ザ・ワールド・ザ・サバイバル (きゅぼ)
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激戦区、東京

自室へ入り込む日差しを感じて、俺は目を覚ました。時計に目をやると、その針は午前六時を指している。いつもより少し早いが、俺はベッドから出ることにした。

下に降りて人気(ひとけ)のないリビングへ入る。俺はトーストを焼き、適当にサラダを作った。

そろそろ自己紹介をしておこう。俺は七木湊(ななぎ みなと)。地元の私立高校である零藍(れいらん)高校に通う1年生だ。父親とは幼い頃に死別し、母親も家を空けることが多い。姉もいるが、姉は今、大学生なので県外で一人暮らしをしている。つまり今、家にいるのは俺ただ一人だ。寂しい朝食と身支度を済ませ、暇つぶしにテレビをつけてみると信じられない文字列がそこにあった。

"未確認生物到来 首都圏は壊滅状態"

俺は目を疑った。全長は5メートルくらいだろうか。ゴジ○のような風貌をしていて、手当たり次第に焔(ほのお)を吐き、人や建物を襲っている。映画のような光景を目にし、俺は暫く唖然としていたが、何かの間違いだろうと思いチャンネルを変えた。しかし、チャンネルを変えてもまた同じ光景が映った。一体何が起こっているんだ。

しかし、考えても何も始まらない。俺は親友である津田敦(つだ あつし)にLIME(ライム)を送ることにした。LIMEとは、簡単なメッセージをやりとりできたり、無料通話やビデオ電話などを楽しめるソーシャルネットワーキングサービスの事だ。

"ニュースで、未確認生物が来て首都圏壊滅とか言ってるんだが今日学校あると思うか?"

と、彼に送り、またテレビに戻った。テレビでは相変わらずゴジ○の実況が続いている。そうしているうちに敦から返信が来た。

"まぁ首都圏は大変だけどこんなド田舎にそんなの関係ねぇだろw

学校はあるとおもうぞ"

ちなみにここは本当に田舎で、信号がない交差点がいくつもあるくらいである。

"やっぱ行かなきゃだめだよねw

あ、俺暇なんだよw

お前ん家行っていい?w"

決して、寂しいからとは言えない。

"でも、俺ん家親いるしな…

あ、親今日遅番やわ

まだ寝てるw

いーよ、来いよ

てか、もうすぐ学校なのに俺ん家来て何するつもりだよw"

"いいからいいから!

んじゃ、行きまーすw"

寂しいということを一応カモフラージュしつつ了解を取り、俺はすぐ自転車に飛び乗った。敦の家までは、飛ばせば5分で着く。

ーーー5分後ーーー

俺が敦の家に着くと、敦が出迎えてくれた。

「よう」

「おう」

「まぁ中入れよ。あんま時間ないけど」

「おう」

彼の部屋は綺麗に掃除されていた。敦はテレビをつけ、相変わらず実況されているゴジ○を見ている。と、不意に敦が喋り出した。

「なぁ、これってずっと変な怪物映してるけど、撮ってるカメラマンは大丈夫なのか?」

「お前、いきなり変なこと言うなぁ。大丈夫だろ」

と、その刹那。

おぞましい雑音がテレビから流れ、テレビが映らなくなってしまった。俺たちはただただ、顔を見合わせることしかできなかった。

「ほら…言ったじゃん…」

と、無感動に呟く敦。

「あ、ああ、本当だな。…てか、もう学校行こうぜ。そろそろ時間だろ?」

俺は暗い空気を払拭するような明るい声で言った。

「お前、来て数分じゃん。何しに俺ん家来たんだよ…まぁ少し早いが行くか」

こんな時でも、敦は応えてくれた。

…この決断が彼らの運命を大きく変えることになるのだが、彼らはそれに気付くよしもなかった。

 

学校に着いたのはいいものの、学校は閑散としていて、生徒はおろか、教師さえ数人しかいなかった。傍らにいた教師に取り敢えず自分の教室へ行けと言われたので、俺たちは教室へ行くことにした。

教室へ入ると、まず目に飛び込んできたのはショートヘアの可愛らしい女の子。ちなみに、横にいる敦の彼女である。

「おはよ、敦」

「おはよ、薫」

あ、やべ、俺邪魔だ。

「んじゃお二人でごゆっくり〜」

「おう」

「あ、ありがと湊」

…悔しい。超悔しい。羨ましい。リア充くたばれぇぇえええ!俺の心の悲痛な叫びである。

俺が諦めたような顔で席に着くと、傍らにいた女子が俺に声をかけてきた。

「おはよー湊」

「おはよー麗馨(れいか)」

彼女は俺の幼馴染、桐山麗馨(きりやま れいか)だ。名前の漢字が随分と難しい。そのことを俺が言うと、決まって彼女は「そんだけいい子に育つように願われてるんだよ!」と言う。ちなみに俺は結構彼女が好きだ。切れ長の双眸、流れるような黒髪。考えるだけで心臓が高鳴る。訂正しよう。俺は彼女が大好きだ。そんなことを考えているうちに俺は彼女を凝視していたようだ。

「な、何?私の顔に何かついてる?」

と、彼女は真面目に顔の辺りを気にしだす。ったく、いちいち可愛いんだよ。

「いやいや、何でもない…あ、そうそう、今朝のニュース見たか?」

慌てて話題を変えた俺である。

「あ、見たよー!首都圏すごいことになってるらしいねー。でも、正直こんな田舎に住んでる私たちには関係ないよね」

やはり、その程度の認識なのか…俺はとても嫌な予感がしてるんだが。なんてことは言えず、俺も適当に返しておく。

「よなー、こんな田舎に住んでる俺たちには、遠い外国の話みたいだぜ」

麗馨はうんうんと頷いている。

やばい、話題が無くなった。もっとこいつと話していたい。でも話題がない。どうする俺。と、俺が考えているうちに敦・薫ペアが助け舟を出してくれた。

「あの二人いい感じだよねー」

「付き合っちゃえばいいのにねー」

などと言っている。俺の好きな女性(ひと)が麗馨であることは、敦しか知らないはずだ。薫…ノリよすぎだお前。再び麗馨に視線を戻すと、そんな二人に気付いてか、若干俯いて、顔が赤くなっているように見えなくもない。チャァァーンス!!俺は勇気を振り絞り、

「麗馨、俺は…」

と言ったところで放送が入った。生徒の呼び出しを行っているようだ。

"今から名前を呼ぶ生徒は至急職員室に来なさい。鎌谷、上島、平塚……"

と、どんどん名前が呼ばれていく。放送に耳を傾けていると、"円城寺、桐山、津田、七木…"と聞こえてきた。薫の苗字は円城寺である。どうやら俺たちは四人とも職員室に行かなければならないようだ。俺は他の三人に目配せして席を立ち、職員室へ向かった。これが、学生としての彼らの最後の瞬間だった。

 

職員室に着くと、既に何人かの生徒がいた。暫く待っていると、俺たちの前に見慣れない人物が現れた。

「はいはいみんな静かにー、私は文部科学大臣の坂田健史(さかた けんじ)だ。勉強熱心なみんななら知ってるとおもうけど。今からみなさんには、死を運ぶ者(デス・ブリンガー)の討伐を行ってもらいまーす。」

途端にざわつきだすみんな。俺はこの坂田が言っている言葉の意味がわからなかった。他の三人も疑問の表情だ。

「なんで俺たちがそんなことしなきゃいけないんすか?」

誰かが言った。

「今日東京に突如現れた魔物、死を運ぶ者(デス・ブリンガー)は自衛隊を全滅させてしまいましたー。そこで仕方なく、あなたがたを徴兵するんでーす」

「はぁ?どういうこと?」

「わけわかんねーよ!」

「なんであんたここにいんの?」

「てか、他の先生は?どこにいんの?」

と、周囲からは次々に野次が飛ぶ。

「はいはい、みんな静かに静かに。これはもう国会で十分に議論されて決まったことだからしょうがないの。みなさん大人しく徴兵されましょうねー。ちなみに先生方は全員学校から排除しましたー」

「ふざけたことぬかすんじゃねぇよ!」

俺は坂田の顔面に向かって思い切りパンチした!「当たった!」と思った、その刹那。坂田があり得ない反応速度で俺の背後に回り、俺を羽交い締めにした。

「なっ…おい、離せ!」

「大人しくしないとこうだよ?」

坂田はガーターベルトから拳銃を取り出し、俺のこめかみにあてた。俺は抗うこともできず、坂田のなすがままになるしかなかった。みんなの怯えきった顔が見えた。敦も、薫も、麗馨も顔面蒼白だ。俺は情けなかった。

「こうなりなくなかったら大人しく徴兵されましょうねー」

その言葉に抵抗する者はいなかった。

「それではみなさんには防護服とナイフ、拳銃、替え玉2ケースを配布しまーす」

自衛隊を全滅させたような魔物を相手にこんな装備では不十分ではないかと思ったが、逆らえば今度こそ殺されるかもしれない。黙っているしかなかった。

「それから、何か一つ特殊能力を得られるアンプルを配布しまーす。これがみなさんの闘いを進める上でカギを握ることでしょう」

坂田が怪しげな錠剤をこちらに見せてきた。

「こちらに水があるので薬を飲みたい方はお使いくださーい。では失礼しまーす。十五分後までには生徒玄関前に集合してくださーい」

と言って、坂田はさっさとどこかへ行ってしまった。残された俺たちはというと。

「なぁ、もう逃げよーぜ」

俺はもう逃げ腰だ。

「逃げても捕まえられて殺されるのがオチだろ。それに坂田(あっち)は政府の人間なんだし、やろうと思えば何でもできる。てか体験したお前が一番よく分かるだろうけど、坂田のあの反応速度見たか?常人ができるような業じゃねぇぞ。俺はどうせ死ぬなら逃げるんじゃなくて闘って死にたいけどな」

敦は、俺これにするわ、と言いながら錠剤の山からその一つを取り出し、錠剤を一気に飲んでしまった。

「…どうだ?」

思わず感想を聞いてしまった。

「別段異常あるってわけでもねぇな。どんな力が俺についたのかは分かんねぇけど、多分悪いモンじゃねぇよ。時間もうあんまねぇし、お前も飲むんなら飲めば?」

「お、おう…」

俺はしばし考えたが、横にいた麗馨が

「じゃあ私が飲むー」

と言いながら錠剤を飲んだのを見て、俺も決めた。

「んじゃ、俺も飲むわ」

麗馨が飲んだから。その言葉は心に仕舞っておき、錠剤を手にして一気に飲んだ。

「本当に何も起こらないな。坂田(あいつ)が言ってたこと本当なのか?」

「さあねー」

と答えたのは薫だった。

「あれ?薫も飲んだのか?」

「うん、敦が飲んだ後私もすぐ飲んだよー」

こんな時でもおめでたい二人である。

「んじゃ時間もないし、そろそろ行くか」

まるで散歩にでも行くような軽さだが、その言葉の奥には確かな重みがあった。

「そうだね!」

「おう」

「行こっか」

それぞれが思い思いの返事をし、俺たちは生徒玄関へ向かった。

 

生徒玄関に着くと、坂田がいた。

「みなさんこのバスに乗車してくださーい。今から東京に向かいまーす」

もう何人かはバスに乗り込んでいる。俺たちもその列に続き、バスに乗り込んだ。

「本当に…行っちまうんだな」

独り言のつもりだったのだが、俺の隣に座った麗馨が応えてくれた。

「死んじゃうかもしれないんだよね…」

まずい空気が重いぞ。どうする七木湊!…と思っていたら敦が助け舟を出してくれた。

「今からくよくよしててもしょうがないだろ!死ぬって決まったわけでもないし」

こんな時でも気が利くやつである。

「そうだね!ありがと!気が軽くなったよ」

久々に見た麗馨の笑顔はとても可愛かった。…ところで、敦は何故女子の好感度をこんなに上げられるのだろうか。今度聞いてみよう。

それから俺たちは、旅路を他愛のない話をしながら過ごした。そして遂に激戦区、東京へ着いてしまったのである。



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一日目 昼

「みなさーん、東京に着きましたよー。寝てる人起きてくださーい」

ちなみに俺たちは寝ていない。

「バスを降りたらみなさんのベースキャンプへ行きまーす。着いたらもう各自行動してくださーい。尚、食料やその他諸々、生活に必要なものはこちらから支給しまーす」

相変わらず間延びした話し方だ。

「ではみなさーん、僕についてきてくださーい」

皆坂田に続いてぞろぞろとバスを降りていく。俺たちは最後尾についた。暫く歩いていると、麗馨が口を開いた。

「ねぇ、ベースキャンプって何?」

ここは敦が答える前に俺が!

「ベースキャンプっていうのは必要になるものを集めて置いてあるキャンプのことで、普通は登山の時に使う言葉だけど、便宜上そう表現してるんだと思うよ」

「要するに俺らの本拠地だな」

くそー!また大事なとこだけさらっと言いやがって!…とは言えず。

「へぇ、そうなんだー」

麗馨は納得した感じで頷いている。

その後は会話も散発的で、一行はただただ歩いていた。

「はい、着きましたよー。ここがみなさんのベースキャンプでーす」

と言って、坂田は大きなホテルを指さした。

「あ、あれ?ベースキャンプってテントでも張ってあるのかと思ったんだけど」

俺の言葉に、敦が答える。

「外にいつ魔物が出てくるかわからねぇのにそんな柔(やわ)な設備使ってられるかよ」

言われてみれば全くその通りである。

「ではみなさーん、ホテルにチェックインしてくださーい。今は死を運ぶ者(デス・ブリンガー)は宇宙に戻っているので安全でーす。チェックインしたらのんびりしててくださーい。みなさんに闘ってもらわなければいけない状況になったらこちらから連絡しまーす」

死を運ぶ者(デス・ブリンガー)が宇宙に戻っている?俺はまた、坂田の言っていることが分からなかった。取り敢えず敦に聞いてみる。

「なぁ敦、死を運ぶ者(デス・ブリンガー)が宇宙に戻ってるってどういうことだ?」

「どういうことだって言われても…どうもこうも、そのまんまの意味だろ。バスん中でケータイのネットしてる時に見たんだけど、未確認生物である死を運ぶ者(デス・ブリンガー)は、宇宙人が地球に送ってきたものらしい。だから戦闘でダメージを受けたり、あの魔物が地球にいたくなくなったら宇宙に帰るんだ。そして回復してからまたこの地球に戻ってくる。つまりどんだけ俺らが死を運ぶ者(デス・ブリンガー)を痛めつけたところで、宇宙に帰られた瞬間全てがパーになるんだよ」

「じゃあ…私たちは勝てないの?」

薫が聞いた。

「いや、勝てないわけじゃない。魔物が宇宙に帰る前にとどめを刺してしまえばそれで勝てるだろ。それができる可能性は確かに低いけど」

「はいそこー。早くチェックインしてくださーい」

いつの間にかチェックインしていないのはもう俺たちだけのようだ。

「あ、やべ、行かないと」

俺の言葉にあとの三人も動き出す。ホテルの中に入ると、受付の人が声をかけてきた。

「特殊部隊の方々ですね。部屋番号は205と206になります」

カードキーを手渡され、俺たちは部屋に向かった。

「部屋が二つ用意されてるのは、男女で分かれろってことだよな?」

俺の言葉に薫が反応する。

「え?男女一組ずつ入るんじゃないの?」

「えっと…あの…」

反駁しようと思ったものの、言葉が思いつかない。敦が口を開く。

「別に男女一組ずつでもよくないか?麗馨もいいだろ?」

「う、うん…」

「んじゃ決まりだな。俺は薫と入るからお前は麗馨と入ってくれ」

という言葉を残して、敦は薫と二人で行ってしまった。麗馨は明らかに乗り気ではないが、これもチャンスだと思おう。

「よろしく、麗馨」

「うん、よろしくー」

不快さを感じさせない返事だが、心の中では何を思っているのだろうか。

「取り敢えず部屋に向かうか」

「そうだね」

俺は麗馨と歩き出した。無言で俺の半歩後ろを歩く麗馨。幼馴染だろうと、この心の距離は縮まらないのだろうか。無言で歩いているのは気まずいので何か話を振ろうと思っていたら、彼女から話しかけてきた。

「湊は怖くないの?」

「ん?何が?」

「だって、よく考えてみてよ。私たちこれから闘わないといけないんだよ?自衛隊を全滅させたような魔物を相手に」

俺は一瞬言葉に詰まったが、自分が思ったことをどうにか言葉にしていく。

「確かに俺も怖い。でもさっき敦も言ってたけど、闘わずして死ぬより闘って死ぬ方がいいじゃん?どっちちしたって俺死ぬ気ないけど」

「湊は強いね…私なんかよりずっと強い…」

「いきなりどうした?お前らしくないぞ?」

俺は麗馨の顔を覗き込む。…が、顔は見せてくれず、彼女はそっぽを向いてしまった。それっきり会話もなく、ただ黙々と足を進める。

「あ、着いたみたいだね」

「おう、そうだな。入るか」

俺たちは205号室だ。最後にチェックインしたためか、部屋はホテルの端である。若干移動が面倒くさい。隣には敦と薫がいる206号室がある。きっと二人はいちゃラブしていることだろう。呑気なやつらだ。

「ねぇ、いつまで部屋の前に立ってるの?」

いつの間にか麗馨は部屋の中に入ってしまったようだ。

「あ、ああ、悪い悪い」

俺も取り敢えずは部屋に入ることにする。部屋の中にはシングルベッドが二つとトイレやその他諸々があった。ごく普通の二人部屋である。

「こうやって部屋だけ見てると、まるで旅行にでも来たみたいだよね」

「でも、手に持ってるのが拳銃とナイフじゃあな…」

俺は先程学校で配布された拳銃とナイフを持って苦笑した。

「雰囲気ぶち壊しだよねー。誰だ!こんなの考えたの!出てこい!」

麗馨が空手の正拳突きをしながら無邪気に騒いでいる。正直めちゃくちゃ可愛い。だが…湊は考える。先程からそうなのだが、麗馨は先ほどからどこかが変だ。どこが、と聞かれると上手く説明できないが、いつもの麗馨ではない気がする。俺はそれを確かめてみることにした。

「なぁ、さっきからお前おかしくないか?」

「んー?何がー?」

「いや、何がって言われるとわかんないんだけどさ。なんかいつものお前と違うっていうか」

「そう?」

「いや…俺の思い違いかな…あ、そうそう、俺たちが手に入れた能力探してみないか?

「あ、それいい考えだねー!でも、どうやって?」

「わかんないけど例えばさ、"布団よ浮き上がれ!"とか念じて布団が本当に浮き上がったらそれが能力じゃないか?あんま喩えよくないけど」

「おー、そっか。じゃあ私も何かやってみよ」

と言うなり、彼女はこう叫んだ。

「魔物よ、いなくなれー!」

…しかし何も起こらない。

「いや、それじゃあ魔物いなくなったかわかんないし能力判別できねーじゃんかよ」

俺は思わず苦笑した。だが魔物が消えることを願う辺り、やはり彼女は可愛い。

「じゃあ分かった。湊よ落ちろ!」

なんで俺が…と言おうとした、その刹那。とてつもなく大きな力が俺の背中を押した。

「うわぁああ!」

情けない悲鳴を上げながら俺は本当に腰掛けていたベッドから落ちてしまった。

「わぁ、本当に落ちた」

「お前ね…」

俺は呆れながらベッドに座り直した。

「これが私の能力?」

「どーやらそうらしいな。物を思い通りに動かす力、といったところか?」

「物を思い通りに動かす力、か…うむ、悪くないな!」

お前はどこの悪代官だ。

「次は湊の能力探そうよ」

しかし俺の、そうだな、という声は放送にかき消された。

「みなさーん、また死を運ぶ者(デス・ブリンガー)が現れましたー。今から言う二十人はホテルのエントランスに集まってくださーい」

気が滅入るような知らせに、俺と麗馨は顔を見合わせて苦笑した。

「飯田、二ツ屋(ふたつや)、髙木…」

どんどん呼ばれていく名前を聞いていると、

「…円城寺、桐山、津田、七木…」

やはりこの四人の名前はあった。俺たちは闘いに行かなくてはならない。

「んじゃさっき来たばっかで名残惜しいけど、行くか」

「うん、早く決着つけてこのホテルでのんびりしよう!」

実現しそうにないことだが、今の俺にはそんな麗馨の気遣いがとても嬉しかった。彼女はどれだけ怖くても闘おうとしている。それなら俺は全力で大好きな麗馨を守るだけだ。俺たちはまたここに戻ってくることを信じて部屋を後にした。

 

エントランスに着くと、敦と薫は既にいた。薫は緊張の面持ちだ。敦も焦燥感を隠せてはいない。俺はそんな二人に努めて明るく声をかけた。

「よっす、再び」

「おう」

「おっす」

分かりづらいので解説しておくが、今の台詞は最初に言ったのが敦で次に言ったのが薫である。はい、どーでもいい解説終わり。俺は本題に切り込むことにした。

「なぁ、あの薬で手に入れた能力探した?」

「ああ、探したよ。俺は物体を瞬間移動させる能力。薫は右手で触れた物を思い通りの形に変える能力だ」

二人ともとても実用的な能力だ。そういえば俺は、自分で話を振っておきながら自分の能力を見つけられていない。心の中で落胆した。

「んで?湊と麗馨はどんな能力なんだよ」

「麗馨は、物体を移動させる能力。瞬間移動ではないっぽい。俺は…まだ見つけてない」

俺は…と少しタメを作ってしまったせいか、敦と薫、麗馨までもが落胆している。

「お前まだ見つけてないの?魔物に対抗し得る(うる)力が何か分からないんじゃ、勝てるもんも勝てねぇぞ」

敦は恐らく、怒っているのではなく純粋に俺を心配している。

「でも、見つけられねぇもんしょうがねぇじゃんかよ」

「まぁ、そうだな…」

そこで坂田が喋り出した。

「はーい、全員集まりましたかー?今から魔物を倒す特殊部隊であることを証明するブレスレットを渡しまーす。みなさん必ず手首につけてくださーい」

坂田は鋼鉄製のブレスレットを掲げた。なんでわざわざ鋼鉄で作ったのかは疑問だが、俺たちは取り敢えずブレスレットを受け取り、手首につけた。つけた瞬間、鋼鉄製であるはずのブレスレットがぐにゃりと曲がり、手首に完全にフィットした。

「!?」

全員が声にならない驚愕の声を上げている。

「…これ、つけたのはいいけどもう取れないよ?」

最初に口を開いたのは麗馨だった。集まった他の皆も手首を振ったりしているが、ブレスレットが取れる気配はない。

「ブレスレットが取れない仕様になっているのは、みなさんが激しい戦闘をされても特殊部隊の証明であるそれが取れないようにするためでーす。ちなみにそれは電波を発しているのでみなさんの位置情報もこちらに筒抜けでーす。みなさんが東京から出てしまわれるとそれが大爆発を起こしまーす。人が即死するレベルの爆発なのでみなさんそのブレスレットに殺されたくなかったら東京から出ずにちゃんと闘ってくださーい。ちなみに無理に外そうとしても大爆発しまーす」

坂田が喋り終わった途端、ブーイングの嵐。

「聞き分けの悪い方々ですねー。拳銃、本当に発砲しますよー?」

坂田は拳銃を構え、本当に発砲した。弾丸はある生徒の頭の横すれすれを通り過ぎていった。

「ではみなさん、大人しく闘ってきてくださーい」

俺たちは坂田にホテルから追い出されてしまった。

 

外へ出ると、死を運ぶ者(デス・ブリンガー)が暴れ回っていた。俺は何をすることもできず、ただただ壊されていく街を見ていたが、

「こっちに来るぞ!みんな逃げろ!」

という敦の声で皆動き出した。

「固まっていてもあいつの思うつぼだ!みんな散らばれ!」

こんな時でも敦は冷静だ。俺も一人で、人がいない方向に逃げた。暫く走っていると瓦礫の山が見えたので、俺はその瓦礫の山の後ろに隠れることにした。ふぅ…これでひとまずは安心だ。

しかしこれではあの魔物に攻撃一つも加えることができない。俺は瓦礫の山の脇から魔物を覗き、隙を伺った。魔物は相変わらず街を破壊し続けている。

するとその時、魔物が咆哮した。俺はびびってすぐ瓦礫の山に隠れてしまったが、魔物が周囲を攻撃する様子はない。

「俺が魔物を止めている間にみんな攻撃しろ!」

敦が叫んでいる。そうか!敦の能力は物体を瞬間移動させる力。魔物が移動すると同時にもとの場所に瞬間移動させて相手を拘束しているのだ。

「私もやる!」

どこに隠れていたのか、麗馨も出てきて魔物を拘束しはじめた。

「サンキュー、麗馨。でもちょっときついな…」

「なんて力なの…!」

二人とも余裕はなさそうだ。

「俺たちの拘束は持ってあと一分だ!その間にみんな攻撃してくれ!」

この言葉でようやく周りも動き出した。雄叫びを上げて魔物に斬りかかっていく者、拳銃を撃っている者。俺も魔物の足元を一心不乱に斬っている。皆が一丸となって魔物を攻撃している。している…のだが。魔物はほぼダメージを受けていないようだ。

「まずい!そろそろ限界だ!みんな離れてくれ!」

せっかく敦と麗馨が頑張ってくれているのに、俺は何もダメージを与えられなかった。俺は自責の念に苛(さいな)まれながら魔物から離れた。

敦と麗馨による戒めがなくなった魔物は、先ほどよりも激しく暴れ出した。鋭い鉤爪で建物を次々と壊していく。恐らくこの鉤爪に巻き込まれたら、俺の命はない。俺は攻撃することもできずに、ただただ逃げていた。なんて情けないやつなんだ。でも今の俺にはこうすることしかできなかった。

また鉤爪がこちらへ迫ってくる。俺は回転レシーブの要領で鉤爪を避け、まだ壊されていない建物に身を潜めた。

「あ、湊!無事なんだね!」

あまりに急の出来事で一瞬思考がフリーズした。そして今しがた俺に起こったことを理解する。俺は逃げているうちに麗馨の隠れているところへ来たようだ。こんな時でも思考が止まるくらい緊張するのだから不思議だ。

「お、おう、麗馨か。俺は無事だよ。麗馨すごかったな」

「ああ、さっきのこと?いや、あれは…敦だけに任せるのもいけないと思って。助力できたかどうかは分からないけど…」

「いや、きっと力になってたよ。それに比べて俺は…魔物に傷一つ入れられなかった」

「私、湊が攻撃してるとこ見たよ。湊、鬼の形相だったね」

麗馨が笑いながら俺を茶化してくる。こんな状況下に置かれても、麗馨は変わらなかった。

「うっさい!必死だったんだよ」

俺も笑って返す。

「てか俺ら闘わなくていいのか?こんなとこで喋っちゃってるけど」

率直な疑問だ。

「いや、多分私たちが頑張って拘束してその間に他のみんなが攻撃するっていう形がベストだと思う。今の私たちにはもう拘束する力が残ってないから、攻撃はせずに逃げて逃げて、魔物が宇宙に帰るのを待った方がよくない?…っていう敦の意見に従って私は行動してます」

恐らく、それが一番賢明な策だろう。敦の聡明(そうめい)さには頭が上がらない。

「そうだな。今はもう待つしかないか。てか、作戦も何も立ててなかったし、今思うと無謀な挑戦だよな」

「ほんとほんと。作戦タイムくらいくれたらよかったのに。あの坂田とかいう人」

「だな」

俺の相槌を最後に、会話は途切れてしまった。俺たちは無言でただ、魔物が宇宙に帰るのを待っている。ずっと待っている。

そのまま数時間、俺たちはただ逃げ続けた。

と、その時。白い光が魔物を覆った。俺たちは眩しさに思わず目を逸らす。そして気付いた時には、魔物の姿は無くなっていた。どうやら宇宙に帰ったようだ。

「はぁ…ひとまず終わったか…」

俺は今まで溜まっていた疲労に急に襲われ、こんな情けない声を上げてしまった。

「終わったね…」

横にいる麗馨もかなり疲れているようだ。その時、放送が流れた。どこに音源があるのかは分からないが、結構近くから聞こえてくる。

「はーい、みなさんお疲れ様でしたー。また明日の戦闘に備えてホテルでゆっくり休んでくださーい。夕食はバイキングでーす」

夕食はバイキング、その言葉を聴いた瞬間、何人かの生徒が歓喜の声を上げた。そういえば俺たちは昼の間ずっと戦闘していたので、昼食を摂っていない。殆ど逃げているだけだったが、俺は途轍(とてつ)もなく疲れてしまっていた。

「喜べる元気があるのっていいよな…」

「ほら、元気だして。ホテルに戻ろ?みんながいい食材食べる前に、私たちが食べるんだぁ!」

麗馨は可愛らしくそう言って、俺の背中を叩いた。痛い。痛いが、それでも俺は嬉しかった。麗馨は俺を気遣ってこんなことをしてくれているのだ。

「ああ、そうだな!よし、ホテルまで競走だ!」

空元気でもいいから元気を出す。それだけでも意外と疲労感は少なくなるものだ。もっとも、俺の場合は隣に好きな人がいるから元気が出たのだろうが。

「お?言ったね?私負けないからね!よーい、どん!」

と言うなり、麗馨は走り出した。あまりにも不意打ちだったので、俺は走り出そうとして足がもつれ、その場に倒れてしまった。

「いてててて…」

「あれあれ?さっきまでの威勢のよさはどこへいったのかな?」

麗馨がからかう。俺はひっでー、と一言毒ついてから立ち上がって走り出した。

「おお、きたきた。でも私も負けないよーん」

「待てー!麗馨ー!」

結局、勝負には麗馨が勝った。俺はぜーぜー言いながらホテルのエントランスのソファに横になった。

「あー、疲れた。部活三日分くらい走った」

「湊もまだまだだねー」

「バレー部が陸上部に勝てるわけないだろ…」

言い忘れていたが俺はバレー部で麗馨は陸上部である。麗馨は百メートル走で全国大会に出場するくらい足が速いので、このクソ田舎でアホみたいにバレーをやっている俺が足の速さで勝てるわけがない。ちなみに、一応俺はエーススパイカーだ。

「よし湊、ご飯食べに行こう!」

「いいけど、敦と薫を待たないのか?」

「待ちたいけどお腹すいた!ねぇ湊、行こうよ」

「しょーがないなぁ。んじゃいくか」

途端に、麗馨が満面の笑みを浮かべた。やばい。可愛い。可愛すぎる。笑った時にできる笑窪(えくぼ)も魅力的だ。本当に、悩殺するやつである。

「本当は湊も食べたいくせにー!」

正直、否定はできない。

と、その時。エントランスの自動ドアが開き、敦と薫が入ってきた。

「お前ら速すぎ…」

敦はもはや呆れている。

「陸上部さすがだね」

「いやぁ、それほどでもー」

麗馨はこう言っているが、二人は恐らく俺たちを誉めてはいない。

「それよりさ、四人揃ったことだし夕食にしようぜ。もう腹減って仕方ないんだけど」

業を煮やした俺の言葉に三人とも首肯し、俺たちは食堂に向かった。




いやぁ、小説って難しいですねぇ。
書いてみてしみじみと思います。
この小説は1年程前に書き上げたものなんですが、文字数が約74,000字…とても40,000字に抑える勇気と気力、僕にはありませんでした、ハイ。
話はもう出来てるので、更新の頻度は結構高いと思います。
ひとりでも多くの方に読んで頂けたら幸いです。


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一日目 夜

夕食の会場に着くと、既にたくさんの生徒がいた。戦闘に行かなかった生徒たちが夕食を摂っているようだ。俺たちは用意された席に座り、一息ついた。

「はー、今日は疲れたねー」

喋り出したのは薫だ。

「ああ。今日の朝まではこんなことになるなんて誰も思ってなかったのにな」

敦が反応する。そういえばこの魔物騒ぎは今朝始まったことだ。何だか遠い昔のことのように感じる。

「なんで…私たちなんだろうね」

そう言ったのは麗馨だ。

「私たち何も悪いことしてないのに、死ぬかもしれないっていう状況に置かれて…」

「理由なんて、ねぇよ」

麗馨に俺が答える。

「どういうこと?」

「多分全国の高校から無作為に抽出された高校がこの零藍高校で、そこから無作為に選ばれた人間が俺たちなんだろ。運動神経がいい四十人って坂田は言ってたけど、そんな面倒なことを坂田(あいつ)がするとも思えない。俺たちは運が悪かっただけだよ。だからこの状況も、諦めて受け入れていくしかないんだ。これが俺たちの運命だったんだ…死ぬほど癪だがな…」

あぁ、久々にこんな格好つけたことを言った気がする。麗馨はひいていないだろうか。麗馨の顔を見る。驚くべきことに麗馨は泣いていた。

「そうだよね…運命なんだよね…」

湿った声でそう呟いている。

「な、なぁ、目の前に美味そうなモンがあるんだから飯食おうぜ?てか飯食うの催促したの湊のくせにお前食わないでどうするんだよ。それに麗馨。そんなしょげた顔はお前に似合わないぞ?」

本当に敦は気が利く。

「そ、そうだね!なんか変なこと言ってごめん!みんな食べよ!」

麗馨のその言葉でようやく夕食が始まった。俺は用意された料理を全て食べ尽くす勢いで食べた。成長期の高校生の胃袋を舐めてはいけない。

「お前、食うのはいいけど後からお腹壊すなよ」

「ははっへふっへ!(分かってるって!)」

「お前も元気だな…」

こうして夕食は終わり、俺たちは部屋に戻った。

 

「はぁー今日は本当に疲れた!」

「だな」

「ねぇ湊、お風呂入る?」

「ななな何を言っているんだい麗馨さん?!」

「いや、どっちから先に入ろうかなって。湊こそ何をそんなに驚いてるの?」

俺はてっきり麗馨が一緒に風呂に入ろうと言ってきたのかと思ったのに…残念だ。

「い、いや、なんでもない…麗馨が先に入れよ。俺はテレビでも見てるからさ」

「そっか、じゃあ私先に入るね」

「おう、いってら」

「覗き見しないでね」

「するかよ」

口ではそういったものの…見たかった。俺は脱衣所に消えていく麗馨を見届けた後、テレビを点けてベッドに座った。しかしどの番組も死を運ぶ者(デス・ブリンガー)のことを取り上げるばかりだ。俺はつまらなくなってテレビを消し、ベッドに横になった。今日一日、本当にいろいろなことがあった。朝学校に来て徴兵され、魔物と闘わされ、今に至る。そういえば今日は一日中麗馨といた。嬉しい。だがこんなシチュエーションでは…それと、麗馨は今日どことなくおかしかった。戦闘が終わってホテルまで俺と競走した時は麗馨はとても楽しそうだったのに、夕食の時、麗馨は泣いていた。めまぐるしく変わっていく麗馨の感情。俺にはついていけなかった。麗馨に一体何が起こっているんだ…

気が付くと、誰かの声がした。

「…て、湊、起きてってば」

いつの間にか俺は寝てしまったようだ。

「おう…」

俺は眠い目を擦り、起き上がった。

「!!」

そこに立っていたのは、あまりにも可愛い女の子。風呂上がりのためか顔はほんのりと上気し、美しい黒髪は絹のようにしなやかだ。しかも、ホテル備え付けのパジャマを着ているため、肌の露出が若干多い。俺の大好きな女性(ひと)、桐山麗馨がそこにいた。これで眠気も吹っ飛んだ。

「…なにジロジロ見てんの?」

「な、何でもない、何でもないよ…じゃあ俺もお風呂入るわー」

見惚れていた、とは言えない。

「変なの」

麗馨はその一言を残し、携帯をいじりだした。

 

俺は湯に浸かりながら考える。何してて寝ちゃったんだっけ。あ、そうそう、麗馨の言動がどことなくおかしいのは何故かと考えていて寝てしまったのだ。今日見た限りでは、麗馨の感情は目まぐるしく変化していた。みんなでわいわい盛り上がっていると思えば、急にシリアスな感じで話し出す。そんなこともあった。どんどん変わっていく麗馨を前に俺はどうすることもできない。大好きな、人なのに。俺は今まで麗馨の何を見てきたのだろう。

「はぁ…」

ため息が出てしまった。しかし憂いていても仕方がない。俺は取り敢えず風呂から上がった。麗馨はもう携帯を触っておらず、ベッドに座ってぼんやりと外の景色を眺めている。

「上がったね」

俺に気付き、麗馨が声をかけてきた。

「おう」

俺は麗馨の隣に腰掛けた。

「今日一日…色々大変だったね」

麗馨が喋り出す。

「だな…」

それ以上は二人とも言葉を発することなく、無言で座っていた。無言の空間の中で俺は首を動かして麗馨の顔を見る。物憂げな表情だ。俺が見たいのは麗馨のこんな顔じゃない…もう我慢できなかった。俺は麗馨を救う。それしか頭になかった。

「なぁ、麗馨」

「ん?」

「もう一回聞くけどお前おかしいよな、今日」

「だから、何が?」

麗馨が氷のように冷たい表情で冷たい言葉を放つ。怖い。逃げたい。でもここで逃げるわけにはいかなかった。

「いつもみたいに明るく振る舞うかと思えば、急にシリアスな感じで話し出したり、泣いたり、笑ったり」

「湊は何が言いたいの?」

「一人の人間が、ここまでたくさんの違った表情をできるのは不自然じゃないか?」

「っ…」

どうやら核心を突いたようで、麗馨は動揺している。

「いや、それがわるいって言ってるんじゃなくて…ただ、なんでなんだろうなって。言うと失礼だけど麗馨は今まで、少なくとも俺が知ってる中ではこんなに表情豊かじゃなかった」

麗馨は何も、喋らない。俺は麗馨が口を開くのを待っていた。ただ無言で、彼女の瞳の奥を見つめる。

 

どのくらい時間が経っただろうか。麗馨が不意に話しだした。

「私、死ぬのが怖くて…怖いからって何もしないのはいけないと思うから、たまにはみんなを元気づけるようなことも言うんだけど…いつもそうやって元気なふりをするの、私にはなかなかできなくてさ…」

「死ぬのが怖いってのに理由は…ないか」

「うん…」

そうだろう。誰もが死ぬのを恐れている。麗馨の肩の荷を軽くする方法はないのだろうか。…いや、ある。自分が犠牲になればいいのだ。俺が麗馨を守ればいいのだ。俺は確かな覚悟を決め、話し出す。

「俺だって死ぬのは怖いさ。でも、もっと怖いことが俺の中にはある」

「?」

「お前を守れないことだよ、麗馨。お前とはガキの頃からの付き合いだしさ、大切な人だから」

すごくクサい台詞を言った気がするが、これが俺の本心だ。麗馨が口を開く。

「その…えっと…あ、ありがと。こんな私を、守りたいって、思ってくれて」

「おう」

「私も、湊を守るよ」

「おう…って、え?俺守られるの?」

「私だってそんなにひ弱じゃないよ」

「おう、そっか、ありがとな」

「もう、湊さっきから『おう』ばっかり」

と言って、麗馨は少し怒ったような顔をした。

「あ、わりぃ」

「そんな注意散漫な人に守ってもらうんじゃ、私不安になっちゃうな〜」

麗馨がこちらを覗き込んでくる。

「だ、大丈夫だって!俺だって伊達にバレー何年もやってる訳じゃないし!」

「ほんとかなぁ〜?」

そう言って麗馨は俺の目の前で首をかしげた。その小動物のような動作に元からの美貌が加わり、その…もうだめだった。可愛い、を超えていた。

「?!」

麗馨が声にならない悲鳴を上げた。気付いた時には、俺は麗馨を抱きしめていた。

「!?」

今度は俺が、自分に驚愕する番だった。慌てて麗馨から離れ、顔を背ける。流れるのは気まずい沈黙。

「いやぁ〜、ご、ごめん…」

俺は力なく麗馨に謝罪した。

「いや、いいよ。…てか、その…私も言いづらいんだけど…も、も、もう一回…して?」

「!?!?!?」

もう俺は興奮しすぎて自分が分からなくなっていた。やばいやばいやばいやばい。もう一回だと…

「あの、ごめん、嫌ならいいんだけど…湊に抱かれた時、すっごい気持ちよかったっていうか安心したっていうか…私、いつからこんなに弱くなっちゃったのかなぁ…」

「いや、俺はいいよ。麗馨は弱くないし。今日だって頑張って戦ってたじゃん。俺には到底できない芸当だよ」

「あ、あの時は必死で…でも、自分一人じゃ、何もできないんだよ…正直、もう戦いたくない…」

「まぁ、みんなそれは思ってるよな…でも俺は麗馨を守るって決めたし、戦うよ。大して役に立たねーだろうけどな」

「いや、そんなことないよ。私を守ってくれる、湊だもん!」

そう言いながら、彼女は俺に抱きついてきた。俺は一瞬驚いたが、先ほどの彼女の「もう一回」という言葉を思い出し、大人しく受け容れた。

「湊ったら『俺はいいよ』とか言っときながら華麗にスルーしようとするんだから〜」

俺の腕の中で笑いながら、麗馨が毒づいてくる。

「ごめんって!俺、スルーする気はなかったんだけど、喋ってるうちに有耶無耶になって、タイミングが掴めなかったんだよ」

俺も笑いながら、返す。

「あぁ〜この感じ。湊の腕の中ってやっぱいい…」

麗馨はそんなことを言っているうちに、すうすうと寝息を立て始めた。俺の腕の中で寝てしまうとは、よほど疲れていたのだろう。今日は大人しく寝かせてやろう。

「ったく、少しは警戒しろよな。俺は男で、お前は女なんだぞ」

はぁー、と一つ溜息をついてから、俺はふと考えた。麗馨は俺の腕の中で寝てしまっている。起こすというのは酷な話だ。となると、俺が麗馨をベッドに寝かせなければならない。現時点で俺はベッドに腰掛けているので、麗馨を寝かすのはそんなに難しいことではないが、短い距離とはいえ、俺は麗馨を運ばなければならない。途端に、心臓が早鐘のように鳴りだす。やばいやばい。俺は麗馨を抱っこするのか。こんなに、可愛くて、愛おしい人を。ぬわぁぁああ〜…

ーーー5分後ーーー

「よし、やろう」

こんなところで麗馨に風邪を引かれてはたまらない。と、その時。

「ん…どしたぁ?」

麗馨が目を覚ましてしまった…!俺のさっきの覚悟は何だったのだ。

「お、わりぃ、起こしちゃったな」

「うん…今何時?」

「十一時半くらいだな」

「あれぇ?全然時間経ってないね。私、もう朝かと思った」

「もう朝だとしたら、俺はこの体勢で何時間いたことになるんだよ…」

「ん〜、7時間くらい?」

いや、真面目に答えさせようと思って聞いたんじゃないんだけど…

「まぁそんなもんだろうな、うん。つーかそれより、もう寝たら?」

「んー、寝たいけど、湊と話したら目が覚めちゃった」

「あぁ、わーったよ。お前が寝られるまで付き合ってやっから」

「やったー」

笑いながら麗馨は俺に抱きついてきた。

「おいおいまたかよ…お前、寝ぼけてんの?俺にこんな思わせぶりってか…そういう態度取って…俺期待しちゃうよ?」

「ん?何を期待する?」

「いや、麗馨って俺のこと、いい感じに思ってくれてんのかな〜みたいなさ」

「?」

麗馨にはどうやら俺の意味するところが分かっていないようだ。ったく、鈍感な奴である。俺が意味の分からないことを言っているだけかもしれないが。

「だからさ、えっと…その…まぁ…俺らって結構ガキの頃から一緒に遊んだりしてるよな?」

「うんうん」

「それで…麗馨と接する機会も多かった訳で…今でもこうやって友達やってるしさ」

「うん」

「それで…何だろう…一緒にいる時間が長ければさ、相手の色々な面が見えてくる訳じゃん」

「…うん」

「そうこうしてると、魅力的なところがたくさん見えてくる訳で…」

「…」

先ほどまで相槌を打ってくれていた麗馨が遂に相槌をやめた。聞き入ってくれているといいのだが…。

「だからさ、麗馨は俺からすると、すっごい魅力的に映ったの。昔も、今も」

「…」

「ここまできたらもう分かるだろ、俺の言いたい事が」

「いや、全然…」

おいおい、ここまで言わせといてとぼけるのかよ…じゃあもう俺の口から言うしかないのか。今まで、ひたむきに俺が想い続けてきた麗馨。ずっと、好きだった。それが今、叶うかもしれないし、叶わぬ夢になるかもしれない。でも、ここまで言ったのだ。もう後戻りはできない。俺は意を決して口を開いた。

「俺はな、麗馨。お前が…すっ、す…」

「?」

やばい、ちょっとミス。テイク2。

「俺はな、お前の事が好きなんだよ。あ、もちろん恋愛的な意味でな」

「…!」

麗馨は驚きすぎてどうリアクションしたらいいか分からないようだ。

「そりゃびっくりするよな。何年も幼馴染やってて、今更好きなんて。正直、俺なんか眼中にないだろ?やっぱ敦くらい格好よくないと麗馨には釣り合わないか…」

刹那、麗馨は笑い出した。

「はっはっは、あーおかしい!おかしいよ!湊いきなりどうしたの?雰囲気重すぎ!もっと軽くいきなよ!まぁ返事としてはこちらこそってところだけど!」

はぁ、笑われた…軽くあしらうくらいに思っていたのに、まさか笑われるとは…

「お前、俺の真剣な気持ちを…」

「ごめん、悪かったって。大丈夫、多分私は君が私のことを好きって想ってる以上に君のこと好きだから」

「なっ…好き、だと…」

「うん好き!大好きだよ」

満面の笑みでその言葉は反則だ。

「でもこんな俺の…」

「はいはいそうネガティブにならない!好きなことに理由なんかいらないんだよ。そんなこと言ったら、湊は私のどこが好きなのさ?」

「ん?俺か?麗馨はやっぱ可愛いじゃん?あと性格いいし」

「私の性格をいいって言ってくれる湊の方が性格いいと思うけどなぁ」

「そ、そうか?」

「あー、湊照れてる〜。顔赤いよ?」

「ちっ、違う!これは夕陽のせいだ!」

「あははっ、冗談面白いね湊」

「なんか俺遊ばれてね…?」

「うん、ごめん遊んだ。…そろそろ寝よっか?」

「おう」

俺がベッドに入ると、麗馨も"俺が入ったベッド"に入ってきた。

「どうせならさ、同じベッドで寝ない?」

「なっ…いいけど…お前そんなにグイグイ攻めるやつだっけ?」

「うーん、どうかなー?だってさ、湊って消極的じゃん。湊がこうしてくれるの待ってたら、私おばちゃんになっちゃうよ」

それは言い過ぎじゃないか…と思ったが、あながち間違いでもないので黙っていた。

「んー、やっと寝られるー。あ、湊、電気消してくれる?」

「りょーかい」

俺は電気を消し、麗馨のいるベッドの中に入った。

「湊やっぱ大きいね」

「そりゃ男だからな」

「そだね」

その会話を最後に、麗馨は黙った。俺は、先ほど起きた出来事を整理してみることにした。前からずっと好きだった麗馨にダメ元で告白。まさかのオッケーをもらえた。つまり、麗馨は俺の彼女。今隣にいる人が、俺の彼女なのだ。改めてそう認識すると、恥ずかしさが込み上げてきた。ちょ、今思ったらこの状況やばくね?!俺、こんな可愛い麗馨と付き合ってるけど!心が訳の分からない悲鳴を上げている。いや、歓喜の声、とでも言うべきか。麗馨の顔が見たくなって、顔を横に向けると、麗馨が同時にこちらを向いた。顔を見合わせ、一瞬フリーズしたが、麗馨が笑いかけてくれたのを見て、俺も笑顔になった。やばいやばいやばいやばい。この顔はアウトだ。可愛すぎる。

「二人とも同じタイミングなんて、すごい偶然だね」

「あぁ、そうだな…あのさ、俺…寝られないんだけど」

「うん、私も同じ」

夜なので大きな声も出せず、俺たちはくすくすと二人して笑った。

「湊、その…ありがとね。私もずっと湊のこと好きだったけど、自分からいく勇気がなくて…片想いのまんま、終わっちゃうのかなって思ってた。だから私は今すっごい嬉しい。それが寝られない理由だと思うけど」

「俺もずっと片想いなのかと思ってたよ。思い切って言ってよかった」

「よかった、よかったね…」

「おう…」

寝られない、と言って数分、俺たちは眠くなってきた。数分前の俺たちは何だったのだ。そんなことを思いながら、俺たちはほぼ同時に眠りについた。




3話目にしていきなり動きがありました。笑
どうでしょうこのバカップルぶりwww
僕もいつかこんな事してみたいものです。
出来ないから小説という自分だけの世界でするわけですけどww

魔物を倒すのはまだ少し時間がかかりそうですが、どうかこれからも温かく見守ってください。


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麗馨の心

目が覚めると、俺は見慣れない周囲の様子に一瞬戸惑った。だが、すぐに思い出す。そうだった。ここは家ではなかったのだ。それと同時に、もう一つ思い出す。俺は昨日麗馨と…視線を横に向けると、そこには何もない。慌てて周囲を見回すと、洗面所から麗馨が出てきた。

「おはよ、湊。もう起きてたんだね」

「おう。麗馨は早いな」

ちなみに現在時刻は八時である。

「まぁねー。湊より遅いんじゃ女が廃る!」

「それ、俺侮辱されてね…」

「いやぁ〜ごめんごめん」

「おう」

俺は苦笑しながら答えた。

「洗面所、あいてるから使いなよ」

「りょーかい」

俺は腹減ったな〜と思いつつ、顔を洗った。

洗面所から出てみると、麗馨が朝食を全て準備し終えて、食卓で俺を待っていてくれていた!俺は驚愕した。起きた時にはテーブルの上には何もなかったはずだ。今の数分間で全て準備したというのか。

「おー戻ってきた。食べよ?」

テーブルに並んでいるのは、トーストとハムエッグとサラダというシンプルなものだが、とても美味しそうだ。これじゃまるで結婚してるみたいじゃないか…

「お、おう…いつの間に作ったんだ?」

「ん?私は七時くらいに起きてさ、その時に放送が入ったの。朝は食材だけ準備するからそれで作ってくれって」

「いや、でも、俺が起きた時にテーブルには何もなかったからさ…俺が顔洗ってる数分の間で全部作ったのか?」

「まさか、そんなわけないよ。湊を驚かせてやろうと思ってさ、ちょっと隠しておいたの」

「そーだったのかー。まぁ、取り敢えずありがと」

「どういたしまして。んで、食べよ?」

「おう」

「「いただきます」」

俺たちは無言で食べ始めた。すごく美味しい。普通の朝食のメニューをここまで美味しくできるのは麗馨だけなのではないだろうか。そう思うくらい美味しかった。

「いやぁ〜、美味しかった」

俺は素直に彼女を賞賛した。

「でも、湊ほどじゃないよ」

麗馨は謙遜してか、そんな答えを返してきた。

「いや、俺なんて大したことないよ。自分の分の食事しか作らないからさ、味も自分の好みなんだよな全部」

俺は苦笑しながらそう言った。

「じゃあさ、明日は湊がご飯作ってよ。どっちが美味しいか勝負しよ?」

「お、それはいいな。俺も大したことないとはいえ、舐めるなよ?」

「おっけー。まぁ私が勝つだろうけどね〜」

さっきは湊ほどじゃないって言ったくせに…という言葉は胸に仕舞っておき。

「お、言ったな?負けないぞー!」

「かかってこーい!」

今この瞬間。この一瞬一瞬が、俺にとってはとても幸せなものだった。ずっと続いてほしい…そう、願うばかりだった。…しかし、この幸せもそう長く続かないことを、彼らが知っているはずもなかった。

 

朝食を終え、俺たちはすることがなくなったのでテレビを観ていた。テレビは相変わらず死を運ぶ者(デス・ブリンガー)のことを報道している。だが、討伐に俺たち学生が使われているという事実は伏せられているようだ。悔しい現状だ。

「なぁ、今俺らは何すればいいんだ?何も連絡ないし…」

「多分今日は何もしなくていいんじゃないかな。確か、40人の生徒を20人のグループ2つに分けてなかった?多分その2つのグループを毎日交代で戦わせるつもりなんだよ、坂田(あっち)は」

「そういうことか。んじゃ今日は暇だな」

「まぁ端的に言うとそうなるね…」

「なぁ麗馨、お前、もしかして眠たい?」

「うん…今思ったら寝たの結構遅かったのに普通の時間に起きたもんね私…ごめん、ちょっと寝るわ」

「俺が膝枕しようか?」

冗談半分で聞いてみた。

「あ、してくれるの?んじゃしてしてー」

麗馨はあどけない笑顔を見せながら本当に俺の膝に、横になった。正直、冗談半分だったのでかなりビビったが、するといった手前、やらない訳にもいかない。

「ふぅ…」

俺は諦めたように小さな溜息をついた。

そのまま数分。麗馨が寝息を立て始めた。麗馨は寝顔も本当に可愛い。俺は麗馨の髪を撫でた。さらさらだ。仄かに(ほのかに)リンスの匂いもする。言い方は変だが、こうやって麗馨を見ていると、優越感のようなものが感じられる。と、その時。

「…み…な…と…」

麗馨が声を発した。

「麗馨?まだ寝てなかったのか?」

麗馨が寝ていなかったとしたら、髪を撫でたとか諸々を見られてというか、気付かれてしまったことになる。しかし、麗馨は

「…んぅ〜ん…」

どうやら先ほどの言葉は寝言のようだ。まったく、紛らわしい。

と、その時。俺と麗馨の携帯が同時に鳴った。俺はズボンのポケットの中から携帯を取り出し、画面を確認した。どうやら敦がLIMEを送ってきたようだ。しかし、どうして麗馨の携帯と俺の携帯が同時に鳴ったんだ…?そんな疑問を抱きつつ、送られてきた内容を確認する。

"これからやりたいことがあるから2人とも俺たちの部屋に来てくれ"

そんな内容だった。やりたいこと…?まぁ、敦のことだから何か考えがあるのだろう。となると、幸せそうに熟睡している麗馨を、俺は起こさなくてはならないのか…起こしたくはないが致し方ない。

「麗馨、起きてくれ」

「…ん〜…」

「起こしてすまん…なんか敦がLIMEで、あいつの部屋に来いって言うから起こした」

「2人で来いって?」

「多分そういうことだろ。携帯見てみろよ」

麗馨は携帯を確認した。

「ほんとだ…てか、敦、LIMEのグループトーク作ったんだね」

グループトークというのは、大勢で話をしたいときにそのメンバーの中だけで会話を共有できる、というものだ。

「あいつそんなことしてたのか…」

俺もLIMEを確認した。確かにグループが作ってある。グループ名は…

"一致団結〜怪物討伐を目指して〜"だ。あいつのネーミングセンスのなさがうかがえる。あいつ中二病かよ…しっかりサブタイトルまでつけてるじゃねぇか…

「湊、行こっか?」

そんな考え事をしているうちに、麗馨が声をかけてくれた。

「おう、行くか」

 

俺たちが敦と薫の部屋に着くと、

「まぁ取り敢えず座れよ」

と、敦が椅子を用意してくれ、俺たちは座った。

「やりたいことってなんだ?」

俺が聞くなり、敦はこう言った。

「お前ら2人付き合ってるだろ」

「っ…」

俺は言葉に詰まった。麗馨もこの時ばかりは顔を赤くして俯いている。

「ビンゴだな」

「ま、まぁな…」

俺はようやく言葉を発した。

「お似合いだと思うよー」

あっけらかんとして、薫がそう言ってくれた。

「いやぁ、初々しいね〜。お二人さん、顔が真っ赤ですぜ?」

敦が茶化してくる。

「かっ、からかうなよ…てか、そんなこと聞くためだけに俺らを呼んだのか?」

あ、そうだった、といった風に敦が咳払いした。

「今日俺がお前らを呼んだ理由は、あの怪物についてのことで話があるからだ」

「んで、話って何だよ」

「まぁまぁ、そう急かすな。…一つ質問したいんだが、俺たちはこのままずっと戦って魔物に勝てると思うか?」

「勝てると思うも何も…やるしかねぇんじゃねぇのか?」

「麗馨はどうだ?」

「私は…勝てるとは思えないかな…」

「お、麗馨はよく分かってるな。その通り、俺たちはこのままじゃあの怪物には勝てない」

「どうして断言できるんだ?」

「魔物に勝つ鍵となるのは、超能力だってのは知ってるよな?」

「おう」

「でも、見た感じ、誰か一人がすごい能力を持ってるとかそういうわけじゃない」

「すごい能力って?」

敦の横にいる薫が口を挟む。

「例えば…うーん、俺はそんなに喩えが上手くないから伝わるかどうか分からんが…例えば、無敵になる能力とかさ」

「んー…ちょっとわかんないかも」

薫は苦笑した。

「まぁそのうち分かるさ。結論から言うと、俺たちは協力して、全員で魔物に立ち向かわないといけないんだ。誰かに頼りたくてもそんな能力のあるやつなんていねぇし」

「…」

四人全員が沈黙した。それぞれで考えを巡らせているのだろう。俺は素直に、こう聞いた。

「でも、全員で協力ってどうしたらできるんだ?」

「そこなんだよ問題は。俺が全部指図できるんだったら話は別だが、現実はそうはいかねぇ」

「え、できるんじゃね?敦くらいイケメンなら」

「お前、褒めてないだろ…」

「はいその通りです」

敦は呆れてしまった。

「んで、倒す方法を考えるために私と湊を呼んだってこと?」

「まぁそういうことだ。麗馨は何かと物分かりがいいな」

「けっ、俺は頑固で悪うござんした」

「まぁまぁ卑屈になるな。んで、何かいい方法ないか?みんなをまとめられるような」

全員が沈黙する。

ーーー5分後ーーー

「なぁ、これ…」

敦が口を開いた。

「無理ゲーだな」

俺もどこか諦めたように敦の呼びかけに応える。

「でも、別にアイディアなんてなくてもいけそうじゃない?敦なら」

麗馨は楽観的だ。

「敦なら、っていう言葉が俺にはすっげープレッシャーなんだが…」

「でも、こうやって考えてるだけで何か変わるわけでもないじゃん」

麗馨の言葉に、腰が引けていた敦も立ち直る。

「よし、そうだな。一丁やってみるか」

「そうこなくっちゃねー!」

敦と麗馨はそんな意味のわからないやり取りを交わし、ハイタッチしている。よく分からない二人だ。俺は薫と顔を見合わせて苦笑した。

「やると決まったらとことんやるぞ。まずはみんなに俺の指示に従うことに同意してもらわねぇとダメだな。俺と湊、薫と麗馨で分かれて全部の部屋を回るぞ。んで、同意を取る。ここまでで質問は?」

「なし!」

俺、麗馨、薫の三人が綺麗にハモった。

「よし、んじゃいくぞ!」

俺たちはやる気に満ちていた。今なら何でも出来る気がする。やろう、俺たちならやれる。やってやる。そんな想いを胸に、俺たちは他のみんなの所へ繰り出した。

まずは一つ目の部屋。男子生徒二人がいる部屋だ。

「ここまで来たのはいいけど…本当にやるのか?」

「やるに決まってるだろ。ノックするぞ」

「おっけい」

敦が控えめにコンコン、とノックした。暫くすると二人のうちの一人がドアを開けてくれた。彼はドアから顔を出すと、一瞬怪訝そうな顔をした。見知らぬ俺たちを前に困惑しているのだろう。敦が話し出す。

「俺は津田敦だ。んで、隣にいるのは七木湊。いきなりで悪いんだが、一つお願いがあって来たんだ。聞いてくれないか?」

「おう」

男子生徒は嫌そうな顔もせず返事をしてくれた。これはいけるんじゃないか。俺は少し期待した。

「今、俺たちは魔物と戦ってるよな。昨日俺は思ったんだが、今の戦う方法、つまり全員が好き勝手に攻撃するような方法じゃ多分魔物には勝てないと思うんだ。そこで、俺に全体を仕切らせてくれないかなって」

「いいんじゃないか?いいよな?」

彼はいつの間にか出てきていたもう一人の男子にも同意を求めた。

「おう」

っしゃきたーーーー!やってみると案外楽勝だ。

「同意してくれてありがとう。きっと協力してもらう時が来るから、その時はよろしく頼む」

「分かった」

敦はもう一度、ありがとうと言ってドアを閉めた。

「やってみると案外楽勝じゃん。敦の語り方がサマになってたよ」

「最後の言葉は余計だ。…よし、次に向かうぞ」

「おう」

そうして俺たちはどんどん同意をもらっていき、遂に男子全員から同意をもらうことに成功した。

俺たちは意気揚々と部屋に戻った。

「どうだった?」

既に戻っていた麗馨と薫がハモって聞いてくる。

「バッチリ。全員に同意もらえたよ。そっちは?」

「こっちも完璧さ」

麗馨が誇らしげに応える。

「で、これからどうするの?」

薫が聞いた。

「もうすぐ昼食だろ?昼食の会場なら全員集まってるだろうから、その時言えばいいんだよ。その辺は俺がちゃんとやるからさ」

「頼もしいな」

俺は素直に敦を称賛した。と、その時。

「みなさーん、昼食の時間でーす。会場を開けましたのでご自由に昼食を摂ってくださーい」

坂田の間延びした放送が入った。

「おお、もうこんな時間か。よし、昼飯食いに行くか」

「おう」

「おっけー」

「行こ行こー」

俺たちは部屋を後にした。

 

食堂に着くと、既に多くの生徒がいた。俺たちも適当な席に陣取り、食事を摂ることにした。

「なぁ、いつ言うんだ?俺たちの作戦っていうかお前の作戦について」

時機を逃せば全員に伝わらないことがありかねない。

「そうだな、もう言うか」

まるで散歩にでも行くような気軽さである。俺ともあろう者なら、集団を前に、怖気付いて何も言えなくなるのが関の山だ。

「おーい、みんな聞いてくれ。俺は津田敦だ。みんなもう知ってると思うが、あの魔物を倒すために俺たちに協力してほしいんだ。みんなやってくれるか?」

食堂は水を打ったように静まり返る。応えてくれる者はいるのか。

「おーう」

ノリのよい男子が応えてくれた。それを引き金に、たくさんの生徒が応えてくれる。「このままじゃ終わりそうにないしな」「やってみる価値はありそうだよね」などと、周りからは結構肯定的な言葉が聞こえる。

「みんなありがとう。じゃあ、これから少し話をしたいからみんな昼食が終わったら会議室に来てくれないか?」

敦のこの言葉には誰も声を発さなかったが、ちゃんとみんな頷いてくれていたので大丈夫だろう。俺はほっとして息をついた。

「よかったねー」

薫が安堵の声を上げる。

「まぁ、まずは第一関門突破だな。でも、みんなが持ってる能力によっては作戦変更をしないといけないし、まだ問題はあるぞ」

「てか、敦の作戦って一体どんなのなんだよ」

そういえば敦から作戦の内容は聞かされていない。

「あぁ、そろそろお前らには言っとくべきかもな。俺の作戦はこうだ。まず湊。お前が囮(おとり)になる」

「えぇ?!俺!?」

「そうだ。お前は能力はないのに回避が神級に上手い」

「いや、褒められても…」

「もしかしたら回避が上手くなるってのが能力なのかもな」

「でも俺は回転レシーブの要領で避けてるだけだし…偶然が何回も続くとは思えないが」

「だから、囮が最低あと一人か二人は要るんだよ。こんな危険な役をやってくれるやつがいるのか、そこから問題だな」

「お前、そこから問題って…大丈夫かよそれで…」

俺は若干呆れた。

「んで、仮に囮やってくれる人がいたら、どうなるの?」

薫が待ちきれない、といった風に聞いた。

「攻撃部隊を10人くらい用意するんだ。そして、戦場にはにたくさんビルがあるだろう。そのうちの一つの屋上に攻撃部隊を待機させとくんだよ。んで、あの魔物が一番ビルに近づいたときに俺と麗馨が魔物の動きを止める。そして、攻撃部隊が怪物の体に乗り移って一気に攻撃って寸法だ。もし魔物を殺せずに拘束が終わっちまいそうなら、俺が指示してみんなに避難してもらう」

「「「おぉー!」」」

三人が揃って同じリアクションをする。

「よし、んじゃ会議室に向かうぞ」

「あ、ごめん!私ちょっとトイレ行きたいから少し遅れて行くー」

麗馨がそう言ってトイレとは違う方向へ走って行った。

「あれ…?トイレの方向そっちじゃないのに…」

俺は不思議に思ってそう呟いた。

「まぁ、すぐ戻ってくるよ。私たちは先に行って待とう?」

「お、おう、そうだな」

薫の言葉は間違いないはずなのだが、俺はこのことが妙に頭に引っ掛かった。

ーーー3分後ーーー

「はぁー、着いたー」

「意外と遠かったねー」

「…」

俺と薫が音を上げているが、敦は何も話さない。恐らく敦は、これから行う作戦会議をどうしたらいいか、考えているのだろう。目が真剣だ。俺たちは黙ってみんなが来るのを待つことにした。

ーーーさらに5分後ーーー

がちゃ、と音がして誰かが入ってきた。お、もう生徒が来たのか!?そう期待したのだが、入ってきたのは麗馨だった。

「ごめん、遅れちゃって…って、これは一体どういう状況?」

俺が答える。

「他の奴らが来ないから待ってるだけだよ。麗馨が先でよかった」

「なんで私が先だといいの?」

「いや、深い意味はないけどさ」

「そっか。んじゃ私も大人しくしてるね」

「おう」

それっきり会話もなく、俺たちは他の生徒が来るのをただ待っていた。

ーーー30分後ーーー

「ねぇ、まだ来ないの?」

最初に口を開いたのは薫だ。

「確かにちょっと遅いよね…まだ昼食かな?」

「まさか…全員が俺らを欺いたのか…?」

あまりにも遅いので、俺も麗馨も疑いを隠せない。

「取り敢えずもうちょっと待ってみよう。来るかもしれないし」

薫の提案に俺と麗馨も頷く。

「しかし、さっきから敦は銅像のように動かんが大丈夫か?」

「いや、敦は本気出すとこんなもんなんだよ。あと、敦の肌の色は赤褐色じゃないよ」

「そっか…」

どうして誰も来ないんだろう。先ほどはしっかり全員同意してくれたのに。嫌な予感がする。

ーーーさらに30分後ーーー

「なぁ、これさすがにおかしいよな?」

俺はたまらず声を上げた。

「うん…もう一時間経ってるもんね…食堂見に行こうか?」

麗馨がそんな提案をしてくる。

「いや、それなら俺が行くよ。みんな俺が行くけどいいな?」

「うん」

「おっけ」

「おう」

返事が一つ多いと思ったら敦がもう固まっていなかった。

「んじゃ、また後で」

俺はそう言い残して会議室を後にした。

ーーー5分後ーーー

俺は再び会議室の扉を開けた。当然中には麗馨と敦と薫しかいない。

「どうだった?」

敦が聞いてくる。

「食堂には誰もいなかった。もぬけの殻だったよ。やっぱ、俺たちは全員に騙されたんだ。俺ら、頑張ったつもりだったんだけどな…」

俺は悔しさ混じりにそう言うしかなかった。

「なんでみんなこんな急に掌を返したんだ?俺が何か不味(まず)ったか?」

敦もお手上げ、といった様子でそう言った。考えれは考えるほど分からない。

「まぁ…倒せないって決まった訳じゃないんだしさ、その…二日だけでみんなが協力しないと倒せないって結論を出した敦はすごいし、その推測が正しいと思うけど、みんなからしたらそれが早合点だって思えたんじゃないかな?」

麗馨がそんな事を言う。

「そうか…そうだよな、みんなそのうち分かってくれるよな」

敦のそんな楽天的な言葉に、俺たちも頷いた。

「取り敢えず部屋に戻ろう」

俺がそう提案すると、みんなも首肯し、俺たちはそれぞれの部屋に戻ることにした。部屋に戻る途中、俺と麗馨は髙木諒磨に会った。先ほど俺たちの提案に一番最初に応えてくれた勇気ある我が友達だ。彼も結局会議室にはきてくれなかったのだが。

「おう、諒磨」

「よう、湊」

そのまま通り過ぎるのかと思ったら、諒磨がこんな事を言い出した。

「あ、桐山さん。俺、ちょっと湊と二人で話したいから暫く湊と俺を二人にさせてくれないかな?」

「うん、分かったよー。じゃあ湊、私先に部屋に戻ってるね」

「おう、俺も終わったら戻るよ」

麗馨はんじゃまた、と言って部屋に戻って行った。諒磨は会議室に来なかったというのに、麗馨は普通に受け答えしている。俺もその寛容さを見習い、その件については言及しない事にした。

「んで、話って何だ?」

「あ、この情報、本当は漏らしちゃいけない情報だからバラしてるのを誰かに見られちゃまずいんだよな。少し場所を変えてもいいか?」

「おう、いいけど…どこ行くんだ?」

「まぁ、ついてきてくれ」

俺は取り敢えず諒磨について行った。

「よし、この辺でいいだろう」

「ここ…トイレじゃんかよ」

「おう。このトイレは殆ど誰も使わないから安心だ。んで、お前に規則を破ってでも言いたいことってのは…お前ら四人を除く俺たち全員を、敦の提案に同意させないよう仕向けたのは…言いにくいんだが…桐山さんなんだ」

ん?彼は今何と言った?桐山さん…?

「麗馨以外に桐山って苗字のやついたっけ?」

「いや、桐山麗馨だよ」

「お、おいちょっと待ってくれ。それ、冗談だろ?麗馨がそんなことするはずない」

「でも俺たちの目が、耳が、そのことを証明してるぜ?」

「いやいや、落ち着けって。何かの間違いじゃね?見間違い?」

「いや、それはねぇな。間違いなく桐山さんだった。彼女、お前らが会議室行く前に変わった様子とかなかったのかよ?急にどっか行ったとか」

諒磨に言われて俺ははっとした。そういえば麗馨はあの時、トイレに行くと言って俺たちの前から姿を消していた。しかも、トイレとは違う方向に行った。本当に麗馨がやったというのか。

「おい、どうした?思い当たる節があるのか?」

「いや、特にないかな…」

麗馨は確かにあの時トイレに行くと言って姿を消していた。違う方向に走っていた。でも、だからと言って…俺はそんな理由だけで麗馨を犯人だと思いたくなかった。少なくとも俺の知る限りでは、麗馨はそんな事をするような奴ではない。

「そっか。まぁお前ら以外の全員は、桐山さんが黒幕だと思っているがな。取り敢えず気をつけろ」

「お、おう…んで、規則破ってって言ってたけど、どういうことだよ?そんなの聞いたことないぞ」

「桐山さんが言ってた。絶対に外部に漏らすなって。漏らしたら殺すってよ」

「…そんなことまで言ってたのか?てか、それじゃあ諒磨の命が危ないじゃんかよ」

「俺は自分の命以上に、お前の命の方が大事だ。まじで気をつけてくれよな」

「お、おう…お前、自分の命より人の命が大事って…まじでいい奴なのな」

「んなことねぇよ。で、気をつけてくれよな、まじで」

「解った(わかった)」

諒磨はじゃあ、と挨拶すると、自分の部屋に戻ってしまった。

俺は、重い足取りで部屋に戻っていく。あいつが、あんなに可愛くて魅力的な麗馨が、そんな事をするなんて…やはり、麗馨が犯人だとは思いたくない。思えない。…そんな事を考えて歩いていると、前方に麗馨がいた。まだ麗馨は俺に気づいていないようだ。俺は声をかけようとして…やめた。まして、「お前何か悪いことしてんの?」なんて聞けないし…俺は近くにあった掃除用具入れの陰に隠れて、麗馨をやり過ごした。彼女に見つからないようにする彼氏というのもなかなかに変なものだ。破局寸前、ともなれば話は別だが。そして麗馨は、俺の眼前を通り過ぎていった。その瞬間、俺は違和感のようなものを感じた。姿形は間違いなく麗馨のものなのだが、こう…何と言えばよいのだろうか。雰囲気?取り敢えず、麗馨のものではない異様な何かが今しがた通りかかったものには感じられた。麗馨はそんな動揺している俺に気づくわけもなく、すたすたと歩き去っていく。それにしても彼女はどこへ行くつもりなのだろうか。ここは部屋から結構遠いのでトイレ、という線は考えづらい。

その時、俺には一つの考えが浮かんだ。そうだ。後をつければいいのだ。先ほど諒磨が言っていた、麗馨犯人説に関しても、何か分かるかもしれない。そうやって考えている間にも、麗馨はどんどん遠ざかっていく。俺は慌てて後をつけ始めた。麗馨が振り返る気配もなく、どんどん先へ進んでいくため、後をつけるのは簡単だった。暫く歩くと、麗馨の足は"監視室"といういかにも怪しい部屋の前で止まった。そして彼女は躊躇い(ためらい)なくその部屋の扉を開けた。



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二重存在

「おう、桐山か」

「ああ。任務は完了した」

「よくやったな。これから生徒達がどうなるか見物だ」

麗馨が話している相手は…坂田?麗馨がドアを閉めてしまったので、ドアから聞き耳を立てているのだが、どうも坂田の声らしい。いつもの間延びした話し方はどこへいったのだろうか。しかも麗馨はあんなぶっきらぼうな話し方をするような奴か?考えれば考えるほど分からない。そんな事を考えているうちに、二人の会話が終わった。任務の遂行の報告以外は話すことはないらしい。俺は慌てて身を隠し、麗馨が去るのを待った。先ほども感じたように、麗馨はやはり何かが違う。これが麗馨の、裏の顔なのか。真実だったのか。そんなことを考えているうちに麗馨はどこかへ行ってしまった。あ、大事なことを忘れていた。敦に報告だ。困った時の津田敦である。そこで初めて携帯を見る。携帯のロックを解除して画面を見た瞬間、おぞましい数の通知があった。敦から今どこにいるんだ、というLIMEが10回くらい来ているし、不在着信も5件もあった。俺はやっべー、と思いながら敦に電話した。ワンコール終わらないうちに、敦が出た。

「お前、どこにいるんだ?」

敦は電話に出るなり声を荒げた。ずっと何も連絡を寄越さなかったのだからしょうがないか。

「わりぃわりぃ。俺は今監視室っていう怪しげな部屋の前にいるんだが…」

「お前な、そうやって自分で動くのはいいけど連絡の一つくらい寄越せよ…」

「すまん。麗馨の後をずっとつけてたらこんなところに着いちまった」

「麗馨?麗馨ならここにいるぞ」

「え?今の今まで麗馨は監視室にいて、坂田と話してたぞ。んで、もしかしたら麗馨がこの事件の真犯人なのかと思ってお前に電話したんだ」

「いや、麗馨はずっと俺らと一緒だったが…」

「いや、俺は麗馨をつけてたんだが…」

「お前、人違いじゃないのか?しかも、麗馨があの坂田と話すなんてあり得んことだろ」

「でも、姿形は間違いなく麗馨のものだったし…俺が見間違うとも言うか?」

「確かに変な話だな…まぁでも麗馨はずっとここにいたから麗馨が怪しいなんてことはないぞ。それより…やっぱりみんなが協力してくれないんだ。…つーか、このことは電話で話すよりリアルで会って話した方がいいな。お前も俺と薫の部屋に来てくれ」

「おっけ、分かった」

俺は電話を切り、走って部屋に向かった。

ーーー4分後ーーー

「おー、随分と早かったな」

「そりゃ走ったからな」

敦と会話しながら、俺は麗馨の姿を確認した。いつもと変わらない様子である。

「湊、私ずっと敦と薫と一緒にいたよ?」

麗馨も電話を聞いていたのか、そんな事を言ってくる。

「そうだよなぁ…でも、俺の見たものも確かに麗馨だったんだよな…」

「不思議な事もあるもんだね」

最終的に薫が俺たちの間に割って入ってそう結論づけた。

「それよりみんなが協力してくれないんだよ。本当に、どうしちまったんだ」

敦が話し出す。そうだ。俺はこの話のために呼ばれたのか。

「会議室から部屋に戻った後、何かしたのか?」

「何かしたっていうほどの事もしてないが、朝やったみたいに全員の部屋にもう一回行ってみたんだよ。朝行った時はみんな反応よかったのに、今回は恐ろしいくらい悪かった。まずみんな部屋から出てきてくれないし、出てきたとしても殆ど取り合ってくれなかったよ。男女ともそんな感じだった」

「そんなに不味いのか…これじゃ俺たちが逆に悪者扱いされるなんてこともありかねないよな?」

「おう…そこが一番怖いんだ。本当、みんなどうなってるんだろうな」

敦の問いに、誰も答えることはできない。

「あーもう、なんか上手くいかないねー」

麗馨は諦め気味だ。と、その時、放送が入った。

「みなさーん、もうすぐ夕食の時間でーす。今日もバイキングですよー。食堂も開いているので、好きな時に食べてくださーい」

「あ、いっけない。もうそんな時間?」

薫が時間を確認する。現在時刻は七時だ。

「このまま駄弁(だべ)ってるのもなんだし、早いとこ食堂行くか」

敦の提案に全員が首肯し、俺たちは食堂へ向かった。

ーーー10分後ーーー

食堂は閑散(かんさん)としていた。俺たちは適当な席に陣取った。

「今日は人が全然来ないけど、みんな何か用事でもあるのかな?」

麗馨がそんな事を言う。

「だといいんだが…今日の昼の件もあるし、俺たちは避けられてるのかもな」

敦は苦しげに、麗馨の問いかけに答えた。

「いや、そんな事ないだろ。俺たち何も悪いことしてないじゃん。ただ、作戦があるからってみんなを集めて話そうとしたら誰も来なかった。それだけの話だろ?」

俺はそう思いたかった。

「お前な、よく考えてみろよ。朝の時点ではみんな俺たちに同意して、協力するって言ってくれてたんだぞ。それが今、掌(てのひら)を返してるんだからそんだけあいつらの心を変える何かがあったって事だろ?例えば、俺たちに従わないように扇動してる奴がいるとか」

「そんな奴いるのか…」

「これはあくまで俺の推測だがな」

「あの、話してるとこ悪いんだけど…そろそろ食べない?」

薫が申し訳なさそうに言ってくる。

「あ、わりぃ。そうだな、食べるか」

「「「「いただきます」」」」

昼の件でストレスが溜まっているためか、今日の俺たちみんなの食欲はすごかった。たちどころに料理を平らげていく。

ーーー30分後ーーー

「あー、食った食った」

俺は限界まで食べた。生きていてよかったというものだ。

「湊半端なかったねー。お腹痛くなっても知らないよ?」

麗馨が茶化してくる。

「なぁに、心配ねぇよ」

「そっか」

「しかし、一向に人が来ないな…」

俺は独り言のように呟いた。確かに、三十分以上経っても誰も来ないというのはおかしな話だ。

「だから言ったろ、俺たちは避けられてるんだって」

「でも、証拠はないだろ?」

「証拠ならあるよ」

俺の問いかけに麗馨が応えた。

「どういう事だ?」

「だって、昼に全員の部屋を回ったのに殆どの人が出てきてくれないんだよ?それだけで十分な証拠じゃない?」

麗馨に続けて、敦も言う。

「まぁ、あの状況を見れば誰もがそう思うよな…湊、お前は何も見ていないから分からないかもしれんが、現状はお前が思ってる以上に深刻なんだ」

「そうか…」

「ねぇ、こんな所で憂(うれ)いててもしょうがないしさ、そろそろ部屋に戻らない?」

重い雰囲気を少しでも和らげようとしたのか、麗馨がそんな提案をしてくれた。全員がその言葉に首肯し、部屋に戻った。

ーーー5分後ーーー

「今日もいろんな事があったねー」

「だなー。状況的には昨日と比べてかなり悪くなったけどな」

「それを言わないの」

麗馨にめっ、と言われる。

「流石、俺が惚れた女だな。可愛いよ」

冗談半分で言ってみた。

「最初の言葉は余計だよ?…ありがと」

顔を見合わせ、俺たちは笑った。そしてそのまま、どちらからともなく抱き合う。

「なんか、幸せだね…ずっとこうしていたい…」

「俺も…」

ひとしきり抱擁を終えた後、俺たちはすることがなくなったのでテレビを見ることにした。テレビは相変わらず死を運ぶ者(デス・ブリンガー)に関する報道をしている。

「これ、毎日毎日同じようなことしか言ってないけど、テレビ局の人たちは飽きないのかな?」

「テレビ局の人たち以前に、俺たちが飽きてるよ」

俺は大きい欠伸(あくび)をしながら応えた。麗馨はそうだね、と笑いながら頷き、テレビに視線を戻した。と、ここで俺は思い出してしまった。今日の昼、俺が見た限りでは麗馨は坂田と手を組んでいる。先ほどは有耶無耶になってしまってその事について考える暇がなかったが、今一度状況を整理して考えてみることにした。まず、俺は麗馨が歩いてどこかへ向かうのを見かけた。不思議に思って後をつけてみると、監視室という怪しげな部屋で彼女は足を止め、中へ入った。中で麗馨は坂田に任務完了の報告をして、また戻っていった。そこで敦にその事を伝える電話を入れると、敦によれば麗馨はずっと敦と薫と共にいたという。どうにもおかしな話だ。麗馨が二人いるのか…?そうとでも考えなければ、この話は辻褄が合わない。元から辻褄が合っていないから考えているのだが。

「湊、なに深刻そうな顔してるの?」

俺があまりにも険しい表情をしていたせいか、麗馨が声をかけてきた。

「なぁ麗馨、お前は今日の昼敦と薫と一緒にいたんだよな?」

「うん、そうだけど…なんで?」

「いや、俺も麗馨を見たんだよ。監視室とかいう超怪しい部屋で」

「監視室?私そんな所行ってないけどなぁ…まずその部屋がどこにあるか知らないし」

「だよなー。俺は幻覚を見たんだろうか…」

「さぁねー。でも、私は敦と薫と一緒にいた。それだけは間違いないよ」

麗馨が真剣な面持ちで俺の目を見ながら言った。多分麗馨の言葉に間違いはないのだろう。やはり、麗馨は二人いるのだろうか。俺はそのまま深い思考の闇に堕ちていった。

ーーー5分後ーーー

不意に俺の携帯が鳴った。薫からの着信だ。

「もしもし」

「もしもし、湊?大変だよ、敦と麗馨が…」

「え?ちょっと待て、麗馨ならここに…っていないし!んでその二人がどうした?」

「なんか、恋人同士みたいな雰囲気っていうか、とにかくやばいの!すぐ来て!一階のテラスだよ!」

「お、おう!」

俺は電話を切って、走ってテラスに向かった。

ーーー5分後ーーー

「湊、こっちこっち」

薫が手招きしている。

「んで、二人はどこだ?」

「もうちょっと声小さくね。あそこだよ…」

薫の指差した先には、確かに敦と麗馨がいた。互いの身体を抱き寄せあっている。

「おい…これマジかよ…」

「ね?やばいでしょ?」

「んで、なんで薫は二人を止めないんだ?」

「だって、すっごい声かけづらい雰囲気だし…」

その時。麗馨と敦が顔を近づけ、そのまま二人の唇が…

「やめてくれ二人とも!」

「やめて!」

俺たちは我慢できなくなって叫んだ。麗馨と敦は俺たちの姿を認識すると、露骨に嫌そうな顔をして二人は別々の方向へ走っていった。

「待って!」

薫が二人を追おうとした。俺は薫の肩を掴み、

「感情的になっちゃダメだ。どうせ部屋は同じなんだからこの事に関しては後から聞いてみよう」

「でも…!」

「俺、一つ思ったんだが、麗馨と敦ってあんな事するような奴らか?」

「でも、ちゃんと見たじゃん。湊も見たでしょ?」

「ああ、見たよ。でも少なくとも麗馨は、そう簡単に人を裏切るような奴じゃない」

「それは、敦もそうだけど…」

「だろ?んで、俺は考えたんだが…俺が昼に見た麗馨と、今見た麗馨と敦には、ある共通点がある」

「どんな?」

「どちらも、普段の行動からは考えられないような事をしてるんだよ。俺が昼に見た麗馨は、坂田と二人で何か話してた。口調がすっげーぶっきらぼうだったし、歩くフォームも違った」

「歩くフォームって…あんたどこまで麗馨の事チェックしてるの…」

あ、まずい。馬脚を露わしちまった。

「まぁ歩くフォーム云々(うんぬん)はさておき、だ。今見た麗馨と敦も、普段の行動からは考えられない事をしてただろ?」

「うん…あなたが見た麗馨の事は知らないけど、今の事に関してはそうだね…」

「だろ?だからさ、俺が思うに、なんだけど…麗馨と敦には、偽物がいる」

「に、偽物?」

「そう。もっと簡単に言えば『二重存在(ドッペルゲンガー)』だろうな」

「でも、そんな事あり得る?」

「だって、そうとしか説明できねぇよ。俺はさっきまで麗馨と部屋にいて…」

と、薫にその事を説明しかけたところで、俺は絶句した。そういえば麗馨は、俺が薫からの電話を受け取った時にはいなかった。これではドッペルゲンガーがいることを証明できない。

「湊、どうしたの?」

「そういえば、お前から電話もらった時には麗馨はいなかった…」

「じゃああれはドッペルゲンガーとかじゃなくて…?」

「本当に、麗馨と敦なのかもしれないな…薫も、敦と一緒じゃなかったとか?」

「私は、敦が気分転換にちょっと外出てくるって言ったから部屋で待ってたんだけど…私も暇になって、ちょっとホテルの中を散歩してたの。そしたら敦と麗馨を見つけて、今に至るって訳よ」

「そうか…二人ともアリバイはねぇのな…」

その時、俺の携帯が鳴った。確認してみると、麗馨からLIMEが来ている。

"今どこにいるの?"

こんな内容だった。薫にもそれを見せた。

「今どこにいるって、ついさっきまでここで私たちを見てるのになんで聞く必要があるの?」

薫は率直な疑問を口にする。

「いや、俺もわかんねぇよ…まぁ適当に返しとくか」

「さっきの事についても聞いてみてくれない?」

「おう、了解」

俺は薫の要求を受け入れつつ、

"俺は今テラスにいるよ。麗馨こそ、敦と何してたのさ?"

と返した。

「さっきの敦と麗馨を見たのに、なんでそんなに軽い聞き方なの?」

薫が横から返信内容を見ていたらしく、そう聞かれた。

「いや、まだドッペルゲンガーの可能性もあるな、と思ってさ。俺がそう信じたいだけなのかもしれないけど…」

「まぁ、そうだよね。…立ち話もなんだし、座らない?」

「おう」

俺たちは傍にあったベンチに腰掛けた。

「今日もいろんな事があったねー」

薫がしみじみと話し出す。

「そうだなー。基本悪い事ばっかだったけど…」

「私たちに誰も協力してくれなくなって…私たちの中でも仲間割れして…」

「いや、俺たちはまだ仲間割れなんかしてないって。きっと、さっきの麗馨と敦も、何かの間違いだよ」

勿論今言った言葉に根拠などない。そうこうしているうちに、麗馨から返信が来た。

"敦?私はトイレに行ってただけだよ。トイレに行くこと、湊に言ってから行こうと思ったんだけど、湊寝ててさ。部屋に戻ったら湊はいなくなってるし…しばらく待ってみてもあなたが戻ってこないから、送ってみたの"

思考の闇に堕ちていたと思っていたのだが、俺は寝ていたのか…俺は心の中でとても恥ずかしかった。それはさておき、やはり、麗馨が言っていることは俺たちが見た光景と矛盾する。

「麗馨、とぼけてるのかなぁ?」

薫は疑わしげだ。

「いや、そうじゃないと思うんだけど…てか、麗馨に会って直接話した方がよくないか?この事」

「そうだね」

"麗馨、お前今部屋にいるよな?ちょっと話したい事があるから今から部屋に戻ってもいいか?"

「あなたね、『部屋に戻ってもいいか?』って…あんたの部屋でしょーが」

薫から呆れ気味のツッコミが入る。そうこうしている間に、麗馨から返信が来た。

"いや、戻ってもいいかなんて私に聞かなくても…あなたの部屋なんだからw"

同じことを言われた。

「よし、んじゃ俺は行ってくるけど…薫はどうする?」

「いや、私はいいよ。敦と二人で話したい事もあるし」

「そっか。んじゃまた後でな」

ーーー5分後ーーー

「よっ」

「おー、来た来た」

俺は自室に戻った。麗馨がベッドの端に腰掛けていたので、俺もその隣に座る。

「心配したんだよ?戻ってきたら部屋からいなくなってるんだから」

「す、すまん…」

「ま、よしとしよう。んで、話したい事って何?」

「あ、そうだった。お前がトイレに行ってる時、薫から電話が来たんだよ。今すぐ一階のテラスに来てくれって」

「うん」

「んで、行ってみたらさ、お前と敦が、その…抱き合ってたというか、あれだな、恋人同士みたいな感じになってた」

「え、ちょっと待って。冗談はやめてよ?本気で言ってるの?」

「おう、本気さ。そう言われるだろうと思って写真撮っといたんだよ」

本来これは誰にも見せない写真だったはずなのに、麗馨に見せてしまった。自己嫌悪に陥りながら、麗馨に写真を見せた。

「ほ、本当だ…でも、私はそもそもテラスになんか行ってないし、敦とも会ってないよ?ほんとのほんとに!」

「そうだよなー。でも俺は見たんだよな…最後にもう一回だけ聞くけど、まじで敦と会ってないし、テラスにも行ってないんだな?」

「うん」

「んじゃあ、やっぱりこいつは二重存在(ドッペルゲンガー)だな」

「ドッペルゲンガー?何それ?」

「ドッペルゲンガーっていうのは、自分と全く同じ姿形をした自分の偽物の事さ。今日の昼の事があったから、怪しいなとは思ってたんだ」

「あー、あなたが私の後をつけて監視室に行った、あれね。実際私は薫と敦と一緒だったんだけど」

「そう、あれだ。…んで、俺が見た限りでは、お前のドッペルゲンガーは、坂田と手を組んでいる」

「え…」

「多分、俺らに従わないようにみんなを仕向けたのも、お前のドッペルゲンガーさ。すげー厄介な話だがな」

「じゃあ私は、他のみんなにとっては悪者っていう認識…?」

「そういう事になるだろうな」

「え、本当にどうしよう。私がみんなに迷惑かけちゃってるの?」

「いや、麗馨が責任を感じる事はないと思うぞ。確かに、ドッペルゲンガーっていうのは、本人の邪悪な部分だけを抜き取って形作られるとかいうけど、人間なんてみんな、一皮脱げばそんなもんだろ」

「そうかな…」

「俺だってそういう部分くらいいくらでもあるぞ」

「どんな?」

「それ聞くか普通⁈」

「うん、聞く」

こいつ…普通じゃねぇ…しょうがない、一つだけ言ってやるか。

「例えばな、今この瞬間にも、俺は…その…お前と一つになりたいってか、襲いたいってか…思ってるんだぜ?そういう事」

正直すごく恥ずかしい。顔は恐らく真っ赤だろう。これでもし別れるとかいう話になれば、それはそれで本望だ。そう思って、言ってやった。

「ふぇ?」

麗馨はよく意味を理解しておらず、二、三回大きな目をぱちくりさせた。とても可愛いが、とぼけるのも大概にしてくれ…

「あの…だからさ、キス…したいなとか、もっと色々大人な事やってみたいなとか…」

そこでようやく麗馨も察したのだろう。大きな目をさらに大きくした。

「な?言ったろ?俺もこれくらいはあるから。お前が責任感じる事はねぇって」

先程発した台詞が恥ずかしかったので、今の言葉は少し早口になっていたかもしれない。そのまま数分間、俺たちはただ顔を赤くして俯いていた。

「湊」

麗馨が不意に俺の名前を呼んだ。俺が麗馨の方を向いた、その刹那。

「!?」

俺の唇に、柔らかいものが触れた。そのまま、肩にしなやかな手が回される。そこでようやく状況を理解した。俺は麗馨にキスされていた。麗馨が唇を離す。

「へへ、キスしたいのは私も一緒なんだぜ?」

顔を赤らめながら、麗馨はそう言った。その姿は、あまりにも可愛かった。

「お前な…いきなり急過ぎ…」

「でも私はファーストキスだったんだよ?それくらい許してよー」

子供のように駄々をこねる麗馨。

「いや、俺もしたかったからそれでいいけど…ドッペルゲンガーについて話すはずが、目的すり替わっちゃったな」

俺は頭を掻きながら言った。

「でも、少なくとも今湊の目の前にいる私は、本当の私だよ?」

「あぁ、それが判ってるだけで十分だ。薫と敦にも言っとくよ」

「うん」

俺は敦に電話した。数コールで敦が出る。

「もしもし?」

「もしもし…俺だ」

「お前さ、その悪代官みたいな言い方やめたら?」

「おう…それより、お前薫から何か聞いたのかよ?ドッペルゲンガーがどうとかって」

「あぁ、その件か…俺も聞いた。麗馨と俺が一階のテラスでイチャイチャしてたらしいな」

「それについてなんだが、俺たちが見た敦と麗馨はドッペルゲンガーじゃないかと思うんだ。二人ともアリバイはないけどさ、お前らそんな事する奴らじゃないし…」

「確かに、今回起こった事を客観的に見れば、そうとしか考えられないよな。こんな非現実的な事を認めるのは癪だが」

「んでさ、お前ドッペルゲンガーについて何か知ってるか?」

「まぁ少しは知ってることもあるけど…つか直接会って四人で話そうぜ? 部屋近いんだし電話する意味がねぇよ」

「おう、そうするか。どっちの部屋にする?」

「正直どっちでもいいが…俺はお前らの部屋が見てみたいかな」

「んじゃ俺たちの部屋にするか。麗馨、敦が俺たちの部屋で話したいって言ってるんだけど、いいか?」

「ん、いいよ」

「よし、んじゃ俺らの部屋にカモンベイベー」

「そんなキモい言い方はよせ。背筋が凍る」

と言うなり、敦は電話を切ってしまった。まったく、意味のわからない奴である。

ーーー1分後ーーー

「おぉー、ここが湊と麗馨の部屋かー。結構綺麗だな」

「だろだろ?」

「まぁ掃除してるの私だけどね」

「…ウィッス」

「湊かっこわる…」

薫の貶(けな)し方が酷い。

「つーかさ湊、なんでベッドがこんなに乱れてんの?」

「お前どこ見てんだよ…」

「これ、男女の営みがあったって事だよな?」

「お前な、変な妄想も大概にしろよ…」

ちなみに俺たちはさっきキスをしたので男女の営みが全く無かったと言えば嘘になる。

「どうだった?お前の初めて」

敦がにやにやしながら聞いてくる。俺は決めた。こいつは放っておこう。俺からの反応を諦めたのか、今度は麗馨に話を振っている。

「麗馨もさー、なんかない?痛かったーとか」

俺には敦が不審者にしか見えない。因みに麗馨はというと…

「ん?すっごいどきどきした!」

自信満々に感想を述べている。どきどきしてもらえるのは嬉しいが…この恥ずかしさは一体何なんだろうか。

「痛くない…お前まさかやりま…」

「それ以上はやめてもらおうか」

敦の台詞に被せて言った。

「ははっ、冗談だって。二人とも初々しいし、なんかいいなって思っただけだよ。まぁ俺が一番いいって思ってるのは薫だがな」

「言ってくれるじゃん敦〜」

二人はそのままじゃれ合いだした。おめでたい二人である。

「んで…当初の目的が達成されてないって思うのは俺だけか?」

「あぁ、すまんすまん。ドッペルゲンガーについてだったよな」

こいつら、放っておいたらいつまでじゃれ合うつもりだよ…と、心の中で毒ついていると、敦が話し出した。

「んじゃ俺が知ってる事を言うけど…まず、ドッペルゲンガーっていうのは、自分のある側面だけを抽出して形作られる物の事だ。それが自分のいい所か悪い所かは分からない。んで、もし自分のドッペルゲンガーにら自分が会うと、自分は死に、ドッペルゲンガーも消滅する…まぁこのくらいかな」

「敦って物知りだね〜」

麗馨が感嘆の声を上げる。

「いや、知識だけあってもしょうがねぇよ。俺、昔こういう系好きだったから。本で読んだりネットで調べたり、誰かの受け売りばっかだよ」

「誰かの受け売りって、そんな事に詳しい人、敦の周りにいたっけ?」

薫が首を傾げる。

「うん、いるよ。あーこの事は薫にも話してなかったっけ。俺の爺ちゃんは霊能力者だったんだよ。もう死んじまったけどさ。だから俺も若干霊感あるんだ。まぁこの事については今度時間があったら皆に話すよ。それより、ドッペルゲンガーの対策練った方がいいだろ」

「おう。でもその前に質問いいか?自分のドッペルゲンガーに自分が会ったら死ぬってどういう事だ?即死か?」

「いや、殆どの場合は即死じゃない。ただ、じわりじわりと体調が悪化してって、一年後には大体みんな死んじまうな…」

「なんかそれ呪いみたいでやだー」

麗馨が怖がっている。

「俺が守ってやるよ」

無意識のうちに俺はそんな事を麗馨に言っていた。

「うん、ありがと」

「お前ら、こんな真面目な雰囲気なのによくイチャイチャしてられるな…」

敦は若干呆れていた。

「確かに状況もまずい事になってきてるけど…何が何でも立ち向かうしか解決策ないんだしさ」

「それはそうだが…」

「要は、麗馨と麗馨のドッペルゲンガーを会わせなきゃいいんだろ?俺が常に麗馨のそばにいれば大丈夫じゃね?」

「まぁそうかもしれん。でも人間の観察力には限界があるし、何よりお前はずっと緊張の糸を張っとかないといけないんだぞ。俺的には、それでお前が潰れちまうのも恐い」

「じゃあどうしろって言うんだよ?」

「ドッペルゲンガーそのものを消し去ればいいんだよ。つーかドッペルゲンガーって、大元(おおもと)の人が持ってる物の一部をぐっと凝縮して形作られるんだから、大元の人の一部だろ?なら、俺や麗馨は今、何かが不足している状態にある」

「お前は何が言いたいんだ?」

「まどろっこしい言い方になって悪かったが、ドッペルゲンガーがずっと大元に戻らずに周囲を彷徨(さまよ)ってたら、俺たちはいずれ死ぬよ」

「し…死ぬ?!」

その場にいた全員が驚愕する。

「これは爺ちゃんが言ってた事だけどな。間違っちゃいねぇと思う。だからどの道、俺たちはドッペルゲンガーをちゃんと始末しないといけないんだよ」

「でも…どうやって?」

薫が不安げに敦に聞く。

「実は俺にもよく分からないんだよなぁそこが。しかも俺はドッペルゲンガーを見てはならない、と。不甲斐ないけど、俺のドッペルゲンガーに関しては、お前ら三人で何とかしてもらわないと駄目だろうな」

「じゃあ、私のドッペルゲンガーは私以外の三人?」

「そういうことだな」

そこで会話は一旦途切れた。それぞれが解決策に考えを巡らしている。

ーーー5分後ーーー

「無理ゲーじゃね?」

「だな」

俺が発した言葉に、素早く敦が応える。

「大体、ドッペルゲンガーの始末の仕方が分かんないんだからどうしようもないよな…」

「全部イチから、かぁ…」

麗馨も若干諦めに近い声を上げる。その時、俺は一つ閃いた。

「俺さ、この間小説でお互いの頭を思いっきりごっつんすると人格が入れ替わるっていうの読んだんだけど、そういう類じゃないのか?」

「あぁ、お前がこの前読んでたあの怪しげなエロ本な」

「エロ本じゃねーよ!れっきとした『ライトノベル』っていう小説ですー」

「だって最初のページにあったカラーの絵、すげーエロかったし」

「…」

「ま、まぁそれはさておき!湊のはいい考えだと思うよ?みんなどう思う?」

はぁ…俺の黒歴史が遂に麗馨に知られてしまった。もう俺死にたい…

「まぁアイディア自体は悪くないな」

「物は試しって言うしねー」

敦・薫ペアも快く受け容れてくれた。

「じゃあドッペルゲンガーと本物をごっつんさせてみるか」

「いや、ちょっと待て」

俺の提案を敦が止めた。

「ん?何だ?」

「ごっつんさせるのはいいけど、俺は俺のドッペルゲンガーを見たら死ぬんだぜ?頭ごっつんなんて出来ないじゃん」

あ、そういえば…敦に最初に言われた事を忘れていた。

「大体、ライトノベルとかいう小説に書いてある事なんて信用出来んと思うがな」

敦に一番痛いところを突かれた。

「確かにその通りだけど、だからって何か不味(まず)い事が起こるのを恐れて何もしない気か?あと、一つ言っとくがドッペルゲンガーが出現してるって事自体小説の世界でしか起こらないような事なんだ。寧ろ(むしろ)小説に書いてある事の方が参考になると思うよ」

「小説に書いてある事の方が参考になるという事に関しては同意しかねるが…何もしなくてもどうせ死ぬってのはその通りだしな。んじゃ本体とドッペルゲンガーをどこにごっつんさせればいいんだ?」

「んー、お尻とか?」

流石にこの提案はダメ元だ。

「それを決行するのはすっげー嫌だが…しょうがない、それでやるか…」

「いや、俺の考えを無理に実行に移そうとする必要はないぞ?」

「でも、他に思いつかねぇんだよ。薫と麗馨もそれでいいか?」

「んー、私のお尻とお尻が当たるのかぁ。未知の領域だし、面白そう!やってみよう!」

麗馨のポジティブさには感謝してもしきれない。

「私もいいと思うよー」

薫も快く受け容れてくれた。

「よし、んじゃそういう事で。明日からこの作戦を実行…っていっても、明日にはあの怪物との戦闘が待ってるしな。明後日にでもやってみるか」

敦の言葉に全員が首肯し今日の会合はお開きになった。

 

「はぁ、疲れた…」

敦と薫が去った瞬間、俺はどっと疲労を感じた。

「今日も大変だったね…」

麗馨も疲労感を隠せていない。今日は戦闘は無かったはずなのに、みんなから拒絶された事や、ドッペルゲンガー問題など、様々な事が起こった。

「そういえば、会議室に誰も集まってくれなかったのって、今日の昼だよな」

「そうだけど、なんか、遠い昔みたいに感じるね」

俺は麗馨に相槌を打ち、また思考の闇に落ちる。状況は悪くなるばかりだ。そもそも、こんな状況に置かれてまで、戦う必要があるのだろうか。もう、みんなと同じでなぁなぁにやっていればいいんじゃないか。どうして魔物を倒そうとしなければならない?自分の安全だけを最優先して、隠れていればいいんじゃないか。俺は、そんな感情をぽつりと口にした。

「なんで…戦ってるんだろうな、俺たち」

「あれぇ?昨日の夜、私がそうやって言ったら、湊、偶然って言ってたじゃん」

「いや、そうじゃなくてさ。俺たちが選ばれたのは百歩譲って認めるとしてもさ、どうして他のみんなみたいになぁなぁしちゃいけないのかなって」

「あぁ、そういう事か…正直な話、多分私たちがこんな事する必要は、どこにもないと思うよ。ただ…なぁなぁで戦っても、絶対に勝てないじゃん私たち」

「そうだけど…さ。なんで俺らがここまで傷ついて、みんなをまとめようとしないといけないんだろうなって」

「じゃあ湊は、勝ちたくないの?終わらせたくないの?この理不尽な戦いを」

「そりゃ終わらせたいさ。でも…みんな一緒だとは思うけどさ、結構心がやられてるってか、傷ついた」

「傷ついた、かぁ…私も今日は散々だったなぁ…」

まずい。このままでは雰囲気がどんどん暗くなっていく。一旦この問題は保留にして、明日からまた頑張るのが一番だろう。俺は会話を終わらせようと口を開…

「傷ついたけど、私たちがやらなきゃ何も変わらないんじゃないかなぁ?」

「どういう事だ?」

「だから、そのまんまの意味だよ。変わるのを待つんじゃなくて、自分が変わるの。湊に私が説教するなんて、釈迦に説法もいいとこだけどさ」

麗馨は苦笑した。更に続ける。

「みんなと同じようにしてるんじゃ人生面白くないよ。私も確かに、一昨日までは人と同じような人生しか歩んでこなかったけど、今この状況って人と違う事だし、もしこれで私たちがみんなをまとめて魔物を倒せたら、私たちヒーローじゃない?いや、私はヒロインか。んで、この武勇伝って一生語れるじゃん。面白い話になるよー。小説化するのもいいかもしれないし」

ここで一旦麗馨は、ふぅ、と一息ついた。

「まぁ、何が言いたいかっていうとね、どんなに苦しい事でも、いつかは笑って、こんな事もあったね、って笑い合える日が来るんだって事。だから湊、弱気になるのも分かるけど、もうちょっと頑張ってみようよ、ね?」

そう言って麗馨は俺の顔を覗き込んできた。あぁ、俺は馬鹿だった。弱くなっていた。こんなに苦しい状況なのに、麗馨は希望を見出そうとしている。それなのに俺は何なんだ。ちょっとしたことですぐ弱気になって…

「ごめんな、麗馨。俺、こんなに弱くてさ…」

「もう、私に謝るくらいならもっと強くなって」

「はい…」

「まぁそこが湊のいいとこでもあるからいいんだけどさ」

麗馨は笑いながら俺に抱きついてきた。俺も抱擁に応え、そのままベッドに横になった。

暖かい暗闇と麗馨の体温が、俺を眠りに誘(いざな)った。




今回は少し長いです。
正直、読み切りのつもりで書いたんで、どこで切るのがいいのかよく分かんないんですよねw
引きとかも全くないしw
そんなイイカゲンが贈るストーリーですが、一人でも多くの方に読んでいただけると嬉しいです。


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謎解き

俺は死を運ぶ者(デス・ブリンガー)と戦っていた。近くには麗馨と敦と薫の姿が確認できるが、他のみんなの姿はない。状況判断をしているうちに、魔物の口が大きく開いた。俺は直感した。これはビームの準備動作だ。向いている方向からして、狙っているのは俺だろう。俺は右にダッシュし、建物の陰に隠れた。その直後、ビームが放たれ、建物が一瞬で壊される!ビームというよりは火の玉に近いものが放たれたらしく、建物は炎上している。

「湊!」

麗馨が叫んだ。まぁそうだろう。麗馨の視点から見れば、俺は燃やされたようにしか見えない。

「俺なら無事だ!また戦闘に戻ってくれ!」

ちなみにどうして俺が無事だったかというと、建物の陰に隠れたように見せかけて、その横にあった瓦礫の山の陰に隠れていたからだ。偶然が功を奏してよかった。

魔物は、次のターゲットを麗馨に定めた。狙いを定めるように麗馨をじっと見ている。口を開けて、火球を放つ準備態勢に入ると思ったら、なんとそのまま火球を放った!麗馨も先ほどの俺を見たためか反応が遅れ、そのまま火球に飲み込まれる!

「麗馨!」

俺は叫んだ。当たるな当たるな当たるな!しかし無情にも火球は麗馨の場所へ近づいていく。「当たる!」と思い、目を伏せた瞬間、

「あーーー!」

俺は叫んで目を覚ました。隣では麗馨がスヤスヤと寝息を立てている。よかった、夢か…俺は一安心した。だが…あの夢はリアルすぎだ。まさか、俺はあの薬で、予知能力を持つという能力を手に入れたのか…?不意に不安感を感じ、俺は麗馨の手をぎゅっと握った。

「…んぅ…うんっ…あんっ…はぁー…あ、湊…もう起きてたのか…おはよ…今何時…?」

俺が手を握ったせいで、麗馨が起きてしまった。それにしても、こいつの寝起きは無駄にエロい。もとい、魅力的だ。胸元結構はだけてるし…

「起こしちゃったな、ごめん。まだ五時過ぎだよ」

「そっか…私も起きないとな」

「いや、まだ寝てればいいよ」

「いや、目が覚めちゃったし…起きるよ」

「無理すんなよ?」

「大丈夫、無理…してないよ」

「でも、睡眠不足は集中力切れやすくなるし、よくないぞ?」

「それは…湊も同じでしょ…?」

「そうだけど…」

しかし麗馨は、言葉とは裏腹にどんどん眠そうになっていった。やはり、疲れているのだろう。俺は麗馨の背中をさすってやった。

「あっ…だめっ…だめだよ…眠くなっちゃう…」

だめ、という声にも力がない。こいつはまだ寝かせとかないとだめだ。俺はそう判断し、麗馨を寝かせてやる事にした。

ーーー5分後ーーー

麗馨はまた規則正しく寝息を立て始めた。

「もう少し、寝ててくれな」

俺は眠っている麗馨にそう言葉をかけ、ベッドから出た。麗馨との会話の途中で思い出したが、昨日の朝、料理の腕を競う約束をしたんだった。昨日は麗馨が朝ご飯を作ってくれたんだし、今日は俺が作るべきだ。材料を探すため、冷蔵庫を開ける。

「って、殆ど何もねぇし…」

どうやら坂田が言っていた食糧の支給は、一食分だけだったらしい。食糧が支給される時間まで待つのか…そんな事を考えていると、放送が入った。

「みなさーん、食糧の支給を始めまーす。今日は諸事情で、こんな早い時間になってすみませーん。六時にもう一度同じ放送をするので、その放送がされた時には絶対に来てくださーい。場所は食堂でーす」

お、きたきた。俺は食堂へ向かう事にした。

ーーー10分後ーーー

「よし、始めるか」

ジャガイモとか人参とかあるし、今日はポテトサラダにしよう。作る過程で、俺は半熟卵の黄身と、醤油を隠し味として入れた。

ーーー1時間後ーーー

「よし、これで完成」

「わぁー、美味しそー」

「おう、自信作だ…ってお前なんでいるんだよ⁈」

「いや、なんでも何も…湊が料理に集中してるから気付かなかっただけじゃない?私、結構前からあなたのそばにいたよ」

「まじか…全く気づかなかった…って事は、サラダの隠し味も知ってるのか⁉︎」

「え…そんな事までしてくれたの?ありがと〜」

そう言いながら麗馨は俺に抱きついてきた。隠し味など言わなければよかった…口が災いを呼んだ。

ーーー20分後ーーー

「いやぁ、美味しかったねー」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

「これじゃあ決着つかないね」

「いや、俺的には麗馨が作ってくれたやつの方が好きだが…」

「いや、あれは料理の腕云々(うんぬん)より、サプライズ性があったからだと思うよ。湊もそんな事してくれるはずだったんだろうけど、私が気付いちゃったから…ごめんね」

舌を出して謝る麗馨。どうでもいいが、可愛すぎだ。

「いや、いいよ。取り敢えず今回は引き分けって事で!また今度やろうぜ」

「うん!」

 

俺たちは、一階のロビーにいた。今日も戦わなくてはならない。今日の朝見た夢の事を思い出して不安になったが、起こりもしない事を心配しても仕方がない。

「なぁ…どうするよこれ…」

傍(かたわら)にいた敦が話しかけてきた。

「私たち完全に避けられてるよね…」

薫も苦虫を噛み潰したような顔をしている。俺たちの周りに円を描くようにして人がいない。ここまで露骨とは、日本人の団結力は大したものである。

「もしかしたらあいつらはあいつらでリーダー的な奴がいるのかもしれねぇよ?」

「だからそれが麗馨のドッペルゲンガーであり、俺のドッペルゲンガーなんだろが!」

俺の頓珍漢(とんちんかん)な言葉に、敦は小声ながら声を荒げた。

「じゃあ、あいつらは不思議に思わないのか?俺たちに逆らえって言ってる奴と俺たちに従えって言ってる奴が一緒にいるんだぜ?変な話だろ」

「それもドッペルゲンガー共が他の奴らに上手く言ったんだろ。俺のドッペルゲンガーとか、考える事は俺と同じなんだから無駄に聡いだろうし」

「そうか…」

「はーい、みなさん、戦場に行きますよー。今日も逃げずに戦って来てくださーい」

俺たちは、今日も戦場に赴(おもむ)くのであった。

 

戦場の状況は最悪だった。敦と麗馨が魔物を拘束して攻撃のチャンスを作るものの、俺と薫以外は動こうとしない。俺たち四人以外はみんな、自分の身を守る事に徹しているようだった。そのうち、敦が俺たちを集めてこう言った。

「これ以上やっても無駄だ。今日は俺たちも身を守る事に徹しよう」

「俺たちもあいつらと同じ事するのか?」

「だから、無駄な事しててもしょうがねぇだろうが。今は何をしようがあいつらの心には響かねーよ。ドッペルゲンガー共に洗脳されてるようなもんだからな」

「…」

「大丈夫だ。打開策は絶対見つかるさ。つーか、俺が見つける」

恐らく敦にもいい考えなどない。それでも敦からは、ひしひしと燃える闘志が感じられた。

「解った。俺も格好悪いけど逃げるよ」

「攻撃が来るよ!」

麗馨の一言で俺たちは弾かれたように動き出した。

そのまま俺たちは一日中逃げ切り、息も絶え絶えにホテルに戻った。

 

夕食も昨日のように俺たちの周りには誰もおらず、本格的に避けられている感じだった。四人だけの寂しい夕食を済ませ、部屋に戻った。

 

「今日も大変だったね…」

「あぁ…毎日こんなんじゃあ身体より心が持たねぇよ…」

「ってゆーか、私と敦のドッペルゲンガーの権力すごくない⁈どんだけ徹底してるのさ…」

「逆に言えば、お前だってみんなをまとめる力かあるって事だな。表に出してないだけで」

「いや、私は…」

「そうネガティブになるなって。俺が告った時にお前言ってたじゃん」

「…」

「まぁ大丈夫だって。ドッペルゲンガーの事は明日ちゃんと解決すればそれでいいじゃん。お尻とお尻ごっつんしてさ」

「んー、そうだね」

「よし、んじゃ今日は少し早いが寝るか。明日はドッペルゲンガーを元に戻す!」

「おう!」

ノリノリで応えてくれた麗馨に感謝しつつ、俺たちは例のごとく同じベッドに入って寝た。

 

目を覚ますと、隣で麗馨がすやすやと寝息を立てていた。昨日は早起きして、早く寝たせいか、いつの間にか早寝早起きの生活リズムができている。時刻は五時半だ。さすがに昨日と今日の連続で食料が早く支給されるなんて事はないだろう。ずっと部屋にいるのも暇だし、麗馨を起こす訳にもいかないので、"その辺で散歩してくる"という旨の書き置きを残し、そっと部屋を出た。

散歩するという名目ではあるが、ドッペルゲンガーが見つかるかもしれないというのが一番大きかった。出来る事なら早く決着をつけたい。俺は麗馨と敦のドッペルゲンガーを見つけたテラスを覗き、監視室、会議室など色々な場所を巡ったが、ドッペルゲンガーは見つからなかった。

「やっぱ、そう簡単には見つからないよな…」

俺は独り言を呟き、傍らのベンチに腰掛けた。ところで、俺が立ち止まる場所に必ずベンチがあるのはどうしてだろう。知らない。

「どーなってるんだろうなー」

そもそも、解決への手がかりが少な過ぎだ。ドッペルゲンガーが存在する事自体は事実だとしても、そいつらを消す方法なんて分からない。お尻とお尻をごっつん、などというのは正直ギャグの世界だ。

「困ったなー」

ところで、どうして俺がこんな独り言ばかり言っているのかというと、麗馨のドッペルゲンガーなら出てきそうだと思ったからだ。ドッペルゲンガーとはいえ、元は麗馨なんだから好奇心旺盛なところは変わらないはずだ。

「お?湊?こんな所でどうしたの?」

聞き慣れた声が俺にかけられた。その瞬間、俺は確信した。こいつは麗馨のドッペルゲンガーだ。俺は散歩すると書き置きしてきたんだから、『こんな所で"どうしたの"?』と聞くのはおかしい。『こんな所まで来たんだ』とか、『もう部屋に戻ろう』と声をかけてくるはずだ。

「いや、散歩してただけだよ」

「そっか」

「いやぁ〜それにしても、一昨日、麗馨が作ってくれた朝ご飯は"和風"で美味しかったなぁ」

「あー、でしょでしょ?私頑張ったんだよ〜」

可愛い受け答えで巧みに話を合わせてくるが、こいつはやはりドッペルゲンガーだ。俺はそう確信した。

「んで、お前誰だよ?」

「え?いや、何年も幼馴染やっててそれはないでしょ。私だよ?桐山麗馨」

「確かに、お前の姿形は麗馨そのものだろうな。でも違うんだよ。お前は麗馨じゃない」

「いや、湊、どうしたのさ?気がおかしくなった?」

「そろそろ認めたらどうだ?麗馨のドッペルゲンガーさんよ」

一瞬、麗馨の顔が引きつったが、流石なもので、すぐ態勢を立て直してくる。

「やだなぁ〜もう。それは湊の思い込みだって」

「じゃあ今から思い込みじゃない事を証明してやるよ。まず、俺は部屋から出る時に"散歩する"って書き置きしといたのに、お前は俺に会った時、『こんな所でどうしたの?』と聞いてきた。散歩するって言ってあるのにおかしいよな。もう一つ。お前が作ってくれた朝食は、和風じゃなくて洋風だったよ。パンとかサラダとかな」

その瞬間、麗馨の顔つきが変わった。

「ドッペルゲンガーと本体の間で、記憶の共有はねーのな。案外簡単に判別できそうだ」

麗馨のドッペルゲンガーは、観念したように口を開いた。

「どうして私がドッペルゲンガーだって疑ったのよ?」

「お前、俺たちを動揺させようと思って敦とラブラブしてたのは分かるけどさ、俺たちが不審がらない程度にやれよな。二人ともそんな事するような奴らじゃないんだからドッペルゲンガーと疑うのも普通だろ」

「でも、ドッペルゲンガーなんて非現実的な発想は出てこないでしょ普通」

「俺は普通じゃないんだよ。…んで、今度は俺の質問に答えてもらおうか」

「何よ?」

「お前の目的は何なんだ?坂田と手を組んで俺たちを邪魔をしようとしてるけどさ、そもそもなんで邪魔する必要がある?死を運ぶ者(デス・ブリンガー)を倒すのを妨げるって事は、お前の本体である麗馨の命が危険に晒される時間も長くなる訳だろ?お前自身の存続にも関わるぞ」

「そうねぇ…私、壊したくなったの。何もかも、全部」

「⁉︎」

「だから、あんたにも消えてもらおうかしら」

麗馨のドッペルゲンガーはそう言いながら拳銃を取り出し、俺に照準を当てた。

「お、おいやめろ」

「死ぬ前に一つだけいい事教えてあげる。敦のドッペルゲンガーもあんた達を本気で潰すつもりよ。私が持ってる拳銃なんかより遥かに危険な物を持ってるだろうから注意するのね」

くっそ…何か打開策はないのか…俺が歯噛みした、その時。

向こうの角に、敦と麗馨の姿が見えた。たった今来たようで、肩で息をしている。一瞬だけでいいから、このドッペルゲンガーの注意を違う方向へ向けられれば…いや、ちょっと待て。俺が見た敦がドッペルゲンガーだという可能性はないだろうか。姿形は全く同じなのだから、俺たちに溶け込むのは容易な訳で…

「八方塞がり、だな」

「観念したか、湊さんよ…」

そのまま麗馨のドッペルゲンガーは、容赦無く引き金を引いた!俺は一か八か、左へローリングした。弾丸は俺の肩すれすれを通り過ぎていった。

しかし、ほっとしたのも束の間。またすぐ攻撃してくるに違いない。竦む足を何とか励まし、俺は再び立った。

すると。

「観念するのはそっちの方だぜ?麗馨さんよ」

「はっ、離して!」

「嫌だね。これ以上俺達の邪魔をされたら困る。さっさと自分の本体へ戻るんだな」

敦がいつの間にか角から出て来ていて、麗馨のドッペルゲンガーを羽交い締めにしていた。

「麗馨!来い!」

麗馨は敦の声だけを頼りに後ろ向きに走ってそのままドッペルゲンガーに向かって飛び込んだ!二人が触れた瞬間、辺り一帯を閃光が包んだ。

ーーー5分後ーーー

「ちょっと敦、離してー」

「あ、わり」

羽交い締めにされているのだから無理もない。

「ドッペルゲンガーはどこだ?」

「見た感じ、周りには何もいないけど…」

「つーことは、やっぱ麗馨の中に戻っていったのか」

「だね」

因みに、この会話は全て敦と麗馨のものである。頼むから俺に気付いてくれよ二人とも。俺、弾丸避けたのに…

「湊、お疲れ様」

麗馨がやっと声をかけてくれた。

「おう…勝手に部屋から出てごめん」

「いや、書き置き見たから大丈夫だよ。ってか、湊すごかったねー!弾丸避けたじゃん!」

「勘で左に飛んだだけだけどな」

「にしてもすごいじゃんか!私、湊が死んじゃうのかと思って本当に泣きそうだったよ…」

そう言いながら、麗馨は俺を抱きしめ、そのまま顔を俺の胸に埋(うず)めた。

「怖かったよ…怖かったし、心配もしたけど…」

俺の胸の中でそれだけ呟いた後、俺から離れ、天使のような笑顔で一言。

「かっこ、よかったよ」

だめだ。可愛すぎ。

その時、向こうから敦がすすり泣く声が聞こえた。

「お前なんで泣いてるの⁈」

「いや、お前らのラブラブ見て感動した…」

「あのなぁ、ドッペルゲンガーの事が一つ解決した事に感動したなら分かるけど、俺達のラブラブ見て泣くって…」

「お前らも成長したな、って…」

「私達の親じゃないんだから」

麗馨も笑いながらツッコミを入れている。

「いつまでもその純粋な愛を貫けよ」

敦は遠くを見るような目で言った。

「…はい」

見事にハモった。




物語は漸く佳境に入ります。
ここからどんどん動きがあるので、読んでくださると嬉しいです。


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7話

「おぉー戻ってきた。お帰りー」

部屋に戻ると、薫が朝食を作ってくれていた。

「すまん、四人分も朝食作らせて」

「いやいや、いいよ。私を戦わせたくなかったから、わざと私に言わずに部屋を出たんでしょ?」

「まぁ…な。危険なことはあまりさせたくないし」

「じゃあ私を守ってくれたんじゃん。ありがと」

「…」

薫の笑顔もかなり魅力的だ。敦が赤面して黙ってしまっている。

「もうご飯出来てるし、食べよ?麗馨と湊も」

「いいのか?」

「いいよいいよ。長年付き合ってきた私達の仲じゃないか!あ、付き合ってきたって、恋愛じゃないよ!」

そこまで声を大にして言われると若干傷つく。麗馨がいるからいいけど。

「ありがと、んじゃお言葉に甘えます」

麗馨もお礼を言ったところで、全員で合掌をして、薫の手料理に舌鼓を打った。

ーーー30分後ーーー

「いやぁー美味しかった!」

「最高だな」

「流石、薫だ」

因みに今の台詞は順に、麗馨、俺、敦だ。どーでもいい解説Part2終わり。

「今日は…戦いもないし、何しようか?」

一段落ついたところで、薫が喋り出す。

「俺のドッペルゲンガーを始末するのが一番よくないか?」

「その通りだろうな…」

「でも、作戦とか立ててからやった方がよくない?敦のドッペルゲンガーなんだから絶対頭いいよ。麗馨のドッペルゲンガーみたいに簡単にはいかない気がする」

いや、薫…簡単にって言うけど、俺は寿命が縮まるような思いで弾丸を避けたんだぜ…?全く、俺の事もちょっとは労(ねぎら)ってほしいものだ。後から麗馨に思いっきり甘えよう。

「そうだな。作戦は俺が立てるよ。ただ…俺は直接あいつとは戦えないからな?みんなの働きが大事になるぞ?」

「そこは任せろ」

俺も男だし、それくらいの覚悟はある。

「ちょっと心配な気がしてきたが…まぁ大丈夫か。んじゃ俺は頭使うから暫く待っててくれ」

敦の言葉に三人とも頷いた。

ーーー5分後ーーー

「よし、出来た」

敦が唐突に喋り出した。

「どんな作戦?」

真っ先に反応したのは薫だ。

「まぁ、作戦と呼べる程のものでもないけど…まず、四人バラバラで行動して俺のドッペルゲンガーを探す。見つけたらLIMEで報告な。んで、見つけた奴が、俺のドッペルゲンガーをテラスまで誘導して欲しい」

「どんな言葉をかけたらいいとか、そんなのはある?」

麗馨が質問した。

「まぁ、俺の考える事だしな…本当の俺であると信じ切ってるような演技をしてれば、普通に大丈夫だと思うが…」

「つまり、いつも俺たちが敦に接してるようにしろって事だろ?」

「まぁ要約するとそうなるな」

「んで、誘導したらどうするの?」

今度は薫が聞いた。

「ここからが大事になるぞ。麗馨、お前が一番重要な」

「え?私⁈」

麗馨が狼狽している。

「湊が守ってくれるから心配するな。で、お前には…ドッペルゲンガーのフリをして俺に話しかけて欲しい」

「私のドッペルゲンガーはもういなくなっちゃってるけど、大丈夫?」

「多分そこまではあいつも知らねぇだろうさ。心配するな。仮にそれが相手に知られてるとしても湊が倒してくれるさ」

さっきからこいつ、なんで俺ばっかりアテにするんだ…?身体能力は並以上あるとはいえ、あんな危険なものを相手にするなど無理だ。

「あのぉー、非常に申し上げにくいのですが…私も超人ではないので、その…敦のドッペルゲンガーは拳銃なんかより遥かに物騒な武器持ってるって言ってたし、なかなかにキツい気がするんですけど…」

気が付いたら、俺はそんな弱気な発言をしてしまっていた。

「じゃあ諦めるか?」

「いや、諦めたくはねぇけど…」

「んじゃやるしかねぇだろ。大丈夫だって、お前は能力あるから、そして何より、俺の一番の親友だからこんな事言えるんだぜ?」

敦の言葉を聞いていて、もう一つ思い出した。ドッペルゲンガーを放っておくと、時間の経過と共に、本体も死んでしまうんだった。その事に関しては敦は言及していないが、彼自身、死にたくないという思いも強いだろう。俺も、敦を殺したくはないし、ここは一つ、やってやるか。

「おう、分かった。やってやるよ。んで…作戦の続きは?」

「おう、続きは…麗馨が俺のドッペルゲンガーにドッペルゲンガーのフリをして話しかけるところからだよな。麗馨は、あいつがもし武器を持ってたらその武器を仕舞わせて欲しいんだ。すぐには戦い始められないように、完全に仕舞わせてくれ」

「おっけー。そしたら?」

「俺のドッペルゲンガーの注意をずっとお前に向けさせてくれ。俺の事だから頬にキスでもすりゃ一瞬で舞い上がるだろ」

「私、湊じゃなくて敦にキスするのか〜。まぁ敦の偽物だし、ノーカンかな」

麗馨は少し複雑そうな顔をしたが、やってくれるようだった。

「敦、私以外の人にほっぺにちゅーされるだけで舞い上がっちゃうのか…」

気付けば、薫が明後日の方向を向いて独り言を呟いていた。

「いや、その…ごめん」

言い訳をしようとしたが、諦めた敦である。

「ん、いいよ。謝ってくれるんなら、私を好きって事だもんね〜」

そう言って、薫は敦に抱きついた。意味のわからない納得の仕方だが、まぁいいだろう。

「敦〜顔を真っ赤にして喜ぶのはいいけど作戦の続きは〜?」

麗馨が茶化している。

「あ、いや、うん、って薫それはやめろ!脇の下くすぐるのはダメだわぁーーーー」

敦、暫しの失神。

ーーー2分後ーーー

「よし、作戦の続きだ」

さっきまでのはっちゃけた感じはどこへやら。

「んで、俺のドッペルゲンガーは麗馨に夢中になってるから、その隙に俺がお尻とお尻ごっつんしてしゅーりょー、って手筈(てはず)だ」

「それじゃあ俺と薫の役目はないのか?」

「いや、無いわけじゃない。相手は俺のドッペルゲンガーなんだし、もしかしたら俺の接近に気付くかもしれない。俺はあいつを直接見たら死んじまうから、ある程度近づくまでは湊にそばにいて欲しいんだ。気付かれても、俺があいつを直視しないように」

俺は敦の護衛か…

「んで、気付かれたらどうするんだよ?俺が敦のドッペルゲンガーと戦うのか?」

「まぁ、そういう事になるな…」

「んじゃ、私の役目は?」

薫が聞いた。

「お前は…湊がキツそうだったら俺のドッペルゲンガーに奇襲をかけてくれ。最後の切り札、ってヤツな。つーかお前、右手に触れた物の大きさを自由に変えられる能力持ってたよな?俺のドッペルゲンガーを小さくしちまえばいいんじゃねぇか?」

「あ、そうだった。死を運ぶ者(デス・ブリンガー)は危険過ぎて近づく事も出来なかったからそんな事考えられなかったけど、敦のドッペルゲンガーくらいだったら近付くのも簡単だし、出来るね!」

「それなら私も、敦のドッペルゲンガーが暴れ出したら止めるよ。ちゃんと能力持ってるからね〜」

「お前、人もそれごと動かせるのか?俺の場合、そんなに大きい物は動かせないから、死を運ぶ者(デス・ブリンガー)を拘束してた時はあいつの一部分だけを微妙に動かす事で動きを止めてたんだが」

「私はあの魔物の時も、身体全体が動かないようにバッチリホールドしてたつもりだけど…じゃあ試しに、湊を動かしてみる?」

「いや、なんで俺⁈」

「大丈夫、怪我はさせないから」

麗馨はそう言って、俺の身体を操り始めた。敦が感嘆の声を漏らす。

「おぉー、本当に動いてるな」

「ね?言ったでしょ?このまま空中に浮かせる事も出来るんだよ?」

そう言いつつ、麗馨は俺を空中に浮かせた。

「うわぁぁあ」

俺は驚く事しか出来ない。

「ちょっとだけ、じっとしててね?」

麗馨はそう言って、俺を高速回転させ始めた!

「ぎゃーーー」

最初のうちは悲鳴を上げる事が出来たものの、目が回ってきてそれすら出来なくなり、意識が朦朧(もうろう)としてきた。

「麗馨、遊ぶのはいいけどそろそろやめてやれ。湊がぐったりしてる」

「え、嘘⁈やばい!やり過ぎちゃった?ごめん湊!」

麗馨は慌てて俺の回転を止めた。

「あー、死ぬかと思った…」

「本当にごめん湊!やり過ぎた…」

「いや、いいよ。これで麗馨は人も動かせるって事が証明出来たし」

「よし、んじゃまとめるぞ。俺のドッペルゲンガーを見つけた者は、皆に報告。麗馨がテラスまでそいつをおびき出し、注意を麗馨の方に向ける。その隙に薫が俺のドッペルゲンガーに触れて限界まで小さくして、俺が踏んづける勢いでそいつの上に乗っかれば作戦完了…と。まぁこんな具合な。みんな大丈夫か?」

敦の言葉に全員が頷く。

「じゃあみんな、頼んだぞ」

「おう」

「うん!」

「任せて!」

俺、麗馨、薫がそれぞれ思い思いの返事をし、ドッペルゲンガーを探す事になった。

ーーー20分後ーーー

携帯が鳴った。麗馨からだ。

"ドッペルゲンガーみつけたよ!"

これは恐らくグループで発言したものなので、薫も敦もこの知らせを受け取っただろう。するとまた携帯が鳴った。敦からだ。

"みんな、携帯はマナーモードな!麗馨はドッペルゲンガーのフリしてそいつに近付いてくれ!んであくまでも自然に声かけてテラスまで誘導だ!他の二人はテラスに先回りな!俺も行くから!"

自分のドッペルゲンガーともなると、やはり強敵と思えるのか、敦は用意周到だ。俺もテラスへ向かう事にした。

ーーー10分後ーーー

テラスに着くと、敦と薫が既にいた。

「お、湊も来たか。あ、薫、麗馨はどこにいる?」

「もう結構近いよ。あと数分でここに着くんじゃない?」

薫がどうして麗馨の位置を把握できるかというと、薫の携帯にはちょっとした追跡機能があるからだ。随分と進化したものである。

「じゃあ薫はあそこの柱の陰に隠れてくれ。俺と湊はここで隠れてるから」

「おっけー、了解」

薫は向こうの柱まで走って行った。

待つこと数十秒…

「ヤツが来たぞ!」

俺はドッペルゲンガーに気付かれないよう、小さな声で敦に言った。少し離れた場所では、麗馨と敦のドッペルゲンガーが楽しそうに話をしている。

「あのさぁ、私、敦の事好きになっちゃったんだよね」

麗馨がかなり真剣な表情でそんな事を言った。俺は一瞬ショックだったが、これも作戦遂行の為、文句は言えない。

「どうした急に?まぁ俺も好きだけどさ」

敦のドッペルゲンガーも満更でもない。

「そっかー、ありがと。じゃあさ、あの…想いが通じ合った証にっていうか、その…」

麗馨が言葉を言い終わる前に、敦のドッペルゲンガーは自分から、麗馨にキスをした。

「んっ…」

麗馨は一瞬身体を硬くしたが、これも作戦のうちだ。敦をしっかり受け入れた。よし、薫が今行けば…

薫も今がチャンスだと分かったようで、静かに、それでも迅速に二人に近づいた。よし、イケる!と思った、その刹那。

「誰だ!」

ヤツに気付かれてしまった。それでも薫は無理矢理近付こうとするが、やはり彼のスピードには追い付けない。

「一体、何の真似だ…?」

ヤツが、薫に問うた。

「さぁ、何だろうねぇ」

薫はあくまでも挑戦的だ。

「どんな奴でも、俺の邪魔をする奴は容赦無く排除するぞ」

「やれるものならやってみな」

薫が不敵に笑った。

「そうやって笑えるのもいつまでかな?」

ヤツはそう言って、動き出そうとして…見事に拘束された。

「ごめん、敦。騙した私が悪い」

そう言う麗馨は無表情だった。

「クッソ…みんなグルだったのかよ…!クソ野郎ーーーー!!」

ヤツは冷静さを完全に失っていた。そう暴れたところで拘束が解ける訳がない…はずだった。

「えっ…?」

「うぉおおおおーーー!」

拘束が…解けた⁈

「へっ、これくらい甘いぜ?麗馨さんよ」

麗馨は恐れをなして、声を出すことも出来ない。

「さぁ、どうやって料理してやろうかなー?取り敢えず服を脱がすか」

「やめろ」

「誰だ今度は?」

俺は我慢出来なくなって、柱の陰から出て来てしまった。

「七木湊…なんて言わなくても分かるよな?紛い物(まがいもの)の敦め」

「面倒くさい奴だなお前も。さっさと俺の前に跪(ひざまず)け!」

「ところが、そうはいかねーんだな。そこのお嬢二人を料理するのは、俺を倒してからにしてもらおうか」

俺は、麗馨と薫を庇(かば)うように立った。

「まぁいいだろう。地獄の苦しみを味わうがよい!」

そう言って、敦はスナイパーライフルを俺の心臓に向けて構えた!

「これでお別れだな、ナイトさんよ…」

ヤツは容赦無く引き金を引いた。その瞬間、俺は勘で右に跳んだ。弾丸は俺の腕を掠め、薫が先程まで隠れていた柱に穴を穿った。

「ちっ…外したか…」

「お前、狙いは確かにいいけど、一点を狙うだけだから避けるのも簡単だぜ?思いの外ヌルいんだな、ドッペルゲンガーって」

「くっ、巫山戯(ふざけ)た事を抜かして…今度こそ殺してやるぞ!」

ヤツはまたスナイパーライフルを構え、俺の心臓を狙ってきた。先程のように右に跳んだだけでは、恐らく命はない。何か…いい方法はないのか…

その時。

「今度こそ残念だったね、ドッペルゲンガーさん」

麗馨が急に喋り出した。

「あばよ、偽物の俺」

敦の上から、敦が降ってきた⁉︎その瞬間、辺りが閃光で包まれ、気が付くとそこには、敦が一人いただけだった。

 




ドッペルゲンガーの件が一気に解決しました。
そもそも何故僕がドッペルゲンガーっていうアイディアを思いついたかというと、『銀の十字架とドラキュリア』という小説に出ていたからです。僕の発想力じゃこのアイディアもなかなかいかせないんですけどね(笑)
何はともあれ、まだまだ話は続きますので、応援よろしくお願いします。


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現状打破

「いやぁー今日は本当にすごい日だね!ドッペルゲンガーは二人とも倒せちゃったしさ!」

麗馨がとても陽気に喋っている。

「俺は本気で死ぬかと思ったがな」

今日、俺は弾丸を二発も避けたのだ。逆に言えば、二回も銃で狙われた。心も身体もボロボロだ。

「湊は素直にすごいと思うよ。能力持ってないのに、色々な危険を乗り越えてさ、頼りがいのある男になったねー」

よしよし、と麗馨が頭を撫でてくれた。

「そう言えば、最後は一体どうなってたんだ?俺の目にはドッペルゲンガーの上にいきなり敦が降ってきたように見えたんだが」

「あぁ、あれね。ドッペルゲンガーさんが、湊に夢中になってるから、私が隠れてた敦をドッペルゲンガーの上に移動させたの。そしたら見事に私の思惑通り、元に戻ってくれたって訳さ」

「そっか。ナイス判断だな」

今度は俺が麗馨を撫でてやった。

あ、状況を説明するのを忘れていた。俺たちはドッペルゲンガーを本体に戻した後、誰もいない食堂で寂しく昼食を摂り、それぞれの部屋に戻って現在に至る。ドッペルゲンガーがいなくなったのだから、今からみんなに働きかけれは協力を得られるかもしれないのだが、俺たちが弱ってしまったので一旦休む事になった。

「ドッペルゲンガーを元に戻したのはいいけど、状況が根本的に変わった訳ではないんだよな…」

俺は独り言のように呟いた。依然として皆の協力は得られないままなのである。

「でも、今から変えていけばいいんじゃない?諸悪の根源だったドッペルゲンガーはもういなくなったんだし、かなりやり易くなったと思うけど」

「確かに、やり易くはなったんだけどさ…一度みんなに植え付けられた先入観を取り除けるかどうか…」

「そこはやってみないと分からないね」

「ああ」

そこで、俺の携帯と麗馨の携帯が同時に鳴った。確認してみると、敦からのLIMEが来ている。

"ついさっきの事なんだが、トイレから戻って来る時、誰かに襲われた。パンチ一発食らっただけだから大した事はないけど、俺が迎撃しようとしたらあり得ん反応速度で避けたから恐らくあれは坂田だと思う。背格好とかも似てたし。とにかく、みんなも気を付けてくれ"

「坂田は一体何を考えてるんだ?魔物を倒すのを妨げるような事しても何の意味もないだろ。あいつ政府の人間だろ?」

俺は思った事をそのまま口にした。

「今思うと、坂田って私のドッペルゲンガーとも絡んでたみたいだし、立ち位置が何かと悪役だよね」

麗馨もそんな事を言っている。坂田には一体何が隠されているというのだろうか…

 

結局、その後何か異常な事が起こった訳でもなく、いつの間にか日が暮れて夕食の時間になった。

夕食の会場にはやはり人はおらず、俺たちはまだ避けられているんだと改めて実感した。

「ドッペルゲンガーの事は解決しても、これじゃあなー…」

敦がお手上げ、といった面持ちで喋り出す。

「結局、振り出しに戻っちまったな」

俺も敦の言葉に反応する。

「俺たちじゃない誰かがみんなを団結させて戦ってくれたらいいんだけどな」

敦は最早、人任せになっていた。そんな敦に、薫が話しかける。

「でも、やってくれそうな人なんかいないし、仮にいたとしてもあの人達をまとめるのは、正直な話、無理っぽいじゃん?」

「そうだろうな」

「じゃあ私達がやるしかないよ。誰もやってくれないんだから」

「俺だって努力はしてきたつもりだ!でも、もう…」

その先は、言葉にならなかった。敦自身、自分一人だけで背負い込んでいる部分が大きかったんだろう。こんな状況で希望を持てというのも、なかなか酷な話かもしれない。

「ごめん!変な事っていうか酷い事言っちゃったよね私!本当ごめん!」

先程までのシリアスな雰囲気はどこへやら。薫は明るい声でそう言った。

「変な事ついでに、さっき薫がした話、最後まで聞かせてくれないか?」

敦は急にそんな事を言い出した。

「別にいいけど…大した事じゃないよ?それに私が敦に説教なんて、釈迦に説法もいいとこだと思うけど」

「いいんだよ。俺も弱くなっちゃってるからさ…聞かせてくれ」

「んじゃ、今から私は敦に説教しまーす」

薫は妙な宣言をしてから話し出した。

「確かにみんなをまとめるのは不可能な事かもしれないけど、物事っていうのは、不可能って証明されて初めて不可能になるんだよ。それが証明されない限り、可能なんだ。もし不可能って証明されても、現時点では不可能ってだけでいずれ可能になるかもしれない」

そこで薫は、ふぅ、と一息ついた。そしてまた話し出す。

「だからさ、諦めちゃいけないんだよ。私が言いたいのはこれだけ。どう?何か変わった?」

「おう、変わったよ。そうだな、やらないとな。まだ出来ないって決まった訳じゃねぇ」

敦は元気を出してくれたようだった。そう言えば、麗馨や薫はこうやってたまに哲学的な事を口にするけど、どこでこんな事を考えているんだろう。今度聞いてみよう。

 

所変わって、舞台は部屋。夕食後に皆の部屋へ行ったが、皆は俺たちが食事を済ませた後に食事をしに行く訳だから、誰もいないのは当然である。今日は取りやめになった。

「明日もまた戦わなきゃいけないのかー」

「だな。つーか今思ったんだけどさ、なんで死を運ぶ者(デス・ブリンガー)とかいう魔物は、俺たちが起きてる時にしか現れないんだ?地球を本気で滅ぼそうと思うならさ、みんなが寝静まった深夜に地球に来て、街をぶっ壊せばそれまでじゃん。しかもどうして東京以外の場所は攻撃しない?別に大阪とか名古屋を破壊したっていいと思うんだが」

「んー、後者に関しては、東京にワープポイントがあるってネットで見た事があるから分かるけど、前者に関しては確かに全く分からないね」

あの魔物に関しては、やはり分からない所が多い。

「分からない事は多いけど、今は課せられた事を全力でやろう。謎解きはその後でもいいじゃん」

「おう、そうだな」

この時、俺も麗馨も、俺が感じた疑問の重大さには気付けなかった。

その後は他愛のない話をし、俺たちは床に就いた。

 

目が覚めると、隣に麗馨の姿は…無かった。

「やっべぇ寝過ごしたな…」

「お、起きたか湊。おはよー」

「おう、おはよ。今何時?」

「んー、今七時半」

「麗馨はいつから起きてたんだ?」

「私は六時くらいかなー。湊起こそうかなとか思ったけどさ、幸せそうに寝てるし、ドッペルゲンガーの事で精神削られてるだろうから起こさないでおいてあげたの」

「そっか…何から何までありがとな」

「いいんだって。私は、あなたの彼女だよ?」

少しはにかみながらそう言う麗馨は、天使のように可愛かった。

「はい、ご飯出来たよ」

「おう、ありがと」

俺のためにここまでしてくれる麗馨に、俺も応えなくちゃな…今日の戦闘も頑張るか。そう決意を固める俺であった。

麗馨の作る料理は美味しかった。




今回はとっても少ないです。
この次から一気に話が進んでいくので、
キリのいいここで一旦切ることにしました。
次の話からもよろしくお願いします。


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覚醒

所変わって、舞台は戦場。俺たちは相変わらず皆に避けられ続けているが、戦闘を放棄する訳にはいかない。

その時、敦が叫んだ。

「今から俺が魔物を拘束するから、みんな攻撃してくれ!」

その数秒後、魔物の身動きが無くなった。麗馨も敦に加勢している。

しかし、現実とは無情なものだ。悲しい哉(かな)、攻撃する者はいなかった。

その時だった。

「みんな、そうやっていつまでも逃げて、命が助かるとでも思ってるの?相手はこんなに強いんだから、どうせ死ぬのが関の山じゃん!やる事もやらずに死ねるの?麗馨と敦に何か言われてるのかもしれないけど、そんな二人が今、死ぬ程頑張ってんだよ⁉︎」

薫が急に叫んだ。拘束は尚も続いている。

「私は、何もしないで死ぬのは嫌だし、敦や麗馨に応えたい。だから、やる。やってやる」

薫はそう言って、棘(とげ)だらけの魔物の身体に、右手で触れた。

「うっ…」

幾(いく)つもの棘が薫の手を蝕(むしば)んでいるのだろう、薫は苦痛に顔を歪めた。薫の手からはもう、血が流れている。

その時、訪れるべき変化は訪れた。魔物の身体が小さくなり始めたのだ。徐々に徐々に、しかし、確実に。そして、五メートル程あった魔物の身体は、三十センチ程になっていた。ここまで有利な状況が、かつてあっただろうか。拘束こそ続いていないが、元から短足だった魔物は小さくされたせいで余計に移動できる範囲が狭くなり、魔物から放たれる火球も、当たったところで痛くも痒(かゆ)くもない。魔物が一人芝居をしているようで、ひどく滑稽にさえ見えた。

「っしゃ、あとは任せろ!」

ここまできたらやるしかない。というか、余裕で勝てるだろう。俺は、たった三十センチの魔物を踏みつけた!

「やったか⁈」

横で敦が声を上げる。

「いや、やってない!右見て右!逃げてるよ!」

右を見ると、魔物が必死の形相で逃げていた。麗馨の動体視力は大したものである。俺は慌てて後を追った。

「湊!攻撃するのはいいけど、気を付けて!それ、一定時間経つと大きさが元に戻っちゃうんだ!もうそんなに時間はないよ!」

薫が俺の背中に警告をぶつける。

「なぁに、大丈夫だって!」

返事をしている間にも、魔物との距離はどんどん詰められ、遂に追いついた。今度は魔物の正面に回り、そのまま蹴り上げる!

今度こそ完全にヒットし、魔物はどこかに吹き飛ばされていなくなった。

「よし!」

「やったぁ!」

俺と麗馨が歓喜の声を上げた。

「いや、ちょっと待て。多分魔物は死んでない」

そこに制止をかけたのは敦だ。

「え、でも攻撃はちゃんと当たったじゃんかよ」

「いいから魔物から離れろ!」

敦が喚いた、その刹那。

「ぐるぁぁあああ‼︎」

魔物がこの世の物とは思えない奇声ならぬ雄叫びを発し、巨大化し始めた!そのまま火球を吐く!

「危ない!」

敦は薫、俺は麗馨を突き飛ばし、俺はそのままの流れでローリング、敦は前方倒立回転をして避け、何とかその場を凌(しの)いだ。

物陰に隠れると、薫がいた。

「おお、湊か…よく麗馨を守ったね」

やるじゃーん、と、背中をバシバシと左手で叩かれた。右手は…恐らく目を覆うような惨状なのだろう。その右手を見せないように、かつ、普通に接してくれる薫はできた人間だ。

「痛い、痛いって…まぁ、その…なんだ。俺は全力でやっただけだよ」

「そっか」

それ以上の会話はなく、俺も薫も、魔物の動きに注目している。

こうやって冷静に周りを見てみて初めて気が付いたが、結構な人が物陰に隠れていた。その中には我が友人、髙木諒磨の姿もある。

「俺、他の人らの様子見てくるわ。そこで待っててな」

「え…」

「大丈夫だって。すぐ戻って来るから。んじゃまた」

尚も制止しようとする薫を振り切り、俺は諒磨らがいる集団に駆け寄ろうとした。こいつがいるなら説得できるかもしれないと踏んだのである。

ところが、集団まであと数メートル、というところで事件、もとい事故が起こった。魔物が俺に向かって火球を吐いたのだ。

「くっそ…!」

間に合え、間に合ってくれ!俺は渾身の力で疾走し、紙一重で火球を躱(かわ)して物陰に飛び込んだ。

「み、湊!こんなところでどうした?」

諒磨が俺に気付いたらしく、声をかけてくれた。

「どうしたもこうしたもあるか。お前らなんで戦わねーんだよ」

若干声色が怒りに染まっていたかもしれない。

「だって、桐山さんと津田くんが…」

「じゃあ聞くけど、麗馨と敦は今日の朝、何か言ってたか?戦うな的な事」

「いや、今朝は言われてないけど、少なくとも昨日の時点で言われてたし…」

「それは昨日の話だろ?言っても信じてもらえないだろうけど敢(あ)えて言うよ。彼等はドッペルゲンガーだったんだ」

「ドッペルゲンガー?」

「そうだ。二重存在とも称される。まぁ簡単に言えば、自分の分身ができて、そいつが色々と悪さをするんだよ。お前らが見てたのは、間違いなく麗馨と敦のドッペルゲンガーだ」

「お前のドッペルゲンガーは?いないのか?」

「俺のと薫のは確認されてない。お前らも知らないんだったら多分いないと思うけど」

「そうか…」

因みに俺と諒磨の会話の間、他の奴らは何一つ言葉を発していない。

「まずい!火球が飛んでくるぞ!」

見張り役でも任されたであろう男子が急に喚き、全員がパニック状態に陥った。火球が飛んで来るまでにそう時間はないはずだ。

「みんな落ち着け!俺が守ってやっから。ただ…一つだけ約束してくれ。俺がお前らを守れたら、全員が心を一つにして戦う事。いいな?」

誰からも返事は無いが、もう時間がない。火球を吐くための予備動作もそろそろ終わっているはずだ。俺は物陰から飛び出した。

「お、おい、ガチでやる気かよ」

諒磨が俺を止めようとする。

「俺が死ぬのと全員が死ぬの、どっちがいい?」

「そんな…!」

諒磨は絶句した。

「諒磨も早く隠れろ!火球が飛んでくるぞ!」

俺は諒磨を無理矢理、物陰に押し込んだ。

「お前、バカじゃねぇの?」

不意に、横から声が聞こえた。

「自分一人でこの火球を止められるとでも思ってるの?」

「あなたにこんなところで死なれる訳にはいかないからね」

「みんな…!」

「感動に浸るのはそこまでだ。もう火球が飛んで来るぞ」

直後、直径1メートルはあろうかという巨大な火球が飛んできた。

「よし、いくぞ麗馨!」

「うん!」

そうか!麗馨と敦は物体を移動させる能力を使って、火球を防ぐ作戦なんだ!

「くっ、結構強いな…」

「でも、負ける訳にはいかないよ!」

「「いっけーーー!」」

敦と麗馨が渾身の力を発揮し、火球の軌道がずれた!

「やった!…って、あれ?」

俺は歓喜の声を出そうとして、おかしな事に気が付いた。軌道がずれてどこかへいったはずの火球が迫ってきているのだ。スピードは先程より遅くなり、大きさも小さくなっているが、これが当たれば致命傷になる事は間違いない。

「お、おい、なんで火球が飛んでくるんだ…」

敦も状況をよく把握できていないようだ。これは俺の推測だが、魔物は火球が一発は消されると踏んで、デカい火球の後ろに小さい火球をもう一発撃っておいたんだ。魔物の方が一枚上手だった。

「なんでかどうかは分からないけど、飛んできた以上仕方ねぇよな」

俺はそう言い、一歩前へ進み出た。

「みんな…今までこんな不甲斐ない俺の面倒を見てくれてありがとう。お陰でかなり充実した人生だったよ。麗馨と付き合えたしさ、もう心残りはないから。俺、死ぬ気でこの一発を止めるよ。つーか、死ぬ。本当、ありがとな…」

「やめろ湊!無茶はよせ!」

「あんた、自分だけ死んで麗馨を置いて行く気⁈責任取りなさいよ!」

「湊、自分が死んだら意味ないよ!行かないで湊…」

麗馨は既に泣いていた。

「なぁに、大丈夫だって。心配すんな」

俺は皆にそう言うと、両手を交差して火球を受け止めた!文字通り、燃えるような痛みが俺の腕を襲い、腕で止めきれなかった焔が確実に俺の身体を蝕んでいく。おぞましい痛みが俺の全身を貫いた。

俺は三メートルほど吹っ飛ばされ、仰向けに倒れた。多分、全身血まみれだ。

「「「湊!」」」

麗馨、敦、薫の三人が俺の名前を呼んで近付いてくる。敦が俺を担(かつ)いで物陰に移動させてくれた。

「どうだ…火球、防げたろ…?」

俺は弱々しく微笑(わら)った。

「防いでも自分が死んだら意味ねぇじゃんかよ…」

敦が悔しそうに呟く。

「湊…私を置いて行かないで…ずっとそばにいてよ…あなたがいないと…私…」

その先は嗚咽(おえつ)で言葉が続かなかった。そんな麗馨に、俺はこう言った。

「麗馨、泣くのは後だ。涙なんか似合わねーよ。それより、俺が死ぬまでずっと、笑って、笑っててくれ…」

麗馨は何かを言いかけたが、俺の心中を察してくれたのか、この狂った戦場の中でとびきりの笑顔を見せてくれた。あぁ…俺の彼女は可愛いな…この笑顔を見ているだけで心が満たされていく。俺は幸せだった。麗馨は俺の、生きた証だ。これからも幸せになって…そして…

「…あい…し…てる…」

その瞬間、麗馨の笑顔から大粒の涙が零れ、俺の頬に落ちた。

 

「…?」

ずっと痛みに貫かれ、鉛のように重かった身体が、みるみる軽くなっていく。あぁ、これが成仏するという事なのか…そんな事を思っていたが、一向に天へと昇っていく感覚は訪れない。

「どうやら、俺はまだ死んじゃいないようだな…」

俺はむくっと起き上がった。

「お、おい湊…」

「神様が、俺の最期に相応(ふさわ)しい力をくれたみたいだ」

その瞬間、俺の身体が光に包まれた。




ついに来ましたこの展開。
湊くん覚醒です。
僕もこうやって覚醒できませんかねぇ…
現実は無情ですww


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フィナーレ(仮)

「湊…?」

麗馨がポカンとした顔で俺に声をかけてくる。そりゃあびっくりするだろう。もう死んだと思った人間が、明らかに違う風貌で蘇ったのだから。背中からは翼が生え、鉤爪が伸び、顔も普段の間抜けな顔からキリッとした美貌に変わった。

「これが俺の力だ。瀕死になると覚醒する。全く、使えねぇ能力だぜ」

「お前…」

敦も俺の変貌に絶句している。

「多分あの魔物は、俺一人で十分戦える。でも、やっぱみんなの協力は欲しいんだ。その方が戦いやすいし。その辺、敦、お前が何とかしてくれないか?作戦立てるの上手いしお前」

「外見が変わっても、中身はそのままだな湊は。いいよ。俺が作戦立ててやるよ」

敦は俺にそう言って、少し離れた場所にいる他の皆に向かってこう叫んだ。

「おーいみんな!火球受けて死んだと思われた湊が超イケメンになって生き返ったぞ!そんな湊からこんな依頼がある!」

「ここからはお前の口で言え。多分お前のその顔なら女子はイチコロだ」

と敦が耳打ちしてきたので、俺はこういった。

「いいかみんな。あの魔物は全員で協力しないと倒せない。だからみんな本気で戦って欲しい。それが俺からのお願いだ」

途端に皆がざわめきだす。そのうちの一人に、

「なんで今は攻撃が来ないんだ?」

と、少し場違いと思われる質問をされたと思ったらそいつは髙木諒磨だった。

「俺が結界を張ったからだよ。んで、そんな事はどうでもいいからもう一つ聞いてくれ。俺は確かに今、凄い事になってるけど、この身体がいつまで持つかは分からない。でも身体能力は飛躍的に高まったし、魔物を倒すとしたら今しかないと思うんだ。もしこの機会を逃せば多分いつまで経ってもみんなが逃げて、俺たちだけが戦って…そうこうしてるうちに俺たち四人のうちの誰かが死んで…そんな事してたら一生終わらねーと思うのよこの戦い。もう…終わらせようぜ?こんな理不尽な戦い。終わらせなくてもどうせ死ぬんだしさ」

文章構成はかなり滅茶苦茶だが、言いたい事は全て言った。これでみんなが動いてくれなかったら、その時はその時だ。

「どうだみんな?やってくれるか?」

敦が俺の後ろから再び畳み掛ける。皆ざわめいているが、否定的な言葉は殆ど聞こえてこない。その時、あの男、髙木諒磨が進み出てきた。

「今までお前と接してきて、凄い奴だとは思ってたけど、どこへ行ってもその凄さは変わらないよ。お前に言われると何故かやる気になれる。なぁみんな?」

諒磨が皆にそう言うと、全員が拍手した。

「そうと決まれば話は簡単だ。敦、あとは宜しく」

「よし。じゃあまず、今ここにいる十六人全員の持っている能力を確認したい。一人ずつ聞いていくから教えてくれ」

「え、全員、物体を移動させる能力じゃないのか?」

諒磨が信じられない質問をした。

「お、おい、それは本当か⁉︎」

敦が全員に問うた。どうやらその通りのようだ。

「よし、それなら俺にとっちゃあ余計に都合がいいぜ。あ、一つ聞かせてくれ。物体を移動させるっていうのは、瞬間移動か?」

敦が再び聞いた。

「いや、瞬間移動じゃない。じわじわと物を動かしていく感じだ。分かり易く喩えるなら、念力かな?みんなもそうだよな?」

諒磨の言葉に全員が首肯する。

「そうか。よし、じゃあ今から作戦の説明をするからよく聞いてくれ。まず、俺と麗馨を含めた十八人で、三人のグループを六つ作ってくれ。そして、六つのグループで代わる代わる魔物を拘束し続ける。その間に湊が一気に攻撃してフィナーレだ。みんな大丈夫か?」

敦の言葉に全員が頷いてくれた。

「よし、じゃあもうここの結界は解くから。みんな、しっかりやってくれ。んじゃ俺はちょっと行ってくる」

俺は全員に手を振って、麗馨に微笑みかけてから大空へ飛び立った。

 

魔物はすぐに俺の姿を確認してこちらへ襲ってきた。

「うわー、こいつ意外と速いし」

俺はそんな間抜けな独り言を呟いて、皆がいる方向へと魔物を誘導した。向こうは俺を追うのに夢中で、地上にいる皆には気付いていないようだ。ある程度近づいたところで、俺は敦に叫んだ。

「よし、今だ!」

「任せろっ!」

その瞬間、魔物の動きが止まった。

「うぉぉらぁぁああ!」

俺は雄叫びを上げて、肉質が柔らかい首に向かって鉤爪を突き立てた!ぐしゃ、っと鈍い音がして魔物の身体がよろめきかけるが、拘束をされている為、それすら許してもらえない。

俺はここぞとばかりに猛攻撃を開始した。鉤爪で一心不乱に魔物の首を切り裂く、切り裂く、切り裂く!

十発くらい攻撃をした時だろうか、不意に魔物の拘束が解けた。どうしたのかと思って皆の方を見ると、息も絶え絶えにその場に座り込んでいる皆が見えた。敦だけは立っているが、もう力は残っていそうにない。

「もう俺たちは限界だ…湊、あとは頼んだぞ…」

敦が出来る限り声を張り上げてそう言っている。ここまできたら負ける訳にはいかない。

「おう!お前の気持ち、しかと受け取った!」

俺はそう答えて再び魔物に向き合う。魔物は明らかにダメージを受けていて、勝算はこちらにあると思われた。のだが。

「ぐるぁぁあああ!」

魔物が雄叫びを上げた。まだ体力が残っているというのか。そのまま、魔物の猛攻撃が開始される!

俺は防戦一方になった。しかし、避けきれない攻撃が俺の腕や足に掠り、それだけでこちらはかなりのダメージを食らう。

「くっそ…」

何か…何かいい方法はないのか…と、その時。俺は魔物の棘だらけの腕に、一部だけ棘のない部分がある事に気付いた。

俺は火球を吐いてばかりいる魔物がパンチしてくるよう、一気に距離を詰めた。そうすると、案の定、魔物はパンチを繰り出した。

「かかったな…」

俺はニヤッと笑い、繰り出されたパンチを紙一重で避け、棘のない部分に掴まった。

「ぐるぉぉぉああ!」

勝利を確信したのだろう、魔物は雄叫びを上げた。後ろから戦闘を見ていた皆も、口々に俺の名前を叫んでいる。

その時。

「あめぇーんだよ」

俺は腕から首へと一気に距離を詰め、魔物の首に渾身の一撃をぶっ放した!

魔物はよろめき、そのまま四散した。

「終わったな」

俺のその一言で、隠れていた全員が俺に向かって走ってきた。

「やった、やったぞ湊!」

「七木くん最高!」

皆が口々に賞賛の言葉をかけてくれる。その中に、一際(ひときわ)俺の注意を引く声があった。

「湊!」

その声の主は、そう、麗馨だ。麗馨は俺の前に立つと、

「もう、無茶ばっかして!」

いきなりビンタしてきた。俺は抵抗する事も出来ずに、そのまま麗馨に倒れ込む。

「私も、愛してるよ…」

麗馨がそう言った瞬間、俺の身体が光に包まれ、気が付くと、いつもの姿に戻った俺が、麗馨に抱きついているだけだった。




実はここで終わり…ではないんです。
もう少し続きがあるのでどうぞご期待ください。


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