴァイアギルディとクラーケギルディの姿を見る。ふたりとも、腕組みしたまま眼を閉じ、黙したままだった。ここ最近の『会議』の最中はずっとそうで、両者とも、なにかを()(はか)っているようにも見えた。

「これを見るがいい!」

 リヴァイアギルディの部下が、巨乳の女学生の写真をスクリーンに映し出した。勝利を確信しているような笑みが、その口許(くちもと)にあった。

 クラーケギルディの部下たちが、苛立たし気に唸り声を上げた。

「ぬうう~っ、またも下品な乳を映しおって~っ」

「はんっ、大きさだけしか見れぬとは、視野の狭い連中よ」

「なんだとっ!?」

「この、たすき掛けにされた鞄のベルトが沈みこみ、強調された巨乳。これこそまさに、天と地を創造せし、世界開闢(かいびゃく)の再現!!」

 その通りだっ、と、その言葉にほかのリヴァイアギルディ配下のエレメリアンが、揃って追従した。

「なにを言うかと思えば、世迷言を!」

 それをひと言で切り捨てたクラーケギルディ配下のひとりが、対抗するようにスクリーンを操作した。

 スク水をまとった、貧乳の少女の写真が映し出された。

『っ!』

「見よ、このスク水と貧乳の調和を。巨乳ではこうはいくまい。貧乳だからこそ、あらゆる衣装が()えるのだ!」

 タイガギルディ隊の者たちが目の色を変えたところで、クラーケギルディ隊のエレメリアンが声高らかに叫んだ。タイガギルディ隊はスク水で結託した部隊ではなかったが、いまは亡き隊長が愛し、求め続けたものである。心を揺さぶられて当然と言えた。

 先ほどの巨乳属性(ラージバスト)のエレメリアンが、非難の声を上げた。

「貴様、タイガギルディ殿の隊の者たちを取りこもうというのか。姑息な!」

「違うな。いかなる属性の者も、最後には貧乳属性(スモールバスト)に結実するということよ。大地の果ても、大空も、海のかなたも、すべては平面。平面とは貧乳を表すもの。世界の開闢が巨乳と言ったが、ならばこう返させてもらおう。万物は貧乳に還るのだと!!」」

 反論されたエレメリアンがギリッと歯を食いしばり、立ち上がった。

「もう我慢ならん!」

「面白い、受けて立つぞ!」

 スクリーンを遣ってプレゼンをしたふたりが、言葉ではなく、とうとう躰でぶつかり合いはじめた。それが決壊となり、ほかのエレメリアンたちも(おど)り出る。リヴァイアギルディとクラーケギルディたち本人を除く両部隊の者たちが、激突した。

 スパロウギルディたちドラグギルディ隊と、タイガギルディ隊の者たちはいったん下がりはしたが、どうしたものかと途方に暮れた。皆が皆、この事態を収拾して貰いたそうに、スパロウギルディの方に顔をむけてくる。

 周りのエレメリアンたちの視線を感じながら、スパロウギルディはリヴァイアギルディとクラーケギルディを見た。

「――――?」

 両者とも、ため息をついていた。どこかがっかりしているように見えた。

 ふたりが、同時に眼を開いた。

『っ!?』

 ふたりが眼を開いたと同時に、空気が変わった。動いてはならない、となにかに躰を押さえつけられているような圧迫感が、あたりを支配していた。

 激突していたエレメリアンたちが、いつの間にか動きを止めていた。彼らは躰を震わせながら、それぞれの隊長に恐る恐る顔をむけていく。

『静まれ』

『は――、はっ!!』

 リヴァイアギルディとクラーケギルディが同時に言うと、全員が全員、一瞬の硬直のあと一斉に敬礼し、さっきまで着いていた席に慌てて戻っていった。声は両者とも静かだったが、有無を言わせぬ凄みがあった。

 リヴァイアギルディが、ため息をついた。

「ここまでだな」

「ヒンッ、そのようだな」

 リヴァイアギルディの言葉にクラーケギルディが応じる。やはりどこか、残念そうな響きがあった気がした。

 リヴァイアギルディが、スパロウギルディの方を見た。

「スパロウギルディ」

「は、はっ。なんでございましょう、リヴァイアギルディ様?」

 スパロウギルディが慌てて応じると、リヴァイアギルディは苦々しい顔で口を開いた。

「部隊統合の件は白紙に戻す。俺の隊とクラーケギルディの隊はお互い不干渉とし、個々で制圧を開始する」

「っ、しかしリヴァイアギルディ様。お言葉ではありますが、ツインテイルズはまさしく過去最大の難敵。総力を結集しなければ」

「いや、無理に統合したところで、足並みを揃えられなければ無意味だ。それどころか、いまのままでは互いに足を引っ張り合うだけにしかなるまい」

「クラーケギルディ様」

 スパロウギルディの反論を遮ったクラーケギルディの言葉に、スパロウギルディは心の裡で納得していた。確かにこれでは、統合など夢のまた夢だろう。なにか両部隊が歩み寄るきっかけでもあれば話は別だが、このままでは望むべくもなかった。

 クラーケギルディが(かぶり)を振り、ため息をついた。

「しかし、情けないことだ」

「と申されますと?」

「ちゃんとした議論やぶつかり合いならば私も推奨するが、ただ相手を罵り、否定するだけの言い争いなど、時間の無駄でしかなかろう」

 淡々とした、しかしどこか苦々しさのあるクラーケギルディの言葉に、彼の部下とリヴァイアギルディの部下たちがうつむいた。

「ましてや昨日など、ゲームのキャラを持ち出し、あまつさえそのキャラが、巨乳貧乳どころか男の()キャラということにも気づかぬありさま。もはや乳の問題ですらない。これを情けないと言わずしてなんと言う」

「その通りだな。まさか俺の部下たちが、これほどまでに未熟者揃いだったとは」

 同意したのは、リヴァイアギルディだった。彼もまた、クラーケギルディと似た口振りで、両部隊の者たちはますます縮こまった。

 だが、その苛立ちに似た空気は、ふたりとも部下たちではなく、自分自身にむけられているように思えた。

 ふっとスパロウギルディは、ふたりが衝突するのは、本質が似ているからかもしれない、となんとなく思った。同質で真逆だからこそ、ぶつかるしかないということなのではないだろうか。いがみ合ってはいるが、お互い認め合っているようにも見えた。

 リヴァイアギルディが、気持ちを切り替えるように大きく息をついた。

「ツインテイルズの実力が生半(なまなか)なものでないことなど、俺の腹心であるバッファローギルディをたやすく破った時点で承知している。もっとも、あやつがあそこまで腑抜けだったことに失望もしているがな」

 吐き捨てるようなリヴァイアギルディの言葉だったが、それが本心でないことなど、そのなにかに堪えるように震える股間の触手を見れば、わかる。誰ひとり、クラーケギルディですら、その言葉になにも言おうとしなかった。

「話を戻すぞ」

 空気を変えるように、クラーケギルディが静かに口を開いた。全員の視線が彼に集中するが、クラーケギルディは特に気にした様子もなく言葉を続ける。

「それで、次の出撃だが」

「大変です!」

 そのクラーケギルディの言葉を遮り、ひとりのエレメリアンが血相を変えて飛びこんできた。

 クラーケギルディは眉をひそめながらも、飛びこんできたエレメリアンに落ち着いた様子で問いかけた。

「なにごとか?」

「『処刑人』、ダークグラスパー様が視察に来られるそうです!」

 返された言葉に、空気が一変した。

 部下たちがざわつく中、リヴァイアギルディが静かに訊いた。

「それは確かか?」

「まだ、確定情報ではありませんが、間違いないことかと」

「むう」

「御到着はいつになられるか?」

「いえ、それもはっきりとは」

 続くクラーケギルディの問いに返されたのも、そんな当てにならない言葉だった。

「遥か先の話か、それとも明日にでも姿をお見せになるのか。それとも」

 クラーケギルディが腕組みし、呟いた。

 部隊を持たず、首領の勅命を受けては単身で世界を渡り、ある任を果たす戦士、いや、『処刑人』、あるいは『処刑者』と呼ばれる存在。その任とは、組織の反逆者の処罰だ。

 ツインテールを(かろ)んずることなかれ。それが、アルティメギルにおける最大の掟であり、それを破った者は、すべからく反逆者として処刑されることとなる。今回のように事前に通達が来ることもあれば、秘密()に処理されることもあり、気がつくと隊員が減っていた、という話すらあった。

 一般隊員の間では、恐れられていると同時に、ほんとうにそんな存在がいるのか、と実在を疑われている存在でもあった。馴れ合いや意識の(ゆる)みを引き締めるための、言葉だけがひとり歩きしているだけの存在なのではないのか、と言う者もいた。もしほんとうにいたらと考えてしまえば、うかつなことはできなくなるものだ。それを狙っているのだろうと。そもそも、ツインテール属性とはエレメリアンすべてが愛するもの。それを軽んずる者などいるものか、と。

 幹部、あるいは副官など、部隊をまとめる立場にある者は、それが実在すると知っている。事前通告なしに秘密裏に処理される場合でも、その立場にある者には(のち)ほど報告されるためだ。もっとも、それを上官から部下たちに言うことはないが。

 『処刑人』は何名かいるが、ダークグラスパーは最も新しい『処刑人』である。

 ダークグラスパーとは、彼女とはスパロウギルディも面識があった。

 とある世界で、戦士を破り、属性力(エレメーラ)の刈り取りを行っている時、彼女の方からアルティメギルに交渉を持ちかけてきたのだ。その時の彼女は幼く、なんの力もなかったが、不思議な凄みを感じさせた。なんというか、一時間で六十通それぞれ文面の違う長文メールを送ってきそうな、そんなこわさがあった。なにより、凄まじい力を感じる『眼鏡』を持っていた。

 ドラグギルディがなにを考えていたのかわからないが、彼はその交渉に応じ、彼女を首領と引き合わせた。

 それからしばらく経って、新しい『処刑人』が生まれた。

 それが、『ダークグラスパー』。アルティメギルに属する、ただひとりの人間である。

 そういえば、とふとあることが気にかかった。ダークグラスパーの故郷である世界を守っていた、『トゥアール』という戦士のことだ。大々的に、世界にアピールして闘っていたことから、おそらく本名ではないだろう。ツインテールと小さな女の子が大好きだと、ちょっと調べた程度でわかるというかアピールしまくっていたほどの猛者(もさ)だったが、さすがに本名ではないだろう。

 それはともかく、スパロウギルディが知るツインテールの戦士の中でも『トゥアール』は、ツインテイルズに引けを取らない実力を持っていた。本気を出したドラグギルディと対等に闘い、さらにはツインテール属性を奪うことが叶わなかったのだ。ツインテール属性自体も強力きわまりなく、おそらく、究極と(もく)されるテイルレッドに次ぐほどの強さではないだろうか。

 『トゥアール』との闘いのあと、ドラグギルディはしばらくの間、機嫌がよかった。それまで見た中でも最上位に位置する美しいツインテールに加え、久しくなかった強者との闘いだったためだろう。その強さと美しさを讃えてか、ドラグギルディは『トゥアール』のことを、戦美姫(いくさびき)と称していたほどだ。

 ただ、それからいくらか経ったところで、ドラグギルディは首領に召喚され、なにかに思い悩むそぶりを時々するようになった。なにがあったのか、彼は誰にも話すことはなかった。なにも話されることなく逝ってしまったことについて思うところはあるが、もはや言っても(せん)無きことではあった。

 気になったのは、『トゥアール』が纏っていた装備のことだ。いま思えば、テイルブルーの使っている装備に似ていた気がした。強さもさることながら、デザインが似ていたのだ。『トゥアール』は巨乳だったが、その胸の谷間を強調するかのように、胸もとが大きく空いていた。テイルブルーの胸もとにも隙間があるが、あれが胸を強調するための隙間だとして、まったく胸がないのに、なぜあんなデザインの衣装を着ているのか疑問だったが、あれが御下がりならば納得もいく。

「っ!?」

 凍えるような悪寒が、背筋を走った。恐る恐る周りを見渡しながら、ドラグギルディの言葉を不意に思い出す。

 テイルブルーの乳について、決して触れるな。

 まさか、いまの悪寒は。

 そこまで考えると、思考をダークグラスパーのことに切り替えた。

 触れてはならないことだ。それに、『トゥアール』とテイルブルーがほんとうに関係あるかわからないし、わかったところでなにがどうなるということもないだろう。

「キョッ。このタイミングで来るのが、どうにも気にかかるな」

 リヴァイアギルディが訝し気に呟いた。

 『処刑人』の仕事は、あくまでも反逆者の始末である。連日の『会議』で動きを見せない自分たちに業を煮やし、本来の任とは違う役割でもってこちらに寄こされたという考え方はできるが、それが理由だとしても、妙に早すぎる気がした。

 リヴァイアギルディとクラーケギルディが考えこむそぶりを見せた。

 スパロウギルディもダークグラスパーのことに考えを巡らせ、またも『トゥアール』のことが思い浮かんだ。

 なぜ、と自分でも疑問に思ったところで、クラーケギルディが顔を上げた。一旦、考えるのをやめ、彼の言葉を待つ。

「いずれにせよ、ツインテイルズ打倒という我々の任務は変わらぬ。ダークグラスパー様が来るという話だけで、ほかになにも通達はないのだろう?」

「はい」

 クラーケギルディの問いに、報告に来たエレメリアンが答えた。

「ならば、考えすぎる必要はない。なすべきことをなすだけだ」

「それは、そうですが」

「私が出る」

『っ!?』

 続けてなんの気負いもなく紡がれたクラーケギルディの言葉に、スパロウギルディも含めて周囲のエレメリアンが驚愕した。落ち着いているのは、リヴァイアギルディだけだった。

「いや、俺が出る」

「リヴァイアギルディ様!?」

 やはり、なんら気負った様子もなく彼の口から出た言葉に、周囲がさらにざわめき立つ。

 クラーケギルディが、リヴァイアギルディを睨みつけた。

「いらぬ」

「それは俺の台詞だ。おまえこそ引っこんでいろ」

「先に言ったのは私だ。貴様こそ割り込むな」

 さっきまでの、連帯感すら感じさせるふたりの空気はなんだったのか。ふたりのギスギスした(にら)み合いに、周りの者たちが恐々としはじめた。

 助けを求めるように皆が視線を漂わせ、誰ともなくスパロウギルディにそれをむけてくる。自分の周りを見ると、ドラグギルディ隊の者も、タイガギルディ隊の者も、みんなスパロウギルディの方を見ていた。

 スパロウギルディ殿、お願いします。

 全員の視線が、そう言っていた。懇願すら混じっている気がした。

 基本的にエレメリアンは、単騎で出撃する。アルティメギル側の意図で作り出されたツインテールの戦士だけでなく、もとから世界を守っている戦士も、ひとりであることがほとんどなためだ。戦闘員(アルティロイド)はともに出撃することも多いが、彼らの主な役割は、属性力(エレメーラ)の回収や、エレメリアンが戦士との闘いに集中するためでしかない。

 いま睨み合っているふたりは、アルティメギルの中でも最強の一角を謳われるエレメリアンたち。同胞たちと切磋琢磨(せっさたくま)し、数々の強者と闘い、武功を積み重ね、その領域に辿り着いた。己の力に相応の自負を持っていることは想像に(かた)くなく、ましてや不倶戴天(ふぐたいてん)とも言える間柄(あいだがら)。互いに譲る気はないだろう。

 腹が痛むのを感じながら、大きく深呼吸する。二度三度と行ったところで、スパロウギルディは(はら)を決めた。

「おふたりとも、少々よろしいでしょうか」

「どうした?」

「なにか用か?」

 特に威圧してくる感じではないのだが、ふたりから同時に顔をむけられ、スパロウギルディは腰が引けそうになった。

 ほかのエレメリアンの陰に逃げ隠れたくなるような弱気が鎌首をもたげたが、自らの立場を思い出し己を奮起させ、言葉を続ける。

「おふたりで同時に出撃されるというのは、いかがでしょうか」

 ふたりの眼がわずかに細まったと同時、先ほどと同じく身を縛るような圧迫感が、その場に満ちた。周りのエレメリアンたちは、一様に顔を青褪(あおざ)めさせている。

 リヴァイアギルディが、静かにスパロウギルディを見据えながら、口を開いた。

「スパロウギルディ。俺たちに手を取り合えと、そう言っているのか?」

「滅相もございませぬ」

 リヴァイアギルディの言葉に、スパロウギルディは自分でも不思議に思うほど静かに返した。

「ツインテイルズは、テイルブルーとテイルレッドの二人からなる戦士たち。そして先ほど、リヴァイアギルディ様御自身が言われたではありませぬか。お互い不干渉とする、と。リヴァイアギルディ様とクラーケギルディ様がただ同時に出撃され、それぞれがツインテイルズのひとりひとりと闘う。手を取り合って闘えなどと、私ごときが言えるはずもありませぬ」

「ほう」

「ふむ」

 感心するようにふたりが声を洩らし、笑みを浮かべた

「確かに俺が言ったことだな。お互い不干渉とする、と」

「いいだろう。私に異論はない」

「俺も構わぬ」

 ふたりは、どこか愉しそうに見えた。それに、思った以上に、すんなりといった気がした。

 ひょっとしたら、試されたということなのだろうか。

 そんなふうに思いながらも、周りのエレメリアンたちからむけられた、尊敬するような眼の光に、スパロウギルディは誇らしくもこそばゆいものを感じた。

 

 

 会議室をあとにしたクラーケギルディは、やれやれと胸の内で呟いた。

 連日にわたる会議だが、収穫と言えば、スパロウギルディが思った以上に肝の据わった男であるというのがわかった程度だった。クラーケギルディとリヴァイアギルディの睨み合いに割って入り、言うべきことを言った。見事な胆力(たんりょく)だった。おそらく、リヴァイアギルディも同じことを思っただろう。戦闘能力は確かに大したことはないが、だからこそ、あの状況でああいった行動をとれる肝の据わり方は、尊敬に値する。

 それだけに、自分の部下たちの未熟さが歯がゆかった。ただ相手を認めぬだけでは、成長など望めるはずもない。相手の言い分を理解し、咀嚼(そしゃく)しながらも、己の弁を立てなければならない。議論、会議とはそういうものだ。

 だがそれは、彼らの長である自分の不甲斐なさの表れとも言えた。

 大切なものを伝えきれていなかった。そんな、忸怩(じくじ)たる思いがあった。

「気苦労が()えませぬな」

「む」

 背後からかけられた声に立ち止まると、クラーケギルディはゆっくりとふりむいた。

 美しい銀色の毛並みを持った、狼を思わせるエレメリアンがいた。

 クラーケギルディの部下ではない。リヴァイアギルディの部下でもないし、ドラグギルディ隊の者でも、タイガギルディ隊の者でもなかった。合流を命じられたわけでもなく、なにを思ってか所属する部隊を離れ、勝手にやってきたはぐれ者。

「フェンリルギルディ、だったな」

「はい」

 試しとばかりに少しだけ気を放つが、彼はなんてことないように応答してきた。少しと言っても、そこらのエレメリアンならそれだけでおじけづく程度ではあったのだが、どうやらだいぶ肝は据わっているらしい。

 その鋭い瞳には、強い光があった。ギラギラとした、力強い、しかし野心に満ちた光に思えた。

「それで、勝手に部隊をはずれてここに来たのは、どういった了見だ?」

「知れたことです。あのドラグギルディ様を斃し、あなた方ふたりが呼ばれるほどの強者、ツインテイルズ。アルティメギルに属するものであれば、興味を引かれて当然というもの。私めの力が役に立てばと、こうしてまかり越した次第です」

「ほう」

 白々しいと思ったが、口には出さなかった。おそらくフェンリルギルディも、それを信じて貰おうとは思っていないのだろう。とりあえず建前を言ってみたとばかりの、かたちだけ丁寧な物言いだった。

 要するに、ツインテイルズを自分の手で倒して功績を得ようということなのだろう。

「まあいい。だがひとつだけ言っておくが、功を焦りすぎるとろくなことにならぬぞ」

「誰にも理解されぬ属性に邁進すれば、焦っているようにも見えましょう」

「なに?」

 なにも握ってなかったはずのフェンリルギルディの手に、いつの間にか女性の下着があった。クラーケギルディの眼でも、その動きは完全に捉えきれなかった。肌触り滑らかなシルクの輝きが、フェンリルギルディの銀色の毛並みと調和し、美しい光を放っている。

 悲し気にその下着を見つめながら、フェンリルギルディが口を開いた。

「あなた方のように争えるのも、信念をぶつけ合える相手がいるというのも、私には羨ましく思えます。私の下着属性(アンダーウェアー)は、はなから爪弾(つまはじ)きに合い、外道と断じられ、対等に語り合うことさえ許されない。あなた方の愛する巨乳や貧乳も、下着に包まれるものだというのに、です」

「ふむ」

 言わんとすることは、クラーケギルディにもわかった。すべての属性が等しく認められているわけではなく、眉をひそめられるものも少なくはない。フェンリルギルディが言うように、外道と(そし)られる属性も確かにあった。

体操服属性(ブルマ)学校水着属性(スクールスイム)は正で、下着属性(アンダーウェアー)は邪。感情的なものがあるのは否定しませんが、おかしな考え方だと私は思いますよ。古い、と言わせていただきます。だからこそ私は、組織に新たな風を吹きこみたいのです。日陰者とされた属性の者たちが、胸を張って生きていけるような、そんな風を吹かせたいのです。私という、次世代のエレメリアンが旗頭(はたがしら)となって、ね」

「若いな。だが、貴様の下着属性(アンダーウェアー)に対する愛は、よくわかった」

「ありがとうございます」

 フェンリルギルディが、(うやうや)しく一礼した。

 どこか気に入らない相手ではあるが、自分の愛する属性が軽んじられる風潮は、確かに受け入れ(がた)いものだろう。それをただそのままにしておくのではなく、自らが行動することによって組織内の見方を変えるという考え方も、若いと言える部分はあるが、嫌いではなかった。

 礼をしていたフェンリルギルディが、顔を下にむけたまま、言葉を続けた。

「私は、ツインテール属性もそろそろ不要ではないかと思っています」

「――――」

「っ」

 フェンリルギルディの言葉に、クラーケギルディは気を放った。さっきのような軽いものではなく、心弱い者ならばそれだけで気絶、あるいはショック死するような、本気の殺気だ。

 礼をした姿勢のまま、フェンリルギルディは躰を震わせた。それでも、彼は自分の発言を悔いる様子もなく、ゆっくりと上体を起こした。

 フェンリルギルディの眼を見て睨みつけるが、彼は真っ向(まっこう)からクラーケギルディの眼を見返してきた。

 その胆力に内心で感心しながら、クラーケギルディは口を開いた。

「フェンリルギルディ。ツインテール属性を軽んじるその言葉、一度だけ見逃そう。二度目はないぞ」

「お聞きください、クラーケギルディ殿」

 躰を震わせながらも、フェンリルギルディは必死な様子で訴えてきた。命惜しさではないように思えた。

「まず、ツインテール属性があり、そのうえで個々の求める属性を探す。これでは、効率が悪くて当たり前です。いかにツインテール属性が最強とはいえ、もっとのびのびと闘える方が、士気が上がり、結果的に集める属性力(エレメーラ)の量も増えると思いませんか?」

 士気の面でも、効率の面でも、短期的な面で見れば、おそらくその見方は間違っていないだろう。

 だがツインテール属性もまた、皆が愛する属性なのだ。それが、エレメリアンの本能でもあった。

 それに、それぞれの求める属性を重視するようになれば、結局(かたよ)りが生まれてくる恐れもあった。やってみなければわからないことではあるが、目の前のフェンリルギルディを見ては、信じきれるものではない。

「それが、貴様の言う新しい風か。随分と小さい野心であったな」

 フェンリルギルディに対し、かすかな失望を覚えていた、なぜそんな感覚を覚えたのか自分でも不思議だったが、呟くと、クラーケギルディはマントを(ひるがえ)して歩き出した。言った通り、一度だけ見逃す。

「あなたも」

 背中にフェンリルギルディの声がかけられた。彼の声も、どこか失望しているふうに聞こえた。

「あなたも、掟などという古臭いものにしがみつくのですか?」

「フェンリルギルディ」

 足を止め、ふりむかずに語りかける。

「古いものがあるからこそ、新しいものは生まれてくる。そして、貴様が軽んじたものを愛する者たちも、確かにいるのだ。貴様がどれだけ革新を唱えようとも、他者を見(くだ)す者に心の底から着いていく者など、()はしない」

「私が、他者を見下しているですと?」

「私にはそう見える。そして貴様は、ひとつ思い違いをしている」

「なにを、ですか?」

「私は、貧乳属性(スモールバスト)もツインテール属性も、等しく愛している。掟だからなどという理由で、ツインテール属性を持ち上げているわけではない」

「っ」

 おまえが下着属性(アンダーウェアー)(けな)された時に味わう気持ちを、おまえも他者へ味わわせているのだ。そう言外(げんがい)に伝えると、フェンリルギルディは歯噛みしたようだった。

「フェンリルギルディ。貴様は、下着属性(アンダーウェアー)のエレメリアンだろう」

「ええ、そうです」

「ならば、貴様も下着属性(アンダーウェアー)となれ」

下着属性(アンダーウェアー)に、ですと?」

 フェンリルギルディが、キョトンとした。

「貴様が言ったことだろう。下着属性(アンダーウェアー)は、巨乳も貧乳も包むのだと。誰になにを言われようと、貴様はほかの属性を包みこむ(うつわ)を持て」

「っ」

 ハッとした気配のあと、殺気すら混じった剣呑(けんのん)な気が、クラーケギルディの背中に放たれた。

「それはつまり、どれだけ馬鹿にされようとヘラヘラ笑っていろ、ということですか。誇りも投げ捨てて?」

「言うべきことは言うがいい。己の誇りを馬鹿にされたと思ったなら、真っ向から受けて立て。だが、そのために他の属性を軽んじるというのなら、そこに誇りなどない」

「あなたも、巨乳属性(ラージバスト)とは対立しているではありませんか」

 耳が痛いところではあるが、ごまかしてはならないだろう。

 ふりむき、フェンリルギルディの顔を見返す。

「私は貧乳属性(スモールバスト)のエレメリアンだ。巨乳のよさがわかるわけもない」

「なら」

「だが、リヴァイアギルディの強さと()り方には、敬意を持っている。やつの、巨乳属性(ラージバスト)への愛にもな」

「っ!?」

 よほど意外だったのだろう。フェンリルギルディが眼を見張った。

「ならば、なぜ」

「敬意は持っているが、馴れ合う気などない。それに、いけ好かない相手であるのも事実だ。貧乳と巨乳は正反対の属性なのだからな。だからこそ、やつに負けまいと己を磨き、ぶつかり合い続けた」

 クラーケギルディが幹部となり、最強の一角に数えられるようになったのも、ひとえにリヴァイアギルディへの対抗心があったからだ。

 巨乳属性(ラージバスト)という、貧乳属性(スモールバスト)を脅かす属性。その属性力(エレメーラ)を核に持つエレメリアンのなかでも、ひと(きわ)強い存在感を放っていた戦士、それがリヴァイアギルディだった。

 巨乳属性(ラージバスト)に、リヴァイアギルディに負けてなるものか。その思いこそが、クラーケギルディを強くしたと言っていい。

 だが、いや、だからこそ言える。ただ相手を否定するだけでは駄目なのだと。

 相手への敬意を持ち、ぶつかり合い、互いを高め合う。自分を強くしたそれこそが、クラーケギルディが部下たちに伝えたいことだった。

 もっとも、それをはっきりと口に出したことはない。それが部下に伝わっていないことに複雑な思いはあるものの、それでも言葉にして伝えることはしたくなかった。

 口に出した時、それは意味のない、軽いものになってしまう気がしたからだ。自分で気づかなければ意味がないことであると、そう強く思うのだ。

 フェンリルギルディが顔を歪ませ、(かぶり)をふった。

「ですが私はっ、下着属性(アンダーウェアー)貧乳属性(スモールバスト)とは違うのです。ぶつかり合ってくれる者もいないのです、クラーケギルディ殿」

「フェンリ」

 慟哭(どうこく)するように声を絞り出したフェンリルギルディに、クラーケギルディが呼びかけようとしたところで、風が吹いた。その風が収まった時には、フェンリルギルディの姿はもうなかった。すさまじいまでの速さで、クラーケギルディとすれ違うようにして去って行ったのだ。

「――――」

 (かぶり)をふると、右手に視線を落とし、その手を開いた。手の中には、Aカップサイズのブラジャーがあった。去り際に、クラーケギルディの手の中に入れられたのだ。拒絶か、それとも、ほかの理由なのか、クラーケギルディにはわからなかった。だが、言いようのない悲しみがこめられているように、クラーケギルディは感じた。

 しかし、入れられたその瞬間になって、やっとわかるほどの速さとは。

 すれ違うようにして去ったのは、見えた。しかし、ブラジャーを手の中に入れられたのは、クラーケギルディの手中(しゅちゅう)にそれが収められた瞬間にやっとわかったぐらいだった。ただ速いだけではなく、流麗と言っていいほどの見事な動きだった。

 あの若さで、これほどの身のこなし。資質だけで言えば、ひょっとしたらスワンギルディを上回るかもしれない。そう思わせるほどのものだった。

 だが同時に、いまのままでは、その資質が完全に開花することはないだろうとも思えた。

「フェンリルギルディよ、生き急ぐな」

 呟くと、ブラジャーを握り締めたまま再び歩き出す。

 ぶつかり合ってくれる者もいないという悲し気な言葉が、いつまでも胸に残り続けていた。

 

 




 
幹部級が普通に知ってたり、ダークグラスパー以外にもいる、などの『処刑人』周りはオリジナル設定。
フェンリルギルディのように「ツインテール属性いらなくね?」とまで言うのはそうそういないだろうけど、外道の誹りを受ける属性は少なくないといったことを考えると、不満持ってるのは結構いるんじゃないかと。
エレメリアンの総数を考えると、割合はともかく数はそこそこいそうだし、ダークグラスパーひとりだとさすがに忙しすぎないかなーと。
すべてを見通す真眼を持った、『片眼鏡属性(モノクル)』のガンギルディ、罪を推し測る天秤を持った『裁判官属性(ジャッジ)』のジャスティスギルディなどがいる、かどうかは不明。

『トゥアール』については、オリジナルというより独自解釈です。

それはそうとフェンリルギルディって、かなりおいしい立ち位置だと思います。
 


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2-10 巨乳海竜と貧乳烏賊

 
二〇一七年六月十七日 修正
 


 そうだった。そういえば、こいつらはこういうやつらだった。

 頭を道路にめりこませたまま、レッドはそんなことを思った。

 躰に力が入らない。トゥアールも含めて絆を深め合い、どんな相手が来ようとも勝ち続けてみせると改めて決意した矢先に、巨乳やら貧乳がどうとかいうヒドイ言葉が聞こえてきたため、いつも以上に力が抜けていた。

 基地ではトゥアールに対して、闘う前の緊張感がどうとか言ったが、そもそもこの連中と闘う時は緊張感など霧散しかねないのだから、遅いか早いかの違いだけかもしれない。

 エレメリアンたちが変態であることを思い出し、そんなあきらめに近いことが頭に浮かんでいた。

「なによ、なんなのよ、最近のこいつらは! なんで乳ばっかにこだわってんのよ!?」

「っ!」

 怒りを多分に含んだブルーの声に気を取り直したレッドは、道路から頭を引っこ抜くと、すぐに彼女の方に顔をむけた。すでにブルーは道路から頭を抜いており、思った通り剣呑な気配を漂わせていた。

「落ち着け、ブルー! いままでだって、ブルマとかスク水とか大概なものばっかりだっただろ!?」

「あたしは! 乳を力に変えて闘うすべての存在が許せないのよおおおおおおおおおおおおおお!!」

 これが、性別の壁なのだろうか。男である総二には理解できない理由によって、辺り一帯の建造物をも粉砕するのではないかと思えるほどの雄叫びが響き渡った。

 当然といえば当然だが、それが気づかれたのだろう。二体のエレメリアンがこちらにむき直った。

『むっ、現れたな、ツインテイルズ!!』

「っ」

 まずい。エレメリアンたちが同時に声を張り上げたところで、レッドはそう思った。

 周囲を見渡す。場所は、都心のビル群の、大型プラザホール前。入り口には看板が掛けられており、なにかのコンテストかオーディションが開催されていたようで、先ほどの二体の台詞から、目的の属性力(エレメーラ)は乳関連と知れた。

 周りには、大勢の人がいた。距離を多少置いてはいるものの、ひとりとして逃げ出す様子がない。みんな見物するつもりのようだった。アルティメギルの怪人は、闘う力を持たない一般人に直接的な危害を加えることはない。そういった話が浸透しているためだろう。

 確かにそれは事実だが、闘いの余波で被害が出る可能性は、充分にあった。事実、ドラグギルディとの決戦において戦場となった山奥は、辺りが盛大に焼け焦げ、地形が変わったほどなのだ。

 二体のエレメリアンはどちらも、ドラグギルディに匹敵する巨体と威圧感。全力でぶつかり合ったら、周囲にどれだけの被害が出るのか、考えるだけでも恐ろしい。

「これが、ツインテイルズか。映像で確認してはいたが、どちらも実に見事なツインテール。それだけに惜しいッ。テイルレッドが成長した時に出会えていれば、夜空を飾る綺羅星のごとき素晴らしい巨乳が(いろど)っていただろうに!」

 (ひれ)のようなものが目立つエレメリアンが、喜びと悲しみの入り混じった叫びを上げると、もう片方の烏賊(いか)を思わせるエレメリアンが怒りを露わにした。

「妄言はそこまでにしろ、俗物が! 彼女の美しさはすでに完成されているっ。神の造形に手を加えようとすることこそ、破滅を導く傲慢と知れ! そして、テイルブルー、――――」

「なによ?」

 ブルーを見た途端、烏賊のエレメリアンが硬直した。

 軽く構えをとりながら訝し気にブルーが問いかけるが、エレメリアンは固まったまま微動だにしない。

 ブルーは首を傾げると、レッドに顔をむけた。

 なんだろうな、とレッドも首を傾げながら応答しようとした次の瞬間、烏賊のエレメリアンがブルーの目の前にいた。

「っ、ブルー!!」

「っ!?」

 視界に映った信じられない光景に、レッドは大声を上げた。ブルーも一瞬遅れて視線を戻し、驚愕する。

 気配を絶っていたのか、それともレッドたちにも知覚できないほどの速さで動いたのかは知らないが、いずれにせよ、あの距離ではブルーでも躱せるかどうか。

 間に合うか。硬直するブルーをかばうため、レッドは足に力をこめた。

 レッドが飛び出そうとした瞬間、烏賊のエレメリアンが地面に片膝を突いた。

「美しい」

「え?」

「は?」

 その体勢のまま、まるで忠臣が(あるじ)にむけるような(うやうや)しさで礼をし、恍惚とした言葉を呟いたエレメリアンに、ブルーとレッドは思わず声を洩らした。足にこめていた力が抜け、レッドの体勢が崩れる。

 烏賊のエレメリアンはレッドたちの様子に頓着せず、ブルーにむかってなおも言葉を続けた。

「美しい。映像で見た時から、まさか、と思っておりましたが、やはり私の眼に狂いはなかった。なんという神のいたずらっ。なんという、悲劇なる運命か!」

「いや、あんた、なに言って」

 エレメリアンは戸惑うブルーに構わず、なにかの儀式を思わせるような動きで、腰に()いていた細身の長剣を抜くと、刃に手を添えて彼女に差し出した。

「私の名は、クラーケギルディ。我が剣をあなたに捧げたい。我が心のプリンセスよ」

「あんた、正気!?」

「あなたの美しさに魅せられたのです! 数多(あまた)の世界を巡り、はじめて抱いたこの気持ち! どうか、私の愛を受け取っていただきたい!!」

「え、ええっと」

「っ」

 誰に断ってブルー、愛香を口説いてやがる、この烏賊野郎。苛立ちとともに、レッドはそんなことを思った。

 もう一体のエレメリアンが、ため息をついた。

「とうとう出たか、やつの悪癖が。騎士道を奉ずる堅物がゆえ、ああなったらもう止まらん」

 知った仲であるらしく、うんざりしたような声だった。

「どうか、我が想いを! 愛しきプリンセスよ!」

「ええ、や、でも、その、困るからっ」

「――――」

 止まらないクラーケギルディの言葉に、どんどんか細くなるブルーの声。レッドの苛立ちは、ますます強くなっていく。

『見ましたか、総二様!』

 耳が痛くなりそうな大音量で、トゥアールが通信越しに声を上げた。

『これが、女です! 女の本性です! 口ではどんな綺麗言をほざいても、ほかの男にちょっと甘い言葉をかけられればそっちにころっと行ってしまう! そして愛香さんこそ、まさしくビッチ! さあ、張り切って幻滅しましょう!!』

「――――」

 別にそういうわけじゃないだろう、と思う。ブルーの反応はつまり、相手が本気の好意をぶつけてくるなら、それがエレメリアンであっても無碍(むげ)にはできないという、彼女の優しさの表れだろう。そもそもそれを言ったら、ほかのツインテールにすぐ眼を奪われてしまう自分の方がよっぽどであるだろうし。

 そう思いはするものの、目の前で愛香が口説かれるなど、見ていて気分のよくなるものではなかった。告白こそできてないものの、愛香は俺のものだ、という独占欲と言える思いもあった。

 クラーケギルディの熱い告白が、最高潮(クライマックス)を迎えていた。

「かつて、我らが偉大なる首領様に剣を捧げる誓いを立てた時、聖布(ヴェール)ごしに首領様は仰ったのです。おまえが剣を捧ぐべき相手は私ではない。すでにおまえの魂は貰っている。おまえの剣にふさわしい主は、自分で見つけよ、と。私はようやく、首領様のお心遣いに報いる時を迎えたのです!」

 そろそろ黙らせよう。考えてみれば、なんで自分の女が口説かれるのを黙って見ていなければならないのか。

 苛立ちが怒りにまで高まり、レッドはその怒りに身を震わせると、クラーケギルディに殴りかかるためにゆっくりと拳を握りこんだ。

 混乱が収まったのか、ブルーがやんわりと返しはじめた。

「いや、まあ、気持ちはありがたいけどさ、あたしたち、敵同士だし。そもそもあたしのナイトは」

「最高の貧乳を持つ、麗しきプリンセスよ!!」

 辺りに響いたクラーケギルディの言葉に、世界の音が消えた。

「――――、――――、――――、――――は?」

 たっぷり数呼吸ほど間を置いて、ブルーが声を洩らした。

 周りのギャラリーは、レッドも含めて身動きひとつとれず、ただ、見続ける。

「ツインテールは貧乳こそがふさわしい。私は、そう信じ続けてきました。その理想を体現する方を求め、あらゆる世界で、あらゆる貧乳を見てきました」

 そこでわずかに言葉を切り、躰を震わせると、クラーケギルディは再び声を上げた。

「そして、あなたと出会った。最大級のツインテール属性を持ち、私の理想を体現した、いえ、その理想すら超えた、(あまね)く世を照らさんばかりに光り輝く貧乳を兼ね備えた、あなたと! この上ない喜びに、身体の震えが止まりませぬ!!」

 早く黙らせよう。さっきとは違う理由でレッドの躰が震える。やばい、このままでは世界の破壊者が降臨しかねない。

 焦燥が、身を焦がさんばかりに湧き上がっていた。

『あ、もしかして』

 動こうとしたところで、楽しそうなトゥアールの声が届き、レッドは思わず動きを止めてしまった。

『愛香さんがさっき変身できなかったのって、愛香さん自身が巨乳属性(ラージバスト)を受け付けない体質かなにかだったのかもしれませんね。貧乳属性(スモールバスト)の幹部エレメリアンにそれだけ絶賛される貧乳ですし、着々と貧乳属性(スモールバスト)が芽生えていたのかもしれませんよ!』

 ププププー、とトゥアールは笑い声を続けた。さっき基地で確認し合った絆は、なんだったんだろうか。

 茫然自失といった(てい)で、ブルーが声を洩らした。

「嘘よ――。あたしは、巨乳を拒絶なんか」

『こればっかりはわかりませんねえ! 嫌よ嫌よも、ということなのか、はたまたその逆なのか。いやー、面白いですよねえ。やっぱりどれだけ科学が万能になっても、人の心はわからないってことですね!』

 やめろ。もう、やめてくれ。ブルーの声を遮ったトゥアールの言葉に、ブルーの表情がなくなっていくのを見て、レッドは声も出せずに心の中でトゥアールに懇願した。

 それが聞こえるはずもなく、トゥアールは嘲笑するようになおも言葉を続ける。レッドには、トゥアールが自ら進んで断頭台(ギロチン)に首をかけに行っているようにすら思えた。

『まー、でも、よかったじゃないですか、愛香さん。声はなかなか男前ですし、眼を(つぶ)ればそこそこ恋人気分を味わえそうですよっ。やっぱり貧乳を受け入れてくれる人がお似合いだと思いますし!』

 この闘いが終わったら、おまえの貧乳が大好きだって言おう。なにやらいろいろと早まった言葉に思えるが、気のせいだろう。顔を引きつらせていたレッドは、トゥアールの言葉にそんなことを思った。

 ブルーは、さっきよりも落ち着いたように見えた。それなのに、受けるプレッシャーがどんどん大きくなっていく。

 大津波が来る前には(しお)が引く。ふっとそんな話を思い出した。

「ねえ、 K・T(ケー・ティー)。今日の夕食は、なにが食べたい?」

『え?』

 ブルーがにこやかに呼びかけると、トゥアールがキョトンとした。

 K・Tというのは、ツインテイルズとして活動する際、トゥアールへ呼びかける場合に使う、いわゆるコールネームだ。

 トゥアールの発案によるものなのだが、なんでK・Tなんだと訊いたところ、 K・T(仮面・ツインテール)の略です、という答えがトゥアールから返ってきたのだ。そこは M・T(マスクド・ツインテール)じゃないのか、などと思いもしたが、よくわからないこだわりがあるようだった。なんだか、全身が黒く、顔に丸い穴が空いた超人やら、ドラゴンナイトとかいう言葉などが思い浮かんだが気にしない。

 それはともかく、ブルーの様子にレッドの背筋が冷えた。にこやかな表情を浮かべてはいるが、彼女の眼は笑っておらず、声も絶対零度を思わせるほど冷たかった。

『あの、愛香さん。いきなりなにを』

「最期の晩餐(ばんさん)には、好きな物を食べたいでしょ?」

『――――!?』

 さらば、トゥアール。地獄の九所封じ(ファイナル・カウントダウン)

 どこかの映画のタイトルのようでいて物騒極まりない言葉と、愛香によって次々と急所を封じら(破壊さ)れていくトゥアールの姿が、レッドの頭をよぎった。

 絶句していたトゥアールが、大声を上げた。

『そ、そ、そ、総二様! その人は敵です! 人類の脅威! 許されざる存在! 排除すべきイレギュラー! 倒せるのはあなたしかいないんです、総二様あああああああーーーーーーーっ!!』

「すまん、目の前にも強敵がいるんで」

 貧乳のことに触れなければ、愛香が総二に攻撃してくることはないだろう。だが、だからといって、いまの愛香が行うであろうトゥアールの処刑を止められるかと聞かれれば、無理と答えるしかなかった。なにが来ても止まりそうにない、やると言ったらほんとうにやる、そう思わせる凄みが撒き散らされていた。

 ブルーが、手に槍を呼び出した。

「あー、そうよね。エレメリアンってこういう連中だったわけだしね、うん。とりあえず、暴れるけどいいわよね。答えは聞いてないけど」

「聞けよ!? そこは聞いておいてくれよ!?」

 誰にともなく投げやりな調子で言うブルーに、レッドは慌ててツッコむが、彼女の物騒な笑顔が変わることはなかった。彼女が手に持った槍からは、いまにも握り砕かれそうな、ミシミシという嫌な音が聞こえてくる。

 終わりだ。世界の破壊者が、現れてしまった。

 絶望によって自分の心が(ひび)割れていくのを、レッドは感じていた。

 

 青き怒涛、テイルブルー。

 行け、激流(なみ)のごとく。双房(ツインテール)の戦士よ。髪をなびかせ。

 いつの日か、他人にも、わかって欲しい。

 豊胸(バストアップ)だけに生きた、貧乳()の胸の内を。

 貧乳()に生まれ、巨乳()を憎み、巨乳()を求めた。

 わずかな膨らみさえ、欲しかった人生だけど。

 立て、壁のごとく、貧乳の化身よ。

 乳求める()の、命ずるままに。

 世界に轟く、破壊の化身よ。

 迫りくる乳を、一網打尽、叩き潰し、雄々しく吼えろ、ブルー。

 行け、激流(なみ)のごとく、双房(ツインテール)の戦士よ。胸に、巨乳を――。

 

「ツインテイルズーッ! がんばってくださいましーっ!」

「はっ!?」

 幼い少女の声援に、レッドの意識が引き戻された。

 そうだ。まだ絶望するわけにはいかない。

 このままでは、ブルーが破壊者になってしまう。ツインテールが、テイルブルーが恐ろしいものだとされ、世界から排斥されてしまうかもしれない。

 そんなことを見過ごすわけにはいかない。世界のツインテールを、そして愛香を守ることが、自分の役目なのだから。

 やるべきことを思い出し、レッドは自らを鼓舞した。同時に、いま自分を救ってくれた声の主に感謝の意を伝えるため、声が聞こえた方向に顔をむける。

 見覚えのある顔だった。

「って、また会長っ!?」

「っ!?」

 声量こそ抑えたが、驚きに思わず声が出た。

 婚姻届を配りまくるメイド先生こと桜川尊教諭と、神堂慧理那生徒会長が、そこにいた。

 レッドの声が聞こえたのだろう、ブルーも同じ方向を見たあと、焦りの声を洩らした。

「まずいわね。この騎士馬鹿が気づいたら、会長を狙いはじめるわ。あたしよりも、会長は胸が小さいからね。――――あたしよりもねっ!」

「なんで、二回言った!?」

 ブルーにとっては大事なことなのかもしれない、とツッコんだあとでふと思った。それはともかく、エレメリアンが狙うのは、まず第一にツインテール属性の強い者。そのうえで、それぞれの備えた属性を狙う傾向がある。

 クラーケギルディが狙う基準が、胸が小さい、ツインテールの娘だとすれば、愛香の次に危険なのは慧理那だろう。

 慧理那を、ツインテイルズを応援してくれる最高のファンを、守らなければならない。

 レッドたちの視線の先に、クラーケギルディたちが顔をむけた。

「むっ、あちらにもなかなかのツインテールが。――――だが、いずれにせよ巨乳ではない、か。ままならぬものよな」

「確かに見事なツインテール属性だ。だが万が一にも、貧乳属性(スモールバスト)を芽吹かせる可能性は、ない!!」

 (ひれ)付きエレメリアンの残念そうな言葉のあと、クラーケギルディが抜き身の剣を慧理那に突きつけ、声高らかに言った。そのクラーケギルディの言葉に、レッドは困惑した。

 当人たちには失礼かもしれないが、貧乳にツインテールという、ブルーと同じ要素を持っているはずの慧理那に対し、こんな反応をすると思わなかったのだ。

 慧理那の傍らで警戒していた尊が、困惑と怒りの混じった声を上げた。

「貴様、お嬢様にむかって突然なにを言う!?」

「幼き少女は胸が小さくて当然なのだ。ときめく道理などない!!」

 一分の迷いもなく、クラーケギルディが言い切った。その言葉には、信念すら感じられた。

 しかし、できることならば、ちょっとぐらいは、ときめいて欲しかった。

「あはは、なるほどー。あたしは、当然じゃないってことね。あはははは――」

 案の定、その言葉に怒りの収めどころを失ったためだろう、ブルーが乾いた笑い声を上げた。ひとしきり笑ったあと、ブルーが拳を振り上げる。もう、止めようがなかった。

 慌てた様子もなく、クラーケギルディは両手を八の字に広げ、レッドから見てもわかるほどの闘気を、全身に(みなぎ)らせた。

「さあ、プリンセスよ、ご覧あれ。これで、私が本気だとわかっていただけるはず!!」

「っ!?」

 クラーケギルディが叫ぶと同時、彼が身にまとっていた鎧のようなものが弾け、辺りが仄暗くなった。

「あれはっ!?」

 鎧と見えたものは、触手だった。

 その触手で人を海中に引きずりこむという、海の魔物クラーケン。その伝説の怪物を彷彿(ほうふつ)とさせる無数の触手が、ビルとビルの間から覗く空を覆い尽くすほどに拡がっていた。

「あれが、あいつの戦闘形態か!?」

 全力を出すためにドラグギルディは、闘気を、竜の翼を思わせるツインテールのかたちに拡げていた。さっきのクラーケギルディの言葉から、それと同じものではないかとレッドは思ったのだ。

「い、い、い、いやああああああああああああああああーーーーーーーっ!?」

「ブ、ブルー!?」

 突然ブルーが、レッドですら一度たりとも聞いたことがない、恐怖に満ちた悲鳴を上げた。

「い、嫌、やだやだやだ!」

「落ち着け、ブルー! いったい、どうしたんだ!?」

「しょ、触手、触手やだー!!」

 尻餅をつき、後ずさりながら、ブルーは幼い子供のように怯えていた。ついぞ見たことがないブルーの様子に困惑しながらも、落ち着かせようとレッドが声をかけるが、彼女はまったく聞いた様子がなかった。

 クラーケギルディの触手を改めて見てみる。確かに、ウネウネと不気味な動きはしているが、ホラー映画に出てくるもののような醜悪さはなく、むしろどこかコミカルな感じがあるものだった。だというのに、ブルーは完全に怯えきっていた。

「姫よ、なぜ怯えられますかっ。これは我が求婚の儀。あらん限りの愛の照明なのですよ!?」

「嘘オオオオオオオオオオオ!? 触手にプロポーズされたあああああああああーー!?」

「っ!! クラーケギルディイイイイイイイイイイイーーーーーーーーーーーーーー!!」

「むっ!?」

 燃え上がる怒りに身を任せ、レッドはクラーケギルディに殴りかかった。その顔面目掛けて思いっきり拳を振り抜くが、当たる直前クラーケギルディは大きく跳び退(すさ)って躱す。

 攻撃を躱したクラーケギルディが、非難の声を上げた。

幼子(おさなご)よっ、なぜ私の求婚の邪魔をするか!?」

「ふざけんじゃねえ! 愛っ、ブルーは俺のだ! 勝手にプロポーズなんかしてんじゃねえ!!」

 クラーケギルディの勝手な言葉にレッドは、怒りのまま怒鳴り返す。途中、本名を言いそうになったが、なんとかそれは言い直した。

『――――』

 再び辺りが静寂に包まれたことに、レッドはふと気づいた。

 なんだ、と周囲を見渡す。

『うおおおおおおおおおおおお!!』

『きゃあああああああああああ!!』

『嘘だあああああああああああ!?』

『いやあああああああああああ!?』

「うおっ!?」

 突然、方々から同時に上がった叫び声にレッドは驚く。

 男女ともに、歓声と悲鳴が入り混じった声だったが、ビリビリと大気が震えるような大合唱となっていた。レッドは顔を(しか)め、何事か、と周囲の人たちの言葉に耳を傾けた。

「レッドたんが、ブルーちゃんひと筋みたいな発言した時から、まさかって思ってたけど―――!」

「勘違いじゃなかったんだ! テイルレッド×テイルブルー! これはっ!」

「嫌いじゃないわ! こうしちゃいられない! 早く夏に向けて準備しなきゃ!!」

「どっちが攻めなのかしら!? やっぱりあの様子からすると、テイルレッドちゃんの方なのかしら!?」

「いや、そう見せてブルーちゃんの方かも知れないぜ!?」

 人々の言葉に、自分がなにを言ってしまったのか思い至り、レッドは脂汗をかきながらブルーの方に眼をむけた。

 ブルーは顔を真っ赤(まっか)にして、クラーケギルディに口説かれていた時よりもモジモジとしながらも、とても嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべていた。

 それ自体はいい。ブルーに、愛香に喜んでもらえるなら、総二としてはこの上なく嬉しいことだ。

「見ろ! テイルブルーちゃんの嬉しそうな顔を!!」

「そんなっ。テイルブルーちゃんもだったなんて!?」

「嘘だ、そんなこと!?」

「なんで!? なんでなのよ!? ブルーお姉さまは、いずれ私がモノにするはずだったのに!!」

「レッドたああああーーーーん!?」

 嘆きの声を上げる人たちを、どうすればいいのか。う、裏切られた、と思ったファンがアンチに走るというのは、よく聞く話である。

「逆に考えるんだ。百合だっていいさ、と。どちらかを落とせば、もう片方もモノにできるんだと思えばいい!」

「はっ!?」

「その発想はなかった!」

「確かにその通りだ。よし、俺が目を覚まさせてやるぜ~~っ!」

「なに言ってんのよ! それは私の役目よ! むしろ女の方が可能性が上がったってことなんだからね!」

「それじゃ変わんねえだろ! 健全な道に戻してあげるんだよ!!」

「同性愛はいかんぞ! 非生産的な!!」

「馬鹿野郎!! ブルーちゃんとレッドたんは本気なんだよ! 分かる!? 愛し合う二人の間に割り込もうなんて、無粋な真似するんじゃないよ!!」

「そうよ! ここは、二人の行く末を見守るのが、本当のファンってものじゃないの!?」

「なにいっ!?」

 ここで聞くかぎりでは一応、自分たちの仲を応援、見守っていこうという声が大きいようではある。あるが、だからといってどうすればいいのか。

「トゥ、いや、K・T」

『すいません、無理です』

「いや、そこをなんとか」

『いえ、すでにネット上に拡散しておりまして。こうなってしまっては、もうどうしようもありません』

「――――そうか」

『すごいですよね。まだ数分も経ってないのに、もう世界中に広まってますよ』

「うわあ」

 一縷(いちる)の望みをかけて呼びかけるが、あきらめの混じった答えを返され、レッドは肩を落とした。どうなってるんだ、この世界。

「いいだろう。ならば、幼子(おさなご)、いや、テイルレッドよ。姫を、テイルブルーを賭けて、決闘だ!!」

「な、なに!?」

 どうしよう、と途方(とほう)()れていたことと、決闘という馴染(なじ)みの薄い言葉をかけられたことで、反射的に聞き返してしまった。

 その反応を怯えと見たのか、クラーケギルディが馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「どうした。そんな立派なツインテールを持っていながら、威勢がいいのは口だけか。貴様のような腑抜(ふぬ)け、姫にはふさわしくないわ! ツインテールだけを後生(ごしょう)大事に抱え、尻尾(ツインテール)を巻いて逃げるがいい!!」

「っ、上等だ。ブルーは誰にも渡さねえ! その決闘、受けてやるぜ!!」

 レッドの言葉の直後、周りから歓声と悲鳴が上がったが、レッドはもう気にしなかった。

 さっきの言葉は挑発なのだろう。だが、たとえ挑発であろうと、自分のツインテールを馬鹿にされ、愛香にふさわしくないなどと言われたのだ。断じて許さん。

 これは、男の闘い。絶対に、負けない。いまは女だがそれはともかく。

 クラーケギルディと睨み合うと、ブレイザーブレイドを呼び出し、構える。クラーケギルディを見据えながら、レッドはブルーに呼びかけた。

「ブルー、こいつは、クラーケギルディは俺がやる。もう片方は、任せていいか?」

「う、うん。ごめん、レッド」

「謝ることなんかないさ。こいつは、俺が闘わなきゃならない相手だからな。こっちは見ないようにして闘え」

「――――うん!」

 申し訳なさそうなブルーの言葉に笑顔で返すと、彼女はいくらか調子を取り戻した様子で返事をし、もう一体のエレメリアンの方にむかった。

 腕組みし、眼を閉じていたエレメリアンが、ゆっくり瞳を開き、槍を構えたブルーを見据える。

「よかろう。相手になってやるぞ、テイルブルーよ。俺の名はリヴァイアギルディ。巨乳属性(ラージバスト)を奉ずる戦士だ。おまえの槍と、俺の槍、どちらか上か。いざ、勝負!!」

「――――槍なんて、どこにあんのよ?」

 リヴァイアギルディの躰には、鎧のようなものが巻きついているが、槍らしきものは見当たらなかった。ブルーの疑問も、もっともである。

 ドラグギルディのようにその場で形成するのだろうか、と横目でレッドがリヴァイアギルディの方を見たところで、彼は躰に巻きつけていた鎧を解いた。いや、鎧ではなかった。

 それは、股間から生えた、一本の巨大な触手だった。勢いよく()ね、天を指すかのようにそびえ立つ様は、確かに槍のようだった。

 もうちょっと、うしろの方から生やせ。神話にある、海竜リヴァイアサンの名にふさわしい立派な尻尾ではあるが、そう思わざるを得なかった。

 ブルーの顔が、引き()った。

「ちょっ!?」

「いまこそ見よ、我が槍の(ひらめ)きを!」

「ちょ、ウソ、いやああああーーーーっ!?」

「ブルー!」

「よそ見をする暇があるか、テイルレッド!」

「ち、いいいーーーっ!!」

 思わず呼びかけたレッドに、クラーケギルディが無数の触手を伸ばしてくる。

 小さな触手を斬り払い、ひと際大きな触手をレッドは剣で受け止めた。硬いもの同士がぶつかった時のような音が、響き渡った。

 

 








 ある日、突然現れたツインテールの戦士、テイルパープル。
「あ、パパ、ママ!」
「パ、パパ?」
「マ、ママって、あたしのこと!?」

 彼女は、いったい何者なのか。
「可愛らしい幼女ですねえ、ウヘヘ」
「あ、トゥアールおばさんだっ。久しぶりー!」
「お、おば――?」
「しっかりしろ、トゥアール!」
「傷は浅いわよ、っていうか、なんでおばさんって言われてそんなにダメージ受けてんのよ!?」
「あらあら」
「あっ、未春おばーちゃんだ!」
「ふふっ。おばあちゃんって言われるのも、意外と悪くないわね」


 彼女は、いったいどこから来たのか。
「あの、あなたは?」
「あ、慧理那さん! ――取ってこーい!」

「む、むう、君はいったい?」
「あっ、尊さん。これ、どーぞ」
「むっ、これは、お見合いパーティーのお誘いっ!?」


 彼女の目的は、いったい、なんなのか。
「俺の」「あたしの」
 ――に、手を出すなあああああ!!

「じゃ、またね!」



 劇場版 さらば、仮面ツインテール ファイナル・カウントダウン
 公開日未定



『さらば、トゥアール』のフレーズで、電王にそんな感じのタイトルあったなー、と。あっちは孫ですが。

K・T。
人前で『トゥアール』って呼びかけて大丈夫なんだろうか、ってなんか気になったもんで。ロケーションムーブ。
 


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2-11 青と海竜の槍 / 赤と烏賊の剣

 
二〇一七年六月十七日 修正
 


 突き出されてくる触手を、かろうじて避ける。ブルーの眼でもギリギリ見えるぐらいの速度のそれは、常の状態なら、それでもどうにか(さば)くことができたはずだった。しかしいまは、自分でもわかるほど、普段に比べて躰が強張っていた。

 ウェイブランスを手に持ってはいるものの、リヴァイアギルディが槍だと豪語する股間の触手を直視することができず、槍を合わせて止めることもできない。ただ必死になって、逃げ回ることしかできなかった。

「どうした、テイルブルー、さっきから逃げ回ってばかりではないかっ。その槍は飾りか!」

「なんで、あんたの槍は、飾りじゃ、ないのよ!?」

 幾度となく引いては突き出されるリヴァイアギルディの股間の槍を躱しつつ、ブルーは怒鳴り返した。リヴァイアギルディの声には、苛立ったような、どこか失望するような響きがあった気がしたが、気にしている場合ではなかった。

 なんとか言い返しはしたものの、精神的な余裕はない。それでも言い返したのは、無理やりにでもなにか言わなければ、心が折れてしまいそうな気がしたからだ。それほどまでに、触手が襲い掛かってくることに対する恐怖は大きかった。

 幼いころから愛香は、ずっと総二を想い続けてきた。いつか総二と結ばれることを夢見てきた。はしたないかもしれないが、できることなら彼と一線を越えたいとも思っている。思春期の少女として、おかしいことではないはずだ。

 たとえ、その妄想がいろいろとエスカレートしすぎてアレな方向にむかったとしても、責められることではないはずだ。多分。

 総二も、最近はツインテールだけでなく、愛香の躰にも触れてくるようになり、それどころか愛香のことを、異性として求めてきてくれている。ずっと待ち望んでいたことだった。彼の手によって、愛香の躰が熱を持ち、頭が昂り、お互いを求め合い、あと一歩のところで中断させられる。

 そんなことばかり繰り返されていれば、イロイロと溜まってくる。それもあって、愛香の脳内妄想では、総二とスゴいことになっているが、文句を言われることではないだろう。ないはずだ。

 それはともかく、他人に話すのは(はばか)れる、アレな妄想の中に、触手があった。

 そして愛香は、触手が苦手になった。

「つおああっ!」

「ひっ!」

 腕組みして、仁王立ちしたリヴァイアギルディから、股間の槍が雨(あられ)と飛んでくる。その速度はまさに達人の域であり、いまのブルーのコンディションでは、いつ直撃を受けてもおかしくない。

 どうにかしなければと思いながらも、触手への恐怖で、躰も頭もうまく働いてくれなかった。

「ぬううっ!」

「っ!?」

 リヴァイアギルディが、触手を鞭のようにしならせ、自身の躰の周囲を旋回させた。触手本来の姿と言えるかたちに、思わずブルーの躰が硬直する。

「キョオオオオーッ!!」

「ひっ、いやあああああああーーーーーーーー!?」

 触手が、横殴りに振るわれた。躰が縮こまってしまい、反射的に眼を閉じて悲鳴を上げる。

「っ?」

 予想していた衝撃は来なかった。

 恐る恐る眼を開くと、赤いツインテールが目の前にあった。

「レッド?」

「大丈夫か、ブルー?」

 剣をリヴァイアギルディにむけて構えながら、レッドは優しく声をかけてきた。寸前でブルーを守ってくれたのだと、すぐにわかった。

「勝負に横槍を入れるつもりか、テイルレッド?」

「勝負を捨てるか、テイルレッド!」

「ツインテールを、そしてブルーを守るのが俺の役目だ。指、いや触手一本触れさせねえ。ふたりまとめて相手してやる。かかってきやがれ!!」

「レッド――」

 淡々と問いかけるリヴァイアギルディと、それとは対照的に憤慨するように声を荒らげるクラーケギルディに対し、レッドは雄々しく返した。そのレッドの言葉にブルーの顔が熱くなると同時、自分への怒りが湧き上がった。

 自分は、なにをしているのだ。レッドに、総二に守ってもらえるのは、確かに嬉しい。だからといって、守られるだけでいいのか。一対一でも勝てるかわからない幹部エレメリアン二体を、レッドだけに任せていいのか。

 いいわけが、ない。

「レッド、ごめん。もう大丈夫。クラーケギルディに集中して」

 レッドの肩に手を置いて言うと、彼女は心配そうな顔をむけてきた。

「ブルー、無理するな」

「ありがと、レッド。でも、あたしもレッドのこと、守りたいから」

 声が、躰が、震えている。それでも、逃げるわけにはいかない。

 レッドを、愛する総二を守るために。自らを奮い立たせ、レッドと見つめ合う。

 少しの間、ブルーの眼を見つめていたレッドが、ひとつ頷いた。

「わかった。任せる」

「うん」

 答え、再びリヴァイアギルディの前に出ると、槍を構えた。

「ほう」

 リヴァイアギルディが、感心するような声を洩らした。

 リヴァイアギルディの触手も含め、どんな小さな動きも見逃さないよう、しっかりと見据える。

 触手と思うな。大根と思え。あんなものは、よくしなる大根だ。そう自分に言い聞かせる。自分でもどうかと思う自己暗示ではあるが、ちょっとずつ心が鎮まってくるのを感じた。

「キョッ!」

「ふっ!」

 気合の声とともに、再びリヴァイアギルディの股間の槍が放たれた。自己暗示の賜物(たまもの)か、それとも総二への想いによるものか、槍はさっきより、よく見えた。

 リヴァイアギルディの槍の先端に、ウェイブランスの穂先を合わせる。甲高い音が、あたりに響く。

「む!」

「は、あっ!!」

 今度は、ブルーが槍を突き出す。それは逆に槍を合わされて止められ、間髪入れずに槍を返される。慌てず、ブルーも同じようにして捌き、またも槍を突き出す。

 何合(なんごう)か槍を打ち合ったところで、リヴァイアギルディが愉しそうに声を上げた。

「見事だ。さっきとは別人のようだな!」

「それは、どーも!」

 恐怖はいまだにあるが、それでも普段の動きに近いところまでは回復していた。

 さらに何合となく打ち合い続ける。時々、打ち合わずに躱して槍を突き出すが、やはり合わされて止められる。リヴァイアギルディの方は、ブルーの攻撃に対し、その場を動くことなく対処していた。まるで、不動の山を思わせる、泰然とした闘い方だった。

 周りから歓声が上がっているが、いまは気にしている場合ではなかった。ほんのわずかでも気を逸らせば、あの槍に貫かれることになる。

 この集中も、いつまで保てるか。

 危険ではあるが、どこかで虚を()かなければ。

 お互いに直撃はなく、打ち合いをはじめて数十合、リヴァイアギルディが、先ほどと同じ横殴りの攻撃を仕掛けようとするのが見えた。

 恐怖を押し殺し、タイミングを計る。

「っ!」

 触手が迫りくる。文字通り紙一重で躱すと、触手がリヴァイアギルディのところに戻りきる前に、槍を投げ放つ。

「むっ!?」

属性玉(エレメーラオーブ)兎耳属性(ラビット)!」

 槍は牽制。投擲した槍を触手で迎撃したリヴァイアギルディの懐に、強化した跳躍力で一気に飛びこむ。予想外な動きだったのか、リヴァイアギルディが目を見張った。

 この距離なら、触手による攻撃はある程度封じられる。締め上げに注意しつつ、打撃で押して、流れをこちらに引き寄せる。

 顔面目掛けて拳を放つ。腕組みを解いたリヴァイアギルディの手が、ブルーの腕に触れた。

 ふっと躰が軽くなる。斬り結ぶレッドとクラーケギルディや、こちらを見上げている人たちの姿が視界に映った。

「へ?」

 ブルーの躰は、宙を舞っていた。思わず声が洩れる。

 さほど高い位置ではなく、ふわりとした緩やかな速度ということもあり、自分の状況を認識するのに、一瞬の間があった。

 視界に逆さまに映るリヴァイアギルディと目が合う。

 股間の槍が、閃いた。

 

 

 斬りかかってくるクラーケギルディの剣を、レッドはブレイザーブレイドで真っ向から受け止めた。あたりに甲高い音が響く。

 体格差もあって、押し潰されそうな体勢ではあるが、受け止めたまま力を入れ、クラーケギルディの剣を撥ね上げた。クラーケギルディは流れるように回転し、その回転の勢いを生かして再び剣を振るってくる。

「ヒンッ!」

「おりゃあ!」

 奇妙に聞こえる掛け声とともに振るわれてくる剣を、またも真っ向から迎撃する。

「さっきみてえに、遠くからネチネチと攻撃しないのかよ!」

 闘いがはじまった当初クラーケギルディは、その無数の触手を使って遠間から攻撃してきたのだが、ブルーを助けたあと闘いを再開してからは、触手は牽制程度となり、その手に持った長剣による接近戦が主となったのだ。

 先ほどまでの戦法に比べれば幾分やりやすいのは確かだが、どういうつもりなのか。こちらを舐めているのか。

「先ほどの貴様の言葉。まさしく、姫を守る騎士のもの!」

「それが、どうした!」

 互いに声を上げながら、斬り結び続ける。

「私も全身全霊を賭けて、真っ向から貴様を上回ってこそ、姫を手に入れる資格を得ることができる。そう思ったまでのことよ!」

「やってみやがれっ。ブルーは絶対に渡さねえ!!」

 レッドの言葉のあと、周りの人々から歓声と悲鳴が上がったようだったが、いまはどうでもいい。お互いに気迫を剣に乗せ、さらに斬り結ぶ。

 頭の片隅で感じたのは、己の成長への実感だった。

 連休中に行っていた組み手と模擬戦。エレメリアンとの実戦がなかったがために、自分がほんとうに強くなったのか、不安があった。

 しかし、こうしてクラーケギルディと闘ってみると、確かな成長があるのだと自分でもわかった。

 クラーケギルディは、間違いなく強い。ドラグギルディに比べると、単純な力や速さでは幾分劣る感じだが、触手も含めた技の冴えは、脅威としか言いようがない。気を抜けば、負ける。

 だがそれでも、勝てないとは思わなかった。動きに対処はできるし、力負けもしていない。間違いなく、自分は強くなっている。ツインテールへの愛も、同じく。

 愛香への想いは、いまだに恋かどうかわからない。それでも、愛香を女の子として意識しているのも間違いはない。(きた)るべき時のために、イロイロと知識も仕入れている。まあ愛香と触れ合い、お互いを求め合い、あとちょっとのところで中断させられるということが続いているので、アレコレと溜まってもいるのだが。

 そのせいで総二の頭の中では、ツインテールだけでなく、いろんな意味で愛香とスゴイことになっている。思春期の少年として、おかしいことではないだろう。ツインテール馬鹿だった自分が、ここまで変わるとは思っていなかったが。

 ただツインテールへの愛が自然と高まっているのは、ちょっと複雑な気持ちがあった。愛香以外のツインテールに目移りしたくはない。けれど、どうしてもほかのツインテールにも目が行ってしまう時があるのだ。それも含めて精神の鍛練だとは思うが、愛香に対する申し訳なさは、なにかとあった。

 だがいまは、闘いに集中する時だ。

 愛香を守るために、クラーケギルディに勝つ。

「でりゃあ!」

「はあ!」

 さらなる気合を乗せ、またも剣を打ち合い、距離をとった。クラーケギルディから意識を逸らさず、チラッとブルーたちの方を見る。凄まじい速さで、ブルーとリヴァイアギルディは槍を打ち合っていた。しかし、いつものブルーに比べて、動きに余裕がないように見え、無理をしていることが(うかが)えた。

 一分一秒でも早くクラーケギルディを斃し、ブルーの加勢をしなければ。

「ヒンッ。(あら)さはあるが、思い切りのいい見事な太刀筋だ。私も本気を出させてもらおう!」

「やってみやがれ!」

 言葉のあとクラーケギルディが、剣をだらりと下げ、無造作に佇んだ。

「っ?」

 その姿に、言いようのない警戒心が湧いた。とはいえ、じっとしているわけにはいかない。ブルーの加勢に行かなければならないのだ。

 剣を構え直し、クラーケギルディにむかって走る。

 間合いに入った。跳躍し、剣を振りかぶる。

「おおりゃあああっ!!」

 クラーケギルディの脳天目掛け、渾身の力をこめて振り下ろす。クラーケギルディの剣は、動かない。

 レッドの剣が、クラーケギルディの目前で止まった。

「なにっ!?」

 剣を止めたのは、クラーケギルディの触手だった。触手が網のように編まれ、レッドの攻撃を(はば)んでいた。

 一瞬の停滞のあと、剣が()ね返された。レッドの躰がゆっくりと宙に浮かされたところで、クラーケギルディが剣を構えた。

「ヒンンンッ!!」

「うお!?」

 先ほどのレッドにも引けを取らない気合を乗せたクラーケギルディの斬撃を、ギリギリで受け止めると、なんとか受け身をとって一旦距離を置く。

 クラーケギルディは追撃を行わず、こちらを見ていた。

「いまの攻撃を凌ぐか。さすがだな、テイルレッド」

「いまのは」

「私の触手は、攻撃に使うだけが能ではない、ということだ」

「くそっ!」

 賞賛を含んだクラーケギルディの言葉ではあったが、レッドは思わず渋面を作った。

 単純な力や速さなら、確かにドラグギルディの方が上。技量に関しては、おそらく同等。問題は、やつの戦法。

 さっき剣を受け止められた時、まるで力を吸い取られたかのように、剣が速さを失っていった。網状に組んだ触手で剣をやわらかく受け止め、トランポリンのように撥ね返し、体勢を崩したところに追撃する。剣でこれなのだから、拳や蹴りでも同じことだろう。下手をすれば、触手で絡めとられかねない。グランドブレイザーでも、断ち切れるかどうか。

 ブルーのような幅広い戦い方ができないレッドからすれば、やっかいきわまりなかった。

 どうする。

 再びクラーケギルディと斬り結びながら、レッドは思考をめぐらせた。

 

 

 宙に飛ばされたブルーに、リヴァイアギルディの槍が迫る。属性玉変換機構(エレメリーション)を使う猶予はない。思考する前に、躰が動いた。

 拳で、迫る槍の側面を殴りつける。勢いで視界が回転するが、慌てない。地面が迫るが、視界に地面が見えているのなら問題はない。受け身をとり、その勢いのまま立ち上がった。

「なんとッ」

「ううっ、触手触っちゃったぁ」

 リヴァイアギルディの驚きとも賞賛ともつかない声が聞こえたが、気にする余裕はなかった。ただでさえ苦手な触手を相手取り、精神的に疲弊(ひへい)しているところに、グローブ越しとはいえ、その触手に触れてしまったのだ。思わず泣きそうになる。

 タイミング的に髪紐属性(リボン)を使う余裕はなかったとはいえ、嫌なものは嫌だ。

「キョッ、大したものだな、テイルブルー。あの状況で俺の槍を凌ぐとは。巨乳でないのが実に惜しい」

「っ!」

 悪気はないのだろうが、貧乳を示唆するようなリヴァイアギルディの言葉に、怒りが湧き上がった。

 鋭く睨みつけると、リヴァイアギルディが目を見張り、わずかに身構えた。

「む、この気迫。なるほど。触れるなとはそういうことか」

 リヴァイアギルディが、なにかに納得するような呟きを洩らしていた。

 すぐにでも怒りの拳を叩きこんでやりたいところだったが、うかつに飛びこめばさっきの二の舞になる。

 リヴァイアギルディがまたも腕組みし、仁王立ちの体勢になった。槍を放ってくるそぶりはない。

 ならば、とブルーは口を開いた。

「まさか、エレメリアンが投げ技なんて使うとは思わなかったわよ」

「懐に飛びこんで俺の槍を封じようとする者は、おまえだけではないということだ。もっとも、実際に飛びこめた者はほとんどおらん。そして、あの状況で俺の槍を防いだ者は、おまえがはじめてだ。ほんとうに、大したものだ」

 リヴァイアギルディはそこで言葉を切って、(かぶり)を振った。

「いや、ドラグギルディを斃した戦士の片割れと考えれば、この程度は当然か」

「――――?」

 どこか愉しそうな、独り言のようなその言葉がふと気になった。

「あんた、ドラグギルディと知り合いなわけ?」

「っ。やつとは、旧知の仲だ。もっとも、ツインテールの戦士とはいえ人間に敗れるようなやつを、友と呼んでいた自分が恥ずかしいがな!!」

「っ、あんた、ふざけたこと言ってんじゃ」

 ドラグギルディを侮辱する言葉に頭がカッとなったが、リヴァイアギルディの姿にその怒りが薄れた。

 触手が、なにかに堪えるように震えていた。思えば、さっきの言葉も、まるでごまかすように声を荒らげていたような気がした。

「くっ!」

「っ、レッド!」

 ふっ飛んできたレッドが、体勢を立て直しながら着地した。クラーケギルディは泰然としながら、ゆっくりとレッドの方に歩いていく。レッドは剣を構えながらも、攻めあぐねている様子だった。

 どうする、とブルーは考えをめぐらせた。

 リヴァイアギルディの投げは、とてつもない練度だった。気がつくと投げられていたという、流れるような動きだけではない。おそらくは、自身の槍の刺突を、確実に当てるための状況を作り出すための投げ。それだけの修練を積んできたのだろうあの技術は、体術に自信のあるブルーでも、また同じように投げられかねないほどのものだ。

 ならば槍による打ち合いを制するしかないが、ブルーの集中もすでに限界が近く、それも難しい。

 一旦、撤退するしかないかもしれない。

 犠牲者が出てしまうかもしれないが、自分たちが敗れては元も子もない。口惜しさと申し訳なさを押し殺して自分にそう言い聞かせていたところで、リヴァイアギルディがクラーケギルディを見た。

「クラーケギルディ、引き上げるぞ」

「なんだと!?」

「え?」

「なに?」

 クラーケギルディが怒鳴り返し、ブルーはレッドとともに困惑した。

「今日は小手調べだ。そもそもこの場所では、本気は出せても全力は出せん。クラーケギルディ、おまえとてテイルレッドとの決着をつけるのに、お互いの全力を出せずに終わっては納得いくまい?」

「ぐっ、それはそうだが、しかし」

 リヴァイアギルディの言葉に、クラーケギルディは渋った様子だった。リヴァイアギルディはため息をつくと、クラーケギルディの肩を掴み、引き()りながら歩き出した。

 リヴァイアギルディの歩く先に、光の門が現れた。引き摺られながらも往生際悪く触手を(うごめ)かせ、ジタバタするクラーケギルディではあるが、リヴァイアギルディの言葉の正当性は認めているのか、リヴァイアギルディを振り払うことはしない。リヴァイアギルディも特に気にすることなく歩き続ける。

 ブルーの躰から力が抜け、思わずへたりこむ。リヴァイアギルディが、振り返ることなく声を張り上げた。

「ツインテイルズ。今日のところは勝負を預ける。次の闘いで決着をつけるぞ!」

「ぐううっ、姫、姫えええええーーーーー!!」

 光のゲートに消えていく瞬間、クラーケギルディが声を張り上げ、一本の触手を伸ばしてきた。

「ブルー!」

「え?」

 レッドの叫びが聞こえた。ブルーにもそれは見えていたが、反応が遅れる。

 ブルーの手の甲に、触手が優しく触れた。

「え、お、きゅー」

 それがトドメだった。ブルーの意識が遠のいていく。

 意識が完全に途切れる寸前、安らげる温もりがブルーを包んだ気がした。

 

*******

 

 危なかった。

 人気(ひとけ)のない裏路地で、変身の解除されたブルー、愛香の顔を見て、レッドはそう考えるとほっとひと息ついた。

 (はた)から見てもわかるほどに、ブルーは疲れきっていた。そこに、クラーケギルディの触手に触られてしまったことで、限界が来てしまったのだろう。

 気絶して躰が発光したブルーを瞬時に抱え上げると、目くらましとして、自分たちを包むようにオーラピラーを薄く展開しながら、周りの観客たちの間を突っ切った。そしてどうにかここを見つけ、駆けこんだのだ。

 ただ気絶するだけなら、そこまで問題ではない。

 トゥアールから、通信が入った。

『力を使い果たした時や、気絶してしまった時に変身が強制解除されてしまうのは、やはり危険ですね。次のメンテナンスで、テイルギアに対策を施します』

「頼む。俺も、今回のは肝を冷やしたよ」

 人前で変身が解除され、正体が世間にばれたら、あらゆる意味で危険だ。

 レッドたんとか言ってる連中に、テイルレッドの正体が男だとばれたら、どんなことをしてくるのかわからない。う、裏切られた、と思ってしまう者が出てくる可能性もある。なぜか、それでも、ハアハアとか言ってきそうな連中がいそうな気がするが、気のせいだろう。どちらにしても嫌だが。

 テイルブルーも、正体がばれたら、迫ってくるやつやストーカーが出ないともかぎらない。そういった存在は精神的に負担になるだろうし、なによりも、変身後だけでも嫌だというのに、変身前まで他人にいやらしい眼で見られるなど、たまったものではない。

 アルティメギルの方は、そこまで問題はないような気がした。武人気質の多い連中なので、奇襲をかけてくることは考え(にく)い。楽観的な見方であることは承知しているので、ばらす気はないが。あくまで危険度を比較しての話である。

「ぐ、ぐむ~」

 呻く。なんで敵であるアルティメギルに知られるより、味方のはずの一般人に知られる方が危険に感じられるんだろう、と頭が痛くなった。

 痛む頭を押さえて、ため息をつく。とりあえず、もう変身は解除していいだろう。

『駄目です、総二様!!』

「え、っ!?」

 変身を解除したところで聞こえた、トゥアールの慌てた声にキョトンとした直後、総二の眉間に電流のような刺激が、ティキィンと走った気がした。

 この感じ、ツインテール。それも、見知ったツインテールの気配だ。

 不意に、背後から影が差した。ツインテールの気配は、その影の方からだった。慌てて振り返る。

 ツインテールを振り乱した、慧理那がそこにいた。

「観束君が、テイルレッド――?」

 茫然と、慧理那が呟いた。肩で息をしているところから、急いで追って来たのだろう。人の眼を攪乱(かくらん)しつつ走ってきたため、追ってくるのは相当に難しかったはずだ。

 なぜそこまでして。

「ち、違うんです、これは、そのっ」

 どうにかごまかそうと口を開くが、戸惑いと混乱でうまく言葉が出てこない。戦闘での判断力は上がったつもりだが、アドリブ力のなさは生来のものらしい、と頭の冷静な部分で他人事のように思った。

「か、会長っ?」

 総二がなにかを言う前に、慧理那がゆっくりと壁にもたれかかり、崩れ落ちていく。衝撃的にもほどがある事実についていけず、卒倒してしまったのかもしれない。

『総二様、私にいい考えがあります!!』

「なんだ!?」

 なぜか言いようのない不安を湧き立たせるトゥアールの言葉に、(わら)にも(すが)る思いで聞き返す。

『見られたなら、とりあえず裸にひん剥いてください。早く、早く、 Halleyyyyyy(早あああああああく)!!』

「裸にしてどうすんだよ!?」

 不安は、総二の想定を遥かに超えるヒドイ言葉で肯定された。彼女はなおも、大津波のごとき勢いでまくし立ててくる。

『その幼い肢体を眼に焼き付け――、ではなくて、写真を撮って脅すんですっ。誰かにばらしたらネットに流す。それが嫌なら私と――、ではなく、正体を知られたヒーローと、恥ずかしい写真を撮られた合法ロ――、女の子っ。ほぼ対等の条件です!!』

「どこがだああああああああああ!!」

 外道王になれ、と言わんばかりのトゥアールの言葉に総二は絶叫した。ところどころに欲望丸出しの言葉が入っていたが、ツッコむ余裕はなかった。もう自分も気絶していいかな、と全部投げ捨てたくなるような心境だった。

「どうすりゃいいんだよ、気絶した女の子を二人も抱えて」

 周りには、まだギャラリーがうろついている可能性もある。目撃されて、ツインテイルズとの関係を勘ぐらせたり、あらぬ誤解を招きたくなかった。

 愛香を優しく壁にもたれかけさせ、倒れた慧理那の方に近づく。

 それを遮るように、別の影が割りこんできた。またも見覚えのあるツインテール、いや顔だった。

「さ、桜川先生」

 慧理那のメイドでもある、桜川尊教諭だった。

「お嬢様は軽いが、さすがにひとりで二人を抱えるのは厳しいだろう。お嬢様は私に任せたまえ、観束君」

 尊の声は淡々としていて、態度も冷静なものだった。この状況を予期していたのかもしれない。

「その代わり、聞かせて貰えるな、君たちのことを」

「それは」

「世間での乱痴気(らんちき)騒ぎを見れば、隠したいという気持ちはよくわかる。だがお嬢様は、これまで何度も狙われているのだ。目を伏せて、傍観者を気取ってはいられんよ」

 威圧ではなく、嘆願するような声だった。総二はちょっとだけ考えると、ひとつ頷いた。

「わかりました。でも、約束してください」

「ああ、誰にも話さん。この、私の名前を妻の欄に書いた婚姻届けに誓おう」

「俺には愛香がいますので結構です」

 ピラッとどこからともなく取り出した婚姻届けを見せながら言う尊に、総二は淡々と断りを入れた。この数日で十回は婚姻届けを渡された相手であることもあるが、大観衆の前で愛香への愛を叫んでしまったために、なんだかいろいろとふっ切れてしまったのだ。

 尊たちを基地に招いていいか、トゥアールに確認を取る。

 どことなく悔しそうなトゥアールの承諾を得ると、総二は愛香をおぶった。

 尊も慧理那をおぶったのを見て取ると、頷き合い、総二の家にむかう。

 愛香の体温と、背中に当たるわずかな膨らみに、総二の顔が熱くなった。

 



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2-12 新たな仲間

 
二〇一七年六月十七日 修正
 


 どうにか誰にも見咎められることなく、総二の家に着いた。自宅である喫茶『アドレシェンツァ』は、閉店前の時間であるにもかかわらず、閉まっていた。

「ここが?」

「はい。俺の自宅でもありますけど。あ、隣は愛香の家です」

「ふむ」

 気絶した慧理那を背負った尊の問いに、総二も気絶した愛香を背負ったまま答えた。店の前には、なにやら沈んだ様子の男がいた。多分、客だとは思うのだが。

 いままでは、店主である母の気分次第という経営方針、と呼んでいいものではないと思う経営方針のために、それほど混雑する店ではなかった。それが最近、ちょっとずつ客が増えている気がするのだ。時期的には、トゥアールが来たあたりからだろうか。実のところ思い当たる理由はあるのだが、できれば気のせいであって欲しいことだった。

 店の前で哀愁を漂わせている男を尻目に、裏口に回る。裏口で、待ち構えていたように母が出迎えた。

「トゥアールちゃんから話は聞いたわ。さ、早く入って」

「なんで六時前に店閉めてんだよ。なんか黄昏(たそが)てるお客さんいたぞ」

「まあまあ、いいからいいから。基地にレッツラゴー!」

 促され、地下基地に繋がる、店の奥にあるエレベーターにむかう。総二たちを先導する母は、この事態を大いに楽しんでいるようだった。レッツラゴーってなんだと思わなくもないが、特に気にする必要もないだろうとも思った。

 とりあえず愛香を起こすために、彼女をおぶったまま躰を揺する。何度か試すが、愛香は目を醒まそうとしなかった。かなり疲れていたようだったので、無理もないかもしれない。

 そこまで考えたところで、触手一本触らせないと啖呵を切っておきながら、結局触らせてしまったということに気づき、なんとも言えない敗北感を抱いた。

 おのれ、クラーケギルディ。次こそ決着をつけてやる。愛香は絶対に渡さない。改めてそう決意する。

 まあ、目を醒まさないならしょうがない。もうちょっと、おぶっていることにしよう。別に、久しぶりに愛香の躰に触れられるのが嬉しいとか、そういうわけではない。ないったらない。

「んふふ~。ねえ、総ちゃん」

「な、なんだよ、母さん」

 からかうような笑みを浮かべた母に、努めて落ち着いて返す。愛香のことでからかわれるのは、悪い気はしないが気恥ずかしい。なにを言ってくるのかと、わずかに身構えた。

「おぶってるのも大変でしょ。愛香ちゃんのこと、起こそっか?」

「え、い、いや、いいよ。無理に起こすのも悪いしさ」

「あら、そう。よかったわね~、愛香ちゃん」

 母は笑みを消さず、楽しそうに言っていた。最後の言葉は、愛香にむかってのものだった。かすかに、愛香の躰に力が入った気がした。

「いや、だから、愛香は気絶してるんだって」

「そうね~。ちゃんと、気絶し続けてるわね~。ふふ、頑張りなさい、総ちゃん。男の子なんだから」

「わかってるさ。意地があるからな、男の子には」

 母の言葉に愛香のツインテールが震えた気がしたが、気のせいということにしておこう。

 それはともあれ、母の言葉に総二は、自分の心に火が着いたのを感じた。

 クラーケギルディの戦法に、なにかこれといった打開策があるわけではない。それでも、やつとは自分が闘う。たとえ、無謀と言われようとも。

 愛香の苦手とする触手の問題もあるが、その愛香を賭けての決闘なのだ。逃げるわけにはいかない。

「どうした、観束君。立ち止まって?」

「いえ、いま行きます」

 不思議そうな尊の言葉に答えると、再びエレベーターにむかう。

 エレベーターはチューブのシューターのようなかたちをしており、駆動音がまったくしない。

 そのエレベーターにも尊は驚いていたが、下に移動する途中に見える地下基地の様相に、さらに驚愕した。

「普通の喫茶店の地下に、こんな秘密基地があるとは」

「ふふっ、部外者が入るのは、あなたたちがはじめてなのよ?」

「いや、母さんも部外者なはずなんだが」

 気にしない方がいいことなのだろう。そう思った。

 ほどなくして、基地に着いた。

 愛香をおぶったまま、コンソールルームに入る。プンプンと怒ったトゥアールに出迎えられた。

「起きてください、愛香さんっ。押しつけるおっぱいもないくせに、おんぶしてもらうなど言語道断(ごんごどうだん)っ。殿方にとっては重い荷を背負うだけの苦行っ。手ぶらで歩いた方が絶対に楽しいです!」

「おはよう、トゥアール。夕飯のメニューは決まったかしら?」

 トゥアールの声に応えたのは、眠っているはずの愛香の声だった。底冷えのする声を返したあと、打って変わって恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。

「そーじ、あの、ありがと。重かったよね。もう大丈夫だから」

「お、おう、どういたしまして」

 声は、上擦っていた。ゆっくりと愛香を降ろし、顔を見る。

「べ、別に、重くなかったからな」

「う、うん」

 優しくそう言うと、愛香は嬉しそうにはにかんだ。

 少しして、顔色がテイルブルー、もとい真っ青になっているトゥアールに、愛香がむき直った。

「それじゃあ、トゥアール。はじめよっかー?」

「ま、まだ、メニュー決まってませんよっ。最後の晩餐は!?」

「あ、まだ決まってなかったんだ」

「そ、そうですっ。だから」

「うん、わかった。じゃあ、あたしが決めてあげるね。きちんとお供えしてあげるから、心配しないでね?」

 愛香の答えは、にべもなかった。ほがらかさすら感じられるその言葉に、トゥアールの顔が真っ青を通り越して蒼白になった。

 そして、処刑がはじまった。

 

*******

 

 総二たちによる説明が終わったあと、慧理那が(かぶり)を振った。

 なにかを言おうとして、しかしうまい言葉が浮かばなかったのか、視線をどこへともなく漂わせる。

 ようやく落ち着いたのか、慧理那が大きく息をつき、呟いた。

「やっぱり、夢ではなかったのですね」

 愛香の処刑によって九割八分殺しにされたトゥアールが復活するのと、気絶していた慧理那が眼を醒ましたのは、ほぼ同時だった。覚醒した彼女に地下基地を見せ、総二たちのことを話した。

 実のところ、自分たち、ツインテイルズのことを話すかどうかは、最後まで悩んだ。うまく口裏を合わせて、夢でも見たのだということにできないか、と尊に提案もしたのだが、それは無理だとはっきり断られてしまった。尊自身、事情を知りたいのは同じだと言われ、これからも慧理那が狙われ続けるだろうことを考えれば、やはりこのままというわけにはいかない、とも続けられれば、納得せざるを得なかった。

 トゥアールの世界が滅ぼされたことと、総二たちとドラグギルディの関係のことは伏せ、これまでの大まかな事情を説明した。ドラグギルディとのことに関しては、あまり他人に話すことではないと思ったのだ。

 椅子に座ったまま総二は、同じく椅子に座っている慧理那と尊を見やる。説明を咀嚼していたのだろう、なにかを考えていた様子の慧理那が、口を開いた。

「そうですか。異世界を渡る怪物、エレメリアン」

「それにしても、学園きっての問題女子二人が、揃ってツインテイルズ関係者とはな。世間は狭いものだなあ」

 婚姻届けを配りまわる問題教師が言うことだろうか、と思わなくもないが、さすがは慧理那の護衛と言うべきか、尊は冷静さを取り戻しているようだった。それどころか、すでに場に馴染んでいるようにも見えた。

 愛香とトゥアールは、椅子に座らずに壁にもたれかかっていた。愛香の顔とツインテールはどこか暗いもので、落ちこんでいるのがわかった。トゥアールの顔も、浮かないものだった。

「ごめん、そーじ。あたしのせいで」

「いえ、私も慧理那さんの接近に気づくのが遅れました。愛香さんのせいではありません」

 慧理那たちを巻きこむ原因を作った、と二人は落ちこんでいるようだった。接近に気づかなかったのは総二も同じであるし、二人を責める気はない。ただ、二人の言い方だと慧理那が悪いことをしたようにも聞こえてしまう。

 責任を感じている二人の気持ちもわかる。ここは、自分がフォローしなければ。

「それは」

「どなたのせいでもありません。わたくし、少し前から、あなたたちがツインテイルズとなにか関係があるのではないか、と思っておりましたもの」

「っ、な、なんだって!?」

『っ!?』

 総二の声を遮った慧理那の言葉に、総二たちは揃って驚愕した。

 愛香とトゥアールが壁から身を離し、慧理那の方に近づいてくる。

「最初、テイルレッドに会長と呼ばれた時、もしかして陽月学園の生徒なのではないか、と思ったのです。そして、ツインテールを愛する限りという言葉で、ツインテール部を作り、ツインテールが好きだと堂々と言い切る生徒を思い出しました。そのうえで思ったのです。フィクションの中のヒーローたちは、『変身』して悪と闘います。テイルレッドの正体は、幼い少女とは限らないのではないか、と」

 慧理那はそこで言葉を切ると、愛香とトゥアールの方を見た。

「その生徒と同じツインテール部に所属し、尊が一(もく)置くほどの強さを持ったツインテールの女子生徒と、編入試験を満点でパスした天才少女。飛躍しすぎかもしれませんが、そこから、観束君がテイルレッド、津辺さんがテイルブルー、トゥアールさんはお二人のサポートをしてらっしゃる立場なのではないか、と考えました」

 慧理那が、再び言葉を切った。愛香の方に顔をむける。どこかこわがっているような、いや、怒られるのをこわがる子供のように見えた。

 意を決したように、慧理那が口を開いた。

「津辺さん、ごめんなさい。あなたは、正体がばれないようにすぐ立ち去っていたのですよね。それなのにわたくしは、テイルブルーに会いたいという身勝手な理由で、自分からアルティメギルに狙われやすいように外に出ていたのです。そのせいで、尊にも、周りの人たちにも迷惑をかけてしまいました。ほんとうに、ごめんなさい」

 最後は、泣きそうな声になっていた。

 そういうことか、と愛香が納得するように呟いたのが聞こえた。慧理那がアルティメギルに襲われることについて、なんとなく引っかかるものがあると、愛香は言っていた。そのことにだろう。

「慧理那ちゃん、泣くことないわ」

 母、未春が、優しい笑みを浮かべて言った。

「で、でも、わたくしは」

「桜川先生は、いまの話を聞いて慧理那ちゃんを嫌いになりましたか?」

「そんなこと、あるわけありません。お嬢様を守るのが私の使命。私自身が、そう決めたことですから」

 尊の声は、優しく、それでいて堂々としたものだった。心の底からそう言っているのだと確信できる、そんな声だった。

「総ちゃんたちは?」

「ゲヘヘ、泣いてる慧理那さん、かわいシャバ!?」

 涎を垂れ流してろくでもないことを口走っていたトゥアールの頭に、愛香が豪快なハイキックを叩きこんだ。蹴りによって、空中で数回転して床に叩きつけられたトゥアールは、ピクピクと痙攣(けいれん)していた。なにやらヘラジカの角を頭から生やした単眼の超人が見えた気がしたが、多分愛香のオーラがそれを見せているのだろう。すさまじいド迫力だった。

 愛香は足を下ろすと、倒れ伏したトゥアールに構わず、慧理那に微笑みかけた。

「会長。あたしは、純粋に応援してくれる会長みたいな人がいて、嬉しかったです。それに、あたしのことを信じてくれてたから、そんな無茶してたんでしょ。嫌いになんてなれませんよ」

「俺も同じですよ、会長。会長は、愛香のことを応援してくれてた。それどころか、ひとりで闘ってる愛香のことを心配してくれた。テイルレッドが現れて、テイルブルーがひとりで闘うことがなくなってよかったって言ってくれて、俺も嬉しかった。なにより、俺たちのことを信じて、ツインテールをやめないでいてくれる人のことを、嫌いになるわけがありませんよ」

 愛香に続いて、総二も微笑んで語りかけた。総二の言葉の最後で、ふっと慧理那のツインテールが曇った気がしたが、すぐに笑顔を浮かべた。

「ありがとう、ございます」

「会長。それで、俺たちのことだけど」

「はい。誓って、ツインテイルズの正体を吹聴するようなことは致しません。これ以上、皆さんにご迷惑をおかけしたくありませんし」

「ありがとうございます」

「いえ、お礼を言われることではありませんわ。それより、わたくしになにかできることがあればいいのですけれど」

 ふと慧理那の美しいツインテールを見て、以前考えていたことを思い出した。浮気とかそういうものではない。

 総二は席を立って、壁の格納棚にむかった。そこに置いてある、愛香が使うことのできなかった黄色のテイルブレスを掴み、トゥアールにむき直った。彼女は、愛香の蹴りのダメージから回復して、立ち上がったところだった。

「トゥアール。このテイルブレス、会長に託していいか?」

「慧理那さんに、ですか?」

「ああ」

 総二の言葉に、トゥアールが考えこんだ。

 テイルブレスを起動できるほどの強いツインテール属性を持つ者と聞いて、愛香以外で総二が最初に思い浮かべたのは、慧理那だった。意図したものではなかったが、こうして話をしてみて、人となりも充分に信頼できるものだとも思えた。彼女ならば、と総二は思う。

 総二の手から、ブレスがひょいっと摘み上げられた。

「え、って桜川先生?」

「ふーむ」

 ブレスを揺らしながら顔を近づけ、尊がさまざま角度からそれを観察する。

 尊が、得意げな顔を浮かべた。

「話を聞くかぎりでは、ツインテールの女性であることが、変身するための条件ということだな。まあ観束君は例外らしいが。つまり、私にこれを託してくれるということだな、観束君?」

「え」

「え、ってなんだ、えって。なんか驚きのリアクションとしておかしくないか。え、あなたまさか、その年で変身するつもりですか、の『え』じゃないか、それ、え?」

「イエ、マサカ、ソンナコトハ」

 尊の詰問に、総二は片言で答えた。彼女のツインテールに詰め寄られると、思わず正直に言ってしまいそうになるが、どうにか堪える。

「いえ、それは無理です、桜川先生」

 トゥアールが、静かに首を振った。

「む、なぜだ、トゥアール君?」

「簡単なことです。桜川先生には、ツインテール属性がありません」

「ツインテールなのにか?」

「なにかを愛する心、執着する心、なにかしらの思い入れから生まれるのが属性力(エレメーラ)ですから、ただツインテールにしているからといって、必ずツインテール属性が芽生えるというわけではないんです。桜川先生自身は、慧理那さんのそばにいながら一度も狙われたことがありません。そのことから、桜川先生にツインテール属性がないのは明白。タイルと見まごうばかりの超絶貧乳であるにもかかわらず、貧乳属性(スモールバスト)が芽生えない人もいるわけですし」

 その言葉に、愛香はトゥアールの躰を引っ掴むと、ゴロゴロと転がしはじめた。あれやこれやという間にトゥアールの躰がダンゴのように丸まったかと思ったところで、愛香は軟素材の床を生かし、彼女をバスケットボールに見立ててドリブルをはじめる。何度かトゥアールを弾ませると、愛香は彼女を床に思いっきり叩きつけて強くバウンドさせ、天井に激突させた。便器に流されないだけよかったのだろうか、とよくわからないことが頭に浮かんだ。

 ヘルバウッ、と奇妙な悲鳴を上げて落ちてきたトゥアールに構わず、尊が残念そうにうつむいた。

「そうか。私が変身できれば、お嬢様を守ることができると思ったのだが」

「尊」

「力至らず、申し訳ございません、お嬢様」

「そんなことありませんわ。尊の気持ち、わたくしはとても嬉しいです」

「お嬢様っ」

 感激したように、尊が躰を震わせた。少し経って、はっと顔を総二にむけてきた。

「なるほど。私は結婚を控えた身、躰を労われと。そういうことだな、未来の夫、観束君?」

「いえ、俺の未来の妻は愛香ですから」

 いえ、全然そういうことじゃないです、という言葉が出る前に、総二はそう口走っていた。あたりが静寂に包まれる。

「ふぇっ!?」

「はっ!?」

 数秒ほどして、顔を赤くした愛香がかわいい声を上げた。それによって自分がなにを言ったのかに思い至り、総二も思わず声を上げた。顔が熱い。

 我ながらなんということを、と思う。愛を叫んでしまったせいだろうか。

「アラアラウフフ、アラフアラフ」

「ま、まあ、それは置いといて」

 気に入ったのだろうか、母が前にも言っていた言葉を口にしながら、楽しそうに笑った。

 ツッコむと藪蛇になりかねない。そう考えると、ゴホンと咳払いをした。

「桜川先生。テイルブレスを」

「ん、ああ」

 尊からテイルブレスを返してもらうと、慧理那の前に立ち、差し出した。

「ツインテイルズになってもらえませんか、会長」

「わ、わたくし、ですの!?」

 困惑したように、慧理那が一歩、後ずさった。

「テイルギアが増えるって聞いた時、まず俺の頭に浮かんだのが、会長だった」

「ほ、ほんとうですの?」

「はい」

 慧理那のツインテールを見つめてはっきりと頷き、フラフラと立ち上がったトゥアールに顔をむける。

「もちろん、このブレスはトゥアールの物だ。トゥアールが駄目だって言うのなら」

「いえ、実は私も、慧理那さんのことを考えていました。この世界で私が知っている人の中で、総二様と愛香さんを除けば、慧理那さんが最も強いツインテール属性の持ち主のひとりですから」

 そういえば、戦力増強の話の時、トゥアールは誰か心当たりのあるそぶりを見せていた。あの時、すでに慧理那のことを考えていたのかもしれない。

「強い反応はほかにもいくつか確認しているんですが、やはり正義の心を持った慧理那さんが最もふさわしいのではないかと」

「ああ。俺もそう思う」

「せ、正義の心だなんて」

「謙遜することはありませんよ、慧理那さん」

「そうですよ、会長」

「それでトゥアール。本音は?」

「慧理那さん、私好みの幼い容姿なので、仲間に引きこんだらうまく口説き落として私の」

 横から挟まれた愛香の言葉に、思わずといった調子でトゥアールが答えた。言葉の途中で愛香はトゥアールの背後に回ると、彼女の腰の前に腕を回し、手と手を組む、いわゆるジャーマンスープレックスの準備態勢となった。するとさらに、尊が愛香の背後に回り、同じように愛香の腰の前に腕を回してクラッチした。トゥアールの言葉から、自分の(あるじ)に対する不埒(ふらち)なものを感じたのかもしれない。

 その細身の躰のどこにそんな力があるのか、尊が愛香たちを抱えて、ブリッジの要領で大きく身を反らした。愛香もまた、その勢いを生かして大きく身を反らし、抱えたトゥアールの脳天を床に叩きつける。愛香と尊のタッグによるツープラトンのジャーマンスープレックスが、トゥアールに炸裂した。

 なんとなく恥ずかしさを感じる体勢でダウンしているトゥアールはそのままに、愛香が総二に近づいてきた。

 彼女のツインテールからは、非難とも、不安ともつかない思いが見えた気がした。

「そーじ」

「いや勘違いしないでくれ、愛香。俺は会長に、闘いに参加してもらうつもりはない。それは俺と愛香の仕事だからな。でも、会長はこれからもあいつらに狙われ続けるだろ。だったらいっそのこと、予備として眠らせておくんだったら、自衛の手段としてテイルギアを使ってもらえればって思ったんだ」

 不安そうな愛香のツインテールを撫でながら静かに、しかし強く訴える。

「それに会長なら、絶対にテイルギアを悪用したりしない。愛香だって、そう思ってるはずだ」

「それは、そうだけど。でも」

「会長のツインテールを見れば、わかる。ツインテールは、心だ」

「は?」

 総二の言葉に、愛香がキョトンとした。

「会長のツインテールは、会長の心そのものだ。いつだって変わらない、普遍のもの。だから、信じられる。千の言葉より、一のツインテールだ。よき時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も(すこ)やかなる時も、決して変わることのないもの。それが、ほんとうのツインテールだろう。愛香、おまえのツインテールと同じように、さ」

「いや、その」

 愛香のツインテールを優しく撫でながら、彼女の眼を見つめて精一杯の言葉を紡ぐ。

 愛香は顔を真っ赤に染めながらも、まだなにか言いたげだった。

 ここは、一気に押しこむべきだ。そう考え、さらに口を開く。

「だから愛香」

「結婚しよう、観束君っ。いや、もう観束でいいよなっ。そのうち私もその姓になるんだし!」

 総二の言葉は、突然抱き着いてきた尊のために、途中で止まった。なにが心の琴線に触れたのか、尊は感極まったように号泣していた。

 いつの間にか復活していたトゥアールが、目を吊り上げた。

「なにをしますか、この年増ーっ!!」

「黙れっ、いまの言葉を聞いて、結婚するなと言う方が無理だ!」

「どさくさに紛れてふざけたこと言ってんじゃないわよ!!」

「よろしい、ならば戦争だ。さあ来い、津辺。男は、拳で勝ち取るものだ!!」

 観束愛香。ふと頭に浮かんだ言葉に、総二の顔が熱くなった。ずっと愛香との触れ合いを我慢していたためか、それとも愛を叫んでしまったためなのか、どうもなにかにつけて愛香のことばかり考えてしまう。

 愛香と尊が激闘を繰り広げ、それになんとか加わろうとしてはペチッとトゥアールが弾き飛ばされる。そんな、おそらくは三つ巴と言える闘いを横目に、総二は熱くなった顔を冷ますため、首をブンブンと横に振った。

「ああっ、なんて素晴らしい日なのかしら。お嬢様にメイドさんまで加わって、ますますツインテイルズが充実していくわ。ねっ、総ちゃん?」

 はしゃぐのはともかく、あのコスプレを披露するのだけはやめてくれ。未春の言葉に、総二はそう願わずにいられなかった。

「津辺さん、観束君。心配してくださって、ありがとうございます。でも、わたくしも一緒に闘わせていただけませんか」

 慧理那の声が、室内に響いた。その強い意志を感じさせる言葉に、愛香たちの闘いがピタリと止まった。誰ともなく、彼女の方に顔をむける。

 慧理那は、むけられる視線にたじろぐことなく、はっきりと言葉を紡ぎはじめる。

「わたくしも、あなたたちのようなスーパーヒーローになりたいのです。悪と闘うことに、なんの恐れもありません」

「会長。あいつら、ただの悪党じゃなくって、変態なのよ。(はた)から見てどうだか知らないけど、会長が憧れるようなかっこいい闘いなんてしてないのよ、あたしたち」

「彼らがどれだけ常軌を逸した存在かは、身をもって理解しているつもりですわ、津辺さん」

 エレメリアンの変態ぶりを思い出しているのか、うんざりしたように愛香が言うが、慧理那の意思は固いようで、それにはっきりと答えた。実際、慧理那は何度も襲われているため、口だけというわけでもないだろう。

 それでもなお悩むそぶりを見せる愛香に、慧理那がさらに訴えかけた。

「もう、守られるだけなのは嫌なのです。わたくしに力があるのなら、ツインテイルズになる資格があるのなら、どうかわたくしを、あなたたちの仲間にしてください!!」

 トゥアールの方を見る。総二の視線に気づいた彼女は、ちょっとだけ考えこむ様子を見せたあと、頷いた。

 トゥアールに頷き返し、総二は愛香に顔をむけた。

「愛香」

「わかったわよ」

 観念したようにため息をついたあと、愛香がそう言った。慧理那の顔が、パッと明るくなった。

 愛香に頷くと、慧理那の方にむき直った。ブレスを差し出す。

「それじゃあ、会長。受け取ってください」

「津辺さん、観束君。お二人で、嵌めていただけませんか。わたくしにとってのヒーローであるお二人に、嵌めて欲しいのです」

 総二の言葉に返された、懇願にも聞こえる熱のこめられた慧理那の言葉。

 イロイロと勉強したせいか、なんとなくイヤらしい言葉に聞こえた。顔がちょっと熱くなる。愛香も同じだったのか、かすかに赤くなった顔をこちらにむけていた。

 慧理那のおずおずとした声が耳に届く。

「駄目、でしょうか?」

「いや、俺がハメたいのは愛香、ってそうじゃなくて」

「津辺さんはもう、嵌めてらっしゃるのでは?」

「え、まだシてな、あ、そ、そうですね」

「そ、そうね」

「――――?」

 イロイロとよろしくないことを口走りそうになり、慌ててごまかす。彼女の言葉でさらにアレな妄想をしてしまい、躰まで熱くなってきた。愛香の顔も、真っ赤だった。

 思考が本気で暴走している気がした。早いところ愛香で解消しないと、人前で言ってはならないことを言ってしまいかねない。頭に浮かんだ、愛香で、という言葉に、また躰が熱くなった。ほんとうにまずい。

「どうしたのですか?」

『いえ、なんでもありません』

 キョトンとした慧理那の顔が眩しくて、二人で思わず顔を(そむ)けてしまう。ツインテール馬鹿だったころと比べて、自分はずいぶんと汚れてしまったのだな、と思わざるを得なかった。後悔はないが。

「あーーーーっ、これやべーーーーーっ、これはまじヤベーですよーーーーーー!!」」

『っ!?』

 突然室内に響いたトゥアールの大声に、ハッと振りむく。トゥアールは嬉しそうに悶え、全身でその感情を表現するように、転がりはじめた。

「その外見と、アンバランスな台詞のなんという破壊力! なんというロイヤル・ハート・ブレイカー! 私もあの時そういえばよかった! 総二様、私がハメてあげますね、って言えばよかった! あの時の自分を修正したい!!」

 ダンサーになれそうだな。遠心力によって、白衣の裾が地面につかないほどの勢いで回転、いやブレイクダンスをするトゥアールを見て、そんなどうでもいいことが頭に浮かんだ。言葉の意味については考えないことにする。

「トゥアールちゃん、いまの会話、ちゃんと録音した?」

「もちろんです、お義母(かあ)様!」

 楽しそうに問いかける未春の言葉を受け、トゥアールがブレイクダンスの勢いをそのままに片手で跳び上がり、片膝立ちの体勢で華麗に着地した。

「私個人としましては口惜(くちお)しい部分もありますが、ステキ台詞アーカイブに登録しておきましょう!」

「ふふ、さすがね、トゥアールちゃん。褒めてつかわすわ」

「ありがたき幸せ」

 トゥアールの言葉に未春がニヒルな笑顔で返すと、トゥアールは(うやうや)しく礼をした。

 なにに使うつもりなんだ、と思わなくもないが、下手につつくべきではない、という思いも頭にあった。とりあえず自分たちの会話が録音されているようなので、今後は発言に気をつけなければ、と思う。

「愛香」

「あ、うん」

 まだ顔の赤い愛香を促し、頷き合うと、二人で黄色のテイルブレスを手に取った。

「じゃあ、会長」

「はい。お願いします」

 慧理那と頷き合い、彼女の腕に嵌める。

 愛香と、二人で一緒に犬に首輪を嵌める映像が、ふっと総二の頭に浮かんだ。

 ああっ、と慧理那が感極まったように声を洩らした。

「これが、テイルブレスッ」

 いまにも頬ずりしそうなほど愛おし気に、感激というか恍惚した様子で、慧理那は右腕に嵌めたブレスを見つめている。テイルブレスは自動的に腕にフィットする物ではあるが、小さな慧理那の腕に着けられると、やはり不釣り合いに大きく見えた。

「ありがとうございます、津辺さん、観束君、トゥアールさん。ほんとうに、ほんとうに嬉しいですわ!」

 喜色満面の笑みで感謝してくる慧理那に、愛香はちょっと複雑な気持ちになった。

 総二が慧理那のツインテールに目移りしないか、という心配もないわけではないが、クラーケギルディを相手に、愛香への想いを叫んでくれたことや、基地に帰ってからも、愛香を未来の妻と言ってくれたことなどで、その心配はとても小さなものとなっていた。そのうえでいままでのことを思い返し、前よりも自分を信じられるようになったのだと思えた。

 不安なのは、慧理那がちゃんと闘えるのか、ということだ。動きを見る限り、彼女がなにか武術の類を(おさ)めているようには見えない。エレメリアンたちは変態ではあるが、闘う以上は怪我をする可能性もあるのだ。そう考えると、やはり慧理那が闘うのは心配だった。

 興味深そうに慧理那のブレスを見ていた未春が、口を開いた。

「ねえ、トゥアールちゃん。フォースリヴォンから生成される武器は、装着者の意思が反映されるのよね?」

「あ、はい、その通りです。ただ今回のテイルギアは、フォースリヴォンから生成される武器以外に、多くの武装を内蔵させています」

「多くの武装?」

 首を傾げながら、総二が聞き返した。トゥアールが頷き、説明を続ける。

「青と赤のテイルギアは、単独で闘うことを前提としていたため、バランス型として設計しています」

「バランス型にすることで、どんな相手とでも闘えるようにしていた、ってこと?」

「そうです、愛香さん。まあ青のテイルギアは、本来スピード重視だったんですけどね。当たらなければどうということはない、って感じで」

 いま愛香が使っているよりも三倍速く動けたのだろうか、などというよくわからないことが頭に浮かんだ。仮面を被った何者かが見えた気がしたが、気のせいだろう。

 総二が、再び首を傾げた。

「本来、ってどういうことなんだ、トゥアール?」

「愛香さんの攻撃性に引っ張られたのか、スピードよりも攻撃力が重視されるかたちになってるみたいなんですよ。まあ、もともとの攻撃力じゃ、ドラグギルディに攻撃を当てることはできても、致命打を与えることはできなかったので、むしろよかったんですが」

 攻撃性と言われたところでちょっとムッとしたが、すぐに心を鎮めた。自分の故郷の世界のことを思い出したのか、声の調子がかすかに沈んだ気がしたのだ。

「なぜ赤のテイルギアもバランス型にしたかというと、ほんとうに二人揃うかわからなかったからです。最悪、ひとりしか見つからない可能性もありましたから。ですが、こうしてチームを組むことができたわけですから、ひとりは火力に特化した方が便利だろうと思ったんです」

 言いながら、トゥアールがモニターに映像を映し出した。テイルブルーのともテイルレッドのとも違うテイルギアのものだった。愛香たちが使用している物と比べて装甲部分が多く、肩や胸といった部分も覆われており、イメージ的には全身鎧や甲冑といった感じだろうか。

「なんだか、ずいぶんと装甲が多く見えるな」

 同じことを思ったのか、総二がそう言った。

「これらの装甲は、すべて武器を内蔵するためのものです。フルアーマーと言うかフルアーマリーです。全身鎧と言うより全身兵器です。俺強い、全身武器、って感じです」

 なぜか、緑色を基調とした、腕やら肩やらに武装を積んだ人型ロボットが頭をよぎった。どうでもいいが。

「防御はレッドとブルー同様、フォトンアブソーバーで防ぐかたちになります。また、火力に特化させてる分、スピードはレッドとブルーに比べていくらか見劣りします」

「チームの連携でスピードの遅さをカバーする、ということでよろしいのでしょうか、トゥアールさん?」

「はい」

 拳を握り締めながら問いかけた慧理那に、トゥアールが頷いた。慧理那の声には緊張があったが、どこかわくわくしているような感じも受けた。

 トゥアールが、未春にむき直った。

「話が逸れてしまってすいません、お義母(かあ)様。それで、先ほどの話の続きですが」

「ええ、それなんだけど。慧理那ちゃんの武器だけど、銃とかどうかしら?」

「銃、ですか?」

 未春の言葉に、慧理那が小首を傾げた。

「総ちゃんも愛香ちゃんも近接戦闘タイプだし、後方支援もできる火力タイプの方がいいと思ったの。武装が火力支援に特化したものだったらなおのこと、完全に遠距離攻撃タイプにした方がスッキリしてると思うし」

「でも、懐に潜りこまれたら危険じゃないか?」

 総二がふっと思いついたように言った。

「ハンドガンだったら取り回しもしやすいだろうし、ある程度はなんとかなるんじゃないかしら。それにほら、剣や槍を振り回すより、腕だけ動かして引き金を引く方が、咄嗟の時に対応しやすいと思うの」

「まあ、そうですね。背中にも武装は積んでますから、剣や槍のような近接武器は振り回しづらいかもしれません。内臓武装用の高度な照準補正システムもありますから、銃はピッタリと言えます」

 ちょっと考えるそぶりのあと、トゥアールがそう言うと、なるほど、と慧理那が頷いた。

 はあ、と複雑そうな表情で総二がため息をついた。

「にしても、よく見てらっしゃるなあ、この母上様は」

「でも総ちゃんも、自分は接近戦が得意だけど、遠距離攻撃を仕掛けてくる敵と闘う時のために、飛び道具も持っておかないと、って授業中にふと考えたりするでしょ?」

「少なくとも授業中には考えねーよ!?」

 総二のことだから、窓の外に流れる雲を見て、ツインテールに見えるな、と思うぐらいだろう。自分のことも考えてくれてたら嬉しいけど、と頭に浮かび、愛香の顔がかすかに熱くなった。

 愛香の方も、未春が言うようなことを考えることはない。どうやって相手の懐に飛びこむか考える程度だ。総二のことはなにかと考えるが。

 未春が、遠い眼をした。

「母さん、いつもそんなことを考えてたわ。そして父さんと目が合って、はにかみ合ったりしてね。お互い、同じことを考えてるんだな、って」

 しみじみと語る未春の言葉に、総二がお腹のあたりを押さえた。両親の中二青春時代の話など、確かに聞きたいものではないだろう。

 うっとりしたように手を組んだ慧理那が、口を開いた。

「素敵な青春時代でしたのね。あ、そういえば、観束君と津辺さんは、お付き合いしてらっしゃいますの?」

『え!?』

 キラキラと眼を輝かせた慧理那の質問に、愛香と総二は同時に声を上げた。

 愛香の顔が熱くなる。顔を赤くした総二が、返事をした。

「え、えっと、まだ、ですけど」

「あら、そうだったんですの。わたくし、てっきり」

「いえ、その、告白するタイミングでいつも妨害が」

 頭を抱えながら言っていた総二の言葉が、途中で止まった。いや、止めたのだろう。トゥアールを悪者にするような言い方になってしまうからだろうと、なんとなく思った。

 少しの間、首を傾げていた慧理那が、ハッとなにかに気づいたような仕草のあと、両の拳を握り締め、義憤に燃えた様子で声を上げた。

「あと一歩のところで、アルティメギルが邪魔をしてくるのですわねっ。断じて許せませんわ!!」

 半分は当たっている。どうにもいたたまれない気分になり、トゥアールの方に顔をむけた。トゥアールは、脂汗を流して眼を泳がせていた。

「え、えーとですね」

 トゥアールが、ゴホンと咳払いをした。

「とりあえず、慧理那さん変身してみま」

「ん、ふぁ」

 トゥアールの言葉の途中で、慧理那が可愛らしいあくびをした。尊がなにかに気づいたように、すぐに時計を確認する。

「む、いかん。もう八時か。お嬢様は九時には眠たくなられるのだ。そろそろお(いとま)せねば」

「駄目ですわ、尊。せっかく仲間と認めていただいたのです。それなのに、途中で帰るなんて」

 言葉とは裏腹に、慧理那はだいぶ眠そうだった。

「会長、無理しないでください。説明については明日でも大丈夫ですから。放課後とか、時間がある時にツインテール部に来てくれれば、その方が早いですし」

「そ、そうですの?」

「ええ」

 総二の言葉に、慧理那はちょっとだけ逡巡する様子を見せたが、やはり睡魔には抗いがたかったのか、素直に頷いた。

「それじゃあ、申し訳ありませんが、お言葉に甘えて」

「泊まっていけばいいじゃない、慧理那ちゃん」

「そうですよ。なにもしませんから」

 未春とトゥアールが引き止めるが、尊が間に割って入った。未春はともかく、ハアハアと息を荒らげているトゥアールを見れば、彼女の反応は当然だろう。

「申し訳ありませんが、神堂家の門限は夜の八時となっておりますので。さあ、お嬢様」

 それを聞いては無理強いできない。愛香と総二で少し強引に慧理那と尊を連れ出し、エレベーターまで見送った。

 別れの挨拶を終え、トゥアールたちのところに戻る。その前に、総二に伝えておきたいことがあった。

「そーじ」

「ん、愛香、どうした?」

 なにか気にかかったのか、総二は不思議そうにしながらも、優しく応えてきた。愛香の不安を感じ取ったのかもしれない。

 総二が、愛香に近づいてきた。

「愛香。俺の一番好きなツインテールは」

「うん。大丈夫。そーじがあたしのこと、み、未来の妻とか言ってくれたり、いまもこうして抱き締めたりしてくれるから」

「はっ!?」

 自分の動きに気づいていなかったのだろうか、愛香を抱きしめ、ツインテールを撫でていたことに、総二は驚いたようだった。

 恥ずかしいが、総二の躰に腕を回して抱き締める。自分の小さな胸では、そんなに嬉しくないかもしれないが、いまはこうしたかった。

 総二の躰が熱くなった。愛香の躰も同じぐらい熱くなっていた。

「あ、愛香」

「ありがと、そーじ」

 あたしの心配を吹き飛ばしてくれて、ありがとう。あたしのことを想ってくれて、ありがとう。いろんな感謝をこめて、ただそれだけを言った。

「ああ」

 答えた総二の腕に、しっかりとした力がこめられた気がした。苦しいわけではない。愛香のことを離さないという意思がこめられた、そんな力な気がした。愛香も、同じように抱き締め返す。

 しばらく抱き合ったあと、愛香は口を開いた。

「あたしが心配なのは、会長、しっかり闘えるのかなって。下手したら怪我しちゃうかもしれないし」

「自分の身を守るために変身してもらうだけだって。九時に寝るぐらい規則正しい生活してる会長には、アルティメギルとの闘いはハード過ぎる。そう考えれば、母さんが言ってたように後方支援に特化してもらえるのは、正解だと思う」

「だといいけど」

「それはそうと愛香。リヴァイアギルディとの闘い、大丈夫か?」

 総二の言葉に、愛香の躰が硬直した。なんとか声を絞り出す。

「だ、大丈夫」

 言ってみたが、声の震えは止められなかった。

「無理するなよ、愛香。もしもの時は、俺が」

「ううん。言ったでしょ。あたしも、そーじのこと守りたいの。だからそーじは、クラーケギルディからあたしのこと、守って」

 心配そうな総二の眼を見て、はっきりと伝える。互いに支え合える、そんな関係でありたいのだ。

 総二がハッと息を呑み、目を伏せた。束の間、眼を閉じたあと開かれた総二の眼には、強い光があった。

「ああ、任せろ。おまえは俺が守る。頼りにしてるぜ、愛香」

「うん」

 躰を離す。名残(なごり)惜しくはあったが、これ以上触れ合っていると、どんどんエスカレートしかねない。

 あとで続きをしようと約束して、トゥアールたちの方にむかう。

 ばっちり目撃していた未春に、メチャクチャからかわれた。

 

*******

 

 作業がひと段落し、んんー、とトゥアールは伸びをした。

「とりあえず、一旦はこれでよし、ですかね」

 夕食のあと、テイルブレスに強制変身解除の防止装置を取り付けるため、コンソールルームでひとり作業していたのだ。急ごしらえのため、当てにされると困るが、ないよりはましだろう。

 そう考えると、再び背伸びをした。

 横から、温かな湯気の立ち上るマグカップが差し出された。

「おつかれさま、トゥアールちゃん」

「みは、いえ、お義母(かあ)様、ありがとうございます」

 いつの間に来ていたのかはわからないが、神出鬼没のこの人のことなので、特に驚きはしなかった。

「でも、トゥアールちゃんも疲れてるでしょ。今日、無理にすることはなかったんじゃないの?」

「へっちゃらですよ。それに、これが私の仕事ですから。心配してくださって、ありがとうございます」

 心配そうに言う未春に、笑顔で返した。総二と愛香には、今日行うとは伝えていない。未春にも伝えていなかったのだが、この人はいろいろと鋭いところがあるので、それとなく察したのだろう。

「ホットミルクだけど、よかったかしら?」

「はい。いただきます」

 マグカップに注がれたミルクをひと口飲む。ほどよく温かいミルクが喉を通り、ホッとひと息ついた。

 どこか探るように、未春がトゥアールの顔を覗きこんだ。

「トゥアールちゃん。慧理那ちゃんの言葉、気にしてる?」

 やはり、この人は鋭い。

 そんなことはない、と言えば、この人はきっとこちらの意を汲んでくれるだろう。だが、ごまかせるとは思わなかった。いい加減に見えて、実際いい加減な人ではあるが、とても(さと)い人だ。嘘をついたら、かえって心配させることになるだろう。

「そうですね。私は、お二人の邪魔をしてるんですよね」

 慧理那の言葉のあとの二人の眼は、こちらを気遣ったものだった。それが、むしろ辛かった。

 慧理那を仲間に引きこんだ理由も、口に出したことがすべてではなかった。割合は置いておくとして、総二と愛香の負担を少しでも減らせれば、と思ったためだった。二人のように、慧理那の身の安全を考えてのものはなかった。

 自分に闘う力があれば、一緒に戦場に立って二人の負担を減らせるのに。そんな愚にもつかないことを考える時もあった。自分にはもうツインテール属性はないし、二人が十全に闘うためのサポートを万全にする方が大事のはずだ。それを理解してはいるが、それでも歯痒く思ってしまう。

 だが、こんなことを知られれば、総二は後ろめたさを感じて闘えなくなってしまうかもしれない。愛香はこちらの意を汲んでくれるだろうが、自分から彼女にこんなことを言いたくはなかった。愛香とは、いろんな意味で対等でありたいのだ。慧理那に対しても、まるで利用するかのようで、申し訳ないという思いがあった。

 そして、こんなことを考えておきながら、総二と愛香が結ばれるのを邪魔する自分が、嫌になる。

「ねえ、トゥアールちゃん。トゥアールちゃんは、総ちゃんのことが好きなのよね?」

「はい。愛しています」

「愛香ちゃんのことは?」

「大好きです。大切な友達です。二人とも同じぐらい、大切な人たちです」

 普段なら恥ずかしくて言えないことが、口から出ていた。

 それなのに、邪魔をするのか。そんな声が、心の中を埋め尽くし、気持ちが沈みこんだ。

「トゥアールちゃん」

「はい」

 神妙な様子で呼びかけてきた未春の顔を見ることができず、うつむいて返す。

 なにを言われるのだろうか。いや、どう非難されてもしょうがない。

 あきらめるべきなのだ。未春にそう言って貰えれば、踏ん切りもつく、はずだ。

「頑張りなさい」

「はい」

 頷く。

 束の間、考えこむ。

「はい?」

 なにを言われたのか理解できず、未春の顔を見た。彼女は、優しく微笑んでいた。

「総ちゃんも愛香ちゃんも、好きなものを、なにかを好きって気持ちを守るために闘ってるんでしょ。トゥアールちゃんも、好きだったら変に遠慮しないで闘わないと」

「いや、ええと?」

 それとこれとは、話が別ではないだろうか。

「それに、中途半端なところであきらめたら、きっと後悔するわ。好きって、そういうものだと私は思うの」

「ですが」

「ところでトゥアールちゃん。こんな時になんだけど、うちの子にならない?」

「はい?」

 未春の問い掛けの意図がわからず、また聞き返していた。

居候(いそうろう)じゃなくって、ほんとうに養女にならないかってこと。あ、総ちゃんのことをあきらめろってことじゃないわよ。血縁がなければ、姉弟(きょうだい)でも結婚はできるから」

「アッハイ」

 やはり、意味がわからなかった。この人は、なにを言いたいのだろうか。

 パチパチと(まばた)きして思考を巡らせるが、まったくわからない。

「トゥアールちゃんの帰るところは、ちゃんとここにあるから。ね?」

「あ」

 言いたいことは、きっと単純なことなのだ。

 好きなことなら、変に遠慮するな。全力でぶつかれ。不安になったら帰ってきてもいい。

 ただ、青春を楽しめ。

 いまも中二真っ盛りで、人生を全力で楽しんで生きている、目の前の輝いている女性の言葉に、視界が(にじ)んだ。

「ありがとう、ございますっ」

 それだけ言うのが、精一杯だった。

 

 ブチッと、なにかが千切れる音がした。

「はっ!?」

 目元を(ぬぐ)って音のした方を見る。思った通り、靴紐が切れていた。

 まずい。このままでは、総二と愛香が。

 立ち上がり、お手製の発明品を掴むと、未春に顔をむけた。

「いってきます、お義母(かあ)様」

「いってらっしゃい。頑張ってね?」

「はいっ。あ、ミルクは置いといてくださいっ」

 言って、駆け出した。

 自分は、愛香に勝てないだろう。それでも、ここであきらめたら、きっと後悔する。

 だから、最後まで全力で闘おう。そして、二人が結ばれたら、心から祝福しよう。

 総二のことはあきらめない。愛香とは全力でぶつかる。慧理那のことも狙ってみようか。ほかにも、やりたいことはたくさんある。

 飲みかけのミルクを、戻ってから飲む。それも、不思議と楽しみに思えた。

 

 




 
Reckless fire
アリダンゴになれー。
SDフルアーマー。
 


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2-13 青の胸

 
二〇一七年六月二十四日 修正
 


 お互いに風呂から上がり、総二の部屋で、久しぶりとなる愛香との触れ合い。鼓動は、うるさいほどに高鳴っていた。

 むかい合う愛香の顔は、風呂上がりということを差し引いても赤く、なにかを期待するような雰囲気を受けた。

「そーじ。なにかして欲しいこととか、したいことって、ある?」

 愛香の問い掛けに、いろいろなことが頭に浮かぶ。総二としては、したいことも、して欲しいこともある。

 告白し、その唇にキスをして、ベッドに押し倒し、イくところまでイって、愛香の内も外も総二の色に染め上げたい。そんな欲望が、いまにも暴れだしそうなほど躰の中に渦巻いている。

 しかし、その欲望に身を任せるのはまだ早い。線引きを間違えれば、即座にトゥアールが現れるだろう。

 性欲は最悪、愛香と直接触れ合わなくとも、愛香でどうにかできる。非常に苦しくはあるが、どうにかできるのだ。

 しかし、愛香と触れ合うことでしか解消できない欲求もある以上、そちらを優先しなければならない。

 連休中ずっと我慢し続けてきた、愛香と触れ合いたいという欲求だ。すでに限界となっており、解消しなかったら、頭がおかしくなってしまいそうな気がした。

 とりあえず、さっきの続きからはじめよう。そう考えると、何度も行っているはずなのに、顔が熱くなった。

「じゃあ、抱き締めて、いいか?」

「う、うん」

 恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに愛香が返事をした。すぐに、愛香を強く抱き締める。

 抱き締めたまま、彼女のツインテールに触れ、頭を撫で、ツインテールにキスをする。

 いつもなら、このあと攻略に移るところだが、今日は愛香に、して欲しいことがあった。

 その胸に顔を(うず)めさせて、もとい、抱き締めて欲しい。

 いままでは、愛香が嫌がるのではないかと思い、頼めずにいた。だが、彼女のコンプレックスを解消するためには、むしろ必要なことなのではないか、と思い直したのだ。

 今日、クラーケギルディから貧乳について絶賛された愛香は、その怒りによって世界の破壊者になるところだった。このまま放っておいて、また胸について触れる相手が出てきたら、その時こそ、破壊神を破壊するぐらいの破壊者になってしまうのではないか、と総二は思ったのだ。

 なにより、聖なる泉が枯れ果て、凄まじき戦士になってしまった愛香を見たくない。

 それに、愛香に抱き締めて貰えると、とても幸せな気持ちになれるのだ。それが今日、はっきりとわかった。

 ならば、やるしかない。逃げては、いけない。戦わなければ生き残れない。そう決意した。

 しかし、慎重に言葉を選ぶ必要がある。

「愛香。頼みがある」

「えっ。うん、いいけど。なーに、そーじ?」

 不思議そうな顔をしたあと、愛香がやわらかく微笑む。一瞬、見惚れ、気を取り直して頼みを口にする。

「愛香。お前のおっぱいに、顔を(うず)めさせてくれ」

 暴走する思考によって、そんなことを口走っている自分がいた。

 

 

 愛香は、総二から告白して欲しいと思っている。

 トゥアールに対する、遠慮に近いものもあるが、総二の方から告白して貰うというのが、幼いころからの愛香の夢であり、また総二自身が、必ず自分から伝えると約束してくれたためだ。総二の決意を、誓いを無碍にすることは、したくなかった。

 そして、キスを交わし、お互いの初めてを捧げ合い、愛香のすべてを、総二のものにして欲しい。それだけでなく、総二が望むことで自分にできることなら、なんでもしてあげたいとも思っている。

 それでも、愛香の胸に顔を(うず)めさせて欲しいという言葉には、固まるしかなかった。

 自分には、大きいどころか、人並みの胸すらない。

 嫌悪はまったくないが、抵抗はあった。総二にがっかりされないだろうか。そんな、恐怖に似た思いがあった。

 総二は一瞬、ハッとした顔をしたが、すぐに真剣な顔に戻った。

「頼む、愛香」

「で、でも、あたしの胸、小さいから、そーじに満足して貰えるか」

「大きさは関係ない。愛香に、頭を抱き締めて欲しいんだ!」

 総二の声が、部屋に響いた。なんとなくヤケクソ気味に思えたのは気のせいだろうか。

 総二の言葉によって、愛香の顔が熱くなった。総二の顔も、真っ赤に染まっていた。

 恥ずかしいし、抵抗もあった。

 それでも、総二が求めてくれるなら、応えてあげたい。

「う、うん。わかった。それじゃ、だ、抱き締めればいいの?」

「そ、それについても、頼みがあるんだ」

 総二は恥ずかしそうに言うと、ベッドに腰かけた。

 

 

 腰の上に跨がらせた愛香と、むかい合う。彼女の顔は、これまで以上に真っ赤になっていた。

「こ、この恰好、は、恥ずかしいよ、そーじ」

 総二も、確かに恥ずかしい。だが同時に、得も言われぬ興奮も覚えていた。

 できれば、お互い生まれたままの姿で、いや、いまそれは考えない。勢い余って言ってしまった言葉から、半ばヤケクソで言った頼みを聞いて貰った以上、いまはこちらに集中すべきだ。そのあとで、チャンスがあればそちらに移行する。そう思った。

「い、いつかヤるかも、じゃなくて、い、嫌か、愛香?」

「い、嫌なんかじゃ、全然ないけど」

 答える声には、喜色があった。拒まれず、受け入れられていることに、総二の心もどんどん昂ってくる。

「じゃ、じゃあ、頼む、愛香」

「う、ん」

 おずおずと、愛香が総二の頭を抱えこんだ。

 総二の頭が熱くなり、心臓の鼓動が強くなった。それなのに、不思議な安らぎを感じていた。

「そ、そーじ。ど、どう?」

「ああ、なんか、すごく落ち着く。心臓がバクバクいってるのに」

 答えると、総二も愛香の背中に腕を回し、抱き締めた。

 息を吸いこみ、愛香の香りを堪能すると、頭がクラクラとしてきた。押し倒したくなったが、我慢する。

「愛香。俺は、おまえの胸が好きだ。温かくて安らげる、おまえの胸が好きなんだ」

「そーじ。で、でも」

「ごめん。俺が、何度も貧乳って言ってたからだよな。ほんとうに、ごめん」

 愛香の気持ちを考えると、コンプレックスとして決定的なものにしてしまったのは、自分がなにかと貧乳とからかっていたからではないのか。自分のせいで愛香は、ここまで気にするようになってしまったのではないのか。そう思うと、自分を殴り飛ばしたくなる。

 愛香の腕の力が、少しだけ強くなった。

「そーじ。気にしないでいいよ」

「だけど」

「うん。言われるのは嫌だったけど、あたしもそれでそーじのこと殴ったりしてたし。あたしも、殴ってごめんね」

「いや、殴られて当然だ。愛香が気にしてるってわかってて、そんなこと言ってたんだから」

 それでも愛香は、ツインテール馬鹿の俺のために、ずっとツインテールでそばにいてくれた。

 愛香を抱き締めた腕に、力をこめる。

「ずっと俺のことを好きでいてくれて、ありがとう、愛香」

 ただのツインテール馬鹿である方が、ひょっとしたら強くなれるかもしれない。

 それでも、この温かさを捨てたくない。この想いを抱いたことを、間違っているとも思わない。

 ずっと想い続けてくれた愛香に、応えたい。誰よりも愛香を守りたい。

「あたしも」

 愛香の、優しい声が聞こえた。

「好きになるって気持ちを教えてくれて、ありがとう、そーじ」

 満ち足りた気持ちのまま、総二は愛香と抱き締め合った。

 

 しばらく抱き合っていると、愛香の体温が気になってしょうがなくなってきた。

 愛香と触れ合えたことでずいぶんと気持ちが落ち着いたためか、あんなしんみりした空気を作っておいて、だんだん別の欲求が高まってくるのを感じた。

「そ、そーじ、あ、あのね、その」

「あ、愛香、その、続き、いいか?」

「う、うん」

 恥ずかしそうになにかを訴えようとしていた愛香の言葉を遮り、総二が問い掛けると、彼女はほっとしたように頷いた。愛香も同じだったのだろうか、と思うと、なんとなく嬉しかった。

 これから、もっと恥ずかしいことをする。今度は、もっと考えて発言しなければ。

「愛香。おっぱい揉ませてくれ」

「ふぇっ!?」

「はっ!?」

 またしても直球で言っていた。やはり、かなり溜まっていると思わざるを得なかった。

 お互いに抱き締めていた腕を解き、見つめ合う。

「い、いいよ、そーじ。触って」

「お、おうっ。そ、それじゃ」

「んっ」

 愛香の言葉に、総二の躰がさらに熱くなった。手を動かし、おそるおそる愛香の胸に触れると、上擦った声が聞こえた。

 頭を支配する昂りに従い、彼女の胸を揉みはじめる。

「ふぁ、あ、そーじぃ」

 確かに、トゥアールのような大きさや柔らかさはない。それでも、不思議な柔らかさを持った胸の感触と、愛香の口から洩れる甘い声が、愛おしくてたまらない。

 我慢できなくなり、愛香のパジャマのボタンをはずす。

「あ、そ、そーじっ」

「あ、愛香、このブラジャーは」

 勝負下着というものなのか、以前、部室で見たものと違って、大人びた色っぽさを醸し出す下着を、愛香は着けていた。慌てたそぶりを見せていた愛香が、恥じらいながら言葉を紡ぐ。

「そ、その、久しぶりだから、ひょっとしてって思って」

「愛香っ」

 彼女も、総二と結ばれたいのだ。そう感じると、ますます興奮してくる。

 だが、焦るな。総二は、自分にそう言い聞かせた。

 たとえ妨害を受け、中断することになったとしても、可能な限り前に進まなければならない。

 そう考えると、再びボタンをはずしはじめる。すべてのボタンをはずして、愛香の躰を見ると、その不思議な色気に、総二の頭がまたクラクラした。

「愛香」

「う、うん、なに、そー、ひゃっ!?」

 不安そうな愛香に答えず、抱き寄せてその鎖骨に吸い付いた。戸惑いながらも甘い声を洩らす愛香に構わず、鎖骨へのキスを繰り返す。

 片方の腕を愛香の背中に回して躰を支え、もう片方の手をブラジャー越しに胸に当てた。

「あ、んっ」

 そのまま胸を揉みはじめる。愛香の口から洩れる声は、どんどん艶のようなものが混じってきている気がした。愛香のことだけが、総二の頭を埋め尽くす。

 もっと、その声を聞かせて欲しい。

 愛香の胸から、手を離した。

「あっ。あ、ふあっ!?」

 蕩けた声が漏れた直後、下着の下に手を入れ、じかに揉みはじめた。さっき以上の甘い声が漏れた。

「そー、ひゃう!?」

 一心に揉み続け、摘まんだ。

 鎖骨を吸うのをやめると、ブラジャーの上側をはずし、胸の上あたりに吸い付いた。愛香の声は、止まることなく漏れ続ける。

 胸へのキスの意味は、所有だっただろうか。頭の片隅で、そんなことを思い出した。

 そうだ。愛香は俺のものだ。誰にも渡さない。

 下着を少しずつ下げ、キスする場所をだんだんその先端に近づけていく。胸を揉みながらも、愛香の躰を支えるために回している手で、彼女のツインテールも揉みしだく。

「そ、そーじぃっ」

 切なそうな愛香の声に、理性が焼き切れそうになった。いや、すでに理性など残ってないのかもしれない。

 下半身に、熱が集まっている気がした。いまにも爆発しそうだった。

 腰を押し上げると、愛香の躰を押さえ、腰と腰を密着させる。

「そーじ、あ、当たってるよ?」

「あ、愛香、俺っ」

 限界だ。愛香が欲しい。

 愛香もまた、彼女のすべてが、期待に満ちたものになっていた。

 理性が消し飛ぶ。

 愛香の下着にかけた手に、力をこめた。

 

*******

 

「ちょっと待ったあああああああああーーーーーーーっ!!」

 バタンッ、と勢いよくドアが開いたと同時に響いた声に総二の躰が硬直し、愛香は反射的に扉の方へ顔をむけた。トゥアールだった。

 部屋に入ってきたトゥアールは一瞬も動きを止めず、右手首から伸ばしたマジックハンドらしき物で、愛香の躰を掴んだ。引っ張られ、総二から引き剥がされる。

「へ?」

 床に放られたところで、ぼーっとしていた頭を瞬時に覚醒させ、とっさに受け身をとった。

 頭を振って意識を切り替え、トゥアールに顔をむける。彼女はマジックハンドらしき物を消し、愛香にむき直っていた。

「あんたね。久しぶりなんだから、邪魔しないでよ」

「そうはいきません。たとえ見苦しくても、やっぱりあきらめたくありませんから。だから私は、もう迷いません。迷っているうちに総二様の童貞が失われるならっ。邪魔することが罪なら、私が背負ってやります!!」

『かっこつけて言うことかああああああああああああああああああ!?』

 これからも、愛香と総二が結ばれるのを邪魔します、と声高に宣言したトゥアールに、二人で叫ぶ。ひとしきり叫んだところで、トゥアールの顔がふと気になった。彼女の顔をまじまじと見つめる。眼が充血して、涙の跡があるように見えた。

「な、なんですか、愛香さん?」

「ねえ、トゥアール。あんた、泣いてたの?」

「え?」

「えっ、き、気のせいですよ!」

 愛香の言葉に総二はトゥアールの顔を見つめ、トゥアールは顔を拭ってごまかすように声を上げた。

 トゥアールが、ゴホン、と咳払いをした。

「愛香さん。どうして私たちは、同じ人を好きになってしまったんでしょうね――」

「トゥアール――」

「トゥアール、あんた」

「いえ、なんでもありません。愛香さん、総二様。私は、これからも全力で行きます。ですからお二人も、全力でお願いします。余計な気遣いは無用ですよ?」

 そう言って、トゥアールはニヤリと笑った。

「フ、フフッ」

 なんとなくおかしくなり、愛香は笑った。総二はキョトンとしている。

「では、行きますよ、愛香さん!」

 トゥアールはそう言うと、白衣を(ひるがえ)した。彼女の左手には、スイッチのような物が握られていた。

「S×A妨害ツール・参式(サード)、トゥアールスイッチ!」

Drill(ド・リ・ル)!』

 トゥアールスイッチとやらを押すと、どこか軽快な調子の電子音が響くと同時、トゥアールの左腕にドリルらしき物が装着されていた。やはり安全を考慮してか、先端は丸まっていた。

「このトゥアール・どりらーの硬度は、愛香さん、あなたの胸と同じ。さあ、今度こそ、総二様の童貞を私のものに!!」

 意気揚々と声を上げ、ドリル、いやトゥアール・どりらーを回転させたトゥアールが、愛香に突っこんでくる。

「愛香!」

 焦りの声を上げて割って入ろうとした総二を、愛香は手を上げて止めた。避けることなく、堂々と胸を張る。

 愛香の胸に、どりらーが当たった。

「ふふっ」

「なにがおかしいのです!? いえ、虚勢などみっともないですよ!」

 ほんとうに、なにがおかしいのだろうか。自分でもよくわからないが、不思議と笑みがこぼれた。

「虚勢、ね」

 呟くと、どりらーを掴んだ。愛香の力によってどりらーの回転が止まったかと思うと、逆にトゥアールが回転しはじめた。

「ごばばばばばばば!?」

「はあっ!!」

 気合の声とともに、どりらーに一撃を入れ、叩き壊した。受け身も取れずに床に打ちつけられたトゥアールは苦悶の声を洩らすと、信じられないとばかりに声を上げた。

「トゥ、トゥアール・どりらーが!? そんな馬鹿な! 愛香さんの胸と同じ硬度のはず!」

「哀しいわね、トゥアール」

「な、なにがですか!?」

 トゥアールの言葉に答えず、愛香は自分の胸に手を当てた。

「あたしはもう、巨乳になりたいなんて、ちょっとしか思わない。努力は続けるけど、総二が好きだって言ってくれたこの胸を、あたしはもう拒絶したりしない」

 言葉を切り、トゥアールを半眼で睨んだ。

「だいたい、あたしの胸と同じ硬さじゃ、柔らかいでしょーが」

「え、地球上のどんな物質よりも硬そうですけど?」

「いや、結構柔らかかったぞ?」

 心の底から不思議そうに言うトゥアールの言葉を、総二が訂正した。総二の言葉を聞いて恥ずかしくなった愛香はモジモジとし、トゥアールは白衣の裾を噛んでいる。

「と、とにかく。トゥアール、覚悟はいいわね?」

「フッ、構いませんよ。今日は私の勝ちですからね。お二人が結ばれるのを阻止するのが、私の第一目的。総二様の童貞を奪えれば、大勝利で」

 いろいろ面倒くさくなり、言葉の途中でトゥアールを立たせ、前屈みにさせる。

 トゥアールの両腕を、背面で『く』の字になるように愛香の腕と絡め、手と手を組む、リバース・フルネルソン(逆さ羽交い絞め)と呼ばれる体勢になった。その体勢のまま、スピンダブルアームでトゥアールを振り回す。

「トゥアール。これが、いまのあたしの全力よ」

「いや全力ってそういう意味じゃな――」

 回転の勢いをそのままに、なにか言おうとしたトゥアールを頭上に放り投げた。

 

 

 伝えて、よかった。愛香の言葉を聞いて、総二はそんなことを思った。

 まだ巨乳に対する渇望は完全に消えたわけではなさそうだが、それでも、自分の胸を拒絶しないと言ってくれた。自分のやったことは、間違ってなかった。そう思えた。

 愛香が少しでも胸を大きくしたいというのなら、自分もそれに協力しよう。確か、胸を揉んでもらうと大きくなるという話を聞いたことがあった。正確にはマッサージの類らしいのだが、彼氏に揉んでもらうことで女性ホルモンがどうたらということらしい。

 それにしても、今日はいろいろなことがあったなあ、と思い返す。

 愛香の弱点が触手と判明したり、愛香がクラーケギルディにプロポーズされ、総二が愛を叫んでしまったり、愛香を未来の妻と言ってしまったり、愛香に抱き締めて貰ったり、ツインテイルズの正体が慧理那と尊にばれたり、尊がテイルブレスを使おうとしたり、慧理那がツインテイルズに入ったりと、ほんとうにいろいろなことがあった。

 おそらく、そう遠くないうちに、クラーケギルディとリヴァイアギルディは再び現れるだろう。

 リヴァイアギルディは任せろ、と愛香が言ってくれるのなら、自分はそれを信じるだけだ。そして自分は、クラーケギルディに勝ち、愛香を守るのだ。

 そう考えると、手に握った物に視線を落とした。

 ところで、この愛香のブラジャーは、なんて言って返せばいいのだろう。

 頭から落ちていくトゥアールの首に、膝を当てたままベッドに落下するという変形のギロチンドロップを()めた愛香の、はだけたパジャマから覗く、なにも着けてない胸と、手に持ったブラジャーを交互に見て、総二の顔が熱くなった。

 

 




 
カレイドスコープドリラー。
地獄の断頭台ー。
 
R-15の壁に挑んでみよう。
 


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2-13a 下着

 
二〇一七年六月二十四日 修正
 
『a』は、after(その後)のa。
 


 トゥアールに()めた変形のギロチンドロップは、確かな手応えがあった。

 技を解き、彼女から離れる。

「ごっばぁ」

 総二のベッドに、逆さまに突き刺さるような体勢になっていたトゥアールの躰が、ゆっくりと倒れた。

 いまの自分の全力は、彼女に伝わっただろうか。

 ――い、いや、だから全力っていうのは、そういう意味じゃなくてですね。

「あ、愛香」

「ん、そーじ、どーしたの?」

 どこか遠慮がちなその声を不思議に思いながら、愛香は総二にむき直った。総二は顔を赤らめて視線を逸らし、時折、愛香を、いや愛香の胸をチラチラと見ていた。

 総二が、おずおずと手を差し出してきた。

 手には、見覚えのある布切れがあった。

「え?」

 愛香の躰が固まった。布切れは、愛香が身に着けていたはずのブラジャーだった。

 自分の胸元を見てみると、はだけたパジャマから、なにも着けていない自分の胸が見えた。

 慌てて腕で前を隠し、おそるおそる総二の顔を見る。

「そーじ、み、見ちゃった?」

「み、見た。わ、悪いっ」

「あ、うううううううう」

 真っ赤になった総二の答えに、愛香の顔が熱くなった。

「あ、愛香」

「い、いいよ。そーじにだったら、見られても」

 つい隠してしまったが、総二になら、見られてもいい。というか、むしろ見て欲しい。さすがに口に出しては言えないが。

 ほっとした顔になった総二が、手に持ったブラジャーを見ながら、恥ずかしそうに口を開いた。

「そ、そっか。えっと、じゃ、このブラジャーは」

「そ、そーじがよければ、持っててくれないかなっ?」

「えっ、い、いや、それはっ」

「その、それでいろんなことして欲し、じゃなくて!」

「い、いろんなことっ!?」

「いまのは忘れて!?」

 なにかを口走りそうになり、慌ててごまかそうとしたが、しっかり総二には聞こえていたらしい。

 ――愛香さん。私のことを痴女とか言えませんよね。

 顔を真っ赤にした総二が、やはり恥ずかしそうに口を開く。

「あ、愛香、お返しに、俺の下着を」

「え、えと、貰えるの?」

「あ、愛香がよければ、だけど」

 お互い、なにを言ってるんだ、と思わなくもない。あたしたちは変態か、とも思う。

 それでも、総二の身に着けている物を貰えるなら、欲しいと思ってしまう。

 ――変態か、っていうより、きっぱりと変態だと思うんですけど。

「あ、あの、そーじ。も、貰っても、いいかな?」

「お、おう。す、好きに使って、じゃなくて!?」

「つ、つかっ!?」

「いまのは忘れてくれ!?」

 やはり、お互いに溜まっているのだろう。言葉を、一々意味深に捉えてしまっている。

 ごまかしも兼ねて、今日はお開きにしよう、と愛香は思った。

「そ、そーじ。それじゃ、また明日ね」

「あ、ああ、そうだな。また明日、ってベッドが」

「あ」

 ベッドは愛香の攻撃によってトゥアールが倒れたままであり、それどころか破壊されている。とてもではないが、寝れる状態ではない。

 悩む様子を見せる総二に、愛香は意を決して提案した。

「そ、そーじ。あ、あたしの部屋で、一緒に寝ない?」

「え、えっ?」

「ベッド壊しちゃったの、あたしだし。それに、その、しょ、触手にうなされそうで」

「あ、そ、そうか」

 いまは落ち着いているが、眼を閉じたら、クラーケギルディが触手を拡げた光景を思い出してしまいそうな気がした。それがなくとも、総二とは一緒に寝たいが。

「じゃ、じゃあ、一緒に、寝るか?」

「う、うん」

 中断させられたことの続きはしないとしても、期待はしてしまう。

 ドキドキして眠れないかもしれないが、触手にうなされて眠れないよりは、遥かにいい。

 とりあえず、トゥアールに布団をかけた。

 ――あ、どうも。

 それにしても、なんだか、さっきからトゥアールの声が頭に響いているような気がした。多分、幻聴だとは思うが。

 総二とともに、愛香の部屋に入った。

 寝るためにツインテールをほどくと、総二が愕然とした表情を見せた。

「あ、愛香。ツインテールを」

「いや、さすがに寝る時はほどくわよ。髪は休ませないといけないし」

「そ、そうか。そうだな」

 愕然としていた総二だったが、愛香の答えになんとか納得した様子だった。声は震えていたが。

 一緒にベッドに入ると、総二の手を握った。

「お、おやすみ、そーじ」

「お、おやすみ、愛香」

 握り返された手に鼓動が高鳴ると同時、心からの安心を覚えた愛香は、そっと眼を閉じた。

 




 
修正、完了いたしました。短編の方は『告白成功』あたりはちょっといじるかもしれませんが、一旦これで完了です。
 


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2-13U 白鳥と海竜 / 闇に沈む魔狼

 
修正作業完了。
これからは主に続きを書いていく所存です。今後ともよろしくお願いいたします。
でも最初にアルティメギル側。
 


 まさか、これほどのものとは。

 スワンギルディは、自分の部屋で、胸を掻き(むし)りたくなるような衝動に襲われていた。

 打倒ツインテイルズのために、先日より行っている苦行、アルティメギル五大究極試練の内のひとつ、『スケテイル・アマ・ゾーン』。

 通販で買った物が一年間ずっと、透明な箱で梱包されて配達され続けるという荒行であり、精神(こころ)弱き者が行えば、初日で絶命するほどだという。

 アルティメギルのエレメリアンでこれを修めた者は、スワンギルディが知る中では、師であるドラグギルディただひとり。

 そのドラグギルディは、ツインテイルズによって討たれた。

 ドラグギルディの仇を討つため、スワンギルディは力を求めた。力を得るためにはじめたことが、この、『スケテイル・アマ・ゾーン』。

 究極試練と呼ばれるほどの苦行が、たやすいものではないことは想像していた。だがそれでも、心のどこかで甘く見ていたのかもしれない。たかが数日でこの有様なのだ。

 看護服属性(ナース)の神童と呼ばれていたことで、知らず自分は、天狗になっていたのではないか。

『お薬の時間ですよー』

「っ!」

 来客を告げる音声が、聞こえた。自立した女性の凛とした、しかし優しい声。それがスワンギルディには、死神が告げる死の宣告に聞こえた。自分で設定したものであるにもかかわらずだ。

 今日は、誰が運んで来たのか。

 一日ひとつ、配達された物を誰かが運んでくる。その誰かは、毎回変わる。

 それによって、頼んだ物は不特定多数の者に知られることとなり、それがさらに、この修練に挑む者の精神を痛めつける。

 かつてツインテイルズ、いや、あの当時はテイルブルーただひとりであったが、彼女との戦いを志願したスワンギルディは、ドラグギルディに試された。

 己のパソコンでプレイするエロゲーを他者に見られる修羅の試練、『エロゲミラ・レイター』。その試練を受けたスワンギルディは、わずかな時間で気絶してしまったのだ。

 あの時から自分は、なにも成長していないのではないか。こんな(てい)たらくで、師ドラグギルディに顔むけできるのか。たかが数日で、なんと情けないやつだ。

 そう自分を叱りつけるが、躰の震えは止まらなかった。いまも、『エロゲミラ・レイター』を行われた時のように、気絶しそうだった。

 扉が開き、思わず躰がビクッと震えた。

「ふん。たった数日でこのざまとはな。負け犬の弟子は腑抜け、というわけか」

 嘲るような言葉が耳に届き、スワンギルディは声の主に顔をむけた。

「リ、リヴァイアギルディ殿?」

 巨乳属性(ラージバスト)の大将にして、ドラグギルディと旧知の仲であるリヴァイアギルディが、そこにいた。

 なぜ、この方が。

「なんだ、若造。言いたいことでもあるのか?」

「い、いえ。まさか、リヴァイアギルディ殿が運んで来られるとは、思わなかったものですから」

「なあに。未熟者の分際で、『スケテイル・アマ・ゾーン』に挑む身のほど知らずがいるとは思わなかったのでな」

 身のほど知らず。その言葉に、スワンギルディはうつむき、ただ、拳を握りしめた。

 事実、自分はこの有様なのだ。なにも言い返せるはずがなかった。

「なにも言えんとはな。買い被っていたか?」

「え?」

 小さな呟きが耳に届き、顔を上げると、リヴァイアギルディが荷物を押し付けてきた。反射的に受け取り、改めてリヴァイアギルディの顔を見る。

 スワンギルディを睨むように見ていたリヴァイアギルディが、フンッと鼻を鳴らした。

「俺に口答えをしておいて、このざまとはな。これなら、ほんとうに素振りだけしていた方がマシと言うものだろう。そう言ったのだ」

「それは」

 そうかもしれない。だが、それでは、ドラグギルディの仇を討つのに、どれだけかかるのかわからない。いや、師ドラグギルディと同じ幹部であり、実力も師に劣らないと言われているリヴァイアギルディとクラーケギルディの二人ならば、スワンギルディの出る幕などないのではないか。それならばなおさら、自分のやっていることに意味はあるのか。

 迷いと弱気が心を塗り潰し、スワンギルディは再びうつむいた。

 チッ、という、リヴァイアギルディの苛立たしげな舌打ちが聞こえた。

「若造。おまえは、ドラグギルディの顔に泥を塗るつもりか?」

「っ!」

 怒りを含んだリヴァイアギルディの声に、はっと顔を上げた。

 リヴァイアギルディは鋭くこちらを睨みつけながらも、どこか寂しそうに見えた。

「ドラグギルディのやつが、おまえのことを楽しそうに話していたぞ。いずれ自分を超えるかもしれん、とな。おまえは、ドラグギルディの眼は節穴だったと言わせたいのか?」

「ドラグギルディ様が」

 師が、そんなことを言っていたとは。

 感激の想いとともに、自分への怒りが湧いてくる。リヴァイアギルディが怒るのも、当然ではないか。

 思い出せ。なぜ、『スケテイル・アマ・ゾーン』に挑もうと思ったのだ。そんな声が聞こえた。

「そう遠くないうちに、俺は再びツインテイルズとの戦いにむかう。おまえの出番など、ない。『スケテイル・アマ・ゾーン』など、やめてしまえ」

「やめません」

「なに?」

 言葉が、口を()いて出ていた。

 リヴァイアギルディの鋭い眼をまっすぐ見つめる。もう、迷いはなかった。

「ドラグギルディ様は、『スケテイル・アマ・ゾーン』を乗り越えました。ならば、あの方を超えるためにも、この修練をやめることはできません。それが、弟子である私の務めです」

 『スケテイル・アマ・ゾーン』を越えただけで、師を超えられるとは思っていない。だが、これを乗り越えなければ、永久に超えることなどできはしない。

 弟子として、尊敬する師を超える。それが、師への恩返しであり、手向けになるはずだ。

 あの方の弟子だと、胸を張るために。

 あの方の最期の言葉に応えるために。

 あの方を、超えるために。

 そうだ。『スケテイル・アマ・ゾーン』に挑むことを決めたのは、そんな思いからだった。

「ふんっ。口だけでなければいいがな」

 なんとなく、リヴァイアギルディの声が、穏やかになった気がした。

 もう用はない、とばかりに(きびす)を返したリヴァイアギルディが、スワンギルディの部屋から立ち去ろうとする。

 ひとつの考えが、スワンギルディの頭に浮かんだ。リヴァイアギルディが、わざわざ荷物を届けに来てくれたのは。

「リヴァイアギルディ殿、あなたは」

「二度と情けない真似は、するな」

「――――はい」

 リヴァイアギルディは、振り返ることなくスワンギルディの言葉を遮ると、静かに歩き去って行った。その背に、己が憧れ、目指した師の姿が、重なった。

 あれが、武人というものなのだ。

 スワンギルディはその背中に、ただ、一礼した。

*******

 ドラグギルディは、ほんとうによい弟子を持ったようだ。通路を歩きながら、リヴァイアギルディはそんなことを思った。

 まだまだ未熟だが、ドラグギルディが言っていた通り、いずれドラグギルディやリヴァイアギルディを超えるかもしれない。不思議とそう思わせるものを持っている。

 ただ、純粋すぎる。あまり思いつめなければよいのだが。

 そこまで考えて、内心苦笑する。巨乳属性(ラージバスト)の部下たちより、他部隊の若造を気にかけてしまうとは。

「リヴァイアギルディ様」

「スパロウギルディか」

 足を止め、そちらに顔をむける。

 スパロウギルディが、一礼した。

「感謝いたします。スワンギルディを」

「俺はただ荷物を届けるついでに、腑抜けの顔を笑いに行っただけにすぎん。礼を言われる筋合いはない」

「それでも、ありがとうございます」

「ふん」

 スパロウギルディの言葉を遮るが、彼は気にせず、感謝の言葉を続けてきた。

 昔からリヴァイアギルディは、素直にものを言うことができなかった。

 (たの)みとする股間の槍のごとく、正道を貫く戦士たろう。そう思って精進し続けてきたが、物言いだけはどうしてもひねたものになってしまう。

 だがリヴァイアギルディ自身は、それを疎ましいものとは思わない。精神(こころ)そのものの存在であるエレメリアンが、自らの在りように疑問を持ってどうするのだ。そう思っている。

 戦士である以上、己の在りようは、闘いで語ればいい。そう信じて、ひたすらに槍を磨き上げた。投げ技も、そこらの凡夫(ぼんぷ)では相手にならない域に到っているが、あくまでも己の槍でトドメを刺すためのものだ。

 そして、最後に己を奮い立たせるものは、巨乳への想い。そう信じている。

 小細工は、自分には必要ない。ただ、貫くのみ。逆にクラーケギルディは、自身の触手を使い、相手に合わせた戦法で勝利し続けてきた。

 それを、小細工と言うのだ。そう思っていることもあって、クラーケギルディとは馬が合わなかった。

 巨乳属性(ラージバスト)貧乳属性(スモールバスト)が対極に位置することもあり、クラーケギルディとは顔を合わせるごとに衝突している。

 ドラグギルディ隊と合流した時も、ほぼ同時に到着したクラーケギルディの部隊と鉢合わせとなり、リヴァイアギルディはクラーケギルディと、わずかだが槍を合わせた。

 勝負はまったくの互角であり、苛立ちとともに、そうこなくてはな、という思いがあった。

 不倶戴天とも言える相手ではあるが、同胞には違いない。なにより、張り合ってきた相手が弱くなっては、こちらとしても立つ瀬がないと言うものだ。

 思えば、やつとはずっと張り合ってきた。リヴァイアギルディが誰よりも一目置き、目標としたのがドラグギルディだったとしたら、クラーケギルディは最大のライバルと言える存在だった。

 ドラグギルディが、五大究極試練のひとつ『スケテイル・アマ・ゾーン』に挑んだように、リヴァイアギルディもまた、究極試練のひとつに挑んでいた。

 自分自身を題材にして創作作品を書き上げ、他者に批評してもらう荒行、『メロゲイマ・アニトゥラー』。それが、リヴァイアギルディの挑んだ試練だった。そしてリヴァイアギルディに張り合うように、クラーケギルディもこの試練に挑んでいた。

 クラーケギルディに負けてなるものか。その一心で、リヴァイアギルディは試練を越えた。クラーケギルディと、互いに書いた作品を音読し合い、時に駄目出しし合い、時に死にかけるダメージを負いながらも、ともに試練を乗り越えたのだ。やつへの対抗心がなかったら、越えられたかどうかわからない。それほどの苦行だった。

 クラーケギルディとの道は、決して交わることはない。歩み寄ることも、いや、歩み寄る気もない。わかり合う気もない。張り合い、凌ぎ合う。それが、リヴァイアギルディとクラーケギルディの関係なのだ。それで構わぬ、とリヴァイアギルディは思っている。

「ところでリヴァイアギルディ様。フェンリルギルディを見かけませんでしたか?」

「いや、見ておらんな」

 声を潜めるようにして言うスパロウギルディの様子が、気にかかった。

 勝手にこの部隊にやって来たフェンリルギルディではあるが、やつが来た段階でスパロウギルディは、来た理由を問い質している。いまさらやつを探す理由はないはずだ。

 態度こそ慇懃(いんぎん)ではあるが、言動の端々から不遜(ふそん)なものを感じさせる、他者を見下すような眼をした、下着属性(アンダーウェアー)のエレメリアン、フェンリルギルディ。やつはどこか、ほかの属性に対して隔意を持っているようなふしがあった。そしてそれは、ツインテールに対してもむけられているような気がした。

 ふっと思い浮かぶ事柄(ことがら)があった。

「ダークグラスパー様か?」

「はい。御存じだったのですか?」

「いや、ほかに考えられる理由がなかっただけだ。もう参られていたとはな。しかし、俺の方ではなかったか」

「リヴァイアギルディ様が呼び出される理由など」

属性力(エレメーラ)の完全奪取を完遂せず、侵略を中止することをくり返す。まあ、あいつの言う通り、組織への反逆と取られてもおかしくはないだろう」

「それは。いや、しかし、リヴァイアギルディ様がそのようになされるのは、人口が少なく、ツインテールの戦士も成長の見込みが望めないために侵略価値が薄い、と見なされる世界ばかりと聞きました。ここに来る前に侵略していた世界もそうだったと」

「それについては、確かに間違いはない」

 だが、言っていないことはあった。その戦士から、戦意が失われた時だ。この世界に来る前に侵略していた世界を守っていた戦士は、ツインテイルズに比べると、遥かに弱かった。自然発生した戦士ではあるが、一般隊員クラスのエレメリアンには充分勝てても、幹部にはまず届かない。タイガギルディクラスには勝てるかもしれないが、その程度の強さだった。サイドテールの幼女が二人合体し、ひとりのツインテール戦士になるという珍しいものではあったが、実力は肩透かしとしか言えなかった。

 これでは、ただの弱い者いじめだ。それでも立ちむかって来るというのならともかく、怯え、戦意を失っている少女にトドメを刺す気にはなれなかった。人口が多く、属性力(エレメーラ)の大量収穫が望めるというのであれば、心を鬼にして、完遂するが。

 そういえば、テイルレッドはあの合体幼女ツインテール戦士と同じぐらいの年齢に見えたが、それでクラーケギルディを相手にまったく臆さず渡り合うとは、大したものだ。テイルブルーも、触手に怯えていた時はかすかに失望したものだが、テイルレッドにかばわれてからの動きは、思わず眼を見張るものがあった。そして貧乳に触れた時に受けた気迫は、思わず気圧(けお)されるほどのものだった。それでこそだ、と嬉しくなったぐらいだ。

 戦士ならば、あれだけの気概を持って欲しいものだ。勝手ではあるが、そんなことを思う。

「しかし、なぜ首領様は、俺とクラーケギルディの部隊を同時に侵攻させたのだろうな。俺とクラーケギルディ、巨乳属性(ラージバスト)貧乳属性(スモールバスト)の仲の悪さは、組織中に知れ渡っている。そもそも相反する属性同士は本能的に反発する以上、おいそれと力を合わせられるものでもない。なにか聞いているか、スパロウギルディ?」

「いえ、なにも。失礼ながら、なぜおふたりを同時に、と私も思ってしまったぐらいです」

「まあ、そうだろうな」

「ですが、アルティメギルの頂点に君臨する、偉大なる首領様のこと。我らには窺い知れない深謀遠慮があるものかと」

「そう、だな」

 おそらくそうなのだろうが、それはほんとうに、ツインテイルズを倒すためのものなのか。なぜか、そんな疑念が、心のどこかにあった。

「古代ツインテール文明」

「は?」

「なに。なんとなく言ってみただけだ」

「は、はあ。確か、遥か昔に存在したと言われる文明でしたか?」

「そうらしいな。もっとも、誰が言い出したものかわからぬし、そもそも実在していたのかどうかすら眉唾物の話だがな」

 なぜこんなことを言い出したのか、自分でもわからなかった。ただ、不思議と口を()いて出た。そう言うしかなかった。

 困惑した様子のスパロウギルディに、気にするな、と手を振る。

「まあ、それは別にいい。フェンリルギルディを見かけたら、伝えておこう。ほかに呼び出しのことを知っている者は?」

「連絡係の者と、クラーケギルディ様だけです」

「クラーケギルディか」

 スパロウギルディが、かすかにハッとした様子を見せた。

「ただ、先に会っただけで」

「いや、他意はない。気にし過ぎるな、スパロウギルディ」

「は、はっ」

 自分たちのぶつかり合いを目の当たりにしているのだから、その反応も仕方ないか。そう思いながら呼び出しの場所を訊き、クラーケギルディからフェンリルギルディへの伝言とやらを受け取ると、リヴァイアギルディはスパロウギルディと別れ、通路を歩き出した。

*******

 通路を歩いていると、艦のあちこちから、巨乳貧乳で言い争う声が聞こえてくる。

 のんきなものだ、とフェンリルギルディは思う。ダークグラスパーが来るかもしれないというのに、侵略よりもいがみ合いを優先している。くだらない連中だ。

 なぜ私には、あのようにぶつかり合える相手がいないのだ。

「っ」

 胸中に浮かんだ言葉を、押し潰す。私に、そんな相手は必要ない。私は、ひとりでいい。孤独ではない、孤高なのだ。

 言い争う相手がいるのが羨ましいなど、ただ言ってみただけだ。そうだ。クラーケギルディとの会話で言った言葉は、ただ単に彼の関心を得るためのものに過ぎない。それだけでしかない。

「フェンリルギルディ」

「っ、これはこれは、スパロウギルディ殿」

 背後からかけられた声に、内心で驚きながらもゆっくりとふり返る。思った通り、スパロウギルディだった。思考に気を取られていたとはいえ、大した力もないくせに、ただ世渡りのうまさだけでドラグギルディの副官になったというスパロウギルディ程度に、話しかけられるまで気づかなかったとは。

 内心で舌打ちする。それにしても、スパロウギルディの表情は、どこか憂いを帯びたもののように感じた。

 動揺と苛立ちを内に(とど)め、恭しく応答する。

「なにか、御用でしょうか?」

「その様子では、リヴァイアギルディ様とクラーケギルディ様には会っていないようだな。用があるのは私ではない。ダークグラスパー様がお呼びだ」

「なんと。私をですか?」

「そうだ。心して謁見(たまわ)れ」

 クラーケギルディの名が出たところで、わずかにギクリとしたが、それは胸中に押し留めた。次に、実在も定かではないと思っていたダークグラスパーが実在し、それどころか、すでにここに来ており、あまつさえ自分が呼ばれるという事態に、フェンリルギルディは困惑した。

 場所を聞きながら、スパロウギルディの表情がどこか優れない理由を推察する。答えは、すぐに出た。

 嫉妬だろう。

 処刑人に呼び出されるということで、まさか自分が処刑されるのかと、フェンリルギルディの頭に浮かばなかったわけではない。だがフェンリルギルディは、処刑されるようなことはしていないのだ。幹部の座を狙ってはいるが、そのために他者を陥れたことはない。独断専行は多いが、結果は出しているし、いまさらである。

 ならば考えられることはただひとつ。フェンリルギルディの実力が、首領直属の戦士に認められたということだろう。

 リヴァイアギルディ部隊とクラーケギルディ部隊。力を合わせよ、と集められただろうに、巨乳貧乳でくだらない争いを続ける愚か者ども。それらに見切りをつけ、才覚ある戦士に勅命を授ける。いかにもありそうなことではないか。

 もちろん、その才覚ある戦士とは、フェンリルギルディのことだ。それならば、スパロウギルディの憂鬱そうな雰囲気にも納得がいくというものだ。自分よりもずっと下のはずだった若造の出世する様を、黙って見ていることしかできないのだから。

「フェンリルギルディ、どうした?」

「いえ、わかりました。すぐにむかいます」

 (きびす)を返し、スパロウギルディと別れる。スパロウギルディから、顔が見えない角度になったところで、フェンリルギルディはほくそ笑んだ。これで、上に行ける。下着属性(アンダーウェアー)を外道と見下した者たちを、フェンリルギルディを蔑んでいた者たちを、逆に見下ろせる立場になれるのだ。

「フェンリルギルディ。クラーケギルディ様からの伝言だ」

 背中からかけられたスパロウギルディの言葉に、足がピタリと止まった。声をかけられたことにか、クラーケギルディという名を聞いたことでなのか、自分でもわからなかった。

 硬直するフェンリルギルディに構わず、言葉が続けられる。

「他者への敬意を持て、だそうだ。確かに、伝えたぞ」

「な」

 ふり向いた時、スパロウギルディはすでに去って行くところだった。

 どういう意味だ。疑問をぶつけようにも、スパロウギルディに訊いてどうするのだ、とも思う。逡巡している間に、スパロウギルディの姿は見えなくなっていた。

 クラーケギルディを探して訊いてみるか。そう頭に浮かんだところで、なぜわざわざそんなことを訊かなければならないのだ、と思った。自分はこれから、高みに上がるのだ。そんなこと、訊く必要などない。

 (かぶり)を振り、ダークグラスパーがいるという部屋を目指して歩き出す。

 他者への敬意。そんなものに、価値などあるものか。フェンリルギルディの胸の内に、そんな思いが渦巻いていた。

 

 スパロウギルディから教えられた部屋に着いた。一般隊員クラスでは来ることの許されない、隊長、副隊長クラスの者だけが入ることの許される一角にある部屋だった。

 その中でも、専用に改造されたのだろうか。ほかの部屋とは、どこか雰囲気が違って見えた。

「お呼びになられましたか、ダークグラスパー様」

 背筋を正し、部屋の前で呼びかける。扉が開いた。来い、という意味と解釈し、部屋の中に入る。

「っ?」

 違和感を覚えた。まるで、別の場所に入ったような、そんな感覚だった。どうやら、入り口自体が転送ゲートのようだった。

「来たか」

「っ!?」

 眼にした光景に、フェンリルギルディは驚愕した。

 部屋は、一辺が二十メートルに及ぼうかという広大な部屋だった。壁は、いやに色彩豊かで、眼が落ち着かない。

 だが驚いたのは、そんなことではなかった。部屋の中心にいる声の主、ダークグラスパーと(おぼ)しき人物の姿が、あまりにも予想外だったためだ。威圧感を感じさせる、まるで魔王の玉座とでも表現するのがふさわしい椅子に深く腰掛け、ところどころが刺げ立っている黒のデスクにむかい、パソコンでなにか作業をしていた。

 年の頃は、十をわずかに過ぎたあたりだろうか。首から足までを覆う、ケープ状の漆黒のマント。その黒衣に負けない色合いの黒髪は、おさげのように垂らされたツインテール。胸元をなだらかに盛り上げる双丘は、控えめな自己主張をしている。

 なによりも眼を引き、凄まじいまでの存在感を感じさせるのは、そのアンダーフレームの楕円形の眼鏡だった。見ただけで、なにかとてつもない力を感じさせた。

 人間の、少女だった。

 パソコンを操作する音だけが、時々部屋に響く。少女はこちらに視線すらむけず、パソコンから眼を離そうとしない。フェンリルギルディがいることには気づいているだろうに、まったく気に留めた様子もなかった。

 なぜ人間が、とフェンリルギルディは思った。どこかの世界でアルティメギルの侵略に対抗していた戦士が、勝ち目がないとアルティメギルに取り入ったのか。だが、だからといって、エレメリアンに狩られるだけの存在でしかない人間風情が、首領直属の幹部になっていたなど。

 人間ごときが、俺より上にいるだと。

 人間のくせに、俺を路傍の石のように扱うか。

 俺は、人間などに取り入る気でいたのか。

 さまざまな思いが、浮かんでは消えていく。屈辱に、舌打ちしたくなる衝動に襲われるが、すぐに思い直す。目の前の少女は幼い。取り入るのは難しくないだろう。考えようによっては、上級エレメリアンよりも、こっちの方が好都合かもしれない。

 どんな手を使っても上に行く。そして、下着属性(アンダーウェアー)が見下されることのない組織に、すべての属性が平等とされる組織にするのだ。そのためならば、どんな屈辱にも耐えてみせる。そう決意したのだ。

 しかし、ダークグラスパーらしき少女は、いまだ視線ひとつよこそうともしない。

 沈黙に耐えきれなくなったフェンリルギルディは、こちらから行動を起こすことにした。

「失礼ながら、ダークグラスパー様でお間違えありませんでしょうか?」

「相違ない」

 少女、ダークグラスパーはやはり視線すらむけず、静かに答えた。再び沈黙に包まれる。居心地の悪さにフェンリルギルディは、なんとはなしに周囲を見渡した。妙に色とりどりの壁が気になり、じっと見つめる。

「っ、これは」

 驚愕に、フェンリルギルディは声を洩らした。改めて周囲の壁を注意深く見る。

 壁の正体は、エロゲーの箱だった。何百何千、何万はあろうかというエロゲーの箱が積み上げられ、壁が作られている。それどころか、箱の上蓋の絵柄によって、壁にはツインテールが描かれていた。

 ようやく気づいたか、とでも言いたげに、ダークグラスパーが動いた。腕をゆっくりと上げ、パチンと指を鳴らす。壁の一部が動いたかと思った直後、ひとつの箱がそこから出てきた。壁の一部に穴が空いたかたちではあるが、壁は崩れるどころか、揺るぎもしなかった。

 いや考えてみれば、あれだけの量が積まれていれば、下の箱は普通潰れているはずだ。だというのに、すべてが新品同然の真新しさを感じさせる綺麗さ。不思議な力で守られていることは、明白だった。

 箱はダークグラスパーの隣で止まると、ひとりでにその蓋を開けた。中から、マニュアルやアンケートチラシなどがゆっくりと出ていき、最後に透明なディスクケースが出てきた。ディスクケースから出たDVDが、ダークグラスパーのパソコンのドライブに収まった。読み込み音が、室内に響き渡る。同時に、大モニターがダークグラスパーの頭上に現れた。ダークグラスパーのパソコンと連動しているようだった。

 ダークグラスパーが、デスクトップ上にあるツインテール少女のアイコンをクリックした。モニターに原色バリバリのメーカーロゴが現れ、甲高いアニメ声がメーカー名を宣言する。

 エロゲー、だった。修羅の試練『エロゲミラ・レイター』がフェンリルギルディの頭に浮かんだが、ダークグラスパーは見られるどころか、見せつけていた。

 格の違いを見せつけるように、ダークグラスパーは平然としていた。羞恥や虚勢といったものは、まったく感じられなかった。

「インストールすれば、ディスクなしでも起動するゲームは数多くあるが、わらわはこの作業が好きでな。ディスクを入れるというのは、戦場(いくさば)に赴く武士(モノノフ)が兜の緒を締める行為に似ている。そう思わぬか?」

「は、はっ」

 身も心も縛りつけるような圧迫感に、フェンリルギルディはそれだけ返すのが精一杯だった。

「もっとも」

 さも自然な様子で、ダークグラスパーが言葉を続ける。

「緒の弛んだ戯け者も、おるようじゃがの」

「っ!」

 『ロードする』を選び、画面が暗転したほんの一瞬、すべてを凍てつかせるような瞳が、フェンリルギルディにむけられた気がした。躰の芯から凍りついたような気さえした。知らず、冷や汗が流れていた。

 フェンリルギルディが身動きひとつとれないでいる間、ダークグラスパーはエロゲーをプレイし続ける。モニターは大画面に映し、ボリュームは大音量。それどころか、ニヤニヤとしただらしない笑顔を隠そうともせずにプレイしていた。

 エロゲーをやっているところなど、普通は誰かに見られたくなどあるまい。しかし彼女は、まったく恥ずかしげもなくそれを行っている。友だちであるならまだしも、ついさっき会ったばかりのフェンリルギルディの目の前でだ。戦慄するしかなかった。

「っ」

 なにを臆しているのだ、と自らに喝を入れる。

 ダークグラスパーとは、ただ、名ばかりの存在ではなかった。それだけのことに過ぎないではないか。幹部となって、この組織を変えるのだ。自分なら、それができる。

「ふっ。エロゲーをはじめるとき、最初にオプションでメッセージ速度を最速にするような小童(こわっぱ)が、幹部の座を欲するか」

「っ!」

 嘲るように紡がれた言葉に、フェンリルギルディは絶句した。フェンリルギルディの野心は、とうに見抜かれていたというのか。

 逃げろ。心のどこかがそう訴えていたが、どこに逃げろというのだ、と思う。ここは、転送ゲートらしき扉で転移させられた先。扉を通ったところで同じところに戻れるかはわからぬし、もしここを逃げることができたとしても、そのあとアルティメギル全体に追われる身となっては、遅いか早いかの違いでしかない。

 ならばここは、退かずに前に出るしかない。

「いけませぬか。小童が幹部の座を欲しては?」

 自らの心を奮い立たせ、フェンリルギルディはあえて不敵に言った。これは、賭けだ。気概を見せ、殺すには惜しいと思わせれば、チャンスはあるはずだ。

「悪くはない。が、貴様ごときには、幹部の座は荷が重すぎようよ」

「っ」

 淡々とした言葉に、フェンリルギルディの頭がカッとなった。

 見下された。そうとしか思えなかった。

 それでも、堪える。ここで感情的に動けば、すべては水の泡だ。

「お言葉ではありますが、立場がその者を成長させる、ということもあるかと存じます。私もまた、そのように在りたいと」

「ふむ。思っていたよりも(はら)は据わっているようじゃの。思慮も浅いように思えて、なかなかどうして頭は回るか」

 感心したように、ダークグラスパーが言った。脈ありだ、と光明(こうみょう)が見えた気がした。

「では」

「フェンリルギルディよ。ひとつ、貴様の勘違いを解いておこう」

「は?」

「なぜ貴様は、わらわに呼び出されたと思う?」

 これまでのダークグラスパーの言葉を思い返せば、フェンリルギルディへの処罰が目的だろうと思う。

「私への処罰、でございますか?」

「そう。目的は貴様の処刑じゃ。それはなぜだと思う?」

「幹部の座を欲したから、でしょうか?」

 フェンリルギルディの言葉にダークグラスパーが、フッと鼻で笑った。

「野心を抱くのは構わぬ。むしろ気概があって喜ばしいことよ。軽口を叩くのも、道化を演ずるのも、(かぶ)くのも大いに結構」

「ならば、なぜ」

「ツインテールを(かろ)んずることなかれ。それがアルティメギルの掟」

 ダークグラスパーの眼鏡が、光を放った気がした。

「ツインテール属性を、不要と申したな?」

「っ!?」

 なぜそのことを、と愕然としながらフェンリルギルディは思った。そのことを言ったのは、クラーケギルディに対してのみ。密告されたのか、と頭に浮かんだが、あの騎士道を重んずる堅物が、そんな真似をするとも思えなかった。

「わらわの眼鏡は、すべてを見通す。貴様がこの部屋に入った瞬間には、貴様の謀反(むほん)などすでにお見通しだったということよ」

「む、謀反などとっ。私はただ、ツインテール属性だけにこだわる必要はないとっ。首領様に楯突く意思など毛頭(もうとう)ございませぬ!」

「見苦しいぞ、フェンリルギルディ。戦士の情けじゃ。潔く腹を切れ。介錯はしてやる。それとも、わらわと一戦(まじ)えてみるか?」

「っ!?」

「もしもわらわに一撃でも入れられれば、この一度だけ不問にしてやってもよいぞ。幹部へ引き立ててやるのも、やぶさかではない。どうじゃ?」

 どういうつもりなのか。ダークグラスパーの言葉に戸惑うものの、降って湧いたチャンスであることは間違いなかった。

 尻尾から長刀を抜き、構える。フェンリルギルディが生成した、三日月形の刀だ。切れ味、強度ともに、なかなかのものである。

 ダークグラスパーがニヤッと笑い、立ち上がった。

「っ、その鎧は」

 ダークグラスパーは、ツインテールの戦士たちが纏う鎧に似た物を着ていた。いや、それと同じ物なのだろう。黒い鎧。いや黒い鎧というより、鎧自体が黒い光を放っているように見えた。矛盾した表現に思えるが、そうとしか言えない光だった。しかし気になるのは、どういうわけか、映像で見たツインテイルズのものと、取り分け似ているような気がした。

 いずれにせよ、『処刑人』としての装備として、アルティメギルで作られた物である可能性が高い。『処刑人』は、首領直属の立場なのだ。幹部エレメリアンと同等以上の力を発揮する鎧であっても、不思議ではない。アルティメギルの技術力は、人類のものとは比べ物にならないほど高いのだから。

 パソコンごと、椅子とデスクが床に沈んでいく。邪魔な物が取り払われた。

「どうした。来ぬのか?」

「先ほどの言葉、ほんとうでしょうな?」

「無論じゃ。もっとも、貴様の力では無理であろうがな」

 ギリッ、と歯を食いしばり、姿勢を低くして構えた。フェンリルギルディの持ち味である速さを、最大限に生かして吶喊(とっかん)する。スピードならば、幹部にも負ける気はない。俺を舐めたこと、後悔させてやる。

 ダークグラスパーの鎧が気にならないわけではないが、いま気にしている場合ではない。

 距離は、数メートル。ないも同然の距離だ。

 駆ける。一瞬にも満たない時間で、ダークグラスパーの目の前に到達し、剣を横薙ぎに振るった。

「っ!?」

 剣を振り抜いたが、軽い。ダークグラスパーの手には、いつの間に取り出したのか、死神を彷彿(ほうふつ)とさせる大鎌があった。そして彼女の目の前、宙に浮いていたのは、等間隔でバラバラにされた物体。フェンリルギルディの持っていた長刀の、刀身。

 あの鎌で、斬られたというのか。

「ぐっ!?」

 額に衝撃。ふっ飛ばされた。フェンリルギルディの躰が壁に激突し、刀身が思い出したように落下して甲高い音を立てた。

 ダークグラスパーは、人差し指のみを突き出した拳をこちらに伸ばしていた。さっき額に受けた衝撃は、彼女の指によるもののようだった。

 驚きはしたが、ダメージ自体は大したことはない。まだまだ充分に動ける。

「まだやるか、小童?」

 答えず、立ち上がると、自身が持っている、長刀だった物に眼をやる。もはや柄だけで、使い物にならない。捨てて、拳を構えた。ダークグラスパーの笑みが、深くなった。

 負けぬ。

 死ねぬ。

 雄叫びを上げた。

 再び、駆ける。この一撃に、すべてを賭ける。拳を突き出した。ダークグラスパーに当たり、彼女の躰がふっ飛んでいく。そのまま先ほどのフェンリルギルディのように壁に激突し、もたれかかるようにして倒れた。

「は?」

 拍子抜けするような展開に、フェンリルギルディは思わず間の抜けた声を洩らした。

「あの、ダークグラスパー、様?」

 おそるおそる声をかける。ダークグラスパーは、顔をうつむかせたままピクリともしない。気絶したのだろうか。

「フッ、ハハハ」

 笑いがこみ上げてきた。なにかがおかしい、と囁く声があったが、止まらなかった。

「ウワーッハッハッハッハッハッハッハ! どうだ、ダークグラスパーめ! 我らアルティメギルの力で強くなれただけの小娘の分際で、私を見下すからそうなるのだ!」

「まったく、思い上がりも甚だしいのう、フェンリルギルディよ」

「まったくもってその通り! ウワーッハッハッハッハッハ、ハッ、ハッ、ハ?」

 背後から聞こえてきた少女の声に、フェンリルギルディは高笑いをやめ、ふり返った。

 黒き鎧を身に纏った、眼鏡の少女が、いた。

「だ、ダークグラスパー、様?」

「もとより、貴様ら個々の属性へのこだわりは、ツインテール属性を奪取したうえで許されていたもの。それをどこで勘違いしたものやら」

 ダークグラスパーが、呆れたように(かぶり)を振っていた。殴られた痕など、どこにもなかった。

「い、いったい、なにが」

「ほんとうに、わらわに一撃を入れられたと思ったか?」

「っ!?」

 さっき殴り飛ばしたダークグラスパーがいるはずの方向に、急いでふり返る。

「え?」

 見覚えのある姿が、ダークグラスパーが倒れているはずの場所にあった。銀色の毛並みを持った、狼を思わせるエレメリアン。

「わ、私、だと?」

 そこで、ハッと顔を上げた。フェンリルギルディは、壁にもたれかかるようにして、倒れていた。ダークグラスパーが部屋の中央でこちらを見下ろしている。

 さっきまで、自分は立っていたはずだ。いつの間に自分は倒れていたのだ。

「やはり気づかなんだか。貴様はわらわの指先ひとつで、すでにダウンしておったのよ」

「なん、だと」

 立ち上がろうとするが、躰に力が入らない。それどころか、感覚すらなかった。

「こ、これは、いったい」

「ふっ。精神に直接攻撃を叩きこんだまでのこと。もはや貴様の精神はズタズタ。ろくに動きもとれまい」

「む、むうう」

 ダークグラスパーの言う通り、躰の自由が利かない。かろうじて動くのは、顔と口ぐらいだった。

「この技は、精神(こころ)強き者にはまず通用せぬ。それがこれほどまでにダメージを負っている時点で、貴様の力など大したものではないという証。蟷螂の斧であったな、フェンリルギルディよ」

 ダークグラスパーの眼鏡が、激しい光を放った。光輪が二つ、巨大化し、(インフィニティ)を思わせるかたちを作った。

眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)。己の闇と、むき合うがいい」

 闇が、フェンリルギルディの躰にまとわりついてくる。振り払おうにも、躰が動かなかった。

 気がつくと、闇に包まれていた。なにも見えない。

「っ?」

 野太い声が、どこからか聞こえてきた。遠く、かと思いきや近くで聞こえるようでもあり、判然としない。

 闇に、人影が生まれた。

「なっ」

 ひとつではない。いくつもいくつも湧き上がってくる。なんだ、と思った瞬間、その人影の正体が見えた。

 すべてが分厚いマッスルとでも形容するしかない、筋肉ムキムキの男たち。肌は、テッカテカに光っていた。

 (ふんどし)一丁だった。

「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 女性の麗しき下着を愛するフェンリルギルディにとって、男の下着を見せられることは、地獄の責め苦に等しい。眼を閉じるが、男たちの姿は頭から離れない。見えているように、はっきりと浮かんでくる。いや、自分はほんとうに眼を閉じているのか。そもそも、これがダークグラスパーの作り出した空間か幻だとしたら、眼を閉じていても、なんの意味もないのではないか。

「っ!?」

 一部の男たちの姿が変わり、フェンリルギルディの精神にさらにダメージを与えてきた。

 男たちが、女性の下着を着けていた。男たちが身に着けるには小さすぎる下着は、ビチビチに引き伸ばされるどころか、なぜ千切れないのかと思うほどだった。下着の悲鳴が聞こえてきそうな、下着への冒涜(ぼうとく)とも言える光景だった。

「ぐ、ううううう」

 恥も外聞も投げ捨てて、許しを乞え。そうすれば、助かるかもしれんぞ。

 そう囁く声があった。

「ふ、ざけるな」

 胸に湧き上がってきたのは、怒りだった。気がつくと、口が動いていた。

 眼を開き、男たちを睨みつける。

「ふざけるな! 確かに我らはツインテールを愛している! だがそれと同じぐらい、自分に備わった属性を愛しているのだ! 己の愛した属性を見下され続け、それを変えたいと思うことがいけないことか!? 語り合うことも、ぶつかり合うことも許されぬ悲しみが、人間の貴様にわかるか!?」

 闇は、なにも答えない。男たちのむさ苦しい声だけが木霊(こだま)していた。

 それでも、叫び続ける。

「確かにオレはツインテールを不要と言った! ツインテールを愛する者たちにとって見過ごせない言葉だろう! なら、なぜ誰も、すべての属性は平等だと言ってくれないのだ! なぜ、下着属性(アンダーウェアー)は外道と誹られなければならないのだ!? 誰も変えてくれない! ならばオレがやるしかないではないか!」

 わっしょい、ワッショイ、 wasshoi(ワッショイ)、と男たちが、筋肉と褌とビチビチの下着を見せつける。心が折れそうになるが、言葉は止まらなかった。

 頭で考えて喋っているわけではなかった。自分でも、もはやなにを言っているのか、はっきりとわかっていなかった。ただ、胸に浮かんでくる言葉があり、それを吐き出していた。吐き出さずには、いられなかった。

「ツインテールさえあれば、ほかの属性などどうでもいいと言うのか!? それではまるで、ツインテールの奴隷ではないか! なぜそんなことが許されるのだ!!」

『決まっておろう』

 ダークグラスパーの声が、聞こえた。

『それが、アルティメギルの掟だからじゃ』

「っ、畜生っ」

 フェンリルギルディの胸の内に、ドス黒いものが広がっていく。怒りや憎しみ、いや、これは怨念や呪詛と呼ぶべきものなのかもしれない。

 他者への敬意。その言葉が頭をかすめたが、知ったことではなかった。他者への敬意など持ったところで、なにが変わるというのだ。下着属性(アンダーウェアー)は、外道の誹りを受け続けてきたのだ。それでなぜ、我らばかりが退かなければならないのだ。

 男たちに、もかもかと胸毛を生やしまくった男たちが加わった。真っ向から睨みつけ、衝動のまま、喉も裂けよと叫ぶ。

「畜生っ! 呪われろ! 呪われてしまえ、ダークグラスパー!! いや、おまえだけではない! エレメリアンもアルティメギルもツインテイルズも! ツインテールに関わるものはっ! すべて呪われてしまえええええーーーーっ!!」

 もかもかマッチョの下着の海に呑まれながら、フェンリルギルディは呪詛を吐き続けた。

*******

 眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)の闇が消えていく。

 このままフェンリルギルディも、ともに消えるだろう。精神(こころ)強き者であれば話は別だが、並大抵のエレメリアンならそのまま死ぬ。

 どこか光るものを感じさせるやつではあったが、プライドが肥大化し過ぎているきらいがあった。惜しいと思わなくもないが、仕方がない。

「外道と誹られる属性、か。だが、文明がある限り、下着属性(アンダーウェアー)が消えることはあるまい。滅びゆく属性と、果たしてどちらが恵まれているのであろうな」

 ポツリと呟き、パソコンとデスク一式を出現させる。

 椅子に座り、パソコンを操作する。スパロウギルディから提出された、ツインテイルズの映像を見る。

「やはり無事だったのだな、トゥアールよ」

 眼鏡のブリッジに触れ、ダークグラスパーはひとり呟いた。

***おまけ(いろいろとヒドイので、閲覧される方は注意してください)***

 雄叫びを上げた。

 再び、駆ける。この一撃に、すべてを賭ける。拳を突き出した。ダークグラスパーに当たり、彼女の躰がふっ飛んでいく。そのまま先ほどのフェンリルギルディのように壁に激突し、もたれかかるようにして倒れた。

「は?」

 拍子抜けするような展開に、フェンリルギルディは思わず間の抜けた声を洩らした。

「あの、ダークグラスパー、様?」

 おそるおそる声をかける。ダークグラスパーは、顔をうつむかせたままピクリともしない。気絶したのだろうか。

「フッ、ハハハ」

 笑いがこみ上げてきた。なにかがおかしい、と囁く声があったが、止まらなかった。

「ウワーッハッハッハッハッハッハッハ! 参ったか、ダークグラスパーめ! これがこのフェンリルギルディの力だ! 私を舐めるからそうなるのだ!」

「すげえぜ、兄貴!」

「さすがだぜ、兄貴!」

「そうだろう、そうだろう! ウワーッハッハッハッハッハ、ハッ、ハッ、ハ?」

 背後から聞こえてきた二つの野太い声に、フェンリルギルディは高笑いをやめ、ふり向いた。

 二人の男が、いた。

「――――どちらさまでしょうか?」

 思わず敬語で聞いてしまうほど、異様な男たちだった。なぜか手枷と足枷を着けており、ビキニパンツ一丁。身長はフェンリルギルディよりも高く、すべてが分厚いマッスルとでも形容するしかない、筋肉ムキムキの肉体。プロレスラーよりも、ボディビルダーといったふうであり、片方は色黒で、黒いビキニパンツ、もうひとりは色白で、赤いビキニパンツを穿いていた。肌は、両者ともテッカテカに光っている。

 そのボディに乗っている顔は、控えめに言って、見たら三日は夢に出そうなほど濃ゆかった。浮かべた表情は、イイ笑顔である。その濃ゆい顔と(あい)まって、一週間ぐらいは夢でうなされそうなほど、やたら濃ゆイイ笑顔だった。頭は見事なスキンヘッドであるが、不思議なことに頭頂に大きな穴が空いていた。ビームでも出そうな気がした。

 全体を改めて見るとそれだけで、ダイヤモンドのリングに脳天を叩きつけられるような衝撃があった。一ヶ月は寝こみそうな異様な濃さだった。

「誰だっていいじゃないか、兄貴!」

「そうさ。それよりもいまは、兄貴にプレゼントがあるんだ!」

 むやみやたらと張り上げられる声も重なって、無駄に暑苦しかった。

 色白のマッチョマンが、自身のパンツに手をかけ、脱ぎはじめた。キャッ、恥ずかしい、とでも言わんばかりの仕草でモジモジとし、フェンリルギルディの意識が遠のきかける。

 パンツが、突き出された。

『兄貴は下着が好きなんだろ。プレゼントさ!』

「要らぬわ!?」

 男たちが同時に言った言葉に、意識が瞬時に覚醒する。叫び、男たちから飛び退(すさ)った。

「私が愛するのは女性の下着だ! 男の下着など、反吐(へど)が出るわ!」

「よし、わかった。女性の下着だな!」

 色黒の方が言葉とともに、自身のパンツに手を突っ込んだ。どうやって隠していたのか、中から布、女性の下着が出てきた。上と下、両方で、色は本人の穿いたパンツと同じ黒だった。色白の方も再びパンツを穿くと、同じようにパンツの中に手を突っこみ、やはり同じように女性の下着を取り出した。色はやはり、本人の穿いたものと同じ、赤だった。

 マッチョメンが手にしているとずいぶん小さく見えるが、普通に女性の下着だった。デザインは美しく、見事なものだった。パンツから取り出したことには、いろいろな意味で眼を瞑っておく。瞑ってはいけない気がするが、いまはとにかく瞑っておく。

 むう、とフェンリルギルディが唸ったところで、マッチョメンがその下着を上下とも身に着けた。

「なにをしている!?」

『兄貴は女性の下着が好きなんだろ。だからさ!』

「なにがだ!?」

 平均的な女性のサイズだろうその下着は、マッチョメンには小さすぎる。伸縮性でどうにかなるわけもなく、ビチビチどころか、なんで千切れないの、と思うぐらい引き伸ばされていた。下着の悲鳴が聞こえるようだった。

 ポーズをとりながら、男たちがジリジリとにじり寄ってくる。

「さあ、兄貴。存分に触ってくれ!」

「遠慮なんてするなよ、兄貴!」

「や、やめろっ、来るな!!」

 あまりもの恐怖に後ずさる。背中が、なにか固いものにぶつかった。金属の固さではない。どこか柔らかく、温かい、なにか。そう、まるで筋肉のような。

「っ!?」

 反射的にふり向くと、同じようなマッチョマンがいた。恰好も、笑顔も、一緒だった。ただしこちらは、胸毛ランキングで優勝できそうな胸毛が、生えていた。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 兄貴ーーーーーーーーーーーーッ!!

眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)。己の闇とむき合うがいい」

 ダークグラスパーは、バサァッとマントを翻した。

 

 




 
アルティメギルの方にはいろいろとオリ設定を入れていくスタイル。ツインテイルズ側もじゃねーかとは言わないで。
次は、慧理那の初変身。



最後のおまけは、実は最初に書いたやつだったりします。途中まで書いたところで、俺はなにを書いているんだ、と正気になったやつです。
お蔵入りにするのもちょっともったいない気がしたので載せてみました。

お目汚し失礼しました。
 


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2-14 黄の初陣

 
テイルイエロー誕生。

 


 目が醒めた直後に総二が感じたのは、不思議と安らぐいい香りだった。

 目は醒めたものの、まだ眠気はあり、(まぶた)を開く気にはなれなかった。というか、なぜか普段より眠い気がした。

 次に感じたのは、肩のあたりに当たる、柔らかく、温かな感触だった。不思議と心地よく、それがいっそう眠気を誘ってくる。

 もっとその感触を味わいたくなり、寝返りをうつようにしてそれを抱き寄せた。

「そ、そーじ?」

 どこか慌てたような声が、耳もとで聞こえた。愛香の声だった気がして、なんとなく腕に力をこめる。

「そ、そーじ、そろそろ起きないとっ」

 もう少し寝ていたい。そんなことが頭に浮かぶとともに、思考が走りはじめる。

 いい香り。柔らかく、温かな感触。耳もとで聞こえる、慌てたような愛香の声。

 眼を開く。愛香の真っ赤な顔が、目の前にあった。髪がツインテールではない。いつもなら、総二に朝の挨拶をする時にはすでにツインテールにしてくる彼女が、ツインテールではなかった。彼女も起きたばかりなのかもしれない。

 その愛香を、ベッドに入った状態で、抱き締めていた。柔らかく、温かな感触は、彼女だったらしい。

 いったいなにが、と混乱する頭でさらに考えはじめたところで、昨夜のことを思い出した。愛香とトゥアールの勝負によって総二のベッドが壊れたため、愛香のベッドで一緒に寝ることにしたのだ。普段より眠い気がしたのも、彼女と一緒のベッドで寝るという事実で、なかなか寝付けなかったためだ。

 思い出すとともに、現在の状況を改めて認識する。二人でひとつのベッドに入り、彼女を抱き締めている。総二の躰が、熱くなってきた。

「お、おはよう、愛香」

「う、うん。おはよう、そーじ」

 どうにか挨拶をし合い、ベッドから身を起こす。時間を確認すると、普段の起床時間だった。

 愛香の方を再び見る。彼女は深呼吸して落ち着きを取り戻すと、手馴れた様子でいつものリボンを手に取り、まったく淀みがない動きでツインテールを結わえた。無造作にすら見える動きであるが、左右のバランスはいつも通りの完璧なものに思えた。それが彼女の、ツインテールを続けてきたという証なのだろう。ほかでもない、総二のために。

「そーじ?」

「ん、ああ、どうした?」

「そーじこそどうしたのよ。じっと見つめて?」

 少し恥ずかしそうに言う彼女の言葉に、ああ、と納得した。

「いや、なんていうかさ、あんな早くツインテールを結べるってすごいな、って思ってさ。バランスもいつも通りだし」

「起きた直後に、ツインテールのこと?」

「え、あっ、いや」

 ジト目になった愛香の声に、慌ててなにか言葉を返そうとするが、うまい言葉が出てこなかった。

 半眼になっていた愛香が目もとを緩め、フフッと苦笑した。

「冗談よ。そーじがそういうやつだってのは、わかってるし」

「そう言われるのも、なんだか複雑だなあ」

 理解して貰っているのはありがたいが、甲斐性なしと思われるのは抵抗があった。

 愛香が、再び苦笑した。

「まー、それこそ十年ぐらい続けてるわけだしね。慣れたもんよ」

「そうだな。最初に結んだ時は、バランスとか無茶苦茶だったもんな」

 十年ほど前、彼女がはじめて結んだツインテールを思い出す。最も身近な女の子であった彼女に頼み、結んで貰ったツインテールだ。バランスは悪かったが、とても感動したのを憶えている。

「そりゃ、子供だったし、はじめてだったんだからしょうがないでしょ」

「ああ。でも、どんどんうまくなってったよな」

「ま、まあね。って言っても、そこまで憶えてないけど」

「俺は、憶えてる。愛香が結んでいたツインテールは、はっきりと」

 幼かったためだろう、自分がツインテール自体を好きになったきっかけは、実のところ思い出せなかった。ただ、愛香がこれまでしてきたツインテールは、不思議と思い出せる。総二たちの思い出は、愛香のツインテールとともにあったと言えるのかもしれない。

 総二の言葉に顔を赤らめていた愛香が、苦笑した。

「嬉しいけど、そこで、愛香のことなら、って言わないあたりがほんと、そーじよね」

「うっ、す、すまん」

「ま、いいけどね。ところで、あたし以外で、それぐらいはっきりと憶えてるツインテールってある?」

「子供のころ、って意味か?」

「うん」

 ちょっと考えてみるが、はっきりと浮かんでくるのはなかった。ところどころで、あのツインテール綺麗だったな、かわいかったな、というのはあったが、どんな人がしていたのかというところまでは、ぼんやりとしたものしかなかった。ほんとうにツインテール馬鹿だなあ、といろいろ複雑な気持ちになる。

「はっきりと思い出せるのは、愛香のだけかな」

「ほんとに?」

「ああ」

「そ、そっか」

 愛香が嬉しそうにはにかんだ。その反応に、胸がドキッとする。

 考えてみれば、ここまではっきりと思い出せるぐらい、当時から愛香のことを大事な存在だと思っていたのだろう、といまさらにして思った。ただ、それだけでなく、昔は彼女にいろんな対抗心を持っていた気もする。武術を習ったのも、確かその対抗心がきっかけだった。どれだけ鍛錬しても勝てず、いつしか武術で愛香に勝つのはあきらめてしまったが。というか愛香が熊殺しを達成した時点で、さすがに勝てる気がしなくなった。

 そういえば、愛香がツインテールにしてくれたきっかけはなんだったろうか、と思った。おぼろげなものではあるのだが、総二が愛香にツインテールにしてくれるよう頼んだのはおそらく間違いないはずだが、最初は嫌がっていた記憶があるのだ。

「今度はどうしたの、そーじ?」

「いや、愛香がツインテールにするようになったきっかけって、なんだったかなって」

「きっかけって。そーじに頼まれたからじゃなかったっけ?」

「いや、頼んでたとは思うんだけど、確か愛香、最初のころ嫌がってたような」

「そうだっけ?」

「まあ、俺の勘違いかもしれないけどさ」

 ふと、ドラグギルディとの闘いが終わった直後もこんなやり取りをしたな、と思った。

 ツインテールを愛する限り。そう言ったのはドラグギルディだったが、それより前、ずっと昔に、誰かがそんなことを言っていた気もするのだ。

 そして、同じくずっと昔に、とても美しいツインテールを見たことがあった気がした。愛香のツインテールに匹敵する、そんなツインテールを。

「そーじ?」

「っと、悪い」

 不思議そうな愛香の声に、我に返る。いつもの癖で、彼女のツインテールに触れていた。

「――――?」

 手を離そうとしたところで、なぜか愛香のツインテールから不思議な感覚を覚えた。懐かしさ、とでも呼ぶべき感じがあった気がした。

 愛香のツインテールから、いままでこんな感じを受けたことはなかった。なぜ、そんなものを感じるのだろうか。

 不思議そうにしていた愛香が、気を取り直したように口を開いた。

「やっぱり、はっきりとは思い出せないけど、特にきっかけとかはなかったんじゃないかしら。根負けしてとか、もしくは、そーじに喜んで貰えるなら、ってふと思ったとか」

「あ、ああ。多分、そうなんだろうな」

 ハッと我に返ると、先ほどの自分の言葉を思い出し、応える。多分、愛香の言う通りなのだろう。愛香なら、そういう理由でも不思議ではない、と思い直す。

 居たかもしれない人物のツインテールも、それが愛香並みのツインテールだったとしたら、たとえ子供の時分であっても、ちょっとぐらいは憶えているはずだし、母がなにかしらの話題として出してきてもいいはずだ。それらがないということは、やはり自分の勘違いなのだろう。懐かしさのようなものを感じたのも、きっと幼いころのことを思い出したからだろう、と思った。

「あ、そうだ。ありがと、そーじ」

「えっ、なにが?」

 唐突な愛香の言葉に、総二は戸惑った。

「夢に触手が出てきたんだけどね、そーじが守ってくれたの」

 愛香の言葉に、クラーケギルディのことを思い出す。決闘の途中であることも。

「夢だけじゃなく、現実にしてやるさ」

「うん。勝とうね、そーじ」

「おう」

 二人で頷き合い、愛香が時計を見た。

「って、そろそろ着替えないと」

「あっ」

 愛香が慌てたように言い、総二も時計を見る。そろそろ朝食の時間というのもあるが、愛香の部屋に二人でいるところを見られたら、またからかわれてしまうだろう。

「じゃあ、愛香。またあとで」

「うん」

 愛香の部屋の窓を越えると、総二の部屋の窓とカーテンを開けて、中を見る。ベッドには、トゥアールの姿はなかった。ベッドには。

「――――え?」

「どうしたの?」

 総二が洩らした声が聞こえたのか、愛香が近づいてくる気配がした。

「いや、これ」

「ん?」

 躰をどかし、部屋の中が愛香にも見えるようにする。愛香が目を(しばたた)かせた。

 トゥアールは、総二の部屋で寝ていた。ただし、床に寝そべっているとか、総二のベッドを使っているわけではない。なぜか柱を二本立て、そこから吊るした布を使って寝ていた。

「ハンモック?」

「ハンモックだよな?」

 トゥアールが、ハンモックで寝ていた。

 柱のうち、一本の頭には、どういうわけか仮面ツインテールの仮面が被せてあった。

 意味がわからないが、このままというわけにもいかない。トゥアールに近づく。愛香も部屋に入ってきた。

 トゥアールは顔を窓とは反対側の方向にむけ、スヤスヤと眠っていた。

「トゥアール?」

「んっ」

 総二が声をかけると、トゥアールが身じろぎした。

「トゥアール」

「あ、はい。おはようございます、総二様。それと愛香さんも、おはようございます」

「あー、うん、おはよう、トゥアール」

「ついでみたいに言わないでよ。まあ、おはよ」

 トゥアールがこちらに顔をむけ、挨拶してきた。昨夜、愛香から受けた技のダメージはもうないらしい。元気な様子だった。

「えーと、ところでトゥアール、なんだこれ?」

「ハンモックです」

 主語を省いた総二の問いだったが、トゥアールは即座に理解したようで、間髪入れずに答えを返してきた。返してきたが、端的過ぎて、総二の望む答えではなかった。

「いや、ハンモックなのは、わかる。なんでわざわざ俺の部屋にハンモックを作って、そこで寝てたのかがわからないんだが」

「いえ、なんとなく二年以上そのままにされていたような気がしまして、ここはハンモックを作って寝てるぐらいのことをしなくては駄目かなと」

「意味わからんし」

 なぜかカパッと仮面を被って説明してきたトゥアール、もとい仮面ツインテールの言葉に、総二は肩を落とした。

 

*******

 

 放課後の部室で、今後のことについて話し合う。慧理那たちはまだ来ていないが、おそらく生徒会の用事などだろう。

 クラーケギルディは総二が相手をし、リヴァイアギルディは愛香が相手をするというのは、昨日のうちに話したことでもあるため、それについては確認でしかない。とにもかくにも、慧理那のことである。

 昨日、あくまでも身を守る手段として変身して貰うとは言ったが、慧理那がそれで納得するかは別の話であり、本音を言えば、戦力は欲しい。だが本格的に闘うとなると、彼女を危険な場に引きこむということも含めて、さまざまな不安があった。

「とりあえず、まずはモケーあたりと闘って貰う?」

 愛香が言った。愛香は基本的に、戦闘員(アルティロイド)をモケーと呼ぶ。わかりやすいからか言いやすいからは知らないが、普通に通じるため、特にそのあたりの理由を訊いてみたことはない。

「まあ、そうだな。まずはそのあたりが妥当だろ」

「昨日は複雑そうでしたが、慧理那さんが闘うのはOKなんですか、愛香さん?」

 ちょっとだけ気遣うようにトゥアールが言うと、愛香は気乗りしないように唸った。

「心配ではあるけど、どれだけ動けるのかちゃんと見ておかないと、その方が不安だし」

「そうですね。まあテイルギアなら、並のエレメリアンを相手にするには問題ありません」

「問題は、幹部クラスか」

「そうね。あのスク水スク水言ってた変態ぐらいならともかく、ドラグギルディクラスだと、スペック頼りってわけにはいかないし」

「テイルギアを使いこなすセンスが慧理那さんにあるか。闘い続けられる精神力を、ほんとうに慧理那さんが持っているか。それを見極めなければなりませんね」

「うん。駄目だって思ったら、会長には、自衛手段として、テイルブレスを持っていてもらうことにする。それでいいのよね、そーじ?」

「ああ」

 それらがあるのと無いのと、どちらが本人にとって幸せなんだろうか、とちょっと複雑な気持ちになるが、はっきりと頷いておく。危険なことに巻きこむのは、本意ではないのだ。駄目だとはっきり思えれば、あきらめもつく。

 そんなことを考えているくせに、慧理那がともに闘っていける仲間になってくれれば、とも思っている自分に気づき、我ながら勝手なやつだ、と総二は心の内で自嘲した。

「まあ、アルティメギルとの実戦の前に、トレーニングルームで確かめるのもいいかもな」

「あ、そうね。まあ、その前にあいつらが出てきそうな気もするけど」

「その時はその時だな。もしもの時は、俺たちがフォローしよう。トゥアールもサポートの方、よろしくな」

「任せてください。手取り足取り、じっくりとかわいがって、と、来たようですね」

 胡乱(うろん)なものを感じさせるトゥアールの言葉に愛香が席を立ったところで、控えめではあるが、どこかせっかちなものを感じさせるノック音が響いた。仕方ない、と愛香が再び席に座り、三人でドアの方に顔をむける。

「どう」

「お待たせしましたわ!」

「失礼する」

 どうぞ、と総二が言い終わる前に扉が開き、慧理那と尊が入って来た。かなり急いで来たようで、慧理那は息を切らしていた。

「生徒会が、長引いてっ」

「そ、そんなに急がなくてもいいですよ、会長。とにかく座って。いまお茶を、ってもう()れようとしてる!?」

 こちらは息ひとつ切らしていない尊が、さも当たり前のように、室内にあるティーセットを物色(ぶっしょく)していた。なにやら妙な流し目を総二にむけているが、それには気づいていないふりをしておく。

 椅子に座り、右腕に嵌められたテイルブレスを優しく撫でていた慧理那に、トゥアールがテイルギアの説明をはじめた。テイルギアの全身図を展開しながら、前に総二たちにした説明と、慧理那が使うことになるテイルギア固有の内臓武装の説明を、嬉々として行っていた。

 ヒーロー好きである慧理那からは、テイルブレスを撫でる仕草からも喜びが満ち溢れているように見え、トゥアールの説明にも目を輝かせていた。前回以上に長い説明であったが、愛香のように終わった瞬間にトゥアールに拳を叩きこむこともなく、それどころかいっそう目を輝かせて、どころか目を蕩けさせているほどだった。

 改めて慧理那が説明書を読み出した。一点で視線を止めると可愛らしく小首を傾げ、トゥアールに顔をむけた。嫌な予感がした。

「このエクセリオンショウツの説明が空白なのはなぜですか、トゥアールさん?」

 嫌な予感が当たってしまった。確かに気になるだろうとは思うが、あんな説明をさせるわけにはいかない。

 涎を垂れ流しそうな、変質者のようなキケンな表情を浮かべたトゥアールが、慧理那に迫った。

「ふふふ、二度目ですし、実際に使っ」

当身(あてみ)

 愛香が背後からトゥアールの首筋を叩き、黙らせた。白目を剥いて気絶したらしきトゥアールの躰が、糸の切れた操り人形(マリオネット)のように倒れこむ。愛香は素早く彼女の躰を抱き留めると、椅子に座らせた。トゥアールはグッタリとしている。

 首筋を叩くのは非常に危険らしいのだが、愛香の技量とトゥアールのタフさなら大丈夫だろう。多分、きっと大丈夫だ。

「あ、あの、トゥアールさんは」

「あー、えーと、大丈夫です、トゥアールなので」

「は、はあ」

 心配げな慧理那に、愛香が手をパタパタと振ってごまかした。

 続けてエクセリオンショウツの説明を総二が適当にはぐらかすと、別の質問が飛んできた。

「変身するための掛け声なんかはありまして、観束君?」

「掛け声、ですか。一応、テイルオンって決めてます。必ずしも必要ってわけじゃないけど、意識の集中にはちょうどいいので」

「それは、ぜひとも言うべきですわっ。そういう積み重ねがあるからこそ、たまに無言で変身する回が無性にかっこよく見えるものですもの!!」

「そ、そうですか」

 回ってなんだと思わなくもないが、その怒涛の勢いに相槌を打つしかなかった。

「それで、変身ポーズは!?」

「ポーズて」

「大事なことですわ! 共通ですの!? それとも各自で違いますの!?」

「い、いや、さすがにポーズは決めてないですね。正体は隠さないといけないし」

「――――そうですか」

 戸惑いながらの総二の答えに、慧理那が残念そうにうつむいた。どうやら本気でがっかりしているらしい。

 ヒーロー好きとは聞いていたが、これほどとは。

 少なくとも人前で変身するのは、いまの世間での反応を見る限り、御免蒙(ごめんこうむ)りたいものである。

「ポーズって言うほどのものじゃないけど、俺も愛香も、ブレスを嵌めてる手を胸の前にかざして変身することが多いですね」

 言いながら、腕を胸の前にかざす。慧理那が、再び目を輝かせた。

「シンプルですけど、力強い、いいポーズだと思いますわ!」

「あ、ありがとう?」

 やはり、戸惑いながら答えるしかなかった。

 

 ハッ、となにかに気づいたように、慧理那がコホンと咳払いをした。どうやら自分のはしゃぎように恥ずかしさを感じたらしい。さっきまでとは打って変わって、落ち着いた調子になった。

「それじゃあ、変身してもよろしくて?」

 落ち着いた口調を心掛けたようだったが、声には隠しきれない喜色があった。苦笑しながら頷き、ちょっとだけアドバイスをする。

「会長。言葉よりも、変身するっていう意思をしっかり持ってください」

「わ、わかりましたわ」

 緊張をやわらげるためか、慧理那が大きく深呼吸をした。

 一度、二度と繰り返したあと、意を決したように顔を上げ、腕を胸の前にかざす。

「テイルオンッ!!」

 声は、力強かった。しかし、なにも起こらない。

 駄目か、と一拍置いて心に浮かんだところで、総二たちが変身する時と同じ光が、慧理那の右腕から迸った。

 光が収まった時、黄色を基調とした重装甲を纏った女性が、そこにいた。

「こ、これが、わたくし?」

 女性、変身した慧理那が、自分の躰を見下ろし、戸惑いとも感嘆ともつかない声を洩らした。声も変身前と比べて、少し大人びたものとなっていた。

 それにしても、昨日説明はして貰ったわけだが、こうして実際に眼にしてみると、レッドやブルーのテイルギアとは、やはり受ける印象がだいぶ違った。映像で見せて貰ったように、装甲部分が自分たちのものより広く、全身鎧と呼ぶのがふさわしいだろう。

 そしてそのテイルギアが包む躰も、大きく変わっていた。小学生ほどだった身長は、愛香よりもやや高いぐらいになっており、腰も高く、足も長いモデル体型。流線を描くようにして装甲を盛り上げているその胸は、トゥアールには及ばないものの、なかなかに大きくなっていることを主張していた。ツインテールは、もとの姿と同じく下結びで、頭のうしろにフォースリヴォンがあるかたちだった。

 最も目を引くのは、その身長と同じぐらいはあろうかという、大きな背負いものだった。背中の装甲の左右から一対、筒のような物が下の方にむかって伸びている。トゥアールの説明によると、陽電子砲とのことだった。そこまで詳しいことはわからないが、だいぶ物騒な代物らしい。大丈夫です、問題ありません、とトゥアールが言うので心配ないとは思うが、台詞自体に不安なものを感じるのはなぜだろうか。

「新たなツインテイルズ、テイルイエローの誕生だな」

「ええ。改めてよろしくお願いしますわ!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「あの、観束君。ひとつ、お願いがあるのですけど」

「お願い?」

「はい。津辺さんやトゥアールさんにもなんですけど、その、ツインテイルズとして活動する時は、わたくしに対して、敬語とかはやめていただきたいのです。わたくしの方が学年は上ですけど、ツインテイルズとしては後輩ですし」

「えっ」

 正直なところ、抵抗があった。ただ彼女の声は、どこか切実なものを感じさせるものだった。多分だが、仲間として近づくための第一歩ということなのだろう。そう考えると、無碍(むげ)に断るのもためらわれた。

「せめて変身している時だけでも、駄目でしょうか?」

「――――いえ、わかりました、じゃない、わかったよ。改めてよろしくな、イエロー」

「はいっ!」

 総二の言葉に、嬉しそうにイエローが返事をした。

「でも、それなら、イエローもそんな丁寧な口調じゃなくてもいいんじゃないか?」

「そ、そうかもしれませんけど、これがわたくしの喋り方ですから」

「そっか」

 イエローと互いに苦笑しながら、総二は愛香に顔をむけた。愛香の顔は、能面のような無表情になっていた。

 思わず数度、瞬きし、声をかけた。

「愛香、どうした?」

「胸」

 総二の問いに、ただその言葉だけが返された。彼女の視線を追うと、イエローの胸をじっと見つめていることに気づいた。

 ギギギ、と油の切れた機械のようなぎこちない動きで、愛香が顔を横にむけた。その視線の先には、いつの間にやら復活していたトゥアールがいた。

「なってるじゃない。巨乳になってるじゃないっ。どういうことよ、トゥアール!」

「なってますねー」

 だんだんと声がヒートアップしていく愛香とは逆に、トゥアールはきわめて冷静な様子だった。おそらく、自分の胸よりは小さいからだろう。

 瞳を潤ませた愛香が、いやいやと首を振りながら声を洩らす。

「うー、う~~、ううううううう――」

「愛香」

「仕方ありませんよ、総二様」

「トゥアール?」

「愛香さんからすれば、自分のものになっていたかもしれない巨乳ですからね。そもそもあれほどまでに渇望していた巨乳です。ある程度は吹っ切ったといっても、それを目の前にしては、さすがに心穏やかではいられないでしょう」

「まあ、そうかもしれないけど」

「私としても、机上の空論だと思っていた属性力(エレメーラ)ハイブリッドが実現されて驚きです」

「あー、そんなこと言ってたな」

 イエローが、心配そうに愛香に近づいた。

「あの、津辺さん?」

「な、なんですか、会長?」

「とりあえず敬語はやめて欲しいのですけど。あの、大丈夫ですか?」

「えっ、あ、はい、大丈夫です。じゃない、大丈夫よ、問題ないわ!」

 なんとか吹っ切ったのか、最後は大きく声を上げていた。どこかヤケクソなものを感じさせる声だったが。

 逡巡するように、自分のテイルブレスとイエローのテイルブレスを交互に見ていた愛香が、意を決したように口を開いた。

「た、ただね、イエロー。あたしもお願いがあるんだけど」

「あ、はい。なんでしょうか?」

「その、たまにでいいから、その黄色のテイルブレス、あたしにも使わせて」

「愛香――」

「愛香さん、未練がましいですよ」

「いいわよ! どれだけ笑われたっていい! 頼むは一時の恥、頼まぬは一生の貧乳よ!!」

「いや、すっげぇ台詞だな、それ」

 人の心に残るのが名台詞というものだとすれば、貧乳関連の愛香の言葉は、きっと名台詞ばかりになるのだろう。それを名台詞とは呼びたくないが。

 まあ確かにトゥアールの言う通り、自分が欲しかったものが目の前で誰かのものになってしまったのを見ては、欲しくなってもしょうがないだろうとは思う。思うが、ここは止めるべきだろうとも思う。

「愛香。そこまでだ」

「そーじ?」

「そうです、愛香さん。みっともない真似はやめるべきです!」

「いや、なんていうかさ、それをあんたに言われるのは、微妙に納得いかないんだけど」

「みっともない真似はやめるべきです!」

「リピートした!?」

 ひと抱えほどの丸太を突きつけそうな勢いで、トゥアールが愛香の言葉を無視して声を上げ続ける。

 正直、総二もツッコみたかったが、耐える。いまは愛香を説得しなければならない。

「愛香、思い出せ。そもそもそのテイルブレスは、おまえには使えないだろ?」

「うっ」

「それに、イエローは俺たちに憧れてくれて、いまこうして仲間になってくれたんだ。そんなイエローに、こんなところを見せていいのか?」

「っ!」

 愛香が、その言葉にハッとし、うつむいた。しばらく懊悩(おうのう)し、突然自分の頬をパンッと両手で叩いた。

 頬がちょっと赤くなっているが、愛香はイエローにむき直ると、頭を下げた。

「ごめん、イエロー。かっこ悪いところ見せちゃった」

「そんなことありませんわ、津辺さん。むしろ、嬉しかったです」

「え?」

「テイルブルーも、スーパーヒーローもそんな悩みを持ってるんだって、親近感が湧きましたわ」

 そう言って、イエローが微笑んだ。愛香は照れくさそうに頬を掻き、イエローに微笑み返した。

「いろいろと迷惑かけると思うけど、これからよろしくね、テイルイエロー」

「こちらこそ、少しでも早くお二人に追いつけるよう、精進いたしますわ。よろしくお願いします、テイルブルー、テイルレッド!」

「ああ、よろしく、テイルイエロー」

「私を忘れないでくださいよ、テイルイエロー?」

「もちろんですわ、トゥアールさん」

「あっ、ツインテイルズとして活動している時は、私のことはK・Tと呼んでください」

「あ、はい。わかりましたわ、K・T。よろしくお願いします」

「ええ、今後ともよろしくお願いします。とりあえず、変身を解いて一緒にベッドへ行コーホー!?」

 なにやらろくでもないことをしようとしたらしきトゥアールに、愛香が素早く関節技を()めた。前(かが)みにさせたトゥアールの背中に乗るようなかたちで足を引っ掛け、両手を掴んで絞り上げる。完璧なパロ・スペシャルだった。

「ちょっ、愛香さん、冗談ですからああああああああああ腕がああああああああああ!?」

「あんたのその手の言葉は冗談に聞こえないのよおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ウォォオオオオオオオオーーーーーーズマアアアアアアアアアアアーーーーーーン!?」

 どうにか外そうとトゥアールがもがくが、愛香はびくともしない。いや、そのトゥアールの力をも利用して、さらに絞り上げているように見えた。

 昨日は驚いて場に任せていたイエローが、愛香を止めようとしたところで、尊が微笑んだ。

「お嬢様、心配はいりません」

「で、ですが、トゥアールさんは大丈夫なのですか?」

「お嬢様、あれは友情です。そこいらに転がっている生半可な結びつきではできない、真の友情で結び合っているからこそできる、ガチスパーリングというものです」

「ガチスパーリング――。そうだったのですか」

 得心がいったように、イエローが頷いた。面白がって言っているのだろうか、と尊の方を見るが、本気で言っているようだった。ガチではあるかもしれないが、スパーリングになっているだろうか、とどうでもいいことを思う。

 しばらくの間もがき続けるトゥアールだったが、愛香がオーバーヒートして躰から煙を出すような事態になるわけもない。とうとうトゥアールが力尽き、そのまま上半身を床に叩きつけられた。

「ギ、ギブアップッ」

 トゥアールの呟きの直後、どこからかゴングの鳴る音が聞こえた気がした。愛香は技を解くとトゥアールから離れ、大きくため息をついた。

 イエローは、愛香とトゥアールを、どこか羨ましそうに見ていた。

「少し、羨ましいですわ。わたくしも早く、その絆を分かち合いたいものです」

 絆を分かち合うのはやぶさかではないのだが、こういうかたちで痛みを分かち合うのはやめたほうがいい、と総二は思った。思わずため息をつく。

 ピラッ、と尊が紙を差し出してきた。婚姻届けだった。

「観束、お嬢様もこう言っていることだし、人生を分かち合わないか」

「いえ、昨日も言ったように、俺には愛香がいますから」

「そ、そーじっ」

「はっ!?」

 婚姻届けを出されることに慣れてしまったのはあるが、返事は意識してのものではなかった。すでに条件反射になってしまっている気がした。

 ゴホン、と咳払いし、時計を確認する。とりあえずトゥアールを起こしてから、当初の予定を進めよう、と総二は思った。

「よし、それじゃトレーニングルームに、ん?」

 突然、拳ほどの大きさの赤いなにかが、どこからともなく飛来した。

 そのなにかは部室内を数度旋回すると、倒れているトゥアールの上あたりで停滞した。

 立派な一本角を持った、赤い昆虫のようなかたちをした物体だった。

「なんだ、これ?」

「カブトムシ、かしら?」

 そのフォルムは、愛香の言う通りカブト虫を思わせるものだった。機械的な硬質感があることから、トゥアールの発明品だろうか。唐突な闖入者(ちんにゅうしゃ)に、総二、愛香、尊は目を丸くし、イエローは目を輝かせていた。

 カブトムシは総二や愛香にむかって、なにかを訴えるように躰を振っていたが、これがなんなのかわからない以上、愛香と顔を見合わせることしかできない。

 やがてカブトムシが、しょんぼりしたように角を下にむけた。仕方ないとばかりに、倒れたトゥアールに近づき、角でツンツンとつつきはじめる。

 この時間帯に来たということは、もしかしてアルティメギルだろうか。ふとそんなことが総二の頭に浮かんだ。愛香の方を見ると、彼女もそのことに思い至ったのか、ハッとした様子だった。

 カブトムシが数度つついたところで、トゥアールがガバッと勢いよく起き上がった。元気そうなトゥアールの様子に、イエローは戸惑っていた。

 カブトムシを確認し、ハッとしたトゥアールが、総二たちに顔をむけた。

「アルティメギルが現れました!!」

『せめてアラート音の類をつけろおおおおおおおおおおお!!』

 またもわかり難いアラートに、総二と愛香の叫びが重なった。

 

*******

 

 現場は、どこかの中学校だった。校門前に、牛のような外見のエレメリアンがいた。いつかのバッファローギルディと違って角がなく、ベルのようなデザインの首飾りで、見覚えのあるマントを留めていた。記憶を辿ってみると、クラーケギルディのマントと同じ物だということに気づいた。

「うむ。やはり、女子中学生こそが至高」

「モケー!」

「モケケー!」

「メケー!」

「そうであろう。そうであろう!」

 その暴言に戦闘員(アルティロイド)たちが賛同し、エレメリアンは満足そうに声を上げていた。なにか別の鳴き方をしているやつがいたような気がしたが、気にすることではないのだろう。

 戦闘員(アルティロイド)がカサカサと動き回り、下校中の女子生徒たちが逃げ惑っていた。属性力(エレメーラ)によっては、女の子の多い学校が狙われやすいのだ。問題ではあるのだが、こちらは迎撃することしかできない以上、素早く出撃することしかできない。

 エレメリアンが辺りを見渡し、声を上げた。

「走って揺れる醜い乳に価値などない。貧乳こそ、最終にして原初。唯一(ゆいいつ)無二の乳なのだ!!」

「なかなかいいこと言ってるけど、乳にこだわってる以上は 0(ZERO)に還さなきゃいけないわね」

「ブルー、おまえ、いや、やっぱりいいや」

『ブレませんねー』

 ブルーはいたって自然な様子であり、乳に対する隔意だとか負の感情は見受けられないが、それはそれとして潰す、という感じでもあった。

 矛先がアルティメギルにむかうんだったらまだいいかなと、いろいろとあきらめるような心持ちで思う。あらゆる乳を滅ぼす最強最悪の魔神にならなきゃいいが、などという謎の不安はあるが。

 むっ、とエレメリアンがこちらにむき直った。

「現れたか、ツインテイルズ。我が名はブルギルディ。首領様、そしてクラーケギルディ隊長の栄光のために、命を燃やす時が来たようだ!」

「そのクラーケギルディが、子供の貧乳は駄目だって言ってたと思うんだが。なんで子供を狙うんだ?」

「私が、この年頃の少女を好きだからに決まっておろう!」

「全然統率とれてねえ!?」

 まったく臆面もなく放たれた言葉に、レッドは頭を抱えた。考えてみれば、大将であるクラーケギルディからして、好みの貧乳であるブルーの乳を見て暴走するやつである。あの隊長にして、この部下ありというところか。

「イエロー、見せて貰うわよ。あなたの正義の心とやらが生む力がどれほどか、ってあれ?」

「ん?」

 後ろから聞こえた訝し気なブルーの声に、レッドはふり向いた。困惑した様子のブルーしかいなかった。

「あれ、イエローは?」

「いや、さっきまでいたと思ったんだけど」

「なにをごちゃごちゃ言っている、ツインテイルズッ。臆したか!」

「いや、ちょっと待っ、ん?」

「へ?」

『っ?』

 口笛らしき音色が、その場に流れた。口笛ではあるのだが、どこかたどたどしいというか、いまにも音色ではなく、ただ単に息を吹く音になってしまいそうな、そんな不安な気持ちになる(つたな)い口笛だった。

 その音に、やがて視線がひとつの場所に集まる。

 ちょっとだけ高いところ、校門の上に、目的の人物の姿はあった。視線が集まるのを待っていたのか、彼女は口笛をやめ、ポーズをとった。どうでもいいが、校門の上に上がるのはあまりよろしくないと思う。多分、舞い上がっているのだろうが。

「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと、わたくしを呼ぶ! お聞きなさい、悪党ども! わたくしは正義の戦士! ツインテイルズ・参式(サード)、テイルイエロー!!」

肆式(フォース)ーーーーーーーーーッ!!』

 イエローが名乗りを上げると、三人目は自分だとばかりに、トゥアールが通信越しに声を張り上げた。

 ある意味でツインテイルズの始祖(オリジン)であるトゥアールは、ツインテイルズ・零式(ゼロ)でいいのではないだろうか、などとよくわからないことが思い浮かぶ。というか、この脳裏に浮かぶ、ルビを託された漢字はなんなんだ。

『テイルイエロー!?』

「なにっ、新たなツインテイルズだと!?」

「トオーッ!」

 観客が声を上げ、大仰なリアクションでブルギルディが驚き、イエローが跳んだ。と言っても、そんなに高く跳躍したわけでもなく、レッドとブルーのすぐそばに戻ったかたちだった。

 着地したイエローが、ブルギルディたちの方にむき直る。

「えと、使用方法は。あ、なるほど、こんなふうに頭の中に浮かぶんですのね!」

 髪をかき上げるようにして、イエローがフォースリヴォンに触れた。さすがお嬢様と言うべきか、優雅なものを感じさせる仕草だった。

 フォースリヴォンに触れたあと、イエローが片手を腰の横に持っていく。

「ヴォルティックブラスター!」

 声を上げると同時に、その手に山吹色を基調とした拳銃が現れた。ヒーロー好きなだけあってか、ウに点々を付けることも完璧だった。

 イエローが肩の前に銃を持っていき、ポーズをとった。なぜかサーボモーターの駆動音らしきものが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 イエローが、戦闘員(アルティロイド)に銃をむけた。

「モケー!」

「アルティメギルッ! いたいけな少女を狙うあなたたちのような悪魔! わたくしは絶対に許しませんっ!!」

 なにくそー、とばかりにイエローの方に駆ける戦闘員(アルティロイド)にむかって、いろいろと実感のこもった言葉とともに、イエローが引き金を引いた。

 縁日の射的によく使われるコルク銃を連想させる、頼りない放物線を描いた銃弾が、戦闘員(アルティロイド)に当たった。

「――――モケェ?」

『え?』

『モケ?』

 その声は、誰のものだったのだろうか。その場にいた全員のものかもしれない。

 稲妻のごとき銃弾によって、戦闘員(アルティロイド)がなすすべなく斃される。そんな光景を思い浮かべていた。おそらく、周りで見ている全員が、そう思っていたのではないだろうか。

 しかし戦闘員(アルティロイド)はこの通り、元気に生きている。

「一撃で倒れないとは、やりますわね!」

「モ、モケ?」

 なんで自分が斃れていないのかと、一番困惑しているだろう当の戦闘員(アルティロイド)に、イエローが再び攻撃を仕掛けた。大仰な横構えの水平撃ちで、今度は三発放つ。

 放たれたのは、さっきと同じくコルク弾を思わせるものだった。直撃するが、まったく効いた様子がない。それこそ、駄菓子の小さな箱すら倒せそうになかった。遅効性の効力でもあるのかと、一()の望みをかけて戦闘員(アルティロイド)の様子を見るが、やはりピンピンしている。

「モ、モケェ」

「うー、うう~~っ!」

「モケー」

 イエローがムキになって乱射し、まったくダメージを負った様子のない戦闘員(アルティロイド)が、申し訳なさそうに声を洩らしている。

「イエロー、気合いだ。心を燃やして、テイルギアに命を通わせるんだ!」

「そ、そうですわっ。心の小宇宙を燃やしてスペックの限界を超えることこそ、ヒーローの醍醐味っ。威力不足は、わたくしのこの正義の心で埋めてみせますわ!」

『いえ、威力は充分過ぎるはずなんですけど』

 通信越しにトゥアールが呟いたが、イエローは聞いていないようだった。

 イエローは気を取り直したように銃をしまうと、右腕を突き出した。ブレスのうしろの部分の装甲が開き、そこから手の先まで砲身が伸びる。

「テイルイエローのテイルギアには、全身に武器が内蔵されていますのよっ。レーザー発射!」

 イエローの気合の声とともに、言葉通りレーザーらしきものが発射され、今度は戦闘員(アルティロイド)に当たる前に地面に落ちる。なんとなく、水鉄砲を思い出した。

「ま、まだまだですわっ。この肩アーマー、実はですわね!」

 イエローの言葉のあと、彼女の言う肩アーマーが前面に移動し、さっきのレーザー同様に銃器がせり出す。現れた左右二門ずつのバルカン砲から、いくつもの銃弾が戦闘員(アルティロイド)に浴びせられた。しかし、やはり戦闘員(アルティロイド)には全然効いてないようだった。どうしよう、とばかりに戦闘員(アルティロイド)たちが顔を見合わせていた。

 イエローが、次から次へと武装を展開する。

 三門ずつのミサイルが腰から飛び、質量にものを言わせて対象を粉砕する五連徹甲弾が両足から放たれ、接敵された時の隠し玉として取り付けられたのだろう、膝のスタンガンや、爪先のニードルガンが披露される。トゥアールが言っていた通り、まさに全身武器。これで威力も伴っていたらなあ、と残念な気持ちが湧き上がるぐらいには、多種多様な武装だった。武器の稼働音と、イエローの掛け声が大層な分、余計にそんなことを思ってしまうぐらいだった。

 いつの間にか、戦闘員(アルティロイド)たちが整列していた。せめてもの情けとばかりに、イエローの攻撃を避けもせず、すべてその身で受け止めていた。

「うう~~~っ」

 イエローが、涙目になっていた。

 止めた方がいいよなあ、とブルーの方に視線をやる。

 そうかもしれないけど、ここで止めるのも気まずいと思うんだけど、と視線が返ってくる。

 実際のところ、ここまで来たら、撃ち尽くすまで見届けるしかないのも確かだった。一度回りはじめた水車は、水が尽きるまで回り続けなければならない。そんな言葉もあった、はずだ。意味はわかるようでわからないが。

 自分に言い訳するような心持ちで、イエローを見続ける。

 いや、わかっている。止めるべきなのだと。だが、その勇気が出なかった。止めてもまだ気まずい空気がそこまでではなかったのは、最初にヴォルティックブラスターを放った直後ぐらいだっただろう。そのタイミングを逸してしまった以上、仕方ないではないか。そんなことを思ってしまう。

「これならっ」

 涙目で放ったのは、大型のミサイル。胸の装甲が上下四方向に別れ、そこから飛び出したそれは、相手にまっすぐにむかわず、一定しない軌道をとることから、おそらくはホーミングミサイルの類なのだろう。しかしそれも、空気の抜けた風船のようにヘロヘロと頼りなく飛び、電柱にぶつかった。爆発もせず、電柱にはやはり傷ひとつ付かなかった。

「あ、偽乳っ、――――ごほん」

 一瞬、喜色を顔に浮かべたブルーだったが、すぐに表情を真面目なものとした。不謹慎だ、と思ったからかもしれない。ひょっとしたら、装甲の下に確認された胸が、ちゃんと揺れていたからかもしれないが。

「こ、こんな、こんなはず、ありませんわっ。こんなっ」

 もはや涙声にしか聞こえなかった。イエローは再び銃を呼び出すと、戦闘員(アルティロイド)の間近に近づいた。戦闘員(アルティロイド)たちの間に、緊張が走った気がした。

 イエローが、戦闘員(アルティロイド)の一体に至近距離で銃口をむけた。むけられた戦闘員(アルティロイド)が、脚にぐっと力を入れる仕草を見せた。

「モケーッ!!」

 弾が当たった瞬間、戦闘員(アルティロイド)が悲鳴らしき声を上げてうしろに飛び退(すさ)り、倒れた。戦闘員(アルティロイド)は倒れたまま転げ回り、ガクッと力尽きる。消滅はしていない。

 不意に、子供にヒーローごっこをせがまれ、悪役を演じるお父さんの図を、思い出した。

「敵に、情けをっ」

 銃を取り落としたイエローが、その場にへたりこんだ。

「モ、モケェ」

 転げ回っていた戦闘員(アルティロイド)が、声を洩らした。俺、やらかしちゃったかなあ、とばかりに、その体勢のまま気まずそうに周りを見る。

 気まずい空気が、あたりに立ちこめていた。あまりの気まずさに皆が皆、顔を見合わせては目を逸らす。

「ふ、ふんっ。新たなツインテイルズ、テイルイエロー、恐れるに足らず!」

『っ!』

 突然、ブルギルディが大声を上げた。イエローを除くその場にいる者たちが、一斉に彼の方を見る。ブルギルディが、改めてレッドたちにむき直った。

「っ、ウェイブランス!」

 ハッとしたブルーが槍を呼び出し、普段より豪快に構えたところで、レッドもハッとする。

 この気まずい空気を変えられるのは、いましかない。

 そのことが、天啓を得たように頭に浮かんだ。

「ブレイザーブレイド!」

 瞬時に剣を呼び出すと、いつもより派手に構える。ブルーと頷き合うと、ブルギルディたちにむき直った。

「イエロー、ここは下がって!」

「そ、そうだっ。ここは俺たちに任せろ!」

『が、頑張れ、ツインテイルズー!!』

『モケー!!』

「さあ、いくぞ、ツインテイルズーッ!!」

 ブルーの言葉にレッドが続き、観客が声援を送り、戦闘員(アルティロイド)がレッドたちを取り囲み、ブルギルディが大仰な構えをとる。

 予期せぬハプニングに見舞われたヒーローショーのような、なんとも言い難い空気が、その場に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***おまけ***

――戦闘員道(アルティロイどう)、ここにあり――

 

 ここまでか。

 突きつけられた銃を見て、戦闘員(アルティロイド)五百五十五億五千八百二十一万百三号はそう認識した。戦闘員(アルティロイド)には知性はなく、感情と言えるものもほとんどないが、思考自体はちょっとだけできるのだ。

 属性力(エレメーラ)残滓(ざんし)、あるいは絞り(かす)とも言える雑念からかたち作られている戦闘員(アルティロイド)という存在は、属性力(エレメーラ)による攻撃でなければダメージを受けることはない。だが逆に言えば、属性力(エレメーラ)による攻撃を受ければ、簡単に消滅してしまう。

 目の前の新たな戦士テイルイエローが、どれほどの強さを持っているのかはわからないが、百戦錬磨のテイルブルーと、究極のツインテールを持つテイルレッドの仲間なのだ。自分のような戦闘員(アルティロイド)程度、あっさりと倒してしまうことだろう。

 新たな戦士のお披露目(ひろめ)と言えるこの場面で、最初にやられるのだ。むしろこれは、戦闘員(アルティロイド)(ほま)れと言えるのではないだろうか。

「モケーッ!」

 それでも、なにもせずに消滅することなどできない。戦闘員(アルティロイド)として、最期まで恥じぬ生き方をする。思考ではなく、本能に衝き動かされ、テイルイエローにむかって駆ける。

 テイルイエローの指が銃の引き金に掛かった。避けることなどできるわけもない。直撃するだろう。引き金が、引かれた。

 不意に、よく一緒に出撃していた、二体の戦闘員(アルティロイド)を思い出した。すでにあの二体は、闘いの中で消滅している。

 九百十三億九千八百二十一万九千八百十四号。

 三百三十三億三千八百二十一万三千八百十四号。

 待たせたな。俺もいま、そちらに行くぞ。

「――――モケェ?」

『え?』

『モケ?』

 そう思ったのだが、躰は特に消滅することもなく、こちらの躰に当たったはずの銃弾が、ペチッと弾かれた。思わず立ち止まり、どういうことかとテイルイエローを見るが、彼女は不思議そうに瞬きをしていた。テイルイエローにも予想外の展開だったようだ。周りも、一様に不可解そうな顔をしている。

「一撃で倒れないとは、やりますわね!」

「モ、モケ?」

 いえ、特になにもしていないのですが。困惑に声を洩らすが、テイルイエローは気を取り直した様子で続けて撃ってくる。当たるが、やはり消滅はしない。ペチンと当たっては撥ね返される。

「モ、モケェ」

「うー、うう~~っ!」

「モケー」

 落ち着いて、と声をかけるが、テイルイエローは乱射を続ける。

「イエロー、気合いだ。心を燃やして、テイルギアに命を通わせるんだ!」

「そ、そうですわっ。心の小宇宙を燃やしてスペックの限界を超えることこそ、ヒーローの醍醐味っ。威力不足は、わたくしのこの正義の心で埋めてみせますわ!」

 テイルレッドのアドバイスに、テイルイエローが熱く答えた。なんというか、気合いが空回りしている気がした。

 身に纏った鎧のいたるところから、さまざまな武器が撃ち出されるが、どれもさっきの銃弾と同じようなものだった。それらを、すべて身に受ける。

 華麗に避けたり、あるいは強者感溢れる感じに気にせず近づいて、テイルイエローに攻撃する。ツインテール戦士との闘いにおいては、賑やかしか、やられ役がいいところである戦闘員(アルティロイド)の身として、そうしたいという思いがなかったわけではない。

 しかし、必死になって攻撃する彼女の様子に、そんな無体な真似をする気にはなれなかった。それが戦闘員(アルティロイド)のすることか、という思いがあった。

 気がつくと、隣にほかの戦闘員(アルティロイド)たちが整列していた。同じように、テイルイエローの攻撃をその身で受けている。

 おまえだけにいい恰好させないぜ、と言わんばかりに、ほかの戦闘員(アルティロイド)たちが視線をこちらにむけ、頷いた。テイルイエローの攻撃の密度が増した気がしたが、やはり誰一体としてびくともしない。正直なところ、かえって彼女を傷つけたような気がしなくもなかった。ブルギルディやテイルブルー、テイルレッドも含めて、周りの者たちは、居たたまれない空気だった。誰か止めてあげて欲しい。

「こ、こんな、こんなはず、ありませんわっ。こんなっ」

 テイルイエローが、近づいて来た。緊張が走る。おそらく、これが最後の攻撃になるだろう。攻撃と呼んでいいのかちょっと疑問ではあるのだが、攻撃には違いなかった。

 文字通り目の前に近づいたテイルイエローが銃をむけたのは、五百五十五億五千八百二十一万百三号だった。偶然ではあるだろうが同時に、運命というものかもしれない、とも思えた。

 これが、戦闘員(アルティロイド)の生きざま。

 戦闘員道(アルティロイどう)、我が胸にあり。

 脚に力を入れ、タイミングを計る。引き金に指が掛かった。

 ここだ。

「モケーッ!!」

 弾が当たったと同時に、声を上げて大きくうしろに跳び、地面に倒れ、転げ回った。いくらか転げ回ると、力を抜いて動きを止めた。これならきっと、ほんとうに威力があったように見えたはずだ。自画自賛するのもなんだが、迫真の演技だっただろう。

「敵に、情けをっ」

 銃を取り落としたテイルイエローが、その場にへたりこんだ。

「モ、モケェ」

 失敗した。五百五十五億五千八百二十一万百三号は倒れたまま周りを見渡し、声を洩らした。

 

 

 

******

 

 有帝露威道(アルティロイどう)戦闘員道(アルティロイどう)

 戦闘員(アルティロイド)戦闘員(アルティロイド)として在るための生き方と(こころざし)(つづ)られているとされる書。

 いつ、誰が書いたか定かではないが、世に生まれ出た戦闘員(アルティロイド)は、まず最初にこれを読み、戦闘員(アルティロイド)としての生き方を胸に刻みこむという。不思議なことに、読み終わったあと、気がつくと手もとから消えているらしく、戦闘員(アルティロイド)一体一体がそれぞれ最初から持っていることから、彼らの魂がかたちとなったものなのではないか、と言う者もいる。

 属性力(エレメーラ)の残滓から生まれた戦闘員(アルティロイド)に魂というものがあるかどうかは眉唾物であり、そもそもにおいて魂というもの自体がいまだに不明瞭な概念であるため、妄想であると断じる者も少なくはない。

 だが、彼らが一様に持つ潔さに魅力を感じる者も多いのか、戦闘員(アルティロイド)に魂が宿る可能性を完全に否定する者も(こと)(ほか)少ない。

 

民明書房刊『戦闘員(アルティロイド)、百八の謎』より。

 

 




 
パロ・スペシャル。
本来の名称は『リバース・パロ・スペシャル』。いまでは『ウォーズマン式パロ・スペシャル』と呼ばれることもある。

ハンモック。
三ヶ月で続きを再開できていればよかったんだが。

当身(あてみ)。
古武術の類における打撃技の総称。中(あ)てると書いて中身(あてみ)とも書く。
『当身を』投げるので『当身投げ』。誤解する人もいるが『当身=当身投げ(カウンター系の投げ技)』ではないので注意。
某サウスタウンの帝王の『当て身投げ』という技名が某ゲーム雑誌で『当て身』と略されたのが、誤解が広まったはじまりと言われている。おのれ、ゲー〇スト。

おまけ。
惑わされるな。
 


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2-15 英雄の資格

 
心に愛がなければ、スーパーヒーローにはなれないのさ。
 


 テイルイエロー初陣の翌日、放課後の部室に現れた慧理那から、総二は弱々しさを感じた。総二たちがなにかを言う前に、慧理那が近づいてくる。

「ブレスをお返しします、観束君」

 黄色のテイルブレスを嵌めた右腕を静かに差し出しながら、慧理那が力のない声でそう言った。

 昨日の闘いは、ブルーがブルギルディを秒殺し、レッドが戦闘員(アルティロイド)を全員片づけて終了となった。イエローはその間、ずっと座りこんだままで、帰る時もレッドたちが運んで行かざるを得ないほどに、放心していた。

 落ちこんでいるのは明らかで、気持ちの整理が必要だろうと、昨日はあえてなにも言わずに家に帰したのだが、間違いだったのだろうか。

「ツインテイルズを、やめるってことですかっ?」

「はい。わたくしには、ツインテイルズとして闘う資格がありません。昨日の闘いで、それを痛感いたしました」

「資格、ってちょっと待ってください!」

 自らブレスをはずそうとする慧理那の手を掴む。なぜ止めるのですか、と慧理那が見つめてきた。

 確かに、昨日の闘いでは戦闘員(アルティロイド)に対してすら無力だったが、その一回で資格がないなどと決めつけることはないだろう。いや、センスがないとか、そういった理由でならば、仕方がないと思える。だが、いまの慧理那から受け取るのは、駄目だ。

 総二に手を掴まれたまま、慧理那が愛香の方に顔をむけた。

「いえ、そうですね。これは、津辺さんにお渡しした方が」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。いくらなんでも、いまの会長から貰うことなんてできません!」

「それでは、製作者であるトゥアールさんに」

「いやいや、私だって愛香さんと同じ気持ちですよっ。いまの慧理那さんから貰うわけにはいきません!」

「ですが」

「会長は、まだ緊張してるせいでうまく力が発揮できないってだけですよ。俺も愛香も、幼いころから武術を教わっていました。だからすぐに闘いに順応できたってだけで」

 自分たちと慧理那の相違点といえば、おそらくそのあたりだろう。そう思っての総二の言葉に、慧理那が力なく首を横に振った。

 慧理那からは、強固な意志を感じたが、同時になにか意固地になっているような印象も受けた。どちらにせよ、どうにか説得しなければ、と頭を回転させる。このまま放っておいてはいけない、と思うのだ。

 うつむいた慧理那から手を離す。慧理那は、ブレスをはずそうとはしなかったが、うつむいたままだった。

「メディアでのテイルイエローに対しての反応ですけど、だいたいの人は、見守っていこうってスタンスです。酷いことを言う人もいますけど、そればっかりってわけじゃ」

 三人目のツインテイルズ、テイルイエローの評判は、そこまで悪いものではなかった。殊更(ことさら)によいわけではないのだが、とにかくいまは見守っていくべき、という意見が多かったのだ。お色気担当として期待されているらしいところはあったが、そこはとりあえず気にしないでおく。

「そう、ですね。あんな醜態を晒したわたくしのことも、ツインテイルズとして認めてくれる人がいます」

「そうですよ。だから」

「また、あのような醜態を晒してしまったら。わたくしを信じてくださっている人たちの期待を、また裏切ることになってしまったら」

 慧理那の声は、震えていた。その言葉にハッとする。

 彼女の言うような事態も、確かにあり得ることなのだ。それでも信じてくれる人はいるだろうが、それは逆に、慧理那へのプレッシャーになってしまうかもしれない。

 大丈夫です、会長ならできます。そう言うのはたやすかったが、最初からある程度闘えていた自分たちがそんなことを言っても、彼女にはただの気休めにしか感じられないかもしれないと、いまさらながら気づいた。

 しかし、だからといって、慧理那の申し出を受けることはできない。このまま慧理那がツインテイルズを抜けたとして、そのあと彼女はそれまで通りにいられるだろうか。ツインテイルズへの応援を続けてくれるだろうか。ヒーローに対する愛に、蓋をせずにいられるだろうか。負い目を持たずにいられるのだろうか。そんな不安があるのだ。

 付き合いは短いが、慧理那はかなり責任感が強い人だろうと感じる。自分にはもうヒーローを愛する資格はない、と考え、それらへの愛を捨てる可能性は充分にあるのではないか。そんなふうに思う。

 慧理那が、笑った。覇気のない笑顔だった。

「正直、はじめて変身する時、失敗するんじゃないか、って気持ちの方が強かったんですの」

『え?』

「お嬢様」

 慧理那の言葉に、総二たちの声が重なった。尊だけは、ハッとした様子だった。

「テイルギアは、ツインテール属性というツインテールを愛する力によって起動する、でしたわよね?」

「はい。そのツインテール属性をコアに作られていますので」

 トゥアールが言った。慧理那は逡巡するそぶりを見せたあと、意を決したように口を開いた。

「わたくし、ほんとうはツインテールが、嫌いなんです」

「えっ?」

 申し訳なさそうに慧理那が言った。彼女の顔を茫然と見つめる。

 総二の視線を避けるように慧理那がうつむき、言葉を続けた。

「ほんとうは、自分でしたくてこの髪型にしてるわけじゃありませんの。お母様に絶対そうしろと言われて、仕方なく。神堂家の家訓だと」

「家訓って、そんな大袈裟な」

「いや、ほんとうだ」

 きっと、慧理那に似合うからと、ちょっと強く言われたのを曲解しているのだろう。そんな予想を否定され、総二たちは尊の方に顔をむけた。

「これは、君たちを信頼しているから話すことだ。他言無用だぞ」

「――――はい」

 真剣な瞳とツインテールだった。代表して総二が答え、三人で頷いた。

「生涯ツインテールにする。ツインテールを愛する男性と結婚する。信じられないかもしれないが、ほんとうにこれが、神堂家の家訓なんだ。なんでも、先祖代々伝えられる由緒正しきものらしい」

「先祖代々って」

「六千年ぐらい続いているとのことだ」

(なが)っ!?」

「いや、いくらなんでも盛り過ぎだと思うんですけど」

「って言いますか、六千年前って、はっきりとした資料とか残ってるんでしょうか」

「まあ、六千年という数字の真偽はともかく、数十年どころの歴史でないのは確かなようだ」

『はあ』

 なんとも言えず、揃って生返事を返すしかなかった。

「ともかく、わたくしは子供のころからずっとこの髪型でした。子供っぽいと言われ続けて、それが嫌で、でもやめることは許されなくて。いつのころからか、わたくしはツインテールを嫌いに、いえ、憎んですらいたかもしれません。子供と言われて当然ですわよね。なんの罪もないツインテールにすべてを押し付け、逃げていたのですから」

「会長」

「慧理那さん」

 自嘲するような慧理那の言葉に、愛香とトゥアールが痛まし気に声を洩らしたが、総二はなにも言えなかった。口を開いたら、情けない声を上げてしまいそうな気がしたのだ。

 慧理那の言葉にショックを受けたからではない。それにショックを受けなかったわけではないが、それ以上に、みんなツインテールを愛している、ツインテールを嫌いな人なんていないと、そんなふうに思っている自分がいることに気づいたためだった。

 テイルブルー、ひいてはテイルレッドが現れたことで、ツインテールはいままでよりずっと広く認知され、さまざまなところで見られるようになった。しかし、そのちょっと前まではマイナーとしか言いようのない髪型で、大人に近づくにつれて、やめられていくものだった。それを、いつの間にか忘れていた。いや、眼を逸らしていたのかもしれない。

「あなたがツインテールを愛する限り」

「それは」

「とても不安でした。わたくしが持つ、ツインテールへの気持ちを見抜かれるのではないか、と」

 総二が言った言葉が、慧理那を追い詰めていたというのだろうか。そんな負い目に似た気持ちが湧き上がった。だが、慧理那はほんとうにツインテールを愛していないのだろうか、という疑念もあった。

 まっすぐに慧理那の眼を見つめた。ツインテールに眼が行きかけるが、いまそちらに眼をむけるのは、おそらく逆効果だろう、と自制する。

「でも俺は、会長が本気でツインテールを嫌いだとは思えません」

「わたくしが、嘘をついていると?」

「俺たちに対してではなく、自分に嘘をついているように、俺には見えます」

「嘘なんて」

「口を挟むようで申し訳ありませんが、私も総二様の意見に賛成させていただきます」

「え?」

 言ったのは、トゥアールだった。

「テイルギアはツインテール属性、それも取り分け強力な属性力(エレメーラ)がなければ、起動することはできません。確かに慧理那さんが変身する時、不安定な反応を見せ、実戦ではまったく性能を引き出すことができませんでした」

「だから、わたくしはツインテールを憎んでいると」

「ですが、変身自体はできたんです。ツインテール属性が無ければ、変身すらできるはずがありません。愛香さん」

「なに?」

「テイルブレスを、ちょっとだけ桜川先生に貸して貰ってもいいですか?」

「いいけど」

「桜川先生、変身できるか試して貰ってもいいですか?」

「わかった。二十八歳で『テイルオン』とか言うのはちょっと恥ずかしいが、やってみよう」

「いえ、『テイルオン』は必ず言わなければならないわけじゃありませんから、言わなくてもいいですよ。大事なのは、変身したいという意思ですから。闘うため、誰かを守るため。どんな理由でもいいですから、そのための力が欲しい、と強く念じるんです」

「なるほど。わかった」

 尊が愛香からテイルブレスを手渡され、右腕に嵌めた。

 尊が、総二たちがやるように胸の前に右腕をかざし、じっと見つめた。

「なにも起こらないな」

 しばらくしたあと、尊がポツリと呟いた。

「変身したい、と強く念じていますか?」

「恥ずかしさはあるが、念じているつもりだ。――――お嬢様を守るために、と思ってやっているつもりだが」

 後半は小さな呟きだったが、慧理那がハッとした。ブレスを見つめ続けていた尊が顔をかすかに赤らめ、よし、と意を決したように呟いた。

「テイルオン」

 声は特別大きいわけではなかったが、いやに室内に響いた。

 しかしテイルブレスは、なんの反応も見せない。

「むう、やはり駄目か」

「そのようですね。お手数をお掛けしてすいません」

 恥ずかしさをごまかすような尊の言葉にトゥアールが応え、慧理那にむき直った。ブレスを愛香に返す尊を尻目に、トゥアールが口を開く。

「慧理那さん。ツインテール属性の無い者が変身しようとしても、このようになります。それとも、桜川先生が本気で変身する気がないから変身できない、と思われますか?」

「いえ、尊の言葉を疑うなど、あり得ません」

「お嬢様」

 慧理那の決然とした言葉に、尊が微笑んだ。

 その言葉に、総二たちもほっと息をついたところで、慧理那が再び顔を曇らせた。

「ですが、英雄というものは、英雄になろうとした時点で失格だという言葉を思い出したのです。ヒーローになりたいなどと言ってるわたくしには、最初から資格など無かったのではないかと」

「私は、そうは思いません」

「え?」

 慧理那の言葉を遮ったのは、尊だった。

 尊は、真剣な顔ではあるが、どこか優しさを湛えた瞳だった。

「いいじゃありませんか。ヒーローになりたいと思って、なにが悪いというのです。たとえ憧れからはじまったものだとしても、ヒーローのように正しくあろうとするのならば、それは立派にヒーローの資格があると、私は思います」

「だけど、また失敗してしまったら」

「お嬢様。ヒーローというものは、そこで立ち止まってしまうものなのですか?」

「えっ?」

「ヒーローだって、なにかしらの失敗はするはずです。敗北する時だってあるでしょう。ですが、それらを恐れず、いえ、失敗するかもしれない、負けるかもしれないという恐怖を乗り越えるからこそ、ヒーローなのではありませんか?」

「っ!」

 慧理那がハッとした。自身の右手、テイルブレスを見つめると、やがて顔を上げた。

「尊は、わたくしがほんとうのヒーローになれると、信じてくれますか?」

「もちろんです。お嬢様は、私の自慢のお姉ちゃんなんですから」

「――――ありがとう。尊」

 今度こそ、慧理那がやわらかい微笑みを浮かべた。

 よかった、と思いながら、そこでふと、先ほどの尊の言葉が気にかかった。

『お姉ちゃん?』

「え?」

「む?」

 愛香とトゥアールも同じだったらしい。総二の口を衝いて出た言葉と、二人の声が重なった。

 キョトンとしていた慧理那と尊が、なにかに気づいたようなそぶりを見せた。

「あっ」

「ああ、なるほど、確かに驚くか。私は神堂家の養女なんだ。私さえよければ神堂の姓を貰って欲しい、と言われてはいるのだが、訳あって辞退させて貰っている」

「ょぅじょ、いえ、養女ですか?」

 トゥアールが訊いた。なぜ言い直した、と思ったが、訊かない方がいい、と総二は思い直した。

「ああ。高校に入ってからほどなくして、な」

「理由を、訊いても?」

 今度は、総二が訊いた。

「両親が亡くなった。それで、私を引き取ってくれたのが神堂家だったんだ」

「――――すいません」

 その言葉に、総二はなんとも申し訳ない気持ちになった。愛香とトゥアールも同じなのか、気まずそうに眼を伏せていた。

「そう暗くならないでくれ。父と母への思いは、いまもこの胸にちゃんとあるが、神堂家も私にとって大切な家族だ。寂しくはないさ」

 尊が優しく微笑みながら言った。その言葉にさっきとは別の意味でほっとするが、もうひとつ気になることがあった。

「あの、桜川先生。どうしてそれで、お姉ちゃんなんですか?」

「お嬢様の方が先に神堂家にいらっしゃったからな。あとから神堂家に入った私が、妹だろう?」

「ああ、そういう」

「納得、でいいのかしら?」

「まあ、あまり聞かない理屈だろうな。でも、私はそう思ったんだ」

「ふふっ」

 尊と慧理那が苦笑した。

 少しして、表情を真剣なものとした慧理那が、トゥアールの前に進み出た。

「トゥアールさん。ツインテールをほんとうに好きになれば、テイルギアの性能を完全に発揮することができるようになるのでしょうか?」

「確かに、ツインテールを愛するからこそ、ツインテール属性は生まれます。ですが慧理那さん。そのためにツインテールを好きになるというのは、本末転倒と言うものだと思います」

「えっ?」

「ツインテールを好きだからこそ、ツインテール属性が生まれるんです。なにかを好きになるのに理由は必要ないと思いますが、義務感から真の愛は生まれないと思います。総二様のように、ツインテールを愛するのに理由など要らないと言う人もいれば、総二様のためにツインテールを続け、最高クラスのツインテール属性を持つようになった愛香さんのような人もいます。ですがそれは、義務とかそういったものではないはずです。自然と好きになったからだと、私は思います」

「では、わたくしはどうすれば」

「突き放すようで申し訳ありませんが、それは慧理那さんの心の問題です。私は、その答えを持っていません」

「そう、ですか。いえ、そうですね。わたくしが、自分で見つけ出さなくてはならないことですわね」

 慧理那が、力強く拳を握った。

「慧理那さん。ツインテイルズを続けることが、できますか?」

「――――正直に言うと、逃げ出したくなります。また駄目だったらと思うと、いっそ逃げてしまう方がいいのではないか、と。でも、わたくしのことを信じていると、尊は言ってくれました。ここで逃げたら、わたくしは尊の信頼を裏切ることになってしまいます。その方が、ずっとこわいです」

「お嬢様」

「だけど尊。これは、うしろむきな気持ちじゃありません。みんなに見て貰いたいのです。わたくしが、ほんとうのスーパーヒーローになるところを」

 心配そうな尊に、慧理那が笑顔を返した。尊も、微笑みを浮かべた。

「はい。見せてください、お嬢様」

「俺たちも信じてます、会長。いや、テイルイエロー」

「うん。見せて貰います。会長が、スーパーヒーローになるところを」

「テイルギアを託されたのは伊達じゃないと、私たちに見せつけてください」

 闘いに巻きこむのは、本意ではなかった。だが慧理那の、そして尊の言葉を聞いて、総二は思い直した。慧理那にこそ、テイルイエローとして、ほんとうの仲間になって貰いたい、と。

 総二たちの言葉に感激したのか、慧理那が躰を震わせた。顔を赤らめ、どこか陶然とした表情を浮かべていた。

「ん?」

 慧理那のツインテールが、光って見えた気がした。

「どうしたの、そーじ?」

「いま、会長のツインテールが光った気がした」

『――――?』

 総二の言葉に、慧理那のツインテールへ視線が集まり、全員が首を傾げた。

「普通、だと思うんだけど」

「でも、俺にはそう見えたんだ」

 ドラグギルディとの闘いの時も、愛香のツインテールが輝いて見えた。あれに比べればずっと小さいが、慧理那からも似たような光が見えた気がしたのだ。

 愛香が、なにかを思い出したような仕草を見せた。

「そういえば、ドラグギルディとの闘いの時そーじ、っていうかレッドのツインテールが、光って見えた気がしたわね」

「俺も、ブルーのツインテールが光って見えたんだよな。トゥアールにはどう見えた?」

「私には、お二人とも特に変わりがなかったように見えましたけど」

「うーん、そうか。でも、なんか気になるんだよな」

「とりあえず、それはあとにしましょう。まずは慧理那さんのことです」

「っと、そうだな」

 視線が、再び慧理那に集まった。

「いずれにせよ、慧理那さんがテイルギアの性能を完全に発揮するために必要なのは、自分とむき合うことだと思います」

「自分とむき合う、ですか?」

「はい。慧理那さんにとって、ツインテールとはなんなのか。慧理那さんはどうしたいのか。どう在りたいのか。それを見極めることだと、私は思います」

「わかりましたわ」

 慧理那の力強い返事に、トゥアールが満足そうに頷いた。さっきトゥアールが突き放すようなことを言ったのは、慧理那の意思を確認するためだったのかもしれない、と総二はなんとなく思った。

「そして、古今東西、こういう時にヒーロー、あるいはヒーロー志望者がするのは、ただひとつ。ですよね、慧理那さん?」

 トゥアールの言葉に、慧理那の眼とツインテールがさっきとは別種の輝きを放った気がした。

「それはつまり、あれですか?」

「ええ、あれです」

 拳を握ったトゥアールと慧理那が、頷き合った。

『特訓です!』

「わね!」

 トゥアールと慧理那の声が重なった。

 

 

 

 

 

***おまけ(誰得だかわからないおまけ)***

 ――牛と牛――

 

 ブルギルディ、と呼ばれ、ふりむく。予想通り、いけ好かないやつの顔があった。

 角の有無はあれど、ブルギルディと同様に牛を彷彿とさせるエレメリアン。

「なにか用か、バッファローギルディ?」

「フンッ。用などというものはないが、出会ったからには挨拶するのが礼儀というだけのことだ。貧乳属性(スモールバスト)のエレメリアンは、それすらわからんのか?」

「なんだと。その程度のことを自慢げに語る、低俗な品性しか持たないやつがなにを言うか。巨乳の女は知性を乳に吸われているという説があるが、巨乳属性(ラージバスト)のエレメリアンに関しては、どうやら真実のようだな?」

「なにぃ?」

「やるか?」

 通路の真ん中で、頭を突きつけ合う。属性力(エレメーラ)に関しては幹部に遠く及ばないが、体格はお互いに三メートル前後の巨体である。ブルギルディとバッファローギルディそれぞれの所属する部隊の者たちは互いに、負けるなと応援しているが、ちらほらと見えるドラグギルディ隊、タイガギルディ隊の者たちは迷惑そうであった。

「なにをしている」

『っ!』

 現れたのは、クラーケギルディだった。顔をしかめ、ブルギルディとバッファローギルディを見据えてくる。

「他部隊の者と衝突するのはやめろ、という気はないが、時と場所は考えろ。暑苦しい」

「は、はっ、申し訳ありません」

「き、気をつけます」

 ブルギルディだけでなく、バッファローギルディも謝罪した。あちらからすれば他部隊ではあるが、上官であることは間違いなく、自身の上官であるリヴァイアギルディでも同じことを言うだろうことは、やつも承知だからだろう。

 その場を離れ、ほかにエレメリアンがいないところに行き、また睨み合った。

「貴様のせいで、私までクラーケギルディ様に睨まれてしまったではないか!」

「挑発に軽々しく乗っておいて、よくもまあそんなことが言えたものだな!」

「なにぃ!?」

「やるか!?」

 互いに腕を振りかぶり、突き出した。拳と拳がぶつかり合う。

『おおおおおおおおおおおお!!』

 何度となく拳を合わせる。相手の顔面や胴体を狙いたいところだが、急いては事を仕損じる。先に相手を疲れさせ、そのあとで本命を叩きこむのだ。

 しばらくの間、殴り合った。ブルギルディの尻尾はダガー、バッファローギルディの尻尾はモーニングスターになっているのだが、下手に使って攻撃のリズムを崩すとどうなるかわからないため、殴り合うだけになった。

 チャンスを見出せないまま、互いに息を切らしたところで、拳を突き出すのをやめた。

「ふん。腕は鈍っておらんようだな?」

「それはこちらの台詞だ」

 吐き捨てるように言い合い、どちらともなく踵を返した。歩きながら、バッファローギルディが口を開いた。

「私は、任務がある。戻ってきたら、今度こそ決着をつけるぞ」

「望むところだ」

 そう言い合い、ブルギルディはバッファローギルディと別れた。

 

 バッファローギルディとの決着をつけることは、結局叶わなかった。ツインテイルズに敗れたのだ。

 それ見たことか。巨乳などというものを信望するからそうなるのだ。そんなふうに思ったあと、胸に去来したのは、言いようのない寂しさだった。もう、やつとぶつかり合うことはないのだ、と思った。

 わかり合うことはなかった。わかり合う気もなかった。それでも、やつとぶつかり合うのは楽しかったのだと、いまさらにして気づいた。

 そして、クラーケギルディが、クラーケギルディとリヴァイアギルディがぶつかり合っているのは、こういうことなのかもしれない、と思った。クラーケギルディたちはきっと、ぶつかり合うことで互いを高め合ってきたのだ。

 気づくのが遅かった。そんなふうに思いながらも、悲しむべきではないとも思った。

 ぶつかり合い続けた相手がいた。そのことだけを、憶えていればいい。

 いま目の前に、そのバッファローギルディを破ったツインテイルズがいる。テイルイエローの気の毒なさまについては、なにも言うまい。

「さあ、いくぞ、ツインテイルズーッ!!」

 雄叫びを上げ、ブルギルディは吶喊(とっかん)した。

 

 




 
会長の特訓は、長くなってしまったため次回。あとは推敲だけなので近日中に。八月八日はどうしようか。
関係ないけどティーパックマンの登場には度肝を抜かれたっていうか、あれ予想できた人いないと思う。


尊さんが目立つ。婚姻届け、どこいった。

バッファローは、動物名では水牛だが、英語としては、乳牛、肉牛以外の野生の牛の総称。地域によってはアメリカバイソンがこう呼ばれる。
ブルは去勢されていない雄牛。
バッファロー、ブルと並んで使われるオックスは去勢された雄牛。
どうでもいいけど某聖闘士の先代牡牛座の人、オックスって名前はいろいろヒドい気がした。
 


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2-16 目覚めろ、その魂

 
熱くなっていく躰と心。
それに従う本能。

運命(さだめ)の鎖を、解き放て。
 


 部室の壁際に設置してある本棚をずらし、地下基地へむかう転送ゲートに入る。地球上のあらゆるところに瞬間移動するための転送カタパルトなるものは、ツインテール部の部室にはないらしい。そのためアルティメギルが現れた時、その出現位置が遠い場合は、学校にいる時はツインテール部室から、そうでない時は簡易的な転送装置である転送ペンという物を使い、地下基地に一度行くことになると慧理那は聞いていた。

 今回は、アルティメギルの迎撃ではなく、慧理那の特訓が目的である。地下基地に設けてあるというトレーニングルームを使うのかと慧理那は思ったのだが、こういった特訓の時には、もっとふさわしい場所があるということだった。未春が以前、使われなくなった採石場の話をした時があったらしく、そこを使う気らしい。特訓などをするには、もってこいの場所だということだった。

 地下基地のコンソールルームに着くと、すぐにトゥアールが転送ポイントをセットした。

 愛香と総二が、慧理那を見て頷いた。慧理那も頷き返す。

『テイルオン!』

「テイル、っ」

 変身したのは、愛香と総二だけだった。

 うまく変身できるのか。そんなことが頭に浮かび、思わず止まってしまったのだ。

 慧理那に、視線が集まった。

「会長。こわがらないで、思い切っていきましょう」

「そうだよ、会長。いまは失敗とか、かっこいいとか悪いとか考えずに、ありのままの自分で行こう」

「っ、わ、わかりましたわ」

 ブルーたちの言葉に一瞬、躰が震えるのを感じた。恐怖ではない。なにか、歓喜に似たものが躰を走った気がしたのだ。さっきの言葉だけではなく、部室で慧理那を励ます言葉にも似たような感覚を覚えていた。

 気にはなるが、いまはするべきことをしよう、と思い定める。

「テイルオンッ!」

 右腕に嵌めたテイルブレスを見ながら声を上げ、変身した。

 変身完了までの時間は、ブルーたちより間はあったように感じたが、昨日より早かった気がした。

 レッドが、軽く目を見張った。

「昨日より、早くなってる?」

「ええ。それに、昨日よりテイルギアも安定しているようです」

「そうか。この調子で、ちょっとずつでも進んでいこう、イエロー」

「はい!」

「観束、津辺、お嬢様を頼むぞ。君たちになら任せられる」

「桜川先生」

「ええ。いまは俺たちに任せてください」

 尊が頷き、どこからか紙を取り出した。いつもの婚姻届けだった。

「観束。帰ってきたら、結婚しよう」

「帰ってきますが、俺がいつか結婚するのは」

「ちょわー!!」

「うおっ!?」

「むっ!?」

 突然奇声を上げたトゥアールが、レッドと尊の間を通り抜けるようにして飛びこんだ。

 言葉を遮られたかたちとなったレッドが、着地してこちらにむき直ったトゥアールに顔をむける。

「な、なんだ、トゥアール、どうした!?」

「その先は言わせませんよーっ!」

「え、あっ」

「あっ」

 トゥアールの言葉にレッドが、なにかに気づいたように声を洩らし、顔を赤くした。なにを言おうとしていたのかに気づいたのか、ブルーも顔を赤くしていた。

 イエローと尊が首を傾げていることに気づいたのか、レッドとブルーがゴホンと咳払いした。

「と、とりあえず、いまは特訓に行こう!」

「そ、そうね!」

「えっ、あっ、は、はい!」

 ごまかすように声を上げる二人は気になるが、確かにいまは特訓しなければならない。気を取り直してイエローも応じた。

 採石場にむかうのは、イエロー、ブルー、レッドの三人だけだ。トゥアールと尊は、地下基地からモニターで見ているとのことだった。使われていない採石場とはいえ、なんらかの理由で人が来ないとも限らない。それに、特訓によって大きな音が響いたりしたら、それに気づく人もいるかもしれないからだ。

 転送ゲートに入り、そこを抜けると、話の通り、採石場が広がっていた。

 拓けた採石場は、確かに特撮番組などで使われそうな雰囲気があった。

「あー、確かに、特訓するにはそれっぽいな」

『巨大鉄球をつけてあるクレーンはありませんが、新必殺技の練習に使えそうな大木などは周りにありますし、いかにもな場所ですね』

「そうね」

「なんだか、テンションが上がってきましたわ!」

「おう、その意気だ!」

 通信越しのトゥアールの言葉に思わずニヤリとしてしまったが、それはともかく気合が(みなぎ)ってくるのを感じた。

「とりあえず俺と闘ってみよう、イエロー。ブルーは、イエローが危ないと思ったら、割って入ってくれ」

「わ、わかりましたわ」

「わかったわ」

 レッドとブルーが、イエローから距離をとった。三人で、大きな三角形を作るようなかたちになった。

 レッドがブレイザーブレイドを呼び出すと、イエローもヴォルティックブラスターを呼び出した。お互いに構え合う。

「いくぞっ!」

「はい!」

 言葉のあと、レッドがイエロー目掛けて飛び出し、接近しきる前に剣を横薙ぎに振るった。地面が抉られ、砂利が舞い上がった。

「きゃあああああ!!」

 直撃したわけではないが、反射的にイエローは悲鳴を上げてしまった。

「そのぐらいで怯えてどうするの!」

「そうだ。物理的な攻撃なら、テイルギアが守ってくれると信じるんだ。それ以上にあいつらは、気色悪いことをしてくるぞ!」

「は、はいっ、わかっていますわ!」

 実感のこもったレッドの言葉に、イエローも答えた。

 気色悪いことと聞いて、いままで自分を襲ってきたエレメリアンたちを思い出し、同時に胸に痛みを覚えた。ぬいぐるみを無理矢理持たせてソファーに座らせたり、拘束した慧理那のうなじを見たり、確かにどのエレメリアンも気色の悪いことをしてきた。

 気色の悪いことは嫌な意味で頭に残っているが、イエローの、慧理那の心に刺さっていたのは、別の言葉だった。

 幼いと、言われた。

 エレメリアンに襲われた時テイルブルー、ツインテイルズが駆けつけるまで、ある程度の時間が掛かる。それこそ数分から十数分程度で来てくれるのだが、エレメリアンたちが持論を語るには、充分な時間だった。

 語られる言葉はみんな違うが、等しく妄言や世迷言と言っていいものばかりである。それらが慧理那の心の琴線に触れたわけでは決してない。ただ、慧理那を見た全員が、幼いと言ってきたのだ。

 自分の容姿が幼いことは、慧理那も承知している。それに加えて、ツインテールなのだ。幼い少女がする髪型をしているのだから、幼く見られて当然ではないか。そんなふうに思っていた。思わずには、いられなかった。

 だからこそ、クラブギルディに言われた言葉は、特に深く突き刺さっていた。

 外見だけでなく、知性も幼いか。

 クラブギルディの持論自体には感銘を受けるわけもなかったが、自分の弱さを、暴かれた気がした。みんなに語った通り自分は、幼い理由をツインテールのせいにし続けてきたのだ。

 愛香や尊は、ツインテールにしていても、幼さを感じさせない。テイルレッドは慧理那よりも幼い容姿でかわいらしいが、決して幼さだけを感じさせるものでもなかった。慧理那の母である慧夢は、いまの慧理那、テイルイエローをさらに成熟させたような容姿で、同じ下結びのツインテールではあっても、常に堂々としている恰好いい女性だった。

 ツインテールは幼い少女のする髪型ではあるかもしれないが、慧理那を幼く見せていたのは、慧理那自身が幼さを認めようとしなかったからかもしれない。いまは、そう思える。

「ツインテール属性の存在を感じるんだ、イエロー。それはいつだって、イエローの中にある。ツインテールを使いこなすんだ、イエロー!」

「わかりません。それだけが、わからないんですの!」

 それでも、総二の言うことは、わからなかった。

 レッドが近づき、剣を振るってくるが、当たることはなかった。イエローが避けたわけではない。イエローはろくに動けていないのだ。当たらないように、レッドが剣を振るっているだけに過ぎない。

「もっとツインテールを受け入れるんだっ。ツインテールは敵じゃない、頼もしい味方なんだと!」

 その言葉に、(かぶり)を振る。自分がツインテールをどう思っているのか、よくわからなかった。嫌っていると、憎んでいると言った。だが、それだけだろうか。

 愛着は、きっとあるのだ。総二たちが言う通り、それがなければツインテール属性は生まれない。尊に無いのは不思議ではあったが、彼女を疑うことなどできない。護衛として慧理那を守るために、尊はさまざまな努力をしてきた。慧理那を守るために、と尊が念じて変身できないのなら、無いのだろう。

「ヴォルティックブラスター!」

 引き金を引くが、放たれるのは昨日と同様、コルク弾のような物だった。昨日よりは手応えはあるはずなのに、ほとんど変わりがなかった。レッドは避けもせず、すべてその身で受ける。届きもせずに、地面に落ちていく弾もあった。

 なにが、足りないのだ。

「わたくしはきっと、ツインテールを愛している」

「えっ?」

「イエロー?」

「だけど、そう思っているはずなのに、こうなのです。わたくしは、どうすればいいのですか!?」

『っ!』

 叫ぶ。なにもかもが、わからなかった。ツインテールを愛していると認めたはずなのに、テイルギアは応えてくれない。愛していると、思いこみたいだけなのか。

 自分のほんとうの気持ちは、どこにあるのか。

 ほんとうの自分とは、なんなのか。

 自分は、どう在りたいのか。

 誰も答えてくれない。答えは、自分で見つけるしかない。だが、それは果たして見つかるものなのか。

 見つかったとしても、それが正解などと、誰が証明してくれるというのだ。ただの自己満足に過ぎないのではないか。思考は巡るが、巡るだけだった。答えが出ることなどなかった。

『総二様、手ぬるいですよ!』

「トゥアール?」

『イエロー、いえ、いまは慧理那さんと呼ばせていただきます。慧理那さん、私は、あなたのそんな情けない姿を見るために、イベント満載だったはずのゴールデンウィークすべてを費やしてテイルブレスを作ったわけじゃありません!』

「ごめん。それはあたしが原因だわ」

「考えてみれば、連休中どこにも行かなかったもんなあ」

『いいですか、慧理那さん!』

 ブルーとレッドが遠くを見ながらボソッと言うが、トゥアールは聞いていないようだった。

『お下がりにしておいて、いまさら返すとはムシがよすぎるというものでしょうっ。あなたは、テイルギアを中古にしてしまった女、略して中古女なんですよっ。責任をとって、なんとしてもテイルギアを使いこなして貰いますからね、中古女として!』

「なんか、えらく作為を感じる略称だな!?」

『私たちの乗った列車は、途中下車できませんよ!』

 レッドが声を上げたが、トゥアールはやはり聞いていないようだった。片手がガトリングガンになっている強面(こわもて)の男が見えた気がしたのはなぜだろうか。

 トゥアールの言葉を聞いて胸に湧き上がったのは怒り、ではなかった。自分でも戸惑うが、それは歓喜に近かった気がした。総二や愛香たちの言葉と同じく、不思議な高揚感が胸に湧き上がっていた。ただ総二や愛香から言われた時の方が、不思議とその高揚感は強かったように思えた。

『愛香さん!』

「えーと、ゴールデンウィークの件は、あたしたちもどこにも行かなかったから、許して欲しいんだけど」

『なんの話をしているんですかっ。愛香さん。総二様では、慧理那さんが傷つくのを恐れて、まともな特訓はできません。その辺に転がっている大岩でもポンポン投げつけてやってください!』

「大丈夫なの、それ?」

『大丈夫です、問題ありません!』

 ブルーはちょっと考えるそぶりを見せると、辺りを見回した。トゥアールの言う、大岩を探しているのだろうか。岩はそれなりにゴロゴロしている気がするが、ブルーはどうもお気に召さないようで、首を傾げていた

「んー、いい感じのがないわね。ちょっと探してくるわ」

「あ、ああ、わかった」

 ブルーの言葉にレッドが答えると、ブルーが跳躍した。武術を修めているという彼女の動きは、とても洗練されているように見え、思わず眼を奪われるものだった。

 ブルーを見送ったレッドが、イエローに顔をむけた。

「ちょっと休憩しようか」

「は、はい」

 レッドに言われると同時に疲労が襲いかかり、思わず地面に座りこんでしまった。レッドは息ひとつ切らした様子もなく、心配そうにこちらを見ている。

 不意に、自分が情けなくなり、イエローは膝を抱える恰好になった。

「イエロー?」

「やっぱりテイルブルーは、かっこいいですわね」

「え?」

「テイルレッドも、テイルブルーに負けないぐらいかっこいいです」

 口を衝いて、そんな言葉が出ていた。いつも思っていることだし、何度も言っていることだ。口にすることに、恥ずかしいという気持ちはなかった。

 テイルレッドの正体は男子高校生で、闘いに対する覚悟や姿勢が違うのはあるかもしれないが、それでも、雄々しく闘う姿は、テイルブルーとは違う意味で眼を奪われるものだった。

「それに比べ、わたくしは、皆さんに迷惑ばかりかけて、挙句の果てにこの(てい)たらく。こんなふうに考えているから駄目なんだと思っても、どうしていいのかわかりません。ほんとうに、かっこ悪いと思います」

「イエロー。いや、いまは、慧理那先輩って呼んでいいかな?」

「えっ、あ、はい」

 レッドの言葉に、胸が高鳴ったのを感じた。いままでより強い高揚感があった気がした。

「慧理那先輩。俺はそんなかっこいいやつじゃないよ。俺はツインテールと、その、愛香を守るために闘うって決めて、世界はそのついでで守るってやつだし」

「世界より津辺さんを守るというのはわかりますけど、ツインテールはさすがに世界のついででしょう?」

「ついでじゃない。あいつが一番大切ではあるけど、ツインテールも多分、同じぐらいの優先順位なんだ。世界はほんとうについでだよ」

「多分?」

 なんとなく、その言葉が気になった。レッドが苦笑し、複雑そうな表情を浮かべた。

「ここで、愛香が一番大切で、ツインテールはその次だってはっきり言えないのが、俺なんだ。骨の髄までツインテール馬鹿なんだ、俺は。あいつとツインテールを、同じぐらい大切だと考えちまってる」

 レッドはそこで言葉を切り、ため息をついた。

 イエローがなにも言えないでいると、レッドが空を見た。なにかあるのかとイエローも見てみるが、青空と流れている雲が見えるぐらいだった。

「ツインテールを愛する限り。それな、俺と愛香の、友だちの言葉なんだ」

「え?」

 レッドに顔をむける。彼女はまだ空を見上げたままで、表情はよく見えなかった。立てばレッドの顔を覗きこめるが、そうしようという気には不思議となれなかった。

『総二様』

「トゥアール。慧理那先輩と桜川先生には、話しておこうと思う。桜川先生も聞いてるんだろ?」

『はい』

『ああ』

 レッドは、気遣うようなトゥアールの声にはっきりと答えると、イエローに顔をむけた。

「ドラグギルディの話はしたよね?」

「はい。あの宣戦布告をしてきた、黒い竜のようなエレメリアンですわよね。お二人が倒して、その(コア)であるツインテール属性から作られたのが、わたくしがいま纏っているテイルギアだと」

「友だちっていうのは、そのドラグギルディのことなんだ」

「えっ?」

『なに?』

 あまりにも予想外の言葉に、頭の中が真っ白になった。通信越しに尊が絶句したのがわかった。

「アルティメギルには、世界を侵略するために、ツインテールを拡散させる作戦がある」

「はい。先日お聞きしました」

「うん。その作戦のために、属性力(エレメーラ)関連の技術を流す、またはその世界で一番強いツインテール属性を持つ者と接触し、闘うための変身ツールや設計図を渡す。そのために、この世界でやつらが接触したのが、俺たちだった。俺は、あいつらが侵略してきた世界の中でも最強と言っていいツインテール属性を持っているらしかったけど、男にその変身ツールを使わせて、やつらが望む結果が出るかわからない。そのために、愛香の方にそれを渡した」

「はい。テイルブルー誕生の瞬間ですわね」

「そうだな」

 レッドが、軽く苦笑した。

「だけど、言ってなかったことがある。俺たちと接触したのは、ドラグギルディ自身だったんだ」

「え?」

「ここまで強いツインテール属性の持ち主がどんなやつなのか、興味を持ったんだと。そしてあいつは、人形を遣って、俺たちと接触した」

「人形、ですか?」

「ああ」

 レッドが、そこで口を噤んだ。少しして(かぶり)を振ると、再び口を開いた。

「まあ、それで、話したのはちょっとだけだったけど、あいつとツインテールのことで盛り上がってさ。それが、すごく楽しかった。そのあと、去り際にあいつが言ったんだ。おぬしたちがツインテールを愛する限り、再び逢うこともあるだろう、ってさ」

「――――?」

 なにか、語られていないことがある気がした。いや、言いたくないこともあるだろうと思い直す。ただ、ちょっとだけ寂しさを感じた。それが、レッドから感じたものなのか、それを話して貰えないことによる自分のものなのか、不思議と判然としなかった。

「そしてテイルレッドになって、その言葉を使うようになったと?」

「ああ。慧理那先輩には、迷惑だったかもしれないけど」

 顔が熱くなった。感じたのは、羞恥だった。子供みたいなことを言って、総二を困らせてしまっていたのだと、いまさらながら思った。

「エレメリアンが友だち、ですか」

「俺はそう思ってる。多分、二番目の友だちになるのかな」

「二番目?」

「俺はツインテール馬鹿だからさ、愛香ぐらいしかそばにいてくれるやつがいなかったんだよ。大抵は仲良くなる前に離れていってさ。まあ、いま現在は、ツインテイルズ関係でいろいろ複雑なもんがあるから、しばらく友だちを作るのはいいかなとか思わなくもないけど」

 なにかを思い出したのか、最後の方はなんだか疲れたような声だった。

「その友だちを、倒したのですか?」

「ああ。友だちだけど、俺たちは人間で、あいつはエレメリアンだ。俺たちのツインテール属性を喰らいたいって言われた。守ると決めたんなら、ためらうな。我の屍を越えていけ。そんなふうにも言われた。俺たちは、それに応えた」

「こんなことを言うのは不謹慎かもしれませんけど、とてもかっこいいエレメリアンだったのですね、ドラグギルディは」

「変態ではあったけどな」

 レッドが再び苦笑した。つられてイエローも苦笑する。

「やっぱり、テイルレッドはかっこいいです」

「そんなことは」

「ありますわ。わたくしは、そう思いました」

 確かに、ツインテールを守るという理由だとか、変態であるエレメリアンだとか、そういった言葉だけで考えれば、恰好いいものではないのだろう。

 だがそれでも、この人はヒーローなのだ、と感じた。理屈ではなく、その在り方は、ヒーローと呼ぶのにふさわしいものだと、感じたのだ。

「なぜ、そんなことを話してくれたのですか。あまり人に話したくないことだったのでは?」

「そう、だな。わざわざ誰かに話すことじゃないと思ってる」

「では、なぜ?」

「いや、なんて言うかさ、俺たちばっかり一方的に慧理那先輩たちのことを知ってるのは不公平なんじゃないか、ってなんとなく思ったんだ」

 律義な人だ、と思った。律義で、誠実な人なのだろう。そんなふうに思う。

「わたくしは、大変な物を託されたのですね」

「そうだな。俺は、慧理那先輩に仲間になって欲しいと思ってるけど、俺の勝手な理由でもある。ここまで付き合わせておいてなんだけど、もしも慧理那先輩がそれを重荷だと言うんなら」

「燃えてきましたわ」

「えっ?」

 レッドの言葉を遮って言うと、彼女はキョトンとした。イエローは立ち上がると、レッドの瞳を真っ直ぐ見て、笑みを浮かべた。パチパチと瞬きしていたレッドが、笑みを返した。

 ほんとうは、押し潰されそうな気持ちの方が強かった。そんな大切な物を自分なんかが持っていていいのかという、不安の方が大きかった。

 それでも、託されたのだ。これでヒーローになれるという自分本位な心が、どこかにあった。それで変身して、情けないところを見せて、迷惑を掛け続けた。

 だけど、みんな慧理那を信じてくれた。励まし、いまも特訓に付き合ってくれ、きっと秘密にしておきたかっただろう、ドラグギルディとのことも話してくれた。

 これで燃えなくて、いや、魂を燃やさなくてどうするのだ。

「あの、ひとつお話しておきたいことがあるのですが」

「ん、なんだ?」

「実はわたくし、友だちと呼べるほど気の置けない人がおりませんの」

「慧理那先輩は人気者だって聞いたし、俺もそう思ってたけど」

「よくしてくれる人は、確かにたくさんいます。だけど、わたくしはどこかで壁を作ってしまうのです。それを乗り越えて来てくれる人も、いませんでした。勝手ですよね、わたくし」

 いままで誰にも言えなかったことだった。言ってしまった、という思いとともに、不思議な解放感と高揚感があった。

『お嬢様がそんなふうに悩んでいらしたとは。気づけなくて、申し訳ありません』

「あ、いえ、尊が悪いわけではありません。わたくしも、表に出さないようにしてましたから」

『ですが』

「よくしていただいていることに不満はありませんし、皆さんのことは大好きです。ただ、ちょっと気になることがあって、それでどうしても構えてしまうのです」

 慧理那自身、どこかで人に対して構えてしまうところはある。だが、みんな、かわいいとか言ってくれたり、好意的にしてくれるが、ほんとうに慧理那を見て言ってくれているのか、と思ってしまうことがあった。

「皆さん、まるでマスコットキャラを見てるような」

「あー」

『あー』

『なるほど』

 全員が、なぜか納得した。

「そこで納得しないでください、皆さん!」

『しょうがないですよ、慧理那さんはほんとうに愛らしいですから』

『うむ』

『隙あらばペロペロしたくなり待ってください桜川先生冗談ですからカーフ・ブランディングはやめテリイイーーーーーーーーーーーーー!?』

 トゥアールの叫びとともに、派手な激突音が聞こえた。

「あの、桜川先生?」

『いや津辺のやつから、トゥアールがろくでもないことを言い出した時、自分がそこにいない場合は代わりに折檻しておいてくれ、と頼まれていてな』

「そ、そうですか」

『あまり折檻をするのはどうかと思うが、さすがにお嬢様に対する不埒な真似を見過ごすわけにはいかん』

「まあ、それはそうでしょうけど」

 レッドがため息をついたところで、不意に影が辺りを覆った。

「ん?」

「え?」

「お待たせー」

 ブルーの声は、上の方から聞こえた。レッドが見上げ、イエローもそれに続く。

「愛香、ずいぶん時間が掛かっ、た、な?」

 見上げながら言ったレッドの声が、どんどん小さくなっていった。同じように見上げたイエローも絶句するしかなかった。辺りを覆った影は、ブルーが原因だった。ブルーがというか、ブルーが持っている物が原因だった。

 イエローたちがいるところより、多少高いところにいたブルーは、片手で岩を持っていた。直径は、五、六十メートルはあるだろうか。大岩というか、岩山だった。それを、軽々と持っていた。

「なにしてんだ、愛香」

 ほかにも言いたいことがありそうだったが、かろうじてそれだけ口にできたといった感じで、レッドが言った。

「よっ」

『え?』

 岩塊を持ったままブルーが、イエローたちの方に飛び降りる。落ちてくるようにしか見えない岩塊が視界いっぱいに広がっていき、ブルーが着地すると同時に目の前で止まった。

 イエローの顔が引き攣り、足から力が抜け、ヘナヘナと尻餅をついた。

「いい感じの岩があったから、体操服属性(ブルマ)遣って持ってきたのよ。ほんと便利よね、これ」

「岩っつーより山だろ、それ!?」

「つ、つ、津辺さん、そ、それはっ」

 立ち上がろうにも、腰が抜けて立てなかった。腰が抜けるというのは、こういうことを言うのだなあ、と他人事のように思う自分がいた。

 岩塊の圧迫感は、凄まじいものだった。いまからそれが自分に投げつけられるのかと思うと、嫌な汗が噴き出てくる。

「会長。ううん。あたしも、慧理那先輩って呼ばせて貰うね?」

「え、あ、はい」

「愛香?」

「ごめん。聞こえちゃってた。聞こえすぎるのも考えもんよね」

「あ、まあ、俺は別にいいけど」

「あ、わたくしも、別に」

 テイルギアには、聴力を強化する機能もあるということを思い出した。時間が掛かったのは、自分たちの話を聞いていたからなのだろう。咎める気は起きなかった。多分、愛香にも聞いて欲しいことだったのだ、と思う。

 愛香から、慧理那と呼ばれて感じたのは、総二から名前で呼ばれた時と同じ高揚感だった。

「ドラグギルディとのこと、慧理那先輩も聞いたよね?」

「は、はい」

「あたしも、ちょっとだけ話したいことがあるの」

 愛香が、かすかに顔を赤くした。

「あたしはね、そーじにふりむいて貰いたくて、ずっとツインテールにしてきたの。けど、想いを伝える勇気を持つことが、ずっとできなかった。ちょっとでもいい。自分から伝えなきゃ、なにも変わらない。そう思っても、勇気を出すことができなかったの」

「愛香」

「勇気を出すきっかけは、あいつに逢って、最初に変身しようとした時。そーじは、あたしのこと、ちゃんと大切に思ってくれてたんだ、っていまさらみたいにわかってね。考えてみれば、当然のことだったのにね」

 ブルーの顔も赤くなっていたが、レッドも顔を赤くしていた。

「だから、えーと、あたしだって、全然かっこよくなんてないのよ」

「そんなことありませんわっ」

 近しいからこそ、言えないことだってあるだろう。ずっと一緒にいたからこそ、関係が壊れるのがこわかった。だが、そんなこと、こわがって当たり前のはずだ。なにがきっかけであろうと、自分から一歩進む勇気を持てた愛香が恰好悪いなどと、誰が思うものか。

 ブルーが、照れくさそうに笑った。

「ありがと、慧理那先輩。――――慧理那先輩、そのさ、仲間ってだけじゃなくて、友だちにならない?」

「え?」

「そう、だな。俺も、慧理那先輩と友だちになりたい」

『お二人ばかり抜け駆けはずるいですよ。もちろん、私もです』

「変なことするんじゃないわよ、トゥアール?」

『もちろんです。ですが慧理那さんには、まだまだわからないこともたくさんあるでしょう。個人授業をしても問題ないはずですよね。ウヘヘ』

「桜川先生」

『うむ』

『ちょっ、待っテキサスクローバーホールドはああああああああああギ、ギブ、ギブ、ギブ、ギブアッ』

 胸に温かいものが広がっていくのを感じながら、自分を縛る鎖のようなものが、少しずつ解かれていくような感覚を覚えた。

「ただな、愛香」

 レッドが、半眼になった。

「ん、なに?」

「せめてその凶器はどこかに置いておけよ!? そんなもん持ったまま友だちになろうとか言われても、脅されてるようにしか見えねーよ!?」

 イエローがどうにか見ないようにしていたことに、レッドが猛烈な勢いでツッコミを入れた。

 ブルーにそんなつもりはないのはわかっているし、他意なく慧理那と友だちになりたいと思ってくれているのだろうこともわかる。しかし、巨岩のインパクトは、いろいろなものを押し潰すものではあった。

「凶器って。いや、だって、いまからこれをぶん投げるんだから、わざわざどっかに置いておくのも手間でしょ?」

「見た目を考えろよ!? おまえがこっちに降りてきた時、普通にビビったぞ!?」

「こんなことでビビってどーすんのよ。物理的なダメージならテイルギアが守ってくれるって信じろって、そーじも言ってたでしょ?」

「だからってそんなでっかい岩の塊がこっちに迫ってきたら、さすがにビビるぞ!?」

 お互いに物怖じせず、言い合っている。慧理那には、まだあんなふうに言えそうにはない。だけど、いつか、気兼ねなく言い合えるようになりたい。

「わたくしも、友だちになりたい、です」

 ブルーとレッドが言い合いをやめ、こちらに顔をむけた。二人で、やわらかく微笑む。

「よろしく、慧理那先輩」

「よろしくね、慧理那先輩」

 はい、と慧理那は頷いた。

 

 よーし、とブルーが気を取り直したように声を上げた。

「じゃあ、いまからこれをぶん投げるから、見事に破壊してみなさい。できなければ、死ぬわよ!」

「って空気に流されてたけど、いきなりそんなもんぶん投げようとすんなよ!? もっと小さくてもいいだろ!?」

「いえ、構いません」

 抜けていた腰が、戻っていた。ゆっくりと立ち上がる。

「あと少し。あと少しで、なにかが見える気がするのです。観束君がわたくしに気を遣ってくれるのは嬉しいですけど、それに甘えてはいけないと思うのです」

「いや、だからといって、このサイズはどうかと思うが」

「よく言ったわ、慧理那先輩。それでこそよ」

「愛香。おまえ、なんかノリが違うっていうか、たまに脳筋になるよな」

「そうかしら。ま、それはそうと、続きをやりましょ」

『ちょっといいでしょうか』

「ん、トゥアール、どうした?」

『試して欲しいことがあります。私の推測が正しければ、慧理那さんがテイルギアの力を完璧に発揮するためのきっかけになるはずです』

「ほ、ほんとうですの?」

『へのつっぱりは、いりませんよ』

「言葉の意味はわからないが、とにかくすごい自信だ」

『ここで慧理那さんの方に話すと効果が薄くなるかもしれませんので、一旦慧理那さんの通信だけ切りますね」

「は、はいっ」

 レッドとブルーが頷き、イエローから若干距離をとると、うしろをむいた。ブルーは、いまだ巨岩を持ったままだが、もう気にしたら負けだ、と自分に言い聞かせる。

 トゥアールの声は聞こえないが、二人の受け答えだけは、かろうじて聞こえてきた。

「さっきから、似たようなことは言ってたはずだけど」

「だからこそ、もうひと押し?」

「なんでかしら。なんか、やな予感がしてきたんだけど」

「まあ、やってみるよ。――――え、やってみるよでは駄目です、必ずやって貰わなければなりません?」

「あー、うん。わかったわ」

 話が終わったのか、二人がこちらにむき直った。巨岩を見据える、と思ったが、大きすぎて、どこに焦点を合わせたらいいかわからないため、ブルーを見ることにした。

 ブルーとレッドがお互いの顔を見て頷き合い、イエローに顔をむけた。

 二人が、大きく息を吸いこんだ。

『慧理那あああああああああああああっ!!』

「っ!?」

 二人から、同時に、強く呼ばれた。その声に、いままでに感じたことがないほどの、強い胸の高鳴りを覚えた。

「ほんとうのおまえを、俺たちに見せろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「あなたのすべてを、あたしたちに見せなさあああああああああああああああい!!」

 ブルーが、巨岩を放り投げた。

 世界が、ゆっくりに見えた。巨岩が徐々に迫ってくる。

 ドクン、と鼓動が鳴った。なにかが、自分の心を縛る鎖を解こうと、いや砕こうとしている。

 違う。自分で砕くのだ、という声が聞こえた気がした。

 心のままに生きよ、と言われた気がした。

 おまえはどう在りたいのだ、と問われた気がした。

 いや、そんなもの、決まっているな。

 そうだろう、『テイルイエロー』。

「っ!」

 イエローは、背中の方に手を伸ばした。

 

*******

 

 巨岩を放り投げると同時に、それにかけていた体操服属性(ブルマ)による重力軽減を解く。体操服属性(ブルマ)自体は解除しない。もしもの時は、投げた巨岩に再び重力軽減をかける必要があるからだ。

 トゥアールと慧理那を信じていないわけではないが、しっかりと対処できるようにしておくのは当然のことだ。目を皿のようにして、ブルーはイエローの動きを見つめる。

 トゥアールから言われたのは、強く慧理那と名前を呼び、そのうえで、すべてを見せろと命令してください、とのことだった。

 なぜか激烈に嫌な予感がしてきたのだが、慧理那のためだと納得し、言われた通りに命令したつもりだ。

「っ」

 巨岩は、もうイエローにぶつかろうとしている。

 まずい、と思ったところで、イエローが動いた。手をうしろに動かし、背負っていたバックパックから下に突き出している筒、陽電子砲を掴むと、脇の下を通すようにして躰の前面に稼働させ、筒の側面から出ていたグリップを握り、トリガーを引いた。

「あっ!」

「おお!」

 二筋の光線が、巨岩を貫いて空に走った。巨岩はその衝撃で、粉々に砕け散っていった。

 トゥアールいわく、イエローテイルギアの内臓武装の中で最大の威力を誇る、陽電子砲。直撃すれば、幹部級のエレメリアンでもただでは済まない威力であるという。その説明に(たが)わない、凄まじい威力だった。

 イエローが、テイルギアの力を引き出した。それが、はっきりとわかった。

 バシュウ、と音を立て、陽電子砲が背中からはずれた。パージされた陽電子砲が地面に落ちて鈍い音を響かせる。砲は、地面にめりこんでいた。

 イエローが、粉々になった岩だった物を見つめ、眼をパチパチとさせた。

「えっ」

 自分でも信じられないのか、イエローが不思議そうに声を洩らした。

「わたくし」

「やったな、慧理那!」

「やったわね!」

『ふふふ、やっぱり。さすが私です』

『やりましたね、お嬢様!』

 全員で口々に言うと、イエローはだんだん実感が湧いてきたのか、微笑みを浮かべた。

「嬉しいですわ、観束君、津辺さん」

「ああ、俺も嬉しいよ」

「うん。よかったあ」

 よかった。ほんとうにそう思う、のだが、なぜか心のどこかが警鐘を鳴らしている気がした。取り返しのつかないことをしてしまったという思いが、どこかにあった。言ってみれば、永遠に監視し、封印しなければならない禁忌の扉を開いてしまったような。

「わかったことがありますの。わたくしはきっと、長い間、あなたたちを待っていたのだと」

「え。あっ」

「そういうこと、なのかしら?」

 トゥアールが指示してきたことも(かんが)みると、慧理那はほんとうの自分を見てくれる人を求めていたのではないか、という推測が頭に浮かんでくる。

 気の置けない存在、友だちと思える人がいなかったという言葉。さまざまな人が期待を懸けながらも、むけてくる視線は、愛玩動物やマスコットキャラクターに対するものだと、慧理那はなんとなく感じていた。『会長』ではなく『神堂慧理那』としての自分を見てくれる人たちを、ずっと待っていたということなのだろう、とブルーは思った。

 きっとそのはずだ。だというのに、言葉にできない部分で、なにかがおかしいという気がし続けている。

「観束君、津辺さん、もっと、見てください。わたくしをっ」

「わかったよ。じゃあ、もっと見せて。慧理那のほんとうの姿を」

 ハアハアと息を荒らげ、頬を赤くするイエローにレッドが言うと、さらに彼女は顔を赤くし、息を荒くした。感極まったのだろう、と思いたいのだが、なんだか恍惚としている気がした。

「ええ、お見せしますわっ。わたくしの、すべてをっ。全部、全部見てくださいましっ!!」

「おおっと!?」

 いきなり胸部装甲が開き、大型ミサイルが二発、発射された。頼りない軌道を描き、不発に終わった昨日と違い、すさまじい速さでこちらにむかってくる。

 散開し、ブルーとレッド、それぞれに一発ずつ飛んでくることを見て取ると、全力で駆けはじめる。ブルーの脚力に負けない、いや上回るスピードだ。直線だけでなく、ジグザグや、円を描くようにして逃げてみるが、いずれの動きにも対応するぐらい、高い追従性だった。

 ある程度駆け回ったところで、ウェイブランスで斬り落とし、飛び退いた。大きな爆発が起きる。レッドの方を見てみると、あちらも同じ行動をしたようだった。二人で頷き合い、イエローにむき直った。

 ブルーたちが見るのを待っていたように、イエローの胸の装甲がパージされ、地面に落ちた。たゆん、と揺れるその胸に、ちょっとだけイラっとした。

「まだっ、まだですわっ」

 肩からバルカン砲が出現し、撃ち出される。地面に着弾し、砕けた砂利によって、あたりが砂煙に包まれた。

「完璧にテイルギアを使いこなしてる。いいぞ、慧理那!」

「あっ。う、嬉しい、ですわぁっ!」

 イエローが、なぜか肩部装甲をパージした。砂煙で若干視界は悪いものの、シルエットからして間違いないだろう。

「ん?」

「え?」

『お嬢様?』

『きた。ビンゴです』

 ブルーたちが戸惑いに声を洩らすなかトゥアールだけは、予想通りと言わんばかりの声だった。地球のあらゆるところに張り巡らされた禁断の力の扉の鍵穴を開けたような、そんな感じだった。意味はよくわからないが。

「うふふっ、見てくださいまし、観束君、津辺さん。わたくしを、ほんとうのわたくしをっ。――――慧理那を見て、御主人様ぁ~~~~~~~!!」

『ちょっと待てえええええええええええええ!?』

『お嬢様ああああああああああああああああ!?』

 トゥアールを除く全員で、イエローにむかって叫んだ。イエローは気にするどころか、さらに顔を恍惚とさせ、身に纏う武装を次々に展開していく。

 先ほど放った武装同様、昨日とは比べ物にならない威力の火器に、轟音が轟き、辺りの地形が変わっていく。

 それだけならまだいい。いや、よくはないが、それに輪をかけて問題なのは、撃った(はし)からイエローがその装甲をパージしていくことだ。すでにイエローの姿は、装甲の黄色よりも、肌色の方が多くなっていた。

「隠して、慧理那っ。駄目だー!?」

「止まって、慧理那ー!?」

『お気を確かに、お嬢様ー!?』

「嫌ですわ! もっと見てくださいまし! わたくしを、ほんとうのわたくしをっ!!」

『――――ッ!?』

 もはや、惨状としか言えなかった。イエローが嬌声を上げ、彼女ともうひとりを除く面々が、絶望と嘆きの叫びを響かせる。

『やっぱり! やっぱりーっ! 絶対そうだと思ってたんですよ! 大当たりです!』

『トゥアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーールッ!!』

 ひとりだけはしゃいでいたトゥアールに、ブルーたちは大声を上げた。

「説明しろ、トゥアール!」

「あんた、こうなるって気づいていたわけ!?」

『お嬢様はどうしてしまったんだ!?』

『わかりました。驚異の部屋(ヴァンダー・カンマー)をご案内します』

『どこ!?』

『まず、慧理那さんはなぜ、テイルギアの力を発揮できなかったのか。少なくとも変身できるだけのツインテール属性を持っていながら、どうしてそのような事態になってしまったのか』

 爆音が轟くなか、トゥアールが淡々と説明をはじめた。

『慧理那さんの正義感は偽物ではありません。ヒーローになりたいという個人的なものは確かにありましたが、それは責められるものではないでしょう。個人的な思いであっても、ヒーローのようにみんなを守りたいという思いは、間違った思いではないはずです』

「あ、ああ」

「それはいいけどっ、いまの状況はなに!?」

『慧理那さんが力を発揮できなかったのは、もうひとつの想い、自分がどう在りたいか、いえ、こう在りたいという自分があって、そのために、ある人にいて欲しい、という自身の心の叫びを押し殺していたからだと推察されます。心が、半分だった。それによってツインテール属性が正しく回らず、変身する力だけにしかならなかった』

「ありのままの自分を見てくれる人を待っていたってことだよな!?」

『言葉だけで言えばその通りです。慧理那さんは『見る』というか『見せて』という類の言葉に反応していたようでしたが、そういった対象を求めていたのは間違いないでしょう。気になったのは、その際に妙に興奮していたことです。名前を呼ばれた時、その興奮はさらに強くなっていきました。そこで私は、直感的に閃いたんです。キュピーン、と頭に電球が点いたようでした』

 トゥアールが、溜めた。武装を撃ち尽くしたのだろう、イエローは息を荒らげたまま立ち尽くし、ブルーたちを見ていた。イエローの眼は、甘く蕩けているように見えた。

 イエローが纏っていた装甲はすでになく、ほとんどアンダースーツのみとなっている。ブルーのスーツもだいぶ露出度は高いが、イエローのスーツはそれ以上で、肩を覆いはするものの胸もとでクロスするようにして胸を隠す部分に、紐パンのようなパンツと、グローブしかない。ブルーよりもプロポーションがいいのはムカッとしなくもないがそれ以上に、この姿ではお茶の間に放送するのは厳しいのではないだろうかと、どうでもいいことが頭に浮かんでくるほどだった。

 トゥアールが、カッと眼を見開いた気がした。

『慧理那さんが求めていたのは、友だち以上に御主人様だったのだと!!』

『そこで止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』

 トゥアールののたまう結論に、イエロー以外の全員が叫んだ。

「俺と愛香に対してなのは!?」

『お二人が、慧理那さんにとってのヒーローだからではないかと。私が言ってもそこまでの効果はなかったようですし。私に対してだったら、いろいろと都合がよかったんですけどね。グヘヘ』

「桜川先生!」

『うむっ!』

『いや待ってください、みなさん。みなさん、慧理那さんがほんとうのヒーローになるのを望んでいたじゃないですか。私はそのために私のできることをやっただけであって、責められるものではないはずですからこんな高さと長い滞空時間からのブレーンバスターはやめええええええええええええええええええ!?』

 通信越しに豪快な激突音が聞こえたところで、ハッと採石場の入り口に眼をやる。ブルーの動きに気づいたのか、レッドも同じ方向に眼をくれた。

 複数人の人たちが、こちらにむかっていた。カメラを持っている人までいる。聞こえてくる彼らの会話から、爆発音を聞きつけたのだと気づく。

「やばいっ、えり、いやイエロー、撤しゅ、うっ!?」

「ってなにその笑顔!?」

 撤収とレッドが言おうとしたところで、イエローが蕩けた笑顔を浮かべて、ブルーとレッドの方に駆けてくる。

「御主人様ァ~~~~~~~~~ンッ」

 イエローの痴態に、カメラマンたちが硬直していた。

 

******

 

 特訓が終わり、正気に戻った慧理那が、観束家のテレビで夕方のニュースを茫然と見ていた。ほとんど毎日やっていると言っていい、ツインテイルズ関連の報道がされている。

『御主人様ァ~~~~~~~~~ンッ』

「まあまあ。慧理那ちゃんったら」

 装甲をすべてパージし露出度最大状態になったテイルイエローが、眼を血走らせてテイルレッドとテイルブルーに迫るという映像を見て、母未春が困ったように笑っていた。思わず総二はため息をつく。

『しかし、このテイルイエローですが、ほんとうに大丈夫なのでしょうか?』

 リポーターが、なんとも言えない複雑そうな表情で言った。大丈夫というのは、なにに対してのものなのだろうか、となんとはなしに総二は思う。

『確かに心配ではありますが、テイルブルーとテイルレッドが、ちょっと特訓で興奮してしまっただけなので、あまり悪く言わないであげてください、と言い残して去っていったそうですので』

『はあ』

 イエローのことはそれっきりで、あとはレッドとブルーのことばかりだった。あえて触れないようにしているのが否応(いやおう)なくわかり、総二は(かぶり)を振った。

 眼を血走らせた露出度の高い女が、嬌声を上げてレッドとブルーに迫っていくなどというとんでもない映像が流れてしまったのだ。非難の声を向けられていないだけマシというものなのだろう、と総二は自分に言い聞かせるようにして思った。レッドとブルーがなにも言わなかったら、そうなっていたかもしれない。そんなふうにも思う。

「わ、わたくしっ」

 いまにも泣き出しそうなほど眼を潤ませた慧理那を、尊が優しく抱き締めた。

「み、尊っ、わたくしっ」

「お嬢様、いまはなにも言う必要ありません。泣きたければ、泣いていいんです」

「尊っ」

「慧理那さん」

「トゥ、トゥアールさんっ、わたくしは」

「わかります。わかりますよ」

 尊と慧理那を包むように、慈悲深い微笑みを浮かべたトゥアールが、二人を抱き締めた。

「わた、わたくしはっ、ヒーローにっ、皆さんを守り、皆さんに愛されるヒーローを目指して、や、やっとなれたと、思ってたのにっ」

「だ、大丈夫です、お嬢様はヒーローですから!」

「見られてぞくぞくしますもんね! 憧れのあの人に見られてるとか思っちゃうと、ますます興奮しますし! 興奮して脱ぎたくなっちゃったんですよね!?」

 涙で頬を濡らしていた慧理那の躰が硬直した。尊も顔を引き攣らせている。

『トゥアールッ!』

「待ってください、総二様、愛香さん。大事なことです」

『え?』

 さすがに看過できないと声を上げた総二と愛香に対し、トゥアールが一転して真面目な顔で答えた。トゥアールの言葉に、母以外の者がキョトンとした。

「ああ、なるほど。一応、特訓は成功したってことかしら、トゥアールちゃん?」

「ええ。皆さんの期待したかたちではなかったかもしれませんが、テイルギアの力を完璧に発揮するという特訓の目的は、間違いなく達成されました。慧理那さん。正直に答えてください」

「は、はい」

「気持ちよかったですよね?」

「っ!」

 慧理那が、躰を震わせた。恥ずかしそうに身を縮こませ、顔をうつむかせる。

 トゥアールが、辛抱たまらんとばかりに身悶えしはじめた。

「フォオオオオオオオオオオ、鎮まりなさい私の右腕っ、恥ずかしがってる慧理那さんめっちゃかわいいですけど、いまは我慢しなさい、ジャバウォックッ。さあ慧理那さん、恥ずかしがらずにっ!」

「言えるかああああああああああああああああああ!?」

 怒りの咆哮を上げた愛香が、クネクネして涎を垂れ流すトゥアールに組み付いた。

 愛香はトゥアールを上下逆さまにしながら、彼女の頭を肩口で支えて担ぎ上げるようにして抱え上げると、トゥアールの両足を掴み、跳躍した。

「あ、あの技は、五所蹂躙絡(ごどころじゅうりんがら)み!?」

「四十八の殺人技あああああああああーーーーーーーーーー!?」

 尊が驚愕し、トゥアールが謎の悲鳴を上げると同時、尻餅をつくようにして愛香が着地した。

「――――がはっ」

 愛香が、苦悶の声を洩らしたトゥアールから手を離す。トゥアールの躰が床に落ちていき、そのままダウンした。ゴングが鳴り響く錯覚を覚えながら、総二は今日何度目かわからないため息をついた。

「よかった、です」

「っ!?」

 小さな呟きに、総二は反射的に顔をむけた。慧理那が、モジモジとしながら、顔を真っ赤に染めていた。羞恥だけではなく、どこか悦んでいるようにも見える。尊が愕然とした表情で慧理那を見ているが、自分も同じような顔をしているだろうことは、鏡を見なくてもわかった。

「気持ちよかった、です」

「――――」

 慧理那のかすかな呟きに、総二は口から魂が抜けていくような感覚を味わった。意識が遠のきかける。

 まさか、このようなことになるとは思わなんだわ、という声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***おまけ(少々下品なので閲覧にはご注意ください。また、本編ではありません。多分)***

 ――輝き――

 

 ところで慧理那さん、とトゥアールに呼びかけられた。

「はい。なんでしょうか、トゥアールさん?」

「エクセリオンショウツの説明ですけど」

「え」

 ドキリ、と胸が鳴った。

「トゥアール。あんたね」

「えーと、その、戦闘には直接関係のない機能だし、わざわざ説明することはないだろ?」

 愛香と総二は難色を示していた。ドキドキと慧理那の胸が鳴り続ける。

「フフフフフ、直接関係ないと言えばそうかもしれませんが、無関係ということはありませんよね。それこそ心臓が飛び出るぐらいびっくりしたような時は、思わずやってしまうこともあるでしょう。ねっ、慧理那さん?」

「っ、は、はい、そうですわね!」

「え?」

「うん?」

「っ!」

 反射的に答えてしまい、ハッとする。

「ご、ごめんなさい、皆さん。今日はお(いとま)させてください。尊」

「わかりました、お嬢様。では、みんな、失礼する」

「それでは、また」

「あ、はい。また」

 改めてお辞儀をし、尊とともに帰宅の()()く。

 ばれてしまっただろうか。おそらく、トゥアールは気づいていたのだろう。羞恥に顔がどんどん熱くなってくる。

 エクセリオンショウツの機能。空欄になっていた理由がわかった。あれは確かに、説明として文書にしておくのは抵抗があるだろう。

 ブルーが巨岩を持って降りてきた時、潰されると思った。それが目前で止まり、腰が抜けてしまった時、やってしまったのだ。

 しかし特に濡れもしなかったことから、ふっとあることが頭に浮かんだ。これが、エクセリオンショウツの機能だったのかと。

 恥ずかしい。穴があったら入りたいほどに恥ずかしい。だけどなぜだろう。

 不思議な気持ちよさが、慧理那の中にあった気がした。

 

 




 
解き放たれたものは、いろいろヒドイものだったという話。
テイルイエロー覚醒。ようやくここまで来ました。
テイルイエローにはアギトとキバの曲が似合う気がする。気がするだけかもしれない。とりあえず絵面はだいぶ、っていうか限りなくヒドイものができるとは思う。
しかし五、六十メートルの岩塊に潰される時の衝撃力ってどれぐらいあるもんなんだろうか。


先輩。
『会長』よりは距離が近づいてる気がしないでもなくもない。

ジャバウォック(魔獣)。
ほかに『騎士』『白兎』『ハートの女王』がいる、わけではない。多分。

カーフ・ブランディング。
直訳で『仔牛の焼き印押し』。
背後から相手の頭を掴み、片膝を後頭部に当てた状態で前方に倒れこむことで相手の頭をマットに叩きつける荒技。バランスをとるのが難しく、いろんな意味で危険な技。

テキサス・クローバーホールド。
和名は『四つ葉固め』。『テキサス式四つ葉固め』などとも呼ばれる。
仰向けにした相手の片足を脇に抱え、もう片方の足のすねを脇に抱えた足の膝裏に当てるようにして通し、相手の太腿の上でクラッチ。そのまま相手を跨ぐようにしてうつぶせにし、そのまま逆エビ固め(ボストンクラブ)のように絞り上げる。文字にすると説明がしにくい。


相手の頭を左腕で捕獲。同時に頭を相手の左肩下に潜りこませる。
両腕の絡みを強固にして、大地の巨木を引き抜く心構えで敵の躰を高くさしあげる。そして、両内腿を押さえ、相手の自由を奪ってしまう。
このまま鷹のごとく高く舞い上がり、稲妻のごとき勢いで敵をマットに叩きつければ、首、背骨、腰骨、左右の大腿骨の五ヵ所が粉砕される。
これぞ、四十八の殺人技のひとつ、『五所蹂躙絡み』。
またの名を、『キン肉バスター』という。
『二世』で『キン肉族』四十八の殺人技になっていたのはなぜなんだ。
 


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2-17 戦場へ

 いつも使っている大会議室とは違う、こぢんまりとした小会議室で、スパロウギルディはリヴァイアギルディとクラーケギルディを待っていた。ふたりに、話したいことがあるのだ。普段使う大会議室でなく小会議室を選んだのは、なるべく秘密にしておきたい話だったためだ。

 到着を告げる音が鳴り、部屋の前の廊下を確認するためのモニターに、リヴァイアギルディの姿が映った。

『来たぞ、スパロウギルディ』

「はっ。どうぞ中へ」

 聞こえてきたリヴァイアギルディの声に答えると、扉が開いた。

「用とはなんだ、スパロウギルディ?」

「話したいことがあるということだったが?」

 リヴァイアギルディとクラーケギルディが、連れ立って会議室に入ってきた。連れ立ってと言うよりは、たまたまタイミングが一緒になっただけなのだろうが、そこは別にどうでもいいことでもある。

 立ち上がり、礼をする。

「はっ。御呼び立てして申し訳ありません。おふたりに、見ていただきたいものがございます」

「見ていただきたいもの?」

「はい。まずはお掛けください」

 ふたりが椅子に座り、続けて椅子に座ったスパロウギルディに視線をむけてきた。頷き、話をはじめる。

「おふたりは、『トゥアール』というツインテールの戦士をご存知でしょうか?」

 ふたりが、考えこむそぶりを見せた。

 少しして、リヴァイアギルディが口を開いた。

「確か、ドラグギルディと対等に闘った戦士だったか。ドラグギルディが勝利こそしたものの、結局ツインテール属性を奪うことはできなかったと聞いているが」

「ふむ。聞き覚えがあると思ったら、その戦士のことか。あのドラグギルディがツインテール属性を奪えなかったと、組織の間でもひと時、噂になっていたな」

「その『トゥアール』がどうしたというのだ、スパロウギルディ?」

「まずは、こちらをご覧ください」

 言って、モニターに映像を映し出した。

「む」

「ほう」

「これは、その『トゥアール』という戦士の映像です」

 クラーケギルディが不機嫌そうな声を洩らし、リヴァイアギルディが感嘆の声を洩らした。映像に映し出されたのは、『トゥアール』の巨乳を含む、『ギア』を纏った彼女の躰の映像だった。複数映し出されているそれらは、さまざまな角度から撮られてはいるが、エレメリアンにとって最も重要な箇所であると言える髪は、いまはあえて映さないようにしていた。

「スパロウギルディ。これは、私への嫌がらせか?」

「め、滅相もございませぬ。ただ、これを見て、なにかに気づきませぬか?」

「なに?」

 睨みつけてくるクラーケギルディに答え、(うなが)す。クラーケギルディは嫌そうな顔を隠そうともせず、映像をまじまじと見つめ、なにかに気づいたような仕草を見せた。

「姫、テイルブルーのものに似ているな」

「クラーケギルディ、眼が腐ったか。この神の恩(ちょう)を受けた巨乳と、神に見放されたと思わしき、憐憫(れんびん)の情すら湧かせるあの貧乳が似ているだと?」

「なんだと。ただ大きいだけで、品性の欠片も感じさせぬ巨乳を神の恩寵と言うか。貴様こそ、その眼は節穴(ふしあな)か?」

「なに?」

「ふん。貴様こそ、よく見てみろ」

 クラーケギルディが吐き捨てるように言うと、リヴァイアギルディが顔をしかめながらも映像を再び見た。

「――――胸もとのスリット。似ているというのは、衣装のかたちか」

 少しして、ふと気づいたようにリヴァイアギルディが言った。

「はい。全体の細部は違うようにも見えますが、特徴は一致しています」

「あの美しき貧乳とは似ても似つかぬ下品な乳のせいで、気づくのが少々遅れてしまったな」

「巨乳を強調するための胸もとのスリットが、貧乳のせいで無意味なものとなっていたのでな。あまりの不憫さに、結び付けるのを無意識にためらってしまったようだ」

 再び、ふたりが睨み合った。

「それを踏まえて、こちらをご覧ください」

 なにも言わずに次の話、本題に進む。なにかと衝突するふたりではあるが、脱線しきる前に戻ってきてくれるふたりではある。下手に介入するよりは、別の話を提供する方がいい。

 映さないようにしていた『トゥアール』の、髪型をモニターに映した。

「む?」

「なに?」

 ふたりが、不可解そうな反応を見せた。それも無理はないだろう。

 映像の『トゥアール』は、その長い髪を、真っ直ぐにおろしていた。

「ツインテールではない、だと?」

「どういうことだ。奪えなかったのではなかったのか?」

「少なくとも、我らは奪えませんでした。だからこそ、彼女の映像が残っているのです」

 侵略する世界のツインテール戦士は、写真や映像を記録しておく。目的は、その戦士の分析や鑑賞などさまざまだ。だが侵略が完了し、その戦士の属性力(エレメーラ)を奪ったあとは、それらの記録は封印、場合によっては消去することがほとんどだった。

 ツインテール属性を奪われた者は、ツインテールではなくなる。だがそれは、本人の肉体に限った話ではない。写真や映像に対してもだ。時間に干渉しているのか、その『映っている誰か』に宿っている属性力(エレメーラ)が影響を及ぼすのかははっきりとわかっていないが、そうなるのだ。

 時間、少なくとも過去に干渉しているわけではないのではないか、と言う者もいる。未来の属性力(エレメーラ)が過去に干渉するのなら、ツインテールにした者がいなくなるだろう、と。いずれにせよ、属性力(エレメーラ)にはいまだ謎が多く、こういった疑問の種は尽きなかった。

 記録を消去するのは、ツインテールでなくなった者たちの記録を残していても意味がない、という理由だった。だがひょっとしたら、自分たちが奪ったという罪から眼を逸らしたいと、無意識に思ってのことなのかもしれない。

 リヴァイアギルディが、むう、と唸った。

「ならば、アルティメギルに属さぬ何者かが奪ったか?」

「しかし、かのドラグギルディで奪えなかったものを奪うとあらば、並大抵の腕ではないぞ。アルティメギルに属さぬエレメリアン、あるいは属性力(エレメーラ)を狙う何者かが、すでに属性力(エレメーラ)を狩り尽くされた世界にわざわざ来て、『トゥアール』と出逢い、彼女を倒して属性力(エレメーラ)を奪う。ないとは言い切れぬが、考えにくいこととも思う」

「なら、本人が自ら手放したとでも」

 そこでふたりが、なにかに気づいたように言葉を止めた。

 クラーケギルディが口を開く。

「ドラグギルディと対等に闘うことのできる強さを持っていた戦士、『トゥアール』」

「その『トゥアール』に勝るとも劣らぬとされる強さを持ち、彼女が纏っていた物と(こく)()した『ギア』を纏うテイルブルー。その彼女と同等の力を持つテイルレッド」

「そして、ツインテールでなくなっている『トゥアール』の映像」

「スパロウギルディ。おまえが言いたいのはこういうことか。『トゥアール』は、自らのツインテール属性を使って、テイルレッドの『ギア』を作ったのではないか、と?」

「はい。確たる証拠などなにもない、妄想と言われても否定できない思いつきではありますが」

「確かにな。証拠などどこにもない。だが、それを否定できる根拠も同じく、ない」

 クラーケギルディが言い、リヴァイアギルディも頷いた。

「もうひとつ気になるのは、テイルイエローのことです。いえ正確には、彼女が纏っていた『ギア』のことですが」

「彼女の『ギア』に、ドラグギルディのツインテール属性が使われているのではないか、ということか?」

 言ったのは、リヴァイアギルディだった。

「はい。『トゥアール』が自らのツインテール属性を使って新たな『ギア』を作った、という推測が正しければ、新たにドラグギルディ様のツインテール属性を使って作りあげても、なんらおかしくないのではないかと」

「ドラグギルディが敗れてひと月足らず。作りあげるのにどれだけの時間がかかるのかはわからぬが、あり得る話だろうな」

 淡々とクラーケギルディが言った。

 エレメリアンの核である属性玉(エレメーラオーブ)を使い、新たな力とする。なんとも言えない気持ちが、胸にあった。

 怒りや憎しみといったものではなかった。ただ、ドラグギルディが(のこ)したものが、人の力となってスパロウギルディたちの前に立ち塞がる。いやドラグギルディだけではない。これまで散っていった同胞たちも、ツインテイルズは自らの力としている。力を利用していると言えばその通りだが、見方を変えれば、彼らはかたちを変えて生き続けているのかもしれない。そのことに、なんとも複雑な気持ちがあった。

「まあ、なにを言おうと、人類からしてみれば俺たちは侵略者だ。敗れた以上、なにをどう使われても文句など言えんだろう」

「ドラグギルディ様は、満足して()かれたと思われますか?」

 スパロウギルディの口を()いて、そんな言葉が出ていた。

 リヴァイアギルディはじっとスパロウギルディを見つめ、やがて口を開いた。

「思う」

「なぜ、そう思われますか?」

「あれだけのツインテールを持った二人だ。さらにはあの強い意志。あれだけの戦士と闘えたのなら、戦士としても、ツインテールを愛する者としても、思い残すことはあるまいよ」

「クラーケギルディ様は、いかがでしょうか?」

「リヴァイアギルディと同じ答えになるのは(しゃく)だが、私も同じだ。闘ったのはわずかな時間ではあったが、彼女たちは立派な戦士だと言い切れる。もし敗れたら、力を貸してやるのもやぶさかではない、と思えるぐらいにはな」

 スパロウギルディの内心を見抜いたかのようなクラーケギルディの言葉に、スパロウギルディは眼を閉じた。

 スパロウギルディ自身、ふたりと同じ考えだった。あえて聞くことではなかったはずだ。それでも、こんなことを訊いたのは、納得したかったからなのだろうか。そんなことを思う。

「スパロウギルディ。ほかに、このことを知っている者は?」

 リヴァイアギルディが訊いてきた。眼を開き、顔をむける。

「おりませぬ。『トゥアール』のことが気になり、個人的に調べていた時、これを見つけたのです」

「そうか。部下たちに話すつもりは?」

「それについてご相談させていただきたいと思い」

 リヴァイアギルディが軽く手を挙げ、スパロウギルディの言葉が自然と止まった。

「スパロウギルディ、俺たちの意見はあとにしろ。おまえ自身は、どう考えているのだ?」

 真っ直ぐに見つめられ、なにかに包まれているような気持ちになった。戸惑いながら、思わずクラーケギルディの方を見ると、同じように彼も見つめていた。

 なにかを試されている。そう思うとともに、いまの自分の立場を思い出した。

 いまの自分は、ドラグギルディとタイガギルディに、あとを任されているのだ。

 大きく息を吸い、吐いた。真っ直ぐにふたりを見返し、口を開く。

「ありませぬ。困惑させるだけの結果になりましょう」

 スパロウギルディの言葉に、ふたりが満足そうに頷いた。

「おふたりは、いかようにお考えですか?」

「俺も同意見だ。おまえはどうだ、クラーケギルディ?」

「愚問だな。そもそも話すことに(えき)がない。聞いてなにが変わる話でもない。部下たちを(いたずら)に困惑させるだけの結果になるだろう。ならば、話すことはあるまい」

「はい」

 三人で頷き合い、その話はそこで終わった。

 リヴァイアギルディが口を開く。

「話とは、これで終わりか、スパロウギルディ?」

「いえ、次の出撃者の話もしようと思っておりましたが」

「そうか。ちょうどいい」

 クラーケギルディが、静かに言った。

 不意に、ドラグギルディが出撃した時のことを思い出した。

 まさか、とふたりの顔を見る。

 リヴァイアギルディが(つか)()、眼を閉じ、開いた。

「俺たちは、いや俺とクラーケギルディは、いまからツインテイルズとの再戦にむかう」

 予感が、当たった。衝撃はなかった。やはり、という思いがあった。

「理由をお聞きしても、よろしいでしょうか?」

「これ以上、部下たちを出すことに意味がない。テイルイエローはあのざまではあったが、なにかきっかけがあれば、おそらくテイルブルー、テイルレッドと同等の戦力を備えることになるだろう。そう思わせるツインテールだ」

 答えたのは、クラーケギルディだった。

「真の力を発揮する前に片をつける、ということですか?」

「そうだ。正直なところ一介の戦士としては、惜しいと思わなくもないがな」

 今度はリヴァイアギルディが答え、クラーケギルディが同意するように頷いた。

 隊長として守るべき一線がある、ということなのだろう。ドラグギルディもそうだった。

「クラーケギルディ。ひとつ訊いておきたいことがある」

「なんだ?」

「先日の、フェンリルギルディへの伝言のことだ。なぜあんなことを?」

 ふん、とクラーケギルディが鼻を鳴らした。

「なぜそのようなことを訊く、リヴァイアギルディ?」

「俺もフェンリルギルディのことは少々気になったのでな。話す気がないというのなら、それでも構わん」

「貴様がスワンギルディに眼をかけたのと一緒だ」

「なに?」

 クラーケギルディが、(かぶり)を振った。

「若く、増長している部分はあったが、根底にあったのは、己の属性に対する愛と、その属性に対する周りの反応への反(ぱつ)だ。方向性こそ違えど、スワンギルディと同じく純粋と言えるものがあった。もしも、やつを正しく導ける師や、ぶつかり合える友でもいれば、どれだけの高みに至っただろう。そう思わせるものがあった」

「だが、そうはならなかった」

「そうだ。己の属性への愛と、周りへの反撥によって、その純粋さは歪んだものになってしまった。惜しい、と思った。あの程度の言葉でなにが変わるとは思えなかったが、なにかを伝えずにはいられなかった」

 これで終わりだ、とばかりにクラーケギルディが手を振った。

「そうか」

 それで納得したのか、リヴァイアギルディはただ、それだけ言った。

 リヴァイアギルディが(かぶり)を振り、スパロウギルディにむき直った。

「スパロウギルディ。俺とクラーケギルディが敗れた時、残った部隊はおまえがまとめろ」

「なにをおっしゃられます。おふたりが敗れるなど」

「負けるつもりはない。だが、ツインテイルズは強い。なにより、戦なのだ。最悪の状況を想定しておくのは当然のことだ」

 厳しいながらも、穏やかさすら感じさせる声だった。

 言わんとすることはわかる。混乱を避けるためにも、引き継ぎに関することは事前に行なっておくべきなのもわかる。ツインテイルズが、それだけの難敵であるということも。

「しかしリヴァイアギルディ様、いま私は確かにドラグギルディ隊、タイガギルディ隊をまとめてはおりますが、力そのものはさしたるものを持っておりませぬ。おふたりの部下の中にならば、私よりも強い者がいるはずでは」

「そうだな。確かにおまえは弱い。だが、あの中で俺たちの睨み合いに割って入ったのは、おまえだけだった」

「強さだけが、隊をまとめる資質ではない。貴様になら、任せられる」

「クラーケギルディ様」

 うつむき、少しだけ眼を閉じると、スパロウギルディは顔を上げ、ふたりの顔を見た。自然と、姿勢を正していた。

「かしこまりました。謹んで拝命いたします」

「うむ」

「頼んだぞ。俺たちが帰ってきたら、馬鹿なことを言ったものだと、笑ってくれていい」

「はい。その時を楽しみにしております」

 スパロウギルディが笑うと、ふたりも笑った。穏やかな笑みだった。

 ふたりが席を立ち、スパロウギルディも立ち上がった。去って行くふたりに、スパロウギルディは礼をし続けた。

 

 

 転送ゲートのある場所にむかい、歩き続ける。隣を歩くクラーケギルディに眼をむけることはなく、会話もない。クラーケギルディの方にも、そんな気配はない。

 ふたりで闘いにむかうのではない。それぞれが、ツインテイルズとの闘いにむかう。それが同時であるだけに過ぎない。言葉遊びかもしれないが、それが自分たちの関係なのだ。

「リヴァイアギルディ殿、クラーケギルディ殿!」

 聞き覚えのある声とともに、ひとりのエレメリアンが駆けてきた。

「スワンギルディ」

「なんだ、若造。俺たちになにか用か?」

「闘いに、むかわれるのですか?」

 ちょっとだけ威圧するように言ったリヴァイアギルディに、スワンギルディは臆した様子もなく返した。声には、確信があった気がした。

「そうだ。スパロウギルディから聞いたか?」

「いえ。なにか、張り詰めた気をどこからか感じた気がしましたので、まさかと思い」

 ほう、とクラーケギルディが感心したように声を洩らした。リヴァイアギルディも、表に出さないようにして感心する。

「ふん。気を感じたとは、若造の分際で大層なことを言うものだな?」

「ですが、そうとしか言えないのです」

「まあいい。それで、用はなんだ?」

「私も、連れて行っていただけないでしょうか?」

 ピクリ、とクラーケギルディが反応した。リヴァイアギルディも思わず、躰に巻きつけていた触手に力を入れていた。

「なぜ、わざわざおまえなどを連れて行かねばならん?」

「っ」

 さっきよりずっと強く威圧すると、スワンギルディがたじろいだ。だがそれも一瞬のことで、リヴァイアギルディの気を()ねのけるように一歩踏み出してきた。見上げるようにして、リヴァイアギルディの眼を真っ直ぐに見返してくる。

「お願いします。おふたりとツインテイルズの闘いを、この眼で見届けたいのです。決して、闘いの邪魔はいたしません。どうか、なにとぞ」

 スワンギルディが、頭を下げた。リヴァイアギルディは視線だけをクラーケギルディに送る。

 ふん、と鼻を鳴らし、クラーケギルディがそっぽをむいた。好きにしろ、と言いたいようだった。視線を、頭を下げたままのスワンギルディに戻す。

 もしも、リヴァイアギルディたちとともに闘うためにと言っていたら、リヴァイアギルディは問答無用で張り倒すつもりだった。スワンギルディの才は確かに底知れないものを感じさせるが、いまはまだ未熟きわまりない。ツインテイルズと闘ったとして、数合()たずに敗れるだろう。単純な力が足りてないのだ。

 だが、見届けるだけならば。

 リヴァイアギルディたちの闘いを見て、なにかを掴んで貰えるというのであれば、こちらとしても喜ばしいことだ。リヴァイアギルディたちの勝敗に関係なく、スワンギルディが成長するための(かて)となるならば、それは決して無駄にはならない。

 しかし、闘いの余波に巻きこまれる可能性はある。

 いや、それで死ぬのなら、そこまでの男だ。リヴァイアギルディはそう思い定めた。

「先に言っておくが、連れて行ったとしても、俺たちはおまえを守ったりはせん。流れ弾も気にせぬ。自分の身は自分で守れ」

「はい」

 スワンギルディが、顔を上げて言った。

「テイルブルー、テイルレッドだけでなく、テイルイエローなどが参戦しても、おまえは手を出すな。いいな?」

「はい」

 一瞬、迷ったようだったが、スワンギルディは素直に頷いた。

「もし万が一、俺たちが危機に陥ったとしても、決して手を出すな。それは、俺たちの闘いを、(けが)すことだ」

「おふたりが危機に陥るなど」

「返事はどうした?」

 スワンギルディの言葉を遮り、眼を真っ直ぐに見つめる。

「――――はい」

 迷いを振り切るように、スワンギルディが頷いた。

「最後に。もしも俺たちが敗れた場合、(すみ)やかに撤退しろ」

 スワンギルディの眼が揺れた。今度はなにも言わず、スワンギルディをじっと見つめる。リヴァイアギルディの眼から逃げるようにスワンギルディがうつむき、拳を震わせた。

 数秒経ち、スワンギルディが、顔を上げた。

「はいっ」

「わかっているな。どれだけやつらが消耗していたとしても、決して手出しするな」

「心得ております。おふたりの闘いを、誇りを穢すような真似は、決していたしません」

 スワンギルディの返事に、リヴァイアギルディは頷いた。視界の端で、クラーケギルディも頷いていた。

「よし。だが、テストはさせて貰う」

「っ、はい」

 スワンギルディが、わずかに躰を震わせた。

 スワンギルディは以前『エロゲミラ・レイター』を受け、越えることができなかったと聞いている。それを思い出したのだろう。

 しかし眼の光は、強いものだった。乗り越えてみせるという決意が、見てとれた。

「俺がここに来た時に行なった、おまえとの勝負。憶えているな?」

「はい。リヴァイアギルディ殿の槍を躱せたならば、というあれのことでしょうか?」

「そうだ。俺の槍が見切れたならば、今回の闘い、おまえを連れて行ってやろう」

「はい」

「好きな間合いをとれ。どこでも構わん」

「はっ!」

 あの時と同じことをリヴァイアギルディが言うと、スワンギルディがあの時と同じ距離をとった。

「その距離でいいのか?」

「はい」

「ふん。また、舐められたものだな」

「違います。私は、リヴァイアギルディ殿たちの期待に応えたいのです」

「むっ」

「ほぉ」

「あの時、私はなにも見えていませんでした。あの時より、ほんの少しであっても成長しているのだと、見ていただきたいのです」

「だからといって、その距離か。心意気だけでどうにかなると思っているのか?」

「してみせます」

 一片の迷いも感じさせないその返事に、躰が震えそうになった。怒りではない。歓喜だった。

 クラーケギルディが、声を出さずに笑っているのがわかった。リヴァイアギルディも思わず笑ってしまいそうだったが、それは押し留めた。

 エレメリアンは、精神そのものの存在。心が強くなれば、それだけ強くなれる。

 だが精神を鍛えるというのは、簡単なものではない。口だけが強く、心が弱い者はどこにでもいる。

 目の前の若武者は、確かに未熟だ。だがその芯に、確固たるものが見える。計り知れない(うつわ)が感じられる。

 この男は、強くなる。それが、言葉ではなく、魂で感じられたがゆえの歓喜だった。

 ドラグギルディ。おまえは、ほんとうによい弟子を持ったな。

 世界に還った友に、リヴァイアギルディは声に出さず語りかけた。

 

***

 

 この間も現れたカブトムシが、部室で待機していた総二たちの前に現れた。カブトムシだけでなく、青いクワガタムシのような物体もいた。なんで増えてるんだとツッコミたくはあったが、いま気にしている場合ではない。

「この属性力(エレメーラ)。リヴァイアギルディとクラーケギルディが現れたようです」

 端末を操作し、確認したトゥアールが、総二と愛香を見て言った。

「慧理那先輩は?」

 愛香の問いに、トゥアールが首を横に振った。

 あの特訓のあと、慧理那は部室に来ることもなく、声をかけても会釈を返してくる程度で、すぐに立ち去って行くばかりだった。

 テイルブレスは身に着けているため、ツインテイルズを辞めたいというわけではないのだと思う。ただ、あんなことになってしまったために、どう受け入れていいのか自分でもわからないのだろう。正直に言えば、総二としてもどう受け止めていいのかわからない。とりあえず、また暴走されると困るので、呼び捨てにするのは一旦やめるべきだろうか、などと思った。

 ともあれ、無理()いすることはできない。いまは、総二たちだけで出るしかない。

「愛香、いけるか?」

「大丈夫。リヴァイアギルディは、あたしに任せて」

「ああ、頼む。クラーケギルディは、俺に任せておいてくれ」

「うん」

 触手への恐怖はまだあるのだろう、愛香の声はかすかに震えていた気がしたが、そこには触れなかった。任せてと言われたのだ。愛香のことを信じて、自分のやるべきことを果たすだけだ。

 一旦、自宅の地下基地に移動し、コンソールルームに入った。トゥアールがシートに座り、操作する。

「映像、映します」

 トゥアールが言うと同時、モニターに映像がいくつか現れた。いるのはリヴァイアギルディとクラーケギルディだけで、戦闘員(アルティロイド)の姿は見えない。場所は、どこかの工場のように見えるが、建物も床も、ところどころがボロボロだった。

「市街地から離れた廃工場ですね。周辺は荒れ地で、人が来ることはまずありません」

「ここなら全力でやれる、ってことか」

「おそらく、そういうことでしょうね」

 本気は出せても全力は出せん、というリヴァイアギルディの言葉を思い出しながら言うと、トゥアールが頷いた。

 ドラグギルディと闘った時のことを思い出す。周囲への被害のこともそうだが、二対一でありながら、紙(ひと)()の勝利だった。今度は、一対一の闘いとなるだろう。クラーケギルディの触手が下手に愛香の視界に入ったら、彼女に隙が生まれる可能性がある。連携は考えないで闘った方がいい。

「大丈夫です。お二人とも、ドラグギルディと闘った時より強くなってます」

「ああ。そうだな」

「うん。絶対に負けない」

 慧理那が、イエローがブルーの援護に入ってくれれば、という思いはあるが、それは口にしなかった。それはきっと、愛香もトゥアールも同じだ。ただ、慧理那のことを信じている。

「あれっ?」

 なにかに気づいたように、愛香が声を上げた。

「どうしました、愛香さん?」

「いや、これ」

 愛香が、モニターに映し出された映像の内のひとつを指差した。高い煙突の上に人影、いやエレメリアンの姿があった。いつも戦闘員(アルティロイド)が構えている物と同じカメラを持っている。

(ふく)兵、でしょうか?」

「うーん。でも、あいつらがそんな真似するかな?」

「それに、伏兵だとしたら、堂々とし過ぎてるわよね」

 エレメリアンは、落ち着き払った様子で辺りを見ていた。伏兵だとしたら、普通は見つからないように息を潜めているものだろう。

「カメラ持ってるし、モケーの代わりの撮影係とかかしら?」

「まあ、そんなところですかね」

「そうだな」

 愛香の言葉に二人で納得し、もう一度全部の映像を見る。ほかに、特別気になるものはなかった。

「このエレメリアン、どうする?」

 カメラを持ったエレメリアンを見ながら、愛香が改めて言った。

 ちょっとだけ考え、答える。

「放っておいていいんじゃないか。リヴァイアギルディとクラーケギルディを相手にする以上、力の消耗はなるべく抑えておきたいし」

「それはそうだけど」

「あいつらのことだから、横槍とかはさせないだろ」

 確信を持って、総二は言った。

 正々堂々をよしとする連中であることは、疑いようがない。それは、先日闘った時の彼らの言動で、充分わかっていることだ。ドラグギルディでも同じようにするだろう。

 愛香は少し迷った様子だったが、やがて頷いた。

「まあ確かに、余計なことに気を取られて勝てる相手じゃないしね」

「そうですね。それにしても、煙突、ですか」

「どうした、トゥアール?」

「いえ、なんでもありません」

 トゥアールの言葉に、ちょっと首を傾げた。

 高い煙突はもう何本か見受けられたが、エレメリアンが乗っているのは、リヴァイアギルディとクラーケギルディがいる場所からは遠めだ。それだけに、戦場を余すことなく見通せる場所だろうと思う。なにか気になることでもあったのだろうか。

 トゥアールの反応は少し気になったが、いまは闘いに行く時だ、と意識を切り替えた。

『テイルオン!』

 同時に変身したブルーと視線を交わし、頷き合う。

「よし、じゃあ、行こう」

「うん」

「お二人の勝利を、いえ、みんなで、勝ちましょう!」

「おう!」

「ええ!」

 トゥアールの言葉に応え、レッドたちは駆け出した。

 

***

 

 張り詰めた気が、あたりに漂っている。じっと(たたず)むリヴァイアギルディとクラーケギルディを見て、スワンギルディはそんなふうに感じた。

 緊張を感じるとか、そんな意味ではない。抑えきれない覇気が、ふたりから(にじ)み出ている。その気は、解き放たれるその瞬間を、いまかいまかと待ち焦がれているように思えた。

 リヴァイアギルディによるスワンギルディのテストは、なんとか合格した。しかしリヴァイアギルディの槍を完璧に見切れたとは、到底言えない。

 一秒が永遠にも感じられるほどの集中を発揮して、かろうじて一撃を避けることができただけだ。もしも二撃目が放たれていたら、ただ貫かれるだけの結果に終わるだろう。それが、リヴァイアギルディたちとの実力差、ひいてはツインテイルズとの差だ。

 以前リヴァイアギルディとクラーケギルディが出撃し、ツインテイルズと少しばかり立ち合った時の映像を見た。お互い、周りに被害を出さないように力を抑えていながらも、スワンギルディにはとてもついていけそうにない闘いだった。

 スワンギルディがやっとのことで避けた槍と、テイルブルーは真っ向から撃ち合っていた。スワンギルディではとても凌げそうにない、クラーケギルディの触手と剣に対し、テイルレッドは正面からぶつかっていた。

 いまのスワンギルディの力は、その程度でしかない。そんな自分が、リヴァイアギルディとクラーケギルディの加勢など、おこがましいにもほどがある。そう自分に言い聞かせる。

 自分たちが敗れたら、というリヴァイアギルディの言葉を聞き、ドラグギルディのことを思い出した。

 負けるはずがないと思っていたドラグギルディを破った、ツインテイルズと闘うのだ。ふたりの勝利を信じている。しかしそんな思いとは関係なく、ふたりが敗れることもあり得るのが、闘いというものなのだ。闘う以上、死ぬ可能性は必ずある。わかっていながらも、それから眼を(そむ)けたかったのだ。リヴァイアギルディに、それを見抜かれた気がした。

 そのような心では、駄目なのだ。

 スワンギルディがやるべきことは、この闘いから一瞬たりとも目を離さないこと。闘いを見届けること。すべてを、スワンギルディが成長するための糧とすること。いつか、リヴァイアギルディ、クラーケギルディ、そしてドラグギルディを超えるために。

 きっとそれが、リヴァイアギルディとクラーケギルディがスワンギルディに望んでいることなのだと、スワンギルディはそんなふうに感じた。

「っ」

 リヴァイアギルディとクラーケギルディの空気が、変わった。少し距離を離し、互いに相手を気に留めていないふうにしていたふたりが、同じ方向を見た。スワンギルディもその方向にむき直る。なかなかに高い煙突の上ではあるが、特に恐怖などはない。平衡感覚には自信があるし、万が一、足を踏み外して地面に落ちたとしても、属性力(エレメーラ)を伴わないただの物理的な衝撃など、エレメリアンにとってはそよ風のようなものだ。そもそも、この程度の高さなら問題なく着地できる。

 じっと見る。少しして、なにか近づいてくる気配を感じた。強いツインテール属性。ツインテイルズだ、とスワンギルディは思った。

 スワンギルディの考えを肯定するかのように、こちらにむかって飛んで来る影が見えた。青いツインテールの少女が、赤いツインテールの幼女をぶら下げるようにしている。間違いない。テイルブルーとテイルレッドだ。

 二人は、チラッとスワンギルディの方を見たが、すぐに下の方に視線を落とした。そのまま降下し、リヴァイアギルディとクラーケギルディの前に、やや距離を置いて着地した。

「来たか、ツインテイルズ」

 最初に口を開いたのは、リヴァイアギルディだった。これぐらいの距離なら、カメラの集音機能で問題なく拾える。映像も記録してあるが、見ることに関しては、スワンギルディ自身の眼で見ていた。そうするべきだ、と思うのだ。

 クラーケギルディが、(うやうや)しく礼をした。

「姫。先日は見苦しい真似をして申し訳ありませぬ。しかし、私の気持ちは変わりません。今日こそは」

 テイルレッドが、テイルブルーを(かば)うようにして前に出た。クラーケギルディとテイルレッドの間の空気が、(きし)んだような気がした。距離はそれなりにあるというのに、スワンギルディは圧倒されるような気を感じた。

「やはり邪魔をするか、テイルレッド」

「当然だろ。ブルーは、俺が守る」

「そうか。いや、そうでなければな」

 テイルレッドが静かに、しかし力強く言うと、クラーケギルディが愉しそうに笑った。

「ところで、あそこにいるエレメリアンは、なんなわけ?」

 テイルブルーが、視線をスワンギルディの方にむけて言った。

「見届け人だ。手出しは無用と伝えてある。俺たちがもし敗れても、なにもせずに帰れ、ともな」

 リヴァイアギルディが答え、全員がスワンギルディに視線をむけてきた。スワンギルディは、ただ頷いた。四人の視線が、戻った。

「わざわざ言うことでもないが、あいつに気遣う必要はない。流れ弾でも戦闘の余波でも、死ぬのならばその程度の男だ。全力で来い、ツインテイルズ」

「言われるまでもないわね。侵略者に気を遣う気なんて、こっちにはないのよ」

「ふん。威勢がいいな。今日は、情けないところを見せてくれるなよ、テイルブルー?」

「当たり前よ」

 テイルブルーの声はわずかに震えていた気がしたが、臆した様子はなかった。恐怖を撥ねのけるような、強い意志が感じられた。

 先日のリヴァイアギルディとの闘いで判明したテイルブルーの弱点、触手。クラーケギルディがその身に備えた無数の触手を展開したのを目にした彼女が、幼い少女のように怯えていたのは記憶に新しい。そのあとのリヴァイアギルディとの闘いでも、クラーケギルディのものとはまた違うが触手を目にしたことで、最初の頃は普段とはほど遠い動きになっていた。

 恐怖を完全に(ぬぐ)い去ることは、いまだできていないのだろうが、逃げることをよしとしないのは、やはりテイルレッドとの絆ゆえか。そんなことを思う。

「ところで」

 リヴァイアギルディが、辺りを見渡した。

「テイルイエローは参戦せず、か。あの巨乳をこの眼で見ておきたかったのだがな。まあ、力を使いこなせぬようでは、それも仕方ないだろうが」

『あー』

 ちょっと残念そうなリヴァイアギルディの言葉に、テイルレッドとテイルブルーが気まずそうに声を洩らした。

「なんだ?」

「ふむ。少なくとも、力を発揮できるようにはなったのかな?」

 リヴァイアギルディが(いぶか)しみ、クラーケギルディがちょっと考えるそぶりを見せ、問いかけた。問いというよりも、確認するような言い方だった。テイルレッドとテイルブルーが気まずそうな表情で顔を見合わせる。

 リヴァイアギルディが、愉しそうにニヤリと笑った。

「ほお。しかしこの場に姿を現さないということは、どこかから俺たちを狙っている、ということか。別に構わぬぞ。それこそ伏兵だろうがなんだろうが、どんな手でも使ってこい」

「いや、まあ、なんていうか」

「ねえ?」

『――――?』

 テイルレッドとテイルブルーは、なんとも複雑そうな表情だった。なんと説明してよいのやら、とでも言いたげな雰囲気で、リヴァイアギルディとクラーケギルディが首を傾げた。

 とにかく、とテイルブルーが槍を手に持った。

「いまはあたしたちが相手よ!」

「そ、そうだ。とにかくクラーケギルディ、おまえは、俺が斃す!」

 テイルブルーに続いて、雄々しく言ったテイルレッドが剣を取り出し、構えた。

「ヒンッ。まあいい。確かに、貴様と決着をつけなければな、テイルレッド!」

「キョッ。よかろう。今度こそ俺とおまえ、どちらの槍が上か。雌雄を決するとしようか、テイルブルー!」

 テイルレッドが、テイルブルーと離れるように大きく横に跳び、剣を抜いたクラーケギルディがそれを追った。

 テイルブルーが槍を構え、対峙するリヴァイアギルディが、躰に巻きつけていた触手をほどき、腕を組んで仁王立ちとなった。

 二対二ではない。クラーケギルディ対テイルレッド。リヴァイアギルディ対テイルブルー。そんな様相だった。

 見届けるのだ。この闘いを。

 スワンギルディは改めてそう思い定めると、じっと戦場を見続けた。

 




 
 ――次回予告――

 テイルブルーとリヴァイアギルディ、テイルレッドとクラーケギルディの闘いがはじまった。槍の闘いでは分が悪いと見たテイルブルーは、リヴァイアギルディの懐に奇襲で飛びこみ接近戦を仕掛ける。クラーケギルディの触手による変幻きわまりない攻撃に、テイルレッドは自身の取れ()る手段で立ちむかう。放たれるリヴァイアギルディの奥義、クラーケギルディの秘技。闘いのさなか現れる、『彼女』。そして、テイルブルーが怒りの咆哮を上げる。
 次回、あたし、ツインテールをまもります。
 『戦士と獣』
 君は、刻の涙を見る。
(ナレーション:クラーケギルディ)
 


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IF短編
if-1 告白成功


すいません。
本編では無く、小ネタです。
頂いたご感想読んで、告白成功した場合とか思い浮かんだので、書いてみたくなったものでして。


「愛香。聞いてほしいことがあるんだ」

「え? ―――うん」

 真剣な様子の総二を見て、愛香もまた真面目な顔になる。

「俺な、愛香が戦っているのを見てるだけだったのが、本当に辛かった。なんで俺には戦える力が無いんだろうって、ずっと思ってた」

「そーじ―――」

 総二の言葉を聞いた愛香は何かを言いそうになったが、途中で口を噤み総二の話の続きを待ってくれたようだった。

「愛香は俺のために戦ってくれてるんじゃないかって、なんとなく思ってた。愛香の力に少しでもなれるようにって色々なことをしたけど、これって愛香の気持ちを利用してるだけなんじゃないかって、悩んでた」

「そんなこと―――!」

 愛香が総二の言葉を否定しようと声を上げるのを、総二は手を上げて止め、話を続ける。

「ドラグギルディとの戦いの前に言った通り、俺は愛香への気持ちがはっきり恋心かどうか分からない。友情や親愛とかと勘違いしてるのかも知れない」

「―――!」

「だけど―――!」

 総二の言葉を聞いて、悲しそうな顔とツインテールになった愛香を見た総二は、急いで次の言葉を繋げる。愛香の悲しむ顔とツインテールは、見たくなかった。

「だけど、愛香とずっと一緒にいたいっていう気持ちや、愛香を大切に思っていることは、嘘じゃない」

「! そーじ―――!」

 愛香は総二の言葉を聞くと、一転して嬉しそうな顔とツインテールに変わり、それを見た総二も嬉しくなる。

「だから、愛香―――」

 総二は片手で愛香のツインテールに触れ、もう片方の手で彼女の手を握ると、頬を赤く染めた愛香に対し、同じ様に頬を赤くしながら、

「愛香、俺と―――」

 告白を始め、

「俺と、―――付き―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――俺と、付き合ってくれ!」

 

「―――はい―――!」

 愛香は総二の告白を受け、感極まった様子で一瞬口ごもった後、答えるとそのまま言葉を続ける。

「よろしく、お願いします」

「愛香―――」

 顔を真っ赤にし目尻に涙を浮かべながらも、とても嬉しそうな、幸せそうな笑顔で返事をしてくれた愛香を見た総二は、彼女を自分の方に引き寄せ、そのまま抱きしめた。

「これからは、幼馴染や友達としてじゃなくて、こ、恋人として、よろしくな」

「うん」

 総二は、自分の言葉に素直に答えてくれた愛香のことがどんどん(いと)おしくなり、更に強く抱きしめると、躊躇(ためら)いがちに愛香に問いかけた。

「愛香。キス、しても良いか?」

「え、―――うん」

 愛香は、総二の言葉を聞いて少し驚いた様子を見せた後にすぐ頷き、総二と目を合わせた後、瞳を閉じた。

 頬を赤らめ瞳を閉じ、キスを待つ愛香の顔は、総二にはとても可愛らしく、とても綺麗に思えた。

 総二は、愛香の顔に自分の顔を近づけ、

「―――ん」

 唇と唇が少し触れ合うだけの優しいキスをした。

 互いの顔が離れ、瞳を開けた愛香が、さっきと同じ幸せそうな笑顔になるのを見た総二は、再び愛香を抱きしめる。

「愛香。キス、嫌だったか?」

「―――? そんなことないけど、どうして?」

 総二が恐る恐る問いかけると、愛香は不思議そうな顔で問い返す。総二はそれを聞いてほっとした気持ちになり、愛香の問いに答えた。

「いや、さっき一瞬、間があったから」

「―――そーじから、キスしていいか、って聞かれるなんて、思ってなかったから」

「―――ああ」

 愛香の言葉を聞いて総二も納得する。

 ツインテールにしか興味の無いツインテール馬鹿だったのだ。そう思われても仕方ない。

――――いや待て、最近はそうでも無かっただろう。愛香を抱きしめたりしてたし。いや、考えてみれば、なんだかんだでツインテールに対する比率の方が多かったような気が。でも、それだって進歩してるってことだろ。もしかして、愛香にとっては物足りなかったんだろうか。いや、だけど―――

 なにやら色々考えていた総二の耳に愛香の声が届く。

「ファーストキスはそーじの方からしてほしかったから、すごく、嬉しい」

「―――愛香。他に、俺にしてほしいことってあるか?俺に出来ることなら、何でもするぞ」

 愛香の言葉を聞いた総二の口から、そんな言葉が出る。

 もっと、愛香の笑顔が見たい。総二は自然とそう思う。

 総二の言葉を聞いて、なにを想像したのか、愛香の顔が更に赤くなり、総二に向かって恥ずかしそうに言葉を返してくる。

「そ、そーじにしてほしいことは、い、色々あるけど、そ、そーじこそ、あ、あたしにしてほしいことって、なにか、ない?」

「愛香に、してほしいこと―――」

 今までなら愛香のツインテールに触れていれば、ある程度満足出来ていたが、どうにも今は、それだけでは満足できる気がしない。

 それ以上のことやってなかったか、と思わなくもないが気にしてはいけない。と言うかそれ以上行きたい。

 愛香の問いに総二もまた更に顔を赤くし、やはり恥ずかしそうに答えを返す。

「い、今は、と言うか、今ここでは、無い、かな」

「そ、そっか」

 そう答えた総二の言葉に愛香も何かを感じたのか、恥ずかしそうに反応する。

 愛香の恥じらう顔が、いや恥じらう顔も可愛く感じた総二が、もう一度愛香にキスしようかと考えたところで、男の声が辺りに響く。

『うわーーーーはははははは!! 聞こえているであろう!! テイルブルーよ!!』

「―――?」

 声を聞いた総二は、訝しげに周りを見渡した後に空を見上げ、前にアルティメギルが宣戦布告した時に見た、空中に投影された映像を確認した。

『新たな力と仲間を得て勢い付いているのであろうが、そうはいかんぞ!ドラグギルディ様の昇天されたこの世界は我らにとっても死地!ドラグギルディ様が死の間際に送って下さった、貴様と貴様の仲間の情報を無駄にせんためにも、何が何でも全ての属性力(エレメーラ)を頂くぞ!!そこで、我らにも頼もしき援軍が到着した!!』

 映像に映る(いか)つい獣顔のエレメリアンの言葉を聞いて、総二は愛香を抱きしめたままうんざりとした呟きを漏らす。

「やっぱ、諦めるわけねえか」

「何かもう、毎日のペースになっても驚かないわ―――」

 総二に抱きしめられたまま映像の方に顔を向けていた愛香もうんざりした様子で呟いたところで、虎のようなエレメリアンが映像に映り、喋り始める。

『スク水! 母なる星に身を委ねる水の衣こそ、星の意思を継ぐ属性力(エレメーラ)と言えよう!ド ラグギルディの盟友、このタイガギルディが、スク水の属性力(エレメーラ)を頂く!!』

 

 愛香は、幸せだった。

 昔から夢にまで見ていた――本当に夢に見たこともある――総二からの告白。

 その上、同じく夢に見ていた総二からのファーストキス。

 自分はこのままどうかしてしまうのではないか、と言うほどの幸せの中にいた。

 そこに続けられた総二からの、自分にしてほしいことはないか、と言う言葉。

 してほしいことは、色々とあるが、その中には朝っぱらに口に出すのが(はばか)れるものもある。比率は言えないが。

 愛香は、更に真っ赤な顔になっていることを自覚しながら誤魔化すようなことを言って、逆に総二に対し自分に出来ることはないか、と問う。愛香もまた、総二の喜ぶことをしてあげたかったので、ただ誤魔化したわけではない。

 愛香の言葉を聞いた総二の方もなにかを考えたのか、顔を真っ赤にして意味深な言葉を返してきたことによって、愛香は更に恥ずかしい気持ちになった。

 とりあえず、もう一度キスしてくれるように頼もうか。愛香がそう考えたところで、いつかと同じ様に空にアルティメギルの映像が浮かび、やはり言いたいことを言って消えていった。

 映像が消えると、愛香はなんとなく正面に視線を向ける。

 視界にはいつの間にか起き上がり、ハンカチを咥え悔しそうに歯噛みするトゥアールの姿があった。

 愛香の耳に、悔しそうな様子のトゥアールの呟きが届く。

「まだです。まだ、終わりませんよ―――!」

「あたしだって、ここで油断する気も、満足する気も無いわよ、トゥアール」

 トゥアールの言葉を聞いた愛香は、強い気持ちを込めて彼女に言葉を返す。

 愛香自身、トゥアールに対して、申し訳ないと言う気持ちは確かにある。

 それでも、この幸せを手放したくはなかった。もっと、総二と幸せになりたいと思う。

 出来ることなら、総二の一番で有りたい。総二の、たった一つで有りたい。

 身勝手と言われても構わない。

 油断すれば負けるのはこちらの方。トゥアールはそれだけの相手だと、愛香は思う。

 恋と言うものが戦いの一種である以上、相手に情けを掛けて敗北する気もない。

――――守り続けてみせる、この幸せを。

 愛香は、そう決意する。

「なあ、愛香。部活、決めたか?」

「え?」

 そこに総二から唐突な質問が放たれると、愛香はキョトンとした顔になり、不思議そうな声を出した。

 愛香の反応に構わず、総二はトゥアールにも問いかける。

「トゥアールも。何か希望とかあるか?」

「はあ」

 トゥアールもまた、質問の意図が分からないのだろう。噛んでいたハンカチを口から離し、生返事を総二に返す。

 質問の意図は分からないが、愛香はとりあえず問いに答えることにした。

「まだ決めてないわよ。ゴタゴタしっぱなしだったし」

「私は総二様と一緒が良いです。鍵付きの部室、放課後、若い男女。―――そう、まだ、チャンスはあるはず」

「そっか。なら―――」

 愛香が答えた後に、トゥアールも欲望が(にじ)み出た答えを返すと、総二は納得した様な声を出し、その後高々と右腕を突き出すと、不敵な笑みになり言葉を続ける。

「俺たち三人で、ホントに作ってみないか。ツインテール部」

「ふうん。活動内容は?」

 総二の言葉に、彼に抱きしめられたままの愛香もまた不敵な笑みを浮かべ高々と、総二と同じくテイルブレスの付けられた右腕を突き出し、疑問では無く、確認の問いを総二に返す。

「決まってるだろ?」

「そうね」

 愛香は総二の声に、言葉と微笑みを返すとトゥアールにも微笑みかけた。

 それを受けたトゥアールもまた微笑んで――悔しそうだが――頷き返し、三人で意思を確認し合う。

 エレメリアンが現れたことをトゥアールから知らされた愛香は、周囲の気配を探り、トゥアールにも周りに誰もいないことを確認してもらう。

 そして愛香と総二は、昨日三人で決めた変身のためのキーワードを、同時に口にする。

「テイル、オン!!」

 そして、青と赤、二人のツインテールの戦士が白の声援を背に跳び立つ。

 その美しく煌めく、青と赤、二対のツインテールを(なび)かせて。

 

―――そーじ。一緒に、守っていこうね

―――ああ、もちろんだ




トゥアールの鳴き声無くしたら雰囲気かなり変わったような気が。ツインテールは外しませんが。色んな意味で、トゥアールすまん。
津辺愛香の属性傾向の一つ:エロ
だからどうしたと言うわけではありませんが。
この後、色んな意味で、総二によって色んな愛を認め受け入れられるようになった愛香は原作より早い段階でエターナル覚醒(コピー能力はまた後で)とか。
これの他に小ネタとして、本作の二人が七巻のドロウ・イン・ラブ受けた場合とか考えたのですが、今回の話が存外長くなったのでまた別の機会に。
それはそうと原作八巻特装版の表紙とイラスト見て、IF世界のソーラと愛香で再構成とか思い浮かんだのですが。
問題は、ソーラのキャラは実質オリキャラとなることでしょうか。
おとなし系か元気っ娘か。ツインテールを愛するのは総二と変わらず、愛香もそれに付き合いツインテールに。適当にやるとソーラに悲しい顔をされるので、やはりツインテールを磨く愛香。
傍から見ると愛香と百合ップル、トゥアールからすれば男でもロリでも無いので痴女的、変態的行動に出る必要が無いため、すんなりと最初から赤と青のテイルブレスを渡す、とかトゥアールはむしろ会長の方を狙う、とかなんか色々と思い浮かぶものがあって、試しに一話書いてみようかとか考えてるところです。あれこれ手を出すのはあまり良くないとは思うんですが、書かずにそのままでいるのも結局集中出来なくなるので。とは言っても一番の問題は自分に百合書けるかってことですので、とりあえず、本編進める方に集中しようとは思っています。なんか矛盾したこと書いてるな自分。


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if-2 膝枕

IF告白成功の続きです。IFシリーズとして、短編として書いていこうと思います。
忙しいので、本作も、IFソーラの方も、本編は厳しいですが、短編ならば、と。
休憩中などにスマフォからポチポチと。
小ネタその一、の方も改名しようかと思います。


「なんか、夢みたい―――」

「え?」

 総二のベッドの上で、愛香の太ももに頭を乗せてベッドに寝転がる総二に対し、同じく彼のベッドに座った愛香の呟きを聞いた総二は、不思議そうに聞き返した。

 お互い風呂上がりの夜、今日は愛香の方から、総二にご褒美を上げたい、と言ってきた。

 遅刻した以上、ご褒美を貰うのは申し訳ないと思った総二だが、晴れて恋人となった愛香ともっと触れ合いたいとも考えた総二は、その欲望を解放してお願いした。総二の言葉を聞いた愛香も顔を赤らめとても嬉しそうな表情となり、それを見た総二もやはり嬉しくなる。

 何かして欲しいことはあるか、という愛香の問いを受け、ふと総二は、昨日もう少し堪能したかった膝枕のことを思い出す。

 顔が赤くなっていることを自覚しながら、膝枕を愛香に要求すると、愛香も顔を赤らめ、しかし嬉しそうに承諾したのだった。

「昔から、そーじと友達以上の関係になりたかったから。恋人になれて、こうやって触れ合えて、夢みたいに幸せだなって、そう思ったの」

「そうか―――。ごめん、ずっと気付いてやれなくて」

 昔から自分のことをそんな風に想ってくれた幼馴染の心に、つい最近まで気付きもしなかった自分の鈍感さを思い知った総二は申し訳ない気持ちになり、愛香に謝る。

 総二の言葉を聞いた愛香は、優しい声で返事をして来た。

「いいの。そーじは気付いてくれたし、告白もそーじの方からしてくれたから、あたしはすごく嬉しいの」

「愛香。―――ありがとう」

 そんな、どこまでも自分のことを気遣い続けてくれる愛香の言葉を聞いて、必ず愛香を幸せにして見せる、と総二は改めて心に誓う。

 そして愛香を、隣で支え、守る。

 愛香のツインテールを触りながら、総二は愛香に話し掛けた。

「今は不甲斐無いかも知れないけど、俺は、もっと強くなってみせる。ツインテールを、そして、愛香、お前を守るために」

「うん。頼りにしてるからね、そーじ」

 総二の言葉を聞いて、嬉しそうに、優しく返事をする愛香を見て、総二の鼓動が高鳴る。

「ああ、任せろ―――」

――――お前は、一生俺が守る。

 これでは、プロポーズだ。一瞬そう思った後、まだ早いだろうと考えてしまった総二は言葉に出しそびれてしまった。言ったら、愛香はどんな反応をしてくれたのだろうかと思うと、少し悔しい気持ちになった。

 

「そーじ、ちょっとだけ目を瞑っててくれないかな?」

「ん? ああ、分かった」

 顔を赤くした愛香から恥ずかしそうに頼まれた総二は、少し不思議そうに声を出したあと、すぐに頷いた。なんとなく、あることを期待して総二は目を閉じる。

 愛香が息を呑む気配を、膝枕にした太ももごしにも感じながら、総二も緊張して数秒ほど経ったところで。

「―――ん」

 総二の唇が、何か、温かく、柔らかいものに塞がれた。

 総二が目を開けると、予想と期待を裏切らず、愛香の真っ赤に染まった顔が間近にあった。

――――綺麗だ。

 愛香に口づけされながら、総二は、ただそれだけを思った。

 朝、告白した直後に行ったキスより、ずっと長く、体が熱くなるような、愛香からのキス。

 愛香の顔が離れていき、総二はとても名残惜しい気持ちになる。

 時間にすれば数秒程度だったのだろうが、随分と長く感じられた。

 熱に浮かされた様にぼんやりとした声が、総二の口から漏れる。

「愛香―――」

「えっと、これも、あたしからの、ご褒美、ってことで、ね?」

 真っ赤な顔になって、恥ずかしそうな笑顔で答えてくる愛香の顔を見て、総二は自分の顔も真っ赤になっているだろうと思いながら、愛香に恥ずかしそうに言葉を返す。

「―――え、えっと、ちょっと起きてもいいか?」

「え、―――う、うん」

 キスに対して、顔を赤くする以外、特に反応を返さなかったことにショックを受けたのか、少し沈んだ様子で愛香が返事をしてくる。

 実際のところ総二は、心臓がうるさいくらい高鳴っているのだが、努めて表に出さないようにする。

 愛香が身体をどかしたところで、総二は身を起こした。

 そして起き上がった総二は、ベッドに座ったままの愛香の隣に密着するように座ると、彼女の腰に片手を伸ばし抱き寄せた。

「―――!? そ、そーじ!?」

「も、もらってばかりじゃ、悪いから、さ―――」

 総二はそう言ってから、愛香の頭の後ろにもう片方の手を添えて固定する。

「そ、その、これは、俺からの、お返し、ってことで―――」

「―――うん」

 顔が真っ赤になっているだろうことを自覚しながら、同じく顔を真っ赤にした愛香に総二が言うと、彼女は嬉しそうに頷き、瞳を閉じる。

 その可愛らしさに頭をクラクラさせながら、総二は、愛香の唇に自分の唇を近づけていく。

「―――ん」

「―――んん―――!」

 唇が触れ合い、愛香の熱を感じた瞬間、総二が愛香の頭に添えた手に力を入れ、彼女の唇を更に強く自分の唇に押し付けると、お互いの口から吐息が漏れる。

 一瞬、愛香は驚いた様子で身体を震わせたが、すぐに力を抜いて総二に身を委ねてきた。

 愛香が閉じていた瞳を開き、蕩けたような目を総二の目と合わせてくると、総二は更に愛香が愛しくなり、衝動のまま舌で愛香の唇をこじ開け、そのまま彼女の口の中に伸ばす。

「―――!? ―――ん」

 愛香は、やはり一瞬驚いたもののすぐに体から力を抜き、総二の舌と自分の舌を絡め始めた。

 どこかいやらしく感じる音を立ててしばらくの間、お互いに貪りあう様に、総二と愛香は舌と舌を絡ませ合う。

「―――」

 総二が愛香から唇を離すと、少しの間、お互いの口を繋ぐ唾液の線が出来た。

「も、もう、そーじ、やり過ぎよ―――」

「わ、悪い、愛香が可愛すぎて、我慢出来なかったんだ」

「―――もう」

 恥ずかしそうな笑顔で愛香が総二に文句を言うと、総二も恥ずかしそうな笑顔を向け謝る。愛香はまんざらでもない表情で呟くと、総二に抱きつき、瞳を潤ませ上目使いで、切なげに訴えてきた。

「そーじ。あたし、もう―――」

「愛香―――」

 唯でさえ、さっきまでのキスで昂ってきていた総二は、愛香のその言葉を聞いて更に熱くなる。

 愛香が欲しい、と強く思った総二はその想いを愛香にぶつける。

「愛香。俺の子供を―――」

――――産んでくれ、って、いや、待て、いくらなんでも、飛びすぎだろ。俺たちはまだ高校生になったばかりだぞ。いや、でも、愛香は俺のものだって周りに分からせられるんなら―――

 途中で言葉を止めたものの、かなり暴走している総二の耳に、愛香の申し訳なさそうな声が届く。

「そ、そーじ、それはまだ―――」

「そ、そうだよな―――」

 分かっていたものの愛香から断られ、総二の気持ちがわずかに沈んだところで、愛香が言葉を続ける。

「あ、あたしも、そーじとの、あ、赤ちゃんは欲しいけど、学校だけならともかく、アルティメギルとの戦いもあるから。そーじ一人だけで戦わせるなんて嫌だし―――」

「あ―――、そ、そうだな」

 総二だけ戦いに行かせたくないと言う愛香の気持ちを伝えられ、総二は納得する。しかし、今の言い方からすると、アルティメギルとの戦いが無くて、学校だけだったらOKだったのだろうか。おのれアルティメギル、許さん。

 暴走して中々勝手なことを考えていた総二の耳に、再び愛香の恥ずかしそうな小さな声が届く。

「赤ちゃんは早いけど、その、あたし、そーじと、その、一つに―――」

「ま、待った、愛香。俺から言わせてくれ―――」

 愛香の言葉を遮った総二は、再び想いを伝えるため言葉を続ける。こういうときは、男である自分から言わなければ。そう総二は思う。

「愛香、俺、愛香が欲しい。良いか?」

「―――うん。いいよ。あたしは、そーじのものだから。あたしの全部は、そーじのためにあるから、そーじの好きにして、いいよ」

「―――愛香―――!」

 これまで見た中でも最高に顔を赤くして、幸せそうに、嬉しそうな笑顔で返事する愛香の言葉に、総二の体が今まで感じたことがないほど熱くなる。

 総二は愛香を横抱き、いや、お姫様抱っこをして、その美しいツインテールを潰さないように気を付けながら自分のベッドに横たえると、自分もベッドに上がり、押し倒す様な体勢をとる。

 愛香を自分のものにする。その、鍛えられ引き締まった、けれど柔らかさを残した健康的で魅力的な肢体も、小さくとも温かく安らげる胸も、勝ち気そうで、それでいて可愛らしい顔も、何より、総二のために磨き上げられた最高のツインテールも、全て自分のもの。誰にも渡さない。愛香は自分だけのものだ。勝手と言われても知ったことか。

 愛香への愛しさで暴走する思考を止めることなど考えず、総二はむしろその想いに心を委ねる。

「そーじ―――」

「愛香―――」

 総二は、愛香の何かを期待した目と自分の目を合わせる。

 まずは、またキスから始めよう。そう考えて、総二は愛香に唇を近づけていった――。




ただイチャイチャするだけの話。
どこまで甘く出来るのか、ただそれだけを俺は知りたい。
後、今のところ考えているのは、恋愛断技編、F痴女の踏ん切り編、魔人胎動編。
魔人はあの人です。裏ボス。


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if-ex-1 恋愛断技

IFシリーズの方で、短編と言うより小ネタです。
スタッグギルディの恋愛断技、って、恋仲の二人に使ったらどうなるんだろう、とか思って書いてみました。
あくまでも、イチャイチャするシチュエーションでしかないので、実際に七巻まで書く時が来ても、こう書くと言う訳ではありません。あくまで小ネタです。そのため、どういう状況なのか、とか深く考えずに、ただイチャイチャをお楽しみください。ちょっと短めですけど。


恋愛断技(ドロウ・イン・ラブ)―――!」

 言葉と共に、アルティメギル四頂軍、美の四心(ビー・テイフル・ハート)の副官スタッグギルディの頭の二本の角の間からエネルギー波が辺りに放たれる。

 明確な形を持たずぶちまけられた様なその攻撃を、レッドとブルーは避けきれず直撃を受ける。

「―――?」

 ダメージを抑えるため、身構えて防御の姿勢を取っていたレッドだったが、予想よりダメージがない、と言うよりダメージらしきものは感じられない。

「う―――」

 訝しんでいたレッドの耳にブルーの声が届き、レッドがそちらに目を向けると、ブルーが苦しそうに膝を着いて、へたりこんでいる姿があった。

「―――ブルー!?」

 慌ててレッドはブルーの方に駆け出す。

「あ、あれ?」

 途中でレッドの体から力が抜け、ブルーの目の前で地面に膝を着く。

 体が、熱い。いや、体と言うか頭が熱く感じる。

 ブルーを見た途端、その熱さが更に加速した。しかし目を離そうとしても体が動いてくれない。

 そのレッドに向かって、顔を上気させたブルーが瞳を潤ませて、切なそうに訴えてくる。

「体が、熱いよ、そー―――」

「―――!」

 レッドの本名を呼ぼうとしたブルーの口を、レッドは慌てて塞ぐ。――自分の唇で。

「―――んん」

 キスを受けたブルーの口から色っぽい声が漏れ、自分の頭が更に熱くなったところで、レッドは気付く。何故自分は、わざわざキスでブルーの言葉を止めたのだ。そう考えるものの体は止まらない。ブルーの頭の後ろに手を添え、いつもやっているように唇を押し付け合い、やはりいつもの様に自分とブルーの舌を絡め合うと、ブルーもレッドを抱き返してきた。

 止まらない。今まで何度となく交わり続け、時にはお互い変身後の姿で、総二がソーラになった時も行為を行った。しかし、これほどまでに止まらない、いや止められないのは初めてだ。

 お互いの初めてを捧げ合った時でさえも、ここまでではなかったのではないか、と思えるほど、ブルーが、愛香が愛しい。

―――恋愛断技(ドロウ・イン・ラブ)。ある感情を暴走させる技、なんだけど。

―――二人が恋仲だとはなんとなく感じていたが、これほどの効果があるとはな。この属性力(エレメーラ)の上質さと言い、予想以上だ。

 愛香のことしか考えられなくなっているレッド、いや、総二の耳に、スタッグギルディとビートルギルディのものらしき声が届く。

 まずい、とぼんやり思うものの、すぐに愛香のことを考えてしまう。すると、更に総二の熱が上がり、ますます愛香のことしか考えられなくなる。

 気が付くと総二たちは、抱き締め合いながら地面に寝転がり、更に熱いキスを行っていた。

 愛香のことしか考えられない。体も同様で愛香を求めている。

 正直、今すぐにでも、ことを始めたいくらいに昂っている。

 それを自覚した瞬間、変身したままの総二の手が、同じく変身したままの愛香のボディスーツに伸びる。愛香も同じなのか、彼女の手も、総二のスーツに伸びていた。そして、次の瞬間。

―――仮面ツインテール、見参!

 トゥアールらしき声が総二の耳に届き、少しした後、地面の感触が変わる。どうやら、基地に移動したらしい、とぼんやり総二は考える。愛香と、未だ抱き締め合いキスを交わしながら。

―――総二様、愛香さん。とりあえず基地に撤退しました。アルティメギルも引き上げたようです。

 なんとなくそんな言葉が聞こえた気がした総二は、キスをやめ、愛香から身を離すと、起き上がってから変身を解いて、元の姿に戻る。そして同じく起き上がって変身を解いた愛香と、総二は目を合わせる。

―――お二人は、一旦部屋に戻ってごゆっくり、ってなんで総二様は愛香さんの服に手を掛けてらっしゃるんですか、っていいますかなんで愛香さんも、そんな期待に満ちた雌の顔で総二様の顔と股間を交互に見てらっしゃるんですか。ストップ、wait、ちょっと待って下さい。ここはコンソールルームですし、慧理那さんもイースナも、未春将軍もここに居るんですから、そういうことは自分たちの部屋でじっくりと、え、未春将軍、なんですか? ―――ここは若い二人に任せておきましょう? いや、お二人がイタした場所で色々作業するのは結構キツイものがあるのですが。え―――、いや、確かにこの状態の総二様たちを移動させるのは厳しい気がしますが。―――うう、分かりました。―――慧理那さん、イースナ、部屋を出ますよ。いや、二人とも、そんな不満そうな顔をしないで下さい。混ざれないか? やめなさい。無理に決まってるじゃないですか。いや、本気で。ところで、なんで私は一々聞き返しているんでしょうかね。

 トゥアールらしき声が聞こえなくなり、部屋から人の気配が無くなると、わずかに残っていた羞恥心が消え、総二は、下着姿になった、というか下着姿にした愛香に、優しく声を掛ける。

「愛香―――。好きだ。大好きだ。愛してる」

「―――! あたしも、好き。大好き。愛してる。そーじ」

 総二の言葉に一瞬驚いた様子を見せた愛香も、優しい声で、喜びを隠さず言葉を返してくると、総二は再び力強く、けれど優しく愛香を抱き締めたのだった―――。




ただイチャイチャするだけの話。
どこまで甘く出来るのか、ただそれだけを俺は知りたい、その二。
実際、精神攻撃の類ってかなりやばいと思います。鳳凰幻魔拳。アニメではフェニックス幻魔拳。
この恋愛断技って、下手すると、一部の相手に対して最強の攻撃なんじゃないだろうか、とか書いてて思いました。いや、本当にこうなるかは分かりませんが。
ところで、今回の話などのエロい話とか、需要ってありますかね。上手く書けるか分かりませんけど。


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if-ex-2 添い寝

本編がどうもスランプ気味なので、頂いたご感想にあった添い寝ネタで短編を。
すぐには無理とか、IF編の方でとか言っておいて、これか俺。

時系列はフォクスギルディ戦後、ドラグギルディ戦前。
あくまでもIFの話です。なんかややこしい。


「え? あたし、聞いてないけど―――?」

 総二の言葉を聞いて、愛香は不思議そうに答えを返した。

 

「総ちゃん。母さんね、今日、夕方から出掛けて帰りは遅くなると思うから、夕飯は愛香ちゃんの家で一緒させて貰ってくれないかしら?話はしてあるから」

「ああ、分かったよ、母さん」

 学校から帰宅した総二は、母、未春と挨拶をし合った後、そう未春から説明され返事した。

 愛香と一緒に食事することは多いが、基本的にはアドレシェンツァか、総二の家の食卓で食べることが多く、愛香の家で食べることは久しぶりだった。

 半ば趣味でやっているとはいえプロである未春には敵わないが、愛香も、愛香の姉である恋香も、料理の腕は中々のものだった。

 特に愛香の料理は、昔から何となく総二の好みに合っているため、出来れば愛香の料理が食べたいな、と思ったが、今日もアルティメギルと戦いに行った愛香にそこまで甘えるわけにはいかない、と思い直し、むしろ恋香と共に料理を作って愛香を労おうと総二は思った。

 

 そして自分の部屋に戻った総二は、椅子に座り愛香の無事を祈っていた。自分に出来ることはこの程度しかない、と半ば自嘲しながらも、それでもこれで、少しでも愛香が無事で帰ってきてくれる可能性が上がってくれれば。そんな風に思いながら祈り続ける。

 少し経って、窓の方からコンコン、と音が聞こえた。

 総二が窓の方に目を向けると、外に愛香の姿があった。愛香が帰ってきたことに安堵した総二が席を立って窓に向かおうとしたところで、愛香が窓を開けて総二の部屋に入ってくる。

「おかえり、愛香。怪我とかないか?」

「ただいま、そーじ。うん、ひとっつもないわよ」

 総二の、挨拶と無事を確認する言葉に愛香が笑顔で返してくると、ようやく総二は心から安心することができた。

「もう。心配性なんだから。―――でも、ありがと、そーじ」

「ああ―――」

 愛香の呆れたような、それでいてどことなく嬉しそうな言葉と微笑みに、総二は一瞬見惚れ、無意識に彼女のツインテールに触れる。

「―――ん」

「―――」

 気持ち良さそうな愛香の声を聞いて総二は我を取り戻したが、愛香のツインテールの感触と表情、声を堪能したくなった総二は、そのままツインテールを撫で続ける。

「―――あ、そういえば―――」

「―――ん? なに? そーじ」

 しばらくしてから母の言葉を思い出した総二が声を漏らすと、ツインテールを撫でられて気持ち良さそうに目を細めていた愛香が不思議そうに聞き返してくる。

「いや、今日、俺の母さん夕方から出掛けるらしいんだ。それで、夕飯は愛香の家で一緒させて貰え、って言われててさ。だから恋香さんと一緒に料理作って、愛香に食べてもらおうかなって思ってるんだけど―――」

「―――?」

 総二が答えると、愛香はきょとんとした顔で、二、三回ほど目をパチパチとさせる。可愛いな、と総二が思ったところで愛香が口を開いた。

「今日お姉ちゃん、いないけど?」

「―――? 母さん、話はしてあるって言ってたけど」

「え?あたし、聞いてないけど―――?」

 愛香の言葉を聞いて総二も戸惑いながら答えると、愛香が再び不思議そうに答えてから携帯電話を取り出す。

「お姉ちゃんから、今日は友達の家に泊まるからってメールが来てるけど、未春おばさんの事はなにも書いてないんだけど」

「え―――?」

 話が入れ違いになったのか、それともどちらかが勘違いしているのか。こうなったら、自分一人で作ってみようか。そう考えた総二の耳に、愛香の声が届いた。

「―――それじゃ、今日はあたしが手料理をご馳走するわね」

「え、でも―――」

 アルティメギルとの戦いで疲れてるであろう愛香にそこまで甘えるのはどうだろう、と総二が考えたところで愛香が再び口を開いた。

「未春おばさんやお姉ちゃん程の料理は作れないけど、それなりには自信はあるし。それともそーじ、あたしの料理、嫌?」

「いや、愛香の料理は大好きだ。ただ、愛香はアルティメギルとの戦いで疲れてるんじゃないかな、って思って」

 最後に恐る恐る出された愛香の問いに即答した総二の言葉を聞いて、愛香が微かに頬を赤らめ、恥ずかしそうに言葉を紡いでくる。

「あ、ありがと、そーじ。でもへーきだから。それに、その、そーじにあたしの料理食べてほしいから、作らせてほしいな」

「そ、そうか。じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて、ご馳走になるよ」

 愛香の言葉を聞いて顔が熱くなった総二も、恥ずかしさを感じつつも口ごもりながら答えたのだった。

 

「ごちそうさまでした」

「はい、おそまつさまでした」

 愛香の、気合の入った手料理を全て平らげた総二がその料理に満足の挨拶を行うと、愛香もそれに笑顔で答えた。

 あの後、お互いに着替えてから再び総二の部屋に来た愛香。

 先程同様に総二は愛香のツインテールを触り続け、気が付くとそろそろ食事の支度をしなくては、と思う時間になっていた。愛香もそれに気付き、総二を連れて自分の家に戻ると、総二を席に着かせて料理の準備を始めた。

 手際よく料理を進める愛香の姿を見て総二が感心しながら、何か手伝う事はないか、と問うと、今日は自分の料理を食べてほしいからまた今度、という答えが返って来たため、総二はおとなしく席で待っていることにした。

 何か新婚夫婦みたいだ。頭に一瞬そんなことが思い浮かび、総二の顔が熱くなり慌てて頭を振る。

 そして出来上がる、愛香の手料理。

 愛香の実直な人柄を表すような、取り立てて豪勢なわけではないありふれた料理ばかりだが、一切手を抜いていないことが分かる、心の込められた料理。

―――おばあちゃんが言っていた。どんな調味料にも食材にも勝るものがある。それは、料理を作る人の愛情だ。

 いや、誰のおばあちゃんが言ってたんだ、と思いつつも、何となく頭の中をよぎった言葉に総二は深く同意する。愛情があればどんな料理でも上手くなるわけでは無いだろうが、愛情無くして本当に美味しい料理は作れないのではないか。そう思わせる料理だった。

「そーじ―――、美味しかった?」

「ああ、すごく美味しかった。それに愛香の料理って、昔からなんとなく好みの味付けなんだよな」

「そ、そう? 良かった―――」

 どこか不安そうに聞いてくる愛香の問い掛けに総二が本心からの笑顔を伴って答えると、愛香は顔を赤くして安心した様子を見せた。そこで総二は、何となく思い出したことを問い掛ける。顔が赤くなっていることを自覚して。

「そういえば、今日は、その、『ご褒美』。どうする?」

「あ―――、え、えっとね、きょ、今日はちょっと、して欲しいことがあって。寝る前、――時頃、お風呂あがったら、あたしの部屋に来てくれないかな?」

「え―――、わ、分かった」

 総二の問いに顔を赤くして口ごもりながら返された愛香の言葉に、総二の顔が更に熱くなる。

 そして、総二は一旦自分の部屋に戻ると、本を読んだりして時間を潰し、時間を見計らって風呂に入る。

 風呂から上がったところで店と未春の部屋に行ったが、まだ帰っていないようだった。

 心臓がうるさいほど高鳴っていることを自覚して部屋に戻り、窓から愛香の部屋を覗くと愛香もこちらを見たところだった。

 愛香が窓を開けたのを見たところで、総二も窓を開け愛香の部屋に向かう。

 愛香の部屋に入ったところで、総二は愕然と言葉を吐き出した。

「愛香、その髪―――」

「えっと、さすがに寝る時にはツインテール解かないと、髪が傷んじゃうから―――」

「そ、そっか」

 当然と言えば当然の愛香の言葉を聞いて気を取り直した総二は、納得の言葉を吐き出す。震えていたが。

 そこでふと、愛香の言葉の中にあった気になる部分を問い掛ける。

「あれ?寝るのか?」

「え? えーとね―――」

 総二の言葉に愛香はモジモジして顔を真っ赤にしながら、言葉を続けてくる。

「その、ね。そーじ、一緒に、寝てほしいなって―――」

「え―――」

 愛香の言葉を聞いて、総二の顔がまた熱くなる。

「へ、変な意味じゃなくてね、添い寝してほしいなって」

「そ、そうか、分かった、そ、添い寝だな。―――え」

 一瞬、変な想像をしてしまった総二に、愛香が慌てた様子で言葉を続けてくると、総二は落ち着いた後に愛香の言葉を確認したところで硬直する。

 いずれ来るかも知れない時のために、そして愛香に恥をかかせないために、総二は今まで興味の無かったある方面の知識も勉強している。

 添い寝程度これまでだったら、そんなことか、くらいで済んでいたかも知れないが、愛香を女の子として意識し始め、そういった知識を蓄え始めた現在、色々なことを考えざるを得ない。と言うか色々なことをしかねない。

「駄目、かな?」

「い、いや、分かった」

 断るべきだろうかと考えていた総二だったが、真っ赤な顔で上目遣いに、かつ恥ずかしそうに訴えてくる愛香の可愛さに負けて承諾し、共に愛香のベッドに向かうのだった。

 

「―――」

 寝れない。

 幼い頃は愛香と一緒に寝ることもあったが、あくまでも幼い頃の話。共に成長してそんなことも無くなり、かつ今は憎からず思っている女の子。

 更に風呂上がりの愛香からは良い香りが漂ってくる上に、触れ合う身体と、愛香からのお願いで握っている手から伝わってくる熱。

 寝れるわけが無い。寝れてたまるか。

――――愛香の手、柔らかいな。それにこの匂い、落ち着くのに、なんか落ち着かなくなる。でも、もっと嗅ぎたくなってくる。抱き締めても良いんだろうか。抱き締めても良いよな。いや、ここは抱き締めるべきだろう、男として。って、待て俺。この状況で抱き締めたら歯止めが効かなくなりかねない。ここは心を強く持って、抱き締めるんだ。って、だから―――

「―――そ、そーじ、寝ちゃった?」

「―――! い、いや、起きてるよ」

 愛香から囁くような大きさの声を掛けられ、色々葛藤――多分――していた総二は一瞬驚いた後、なんとか冷静に応答した。

「ひ、久しぶりだよね、二人でこんな風にするの」

「そ、そうだな、俺もそう思ってた」

 考えていたのはそれだけでは無いが、口ごもりながら掛けられる愛香の言葉に総二も口ごもりながら答えると、愛香が恥ずかしそうに言葉を紡いでくる。

「そ、そーじ、あのね。だ、抱き締めてもらって、良いかな―――?」

「え、い、良いのか?」

 愛香からの渡りに船と言える言葉に、総二は内心嬉しいものを感じながらも戸惑いつつ聞き返す。

 暗くてはっきり見えないが、恐らく顔が真っ赤になっているだろう愛香は、更に恥ずかしそうに言葉を続けてくる。

「うん。ぎゅっ、てしてほしいな」

「わ、分かった」

 総二は愛香の声に答えると、繋いだ手と逆の手を、愛香の肩から背中に回して自分の体に引き寄せると、強く抱き締める。

「―――」

「―――」

 更に強く感じられる愛香の体温と匂いに、増々総二の熱が上がり、気持ちが昂ってくる。冷静になれ、と総二が自分に言い聞かせていたところに愛香が総二の背中に手を回してきたことで、冷静さが吹っ飛ぶ。既に、暴発しないのが奇跡的と言えた。

 暴発する水際で止まっている理由は、唯一つ。自分は愛香を利用しているのではないか、という悩みのため。

「そーじ―――。あたしってそんなに、魅力、無い―――?」

「え―――?」

 ぎりぎり踏みとどまっている総二の耳に、愛香の悲しそうな声が届く。

 総二が戸惑いの声を漏らすと、愛香は悲しそうな声のまま言葉を続けてくる。

「こんな状況なのに、そーじ、なにもしてくれないから、あたし、やっぱり女の子としての魅力無いのかなって―――」

「―――違う、愛香。愛香は滅茶苦茶可愛い。正直、このまま襲いたいくらいだ」

 愛香の言葉に慌てて総二は答える。言った後に、表現を考えろ、と自分に突っ込むような言葉を出すくらい慌てていた。

「じゃ、じゃあどうして、なにもしてくれないの?」

「―――悩んでるんだ。俺は愛香を利用してるんじゃないか、って」

「え―――?」

 総二の答えに、今度は愛香が戸惑いの声を上げると、総二は振り絞る様に言葉を吐き出す。

「俺は、愛香への気持ちがはっきり恋なのかどうか分からない。ずっと一緒に居たいとは思っているし、大切に思っていることも嘘じゃない。付き合ってくれ、って告白することも考えた。だけど、俺の愛香への気持ちが恋じゃなかったら、俺は、愛香の気持ちを利用して戦わせているってことになるんじゃないか。そう思っちまうんだ―――」

「そーじ―――」

 総二の言葉を聞いた愛香が、さっきとはまた違う悲しそうな声で名前を呼んでくると、総二は再び言葉を続ける。

「この『ご褒美』も、愛香の気持ちを利用してるんじゃ―――」

「そーじ―――!」

「―――!?」

 総二の口が何か柔らかいもので塞がれ、言葉が途中で止まる。

「―――ん」

 暗闇に慣れた目が、間近にある愛香の顔を捉える。総二の唇が愛香の唇に塞がれていた。

 愛香の顔が離れていき、彼女の言葉が総二の耳に届く。

「そーじ。あたしね。そーじが好き。男の子として、ずっと好きだったの」

「愛香―――。でも、俺は―――」

「いいよ」

 愛香からの率直な告白を聞いて総二は嬉しく思うものの、さっき話した悩みを思い出し再び答えようとしたところで、愛香は優しい声で遮ってくるとそのまま言葉を続けてくる。

「あたしは、そーじにだったら利用されても構わない。あたしはそーじを守りたいから。そーじが戦えないなら、そーじの代わりに、そーじの分も戦うって決めてるから。―――それにね―――」

 そこで愛香は言葉を切ると、暗くても分かる綺麗な微笑みを総二に向け、再び言葉を紡ぐ。

「そーじはあたしを利用してなんかいない。そんな辛そうな顔で、あたしだけ戦わせていることで自分を責めているそーじを見て、あたしを利用してるなんて言う奴がいたら、あたしがぶん殴ってやるわ」

「愛香―――」

 総二を想ってくれる愛香の言葉に、総二の心が軽くなり、軽口が口を吐いて出る。

「それじゃあ、俺は愛香に殴られちまうな」

「あ! そ、そーじは別よ―――! つまり―――」

「分かってるって。ありがとう、愛香―――」

 総二の言葉を聞いて慌てて喋り出す愛香の言葉を、総二は優しい声を出して遮る。

 雑念が多い。師でもある、愛香の祖父に言われた言葉を思い出す。

 もう考えるのはやめた。愛香が全力で戦えるように、無事で帰ってこれるように、そのために自分が出来ることをする。ただそれだけを考える。

 愛香が総二を求めてくれるなら、総二もそれに応える。何より総二自身も、愛香と先の関係に進みたいと思っている。

「愛香―――」

「そーじ? ―――ん」

 愛香の名前を呼んだ後、今度は総二から愛香にキスをする。

 数秒の後、総二は唇を離して愛香を求める言葉を出す。

「愛香、―――いいか?」

「―――うん。―――あ、ちょっと待って」

「ん?」

 総二の言葉に肯いた後、静止する言葉を掛けてきた愛香は起き上がると、すぐ近くに置いてあったリボンを手に取り、ほんのわずかな時間でいつもの見事なツインテールを作る。

「そーじは、この方がいいでしょ?」

「愛香―――。ありがとう」

 微笑みながら確認の言葉を掛けてくる愛香の心遣いを受け、総二も微笑んで感謝の言葉を返す。

 何となく二人でベッドの上に正座して(かしこ)まると、心臓の鼓動が早くなってくる。

 愛香が、恥ずかしそうに小さな声で総二に声を掛けてくる。

「よ、よろしくお願いします―――」

「お、おう。こ、こちらこそ、よろしくな」

 その言葉の後、総二は愛香を抱き締めると、そのままベッドに押し倒した。

 

「―――?」

 朝、何となく鳥の声で起きた気がした総二は、ゆっくり目を開ける。

「―――!?」

 愛香の顔が目の前にあったことで、総二の目が一瞬で覚める。

 そのまま良く見ると、愛香の首から下は肌色、つまるところ裸だった。自分の方も確認すると同じく裸となっていて、一瞬の混乱の後、昨晩あったことを思い出す。

 自分と愛香は一線を越えて互いの初めてを捧げ合い、親友から恋人になった。

 そこまで思い出して総二は落ち着きを取り戻すと、愛香の顔を見つめる。

「―――ん」

「―――ん?」

 可愛らしい寝顔を堪能することしばらく、何となくだが、愛香はもう起きている気がした。その上で何かを期待している様な気がする。

「―――」

 だんだん赤くなってきた気がする愛香の顔を見て、もう少し見ていたいと思うと同時、総二も一つの欲求が首をもたげ始め、その衝動のまま愛香にキスをする。

「―――ん」

 キスをしたところで、愛香が目を覚ます、いや、瞳を開いた。

 しばらくキスした後、唇を離し目覚めの挨拶をする。

「お、おはよう、愛香」

「お、おはよ、そーじ」

 顔が真っ赤になった愛香の顔を見て可愛いと思うと同時、自分の顔も真っ赤になっているだろうな、と総二は何となく思った。

「と、とりあえず、俺、シャワー浴びてくるな。また、朝食の時に」

「そ、そうだね、うん。また後で」

 抱き締めたいと言う欲望を無理矢理押し殺し、総二が愛香に言葉を掛けると、愛香も返事をしてくる。

 下手に抱き締めたりしたら、昨晩の続きを行いかねない。今日は平日であり、学校がある。おのれ、平日。おのれ、学校。

 かなりどうかと思う理由で暦と学校へ怒りを向け、脱いだ服を着込んだ総二は窓から自分の部屋に戻る。

 風呂場に向かい、再び服を脱ぎシャワーを浴びる。そして体を拭いて着替える。

 風呂場を出て、部屋に向かおうとした瞬間。

「おはよう、総ちゃん」

「―――! ―――お、おはよう、母さん」

 背中から掛けられた母の声に、一瞬、飛び上がるほど驚いた後、努めて冷静に、振り返ってから総二は挨拶を返した。

「ふふふ」

「ど、どうしたんだ、母さん。なんか、やけに嬉しそうだけど」

 満面の笑顔を向けてくる未春に総二が問い掛けると、母は嬉しそうに、どこかで聞いた様な言葉を返してきた。

「ゆうべはおたのしみでしたね」

「ちょっ―――!?」

 落ち着け。流石にこの母とは言え、全てを知る神ではない。適当に言ってるだけかも知れない。混乱する頭を回転させ誤魔化すための言葉を絞り出す。

「な、なにを言ってるんだ、母さ―――」

「避妊はちゃんとしないと駄目よ? 子供を育てるのって、本当に大変なんだから。二人とも高校生になったばかりなんだし、若さのまま突っ走りたくなるかも知れないけど、それだけは忘れないでね? ―――まあ、お祖母ちゃんって言われるのも悪くないかも知れないけど」

「おおおーい!?」

 最後は苦笑になっていたが、未春の言葉には確信があった。それを感じ取った総二は思わずツッコミの叫びを上げると、未春に質問する。

「なんで、知って―――」

「さっき外の掃除をしてた時になんとなく総ちゃんたちの部屋を見上げたら、総ちゃんが愛香ちゃんの部屋の窓から帰って行くのを見かけてね。これはもしや、と思って風呂場に行ったら、予想した通りシャワーを浴びてるじゃない。これはそういう事なんだろうなーって思ったのよ」

「うおおおおお―――」

 未春から返された言葉を聞いて、まさかそのタイミングで目撃されるなど予想してなかった総二は、恥ずかしさに悶えながら頭を抱えて呻き声を上げる。

「それで、愛香ちゃんの味はどうだった?」

「あ、味って―――!」

 母から息子に掛けられるものとは思えないその言葉を聞いて、総二は絶句すると共に更に顔が熱くなるのを感じた。

 楽しそうに笑顔を向けてくる未春の姿を見て、愛香が来たら更にからかわれるであろうことを予想した総二は、頭が痛くなるものを感じると同時に、愛香と先の関係に進めたのだという事を知り嬉しくなったのだった――。




この後、やっぱり滅茶苦茶からかわれた。
最後に付けようとしましたが、崩す形になるのでオミット。

甘く感じて頂ければ良いのですが。
添い寝ネタは、また他の形で使うかもしれません。

愛香が家事や料理できるかはオリジナルですが、原作で総二が『貧乳以外完璧』と言ってることと、愛香の性格上、女として磨ける部分は全て磨くだろうと思い、出来るものと考えています。総二が愛香の料理好きってのもオリジナルですけど。
むしろ料理の描写が出来ない自分が問題。愛読書の野戦料理の描写が浮かび掛けました。

幼い頃に一緒に寝ていたのもオリジナルですが、何故原作はこういう幼馴染キャラにありそうなことを書いてくれないのだろうか。書いて欲しいなあ。

それはそうと本編がどうにもスランプ気味。イチャイチャ部分は思い浮かぶんですが、どうにも文章と言うか表現が今一つ浮かばないのが。


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if-ex-3 温泉

1-14を修正しつつ番外編を投稿。原作11巻の温泉のところです。
恋愛断技編と同じく、11巻まで来てもこう書くというわけではありません。
今回はちょっと文体を変えてみたり。ちょっと軽い感じで。



 温泉。総二はいま、一糸まとわぬ姿、つまり裸だった。

 湯に浸かり、視線を水平より少し上の方で固定し、頭の中で素数を数える。別に、いつもそうしているわけではない。そうしないと、イロイロと抑えがきかなくなってしまうからだ。なぜ素数なのかは自分でもわからないが。

 背中には、柔らかくも温かい感触が触れている。浸かっているお湯よりも温度は低いはずだが、いまの総二には、それ以上の熱を持っているように感じられた。いや、熱いのは自分の躰なのかもしれない。

 背中に触れているのは、愛香の背中だった。背中合わせで、一緒に温泉に浸かっている。ともに湯に浸かっている以上は当然だが、彼女もまた、生まれたままの姿である。端的に言えば、裸だった。全裸だった。大事なことなので二回言った。誰に言っているのかわからないが、思考回路はショート寸前であるため、自分でもよくわからない。いますぐ会いたい相手はすでに背後にいるのだが、この状況で後ろをふりむくのは、いろいろと勇気がいる。泣きたくなるような月明かりも射しこんでいるし、純情どうしよう。心は万華鏡。やはり自分でもなにを考えているのかわからないほど、総二は混乱していた。

 つい先日、総二がツインテール属性を奪われた一件では、みんなにとても世話になった。そのお礼とお詫びとして、総二に可能な範囲でみんなのお願いを聞くことにしたのだ。

 その内のひとつである尊のお願いが、みんなでどこかへ旅行をしようというものであり、心身を癒せる場所、温泉などがいいのではないかと提案されたのだ。

 尊としては、あくまでも温泉は例えであり、総二たちの好きなところで構わないとのことだったが、尊の『お願い』であったこと、さらには皆が皆、肉体的にも精神的にも疲れを覚えていたこともあり、満場一致で温泉に決まった。問題となったのはどこの温泉に行くかだったが、慧理那の母である慧夢から、神堂家所有の温泉地があると言われ、招待されたのだった。名は、神堂温泉。直球過ぎである。

 いま入っているこの温泉は、ツインテールを尊ぶ神堂家六千年――ずいぶん盛ってる気がするが――の歴史において、温泉に浸かる上で身につけていいのはツインテールを結ぶものだけで、タオルや水着すら許されないほどだという。混浴である。ここに来てすぐにも浸かったのだが、同行した全員と一緒に入るはめになったのだ。

 ツインテイルズの仲間である愛香やトゥアール、慧理那にイースナ、メガ・ネプチューン=Mk.Ⅱことメガ・ネ――ゆるキャラであるメガネドンの気ぐるみを着ているが――は言うに及ばず、神堂家のメイドにして慧理那の護衛兼ツインテール部顧問の尊、総二の母である未春に、慧理那の母であり陽月学園理事長、慧夢。そこまでならばツインテイルズ関係者であるため、テイルレッドに変身することで少しは気を楽にすることもできたかもしれないが、あいにく今回は愛香の姉である恋香がいた。結果、男の姿のままで、気まずい気持ちを抱えて温泉に浸かることになった。疲れをとるために温泉に浸かりに来たというのに、精神的にはむしろ疲れることになったのだった。

 いや、心の底から嫌だったわけではない。総二もまた男であり、そしてツインテールを愛する者だ。

 普通、風呂に入る時は、ツインテールをほどいて髪の手入れをしなければならない。美しいツインテールを、いやツインテールだけでなく、女性の命といえる髪の美しさを維持するため、それは当然のことだ。しかしここでは、ツインテールのままで、湯に浸かれる。ツインテールを浸からせることで、さらにツインテールを輝かせる。いつでも愛香のツインテールを見ていたいと思っている総二にとって、願ってもない場所ではあるのだ。

 それに、温泉の効能によってだろうか、総二の頭はどんどん火照り、愛香を抱き締めたくてしょうがなかった。愛香とふたりっきりであったなら、そしてここが神堂家のものでなかったなら、気恥ずかしさを覚えながらも温泉と彼女を堪能していただろう。

 だが、そこに居たのは愛香だけではない。実の母や、愛香の姉の前では気まずくてしょうがないというか、どんな罰ゲームだ。なんだかいまさらな気もするが、気にしてはいけない。

 トゥアールをはじめとする女性陣もいた。いろいろ制御が利かなくなったためか、総二の中から作られたツインテイルブレスが可視化し、それを隠すために愛香に抱きつかれてさらに頭が昂ったところで、彼女たちにも抱きつかれてしまったのだ。ほんとうに、ほんとうに大変だった。コミカルに湯に沈んでいくメガネドンの姿を見て冷静にならなかったら、危なかっただろう。ありがとう、メガネドン。

 どうにか入浴を終えたあとの食事は、すばらしいというよりほかないものだった。神堂料理というジャンル名については気にしない。だが、その食事の時にも、いろいろあった。

 トゥアールが自作して持ちこんだ、トゥアールジュース。味自体はかなりのもので、総二も含めてみんなの評価は上々だった。だがそれが、混沌のはじまりだった。隠された人格とでもいうのか、普段とは違う一面を何人かが見せたのだ。

 いきなり脱ぎ出し、丁寧かつワイルドな言葉でアグレッシブに荒ぶる――なにを言っているのか自分でもわからないがそんな感じ――慧理那や、メソメソと泣きはじめ、総二にしなだれかかってきた尊、いつも通りの痴女だが、いつもとは違う痴女になったトゥアールに、頭の上に『!?』という記号が見えそうな、まるでヤンキーのような空気を撒き散らす恋香、そして未春に言い寄る慧夢と、いろいろと大変なことになった。

 総二と愛香、それに未春には特に変化がなかったが、未春は慧夢に押し倒されそうになり、愛香はトゥアールに襲われかけた。性的に。イースナはメガネドンの膝枕で寝た。

 急いで愛香をトゥアールから引き剥がし、抱き寄せると、瞳を潤ませた彼女と見つめ合い、その可愛らしさにドキドキしながらもホッと安堵した。怖かったのだろう。以前ソーラになった時に、自分もトゥアールに襲われかけたので、総二にもその気持ちはよくわかった。あの時は逆に愛香に助けてもらったのだが、当事者になってみると意外と動けないものである。

 それはともかく、たとえトゥアールが相手であっても、愛香を好きにさせるつもりはない。マザーズの方はちょっとどうしようもないが。そのあと恋香がトゥアールに対して、妹を襲っていいのはアタシと総二だけなんだよと凄み、はじまったトゥアール対恋香。どうしてこうなった。

 そして食事を終え、しばらく経ったところで、愛香と連れ立ってこっそり温泉にむかった。

 ここにいる間は、自由に湯に浸かっていいと言われていたため、その言葉に甘えることにしたのだ。先ほど叶わなかった、温泉と愛香を堪能するために。

 脱衣所でいったん別れ、湯に浸かってドキドキソワソワムラムラしているところで、ふと気づいた。

 なぜ自分は、こちらの温泉に来たのだ。

 湯に浸かって愛香と戯れるだけなら、この本泉とは別の、小さめの温泉でいいだろう。なぜこちらの温泉に来たのだ。母や恋香がいるうえに、神堂家の私有地でナニをする気だ。

 理性はそう訴えていたが、頭がどんどんボーっとしていった。愛香のツインテールを触りたい。彼女を抱きたい。そんな欲望が、次から次へと湧き上がった。

 さっき温泉に入っていた時でも、これほどではなかったはずなのだが、なぜだろうか。そう考えたあと、トゥアールジュースのことがなぜか頭に浮かんだ。

 気がつくと、最も慣れ親しんだツインテールの気配が近づき、総二と背中合わせに愛香が湯に浸かったのだった。

 

「そーじ」

「っ!?」

 愛香の背中が離れたすぐあと、腕が首に回される。馴染んだ重みが躰にかかるとともに、わずかなふくらみが総二の背中に押しつけられた。見慣れた、総二が世界で一番好きなツインテールが、総二の首にかかる。愛香がおぶさってきたのだ。色香を感じる艶交じりの彼女の声が耳元で聞こえ、総二はゴクリと唾を飲みこむ。同時に、総二の股間のブレイザーブレイド(隠語)もスゴイことになった。

 恋人となって数ヶ月。結構な頻度で交わりつつ、愛香の胸を揉んできた。長く険しい戦いだったが、その甲斐あってか、彼女のバストアップに一応成功したのだ。まあ、ほんとうにわずかなものであり、実際に効果があったかは疑問だが、とにかくそれがわかった時の愛香は、とても嬉しそうであった。

 ゆっくりとふりむいて、彼女の顔を見る。なにかを求めるように蕩けた瞳と、見つめ合うかたちになった。何度も抱いているはずだというのに、火照ったその顔と、水気を含んだ彼女のツインテールはいつもよりどこか淫靡で、総二の頭はますます昂ってくる。

「愛香っ」

「そーじ、しよ?」

「――――!」

 甘えるように訴えられ、総二の理性が飛びかける。股間のブレイザーブレイド、いや、テイルカリバー(ナニ)はすでに完全開放(ブレイクレリーズ)。いますぐ愛香のエレメリーション(こじつけ)にファイナルブレイザー(意味深)を放ちたくて仕方ない。

「んぅっ」

 気がつくと総二は、愛香を抱き締め、口づけていた。彼女の口の中に舌を差しこむと、愛香も舌を絡めてくる。彼女の鼻にかかった甘い声が耳に届き、抱き返してくる愛香の躰の感触と、離さないとばかりに総二の躰に触れるツインテールに、どんどん理性が消えていく。

「ひゃうっ」

 総二が愛香の頭を、ツインテールをなでると、彼女の口から可愛らしくも艶を含んだ声が漏れた。ツインテールの扱いは、前よりも上達したと自負している。つい先日も、ツインテールをなでるだけで、愛香を達せさせることができたほどだ。もっとも、いろいろとお互いの収まりがつかなかったため、そのあとに続きも行ったが。

「あ、んんっ、そーじ――、この間よりなでるのうまくなってるよ――。んっ」

 ますます蕩けていく愛香の声が、さらに総二の欲望を滾らせる。なでながら再び彼女の唇を奪うと、抱き返してくる愛香の力も強くなった。時に頭をなでるのをやめ、彼女の胸をいじったり、お尻をなでたりすると、頭をなでた時とはまた違う反応を返してくる。そんな愛香が、ますます愛しくなった。

「あっ、んっ」

 愛香の躰を優しく離すと、彼女に背をむけさせ、後ろから抱き締める。しっとりとしたツインテールとうなじの織り成す美に一瞬、心を奪われる。

 愛香の首筋に顔を埋め、吸い付き、胸を揉んではツインテールも揉みしだく。そのたびに、彼女の口から甘い声が漏れる。一度も同じ音色はない。そして、それを奏でているのは自分なのだと思うと、興奮は際限なく高まり続けた。

 ここは神堂家のもの。それに、ここにいるのは自分たちだけではない。そんなところで行為を行うのは、いかがなものだろうか。

 そう思っていたのだが、どうでもよくなってきている。いまはもう、可愛い恋人である愛香と愛し合いたいという気持ちで一杯であった。というか、もういいや、と欲望を解放することにした。

 愛香を抱き上げ、抱えたまま温泉のふちに座る。さすがに浸かったままスるのはまずいかもと、なけなしの理性で思ったためだ。大して意味はないかもしれないが。

「愛香」

「そーじ」

 腕を総二の首に回し、期待に満ちた瞳をむけてくる愛しい恋人と見つめ合う。綺麗な月明かりの下、上気した色っぽい肌に惹かれ、月光を照り返し幻想的な美しさを魅せるツインテールを視界に収めながら、再びキスをした。

 

 

 

*******

 

 

 

――よし、チャンスです。いまの総二様と愛香さんは情欲に支配されまくっています。いつかのスタッグギルディの技の時は、お互いしか見えてなかったために割りこむことは不可能でしたが、いまの発情した二人なら、私も一緒に混ぜてもらって3Pというルートも夢ではないはずっ。もはや、なりふり構っている場合ではありませんっ。いざ! ――――イースナ、なんで私に抱き着いて、なおかつおっぱいに顔をうずめてるんですか。え? ――――神の一剣(ゴー・ディア・ソード)が怖い? いえ、それはわかりましたが、なんで、――――やつらに立ちむかうための勇気をください? いや、なんですか、その、最終決戦前夜に不安にかられたヒロインが、ずっと想いを寄せていた主人公に対して勇気をふりしぼりすぎて、その言葉はちょっと思い切りすぎてませんかね、と思ってしまう告白のようなセリフは。いやいやいやいや、なんで頬を赤く染めて瞳を潤ませているんですか。総二様と愛香さんの二人とだけならともかく、さすがに初めてでイースナも加えて4Pはちょっと。あっ、慧理那さんっ、ちょうどいいところに。すいません、イースナを、――――あの、慧理那さん。どうして私とイースナに抱き着いてくるんですか。えっ? ――――わたくしとももっと仲良くしやがれですわ? えーと、そう言ってくれるのは嬉しいですし、私もやぶさかではないのですが、いまはちょっととりこみ中でして、って、いやいやいやいやっ、慧理那さんを()け者にしようってわけではないですよ!? だからそんな、いまにも泣き出しそうな顔はやめてください!? なんか罪悪感がすごいですから!? あっ、お義母(かあ)様、グッドタイミングです! 助け、――――え? 助けて? あの、お義母(かあ)様、なんでそんなところに隠れ、って慧夢さん? み、未春将軍ですか? えーっとですね、――――あれ、まだなにも言ってませんけど。えっ、未春将軍の匂いがした? いやいやいやいや、そんな犬みたいな、ってホントに見つけてる!? そういえば犬みたいなもんでしたね!? ってうわっ、未春将軍、躰(やわ)らかっ!? え、慧夢さ――っ!? は、速いっ!? あ、あの二人がどうしてあんな動きを!? ――――い、いや、いまはそんなことに気を取られている場合ではありませんっ。いいですか、二人とも。いま私は、女として一世一代の大勝負を、って今度は恋香さんですか。あのですね、私は、――――はい? あの二人に混ざろうってんなら、アタシに勝ってからにしな? フッ、甘く見られたものですね。愛香さんならともかくあなたでは――っ!? こ、このパワーはいったい!? ちょっ、どこに連れて行く気で、っ!? あれは、リング!? っ(いた)っ、いや、あの、なんで人を数メートルも紙クズみたいに投げられるんで、――――あ、あああ~~~っ!? ま、まさかこれは、トゥアールジュースと温泉の成分が混じり合ったことで人格だけでなく、身体能力にまで作用してしまったのでは~~~っ!? 未春将軍や慧夢さんのあの動きもそのせいでっ、ちょっ、待っ、エ、S.O.S! 助けに来てヒーロー、れすきゅうううううううううううううーーーーーーーー!?

 

 

 

 

 








絵面を想像するとギリギリすぎる気が。もう少し長く、とかも思いましたが、いろんな意味でヤバいので。
ちょっとあらすじが長い気もしますが、どこまで書くのがいいのか。バランスは悩むところです。あと、普段は使わない括弧()を使ったり。

エレメリアンは結構ノリで書いてるんですが、書いていて一番楽しいのはやっぱり二人のイチャイチャだったりします。
最後のは、あまり気にしないでください。本気でノリです。ネタです。



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最新話
2-18★ 戦士と獣


 
 遂にはじまったツインテイルズ対リヴァイアギルディ、クラーケギルディの闘い!
 果たしてツインテイルズは、かつて闘った強敵ドラグギルディに匹敵する二体を相手に、勝利することができるのか!
(ナレーション:リヴァイアギルディ)
 


 槍を構え、リヴァイアギルディを見据える。リヴァイアギルディの触手、もとい槍は、真っ直ぐにブルーにむけられている。いつ、それが放たれるか、一瞬たりとも気を抜くことはできない。

 リヴァイアギルディからは、ほとんど隙が見受けられなかった。わずかに見える、隙と呼べそうなものも、誘いである可能性が高い。先日の『小手調べ』の時のリヴァイアギルディの槍の鋭さを思えば、うかつに動くのは危険だろう。

 そう思いはするが、やつに先手を打たせるのも危険だった。マシンガンか、それとも豪雨かと言わんばかりの猛攻を思い出しながら、なおも隙を(うかが)う。

 わずかに槍の先を動かすと、リヴァイアギルディもそれに反応して躰をかすかに動かした。リヴァイアギルディも同じように自身の槍を動かせば、ブルーも同じく反応して構えをわずかに変える。

 時間を稼いで、イエローが参戦してくるのを待つか。頭の片隅でそんなことを考えるも、すぐにその考えは脇に追いやった。

 イエローはきっと来る。そう信じてはいるが、それをただ頼りにしては、リヴァイアギルディの槍に貫かれることになるだろう。いまは、自分の力でリヴァイアギルディを斃す方法を考える時だ。そう思い定めた。

(はら)は決まったか?」

 こちらの考えがまとまるのを待っていたのか、リヴァイアギルディが静かに問いかけてきた。なにも言わず、心持ち重心を前にする。

「っ!」

 飛び出そうとした瞬間、なにかがこちらにむかってくるのを感じ、反射的に槍を突き出した。硬い物同士がぶつかったような音が響いた。リヴァイアギルディの槍。間合いの外のはずだが、神速の突きによる衝撃波のようなものだろうか。なんとか合わせられたが、先日よりも遥かに(はや)く、重い。

 驚きはしたが、即座にそれは鎮める。動揺している場合ではない。

 二撃目。今度は見えた。槍を合わせる。さらに放たれる槍を、先日と同じようにして捌く。速さと重さが、一撃ごとに増していっている気がした。リヴァイアギルディが口もとをゆがめている。笑っているようだった。愉しそうな笑みに見えた。

 何合となく撃ち合い、ひと(きわ)重く、鋭い一撃と撃ち合わせたところで、一旦距離をとった。

「俺の槍とここまで撃ち合えるとはなあ。それどころか、先日とは比べものにならない動きではないか」

「あいにくと、負けられない理由があるのよ。リヴァイアギルディはあたしに任せて、ってね」

「テイルレッドとの約束、ということか。それでほんとうにこれほどの力を発揮できるというのだからな。まったく。つくづく貧乳であるのが惜しい」

 本気で残念そうに言われ、思わず苛立ったが、落ち着けと自分に言い聞かせる。リヴァイアギルディの言葉は挑発ではない。むしろ賛美と言っていいものだ。それで心を乱すのは、自滅するのと変わらない。

 どちらともなく、改めて構えをとった。間合いは、ブルーの外ではあるが、リヴァイアギルディの外でもある。リーチはリヴァイアギルディの方が有利だが、身のこなしではブルーの方が上。だがリヴァイアギルディの反応と対応力は、ブルーに勝るとも劣らない。いや、単純な槍の勝負では、まず勝てない。そう認めるしかなかった。

 だからといって、負けるつもりはない。あらゆる手段を使って勝つ。闘いに美学などを持ちこむつもりはない。闘い方にこだわり過ぎて負けては、本末転倒というものだ。自分たちは、負けるわけにはいかないのだから。

 自身の全知全能をもって、どんな手を使ってでも勝つ。それが、ブルーなりの、愛香なりの闘う相手に対する敬意だ。

 老人に手加減するのは、若者の最大の不敬。祖父から、よく言われたものだった。相手が誰であろうと、闘うからには本気でやるべきだと。闘う者にとって最大の侮辱とは、とるに足らない相手だと侮られること。だからこそ、常に本気で闘うことこそが、武に身を置く者のとるべき態度なのだと。それが礼儀というものであると、そう教えられてきた。

 心の研磨こそ至上の鍛練。これもまた、祖父に言われたことだった。体や技に比べて、心とは鍛えるのが難しい。いや、鍛えるという表現がほんとうに正しいのか、と思う時もある。眼に見えてわかるものではないのだ。だからこそ、己の武とは、絶えずむき合わなければならない。ここ最近ではあるが、そんなふうに思うようになった。

 リヴァイアギルディを見ながら、ブルーはうしろに跳んで間合いをさらに離した。リヴァイアギルディが、訝し気に顔をしかめた。

属性玉変換機構(エレメリーション)属性玉(エレメーラオーブ)項後属性(ネープ)!」

「むっ!?」

 突き出すと同時にリーチを伸ばした槍で、攻撃する。さすがに(きょ)()かれたのか、リヴァイアギルディは槍を合わさず、横に躱した。

 追いかけるようにして、突き出した槍を横に払う。槍が、止まった。

「っ」

 槍が、リヴァイアギルディに掴まれていた。びくともしない。

「こんな小細工など、っ!?」

 慌てず、項後属性(ネープ)を解除すると、伸ばされた槍が一瞬で縮んだ。槍を掴んだままのブルーも一緒にリヴァイアギルディに近づいている。リヴァイアギルディが、眼を見開いた。

「はあっ!」

「グッ!」

 肘を顔面に叩きこむ。はじめての直撃。苦悶の声を洩らし、リヴァイアギルディがわずかによろけた。着地しつつ槍をもぎ取り、追撃する。

「フッ!」

「っ!?」

 躱され、今度は逆に拳を入れられていた。重い。フォトンアブソーバーでダメージは軽減できているが、それでも躰の芯に衝撃が伝わるようだった。だが、ここで引くわけにはいかない。歯を食いしばった。

 瞬時に槍を消し、そのまま接近戦を仕掛ける。この距離では長物は使いづらい。体術で攻める。投げは、警戒するしかない。

 ふっと思い浮かぶことがあったが、いま試すのはリスクが高すぎる。

 リヴァイアギルディは、触手を自身の躰に巻きつけていた。

「はあああああああああああああああっ!」

「キョオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 拳を撃ち合わせる。時折、肘なども使うが、足技は使わない。モーションの大きい足技の類は、拳よりも投げられる可能性が高いだろう。

 時々、リヴァイアギルディの攻撃が直撃するが、それはこちらも同じだ。数はこちらの方が多く入れているが、一撃の重さはリヴァイアギルディの方が上。格闘戦の技術は、ほぼ互角と言っていい。

「っ!?」

 不意に、浮遊感を感じた。投げられる、と瞬時に判断する。

 ピンチではあるが、チャンスだ。おそらくリヴァイアギルディは、ここで勝負を決めることを考えるだろう。

属性玉変換機構(エレメリーション)髪紐属性(リボン)!」

「キョッ、っ!?」

 即座に髪紐属性(リボン)を発動し、空中で身を(ひるがえ)してリヴァイアギルディの槍を避けつつ、フォースリヴォンを叩く。間近を通り過ぎる槍の鋭さに寒気を覚えながら、ウェイブランスを取り出した。

 必殺の一撃として、槍を放っていたリヴァイアギルディの顔が、今度こそ驚愕に(いろど)られた。大技を放った直後であるこのタイミングなら、すぐには動けまい。

「オーラピラー!」

「むうっ!」

完全開放(ブレイクレリーズ)!」

 空中で放ったオーラピラーがリヴァイアギルディに直撃する。必殺の刺突を放つ準備は整った。

 槍を、振りかぶった。気迫によるものか、オーラピラーに拘束されたリヴァイアギルディの躰が一瞬、大きくなったように見えた。オーラピラーが、破壊される。

「エグゼキュート・ウェーーーーーーイブ!!」

「キョオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 構うものか、と必殺の槍を投げ放った。リヴァイアギルディが、裂帛の気合とともに身を縛る水流を弾き飛ばした。

 リヴァイアギルディの触手が、躰の前面でとぐろを巻いた。

「見よ、我が奥義!!」

「っ!?」

 槍が、解き放たれた。螺旋。竜巻。凄まじい勢いで突き出された槍が、ウェイブランスを弾き飛ばし、ブルーに迫った。

 

 

 剣と剣を打ちつけ合う。クラーケギルディの剣は、先日よりも重く、速い。打ちつけ合う衝撃で、周りの空気が震えていた。

 もっとも、剣の勝負ならば、力負けしていない。問題は、別のところにあった。

「この!」

「ふっ!」

 クラーケギルディの剣を凌ぎ、反撃をかけようとしたところで、数本の触手がレッドの足を打ち据えた。ダメージはほとんどないと言っていいが、反射的に足が止まった。

「ヒンッ!」

「っ!」

 突き。ブレイザーブレイドを盾にするようにして逸らし、そのまま近づく。

 このまま撫で斬りにする。そう思って剣を振るが、なにか弾力のあるものにぶつかり、止まった。触手。先日、レッドの唐竹割を止められた時にも見た、網のように()まれた触手がそこにあった。

 気づいたところで、剣ごとレッドの躰が()ね返された。大きく飛ばされたわけではないが、わずかに宙に浮かされるかたちとなった。

 まずい、とブレイザーブレイドを空中で構える。クラーケギルディが、剣を振りかぶった。

「ヒンッ!!」

「ぐぅっ!」

 衝撃。剣で防ぐことはできたが、そのままふっ飛ばされた。受け身をとり、再び剣を構える。

 影が、レッドを覆った。

「っ!」

 見上げると、小さな触手が大きな触手に絡み、大きな拳のようなかたちを作っていた。振り下ろされる。

「ヒン!!」

「ぐうっ!?」

 避けられるタイミングではない。剣を頭上に掲げ、防御する。重い。凄まじい衝撃に潰されそうになるが、歯を食いしばって耐えた。

「っ!?」

 触手がわずかに軽くなったと感じた瞬間、クラーケギルディが飛びこんできた。剣を横薙ぎに振るってくる。

「っ、うおりゃあ!!」

「むっ!?」

 気合を入れ、触手を撥ねのけると、クラーケギルディの剣と打ち合わせる。防御されると思わなかったのか、クラーケギルディが眼を見張った。

 再び数合斬り結ぶと、どちらともなく跳び退(すさ)った。

「やはり大したものだな、テイルレッド」

「今回は、触手全開ってか?」

「その通りだ。私の全力をもって、貴様を破る。そして、姫の属性力(エレメーラ)を手に入れる」

「させねえって言ってるだろ」

「その割には、防戦一方のようだが?」

「ぐっ」

 クラーケギルディの言葉に、思わず押し黙った。

 剣を凌ぎ、反撃をかけようとすると触手による牽制が入り、触手に気をとられると、剣による重い攻撃が来る。触手を無視して攻撃しようとすると、大きな触手を使った攻撃が飛んでくる。大きな触手は、無視できる攻撃ではない。下手に直撃すると、大きく体勢を崩されて、そのまま勝負を決められてしまうだろう。

 だが、守ってばかりでは負ける、攻めなくては。

 そう考えるも、レッドの()れる攻撃手段は、ブルーに比べてずっと少ない。力などの単純な身体能力は、属性力(エレメーラ)の強さの関係上レッドの方が上だが、戦法の幅に関しては、ブルーの方が圧倒的に上だ。天性のものと言える戦闘センスに加え、そのセンスを十全に発揮した、属性玉変換機構(エレメリーション)を使った戦法があるのだ。レッドには、できない。

 実のところ、基地で属性玉変換機構(エレメリーション)をいくつか試してみた。ツインテール属性一本で行きたいという思いはあるが、それ以上に大事なのは、愛香を守ることだ。そう思い定め、試してみたのだが、ブルーに比べると効果がいまひとつという感じだった。

 例えば髪紐属性(リボン)の場合、飛行するための翼の展開が遅めで、飛行速度自体もそこまで速くはない。項後属性(ネープ)による、武器のリーチを伸ばすという効果も、伸びる速度や伸縮距離がブルーより下だったりといった感じだった。現時点で持っている属性玉(エレメーラオーブ)すべてがそうだ。

 あくまでもブルーと比較してであり、隊員クラスのエレメリアン相手にだったら充分使えるとは思うが、クラーケギルディのような幹部クラスには、逆に隙となりかねない、と判断するしかなかった。

 根本的に、ツインテール属性以外の属性を使うことに抵抗があるのかもしれない、というのがトゥアールの見解だった。

 俺は、自分の意地の方を優先してしまっているのだろうか、と思った。それが顔に出てしまったのか、愛香もトゥアールも、気にせずに、自分の思うように闘えばいい、と言ってくれたが、気(おく)れのような気持ちは拭いきれなかった。

 だが、いまはそれらを気にしている場合ではない。現状で可能な手段を使って、闘うしかないのだ。レッドの採れる主な攻撃手段は、ブレイザーブレイドによる攻撃、オーラピラー、拳や蹴りによる打撃。これだけで、どうにかしなければならない。

 いや、どうにかするのだ。愛香を守るために。そう思い定め、ブレイザーブレイドを握り直した。

「考えはまとまったかな?」

「っ、律義なやつだな。ドラグギルディもそうだったけどよ」

「以前も言っただろう。正々堂々と闘い、勝ってこそ、姫を手に入れる資格を得ることができる」

「だけど、今回は触手も使うんだな」

「そうだ。剣のみで、というのは私の傲慢だった。お互いに全知全能を尽くして闘ってこそ、決闘というものだろう?」

「ああ。確かにな」

 試すような口ぶりに、そう答えた。

「だが、今日の貴様は、どこかに迷いがあるようだな」

「迷い、だと?」

「迷い、とは違うかもしれんな。いろいろと考え過ぎているように見受けられるぞ、テイルレッド。前に剣を合わせた時の方が鋭かったようにすら感じられる」

 迷い。考え過ぎている。その言葉にちょっとだけギクリとなるが、すぐに心を鎮めた。

 深呼吸して、改めて剣を構えた。

「ずいぶんと親切だな、そんな忠告してくれるなんてよ」

「ヒンッ、言っただろう。全力で闘わなければ意味がないのだ、とな」

「そうかよ。じゃあ、今度はこっちから行くぜ!」

 吼え、飛び出す。クラーケギルディが剣を構えつつ、触手を伸ばしてきた。

「オーラピラー!」

「むっ!?」

 小さな触手を斬り飛ばし、オーラピラーを飛ばす。一発だけでなく、三発。クラーケギルディは、横に飛んで避けた。着地場所を見(はか)らって、そこにもうひとつオーラピラーを飛ばし、駆ける。

 オーラピラーが当たれば、相手を拘束できる。ドラグギルディにはすぐに破られてしまったが、まったく効果がないわけではなかった。クラーケギルディもおそらく、ドラグギルディ同様すぐに破ってしまうかもしれないが、まったく無意味ではないはずだ。

 オーラピラーを牽制として接近し、ブレイザーブレイドによる本命を叩きこむ。それがレッドの作戦だった。

「ヒンッ。なるほどな。では、こちらも試してみようか」

 クラーケギルディが言い、小さな触手をオーラピラーに伸ばした。

「っ?」

 駆けながら、クラーケギルディの行動を(いぶか)しむ。オーラピラーに触れれば拘束される。それはクラーケギルディもわかっているはずだ。

 伸ばした触手が、オーラピラーに触れた。クラーケギルディを拘束するために、炎が螺旋を巻きはじめた瞬間、クラーケギルディが伸ばした大きな触手に、結界が破壊された。

「なに!?」

 思わず足を止めると、クラーケギルディが確信を得たように頷いた。

「やはりそのオーラピラーというのは、相手を覆いきった時に完全な拘束力を発揮するようだな。完全に捕らわれれば、抜けるのもひと苦労かもしれんが、その前ならば破壊するのはさほど難しくはない、といったところか」

「くっ」

 なんてことないように言ってくるが、着弾から拘束が完了するまでの時間は、ごくわずかなものだ。言うほど簡単なものではない。複数の触手を自在に操るクラーケギルディでもなければ、こんな対応はできないだろう。わかってはいたが、手(ごわ)い、と改めて思った。

 だが、だからといって、弱気になってたまるか。

 クラーケギルディが、大きな触手をこちらに振るった。

「ちっ、オーラピラー!」

「馬鹿のひとつ覚えかな!」

 大きな触手にひとつ、クラーケギルディにむかってひとつ、オーラピラーを飛ばす。クラーケギルディは触手を巧みに操り、さっきと同じようにオーラピラーを迎撃していた。

 さらにオーラピラーを数発飛ばし、()()(さん)、と覚悟を決め、飛び出す。

「む!?」

「おおおおおおっ!!」

 雄叫びを上げ、オーラピラーよりも低い位置を這うようにして突っこむ。驚きの声を上げたクラーケギルディは、後退しながらオーラピラーを迎撃し、レッドに二本の触手を伸ばした。

「オーラ、っ!?」

 オーラピラーをその触手にむかって放とうとした瞬間、触手が切り離された。予想していなかったその動きと速さに、反応が遅れた。触手が、下から斬り上げるための予備動作に入っていたレッドの躰に巻きついた。体勢が崩れ、うつ伏せに転ぶかたちになった。

 まずい。そう思った瞬間には、クラーケギルディが目前に迫り、剣を振り上げていた。

「終わりだ、テイルレッド!」

 ふざけるな。そう思うと同時、ドラグギルディとの闘いを思い出した。

 剣が、振り下ろされた。

「オーラピラー!!」

「っ!?」

 レッドが自身の躰に展開したオーラピラーに、クラーケギルディの剣が弾かれた。オーラピラーが砕けるが、気にせずに仰向けになると足を振り上げ、勢いよく地面を蹴って反動で立ち上がる。

 腕に力を入れるが、触手はガッチリとレッドを拘束しており、簡単に解ける様子がなかった。

「っ!」

「ヒンッ!」

 クラーケギルディが即座に体勢を立て直し、再びこちらにむかって剣を振り下ろしてきた。

 不意に、ひとつの案が閃いた。危険だが、賭けるしかない。

 レッドの躰に届かないギリギリを見極め、その場で上に勢いよく跳んだ。

「っ、なにっ!?」

 クラーケギルディの剣は、レッドの躰を拘束していた触手のみを斬っていた。完全に両断されたわけではないが、拘束はかなり弱いものとなっている。

「うおおおっ!!」

 これならば、と気合とともに腕に力をこめ、身を縛っていた触手を弾き飛ばした。

 さすがに度肝を抜かれたのか、クラーケギルディが驚愕の表情を浮かべているように見えた。

完全開放(ブレイクレリーズ)!!」

 落とすことなく手に持っていたブレイザーブレイドが形を変え、炎を噴き上げる。

 振りかぶる。落下の勢いを乗せ、クラーケギルディ目掛けて振り下ろした。

 クラーケギルディの触手が、網のようなかたちを作った。受け止められる。

「甘っ、なにっ!?」

 受け止められると同時、レッドはブレイザーブレイドから手を離してフォースリヴォンに触れ、そのまま着地した。こちらは囮。クラーケギルディが驚愕の声を上げる。

 着地した瞬間にはすでに、もう一本のブレイザーブレイドが、レッドの手に作られていた。クラーケギルディの眼だけが、こちらを追っていた。躰は着いてきていない。

 一気に、決める。

「伊達にツインテールじゃねえって、っ!?」

 渾身の力を入れ、跳躍しながら斬り上げたところで、レッドの剣が止まった。予想外の事態に今度はレッドが硬直する。反射的にブレイザーブレイドを見て、眼を見開いた。

 触手が、ブレイザーブレイドに巻きついていた。

 クラーケギルディの躰には届いた。傷も見える。だが、深くはない。途中で、触手に巻きつかれた。

「ヒンンンンーーーーッ!!」

「うおおおおおおおおっ!?」

 宙に浮いた状態で踏ん張りが効かず、凄まじい回転を加えられながら上方に飛ばされた。ブレイザーブレイドから手を離す暇もなかった。

 視界が目まぐるしく変わり、自分の位置の把握が遅れる。回転の勢いが段々と弱まり、なんとか体勢を立て直した。

 だいぶ高い位置に飛ばされたようだった。下を見る。クラーケギルディは、いない。

「っ!?」

 悪寒を感じ、ふり返るようにして見上げる。クラーケギルディが、レッドを見下ろすような位置にいた。距離は、近い。

 クラーケギルディが、突きを放つ時のように、剣を引いた。触手が、クラーケギルディの腕と剣に絡みつき、長大な剣を思わせるものとなっていた。

「受けよ、我が秘技」

 引き絞られた弓から矢が放たれるように、クラーケギルディの剣が閃いた。

 

 

 決まりだ。リヴァイアギルディの奥義が、テイルブルーの『エグゼキュートウェイブ』を弾き飛ばしたところで、スワンギルディはそう確信した。

 最大の必殺技であろう『エグゼキュートウェイブ』を弾かれたのだ。テイルブルーの動揺はこの上ないものであるだろうし、渾身の力をこめて放っただろう攻撃のあとなのだ。あとは直撃を待つしかない。

「まだ、よっ!!」

 テイルブルーがそのまま前方に回転し、踵をリヴァイアギルディの槍の側面に叩きこんだ。放った槍と同じように弾き飛ばされ、激しくきりもみするが、テイルブルーは空中で体勢を整え、静かに着地した。

「なんと」

 あの状況で、あの攻撃を避けるとは、とスワンギルディは眼を見開いた。

 リヴァイアギルディが、愉しそうに笑い声を上げた。

「まったく、実に大したものだなあ、テイルブルー。なぜおまえは貧乳なのだ。おまえが巨乳であったなら、と思わずにはいられんぞ」

 心からの賞賛とともに無念さを感じさせるその言葉に、テイルブルーから一瞬、恐ろしいほどのプレッシャーが放たれた気がした。知らず、スワンギルディは身震いしていた。

 テイルブルーの乳のことには、決して触れてはならない。ドラグギルディの言葉を不意に思い出した。実際にこの威圧感を受けたことで、なぜあのようなことを言ったのか、嫌でも理解できてしまった。

 クラーケギルディとテイルレッドの闘いに意識をむける。

 両者とも、あらゆる戦術を駆使し、互いに相手の虚を衝くようにして動いていた。

「っ!」

 テイルレッドの剣が、クラーケギルディの躰に届いた。そう思った瞬間、クラーケギルディは剣を触手で絡め取り、テイルレッドにすさまじい回転を加えて天高く飛ばした。クラーケギルディがそれを追うようにして跳躍する。

 舞い上げたテイルレッド以上の高さに、クラーケギルディが到達した。

 クラーケギルディの居場所を探すように見下ろしていたテイルレッドが、なにかに気づいたように、ふりむくようにして見上げた。クラーケギルディのいる方だ。

 クラーケギルディの持つ剣に、触手が絡みついていた。常のものよりずっと長く、大きな剣となっているように見えた。

 クラーケギルディがその剣を突き出す。テイルレッドが、身をよじって剣を掲げ、クラーケギルディの突きを防いだ。

 防ぎはしたものの、踏ん張るための物などなにもない空中だ。テイルレッドが、まるで隕石のように、すさまじい勢いで落下していく。

「まだまだぁ!!」

 地面まで間近といったところで、テイルレッドが吼えた。身を捻りながら、地面にむかって剣を豪快に振るう。地面に大きな剣閃が刻まれると同時、あたりに轟音が響いた。衝撃でテイルレッドが浮き上がり、たたらを踏みながらも着地した。近くには、テイルブルーとリヴァイアギルディがいる。ふたりとも油断なく構えをとりながらも、テイルレッドの方に視線をむけていた。

「――――」

 スワンギルディは、もはや声も出なかった。

 リヴァイアギルディとクラーケギルディの強さもそうだが、ツインテイルズの底力にも、驚愕するしかなかった。

 いつか。いつかこの領域に辿り着いてみせる。羨望と悔しさに拳を握り締め、改めてそう誓う。

 クラーケギルディが着地し、高笑いを上げた。テイルブルーがビクッと身を震わせる。リヴァイアギルディに対してはいくらか慣れたようだが、クラーケギルディの触手にはまだ耐性がないようだった。

「どうやら私は、貴様をまだ見くびっていたようだな、テイルレッド。先ほどの『グランドブレイザー』を囮とした二刀目、さすがに虚を衝かれたぞ」

「それを凌いでおいて、よく言うぜ。二刀目に関しては、ドラグギルディでも直撃したってのによ」

 テイルレッドの言葉に、リヴァイアギルディがわずかに身じろぎし、スワンギルディも不思議な感覚を覚えた。なんというべきか、テイルレッドの声には、ただ敵のことを語ったというだけではない、なにか不思議な響きがあったような気がした。

「触手がなければ、私とてただでは済まなかっただろう。事実、私の触手もかなりの傷をつけられた」

 クラーケギルディが言った。言葉の通り、剣を止めるのに使ったのであろう触手はどれも、いまにも千切れ落ちてしまいそうなものばかりだった。

 クラーケギルディとリヴァイアギルディがお互いに見合い、再びさっきまで刃を交わしていたツインテイルズの方に眼をやる。ツインテイルズもまた、再び構えた。

「やはり、限界まで力を引き出さなければならぬようだな」

「なに?」

「おそらく、おまえたちも眼にはしているだろう。ドラグギルディの最終闘体を」

 クラーケギルディの言葉にテイルレッドが訝し気に声を洩らし、リヴァイアギルディが答えると、ツインテイルズがハッとした表情を浮かべた。スワンギルディもその言葉に、ドラグギルディのことを思い出した。

 属性力(エレメーラ)を極限まで高めた者だけが到達できるという、エレメリアンの切り札、最終闘体。ドラグギルディに一度、わずかな時間だけ見せて貰ったことがあった。属性力(エレメーラ)の光を二つの房、ツインテールにした、ドラグギルディの正真正銘、全力全開の姿からは、とてつもない力強さと凄みを感じたものだった。

 リヴァイアギルディはそのドラグギルディと同格とされ、クラーケギルディもまた彼らに匹敵する実力者。最終闘体に成れても不思議ではない。

 だが最終闘体とは、自らの躰を(かえり)みず、力を極限まで引き出す状態であり、躰への反動も非常に大きいという。果たして、ツインテイルズを倒せたとしても、ふたりは無事に済むのか。

「っ」

 いや、そうではない、とスワンギルディは首を振った。

 それほどまでの覚悟を決めねば勝てない相手だということだ。戦士として、目の前の戦士たちを倒すために、すべてを懸ける。ただそれだけのことなのだと、スワンギルディは思った。

 リヴァイアギルディとクラーケギルディが、両腕を躰の前で交差させ、深く呼吸をしはじめた。すさまじいまでの気が、あたりに放たれる。ツインテイルズは武器を構えながらも、その気に()されるように踏みこめないでいた。

『見よ、ツインテ』

「フッフッフッフッフ、ハッハッハッハッハ、ハアーッハッハッハッハッハ!!」

 リヴァイアギルディとクラーケギルディの声を遮るように、高笑いが響いた。

 

 

 突然響いた聞き覚えのある高笑いに躰から力が抜け、レッドは剣を取り落としそうになった。既視感(デジャヴュ)を覚え、ブルーを見ると、レッドと同じような反応をしていた。

 ブルーがこちらを見た。なんとも言い(がた)い表情をしており、彼女の瞳に映るレッドの顔も、同じような表情をしているのが見えた。リヴァイアギルディとクラーケギルディは、さっきまで充満させていた気を霧散させ、頭上を見上げていた。

「そこまでです、乳に魅入られた魔物ども!!」

 ブルーと一緒に(かぶり)を振り、声が聞こえた方を見上げた。声の主は、最も近くにある煙突の天辺(てっぺん)にいた。予想通り、ドラグギルディとの闘いの時と同じく仮面を被ったトゥアール、もとい仮面ツインテールの姿があった。出撃前に煙突を気にしていたのは、このためだったのか、となにかをあきらめるような心持ちで思った。

「森の声を聞きなさい、風の声を聞きなさい。真の巨乳を前にもせずに乳の話で盛り上がる、肉欲に()えた中学生男子のごときあなたたちを嘲笑(あざわら)っていますよ。人それを、(もう)(りょう)と言います!!」

「貴様っ、何者だ!」

 朗々とした彼女の言葉のあと、クラーケギルディが(すい)()の声を上げた。被った仮面のバイザーが、キラリと(きらめ)いた気がした。

「あなたたちに名乗る仮面ツインテール世界を渡る復讐者ではありません!!」

『違うの!?』

「名乗る名前はない、と混ざりましたっ!!」

 レッドとブルーが同時に叫ぶと、仮面ツインテールが声を上げた。どことなく開き直ったような言い方だった。普通に名乗るのと、名乗る名前はないと言うのとどっちにするのか迷ったあげく、混ざってしまったのだろう。どうでもいいが。

「ぬうう、仮面ツインテールだと」

「世界を渡る復讐者、と言ったな。それに、あの見事な巨乳。まさか彼女は」

 リヴァイアギルディが、なにかに気づいたような呟きを洩らした。

 仮面ツインテールが例の傘を取り出し、広げた。前回の失敗をくり返さないためだろう。

「トゥアッ!」

『おおっ!』

 仮面ツインテールが跳んだ。リヴァイアギルディとクラーケギルディが驚きの声を上げ、傘を差した仮面ツインテールがゆっくりと降りて、こない。

『――――?』

 ブルーと顔を見合わせ、再び見上げる。さっきより浮き上がっているような気がした。

 じっと見ていると、やはり徐々にではあるが、浮き上がっているように見えた。

 リヴァイアギルディとクラーケギルディは、なにも言わず彼女を見続けている。こういう律義さというか義理堅さは、やはりエレメリアンの共通点なのだろうか、とドラグギルディを思い出しながら思った。

「そーいえば、地面に落ちたあと、ゆっくり浮き上がってたわよね」

「あー、そういえば」

 ふと思い出したようにポツリとブルーが言い、仮面ツインテールが着地に失敗した時のことを思い出した。グッタリとして掴まっているだけだったのに、少しずつ浮き上がっていたのだ。落下する前に開いていれば、あんなふうにもなるよなあ、とぼんやりと思う。

「わっ」

「っと、風か」

 不意に、強い風が吹いた。反射的に顔を腕で覆い、再び仮面ツインテールを見上げる。

「あれ?」

 仮面ツインテールの姿が、視界から消えていた。

「あっ。あっちにいるわよ」

「ん?」

「し、しまったっ。まさか風に流されるとは!」

 ブルーが指さす方を見たところで、仮面ツインテールの声が聞こえた。すでに廃工場の敷地内からはずれ、周囲の荒れ地の方に出てしまっている。

「くっ、こうなったら、一旦閉じて、ギリギリで開くしか」

 そう言ったあと仮面ツインテールが、意を決した様子で傘を閉じた。途端に、それまで浮かび上がっていたのが嘘のように、彼女の躰が落下していく。このままでは地面にぶつかる。

「ここです!」

 そう思ったところで、仮面ツインテールが吼えると同時に傘を開いた。落下速度がどんどんゆっくりとなり、地面に、激突した。

『なんとっ!』

『――――』

 リヴァイアギルディとクラーケギルディが驚愕の声を上げ、レッドとブルーは顔を見合わせた。また既視感(デジャヴュ)を覚えた。

 仮面ツインテールが落ちたところに、二人で視線を戻す。今回も盛大に土煙が舞っていた。やはりリヴァイアギルディとクラーケギルディは、じっとそこを見つめ続けている。

 再度、ブルーと顔を見合わせ、仮面ツインテールが墜落したところに眼を戻す。仮面ツインテールの姿は見えない。

 なんとなく、レッドは眼を瞑った。心の中でゆっくりと十秒ほど数える。

 眼を開いた。胸を強調するように腕を組み、白衣をたなびかせる仮面ツインテールの姿があった。うっすらと汚れている気がするが、気にしたら負けだ、と自分に言い聞かせる。ブルーに顔をむけると、眼が合った。互いになにも言わず、仮面ツインテールの方にむき直った。

「乳の本質を知らず、乳を語る哀れな道化たちの言葉に、いい加減うんざりとしていましたのでね。乳に関してはこの私に一家言ありと、この場に参上しました」

 何事もなかったかのように、仮面ツインテールが喋り出した。ツッコんだら負けだ、とレッドは我慢した。

 クラーケギルディが、憤ったように声を上げた。

「貴様、我らの生を侮辱するか」

「侮辱ではなく、否定です。私にはその権利があります。それだけの、おっぱいがあります!!」

「ぬうう」

 クラーケギルディが戸惑った様子で呻き、リヴァイアギルディが汗を拭うように、顎を手の甲で拭った。

「この女、言うだけのことはある。完全なる自意識に支えられた、誇り高き巨乳っ。だが、解せぬ。その神の領域に乳を押し上げていながら、なぜ巨乳属性(ラージバスト)を生み出せなんだ!」

「さあ、なぜでしょうね。私が幼さを愛するがゆえ、でしょうか。しかし、それとこれとは話が別。真なる乳を吊り支えるもの。それはクーパー靱帯(じんたい)ではなく、女のプライドなのです!!」

「おおっ」

 リヴァイアギルディが、感極まったように躰を震わせた。彼にとっては、この上ない至言だったようだ。

 リヴァイアギルディとは対照的に、クラーケギルディは苛立った様子だった。

「聞き捨てならぬな、下品な乳の女よ。大きさに(たの)みを置くその態度こそ、憐れというものよ!」

「大きさこそ乳の本質。男性を労わり、子を育む胸が大きくあるべきなのは、進化の末に獲得した生命の真理です!」

「世界には、乳の小さな女性が数多くいる。そして、強く気高い輝きを放っている。いや、それだけではない。どんな進化の系譜を辿ろうとも、いかなる世界であろうとも、大地の上で生きることを選んだ生物たちは、巨大なものは滅び、その大きさを捨てるという進化をした生物が生き残ってきた。大きさにこだわるのは、原始の過ちをくり返すことにほかならぬ!」

 なぜ、この連中は、生物の進化について熱く語りはじめているのだろうか。話の流れについていけず、レッドは頭を抱えた。

「アルティメギルのくせに、いいこと言うじゃない」

「え」

 隣を見ると、ブルーが腕を組み、うんうんと頷いていた。

「そうよ。時代はコンパクトなのよ。テレビも電話もパソコンも、みんな時代とともに薄く小さくなってくんだから。小さい胸が未来のトレンド。そう。付加価値(ステータス)なのよ!!」

「ブルー」

 完全に吹っ切ったわけではないとわかってはいるが、我が意を得たとばかりに、握り締めた拳を掲げて声を上げるブルーの様子には、やはり頭を抱えるしかなかった。

「クックック、ハッハッハ、ハアーッハッハッハッハッハ!!」

 仮面ツインテールが、右手で額を押さえるようなポーズをとり、さっきとはまた違った調子の高笑いを上げた。なんというか、月を見るたび思い出しそうな高笑いだった。

「貧乳がステータスとは、まったく。負け犬の遠吠えとしても、あまりに滑稽というもの」

「な、なんですって!?」

「確かにステータスですねえ。もっとも、ステータスはステータスでも、バッドステータスでしょうけど。開き直りにしても浅はか過ぎるというものです!」

「ぐ、ぐぬぬぬっ」

「なんで仲間を論破してるんだよ!?」

「貧乳でも気にしない、とか貧乳の方がいい、とか、そんな言葉はですね。ヤりたい盛りの男の子が、女の卑下に見せかけた『あたし褒めて』オーラをめんどくさがって、とっととおっぱじめるために適当に肯定してあげてるだけに過ぎませんっ。その手の女はそれに気づかず自己完結しているだけですっ。なんと滑稽なのでしょうか!」

 白衣をマントのように翻し、仮面ツインテールが(うた)うようにして言い放った。

「――――」

 ブルーが、能面のような無表情をレッドにむけてきた。

 ――あいつの言ってること、ほんと?

 彼女のツインテールが、そう訊いていた。

 レッドは全力で、首を何度も横に振った。

 ――惑わされないでくれ。俺はほんとうにおまえの胸が好きなんだ。貧乳とか巨乳とか、そんなものは関係なく、おまえの胸が好きなんだ。

 己のツインテールで、そう訴えかける。

「くっ、この女っ。なぜこれほどまでに自信に満ちているのだ!?」

「むうう」

 クラーケギルディの、困惑に満ちた声が聞こえた。リヴァイアギルディもまた、さっきの仮面ツインテールの言葉に感銘を受けながらも、戸惑いを隠せないようだった。

「ブルマやスク水のような衣装を()でる嗜好は、どちらかといえば視覚による情報が主となります」

『っ?』

 仮面ツインテールが淡々と言い、リヴァイアギルディとクラーケギルディが訝し気に首を傾げた。

「しかし、乳はそうではありません。視覚よりも触覚、感触にこそ価値の大半を見(いだ)すものです。で、あるならば、実際に触れて審美できないあなたたちには、乳について語る資格など、ない。いかに属性として美しく結晶しようと、もはや存在そのものが矛盾している。それが、乳の属性であり、そこから生まれたあなたたちです!!」

『なん、だと――?』

 存在そのものを否定されたリヴァイアギルディとクラーケギルディが、愕然と声を洩らして片膝を地に突いた。

「馬鹿な、我らがっ」

「っ」

 クラーケギルディが肩を震わせ、動揺を抑えきれない様子で呟くと、リヴァイアギルディが歯を食いしばって立ち上がった。

「負けぬ」

 リヴァイアギルディが、決然と声を上げた。

「負けられぬ。仮面ツインテールよ。たとえ、おまえの言うことが正しくとも、それでも俺の中にある巨乳への想いは、(まこと)のものだ。それだけは、誰にも否定させぬ!」

「リヴァイアギルディ」

 クラーケギルディが眼を見張り、リヴァイアギルディを見つめた。

「立て、クラーケギルディ。おまえの貧乳への想いとは、その程度のものか?」

「っ!」

 視線をむけることなく紡がれたリヴァイアギルディの言葉に、クラーケギルディがハッとした。

 クラーケギルディは少しだけうつむいていたかと思うと、顔を上げて力強く立ち上がった。眼の光が、さっきまでより強くなっている気がした。

 クラーケギルディが、リヴァイアギルディに顔をむけた。

()らぬぞ」

 なにかを言おうとしたクラーケギルディの機先を制するように、リヴァイアギルディが言った。

 ピクッ、とクラーケギルディが反応し、顔をレッドたちの方にむけた。

「そうか。ならば、言わぬ」

「おう、そうだ。そうしろ」

 互いに眼をくれることなくふたりが言い合う。ふっと、このふたりは互いを強く信頼し合っているのではないか、と頭に浮かんだ。張り合い、ぶつかり合う。それが、このふたりの友情のかたちなのではないかと、レッドは不思議と思った。

 再びリヴァイアギルディとクラーケギルディが、ともに両腕を交差させるような構えをとり、深く呼吸をはじめた。先ほど以上の気が、ふたりの躰から(ほとばし)っているように思えた。

「キョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ヒンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンッ!!」

 大気を震わせるような咆哮があたりに響き渡り、なにかが爆発したかのような衝撃を感じた。土煙があたりを覆う。

 わずかの間を置き、土煙が晴れていく。

「っ」

 リヴァイアギルディとクラーケギルディの姿が、変わっていた。

 リヴァイアギルディの姿は、見た目自体はそれほど変わっていないが、触手も含めて、体格がさっきよりひと回り以上大きくなっているように見えた。

 クラーケギルディの方は、体格はさほど変わったようには見えないが、千切れかけていた触手が治っており、さらには左右二本ずつ、二対の触手が太く、大きなものになっていた。先ほど切り離した触手よりも太く、大きかった。

 どちらにも共通しているのは、ドラグギルディに匹敵するほどの凄み。

「これが」

「そうだ。これが、俺たちの最終闘体」

「姫。この身のすべてが否定されようとも、私は愛を貫きましょう。あなたの、天に輝く星々をも(かす)ませる光を放つ、その大いなる貧乳に誓って」

 プチッ、となにかが切れる音が聞こえた気がした。ブルーの方から聞こえたような気がした。嫌な予感を覚え、恐る恐るブルーに眼をやる。

「ブ、ブルー?」

 恐々(こわごわ)と呼びかけるが、ブルーは顔をうつむかせ、プルプルと肩を震わせていた。

「どいつもこいつも」

 背筋が凍えるような、怒気を感じた。仮面ツインテールが(だっ)()のごとき勢いで逃げて行く。

 待て、おい、さっきのおまえの言葉も一因だろう、などと思いながらも、ブルーにむき直った。

「お、落ち着け、ブル」

「我が全霊の力、とくとご覧あれ。私はこの愛を、貧乳の美姫(びき)に捧げましょう!」

「っておまえ、もう(しゃべ)っ」

「貧乳貧乳うるせえええええええええええええええええ!!」

 なおも貧乳のことに触れるクラーケギルディを黙らせようと声を上げかけたところで、さっきのリヴァイアギルディとクラーケギルディにも負けないほどの咆哮が、ブルーの口から放たれた。思わずレッドの躰が硬直する。

 ブルーが、クラーケギルディに猛獣のごとく飛びかかった。クラーケギルディは、なにが起こったのか理解できない様子で、茫然とブルーを見ていた。

「ちっ!」

 (いち)早く反応したリヴァイアギルディが、クラーケギルディを勢いよく突き飛ばした。

 ブルーが、リヴァイアギルディを引っ掴んだ。

「こっち来い、オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 ブルーがリヴァイアギルディを豪快に振り回し、地面に叩きつけた。轟音が響き渡るとともに、リヴァイアギルディのかたちにアスファルトが砕け、亀裂があたりに走った。

 仰向けに倒れたかたちのリヴァイアギルディの上に、ブルーが間髪入れず踏みつけるようにして飛び乗った。さらに轟音が響き、地面に亀裂が走る。

 ブルーが、マウントポジションをとった。

「うっがああああああああああああああああああああああああ!!」

 レッドの眼でも追いきれないほどの拳打が、リヴァイアギルディの顔面にいくつも叩きこまれる。衝撃で地面のアスファルトはさらに砕け、周囲の亀裂もさらに広がっていく。

 あれだけの攻撃を受ければ、ただでは済まないだろう。たとえ受けるのがドラグギルディだったとしても、かなりのダメージになったはずだ。だがリヴァイアギルディは、(ひる)むことなくブルーの顔を睨みつけていた。

「ひ、姫、御乱心()され」

 クラーケギルディが近づこうとしたところで、リヴァイアギルディが彼にむかって眼をむけた。リヴァイアギルディの眼の光は、驚くほど強かった。クラーケギルディが、ハッと動きを止めた。

「キョッ!」

 リヴァイアギルディがブルーの拳を掴んだかと思うと、ブリッジで撥ね上げるようなかたちで投げ飛ばした。

 ブルーが着地し、リヴァイアギルディが立ち上がった。リヴァイアギルディは、眼を鋭くして、ブルーを見ていた。

 再び飛びかかろうと、ブルーが姿勢を低くした。

「なんだその姿は、テイルブルーッ!!」

『っ!?』

 リヴァイアギルディが、声を荒らげて叫んだ。レッドもクラーケギルディも、思わずリヴァイアギルディに顔をむけた。

「確かに俺たちは侵略者だ! どんな手を使われようと文句を言える立場ではない! だが、戦士と闘い、誇り高く散ったのだと思うことすら許されんと言うのか!? ただ怒りに任せ、武ではなく暴を振るうのか!? おまえは、戦士ではなく、獣だとでも言うのか!? 答えろ、テイルブルー!!」

 リヴァイアギルディの声からは、怒り以上に、嘆きや悲しみのようなものが感じられた。慟哭のように思えた。

 ブルーの方に眼をやる。ブルーは、うつむくようにして、静かに(たたず)んでいた。

「ブルー?」

 ブルーが大きくため息をつき、(かぶり)を振った。

「ごめん、落ち着いた。心配かけてごめんね、レッド」

「あ、ああ」

 バツが悪そうにブルーが言い、レッドは戸惑いながらもなんとなく頷いた。

 ブルーが、リヴァイアギルディにむき直った。

「悪かったわね、失望させたみたいで?」

「ふん。まあ、貧乳ならば仕方あるまい。巨乳のごとき大きな包容力など、望むべくもない」

「短気さは自覚してるけど、巨乳や貧乳は関係ないわよ」

 思わずブルーの顔を見る。乳のことに触れたというのに、落ち着いた様子だった。ジト目でリヴァイアギルディを睨んではいるものの、いままでとはなにかが違う気がした。

 リヴァイアギルディが、転がっていたウェイブランスを触手で掴み、ブルーに(ほう)った。顔をしかめながらもブルーがそれを掴み、構えた。

 大丈夫そうだ、とレッドは思った。それどころか、いままでにない彼女の落ち着き具合に、これまでどこかに感じていた不安が、レッドの中から自然と消えていった。

「今度こそ任せたぜ、ブルー」

「ええ。そっちこそ、クラーケギルディはお願いね」

「おう」

 互いに微笑み合い、レッドはクラーケギルディにむき直った。

 クラーケギルディは、なにかを考えこむように顔をうつむかせていた。

「クラーケギルディ。場所を変えようぜ」

「っ」

 クラーケギルディが、ハッとしたように顔を上げた。クラーケギルディはブルーをちょっとだけ見ると、レッドにむき直った。

「そうだな。今度こそ、決着をつけるとしよう」

「ああ」

 クラーケギルディの反応に少し引っかかるものを感じたが、なにも言わずブルーたちからちょっとだけ離れたところに移動した。

 互いに剣を構えて対峙したところで、ブルーとリヴァイアギルディの槍がぶつかり合う衝撃を感じた。

 




 
「次におまえは、『あれ、イエローは?』と言う」
JOJOっぽいナレーションってどんな感じに書けばいいんだろうなあ、とか思った。

二体の最終闘体はオリジナルです。いろいろ考えたけど純粋な強化方向で。


久々にドラクエやりました。ドラクエ11すげえ面白かったです。主ベロとカミュセニャ、イイ――ってなりました。
 


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