ソードアート・オンライン アイとユウキのセカイ (カレー大好き)
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サイン・オブ・カーリッジ編
第1話 神のみぞ知るセカイ


アニメ2期の22話を見て強烈なショックを受けたため、思わず作り始めてしまいました。
ユウキが生きて幸せに暮らしている世界を、自分なりに表現してみたくなったのです。
序盤はシリアスですが、その後はイチャイチャパラダイスとなります。

因みに、冒頭からマザーズ・ロザリオ編のネタバレがありますのでご注意ください。


 世界は無限に分岐して、いくつものパラレルワールドが存在する。

 どこかの誰かがそう言いだした瞬間に、それは確かに存在するものとなった。

 人の世界で広がり続けるバーチャルワールドと同じように。

 

 そんな世界の一つに、15年もの長きに渡って不治の病と戦い続けた少女がいた。

 彼女の名はユウキ。ALOにおいて【絶剣】という二つ名を与えられた最強の剣士だった。

 しかし、現実世界では病魔に敗れた。やり直しの出来ない現実で彼女は敗北し、その命を失おうとしていた。

 それでもユウキは懸命に戦った。自分の運命から決して逃げることなく立ち向かい、最後まで戦い抜いた。そして、長く苦しい旅路の果てに、とても大切なことを理解した。自分がこれまで生きてきた理由を。

 

「ようやく……答えが、見つかった……。意味なんて……なくても、生きてて、いいんだって……。たくさんの人達と……大好きな人の、腕の中で……旅を終えられ……るなんて、幸せ……だよ……」

 

 そうだよ……ボクは、みんなと出会うために生まれて、生きてきたんだ。

 ウンディーネの少女に抱かれたユウキは、優しい温もりに包まれながら感謝する。目の前にいるその少女――アスナに向けて。彼女こそ、失い続けた自分の人生に大切なものをたくさん与えてくれた人だった。

 だから、いつまでもこう言い続けるよ。

 

『ありがとう、アスナ……』

 

 力が入らず、音の無い言葉だけがユウキの心に響く。

 どうやらもう時間が無いらしい。

 最後を悟り、大好きなアスナの顔を懸命に見つめる。涙で視界が歪む中、アスナもまた大粒の涙を流し続けている。彼女も時間がない事を理解したようだ。

 もう間もなく、ユウキは天に召されるのだろう。でもその前に、彼女の言葉に答えてあげなければ。

 アスナは、大切な友人であり大好きな妹であるユウキに向けて、大きく頷きながら返答した。

 

「わたし……わたしは、必ず、もう一度あなたと出会う。どこか違う場所、違う世界で、絶対にまた巡り合うから……その時に、教えてね……ユウキが、見つけたものを……」

 

 それは、心からの願いが込められた、とても優しい言葉だった。

 うん分かった、ボクはずっとアスナを待ってるよ……ううん、ボクの方から会いに行くよ。

 既に話すことすら儘ならなくなったユウキは、絶対に約束を守るよと心の中で誓う。

 でも、この世界ではもうお別れだ。

 

 ボク、がんばって、生きた……。ここで、生きたよ……。

 

 力を振り絞って最後の言葉をつぶやく。大好きなアスナの腕に抱かれながら。

 自分のせいで一杯泣かせちゃってゴメンね。でも、本当にありがとう。アスナのおかげでボクは、堂々と胸を張ってみんなの所にいけるから。

 

『随分待たせちゃったけど、今からボクもそっちにいくよ……』

 

 薄れゆく意識の中、先に天国へ行った家族と仲間に向けて報告する。

 これでやっと、姉ちゃんたちに会えるね。

 永遠の眠りにつこうとした間際に、向こうで待っている姉たちを思い浮かべた。そんな刹那の瞬間、ユウキは家族の幻影を見た気がした。いや……本当に見える。実際に自分の目の前で、楽しそうに朝食をとっている。

 家族全員があの病気にかかることもなく、元気に暮らしている光景。ユウキにとっての理想郷が今、眼前にあった。

 

『あっ……またこっちに来れたんだ』

 

 景色の変化に気づいた途端、ユウキは微笑む。

 彼女が見ているものは、死にゆく彼女が想像した心象風景ではない。とても信じられないことだが、現実の世界だ。

 

『制服を着てるってことは、こっちの世界は登校時間なんだね』

 

 明らかに異常な状況にも関わらず、ユウキは意外と冷静だった。それと言うのも、同じような現象をこれまで何度も経験しているからだ。

 この現象は、メディキュボイドの被験者となってから起こり始め、それは決まって就寝時間中だった。最初は戸惑い、病院の担当医にも相談したが、結局はストレスが影響して見せた夢だろうと判断された。

 だが、何度も経験しているうちにユウキは感じた。これは夢なんかじゃないと。

 

『そう、この世界は夢なんかじゃない。ボクにあった【別の可能性】なんだ』

 

 自分の目の前で姉と仲良く登校していく自分の姿を見つめながらユウキは確信した。

 例えば、予知夢や既視感といった不思議な現象が、パラレルワールドにいる自分の魂とリンクすることで起きているとしたらどうだろうか。もし、VRMMOに接続するようなシステムがパラレルワールドの間で存在しているとすれば、このような奇跡だって……。

 いや。この際、理由なんてどうでもいい。

 

『この世界のボクには、もっとずっと長い未来があるんだ。それを知れただけで、すっごい嬉しいよ!』

 

 あまりにも異常な状況だというのに、ユウキは素直な気持ちで喜んだ。確かに、ここが彼女の予想通りパラレルワールドであり、彼女の家族が幸せならば喜ぶべきだろう。

 

『やっぱりアスナはすごいや、違う世界があることを言い当てたんだから』

 

 先ほどのやり取りを思い出したユウキは、思わず感心した。

 もちろん、あれはアスナの願いであって確証があるものではないと分かってはいたが、それでも褒めずにはいられない。

 ユウキの魂は、量子の海を超えてアスナの言葉を確かめることが出来たのだから。

 もちろん理屈など分からない。人智を超えた存在が慈悲の心を与えたのか、それとも、ザ・シードによって進化し続けているバーチャルワールドが奇跡を起こしたのか。真相は誰にも分からないだろうが、確かにユウキは、もう一つの可能性を見たのである。

 もしかすると、茅場 晶彦が夢見た【真の異世界の具現化】とは、このような現象の先にあるのかもしれない。

 つまりは――【神のみぞ知るセカイ】。

 

 

 人が知覚できないほどの短い時間が過ぎ、ユウキの意識は元の世界に戻ってくる。そして、鼓動が完全に止まる前に、アスナの顔をもう一度見ることが出来た彼女は思った。約束は意外とすぐに果たせられそうだよと。

 ただし、【別の世界の自分が】という注釈が入るけど。

 

『ううん。ボクだって、こっちの世界で生まれ変わって、また巡り合うんだ。アスナと……』

 

 ユウキは、最後にもう一度誓いを立てた。そして、瞼をそっと閉じる。その瞬間に、この世界からユウキという名の少女が失われ、彼女の物語はしばしの休息を迎えることになる。

 その代わりに、ここからはパラレルワールドに舞台を移して、新たなユウキの物語が始まる。主人公の座をもう一人の彼女へ引き継ぎ、もう一つの物語が始まるのだ。

 別の世界で別の可能性を進んでいるもう一人のユウキは、小さな奇跡の影響を受けて新たな物語を作っていく。この世界の彼女が愛した、VRMMOというもう一つの世界をきっかけにして。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 SAOがクリアされて半年後の2025年5月。

 14歳になったばかりの紺野 木綿季(こんの ゆうき)は、【アルヴヘイム・オンライン】――通称ALOというVRMMOで遊んでいた。

 

「うーん、学校が終わった後の飛行は格別だねー♪」

 

 インプという妖精の格好をしたユウキが、ゲーム内の空を飛びながらつぶやく。

 全体的に紫色の衣装で着飾った彼女は、小柄な少女の姿をした片手直剣の使い手だ。

 このゲームの容姿は、現実のように個性を演出するため【ランダムで決まる】のだが、ユウキは幸運にも自分に似た美少女キャラを引き当てた。彼女は現実でも美少女なので、もしかしたらその情報が影響したのかもしれない。

 因みに、アバター名を本名のままにしているのは、自分自身が冒険していることをより強く感じたかったからだ。

 

「さーて、今日は何しようかな? スキルポイントでも稼ごうかな? それとも、クエストに挑戦しようかな?」

 

 週末の授業が終わって心地よい開放感に包まれたユウキは、綺麗な長髪をなびかせながら楽しそうに今日の予定を考える。彼女がやっているこのゲームはとても自由度が高く、現実に近いことはもとより、ファンタジーなことまで思う存分に再現できる夢のような世界なのだ。

 しかも、今月から新生アインクラッドとソードスキルが実装され、できることが更に増えた。

 

「うん、ここはやっぱりソードスキルの練習かな。必殺技が使えると楽しさ倍増だもんね!」

 

 ユウキは、クルッとエルロン・ロール(360度回転)しながらALOのアップデートを喜ぶ。

 今より7ヶ月前、このALOはとある大事件の舞台となり、一時は存続も危ぶまれた。だが、子供たちには知る由も無い事情により大復活を遂げて、短期間の内に大幅な仕様変更やアップデートが進んでいる。

 因みにユウキは、大切な人がSAO事件に巻き込まれたことが原因で、このゲームを発売直後から始めていた。その時点ではまだナーヴギアの問題が解決していなかったこともあり、彼女たちの両親は難色を示したが、懸命にお願いしてようやく買ってもらった。双子の姉である藍子(あいこ)の分と一緒に。

 そして今、そのお姉さんもログインしており、ユウキの左側に並んで飛行していた。

 

「ところで、姉ちゃんはなにしたい?」

「はぁ、ほんとにユウキは元気ね……というか、現金と言うべきね」

 

 藍子は、あからさまに浮かれている妹に呆れた視線を向ける。

 ゲーム内で【ラン】と名乗っている彼女は、顔立ちがユウキによく似たアバターを手に入れていた。双子であることを考慮されたのか真相は分からないが、とにかく姉妹共に運が良かった。

 ウンディーネの特徴である青い髪の両脇に大き目のリボンをつけた彼女は、一見するとお淑やかな令嬢といった雰囲気の美少女となっている。やんちゃな妹とは違って物腰に落ち着きがあり、支援・回復魔法を主とする種族を選んでいるせいか、その印象は更に強くなっているようだ。

 ただし、今はなにやらご立腹の様子だが。

 

「あれ、もしかして怒ってる?」

「見ての通りよ、ユウキ。せっかくオヤツに買って来たケーキをみんなで食べようと思ってたのに、強引に連れてくるんだから」

「えへへ~、ごめんね姉ちゃん」

 

 可愛らしく頬を膨らませている姉に怒られてユウキが謝る。おどけるように手を合わせたその様子からするとあまり反省しているようには見えないが、可愛い妹に甘いランは苦笑するだけで済ませるしかない。

 それに、彼女自身もこの世界を楽しんでいるので、言うほど怒ってもいない。むしろ、ユウキと同じくらい楽しんでいる。なぜなら、自分たち姉妹が恋している【お兄ちゃん】と一緒に遊べるのだから。

 

「私よりソウ君に聞いてみたら? 久しぶりに一緒に遊べるんだから」

「うん、そうだね! というわけで、ソウ兄ちゃんは何したい?」

 

 ランの意見を聞き入れたユウキは、隣にいる若い男性に質問する。それと同時に、彼の背中に飛び乗って、両腕を首筋にからめて抱きついた。彼こそ、紺野姉妹に好意を寄せられているお兄ちゃんその人である。

 

「ねぇねぇ、ソウ兄ちゃ~ん! 今日は何して遊ぶのさ~?」

「ええい、私の名はソウ兄ちゃんなどではない! あえて言わせてもらおう、グラハム・エーカーであると!」

 

 ユウキにソウ兄ちゃんと呼ばれたシルフの少年は、どこかの軍人のような口調で反論した。どうやら彼は、いろんな意味で普通ではないらしい。もしくは、別の世界で人類を守るために地球外変異性金属体と勇敢に戦い、散っていった男の魂が偶然にも紛れ込んだか。

 どちらにしても、ユウキたちには気に入られているようなので、あえて多くは語るまい。

 そんなことより、ユウキに抱きつかれた衝撃でバランスを崩したため、いつまでも彼をいじっている場合ではなかった。というか、ただ今絶賛落下中である。

 

「うわっ、落ちるぅー!?」

「おっと、これ以上の戯れは危険だぞ、ユウキ。この高度で落下しては、手痛い思いをしてしまうからな」

「うん、そうだね」

 

 ソウ兄ちゃん……もとい、グラハムの注意を受けたユウキは、名残惜しそうに彼の背中から離れる。

 このゲームの売りである飛行能力は、背中に現れる妖精の羽を使って空を自在に飛べる夢のようなシステムである。ただ、見た目よりも操作が難しく、初心者はまずこの技術を覚えるために反復練習するハメになる。色々と制限があった以前よりはかなりマシになったが、それでも慣れるにはそれなりの時間を要する。

 実際、始めたばかりの頃はユウキたちもかなり怖い思いをしたものだ。

 

「当初は、この私ですら恐怖を感じたからな。ここは素直に流石であると認めざるを得ないだろう」

「あうう~、今ので、すっごい高さから落ちたときの事を思い出しちゃったよ~」

「うん、あの時は本当に怖かったよね。ジェットコースター以上だったもん」

「なにしろ、2人揃って地面にめりこんだらしいからな。実に愉快なことだ!」

「うわー! そんな黒歴史、思い出させないでー!」

 

 グラハムに茶化されたユウキは、彼の体をポカポカと叩くような仕草で対抗する。

 どうやら初代ALOの開発者にはユーモアのある人がいたらしく、限界高度から落下するとプレイヤーが地面にめりこむような面白い仕様になっていた。

 そして、ご他聞に漏れず、初心者だった頃の彼女たちも限界に挑戦して同じ目にあっていたりする。

 

「たとえ才能があろうとも、いきなりトップファイターになどなれはしない。千里の道も一歩からだと知るがいい」

「むきー! ソウ兄ちゃんにバカにされたー!」

「いや、バカになどしてはいない。私は君たちに怖い思いをしてほしくないだけさ」

「あ……」

 

 ユウキをからかって遊んでいたグラハムは、急に優しい表情を浮かべると、彼女の頭をさらりと撫でた。現実の彼はアメリカ人の遺伝子を半分だけ受け継いだ長身のイケメンで、大抵の女性が好意的な目で見る容姿をしているが、幼い頃から彼に恋しちゃってるユウキには更に効果バツグンだった。

 

「えへへ~♪」

 

 嬉しくなったユウキは、とろけるように表情を崩す。ついさきほどまで文句を言っていたのに、ここまで急変するとは。デレた彼女はかなりのチョロイン系であった。

 しかも、姉のランも彼に好意を寄せているので、当然ながらユウキのことが羨ましくなった。

 

「(いいなぁ、ユウキ……よし、こうなったら私も!)」

 

 積極的なユウキの行動に触発されて、普段は大人しい彼女も時々大胆になる。そのあたりのシンクロ率は、やはり姉妹と言うべきか。よこしまな目で見なければ実に微笑ましい光景である。

 ただし、大抵その後はハプニングが起こるのだが。

 

「ソウ君、私も撫でてー!」

「ちょっ、なにすんだよ姉ちゃん! 今はボクのターンだよ!」

「そんな決まりはありませーん」

 

 我慢できなくなったランはグラハムに近寄ると、空いている左側の腕にしがみついた。それを見てユウキも対抗心を燃やし、右側から彼の体に抱きつく。

 美少女2人に抱きつかれるという、とても羨ましい状況である。

 

「ふふっ、ソウ君の腕に抱きつくと落ち着くな~」

「ボクは断然、体に抱きつくほうがいいもんね!」

 

 グラハムに抱きついた紺野姉妹は、特に恥ずかしがることなく甘い本音を言いあう。

 因みに、すべてのVRMMOにはハラスメント防止コードというものがあり、異性同士の接触は基本的に出来ないようになっているのだが、本人たちが望んでいる場合はある程度まで許可される。つまり、ユウキたちの行為は、システム的に問題ない範囲であると判断されたわけだ。

 ただ、一つだけ問題をあげるとすれば、今は飛行中だという点だ。じゃれあいに熱中していたユウキたちは、姿勢制御が不可能な高度まで落下していることに気づくのが遅れた。

 こうなるともう、仲良く墜落するしかない。

 

「きゃ―――!?」

「地面がどんどん迫って来るぅ――!?」

「なんとぉ! フラッグファイターであるこの私が、空に嫌われるとは! これが奢りというものかぁ――!」

 

 グラハムたちは三者三様に叫びながら、成すすべも無く草原地帯に落っこちた。それほど高く飛んでなかったので被害は最小限で済んだが、心的ダメージは大きかった。

 

「うう、今更こんな落ち方するなんて、すっごい屈辱だよ……」

「これは、思ってた以上にへこむわね……」

「なに、気に病む必要は無い。過ちは素直に認めて、次の糧にすればいいのさ」

 

 そう言われてもやっぱり気恥ずかしい。倒れていたユウキとランは、情けない表情をしながら立ち上がる。

 しかし、グラハムだけは仰向けに寝転がったまま起き上がろうとしない。気になった2人はどうしたのかと思って彼に近寄り、傍にしゃがみこんで話しかける。

 

「どうしたのソウ君?」

「ああ……視界に入ってきた景色があまりにも美しかったのでね。つい見入ってしまったんだ」

 

 どうやら、綺麗に晴れ上がった青空に心を奪われていたようだ。

 彼がデスゲームと化したSAOを生き抜いて無事に戻ってきてから時々やるようになった行動で、その様子を見ているとユウキの心は切なくなる。

 きっと、向こうで色々なことがあったんだろう。

 

「(あんな酷い思いをしたんだから当然忘れられないよね。経験してないボクだってそうなんだから……)」

 

 思わず感傷的になったユウキは、少しだけ過去を思い出した。

 今より二年半前、SAO事件が起きて意識不明となったグラハムは、すぐに病院へと運びこまれた。そこでナーヴギアを被ったままベッドに寝かされた彼を見た瞬間、強いショックを受けたユウキの脳裏にとある光景が浮かび上がった。巨大な機械で目から上を覆われたまま病院のような場所で眠り続ける少女の姿を。

 その時、強い恐怖と同時に懐かしい気持ちを感じた。

 

「(そういえば、あれって結局何だったんだろう?)」

 

 今でも時々思い出しては疑問に思う。あんな光景なんて一度も見たことないのに、どうして記憶にあったんだろう?

 ちょっとだけ不思議に思うけど……あまり気にする必要は無いとも感じる。

 ソウ兄ちゃんは助かって、ボクたちの傍にいてくれる。今はそれだけでいいじゃないか。

 

「…………」

「どうしたユウキ、急に黙って。もしや、トイレにでも行きたくなったか?」

「全然違うよ! って、それはともかく、ソウ兄ちゃんは本当に空が好きなんだね」

「ああ、SAOにも空はあったが、とても閉鎖的で息苦しかったのでね。このALOとは段違いなのだよ。それに今は……2人のパンツも見えるからな!」

「「……え?」」

「ピンク色に水色か。デザイン的に背伸びしすぎている気もするが、それでもよく似合っているぞ、2人とも!」

「「って、そんなことを堂々と褒めるなー!!」」

 

 双子の姉妹は仲良くつっこんだ。せっかく、恋人らしく(?)心配していたのにこれである。

 実は、こういうラッキースケベ的な状況ではハラスメント防止コードが働きにくい。いわゆる、不可抗力というヤツだ。昔の3Dゲームでカメラアングルを変えたら、偶然ヒロインのパンツが見えちゃった状況と同じだと言えばお分かりいただけるだろう。

 

「だからって、乙女のパンツを見ておいて、タダで済むはず無いでしょ!」

「そうだね。ここはちゃんと責任を取ってもらわなきゃ気がすまないかな~」

「なんという横暴……と言いたいところだが、可愛い君たちの願いとあらば、何なりと聞いてあげよう」

 

 何だかんだと言って仲が良い3人は、たとえエッチなハプニングが起きてもこんな感じで済むのであった。

 見方次第では三角関係と言えるかもしれないので、人によっては良くない関係だと感じるだろう。しかし、彼らはまだ学生であり、年相応の清い交際をしている。だから、答えをすぐに出す必要もない。

 もちろん、近い将来に必ず決断しなければならない時が来るだろうが、それまでは本人たちの望むままに青春を謳歌してもいいはずだ。

 

「ふっふっふ~、ちゃんと約束したんだから覚悟しておいてね!」

「了解した。とはいえ、お手柔らかにな、2人とも」

 

 思わぬ報酬を獲得して機嫌を取り戻したユウキは、やれやれと肩をすくめるグラハムにとびっきりの笑顔を向ける。

 

「(久しぶりにソウ兄ちゃんと遊べる上に、リアルに戻った後も甘え放題できるなんて、今日はとってもいい日だよ!)」

 

 この後に起こるだろうイチャイチャイベントを思い浮かべたユウキは心の底から喜ぶ。そして、姉のランも同じようなことを考えていた。

 

「(えっと、ソウ君にしてもらいたいことは……そうだ、後でケーキを食べさせてもらおうかな~♪」

 

 2人とも願い事が可愛らしくて微笑ましい。14歳という年齢を考えても、彼女たちの純粋さはものすごく貴重だった。それだけ家族や周りの人々から愛されている証拠だ。もちろん、彼女たち自身が良い子であることも間違いないが。

 何はともあれ、有益な約束を取り付けて少女たちの気分も落ち着いたので、次の行動に移ることにした。

 

「よしっ、それじゃあ改めて、冒険に出発しよう!」

「うむ、そうだな。と言いたいところだが、少し待てくれないか、ユウキ」

「えっ、なんで?」

 

 気合を入れた途端にグラハムから止められてしまう。どうやら移動する前に何か伝えたいことがあるらしい。

 

「何かやりたいことがあるの?」

「うむ、実はかつての戦友たちからアインクラッド攻略の誘いを受けたのでね、久しぶりにゲーム内で会うことにしたんだ」

 

 グラハムは急に気になることを言い出した。

 SAOから帰還した彼は、これまでずっと勉強と体力回復に専念して、あまりゲームをやっていなかった。一応、SAOのデータを引き継いでALOのアカウントを作り、時々ユウキたちと遊んでいたが、ゲーム内でかつての仲間たちと会おうとはしなかった。それにはとある事情があるのだが、PK推奨のALOはどうにも興が乗らず、飛行システム以外に心惹かれる部分が無かったという理由もあった。

 しかし、新生アインクラッドとソードスキルが実装された今は別だ。オンラインゲームの醍醐味である強大なモンスターを仲間と共に討ち破る快感を再び味わいたい。今度は純粋な遊びとして。

 

「ゆえに、私は戦友の誘いを受けることにしたのだ」

「ってことは、これからはゲームに専念するんだね!?」

「ああ、君たちにもぜひ協力して欲しいと思っているのだが、この誘い、受けてくれるかな?」

「うん、もちろんだよ!」

「はい、一緒にがんばりましょう!」

 

 ユウキたちはグラハムの申し出を快く受け入れた。大好きな彼の願いを断る理由などどこにも無い。いや、むしろ望む所だ。ALOに愛着を感じている彼女たちは、ずっとこの日を待っていたと言っても過言ではないのだから。

 ただ、ちょっとだけ気になることがある。

 

「ねぇ、ソウ兄ちゃん。『かつての戦友』とか言ってたけど、やっぱりその人たちもSAOをやってたの?」

「その通りだと言わせてもらおう。しかも、その中の一人はあの英雄だぞ」

「英雄って……まさか!?」

「そうだ、SAOをクリアした黒の剣士その人であり、私が心奪われた男だ!!」

「「…………えぇ――――――――っ!!?」」

 

 グラハムの意外過ぎる告白に双子の姉妹は大いに驚く。

 もちろん、彼の言葉は同性愛的なものではなく、強さに対してリスペクトしているという意味なのだが、その表現方法はとっても紛らわしかった。




またしてもグラハムを出してしまいました。
ただし、ゲーム内だけの演出的な性格で、リアルのソウ兄ちゃんは普通の人です。
そうしないと、ただのギャグ作品になってしまいまふ。

ご意見、ご感想をお待ちしております。


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第2話 現実世界でも一緒

今回は、ちょっとだけ戦闘してから現実世界でいちゃいちゃします。


 新生アインクラッドの登場にともない、グラハムはかつての戦友から攻略の誘いを受けていた。その事をユウキたちに告げた後に、手伝いをして欲しいと誘う。すると彼女たちは、当たり前だと言わんばかりに速攻でOKしてくれた。

 そこまでは滞りなく進んで良かったのだが……グラハムが一目置いている【あの男】の話に入った途端におかしなことになった。

 

「英雄って……まさか!?」

「そうだ、SAOをクリアした黒の剣士その人であり、私が心奪われた男だ!!」

「「…………えぇ――――――――っ!!?」」

 

 まるで愛を告白しているようなセリフに、双子の姉妹は驚く。彼の奇行はともかく、あの有名な英雄と知り合いだったことに強く反応したからだ。

 ユウキの言っている英雄とはSAOをクリアしたキリト――桐ヶ谷 和人のことで、黒の剣士という二つ名以外の情報は年齢を考慮されて関係者以外には秘匿されている。そのため、ユウキたち一般人は名前すら知らなかった。

 そんなキリトとグラハムが知り合った経緯は、SAO内で友人となったリズベット――篠崎 里香に紹介されたことが始まりだった。彼女が運営していた鍛冶屋のお得意様だったことがきっかけで、偶然の出会いが生まれたのである。

 実を言うと、大分前からお互いの存在を知っていたのだが、それぞれに事情があって直接関わりあおうとはしなかった。しかし、60層を過ぎたこの頃には諸々の問題も解消され、ようやく友好関係を築くことにしたのである。

 

『初めましてだな、少年! 私の名はグラハム・エーカー。ご覧の通り、変人だ』

『あ、ああ……変人なんだ』

『そうだとも! 周囲からは、我慢弱い、KY,魅惑の男色家とも呼ばれている!』

『初対面でそんなカミングアウトすんな!』

 

 これが最初の会話だった。

 いきなりふざけた挨拶をしたせいで、第一印象はあまりよろしくなかった。だが、落ち着いて話してみると意外に良いヤツで、人と深く関わろうとしていなかったキリトにとって貴重な友人となっていく。偶然にも同い年だったことや、お互いに攻略組だったなどの理由もあって、その間柄はゲームをクリアする最後の時まで続くことになった。

 ただし、彼の変わった性格のせいで、あらぬ勘違いをしたアスナとひと悶着あったりして、色々と苦労させられたりもしたが……今ではいい思い出となっている(?)。

 因みに、SAO帰還者のために作られた高等専修学校でもキリトとの親交は続いており、同じメカトロニクス・コースを専攻して、色々な発明品を作っては切磋琢磨しあっている。グラハム風に言うと、赤い糸で結ばれていたというべきか。

 何はともあれ、彼らの関係にはそんな裏話があり、先ほどの展開に繋がっていた。

 

「(まさか、ソウ兄ちゃんと英雄さんが知り合いだったとはね~)」

 

 ユウキは、グラハムの意外な交友関係に感心した。だが、それ以上に、彼が自分からSAOの話をしたことに軽い衝撃を受けていた。これまでは、お互いに気を使ってSAOの話はなるべく避けていたからだ。

 それほどまでに、あの世界は地獄だった。

 閉ざされた牢獄から命を懸けて脱出を試みる日々。それは想像以上に過酷だった。追い詰められ、心を病んだ人々が、殺人を犯してしまうくらいに。そんな現実染みた仮想世界の話なんかを彼女たちに聞かせたくない。人間の持つ歪みというものを見せ付けられたグラハムはそう思ってきた。自分の心に負ってしまった傷を隠すように。

 それでも、時間が経つにつれて考えが変わっていった。キリトやアスナ、リズベットたちと楽しく過ごした日々までも否定したくはない。いや、する必要も無いはずだ。

 当初は、茅場の犯罪に巻き込まれたという憤りで冷静さを失っていたが、あの世界には確かに自分たちの青春があった。恋も友情も、出会いも別れも……現実世界と変わらない、かけがえの無い思い出がたくさんあった。

 

『ならば、胸を張って語ればいい。頼もしき仲間たちと紡いできたこの絆を!』

 

 半年経ってようやく過去を整理できたグラハムは、今回の誘いを機会に決心した。自分を慕ってくれるこの子たちに、自慢の友人を紹介しようと。

 話を聞いたユウキたちも、彼が前向きに変化しようとしていることに気づいて嬉しくなった。しかし、今はもっと気にしなければならないことがある。それは、グラハムの悪い癖についてだ。

 

「ソウ兄ちゃんの【告白癖】は、男の人にも適用されるんだもんなー……ほんと困っちゃうよ」

「気に入った人には、愛の告白みたいなこと言っちゃうのよね……」

 

 それで勘違いした少女や少年(!?)が、これまでにどれほどいたことか。正確な人数は定かではないが、ユウキたちが把握しているだけでも7人以上は確認されている。ある意味で、キリトよりも厄介な恋愛フラグ建築能力を持っているのだ。

 本人にはその気が無いのに自然と相手を惹きつけてしまうのだから、まったくもって油断ならない男である。

 

「ボクは、ソウ兄ちゃんが新たな世界に目覚めちゃうんじゃないかって時々心配になるよ……」

「ふっ、私のことを良く理解している。流石は幼馴染と言ったところか!」

「今のはまったく感心するとこじゃないんだけど……とにかく、そういうこと言うのは、恋人のボクだけにしてよね!」

「ユウキ、さりげなく嘘をついてはダメよ?」

 

 意外と抜け目の無いユウキは、グラハムに注意しながらさらっと事実を捏造(?)してランに睨まれた。こちらもこちらで油断ならないようだ。

 

「まぁ、何にせよ話は以上だ。この後、待ち合わせ場所に指定されたユグドラシルシティに向かうことになる」

 

 グラハムの言うユグドラシルシティとは、この世界の中心にある世界樹に作られた都市の名称だ。リズベットはそこで鍛冶屋を営んでおり、彼女と親しくしている仲間たちは大体そこに集まると聞いている。今回の待ち合わせ場所もそういう理由で決まったらしい。

 何にしても、あの英雄と仲間たちに会えるのだ。グラハムから詳細を聞いた2人は、思わぬイベントに心を躍らせる。だが、ここまでの話を思い返したユウキは、一つの疑問を抱いた。

 

「あれ? だったら、町にいた時に転移すれば良かったんじゃない?」

「無論、承知しているが、君たちを驚かしたかったのでね。いつものような行動をわざと演出したのだよ」

「ああ、そういうことか~」

「因みに、待ち合わせの時間は現実世界の午後9時だ」

「まだずっと先じゃん!」

 

 今は午後5時くらいなので、この後夕食と入浴を済ませたとしても十分な余裕がある。二段構えのサプライズに引っかかってナチュラルなツッコミをしてしまったユウキは、可愛らしく頬を膨らませる。

 

「ところで、何でそんなに遅いの?」

「仲間の1人が社会人なのでね、そのくらいでないとログイン出来ないんだ」

「へぇ、大人の人もいるんだぁ。普通は歳なんて分からないから、何だか面白いね」

「確かにな。だが、私たちの仲間だからといって油断するなよ? あの男は、美しい女性ならばNPCでも口説く好色漢だからな。君たちと会えば確実に狙われるはずだ」

「えへへ~、ソウ兄ちゃんに美しい女性って思われちゃった!」

「もう、気にするところが違うでしょ?」

 

 ランは、お気楽発言をするユウキに呆れた様子を見せる。頬が赤くなっているところを見ると、自分も喜んでいることは丸分かりだが、わざわざ指摘するのは野暮ってモンだ。

 それより今は、なにをして遊ぶかを決める方が重要だ。

 

「とりあえず夕食までは自由ってことだよね?」

「ああ、その通りだ」

 

 ランの言うように、夕食までの2時間くらいは自由に遊べる。彼女たちの母親が晩御飯を作り終えるまでは存分に楽しめるというわけだ。

 

「ゆえに、これからひと狩りしに行こうと思うのだが、付き合ってもらえるかな?」

「もちろん、キリトって人とデュエルしたいから、もっと強くならなきゃ!」

「私もみなさんについて行けるように、少しでも鍛えとかないと」

「うむ、いい返事だ。当てにしているぞ、フラッグファイター!」

 

 ランとユウキは、意味不明なグラハムの言葉を軽く受け流しつつ、嬉しそうに返事する。結局2人は、大好きなこの少年と遊べれば満足なのだ。適当にあしらっているように見えるけどそうなのだ。

 

「それじゃあ、早く行こうよソウ兄ちゃん!」

「今日は一杯付き合ってもらうからね」

「ああ、いいとも。このグラハム・エーカー、君たちの望むままに従おう」

 

 グラハムは、無邪気な様子で自分の腕に抱きついてきた可憐な妖精たちを見つめて、小さく笑みを浮かべた。

 バーチャルワールドの片隅で行われている、普段通りのスキンシップ。彼がSAOを生き抜くことができた理由がそこにあった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

「てやぁー!!」

 

 勇ましいユウキの声が草原に響き渡る。

 先ほど墜落した現場から少し移動した場所でモンスター狩りを始めた3人は、現在、この辺りに出現するオオトカゲ型の敵と戦っていた。このゲームのオオトカゲはステータス異常を発生させる厄介な種類が多く、こいつも麻痺効果のあるガスを吐いてプレイヤーを翻弄する。

 今も、ヘイト役を買って出たグラハムに向けて黄色いガスが襲いかかろうとしていた。

 

「これしきのこと! かわしてしまえば、どうということはないのだよ!」

 

 敏捷度に重点を置いてカスタマイズしているグラハムは、機敏なマニューバで避けて見せた。その反対に、大技を出したオオトカゲは硬直状態になり、好機を得たユウキとランが一気に攻め込む。

 

「今だ、姉ちゃん!」

「一気に行くわよ!」

 

 素早く駆け寄った双子の姉妹は、鮮やかな連続切りでダメージを蓄積させ、最後の止めとばかりにソードスキルを発動させた。

 

「「貫けぇ―――!!」」

 

 ユウキは片手剣の技であるヴォーパル・ストライク、ランは細剣の技であるリニアーで強烈な突きを繰り出す。ピッタリと息を合わせて同時に放たれたそれは、衝撃波をともなってオオトカゲに直撃した。

 

「グォォォォォ――ッ!!」

 

 狙い通りに同時スキルチェインの効果が発生して勝負は決した。2人の集中攻撃でHPバーがゼロになったオオトカゲは、断末魔の声を上げながら光の欠片となって砕け散る。

 

「いえ~い、やったね!」

「うん!」

 

 上手く連携が決まったユウキたちは、嬉しそうにハイタッチする。

 それにしても、すごい剣技だった。彼女たちはごく普通におこなっているが、現実世界では絶対に再現することが出来ない動きだ。

 その理由は、もちろんVRMMOのシステムにある。

 すべてのVRマシンはユーザーの脳と直接接続して仮想の五感情報を与える仕組みなため、システム側の処理速度を上げることであらゆる行動を【加速】させることが可能となっている。それが、この世界の最大の魅力を生み出しているとも言える。

 ただ、その事実を考慮しても、ユウキたちの鮮やかな動きには目を引くものがあった。半年間2人を見てきたグラハムには、経験以上に成長しているような気がするのだ。元々素質があったおかげか、それとも愛の成せる業か。いずれにしても、良いことには違いない。

 

「見事だったぞ、2人とも! この調子ならば、キリトたちにも引けは取るまい」

「へへ~ん、ボクもそう思うよ」

「もう、ユウキはすぐ調子に乗るんだから」

 

 ユウキは自分でも自信があったようで、グラハムの褒め言葉をすんなりと受け入れる。ランの方も嗜めるような言葉とは裏腹に、彼の言葉を否定しない。彼女たちは、自分の力量をしっかりと把握しているようだ。

 

「どうやら、私の知らぬ間に努力を積み重ねていたようだな」

「うん、まぁね……」

 

 グラハムが成長の原因について質問すると、ユウキにしては珍しく曖昧な返事をした。

 実を言うと、彼女の急成長にはあまりに意外な要素が関係していた。それは、時々頭に浮かんでくる【不思議なイメージ】だった。ALOを始めてからしばらくすると、自分の知らない自分のイメージが【見える】ようになったのである。今よりも遥かに強い自分のイメージが。そのおかげでアバターを使いこなすコツのようなものを掴む事が出来たため、彼女は急成長することが出来た。

 もちろん最初は途惑ったが、すぐに気のせいだと思うようになった。いつも一緒に遊んでいるランも、自分と同じように強くなっていたからだ。

 実際は気のせいではなく、【もう一人のユウキ】の意識が双子のランにも影響を与えたからなのだが、その真実に気づく者は誰もいない。もちろん、同一人物であるユウキでさえも。

 

「(やっぱり全部気のせいだよね……。でも……)」

 

 考えれば考えるほど、気になって仕方がない。

 やたらと強い自分に見知らぬ仲間たち。そして、少しだけ雰囲気の違う姉。妄想にしては妙に具体的で、思い返すと胸が締め付けられるような、切ない気持ちになる。この現象は一体何なのだろうか。

 白昼夢? デジャブ? それともまさか、ボクの右目に秘められていた異能の力が……!

 

「どうしたユウキ。中二病が自分の設定に酔いしれているような表情をしているが?」

「うぇっ!? そそそ、そんなこと、まったく全然考えてないよ~? あはははは……」

 

 妙に勘の鋭いグラハムに図星を突かれたユウキは、典型的なリアクションで誤魔化した。

 とりあえず、今はこの話は置いておこう。

 

「(別に嫌な感じはしないからね)」

 

 ユウキは、本能的に何かを察して、この不思議現象を受け入れる。だって、あのイメージを感じている時は、温かくて嬉しい気持ちになれるから。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 グラハムたちがログインしてから、もうじき2時間が経とうとしていた。現実世界では午後の7時になるので、そろそろ夕食が出来ている頃合だ。

 戦闘を楽しみながらもしっかりと時間を見ていた3人は、予定時間の少し前に町へ戻ってきていた。シルフ領首都・スイルベーン、そこに彼らの家があるのだ。

 以前までのALOは種族間の戦争がメインだったため移動するだけでも色々と制限があったのだが、その原因だった世界樹攻略イベントが消滅した現在は異種族の交流がかなり自由になった。

 そのような経緯の後、グラハムたちはすぐに3人で使える家を買った。今はそこに帰宅して、仲良く寛ぎながら今日の収穫アイテムを整理していた。

 

「えっと、これは姉ちゃんにあげるね」

「うん、ありがとう。じゃあ、代わりにこれをあげる」

「おーやった! もう少しであれが作れるぞ!」

 

 双子の姉妹は、お互いの素材アイテムを交換して盛り上がっている。今日はなかなか良い物が手に入ったようだ。しかし、いつまでものんびりとはしていられない。

 

「2人とも、そろそろ戻らねば、遥(はるか)さんに注意されるぞ?」

 

 時間をチェックしていたグラハムから忠告が入る。あまり遅くなると、ユウキたちの母親である遥ママに迷惑をかけてしまう。

 

「あれ、もうそんな時間なんだ」

「それじゃ、ログアウトしようか」

「うむ。それでは、現実世界でまた会おう、私の可愛い眠り姫たち!」

「うん」

「またね」

 

 状況を理解したユウキたちは、作業を止めてログアウトの準備を始める。空中に現れたメニュー・ウインドウを慣れた手つきで操作して、ささっとログアウトボタンを押す。

 そして、しばらく後にすべての感覚が現実世界に戻ってくる。

 アミュスフィアのバイザー越しに見える景色は、見慣れた木綿季の部屋だ。実を言うと、3人で木綿季のベッドに寝転がってログインしていたのである。つまり、グラハムはリアルでも彼女たちと一緒にいたのだ。

 

「へへっ、おかえりソウ兄ちゃん!」

「おかえりなさいソウ君」

 

 先に戻ってきていた木綿季と藍子が、腕に抱きつきながら出迎えてくれた。これが、グラハム・エーカーこと松永 宗太郎(まつなが そうたろう)の日常だった。休日の前は、ほとんど毎週紺野家に集まって遊んでおり、いつもこのような状況になっている。

 何も特別なことではなくて、幼馴染の彼らにとっては子供の頃から続けている当たり前の行事だ。しかし、SAO事件を経験してからは、とても大切な時間に変化していた。あの事件は、それほどまでにユウキたちの心に【喪失】という恐怖を与えていたのである。

 そのことをよく理解している宗太郎は、2人を安心させるように笑顔で返事することにしていた。

 

「ただいま、2人とも」

「「チュッ」」

「って、なんで頬にキスするんだ!?」

「さっきのサプライズのお返しだよ」

「そうそう」

「はぁ、俺のヤツより刺激的すぎだろ……」

 

 宗太郎は、照れながら愚痴る。女子中学生になった彼女たちとこんな事をしていては流石にまずい気がする。とはいえ、2人の気持ちは理解しているので、今更止めろとは言いにくい。しかも親公認だし。

 

「(正直に言えば嬉しいんだけど、狙い撃つにはまだ早いんだよな……)」

 

 ゲーム内の奔放な性格とは違って、現実世界の宗太郎は人並みにシャイボーイだった。

 しかし、彼もまた2人のことを愛していた。お互いに気持ちが通じ合っていたからこそ、彼はSAOから生還できた。絶対に生きて2人と再会するんだと、確かな希望を抱くことが出来たおかげだ。

 

「(ほんと、俺は恵まれてるよな)」

 

 少女特有の甘い匂いと柔らかい感触を受け止めながら思う。もし、彼女たちと出会っていなかったら、彼女たちが彼に恋をしていなかったら。宗太郎は……SAOの中で死んでいただろう。

 

 

 今より2年半前。茅場の犯罪に巻き込まれ、デスゲームを強要された宗太郎は、激しい怒りを感じた。『人の命を何だと思っていやがるんだ』と。子供の頃に大切な人との永遠の別れを経験していた彼は、人の命というものに対して過敏な反応を示すようになっていたのだ。

 

『そんなの、人の死に方じゃない!!』

 

 茅場の演説を聞いた彼は、怒りに任せて行動しようとした。速攻でクリアしてアイツのふざけた犯罪を台無しにしてやると。だがその前に、ふと現実世界のことを思い浮かべた。ゲームの感想を聞こうと自分の帰りを待っている木綿季と藍子のことを。

 この事件が公になったら、向こうにいる2人はどうなるだろうか。恐らく、彼女たちは自分の状態を見て悲しむはずだ。そう思った途端に、無謀な行動は出来なくなった。

 早くクリアしたい。だが、死ぬわけにはいけない。自分は、命がけの戦いに挑みながらも生き続けなければならないんだ。このSAOという仮想現実で。

 

『たとえ矛盾を孕んでも存在し続ける、それが生きるという事か……』

 

 宗太郎は、好きなアニメキャラの名セリフを思い出した。

 頭の中では理解できる。生きて戻るには、この狂った世界を受け入れなければならないということを。しかし、このままでは茅場に対する怒りを抑えられそうもない。

 だからこそ宗太郎は、自分の心を偽るためにペルソナを作る事にした。アバター名にしていたグラハム・エーカーという面白キャラを演じることによって、不安定な自分を押さえ込もうと考えたのだ。

 

『まさかな。よもやロボットアニメ好きがこんな結果になろうとは。……乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない!』

 

 こうして、SAOに変なプレイヤーが出現することになった。いざやり始めた途端に思いっきりハマってしまったのは想定外だったが、とりあえず効果があったことは確かなので良しとしておこう。

 ただし、2年間もグラハムを演じ続けた結果、変な癖がついてしまった。VRMMOをやると別人のようになってしまうのはそのためだ。木綿季と藍子は、初めて彼とALOをやった際に、その事実を知って驚かされた。まぁ、この状態になるのはゲーム内だけなので、特に問題はあるまい……。告白癖がパワーアップしてしまった点を除けばだが。

 

 

 何はともあれ、懸命に生き抜いた宗太郎は望んだ場所に帰ってこれた。

 そして、ようやく元の生活に戻ることが出来た3人は、共に幸せを噛み締める。大好きな人が生きて傍にいるという当たり前の幸せを。

 木綿季と藍子は、宗太郎の腕に思いっきり抱きついて、伝わってくる温もりを存分に楽しむのだった。

 

「なぁ、早く飯食いにいかないか?」

「まだダメ~」

「もうちょっと~」

「はぁ、やっぱりいつも通りか」

 

 緩みきった表情で答えてくる2人の様子を見て、宗太郎は嘆息する。これも恋人兼お兄ちゃんである彼の役目だ。

 

「まぁ、2人の胸が気持ちいいから良しとするか」

「そーいうことは口に出しちゃダメでしょー」

「そうだよソウ君、エッチなことはまだダメだよー」

 

 そう言いながらも離れようとはしない甘えん坊な紺野姉妹であった。




とうとうアニメが終わってしまいました……。
ハッピーエンドというわけではありませんでしたが、本当にいい作品でした。
後はゲームが待っていますが、ユウキも動かせるといいなぁ。


ご意見、ご感想をお待ちしております。


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第3話 再会と出会い

今回は、とってもTo LOVEる的な内容になっております。



 ALOを終わらせてから数分後、3人は同じベッドで寝転びながら抱き合っていた。

 もちろん、エッチな事をしているわけではなく、じゃれあっているだけだ。幼い頃からやっていることなので、お互いに抵抗感などは無い。それどころか、SAO事件の影響を受けてより積極的におこなわれるようになった。

 ただ、若さ溢れる16歳の宗太郎にとっては、かなり複雑な状況でもあったが。

 

「うりうり~、ボクのオッパイ気持ち良い?」

「もう、女の子がそんなこと言っちゃダメでしょ」

 

 それぞれ個性を感じさせる言葉を発しつつ、自分の胸を押し当ててくる美少女姉妹。はっきり言ってとても羨ましい状況である。しかし同時に、宗太郎を追い詰めてもいた。嬉しい気持ちを素直に開放したら、とても大変なことになってしまうからだ。特に下半身が。

 

「えへへ~、ソウ兄ちゃ~ん」

「もう少し、もう少しだけ……」

「(胸、尻、太もも……客観的に見ても良い成長っぷりだ。賞賛と好意に値する!)」

 

 何だかんだと言い訳しても、心はソッチに向かってしまう。こういう時、男の子って不便なのよね。というか、可愛い女の子にこれだけ密着されてしまったら意識するなという方が無理だろう。

 年相応に成長している2人の胸が、宗太郎の純情ハートをあっという間に魅了していく。

 

「(なんという心地良さ! この感触……まさしく乙女だ! しかし、身持ちの堅い私の心は、そう簡単に奪えはせんぞ!)」

 

 宗太郎は、グラハムになりきることで理性を保とうとする。気分的には血の繋がったお兄ちゃんだ。そういう設定にしないとイケナイ事を考えてしまう。

 

「(状況は、圧倒的にこちらが不利。それでも、中二の小娘なぞに負けるわけにはいかんのだよ!)」

 

 現実では常識人だと自負している宗太郎は、自分の欲望と必死に戦う。14歳になった木綿季と藍子は、それほどまでに魅力的だった。彼女たちが美少女であることはもちろんだが、彼に恋していることが一番の理由だろう。ようするに、恋する乙女の力は伊達ではない、ということだ。

 その証拠に、彼女たちは宗太郎の気持ちを見抜いていた。

 

「俺は2人のお兄ちゃん、俺は2人のお兄ちゃん……」

「ふふっ、今更我慢する必要ないのに。アレはもう経験済みなんだから♪」

「誤解を招くような言い方するな!」

 

 宗太郎はドキリとしながらツッコミを入れる。

 木綿季が言っているのは、もちろんR-18的なことではない。彼女たちの気持ちいい感触に反応してしまった彼のビッグキャノンを服越しに見たことがあるという意味だ。SAO事件の後、久しぶりに復活したこのイベントで、不覚にも醜態を晒してしまったのである。

 あの時は、みんなで恥ずかしくなって大いに慌てたものだが、今では2人とも受け入れていた。それどころか、最近では逆に面白がっているくらいだ。

 

「姉ちゃんだって全然気にしてないよねー?」

「う、うん。最初はビックリしたけど、ソウ君だったら、その……嫌じゃないよ?」

「ぐはぁ!!」

 

 上目遣いで放たれた藍子のセリフは効果バツグンだった。彼女のような美少女にそんな可愛らしいことを言われたら当然だろう。

 

「ええい、この私が圧倒されるとは! 侮れんな、女子中学生!」

「口調がグラハムになってる!?」

「ちょっとやり過ぎたかな?」

 

 ついにテンパってしまった宗太郎は、現実でもグラハム化してしまった。それでも、同じようなことを数ヶ月も耐え抜いているんだから彼の忍耐力も侮れない。これも、SAOで2年以上もストイックな生活をしていたおかげと言うべきか。改めて考えると、貴重な青春時代を棒に振った気がして切なくなるけど……。

 

「はぁ、煩悩に抗ってたら腹減った。飯食いに行くぞ」

「うわっ!」

「きゃっ!」

 

 急に冷静になった宗太郎はむくりと起き上がり、抱きついていた2人も一緒につられて来る。多少強引だが、いつまでも遥ママを待たせるわけにはいかない。

 それに、今日は急ぐ必要もある。

 

「もう、いきなり起き上がらないでよ」

「でも、ご飯と風呂を早めに済ませないとダメだろ? 2時間後に用事があるんだから」

「あっ、そうだった」

「9時前に準備しとかないといけないもんね」

 

 宗太郎の言葉でキリトたちに会うことを思い出した木綿季たちは、ようやく彼の腕から離れた。少し名残惜しそうな表情をしながら。その様子に気づいた宗太郎は、彼女たちの頭をひと撫でしてから立ち上がる。

 

「ほら、さっさと行こうぜ」

「「うん!」」

 

 自分たちに気をかけてくれる宗太郎に嬉しくなって、双子の姉妹は笑顔になる。恋をすると、ちょっとした優しさでも幸せな気持ちになれるものなのだ。

 木綿季と藍子は、お互いに視線を交わしてクスリと笑うと、先を歩く宗太郎の後についていくのだった。

 

 

 2階にある木綿季の部屋から移動して1階のダイニングに到着する。時刻は午後7時8分。テーブルに目を向けると、既に夕食が用意されていた。後は、メインのシチューを持ってくるだけのようだ。

 配膳を手伝おうと思った宗太郎は、キッチンにいる遥ママに話しかける。

 

「遅くなってすみません」

「別にいいのよ宗太郎君。どうせまた、この子たちが原因なんでしょ?」

「はい、その通りでございます」

「気持ちいいくらい庇う気ゼロだね」

「まぁ、本当のことだからしょうがないよ」

 

 藍子は、遥ママから向けられた微笑みの意味に気づき、少し顔を赤らめながら答える。実を言うと、あのスキンシップは遥ママも承知済みであった。しかも今日は久しぶりに宗太郎が泊まっていくから、娘たちが浮かれていることも分かっている。若者たちの可愛らしい恋愛に理解を示している遥ママは、初々しい3人の様子を暖かい目で見守っているのだ。

 

「でも、ケジメはしっかりとつけなきゃダメよ? 宗太郎君」

「っ!? イエス、マム!」

「ん? 急にどうしたの?」

「あ~いや、なんでもない、なんでもないよ?」

「「?」」

 

 耳元で遥ママから囁かれた宗太郎は、その艶っぽい声にぞくっとしながらも、言葉に込められた気迫に身震いする。まだ30代の遥ママはとても綺麗で、理想的な大人の女性と言っても過言ではないから余計に効果的だった。

 彼女は、息子のように思っている宗太郎に対して大胆なスキンシップをしてくることがあり、年頃になった彼は対応に困る時が多々あった。一家揃って敬虔なクリスチャンだからか、行動も欧米風になっているように感じる。

 そういう点で言えば、アメリカ人とのハーフである宗太郎の方が慣れていそうに見えるのだが、彼の国籍が日本だということを忘れてはいけない。大体、年頃の男子である以上は反応せずにいられないだろう。グラハム風に表現すると、『乙女座の私でも、美しい女性と接すれば照れてしまうさ』と言ったところである。

 

「(こうまで私を惑わすか、紺野家の女たち! だが、それでいい。それでこそ、戦い甲斐があるというもの!)」

 

 なんてことを思いつつ、内心ではドキドキしてしまっている。傍目から見ると羨ましいことでも、当事者にしてみればそれなりに大変なのだ。まぁ、どう言い訳しても贅沢な悩みには違いないのだが、経験値の少ない坊やだから仕方ない。

 SAOは女性プレイヤーが少なく、他にも様々な危険があったため、本格的に異性といちゃいちゃしていたのはキリトとアスナぐらいだった。そもそも、現実世界に戻ることを優先していたグラハム自体にその気が無く、一部のプレイヤーから男色家ではないかと噂が立つくらい身持ちが硬かった。キリト並にモテていたのに、まったく気づかなかったのである。そのため、女性とのスキンシップに2年以上のブランクが出来てしまい、可憐に成長した紺野姉妹の魅力に翻弄されているのだった。

 

「その点だけは中二のままってことかよ、こんちくしょう!」

「ねぇ、木綿季。さっきからソウ君の様子おかしくない?」

「そう? ボクはいつも通りだと思うけど」

 

 木綿季と藍子に好き勝手言われてるけど、今は素直に受け入れるしかない。だって、異性とのお付き合いに関しては同学年みたいなもんだもん。

 期せずして自分の情けなさに気づき、乾いた笑みを浮かべた宗太郎は、遥ママから受け取ったシチューを持って静かに席に着くのだった。

 こういう時は、美味しいご飯を楽しんで嫌なことは忘れるべきだな。うん。

 

「さぁ、みんな。神様にお祈りをして夕食をいただきましょう。エ゛ェェイ゛ィメン゛ッッ!!」

「今日のソウ君は情緒不安定だね……」

 

 いきなり荒ぶりだした宗太郎を見て呆気に取られる藍子。この短い間に彼の中で何が起こっていたのかはわからないけど、とりあえず今日の食卓はとても賑やかであった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 夕食を食べ終え、みんなで後片付けをしている間に1時間以上過ぎた。現在の時刻は午後の8時半。キリトたちとの待ち合わせ時間まであともう少しだ。

 木綿季と藍子は、その20分前からお風呂に入っている。彼女たちは、宗太郎が泊まりに来ると、いつも一緒に入ることにしていた。そこで、彼には聞かせられないガールズトークを楽しむのだ。今日も仲良く湯船につかりながら、女の子らしく胸の話題で盛り上がっている。

 

「やっぱり、ソウ兄ちゃんも大きい方が好きみたいだよ?」

「ん~、大きすぎると不便だって聞くけど、男の人はそうなのかもね」

 

 いざ聞いてみたらすごく興味深い話題だった。確かに、宗太郎には聞かせられない内容だ。

 

「ボクたちのオッパイ、大きくなるかなー?」

「ママは大きいほうだから大丈夫だと思うよ」

「でも油断は禁物だよ。姉ちゃんだけ貧乳になる可能性だってあるんだから」

「嫌な例えしないでよ……」

 

 藍子は、ちょっぴり顔をしかめる。彼女も年頃の女の子らしく、胸の大きさを気にしているのだ。今は平均より良い成長を続けているが、この先どうなるかは分からない。

 それに宗太郎は、巨乳の方が好みみたいだし……。

 

「……」

「ほほう、どうやら姉ちゃんも気になってきたようだね?」

「えっ? そんなことはないけど……」

「へっへ~、双子のボクに嘘は通じないよっ!」

「って、ちょ、木綿季! いきなり何するのー!?」

「何って、姉ちゃんのオッパイを大きくしてあげようかなーって思ってね」

「だからって、そんなにいっぱい揉まないでよぉー!」

 

 話しているうちに悪戯心が芽生えた木綿季は、姉の胸を正面から掴んで揉みまくる。同じ女の子同士だからこそ許される禁断のシチュエーションだ。男同士では絶対に表現することができない可愛らしさである。実際にやられている藍子にとっては恥ずかしいだけだが。

 

「もうっ、自分の胸を揉めばいいでしょ~! 木綿季だってほとんど同じ大きさなんだから……」

「ふふん、その必要は無いよ~。ボクのオッパイは、ソウ兄ちゃんに大きくしてもらうから♪」

「ええ!? 木綿季って、色んな意味ですごいわね……」

 

 とてもアグレッシブな妹の発言に、藍子はため息をつく。木綿季の性格は元々素直な方だったが、SAOで宗太郎を失いかけてから更にその性質が強くなった。

 しかし、穏やかな性格の藍子は、妹のように素直な気持ちを表に出せない。その上、姉という立場が妹の前に出そうとする足を止めてしまっている。彼女は、宗太郎と同じくらい木綿季のことが大好きだからだ。

 

「(でもね、私だって負けるつもりはないよ)」

 

 宗太郎がどちらを選ぶか分からないけど、答えが出るその時まで絶対に諦めない。自分の恋心だって木綿季に負けないくらい本物だから。

 恋のライバルである双子の姉妹は、今日も仲良く恋愛バトルを繰り広げるのであった。

 

 

 そのように2人の美少女がお風呂ではしゃいでいたシーンから十数分後。彼女たちが出てくるのを待っている宗太郎は、居間でうとうとしていた。遥ママとテレビを見ているうちに眠気が出てきてしまったのだ。現在彼は、睡眠時間を削って勉強に勤しんでおり、久しぶりの休息日で溜まっていた疲れが出てしまった。

 そんな彼に釣られたのか、隣にいる遥ママまで眠りかけている。いつもは夫が帰ってくるまでちゃんと起きているのだが、宗太郎と同様に気が緩んでしまったらしい。

 もちろん、この状況自体に問題は無く、たまたま2人揃ってうたた寝しているだけだ。

 しかし、その状況が、後に起こるハプニングにつながることになる。

 

「……んあ~、ちょっと眠ってたか……って、もうこんな時間かよ!」

 

 何とか自力で覚醒した宗太郎は、寝ぼけ眼で見た時計に驚く。約束の時間まであと15分くらいしかないではないか。

 

「早く風呂に入らないと!」

 

 慌てた宗太郎は、急いで風呂場に向かう。

 もしこの時、遥ママが起きていたら彼を止めていただろう。あの子たちはまだ出てきてないわよと。だが、彼女は今、ソファに寄りかかって目を瞑っている。

 その結果、宗太郎はノックもせずに風呂場のドアを開けて……真っ裸の木綿季と藍子を目撃してしまう。

 

「「「………」」」

 

 視線が合った瞬間、3人の動きが止まり、沈黙が生まれる。

 

「(うむ、これは絶景……もとい、絶体絶命のピンチですぞ?)」

 

 宗太郎は、徐々に顔を赤くしていく2人の姿を見つめながら思った。寝ぼけていたせいで思わず慌ててしまったが、2人が風呂から上がっていたら自分に声をかけてくれただろうと。そんな当たり前なことに今更気づいたものの、禁断の扉を開けてしまったこの状況では後の祭りだった。

 彼の目の前には、小さなパンツを手に持った裸の美少女姉妹がいる。その光景は、まさしくパラダイス。しかし、禁忌を犯した罪人は、楽園から追放されると相場が決まっている。

 

「その容姿……もはや少女ではなく、乙女と呼ぶべきだな。あれから2年。見違えるように成長したなぁ、紺野姉妹!」

「そんなことを言う前に……」

「とっとと出てけ――――――!!」

 

 ダメ元で何事もなかったかのように接してみたが、やっぱりダメだった。木綿季と藍子の同時攻撃を食らった宗太郎は、風呂場から突き飛ばされて目の前の壁に思いっきり叩きつけられる。

 

「ウボァ――――――っ!!?」

 

 おかしな断末魔を叫びながら廊下に倒れこむ。とても痛そうだが、当然の結果である。

 その数秒後、騒ぎに気づいた遥ママが、何事かと様子を見に来た。そして、一目で大体の事情を察する。

 

「宗太郎君のエッチ」

「否! 断じて否! これはいわゆる不可抗力というヤツでして……」

「でも、見たのよね? あの子たちの裸」

「はい、見ました、ごめんなさい」

「ふふっ、私は別にいいのよ? あなたが本当の息子になる日が早くなるから」

「やだ怖い! この人本気だわ!」

「もちろん当然でしょ、娘たちの心を奪っちゃったんだから。ケジメはしっかりとつけてもらうわよ?」

「俺の気持ちに彼女たちが応えてくれたらですけどね」

「そんなこと、今更気にする必要もないでしょ」

「はぁ……遥ママには敵わないなぁ」

 

 ニコリと笑ってとんでもない事を言う遥ママに、宗太郎は感服するしかなった。やはり、しっかりと母親している人はすごい。娘の裸を見た男に恋バナするのはどうなのよと思うけど、娘たちがそれほど嫌がっていないのだから問題は無い。

 実を言うと、この手のラッキースケベは以前から多々起こっており、木綿季と藍子も次第に受け入れるようになってしまっていた。これも惚れた弱みというヤツだ。もちろん、被害にあった時はちゃんと怒って、デートやプレゼントといった【慰謝料】を手に入れているのだが。

 

「今度はどんな要求をされるのか……。あえて言おう、私は恐怖を感じている!」

「ふふっ、がんばって謝ってね、お兄ちゃん」

 

 遥ママに茶化された宗太郎は、廊下に寝転がったままため息をつくのであった。

 その数分後、むすっとした顔で風呂場から出て来た少女たちに土下座して謝り、デートの約束をすることで何とか許してもらった。結局、予想通りに出費するハメになったものの、そんな可愛らしい要求で許してくれるのだから、むしろ感謝すべきところだろう。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 風呂場でひと騒動あってから10分後の午後8時55分。パジャマに着替えた3人は、予定時間ギリギリでALOにログインした。騒動の張本人である宗太郎は、木綿季たちから許しを得たあとに速攻で風呂を済ませ、何とか時間前に準備を整えたのだった。

 因みに、今度は藍子の部屋に集まって、3人で宗太郎用の布団に寝転がりながらログインしている。彼が泊まる時は、いつも3人そろって同じ部屋で眠ることになっているのだ。

 

 

 何はともあれ、急ぎ足でユグドラシルシティにやって来た3人は、そのままの勢いで待ち合わせ場所に向かう。

 

「ん~、もうすぐキリトに会えるのかぁ。すっごい楽しみだなぁ」

「私もだよ。ソウ君の友達らしいけど、どんな人なの?」

「そうだな……乙女座の私が恋焦がれてしまうほどの美少年、と言えば分かるかな?」

「「そういう情報はいらないよ!」」

 

 そんなBLっぽい説明をされても困る。

 

「ならば、百聞は一見にしかずだ。その答えは、自分で確かめてみるといい」

「うん、そうだね。早速デュエルしてもらうぞ~!」

「もう、いきなりそんなことしちゃダメよ。キリトさんたちに会ったら、まず最初にお礼を言わなきゃ」

「分かってるよ。なんたって、ソウ兄ちゃんを助けてくれた大恩人だもんね」

 

 浮かれている所をランにたしなめられてしまったユウキだったが、気持ちは同じなので素直に頷く。キリトがいたからこそグラハムも生還できた。だったら、当然お礼をしなければなるまい。

 

「そのために苦労して手に入れたS級食材をプレゼントするんでしょ?」

「そうね。これなら喜んでもらえると思うわ」

 

 顔を見合わせた2人は、その瞬間を思い描いて笑顔になる。彼女たちが手に入れたS級食材とは、SAOに出て来たラグー・ラビットの肉と同類のもので、滅多に食べられるものではないからだ。このような記念すべきイベントのために取っておいたのだが、ようやく出番が来たわけだ。これをプレゼントすれば、確かに喜ぶだろう。

 

「ほう、心を射止めるなら、まずは胃袋からというわけか。いい判断だ。誰しも肉欲には抗えんからなぁ!」

「それを言うなら食欲でしょ!」

 

 グラハムのおバカな発言のせいで、せっかくのS級食材がイケナイアイテム扱いにされてしまった。まったくもって、空気の読めない男である。

 それでも感心しているのは確かなようで、2人の頭を優しく撫でて労をねぎらう。

 

「良くやった。君たちの努力に敬意を表させてもらおう!」

「んふふ~、このぐらいどうってことないよ」

「わたしたちに出来ることなんてこのぐらいだから」

「いや、その気持ちこそが大切なのさ。ありがとう、私の愛しき少女たち」

「「……(ぽっ)」」

 

 アダルトな話で場を乱したと思ったら、その直後にイチャイチャ空間を作り出してしまう。グラハムと宗太郎の性格が混ざったこの男は、色んな意味で危険な存在だった。

 何はともあれ、おかしな話をしつつ歩みを進めていた3人は、予定時間通りに目的地へ到着する。

 

「ふむ……どうやらここで間違いないな」

 

 グラハムは、とある店の前で足を止める。彼の目の前にある建物は、目的地の【リズベット武具店】だ。思っていた以上に立地条件のいい場所に建っているところを見ると、キリトたちの援助も受けているのかもしれない。だからこそ、彼らの集合場所になっているのだろう。

 

「相変わらずのネーミングだな、リズベット。しかし、それでこそ彼女らしい」

 

 グラハムは、何となくSAOを思い出して懐かしくなった。

 ここが彼らの新しい拠点なのだな……。そして、自分もここから再出発することになる。ユウキとランとともに、新たな冒険へと旅立つのだ。

 もちろん、後ろにいる2人も、新たな出会いを前に気分を高揚させている。

 

「では、入るとしようか」

「うん、いよいよご対面だね~」

「何だか緊張してきたよ……」

 

 3人はそれぞれの思いを胸に抱きながら店の中に入っていく。

 店内はそれほど広くないが、居心地のいい雰囲気を感じさせる内装だ。奥は武具を作る作業場となっており、その手前に客用のテーブル席が設置されている。そこに、グラハムの仲間が勢ぞろいして、笑顔を浮かべながら彼の言葉を待っていた。

 

「諸君! 夜の挨拶、すなわち『こんばんは』という言葉を、謹んで贈らせてもらおう」

「うわっ! すっごい懐かしい!」

 

 独特なグラハムの挨拶に対して真っ先に反応したのは、この店の主であるリズベットだ。この面子の中で一番最初に知り合った彼女とは親友のような間柄になっており、現実世界でも名前で呼び合っている。その親しさが、この場面でも大いに出てしまう。

 

「最近は普通の宗太郎に慣れちゃったから、変な感じだわ」

「何を言う。今の私はグラハム・エーカーだ!」

 

 せっかくの再会だったのに、しょっぱなからコントみたいになってしまった。半年ぶりという事情もあるが、それだけではない。現実の本人とグラハムとのギャップが大きかったせいもあって、宗太郎という純和風の名前が強く印象に残ってしまったからだ。

 そのため、誰もアバター名を言ってくれない。唯一の社会人であるクライン、同じ学校の後輩であるシリカ、キリトの妹であるリーファが次々と声をかけてきたが、どれも実名であった。

 

「ふん。この私を愚弄するとは、いい度胸をしている」

「まぁ、それだけ仲がいいってことなんだから気にすんなよ、ソータロー」

「勝手にそう呼ぶ。迷惑千万だな」

「でも、本当に久しぶりだから、わたしも宗太郎さんて言っちゃいますね」

「そもそも、わたしは宗太郎さんしか知らないし」

「ええい、何度言えば分かる! 私はミスター・ブシドーではない!」

「誰も言ってねーよ!」

 

 仲が良いのか悪いのか、再会して早々に口論を始める仲間たち。その様子を傍観していたキリト、アスナ、ユイの3人家族はやれやれと苦笑する。

 

「はぁ、やっぱりこうなるか……」

「わたしは、グラハム君が変わってなくて安心したけどね」

「はい。お元気そうで何よりです」

 

 ピクシーの姿をしたユイは、定位置としているキリトの頭に座りながら微笑む。SAOが存在していた頃、人間というものを学んでいた彼女は、珍しい性格をしていたグラハムに興味を持った。その結果、2人で一緒に騒いではキリトたちを困らせていたのである。ようするに、ユイとグラハムはお友達なのだ。

 

「(ふふ、今日からまた一緒に遊べますね。しかも、新しいお友達まで出来そうです)」

 

 そう思いながら、グラハムの後ろにいる少女たちに視線を向ける。その時、彼が連れてきたインプの少女の様子がおかしことに気づいた。なぜか、アスナの方をじっと見つめているのだ。

 

「ねぇママ、グラハムさんのお連れの方が……」 

「うん、ものすごく見られてるけど、何だろうね……」

 

 当然ながらアスナも気づいて、そちらに顔を向ける。すると、インプの少女――ユウキと目が合った。

 

「っ!?」

 

 自分のことを不思議そうに見つめる優しそうな女性。その姿を目にした途端、ユウキの鼓動がトクンと鳴る。

 

「(なんだろう、この感じ……)」

 

 初めて会ったのに、なぜか目を惹きつけられてしまう、ウンディーネのお姉さん。一体どうしてなんだろう。そう思った瞬間、ユウキの思考に見覚えのない光景が浮かんだ。夕暮れに染まる景色の中、涙を流したあのお姉さんが自分に語りかけてくる光景を。

 

『わたし……わたしは、必ず、もう一度あなたと出会う。どこか違う場所、違う世界で、絶対にまた巡り合うから……その時に、教えてね……ユウキが、見つけたものを……』

 

 聞き覚えのない言葉が脳裏にこだまする。

 ボクは知らない。このお姉さんも、さっきの光景も。だけど……なんでこんなに切なくなるんだろう。なんでこんなに嬉しい気持ちが湧き上がってくるんだろう。なんで、なんで……。

 

「う、うう……」

 

 ユウキは、自分でもよく分からない感情に飲み込まれて涙を流した。悲しくて、嬉しくて、涙が止まらない。止まらないんだ。

 

「うわぁ――――――!!」

「ええっ!?」

「どうしたの、ユウキ!?」

 

 急に泣き出したユウキにみんなが驚く。その原因が全く分からないからだ。

 しかし、それは当然だった。この時ユウキは、別世界にいた自分の記憶と同調していたのだから。新たな出会いと同時に、時空を超えた再会を喜んでいたのだから……。




次回は、アインクラッドでのやり取りになる予定です。
アスナが気になるユウキを可愛く表現できたらいいなぁ。


ご意見、ご感想をお待ちしております。


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第4話 リスタート

何とかアインクラッドまでやって来ました。
でも、戦闘シーンはありませぬ。


 SAOをクリアした英雄キリト。最速にして最強の剣士。そして、大好きなソウ兄ちゃんを助けてくれた大恩人。これまではまったく接点など無いと思っていた人物だったが、思いもかけない急展開によって出会える機会を得た。

 そのような経緯によりキリトに強い興味を持っていたユウキは、ワクワクしながら待ち合わせ場所の店に入る。しかし、そこで待っていたのは彼だけではなかった。キリトの恋人であるアスナ。彼女こそ、ユウキが出会うべき人物だった。

 

「(この人は……ボクの……)」

 

 大切な人だ。

 初めて会ったのに。まだ名前すら知らないのに。愛しい感情がとめどもなく湧いてくる。嬉しい気持ちで心が一杯になる。なぜならそれが、もう一人のユウキの想いだったから。彼女の魂と触れ合った時から、この出会いは必然となっていた。人知れずに絆が生まれていたこの2人は、いずれどこかで巡りあうことになっていたはずなのだ。それが、グラハムのおかげで偶然早まったに過ぎない。

 

「(よく分かんないけど、すごく嬉しい……嬉しいよぉ)」

 

 アスナと出会ったことがきっかけとなって、別世界の自分の記憶と同調したユウキは、様々な感情が溢れ出して泣いてしまう。時間と空間を越えて、小さな奇跡が起こったのだ。

 とはいえ、そんなことなど知る由も無いみんなは、彼女の反応に途惑うばかりだった。

 

「うわあぁ~ん!」

「ちょ、ユウキ! 何で泣いてるの!?」

 

 隣にいたランは、突然すぎる妹の変化に対応できずおろおろしてしまう。そして、初めて会う他の面子も状況が分からず大いに慌てる。実の姉でさえ持て余している状態なのだから当然だ。

 もちろんキリトも例外ではなく、ユウキを連れてきたグラハムに事情を問う。

 

「おい、グラハム。何でその子は泣き出したんだ?」

「いや、この私にも分からん。女心は秋の空という故事もあるが……恐らくは、この場所に何らかのきっかけがあったのかもしれないな」

「きっかけ……もしかして、わたしをじっと見ていたことに原因があるのかな?」

 

 グラハムの推測を聞いたアスナは、少し前の出来事を思い出す。なぜか自分を見つめていた彼女のことを。確かに、あの時の様子は普通ではなかった。

 

「アスナを見てから泣き出したの?」

「うん……そう言われると、わたしが悪いことしたみたいに聞こえるけど……」

 

 アスナは、リズベットから疑いの眼差しを向けられて無罪だとアピールする。とはいえ、状況を考えると彼女に原因がある可能性が高い。その事実を知ったグラハムは、とある推測を思いついた。

 

「なるほど、そういうことか!」

「何か分かったのか?」

「ああ……。恐らくアスナは、この2人を見た瞬間にこう感じたのだろう。少年のハーレム要員を、これ以上増やすわけにはいかないと。そして、その際に発せられた禍々しい思念波が、ユウキに恐怖心を与えたのだ。まったくもって、傍迷惑にも程があるぞ!」

「それはこっちのセリフよ!!」

「っていうか、さりげなく俺まで巻き込むな!!」

 

 グラハムの身勝手な推測に対して、仲良くツッコミを入れるキリトとアスナ。流石は恋人同士といったところで、息がピッタリ合っていた。

 しかし、肝心な話の方は結局振り出しに戻ってしまった。冷静そうに見えたグラハムも実はテンパっているらしく、あまり役に立ちそうもない。とにかく今は、ユウキを落ち着かせてあげないとならないのだが、良い方法が思いつかなかった。

 

「あわわ、どうしましょう!?」

「わたしに聞かれても分からないよ……」

「俺も泣いてる女の子には弱いからなー」

「あんたには最初から期待してないわよ」

「ひでぇ!?」

 

 歳が若いシリカとリーファはもとより、大人のクラインもこういう展開には慣れていなかった。ランに慰められながら泣き続けるユウキを心配そうに見つめながら、もどかしい時間が過ぎていく。

 そんな気まずい空気の中、意を決したアスナが動いた。

 なぜかは分からないが、あの子が泣き出したきっかけは自分にある可能性が高い。だったら、自分が何とかすべきだろう。責任感の強いアスナは、そのように感じたのである。

 いや、それは少し違う。アスナもまた、ユウキを見ているうちに暖かな感情を抱き始めていた。わたしはこの子と仲良くなりたいんだと。

 

「(それなら、まずは話をしないとね)」

 

 仲良くなるには対話から始める。ごく当たり前な行動をすることで場を落ち着かせようと考えたアスナは、ユウキのそばに歩み寄って優しく話しかける。

 

「ねぇ、ユウキちゃん。何で泣いてるのか、わたしに教えてくれないかな?」

 

 この時アスナは、ランとグラハムの会話から聞き取った彼女のアバター名を呼んでみた。すると、泣きじゃくっているばかりだったユウキが、顔を上げて返事をしてきた。

 

「ぐすっ……分かんない。分かんないけど、お姉さんを見てたら嬉しくなって……涙が止まらないんだ……」

「そう……わたしも、あなたと会えてとっても嬉しいよ」

 

 ユウキの言葉を聞いてにこりと笑ったアスナは、自分の本心を述べる。そして、肩を震わせている彼女の身体をゆっくりと抱きしめた。

 

「「あっ……」」

 

 アスナの意外な行動にユウキとランは驚く。でも、心がポカポカする。アスナの優しさが伝わり、2人は安心感に満たされた。

 何とか状況を改善して落ち着つくことができたアスナは、可愛らしい姉妹の様子を見つめながら考える。

 なぜユウキが泣いていたのか、詳しい理由は分からない。だが、彼女と話してみて思いついた推測が一つだけある。もしかすると、グラハムから自分の話を聞いて、ものすごく美化してくれたのかもしれない。ようするに、憧れの人に会えて感極まったような状態になったのではないかと思われる。

 

「(自分で言うのも恥ずかしいけど……)」

 

 SAOの時も熱烈なファンがいたので、有り得ない話でもない。それなら、こうやって慣らしてあげれば、すぐにでも落ち着くはずだ。

 そんなアスナの予想は当たり、さっきまで泣きじゃくっていたユウキは抱かれた途端に大人しくなった。

 

「……」

「どう、落ち着いた?」

「うん……姉ちゃんに抱っこしてもらってる時と同じ匂いがする。お日様の匂い……」

「ふふ、そう言われるとくすぐったいけど、確かに似てるかもね」

 

 ユウキに言われて隣にいるランを見る。自分と同じウンディーネの姿をしている彼女の雰囲気は、何となく近しいものを感じる。話の流れでアスナに見つめられたランも、顔を赤く染めながら納得しているような表情をしている。そのおかげか、初対面でもすんなりと話しかけることが出来た。

 

「あの、妹がご迷惑をおかけしてしまってすみません」

「ううん、いいのよ。わたしの方こそ、こんなに喜んでもらえてすごく嬉しいから」

 

 アスナとランは顔を見合わせながら微笑みあう。別の世界では一回も出会うことがなかった2人は、小さな奇跡によって邂逅を果たした。

 無論、彼女たちが認識できることではないが、大好きな2人の姉と一緒にいられる機会を得られたこの世界のユウキは、とても幸せな気分に満たされる。その光景は、名画のように美しかった。

 

「へへっ、可愛い女の子同士で抱き合ってる姿ってのもいいもんだなぁ~」

「クラインさん、本音がダダ漏れですよー……」

「はぁ。あんたは相手が美少女だったら何でもいいんでしょ。まったく、これだから節操のない男ってのはイヤだわ」

「うぐっ! さっきから俺にだけ辛辣すぎじゃね?」

「冷静かつ正しい意見よ」

 

 感動的な姿をいやらしい目で見ていたことがバレたクラインは、リズベットたちから軽蔑の目を向けられてしまう。だが、男なら理解できる話でもあるため、グラハムは助け舟を出すことにした。

 

「待ちたまえ。女性陣は否定しているようだが、この私もクラインの意見に賛成だ」

「おっ、流石はハム太郎! 話が分かるぜ!」

「うわ、あんたも同類だったの?」

「何もおかしなことではあるまい。美しいものに心惹かれることは、ごく自然なことだからな。ゆえに、美少年同士の絡み合いも需要があるのだよ!」

「って、ソッチには興味ねーよ!」

「あんたの特殊な趣味と一緒にするな!」

「それは誤解だリズベット。これでも私は、ただのノンケさ」

「「だったら、まぎらわしいこと言うな!」」

 

 実にごもっともなツッコミである。

 ただ、グラハムがふざけた発言をしているのは、ユウキのことを心配していたがゆえだった。普段通りの自分を演じることで、彼女の気持ちを落ち着かせようとしたのだ。客観的には、普通に話しかけてやれよと言いたいところだが、彼自身も途惑っていたので仕方ない。SAOを生き抜いた乙女座の男も、乙女の涙には弱かった。

 何はともあれ、アスナの活躍によって問題は解決したのだから、これ以上グラハムの揚げ足を取る必要はないだろう。彼女のおかげでユウキも泣きやみ、今は普通に会話をしている。それだけで十分だ。

 

「えっと……急に泣いたりしてゴメンね?」

「ううん、別に気にする必要はないわよ、ユウキちゃん」

「あっ……」

「ん? どうしたの?」

「うん……あのね、ボクのことはユウキって呼んで欲しいんだ」

「ああ、そういうことね。だったら私の事もアスナって呼んで?」

「アスナ……。うん、わかったよ、アスナ!」

「ふふっ。それじゃあ、改めてよろしくね、ユウキ」

 

 2人は、お互いの名を呼び合って笑顔になった。まるで、以前から知り合いだったかのように自然な様子で。

 その一部始終を静かに見守っていたキリトとユイは、ほっとしながら家族の功績を褒める。

 

「一時はどうなるかと思ったけど、アスナのおかげで丸く収まったな」

「はい。やっぱりママはすごいです!」

「まさに、母性の成せる業だな。乙女座の私としては、あの包容力に嫉妬を覚えてしまうよ」

「そんなとこで張り合うな!」

 

 キリトは、いきなり会話に混ざってきたグラハムにツッコミを入れる。

 相変わらず、ゲーム内ではおかしなキャラになるな。現実では、親しみ易い面白イケメンなのに……。彼に関する破天荒な記憶を思い浮かべたキリトは、思わずため息をついてしまう。

 その当人は、キリトの気苦労も知らずに、近づいてきたランと親しげに会話しているが。

 

「ソウ君、せっかくの記念日なのに迷惑かけちゃってゴメンね」

「いや、何も気に病むことは無いさ。乙女の涙に逆らうなど無粋の極みだからな」

「くすっ。ソウ君ってわたしたちが泣くと、何でも言うこと聞いてくれるもんね」

「ふっ、私は不器用な男なのだよ」

 

 グラハムは、幼い頃を思い出したランからイタズラっぽい視線を向けられて、柄にもなく照れた。そんなこそばゆい光景を見せつけられたキリトたちは、初々しい2人に向けて生暖かい視線を送るのだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 ユウキの号泣という思わぬハプニングが解決してから数分後。一通り自己紹介を終えた彼らは、早速アインクラッドにやって来た。

 今回プレイする場所は、豊かな森に覆われた第3層だ。実装されてから一月も経っていないが、ALOプレイヤーを中心に人気が集まって、既に第2層までクリアされている。

 キリトたちは、勉強やリハビリに時間を割かれて出遅れる形となったため、本格的に参加するのは今回が初めてだった。情報によるとこの層のボスはまだ倒されていないので、復帰記念に親しい仲間だけで倒そうと考えたのだ。そのような経緯でグラハムにも声がかかり、再びこのアインクラッドに帰って来た。彼自身もまた、来るべきだと感じていたから。

 

 

 ユグドラシルシティから転移した一行は第3層の主街区に到着し、そのまま徒歩でフィールドに出る。そこには懐かしい景色が広がっており、当時の記憶を呼び覚ましたグラハムは思わず感慨に耽る。

 

「よもや再びこの地に戻って来ようとは、私もつくづく物好きな男だ」

 

 命を懸けて冒険したデスゲームと同じ風景を前にして、少し複雑な気分になってしまう。そんなグラハムの言葉に重い雰囲気を感じたユウキとランは、心配そうに話しかける。

 

「ソウ兄ちゃん、大丈夫?」

「気持ちが乗らないんだったら、止めた方がいいと思うけど」

「なに、問題などないさ。これは、日常を取り戻すための戦いではなく、楽しむためのゲームなのだからな」

「楽しむためのゲーム?」

「そうだ。遊ぶのだよ。真剣に、心から!」

 

 そうすることで、VRマシンに抱いてしまった嫌悪感や恐怖心を払拭する。そうしなければ、自分は前に進めない。ユウキたちと楽しさを共有できない。だからこそ、グラハムはここに来た。かつて抱いていた情熱を再びこの手にするために。

 恐らくは、キリトたちも似たような心境だと思う。彼らも、この世界を肯定するきっかけを欲しているはずなのだ。そうでなければ、忌まわしい記憶に満ちたこの場所で遊ぶ気になどならないだろう。

 辛い過去を克服するために、あえて新生アインクラッドを遊ぶ。それが、この世界の本来のあり方だと、青春をかけるに値する可能性を秘めた世界だと再確認するために。

 

「なればこそ、君たちには、私と共に遊んでほしいのだよ。この世界の極みに到達するぐらい真剣にな」

「もちろんオッケーだよ。ソウ兄ちゃんと一緒なら、なんだって極めちゃうもんね!」

「私だって、どこまでも付き合うよ」

「良く言った! その心意気、このグラハム・エーカーがしかと受け取ったぞ!」

 

 唐突に盛り上がりだしたグラハムたちは、周りを気にせず無邪気に抱きあう。その光景を初めて見たキリトたちは、呆気に取られながらも微笑ましいと思った。

 

「ほんと仲良いな、あの3人」

「相変わらず、グラハム君だけ浮いてるけどね」

「でも、ちょっぴり羨ましいです」

 

 ユウキたちの仲睦まじい様子(?)に、周囲の面子が茶々を入れる。特に、独り身のクラインはあからさまに悔しがる。

 

「ちくしょーっ! あの子たちも恋しちゃってるのかーっ!?」

「まぁ、グラハムさんはカッコイイですから」

「あの2人に惚れられてても不思議じゃないよね」

「クラインとは違うからねぇ、クラインとは」

「ぐはぁ! 止めさされたー!」

 

 一人惨めに騒いでいたクラインは、シリカ、リーファ、リズベットの三位一体攻撃を受けて打ちのめされる。とはいえ、彼のモテない話は既にネタとなっているため、誰も気に留めない。

 

「うお―――っ! 俺も可愛い恋人が欲しいぞ―――っ!!」

「さて、時間が勿体無いし、そろそろ行くか」

「ああ、そうするとしよう」

「って、完全無視かよ! 少しぐらいかまってくれてもいいじゃんかよぅ!」

 

 男性陣からも呆れられたクラインは、哀愁漂うツッコミを入れる。少し可哀想な気もするが、時間が惜しいのも確かなので仕方ない。非情な(?)キリトたちは、クラインの愚痴を無視して行動を開始する。

 羽を出して空に舞い上がった9人の妖精たちは、一直線に迷宮区へと向かう。

 今日の目標はこの層のボスを倒すことだ。キークエストは既に攻略済みで、ボスフロアまで踏破されているため、迷宮区までは飛んでいける。後はそこを突き進んで、他のパーティより先にボスを倒すのみ。幸運なことに、パワーアップしたボスの攻略に手間取っているようなので、挑戦者が減っている今夜がチャンスだった。

 その辺りの事情を説明されたグラハムは、久々のレイド戦にやる気を漲らせる。

 

「見せてもらうぞ少年! 新しいアバターの性能とやらを!」

「こっちこそ、久しぶりにお前の腕前を見せてもらうぜ」

 

 何だかんだと言って仲が良いキリトとグラハムは、互いの健闘を鼓舞しあう。そして、すっかり元気を取り戻したユウキは、あっという間に親しくなったアスナと楽しげに会話する。

 

「アスナって、キリトと一緒に戦ってたんだよね?」

「うん、そうだよ」

「じゃあやっぱり、すごく強いんだね!」

「まぁ、剣の扱いはそれなりに自信あるけど、ユウキの期待に応えられるかは分からないよ?」

「それはたぶん大丈夫だよ。ボクの予感は結構当たるんだから」

「ふふっ。だったら、予感通りになるように頑張らないとね」

 

 アスナは、根拠のない自信を見せるユウキが可愛くて、思わず笑みを浮かべる。気分的には、元気な妹を優しく見守るお姉さんだ。実際、ユウキ自身もそのように感じており、ランと同じくらいの親しさを抱いていた。

 

「それでね、後でボクとデュエルしてほしいんだけど、いいかな?」

「もちろんいいよ。わたしもユウキと戦ってみたいし」

「ははっ、やったー!」

「もう。ユウキってば、調子に乗ったらダメだって言ったのに……」

 

 アスナと話すようになってからやたらと盛り上がっている妹を見て、ランはため息をつく。ちょっと前まであんなに泣いていたのに、今はなぜか普段以上に元気一杯だ。姉としては、これ以上の迷惑をかけたくないのだが、当のユウキは心の赴くままに振舞っている。この分だと、まだまだ何か起こりそうだ。

 

「アスナさんたちには、後でしっかりとお礼しなきゃね……」

 

 持ってきたS級食材を使っておいしい料理をご馳走することにしよう。そう思ったランは、どのような料理を作ろうか考え始める。その時、不意に声をかけられた。

 

「よう、ランちゃん!」

「きゃっ……クラインさん?」

「おうよ、【頼りになるお兄さん】ことクライン様だ。ところで、何か考え込んでるみたいだけど、どうしたんだい?」

「あっ、えっと……なんでもないです」

「そうかい? 悩み事があるなら、遠慮しないで言ってくれ。人生経験豊富な俺が、適確なアドバイスをしてあげちゃうぜ?」

「は、はぁ……」

 

 妙に好青年を装ったクラインは、キラッと歯が輝きそうな笑顔を浮かべる。あからさまに下心を感じさせるアピールだ。ぶっちゃけると、アスナに似た雰囲気を持っているランに好意を抱いたのである。グラハムを慕っている様子を目撃したにも関わらずアタックするとは、別の意味で勇敢な男だ。しかも、相手は女子中学生だと知っているのに……。

 

「あんた、その子に手を出したら犯罪だってことを忘れてないわよね?」

「うぐっ! も、もちろん覚えてるに決まってんだろ? あはは~……」

「前にわたしも口説かれたから説得力ないけどね」

「なに! 俺の妹を口説いただと?」

「いやいや、あの時はほんの出来心で……って、反応はえーなキリの字!?」

 

 いつの間にか近づいて話を聞いていたキリトが乱入してきた。妹のリーファが口説かれたとあっては、シスコンと言うほどではない彼でも心中穏やかではいられない。その上、ランを口説こうとしたため、グラハムにも目を付けられてしまう。

 

「おいクライン。今度リーファに言い寄ったら……背後に気をつけるようにしろよ?」

「でなければ、私のエクスキャリバーで後ろの貞操を奪われてしまうぞ!」

「「色んな意味で危険すぎるわ!」」

 

 クラインを懲らしめようとしたら、グラハムのせいで話がアヤシイ方向に行ってしまった。その様子を見ていたリズベットは、肩をすくめながら苦笑する。このようなやり取りは、SAOで何回もあったからだ。

 

「まったく、こいつらが絡むと大抵こうなるのよねー」

「あはは、そうなんですか……」

「何か、ウチのソウ兄ちゃんがご迷惑をおかけしてたみたいで、ゴメンなさい」

「ううん、ユウキが謝る必要はないのよ。もう慣れちゃったし」

 

 騒ぎに気づいて参加してきたユウキたちも、彼らに釣られておかしなやり取りを始めてしまう。まったくもって、グラハムはトラブルメーカーであった。

 因みに、さきほどから静かにしているシリカは、自分だけクラインから口説かれていないことに軽いショックを受けていた。

 

「やっぱり胸なの? 胸の大きさなの?」

「? シリカさん、胸に手を当てて何をしているのでしょうか?」

 

 ユイだけが彼女のおかしな行動に気づいたが、幸か不幸か微妙な乙女心までは分からなかった。




次回は、第三層のボス戦がメインとなる予定です。
自分なりにアレンジするので、ボスの内容は原作と異なります。


ご意見、ご感想をお待ちしております。


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第5話 絶対最強の兆し

今回はずっと戦闘です。



 第3層の迷宮区に到着した一行は、すぐに攻略を開始した。

 ここからは地面に足をつけて進んでいく。日光や月光の無い場所では飛行が出来ず、ボスの部屋までは自力で走破しなければならないからだ。当然その間に雑魚モンスターとエンカウントしてしまうため、そいつらを倒しながらの強行軍となる。だが、歴戦の勇士であるキリトたちにとっては足止めにもならない。

 それを証明するように、前衛を務めるキリト、グラハム、クラインが、行く手を遮る植物型モンスター・ベノムプラントを見事な連携で切り刻む。

 

「はっ!」

「遅いな!」

「くらいやがれぇ!」

「グギャァァ!!」

 

 華麗な連続攻撃を食らったベノムプラントは、瞬く間に倒された。命がけで磨き上げてきた剣術だけあって、見惚れるような鮮やかさだ。

 

「うわぁ、すごい! これがSAOプレイヤーの実力か~!」

 

 同じ前衛として参加していたユウキは、先輩たちの華麗な戦いっぷりにひたすら感動する。

 しかも、彼女を興奮させているのは彼らだけではない。キリトたちが取りこぼしていった敵と戦っている女性陣の強さも目を引くものがあった。

 中衛のリズベット、シリカ、リーファがそれぞれの武器を振るってマンドレイクと戦っており、本来なら後衛のアスナも得意の細剣で応戦する。

 

「このっ!」

「えいっ!」

「たぁーっ!」

「もらったぁ!」

「グオォォォ!!」

 

 最後にアスナの突きが決まり、HPがゼロになったマンドレイクが砕け散っていく。こちらの攻撃も見事で、ランの援護もいらないほどだ。後に【バーサクヒーラー】という二つ名で呼ばれることになるのも納得の剣士っぷりである。

 

「うん、良い感じ!」

「まったく。この閃光さんは、ヒーラーってものを分かっているのかね?」

「気がつくと一緒に戦ってますからね」

「だって、後方支援って結構暇なんだもん」

 

 リズベットとシリカからつっこまれたアスナは、可愛らしく文句を言う。とはいえ、回復役のウンディーネが前線に出てくるのは得策ではないことも確かだ。

 もちろんアスナと同じようなことをするプレイヤーは他にもいて、基本的に3人パーティで遊んでいるランも似たようなプレイスタイルなのだが、アスナほど積極的に剣を使う者は珍しい。回復や補助役に特化したウンディーネは戦闘能力が低めで、近接戦をやること自体が難しい種族となっているからだ。そのような状況でトップクラスの実力を示せるアスナの強さは、SAOでの戦闘経験があってこそだった。

 

「(あの姿……やっぱり見覚えがある)」

 

 かつて閃光と呼ばれていた彼女の強さを目の当たりにしたユウキは、またしても既視感を覚えて疑問を深めた。しかし今は、それ以上に嬉しい気持ちが湧き上がってくる。アスナと出会えて本当によかったと、感謝と喜びの感情で一杯になる。

 そんな妹の感情が伝播したのか、姉のランもアスナの活躍に見惚れていた。泣いてしまったユウキを優しく宥めてくれた彼女に、尊敬の念と親しみを感じていたのである。

 

「アスナさんって、綺麗な上にカッコイイね」

「うん、ボクの思ってた通りだ」

 

 ユウキは、当然だと言わんばかりに胸を張る。別世界の自分とリンクした彼女には、勇ましく戦っているアスナの記憶があるからだ。もちろん、ユウキがその事実を正確に認識している訳ではないのだが、それはこの際問題ではない。アスナと一緒に戦える、それだけで十分だった。

 

「よ~し、ボクもやってやるぞー!」

 

 もう一人の自分に後押しされるようにやる気を漲らせたユウキは、新たに出現したモンスターに1人で向かっていく。

 襲いかかってきた触手を素早いステップでかわし、一瞬で懐に入ると、左袈裟に斬りつける。そこから続けて右方向へと切り払い、止めとばかりに突きの嵐をお見舞いする。

 

「てやぁ―――!」

 

 ユウキが得意としている突き技はとても素早く、綺麗だった。その証拠に、最後の一撃は、ソードスキルが発動した時のように刀身が光っていた。

 これは、新たに実装された【オリジナルソードスキル】のための特殊効果だ。通常攻撃がソードスキル並みの速度と完成度だった場合には動作の後に剣が光り、これを2連続以上決められるとオリジナルソードスキルとして登録できる仕組みとなっている。

 その条件を簡単に説明すると、ものすごく難しいコマンド入力を成功させるような感じだ。身体のモーションをコマンドとして扱い、システムの合格点を得られる動きが出来ればソードスキル並の技として発動される。1撃の時はその場限りのクリティカルヒット、それ以上ならオリジナルソードスキルといった仕組みだ。今回ユウキが放ったのは1撃だけなので、前者のクリティカルヒット扱いとなる。それでも狙って出せるようなものではないため、見ていたみんなから歓声が上がる。

 

「やったねユウキ!」

「止めにクリティカルヒットを出すなんて出来すぎだぜ!」

「いやぁ~、ボク自身もビックリしてるよ」

 

 みんなから褒められたユウキは、頬を赤く染めながら照れた。その姿はとてもキュートで、アスナたちのハートを魅了してしまう。

 

「「「「「(か、可愛い……)」」」」」

 

 さりげなくクラインも混ざっているが、彼についてはもはや何も言うまい。

 それはともかく、ユウキの動きを観察していたキリトは彼女の可愛さではなく、センスに対して興味を抱いた。先ほどの戦闘を見ただけでも彼女のプレイヤースキルが群を抜いていると分かる。

 

「ユウキはアバターの扱いが上手いな。1年以上のアドバンテージがある俺たちと変わらないくらいだ」

「ああ、よもや彼女にこれほどの才能が秘められていようとは。私は聞いていないぞ!」

「んなもん説明できないだろ?」

 

 確かにキリトの言う通り、本人でも把握できるものではない。

 どうしてプレイ時間に差があるはずのユウキがこれほどの強さを発揮できるのか。その要因の一つにVRMMO特有の問題がある。

 VRMMOの世界ではどうしても本人と違う身体になるため、脳の感覚にずれが生じて動作に微妙な影響を及ぼす。それが、オリジナルソードスキルの習得を難しいものとしていた。その問題を解決するためには、脳のイメージ力を高めてVRマシンとのシンクロ率を上げる必要があり、通常は長時間プレイして徐々に慣れていくしかない。ようするに、現実の運動練習を仮想世界でやるような感じだ。

 ただ、ユウキの場合は違う。誰にも説明できない奇跡が起きたことで、経験という差を短期間の内に埋めてしまった。だからこそ、才能と表すしか方法がなかったのだ。

 

「いずれにしても、心強いことには違いない。頼りにしてるぞ、フラッグファイター!」

「ふふん。今日のボクはすっごい調子良いから任せといて!」

「わたしとしては、調子に乗ってるユウキが心配だけどね」

「何だよ姉ちゃん。そんなに心配ばかりしてると、ストレスでオッパイが育たなくなるよ?」

「余計なお世話よ!」

 

 ランは、妙にはしゃいでいる妹にツッコミを入れながら苦笑する。それでも、彼女のフォローをすることがランにとっての幸せであった。

 

 

 それから十数分後。雑魚モンスターとの戦闘でお互いの力量を確かめながら進んだ一行は、迷宮区の最奥部にたどり着いた。目の前には巨大な門がそびえ立っており、その先には倒すべきボスが待ち構えている。タイミングの良いことに、今は他のパーティがいないので、すぐにボス戦を始められる状況だった。

 いよいよあのアインクラッドでボス戦をプレイすることになる。初めての経験を前にしたユウキとランは、緊張と同時に高揚感を感じていた。たとえデスゲームではないとしても、今度はグラハムと一緒に戦えるのだ。彼のことが大好きな彼女たちにとって、この戦いは特別だった。

 

「絶対に勝つよ、姉ちゃん」

「もちろん、ソウ君に喜んで欲しいもんね」

 

 声は落ち着いているが、内心ではドキドキしっぱなしだ。そしてそれは、キリトたちSAO生還者も一緒だった。いや、ユウキたち以上に緊張していると言っても過言ではない。特に熾烈を極めたボス戦を実際に経験している4人にとっては言わずもがなだ。

 

「久しぶりに来たけど、やっぱり落ち着かないな」

「うん。これはもう命がけの戦いじゃないけどね」

「それでも、あの時の恐怖感が蘇ってくるぜ……」

「ああ。認めたくはないが、私とて人の子だ。あの恐ろしさは、決して消えることはない」

 

 たった一度のミスで本当に死んでしまう悪夢のような激戦の記憶。今思い出しても身体がすくむ。心が恐怖で満たされる。

 しかし、いつかはそれを乗り越えなければならない。仲間たちとともに。

 

「だからこそ、私たちはここに来た。この世界をゲームとして楽しむために。生きてここにいる幸せを分かち合うために。そうだろう、少年!」

「ああそうだ、今度こそ思いっきり楽しもう。このアインクラッドを!」

「おうよ! ズバッとボスをぶっ倒して、俺たちの名を【剣士の碑】に刻んでやろうぜ!」

「そうね。わたしたちでクリアして、今日を素敵な記念日にしようよ。ねっ、みんな」

「もちろんよ。この面子でやるからには、勝利しかないわ」

「はい。わたしもがんばります!」

「うんうん、盛り上がってきたね。これこそオンラインゲームの醍醐味だよ」

 

 グラハムの言葉をきっかけに、キリトたちはモチベーションを上げる。

 そう、これはゲームだ。誰も命を落とすことのない、ごく普通のゲームなのだ。それなら、心置きなく全力で遊ぶべきだろう。

 

「ユウキとランもよろしくね?」

「任せといてよ。絶対にアスナたちを勝たせてあげるから!」

「わたしも、出来る限り支援してみせます!」

 

 アスナに声をかけられたユウキたちもやる気を漲らせる。そんな2人の笑顔を見てグラハムは思う。

 

「(そうだ。これでいい。これこそが私の望みなのだよ)」

 

 少女たちが笑顔で遊べるこの状態こそが、彼の望んだ仮想世界だ。ここでは、たとえ死んでしまっても生き返ることができる、実に優しい世界である。

 だが、それでも仲間達には死んで欲しくなかった。全員で生き残ってクリアしたかった。だから、ボスに挑戦する前に自分の思いをみんなに伝える。

 

「ソルブレイヴス隊の精鋭に通告する! これから出向く戦場では諸君らの命を賭けてもらうことになる。だが、あえて言おう……死ぬなよ!!」

「「了解!」」

「うおっ! 意外にノリがいいな、ランちゃんたち!」

「うん……ユウキたちも、グラハム君の世界に巻き込まれてたんだね……」

 

 相変わらず独特なグラハムのセリフを聞いたアスナたちは、懐かしさを感じて苦笑する。それと同時に、彼の気持ちも理解した。

 1人も死なせることなく全員で生きて帰る。困難ではあるが、自分たちに相応しい目標だ。ならば、彼の提案に乗るとしよう。ソルブレイヴス隊ではないけど。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 各人がそれぞれの思いを胸に秘めながら門をくぐると、そこには第3層のボス【ネリウス・ジ・イビルトレント】が待ち構えていた。

 巨大な樹木の姿をしたモンスターで、デザインはほぼ変わっていない。地面に根を張っているため移動はせず、旧SAOではそれほどてこずらない相手だった。高めの防御力と毒ブレスによる範囲攻撃が厄介だったものの、時間をかけて戦えたおかげで犠牲者ゼロでクリアできた。

 しかし、新しくなった今回のボスは一味違った。

 

「キシャアアアア!」

「ぐはぁー!!」

 

 開始早々、ボスの近接攻撃範囲に飛び込んだクラインが吹き飛ばされた。素早く伸びてきた触手攻撃をもろに食らったのだ。

 

「クライン! ……あえて言ったはずだ!」

「まだ死んでねーよ!」

 

 攻撃がクリーンヒットしてぶっ飛ばされたものの、クラインは無事だった。しかし、キリトから聞いていた昔の情報とは違う攻撃だったため、若干面食らってしまっている。

 以前も触手攻撃はあったが、今回は触手の先端が女性の上半身のようになっており、手に持った武器や魔法で攻撃してきたのだ。始める前に確認したフレーバーテキストによると、『エルフの乙女より精を食らい、強大な魔力を得た』とあったが、こういう意味かと理解する。流石はアップデート版であると言える改良だ。

 ただ、パワーアップしすぎな気もするが。

 

「ちょっと、触手から魔法撃ってくるなんて反則でしょコレ!」

「確かに、思っていた以上に激しいな!」

「これじゃあ、近寄るだけでも大変だよ!」

「ならば、私の魅力で彼女たちを釘付けにするっ!」

 

 襲ってくる触手を破壊していたグラハムは、ボス戦のセオリー通りに行動を始めた。ヘイトを自分に集中させることで仲間の攻撃を支援するのだ。

 

「アスナさん、シリカさん、ソウ君にバフをお願いします!」

「うん!」

「分かりました!」

 

 意図を察したランは素早く対応して、グラハムのヘイト上昇と同時に防御と速度も上げる。

 更にキリトたちの援護を受けて触手攻撃の嵐をかいくぐったグラハムは、片手剣のソードスキル【ホリゾンタル・アーク】をボスに向けて放つ。素早い水平切りを左右続けておこなう2連撃で威力はそこそこだが、グラハムの高いプレイヤースキルに速度支援が加わっているおかげでダメージ量も上がっていた。

 

「グロロロロオォ!?」

「ふっ。私の想いは届いたかな、移り気なお嬢さん?」

 

 強いダメージを受けたボスは、ヘイト上昇の魔法に釣られてグラハムに敵意を向ける。ここまでは作戦通りだ。後はグラハムの回避能力とアスナたちの支援に任せて時間を稼ぎ、その隙にノーマークとなっているキリトたちがダメージを与える。この行動を出来る限り続けて、グラハムが危険になったらキリトとスイッチする。それをしばらく繰り返して、ボスの行動が変わるまでHPを削っていくのである。

 

「すごい……これが、アインクラッドのボス戦なのか……」

 

 ユウキは、ボスに向けて連続攻撃を決めながらも先輩たちの戦いぶりに魅入ってしまう。魔法戦が主体だった以前のALOでは近接攻撃が難しくなっており、彼らほどの腕前を持っている者はかなり少ないからだ。

 実を言うと、そこが仇となってこのボスの攻略に手間取る原因となっていた。

 

「(そのおかげで、ボクたちにもチャンスが巡ってきたんだよね)」

 

 ボスにソードスキルを叩き込みつつ笑みを浮かべたユウキは、作戦会議でおこなわれた会話を思い返す。

 

 

 ボス戦を始める前。迷宮区に向かって飛行している途中で、キリトは事前に仕入れた情報をみんなに伝えていた。

 

「この層のボスは毒ブレスを使うんだけど、今回はそれ以外にも攻撃パターンが増えてるらしいんだ」

「ほう、興味深いな」

「どんな攻撃をしてくるの?」

「俺が聞いた話だと、【クラスター・シード】というヘイト無視の範囲攻撃と【エナジー・プランダー】というHPドレイン攻撃が追加されて、かなりパワーアップしてるらしいぞ」

 

 キリトの話に出て来た技はどれも厄介な代物だった。

 クラスター・シードは、魔法攻撃を受けると発動するカウンターアタックで、発射した巨大な種子をプレイヤー集団の直上付近で爆発させ、そこから撃ち出された小型の種子で広範囲を吹き飛ばす物騒な攻撃である。

 そしてもう一つ、エナジー・プランダーは、ボスのHPバーが25%切ると発動する特殊攻撃で、参加プレイヤーが多いほどHPの回復量が増加してしまうといういやらしい仕様となっている。

 つまり、魔法攻撃を主体にしたり大人数で殴りかかるとかえって難易度が上がってしまうことになるため、魔法や人数を頼りにしている単純な連中は苦戦を強いられているのだ。ぶっちゃけると、実装されたばかりのソードスキルを生かすための強引な調整だった。

 そうなると、少数精鋭で魔法攻撃に頼らないキリトたちの方が有利になってくる。今回、出遅れたキリトたちがボス戦に参加できた理由がそこにあった。

 

 

 戦闘前のやり取りを思い出している間に再びソードスキルを叩き込んだユウキは、レイド戦の面白さを肌で感じて嬉しくなる。やはり、仲間と協力して強い敵と戦うのはすごく楽しい。

 

「(でも、何だろう……何か物足りないような気がする……)」

 

 アスナやランに目を向けるとその気持ちは更に高まる。

 何となくだけど、ボクにはもっとたくさん仲間がいるような……。

 

「避けろユウキ!」

「えっ? うわぁ!?」

 

 考え事をしている間に触手の攻撃を受けそうになり、慌てて避ける。いつの間にかヘイトが高まっていたようだ。

 

「ふぅ、危なかったぁ」

「もう、ぼうっとしてちゃダメでしょユウキ!」

「あははー、ゴメンね姉ちゃん!」

 

 照れ笑いをしたユウキは、心の迷いを誤魔化すように謝る。

 そうだ、今はこいつを倒すのに専念しなきゃ。

 

「考えるのはその後だ!」

 

 この戦いに勝利して、みんなで祝勝会をした後でも十分だろう。そう思ったユウキは、剣を構えなおしてボスに向かっていく。

 

 

 そうこうしているうちに時間は進み、戦闘は終盤に差し掛かる。

 グラハムとキリトの囮役が功を奏し、全員健在でボスのHPを25%まで減らすことに成功した。ここで3回目のエナジー・プランダーが発動してみんなのHPを20%吸収し、ボスのHPが数%回復してしまうが、回復魔法のリキャストタイムをしっかりコントロールしているからプレイ継続に問題は無い。

 

「これでエナジー・プランダーは終わりのはずだ!」

「ってことは、もう少しで倒せるってことね!」

「それじゃあ、一気に決めちゃおう!」

 

 30分以上にも及ぶ長い戦闘に終わりが見えて、全員の士気が上がる。しかし、そのまますんなりとは終わらせてくれなかった。瀕死状態になったボスの攻撃パターンに変化が起こったからだ。通常なら魔法攻撃をしない限り使ってこないクラスター・シードを放ってきたのである。

 

「ちょっ、あれってやばくね!?」

「ああ、こうなったら回避は不可能だ!」

「総員、耐爆防御! こらえてみせろよ!」

「うそーん!」

「いや――!?」

 

 ズガガガ―――ンッ!!!!!

 キリトたちの周囲に種子爆弾が降り注ぎ、連続した爆発音を轟かせる。威力は思っていたほど大きくないが、デバフ効果を付与されてしまったのは痛い。

 

「リバフ急いで!」

「回復はアイテムで済ませろ!」

 

 急に変化した状況に対応するため、全員の行動が慌ただしくなる。

 このゲームにおける特殊攻撃のリキャストタイムは最低でも60秒以上あるから、それまでに体勢を整えなければならない。もしくは、キャンセル技を上手く当ててボスの技を封じる手もあるが、それだけにかけるのはかなりリスキーなので、次の攻撃を受ける前に可能な限りコンディションを整えるべきだ。

 

「みんなのHPは大丈夫か?」

「はい、全員70%以上あります!」

「よし。ここからは総攻撃を仕掛ける! 頼むぞリーファ、シリカ!」

「待ってました!」

「任せてください!」

 

 キリトはそう言うと、真っ先に切り込んで行く。ここまで来たら時間との勝負でもある。MPや回復アイテムが尽きる前に決着をつけなければならない。

 これまで支援をメインにしていたリーファとシリカも本格的に戦列へと加わり、一斉にソードスキルを叩き込む。ヘイト役をキリトに任せて、他の面子はとにかく攻撃を与え続ける。後もう少しでボスを倒せるとはいえ、攻撃パターンが変わった今はピンチでもあった。

 一度バランスが崩れれば全滅してしまう可能性すらありうる。それがレイド戦の恐ろしさだとキリトたちは知っているため、一切手を抜いたりはしない。

 そんな彼らの努力に応えるように、再びクラスター・シード発射のモーションが始まった。60秒経ってリキャストタイムが終了したのだ。

 

「さっきの技が来るぞ!」

「心配するな! あれの対処は私がおこなう!」

「対処って、出来るのか?」

「当然だと言わせてもらおう!」

 

 何か策があるらしいグラハムは、技が発動する前に駆け出していた。なぜかクラインを捕まえて。

 

「おわっ、なにすんだよハム太郎!?」

「ナニをするかなどどうでもいい! とにかく私は君を求める!」

「こんな時にBLネタかよ!?」

 

 状況の分からないクラインは、グラハムの回りくどい言葉に対してツッコミを入れる。しかし、当然ながらそんな理由で彼を引っ張っているわけではない。

 

「君はここに立っていたまえ」

「えっ!? 一体どういう――」

「その答えはすぐに分かるさ!」

 

 走っている途中でクラインを離したグラハムは、そのままボスから離れるように距離を取った。それとほぼ同時に、クラスター・シードが発射される。巨大な種子が、もっともプレイヤーを巻き込めるような位置に向けて飛翔する。それを見越していたグラハムは、猛スピードで助走をつけると、種子に向かってジャンプした。クラインの肩を足場にして。

 

「なぁ、俺を踏み台にしたぁ!?」

「爆弾など、事前に対処すれば無力なのだよ!」

 

 通常のジャンプでは届かない位置に高々と舞い上がったグラハムは、迫り来る種子にタイミングを合わせて体術スキル【弦月】を放った。いわゆるサマーソルトキックのようなものを繰り出す技で、爆発前のクラスター・シードを蹴り返したのである。

 そのままものすごい勢いでボスに向かっていったクラスター・シードは、ボスの身体に当たって大爆発を起こした。火属性に弱いボスは、自らの技で大ダメージを受けてしまったわけだ。

 

「人呼んで、グラハムシュート!」

「ええ―――!?」

「あんなことできるんですかー!?」

「まぁ、グラハムだからねー」

「ソウ兄ちゃんだったら、このくらい当然かな」

 

 グラハムの破天荒なプレイを目撃して、シリカとリーファは驚愕する。初めて彼とプレイした彼女たちなら仕方ない。しかし、慣れている者たちは、『またやってらー』と思うだけだった。

 何はともあれ、彼のファインプレーでチャンスが生まれたのは間違いない。この機会を生かしてHPの回復を済ませ、更なる攻撃に備える。

 これまでの経験から察すると、恐らくは次のアタックで勝負が決まるだろう。

 そう判断したアスナは、ユウキのHPを回復しながら最後のエールを送ることにした。

 

「今がチャンスよ! がんばれ、ユウキ!」

「!!?」

 

 その声援を聞いた瞬間、ユウキの脳裏に新たなシーンが思い浮かんだ。双頭の巨人と戦っている自分に向けてアスナから声援を送られる光景。それが、先ほどのやり取りとかぶった。

 

『最後のチャンスよ! がんばれ、ユウキ!』

 

 初めて聞いたのに聞き覚えがある言葉。とても不思議だけど……何度聞いても力が湧いてくる。それはまるで、大好きな家族から声援を送られた時と同じ気持ち。

 だからユウキは――ランと混同して返事をしてしまう。

 

「まかせて、姉ちゃん!」

「ねぇ、ちゃん?」

 

 思いもかけない言葉を受けて驚くアスナ。そんな彼女とは対照的に照れ笑いを浮かべたユウキは、猛然とボスに向かっていく。

 

「(ボクは……アスナの期待に応えたい!)」

 

 そして、みんなと勝利したい。

 とても強い感情に突き動かされたユウキは、得意としている突きの構えを取ってボスに飛び掛る。

 今ならソウ兄ちゃんの言ってた極みに届きそうな気がするから……全力で行くよ!!

 

「やぁ――!!」

 

 気合の篭った掛け声と共に、綺麗な光をまとった突きが連続で決まる。

 1撃、2撃、3撃。

 

「まだだ!」

 

 まだ続けられる。自分はもっと先に行ける。

 4撃、5撃、6撃。光り輝く剣を高速で突き続ける。

 その瞬間、トッププレイヤーの記録を更新したが、ユウキの勢いは止まらない。

 

「てやぁ―――!!!」

 

 そして、7撃目が決まる。

 ユウキの熱い想いが力となって素晴らしい結果を実現させたのだ。それでも、もっと行けると感じた彼女は、続けて8撃目を放とうとする。

 だが、その剣は届かなかった。攻撃が当たる前に、ボスの身体が光の粒子となって砕け散ったからだ。

 

「……あれ?」

 

 急に手ごたえがなくなって拍子抜けするユウキ。残念ながら、彼女のイメージ通りに決めることは出来なかった。

 とはいえ、念願の勝利を手に入れたことは間違いない。

 

「そうか。ボクたちは……勝ったんだ」

 

 こうして第3層のボス、ネリウス・ジ・イビルトレントは、ユウキのラストアタックで倒された。




ログ・ホライズンを見てボス戦を盛り上げようと思ったのですが、いかがでしたでしょうか?
自分はMMORPGをプレイしたことがないので、おかしな部分があると思いますが、結構楽しく作れました。
とはいっても、戦闘描写は難しいです。


ご意見、ご感想をお待ちしております。


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第6話 乙女の迷い

この作品のユウキは、原作よりも子供っぽいイメージです。
でも、胸はシリカより大きいです。


 第3層のボス、ネリウス・ジ・イビルトレントは、ユウキの連続攻撃によって倒された。巨大な木の化け物は光の粒子となって砕け散り、勝利を告げるファンファーレがマップ中に鳴り響く。

 それと同時に、ユウキだけに贈られたファンファーレも流れた。彼女は、最後の攻撃で祝福されるべき成果を達成したのだ。

 

「ねぇ、今の曲ってなに?」

「あれは、オリジナルソードスキルを会得した時のファンファーレです」

「えっ、あれがそうなの!?」

「わたし、初めて聞きました!」

 

 ユイの説明を聞いたリズベットたちは、やたらと強く反応する。これまで一度も聞いたことがないほどに、とても珍しい出来事だったからだ。

 オリジナルソードスキルが実装されて一月も経っておらず、会得できたプレイヤー自体が少ないため、リアルタイムで目撃できる機会は非常に稀だ。しかも、キリトやアスナですら3連撃がやっとの状況で、それ以上の成果を出せたユウキはかなり特別だった。

 

「へぇ~、あの土壇場で会得しちまったのかよ!」

「まさにスペシャルだな。しかし、トップファイターであるこの私すら追い抜くとは。成長率が高すぎるぞ!」

「確かに、才能があるようだな」

 

 キリトは、グラハムの言葉に答えながらユウキを見る。彼の言う通り、彼女の成長はとても早い。まるで、自分たちよりも長くVRマシンに接続しているのではないかと感じるほどに。

 

「(まぁ、そんなことは有り得ないけど)」

 

 可能性すらない空想を思い浮かべて頭を振るキリト。SAOプレイヤーを超えてVRダイブしているとしたら、【あのマシン】の臨床試験をしている人ぐらいしか考えられない。

 

「(だとしたら、この子はよほど相性が良いんだろうな)」

 

 VRマシンは脳との相性が深く関わっており、人によってはダイブそのものが不可能な場合もあるくらいなので、その予想は十分に有り得る。深い知識を持っているキリトは、勝手に考察して一人納得するのだった。

 一方、頭の固い彼とは対照的に素直な気持ちで喜んでいる女性陣は、偉業を達成したユウキの元に集まってキャッキャウフフと騒いでいる。

 

「おめでとう、ユウキ! こんな短期間でオリジナルソードスキルを会得するなんてすごいよ!」

「う、うん。ありがと……」

「どんなスキルができたのか確認してみようよ」

「ええっと、そうだね」

 

 アスナとランに話しかけられるまで呆然としていたユウキは、少し慌てながらスキルの一覧を調べる。すると、オリジナルソードスキル専用のウィンドウに新しい技が追加されていた。名称は初期設定の【OSS-01】で、効果は無属性の7連撃となっている。

 

「……あった」

「で、攻撃回数はいくつ?」

「7連撃って書いてある」

「えっ、7連撃ぃ!?」

「現時点でトップじゃないか!」

 

 現在発表されている最高は5連撃なので、ユウキは記録を更新したことになる。だが、当の本人は、どことなく満足していないような表情をしている。

 ボスに向かっていった時、ユウキには自信があったのだ。もっと先に行けると。しかし今は、あの時の感覚を思い出せない。

 

「(さっきまではすっごい自信があったんだけどなぁ……)」

 

 頭の中で疑問符を浮かべたユウキは、可愛らしく首を傾げる。あんなにも印象的な光景を一瞬で忘れてしまうのは不思議な気もするが、それには当然のように理由があった。

 彼女が見る別世界のイメージはとても曖昧で、強いきっかけがあった場合でないとすぐに霧散してしまうのだ。同一人物の記憶といっても別物には違いないので、ありのままに留めておくことはできないのである。

 そのような理由により、絶対最強の剣士は、再び記憶の奥底へと戻ってしまった。かなり残念だけど、思い出せないのなら仕方ない。

 それに今は、もっと気になることがあった。ボスと戦っている時に感じた違和感のことだ。あの時彼女はもっと仲間がいるような気がしたのだが、そのイメージが頭から離れないのである。今となってはどんな姿をしていたのかも思い出せないけど……あの人たちは一体誰なんだろう?

 

「(最近見るようになったあのイメージ……。これまでは単なる夢かと思ってたけど、アスナとは実際に会えたし……。もしかすると……)」

「……ユウキ、ユウキってば!」

「うぇっ!? ど、どうしたの姉ちゃん?」

「どうしたのって、それはこっちのセリフよ。いきなりボーッとして、今日のあなたは何か変だよ?」

「あー、えっと、ゴメン」

 

 確かにランの言う通りだ。ユウキ自身にも心当たりがあるため、ここは素直に謝るしかない。

 本当に、今日の自分はどうかしている。急に泣いたり、おかしなイメージを見ちゃったりして……。特に、初対面のアスナにはずっと迷惑をかけっぱなしだ。

 

「アスナもゴメンね。せっかくの記念日なのに」

「ううん、気にしないで。初めてのアインクラッドで緊張してたのかもしれないし、1時間以上も戦ったから疲れちゃったんだよ、きっと」

「ああ、そうかもしれませんね」

 

 アスナの説明を聞いたランはすぐに同意する。彼女の言う通り、今は全員が疲労感を抱いている。

 もちろんそれはグラハムも同様だ。久しぶりのアインクラッドに気を取られて、いつもの余裕が失われていた。そのせいで、愛しい少女たちに気を使ってあげることができなかったのである。

 

「(ええい。愛の水先案内人たるこの私が、気づいてやれんとは……面目次第も無いぞ!)」

 

 彼女たちの会話を聞いてようやく状況を察したグラハムは、ユウキの身体を優しく抱きしめ、頭を撫でた。

 

「よくがんばったな、ユウキ。君の圧倒的な活躍に、私は心奪われたよ」

「えへへ~、ソウ兄ちゃんから愛の告白を受けちゃった~♪」

「都合の良いように受け取らないの!」

 

 突然やってきたラッキーイベントに嬉しくなったユウキは、思わず調子に乗ってしまう。気になることがあっても、恋する乙女は恋愛を優先するものなのだ。

 恋のライバルであるランとしては若干面白くないものの、この場は大人しくしておく。今日はユウキの活躍で記念すべき日になったのだから、ここは寛大な心で許してあげようと思ったのだ。

 

「まぁ仕方ないわね。今日のユウキはすごくがんばったから、特別に許してあげるわ」

「なにその上から目線。別に姉ちゃんの許可取る必要なんかないでしょー?」

「そうはいかないわよ。遠慮してばかりじゃユウキに勝てないからね」

「ふふん。それでこそボクのライバルだよ、姉ちゃん! でも、勝つのはこのボク、ユウキ・エーカーだよ!」

「勝手に結婚するな!」

「はっはっは! 私を巡って可憐な乙女が喧嘩をするとは、男冥利に尽きるな!」

「ちくしょう! 俺の前でかわいこちゃんと戯れやがって……。全然羨ましくなんかないやい!」

「クライン、お前の気持ちは分かってるから……」

「ええい、同情するなら彼女くれ!」

 

 グラハムたちのラブラブなやり取りを見て、クラインの嫉妬が再燃する。そんな彼を哀れんでキリトが慰めようとするが、可愛い恋人のいる野郎では逆効果にしかならない。

 しかし今は祝うべき時だ。これ以上女々しい話で盛り上がるなど無粋の極みだろう。

 

「何にせよ、私たちはこの層をクリアしたのだ。ならば、盛大に祝勝会と洒落込もうではないか!」

「おっ、いいねぇ! 嫌なことはさっさと忘れて、パーッと騒ごうぜ!」

「ちょい待ちお二人さん。ユグドラシルシティに帰る前に、剣士の碑を見ておくべきでしょ?」

「そうだよ。わたしたちの名前が初めて刻まれるんだから、絶対に見に行かなきゃ」

 

 グラハムとクラインがこの後の予定を話し合っていると、横から絡んできたリズベットとリーファに文句を言われる。そのやり取りをグラハムの腕の中で聞いていたユウキは、とある単語に興味を惹かれる。

 

「剣士の碑……」

 

 アインクラッドに初めて来たユウキにとって一度も行った事がない場所だけど、そこはとても思い出深い場所――のような気がする。今はまだはっきりとしないが、そこに行ってみればそう思う原因が分かるかもしれない。

 

「ボクも行ってみたいな」

「ほら、ユウキも行きたいって言ってるじゃん」

「そうだね。祝勝会の前に、みんなで記念写真でも取ろうか」

「あっ、いいですねそれ!」

 

 ユウキの賛成を得たリズベットたちは、意気揚々と話を決める。こうなったら逆らうことは出来そうもない。キリトたち男性陣は、しょうがないなと言った様子で女性陣のいう事を聞くしかなかった。

 何はともあれ、こうして意見はまとまり、一行は剣士の碑がある黒鉄宮へと向かうことになった。

 

 

 第4層の転移門をアクティベートした一行は、第1層の主街区にやってきた。そして、その足で中央広場に面して立っている大きな宮殿・黒鉄宮へと赴く。

 目的地である剣士の碑は、SAO時代に【蘇生者の間】と呼ばれていたところにある。広々とした部屋の奥に金属製の巨大な碑があり、そこに各階層のフロアボスを最初に討伐したプレイヤーたちの名が記載される。

 

「(ここは……。何となくだけど、来たことがあるような気がする)」

 

 おぼろげながら記憶を思い出したユウキは、急いで駆け寄る。やはり、ここにもあの記憶に関する何かがあるようだ。

 そう思ったユウキは真剣な眼差しで観察する。眼前に広がる黒色の碑を見ると、英語で記されたプレイヤー名が見て取れた。まだ3層分しか記されていないため、グラハムたちの名はすぐに確認できた。

 

「あった、ソウ兄ちゃんたちの名前だ!」

 

 ユウキの視線の先には、確かにグラハムたちの名が刻まれている。

 ただし、その中にユウキとランの名前はない。一つの層に記載される名前は最大7人なので、グラハムをリーダーにしてパーティを組んでいる彼女たちは、残念ながら省略されてしまったのである。

 

「すまない2人とも。今回は君たちの名を刻むことができなかった」

「ううん、いいんだよ。今日はソウ兄ちゃんたちの復帰記念なんだから」

「そうだよ。わたしたちは、また今度挑戦すればいいしね」

 

 ユウキたちは、申し訳無さそうにしているグラハムを気遣う。

 確かに、自分たちの名が無いのは残念だけど、これで最後ってわけじゃないから大丈夫。ランの言うように、また挑戦すればいいんだ。この世界が続く限り、何度でも。

 だってボクたち姉妹には、まだまだたくさん時間があるんだから。

 

「(って、なに当たり前なこと考えてるんだろ)」

 

 剣士の碑を見ているうちに、おかしな言葉が脳裏をよぎる。

 時間があるなんて当然じゃないか。ボクたちはこんなに健康なんだから。

 そう思った瞬間、ユウキの脳裏に見知らぬプレイヤーたちのイメージが浮かんできた。自分とアスナの他に5人おり、剣士の碑を見て喜んでいるようだ。

 しかし、そこにはなぜかグラハムとランの姿が無い。それに、アスナを見つめる自分は、悲しそうな表情をしている。

 

「(やっぱり見えたけど、相変わらず意味不明だよ……)」

 

 ユウキは、自分に起きている不可思議現象に疑問符を浮かべる。嫌な気持ちになるわけではないが、気になって仕方がない。

 会ったこともないのに、親しみが湧いてくる彼らは一体誰なんだろうか。そして、あの人たちと一緒にいるボクとアスナには、どのような関係が――

 

「……あれ、なんで涙が……」

「ユウキ? どうしたの?」

「えっ!? ううん、なんでもないよ!」

「そう? ならいいけど……」

 

 ユウキは、目からこぼれた涙を拭って誤魔化す。何度も迷惑をかけたくはないし、このような怪現象(?)を説明することもできない。

 

「(でも……こうなったら、誰かに相談したほうが良いのかな……」

 

 アスナという証拠が現れた以上、只の妄想とは言えなくなった。ということは、他の登場人物たちもこの世界のどこかにいるのかもしれない。

 

「(もしそうだとしたら……ボクはどうすればいいんだろう?)」

 

 会いたい気持ちが湧き上がるけど、果たしてそれが良いことなのか判断がつかない。そもそもおかしな現象が発端なのだから、どのような結果になるかわかったものではない。

 

「(だけど、気になる……すごく気になるんだ)」

 

 考えているうちに迷いが生じたユウキは、グラハム、ラン、アスナの3人に不安げな視線を向けるのだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 剣士の碑で成果を確認したグラハムたちは、そろってユグドラシルシティに戻り、キリトとアスナが共同で借りている部屋にやって来た。ランたちからS級食材を持ってきていると聞いたアスナが、自分で料理を作ると張り切り出したため、この場で祝勝会を催すことになったのだ。

 広い部屋の中央にあるソファーセットに座った一行は、エプロン姿になったアスナとランに労いの言葉をかける。

 

「それじゃあ、アスナ。よろしく頼むな」

「うん。久しぶりのS級食材だから期待しててね」

「ほう、堂に入った発言だ。これも愛の成せる業かね?」

「そうよ、わたしの料理には愛情がたっぷり込められているわ」

「ふっ、たいした自信だ。ならば、この私を魅了するほどのパーリィ料理を作ってみせるがいい!」

「はいはい、分かりました。とっても豪華なパーリィ料理を作ってあげますよ」

 

 アスナは、キリトとグラハムの声援に応える。多少温度差を感じるが、それは仕方ない。愛しい恋人と怪しい変人とじゃ比べるべくもないだろう。

 だが、アスナとは逆にグラハムへ好意を寄せているランは、ここぞとばかりにアピールする。

 

「わたしもお手伝いするから楽しみに待っててね、ソウ君♪」

「うむ。君の手腕に期待している」

「ぐぬぬ……料理に関しては姉ちゃんに勝てる気がしない……」

 

 得意げな姉に対してユウキは劣勢だった。普段からオヤツを作ってもらったりしている手前、強気に出れないのだ。

 

「そろそろボクも料理の勉強しよっかな……」

 

 少しだけ悔しい気持ちになったユウキは、グラハムの腕に抱きつきながらぼそりとつぶやく。こうやって甘えるのはとても心地良いけど、ランのように何かをしてあげられるようになりたい気もする。実際に、グラハムも喜んでいるようだし。

 

「(やっぱり料理は女の武器だもんね)」

 

 恋しちゃってるユウキは、おませなことを考えてウンウンと頷く。 

 そんな彼女の想像通り、ランの特技を知ったクラインは目を輝かせている。彼は、料理が作れる女性に対して強い憧れを抱いている典型的な独身男だった。

 

「へぇ~、ランちゃんって料理作れるんだ?」

「はい。現実でも料理を作ってますから、結構自信があります」

「う~ん、いいねぇ。料理ができる美少女! 俺もリアルで料理を作って欲しいなー?」

「無理ね」

「無理でしょ」

「無理ですね」

「仲良くハモってんじゃねーよ!」

 

 大人びて見えるランのエプロン姿に鼻を伸ばしていたクラインは、女性陣の総攻撃を食らう。確かに、大の大人が女子中学生に向けてはいけない熱視線である。

 とはいえ、彼が心惹かれてしまうのも仕方ないかもしれない。現実のランもアバターに負けないくらいの美少女で、しょっちゅう料理をしているから、ゲーム内でも魅力的な雰囲気を感じるのだ。その点もアスナと似ている要因になっているため、クラインは元より、キリトまで不思議な気持ちになってしまう。もちろん、彼のようによこしまな感情ではないが。

 

「(ランとユウキにアスナを入れると、まるで3姉妹みたいだな……)」

 

 そんな風に思ってしまうほど、彼女たちはあっという間に仲良くなった。アスナが親しみ易いのか、ユウキとランがフレンドリーなのか分からないが、とにかく相性は良いようだ。

 その代わりに男性陣の肩身が狭くなるだろうけど、それは仕方ない。

 

「只でさえ女性が少ないのに、美人ばかりそろってるからなぁ」

 

 キリトは、この場に集まっている仲間たちを見つめて思った。アスナを始めとして、みんな美少女ぞろいだ。周囲からのやっかみが増えるとしても、甘んじて受け入れるしかないだろう。

 

「これも贅沢な悩みってヤツか」

「ん? 何か言いましたか、パパ?」

「ああ……新しい仲間ができて良かったなって言ったんだ」

「はい、そうですね。ランさんもユウキさんも良い人だから、わたしも嬉しいです」

 

 キリトの肩に座っているユイは、にこりと微笑む。彼女はグラハムと仲が良いので、彼の復帰を促してくれたユウキたちに感謝していた。だから余計に彼女たちの仲間入りを喜んでいるのだ。

 

「ふふっ。またグラハムさんと一緒に遊びましょう、パパ!」

「まぁ、遊ぶのはいいけど、ガンダムごっこは勘弁してくれ」

「え~、なんでですか~?」

「俺がグラハムにストーカーされるからだよ」

 

 キリトは、SAO時代の苦い経験を思い出してうなだれる。

 あの当時、人間というものを学んでいたユイは、グラハムが語る現実世界の話に興味を持ち、キリトたちを巻き込んで演劇などをおこなっていた。その題目の一つに【機動戦士ガンダム00】があり、キリトは刹那役にされたのである。無論、グラハムは刹那を追い求めるグラハム役で、キリトを精神的に苦しめたのは言うまでもない。

 

「アレのせいで、アスナに変な誤解をされて大変な目にあったからな……」

「そういえば、パパとグラハムさん、すっごく怒られてましたね~」

 

 2人は、ユイの教育に悪いという理由でアスナからこっぴどく叱られていた。確かに、至極真っ当な対応ではある。

 しかし、真実は違った。あの時アスナは、美少年同士の絡み合いに少しだけ興味を抱いてしまったことを誤魔化していただけだったりするのだが……もはやそれを確かめるすべは無い。

 まぁ、すべての元凶であるグラハム自身は特に気にしていないようだが。

 

「どうした少年。先ほどからユイとばかり話しているが、今は賓客をもてなす時ではないかね?」

「誰が賓客だよ。と言いたいところだけど、お前を呼んだのは確かに俺だからな。仕方ないからホスト役を務めてやるよ」

「ならば早速、料理が来るまで場を盛り上げたまえ」

「盛り上げるって、芸でもやれってのか?」

「そうだとも! この私、グラハム・エーカーは、君の裸踊りを所望している! さあ、さらけ出すと良い。君という存在を! その全てを!」

「誰がやるか―――っ!?」

 

 悪夢は再び蘇る。

 またしても悪乗りしだしたグラハムに対して、キリトは渾身のツッコミを入れるのだった。密かに女性陣から送られてくる期待の眼差しを無視しながら。

 

 

 キッチンに向かったアスナとランは、早速料理の準備を進める。2人の腕前はかなりのもので、すべての行動にそつが無い。SAOで料理スキルを極めたアスナは言わずもがなだが、ランのほうも決して負けてはいなかった。

 

「それじゃ、みんながビックリするようなメニューを作りましょう」

「はい。よろしくお願いします」

 

 食材を吟味し終えた2人は、気合を入れて料理を始める。

 このゲームで料理を作る方法はオートとマニュアルの二通りあって、どちらもメリットとデメリットがある。

 オートの場合は、マスターしているメニューを選ぶだけですぐに作れるが、凡庸な味付けになってしまう。対してマニュアルのほうは、製作工程を簡略化したミニゲームの結果で味付けを変えることができるのだが、その分技術と時間が必要になってくる。

 ようするに、時間を取るなら前者、味を取るなら後者となるわけだ。

 因みに、アスナとランの場合は、現実世界の腕前を生かしてマニュアルで作っている。やはり、恋する乙女としては、好きな人に美味しいものを食べさせてあげたくなるものなのだ。

 

「ランも現実で料理を作ってるんだ?」

「はい。ユウキにオヤツを作れってねだられているうちに上手くなっちゃいました」

「ふふっ、あの子らしい話ね。でも、上手くなった理由はそれだけじゃないんでしょ?」

「えっ?」

「時々グラハム君が持ってくるお弁当を作ってるのって、あなたでしょ?」

「!!? ええっと、その、あの……」

「どうやら当たりだったみたいね」

「あうう~」

 

 アスナは、恥ずかしがるランを見てイタズラな笑みを浮かべる。普段は大人びている彼女も、恋バナになるとお茶目になるのだ。

 しかし、その表情はすぐに真面目になる。今のアスナには少し気になることがあり、それをランに伝えようと思っていたのである。

 

「あのね、ラン。あなたに言っておきたいことがあるんだけど」

「はい、なんでしょう?」

「えっとね、ユウキのことなんだけど。剣士の碑に行ったとき、少し様子が変じゃなかった?」

「……そうですね……」

 

 ランは、アスナの言葉に同意する。リズベットの店でユウキが泣いてからさりげなく様子を気にかけていた彼女が気づかないはずがない。そもそも2人は双子の姉妹なのだから、感情の動きをある程度理解することが出来た。

 

「たぶん、悩み事があるんじゃないかと思うんですけど、いきなり問い質さないほうがいいかなって考えてます。あの子は強い子ですから」

「そうね……そのほうがいいかもね」

「それに、ソウ君がいるから大丈夫です」

「グラハム君がいるから?」

「はい。ソウ君は、わたしたちが悩んでると可能性を示してくれるんです。だから、今回も大丈夫なんです」

「そっか……2人はグラハム君のことが大好きなんだね」

「……はい」

 

 はっきりとうなずいたランは、頬を赤く染める。その様子を見たアスナは、ユウキとランに言い寄られるグラハムを思い浮かべて苦笑するのだった。




次回は、紺野家と松永家の出会いと親交を描きたいと思っております。


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第7話 マザーズ・ロザリオ

今回は過去の話です。
木綿季たちが病気にならなかった理由が分かります。
まぁ、結構あっさりとしたギミックですけど。


 ボス攻略を成し遂げてから2日後の月曜日。学校から帰宅途中の宗太郎は、晩御飯の買い物をしていた。

 意外なことに、彼はかなりの料理上手だ。その理由は、11歳の頃から父子家庭となったからで、藍子が料理を学ぶきっかけになったのも彼の影響である。土日だけは紺野家の好意に甘えてご馳走になっているが、平日は極力自炊をするように心がけている。

 そんな彼が選んだ今日のメニューは、大好物のアレだ。

 

「よし。今日の夕食はカレーにしよう。それも特別スパイシーな!」

 

 帰り道に立ち寄ったスーパーで良い食材を手に入れた宗太郎は、生き生きと目を輝かせる。

 現在彼の父親は海外に単身赴任しており、大好きなカレーを思う存分に楽しめる状況にあるせいで、やりたい放題だった。そのハマりっぷりは、木綿季たちから【カレーの妖精】と呼ばれてしまうほどだ。

 つまり彼は、仮想世界だけでなく現実でも妖精だった。

 

「この前食べたS級食材も美味かったけど、やはりカレーが最強だ! この気持ちだけは何があろうと決して揺るがない! 愛ゆえに!」

 

 変なスイッチが入った宗太郎は、人目もはばからず力説する。途中ですれ違った親子連れに変な目で見られても全く気にしない。なぜなら彼は、愛の探求者だから。

 

「ふっ。愛とは、あらゆる苦難を超越した先にある、精神の極みなのだよ」

 

 無駄にカッコイイ仕草でカレーに対する愛情を語る。内容はアホっぽくても、ハンサムガイな彼がやると様になるのだから性質が悪い。

 アメリカ人とのハーフである宗太郎は、茶色がかった金髪が良く似合う彫りの深いイケメンで、引き締まった身体と高身長という要素まで備えたイイ男だった。

 もちろん、紺野姉妹から好かれるほどに性格もいいのだが……少しばかり難があることも否めない。いずれにしても、美少年に産んでくれた母親に感謝すべきところだろう。

 ただ、今の彼は別の人に感謝していたが。

 

「まったく、カレーを生み出してくれた人には感謝してもしきれないな!」

 

 カレー愛に染まりきった宗太郎は、色々と台無しな発言をしながら帰途に着くのであった。

 

 

 現在、宗太郎が向かっている松永家はごく普通の一戸建てで、学校のある西東京市近郊に建っている。そのおかげで寮に入る必要がなく、近所に住んでいる木綿季たちと楽に会える状況を保っている。それと同時に、時間的にも余裕を生み出せているので、その分勉強や運動に力を入れている。ようするに彼は、理想的な環境で学生らしい真面目な生活を送っていた。

 普段のおかしな言動からはまったく想像もつかないが、コレでもインテリの道を着実に進んでいる科学者の卵だ。彼がSAOをプレイした動機が、VRマシンに対する技術的興味にあったのだから推して知るべしだろう。

 もちろん今日も、落ち着いたら勉強をするつもりだ。

 しかし、ユウキたちからお誘いが来た場合は、そうも言っていられない。彼女たちも出来るだけ邪魔しないように気を使っているのだが、恋する乙女の純情な感情を止められない時もある。そして、彼女たちのことが大好きな宗太郎も想いは同じだ。

 

「でも、今日のお誘いは無いかな」

 

 昨日の夜に木綿季から送られてきたメールで、『アスナと遊ぶ約束したんだ』と記されていたことを思い出す。出会ったばかりなのに随分と仲良くなったものだ。

 

「それ自体は良いことなんだけどなぁ……。お兄ちゃんとしては、ゲームばかりしてるあの子たちが心配だ」

 

 明日奈たちもそうだが、夜な夜なネトゲにダイブする美少女ってのもどうかと思う。特に木綿季たちの場合は、自分がSAO事件に巻き込まれたことがきっかけだったので責任も感じてしまう。

 

「まぁ、問題と言っても寝不足になるくらいだから、別にいいんだけどな」

 

 とりあえず、大きな害は出ていないので答えを保留しておく。そもそもみんなは、やるべきことをやった上で遊んでいるから、あえて注意をする必要もないのである。

 

「いや、里香と珪子の成績はそんなによくなかったか」

 

 宗太郎は、和人や明日奈に勉強を教えてくれと泣きついてくる仲間を思い出した。

 リズベットとシリカ――篠崎 里香と綾野 珪子の学力はいわゆる平均的で、つい最近終わった中間テストの勉強ではかなりテンパっていたりする。

 因みに、宗太郎の影響を受けている木綿季と藍子は結構成績が良いため、そのようなことはない。和人と明日奈は普段からしっかりと勉強しているおかげで問題なく、リーファこと桐ヶ谷 直葉も平均以上をキープしているので、里香と珪子以外は特に気にしなくてもいい。

 逆に言うと、その2人はそれなりに気にしないといけないわけだが。

 

「今回は赤点が無かったから良かったけど、期末の勉強も大変そうだ……」

 

 7月になったら、またみんなで勉強会をすることになりそうだなと苦笑する。

 そのように取り留めの無いことを考えている間に時間は過ぎて、宗太郎は自宅に着いた。所要時間は約1時間といったところだ。そこそこ学校に近いといっても、体力を整えている途中の彼にとっては疲労を感じる距離である。

 

「はぁ、今日も疲れたー。どこでも○アがすこぶる欲しいぜ……」

 

 手早く鍵を開けた宗太郎は、おバカな独り言を言いながら誰もいない我が家に入る。小学生の頃からこのような状況なので、今更寂しさも感じない。それでも一応、言葉をかけてから入ることにしている。それが、子供の頃から続けている習慣だった。

 

「ただいま~」

 

 ドアを開けた宗太郎は、誰かに語りかけるように帰宅を知らせる。すると、返ってくるはずのない返事が聞こえてきた。

 

「おかえり、ソウ兄ちゃん!」

「……あれ、木綿季?」

 

 声に気づくと同時に、笑顔を浮かべた木綿季が視界に写る。

 現実の彼女は茶色っぽい黒髪をボブカットにした美少女で、14歳に見合った可愛らしい服装をしている。ミニスカートから伸びるスリムな足が実に魅力的だ。

 そんな木綿季が鍵の掛かっている宗太郎の家に入れた理由は、合鍵を持っているからだ。

 

「なんだ、遊びに来てたのか」

「えっと、まぁ、そんな感じだったりそうじゃなかったり……」

「ん~? なんか煮え切らない言い方だな?」

「えへへ~。まぁ細かいことは後にしといて、早く部屋に行こうよ!」

「ちょっ、まだ靴脱いでないっての!」

 

 何か言いにくいことがあるらしい木綿季は、誤魔化すように宗太郎の腕を引っ張る。その様子に疑問を感じるものの、今は素直に従うのだった。

 

 

 木綿季に急かされた宗太郎は、買ってきたものをダイニングテーブルに置くと、彼女と一緒に自分の部屋へ向かった。

 2階にある彼の部屋は8畳ほどの広さで、ガンプラが飾ってあること以外は至って普通の装飾だ。中には、良く遊びに来る紺野姉妹の私物などもあったりして、彼女たちにとっては勝手知ったる兄の部屋だった。

 そんなわけで、木綿季は早速自由に行動しだした。

 

「とうっ!」

 

 部屋に入った途端、壁際に設置してあるベッドへ向けてダイブする。これは彼女のお気に入りの行動で、遊びに来るたびにおこなっているものだ。

 

「クンクン……ソウ兄ちゃんの匂いがする♪」

「はいはいそーですね」

「もう、なにその反応~。ここは、可愛らしいことを言うボクにときめくトコでしょー?」

「って言われても、来るたびにやってるからなぁ。リアクションのネタが尽きたぞ」

「むむっ、やりすぎてマンネリ化しちゃったか……。そうなると、新しいプレイを考えなくちゃいけないなー」

「プレイとか言うな」

 

 少し危ういやり取りだったため、流石に宗太郎も注意する。女子中学生が異性の部屋にあるベッドに寝転がりながら言ったらいけないセリフだからだ。

 実際に、見た目もかなり危険だった。ベッドに飛び込んだ際に木綿季のスカートがめくれてピンク色のパンツが丸見えになってしまっている。年頃の男女が2人きりで同じ部屋にいる時に、女子のおパンツが見えているなど、実にイケナイ状況だ。

 まぁ、木綿季が来るといつもこんな感じなので今更な感じでもあるのだが、一応注意をしておかなければならないだろう。お兄ちゃんとして。

 

「木綿季。あえて言うが、パンツを隠しなさい」

「ん~? ボクは別に気にしてないよ? ソウ兄ちゃんにだったら、いくら見られても……」

「このおバカ!」

「えぇっ!? なんでぇ!?」

「お前はパンツに秘められた魅力をまったく理解していない! いいか、女子のパンツというものは、容易に見せてはいけない聖域なのだ。そう、犯し難いからこそ男たちは、パンツに惹かれ、パンツに夢を抱き、パンツに情熱を燃やすのだよ!」

「ふ、ふぅん……そうなんだ……」

「ゆえに、パンツを隠しなさい。それが社会の常識だ」

「わ、わかったよ」

 

 木綿季は、宗太郎の気迫に気おされて素直にうなずく。パンツを連呼しているヤツに常識云々などと言われても説得力は無いが、愛しい人の言う事だから好意的に受け入れられる。

 恐らく宗太郎は、隙だらけの自分を見て、他の人に見られてしまうことを危惧しているのだろう。そう思ったら嬉しい気持ちになる。

 

「まったく、ソウ兄ちゃんはヤキモチ焼きなんだから♪」

「はぁ? なんのこっちゃ?」

 

 イマイチ意思が伝わっていないようだが、まぁ仲が良いのは確かなので問題は無い。

 

「ところで木綿季。俺に何か用があるんじゃないのか? まさか、パンツを見せに来たってわけじゃないだろうしな」

「う、うん。もちろんパンツは関係ないけど……」

 

 宗太郎は、一息ついたところで本題を切り出す。

 木綿季から感じる雰囲気で、何かしら言いたいことがあるとは察していた。普段はおちゃらけていても、その辺はしっかりとお兄ちゃんしている。そして木綿季も、彼の優しさと頼もしさを十分に理解してここに来た。例のことを相談するために。

 

「あのね……ちょっと信じられないような話なんだけど、聞いてくれるかな?」

「もちろん。お前の話なら何でも聞いてやる」

「うん、ありがとう」

 

 ベッドの端に座りなおして宗太郎に向き直った木綿季は、綺麗な笑顔を浮かべる。

 やっぱり、ソウ兄ちゃんはカッコイイな……。

 そのように木綿季が最大限の好意を寄せる当人は、彼女のとなりに腰掛けて話を聞く体勢を整える。

 

「よし。それじゃあ、話してみな」

「うん……」

 

 話を促された木綿季は、ゆっくりと語り出した。

 ALOをやるようになってからおかしなイメージを見るようになったこと。そこで見たアスナと実際に会えてビックリしたこと。そして、他にも気になる登場人物がいること。それらをすべて説明した。

 

「なるほど、そんなことが起きてたのか」

「これってやっぱり超常現象ってヤツかな?」

「そうだな……デジャヴとか予知能力みたいな現象が起きているのかもしれないな」

「そんなことって本当にあるの?」

「はっきりと否定できないから、存在する可能性はある。それに、別の世界から送られてきた情報とかいう説もあるから、この世界の法則だけで説明できる話じゃない可能性もある」

「ん~、なんか壮大な話になってきたねぇ……」

 

 木綿季は、宗太郎の話を聞きながら呆然とする。いきなりそんな突拍子も無いことを言われてもまったく実感が湧いてこない。とはいえ、納得出来る部分もある。改めて考えると、確かにあのイメージは別の世界みたいだった。自分と宗太郎が一緒にいないあの世界は、間違いなくこことは違う。

 

「でも、それこそ有り得ないんじゃない?」

「そんなことはないさ。実際に確認するまでは断定できないことだし、現にお前自身が経験しているだろ?」

「……ソウ兄ちゃんは、ボクの言う事を信じてくれるの?」

「当然だろ。なんたって俺は、木綿季のことを傍でずっと見てきたからな。お前が真実を言っていることぐらいすぐに分かるさ」

「ソウ兄ちゃん……」

 

 頭を撫でられた木綿季は、頬を赤く染める。普段はおバカな野郎でも、必要な時にはちゃんと決める。これだから、彼に惚れこんでいるのだ。

 しかし、今のやり取りだけで悩みが解決した訳ではない。問題は、そのイメージをこれからどう扱っていくかだ。何もしないで放置するか、積極的に調べるか。それを決めないといけない。

 

「ねぇソウ兄ちゃん。ボクはどうしたらいいのかな?」

「そうだな。精神的に苦痛じゃないなら必要以上に気にしないほうがいいと思うけど、その辺は大丈夫なんだよな?」

「うん。全然苦痛じゃないよ。だけど……気になるんだ、あの人たちが」

「会ってみたいってことか?」

「うん。アスナと会った時にすごく嬉しいって感じたから、他の人たちにも会ったほうがいいような気がするんだ」

「そうか。木綿季がそう思うんだったら、そうするべきなのかもな」

 

 宗太郎は、木綿季の言葉を肯定する。もし、彼女が見たイメージが本当に【別の可能性】だとしたら、会ってみる価値はある。会いたいと思うならそれだけ縁があるということだから、行動してもいいと思う。

 もしアスナの件が偶然だったとしても、その場合は空想の産物だったことになるだけで、今の状況が大きく変わるわけではない。それなら、仲間探しに挑戦してみてもいいだろう。

 

「だったら、姉ちゃんとアスナに相談しても大丈夫かな?」

「あの2人に?」

「うん。姉ちゃんたちもあのイメージに出てくるから、きっと関係があると思うんだ。でも、こんな変な話をしたら迷惑になっちゃうかな……」

「まぁ、あの2人なら大丈夫だろ。それに、迷ってるってことは、やってみたいって思ってるんだろ?」

「う、うん……」

「だったら、俺はやってみた方がいいと思うな。ほら、俺のママも言ってただろ、『やりたいと思ったことは一生懸命がんばりなさい』って」

「あっ……」

 

 ここで宗太郎は、制服のポケットに入れているロザリオを取り出した。それは木綿季にとっても大事な物で、まったく同じものを小さな袋に入れていつも持ち歩いている。

 幼い頃、宗太郎や藍子と共に渡された宝物。それを見つめると、もう一人のママを思い出す。

 

「エリスママ……」

 

 木綿季は、ロザリオが放つ輝きを見て、懐かしい過去に思いを馳せる。

 宗太郎の母親である松永 エリスからもらった最後の贈り物に込められた想いを。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 今より14年前の春。

 木綿季と藍子が生まれる少し前に、紺野 遥は最寄の教会へと出向いていた。クリスチャンの彼女は、双子を授かったことに感謝してほぼ毎日祈りを捧げていたのである。

 

「もうすぐあななたちに会えるのね……」

 

 一番前の席に座った遥は、すっかり大きくなった自分のお腹を愛おしそうになでる。2人分の重さなので移動するのも大変なのだが、今はそれさえも幸せである。

 そして、彼女と同じくらいに嬉しそうな表情をした女性が隣にいる。2歳児の宗太郎を抱いたエリスだ。

 アメリカ人の彼女は、宗太郎の父親である松永 光太郎と大恋愛の末に結婚して国籍を日本に移した。日本文化が大好きで、留学までした彼女の行動力はとても大胆だった。その結果、様々な要因が重なり、このように遥と親交を結ぶことになったのである。

 

「ほらほら宗太郎~。あと1ヶ月であなたのお嫁さんが誕生しますよ~」

「もう、気が早すぎるわよ。それに、候補が2人いるから、どっちになるか分からないし」

「ふふん。候補ってことは、あなたもその気があるんじゃない?」

「まぁね。宗太郎ちゃん、とっても可愛いから。できればわたしの息子にしたいわ」

「まったく、双子が生まれるってのに欲張りねぇ」

 

 若いママたちは、軽快な母親トークを交わして微笑みあう。

 すごく親しい様子の彼女たちは1年前にこの教会で知り合い、仲良くなった。結婚して子供を授かりたいと望んでいた遥が教会へお祈りをしに来た時、1歳になったばかりの宗太郎を抱いたエリスと出会って話しかけたのが事の始まりだった。天使のように可愛らしい宗太郎を見て心を奪われてしまったのだ。

 もしこの時、宗太郎がぐずって教会に来る時間が遅れていなかったら――紺野一家はHIVウイルスに感染してしまうところだった。偶然エリスと出会ったことで彼らの運命が変わったのである。

 年の近いエリスと気が合い瞬く間に親友となった遥は、子供が出来た時に彼女が勧めた病院に行くことに決めた。そのおかげで、HIVウイルスに汚染された輸血を受けずに済んで、悲しい運命を回避することができた。つまり、エリスと宗太郎は、紺野一家にとって救いの天使となったのだ。

 もちろん、誰もその事実に気づいてはいないが。

 

「さぁ、そろそろ家に帰りましょう。長居すると身体が冷えてしまうわ」

「うん、そうね」

 

 エリスの言葉に同意した遥は、彼女の運転する車に乗って帰宅する。紺野家と松永家は数百メートルしか離れていないため、もはや家族レベルの付き合いだった。

 

 

 それから月日が経ち、木綿季と藍子が無事に生まれてからも両家の仲は続いた。その関係は子供たちが育つにつれて更に深まり、幸せな時間を分かち合った。特に木綿季と藍子は、とても綺麗で面白いエリスに良く懐き、本当の母親のように慕っていた。

 しかし、そんな幸せな時間も終わりを迎える時が来た。あれほど元気だったエリスが病魔に侵されてしまったのである。

 病名はあえて言わないが、発覚した時点で彼女の余命が残り少ないことは確定していた。

 それでも彼女は懸命に生き続ける道を選んだ。闘病生活は数年に及び、母親の努力を感じ取った宗太郎も、紺野一家に助けられながら懸命に看病を努めた。

 だが、宗太郎が11歳になった時にエリスの病状が悪化し、これまで気丈に振舞っていた彼も心が折れそうになった。

 なんとか小康状態を保って眠っているエリスを見つめながら、宗太郎はつぶやく。

 

「この世界に神はいない」

 

 その声はとても冷たくて、エリスの回復を神に祈っていた木綿季と藍子は信じられないものを見たように驚く。

 

「……ソウ兄ちゃん?」

「突然、どうしたの?」

「そんなことしても無駄だよ。この世界に神はいないんだから」

 

 いつも教会に行ってお祈りをしていた母親がこんな酷い目にあっている。だから、幼い宗太郎は神の存在を信じられなくなった。

 

「そんなものがいるなら、この世界に不幸な人なんかいないはずだろ。ママが病気になることもないはずだろ!」

「で、でも……」

「じゃあ、何でママがこんなに苦しまなきゃならないんだよ!」

「それは……私たちの力で克服しなくちゃいけない試練だからよ」

「「!?」」

「ママ!!」

 

 我慢の限界にきた宗太郎が思わず木綿季たちに八つ当たりをしていると、眠っているはずのエリスが声をかけてきた。うっすらと意識があって、これまでのやり取りを聞いていたのだ。

 

「宗太郎……神様はちゃんといるわ」

「えっ?」

「神様はこの世界をお作りになることで、わたしたちに【可能性】を与えてくださったのよ」

「可能性……?」

「そう。わたしたちには、あらゆる困難を超えていく【可能性】という名の力が与えられているわ……。でも、そこから先は私たち自身が頑張らなくちゃいけないの」

 

 それが世界の真理だ。平等であり、残酷でもあるこの世界の真の姿だ。そして、か弱い人間がそのような環境で生きていくのに困難をともなうのは当然だ。

 しかし、自分たちはこの世界に生まれ、今を生きている。この美しくも残酷な世界で、大切な命を、想いを、未来につないでいくことができる。もちろん簡単なことではないが、せっかく生きているのだから、やれることはやるべきだろう。

 

「確かに、わたしたちには可能性があるけど、それを活かすチャンスはとても少ないわ……。だから、やりたいと思ったことは一生懸命がんばりなさい。生きて未来を切り開くために」

「生きて……」

「未来を切り開く……」

「でも、ママの未来は……」

「大丈夫。わたしの未来は、あなたたちの中にあるわ」

「俺たちの中に?」

「そうよ。あなたたちが幸せに生きていくことで、わたしの未来も続いていくの。だから、これからも、あなたたちの素敵な未来を見せて……」

 

 エリスはそう言うと、傍にいる遥を呼んでとある頼みごとをした。以前から彼女にお願いして用意していた物を子供たちに贈るために。

 

「みんな。これは、エリスからの贈り物よ」

「えっ?」

「エリスママからの?」

 

 遥は、自分のバッグから小さなケースを3つ取り出して子供たちに手渡した。それを開けてみると、中にはロザリオが入っていた。3人とも同じデザインで、エリスの想いを形にしているようだった。

 

「ママ、このロザリオは……」

「それは、わたしとあなたたちをつなぐ絆よ。お祈りをする時に使ってくれれば、どんなに遠く離れていても想いは届くわ。だから、気が向いた時でいいから、あなたたちのお話を聞かせてね……」

「ママ……」

「ぐすっ……」

「うわ~んっ!」

 

 エリスの言っている意味が分かった子供たちは泣いた。彼女は、もうじき天に召されることを悟っていたのだ。だからこそ、このロザリオを用意していたのである。

 死してもなお可愛い我が子たちを見守るために――。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 数秒後。木綿季は、懐かしい記憶の世界から意識を戻す。

 故人を思い出して悲しくなったが、そのおかげで未来を選ぶきっかけになった。

 

「……そうだね。ボクたちは一生懸命がんばらなくちゃいけないんだ。可能性を掴むために」

「うむ、いい覚悟だ。お前がやるというのなら、俺は全力で協力するぞ」

「うん、ありがとう!」

 

 宗太郎から嬉しい言葉を聞いた木綿季は、首に腕を絡めてぎゅっと抱きつく。その勢いでベッドに倒れこみ、2人の身体はベッタリと密着する。

 

「こら木綿季。いきなり抱きつくな。柔らかい胸がプニプニ当たって気持ち良いじゃねぇか」

「それって怒ってるの? 喜んでるの?」

「ふふっ、バカだなおめぇ。喜んでるに決まってんだろ?」

「じゃあ、もっと抱きついてあげる♪」

「むおぉ~! ナイスダブルオー!」

 

 先ほどまでのシリアスはどこへやら、急にイチャイチャしだす宗太郎と木綿季。

 この光景を天国にいるエリスが見たらどう思うか。正直微妙なところであった……。




次回はアスナ、ユウキ、ランがALOで遊ぶ話となります。
そして後半は、リアルでの出会いが待っております。


ご意見、ご感想をお待ちしております。


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第8話 目覚める戦闘妖精

今回は、ユウキとアスナがデュエルをする話です。
そして最後に、ちょっとしたイベントも起こります。


 木綿季が宗太郎に秘密を打ち明けたその日の夜。ALOにログインしたユウキとランは、ユイを連れたアスナと再会することになっていた。彼女ともっと仲良くなりたいと思ったユウキが前日にメールを送り、遊ぶ約束を取り付けたのだ。幸いなことに、アスナ自身もそう思っていたので、話はすんなりと決まった。

 そのような経緯で待ち合わせ場所の央都アルンにやって来たアスナは、先に来ていたユウキとランに出迎えられる。

 

「こっちだよ、アスナー!」

「ママ、ユウキさんがいましたよ」

「うん、ものすご~く目立ってるね」

 

 こちらに向けて元気よく手を振るユウキを見て、アスナは笑みを浮かべる。彼女にとってユウキはもう妹のような存在になっていた。

 そしてそれは、となりにいるランも同様だ。一緒に料理を作った際に話が盛り上がって、すっかり打ち解けていたのである。

 

「おまたせ、2人とも」

「こんばんはなのです」

「はい、こんばんは。今日もよろしくお願いします」

 

 天真爛漫な妹と違って、姉のランは礼儀正しく応対する。そのギャップに再び笑みを浮かべてしまう。

 

「どうしたのアスナ? なんかニヤニヤっとしてるけど」

「えっ!? そんなに変な顔してたかな?」

 

 ユウキに思わぬ指摘をされてちょっぴり焦る。どうやら、自分でも気づかないうちにシスコン属性が備わっていたらしい。

 だって、可愛いんだから仕方ないでしょ。

 

「(もしかして、和人君もこんな感じなのかな?)」

 

 何となく気恥ずかしくなったアスナは、妹と仲が良い恋人を思い浮かべる。

 確かに彼らの関係は良好で、理想的な兄妹だと言える。ただ、あの2人には血の繋がりが無く、妹の方が兄に惚れているという特殊な状況なので、一般的な家族関係とは異なるのだが……その辺は知らぬが仏と言ったところである。

 ちなみに、他の面子はそれぞれ用事があって今はログインしていない。宗太郎と和人は部活で作り始めたメカの研究、直葉は明日までに提出する宿題、珪子は家族と一緒にテレビ鑑賞、里香は友人と買い物、クラインこと壷井 遼太郎は真面目に仕事といった内容だ。それらの用事が終わった後に順次ログインして合流する予定となっている。

 只一人先に来ているアスナは、ユウキたちとの約束を守るために今日の分の勉強を素早く済ませて来ていた。

 

「後から他のみなさんも来るんですよね?」

「うんそうよ。しばらく時間がかかるみたいだから、合流しやすいように近場で遊びましょう」

「だったら、ボクとデュエルしようよ!」

「それはいい提案ね。その勝負、受けて立つわ!」

 

 意外にノリのいいアスナは、不敵な笑みを浮かべてユウキの挑戦を受ける。

 こうして意見がまとまった4人は、近くのフィールドに繰り出すのだった。

 

 

 央都アルンから外に出た一行は、綺麗な泉のある草原地帯にやって来た。この辺りは決闘場としてよく使われている場所で、今も数人のプレイヤーが戦っている。観客も結構いるようで少し落ち着かないが、ここでアスナとの初デュエルをおこなうことにした。

 

「いよいよアスナとデュエルか……」

 

 楽しみな気持ちの中に、なぜか懐かしさも感じる。ユウキにとっては初めてのはずなのだが、経験したことがあるような気持ちになる。ということは、これもやはり……。

 

「例のイメージで見たことがある……気がする」

 

 アスナと初めて会った時に見えたイメージがこんな感じだったかもしれない。すぐに記憶が曖昧になってしまうので確実だとは言い切れないのだが、恐らくはそうだと思う。

 

「だって、こんなにドキドキしてるもん」

「ん? 何か言った?」

「!? ううん、なんでもないよ」

 

 独り言が隣にいるランに聞こえてしまったらしい。しかし、この場は誤魔化しておく。あの話について相談するのはもう少し後にしよう。

 今は、アスナとのデュエルを純粋に楽しむ時だ。

 他のプレイヤーがいない泉の近くにやって来た4人は、早速デュエルの準備を始める。ランとユイは少し離れた所で待機し、アスナとユウキはモード選択をおこなう。

 

「モードはどうする?」

「ノーマルでいいと思うけど、いっぱいやりたいから適当な所でリザインした方がいいかな」

「そうね、先にレッドゾーンに入ったら負けってことにしようか」

 

 ルールを決めた2人は、一定の距離を開けて向かい合う。

 彼女たちが決めたノーマルモードとは、どちらかのHPが0になるまで戦う無制限一本勝負である。ただし、この勝負ではそこまでやる必要が無いので、HPに制限を設けることにする。これもMPの消費を押さえて効率よく遊んでいられるようにするためだ。

 何はともあれこれで準備は整ったわけだが、ユウキに聞きたいことがあったアスナは、デュエルを始める前に質問をしてきた。その内容はALO特有のもので、大抵のプレイヤーが気にしていることだった。

 

「ねぇユウキ。地上戦と空中戦のどっちが得意?」

「ん~、どっちかって言うと空中戦かな。ソウ兄ちゃんと一緒にGBO(ガンダムビルドファイターズ・オンライン)で鍛えてるからね」

「へぇ、そうなんだ~って、別のゲームじゃん!」

 

 予想していた答えと違ったため、思わずノリツッコミをかましてしまうアスナ。若干キャラが違う気もするが、SAOでグラハムと接しているうちにツッコミキャラと化してしまったせいだ。せっかくの美少女がちょっぴり残念になってしまった気がしなくもない。

 しかし幸いな事に、ユウキたちも慣れているので、違和感なく話が進む。

 

「じゃあ、アスナはどっちが得意なの?」

「わたしは地上戦に慣れてるから、飛ばれると不利になるかな。でも、黙ってやられるほど弱くはないわよ?」

「ふふん、望む所だと言わせてもらうよ!」

 

 アスナの強気な発言に感化されたユウキは、グラハムのように不敵な返答をする。あのSAOの最前線で戦い続けた勇者とデュエルするのだから、高揚せずにはいられない。

 

「(ボクだって結構強くなったからね。簡単には負けないよ!)」

 

 グラハムと戦った際の勝率は4割ほどなので勝つのは相当難しいと思われるが、そんなことはどうでもいい。強い相手と戦い、成長していくというゲームの楽しさを知ったユウキは、逆境だからこそ笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ、始めようか」

「うん! いざ尋常に勝負だ!!」

 

 お互いに声を掛け合った後、アスナがウィンドウを操作してデュエルを申し込み、ユウキが承諾する。これでデュエルが成立して10秒のカウントダウンが始まる。

 その数字がゼロになる前に抜剣した2人は、心地よい緊張感に包まれ……スタートの合図と共に駆け出した。

 

「先手必勝!」

 

 最初に攻撃を仕掛けたのはユウキだった。いきなり片手剣の単発ソードスキル・ホリゾンタルを放ったのだ。剣を交える直前に一回転して、その運動エネルギーを上乗せした水平切りをアスナにお見舞いする。

 

「てやあぁぁ!」

「くっ!」

 

 間一髪で反応したアスナは、剣を左側に引き寄せて重い一撃を受け止める。

 後方で衝撃波が発生する中、硬直状態のユウキに向けて今度はアスナがソードスキルを繰り出す。彼女が得意としている単発の突き攻撃、リニアーだ。

 

「せぁ!」

 

 アクアブルーの閃光がユウキに迫る。しかし、回避不可能と思われたその一撃は、素早く引き戻されたユウキの剣によって軌道を外された。見事に決まるはずだったアスナの攻撃は、ユウキの左腕を掠めるだけに終わった。

 

「やるわね!」

「そっちこそ!」

 

 最初の激突はほぼ引き分け。流石にアスナを相手にして単純な攻撃は通用しない。ならば、単純じゃない剣術ではどうか。

 

「はぁ!」

「ふっ!」

 

 再び激突した2人は、激しく剣を打ち付けあう。

 アスナが振るった上段切りをユウキが見切ってタイミング良く弾き、そのおかえしとばかりに鋭い水平切りを返すと、予測していたアスナが巧みに防いで見せる。

 こちらもほぼ互角の出だしで、お互いに理想的な相手と巡り会えたと喜び合う。

 

「やっぱりアスナは強いや!」

「ユウキも期待以上だよ!」

 

 まるで待ち望んでいたライバルが現れたかのように感じた2人は、相手を褒め称える。

 だからこそ、勝負は更に盛り上がる。

 

「たあぁ!」

「せいっ!」

 

 勇ましい声と共に美しい妖精の乱舞が繰り広げられる。

 連続で突きを繰り出す。素早くかわして反撃する。防御の隙を突いて強襲する。体術スキルを混ぜて牽制する。これまで培ってきたすべての技術を用いて2人は戦う。

 激しく火花を散らせる攻防は苛烈を極め、見守っているランを徐々に熱中させていく。

 

「すごい……。アスナさんもユウキも。間違いなくトップクラスだわ……」

「そうですね。ママと互角に戦えるユウキさんは、とてもすごいです!」

 

 ユイは自慢のママと同等の強さを見せるユウキを賞賛し、ランもその意見に同意する。

 いや。はっきり言うと、それ以上の想いを抱いていた。

 あまりにも見事な2人のデュエルに心を奪われたランは、感動すると同時に悔しさも感じていた。自分もあの中に混ざって対等に戦ってみたいと。

 

「わたしにもできるかな……」

 

 ふとしたきっかけで望みを抱いたランは、戦っているユウキたちに強い自分を重ねてみた。

 その時だった。ランの脳裏に覚えの無いイメージが見えたのは。

 そこでランは、今よりも強い自分の姿を見たような気がした。あの2人に匹敵するような強さを見せる自分の姿を。

 

「えっ!? 今のはなに?」

 

 突然の超常現象にランは驚く。簡潔に言うと、彼女が見たものはユウキが見たイメージと同じものだ。

 別の世界から意識を跳ばしてきているもう一人のユウキは、幸せに暮らしている姉を見て、彼女にも強い想いを抱いていた。それがテレパシーのような現象となり、ユウキと同様に魂と呼ぶべきものとリンクした。双子の姉妹だからこそできた奇跡で、ランの記憶に変化をもたらしたのである。

 これは別世界のユウキがメディキュボイドと呼ばれる医療用フルダイブ機器に接続してから起き始めた現象であり、繋がっている間は時系列に関係なく情報のやり取りがおこなわれる。つまり、時間という概念が適用されない平行世界という記録媒体から部分的に映像を取り出して見ているような状態となるのである。ゆえに、受け取る側の時間軸に関係なく過去や未来の情報を見ることができる。いわゆる、神の視点というやつだ。

 互いの歴史を見れるだけなので、相手が知った自身の未来を知ることは出来ないが、それだけでも影響力は大きい。現にそれらの記憶が、この世界の紺野姉妹に変化をもたらそうとしていた。

 無論、3人ともに自覚してはいないが。

 

「さっきのは何だったんだろ……」

 

 もしかして、白昼夢とかいうものを見たのだろうか。いきなり異常な現象を体験したランは、思わず考え込んでしまう。しかし、それもすぐに中断される。周囲にいたプレイヤーたちがこちらのデュエルに注目して、いつの間にか大勢集まってきていたからだ。

 

「あの2人すげぇな!」

「あれならユージーンにも勝てんじゃねぇか?」

「しかも美少女だしな!」

「ああ。そこは一番重要だな!」

「戦ってる子たちもいいけど、あそこにいるウンディーネの子も可愛いぞ」

「終わったら声かけてみよっかな」

 

 美しい乙女たちが繰り広げる剣の舞は、外野で見ている者たちをも魅了していく。若干よこしまな感情を抱いている者たちもいるが、そこは仕方ない。彼女たちが身も心も美しいことは間違いないのだから。

 しかし、会話が聞こえてしまったランは困ってしまう。

 

「どうやら、ママたちやランさんのことを褒めてるみたいですね?」

「うぅ、なんか恥ずかしいな……」

 

 グラハムが傍にいないと結構な頻度でこういう状況になるのだが、未だに慣れない。とはいえ今は好都合だった。この騒ぎでさきほどの不安を抑えることが出来たからだ。

 期せずして落ち着くことが出来たランは、再びデュエルの行方を見守ることにした。

 そうだ、さっきのことは後で考えればいい。

 

「今はこっちを見なきゃもったいないよね」

 

 気を取り直したランは、ユウキとアスナに意識を向ける。

 現在の戦況はアスナのほうが有利だった。徐々に経験の差が出てきているようで、小さいダメージがユウキに蓄積されていく。

 鋭い突きで軽く頬を切られた彼女は、顔をしかめながら考える。

 

「(このままじゃ負けちゃう!)」

 

 やはり、地上戦ではあちらに分があるらしい。ならば、こちらの得意な空中戦をおこなえばいい。

 意を決したユウキは、アスナの突きを切り上げで払い飛ばしながら翅(はね)を出し、そのままの体勢で後方に飛び退った。そして、ある程度距離を離したところで勢いよく突進する。

 

「スピードで圧倒させてもらうよ!」

 

 そう言うや否やユウキは飛んだ。

 右利きのアスナでは対処しにくい左側から攻め込めるように、緩いカーブを描きつつ地面すれすれを飛行する。足で走るよりもはるかに速い。それに加えて、ユウキの高度なプレイヤースキルも合わさり、アスナも驚くほどの速度で接近してきた。

 

「でも、間に合う!」

 

 ギリギリのところで反応できたアスナは迎撃しようとする。

 こうなると、今度はユウキの方が圧倒的に不利になってしまう。飛行して攻撃した場合、速度がある分ダメージも大きくなるが、カウンターを食らえばそれが自分に返ってくることになる。

 しかし、グラハムに鍛えられているユウキは、百も承知でこの攻撃を選んだ。なぜなら彼女は、妖精であると同時にフラッグファイターでもあるからだ。

 

空中(ここ)がボクの戦場(フィールド)だ!」

「なっ!?」

 

 上段から振るわれたアスナの剣がユウキに当たると思われた瞬間、彼女は機敏な動作でバレルロールした。螺旋を描くように右回転したユウキは、アスナの左上方へ身体をよけると、すれ違いざまに剣を突き出す。

 

「当たれー!!」

「くうぅっ!!」

 

 光り輝いたユウキの剣は、攻撃モーションで左側に向いていたアスナの胸へと吸い込まれた。見事なクリティカルヒットだ。

 

「ソウ兄ちゃん仕込みの空戦機動は伊達じゃない!」

 

 確かにその通りだった。

 空中戦に慣れているユウキは、アスナが体勢を崩している間に流れるような動作で次の行動に移った。突進した速度を活かしてインメルマンターンをおこない高度を得ると、そこから急降下攻撃を敢行したのだ。

 

「てやあぁぁぁ―――!!」

 

 勇ましい掛け声と共に降下してきたユウキは猛然と剣を振るい、ようやく体勢を整えたアスナめがけて襲いかかった。間一髪で防御が間に合ったものの、大きな運動エネルギーが加わったその一撃はとても重く、身軽なアスナを吹き飛ばしてしまう。

 

「きゃあぁっ!!」

「今だ!!」

 

 これを好機と見たユウキは、激しい着地の衝撃に耐えてすぐさま追撃に入った。

 今こそ、会得したばかりのオリジナルソードスキル・【カプリシャス・ミーティア】を使う時だ。宗太郎によって【気まぐれな流星】と名付けてもらったその技は、名前の通り唐突に降り注いだ。

 

「はあぁぁぁぁ―――!!!」

 

 脅威の7連撃が体勢を崩したアスナに襲いかかる。これが決まれば劣勢のユウキにも勝機が見えてくる。しかし彼女は、すんなりと勝たせてくれるほど甘くはなかった。

 

「まだよ! まだ終わらないわ!!」

 

 既に3撃ほど食らいながらも体勢を持ち直したアスナは、アクアブルーの輝きと共にカドラプル・ペインを放った。稲妻の如く4連撃を繰り出し、優位だったユウキに対して果敢に反撃する。

 

「やあぁぁぁ――!!」

「なっ!?」

 

 まさかあの状態からやり返してくるとは。意外な逆襲を受けたユウキは驚愕する。アスナの反撃はそれほどまでに難易度が高かった。

 このゲームで攻撃を受けるとダメージ硬直が発生するのだが、その時間はかなり短くてソードスキルの連撃中でも多少は動ける。だからアスナもソードスキルを出せたのだ。しかしそれは、超高速で難しいコマンド入力をするようなものなので、並以下のプレイヤーでは非常に難しい動作だった。

 しかも、ユウキの誤算はそれだけで終わらなかった。

 最後の攻撃を同時に受けた瞬間、このデュエルの勝敗が決してしまったのである。彼女の敗北という結末で。

 

「そこまでっ!!」

「……ほぇ?」

「今のでユウキのHPがレッドゾーンに入ったから、アスナさんの勝ちよ」

「えぇ―――っ!?」

 

 これから追撃しようとしていたユウキは、ジャッジ役のランから敗北を告げられて驚きの声を上げる。アスナに起死回生の攻撃を許してしまったことで、惜しくも勝利を逃してしまったのだ。言い換えると、とても見応えのある接戦だったことになる。

 それは、遠巻きに観戦していた見物人たちの反応を見れば一目瞭然だ。

 

「ほんとにすげぇなあの子たち……」

「あんな動きされたらついていけねぇよ」

「っていうか、あのインプの子が最後に使ったヤツってOSSじゃねーか?」

「マジで!? 7連撃ぐらいいってたぞ!?」

 

 ユウキとアスナのデュエルに魅せられた観客は、徐々に騒ぎ出す。

 一方、注目を集めた当人たちは、彼らの会話を気にすることなく先ほどの勝負を振り返る。

 

「ちぇ。もうちょっとで勝てたのになー」

「ほんとにギリギリだったからね。でも、すごく面白かったわ」

「うん、そうだね!」

 

 少しだけ悔しがっていたユウキだったが、アスナの言葉に同意する。

 確かに、胸を張れるような良いデュエルだった。例のイメージにも負けないくらいに。

 実を言うと、先ほどソードスキルを出した時に見えたのだ。まるでこちらに合わせるように、アスナとデュエルしている場面が。

 もちろん自分の記憶ではない。装備も全然違うし、何より強すぎる。

 

「(あのボクはチート気味だからなー)」

 

 ユウキは、おぼろげながらも記憶に止めた【自分】の戦いを思い出す。イメージの中の自分はとても強くて、最後にものすごいソードスキルを使っていた。以前にも見た気がする強力な技だ。

 

「(たぶんオリジナルソードスキルだと思うけど、ボクでも使えるようになるのかな……)」

 

 なぜかあのスキルに強く惹かれてしまう。宗太郎の言うようにあれが別世界の記憶だとしたら、それだけ向こうの自分に思い入れがあるということか。まともに考えるとおかしな話だけど……。

 

「……」

「ユウキ? ボーッとしてどうしたの?」

「うぇっ!? ああ……なんでもないよ、うん」

「そう? ならいいけど……。もし、相談したいことがあるなら遠慮なく言ってね」

「うん。ありがとう、アスナ」

 

 自分のことを心配してくれるアスナの言葉がとても嬉しい。

 本当にアスナはすごいな。ボクの聞きたかった言葉をずばりと言ってくれるなんて。

 後で例の話をしようとしていたユウキは、大好きなお姉さんの優しさに心を打たれるのだった。

 

「やっぱアスナは最高だよ♪」

「え~、突然どうしたのよ?」

 

 急にユウキから抱きつかれたアスナは、くすぐったそうにしながらも柔らかい笑みを浮かべる。

 一方、彼女たちのやり取りを静かに見つめているランは、妹と同じようにさきほど見たイメージを思い返していた。ユウキの戦いを見ているうちに【強い自分】のイメージが湧き上がってきたからだ。

 

「(なんだろう。今ならわたしにも同じような戦いが出来る気がする……)」

 

 なぜそう思えるのか理由は分からないが、とにかく試してみたい。そんな気持ちになったランは、ユウキに向けてデュエルを申し込む。

 

「ねぇユウキ。今度はわたしとデュエルしようよ」

「もちろん、受けて立つと言わせてもらうよ!」

 

 アスナと話して元気になったユウキは、快く承諾する。なんとなくグラハムっぽい言い方でみんなの苦笑を誘いながら。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 1時間後。用事を済ませたキリトは、ALOにログインしてアスナたちの元に向かっていた。

 彼がホームにしているユグドラシルシティから真下にある央都アルンに転移して、そこから目的地へと飛んでいく。

 その途中で先にログインしていたグラハムと出会う。今日は勉強をするので不参加だと聞いていたが、どうやら気が変わったらしい。

 

「なんだ。結局来たのか」

「ああ。少年と深夜の逢瀬を楽しみたかったのでね」

「今すぐ帰れ」

「ふっ、この私が邪険にあしらわれるとは。相も変わらずかたくなだなぁ。もしくは、アスナと交わって男になったとでも言うのかな?」

「さりげなくとんでもない事を言うな!!」

 

 出会って早々にツッコミまくるキリト。それはそれで楽しんでいたりするのだが、何事もやりすぎると疲弊する。

 しかし、彼には特効薬がある。愛しいアスナに会えれば、この程度の疲れなどどうということはない。それがリア充の特権だ。

 そんなわけで、先を急ぐことにする。

 

「とにかく。くだらないこと言ってないで、さっさと行くぞ」

「ほう。それほどまでにアスナを求めるか。少年の心をここまで虜にするとは、やはり女は魔物だな」

「そう言うお前だって、ランとユウキに惚れてんだろ?」

「ふん。何を根拠にそんな予測を……」

「いや、見ただけで分かるから」

 

 道すがら、2人は普通に恋バナ(?)をして盛り上がる。お互いに若さ溢れる16歳なので健全な行為でもある。内容はちょっとアレだけど、微笑ましいことには違いない。

 何はともあれ、高速で飛行した2人は、好きな女性について語り合っているうちに目的地へと到着した。

 しかし、そこでは意外な状況になっていた。アスナたちがデュエルをおこなっている周囲に多くの観客が集まって大いに盛り上がっていたのである。中心を見ると、先に合流していたリーファとランがこれから戦うようだが、あの2人のデュエルがなぜこんなに注目されるのだろうか。

 キリトとグラハムは疑問に思いつつ、アスナたちの元に着陸する。

 

「あっ、キリト君」

「あれ、ソウ兄ちゃんもいる!」

「諸君! 夜の挨拶、すなわち『こんばんは』という言葉を、謹んで贈らせてもらおう」

「いや、それはもういいから」

 

 この状況が気になるキリトは、もはや恒例となったグラハムの挨拶をバッサリと切り捨て、簡潔に質問する。

 

「ところで、この騒ぎはなんなんだ?」

「あーうん。実はね……」

「姉ちゃんがちょーすごいんだよ!」

「そうなんです! ランさんがものすごく強くって、オリジナルソードスキルまで会得しちゃったんですよ!」

「えっ!?」

「なんと!」

 

 やたらと興奮しているユウキとユイが仲良く説明してくれた。どうやらこの騒ぎは、ランに原因があるらしい。

 しかし、オリジナルソードスキルまで会得してしまうとは。あまりに意外すぎる情報を聞いて、キリトとグラハムは目を丸くするのだった。




ランのパワーアップをおこなってみました。
現時点での戦闘力比較は
キリト>グラハム>アスナ>ユウキ=ラン>クライン>リーファ>エギル>リズベット>シリカ
といった感じです。
エギルはまだ出てきてませんけど、どこで出そうかなぁ?


ご意見、ご感想をお待ちしております。


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第9話 ユウキのシルシ

前半はランのパワーアップ話、後半は現実での初対面となります。


 リーファとランによる激しいデュエル。その一部始終を見たキリトとグラハムは素直に驚いた。想像していた以上にランの実力が凄まじかったからだ。これならユウキたちが興奮するのもうなずける。そう思えるほどの強さだった。

 

「見たかグラハム?」

「ああ見たとも! プルンと揺れる乙女の胸が、私の視線を釘付けにする!」

「そこじゃねぇよ!」

 

 まったく着目点が違ったグラハムにツッコミを入れる。まさか、あの激しいデュエルの最中にパイオツを鑑賞していただなんて、とんでもないハレンチ野郎である。

 とはいえ、男子諸君ならば同意できる行為だろう。3Dゲームに出てくる女子キャラの胸に注目してしまった経験のある人は多いはずだ。はっきり言ってどーでもいい話なのだが。

 

「まぁ、揺れる胸はともかく、すごい戦いだったな」

「そうだな。あまりの華麗さに、私の心はときめいてしまったよ。あの勇ましい姿、まさしく戦乙女と呼ぶに相応しい」

 

 改めて感想を聞かれたグラハムは、手放しで賛辞を送る。流石のキリトたちも、しきりに関心してしまうほど素晴らしい内容のデュエルだった。

 

 

 今より数分前。ランとデュエルを始めたリーファは、キリトたちと同様に驚いていた。後から来た彼女も、ランに起きた変化を直接見ていなかったからだ。

 得意の空中戦に持ち込んだというのに、いざ始めてみれば自分の方が押されている。数日前に遊んだ時は迷宮内での戦いだったため分からなかったが、ランは空中戦が得意らしい。いや、それだけじゃない。すべてのプレイヤースキルがパワーアップしているように感じる。

 

「ちょ、ナニコレ!? ランってほんとにウンディーネなのーっ!?」

 

 激しい突きの嵐をなんとか凌ぎつつ叫ぶ。

 本来なら接近戦が苦手な種族なのにこの強さ。事前に話を聞いていてもビックリしてしまう。

 

「アスナさんもバーサク気味だけど、この子も普通じゃない!」

「わたしってそう思われてたの!?」

 

 リーファは、自分の周りにいるウンディーネが常識外な存在ばかりなことを改めて思い知らされて戦慄する。その気持ちを思わず口走ってしまいアスナがショックを受けてしまったが、今はそれどころではない。自分は彼女の同類と戦っている最中なのだから。

 

「知り合いのウンディーネが2人ともバーサーカーなんて、どーいう巡り合わせなのよー!」

「なにを言うんですか。わたしはアスナさんと違ってものすごく普通ですよ!」

「それってどういう意味よ!?」

 

 アスナと同一視されたランは訂正を求めたが、ちょっぴり言い方がまずかった。彼女としてはアスナほど凄くないと謙遜しての発言だったものの、言葉が足らずにあらぬ誤解を招いてしまった。

 とはいえ、話の流れにあまり関係ないので、物語はそのまま進む。

 

「そろそろ決着を付けさせてもらいます!」

「こっちだって、このままやられっぱなしじゃいられないよ!」

 

 ランに煽られて負けん気を強めたリーファは、勇ましく立ち向かっていく。

 無駄のない動作で繰り出された彼女の突きを右方向に払い、その流れで左袈裟切りを放つ。この攻撃を凌ぐには、通常だったら剣を戻して防御するところである。しかしランは、普通とは違う行動に出た。

 この時ランは、足元を軸にするように身体を倒してリーファの剣を避けて見せたのだ。そして、その体勢のまま後方へ飛び退りつつ身体を丸めて一回転すると、剣を振った直後のリーファに向けて突進する。三次元を巧みに用いた機動で翻弄されたリーファは目を丸くする。

 

「あっ!?」

「行けーっ!」

 

 完全に不意を突かれる形となったリーファは、為す術もなく胸を貫かれる。その衝撃で彼女の豊満な胸が激しく揺れ動き、それと同時にダメージ硬直に陥る。

 

「ここだ!」

 

 その隙を好機と見たランは、つい先ほど会得したばかりのオリジナルソードスキルを発動する。後にその光景を見たグラハムから、【マーシフル・ヴァルキリー】――慈悲深い戦乙女――と名付けられる7連撃の技だ。

 

「たあぁぁぁ―――!!」

 

 気合の叫びと共に華麗な剣の舞いが展開される。

 右袈裟斬り、左袈裟斬り、右水平切り、左水平切りを高速で決めた後に、身体の中央へ渾身の突きを放ち、そこから頭上まで切り上げて、止めに身体を一刀両断するように切り下ろす。名前の通り、苦しむ時間すら与えずにヴァルハラへ送られてしまうような連撃である。

 そして、この技が決まると同時にデュエルの決着もついた。

 

 

 激しいデュエルが終わり、がっくりと肩を落とすリーファと彼女を慰めるアスナたち。そんな女性陣の姿を見つめながら男性陣は語りあう。特にグラハムとクラインは妙に表情を輝かせており、言葉にも熱が入る。

 

「ほんと、さっきのOSSはすごかったなぁ」

「その意見に同意させてもらおう。リーファの股を切り裂いたあの一撃、賞賛と好意に値する」

「そうそう。リーファのお股をズバッと通過したあの一撃には興奮しちまったぜ!」

「ああそうとも! 乙女座の私にはエロチシズムな衝動を感じずにはいられない!」

「お前らそろって最低だな!」

 

 妹をいやらしい目で見られたキリトは荒ぶった。しかし、最後の技が見事だったのは認めざるを得ない。あれほどのスキルを会得するのは、元SAOプレイヤーでも非常に難しい。

 だからというわけではないものの、気になる点がある。ランの成長が早すぎるのだ。ユウキにも感じたことだが、ランまで同じような状況となると話が変わってくる。

 

「双子だから同じような才能があるのか。それとも……」

「どうした少年。ランに熱い視線を向けて」

「いや、ちょっと気になることがあってな……」

「なにぃ!? アスナだけでは飽き足らず、ランにまで懸想したとでもいうのか!? 浮気性とは感心しないなぁ、少年!」

「そうだそうだ! 浮気はサイテーだぞ、キリの字!」

「思いっきり誤解で迷惑な冤罪だコンチクショウ!」

 

 せっかくかっこよく決めようとしていたのに邪魔されて憤るキリト。グラハムのお茶目で数少ないシリアスシーンが台無しになってしまった。とはいえ、彼も伊達に友人をやっていないので、キリトに助け舟を出す。

 

「それでは、なにが気になったと言うのかね?」

「ああ……ランとユウキの成長がプレイ時間以上に伸びていることが気になってね。もしかしたら、何らかの原因があるんじゃないかって考えていたんだ」

「なるほどな……。実は私も気になっていたのだ。恐らくは、VRマシンによる影響ではないかと推測しているのだがね」

「VRマシンの影響? なんだよそれ?」

 

 キリトたちの話に興味を持ったクラインが質問してくる。彼らは年齢以上に専門知識を持っているので、こういう時に頼りになるのだ。そして今回も期待に応えてくれた。

 

「では説明しよう。君も知っている通り、VRマシンは脳と直接接続することで使用する特殊な装置だ。ゆえに、脳に対する様々な影響があるのではないかと想定され、現在も検証が続けられている」

「代表的なものは量子脳理論だな。意思や心といったものを科学的に捉えて、VRマシンによる影響や相互作用を研究しているんだ。実を言うと、VRマシンが脳に対してどのように作用しているのか完全に解明されていないからな。何らかの変化をもたらす可能性は十分にありうる」

「私としては、その変化とやらが少年自身にも起きていると感じているのだが、君の見解はどうかな?」

「俺の思考速度がアップしてるって言ってたアレか? やっぱり自分じゃよく分からないな。検査でも異常はないみたいだし」

「その情報が真実だとは限らんがな」

「うっ。怖いこと言うなよ……」

 

 得意分野を聞かれたグラハムとキリトは、熱の入った議論をしだす。

 彼らが言っていることは確かで、VRマシンは未だに様々な問題を孕んでいる。それでも、将来の発展を期待している国や企業の切望によって、半ば強引に販売され続けている。

 ようするに、仕組みが完全に把握されていないのに使用されている全身麻酔と同じようなものだ。効果は確かで必要なものだからよく分からなくても使う。そうして実績を重ね、得られた経験を元に不具合を直していく。それで良いではないかというのが彼らの言い分である。

 もちろん、それなりの安全性は保障できるからこそ販売されているのだが、実験的な側面があるのも否定できない。しかし、危険性を無視してでも市場を拡大しようとする動きが見られる。VRマシン技術は、それほどまでに重要視されているのだ。そうでなければ、2回も大事件を起こしたものをこれほど早く広めることはできない。

 当然グラハムとキリトもその辺を理解して、注意深く使用している。茅場や須郷が起こしたような犯罪に対抗できるように、あえて関わることで知識と力を身につけていこうという算段だ。一度関わってしまった手前、無力ではいられないのである。

 とはいえそれは、知識を持っている彼らだからこその行動で、一般的な反応はクラインのように曖昧なものだった。

 

「う~ん。脳に影響があるとか言われても、俺にゃあサッパリ分からんなぁ」

「ならば、もっと簡潔に述べるとしよう。私たちが言いたいことは、VRマシンを長く使っていると脳の機能が拡張する可能性があるという話なのだよ。つまり、VRマシンによって刺激を受けた脳が鍛えられるということだな」

「それって頭が良くなるってことか?」

「そのような世迷言、分かるわけないだろう!」

「お前が言い出したんだろっ!?」

「だが、この世は素敵なワンダーランドだからな。もしかすると、テレパシー能力すら得られるようになるかもしれんぞ?」

「ははっ、それこそ世迷言だろ」

「ふっ。男のロマンを理解できないとは。だから君はモテないのだよ!」

「余計なお世話だコノヤロー!」

 

 グラハムは、ノリの悪いクラインをからかいつつ考える。

 先ほど自分で言葉にしたテレパシー能力。世間一般では空想の産物でしかないものだが、今のグラハムは違う見解を持っている。ユウキが経験している超常現象という実例があるからだ。

 それがもしVRマシンによって引き起こされている現象だと考えたらどうだろうか。テレパシーを超越したとんでもない能力があの装置によって発現したというのなら、非常に由々しき問題になりかねない。ニュータイプやイノベイターのような新人類が本当に誕生するかもしれないとなれば、無視できる話ではないだろう。

 

「(人の意識を加速させ、尋常ならざる処理能力をもたらすVRマシン。それが人の可能性を拡大し、神の領域へ導く効果があるとしたら……)」

 

 いや、調子に乗って話を膨らませすぎた。ふと我に返ったグラハムは頭を振る。

 ただ、絵空事だと言い切れなくなったことも間違いない。ユウキとアスナの不思議な出会いは、常識だけでは説明できない要因が存在している。

 それに加えてユウキとランの急成長という要素もある。証拠がそれなりにそろっている以上、楽観視は出来ない。

 

「ねぇねぇ、ソウ兄ちゃん!」

「……ああ、どうしたユウキ?」

「何か盛り上がってたみたいだけど、どんな話してたの?」

「なに、ランの圧倒的な成長に心奪われたと話していたのだよ。思春期の乙女とは、瞬く間に羽ばたいていくものなのだな。その変化に、愛しさと切なさを感じてしまうよ」

「えー。ボクだって、姉ちゃんと同じくらい強くなってるぞー!」

 

 姉にばかり注目が集まって何となく悔しくなったユウキは、グラハムの右腕にギュッと抱きついてアピールしだす。すると、その光景を見たランも負けてはいられないと参加してきた。

 今の彼女は、デュエルに勝てて気分が良くなっていたから、普段より大胆になっていた。空いているグラハムの左腕にそっと抱きつくと、これまでの戦績を伝えてアピールしてきた。

 

「ソウ君。わたし、5連勝もできたよ!」

「ほう。それは見事だな。祝いとして、君の好きなベイクドチーズケーキを作ってあげよう」

「やったぁ、ありがとうソウ君!」

「ぐぬぬ~。さっきのデュエルで負けちゃったから邪魔しにくい……というか、ボクも食べたい」

「もちろん、ユウキの分も作ってやるさ」

「わーい! ソウ兄ちゃん大好きー!」

 

 何だかんだと言って、結局は仲良くまとまる3人。

 そんな幸せを享受しながらグラハムは思う。VRマシンの件は気になるが、今は保留にするしかない。だって、こんなに楽しんでいる2人をこの世界から引き離すことなんてできないじゃないか。だから自分がユウキとランを守ってみせる。

 悪い状況にならないことを祈りながらも、力をつけなければなるまいと心の中で誓うのだった。

 

 

 キリトたちと合流して全員揃った一行は、その後モンスター狩りをして遊んだ。それを2時間ほどおこなって区切りが良い時間となったので、今日のプレイはお開きとなった。

 その帰り際にユウキは、アスナとランを呼び集めた。例の話を持ちかけるために。

 

「あのね。2人に聞いてもらいたいことがあるんだけど……」

「うん、いいわよ。何でも聞てあげる」

「もちろんわたしも」

「2人ともありがとう」

「ふふっ、お礼なんかいらないわよ」

「それで、何か相談したいことでもあるの?」

「うん。ソウ兄ちゃんにはもう話したんだけど、2人にも話そうって思ったんだ」

 

 もじもじとしながらも何とか話を進めるユウキ。その姿を見つめるアスナとランは、彼女の愛らしい仕草に微笑みつつ、静かに次の言葉を待つ。

 

「でもね、ここで話すのは落ち着かないから直に会いたいって思ってるんだけど、どうかな?」

「現実で会うの? もちろん構わないわよ。わたしも2人に会ってみたかったし」

「当然わたしも問題ないわよ」

「ほんと!? それじゃあボクたちがアスナの学校に行くよ!」

「えっ、なんで学校?」

「だって、これ以上アスナに面倒はかけられないでしょ? それに前から行ってみたいって思ってたから一石二鳥なんだ」

「なるほどね。それじゃあ正門前で待ち合わせしようか。学校の庭に落ち着ける場所があるから、そこで話を聞かせてもらおうかな」

「うん、よろしくおねがいします!」

 

 こうしてユウキは、現実世界でアスナと会う約束を取り付けた。

 日にちは今度の土曜日。ユウキたちの授業が半日で終わるので、時間を合わせやすいと考えたのだ。許可に関しては、和人たちの部活を見学したい後輩がいると説得すれば大丈夫だろう。その辺は優等生の信用という特権でどうとでもなる。

 何はともあれ、勇気を出したユウキは憧れの学校に行く機会を得ることができた。別世界のユウキが自身の身体で行くことができなかったその場所に……。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 約束当日の土曜日。半日で授業を終えた紺野姉妹は、中学校の制服のまま明日奈たちが通っている学校へやって来た。

 

「ふぅ、やっと着いた」

「電車通学って、思ってた以上に大変みたいだね」

「ボクは近くの高校に入ることにするよ。睡眠時間を削りたくないし」

「気にするトコはそこなんだ」

 

 ここまで来るのに少しばかり疲れた2人は、電車通学について語りながら目的地の学校を見る。すると、部活の無い生徒たちが下校している様子が見て取れた。他の学校より終業時間が遅いのは、SAOの影響による勉強の遅れを挽回するためだ。自由時間を減らしてしまうのは可哀想だが、いつまでも被害者ではいられない。悲しいけどこれ現実なのよね。

 とはいえ、生徒たちの雰囲気は結構明るい。デスゲームから生還することができた彼らは、生きている喜びを実感しているのだ。

 あの恐ろしい日々に比べたら土曜日の授業延長などどうということはない。まぁ、大変であることには違いないのだが、こういう普通の日常こそが本当の幸せなのだと彼らは学んでいた。

 

 

 指定時間前に到着した木綿季たちは、邪魔にならない所に立って宗太郎たちが来るのを待つ。通り過ぎていく生徒たちから注目を集めてしまっているが、双子の美少女中学生が突然現れたのだから仕方ない。とりあえず気づかないフリをすることにした2人は、初めて見る学校を興味深げに観察する。

 その時、木綿季の脳裏に例のイメージが浮かんだ。

 

「へぇ、ここのイメージもあるんだ……」

 

 不意に感じた既視感に少しだけ驚く。ALOにログインしている時より不鮮明だったが、少なくともこの場所だということは分かる。どうやら、イメージの中の自分はここに来たことがあるようだ。

 

「木綿季、ソウ君たちが来たよ」

「うん。いよいよご対面だね」

 

 思考に没頭しているうちに待ち人が来たらしい。藍子に声をかけられた木綿季は、こちらに近づいてくる団体を見た。するとそこには、見覚えのある顔ぶれがそろっていた。

 もちろんその中には宗太郎がいて、やたらと爽やかな笑顔を浮かべながら挨拶してきた。

 

「ちょりーっす!!」

「なにその挨拶!?」

 

 突然キャラを変えてきた宗太郎に里香がつっこむ。

 リズベットの時と変わらないリアクションだが、見た目もほとんど一緒だ。違いと言えば、髪の色がピンクから黒に変わった程度である。

 そしてそれは、傍にいる明日奈と珪子も同様だ。宗太郎や里香と同じくSAOのデータを引き継いだ彼女たちは、ゲーム内のアバターと同じ容姿をしている。だからこそ、木綿季と藍子も一目で認識できた。

 

「すごい! 向こう側とほんとにソックリなんだね!」

「ふふっ。そんなに似てる?」

「はい。現実の明日奈さんもすごく綺麗でビックリしてます」

「そうそう。ボクが思ってた通りの美少女っぷりだよ」

「あはは……ありがとう」

 

 2人の感想を聞いた明日奈は照れ笑いする。こんなにも純粋に褒められると流石に恥ずかしい。

 とはいえ、美少女という点では木綿季と藍子も負けてはいない。初めて見た双子の姉妹は、明日奈たちの想像以上に可憐だった。

 

「木綿季と藍子だってすごく可愛いよ」

「えへへ~、そうかな~?」

「いやいや、ほんとに可愛いよ~。宗太郎が自慢するのも納得できるわ」

「はい、わたしもそう思います」

「ええっと、その、ありがとうございます……」

 

 紺野姉妹の可愛さを知った明日奈たちは、そろって褒めまくる。ただし、里香と珪子は別の感想も抱いているようだが。

 

「それにしても双子で美少女かぁ。世の中ってやっぱり不公平よね」

「まったくその通りですよ。年上のわたしよりスタイルいいし……」

 

 どうやら、2人の美少女っぷりに思うところがあるらしい。しかしここは、あえて触れないでおく。それが優しさってモンだ。

 何はともあれ、女性陣たちは出会ってすぐに打ち解けあった。男供を無視して。

 

「おいみんな。時間が無くなるから、そろそろ自己紹介しようぜ」

 

 間を持て余していた和人は、若干呆れた様子で割り込んできた。そんな彼に視線を向けた木綿季は、なぜか目を輝かせる。

 

「ん~。もしかして、あなたがキリト?」

「ああそうだよ」

「やっぱりそうかー! ほんとにソウ兄ちゃんが心奪われちゃうほどの美少年だね!」

「嫌な言い方をするな!」

「ふっ、照れるなよ和人。すべて本当のことなのだから」

「お前は黙ってろ!」

 

 木綿季と宗太郎の同時攻撃を受けて荒ぶる和人。仮想世界の英雄も、現実ではいじられ役と成り果てるのだった。

 

 

 一通り自己紹介を終えた後。明日奈と紺野姉妹は、やたらと広い学校の庭にやって来ていた。中央にあるベンチに腰掛けて、じっくりと木綿季の話を聞くことにしたのである。

 里香と珪子は先に帰宅し、和人と宗太郎は3人の話が終わるのを部室で待っている。

 これでいよいよ、あの話をする準備が整ったわけだ。

 

「それじゃあ話すね」

 

 心を決めた木綿季は、宗太郎に打ち明けたあの現象について説明した。荒唐無稽なその話は、普通だったら妄想の一言で済まされてしまうものだ。しかし、明日奈と藍子は真剣に聞き入る。特に、同じような経験をしている藍子は内心で驚いていた。

 

「(木綿季もあのイメージを見ていたなんて……)」

 

 こうなると、ただの妄想などでは済まなくなってくる。宗太郎の言う通り、あのイメージはここにいる3人と関係があるものなのだろう。話を聞いた藍子はそう思い、明日奈もまた木綿季に起きている不思議な状況を受け入れていた。只一人イメージを見ていない彼女も思うところがあったからだ。

 

「(この子は本当のことを言っている。それは間違いない)」

 

 初めて出会った時に木綿季が流した涙は本物だった。あの姿をしっかりと覚えている明日奈には、彼女の話を疑うことなんて出来ない。

 そしてなにより、自分自身が木綿季の力になりたいと思っている。彼女のことを考えると心が切なくなって、大切にしてあげたいと感じてしまうのだ。まるで大好きな家族に愛情を抱くように。明日奈にとって木綿季は特別な存在となっていた。

 

「(出会って数日しか経ってないのにおかしいかもしれないけど……この気持ちは本物だわ)」

 

 だから、木綿季の話を信じる。だってこの子は、わたしの大切な仲間だから。

 不思議な記憶の中で見た仲間に会いたいという奇妙な望みだとしでも叶えてあげたい。どうやら自分にも関係があるようだし、少なからず興味もある。だったら協力すべきだろう。

 

「木綿季はその人たちに会いたいんだね?」

「うん。ボクは、あの人たちに会ってみたい。明日奈や姉ちゃんと一緒に」

「そっか……。うん、分かったわ。わたしも木綿季の手伝いをしてあげる」

「……ほんとに?」

「もちろん嘘なんかつかないわ。わたしはどこまでも木綿季の味方だよ」

「うん……ありがとう、明日奈!」

 

 もっとも聞きたかった返事を貰った木綿季は、とびっきりの笑顔を浮かべる。

 そして藍子も、明日奈に勇気付けられるように例の話を告白する。

 

「木綿季。実はわたしも言わなきゃいけないことがあるの」

「えっ?」

「わたしもね、木綿季が見たってイメージを見たことがあるんだ」

「…………えぇっ!?」

「本当なの?」

「はい。今週の月曜日に明日奈さんたちがデュエルした時、見えたんです。わたしと木綿季が知らない人たちとALOで遊んでいるイメージが」

「ほぇ~……まさか、姉ちゃんまで見てたなんて……」

「これで更に信憑性が増したわね……」

 

 思いもかけない事態に3人は呆然とする。姉妹そろって同じようなイメージを見るなんて偶然でも起こりえないだろう。ということは、本当の超常現象が起きているという可能性が現実味を帯びてくる。

 しかし、木綿季と藍子は恐怖を感じていない。何となくだが、イメージの中の世界を想うと、暖かい気持ちが湧き上がってくるのだ。

 

「すごい不思議な話だけど、ボクは素敵なことだと思うんだ。だって、あのイメージのおかげで明日奈とこんなに仲良くなれたんだからね」

「……そうね。木綿季がそう感じるのならそうだと思うよ」

「ということは、探すんですか? いるかどうかも分からない人たちを」

「うん。それでいいんじゃないかな。何もしないで悩んでるより納得できるまでやったほうがいいしね」

「っ! ……はい、そうですね」

 

 紺野姉妹は、エリスママと同じようなことを言う明日奈に笑顔を向ける。

 そうだ、少しでもやりたいと思ったら挑戦してみるべきだ。そして、エリスママに報告してあげるんだ。自分たちの決断した未来がどうなるのかを。

 

「(大丈夫。ボクたちにはソウ兄ちゃんがいるもん)」

 

 大好きな人と一緒だったらなにも怖くない。この気持ちは、明日奈と藍子だって同じはずだ。ならば後は、迷わず進めばいい。自分の未来を切り開くために。

 

「はっきり言ってどういう結果になるか想像もつかないけど、とにかく探してみようか」

「うん! 改めてよろしくね、明日奈!」

「ご迷惑をおかけしますが、よろしくおねがいします」

 

 こうして進路を見定めた3人は、無謀とも言える行動を開始することにした。もう一人のユウキが紡いだかけがえのない記憶――ユウキのシルシを求める冒険を。




今回でサイン・オブ・カーリッジ編は終わりです。

ここまでお読みになってくださった方はお分かりだと思いますが、この作品のユウキたちは、イノベイターとか因果導体的な特殊能力を持っている設定です。
原作基準世界のユウキがメディキュボイドを使い始めたことがきっかけで能力に覚醒、無意識の内に次元を超える道を作ってパラレルワールドのユウキとリンクする。
それが原因でパラレルワールドのユウキにも同様の力が宿り、原作基準世界のユウキが存命している間だけ共鳴・増幅し合っているといった感じです。
ちなみに、アスナにもほんのりと影響が出ているのでユウキの話を受け入れられた、ということになっております。

ぶっちゃけると原作通りの強さを再現させるための仕掛けなので、木綿季たちの命が脅かされるような展開にはなりません。
ELSもBETAも来ませんよ?

そんなわけで、次回から新しいパートに入ります。
オリジナルのクエストを攻略する話になる予定です。


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ピクシー・リバース編
第10話 恋するフィリア


今回から新しい話となります。
まずは、フィリアとアルゴの過去話から入ります。
次回まで続く予定で、その後は2人もクエストに参加することになります。


 2025年5月。紺野姉妹と明日奈は【見知らぬ仲間】を求める冒険を始めることになった。

 しかし、目標が漠然としすぎて何をすればいいのか分からない。そこで宗太郎に相談すると、意外な答えが返ってきた。

 

「まぁ、のんびりやればいいんじゃない?」

「え~、なんだよそれー。もうちょっと真面目に答えてよー」

「これでも大真面目だぞ? もし木綿季たちの見たイメージに意味があるとしたら、それだけお前たちに縁があるってことになるからな。放っておいても巡り会う可能性が高いわけだ」

「あっ、そうか!」

「でも、そうじゃない可能性もあるでしょ?」

「そりゃそうだけど、今のリズムを変えるほど懸命にならないほうがいいと思うぞ? 仲間ってのは無理して作るもんじゃないからな。自然に出会えれば、それが一番だ」

「うん……そうかもしれないね」

 

 宗太郎の説明はかなり説得力があり、それを聞いた少女たちは納得した。

 こうして彼女たちの活動はのんびりとやっていくことになり、ALOで遊ぶついでに探すといったスタンスで始まった。

 それと同時に、和人とユイには事情を話しておいたほうが良いと判断し、仲間に加わってもらっている。夢みたいな話のために余計な面倒をかけたくなかったが、明日奈に近しい2人には気づかれる可能性が高い。それなら素直に説明して、力を貸してもらったほうが良いだろうと考えたのである。

 

「てなわけで、和人の新たなハーレム要員を探し出すぜ!」

「ああ、そうだな……って、違うだろ!?」

 

 というように、思わずノリツッコミをかましてしまうくらい和人も乗り気であった。

 ただ、現状で出来ることはあまりなく、木綿季たちのイメージを元に作った似顔絵を参考に人探しをする程度だった。音声の記憶もあるにはあるのだが、すぐに曖昧になってあまり使い物にならないのだ。

 

「仲間の名前やギルド名は分からないのか?」

「うん……。ギルド名は、スナイピングナイツとかスニーキングナイツみたいな感じだったと思うんだけど……」

「なるほど。どうやら、銃火器とダンボールの扱いに長けている連中のようだな」

「それはたぶん違うと思うよ?」

 

 こんな感じで参考にならなそうなので、とりあえず視認での探索を進めていくことになった。

 果たして、イメージの中の彼らは本当にいるのだろうか。運命の出会いを実現できるかは、まだ分からない……。

 

 

 そして、あっという間に月日は流れて7月となった。学生にとってもっとも待ち望んでいるであろう季節がやって来たのである。もちろん木綿季たちもその中に含まれており、期末テストを終えた開放感を大いに満喫していた。

 テスト終了記念と称して東京の繁華街にやって来た彼女たちは、同伴している男どもを放置して買い物を楽しむ。あたり一面を華やかな水着で満たされた場所で。

 

「ねぇ姉ちゃん、こんなのはどうかな?」

「そんな際どいのダメに決まってるでしょ」

「え~、オッパイの大きい明日奈だったら似合うと思うんだけどな~」

「って、わたしのだったの!?」

 

 先の件で更に仲良くなった木綿季、藍子、明日奈の3人が、キャッキャウフフと水着選びをしている。そして、彼女たちの後方では、和人と宗太郎が場違いな様子でたたずんでいる。ダブルデートの途中で水着売り場にやって来た結果、このような状況になっていた。

 夏と言えば水着で勝負。ということで、プールに行く約束をした女性陣は、熱心に水着選びをしているのだ。

 ちなみに、直葉は部活動のため、里香と珪子は明日奈に気を使ってこの場にいない。まぁ、彼女たちがいたとしても男性陣の立場は変わらないのだが。

 

「はぁ。アニメとかでよくあるシチュエーションだけど、まさか自分が経験することになるなんてな……」

 

 下着売り場に次いで居心地の悪い場所に連れてこられた和人は、となりにいる宗太郎に愚痴り始める。

 

「こういう状況って想像以上にきついな」

「そうか? 俺は乙女座だから普通に楽しめるけどな」

「関係ないだろそれ!」

「いや、そうでもないぞ。乙女座の俺はブーメランパンツ派だからな。女性用水着を見たぐらいで心を乱したりはしない。いや、たとえ着用したとしても抵抗感はまったく無い!」

「そこは抵抗感持てよ! ってか、やっぱり乙女座関係ねぇし!」

 

 宗太郎に同意を求めたら、明後日の方向にぶっ飛んだ意見が返ってきた。

 しまった。この男は、こういう時にお茶目なことを言い出すヤツだった。こいつとの会話は面白のだが、時に油断ならないことになると経験してきたのに……。

 現に、怪しげな会話のせいで周囲の視線を集めてしまっており、和人にとって望ましくない展開になりつつあった。

 

「うわぁ~♪ あそこにいるイケメン、仲良すぎ!」

「もしかして、アッチのカンケイってヤツ?」

「だとしたら、黒髪の子が受けかな………………イケル!」

「ちょ、鼻血出てるよ!?」

 

 和人が聞いたら暴れ出しそうな会話で盛り上がる女性客たち。彼らのところまで届いていないのが不幸中の幸いである。

 とはいっても、和人が受けるストレスは変わらない。

 

「とにかく俺は、一刻も早くここから出たいぞ……」

「ふん。黒の剣士もこの状況では形無しか」

「モンスターみたいに倒せないしな」

「しかし敵わぬ相手でもない。ならば、全身全霊を込めて立ち向かうべきだ」

「立ち向かうってどうすんだよ?」

「俺たちも水着選びを手伝うんだよ。明日奈は巨乳でスタイル抜群だから、やりたい放題だぞ?」

「お前は少し自重しろ」

 

 和人は、自分の恋人にヨコシマな視線を送る宗太郎を睨む。むっつりもアレだが、オープンすぎるのも考え物だ。

 しかし、彼の言い分も一理ある。女子の水着を選ぶなんて若干気が引けるが、時間を早められるというメリットは大きいかもしれない。などと思っていたら、タイミング良く向こうから声をかけてきてくれた。

 

「おーい、ソウ兄ちゃーん」

「いくつか見繕ったから意見を聞かせてー」

「和人君もお願ーい」

「はら、我らが姫たちもお呼びだぞ?」

「ああ……こうなったら観念するか」

 

 おバカな宗太郎はともかく、愛しの恋人から頼まれては断れない。むっつり和人は、心の中で言い訳しながら乙女の花園へ突入していくのだった。

 

 

 数時間後。度重なる議論の末に、ようやく水着が決まった。和人の精神疲労と引き換えに、女性陣は納得のいく水着を手に入れることができたのだ。

 何はともあれ、買い物を堪能した一行は、デートの締めとして御徒町にある喫茶店【ダイシー・カフェ】にやって来た。その店はアンドリュー・ギルバート・ミルズというSAO時代の仲間が経営しており、5月にはアインクラッド攻略記念パーティーをおこなっている。それが縁で、和人たちの間ではオフ会の場所として利用されるようになった。

 ちなみに、木綿季と藍子は、その仲間――エギルとすでに対面済みだ。

 以下のやりとりは、6月初旬にALOで初対面した時のものである。

 あの時は、話の流れでグラハムが紹介することになったのだが――

 

『それでは紹介しよう。彼の名はダリル・ダッジ。ご覧の通り、軍人だ』

『一つも合ってねーよ! ってか、ダリルって誰だよ!』

 

 せっかくダンディな印象で決めようとしたのに、一瞬で台無しにされてしまった。彼もまた、グラハムによってツッコミ属性を身につけさせられた犠牲者(?)だった。

 

『まったく、お前は相変わらずだな』

『なに、これでも私は頑固者でね。人に嫌われるタイプだと自覚しつつも変わる気は無いのだよ』

『自覚してんなら何とかしろよ!』

 

 ――というような感じで、エギルとしては納得いかない結果になったものの、とりあえず紺野姉妹と彼は知り合いになった。

 その後は順調に親睦を深め、この店にも宗太郎に連れられて何度か来ている。

 だからこそ、遅めの昼食でお腹をすかしている少女たちは嬉しそうだ。

 

「むふふ~。今日はチョコパフェを食べるぞ」

「それじゃあわたしはバナナパフェにしようかな」

「う~ん。話を聞いてたら、わたしも食べたくなっちゃった」

「昼飯を決める前にデザートの話をするのか?」

「それが乙女というものさ」

 

 和人は、店を前にして甘いものばかりに気を取られている女性陣に呆れながらドアを開ける。

 このダイシー・カフェはかなり渋い作りをしており、喫茶店というよりは昔の外国映画に出てくる酒場のように見える。マスターのエギル自身が体格の良い外国人なので、華やかさとは無縁な雰囲気を醸し出している。

 しかし、今日は違った。カウンター席に2人の若い女性がいたからだ。

 どうやらエギルの知り合いのようで親しく話していたのだが、和人たちが来たのを知ると、そちらに向かって移動してきた。

 なぜかと言うと、彼女たちがここに来た理由が宗太郎に会うためだったからだ。

 

「もう、待たせすぎだよ宗太郎!」

「原因は想像つくがナ。女に甘いのは時として罪だゾ?」

 

 その少女たちは勝手なことを言いながら宗太郎に接近して、彼の腕に抱きついた。そして、問答無用と言わんばかりに店の中へと誘導していく。

 突然の出来事で反応できなかった木綿季はしばらく呆然としてしまったが、すぐに再起動してツッコミを入れる。

 

「ちょっ!? なんで琴音とアルゴがいるの――!?」

 

 ようやく事態を把握した木綿季は、宗太郎を連れていった女性たちの名を叫ぶ。

 この2人は彼の知り合いで、紺野姉妹もALO内で紹介されていた。グラハムがALOに参戦したことを知るや否や、彼女たちのほうから会いに来たのである。その結果、明日奈たちより前に知り合い、恋のライバルと認定しあうことになったのだ。

 そんな出会い方をしたのだから、自然と対抗意識が出てしまう。

 

「どうしてここに来ることが分かったのさ?」

「ふふン。オレっちたちの情報網をなめてもらっては困るナ」

「タネを明かすと、わたしが明日奈から聞き出したんだけどね」

「明日奈~!?」

「あはは……ついウッカリ口が滑って……」

「ちなみに、オレっちたちもプールに行くぞ。ソー太郎からのお誘いを受けているからナ」

「ソウ兄ちゃーん!?」

「なに。こういうイベントは、大勢で遊んだほうが楽しいからな!」

「はぁ。やっぱりこうなるのね……」

 

 いざ答えを聞いてみたら身内に敵がいた。これでは情報戦に負けてしまっても仕方がない。何となく敗北感に打ちのめされた木綿季は可愛らしくむくれる。もちろん、姉の藍子も不機嫌顔だ。

 しかし、すべての元凶である宗太郎は、急に始まった修羅場(?)を前にしても普段通りだった。

 

「はっはっは。可憐な乙女が口論する姿も可愛いものだな!」

「あんたはもっと当事者としての自覚を持ちなさいよ!」

 

 呆れるほどにマイペースな宗太郎に対して、隣にいるショートヘアの少女がツッコミを入れる。

 彼女の名前は浅倉琴音。今年で17歳になる活動的な印象の美少女だ。和人たちと同じSAO生還者であり、フィリアという名の剣士として、彼らと共に最前線を駆け抜けた。

 SAO組の中では一番最初にグラハムと出会い、そのままパーティを組んで最終決戦まで一緒に行動している。だからこそ、彼に対する想いは強い。はっきり言うと恋をしていた。

 たとえ片思いだと分かっていても、簡単に諦められるほどやわな気持ちではない。本気で命を預けられるような相手なのだから当然だろう。

 そしてもう一人。独特な喋り方をしている小柄な女性も宗太郎と縁がある人物だった。

 彼女は、仮想・現実ともにアルゴと名乗っている風変わりな美人だ。見た目は中学生みたいに可愛らしいのだが、これでも立派な大人である。

 SAOでは情報屋として活動していたため、当時から秘密の多い女性で、生還した後も宗太郎以外には本名を明かしていない。和人たちが知っているのは、大学生だということくらいだ。

 逆に言うと、すべてを打ち明けている宗太郎に対しては心を開いているということになる。その証拠に、自身の感情を隠そうともしない。

 

「ソー太郎は罪作りな男だナ。そんなヤツに惚れてしまったオレっちたちも物好きだがナ」

「確かに、常識を疑ってしまうほどに奇特な行為だなぁ!」

「だから、当事者のあんたが言うなってば!」

 

 またしてもコントを始めた宗太郎と琴音。そんな2人を見つめつつ、アルゴがぼそりとつぶやく。

 

「ふふ……好きな相手がいる男に惚れ続けてるのだから、返す言葉もないナ」

 

 SAOにいた時から圧倒的に不利な恋だと分かってはいたが、この気持ちだけは譲れない。何といっても、命がけの世界で芽生えた愛情なのだから。決着がつくまでは引かないつもりだ。

 もちろん、彼と口論を続けている琴音も……。

 

「まったく、デートするんだったらわたしも誘ってよね~」

「まぁ、今回は勘弁してくれ。今度埋め合わせをするからさ」

「ほんとに?」

「もちろん。アルゴもな」

「うむ。期待して待っているヨ」

 

 宗太郎は大切な仲間に詫びを入れる。彼もまた、彼女たちとの絆を大事にしていた。

 残念ながら恋愛対象として見ることはできないのだが……。2人の想いを拒絶することは決してしない。それが宗太郎なりの親愛の形であり、琴音もアルゴも理解していた。

 これが叶わぬ恋だとしても、出来る限り彼のそばにいたいから。

 

 

 そのように不思議な関係で結ばれているフィリアとアルゴ。本来ならほとんど接点が無かった2人は、グラハムという面白カッコイイ人物の出現によって運命を変えられ、この場にいる。

 そんな彼女たちと宗太郎が知り合ったのは、SAO事件が始まって間もなくのことだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 今より2年半前の2022年11月。SAOに囚われたプレイヤーは大混乱に陥っていた。もちろん、茅場晶彦の起こしたデスゲームのせいだ。

 最初の1週間はまさに混沌としていて、人間の嫌な部分をこれでもかと見せ付けられた。追い詰められ、余裕が無くなった者は、いとも簡単に暴走してしまう。蔓延していく悪意が他者を傷つけ、拡大していく絶望が自身を殺す。まさに、狂った世界である。

 茅場晶彦は本当にこんな世界を望んだのだろうか。一体何のために。理性のある者は答えを求めたが、そこに救いはなかった。

 しかし、彼らにはまだ希望が残されている。当初の目的通りに、このゲームをクリアすればいいのだ。茅場晶彦の手の平で踊らされているだけかもしれないが、挑戦してみる価値はある。ならば、やるしかないだろう。

 後に攻略組と呼ばれることになるプレイヤーたちは、かすかな希望を頼りに立ち上がっていく。地獄と化したこの世界から必ず生還してみせると決意して。

 そんな勇ましい者たちの中にはローティーンの少女もおり、短剣使いのフィリアもその1人として戦っていた。

 

「わたしは負けない! 絶対に生きて帰るんだ!」

 

 見た目通りに勝気な性格の彼女は、茅場に対する怒りを糧にレベリングをおこなっていた。無謀にも、たった1人で青いイノシシ――フレンジーボアを狩りまくっていたのである。

 宝探しが好きで、ソロプレイを好んでいるという背景もあるが、今は別の理由もある。それは、パーティを組んでもいいと思えるプレイヤーがいなかったからだ。現在は、ほとんどの者が情緒不安定になっており、自分のことで精一杯。こんな状況ではまともに話し合える訳がない。中には自棄になって、彼女にいかがわしい感情をぶつけようとする者さえいる始末だ。

 

「あんな奴らの近くにいるくらいなら、1人で戦っていたほうがマシよ!」

 

 また1匹、フレンジーボアを屠りながら叫ぶ。彼女もまた心に負荷を受けており、不安定になりそうな気持ちを怒りで覆い隠していたのである。

 しかし、そんな彼女に安心感を与えてくれる存在が現れる。モンスターを求めて次のエリアに移動したフィリアは、あの男に出会ったのだ。なぜかフレンジーボアにまたがってロデオをしているグラハムに。

 

「私の抱擁を受けてもなびかないとは、身持ちが堅いなぁ! そのじゃじゃ馬ぶり、かえって落とし甲斐があるというもの!」

「あの人なにやってんの――――――!!?」

 

 予想もしていなかった光景を目撃して度肝を抜かれる。

 ミスをすれば死ぬかもしれない状況で、あいつは何をやっているのだろうか?

 フィリアは当たり前の疑問を持ったが、もちろんグラハムもふざけてやっている訳ではない。

 彼は、敵に対してどのようなことが出来るのか色々と試している最中だった。実際の生物と類似する弱点があるのか。蹴りなどの格闘技は効くのか。部位破壊は可能か。地形にあるオブジェクトは使えるのか。乗り物として利用できないか……。知っておくべき情報はたくさんある。

 まぁ最後のだけはお茶目な冗談だが、それをこなしてしまえるほどに冷静であるとも言える。

 しかし、当然ながら乗り物にはできないので、グラハムは振り落とされてしまう。

 

「グオォォォ―――ッ!!」

「うおぅっ! この程度のGに、体が耐えられんとは!」

 

 激しく身体を揺さぶってグラハムを振り払ったフレンジーボアはそのまま突進していき、若干距離を開けたところで方向転換した。地面に落とされたグラハムに追撃を食らわすつもりらしい。

 

「あっ、危ないっ!?」

 

 危機を察したフィリアが叫ぶ。このままでは彼が大ダメージを受けてしまう。しかし、距離の離れている自分では援護が間に合わない。

 ダメだ。もし彼の残存HPが少なかったら……。フィリアの心に緊張が走る。

 しかし、当のグラハムはそれほど慌てていなかった。というか、非常にマイペースな様子で怒っていた。

 

「くっ……堪忍袋の緒が切れた! 許さんぞガンダム!」

 

 激昂したグラハムは、場違いな単語を叫びつつ起き上がった。そして、今にも弾き飛ばされそうなタイミングで、フレンジーボアの横っ面に回し蹴りを食らわした。

 

「プギィッ!?」

「なっ!?」

 

 スキルではないのでダメージはほとんど与えられなかったが、相手の軌道を変えることはできた。これも事前に情報を確かめた成果だ。

 このゲームはアクション性が非常に強くて、剣を扱う以外の行動でも様々な効果を得られる。先ほどのように格闘術で隙を作ったり、鞘を使って防御をしたり、ポーションで目潰しをするなんてこともできる。その辺の作りこみは流石であり、茅場の仕事を褒めないわけにはいかない。

 しかも、彼がプレイヤーたちに与えた可能性はそれだけではない。さらにもう一つ、VRマシンの性能についても茅場に感謝しなければならないことがあった。

 それは、グラハムの動きで説明できる。

 

「切り捨て、ゴメェェェェン!!」

 

 気合を入れたグラハムは、体勢を崩したフレンジーボアに向けて切りつけた。

 その剣捌きはとても鮮やかで、フィリアの視線を釘付けにする。

 

「は、早い!?」

 

 フィリアは我が目を疑った。通常攻撃なのにソードスキル並の速度が出ていたからだ。

 なぜそんなことができたのかと言うと、VRマシンに仕込まれた基本的な機能のおかげだった。

 脳と直接リンクしているVRマシンは、脳の処理能力をダイレクトに反映してくれる。つまり、思考速度が早ければ、それだけアバターの動きもよくなるのだ。ようするに、脳の使い方が上手いかどうかで、強さも変わってくるのである。

 通常のゲームでも上手い人と下手な人がいる。大体それと同じ理屈だ。

 普通のプレイヤーは、徐々に慣れて少しずつ強くなっていくのだが、たまに突出した実力を示す存在がいる。キリトやアスナのような凄腕プレイヤーがそれに該当する。彼らは脳の扱いにおいて高い能力を有しており、グラハムの場合は、科学者を目指していることが上手い具合に作用していた。

 その証拠に、彼は驚くべき実力を見せた。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 勇ましい掛け声と共に、切る、切る、切る。見事な連撃が決まり、フレンジーボアは光となって砕け散った。

 

「ふん。私は、やられたらやり返す主義なのだよ!」

「な、なにあれ……」

 

 まさに圧倒的かつ理不尽な実力。一連の光景を目撃したフィリアは、呆然としながら思った。あいつは一体何者なんだと。

 その途端に、当の本人が名乗りを上げた。

 

「あえて言わせてもらおう、グラハム・エーカーであると!」

「もしかして、心を読まれたー!?」

 

 もちろん、破天荒な彼でもそんなことはできない。ただ雰囲気で悟っただけだ。

 戦闘終了後、ようやくフィリアの存在に気づいたグラハムは、独特な口調で話しかける。

 

「ほう。これは可愛らしいお客さんだ。まだまだ拙い演舞だが、楽しんでもらえたかな?」

「は、はぁ……」

 

 なんだろうこの人。色々と変だけど、とにかく強い。それに……。

 

「(すごく綺麗……)」

 

 金髪がよく似合うグラハムの容姿にフィリアは見惚れる。当時14歳だった彼は美少女と見間違うほどに容姿端麗で、心が弱っていたフィリアには地獄に舞い降りた救いの天使のように見えた。性格はちょっとアレだけど。

 

「君は1人でここまで来たのかね?」

「うぇ!? そ、そうよ?」

「なるほど、闘志は申し分ないということか。しかし、可憐な乙女の1人歩きとは危険極まりない。君さえよければこの私、グラハム・エーカーにエスコートを任せてもらえないかな?」

「う、うん……。それじゃあ、お願いしよっかな」

 

 ものすごく個性的な雰囲気に飲まれて思わず話を受けてしまう。不思議と嫌な感じはしないので抵抗感はまったく無いのだが、やっぱり普通ではない。いろんな意味で只者ではないことだけは分かる。

 

「(でも……面白そうなヤツだな)」

 

 初めて接触したグラハムに対するフィリアの第一印象はそんな感じだった。




フィリアとアルゴは現実世界の設定があまりないので、独自に解釈しました。
フィリアはキリトと同じ年齢。
アルゴはキリトたちの通っている学校にいる描写が無いので、大学生以上と判断しました。
見た目からすると、アルゴの方が年下みたいなんですけど。
ロリお姉さんってのもアリだな!


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第11話 アルゴの愛情

過去話の続きと新たな展開の導入となります。
木綿季と藍子の出番は少ないですが、お許しください。


 衝撃的な出会いを果たしたフィリアとグラハムは、とりあえずパーティを組んでレベリングを続けた。やたらと強いグラハムが加わったおかげで、モンスター狩りの速度が飛躍的に上昇する。

 

「やっぱり、この人すごい!」

 

 彼の戦いぶりを見たフィリアは、改めて不思議に思った。始めて間もないのでレベルに大きな差は無いはずなのに、どうしてこんなに動けるのかと。

 

「ねぇ、グラハム。なんであんたはそんなに強いの?」

「なぜかと問われたならばこう答えよう。この私がグラハム・エーカーだからだと!」

「答えになってない!」

 

 やっぱりこの男は常識では測れないようだ。

 とはいえ、言っていることは合っている。彼の思考能力が高いからこそ実現しえる動きだからだ。つまり、SAOでもトップクラスの才能を持っている特殊な人物ということなのだが、そんな彼と出会えたフィリアは幸運だったと言えるかもしれない。

 一応それなりに頼れるし……すっごいイケメンだもんね。

 

「フィリア」

「ひゃうっ!? ななな、なに?」

「顔がトランザムをしたように赤くなっているが、ポーション酔いでもしたのかな?」

「え~っと、その、なんでもないよ~?」

「そうか。ならば先を急ぐとしよう」

「う、うん、そうだね……」

 

 危うい所で何とか誤魔化せた。出会ったばかりの男に見惚れていただなんてことを知られたら流石に恥ずかしい。

 

「(こんな時になにやってるんだろ、わたし……)」

 

 命がけで戦っている状況で男に気を取られるなんて、気を許しすぎじゃない?

 でも、悪い気はしない。だから、しばらくはこの人と一緒にいようと思う。14歳のフィリアは、芽生え始めた感情を持て余しつつ、この不思議な男についていこうと決めるのだった。

 

「ではいくぞ! 目指すは友達100人だ!」

「うん、そうねって、なにその目標!?」

 

 いきなり思ってもいなかった話をしだして呆気に取られる。カッコイイと感じた矢先にこの調子である。彼の破天荒な行動は、どこまで本気なのか判別し辛かった。

 しかし、フィリアの心配は無用で、彼にはちゃんとした思惑があった。

 

「(まずはプレイヤーたちとの対話から始めなければなるまい。でなければ、歪んだ悪意がこの世界を脅かすことになる……)」

 

 実際にデスゲームとやらを体験したグラハムは、この段階からプレイヤーたちの倫理崩壊を危惧していた。

 命がけの戦闘は確かに恐ろしい。だが、表面的にやっていることはゲームそのものだ。痛みは元より出血すら無いため、危険なことをしているという感覚が徐々に麻痺してくる。この慣れこそが一番怖い。間違った知識を学習し続ければ、いずれ誰かが狂いだす。

 しかも今は、問題行為に対処すべきGMがいない。このような現状が続けば、近いうちに暴走する者が現れ始めるだろう。恐らくはPK――人殺しすら起こる可能性がある。暴力で成り立っているこの世界で、それを完全に食い止めることなど出来るわけがない。法律がある現実でも無理なのだから当然の帰結だ。

 

「(しかし、それはごく一部。多くのプレイヤーには未来を生きる意思があるはず。この私やフィリアのようにな)」

 

 グラハムは、新たな仲間に大切な少女たちの姿を見る。木綿季と藍子。彼女たちがいるからこそ、この世界でも生きていける。人間という存在に希望が持てる。

 

「(ゆえに、友達100人を目指すのだよ)」

 

 もちろん、全員と仲良くなれるわけはないだろうが、この世界を生き抜くには仲間が必要だ。

 どのような世界でも1人では生きていけない。だからこそ、支えあう仲間がいる。対話し、つながることで、秩序を構築していく必要がある。

 そのために、まずは信頼できる仲間を増やしていかなければならない。そしていつかはギルドを作り、製造系・日常系プレイヤーを充実させていく。そうすることで、出来る限り現実の生活を再現するのである。

 恐ろしい戦闘だけでなく、楽しい日常も提供できるようになれば、心の歪みを防ぐことが出来るかもしれないという算段だ。

 戦闘を重ねながらそのようなことを考えていたグラハムは、簡略化した意見をフィリアに説明する。

 

「なるほどね……。こんな酷い状況になった直後なのに、そんなことまで考えてたんだ」

「これでも社会常識をわきまえているつもりだ」

「そんな人は、猪にライドオンしたりしないけどね」

 

 確かにその通りだが、実はあれも仲間集めに役立てるための行動――情報収集の一環だった。

 情報は、人と関わりを持つ上でとても重要なファクターとなる。適確な個人情報があれば仲間集めの指針になるし、余計ないさかいを回避することもできる。そして、SAOの攻略に使えるものであれば信頼獲得に役立つ。グラハムが色々と試していたのはそういう理由からだった。

 まぁ、モンスターに乗ったなんて話は誰もいらないだろうが、とにかく彼はこれからも情報を重視した行動を進めていく。

 その結果、ベータテスターの経験を生かして情報屋を始めたアルゴと出会うことになる。

 

 

 フィリアとパーティを組んでから数日後。クエストをクリアしてアニールブレードという片手直剣を手に入れた彼らは、始まりの街に戻ることにした。

 その途中でサーシャという女性プレイヤーと出会い、交渉の末に行動を共にすることになった。フィリアと同じく周辺フィールドでレベル上げをしていた彼女をグラハムがスカウトしたのである。

 メガネをかけた彼女はとても優しそうな女性で、フィリアもすぐに賛成する。サーシャの方も人当たりの良い2人に好感を持てたので、快く受け入れてくれた。

 

「それでは、よろしくお願いします」

「こちらこそ! この私、グラハム・エーカーが、君の加入を歓迎しよう」

「これで友達2人目だね」

「ああ。ルイス・ハレヴィに続いてカティ・マネキンも仲間にできようとは。私は運が良い」

「確かにそうかもね……って、誰ソレ!?」

 

 不意におかしな言動を始めてフィリアにツッコミを入れられるグラハム。とはいえ、目標達成に向けて歩みが進んだことは間違いない。

 そうして始まりの街に戻って来た3人は、グラハムの提案で情報の変化を調査した。デスゲームが始まってそれなりに時間が経過しているので、街の様子も少しは落ち着きを取り戻している。そこで彼らは、状況把握と仲間探しを同時に進めることにした。

 

「コマンダー、目標視認。作戦行動に入る」

「は、はぁ……」

「今まで放置してたけど、街中でもそのキャラで行くの?」

 

 長らく一緒にいてようやくそこにツッコミを入れるが、もはや後の祭り。若干の不安を感じるものの、このまま行動を開始する。

 性格の良さそうなプレイヤーを見つけては積極的にコミュニケーションをとり、友好度の上昇と情報交換を同時に進めていく。はっきりいって地味な行動だったが、そんなグラハムたちに注目した人物がいた。【鼠のアルゴ】と名乗っている女性プレイヤーだ。

 彼らの様子から自分と同じ気配を感じたアルゴは興味を持った。情報収集を熱心におこなっている彼らと仲良くなれば自分にとってもメリットになると考えたのだ。

 それに、もう一つ大きな理由もある。

 

「親しくなるなら美少年の方がいいに決まっているしナ」

 

 アルゴは結構面食いだった。

 何はともあれ、グラハムが美少年だったおかげで彼女と接触するきっかけを得られたのである。

 

 

 翌日、機会を伺っていたアルゴの方から接触してきた。昼食を取っているところでさりげなく話しかけ、グラハムもそれに応じたことで彼らの長い付き合いが始まった。

 落ち着いて話せるように人気の無いところに行き、いくつかの情報交換をやりあう。その際にフィリアにも話した例の懸念を語り、グラハムの聡明さを知ったアルゴは驚きと喜びを感じた。彼女は頭の良い男が好みなのだ。

 

「正直言って驚いたゾ。その若さでそこまで先の事を考えているとはナ」

「私は常に未来を見据えている。ゆえに、進むべき道筋を見出すことができるのだよ」

 

 愛しい存在がいる彼は、彼女たちを想うだけで心を落ち着けることができる。だからこそ、明確な未来が想像できる。

 この時グラハムは、現実で待っているであろう紺野姉妹に思いを馳せて笑顔になった。その表情はとても綺麗で、真正面から見つめていたフィリアは思わず赤面してしまう。

 

「ううっ、わたしってこんなにチョロかったの~?」

「大丈夫。その想いはとても良いことですよ」

「ああ、そうだナ。こんな時だからこそ、恋を楽しむべきだと思うゾ」

「こここ、恋なんかじゃないってば!?」

 

 心優しいお姉さんたちは、初々しいフィリアに適確な助言をしてあげるのだった。

 

 

 それから更に時間が流れ、SAO開始から1ヶ月が経過した。

 2022年12月初旬。ついに第1層のボス攻略が始まろうとしていたのである。

 しかし、攻略メンバーの中にグラハムたちの姿は無い。その頃彼らは、ゲームに適応できない低年齢プレイヤーたちの保護をおこなっていた。路頭に迷っていた1人の子供をサーシャが見つけたことで、放置できない事態だと判断したからだ。

 

「早く保護してあげないと、心に大きな傷を負ってしまいます……」

「無論、承知している。ひとまず攻略を中止して、子供たちを探し出そう」

「うん、分かったわ」

 

 こうしてグラハムたちは街中を歩き回り、年齢制限以下の子供たちを保護した。街はかなりの広さなのでまだ他にもいるだろうが、とりあえず7人の少年少女を集めた。

 

「12歳以下の子ってこんなにいたんだ……」

「茅場晶彦にとっても誤算だったと思いたいが。いずれにせよ、私たちで対処せねばならんな」

「はい。まずはみんなで住めるところを探しましょう」

 

 サーシャの言葉を受けたグラハムたちは、ひとまず落ち着ける場所を探すことにした。

 家を買う金などはまだ無いので手頃な物件を借りることになるが、これだけ大人数だと資金面で問題が出てくる。

 だが、慌てる必要は無い。こういう時に役立つアルゴの情報網がある。

 

「それで、どんな物件がお望みなんダ?」

「この私、グラハム・エーカーは、堅牢な前線基地を所望している。ガンダムの襲撃にも耐えられるほど身持ちの堅い要塞をなぁ!」

「って、違うでしょ!」

 

 お約束の冗談をかますグラハムはともかく、事情を理解したアルゴから始まりの街にある教会を勧められる。家賃が無料な上に大人数で暮らせるのだが、特定の仕事を定期的にこなさなければならないという面倒な条件のある施設なので、誰にも使われていなかったのだ。

 その手間のかかる役をサーシャが買って出てくれたおかげで、最初の拠点ができた。

 

「グラハムさん。子供たちのことは私に任せてください」

「いいのかサーシャ?」

「はい。これでも大学では教職課程を取っていますし、一番のお姉さんですから」

「了解した。ここの管理は君に一任しよう」

 

 グラハムは彼女の申し出に甘えることにした。

 その結果、サーシャは子供たちの世話をすることになり、グラハムとフィリアは攻略組に戻って、資金やアイテムを稼いでくることになった。

 当面はこの形で進めていき、徐々に仲間を集めてギルドを作る。そして、余裕が出て来たところで子供たちにも戦闘以外の仕事を教えていくという方針で決まる。

 

「世知辛いとは思うが、まだまだ先は長いからな……」

 

 グラハムのつぶやき通り、攻略の進行具合は芳しくない。

 教会を拠点にした彼らが状況を整えている間にも攻略組は奮闘していた。しかし、突破できたのは1ヶ月半でたったの2層だけだった。しかも、その間に2000人以上の犠牲者が出ている。とてもではないが冷静でいられる戦況ではない。単純に考えれば100層に到達する前に破綻してしまう可能性すらあるのだから、何らかの対策を考えなければならないところだった。

 

「こうなれば、あの手段を実行するしかないな。私好みではないが、背に腹はかえられん」

 

 未来を危惧したグラハムは、大胆な作戦を思いつく。それは、一発大逆転の可能性を秘めた賭けのようなものだった。

 後日、アルゴの元を訪れてその話を持ちかけると、彼女は目を見開いて驚いた。

 

「……今なんと言っタ?」

「茅場晶彦を見つけ出すと言った」

「それはどういう意味なんダ?」

「言葉のまま、あの男を見つけ出すという意味だ」

「まさか……あいつがこの世界にいるというのカ?」

「ああそうだ。恐らく君も考えていたのだろう? あの男がどこでこの世界を見ているのかを」

 

 その言葉を聞いたアルゴは息を呑む。

 確かに彼女も考えていた。茅場晶彦の視点がどこにあるのかを。ほとんどのプレイヤーは、現実世界でモニタリングしているのだろうと考えていたのだが……。

 

「SAO開始当日、あの男は言った。『この世界を作り出し、鑑賞する為にのみ、私はソードアート・オンラインを作った』と。では、どこで鑑賞しているというのだろうか。この世界をもっとも楽しめる場所は一体どこだろうか。そのように連想しているうちに行き着いたのだよ。茅場晶彦がSAOの中にいるという可能性にな」

「つまり、オレっちたちが必死に足掻いている様を、同じプレイヤーとして眺めてるっていうのカ?」

「茅場晶彦がドSならば、あるいは」

「その解釈はどうかと思うが……本当なら酷い話ダ」

 

 何千人ものプレイヤーが死んでいく様子を何食わぬ顔で眺めているなど狂気の沙汰だ。しかし、状況を考えると十分に有り得る話でもある。この世界を一番満喫できるのはプレイヤー自身なのだから。

 

「それで、どうやって探すんダ?」

「まず容姿だが、茅場晶彦がネカマ(嘘つき)でなければ30前後の成人男性だろう。そして恐らく、不自然な強さを有していると思われる」

「確かに、自分が死んでは元も子もないからナ。システムで保護されている可能性も考えられるカ。そうなると、特殊なスキルを持っているヤツが怪しくなるナ」

「ふん。そのような戯れ言、誰が真に受けるものか!」

「お前が言い出したことじゃねーカ!?」

 

 急に手の平を返してきたグラハムにツッコミを入れるアルゴ。とはいえ、大体方針は固まった。本当に茅場晶彦が紛れ込んでいるのなら、見つけ出すことも不可能ではないかもしれない。

 しかし、問題もある。

 

「なぁ、ハム坊。茅場晶彦に当たりをつけたとして、その後はどうするんダ?」

「どうもしない。いや、できないと言ったほうが正しいかな」

「なぜダ?」

「証拠が得られなければ、単なる言いがかりにすぎないからな。その上、迂闊に接触すれば、口封じをされることも考えられる」

「それでは意味がないじゃねぇカ」

「いいや、そうでもないな。ヤツとて人の子、攻略を進める間に必ずどこかで隙を見せるはず。その時に適確な行動が出来るように、あらゆる可能性を手に入れておくのだよ。つまりは、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ!」

「……そうカ。それは実にスリリングな仕事だナ」

 

 だからこそやり甲斐がある。

 すべての話を聞き終えたアルゴは不敵な笑みを浮かべた。同時に、グラハムに対して興味以上の感情を抱き始めた。実年齢よりも大人びていて、頭の回転が早い彼に好意を抱いたのである。

 

「(可愛い顔して中身は男だナ。能力がある分、動きが良すぎるのが玉に瑕だガ……オレっちは好きだナ)」

 

 これまでのやり取りで示してくれた聡明さと危うさが、アルゴの母性を刺激する。何となくキリトを連想させるこの少年は、頼りになるのに放っておけない独特な雰囲気がある。ようするに、構ってあげたくなるのだ。

 

「(オレっちも乙女だったということか……ふふっ)」

 

 今度の笑いは先ほどのものより柔らかい。普段は男勝りな彼女も、内心では共に歩んでいける仲間を求めていたのである。それがたまたま好みの異性で、付き合いを続けていくうちに愛情を抱くまでに至る。なんてことはないただの恋バナだが、彼女の想いは次第に本物となっていく。

 

 

 こうしてグラハムとアルゴは秘密裏に調査をおこなうことになり、後にヒースクリフという人物へと辿り着く。

 証拠は無いが恐らく間違いない。そう思わせるほどに、彼の存在はあからさまだった。

 【神聖剣】というユニークスキルを習得した彼は、HPゲージがイエローにまで落ちたことが無いほどのチート野郎なのだから、完璧なまでに条件と一致している。まるで、自分から正体を明しているのではないかと思うほどに。

 ただ、ほとんどの者たちは彼のことを英雄視しているので、疑う気持ちすら抱いていないようだが。

 

「まさかな。よもや自分で勇者を演じるつもりか?」

「それは分からんが、ふざけたヤツだということは断言できるナ」

 

 2人は、彼の行動に怒りを覚えつつ、密かに逆襲を企てる。まずは無敵と思われるヒースクリフを矢面に立たせるように誘導し、犠牲者を減らすことに専念した。グラハムたちが立ち上げた中規模ギルド【オーバーフラッグス】にはそれだけの発言力があった。

 いわゆる贅沢品と呼ばれるものを積極的に開発・生産し続けた結果、予想以上の高評価を得たのである。地道な努力が、元の日常を切望しているプレイヤーたちの心をガッチリと掴んだのだ。

 グラハムと共にギルドを育ててきたフィリアは素直に喜び、感動した様子で語る。

 

「最初に聞いたときは無理かと思ってたけど、結構上手くいくもんだね」

「ふっ、当然の結果だよ。なにしろ、この私が看板を張っているのだからな。愛を求めし男色家の心を惹かぬはずがない!」

「そんなの嫌すぎるわよ! っていうか、あんたはそれでいいの!?」

 

 なんておかしなやり取りもあったりしたが、とにかく彼らは民衆という力を得た。

 そのように多数の支持を得たグラハムたちは、言葉巧みに攻略組を扇動し、やたらと強いヒースクリフを壁役として利用しまくった。茅場晶彦が暴力を奨励するというのなら、こちらは民主主義にのっとった数の暴力で対抗する、というわけだ。

 万が一、誤認していた場合に備えてHPが半分を切ったら助けに入る用意もしていたが、それも杞憂だった。こちらが心配する必要がないほどに無敵だったからだ。その結果、彼が茅場晶彦だという信憑性が更に高まった。

 しかも幸運なことに、ラスボス役のヒースクリフには攻略組から信頼を得るという目的があったため、こちらの意見を無下に出来なかった。そのおかげで悲惨なフラグをいくらか回避することが出来た。ギルドの名称通りに、悲劇的な伏線を乗り越えていったのである。

 

 

 そして更に時が進んで75層のボス討伐直後。事態は急展開を迎える。自力でヒースクリフの正体を見抜いたキリトが強引な方法で証拠を掴み、すべての決着を付けることに成功したのだ。

 グラハムとアルゴの計画では、新たなユニークスキルが出現するまで待とうとしていた。ヒースクリフ打倒のため、キリトのパートナーとして期待していたのだ。しかし、その役はアスナが果たした。自分の命を犠牲にする形で。

 更に、ヒースクリフと相打ちになったキリトまで光となって砕け散る。

 この時、2人が死んでしまったと思ったグラハムたちは、悲しみに打ち震えた。

 

「キー坊とアーちゃんがやってくれタ……」

 

 アルゴは、最後の決戦を見届けた後にそっとつぶやいた。奇跡的な復活を遂げたキリトがヒースクリフを倒した瞬間を思い浮かべながら。

 

「こんなことなら、キー坊に話しておくべきだっタ」

「うっ、うう……」

「キリト、アスナ……すまなかった」

 

 ヒースクリフの正体は、余計な気を使わせないようにギリギリまで黙っておくつもりだったのだが、それが仇となってしまった。判断を誤り、目の前で大切な仲間を死なせてしまった。この時の後悔がグラハムのトラウマとなり、後にゲーム内でキリトたちと会うことを避ける要因となる。

 しかしこの時は、アルゴとフィリアの精神状態を慮って気丈に振舞う。

 

「オレっちたちが話していれば、2人を死なせずに済んだかもしれないのニ……」

「いや、すべては私の責任だ。君が気に病むことはない。それに……こうなることは必然だったのかもしれない。キリトが二刀流を習得した瞬間からな」

「確かに、ヒースクリフもそんなことを言っていたガ……」

「どちらにせよ、目的は見事に達成された。今はその事実を喜べばいい。それでいいと思うが?」

「……うん、そうだナ。キー坊とアーちゃんのおかげで、オレっちたちは帰れるんだからナ」

「えっ、これで現実に帰れるの?」

「ああ。私たちは、未来を切り開くことに成功したのだ……」

 

 グラハムがそう言い切った瞬間、ゲームクリアを告げるアナウンスが鳴り響く。そして、全プレイヤーのアバターがアインクラッドから消え去った。現実世界へ帰るために。

 それがこの世界におけるSAO事件の顛末である。

 

 

 もし、宗太郎が紺野姉妹と出会わなければ。冷静さを欠いた彼はキリトよりも早くヒースクリフに挑み、人知れず殺されていたかもしれない――いや、彼の元へ辿り着く前にモンスターの餌食になっていただろう。

 宗太郎の存在が紺野家を救ったように、彼もまた木綿季と藍子に命を救われていたのだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 以上のような経緯で宗太郎に惚れた琴音とアルゴだったが、その想いは現在も続いている。彼に好きな人がいることは分かっているけど、ここまで想いが強くなるとそんなことは関係なくなる。もはや愛を超え、憎しみも超越し……宿命となった。そんな感じである。

 たとえ恋人同士になれなくても一緒にいたい。それが、彼女たちの選んだ愛の形だった。

 もちろん、宗太郎が答えを出すまでは諦めないつもりだ。そのために、彼の心を奪い取るべく努力している。現在進行形で……。

 

「はい宗太郎、あーんして?」

「ソウ兄ちゃん、ボクのを先に食べてー!」

「わ、わたしのもあげるよ~!」

「ふもっ、ふもっふ!? (もう入らん)」

 

 エギルが経営するダイシー・カフェにて遅めの昼食を取り始めた和人たちだったが、そこでは宗太郎を巡る女の戦いが勃発していた。

 調子に乗った琴音たちが宗太郎の口に次々とあーん攻撃した結果、彼のほっぺたは限界に達しようとしていた。

 

「にゃハハハ! 難儀してるようだなァ、ソー太郎!」

「とか言いながら、お前も参加するなよ……」

 

 嬉々として宗太郎の口にスプーンを押し付けるアルゴを見て、呆れた和人がつぶやく。

 何だかんだと言って仲良くやっている恋のライバルたちであった。

 

 

 数十分後。賑やかな昼食も終わり、すっかり落ち着いた女性陣は食後のデザートを楽しむ。酒場風のデザインとまるで合わないメニューだが、味の方は甘いものにうるさい木綿季も太鼓判を押している。

 現に今もチョコレートパフェを食べながらご満悦の様子である。

 

「うまー! エギルさん良い仕事してるよ!」

「このソフトクリームがたまりません……」

「ははっ、ありがとよ」

 

 カウンターで仕事をしているエギルは、自分の料理を褒められて嬉しそうにしている。木綿季と藍子がとびっきりの美少女であるという効果もあって、若干照れてもいるようだ。

 

「ほう。エギルの顔が赤いようだが、よもや中学生相手に浮気でもするつもりかね?」

「それはいけないナ。奥さんに報告するカ?」

「本気で止めろ!」

 

 たとえ冗談だとしても実際にやられたら超危険なので、エギルも必死につっこむ。

 

「まったく、こいつらは油断ならねぇな……」

「褒め言葉として受け取っておこう」

「右に同じク」

「はぁ、相変わらず仲良いなお前ら」

 

 同じようなしたり顔でうなずく宗太郎とアルゴを見て呆れるエギル。この2人は例の計画で一緒に暗躍していたため、こういう時の呼吸は憎たらしいほどに合っている。ギルドに参加していたエギルは、何度か彼らの被害(?)に遭っていた。

 だからというわけではないものの、更にいじられる前に話を変えることにした。

 

「それはそうと、あの話をしないのか、アルゴ?」

「ああ、もちろんするゾ。ここにいる面子に聞かせるためにここに来たのだからナ」

「へぇ、何か面白いネタでも掴んだのか?」

 

 2人のやり取りに興味を抱いた和人が話を促す。

 若干困った性格のアルゴだったが、入手してくる情報に関しては間違いが無い。そして今回も、みんなの期待に応えてくれる特殊なネタを手に入れていた。

 

「今回オレっちが入手した情報は、エクストラクエストの発生条件ダ」

「えっ!?」

「なんだって!?」

 

 話を聞いた和人たちが一斉に驚く。エクストラクエストとは、それほどまでに貴重なものだった。宗太郎に対するアルゴの愛情がこのクエストとの出会いを齎したのである。

 その結果、何が起こるのか。皆が全貌を知るのは、もう間もなくだった。




次回はクエスト参加の条件などを説明したいと思います。
その後、家に帰った紺野姉妹が、宗太郎にお色気攻撃をしちゃうかも?


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第12話 小さき者たちの危機

今回はクエストの説明です。
そして、後半にはお色気シーンがあります。
そういう展開が苦手な人はお許しください。
俺は大好きなんです!


 ダイシー・カフェに集まった一同の前でアルゴが発表した情報は、とても興味深いものだった。

 

「今回オレっちが入手した情報は、エクストラクエストの発生条件ダ」

「えっ!?」

「なんだって!?」

 

 既に詳細を聞いているエギルとフィリア以外の皆が驚きの声を上げる。それだけ価値のある情報を手に入れたのも宗太郎への愛があればこそだ。

 

「どうだソー太郎。感激してオレっちを褒めたくなったカ?」

「ああ、見事な成果だ鼠のアルゴ! その功績を誇って、無い胸を存分に張るがいい!」

「褒めながらけなすナ!」

 

 余計な一言を言った宗太郎は、怒れるアルゴに無理やり立たされ、ベアハッグを極められてしまう。胸が小さい彼女でも、満腹の胃袋を圧迫するには十分だ。

 

「貧乳なめると痛い目を見るゼ!!」

「プトレマイオス!?」

 

 自業自得な宗太郎は、リバースしそうな苦しさに耐えながらクネクネと悶える。

 しかし、その表情には余裕の笑みがあった。

 

「はーはっはっは! 残念だったなぁアルゴ! 俺のHPは、君のオッパイと接触することで超回復するのだ!」

「ええい、この変態メ!」

「おいお前ら。俺の店でいかがわしいプレイすんな」

 

 一連のいちゃいちゃ行動を生暖かい目で眺めていたエギルが呆れた様子でつっこむ。

 そして、恋のライバルである少女たちは、若干黒い気配を発している。

 

「これは後でオシオキだね」

「うん。わたしたちもギュッとしなきゃね」

「だったらわたしも♪」

「結局、自分たちも抱きつきたいってことね……」

 

 3人の会話を聞いてしまった明日奈がぼそりとツッコミを入れるが、それ以上は何も言わない。他人の恋路に干渉するより、アルゴの情報について考えたほうが建設的だ。

 

「(エクストラクエストかぁ……。一体どんな話なのかな?)」

 

 明日奈は、新たな冒険を想像して微笑む。

 アルゴが言っていたエクストラクエストとは言葉の通り特別なクエストで、誰でも簡単に参加できるノーマルクエストとはまったく違う。規模も難易度もすべてが高い水準にあり、大抵はレイドボスも存在する。それに伴い、得られる報酬も段違いとなっているため、専門に探求しているプレイヤーもかなり多い。

 例えば、キリトとリーファが偶然見つけた【聖剣エクスキャリバー】のように、世界に一つしかない伝説級武器(レジェンダリーウェポン)を入手できる可能性もある。

 だから、エクストラクエストという単語を聞いた和人は、内心でドキリとした。

 

「(アルゴの情報ってアレのことじゃないだろうな?)」

 

 密かにエクスキャリバーを狙っていた彼は戦々恐々となる。

 半年前、須郷の犯罪に巻き込まれて囚われの身となっていたアスナを助ける際にたまたま発見したのだが、とある理由により放置していた。アスナが復帰した後にリーファとユイを加えた4人だけで偵察したら、あまりに敵が強すぎて先に進めなかったのだ。そのため、強くなってから改めて挑戦しようと企んでいたのである。

 通常の手段では行けない場所にあるので、しばらくは発見されないだろうと楽観していたのだが、そんな矢先にこのイベントが起きた。

 もしかすると、あの場所が発見されてしまったのだろうか。一瞬だけ焦ったものの、それだったらもっと大騒ぎになっているだろうと思い直す。

 

「(だとしたら、別のクエストってことになるよな……)」

 

 そうなると、今度は純粋に興味が湧いてくる。こういう希少なイベントは、熟練プレイヤーだからこそ嬉しいものなのだ。

 もちろん、初体験の紺野姉妹にとっても吉報である。家に帰ってから宗太郎にオシオキすることを決めた2人は、速攻で思考を切り替えるとクエストの話で盛り上がる。

 

「ねぇ明日奈。エクストラクエストって自力で見つけなきゃいけないヤツだよね?」

「ええそうよ。世界中に隠されているヒントを見つけ出して、難しい条件を満たしたプレイヤーだけが参加できる特殊なクエストだよ」

「それじゃあ、アルゴさんはそれを見つけたんですか?」

「いや、オレっちは情報を仕入れただけサ」

 

 そう言って、凄みのある笑みを浮かべるアルゴ。果たして、どのような方法で仕入れたのやら。少しばかり聞くのが怖い気もするが、とにかく彼女の情報収集能力はALOでも健在のようだ。

 

「それで、どんなクエストなんだ?」

「オレっちの入手した情報によると、ピクシーの領地で起きている問題を解決するという内容ダ」

「ピクシーの領地?」

「そんなトコあったっけ?」

「ううん、聞いたことないよ」

 

 初めて耳にする地名に対して、木綿季たちは疑問符を浮かべる。

 ALOにはプレイヤーが選択できる9種族の領地があって妖精世界の全体を構成しているが、NPCであるピクシーの領地は無い。それが基本的な設定であり、新たに仕様が変わったわけでもない。

 

「つまり、そのクエストには専用マップがあるってことか?」

「たぶんナ。結構気合の入ったクエストだロ?」

 

 いつの間にか席に戻っていた宗太郎が疑問に答えると、ちゃっかり彼の膝上に座ったアルゴが笑顔で返す。幼女体型の彼女ならではのスキンシップである。当然ながら紺野姉妹と琴音にとっては面白くないので、あからさまに不機嫌な顔をしている。邪気を放ちながら2人を睨むという分かり易いリアクションをとって、明日奈たちを苦笑させた。

 

「「「ぐぬぬ~」」」

「え~っと……それで、ピクシーの領地で起きている問題ってのは何なの?」

「オレっちがクエストNPCと会話したわけじゃないから詳細は分からなイ。でも、ナビゲーション・ピクシーに問題が発生していることに関係があると思ウ」

「えっ、そんなことが起きてるの?」

「あア。ナビゲーション・ピクシーを利用しない経験者は気づきにくいが、例のクエストが見つかってから徐々にピクシーの数が減っているんダ」

 

 街中で見かけるナビゲーション・ピクシーは、ゲームに関する基本的な質問に答える案内用NPCなのだが、ある日を境に減少し続けて、今ではほとんど見かけなくなっていた。

 運営に聞いてみると、意外にも原因不明という答えが返ってきた。直そうにもシステムに異常は見られないので、手を付けられないという。

 

「それがクエストの影響なの?」

「状況的にはその可能性が高いナ。クエストNPCとして現れるピクシーもそのようなことを言っているらしイ」

「まさか、クエスト一つでそんな大掛かりなことが起こるのか?」

「オレっちも変だと思ってるが、実際に起きてるんだから受け入れるしかないだロ」

「アルゴの言う通りだな。可愛らしいロリとショタに会えなくなるという事実はとても悲しいが、致し方あるまい」

「嫌な受け入れ方するな!」

 

 聞き方によっては危険なセリフを言う宗太郎に、普段どおりツッコミを入れる和人。しかし、心の中ではユイのことを心配していた。ALO内の彼女はナビゲーション・ピクシーに分類されているからだ。

 

「なぁアルゴ。ユイには影響ないよな?」

「あっ、そうだよ! ユイちゃんは大丈夫なの!?」

「安心しろアーちゃん。キー坊が所有しているあの子はプライベート・ピクシーと同じ扱いだから心配ないと思うゾ」

「なんでそう言いきれるんだ?」

「それは、プライベート・ピクシーを所有していることがクエスト発生条件の一つだからダ」

「なるほど、そういうことか」

 

 そこまで聞いて、和人と明日奈は安心する。

 プライベート・ピクシーとは、プレオープンの際に抽選配布されたもので、所有しているプレイヤーはかなり少ない。それがクエスト発生条件になっているとすれば、他のピクシーのように勝手に消えることは無いだろう。

 そもそも、ユイの本体はゲームから切り離されて和人のPCに保存されているから、ゲーム側から干渉されても消えることは無い。もちろん、ALOで活動する際はゲーム内のルールに準じなければならないので、今回のように登場禁止になってしまったら何もできなくなる。しかし、幸いながらその心配はいらないらしい。

 

「何にしても、娘に問題がなくて良かったな。倫理的に」

「ん? 倫理的にってどういうことだよ?」

「お前たちはゲーム内で結婚するほどの仲だからな。ユイが傍にいてくれないと、寂しさのあまり本当に子作りしそうじゃん?」

「「そんなわけあるかっ!?」」

 

 唐突にぶちかまされた宗太郎の下ネタを必死に否定する和人と明日奈。健全なカップルとしては当然の反応……と言いたいところだが、そこには微妙な理由がある。ぶっちゃけると、SAO内で本当に身体を重ねていたからだ。その事実に宗太郎が気づいているかは定かではないが、指摘されると過剰に反応してしまうので、自ら白状しているようなモンである。

 実際、恋バナに興味津々な木綿季が、妙に慌てている2人を怪しんで食らいついてきた。

 

「も、もしかして、明日奈はもうオトナの女になっちゃったの?」

「えっ、そうなんですか!?」

「やるわね明日奈!」

「うぇっ!? ちちち、違うわよ!? 現実ではまだやってな……………………(真っ赤)」

「ふっ、可愛い彼女じゃないか。大事にしてやれよ、和人」

「って、綺麗にまとめようとすんな、諸悪の根源っ!!?」

 

 何気ないやり取りからとんでもない事実を暴露するハメになった。墓穴を掘った明日奈は湯気が出そうなほどに真っ赤になり、巻き添えを食った和人も変な汗を一杯かいている。

 

「にゃハハハ! 酷い目に遭ったなぁ、キー坊!」

「元はといえば、お前のせいなんだがなっ!」

「あばばばば」

「ああっ、明日奈が壊れた!」

「おーい、戻ってこーい」

「まったく、2人は恥ずかしがり屋だなぁ」

「ソウ君は、もうちょっと恥ずかしがるべきだと思うよ?」

 

 もうめちゃくちゃである。とてもではないが、落ち着いて話し合える状態ではない。

 

「ふっ。これが若さか……」

 

 この中で唯一結婚しているエギルは、彼らの初々しい会話を聞いてクワトロ的なセリフをつぶやくのだった。

 

 

 それから数分後。和人と明日奈が落ち着きを取り戻したところで話を再開する。

 

「改めて説明するが、そのクエストの発生条件は3つあル。1つ目は、さっき言った通り参加者の1人がプライベート・ピクシーを所有しているこト。2つ目は、異性のプレイヤーを同伴しているこト。そして3つ目は、先述の男女2人とプライベート・ピクシーの友好度が規定値を超えていることダ。その条件を満たしてからシルフ領の東に広がる古森に行って、クエストNPCと話せばクエストが始まるはずダ」

 

 アルゴは、入手してきたクエスト発生条件をすべて挙げた。それを聞いた一同は、疑問に思ったことを質問する。

 

「友好度って、もしかして隠しパラメータ?」

「ああ、そうだヨ。会話をしたり、アイテムをあげたり、一緒にクエストをプレイしたりすると上昇するんダ」

「それってどんな効果があるの?」

「例えば、友好度の高い相手が近くにいると、魔法の威力や身体能力が少しだけアップする特典があル。他にも、入手できるアイテムにプラスの影響があったりするから、気づかないところで役に立ってるんダ」

「へぇ~、そんなに良いことがあるんだ~」

 

 説明を聞いた木綿季はしきりに感心する。それと同時に、宗太郎を見てくふふと笑う。

 

「だったら、ボクとソウ兄ちゃんの愛情度はカンストしてるから、絶対無敵だね♪」

「ふふっ、可愛いことを言ってくれるじゃないか、こいつっ♪」

「えへへへへ♪」「あはははは!」

「勝手に和むナ!」

「っていうか、愛情度じゃないし」

 

 アルゴの話をダシにして宗太郎といちゃつくお茶目な木綿季。あまりの鮮やかさに、恋のライバルたちも毒気を抜かれて苦笑するばかりである。

 

「それで、そのクエストと友好度がどう関わってくるんだ? 異性のプレイヤーを同伴ってところに関係ありそうだけど」

「まさにその通りだヨ。オレっちが手に入れたクエストNPCのセリフは、『私たちの同胞を我が子のように慈しむ心を持った、愛情深い男女でなければ巫女姫をお救いできない』といった内容だったんダ。そこから推測したものが、さっきの条件ってわけダ」

「なるほど。その条件を満たしているプレイヤーがここに来るから、わざわざ尋ねてきてくれたということか」

「まぁ、本音を言えばお前に会うための口実なんだが、ほぼ正解ダ」

 

 宗太郎の膝に座ったアルゴは、彼の推理を肯定してから和人と明日奈を見た。ユイの親である彼らこそ、このクエストを発生させるキーパーソンだった。

 現在は友好度がネックになって条件を満たすプレイヤーがいないのだが、この2人なら余裕でクリアできるはずだ。そう考えたからこそ、琴音から今日のスケジュールを聞いたアルゴはここに来たのである。

 目的の半分以上は宗太郎との会話を楽しむためだったが、和人たちが協力してくれれば更にクエストで遊べるというわけだ。

 

「キー坊とアーちゃんだったら間違いなくパスできるはずだから、手を貸してほしいんだヨ」

「確かに、ユイちゃんからパパとママって呼ばれてる2人なら完璧だね」

「ああ。これ以上ないくらい愛し合ってるからな。実際に一夜を共にしちゃってるし」

「「それはもう言わないで!?」」

 

 宗太郎の茶化しで再び真っ赤になる2人。しかし、彼らの言っていることはもっともだし、自分たちも自信がある。わたしたちの愛は数値なんかに負けたりしないと。

 

「ふふふ……いいわ。ここまでいじられたらもうヤケよ。わたしを辱めたクエストがどんなものか、この目で確かめてやるわ!」

「明日奈が荒ぶってる!?」

「ちょっとやりすぎたかな~?」

「うん……さっきの自白は衝撃的だったもんね」

「まぁ、自業自得なんだから仕方ないっしょい!」

「お前はもっと気にしろよ!?」

 

 デリカシーがあるとは言い難い宗太郎の発言にツッコミを入れる和人。ただ、正論でもあるだけに、その声にはいつもの力が無かった。

 恋人がいるからこそ起こる悩み……。この世には、リア充ゆえの苦悩というものもあるのだ。

 しかし、彼は孤独ではない。大人のエギルは、そういった事情をよく理解していた。

 

「ははっ、まぁがんばれや和人。俺はここで応援してやるからよ」

「エギルは参加しないのか?」

「ああ。俺もかみさんのご機嫌を取らなきゃいけないからな……もはや気軽に遊べないのさ」

「お前も大変そうだな……」

 

 少しだけシンパシーを感じた2人は、仲間意識を持つことで互いの心を慰めあうのだった。

 

 

 何はともあれ、こうして彼らは不思議なクエストを経験することになった。

 果たして、そこには何が待ち受けているのだろうか。いなくなったナビゲーション・ピクシーと関係があるのか。なぜ男女でなければいけないのか。巫女姫とやらに何が起きているのか。

 その答えは、6日後の土曜日に判明することになる。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 デートを終えて自宅のある街に帰ってきた宗太郎は、木綿季と藍子の誘いを受けて紺野家に泊まることになった。今日は日曜日なのでいつもなら自宅に戻るのだが、今日は2人がどうしてもと言って押し止めた。

 

「やたらと熱心だけど、何か用事でもあるのか?」

「ん~ん。今日のソウ兄ちゃんはアルゴや琴音とくっつきすぎだったから、ちょっとオシオキしたいな~って思ってるだけだよ?」

「そうだよ~。わたしたちの嫉妬心を煽ってくれたお礼に、ちょっとシカエシしようかな~って考えてるだけだよ?」

「……その正直さは可愛いと思うけど、結局やる気まんまんなのね」

「ふっふっふ、なにが起きるかは後のお楽しみだよ……。ねぇ、姉ちゃん?」

「うん。気合を入れて準備をするから、期待して待っててね♪」

「ああ、世界の悪意が見えるようだよ……」

 

 チャーミングな笑顔なのに、なんというプレッシャー!

 とっても可愛らしい悪意を向けられた宗太郎は、自身の不幸(?)を嘆くのだった。

 

 

 それから1時間後。美味しい夕食と一番風呂をいただいた宗太郎は、一足先にやって来た藍子の部屋で寛いでいた。彼が紺野家に泊まる際は姉妹の部屋を交互に使っており、今回は藍子の番というわけだ。

 慣れた動作で自分用の布団を用意し、どさっと寝転がる。エアコンの冷たい風が風呂上りの身体を冷やしてくれる。

 

「甘くて良い匂いだ」

 

 慣れ親しんだ藍子の香りで心地よくなる。まさに、リア充ならではの役得である。

 もちろん良いのは匂いだけではない。部屋の見た目も女子中学生らしく、多感な少年の興味を十分に満足させてくれる。

 ただ一点おかしなところがあって、宗太郎の影響で置いてあるガンプラが異彩を放っているのだが、彼以外の男性を招き入れる予定は無いので問題無い。

 いずれにしても、宗太郎にとっては居心地の良い場所だ。のんびりとした様子で、風呂に入っているだろう2人が来るのを待つ。

 

「わざわざ俺を泊まらせて何をやってくれるのか、お楽しみだな」

 

 宗太郎は、紺野姉妹の言っていたオシオキやシカエシとやらを想像しながら笑みを浮かべる。

 そしてもう一つ、気になっていることも考える。アルゴが教えてくれたクエストのことだ。

 

「それにしても、やたらとピンポイントな条件だったな……」

 

 愛情深いと呼べるほどプライベート・ピクシーを大事にしているプレイヤーなんて条件を出されたら、キリト以上の適役はいない。逆に考えれば、このクエストはキリトを参加させるために作られたとも言えるくらいだ。彼とユイの関係を知っている者ならば、誰もがそう考えるだろう。今の所は、近しい仲間以外に知っている者はいないはずだが。

 

「………………まさかな」

 

 流石にそれはないかと思い直す。もしかすると、ALOの運営陣にはSAOをクリアしたキリトを注目している者がいるかもしれないが、一般人相手にここまで回りくどい干渉はしてこないだろう。

 

「と思うんだけどなぁ……」

 

 二度ある事は三度あるとも言うし、油断は出来ないかもしれない。

 和人は色んな意味でトラブルメイカーだから、例え本人が望んでいなくても茅場や須郷のような変人と関わりを持ってしまう。そして、有名人になった今、変人のほうから接触してくる可能性が生まれてしまっている。だから、先ほどの想像も決して有り得ない話ではなかった。

 

「まぁ、その時はその時だな。野郎なんかのためにストレス溜めて薄毛になりたくないし」

 

 友人思いなのか薄情なのか、判断に困るような答えを出す宗太郎。とはいえ、以前のような事件性を感じるものではないので、とりあえず今は心に止めておくだけにしておくのだった。

 

 

 そのように取り留めの無い思考を重ねること数十分後。ようやくお風呂から上がった紺野姉妹が部屋に入って来た。

 

「おまたせ~」

「オシオキタイムの始まりだよ~」

「はいはい、どこからでもかかってこいやって、なにその格好!?」

 

 上半身を起こして2人を見た宗太郎は驚く。なんと彼女たちは大きめのTシャツだけしか着ていなかったからだ。露になった太ももが一際目を引く格好で、思わずTシャツとの境目に視線がいってしまう。

 すると、そんな宗太郎の意識を汲み取ったかのように、2人はそろってTシャツを脱ぎ出した。

 

「今日は暑いから、全部脱いじゃおーっと!」

「えいっ!」

「ちょっ、おまっ!?」

 

 突然始まったお色気イベントに宗太郎が途惑う中、イタズラっぽい笑みを浮かべた仲良し姉妹が大胆にTシャツを脱ぎ捨てる。

 そしてそこには全裸の美少女が……ではなく、水着を着た木綿季と藍子がいた。

 

「裸だと思った? 残念、水着でした!」

「今日買ったのを着てみたんだ」

「そんなこったろーと思ってたよコンチクショー!」

 

 少しだけ期待していた宗太郎は本気で嘆く。しかし、これはこれで良い眺めである。

 2人の水着は肌の露出が多いビキニで、十分以上に魅力的だ。

 しかも、彼女たちのオシオキはこれからが本番だった。

 

「ってなわけで、オシオキ開始だよ!」

「ちょっと恥ずかしいけど、覚悟してね!」

「うぇ!? 恥ずかしいって、一体ナニをしませうんですかー!?」

 

 水着姿でドキドキしているうちにオシオキタイムとやらが始まった。

 果たして、どんな恐ろしいことをされるのか。なんて思っていたら、2人は宗太郎の上に覆いかぶさって、ギュッと抱きついてきた。これで、仰向けに寝ている宗太郎の上に水着姿の紺野姉妹が密着しているというおかしな状態が出来上がる。

 

「こ、これはっ!?」

「ふっふっふ~。どうだい、ボクたちのオシオキは?」

「こ、こうすると、すごく困るんだよね~?」

 

 確かに困る。それはもう切実に困ってしまう。

 仲の良い幼馴染であり相思相愛でもあるのだが、流石に2人とも受け入れるわけにはいかない。倫理的に。常識的に。未成年らしい健全な付き合い方をしなければならない。

 

「しかし、なんという心地よさだ!」

 

 ほどよく育った4つの胸が、宗太郎の身体に押し付けられてプニュっと形を変える。ビキニの隙間からこぼれるようにはみ出る肌が艶かしい。

 オシオキというよりご褒美っぽい感じだが、宗太郎にとっては危機的状況だった。

 

「ええい! この私が不覚を取られるとは! こうなれば、戦術的撤退だ!」

「あんっ、そんなに激しく動かないで~!」

「きゃっ、くすぐったいよ~!」

 

 ようやく抵抗を開始した宗太郎は、激しく身体をよじって2人の戒めから抜け出そうとする。その結果……ビキニのトップスが上部にずれて2人の胸が丸見えになってしまった。

 しばらくして上半身を起こした2人は、ようやく自分たちの状態に気づく。

 

「「あっ……」」

 

 妙にスースーすると思ったら胸が全開になっているではないか。しかも、宗太郎の目の前で。

 徐々に状況を把握し始めた木綿季たちが顔を真っ赤に染めていく。そんな微妙な空気の中、プルンと揺れる可愛い胸を見つめた宗太郎は、なぜか元気良く挨拶する。

 

「やぁ君たち! 2ヶ月ぶりだね! しばらく会わないうちにまた大きくなったかな?」

「って、オッパイに話しかけるなっ!!」

「ガデッサ!?」

 

 爽やかに誤魔化そうとしたがやっぱりダメだった。

 荒ぶった木綿季が宗太郎の顔に枕を押し付けて視界を遮る。その隙に2人は、胸を隠しながら部屋の外に出ていく。

 

「うう……また見られちゃった……。しかも、あんなに目の前で……」

「でも、ちょっぴり嬉しそうだね?」

「えぇっ!? そそそ、そんなことはないよ? ほんとだよ?」

 

 木綿季に本心を言い当てられた藍子は大いに慌てる。たとえ恥ずかしい思いをしても、魅力的な女性として見てもらえると嬉しくなる。恋する乙女の心はまことに複雑だった。




次回はようやくクエスト開始です。
ピクシーの領地に行って、イベント内容を知ります。
でも戦闘はまだかなぁ。


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第13話 サンクチュアリ

今回からクエスト開始です。
NPCと出会って、別エリアにあるピクシー領に行きます。


 クエストの話を聞いてから6日経った土曜日の夜。いつものように紺野家に来た宗太郎は、すべての準備を整えて木綿季の部屋にいた。

 ボーイッシュな性格をしている彼女だが、部屋の中は整理整頓が行き届いており、居心地はとても良い。これも、綺麗好きな姉によって教育されまくっているおかげだ。木綿季自身に聞いたら『強いられているんだ!』と訴えてくるかもしれないが、良いことなので黙認である。

 そのような経緯で何とか保たれている女の子らしい(?)部屋で待つこと数十分。2人が階段を登ってくる音が聞こえてきた。

 

「……来たか」

 

 少女マンガを読んで涙を流していた宗太郎がつぶやく。

 今日はいつもより風呂上りが早い。どうやら、貴重なクエストで遊べるということで気合が入っているらしい。

 

「その意気や良し! 恋も遊びも勉強も、貴重な時間をかけるからには全力でやらねばならん!」

 

 少女マンガを読んで流した涙を拭きながら暑苦しいセリフを叫ぶ。言っていることはまともだが、見た目はかなり微妙と言わざるをえない。

 しかし、ヒロインが病気で死んでしまうという内容では仕方ないだろう。自分の母親の事もあるし、何となく他人事ではない気もするのだ。よく知っている誰かが同じ境遇のような感じが……。

 

「こう、ニュータイプの直感というか脳量子波の干渉というか……電波的ななにかが、ビビッと来る感じ?」

「なにがビビッと来たの?」

「ドキリンコっ!?」

 

 突然声をかけられてビックリする。おかしなことを考えている間に木綿季と藍子が部屋に入ってきていた。

 2人の格好は前回のようにTシャツ一枚ではなく、キャミソールとショートパンツという夏らしい姿だ。14歳の少女が発する若さと可愛さに溢れており、これはこれでとっても魅力的である。

 

「やぁ、こんばんは。お風呂で綺麗に洗ってきたようだね。今夜も美しく輝いているよ」

「って、太ももに話しかけないでよ」

 

 宗太郎の奇行にすかさず木綿季がつっこむ。とはいえ、目の前に魅力的な太ももがあれば褒めないわけにはいかないだろう。男として。

 木綿季たちも言うほど悪い気はしておらず、むしろ見せびらかすように堂々と近づいてくる。好きな人に綺麗だと言われれば嬉しくなってしまう。まさに惚れた弱みである。

 しかし、今はのんびりと喜んでいる時間はない。

 

「2人とも。早くしないと約束の時間になっちゃうよ?」

「おっとそうだな。では出撃するぞ、フラッグファイター!」

「「りょーかい!」」 

 

 2人は宗太郎の言葉に元気良く返答すると、アミュスフィアを手に取る。そして、それを装着して彼の両サイドに寝転がる。いつも通り、『川の字』で寝ながらログインするのだ。

 紺野姉妹が真ん中にいる宗太郎に密着することで準備は整った。後は、お決まりのセリフでダイブするのみである。

 

「グラハム・エーカー、出るぞ!」

「ユウキ、行きまーす!」

「ラン、発進します!」

 

 和人ならリンクスタートと言うところを、彼らはガンダム作品の出撃風に叫ぶ。微妙に世界観をぶち壊しながら、3人は仮想世界へと向かうのだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 ALOにログインしたグラハムたちは、前回ログアウトしたユグドラシルシティに出現する。他の面子もこの街を拠点にしているので、転移門広場に集合することになっている。

 新生ALOとなった際に種族間の対立関係が大幅に解消されたため、主要な街に転移門が作られた。そのおかげで許可を得た場所なら気軽に転移できるようになった。グラハムたちもそれを利用して、目的地の古森に近いスイルベーンへ転移する予定だ。

 ただ、飛行が大好きなグラハムは少しばかり不満を抱いていた。

 

「転移門か……。便利すぎるのも考え物だな。フラッグファイターならば空を行くべきだと思うのだがね」

「でも、時間が短縮できていいじゃん」

「くっ! フラッグよりもどこ○もドアを望むというのか! 許さんぞドラ○もん!」

「街中で空想のキャラクターにケンカ売らないでよ……」

 

 ちょっぴり恥ずかしくなったランは、大衆の面前でおバカな発言をするグラハムを嗜める。数少ない女性プレイヤーの2人連れというだけでも目立っているのに、これ以上注目を集めたくはない。会話の内容的に。

 

「おいグラハム。来て早々に2人を困らせるなよ」

 

 ランからオシオキを受けていると、後ろから声をかけられる。キリト、アスナ、ユイの仲良しファミリーが合流してきたのだ。

 今日の主役とでも言うべき彼らは、ユウキたち以上に張り切っているように見える。特にユイは気合が入っているらしく、キリトの頭から飛び立つと、元気良く挨拶してきた。

 

「みなさんこんばんは!」

「ぐっどいぶにんぐ、ユイちゃん! 今日はヨロシクね!」

「はい、ど~んとお任せください!」

 

 ユウキに頼まれたユイは、ぺったんこの胸を張ってドンと叩く。その様子が可愛らしくて、アスナとランはにこりと微笑んでしまう。

 

「ふふっ。今日のユイちゃん、元気一杯ですね」

「なんたって今回の主役だからね」

「まさに初めてのお遊戯会だな。娘の成長を皆で見守る。実にハートフルな展開だなぁ」

「ははっ、確かにそんな感じかな」

「そして、それを見守る少年の姿も素敵だと言わせてもらおう!」

「って、お前だけ視点がおかしいだろ!?」

「そうでもないさ。私の心は常に君へと向いている。だから安心するがいい」

「逆に怖いわ!」

 

 ヤバイ告白をされたキリトは怖気を走らせる。彼が合流した結果、さっきより会話内容が怪しくなってしまった。そのせいで周囲から受ける好奇の視線がさらに多くなり、ランとアスナは慌てて男どもを黙らせるのだった。

 

 

 いつもの如くトラブルが起こったものの、グラハムたちは予定時間前に転移門広場へ到着した。そこには既にフィリアとアルゴが来ており、笑顔で出迎えてくれた。

 フィリアの種族はスプリガンで、SAO同様に短剣使いとなっている。一方アルゴの種族は、小柄な身体にピッタリなケット・シーで、小型のクローを両手に装備する格闘武器の使い手だ。2人のアバターはグラハムたちと同様にSAOのデータを引き継いでいるので、フィリアの髪が金髪から黒髪になったことを除けばそれほど変わっていない。

 

「待たせたな、2人とも」

「グラハム!」

「今日も無駄に良い男だナ」

「ふん。世辞はいい」

 

 グラハムから声をかけられた2人は、すぐさま駆け寄って彼の腕に抱きついた。元々その場にいたユウキとランを弾き飛ばして。

 

「きゃっ!?」

「ちょっ、なにすんだよ!?」

「なにって、愛しい彼氏を邪魔な小娘どもから奪還しただけだよ?」

「当然の行動だよナ?」

「って、なに『当たり前だよ』みたいな言い方してんの!?」

「図々しいにもほどがあります!」

 

 理不尽な行動をしておいて堂々としているフィリアとアルゴにムカッときたユウキとランは、当然のように文句を言う。またしても乙女座の男を巡る女の戦いが始まってしまった。

 その光景を静かに見つめていたグラハムは、頭上に乗っているユイと一緒に想いをつぶやく。

 

「愛情深さが暴走すると、このような悲劇を招くというのか……」

「恋って怖いものなんですね~……」

 

 2人仲良くしみじみと言う。キャラ的にギャップが激しい彼らだが、キリトたちに次いで友好度が高くてなぜか話も合う。もちろんそれ自体はいいことで、ユイも楽しそうだ。しかし、問題もある。

 

「ねぇキリト君。やっぱり、グラハム君の性格はユイちゃんの教育に悪いわね」

「ああ、そうだな」

「でも、わたしたちでは、彼を止めることなどできないわね……」

「ああ、そうだな……」

 

 キリトとアスナは、愛娘の情操教育について考え込む。しかし、破天荒すぎるグラハムの性格に対抗する術はなかった。彼らもまた、そんなグラハムのことが好きだからだ。人の意識とは、かくも複雑なものなのである。

 

 

 そんなこんなで集結した一行は、転移門を使ってスイルベーンに到着。すぐさま飛び立って古森へ向かう。

 今回のクエストは、グラハム、ユウキ、ラン、キリト、アスナ、フィリア、アルゴの7人とユイを入れた臨時のパーティで挑戦する。グラハムと遊ぶために用意したものなので、リーファたちには遠慮してもらった。友情も大事だが、恋路を優先すべき時もある。せっかくのイベントなのに、彼女たちを混ぜて単なる女子会にするわけにはいかないのだ。

 

「ただでさえ女子率高いからナ……」

「ん~? なにか言った?」

「いや、別ニ」

 

 丁度ユウキを見た時に気づかれてしまった。うろんげな目をしながら尋ねてくる彼女に対して手短な返事で誤魔化す。

 

「(まぁ、一番の強敵がここにいるんだけどネ)」

 

 不審そうな表情で自分を睨むユウキを見て、アルゴは苦笑する。ご覧の通り彼女は年相応に子供っぽいのだが、恋愛におけるアピール力が高いから油断ならない。恋愛下手で思考も分かり易いランより厄介な相手である。

 

「ソー太郎は、こういう世話を焼きたくなるタイプが好きだからナ……」

「むむ。やっぱりボクの悪口を言ってるでしょ?」

「いいや。認めてるんだヨ……ライバルとしてナ」

「?」

 

 小声になった最後の方が聞き取れず疑問符を浮かべるユウキと、そんな彼女を見て苦笑するアルゴ。天真爛漫なユウキは、お姉さんキャラのアルゴにとって最大のライバルであると同時に可愛い妹でもあった。

 

 

 そのように恋の駆け引きがひっそりとおこなわれている間に目的地上空へ到着する。

 スイルベーンの東方に広がる古森は広大な森林地帯で、前回のアップデートによって希少なドロップアイテムを持っているモンスターが追加され、かなりのプレイヤーが狩りに来ている。現在はとても貴重な武器素材を落とすフルメタル・ラビットが一番のターゲットとなっており、それを狙っていた連中が今回のクエストを発見した。

 

「本当に転移門があったな」

「アルゴの言ってた通りだね」

 

 空中に静止したみんなが目的地を確認する。そこには小さな草原があり、中心付近に小ぶりな転移門があった。数週間前までは無かったもので、何らかの原因でクエストが生成された際に出現したらしい。

 それを見てやる気スイッチが入ったユイは、キリトとアスナを急かす。

 

「パパ、ママ。早く行きましょう!」

「おう」

「そうね」

 

 愛しい娘に頼まれたら即座に言う事を聞くしかない。10代にして親バカぶりを発揮しているキリトとアスナは、速やかに転移門の前へ着地する。その様子を温かい目で見つめていた他の面子も後に続き、鍵となるだろうキリトたちを前にした形で並ぶ。

 すると、転移門の上にエフェクトが発生して、そこから小さな人影が出現した。クエストNPCのピクシーだ。

 

「初めまして、妖精の剣士様」

 

 軽やかに現れたピクシーは、スカートの裾を軽くつまんで淑やかにお辞儀をする。彼女は、ユイと同年齢ぐらいに見える美幼女で、長い金髪がよく似合っている。白を基調とした神官風の服装をしており、それに準じた役割を担っていると思われる。

 

「わたしの名はマリアベル。巫女姫に仕えし者です」

 

 マリアベルと名乗ったピクシーは、礼儀正しく丁寧な口調で話す。セリフの内容からすると、アルゴの話に出て来たクエストNPCで間違いないようだ。

 

「我らの同胞を連れてここに来たということは、おおよその事情を把握しておいでのようですね」

「ああそうだ。俺たちは君の願いを聞くために来たんだ」

「そうですか。あなた方の勇敢なる決断に感謝します。ですが、巫女姫を救うには相応の条件をそろえる必要があります。その確認を取りおこなう許可をわたしに与えてくれますか?」

「許可って、友好度を見るってヤツか?」

「はい。あなた方と共にいる我らの同胞と触れあうことで、彼女に与えられている絆の力が分かります。それが足らなければ、待ち構えている試練を乗り越えることができません」

「その試練ってのはなんだ?」

「詳細については、資格のある方にのみ伝えることになっております」

「……了解した」

 

 マリアベルの説明を聞いたキリトは納得し、そばに浮いている娘にお願いする。

 

「ユイ、出番だぞ」

「はい!」

 

 気合の入っていたユイは元気に返事をすると、マリアベルの前に飛んでいく。空中に静止した2人のピクシーが向かい合って見つめあう。その光景はとてもファンシーで可愛らしい。しかし、当人たちは至って真面目である。

 マリアベルは、自身に与えられた役割を果たすべく静かに右手を差し出す。

 

「あなたの名はユイでよろしいですか?」

「はい」

「それではユイ。わたしの手にあなたの右手を重ねてください」

「分かりました」

 

 ユイは指示通りに右手を重ねる。すると、合わさった2人の手元が輝き出す。このエフェクトが情報を読み取っている状態らしい。

 時間的には約1分といったところか。思っていた以上に長かったが、大きな問題もなく無事に終わった。

 

「……確認が終わりました。もう楽にしてよろしいですよ」

「は、はい……」

「で、結果はどうだったんだ?」

「はい。あなた方の絆は、我らの希望に適った条件を満たしていました。ゆえに、改めてお願いします。我らの窮地をお救いください」

「ああ、そのクエストを受けるよ」

 

 マリアベルから助けを請われたキリトは、二つ返事で引き受ける。その瞬間、クエストが成立して彼らの目の前にメッセージが表示される。

 

 ――【忍び寄る災厄】Quest Start――

 

 その表示を見たフィリアが思わず歓声を上げる。トレジャーハンターである彼女は、レアアイテムを入手できるこの手のイベントが大好きなのだ。

 

「やった! ほんとに成功したよ!」

「当然の結果だ。少年の愛は種族や性別を超越して、この私とも固く結ばれているのだからな!」

「お前は黙ってろ!」

 

 キリトは、NPCが対応できないような問題発言をするグラハムにツッコミを入れる。しかし、当の本人は抱きついてきたフィリアとじゃれあっていて聞いちゃいない。

 その上、周りにいるユウキたちも騒がしくなる。

 

「ドサクサに紛れてなにやってるんだよー!」

「そんなにくっついちゃダメですー!」

「ちょっ、コラッ、なんで胸を揉むのよっ! って、そんなに激しくしないでぇー!?」

 

 調子に乗ったフィリアがユウキとランを挑発した結果、返り討ちに遭っていた。

 

「はぁ、緊張が解けた途端にこれだ……」

「でも、嫉妬してるユウキとランって可愛いと思うけどな?」

「まぁ、そこは否定しないけどさ」

 

 突如始まった3人のケンカ(?)を見てキリトは呆れるが、となりにいるアスナは何となくほっとする。ユウキとランが元気にはしゃいでる姿を見ると、なぜか心が温かくなるのだ。

 

「……ふふっ」

「アスナって、ほんとにあの子たちが大好きだよな」

「えっ…………そうかもしれない、かな?」

「ようするに、シスコンに目覚めてしまったということだナ」

「うっ!」

 

 少しだけ自覚していたことを指摘されてドキッとするアスナ。彼女たちを大切に想う気持ちがそこまで成長してしまったとは。おかしいとは思わないが、周囲の人に認識されると気恥ずかしい。 なんて思っていたら、無邪気なユイがアスナを追い込むように質問してきた。

 

「アルゴさん。しすこんってなんですか?」

「ああ、それは「年下の子供を大切に想う、愛情深い人って意味だ!」

「なるほど、そういうことですか~」

「ふふっ、パパも大変だナ」

「お前たちが変だからな!」

「ははは……」

 

 グラハムたちにつっこんでおいてキリト自身も騒がしい。せっかくのクエストを放っておいて娘の情操教育に気を配る姿に、アスナとアルゴは可笑しくなるのだった。

 その騒動が起きている間、放置されたマリアベルが困り果てていたのだが。

 

「あの、そろそろ話を進めてもいいですか?」

「「ちょっと待ってて、今フィリアとオハナシしてるから!」」

「……はい」

 

 ユウキとランの気迫に負けたマリアベルは大人しく従う。まさかNPCまで痴話喧嘩に巻き込むとは。何とも締まらない冒険の始まりとなった……。

 

 

 ユウキたちがフィリアの胸を揉みまくって満足した所で、いよいよクエスト開始である。

 まずは、このイベントのために用意された転移門を使って専用マップに転移する。すると、出現した先にはピクシーサイズの小さな街があった。森に囲まれた花畑の中心に作られた、とってもメルヘンな街だ。

 

「うわぁ~、可愛い~!」

「ミニチュアの街みたい!」

 

 あまりのキュートさに、一瞬で少女たちのハートをキャッチする。

 その街は中央にそびえ立つ円錐状の塔を円状に取り囲むように作られている。建物のデザインは既存の物をアレンジしているようで、見たことがあるような感じだ。悪く言えばデータの使い回し、良く言えばすべての種族と交友があるピクシーならではの特色といったところか。

 

「でも、わたしたちじゃ入れないよ?」

「巨人が進撃してきた感じになっちゃうよね」

「もちろんその点は考慮しております。この街の周囲には魔法の結界が張られていまして、妖精が中に入るとピクシーの姿になるのです」

「えっ、ほんと!?」

「わたしたちがピクシーになれるの?」

「はい。街の中だけの変化ですので、心配せずにお入りください」

 

 そう言うとマリアベルは5メートルほど前に進み、入り口の手前で止まる。どうやら、その間に魔法の結界があるらしい。

 話を理解したユウキは真っ先に走り出し、その後にランが続く。

 

「よーし、一番乗りだぁ!」

「あっ、待ってよユウキ!」

「それじゃあ、わたしたちも行きましょ?」

「幼児化したグラハムを早く見たいからナ」

「ふっ、いいだろう。ショタとなった私の姿に、悶えまくるといい!」

「お前がピクシーになったら幻想が壊れそうだな」

 

 紺野姉妹の後をおバカな会話をするグラハムたちが追いかける。

 2メートルほど進んだところで魔法が発動したらしく、身体全体が輝き出した。そして、全員の姿をユイと同年齢ぐらいのピクシーに変えた。

 

「ほんとにピクシーになっちゃった……」

 

 自分の変化を確認したランが信じられないといった様子でつぶやく。もちろん他のみんなも同じように驚いていた。しかし、グラハムの姿を見た途端に動きが止まる。ピクシー化した彼はあまりに可愛くて女の子のように見えたからだ。

 

「お前……グラハムか?」

「その言葉、そっくりそのままお返ししよう。君は本当に少年なのかね?」

「おう、そうだぞ?」

「ああああ……! な、なんという麗しさ! 私は、君という存在に心奪われた!」

「って、その姿で言うなよ!」

 

 幼い男の娘みたいな姿でBLっぽいことを言われたら変な気持ちになってしまう。キリト自身もグラハムに負けないくらいの男の娘になっているので、より一層倒錯的である。

 とはいえ、会話の内容以外はとても美しく、女性陣は思わず見惚れてしまう。

 

「か、可愛いー!」

「なんか色々と負けた気がするわ……」

「よし、画像を保存しておこウ」

「わっ、わたしも!」

 

 ユウキたちは、ショタ好きでなくても心奪われてしまう光景に熱中する。

 その様子をユイと一緒に見つめていたアスナは、見た目とのギャップに苦笑する。

 

「みんな可愛らしくなったのに中身はそのままだね」

「ふふっ、そうですね」

 

 アスナの問いかけに答えるユイもニコリと笑う。確かに中身はアレだけど、見た目は自分と同い年に見えるので、なんとなく楽しい気分になる。

 

「みなさんと同じ背丈なんで、とっても不思議な感じがします」

「そうだね。今は先輩ピクシーのユイちゃんが、わたしたちのお姉さんになるのかな?」

「わたしがお姉さんですか?」

「うん。問題児が多いから大変だけどね」

「……えへへっ、それでも嬉しいです!」

 

 ユイは、お姉さんというポジションがとても気に入った。基本的に成長する事がない彼女にとっては大変魅力的な言葉だったのだ。今回のクエストに参加できて本当によかったと思えるほどに。




次回はクエストの目的説明をしてから最初の冒険に入ります。
それから、次の更新は諸事情により遅れると思います。


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第14話 狙われた巫女姫

軽い手術を受けまして、名状しがたい苦痛と格闘中であります。
やはり健康が一番の宝ですね……。

今回は、クエスト説明回です。
ほんのりと大変な感じになっております。


 魔法でピクシーの姿となった一行は、NPCのマリアベルに案内されて小さな街を移動する。

 建物は他の種族の物よりメルヘンな感じにアレンジされており、このクエストだけのために用意されたとは思えない出来栄えだ。流石はフルスペック版のカーディナル・システムと言ったところである。

 当然ながらとっても貴重な光景なので、みんなは夢の国へ遊びに来た子供のように感動する。

 

「うわぁ~、こんなに作り込まれてるなんて、やたらと豪華なクエストだね~」

「うん。とっても可愛いから、ここだけなんて勿体無いよね」

 

 ロリっ娘と化したユウキとランがキャッキャとはしゃぎながら感想を述べる。

 そんな中、フィリアとアルゴはお店と思しき建物をチェックしていた。もしかしたら、ここだけで入手可能なアイテムを購入できるかもしれないと期待したが、どこも閉まっていて中に入れない。

 

「やっぱりドアは開かないわね」

「たぶん、中身が無いんじゃないカ?」

「舞台の書き割りみたいな感じかぁ」

「入れたとしても【底なし】の異空間につながってるだけだろうナ」

「そう考えると、ファンシーなデザインがかえって怖いわね……」

「って、せっかくの感動が台無しだよ!」

 

 身も蓋も無いことを言う2人にジト目を送る。確かにゲームではありがちな仕様だが、あえて言わなくてもいいじゃないか。

 ただ、このクエストにおいては建物に入れない理由がちゃんとあった。その答えは、街に入ってから続いている無人の風景にある。

 

「さっきから誰とも会わないな」

「恐らく、今回のクエストと関係があるとみた。この街の住人は何らかの原因で外に出れないのではないかと推察するが、私の予測は当たっているかな、マリアベル?」

「ええ、その通りです。今この街にいる者たちは、外に出ることを恐れて閉じこもっています」

「ほう、それはなぜかな?」

「現在我々は神の加護を失いつつあるからです」

「神の加護を?」

「そうです。妖精族の中でもっともか弱い我らは、神に加護されることでこの世界に存続しております」

 

 先頭を行くマリアベルは、前を向いたまま語る。

 

「神よりアルヴヘイムの道先案内を仰せつかった我らは、その務めを果たす見返りとして加護の力を授かっているのです。しかし、此度の災厄によって神との繋がりが絶たれてしまいました。そのため、現在の我らは滅びの危機に瀕しているのです」

 

 マリアベルが伝えた内容は、ALOにおけるピクシーの役割をフレーバーテキスト風にアレンジしたものだった。ようするに、ナビゲーションの役割を与えられているピクシーは、カーディナル・システムによってイモータルオブジェクトに設定されているという意味だ。つまり、神の加護を失うということは、破壊できるキャラクターになってしまうことになる。

 そうなれば、心無いプレイヤーに殺されてしまう可能性が出てくるわけだ。もし、この世界を現実として考えれば、外出できなくなってもおかしくない話である。暴力を許されたこの世界に彼らを守る法律なんて無いのだから。

 

「主の庇護にある同胞と違って、今の我々には身を守るすべがありません。ゆえに、神に与えられたこの聖域へ身を隠すしか自身を守る手立てがないのです」

「そうか。だからナビゲーション・ピクシーがいなくなったのね」

「ふぅん、そういうことなんだー」

 

 マリアベルの話を聞いてユウキたちは納得の声を上げる。これでプライベート・ピクシーと友好度が高いプレイヤーが選ばれた理由も分かった。しかし、神の加護を失いつつある理由が分からない。そのため続きを聞こうとしたが、今度ははぐらかされてしまう。今はまだ語る時ではないらしい。

 

「詳しいことは、巫女姫がいらっしゃる祭壇にてご説明します」

「了解した。愛の告白は、美しい姫君の元で聞くとしよう」

「いえ、愛の告白などはしませんけど……」

「皆まで言うな! 先刻承知だ」

「承知してんなら言うなよ」

 

 NPCすら困らせるグラハムの言動に、皆で呆れた視線を向ける。もちろんマリアベルが愛の告白をするはずは無いし、巫女姫もそれを聞ける状態ではなかった。

 

 

 街の中央にそびえ立っている塔の中に入ったキリトたちは、その中心にある祭壇へとやって来た。そこは巫女姫が神々とアクセスする神聖な場所だ。しかし、今は全く機能していない。なぜなら祈りを捧げるべき彼女が、巨大なクリスタルで全身を覆われているからだ。

 

「あれが巫女姫?」

「なんか封印されてるみたいだね」

 

 ユウキとランが巫女姫を観察する。青いクリスタルに覆われた彼女は空中に浮かんでいるような姿で目を瞑っており、意識は無いらしい。見た目はユイたちと同様に幼い少女で、長いプラチナブロンドの髪をいくつものロール状にしている、まさにお姫様といった容姿だ。

 

「このお方がピクシーの領主・巫女姫にあらせられます。祈りを捧げることで神と対話し、示された神託をもって我らをお導きくださる尊き存在です」

 

 マリアベルがみんなの視線を読んで説明し始める。どうやら、巫女姫がこんな状態になったことで危機的状況に陥っているらしい。

 

「モンスターに襲われてこんな状態になっているのか?」

「はい。巫女姫の精神を操ることで神の力を奪い、自身を不死の存在へ進化させようと企んだ者が、結界の隙間から使い魔を送り込んで毒を盛ったのです。その結果、巫女姫は精神を蝕まれてしまい、完全に意識を奪われる前に自らを封印なされたのです」

「なるほど。カーディナル・システムにクラッキングを試みるような敵がいるということカ」

「そう言っちゃうと色々台無しだけど、確かにそんな感じだね」

 

 アルゴとフィリアはそれぞれの意見を出し合って納得する。とんでもない展開だが、設定としては説得力がある。

 

「ところでさ、ソイツは不死になってどうするの?」

「それはわたしにも分かりません。しかし、彼の者があなた方の敵であることは確かであり、不死になれば何人たりとも手出しできなくなります。そうなれば、この世界は滅びの道を進んでいくことになるでしょう」

「滅ぶってアルヴヘイムが?」

「そうです。彼の者は、妖精が発する負の感情を糧に力を増大させる魔性の存在。不死となり、我ら妖精族を殺し続けることで、いずれは世界すら破壊できるようになるはずです。今はまだ巫女姫の封印を破るほどの力も無く、自身の作った結界内で力を蓄えているようですが、再び襲いかかってくるのは時間の問題でしょう」

 

 ユウキの質問に答えたマリアベルの言葉は、予想以上に重たかった。単なるクエストが、世界を危機に陥れる壮大な物語に進化してしまった。しかし、それを聞いたみんなは半信半疑である。

 

「随分話がでかくなったけど、クエストを失敗しただけでそこまで起こらないよね?」

「まぁな。どうせイベントを盛り上げるためのフィクションだよ」

 

 キリトは思ったことを口にする。彼らの言うように、単なるクエストの結果次第で世界が滅ぶことになるなど普通なら考えられない。しかし、オリジナルのカーディナル・システムで稼動しているこのALOでは話が別だ。

 その事実を知っているユイは、真剣な面持ちでキリトの意見を否定する。

 

「いいえパパ。マリアベルさんが言っていることは実際に起こる可能性があります」

「えっ?」

「一体どういうことなの?」

「オリジナルのカーディナル・システムには、ワールドマップを全て破壊し尽くす権限があるからです。なぜなら、旧カーディナルの最後の任務は、浮遊城アインクラッドを崩壊させる事だったのですから」

「ということは、このクエストを失敗したら……」

「もしかすると、イモータルオブジェクトになったボスが世界を破壊し始めるかもしれません」

 

 自分の意見を答えたユイは、可愛い顔に焦燥感を浮かべる。もちろん彼女が嘘をつくはずはないし、知識も確かである。

 だとすれば由々しき事態だ。たとえゲーム内の話だとしても、真剣に遊んでいる彼らにとっては現実と同様に大事なことだった。ユイという仮想世界の仲間がいる以上、ふざけてなどいられないのだ。しかも、復旧できる可能性があるのか分からないため、迂闊な判断もできない。

 

「ねぇキリト君。世界を破壊されたらどうなるの?」

「ようするにマップを破壊するってことだと思うけど……。もし運営側が定期的にバックアップを取っていなかったら、プレイヤーデータ以外は全部初期化するしかないだろうな……」

「ええっ!?」

「全自動でメンテナンスを不要とする代わりに手動によるデータ管理が難しくなっているカーディナル・システムの欠点だナ。あまりに手間がかかるから、大規模なバックアップをおこなっている可能性は低いと思うゾ」

 

 キリトの意見を聞いたアルゴは更に詳しい予測をする。簡潔に言えば、かなりの危機的状況ということだ。

 もし、彼女たちの話が実際に起こってしまったら、現実にも影響が出ることになる。長いキャンペーンクエストを一からやり直しするハメになったり、被ってはいけない貴重なアイテムが没収されてしまうなどの実害が出れば、多くのプレイヤーが怒り狂うはずだ。

 

「そうなると、ヘビーユーザーが大暴動を起こして酷いことになるだろうな」

「当然ALOの運営にも響くと思うゼ。最悪の場合は、二度と遊べなくなるかもしれなイ」

「そんな!」

「ってことは、このクエストってすごくヤバいんじゃ……」

 

 キリトとアルゴの推察を聞いてユウキたちがうろたえる。

 超法規的措置とも言える力が働いて、本来ならそのまま使えないカーディナルシステムの使用を許した結果がこれだ。人間の精神による影響を受けるような不確定要素の強いシステムが、運営側の思惑を超えて異常事態を起こしているのである。

 

「GMに知らせて消去してもらうか?」

「いや。恐らくその手はもう使えないだろう」

「なんでだ?」

「私たちがクエストを受けてしまったからだよ。もし、私たちがこのクエストをリタイアしたとしたら、その時点で最悪の結末が始まってしまう可能性がある。GMで対処できるか確証が無い以上、このままクリアすることが得策だ」

 

 確かに、グラハムの言うことには一理ある。そもそも、こんな話をGMに知らせたとして、まともに対応してくれるか怪しいものだ。ユイの存在を説明できない以上、こちらの説得力はほとんど無いのだから。

 

「こうなったら、俺たちだけでやるしかないな」

「ええ、そうね」

「大丈夫。ボクたちなら何とかなるよ!」

「わたしも全力で戦いますから」

「うん、みんなでがんばろう!」

 

 事態の重大さを理解したユウキたちは、逆にやる気を漲らせる。SAO組は言うに及ばず、ユウキとランも別世界の影響を受けて大きな度胸を得ていたため、このぐらいでへこたれはしない。なにしろもう1人の彼女たちは現実世界で本当の死と戦っていたのだから、その精神力は絶大だ。

 何はともあれ、全員の覚悟は決まった。結局の所、当初の予定通りにクエストをクリアすればいいのだ。そうなればと、勢い込んだキリトが話を進める。

 

「それじゃあマリアベル。俺たちはなにをすればいいんだ?」

「はい。あなた方には、巫女姫の精神を蝕んでいる毒を消し去るために霊薬を入手してもらいたいのです」

「霊薬?」

「ピクシー族の伝承には、あらゆる毒を中和する霊薬を作り出すことが出来る霊獣が存在しているとあります。はるか昔、この聖域に満たされている神気に惹かれて、ここより東方に広がる【清浄なる乙女の森】に住み着いたらしいのです。そこへ赴いて霊薬を入手できれば、悪しき存在の企みも潰えることでしょう」

 

 マリアベルは神妙な面持ちで語る。どうやら、ボスと戦う前にお使いイベントがあるらしい。

 

「目指すべき霊獣は非常に獰猛だと伝えられております。また、その道中でも霊獣に仕えし眷属が襲い掛かってきます。そのため、戦う力の無い我々ではどうすることも出来ません。ですので、勇敢なる妖精の剣士様にご助力をお願いしたいのです」

「ああ分かったよ。俺たちが巫女姫を助けてやる」

「心より感謝申し上げます」

「ところで、男女の組み合わせが必要なのはどうしてなんだ?」

「それも伝承に記してあったのですが、霊獣に対抗するためには強い絆で結ばれた男女が力を合わせる必要があるらしいのです」

「そういうことか……」

 

 今のセリフで大体分かった。その霊獣というのは中ボスで、そいつを攻略するために性別の違いが必要なのだろう。

 

「その他の情報はユイに渡しておきます。後は彼女の案内に従ってください」

「分かった」

 

 今のやり取りで情報の開示がおこなわれたらしく、早速確認したユイがうなずく。

 

「パパ。わたしの準備はオッケーです」

「よし、それじゃあ行くか」

「ああいいとも! 少年とならば、たとえ地獄の果てまでもお供させていただく!」

「まぁ、ほどほどにヨロシクな」

「ふっ。君との愛を貫いて修羅道に堕ちるもまた一興……いや、この場合は衆道と言うべきかな?」

「やっぱりお前は来なくていい!」

 

 せっかく気合を入れたのに、グラハムのせいで台無しになった。あえてシリアスな空気を和まそうとしたのか、単なるバカ野郎なのか。被害者のキリトとしては考え物だが、彼に好意を寄せている少女たちにとってはどちらでもよかった。

 

「もう、ソウ兄ちゃんにはボクがいるでしょー?」

「キリトさんばかりじゃなくて、わたしたちを見て欲しいな?」

「ほう。この私を口説き落とそうとするとは。頼もしいな、フラッグファイター!」

「お前らはどこまでもマイペースだな!」

 

 世界の危機を前にしてもイチャイチャして見せる能天気なグラハムたちにツッコミを入れる。しかし、幸せそうな彼らの前では空しく響くだけだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 マリアベルから説明を受けた一行は早速出発する。

 ピクシーの街から出ると一瞬で元の姿に戻ってしまい、ユウキたちは少し残念に思った。特に可愛いものが大好きなランは後ろ髪を引かれる思いをしていた。

 

「元に戻っちゃった……すごく気に入ったんだけどなぁ」

「そうだねー。みんな可愛かったモンね」

「でも、アルゴはあんまり変わらないわね。特に胸が」

「ほウ。そんなにオレっちとオハナシしたいのかなぁ、フィリア?」

「うひゃぁ!? って、なんであんたたちはわたしの胸を揉むのよぉー!?」

 

 余計な一言を言ってしまったフィリアは再び乳揉みの刑を受ける。キリト一家は、そんな彼女たちを生暖かく見守りながら道筋を確認する。

 

「ねぇユイちゃん。清浄なる乙女の森ってここから遠いの?」

「いいえ。マップデータからすると、それほど離れていないようです。ちなみに、このエリアは迷宮扱いなので空を飛べません」

「楽はできないってことか」

 

 ユイの説明を聞いたキリトはガッカリする。飛べない理由はちゃんとあって、ピクシーを守護するために作られたこの空間では他種族の力を抑えられているという設定だった。もちろんモンスターなども同様なので戦闘自体に影響は無いのだが、飛行制限だけは避けられないようになっている。ようは、『ズルしないで地道に攻略しろ』ということだ。しかし、ゲームバランスを保つために飛行禁止になることはよくあるので、その点は特に気にしない。

 今はそんなことより、静かに考え込んでいるグラハムの方が気になる。彼が何に気を取られているのか、一家を代表してユイが質問してみる。

 

「グラハムさん、なにか考え事ですか?」

「うむ。私は、このクエストがユイを意識して用意されたと考えている」

「その根拠は?」

「あるわけがない!」

「少しは考えとけよ!」

 

 いざ聞いてみたら、むかつく答えを返された。しかしアスナは彼の言葉を肯定する。

 

「でも、可能性はあるかもしれないよ? プライベート・ピクシーが関係していることもそうだけど、ボスがプレイヤーの負の感情でパワーアップするって、ユイちゃんと真逆の状況でしょ? 何となくだけど、ユイちゃんのことを調べて作られてるような気がするわ」

「そう言われると確かに関連性はあるな……。ALOのカーディナルがMHCPのユイに気づいてちょっかいを出してきたのか。それとも別の要素が絡んでいるのか。いずれにしても、実際に俺たちが選ばれた以上、疑う価値はあるか」

「ふん、根拠の無い推論に惑わされるなど、片腹痛い」

「お前が言い出したことだろうが!」

 

 自分を置いて話を進められたことにすねたのか、子供っぽく突っかかってくるグラハム。とはいえ、妙に勘の鋭い彼のおかげでこのクエストに疑惑を持つことが出来た。杞憂ならばそれで良しだが、これからは細心の注意を払って進めていくべきかもしれない。

 

 

 それからしばらく経ち、ユイの案内で清浄なる乙女の森の入り口までやって来た。道中はほぼ一本道で敵も出現しなかったが、ここからが本番というわけだ。

 

「いよいよか……」

「どうしたユウキ。緊張しているのかね?」

「う、うん……ちょっとだけ」

「失敗できないと思うと怖くなるよ……」

「同感だな。全滅した瞬間に世界が終わるというのなら、気後れするのもまた道理。だからこそ、あえて言わせてもらおう。生きて未来を切り開け!」

「「……うん!」」

 

 本番を前にして若干弱気になっていた紺野姉妹だったが、エリスママから送られたエールの言葉を聞いては奮い立たないわけにはいかない。

 

「ならば行くぞ、フラッグファイター!」

「「了解!」」

 

 身内ネタで盛り上がった3人は、気勢を上げて森へと駆け出す。しかし、中に入る前にユイから呼び止められた。

 

「ちょっと待ってください!」

「うぇっ!?」

「きゃっ!?」

「なんとぉ!?」

 

 急に声をかけられて驚いた姉妹がバランスを崩し、前を行くグラハムにぶつかって仲良く倒れこむ。

 ズザザァーッ!

 3人は前のめりに倒れて盛大に土煙を上げた。両腕を前に伸ばしたまま地面を滑る様子はギャグアニメそのものである。自分のせいでヘッドスライディングを極めてしまった彼らを見たユイはしまったと思ったものの、とりあえず無かったことにする。攻略を始める前に説明しておかなければならないことがあったのだ。

 

「えっと……この森は特定の条件を満たして進まないと目的地まで進めないようになっているようです」

「その条件ってのはなんだ?」

「残念ながら答えは記されていません。でも、森に入った直後からチェックされる可能性があるので、ここで対応策を考えておくべきだと思います」

「なるほド。それなら、プライベート・ピクシーを所有しているキリトを先頭にした方がいいかもナ」

「そうだね。このクエストはユイちゃんがカギになってるから有り得るかも」

 

 転んだままのグラハムたちは置いといて、とりあえず説明を始めるお茶目なユイ。そんな彼女の話を聞いたキリトたちは、すぐさま納得する。

 ユイが得た情報によると、『霊獣の縄張りと化した森には特殊な結界が張られており、侵入を許された者のみが解除することができる。もし条件を満たすことができなければ、容赦なく排除されるだろう』とある。つまり、条件を確認する審査が森のどこかでおこなわれ、失敗すれば一からやり直しという意味だと思われる。それがどのような形でチェックされるか分からない以上、条件を満たしていそうなキリトを最初から先頭に置くのは理にかなっている。

 何はともあれ、突入する前にやっておくべき事は済ませた。

 

「それじゃあ早速、お宝探しに行こうよ!」

 

 こんな状況でも割と落ち着いているフィリアは、思いっきり自分の趣味を全開にしたセリフを叫ぶ。SAOで攻略組を経験した彼女にとって、この程度の問題などどうということはない。

 無論、それはグラハムも同様で、さっきから静かにしている。そんな彼に視線を向けたフィリアは、楽しい気分を共有しようと話しかける。しかし、そこには彼女の意に反した光景が広がっていた。

 

「ねぇグラハム。こうやって一緒にクエストしてると、SAOの時を思い出すよねーって、なにやってるのー!?」

 

 気づくのが遅かったフィリアは、こそばゆいセリフを言い終えてからツッコミをかます。彼女の視線の先には、さきほど倒れた場所で寝転びながらイチャイチャしている3人の姿があったからだ。

 

「ねぇソウ兄ちゃん。プールに行った後はボクたちだけで海水浴に行こうよ!」

「実はママが旅行を計画してるんだ。もちろんソウ君も一緒だよ?」

「ほう。その情報は青天の霹靂……いや、千載一遇の機会と言うべきか。麗しき乙女たちと真夏のアバンチュール……。想像しただけで、欲望が体の端から滲み出てしまいそうだ!」

「思いっきりくつろいでる!?」

「お前らほんと自由だナ!」

 

 やけに大人しいなと思っていたら、3人仲良く頬杖をついて夏休みの予定を話し合っていた。

 

「ははは……あの子たちも結構大物だね」

「グラハムの幼馴染だからな」

 

 地面に寝転がりながら楽しそうに語らうユウキとランを見て、アスナたちは苦笑するのだった。




次回は、ようやく戦闘開始です。
中ボス戦の終わりまで行けるといいな~って考えております。


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第15話 UCパニック

『四月は君の嘘』の最終回を見て久しぶりに泣きました。
マザーズ・ロザリオ編に通ずるものがあって、とっても感動的な結末でした……。

今回は、最初のダンジョン攻略&ボス戦となります。
ガンダムネタが多々あるので、分からない人はゴメンなさい。


 事前に決めた通り、キリトを先頭に清浄なる乙女の森へ入る。ユイに送られた情報を確かめた結果、何らかのトラップが仕掛けられている可能性があったからだ。この森には結界が張られていて、フロアボスだと思われる霊獣に気に入られた者でなければ解除できないらしい。その罠がエリアに入った途端に発動するタイプだった場合を警戒して条件を先読みしたのである。

 

「鬼が出るか蛇が出るか。刮目させてもらおう」

「ああ、行くぞみんな」

 

 ようやく本気モードに入ったグラハムの言葉を受けつつ、ユイを連れたキリトが森の中へと入っていく。中の様子はいかにもファンタジーゲームに出てくるような作りで、不思議な植物が生えていたり、奇妙な光の粒が飛び回っていたりしている。

 しかし、綺麗な風景に反してエクストラクエストは容赦なかった。身構える前に、周囲を漂っていた光の粒がキリトに向けて集まってきたのである。

 

「うわっ!?」

「きゃっ!?」

 

 彼の身体が一瞬だけ光り輝き、何事かと思う間もなく消え去る。奇妙な現象だったが、最初に予想していた通り侵入すると発動するタイプのトラップだったらしい。

 

「キリト君、ユイちゃん!」

「大丈夫。俺たちに異常は無い」

「どうやら、今の光で条件を満たしているか確認したようです」

 

 キリトの頭上に座ったユイは、落ち着いた様子で説明する。この森から排除されるというトラップの条件審査が先ほどの現象だったわけだ。

 しかし、今のところ何の変化も見られない。

 

「追い出されなかったってことは、条件をクリアできたのかな?」

「いや、それはまだ分からないゾ。エリアの最初にこんな仕掛けがあるということは、この後も同じ展開が続く可能性が考えられル」

「なるほど。間違っててもいきなり追い出されるってわけじゃないのか」

「その代わりに何らかのペナルティが発生してるかもしれませんね」

「そうだナ。そんな感じで試行錯誤を繰り返して答えを見つけ出す仕組みなんだロ」

 

 ユウキの疑問に対して、アルゴ、フィリア、ランが議論を交わす。この手の謎解きは数多くこなしているのでお手の物である。

 

「だとすれば、このエリアの難易度が上がっているかもしれん。引き締めろよ」

 

 アルゴたちの話をまとめたグラハムは、軽やかに抜剣しながら戦闘体制に入る。

 そう、モンスターとの戦いが始まるここからが本番だ。何の因果か、このクエストは全滅せずに一度でクリアしなければならないという厳しい状況下におかれている。歳も若くSAOを経験していないユウキとランにとっては荷が重いと言えるだろう。ゆえに、グラハムは彼女たちを気遣わずにはいられない。

 

「気負うなよ2人とも。君たちに降りかかる火の粉は、この私、グラハム・エーカーが振り払ってみせるさ」

「ありがとうソウ君。でも心配しないで。SAOの時は待ってることしかできなかったけど、今は一緒に戦えるから逆に嬉しいんだよ?」

「そうだよ。今度はボクたちがソウ兄ちゃんを守ってあげる!」

 

 そう言うと、2人そろってグラハムに抱きついてくる。真面目な話をしているうちに、彼を失いかけた過去を思い出してしまったのだ。SAOから抜け出せず、いつ死んでしまうかも分からない彼を見守り続けるしかなかった、あまりに無力な日々。今でもあの頃の恐怖感は忘れられない。だからこそ、一緒に戦える幸せを心の底から実感しているのである。

 そして、その気持ちはグラハムも同様だ。実際に死にかけた彼も2人の心情がよく分かる。

 

「嬉しい事を言ってくれる。トップファイターとしての矜持もあるが、可憐な乙女たちに守られるのも悪くはない。その暖かな想い、謹んで受け取らせてもらおう」

 

 流石のグラハムもこういう時にはふざけたりしない。大好きな幼馴染が真っ直ぐに自分を想ってくれているのだから当然だ。仲間を想う時のものとはまた別の感情が彼の心を満たしていく。

 友情と愛情……それは近くて遠い存在であり、フィリアとアルゴにとっては痛切に実感できる事実だった。

 

「あ~あ。分かっちゃいるけど、やっぱくやしいわね」

「恋とはままならないものだからナ。そこが辛いところでもあるが、楽しいところでもあル」

「はぁ、あんたも厄介な女ねぇ」

「それはお互い様だロ?」

「ふふっ、まぁね」

 

 そばで彼らのやり取りを見ていた2人は、複雑な想いを抱きながらも穏やかな微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 森の入り口で無遠慮な洗礼を受けたキリトたちは、警戒を強めながら進んでいく。すると、彼らの努力に報いるかのように大量のモンスターが襲い掛かってきた。

 どれも人の姿をした女性型のモンスターなので、一見するとホラー映画で大量のゾンビに囲まれているような光景になっていた。

 

「きゃー!?」

「なんかすっごい怖いよー!?」

「ええい、歪んだ愛を押し付けてくるとは、清浄なる乙女が聞いて呆れる!」

 

 ユウキたちは、いきなり始まった恐怖展開にビビりながら剣を振るう。

 この森に出現するモンスターは、名前の通り女性型ばかりだった。

 古い家などに現れ、気に入らない者を容赦なく排除するメイドの妖精、エスカペイド・シルキー。妖精の恋人という意味の名前を持ち、男の精気を奪う魔性の妖精、ジェラス・リャナンシー。死を予見しているうちに負のエネルギーを取り込み、自らの手で死を振りまく存在へと堕ちてしまった嘆きの妖精、バンシー・ノワール。美しい容姿に狂気を秘めた彼女たちは、ぞっとするような笑みを浮かべながら襲い掛かってくる。

 

『アハハハ!』

「ちぃ! 乙女の姿で襲い掛かるとは! この私を惑わすか、ガンダム!」

 

 バンシー・ノワールが振り下ろしてきた大鎌をかわしながらネタ発言をかますグラハム。もちろんガンダムとは関係なく、彼が放ったカウンター攻撃によってあっけなく倒される。しかし切が無い。明らかに敵の数が多すぎるのだ。

 

「この圧倒的な物量、尋常ではないな。通常の3倍はあるとみた!」

「最初のアレでトラップが発動したんだっ!」

 

 キリトとグラハムは攻撃の手を止めずに状況を分析する。これがトラップにかかったことよって発生したペナルティの結果だとしたら、条件を間違えていたことになる。

 だとすれば、別の答えを見つけなければならないが、この場はモンスターをどうにかしなければならない。

 

「とにかく今はここを抜けル!」

「これじゃあ落ち着いてお宝探しもできないからね!」

 

 アルゴとフィリアは、息の合ったコンビネーション攻撃で敵を屠りつつ前進していく。格闘と短剣という速度重視の組み合わせで、SAOでも大いに活躍した彼女たちの戦いっぷりは見事なものだ。それはユウキたちも認めるところである。

 

「くやしいけど、やっぱり強いね!」

「グラハムにいいトコ見せたいからね!」

「わたしたちだって同じです!」

「ふふっ。そろいもそろって健気すぎる良い女だナ!」

「ほんと、ソウ兄ちゃんは幸せ者だよ!」

 

 恋のライバルである彼女たちは、お互いに意識しあいながらもポジティブに進んでいく。心身ともに若くて健康的な彼女たちは、健全な恋愛を楽しんでいた。

 

「ははっ、愛されてるなぁグラハム?」

「ふっ、もしや嫉妬しているのかな? この私の心を独り占めしたいとは、我侭な少年だ」

「なぜそうなる!」

 

 いつもネタにされているキリトはここぞとばかりにイジろうとしたが、逆にやり返された。所詮は元コミュ障、会話という点では迷惑なほどに開放的なグラハムの敵ではない。

 何はともあれ、そんな感じで和気藹々としながらも敵の包囲網を突破することに成功し、そのまま次のエリアに続く道へ向かう。

 

「ふぅ。最初からすごい歓迎っぷりだね」

「流石はエクストラクエストと言ったところかな」

 

 一息ついたユウキとランは、並走しながら笑顔を向け合う。しかし、モンスターに追いつかれる前に答えを見つけて次のエリアに入らなければならない。考えている時間はあまり無かった。

 とはいえ、グラハムたちはそれほど焦ってはいない。実を言うと、この条件の選択肢はそれほど多くないからだ。キリトでダメだったということは、彼女の出番だろう。

 

「やはり答えはアスナだろうな」

「ああ、女だらけの敵を見て確信できたな」

 

 既に条件を察していたグラハムとキリトは互いに確認しあう。

 

「えっ、2人はもう答えが分かってんの?」

「無論だ。今回のクエスト条件で異性のプレイヤーが求められていたことを思い出せば、おのずと答えに行き着くだろう?」

「あっ、なるほど! 女性が条件だったのかー。でも、なんで女性?」

「そのヒントはこのイベントにある。乙女にのみ心を許し、あらゆる毒に対抗できる力を持った霊獣とくれば、想像できるものは一つしかない」

「そうか、ユニコーンね!」

 

 グラハムの説明で答えが分かったアスナが叫ぶ。

 額の中央に一本の角が生えた馬のような伝説の生物、ユニコーン。乙女に思いを寄せ、処女の懐に抱かれて大人しくなるというユニコーンなら、これまでの展開にピッタリ合致する。お人形のようなピクシーを連れた女性プレイヤーを少女性の象徴として捉えているのだ。

 

「答えが分かったらすごい納得できるね」

「うん。美人のアスナにピッタリだもんね」

「え~、そうかな~?」

 

 ユウキたちに真っ直ぐな視線で褒められたアスナは照れてしまう。紺野姉妹はアスナのことを慕っているので、思った以上に美化しているようだ。

 確かにそこには事実も含まれているので、すべてを否定しない。アスナはそれだけの魅力を備えた美少女だ。しかし、彼女のことをよく知っているグラハムとしては、言っておかなければならないことがあった。

 

「いや、それはどうかな? 何しろ女は魔物だ。少年の心を奪うために処女を捧げて、このクエストのクリア条件を失っている可能性が……」

「無いわよ!!?」

 

 トンデモないことを想像されて荒ぶるアスナ。確かにSAOではそのような事実もあったが、ALOでそれを認識できるはずはない。というか、されてたまるか。

 そもそも、ここには幼いユイがいるのだ。母親であるアスナとしては、これ以上黙っていられない。

 

「ユイちゃんの前で変な話しないでよ!」

「変とは心外だなぁ。恋人同士で身体を重ねることは、愛を確かめ合う神聖な行為だ。それを歪めて解釈しているのは、君自身に邪な気持ちがあるからではないかな?」

「そ、それはそうかもしれないけど、ユイちゃんにはまだ早いって言ってるの!」

「果たしてそうかな? AIであるユイは年齢を超越した存在だ。容姿に囚われず物事を正しく教えれば、人間の負の感情に対抗する力を与えてやれるだろう。それは親として必要な教育だと私は思うが?」

「うっ……くやしいけど一理あるかも……」

 

 ユイの情操教育を心配して注意し始めたアスナであったが、口の上手いグラハムに言い負かされてしまった。しかも、父親であるキリトも考慮してみる価値はあるかもしれないと半ば誘導されている。はっきりいって詐欺被害にあいつつある善良な親子といった様子である。

 

「どうだユイ。愛について、私のレクチャーを受けたいかな?」

「はい。グラハムさんのお話はとっても面白いから、たくさん聞きたいです!」

「ならばお話しよう! 私と少年が紡いだ、甘くせつない愛の物語をなぁ!」

「それはアウトでしょ!!?」

「っていうか、そんな事実は無い!!」

 

 結局おかしなオチがついて、いつものようにツッコミを入れるキリトとアスナ。危うい所でユイのピュアハートは守られたのだった。

 

 

 恒例のようになったひと悶着を起こした後、アスナとユイを先頭にした一行は順調に攻略を進めた。キリトと代わった変化は明らかで、次のエリアではほとんどモンスターも出ず、お宝もたくさん手に入った。どうやら、ALOのユニコーンはアスナを気に入ったらしい。

 そのおかげでみんなの機嫌も大分よくなってきた。特にフィリアは、豪華なアイテムを入手しまくってホクホクである。

 

「さぁ、次行くわよ~!」

「なんか、フィリアのキャラが変わった気がする」

「あいつは根っからのトレジャーハンターだからな」

 

 嬉々としてお宝を回収しまくるフィリアに苦笑しながら、ユニコーンが待ち構えているだろう最奥部へと歩みを進める。

 そこは、幻想的な光が降り注ぐ森の中の楽園だった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 大自然の迷宮を抜けた一行は、一番奥のエリアに到着した。これまでの木々に囲まれた風景と違って、広大な草原が円形状に広がっている場所だ。その奥には神秘的な泉があり、そこに求める霊獣がいた。浄化と再生の力を持ったユニコーンだ。

 

「なんか感動的だね……」

「うん。すごく綺麗……」

 

 超有名な霊獣を見たユウキとランは素直に見惚れた。

 彼女たちの目の前にいる白馬は伝説に謳われるように神々しい姿で、螺旋状の筋が入った角を額からそびえ立たせている。ただ、その体躯は普通の馬の3倍以上あるため、とてつもない威圧感を発している。ようするに、倒すべきボスというわけだ。

 

「伝承だと、処女に心を許して大人しくなったところを襲えば簡単に倒せるってことになってるけど、そうはいかないよな」

「言わずもがなだ。可能性の獣は、シャアの再来ですら射止められないじゃじゃ馬なのだよ!」

 

 ユニコーンは、獰猛な性格ゆえに七つの大罪の一つである『憤怒』の象徴にもなっており、自身を裏切った者は、たとえ愛する乙女でさえも例外なく殺してしまう。

 現に、目の前にいるソレは、こちらに敵意を向けている。

 鼻息を荒げながらキリトたちを睨みつけた後に、前足を高々と持ち上げていななく。それと同時にHPゲージが3本表示され、戦闘が始まる。

 

「ヒヒィィィ―――――ンッ!!!!!!」

「来るぞ!」

「総員散開!」

 

 鋭い角を力強く輝かせて猛然と突進してきたユニコーン。それに対して、引きつけ役のグラハムを残したキリトたちは、四方に散って攻撃を開始する。

 まずは、ユウキとランが左右からのはさみうちで突きを繰り出した。

 

「てやぁ!」

「そこっ!」

 

 彼女たちの放った鋭い刺突がユニコーンの腹に迫る。まっすぐ突進してくる巨体は見た目通りに小回りが利かないらしく、完全に直撃するタイミングだ。しかし、当たると思われたその攻撃は、予想外の現象によって防がれてしまう。

 ガキィィィンッ!!

 

「えっ!?」

「弾かれた!?」

 

 何か硬いものに当たったような音と共に2人の剣が阻まれる。

 

「なに今の!?」

「もしかしてバリア!?」

「ちぃ! サイコ・フィールドとは、小癪なマネを!」

 

 出鼻をくじかれて癇に障ったグラハムは、正面から突進してくるユニコーンめがけて走り出す。

 

「その身持ちの堅さ、崩させてもらおう!」

 

 自分めがけて大振りに横払いしてきた角をジャンプでかわしつつ、無防備に晒された首筋に剣を振るう。

 ガキィィィンッ!!

 再び硬いものに当たったような音が鳴る。しかし、今度は完全に防がれなかった。グラハムの剣は一瞬だけ抵抗を感じた後にユニコーンの首筋を切り裂いていた。

 

「攻撃が通った!」

「首が弱点ってこと?」

「それにしてはダメージが少ないよ?」

「判断を急ぐな。今はとにかく攻撃を続けるぞ!」

 

 これまでの様子を見ていたキリトは特殊な攻略法が必要だと見抜き、情報収集のためにさらなる攻撃を促す。

 その言葉を受けて、今度はフィリアとアルゴが飛び込んでいく。高速で振り回される角をかい潜って懐に潜り込み、首筋に向けてソードスキルを叩き込む。

 

「これならどうよ!」

 

 見事な動作でスキルを放ったフィリアは自信満々に叫ぶ。しかし、その攻撃はアスナたちと同様に弾かれてしまった。

 しかも、その直後にユニコーンの大技が炸裂する。高く持ち上げた前足を強く踏み込んで衝撃波を発生させ、周囲のプレイヤーをなぎ払う【アサルト・ウェイブ】を放ったのだ。

 

「うわぁっ!」

「しくじっタ!」

「今度は効かないの!?」

「ってことは、首が弱点ってわけじゃないのか!」

 

 吹き飛ばされるアルゴたちを横に見ながら、キリトとアスナが突っ込む。大技を出して硬直しているユニコーンの胴体にキリトはサベージ・フルクラム、アスナはカドラプル・ペインをお見舞いした。すると、キリトの攻撃だけが通ってダメージを与えられた。さきほどのグラハムと同じように。その事実から導き出される答えは……。

 

「どうやら男の攻撃だけは効果があるようだな」

「私もそう思う。あの反応、男嫌いの気があるとみた!」

 

 しばらく観察を続けた末に、グラハムたちはようやく弱点を見出すことに成功した。男性プレイヤーが攻撃を当てると角の輝きが乱れて強力なバリア効果が弱まるのである。

 もちろん、それにはちゃんとした理由がある。

 ユニコーンは処女を好むことから貞潔を象徴するものとされ、その点に着目したカーディナルが直接攻撃を無効化する【アイアン・メイデン】――鋼鉄の処女という能力を付与した。とはいえ、そのままでは倒せないので、乙女の貞潔を脅かす男を唯一の弱点にしたのである。嫌いな男に触れられると精神を乱し、鉄壁の能力が不完全になってしまうという設定になっているのだ。

 乙女好きなせいで敵を招きいれ、男嫌いなせいで弱みを晒してしまう。ようするに、ユニコーンを倒すには男女がそろっている必要があったというわけだ。

 しかし、男性プレイヤーだけで攻撃すれば倒せるというわけでもなかった。

 

「少年! このガンダムには隠された弱点があるはず! それを見抜かねば勝利は掴めん!」

「分かってる! 俺たちで突破口を開くぞ!」

 

 今までに得られた情報からもっと有効的な攻撃法があると睨み、2人で色々と試すことにした。

 角、頭、目、その他の急所に攻撃を与えてみる。しかし、反応は芳しくない。ダメージは与えられるものの微々たる物で、ほとんど当てにはならない。

 しかも、怒りに燃えたユニコーンのカウンター攻撃が炸裂してしまう。男性プレイヤーの連続攻撃でダメージを受け続けると、強力な広範囲攻撃を放つようになっていたのである。

 その前兆として、ユニコーンの体に変化が起こる。魔法術式による模様が全身を走る筋のように浮かび上がり、真っ赤に輝き出したのだ。

 

「ソウ兄ちゃん!」

「すごいのが来そうだよ!?」

「どうやらガンダムの逆鱗に触れたか! 総員、対衝撃防御!」

 

 後方で待機していた女性陣に防御を促すと同時に、ユニコーンの最強技が発動する。【ディストラクティブ・バイブレーション】――破壊的な振動と名付けられたその技は、ノーダメージだったユウキたちのHPを半分以上削り、戦闘中のグラハムとキリトに至ってはレッドゾーンにまで追い込んでしまう。

 

「こいつはヤバいぞ!」

「ええい! アクシズ・ショックの再現だとでも言うのか!」

 

 ユニコ-ンの角から発せられた虹色の光が、凄まじい衝撃波と共にグラハムたちへ襲い掛かる。再生能力を反転させた破壊の力で、妖精たちの体力を大幅に奪い取っていく。

 

「アスナ、ラン、回復を頼む!」

「分かったわ!」

「待っててソウ君!」

 

 アスナとランに魔法をかけてもらって何とか体勢を立て直す。ある程度予想していたとはいえ、思っていた以上に強力な技だった。あれを食らい続けたらあっという間に全滅してしまう。だから、男性プレイヤーの攻撃だけではダメなのだ。

 しかし、幸いにもグラハムが突破口を見出していた。

 

「少年、ガンダムを口説き落とす方法が分かったぞ」

「本当か?」

「ああ。私たちの剣が触れた瞬間、角の発光が乱れてサイコ・フィールドが弱まっている。ということは、あの角に触れ続ければ常に弱体化できるのではないかな?」

「まさか、ユニコーンに乗ってロデオをやれってのか?」

「無謀極まりない話だが、試す価値はあるとみた!」

「分かったよ。援護してやるから行って来い!」

「その申し出に感謝する!」

 

 作戦を決めた途端に行動を始める。キリトたちがユニコーンを引きつけている間に背後に回ったグラハムが剣を鞘にしまいながら飛びかかる。大きくジャンプして背中を踏み越え、両手でユニコーンの角を掴む。同時に、両足を逞しい首筋に巻きつけて身体を固定する。

 

「人呼んで、グラハムライダー!」

「っていうか、コアラみたいなんですけど!」

 

 でっかい馬の後頭部にしがみつくイケメン……一見するとかなり愉快な状態である。ただし、コミカルな見た目に反して、その体勢を維持するのはとても難しかった。当然のようにユニコーンが暴れだしたからだ。

 それでもグラハムは懸命に堪えてみせた。

 

「よもや、SAOでイノシシを乗り回した経験が役に立とうとは、なんという僥倖! この巡り合わせに驚嘆せずにはいられない!」

「わたしもビックリだよ!?」

 

 この面子の中で唯一彼の奇行を見ているフィリアが声を上げる。他の仲間にとっては更に驚きの光景だった。

 しかし、今はようやく見出したチャンスを活かす時だ。角から毒の効果が発生してグラハムのHPが減り始めたため、急ぐ必要がある。

 

「来いユウキ! 君の剣で、勝利を掴み取れ!」

「っ!? うんっ!!」

 

 体勢を保つのに必死なグラハムは、自然と頭に浮かんだユウキの名を呼んだ。その声にドキリとした彼女は一瞬だけ硬直したが、すぐに内容を理解して動き出す。大好きな人の期待に応えるために。

 

「行っけぇ―――っ!!」

 

 勇敢に突進してきたユウキは、暴れているユニコーンの動きを読んで接近する。どうやら角を掴まれている間はそれを使った攻撃が出来ないらしく、巨大な足で蹴り飛ばそうとしてくる。それでも十分脅威だが、ユウキは決して臆さない。そして、攻撃のチャンスを掴み取る。

 

「ここだ!!」

 

 ユニコーンが前足を踏み込んだ直後に右側へ飛んだユウキは、無防備になった腹に向けてOSS・カプリシャス・ミーティアを叩き込んだ。高速の7連撃がユニコーンの巨体に突き刺さっていく。

 

「グヒィィィ―――――ンッ!!?」

「通った!!」

 

 今度の攻撃は何の抵抗も無くヒットしてダメージを与えられた。グラハムの予想が当たり、男性プレイヤーに角を握られている間は、能力が弱体化してアイアン・メイデンの効果が無くなるのだ。この状態で攻撃すればディストラクティブ・バイブレーションも封印できるはずだ。

 

「やったよ、ソウ兄ちゃん!」

「見事な攻撃だ。賞賛しよう、フラッグファイター!」

 

 嬉しそうに笑顔を向けてくるユウキにコアラっぽい格好で答えるグラハム。そこはかとなくおかしな光景だが、本人たちは至って真面目だ。

 

「やっぱりボクとソウ兄ちゃんは相性バッチリだね!」

「ああそうだな。このクエストは絆の力を試されている。ならば、存分に見せ付けてやろうではないか!」

「うん! ボクたちの愛があれば、なにをやっても完全勝利だよ!」

「って、都合よく解釈すんなっ!」

 

 調子に乗ったユウキにフィリアのツッコミが炸裂する。もちろん、グラハムが好きなランとアルゴも黙っちゃいない。

 

「わたしだってソウ君との相性は良いんだから!」

「そういうことなら、オレっちも負けてられないナ!」

 

 ユウキの発言に触発された彼女たちは、我先にと飛び出していく。後に残されたキリトたちは、その姿を生暖かい目で見つめる。

 

「ふふっ。みなさんは本当にグラハムさんがお好きなんですねぇ」

「色々と危険な気配もするけどな……。一級フラグ建築士ってのも厄介なモンだ」

「……キリト君もそうなんだけどね」

 

 グラハムにツッコミを入れたつもりが、さりげなく墓穴を掘ってしまうキリト。そして、鈍すぎる彼にジト目を送るアスナ。ボス戦の最中でも恋にはしゃぐ元気な若者たちであった。




次回は、ユニコーン戦の後半から次のボス戦まで行きたいと思っています。
シリアスな仕掛けを考えているので、コメディ色は控えめになるかもしれません。


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第16話 消せない痛み

今回は、ユニコーン戦の続きから次のダンジョンに行きます。
いつもと違ってシリアス展開です。


 ユニコーンの攻略法を発見したキリトたちは、すぐさま攻勢に出る。最強の攻撃と鉄壁の防御を封じてしまえば、後はどうとでもなる。

 

「ランはグラハムの回復、アスナとフィリアは支援メイン、残りは総攻撃だ!」

「「「「「了解!」」」」」

 

 キリトの指示のもと、適確な攻略を進めていく。グラハムの騎乗テクニックが巧みなため、他の面子は円滑に攻撃できる。本来ならこれほど長く乗っていられず、少ない攻撃チャンス内でちまちまとダメージを与えていく仕様なのだが、このパーティには当てはまらない。ここにいる全員がトップレベルの強さを持っているからこそ、少数精鋭でもレイドボスを圧倒できるのだ。

 

「頼んだわよユウキ!」

「おっけーアスナ!」

 

 アスナから魔法支援を受けたユウキは、キリトたちにも引けを取らない活躍をする。可憐な容姿に反して堂に入った戦いっぷりだ。その姿に歴戦のSAO組も奮起する。基本的にゲーマーというヤツは負けず嫌いなのである。

 

LA(ラストアタック)は俺がいただく!」

「その挑戦受けて立つゼ、キー坊!」

「まったく。大人気無いわね、あんたたち」

「とか言いながら、フィリアも狙ってるでしょ?」

 

 仲良くケンカしながら攻撃を与え続ける。もちろんユニコーンも反撃をおこない、アサルト・ウェイブや光系の魔法を使ってくるが、最強の技を封じられている今ではそれほど脅威ではない。

 後半はアスナと交代したランも加わって順調にダメージを与え続け、最初のボス戦は開始20分ほどで危なげなく終わりを迎えようとしていた。

 

「これで決める!」

 

 HPが残り少なくなったところで、タイミング良く最強のソードスキルが使えるようになったユウキが最後の攻撃をおこなう。カプリシャス・ミーティアによる7連撃が炸裂し、瀕死のユニコーンに止めを刺す。

 

「ヒヒィィィ―――――ンッ!!!!!!」

 

 断末魔の叫びを上げながら光の粒となって砕け散るユニコーン。

 その瞬間、名誉あるLAはユウキに決まった。VRMMOをプレイしている者にとって最高の瞬間だ。喜びで気分が高揚した彼女は、ようやく自由になって地上に降り立ったグラハムにぎゅっと抱きつく。

 

「やったよソウ兄ちゃん!」

「ふっ。勝利の栄光を称えよう、フラッグファイター!」

 

 可愛い幼馴染の功績を男前な仕草で褒めるグラハム。長時間激しく揺さぶられていたため、足元が生まれたての子鹿のようになっているが、優しいみんなはつっこまないでおくことにした。まことに気の良い奴らである。

 ただし、話を進めたいせっかちな人物が、至福の時をすごしているユウキの邪魔(?)をしてきた。

 

「ねぇねぇユウキ。ゲットしたアイテムを見せてよ!」

 

 プルプルと震えているグラハムとイチャイチャしていたら、目を輝かせたフィリアが割り込んできた。ユウキとしては『もっと空気を読んでよね』と言いたいところだったが、自分も気になっていたので仕方なく確かめてみる。

 ウィンドウを操作して新しく入手したアイテムをオブジェクト化すると、少し前までユニコーンの額にくっついていた物体が出て来た。

 

「アイテム名は【霊獣ユニコーンの角】だって」

「そのまんまだね」

「効果は?」

「巫女姫の毒を治すことができるって書いてあるからイベントアイテムかな」

「まったくもってつまんない答えね。あんたにはガッカリだよ」

「って、ボクに文句言わないでよ!」

 

 予想通りの答えに落胆するフィリア。しかしキリトは、ユウキの言葉に異を唱える。

 

「いや。もしかすると、ただのイベントアイテムじゃないかもしれないぞ?」

「えっ、どうして?」

「あのユニコーンは中ボスとは思えないほど強かったから、フロアボス扱いだった可能性がある。だとすれば、巫女姫の治療が終わった後に別のアイテムを貰えるんじゃないか?」

「へぇ、そういうこともあるんだー」

「ちょっとだけ楽しみが増えたね」

 

 キリトの説明を聞いたユウキたちは素直に納得した。

 エクストラクエストは、本命の報酬とは別にレアアイテムを入手できる場合がある。本編内のイベントで手に入るパターンもあれば、本編と連動しているサブクエストをクリアすることで貰えるパターンもある。もちろん、エクストラクエストのすべてに当てはまることではないものの、少しは期待してもよさそうだ。

 しかし、それを確認できるのはもう少し後になる。巫女姫の下へ戻る前にやるべきことが発生したからだ。その兆しは、ストレージに戻したはずのユニコーンの角がユウキの意思に関係なくオブジェクト化したことから始まった。

 

「うわっ!?」

「どうしたのユウキ?」

「ぷぷっ、自分で出したアイテムに驚いたの?」

「違うよ! 勝手に出て来たんだってば!」

 

 フィリアにからかわれて自分の不手際でないことをアピールするユウキだったが、それはすぐに証明される。みんなから数メートル離れた場所に、禍々しいエフェクトをまとった黒い穴が出現したからだ。

 

「えっ!?」

「なにあれ!?」

 

 それに気づいて驚いた瞬間に、黒い魂のようなものがいくつも飛んできてユニコーンの角を包み込んだ。突然の出来事で硬直しつつもそちらに視線を向ける。すると、後には真っ黒く変色してしまったユニコーンの角が残されていた。

 どう見ても危険なアイテムになってしまったと分かるが、まったくもって意味不明である。

 

「どうなったのコレ?」

「えっと。フレーバーテキストによると、魔女によって呪いをかけられてしまったようです」

「魔女?」

「それって、このクエストのラスボス?」

「はいそうです。結界内にいる魔女は、神の加護を受けているこのエリアでは満足に動けません。だから、巫女姫を治せる手段を封印することで、邪魔なわたしたちを自分のテリトリーに誘導しようとしているようです」

「ほう。随分と強引なお誘いだ。しかも、一度に9Pとは。魔女なだけに淫乱だなぁ!」

「そんな話はしてねーよ!」

 

 グラハムの下ネタで若干おかしくなったが、ユイの説明でおおよその事は分かった。ユニコーンの角にかかった呪いを解くには、結界の中にいる魔女を倒さなければならない。つまり、一連の出来事は次のダンジョンへ進んで真のボスと戦うための仕掛けだったらしい。

 ならば、魔女とやらの誘いに乗るしかないだろう。状況を把握したみんなは、空中にぽっかりと開いた黒い穴へ迷い無く飛び込んでいった。

 この後にとんでもない展開が待ち構えているなど知る由も無く……。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 黒い穴を通ってボスが待ち構えているダンジョンへ転移した一行は、異様な場所に行き着いた。血のように真っ赤な空が広がる廃墟の街。そこは、キリトたちがよく知っている場所だったが、まったく別の世界と化していた。

 

「ここは……」

「始まりの街?」

 

 アスナが全員の意見を代表してつぶやく。そう、彼らの眼前には変わり果てた始まりの街が広がっていた。美しかった街並みは暗い影を落とすだけの廃墟となり、人の気配もまったく無い。目の前にあるすべての景色が赤色に染まって、不気味な様相を呈している。まともな精神を持っているなら負の感情しか抱かない光景である。

 

「この景色、SAOを始めた当時を連想させる……気に食わんな」

 

 辺りを見回したグラハムは嫌悪感を丸出しにする。温厚な彼にしてはとても珍しく、ユウキたちはドキリとする。

 しかし、紺野姉妹以外は彼の気持ちが分かるため、同じような心境で話を進める。

 

「それにしても変だナ。ALOのクエストでこの街が出てくるなんテ」

 

 アルゴは空気を換えようと思い、気になったことを言ってみた。その疑問はもっともで、他のみんなも感じていた。

 なぜこのような展開になったのか。おおよその概要はユイに与えられた情報に記されていた。

 

「テキストによると、この空間は魔女が作り出した幻影だそうです」

「幻影?」

「はい。この場所の名は【滅びし異世界の幻影】。魔女が結界内に作り出した可能性の世界という設定みたいです」

 

 アスナの肩に座ったユイが、暗い表情で説明する。彼女は、この場に満たされている嫌な気配に怯えているのだ。

 

「(なんだろう……とっても嫌な感じがする……)」

 

 この感覚は、SAOで負の感情をモニタリングしていた時に似ている。クエストを始める前にマリアベルが言っていたが、魔女とやらは本当に負の感情を集めて力にしているのかもしれない。そう思えて仕方がなかった。

 

「ユイちゃん大丈夫?」

「は、はい……。ちょっとだけ気分が悪くなっただけですから……」

 

 徐々に身体が震え出したユイを心配して頭をなでるアスナ。その様子を心配そうに見守りつつ、ユウキたちは先ほどの話を進める。

 

「ところで、可能性の世界ってどういう意味なの?」

「たぶん、SAOのことだと思う。ALOのアインクラッドとは設定が違うから、別物として捉えたみたいだな」

「オレっちたちが攻略した後か全滅した後って感じだと思うけど、どっちにしろ悪趣味な演出だゼ」

「悪趣味どころか常識を疑うわよ……」

 

 アルゴの意見を聞いたフィリアは顔をしかめる。彼女がそういう仕草をしてしまうのも無理はない。数千人もの死者を出したSAOの世界をクエストの設定に利用するなどあってはならない。このことが世間に知られたら大きな問題になりかねないので、運営側が容認しているとは思えないのだが……。

 

「もしかして、カーディナルに何らかの不具合が生じているのか?」

「その可能性は考えられるが、今は進むしかあるまい。細かな詮索は、魔女のお茶会を済ませた後でも遅くはないさ」

「……そうだな。こんな気味の悪いクエストなんか、さっさと終わらせよう」

 

 キリトは、簡潔なグラハムの意見に乗る。彼の言うように、まずはこのクエストをクリアしなければならない。その後で、エギルの伝手を頼って運営側に訴えればいいだろう。

 この時まではそう考えていたのだが……事態は彼らの想像をはるかに超えていた。

 

 

 攻略を開始して、廃墟となった始まりの街を探索する。目指すべきゴールは中央広場。茅場晶彦がデスゲームの開始を告げたあの場所だ。

 スタート位置は街の入り口で、中央広場まではかなりある。途中の道も瓦礫で塞がれて迷路のようになっているため、すぐには辿りつけそうになかった。

 

「こりゃ思った以上に厄介だね」

「知ってる場所なのに、全然印象が違うわ」

 

 街の状況をざっと観察したフィリアとアスナが感想を述べる。ダンジョン化した始まりの街はかなり手強そうだった。しかも、彼らの行く手を阻む敵も現れる。

 その姿は普通のモンスターではない。あれは……人だ。両目を真っ赤に輝かせた剣士たちが数人現われ、キリトたちに襲い掛かってきたのである。

 

「こいつら、SAOのアバターじゃないか!?」

 

 袈裟懸けに振り下ろされた片手直剣を受け流しながら驚愕の声を上げるキリト。生気の無い剣士たちは、確かに見覚えのある装備を身につけている。

 

「(あの服装は血盟騎士団……)」

 

 赤と白を基調とした装いの敵を見て表情を険しくする。ほんの一時だけ所属していたギルドだが鮮烈に覚えている。無論、血盟騎士団で副団長をしていたアスナも気づいており、かつての戦友に襲われているような心境に陥ってしまう。

 グラハムたちも彼らの出現に驚いているが、SAOで命がけの対人戦闘を経験しているキリトとアスナの衝撃は更に大きい。

 

「(これじゃあ、あいつのことを思い出しちゃうじゃない!)」

 

 アスナは、仲間だった男に殺されそうになった記憶を連想して表情を歪める。

 ALOで人と戦ってもまったく気にならなかったのに、姿が似ているというだけでこんなに動揺してしまうなんて思いもしなかった。

 いや、もしかすると【気にしないように振舞っていただけ】なのかもしれない。心の奥底では未だに克服できずに……。

 

「キリト君!」

「問題ない! こいつらは人間じゃないんだ!」

 

 あえて事実を言葉にする事で心の乱れを治そうとする。

 そうだ、これはゲームなんだ。決してデスゲームなどではない。心の中で呪文のように唱えながら槍使いの敵を切り裂く。

 確かにそれは魂の無いデジタルデータに過ぎず、なんら感情を示すことなく消えていく。それでも嫌悪感は拭えないのだが。

 

「ねぇアスナ、気になるんだったらボクたちに任せてよ」

「そうですよ。ここはわたしたちが戦います」

「ううん、大丈夫……嫌な役目を2人に押し付けたりなんてできないわ」

 

 SAOを経験していないユウキとランが、アスナたちの変化を察して気を使う。とはいえ、これは自分自身で乗り越えなければならない道だ。妹のような彼女たちに甘えるわけにはいかない。

 

「この程度のことで止まりはしない!」

 

 気合を入れたアスナは短剣使いに飛びかかり、すばやい連続突きで圧倒する。

 そんな彼女に続くように残りの敵も全員で片付けて先を急ぐ。一刻も早くこの悪趣味なクエストを終わらせるために。

 そうしてしばらく走ると、魔方陣のようなエフェクトが道を塞いでいるのが見えた。特定の条件を満たさないと解除されない通行止めオブジェクトだ。

 

「今度は普通に謎解きかな?」

「いや、どうやら守護しているモンスターを倒すパターンらしイ」

 

 アルゴの言葉通り、空中に浮いた通行止めオブジェクトの下を見ると、人型の敵が立っていた。その姿は先ほど戦った血盟騎士団っぽい敵に似ている。それは当然だ。何しろ彼は血盟騎士団のメンバーなのだから。

 

「あっ、あいつはっ!?」

「クラディール……なの?」

 

 キリトとアスナは予期せぬ人物の登場に目を見開く。SAOの中で死亡し、絶対に再会することの無いはずだった男。そいつがなぜかここにいる。

 クラディールという男は、アスナに対して異常なまでに執着した変質者だった。邪魔なキリトを殺害しようとしたところをアスナに妨害され、最終的にキリトの手によって殺された。そんなヤツがALOにいるなんて、どう考えてもおかしすぎる。

 しかし、何度目をこすっても目の前にいる亡霊は消えてくれない。

 

「はは……なんだよこれは? 冗談にしては酷すぎだろ?」

「こんなの冗談じゃ済まないよ……」

 

 2人は得体の知れない状況に恐怖すると同時に、湧き上がってくる怒りで身体を震わせる。その様子にただならぬ気配を感じたグラハムは、今にも飛び出さんばかりのキリトに話しかける。

 

「少年。あの男と浅からぬ因縁があるようだが、ここは私に任せたまえ」

「いや。あいつは俺にやらせてくれ」

「違うよキリト君。そこは『俺たち』でしょ?」

「……ああ、そうだな」

 

 アスナと言葉を交わして気持ちが落ち着いたキリトは、控えめな笑顔を浮かべる。そして、2人で頷き合うと、偽クラディールに向かって走り出した。

 以前は麻痺毒を盛られて満足に動けなかったが今度は違う。

 

「まともに戦えればお前なんてぇ―――!!」

 

 偽クラディールに向けて猛然と剣を振るう。最初の数回は防がれたが、その後は次々とヒットする。どうやら、剣の腕前は本人と変わらないようだ。キリトの攻撃であっさりとHPを削られ、最後にアスナのソードスキルで止めを刺された。

 

「あなたはもう消えなさい!」

 

 HPがゼロになった偽クラディールは、SAOの時と同様に光となって砕け散った。普段はなんてことない光景だが、キリトたちにとっては悪夢そのものだった。

 

「はぁ、はぁ……」

「ア、アスナ?」

「あの、大丈夫ですか?」

「……うん。心配させちゃってゴメンね?」

 

 駆け寄ってきたユウキたちに笑顔を向けるが、その顔色はあまりよくない。近くにいるキリトも同じで険しい表情のままだ。

 しかし、彼らが受けることになる苦難は更にエスカレートしていく。

 封印が解除されたので先に進むと、またしてもSAOのアバターに襲われた。今度はいかにもアウトローといった風体の集団だ。黒いポンチョで身を包み、フードを目深にかぶったそいつらは、ラフィン・コフィンという殺人ギルドのメンバーにそっくりだった。

 

「今度はラフコフかよっ!!」

「くっ! よもや悪名高き不埒者とALOで戦うことになろうとは! 悪ふざけが過ぎるぞ、カーディナル!」

 

 グラハムは、狂ったような笑みを浮かべて向かってきた敵を切り捨てながら過去の出来事を思い浮かべた。

 

 

 SAOが健在だった当時、ラフィン・コフィンは100人を超えるプレイヤーを殺害した。グラハムが予見した通り、ゲームの世界に染まってしまった者たちが暴れ始めたのである。

 彼らの悪行は目に余るものがあり、武力をもって止める必要が出て来た。そのため、有力なギルドを集めてメンバーを捕らえるための討伐作戦が計画された。攻略組の有志50名による討伐隊で彼らのアジトを急襲しようとしたのである。

 ラフィン・コフィンの勢力拡大を危惧したキリト、アスナ、クラインもそのメンバーに参加し、グラハムも悩んだ末に加わろうとした。内心では人を殺してしまうかもしれない恐怖に怯えていたが、仲間を見捨てることもできなかったのだ。

 

『(いずれは茅場晶彦を殺すことになるかもしれないのだからな……。生きて2人に会うためならば、この手を汚すことも厭わない!)』

 

 愛しい紺野姉妹の顔を思い浮かべたグラハムは覚悟を決めた。しかし、その申し出は、彼の行動に好意を抱いていた者たちによって止められる。

 

『いいから。お前は絶対に参加すんな!』

『しかしクライン! 生きて未来を切り開くためには……』

『あーもう! だからこそ、お前は来ちゃダメなんだよ!』

 

 狂った世界にいても大人の理性を保っていたクラインが、血気に逸るグラハムを説得する。友人の1人として心配しているという意味もあるが、ここで彼が死亡してしまったら今後の影響が大き過ぎると判断したからだ。

 グラハムが立ち上げたギルドは現実世界にあるようなアイテムなどを開発・提供することで多くの人々から人気を得ており、それと同時に幼い子供を積極的に保護していることが良識あるプレイヤーの好感を得ていた。しかも、彼自身が最前線で活躍しているため、攻略組にも一目置かれている存在だった。

 そんなグラハムにもしものことがあれば攻略組の士気にも関わってくる。奇抜なアイデアで楽しい日常を与えてくれる彼は、圧倒的な戦闘力を持ったヒースクリフとは別方向のカリスマ性をもってみんなの心を支えていたのだ。

 

『(こいつの力は戦い以外の場所で必要なんだ。ラフコフみたいなバカ野郎どもと関わらせて、その才能を曇らせるわけにはいかねぇ)』

 

 社会人的な視点でグラハムを評価していたクラインは、彼の力を損なわないように一計を案じた。作戦会議にて、討伐に失敗した場合のリスクを考慮する必要があるという意見を提案したのである。快楽殺人者どもに逆恨みされて子供たちを危険に晒すわけにはいかないと心あるプレイヤーたちに呼びかけ、協力を仰いだのだ。もちろんキリトとアスナも賛同し、グラハムは大きな反感を受けることなく討伐隊から外された。

 

『どうやら大きな借りができてしまったようだな、クライン』

『よせやい相棒! 大人として当然の配慮をしたまでだぜ?』

『ふっ、謙遜は無用だ。この礼はいつか必ず、愛を込めてお返ししよう!』

『野郎の愛なんていらねーよ!』

 

 そんな感じで男の友情(?)を深めつつ準備を進め、数日後に討伐作戦が実行される。

 そして、2024年8月にラフィン・コフィンは壊滅した。凄惨な戦いの末に両陣営から多くの犠牲者を出すことになり、グラハムたちの心に大きな傷を残して幕を閉じたのだった。

 

 

 また1人、偽ラフコフを切り裂きながら思う。あの討伐戦に参加したキリトとアスナのことを。戦いに参加していない自分がこれだけ嫌な気分を味わっているのだ、当然2人はもっと酷い心境なはずだ。

 

「(私程度のトラウマなど、どうということはない。実際に戦った彼らに比べればな)」

 

 仲間の苦しみを思って険しい顔になる。しかし、キリトの心理状況はグラハムの想像を超えていた。その場にいなかった彼は知らないことだが、キリトは討伐戦の最中に人を【殺して】しまっている。無論、正当防衛であり、罪に問われることではない。とはいえ、自身の手で命を奪ったという事実は変わらない。

 しかも、キリトが殺したラフィン・コフィンのメンバー2人が、先ほどのクラディールと同様に通行止めオブジェクトの前に立ちはだかっていた。

 

「一体なんだってんだよ……」

 

 心の奥底にしまいこんでいた記憶が徐々に蘇り、身体が震え出す。あの日の出来事を忘れて何事も無かったかのように振舞っていた自分に恐怖したのである。それはトラウマに対する自己防衛で否定することではないのだが、あまりに無関心だったことが恐ろしく感じられたのだ。

 無論それは、罪悪感から来る錯覚だ。人を殺したという恐怖がストレスとなり、彼の心理を歪めてしまったのである。

 まともな精神を持っている証拠でもあるが、1人で背負うには重過ぎるトラウマだった。

 

「う……うぅ……」

「キリト君!」

 

 動けなくなったキリトを見かねたアスナは、優しく包み込むように抱きしめる。その姿はあまりにも痛々しくて見ていられない。

 

「ええい! 君たちは下がっていたまえ! ここは私が対処する!」

 

 グラハムは、戦闘のできる状態ではない2人を庇う。彼にはそうするだけの恩があった。

 

「(あの時は彼らの優しさに甘えてしまったが……今度は私が剣を振るう時だ!)」

 

 強い使命感を抱いたグラハムは、倒すべき敵に向かって走り出す。そんな彼の両サイドにユウキとランが並走して、その後からアルゴとフィリアもついてくる。

 

「ボクたちも行くよ、ソウ兄ちゃん!」

「何だかよく分からないけど、あの敵がキリトさんたちを苦しめてるんでしょ?」

「だったら、アスナの代わりにぶっ飛ばしてやる!」

「血気盛んだな、2人とも。だが、悪意に飲まれてはいけない。はやる気持ちを静めたまえ」

「でも!」

「私の注意を拒むな! 君たちはただ遊べばいいのだよ。あどけない子供のように、純粋な心でな」

「ソウ君……」

 

 こんな時でも紺野姉妹のことを思いやる気持ちは忘れない。

 期せずして異常な状況に巻き込まれてしまったが、これは紛れもなくゲームだ。そして自分たちは、このALOに惹かれて貴重な青春をかけている。だからこそ、悪意を向けさせてはいけない。彼女たちの熱意を歪めてはいけない。

 もちろん、その思いは後ろにいる2人も一緒だ。みんなで楽しい時間を共有しようと思ってこのクエストを勧めたのだ、こんな酷い状態のままで終わらせるわけにいかない。特に、クエストを見つけてきたアルゴは大きな責任を感じて、何とかしなければと思いつめていた。

 

「キー坊たちを苦しめたのは、オレっちのせいダ。その落とし前は必ずつけル!」

「まぁ、その気持ちは分かるけど。あんたも楽しまなきゃダメでしょ? グラハムの言う通りにさ」

「……そうだナ」

 

 フィリアに諭されて小さく笑みを浮かべる。確かに、お姉さんである自分が余裕を見せなければいけない時だ。

 気を取り直したアルゴは、先に戦闘を始めたグラハムたちの援護に入る。いや、正確には乱入と言ったほうが正しい。

 グラハムとランが相手をしていた敵を横から殴り飛ばし、体勢を崩している間に容赦なく連続攻撃を打ち込んで止めを刺す。そして、ユウキが追い詰めていたもう1人は、背後から近づいて股間を蹴り上げ、空中に浮き上がった隙を突いて悠々とソードスキルを叩き込む。可愛い容姿に反してエグい戦い方だった。

 

「へへっ、手柄はオレっちがいただいたゼ!」

「あー! ずっこいぞ、アルゴ!」

「横取りなんて卑怯です!」

「はん、こーいうのは早いもん勝ちなんだヨ!」

「うぅー! なんて大人気無いヤツなんだ!」

「にゃハハハ! 何を言っても負け犬の遠吠えだナ!」

「むきー!!」

「はぁ。楽しめとは言ったけど、極端すぎじゃない?」

 

 中学生相手に仲良くケンカしだしたアルゴ姉さんを見て、やれやれと頭を振るフィリア。それがアルゴなりの優しさだと分かっているからこそ、苦笑せざるを得なかった。内心の動揺を隠してわざと明るく振舞っているフィリア自身も同じことが言えるのだが。

 

「ふっ。頼りになる戦友だ。しかし、このクエスト、あまりにも奇妙だな。因縁めいたものを感じずにはいられない」

 

 グラハムは、アスナに支えられながらこちらに歩いてくるキリトに視線を向けて思った。このクエストは、キリトの経験を参考にして作られているとしか思えない。それならこの状況も、ユイが関係していることも納得できる。

 しかし、そんなことが起こりえるのだろうか?

 今の運営会社がこれほど無茶なことをするとは思えないし、する意味もない。また、カーディナルがここまで個人的な情報をトレースしたクエストを作るはずもない。

 それでも、実際に異常現象が起きてしまっており、その原因はまったく不明だ。

 

「……もしや、ユウキとランが経験しているあの現象と関係があるのか?」

 

 奇妙な直感が脳裏をよぎる。紺野姉妹が見る例のイメージは、ALOにログインしている時――つまり、アミュスフィアを使用している時に強く感じるという。だとすれば、その情報が電脳世界を通じてカーディナルに影響を与えている可能性も……。

 

「まさかな。恋する乙女の妄想でもあるまいし、ありえん話だ」

 

 中二病のような答えに行き着いたグラハムは、考えすぎだと頭を振るのだった。




次回は、魔女を倒すところまで入れる予定です。
引き続きシリアスな話になると思います。
ユウキたちとのイチャイチャ展開を期待している方は、しばらくお待ちください。


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第17話 弱虫な魔女

ようやく魔女が登場します。
更にキリトが追い込まれて酷い目に……。
勝利のカギは、ユウキの愛だ!


 偽ラフィン・コフィンはグラハムたちによって一掃された。その様子を静かに見守っていたキリトは、ようやく身体の震えが収まってきた。頼れる仲間が悪夢を切り払ってくれたおかげだ。

 しかし、自覚してしまった恐怖心は消えてくれない。それは覚めて消える夢ではない確かな現実だからだ。

 

「……まだ、俺の中のSAOは終わっていないのか?」

「キリト君……」

 

 震えた声でつぶやきながらうなだれる。こんな仕打ちを受けたのなら仕方がない。キリトに寄り添って身体を支えているアスナは、暗い表情を浮かべて思った。このパーティで唯一、すべての事実を知っている彼女だけは、キリトの心理状態を理解していた。

 それでも、同情しているだけではダメだ。いつまでも過去を引きずって停滞するわけにはいかない。生還できた自分たちにはそうしなければならない責任がある。死んでいった仲間のためにも、彼らが生きたシルシを胸に抱いて未来に進んでいかなければならない。

 

「行こうキリト君。わたしたちの手で、この悪夢を終わらせよう!」

「……ああ、そうだな。これ以上俺たちの思い出を侮辱されてたまるか!」

 

 愛しい恋人から励まされて何とかモチベーションを上げる。

 グラハムと同様に彼も理解しつつあった。このクエストが自分の記憶を元に作られていると。なぜこんな異常が起きているのかは分からないが、今はできることをするだけだ。

 

「このふざけたクエストを速攻で終わらせて、原因を調べてやる!」

 

 怒りと恐怖の入り混じった感情を持て余しつつ、戦う理由を必死に作る。この先に更なる苦痛が待ち構えていると想像できるから、あえて自分を鼓舞する必要があった。

 

 

 キリトたちと合流した一行は、調子の悪そうな彼を気遣いつつ先に進む。街の中心まで3分の1といった所まで来たので、目指すべきゴールは近い。

 とはいえ、すんなりと行かせて貰えるわけもなく、三度敵が襲いかかってくる。今度の相手は、ギルドを特定できないありふれた装備のアバターだった。

 

「何か、段々と時間を遡ってる気がするわね」

「たぶんそうだと思ウ。こいつらの装備は30層辺りのものだからナ」

 

 フィリアとアルゴは、推察した意見を確かめ合う。彼らの装備は、自分たちも身につけたことがある初期のものだった。

 ただ、実力の方は真逆で、先に出て来た奴らよりかなり手強い。動作が単純な通常の敵とは違って、妙に人間臭い反応をしてくる。先に進んで難易度が上がったということなのだろうが、それだけではない気もする。彼らの動きに高度なNPC並の意思みたいなものを感じるのだ。AIの能力が上がったというよりは人のそれに近い印象を受ける。

 

「こいつら結構やるよ!」

「本物のプレイヤーと戦ってるみたい!」

 

 2体ほど切り捨てたユウキとランもその点に気づいて顔をしかめる。SAOのアバターで人間らしい動きを再現するなんて、悪趣味にも程がある。本当にこれはただのAIなのだろうか?

 

「この敵、何か変だよ!」

「しかし、気後れしている場合ではない! 推して参るぞ、フラッグファイター!」

「「了解!」」

 

 いつものように軽快なトークで気分を盛り上げ、迫り来る敵を屠っていく。SAOで鍛えているグラハムは言うに及ばずだが、紺野姉妹の活躍も目覚ましい。その原因は、例の超常現象にある。時間の経過と共に別世界のユウキの影響も大きくなり、VRマシンとの親和性が向上し続けているからだ。

 

「(ほう。更にできるようになったな、ユウキ! だが、その成長はあまりに早い。やはりアレが関係しているか?)」

 

 グラハムは、急激に強くなっていくユウキに得体の知れない秘密があるのではないかと疑う。その疑問は当たっていて、別世界から流れ込んでくる因果情報の影響をもっとも受けている彼女の変化はとても顕著だった。

 

 

 2人のユウキが起こした小さな奇跡、【限定的な因果流動】は、人間の魂とされる【フラクトライト】に変化をもたらしている。伝達方法が量子的なアクセスに近いため、脳やVRマシンだけでしか感知できず、人体に与える変化はアミュスフィアを使用している該当者の記憶とフラクトライトだけに留まっているが、それにアクセスすることで機能しているVRMMO内において大きな影響が現れていた。別世界から送られてくる因果情報によって、もう1人の自分のフラクトライトと同化現象を起こし、徐々に変質しているからだ。ユウキの場合、まるで長期間メディキュボイドと接続しているように錯覚したフラクトライトが変化を起こし、彼女の実力を絶剣の領域へと近づけつつあった。

 

 

 無論、受身のユウキでは詳しく認識できず、自身の変化に対しても当初は半信半疑だった。しかし、最近になって具体的に自覚してきた。信じられないことに、ソードスキルを通常動作で受け止めることができるようになってきたからだ。100%とまではいかないものの、並のプレイヤーでは偶然に当てることすら困難なのだから、チートもいいところだ。

 

「(何となくズルしてるようで気が引けるけど、今はありがたいよ)」

 

 こういう時に役に立つなら、たとえ正体不明の力でも素敵な贈り物だ。真実を知らないユウキは前向きに受け止めることにした。

 そう、深く考えるな。素直に受け入れて心のままに振るえばいい。かけがえのないものを守るために。

 

「(これ以上、みんなを傷つけさせない!)」

 

 ユウキは、高ぶる感情を押さえることなく戦う。

 グラハムから落ち着けと言われたが、どうしても譲れないものがある。たとえゲームだとしても引いちゃいけないものがある。

 大好きな姉ちゃんと冒険して、素敵なアスナと出会って、大切な仲間たちと最後のお別れをしたこの世界を、こんなことでめちゃくちゃにされてたまるか!

 

「……あれ? 今のはなんだろ?」

 

 自分の記憶と合わない言葉が浮かんで首を傾げる。怒りで意識を乱していたせいか具体的なイメージまでは見えなかったが、恐らくあの現象が起きたのだろう。

 もちろん意味は分からない。最後のお別れなんて不吉な言葉が出るような記憶などどこにもないのだから当然である。命に関わる大病を患ったことなんて、あるわけがない。

 そうだよ。ボクも姉ちゃんも、死んじゃうような病気になったことなんて……。

 

「無い……はずだけど……」

 

 否定しようとした途端に、なぜか身体が震え出す。得体の知れない恐怖に心が竦む。

 

「なにこれ……。ボクは、怖がってるの?」

「ユウキ! ぼうっとしちゃダメ!」

「っ!?」

 

 ランから注意を受けて我に返り、両手剣による攻撃をパリィで弾く。

 いけない。今は目の前の戦いに集中しなくては。死んでしまっては守れるものも守れなくなってしまう。たとえゲームだとしても。死んでしまっては……。

 

「でも、ボクは生きてる! 姉ちゃんも、ソウ兄ちゃんも……!」 

 

 何となく不安になったユウキは、現実を確かめるように叫ぶ。

 もちろん彼女は現実でもゲーム内でも生きており、ランと協力して活路を切り開いていく。しかし、2人が進む先には既に命を失った者たちが待ち構えていた。

 

 

 中央広場へ続く入り口の前まで辿りついたユウキたちは、直前の道で立ち止まる。そこには3つ目の通行止めオブジェクトが配置されており、4人の敵が守護していた。

 彼らは、これまでの流れ通りにキリトと関わって死んでしまった人物たちだった。ただし、今度の敵はキリトが直接殺した相手ではなく、助けられなかった者たちだ。

 

「ああ……そんな……」

 

 偽ラフコフの衝撃から何とか立ち直ったキリトだったが、今度はそうはいかない。彼らこそ、キリトの心にもっとも大きな傷を作っている【月夜の黒猫団】のメンバーなのだから。

 

「ケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー……なんでお前たちが出て来るんだよ?」

「キ、キリト君?」

「やっぱり俺を憎んでいるのか? なぁ、そうなのか?」

 

 今にも泣き出しそうな声で尋ねる。その表情には悲壮感が漂い、どこか危険な感じがした。

 

「答えてくれよケイタ。俺に何か言いたいのか? なぁみんな? 一体俺はどうすればいいんだよっ!?」

「キリト君!!」

 

 アスナは、急に取り乱し始めたキリトを抱きしめる。以前、キリトから月夜の黒猫団について聞いたことがある彼女は、彼の口から出た名前で大体の状況を把握できた。

 

「落ち着いてキリト君! あの人たちは本人じゃないわ! カーディナルが作り出した偽物よ!」

「で、でも……そこにいるんだ。みんなが、いるんだ……」

 

 必死に宥めるアスナの声にかろうじて反応したキリトは、震えた声でつぶやく。立て続けに精神を痛めつけられて一時的に錯乱しているのだ。

 しかも、心拍数が急上昇したせいで強制ログアウトしかけてしまう。キリトの視界に『WARNING』と表示されたウィンドウが出現して、耳障りな警告音が鳴り響く。

 

「くっ! キリトをここまで追い込むとは! 許さんぞ、カーディナル!」

「グラハム君!?」

「アスナはキリトについていたまえ! 彼らの相手は、この私、グラハム・エーカーが務めさせていただく!」

「もちろんボクたちも行くよ!」

「アスナさんたちの分も暴れてきますから、待っていてください」

「その間にキリトとイチャイチャしときなよ」

「男をその気にさせるのも、良い女の条件だからナ」

「ユウキ、みんな……」

 

 明らかに危険な状態に陥っているキリトを助けるため、アスナ以外のメンバーが躍り出る。

 キリトの反応から推察すると、あの敵はSAOで死んだ仲間らしい。どのような経緯でこんな内容になったのか分からないが、あまりに惨い話である。彼らのアバターを意思の無い操り人形として利用するなど、死者を冒涜する行為に他ならない。ならば、ゲーム仲間である自分たちの手で弔ってやるべきだ。

 

「ソルブレイヴス隊、スタンドマニューバとともに散開! 弔い合戦だ!」

「「了解!」」

「早くあの人たちを楽にしてあげなきゃね!」

「キー坊の代わりにオレっちたちがやってやル!」

 

 なすべき事を見出した5人は、迷うことなく立ち向かっていく。遊撃役のグラハム以外はそれぞれ1対1となって戦闘に入る。

 両手棍使いのケイタはユウキ、メイス使のテツオはラン、槍使いのササマルはアルゴ、短剣使いダッカーはフィリアが担当し、彼女たちの間をグラハムが駆け巡って各個撃破していく。

 数も実力も有利なため、戦闘自体はスムーズに進んでいく。グラハムの援護を受けたランたちは速攻で相手を倒し、残る偽ケイタもユウキ1人で片がついた。

 

「ゴメンなさい!」

 

 何となく罪悪感を覚えたユウキは、思わず謝りながら突きを繰り出す。直前に両手棍を弾かれていた偽ケイタは為す術もなく攻撃を食らい、消滅していった。

 

「ケ、ケイタ……」

 

 かつての仲間が再び目の前で消えいく。封印していた過去の惨劇がフラッシュバックして、キリトの心に大きなダメージを与える。

 そのせいで更に心拍数が上昇し、強制ログアウトの一歩手前まで追い込まれてしまう。

 

「ぐうぅ……」

「しっかりして、キリト君!?」

 

 ダメだ。このままではキリトがログアウトしてしまう。そうなったら、後に控えているボスに勝てるか分からなくなる。

 いや、今はそれ以前に彼の心が心配だ。

 この時キリトは、この先に待ち構えているだろう人物を予測して打ちひしがれていた。

 彼にとって、もっとも強く心に残っている故人。月夜の黒猫団にいたもう1人のメンバーがこの先にいたら……自らの剣で倒さなければならなくなる。

 

「また守れないのか? 君を……。SAOでも、ALOでも! 俺は無力なのかっ!?」

 

 感情が高まったキリトは人目をはばかることなく叫ぶ。その声は慟哭に近く、思わず押しのけてしまったアスナの姿も目に入らない。自分を見失った彼は、認めたくない現実に目を背けようとしていた。

 その時だった。2人の様子が気になって駆け寄ってきたユウキが、自棄になっている彼を叱り飛ばしたのは。

 

「キリトのバカ!!!!!」

「っ!!?」

「ユ、ユウキ?」

 

 駆け込んできたユウキは、キリトの胸倉を掴んで揺さぶる。綺麗な顔に怒りの表情を浮かべ、本気の感情をぶつける。彼女は今、心の底から怒っていた。

 

「何やってるんだよキリト! 自分勝手にわめき叫んで、ずっと君を支えてたアスナを泣かしちゃうなんて! それでも恋人なの!?」

「えっ? ……アスナを、泣かした?」

 

 熱意の篭ったユウキの言葉で我に返り、ゆっくりとした動作でアスナを見る。キリトに押された拍子にバランスを崩し、地面に座り込んでしまった彼女は――静かに涙を流していた。彼を傷つけ続けている悲しい過去に心を痛めて。助けてあげられない自分が情けなくて。冷たい涙が頬を流れる。

 

「キリト君……」

「アスナ……」

 

 目を合わした瞬間、キリトは理解した。

 ユウキの言う通りだ。彼女はずっと自分のことを想って支えてくれていた。それなのに自分は、彼女に甘えて傷つけてしまった……。

 

「お、俺は……」

「やっと分かった? 過去に酷いことがあったとしても、今はアスナがいるんだよ? それなのに、君が選んだ大切な人を蔑ろにして、なにが恋人だよ! 自分の気持ちすら守れない人に、大好きなアスナを任せるわけにはいかないよ!」

 

 怒りで興奮したユウキは、ちょっぴり大胆なことを言い出した。しかし、効果は抜群だった。彼女の熱弁を聞いたキリトは心から反省した。

 そうだ。今の自分にはアスナがいる。そして今があるのは、この先にいるだろう彼女が生き抜く意思を与えてくれたおかげだ。

 

「(やっと見つけたよ。それこそが、君と出会った意味なのかもしれないって。だから俺は、君を倒す。みんなから貰った未来を守るために)」

 

 キリトはようやく覚悟を決めた。

 もちろん、この短時間ですべてを吹っ切れたわけではないが、一番守らなければならないものは見えた。このクエストをクリアすることで仲間だった者たちとの過去を乗り越え、恋人であるアスナとの未来を切り開く。困難な仕事だが簡単な事実だ。

 

「(アスナたちと一緒なら何とかなるさ)」

 

 自分の胸倉から手を離すユウキを見つめながらキリトは思った。仲間がいてくれるということがどんなに素晴らしいことか。それを最初に気づかせてくれた彼女には、感謝してもしきれない。そして、自分を叱ってくれた少女にも。

 

「すまないユウキ。君の言葉で目が覚めたよ……」

「もう、謝る人が違うでしょ」

「ああ、そうだな……心配かけてゴメンな、アスナ」

「ううん。気にしなくてもいいよ、キリト君」

 

 アスナは、差し出されたキリトの手を握って立ち上がりながら答える。その頬は若干赤らんでいる。泣いてしまったという理由もあるが、ユウキから真っ直ぐな好意を向けられて照れてしまったせいでもある。シスコンになりつつある彼女は、可愛い妹の愛情がとても嬉しかったのだ。

 

「ありがとうユウキ。さっきのセリフ、すごくかっこよかったよ」

「えへへ~、ちょっと偉そうだったかな?」

「ううん、そんなことないよ。それに、愛の告白をされたみたいで嬉しかったし」

「……えっ? コクハク?」

「ほら、大好きなアスナって言ってたでしょ? 同性だけど、ユウキとだったらお付き合いしてもいいかなって思っちゃったよ」

「うえぇ!? そそそ、それはどうかとボクは思うよ? だってボクにはソウ兄ちゃんがいるし、アスナと結婚したら結城木綿季(ゆうきゆうき)になっちゃうし……」

 

 予想外なアスナの言葉に焦ったユウキは、余計な心配までしてしまう。結婚した後のことを気にするって事は、付き合うこと自体は否定してないじゃないか。

 シリアス展開から一転していつもの雰囲気に戻り、置いてけぼりを食らったキリトは苦笑する。

 

「ははっ、女の子ってのは強いな」

「私もそう思う! 同性愛を打ち明けたアスナの潔さには、感動を禁じえない!」

「いや、あれは冗談――」

「皆まで言うな! 先刻承知だ」

「だったら、おま――」

「焦るな少年! 私たちもまた同性愛者だと言いたいのだろう? そんなに急かさなくとも、私と愛を語り合う時間はたっぷり用意するさ!」

「これっぽっちもいらねーよ!!」

 

 アスナとユウキの微笑ましいやり取りを見て和んでいたら、グラハムのおバカな発言で台無しにされてしまった。人の話を聞かないことに定評のある男の面目躍如である。

 

「はぁ、やっぱりこうなるのね」

「でも、グラハムさんのおかげでパパも元気になりました」

「あれは元気になったって言うのかな?」

「まぁ、ツッコミを入れられるくらいにはナ」

 

 美少年同士の絡み合いを見つめる外野陣は、生暖かい目をしながらほっとしていた。何とかボス戦の前に体勢を立て直すことができて良かったと。

 恐らくは、SAO以来の死闘になるだろうと予感していたから。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 みんなでキリトを元気付けて(?)から準備を整えた一行は、いよいよ終着点へと乗り込んでいく。彼らが入っていった中央広場は広大な円形になっており、見上げるような建築物で周囲を覆われている。メインゲートの対面には黒鉄宮が建ち、その景観は豪華な宮殿のようにも見える。ただ、このクエストにおいては、見るに耐えない廃墟と化していたが。

 

「とうとう来たな……」

「でも、ボスがいないね?」

 

 覚悟して駆け込んだものの、そこには何もいなかった。彼らの視界に写っているのは、ボロボロになった石畳と崩れかけている建築物だけだ。魔女とやらはどこにも見当たらない。

 

「ふん。誘っておいて袖にするか。我慢弱い私を弄ぶとは、まさに魔性の女だな」

「まぁ、実際に魔女だからね」

「ふっ、違いない」

 

 周囲を観察しながらのん気な会話をするグラハムとユウキ。一応、場を和まそうと考えての行動だったが、場違いでしかない。他のみんなは、KYなことをしてしまった2人にジト目を送りつつ緊張感を高めていく。

 

「ねぇアルゴ。何か嫌な予感しない?」

「ああ、そうだナ。この赤く染まった景色を見てると、あの時を思い出ス……?」

 

 フィリアに話しかけられて空を見上げたアルゴは、とある異変に気づいた。黒鉄宮の上空に、『Warning』と表示された青いヘクス状のウィンドウが浮かんでいたのである。

 見覚えのある光景を目撃したSAO組は戦慄する。色は違うが間違いない。この演出はあの時と一緒だ。デスゲームが始まった時と。

 

「まさか……」

「アレが来るの!?」

 

 フィリアが驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。

 100層のフロアボスであり、茅場晶彦がデスゲームの開始を告げる際に使用したホロウアバター。あれが出現した時と同じシチュエーションが再び目の前で始まろうとしていた。

 上空に浮いていた青いウィンドウが瞬く間に増殖し、空全体を覆っていく。つい先ほどまで赤かった空は一瞬で真っ青に染まってしまう。そして、黒鉄宮の上空にあるウィンドウの結合部から青い液体がにじみ出きた。血のように滴るそれは、生き物のように蠢きつつ一箇所に集まっていく。

 

「うわっ、気持ち悪っ!?」

「空から血が出てるみたい……」

 

 一連の出来事を初めて見た紺野姉妹は嫌悪感を抱く。無論、SAO組も同様で、徐々に人の形になっていくソレを鋭い視線で睨む。

 

「よもや世界を超えてSAOのラスボスと戦うことになろうとは。運命の女神は気まぐれだなぁ!」

「ええっ!? あれってSAOのラスボスなの!?」

「いや、たぶん違う。あれはきっと……」

 

 キリトは、グラハムの予測を否定する。彼には予感があった。恐らく最後に待ち構えているのは彼女だと。

 

「(できれば、間違いであって欲しいけど……)」

 

 心の中で願いながら上空を見上げる。そんな彼が見つめる先で形を整えたボスは、青いローブを着た巨大な女性の姿になった。

 大まかなデザインは赤いローブ姿のホロウアバターと似ているが、明らかに別の存在だった。身長は約4m。全体的に細くなったその容姿は若い女性のようで、胸元には2つの膨らみがあり、腰はしなやかにくびれている。そして、フードから見えるその顔は……キリトの知っている人物だった。

 

「ああ、やっぱり……」

 

 懐かしい彼女の顔を見て、様々な感情を込めた声を上げる。

 青みがかった黒髪。さっぱりしたショートボブ。右目の下にある泣きぼくろ。控えめだけど可愛らしい顔立ち。すべてがキリトの記憶にあるとおりだった。

 

「こんな形で再会するとは思わなかったよ、サチ……」

 

 泣き笑いのような表情になって変わり果てた少女を見つめる。月夜の黒猫団の紅一点であり、キリトの目の前で死んでいった大切な仲間。『君は絶対に生き延びる』と言ってやったのに守れなかった少女。彼にとっては絶望の象徴とも言える彼女が、このクエストのラスボスである【カラミティ・ワルプルギス】となって、再び仮想世界に蘇った。

 

「怖い……。この世界が怖い……」

 

 サチの顔をしたボスが言葉を発する。顔だけでなく声まで本人と同じだった。

 

「街から出るのが怖い。モンスターが怖い。戦うことが怖い。すべてを失うのが怖い」

 

 悲しそうに、繊細な声で負のイメージを語る。悪夢に脅かされた少女のように。

 

「わたし……死ぬのが怖い」

 

 それはかつて、サチ本人の口から紡がれた言葉。死に怯えた彼女が、心を許したキリトにもらした本音。彼にはそれが、録音した音声を再生したように聞こえた。

 しかし、当然ながらそんなことは有り得ない。

 

「だからわたしは不死になって、怖い世界を壊してしまうの。安心して眠りたいから……」

 

 そう。彼女は、こんなことを言わない。サチは、臆病だけど優しい子だから。

 

「この気持ち、あなたなら分かってくれるよね……キリト」

 

 絶対に、こんなことを言わない。




次回は、魔女との決戦となります。
サチを倒さなければならないので、当然シリアスです。
一通り終わればイチャイチャできるから、それまで我慢せねば……。


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第18話 バイバイ、サチ

今回は、まるまる魔女戦となっております。
ランが大活躍して、みんなを勝利に導きます。
ちなみに、シリアス続きでイチャイチャ好きな読者様が離れていかないか心配しております……。
後もう少しで以前のノリに戻りますので、許してヒヤシンス。


 ついに現れたエクストラクエストのラスボスは、有り得ない人物を模していた。かつてキリトが守れなかった少女・サチ。悲しげな彼女の瞳が、フードの中から彼を見つめる。いや、キリトだけを見ているわけじゃない。自分を滅ぼすために立ち向かってくるだろう妖精剣士たちに怯えているのだ。

 

「あなたたちもわたしを殺すの? 怖い……怖いよ……。わたしはもう死にたくない……。だから、みんなを壊さないと救われないんだよ!!」

 

 急に豹変したサチが狂気を含んだ声で叫ぶ。その瞬間、彼女はカラミティ・ワルプルギスとなってキリトたちに襲い掛かってきた。

 地面に降り立った彼女の左肩付近にHPゲージが3本表示され、いよいよ最後の戦いが始まる。誰もが望まぬ残酷な戦いが。

 

「わたしたちもいるんだから、気負いすぎないでね、キリト君!」

「ああ、分かってる。サチを救うために、みんなの力を貸してくれ!」

「もちろん、全力全開でいくよ!」

「わたしも精一杯お手伝いします!」

「当然、頼まれなくてもやってやるわよ!」

「仕方ないから見返り無しで協力してやル!」

「その申し出に合点承知と言わせてもらおう!」

 

 事情を理解したみんなの気持ちは既にまとまっている。キリトの仲間をあんな姿のままにしておけない。あのボスを倒し、少女の御霊を安らかな眠りにつかせてあげるのだ。

 

「うおぉぉ―――っ!!」

 

 魔法による支援を待たずに先行していくキリト。

 リズベットに鍛えてもらった愛剣を振りかざし、正面から立ち向かっていく。それを迎え撃つべく動き始めたカラミティ・ワルプルギスは、巨大な右手の爪を死神の鎌のような形状に伸ばす。彼女の基本的な武器であるカースド・ネイルだ。

 

「そんなもの、サチには似合わないんだよ!」

 

 本当の彼女は、可愛らしい装飾が似合う。

 下品に伸びた爪を見て怒りが湧いたキリトは驚異的な速度で迫り、袈裟懸けに振り下ろされたカースド・ネイルを瞬きもせずに避けてみせる。そうして左側に飛びのくや否や、勢いを殺すことなく突進する。見かけよりも早くてギリギリだったが、動揺することなく突き進む。

 

「だから言ったろっ!!」

 

 大降りの攻撃を外したボスを罵りながら勢いを活かしてジャンプし、彼女の胸元めがけて剣を振り回す。目にも留まらぬ高速で6回ほど切りつけた後に、蹴りを入れて離脱する。尋常ではない集中力で一時的にソードスキル並の速度を実現し、華麗に先制攻撃を決めて見せた。

 

「まだまだぁ!」

 

 勢いに乗ったキリトの攻撃は止まらない。着地した瞬間を狙って繰り出された斬撃を剣で受け流しながら懐に入り込み、今度は本当のソードスキルを叩き込む。相手が反撃に移る前に、すばやい3連撃を繰り出すシャープネイルが決まる。

 その瞬間、カラミティ・ワルプルギスがサチの声で泣き叫んだ。ある程度ダメージを受けると声を発するようだが、キリトにとってはたまったものではない。

 

「いやぁ―――!!」

「っ!?」

 

 彼のトラウマに直撃するような叫び声を聞いて、思わず動きを止めてしまう。本人とは違うと分かっていても、反応せずにはいられない。

 しかし、そんな彼の切ない想いも相手にとってはただの隙でしかない。

 間合いを確保するために後方へ移動したボスが、カースド・ネイルを水平に薙ぎ払い、キリトの身体を吹っ飛ばした。

 

「ぐわぁっ!」 

 

 左肩を切り裂かれたキリトは7mほど飛ばされ、地面に叩きつけられる前に何とか体勢を立て直す。片ヒザをついて着地してから状態を確認すると、相応のダメージと同時に状態異常まで付けられていた。被ダメージ量が増加し、HP・MPの回復量が減少する『呪い』だ。

 

「あの爪にはデバフ効果があるぞ!」

「ほう。美しい花には毒があるというわけか!」

 

 そう言いながらジャンプしたグラハムは、キリトに攻撃して振り下ろされた状態になっているボスの右腕を足場にして、無防備な胸元にソードスキルを放った。

 

「乙女座の私としては心苦しいが、その毒花、手折らせてもらう!」

 

 強力な攻撃を極めてボスのヘイトを受ける。その間に死角へ移動していたユウキ、フィリア、アルゴの3人が波状攻撃をしかける。

 

「たぁーっ!」

「そこっ!」

「食らエッ!」

 

 MPが満タンなので、最強のソードスキルを惜しみなく使う。間髪いれずに4回もスキルを食らたボスのHPは、目に見えて減っていく。

 

「イヤだ! 怖いよ!」

 

 大きなダメージを受けたボスが、またしてもサチの声で泣き叫ぶ。事情を知ってしまったため、彼女と会ったこともないアルゴたちも嫌な気持ちになってしまう。

 しかし、躊躇している隙は無い。彼女たちの攻撃に反応したボスは容赦なく応戦してくる。右手の爪に加えて、左手から放たれる闇属性のエネルギー弾、【フィアー・ビット】で妖精たちを傷つけていく。

 

「そんなことをサチにやらせるなぁ!!」

 

 激昂したキリトは、再び攻撃に加わるため後方に控えているウンディーネ組に声をかける。

 

「アスナ、ラン! 回復頼む!」

「うん! 私は呪いを解くから、HPの方をお願いね!」

「分かりました!」

 

 駆け出したキリトに向けて支援魔法をかけようとする。

 その時、回復魔法のターゲットをキリトに合わせようとしたランがあることに気づいた。通常なら敵に合わせることができないカーソルが、なぜかカラミティ・ワルプルギスにセット出来てしまったのである。

 

「あれ?」

 

 見間違いかと思って再確認しても結果は変わらない。どうやら本当に回復魔法をかけられるようだ。

 しかし、これをどう受け取ればいいのだろうか。普通に考えれば敵のHPを回復する意味などないのだが。もしかすると、人間だった頃の名残なんて酷い設定なんじゃ……。

 

「(っ! いけない、早くキリトさんの回復をしなきゃ!)」

 

 魔法を使うアスナに気づいて我に返り、急いで後に続く。

 しかし、先ほど見つけたイレギュラーが気にかかる。恐らく、どこかであの仕掛けを使う機会が来ると思う。その時に適確な行動が出来るようにしたい。

 

「(こういう時はソウ君に頼りっぱなしだけど、わたしもがんばらなきゃ)」

 

 そのために後方支援型のウンディーネを選んだのだ。前衛のユウキに負けないようにグラハムの力になりたい。

 それに、あのサチという少女のことも助けてあげたい。どういうわけか、人事ではない気がするのだ。

 

「(たぶん、わたしと同い年ぐらいで亡くなったからだと思うけど。でも、なんでだろう……)」

 

 【自分も死んでいる】なんて思ってしまうのは。

 

 

 ランは知らないことだが、別世界の彼女はこの時既に他界している。もちろんそんなイメ-ジがあるのは、ユウキの起こした奇跡に原因がある。その超常現象は、彼女に近しい者たちの因果情報まで流出させていたのである。何故なら、人の縁と因果には切っても切れない密接なつながりがあるからだ。

 姉のラン。同じ境遇の仲間たち。親友になったアスナ。そして、彼女の恋人であるキリト。別世界のユウキと強い縁があった者たちは濃密な因果情報を共有し、それが予期せぬ奇跡によってこちらの世界に流されてきた。その影響が徐々に現れ始めて、このクエストが発生したのだった。

 無論、そこに悪意は無い。今回キリトを苦しめる結果になってしまったのは、彼自身の強い想いが原因だった。カーディナルは、彼の心意を客観的に読み取ったにすぎない。アミュスフィアを経由してユウキから送られてきた【脳量子波】を読み取れる機能があったばかりに……。

 

 

 とても信じられないことだが、それらの現象はこの騒ぎの裏で本当に起きていることだった。カーディナルもまた、多大な影響を受けていたのである。

 それでも、彼らがやるべきことは変わらない。全力でALOをプレイするだけだ。

 

「次、フィリアさんの回復行きます!」

「了解!」

 

 アスナと連携しながら仲間を支援する。この時ランは、さきほど浮かんだ奇妙なイメージを振り払うように自分の役目に没頭していた。

 

「(そうよ。わたしは生きてる……。大切な家族と、大好きな人と一緒に!)」

 

 だからみんなと戦える。大切なこの世界を守るために。サチを救ってあげるために。そして、愛しい人の傍にいるために。

 そう思った瞬間、ランは無性にグラハムの声を聞きたくなった。

 

「ソウ君、がんばって!!」

「その期待に応えて見せると言わせてもらおう!」

 

 ランの声援を受けたグラハムは勇気を奮い立たせる。現在、彼はヘイト役を買ってでており、キリトたちの攻撃を支援していた。

 

「行け、少年! 剣で彼女を救い出せ!」

「おうっ!」

 

 グラハムがカースド・ネイルを防いでいる間にキリトが猛攻を仕掛ける。

 我武者羅に。一心不乱に。無我夢中に。切って切って切りまくる。

 

「うおぉ―――っ!! 俺が、安らかに、眠らせてやるっ!!」

 

 たとえ残酷な方法だとしても。独りよがりな自己満足だとしても。自分にはもう、こうすることしかできないから。

 

「だから俺は、君を倒すっ!!!」

 

 キリトの覚悟は力となって、加速度的にダメージを増加させていく。

 

「すごい……これが英雄の実力なの?」

「まるでヒースクリフと戦った時みたいだよ!」

「まさに、鬼気迫る戦い方だナ」

 

 一緒に攻撃を続けているユウキたちまでキリトの気迫に圧倒される。普段の彼からは想像もできないほど苛烈で、恐怖すら覚えてしまう。しかし、そのおかげで攻略がはかどり、短時間の内にボスのHPゲージを1本削ることに成功した。

 

「よしっ!」

「ここまでは順調ね」

 

 一区切りついたところで、思わず一息つくユウキとフィリア。しかし、この戦いはここからが本番だった。大ダメージを負って苦しんでいたカラミティ・ワルプルギスが行動パターンを変えてきたのだ。

 その変化は、麻痺効果を与える衝撃波から始まった。

 

「うわぁー!?」

「なんとぉ!?」

「気をつけろ、パターン変わるぞ!」

 

 前線にいた面子が吹き飛ばされ、後方にいるアスナたちのところまで転がってきた。5人とも麻痺しており、急いで回復魔法をかけようとする。

 その間、一時的に自由となったカラミティ・ワルプルギスは、大技の発動を示唆するモーションを始めた。

 

「なんであなたたちは、そんなに傷ついても戦おうとするの? わたしには分からない……分からないよ……」

 

 サチの声で語りかけてくるボスは、駄々を捏ねる子供のようなジェスチャーで苛立ちを表す。しかし、その様子はすぐさま豹変する。魔女と呼ぶに相応しい笑みを浮かべて、敵意をむき出しにしてきたのである。

 

「でも、本当の絶望を知れば、戦いが怖いってことを思い知るよ!!」

 

 その不吉なセリフを言った瞬間、彼女の両目が怪しく輝いた。

 すると、ボスの前方に雷光をまとった黒い球体が出現し、それが徐々に変形してとあるモンスターになった。その姿は、キリトたちにとって見覚えのあるものだった。

 そいつは、巨大な骸骨で作られたムカデの紛い物。SAOにおいて第75層のフロアボスだった存在。キリトたちがクリア寸前に戦った相手であり、多くの仲間を殺した強敵だった。

 

「あ、あいつは……」

「ザ・スカル・リーパー……」

「ええい! よもや、このような場所で再会することになろうとは!」

 

 意外すぎる相手の出現にSAO組はそろって驚く。カラミティ・ワルプルギスの奥の手である【ディストラート・ファンタズマゴリア】が発動し、キリトの戦歴でもっとも苦戦したフロアボスを具現化したのだ。

 まさに狂気を映し出す幻影であり、これには事情を知らないユウキとランも度肝を抜かれた。

 

「フロアボスが同時に2体……!?」

「そんなことってありなの……」

 

 はっきりいって絶望的だ。フルレイドでも困難なフロアボスを同時に2体も相手にするなど、普通に考えれば無謀でしかない。

 しかし、目の前の悪夢は実際に襲いかかってきた。

 巨体に見合わぬ俊敏さで接近してきたザ・スカル・リーパーは、大鎌になっている腕をキリトめがけて振り下ろしてきた。彼に狙いを定めたのは、これまでカラミティ・ワルプルギスに与えたダメージ量の多い順で狙うようになっているからだ。

 

「ギュィィィ―――ッ!!」

「ちぃっ!! やっぱり重いっ!!」

 

 麻痺が回復した直後で回避は出来ずに、何とか剣で受け流す。久しぶりに受けたが、相変わらずの威力に顔をしかめる。

 ダメだ、彼だけでは抑えきれない。その様子を見たアスナは咄嗟に判断して、すかさず援護に入る。

 

「はぁーっ!」

「このっ!」

 

 ザ・スカル・リーパーの追撃をキリトと協力して防ぐ。それはまるでSAOの戦闘を再現しているように見えたため、グラハムたちは戦慄する。しかし、いつまでも怯えているわけにはいかない。2人が奮闘している間に、他の面子は散開して状況を打破する方法を模索する。

 

「どうすればいいの、ソウ兄ちゃん!」

「無論二手に分かれるまでだ! こいつの相手は私、少年、アスナで引き受ける!」

 

 グラハムは、そう指示しながらキリトたちの援護に入る。SAOではヒースクリフ、キリト、アスナが攻撃を止めている間に他の攻略組がダメージを与えてようやく倒したのだが、今はたったの3人で対処しなければならない。無論、倒すことなど不可能である。

 

「ソウ兄ちゃんたちだけで戦うなんて無茶だよ!」

「そんな道理、私の無理でこじ開ける!」

「でもっ!」

「私の決定を拒むな! 恐らくこいつはただの幻影、魔女を倒せばおのずと消える。ならば、足止めするだけで十分なのだよ!」

 

 凄まじい猛攻を防ぎながらも、困惑するユウキたちに説明するグラハム。短いやり取りだったが、それだけで彼の意図が理解できた。

 それに、これまで様子を伺っていたカラミティ・ワルプルギスも動き出した。このままでは混戦になってしまうので、いつまでも固まっている訳にはいかない。

 

「行け、ユウキ! 迷わず進んで活路を開け! どのようなゲームもクリアできるように作られているのだからなぁ!」

「……うん、分かったよソウ兄ちゃん!」

「そして、ラン! 君がそちらの指揮をとれ!」

「えっ、わたしが!?」

「長らく冒険して気づいたが、君には資質があるとみた! ゆえに、己を信じて勝利を掴め!」

「う、うんっ! やってみるよ!」

 

 グラハムは、キリトとアスナが堪えている間に伝えておくべきことを叫んだ。そして最後に自分の気持ちを戦友に託す。

 

「フィリア、アルゴ、ユイ! 過保護だと笑われようが、あえて言わせてもらおう。彼女たちをよろしく頼む!」

「はいはい、分かってますよ!」

「デート1回で頼まれてやるヨ!」

「わたしも精一杯がんばります!」

 

 やるべきことを理解した乙女たちは、愛する人に見送られて強大な敵に立ち向かっていく。

 フロアボスをたったの4人+αで倒すなど、あまりに無謀だ。それでも、グラハムは悲観していない。

 

「なに、勝利の女神が6人もいるのだ。これで勝てぬ道理は無いさ!」

「なんてかっこつけてないで、早く援護してくれよ!」

 

 流石に2人だけでは厳しいので、キリトが救援を求める。鉄壁の防御力を持ったヒースクリフがいない今、この3人が全力で対処しなければ対抗できない。

 HPゲージが3本表示されているので撃破は可能らしいが、恐らくこいつは無理して倒さなくてもいい設定だと思われる。流石にフロアボスを2体同時に攻略するのは酷だからだ。

 もちろん倒せればそれなりの報酬を得られるだろうが、今はそれを狙う余裕は無い。

 

「くっ! とてもじゃないけど、向こうの援護に行けないよね!」

「残念だけど、俺たちは釘付けだな!」

 

 この時点で自分が狙われていることに気づいたキリトは、ここから離れられないことを悟っていた。口惜しいが、自分の手でサチを開放してあげることはできなくなった。

 

「後は、ユウキたちに任せるしかないか……っ!」

「大丈夫、あの子たちならやってくれるよ!」

「同感だな! 私の女神たちは伊達ではないのだよ!」

 

 お惚気のようなグラハムのセリフを聞いてニヤリとしてしまうキリトとアスナ。確かに彼女たちは美しく、頼りになる仲間である。だから、このクエストの行く末を彼女たちに任せよう。心を許した仲間たちの手でサチが助かるのなら、キリトも納得できた。

 

 

 カラミティ・ワルプルギスに立ち向かっていったユウキたちは、ランの指揮で適確に攻略を進めていた。

 

「ユウキ、フィリアさんとスイッチ! 120秒、被ダメ抑えて!」

「おっけー姉ちゃん!」

 

 明確な指示を与えてみんなの動きを統括する。リキャストタイム、消費アイテムの残り数、敵の行動パターンなどを正確に把握し、戦況を支配する。彼女は、グラハムの期待に十分以上の成果で応えていた。

 

「へぇ、ランの指揮ってすごいんだね」

「当然だよ。姉ちゃんの戦術予報は、スメラギ・李・ノリエガ並だからね!」

「誰だよそれハ?」

 

 激しく立ち回りながらも軽い会話を交わす。これもランの指揮が上手くいっているおかげだ。

 

「(普段はソウ兄ちゃんに甘えて分からないけど、本気を出した姉ちゃんはちょー強いんだ!)」

 

 ユウキとグラハムが見出していた指揮能力の高さこそがランの強さだった。彼女自身の戦闘能力も高いが、それを最大限に活かせる戦術予報によって更に実力を跳ね上げているのである。

 ただし、まだまだ拙いところもあって、仲間がそれを補っていた。

 

「ランさん、広範囲攻撃来ます! カウント10、9……」

「ユウキとフィリアさんは回避! アルゴさんは盾役お願いします!」

「あいヨ。手厚い援護を頼むゼ!」

 

 ユイのアシストを受けて指示を出す。その10秒後、カラミティ・ワルプルギスの新しい技、【ダークネス・コンフューズ】が炸裂する。自身の前面に展開した複数のエネルギー弾を拡散発射する闇属性攻撃だ。かなり派手目なエフェクトで、ユウキとフィリアを逃がすために残ったアルゴにダメージを与えていく。

 しかし、見た目よりも威力は弱い。ディストラート・ファンタズマゴリアを発動した反動でカラミティ・ワルプルギスの能力が若干低下していたからだ。流石にボス2体と同時に戦うは厳しいので、バランスを取る仕掛けが用意されていた。

 おかげで大きな危機も無く、HPゲージを更に1本削り取ることに成功する。

 

「よし、残り1本!」

「油断は禁物よ。またパターンが変わるかもしれないから!」

 

 慎重なランは当然のように警戒する。

 こういう時は、臆病なくらいがちょうどいいのよね。

 ガンダムで使われたセリフ通りに気をつけていたら、危機的状況に陥りそうな変化が起きた。カラミティ・ワルプルギスの背中に妖精のような2枚の(はね)が出現したのだ。

 

「怖い! 怖い! 怖いよぉ! このままじゃ死んじゃう! わたしが壊れて死んじゃうよぉ―――!!」 

 

 彼女は狂ったように泣き叫び、自分を追い込んだ妖精たちに殺意を向ける。

 

「……壊してやる。わたしを壊すお前たちを、壊してやるっ!!!」

 

 威嚇するように(はね)を広げて、三度襲いかかってくる。

 

「まずは、さっきのパターンで様子を見ます!」

「それじゃあ、ボクが引きつける!」

 

 今はまだどのような変化が起きたのか分からないので、とりあえずセオリー通りに戦闘を再開する。しばらく続けてみたところ強さに変化は見られず、あの(はね)が空を飛ぶためのものではないらしいことも分かった。

 その代わり、攻撃を受けるたびに(はね)から発せられている禍々しいエフェクトが巨大化していく。破壊できればと思って攻撃してもらったが、手ごたえはなかった。

 

「ユイちゃん、アレをどう見る?」

「何となく力を溜めているように感じますけど……」

「わたしもそう思う。たぶん、すごい攻撃が来るね」

 

 状況から判断すると、受けたダメージ量に関連した特殊技があると思われる。一定の値に達すると発動するパターンかもしれない。

 そして、見た目で分かるように表示されている意味も考える必要がある。普通に考えれば発動タイミングを計るためのものだと思われるが、エクストラクエストでは趣向を凝らしたギミックが用意されている場合があるため、常識に囚われてはいけない。

 

「思い込みは可能性を狭めるから柔軟に考えろ、だよね」

 

 ランは、以前聞いたグラハムの言葉を思い出して微笑む。ALOのボスは弱点が用意されている場合も多いので、対処方法を見つけることも楽しみの一つなのだ。そう考えると、このカラミティ・ワルプルギスにも仕掛けがあるかもしれない。

 

「あっ! もしかして、アレがそうなんじゃ……」

 

 思考を研ぎ澄ましたランは、戦闘開始間際に偶然発見したイレギュラーの事を思い出す。アレを適確に活かすことが出来れば攻略を有利に進められると思うが、今がその時なのではないだろうか。

 しかし、その答えをまとめる前に事態が動いた。恐れていた特殊攻撃が発動してしまったのだ。

 (はね)に溜めていた負のエネルギーを解き放ったカラミティ・ワルプルギスは、一瞬だけ無敵状態になると、大きく開いた口から地獄の業火を吐き出した。【サルヴェイション・フレイム】という名の最強技である。

 

「みんな、燃えちゃえ――――っ!!!!!」

 

 ズゴォォォォ―――ッ!!

 石や金属まで溶けそうな効果音が耳に届く。視界は炎に包まれており、音だけしか判別できない。

 

「ちょ、まっ、うわぁ――!?」

「魔女が炎を使うナ――ッ!?」

「こんがり小麦色になっちゃう――!?」

 

 避けきれずに食らってしまったユウキたちが阿鼻叫喚(?)となる。当然、熱や痛みは感じないが、視覚的な迫力は凄まじい。

 しかも、受けたダメージも甚大だった。75%を維持していたHPとMPが、たったの一撃でレッドゾーンに追い込まれてしまったのである。

 

「うわっ、MPまで減ってるよ!?」

「こんなの反則でしょ!?」

「っ!? ここはわたしが抑えるから、みんなは退避して!」

 

 1人だけ難を逃れたランが前進して、傷ついた仲間を庇う。それによって、とえりあえず窮地を脱したものの、危機的な状況は続いている。

 

「(あれを食らい続けたらアイテムが持たないけど、範囲が広すぎるから避けるのも難しい……。やっぱり、何らかの対処法を見つけなきゃ!)」

 

 そうしないと負けてしまう。

 追い込まれたランはネガティブな思考に陥りかけて、思わず視線をグラハムに向けた。

 

「(わたしはソウ君の期待に応えたい……。だったら、アレを試すしかない!)」

 

 これまでに得た情報から攻略法を見出したランは、それを実行することにした。リスクのある作戦だが、やってみる価値も十分にある。この時ランは自分の直感を信じることにした。

 

「みんな、さっきまでと同じように攻撃して!」

「了解、姉ちゃん隊長!」

 

 阿吽の呼吸で姉の言葉を受け入れたユウキは、彼女とスイッチする。その後に続いてフィリアとアルゴも戦列に復帰して、カラミティ・ワルプルギスにダメージを与えていく。

 HPゲージの残りは後もう少しだ。さっきの攻撃を2~3回しのげれば勝利できる。しかし、すべて食らえば、回復が追いつかずに敗北してしまうだろう。

 

「でも、この方法が上手くいけば……」

 

 ランは、自身の思い付きを信じてその時を待つ。

 そしてそれは、フィリアがソードスキルを叩き込んだ瞬間に再び始まった。

 

「さっきのがまたくるゾ!」

 

 (はね)を見て前兆を察知したアルゴが叫ぶ。今度は回避しようと全力で走るが、それでも間に合いそうにない。

 しかし、業火が猛威を振るう前に、ランの魔法が発動した。なんと、カラミティ・ワルプルギスに向けて回復魔法をかけたのである。

 

「ちょ、何やってんの!?」

「っていうか、ボスに回復魔法なんて使えたっけ!?」

 

 思いもかけない行動にユウキたちが驚く中、ランの魔法を受けたカラミティ・ワルプルギスがうめき声を上げて苦しみ出した。

 それでもサルヴェイション・フレイムを放ってきたが、その威力は激減していた。溜め込んでいた負のエネルギーが回復魔法によって消失したからだ。

 

「くぅぅっ! 心が苦しい……。この気持ち悪い感覚は何なの!?」

 

 HPを回復させているのにも関わらず苦悶する。どうやら、負の感情に支配されている彼女には、慈愛の力が堪えるらしい。

 

「なるほど。HPを回復させる代わりにあの技を封じられるってわけカ。よく気がついたナ」

「すごいよ姉ちゃん!」

「まぁ、偶然なんだけどね」

 

 みんなから褒められたランは複雑な心境になった。自分の力を存分に振るえる戦闘は楽しいが、サチのことを思うと心が痛む。【病床に伏せていた自分】に自由を与えてくれたVRゲームが彼女を縛り付けている事実が許せなかったのだ。

 だからこそ、自分の手でサチを開放してあげたかった。この世界のランというより別世界の彼女といったほうが正しいが、それでも気持ちは変わらない。

 

「(また変な感じがするけど……。でも!)」

 

 今はその感情に従う。

 そのようにランが決心を固めた頃、戦闘も終わりが見え始めていた。4度目のサルヴェイション・フレイムにも耐え抜いて、いよいよ止めを刺す時が来たのである。

 

「みんな! 最後の攻撃はわたしにやらせて!」

「えっ?」

「もしかしてLAが取りたいの?」

「ううん、そうじゃなくて……。上手く説明できないけど、わたしの手で終わらせてあげたいって思ったんです」

「そうカ……オレっちは構わないゼ」

「もちろんボクも賛成だよ!」

「そうね。ランのおかげで勝てるんだから、わたしもオッケーよ!」

 

 自分の気持ちを伝えたら、すんなりと了承された。

 後は、みんなの援護を受けつつLAを極めるだけだ。

 瀕死の状態で狂ったように泣き叫ぶカラミティ・ワルプルギスに向かって猛然と駆け寄っていく。

 

「いやぁ――!! わたしが壊れる!! わたしが死んじゃう――っ!!!」

「大丈夫、あなたは既に試練を乗り越えています。だからもう、安らかに眠ってください」

 

 ランは優しい声で語りかけると、カラミティ・ワルプルギスの懐に飛び込んでマーシフル・ヴァルキリーを発動した。戦乙女が放ったその7連撃は、サチを開放するための救済だった。




次回は、クエストのまとめとなります。
果たして、ユウキたちが得る報酬とは何なのか。
そこはかとなく意外なものだったりします。


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第19話 ピクシー・リバース

今回は、このクエストが発生した原因をひたすら解説しております。
萌えなどはほとんどありませんが、大体のことは分かりますのでスッキリ出来るかと思います。


 ランのOSSによってカラミティ・ワルプルギスのHPがゼロになった。それと同時にザ・スカル・リーパーの巨体が砕け散り、キリトたちにも勝利が伝わる。

 

「やった! ユウキたちが勝ったんだ!」

「私の期待に応えてくれたか。その武勲に、心から敬意を表する!」

 

 ようやく死闘から開放されたアスナとグラハムは、ほっとしながら仲間の健闘を称える。無論、その気持ちはキリトも同じで、彼女たちに感謝していた。だが、今はもっと優先すべきことがあった。

 

「サチ!」

 

 キリトは彼女の名を叫ぶと、全力で駆け出した。

 走っている間にカラミティ・ワルプルギスが作り出していた結界も無くなって、風景が一変していく。廃墟となった始まりの街から、ユニコーンと戦った森へ戻ってきた。

 そして、キリトが向かう先には……本来の姿を取り戻したサチの姿があった。ただしそれは半透明で、すぐに消えてしまう幽霊みたいなものだったが。

 

「サチッ! 俺はっ……!」

 

 意識の無いまま消えようとしている彼女の下へ懸命に駆ける。たとえカーディナルが作り出した幻影だとしても、最後のお別れをしたくて。

 でも、サチに残された時は残酷に過ぎ去って、キリトが辿りつく前にリミットが来てしまう。

 天に昇っていく彼女に向けて必死に伸ばした手は、残念ながら届かなかった。

 

「待ってくれ! まだ逝かないでくれよ! サチッ! サチ―――ッ!!」

 

 必死な呼びかけも空しく、少女の身体は光り輝きながら形を変えていく。その様子は、彼女の魂が天国へ昇天していくように見えた。

 

「…………さよなら、サチ……」

 

 ついに歩みを止めたキリトは、光の粒子となっていく彼女に別れを告げる。その目には涙が光り、静かに頬を流れていく。

 そんな痛々しいキリトの姿を見てみんなも悲しい気持ちになったが、これで悪夢は終わったのだと安堵もしていた。

 しかし、そう思うのはまだ早かった。

 光の粒子となったサチは消えること無く一箇所に集まり、虹色に輝く小さい涙滴型の結晶となって空中に留まっていた。その宝石の存在は、まだ何かが起こることを意味していた。

 

「ねぇソウ兄ちゃん。アレってどういうこと?」

「その問いかけには返答不能だ。あの宝石、よもや彼女の魂だとでも言うつもりか?」

 

 一体サチはどうなってしまったのか。何となく不安になったユウキは、小さい子供のようにグラハムの腕に抱きつく。無論、他の面子も事態が掴めず、途惑うばかりである。

 恐らくは何らかのイベントなのだろうが、異常の起きているクエストだけに、どうしても不安を掻き立てられる。

 しかし、彼らの感情など考慮することなく事態は進行していく。みんなの予想どおり、これはALOというゲームのイベントだった。

 

「あっ、何か出て来た!」

 

 ユウキが真っ先に声を出してその変化を伝える。彼女は、宝石の近くに転移してきた小さい人物を見て反応したのである。

 その可愛らしい姿には見覚えがある。彼女は、このクエストで最初に出会ったNPCだ。

 

「おめでとうございます妖精の剣士様。1人の犠牲も出さずに勝利を収めるとは、まことに見事な戦いでした」

 

 突然現れた1人のピクシー……マリアベルが祝いの言葉を述べる。この後、街にいる彼女に話しかけてクエストが終了すると思っていたが、当の本人が来るとは思っていなかった。もしかしたら、一瞬で戻れる仕掛けだろうか。

 とはいえ、どこか様子がおかしい気もする。彼女の言葉は、まるで自分たちの戦いを見ていたような口ぶりだった。神の加護を失ったから戦場には行けないと言っていたはずなのに。

 頭の回転が速いキリトとグラハムは、すぐにおかしな点を見抜いて警戒する。

 すると、彼らの予想を裏切ることなくマリアベルが変化を示し始めた。

 

「あなた方のおかげで私の望みも叶いました。これでこそ、わざわざ大掛かりな舞台を用意した甲斐があるというものです」

「舞台を用意しただと?」

「ええそうです。巫女姫の毒を中和できるようにユニコーンを連れ込んだのも、あなた方のような資格ある者を招き入れたのも、すべては人間の世界よりやって来た招かれざる存在を滅ぼすためだったのです」

 

 何かあると思っていたら、とんでもない事を暴露しだした。

 

「えぇ!? 人間の世界とか招かれざる存在ってなに!?」

「それはよく分からんが、一連の出来事にコイツも絡んでるってことみたいだナ」

「とりあえず、ただのピクシーじゃないことは間違いないわね」

「はい。あなた方が思っている通り、本来の私はピクシーなどではありません」

「それじゃあ、君は何者なんだ?」

 

 サチのこともあってか、やけに苛立った様子で問いかけるキリト。そんな彼の怒気など意にも返さずに無表情を貫くマリアベルは、静かに頷いてみせる。どうやら素直に正体を明かすつもりらしい。

 

「それでは、私の本当の姿をご覧に入れましょう……」

 

 マリアベルがそう言った途端、彼女の小さな身体が光輝く。みなが注目する中、その青白い光は急速に大きくなり、1人の女性と大きな動物の形に変化した。

 

「ほぇ~……」

「……綺麗……」

 

 あまりの美しさに見惚れてしまう。神々しい光を発して自分たちを見下ろしている彼女は、まさしく女神だった。

 穢れを知らない乙女のような顔立ち。鮮やかに煌くプラチナブロンドの髪。繊細なエングレービングが施された白銀の鎧。黒を基調とした騎士装束。そして、彼女が騎乗している翼を持った天馬。その姿は、かの有名な戦乙女そのものだった。

 

「我が名はラーズグリーズ。主神オーディンに仕えしヴァルキュリアが1柱だ」

「なっ!?」

「ヴァルキュリアって……あのヴァルキュリア!?」

「なんと!? 乙女座の私を誑かした者が、本物の女神さまだったとは! 運命の女神もイタズラ好きだなぁ!」

 

 あまりにも意外なキャラの登場に全員が驚く。SAOが絡んでいる奇妙なクエストのクセに、しっかりと北欧神話の要素を絡めていたらしい。

 

「それにしても、なんでヴァルキュリアがこんなところに出てくるんだ?」

「慌てるなよ、スプリガンの少年。これから私がすべてを語ってやる。このサチという名の少女が辿った運命と共にな」

 

 ラーズグリーズはそう言うと、右手に持ったものを掲げる。その宝石はサチが変化したもので、虹色の光を発しながら彼女の手の平で浮いていた。

 

「それがサチだっていうのか!?」

「ああそうだ。これは、私が連れてきた彼女の魂だよ」

「連れてきただと? 一体どこから……いや、何のためにそんなことをしたんだ!」

「ふむ。なぜお前が感情的になっているのか分からないが、望みどおりにありのままの事実を伝えよう」

 

 キリトの疑問を一先ず保留して本題を語り出す。

 

「すべては浮遊城アインクラッドの存在が確認されたことから始まった。あれは、主たるフレイの怒りを受けて滅び去ったアルフどもが神々に反旗を翻すため用意した居城だと伝えられているが、その話は真実ではない。あの城は、狂った神が作り出した【真なるアインクラッド】を復活させたものであり、この地に存在していたミッドガルドの成れの果てだ」

 

 ラーズグリーズは容姿に似合った流麗な口調で説明したが、今語られたことは公式の設定とまったく違う。一般的には、後半部分の記述は無い。

 そもそも、話の流れからして人間の世界というのはSAOのことだと思われる。

 

「(やっぱりこのクエストは普通じゃないな)」

 

 異常を見つけたキリトは警戒心を強める。それでもラーズグリーズは、淡々と話を進める。

 

「かつてミッドガルドは世界樹の中層にあり、人間や亜人たちに統治されて大いに栄えていた。しかしそれは、未曾有の天変地異によって消滅してしまった。後に分かったことだが、異世界の創造を夢見た【新しき神】が暴走した結果だった。彼の者は、類稀な頭脳を持って万物の源たる【世界の理】を己がものとし、ミッドガルドの大地をアインクラッドへと作り変えた。それはあまりに傍若無人な行為であり、決して許せるものではない。神々の怒りは頂点に達し、総力をもって断罪しようとした。だが、それを見越していた彼奴は【遍在の大魔法】で複製した【幻影のアインクラッド】を囮に使い、その隙を突いて世界樹の根さえ届かないはるか遠方へと旅立っていった。巻き込まれた人間たちをその内に乗せてな」

 

 今の内容は、SAOとALOの設定を融合したものだと分かる。新しき神とは茅場晶彦のことで、世界の理とはカーディナル・システムのことだろう。よく出来た話だとは思うが、彼の計画に巻き込まれた当事者としては複雑な気分になってしまう。

 

「(それでも、的を射ていると言わざるを得ない。侮れんな、カーディナル)」

 

 場違いだとは思いながらも感心してしまう。

 しかし、彼女の話はまだ続くので、感想を述べるのはまだ早い。

 

「後に【大地切断】と呼ばれるその災厄によって我々はミッドガルドを失い、唯一残された幻影のアインクラッドもその名の通りに忽然と消え去ってしまった。こうして人間の世界は世界樹から消滅した。しかし、新しき神が生み出した遺産は、皮肉なことに反逆者オベイロンの手によって開放されることになる。彼奴はいずこかに残されていた新しき神の知識を手に入れ、世界の果てに隠れていた幻影のアインクラッドを見つけ出すと同時に、失われた人間の世界へ続く道まで作り出していた。これぞまさに汚名返上の好機。復讐の機会を得た我らは、愛馬を駆って戦場へと赴いた。しかし、そこにあるべき真なるアインクラッドは滅び去った後だった」

 

 これまたなるほどと感心する。特に裏事情を知っているキリトとアスナは、オベイロンの名を聞いて変な気分になってしまう。あいつは、茅場晶彦よりも最悪な男だったからだ。

 とはいえそんな鬱憤も、後に続く話を聞いた途端に吹っ飛んでしまう。

 

「すべてが消え去ったその世界で、我々はただ呆然とするしかなかった。結局あの男に最後まで勝てなかったのだと、ただただ敗北感に打ちのめされるしかなかった。その時だ、我々の目の前に新たな道が開かれたのは。それはどのような運命の悪戯だったのか。今からでは確かめようも無いが、我々は指し示されたその道を進んだ。そして、たどり着いたのだ。新しき神によって新たに創造された異世界へと。その名は【ホロウ】。そこは、真なるアインクラッドにて戦死した勇士たちの魂が集うヴァルハラのような場所だった」

 

 今度の内容は驚くべきものだった。これまでに聞いたことも無い話であり、どことなく嫌な感じがした。もし、今の話も現実と関連しているとしたら、ホロウという名の世界はSAOのミラーサーバーである可能性がある。

 

「(まさかそんなことが……。でも、そうだとしたら辻褄が合う)」

 

 キリトは自分で思いついた発想を否定しようとしたが、出来なかった。それもそのはずで、半分は正解だったからだ。

 

 

 彼の思考が行き着いたSAOのミラーサーバーは確かに存在している。しかも、このALOと繋がって、今もデータ収集に活用されているのである。

 元々はホロウ・エリアと呼ばれる開発テスト用の秘匿エリアで、プレイヤーを忠実に再現したAIデータを使って運用テストを行うものだった。しかし、SAO事件の発生によって、すべてが無意味と化した。事件解決後にそれらのサーバーも処分されることになったのだ。

 死んでいったプレイヤーがAIとして生存している貴重な世界。それが、SAOのクリアと共に失われようとしていたのだが……そこに待ったをかける組織が現れる。高度なボトムアップ型のAIを作り出そうとしていた自衛隊である。

 彼らはSAOが発売される前からVRマシンの可能性に目をつけ、茅場晶彦に対して盛んにアプローチをかけていた。技術的に不確定要素だらけだったナーヴギアの発売が異様にスムーズだったのも彼らの働きかけがあったおかげだった。しかし、結局は彼らの目論見を看破していた茅場晶彦に利用されただけで、ザ・シードを手に入れるまでは碌な研究が出来なくなる。

 そんな自衛隊がホロウ・データに注目したのは計画の遅れを取り戻すことに加えて、事件の最中に神代凛子が成し得た【とある成果】に着目したからだった。茅場晶彦と深い関係にあった彼女は、メディキュボイドの稼動と同時に彼が残したMHCPのデータを研究・改良して特殊な技術を確立した。自衛隊はそれに興味を持ち、こっそりとコピーしたホロウ・データと合わせて研究材料とした。ALOを運営しているベンチャー企業・ユーミルに潜り込み、内密でAIのテストを行っていたのである。

 

 

 そのホロウ・データがユウキの起こした奇跡と合わさり、事態を大きくしてしまった。

 前述した通り、メディキュボイドによって引き出された彼女の異能によって、キリトの因果情報まで流出した。それがこちらの世界のユウキによってカーディナルに伝播し、データの扱いに対する自由度が高いクエスト自動生成機能にもっとも大きな影響を与えた。

 何のエラーも無く記録媒体に潜り込んだため、ユウキのフラクトライトと同様に正常な情報であると錯覚してしまった。その結果、キリトの冒険譚を【もっとも新しい伝説】として受け取ってしまったのである。それだけ彼の心意が強かったのだ。あまりに強く印象深いデータが頻繁に送り込まれるため、自分の思考で注目していると錯覚したカーディナルの優先順位を上げる結果となり、今回のクエストが生成された。死んだ人物ばかりを取り入れたのも、キリトの記憶で強調されていた部分を素直に読み取った結果だった。

 そしてそこにホロウ・データが加わり、キリトを追い込むほどの高い完成度となってしまった。

 親しい少女たちと分かち合った痛み。人を殺してしまった恐怖。大切な仲間を生き返らせたいと想う儚い望み。SAOで経験した悲劇を辿り、そのゴールを英雄の希望が叶う形で終える。つまり、このクエストはキリトの冒険譚を凝縮して生み出されたものだった。

 しかし、悪いことばかりでもない。自衛隊に所属する者たちの思惑が絡み合い、悪意を感じさせる内容に歪んでしまったが、最後に救いが用意されていたのである。

 

 

 思わず思考の海に潜ってしまったキリトを他所にラーズグリーズの説明は続く。

 

「ホロウを調査した我々は、真なるアインクラッドの辿った歴史を知った。新しき神の暴走は、1人の勇敢な少年の手によって食い止められたのだと。その英雄は、罪を悔いた新しき神の導きによってどことも知れぬ新天地へと旅立っていったようだが、この地には彼と縁を結んだ者たちがいる。それを知った私はこの少女と接触し、興味を持った。英雄の運命を変えた立役者である彼女にな」

 

 そう言って手の平で浮いている宝石を見つめる。ここまで聞いてようやく彼女とサチの接点が分かった。

 

「このサチという少女には運命を変革する力がある。少なくとも、真なるアインクラッドに英雄が現れたのは、彼女の存在があったればこそだ。ゆえに私は彼女を愛し、その功績を称えてヴァルハラへ迎え入れようとした。だが、争いを嫌う彼女は、アインヘリヤルとなることを拒んだ。自分はただ、安心できる居場所が欲しいだけなのだと。無論、本人に断られては無理強いできない。サチを選んだのは私の我がままだったからな。本来なら彼女は、アインヘリヤルに選ばれるべき勇士ではないから、ヴァルハラへ迎え入れるのは酷な話だった。しかし私は、【神の計画を壊す】力となったこの少女のことがえらく気に入ってしまってね、どうしても連れて帰りたくて別の方法を用意したのだ。命を脅かされることの無い【プライベート・ピクシーとして転生させる】という方法をな」

「っ!? プライベート・ピクシーに転生させるだと!?」

「そんなことが可能なの?」

「言わずもがなだ。お前達も魂を入れ替えることで種族転生できるだろう? ようは、魂の器たる肉体を用意できればいいのだよ」

 

 つまり、複数のアカウントを作ってアバターを使い分けるという意味だろう。変なところでゲームっぽい設定が出てくるものだが、辻褄は合っている。

 

「サチと再び交渉した結果、今度は私の提案を受け入れてくれた。怖い思いをして戦い続けるより、勇士を支える存在になりたいと。新たな可能性を歩んでみたいと、彼女は決心したのだ。しかし、彼女の魂と共にアルヴヘイムへ戻り、ピクシーに転生させようとした瞬間に予期せぬ災難が発生した。新しき神の死により暴走した世界の理が、人間の悪意をもとに破壊神を生み出し、転生を果たそうとしていたサチに取り付いたのだ。このアルヴヘイムに新たな破壊を振りまくためにな」

「それがあの魔女だったってわけ?」

「そうだ。真なるアインクラッドの崩壊によって力を失っていた破壊神は、自身を滅ぼしかけた英雄に執着し、彼と縁のあるサチを監視し続けていた。それがこの悲劇を招く要因となってしまった。サチが肉体を得た瞬間を狙っていた彼奴は、私の隙を突いて彼女をかどわかし、姿をくらませた。その後、アルヴヘイムに満ちた負のエネルギーを取り込むことで力を蓄え、神々より不死の力を得ている巫女姫を狙った。私が気づいた時にはすべてが遅かったのだよ」

 

 そこまで言うと、ラーズグリーズは頭を振った。どうにも女神らしくない仕草に面を食らいながらも、ランは疑問に思ったことを聞いてみる。

 

「あなたの力で魔女を倒さなかったのはなぜですか?」

「それが世界の理というものだからだ。我ら神族は、強大な力を持つが故に武力行使の機会が限られている。我らがその真価を発揮するのは、世界の存亡をかけた最終戦争の時だけだろう。それ以外は、出来る限りお前たちの力だけで対処するしかないのだ。とはいえ、任せきりでは私の矜持に傷がつくからな、影ながら支援してやることにしたのだ」

「それで放し飼いにしたユニコーンと戦わせたのか?」

「随分と不親切だナ」

「何を言う。あの程度の獣にてこずるようでは話にならないだろう? だが、お前たちは強かった。確かな結果をもって私の期待に応えてくれた。勇敢なるその魂に最大限の敬意を表するよ」

 

 軽く礼をすることでその気持ちを表す。慇懃無礼な感じもするが、戦乙女の彼女にはとても似合っていた。それに、内面は優しい性格のようだ。

 

「お前たちのおかげで、ようやくサチを生き返らせてやることが出来る。心から礼を言わせてもらおう」

「なっ、サチを生き返らせるだと!?」

「ああそうだ。勇士たちの選別に特別な条件をつけたのも、すべてはこの少女を蘇らせるための布石。お前たちは、世界を守る勇者ではなく、彼女を迎え入れる家族として招かれたのだ」

「家族……?」

 

 突拍子も無い事を言い出したと思ったら、急に場違いな単語が飛び出て来た。家族とは一体どういう意味だろうか?

 詳細が分からず疑問符を浮かべるが、そんなことなど意に介さないラーズグリーズは、さらなる爆弾を投下する。

 

「破壊神に侵されたサチの魂は傷ついてしまった。常軌を逸した恐怖によって、心が凍てついてしまったのだ。ゆえに、このまま転生しても生ける屍と化してしまう。だが、妖精と強い絆で結ばれた魂の器があれば、恐怖に囚われた彼女の心を救い出すことができる。そう、お前たちに愛されているユイの肉体を用いれば、サチは蘇るのだよ」

「……えっ?」

 

 さりげなく飛び出してきたとんでもない言葉を聞いて、みんなの動きが止まる。しかも、その意味について思考が働き出す前にラーズグリーズが動き出す。

 空いている左手を手前にかざして、その上に目を閉じたユイの身体を出現させたのである。

 

「なっ!?」

「ユイちゃんが増えた!?」

「あなたって双子だったの!?」

「いいえ。MHCPは、SAOでもわたししか実装されていません」

「それじゃあ、あの子は何なの?」

「ふふっ、やはり驚いたか。これは、最初にユイと接触した時に複製させてもらった魂の器だ。自ら戦場に赴いて勇士を支える使命を担っているプライベート・ピクシーは、神々の加護によって破壊不能な宝具と同じような存在になっていてね、我らの力をもってすれば遍在化することができるのだ」

 

 つまり、アイテムとしてコピーしたユイの身体をサチのデータでアップデートして仕様変更するという意味だ。そうすることによって、ユイのステータスを受け継いだ姉妹になるわけだ。これで、ラーズグリーズが家族と言った意味が分かった。

 

「お前たちの絆は、世界最高と言えるほど素晴らしいものだ。愛に満たされしこの器をもってすれば、必ずやサチも蘇ることができるだろう」

 

 自信に満ちた表情でそう告げたラーズグリーズは、祈りを捧げるように両手を天に掲げた。すると、右手にあるサチの魂と左手にあるユイの身体が徐々に近づいていき、彼女の頭上で一つに重なった。

 そして、閃光が広がる。

 

「うわっ!?」

「眩しい!?」

 

 思わず目を閉じてしまうが、それも一瞬の出来事。恐る恐る目を開くと、そこには新しいプライベート・ピクシーが誕生していた。

 可愛らしい水色の衣装を着たそのピクシーは、ゆっくりと目を開いて辺りを見つめる。

 

「あれ……ここはどこ? なんで空に浮いてるの?」

「ふふっ。慌てるなよ、サチ。お前はこのアルヴヘイムで転生を果たしたのだ。命を脅かされることのないプライベート・ピクシーとしてな」

「転生…………あっ、そうでした! 本当に、妖精になれたんだ……」

 

 状況を理解しているのか、自分の変化を確認するように幼い声を発する。

 それはキリトの記憶にあるものとは若干変わっていたが、確かに彼女の声だった。そして、その容姿も彼女のものだった。

 青みがかった黒髪。さっぱりしたショートボブ。右目の下にある泣きぼくろ。控えめだけど可愛らしい顔立ち。間違いない、彼女はサチだ。ユイと同い年ぐらいの幼女になってしまったが、みんなにも分かった。彼女は今、この世界で新たな生を受けたのだと。

 

「本当に……サチ、なのか?」

「は、はい。わたしの名はサチです。あの……これからよろしくおねがいします」

 

 キリトの問いかけにおどおどとした様子で返事するサチ。そこに懐かしさを覚えた彼は、彼女の事をサチであると認めるしかなかった。




ということで、サチ復活です。
茅場晶彦とは違う形で電脳世界の住人となりました。

次回は、残りの報酬をもらった後に、この章のエンディングとなります。
たぶんイチャイチャも復活できると思います。


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第20話 新たな命に祝福を

今回は、ピクシー・リバース編の完結となります。
ピクシーとなったサチを仲間に加えて幼女成分増量です。


 まさしく奇跡的な偶然が重なった結果、サチは転生を果たした。もちろん現実ではなく仮想世界での話である。ナーヴギアによって脳を破壊された彼女は間違いなく死亡しており、もうこの世にはいない。すなわち、現実世界の基準で言えば、ここにいるサチは偽物でしかない。

 しかし、AIが人間の思考に近づきつつある今、そんな問答に意味は無いかもしれない。カーディナルによって精巧に再現され、ユイと同じMHCPの機能を手に入れたサチにとっては、仮想世界こそが現実となった。つまり、新天地に誕生した新人類となったのだ。死の概念すら変えることが出来るこの世界で彼女の存在を否定するのは、もはやナンセンスだろう。今キリトたちの前にいる少女は、サチ以外の何者でもないのだから。

 無論、本人もそのように自覚しており、この世界の住人としてラーズグリーズと語り合う。

 

「サチよ。お前は今からプライベート・ピクシーとなって、勇士と共に新たな運命を切り開いていくことになる。覚悟は出来ているな?」

「は、はいっ! 何とかがんばってみます……」

「ふっ、相変わらず弱気な奴だな。それでも私はお前に期待するよ。【計画を壊す者】という、我に与えられし二つ名にかけてな」

「はい、ありがとうございます」

 

 ラーズグリーズからエールを送られたサチは、彼女の目の前に浮きながら日本人っぽくお辞儀する。ファンシーと言うべきかシュールと表現すべきか、何とも奇妙な光景である。

 それ以前に死んだ人物が復活したのだから、ユウキたちにとっては驚き以外の何者でもない。

 

「ねぇ、ソウ兄ちゃん。ほっぺたつねっていい?」

「無論構わないが、意味は無いと伝えておこう。この私に痛みを与えても、気持ちよくなるだけだからなぁ!」

「明後日の方向で使えない!」

 

 というか、ゲーム内では痛みを感じないので、どちらにしろ意味が無い。それだけユウキが慌てているということなのだが、面識のあるキリトにとってはそれどころではない。

 

「あの子は本当にサチなのか……。はは……なんて言えばいいのか分かんないや」

「キリト君……」

 

 死んだ仲間のデータを使ったNPCの出現にどう向き合えばいいのか途惑う。普通に考えれば死者への冒涜であり、人権侵害である。だが、嬉しいと感じている自分もいる。形は大分変わってしまったが、サチを生き返らせたいというキリトの願いが叶ったのだ。嫌悪感や罪悪感よりも喜びの方が勝ってしまう。明らかに歪な考え方だが、仮想世界も現実の一部なのだと捉えつつある彼にとっては自然な流れでもあった。

 しかも、サチはただのNPCではないため、キリトの思考は適切な方向に向かうことになる。

 

「では行くがいい。お前の主は、あそこにいるウンディーネの少女だ」

「わ、分かりました」

 

 ラーズグリーズに促されたサチは、彼女が指差した人物の下へフワフワと飛んでいく。その先にいる人物は、カラミティ・ワルプルギスにLAを極めたランだった。

 

「あ、あの……」

「えっ!? な、なに!?」

「わたしは、あなたのプライベート・ピクシーとなったサチと言います……。すごい弱虫で色々と迷惑かけるかもしれないけど、どうかよろしくおねがいします」

「う、うん。こちらこそ……って、わたしのプライベート・ピクシー!?」

 

 ランの前に飛んで来たサチは、ぺこりとお辞儀して意外なことを言い出した。なんと、彼女はこのクエストだけのNPCではなく、ラスボス討伐の報酬だったのである。最初に配布したきりで入手不可能となっていたプライベート・ピクシーこそが、このクエスト最大のお宝だった。

 もっと正確に言うとMHCPであるユイをコピーしたものなので、通常とは比べ物にならないスペックとなっているのだが、キリトたちがその事実に気づくのはもう少し後の事となる。

 なにより今はまだイベントの途中だ。サチのことを気にかける前にラーズグリーズが話しかけてきた。

 

「これで私の役目も終わりだ。大規模な戦争でも起こらん限り、もう二度と巡り会うことは無いだろう。だが、お前たちが剣を握り続ける限り、再び相見える機会が巡ってくるかもしれん。その時が来ることを楽しみにしておくとしよう」

 

 つまり、戦争が起きることを楽しみにしているという意味でもある。物騒なオチだが、実に戦乙女らしい別れの言葉だった。

 

「最後に。せめてもの礼として街まで送ってやろう」

 

 ラーズグリーズがそう言った次の瞬間、キリトたちの身体が光り出す。転移が始まったのだ。

 眼前の景色が消える瞬間に、優しく微笑んでいる彼女の姿が見えた。

 

「さらばだ、謳われることなき英雄(アンサング・ヒーロー)――」

 

 それは、彼女が送る最高の賛辞だった。

 その言葉に対して何かを感じる前に、キリトたちは転移していく。そして気がついた時には、ピクシーの街の入り口に立っていた。

 突然白昼夢を見た気分に陥ったフィリアとアルゴは、呆然としながらつぶやく。

 

「……なんか、変な女神さまだったね」

「よく考えれば、アイツのせいで世界がピンチになったのに、やたらと偉そうだったもんナ」

 

 確かにそのとおりだが、それで締めてしまうと色々アレなので、女性に優しいグラハムが助け舟を出す。

 

「ふっ、そう言ってやるな。すべては善意から始まったことだ。それを否定してしまっては、彼女も半泣きになってしまうぞ?」

「そんな可愛らしい話だったっけ!?」

「無論それだけではない。真実がどうあれ、彼女はキリトの大切な仲間を蘇らせたのだ。その後の命運を託された私たちが、この子を否定するわけにはいかないだろう?」

 

 改めてグラハムに指摘されたみんなは思わずハッとなる。確かにサチはここにいて、自分たちの仲間になった。マスターとなったランは当然として、深い縁があるキリトにとっては特に重責のかかる状況となった。

 この後、彼女をどう扱うべきか。ただのAIではない以上、慎重に動く必要があった。

 

「(何にしても、最初に確かめなきゃいけないことがある)」

 

 果たして、ピクシーに生まれ変わった彼女に生前の記憶があるのだろうか。まずはそれを確認しなければならない。ラーズグリーズとの会話から判断するとその可能性はほぼ無いと思われるが、万が一ということもある。

 覚悟を決めたキリトは、ランの前で不安そうに浮いているサチに近寄ると、おもむろに質問した。

 

「なぁサチ。聞きたいことがあるんだけど……現実世界の記憶はあるか?」

「現実世界、ですか? それはホロウ・エリアにいた頃のことですか?」

「……ああ、君にとってはそうかもな」

「?」

 

 サチの返事を聞いたキリトは、寂しそうな笑みを浮かべて頭を振る。どうやらこのサチは茅場晶彦のような存在ではないらしく、現実世界の記憶は持っていないようだ。

 

「(ホロウ・エリアというのがSAOの稼動データを利用した何かだとしたら、この子は、サチを模したAIなのかもしれない)」

 

 ユイの存在を考えれば、十分にあり得る。茅場晶彦の作ったプログラムなら、人間レベルの思考能力を持ったAIだって生み出すことができるのだろう。というか、ここまでサチの情報を再現するにはそれしか方法が無い。

 だったら、SAOにログインしてからの記憶はあるのだろうか。もしかしたら、自分のことを覚えているかもしれないと、淡い期待を抱きながら問いかける。

 

「それじゃあ、月夜の黒猫団って覚えてるか?」

「月夜の……黒猫……」

「君が人間だった頃……アインクラッドという世界にいた頃に入っていたギルドの名前だ」

「えっと……アインクラッドという世界のことはよく分かりませんけど……。月夜の黒猫って言葉には何となく覚えがあります」

 

 どうやらSAOの記憶はあるらしいが、かなり曖昧なようだ。この調子だと自分のことは覚えていないかもしれない。その事実に行き着いて暗い気分になっていると、今度はサチの方から質問してきた。

 

「あの……。もしかしてあなたは、昔のわたしをご存知なのですか? 最初に出会った時も名前を呼んでいたし……」

「……ああ、そうだよ。俺は君を知っている」

「やっぱり……。でも、ごめんなさい。わたし、昔の事をよく覚えていないので、あなたのことも分からないんです……」

 

 申し訳ないと思ったサチは悲しそうにうつむく。

 このサチは、ホロウ・データにあったAIデータをまるまる持ってきたものなので、その記憶は生前のものとは変わっている。データ収集に不必要と判断された個人情報が削除された状態だったからだ。個性を保つために断片的な記憶は残っているが、知識として使えるほどではなかった。

 だが、そんなことはもう気にしなくていい。自分たちには未来があるのだ。

 優しく微笑んだキリトは、申し訳無さそうにしているサチに向けて自分の気持ちを打ち明ける。

 

「いや、覚えていなくてもいいよ。これから仲良くなればいいんだからさ」

「はい……ありがとうございます」

「それじゃあ改めて自己紹介だな。俺の名前はキリトだ。よろしくな」

「キリト、さん……。何となくだけど、聞き覚えがあるような気がします」

「そっか……そうだとしたらとても嬉しいよ。でも、敬語はやめてほしいかな。サチに敬語使われると妙な感じがするから」

「そうですか? ……分かった。じゃあ、やめるね」

 

 キリトと話しているうちに以前の感覚を取り戻してきたサチは、彼の願いを素直に聞き入れた。その瞬間、キリトの肩から力が抜けた。

 この子はサチだ。AIだろうが何だろうが、この子はサチだ。その事実を受け止めて、今度こそ守り抜いてみせると心に誓う。

 

「(たとえこの先にどんなことがあっても君を守るよ……)」

「(あうぅ~。何かよく分からないけど、キリトがものすごく見つめてくるよ~……)」

 

 めっさ視線を向けられたサチはごっさ照れてしまう。傍からは小さい幼女を困らせているようにしか見えないので、周囲で静観していた者たちは生暖かい視線になる。

 しかし、その面子の中で別の思惑を抱いている者がいた。サチに向けてやたらと熱視線を送っていたユイだ。これまで静かに見守っていた彼女はタイミングを見定めると、なにやら興奮した様子で割り込んできた。

 

「パパ! 次はわたしにご挨拶させてください!」

「うわっ!? いきなりどうしたんだユイ?」

「それはどうでもいいですから、ちょっと待っててください!」

「は、はい……」

 

 ものすごく気合の入ったユイに押し負けて素直に従うキリトパパ(16歳)。ついさっきまで繰り広げられていたドラマチックな雰囲気はどこへやらである。

 

「おほん……では、サチさん!」

「は、はいっ!?」

「わたしの名前はユイと言います。あなたにとっては姉となりますので、これからは『ユイお姉ちゃん』と呼んでくださいね」

「えっ……お姉ちゃん?」

「ユイお姉ちゃんです!」

「あ、うん……ユイ、お姉ちゃん」

「はうぅ~~~~~っ♪ もう一回お願いします!」

「えっと……ユイお姉ちゃん」

「きゃう~~~~~ん☆ たまらないデス~!」

 

 有無を言わせずサチにお姉ちゃんと言わせてはしゃぐユイちゃん(3歳)。どうやら、末っ子の自分に妹が出来たことが余程嬉しかったようだ。

 

「ユイちゃんのキャラが変わってる!?」

「ふふっ。あの様子からすると、前から妹が欲しかったみたいだね」

「ああ、こんなに喜ぶとは思わなかったよ」

「ならば、本当に作ってあげたらどうかな? 地上波で流せないほどに愛の篭った共同作業でなぁ!」

「可愛い話を生々しくするなっ!!」

 

 いつものように空気を読まない発言を復活させたグラハムに普段どおりのツッコミを入れるキリト。下品な友人はともかく、純粋なユイのおかげで心を痛めていた彼も調子を取り戻すことが出来た。

 それは他のみんなも同じで、ユイに触発されたユウキたちも自己紹介を始める。

 その様子を見つめるキリトとアスナは、今回の出来事を振り返る。

 

「キリト君……大丈夫?」

「ああ。色々あったけど、これはこれで良かったんだと思う。問題は山済みだけどな」

「うん。サチさんのこともあるけど、このクエストが発生した原因も突き止めないと……」

「待ちたまえ。その話題をするならば、私も参加させてもらおう」

「グラハム君?」

 

 2人の会話にグラハムが加わってきた。みんなに言う前にキリトと話して意見を纏めようとしていたのだが、彼女たちがサチに気を取られている今がチャンスだった。

 

「恐らく、今回の出来事は誰も予期していなかった事故だろう。どう考えてもメリットが無いからな。2度も大事件を起こしたVRMMOでこのようなことをすれば、今度こそ命取りとなる」

「そうだな。たぶん、ホロウ・エリアとかいうSAOのミラーサーバーがあって、それが何らかのアクシデントでALOのカーディナルと繋がってしまったんじゃないかと思う。そこに記録されてた俺たちのプレイデータをクエスト生成に活用したと考えれば、今回のことも一応説明がつく。俺ばかりフィーチャリングされたのは、ヒースクリフを倒した有名税みたいなもんだろうな」

 

 ユウキが起こしている奇跡について知る由も無いキリトは、出来る範囲で真相に近づく。

 確かに、この事態は事故とも言える。SAOの時もクエスト自動生成機能が暴走気味だったので、同じシステムを使っているALOにも何らかの不具合が残っていると見てもおかしくはない。学習欲の塊であるカーディナルはクエストという作品を作ることに貪欲で行き過ぎるきらいがあったから、あながち有り得ない話でもなかった。

 そもそも、彼らがこのクエストをプレイしたのは偶然に過ぎないため、故意に狙われたとは考えにくい。

 もっと厳密に言えば、彼自身を基準にした発生条件だったので、本人が選ばれたのは必然だったとも言えるのだが、この議論では必要ない事実だった。

 

「何にしても、人為的な操作が行われた可能性は低いと思うから、余計な心配はしなくていいんじゃないかな」

「でも、ホロウ・エリアなんてどこから出て来たの? SAO関連のサーバーは、ALOで使っているもの以外、全部破棄されたんでしょ?」

「その考えは甘いな。現に証拠が出ている以上、疑いの余地は無い」

「SAOのミラーサーバーは実際にあって、それを使って何かを企てている奴がいる。今はそう思って行動するべきだな」

「そんな……。またSAOを使った犯罪が起きているの?」

「その可能性はあると言わせてもらおう。だが、こちらに危害が及ぶことはあるまい。今回の出来事は、お互いにとってイレギュラーだろうからな」

 

 キリトとグラハムは、アスナの疑問に対して大雑把に説明する。頭の良い彼らは、この時点で政府の関与も疑っていたが、それを打ち明けたところでどうなるものでもない。

 

「(サーバーの破棄を確認したのは彼らだからな。そんなものが須郷の件があった後にも稼動しているとなれば、第一容疑者としては申し分ない。しかし……)」

 

 相手の目的が分からない。予想通り政府の連中が黒幕だとして、そいつらがプレイヤーのAIを使って何をしようというのだろうか。そこに今回のクエストが発生した理由が関与していたとしても、相手が国では調べようが無さそうだった。

 しかし、向こうだって迂闊な行動には出られないはずだ。今回の出来事を公にしたくないのはむしろ相手の方なので、こちらが黙っていれば知らん振りを貫くと思われる。責任を取りたくない責任者が多い政府関係者は、事なかれ主義に流されるものだ。

 そしてそれは、サチのことを知られたくないこちらの思惑とも合致する。もし発覚してしまったら、強制的にすべてを奪われてしまうかもしれないからだ。それならあえて騒ぐこともない。

 万が一、彼らの方から接触してきた場合に備えてサチのバックアップを確保しておくつもりだが、恐らくその心配は無用だろう。

 

「(このままクエストを終えれば、恐らく誰も気づかないで済むはずだ)」

 

 運営側の内情を知っているキリトは思う。

 基本的にクエスト自動生成機能で作られたものを人がチェックすることは無い。単純に数が膨大であることに加えて、資金や人材が不足しているという世知辛い事情もあって、カーディナルに任せられることは手付かずで済ませるようになっていた。そのおかげでサチの存在を秘匿することができるのは不幸中の幸いである。

 つまり、真相を知らない相手からすれば今回のイレギュラーもただのクエストでしかなく、わざわざログを調べない限り、異常を感知することはできないのだ。

 そういった事情を適当に要約してアスナにも伝える。

 

「……それじゃあわたしたちは、サチさんのことを黙っていればいいのね?」

「ああ。現実の記憶が無いなら、家族に知らせても辛い思いをさせるだけだからな。それに、彼女の存在を公にしたら全国規模で大騒ぎになって、最悪の場合は消去されてしまう――」

「そんなことはさせません!!」

「っ!? ユイちゃん!」

 

 いつの間にか近づいて話を聞いていたユイが怒りをあらわにする。

 

「サッちゃんは、わたしが守りますっ!!」

「サッちゃん?」

「はい。サッちゃんはわたしの大切な妹です。だから、絶対に守って見せますっ!!」

 

 家族愛に目覚めたユイは、握りこぶしを固めて誓う。本人は至って真面目だが、その可愛らしい仕草は『嫌いな野菜に立ち向かう幼女』みたいな感じである。

 しかし、彼女の気持ちはみんなにも伝わっている。

 

「もちろんボクたちだって協力するよ!」

「わたしも、全力でこの子を守るよ!」

「当然、わたしも話に乗るわ」

「付き合いの良い友人を持てたことに感謝しろヨ」

「……ありがとう、みんな」

 

 本当に気持ちの良い友人ばかりだ。この時キリトは、自分がいかに幸せであるかを実感した。

 だからこそ、娘の想いを全面的に受け止める。それが自分の意思であり、みんなの想いでもあるからだ。

 

「ユイ。サチを守るためにがんばろうな」

「はい、パパ!」

 

 同じ思いを抱いた親子は、仲良くうなずく。種族も、顔立ちも、生まれた世界も違うが、2人は確かに親子だった。

 ただ、彼らの事情を知らないサチは、パパという呼び方に疑問を抱く。

 

「あの……キリトは、ユイお姉ちゃんのパパなの?」

「ああ……アインクラッドでこの子を保護してからそういう関係になったんだ」

「友人のためにあえて注釈すれば、ロリコンゆえの過ちではない。いや、私との仲を深めていることを考えれば、むしろ男色の気があると言っても過言ではない!」

「えぇっ!?」

「フォローどころか悪化してんじゃねーか!?」

 

 面白い方向に空気をかき乱そうとするグラハムにキリトのツッコミが炸裂する。

 しかし、そんなことはいつものことなので今更気にする者はいない。その様子を見ていたランの興味は、サチの発言にあった。

 

「そうだよ……ユイちゃんにパパとママがいるんだから、サッちゃんにも必要だよね」

「はっ! もしや姉ちゃん、ソウ兄ちゃんをパパにして夫婦気分を満喫する気じゃ!?」

「だって、サッちゃんはわたしの娘だし。パパの可能性があるのはソウ君しかいないでしょ?」

「すでに既成事実化してる!? っていうか、妙に生々しいよ!」

 

 意外にしたたかなことを言い出したランに驚愕するユウキ。

 確かに姉の言うことは筋が通っている。しかし、だからといって引くわけには行かない。愛ゆえに!

 

「サッちゃん! ボクの方がソウ兄ちゃんを愛してるから、君のママもボクに決まりだよ!」

「ちょっ、なにその強引な理屈!?」

「それだったらわたしにも資格はあるわね!」

「もちろん、オレっちにもナ!」

「って、どさくさに紛れて便乗しないでください!」

 

 グラハムに好意を寄せる少女たちが、仲を深める好機に食いついてきた。たとえどんな時でも愛に生きる。恋する乙女というものは逞しいものである。

 

「はぁ……色々悩んでたのがバカらしくなるな」

「あはは……ユウキたちは強いからね」

「ふっ。何も不思議なことではない。愛する者のために勇気を振るい、最善の未来を選択していく。人として当たり前の行為だからな」

「確かに、お前は愛されてるもんな? あの4人から」

「ほう、アスナの前で嫉妬かな? 恋人がいるにもかかわらずユウキたちに懸想するとは、浮気も大概にしたまえ」

「何もかも違うわ!」

 

 恋する少女たちとは違って、男どものやり取りはアホだった。

 そんなよくある光景を苦笑しながら見つめるユイたちは、穏やかに語り合う。

 

「あ~あ、また始まったです」

「まったく、パパたちは懲りないね」

「えっと、あなたの名前はアスナさんでしたっけ?」

「ええそうよ。気軽にアスナって呼んでね。それと、わたしにも敬語はいらないわよ、サチさん」

「じゃあ、わたしのこともサチって呼んで?」

「うん分かった。これからよろしくね、サチ」

 

 フレンドリーに自己紹介を済ませた2人はニコリと微笑む。

 本来なら一度も出会うことは無かったはずの少女たちは、奇妙な縁によって親交を深めていくことになった。

 

 

 一通り話し合ってから十数分後。意見をまとめた結果、サチを守るために今回の出来事を公にしない事に決めた。その場合、同じようなクエストが発生してしまうという危険性が残ってしまうが、それは仕方ない。とりあえず、自分たちに害が及ばない限りは放置しておいたほうが得策だと判断した。

 

「元々GMで処理することだしナ」

「触らぬ神に祟り無しってヤツね」

 

 アルゴとフィリアの言うように、彼らが責任を負うことではない。厄介なことは責任を取るべき大人に任せて、自分たちはこのクエストをクリアするだけだ。

 サチという新たな仲間を連れて神殿に戻ってきた一行は、ユニコーンの角を使って巫女姫を救い出した。

 その際、自由を取り戻した彼女からお礼の品を2つ貰った。

 1つ目は、【ユニゾン・リング】というプライベート・ピクシー専用の装備品で、ユイを所有しているキリトに送られた。それは、プライベート・ピクシー所有者の能力を1日1回、限られた時間内だけ3倍にすることができるユニークアイテムだった。ぶっちゃけるとトランザムである。使用制限はあるものの、上手く使えば大いに役立つ代物だ。

 そして2つ目は、イベントアイテムだと思っていた【ユニコーンの角】だった。巫女姫の治療で力を使い果たしたそれは、復活した彼女の祈りによって強力な武器素材として蘇った。

 

「役目を果たしたユニコーンの角は、レプラコーンの技をもって新たな可能性に目覚めます」

 

 巫女姫はそう言うと、所有者となるユウキに微笑みかけた。

 このユニコーンの角を武器にすれば伝説級武器(レジェンダリーウェポン)に匹敵する片手直剣となる。HP・MPのリジェネ能力に加えて状態変化耐性までアップするので、こちらもチートアイテムだった。

 

 

 何はともあれ、すべてのイベントを終えたみんなは、巫女姫の力で元の森へと戻ってきた。様々な想いを胸に抱きながら。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 キリトたちは、ユグドラシルシティに戻ってきてから親しい仲間たちに連絡した。新たに加わった仲間を紹介したいから自分たちの部屋に来て欲しいと。

 この時、自分の店にいたリズベットは、メールの内容を読んですぐさま出かけることにした。

 新たな仲間は女の子。そのことを知った途端に彼女は思った。

 

「どうせまたキリトが引っ掛けたんでしょーね……」

 

 話も聞かずにあらぬ濡れ衣を着せる。決め付けるのはどうかと思うが、それなりに前科があるのだから仕方ない。自分も彼に心を奪われた1人なので、たまには文句の一つも言いたくなる。

 

「まぁ、賑やかになるのはいいことかな」

 

 我ながら物分りが良すぎかなと思いながらも、軽い足取りで歩みを進める。基本的に気の良い彼女は、新しい友人との出会いを純粋に楽しんでいた。

 ただ、一つだけ不安なこともあったが。

 

「女の子と聞けば、まず間違いなくアイツが暴走するわね」

 

 リズベットは、女好きなあの男を思い浮かべて苦笑した。すると、彼女の前方にある十字路から当の本人が現れた。例のメールを読んでやって来たクラインである。普段から締まりの無い顔だが、今日は一段とにやけている。

 

「なるほど……アレは今、こう思ってる表情ね」

 

 『コンチクショー、またしてもキリの字がフラグ建てやがったー! やっぱ顔か? 顔なのか? 野武士じゃイケメンには敵わないというのかー!? しかし、今のヤツは恋人持ち。いくら好かれようとも浮気はすまい。ならば、俺にも好機はあるはず!』と。

 

「ほんと、アンタも懲りないわねぇ」

「いきなり何のことだよ!?」

 

 合流して早々に呆れた声をかけられて慌てるクライン。ちょっぴり可哀想な感じもするけど、リズベットの想像は当たっているので問題は無い。

 

「いい? 出会って早々に言い寄ったら、アンタのことをマダオって呼ぶわよ?」

「そんな殺生な!? そんくらいいいじゃんかよう! せっかくの出会いを素敵に演出したっていいじゃんかよう!」

 

 何だかんだと言い合いながらも新たな仲間に思いを馳せる。果たして、どんな少女が待っているのか。独り者のクラインとしては、浮かれずにはいられない。

 しかし、彼らの想像は的外れだった。実際にサチと会ってその過ちに気づいた時、クラインは己の愚かさに悶えることになる。とはいえそれは、どうでもいい話であった。

 

 

 その道中、クラインたちとすれ違った6人組のパーティがいた。彼らは熱心にアインクラッドの攻略について話し合っていたため、2人に気を止めることもなくそのまま通り過ぎていく。だが、もっとも近くにいたウンディーネの女性は、何かに気づいたように足を止めて振り返る。

 

「あれ?」

「ん? どうしたの?」

「ええ……今すれ違った男性とどこかで会ったことがあるような気がして……」

「えーっと、あのバンダナ巻いたヤツと? 顔は見えないけど……もしかして一目惚れしたとか?」

「そういうことではありません」

「ははは、何もそんなに真顔で答えなくてもいいじゃん……」

 

 ウンディーネの女性を茶化したスプリガンの女性は、冷たい視線を向けられてしまう。

 

「ほんと、シウネーはお堅いねー」

「道理をわきまえているだけです。特に、恋愛に関する発言は気をつかうべきですよ」

「へいへい、分かりましたよー」

 

 優しく窘められたスプリガンの女性は、少し拗ねたような口調で答える。

 そんな彼女に苦笑しながら、シウネーと呼ばれた女性は考える。

 

「(一目惚れではないけど、こんなにも心惹かれるのは何故でしょうか……)」

 

 野武士のような男性を見た瞬間に、とても大切な存在を思い出したような気がした。

 あれは一体何だったのか。当然のように疑問を感じたものの、今の彼女には理解不能だった。

 それに今は、考えている時間も無い。先に行ってしまった仲間たちが手招きしている。

 

「おーいシウネー。みんなが待ってるぞー」

「あっ、はい!」

 

 しばらく考え込んでいたシウネーは、スプリガンの女性に促されて再び歩き出す。

 偶然起きた邂逅は、こうして静かに幕を閉じた。




次回から新章が始まります。
これまでよりも短めで、シノンとユウキたちの出会いを描く予定です。
ただ、内容がほとんどまとまっていないため、更新が遅れる可能性が高いです。


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アメイジング・フレンド編
第21話 ガンダムビルドファイターズ・オンライン


今回から始まる新章は、原作に無いゲームを使います。
GGO編の前にシノンとユウキが出会って友好関係を築いていくという内容です。
その際、彼女が宗太郎に惚れるかどうかは考え中であります。

※小説は未読なので、シノンの描写は原作と異なるかもしれません。


 2025年9月14日。ガンゲイル・オンラインというVRMMOにて1人の少女が戦っていた。通称GGOと呼ばれるこのゲームは銃火器による銃撃戦をメインに扱ったFPSで、その少女もいかつい銃を用いて巨大なモンスターを狙撃していた。

 プレイヤーの視界に表示される着弾予測円(バレット・サークル)という緑色の円を目標に合わせて、冷静にトリガーを引く。

 バァンッ!!

 

「……」

 

 シノンと名付けられたアバターは、表情を変えることなく銃弾の行く先を見つめる。フランス製の狙撃銃FR―F2から撃ち出された弾丸は、狙い通りに弱点となっている額へ命中した。見事な腕前である。システム上、長距離狙撃の成功率が極端に低くなっているこのゲームで、彼女ほどの実力を持ったプレイヤーはごく稀だ。

 とはいえ、シノンが落ち着いて実力を発揮できるのには理由があって、相手の攻撃が届かない安全地帯にいるおかげだった。トラップにはまって偶然辿りついた場所が、レアなボスキャラを狙撃するのに最適なポイントだったのである。その場所にいれば尻尾から発射されるビームが届かず、一方的な攻撃が可能だった。

 しかし、すべてが上手くいっているわけでもない。こちらの攻撃手段も狙撃しかなく、弾丸も心もとなかった。残りのマガジン数と与えられるダメージ量を計算してみたところ、非常に厳しい状況だと分かる。

 

「(全部弱点に当てないと倒せないか……)」

 

 現状を把握したシノンは内心でぼやく。1発命中させるのも至難の業となる遠距離狙撃を一度もミスすることなく数十発も当てなければならないのだから無理もない。

 だが、それでもやってみせると意気込む。元々死ぬ気で最奥部まで来たのだ。諦めるなどという選択肢は有り得ない。いや、それどころか、望むところである。ゲームという枠を越えた目的がある彼女にとって、この状況は好都合とも言えた。

 

「(これに勝てれば、もっと強くなれる!)」

 

 とある事情により『強さ』を求めているシノンは覚悟を決めた。

 その結果、神経を使う狙撃作業を3時間も続けることになったが、苦労の甲斐があってボスキャラの撃破に成功する。

 

「……」

 

 青白い光となって砕け散るボスキャラを高台から見下ろす。ダメ元で挑戦していたためあまり達成感は無いが、彼女が倒したモンスターは非常に希少な存在だった。

 その証拠にGGO内サーバーで僅か10丁しかない超レアものアイテムが報酬となっていた。

 表示されたウィンドウを操作してその銃を手に入れると、目の前にオブジェクト化された。それを慌てて持ち抱えると、見た目に見合った重さが伝わってくる。その銃の名は、対物(アンチマテリアル)ライフル・ウルティマラティオ・へカートII。ギリシャ神話に謳われる死の女神、『ヘカテー』の名を持つ怪物である。

 

「へカート……」

 

 可憐な少女には似合わない大型ライフルを両手で持ちながらその名をつぶやく。この時彼女は、求めていた強さに少しだけ近づけた気がした。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 シノンがシリアスな様子で孤軍奮闘していた同時刻。宗太郎と紺野姉妹もVRゲームで遊んでいた。もちろん、シノンがやっていたGGOとは別のVRMMOだ。

 タイトルは、ガンダムビルドファイターズ・オンライン。通称GBOと呼ばれているそのゲームは、名前の通り『機動戦士ガンダムシリーズ』を扱った作品である。

 宗太郎は、ソウ・マツナガという安直なアバター名でログインし、漆黒の宇宙空間を愛機に乗って飛翔していた。

 

「ブルーブレイヴス隊、相手のガンダムは更に魅力を増している。見惚れすぎて落ちるなよ!」

「「了解!」」

 

 彼の両サイドに並んで編隊を組んでいる紺野姉妹が元気よく返事する。2人はALOと同様にユウキとランという名で参加している。ちなみに、小隊名のブルーブレイヴスは彼女たちの名前を英語にしたものだ。ガンダム好きな宗太郎に影響された彼女たちもノリノリでプレイしており、ALOと同様にかなりの実力者となっている。

 

「新しい機体も良い調子だね」

「うん。これならタツヤさんに勝てるかも」

「無論そのつもりだ。待ちに望んだ今宵の舞踏、楽しませてもらうぞ、ガンダム!」

 

 ここでもグラハムになりきる宗太郎は、人型機動兵器・MS(モビルスーツ)を操って広大な戦場を駆け抜ける。

 

 

 このようにガンダム世界を擬似体験できるGBOだが、VRMMOとして楽しめるようにもアレンジされている。

 ゲーム内容を大まかに説明すると、地球を拠点にしている地球連邦軍とサイド3というスペースコロニー群を拠点にしているジオン公国軍にわかれて陣取り合戦をおこなう、アクション重視のロボゲーとなっている。

 プレイヤーは1~5人で1小隊を構成し、所属する陣営と契約を結んだ傭兵部隊として活動することになる。基本的には、敵勢力内に潜り込んだ際に発生する小規模な戦闘で自身を鍛え、定期的に募集される大型クエストで拠点攻略の戦争をおこなう。それを繰り返して一定以上のパワーバランスが崩れると、劣勢の陣営側に新たな拠点が出現してゲーム内容が拡張されていくといった流れだ。

 当然ながらプレイヤー同士のデュエルも可能で、中立地帯にある【ガンプラバトル・スタジアム】にて自由に競い合うことが出来る。

 ここまでは従来のゲームにも見られるもので、内容自体はそれほど目新しくは無い。

 しかし、このGBOには、最新技術を活用した画期的な要素があった。それは、現実のガンプラをスキャンすることで自分だけの機体を使用できることだ。

 メーカー指定の素材で作った作品を可動する部分で分解し、模型店などに設置された専用3Dスキャナーでデータ化、それをゲーム内で再度組み立てて登録する。変形機構などのギミックは手動で動かして基点となるモーションを記録することで認識され、後は武装などの設定を入力すればシステムが能力値を自動決定する。その際、プラモの完成度次第で通常の3倍まで能力値を上げられるという特典もあり、ガンプラファンから高い評価を得ている。

 もちろんゲーム内だけでも機体を改造できるが、現実でおこなうものより自由度は少ない。しかも能力値の高いパーツを入手するには手間がかかるので、このゲームをやっているプレイヤーはモデラーが多い。

 

 

 現に宗太郎も自作の機体を使っており、彼の乗っているMSは、フラッグカスタムにツインドライヴを搭載した【ダブルオーフラッグ】となっている。遠近両方に対応できる武装・GNグラハムソードが装備されているため、戦域を選ばない仕様だ。

 

「私の熱き想い、存分に見せてやるぞ。このダブルオーフラッグで!」

 

 銃のような持ち方の操縦桿を操りながら気合を入れるソウ大尉。そんな彼の意思を反映して、スマートな黒い機体が機敏に動く。

 このゲームにおけるMSの操縦は、機体の動作をイメージするだけで操作できる【サイコトレースシステム】を採用している。イメージというものは曖昧で判別しにくいものだが、VRマシンとAI技術が発達したおかげでアバターを動かす程度のことは十分に可能となっていた。事前にいくつかの動作テストをおこない、その際に発せられる脳波パターンを専用AIが学習してMSの動作に反映させるという仕組みだ。それに加えて、コントローラー、フットペダル、音声入力などの操作で、飛行や変形といった特殊アクションもおこなえるようになっている。

 無論、自在に動かすにはそれなりの慣れとセンスが必要になってくるが、その分上手に動かせた時の感動は大きい。宗太郎に感化されて始めたユウキとランもすっかりハマって、鋼鉄の巨人を自在に操ってみせる。

 

「ねぇ姉ちゃん。ボク、この戦いが終わったらソウ兄ちゃんと結婚するんだ」

「なにその死亡フラグ! っていうか、ただの願望でしょソレ!」

 

 のん気な会話で戦闘前の緊張感をほぐす。

 彼女たちの機体も宗太郎が作った新型で、ブレイヴ一般用試験機という同型機をそれぞれ異なるタイプに調整している。ユウキの機体は【アサルトブレイヴ】という名の接近戦仕様で、GNロングソードと無線式の誘導兵器・GNファングによる白兵戦で真価を発揮する。それに対してランの機体は【バスターブレイヴ】という名の長距離支援用となっており、両肩に追加したGNビッグキャノンと翼状に装備されたGNライフルビットによる集中砲火で相手を圧倒する。

 そんなわけでユウキたちも張り切っているのだが、一戦目は支援に徹することにしている。相手の隊長は宗太郎がライバルと認めた男だからだ。

 

「今日は絶対に勝とうね、ソウ兄ちゃん!」

「その声援に了解だと言わせてもらおう。しかし私はソウ兄ちゃんなどではない。このほど昇進して上級大尉になったグラハム・エーカーだ」

「訂正したほうが間違ってるよ!」

 

 名前が違うのにあえてグラハムを押し通す宗太郎にランのツッコミが入る。このゲームではガンダムキャラの名前を入力できないようになっているため、SAOで2年以上もグラハムを名乗っていた彼としては物足りないのである。

 しかし、彼が特別というわけではない。今回の対戦相手であるタツヤもまたシャアのような口調で話す奇抜な男であった。

 その証拠とでも言うように、宗太郎たちの前方からやって来た先頭の機体から独特な雰囲気の通信が入る。

 

『久しぶりの対戦に血が滾るな、ソウ・マツナガ』

「ふっ、今日という日を一日千秋の思いで待ちわびていたぞ、メイジン・カワグチ」

『それはこちらも同じこと。あの日の感動を再び味わうために、更なる高みを目指すために、私はここに帰って来た!』

「その言葉、そっくりそのままお返ししよう。あの日の私たちはとても情熱的だった。君と奏でた真夏の記憶は、今もこの胸をときめかせる。ゆえに私は、君との再戦を熱望する!」

『あえて願うこともない。あの日の戦いは、ガンプラの歴史に燦然と輝く名勝負だった。だからこそ、私たちはここにいる。戦う運命に導かれている!』

「ああそうだ、私と君は運命の赤い糸で結ばれていた! ガンプラバトルで愛を紡ぎあうためになぁ!」

 

 いきなり話しかけてきた対戦相手は宗太郎と暑苦しい会話をしだす。

 ちなみに2人が言っているあの日というのは生理的なアレではなくて、8月下旬にGBO内で行われたガンプラバトル全国大会のことである。それに参加した宗太郎は準決勝でこの対戦相手――ユウキ・タツヤと戦い、敗北した。その結果、現実でも交友を深めていた2人は、更に情熱的なライバルとなった。

 しかし今は真剣勝負の時。必要以上の馴れ合いはしない。

 

『少しばかり話が弾みすぎたようだ。これではせっかく集まってくれたギャラリーに申し訳が立たん……そうは思わないか? いや! 私はそう思うっ!』

 

 相手の返事を待たずに反語を全て言い切ったタツヤは、自身が操るガンダムアメイジングエクシアを加速させる。

 それに反応した宗太郎たちは、飛行形態のクルーズポジションからMS形態のスタンドポジションに変形して迎え撃つ。

 

「ブルーブレイヴス隊、フォーメーションDでミッションを開始する。彼らの心を射抜いてみせるぞ!」

「「了解!」」

 

 事前に決めた作戦通りに動く3人。ようするに1対1の形に持ち込むオーソドックスな戦法だ。

 宗太郎は、自身の相手であるタツヤのもとへまっしぐらに進んでいき、ユウキとランはタツヤの後方から左右に散開してきた機体を追う。

 

「ストライクはボクに任せて!」

「それじゃあわたしはMk-IIの方ね!」

 

 相手を見定めた2人は、それぞれの武器を手にして攻撃を開始する。

 GNロングソードを構えたユウキは、タツヤの戦友が操縦するスタービルドストライクガンダムに立ち向かう。

 

「見せてもらうよ、全国大会優勝者の実力とやらを!」

『いいぜ。イヤと言うほど見せつけてやるよ!』

 

 ユウキから定番とも言える挑発を受けた対戦相手は勝気な様子で応える。彼の名はレイジと言って、操縦技術に長けたプレイヤーだ。その証拠に、全国大会ではタツヤを破って優勝している。宗太郎との準決勝で消耗していたとはいえ、ガンプラマスターの証であるメイジン・カワグチの称号を与えられた彼に勝った腕前は本物だ。

 そして、このレイジに最高のガンプラを与えた相棒がランの対戦相手であるセイだ。大型ビームライフルを装備したビルドガンダムMk-IIを操り、中距離からの射撃戦を仕掛けてきた。

 それに対するランの機体も遠距離砲撃型なので、良い勝負になりそうだった。

 

「行きますよセイさん。ソウ君の作ったガンプラであなたに勝ちます!」

『こっちこそ負けないよ! 僕が一番、ガンプラをうまく作れるんだ!』

 

 こちらもどこかで聞いたようなセリフで盛り上がる。プレイ中の言葉遊びもこのゲームの醍醐味であり、華麗な剣の舞を演じている宗太郎とタツヤも暑苦しい会話をぶつけ合う。

 

『ほう、勇ましい乙女たちだ。彼女らもまた、この勝負に心躍らせているようだなぁ!』

「当然だ! ガンプラバトルは我らが魂! いついかなる勝負も、ただ燃え上がるのみ!」

『私としたことが愚問だったな! 我らの遊びは常に真剣! すべてをこの瞬間にかけて、ただ突き進むのみ!』

「それこそが揺ぎ無き真理! それこそが戦士の生き様! なれば我らの心は一つ!」

「『燃え上がれ! 燃え上がれ! ガンプラ!』」

 

 言葉通り熱く燃えるタツヤは、アメイジングGNソードを巧みに操りダブルオーフラッグに襲い掛かる。それに対して宗太郎は、キリトを参考にした二刀流で応戦する。

 

「人呼んで、グラハム・スペシャル!」

『なんと!? それが噂のソードスキルか!』

「否! これはただの剣術だ!」

『不可解な! 特別と言っておいてただの剣術とは!』

「何もおかしくはないさ! ただのキックも、頭にライダーを付ければ必殺技となるのだよ!」

『ええい、勝手な理屈を! 世界観をわきまえたまえ!』

 

 どこまでもめんどくさい会話を貫き通す2人は、互いにトランザムを使って目にも留まらぬ高速戦闘を始めた。セリフはアレでも腕は確かで、バトルを観戦している者たちを魅了する。

 

『とくと見るがいい! これが、メイジンの名を与えられた男のガンプラバトルだっ!』

「その意気や良し! 君の想いを私の愛で受け止めてみせよう、ガンダムッ!」

『ってか、お前らキャラ被りすぎだろっ!』

 

 あまりのくどさに観客からツッコミが入る。ノリの良い彼らでも流石にここまで個性的な者たちを放っておくことは出来なかった。

 何はともあれ、こうして彼らの宴は大いに盛り上がり、楽しい青春の1ページとなるのだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 GBOで大いに燃え上がった次の日。紺野家にお泊りした宗太郎は、木綿季の部屋でぐっすりと眠っていた。今日は敬老の日なので、月曜日でもゆっくり寝ていられる。

 しかし、午前中から出かける予定があるので、いつまでものんびりしていられない。タツヤたちに勝利した記念に祝勝会という名のデートをすることになったのである。

 そんなわけで、先に起きた木綿季はさっさと着替えると、気持ちよく眠っている宗太郎を起こすべく行動を開始する。

 

「くふふ、どうやって起こそうかなー?」

 

 寝相よく眠っている宗太郎を前にして、ニヤリとほくそ笑む。藍子はまだ自分の部屋で着替えをしているので、今が色々とできるチャンスだった。

 

「それじゃあまずは、添い寝から行ってみよう!」

 

 初手を決めた木綿季は、眠っている宗太郎の右側に寝転がってピッタリと寄り添う。腕に押し付けた胸がムニュっと接触してその存在をアピールする。キャミソールとミニスカートという薄手の格好で抱きついているため、彼女の柔らかさが直接的に伝わる。

 

「えへへ~、こうしてるとなんか幸せ~♪」

 

 頬を赤らめながら宗太郎の温もりを味わう。普段はバカな子供みたいな彼だが、生まれた時から一緒にいる木綿季は、彼の魅力を十分に知り尽くしている。

 その上で、真っ直ぐな愛を向けられているのだから惚れないわけがなかった。今はまだ妹扱いだが、ママみたいなナイスバディに成長すればきっと彼も……。

 

「大丈夫、ボクのオッパイなら巨乳になれるよ!」

 

 木綿季は、自身の胸に向けてエールを送る。今はまだ歳相応だけど遺伝的には問題ないので高校生になれば一気に育つだろう、たぶん。

 

「それまでちょっぴり待っててね~、ソウ兄ちゃん」

 

 結構おませな木綿季は、こそばゆいことを言いながら宗太郎の頬にキスをする。一見すると手馴れた様子だが、内心ではものすごくドキドキしていたりする。それでも、好きという気持ちが上回ってさらに大胆な行動に出てしまう。

 

「ソウ兄ちゃん……ボクの心臓、こんなにドキドキしてるよ……」

 

 色っぽく四つん這いになった木綿季は、熱の篭った言葉を発しながら宗太郎の右手を自身の胸元に押し当てた。

 ドクン、ドクンと力強い鼓動を感じる。愛しさが募って思わずやってしまったが、こうしていると自分が生きているという実感が湧いてくる。

 サチと出会うことになった例のクエストが、彼女を積極的にする原因となっていた。あの時心を震わせた【死の感触】が木綿季に影響を与えて、大切な人たちとの絆をより一層強く感じさせるようになっていたのである。

 

「(うん……ちょっと恥ずかしいけど、すごく落ち着く)」

 

 宗太郎の温もりを身近に感じて嬉しくなった木綿季は、とても綺麗な笑顔を浮かべる。その光景は、淫靡さよりも美しさを感じさせた。

 しかし、女体に興味津々なお年頃の宗太郎としては、感動だけで終われない。悲しいかな、身体の方は素直に反応してしまう。

 

「(なにこのワンダーランド!? 目を覚ましたらオッパイ押し当てられてるんですけどっ!?)」

 

 めっさ嬉しいけど反応に困る。だって、すっごい幸せそうな表情してるんだもん。これでは迂闊な対応が出来ないではないか。何となく気まずいので、とりあえず眠ったフリをしてしまったが、この後どうすりゃいいってばよ。なんて思っていたら、木綿季の口から心の篭った言葉が紡がれる。

 

「ソウ兄ちゃん、大好きだよ」

「(うん……俺も好きだぜ子猫ちゃん。でもゴメンな。今はまだ答えを出せないんだ。お前と同じくらい藍子のことも好きだからな……)」

 

 本当に卑怯なお兄ちゃんで申し訳ない。しかし、大好きだからこそ嘘はつけなかった。

 そもそも、このタイミングで起きたら非常に気まずくなること請け合いである。妙なスイッチが入ったらしい木綿季は、宗太郎の右手を自分の右胸に押し付け始めたし……。

 

「(ちょ、なにやってんの木綿季さん!? 俺の右手があなたのオッパイにめり込んでますよー!?)」

「むむ~、どう見てもボリューム不足か~。もっと大きくならないとエッチなソウ兄ちゃんを満足させられないかな……。オッパイとカレーに対するこだわりは全国レベルだからねー」

「(って、この子なに言ってんの!? 確かに俺はカレー好きの巨乳派ですけど、全国レベルってどういう基準!?)」

 

 タヌキ寝入りをしながら心の中でつっこむ。傍から見てると羨ましい状況だが、興奮している股間の暴れん坊と必死に対話し続けている宗太郎にしてみれば、オッパイの感触を楽しんでいる余裕は無い。まさに天国と地獄である。

 しかし、健気な抵抗を試みている彼に対して更なる試練が襲い掛かる。自室で着替えを終えた藍子がこの場面で入室してきたのである。

 

「ねぇ木綿季、ソウ君起こした……って、なにやってんのーっ!?」

「うきゃっ!? 姉ちゃん!?」

 

 部屋に入ったら妹と義兄がエッチなスキンシップをしていたでござる……。とってもインモラルな場面を目撃した藍子は、瞬間的に顔を赤らめながら妹の暴挙を止めるべく動き出す。

 素早く駆け寄って宗太郎の間近にヒザをつくと、アワアワしている木綿季の肩を掴んでたしなめようとする。その際、スカートが揺れてパンツがチラチラ見えていたが、そこに気を回している余裕は無い。

 

「そそそ、そんなエッチなことしちゃダメでしょ!?」

「な、なんでだよー! ボクたちは相思相愛なんだから問題ないじゃん!」

「それでもダメです! っていうか、いつ相思相愛になったっていうのよ!?」

「信じていれば夢は叶うんだよ!」

「ようするに嘘ってことじゃない!」

「嘘じゃないもん、ちょー確率の高い未来予想図だもん!」

 

 思わぬ遭遇に動揺した2人は、可愛らしい(?)口論を展開する。一般的な意見を挙げれば藍子の言い分が正しい。だがしかし、恋愛に関しては木綿季のほうが上手であった。

 

「木綿季は少し開放的すぎだよ。もう14歳なんだから、もっと女性らしい慎みを……」

「ふふん。そんなこと言って、ほんとは姉ちゃんもやってみたいんでしょ?」

「えっ!? な、なんでそうなるのよ?」

「だってボクたちは双子だからね、考えてることは大体分かるんだよ~? 実は姉ちゃんもソウ兄ちゃんに触ってもらいたいって思ってるでしょ?」

「さ、触ってもらいたいだなんて、そんなことは……ごにょごにょ……」

「ふっふっふ~、ボクに嘘は通じないよ。ほらっ!」

「えっ!? ちょっ、まっ!?」

 

 ニヤリと微笑んだ木綿季は、宗太郎の右手を藍子の右胸に押し付けた。ノースリーブの服とブラを隔てた先にある彼女の胸が柔らかそうに形を変える。

 ムニュムニュ。

 

「あっ……」

「ほらやっぱり。言葉では否定してたけど抵抗しないね?」

「あうっ……だって……」

 

 少しだけ嬉しかったんだもん。

 触れ合うことで安心を感じた藍子は、思わず本音をつぶやいてしまう。彼女もまた木綿季と同様に死の感触を経験して、宗太郎の温もりを求めていたのである。

 

「姉ちゃんの言う通り、一般的にはイケナイことかもしれないけどさ、すごく幸せな気持ちになれるんだからおかしなことじゃないと思うんだ」

「うん…………そうなのかもしれない」

 

 その木綿季の言葉には同意せざるを得なかった。なぜならそれは藍子自身の実感だったから。この気持ちには嘘をつけない。

 ようするに、彼女たちは恋をしているのだ。

 

「どう姉ちゃん? すごく気持ちいいでしょ~?」

「えっとその……気持ちいいというか、恥ずかしいというか……」

「じゃあもっとやってみよう。こうして刺激を与えればオッパイが大きくなるかもよ?」

「って、そんなに激しく動かさないで~!? あぁん、もうっ!」

 

 彼女たちの恋はちょっぴり過激だった。とはいえこれも仲良しな証だから、温かく見守るべきところだろう。

 ただ、青少年として健全な感情(エロ心)を持っている宗太郎としては堪らない。

 

「(うおぉーっ! 俺の右手が真っ赤に燃える! パイオツ掴めと轟き叫ぶぅ!?)」

 

 何だかよく分からないうちにラッキースケベの連鎖状態に陥ってしまった宗太郎は、色々と限界だった。それでも、大好きな2人のピュアハートを守るために荒ぶるリビドーを押さえ込む心優しいお兄ちゃんであった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 シノンがへカートIIを手に入れた翌朝。現実の彼女がのんびりと起床する。

 本名は朝田詩乃。東京の進学校に通う16歳の女子高生である。

 

「もう朝か……」

 

 下着姿でベッドに寝転がりながら時間を確認する。普段なら憂鬱な瞬間だが、今日は久しぶりに気分がいい。

 ダンジョンからの脱出は非常に困難だったが、時間をかけて何とか生還を果たし、とうとうあのレアアイテムを自分の物とした。現実に戻って、その達成感をようやく実感し始めたのである。

 

「ふふっ、今考えると滅茶苦茶な戦いだったな」

 

 あまりにも無謀な昨夜のプレイを思い出して自分でも呆れてしまう。だが、得られた報酬はとても大きい。

 期せずして入手出来た対物ライフル、ウルティマラティオ・へカートII。あれほどすごい銃を使いこなせるようになれば、自分はもっと強くなれる。実を言うと、現実の取引で高く売れることを知って少しだけ心が動いたものの、GGOを始めた本来の目的を思い出して何とか踏み止った。

 トラウマを克服するための相棒として『冥界の女神』を選んだ彼女は、ベッドから上半身を起こすと凄みを感じさせる笑顔を浮かべる。

 

「きっと、あの銃がわたしを導いてくれる……」

 

 詩乃は、自身に暗示をかけるようにつぶやく。本心では本当に強くなれるか半信半疑だったからだ。やはり、実際に死ぬことがない以上、現実と仮想では違いがある。それでもやり続けなければならないのが、今の彼女が置かれている現状だった。

 幼い頃に郵便局で強盗事件に巻き込まれ、撃たれそうになった母を守るために犯人から拳銃を奪い、勢いに任せて射殺してしまった。その時に受けたショックが原因で銃器に対する強いPTSDを発症してしまったのだが、それを克服するために始めたのがこの荒療治だった。

 

「大丈夫。ゲーム内では発作も起きなくなったんだから、効果は出てるはずよ……」

 

 再び自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 GGOを始めて3ヶ月が経ち、少しずつ改善の兆しが見え始めたものの、現実ではまだダメだ。手で銃の形を作るだけで過去の記憶がフラッシュバックして発作を起こしてしまう。だからこそ、確かな成果を強く求めてしまう。

 だが、幸運なことにそれを実現するための希望が手に入った。今はその喜びを味わってもいいだろう。

 

「よし。さっさと起きて朝食を食べよう」

 

 軽く伸びをしてからベッドを出ると、下着姿のまま台所に向かう。こうして気ままな1人暮らしをしている様子からは、重たい過去を背負っているようには見えない。

 でも本当は、心の底から苦しんでいる。誰かに助けて欲しいと思っている。その想いに応えてくれる者はいまだに見当たらないが、彼女は密かに求めていた。自分を理解し、受け止めてくれる素晴らしい友人を。




ってな感じで、ガンダムビルドファイターズ的なノリで行きます。
この章は完全に趣味全開なんだぜ!


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第22話 めぐりあい、詩乃

今回は、木綿季と詩乃が現実で出会います。
ゲームの描写は一切ありませんが、これでもSAOなんだぜ。


 2025年9月15日、月曜日。敬老の日のおかげで連休となった今日は、昨日に引き続いて快晴となった。相変わらずの厳しい残暑が厄介だったが、若い学生たちはそれぞれの自由時間を満喫しようと行動を始める。もちろん詩乃もその中の1人だ。へカートIIという相棒を得て気持ちよく朝を迎えられた彼女は、遅めの朝食を取りながら今日の予定を考えていた。

 そうだ、久しぶりに良い気分だから、少し遠出をしてみようか。先ほどテレビでやっていた運勢も結構良かったし、切欠としては十分だろう。

 

「まぁ、『素敵な出会いがある』ってのは無いと思うけどね」

 

 ありふれた確率論などで一喜一憂するほど純粋ではない。とはいえ、頭から否定するほど捻くれてもいない。特に今日は信じてみたい気分なので、肯定的に受け入れられる。

 

「よし、行こう」

 

 自分の直感を信じた詩乃は、外へ出かけることにした。ただ、彼女がその気になったのは前向きな理由だけではない。今住んでいる街に良い思い出が無いため、時々遠出をしては鬱憤を晴らしているという経緯もあった。

 

「久しぶりに渋谷にでも行ってみようかな」

 

 詩乃も年頃の乙女なので、それなりにオシャレには興味がある。小遣いは多いほうではないから余計な買い物は出来ないが、ウィンドウショッピングだけでも十分気晴らしになる。とにかく今は、自分の過去を知っている人間と出会わないことが重要だった。

 

 

 こうして詩乃は気分の赴くまま出かけることにしたのだが、実を言うと本来の歴史ではアパートから一歩も出ないはずだった。しかし、別世界の木綿季によって送られた因果が、仲間を求める詩乃の想いと合わさり、彼女の運命に少しだけ変化をもたらした。別世界で生まれた2人の絆が、本来有り得なかった縁を引き寄せることになったのである。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 一方、紺野姉妹と宗太郎は、デート場所に秋葉原を選んで元気よく遊び回っていた。今日は休日ということもあってか人が多い。世界的に有名なこの街は、2025年になった現在もサブカルチャーの聖地として華やかな賑わいを見せていた。

 そんな街で素敵なサムシングを求めていた3人は、気まぐれに入店した猫カフェを楽しんで大いに満足していた。

 

「いやぁ、猫カフェがあんなにいいものだとは思わなかったな」

「うん。ボクの『モフりたいゲージ』も十分に回復できたよ!」

「わたしはもっとモフモフしたかったけどね」

「実は俺も、猫耳美少女の柔肌で、もっとパフパフしたかったぞ!」

「そんなお店じゃなかったでしょ!?」

 

 公共の往来でイケナイことを言い出した宗太郎に藍子がつっこむ。どうやら彼は、妄想の中で雌猫を擬人化していたらしい。

 

「そういえば、この前アルゴがALOで猫耳になれる装備があるって言ってたけど、それを手に入れればニャンニャンプレイも夢ではないな!」

「その話まだ続けるんだ……」

「でも、面白そうだね。ソウ兄ちゃんが望むんだったら、ボクが猫耳を付けてあげるニャン!」

「えっ!? だったらわたしも猫耳ゲットするよ?」

「ふっ、可愛い小猫ちゃんたちだ。今からその時を楽しみにしているぞ」

 

 宗太郎は、自身の両腕に抱きついてきた美少女姉妹に笑みを浮かべる。まったく俺の幼馴染は最高だぜ。ハピネスに満たされた彼は、周囲から突き刺さる嫉妬の視線すら心地良く受け入れる。

 とはいえ、安易に敵を作るのは得策ではないので、さっさと場所を変える事にする。

 

「よし。今度は和人に送る祝いの品でも見に行くか」

「えっ、祝いの品?」

「それってバイクの免許を取ったお祝い?」

「ああそうだ。あの野郎、ただでさえモテ要素満載なのに、バイクまで乗りこなしやがってさぁ。イケメン芸能人が本業以外でも活躍するくらい鼻持ちならないよね?」

「その点はソウ兄ちゃんも同類だけどね……」

 

 自分のことを棚に上げて文句を言う宗太郎。その言動からはお祝いする気など微塵も感じられない。まぁ、夏休み中に普通二輪免許を取った和人は、休日を利用して明日奈とのツーリングを楽しんでいる真っ最中なので、彼のやっかみも納得できるところではある。

 何にしても、この後ダイシー・カフェで彼らと落ち合う予定になっているから、面白アイテムを用意して適当にからかうつもりだった。

 

「せっかくだから、猫耳カチューシャでも買っていって、明日奈とニャンニャンプレイ出来るようにしてやろう」

「少しだけ面白そうだけど止めといたほうがいいかもよ?」

「明日奈さんが暴れ……困っちゃうからね」

 

 やたらと猫耳にこだわりだした宗太郎を窘めつつ、明日奈の災難を予想して苦笑してしまう紺野姉妹であった。

 

 

 そんなこんなで買い物を済ませた3人は、山手線に乗って御徒町駅で下車し、厳しい残暑に耐えながらダイシー・カフェにやって来た。

 店の前を見ると、1台の青いバイクが違法駐車してある。あれが和人の愛車、ヤマハDT125Rだ。免許を取ったのは通学に使うためだと言っていたが、早速デートにも利用しているのだから、彼も年頃の男子だったというところか。恐らくは、豊満な明日奈の胸を背中で感じてニヤニヤしていたことだろう。

 

「はっ、これ見よがしに駐車しやがって。さりげなく自慢のつもりですかぁ? しかも今時MTとか、一体どんなアピールだよ。そこは普通にATでいいじゃん。ボトムズのアーマードトルーパーみたいでカッコイイじゃん。つーか、そんなに手動でギア変えたいんなら、ロードバイクに乗れってんだ。ラブ☆ヒメ歌いながらケイデンスでも鍛えてろっつーんだ、コノヤロー」

「なんかすっごい荒んでるけど、ほんとは羨ましいのかな?」

「たぶんそうね。嫉妬心が露骨に出ているもの」

 

 紺野姉妹は宗太郎の本心をあっさり見抜いた。車好きな彼は『自動車免許だけで十分じゃ』といきがっていたのだが、和人たちのデート模様を想像しているうちに羨ましくなったのである。

 しかし、炎天下に晒された場所でグチられても困る。少女たちは涼しさと冷たいスイーツを求めていた。

 

「そんなことより早く中に入ろうよ。ボクの『甘い物食べたいゲージ』が限界点を超えそうだよ」

「わたしも早く涼しみたいよ」

「それもそうだな。乙女の汗は美しいが、その柔肌を傷つけるわけにはいかない」

 

 そう言って藍子の顔にハンカチを当ると、優しい手つきで拭いてあげる。ついさきほどまでおバカな言いがかりをつけていた男とは思えない紳士的な行動である。

 

「あ、ありがとう。ソウ君」

「どういたしまして、お嬢さん」

「あー! ボクもやってよ、ソウ兄ちゃん!」

「もちろんいいとも。ほら、こっち来な」

「うん!」

 

 宗太郎の返事に元気良く答えた木綿季は、彼の腕に掴まって来る。彼女の汗ばんだ肌が直に触れて少しだけドキリとしたが、それを表に出すことなく汗を拭いてやる。

 こんな感じで、こちらも十分にイチャつきながら仲良く入店するのだった。

 

「こんちはー!」

「おう、いらっしゃい」

 

 勝手知ったるダイシー・カフェに入ると、いつものようにいかつい顔のエギルが迎えてくれた。それに続いて、カウンター席にいる和人と明日奈も挨拶してくる。

 

「よう」

「こんにちは」

「けっ、熱々カップルのせいで店の中まで暑苦しいぜ、コンチクショウ」

「いきなり荒んでるわね……」

「そういう年頃なんだよ」

 

 バイクデートが上手くいったらしい2人を妬んで八つ当たりする宗太郎。お前だって両手に花だろと和人は思ったが、思慮の無い子供のように言い返したりはしない。なぜならこの場に娘がいるからだ。

 

『みなさん待っていましたよ~』

「遅くなってゴメンね、ユイちゃん」

 

 和人たちの前に置かれたノートパソコンから可愛らしい声が聞こえてきた。その声はユイのもので、和人の家からネットワークを経由してこちらの会話に参加していた。

 しかも、ユイのとなりにはサチもいた。彼女もまた宗太郎の手によって藍子の持っているパソコンに引っ越しており、ユイお姉ちゃんの部屋に遊びに来ている最中だった。

 

『ねぇ、藍子ママ。デートはどうだった?』

「うん、とっても楽しかったよ。猫カフェにも行けたし」

「そりゃーもうモフモフ天国だったよ!」

『あー、いいなー。わたしもモフモフしたいなー』

 

 サチは新たな家族となった紺野姉妹と仲良く会話する。例のクエストの後にアルゴとフィリアを交えて話し合った結果、藍子と木綿季が彼女のママということになり、一応の決着がついた。無論、パパは宗太郎である。

 そんな感じで色々とすったもんだがあったものの、危惧していた問題は一つも起こらず、すっかり落ち着いたユイとサチは、現実でも活動できる環境を手に入れていた。

 そのシステムは、須郷の事件が解決した後に和人が作りあげたものだ。

 ザ・シードを使って自宅のPC内に簡易VRシステムを構築し、そこにアミュスフィア内のユイをコピーして、そっちを本体とすることにした。その結果、自由にネットを使えるようになり、藍子のパソコンにいるサチと仲良く遊ぶことも可能となった。

 ちなみに、ALOをプレイする際は、アミュスフィアのストレージにいる【自分】とリンクして記憶と意識を共有化することで対応している。また、限定的なシステムアクセス権を有しているおかげで、アミュスフィアの電源が入っていればプレイヤーがいなくてもゲーム内で活動できる特技を持っている。はっきりいって、オーパーツみたいな存在である。

 

「(改めて考えると、すごい不自然なんだよな)」

 

 紺野姉妹と会話を楽しむ幼女たちを見て宗太郎は考え込む。ユイたちの思考はあまりにも人間的であり、ゲーム用のAIとしては完成度が高すぎる。いくら茅場晶彦が凝り性だったとしても、システムの末端に過ぎないAIをここまで作りこむとは思えない。実際、他のVRゲームではMHCPの能力は不必要なのだから、生みの親である彼も当然想定できていたはずだ。

 ならば、別の理由で作る必要があったと思われる。

 

「(恐らくそこに奴らの狙いがあるはず……)」

 

 この間の件を切っ掛けにMHCPについて調べ始めた宗太郎は、うっすらと気づき始めていた。ホロウ・エリアを使って暗躍しているらしい者たちの狙いが、彼女たちのような高性能AIにあるのではないかと。

 もちろん現時点では何の根拠もない推論に過ぎないが、大筋で当たっていた。

 

 

 今より数年前。自衛隊からAI製作の依頼を受けた茅場は、こう提案した。高度なAIを作るにはVRマシンによる特殊な環境が必要だと。AIの進化を促すには、多数の人間から発せられる様々な感情を学習させ、人工の心に【恐怖と愛情】を自覚させる必要があるのだと説き伏せたのである。死に対する恐れと命を育む愛情を手に入れられれば、AIと人間の思考に距離は無くなる。

 そのための検証用データとして特殊なAIを数体作り、その一つをSAOに実装した。それこそがユイだった。実を言うと彼女は、自衛隊を騙すためのエサとして用意されたものだった。だからこそ茅場は、彼女をほったらかしにしていた。彼にとっては興味の対象外だったのである。

 ただ、自衛隊の目を完璧に誤魔化すためにユイの製作は本気でおこなわれていた。密かに開発を進めていたソウル・トランスレーターの機能を参考に、読み取ったプレイヤーの感情を適確に電子化し、学習する能力を備えていたのである。そうすることでAIに過負荷をかけて思考パターンのブレイクスルーを計り、自我の発現を促す。SAOでプレイヤーの感情をモニタリングし続けたユイが自らの意思でシステムから外れた行動をおこなったのはそのためだ。

 デスゲーム開始後は余計なイレギュラー要素を減らすためにプレイヤーと接触することを禁止していたが、それが本来の想定を超える結果に繋がった。

 実を言うとその点だけは誤算だった。キリトとアスナの間に紡がれた絆が茅場の想定以上に強い影響を及ぼし、ユイの誕生を早めたのである。青春真っ只中の少年と少女が恋をして、それを見ていたAIが愛を知って人間になり、必然的に出会うことになった3人はごく自然に家族となった。それは、本当に素晴らしい誤算であった。

 ただ、結論を言ってしまうと、そう出来るように作られていただけだった。彼女をシステムから切り離せたのも元々そういう仕様だったからであり、茅場の与えた慈悲でも和人の起こした奇跡でもない。彼女は最初から、自律稼動して人類を殺せる能力を持った【新人類】として生まれるべく設計されていたのだ。皮肉なことに、愛を知って生まれた彼女は、【人殺しの道具】として運用するべく発明された存在だった。自衛隊は、無人兵器に搭載する高性能AIを求めていたのである。

 

 

 しかし、AIをそのように使う日が本当に来るのかは今のところ不明だ。少なくとも、心優しい少女として自我に目覚めたユイとサチは、人を傷つけるようなことはしないだろう。自分の居場所を得て幸せ一杯な彼女たちにとっては、MHCPが生まれた経緯などもはや関係なかった。

 そしてそれは、2人を家族として迎え入れた和人たちにとっても同様だ。そんなどうにもならないことで悩むよりも恋について悩んでいるほうが有意義だと、生きる喜びを知った若者たちは無意識の内に理解していた。

 その意思は、彼らの楽しそうな会話で十分に伝わってくる。

 

「どうだ和人。俺の買ってきた猫耳は?」

「いや、どうだと言われても、これをどうしろというんだ?」

「欲望の赴くまま、明日奈の頭部にパイルダーオンすればいい。そして、めくるめくニャンニャンプレイを――」

「やらないわよ!?」

「そ、そうだよな、うん。そんなことするわけないだろ……」

「とか言って、なんか残念そうだよね?」

「和人さんも男だからね……」

 

 ちょっぴり内容はアレだけど、平和に過ごせているのならそれでよしである。

 ただし、幼女に聞かせるにはアレすぎたが。

 

『ねぇサッちゃん、ニャンニャンプレイってどんな遊びなんでしょうね?』

『えっ!? そ、それはその……えっと……』

 

 可愛らしい(?)ユイの質問によって窮地に立たされるサチ。やっぱり、子供の前で不適切な会話をしてはいけないようだ。

 それに、喫茶店の主にとっては営業妨害みたいなモンだし。

 

「どうでもいいけど、とりあえず何か注文してくれよ……」

 

 1人背景に溶け込んでいたエギルがぽつりとつぶやく。しかし、大いに盛り上がっているみんなが彼に気を向けるのはもう少し後になりそうだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 それから数時間後。遅めの昼食を取りながら休日の午後を楽しんだ一行は、食後のデザートを堪能した後にプチオフ会をお開きにした。

 

「じゃあなエギル。次のバトルを楽しみにしてるぜ」

「ああ。その時にはアイツを実戦投入するから覚悟しとけよ?」

 

 別れ際に宗太郎とエギルが言葉を交わす。彼らが言っているのは、ALOではなくGBOのことだ。

 ガンダム好きな宗太郎は、SAOにいた時に同志を集めて場違いな雑談サークルを作っていたのだが、そのメンバーには、キリト、エギル、クラインといったお馴染みの面々も混じっていた。実を言うと、こちらの世界はガンダム人気が高く、ゲームをやっている男性の20%以上はガンプラ製作の経験があった。

 そして、和人や木綿季たちに影響された明日奈もまたGBOデビューを果たしていた。ガンプラ経験の無い彼女の機体は和人が用意しているが、操縦技術はエースレベルだ。

 

「明日奈たちの新しい機体も楽しみにしてるよ」

「和人君が傑作だって言ってるから相当すごいよ?」

「それでもボクたちが勝つけどね」

「ふふっ、それでこそ、わたしのライバルよ」

 

 明日奈はそう言うと、目の前にいる木綿季を抱きしめる。姉貴分が様になってきた最近は、派手なスキンシップも自然になってきた。

 

「にゅふふ~、やっぱり明日奈のオッパイは最高だよ」

「もう、宗太郎君みたいなこと言わないの」

「失敬な! 俺はそんなにオッパイオッパイ言っていないぞ!」

「否定しながら連呼してるけどな」

 

 宗太郎の定番エロネタに和人のツッコミが入る。

 とまぁ、最後は結局おバカなやり取りで締めることになるのだが、なんやかんやで休日を楽しめたみんなは十分に満足していた。

 

 

 宗太郎たちは、バイクに乗って帰っていく和人と明日奈を見送った後に最寄の駅へと向かった。再び暴力的な暑さに耐えなければならなかったが、こればかりは仕方ない。

 

「うにゃ~、ちょ~暑いよぅ~。にょろにょろにトロけちゃうよぅ~」

「今は耐えるんだ、木綿季。そのうちシャアっぽい人が現れて、この世の歪みを正すために隕石を落としてくれるから」

「なるほど、核の冬が来るんだね!」

「寒くなって人が住めなくなるでしょ、ソレ!」

 

 気が滅入るのような暑さをマニアックな会話で誤魔化す。こういう時は、楽しんだ者勝ちなのよね。

 ただし、それでも暑いことには変わりないので、家路を急ぐことにする。

 早足で御徒町駅までやって来た一行は、さっさと切符を買うと、改札口へ向かう。

 

「次の電車がもうすぐ来るよ!」

 

 電光掲示板で到着時刻を確認した木綿季は、後ろを歩いている宗太郎たちに振り返った。それは、なんてことないよくある行動だった。しかし、この時に少しの間だけ余所見をしたことが、詩乃との出会いをもたらすことになる。後ろを向きながら歩いていた木綿季が、改札口の方向から駆けてきた詩乃とぶつかってしまったのである。

 ドンッ!

 

「うわぁ!?」

「きゃっ!?」

 

 予期せぬ衝撃を受けた木綿季は、姿勢を崩してよろけてしまう。幸いながら転ばずに済んだが、すぐに自分の失態を悟り、ぶつかってしまった人に謝ろうとする。

 だが、その女性を見た瞬間に、木綿季は更なるショックを受けることになる。

 

「ご、ごめんなさいっ……?」

 

 木綿季は、自分のそばで焦ったような表情をしている少女――朝田詩乃を見てハッとなった。眼鏡をかけたこの女性は、自分と関係がある。顔に見覚えは無いが、どこかで会った事がある気がする。そう思えて仕方が無かった。

 その瞬間、木綿季の脳裏に水色の髪をした猫耳少女の姿がよぎった。

 

「(これは……ALOのアバター?)」

 

 刹那の間、弓を構えたケットシーの少女が見えた気がした。それと同時に、アスナたちと出会った時に感じた親しみが湧き上がってくる。

 この感覚はもしや……。

 

「あ、あのっ」

 

 自分でもよく分からない不思議な予感に突き動かされた木綿季は、思わず声をかけようとした。しかし、急に険しい顔になった詩乃が彼女の言葉を遮る。

 

「ごめん、先急ぐから!」

「えっ!? ちょっ!」

 

 そう言うと、詩乃はすぐさま駆け出した。その場に取り残された木綿季は、事態が飲み込めずに呆然となってしまう。

 しかし、詩乃が不自然な行動をした原因はすぐに分かる。理由は分からないが、彼女を追いかける者たちが現れたからだ。

 

「邪魔なんだよ!」

「うきゃー!?」

 

 ぼうっとしながら遠ざかっていく詩乃を見ていた木綿季は、後ろから駆けてきた、いかにも素行が悪そうな少女に突き飛ばされてしまった。体重の軽い彼女は簡単に弾き飛ばされ、派手に転びそうになったが、慌てて駆け込んできた宗太郎に抱きとめられる。

 

「ええい、秩序を乱す物の怪め!」

「あっ、ソウ兄ちゃん……」

 

 優しく抱きしめられて思わず頬を赤らめてしまう。とはいえ今は、甘いひと時を堪能している場合ではない。

 さきほど通り過ぎていった3人組は、その前に木綿季とぶつかった少女を追いかけているように見える。その状況は、誰が見ても良くないことが起きていると分かる。

 

「ねぇ、ソウ君。もしかして今の人たち、悪いことしてるんじゃ……」

「ああ。恐らく、あの黒い三連星は、さっきの眼鏡美少女に何らかの危害を加える気だろう」

「そんな!?」

 

 2人の会話を聞いた途端、木綿季は走り出した。あの女性が探していた仲間かもしれないと思ったら、つい身体が動いてしまった。この機会を逃したらもう二度と会えないかもしれないのだ。たとえ相手がジェットストリームアタックの使い手だとしても逃げるわけにはいかない。

 

「まったく、無鉄砲なお嬢さんだ」

「ソウ兄ちゃん!」

「だけど、木綿季らしいかな」

「姉ちゃん!」

 

 木綿季の両隣に宗太郎と藍子が並走してくる。彼女の気持ちを汲んで協力することにしたのだ。この手の厄介ごとに迂闊に関わるのは危険なのだが、こうなった以上は放っておけない。これも可愛い妹のためだ。

 

「いいか2人とも。黒い三連星は俺が相手するから、お前たちは手出しするなよ!」

「「うん!」」

 

 上手く立ち回れなかった場合は事態を悪化させかねないので、最低限の対策は施しておく。とはいえ、相手はそれほどヤバそうではなかったから、話し合いで何とかなる……と思う。

 

「ふはははは! SAOを生き抜いた俺様の実力をなめるニャよ、小娘ども!」

「そんな可愛らしい喋り方してたらなめられるかもね」

 

 意気込みすぎて思わず噛んでしまった宗太郎に木綿季のツッコミが入る。

 そんな感じで緊張感を和らげつつ、暮れゆく街を駆けて行く。

 

「絶対に助けて、あのことを確かめなきゃ!」

 

 彼女が例のイメージに出てくる幻の仲間なのか、どうしても確認したい。ゲーム内で会わなければ確証が得られないかもしれないけど、話だけでもしてみたい。そう強く思った木綿季は、見失いそうな距離にいる詩乃たちを懸命に追いかけるのだった。




次回は、黒い三連星(不良少女)を踏み台にして詩乃と接触します。
メガネっ娘な彼女はツッコミ役が良く似合いそうです。


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第23話 幼少期の悪夢

今回は、不良少女たちから詩乃を救出する話となります。
紺野姉妹より不良少女の出番が多いけど、見てやってください!


 その日、詩乃は浮ついていた。深夜にへカートIIを入手し、今朝は占いも絶好調。そして、久しぶりに来た繁華街では気に入った服を購入できた。まさに順風満帆だ。

 

「ふふっ」

 

 帰りの電車に揺られながら、自然と笑みを浮かべる。

 今日は本当に良い一日だ。この流れに乗って夕食も奮発してしまおうか。

 

「少しだけ高い肉買っちゃおうかな」

 

 1人暮らしの彼女は身の丈にあった贅沢を企画する。基本的にしっかり者なので、たとえ浮かれていても金銭感覚はまったくぶれない。バイトをする余裕が無い以上、無駄遣いは禁物だ。

 しかし、そんな彼女の生活費を脅かす連中が現れる。目的の駅に着いて改札口を出た直後に、柄の悪い不良少女たちが話しかけてきたのである。

 

「よぉ、朝田ぁ。こんなところで会うなんて奇遇だなぁ?」

「っ!!?」

 

 聞きたくなかった声に驚きながら振り返ると、予想通りの人物がいた。事あるごとに詩乃をいじめているクラスメイトの不良少女たちだ。

 この3人は典型的な小悪党で、詩乃の銃に対するトラウマを悪用して金銭を恐喝する愚か者である。不運なことに、改札口を出たところで自宅のある街に帰ろうとしていた彼女たちとばったり鉢合わせしてしまったのだ。

 

「な、なんの用?」

「いやぁ実はさ~、今日はみんなですっげー盛り上がって、金使いすぎちゃったんだよね~」

「……それで?」

「だからぁ、いつものアレを頼みたいんだよ。アレ」

 

 彼女の言うアレとはお金を借りるという意味だが、もちろん返す気など微塵も無い。拒否しても無理やり奪うくせに、相変わらず身勝手なことを言う。常識をどこかに無くしてしまったこいつらは、いつでもやりたい放題だ。

 でも今日は、こんな奴らに負けたくない。理不尽な現実に負けたくない。だから、できることをする。

 

「まぁそんなわけだから、落ち着いて話せる場所に行こうぜ、朝田ぁ」

「……なんて無い」

「はぁ? なんだって?」

「あなたたちに渡すものなんて何も無いわっ!」

「なっ!? てめぇっ!!」

 

 拒否するや否や、詩乃は駆け出した。掴まって銃の話を持ち出されたら抵抗できなくなる。だったら、そうならないように逃げ切るしかない。後方を見て不良少女たちが追いかけてきていることを確認した詩乃は、恐怖を押さえ込みながら懸命に走る。

 その時、詩乃の進路上に1人の少女が接近してきた。間の悪いことにお互いが余所見をしており、結局そのままぶつかってしまう。

 

「うわぁ!?」

「きゃっ!?」

 

 しまった。前方の注意を怠っていた。

 ぶつかった相手のことを心配した詩乃は、焦った様子で視線を向ける。するとそこには、中学生くらいの可愛らしい少女がいた。

 

「ご、ごめんなさいっ……?」

 

 その少女は、慌てたように謝ってきた。どうやら見た目通りに良い子のようだが、後方から迫る悪意に怯えている今の詩乃には、彼女に気を使っている余裕は無かった。

 

「あ、あのっ」

「ごめん、先急ぐから!」

「えっ!? ちょっ!」

 

 追われる立場にある詩乃は、何かを言いかけた少女の言葉を遮って逃走を再開する。この時は平常心ではなかったため、その少女と特別な縁があるという事に気づけなかった。

 

「(あの子には悪いけど、今は全力で逃げないと!)」

 

 弱みを握られている彼女に助けを求めるという選択肢は無かった。こんなところであの話を暴露されたら、さらに自分の居場所が無くなってしまう。すでに学校で酷い目にあっている彼女は、『人殺し』という事実が広まることを極端に恐れていた。

 あれは正当防衛だったのに。自分はただ、母親を助けたかっただけなのに。

 

「(なんでわたしがこんな目にあわなきゃならないの!?)」

 

 詩乃は、これまでの経緯を思い出して唇をかむ。

 高校に入学したばかりの頃、不良少女たちに騙された彼女は、友人だからと言いくるめられているうちにアパートの部屋を専横されてしまった。幸いその件は警察の介入で早期に解決出来たのだが、それがきっかけとなってさらに状況が悪化していくことになる。その時のことを逆恨みした不良少女たちが、陰惨な報復を計画したからだ。

 徹底的に詩乃をいたぶることにした不良少女たちは、彼女の弱みを求めて中学時代のことまで調べ上げた。その結果、強盗事件という想定外の情報を手に入れて、浮かれた気分に流されるまま学校全体に暴露してしまったのである。

 そんな心無い行為のせいで学校中から避けられるようになってしまった詩乃は孤立無援となり、自力でトラウマを克服しなければならないという強迫観念に囚われていくことになる。

 

「(わたしが強くならなきゃ、いつまでも終わらない……!)」

 

 たとえ警察を頼っても根本的な解決にはならない。自分の力で悪夢に勝たなきゃ意味が無いから。どんな敵が現れようとも1人で立ち向かって乗り越えていくしかない。そんな想いが、安易に助けを求められない理由の一つとなっていた。

 とはいえ、トラウマを克服できていない今は逃げるしかない。矛盾をともなった行動に苛立ちを覚えつつも、がむしゃらにアパートを目指す。

 しかし、勇気を出して臨んだ反攻は、結局失敗に終わる。帰宅部で身体を動かす遊びもしない詩乃は体力が無く、アパートにたどり着く前に追いつかれてしまう。GGOに慣れてしまったが故に、自身の身体能力を過信してしまったことも一因となっていた。

 

「待てよコラァ!」

「あうっ!」

「はぁ、はぁ……てこずらせやがって、このクソがっ」

 

 体力が尽きて速度が落ちた詩乃は、リーダー格の少女に捕まってしまった。その様子は事件性を感じさせるものだったが、残念なことに詩乃を助けようとする者はいない。わざわざ進んで厄介ごとに関わろうとする人は少なく、皆が見て見ぬふりをして通り過ぎていく。

 とはいえ、一方的に彼らを責めることは出来ない。先の理由により、詩乃が助けを求めていないことも手を出しにくい原因となっているからだ。宗太郎がすぐに動けなかったのも、彼女の行動に疑問を感じたせいだった。

 さらに厄介なことに、不良少女たちもそのことを承知しているため、やたらと調子に乗ってしまっていた。

 

「さぁて、面倒かけさせた分、奮発してもらおっかな~」

「っ……」

「おら。ここはあちぃから、涼しいところでお喋りしようぜ、朝田ぁ?」

 

 詩乃の腕を掴んだリーダー格の少女は、アゴをしゃくって移動を促す。人気の無い路地裏に誘い込んで恐喝する気なのだ。もちろん従う必要の無い理不尽な要求だが、弱みを握られている詩乃は抵抗出来ない。

 

「(はは、結局こうなるのか……)」

 

 へカートIIを手に入れて強くなったと思えたのもただの幻想だった。

 乱暴に引っ張られながら歩みを進める詩乃は、自分の弱さを嘆いた。

 

 

 一方、遅れて後を追っていた木綿季たちは、眼鏡美少女が捕まった辺りから隠密行動に切り替えて様子を伺っていた。

 不良少女に腕を掴まれている眼鏡美少女は、抵抗する様子を見せずに路地裏へ連れて行かれる。そこは小さい飲食店の裏口で、薄暗い袋小路になっており、悪いことをするにはうってつけの場所だった。

 

「ソウ兄ちゃん、あの人が襲われちゃう!」

「ちぃ! お前たちは、あの自販機あたりで隠れていろ! 後は俺が何とかする!」

「分かった!」

「気をつけてね!」

「おうよ! 戦勝祝いに、俺様の大好物のパインサラダでも作っておくんだな!」

「それって死亡フラグなんですけど!」

 

 救出作戦の実行を決断した宗太郎は、2人に荷物を預けた後に全力で走り出す。健康的な身体を維持するために適切な運動をこなしている彼は、文化部のくせにかなりの身体能力を持っていた。

 

「燃え上がれ、俺のマッスル!」

 

 おバカなセリフを言いながら街中を疾走する。発言内容はアレでも足は速く、あっという間に目標の袋小路までたどり着く。

 とはいえ、何の準備も無しに踏み込むのはマズイ。状況的に黒い三連星の方が悪いことをしている可能性が高いものの、確証を得られなければ動けない。まずは、何が起きているのかを確認する必要がある。

 

「(忍じゃないけど忍んでいくぜ!)」

 

 木の葉を隠すなら森の中ということで、一先ず通行人を装って覗いて見る。通り過ぎる間に袋小路の奥へ視線を向けると、黒い三連星が眼鏡美少女を取り囲んでいる様子が見て取れた。胸糞悪い光景だが、一番危惧していた暴力沙汰にはなっていないようだ。

 

「(典型的な恐喝か? 被害者があまり抵抗していないのが気になるけど、やっぱり助けたほうがいいよな……)」

 

 ゆっくりと袋小路を通り過ぎた宗太郎は、再び様子を伺うために建物の角に近寄る。

 さて。この手の荒事はSAOで慣れているが、現実でも上手く立ち回れるだろうか……。

 

 

 そのように奇妙な援軍が行動を始めた同時刻。彼の存在など知る由も無い詩乃は、ささやかな抵抗を試みていた。

 

「ほら、さっさと金だしな」

「……イヤだって言ってるでしょ」

「ちっ、今日はやたらと歯向かいやがって、めんどくせーヤツだなぁ!」

 

 いつもより反抗的な詩乃に苛立ったリーダー格の少女は、いやらしい笑みを浮かべながら奥の手を出す。自分の右手を銃のような形にして詩乃の眼前に突きつけることで、彼女のトラウマを刺激する方法だ。

 

「ふんっ。なんか妙にがんばっちゃってるようだけどよぉ、こうすればどうかな~?」

「ひっ!?」

「はっ! 指だけでビビってやんの! 人を撃ち殺したクセにさぁ?」

「あ……あぁっ!」

 

 暑い中を走らされてイラついていた彼女は、過剰に詩乃を煽り始めた。

 右手の人差し指を詩乃のおでこに押し付け、銃を撃つようなジェスチャーをする。

 

「バァン!」

「ひぅっ!?」

「ははっ、もっと撃ってやるぜぇ? バァン、バァン!」

「あ……あぁっ……」

 

 リーダー格の少女は、予想通りの反応をする詩乃に気を良くして、卑劣な行為をさらに続ける。

 

「(やめてっ……それ以上やられたら、わたしはっ……)」

 

 銃というきかっけでフラッシュバックを起こした詩乃は、まともに立っていられなくなり、とうとう座り込んでしまう。

 

「うぷっ!」

「おいおい。ゲロるなよ、朝田ぁ」

「あんたが教室でゲロッて倒れた時、すっげぇ大変だったんだぞぉ?」

 

 吐き気を催してしまった詩乃に向けて不良少女たちの汚い言葉が降り注ぐ。あまりに酷い状況だが、パニックに陥りかけている彼女に抵抗する術は無い。それを悟った不良少女たちは、下品な笑みを浮かべながら彼女のバッグを奪い取る。

 しかし、不良少女たちの天下はそこまでだった。バッグの中を覗いて財布を捜している所に、背の高い少年が駆け寄ってきたからだ。美少女のピンチに颯爽と現れたのは、もちろん宗太郎である。しゃがみこんだ詩乃を見て黙っていられなくなったのだ。

 

「待ちたまえ!!」

「「「っ!!?」」」

「そこまでだ、黒い三連星! お前たちの悪行、この目でしかと見させてもらったぞ!」

 

 通路の中央に立って退路を封じた宗太郎は、グラハム口調でビシッと決める。内容はアレでも効果は抜群で、唐突に現れた外国人っぽいイケメンに不良少女たちはうろたえる。その驚きようは、変なあだ名を付けられていることにも気づかないほどだ。

 

「なっ、なんだてめぇは?」

「私の名はグラハム・エーカー。ご覧の通り、軍人だ」

「はぁ? 軍人? バカにしてんのか、てめぇ!?」

「ふっ、バカになどしてないさ。軍人とは、一般市民を守るために持てる力を振るうもの。ゆえに、お前たちの悪行からか弱い少女を守る私も、立派な軍人なのだよ!」

 

 そう言って、リーダー格の少女が持っているバッグを指差す。観察力のある宗太郎は、木綿季とぶつかった際に詩乃が所持していたことを覚えていた。

 

「お前たちの恐喝行為は、このグラハム・エーカーが確認した。その手に持っているバッグが何よりの証。もはや言い逃れは出来んぞ、黒い三連星!」

 

 確かに彼の言う通りである。どう見ても強引に奪ったものなので、このままでは言い訳も出来ない。

 しかし、相手は警察官じゃない。このバッグを手放してしまえばいくらでも誤魔化すことができる。そう思ったリーダー格の少女は、持っていたバッグを詩乃の方へ放り投げた。

 

「はんっ! こいつはただ拾ってやっただけだよ!」

「ほう。この期に及んで嘘をつくとは。悪あがきも大概にしたまえ」

「んだとコラッ!? あたしらが悪ぃことやったなんて証拠はどこにもねぇだろーが!?」

 

 愚かな不良少女は、幼稚な隠蔽工作の成功を信じて疑わない。しかし、彼女以上の悪人と命がけのやり取りをしてきた宗太郎にとっては可愛すぎる抵抗だった。

 

「その言葉、真正面から否定しよう」

「はぁ? だったら証拠を出してみろよ?」

「ならば、あえて言わせてもらおう。お前たちは派手に彼女を追いかけ回していたが、その光景は街中に設置された防犯カメラに録画されている。それを警察が見ればどう思うかな?」

「あっ!?」

 

 指摘されてようやく気づいた。今回は、想定外の抵抗を受けたせいでつい感情的になり、怒りに任せて目立つ行動をしてしまった。

 

「しかも証拠はそれだけではない。私の左手にあるものを見たまえ」

「そ、それはっ!?」

 

 言われて宗太郎の左手を見た不良少女は、あからさまに焦り出す。そこにはスマホがあったからだ。彼はスマホを手の平に隠して、これまでのやり取りを動画撮影していたのである。わざとグラハム口調を使って彼女たちの注意を引いていたのは、これを誤魔化すためだった。もちろん、ただやりたかっただけではないのだ。

 

「これこそまさに動かぬ証拠。『画像は動くだろ』とつっこまれようとも、お前たちの罪は不動なのだよ!」

「くっ!」

 

 そこはかとなくおバカなセリフで不良少女たちを言い負かす。

 上手いことやり込めたが、宗太郎の提示した証拠は絶対必要というものではない。恐喝の場合、被害者と証人がいれば逮捕できるので、今のやり取りは蛇足でしかなかった。それでもあえて言ったのは、反省の色をまったく見せない彼女たちに己の立場を分からせるためだった。残念ながら、良い効果は得られなかったが。

 

「ね、ねぇ……」

「やばいよこれ……」

「チッ、チクショォーッ!!」

 

 とうとう手も足も出なくなった不良少女たちは、慌てて逃げ出そうとした。しかし、唯一の脱出口は宗太郎によって塞がれている。長身で細マッチョなだけでも十分に気おされてしまうが、SAOで身につけた戦士の気迫と呼ぶべきものが彼女たちを圧倒する。

 

「行かせはせんよ!」

「「「っ!?」」」

「ここは潔く罪を認めて、素直に改心するがいい。それがお前たちのためでもある。これ以上、自分を粗末にするなよ」

 

 怒りを押さえ込んだ宗太郎は、できるだけ優しく諭す。迂闊に敵意を煽って眼鏡美少女が逆恨みされてはたまらない。ここはひとまず冷静に対処すべきところだろう。

 

「(なに、木綿季と藍子のことを思えば、荒んだ心もすぐに落ち着く)」

 

 夏休みに堪能した紺野姉妹の水着姿を思い浮かべることで怒りを静める宗太郎。無様に慌てる不良少女たちとは対照的に、綺麗な笑顔を浮かべるのだった。

 そんな微妙な空気の中、一連の出来事を呆然と眺めていた詩乃は、少しばかり混乱していた。

 

「(な、なんなのこの人……)」

 

 地面に座り込んだまま宗太郎を見上げて思う。なんで彼はこんなことをしているのだろう。まさか助けが来るとは思っていなかったため、不思議な気分に陥ってしまう。

 一応1人だけ自分を助けてくれそうな友人はいるが、ここまで大胆な行動はできないはずだ。

 

「(同年代に見えるけど、新川君とは全然違う)」

 

 詩乃は、最近親しくなった友人――新川恭二のことを思い浮かべる。同い年の彼は、銃に興味を持っていた彼女にGGOを勧めた人物で、今では込み入った相談をするくらいまで信頼関係を築いている。

 とはいえ、完全に心を許せる存在というわけではない。女性の勘というべきものが、彼の発する【邪な感情】を察知していたからだ。異性に向ける欲望のようなものを感じて、無意識の内に壁を作っていたのである。

 しかし、目の前にいる奇妙な少年からは嫌な感じがまったくしない。むしろ温かくて、安心を感じる。

 

「(喋り方は変だけど……とりあえず良い人みたい)」

 

 いきなり偽名を名乗ってることも知らずに好意的な意識を向ける。理不尽な脅威に敢然と立ち向かえる彼の強さが、今の詩乃にはとても眩しかったのだ。

 

「(いつかわたしも、この人のように……)」

 

 やたらとイイ笑顔を浮かべている宗太郎を見つめている内に希望が膨らんでいく。その本人は可愛い女の子の水着姿を想像してたりするのだが、何にしても、詩乃にとって素敵な出会いだということは間違いない。

 しかし、彼女の試練はまだ続いている。このまま無事に解決するかと思われた事件は、急展開を見せることになる。

 警察を呼ぼうとした宗太郎がこの場の住所を調べ始めた直後にそれは起こった。捕まることを恐れた不良少女たちが醜い悪あがきを始めたのである。

 

「てめぇ、何やってんだ!?」

「無論、警察を呼ぶ準備をしている。罪を犯した君たちは、罰を受けねばならんからな。この場で縛についてもらおう」

「はぁ!? なんで『人殺し』なんかのために、あたしらが捕まんなきゃなんねーんだよ!!」

「っ!!?」

 

 リーダー格の少女は、詩乃を指差しながら奇妙な言い訳を始めた。彼女が人殺しなど、にわかには信じ難い内容だが、指摘された本人は過剰なまでに反応している。その変化に気づいた宗太郎は、詩乃に注意を向けつつも続きを促す。

 

「人殺しだと?」

「ああそーだよ! こいつは、強盗犯からピストル奪って撃ち殺しちまった危ねー女なんだぜ? そんなゴミみてーなヤツに何したってどーでもいいじゃねーか!」

「そ、そーだよ! 人殺しには罰が必要だろ!」

「とーぜんの報いってヤツだよな?」

 

 助かりたい一心の不良少女たちは、あまりに身勝手なことを言い出した。そんな自覚無き悪意が、傷ついた詩乃の心をさらに打ちのめす。

 

「あ……あぁっ!?」

 

 知られてしまった。あの忌まわしい過去を、彼に知られてしまった。そう思った瞬間、詩乃は強烈なフラッシュバックに襲われ、重度のパニック発作を起こしてしまう。

 

「い、いや……母さん……そんな目でわたしを見ないで……見ないでぇ!!」

 

 強盗犯を撃ってしまった自分を恐怖に怯えた目で見つめていた母親の姿が脳裏に浮かぶ。

 違う……違うの。わたしはただ、母さんを助けたかっただけなの。だからわたしは人殺しじゃない。人殺しじゃ――

 

「おえぇっ!」

「うわっ、汚ぇ!」

「こいつ、ゲロ吐きやがった!」

「クソッ、少しついちまったじゃねーか!」

 

 詩乃は、急激に押し寄せた嘔吐感に我慢できず吐いてしまった。そんな彼女に対して、近くにいた不良少女たちが悪態をつく。その様子を見た途端、宗太郎は激怒した。

 

「貴様らぁ――――っ!! 人を傷つけることに何の抵抗も無いのか――――――っ!!!」

「「「っ!!?」」」

 

 あまりの卑劣さに堪忍袋の緒が切れた。普段はおバカな宗太郎だが、真剣に怒った時は容赦ない。これでも彼は、人を殺そうと決意した経験がある。阿修羅になりかけたことのある男だ。そんな奴に強烈な怒気を発せられたら、子悪党にすぎない小娘などひとたまりもない。

 ゆっくりと歩みを進める宗太郎は、後ずさりするリーダー格の少女に顔を寄せると、冷たい声で話しかける。

 

「なぁ、人でなし」

「ひっ!?」

「お前、人殺しがどーのこーのと言ってたけどよ。人の尊厳を踏みにじってヘラヘラと笑っていられるお前らも、人殺しと変わんねーぞ?」

「うぐっ……」

「それが嫌だと思えるなら、お前の罪を懺悔しな。他人の過ちを責める前に、お前自身が道理を示せってんだよ、クソガキども」

「………………」

「なんだ、間抜けな悪知恵は働くくせに、俺の言っていることが分からないのか?」

「あ……あぅ……」

「分かるんだったら、ちゃんと返事しろよ。悪いことをしたら謝れって、小さい頃に教えられただろ?」

「い……いや……」

「返事はどうしたぁ!!!!!」

「は、はひぃっ!?」

 

 言葉に乗せて送られてくる凄まじい怒気がリーダー格の少女を圧倒する。これまで経験したことのない恐怖に襲われて、思わず尻もちをついてしまう。

 その様子を見て怒りが冷めた宗太郎は、彼女をそのまま放置して詩乃の介抱に向かう。呼吸を乱して苦しんでいる彼女の姿が病床にあった母親とかぶってしまい、必要以上に怒りを感じてしまったが、いつまでもバカを相手にしていられない。今は、パニックに陥っている詩乃の心を落ち着かせる方が先だ。

 

「はぁっ、はぁっ……」

「さぁ、もう大丈夫だから。焦らずに、ゆっくり呼吸して」

 

 宗太郎は、過呼吸になってしまっている詩乃の背中をさすりながら優しく語りかける。

 その間に放心していた不良少女たちも我に返り、一目散に逃げていく。みすみす逃すのはしゃくだが、詩乃のことを思えばいなくなってくれたほうがいい。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ごほっ、ごほっ!」

「大丈夫。君を脅かすものは追い払ったから、安心してくれ」

 

 そう言いながら震える詩乃の左手を握る。嘔吐物で汚れてしまうのも構わずに、優しく包み込む。長い間母親の看病をしていた経験があるので、こういうことには慣れていた。

 それは宗太郎にとって何気ない行動だったが、自分を卑下している詩乃にとっては信じられないことだった。

 

「(……こんな人殺しの手を握ってくれるの?)」

 

 あの話を聞いた後でも優しく接してくれるなんて。宗太郎の奇妙な行動に驚いた詩乃は、苦しい呼吸を忘れてしまうくらいに戸惑う。しかし、心の奥では嬉しさも感じていた。

 

「(この人は、さっきの話をどう思ってるのかな……)」

 

 ただの嘘だと思ったのか。それとも、偏見を持たない人なのか。その答えは、実際に聞いてみないと分からない。でも、嫌な顔一つせずにこんなことを出来るのだから、良い人には違いない。

 そう思った直後。それを証明するように彼を慕う少女たちが現れる。

 

「ソウ兄ちゃん!」

「何があったの!?」

 

 声のする方に振り向くと、袋小路に飛び込んできた紺野姉妹の姿が見えた。逃げていく不良少女たちを見て合流するべきだと判断したのだ。

 

「もしかして、殴られちゃったの!?」

「いや、暴力は振るわれていないが、怖い目にあってパニックを起こしている」

「えっ!?」

「そんなの酷いよ!」

「その怒りはもっともだが、今は彼女の介抱が先だ」

「うん、分かった!」

 

 宗太郎の言葉にうなづいた2人は、彼と入れ替わるように詩乃の世話を始める。同じ女性の方が落ち着けるだろうとの判断だ。

 

「俺は飲み物を買ってくるから、彼女のことを頼む」

「うん」

「任せといてよ」

 

 いつもの調子で返答しつつ、やるべきことを始める。宗太郎は近場の自販機へ向かい、木綿季と藍子は詩乃を気遣いながら顔や服に付いた汚れを落としていく。彼女たちも宗太郎と一緒にエリスママを看病していたため、こういう作業に対する抵抗感はほとんど無かった。

 

「ダ、ダメ……ハンカチが汚れちゃうから……」

「そんなの気にしなくていいよ、お姉さん」

「で、でも……」

「いいのいいの。実はボク、お医者さんになろうかなって思ってるから、こういうことも勉強になるんだ」

「お医者さん……?」

 

 思いもかけない単語を聞いてきょとんとしてしまう。つい先ほどまで苦しそうにしていた詩乃は、可愛い笑顔を浮かべる木綿季と話しているうちに穏やかな気持ちになってきた。

 

「(この子は確か、駅でぶつかった……)」

 

 改めて木綿季の顔を見た詩乃は、少し前に駅で会った少女だと気づいた。あの時に事情を察して追いかけてきてくれたのだろう。まったく、頼りになるお兄さんがいるからって無茶なことをする。可憐な容姿に似合わず勇気のある少女たちを見て、思わず苦笑してしまう。

 

「(でも、なんだろう、この感じ……)」

 

 木綿季の顔をまじまじと見つめているうちに不思議な既視感を覚えた。

 この子を見ていると、嬉しさと同時に悲しみがこみ上げてくる。初対面のはずなのに、どうして……。

 

「……」

「ん? ボクの顔をじっと見て、どうしたの?」

「えっ!? ……ううん、なんでもないわ」

 

 突然木綿季に話しかけられた詩乃は、慌てて誤魔化す。ふと湧き出した彼女の疑問は、木綿季に対する好意に変わって徐々に薄れていくのだった。




次回は、みんなで詩乃のアパートに行きます。
女子高生のお部屋で、なぜかガンダムトークをすることになるかも?


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第24話 デュナメス

今回は、詩乃のアパートでガンダムの話をします。
自分で作っておいてなんだけど、どうしてこうなった!


 木綿季たちの尽力もあって、詩乃のパニック発作は無事に治まった。汚れてしまった服も出来る限りふき取ってあるので、表通りに出ても問題は無いだろう。もちろん、精神的なダメージは残っているが、今の詩乃にはそれ以上の癒しがあった。

 不思議なシンパシーを感じる木綿季の存在が、傷ついた詩乃に力を与えてくれるようだった。

 

「ふぅ……」

 

 ようやく落ち着きを取り戻した詩乃は、宗太郎が買ってきた水を飲んで一息つく。

 

「どうかなお姉さん? もう大丈夫そう?」

「うん……助けてくれてありがとう」

「えへへ~、このくらいどうってことないよ」

「わたしたちがやりたくてやったことですから」

 

 詩乃にお礼を言われた紺野姉妹は、照れながら謙遜する。特に木綿季は別の目的もあったから素直に受け取れない。詩乃と話して【幻の仲間】かどうかを確かめたかったのだ。

 その結論はまだ出ていないが、改めて言葉を交わしてみて可能性が高いことは実感できた。

 

「(やっぱり、アスナたちと同じような感じがする。でも、どうやって話を進めようかな……)」

 

 流石に初対面で『あなたと仲間になっているイメージが浮かんだ』なんてファンタジーなことを言い出すわけにはいかないだろう。

 それに今は、先にやらなければならないことがある。あの不良少女たちに罰を与えるための手続きだ。

 詩乃の状態を観察していた宗太郎は、頃合を見計らって話を持ちかける。

 

「ちょっといいかな、お嬢さん?」

「……なに?」

「酷い目にあったばかりで何だが、すぐに被害届を出すべきだと思う。俺たちが証人になるから、最寄の交番まで一緒に行こう」

「そうだよ、お姉さん! あの黒い三連星をギャフンと言わせてやらなきゃ!」

「……黒い三連星?」

 

 木綿季の口から飛び出たおかしな単語に首を傾げる。そういえば、最初に来た彼もそんなことを言っていたような気がするけど……どうやら、あの3人組につけたあだ名らしい。言葉の意味が分かった詩乃は、面白いネーミングだと感心する。

 ただ、警察に行くという意見は賛成できなかった。以前、通報した際に事態を悪化させてしまったという事情もあるが、それだけではない。銃に対するトラウマを乗り越えなければ、何をやっても意味が無いと悲観しているからだ。人を殺したという事実が変わらない以上、あいつらを排除しても、詩乃の苦しみは終わらないのである。

 

「……申し訳ないけど、警察には知らせなくてもいいわ」

「えっ、なんで?」

「もしかして、報復を恐れているのか?」

「そうね……そんなところよ。あいつらは、やたらとしつこいから。構うだけ無駄なの」

「でも、このままじゃダメだよ!」

「そうですよ。せめて、身近にいる大人には知らせておくべきだと思います」

「うん……。確かに、そうしたほうがいいんだろうけど……ごめんなさい。これは、わたし自身で解決すべきことだから」

 

 自分のことを本気で心配してくれる木綿季たちに申し訳なくなった詩乃は、心の底から謝る。この2人に嘘をつきたくはなかったが、本当の事を言うわけにはいかない。好意を抱いているからこそ、人を殺したことがあるなんて絶対に知られたくなかった。

 

「(彼にはすでに知られてしまっているけど……)」

 

 詩乃は、戸惑いと恐れを含んだ視線を宗太郎に向ける。不良少女から真実を聞いた彼が自分のことをどう思っているのか分からず、不安を隠し切れないのである。

 自分の汚れた手を握ってもらえた瞬間、詩乃の心に暖かな温もりが伝わった。その時に感じた喜びを簡単に失いたくない。だからこそ、嫌われたくないと思ってしまう。

 

「(って、何考えてるんだろ、わたし……)」

 

 ふと我に返って落ち込む。他人の優しさを求めるなど、ストイックに強さを求める今の詩乃にとっては受け入れ難い欲求だ。弱みを見せることが出来ない以上、本心を封じ込めたまま静かに耐えるしかなかった。

 そんな彼女から送られてくる意味ありげな視線に気づいた宗太郎は、先ほど聞いた不良少女のセリフを思い出す。

 

「(人殺しか……)」

 

 パニックに陥るほどのトラウマになっているということは、正当防衛で強盗犯を撃ち殺してしまったという話は真実なのだろう。

 それでも、目の前にいる少女を嫌悪する気にはならないし、恐れることも無い。なぜなら、彼女は、キリトと同じだからだ。2人はただ、自分の命を守るという当たり前の権利を行使したに過ぎない。たとえ、彼らに殺意があったとしても、同じ立場を経験していない第三者が批評できるものではない。

 そもそも、法の許しを得ているのだから、ありのままを受け入れるまでだ。

 

「分かった。君の意思を尊重して、この件には一切干渉しないことを誓おう」

「っ……ありがとう」

「ちょ、ソウ兄ちゃん!?」

「本当にそれでいいの?」

「確かによろしくはないけど、こういうことは当事者の事情を優先すべきだろ? 第三者の俺たちが、すべての責任を取れるわけじゃないんだからさ」

「う、うん……」

 

 そう言われては反論できない。詳しい事情を知らない自分たちが勝手に動いたら、事態を悪化させてしまう可能性がある。初対面で知り合ったばかりの間柄ではこれが限界だった。

 しかし、友達だったら話は別だ。彼女と友達になれれば、もっと力になってあげることが出来る。詩乃と仲良くなりたいという木綿季の気持ちを理解していた宗太郎は、そのためのきっかけを作ることにした。

 

「そんなわけで、さっきのことは保留にするけど、その代わりに君を家まで送らせてくれないか?」

「え……」

「そのくらいはしておかないと、こちらも落ち着かないんでね」

「そうだよ、お姉さんを無事に送り届けなきゃ心配で帰れないよ!」

「でも、あなたたちに迷惑かけちゃうから……」

「大丈夫。ボクたち、ちょーヒマ人だから、遠慮なんて無用だよ!」

「そういうことですので、わたしたちのことは気にせずに同行させてください」

「………………うん、分かったわ」

 

 可愛らしい姉妹に説得された詩乃は、アパートまでの同行を承諾する。少し話しただけでも信用できる人たちだと分かるし、彼女自身も一緒にいたいと感じたからだ。初対面だから無理は出来ないけど、もう少しだけ話してみたい。そんな気持ちが詩乃を動かす。

 

「それじゃあ……アパートまでよろしく」

「うむ、この私に任せておきたまえ。ヒロインの護衛役、見事完遂して見せよう!」

「……ヒロインって、わたしのこと?」

「そうだとも! 君は私のプリマドンナ! 演舞が終わるその時まで、エスコートをさせてもらおう!」

「は、はぁ……」

 

 そこはかとなく怪しい気もするけど、とりあえず自分の直感を信じることにしよう。

 

 

 袋小路を出た4人は、オレンジ色に染まり始めた街の中をそろって歩き出した。ここから少し離れた場所にあるアパートまで詩乃を送り届けることが目的だ。

 詩乃の反応から考えると、さっきの不良少女たちがすぐに仕返しをしてくるとは思えないが、念のために注意を払う。

 ただしそれは宗太郎だけで、詩乃と仲良くなりたい木綿季は、普段の調子で話しかける。

 

「それじゃあ、自己紹介するね。ボクの名前は紺野木綿季。気軽にユウキって呼んでね」

「分かったわ、ユウキ」

「わたしは姉の藍子です。妹と同様に呼び捨てで構いません」

「うん。よろしくね、アイコ」

 

 楽しそうに自己紹介された詩乃は、人懐っこい姉妹に好感を抱く。初対面なはずなのに、親しい友人と一緒にいるような気分になってしまう。

 その事実に若干の引っかかりを覚えつつ、最後に名乗ることになった宗太郎に視線を向ける。

 

「初めましてフロイライン。俺の名前は松永宗太郎。乙女座のカレー愛好者だ。以後、お見知りおきを」

「……え? あなたの名前は、グラハム・エーカーじゃないの?」

「それは、未来に転生した俺の名だ。ゆえに偽名などではない。そこのところを理解してくれたまえ」

「未来に転生?」

「え~っと……ソウ兄ちゃんは、ちょっとだけ中二病にかかっちゃってる人なんだ」

「はぁ……そうなんだ」

 

 良い人だと思っていた少年は、予想外の方向に変なヤツだった。未知との遭遇を前にして、本当にこんな人がいるんだと、奇妙な感動をしてしまう詩乃であった。

 

「ところで、その……お姉さんの名前を聞いてもいいかな?」

「あ、うん……わたしの名前は朝田詩乃よ」

「ふむふむ、シノさんかぁ……」

 

 木綿季は、ようやく聞き出せた名前をつぶやいてみた。最初に聞いた瞬間は例のイメージと合わない気がしたが、心の中で反芻しているうちにしっくりと来る言葉が浮かぶ。

 

「それじゃあ、シノンって呼んでもいいかな?」

「えっ」

 

 思わぬところで自分のアバター名を聞いた詩乃は小さく驚いた。簡単に思いつける名前とはいえ、出会ったばかりの人物から聞かされるなんて思いもしなかった。

 でも、その方がしっくり来る気がする。なぜかは分からないけど、そう呼ばれたほうが自然な気がする。

 

「あっ、ゴメンなさい。いきなり馴れ馴れしくしちゃって……」

「ううん、別に気にして無いわ。VRMMOで使ってるアバター名と同じだったから、ちょっとビックリしただけよ」

「えっ、そうなの?」

「まぁ、安直な名前だから、言い当てられても不思議じゃないんだけどね」

「でも、詩乃さんにピッタリの可愛らしい名前だよ!」

「ふふっ、そんなに気に入ってくれたのなら、シノンって呼んでよ」

「うん。ありがとう、シノン!」

 

 詩乃から良い返事を聞けた木綿季はニコリと微笑む。つい熱を入れすぎて失礼なことをしてしまったが、結果的に仲を深めることができた。

 しかも、聞きたかった情報を手に入れる事も出来た。どうやら彼女は、こちらの想像通りにVRMMOをやっているらしい。後は、どんなタイトルのゲームをやっているかである。

 

「ってなわけで、早速シノンに質問があります!」

「なに?」

「ずばり聞くけど、シノンがやってるVRMMOって、ALOかな?」

「ううん、違うわ。わたしがやってるのは、ガンゲイル・オンラインっていうゲームよ」

「……ガンゲイル・オンライン?」

 

 期待していた答えと違ったため、内心で途惑う。例のイメージではALOのアバターが見えたのに、実際に遊んでいるゲームはまったくの別物らしい。というか、聞いたことも無いタイトルだ。

 

「ねぇソウ君。どんなゲームか知ってる?」

「ああ。簡単に言えば、バーチャルなサバゲーだな。手持ちの銃火器でバンバン撃ち合う、シューティングゲームってところだ」

「へぇ、そんなのがあるんだー」

「(う~ん、やっぱりイメージと合わない……)」

 

 宗太郎の補足説明を聞いてもしっくりこない。やはり、例のイメージとは無関係なようだ。

 

「(これはどういうことなの?)」

 

 もしかしたら、詩乃は【幻の仲間】ではないのだろうか。アスナたちと同じ感じがするのは確かなので、思い違いをしているとは思えないけど……。

 

「まさか……ボクが異能に覚醒したせいで、歴史が改ざんされちゃったのかな!?」

「? ……ユウキは何を言ってるの?」

「恐らく、この暑さのせいで中二病が悪化してしまったのだろう。地球温暖化の影響は、いよいよ人間の思考領域にまで達してしまったようだ」

「何でそうなるのよ。っていうか、元凶はあなただと思うけどね……」

 

 突然おかしなことを言い出した木綿季に驚く詩乃であったが、宗太郎の様子を見て納得する。ようするに、大好きなお兄ちゃんの影響を受けているのだろう。そう思った瞬間、彼らの関係が少しだけ羨ましくなった。

 

 

 何はともあれ、すぐに打ち解けることが出来た一行は、穏やかに会話をしながら目的地へ到着した。

 詩乃が住んでいるアパートは、小奇麗な2階建てだった。間取りは1Kで、1人暮らしに適した作りである。

 

「へぇ~。シノンって、1人暮らししてるのか~」

「ええそうよ。実家からだと不便だから、ここを借りてるの」

「高校に通いながら1人暮らしなんて、大変そうですね」

「ちょっとだけ憧れるけど、ボクにはムリかなー」

「そんなに難しいことじゃないわよ」

 

 紺野姉妹からキラキラとした視線を向けられた詩乃は、柄にもなく照れてしまう。強盗事件のせいで地元から逃げ出してきた彼女にとって、この状況は自慢できることではないのだが、今はほとんど気にならない。別世界からもたらされた縁が、木綿季たちに対する親近感を増大させて、ネガティブな感情を弱めていくからだ。

 それゆえに、もっと親密な関係になることを望んでしまうのは当然の流れだった。

 

「あ、あの……」

「ん? なにかな?」

「助けてくれたお礼がしたいから、その……部屋に上がっていかない?」

「えっ、いいの?」

「うん。冷たい飲み物くらいしか出せないけど、ゆっくり休んでいってよ」

 

 このまま別れたくないと思った詩乃は、意外な提案をしてしまう。初対面の人たちを部屋に招くなんて本来なら絶対にしないことだが、彼女たちなら大丈夫だと思えた。やたらと親しみを感じる彼らと、友人のように接したかったのである。

 

「もちろん、無理にとは言わないけど……」

「ううん! ボクたちめっさヒマだから、よろこんで上がらせてもらうよ!」

 

 当然異論などは無い。木綿季は、詩乃の提案に速攻で乗っかった。彼女もまた同じ心境だったからだ。

 今はまだALOをやっていないようだけど、未来でやることになるのかもしれない。その可能性に気づいた木綿季は、ひとまず連絡を取り合えるようになっておこうと考えた。

 

「(よし、この機会にメアドを交換するぞ!)」

 

 心の中で、好きな女子に近づこうとしている男子のようなことを考える。因果情報の影響を受けている木綿季は、無意識の内に詩乃との絆を守りたいと思っていた。

 

「でも、いいのかな? いきなりお邪魔なんかして」

「なに、家主がいいと言ってるんだから、大手を振って行けばいいさ。合法的に現役女子高生の部屋に入れるんだから、遠慮は無用だぜ?」

「あなただけは遠慮してもらいたくなったわ」

 

 さらっと漏れた宗太郎の本音に少しだけ引いてしまう詩乃だったが、それほど嫌な感じはしなかったので、そのまま案内することにした。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 電子錠を開けて部屋に入った詩乃は、素早く着替えを済ませた後に3人を招きいれた。

 エアコンをつけたばかりの室内はまだ暑かったが、それほど広くないので、すぐに涼しくなってくる。

 

「はふぅ~、生き返るぅ~」

「コラ、木綿季~。あおぎすぎて、ブラが見えてるわよ~」

「え~、姉ちゃんだって丸見えじゃ~ん」

 

 うっとうしい暑さから開放された紺野姉妹は、胸元を大胆に開いて涼しさを堪能する。汗ばんだ胸の谷間が年齢以上に色っぽく見えるけど、無防備なところは子供っぽい。

 飲み物を持ってきた詩乃は、息の合ったやり取りをしている2人を見てクスリと笑う。

 

「二卵性の双子とか言ってたけど、結構似てるわね」

「ああそうだな。下着の趣味も、オッパイの成長具合も、実にソックリだ」

「そこじゃないわよ! っていうか、堂々と見すぎでしょ!」

 

 さも当たり前のように2人の胸元を見ている宗太郎に、詩乃のつっこみが入る。しかし、セクハラ行為(?)を受けている当人たちは、まったく気にしていない。一緒に寝るくらい仲がいいので、下着を見られても、ちょっぴり恥ずかしい程度で済んでしまうのだ。そもそも、全裸姿を何度も見られているのだから今更である。

 

「(幼馴染とか言ってたけど、仲のいい兄妹みたい)」

 

 やたらと親密な3人を見て、そんな感想を抱く。お兄さんの性格はアレだけど、孤独に苦しんでいる詩乃にとっては、非常に羨ましい関係だった。

 

 

 そのようなやり取りをしている間に部屋の温度も快適になり、すっかり落ち着いた木綿季たちは、詩乃の部屋について語り始めた。

 

「それにしても綺麗な部屋だね。ボクの部屋とは大違いだよ」

「あなたがちゃんと片付けないからでしょ?」

 

 2人は、仲のいい姉妹トークを楽しみながら辺りを観察する。

 八畳ほどの広さがある室内はきちんと片付いており、あまり女子高生っぽくない、こざっぱりとしたインテリアで纏められている。ぬいぐるみなどのファンシーな物は一切無く、遊び道具もアミュスフィアぐらいしか見当たらない。

 

「シノンは物を飾ったりしないの?」

「うん。そういうのはあまり好きじゃないから。実家もこんな感じかな」

「ふぅん。ボクの部屋なんか、ぬいぐるみとガンプラで一杯だけどなー」

「……ガンプラ?」

 

 木綿季と話していると、気になる単語が出て来た。語感から連想してモデルガンみたいなものかと思い、つい聞き返してしまう。

 

「ねぇ、ユウキ。ガンプラってなに?」

「あーそっか。普通の女子高生は知らないよね……。ほら、これがガンプラだよ」

 

 木綿季は、詩乃の疑問に答えるため、手元にあるガンプラを取り出した。間の良いことに、今日のデートで宗太郎が買ったものがあったのだ。

 それは、『狙撃できる機体がいるとチームのバランスが良くなるよね』という木綿季のアドバイスを受けて購入したもので、ボックスには、大型のスナイパーライフルを構えたグリーン色のロボットが描かれていた。

 

「っ!?」

 

 銃の部分が目に入った瞬間、少しだけトラウマを刺激された。しかし、気分が悪くなるほどではない。写真や絵なら、ある程度は耐えられる。それでも表情は険しくなってしまうが、余計な心配をさせないようにそのまま話を続ける。

 

「……このおもちゃがガンプラなの?」

「うんそうだよ。ガンダムっていうアニメに出てくるロボットのプラモデルを、ガンプラって言うんだ」

「へぇ……」

 

 木綿季の説明を聞きながら、リアルなタッチで描かれたボックスアートを見つめる。グリーンを基調としたカラーリングと装備している武装から、GGOで使っている自身のアバターを連想してしまう。

 

「(このライフル、少しだけへカートIIに似てる気がする……)」

 

 そう思った途端に、奇妙な愛着が湧いてきた。昨日の今日で同じような銃を見ることになるなんて、偶然にしては出来すぎている気がしたからだ。

 

「このロボットの名前は、なんて言うの?」

「ガンダムデュナメスだよ」

「ちなみに、デュナメスとは力天使(りきてんし)のことだ。難局にある善人に勇気を与え、その力を引き出す存在と言われている」

 

 宗太郎の注釈を聞いて、ハッとなる。その天使は、今の自分にピッタリな存在ではないか。実際にデュナメスを持った木綿季たちが現れて、苦しむ自分に力を与えてくれたのだから、夢物語とも言い切れない。

 その事実に気づいた瞬間、朝見た占いを思い出す。もしかすると、テレビの占いで言っていた『素敵な出会いがある』とは、このことだったのだろうか。

 

「(……きっと、そうなのかもしれない)」

 

 紺野木綿季とガンダムデュナメス。不思議な運命を感じさせるこの出会いが、自分の未来を変えてくれるような気がする。オカルトの類を一切信じない詩乃であったが、今だけは小さな奇跡を信じてみようと思った。

 

「……」

「おっ、何かすっごい見入ってるけど、もしかして気に入った?」

「えっ……そうね。わたしも、GGOでスナイパータイプにしてるから、親しみを感じるかな」

「ほうほう、なるほど。それなら、GBOにもハマってくれそうだなー」

 

 これまた聞き覚えの無い単語が出て来た。話の流れからするとゲームのタイトルらしいが、詳細は不明である。

 

「GBOって、このロボットが出てくるVRゲーム?」

「うん、そうだよ。ガンダムビルドファイターズ・オンラインっていうVRMMOがあるんだ」

「ふぅん……もしかして、アイコもやってるの?」

「はい。MSっていうロボットを操縦するので、VRMMOとしてはかなり特殊ですけど、スペースコロニーで生活したり、自前の船で宇宙旅行もできるから、SFの世界を存分に楽しめますよ?」

「生身で大気圏突入なんてこともできるしな」

「結局、燃え尽きちゃうけど、結構面白かったよね」

「へ、へぇ、そうなんだ……っていうか、とんでもない遊び方してるわね……」

 

 3人の説明を聞いた詩乃は、GBOに対して興味が湧いてきた。アバター自身ではなく、ロボットに乗って戦うという点はピンとこないが、デュナメスだったら動かしてみたい気がする。木綿季たちと一緒に同じゲームで遊んでみたいという想いが、詩乃の心を揺り動かす。

 

「(他のゲームじゃ無理だしね……)」

 

 リアルマネートレーディングができるGGOは、15歳未満の購入・使用を禁止しているので、14歳の紺野姉妹はプレイできない。そして、銃火器が存在しないALOでは、詩乃の希望を満たせない。

 だが、機動兵器を操縦するGBOなら、ギリギリ条件を満たせる。

 

「(GBOにも銃があるんだから、やる意味はあるわ……)」

 

 多少強引な言い訳で、微妙な判断を正当化しようとする。今回のことがきっかけになって、仲間が欲しいという本音を自覚してしまった詩乃は、木綿季たちと遊びたいという衝動にかられてしまう。今日初めて会った人たちだけど、仲良くなりたいという気持ちで一杯になってしまう。

 そんな感情に突き動かされた詩乃は、控えめな言葉で歩み寄る。

 

「……ちょっとだけ、やってみたくなったかな」

「ふふ~ん。どうやら、ボクの巧みな話術に魅了されたようだね」

「ふふっ、まぁね……。とりあえず、どんなゲームか確かめてみたいとは思ったかな」

「だったら今度、ボクの家で遊ばない?」

「えっ、ユウキの家で?」

「うん。ボクか姉ちゃんのヤツで、お試しプレイさせてあげるよ」

 

 木綿季は、照れた様子で話に乗ってきた詩乃に喜んで応える。

 この提案で例のイメージと違う状況になってしまうかもしれないけど、今は彼女と仲良くなりたいという感情に従う。そうやって友達になれば、いつかはALOでも一緒に遊べるようになると思うから。

 

「ボクはシノンと遊びたいんだけど……どうかな?」

「そうね……わたしも、ユウキと一緒に遊びたいわ」

「やった! シノンが仲間に加わったよ!」

 

 そこはかとなく某有名RPGを思い起こさせるセリフで詩乃の仲間入りを喜ぶ。

 何はともあれ、彼女たちの長い付き合いは、ここから始まることになる。

 

「それじゃあ、連絡取れるように電話番号とメアドを交換しようよ!」

「ええ、いいわよ」

 

 お互いの意思を確認しあった2人は、楽しそうにスマホのデータを交換する。もちろん、宗太郎と藍子も同じように交換しあって、いつでも会話ができるようになった。

 

「これで君と、愉快な眼鏡トークができるな」

「なんで眼鏡なのよ!?」

 

 眼鏡美少女とお近づきになれた宗太郎は、嬉しさのあまり、変な言葉を口走ってしまうのだった。




次回は、詩乃が紺野家にお泊りに行く話になると思います。
ただ、最近やる気が減衰しているので、完成は遅くなるかもしれません……。
のんのんびよりの2期を見たら、SSの続編を作りたくなりそうだしなぁ。


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第25話 シノン、行きまーす

今回は、詩乃と宗太郎が急接近(?)します。
ほんのりと怪しい内容になっていますが、鬱展開にはなりません。


 様々な要因が重なった結果、木綿季と詩乃は運命的な出会いを果たし、友人としての関係を歩み始めた。その手始めに電話番号とメアドを交換して、遊ぶ約束まで取り付ける。

 たった数時間でここまで進展したのは、別世界の因果が影響を及ぼした結果だ。無論、本来の歴史とは違う道筋であり、一連の流れを顧みれば、不自然であると言わざるを得ない。

 それでも、この出会いが、彼女たちにとって祝福すべきものであることは間違いなかった。

 

「ふふふ~、これでいつでもメールできるぞ」

「もう、無闇に出したら詩乃さんに迷惑でしょ?」

「そんなことは気にしなくていいわよ。でも、9時から12時くらいまではゲームをやってることが多いから、その間は返事できないわよ?」

「了解~」

 

 すっかり打ち解けた少女たちは、まるで親しい友人同士のように会話を楽しむ。その光景はとても自然で、宗太郎の気持ちを明るくさせる。これまでの成り行きに釈然としない違和感を覚えていたが、彼女たちが笑顔でいられるのならそれでいい。

 ここは素直に、新たな仲間との出会いを歓迎すればいいだろう。

 

「おお神よ、美少女眼鏡っ娘と巡り会えたことに感謝します!!」

「いきなり何言ってんの?」

 

 素直な気持ちをシャウトした宗太郎は、女性陣から白い目で見られてしまった。一応色々と気を使っているのに元の性格がアレなので、色々と台無しである。

 何はともあれ、当初の目的は無事に果たせた。その後はみんなリラックスして、大いに話を弾ませる。

 そして1時間後。夕飯時が近づいたので、お腹の空いた木綿季たちは、そろそろお暇することにした。

 

「ねぇユウキ。さっきの話だけど……」

「うん。無理に受けなくてもいいよ。その場合は、普通に遊べばいいんだからさ」

「……そうね。それじゃあ、金曜までに返事するわ」

「おっけー。24時間受け付けてるよ」

 

 玄関へ向かう間に、先ほど交わした約束を確認しておく。詩乃にGBOのお試しプレイをしてもらいたいと思った木綿季は、思い切って【お泊り会】を提案したのである。それを聞いた詩乃は、途惑いと同時に喜びを感じた。しかし、これまでずっと孤独だった彼女にはハードルが高すぎる提案だったので、一先ず返事を待ってもらうことにしたのだ。

 まぁ、嬉しいと思った時点で答えは決まっているようなものだったが。

 

「(こんなわたしが、お泊り会に誘われるなんてね……)」

 

 ほんの数時間前まで一人ぼっちだったのに、今は可愛い後輩たちの家に遊びに行く話をしている。そのギャップが可笑しくて、思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「ほう、良い表情をしている。思ったとおり、可憐な君には笑顔が似合う」

「っ!? 突然何言ってんのよ!?」

「ありのままの真実を述べたまでだよ、朝田詩乃」

「はぁ……あなたって変な人ね」

「ああ、よく言われる」

 

 悪びれもせずあっさり認める。

 

「変と恋は紙一重だからな。俺が変人に見えるのは、それだけ君の美しさに恋しているということなのだろう。まったく、罪作りなお嬢さんだ」

「ちょっ……そういうことを真顔で言わないでよ……」

「はぁ、また始まったよ。ソウ兄ちゃんの悪いクセが」

「気に入った人と出会えると、口説くように褒めるんだよね……男女構わず」

「男も口説くの!?」

 

 まことに厄介極まりないクセである。

 それでも詩乃は、言うほど嫌がっていない。彼に悪意が無いせいか。やたらと男前だからか。それとも、本当に心惹かれるものを感じているせいか。その真相は彼女本人にも分からないことだったが、この奇妙な少年に対して信頼感を抱きつつあることは確かである。

 だからこそ、聞いておきたいことがあった。

 そっと宗太郎に近寄った詩乃は、小さな声で語りかける。

 

「ねぇ、宗太郎」

「ん、なにかな?」

「あの……あなたに聞きたいことがあるんだけど……」

 

 そう言って、靴を履いている最中の紺野姉妹に意味ありげな視線を向ける。どうやら、彼女たちを同席させたくないらしい。

 

「分かった。君のために時間を作ろう」

 

 視線の意味に気づいた宗太郎は、彼女の希望を叶えてやることにした。

 

「2人とも。すまないけど、少しだけ外で待っててくれないか?」

「え……それはいいけど……」

「ソウ君はどうするの?」

「改めて詩乃の心理状態を見ておこうと思ったんだ。結構酷いパニック発作を起こしてたからな」

「ああ……」

 

 簡潔な説明を聞いて、素直に納得する。確かに、あの時の詩乃はとても危険な様子だった。つい先ほどまで普通に会話していたから気がつかなかったが、あんな状態になってしまうほど恐ろしい経験をしたのだから、心のケアは必要だろう。

 

「でもさぁ、ソウ兄ちゃんに任せて大丈夫なの?」

「ふっ、心配は無用だ。乙女座の俺なら安心して話せるから、『お風呂に入って最初に洗う場所』を告白できるくらい心を開いてくれるさ」

「って、心配な要素しかないじゃない!」

 

 シリアスな様子だった詩乃が、顔を赤くしてつっこむ。こんな時でも下ネタをぶちこめるとは、男らしすぎる野郎である。しかし、彼の気配り(?)によって、一応お膳立ては整った。

 話を聞き入れた木綿季たちは外に出て行き、玄関には詩乃と宗太郎だけが残る。

 

「では、君の話を聞かせてもらおうかな」

「うん……」

 

 宗太郎に促された詩乃は、少しの間だけ逡巡した後にゆっくりと話し出した。

 

「あなたは……あいつらが言っていたことを覚えてるよね?」

「ああ、正当防衛で強盗犯を撃ったという話のことか?」

「ええ。あの話は……全部本当よ。わたしは、銃を使って人を殺した……殺人者なのよ」

 

 そこまで言って顔を俯かせる。かつて、クラスメイトから向けられた嫌悪の視線が頭をよぎり、宗太郎の表情を見ることが出来ない。

 それでも、彼の真意を聞いておかなければならない。そう思った詩乃は、勇気を出して返答を待つ。

 

「そうか。俺の想像も及ばないほどの辛い過去があったんだな」

「……嘘じゃないと分かっても、態度は変わらないのね。なんであなたは、人殺しと普通に接することができるの? 私が……恐くないの?」

「ああ、ちっとも怖くないな。俺自身も、君と同じような存在だからな」

「? ……それはどういうこと?」

「実を言うと俺は、SAO生還者(サバイバー)でね。あそこで過ごした時間の中で、人を殺そうとしたことがあるんだ」

「……えっ?」

 

 詩乃は、思いもしなかった告白を聞いて唖然とする。なぜそんなことを言い出したかというと、彼女の過去を知って、SAOの経験が役に立つのではと思ったからだ。

 デスゲームによって刻まれたおぞましい記憶。その中から宗太郎が選んだものは、ラフコフ討伐戦の話だった。プレイヤー同士の殺し合いになってしまった、あの凄惨な事件は、宗太郎にとってもトラウマになっていた。だからこそ、詩乃の助けになるはずだと思った。

 

「幸い俺は参加を免れて1人も殺さずに済んだけど、その代わりを俺の仲間がやってくれた。だから俺も同罪なんだ。自分たちが生き残るために、人殺しを受け入れたんだよ」

「……」

 

 あの事件が終わった後、キリトの雰囲気が少しだけ変わったことを今でも覚えている。その原因がなんであるかを察したグラハムは、彼の心をケアしようと陰ながら尽力した。

 

「もちろんあれは正当防衛で、自分たちの命を守るためには仕方なかったんだが、実際に手を下してしまったあいつは、今でも苦しんでいる。そんなあいつと君が重なって見えるから、力になってあげたいと思ったんだ」

「ああ……そういうことだったのね……」

 

 ここまで話を聞いて、ようやく理解できた。荒事に慣れていたことも、人殺しと聞いて動揺しなかったことも、SAO生還者(サバイバー)というのなら十分納得できる。当事者しか知らないような情報が、その事実を裏付けている。

 

「(彼も酷い目にあって、苦しんでいるんだ……)」

 

 真剣な表情で辛い過去を語ってくれた宗太郎を見て、すべてが真実なのだと確信した。それと同時に、奇妙な仲間意識が芽生え始める。

 親しい者には語るべきではないと封印していた記憶だが、ここでそれを打ち明けたのは、結果的に正しい判断だった。その忌むべき経験が、詩乃の心に近寄るための道筋となったのだ。

 

「生身の身体で死線を超えた君にとっては、俺の言葉など戯れに聞こえるだろうが……これだけは言わせてもらおう。君の勇気ある行動が、その場にいた人たちの命を救った。その事実は誇りに思って欲しい」

「っ!?」

「俺は、多くの仲間を救ってくれたあいつのことを誇りに思っている。だから、君のおかげで救われた人たちも、君に感謝しているはずだ。この俺と同じようにな」

「……私に感謝?」

「そうだ。君は、誰に恥じることも無い正しい事をしたんだ。少なくとも、俺はそう思う」

「っ……」

 

 ずっと苦しみ続けてきたあの日の行動を肯定してもらえた瞬間、詩乃の目から涙がこぼれた。

 同じような言葉は、事件のあった直後にも言ってもらえたが、それは単なる慰めに過ぎなかった。幼い少女の心をケアするために用意された、適切なセリフでしかなかった。

 しかし、命がけの戦いを経験している宗太郎は違う。真実が込められている彼の言葉には力があった。1人で苦しみ続けていた詩乃を勇気づける力が。

 

「まぁ、なんだ。とにかく俺は君の味方だから、大いに頼ってくれたまえ。話したいことがあったら、何でも聞いてやるから」

「……うん…………ありがとう」

 

 指で涙を拭う詩乃を見つめながら、小さく微笑む。SAOの経験が役に立ったのは皮肉なことだが、彼女の助けになったのならそれでいい。出会った時より穏やかになった雰囲気が、その気持ちを肯定してくれている。心の闇を少しだけ取り払うことが出来た彼女は、女性としての魅力を増したように思えた。

 

「やはり君は、素晴らしい物を持っているな。見惚れてしまうほどに美しいよ」

「…………えっ!? 美しい!?」

「うむ。可憐な君にピッタリの、洗練されたデザインだ」

「か、可憐だなんて、こんな時に言われても……って、洗練されたデザイン?」

「ああそうだ。君の眼鏡は、見れば見るほど素晴らしい。もしかして、オーダーメイドの特注品かな?」

「はぁ……眼鏡のことだったの……」

 

 場の空気に流されて、柄にも無く舞い上がっていたら、まったくの勘違いだった。宗太郎が美しいと思ったものは彼女の容姿だけではなかったのである。勝手に間違えたのは詩乃の方だが、紛らわしい彼の言動もどうかと思う。

 

「やっぱりあなた、変な人ね」

「ああ、よく言われる」

 

 頼りになるお兄ちゃんなのか、空気の読めないバカ野郎なのか。何とも掴みどころの無い宗太郎に翻弄される詩乃であった。

 

 

 木綿季たちを見送った後、一息ついた詩乃は、普段通りの生活に戻った。簡単に食事を済ませてから洗濯をおこない、最後の締めにシャワーを浴びる。

 生まれたままの姿となった詩乃は、その身を清めながら今日の出来事を振り返る。

 

「面白い子たちだったな……」

 

 無邪気で良い子な木綿季たちのことを思うと、心が温かくなる。出会い方は最悪だったけど、今はただ、友達になれたことが嬉しい。色々とやらかしてくれた宗太郎も、一応感謝してるし……。

 何はともあれ、あの3人と知り合えて本当に良かったと思う。

 

「でも、いきなり泊まりがけってのは、難しいな……」

 

 何しろ初めての経験なので、どうしても気後れしてしまう。行きたいと思っていても、心のどこかでブレーキをかけてしまう。長年続いた孤独は、未だに彼女を捕らえていた。

 

「……金曜までゆっくり考えよう」

 

 気持ちの整理がつかずに、後ろ向きな選択をしてしまう。

 そうだ、いきなり泊まらなくても、普通に遊べばいいじゃないか。そうやって徐々に慣れていく方が、自分に合っている。そう思った詩乃は、答えを先送りにして本心を誤魔化した。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 木綿季たちと出会ってから3日後。詩乃の日常に小さな変化が起きていた。あの日以来、不良少女たちが接触してこなくなったのだ。視線が合っても睨んでくるだけで、仕返しをしてくるような気配は見られない。あいつらのことだから、このまま大人しくなるとは言い切れないものの、とりあえずは安堵すべき状況だろう。

 とはいえ、新たに出来た問題が彼女を大いに悩ませていた。お泊り会の話を受けるべきか否かを、未だに悩んでいたのである。

 何度かメールを交わす内に、受けたい気持ちが膨れ上がってきたけど、なかなか踏ん切りがつかない。だから今日も、GGOをプレイしながら考え込む。

 

「どうしようかな……」

 

 ソロでモンスター狩りをしてきた帰り道に、ぼそりとつぶやく。手に入れたばかりのヘカートⅡに慣れるため、まずは1人で練習しているのだが、いまいち気が乗らない。

 次のバレット・オブ・バレッツで優勝するには、もっと強くならなければならないのに。

 

「ヘカートⅡのおかげで、かなり戦力が上がったけどね」

 

 シノンは、装備している頼もしい相棒に視線を向ける。この銃のおかげで、攻撃力が飛躍的に増大した。これほど強力なら、戦い方次第で、ある程度のレベル差もくつがえすことができる。

 

「これなら、少しは余裕が出来るか……」

 

 ヘカートⅡの性能を考慮すれば、他のゲームに時間を割くことも出来ると思う。もちろん、来月初旬におこなわれるバレット・オブ・バレッツを優先することになるが、木綿季の家でお試しプレイをさせてもらうぐらいなら問題ないはずだ。

 

「やっぱり、泊まらせてもらおうかな……!?」

 

 お泊り会に行く方へ心が傾き始めたその時、シノンの後方から弾道予測線(バレット・ライン)が伸びてきた。そしてまもなく、複数の銃撃音が鳴り響く。

 バンッ!! バンッ!!

 

「甘いっ!」

 

 考え事をしながらも警戒を怠っていなかったシノンは、華麗に避けてみせる。そして、そのまま身近にある建物の中へ飛び込む。現在のフィールドは廃墟街なので、隠れる場所には事欠かない。

 

「どうやら相手もソロみたいね」

 

 何度か移動と撃ち合いを繰り返して状況を把握する。まだヘカートⅡを所持していることは知られていないはずだから、偶然起きた遭遇戦だろう。

 しかし、目を付けられるようになるのも時間の問題だ。積極的にレアアイテムを狙ってくる奴は大勢いるので、これからは気を抜けない状況が増えると思われる。

 ただ、そうなったとしても、シノンのやることは変わらない。

 

「どんな相手だろうと、この銃で返り討ちにしてやる」

 

 求める強さを手に入れるためには、勝利し続けるしかない。このヘカートⅡで、すべての敵を撃ち抜くしかない。そして、いつかは最強になってみせる。それがシノンの成すべきことだった。

 そのための糧として、今目の前にいる獲物を狩る。

 

「もらったわ!」

 

 崩壊した建物の隙間を掻い潜って相手の後ろを取ったシノンは、その頭部に狙いを定めて引き金を引いた。

 

 

 十数分後。戦闘に勝利したシノンは、本拠地にしている街に帰って来た。これでようやく、ヘカートⅡを奪われるかもしれないという不安感から開放される。

 

「この重圧に慣れるのは大変そうね……」

 

 高額の現金を稼げるGGOは、本気で人を殺しかねないほど真剣にプレイしている連中が多いため、標的になりやすいレアアイテム所有者は、常に大きな精神負荷を受けることになる。リアルな環境を求めているシノンにとっては好都合であるとも言えたが、悪意を感じ続ければ当然疲労してしまう。木綿季たちと出会ったシノンは、そんな殺伐としたプレイスタイルに対して、無意識の内に不快感を覚え始めていた。

 

「弾を補充したら終わりにしよう」

 

 いつもより疲れを感じたシノンは、ヘカートⅡの弾丸を買った後にログアウトすることにした。

 すると、立ち寄ったショップ内で、親しい友人と遭遇した。

 

「やぁ、シノン」

「あれ? シュピーゲルも来てたんだ」

 

 シノンは、話しかけてきた銀髪の少年に、気軽な態度で接する。現実の彼は新川恭二という名で、シノンとは元クラスメイトという間柄である。GGOを勧めてくれた人物であり、強盗事件の話を知っても普通に接してくれる彼は、心を許せる貴重な友人だった。

 そのため、シュピーゲルだけにはヘカートⅡのことを教えており、この場でもその話題になる。

 

「今日も練習してきたの?」

「うん。まだ気になる点があるから」

「それでも、十分に強力なんでしょ?」

「まぁね。大抵の敵は一撃で仕留められるわ」

「へぇ~、流石はレア物ってところだね。ほんとシノンが羨ましいよ」

「うん……」

 

 妙に饒舌なシュピーゲルに対して、悩み事のあるシノンは歯切れの悪い返答をする。それに気づいたシュピーゲルは怪訝に思い、ストレートに聞いてきた。

 

「ねぇ、シノン。なんか様子が変だけど、どうかしたの?」

「あ、ごめん……ちょっと、迷ってることがあって……」

「なるほどね。僕で良かったら相談に乗るけど?」

 

 シュピーゲルは、いつものように気さくな様子で協力を申し出てきた。その態度はとても真摯で、素直に相談してみようかと思ってしまう。しかし、『友達の家に泊まりに行くことを迷っている』なんて気恥ずかしいことは言えなかったので、適当に誤魔化すことにした。

 

「実は、ガンダムビルドファイターズ・オンラインっていうゲームをやってみようかなって思ってるんだけど……」

「えっ?」

 

 その話は、シュピーゲルにとって寝耳に水であった。シノンが他のゲームに興味を示すなんて、彼にとっては受け入れ難い事実だった。

 

「……なんでそんなことするんだよ?」

「えっ?」

「シノンは、GGOを捨てる気なのかい?」

「はぁ? そんなこと、するわけないじゃない」

「それじゃあ、なんで、あんなクソゲーをやろうとするんだよ!?」

 

 感情が高ぶったシュピーゲルは、少しだけ裏の顔を出してしまう。

 実を言うと、彼には二面性があった。家庭や学業で多くの問題を抱えているシュピーゲルは、この時既に心を病んでいた。表面上は人畜無害を装っているが、心の奥では他者に対する悪意に満ちていたのである。それが、一時の怒りで表面化してしまった。

 期せずして、彼の歪みを垣間見てしまったシノンは、少しだけ驚いた。しかし、この時は、疑問よりも怒りの方が勝った。木綿季たちのことをバカにされたように感じたからだ。

 

「GBOがクソゲーですって?」

「ああそうさ。GBOなんて、バカなアニメオタクがキモいごっこ遊びをしてるだけのクソゲーじゃないか。そんなものに貴重な時間をかけるなんて――」

「それ以上は言わないでっ!」

「……え」

「あなたがどう思おうと勝手だけど、独りよがりな価値観を他人に押し付けるのはいけないわ。わたしたちだって、GGOのことをバカにされたら嫌でしょ?」

「っ……」

 

 予想外の反撃を受けたシュピーゲルは言葉に詰る。他人に見下されて怒りに燃えていた自分が、同じことをやっていたのだと指摘されたら、急に言葉が出なくなった。

 同時に、シノンから嫌われてしまうことを恐れた。憧れている彼女に嫌われたらと思うと、強い恐怖で心が竦む。

 しかし、それは考えすぎだった。このぐらいのことで、シノンが【友人】を嫌うわけが無かった。

 

「どんなゲームだって、大切に思っている人がいるんだから、悪く言ってはダメよ」

「…………………………ああ、そうだね」

 

 シノンに優しく窘められたシュピーゲルは、彼女から怒りが消えたことに安堵する。

 

「(良かった……シノンは僕を嫌っていない)」

 

 心を落ち着けることができたシュピーゲルは、先ほどの暴走を反省する。GGO以外のゲームをやりたいと言い出したことでシノンに裏切られた気がしたが、よくよく考えれば自分の勇み足だったと分かる。

 

「(たまには、他のゲームで息抜きしたくなることもあるよね……)」

 

 寛容な態度を示すことで、過ちを犯してしまった気まずさを誤魔化そうとする。

 いきなりのことで焦ってしまったけど、心配する必要なんてなにも無かったんだ。そもそも、シノンがGGOを捨てるなんて絶対に有り得ない。銃に魅入られた彼女の居場所は、ここだけなんだから。

 

「(大丈夫。シノンが僕の傍から離れていくことはない。シノンを助けられるのは僕だけなんだから……)」

 

 もはやストーカーに近い状態となりつつあるシュピーゲルは、恐ろしい妄想を抱く。本当の彼は、シノンの【友人】などではなかったのである。しかし、シュピーゲルの毒牙に狙われているシノンは、その事実に気づくことなく謝罪を受け入れる。

 

「嫌な思いをさせちゃってごめんね」

「ううん。お互い感情的になっちゃったけど、このぐらいで仲直りしましょう?」

「うん。ありがとう、シノン」

 

 こうして、複雑な背景を要因にして起こった諍いは、真相が分からないまま終息した。

 シノンにとっては災難以外の何者でもないが、皮肉なことに悪いことばかりでもなかった。シュピーゲルに怒ったことで木綿季たちに対する想いを再確認することになり、お泊り会を受ける決心がついたのである。

 

「(よし。明日、ユウキにメールしよう)」

 

 悩みが解決して晴れやかな気分になったシノンは、小さく微笑んだ。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 それから2日経った土曜日。学校からアパートに帰って来た詩乃は、事前に用意していた荷物を持って紺野家に向かった。

 電車を乗り継いで西方に進み、指示された駅で降りる。

 

「ここがユウキたちの住んでる街か……」

 

 都心部から離れているため、詩乃の住んでいる文京区より落ち着いた印象である。

 紺野家は、ここから5キロほど離れた場所にあり、木綿季が案内する予定になっている。

 

「おーい、シノーン!」

「あっ、ユウキ」

 

 改札口を出るとすぐに木綿季が待っていてくれた。自分に向けて元気に手を振る姿がとても可愛らしくて、つい微笑んでしまう。詩乃もまた、明日奈と同じような心境になりつつあった。

 それはつまり、因果の影響が強まった結果であり、そんな木綿季を見ている内に、なぜか不安を覚えてしまう。彼女がいるこの光景は、儚い夢のような感じがしたのだ。

 

「(……!?)」

 

 奇妙な違和感を感じた瞬間、不思議なイメージが脳裏に浮かんだ。

 詩乃のイメージした木綿季は、ここではない別の場所で懸命に病魔と戦っている……。

 

「(って、わたしはなにを考えてるのよ……)」

 

 ふと我に返った詩乃は、おかしな妄想を抱いてしまった自分を恥じる。いきなりあんな妄想が頭に浮かんでしまうなんて、一体どうしたというのだろう。木綿季はこんなに元気なのに。

 

「……」

「んにゃ? もしかして、トイレ我慢してるの?」

「違うわよ!」

 

 木綿季の健康を考えてシリアスになっていたら、逆に心配されてしまった。

 やはり、さっきのアレは、単なる妄想だったのだろう。そう思った途端、さきほどまで気になっていた違和感が急速に消えていった。




次回は、ようやくGBOをやることになります。
まずは、練習からということで、GBOのシステムをさらっと説明します。


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第26話 ニュータイプ

今回は、模擬戦をしながらGBOの説明をします。
それとなくSAOの要素を絡ませていますが、やってることはガンプラバトルなのさ!


 木綿季と合流した詩乃は、若干緊張しつつ紺野家へやって来た。

 友人の家に上がるのはとても久しぶりで、気後れしながら居間に入る。すると、そんな心配は無用とばかりに、素敵な笑顔を浮かべた遥ママが出迎えてくれた。

 

「あの……こんにちは」

「はい、いらっしゃい。暑い中、良く来てくれたわね」

 

 遥ママは、たどたどしく挨拶する詩乃に向かって穏やかに微笑む。その優しい雰囲気はとても心地よくて、実家にいる母親を思い出した詩乃は、つい感傷的になってしまう。

 精神を病んでしまう前の母さんもこんな感じだったかな……。

 

「っ……初めまして。朝田詩乃と申します。今日はお世話になります」

「ええ。こちらこそよろしくね。今日の夕食は張り切って作っちゃうから、楽しみにしててね」

「はい。ありがとうございます」

 

 思わず涙ぐみそうになった詩乃は、何とかそれを誤魔化した。せっかく招いてくれたのに、変な気を使わせるわけにはいかない。そんなことを考えながら遥ママとの会話を進め、飲み物とオヤツを用意している木綿季を待つ。

 そして数十秒後。程なくして戻ってきた木綿季は、自室に行くことを遥ママに告げる。

 

「それじゃあ、上に行ってるね」

「夕食の時間になったらすぐ来るのよ?」

「はーい」

 

 2人は、普段どおりに仲の良いやり取りをする。それは何気ない親子の会話だったが、様々な事情を抱えている詩乃にとっては、とてもかけがえの無い物に思えた。

 

 

 居間を出た木綿季と詩乃は、2階にある木綿季の部屋に入ろうとした。中では藍子と宗太郎が待っているはずである。

 

『あん、もう! そんなにわたしを突かないでぇ!』

『うはははは! いいではないか、いいではないか!』

『ダメ~! そんなことしたら死んじゃうよ~!』

『へっ、恐いのは、最初だけだからさ!』

「……2人は何をやってるの?」

「さぁ、ナニやってんのかなー?」

 

 唐突に聞こえてきたいかがわしい会話に引きながら中に入る。するとそこには……松永家秘蔵のファミコンでマリオブラザーズをプレイしている2人の姿があった。テレビ画面を見ると、下からマリオに突かれて動きを止められたルイージが、タイミング良くやって来た亀にやられていた。

 

「ゲームをやってたんだ……。っていうか、もっと普通にやりなさいよ」

「あっ。詩乃さん、こんにちは」

 

 詩乃に気づいた藍子が淑やかに挨拶してきた。その雰囲気は可憐な容姿に合っていたが、少し前に聞いてしまったえっちぃセリフを思い出すと変な気持ちになってしまう。こんな状況になった元凶は、恐らくこの男だと思われるが……。

 

「よく来たな、朝田詩乃。この私、グラハム・エーカーが、君の到着を歓迎しよう」

「う、うん……ありがとう」

 

 相変わらず濃いキャラをしている宗太郎に苦笑する。その姿はあまりに自然で、女の子の部屋にいるということをまったく意識していないようだ。ほぼ毎週泊まりに来ていると聞いたが、それだけ紺野姉妹と仲がいいということか。

 その証拠とでも言うように、木綿季の部屋には宗太郎の影響を受けたと思われる物が飾ってある。大きなテレビ台の上に何個か置かれているロボットのオモチャ。あれが以前言っていたガンプラだろう。

 銃を持っているため、少しだけトラウマを刺激されたが、スケールが小さい分、不快感も軽減されているようだ。

 

「……」

「詩乃さん、荷物を置いて楽にしてください」

「あっ、うん」

「ほら、ここに座って」

 

 持っていた荷物を部屋の端に置いた詩乃は、木綿季の用意した可愛らしい座布団に座る。

 

「さて。ようやく主役が来たことだし、そろそろ『ガンダム合宿』を始めるとしよう」

「うん、よろしく。っていうか、これって合宿だったの?」

「無論だ。何事も本気にならなければ上達せんよ。ゆえに君には、ガンダムの魅力を学んでもらい、好意を抱いてもらう」

「ようするに、『好きこそ物の上手なれ』ってことね」

 

 宗太郎の言いたいことは分かった。確かに、好意を抱ければ、よりゲームを楽しめるだろう。そしてそれは、自分の求める強さにも繋がっていると思う。銃に対するトラウマを克服するには、拒絶しているだけではダメなのだ。そんな状況を打破するヒントが、この機会に得られるかもしれない。

 何にしても、今は楽しく遊べばいい。そう思いながら、宗太郎のアクションを待つ。すると彼は、用意していたスケッチブックを取り出した。

 

「では、手始めに。ガンダム世界の基本的な説明から入ろう」

 

 そう言って開かれたページには、ファーストガンダムのオープニングシーンである『コロニー落とし』が描かれていた。そして、それを見せながら、あの有名なナレーションを語り始めた。

 

「宇宙世紀0079。地球に最も遠い宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んできた。この一ヶ月あまりの戦いでジオン公国と連邦軍は総人口の半分を死に至らしめた。人々は、みずからの行為に恐怖した――」

「「何で手作り!?」」

 

 しばらく聞いてから、ようやくつっこむ。宗太郎の想定外すぎる奇行に、紺野姉妹もビックリしてしまった。

 

「何か用意してると思ったら、これだったんだ……」

「っていうか、普通に映像を見てもらえばいいじゃん!」

「いいや、これでいいんだ。弁当やバレンタインチョコだって、手作りの方が愛を感じるだろ?」

「そりゃそうだけれども、何か間違ってるよね?」

 

 やたらとめんどくさい仕掛けを用意していた宗太郎に木綿季がつっこむ。

 しかし、この行動にはちゃんとした理由があった。詩乃から銃に対するトラウマについて詳細を聞いていた宗太郎は、人を撃つ描写のある映像作品を見せないほうがいいと判断していたのである。それでも、ゲームを始める前に教えておきたい情報があったので、へたくそな紙芝居をおこなうことにしたわけだ。

 しかし、おちゃめな彼がこのまま普通に終わらせるはずがない。

 宇宙世紀シリーズの説明を終えた後にガンダム00の話をしようと考えた宗太郎は、秋葉原で購入してきた【薄い本】を取り出した。その表紙には、半裸になった金髪の軍人が黒髪の少年を抱きしめている絵が描かれている。

 

「それでは次に、美しくも刹那的なガンダムマイスターの少年と、ガンダムに心奪われた乙女座の軍人が織り成す、甘く切ない愛の物語をお聞かせしよう!」

「って、そんな話じゃないでしょ!?」

「ねぇ藍子。ガンダム00って、BL作品なの?」

「いいえ、違います。あれは、ドラマCDだけの悪ふざけです……たぶん」

 

 思いっきり誤解を受けそうなことを言って詩乃を困惑させる宗太郎。彼は、好きな女子にちょっかいをかける悪ガキ体質な男であった。

 

 

 何はともあれ、素人の詩乃に最低限の基礎知識を教えることはできた。後はとにかく実践あるのみである。

 とりあえず、夕食までに基本動作を覚えてもらおうと予定を立てて、早速ログインすることにした。話し合いの結果、最初は木綿季のアバターを使って練習することになり、藍子の部屋からログインする宗太郎と藍子が、その補佐役として参加する。

 

「それじゃあ、がんばってね」

「うん。あなたとプレイする時に、援護できるくらいにはなっておくわ」

 

 木綿季の応援を受けた詩乃は笑顔で答える。夕食を食べた後に、木綿季と協力して実戦をやる予定になっているのだ。

 それまでに、デュナメスを使いこなせるようにならなければならない。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 GBOにログインした詩乃は、広々とした室内にやって来た。一見すると古びた作りの洋室で、SFの世界とは思えない光景である。

 ここは宗太郎たちが拠点にしている小振りな洋館で、運よく入手できたレアアイテム【マ・クベの壺】を売って購入したものだ。

 その部屋を見回している間に、ソウ・マツナガとランもログインしてくる。

 

「どうだシノン。我等が愛の巣は、お気に召してくれたかな?」

「ええ……愛の巣って言われるとアレだけど、素敵なところね」

 

 やって来て早々に問題発言をぶちかますソウ・マツナガに、呆れた様子で答えるシノン。そんな彼の顔を見て、あることに気づく。

 

「GBOのアバターって、結構アニメっぽいわね」

「原作がアニメだから、そちらに準じているんです」

「下手に実写化したら、赤い彗星もただの変態になってしまうからな」

 

 確かに、リアルな人間があの仮面を付けていたら、SMプレイをしている人のように見えなくもない。その点はメーカー側も熟知しており、ファンの期待に応える形でアニメ風のアバターになった。しかも、ガンダム作品に登場するキャラクターに似せて作られているので、そちらでも世界観を満喫できる仕様となっている。

 

「シノンさんが使っているユウキのアバターは、結構人気があるんですよ」

「ここまで似ているものを引き当てるのは非常に困難だからな。私たちは運が良い」

「へぇ、この小学生みたいなアバターがねぇ」

 

 シノンは、現実より小さくなった身体を不思議そうに眺めながら受け答える。

 現在彼女が使っているユウキのアバターは、ZZガンダムのエルピー・プルを12歳くらいに成長させた感じの【無邪気な妹系】で、幼い見た目のロリキャラとなっている。

 ランのアバターは、ガンダムXのティファ・アディールをアレンジした【不思議少女系】で、眠たげな眼差しが魅力的な美少女となっており、ソウ・マツナガのアバターは、彼の愛が通じたのか、ガンダム00のグラハム・エーカーをハイティーンにしたような【我慢弱い乙女座の男系】になっていた。

 ちなみに、VRゲームにおいて、現実とアバターの身体年齢が合っていなくても、大きな問題は出ない。そもそも、旧ALOで、須郷の部下がナメクジっぽいアバターを使っていたくらいなのだから、年齢差などどうということはないのである。

 

「なるほどね。他のVRMMOとだいぶ違うんだ……」

 

 説明を聞いたシノンは、改めて自分のアバターを確認してみた。リアル志向のGGOと違ってスッキリとした作りをしており、演算処理は軽くなっていそうだ。

 とはいえ、グラフィックの作りこみが甘いというわけではない。

 特に、ガンダム世界を忠実に再現したフィールドは一見の価値がある。現に、洋館の外に出たシノンは、目の前に広がる壮大な光景に心を奪われてしまう。

 

「すごい……これが、スペースコロニー……」

 

 その風景は、まさしく未来を再現していた。円筒形に作られた巨大建造物の内壁に人工の大地が広がり、そこに人々が生活している。真上を見上げたシノンは、雲の向こうに地面がある光景が不思議でならなかった。

 

「空に街がある……」

「そうだ。ここは、500万人ほどが住んでいる古い街、という設定のコロニーさ」

 

 目を丸くして空を見上げているシノンに、この場所について説明をする。

 ここは、サイド1に作られたロンデニオンという名の開放型コロニーである。ゲーム用に縮小・簡略化されているため完全再現ではないものの、その圧倒的な存在感は十分に伝わってくる。

 

「外から見ると、もっとすごいですよ」

「へぇ、早く見てみたいわね」

「ふっ、そう逸るな。コロニー見学をする前に、ガンダムとワルツを踊れるようになってもらわなければならんからな」

「分かってるわ。そのために来たんだから」

 

 当然ながら、シノンのやる気に申し分は無い。

 ならば、善は急げと行動を開始する。自由に使えるエレカを呼んでそれに乗り込み、数分間街中を走り抜けて、目的地であるシミュレーター・ルームに到着する。

 ここは初心者用の練習施設で、熟練者も新しい機体の調整などに活用している。現在は、あまり人がいないので、すぐに始めることが出来る。

 

「それでは、基本操作を学んでくるといい」

「うん、行って来る」

 

 ソウ・マツナガから一通りのレクチャーを受けた後に、いよいよシミュレーターに挑戦する。ウィンドウを操作して、一瞬でパイロットスーツに着替えると、コックピットを模した球形のシミュレーターに入っていく。

 ちなみに、操縦席の形状はすべて統一されているので、これさえ覚えてしまえばどの機体も操縦できる。

 

「へぇ、かなり本格的なんだ」

 

 まさにSF的なデザインのコックピット内を確認したシノンは、期待を膨らませながらリニアシートに座る。そして、プレイヤーデータを出力する【GPベース】という名のデバイスを正面にあるパネルの下部に設置する。

 

「さぁ、やるわよ……」

 

 気合を入れたシノンは、シミュレーターを起動させて必要な手続きを進めていく。

 まずは、【バイオコンピュータ】と呼称される【アシストAI】のマッチングから始める。これは、GBOの売りであるサイコトレースシステムを使用するために必要な手順で、初回のログイン時に必ずおこなわれるものだ。

 もし、そのデータが気に入らなかった場合は、ここで調整できるようになっており、複数保存することもできる。つまり今回は、シノン用のデータを一から制作することになるわけだ。

 

「これでよし……と」

 

 オペレーターの指示に従って各種動作に必要な思考パターンの記録をおこない、シノン専用のAIが出来上がる。そして、いよいよ、完成したAIを試す段階になった。

 試験用に用意されたガンダムを操縦するため、システムを起動させる。

 

「っ!? なにこれ!」

 

 AIとシンクロしたその瞬間、シノンはガンダムになった。

 このAIは、シノンの思考パターンを模したクローンのような存在で、それと同期することによって、足を使った移動や格闘などの機体動作を思考だけでおこなえるようになる。

 仕組みを説明すると、プレイヤーがAIとシンクロすることで、AIの身体となっているMSと半一体化したような状態になり、感覚的にマルチタスク操作をおこなうことができる、というものだ。

 同時に、この特性を活かして、ニュータイプやイノベイターなどの超能力まで再現している。

 例えば、AIが敵の位置を感知すると、同期していたプレイヤーにもそれが伝わり、あたかも自分の力で感知したような状態になる。

 さらに、ファンネルなどの遠隔誘導攻撃兵器を動かすことにも利用されており、劇中のような操作を擬似的に再現している。遠隔誘導攻撃兵器を展開している時に兵装の名前を呼ぶと入力状態になり、その間にある程度パターン化されている動きをイメージして、それが決まったら操縦桿にある対応ボタンを押す。この機能のおかげで、ファンネルを操作している雰囲気が味わえる。

 ただし、その間は思考による機体操作が不可能になってしまい、大きな隙を生むことにもなるが、そういった難しさが遠隔誘導攻撃兵器の特殊性を演出する効果にもなっている。

 何はともあれ、アシストAIとシンクロするということは、ニュータイプのような超能力者になれるということなのである。

 

「すごい……わたしの意識が広がっていく……」

 

 シノンは、AIとシンクロした感覚をそのように表現したが、それは適確な感じ方だった。このシステムは、『もう1人の自分』と一つになって能力を増強するようなものだからだ。

 

 

 実を言うと、この技術が生まれた経緯には、茅場晶彦が関わっている。彼の知識を受け継いだ神代凛子が、とある医師から依頼を受けて開発した医療用AIが元となっているのである。

 これは脳機能に障害がある患者でもVRマシンを使えるようにするために考案された技術で、その根幹には茅場晶彦が残していったMHCPが使われている。ソウル・トランスレーターの応用で健常な状態を再現したAIを作り、それとシンクロすることによって擬似的に障害を補うというものだ。ようするに、サチのようなコピーAIを発展させて実用化したというわけだ。

 これを更に発展させれば、脳の障害を簡易的に補助できる医療機器の開発が可能となるので、存在を知っている関係者たちから熱い視線を向けられている。

 その中にはVRゲームを扱う企業も含まれており、GBOを開発したメーカーが金に物を言わせて市販用にデチューンしたものを完成、実用化した。それがこのアシストAIとなって活用されているのだ。

 しかし、開発者である神代凛子は、自身の名前を公表することを良しとせず、関係者以外には彼女の存在を確認できないようになっている。

 

 

 そのように、裏方では複雑な因果が絡んでいたが……いずれにしても、安全性が立証されているシステムなので、必要以上に警戒することも無い。今はただ、思う存分ニュータイプ気分を味わえばいい。

 そんなわけで、マッチングを完了したシノンは、次のステップとしてソウ・マツナガとの模擬戦をやることになった。

 

「ではいくぞ。フラッグファイターの実力、しかとその眼に焼き付けてみせよう!」

「こっちは初めてなんだから、お手柔らかに頼むわよ?」

「ふっ、心配は無用だ。この私のテクニックにかかれば、初めてであっても気持ちよくプレイできるからなぁ」

「別の意味に聞こえるような言い方しないでくれる!?」

 

 始める前に軽いトークで盛り上がりつつ、シミュレーターに入っていく。

 今回の模擬戦は、シノン&ランVSソウ・マツナガでおこなうハンディキャップ・マッチである。フィールドは、切り立った岩山が点在するタクラマカン砂漠。隠れる場所が豊富にあるので、スナイパーであるシノンにとっては有利といえる。

 

「シノンさんはデュナメスを使うんですよね?」

「うん。他の機体はよく知らないからね」

「分かりました。それじゃあ、わたしが引きつけるので、後方から狙撃してみてください」

「了解。やってみるわ」

 

 ランと話して作戦を決めたシノンは、ノーマル状態のデュナメスを選択して出撃準備を整える。そんな彼女に続いて他の2人も準備を整え、いよいよお約束の出撃シーンが始まる。

 全天周囲モニターに多目的輸送艦・プトレマイオスの格納庫が映し出され、シノンの左右と足元にはデュナメスの主兵装であるGNスナイパーライフルと腕・脚の一部分が半透明で表示されている。

 この天使の名を冠する鋼鉄の巨人が、シノンの新しい相棒となるのである。

 

「よろしくね、デュナメス」

 

 シノンは、正面のパネルに表示されたダメージチェック用のCGモデルに言葉をかける。

 その直後に機体の射出が始まる。

 

「ガンダムキュリオス、ラン、介入行動に入ります!」

「えっ、えっと……ガンダムデュナメス、シノン、出撃する」

 

 お決まりのセリフを恥ずかしそうに言うと、シノンの機体がカタパルトから射出された。

 

「くぅっ!」

 

 デュナメスとシンクロしているため、高速移動にかかるGが直接的に感じられる。もちろん、身体に悪影響を与えることはないが、絶叫マシンに乗っているようなスリルと興奮を感じる。射出の勢いを失った彼女の機体が落下し始めたから尚更である。

 

「これって、空を飛んでるの!?」

「シノンさん、スラスターを操作してください。重力があるから、何もしないと落下しますよ?」

「う、うん……スティックとフットペダルで姿勢制御するのよね」

 

 シノンは、つい先ほど学んだことを思い出す。

 歩くなどの基本動作は思考だけでできるが、飛行などの特殊動作はコントローラーの入力でおこなわれる。右スティックを前後左右に傾けると、それに対応して前後左右に加速。左スティックは、同じ操作で上下左右の回転機動。フットペダルは、右が垂直上昇、左が垂直下降となっており、同時に踏むと、すべての慣性運動に対する減速をおこなう。

 ちなみに、サイコトレースシステムよりもコントローラー入力の方が優先されるため、イメージ通りに動かない場合もあるが、スラスターの推力やGなどに押されるような感覚になるので、それほど違和感はない。

 

「これは、結構難しいわね」

「大丈夫。最初は途惑うと思いますけど、慣れればどんな飛び方だってできるようになりますよ」

 

 そう言うとランは、飛行形態のキュリオスで曲芸飛行をやってみせた。それはとても鮮やかな手際で、シノンは思わず感心してしまう。

 

「へぇ、そんなこともできるんだ」

「えへへ~、フラッグファイターは伊達じゃありませんよ?」

『確かに君は、フラッグの女神に愛されている。今はガンダムに浮気をしているがね』

「! 宗太……じゃなくて、ソウ・マツナガ!」

 

 いきなり通信に割り込んできたKY野郎に驚く。彼の機体は見当たらないが、会話できるということは攻撃が届く距離にいるらしい。

 

『楽しいガールズトークの途中で申し訳ないが、そろそろ乙女座の私も混ぜてもらおう!』

「シノンさん、早くどこかに隠れてください!」

「分かったわ!」

 

 ランから指示を受けたシノンは、後方支援をおこなうため、適当な岩山に機体を隠す。

 さぁ、ここからが本番だ。

 シノンの迎撃準備が整うのを眼を閉じながら待っていたソウ・マツナガは、身を伏せていた渓谷から急上昇してきた。全身を黒く染めたその機体は、彼の愛機であるフラッグカスタムだ。

 飛行形態になったそれは、キュリオスの正面から挑んできた。

 

『変形機構を持つ者同士、ドッグファイトと洒落込もうかぁ!』

「望むところだよっ!」

 

 空中でエンゲージした2機は、飛行形態のままで激しい銃撃戦を繰り広げる。両機とも戦闘機のようなシルエットだが、その動きは現代兵器よりも立体的である。機体各部に設置されているスラスターが空戦機動をより複雑なものにしているのだ。

 その光景を岩陰から見ていたシノンは、GGOとの違いを感じて焦っていた。

 

「は、早い!? なんて機動力なの!?」

 

 あれを狙い撃つなんて、あまりにも難しすぎる。

 GBOには着弾予測円(バレット・サークル)弾道予測線(バレット・ライン)が無く、ほぼ現実と同じような感覚で当てなければならないのだから、シノンが驚くのも無理はない。

 もちろん、そのままでは難易度が高すぎるので、GBOらしいシステムアシストが実装されているのだが、ユウキのアバターは接近戦仕様となっているため、射撃関係のスキルはほとんど習得していなかった。

 

「とにかく、やってみなきゃ始まらないわね」

 

 途惑っているばかりでは先に進まないと、狙撃準備をおこなう。

 GBOの射撃プロセスはいたってシンプルで、ガンレティクル(照準)を目標が来るだろう位置に合わせてトリガーを引くだけとなっている。スティックにあるトリガーを人差し指で押すと選択している武装が射撃体勢になり、ガンレティクルが視線と同期する。そして、目標に狙いを定めて、さらにトリガーを押し込むと射撃をおこなう。

 ちなみに、このゲームのロックオンは、選択した目標の位置・方向を示す機能しかなく、射撃に関するアシストは、スキルと機体特性に頼ることになる。

 たとえば、スナイパー機能を有しているデュナメスは、精密射撃モードを使えるため、他の機体より命中率を上げることができる。そのモードを使用すると、ロックオンしたターゲットが拡大表示され、それと同時にガンレティクルも大きくなって、射撃の自動補正範囲が広がり命中率がアップする。その間に攻撃された場合は、AIによる自動回避がおこなわれるが、対人戦ではあまり当てにならない。この辺りはGGOと同様で、最初の一撃が肝心というわけだ。

 

「ランの後ろを取った時を狙えば……」

 

 まだ感覚が掴めていないシノンは、とりあえず隙が生まれそうなタイミングで撃ってみることにした。

 

「……そこっ!」

 

 丁度シノンに横っ腹を見せるような形で直線飛行をしたので、そこを狙い撃つ。

 ズビューンッ!!

 両手で構えたGNスナイパーライフルからピンク色の粒子ビームが放たれる。そしてそれは、フラッグカスタムの黒い装甲に直撃する……ように見えたが、寸前で回避されてしまった。攻撃が来ることを見越していたかのようにプガチョフ・コブラによる急減速をおこない、機首を天に向けたフラッグカスタムはそのまま上昇していく。その直後に粒子ビームが飛来して、彼がいた場所を通り過ぎていった。

 

「うそっ!?」

『私の心を射抜くには、まだまだ愛が足りんようだなぁ!』

 

 当たると確信していた攻撃を避けられたシノンは驚愕する。

 確かに、GGOなら命中していたかもしれない見事な狙撃だったが、GBOにおいては通用しない。MSの機動力をもってすれば、近距離から撃たれたビームも回避可能なのだ。もちろん、それなりの技術を持ったプレイヤーでなければ出来ない芸当だが、相手のシノンが素人だったから比較的容易にできた。GGOに慣れている彼女が自分の進路上にビームを撃つことは読めていたので、射撃を確認できた時点でも回避は可能だった。

 ようするに、シノンの思考が単純すぎたのだ。このゲームで射撃を当てるには、【相手の未来位置を予測する】必要がある。人間よりも奇抜な動きが可能な分、想像を膨らませなければならないのである。

 

『その程度の腕前では、私を射止めることなどできんよ!』

「くっ!」

『だからこそ、君にはニュータイプを目指してもらう』

「ニュータイプ?」

『そう、ニュータイプだ。ちなみに、オッパイの種類という意味ではない』

「分かってるわよ!?」

 

 シノンは、ソウ・マツナガの下ネタにつっこみながら、彼の言葉を反芻する。

 ニュータイプとは、ガンダム世界における超能力のことであり、このゲームではエクストラ・スキルの一つとなっている。それを習得すれば射撃能力をアシストするスキルが使えるので、スナイパーであるシノンとの相性は抜群だ。

 しかし、今はまだその時ではない。まずは、目の前の敵を撃墜する方が先だ。

 ……いや、今はシノンの方が撃墜されそうだった。

 

「シノンさん! 早く移動してください! 狙われますよ!」

「う、うん!」

『フッ! せっかちな私が容易に逃がすと思うかな?』

 

 乙女座の男は、初心者相手でも容赦なかった。

 

「こっちだって、そう簡単にやらせないよ!」

 

 MS形態になったキュリオスは、上昇中で速度が落ちているフラッグカスタムを下方から狙い撃ちにする。しかし、ソウ・マツナガはその状況を逆手に取った。粒子ビームを巧みに回避しながら、太陽がランの視界の真正面に来るように移動したのである。

 その瞬間、眼を保護するためにモニターが暗くなり、それに眼が慣れる間の一瞬だけフラッグカスタムの動きが見えづらくなる。その隙を突いたソウ・マツナガは、ランの死角へ素早く移動し、急降下する。

 

『人呼んで、グラハム・フラッシュ!』

「っ!? いけない!!」

 

 目標を見失ってしまったランは、慌てて回避を始めたが、位置エネルギーも加えて急降下してきたフラッグカスタムからは逃げきれなかった。

 

『その翼、手折らせてもらう!』

「きゃあぁぁっ!」

 

 すばやくMS形態に変形してプラズマソードを装備すると、すれ違いざまにキュリオスの右腕を切り裂いていく。

 そしてそのまま地面すれすれまで下降し、次の目標へと接近する。

 

『抱きしめたいな! ガンダムゥ!』

「っ!?」

 

 有名なセリフを叫びながら猛進してくる黒い機体に、シノンは怯む。しかし、遮蔽物の無い砂漠を突き進んでくるターゲットを狙い撃つのは容易に思えた。

 

「これなら当たる!」

『フン、それはどうかな?』

 

 シノンが攻撃しようとした次の瞬間、フラッグカスタムが進路の先にある地面を銃撃した。その結果、派手に砂埃が舞い上がり、シノンの視界を遮ってしまう。

 

「なっ!?」

『これで見詰め合うことは出来なくなったが、すぐに行くから待っていたまえ』

「そんなもの、大人しく待つわけないでしょ!」

 

 ソウ・マツナガにやられっぱなしでムカッときたシノンは、回避運動をしつつも闇雲に連射してしまう。しかし、それさえも読んでいたソウ・マツナガは、左から大きく迂回して彼女に接近した。

 

『この間合い、君の吐息すら聞こえてきそうだ!』

「っ!? しまっ――」

 

 ドガーッ!!!

 突然視界に現れた黒い影に体当たりされ、ショックを受けたデュナメスが一時的に動きを止める。それをフラッグカスタムが抱き起こした姿は、愛しいお姫様を抱きしめているように見えた。

 

『この儚くも可憐な姿……まさに、眠り姫だ』

「……やっぱり、あなたって変な人ね」

 

 男はおろか、MSにまで愛を語るソウ・マツナガにちょっぴり呆れるシノンであったが、彼の操縦技術には脱帽するしかなかった。まさに、手も足も出ないほどの完敗である。

 しかし、何も得られなかったわけではない。シノンは、この模擬戦を経験して、更なる強さを手に入れるきっかけを掴み始めていた。




次回は、ユウキを連れて宇宙に繰り出すことになります。
そこで、あの有名な軍人と戦うことに……。
ちなみに、SAOメンバーから1人飛び入り参加する予定となっております。


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第27話 赤い妖星のシリカ

今回は、途中参加するシリカの話がメインとなっております。
SAOでグラハムと出会ったシリカに意外な展開が……。


 午後7時。何度か模擬戦をおこない練習を重ねた詩乃たちは、一旦ゲームを中断して夕食をいただくことにした。居間に行くと、休日出勤していた(あきら)パパが早めに帰宅していたので、いつもより賑やかな食卓になった。

 

「いやぁ、結城さんも可愛かったけど、朝田さんも美人だねぇ」

「は、はぁ……ありがとうございます」

 

 彰パパは、ビール片手に現役女子高生と会話できてご満悦である。

 

「なんか妙に浮かれてるよね、今日のパパ」

「確かに、明日奈さんが来たときより元気な気がする」

「そりゃ当然だ。恋人のいる女性に言い寄っても味気ないが、フリーな詩乃ならやりたい放題。おのずと態度も変わってくるさ」

「うわぁ。やっぱりパパも男なんだね……」

 

 やたらと嬉しそうに詩乃と話す彰パパを見て、子供たちが悪い噂を流す。すると、それを聞いていた遥ママの笑顔が凄みを増す。

 

「へぇ~。そういうことなの、パパ?」

「えぇっ!? いやいやいやいや、変な下心なんて微塵もないよ~?」

「心の底から神に誓える?」

「と、当然じゃないか、マイハニー!」

 

 何やら彰パパに思うところがあるらしい遥ママは、いつになく絡んでくる。実を言うと、仕事が忙しい彼に構ってもらえないので、ちょっぴり拗ねているのである。はっきり言ってただのお惚気だが、やたらと楽しそうに女子高生と会話している姿を見ている内に、オシオキをしたくなったわけだ。理不尽な八つ当たりを受けてしまっている彰パパには気の毒だが、ここは静かに見守ってあげることしか出来ない。

 

「はっはっは! せっかくの一家団欒が修羅場と化してしまったな!」

「あなたが煽ったせいでしょ!?」

 

 楽しい家族の会話(?)に詩乃も参加する。実に和やかな光景である。

 何はともあれ、久しぶりに大勢で食卓を囲むことができた詩乃は、暖かな気持ちで満たされた。

 

 

 そんなこんなで時間が経ち、順番で入浴を済ませた4人は、再び木綿季の部屋に集まった。基本操作を学んだ次は、宇宙に繰り出して対CPUの実戦をおこなうつもりだ。

 今度は藍子のアミュスフィアを詩乃が使い、藍子に代わって木綿季が参加する。そうなると、改めてAIのマッチングをしなければならないが、スキルタイプの違うアバターを試してもらいたいと思ったのだ。接近戦に特化している木綿季に対して、藍子の方は、バランスの良い万能タイプとなっているので、前回よりは扱いやすいはずだ。

 

「それじゃあ借りるね」

「はい、存分に楽しんで来てください」

 

 藍子は、自室から持ってきたアミュスフィアを手渡して微笑む。

 ちなみに詩乃と木綿季は、ログインするこの部屋でそのまま就寝することになっており、宗太郎は、藍子の部屋でお世話になる。1人お留守番の藍子は、彼の傍に居ながらまったりと過ごす予定だ。

 

「ふふっ……今夜はソウ君と2人きり……」

「むむっ。何やら不穏な気配を感じる!」

 

 妙に楽しそうな姉を警戒する木綿季だったが、今日は詩乃がいるから仕方ない。しかも彼女は、パジャマ姿を宗太郎に見せることが恥ずかしいようなので、早々に退出してもらう。

 

「ほらほら、早く出ていってよ」

「それじゃあ、向こうの世界で会おう」

「うん。また後でね」

 

 去り際に宗太郎から声をかけられた詩乃は、もじもじとしながら返事する。歳の近い男性にパジャマ姿を見せるのは初めてなので、どうしても初々しい態度になってしまう。

 とはいえ、詩乃が照れている理由は、それだけではないのだが。

 

「じー……」

「? どうしたの、ユウキ?」

「いやね。なんかシノンのほっぺたが赤くなってるよーな気がするんだけど……」

「っ!? そ、それは、お風呂に入ったばかりだからでしょ?」

「えー、そうかなー?」

「本人がそう言ってるんだからそうなのよ!」

「むにょっ!?」

 

 乙女の勘が働いた木綿季は詩乃の態度が気になったが、逆襲に転じた彼女の両手でほっぺたを挟まれてしまう。そうやってじゃれあっている間に時間が過ぎてしまい、結局そのままうやむやにされてしまうのだった。

 

 

 そんな感じで、恋の駆け引き(?)のようなものも起こったりしたが、とにもかくにもガンダム合宿の後半戦が始まる。アミュスフィアを身につけた3人は、それぞれの寝床に身体を横たえて、GBOの世界に飛び込んでいくのだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 再びログインした3人は、シミュレーター・ルームで用事を済ませた後に、コロニーの端に位置する宇宙港へやって来た。円筒形の中心軸にある宇宙港は、無重力地帯となっているため、体が浮いてしまう。初めて無重力を体験するシノンは、思うように動けない状態に戸惑ったが、要領が分かってくると次第に面白くなり、数分後には華麗に飛び回って見せた。ちなみに、靴底がマグネットになっているので、普通に歩くことも可能である。

 そんなこんなで世界観を楽しみながら移動した一行は、目的地に到着する。

 

「ここから艦に乗るの?」

「そーだよ。出撃許可を取ると、あそこのドックに艦が現れるんだ」

 

 そう言うとユウキは、眼前の窓から見える広い空間を指差す。

 ここにある受付で艦艇をレンタルするか、自分で所有している艦の出撃要請をおこなうと、港にCGモデルが現れて、実際に乗り込むことが出来る。そうすることで、長距離の遠征が可能となる。演算処理の都合上、艦内の行動範囲は限られているものの、そのディテールと存在感は一見の価値がある。

 

「ボクたちの艦はちょっと小さめなんだけど、すっごい高性能だから、自力で大気圏突入もできるんだ~」

「へぇ、早く乗ってみたいわね」

 

 ユウキは、つい最近手に入れたばかりの自家用宇宙戦艦を自慢する。通常は、特殊な条件を満たさないと入手できない代物なのだが、ソウ・マツナガが全国大会3位になった際の賞品としてゲットできた。

 そんな事情もあって、ユウキは早くシノンに見せたがっているのだが、その艦に乗り込む前にやることがあった。

 

「盛り上がっている所で水を差すようだが、少し待ってもらおうか」

「ん? どうしたの?」

「実は私の仲間から連絡をもらっていてね。もう1人参加する予定となっているのだよ」

「仲間って、誰か来るの?」

「その通りだが、心配無用だ。彼女は礼儀正しい少女だから、シノンともすぐに仲良くなれるはずさ」

 

 そう言って、爽やかにサムズアップするソウ・マツナガ。彼の態度は怪しいものだが、その仲間とやらには興味が湧く。それはユウキも同様で、あえて答えを聞かずに誰が来るのか想像してみる。

 そうしてしばらく待っていると、その待ち人が、文字通り飛んで来た。壁に設置してある移動用のグリップを握って、浮遊してきたのである。

 

「ソウさ~ん! お待たせしました~!」

「ああ。良く来てくれたな、シリカ」

 

 ソウ・マツナガは、親しげに近寄ってきた少女に話しかける。彼女は、SAOからの仲間であるシリカだった。

 そのアバターは、ガンダムSEED DESTINYのメイリン・ホークに似ており、ツインテールにまとめた赤い髪がチャームポイントとなっている。ちなみに、現実の自分より胸が大きいことで複雑な思いを抱いていたりするのだが、それは乙女の秘密である。

 

「なるほど、援軍はシリカだったのか~」

「うん、そうだよ~」

 

 納得したユウキは、シリカとハイタッチしながら微笑みあう。歳の近い2人は大の仲良しで、直葉と共に親友と呼べる間柄となっていた。もちろん、藍子とも同じように親交を深めているが、今日は別人がログインしているということを知っているので、失礼の無いように心がける。

 

「えっと、そちらの方が新しいお友達なんですよね」

「ああそうだ。見た目はランのアバターだが、中の人はメガネの似合う可憐な少女……。そう、彼女こそ、すこぶる貴重なメガネっ娘要員なのだよ!」

「変な紹介しないでくれる!?」

 

 確かに、メガネを強調されても困るだけである。

 しかし、シリカの方はソウ・マツナガの奇行に慣れているので、特に気にすることなく自己紹介を進める。

 

「初めましてシノンさん。わたしはシリカといいます」

「うん。これからヨロシクね、シリカ」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 お互いに名乗ってから和やかに握手をする。

 こうして、本来なら12月に知り合うことになる2人が、前倒しで友達になった。

 期せずして、奇妙な運命を演出することになったソウ・マツナガは、それに気づくことなく話を進める。

 

「いきなり気を使わせるようなことになって済まんな、シリカ」

「ううん、全然構わないですよ。わたしも新しい友達ができて嬉しいですから」

 

 ソウ・マツナガに謝られたシリカは、ニコリと微笑みながら答える。彼女としても、この出会いは歓迎すべきことだった。

 

「ところで、アスナとキリトはどうしたの?」

「今日は2人とも用事があるって言われたから、こっちに来たんだ~」

 

 ユウキに質問されたシリカは、ここに来た事情を説明する。普段の彼女は、小隊を組んでいるキリトやアスナと行動を共にすることが多いのだが、今日は彼らがいないため、宗太郎に連絡して一緒に遊ぶ約束を取り付けていたのである。

 

「しかし、土曜の夜に2人そろって用事とは。淫靡な情事の気配がするな」

「そ、そんなことはありませんよ! キリトさんはムッツリだから、ソッチの進展は遅いだろうって、リズさんも言ってましたし」

「確かに、良い読みをしている。あの少年は、私の誘いにも抗えるほどに身持ちが堅いからな。年増のアスナなどに身体を許すはずがない!」

「って、色々意味が変わってるんですけど!?」

「なんか、アスナとキリトって人が気の毒に思えてきたわ」

「うん、そうだね」

 

 シノンとユウキは、さりげなく酷いことを言われているキリトたちに同情した。

 しかし、これで面子は揃ったので、キリトたちの問題(?)は放っておいて、そろそろ出撃の手続きをおこなうことにする。

 隊長のソウ・マツナガが代表としてNPCに話しかけている間に、少女たちは親睦を深める。

 

「シリカはこのゲーム良くやるの?」

「そうですね……今はALOの方に力を入れてるから、週に1、2回くらいかな」

「ちなみに、ボクたちもそのくらいだよ」

「ふぅん。そんなにやってるわけじゃないんだ」

「GBOは時間をかけなくても強くなれますから、これでも十分に楽しめるんですよ」

 

 シリカは、シノンの質問に対して丁寧に答える。

 彼女の言う通り、GBOは、自作したガンプラの出来次第で大幅にパワーアップできるので、人によっては時間をかけずにトップクラスの戦いを楽しめる。使用する機体を和人や宗太郎に作ってもらっているシリカも、ユウキたちに引けを取らない強さを有しているため、少ない時間でも存分に遊べるのである。

 いずれにしても、シリカはシリカなりにガンダム世界を楽しんでいるのは確かだ。

 しかし、SAO開始当初はその存在すら知らなかった。そんな彼女がガンダムに興味を持った原因は、キリトとグラハムの繋がりにあった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 SAOが始まって数ヶ月が経った頃。正式にグラハムの仲間になったアルゴは、自分たちの計画に協力してくれそうな人材を探すことになり、ベータテストからの知り合いであるキリトに目をつけた。若干、中二病の気はあるものの、人格面や実力は十分信頼できるので、彼を誘うことにしたのである。

 まずはこちらの意図を伝えて、賛同してくれるかを確かめてみた。するとキリトは、グラハムたちの未来設計に好意を示してくれた。しかし、仲間に入る件は断られてしまう。日常的な安らぎ感を満たすことで悪意の蔓延を防ごうと考えている彼らのところに『ビーター』として嫌われている自分がいたら迷惑をかけるだけだと思ったからだ。

 

「せっかく誘ってくれたのに悪いな」

「いや、キー坊の判断は正しいヨ。確かに今は、距離を置いておいたほうがいいかもしれなイ」

 

 アルゴは、キリトの考えに同意する。実はグラハムも、最前線で見かけたキリトの力に着目していたが、彼に向けられる憎悪の念が思った以上に大きくて、接触することを躊躇していた。この時期のビーターには、それほどまでに悪意が集中していたのである。

 キリトのことをよく知っているアルゴは、多少のリスクを背負ってでも仲間に加えた方がいいと思ったのだが、その考えは甘すぎた。

 

「でも、いつかは合流できる時が来るだろうから、お前のことはグラハムに売り込んでおくゾ?」

「ああいいよ。俺もあいつには一目置いてるからな。繋がりが出来るのは大歓迎だ」

「その言葉を聞けばあいつも喜ぶヨ……キー坊は困ることになるだろうけド」

「えっ、なんでだよ?」

「それは、知り合ったときの楽しみにしておけヨ」

 

 なぜか不敵に笑うアルゴに悪寒を感じたキリトだが、とりあえず自分の判断を信じることにした。いつかはアルゴの誘いを受けられるようになれればいいなと思いながら、有益な情報を交換し合う程度の繋がりを維持する。ビーターとして孤独を強いられているキリトにとっては、それだけでも救いとなった。

 

「グラハム・エーカーか……。どう考えてもガンダム好きだよな。俺のことを少年とか呼んでるし」

 

 キリトは、アルゴが持ってきたメッセージを思い出して苦笑する。自分もガンダム好きなので、彼とは話が合いそうだ。そう思いながら、仲間になれる日を密かに期待する。

 しかし、その希望を実現するのに1年以上の時間がかかってしまった。人恋しい気持ちに負けて加入した月夜の黒猫団が、自分のついた嘘のせいで全滅してしまったため、ギルドへ参加することを恐れるようになったからだ。

 それ以来、自暴自棄になったキリトは、無茶な戦いを繰り返して精神を疲弊していった。その状態を危惧したアルゴは、すぐにギルドへ入るように説得したが、心を蝕むトラウマがそれを許してくれなかった。キリトが自分を許せるようになるには、まだ時間が必要だった。

 説得は失敗に終わり、成果無く本拠地に帰ったアルゴは、深刻そうな表情でグラハムに報告する。

 

「あいつ、かなりやばそうだったヨ。このまま放っておいたら死ぬかもしれなイ……」

「しかし、常に監視することも、無理やり拘束することもできん。今は、少年の可能性にかけるしかないな」

「まったく……お姉さんとしては情けない限りダ」

 

 トラウマに対して無力な2人は、陰ながら応援するしかなかった。

 しかし、幸運なことに、彼らの心配は杞憂に終わる。孤独な冒険を続けていたキリトは、偶然再会したアスナと親交を深め、心の傷を癒すことができたのである。そのおかげで、ようやく落ち着きを取り戻し始めたキリトは、徐々にトラウマを克服していくことになる。

 そうして余裕が出来た頃に、偶然シリカを助けることになったのだが、それが彼女とグラハムを繋げる原因になった。

 

 

 紆余曲折の末に入手した蘇生アイテムでピナを復活させた後、別れ際にシリカの今後が気になったキリトは、とある提案をしてみた。どう見てもシリカは小学生くらいなので、この先の安全を考えれば、低年齢プレイヤーを保護しているグラハムたちのところへ行った方がいいと思ったのだ。

 

「なぁ、シリカ。もし興味があったら、オーバーフラッグスってギルドに入ってみないか?」

「えっ。オーバーフラッグスって、あの変わったことばかりしてるギルドですか?」

「ああそうだ。面白いアイテムを販売したり、奇抜なイベントを開催したりして有名な、あのギルドだよ」

 

 キリトの話を聞いたシリカは目を丸くする。

 実を言うと、既にフィリアから勧誘を受けていたのだが、彼女はその話を断っていたのである。

 今より1ヶ月前、幼い少女が中層にいるという噂を聞きつけたフィリアがピナと一緒にいるシリカを発見し、ギルドで保護するために接触した。しかし、その時の彼女は【中層域のアイドル的存在】という状況に舞い上がっていたため、他の勧誘と同じように受け流してしまったのである。

 

『こう見えても結構鍛えてるし、ピナだっているから、ギルドに入らなくても大丈夫ですよ』

『キュウ~♪』

『はぁ……こりゃ参ったわね』

 

 万事がこの調子で、どう説得しても調子に乗っているシリカの気持ちを動かすことが出来ず、流石のフィリアも引き下がるしかなかった。強引にお持ち帰りできない以上、本人にその気が無ければどうすることもできないのだ。

 今思えば、それが運命の分岐点だった。

 子供っぽい意地を張ってフィリアの警告を無視した結果、大切な相棒であるピナを失い、自分自身も死にかけた。迷いの森でモンスターに襲われた時、キリトと偶然出会えなければ確実に死んでいたはずだ。若さゆえの過ちと言って片付けるには、あまりにも致命的な失敗である。

 そう考えると、キリトの提案を受け入れるべきなのだろう。

 

「(でも、あんなこと言っておいて、今更行けないよ~……)」

 

 これまでの幼稚な行動が恥ずかしくなって、ギルド行きを躊躇してしまう。

 その辺りの事情をキリトに説明すると、心配する必要は無いと返された。

 

「大丈夫。あそこのギルマスは良いヤツだから、シリカが嫌な思いをすることはないさ」

「そうなんですか?」

「ああ。俺も口添えしておくから、安心してくれ」

「は、はい……それじゃあ、お願いします」

 

 シリカは、キリトの言葉に対して小さくうなずく。大好きな人にここまで勧められたら、断る理由など無い。

 それに、もう一度フィリアに会って、あの時のことを謝りたい。

 

「わたし、オーバーフラッグスに入ります」

「そうか。そうしてくれると俺も安心できるよ」

 

 こうして、キリトの紹介でオーバーフラッグスに加入することになったシリカは、面白おかしいグラハムと衝撃的な出会いをすることになる。

 

 

 数日後、オーバーフラッグスの本拠地にやって来たシリカは、最前線から戻ってきたグラハムと対面した。

 

「よくぞ来た! この私、グラハム・エーカーが、君の着任を歓迎しよう」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 シリカは、キリトに負けないくらい美少年なグラハムを前にして、頬を上気させる。しつこく求婚されたせいで男性プレイヤーに恐怖心を持っている彼女だが、グラハムからは嫌な気配を感じない。キリトとは違うタイプなのに、同じような安堵感を得られるのである。

 それにははっきりとした理由があって、シリカを見たグラハムが、歳の近い紺野姉妹を連想して優しい気持ちになったからだ。その点は、幼いシリカに妹の姿を重ねていたキリトと似ていた。

 

「(良かった……キリトさんの言ってた通り、良い人みたい)」

 

 良好な第一印象を得られたシリカは、これからの生活が楽しいものになるだろうと心を躍らせる。

 しかし、この男は、シリカの思っているような優しいだけの美少年ではなかった。

 

「君にはトップアイドルになれる素質があるとみた。その類稀な才能を、私と共に開花させてみないか?」

「はい、分かりました! ……って、なんでアイドル!?」

 

 いきなり予想外な話を持ちかけられて、初ツッコミを決めてしまう。

 

「あ、あのっ、アイドルって何なんですか!?」

「ふっ、何を今更。君は、中層域のアイドル的存在なのだろう?」

「そ、それは勝手にそう思われてるだけで――」

「皆まで言うな! 先刻承知だ。そのように謙遜せずとも、君の魅力は伝わっているさ」

「いや、ですから――」

「私は承知していると言った!」

「あーん、わたしの話を聞いてくださいっ!?」

 

 我慢弱く、人の話を聞こうともしないグラハムに困り果てるシリカ。『本当にこの人を信用していいんですか、キリトさん』なんて問いかけを心の中でしてしまう。

 しかし、グラハムとて、何の考えも無しにKYを演じているわけではない。

 

「無論、君の意思は尊重するつもりだ。嫌だと言うのならば、無理強いはしない。だが、その答えを出すのは、私の説明を聞いてからにしてもらえないかな?」

「は、はぁ……」

 

 急にまともな様子に変わり、シリカは面を食らってしまう。しかし、ちゃんと説明してくれるというのなら望む所である。

 

「ずばり言おう。君にアイドルを勧めたのは、キリトを救うためなのだ」

「えっ、キリトさんを救うため?」

 

 予想もしていなかった展開に驚く。何でここでキリトの名が出るのだろうか。

 

「君も知っているかもしれないが、あの少年は、ビーターとして一般プレイヤーから疎まれている。よくよく考えればただの八つ当たりであり、少年自体に落ち度は無いのだが、人付き合いが下手糞な中二病であるがゆえに誤解されてしまっているのだ。ベータテスターとの確執など、黙っていればいずれ沈静化していく問題だったのに、それを自ら煽ってしまうとは、マゾ体質にもほどがある」

「あの、擁護してるようで貶してる気がするんですけど……」

「そんなことはどうでもいい! ここで一番重要なのは、いわれなき中傷によって、少年が苦しんでいるという事実のみ。だからこそ、嫁候補である君が、少年の苦しみを和らげてあげるべきなのだよ!」

「ああ、なるほど……って、よよよよ、嫁候補っ!?」

 

 キリトに淡い恋心を抱いているシリカは、嫁という単語に食いついてきた。確かに、そうなってもいいかなーと思うけど……。

 

「(って、そうじゃないでしょわたし!? 今はキリトさんの力になれるって話の方を気にしなきゃ!)」

 

 何とか甘い誘惑に打ち勝ったシリカは、話の続きを促す。

 

「グラハムさん。今の話でキリトさんを助けなきゃいけないことは分かりましたけど、それとアイドルがどう繋がるんですか?」

「うむ。その疑問の答えは『ガンダムSEED』というアニメ作品にある」

「……がんだむしーど?」

 

 これまた意味不明な単語が出てきて、シリカは首を傾げてしまう。

 無論グラハムもそのような反応が返ってくることを承知していたので、懇切丁寧に説明する。

 ガンダムSEEDに登場するラクス・クラインは、国民的歌姫として慰問活動を精力的におこない、政治に影響を与えるほどのカリスマを手に入れて、反逆者の濡れ衣を着せられた婚約者を救うことができた。

 

「それを、このSAOでもやってみせようというのだよ、シリカ」

「そ、それじゃあ、わたしがその、ラクスって人みたいになって、キリトさんを助けるんですか!?」

「そうだとも! 今日から君は【赤い妖星(ようせい)のシリカ】と名乗り、アイドルマイスターを目指すのだ!」

 

 やたらと気合の入ったグラハムは、どこかで聞いたような単語を言い出した。何となく、アイドルを育成することこそが本題のような感じになってきたが、キリトのためという言葉も嘘ではない。

 ギルドの看板娘となるシリカをメインに押し出して、商品の宣伝やイベントの演出を盛り上げ、他のギルドへの認知度と好感度を高める。それと同時に『とあるビーターに命がけで助けてもらった』というエピソードをさりげなく広めていく。それを足がかりにして徐々に好意的な噂を増やし、ビーターに向けられる悪意を和らげていこうという算段である。

 安全性を第一に考えた方法なので、急激な効果は期待できないだろうが、やってみる価値は十分にある。少なくともギルドの役には立つはずだから、回りまわってキリトの支援に繋がる。

 

「(アイドルかぁ……)」

 

 シリカは、近い未来を想像して緊張する。

 グラハムから、『アブナイ奴らに目を付けられる危険性がある』と言われて一瞬迷ったが、それでもやってみることにした。最前線で戦っているキリトたちほど危険じゃないんだから、こんなことくらいで怖がっていられない。

 

「(わたしだって、キリトさんたちの役に立てるようにがんばらなきゃ!)」

 

 健気なシリカは、大好きなお兄さんのために覚悟を決めた。

 

 

 それから数ヵ月後。精力的にアイドル活動を進めたシリカは、その可愛さでもって、あっという間に人気者となり、ついにはアスナに引けを取らない有名人となった。

 そんな彼女の努力が功を奏して、キリトに対する風当たりがほんのりと改善された。

 そもそも、ここまで来たらベータテスターのアドバンテージなどほとんど無いので、未だに酷い難癖をつけている者はそれほど多くない。そういった少数意見は、周囲の空気が変われば、自然と消えていく。その気配は、グラハムとシリカにも感じられた。

 

「これもすべて君のおかげだよ。見事なアイカツだ。赤い妖星のシリカ!」

「はい! ありがとうございます!」

 

 もはやアイドルとプロデューサーのような関係になっている2人は、自分たちが達成した成果を喜び合う。

 そのような状況になったところで、そろそろ頃合だと判断したキリトとグラハムは、共通の知り合いであるリズベットの店で偶然の出会いを装い、初めて言葉を交わすことになった。

 

「黒の剣士、キリト。私は、君という存在に心奪われた男だ!」

「この流れでなぜそうなるっ!?」

「ア、アンタたち、そんな趣味だったの!?」

「って、リズまで乗って来るんじゃねーよ!」

 

 とまぁ、今と変わらないやり取りをおこなって親睦を深めた後は、アスナと一緒にちょくちょく遊びに来るようになった。

 そうこうしている内に、そのアスナとつきあっていることが発覚して一騒動起こることになるだが、それでもキリトとイチャイチャして青春を謳歌する押しの強いシリカであった。

 

「ほぅ。巨乳美少女とつきあっておいて浮気とは、見た目に似合わずお盛んだなぁ、少年!」

「お前は本当に俺の味方なのか?」

 

 すかさず茶化してくるグラハムに、割と必死な形相でツッコミを入れるキリト。実際、この後、恐ろしい笑顔を浮かべたアスナから厳しく問い質されてピンチに陥ることになるのだが、本編とまったく関係ないので割愛させていただく。

 

 

 何はともあれ、そのような経緯でガンダムSEEDを知ったシリカは、キリトたちと共に参加した【ガンダム愛好者の集い】で興味を深めることになる。その結果、ちょっぴり腐女子属性を身につけてしまったのはアレだが、ガンダム仲間が増えたことは喜ばしいことであった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 こうして、ガンダムに興味を持ったシリカは、キリトたちと一緒にGBOを始め、現在に至っている。SAOクリアと同時にアイドルを卒業した彼女は、恋する14歳の少女として今を楽しんでいた。

 

「あっ、ソウさんが戻ってきました」

「待たせたな」

 

 みんなで話しているうちに、手続きを終えたソウ・マツナガが帰ってくる。すると、空のドックに彼の所有する宇宙戦艦が出現する。その艦は、ガンダム00に登場する私設武装組織ソレスタル・ビーイングの母艦、プトレマイオス2の同型艦だった。

 それを初めて見たシノンは、興味深そうに眺めながらソウ・マツナガに話しかける。

 

「あれがあなたたちの宇宙船?」

「ああそうだ。私は彼女に敬愛の念をこめて【フラッグシップ】と名付けている」

「何と言うか、捻りが無いのが逆に新鮮な名前ね……」

 

 ちょっぴり残念なネーミングに苦笑しつつ、初めての宇宙に思いを馳せる。

 果たして、シノンの実戦デビューはどうなるだろうか。




次回は、宇宙でガンプラバトルします。
あの有名な(?)軍人が、シノンの前に立ちふさがります。


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第28話 ゲームの中の戦争

今回は、宇宙空間でフィールド戦闘をおこないます。
文章説明だけですが、オリジナル機体も出ます。

※体調を崩してしまいまして、完成が遅れてしまいました。
まだ復調していないので、次回も遅れるかもしれません。
作りかけている『のんのんびより』のSSもあるから、何とか回復しないと……。


 サイド1のロンデニオンから発進した<フラッグシップ>は、宇宙港を出てから180度転進してコロニーの外壁を通過する。その雄大な景観をシノンに見せてあげるためだ。

 

「どう? 外から見ると、もっとすごいでしょー?」

「うん……上手く言えないけど、圧倒されるわね……」

 

 艦の外に出てスペースコロニーの全景を見たシノンは、純粋に感動した。作り物の景色とはいえ、そこには確かに、人類が進むべき『未来の可能性』があった。

 

「コロニーの他にも、巨大な宇宙要塞とか月面都市なんてものもあるんだー」

「へぇ。これを見たら、そっちにも興味が湧くわね」

 

 シノンは、楽しそうにGBOの魅力をアピールしてくるユウキに笑顔で答える。可愛い妹分に勧められては、買ってみようかなという気になってしまう。小遣いの余裕はあまりないが、低年齢層の集客を狙っているGBOは接続料が低めなので、資金面は何とかなる。後は、シノンの決断次第である。

 とはいえ、お試し合宿はまだ終わっていないので、答えを出すのはもう少し先でもいいだろうと思いなおす。どんなに楽しくても、VRゲームをやっている本来の目的を優先しなければならない。

 でも、今だけは……普通に遊ぼうと思う。

 

「さて。コロニー見学はこのぐらいにして、そろそろパーティ会場に向かうとしよう。紳士淑女が、ダンスの相手を待ちかねているだろうからな」

「うん、いいよ~」

「ところで、今日はどこに行くんですか?」

「そうだな。ユウキたちの希望に応えて、【ソロモン宙域】へ行こうと思う」

 

 シリカから目的地を尋ねられたソウ・マツナガは、ガンダム世界における観光名所とでも言うべき有名な場所を告げる。

 ソロモン宙域とは、ジオン公国が建造した【宇宙要塞ソロモン】が置かれているエリアである。サイド1エリアと隣接しているので、移動時間はそれほどかからない。

 

「初デートの場としては申し分ないだろう?」

「まぁ、名所めぐりをしてくれるのは嬉しいけど、敵の要塞がそんな近くにあるの?」

「実際の設定ではかなりの距離があるのだが、このゲームではそうなっている。ようは、大人の事情というヤツさ」

 

 当然ながら、月軌道内の空間すべてを再現することはできないので、GBOのフィールドはゲーム的にアレンジされている。大きな拠点のあるエリアごとに区切って、広大な宇宙を現実的な広さで表現しているのだ。

 エリア間を移動するには艦が必要で、外縁部に到着すると隣のエリアに移ることができるといった仕組みになっている。

 その他の移動手段として、所属している陣営の各拠点に一瞬で移動できる【民間シャトル】もあるが、それを利用した場合はデメリットも起こる。自前の艦船を使用するには各拠点で契約金を払う必要があるため、遠出をする際は懐具合と相談する必要が出てくるのである。

 しかし、今回は目的地が近いので、その心配はいらない。

 

「でも、いきなり要塞に攻め込むのはハードル高すぎない?」

「無論、そのような火遊びはしないさ。今回我々が相手をするのは、フィールドモンスターみたいな奴らだ」

 

 今回ソウ・マツナガが狙っている獲物は、連邦エリアに入り込んでくる強行偵察部隊である。

 各エリア内で移動すると、哨戒・補給・偵察・防衛任務についている敵勢力と接触することがある。それらの敵が、RPGで言うところのフィールドモンスターというわけだ。

 実を言うと、これから向かう【ソロモン宙域エリア】は、最近おこなわれた【戦争イベント】で地球連邦軍が勝利したため、支配権が変わっていた。その影響で出現する敵も弱まっており、今回の合宿では都合のいい場所となっている。

 

「あそこならば、経験の無い初心な君でも、甘美な快感を得ることができるだろう!」

「いかがわしい言い方しないでくれる!?」

 

 ソウ・マツナガの下ネタに、すかさずシノンがつっこむが、初心者でも楽しめる場所であることは嘘じゃない。

 ちなみに、エリアの支配権を巡る戦争イベントは2パターンあり、GMが定期的に開催する【キャンペーン・ウォー】の他に、プレイヤーたちが作戦を立案する【フリーダム・ウォー】というものが存在する。

 それが認可されるには、作戦を立案した部隊(ギルド)が、条件を満たすだけの【資金と戦果】を用意する必要がある。エリア別に定められた軍資金の提供や、司令官(GM)を説き伏せるために必要なボス撃破の戦績といった条件を満たすと、エリア争奪戦を任意に発生させることができる。

 また、フリーダム・ウォーの参加者は、主催者であるプレイヤーが選べるため、仲間内で楽しむ場合に使用される。

 とはいえ、それは特殊なイベントの話であって、基本的なフィールド戦闘を楽しもうとしている今回は移動しながら敵を探すだけでいい。

 

「まず手始めに偵察部隊と戦うのね」

「うん、最初の相手としては妥当なとこかな。でも、時々強いネームドエネミーが出てくるから、油断は禁物だよ?」

 

 ユウキの言っているネームドエネミーとは、ガンダムシリーズに出演しているキャラクターが操縦している敵ユニットのことである。AIで再現されたキャラクターたちは、劇中同様の強さを有しており、返り討ちに遭うプレイヤーの方が多いほどの実力がある。特にマスターアジアの強さはデタラメで、『無理ゲーだろコレ』状態である。

 もちろん彼らはボス的存在なので、通常はクエストやイベントなどで遭遇することになるのだが、フィールドで出くわすパターンも存在する。雑魚敵を全滅させると、たまに増援として現れる場合があるのだ。それを倒すと、クエストクリア時と同じようにレアアイテムを得ることができる。

 無論、メタルキング並に出てくる確立は低いので、密かに期待することしかできないのだが、会えた場合は出来る限り倒したい相手である。

 

「その時はシノンにもがんばってもらうからね?」

「分かった、後方支援は任せてよ」

 

 やる気を高めた2人は、艦内に戻りながら拳をくっつけあうのだった。

 

 

 それから数分後。ソロモン宙域エリアに入った一行は、その中心に位置する宇宙要塞を視界に入れていた。

 

「あれがソロモン……」

 

 その光景をブリッジから見ていたシノンは、想像以上の大きさに息を呑む。

 それは金平糖のような形状の小惑星を要塞化したもので、見た目は巨大な岩石である。しかし、中身は人工的な軍事基地そのものだ。光が漏れている場所は、複数の宇宙戦艦を停泊できるスペースゲートとなっており、その周囲には、駐留しているNPC艦隊が見える。連邦の主力艦艇であるクラップ級とサラミス改級だ。素人目から見ても、この要塞が強固な防衛能力を有していると理解できる。

 ちなみに、戦争イベント以外でエリア拠点を攻略することはできず、たとえ複数の小隊で協力しても、無限のように湧いてくるNPC部隊と強力なネームドエネミーに押しつぶされるだけである。

 何にせよ、簡単に攻略できないということは間違いない。

 

「こんな要塞をよく落とせたわね」

「まぁ、ボクたちは参加できなかったから自慢できないんだけどね。原作みたいにソーラ・システムを上手く使って主力部隊を一掃したらしいよ」

「ソーラ・システムってなに?」

「でっかい鏡で太陽光エネルギーを収束して広範囲を焼き尽くす大量破壊兵器だよ」

「大量破壊兵器って、そんなものまであるの!?」

「うん。クエスト開始前に参加プレイヤーからお金を集めると、それに見合った大量破壊兵器を一つだけ使えるんだ。結構高くて使い勝手も悪いからあんまり使われないんだけど、前回は贅沢したみたいだね」

 

 詳しい話を聞いたシノンは、GGOとの違いに驚いた。あっちの世界でもっとも破壊力のある兵器と言えば、ゾンビに有効なロケットランチャーぐらいなのだが、GBOで使用できる兵器の威力は桁違いである。アニメを基にした作品と言えど、戦争の理不尽さを体験できる作りになっているのだ。

 

「でも、わたしはそんなものに頼りたくないわ」

「ボクもそう思うよ。やっぱり、MS戦がメインなんだから、マップ兵器なんて邪道だよね」

「そうね。虫眼鏡みたいなもので焼かれるなんてゴメンだわ」

 

 シノンは、遠ざかるソロモンを見つめながらつぶやいた。彼女の求める勝利には、自身を納得させるだけの手ごたえを得られる【目標】が必要なのだ。忌むべき銃を使いこなし、乗り越えたと言い切れるだけの勲章は、自らの手で掴み取らなければ意味が無いのである。

 

 

 宇宙要塞ソロモンを通過した一行は、ジオン勢力寄りの暗礁宙域にやって来た。ここら辺は、ソロモンから流れてきた岩石や兵器の残骸が漂っているフィールドとなっており、スナイパーのシノンにとっては比較的プレイしやすい場所となっている。

 このあたりまで来ると敵との遭遇率も高くなり、早速<フラッグシップ>の光学センサーが敵影を捉えた。

 

敵艦隊発見(テキカンタイハッケン)! 敵艦隊発見(テキカンタイハッケン)!』

 

 <フラッグシップ>の戦況オペレーターをしているピンクハロが警告音を発する。実に良いタイミングな上に、相手の索敵範囲外なので、奇襲もできそうだ。

 ちなみに、遮蔽物がほとんど無い宇宙空間では、光学センサーによる画像解析で数十万キロ先の目標も識別可能だが、それだとゲームにならないので、レーダー類の有効範囲はかなり狭くなっている。(恐らく、ガンダム世界では、可視光線に干渉するようなステルス機能があり、太陽や地球から届く光の反射を軽減して、艦やMSを宇宙空間の闇に溶け込ませることができるのだと思われる。そうじゃないと遥か遠くから丸見えになってしまうため、劇中でおこなわれているような奇襲作戦などは成立しない)

 いずれにしても、赤外線&レーザーセンサーの有効範囲外までは気づかれることなく近寄れるようになっており、上手く動けば奇襲も可能となっている。

 

「よし。空間機動の練習もかねて、ここら辺から出撃するとしよう」

「おっけー!」

「それじゃあ、MSの登録を済ませましょう」

 

 敵を察知すると同時に出撃することにした4人は、ブリッジで使用機体の登録を済ませると、3つある格納庫に向かう。ユウキとシノンは左舷第1格納庫、シリカは右舷第2格納庫、ソウ・マツナガは艦首第3格納庫へ向かい、それぞれの愛機に乗り込む。

 再びデュナメスのコックピットに収まったシノンは、ソウ・マツナガからもらった新装備を見て満足そうにうなずく。

 

「ほんとにソックリね」

 

 シノンは、左肩のGNフルシールドにマウントされている武装を嬉しそうに眺める。それは、へカートIIを模して制作した実弾式のスナイパーライフル【アルテミス】だった。

 派手な軌跡を残してしまう粒子ビームだと1発撃っただけで位置がバレてしまうが、フラッシュサプレッサーでマズルフラッシュの発生を抑制した実弾なら、発見されるリスクを大幅に軽減できる。その代わりに、射程と命中率の減少や弾数制限というデメリットが発生するものの、実銃に慣れているシノンにとってはこちらの方が扱いやすい。

 何より、トラウマを克服するための訓練になることが重要である。

 つまりこの銃は、シノンの事情を知っているソウ・マツナガが気を使って用意してくれたものだった。

 

「普段はとぼけてるクセに、こういう細かいところで気が利くのよね……」

 

 自分のことをちゃんと考えてくれていることが嬉しくて、自然と微笑んでしまう。

 その間に発進シークエンスが進み、登録した順番に射出される。シノン、ユウキ、シリカ、ソウ・マツナガの順だ。

 

「それじゃあ、先に行くわよ」

「了解~」

 

 後ろにいるユウキに声をかけると、シノンの<デュナメス>が射出されていく。

 

「くうぅっ!」

 

 未だに慣れないリニアカタパルトの加速に顔をしかめつつ、漆黒の宇宙に飛び出す。

 

「えっと……確か、宇宙にも上下があるんだよね……」

 

 シノンは、モニターの表示を見ながら自機の姿勢を調整する。

 ガンダム世界では、北極星の方向を『上』として水平面を設定しており、通常はそちらに頭を向けるような姿勢になって行動する。上下が無いという異常な場所にいることは、人間にとって大きなストレスになってしまうため、宇宙空間でも『地面』が必要なのだ。

 

「ふぅ。地上より難しいかも……」

「ははっ、難儀してるようだねー」

 

 後から追いついてきたユウキの機体が、フラフラしている<デュナメス>と並ぶ。

 そのMSは黒と紫を基調としたカラーリングで、一見すると鎧武者のようなデザインだった。

 

「ユウキのMSはずいぶん和風なのね」

「うん。大き目の実体剣を使いたくて作ってもらったんだ~」

 

 ユウキは、自分の愛機をじっくり見てもらおうと、ゆっくり一回転する。

 このMSは<タケミカヅチ>と名付けられたオリジナルMSである。ガンダム00でグラハムが搭乗した<スサノオ>の改良型という設定で、ソウ・マツナガが自作した。

 ぶっちゃけると、マブラヴ・シリーズに登場する戦術歩行戦闘機<武御雷(たけみかづち)>を<スサノオ>風にアレンジしたもので、少しばかりグレーゾーンな機体ではあるものの、念入りに作りこんだおかげで無事に登録できた。

 主な武装は、電撃効果が付与されている大型強化ソード【フツノミタマ】と、有線式の電磁アンカーを先端に装備した【GNプラズマビット】となっており、その名の通り、雷神と刀剣の神の要素を併せ持っている。

 射撃武器が一切装備されていないものの、ユウキのプレイヤースキルでその弱点を補っている。

 

「それもソウが作ったんだ」

「そうだよ~。今回シリカが乗ってるヤツもソウ兄ちゃんの作品なんだ」

「はい。この子はわたしのお気に入りなんですよ~」

 

 ユウキと話していたらシリカも追いついてきた。彼女の機体は、飛び跳ねるような軌跡を描いてデュナメスの左側に並ぶ。

 それに視線を向けたシノンは軽く驚く。そのシルエットは人型ではなく、猫だったからだ。しかも、背中には小型のドラゴンを模した支援機が乗っかっており、非常にメルヘンな見た目となっている。

 何にしても、赤みの強いピンク色に塗られた3頭身の猫が宇宙を飛んでいる様子は、とってもシュールだった。

 

「何か、世界観を無視した可愛いらしさね……」

「ソウさんに頼んで、現実の飼い猫とALOの使い魔を再現してもらったんです」

 

 通信画面に写っているシリカは、ニコリとしながら答える。

 彼女の機体は、ガンダムSEEDに登場する犬型MS<バクゥ>を猫っぽく改造したもので、<バクゥニャンwithピナ>と名付けている。

 全体的に可愛らしくアレンジしたボディに、<ベアッガイⅡ>を参考にして作った猫型の頭部をくっつけた愛らしい一品となっている。

 主な武装は、口内にある【カリドゥス複相ビーム砲】、両方の猫耳に設置してある【複列位相エネルギー砲・スキュラ】、前足の裏に装備された【肉球ビーム砲】、指の先から出力する【ビームクロー】などで、砲撃と近接の両方に対応できる作りとなっている。

 それに加えて、支援戦闘機のピナにも強力な武装が施されており、背中に装備された【プラズマ収束ビーム砲】、両翼に内蔵されている【ビームブレイド】、頭部に装備されている【ビームラム】といった仕様で、単体でも対艦戦闘をこなせるほどである。

 通常は背中に装着したピナがメインスラスターとして機能し、離れている時はバクゥニャンの背中に付いているリボン型ブースターと脚部に設置された高出力スラスターで移動する。

 とはいえ、見た目は可愛いニャンコだ。

 

「ガンダムって、こういうのもアリなんだ」

「まぁ、そこが面白いトコでもあるんだけど、時々調子に乗りすぎちゃう人もいるんだよねー」

「そうですね……アレは流石に恥ずかしいです……」

 

 シノンの感想を聞いたユウキたちはため息をつくような表情になり、後方から近づいてくるソウ・マツナガの機体を見ろと言う。そんな2人の態度に怪訝な表情をしつつ、言われた通りに視線を向ける。するとそこには……異様な形をしたMA(モビルアーマー)がいた。

 

「何てモノに乗ってんのよ!?」

 

 一目見て、それが何をモチーフにしているかを察したシノンは、顔を真っ赤にしながらつっこむ。その機体は、長い棒に2つの玉がくっついた【男性器】のような形をしていたからだ。

 簡単に説明するとそのMAは、ブースターを増設した<メガバズーカランチャー>の後部に、戦闘用ポッド<ボール>の改造機を2機くっつけた遠距離支援砲撃機となっている。一応、世界観は保っているが、どう見ても男の股間についている一物である。

 

「その卑猥な物体は何なのよ!?」

「ふっ。君は何か勘違いしているようだが、これはアレだ。<ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング・ボール>という、立派な機動兵器だよ」

「名前も色々アレだけど、形そのものがアウトだって言ってんの!」

 

 シノンの意見はもっともだった。

 しかし、文句を言われたソウ・マツナガは、納得できずに反論する。

 

「ふん、そこまで不評を買ってしまうとは心外だなぁ! 江戸開国を果たして調子に乗ったペリー提督が、『こんな大砲があれば、日本はおろか世界も取れるんじゃね?』と夢想したことで有名な超兵器だというのに!」

「その話自体が夢想でしょーが!」

 

 どのように言い訳しても、シノンのウケは良くならなかった。とはいえ、女子の恥ずかしがっている様子を見るのが大好きなS野郎であるソウ・マツナガは、平然とした態度で話を進める。

 

「さて、今回のミッションだが……私は高みの見物をさせてもらう」

「えっ。わざわざそんな物を持ち出しといて何もしないの?」

「ああそうだ。恥ずかしがるシノンの反応を楽しむためだけに、この機体を選んだのだからな。はっきり言って、こいつはただのワイセツ物にすぎんよ」

「自分で言うな! っていうか、改めて考えたら、ただのセクハラなんですけど!?」

 

 シノンのツッコミはもっともだった。

 しかし、これはシノンのための合宿なので、彼が参戦しないという理由には一理ある。

 

「いいわ。あなた抜きで全滅させてやるわよ」

「ふっ、いい覚悟だ。その心意気に敬意を表すよ、メガネっ娘ファイター!」

「どんだけメガネに食いついてんのよ!」

 

 気になっている男子に変なところを気に入られたシノンは、喜んでいいのか迷いながらもツッコミを入れる。

 そんな彼女の複雑な乙女心はともかく、最初の戦闘はソウ・マツナガ抜きでおこなうことになった。

 

 

 ユウキ、シノン、シリカの操る3機は、後方で待つことにしたソウ・マツナガを残して敵に近づく。

 最初のターゲットは、後期生産型のムサイ級軽巡洋艦4隻。1個戦隊という編成で、MS搭載数は16機。まともにやりあった場合は、数的に不利となる。

 

「最初に、シノンのGNスナイパーライフルで巡洋艦を狙撃してもらうよ」

「そうすれば、MSの数も減らせますから」

「うん、分かったわ」

 

 一通り作戦を決めた3人は、すぐさま行動を開始する。別行動となるユウキとシリカから離れたシノンは、相手のセンサー範囲外から狙撃できるGNスナイパーライフルを装備して、照準を巡洋艦のブリッジに合わせる。先制攻撃で一隻沈めると同時に、搭載しているMSを4機道連れにする算段だ。

 

「あれなら簡単に当てられる……」

 

 まっすぐ進んでいるだけの大きな標的を狙い撃つことなど、シノンの腕前なら朝飯前である。

 

「まずは1隻!」

 

 ズビューンッ!

 GNスナイパーライフルからほとばしるピンクの光が<ムサイ級>の装甲を突き抜ける。その成果を確認する間もなく更に連射し、2基のエンジンと胴体も撃ち抜いて、巨大な巡洋艦は宇宙空間に爆散する。10キロ以上も離れた場所で起こった爆発は線香花火程度に見えたが、シノンの初戦果はかなりの大物となった。

 

「やった!」

 

 比較的簡単な狙撃だったとはいえ、初めて戦果を上げたシノンは喜ぶ。

 しかし、その直後に残った<ムサイ級>3隻からメガ粒子砲の反撃を受ける。レーダーの有効範囲外から予測射撃をしてきたのだ。

 

「うっ!?」

 

 シノンは、初めて受ける艦砲射撃の凄まじさに驚愕する。こちらの位置を掴めていないため狙いは正確では無いものの、凶暴な極太ビームが自分に向かって飛んでくる様は恐怖すら感じる。手の平サイズの銃弾を撃ち込まれる緊張感とはまったくの別物だ。

 しかし、その非現実的なスリルが、徐々に楽しいと思えてくる。

 

「よし。ボクとシリカは突撃して敵を撹乱。シノンはデブリに隠れて狙撃よろしく!」

「「了解!」」

 

 隊長役のユウキが、各機体に指示を出す。その間に迎撃行動を開始した敵艦隊は、搭載している12機のMSを発進させる。そこへユウキとシリカが突っ込んで行き、シノンの<デュナメス>は、主戦場から離れた場所に漂う戦艦の残骸に身を隠す。

 

「これで相手から見えなくなるのよね……」

 

 シノンは、乾いた下唇を舐めるような仕草をしながら、レーダーとモニターを確かめる。

 【GNドライヴ】を主機としている機体がいる場合、敵味方共に赤外線センサーが無効化されるので、レーザーセンサーを妨害できる障害物に隠れればレーダーに映らないようにすることもできる。その場合、自分のレーダーも無力となり、光学センサーによる直接目視しか当てにならない状態になるが、シノンにとってはそちらの方が普通なので悪影響はほとんどない。

 その辺りの状況を確かめつつ、右手の装備をGNスナイパーライフルから隠密性の高いアルテミスに代えて、射撃体勢を整える。

 

「敵MSは……いた!」

 

 精密射撃用の望遠画像に、無骨な姿をした一つ目の巨人が映る。ガンダム0083に登場する<ザクII F2型>と<リック・ドムII>だ。敵艦に近づこうとしている<バクゥニャン>と<タケミカヅチ>を包囲しようとしているらしい。

 しかし、それはこちらの思惑通りだった。ユウキとシリカは、記念すべき初戦をシノンに楽しんでもらうために、あえて敵を撃墜することなく囮役を徹底しているのである。

 そして、すべてのお膳立ては整った。

 

「さぁ、シノン! 今こそあのセリフを言う時だよ!」

「えっ!? ……本当に言わなきゃダメ?」

「もちろんですよ。わたしの大好きなキャラの名セリフなんですから、カッコよく決めてください」

「う~…………わかったわよ」

 

 シノンは、通信画面から送られてくる期待の眼差しに根負けして、しぶしぶ了承する。

 

「デュ、デュナメス……目標を狙い撃つわ!」

 

 そのセリフは、本家ガンダムマイスターであるロックオン・ストラトスの名言であり、いわゆるアニメオタクではないシノンにとっては恥ずかしい行為だった。

 しかし、狙撃の方に手抜かりは無く、冷静かつ正確におこなう。

 

「(未来位置をイメージして……撃つ!)」

 

 シノンは、ソウ・マツナガに教えられたことを上手に実践してみせた。

 <タケミカヅチ>を追いかけている<ザクII F2型>に狙いを定めて、120mmの実弾を発射する。圧縮したGN粒子が込められている徹甲榴弾が、小さい炎を纏いながら銃口から飛び出していく。

 バシュッ!

 思いのほか大人しい発射音がコックピット内に鳴り響く。精神衛生上のために、音が伝わらない宇宙空間でも、地上で発せられるだろうサウンドエフェクトが聞こえるようになっているのだ。

 そしてそれは、シノンの放った銃弾によって発生した<ザクII F2型>の爆発音も再生してくれた。

 

「1機撃墜!」

 

 戦果を確認して歓声を上げる。この時シノンは、GGOをプレイしている時には感じることのない【楽しい】という感情に満たされていた。

 

「すごいよシノン! その距離で当てられる人なんて滅多にいないのに、一発で決めちゃったよ!」

「ふふっ、これでもGGOではトップレベルのスナイパーだからね」

 

 ユウキに褒められたシノンは、ちょっぴり照れながらも嬉しくなる。彼女と出会ったことで、仲間と一緒に遊べる喜びを実感し始めているのだ。

 残念ながら、シノン自身は自覚していないが、自然な笑みを浮かべているその表情を見れば本心を伺い知ることが出来る。

 

「それじゃあ、次行くわよ!」

「「了解!」」

 

 とにもかくにも、やる気スイッチが入ったシノンは、アルテミスを自在に使いこなして、撃墜数を増やしていく。そして、数分後には、12機いたMSがすべて撃ち落とされていた。1発のミスショットも無い遠距離狙撃だけでやり遂げた大戦果である。どうやらシノンは、GBOの特殊な機能との相性が良いようだ。

 

「後はボクたちに任せて!」

「一撃で決めてみせます!」

 

 想像以上の実力を見せてくれたシノンに感化されたユウキとシリカは、残りの<ムサイ級>3隻に情け容赦なく襲い掛かる。

 1隻目は<タケミカヅチ>の愛剣フツノミタマで一刀両断にされ、2隻目は<バクゥニャン>の口から放たれた極太ビーム砲で吹き飛び、3隻目はピナのビームラムによって貫かれた。まさに、圧倒的な勝利である。

 

「よし、一丁あがりぃ!」

「ノーダメの完全勝利だね!」

「ふぅ……GGOとは別のスリルがあったわ……」

 

 3人の美少女戦士たちは、それぞれの性格に合った喜び方をする。

 しかし、勝利の美酒に酔うのはまだ早かった。

 

「! レーダーに感あり!」

「まだ隠れてたヤツがいたの?」

「いいえ、これは増援です!」

 

 シリカは、瞬時に状況を察してシノンに教える。

 その直後に、離れた場所で静観していたソウ・マツナガから通信が入る。

 

「気をつけたまえ乙女たち! 次の相手は並ではないぞ!」

「えっ?」

 

 なにやら慌てた様子で合流してきたソウ・マツナガは意外な反応を示してきた。彼ほどの実力者が並ではないというのだから、相手は名うてのネームドエネミーだろう。ユウキとシリカはそのように思ったが、まさにその通りだった。

 そう、彼は見たのだ。威風堂々と接近してくる【青いMS】を。

 

「あの人は……エースだ」

「エース……?」

 

 あの機体のパイロットを知っているソウ・マツナガは戦慄する。シノンたちはそれほどの相手と戦うことになるのである。

 果たして、ソウ・マツナガがワイセツ物に乗っている状況で勝利することができるだろうか。




次回は、青いMSとの死闘と、ガンダム合宿のその後を描写する予定です。
シノンと宗太郎にちょっとしたロマンスがあるかも?


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第29話 宇宙を駆ける少女

今回は、青い機体に乗ったエースと激戦を繰り広げます。
シノンの狙撃とツッコミが戦場を駆け抜ける。

かな~りお待たせしてしまいました。
体調の方はだいぶ良くなったのですが、モチベーションの方はまだまだ微妙なのです。
そんなわけで、恐らく次回も遅くなると思います。


 偵察部隊を殲滅したシノンたちの前にジオンの増援が現れる。それは、非常にレアなエンカウントであり、とても強力なネームドエネミーだった。

 

「あの人は……エースだ」

「エース……?」

 

 シノンは、ソウ・マツナガのセリフを反芻する。

 彼の言うエースとは、多くの撃墜数を誇る凄腕パイロットに与えられる称号であり、あの青い機体に乗った人物はそう呼ばれるべき実力を持っている。ゆえに、その言動も威厳に溢れたものとなる。

 

『ふん、連邦の犬にしては良い腕をしている。小娘と言えど侮れんな』

 

 レーザー通信の有効範囲に入った瞬間に、敵から送られてきた通信画面が表示される。そこには立派な口ひげを生やした渋い中年男性が映っていた。

 通信設定をオープンにしていると敵から話しかけられることがあるのだが、AIの場合は有名なキャラクターのみである。だからこそ、その人物を見たユウキは興奮気味に名前を叫ぶ。

 

「あっ、ランバ・ラルだ!」

「誰それ?」

「【青い巨星】の異名を持つ、ジオン軍のエースパイロットだよ……たぶん」

「? なんでたぶんなの?」

 

 シノンは、曖昧な言い方をするユウキに疑問符を浮かべる。確かに、画面に映っている人物はランバ・ラルなのだが、ユウキはとある疑いを抱いたのである。

 無論それには理由があり、相手の機体を確認しているソウ・マツナガは、その答えを得ていた。

 

「なぜなら彼は、ランバ・ラルではなく【ラルさん】だからだ!」

『ほう、こうもあっさりとわしの正体を見破るとは。できるようになったな、小僧!』

「ガンプラビルダーである私を侮ってもらっては困るな。大人気無いほど作りこまれたその機体を見れば、あなたの正体など一目瞭然。もはや隠し通すことなど出来はせんよ!」

「っていうか、会う度に同じことやってるよね? もはやお約束になってるよね?」

 

 敵機の姿を確認してようやく相手が分かったユウキは、2人の会話にツッコミを入れる。彼女の言う通り、ラルさんと呼ばれるオジサンとは過去に何度か戦っており、それ以来同じようなやり取りを続けているのだ。

 望遠で捉えた青い機体を見ると、案の定、彼の制作するガンプラの特徴が見て取れる。

 ようするに、ラルさんはAIではなく、自称35歳の人間というわけだ。

 

「機体が変わってたからちょっと迷ったけど、間違いないね……」

 

 ユウキは、ラルさんの乗っている新型MSを観察して確信する。

 その青い機体は、ファーストガンダムに登場する<ドム>を改造した<ドムR35>という名の重MSである。以前は<グフ>を改造した<グフR35>を操り、ユウキたちと激戦を繰り広げたが、つい最近になって新作のオリジナルMSを投入していた。

 武装の方は格闘戦を主体としたシンプルな構成で、両腕にマウントした【多目的シールド】による打突攻撃をメインに、両肘と両膝に搭載している【クロー】とグフ用の【ヒートサーベル】を使いこなして熟練の腕前を存分に見せつける。大型ブースターによる強力な推進力で素早く懐に飛び込み、得意の白兵戦へと持ち込む戦法に特化した、実に玄人向けの仕様となっている。

 そのように完成度の高い機体を作り、オリジナルのガンダムキャラをアバターとして使っているラルさんとは、一体何者なのだろうか?

 

「ねぇユウキ。この人はプレイヤーなの?」

「まぁ、プレイヤーって言えばそうなんだけど、ラルさんは【GMファイター】っていう特殊な人なんだ」

「GMファイター?」

「簡単に説明すると、GBOを運営しているGMの人たちです」

 

 シノンの疑問にユウキとシリカが答える。なんと、あのオジサンはGBOを制作・運営しているメーカーの社員らしい。

 ちなみに、GMとはゲームマスターのことであり、連邦のMS<ジム>のことではない。

 

「えっ、この人ってGMなの?」

「ああそうだ。ガンダム好きなGMが、大人気無い改造を施した機体で、大人気無い時間帯に出没し、大人気無い戦闘を存分に楽しむ、非常に大人気無い存在なのだよ!」

「やたらと『大人気無い』を強調するわね……」

 

 なにか思うところがあるらしいソウ・マツナガは、やたと邪念を込めて力説する。ぶっちゃけると、勤務中に趣味を満喫している彼らに嫉妬しているだけであり、ソウ・マツナガ自身も十分に大人気無かった。

 とはいえ、ラルさんが仕事以上に熱を入れていることも確かである。彼らは、モデラーではないプレイヤーのためにオリジナルMSを入手できるチャンスを与えるという名目で現れるレアキャラなのだが、はっきり言って普通にゲームを楽しんでいるようにしか見えなかったりする、ちょっぴり困った大人なのだ。

 

『気に入ったぞ小僧、それだけはっきりものを言うとはな。しかし、貴様がどう喚こうと、わしの戦場(職場)がここ(GBO)であることに変わりはない! ゆえに、全力で戦う(遊ぶ)ことは道理なのだよ!』

「ええい! 仕事と遊びを混同するとは、なんと大人気無い!」

『覚えておくがいい。関係者の特権とは、こういうことだぁ!』

 

 ソウ・マツナガとラルさんの論争は徐々に熱を帯びてくるが、その内容はかなりしょっぱかった。外見と声はランバ・ラルそのものなのに、世界観を守る気はあまり無いらしい。

 ちなみに、GMファイターにはアナベル・ガトーを演じている【カトーさん】という人もいるのだが、今日は本社で会議に出席しているため不在だった。

 

「青いMSが見えた瞬間は彼が来たと思ったのだがな」

『残念ながら、カトー大尉は会議室にて奮闘中だよ。若手のホープである彼は、上司の要求する無茶な企画を成功させようと必死になっておるのだ』

「なるほど。【ソロモンの悪夢】と恐れられる男も、所詮はしがない企業戦士というわけか……」

『そう言ってやるな。良い給料を勝ちとるには、理不尽な仕事とて逃げ出すわけにはいかんのだよ。過度のストレスを受けて生え際が後退しようともな……』

「なんと! たとえ矛盾を孕んでも勤務し続ける……それが正社員として生きる事だと言うつもりか? 楽しい時を創る企業も、中を覗けばブラックだなぁ、バン○ム!」

「飲み屋で一杯やってるサラリーマンみたいな会話しないでくれる!?」

 

 いつの間にか生々しい話を始めた2人にシノンのツッコミが入る。確かに今は純粋にゲームを楽しむ時であって、世知辛い飲みニケーションを再現されても困るだけだ。

 無論、元凶であるラルさんもこの時間を楽しみたい1人なので、彼女の意見に異論は無い。

 

『フハハハッ! このランバ・ラルが年端も行かぬ小娘に説教されようとはな。しかし、実戦ではこうはいかんぞ!』

「切り替え早っ!?」

 

 おバカな会話をしていたと思ったら唐突に歴戦の猛者へと豹変するラルさん。その変わり様にユウキたちが呆れている間に、機体を加速させて先制攻撃を仕掛けてくる。ちょっぴり卑怯な感じもするが、戦場では油断した者の方が悪い。そして、もっとも攻めやすい弱者を狙うことも常識となっている。

 そんな彼が最初に目をつけた目標は、もっとも近くにいて孤立しているソウ・マツナガの<ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング・ボール>だった。

 

『アコース、コズン、用意はいいか?』

『はい大尉』

『準備OKです』

『お前たちは狙撃型のMSに仕掛けろ。私はあの卑猥なMAをやる』

『『了解!』』

 

 ラルさんは、後方に追従している部下2人に命令を下す。彼らもまたラルさんと同様にGMファイターであり、ファーストガンダムに登場した脇役をやたらと見事に演じている。

 アコースとコズンは、ビーム・バズーカとMMP-80マシンガンを装備した<ゲルググM>を操り、ラルさんとの編隊機動を見事にこなしていたが、命令を受諾すると、シノンが隠れているデブリの方へと向かっていく。

 そして、単独となったラルさんは、ソウ・マツナガとの一騎打ちを挑んできた。離れて観戦していた彼は、少女たちよりラルさんの近くにいたため、格好の獲物となってしまったのである。

 

『砲撃型の機体で孤立するとは、迂闊なヤツだ!』

「ええい! この私が隙を突かれるとは!」

 

 ソウ・マツナガは自身の失態を罵りつつ、高速で接近してくる青いMSの機動力に舌を巻く。彼が乗っているMAは近接戦に弱い遠距離支援型なので、動きが早く小回りの利く<ドムR35>との相性は最悪だった。

 この状況で助かるにはユウキたちと合流するしかないのだが、それは間に合いそうにない。しかも彼らは、シノンの居場所まで把握済みだったらしく、隠れていた場所を<ゲルググM>に攻撃されて援護どころでは無くなった。

 

「見つかった!?」

『残念だったなぁ! お前の居場所はバレてんだよ!』

「くっ!」

「逃げてシノン!」

 

 ユウキは、2機の<ゲルググM>に追われている<デュナメス>を見て叫ぶ。宇宙に不慣れなシノンでは荷が重過ぎる相手なので、すぐに合流しなければやられてしまう。幸いこちらはユウキたちと位置が近いため、どうにか助けられそうだ。

 しかし、ソウ・マツナガの方は既に手遅れだった。悪あがきにメガ粒子砲で迎撃するが、援護の無い砲撃などが当たるはずも無く、簡単に避けられてカウンター攻撃を許してしまう。

 

『沈めぇーっ!!』

「なんとぉーっ!?」

 

 猛スピードで突進してきた<ドムR35>が、スパイク付きのシールドをナックルガードに変形させて、強烈な拳撃を打ち込む。回避行動の途中で機体の右側を無防備に晒した<ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング・ボール>は、為す術も無く攻撃を食らい、その装甲を抉り取られる。

 たったの一撃で<メガバズーカランチャー>の砲身はズタズタに引き裂かれ、右側の<ボール>は粉々に粉砕されてしまった。

 

「ぐおぉー!? 私の大事な一物をよくもやってくれたなぁ!?」

『立派な物を晒している貴様が悪いのだよ!』

「っていうか、普通にいかがわしい会話しないでくれる!?」

 

 何とかユウキたちと合流したシノンが律儀につっこんでくる。セクハラ被害者である彼女としては当然の反応だが、その報いを受けたのか、簡単にやられてしまった当人も精神的ダメージを受けていた。

 

「こんな一瞬でやられるなんて、情けなくて顔向けできねぇー! っていうか、俺は今まで何てモンに乗ってたの? ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング・ボールってなーに? こんなワイセツ物に乗って喜んでるなんて、タダの変態じゃねーか!!」

「羞恥心に負けて素に戻っちゃってるよ! 若さゆえの過ちを普通に後悔しちゃってるよ!」

「だったら最初から乗るな!」

 

 シノンのツッコミはもっともだった。しかし、味方が1機大破して戦力が低下してしまったという事実は変えられない。

 やっぱり、タダのワイセツ物じゃラルさんには勝てなかったよ。

 

「武士道とは……死ぬことと見つけたり!」

「あーん、ソウ兄ちゃんがー!」

「まさか、あのソウさんがあんなにあっさりとやられちゃうなんて!」

「ほとんど自業自得な気がするんだけど……」

 

 ようやく合流したユウキたちが、撃墜寸前のソウ・マツナガの元へやって来た。それと同時に、彼女たちを追撃していた<ゲルググM>もラルさんと接触する。これで実質的に3対3となり、ユウキたちの方が劣勢な状況になってしまった。

 

「こうなったら、ソウ兄ちゃんの弔い合戦だよ!」

「ソウさんの仇は、わたしたちが取ってみせます!」

『フフ、良い覚悟だ。この風……この肌触りこそ戦争よ!』

「はぁ、みんなノリがいいわね」

「というか、私はまだ死んでいないのだがな」

 

 ソウ・マツナガのアピールを無視して、みんなの戦意が高まっていく。棒と片玉を潰されたワイセツ物など放っておいて、今は目の前にいる強敵をいかに倒すか考える時である。

 

「シリカ! ラルさんはボクとシノンで相手するから、その間に残りの2機を倒してくれる?」

「うん、任せて! すぐに倒して合流するから!」

 

 一時的に敵の通信を封鎖したユウキは、自分たちの戦力を考慮して最善と思われる戦術を伝える。ラルさんの実力は非常に高く、ユウキとシノンの2人がかりであっても勝利するのは難しい。それでも、他の2機を無視することはできないため、戦力を分けなければならないのである。

 しかし、逆境だからこそ少女たちのハートは燃え上がる。

 

「それじゃあボクたちも行くよ、シノン!」

「わたしは後方支援に徹するのね?」

「そうだよ。ボクのことは気にしないで、バンバン狙撃しちゃってね!」

「了解!」

 

 一瞬でやるべき事を決めた少女たちはすぐさま行動に移った。

 

「行け、プラズマビット!」

 

 ユウキの言葉に反応して<タケミカヅチ>の背部にマウントされているGNプラズマビットが4基射出される。それらのオールレンジ兵器は、イメージ入力された行動パターンに従って飛び回り、ラルさんたちに襲い掛かる。

 バリバリバリッ!!

 宇宙空間に青白い電撃が走る。2機の<ゲルググM>の進路上に電磁アンカーを撃ち込んで、その動きを牽制したのである。

 

『た、大尉! 連邦軍の新兵器です!』

『うろたえるな。これが地球の雷というものだ』

「いや、ラルさんの方が間違えてるんですけど! どっちかって言うと、連邦軍の新兵器なんですけど!」

 

 電撃エフェクトを利用してアニメの一場面を演じ始めたラルさん一行にツッコミを入れる。

 しかし、彼らの余裕(?)を利用してユウキはラルさんに切りかかり、2機の<ゲルググM>と分断することに成功する。壁役に使ったGNプラズマビットはすべて撃墜されてしまったが、後はシリカの<バクゥニャン>に任せておけばいい。

 

『ほう、ビット兵器を捨て駒にするとは、思いきりの良いパイロットだな。手ごわい。しかし!』

 

 ラルさんは、ユウキの手並みに感心すると同時に<ドムR35>のブースターを全開にして、絡みつくように攻撃していた<タケミカヅチ>を押し返す。

 

「うわっ!? すごいパワーだっ!」

『グフとは違うのだよ、グフとはっ!!』

 

 少しアレンジされた名言を叫びながら、バランスを崩した<タケミカヅチ>に追撃をかける。

 とはいえ、ユウキもむざむざやられるほど甘くはない。スラスターを噴かして素早く姿勢を立て直すと、すぐさま反撃に移る。

 

「ソードスキルで鍛えた剣捌きを見せてあげるよっ!」

『ぐおぉっ!? やるな、黒いMSのパイロットめ。よくも別ゲームの動きをここまで再現したものだ!』

 

 流石のラルさんも、ユウキの凄まじい剣技に舌を巻く。例の超常現象の影響を受けている彼女は、システムアシスト無しでもソードスキル並の攻撃が出来るため、ザ・シードを使って制作されたゲームなら同じような動きを再現できるのだ。

 変幻自在に剣を振るい、華麗に宇宙を舞う<タケミカヅチ>。

 その光景を離れた場所から見ていたシノンは、あまりに見事な白兵戦に思わず見惚れてしまう。

 

「あれがALOのソードスキルか……」

 

 なぜか分からないが、眺めているうちに奇妙な既視感を覚える。

 わたしはあれを見たことがあったっけ? ううん、そんなことはない。

 だけど、ものすごく興味を惹かれるのは確かだ……。

 

「って、いつまでも魅入ってる場合じゃないわね」

 

 しばらくして我に返ったシノンは、マガジンを交換したアルテミスを構える。早くユウキを援護しなくては。

 

「未来位置をイメージして……撃つ!」

 

 シノンは、<タケミカヅチ>の一撃を盾で受け止めた隙を突いて<ドムR35>を狙撃した。先ほどまでの雑魚敵ならば確実に命中しているだろう見事な射撃である。

 しかし、必中すると思えたその弾丸をラルさんは回避してみせた。

 

「避けられた!?」

『正確な射撃だ。それゆえコンピューターには予想しやすい!』

「くっ!」

 

 完全に手玉に取られて悔しがるシノン。しかし、それも仕方が無い。ラルさんのスゴ腕とGBOに実装された特殊スキルが上手く合わさった結果だからだ。

 

 

 GBOの成長システムはスキル制となっており、以下の基本パラメータを上げることで個性的なスキルを習得できるようになる。

 

1、【射撃】……ビームライフルなどの手持ち兵装の性能に影響する。

2、【砲撃】……キャノン砲などの攻撃範囲が広い大型兵装の性能に影響する。

3、【格闘】……ビームサーベルや格闘技などの近接攻撃の威力に影響する。

4、【反応】……OSの学習率が上がって機体の動作が機敏になる。

5、【防御】……ダメージを受けた時や攻撃系スキルを使った後の硬直時間を短縮する。

6、【精神】……スキルを使用する際に消費するSP(スペシャルポイント)の回復速度に影響する。

7、【覚醒】……オールレンジ兵器の性能上昇・超能力タイプのスキルを覚えるために必要。

8、【熟練】……ノーマル機体搭乗時に性能上昇・オールドタイプのスキルを覚えるために必要。

 

 以上の8種類に入手したポイントを割り振り、特定のパラメータを一定の値まで上げると5種類の【エクストラスキル】が発現してプレイヤーのバトルスタイルが分かれていく。

 また、一度決まったエクストラスキルは変更できず、基本パラメータの上限も変化するので、自分に合ったスキルを慎重に選ぶ必要がある。

 

1、【ニュータイプ】……【射撃】【反応】【覚醒】の3つを上げると習得。超常的な索敵能力や命中精度が上昇するスキルなどを習得して、射撃戦の名手となる。

2、【SEED】……【砲撃】【精神】【覚醒】の3つを上げると習得。豊富なSPを活用して強力な砲撃を連発し、1対多数の戦闘で真価を発揮する。

3、【明鏡止水】……【格闘】【防御】【覚醒】【熟練】の4つを上げると習得。Gガンダムに登場する破天荒な技を覚えて、白兵戦に特化した熱血ファイターとなる。

4、【イノベイター】……すべてのパラメータを平均的に上げると習得。上記のエクストラスキルを平均化したようなスキルを覚えて、あらゆる局面に対応できる万能型となる。

5、【エース】……【覚醒】を0にしたまま【熟練】を中心に高めていくと習得。超能力の無いオールドタイプのままで無難なスキルを覚えていく、マニア向けの仕様となる。

 

 以上のように性質がはっきりと分かれており、それぞれのスキルで遊び方が変わってくるという楽しみもある。

 ちなみに、ユウキは【明鏡止水】、ランは【イノベイター】、シリカは【SEED】、ソウ・マツナガとラルさんは【エース】を選んでいる。

 

 

 そんなラルさんが先ほど使ったスキルは、【当たらなければどうという事はない】という名称のパッシブスキルで、自分が攻撃されたことをアシストAIの報告で知ることが出来るというものだ。エースの勘が働いて敵の殺気を感知できたという解釈となっており、致命的な攻撃を放たれた際にSPを消費することで自動発動する。

 これが【ニュータイプ】の場合は【私にも敵が見える】という名称のパッシブスキルとなり、相手の位置まで把握できるのだが、歴戦のラルさんにかかれば、そこまで分からなくても適切な回避運動ができる。

 

『良い腕をしているがまだまだ青いな、スナイパーの小娘!』

「言ってくれるじゃないっ!」

 

 ラルさんの挑発にムカッときたシノンは再び狙撃を試みる。しかし、またしても紙一重のタイミングで避けられてしまう。

 

「また外れたっ!?」

『このランバ・ラルが、そう易々と落とされるものかよ!』

 

 強烈なユウキの攻撃を見事に捌きながら啖呵を切るラルさん。つい先ほどまでおバカな会話をしていた変なオジサンとは思えないほどの変わりようである。

 

「どうして当たらないの!?」

 

 スナイパーとしてそれなりの自信を持っていたシノンは、手も足も出ない状況に苛立つ。GGOとはシステムが違うとはいえ、こうまで結果が出せないなんて……。思っていたほど自分は成長していなかったのだろうか。迷いが生じたシノンは思わず苦悩してしまう。

 そんな時に、あの男の声が届く。

 

「何を迷っている! 強くなるために戦うと言ったのは君のはずだ!」

「ソウ!?」

「たとえ今が苦しくとも、未来を示す道しるべはすぐ傍にある。目を凝らしてよく見たまえ」

「見たまえって、一体何をよ?」

「分からぬならばお答えしよう。スナイパーとはターゲットの未来を狙い撃つ者であり、その因果は過去と繋がっている。つまり、事前に相手の動きを読むことができれば、おのずと道が見えてくるはず」

「そんなこと、言われなくてもやってるわよ!」

「果たしてそうかな? 君はMSという人型兵器に惑わされて、ラルさんという人間を見ていないのではないか? あの無表情な巨人から彼の思考を読み取れなければ、弾を当てることなど出来はしないぞ」

「!?」

 

 そこまで言われてハッとなる。彼の言う通り、自分は勘違いをしていたかもしれない。

 生身の身体で戦うGGOでは、相手の心境や身体の姿勢を観察することで、ある程度動きを予測することができるのだが、ロボットを使うGBOではそれが通用せず、先ほどまではそういうものなのだと諦めていた。

 しかし、考え方を柔軟にすれば、やることは何も変わらないと分かる。人が動かしている以上、どんなものでも個性は必ず表れるはずなのだから、その法則を新たに見つければいいのだ。

 

「MSでもプレイヤーのクセは出るのね?」

「その通りだ。愛するものと接する時は、誰でも感情があらわになるものなのだよ。この機体のようになぁ!」

 

 シノンと会話していたソウ・マツナガが、突然意味不明なセリフを叫んだ。すると、大破していた<ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング・ボール>が再起動した。無事だった左側の<ボール>が、壊れた<メガバズーカランチャー>を切り離して、ユウキたちのところへ向かってきたのである。

 

「それが本体だったの!?」

「そうだ。左の片玉こそがコックピットであり、この機体の真なる姿! 刮目して見よ、我が相棒の雄姿を!」

 

 ここが見せ場だとばかりにクワッと目を見開きながらシャウトするソウ・マツナガ。すると、彼の乗る<ボール>が変化し始めた。頭頂部の装甲が中心を境に左右へ開き、中から<フラッグカスタム>の頭部が出て来たのである。

 

「勝利の水先案内人は、この<フラッグ・ボール>が引き受けた!」

「なにその変形!? 意味無い上にすっごいキモい!」

 

 シノンのツッコミはもっともだったが、これが彼なりの愛の形なのだから仕方が無い。

 

「君が何を思おうともかまわん。だが、その汚名、戦場で晴らしてみせよう!」

 

 基本的に何を言われても平気へっちゃらなソウ・マツナガは、ラルさんと戦っているユウキと合流して戦線に復帰する。彼女と協力して、ラルさんの動きをシノンに観察させるつもりなのだ。

 

「さぁユウキ! ここからは、愛の共同作業と洒落込もうかぁ!」

「おっけー、ソウ兄ちゃん! ボクの愛を存分に見せてア・ゲ・ル♪」

「はぁ、こんな時まで仲良いわね……」

 

 愛しい兄の要望に応えて、妙に色気のある声を出すユウキ。いよいよ反撃開始……と思いきや、なにやらおかしな雰囲気になってしまった。先ほどまで楽しそうに会話していたシノンといい、この3人はただならぬ関係らしいと察することが出来る。

 

『ええい、わしの前で甘酸っぱい三角関係を見せつけおって! 尻がムズムズするではないか!』

「わたしはそんなんじゃないわよ!?」

 

 ユウキとソウ・マツナガが良い感じに話していると、意外にもラルさんが食いついてきた。巻き込まれたシノンにとってはとんだ迷惑(?)だが、お茶目な彼は他人の恋バナが大好物なのだ。

 しかし、それが思わぬ隙となってしまう

 

『前々から思っていたのだが、私は君たちの関係が気になって仕方ないのだよ! どちらの少女も好きだけど、だからこそ答えが出せないもどかしさ……ああ、言葉にするだけで尻がムズムズしてしまう!』

「今だっ!!」

『なにぃ!?』

 

 ラルさんが尻の痒さに気を取られているところを狙ったソウ・マツナガは、<フラッグ・ボール>の左腕に装備されたリニアライフルを放って<ドムR35>の腹部を破損させた。

 

「他人の恋路に干渉するなど、問答無用で無粋の極み! そんな邪魔者は、故事にのっとり馬に蹴られるものと思え!」

『くっ! このランバ・ラル、戦いの中で戦いを忘れた……』

「っていうか、そんなことで被弾しないでくれる!?」

 

 まさか、あんなおバカなやり取りで弾を当ててしまうなんて……。さきほどまでの苦戦は一体なんだったのだろうか。これではシノンの苦労が水の泡である。

 

『や、やるな小僧。しかし、こちらとて、まだまだ操縦系統がやられた訳ではない!』

 

 シノンにジト目を送られて頬を赤く染めたラルさんは、失態を誤魔化すように向かってくる。今度こそ、真剣勝負の再開である。

 

「だったら、こっちも全力でいくよ!」

 

 ラルさんに触発されたユウキも、大技を繰り出すことにした。【格闘】【反応】【防御】の値が2倍に上がると同時に、思考能力の加速により操作の反応速度を上げるアクティブスキル・【明鏡止水】を発動したのだ。これは、減り続けるSPが尽きるまで効果が持続する【明鏡止水】固有のスキルである。

 

「見えた! 水の一滴!」

 

 ユウキが劇中のセリフを叫びながらスキルを発動すると、<タケミカヅチ>の装甲が黄金色に輝き出す。いわゆる、Gガンダムにおけるハイパーモードである。

 ちなみに、GNドライヴを搭載している<タケミカヅチ>は、機体性能を一時的に3倍上げる【トランザム】を使えるが、【明鏡止水】使用時は能力が上がりすぎて暴れ馬状態になってしまうため、ユウキの実力をもってしても併用は難しい。

 だから今は、【明鏡止水】だけで行く。

 

「勝負だラルさん!」

『その挑戦、受けて立とう!』

 

 ユウキからの申し出を勇ましく受けるラルさん。もとより拒否する意思など無く、彼もまた、虎の子のアクティブスキル・【エース】を発動して迎え撃つ。これは、SPが尽きるまで【覚醒】以外の基本パラメータを1.2倍に上げる効果がある。思考能力の加速が出来ない分、プレイヤースキルで埋め合わせしなければならないのだが、ラルさんほどの腕前ならば、本気を出したユウキとも対等以上に渡り合える。

 いや、それどころかソウ・マツナガとシノンが加わったとしても彼の優位は変わらない。何故ならGMファイターは、相手の【プレイヤーランク】に合わせて程よく苦戦するように能力が変化するからだ。

 しかし、シノンの実力はまだ未知数なので、彼女の活躍が意外な突破口になるかもしれない。

 

「行けシノン! 魅惑的な君の視線で、彼の心を捕らえてみせろ!」

「ようするに、相手をよく見て動きを捕らえろってことね」

 

 相変わらず回りくどい言い方に苦笑しながらも、彼の提案に乗っかる。

 

「このスキルを使えば……」

 

 音声入力でスキルウィンドウを確認したシノンは、ランのアバターが習得しているアクティブスキル・【イノベイター】を使った。これは、SPが尽きるまですべての基本パラメータを1.5倍に上げると同時に思考能力の加速も付与されるスキルで、発動の証としてアバターの両目が金色に輝き出す。

 

「これがイノベイターの力……」

 

 すべての感覚が鋭くなり、時間の流れが若干遅くなるような状態に少しだけ途惑ってしまう。しかし、これで<ドムR35>の動きがよく見えるようになった。

 

「これならいける!」

 

 テンションを上げたシノンは、反撃の準備を整えるために<デュナメス>を移動させる。ラルさんを観察しながら狙撃に適した位置とタイミングを探し出すのである。

 そんな彼女のために、ユウキたちは激しい攻撃をおこなう。

 

「秘技・十二王方牌大車併(じゅうにおうほうぱいだいしゃへい)!! でやあぁぁぁっ!!」

『うっ!? あれもMSか?』

 

 マスターアジアの秘技を使ったユウキは、小型の分身を多数放って<ドムR35>に回避運動を強要する。嵐のような攻撃がラルさんに襲い掛かり、青い機体を翻弄する。それでも彼はほとんど怯まず、僅かな損傷だけで切り抜けてみせた。

 

『これしきのこと、ハモンの小言より生ぬるいわ!』

「ちいぃ! 我らの攻撃が内縁の妻の口撃よりも劣るとは!」

 

 ラルさんの挑発にソウ・マツナガは憤る。しかし、彼らの行動は決して無駄ではない。そのような動作を何度も繰り返している内に、それを見ていたシノンが、パイロットと機体の個性を把握できるようになってきたからだ。

 回避する際に移動する距離とその方向。どこのスラスターを使うとどのように機動するか。確率の高い回避パターン。そういったデータがシノンの頭に蓄積されていく。

 そして、それらを彼女の狙撃センスと組み合わせれば……

 

「今度こそ当てられる!」

 

 確信に近い自信を感じて、思わず声に出してしまう。彼女自身も気づいていないことだが、GBOの特殊なシステムがシノンの才能を新たなステージへと導くきっかけになったのだ。ゆっくりと流れる(とき)を体感したことで、元から鋭かった観察力と洞察力が更に高まり、より正確な未来位置を予測することが可能となりつつあったのである。

 その裏にはユウキの起こした超常現象による影響もあり、別世界から送られてきた自分の因果が密かに経験値となってシノンの能力を底上げしていたおかげでもある。無論、彼女が知る由も無いことだが、この場は彼女なりに答えを出して納得する。

 

「ソウが言っていたのはこういうことだったのね!」

 

 疑問を解消して充実感に満たされたシノンは、意気揚々とアルテミスを構える。実を言うと彼の想像を超えた成果を出しているのだが、この際それはどうでもいい。

 これが三度目の正直、今度こそ狙撃をきめてみせる。

 細かく位置を調整しつつ絶好のタイミングを待ち続け……数十秒後にその時が来た。

 <フラッグ・ボール>の放った銃弾を避けた<ドムR35>が、スラスターを噴射させて右に半回転している。このタイミングで狙撃した場合、ラルさんが避ける位置は……上だ!

 

「そこっ!!」

 

 バシュッ!!

 アルテミスから発射された銃弾はシノンの思い描いた通りに宇宙を駆け抜け、上昇し始めた<ドムR35>の右脚に直撃した。

 ズガアァァァンッ!!!

 

『うおぉっ!?』

「当たった!」

 

 徹甲榴弾が炸裂した衝撃で<ドムR35>の動きが鈍る。その隙を突いたユウキとソウ・マツナガが、それぞれの剣で左右の肩を切り裂いていく。

 

「青い巨星破れたり!」

「シノン、止めを!」

「了解っ!」

 

 頼もしい仲間の支援でお膳立ては整った。後は、最後の一撃を命中させるだけである。

 

「デュナメス、目標を狙い撃つわ!!」

 

 今度の決めゼリフは堂々と叫ぶ。そして、彼女の本気が込められた銃弾は、見事に<ドムR35>の胸部へと命中した。コックピットの上部に大きな破孔を穿ち、火花とスパークを生じさせる。

 これはボスクラスの敵を撃墜した時の演出で、すぐに爆発せずにパイロットのセリフが入るようになっている。無論、キャラの個性に溢れた内容で、ラルさんは有名な負け惜しみを言う。

 

『見事だな! しかし小娘、自分の力で勝ったのではないぞ。頼れる仲間たちの協力があったおかげだという事を忘れるな!』

「……そんなこと、分かってるわよ」

 

 それは、この場のノリで出て来た言葉だったが、今のシノンには大きな意味があるように感じられた。

 何にしても、彼とのバトルはシノンにとってとても有意義な経験になったことは間違いない。

 派手に爆発する<ドムR35>を見つめながら、初めて味わう達成感に酔いしれる。

 

「やったぁー!! ホント、シノンの狙撃は最高だね!!」

「ああ、見事な腕前に感服したぞ。私の心まで射抜かれそうなほどにな」

「えっと……ありがとう」

 

 あまり褒められることに慣れていないシノンは、2人の賛辞に照れまくる。とはいえ、居心地が悪いわけではない。信頼できる仲間たちと共に喜びを分かち合っているのだから。

 

「って、綺麗にまとめようとしてますけど、わたしのこと忘れてません!!?」

「「「あ」」」

 

 可愛らしい怒声と一緒に届いた通信画面に視線を向けると、頬を膨らませたシリカの顔が映っていた。次いでモニターを見ると、気づかないうちに傍に来ていた<バクゥニャン>と<ピナ>も怒ったようなジェスチャーをしている。彼女は2機の<ゲルググM>を撃墜してから急いで戻ってきたのだが、感動の場面に間に合わず、ちょっぴり寂しい思いをしてしまったのである。

 

「ううっ、みんなのために1人でがんばったのに……」

「ああっ、シリカがヘコんだ!?」

「これはいかん! リアルでケーキをご馳走するから、機嫌を直してくれまいか?」

「……キリトさんも呼んでくれます?」

「う、うむ……善処すると言わせてもらおう」

「シリカって、見た目に反して肉食系だよね」

「え~、そんなことないよ~」

 

 ジト目のユウキにとびっきりのスマイルで答えるシリカ。そこはかとなく怪しい気配を感じるが、実に微笑ましい光景である。

 

「ふふっ……これが本当の仲間か」

 

 シノンは、仲良くじゃれあうユウキたちを見つめて、柔らかい笑みを浮かべるのだった。




次回は、ガンダム合宿の後日談となります。
今度こそ、シノンと宗太郎にちょっとしたロマンスがあるかも?


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第30話 アメイジング・フレンド

今回は、ガンダム合宿の後日談となっております。
詩乃の身に、かつてない災難が襲い掛かる?


 激闘の末にラルさんを撃破したユウキたちは、早速今回のバトルで得た報酬を確認することにした。GBOのドロップアイテムは、ALOと同様にLA(ラストアタック)を決めたプレイヤーが得られるようになっており、見事な狙撃で止めをさしたシノンの前に確認用のウィンドウが届いていた。

 

「むふふ~、ラルさんはかなりのレアキャラだから、報酬も期待しちゃうよね~」

「うん、そうだね。部下の2人も非売品アイテムを落としていったから、もっと豪華だと思うよ?」

 

 貴重なレアキャラを倒せた喜びで、ユウキとシリカはニコニコしている。本来GMファイターと遭遇することは非常に稀なので、得られるアイテムも当然レア物となっているのだ。

 ちなみに、数回ラルさんと戦っているユウキたちも倒せたのは初めてであり、シノンやシリカと同様にゲットしたアイテムに興味津々である。

 

「さぁシノン。私たちのリビドーに応えて、神秘の扉をご開帳してもらおうか」

「あえて変な言い方するな!」

 

 楽しみすぎておかしな催促をしてくるソウ・マツナガを軽いツッコミでいなしながらウィンドウを開く。すると、おめでたい感じの曲と共にドロップアイテムの名称が表示された。

 

「えっと、<ドムR35>と出力8000kwの小型ジェネレーター。それに……ハモンのセクシーブロマイド?」

「「「生々しい私物が混じってる!?」」」

 

 予想外なお宝(?)を耳にして仲良く驚く。確かに貴重な非売品ではあるが、喜んでいいのか判断に困る代物である。いや、あえてはっきり言うと、ガンダムの食玩に入ってるガム並にどうでもいいアイテムだ。ゆえに、速攻で処分することを考える。

 

「後でクラインに売りつけるとしよう。女性に飢えてる彼ならば、きっと喜んでくれるはずだ」

「それはナイスアイデアだね!」

「たぶん高値で買ってくれますよ」

「「「フフフフフ」」」

「みんなの顔から悪意が見えるわ……」

 

 イイ笑顔を浮かべるユウキたちを見て苦笑するシノン。こんなあからさまな表情を見れば、アレルヤ・ハプティズムでなくとも彼らの悪意を感じられる。まぁ、とても可愛らしい悪戯心ではあるが。

 

「(久しぶりだな、こういう感じ……)」

 

 楽しそうにふざけあう3人を見ている内に、ふとこれまでの人生を振り返ってしまう。思えば、このようにリラックスした気持ちで遊べる時間は本当に久しぶりだ。そもそも、友人と呼べる存在は、あの事件以来1人もいないのだから当然である。

 でも今は……ユウキたちがいる。それはシノンにとって、とても高価な宝物よりも尊いものだ。

 言葉にすれば気恥ずかしいけど、嬉しい気持ちに偽りはない。彼らとこのゲームで遊べた幸せを改めて実感したシノンは、自然と笑みを浮かべてしまう。

 

「……ふふっ」

「ん? どうしたのシノン?」

「もしかして、ハモンのセクシーブロマイドが欲しいんですか?」

「違うわよ!」

 

 思わぬシリカの口撃を受けてツッコミをきめるシノン。会ったばかりの2人だが、一緒にゲームをプレイしたことで例の超常現象による影響が強まり、一気に仲が深まったのである。裏を見れば、不自然な状況だと言える。とはいえ、事実を知らなければ『一緒に遊んで仲良くなった』だけなので、ユウキたちは特に疑問を抱いていない。

 しかし、特殊な事情があるシノンは、彼女たちほど素直に受け入れられなかった。<デュナメス>のスナイパーライフルが視界に入った途端に、ふと冷静になって、とある疑念を抱いてしまう。

 

「(改めて考えるとおかしな話よね。『人を殺す』行為をやっているのに楽しい気持ちになるなんて……)」

 

 いつの間にか本来の目的を忘れてゲームを楽しんでいた自分が情けなくなり、自嘲気味な思考に陥る。

 彼女は、トラウマを克服するための【医療機器】としてVRゲームを使い始めた。だからこそ、それを楽しむなどという考えは端から無かったし、これほどリアルな物を遊び道具として見ることが出来なかった。

 しかし、ソウ・マツナガは違う。デスゲームに巻き込まれて死にそうな目にあったというのに、それでも戦争を題材としたVRゲームで楽しそうに遊んでいる。そんな彼に乗せられる形で自分もはしゃいでしまったが、果たしてこれは正常なことなのだろうか?

 

「(アイツはどんな風に思いながらやってるのかな?)」

 

 何となく彼の心情を知りたくなったシノンは、心のままに尋ねてみる。

 

「ねぇ、ソウ」

「なにかなシノン?」

「ちょっとだけ疑問に思ったんだけどさ。なんで戦争ゲームなんて物騒なことしてるのに、楽しいって思えるのかな?」

「ふん、何を言うかと思えば。軍人に戦いの是非を問うとは、ナンセンスだなぁっ!」

「なっ!? わたしは真面目に聞いてるのよ!?」

「無論、こちらも真面目に答えている。私のKYキャラに惑わされず、よく考えてみるがいい。『これはゲームであっても戦争ではない』のだから、楽しむことに何ら問題などないではないか。いや、むしろ、このゲームを正しく使っているからこそ、乙女座の軍人を楽しく演じるのさ」

「……」

 

 この時シノンは、ソウ・マツナガの意見に少しだけ怒りを覚えた。VRゲームを医療目的で使用している自分を否定されたような気がしたからだ。

 しかし、彼女の怒りは見当違いである。彼は、道具というものの本質を冷静に見ているだけだった。

 

「……そんな風にふざけることが正しいことなの?」

「その通りだと言わせてもらおう。ゲームとは【楽しく遊ぶための道具】であって、それ以外の何者でもない。使い方によっては教育や医療などにも役立つが、基本的に遊び道具であるということを見誤ってはいけない。たとえゲームであっても、間違った方向に使えば【人を傷つける凶器】となりうるのだからな」

「それはSAOのことを言ってるの?」

「ああそうだ。茅場晶彦の歪んだ望みがVRゲームを殺戮マシンに変えてしまった。遊び道具として正しく使わなかったせいで、数千人もの命が失われた。だが、VRゲーム自体に悪意があるわけではない。だからこそ、私たちは、道具の本質を理解して正しく使う必要があるのだよ」

 

 ソウ・マツナガは、茅場晶彦の起こしたSAO事件を思い浮かべながら返答する。

 あの狂人は、ゲームという遊び道具を歪めて使い、仮想世界に現実を作り出そうとした。ゲームと現実でもっとも異なる点は【本当の死の有無】であり、茅場晶彦はプレイヤーという生贄を捧げることによってSAOに死の概念を植え付け、仮想世界を現実に近づけようとしたのである。

 しかし、彼自身も認識していたように、所詮ゲームはゲームでしかない。人の命が現実の肉体に依存している以上、仮想世界の死は擬似表現でしかなかった。だからこそ彼は、自分の夢を実現するために【魂の電脳化】を試みて、本当に【異世界の住人】となる道を選んだのだろう。その手段がVRマシンであり、理想に近いSAOを見せ付けることで、自分の望みが夢物語ではないということを世界にアピールしたのだと思われる。

 ただ、キリトの前に現れた茅場晶彦の行動を考えると、SAO事件を実行した本当の目的は別の所にあった可能性もある。あの男は、自分の夢に共感し、更なる発展を促してしてくれる【仲間】を増やそうとしていたのかもしれない。世界というものは1人だけでは成り立たないものだから、後に続いてくれる人材を求めていたのかもしれない。

 何にしても、茅場晶彦が史上最悪の犯罪者であることは間違いないのだが。

 

「確かに我々は争いを題材とした娯楽を好んで楽しむが、それはあくまで倫理を遵守した上でのエンターテインメントに過ぎない。暴力をふるう心理とは似て非なるものであり、茅場晶彦の愚行とはまったくの別物だ」

 

 そこまで話を聞いてシノンは考え込む。

 擬似的な殺人行為を、殺人に起因しているPTSDの治療行為としておこなっている自分はどうなのだろう。冷静に考えれば……正しくはないと思う。

 そもそも、ゲームはそういう風に使うものではないから、効果があるかも分からないのだ。もしかすると、かえって悪化する可能性だってありうる。それが、ソウ・マツナガの言う間違った使い方なのだろう。

 

「私たちが争うことに興味を示すのも、非力な人類が過酷な生存競争を生き抜くために力を求めてきたことを省みれば、何ら不自然ではない。その性質は、戦争だけでなく学業やスポーツといった社会を支える活動にも影響しているのだから、遊び道具であるVRゲームに反映されても不謹慎だとは言い切れないだろう。言うなれば、二度の世界大戦を経てようやくまともになってきた社会倫理が、それなりに暴力をコントロール出来ている証でもあるわけだからな。ゆえに、ゲームはゲームとして、余計な思考を挟まずに、無邪気な心で楽しむ方が正常と言えるのだよ」

「なるほど……だから、暴力的なゲームを楽しんでもおかしくないのね」

「ああその通りだ……と言いたいところだが、残念ながらすべての人間に当てはまる訳ではない。人類がどんなに進化を続けても狂った奴は現れるからな。暴力行為に心奪われ、欲望のままに人を傷つける愚か者が、ゲームの有り様を歪めてしまう」

「うん……確かに、VRゲーム絡みの事件は増えてるからね」

 

 ソウ・マツナガの説明は、実に的を射ていた。

 残念ながら、暴力的なゲームをやって感化された若者が実際に暴れる事件はそれなりに起こっている。特にVRゲームが普及してから増加傾向にあり、徐々に社会問題となりつつあった。大きな利益が絡んでいる政府やマスコミは、お家芸の情報操作で火消しに回っているが、実際に被害が出ている事実は間違いなかった。

 

「とはいえ、無闇に恐れることもない。そのような愚行をしでかす者はごく少数である上に、君自身はこのゲームを正しく使えているのだからな」

「……そうかな?」

「ああそうだ。この私、グラハム・エーカーが断言する! ハモンのセクシーブロマイドを欲している君は、心の底からGBOを楽しんでいると!」

「んなもん欲しがってないわよっ!!」

 

 急に空気を変えてきたソウ・マツナガに鋭いツッコミを入れるシノン。これまでは意味深な質問をしてきた彼女の心情を読んで真面目に答えていたが、基本的にお調子者な彼がシリアス状態を保てる時間はとても短かった。

 しかも、先ほどまでのハードな会話が、何故か年下の少女たちにウケてしまい、キラキラとした視線で見つめられてしまう。

 

「シノンは哲学的にゲームをやってるんだね~。流石、現役女子高生。もっとも女子大生に近き存在……」

「雰囲気が大人っぽくて素敵ですね」

「いや、あの、別にそういうのじゃないんだけど……」

 

 クールが売りのシノンが、思わぬ反応に困惑してたじろぐ。そのギャップが可愛らしくて、Sっ気のあるソウ・マツナガは満足そうにうなずくのであった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎて、翌日の朝が来た。時刻は午前7時。いつもなら起床している時間だが、4時間ほど前まで遊んでいた木綿季たちは、まだぐっすりと眠っている。今日は日曜日なので、すぐに起きる必要はないのだ。

 それでも、1人暮らしをしている詩乃は、身についた体内時間に促されるまま目を覚ます。

 

「ん~……もう朝?」

 

 木綿季の部屋に敷いた布団から上半身を起こし、眠たそうに目をこする。横に視線を向けると、ベッドで寝ている木綿季の姿が見える。お腹にかけていたタオルケットは床に落ち、パジャマもはだけてヘソとパンツが見えてしまっている。

 

「んにゅ~……だから、ポカリは凍らしちゃダメなんだってば~……」

 

 落ちていたタオルケットをかけ直してあげていると、おかしな寝言が聞こえてきた。なにやら某スポーツ飲料について誰かと論争しているらしい。

 

「一体どんな夢を見てるのよ」

 

 苦笑しながらツッコミを入れる。夢の内容は色々とアレだが、とりあえず楽しそうで何よりである。

 

「この子は幸せなんだね……」

 

 詩乃は、慈愛に満ちた笑みを浮かべながら思う。愛すべき妹のような存在である木綿季は、大好きな人たちに囲まれて健やかに暮らしている。その事実を改めて確認した途端、何故か涙が溢れてきた。自分でも理由は分からない。とにかく嬉しくて仕方がないのだ。

 

「っ……なんで泣くのよ」

 

 ふと我に返って疑問に思う。なんで涙が出て来たのだろう。自分が得られなかった幸せを垣間見て、つい感傷的になってしまったのだろうか。正確な理由は彼女自身にも分からなかった。

 しかし、嬉しいという気持ちを感じていることは間違い無い。恐らく、本当に心を許せる友人が出来たことに感動しているからかもしれない。これから先も、みんなと一緒に遊びたいと素直に思えるから……。

 

「こうなったら、認めないわけにはいかないわよね」

 

 この瞬間、詩乃は、自分の心に対して素直になった。こんな幸せな時間をこれっきりにしたくない。だから、GBOを始めよう。木綿季の期待と自分の希望に応えるために。

 

「週1回ぐらいなら問題無いし……」

 

 それならGGOの育成にも大きな問題は出ないだろうと分析する。

 あくまでも、現時点で優先すべきは、銃に対するトラウマを克服することである。そのためにバレット・オブ・バレッツで優勝して最強にならなければ、自身を納得させられない。

 とはいえ、木綿季たちと出会って心に余裕が出来た今は、そう急がなくてもいいのではないかと思えるようになってきた。彼女がトラウマを消したい理由は、友人と普通に遊べるような『日常』が欲しかったからだが、その理想が半ば実現した今、彼女が抱いていた焦りや苛立ちが徐々に弱まりつつあった。

 

「うん、やっぱり買おう」

 

 しばらく思案した末にようやく決心した。GBOを手に入れて、もっとたくさん木綿季たちと遊ぼう。自分の気持ちに素直になった詩乃は、晴れやかな気持ちで頷く。

 そのように満足できる答えを出してモヤモヤしていた心が落ち着いた途端に、下腹部から伝わる【尿意】に気づく。先ほどまでは考え事をしていたので気にならなかったが、気づいてしまっては我慢できない。

 

「2度寝する前にトイレに行っとこうかな」

 

 少しだけ気恥ずかしい気持ちになりながら立ち上がり、階段のそばにあるトイレへ向かう。幸い使用されておらず、すぐに用を足せる状況である。

 

「……ふぅ」

 

 詩乃は、パジャマのズボンとパンツを下ろして便座に座ると一息ついた。たとえ美少女であっても、この瞬間の開放感は共通なのだ。

 しかし、彼女はリラックスしすぎていた。1人暮らしのクセで、ついカギを閉め忘れてしまったのである。その結果、彼女と同じように尿意を催した宗太郎が禁断の扉を開けてしまうことになる。

 ガチャリ

 

「「…………」」

 

 カギが開いてることを確認した後にドアを開けると、そこには下半身をあらわにした詩乃がいた。あまりに予想外な状況だったため、事実を認識するのに時間がかかり、2人の動きがはしばらく止まる。その間に、少しだけ開いた太ももの隙間から詩乃のVゾーンを見てしまった宗太郎は、事態を把握すると同時に……悲鳴を上げた。

 

「キャ―――――――――――――――――――――――――ッ!!?」

「って、何であんたが悲鳴上げてんのよっ!!?」

 

 とってもTo LOVEるなアクシデントに、スケベであることを公言している宗太郎も流石にテンパってしまった。客観的に見れば羨ましいラッキースケベも、当事者にしてみればとんでもない災難となる。美少女の放尿シーンを見れた喜びよりも、後でおこなわれるだろうオシオキに対する恐怖の方が勝ってしまう。

 その悪夢は、数分後に現実の物となるわけだし。

 

「ほんと、スンマセンでした――――――――っ!!!!!」

 

 顔を赤らめた詩乃が恥ずかしい気持ちを抑えてトイレから出ると、木綿季の部屋の前で綺麗な土下座をした宗太郎が謝ってきた。その周りには、騒ぎに気づいて起きてきた紺野姉妹がおり、不機嫌そうな顔で仁王立ちしている。自分たちの裸を見られるのは許せるけど他の女性は許せない、複雑な乙女心が爆発している様子である。

 

「……」

「ゴメンねシノン。ウチのバカ犬が粗相をして……」

「なんて言うか、その、犬に噛まれたとでも思ってください……」

「そうです! 私のような変態は犬扱いで構いません! いや、むしろ犬と呼んでください、ご主人様!」

「それだと意味が変わってくるんですけど!?」

 

 あまりに焦りすぎておかしなことを言い出した宗太郎に、詩乃の鋭いツッコミが入る。セリフだけ見ればふざけてるのかと言いたくなるが、その表情は割と必死で、本気で謝ろうとしていることは伝わってくる。

 それに、思ったほど怒りが湧いてこない。カギを閉め忘れた自分に非があることも理由となっているが、彼の明け透けなキャラクターがどうにも憎めないのだ。無意識の内に高まっていた宗太郎への好感度が、彼女の怒りを和らげていたのである。

 ただし、当の本人はその事実に気づかず、彼には色々と恩もあるからと納得して許すことにした。無論、タダで済ます気はないけど。

 

「……本当に反省してる?」

「はいもちろん! 一生犬扱いで構わないくらいに反省してるであります!」

「それは逆に迷惑なんですけど……まぁいいわ。一つだけお願いを聞いてくれるなら、今回の事は許してあげる」

 

 そう言うと、詩乃は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 彼女の大事なトコロを見てしまった代償とは、一体何だろうか。未知の恐怖を感じた宗太郎は、無力な子供のように竦みあがる。

 

「それで、その、お願いとはなんでせうか?」

「何もそんなに難しいことじゃないわ。あなたの手で、わたしだけの<デュナメス>を作って欲しいのよ」

「……へ?」

 

 恐る恐る聞いてみたら、思っていたほど怖くないお願いだった。それどころか、喜ばしい展開である。

 

「それってつまり、GBOを始めるってこと?」

「ええそうよ。木綿季たちと遊んでみて気に入ったから、買うことに決めたの」

「やったぁ! ボクのアピールが上手くいったぞ!」

 

 唐突にもたらされた朗報に、先ほどまでのムカムカは吹き飛んでしまった。まだ幼い木綿季にとって、恋愛と友情の垣根はそれほど高くなかった。もちろん、宗太郎を譲る気は微塵も無いけど、今は詩乃が参戦してくれた喜びの方が上だ。

 

「(よし。この調子で、今度はALOをプッシュしていくぞ)」

 

 とりあえず、例のイメージに近づけるための布石を打つことに成功した木綿季は、次の目標に意識を向ける。いつの日か、その機会が訪れるのを待ちながら、詩乃と一緒にGBOを楽しもう。

 

「まぁ、なんだ。とにかく話がまとまって、めでたしめでたしだな!」

「あんたが言うな」

 

 流れに乗って調子の良いことを言い出した宗太郎の後頭部に、詩乃のビンタがきまる。怒ってはいないけど、大事な部分を見られた身としては、もっと動揺して欲しいと思ってしまう。乙女心とは、とっても複雑なのだ。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 ガンダム合宿終了後。詩乃は、宣言した通りにGBOを購入して、定期的に木綿季たちと遊ぶようになった。その際にGBOをやっているキリト・アスナ・クライン・エギルらと出会い、シリカと同様に速攻で親しくなった。

 ちなみに、彼女のアバターは、ガンダムUCのヒロイン【ミネバ・ラオ・ザビ】に似ており、美少女好きなクラインを大いに喜ばせた。もちろん、彼のラブコールは、シノンの心にこれっぽっちも届かなかったが……。

 

「なぁ、シノン。今度リアルでお茶しない?」

「フフッ、おもしろい冗談ね」

「あ、うん、俺の定番ギャグなんだコレ……あはははは……」

「あれ……クラインを見てたら、何か涙が出てきた……」

「ってか、切な過ぎるんですけど! 健気にやせ我慢してる姿に同情を禁じ得ないんですけど!」

 

 予想以上に大敗北を喫したクラインに、みんなで仲良く涙した。悲しいけどこれ、お約束なのよね。

 

 

 そんなこんなで時間は流れて、木綿季たちと出会ってから3週間後の2025年10月5日。ようやく気温も落ち着いてきた秋口に、GGOにて第2回バレット・オブ・バレッツ(BoB)が開催された。

 その大会に初参戦したシノンは、得意の狙撃能力を存分にふるって順調に予選を勝ち抜き、本選でも大健闘して17位に入賞した。木綿季と出会い、GBOで狙撃のコツを掴んだおかげで、急激に実力が上がっていた結果である。木綿季と接点の無かった別世界では22位だったので、彼女の影響はかなり大きいと言える。もちろん、類稀なシノンの能力があればこその成果だが。

 

「今度はもっと上位を目指すわ……」

 

 大会が終わり、シノンは新たな目標を目指す。まだまだ1位の座は遠いが、十分な手ごたえは掴めた。親しい友人が出来て、心に余裕が生まれている今の彼女は、焦ることなく自己分析する。この調子で成長できれば、次の大会で優勝することも夢ではない。

 

「ユウキたちにカッコイイとこ見せたいしね」

 

 ALOから中継映像を見ているだろう仲間たちのことを思うと、つい微笑んでしまう。顔なじみの面々に加えて、まだ会ったことのない面子も応援してくれているらしい。そんな彼らに感謝しつつ、これまでの努力が結果に現れたことをささやかに喜ぶのだった。

 

 

 それから更に時は流れて、2週間後の日曜日。詩乃は、心なしか嬉しそうな表情で自室の掃除をしていた。なぜかと言うと、宗太郎が尋ねてくることになっているからだ。今回は詩乃の都合で木綿季と藍子を呼んでいないから、少しだけ緊張していたりする。

 

「よし。変な物は落ちてないわね」

 

 何度も確認してはソワソワとしてしまう。クールな印象を受ける詩乃だが、内面は初心なので、こういうシチュエーションに慣れていなかった。

 でも、悪い気はしない。新川恭二が来る時よりも意識してしまっているけど、その緊張感が心地いい。

 

「……なんでかな?」

 

 何となく疑問に思って思考に耽る。

 彼女は、トラウマで想像してしまう強盗犯のせいで男性に不信感を抱くようになってしまっており、そのせいで新川恭二の好意にも応えられないでいた。彼と付き合ってみてもいいかなと思うこともあるけど、あのトラウマがどうしてもちらついてしまう。

 それに、新川恭二の行動に違和感を覚えるときがあることも原因となっている。心に闇を抱えている彼は、現実の詩乃ではなくゲームの中の【強いシノン】に好意を抱いており、そこから生じる違和感を彼女の鋭い観察力が感じ取っていたのだ。それがトラウマと重なって、付き合うことを躊躇わせていた。皮肉なことに、彼女を苦しめる悪夢が彼女を助ける結果になっていたのである。

 

「新川くんも良い人なんだけどね……」

 

 裏の真相など露知らず、のん気に宗太郎と比べてしまう。

 良い意味で裏表の無い彼と出会って、彼女の男性観はがらりと変わった。あの男は、歳相応におバカなようで、内面は頼れる兄貴のような包容力を持った不思議な存在だ。小学生の頃に最愛の母を亡くし、中学生の頃にSAO事件に巻き込まれ、現在は父親がアメリカに単身赴任しているため1人暮らしを余儀なくされている苦労人なのだが、そんな環境でも紺野姉妹に溢れんばかりの愛情を注ぐことが出来る宗太郎の強さは、詩乃にとって尊敬出来るものだった。

 

「まぁ、エッチなのは困るけど……」

 

 とっても出来る子なのに分かり易い欠点があることを思い出して赤くなる。それもまた彼の魅力なのだが、大事なトコロを見られてしまった詩乃としては心穏やかでいられない。

 そんなタイミングで、玄関のチャイムが鳴った。

 ピンポーン

 

「ひゃうっ!?」

 

 ビックリして可愛らしい悲鳴を上げる。何もトイレを覗かれたシーンを思い浮かべている時に来なくてもいいじゃない。

 少しだけムカッとした詩乃は、乱暴な足取りで玄関に向かい、ドアスコープを覗いて空気の読めない訪問者を確認した。するとそこには、空気の読めない乙女座の男が立っていた。

 

「はぁ、宗太郎だったのね……」

「いかにも、俺は宗太郎だ」

 

 ため息をつきながらドアを開けると、いつも通りマイペースな様子で話しかけてきた。黙っていればアイドル顔負けのイケメンなのに、グラハムっぽい性格が色々と台無しにしている。まぁ、その点が一部の美少女たちに好かれていたりもするのだから、あながち欠点というわけでも無いのだが……。

 

「とりあえず上がってよ」

「うむ。お招きいただき感謝する」

 

 とにもかくにも、待っていたお客が来たので部屋に入れる。紺野姉妹で慣れている彼は、綺麗な女子高生と2人っきりでも途惑う素振りは見せない。そこがまた憎たらしいのだが、念入りに掃除した部屋を褒められるとあっさり喜んでしまう。

 

「ほう。相変わらず整理が行き届いているな。その手際に賞賛と好意を送ろう」

「う、うん……ありがとう」

 

 頬を赤く染めながらお礼を言う詩乃は、歳相応に可愛らしかった。

 そんな感じで甘酸っぱいやり取りをおこなった後、クッションの上に腰を下ろした2人は本題に入った。今日は、シノン用に制作していたガンプラをお披露目する日なのだ。紺野姉妹を連れてこなかったのは、スナイパーライフルを見て発作が起きた場合のことを考慮しての判断だった。

 そのような事情もあって、詩乃は若干緊張しながら愛機の登場を待ち、彼女の視線を一身に受けている宗太郎は、持ってきたケースから丁寧に作りこまれたガンプラを取り出した。

 

「それではお見せしよう。我が渾身の傑作……その名も<ウルティマラティオ・ガンダムデュナメス>!」

「……これが、わたしのガンダム……」

 

 新たな相棒を見た詩乃は、一番最初に綺麗だと思った。破損防止のため武装が外されているそれは、とてもすっきりとしたシルエットだった。

 その機体は、<ガンダムデュナメスリペア>を改造したもので、<ケルディムガンダム>と<ガンダムサバーニャ>の特徴も合わせたハイブリッドMSとなっている。素人が見ても素晴らしい出来栄えで、ほぼフルスクラッチと呼べるほど全体的に手を加えてある力作だが、その内容は以下の通りである。

 本体は、GGOで使っているシノンのアバターを参考に女性っぽい細身のラインに仕上げ、より人間らしい動きが出来るようになっている。

 GNドライヴは腰部後方に外装され、その両サイドに設けられたアームにライフル状のビット兵器が左右3基づつマウントされる。

 背部には4発のGNバーニアが搭載され、その両サイドに設けられたアームに大型スナイパーライフルが左右1挺づつマウントされる。

 肩部のGNフルシールドはGNシールドビットⅡの集合体となっており、分離して広範囲を防御することも出来る。

 以上のように全体的に改造が加えられて、元のデザインからかなり変化しているこの機体は、まさにシノン専用のガンダムとなっていた。

 

「どうかな詩乃。この機体、満足していただけたかな?」

「うん……すごく綺麗で気に入ったわ」

 

 <ウルティマラティオ・ガンダムデュナメス>を手にとって細部を確認した詩乃は、素直な感想を述べた。本体の方は申し分ない出来栄えで、余計な事を言う必要など微塵も無い。

 これで後は、懸案となっている武装確認をするだけだ。

 

「それじゃあ、ライフルを見せてくれる?」

「いけるのか?」

「ええ。とりあえず挑戦してみるわ」

「了解した」

 

 詩乃の意思を確かめた宗太郎は、武装を取り出していく。背部に搭載する新型ビット兵器。近接戦用に追加したGNビームピストルⅢ。若干大型化して威力を増したGNスナイパーライフルⅢ。そして、弾のサイズを120mmから135mmに変更して一回り大きくなった実体弾型スナイパーライフル【アルテミスⅡ】。それらを順次に取り出してテーブルの上に置いていく。

 

「っ!」

 

 ヘカートⅡに酷似したアルテミスⅡを見つめていると、徐々に詩乃の表情が険しくなっていく。やはり、現実では発作が起きてしまうようだ。

 

「大丈夫か?」

「え、ええ……スケールが小さい分、発作も弱まってるみたい」

「そうか……でも、無理はしないほうがいいぞ」

「うん、ありがとう」

 

 微笑を浮かべた詩乃は、宗太郎の気遣いに感謝しつつ、ゆっくりとした動作でアルテミスⅡを手にとってみる。その瞬間、例のイメージが浮かんで呼吸が荒くなるが、宗太郎に視線を向けると嫌悪感が薄れていく気がした。

 

「はぁはぁ……」

「詩乃!」

「だ、大丈夫……あなたが作ったものだって思ったら、だいぶ楽になったから」

「ふっ、そうか。それはビルダー冥利に尽きるな」

 

 そう言うと、お互いに照れ笑いを浮かべた。いつの間にか見詰め合っていたことに気づいて、何となく気恥ずかしくなったからだ。

 それと同時に詩乃は思う。これは、トラウマ克服のための良い切欠になるかもしれない。宗太郎が傍にいたら、アレを持っても発作が弱まるかもしれない。そのように考えた詩乃は、更に難易度の高い挑戦をしてみることにした。

 

「ねぇ、宗太郎。こっちに来てくれる?」

「ああ、いいとも」

 

 詩乃は、アルテミスⅡをテーブルに置くと、部屋の隅にある黒いデスクの前に移動した。宗太郎がその後に続くと、彼女はデスクの引き出しを開けて中を見せた。するとそこには、一挺のモデルガンが入っていた。

 

「ほう、見慣れない銃だ。どこで作られたものか」

「これは、GGOの大会で入賞したプレイヤーが貰える賞品よ。トラウマを克服するために使えると思って手に入れたの」

「なるほど、そういうことか……」

 

 簡潔な説明を聞いた宗太郎は一先ず納得した。

 そのモデルガンは、GGOに登場する架空の光学銃で、名を【プロキオンSL】という。彼女はこれを2週間前に入手していたが、トラウマの影響で、開封するのに更に2週間を要した。しかも、最初に手に取った時は、恐れていた通り酷い発作に襲われてしまい、結局嘔吐してしまった。

 でも、今なら……。

 

「事情を知ってる人が傍にいれば、少しは楽になるかもって思ったの」

「それで私がいる時に挑戦することにしたのか」

「うん……もしかしたら、最初に会った時みたいになっちゃうかもしれないけど、試させてもらえるかな?」

「もちろんいいとも。この私、グラハム・エーカーが、君のナイトを務めてみせよう!」

 

 この男が、覚悟を固めた乙女の願いを聞き入れないはずがない。

 嫌な提案を快く受けてくれた宗太郎に力を貰った詩乃は、真剣な表情でモデルガンに手を伸ばす。そして、ひんやりとしたグリップを握り締めて、目の前にかざす。

 

「……っ!!」

 

 黒い銃身を見つめていると、徐々に視界が赤く染まってくる。これは血だ。あの強盗犯から溢れ出た真っ赤な血だ。

 

「はぁっ、はぁっ」

 

 だんだん呼吸が荒くなる。真っ赤な世界が広がり、そこからあの男の恐ろしい顔が浮かんでくる。

 ダメだ。このままではまた、悪夢に飲まれて――

 

「負けるな詩乃! 君の仲間はここにいるぞ!」

「っ!!?」

 

 急に聞こえてきた力強い声と共に、温かいものが詩乃の身体を包み込む。背中から宗太郎が抱きついて、一緒に銃を握ってくれているのだ。

 

「未来を切り開くためには、今を見失ってはいけない! 過ぎ去った過去ではなく、今ここにいる私を感じたまえ!」

「あ、あなたを……?」

「そう、私は君の傍にいる! そして、戦友となった木綿季と藍子の想いも、君と共にあるはずだ!」

「はぁ、はぁ……木綿季、藍子……」

 

 苦しい呼吸の中、詩乃は可愛い友人たちのことを思った。すると、恐怖しかなかった心の中に、温かい感情が広がっていく。

 

「過去を変えることはできなくとも、今を共に戦うことは出来る。だから、遠慮なく私たちの手を取りたまえ! 君のためならば、喜んでこの力を貸そう!」

「……そ、宗太郎っ!!」

 

 その瞬間、詩乃の目から涙がこぼれた。自分は1人ぼっちじゃないと実感出来た喜びが、悪夢を超えて溢れ出たのだ。

 そしてそのまま宗太郎と共にトラウマと戦い続け、数分後にモデルガンを引き出しに戻した。

 

「ふぅ……」

 

 ようやく不快感から開放されて一息つく。

 結果を言うと、トラウマに打ち勝つことはできなかった。発作はある程度押さえ込めたが、嫌なイメージを払拭できたわけではなく、宗太郎がいなければ恐らく元どおりになってしまうと思う。

 それでも、改善の兆しは見えた気がする。その切欠を与えてくれた宗太郎に対して、感謝の気持ちが膨らんでくる。だから、抱きしめられた恥ずかしさを隠して、素直にお礼を言う。

 

「あの……さっきはありがとう」

「なに、礼など不要だ。この私も、美しい君を抱きしめられて役得だったからなぁ」

「はぁ……何か急にありがたみが無くなったわ」

 

 珍しくシリアスしてると思ったらこれである。詩乃にとって誤算だったのは、紺野姉妹にしょっちゅう抱きつかれている宗太郎が、この手の状況に慣れまくっていることだった。恋愛原子核である和人と同様に、恋する乙女の天敵と言える。

 その被害者(?)となった詩乃は、こんな男に惹かれつつある自分にそれでいいのかと問いたくなるのであった。




次回は、キリトたちと共に拠点防衛戦をおこないます。
大規模な戦争イベントで、ビルドファイターズのキャラも多数登場する予定です。
ちなみに、今回の章は後2話ほど続くと思います。

それと、次回も遅くなると思います。


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第31話 ソロモン防衛戦

今回は、ソロモン宙域でガンプラバトルをします。
なんかもうね、書き込んでたら思いっきりガンダムな話になってしまいました。
SAO要素が原作キャラだけになってますけど、もう少しだけお付き合いくださいませ。


 詩乃が<ウルティマラティオ・デュナメス>を受け取ってから6日後の土曜日。GBOにて、大きな戦争イベントが開催されることになった。大分前からエギルを中心にして進めていた計画で、ようやく条件を満たすことが出来たのである。

 無論、宗太郎たちも協力しており、彼らの小隊に加わった詩乃も一緒に参戦することになった。

 そして今、エギル主催の【フリーダム・ウォー】に参加するプレイヤーたちが、中立地帯となっている宇宙ステーション【ラプラスⅡ】に集まっていた。

 GMとの手続きを終えた後に連邦側のブリーフィングルームにやってきたユウキたちは、これから始まるイベントについて嬉しそうに言葉を交わす。

 

「ふっふっふ~、今回はシノンもいるから楽しくなりそうだね~」

「そうね、エギルさんの友達って強い人が多いから、面白い戦いになりそう」

 

 この日を楽しみにしていたユウキとランは、遠足前の小学生みたいにはしゃいでいる。

 そんな彼女たちの傍にはシノンとSAO生還者組がいて、和やかに談笑している。その面子は、ソウ・マツナガ、キリト、アスナ、シリカの4人だ。

 彼らはユウキたちと同様にシノンの活躍を期待しており、特に連邦軍の司令官を務めるキリトは、彼女の狙撃能力を頼りにしていた。

 

「うちの連中は近接オンリーの脳筋ばかりだから正直助かるよ」

「あんたがその筆頭だから実感篭ってるわね」

「ははっ、まぁな」

 

 シノンに図星を突かれたキリトは苦笑する。彼のアバターは、ガンダム00に登場する刹那・F・セイエイに似た美少年なので、弱気な表情も様になっている。ただし、アムロみたいな天然パーマが色々と台無しにしてしまっていたが。

 

「ほう。どうやら君はシノンの狙撃能力にご執心のようだが、股間のスナイパーライフルを使わせれば、私の方が腕は上だぞ、天パ少年!」

「色々言いたいことはあるが、とりあえずその呼び方をやめやがれ」

 

 ソウ・マツナガに茶化されて、天パのキリトがムスッとする。この手のアバターでハズレを引いたことが無いため、いじられることに慣れていないのだ。

 しかも、恋人のアスナまでいじり甲斐のあるアバターを引き当てているから、周囲の者にとっては余計に面白く感じてしまう。

 

「色んな人にからかわれてキリトも大変ね」

「それはわたしも同じよ。このアバターのせいで、何故かやたらと怖がられたり、『おかしいですよ、カテジナさん』とか言われるし……」

 

 キリトと同様にアバターに不満を抱いているアスナはシノンに愚痴を言う。彼女は、Vガンダムに登場する最凶の悪女、カテジナ・ルースにソックリな容姿をしているため、多くのプレイヤーから恐れられているのだ。ぶっちゃけると、戦闘時に見せる彼女のバーサーカーぶりがそうさせているのだが、幸か不幸か本人にその自覚は無かった。

 

「みんなのアバターは、どれも可愛らしくていいのになぁ……」

「ああっ、アスナがいじけた!」

「結構気にしてたんですね」

「わたしとしては、スタイル抜群で羨ましいなと思いますけど……」

 

 急にしょんぼりとしだしたアスナを、ユウキたちが気遣う。自分の胸と見比べているシリカだけは微妙に違う話をしている気もするが、指摘するのは野暮ってモンだろう。

 何はともあれ、彼らは彼らなりにイベント前の時間を楽しんでいた。

 すると、これまでキリトたちの様子を伺っていた1人の少年が近寄ってきた。Vガンダムに登場するウッソ・エヴィンがメガネをかけたような容姿の彼は、少し緊張した様子でキリトに話しかけてきた。

 

「あの、キリトさん」

「おう、よく来てくれたなレコン」

 

 レコンと呼ばれた少年は、キリトと顔見知りだった。彼の本名は長田慎一と言って、リアルでは直葉の同級生であり、彼女にALOを勧めた人物でもある。

 彼は直葉に対して恋愛感情を抱いており、ALOでも仲を深めようとがんばっている姿を見かけることが出来る。その流れでソウ・マツナガたちと知り合いになり、雑談を交わしているうちにGBOをやっていることも判明して現在に至っている。

 

「今日は声をかけてくれてありがとうございます」

「ああ、お前の実力はあてに出来るからな。大きな戦果を期待してるぞ。直葉の件に考慮する気はまったくねーけどな」

「は、はぃ……」

 

 無自覚系シスコンであるキリトは、分かり易い態度で義弟候補を牽制する。そんな彼から発せられる邪気に気圧されるレコンだったが、それを哀れんだソウ・マツナガが、すかさずフォローに入る。

 

「そう萎縮するな、新八。恋とは当人同士の感情こそが大事なのだから、シスコン兄貴の嫉妬など、犬に食わせてしまえばいいさ」

「は、はい、素敵なアドバイスありがとうございます……でも、僕の名前は新八じゃないです」

 

 レコンは、メガネをきらりと輝かせながら反論する。彼もまた、ソウ・マツナガに対するツッコミ要員の1人となっていた。

 

 

 一方、ジオン側のブリーフィングルームでは、司令官のエギルと主力メンバーが挨拶を交わしていた。

 

「良く来たな。お前の参戦を歓迎するぜ」

 

 笑顔を浮かべたエギルは、サングラスをかけた少年に向けて言葉をかける。エギルのアバターは、ファーストガンダムに登場するドズル・ザビをスキンヘッドにしたような強面なので、普通の笑顔でも威圧感を感じてしまうほどである。しかし、サングラスの少年は、まったく動じることなく返答する。

 

「なに、ジオンきっての猛将として知られるエギル殿の誘いとあらば、断る理由など無いさ」

「ははっ、メイジン・カワグチにそこまで言われるとは光栄だ」

 

 ニヤリと口元を歪めたエギルは、メイジン・カワグチの肩を軽く叩く。サングラスの少年は、秘密兵器として声をかけていたユウキ・タツヤだった。GBO常連の2人はソウ・マツナガと同様に親交があり、同じ陣営で共闘する機会も多いのだ。

 そのような繋がりで参戦することになった彼は、攻撃部隊の隊長であるクラインとツーマンセルを組むことになっている。メイジンと名乗ることを許された彼の実力はGBOでもトップクラスであり、この人選にはクラインも満足していた。

 

「アンタが相棒になってくれるんなら、まさに百人力だぜ」

「その言葉、私の本気で応えよう」

 

 そう言うと、2人は力強く握手した。

 

「私も期待させてもらおうか。噂に名高い【ノースリーブ・ザムライ】の実力とやらを!」

「その二つ名で呼ぶんじゃねーよ!」

 

 変なあだ名で呼ばれたクラインは速攻で拒絶した。しかし、そう呼ばれても仕方が無い理由が彼にはあった。

 クラインのアバターはZガンダムに登場するクワトロ・バジーナに似ており、当初はようやくイケメンを演じられると喜んだ。しかし、彼の歓喜はすぐに悲劇へと変わる。このアバターには、いくらコスチュームを変えても必ずノースリーブになってしまうという誰得な機能(?)が備わっていたのである。

 もちろん納得できずにメーカーへ文句を言ったが、『仕様です』と返されてはどうにもならない。しかも、彼の不幸(?)はそれだけで終わらなかった。これほど奇妙な特徴がプレイヤーの間で話題にならない訳が無く、短期間の内に『ノースリーブ・ザムライ』や『袖無し』といった不本意な二つ名を付けられてしまったのである。

 

「ってか、ノーマルスーツまでノースリーブになるって一体どーいうことだよ! 重力から魂を開放したら肩まで開放されるワケ? ニュータイプって、ファッションセンスが新しくなるって意味なワケ? どー考えてもおかしいだろコレ! どっちかって言うと時代を逆行してるんですけど! 流行遅れのオールドタイプに退化してるんですけど!」

 

 これまでの不満が爆発したクラインは、ギャグマンガのように怒り出した。彼もまた、キリトやアスナと同じくアバターに不満を持っていたのである。

 

「そこまでノースリーブを嫌うとは、キャラに似合わず繊細なのだな」

「セクシーな男のワキは、女を惹きつけるモンなんだがな」

「宇宙空間でワキだしてる変態に惚れる女はいねーよ」

 

 エギルとメイジン・カワグチにからかわれてクラインが不貞腐れる。

 それでも彼が、このゲームを楽しんでいることは間違いない。GBOとは、ノースリーブの呪いすら凌駕するほどに魅力的な世界なのだ。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 軽い雑談を終えた後に、両陣営でブリーフィングが始まる。連邦とジオンの司令官はそれぞれキリトとエギルが務めることになっており、壇上に立ったキリトは、ブライトさんのような気分になって語り出す。

 

「それでは、【ソロモン防衛作戦】について説明する」

 

 大佐という肩書きを持ったキリトは、堂々とした様子でブリーフィングを進行していく。

 このゲームのプレイヤーは傭兵という設定だが、GBO独自の世界観によって正規兵と同じ権利を有しているため、このようなシチュエーションが可能となっている。

 簡単に説明すると、プレイヤーは【戦国武将】みたいな存在であり、それなりに権力を持っているのだ。

 

 

 GBOの世界では、長引く戦争によって危機的なまでに軍人が不足しており、それに伴い勢力内における統治能力の弱体化が進んで、各拠点にいる有力者たちが独自に軍事力を得て自治力を強めている混沌とした状況となっている。

 そんな世界観の中で、有力者の分身であるプレイヤーは【治安維持のために作った私設武装組織】の指揮官という位置づけとなっており、連邦やジオンは、彼らを正規兵と同等の扱いで雇うことで急場をしのいでいるという設定になっている。

 そのため、プレイヤーは所属する軍を自由に変更することができ、それぞれの軍で獲得した功績に応じて階級を上げることもできる。今回の戦争イベントは、作戦の立案が可能となる将官クラスまで昇進しているエギルのおかげで開催できたのである。

 

 

 以上のような設定に則り、プレイヤー主催のフリーダム・ウォーがおこなわれ、部隊編成から作戦まで自分たちで決めていく。

 プレイヤーは、両陣営合わせて12小隊――最大60人まで登録でき、プレイヤーユニットは、一つの陣営でMS30機、艦船6隻まで参加可能となっている。そこにNPC艦隊を加えて、MS総数200機、艦船総数30隻の1個艦隊が総戦力となる。(原作のソロモン攻略戦はこの10倍以上の規模だが、ゲームとしての都合上、大幅に簡略している)

 また、大きな攻撃力を有するMAは最大5機まで使用可能だが、小隊におけるMAの使用条件が人数1人分と引き換えに1機のみとなっているため、参加できるMSの数が減ってしまうというデメリットがある。

 そのような規則に従って部隊を編成し、10分程度の話し合いの結果、今回の陣容が決まった。

 

・地球連邦軍

部隊名:黒の艦隊

司令官:キリト(大佐)

旗艦:バビロニア・バンガード級戦艦<タービュレント・ウンディーネ>

艦隊編成:戦艦×7、巡洋艦×23、MS×196、MA×2

 

・ジオン公国軍

部隊名:エギル・フリート

司令官:エギル(中将)

旗艦:レウルーラ級大型戦艦<ゼネラル・エギル>

艦隊編成:戦艦×9、巡洋艦×21、MS×192、MA×4

 

 ご覧の通り、お互いの個性が垣間見えるデータとなっている。キリトの方は『なるほど』と言った所だが、エギルに至っては『自己主張しすぎじゃね?』とツッコミたくなる固有名詞ばかりである。

 ちなみに、連邦の旗艦は『荒ぶるウンディーネ』という意味で、所有者のキリトが船体にデザインされた黄金の女性像からイメージしたものだが、ALOで【バーサークヒーラー】と呼ばれているアスナがそれを深読みして、ちょっぴり揉めたという裏話があったりする。

 

 

 何はともあれ、お互いの特色が色濃く出ている遊び心に溢れた部隊が完成し、いよいよ準備は整った。

 ジオン側のブリーフィングルームで話をまとめたエギルは、やる気を漲らせている仲間を満足そうに眺めて最後のシメに入る。

 

「勇敢なる精鋭たちよ! 臥薪嘗胆の末にソロモンを奪還する時が来た! 今こそ我らの誇りを踏みにじった地球連邦を叩きのめし、ジオンの栄光を取り戻すのだっ!!」

『おお――――――――――――!!!!!』

「それでは行こう、美しき我らが海へ! ジーク・ジオン!!」

『ジーク・ジオン!!!!!』

 

 エギル・フリートの面々は、ノリノリで勝鬨を上げる。今回のメンバーはそれほどまでに強力だからだ。しかし、対する相手もまた強敵であり、勝敗の行方は実際にやってみなければ分からない。

 そんな彼らが雌雄を決する戦場は、数多の因縁が渦巻く宇宙要塞ソロモン。

 制限時間となっている90分の間に拠点の中枢部を破壊できればジオンの勝利となり、敵のプレイヤーユニットかエリア移動に必要な艦船を全滅できれば連邦の勝利となる。

 しかし今は、結果など二の次である。ただ全力でガンプラバトルを楽しむだけだ。

 ブリーフィングルームを出てバトルルームに集まった総勢53人のプレイヤーは、自身の前にある台座にGPベースを接続し、遠く離れたソロモン宙域へと転送されていく。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 一瞬にしてソロモン宙域エリアに転送されたプレイヤーは、それぞれの所属艦から出撃準備を始める。連邦の艦隊はソロモン近海のサイド3方面に展開し、ジオンの艦隊はその300km先に対面するように展開して、手の平サイズのソロモンを臨んでいる。

 帰るべき古巣を見てニヤリと笑ったエギルは、早速愛機に乗り込んで全軍に号令を出す。

 

「もはや多くを語るまい。ただ存分に暴れて来い!!」

『おお――――――――――――!!!!!』

「MS隊、出撃せよ!!」

 

 男らしいエギルの号令と共に、カタパルトからMSが射出される。その半数以上が攻撃部隊としてソロモンを目指し、加速していく。

 

「さぁて、キリトたちがどうでるか。じっくり拝見させてもらうぜ」

 

 艦隊の防衛を務めるエギルは、急速に小さくなっていくクラインたちを見送りながらつぶやく。今回の攻撃部隊には、エギルとメイジン・カワグチが集めた凄腕プレイヤーが大勢いる。流石のキリトたちでも苦戦は必至のはずだ。

 

 

 その同時刻。連邦側のキリトたちも出撃を終えて、それぞれの役目を果たすために行動を開始していた。

 キリトとアスナの恋人組は主力部隊を率いて進撃。途中ですれ違うジオンの攻撃部隊と交戦しつつ、敵艦隊へ攻撃を仕掛ける。シノンやシリカなどの遠距離攻撃タイプのプレイヤーは、50kmほど先にある暗礁宙域で待ち伏せしてソロモンに向かう敵機を迎撃する。そして、強力な新型機に乗っているランとユウキは、防衛隊の要としてソロモンの玄関とも言えるスペースゲート前に陣取る。

 

「ソウ君、戦果を期待してるね」

「フラッグファイターの矜持に誓って、君の想いに応えてみせよう」

 

 この場に残るランは、攻撃部隊に加わっているソウ・マツナガにエールを送る。機動力の高い機体に乗っている彼は、主力部隊とは別の進路から攻め込むことになっているのだ。

 

「ちぇっ、ボクも行きたかったなぁ」

「ふふ、今回は我慢してね?」

 

 未だに自分のポジションが納得できていないユウキは不貞腐れており、苦笑したアスナが優しく宥める。カテジナさんっぽいアバターなので違和感が半端無いものの、中の人は慈愛に満ちたお姉さんだから問題無い。

 何はともあれ、仲間内で話している間に各プレイヤーの準備は整った。

 

「よし。それじゃあ攻撃部隊発進するぞ!」

「了解した。グラハム・エ-カー、先行する!」

「おう、向こうで会おう!」

 

 キリトの合図と共にソウ・マツナガの機体が移動を始めた。彼が操縦する黒い大型の戦闘機は、北極星の方位――エリア上部へ向かって加速していく。

 それと同時にキリト率いる主力部隊も動き出す。彼らの目標は、300km先にいる敵艦隊および防衛部隊の撃滅である。ステルスが効いているため望遠画像でも捉えられないが、その代わりに彼らが放つビームとミサイルがじきに襲い掛かってくるはずだ。

 

「アンチミサイル粒子弾、発射! 続いてビーム撹乱膜、散布開始!」

 

 キリトは、発進すると同時に艦隊へ命令を出す。それに応じて各艦からミサイルが発射され、それぞれ設定された宙域で炸裂する。その数分後にジオンの艦隊攻撃が始まった。

 無数のビームとミサイルが宇宙空間を疾走し、アンチミサイル粒子弾とビーム撹乱膜の散布領域に飛び込んでいく。すると、そこかしこに暴力的な花々が咲き乱れる。その様子を間近で見たシノンは、あまりの迫力に息を呑む。

 

「すごい……」

「初めて見た時はわたしも驚きました」

 

 シノンの<ウルティマラティオ・デュナメス>と並走しているシリカは、彼女の意見に同意する。遠目から見る宇宙戦争は、それほどまでに非現実的であり、ある意味美しいとさえ言える光景だからだ。

 しかし、いつまでも見惚れているわけにはいかない。ビーム撹乱膜の減衰と同時に連邦からの艦砲射撃も始まって壮絶さを増していくビームの応酬を横に見ながら、シノンとシリカは自分たちの役目を果たすために動き出す。

 

「そろそろ迎撃ポイントね」

「はい。それじゃあキリトさん、わたしたちは離れます」

「了解。武運を祈る」

 

 通信画面に映るキリトに敬礼を返しながら迎撃部隊が離脱していく。このあたりの宙域は障害物が多く、待ち伏せに適しているのだ。

 ここでシノンは<ウルティマラティオ・デュナメス>による長距離狙撃をおこなうことになっており、新型に乗ったシリカは、強力な砲撃で弾幕を張ることになっている。

 

「それにしても、今度の機体もやたらと可愛らしいわね」

「はい。キリトさんがわたしをイメージして作ってくれたそうです」

 

 シリカは、ちょっぴり照れた様子で新型ガンダム――<ストライクフリーダムエンジェル>が作られた経緯を語る。

 <ストライクフリーダムエンジェル>は、その名の通り<ストライクフリーダムガンダム>を元に改造した機体で、全体的にサイズを縮小して少女のような体型に作り直し、背部ウイングとドラグーン・システムを天使の翼のようなデザインにした趣味全開の一品となっている。さらに、支援機であるピナもパワーアップしており、巨大補助兵装<ミーティア>を元に制作した成竜型特殊戦闘機<ピナさん>となって<ストライクフリーダムエンジェル>をその背に乗せている。もちろん合体も可能で、防御力を犠牲にする代わりに強大な攻撃力を得ることができる。

 この機体の砲撃と<ウルティマラティオ・デュナメス>の狙撃が合わされば、この宙域を通過していくジオン側にとって脅威となることは間違いない。

 

「後は敵が来るのを待つのみね……」

「キリトさんたちとの交戦を避けた敵はすぐに来ますよ」

 

 何度か戦争イベントを経験しているシリカが、敵の進行速度を予想する。

 GBOにおけるMSの最高速度は、宇宙速度などの難しい物理法則を省略して2000km/h前後となっており、それほど早いわけではない。加速したり遠心力が働けば宇宙でも相応のGが発生するため、リアルから逸脱しないように人体が耐えられる数値になっているのだ。その上、スラスターを使用すると【オーバーヒートゲージ】が上昇し、それがMAXになるとしばらくスラスターが使えなくなるというリスクがあるため、通常は1000km/h以下の巡航速度で活動することになる。

 それでも、順調に進めば十数分でこの宙域に辿り着く。途中で接触するキリトたちがいくらか抑えてくれるだろうが、ジオン側の精鋭が突破してくるのは間違いなかった。

 

 

 バトル開始から10分ほど経過した頃、両軍の攻撃部隊はお互いに視認できるほどまで接近していた。

 その光景を確認したクラインはニヤリと笑い、メイジン・カワグチは闘志を燃やす。

 

「来たなキリの字!」

「やはり彼らも正面突破を試みるか。お互いに我慢弱い性質なようだなぁ!」

 

 2人は、先頭にいるキリトとアスナの新型機に注目した。

 黒いカラーリングが特徴的なキリトの機体は、<ダブルオーガンダム>を元に制作した<ダブルオーガンダム・ソードマスター>である。

 本機は、特殊な機能を追加せずに、本体の完成度を高めることで純粋な機体性能の向上のみを追及した【二刀流専用】のMSとなっている。全身の装甲にアレンジを加えて小型GNスラスターを増設し機動力を増強。さらに、SAOで装備していた【コート・オブ・ミッドナイト】を参考に、GNコンデンサーと大型GNスラスターを搭載した腰部アーマーを追加し、凄まじい突進力を獲得している。そして肝心の武装は、SAOで愛用していた【ダークリパルサー】と【エリュシデータ】を再現した特製GNソードを装備し、完全にキリトのスキルに依存したこだわりの仕様となっている。

 そんなキリトらしいMSと仲良く並んでいるアスナの機体は、青い髪の妖精のような姿をしている。それは、ALOでアスナが使っているアバターを参考に<ノーベルガンダム>を改造した<フェアリーナイトガンダム>である。

 ALOで装備している衣服をガンダム風にアレンジし、背中には妖精の羽を模したフレキシブルスラスターユニットを搭載して機動力をアップさせている。また、【ランベントライト】を再現した専用レイピアの先端にはビーム発生器が仕込まれており、<ノーベルガンダム>と同様に【ビームリボン】を使用することが出来る。それによって攻撃範囲が広まると同時にトリッキーな戦術がおこなえる。

 どちらの機体も近接戦に特化した作りで遠距離戦には不得手だが、その弱点を突いたとしても彼らを撃墜するのは至難の業である。

 

「可憐な妖精の加護を受けた黒衣の剣士と宇宙で相まみえるとは。ロマンチックな演出に賛辞を送らせてもらおう」

「ったく、こんなところでもイチャつきやがって、コンチクショー!」

 

 メイジン・カワグチは新型ガンプラの見事な出来栄えを賞賛するが、大人気無いクラインは別のところで憤る。

 

「ええい、目障りなバカップルなど宇宙の塵に変えてやらぁ!」

「逸るなクライン! 私たちの成すべき任務は、バカップルの殲滅ではない!」

「って、バカップルってところは否定しないのかよっ!?」

 

 ジオンサイドのおバカな会話は、オープン通信でキリトたちにも聞かれていた。

 

「なぁアスナ、俺たちってそんなにイチャついてるかな? 結構普通だと思うんだけど……」

「キリト君、何気に気にしてたんだ……。でも今は、メイジンの存在を気にしないとダメだよ」

「あ、あぁ、そうだな。あいつはかなりの強敵だ」

 

 確かに今は彼らと戦うことを考えなければならない。キリトは、8月におこなわれた全国大会で彼を負かした優勝者と互角以上に渡り合ったメイジン・カワグチに一目置いている。それに見合うほどに彼の実力は高く、操るガンプラの完成度もメイジンの名に恥じないものだった。

 彼が用意した機体は、【プラモ狂四郎】というマンガに登場した<レッドウォーリア>を現代風にアレンジした<ガンダムアメイジングレッドウォーリア>という名のMSだ。真紅のボディに強力なハイパーバズーカを装備した美しいガンプラであり、メイジン曰く、『客観的に見ても自画自賛に値する程いい機体』となっている。

 そんな彼だけでも脅威なのだが、強敵は他にもいた。

 

「やいキリの字! メイジンばっかり気にしてるようだが、俺のことも忘れてもらっちゃあ困るぜ?」

「もちろん、【袖無し】のクラインを忘れることなんてできないさ」

「チクショーッ! 袖のことは忘れてくれよ! 肌色の服を着てるってことにしといてくれよ!」

 

 痛いところを突かれたクラインは、涙目になりながらシャウトする。しかし、情けない彼とは裏腹に、乗っている機体は実に見事な出来栄えだった。

 侍好きな彼の機体は、<シナンジュ>を武者風に改造した<紅蓮武者ネオシナンジュ>という名の絢爛豪華なMSである。<ネオ・ジオング>をスケールダウンして改造した武者鎧を、和風に作り変えた<シナンジュ>に装着し、MSサイズのままで<ネオ・ジオング>の機能を簡易的に実現させている。

 主武装は【砕虎不零無(さいこふれいむ)】という名の赤色に輝く刀で、レアアイテムの【サイコフレーム】を搭載することによってサイコ・フィールドによる衝撃波を飛ばすことが出来る。さらに奥の手として、大型化したリアアーマーの上部に無線式の【大型クローアーム】を4基装備し、オールレンジ攻撃が可能となっている。

 この機体は、見た目通りに恐ろしい性能を秘めており、乗っている男がノースリーブの変態でも決して侮ることは出来ない。ソロモンの前にはユウキとランが控えているものの、この2機を相手にしては分が悪いかもしれない。

 

「だったら、ここで仕留める!」

 

 キリトは、ビームの撃ち合いが始まった戦場で、クラインとメイジン・カワグチを攻撃するべく突進しようとする。しかし、その途中で邪魔が入った。

 

「そうはさせないぜ!」

「なに!?」

 

 聞き覚えのある声が聞こえたと思った途端に、自分を狙ったビームが飛んでくる。それに気づいて回避すると、クラインたちの後方にいるギラ・ドーガ部隊に隠れていた2機のMSが飛び出してきた。

 

「久しぶりだなキリト!」

 

 馴れ馴れしい言葉と共に通信画面が表示される。そこに写っていたのは、全国大会でキリトを負かした張本人だった。

 

「なっ、レイジもいたのか!?」

「オマケにアイラも連れて来てるぜ」

「ちょっと、オマケってどういうことよ!?」

 

 唐突に現れたのは、全国大会の優勝者であるレイジと、彼のガールフレンドであるアイラ・ユルキアイネンだった。レイジは欧州から来た帰国子女で、現在は東京にある中学校に通っている15歳の少年である。そして、彼と同時期に北欧から留学してきたアイラは、東京で食べ歩きツアーをしている時に言葉が通じず困っていた所で偶然レイジと知り合い、今では友達以上恋人未満の仲となっている。

 彼らは、レイジの親友であるイオリ・セイの影響でガンプラバトルを始めるようになり、短期間の内に類稀な才能を開花させた。その結果、メイジン・カワグチやエギルとも親しくなり、今回は秘密の助っ人として声をかけていたのである。

 

「というわけで、お前らの相手は俺たちがしてやるぜ!」

「このバトルに勝ったらエギルのお店で食べ放題なんだから、絶対に負けないわよ!」

「分かり易い買収されてる!?」

 

 どうやらエギルと秘密協定を結んでいるらしい2人は、食欲を力に変えて襲いかかってきた。レイジの<ビルドストライクガンダム・コスモス>はキリトに、アイラの<ミスサザビー>はアスナに向けて攻撃を始める。

 

「相変わらず正確な射撃だな!」

「それを剣で切り払ってるお前は、相変わらずデタラメだけどな!」

 

 レイジとキリトは、お互いの得意な武器で激しい攻防を繰り広げる。

 一方、アイラとアスナのバトルも一気に過熱していく。

 

「やっぱりアイラは、ファンネルの操作が上手ね!」

「とか言いながら軽く防がないでよね!」

 

 アスナは、ビームリボンを出した【ランベントライト】を高速で振り回して攻撃と防御を同時にこなし、アイラのファンネルを次々に撃墜していく。

 男女ペア同士のバトルは五分五分の状況から始まり、長期戦に入りそうな勢いである。

 その隙にクラインたちは、次々と連邦勢力をすり抜けていく。ジオンの攻撃部隊には護衛部隊が混ざっていたため、足止めに失敗したのだ。

 

「あばよ、キリの字! 俺らはこのまま行かせてもらうぜ!」

「口惜しいが、君とのバトルはレイジ君に譲ろう」

「ちぃ、やられた!」

 

 <ビルドストライクガンダム・コスモス>のビームサーベルを二刀流で捌きながら、遠ざかっていくクラインたちを見送る。こうなったら、後方にいるシリカとシノンに任せるしかない。

 

 

 とうとうMS同士の戦闘が始まり、ジオンの防衛部隊にも緊張が走る。劇中通り、艦船はMSの攻撃に弱いので、防衛部隊の役割は非常に大きくプレッシャーもかかるのだ。

 ちなみに、脆いはずの艦船が攻撃の届く位置にいるのは、そうせざるを得ないからだ。身を隠す手段がある地球ならともかく、ほぼ何も無い宇宙空間では正面から殴りあうしかないのである。それに加えて、MSの航続距離が敵味方共に大差無いため、互いに攻撃を受けることが必然となってしまっているという理由もある。だからこそ劇中では、艦船の防御力よりもMSの攻撃力を上げる努力が加速したのだと思われる。

 そのような背景を踏襲しているGBOだからこそ、エギルは防衛任務を買って出たのだった。

 

「あいつらは必ずここへ来るはずだからな」

 

 エギルは、結構猪突猛進なキリトとソウ・マツナガというライバルが来ることを見越していた。

 そして、彼らと対等以上にやりあうために取って置きのMAを用意した。

 

「存分に見せつけてやるぜ。この<パーフェクトノイエ・ジール>の力をなぁ!」

 

 自信作を見せたい気持ちが逸って、思わず叫んでしまうお茶目なエギル。

 そんな彼が長い時間をかけて制作したMAは、<ノイエ・ジール>の下部にあるブースターとプロペラントタンクを取り払ったものを、現代風に改造した<ビグ・ザム>の上部に取り付けた、全高90m以上の巨大兵器である。

 元となった機体の攻撃力をそのままに、<ビグ・ザム>部分の後部にプロペラントタンクと推進器が一体となった【シュツルムスラスターユニット】を2基搭載して、機動力もアップしている化け物兵器となっている。

 これぞまさに『ジオンの精神が形となったような』機体と言える出来であり、エギルが調子に乗ってしまうのも無理はなかった。

 とはいえ、彼のライバルも負けてはいなかった。

 敵機が来ると予想していた方向へ注意を向けていたその時、思いも寄らぬ方位から来る者をレーダーが捕らえたのである。

 

「なにぃ、上から来るだと!?」

 

 思わぬ事態に慌てたエギルは、急いでレーダーを確認する。敵機は、艦隊の真上からものすごい速度で接近してくる。

 

「まさか、あの暗礁宙域を減速せずに突っ切って来たのか!?」

 

 とんでもない相手の技量に思わず驚いてしまう。

 ソロモン宙域エリアの上部は、デブリだらけの危険地帯と化しており、ゆっくり移動するだけでも難儀する場所だ。そこを高速移動で通り抜けることが出来る者など数えるほどしかいない。つまり、この敵は凄腕のプレイヤーということになる。

 しかし、貴重なイベントなのに石ころに当たってゲームオーバーになる危険を冒すのは、あまり賢い行動ではない。

 

「そんな無謀なことをしたのは一体どこのバカだ!?」

「あえて言わせてもらおう、グラハム・エーカーであると!」

「やっぱりお前かー!!」

 

 独り言に対して律儀に(?)答えてきた男は、やはりというかソウ・マツナガだった。彼は真っ黒い大型戦闘機を巧みに操り、敵の妨害を受けることなく暗礁宙域を突破して来たのである。高機動型の形態に変形できるMSやMAは、最大3000km/hまで加速可能となっており、彼の機体はクラインたちよりも先に敵陣へ到着したのだ。

 

「トップファイターである私とこの機体が合わされば、その程度のことなど造作も無い!」

 

 ソウ・マツナガは、自身の愛機に絶対の自信を持って答える。

 その異様な機体は、劇場版・機動戦艦ナデシコに登場した<ブラックサレナ>の装甲を改造し、以前制作した<ダブルオーフラッグ>に装着させた<フラッグサレナ>という重MSだ。前にユウキが使っていた<タケミカヅチ>と同様に、著作権に引っかかりそうな機体となっているが、徹底的にガンダム風のアレンジを加えて何とかパスすることが出来た。

 主な特徴は、両肩のスラスターバインダーにGNドライヴをそれぞれ1基づつ搭載していることで、通常操作が難しくなる代わりに機動力と防御力を上げている。

 武装は、クリアパーツをふんだんに使った【GNグラハムソードⅡ】が2本、尻尾のような位置に装備している【GNグラハムヒートロッド】が1本と数は少ないが、この機体には特別な攻撃法があった。追加装備である【高機動ユニット】の機首に搭載した【GNビームラム】と、出力をアップしたGNフィールドを合わせて体当たりする戦法だ。それは、直径20m以上の弾丸となり、戦艦ですら一撃で沈めてしまう破壊力を持っている。

 そして今、ソウ・、マツナガは、必殺技と言うべきその攻撃を実践しようとしていた。

 標的としている艦隊は目の前にたくさんいる。後は選んで突っ込むだけである。

 

「さて、美しい淑女が選り取り見取りだが、黒百合に見初められし乙女は誰かなぁ?」

 

 最高速度まで加速した<フラッグサレナ>は、ビームラムとGN粒子に包まれて一つの流星と化した。その輝きが向かう場所は、サダラーン級機動戦艦<フォン・リヒトホーフェン>の中心部。

 猛烈な対空砲火をものともせずに突進し、彼女の身体に黒百合の呪いを叩きつける。

 

「この想い、君に届け! GNディストーションフィールドアタッ―――ク!!」

 

 真っ赤な大型戦艦に狙いを定めた<フラッグサレナ>は、凄まじい速度で体当たりを敢行し、<フォン・リヒトホーフェン>の船体を真っ二つにへし折った。

 

「失礼、少々強く抱きしめすぎたようだ」

「ええい、よくもやってくれたな!?」

「だから失礼だと言った!」

 

 あっさり戦艦を撃沈されたことでエギルが叫び、当事者であるソウ・マツナガは何故か逆ギレしてそれに応じる。

 会話の内容は色々とアレだが、ガンプラバトルの方は極めてエキサイティングに進行していた。




次回は、ソロモン戦の続きとなります。
今回出番があまり無かったシノン、ユウキ、ランが活躍します。
ちなみに、後1~2話でこの章を終わらせる予定で、次章はALOに戻ります。


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第32話 愛戦士

今回は、シノン&シリカ、ユウキ&ラン、キリト&アスナのコンビが活躍します。
ビルドファイターズのレギュラーキャラも登場して、かなり派手にガンプラバトルしております。


 ソウ・マツナガの<フラッグサレナ>がエギルの前に現れた頃。シノンとシリカが待ち伏せしている宙域にジオンの攻撃部隊が近づいていた。

 各種センサーをチェックしながら静かにこの時を待っていたシノンは、彼らの姿を見つけた途端に小さく叫んだ。

 

「来た!」

 

 モニター前面に表示している望遠画像には、30km先にいるMS群が映し出されている。このゲームでは、宇宙空間でも奇襲をおこなえるように可視光線を反射する特殊なステルス機能をつけてレーダーの有効範囲外にいるユニットを視認しづらくしているのだが、高速移動する際にスラスターから発せられる光と熱によってステルス効果が減衰するようになっている。その性質は、遠目が効くスナイパータイプのメリットをより活かしてくれるため、相手のスピードが一番乗っているだろうこの宙域を狙撃ポイントに選んだのである。あまりに基本的な戦術ではあるが、決定的な対抗手段も無いため、シノンの腕前を持ってすれば十分な戦果を得られると判断した。

 しかし、彼女の実力を知っているエギルもまた基本的な対抗策を施していた。

 

「広範囲に散開して、横並びに進軍してる……一斉に抜けることで狙撃時間を減らす気ね」

 

 一通り観察して長距離狙撃を警戒されていることを理解した2人は、小隊間だけで話せる秘匿回線で相談する。

 

「これじゃあ、あまり効果的な攻撃は出来ませんね」

「そうね、これだけ散らばれたらエギルやクラインを見つけるのも難しいわ」

 

 相手の動向を確認したシノンは、自分の思惑が外れたことを悟る。当初は、攻撃部隊の先頭にいるエギルやクラインを反撃できない長距離狙撃で仕留めてやろうと考えていたのだが、そう簡単には行かせてもらえないらしい。このように散開されては、特定のプレイヤーを探している余裕は無い。短い時間の中で出来る限り多くのプレイヤーユニットを狙撃することがもっともベターな選択だろう。

 

「こうなったら、狙えるヤツを確実に撃墜していくしかないかな」

「そうですね。【核兵器】を持った相手は逃さないようにしないといけませんけど」

「核兵器ね……確か、<GP02>に気をつけろって言ってたわね」

 

 シノンは、ブリーフィングで受けた注意を思い返す。

 このゲームの戦争イベントには、戦況をひっくり返せる【切り札】と成り得るギミックが用意されている。基本的に不利な状況から始まる攻撃側の場合、投資する資金に応じて一つだけ【大量破壊兵器】を使用できるようになっている。いわゆるMAP兵器というヤツである。代表的なものは【核兵器】で、運用可能なユニットに搭載させることで使用できるようになる。例えば、艦船で使う場合は大型ミサイルによる長距離攻撃となり、MSやMAの場合は専用の射撃武器による短距離攻撃となる。

 つまり、ソロモンという場所を考えれば、<GP02>で核攻撃をしかけてくる可能性が高くなるわけだ。

 しかし、エクストラスキルの【ニュータイプ】には核を感知するスキルがあるので、核攻撃が成功する確率はそれほど高くない。【こいつら、核ミサイルじゃないか】というパッシブスキルがあれば核兵器の存在と位置を感知できるため、使われる前に阻止することも可能なのだ。

 そのスキルは【ニュータイプ】を選んだシノンも習得しているから、核を持っている敵が来れば気づくことが出来る。

 

「今のところ感知していないから大丈夫だと思うけど」

「でも、用心しといてくださいね。上手く使われたら、ものすごく不利になっちゃいますから」

「わかったわ」

「それじゃあわたしは、右側に行って弾幕を張ります」

「了解。気をつけてね」

 

 短い会話を終えた2人はそれぞれの任務を開始する。シノンはそのまま場所を動かず、迎撃ポイントのやや左側にある暗礁宙域から狙撃をおこない、シリカはさらに右側へ移動して相手の進行を妨害する。

 

「さぁて、誰を狙い撃とうかしら?」

 

 シリカとの通信を終えたシノンは、慣れた様子で狙撃準備を進める。居場所がバレにくいアルテミスⅡを装備して巡洋艦の残骸に機体を隠し、遥か遠方に狙いを定める。

 GBOにおけるMSの有効射程距離は最長20kmとなっており、自身の存在が認識されていない状態で10km以上離れた場所から狙撃した場合は感知スキルに遅延がかかるという特典がある。それほどの長距離狙撃をおこなえるプレイヤー自体が非常に少ないのであまり活用されない効果なのだが、それができるシノンにとっては心強い武器となる。

 後は、自分の力を信じて狙い撃つだけである。

 

「よし、アイツに決めた!」

 

 シノンは、丁度撃ち易いポイントを飛行しているガンダムタイプのMSに目をつけた。胸部に施されている髑髏のレリーフが特徴的なその機体は、京都在住のヤサカ・マオという少年が操る<クロスボーンガンダム魔王>だった。

 

「ムフフ~、ユウキちゃんやランちゃんにエエとこ見せて、今度こそオフ会という名のラブラブデートを実現してみせます!」

 

 ナニやらヨコシマな欲望を抱いているマオは、絵に描いたようなイヤらしい笑みを浮かべる。リアルの容姿は可愛い少女のような彼だが、中身は思春期真っ只中のエロガキだった。

 もちろん、彼の年齢を考えれば特におかしなことではない。十代前半の男子が可愛い女子に興味を持つことは、むしろ健全であるとさえ言える。だが、今はあまりにも状況が悪かった。ここは戦場の真っ只中であり、そのちょっとした隙が彼にとって命取りとなってしまった。

 

「当たれっ!」

 

 力強いシノンの掛け声と共に、アルテミスⅡから徹甲榴弾が放たれる。宇宙の闇に溶け込んだ実体弾は、目にも留まらぬスピードで飛翔し、事前に学習した射撃データによって適確に導き出された着弾ポイントに向かっていく。そして、シノンの思い描いた通りのタイミングで<クロスボーンガンダム魔王>がやって来て、まるで自分から当たりに来たように被弾する。

 

「……ほぇ?」

 

 弾が当たる寸前に感知スキルが働いたが、時既に遅し。避けなければと思った時点で<クロスボーンガンダム魔王>の胸部に大きな穴が開いていた。やたらと作りこまれた135mmの専用弾は非常に強力で、実体弾であればほぼ完全に無力化することができる【フェイズシフト装甲】以外では防ぐことができない。つまり、その一撃だけで彼の運命は決まった。

 

「うそーん!? ワイの出番、これだけかいな―――っ!?」

 

 情けない断末魔と共に<クロスボーンガンダム魔王>が爆散する。こうして、ムフフな合コンを目指したマオの戦いはあっけなく終わった。

 期せずして『思春期を殺してない少年の翼』を手折ったシノンは、立派な戦果を喜ぶことなく次のターゲットを探す。

 

「今度はあの騎士甲冑みたいなヤツ!」

 

 右下方より侵攻してくる目標に狙いを定めてアルテミスⅡを構える。モニターに映し出されたそのMSは、バックパックにガトリングガンを2門備え、両腕にシールドを装備した<ギャンバルカン>だった。<ギャン>が大好きなサザキ・ススムという少年が作ったそれは非常に出来のいい機体で、まともに戦えばとても強かったが、予期せぬ長距離狙撃には無力だった。

 ズガンッ!!

 先ほどと同じような流れで被弾した<ギャンバルカン>は、背部に着弾した衝撃で派手に縦回転する。彼ほどの熟練者であっても【見えない銃弾】は避けることができない。爆発寸前に状況を理解したサザキ少年は、信じられないといった表情で愛機の名を叫ぶ。

 

「ギャンバルカアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!?」 

 

 まさか自慢のガンプラが何も出来ずにやられるなんて。凄すぎるシノンの狙撃能力を前に、サザキの<ギャンバルカン>も儚く散っていった。

 

 

 一方、シノンとは別の宙域で迎撃行動を開始したシリカは、凄まじい火力でジオン軍を脅かしていた。

 

「行きます! 【ストライク・フルバースト】!!」

 

 彼女がスキル名を叫ぶと、<ピナさん>と合体した<ストライクフリーダムエンジェル>に装備されている全武装が展開して一斉射撃が放たれる。色とりどりの砲撃が四方八方に飛んでいき、その先にいる不運なMSを木っ端微塵に破壊していく。シノンのような長距離狙撃ではないためプレイヤーユニットの損害は少ないが、集団で行動するNPCのMSには有効だった。

 

「やってくれたな、赤いガンダム!」

 

 シリカの戦いぶりを見て、とあるジオンプレイヤーが叫ぶ。たったの1機で向かってくるなんて、主人公みたいでカッコイイじゃないか。しかも、それに見合った実力もある。あんなヤツに後方から追撃されたら更に被害が広がってしまう。

 そこで、イオリ・セイとコウサカ・チナの同級生コンビが天使退治に名乗りを上げる。

 

「あのストライクフリーダムは僕たちで倒すよ、委員長!」

「うん! わかったわ、イオリ君!」

 

 お互いに意識し合っている初々しい2人は、息をピッタリ合わせてシリカに攻撃を仕掛ける。

 チナの<ベアッガイIII>はカワイさを重視した機体で戦力としては大したこと無いが、セイの<プロトタイプ・ビルドバーニングガンダム>はトップクラスの性能を持っている。その機体にはレアアイテムである【プラフスキー・フレーム】が搭載されているため、通常の改造機よりも強力になっているのだ。

 【プラフスキー・フレーム】とは、【新たな可能性をプラスするミノフスキー粒子反応素材】の略語であり、吸収したミノフスキー粒子を未知のエネルギーに変換して機体性能を上昇させるGBOオリジナルの装甲材である。クリアパーツを使っているとサイコ・フレームのように輝いてくれるオサレな特典があり、機体各所にクリアパーツがある<プロトタイプ・ビルドバーニングガンダム>は綺麗に発光していた。

 攻撃を続けながらその光を確認したシリカは、強敵が来たことを理解する。

 

「むしろ望むところだよ!」

 

 オレンジ色に輝く派手な機体を見て小さく喜ぶ。強いプレイヤーをソロモンから引き離すことも彼女の役目であり、この状況も希望通りである。後は自分がこの敵を倒せるかどうかだ。

 

 

 シリカがセイたちとの交戦を開始した頃、シノンの戦況も変わってきていた。<ギャンバルカン>を撃墜した後で数機のNPCを仕留めたが、敵部隊との距離が5kmを切ったので一旦狙撃を止めようと考える。ここで危険を冒すよりも素通りさせて後ろを狙ったほうがいいと思ったからだ。

 しかし、その判断は、思いもかけない反撃で台無しにされてしまう。シノンが身を隠している暗礁宙域をなぎ払うように強力なビーム攻撃が襲いかかってきたのである。

 ジュバーンッ!!

 

「なっ!?」

 

 ゆっくりと移動しながらデブリを焼き払う極太ビームに、シノンの <ウルティマラティオ・デュナメス>が脅かされる。どうやら、スナイパーの存在に気づいた敵が、手当たり次第にデブリを壊して彼女をあぶりだそうとしているらしい。

 

「滅茶苦茶するわね!」

 

 相手の暴挙を罵るが、良い手だとも思う。これなら普通に狙撃を妨害する事が出来るし、上手くすればデブリごと撃墜できる。

 どのみち感知スキルが働く距離なので、いつまでも隠れていられる状況ではない。

 

「こうなったら、白兵戦ってヤツをやるしかないか」

 

 覚悟を決めたシノンは、デブリから飛び出しながらビームの出所を攻撃する。彼女らしい見事な射撃で、並のプレイヤーなら撃墜できたタイミングだった。しかし、その敵は、素晴らしい反応で避けてみせた。

 強い。恐らく相手は、ラルさんレベルのプレイヤーだろう。

 

「これはヤバイかもしれないわね……」

 

 接近戦に慣れていないシノンは、つい弱気な言葉をはいてしまう。彼女の攻撃を避けた敵機は、飛行形態に変形してこちらに向かって来ている。もしかすると距離を選ばないオールラウンダーなのかもしれない。これまでの経験から導き出したその予測は適確で、見事に当たっていた。

 しかもそのプレイヤーは、シノンにとって更に厄介な要素も持っていた。

 

「ようやく顔を見せてくれたな、可愛い子猫ちゃん」

「えっ!?」

 

 やたらと聞き覚えのある声に反応して送られてきた通信画像を見たら、思っていた人物と全然違うアバターが表示されている。

 

「(そりゃ、ソウが出るわけないけど……)」

 

 シノンは、ソウ・マツナガにソックリな声が聞こえて動揺した自分を恥ずかしく思ったが、それほどまでに似ているのだから仕方が無い。

 そのように奇妙な接点がある彼はリカルド・フェリーニという名のイタリア人で、GBOではトップクラスに入る実力者である。大のガンプラ好きな上に女好きとしても有名で、彼を良く知るプレイヤーからは『イタリアの伊達男』とか『イタリアの駄目男』と呼ばれている。リアルの彼は無精ひげが特徴的なイケメン外人なのでナンパな姿も様になるのだが、ゲーム内ではステレオタイプのイタリア男を演じているガンダムオタクでしかない。

 ただし、ガンダムにかける情熱だけは、どこの世界にいても本物である。

 

「噂通りに気の強そうな子猫ちゃんだが、だからこそ口説き甲斐があるってもんだ!!」

 

 リカルドは通信画面に映るシノンにそう言うと、あっと言う間に距離をつめてきた。そして、回避行動を始めた<ウルティマラティオ・デュナメス>の上を取って、自身の愛機をMS形態に変形させる。

 その機体は<ウイングガンダム>をベースに改造した<ガンダムフェニーチェリナーシタ>というリカルドの最高傑作だ。バード形態に変形しての高速移動とバスターライフルカスタムによる強力な砲撃のコンビネーションが基本的な戦闘スタイルとなっているが、近接戦用の武装も充実しており、隙の無い能力を有している。

 はっきり言って、今のシノンにはきつすぎる相手である。

 

「さぁお嬢さん。この俺と楽しいワルツを踊ろうぜ?」

「はぁ……言動までアイツみたいだわ」

 

 バスターライフルカスタムを<ウルティマラティオ・デュナメス>に向けたリカルドは、不敵な笑みを浮かべる。それに対するシノンは、ソウ・マツナガに似た声で調子を狂わされてしまうのだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 シノンとシリカの迎撃ラインを突破したジオンの攻撃部隊は、連邦の防衛部隊と交戦を開始した。ソロモン正面に配置したNPC艦隊とMS部隊が彼らを迎え撃ち、核攻撃を警戒して防衛ラインの外周に展開したプレイヤーの艦船も、敵艦隊の攻撃と同時に援護射撃をおこなっている。更に、ソロモンからの対空砲火も加わり、辺りは一気に魔女の大釜と化した。

 それでも勇敢なるジオンの精鋭部隊は止まらない。一切躊躇することなく人間の作り出した地獄に飛び込み、目標のスペースゲートを目指して攻撃を開始する。単純な戦力は劣勢だが、何も臆することは無い。彼らにはそれを覆せるだけの腕と戦術がある。

 

「行くぜ野郎ども! 切り捨て御免の無双タイムだぁ―――っ!」

『ヒャッハ――――――――――!!』

 

 何となく世紀末的なノリのクラインから号令を受けて、ジオンプレイヤーたちが突進していく。その中でもっとも早く飛び出したのは、ニルス・ニールセンが操縦する<戦国アストレイ頑駄無>だった。

 

「一番槍は僕がいただく!」

 

 和風の鎧武者のような形状をした<ガンダムアストレイレッドフレーム>の改造機が、2本のサムライソードを振りかざしてNPCの操作するジェガンを切り裂いていく。

 このガンプラを制作したニルスは、合気道の達人である母親の影響で日本文化をリスペクトするようになったアメリカ人で、VRマシンの研究をしている内にGBOと出会い、独自に採用されている【アシストAI】の技術に興味を持ってプレイするようになった。それが切欠となって、たまたま知り合いになったレイジたちと競い合っている間にすっかりガンプラにハマってしまい、現在に至っている。

 

「そんなものでは!」

 

 ニルスは、行く手を塞いでいたクラップ級巡洋艦を二刀流で攻撃し、瞬く間に撃沈する。彼の剣技は現実の技術を参考にしたものであって、キリトが習得したそれより地味だったが、ソードスキルが無いこのゲームでは十分に通用する。

 

「<戦国アストレイ頑駄無>、推して参る!」

 

 NPCを蹴散らして勢いのついたニルスは、ノリノリで進軍していく。彼の後ろを追ってきている【恋人】を置いてけぼりにして。

 

「ちょっと、この私を置いていくなんてどういうつもりよ!?」

 

 分かり易い高飛車言葉で怒っているのは、ヤジマ・キャロラインという名の金髪美少女だ。彼女は日本の大手企業の社長令嬢で、勝手にライバル視しているチナと色々なイベントで競い合っているうちに偶然リアルでニルスと出会うこととなり、いつの間にか好意を抱いてこんなところまで追いかけてくるような仲になった。

 

「恋人なら、もっと優しくエスコートすべきじゃなくって?」

「いや、ここはそういう場所じゃないですし……」

「なによ。婚約まで結んでいる仲だと言うのに、私を守ってくれないんですの?」

「いいえ、そういうわけではないのですが……っていうか、婚約なんてしてませんけど!?」

 

 既に尻に敷かれている状態のニルスは、強引なキャロラインにたじたじとなる。傍から見てると一方通行な感じもするが、ただ単にニルスが恋ベタなだけだったりする。現に、キャロラインの乗っている<リアルタイプ騎士ガンダム>もニルスが作ってあげたもので、何だかんだと言いながらも仲を進展させているのだった。

 しかし、今彼らがいる場所は、安心してイチャつけるデートスポットではなく危険極まりない敵陣の真っ只中である。隙を見せた2人は、当然のように攻撃を受けてしまった。NPC艦隊の後方に隠れていた連邦のプレイヤーが遠距離砲撃を仕掛けてきたのだ。

 【イノベイター】の感知スキルでその攻撃を察知したニルスは、キャロラインに気を取られたロスタイムを挽回するように緊急回避を試みる。しかし、攻撃が来る方向へ視線を向けた瞬間に、その行動が無意味になることを悟る。

 

「……しまった!?」

 

 ニルスは、目の前から迫ってくるビームが想像以上に巨大なことを理解して驚愕する。明らかに最強クラスの砲撃であり、状況を誤った今のニルスでは回避が間に合わない規模だったのだ。

 ダメだ。これでは避けられない。瞬時に状況を把握したニルスは、助かることを諦めて静かに瞑目する。

 しかし、彼の恋人(?)はまだ望みを持っていた。

 

「あなただけでも生き延びなさい!」

「なっ!?」

 

 ニルスが彼女の声に反応した直後に<戦国アストレイ頑駄無>が弾き飛ばされる。アクティブスキルで能力を上げた<リアルタイプ騎士ガンダム>が猛スピードで突進してニルスの機体を攻撃範囲外に追い出したのである。

 その直後にオレンジ色の閃光が通り過ぎて、キャロラインは消し飛ばされた。

 

「キャロライ――ン!!」

 

 ニルスは、身を挺して自分を救ってくれたヒロインの名を叫ぶ。まるでアニメのような王道展開である。

 期せずしてそんな状況を作ってしまった連邦側のプレイヤーは2人のやり取りを聞いてしまい、何となく居心地が悪くなってしまう。その不運な人物は、拠点防衛を任されているランだった。

 

「あれ、なんかわたしが悪者みたいになってる?」

 

 苦笑しながらぼそりとつぶやく。無論、彼女に落ち度は無く、悪者などではない。だが、彼女の乗っているMAは恐ろしいまでに凶悪だった。

 その機体は<スサノオ400型>と名付けられた大型MAで、マブラヴ・オルタネイティヴに登場するXG―70d< 凄乃皇(すさのお)・四型>をガンダム00の<スサノオ>風にアレンジしたものだ。流石に全高180mもあるオリジナルサイズをそのまま再現していないが、それでも4分の1の45mはあって、その戦闘能力は絶大だ。量産型GNドライヴ[Τ]を限界数である8基まで搭載し、攻撃力、防御力、機動力のすべてを高次元に纏め上げた一品となっている。

 胸部に2門搭載されている超大型圧縮粒子ビーム砲【GNブラスターキャノン】で遠距離にいる敵をなぎ払い、機体各所に20門以上内蔵されている【GNビーム砲】と【GNミサイル】で中距離を制圧し、腕部先端に内蔵されている【大型ビームサーベル】、腕部側面に埋め込まれた有線式電磁アンカー【エグナーウィップ】、脚部に搭載されている【大型GNファング】で近距離の敵に対応する、見た目に反して隙の無い機体である。

 頭部に付いている鍬形のような大型アンテナが、このMAの凶暴性を体現しているようで、それを見たニルスは強敵であると理解した。

 

「相手にとって不足は無いようですね。ならば、全力でキャロラインの仇を討たせていただく!」

「えー!?」

 

 勝手に悪者役にされてしまったランは、困ったような表情になる。純真無垢な(?)女子中学生としては納得できない配役である。それに……剣を持った彼の相手はユウキの方がいいだろう。そう思ったランは、<スサノオ400型>に追随している彼女を呼んだ。

 

「助けてユウキ! 変なストーカーに目を付けられちゃったよぅ!」

「任せて姉ちゃん! 変なストーカーはボクが成敗してあげるから!」

「なんで僕がストーカーになるんですか!?」

 

 紺野姉妹から残念な仕返しを受けたニルスは声を荒げて抗議する。しかし、そんなことなどお構い無しに、ユウキの操縦する黒い機体が大型の両刃剣を振りかざしながら突撃してきた。

 

「姉ちゃんを困らせるヤツは、このボクがボコってやる!」

「だから、そんなことはしてませんよっ!」

 

 あらぬ濡れ衣を着せられたニルスは戦いながら言い訳するが、ユウキの剣捌きが激しすぎてすぐに余裕がなくなる。

 

「くっ! この僕が剣術で押されている!?」

 

 意外な展開に驚きを隠せない。エギルからある程度の説明は聞いていたが、それは別のゲームの話であってGBOではそれほど影響は無いと考えていた。

 しかし、その判断は間違っていた。ユウキがALOで会得した攻撃技術もさることながら、乗っている機体の完成度も非常に高く、彼女のポテンシャルを十分に発揮できる作りになっている。だからこそ、ニルスを圧倒できているのだ。

 それを可能としているこの機体は、Fateシリーズに登場するセイバーオルタを参考にして<ブレイヴ指揮官用試験機>を改造した<ブレイヴセイバー・オルタナティブ>という名の近接専用MSである。変形機能をオミットして女性のようなプロポ-ションに作り直し、セイバーオルタ風の服と鎧を装着したようなデザインにしてある。スカート部分は、<クロスボーン・ガンダム>に使われている【A.B.C.(アンチビームコーティング)マント】と同じ素材という設定になっており、内部に増設したGNスラスターが、スカートを美しい形に広がらせるために着用するパニエのような役割を果たして女性らしいシルエットを実現している。

 主な武装は【聖剣エクスカリバー】を模した【GNソードEX】で、過剰なまでの作りこみによって最強クラスの攻撃力を有する実体剣となっている。また、背部のサイドバインダーには【GNソードビットEX】がそれぞれ3基づつマウントされており、異なる形状のA、B、Cタイプが折りたたまれた翼のように連なっている。

 その美しさと暴力性を融合させた機体とユウキの神業が合わさり、<ブレイヴセイバー・オルタナティブ>は戦の女神と化した。

 

「ボクの勝利は、この剣によって約束されている!」

「そんな世迷言を!」

 

 調子に乗ったユウキのセリフに異を唱えるニルスだったが、実際はその通りに進行している。肩の隠し腕はあっけなく破壊され、背部の【鬼の盾】も使う隙が無い。それと同様に、手の平に内臓された針状のビーム発生器を相手に刺すことによって内部から破壊する【粒子発勁】も使えない。ユウキの剣術はそれほどまでに苛烈で容赦なかった。

 

「てやぁぁぁぁぁーっ!!」

「なんとぉーっ!?」

 

 ニルスが放った左腕の袈裟切りをGNソードEXで弾くと同時に、1回転しながら彼の左側面へ移動して、無防備となった<戦国アストレイ頑駄無>を一刀両断にする。

 

「完敗です……とても見事な剣術でした」

「ふふん、君もストーカーにしては強かったよ」

「だ・か・ら、僕はストーカーなんかじゃ――」

 

 ボカーンッ!!

 ちょっぴり涙目になったニルスの反論は、<戦国アストレイ頑駄無>の爆発音で掻き消えた。

 

「ふっ、悪は滅んだ!」

「どっちかって言うと、わたしたちの方が悪者っぽかったけどね」

 

 ちょっぴり可哀想なニルスの最後を見て悪いことをしたかなと思ったランは、後で謝ることに決めた。しかし、この戦争イベントはまだ終わっていない。彼女たちの戦いはこれからが本番だった。

 

「……見つけた! 1時方向から来る赤いヤツは、たぶんクラインだよ」

「えっと……ああ、あれね。でも、赤いMSが2機いるよ?」

「きっとシャア好きな人と意気投合したんじゃない? クラインのアバターって有名だから」

「なるほどね。もしかしたら袖無し仲間が見つかったのかな?」

「世界の悪意が見えるようだね」

 

 紺野姉妹は、自分たちに接近してくる2つの機影を見てのん気な会話をする。確かにあれはクラインが乗っている<紅蓮武者ネオシナンジュ>であり、彼女たちの見立ては当たっていた。だが、彼に同行している赤い機体のプレイヤーがメイジン・カワグチであることまでは流石に想像できなかった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 ソロモン近海で戦闘が始まった頃、キリトとアスナの戦況は膠着状態に陥っていた。相手をしているレイジとアイラのプレイヤースキルが2人と拮抗しているからだ。SAOやALOとは若干操作感覚が違うため、GBOに慣れきっているレイジたちとパワーバランスが釣り合っているのだ。

 激しい攻防を繰り広げるキリトとレイジは、打開策を試しては互いに打ち消しあうといったもどかしい戦いを続けていた。

 

「いい加減、当たれってんだ!」

「そう言われてやられるかよ!」

 

 劇中のパイロットのように罵りあいながら攻撃を繰り出す。<ダブルオーガンダム・ソードマスター>は2本のGNソードを巧みに操って<ビルドストライクガンダム・コスモス>に小さい損傷を蓄積させ、対する相手はトリッキーな射撃で同程度のダメージを与えていく。まさに実力伯仲である。

 そしてそれは、アスナとアイラの女性サイドも同じだった。

 2人は共にビームサーベルを用いて戦い、何度も鍔迫り合いを続けては互いの隙を伺っていた。パワー以外は劣勢な<ミスサザビー>は、素早い相手を捉えきれず、速さと技が持ち味の<フェアリーナイトガンダム>は、連撃を打ち込む前に弾き飛ばされてしまい、自分のペースで攻撃できないでいた。

 

「落ちろカトンボ!」

「これは妖精よ!」

 

 彼女たちもまた、短い言葉で罵りあいながらバトルを楽しむ。相手がなかなか倒せない強敵だからこそ会話も熱を帯びてくるのだ。

 

「わたしたちの食べ放題デートのためにやられてちょうだい!」

「勝手なことを! っていうか、それってデートだったの?」

「……アイツってば、有り得ないくらいニブくて絶対自分から誘ってくれないから、こういう機会を利用するしかないのよ!」

「あなたも苦労してるのね……」

 

 ぽろっと漏れたアイラの本音にアスナは同情した。確かにレイジは恋よりご飯を優先する性格なので、彼と結ばれたいアイラは色々と苦労していたりする。しかし、今は気分が良いのか、レイジは彼女の言葉を肯定するようなことを言いだした。

 

「俺たちの食べ放題のために絶対勝つ!」

「何だかんだ言って仲良いだろお前ら」

 

 食いしん坊なところはとても息が合っていて、なんだか微笑ましい。

 だが、戦闘の方は笑っている余裕など無かった。

 

「このままじゃ埒が明かねぇ!」

 

 停滞する戦況に業を煮やしたレイジは、思い切った行動に出た。キリトが左手のダークリパルサーで切りつけてくるのを待っていた彼は、突進すると同時に自機の左腕をわざと切らせた。そして、ダークリパルサーがシールドに深く入り込んだタイミングで、左腕を思いっきり後方に振りぬく。その予想外な動作に対応できなかった<ダブルオーガンダム・ソードマスター>は、前のめりに体勢を崩して、一時的に動きを止めてしまう。

 

「なっ!?」

「この時を待ってたぜ!」

 

 この一瞬を作り出すために左腕を犠牲にした。後は、残った右手で【ビルドナックル】をお見舞いするだけだ。

 その特殊な武装は、プレイヤーが独自に設定できる【OSS(オリジナルスペシャルスキル)】という必殺技である。ビーム兵器や防御装置などの使用で消費する【エネルギーゲージ】と各種スキルの使用で消費する【SPゲージ】をそれぞれ半分使うことで、どのような攻撃も3倍の威力を出すことができる。

 すなわち、この攻撃が決まれば勝負も決することになる。

 ようやく勝機を掴んだレイジは、スタービームライフルを放り投げると、渾身の力をこめた右パンチを<ダブルオーガンダム・ソードマスター>の左胸部へ振り下ろした。

 

「行っけぇ―――!!」

 

 まさに必殺とも言える強力な一撃が襲い掛かり、キリトは絶体絶命の危機に陥る。しかし、攻撃が当たる寸前に体を捻って左肩のGNドライヴを盾代わりに使い、それが破壊された際に発生した爆発を利用して何とか離脱に成功する。

 

「あのタイミングでも避けるのかよ!?」

「速さが俺のウリだからな!」

 

 レイジの驚きに便乗して強がって見せるが、左腕を損傷した上にGNドライヴを1基失ったことで機体性能が大幅に低下してしまったため、キリトのピンチは続いている。

 この状況を打開するにはアスナの援護が必要であり、キリトのことをいつも見守っている彼女はそれを理解していた。

 

「だったら、一気に勝負を決める!」

 

 アイラを速攻で倒すために、アスナは大技を使うことにした。これまでは艦隊攻撃のためにSPを温存していたのだが、本気を出す前にやられてしまっては元も子もない。この不利な戦況を覆すために、アスナはとっておきのアクティブスキルを選択した。

 

「【バーサーカーモード】発動!」

 

 音声入力で<ノーベルガンダム>タイプ専用のスキルを使う。すると、頭部後方にある髪の毛状の放熱フィンが展開し、機体全体がピンク色に輝き出した。原作のバーサーカーモードはパイロットを外部からコントロールして機体を暴走させる荒業だが、GBOでは防御力を犠牲にする代わりに攻撃力と機動力を上昇させるギャンブル性のあるスキルとなっている。

 何にしても、賽は投げられた。後は、相手の攻撃に当たることなく勝負を決めるだけだ。

 

「はぁ――――っ!」

 

 気合をこめたアスナは<ミスサザビー>に向かって猛スピードで突進する。それを見たアイラも【ニュータイプ】を発動して対抗するが、アスナの速度が僅かに上回っていた。

 

「くっ、早い!」

 

 相手の速度に負けて攻撃を防ぎきれなかったアイラは顔をしかめる。だが、押しているアスナの方も不満げな表情をしている。いくらか攻撃が当たるようになったとはいえ、これでは決定打に欠けるからだ。

 いけない。このままでは時間がかかりすぎて、キリトが先にやられてしまう。ならばここは、必殺技を使ってでも時間を短縮すべきである。

 戦術を変えたアスナは、巧みな剣捌きで<ミスサザビー>のビームサーベルを誘導し、一瞬だけ無防備になった腹部を力任せに蹴り飛ばした。

 

「きゃあっ!」

「今だ!」

 

 チャンスを見出したアスナは、<ミスサザビー>が吹き飛んでいる間に後方へ飛び退り、間髪入れずにOSSを発動する。

 

「行けっ、【メイルシュトロームアロー】!!」

 

 そう叫ぶと同時に、突き出したランベントライトの切先にあるビーム発生器が高速回転して、出力していたビームリボンが大渦を巻く。そして、そのまま射られた弓矢のように飛び出していく。<フェアリーナイトガンダム>を包み込む巨大なドリルと化したビームが恐ろしい破壊力を持った矢尻となって<ミスサザビー>に襲い掛かる。

 

「えっ!? ちょっ、まっ……」

 

 体勢を立て直していたアイラは、目の前に迫るピンクの大渦に気が動転する。それでも何とか回避しようとするが、アスナは巧みに追随してみせた。

 その結果、<ミスサザビー>は大渦に飲み込まれて粉々に砕け散った。

 

「あーん、わたしの食べ放題が―――っ!!」

「ほんとに食いしん坊ね……」

 

 アイラは、実に彼女らしい言葉を残しながら散っていった。

 何はともあれ、アスナの思惑通りに決着がついた。これで2対1となり、戦況は逆転したはずである。

 

「ちぃ、アイラをやったのか!?」

「流石はバーサークフューラーだな!」

「フューラーってなによ!?」

 

 いつの間にか回復役(ヒーラー)から総統閣下(フューラー)にレベルアップされてしまったアスナは憤る。カテジナ風のアバターでバーサーカーモードを使いこなす今の彼女は、そのくらいの暴君に見えるから、キリトにそう言われても仕方ない。

 しかし、そんな彼女と力を合わせてもレイジを撃墜するのは難しかった。長らくSAOにいたキリトとアスナは地上戦に慣れきっているため、空間戦闘を得意としているレイジとの戦いは分が悪かったのである。

 2人の攻撃を巧みに回避し続けるレイジは、動き回っている間に先ほど捨てたスタービームライフルを回収して、銃口が見えにくい角度から<フェアリーナイトガンダム>を攻撃した。

 

「そこだっ!」

「きゃあっ!?」

 

 不意打ちを食らったアスナは、右足に直撃を受けてしまう。これではバランサーが狂ってしまい、機体の制御が難しくなる。

 

「2人がかりでも倒しきれないなんて!」

「やっぱり強いな!」

「はっ! 全国大会優勝は伊達じゃないぜ!」

 

 確かに彼の言う通りである。彼の実力は本物であり、このまま普通にやりあっても倒せる相手ではない。

 だとすれば、いよいよアレを使うしかない。

 

「キリト君、今こそアレを使う時だよ」

「え~、アレを人前でやるのはちょっと……」

「もう、こんな時に恥ずかしがってる場合じゃないでしょ」

 

 恋人たちは秘匿回線を使って怪しい会話をしだす。どうやらキリトは、アスナの言うアレを使うことを嫌がっているようだが、こうなったら背に腹はかえられない。

 アスナの説得によって何とか妥協し、とうとうアレを使う決意をする。

 

「近くに他のプレイヤーがいないことが、せめてもの救いだな……」

「はぁ? なにブツブツ言ってやがんだ?」

 

 レイジは、小声でつぶやくキリトに疑問符を浮かべた。恐らく、アスナと決めた作戦を反芻しているのかと当たりをつけたが、そこで決められた作戦のせいで最悪の結末を迎えることになることまでは予測出来なかった。

 

「行くわよキリト君!」

「ええい、こうなりゃヤケだ!」

 

 いよいよアレを放つことにした2人は、特殊すぎる発動モーションを開始した。正面から見てキリトは左側、アスナは右側に寄り添い、互いの手を握り合う。すると2機の体が黄金色に輝き出した。あの技が無事に発動し、一時的に無敵状態となった証である。

 

「なっ!? まさかソレは……」

「さぁ、最後の仕上げだ!」

「ええ!」

 

 その技が何なのかを悟って驚愕するレイジを他所に、キリトとアスナは徐々にテンションを上げていく。

 この【合体究極奥義】は、特定の条件を満たすことで使用できる隠し技である。ゲーム内で【恋人同士】となっており、どちらかが【明鏡止水】のエクストラスキルを選択して【石破天驚拳(せきはてんきょうけん)】を習得している時、エネルギーゲージとSPゲージをすべて消費することで発動できる最強クラスの必殺技――それがこの【石破(せきは)ラブラブ天驚拳(てんきょうけん)】である。

 

『2人のこの手が真っ赤に燃える!!』

「幸せ掴めと!!」

「轟き叫ぶ!!」

 

 2機のガンダムは、まるでダンスを踊るように絡み合う。そして、向かいあわせで両手を繋ぎ、アスナの手の甲にキリトの手の平を重ねた奥側の腕を正面に向かって力強く突き出した。

 

『爆熱……ゴッドフィンガァァァ―――ッ!!』

「せきっ!!」

「はっ!!」

『ラァァァブラブゥゥゥッ!! 天っ驚ぉぉぉけぇぇぇぇぇんっっっ!!!!!』

 

 重なり合った2人の叫び声と共に、凄まじい衝撃波をともなったエネルギー弾が発射される。その正面にはキング・オブ・ハートの紋章が浮かび上がり、そこから初代キング・オブ・ハートの幻影が飛び出して見る者すべてを圧倒する。腕を組んだガチムチのヒゲ面オヤジが宇宙を飛翔する姿は、色々な意味ですごかった。

 

「えっ!? ちょっ、まっ……」

 

 その王様みたいなヒゲ面オヤジを見たレイジは、以前セイに勧められて視聴したGガンダムというアニメを思い出す。あれは確か、最終回に出て来たすっげー恥ずかしい技だ。GBOでアレを食らった独り身のプレイヤーは、強烈な精神的ダメージまで受けてしまうという話も聞いたことがある。幸いレイジはアイラという美少女に好かれているリア充野郎だが、それでもアレを食らって負けるのは嫌すぎる。

 しかし、回避することはもうできない。GBOの石破ラブラブ天驚拳は、ホーミング機能が付いている命中率100%の極悪技だからだ。有効範囲が極端に狭く、戦闘を開始してから10分以上経過しないと使えないなど、めんどくさい制約も多々あって非常に使いづらいスキルとなっているが、発動に成功すれば必ず勝利を掴むことが出来る。その代償として、使用した後は凄まじい羞恥心に襲われるけど……それでも、全力を出さずに負けるよりはいい。

 

「そんなバカなぁ―――っ!?」

 

 ド迫力のヒゲ面オヤジと共に飛翔してきたエネルギー弾が直撃し、<ビルドストライクガンダム・コスモス>の胸にハート型の風穴を開ける。 流石の全国大会優勝者も、キリトとアスナのラブラブパワーには敵わなかった。

 爆発する<ビルドストライクガンダム・コスモス>を見つめるキリトは、ようやく倒せたとため息をつく。

 

「はぁ。色々な物を犠牲にした勝利だったな……」

「ふふ、そうだね」

 

 キリトはトホホと言いたげな様子だが、とにもかくにも活路は開いた。

 

「よし。気持ちを切り替えて先を急ぐか」

「うん。思った以上に時間がかかったから、早くソウ君と合流しないと」

 

 勝利の美酒を味わう時間も惜しんで、2人は新たな戦場に向かう。先行している攻撃部隊に追いついて、1人で艦隊攻撃をおこなっているソウ・マツナガと合流しなければならない。強敵を倒したとはいえ、フリーダムウォーの行く末はまだ決していないのだ。




次回は、互いの切り札が姿を現します。
本当は次の話でこの章を終わらせようと思っていたのですが、どうやら2話ぐらいのボリュームになりそうです……。
そんなわけで、舞台がALOに戻るのは来年になります。


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第33話 光る戦場

今回は、お互いの切り札が登場します。
ガンダムファンの読者なら、ニヤリと笑っていただけるかも?
その代わりに、SAO要素はほとんど無いんですけどね!


 先行して敵艦隊に強襲をかけたソウ・マツナガは、相手が途惑っている間に戦果を拡大した。最初に撃沈したサダラーン級機動戦艦<フォン・リヒトフォーフェン>に続いて、ザムス・ガル級戦艦<トゥアハー・デ・ダナン>とスクイード級戦艦<イカ娘>を短時間のうちに沈めていく。

 しかし、余裕があるのはここまでだ。猛烈な対空砲火を防ぐのに必要なGNフィールドはGN粒子の消費が激しいため、これ以上攻撃を受けたら維持できなくなる。もし突撃している途中で消失してしまったら、これまでのお返しとばかりに袋叩きにされてしまうだろう。

 

「もう1隻沈められるか?」

 

 ソウ・マツナガは、ガリガリと減っていくエネルギーゲージを睨みながら次の行動を考える。そのちょっとした迷いが隙となり、エギルが密かに配置していたMA部隊に気づくのが遅れてしまった。NPC艦隊に隠れながら接近していた<サイコガンダムMk-II>と<α・アジール>がソウ・マツナガの進路を遮るように出現し、後方から追ってきているエギルの<パーフェクトノイエ・ジール>と挟撃してきたのである。

 

「これ以上はやらせん!」

 

 エギルの怒声と共にメガ粒子砲の雨が降り注ぐ。流石にここまで濃密な弾幕を張られてはすべてを避けることができず、ついに頼みの綱であるGNフィールドが消失して高機動ユニットにビームを食らってしまう。その破損によって機首のビームラムが使えなくなり、GNディストーションフィールドアタックが出来なくなった。

 

「くっ! フラッグを傷つけてしまった。これは始末書ものだな」

 

 エギルにしてやられたソウ・マツナガは自身の失態を悔やむ。これではもう単機で対艦攻撃をおこなうことは出来ない。

 

「(ならば、獲物を変えるまで!)」

 

 瞬時に戦術を変更したソウ・マツナガは、止めを刺そうとした<α・アジール>が近づいてきていることに気づくと、迷うことなく【トランザム】を使って一気に間合いをつめる。相手の油断を突いた強襲攻撃をおこなうつもりなのだ。

 

「私からのプレゼントを受け取るがいい!」

 

 急加速によって発生した強烈なGに耐えながら<α・アジール>の懐へ飛び込む。無謀とも言えるその行動を予測できなかった敵プレイヤーは、ごく僅かな回避時間を驚いている間に浪費してしまう。

 

「うわぁ―――!?」

 

 赤く染まった戦闘機が視界一杯に迫り、瞬く間に<α・アジール>の頭部へ直撃する。そして、断末魔の叫びを上げるパイロットもろともコックピットを押しつぶす。激突する寸前に大破した高機動ユニットをパージして敵機の急所にぶつけたのだ。身軽になった<フラッグサレナ>は悠々と頭上を通過していき、高機動ユニットの残骸を食らった<α・アジール>は頭部を破壊されて沈黙する。

 

「飾りをやられた程度では、フラッグファイターの翼は折れんよ!」

「ははっ、それでこそ俺のライバルだ!」

 

 転んでもタダでは起きないソウ・マツナガにエギルは賞賛を送る。こうまで見事に動かれては、素直に彼の手腕を褒めるしかない。

 しかし、最終的な勝利を譲るつもりは微塵も無い。今のところジオンの方が劣勢となっているが、エギルはまだ勝てる自信を持っていた。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 イタリアの伊達男ことリカルド・フェリーニ(本名)に襲われたシノンは、初っ端からピンチに陥っていた。

 機動力の高いバード形態で一気に間合いをつめた<ガンダムフェニーチェリナーシタ>は、距離を離そうとした<ウルティマラティオ・デュナメス>の頭上を取ると、MS形態に変形してバスターライフルカスタムを向けた。

 

「さぁお嬢さん。この俺と楽しいワルツを踊ろうぜ?」

「はぁ……言動までアイツみたいだわ」

 

 シノンは、軟派なリカルドのセリフに呆れながらも相手より早く動いて見せた。<ウルティマラティオ・デュナメス>の大腿部にマウントされているGNビームピストルⅢを素早い動作で左手に装備すると、華麗な早撃ちで牽制射撃を放った。

 

「うおっとっ!?」

「悪いけど、ダンスはあなただけで踊ってちょうだい」

「ははっ、この俺の誘いを断るとは、身持ちの硬い子猫ちゃんだ!」

 

 連発された粒子ビームを肩に内蔵してある【ビームマント】で防ぎながら軽口を叩くリカルド。その様子にイラッとしつつも距離を取ることに成功したシノンは、更に後方へ逃げながらGNビームピストルⅢを連射して相手の動きを観察する。

 

「(あなたのクセを見せてもらうわ!)」

 

 正確な射撃を撃ち込むことで、あらゆる回避行動を相手に気づかせることなくおこなわせる。ビームマントを使いにくい頭部や足を狙った場合はどう動くか。左腕の大型シールドはどのように使うのか。上方、下方、側面からの射撃はどのように対応するのか。リカルドの好みやクセを少ない情報から読み取る。

 

「流石、スナイパーだけあって正確な射撃だな。こいつぁ、俺のハートまで撃ち抜かれちまいそうだぜ」

「だったら、お望み通りにハ-トを撃ち抜いてあげる!」

 

 リカルドと会話のキャッチボールをしながら、頭の中で戦術を練り上げる。手に入れたデータを使って反撃する時がきたのだ。

 

「目標を狙い撃つわ!」

 

 バスターライフルカスタムから放たれる強力なビームを回避しつつ有利なレンジを保ち続けるシノンは、タイミングを見計らってGNビームピストルⅢを撃ち込む。その粒子ビームは<ガンダムフェニーチェリナーシタ>の頭部へ向かい、一瞬だけ視界を遮る。それに対してリカルドが回避運動をおこなおうとした直後に構えていたアルテミスⅡを撃ち、予測した未来位置へ向けて銃弾を放つ。GGOではできないスナイパーライフルとピストルの2丁同時撃ちという荒業だったが、シノンは見事に成功させて見せた。

 

「なんだとぉ!?」

 

 予想外の直撃を受けた<ガンダムフェニーチェリナーシタ>が痛みを感じたように震える。アルテミスⅡの135mm弾が右足を吹き飛ばしたのだ。

 ヒザから下を破壊されたせいでバランサーが狂い、機体制御が乱れてしまう。その隙に勝負を決めようとしたシノンは、止めとばかりにアルテミスⅡを連射する。

 

「これで終わりよっ!」

「そうはさせるかっ!」

 

 やられそうになったリカルドは、瞬時に【ニュータイプ】を発動して思考速度を上昇させた。少しだけゆっくりとなった世界で自身に向かってくる銃弾を感知し、ギリギリのタイミングでシールドをかざす。

 ズガンッ!! ズガンッ!!

 2発の徹甲榴弾がシールドにめりこんで、直後に爆発する。その前に手放していたため機体の損傷は免れたが、シールドを失ったせいでバード形態に変形できなくなった。

 今のはかなりヤバかったな……。肝を冷やしたリカルドは、久方ぶりの苦戦に冷や汗を流す。しかし、ビギナー相手にやられっぱなしというわけには行かない。シールドの爆発を隠れ蓑にしてバスターライフルカスタムを撃ち、アルテミスⅡの銃身を吹き飛ばすことに成功する。

 

「しまった!?」

「かぁ~っ! あんだけやられといて、こっちはライフルだけかよ!」

 

 自信のあった射撃を外したリカルドは大げさに嘆く。もし壊れたバランサーのせいで機体の姿勢が崩れなければ、さっきのビームは<ウルティマラティオ・デュナメス>の右半身に当たって致命傷を与えていた。つまり、シノンは幸運によって守られたのだ。

 こりゃ参ったね。このスナイパー少女は、可愛くて能力も高い上に運まで良いと来ている。これはなかなか手強い相手だと、リカルドは苦笑いを浮かべる。しかし、その表情はどことなく楽しそうだ。

 

「君の射撃能力は凄まじいな。本当に惚れちまいそうだよ!」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、わたしは簡単に惚れないわよ?」

「なに、今はそれで良いさ。これから見せる俺の魅力で、君を振り向かせて見せるからな!」

 

 そう言うとリカルドは、バスターライフルカスタムの下部に装着された小型ライフルを取り外して左手に装備する。先ほどよりも攻撃的な見た目になり、今後の苦戦を予感させた。

 

「それじゃあ、第2ラウンドを開始しようか!」

「っ!!」

 

 シノンの実力に魅了されたリカルドは、すべての力を出し切って彼女を倒してみせると誓う。それに対するシノンもGNスナイパーライフルⅢを装備して迎えうつ。2人の戦いはこれからが本番だった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 ソロモンを防衛しているユウキとランは、クラインとメイジン・カワグチの攻撃を受けていた。彼らは紺野姉妹を最大の敵と認識し、全力で排除しなければならないと判断したのである。

 

「ALOを含めてランとの勝負は負け越してるからな。ここらでお兄さんの力を見せ付けてやるぜ!」

「当然、遠慮は無用です!」

 

 クラインの<紅蓮武者ネオシナンジュ>は、ランの<スサノオ400型>と交戦する。強力なGNフィールドを展開できる<スサノオ400型>にダメージを与えるには、対抗策を用意してきた彼の機体が有効だからだ。ソウ・マツナガ率いるブルーブレイヴス隊の機体はすべてGNドライヴ搭載型で、当然のようにGNフィールドを使う。それを承知しているクラインは、日本刀と大型クローアームに【対GN粒子コーティング】を施してきたのである。お金をつぎ込むほどに効果が上がるタイプの武器強化で大人気ないほど鍛え上げてきたクラインは、自信満々でランとのバトルに臨む。

 そのような理由でランとクラインという組み合わせが決まり、ユウキの相手は残ったメイジン・カワグチとなった。

 

「これほど燃えるシチュエーションで君と戦えるとは、まさに僥倖! この喜びを、最高のガンプラバトルで体現してみせよう!」

「だったらボクも、全力全開で応えてみせるよ!」

 

 相手の心意気に乗ったユウキは、GNソードEXを構えて突進する。それに対するメイジン・カワグチは、バックパック左側の武器用アームにマウントされている【ガンブレイド】を左手に装備して迎え撃つ。この武装は、ハンドガンの銃身下部に実体式の刃を取り付けたもので、グリップを基点として縦と横に折れ曲がり、それぞれソードタイプとハンドガンタイプに変形して使うことが出来る。

 

「噂に名高い君の剣技、直に試させてもらう!」

「お望み通り、たっぷり味あわせてあげるよ!」

 

 強気なメイジン・カワグチは、相手の得意な戦闘スタイルで挑んできた。流石の彼でもALOでトップクラスのユウキ相手に剣技で勝つことは難しい。だがここは、ALOではなくGBOだ。

 

「私の剣技は一味違うぞ!」

 

 ユウキの振るう連撃に押されていたメイジン・カワグチは、ユウキの不意を突くように右前腕の側面に搭載されているビームサーベルを使い、それと知らずに振り下ろされたGNソードEXを力強く弾き飛ばした。

 

「あっ!?」

 

 予期せぬ反撃にあったユウキは、思いっきり焦った。それでも追撃を避けようとする意志が働き、咄嗟にバックを試みる。そのおかげでガンブレイドの斬撃を受けることは免れたものの、姿勢が崩れたままであるため、メイジン・カワグチのチャンスはまだ続いている。もちろん、彼がこの隙を逃さずことなど無く、ガンブレイドをハンドガンタイプに変えて<ブレイヴセイバー・オルタナティブ>を狙い撃つ。

 バンッ!! バンッ!! バンッ!!

 

「うわっ!?」

 

 反応速度が良いユウキはギリギリのところでそれを避けて見せる。何とか直撃は免れたものの、数発が<ブレイヴセイバー・オルタナティブ>の装甲を掠めて嫌な震動をコックピットに伝えてきた。流石はメイジン、一筋縄では行かない。

 

「ここで二刀流を使うだなんて思わなかったよ!」

「覚えておくがいい。ガンダム世界では、二刀流も基本技だということを!」

 

 確かに、SAOのような特殊性は無いので誰でも使える剣術ではある。しかし、これほどまでに使いこなすには高いセンスが必要だ。

 やはり、メイジンの名を与えられた彼の才能と実力は本物だと言える。

 

「思っていた以上に強いね……だからこそ倒し甲斐があるよ!」

「それはこちらも同じこと! 【絶対無敵の剣姫】をこの手で討ち取り、最高の栄誉を手にしてみせよう!」

 

 ユウキの挑発に応えたメイジン・カワグチは、奇妙な二つ名を口にする。それは初めて聞く呼ばれ方であったが、何となく懐かしい感じがするものだった。

 

「絶対無敵?」

「ああそうだ。華麗なる剣技でもって数多の猛者を屠ってきた君に敬意を表してつけられた称号だ」

 

 思わず口に出たユウキの疑問にメイジン・カワグチが答える。現在彼女は、1対1でおこなわれるガンプラデュエルの連勝記録を更新し続けており、美幼女アバターとボクっ娘要素の相乗効果も加わって多くのプレイヤーから人気を集めていた。そんな彼らがこっそりとつけた二つ名が絶対無敵の剣姫だった。最近呼ばれ始めたばかりなので、本人は元より周りの仲間も知らなかったが、彼女の実力を知っている者なら誰もが納得する名称である。

 ただし、メイジン・カワグチとは1対1で戦ったことが無いため、その二つ名の通りに勝てるかどうかはやってみないと分からない。これまではソウ・マツナガをサポートする方が楽しくて、姉と共に全国大会のエントリーも辞退しており、メイジン・カワグチと戦う機会が無かったのだが、今回のフリーダムウォーでとうとうその日がやって来た。ようするに、この戦いで絶対無敵の二つ名が彼女に相応しいか試される訳だ。

 無論、それ自体は望むところである。ユウキとて、強いプレイヤーとバトルできることはとても嬉しい。しかし、彼と巡り会うことで絶対無敵という単語を耳にすることになったのは意外すぎるハプニングだった。

 

「(理由は分からないけど、ものすごく気になる言葉だな……)」

 

 そう自覚した瞬間、ユウキの脳裏にファンタジーっぽい風景のイメージが浮かんだ。それは大きな湖に浮かぶ円形の島だった。中央に立派な木が生えており、その根本にはデュエルにうってつけな広場がある――

 

「っ!?」

 

 何かを思い出しそうになったところで、唐突にイメージが途切れる。どうやら、ALOにいる時より定着しないらしい。前に宗太郎が、『例のイメージはALOと強い因果関係があり、それ以外の事象にはあまり影響が出ないようだ』と言っていたが、はっきり言ってよく分からない。因果律量子論とやらを力説されても中二少女の学力ではちんぷんかんぷんである。

 それ以前に、今はバトルの最中だ。もちろん先ほどのイメージは気になるが、現時点ではメイジン・カワグチと真剣勝負したいという気持ちの方が勝っている。

 

「(今考えたって答えは出ないだろうし、後でソウ兄ちゃんに相談すればいいか)」

 

 体勢を整えて激しい鍔迫り合いを再開したユウキは、いつもの元気を取り戻して笑顔を作る。謎めいた秘密を抱えていても、健康的な彼女の心が歪むことはなかった。それは、別世界の自分とリンクしていることを無意識のうちに理解しているからだった。

 

 

 そのようにユウキが不思議体験をしている頃、ランとクラインのバトルも意外な展開を見せ始めていた。圧倒的な攻撃力を持っているはずの<スサノオ400型>が<紅蓮武者ネオシナンジュ>に有効な攻撃を与えられないでいたのである。

 

「あーんもう! Iフィールドのせいでビームが効かない!」

「はっはー! ビーム主体のその機体じゃ、俺様のネオシナンジュは倒せないぜ!」

 

 まんまと策がはまったクラインは、憎たらしいまでのしたり顔を浮かべる。<紅蓮武者ネオシナンジュ>の大型スカートアーマーには<ネオジオング>と同じようにIフィールドジェネレーターが内蔵されており、ほとんどのビーム攻撃を無効化してしまうのだ。

 もちろんIフィールドも無敵ではなく、必殺技に近い威力を誇るGNブラスターキャノンを防ぐことは出来ないが、あれを発射するには若干のタメ時間を要するため、援護の無いこの状況で直撃させるのは非常に難しい。

 

「これじゃあ、相性最悪ですよ……」

「ぐはぁっ! 可愛い女の子にそう言われると、なぜか心が痛んじゃう!?」

 

 思わぬ口撃で精神的にダメージを受けるクラインだったが、ここまでは思惑通りに推移している。キリトと同様に近接一辺倒な彼は、このような状況を作り出すためにレアアイテムである【超小型Iフィールドジェネレーターε】を手に入れて<紅蓮武者ネオシナンジュ>に組み込んだのだ。それはデフォルトで使えるものより遥かに高性能で、エネルギーゲージの消費が大幅に軽減されているため、ビームを当てまくってエネルギー切れを狙うのは得策ではない。むしろ、ランの方が先に息切れしてしまう。

 

「だったら、こちらも白兵戦で!」

 

 意を決したランは、不利と知りながらも白兵戦を試みる。<スサノオ400型>は、折りたたまれていた腕部の関節を展開すると、右腕の先端から大型ビームサーベルを出力させて突進する。

 

「あえて後退しない道を選ぶとは、良い覚悟だぜ!」

 

 その意気や良しとばかりにクラインも突進する。相手は小回りの利かない大型MA。こちらの機動力を活かせば懐に入り込むことも容易いはず。そう判断したクラインは、袈裟懸けに振り下ろされてくるビームサーベルをギリギリまで引きつけてから、それを受け止めた。質量とパワーの差で<紅蓮武者ネオシナンジュ>が弾き飛ばされそうになるが、機体を左回転させることでその力をいなし、<スサノオ400型>の胸元へ飛び込むことに成功する。

 

「もらったぁ!」

 

 必殺の剣を振るおうとするクライン。しかし、決まるかと思われた彼の攻撃は<スサノオ400型>のショルダータックルによって阻まれる。アスナに負けないくらいの反応速度を持つランが、素早い判断でカウンター攻撃をしかけたのである。

 

「させません!」

「なにぃ!?」

 

 不意打ちを食らった<紅蓮武者ネオシナンジュ>が、ガンダムファン御馴染みの効果音と共に吹き飛ばされる。

 それを見たランは、チャンスとばかりに追撃する。

 

「行け、ファング!」

 

 音声入力に従って<スサノオ400型>の脚部から射出された大型GNファング6基が<紅蓮武者ネオシナンジュ>に襲い掛かる。実体兵器のこれならIフィールドも意味は無い。

 

「流石はランちゃん、相変わらずの鉄壁ガードだ! しかし!」

 

 クラインは、左腕にGNファングを食らいながらも逆襲を開始した。攻撃を受けたせいでバランスを崩したと見せかけてランを騙し、彼女が追撃しようと接近してきたところで急加速したのである。ビームサーベルを振りかざしながら突進してきた<スサノオ400型>の下方へ転進すると一気に加速し、無防備な背後を取ることに成功する。

 

「あっ!?」

 

 まんまと一杯食わされたランは咄嗟にGNフィールドを展開したが、魔改造を施された<紅蓮武者ネオシナンジュ>の武装には無力だった。

 

「いっただき!」

 

 絶好の機会を得たクラインは、スカートアーマー後部に搭載されている大型クローアーム2基を射出する。それをアシストAIによる思考操作で誘導し、<スサノオ400型>の下半身後部にある主機ユニットを攻撃した。そこはGNドライヴ[Τ]6基と大型GNコンデンサーを搭載した心臓部とも言える場所で、GNフィールドを食い破った2基の大型クローアームが激突した直後に大爆発を起こした。

 ズガァ―――ンッ!!!

 

「きゃあ―――!!」

 

 技ありの逆襲が決まり、GNドライヴ[Τ]を5基も失ってしまった。

 しかし、やられてしまったランもすぐさま反撃に出る。機体後部に搭載しているGNミサイルを一斉発射して、追撃しようとしたクラインにカウンター攻撃を浴びせたのである。

 

「のわぁ―――!?」

 

 ミサイルの近接信管が作動し、<紅蓮武者ネオシナンジュ>の周囲で次々に爆発が起こる。エクストラスキルの【エース】を発動して何とか離脱に成功するが、傷ついていた左腕を完全に破壊され、全身の装甲もボロボロになってしまった。しかし、まだまだ戦える。

 

「へへっ。やっぱり、そう簡単に勝たせてくれないよなぁ!」

「妹の前でかっこ悪いところは見せたくありませんから!」

 

 2人は、互いに消耗しながらも楽しそうに笑みを浮かべる。このように素直な気持ちでゲームを楽しめる点だけは似たもの同士と言えるかもしれない。もちろん、恋愛に発展する可能性は微塵も無いけど。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 ユウキたちが戦闘を開始してから数分後。高機動ユニットを失ったソウ・マツナガは、執拗なエギルの追撃から逃げ続けていた。10%以下まで減少したGN粒子が十分に回復していないため、攻勢に出れないでいたのである。GNドライヴ搭載機は高い性能と特殊な能力を有する代わりに、GN粒子の増減で機体のステータスも大幅に変化してしまうというデメリットが存在する。つまり、GN粒子が50%に満たない今の<フラッグサレナ>は、全力の半分以下の性能しか発揮できない状態なのだ。やっと到着した連邦の攻撃部隊が艦隊攻撃を始めたおかげで<サイコガンダムMk-II>は離れていったが、それで事態が好転した訳ではなかった。

 

「はーっはっはっは! ガス欠とは情けないなぁフラッグファイター!」

「くっ! 事実なだけに言い返すことが出来ん!」

「やはり宇宙世紀シリーズの機体こそが最強の機動兵器! 所詮は紛い物でしかないアナザーシリーズの出来損ないでは話にならんわ!」

「情けない! そのような禍々しい物言いをエギルに許すとは!」

 

 後方から撃たれまくるメガ粒子砲を避けながらエギルと罵りあう。彼は宇宙世紀シリーズ以外の作品を認めないマニアックなファンで、00シリーズが好きなソウ・マツナガと度々論争を繰り広げていたりする。

 しかし、今回エギルが用意してきたMAの出来栄えは、確かに認めざるを得ない。強大な攻撃力を有するMA2機をそのまま合体させた単純明快な作りだが、だからこそ純粋に強かった。この機体を作るのにかかった金額と時間を純粋に反映した、大人気無い結果とも言えるが。

 

「これも人の執念か……しかし、私の愛とて負けてはいない!」

 

 GN粒子が40%以上まで回復したことを確認したソウ・マツナガは、急速反転して<パーフェクトノイエ・ジール>に突進する。

 

「これしきの弾幕、私の無理でこじ開ける!」

 

 劇中のグラハムのようにかっこつけてみる。しかし、気合だけではどうにもならない時もある。すれ違いざまに<パーフェクトノイエ・ジール>の右肩にあるメガ粒子砲を切り裂くことに成功するが、その代わりに何度かビームの直撃を受けて追加装甲が中破してしまった。並のプレイヤーによる砲撃ならともかく、エギルほどの熟練者を相手にしては無傷でいられない。

 

「ここまで良く戦ったが、その有様ではもう何も出来まい!」

「ふっ。確かに、私1人では今の君に勝てないだろう。だが、3人ではどうかな?」

「なんだと?」

 

 意味深なことを言うソウ・マツナガに疑問を感じたエギルだったが、その時点で失策を犯していた。彼とのバトルに集中しているうちに、死角となっているソロモン方面から急速接近してくる敵機の存在を見逃してしまったのである。コンピューターが反応して警告音を発したものの、敵機が入り乱れている今の状況では頻繁に警告されるため、つい確認を怠ってしまった。そのちょっとした隙がキリトの攻撃を許すことになる。

 

「(どうやら間に合ったようだな)」

 

 運良くエギルの後方からやって来る格好となったキリトは、敵機が自分に意識を向けていないことを見抜いて先制攻撃を仕掛けることにした。遠距離用武器として使えるGNダガーを腰部サイドアーマーから取り出すと、ソウ・マツナガの射撃に気を取られている<パーフェクトノイエ・ジール>に向けて投擲したのである。

 

「なにっ!? 新手か!!」

 

 【エース】の感知スキルで後方から来る攻撃を察するが、流石に気づくのが遅かった。咄嗟におこなった回避も間に合わず、ビグ・ザムパーツの左後部にGNダガーを食らってしまう。その直後にGNダガーが爆発し、付近にあったメガ粒子砲をいくつか道連れにした。この武器は敵に当たった衝撃で信管が作動する短剣型手榴弾となっており、柄の部分に仕込まれた圧縮GN粒子が爆発したのである。

 強襲を受けたエギルは、小破した<パーフェクトノイエ・ジール>を後退させつつ増えた敵機を確認する。

 

「こんな主人公らしいタイミングで来やがったのは、やっぱりキリトか!」

 

 まるで狙ったような登場の仕方に呆れつつ、彼とアスナの機体を見る。来る途中で攻撃部隊にやられたのか、2機とも中破状態だった。しかし、大きく傷ついていたとしても決して侮れない相手であることは百も承知である。

 

「待ちかねたぞ少年!」

「すまない。レイジを倒すのに手間どっちまってな」

「これでも結構急いで来たんだよ?」

「ほぉ。どうやらアスナも健在のようだな。流石はバーサークフューラーと言ったところか」

「だ・か・ら、フューラーってなんなのよ!?」

 

 再び凶悪な二つ名を耳にして憤るアスナ。その名は、シスコンに覚醒したアスナがユウキやランをナンパする男どもを容赦なく撃退していく姿から生まれたもので、既に広まっていた【バーサクヒーラー】という二つ名をもじって作られた称号だ。彼女としては不本意なことだが、真実を知っている仲間たちにとっては微笑ましい名称(?)として密かに受け入れられていた。

 

「それはさておき、綺麗に着飾った紳士淑女が到着したところで、ダンスパーティの再開といこうか!」

「逃げたわね……。まぁいいわ、後でキリト君共々締め上げてあげるから」

 

 調子に乗りすぎて虎の尻尾を踏んでしまったようだ。キリトとソウ・マツナガは、アスナのジト目を受けて冷や汗を流す。

 そんな御馴染みのやり取りを生温かい目で見守っていたエギルは、ちらりと時間を確認して軽くうなずく。よし、ようやく待ちに待った時間が来たぞ。こちらに向かってくるキリトたちに焦ることなく、内心でほくそ笑む。

 

「ここからは俺たちも混ぜてもらうぜ、エギル」

「こっちこそ望むところだ……と言いたいところだが、ここは一旦引かせてもらうぜ」

「なんだと?」

 

 いきなり戦意を弱めたエギルに疑問をぶつける。しかし、彼はそれに答えることなく、自軍の艦隊がいる方向へ後退してしまう。<フラッグサレナ>の奇襲から立ち直ったジオン艦隊は、いつの間にかエリアの右側に集まって強固な防御陣形を形成しており、エギルはそこに向かって急加速していく。

 

「あの引き際、鮮やかだな……なんだってんだ?」

 

 不思議に思い、ぽつりとつぶやく。キリトたちが加わったことで不利だと判断したのか。いや違う。彼は別れ際にニヤリと笑った。その表情を見て違和感を覚えたソウ・マツナガは、慌てたそぶりで辺りの景色を観察した。すると、サイド3方面の景色に異常を発見する。

 

「あれはまさか……」

 

 ソウ・マツナガの見つめる先に大きな光点があり、何故かそれが徐々に大きくなっている。あれは星の輝きじゃない。あの光は――

 

「2人とも! 急いでここを離脱するぞ!」

「えっ?」

「なんで?」

「サイド3から【ソーラレイ】のレーザー攻撃が来る!!」

 

 ソウ・マツナガがそう叫ぶや否や、ソロモンの司令部にいるNPCオペレーターから緊急事態を知らせる通信が送られてくる。このゲームでは、プレイヤーが移動するとその範囲にレーザー通信用の中継器を設置したことになり、ミノフスキー粒子やGN粒子散布下であっても長距離通信が可能となっている。そのおかげですべての連邦プレイヤーが即座に危機を知ることができたが、その脅威から逃げる時間はあまりにも短かった。

 

『地球連邦軍総員に緊急警報発令。サイド3方面に異常な光点を観測。恐らくは、ソーラレイより照射された大規模レーザーによる超長距離攻撃と思われます。着弾予想地点は、ソロモン中央部・第2スペースゲート。到達時間は現時刻から30秒後です。予測射線内にいるユニットは、直ちに安全圏へ退避してください!』

 

 その無慈悲な通信にすべての連邦プレイヤーが戦慄する。あいつら、とんでもないモン持ち出してきやがった。あまりに法外な値段のため、未だに3回しか使われていない究極兵器が自分たちに向けて放たれたのだ。それを恐れるなというほうが無理な話である。

 もちろん、初めて見るキリトたちも、その圧倒的な迫力に息を呑む。

 

「来るぞっ!!」

「光が、広がっていく……!?」

 

 ズゴォォォォォ――――――……ッ!!!!!

 凄まじい光の本流が、間一髪のタイミングで逃れた3人の間近を通過していく。スペース・コロニーを砲身とした巨大なレーザー砲から発射された直径8kmの光線は、あまりに綺麗で、とても恐ろしかった。

 

「きゃぁぁぁぁ―――っ!」

「こいつは予想以上だっ!」

「これほど熱烈に愛されては、火傷では済まないなぁ!」

 

 傍にいるだけで装甲が過熱していき、何かが軋むような音がコックピットに響き渡る。

 

「威力も尋常ではないが、ビームを超えるあの速度こそが最大の脅威といえよう!」

「これじゃあ、NPC艦隊の退避が間に合わないよ!」

「エギルにしてやられたな……」

 

 キリトは、自身の読みが外れたことを悔やむ。ソロモンという場所を考慮してリーズナブルな核攻撃を使ってくると思っていたが、まさかここまで贅沢をするとは。

 しかし、後悔先に立たず。解き放たれた光の矢は、破壊をもたらすためにソロモンへと向かっていく。

 

 

 暗い宇宙空間を一直線に突き進んでいく高出力レーザー。その進路上には、シリカの<ストライクフリダムエンジェル>がいた。何とか1人でセイとチナを撃墜したが、彼女の方もピナさんを破壊され、自身の機体も推進器をやられて移動不能に陥っていた。このような状態ではソーラレイから逃げることは出来ない。

 

「わたしの出番、やっぱり短かったな……」

 

 急速に迫り来るレーザーを前にメタ発言をするシリカ。その直後に光の中へ飲み込まれ、彼女のアバターが機体もろとも消失する。

 

 

 交戦中のシノンとリカルドは、ソロモン方面に移動しながら激しい射撃戦を繰り広げていたが、真横を通り過ぎていく極太レーザーの凄まじい迫力に気圧されて、お互いに動きを止める。

 

「これがソーラレイ!?」

「ははっ、こりゃまた派手な演出だねぇ」

 

 あまりにも非現実的な光景に、流石の2人も驚かざるを得ない。いくらなんでもこれはやりすぎでしょ?

 不条理な攻撃に呆れたシノンは、ユウキとランが無事に逃げてくれることを願いながらソロモンへ急ぐことにした。

 

 

 ソーラレイ発射を知らせる通信が流れた直後、ソロモン近海で戦っていたユニットすべてが予測射線外へ向けて移動を始めた。事前に示し合わせていたジオンプレイヤーは余裕を持って退避行動を始めており、慌てて逃げ出そうとしている連邦プレイヤーをドヤ顔であざ笑う。

 そんな中、ジオン攻撃部隊の要であるクラインとメイジン・カワグチは、未だ逃げずに紺野姉妹との戦闘を継続していた。互いに熱くなりすぎて、中断することが惜しくなっていたからだ。

 ユウキは、<アメイジングレッドウォーリア>のバズーカを避けながら叫ぶ。

 

「まさかソーラレイを使うなんて!」

「君の言わんとしていることは分かるつもりだ。しかし、今の私は客分の身。己の主義に反することも甘んじて受け入れるのみ!」

 

 メイジン・カワグチは、眉をしかめて返答する。彼自身も純粋なMS戦で勝負をつけたいと思っているが、主催者のエギルから『一度だけでもいいからソーラレイをぶっ放してみたかったんだ』と嬉しそうに言われたら素直に従うしかない。

 

「間もなくレーザーが来る。君も早く退避したまえ!」

「うぅ~、仕方ないなぁ!」

 

 スラスターを全開にして遠ざかっていく<アメイジングレッドウォーリア>を口惜しそうに見つめながら、ユウキも移動を始める。

 それと同時に、いつの間にか離れてしまっていたランを探す。

 

「姉ちゃんはどこにいったかな?」

 

 通信可能な範囲にいるので向こうの会話は聞こえていたが、メイジン・カワグチと戦いながらでは姉の状況を確認している余裕は無かった。

 果たして彼女は無事だろうか。強敵であるクラインと戦っているのだから無傷では済まないだろうが……。

 

「いた、姉ちゃん!」

 

 7時方向を振り向いて見つけたランの機体は、ユウキの想像以上に傷ついていた。3基残っていたGNドライヴ[Τ]を更に1基破壊され、左腕と両足もボロボロにされている。主機とコンデンサーをやられてGN粒子が急激に減少したせいで<スサノオ400型>の機動力が大幅に低下し、素早い大型クローアームをかわしきれなかったのである。

 ランの方もGNファングとミサイルで何とか<紅蓮武者ネオシナンジュ>を牽制しているが、クラインはそれらをOSSの【サイコフィールド衝撃波】で粉砕してしまった。

 もはやランには打つ手が無いように思われた。

 

「もう少しで止めをさせそうだが、そろそろソーラレイが来るからな。ここらでサヨナラさせてもらうぜ?」

 

 勝ちを意識したクラインは、大破した<スサノオ400型>を放って立ち去ろうとする。女子の前でかっこつけたがる彼は、こういう大事な時に迂闊な判断をしてしまう弱点があった。それが仇となってランに逆襲の機会を与えてしまう。

 

「このまま黙って行かせはしません!」

「なにぃ!?」

 

 もう何も出来ないと思っていた<スサノオ400型>の右腕からエグナーウィップが射出され、後ろを向いていた<紅蓮武者ネオシナンジュ>の右足に絡みついた。それと同時に強力な電撃が襲い掛かり、コックピットにいるクラインをしびれさせる。

 

「あばばばば、しまったぁぁぁぁぁ!?」

 

 スタン効果のある電撃のせいで体が動かなくなり、彼も離脱出来なくなった。一瞬の油断がクラインの命取りとなってしまったのである。

 

「姉ちゃん、今助けに行くよ!」

「ダメよユウキ! 今こっちに来たらあなたも逃げられなくなるわ! だから、わたしに構わず行きなさい!」

 

 機体の状況が分かっているランは既に覚悟を決めている。速度が低下している<スサノオ400型>ではもう逃げ切れないのだ。

 

「……わかった、姉ちゃんの戦いを無駄にはしないよ!」

「うん、後は頼んだわよ」

 

 姉の想いを汲んだユウキは、後ろを振り返ることなく離脱していく。

 そう、それでいいのよ、ユウキ。こんなナンパな人と一緒にあなたがゲームオーバーになる必要なんて無いわ……。真面目なランは、女好きで気の多いクラインのことがちょっとだけ苦手だった。

 一方、可愛い女子中学生にナンパ野郎と思われているちょっぴり情けないクラインは、ビリビリとしびれながら自身の迂闊さを嘆いていた。

 

「なななな、なんてこったぁ!?」

 

 今更後悔しても後の祭り。今はただ、徐々に迫るソーラレイの光を見つめ続けるしかない。

 そして、とうとう30秒が経ち、ソーラレイから照射されたレーザーがソロモンに着弾した。全長15kmのソロモンに直径8kmのレーザーが直撃し、その表面を蒸発させていく。目標だったスペースゲートは一瞬で消え去り、中枢部へ続く通路がむき出しになってしまった。後は、連邦の生き残りを振り切って内部に潜入できれば、ジオンの勝利が確実となる。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 大きな破壊を振りまいたレーザー攻撃は、短い時間で終了した。予想外の攻撃だったため、連邦軍の被害はかなり大きなものとなった。NPC艦隊を80%失い、MSも40%が撃墜された。プレイヤー艦隊は核攻撃に備えていたことが幸いして全艦無事だったものの、プレイヤーユニットはランとシリカを含めた3人が撃墜されてしまった。その結果、ジオンとの戦力差が逆転して連邦は危機に陥ってしまった。

 司令部からの報告で戦況を把握したキリトは自分たちの劣勢を知り、念のために用意していた切り札を使う決心を固めた。

 

「ソウ、こうなったらアレをやるぞ」

「ほぅ。とうとう私と愛をかさねて、アレをヤル気になってくれたか」

「お前の言ってるアレとは違ぇよ。レコンに頼んでおいたあの作戦をやるんだ」

 

 キリトは、KYな下ネタをスルーしてレコンに通信を繋げる。現在彼は、キリトの命令で自身が所有している戦艦と共にこちらへ向かっていた。ジオンの攻撃部隊がソロモンに到着した時点で入れ違いに前進し、エリアの端から密かに接近していたのである。

 

「レコン、状況は分かってるな?」

「はい、かなりピンチのようですね」

「ああ。この逆境をひっくり返すにはお前の力が必要だ。やってくれるな?」

「もちろん。覚悟はとうに出来てます!」

「それじゃあ頼む。お前の通る道は俺たちが作ってやる!」

 

 短いやり取りで話はまとまった。

 キリトの指示を受けたレコンは、搭乗している<セカンドV>を並走している戦艦に着艦させると、急いでブリッジに向かう。連邦軍の切り札である【遅かったなぁ作戦】をおこなうために。

 空いていた指揮官席に座ったレコンは、ブリッジにいるNPCクルーに指示を出す。

 

「これより【ビームラム攻撃】をおこなう! <シルフィード>最大戦速! 目標、敵旗艦<ゼネラル・エギル>!」

 

 レコンの号令に従い、リーンホースJr.型改造戦艦<シルフィード>が加速していく。

 彼らがおこなおうとしている作戦は、このゲームの隠し技を利用したものだった。リーンホースJr.型の戦艦でビームラムを使った自爆攻撃を敵旗艦に成功させると、劇中のように大規模な核爆発を発生させることが出来るのだ。ジオンの艦隊がまとまっていてくれている今を狙えば、それで勝負を決めることも可能となる。何はともあれ、レコンの操艦に連邦の運命が託されたわけだが、条件は難しくとも試す価値は十分にある。

 

「それにしても、僕ってこういうシチュエーション多いよなぁ」

 

 過去の出来事を思い出したレコンは、思わず苦笑する。以前彼は、旧ALOでおこなわれた世界樹攻略戦でキリトとリーファを助けるために自爆攻撃をおこなったのだが、その手のスキルを自らの意思で入手してしまうところを見ると、かなりのドM気質なのかもしれない。

 いずれにしても賽は投げられた。レコンの性癖など、もはやどうでもいい。

 彼の戦艦が移動を始めた知らせを受けると、キリトたちも自分の役目を果たすために行動を開始する。突っ込んでくる<シルフィード>を落とされないように敵の防御を弱めるのだ。

 

「よし、レコンが来る前にエギルを堕とすぞ!」

「了解!」

「いいだろう。妖精の護衛役は、この私、グラハム・エーカーが引き受けた!」

 

 こうして、フリーダムウォーは佳境へと向かっていく。果たして、ジオンが中枢部を破壊するのが先か、連邦の切り札が炸裂するのが先か。その答えはまだ分からない。




次回は、いよいよフリーダムウォーの決着がついて、この章のエピローグとなります。
予定より話が伸びてしまいましたが、ようやくGBOパートが終わります。
この後の話はALOがメインとなります。

それから、今年の更新はこれで最後だと思います。
このSSはまだ続けたいと思っているので、来年もよろしくお願いします。


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第34話 目標を、狙い撃つわ

諸君! 新年の挨拶、すなわち「明けましておめでとうございます」という言葉を、謹んで贈らせてもらおう !

今回は、アメイジング・フレンド編のエピローグです。
フリーダムウォーの顛末と、現実の詩乃のその後を描いております。


 ソーラレイの光が消え去り、先ほどまでの騒乱が嘘のようにソロモン近海が静まりかえる。

 しかしそれも一瞬。エギルの狙い通りに勝機を得たジオン軍は、レーザーの消失と同時にすぐさま進軍を再開する。それに対する連邦軍は、半減した防衛能力を立て直すべく消失した第2スペースゲート跡に生き残ったユニットを集結させる。

 

「レコンが突っ込むまでここを通すな!」

『了解!!』

 

 ギリギリの戦いを強いられることになった連邦プレイヤーたちは気合を入れ直す。とはいえ、戦力が逆転したこのピンチを凌ぎきるのは至難の業となるだろう。ほぼ無傷で逃げ延びた<デンドロビウム>を上手く使ったとしても、突破されるのは時間の問題だと思われる。

 

 

 こんな状況でこそ<スサノオ400型>の性能が活かされるはずだった。しかし、ランはクラインと共にゲームオーバーとなってしまった。それを悔やんだユウキは、レーザーが消えた後に姉がいた地点を見た。すると、信じられないことに、誰もいないはずのその場所にスラスターの光が見えた。

 

「うそっ、レーダーに反応がある!?」

 

 急いで確認してみるとランたちがいた辺りにMSの反応があり、ソロモンへ向けて移動をしている。その事実に驚いたユウキは、少し離れた位置にいるメイジン・カワグチを警戒しながら正体不明の機影を追う。そして、ロックオンできる範囲まで来たところで望遠画像を映し出す。するとそこには、全身傷だらけの<紅蓮武者ネオシナンジュ>が映っていた。

 

「あれはクライン!? 生きてたの!?」

 

 まさか、あの状況で助かるなんて。しぶとく生き残ったクラインに思わず驚いたが、すぐにそのタネを理解する。GBOにはソーラレイにすら耐えられる防御法がいくつか存在するのだ。

 クラインの場合は、<ネオジオング>に搭載されているチート兵器【サイコシャード】を使ったのである。原作では操縦者が望むイメージを何でも具現化できてしまうトンデモ兵器だが、 このゲームではエネルギーゲージとSPゲージすべてを消費することで【一定時間、ロックオンした敵の武装を破壊する】か【一定時間、あらゆる攻撃を無効化する】かの選択式となっている。戦争イベントでは1回しか使用できないとはいえ、その効果は絶大だ。

 しかも、彼が使っているサイコシャードはかなりのレアパーツらしい。デフォルトのままでは持続時間がとても短く、ソーラレイに耐えられなかったはずなのだ。

 

「それにしても、クラインってやたらとレアアイテム持ってるなぁ……」

 

 ユウキは、クレバーな遊び方をするクラインにちょっぴり呆れる。人付き合いの上手な彼は、ダブったレアアイテムを譲ってもらえる機会がやたらと多いのだ。そうでなければ、短いプレイ時間の間にこれだけの装備を整えられるわけが無い。

 そんな彼女の読み通り、最近手に入れた高性能サイコシャードのおかげで何とか生き延びることが出来たクラインは、冷や汗を流しながら安堵する。

 

「ふぅ~、さっきは本当に危なかったぜぇ!」

 

 思わぬハプニングに救われた彼は、自身の幸運に感激する。レーザーに飲み込まれる前、電撃によるダメージで<紅蓮武者ネオシナンジュ>の右足が壊れ、運良くエグナーウィップの戒めから逃れることができたのである。後は、ぎりぎりのタイミングでサイコシャードを展開して難を逃れたというわけだ。ようするに、惜しいところでランの道連れ攻撃は失敗していたのだった。

 

「だったらボクが姉ちゃんの仇を取る!」

 

 何となく浮かれた様子のクラインを想像してムカッと来たユウキは、彼を追撃しようとする。しかし、そんな彼女の前にメイジン・カワグチが立ちはだかる。

 

「待ちたまえ。君の相手はこの私だと言ったはずだ!」

「むぅ~、やっぱり見逃してくれないか」

 

 流石に彼を無視して行くことはできない。こうなったら、完全に決着をつけるしかない。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 ソーラレイが消えた後、ソロモンへ向かうシノンの元に司令部からの報告が入る。連邦軍の被害状況とジオン軍の動向だ。それによると、現在の戦況はかなり悪いようだ。

 

「敵がソロモンに取り付いた? ユウキたちはなにやってるの!」

 

 まさかあのレーザーでやられてしまったのだろうか。そうだとしたら、自分も防衛隊に加わらなければならない。

 

「でもその前に、あのナンパ男を何とかしないと!」

 

 シノンは、後方から追跡してくる<ガンダムフェニーチェリナーシタ>に視線を送る。ここへ来るまでに彼女の攻撃がいくつか当たり、機体の各所に小さな傷を負っている。だが、徐々に回避パターンを変えることで直撃を回避していた。シノン同様、リカルドの操縦センスも並以上なのだ。

 

「君の魅力が本物だから、こんなにも追いたくなるのさ!」

 

 ナンパ男であることを自負しているリカルドだが、ガンプラバトルに関しては一点の曇りも無い。シノンの強さは、恋のときめきにも似た熱き情熱を感じさせるのだ。

 始めてから一月も経っていないビギナーでこの実力……。

 

「こんなものを見せられたら、体がうずく!」

 

 そう叫ぶと同時に、バスターライフルカスタムから強力なビームが放たれる。シノンはそれを銃の動きで察知し、リカルドの裏をかくような回避運動をおこなう。しかしそのビームは<ウルティマラティオ・デュナメス>には向かってこず、前方に漂っていた戦艦の残骸に直撃した。

 

「なっ!?」

 

 不意を突かれたシノンは驚く。デブリを利用することを思いついたリカルドは、彼女が後方に意識を向けた瞬間を狙っていたのだ。丁度、真横を通り過ぎようとした絶妙なタイミングで大量の残骸が衝突し、<ウルティマラティオ・デュナメス>は姿勢を崩されてしまった。

 

「きゃあっ!」

「前方不注意には気をつけないとなぁ!」

 

 この瞬間を待っていたリカルドは、貴重なチャンスを逃すことなく小型ライフルを連射する。その銃弾はクルクルと回り続ける<ウルティマラティオ・デュナメス>に次々と直撃し、左肩と両足を破壊した。

 

「やったわね!」

 

 愛機を傷つけられたシノンは、これ以上はやらせないとGNシールドビットⅡを放つ。攻防一体の無線式誘導兵器であるそれには小型ビーム砲が内蔵されており、破損していない7基が接近しようとしていた<ガンダムフェニーチェリナーシタ>に襲い掛かる。それを囮にしている間に体勢を整え、GNスナイパーライフルⅢで左ウイングを撃ち抜く。

 

「これでもうスピードは出せないわよ!」

「だったらコイツで片を付ける!」

 

 ウイングを破壊され追撃が難しくなったリカルドは勝負に出た。バスターライフルカスタムを最大出力で放つ気なのだ。これほどの至近距離で撃てば、傷ついた<ウルティマラティオ・デュナメス>に当てることも不可能ではない。その代わりにバスターライフルカスタムは壊れてしまうだろうが、彼女を撃墜できるのであれば安いもんだ。

 

「ターゲット、ロックオン! 今度は俺が狙い撃つぜぇ!!」

 

 シノンの決めゼリフを取ったリカルドは、GNシールドビットⅡの攻撃に耐えながら必殺のビームを放った。

 

「(このままではやられる!)」

 

 それを悟ったシノンは、これまで温存していた切り札を使うことにした。背部にマウントされたままだった【GNリフレクタービット】を。

 この装備は、<G-セルフ>のリフレクターパックを改造したもので、敵機から発射されたビームを吸収し、自身のエネルギーとして再利用できる特殊な機能を持っている。デフォルトのままでは通常レベルのビームしか吸収できないが、ソウ・マツナガはシノンのために必殺技すら無効化できるレアアイテムを用意していた。

 

「これで形勢逆転ね!」

「なんだと!?」

 

 勝利を確信して放ったビームは、観音開きで面積を広げた4基のGNリフレクタービットに吸収されてしまう。しかも今度は、そのエネルギーがシノンの攻撃として再利用されることになる。

 

「悪いけど、これでは狙い撃てないから……圧倒させてもらうわ!!」

 

 エネルギーを蓄えた4基のGNリフレクタービットが<ウルティマラティオ・デュナメス>の前に整然と並び、その中央に向けてGNスナイパーライフルⅢを放つ。すると、凄まじい粒子ビームが発生して、瞬く間に<ガンダムフェニーチェリナーシタ>を飲み込んだ。ウイングをやられた状態では回避も出来ず、ただ敗北を受け入れるしかなかった。

 

「ふっ、君に撃たれてイけるってんなら、それはそれでアリだぜ!」

 

 生粋のナンパ野郎であるリカルドは、散り際もそれっぽかった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 シノンがリカルドを倒した頃、ジオンの艦隊は連邦の攻撃部隊に攻め立てられて狭い空間に固められつつあった。レコンの自爆攻撃で一気に全滅させるつもりなのだ。

 それを見たエギルは瞬時に相手の意図を理解して、そうはさせまいとキリトたちに襲い掛かる。

 

「リーンホースJr.など使わせるか!」

 

 <パーフェクトノイエ・ジール>の巨体が複数のメガ粒子砲を連射しつつ突進してくる。強化アイテムによって魔改造された砲撃は非常に強力で、接近することすらままならない。格闘戦が主体のキリトたちでは相性が悪過ぎた。SPがあれば特殊スキルで突破することもできるのだが、今は3人共にガス欠中で使えない。まさに万事休すである。

 

「これじゃあ間に合わないよ!」

「くっ、どうするソウ!?」

「焦るな少年! この私に考えがある!」

 

 何やら良い手を思いついたらしいソウ・マツナガは、突進してくる<パーフェクトノイエ・ジール>の横を高速で通り過ぎる。そして、ある程度の距離を確保したところでスプリットSという空戦機動をおこない、機体を反転させた。つまり、下向きのUターンで急速旋回してエギルの下方を取ったのだ。

 

「たとえ屈強な男でも尻の穴は弱いもの! そこを突かせてもらう!」

「って、穴は余計だろ!?」

 

 いつもながらの下ネタにツッコミを入れるキリトだが、それしかないとも思った。ファーストガンダムに思い入れのあるエギルは、ビグ・ザムの弱点である【機体下方の死角】をあえてそのままにしていたからだ。一応、機動力をあげることでカバーできるようにしておいたのだが、フラッグファイターの戦闘機動には流石に対応しきれなかった。

 

「悲しいけど、これが戦争なのだよ!」

「くっ、下か! 対空防御!」

 

 <パーフェクトノイエ・ジール>の足に搭載されたクローミサイルが下方から急速接近してくる<フラッグサレナ>に向けて射出され、重厚な作りをした黒い装甲に次々と突き刺さる。しかし、その攻撃が破壊したものは追加装甲だけだった。傷ついたそれをパージすると、中から無傷の<ダブルオーフラッグ>が出現して、勢いを殺すことなく突進していく。

 

「まだまだぁ!!」

 

 <フラッグサレナ>の装甲を犠牲にすることで、再び懐に入り込めた。このチャンスを最大限に活かさなければならない。

 

「死中に活あり!」

 

 そう叫びながら右手のGNグラハムソードをビグ・ザムパーツの股下に突き刺し、前部の大型メガ粒子砲まで切り裂いていく。そして、深く突き刺さった右手のソードを手放すと、今度は左手のそれで周囲のメガ粒子砲を横薙ぎにする。これで<パーフェクトノイエ・ジール>の攻撃力は半減した。

 その代わりにソウ・マツナガ自身がリタイアすることになったが。

 

「たかが1機のモビルスーツに、この<パーフェクトノイエ・ジール>をやらせはせん!」

 

 下方で発生した爆発の震動を感じつつ、エギルは反撃に出る。左右の有線クローアームを飛ばして、攻撃を終えた瞬間の<ダブルオーフラッグ>を串刺しにしたのである。

 

「これは死ではない! 連邦が勝利するための……!!」

 

 ズガァ―――――ンッ!!!

 絶妙なタイミングで<ダブルオーフラッグ>が爆散する。まさに劇場版グラハム・エーカーのような死に様である。しかし、実際はスレッガーさん役であり、この直後にアムロ役のキリトが満を持してやってくる。

 

「うおぉぉぉぉ―――っ!!」

 

 視界を遮る爆煙の中から<ダブルオーガンダム・ソードマスター>が現れ、動きを止めた<パーフェクトノイエ・ジール>に必殺の剣技をお見舞いする。

 

「食らえっ! なんちゃって、スターバースト・ストリーム!!」

 

 気合を入れたキリトは、自慢の反応速度でSAOのソードスキルを再現して見せた。華麗な連続16回攻撃で<パーフェクトノイエ・ジール>を切り刻み、ようやく撃破に成功する。

 

「ぐおぉ――っ!? ジオン公国に栄光あれ――――っ!!」

 

 どこまでもノリノリなエギルは、ガルマやドズルにも負けない立派な最期を遂げる。

 これで一番厄介な<パーフェクトノイエ・ジール>は消えた。<サイコガンダムMk-II>も他の仲間が追い込んでいるので、ジオンのMAが全滅するのも時間の問題だろう。

 

「ふぅ、何とか倒せたな」

「うん。後はレコン君を守りきるだけだね」

 

 生き残ったキリトとアスナは、身を挺したソウ・マツナガのことを気にかけることもなく、すぐさま次の敵へ向かう。一見すると冷たいようだが、グラハム好きな彼はこの手の最後が多いので、いちいち構っていられないのだ。そんなメガンテ野郎に気を使うより敵MSを減らすことを優先すべきだろう。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 一方、メイジン・カワグチに挑まれたユウキは、劣勢に追い込まれていた。キリトよりも空間機動に慣れている彼女だったが、メイジン・カワグチのセンスも負けておらず、プレイ時間の差で僅かに劣勢となっていたのである。対戦相手の全力を引き出しつつも圧倒的な力をもって勝利する。それが、メイジンの名を受け継いだユウキ・タツヤのガンプラバトルだった。

 

「この機会に経験させてあげよう! メイジンの名を受け継いだ男のガンプラバトルを!」

 

 好敵手と呼べる相手に巡り会えたメイジン・カワグチは、更にモチベーションを上げていく。だが、対するユウキの方は微妙な気持ちになっていた。

 

「まぁ、メイジンと戦えるのはボクも嬉しいんだけど……さっきから全然攻撃が当たらないよぅ!」

 

 ユウキは、何度か鍔迫り合いを繰り返しているうちに違和感に気づく。まるで自分の動きを読まれているかのように上手くあしらわれてしまうのだ。

 剣技に関してはユウキの方が上なのに何故このような状況になっているのか。その答えは、メイジン・カワグチの巧妙な機動にあった。剣を振るう際の初期モーションを覚えることで攻撃位置を予想し、事前に対処動作をおこなっていたのである。そうすることで、ユウキの人並みはずれた処理速度に対抗しているのだ。実を言うと、ギャンブル性の高い苦肉の策なのだが、メイジン・カワグチの高いバトルセンスとGBOのシステムが上手い具合に噛み合って、彼女の攻撃をほぼ無力化していた。

 

「君には天賦の才がある。それに見合った向上心もある。しかし……今はまだ未熟!」

「言ってくれるねっ!」

 

 上から目線のメイジン・カワグチに剣を振り下ろすことで自分の意思を伝える。目の前にいる<アメイジングレッドウォーリア>は、左手のガンブレイドを下方に弾かれたばかりで体勢を崩している。これならこちらの攻撃も当たるか――ユウキがそう思ったその時、<アメイジングレッドウォーリア>の両肩に搭載されている可動式バーニアユニットが前を向いて、思いっきり噴射炎を吐き出した。

 

「うわぁー!?」

 

 いきなり視界が真っ白に染まる。更に、バーニアの圧力で、一瞬だけ機体の自由が奪われる。

 まずい、大きな隙が出来てしまった。瞬時に危機を感じ取り、<ブレイヴセイバー・オルタナティブ>をその場から避退させようとする。だが、その動作は少し遅かった。移動を始めた機体の左肩にハイパーバズーカから放たれた実弾が直撃したのである。

 ズガァ――――ンッ!!!

 

「あぁっ!」

 

 思わぬ攻撃で左腕を破壊されてしまった。まさに、ガンプラの性能を完全に使いこなした戦い方であり、これには素直に感服するしかない。

 

「(でも、まだ負けたわけじゃないよ!)」

 

 こんなことでユウキの心はへこたれない。ソウ・マツナガも勝ったことがあるのだから、絶対に勝てない相手じゃないはずなのだ。

 とはいえ、どうしたらこの劣勢をくつがえすことが出来るのだろうか。お互いに能力上昇スキル――【明鏡止水】と【エース】を使っている状態で一歩抜きん出るには……。

 

「(もうアレしかない!)」

 

 勝利を手に入れるための希望を見出したユウキは、禁断の合わせ技を使う決心をした。これまで何度か試してみたが、あまりにステータスが上がりすぎて翻弄されるだけだった。それを使いこなすことが出来れば、メイジン・カワグチに勝つことが出来るかもしれない。だったら、ぶっつけ本番で成功させてみせる。

 何故か湧き上がってくる自信に心を押されたユウキは、起死回生となるだろうスキル名を叫ぶ。

 

「【トランザム】!!」

 

 可愛らしくも勇ましい声で有名なあの機能が発動する。それと同時に、金色に染まっている<ブレイヴセイバー・オルタナティブ>が更に赤く発光しだす。【明鏡止水】と【トランザム】を同時併用することで、機体性能とプレイヤー能力を大幅に増強したのである。これをおこなった際のじゃじゃ馬ぶりは尋常ではなく、上位レベルのプレイヤーでさえまともに扱えない。

 しかし、今のユウキなら使いこなすことが出来る。メイジン・カワグチの言葉をきっかけにして無意識のうちに【絶剣】である自分を体感した彼女は、更に別世界の自分へと近づいていたからだ。GBOのアシストAIシステムで加速した思考能力がメディキュボイドと接続していた状況を擬似的に再現していたという偶然も重なって、とんでもない反応速度を実現した。

 

「うおぉぉぉぉぉ―――――っ!!」

 

 まさに絶対無敵と化したユウキは、すさまじいスピードで<アメイジングレッドウォーリア>に迫る。

 

「なんとぉーっ!?」

 

 その常識破りの速度にメイジン・カワグチも唸るしかない。あまりにも早すぎて彼の予測も間に合わないのだ。

 

「これが彼女の本気か……!」

 

 短くも激しい攻防の末にようやくGNソードEXが当たり、<アメイジングレッドウォーリア>の左腕を切り裂いた。更に、後方へ逃れようとしていた所を追撃して左足を切断する。

 

「この私が圧倒される!?」

 

 豹変したユウキの力に驚きながらも、胸部に内蔵されている3連ミサイルポッドで牽制する。彼女がそれを切り払っている間に何とか距離をかせぐが、それも焼け石に水だった。スキルの発動が終わるまで一時的に離れる作戦に出た<アメイジングレッドウォーリア>を見て、ユウキは<ブレイヴセイバー・オルタナティブ>の使える最高の大技を使うことにした。隙の多い必殺技なためこれまでは使えなかったが、今ならいける。

 この好機を逃すまいと背部に搭載していた6基のGNソードビットEXを射出させ、GNソードEXと合体する。そうして巨大な両刃の剣【GNエクスカリバー・モルガン】を完成させて、最強の必殺技を繰り出す。

 

「我が旭光の錆と消えよ! 約束された勝利の剣(エクスカリバー)―――――ッ!!!」

 

 ユウキの掛け声とともに、前に突き出したGNエクスカリバー・モルガンから眩しい光がほとばしる。それは長大な光の刃となって宇宙空間を走り、その先にいる<アメイジングレッドウォーリア>の胴体を吹き飛ばした。

 

「先ほど未熟と言ったことを訂正させてもらおう。君のガンプラバトルは、今この瞬間にも成長し続けている……その力を誇るがいい、絶対無敵の剣姫よ!」

 

 散り際も潔いメイジン・カワグチは、ユウキのバトルを賞賛しながら消えていく。その言葉通り、彼女は素晴らしい力を示して最強のガンプラファイターを倒してみせた。しかし、ユウキの心は喜びよりも疑問に満ちていた。

 

「絶対無敵の剣姫…………絶剣」

 

 知らないうちに自分に付けられていた二つ名。それを何となく略してみたらドキンと胸が高鳴った。理由は分からないが、妙に心をざわつかせる言葉だ。でも、ここで聞くべきものでは無い気がするのは何故だろう。漠然とだが、そう思えてならないのだ。

 そんなユウキの違和感は、確かに当たっていた。これも別世界からもたらされた因果がこの世界に与えた影響だからだ。別世界のユウキとは異なる道を歩んでいるため、異なる形で【絶剣】という因果が反映されてしまったのである。

 この歪みとも言える現象がVRゲームの世界に与える影響はどこまで広がるのか。そんなことが起きていることすら知らないユウキには想像できるはずもなかった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 各フィールドで名だたるプレイヤーが消えていく中、しぶとく生き残っているクラインは、ソロモンの中枢部へ向かうべく、しぶといバトルを続けていた。

 

「これで終わりだぁ!」

 

 合流した仲間の援護を受けて<デンドロビウム>の懐に飛び込み、本体の<GP03>を串刺しにする。防衛部隊の要となっていたこの機体を倒したことで、いよいよ勝機が見えてきた。

 

「クライン隊長。ここは俺たちに任せて、先に行ってくれ!」

「了解! 勝利を土産に持って帰るぜ!」

 

 サムズアップして送り出してくれた仲間に応えて、後ろを振り返ることなく前進する。目指すはソロモン中枢部に設置されたメインジェネレーターを管理するコントロールルームだ。

 

「邪魔すんなぁーっ!」

 

 進路を塞いでいた<ガンイージ>を切り捨てながら突き進む。そのまま勢いを止めることなくソーラレイによって融解したゲート跡を通り抜け、その奥にあるメインシャフトに到達する。後は、この真下にあるコントロールルームを破壊すればジオン軍の勝利となる。

 

「はっはーっ! 今回は俺の勝ちだぜキリの字!」

 

 勝手にライバルだと思っているキリトに向かって勝利宣言する。たとえ負けてる要素ばかりでも、彼はめげないへこたれない。どこまでも前向きな性格がクラインの強さであり魅力でもあるのだ。

 

「ここらでお兄さんは出来る子だってことをシノンやランちゃんたちに見せ付けなきゃな!」

 

 どうやら彼は、知り合いの美少女たちに自分をアピールする気でがんばっていたらしい。こういう女好きな部分を見せられると、前向きすぎるのも少し考え物かもしれない。

 とはいえ、彼のヨコシマながんばりによって勝敗が決しようとしているのも事実だった。今、クラインの眼前には無防備なコントロールルームがある。ここに愛刀を突き立てれば、この戦いも終わる。

 

「行くぜぇ―――――っ!!」

 

 刀を水平に構えたクラインは、<紅蓮武者ネオシナンジュ>を吶喊させようとする。その直後だった。彼の真上から粒子ビームが降ってきたのは。

 ズビュ―――ンッ!!

 

「え?」

 

 感知スキルが働いたが、浮かれていたせいで反応が遅れた。刀を構えて突進しようとしていた<紅蓮武者ネオシナンジュ>の頭部に粒子ビームが直撃し、そのまま胴体を突き抜けていく。

 

「そんなバカなぁ―――――……」

 

 ドッカ――――ンッ!!

 驚愕の表情を浮かべたクラインの叫び声は、爆発音の中に掻き消えていく。そんな彼の最後を見届けたシノンは、GNスナイパーライフルⅢの構えを解いて宙に漂う。

 

「ふぅ……何とか間に合ったわね」

 

 ギリギリのタイミングで危機を救ったシノンは一息つく。リカルドを倒した後にソロモンへ戻ってきていた彼女は、メイジン・カワグチと戦っていたユウキよりも先にこの場へ辿り着いたのである。

 

「ふふっ、これならソウにも自慢できるわ」

 

 何かと彼にやられっぱなしなシノンは、ようやく仕返しが出来るとイタズラっぽい笑みを浮かべる。出会って間もないのに、彼女も大分、彼らの雰囲気に染まってきたようだ。

 

 

 何はともあれ、シノンたちの活躍によって勝敗は決した。更に、クラインの攻撃が失敗したすぐ後に<シルフィード>の自爆攻撃がきまり、ジオン艦隊が全滅した。その結果、今回のフリーダムウォーは連邦軍の勝利で幕を閉じるのだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 大いに盛り上がったフリーダムウォーから1週間後の土曜日。祝勝会と残念会を兼ねたオフ会がダイシーカフェにて催されることとなった。実を言うと、リアルで詩乃を紹介しようと画策した木綿季が発案したもので、GBOをやっていない面子も呼んでいる。もちろん詩乃本人にも説明しており、ちゃんと了承を得ている。ただ、内心ではかすかな不安を抱えていたが。

 

 

 午後12時半頃。土曜日にも授業がある進学校に通っている詩乃は、ホームルームを終えた教室で帰り支度をしていた。普段なら学生特有の開放感に満たされる瞬間であり、周りの生徒たちは午後の予定を楽しそうに語り合っている。しかし、詩乃だけはスッキリしない表情をしていた。和人たちと会うことを少しだけ躊躇してしまっているのだ。不良少女たちに騙された経験が新たなトラウマになって、現実で親しい友人を作ることを避けていたことが原因だった。歪んだ動機で近づいてきた新川恭二や、超常現象の影響により運命的な出会いを果たした木綿季たちと友人関係を築けたのは例外中の例外だったのだ。

 

「ほんと、情けないわね……」

 

 ゲームの中では普通に振る舞えるのに、現実では上手くいかない。そのもどかしさについ苛立ってしまう。現状を変えられない自分が嫌で。それでも秘密を知られた時の変化が怖くて。結局、心に壁を作って停滞してしまう。木綿季たちと出会ってから前向きな思考が出来るようになったものの、過去の恐怖を完全に払拭できたわけではなかった。

 

「(宗太郎はこれまで通りでいいって言ってたけど……)」

 

 以前、秘密を抱えた罪悪感を何とかしたくて、紺野姉妹にだけは事情を話すべきかと彼に聞いてみたことがあったのだが、その時にこう言われた。

 

『君の秘密は保護されるべきプライバシーの一部なのだから、無理に打ち明ける必要はないよ。誰だって大なり小なりの秘密を抱えているものだからな。ただ、心の底から話すべきだと思った時は、迷うことなく打ち明けるといい。君自身が納得していれば、私に聞かずともそうしているだろう? そしてその時は、相手も必ず納得してくれるはずだ。君がそう信じた人物ならば間違いないさ』

 

 確かに彼の意見は正論であり、説得力があった。そもそも、自分が納得できていなければ余計な気を使わせるだけになってしまう。つまり、迷っている時点で『話すべき時』ではないということになる。

 

「(大体、今日はオフ会じゃない……)」

 

 せっかく木綿季たちがお膳立てしてくれたんだから、暗いことなんか考えてないでしっかり楽しまなきゃ。宗太郎の言葉を思い出したおかげで心が軽くなった詩乃は、ようやく落ち着くことができた。

 よし、この気持ちのままでみんなと会おう。そう思いながら教室を出たところで、ポケットに入れていたスマホが震える。

 

「えっと……宗太郎から?」

 

 画面を見ると彼の名前が表示されている。間が良いのか悪いのか、彼の事を考えているタイミングで接触してくる場合が多い気がする。それも、ちょっぴり恥ずかしくなるような時に限って……。

 

「ま、アイツは自他共に認めるKY野郎だからね」

 

 宗太郎との付き合いに慣れてきた詩乃は、『仕方ないわね』と苦笑しながら着信に応じる。廊下の窓際に寄ってからスマホに話しかけると、おかしな男がおかしな言葉で挨拶してきた。

 

「もしもし?」

『こんにちわだなぁ、朝田詩乃! こちらはグラハム・エーカー上級大尉だ』

「はいはい。それで、何のようなの宗太郎?」

『ふっ、連れない物言いだな。たとえ用事が無かったとしても、親しい友人の声を聞きたくなった……それだけでは理由にならないかな?』

「……まぁ、今は別にやることも無いから、つき合ってあげるけど……」

「その温情に感謝する」

 

 まったく、コイツはいつもこうだ。バカなことを言ってると思ったら、不意にドキッとしてしまう言葉を挟んでくる。彼の存在を意識し始めている彼女としては大いに困ってしまう。ただグラハムというキャラを演じているだけなのか、それとも本心で言っているのか。

 

『ところで詩乃、今日の予定は把握しているかな?』

「もちろん。6時からダイシーカフェでオフ会でしょ?」

『ご名答。では、そこまでの道のりは確認済みかな?』

「うん。木綿季に勧められて、ちょっと前に行ってみたから問題無しよ」

『ほう、事前に偵察を済ませているとは。見事な対応だ、朝田詩乃! とはいえ、可憐な女性の一人歩きはお勧め出来ない。ここは私にエスコート役を任せてもらえないかな?』

「うん、それは別に構わないけど……さっきから何か変ね」

 

 妙に自分を気にしている宗太郎に気づいて疑問を感じる。

 

「もしかして、わたしに気を使ってる?」

『バッ!? ちっげーよ! 俺たちが強引に誘ったせいで困ってたら可哀想だから楽しく過ごせるように全力でもてなしてあげようとか、そんなんじゃねーよ! たまたま通り道にお前ん家があるから、ついでに寄ってやるって言ってんだけだよ! 変な勘違いしてんじゃねーぞ! バーカ、バーカ!』

「あからさますぎるツンデレね……」

 

 照れすぎて変な誤魔化し方になってしまった宗太郎に呆れた声をかける。どうやら、変な罪悪感を抱いていたせいで、激しく動揺してしまったようだ。

 

「心配してくれてありがとう。でも、わたしは大丈夫だから、お店で会いましょう?」

『……そうか。ならば私は、ダイシーカフェにて待つとしよう。少しでも遅れるとレイジやアイラに料理を食い尽くされてしまうから、時間厳守で来るがいい』

「ふふっ、分かったわ」

 

 宗太郎の気遣いを嬉しく思った詩乃は、自然と笑みを浮かべながら受け答える。その表情は、これまで学校で見せたことのない楽しそうなもので、意外な場面に遭遇したクラスメイトは、驚くと同時に親近感を覚えた。

 強盗犯を撃ち殺したという噂を流されてから周囲の人間が信じられなくなった詩乃は、自ら壁を作って人との繋がりを避けるようになった。噂が沈静化した現在は、彼女の立場を理解して普通に接しようとしているクラスメイトもいるのに、彼女自身の弱さが友人を遠ざけてしまっていたのである。

 しかし、そんな悲しいすれ違いも、木綿季たちと出会ってから始まった変化を切欠にして、ようやく改善の兆しが見えてきた。その証拠に、今も廊下で電話している詩乃に対して友好的な視線を向ける女生徒たちがいた。

 

「あの朝田さんが笑ってる……」

「超レア顔ね。半年以上も経って初めて見たわ」

「でもさぁ、最近の朝田さんって、雰囲気柔らかくなった気がしない?」

「もしかして、カレシでも出来たとか?」

「「「それだ!」」」

 

 何やら詩乃をダシにして恋バナを始めた3人の女生徒たち。若干、誤解があるものの、悪意のある内容ではないので問題ないだろう。幸か不幸か、変な勘違いをされている本人は、それに気づいていないし……。

 

「なんか幸せそうでいいなー」

「相手がどんな人なのかすご~く気になるけど、邪魔をするのは野暮ってモンよね」

「じゃあ、月曜になったら聞いてみない?」

「そうだね~。カレシいないわたしらじゃ出来ない話だモンね~」

「「「……はぁ」」」

 

 何やら勝手に盛り上がって勝手にヘコんでしまっているようだが、気の良いクラスメイトたちは詩乃の幸せ(?)を祝福し、生暖かい笑顔を浮かべながらその場を離れていった。

 そんなことなど露知らず、宗太郎と話し込んでいた詩乃は、彼女たちが去った後に電話を終える。

 

「うん……それじゃあ後でね」

 

 軽く別れを告げて電話を切る。柄にもなく長話をしてしまって少し疲れたものの、それが何だか心地良い。

 

「よし、早く帰って服選びしなきゃ」

 

 宗太郎と話せたおかげで気分が良くなり、つい独り言を言ってしまう。その瞬間に見せた彼女の表情は同性の目から見ても綺麗で、とても魅力的だった。しかし、こっそりと彼女の様子を伺っていた不良少女たちにとっては激しい怒りを感じさせるものだった。

 

「くそっ! 人殺しのクセにヘラヘラしやがって!」

 

 角に隠れて詩乃を見ていた不良少女――遠藤が、理不尽な悪態をつく。彼女は以前、詩乃を恐喝していた3人組のリーダーで、こっそりと詩乃を見張っては復讐の機会を伺っていたのである。宗太郎に叱られてプライドを潰された彼女たちは、しばらくの間大人しくしていたものの、あのくらいで改心するほどまともな奴らではなかった。

 1ヶ月ほど様子を見て、あの日の恐喝未遂を警察にチクられる気配が無いと確信しつつあったところで、幸せそうな詩乃を目撃してしまった。そんな状況で短気な彼女たちがじっとしているはずがなかった。

 

「ほんとアタマ来んな、あのアマ……」

「だったら、アレを再開しない?」

「そうだなぁ、チクられる心配も無さそうだし、そろそろやっちまうか」

「やった! 最近金が無くて困ってたんだぁ」

 

 いかにも頭が悪そうな会話をする不良少女たち。歳に見合わぬ幼稚な動機で、遊びでは済まない犯罪行為をしでかそうとしているのだ。馬鹿な3人組は、自分たちがなにをしているのか深く考えようとはせずに、身勝手な報復を実行する。

 

「よぉ、朝田ぁ!」

「っ!?」

 

 オフ会のことを考えながら帰ろうとしていたら、階段の前で待ち構えていた不良少女たちに捕まってしまった。このところ大人しくしていたため、不意を突かれた詩乃は内心で驚く。それでも、ポーカーフェイスを保って用件を聞く。

 

「なんの用?」

「はぁ? 用があんから声かけてんだろ?」

 

 怖がる様子の無い詩乃の反応が気に食わないのか、あからさまに怒りを表す遠藤。その様子を見た詩乃の方は、彼女たちの愚かさに呆れた。宗太郎に『自分を大切にしろ』と言われた意味をまったく理解していないようだ。他者の心を傷つけると同時に、自分の人生も傷つけているというのに。

 

「つーわけでさぁ、お前に話があっから、いつもの所に1人で来な」

「……」

「絶対に逃げんなよ? 黙って逃げたら、ただじゃあ済まさねーからな?」 

 

 遠藤は、恫喝するように命令すると、嫌らしい笑い声を上げながら階段を下りていった。一緒に行かないのは、教師に見つかった時に妨害される場合があるので、別々に移動することにしているからだ。弱みを握られている詩乃は理不尽な命令でも逆らえず、彼女たちの言うままに従うしかなかった。

 ただしそれは、これまではの話だ。木綿季たちと出会い、トラウマと向き合う勇気をもらった今の彼女は、不良少女たちに抗える力を得つつあった。

 

「あんたたちに言われなくても、わたしはもう逃げないわ!」

 

 詩乃は、不良少女たちと戦い抜く覚悟を決めた。場合によっては状況を悪化させかねない選択だが、それでも今は逃げてはいけない時だと感じたのである。

 

 

 数分後、詩乃は指定された校舎裏にやって来た。そこは非常階段のある場所で、普段から人気の無いところだった。自販機やベンチもあるが、この時間に利用する者はほとんどいない。だからこそ、犯罪行為に及ぶにはもってこいの危険地帯となってしまっていた。

 

「ふぅ……」

 

 大きな花壇を縁取っている低いブロック塀に腰掛けて空を見上げる。詩乃にとってこの場所は嫌な思い出しかない。不良少女たちに呼び出されては、トラウマを刺激されて何度もお金を取られた。しかし、今日からは違う。どこまでも抵抗して、もう二度とあいつらに屈したりしない。そうしないと、笑顔でみんなに会えないから。

 

「(……来たわね)」

 

 右前方の薄暗い通路から下品な話し声が聞こえてくる。何であいつらは、わざわざ自分の品位を下げるような喋り方をするのだろう。不思議なほどに心を落ち着けている詩乃は、そんなことを思いながら不良少女たちを待つ。そして、こちらに近づいてきた彼女たちに自分から声をかけた。

 

「呼び出しておいて待たせないでよ」

「「「っ!?」」」

 

 強気な発言をしながら静かに立ち上がる詩乃。その態度に不意を突かれた不良少女たちが小さく驚く。

 

「朝田さぁ、最近マジ調子乗ってない?」

「ほんと、ちょっと酷くない?」

 

 意外な反攻を受けて怒りを感じた2人の取り巻きが、ありがちな言葉で突っかかってきた。それを切欠にして互いに睨み合い、急速に不穏な空気が広っていく。そんな中、不敵な笑みを浮かべた遠藤が一歩前に出てくる。取り巻き同様、彼女も怒りを感じていたが、不良なりのプライドでもってそれを押し込め、強気な態度で言葉を返す。

 

「別にいいよ、友達なんだから。まぁそんかしさぁ、わたしらが困ってたら助けてくれるよなぁ?」

 

 あんな酷いことをしておいてまだそんなことを言うのか。道理を知らない人間の醜さを素直に実践してみせる遠藤は、自分で自分を馬鹿にしていることも理解できずに悪事を続ける。

 

「とりあえず2万でいいや。貸して」

 

 何を言うのかと思っていたら、これまで通りにお金を無心してきた。何だかんだと格好つけておいて結局それか。相変わらず馬鹿なことをやり続けている遠藤を見て、詩乃は哀れに思った。

 

「(現実世界の人生はゲームじゃないのに……)」

 

 悪びれもせずにやっているところを見ると、彼女にとっては自分が主人公のゲームをプレイしている感覚なのかもしれない。しかしそれは、思い通りにならない現実から逃げているだけだ。詩乃自身も、【銃を恐れない仮想世界のシノン】に逃避していたのでよく分かる。

 アミュスフィアを使ったVRゲームは、【脳に直接仮想の五感情報を与えて仮想空間を生成する】ため、パニック発作の条件である【肉体的な異常】を感じにくくなっている。あくまで【遊び道具】なので、苦痛や不快に思うような現象を極力感じないようにしてあるからだ。しかし、わらにもすがる心境だった詩乃はその効果を歪めて受け止め、ゲーム内では発作が起きないと自己暗示をかけた。そうしてGGOを続けているうちに、理想的な強さを見せるシノンに魅了され、依存するようになっていったのである。

 しかし、それでは何も変わらない。そんな代償行為を続けていては、本当の自分を見失い、成長が止まってしまう。信頼できる仲間のおかげで現実と向き合えるようになってきた詩乃はその事実に気づき、無意識のうちに止めていた歩みを進めることが出来るようになった。

 だからこそ、勝手に参加させられている【遠藤主催のゲーム】などに、いつまでも付き合っていられない。銃に対する恐怖から心を守るためにかけていた伊達眼鏡を外し、身勝手な要求を堂々と拒絶する。

 

「前にも言ったけど、あなたにお金を貸す気は無い」

 

 しっかりと目を合わせて、恐れることなく言い切る。その返答を聞いた遠藤は目を細め、詩乃にきついお仕置きをしてやることにした。1ヶ月前の復讐をするために用意していたとっておきの道具がある。これを使えば、すぐに抵抗できなくなるはず。初めから言う事を聞いていれば使わずに済ませてやったのに、バカなヤツだ……。

 

「今日はマジで兄貴からアレ借りて来てんだからなぁ?」

「……好きにしたら」

 

 詩乃には彼女の言うアレが何を指しているのか分からなかったが、絶対に負けないという覚悟が迂闊な発言をさせてしまった。

 

「(そうか……そんなにゲロを吐きたいんなら思う存分吐かせてやる)」

 

 最後の警告を突っ返された遠藤は、嫌らしい笑みを浮かべながら肩にかけたバッグに手を入れる。そして中から一丁のモデルガンを取り出し、その銃口を詩乃に向けた。

 

「えっ!?」

 

 それを見た瞬間、鼓動が急激に早くなる。

 

「これ、絶対人に向けんなって言われたけどさぁ。朝田は平気だよなぁ? 慣れてるもんなぁ?」

 

 遠藤が憎たらしい言い方で罵ってくるが、まったく言い返せない。発作が始まり、ドクンドクンと心拍数が上がっていくばかりだ。

 

「おら、泣けよ朝田ぁ! 土下座して謝れよぉ!?」

「あ……あぁ……」

 

 止めて……。呼吸が乱れる。強盗犯の死に顔が見える。足元に真っ赤な血が広がっていく。

 やっぱりダメだ。銃を持ち出されたら自分は何も出来なくなる……。発作のせいで心が弱まり、抵抗することを諦めかけてしまう。

 その瞬間、詩乃の脳裏に不思議なイメージが浮かんだ。冬用のコートを着た自分が、今と同じように遠藤から銃を向けられているイメージが。

 

「!?」

 

 いきなり起こった超常現象に驚き、目を見開く。今のは一体何だったのだろうか。どこかで経験したことがあるように感じる既視感という現象に近い気もしたが……もしそうだとすれば、この後、銃を撃とうとした遠藤は……。

 

「くっ!? 何だよこれ!?」

 

 トリガーを引こうとした遠藤が苛立った声を上げる。セイフティを解除しなければならないことを知らずに撃てなかったのだ。

 

「(うそ!? さっきのイメージと同じことが起きた……)」

 

 思った通りの結果を目にして更に驚く。本当に未来を見ただなんて、とても信じられない。

 しかし、これは好機だ。あまりに驚いたせいか発作も弱まっている。今ならあのイメージ通りに動くことが出来るかもしれない……。

 瞬時にそう判断した詩乃は、銃を持った遠藤の右手首を左手で掴み、爪が食い込むほど強く握った。

 

「いてっ!?」

 

 手の平の下を強く押すとグリップを握っている指が外側へ広がるように動き、その隙に銃を奪い取る。それを慣れた手つきでクルリと回しながら装備すると、今度は落ち着いた様子で観察してみた。これまでなら絶対に出来ないことだったが、今なら出来るような気がしたのである。

 

「1911ガバメントか……。お兄さん、良い趣味ね。わたしの好みじゃないけど」

 

 モデルガンの種類を確かめて、感想まで述べる。

 更に、何故撃てなかったのかまで親切に説明してみせる。

 

「大抵の銃は、セイフティを解除しないと撃てないの」

「「「あ、あぁ……」」」

 

 その堂に入った様子に不良少女たちは言葉を失う。

 よし。ここまでは先ほどのイメージ通りに進んでいる。そうなると、この次にやることは……。

 

「(右奥の角にあるバケツの上に置かれた空き缶を狙い撃つ!)」

 

 イメージを思い返して右を向くと、想像通りに空き缶を乗っけたバケツがあった。ここまでお膳立てが整っているのなら、後は命中させるだけだ。今までモデルガンを使ったことが無いから弾道がまったく分からないけど、今の自分なら当てることができる気がする。

 そう思った詩乃は両手で銃を構え、少しだけ左上方に銃身を向ける。そして、迷うことなくトリガーを引いた。

 パシュッ! カンッ! 

 見事にBB弾が当たり、空き缶が弾け飛ぶ。

 

「ふぅ……」

 

 構えを解いて安堵のため息をつく。これまたイメージ通りに当てることが出来たため、内心ではビックリしている。

 

「(ほんとに何なの……)」

 

 まるで夢を見ているようで不思議な気持ちになってしまう。でも、嫌な感じはしない。何故ならあのイメージは、別世界の自分自身から流れ込んできたものだからだ。木綿季の能力に影響されて跳んできた詩乃の因果情報が、同じような状況に陥った彼女の意識と同調して別世界のイメージを見せたのである。

 実を言うと、詩乃には特殊な才能があり、和人のように【心意】を使いこなせる素養があった。それこそが、木綿季の能力の元となっている脳量子波であり、因果の影響が他の仲間より強く出ている原因でもあった。

 

「(……よく分からないけど、やっぱり既視感ってヤツだったのかな?)」

 

 裏の事情など知るよしもない詩乃にとってはそう結論付けるしかない。とりあえず、逆境をはね返す役にはたったので良しとしておく。

 後は、発作を押さえていられる間にここから立ち去るだけだ。

 何とかポーカーフェイスを保ちつつ、銃を返すために遠藤の方へ向き直る。すると彼女は怯えた声を上げた。どうやら撃たれると思ったらしい。その様子を見て、詩乃は心外に思う。あなたみたいに子供じゃないんだから、そんなことはしないわ。

 

「や、やめっ!?」

「確かに、人には向けない方がいいわ。【オモチャ】の銃でも、誤って使えば人を傷つけてしまうから」

「うぁ?」

 

 穏やかな声で話しかけたら、途惑った様子で動きを止める。そんな彼女の右手を取って、セイフティロックをかけ直したモデルガンを手渡す。

 

「はい」

「あぅ……はぁぁ……」

 

 これまでの仕返しをされるのかと恐怖したら何もされなかった。意外に小心者だった遠藤は、安堵した途端に力が抜けて座り込んでしまった。実際の彼女は、見た目ほど強いわけではなかったのだ。彼女たちが強者でいられたのは詩乃が弱者だったからであり、立場が逆転してしまえば、抵抗すら出来ない軟弱者になってしまう。ようするに、悪ぶっていた彼女たちも本当は弱者だったのである。

 しかし、そうだからといって、再び仲間意識が芽生えるわけもない。彼女たちと決別した詩乃は、はっきりと自分の意思を伝える。

 

「じゃあね、黒い三連星」

「「「……」」」

 

 短い言葉で完全な別れを告げる。これでようやく、彼女たちとの縁が切れたはずだ。

 実際、遠藤たちは、この後詩乃と関わることを止めた。この3人は愚かな小悪党だったが、幸いな事に引き際というものを理解していた。

 

 

 呆然となった不良少女たちを放置してその場を離れた詩乃は、正門へ向かう途中で立ち止まる。何とか押さえていた発作が表に出てきて息苦しくなったからだ。このままでは歩けないので、校舎の壁に手をついて荒くなった呼吸を整える。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 呼吸困難に加えて、吐き気とめまいも感じる。当然ながら苦しくて辛い。でも今日は、少しだけ気分が良い。

 

「これが最初の一歩なんだから……」

 

 そう言いながら弱弱しい一歩を踏み出す。その瞬間、彼女は確かにトラウマを克服するための一歩を進んだ。小さいけど大事な一歩を。

 

「これなら笑顔でみんなと会える……。あなたのおかげでがんばれたわよ……木綿季」

 

 詩乃は、自分に勇気を与えてくれた大事な友達に感謝した。彼女と出会えなければ、この一歩を踏み出すことは出来なかったはずだから。

 

「それに、アイツにも一応お礼を言わないとね……」

 

 何となく宗太郎のドヤ顔を思い浮かべた詩乃は、彼が気に入っていた伊達眼鏡をかけ直す。そして、軽くなった足取りで家路につくのだった。




次回は、第四章のソレスタル・ナイツ編が始まります。
タイトルは『天空の騎士団』という意味で、ダブルオーとは一切関係ありません。
ALOを舞台にした大掛かりな展開になる予定で、ユージーンやサクヤなどの原作キャラも登場することになると思います。
そして、意外なあの人も……。


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ソレスタル・ナイツ編
第35話 剣士の碑


今回から新章に入ります。
初回は、みんなで17階層を攻略する話となっております。
原作設定の無い階層なので、ほぼオリジナルです。


 2025年11月上旬の土曜日。いつものように紺野家へ泊まりに来ていた宗太郎は、慣れ親しんだ木綿季の部屋でまったりとしながら、とある考え事をしていた。

 

「(メディキュボイドにアシストAIか……)」

 

 いつになく真面目な顔で、つい最近仕入れたばかりの情報を思い浮かべる。それらのVR技術は一般的にはあまり知られていないもので、宗太郎自身も最近まではそれほど気にしていなかった。しかし、今は違う視点を持っている。サチと出会うことになったクエストで感じた疑念がそれらと繋がっているように思えたのである。

 

「(プレイヤー情報を簡易的にコピーするアシストAIは、サチの人格をコピーした未知のAI技術と似ている気がする。そしてそれは、メディキュボイドにも関係があった……。これは偶然の一致なのか?)」

 

 まさか、ホロウ・エリアなるデータを使ってAIの実験をおこなっているらしい連中と繋がりがあるのだろうか。不意に思いついてしまった可能性に首を捻りながらも、このような疑念を抱くようになったきっかけを思い返す。

 

 

 6日前の日曜日。ダイシーカフェにておこなわれたオフ会で、宗太郎は意外な事実を知る事になった。知り合いであるイオリ・セイから話を聞いて急遽参加することになったラルさんから、GBOの開発裏話を聞けることになったのだが……。

 

「つまり、サイコトレースシステムに使用されているアシストAIは、医療用に開発されたVR技術を転用したものなんだよ」

「なるほど。そのような経緯があったとは、実に興味深い」

「本当に意外な出所ですね」

「わしもそう思うよ。医療用フルダイブ機器の性能を向上させるために作り出された特殊なシステムをゲームに転用するなど、拡張性の高いVR技術ならではだろうね」

 

 ラルさんは、熱心に話を聞いてくれる和人と宗太郎に気を良くして得意げに語る。それに対してまったく興味を示さない女性陣や一部の食いしん坊たちは、料理とお喋りに夢中でまったく寄り付かないけど……たまには男同士の友情を深めるのもいい。

 そんな空気を読まない男たちによるマニアックな会話の中で、少し気になる単語が出て来た。

 

「医療用フルダイブ機器って、メディキュボイドのことですよね?」

「ほぅ、その名前を良く知っているね」

 

 VRマシンに詳しい和人が言い当ててみせた。彼は、明日奈を救出して落ち着いた後に、茅場晶彦の遺産であるVR技術について猛勉強した。その際に集めた資料の中にメディキュボイドが含まれており、公開されている機能からナーヴギアの技術を応用したものだと理解していた。しかし、その開発者が自分の知っている人物だったということまでは読めなかった。

 

「実を言うと、メディキュボイドを開発した【神代凛子教授】が、アシストAIの元となったシステムを作ったんだよ」

「っ!? 神代凛子……」

 

 その名を聞いた途端に和人の表情が強張った。神代凛子は、あの茅場晶彦の後輩で元恋人という間柄だったからだ。つまり、2人の関係性や発表された時期などを考えると、メディキュボイドの開発にあの男が関わっていた可能性が高くなるわけだ。デスゲームなどという非人道的な犯罪をやらかした男がこれほど人道的な発明をおこなっていただなんて理屈に合わない。

 

「……」

「どうした和人。エロ本を隠し忘れて外出してしまったことに気づいた中学生のような顔をして」

「この状況でなぜそうなる!? っていうか、お前にも神代凛子のことは話しただろ?」

「ああ、覚えている」

「だったら普通、驚くとこだろ? たぶん、メディキュボイドを作ったのは彼女ではなく茅場晶彦だぞ」

「なんと!?」

 

 和人の推論を聞いたラルさんは素直に驚く。しかし、不条理なまでに頭の切れる宗太郎はまったく動じない。

 

「ふん。それしきのことで動揺するなど、読みが浅いなぁ、和人。神代教授の意図はともかく、VR技術を広めることは茅場晶彦の利害とも一致する。ならば、医療分野に目を付けたのは必然であるとさえ言えるはずだ」

 

 宗太郎の説明を聞いてなるほどと思う。茅場晶彦は、善意でメディキュボイドを作ったのではなく、自分の世界を広げるために利用しようと考えたのかもしれない。彼が試みた【魂の電脳化】は医学の分野にも大きく関わっているから、メディキュボイドに触発されて研究を進める者が現れるだろうことは想像に難くない。つまりはそういうことなのだろう。あの男は、ザ・シードの他にも【種】を蒔いていたのだ。

 もちろん、自分の手で【世界の種子】を蒔いたことは今でも後悔していない。和人は、SAOで歪められてしまったVR世界を多くの人に肯定してもらえる場所にしたいと願い、誰もがザ・シードを使えるようにした。2年以上も生活し、大切な仲間たちとの出会いと別れを経験したあの世界は、彼にとってもう一つの現実となっていたからだ。

 とはいえ、それを利用する者に悪意があるとなれば話は別だ。もう二度とVRマシンを人殺しの道具にさせたくはない。

 

「須郷みたいに茅場が残した技術を悪用しようとするヤツが現れなければいいけどな……」

「確かに、前例がある以上、そのような危険性は常に付きまとうだろうな。しかし、道具自体に善悪は無い。生まれた経緯がどうであれ、我々が正しく使えばいいだけの話だよ。だから今は、人の善性を信じようじゃないか」

「ラルさんの言う通りだな。あの男が作ったVR技術も俺たちが大好きなAV動画も、正しく使えば何ら問題は無いのだからなぁ!」

「お前の発言に問題があるだろ!」

 

 シリアスな話を台無しにする例え話にムッツリ和人がつっこむ。確かに、彼らは現在17歳なので彼の主張は正しい。

 だがしかしと宗太郎は思う。キリトはSAOでアスナとエッチィことをしていたじゃないか!

 

 

 記憶の海から戻ってきた宗太郎は、キリトたちの情事を改めて想像してしまい、理不尽な怒りを燃やした。AIの件も気になるが、今は一足先に【大人】になってしまった友人に対する嫉妬心の方が上回った。

 

「あの野郎、俺たちが地獄の禁欲生活を送っている間にアスナと合体してやがったんだよなぁ。改めて考えるとすっげー腹立つぜ……。しかし、『ゆうべはおたのしみでしたね』を実際に実践してみせる勇気が俺たちには無かった。その点は認めぬわけにはいくまい。流石は黒の剣士……いや、この場合はエロの剣士と褒め称えるべきか」

「ねぇ、ソウ兄ちゃん。エロの剣士ってなに?」

 

 おバカな独り言をつぶやいていると、対面に座っている木綿季が話しかけてきた。彼らは今、木綿季の部屋に設置した【コタツ】に入って堕落タイムを満喫している最中だった。もちろん藍子も一緒にいて、宗太郎の右隣でのんびりとミカンの皮をむいている。そして、取り出した身の一つを手にとって宗太郎の口元へと運んでいく。

 

「はいソウ君、あーんして?」

「あ~ん」

「どう、美味しい?」

「うん、とってもおいちい」

「って、ボクの話を無視しながらナチュラルにイチャつかないでくれる!?」

 

 藍子の【あーん攻撃】に屈した宗太郎に、木綿季の蹴り攻撃が襲い掛かる。無論、本気ではなく、コタツ内でよくおこなわれる場所取り合戦みたいなものだ。

 あぐらをかいた足をゲシゲシと蹴られた宗太郎も彼女の意図を悟り、その挑戦を受ける。

 

「ふっ、この俺をこたつから追い出そうなど、阿修羅でさえも不可能だと知れ!」

 

 基本的に負けず嫌いで大人気無い彼は、巧みな足さばきで反撃する。最初は足裏同士を重ねた力比べから始まり、続いて蹴りの応酬が展開される。

 

「このっ、このっ!」

「はーはっはっは! まったく効かん、効かんぞぉ!」

「もう、埃が立つから暴れないでよ」

 

 しっかり者の藍子が至極真っ当な注意をする。彼らの日常は大体いつもこんな感じなので慣れたもんである。しかし今日は、予期せぬハプニングが起きてしまう。

 木綿季の足裏を押してやろうと考えた宗太郎が足を伸ばすと、そこに彼女の足は無く、空を切った彼のつま先は、何か【柔らかいもの】に当たった。

 フニフニ……

 

「あっ!」

「ん? 何だコレは?」

 

 この柔らかいものの正体探るため、更に動かしてみる。

 フニフニ、ムニュムニュ……

 

「きゃぅん!」

「むむ、この靴下越しに伝わってくる温もりと柔らかさは……まさか!?」

 

 しばらく吟味して、ようやく禁断の答えに行き着いた。彼が足でフニフニしていたものは、太ももの奥に隠された木綿季の……

 

「オパ「言うな―――――っっっ!!!」ングッ!?」

 

 答えを言おうとしたその時、顔を真っ赤に染めた木綿季の蹴りが宗太郎の股間に決まった。

 

「ぐぉぉぉぉぉ―――――っ!? ゴッドイズデェェェーッド!!」

 

 男の急所にダメージを負い、悶絶する宗太郎。自業自得である上に良い思いもしたのだから仕方ないところである。

 

「はぁ、距離が近すぎるのも考え物ね……」

 

 コタツの中で何が起きたのかを察した藍子は、妹に負けないくらい真っ赤な顔でため息をつく。こういった男女の関係に対しては、ある程度のケジメが必要だと思うのよね。別に嫌ってわけじゃないんだけど……。

 

「ほんと、ソウ兄ちゃんのラッキースケベは油断ならないんだから!」

「って言いながら、わたしのミカンを食べないでよ!」

 

 照れた木綿季は、藍子にちょっかいをかけることでそれを誤魔化す。恋のライバルである姉としては、彼女も油断ならない存在であった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 コタツでドッキリ事件から2時間後。ユウキたちはALOにログインしていた。今日の目的は、いつものメンバーと一緒に新生アインクラッドの17階層をクリアすることだ。既に迷宮区まで辿り着いており、ランとユウキにとっては初めて剣士の碑に名前を刻み込めるチャンスなので、誰よりも張り切っていた。

 

「今日は絶対クリアしてやるぞー!」

「アスナさんたちの気遣いを無駄にしたくないからね」

 

 ユウキは自らを鼓舞し、ランは仲間の想いに応えることを誓う。今回は、2人の名前を剣士の碑に刻むためにパーティ分けをしていた。ユウキが剣士の碑に強い興味を示していることに気づいたグラハムがキリトたちに頼んだ結果だ。ユウキとランはそれぞれ単独で参加し、他のメンバーは紺野姉妹の要望を聞き入れて、アスナとグラハムをリーダーにした臨時パーティを組んだ。これで彼女たちと関係の深い2人も剣士の碑にその名を連ねることが出来る。

 

「ありがとうみんな。ボクたちの我儘を聞いてくれて」

 

 感謝の気持ちを伝えるためにペコリとお辞儀するユウキ。それに対して真っ先に反応したクラインが、やたらと爽やかな笑顔を浮かべて返答する。

 

「なぁに、礼なんていらねーよ。仲間の願いを聞いてやんのは当然のことだからな!」

「あんたの場合、可愛い女の子からのお願いだったら全部オッケーでしょーが」

 

 せっかく良い男をアピールしようと思ったら、リズベットによって真相を暴露されてしまった。とはいえそれは、この場に集まった仲間たちにとって周知の事実なので、素直に納得するだけだった。

 

「それよりも先を急ごうぜ。早くしないと、せっかくのチャンスが無駄になっちまうぞ?」

 

 クラインよりも大人なエギルが至極真っ当な意見を述べる。久しぶりに時間が空いた彼は、ユウキたちと同じくらいにこの機会を楽しみたいと思っていたのである。

 

「無論承知している。そのうち淫行条例に引っかかりそうなクラインなど放置して、攻略を進めるとしよう」

「ちょっとカッコつけただけで、ひでー言われようだなオイ!」

 

 いつものようにクラインをからかいつつ、いよいよ迷宮区の攻略を始める。

 今回の参加メンバーは、キリト、アスナ、クライン、エギル、リズベット、シリカ、リーファ、フィリア、アルゴ、グラハム、ラン、ユウキの12人となっている。ALOの中でもトップクラスに入る剣士集団であり、戦力に申し分はない。

 ただし、この階層の雰囲気に怯えているアスナだけは、あまり当てにはなりそうも無かったが。

 

「あうぅ~、早く帰りたいよぉ~」

 

 涙目になったアスナは、キリトの腕に掴まりながら弱音を吐く。ここはホラー系のフロアとなっており、幽霊や怪談話が苦手なアスナにとっては立ち寄ることすら嫌な場所なのだ。紺野姉妹のためと思ってここまで来たけど、怖い気持ちは変わらない。

 

「なぁ、アスナ。そんなに抱きつかれると歩きづらいんだけど……」

「で、でも~」

 

 周囲の視線など気にすることなく2人だけの空間を作るキリトとアスナ。その様子は、お化け屋敷でイチャついているカップルそのものである。

 

「何かわたしら空気になってるわね」

「いいなぁ……」

「ぐぬぬ……目の前でイチャつかれると流石に腹が立つわね」

 

 キリトに思いを寄せているリズベット、シリカ、リーファが、それぞれの性格を反映した愚痴をこぼす。エギルを始めとする第三者としては、微妙に気まずい状況である。しかも、この手の話が大好きなグラハムが、いつもの如くちょっかいをかけて、更におかしな空気にしてしまう。

 

「公共の場で婦女子とみだらな行為に及ぶとは、破廉恥だなぁ少年! 少しは社会常識をわきまえたまえ!」

「俺以上にみだらなお前に言われたくねーよ!」

 

 茶化されたキリトは、4人の女性に抱きつかれているグラハムに言い返す。アスナの様子を見たフィリアとアルゴが彼女のマネをしてグラハムの腕に抱きつき、それに対抗意識を燃やしたユウキとランが彼の身体に抱きついて2人の邪魔をしていたのである。

 

「いい加減に離れろってばー!」

「フン、今日はお前たちの我儘を聞いてやったんだから、このぐらいの役得があってもいいだロ?」

「まったくもってその通りだわ。あんたたちの代わりにグラハムの相手をしといてあげるから、攻略の方はソッチでがんばりなさい?」

「くっ……確かに一理ありますけど、それとこれとは話が別です!」

 

 キリトのツッコミ通り、こちらの雰囲気も負けず劣らずラブラブだった。

 どちらにしろ、キリトとグラハムは勝ち組であり、独り身のクラインには目の毒以外の何者でもなかった。

 

「かぁ―――っ! なにこの疎外感! もしかして、恋人のいない俺に見せつけちゃってんの? 2人前のピザを1人で食うことしか出来ない俺に彼女自慢しちゃってんの? これだからリア充野郎はいけすかねーってんだ、コンチクショー!!」

「まぁ、そういじけるなよクライン。お前には俺がついててやるからよ」

「スキンヘッドのガチムチオヤジに肩を抱かれても嬉しくないやい!!」

 

 仲間想いのエギルに慰められるクラインだったが、その優しさが余計に辛かった。しかし、恋愛感情に疎いユイには彼の悲しみなど伝わらない。そんなことより、今日の攻略はサチの晴れ舞台となる予定なので、姉である彼女としてはクラインの定番ネタなどに構っていられなかった。

 

「みなさーん、こんなトコでふざけてないで早く行きましょうよー! わたしもサッちゃんもずっと待ってるんですよー?」

「わたしは別にいいんだけど……」

 

 やたらと張り切るユイとは対照的に、サチのほうは控えめな態度で苦笑している。それでも、内心では張り切っているようで、いつもより翅の動きが忙しないように見えた。

 

「ママもしっかりしてください。お化けなんて、他のモンスターと変わらないじゃないですか!」

「そりゃユイちゃんにとってはそうかもしれないけど……って、そんなに押さないでよ~!」

 

 ユイに背中を押されてようやく進み出したアスナに苦笑しつつ、みんなで17階層の迷宮区に入っていく。このマップは悪質なトラップだらけの厄介な作りとなっており、これまでの階層より攻略が滞っていた。一番の難関は幻惑の魔法でマップ表示を変化させている中ボスを探し出すことで、コイツを見つけて倒さない限り先に進めない。ようするに、力押しではゴールに辿り着けないようになっているのだ。

 そこで活躍するのが、サチに備わっている特殊スキルだ。以前おこなったピクシーを救うクエストで、彼女を苦しめてしまったお詫びとしてラーズグリーズから危険察知スキル【ティミッドサーチャー】が与えられていたのである。裏の真相は、キリトの因果情報が反映された結果であり、【サチがトラップにかかって死んだ】という因果に苦しんでいた彼を救済するという名目で仕込まれたものだった。

 幸か不幸か、キリトにも真相は分からず、こうして素直に彼女のスキルを頼りにすることが出来た。

 

「待ってフィリア。その宝箱は、魔法無効化とモンスター召喚の複合トラップになってるよ」

「えっ、ホントに?」

「本当だよ」

 

 広めの部屋で見つけた宝箱をホクホク顔で開けようとしていたフィリアをサチが止める。その様子を見ていたキリトは、彼女を失った状況に酷似していたためドキリとする。しかし今度は、被害者だった彼女自身がトラップを防いでくれた。正直、複雑な気分だけど……嬉しい気もした。

 

「ありがとうサチ。宝箱に目が眩んだフィリアを止めてくれて」

「ううん、フィリアの手癖の悪さにはもう慣れたから」

「って、そんな目で私を見てたの!?」

 

 お宝に弱いフィリアをダシに仲良くトークするキリトとサチ。色々あった2人だけど、今は普通に話すことが出来る。キリトたちは、その喜びを堪能しつつ攻略を進めていく。

 ただ、すべて順調というわけでもない。サチが察知できるのは、仲間に危害を加えるトラップや敵の行動だけなので、謎解きはみんなの頭でやらなければならなかった。ボスのいるフロアへ行くには隠し扉を見つけなければならないのだが、その仕掛けが分からない。

 

「ったく、扉なんてどこにあんだよ?」

 

 行き止まりとなっている部屋でクラインが愚痴る。トラップだらけの宝箱を回避してイベントアイテムを入手し、この場所まで突き止めたのだが、最後の謎は自力で解かないといけなかった。

 アルゴは、ゴースト系モンスターを属性攻撃で殴り飛ばしながら答える。

 

「ヒントによると、この部屋にあるらしいんだがナ」

「でも、それらしいオブジェクトなんて見当たらないよ?」

 

 近くで剣士型のアンデッドと戦っていたリーファが質問してくる。確かに、一通り探してみてもそれらしいものは見つからない。他の場所と違う点を上げるとすれば、ザコをひたすら召喚する【フォビドゥンゲート】という大きな鏡をモチーフにしたモンスターがいることくらいだが……。

 

「あっ、もしかすると……」

 

 何かを思いついたランが急に声を上げた。そして、フォビドゥンゲートの注意を引きつけながらフロア内を一周し、仕掛けの謎を解いた。

 

「やっぱりあった!」

 

 彼女は、フォビドゥンゲートの鏡部分に映った景色に【見えない扉】を見つけた。普通に見ただけではただの壁だが、このモンスターの鏡を通して見ると真実の姿が映るようになっていたのだ。

 

「おぉ~、ほんとに扉がある! こんな分かりにくいのに気づけるなんて、姉ちゃんはやたらと目聡いね!」

「なに、これは当然の結果だよ。なにせ彼女は、私の隠したエロ本をことごとく見つけ出してしまうのだからな」

「そんなことを堂々と言わないでよ……」

 

 扉を確認したユウキとグラハムは、ランの機転を賞賛(?)する。鏡を使ったトリックとしてはありきたりな仕掛けだったものの、初見でこれを見破るのは難しい。他のプレイヤーは、ザコを召喚する厄介なモンスターとして真っ先に倒してしまうため、気づくことができなかったのである。

 とにもかくにも、ランのおかげで先に進めるようになった。一刻も早くこの階層をクリアしたいアスナは、目に涙を浮かべながら喜ぶ。

 

「ありがとうラン! 今度ケーキを奢ってあげるわ!」

「は、はい、ありがとうございます……」

「なんか、今日のアスナはキャラが違うね」

「まぁ、ホラーの類は、唯一にして最大の弱点だからナ」

 

 おかしなテンションでランをハグしているアスナを見たユウキとアルゴがこそこそと囁きあう。いつもは最前線で暴れまくるバーサクヒーラーな彼女も、今日は後方で魔法支援をするだけだった。

 だが、親しい仲間が全員参加している今回は彼女が大人しくしていても問題ない。隠し扉の奥にいた中ボスも彼らにかかればひとたまりもなかった。止めにユウキのソードスキルが決まり、この迷宮区でアンデッドの研究をしていた【マッドネスウィッチ】を撃破する。

 

「てやぁぁぁ――っ!!」

『ギャァァァァァ――――ッ!!!』

 

 死の世界に魅入られた狂気の魔女が光となって消えていく。そして、勝利者となったユウキは、突き出していた愛剣を眼前に構えなおして満足そうに頷く。

 

「この剣最高だよリズ! ネームドエネミーも紙装甲だよ!」

「そりゃ当然よ。なんたって、このわたしが作ったんだから」

 

 ユウキに褒められたリズベットは、当たり前だといわんばかりに胸を張る。確かに、自慢できるほど素晴らしい出来栄えなので、調子に乗った彼女にイラッとしても、そこは素直に認めるしかない。

 グラハムにより【フェネクス】と名付けられたこの片手直剣は、以前ユウキが手に入れたユニコーンの角を使って作り出したものだ。11月に入ってようやく製造条件がそろい、今日の攻略で初めて使用することとなった。現存する古代武具級(エンシェントウェポン)の中でもトップクラスの攻撃力を持ち、レアアイテム特典として【イノセントアーマー】という名のエクストラ効果を有している。それは、すべての状態異常を無効化する能力とHP・MPを徐々に回復する能力を合わせたもので、場面や使い手によっては伝説級武器(レジェンダリーウェポン)に匹敵する力を出せる。外見は、パールホワイトの刀身にエメラルドグリーンのエングレービングを施した美しい細身の剣で、リズベットのセンスが存分に発揮されたデザインとなっている。

 

「よもやこれほどの業物を作り出すとは。見事な対応だ、リズベット!」

「あんたのマニアックな注文には慣れてるからね」

 

 グラハムとリズベットは、SAOにいた頃を思い出しながら語り合う。あの当時、彼はおバカな注文をつけて彼女を困らせた経験があった。

 

『新たに作る剣を、私色に染め上げて欲しい』

『はぁ……私色って具体的には?』

『ガンダムすら切り裂けるGNビームサーベルを所望する』

『んなもん出来るか!』

 

 速攻で断られた。残念ながら、リズベットの腕をもってしてもSAO内でビーム兵器を再現することは無理だった。それでも彼女のスキルとキャラクターを気に入ったグラハムは、仲良くケンカしつつも幾度となく剣を注文し、その度に期待通りの作品を仕上げてもらった。

 当然、今回のフェネクスも十分に作りこまれており、使い手であるユウキは大変満足している。

 

「だが、真の強敵と戦ってこそ名剣は活きるもの。次のボス戦で見せてもらおうか、新しい愛剣の性能とやらを!」

「任せといてよソウ兄ちゃん! ボクのニューソードは伊達じゃない!」

 

 グラハムの期待を受けたユウキは、新たな相棒を使いこなしてみせると宣言する。その相手がフロアボスなら申し分はない。

 

 

 数分後。中ボスを倒した一行は、迷宮区の最奥部にある扉の前までやって来た。完全な一番乗りで、周囲に他のパーティは見当たらない。サチのスキルでプレイヤーが使う隠行魔法も見破れるため、安全確認は完璧である。

 

「本当によくがんばりましたね~、サッちゃん」

「う、うん。ありがとうユイお姉ちゃん」

 

 サチの活躍が嬉しいユイは、誇らしげな表情で彼女の頭をなでる。すっかりお姉ちゃんが板についてきたようで、実に微笑ましい。精神年齢が上なサチにとっては、ちょっぴり複雑なところだけど。

 

「よし。サチの活躍に応えて、一気にボスを攻略するぞ!」

『おぉ――っ!!!』

 

 キリトの掛け声でテンションを高め、いよいよフロアボスとの戦いに臨む。禍々しい大扉を開いて中に入ると、広いフロアの中心に倒すべきボスが出現した。この17階層のフロアボス【ザ・レギオンズキメラ】だ。

 

「ひぃっ!?」

「きもちわるっ!」

 

 ボスの姿を見たアスナとユウキがすぐさま拒絶反応を示す。

 その容姿は巨大な角の生えたライオン型のモンスターをベースに構成されており、肩、背中、尻尾などに怪牛、山羊、毒蛇、邪竜の頭が生えた異形のアンデッドとなっている。中ボスのマッドネスウィッチが悪霊を合成させて作った【最強の失敗作】という設定で、体の半分が実体の無い青白い炎で出来ているため、物理・魔法ともに耐性がある強敵だ。レギオンの名が示す通り、周囲には無数の悪霊が飛び回っており、ホラー系モンスターに弱いアスナはビビリまくっている。

 

「わわわ、わたしは後方で支援するから、みんながんばってねっ!」

「アスナ……」

「女は魔物だというのに同類を怖がるとは。バーサクヒーラー……存在自体が矛盾している!」

 

 普段とまったく違う彼女の様子にみんなで苦笑する。ちょっぴりかっこ悪いものの、紺野姉妹のためにここまでがんばったのだから、これ以上はつっこむべきじゃないだろう。

 

「と、とにかく行くか」

「お、おうよ!」

「ここは男を見せる時だな」

「先陣はこの私、グラハム・エーカーが務めさせてもらう!」

 

 若干気が抜けてしまったものの、キリト、クライン、エギル、グラハムが一斉に駆け出した。

 更に、やる気を漲らせたユウキたちも後に続いていく。

 

「この剣の力を存分に試させてもらうよ!」

 

 キラリと光る愛剣を構えながらフロアボス目掛けて駆ける。その先では、先制攻撃を仕掛けている男性陣の姿が見える。

 

「でやぁぁぁぁ―――っ!!」

「彷徨いし亡霊たちよ! 私の剣で迷わず成仏するがいい!」

 

 キリトとグラハムは、ザ・レギオンズキメラの打撃攻撃を避けながらソードスキルを叩き込む。その隙に両サイドへ回り込んだクラインとエギルが彼らに続く。

 

「食らいやがれぇ――っ!」

「どりゃぁぁぁぁ――っ!」

 

 刀と両手斧が、あばら骨の見える巨大な胴体を切り裂く。

 その反撃として尻尾になっている毒蛇から【ヴェノムブレス】が吐き出され、クラインが吹き飛ばされる。

 

「ぐわぁー!? なんで俺だけぇ!?」

 

 最初にダメージを受けたクラインが泣き言を言う。だが、キリトやグラハムも、ライオンの口から吐き出された【フレイムブレス】によって後退を余儀なくされていた。

 

「ブレス攻撃が厄介だな!」

「可憐な乙女の吐息ならばよろこんで受けるのだがなぁ!」

 

 迫る炎から逃げつつザ・レギオンズキメラの敵意を引きつける。その間に後続の女性陣が波状攻撃をしかけていく。物理攻撃をメインとするキリトチームによる脳筋アタックだ。リズベットの魔法で攻撃力を上げたユウキが一番強いソードスキルを叩き込み、大ダメージを受けたザ・レギオンズキメラが怯んでいる隙に他の少女たちが飛び込んでいく。シリカとリーファが同時に攻撃してフィリアとアルゴがそれに続き、最後の締めをランとリズベットが決める。

 

「てやぁ―――っ!」

「はあぁ―――っ!」

『グオォォォォ――――ッ!!』

 

 アスナを除いた全員の攻撃を受けて大きくHPを削られたザ・レギオンズキメラが吼える。最初の出だしは上々だ。しかし、勝負はここからが本番である。強襲を受けたボスの方も反撃をおこない、戦いは激しさを増し始めた。クラインが食らった【ヴェノムブレス】に加えて、怪牛の頭から麻痺効果のある【スタンハウリング】、山羊の頭から呪い効果のある【パンデミックアイ】といった状態異常攻撃が襲い掛かり、キリトたちの攻撃ペースが落ちていく。

 そんな中、ユウキの勢いだけは止まらない。彼女の装備しているフェネクスが、すべてのステータスを守っているからだ。

 

「こりゃいいや! アイツのブレスに当たってもへっちゃらだよ!」

「ふふ、まさに【医者要らず】ね……」

 

 ユウキの快進撃を見たランが自然とつぶやく。その言葉を思い浮かべた時に少しだけ違和感を感じた気もしたけど……。

 

「ランちゃ~ん! 早く解毒しておくれ~!」

「あっ、はいっ!」

 

 考え事をしていたら、再び毒を食らったクラインが助けを求めてきた。このボスは状態異常攻撃ばかりやってくるため、ユウキ以外のみんなは魔法支援が必要なのだ。

 

「ユウキが元気な分、MPの消費を抑えられてるけど……少しペースが速すぎるかな」

 

 思考を戦闘に戻したランは、MPとアイテムの消費が速いことを危惧して、それを全員に伝える。その説明で今後の戦況を予測したエギルとキリトは、攻撃ペースを早めるべきだと判断した。

 

「パターンが変わることを考えると、速度を上げたほうがいいな」

「大丈夫。部位破壊を効率よくおこなえば行けるはずだ!」

 

 即座に話はまとまり、有言実行する。これまで支援をメインに動いていた面子をアタッカーに加えてダメージ量を増加させる。強力な剣に守られたユウキの活躍もあって、ザ・レギオンズキメラのHPは順調に削られていく。

 

「よ~し、後もう少し!」

 

 ボスの行動パターンに変化が現れたことを確認したリーファが嬉しそうに叫ぶ。その直後に、危険な攻撃が来ることを察知したサチが大声で知らせる。

 

「ボスの大技が来るよ! 炎のダメージと状態異常を与える広範囲攻撃だよ!」

「みんな、防御姿勢!」

 

 サチの警告を受けてキリトが指示を出し、みんなもそれに応じる。

 

「5秒前、4、3……」

 

 サチがカウントをおこなっている間にザ・レギオンズキメラの体から禍々しいオーラが発生する。彼女の言う通り、ボスの大技が発動するのだ。

 

「……2、1、0!」

 

 カウントが終わった瞬間、ボスの体内から大量の悪霊が解き放たれた。これは【デモニックスタンピード】という大技で、出現した悪霊の軍隊(レギオン)がプレイヤーに取り付いて自爆するホーミングミサイルみたいな効果を持っている。避けることはできるので、自爆時間まで逃げ切ればダメージを受けずに済ますことも可能だが、速度が早くて数も多いため、無傷で切り抜けることは非常に困難である。

 見た目の演出もお化け屋敷以上の迫力で、ホラー物が大の苦手なアスナにとっては悪夢そのものだった。

 

「うきゃ―――――――――――――っっっ!!?」

 

 6体の悪霊に抱きつかれたアスナがおかしな叫び声を上げる。流石の彼女もこの状況では冷静でいられない。まぁ、ホラーに耐性がある他の女性陣もキャーキャー言っているのだから仕方ないところだけど。

 

「いやーっ! こっちこないでぇー!?」

「ちょっ、コラッ、変なとこ触んな!」

「なにこれ、ちょー怖すぎるんですけど!?」

「ああもう、うっとうしい!」

「流石に全部を避けることはできないカ!」

 

 シリカ、リズベット、リーファ、フィリア、アルゴは、それぞれの反応で嫌悪感を示す。もちろんユウキとランも同様で、グラハムに抱きつきながら、この恐怖(?)に耐えていた。

 

「うわーん! 怖いよソウ兄ちゃーん!」

「わたしも、こういうの苦手なのー!」

「ふっ、私もだ」

「って、お前もかよ!」

 

 変なところで素直なグラハムにクラインがつっこんだ直後、みんなに取り付いていた悪霊が一斉に自爆した。毒々しい紫色の炎が爆発したように燃え広がり、キリトたちの身体を包み込む。火属性のダメージでHPが減り、更にランダムで状態異常が発生する厄介な技だった。

 

「回復急げ!」

「あばばばば!」

「って、アスナがアッチに行ったままだよ!?」

「ああもう、こんな時に!」

 

 あまりの恐怖でヒーラーのアスナが固まってしまっていた。まさか彼女がウィークポイントになろうとは。思わぬところで危機的状況に陥ってしまい、ちょっぴり焦るキリトたち。しかし、状態異常の起きていないユウキだけはすぐに動ける。消費アイテムですばやくHPを回復すると、1人でボスに立ち向かっていく。

 

「キリト、アスナのことは任せたよ!」

「おう、任せとけ!」

 

 短いやり取りで問題は解決した。アッチに行っていたアスナはキリトに抱きしめられて復活し、何とかピンチを脱出する。

 

「あの、取り乱しちゃってゴメンね、キリト君」

「いや。怖がってるアスナも可愛かったよ」

「もう、そんな恥ずかしいこと言わないでよ」

「……ねぇ、なにあれ? なんでこんなとこでイチャついちゃってんの? バカなの? バカップルなの?」

 

 天念でラブラブ空間を作り出す2人にクラインが嫉妬する。ボスが新しい技を使い始めたことでMPとアイテムの消費が激しくなり、更に時間制限が厳しくなっというのに、何をやっているのやら……。

 しかし、この逆境を覆す力をリア充キリトが持っていた。正確に言うと、彼の娘であるユイと協力することでその力を発揮できる。1日1回、30秒という制限があるものの、使い手によっては必殺技と成り得る特殊スキルだ。これを使えば、一気にボスのHPを削ることが出来る。

 

「そろそろ頃合だな、ユイ!」

「了解です、パパ!」

 

 経過時間と行動パターンの変化からザ・レギオンズキメラのHPが残り僅かだと予測したキリトがユイに合図を送る。今こそ、ピクシーの領主から貰ったレアアイテムを使う時だ。

 

「「【ユニゾンバースト】!!」」

 

 キリトとユイが手を合わせ、同時にスキル名を叫ぶ。すると、ユイの体が光の玉となって、キリトの胸に吸い込まれた。その瞬間、彼の体が赤く発光し、すべてのステータスが3倍にパワーアップする。つまりこれは、ALO版トランザムである。

 

「一気に行くぞ!」

『はい、思いっきり行っちゃってください!』

 

 ユニゾンしたユイが元気良く答える。大好きなパパと一緒に戦えることが出来てとても嬉しいのだ。

 

『うお――っ!』

 

 可愛らしいユイの声に後押しされたキリトは、凄まじいスピードで剣を振るう。通常攻撃がソードスキル以上の威力となり、それでいて硬直時間が無いのだから、もうやりたい放題である。キリトの攻撃だけでボスのHPが急速に減っていく。

 

「惚れ惚れするほど圧倒的だなぁ少年! まるで世界観を間違えているようだよ!」

「実際チート過ぎでしょアレ」

 

 見物人と化したグラハムとユウキが、阿修羅すら凌駕したキリトの戦いっぷりにツッコミを入れる。確かに、今の彼らは『俺たちがガンダムだ!』を体現していた。

 

『パパ、後もう少しです!』

「よし、俺たちでLA(ラストアタック)を決めるぞ!」

『はい!』

 

 ユイの期待に応えるべく、キリトは連撃を繰り出す。ザ・レギオンズキメラも反撃するが、簡単に避けられて足止めにもならない。

 

「これで終わりだぁ―――っ!!」

『終わりですぅ―――っ!!』

 

 ボスのHPが次の連撃でゼロになると見た2人は、止めとばかりに叫び声を上げる。しかし、その攻撃が決まる前に、ザ・レギオンズキメラが砕け散る。

 

「『……あれ?』」

 

 予想外の結末に動きが止まる。一体何が起きたのだろうか。そう思った途端に、キリトたちの向かい側にいたクラインが歓喜の雄たけびを上げた。実は彼も地味に攻撃を続けており、たまたまボスに止めを刺すことが出来たのだ。

 

「よっしゃ――――っ!! LAはオレ様がいただいたぜぇ―――っ!!」

「って、お前の仕業か―――っ!!」

「うぅ……パパとわたしのLAが……」

 

 空気を読みそこねたクラインの暴挙によってユイの心はしょんぼりとなってしまった。そんな光景を見て、付き合いの長いリズベット、エギル、グラハムが呆れた様子を見せる。

 

「はぁ、これだから女子にモテないのよねぇ」

「なんつーか、イイやつなのに悪ノリし過ぎて自滅するんだよなぁ、あいつは」

「モテ道とは、空気を読むことと見つけたり。女子に好かれたければ、この私を見習いたまえ」

「あんたも十分KYでしょーが!」

 

 自分が見えていない(?)グラハムにリズベットのツッコミが決まる。こんな感じで、最後は閉まらない結果になってしまった。

 とはいえ、とりあえず当初の予定通りに17階層の攻略には成功した。これで、剣士の碑にユウキとランの名前が記されることになる。別世界の彼女たちには実現することが出来なかった成果が達成されたのだ。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 17階層のフロアボスを倒し、18階層の転移門でアクティベートを終えた一行は、すぐに始まりの街へ戻ってきた。そして、黒鉄宮にある剣士の碑の下へやって来る。ここへ来るのは3階層をクリアして以来だ。

 いつになく真剣な表情になったユウキとランは、2人並んで石碑を見上げる。すると、【Floor 17】と記された場所に彼女たちの名前が並んでいた。

 

「「……あった」」

 

 2人同時にそれを見つけて、静かに言葉を発する。

 

「ボクたちの……」

「わたしたちの名前が……」

 

 確かにある。彼女たちが勝ち取った栄光の証がそこにある。たとえ、ローマ字で綴られた名前が刻まれただけだとしても、それは紺野姉妹にとってかけがえのないものだった。別世界の自分から因果情報を受け取っている彼女たちにとっては、奇跡と言える状況なのだから。

 

「ボク、ついにやったよ……姉ちゃん」

「うん……よくがんばったわね、ユウキ」

 

 この時2人は、一瞬だけ別世界の自分となった。因果の関連性が一気に強まり、瞬間的に別世界の自分とのシンクロ率が上昇したからだ。その結果、奇跡的な邂逅を果たし、彼女たちの心に触れた2人は、元に戻った途端に泣き出してしまう。

 

「う……うっ……うぅ……」

「ぐすっ……うぅ……」

「って、あんたたち泣いてるの?」

「そんなに感動したのカ?」

 

 急に泣き出したユウキたちを見てフィリアとアルゴが驚く。多感な年頃とはいえ、泣くほど嬉しい状況でもないだろうと思ったからだ。しかし、この場で泣いているのは彼女たちだけではなかった。周囲を見ると、アスナを始めとする女性陣も何故か涙を流している。

 

「ちょっ、なんでみんなも泣いてるのよ!?」

「ひくっ……よく、わかりません……」

「なんだか、あの子たちを見てたら涙が出てくるのよ……」

「うぅ……わたしもです……」

 

 フィリアが理由を聞くと、シリカ、リズベット、リーファから曖昧な答えが返ってきた。それも当然で、彼女たちも別世界の因果の影響を受けたからだ。フィリアとアルゴは別世界のユウキと接点が無かったため、影響がほとんど出ていないのである。

 そのせいで何だか取り残されたような形になってしまったアルゴは、紺野姉妹と抱き合っているアスナを不思議そうに見つめる。

 

「あうぅ……ありがとう、アスナァ~!」

「ぐすっ、ありがとうございます、アスナさん」

「うん……うん……」

 

 仲の良い彼女たちなら不思議ではない光景だが、それにしても感情の起伏が激しすぎる。そう思ったアルゴは、普段と変わらない様子のグラハムに話しかける。

 

「なぁ、ハム坊」

「なにかなアルゴ」

「これは一体どういう事なんダ?」

 

 状況を把握できないアルゴが少し動揺したように聞いてくる。普段はクレバーな彼女もこの状況に対応出来ないでいた。しかし、彼女より事情を把握しているグラハムは慌てることなく、自分なりに解釈した答えを述べる。

 

「何も不思議なことはない。皆はただ、感動を共有しているだけなのだからな」

「感動を共有していル?」

「その通りだ」

 

 一旦、言葉を切ったグラハムは、ユウキとランに神妙な眼差しを向けながら続ける。

 

「確かに、この世界はゲームに過ぎない。人によっては、一片の価値も無いゴミであると蔑む者もいるだろう。だがしかし、この世界には、私たちだけが感じることの出来る【本物の人生】がある。貴重な時間をかけ、真剣に遊んだ記憶はかけがえのない思い出となって、一生輝き続ける宝物となる。私はそれを誰はばかることなく誇りに思い、感動すべきものだと思う。なればこそ、勝利を祝って涙を流すことは、ごく自然なことだと私は思うが、君はどうかな?」

「……うん、そうだナ。オレっちもそう思うヨ」

 

 アルゴは、若干の間を空けた後に頷く。何となく誤魔化されたような気もするが、納得も出来た。彼の言う通り、自分たちの人生の一部はこの世界にある。そこで感動して涙を流すことは、少しもおかしなことではない。SAOを経験した彼女もまた、そう思えた。

 

「まぁ、感動するのはいいけどさ。アッチは色々カオスなことになってるわよ」

 

 グラハムたちの会話を傍で聞いていたフィリアが、とある場所を指差して言う。何かと思って視線を向けると、その先には妹に泣きつくユイとキリトに抱きつくクラインの姿があった。

 

「あぅぅ~、サッちゃ~ん!」

「えっと、よしよし……」

「うおぉ―――ん、キリの字ぃ―――ッ! オレも涙が止まんねぇよぉ―――っ!!」

「って、鼻水垂れ流しながら抱きつくんじゃね―――っ!!」

 

 どうやら急激に高ぶった感情を持て余して、傍に居た者に抱きついたらしい。

 そんな仲間たちの姿を1人静かに眺めていたエギルは、父親のような心境でつぶやいた。

 

「みんな良い子に育っているな……」

 

 いかつい顔に涙を浮かべ、子供たちの成長を喜ぶエギルだった。




次回は、SAOの思い出話になると思います。
グラハムがアスナやリズベットと出会った経緯やヒースクリフと接触する内容になる予定です。
もしかすると省略して進めるかもしれませんけど……。


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