モンスターハンター 狩人の戦い (凡人Mk-II)
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第一話 狩人と飛竜、相対す

蒼穹の空の下、草木が空より舞い降りる太陽の恵みを一身に受け取り、風がその葉を揺らす。絶好のピクニック日和だろう天候だ。

 

しかし、空気は異様な程に張りつめている。草木達が恵みを享受する一方で鳥達の囀りは聞こえず虫達は息を潜め生命の謳歌を止めていた。

 

驚くべきはアプトノスと言った草食竜やそれを狙う捕食者たる肉食獣のランポス達ですら一匹も存在していない。

 

 

そんな異常とすらとれる空間に一人の人間の陽気な調子っぱずれな歌が響く。

 

「~♪」

 

ピクニックに来ているのでは、と勘違いする程に気楽な歌声だ。だがそうではないないとは一目で分かる。彼の身の丈は190を超え、身には深い蒼に包まれた鎧、リオソウルZシリーズを着込んでおり、背には身長を超える大剣、ペイルカイザーが背負われている。

 

彼は依頼でここ、狩場である森丘に来たのだ。狩猟対象はリオレウスとリオレイアの番。片や空の王者と呼ばれ片や陸の女王と呼ばれる飛竜の代表格だ。それらを同時に相手しなければいけないのだから並みの緊張ではない。

 

だが、彼の余裕と言うか楽観的な様子は調子っぱずれな肉を焼く歌声から察せれるだろうか。

 

「長閑だね~」

 

肉を焼き終わり草原に身を投げ出して寝転がりながら肉を頬張る。程よい油と肉特有の匂いが口と鼻を満たす。

 

彼は肉の味に鼓舞を打ちながら何もいないおかしな狩場に目を向ける。そもそも地図上で1と表記されるこの場所には必ずと言っていいほど草原竜であるアプトノスがいる。仮にいなくても虫や近くに流れる川には魚達がいるはずだ。

 

それらの生物達が一匹たりともいない。自然という命の宝庫とも言える場所で一人とは、有り得ないような状況に彼は不敵に笑う。

 

「それだけ今回の相手が強大なのか、気が立っているのかね。」

 

しかし、いくら強大な存在でも気が立っている飛竜でも彼の経験上こんな事は初めてだった。つまり今回の番は自分が会った事も感じた事もないような力を持っている事になる。それが楽しみで仕方無く、同時に怖くて仕方無い。

 

だが恐怖さえも体を動かす原動力に変換される。何故なら彼は狩人だ。まだ見ぬ強大な生命には体が、本能が疼く。

 

「楽しい狩りになりそうだ。」

 

彼は狩人であるが故に恐怖はしても臆しはしない。深い蒼の兜に隠された素顔に喜悦の笑みを浮かべて、食べていた肉の骨を放り投げ腰を上げる。

 

「さぁて、狩りの時間だ。」

 

まだ見ぬ強敵に思いを馳せ彼は狩場を駆け抜ける。

 

狩人を待ち受けるは陸の女王リオレイア。そして空の王者リオレウス。

 

遠くで王者の吠える声が響き渡り、それがまるで来るなら来るがいいと、そう聞こえた気がして彼は更に笑みを深くし走る速度を上げ、凄絶な笑みと空気を纏い、自らの死地に赴いて行く。

 

その先に壮絶な死闘が待っているとも知らずに…

 

 

 

 

 

 

 

野を駆ける。地図上で表記される②と呼ばれる場所を止まらずに彼は走り抜ける。やはりここにも生物はいない。本来ならランポスなどがいる。飛竜も降りられる拓けた地に肉食動物がいないのは有り得ない。

 

②を走り抜けると、③と表記される場所へと出る。ここには三つの道がある。飛竜が食料を求めて移動する⑨へと繋がる道と⑩に繋がる道。そして飛竜の巣の手前のエリアに繋がる④がある。

 

「いない、か」

 

彼は一度立ち止まり、息を吐き出して深呼吸する。大抵飛竜はこのエリアか、隣の④にいる。歩いて周りを注意深く見る。③の入り口から右手は崖になっており、落ちれば一巻の終わりだ。

 

ここにもアプトノスなどの草食竜がいない。本来なら三頭以上のアプトノスがいてもいいものなのだが。

 

「やっぱり、おかしい」

 

彼は何もいない周囲の様子を見て、不思議がる。ここまで飛竜の食料となる動物がいないと逆に飛竜達も困るはずだ。気が立っているのは分かるが、周囲の動物達を怯えさせすぎると問題が発生するはず。

 

今回依頼はリオレウスとリオレイアの番の討伐。おそらく子育て、または出産のために巣を作ったのだろうが、食料が確保出来なければ子供も育てられないし、母体の栄養も不十分になる。

 

「…何かあるみたいだな」

 

飛竜の足跡や痕跡が無いかもう少し詳しく調べようとした、その時

 

左側から凄まじい威圧を感じた。発生源は飛竜の巣から最も近いエリア④からだ。

 

「っ!」

 

体が一瞬硬直する。それが彼には信じられなかった。巨大な存在の前には体が必ず硬直する。それは生物の生存本能的に仕方の無い事だ。だが、対峙してもいないのに体が固まるなど初めてだった。

 

「半端ねぇぞ、これ」

 

硬直が解け、彼は至極単純な感想を口にした。これと同時に、この狩りはどうやら自らの力全てを掛ける事になりそうだと思う。エリア④へと向き直り、ゆっくりと緊張を解すように足を進める。

 

エリア④は飛竜の巣へと繋がる二つのエリアの一つで、巣へと入るための高台と入り口から奥が見えないように巨大な岩が存在している。

 

エリア④へと足を踏み入れると、威圧がとんでもなく強くなる。

 

居る、間違いなく。

 

奥に進み、岩陰から気配を殺し覗くように見ると、居た。一匹の巨大な赤い影。

 

「(でかい…)」

 

彼が今まで相対してきた中でも圧倒的な存在感とサイズ。尻尾から頭に到るまでの全てが巨大であり圧倒的。二つの双眸は剣呑な光を宿しており、見るだけで飲み込まれてしまいそうだ。

 

その体躯を守るようにびっしりと覆われている鱗と甲殻は赤黒く変色しており、ハンター達によって刻まれたであろう傷が複数ある。躍動感に溢れる体はそこにいるだけで周囲の物を支配しているようにすら感じる

 

それがどれだけの数の修羅場を潜ってきた個体かを想像するのは容易だ。

 

ハンターの中で最上級クラスとされるGクラスでさえあれほどの個体はいまい。

 

規格外クラス。そんな言葉がピッタリの相手。

 

「…」

 

背にある獲物を確認する。ペイルカイザーの刃は狩りに出る前に研いできたので切れ味の方は問題はない。体を沈めて溜めを作り岩陰から走り出そうとした、が

 

「な」

 

リオレウスがこちらをはっきりと見たのだ。まるでいる事が分かっていたように。隠れる事を観念して彼は立ち上がり、奇襲は諦めて岩陰から走りながら出る。すると、リオレウスの威圧が凄まじく増した。

 

赤く巨大な生命は両翼を広げ、自らの強大さを誇張するように咆哮する。耳を劈く声。本来その咆哮によってハンターはあまりの音量に耳を押さえてその場に膠着してしまう。

 

しかし、彼の装備、リオソウルZシリーズには聴覚保護と呼ばれる特殊な能力が備わっている。それが彼の聴覚を保護し膠着するのを防いだ。

 

まだリオレウスは咆哮している。その隙に目標へと肉迫しようとする―――はずだった。

 

「(あ…?おい、嘘だろ!!?)」

 

――足が、動かない。

 

まるで金縛りにでもあったかのように全身が動いてくれないのだ。僅かながらに体も震えている。

 

彼の纏うリオソウルZシリーズは聴覚を保護してくれても、本能からくる恐れを消してくれる訳ではない。

 

その恐れは巨大な相手を知らない新米のハンターに起こるものだ。若いながらも既にGクラスの彼には起こりえないもののはず。

 

だが、現にそれは起こり、彼の動きを阻止している。

 

「くそ、動け動け動け!!」

 

自らの体に口で動くように何度も命じ、声に従うようにゆっくりと体が動き出す。その間に咆哮が鳴り止み、リオレウスが力を溜めた。木の幹ように太い両脚が地を蹴り、彼を亡き者にしようと突進してくる。

 

リオレウスの攻撃は文字通り突進。猪のように愚直なまでの直進。相手が人であれば避けるのは簡単だ。だが、相手は巨大な飛竜。人間とは重量も体長も桁違い。

 

当たれば即死する死を纏う塊。たとえ防具を装備したハンターであろうと当たり所が悪ければそのまま昇天しかねない一撃。大地を鳴動させながら彼へと赤い死が迫る。

 

「ッッッッッ!!!!!」

 

間一髪で体の硬直が解けた彼は、遮二無二、後先考えずに横に跳んだ。頭のすれすれを巨大な赤い脚が通り過ぎていく。兜の上に大きな足跡が出来ていた。

 

「あ、危ねぇ!」

 

起き上がり、しっかりと両脚を地に着ける。獲物であるペイルカイザーに手を伸ばす。リオレウスはすでに立ち上がり、敵意を丸出しにした瞳をこちらに向けてくる。

 

汗が額を伝う。不快で拭いたいが顔全体を覆うようにして作られているこの防具ではそれも叶わない。お互いの距離は二十メートル程度しかない。

 

どう攻めるか。この間合いならばまず相手が攻撃してくるのを待つのが無難。または道具によって相手の体勢を崩すか。

 

「(どうする…)」

 

彼はまず、アイテムポーチへと手を伸ばす。飛竜と相対したらまず最初にやらなければならない事がある。

 

アイテムポーチからある物を出して握る。問題はこれをどのタイミングで当てるか。

 

間合いを慎重に測る。お互いの間にピリピリとした緊張感が漂う。

 

その緊張を崩すようにザァっと一陣の風が吹いた。それを合図に彼は駆け出し、リオレウスも再び動きだした。赤き飛竜は再び彼に向けて突進を繰り出す。リオレウスに向かって走っていた彼は、足首を使って先程と同じように突進を避ける。

 

地面に体が着く前に、手に握った物を投げる。それはリオレウスの脚に着弾し、辺り一体に独特な臭いを漂わせる。

 

ペイントボール。飛竜戦において必須とも言われている道具の一つで、強烈な臭いによって当てた相手が何処にいるのか判別出来るという代物。

 

「よっし、第一段階終了!」

 

ペイントボールを当てるのは狩りが始まった瞬間から。そうしておけば仮に逃げられても探し回る労力を使わずに済む。

 

ペイントボールを当てられたのが不愉快だったのか、リオレウスの眉間に皺が寄る。歴戦の飛竜なのだから、またこの臭いボールか! 何て思っているのかもしれないと彼はこんな状況で笑った。

 

「…ふぅ」

 

呼気を一つ。そしてすぐさま走り出す。大剣で狙うはリオレウスの最も脆い部分である頭部。しかし、相手もこちらの狙いを理解しているようで尻尾を振って牽制してくる。

 

大木よりも太い尻尾は当たるだけで宙に身を放り出されるだろう。イャンクックと呼ばれる小型の飛竜でさえ当たれば洒落にならないくらい痛い。こんなものに当たった時など想像もしたくない。

 

「そこっ!」

 

尻尾を掻い潜り、彼は狙いとは違うが首へと自慢の大剣を振り下ろした。しっかりと地を踏み、力を大剣へと乗せた一撃。加えてペイルカイザーにはリオレウスが苦手な龍属性を帯びている。

 

これならば多少怯ませる事が出来る。次は頭だ、と思っていた。が、大剣はリオレウスを怯ませるどころか、鉄と鉄がぶち当たった時の硬質な音を立てて弾かれる。

 

「な?!」

 

彼は驚愕する。今まで幾度と無く飛竜を屠ってきた一撃がいとも容易く弾かれた事に。しかも、そのせいで大きく体勢が崩れた。そこへ狙い済ましたように尻尾が迫る。

 

「っく!」

 

崩れた体勢で強引に大剣を引き戻し、盾代わりに使う。今度は大剣と尻尾がぶつかり、火花を散らす。圧倒的な重量の前に彼はなす術も無く吹き飛ばされる。

 

「かはっ!」

 

飛竜の巣へと続く⑤の高台の壁へと叩きつけられ、肺から空気が抜けて、視界がぼやける。立ち上がり、大剣を背負うとリオレウスは彼目掛けて止めを刺そうと突進する。

 

「うぉぉぉ!?!」

 

叫び声を上げて彼は高台へと上る。間一髪間に合うが、リオレウスが当たったせいで足場が地震でも起きたのではないかと思うほど揺れた。難を逃れてホッとした彼だったがそれは間違いだった。

 

「オオォォォォォ!!」

 

リオレウスが突如として激昂したのだ。目には増大された殺意と敵意が映し出される双眸を見てしまったせいで再び体が数瞬硬直し隙が出来てしまう。その隙を見逃さないようにリオレウスは尻尾をハンマーのように振るい、彼を高台から吹き飛ばした。

 

「がぁ!!」

 

腹部に尻尾が激突し、痛みが発生する。高台から体が身動きできない空中に放り出される。

 

「げ」

 

空中にいるというのにスローモーションのように世界が遅くなった。遅延する世界で彼はリオレウスの口から火が見えた。

 

それが意味する事を理解した彼は咄嗟に大剣を空中で体の前面に構える。同時にリオレウスの口から火球が撃ち出された。

 

大剣の表面に火球が激突し、肩が外れそうな衝撃が襲う。火球によって黒煙を上げながら空中でバランスを崩し天地が逆転し、途中からどちらが上で下か分からなくなる。

 

「が!……ぐぁぁ…」

 

二、三度地面に叩きつけられてようやく止まる。痛みを無視して振るえる脚で立つとどうやら④の入り口付近まで吹き飛ばされたらしい。鎧がブスブスと焼けるような音を立てている。

 

大剣と炎に耐性が高いこの防具でなければこの程度では済まなかっただろう。

 

「撤退、だな…」

 

狩りを続行するにしろしないにしろ、一旦ベースキャンプまで下がって体を休めないと。そう思い、体を引き摺る様にして出口へと向かう。

 

「今度は、こうは、いかないからな…」

 

そう言い残して④から離れた。後ろでは空の王者が勝ち誇ったような雄叫びを上げていた。




どうも凡人Mk-IIといいます。

この話は依頼を完遂するまでの話となりますのであと二、三話ほどで完結します。

もしよろしければ以降も見てもらえると幸いです

感想などもお待ちしておりますのでお気軽にどうぞ

では


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第二話 反撃

彼は未だに痛みが残る体を引き摺るようにしてキャンプへと到着した。

 

「っはぁ!」

 

ベースキャンプに到着するなり痛みと疲労に負けるようにうつ伏せに倒れる。今回の依頼、ランポスなどの肉食竜がいないのは運が良かった。もし居たとしたら帰り道に喰われて餌になっていただろう。

 

とりあえずは傷の治療と体力の回復を優先しなければと、彼はアイテムポーチから道具を取り出そうとして、袋が湿っている事に気付く。

 

火球と尻尾の一撃のせいで回復薬が入っているビンが何個か砕けてしまったようだ。無事なビンをうつ伏せのまま手探りで探し当て、起き上がる。

 

ビンの蓋を開けて一気に中身を呷る。薬独特の苦味が口内に広がり、彼は顔を顰めた。

 

「な、慣れねぇ…」

 

自慢ではないが、彼は薬というものが大嫌いだった。正確には苦過ぎるものが嫌いなのだ。

 

「はぁ…」

 

溜息が出る。まさか飛竜と相対して戦う事への興奮よりも恐怖の方が勝るとは思ってもいなかった。

 

こんな事、初めてリオレウスと戦った時以来。初心に戻ったような、情けないような気分になり、ペイルカイザーを地面に下ろして、大の字に寝転がる。鎧がまだ熱を持っていたのか、湿った地面に当たった瞬間、ジュっと音を立てた。

 

寝転がりながら現状を確認する。体の方はまだ痛みがあるが、捻挫や骨折などはしていない。十分に大剣を振れる。

 

アイテムポーチにあるものは、回復薬三つに閃光玉五個、それとペイントボール八個に砥石十個。

 

あとのアイテムはベースキャンプに置いてある。キャンプにあるアイテムは、回復薬グレート5個にシビレ罠に落とし穴。それとトラップツール二つにネット一つとゲネポスの麻痺牙その他諸々。

 

これだけのアイテムであのリオレウスを倒しきれるか。しかも後ろにはリオレイアも控えているのだ。

 

全ての道具をリオレウスに使っては後の狩りに支障が出てしまう。一応支給品ボックスに応急薬などが届くかもしれないが、そちらにはあまり期待を抱かない方がいい。

 

「秘薬でも持ってくればよかったかねぇ……」

 

秘薬とは回復薬よりも遥かに効果が高い薬品だ。残念ながらここには調合材料であるマンドラゴラが生えていない為、調合は不可能だが。

 

無い物を強請っても仕方ないと、彼は立ち上がりキャンプに備え付けられているテントの中にある木製のベットへと倒れこむ。もう少し体を休めてから再開だ。

 

テントの天上を見ながら彼は体が十全になる間の暇つぶしに、どうしてこの依頼を受けた経緯を思い出す。

 

 

 

 

 

「緊急依頼?」

 

依頼と酒場、ギルドを兼ねている大衆酒場で、ギルド嬢から呼び出された話の内容がそれだった。

 

別に依頼が名指しで入るのは悪い事ではない。それだけ自らが知名度と信頼度が高いのを示すからだ。

 

「そう、貴方宛にご氏名よ」

 

青を基調としたメイド風のギルド御用達制服に身を包む女性が依頼用紙を彼に見せる。一体どんな危険な依頼なのやらと、目を通すと内容は拍子抜けとも言えるものだった。

 

リオレウスとリオレイアの番の討伐。

 

普通のハンターなら苦戦どころか達成するのも難しい依頼だが、彼は普通のハンターではない。並み居るハンターの中で一線を画す存在であるGクラスのハンターなのだ。

 

「何で俺に?挑戦したい奴らなら沢山いるだろ」

 

不満があるわけではないし、名指しされるのも悪くは無い。しかし、この依頼がそれほどまでに危険なものなのかと疑問に思う。

 

緊急依頼として張り出されるなら分かるが、名指しをしてまで依頼するほどのものか。彼が言うように飛竜の代表格に挑みたいという気概を持ったハンターならば沢山いる。そういった人間に任さればいいと思う。

 

「それがね…」

 

ギルド嬢が手招きをして、彼は息が掛かるぐらいまで彼女に近づく。

 

「この依頼、もう何度も失敗してるのよ。しかもギルドナイトまで派遣しても」

 

「マジで?」

 

コクリと神妙にギルド嬢は頷いた。その目に偽りは無い。彼は依頼状にもう一度目を通す。今度は狩猟対象ではなく、依頼主まで。

 

依頼主は牧場の主からで、近くに棲息した番の夫婦を排除して欲しいとの事。

 

既に牧場から数十にわたる家畜に被害が出ており、これ以上の被害拡大を防ぎたい。書いてあるのはそこまでで、自分を名指しした文章は書いていなかった。

 

「ギルドからの名指しとは光栄だね」

 

依頼主が指名をしていないのならばあとはギルドがこちらを指名してきたはずだ。ギルド嬢を見ると、ポケットから地図を出して彼がいるテーブルに広げた。

 

「ここが牧場。それと、ここに小さな村があるのよ。意味、『貴方』なら分かるわよね?」

 

「成る程、ね。だから俺にギルドは依頼して来たのか」

 

餌が周囲に無くなった飛竜が次にどうするかなど彼には簡単に想像出来る。腹が減った飛竜は人里を襲う。竜にとって人間は美味い食料なのだ。

 

「そうよ。受けてくれるかしら」

 

返事は決まっていた。

 

「いいぜ、受けよう」

 

依頼状に自分の名前を書いて、この依頼を受諾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぅ」

 

意識が浮上する。どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。キャンプから出ると、日が高く上っていた。朝ほどに着いたのだから、二、三時間ほど睡眠を取っていたらしい。

 

屈伸をして体の調子を確かめる。もう体は痛む箇所は無い。腹部を見るとまだ赤いが、あれだけの攻撃を喰らってこれで済んだのならば安いほうだ。

 

次に武器を詳しく見る。地面から拾い上げて火球が当たった表面は少し焦げが付いているが手で払うとすぐに取れたので問題は無い。

 

「刃が潰れてる」

 

おそらく、最初の攻撃で相手のあまりの堅さに刃が潰れたのだろう。砥石をアイテムポーチから取り出して刃面に当てる。

 

「(毎度思うが、この砥石ってどんな素材使ってんだろ)」

 

市販の物もそうでない物も、十数回研げば元の切れ味を武器が取り戻すと言うのだから、とんでもないよなと彼は武器を研ぎながら思う。

 

「おっし、完了」

 

潰れた刃が元通りになるのを確認し、グゥゥと腹が鳴った。

 

「…肉でも焼くか」

 

戦闘用の物とは別に持ってきていた袋から塩漬けにしてあった生肉を取り出す。現地で調達した方が早かったのだが、それも手間だと生肉を持ってきておいてよかった。

 

草食竜がいない中で生肉の調達は出来ないからだ。彼は肉焼きセットを取り出して生肉をセットする。

 

「~~♪~♪」

 

辺りに彼の調子っぱずれな歌が響く。肉が焼けて油が滴り落ち、数十秒で黄金色に肉が焼ける。

 

相も変わらずこの肉焼きセットの火力はすごい。彼は歌を口ずさむのを止めて、肉にかぶり付く。

 

熱々な肉は腹が減った状態で食べると尚更美味い。

 

「さて、これからどうするか」

 

肉を食べながら今後の事を考える。。尋常じゃないあの威圧はその内慣れるとしても、鱗と甲殻の堅さは脅威だ。

 

龍属性と、高い切れ味を持つペイルカイザーの一撃を易々と弾いたのだ。

 

なら比較的鱗や甲殻が薄い箇所を狙うしかない。そうなると脚の腱と脆い頭、腹か。

 

「尻尾が邪魔か…」

 

相手が牽制のつもりでもこちらは一撃喰らえば致命傷に成りかねない。懐に潜り込むにしても尻尾を切り落とさないと危なくておちおち安心して剣も振るえない。

 

「と、なると」

 

置いてあるアイテムポーチからシビレ罠を取り出す。落とし穴では尻尾が埋もれて隠れてしまうので切り落とす事が出来ない。

 

とりあえずの方針が決まれば後は実行するだけ。いくらリオレウスと言えど、切り落とされた尻尾を再生するには数日の時間を要する。

 

彼はシビレ罠を持ち、ベースキャンプを出た。

 

 

 

 

 

 

「④だな」

 

数時間以上効果が持続するペイントボールは今尚相手の場所を臭いとして教えてくる。依然としてリオレウスは動いていないようだ。

 

最初と同じように②から③へと抜けて、④へと入る。

 

ペイントボールの臭いが示す通り、空の王者は其処に居た。唸り声を上げてこちらを威嚇してくる。

 

「わりぃな、今度はそう簡単にビビッてたまるかってんだ!」

 

彼は最初とは違い、臆さずに真っ直ぐに王者へと走る。リオレウスは胸を反る。

 

「(ブレスッ!)」

 

リオレウスの口から赤い閃光が漏れる。

 

次の瞬間、特大の火球が放たれた。

 

「いっ?!」

 

その有り得ない火球の巨大さに彼は驚き、本能が警鐘を鳴らす。思いっきり右に身を投げ出すように跳ぶ。後ろで火球が岩に直撃し、熱風が背中を撫でる。その威力にゾッとした。

 

おそらく最初の火球は手加減されていたのだろう。もし、あの時今と同じ威力の火球が直撃したら鎧ごと燃えていたかもしれない。

 

起き上がり、リオレウスを見る。その目には、まだやるか?と試しているように映った。

 

「上等だ、ハンターを舐めんなよ」

 

リオレウスを睨みつける。その挑戦を受けるかのように空の王者は大きく吠えた。

 

「来いっ!!!」

 

言うと、リオレウスは両翼を惜しみなく使って空中へと飛び、大きく口を開いた。火球が再度放たれる。彼はそれをひたすらに走って避ける。自分の背中が熱で熱くなるのをゾッとしながら走りまくる。

 

本来、リオレウスの火球の連発最大数は三発であるはず。だが、この個体は既に六発の火球を撃ち出している。勢いは尚も止まらない。

 

「うぉぉぉ!!」

 

八発目で、思いっきり前転する。追撃が来ない事から八発が限度のようだ。上を仰ぎ見てリオレウスの位置を確認しようとして、

 

――まずいものが視認出来た。

 

その口内が激しく発光している。比べ物にならないくらいのブレスが来る。本能的に悟った彼は④の入り口近くの岩陰まで全力疾走する。

 

「っはぁ!」

 

岩陰に入るのと、リオレウスが火球を撃つのは同時だった。地面にブレスが着弾すると、辺り一帯に灼熱が撒き散らされ、周囲を蹂躙していく。

 

岩越しからでも分かる凄まじい振動と熱。大樽爆弾Gを凌ぐほどの衝撃と音が響き渡る。

 

「洒落になんねえぞおい!!」

 

思いっきり愚痴を口に出す。音と熱が収まると、彼は岩陰から出る。

 

先程まであった光景は無かった。地面に多い茂っていたはずの草は全て焼き払われ、地面は炭化している。

 

「すげぇ…」

 

恐怖よりも、強大な相手への歓喜よりも、感動が勝った。これほどの現象を数十秒で成してしまう悠然と空に佇む王者に純粋に敬意を抱いた。そして、それはすぐに闘争心に変わる。

 

彼は笑った。その笑みをリオレウスはどうとったのかは分からない。だが、空中で吠え、更に体中に力を漲らせる。

 

リオレウスが赤い闘気を纏う。まるで炎龍テオテスカトルの炎鎧のようだ。

 

リオレウスはブレスではなく、滑空してこちらへと迫る。両脚の先端の爪には毒があり、もろに喰らえばそのまま天国へ直行する事になる。

 

「オオォォ!!」

 

だが、それに対してこちらも真っ直ぐに直進する。それが意外だったのか、リオレウスは怪訝な顔をしたように見えた。

 

「(狙うはカウンターッ!)」

 

あの鱗と甲殻は牽制を伴なった半端な一撃では意味を成さない。加えて全力で斬撃を数度放っても砕けてはくれないだろう。

 

だが、それは自分の力だけだった場合。相手の体重を加算すれば、一撃であろうとも鱗を裂き、甲殻を砕く事が出来るはず。

 

自身よりも遥かに巨大な赤い影が迫る。体中の血が、緊張と恐怖で凍りつく。

 

地面を這うように体勢を低くし、抜刀。斬撃はリオレウスの顎下から腹部、尻尾の先端までを通過する。

 

肩と肘に圧倒的な重量を斬った反動が来る。常日頃の研鑽のお陰か、肩が外れるような事は無かった。

 

「ゴァァァ!!?」

 

空の王者が驚愕の声を上げて陸へと失墜する。尾を引くように砕けた鱗と甲殻が散らばった。

 

「今のでその程度のダメージかよ…。全く呆れた頑丈さだ」

 

鱗と甲殻が砕けたとはいえ、微々たる物だ。それらがあまりない腹部には薄っすらと赤い線が出来ているが、ダメージと言うにはあまりにも軽微だ。

 

彼の言葉に、リオレウスは顔を顰めて唸った。お前が言うな、とでも言いたいのだろうか。

 

もう一度、リオレウスに接近する。この個体相手では何をしてくるかは分からないが、それでも基本から逸脱した体の構造に反した動きは出来ないはずだ。

 

この状況ならば相手の攻撃は限られる。獲物が正面から突っ込んでくるならば、飛翔するか、体当たりで吹き飛ばすか、尻尾で牽制するかのどれかのはず。

 

ブレスの可能性も否定出来ないがあれは撃った後に数秒の硬直がある。頭がいいこいつはそんな愚挙は犯さないだろう。

 

何をしてくるか、リオレウスの一挙一動を見逃さずに駆ける。しかし、予想に反して何の予備動作も見えない。突進をしてくるにしても多少体に力が入るはず。

 

それが無い。迷っていても仕方が無い。ペイルカイザーを抜き放ち、上段から下段へと振り下ろす。すると、また彼の経験に無い事が起こった。

 

ガキィンと言う鉄と鉄が擦れ合った音。その原因は

 

「なっ?!!」

 

リオレウスがペイルカイザーを強靭な口の力で捉えた。咥えられた大剣とリオレウスの牙がせめぎ合う。

 

有り得ないと何度この狩りの最中に思った事だろうか。確かに大剣の斬撃の軌道は直線だ。

 

だからと言って飛竜が人間の一撃を見切ったように口で止めるか?

 

「っぐ!」

 

当然ながらこんな状態になってしまえば竜の方が圧倒的に有利だ。

 

武器を放してしまえばハンターは丸腰になってしまう。彼は大剣を放すまいとして両手に有らん限りの力を込めて拮抗しようとする。

 

リオレウスは武器を噛み砕こうとでも思ったのか、顎に更に力を込めるが考えていた以上に頑丈なようで、ペイルカイザーから迸る龍属性に鬱陶しいように顔を歪める。

 

「こんちくしょうがぁ!!!!」

 

彼は大剣から片手を離して、アイテムポーチへと手を伸ばす。中から取り出したのは閃光玉。

 

「喰らえ!!」

 

ほぼ零距離で閃光玉が炸裂する。

 

「ギャガァァァ!??」

 

これには流石の王者も予想外だったのか、視界を真っ白に塗りつぶされて悲鳴を上げていた。口が開き、大剣が開放される。

 

「お返し、だっ!」

 

下からすくい上げるようにリオレウスの顎を打ち上げる。龍属性がリオレウスの体内に浸透し、苦しめる。

 

が、大して効いているようにも見えない。視界が見えない事で自棄になったかのように尻尾を振り回し、彼を近づけまいとする。

 

やはり、尻尾が邪魔だ。荒れ狂う暴風のようなリオレウスから一旦離れる。シビレ罠を設置しようにもこれでは懐に入ろうとしても少々難しい。

 

問題はこの規格外サイズ相手にシビレ罠が何秒拘束してくれるか。

 

予想では十秒程度。下手をしたらそれ以下。

 

「(数秒でいい。頼むぜシビレ罠さんよ)」

 

ポンポンとシビレ罠を労うように触りながら暴風へと突っ込む。

 

右から左へと方向変えてくる尻尾の一撃を体を逸らし、前転で躱しながら何とか一撃ももらわずに両脚の間に入り込む。

 

地面に仕掛けるとシビレ罠は正常に作動し、リオレウスの動きを止めた。その間に尻尾へと近づき、大剣を振り上げる。

 

「(でけぇ!)」

 

今まで見た事が無いような規格外サイズの尻尾の大きさ。切り落とすのは手間取りそうだ。

 

一撃、振り下ろす。

 

首や体ほど堅くないのか、鱗と甲殻が弾けた。

 

二撃、振り上げる。

 

柔い肉を大剣が抉り、属性が更に浸透し、肉が切れる。

 

三撃、横に薙ぐ。

 

横に大剣を薙ぎ、今までつけた傷に当てて体勢を立て直す。

 

「ッ!」

 

バチリとシビレ罠が壊れる音がした。それと同時にリオレウスが麻痺から復帰する。まずい、まだ尻尾に十分なダメージを与えていない。

 

「仕方ねぇ!!」

 

まだ一撃入れる隙がある。横から薙いだ反動を利用し大剣を振り上げて、彼は自分の奥の手を発動させる。

 

闘気が爆発する。彼は赤いオーラを纏う。

 

それは鬼人化と呼ばれるもの。

 

本来双剣でやるべきであるはずの奥義を大剣で発動させた。一時的にだが彼の身体能力が爆発的に上昇する。

 

「ゼアァァァ!!!!」

 

気合一閃。ペイルカイザーが一筋の蒼い残光と化し、尻尾へと喰らいついた。

 

鱗と甲殻、肉を切り裂き、押し進む。それでも刃が尻尾の半ばで止まってしまった。

 

「ガァァ!!!!」

 

しかし、鬼人化した彼の膂力はそれだけでは止まらなかった。

 

人間では考えられない力を発揮し、一度止まってしまった刃を強引に押し込み、骨を断ち切り尻尾を切断した。

 

王者が狩りが始まって以来、初めて苦痛を含んだ悲鳴を上げた。

 

「どんなもんよ!」

 

大剣を背中に背負い、震える手でアイテムポーチからペイントボールを取り出して、痛みにもがくリオレウスに当てた。そして彼は一目散にその場を後にした。

 

 

 

 

 

「いっつ…」

 

④を出て、エリア③に着く。まだ安心出来ないので、南方向に走りエリア②で入り口の近くにある木の根元に座る。

 

手がプルプルと重度の筋肉痛にでもなったかのように震えている。先程の鬼人化の代償だ。

 

本来、武器の中でも軽い部類に入る双剣でするはずの技を、最も重い部類に入る武器で体現したのだ。この代償はあって然るべきものだ。

 

代償は大きいが、威力の方は見ての通りで、リオレウスの尻尾を切り飛ばした。

 

「ちょっと、休まないと駄目だなこりゃ」

 

回復薬を飲み干して、休憩するためにベースキャンプへと戻る。リオレウスに与えたダメージは回復してしまうだろうが、尻尾はそうはいかない。たかが二、三時間で再生する事はない。

 

次の方針はどうするか。それを考えながら彼はキャンプへと足を進めた。




どうも凡人Mk-IIです。

さてさて、主人公の若干の人外っぷりが発揮された回でした。

あと二、三話でこの話は完結しますので、それまでお付き合いしてもらえると幸いです

では


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第三話 死闘

視界が回復し斬られた激痛が治まり、自らの断ち切られてただの物と化した尾を見る。四撃、たったそれだけで尾が切り落とされたのだ。驚愕に値する。あの狩人は今まで相対してきた中で間違いなく最強の部類だ。

 

折れぬ心、一線を画す圧倒的な技術。そして飛竜では無いかと錯覚する程に頑丈な体。

 

手強い。それだけに体中の血が滾る。

 

この戦い、負けるわけにはいかないのだ。大切な者の為に。と、その前にだ。腹が減っては戦が出来ぬ。腹を満たすために餌と水がある場所へと翼を広げて飛び立つ。

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁ!苦い!」

 

手持ちの回復薬全て飲み干す。口の中が苦味で大変な事になっている。もう少しだけでいいから飲みやすい回復薬が開発されて欲しいと彼は切実に思う。蜂蜜を入れれば多少マシになると言えばマシになるのだが、良薬口に苦しとはよく言ったものだ。

 

「…っち」

 

十数分休んで未だに腕が震えている。あの状況、仕方なかったとはいえあれほどに早く奥の手を使うとは想定外だった。彼は飲み干したビンを袋へと入れなおして立ち上がる。ついでに座っていた木の近くに生えていた回復薬の調合材料である薬草を三本毟る。

 

「調合しないと薬が足らないしな」

 

何個か回復薬を飲まないと腕がまともに機能しなくなるほど、先程の鬼人化は体に負担が掛かるのだ。あと一時間程すれば両腕も元に戻る。それまでは調合材料を集めるのに集中すればいい。

 

彼は歩き出すと、ペイントボールの臭気が④から移動したのを嗅ぎ取った。⑨へと移動している。入り口から細い道が長々と続く⑨には飛竜の餌になる肉がある。その後は⑩にでも行って水分補給でもする気だろうと予測する。

 

「⑩と⑨は駄目だな」

 

⑩と⑨には蜂蜜と薬草、アオキノコがあったはずだと記憶している。だが、今の状態ではあれに遭遇したらただ餌になるだけ。ならば避けなければいけない。調合材料がある場所といえば…

 

「⑧か…」

 

⑧にはアオキノコがある。隣接する山菜爺さんと呼ばれる人がいる小さなエリア⑦には蜂蜜もある。彼は歩き出した。

 

 

 

 

 

エリア⑧は草原のように開けている③や④とは違い、鬱蒼とした木達が太陽の光を遮って、ジメジメとしている。そういった環境だからこそキノコなどの菌類が繁殖し易い。

 

「こいつは………今は特産キノコなんぞ要らないんだよ」

 

しゃがみながら生えているキノコを選別していく。これだけ生えているというのに今まで見つかったアオキノコは五つ。

 

それ以上がどうしても見つからない。薬草の方は問題そこらかしこに生えているのでいいのだが、アオキノコの方は数が限られる。⑧をくまなく探したが、これ以上見つかりそうもない。

 

「運悪いなぁおい」

 

愚痴りながら蜂蜜がある⑦へと入る。。思ったとおり山菜爺さんが居た。

 

「おぅ、若いの。どうやら大変な事になってるようじゃの」

 

基本的にこちらから話しかけないと相手にもしないこの爺さんが話しかけてくるのは極めて珍しい。

 

「まぁな、爺さんは相変わらずかい?」

 

「ほっほっほぉ。まぁ、変わらんと言えば変わらんよ。変わったものがあるとすれば、あの赤い飛竜がやってきてから森と生き物が恐がっている事くらいかのぉ」

 

いつも森丘に入り浸っている爺さんは環境の変化には敏感だったらしい。それでも特に動揺した様子がないのは、昔凄腕のハンターだったという噂が本当なのかもしれない。逆鱗や紅玉などを持っていたりするのがその証拠か。

 

「全く、本当の化け物クラスだぞ、あのリオレウス」

 

彼は爺さんに話しかけながら、中央に生えている木の右奥にある蜂の巣から蜂蜜を取る。薬草とは違い、蜂蜜はたっぷりとある。

 

「じゃろうな。ほれ、そんなお主に差し入れじゃ」

 

「え、あ、ありがとう……ってこれ秘薬?!」

 

渡された物を見て、驚く。まさかこれほど高価な薬を貰えるとは思わなかった。ちなみに山菜爺さんが秘薬をくれる確立は1%である。

 

「腕が随分と疲労しているように感じる。大分、気が乱れておるからな」

 

「ん、まぁ確かに両腕は疲労してるけど」

 

人の気を読むとは、やはりこの爺さんは全盛期は凄腕のハンターだったという噂は本当のようだ。

 

「ワシもあんなのがいちゃおちおちゆっくりもしてられん。早急に追っ払ってくれるのを望むわい」

 

言うなり、爺さんは彼から離れて木の幹に座った。これ以上話す事はないというのだろう。彼も、もうここには用は無い。爺さんに礼を言って⑦から出て、秘薬を飲み干す。

 

「っ、やっぱりこれ劇薬だろ」

 

体の傷ついた部分や、疲労が消えていくのが秒刻みで分かる。それだけに効果が高い薬品でありながら使った後の反動が無いのだから驚きだ。

 

彼は両腕を振る。痛みはもう完全に引いており、大剣を振り回しても痛みが走らなかった。意外なところで回復出来た事を幸運に思い、調合に入る。

 

「……」

 

失敗しないように慎重にアオキノコと薬草を混じり合わせ、その中に蜂蜜を垂らして回復薬グレートを調合。何とか一つも失敗せずに出来たのにホッとしながら、ペイントボールの臭気を辿り、相手の位置を確認する。

 

リオレウスは未だ食事中のようで、⑩にいるようだ。水でも飲んでいるのだろうか。

 

「よし」

 

彼は⑤へと足を向ける。まだこの狩りに出て一度も確認出来ていないリオレイアにペイントボールを当てるためだ。リオレウスが居ない今がチャンスだ。

 

⑤とは反対の⑥から侵入してもいいのだが、あそこは崖が切り立っており、嫌が応でもツタなどを伝って上らなければいけないため、リスクが高い。途中にリオレウスに迎撃でもされたら地面に真っ逆さまに墜落するからだ。

 

「…まだ⑩にいるな」

 

臭気でリオレウスが動いていない事を確認し、走る。④へと入り、高台を登り⑤へと入る。腰を低くし、入り口の近くから巣の奥を覗き見る。

 

居た。リオレイアだ。夫であるリオレウスが規格外ならば、その妻もまた規格外のようでとんでもなくデカイ。だが、

 

「生気を、感じない…。死ん、でる?」

 

彼は信じられないように慎重に近づく。リオレイアは眠っているようだが、その体から飛竜にある強い生気と存在感を感じないのだ。前来たハンター達に負わされた傷が致命傷となったのか。

 

しかし、リオレイアの体の何処を見てもハンター達に傷つけられたような痕は存在しなかった。

 

ならば病気か何かだったのだろうか。そこまで考えて、彼の視界にあるモノが映った。飛竜の赤ん坊だ。まだ小さい。鱗も甲殻も柔らかそうで、突けば傷ついてしまいそうに感じる。

 

赤ん坊は目を開けていない。死んでいるわけではなくただ単に昼寝をしているだけ。スヤスヤと安らかに寝ている。もしかしたら幸福な夢でも見ているかもしれない。

 

「……」

 

心が痛んだ。これから自分はあの子の父親を殺さなければいけないのだから。だが、ここでリオレウスを倒しておかなければ確実に人里に被害が出る。赤ん坊が既に生まれているのならば、餌を更に求めるはずだ。そうなればもう牧場の家畜だけでは確実に足らない。

 

すまない、と彼は心の中で赤ん坊に謝り、外に出る。臭気を辿るとこちらにリオレウスは向かって来ているようだ。

 

「ハァ…」

 

気が重い。全く、⑤に行かなければよかったと後悔しながら敵が舞い降りてくるのを待つ。体は秘薬のお陰で万端になっており、試しに大剣を振るってみても痛みは無い。むしろ絶好調とすら言っていい。アイテムポーチの中身も万全とは言えないが十分に備蓄がある。それでも、あの光景を見るとどこか罪悪感を感じてしまう。

 

だが、迷いながらも彼は心を鬼にする。何故ならばもし、リオレウスを撃ち漏らした場合、村がどうなるかを彼はよく知っている。身を持って経験した事があるのだから。

 

「同じだな。あの時と」

 

子供の時の記憶が彼の頭の中で再生される。自分がハンターを目指そうと思った切っ掛け。

 

自分の村はそこまで栄えてもいなかったが、飢餓に苦しんでいるわけでもなかった。モンスターもとりわけ凶暴でもなく、毎日を平和に暮らしていた。が、その日常はある一件から脆くも崩れ去った。

 

リオレウスとリオレイアの番が巣を作ったのだ。村の近くの家畜が何匹も喰らわれて、ついには餌となる家畜もいなくなった。その間に何度もハンター達は討伐をしようとしたが相手は相当に強大だったのか、何度も失敗してしまっていた。

 

そして、とうとう村に被害が出た。餌を求めてやって来た飛竜は人を襲い始めた。その一件で彼は母親を失っていた。

 

蹂躙される村を見ている事しか出来ないのに無力感をひしひしと感じながら、飛竜の牙がこちらに向いた時、リオレウスの頭に何かが当たり破裂した。今ならばその正体はガンナーが使う徹甲榴弾だと分かる。

 

その後、四人組みのハンターは見事飛竜を討ち取り、村を守った。聞けばその四人組はかなり有名なハンターだった。今でもその名は世界に轟いている。

 

そして彼はその日からハンターを目指した。モンスターに苦しむ人々を自分の力で助けたくて、もう自分と同じような思いをする人間が増えて欲しくないと願って。

 

想いは今でも変わらない。飛竜に恨みがあるわけでもない、ただ、普通に暮らす人達の笑顔を守りたいだけだ。

 

でも、それは同時に飛竜達の命を絶対に守らないのと同義だ。人に害を成すのならばこれを討伐する。それがハンターの基本。

 

たとえ飛竜にどんな事情があろうとも、人に害をなしてしまう存在になったのならば例外は無い。ギルドは依頼を出して狩人である自分がそれを実行する。

 

自らが生きる為に他者を喰らう。自然の真理であり、至極当然な事だ。

 

何よりも、感傷に浸る暇はない。相手は規格外。下手な同情は命に関わる。それも自分のだけではない、村の人達の命までかかっている。

 

ハンターとしての本分を果たす。彼は空を見上げて自分の決意を固くする。

 

「来たか」

 

バサバサと音が鳴り、空から王者が地上に降り立つ。尻尾を切り落とされているというのに眼光には明らかな闘争の意思がある。その源はきっと子供を守ると言う親としての矜持なのだろう。

 

「悪いな。こっちも退けないんだ」

 

その言葉に分かっている、とでも言うように王者は首を振った。

 

「――いくぞ!!!!」

 

再び闘争の幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

「オオオオォォォ!!!」

 

獅子吼を上げて彼は飛び立とうとするリオレウスへと疾駆する。アドレナリンが彼の体内に分泌され、体のリミッターが外れる。

 

大気を裂いて振り下ろされる大剣。その一閃は飛び立とうとするリオレウスの翼へと直撃する。

 

彼の技量と大剣の重量、龍属性によってリオレウスの翼に生えている翼爪が叩き折れ、飛び立とうとしていた王者の勢いを削いだ。

 

「ガァァァ!!」

 

縦から横へと大剣の軌道が変化する。風を裂いて、リオレウスの頭部へと斬撃が迫る。彼はこの戦いで全てを使い切るつもりで大剣を振るっている。渾身の力で放たれるそれは、並の飛竜ならば頭をかち割られて死に到る。

 

大剣を片手剣のように扱う彼の技量は数多の狩人と死闘をし続けてきたリオレウスから見ても驚愕に値するものだった。

 

しかし、大剣が空を切る。リオレウスも多くの死闘を繰り広げ、生き抜いてきた強力な個体なのだ。頭を逸らして必殺の一撃を避けた。まるで人間のような動きをする。

 

驚く彼だが、止まりはしない。下から顎を打ち据えようとして尻尾が頭目掛けてくるのが視界に映り、即座に横へと前転して回避する。

 

「(やっぱり尻尾がないとやり易い!)」

 

明らかにリーチが短くなっている尻尾では彼を捉える事は極めて難しい。噛み付いてくるリオレウスの攻撃をもう一度前転で躱し、最も安全な懐へと潜り込む。幹のように太い足の間で大剣を振るう。

 

脚の腱へと吸い込まれるように大剣が喰らいつく。彼の掌にミチミチと、何かが切れる感触が伝わってくる。龍属性と大剣の重量で脚斬られたリオレウスは悲鳴を上げる。

 

更に彼は大剣を跳ね上げて胴体を狙う。最初にカウンター気味に入れた場所の傷は殆ど治癒しているが、脆くなっているのには変わりない。加えて腹部は最も鱗や甲殻が薄い場所。

 

刃がめり込み血が吹き出る。蒼いリオソウルの鎧が赤く染まる。

 

「っ!」

 

目に血が入ってしまい、視界が遮られる。隙を突くように斬られていない脚でリオレウスは前蹴りを彼へと放つ。鋭利な爪には毒があり、直撃すれば死ぬ。

 

「うぉ!」

 

爪が彼の兜を掠り、兜が叩き割れて宙を舞った。洒落にならない爪の切れ味に背筋が冷たくなる思いをしながら回避した彼であったが、懐から少しだけ離れてしまった。

 

リオレウスの牙が彼を捉えようと肉迫する。

 

「っく!」

 

大剣を盾にして受け切った彼だが、体勢が崩れる。そこへ、至近距離でリオレウスが吠えた。鼓膜を破るのではないかと言うほどの轟音。

 

リオソウルの鎧で軽減されるはずのそれが、彼の脳を揺さぶった。

 

「ぐぁぁぁ!!?」

 

今度は彼が悲鳴を上げる。脚の仕返しに尻尾でリオレウスは彼を吹き飛ばす。紙切れのように地面を転がり、彼は10メートルほど飛ばされて止まった。

 

「ああぁぁぁぁ!!!」

 

即座に起き上がり、彼は再びリオレウスに肉迫する。飛ばれれば不利になると悟っているからこその行動だった。リオレウスも上等だと言わんばかりに迎え撃つ。

 

上段からの振り下ろし。愚直な斬撃はリオレウスを絶命させようと唸りを上げる。しかし、彼の手に返って来たのは地面にめり込んだ大剣の感触。リオレウスは後ろへと飛びのき、口からブレスを吐き出した。

 

バックブレスだ。

 

迂闊、彼がそう思った時にはブレスが鎧と体を焼いた。

 

「ぐがぁぁ…」

 

流石の彼も肌を焼かれる痛みに悶える。そこへ止めを刺そうとリオレウスは地面に着地した瞬間地を蹴った。

 

だが、それを彼は分かっていたのかアイテムポーチから閃光玉を取り出して投げつけた。

 

リオレウスの正面で閃光玉が破裂し、光が辺り一帯を染め上げる。視界を奪われた事によりリオレウスはバランスを崩して転倒する。

 

「おおおぉぉぉ!!!」

 

転倒した隙を彼が見逃すはずも無く、体に残る力を斬撃へと乗せた放つ。踏み込んだ足が地面へとめり込み、大剣へと全てのエネルギーが集約する。

 

斬撃がリオレウスの頭に直撃する。あまりの威力にリオレウスの頭が地面へと陥没する。飛び散る火花。拮抗は数瞬。大剣の力が鱗と甲殻に勝り、頭部から血が吹き出、枯れ果てた大地を血に染める。

 

「ああああぁぁぁ!!!!!」

 

体の中に存在する有らん限りの力を一撃一撃に彼は込めた。執拗に頭を攻撃されるリオレウスは、片目は潰され、ドクドクと血を流している。だが、一方的にやられるリオレウスではない。

 

一心不乱に大剣を振っていた彼を尻尾が吹き飛ばす。

 

間合いが開くが、彼も疲労しているのか最初ほどの覇気がない。尤もリオレウスも同じだ。

 

「ハァ、ハァ…」

 

彼の荒い息遣い。リオレウスも同じように息をする。

 

「っく」

 

前に進もうとしても彼の足はブルブルと震えて前に出てくれない。が、それはリオレウスも同じで、攻撃しようにもしこたま頭に斬撃を喰らったせいで脳が揺れて攻撃に転じれない。

 

やはり凄まじいと、リオレウスは思う。飛竜である自分が人間相手に短時間でこれほど疲労するなど有り得ない事だ。少なくとも今の今まで経験は無い。それが数度の攻撃によって頭は揺れて脚がいう事を利かなくありつつある。それだけにこの名も知らぬ狩人が優れているという事なのだろう。

 

考える事は彼も同じだった。頑丈である自分が数分の間にここまで疲労するのは始めてだ。

 

互いに動けぬまま、硬直する。

 

回復は当然ながら飛竜であるリオレウスの方が早い。翼を広げて宙へと飛ぶ。

 

「くそっ」

 

まずい、ブレスが来る。彼はそう思って脚を引き摺りながら岩陰へと避難しようとする。だが、予想に反してブレスによる追撃は来なかった。リオレウスは巣である⑤へと飛んだのだ。

 

「逃げた?どうして…」

 

何故巣へと向かったのか、分からない彼だったが、休憩には丁度いいとアイテムポーチの中から回復薬グレートを取り出してその場で全て飲み干した。

 

「あんだけ頭を攻撃して死なないのかよ、全く」

 

相棒であるペイルカイザーを砥石で研ぎながら愚痴る。彼の経験からすれば、この大剣で頭を二度叩ききれば大抵の飛竜は絶命する。それがあのリオレウスは四度も叩き斬ってもまだ存命しているのだから驚きだ。

 

回復薬が効くまでの間、動けない彼は⑤へと視線を向ける。何故このタイミングで⑤へと向かったのかを考えたが、飛竜の思考など分かるはずも無い。

 

「子供に親の勇姿を刻んでおきたい、とかか?」

 

そんなわけないか、と彼は炭化した地面に体を休めるために寝転がった。



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第四話 終局

幼竜であるリオレウスの子供は辺りに響き渡る音を聞いて目を覚ました

 

外で轟音と咆哮が響き、辺りを揺らしている。信じられない事に父が本気を出して敵と相対しているらしい。大丈夫だろうか、と幼竜の胸を不安が過ぎるが父ならばきっと大丈夫だと思い、帰って来るのを母と共に待つ。

 

先日、病気で無くなった母を見て未だに生きているのではないかという有り得ない淡い希望を抱く。優しくて、強かった母でも病気には勝てなかった。

 

翼の音が聞えて幼竜は空を見上げる。彼の父が降りてきたのだ。

 

声を上げようとして、彼は言葉を失った。翼爪は砕けて、片目は潰れて頭もかなり切られている。腹には裂傷があり、脚も無事とは言い難い。それほどに今回の相手は強かったのか。

 

父は自分に近寄って頬を舐めてくれた。安心しろ、と言いたげに。

 

鉄と鉄が擦れているような音が巣の入り口近くから聞える。そこには壊れた兜と蒼い鎧を身に纏った狩人がこちらを向いて佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

体が回復した彼は巣である⑤へと入ると、その光景を見た。息子である幼竜の頬を舐めて、甘えるように声を出す幼竜を。

 

「…」

 

今からあの微笑ましい光景を壊してしまうのだと思うと心が痛いが、やらねばならないと足を進める。こちらの存在に気付いたのか幼竜とリオレウスはこっちを向き、歩いてくる。

 

力を入れるごとに全身が痛むがそれはあちらも同じはず。純粋な切り傷は飛竜の回復力からすれば治るものだが、最も苦手な龍属性はそうもいかない。傷口を広げて、内部へと浸透する。あれだけ頭と胴体に斬撃を喰らわせたのだから、もう残っている体力は少ないはずだ。

 

リオレウスと彼は互いに視線を合わせて攻撃の機を探る。

 

「(もう、殆ど体力も残ってない…。撃てるのはあと一撃が限度。どうするか)」

 

一撃で終わらせるしか彼に策は無い。頭に何度も付けた切り傷。あれに全てを乗せた斬撃を放ち、相手を沈ませる。

 

「(チャンスは一度っきり。やるしかないな)」

 

体を鬼人化させて、更に大剣特有の技、溜め斬りを併用する。腕と体にそれ相応の負担がかかるが、この際そんな事は言っていられない。

 

「ガァァァァ!!!!」

 

「…おいおい、マジかよ」

 

リオレウスも最後の力を振り絞ったのか、全身に最初と同じような赤い闘気を纏った。もしかしたらこれは竜版の鬼人化なのかもしれない。

 

「(来る…)」

 

全身を必殺の凶器と化し、空の王者は一度飛び立ち、滑空してくる。ブレスを撃ってこないのはすでに余力が無いからなのか。

 

「(もう一度、狙うはカウンター!)」

 

相手の重量を乗せた一撃で頭をかち割る。しかし、今回のカウンターはタイミングを間違えれば確実に死に到る。ギラリと並ぶ歯が心臓を止めている感覚すらする。

 

呼気を一つ、鬼人化し、腰を入れて大剣特有の溜め切りのモーションへと入る。こうしてしまったらもう後戻りは出来ない。死ぬか生きるか。彼は今その瀬戸際に立たされている。

 

吠えながら滑空する空の王者。

 

少しずつ停滞していく時間。

 

ゆっくりと彼の目の前に死が迫る。

 

それを跳ね除けるように

 

「だぁぁぁぁ!!!!」

 

彼は大剣を振り下ろした。

 

 

腕が吹き飛んだのではというほどの衝撃。鱗と甲殻、骨が割れる感触と音がして、空の王者は地面へと倒れた。

 

「は、は、は、は」

 

鬼人化を解除し、体の緊張を解いた瞬間、彼の体をリオレウスの尻尾が打った。完全に油断していた彼は踏ん張りも、受身を取ることも出来ずに壁に叩きつけられる。

 

カハっと肺から空気が出たせいで変な声が出た。

 

「負けた、か…」

 

詰みだ。体は動かないし、腕も大剣を振れない。

 

死ぬ。端的な事実が突き刺さるが不思議と恐くはなかった。体には痛みと充足感がある。

 

「(あの傷じゃ、もう長くはないだろ…)」

 

空の王者は頭から血を流している。致命傷だ。その証拠に少しずつだが双眸から生気が抜けていっている。

 

止めを刺されるかと思っていたが、リオレウスはこちらを一瞥すると背を向けてリオレイア、妻の亡骸へ寄り添うようにして地面へ体を付けた。

 

リオレウスは戦っていた時とは信じられないくらい優しい声で息子である幼竜を呼んだ。

 

おいで、と息子へ言っているように彼には聞えた。

 

寂しそうに泣く幼竜。リオレウスは数度、息子の涙を拭うように舐めると息を引き取り、死んだ。

 

「――」

 

彼は壁に背を預けながらその光景を目に焼き付けた。

 

幼竜は死んだ両親を見て、その後にこちらに向かって飛んで来た。まだ上手く飛べないのか見ていてこっちがはらはらした。

 

目の前に幼竜は降りた。その目には涙はあっても憎悪のようなものは見て取れなかった。

 

「俺が憎いか?」

 

幼竜は首を横に振った。もしかして、この子は人間の言葉を理解しているのだろうか?震える手で幼竜を撫でてやると、両親を思い出したのか切なそうに鳴いた。

 

狩りは終わった。後は報告するだけだ。全身に痛みがあるが、大剣を杖にして立ち上がる。

 

幼竜がこちらを見ていた。正直言えばこれ以上ここにいるのも、この竜に関わるのも得策ではない。飛竜の死を嗅ぎつけたランポス達がやって来るからだ。それに、幼竜の前で両親の体から素材を剥ぎ取るのも気が引けた。どちらにせよギルドの方が多少素材を剥ぎ取って自分に渡してくれるのだから問題は無い。

 

自然の真理は弱肉強食。この子が生き残るのも死ぬのもこの子次第だ。だが、無垢なその目を見ているとこのまま見捨てて戻る事が出来そうになかった。

 

「ハァ…」

 

我ながらお人好しだなぁ、なんて愚痴りながら幼竜へと視線を向ける。

 

「一緒に来るか?」

 

そう言うと飛竜は頷き、自分の隣を飛んで付いてきた。

 

「(こんなもん、偽善もいいとこだぞ、全く…)」

 

あの光景を壊してしまったせめてもの罪滅ぼし。もしかしたら、あの時リオレウスが自分に止めを刺さなかったのはこれを予見していたからなのだろうかと有り得ない事を考える。

 

「んじゃ、行くか」

 

彼は幼竜と共に出口に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

幼竜である彼の心境は複雑なものであった。父を殺した男とこれからを共にするのだから。それでも不思議と憎しみは無い。

 

父にあの男を怨むなと言われたからか、それともこれが自然の摂理だからと自分が納得しているかは幼竜である彼には分からない。

 

隣を歩く男は今にも倒れてしまいそうで、父との戦闘がどれだけのものだったかを想像させるのは難くない。

 

父は人生最期の敵がこの人できっと満足だったんだろう。そうでなければ死ぬ間際にあんなに晴れ晴れとした顔で逝きはすまい。

 

「あ、そうだ。忘れてた事があった」

 

男は立ち止まり、こちらを見てきた。何か忘れてきたのだろうか?

 

「名前を教えとかなくちゃな」

 

そういえばそうだった。父はこの男の名前を知らなかったし、自分も知らない。父を殺した相手に名前を知らないとはなんとも間抜けな話だなと幼竜は思いながら男の声を耳を傾けた。

 

「俺の名前は――」

 

幼い竜は、これからを共に歩んでいく男の名前を胸に刻み込んだ。




どうも凡人Mk-IIです。

以上で狩人の戦いは終了となります。

いやぁ、気紛れに書いてみたモンハンの小説でしたが、いかがでしたでしょうか。

皆様の暇つぶしになってくれたのならば幸いです。


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