Zestiria×Wizard 〜瞳にうつる希望〜 (フジ)
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第1章 騎士姫と魔法使い
1話 始まりの始まり


IS×SWORD更新しないで、何やってんのお前、と思った読者様達には申し訳ありません。もう少しお待ちください。

少し、メインで書いてる小説の気晴らしに数話で完結する程度の短編を書いてみたら、思いの外、捗ってしまいまして、投稿してみました。

本作品は、あくまで気晴らしであり、3話くらいで、『俺たちの戦いはこれからだ!』状態で区切るつもりで、長編化は未定となっていますのでご了承ください。







かつて、魔法は科学と並ぶ学問であった。しかし文明の進歩と共にいつしか忘れ去られた。

 

時は流れ、現代。科学では解明できない恐怖を魔法で斬り払う1人の男がいた。

 

魔法の指輪『ウィザードリング』

 

今を生きる魔法使いは、その輝きを両手に宿し、『絶望』を『希望』に変える。

 

 

 

__________________________________

 

 

「ふぃ〜、漸く落ち着いてきたなぁ」

 

 

頭上に広がる青い空をそのまま写したかのような美しく輝く大きな湖、そのほとりには個人による手製と思わしき白いブランコの残骸が横たわっている。それらを見つめる1人の青年は、その静かな安息を噛み締めるかのように言葉を発した。

 

「なぁ、コヨミ……あれから、もう随分経つけど、こっちも少しは平和になってきたよ。まぁ、少し前には妙な世界で通りすがりの仮面ライダーに出会ったり、戦極時代に跳ばされたり、バダンやら仮面ライダーの先輩達と戦うハメになったりと色々と忙しかったんだけどさ」

 

供えられた花に向けて、青年は過去を振り返りながら言葉を紡ぐ。まるで何かを懐かしむ様に、そこに居ない誰かに語りかける青年。しかし、その表情には悲しみは無く、穏やかであり、青年が過去に縛られているのではなく、今を生きる意志を持っている事を感じさせた。

 

「これ、新作のドーナッツ。店長曰く自信作だってさ。俺はプレーンシュガーしか食べる気無いからコヨミが食ってやってくれ」

 

そういって青年は『はんぐり〜』と書かれたピンクの紙袋を花の横に置く。そして、再び黙り込み景色を眺め始めた青年は、暫くすると、少し離れた位置に停めてあったバイクへ向けて歩き始めた。

 

「じゃあな、コヨミ。また、来るよ」

 

そう言うと青年はバイクに跨り、エンジンをかけ走り出そうとする。しかし、青年は自身の足元に何かが落ちている事に気付いた。

 

「なんだコレ? 虹色に光る石?」

 

掌に収まるサイズの球体。魔宝石を思わせる何処か神秘的な輝きを秘めたソレに青年は思わず手を伸ばす。

 

そして石に手が触れた瞬間……

 

「! ……ッ!」

 

青年の脳裏にセピア色の様々な光景が駆け巡る。

 

 

 

左手に光る紋章を掲げる男の姿。

 

 

まるで、ヨーロッパの昔話のような城と兵士達。

 

 

黒い巨大なドラゴン。

 

 

そして、獅子の顔を持つ怪人。

 

 

 

そして、様々な光景が駆け巡った後、石から強い輝きが溢れだし青年を包み込む。

 

 

「なんだコレ!? まさか、『アマダム』の魔宝石と同じ……ッ!?」

 

 

青年は過去に似たような経験をしたことがあるのか、その現象に身構える。

 

そして光が収まると、そこにはバイクに乗った青年の姿は無く。穏やかな湖の波音だけが響いていた。

 

 

__________________________________

 

 

大陸有数の高山『霊峰 レイフォルク』の麓に広がる丘陵地帯『フォルクエン丘陵』を、1人の少女が歩いている。年齢は10代後半、金色の髪をサイドテールにしており前髪は大きく横に流れ、髪の先端が軽くカールしている特徴的な髪型をしている。容姿は整っており、美少女と呼んで差し支えなく、碧眼の目は真っ直ぐな意志を感じさせる。白とピンクを基調とした服に、外見には見合わない西洋の騎士が身につけるような籠手と具足、そして、身の丈以上の巨大な槍を装備しており、彼女が只の一般人ではないということを予想させる。

 

「グリフレット橋は、ある程度、復旧されているだろうか……『マーリンド』の状況の報告と『地の主』を祀る者の手配を早急に行わなければ……」

 

彼女が1人で丘陵地帯を歩いているのには理由がある。

 

彼女の身分はグリンウッド大陸を二分する王国の1つであるハイランド王国の王族の末裔にあたる王女なのだ。しかし、彼女の地位は決して高い物では無い。

 

彼女の母親は身分が低く彼女自身も王位継承権から最も遠い立場にあった。王族としても貴族としても彼女の扱いは良いとはいえない。

 

当の彼女も貴族としての生き方よりも、国の為、民の為に生きる騎士としての生き方を気に入っており、王族が私腹を肥やし、一方で止むことの無い災厄と戦乱に民が苦しむ自国の現状を嘆き、どうにかしようと独自に奔走していた。

 

しかし、真っ直ぐな生き方というのは必ずしも好意的にとられる訳ではない。ハイランドの政治の実権を握っている官僚達を始め貴族達にとって、彼女の言動は邪魔者以外の何物でも無く、彼女は貴族達から煙たがられ、何度も陰湿な嫌がらせを受けてきた。

 

それでも、彼女は諦めずに走り続けた。記録でしか見たことのない、信仰深く、穢れの無い立派な故郷を取り戻したいという、一心で……。

 

そして、彼女は災厄の時代を止める手掛かりを追い求めて、入り込んだ『アロダイトの森』で自身の夢の実現への手掛かりを掴む事となる。

 

探索中意識を失った彼女を助けた青年『スレイ』。彼との出会いが、彼女の夢を後押しした。彼女が幼少の頃から読んでいた本『天遺見聞録』。その本に記された、嘗て、人々が信仰していた存在『天族』。『天族』と交信し、人の身でその力を振るい災厄を祓う存在『導師』。誰もがお伽話としか思っていなかった其れ等が実在するものだと彼女は知ったのだ。

 

ハイランドの王都『レディレイク』で行われた『聖剣祭』にてスレイは、誰にも抜けなかった聖剣を抜き。伝承の通りに災厄を祓う救世主『導師』となった。『導師』となったスレイと彼女は『従士』の契約を結び、今まで目に見えず話すこともできなかった存在『天族』と人の心の『穢れ』が生み出す魔物『憑魔』の存在を知覚し『憑魔』を祓う力を得る。

 

そこから彼女の旅が始まった。『導師』であるスレイ達と共に、憑魔を浄化し人々を救う。それは、間違いなく彼女が目指した夢への第一歩だった。旅の中でレディレイクに溜まった穢れを祓う為の『加護』を復活させ、故郷も少しずつではあるが、変わり始めていた。自分達の地位の事しか頭にない俗物の大臣達の妨害もあったが、それでも、事態は確実に良い方向に進み始めている。そんな確信が彼女にはあった。

 

しかし……現実は彼女に厳しかった。大臣達による謀略により疫病の蔓延した町『学都マーリンド』への救援を言い渡された彼女。同行してくれたスレイ達と共に憑魔を浄化しマーリンドの『加護』の復活に成功した物の、その途中で彼女は『従士』の契約の副作用を知ってしまう。

 

 

彼女は『従士』としての適正『霊応力』が元々、高くなく、その反動が『導師』であるスレイに視力を奪うという形で降りかかっていたのだ。強力な憑魔との戦いの中で、それは余りにも大きな隙となる。結果、スレイ達のパーティーを危険に晒してしまう原因を作ってしまった彼女は責任を感じ、『従士』の契約を解除しスレイ達と別れる道を選ぶ。

 

天族の力をその身に宿す、圧倒的な力『神衣』を使うスレイを不調にすることを補えるだけの力が自分には無いのだということを、彼女は受け入れるしかなかったから……。

 

 

「スレイ達は、今頃どうしているだろうか……」

 

立ち止まり、その言葉を発した彼女の表情は暗い。当然だ。未練が無い筈が無い。彼女自身、もっとスレイ達と共に旅がしたかったのだ。しかし、責任感の強い彼女は仲間の身を危険に晒してまで無理矢理同行するなんて真似が出来るような性格をしていない。

 

「いや、弱気になってはダメだ! 私は国の為に私の出来ることをするんだ!」

 

自身に言い聞かせるように言い放ち。気を引き締め、再び歩みを進めようとした瞬間、彼女の前方で急に強い光の爆発がおこった。

 

「な、なんだ!?」

 

とっさに槍を構える少女。だが、光が収まった場所にいた者に彼女は目を丸くする。

 

「えぇ……ここ、どこ?」

 

「……え?」

 

 

間の抜けた声に対し、少女も間の抜けた声で返してしまう。

 

光が収まった場所には、先ほどまで影も形もなかった筈の青年がいた。髪は茶髪で顔は整っている。黒い革製の上着をシャツの上から着て、赤いズボンをはいており、二つの車輪のついた妙な乗り物にまたがっていた。

 

 

「き、君は……一体?」

 

 

事態についていけない少女は、混乱しながらも青年に声をかける。

 

「あー、今回は知り合いのソックリさんが出てくるって展開では無いのか……」

 

少女の言葉をスルーして青年が独り言を呟くが、少女にはその意味がわからない。

 

「な、何を言っているんだ、君は?」

 

そんな彼女の言葉に青年は、ハッとした表情となり慌てて謝罪をしてくる。

 

「あ、ゴメンゴメン。 いや、前に色々あってさ。ちょっと思いだしちゃって」

 

軽い調子で謝罪してきた青年に少女は、更に調子を崩される。

 

「い、いや大丈夫だ。気にしていないよ。それで、君は? 」

 

戸惑いながらも再び問い掛ける少女。そんな彼女に、青年はマイペースに答える。

 

「あー、こういう時は、まず自己紹介だよな。 俺は、晴人、操真 晴人だ」

 

またがっていた物からおりた青年は自己紹介を行う。

 

「ソーマ ハルト? それが君の名前なのか? 変わった名前だな」

 

「そうかな? まぁ、君は外国の子みたいだし、日本人の名前も変に感じるかもな。 あ、君たち風に言うならハルト ソーマになるのか? 」

 

 

明るい調子で名乗る青年。少女からすると、彼の言っていることはイマイチ理解しかねるのだが、名乗られたからには自分も名乗ろうとアリーシャは、疑問を一旦置いておく。

 

「ニホンジン? よくはわからないが、名乗られたからには私も、名乗っておこう。私はアリーシャ、アリーシャ・ディフダだ」

 

「あ、やっぱり外国の子じゃん。ってことは外国に跳ばされたの俺?」

 

名乗った少女、アリーシャに対して、青年、晴人は改めて疑問を口にするが、アリーシャには、やはり意味がわからない。

 

「すまないハルト、先程から君の言っていることの意味が、良くわからないんだ。ここは、グリンウッド大陸のハイランド領にある、フォルクエン丘陵という場所なのだが……」

 

その言葉に晴人の表情が驚きに染まる。

 

「え? グリ……何? なんか全く聞き覚えの無い大陸の名前が聞こえたんだけど?」

 

その言葉にアリーシャはますます、頭を抱えたくなった。

 

「大陸の名前を知らないなんて、君は本当に何処から……」

 

 

来たんだ? そう告げようとした途端、あたりに獣の雄叫びが響きわたった。

 

「……ッ! まさか『憑魔』!?」

 

あたりを見渡すアリーシャは、数体の獣と鳥が自分達を包囲していることに気付く。

『従士』の契約が切れたアリーシャの目にはそれらは只の動物にしか見えないが、旅の中で僅かに成長した彼女の霊応力が、その動物が普通でない事を彼女に告げる。

 

「(おそらくは、マーリンドに向かう際に戦った『マーモット』と『イーグル』か)……ハルト、済まないが私の後ろにいてくれるか」

 

真剣な彼女の声音に、状況についていけない晴人は戸惑う。

 

「えぇっと……どうゆう状況?」

 

「説明する時間がない、なんとか私が道を開くから君は隙を見て逃げてくれ」

 

そう言ったアリーシャは晴人返事を待たず、槍を構え獣の包囲を突破すべく囲みの薄い一点に踏み込んでいく。

 

「ハァッ!」

 

気合を込めた鋭い突きは襲い掛かってきた獣と鳥を容赦なく貫く。それが時間稼ぎにしかならないことはアリーシャは理解している。憑魔を祓うことができるのは導師の浄化の力のみだ。契約の切れた自分では追い返すのが限界だろう。

 

「(獣として視認できているということは少なくとも、下級の憑魔の筈だ。これならなんとか……)」

 

しかし無情にも彼女の希望は打ち砕かれる。

 

ゴォォォォ!

 

突如、上空から巨大な竜巻がアリーシャに襲い掛かったのだ。

 

「な!?」

 

なんとか、それを躱すアリーシャ。

 

「まさか、上級の憑魔!?」

 

下級の憑魔と違い、力の強い憑魔は人の目には竜巻などの姿で見える。強力な憑魔に不意打ちをくらい動揺したアリーシャの隙を突き、獣達が一斉に襲い掛かる。

 

「クッ!」

 

アリーシャが諦め目を閉じかけた瞬間……

 

 

ダダダダァン!

 

 

連続した炸裂音が鳴り響きアリーシャの背後から空気を切り裂き飛来した小さな何かが、まるで意志を持つかのようにアリーシャの体を避けて周囲の獣を撃ち抜いた。

 

「え?」

 

思わず戸惑い振り向いた彼女の瞳には、手に持った銀色に輝く何かをこちらに構える晴人が写った。

 

 

「一人で無茶するもんじゃないぜ、アリーシャちゃん」

 

 

「ハルト!? その武器は?」

 

「後で、説明するよ。まずは、あの馬鹿デカイ鳥を何とかしないと」

 

竜巻を見据えながら、そう言い放つ晴人の言葉にアリーシャは驚きの表情を浮かべる。

 

 

「み、見えるのか!? 『憑魔』が!?」

 

 

「ヒョウマ? 良くわからないけど、向こうはヤル気みたいだ」

 

 

アリーシャの目には晴人に向けて動き始めようとする竜巻が写る。

 

 

「無理だハルト!? 憑魔を祓うには浄化の力が必要なんだ! 早く逃げてくれ!」

 

晴人を止めようと叫ぶアリーシャ。だが、晴人は怯まない。

 

「生憎と、君を見捨てる気は無いし、こんな所で死ぬ気も無いよ」

 

彼はそう言って、いつの間にか右手にはめた指輪をベルトのバックルにかざす。

 

 

【ドライバーオン】

 

 

鳴り響いた声と共に晴人の腰に銀色のベルトが現れる。

 

 

「だから、とっとと…片づける!」

 

 

バックルの横にあるシフトレバーを操作し、バックル部の手のような意匠のハンドオーサーを左手様に切り替える。

 

 

【シャバドゥビタッチヘーンシーン! シャバドゥビタッチヘーンシーン!】

 

 

鳴り響く奇妙な呪文。

そして晴人は赤く輝く指輪をはめ顔の横に、指輪を見せつけるように構える。

 

 

「変身!」

 

 

力強く言い放ち指輪をベルトにかざすのと同時に、赤い魔法陣がハルトの真横に現れる。

 

 

【フレイム! プリーズ! ヒー!ヒー! ヒーヒーヒー!】

 

 

そして魔法陣が晴人を通過すると、そこには晴人の姿は無く、黒いローブを纏いルビーのように赤く輝く仮面とアーマーを身につけた戦士が佇んでいた。

 

 

「あれは『神衣』!? まさか、ハルト、君は『導師』なのか!?」

 

 

驚愕するアリーシャを他所に晴人は左手の指輪を再び見せつけるかのように構え、憑魔を見据えながら静かに告げる。

 

 

 

 

 

「さぁ、ショータイムだ!」

 

 

 




本作を書く経緯

TOZをプレイする

アリーシャの不憫さや設定のガバガバっぷりに大ダメージ

「膝に絶拳を受けてしまってな……」状態で崩れ落ちる

アリーシャDLC無料化

「なんだって! それは本当かい!?」とプレイする

死体蹴りをくらう

「馬場P! 絶対に許さねぇ!」カチドキィ!

絶望で憑魔を通り越してファントムが生まれそうになる

誰か希望の魔法使い呼んでこい

火水風土の4属性
ドラゴン
負の感情によるモンスター化

アレ? これクロスオーバー、イケるんじゃね?

書いてみる

捗る

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2話 何が彼女の笑顔を奪ったのか

短編ではなく長編化することにしました。

ただ、この作品はサブでどんなにはやくてもメインの方の小説との交互の更新となります。此方は完全に不定期の更新になりますので、それでも良ければこれからもよろしくお願いします。

あと、サブタイトルがドライブっぽいけどドライブは出ません

独自設定がバシバシでます。ご注意を


「さぁ、ショータイムだ!」

 

憑魔を前に、臆さず向かい合う姿を変えた晴人を見てアリーシャ・ディフダは混乱していた。

 

それもそうだろう。

何の脈絡もなく自分の前に現れた青年、操真 晴人が、憑魔を視認できることだけでも驚きだというのに、在ろう事か、晴人が火の粉をまき散らす赤い魔法陣を出したと思ったら、魔法陣を通り抜けた青年の姿は、ルビーのように紅く輝く仮面をつけた戦士へと姿を変えていたのだ。

 

その唐突な展開に着いて行くのは難しいだろう。だが、彼女は混乱する頭で、自分が、似たような物を知っている事に思い至る。

 

「まさか……『神衣』!?」

 

導師であるスレイが使用していた、天族と融合し、天族の持つ属性の力を操る事を可能にする能力。彼女が知る限り、別れる前のスレイは、4属性の内、仲間の天族のライラの火・ミクリオの水・エドナの土という3属性の神衣を使用していた。見た限り、晴人は火の神衣を使えるのだろう。

 

「ハルト……君は『導師』なのか?」

 

そんなアリーシャの呟きを他所に仮面の戦士へと姿を変えた晴人は、ゆっくりと獣達へ向け歩きだした。

 

そんな晴人に対して獣の憑魔『マーモット』と鳥の憑魔『イーグル』が唸り声を挙げて一斉に襲いかかる。しかし……

 

「おっと! 随分と張り切ってるな!」

 

軽口を叩きながら仮面の戦士は、ローブを翻し獣達の攻撃を軽やかに回避していく。

 

「今度は、こっちからいくぜ」

 

そう言った仮面の戦士は、四方から飛び掛ってきたマーモットに対して、回転しながら飛び上がり全て蹴り落とす。吹き飛んだマーモットに続き、着地した仮面の戦士の背後からイーグルが奇襲をかけるがその動きも予測していたのかオーバヘッドキックで蹴り飛ばす。その隙を逃さないとばかりに正面から三体のイーグル達が襲いかかるが……

 

ザシュッ!

 

何かを切り裂く音が連続し、イーグル達が悲鳴をあげる。

 

「あの武器は剣にもなるのか!?」

 

驚きの声をあげるアリーシャ。仮面の戦士は襲い掛かったイーグルに対して、手に持っていた銀色の飛び道具と思わしき物を剣へと変形させ切り裂いたのだ。

 

ローブを翻しながら華麗に敵を切り裂いていく仮面の戦士。その動きは武術というよりは、まるで舞っているかのようで、アリーシャは、その戦いに魅入られる。

 

しかし、そんな彼女に上空で様子を伺っていた穢れにより姿を大きく変えてしまった上級の憑魔『変異憑魔』の『ホルス』は突如、神々しく輝く翼から、大量の輝く羽を弾丸のようにアリーシャへと射出し攻撃をしかけて来た。

 

変異憑魔を竜巻のようにしか知覚できていないアリーシャは、その攻撃に気づかず反応できない。だが……

 

「させるかよ!」

 

仮面の戦士はホルスの攻撃に勘づくと、纏っている黒いローブを掴み、アリーシャの方向へ放るように翻す。すると仮面の戦士のローブ元の長さの何倍にも伸び上がり、アリーシャの前に盾のように展開される。

 

 

ガガガガガガガガ!

 

 

ホルスの羽が地面を抉る音が響き渡るが仮面の戦士の伸ばしたローブには傷一つ付かず、当然、ローブに守られたアリーシャも無傷である。

 

「ロ、ローブが伸びた!? 」

 

天族達が使う天響術ですら見れないであろう芸当にアリーシャは唖然とする。

 

「おいおい、お前の相手は……俺だろ!」

 

一方の仮面の戦士はホルスを見上げ再び手に持った剣を先ほどのアリーシャが見た事の無い飛び道具の状態に変形させ射撃で攻撃をしかけるが……

 

 

『オオオオオオオオオオオ!』

 

 

突如、ホルスから放たれた神々しい姿には似合わない呪詛のような叫びにより発生した黒い障壁によって、放たれた弾丸は全て防がれてしまった。

 

「へぇ……やるねぇ」

 

攻撃を無傷で防がれたというのに仮面の戦士の口からは相変わらずの軽口が漏れる。

 

呪詛『マントラ』を止めたホルスは再び空中で旋回しながら此方の様子を伺っている。一方、地上では先ほど仮面の戦士に切り裂かれた憑魔達が再生を始めており、このままでは再び囲まれてしまうだろう。

 

 

「……そろそろ、ケリをつけるか」

 

 

仮面の戦士は何かを決意したのか、右手にはめていた指輪を交換し、腰に巻かれたベルトを操作した。

 

「ハルト? 一体なにを?」

 

その意図がわからないアリーシャは困惑する。

 

【ルパッチ マジック タッチゴー! ルパッチ マジックタッチゴー!】

 

すると、先程とは違う、奇妙な呪文が流れ始める。そして、仮面の戦士は右手の指輪をベルトにかざす。

 

 

【ビッグ! プリーズ!】

 

 

呪文とともに現れた大きな魔法陣に仮面の戦士は右手を伸ばす。そして魔法陣を通過した腕は、まるで御伽話に出てくる巨人の腕のように巨大化していた。

 

「ええぇッ!?」

 

この短い時間に何度驚かされただろう。普段の男性のような口調はどこにいったのか、アリーシャは年相応の少女のような驚きの声をあげる。

 

驚いたのはホルスも同様のようで、巨大化した腕に焦ったのか呪詛の発動が遅れてしまう。その隙を逃さず、仮面の戦士は巨大化した腕でホルスをガッチリと掴み拘束する。

 

「そらよ!」

 

もがくホルスをものともせずに仮面戦士は、先程切り裂き、再生中で動けない憑魔達がまとまっている場所へホルスを投げ飛ばす。

 

 

『ガァァォォァォ!』

 

 

地面に叩きつけられたホルスと巻き込まれた獣の憑魔達が叫び声をあげる。だが仮面の戦士の攻撃は終わりでは無い。

 

【キャモナスラッシュ! シェイクハンズ! キャモナスラッシュ! シェイクハンズ!】

 

得物を再び剣へと変形させ、ベルトと同様の手形の意匠、『ハンドオーサー』を起動し、鳴り響く呪文と共に左手の宝石をかざす。

 

【フレイム! スラッシュストライク! ヒーヒーヒー!】

 

赤い魔法陣を纏った刀身に灼熱を思わせる赤い炎が迸る。その姿は、アリーシャの記憶にある、神衣を纏い炎の大剣を振るうスレイの姿を思い起こさせた。

 

「はあぁっ!」

 

叫びと共に振るわれた横一閃。迸る赤い炎が飛ぶ斬撃となり、ホルスへと放たれる。

 

 

ゴォォォオォオォォォ!

 

 

炎に耐性を持つ筈のホルスを容易く焼き払い、取り巻きの憑魔も巻き込みながら、着弾した炎の斬撃により周囲を炎が包み込み、憑魔の断末魔が丘陵へと響き渡る。

それが決着となった。

 

「ふぃ〜」

 

脱力するように息を零す仮面の戦士。そして、再び赤い魔法陣が体を通過すると、その姿は、アリーシャが先ほど出会った青年、操真 晴人のものへと戻っていた

 

「しかし、なんだったんだ? こいつら? アリーシャちゃんは、ヒョウマとか言ってたけど……」

 

状況が完全に飲み込めていない晴人は倒した憑魔の方へと視線を向ける。魔法の炎が消えると、そこには、何の力も感じ無い、獣や鳥が倒れていた。

 

「どういうことだ?」

 

困惑しながらも晴人は、獣達へと近づいていく。

 

「大きな傷は残っていない……気絶しているだけみたいだな。さっきの化け物は、こいつらが?」

 

そんな彼にアリーシャが声をかける。

 

「やはり、『穢れ』が祓われている。 ハルト……君は天族と契約した『導師』だったのだな」

 

その言葉に、晴人は意味がわからず、ぽかんとした表情をしてしまう。

 

「『穢れ』? 『テンゾク』?『導師』? なんのこと?」

 

問いかける晴人の言葉に今度はアリーシャが逆に混乱する。

 

「え? だが今確かに、『神衣』を纏い『憑魔』の穢れを浄化して……」

 

「言ってることの意味がわからないんだけど……少なくとも俺は、その『導師』ってやつじゃないよ」

 

「で、では君は一体……」

 

その言葉に晴人は不敵に微笑み左手の赤い指輪をアリーシャに見せながら静かに告げる。

 

 

 

「俺は、ウィザード……指輪の魔法使い、ウィザードだ」

 

 

__________________________________

 

 

「……では、ハルト殿は、ここから遥か離れた小さな島国から突然、このグリンウッド大陸へ突然、跳ばされたのですか?」

 

自己紹介を終えた晴人は、まず最初にアリーシャへ、この世界についての説明を求めた。地球では聞いたことの無い大陸に先ほどの『憑魔』という怪物、アリーシャが自分へ向けて言った『導師』という言葉。何を話すにしても、それが何なのか分からなければ、会話が噛み合わないからだ。

 

アリーシャは、晴人の問いかけに、困惑した表情をしつつも嫌な顔をせず、グリンウッド大陸や憑魔・天族・導師について説明し、加えて、先程の戦いで多少は信用を得たのか、自身の身分や現在の行動目的について話してくれた。

 

その説明を聞いた晴人は、この世界が自分達の世界である地球とは根本的に違う物だということを悟る。一通りの説明を聞き、自身の置かれた状況を理解した晴人は、アリーシャへ自分がグリンウッドとは別の遠くの島国から、跳ばされてきたと説明した。

 

異世界から来たという事実を伏せて真相について細かく説明しなかったのは不要な混乱を避ける為だ。他の場所から一瞬で跳ばされて来たという説明でさえアリーシャは戸惑う表情をしており、彼女がギリギリ納得してくれそうなラインで話を纏めようと晴人なりに頑張った結果、この説明に落ち着いたのである。まぁ、大体あっているので嘘という訳でもないのだが。

 

「あぁ、そうなるかな。少なくとも俺のいた国で、グリンウッド大陸なんて場所を知ってる奴なんていなかったし」

 

言葉を交わしつつ2人は丘陵地帯を歩いている。あまり、時間をかけてしまうと日が暮れてしまい野営をしなければならない。レディレイクへ戻ろうとしていたアリーシャは距離を考えれば到着までの数日間の野営をせざるを得ないのだが、それにしても、先ほど憑魔に襲われた場所で、それをする訳にもいかないので、歩きながらの情報交換を行う事になったのだ。この大陸の地理など微塵も知らない晴人からすれば、その提案に異論は無く、アリーシャに同行させて貰いながら、この世界の情報を聞くことができ、渡りに船といえる。

 

「正直、信じ難いが……先程のハルト殿の力を見るとあり得ない話とも言い切れないですね」

 

「魔法のこと?」

 

「はい……まさか、導師の力以外に穢れを浄化する術があるとは」

 

「俺も魔法石にそんな力があるなんて驚きだよ」

 

アリーシャの言葉に晴人も同意する。アリーシャの説明で憑魔についての事を知った晴人だが、自身の力に穢れを祓う力があることに関しては彼自身、想定外だった。

 

「しかし、憑魔が見えるとは、ハルト殿は高い霊応力をもっておられるのですね」

 

その言葉に晴人は考え込むような表情をする。

 

「(アリーシャが言うには、この世界では憑魔や天族ってやつは霊応力の高い人間なら視認できる。俺が憑魔を見えるって事は、霊応力のある人間は俺の世界で言うと『ゲート』に近い存在ってことなのか?)」

 

『ゲート』、それは晴人のいた世界において、先天的に魔力を持った人間であり、『魔法使い』になれる可能性を秘めた存在であると同時に、一歩間違えば『ファントム』という怪物となってしまいかねない危険性を孕んだ人間のことである。

 

『絶望』を誕生の鍵とした『ファントム』と負の感情である『穢れ』を発生の鍵とする『憑魔』、その2つの関連性から、晴人は自分が憑魔を視認できた理由を推測する。

 

「しかし、よかったのですか? ハルト殿の乗っていた乗り物を置いてきてしまって?」

 

思考中だった晴人にアリーシャが問いかける。現在、アリーシャと共に丘陵地帯を歩いている晴人は、自身の愛車であるバイク『マシンウインガー』をアリーシャと遭遇した近くの茂みに隠して置いてきている。理由としては、徒歩のアリーシャに合わせたというのもあるが、馬車などを使用しているこの世界の文明のレベルをアリーシャの説明で理解した晴人が、この世界の人々に変に怪しまれたくなかったからだ。

 

「あー、大丈夫、大丈夫。いざとなればどうにでもできるから」

 

軽い調子で返答する晴人に、アリーシャは、少し戸惑うものの本人がそう言うのならと納得する。

 

「そう……ですか。ハルト殿がそう言うのなら大丈夫なのでしょう。……そろそろ日が暮れてきます。今日はここで野宿にしましょう」

 

日が沈み、あたりが薄暗くなり、アリーシャは野宿の準備をした方がいいと話を切り出す。丁度『マーリンド』に向かう途中で、スレイ達と共に野宿で夜を明かした地点へたどり着き、前回、獣達の襲撃が無かったここならばある程度安全が保証されるだろうと判断したからだ。

 

「申し訳ないですが。薪になるものを集めて来ます。 暗くなる前に焚き木の準備をしたいので……。ハルト殿は、此処で待っていてください。」

 

数日前のキャンプ跡に荷物を降ろし野営の準備をしながらアリーシャは晴人に告げる。

 

「いやいや、それくらい俺が集めてくるって、アリーシャちゃん」

 

手伝いを申しでる晴人。

 

「いえ、準備でしたら私が。そ、それと……そのアリーシャちゃんというのは、やめていただけないでしょうか? 少し恥ずかしいというか……呼びたければ呼び捨てで構わないのですが」

 

羞恥心からか少し頰を染めながら、呼び方の訂正を求めるアリーシャ。どうやら年齢の近い男性にそう呼ばれた経験が無いらしい。

 

「そう? じゃあ、アリーシャで。ところであの憑魔を倒してから俺に対して口調が変わったけど、どうかしたの?」

 

先ほどから敬語を使い始めたアリーシャに疑問を持った晴人が、理由を問う。

 

「それは、その……申し訳ありません! 先程は『導師』と同じ力を持つ方とは知らず、馴れ馴れしく話しかけて「ちょっ! ストップ! ストップ!」」

 

まくし立て始めたアリーシャの言葉を遮る晴人。

 

「もしかして、さっき説明してくれた『天族』ってのに接する感じで、今俺に話しかけて来てる?」

 

まるで、仕事の上司か信仰の対象にでも話しかけるような勢いだった彼女に、なんとなく察した理由が正解なのか問う晴人。彼女の中での自分に対する評価がおかしい事になっていると会話から感じたからだ。

 

「は、はい……そうですが?」

 

「最初の口調で良いって……そんな接し方されたら精神的に疲れるよ」

 

「で、ですが「も ど し て」……わかったよハルト」

 

強く口調を戻すように求めた晴人に、アリーシャは渋々、最初の口調に戻る。

 

「うんうん、そっちの方が良いって。それじゃあ、焚き木を集めてくる。アリーシャは他の用意を宜しく」

 

そう言った晴人は返事を待たずに焚き木を集めに行ってしまう。

 

「はぁ……スレイといいハルトといい導師の力を持つ者というのは、砕けた接し方を好むのだろうか?」

 

そんな晴人の背中を見送りながら、アリーシャは困ったような言葉を漏らした。

 

__________________________________

 

「ふぃ〜、ご馳走様。食料を分けてくれてありがとうアリーシャ」

 

日が完全に暮れた丘陵地帯。燃え盛る焚き木の周囲に座る晴人は、今しがた夕食を終え、感謝の言葉を告げる。

 

「気になさらないでくださ「アリーシャ……口調」……あ。す、すまない!」

 

未だに敬語を使ってしまいそうになるアリーシャを晴人はジト目で見つめ、その視線にアリーシャは焦りがなら謝る。

 

「結構、堅いよなぁアリーシャ。一緒に旅をしてた導師にも、そんな感じだったの?」

 

問いかける晴人の言葉にアリーシャは首を横に振る。

 

「いや、天族の方達に対しては、敬語で接していたが、スレイとは導師になる前からの友人として知り合いだったので、普通に……」

 

「だったら、俺も普通でいいんだけどなぁ……」

 

「で、ですが、導師と同じ力を持つハルト殿にそのような……」

 

尚も、口調を崩しきれないアリーシャに対して、突如、晴人は悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。

 

「は、ハルト?」

 

「なんでしょうか? アリーシャ様?」

 

「な!?」

 

困惑したアリーシャの問いかけに晴人は急に、畏まった態度で返答する。

 

「きゅ、急になんだハルト! その口調は! も、元に戻してくれ!」

 

急に態度を変えた晴人に対して戸惑い焦ってしまうアリーシャ。

 

「いえ、貴族のアリーシャ様に、俺のような下々の人間が、そのような恐れ多「わかった! 私が悪かった! だから、その呼び方はやめてくれないか!」……な? 俺の気持ちがわかっただろ? アリーシャ?」

 

露骨に遜った晴人の態度にもどかしい気持ちとなったアリーシャは、堪らず晴人に口調を戻すよう訴え、晴人はそれに応じる。

 

「……ハルトは、少し意地が悪いな」

 

むくれた表情で見つめてくるアリーシャ。そこに垣間見えた年頃の女の子らしい一面に、晴人は笑みを浮かべた。

 

「む、笑うことはないだろう」

 

「ごめんごめん、今のアリーシャの方が、やっぱり良いと思ってさ。でも意外だな、貴族なら、今みたいに話しかけられるのが普通ってイメージがあるんだけど」 

 

晴人のその言葉にアリーシャの表情が曇る。その反応に、晴人は何かマズイ事を聞いてしまったことを察する。

 

「あー、もしかして、何か嫌な事聞いちゃった? 俺?」

 

その言葉にアリーシャは、ハッとした表情になり慌てて否定する。

 

「い、いや、ハルトが悪い訳じゃないんだ! ただ、私は王族としても貴族としても立場が低くてね……それに私自身、貴族の生活というのが好きではないんだ」

 

「……だから、導師と一緒に災厄を止める為の旅を?」

 

その問いかけに、アリーシャは少し表情を明るくしてこたえる。

 

「『騎士は守るもののために強くあれ。民の為に優しくあれ』……私の尊敬する人の言葉だ。私も、そうありたい……そして、その先で穢れのない故郷を見てみたい。そう思って騎士の真似事をしている……」

 

「……」

 

誇らしく語るアリーシャ。しかし、その表情は徐々に曇っていき、自嘲するような言葉となっていく。それを晴人は黙って聞いている。

 

「別に、私自身が特別で無くてもいいんだ……スレイのように特別な力がなくても少しでも私にできる形で力になれればいい。そう思っていた……」

 

まるで、溜め込んでいた何かを少しずつ吐き出すように彼女は言葉を続ける。

 

「それだけで胸を張れたんだ……従士契約を結んで、旅の中で守護領域を取り戻して、少しずつ夢に近づいていけて……身勝手かもしれないが、それがとても嬉しかった。だけど……それはただの自己満足だったんだ……私はスレイ達の仲間に相応しくなかった……」

 

そんな彼女に晴人は静かに問いかける。

 

「……導師達と旅を続けたかった?」

 

たった一つの問いかけ。だがそれは核心だった。その言葉にアリーシャは、ゆっくりとこたえる。

 

「そんな資格は、私にはないよハルト……私は怖かったんだ。私が彼らの使命の妨げになってしまうことが……そして、いつか、お前はお荷物だと彼らから言われてしまうんじゃないかということが……」

 

もし、彼女がレディレイクへの帰路で晴人と出会うことなく1人でいたならば、その言葉は彼女の心中に秘められたままだっただろう。しかし、彼女は出会った。スレイと同じく特別な力を持った存在、操真 晴人に。それが彼女の偽りない本心を引き出した。

 

「おかしいだろうか? 貴族の娘が、1人で勝手に張り切って空回って、滑稽に見えるんだろうか?」

 

焚き火を見つめながら語る彼女の言葉は、どこまでも弱々しい。そんなアリーシャに対して晴人は静かに言葉を告げる。

 

 

 

 

「そんな訳ないだろ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

静かに、しかし、力強く否定した晴人の言葉に、アリーシャは驚いたように晴人へ視線を向ける。

 

 

「助けを求める人達の声を聞いて、アリーシャは助けたいと思ったんだろ? その為に1人でも頑張ったんだろ? なら、それは絶対に間違いなんかじゃない。 少なくとも俺はアリーシャのやってきた事を馬鹿にしたりなんてしない」

 

「だが、結局、私の力ではスレイ達と共に歩む事は……」

 

「力の有る無しなんて関係ないさ」

 

アリーシャの言葉を遮り晴人は断言する。

 

「少なくとも俺の仲間は、そうだった」

 

「ハルトの仲間が……?」

 

「あぁ、俺の仲間の殆どは魔法使いじゃない普通の人間だった。それでも皆、自分にできる方法で俺を支えてくれた。俺一人じゃ絶対にあの戦いを切り抜けられなかった」

 

 

行く宛の無い晴人達を匿い、ファントムとの戦いの為に魔法石の指輪作りに協力してくれた骨董屋の店主『輪島 繁』

 

魔法使いでなくとも人々を守る為に奔走し、晴人が迷った時に、そっと背中を押してくれた女性刑事『大門 凛子』

 

晴人が道を踏み外しかけた際には叱責し、今も晴人の力となるべく、指輪作りの修業に励む、青年『奈良 瞬平』

 

衝突することもあったが、ファントム打倒のために情報提供という形で協力してくれた国安0課の刑事『木崎 政範』

 

みな普通の人間でありながら、晴人と共にゲートである人々を救う為に協力してくれた、晴人にとって掛け替えのない大切な仲間である。

 

「ハルトも人々の為に戦っていたのか?」

 

「世界の為なんて言える程スケールの大きいものじゃなかったけどね。アリーシャやスレイっていう奴みたいに、国を良くするとか、違う種族との共存を目指すなんて大層なものじゃなかったよ」

 

アリーシャの問いかけを補足しつつ返答する晴人。

 

「強い思いがあるのならまずは、それを伝えないと駄目だ。だからさ、俺はアリーシャが遠慮する必要なんて無いと思うよ。今はまだ無理かもしれないけどさ、もし、今度、スレイって奴と会うことができたらアリーシャの思いを真っ直ぐにぶつければ良いと思う」

 

「だが、スレイ達からしたらそれは迷惑では……?」

 

迷うアリーシャ。そんな彼女に晴人は躊躇なく断言する。

 

「少なくとも俺は、自分の力を分け与えていた奴を足手纏いだと思ったことなんて一度もない」

 

脳裏によぎるのは、一人の少女。自分の分け与える魔力で命を繋いでいた。自分の『最後の希望』といえる存在。

 

「つまり俺が言いたいのは……ひとの事ばかり気にして自分の希望を捨てるなってこと」

 

その言葉にアリーシャは俯きながら、晴人に問いかける。

 

「できるだろうか……私に。スレイ達の力になることが……夢を叶えることが」

 

「わからない……けどさ、挑戦しなきゃ何も叶えられないだろ?」

 

「あぁ……その通りだ」

 

まだ不安はあるのだろう。しかしアリーシャは顔を上げ、真っ直ぐにその目で晴人を見据え返答する。しかし、晴人の言葉はまだ終わりでは無かった。

 

「ま、デカイ口叩いた以上、ハイ、さよならでアリーシャ一人に押し付けやしないさ。俺も協力するよ」

 

その言葉にアリーシャは目を丸くする。

 

「え?」

 

自分に協力してくれるといった晴人に驚きの声をあげるアリーシャ。

 

「もし、アリーシャが夢の途中で絶望しそうになったら、その時は……」

 

希望の魔法使いが、淡い希望を胸に秘めて足掻いている目の前の少女を見捨てる事などあり得ない。

晴人は左手を握り締め、その手にはめられた指輪を見せるようにアリーシャの眼前に突き出し、微笑みながら告げる。

 

「俺がお前の希望になってやるよ」

 

その言葉にアリーシャは驚きに目を見開く。出会ったばかりの自分に対して晴人は、平時の軽い調子ではなく真剣な表情で言い切ってみせた。その言葉を聞いたアリーシャの顔にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。

 

「ふふっ! 変な魔法使いだな……君は」

 

屈託のない笑顔をみせたアリーシャを見て、晴人もまた笑みを浮かべる。

 

「お、やっと笑った。いいじゃん、悲しそうな顔より、そっちの方がずっと似合ってる」

 

「そ、そうだろうか?」

 

その言葉にアリーシャは、頰を赤くし恥ずかしげに目をそらす。

 

 

 

『マオクス=アメッカ』(笑顔のアリーシャ)

 

 

スレイが嘗て契約の際、彼女に与えた真名。それを知らない晴人が無自覚に褒めたのだが、彼女にはそれがとても嬉しかった。

 

 

「ま、何をするにも、まずは、その橋の修復状況の確認と天族を祀る人間探しを片付けなくちゃね。明日に備えてさっさと休もう」

 

話を打ち切り纏める晴人。

 

「そうだな、じゃあ私が見張りをしているから晴人は先に眠ってく「それなら大丈夫」え?」

 

【ガルーダ! プリーズ!】

 

別の指輪をはめた晴人がベルトに指輪をかざすと共に、赤い小型の鳥のようなものが現れる。

 

「怪しいのが近づいてきたら教えてくれ」

 

そう言いながら赤い鳥に先ほどの指輪をはめ込む晴人。赤い鳥は返事をするかのように一鳴きすると上空に舞い上がった。

 

「は、ハルト? 今のは?」

 

「魔法使いの使い魔だよ。俺が注いだ魔力が切れるまで動いてくれる。とりあえず朝までは保つから、俺達はゆっくり休もう」

 

【コネクト! プリーズ!】

 

アリーシャに返答しつつ、再び別の指輪で赤い魔方陣をだした晴人はそこに手を突っ込み何かを取り出す。

 

「これ、バイクに積んであった寝袋。よかったら使いな」

 

「さ、流石にそれは悪い! ハルトが使ってくれ!」

 

申し訳ないと遠慮するアリーシャだが、晴人も譲らない。

 

「女の子が体を冷やすのはよくないって。それにアリーシャが体調崩しちゃったら、俺の道案内は誰がやるんだ?」

 

「う……それは……そうだが」

 

晴人に丸め込まれ渋々納得するアリーシャ。

 

そんなやりとりを挟み2人は眠りにつく。

 

暫くして寝息を立て始めた2人を、空に浮かぶ月だけが静かにみつめていた。

 

 

 

 

騎士に憧れる少女と指輪の魔法使いの出会い。それが、この世界に何をもたらすのか。それはまだ誰にもわからない。

 

 

 




DLCプレイ後の感想

フジ「ありゃ、狐生きとる。まだ続くのか」

海東「続きは無いっ!(泣)」※攻略本インタビュー情報

仮面ライダー真「orz」

フジ「馬場P、絶対に許さねぇ!」フルーツバスケット!



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3話 Just the Beginning 前篇

おかしい、今回で戦闘まで行く筈だったのに、予定の半分ほどで一万字を超えてしまった……という訳で分割投稿です。

アリーシャサイドの話を書く都合上、今回は殆どオリジナルのシーンばかりになります。

ゼスティリア本篇では空気だった人間側の事情や描写の追加をしようというのが今回の話で力を入れた部分です。

では、どうぞ


「到着だハルト。ここが我がハイランドの最終防衛線であるグリフレット川だ」

 

太陽が頭上から少しずつ降り始める時間帯。修復作業中であるグリフレット橋へとたどり着いたアリーシャは晴人に、目的地への到着を知らせた。

 

「ありゃりゃ……確かに橋が派手に壊れてるねこれは……」

 

昨夜の野営から使い魔であるガルーダのおかげで危険なく眠る事の出来た二人は、まだ日が登らない早朝から野営地を出発しグリフレット橋を目指した。徒歩による長旅に慣れていない晴人にとって、半日程、歩き続けるという行為は中々にハードなものだったが、女の子であるアリーシャが文句の一つも言わず歩いているのに、自分がグチグチ言うのは情けないと、文句を漏らすことは無かった。

 

そんなこんなで最初の目的地であるグリフレット橋にたどり着いた晴人達だったが、晴人はそこに広がっていた光景に眉を顰めた。

 

「岩が川からせり上がって橋の代わりになってる……これが導師の力ってやつか……」

 

目の前に広がる巨大な川は、今も勢い良く流れており、泳いで渡るとなると、まず不可能だろう。もしこれが天候の変化で勢いを増せば確かに人の作った物などいとも容易く押し流してしまうだろう。現に、目の前に掛かっていたであろう橋は見事に破壊され、川の両端に橋の一部が残されるのみになっている。だが、その両端を繋ぐかのように川から不自然に岩がせり上がっており、そこに現在進行形で晴人の目の前で手を加えている職人達の手により、向こう岸へ渡る為の簡易的な道としての姿を取り戻していた。

 

「(魔力を込めた『ディフェンド』や『グラビティ』を応用すれば似たような事は、出来るだろうけど……こりゃ確かに伝承にもなるな……)」

 

一瞬でこんな事をしてのければ、確かに救世主のように言い伝えられる存在にもなるだろう……正体を隠しながら人知れず戦う『仮面ライダー』だって都市伝説になるのだ。ましてや、人目のつく場所で躊躇わずに力を振るえばその噂はあっという間に広がっていくに決まっている。

 

「ハルト? どうかしたのか?」

 

考え込んでいるハルトの様子が気になったのか、アリーシャが声をかける。

 

「あー、いや……こんな事ができる導師ってのは、確かに凄いなと思ってさ」

 

考え込んでいた事を誤魔化すように返答するハルト。その言葉にアリーシャは苦笑する。

 

「ふふ……私からすれば君の魔法も充分凄いと思うよ」

 

会話を交わす二人、そこに1人の男が声をかけた

 

「アリーシャ様!? ご無事だったんですね!」

 

「心配してくれて、ありがとう。この通り、怪我一つないよ」

 

「それは良かった……導師と共に行かれたとはいえ、マーリンドの置かれた現状が現状でしたので……」

 

アリーシャの身を案じる男性にアリーシャは嬉しそうに返答する。しかし、目の前の男性の事を知らない晴人は二人の会話についていけない、

 

「えーっと……アリーシャ? この人は?」

 

晴人の問いかけに対してアリーシャは彼を置き去りに 話を進めてしまったことに気づき慌てて、目の前の男性を紹介した。

 

「す、すまない、晴人。彼は橋の修復を行う職人の代表なんだ」

 

「へぇ……じゃあ、今は、この人が導師が作った岩場から橋を修復する指揮をとってるんだ」

 

「あぁ、スレイの力で地面を隆起させて橋の土台は作れたが、それでも導師であるスレイや従士だった私以外の人間では向こう岸に行くのは難しい状況でね、マーリンドに届ける薬を私達が先行して届けることになったんだ」

 

「なるほど「あの……アリーシャ様? 其方の彼は?」おっと、話の腰を折って悪いね、俺は操真晴人。アリーシャとは少し前に知り合って、今は訳あってレディレイクに一緒に向かう所なんだ」

 

アリーシャと話している晴人に戸惑い、彼が何者なのか問いかける男性に、晴人は改まって自己紹介をする。

 

「そうですか……それにしても、何故アリーシャ姫は導師様と一緒では無いのですか? マーリンドは今、どういう状況なのでしょう? 橋がある程度修復され、通行が可能になり商人達やマーリンドの代表のネイフトさんも最近、竜巻の被害の多い東の道を避けた西側の山道からマーリンドへ向かわれたので気になってはいたのですが……」

 

「(竜巻ってのは、あの鳥の憑魔のことだよな?ってことは、商人達やネイフトって人は俺たちとは別の道を通って、入れ違いになったのか)」

 

商人の話を聞きながら、晴人は、道中で人に出会わなかった理由を察した。そんな晴人の横でアリーシャは男性に説明を始める。

 

「マーリンドの災厄は導師スレイにより祓われました。疫病も収まり、マーリンドは、元の学術の町として蘇るでしょう。私は……橋の修復状況の確認とマーリンドの現状を報告する為に……スレイ達と別れてここに……」

 

アリーシャ達はマーリンドに蔓延した疫病の原因である憑魔『ハウンドドッグ』と、町の穢れの原因であるドラゴンの幼体である憑魔『ドラゴンパピー』を浄化し、『ドラゴンパピー』へ憑魔化していたマーリンドの加護天族ロハンを救う事でマーリンドの加護復活に成功している。

 

そして、アリーシャがスレイ達に別れを切り出す原因となった従士契約の反動が判明したのは、その後、マーリンド近辺にあるボールス遺跡に潜み加護領域の復活を妨害していた変異憑魔『エビルプラント』との戦いでのことなるのだが、アリーシャは余分情報は省き、簡潔に説明する。しかし、内心はやはり複雑なのか表情は少し暗く、言葉の歯切れが悪い。しかし、吉報を聞いた橋の職人達は、その言葉を聞いて喜びの声を上げた。

 

 

「おぉ! やはり彼は伝承にある通りの存在なんですね! 」

 

「マジかよ! 俺はてっきりお伽話とばかりおもっていたぜ!」

 

「この前の水神様を鎮めた事や、岩場を一瞬で作った事といい、こりゃ、本当に救世主なのかもな!」

 

 

一人のの喜びの言葉を皮切りに、周りにいた職人達も、マーリンドが救われたという事を祝福する。

 

「導師様には改めて、礼を言わなくちゃな! この前は……なんというか……少し怖くなっちまって、碌に礼も言えなかったからな……」

 

「……そうだな。この流れが急なグリフレット川で怪我人の被害も出さずに短期間で、ある程度まで橋を修復することができたのは導師様のおかげなんだもんな……」

 

「導師様は俺たちを救おうとしてくれていたのに、俺たちは……」

 

スレイが土の神衣の力を使い岩場を隆起させた時、周囲の人々はその人知を超えた力にただ圧倒され、畏怖を感じ遠巻きに見つめるだけで、感謝の言葉を伝える事ができなかった。職人達はその事を思い出し、後悔の表情を浮かべ顔を俯かせる。そんな職人達にアリーシャは励ますように声をかける。

 

 

「そう思ってくれているなら、こんどはその感謝をスレイ達に会えた時にしっかりと伝えてあげてほしい。きっと彼は喜ぶ筈だ」

 

その言葉に職人達は、俯いていた顔をあげる。

 

「そうですね……感謝の言葉も言えなくなっちまったら人として終いです」

 

「アリーシャ姫も、ご助力ありがとうございます」

 

アリーシャにも感謝の言葉を告げる職人達。スレイだけでなく自分まで感謝されると思っていなかったアリーシャは、その言葉に目を丸くする。

 

「か、感謝など止してくれ! 私は大したことなどしていない、災厄を鎮めたのは導師であるスレイ達だ!」

 

自分はそんな言葉をかけて貰えるような事はしていないというアリーシャ。だが、職人達はその言葉を否定する。

 

「そんな事はないです。 ローランスとの戦争に、備えて、ハイランド軍は碌に救援も出してくれない中で、姫様は、導師様と共に、この橋の修復やマーリンドの救援を行ってくれたんでしょう? 俺たちは感謝しています」

 

その言葉でアリーシャの心は少しだけ軽くなった。

 

「……そうか、力になれたなら嬉しいよ」

 

微笑みながらそう告げるアリーシャの言葉を聞いた職人達は、その表情に釣られるように笑みを浮かべると仕事を再開するべく各自の持ち場へ戻って行く。その背中を見つめながらアリーシャは小さく言葉を漏らす。

 

「私なんかが、あんな風に感謝して貰えるなんて……」

 

「そうかな? 変って事は無いと思うけど? 」

 

自信なさ気に言葉を零すアリーシャに晴人は肯定的な意見を述べる。

 

「だが、問題を解決しているのは、スレイや天族の方達であって、私は……」

 

「アリーシャだって一緒に戦ったんだろ? なら、胸を張ればいいさ。自分を導師のオマケか何かみたいに言うもんじゃない」

 

励ます晴人だが、アリーシャの表情は、晴れない。

 

「(また、憂い顔になっちゃったか……)……しかし、アレだね。職人さん達の話を聞く限りその導師様は既にかなりの有名人みたいだな」

 

表情を暗くするアリーシャに配慮した晴人は話題を切り替える。

 

 

「あぁ、レディレイクで行われた聖剣祭で、大勢の人々の前で聖剣を抜いて、穢れを祓ってみせたからね。こんな時代だ……人々は希望を求めているんだよ……長い時間を天族の方達と共に過ごし、穢れの無い純粋さ持つ彼は、正しく希望と呼ぶに相応しい人間だと思う」

 

先程までの暗い表情を消し、誇らしそうにスレイについて、アリーシャは語り始める。

 

 

「『人々の希望』……ね。ま、確かに希望は大切だよ。たとえ、どんな苦しい状況でも希望があれば、人間は、困難に立ち向かえるからね……」

 

アリーシャの言った希望という言葉に、晴人は思う所があるのか、実感の籠った口調で同意する。

 

「しかし、アリーシャは随分、誇らしげに導師について語るね。出会ったばかりの俺がわかる位の高評価だ」

 

そんな晴人の指摘をアリーシャは、微笑みながら肯定する

 

「そうだね……ハイランドは今、戦乱と災厄により疲弊している。政治を支配して私腹を肥やす評議会や、苦しい生活により心の荒んでしまった民達……そんな中で現れた、穢れの無い純粋な彼は、正になるべくして導師になったんだろう」

 

「……なるべくして、なった……か」

 

明るく語るアリーシャの言葉に晴人は少しだけ複雑そうな表情を浮かべる。

 

「? どうかしたのか? 晴人?」

 

「いや、そのスレイっては大した奴だと思ってさ。世界を救うなんて大役に進んでなるなんて普通は出来ないだろ? 俺とは大違いだ」

 

おちゃらけた口調だが、どこか自嘲するような晴人。そんな晴人の様子に疑問を感じたアリーシャはその意味を問う。

 

「どういう意味だハルト? ハルトも魔法使いとして人々の為に戦っていたのだから、それは決して導師に劣らない事だと私は思うが?」

 

そんな彼女の言葉を晴人は首を横に振り否定した。

 

「昨日も言ったろ? 俺は世界を救う救世主なんて、大層なもんじゃない。 それに、俺は進んで導師になったスレイって奴と違って、なりたくて魔法使いになった訳じゃないから」

 

「? それは、どういう……?」

 

『なりたくて魔法使いになった訳じゃない』そう言った晴人の言葉の意味がわからず、どういうことなのかアリーシャは問おうとする。しかし、そこに横槍が入った。

 

「おぉ、アリーシャ殿下。こんな所で出会うとは」

 

声をかけた方へと向いた晴人の瞳に、男の姿が映る。男は背後に騎士服を着た兵士達や軍馬、馬車を従え、自身も彼らより装飾の多い青緑色の服を纏っており、屈強そうな体つきをしている。年齢は40前後といったところで、傷つき閉じている左目と騎士服の胸に見せつけるようににつけられた大量の勲章が、この男がそれなりの地位にいる人間だと晴人に予想させる。そんな晴人の考えを他所に、目の前の男は口を開く。

 

「疫病の街に送られたと聞きましたが、よくぞご無事で」

 

言葉自体は、先程のアリーシャの身を案じてくれた職人の男性の言葉と変わらないだろう。しかし、その言葉にはアリーシャの心配というよりは、皮肉のような意味合いが込められているように晴人には感じられた。

 

「ランドン師団長!? なぜ貴方がここに!?」

 

驚いた声をあげるアリーシャ。その言葉を受けた男、ランドンは、どこかアリーシャを馬鹿にしたような笑みを浮かべ、質問に、答える。

 

「バルトロ大臣、より勅命がありまして。所でアリーシャ殿下は何故ここに? マーリンドはどうなされた?」

 

「……マーリンドの疫病は、導師スレイにより解決した。私は、グリフレット橋の修復状況の、確認とレディレイクへのマーリンドの報告の為にここにいる」

 

その言葉にランドンはニヤリとさらに口元を歪ませた。

 

「導師……導師か。いや残念ですアリーシャ殿下、まさか貴方が本当に、あのような事をするとは」

 

ランドンの言葉の意味がわからずアリーシャは混乱しつつも、その意味を問う。

 

「あのような? ランドン師団長、貴方は何を言って「騎士団!この者を捕らえろ! 」…なっ!?」

 

問いかけを遮り、突如、アリーシャを捕らえろと兵に告げたランドンの言葉にアリーシャは絶句する。そんな彼女を捉えるべく槍を構えた騎士達が彼女と晴人を取り囲んだ。

 

「……これは何のつもりだ?」

 

ランドンを睨みつけながら問いかけるアリーシャ。だが、ランドンは笑みを崩さず、白々しい口調で告げる。

 

「どういうつもりというのは、こちらのセリフですアリーシャ殿下。貴方には導師を利用し評議会を貶める悪評の流布とローランス軍の進軍の手引きをした疑いがかかっています」

 

その言葉にアリーシャは怒りを露わにする。当然だ、全く身に覚えのない罪をなすりつけられたからだ。

 

「私は、そのような事は行っていない! 言い掛かりはやめていただこうか!」

 

だが、ランドンはその言葉を聞き流しながら言葉を続ける。

 

「釈明があるならレディレイクで行うことだ。 まさかアリーシャ殿下がこのような真似をするとは誠に、残念ですよ……連れて行け」

 

笑みを浮かべながら心では思ってもいないであろう言葉を吐いたランドンは、アリーシャを拘束し連れて行くように兵に命じる。そんな兵士達に橋の職人達から声がかかった。

 

「オイ! アリーシャ姫は、導師と共にマーリンドを救ったんだぞ! この仕打ちはあんまりだろう!」

 

「録に救助も送らなかった癖に、後から出てきていい加減な事を言うな!」

 

「録に民を助けないで、何が大臣の勅命だ!」

 

 

職人達は、あまりに横暴にアリーシャを擁護するべく騎士達に食ってかかる。しかし……

 

「職人風情が引っ込んでいろ! アリーシャ殿下を庇うなら貴様らも、国家反逆罪の容疑で捕らえるぞ!」

 

一方的に権力をふりかざすランドンの言葉に職人達は怯んでしまう。そこにアリーシャから声がかかった。

 

「皆、ありがとう。私は大丈夫だから気にしないでくれ。こういった扱いには慣れている。貴方達には、貴方達のやるべきことがある筈だ。」

 

「……アリーシャ姫」

 

職人達を巻き込むまいとアリーシャは彼らを説得する。当の本人言葉ということもあり職人達は、止むを得ず引き下がった。

 

「ふん、邪魔をしおって……殿下を馬車でレディレイクへ連れて行け。俺は手筈どおり此処に残る」

 

職人達を睨みながらランドンは兵士達にアリーシャの連行を命じる。

 

「師団長この男はどうしますか?」

 

アリーシャを拘束しようとする兵士が隣に佇む晴人をどうするかランドンに指示を仰ぐ。その言葉にランドンは晴人へと視線を向けて問いかける。

 

「貴様は、何者だ? 何故、アリーシャ殿下と一緒にいる?」

 

その言葉は晴人がアリーシャの関係者かどうかを問うものだ。冤罪によるアリーシャの身柄の確保が目的だったランドンにとって、晴人がアリーシャの協力者であるのなら、今の会話をアリーシャを救う為に、噂として広げられ評議会にとって不利な材料になりかねない。ならば、ここでアリーシャ共々、拘束してしまおうというのがランドンの思惑なのだ。その事を察したアリーシャは、晴人を巻き込むわけにはいかないと、彼が昨日知り合ったばかりの同行者でしかないと告げようとするが……。

 

「ランドン師団長! 彼は昨日「俺? 俺は晴人、アリーシャに協力する為に、一緒に行動させて貰ってる」…ハルト!?」

 

アリーシャの言葉を遮った晴人は自らをアリーシャの協力者だとランドンに言い切った。そのことにアリーシャは思わず戸惑う声をあげる。

 

「ほう、ならばアリーシャ殿下と共謀した疑いで共々、拘束させて貰う」

 

「ハルト!? 何故!?」

 

戸惑うアリーシャを他所にアリーシャとハルトは両手を拘束され馬車へと乗せられレディレイクへ向けて出発する。

 

ランドンはその光景をほくそ笑みながら見届けた後に、『勅命の本命』を待ち構える為に、向こう岸のマーリンドから続く道へと視線むけた。

 

 

 

__________________________________

 

 

 

「豪勢なもんだなコイツは」

 

馬車に揺られて半日程、丁度真夜中になる頃、晴人とアリーシャは、無事、ハイランドの王都であるレディレイクへと到着した。

 

到着して録に体を休める暇もなくアリーシャと晴人は王宮の二階にある応接室のような部屋へと連行された。部屋に入ると両手の拘束が解かれ兵士達は部屋の外へと出て行ってしまう。おそらくはここで待っていろということなのだろう。

 

ならば、とりあえず時間でも潰すかと呑気に考えた晴人は部屋を見回し、その装飾の数々に、率直な感想を述べた。

 

「(王様の住む城が初めてなわけじゃないけど、『あっちのは』外見はかなり、未来的なデザインだったしなぁ)」

 

嘗て、迷い込んだ『魔法使いの国』での王様の城の事を思い出しながら、中世のヨーロッパを彷彿とさせる部屋を見つめる晴人。そこにアリーシャから声がかかった。

 

「……ハルト、私の事情に巻き込んでしまって済まない。だが、何故、自分から捕まるような事を? 」

 

そう問いかけるアリーシャに対して、晴人は飄々とした態度のまま返答する。

 

「いや、だって、このままだとアリーシャがヤバそうだったし。それに、どうせ行き先はレディレイクだったんだ。時間も体力も節約できたし、俺としては文句無いよ」

 

そんな彼の返答に、アリーシャは申し訳なさそうに表情を暗くする。

 

「そんな顔すんなって、俺が勝手に心配してついて来ただけなんだ。アリーシャが気に病むことじゃないよ。それより、あのランドンって奴に命令をだした大臣ってのは、どういうつもりなんだ? 」

 

いかに地位が低いとはいえ、王族であるアリーシャに対して、言い掛かりのような冤罪を擦りつけて拘束するなど妙だと感じた晴人は、その真意に疑問を覚える。

 

「いつものことだ。大臣をはじめとした評議会の者達が何かにつけて私に無理難題を言うのは……大方、マーリンドの件で私が命を落とすのを期待していた所に、スレイ達の活躍でマーリンドが救われた事を知って、腹いせのつもりなのだろう……導師の登場により、導師を支持する民から評議会への不満が増え始めたことも原因だと思う」

 

淡々と語るアリーシャだが、そんな彼女の言葉の内容に晴人は眉を顰める。昨日の晩に彼女が王族として立場が良いものではないことは聞いていたが、まさか、反逆罪を擦りつけられるレベルの物とは流石に考えてはいなかった。それなのにアリーシャは、そんな不当な扱いに慣れたものだと言い不満一つ言わない。心が強いといえば聞こえは良いだろうが、命を狙われるレベルの問題を1人で抱え込もうとしてしまう彼女のあり方に晴人は危うさを感じた。

 

「……なぁ、アリーシャ」

 

そんな彼女の身を案じて、晴人が声をかけた瞬間、応接室のドアが開き。武装した兵士を連れた身分の良さそうな服を着た白髪混じりの50代くらいの男性が現れる。

 

「……バルトロ大臣」

 

アリーシャが漏らした声に、晴人は目の前の男がハイランドの実権を握っている男だということを知る。

 

「元気そうで、何よりですアリーシャ姫」

 

 

「バルトロ大臣、師団長に命令を出したのは貴方だな? 何故、このような真似をしたのか説明していただきたい」

 

 

ランドンと同じく皮肉混じりの挨拶をするバルトロだが、アリーシャは慣れているのか気にも留めない。それが面白く無かったのかバルトロは詰まらなそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん、まぁいい、ここなら話を聞かれる心配もない。察しの通り貴方への罪状はただの冤罪だ」

 

「……何故、そのような真似を?」

 

その言葉にバルトロの目つきが険しくなる。

 

「前にも言った筈だ。導師の出現により、ハイランドの民は王族への不満を強めた。導師とゆう曖昧な存在が安易な救済を行いそれにより希望の味を知ってしまったが為に、目先の事しか考えられん愚かな民は、自分達の現状に不満を訴え始めたのだよ」

 

「ハイランドの民が置かれている現状は決して良いものでは無い。より良い生活を望むのは当然の事の筈だ」

 

「それこそが、現状を理解できていない連中の言い草なのだ。民衆に政治の何がわかる? 奴らの言う通りにして今のハイランドが保つとでも本気で思っているのか」

 

「……」

 

その言葉にアリーシャは黙り込む。彼女は仮にも王族の身だ。政治のことも民衆より理解している。確かに、災厄の時代で国力も決して余裕の無い今のハイランドには民衆の言う事全てを実現することなどできない。

 

「仮に一部の連中を救い優遇すれば、それに対して救われない連中から不満がでるだろう。肝心なのは安定し管理された状況なのだ。それが例え低い水準のものだとしてもな」

 

「貴方の言うことにも一理はあるだろう。しかし、我々、貴族の民衆を歯牙にもかけない傲慢な生活や、ローランスとの無駄な小競り合いとて、民の不満に繋がっている筈だ!」

 

必死に民の想いを訴えるアリーシャだが、バルトロはそんな彼女の言葉を鼻で笑う。

 

「我々は、愚かな民衆を導く対価として、当然の生活を送っているだけだ。それの何が悪い? 」

 

「……ッ! それが傲慢だと言っているんだ! 我々が歩み寄らなけばハイランドは変わらない。民衆の希望もいつまでも叶う事はない!」

 

「必要無いだろう? 民衆の抱える愚かな希望など」

 

その言葉にアリーシャは怒りの表情を浮かべる。だが、そこに今まで黙り込んでいた晴人が口を開いた。

 

「希望は必要だよ、誰にだってな」

 

その言葉にバルトロが初めて晴人へ視線を向けた。

 

「貴様は……アリーシャ姫の協力者を名乗っているという男だったか? どこの馬の骨ともわからん輩が、知ったような口を叩かないで貰おうか」

 

辛辣な言い分のバルトロだが、晴人が黙ることは無い。

 

「仰るとおり、政治の事に関しては俺なんかが何か言える事でも無いんで黙っていたさ。けど、今のアンタの言葉は否定させてもらうぜ?」

 

「なんだ? 貴様も下らんちっぽけな希望などという物を抱いているクチか?」

 

「くだらなかろうが、ちっぽけだろうが、誰にだって希望を持つ権利はあるさ。それを否定する権利なんて誰にも無い。例えお偉い大臣様だろうとね」

 

その言葉にバルトロは顔を歪める。晴人を睨みつける。

 

「そんな、ちっぽけな物を守る為に、我々に働けと?」

 

そんなバルトロの言葉に晴人は怯まずに答える。

 

「ちっぽけだから、守らなくちゃいけないんだろ? 少なくとも俺はその為に戦っている」

 

さらりと言い切った晴人に対してバルトロは何処までも不愉快そうな表情をする。

 

「ふん、口先だけなら何とでも言える。こんな所で姫共々、無様に捕らえられている男に何ができるといのだ」

 

「なるほど……こりゃ手厳しい」

 

皮肉に対しても飄々とした態度を崩さない晴人にバルトロは舌打ちをすると、意味深な言葉を漏らした。

 

「チッ、折角、姫が取り入っていた目障りな導師を利用できると思えば、代わりに不愉快な得体の知れない男が現れるとはな」

 

その言葉にアリーシャが強く反応する。

 

「!? 今何と言った! バルトロ大臣 ! スレイを利用するとはどういう意味だ!」

 

その言葉にバルトロはニヤリと笑みを浮かべ答える。

 

「数日前、『グレイブガント盆地』に駐屯する部隊がローランス軍が進軍の用意をしている報せがあった。更に一昨日、我が軍はローランスの先鋒部隊に攻撃を受けた。よって我がハイランドはローランスに対して本格的な反抗に出る」

 

その言葉にアリーシャは嫌な予感が頭をよぎる。

 

「本格的にローランスとぶつかるというのか!? だが……それは、双方に甚大な被害が!」

 

人の負の感情により憑魔は発生する。その真実を知ったアリーシャは、戦場で起こるであろう事態は想像し冷や汗を流す。

 

「そうなるな、だが甚大な被害を、あたえられるのはローランスだけだ」

 

その言葉にアリーシャの心臓が凍りつく

 

「ま…さ…か……?」

 

「そうだ。先程、師団長より連絡があったよ。 姫の身の安全と引き換えに導師スレイが我がハイランドの力となってくれるそうだ。本日の正午より我がハイランド軍は導師と共に反撃を開始する。助かりましたよアリーシャ姫。貴方のお陰で我がハイランドの勝利は確約された」

 

「……そんな」

 

「ッ! アリーシャ!」

 

残酷に真実を告げるバルトロ。その言葉にアリーシャはその場で膝から崩れ落ち、隣にいた晴人がとっさに支える。その光景を見て満足したのかバルトロは扉へ向け歩き出した。

 

「導師が、結果さえ出せば貴方は開放しよう。貴方に何かあれば導師が敵に回りかねない。こちらとしてそれは避けたいのでな」

 

そう言って部屋から兵士を連れ、バルトロは退室し、部屋には晴人とアリーシャが残された。

 

 

「私の所為で、またスレイが……私が……私がまた……」

 

アリーシャの心に絶望が渦巻く。スレイの力になれず、力不足を感じたからこそ、彼女は彼らの元から去った。だが、それが結果として、自分は冤罪で捕らえられ人質となり、導師を……あの純粋な青年を戦争という殺し合いの真っ只中に突き出すことになってしまった。だというのに、その原因を作ってしまった自分は……捕らえられたとは言え、身の安全は保障されている。戦争に参加したスレイは下手をすれば穢れが集中する戦場で心を蝕み憑魔になってしまう危険性もあるというのに……。

 

「私は……どうして……こんなに」

 

無力なんだ……その思いがアリーシャの心に暗い影を落とす。夢も何もかも諦めその影に思考を任せてしまおうとしたその瞬間……

 

「まだ、何も終わっちゃいないぜ、アリーシャ?」

 

優しい声と共に肩に乗せられ晴人の手の感触がアリーシャの意識を引き戻した。

 

「ハ…ル……ト?」

 

「絶望するにはまだ早いぜ? まだ出来ることは残ってるだろ? 」

 

「私に……出来ること?」

 

「というよりはやりたい事かな? このままでいいと思ってる訳じゃないだろ?」

 

その言葉にアリーシャの心が揺れる。

 

「私……私は、スレイを戦争の道具になんてさせたくない! 彼の夢をそんなもので穢したくない!」

 

その言葉を聞いた晴人は優しく微笑む。

 

「なら、やることは決まりだな。城を抜け出して、そのナントカ盆地を目指そうぜ。アリーシャの無事さえ確認できれば、導師様が戦争に参加する理由は無くなるんだろう?」

 

「あぁ、それに導師がいなくなれば、戦力の消耗を避けたいバルトロも大規模な戦闘は控えるだろう。だ、だが、一体どうやって? 城は見張りの兵士で一杯で簡単には抜け出せない。それにグレイブガント盆地へはどんなに速い馬でも2日はかかる。 既に半日も時間は……」

 

自分一人ではとてもそんなことは……そう考えるアリーシャに晴人が答える。

 

「そこをなんとかするのが、俺の仕事」

 

「……え? 手伝って……くれるのか」

 

意外そうに驚くアリーシャだが、その言葉に晴人は目を丸くする。

 

「いや……どう見ても俺も手伝う流れだったでしょ……まさか、自分一人で何とかしようとしていたんじゃないよな?」

 

「す、済まない……だがこれは私の問題だからハルトを巻き込む訳には「悪いけど、無理矢理にでも手伝うよ、俺は」……どうしてそこまでしてくれるんだ? 昨日出会ったばかりの、私に」

 

何故晴人が、自分の為にそこまでしてくれるのか、問いかけるアリーシャに晴人先程までの飄々とした表情を消し真剣な顔で告げる。

 

「『一人で何もかも抱え込んでいると、そのうち自分の中にある大切な物まで腐らせてしまう』」

 

「……その言葉は?」

 

「俺の先生が言っていた言葉だ。要するにさ、昨日出会ったばかりの俺でもわかるくらい、一人で抱え込んじゃうアリーシャの希望に、俺はなりたいって思ったんだ。それに言っただろ? もし、アリーシャが夢の途中で絶望しそうになった時は……」

 

アリーシャの脳裏に昨日の晴人の言葉がよぎる。

 

「『俺がお前の希望になってやるよ』ってな」

 

そう告げる晴人に小さな声でアリーシャは問いかける。

 

「いいのだろうか? 私なんかが……君を頼っても……もう一度夢に向けて歩き出しても…」

 

その問いかけを晴人は優しい声で肯定する。

 

「あぁ、良いに決まってる 。約束する、俺がお前の……」

 

そして彼は力強く告げる

 

 

「最後の希望だ」

 

 

 

 




ゼスティリア本篇では、モブのクズ率が高かったので、綺麗なモブの描写をしたかった結果が、前半部分の職人達だったりします。ご都合っぽいですが、こうゆう人達がいないと話が荒んでしょうがねぇ……

今後も、綺麗なモブは度々あらわれます。

あと、この作品では、度々、ウィザード以外のライダーのセリフを小ネタとして使ったりするので、良ければ探してみて下さい。今回はディケイドでのセリフを使っています。


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4話 Just the Beginning 中篇

仕事が忙しい……

長くなってまさかの三分割になってしまった……IS×SWORDを書こうか悩んだんですが、元々1話に纏めるつもりで書いていた『Just the Beginning』が殆ど書き上がっていたので此方を先に完成させてしまいました。後篇は夜に更新します。IS×SWORDをお待ちの方は次回で、必ず更新しますのでお待ちください。




「約束する、俺がお前の……最後の希望だ」

 

自分を見つめ真剣な表情でそう告げた晴人に、アリーシャが最初に抱いた感情は『安心』だった。その言葉に込められた感情に嘘は無い。その言葉はきっと、口先の言葉では無く、晴人の信念と呼べるような何かが込められた言葉なのだろう。だからこそ、彼と出会ったばかりの自分ですら、それを心強く感じるのだ。

 

気付けば、先程まで彼女の中に渦巻いていた絶望の影は、少しずつ弱まっていた。胸の内に芽吹いた希望に背中を押されながら、彼女は晴人に自身の願いを告げる。

 

「……私は…スレイを…助けたいっ! だからハルト!君の力を貸してほしい!」

 

それは、一人で問題を抱え込み続けていた彼女にとって初めて、自分から助けを求めた言葉だった。

 

その言葉を受けた晴人は、微笑みを浮かべ、使用人のように頭を下げ、芝居めいたキザったらしい口調で返答する。

 

「お任せください、お姫様」

 

一瞬の躊躇いもなくアリーシャの願いを受け止めた希望の魔法使いにアリーシャは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「ありがとう……ハルト」

 

「お礼なら、アリーシャの願いを、叶えてからでいいさ」

 

晴人は頭をあげると右手に指輪をはめ、彼女の願いを叶える為に、早速行動を開始しようとする。

 

「指輪が没収されなくてよかったよ」

 

この部屋へと連れて来られる前にアリーシャは武器である槍を奪われたが、晴人の魔法の事を知らない騎士達は指輪の事を見逃した。晴人からすれば、逃げてくれと言わんばかりの行為なのだが、今は好都合と言える。

 

「ハルト、君はあの姿……ウィザードになって兵達を突破するつもりなのか?」

 

脱出を企てる晴人に対してアリーシャはその方法を問うが、晴人は首を横に振りそれを否定する。

 

「いや、力づくでの脱出はしない。下手に怪我人を出したくないし、下手したら、それを理由にあの大臣が、またアリーシャに冤罪をかけてくるかもしれないからね」

 

確かに、ウィザードに変身すれば、鍵をかけられた扉など簡単に蹴破ることができるし、城内の兵に囲まれても蹴散らせるだろう。しかし、アリーシャはそんな事をして欲しい訳ではない筈だと晴人は考える。

 

「そうか、よかった」

 

戦闘での強行突破を否定した、晴人にアリーシャも少し安心した表情をする。彼女としても自国の兵士達を傷つけたい訳では無いのだ。

 

「……しかし、そうするとどうやって脱出を?」

 

そう問いかけるアリーシャに対して晴人は不敵に笑いながら答える。

 

「ま、戦うだけが、魔法じゃないさ。なぁアリーシャ、この部屋の真下の階ってどうなってる?」

 

その質問の意味がわからず困惑しつつもアリーシャは晴人の質問に答える。

 

「この部屋の下? 確か、書物などが管理されている部屋の筈だ。見張りの兵士もいないと思うが……」

 

 

「なら、問題無さそうだな。アリーシャ出来るだけ俺に近づいといてくれるか?」

 

「近くに? わかった」

 

戸惑いながらもアリーシャは晴人の真横に並ぶように移動する。

 

「じゃあ、行くか。掴まってなよアリーシャ」

 

「? どういう意味だハルト?」

 

「こういうことさ」

 

何が起こるのか問いかけるアリーシャに対して晴人はその答えを見せるべく指輪をバックルにかざす。

 

【フォール! プリーズ!】

 

「え? ……きゃあ!?」

 

ベルトから響く声と同時に突如として、晴人達の立っている床に大きい穴が空き、晴人とアリーシャの二人はそのまま下の階へと落下する。その唐突さにアリーシャは驚き、何時もの男言葉では無く女の子らしい悲鳴をあげた。

 

 

ダン!

 

 

一瞬の浮遊感と共に2人は大きな本棚の上へと着地する。

 

 

「おっと、大丈夫か? アリーシャ?」

 

体勢を崩したアリーシャを片手で支えながら話しかける晴人だが、当のアリーシャは驚きに固まってしまい、反応が遅れてしまう。

 

「あ、あぁ、大丈夫だよハルト。だ、だから……その……手を離してもらってもいいだろうか?」

 

急な落下により体勢を崩したアリーシャに対して晴人は左手を腰に回すように支えている。結果、アリーシャは彼に寄り掛かるような体勢になってしまっていた。流石に、恥ずかしかったのか、頰を染めながら手を離してもらうようアリーシャは晴人に告げる。

 

「ん? あぁ、ゴメンゴメン」

 

そんな彼女の態度に、軽い調子で返す晴人。晴人は手を離すと本棚の上から床へと跳び下り着地する。続いてアリーシャも床へと下りた。

 

「……なんでもありだなハルトの魔法は」

 

天井を見つめ、先程空けた穴が完全になくなり元通りになっているのを見て唖然とするアリーシャ。

 

「驚くのは後だ。お次はコイツだ」

 

指輪をつけかえた晴人は、もう一度、指輪をバックルへとかざす。

 

【ドレスアップ! プリーズ!】

 

音声と共に魔法陣が現れ晴人とアリーシャを通過する。魔法陣を通過した2人の服装は白と青を基調とした服に兜や籠手を着けたハイランド兵の服装へと変化していた。

 

 

「今度は服が!?」

 

「これなら、場内を移動しても怪しまれないだろ?」

 

「な、成る程……だが、随分と手慣れているんだね」

 

「ん? まぁ、城に忍び込むのは初めてじゃないからね。今回は浸入じゃなくて脱出だけどさ」

 

「……何故そんな経験があるのか、非常に気になるのだが」

 

さらりと不穏な発言をする晴人に理由を問うような視線を向けるアリーシャだが、晴人はそれを受け流す。

 

「機会があれば話してやるよ、今は戦場に急がないとな。さぁ行こう、城内の道案内は頼むぜアリーシャ」

 

そう言って話を打ち切る晴人の言葉にアリーシャは頷く。残された時間は少ない、ヘマをする訳にはいかないとアリーシャの表情が引き締まる。

 

「わかったよ。兵への対応は私がするからハルトは可能な限り喋らずについてきてくれ」

 

「オッケー、そこはアリーシャに任せるよ」

 

アリーシャの言葉に晴人が頷く。

 

「よし、では行こう」

 

 

アリーシャはそう言うと城内へ繋がる扉に手をかけた。

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

結論から言えば2人は危険無く城内から脱出できた。アリーシャの対応により城内の兵士達にも怪しまれることなく城を出た2人はそのまま貴族街を抜け、夜明け前で人気の無い街の中央区を駆け抜け、橋へと繋がる街の門を通過した。

 

「ここまでは順調な感じだな。あとは時間との勝負か」

 

「だが、このままではグレイブガント盆地に辿りつけるのは早くても2日かかってしまう……手があるのか? 」

 

 

バルトロからの伝令を預かり、グレイブガント盆地へ向かうという嘘を信じた門番は兵士の姿をした晴人達をあっさりと街の外へと通し、二人はレディレイクの入り口から向こう岸までを繋ぐ湖上にかかった大きな橋まで辿りついた。すると晴人はドレスアップの魔法を解除し、足を止め右手の指輪を交換する。

 

「2日ってのは馬ならの話だろ? なら大丈夫さ。カボチャの馬車は用意できないけど、とびっきり速いヤツなら用意できる」

 

 

そう言って晴人は空間を繋ぐ魔法『コネクト』の指輪をバックルにかざす。

 

【コネクト! プリーズ!】

 

音声と共に赤い魔法陣が出現し、晴人が手を魔法陣から目的の物を引き出す。それはアリーシャにも見覚えのある物だった。

 

「それは、フォルクエン丘陵に置いて来た……」

 

晴人が魔法陣から取り出し物は、彼が丘陵地帯の茂みに隠した筈のアリーシャが見た事の無い乗り物だった。

 

「これなら、昼の開戦に間に合うのかハルト?」

 

戸惑いながら晴人に問いかけるアリーシャ。それもそうだろう、見た事の無い車輪を二つ付けただけの目の前の乗り物が、この国の名馬を遥かに凌ぐ速さを出せると言われても、すぐに信じるのは難しい筈だ。

 

「このタイミングだとギリギリになると思うけど、少なくとも、大遅刻はしなくて済むと思うぜ」

 

アリーシャの問いに自信を持って返しながら晴人は愛車であるマシンウィンガーに跨り黒いフルフェイスヘルメットを被る。

 

「はい、アリーシャもこれを被って」

 

「これは……兜なのか?」

 

「ん〜……まぁ、そんなところかな。被ったら俺の背後のシートに乗ってくれ」

 

ヘルメットを被った晴人は、続けてアリーシャへ、もう一つのヘルメットを渡す。アリーシャは見慣れないデザインに首を傾げながらもグレーのヘルメットを被ると晴人の指示に従い彼の背後のシートに跨った。

 

「飛ばすぜアリーシャ。しっかり掴まってろよ」

 

「わ、わかった!」

 

晴人の忠告に素直に従うアリーシャは、少し恥ずかしがりながらも、晴人の背後から腰に両手を回ししっかりと捕まる。

 

「よし、じゃあ行くぜ!」

 

そう告げた晴人はエンジンをかけるとアクセルを思い切り回し愛車を加速させる。

 

 

ブオォォォォォォォォォン!

 

 

 

古めかしい石造りの様式の街に似つかわしくないバイクのエンジン音が響き渡る。

 

 

「ッ!?」

 

馬とは比べものにならない急速な加速に驚くアリーシャは体勢を崩しそうになるが晴人に掴まる力を強め、体勢を立て直す。

 

 

晴人達を乗せたマシンウィンガーはあっという間に湖上にかかる橋を駆け抜け、橋を渡りきると南へ向けて方向転換し丘陵地帯へ向かう為にレイクピロー高地から流れる川にかかる橋を目指す。

 

「凄い! 凄いよハルト! この速度なら本当に間に合うかもしれない!」

 

予想を上回るバイクのスピードにアリーシャは喜びの声をあげる。戦争が起こるかもしれない状況に不謹慎かもしれないが、それもしょうがないだろう。上手くいけば、被害が広がる前にスレイ達を戦争から離脱させ、尚且つ、バルトロの考えた導師頼りの進軍も止められるかもしれないという希望が見えてきたのだ。

 

「喜ぶにはまだ早いさ。地面も舗装されていない分、運転も荒くなるから注意しろよアリーシャ!」

 

「わかったよハルト! だが、開戦まで時間が無い! 私に気を遣わないで全速力で頼む!」

 

「りょーかいッ!」

 

アリーシャの言葉にハルトは更にアクセルを回しマシンウィンガーを加速させる。

 

「ッ! もう夜明けか」

 

レディレイクへと繋がるレイクピロー高地の川にかかった橋へと差し掛かるその時、晴人達の左の方角から眩い光が昇り始める。

 

朝日に照らされ、湖上の街レディレイクは

合わせ鏡のように澄んだ湖と共に燦然と輝いている。

 

「連行されてる時は見れなかったけどこんなに綺麗だったんだな……」

 

絵画のような美しい光景を横目に見た晴人はポツリと賞賛の言葉を漏らす。だが、晴人は言葉の後に表情を曇らせた。

 

「……けど、一筋縄ではいかなそうだ」

 

何も知らない人々から見れば今のレディレイクの光景はとても美しく映るだろう。しかし、晴人の瞳には、レディレイクを包む穢れが見えていた。スレイ達が救出した加護天族により、加護領域が復活したとはいえ、信仰が失われつつある現状では穢れの自浄作用も完全に取り戻せていない。レディレイクを包む穢れは終わらない戦乱と災厄に苦しむハイランドの民の心の闇そのものなのかもしれないと晴人は思う。

 

「……ま、俺は俺のやるべきことをするだけだよな」

 

静かに呟きながら気持ちを切り替える晴人。アリーシャの夢は穢れのない故郷を取り戻すことだ。だとすればアリーシャを手伝う事は結果的にあの穢れを祓う事にも繋がっていくだろう。ならば、操真晴人のやるべきことは決まっている。まずは、1人のお姫様の希望を守り抜く、彼女の希望(ゆめ)が、いつかもっと多くの人々の希望となっていくことを信じて……

 

決意を固めた晴人は戦場を目指してバイクを更に加速させた。

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

日が昇り始め、人々が活動を始めるであろう時間帯、晴人とアリーシャは昨日、師団長達により拘束された場所であるグリフレット橋へと差し掛かっていた。

 

「……っ! あれは」

 

何かに気づいた晴人はバイクを停止させる。

 

「どうしたんだ? 晴人? ……あれは! マーリンドの!」

 

バイクを停止させた晴人の視線の先を見たアリーシャ。その先には数台の馬車と多くの人々の集団がいた。恐らくは橋の近くで夜を明かしたのだろう。

 

「アリーシャ、あの人達は?」

 

「マーリンドの街の住民達だ。恐らくはレディレイクへ一時的に避難しに向かっているんだろう。もし、グレイブガント盆地をローランス軍に突破された場合、そこから1番近い街はマーリンドなんだ」

 

 

彼らを知っているのか問う晴人にアリーシャは彼らが何故此処にいるのか説明する。そんな二人に集団の中にいた1人の年配の男性から声がかけられた。

 

「アリーシャ姫! 何故此処に?!」

 

「ネイフトさん! 良かった、ご無事だったのですね」

 

バイクを降り駆け寄るアリーシャにネイフトと呼ばれた男性は戸惑った様子でアリーシャへ話しかける。

 

「貴女にローランス軍を手引きしたなどという冤罪がかけられたと聞きレディレイクへ着いたら、街の皆で無実を訴えに行こうと思っていたのですが、ご無事で本当に良かった……」

 

「ッ! ……ありがとうございます」

 

「礼を言うのは此方の方です。導師と共にマーリンドを救ってくださった貴女が、ハイランドを売るような方ではない事は街の皆もよくわかっています。私も街の代表として貴女には感謝しています」

 

「そんな、私は大したことなど何も……」

 

マーリンドの人々が自分の身を案じてくれた。その事実にアリーシャは、その言葉をどう、受け止めればいいのかわからず、戸惑ってしまう。しかし、時間がない事を思い出した彼女は、ネイフトにスレイ達がどうなったか知らないか問いかけた。

 

「そ、そうだ! ネイフトさん! スレイ達がどうなったか知っていないだろうか?」

 

「貴女が去った翌日に導師は、避難する我々と共にマーリンドからレディレイクへ向かっていたのですが……このグリフレット大橋でランドン師団長に……」

 

「……ッ! やはりバルトロの言っていたことは本当だったのか……」

 

「導師はそのまま師団長と共にグレイブガント盆地へ行かれました。街を守ってくれた木立の傭兵団も我々に何名かの護衛を残して其方へ……」

 

「……セキレイの羽、あの商人ギルドの者達は? 見当たらないようだが?」

 

「彼女達は、別件があると言って、昨晩、には……」

 

「そうか、情報感謝する。貴方達はこのまま、レディレイクへ向かってくれ」

 

ネイフトに避難を諭しアリーシャは晴人の方へと踵を返す。

 

「あ、アリーシャ姫はどうするのです!?」

 

彼女の行動に戸惑うネイフトは、その目的を問う。その言葉に振り返ったアリーシャは、迷わず返答する。

 

「どうしても、やらなくてはならないことがあるんだ。だから私は戦場へ行く」

 

「き、危険です。おひとりでそのような!」

 

アリーシャの発言に驚いたネイフトは、慌てて止めようとする、だが、アリーシャは微笑みながらその言葉を否定する。

 

「ひとりじゃないさ……」

 

「え?」

 

「私にも力になってくれる人がいる」

 

その言葉にネイフトはアリーシャの後方ででバイクに跨っている晴人に視線を向ける。

 

「彼のことを仰っているのですか? ……その…彼は一体?」

 

その問いかけにアリーシャは力強く答える。

 

 

「私の『最後の希望』……かな?」

 

そう言うと、アリーシャは再び晴人の方へ踵を返し、駆け寄るとマシンウィンガーの後部座席に跨る。

 

「話は済んだ?」

 

「あぁ……ハルト、残念だが、バルトロの言っていた事は事実のようだ」

 

「みたいだな。只の脅しなら良かったんだけど、しょうが無い、急ごうか!」

 

 

ブォォオォォォォォン!

 

 

再びエンジンを吹かせて再発進したマシンウィンガーはあっという間グリフレット橋を渡り南西を目指し駆け抜けて行った。

 

 

「あの青年は一体……」

 

見慣れない乗り物に跨り、アリーシャと去って行った晴人を見て、ネイフトは困惑の声を漏らした。

 

 

 

__________________________________

 

 

グリフレット橋を越え、南へ向かう右の細道をバイクで駆け抜けた晴人達は、開けた道へと出る。

 

「後はそのまま南下して行くだけだ! 」

 

晴人に指示を出すアリーシャは頭上の太陽を見上げる。太陽は頭上に昇るか昇らないかのギリギリのラインだ。

 

「これなら、開戦前に何とか到着できる!」

 

安堵の表情を浮かべる。しかし……

 

 

 

ドォォン! ドォォン! ドオォン!

 

 

まるで大地が爆ぜたかのような炸裂音が戦場から離れた晴人達の耳に届いた。

 

「ッ! 今のは!」

 

「あの音……まさか、神衣の力でスレイが! ?」

 

普通ではない音にアリーシャはそれが戦場でスレイが神衣で戦っている物だと考える。

 

「オイオイ……まさか、開戦が早まったっていうのかよ」

 

 

「ッ! ……どうやらそのようだ」

 

事情は分からないが、何かしらの理由で開戦の時刻が早まったのは間違いない。晴人とアリーシャの顔に焦りが浮かぶ。

 

「(妙だ……そんな簡単に命令の開戦時刻が変わるとは思えない……これでは、まるで、私達が開戦に間に合いそうな事に何者かが気付いたようだ……)」

 

 

狙い済ませしたかのような、開戦時刻の繰り上げに疑問を覚えるアリーシャ。そんな彼女の態度に疑問を覚えた晴人はアリーシャへ声を掛けようとするが……

 

 

「? どうしたんだ? アリーシ……ッッ!!」

 

突如、言葉を切り戦場の方角を見つめる晴人。その様子にアリーシャはどうしたのかと問いかける。

 

「どうしたんだ? ハルト?」

 

「……あの戦場からヤバそうな気配を感じた。昨日のデカイ鳥の比じゃないくらい……」

 

「ッ! 戦場から巨大な穢れを感じたというのか!?」

 

晴人の言葉にアリーシャは驚きの声をあげる。確かに人の負の感情が集まる戦場は憑魔発生の環境としては最適かもしれない。だが、昨日、上位種である変異憑魔を単独で圧倒した晴人が、それを圧倒的に上回る穢れを感じたというのだ。それほどの存在が戦場に現れれば、兵士達はどうなってしまうのか……。

 

 

「兎に角、そろそろ到着だ。迷ってる暇はないぜ!」

 

「あぁ、わかっているよ。ここまで来て逃げ出したりなんかしない!」

 

「上出来だ! 」

 

強大な敵の存在を知ってもアリーシャの覚悟は変わらない、その言葉を聞いた晴人は彼女の思いに答えるべく右手をハンドルから離し、ベルトに指輪をかざす。

 

【ドライバーオン!】

 

 

続けて、音声と共に腰に現れたベルト『ウィザードライバー』を操作しハンドオーサーを切り替える。

 

 

【シャバドゥビタッチ ヘーンシーン! シャバドゥビタッチ ヘーンシーン!】

 

 

鳴り響く音声と共に、晴人は叫ぶ。

 

 

「変身!」

 

 

そして左手の指輪をバックルにかざし、そのまま正面に突き出す。

 

【フレイム! プリーズ! ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!】

 

突き出した左手から走行するバイクの正面に赤い魔法陣が出現し晴人はそのままバイクごとその魔法陣を通過する。するとその姿はアリーシャが昨日見た、仮面の戦士『ウィザード』へと変化した。

 

「頼む…無事でいてくれ……」

 

スレイ達や戦場の兵士達の無事を願う声がアリーシャの口から溢れた。

 




余談ですが、今作での移動でかかる時間設定は自分が適当に決めています。イズチ〜レディレイクくらいでしたからね徒歩でどれ位なのか劇中で描写されたのは……

あと、テレポートさんは旅要素を台無しにしかねないので出禁です


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5話 Just the Beginning 後篇

後篇です。アリーシャの魔改造が始まります。

因みに、余談ですが、この作品のウィザードは、春映画やMovie大戦を含めて映像化されている話は全て繋がっている設定ですが、小説版の黒晴人事件は発生していません。個人的には小説版は結構好きなんですけど、凛子ちゃんと恋仲になる設定は読んでない人が混乱するし、何より小説版は晴人の物語が完全に完結してしまっているので除外しています。なので晴人は仮面ライダー大戦後にこの世界に跳ばされ、ホープリングは晴人のアンダーワールド内にあります。




「見えたぞ!」

 

丘陵地帯を抜け、草木の生えない岸壁地帯へと差し掛かった晴人は前方にハイランド軍の本陣であろう場所を見つける。木材を使用し作られた簡易的な本陣の入り口には兵士が2名ほど見張りとして立っているが、これ以上無駄な時間を割いている余裕は無いと考えたウィザードはバイクの勢いを弱めず本陣へと突っ込んでいく。

 

 

「うわぁ!」「ひぃ!」

 

 

そんなウィザードに轢かれてはたまらないと兵士ふたりは横に飛び退き、そのまま本陣の中へ突入した晴人はブレーキをかけて停止させる。すかさずアリーシャはバイクから飛び降りるとヘルメットを外し、この場の指揮を受け持っているであろう騎士に声をかける。

 

「戦況はどうなっている!?」

 

一方、声をかけられた騎士はアリーシャの登場に驚きの声をあげる。

 

「アリーシャ殿下?! 何故貴女が此処に?!」

 

レディレイクで拘束されていた筈の彼女が現れたことに混乱する騎士。しかし、アリーシャは無駄な問答をする時間は無いと、勢いのまま、まくしたてる。

 

「緊急事態なんだ! 早く答えてくれ!」

 

その剣幕に押され騎士は、戸惑いながらも彼女の問いかけに答える。

 

「そ、その……導師の活躍により、ローランス軍は敗走、ランドン師団長は追撃命令を出し自らも兵を率いて前線へ赴いたのですがその後、連絡がとれず、加えて戦場から我が軍が同士討ちを始めただのと、不明瞭な報告が続いており、指揮系統が混乱していまして……」

 

「そんな! 間に合わなかった……待ってくれ、ランドン師団長が行方知れずというのはどういう……? それに、味方の同士討ち? ……まさか! 」

 

アリーシャが、何かに気づいたように声をだした瞬間……

 

 

「た、助けてくれぇ!」

 

 

戦場に続く道の先からハイランドの兵士が何かから逃れるように駆けてくる。続けてハイランドの兵とは違う、茶色い服装をベースとした装備が統一されていない人物達が、負傷者を連れて此方へ撤退してくる。その背後には槍を持ったハイランド兵が10名程走ってきているが様子がおかしい。アリーシャの記憶が確かなら、彼らはハイランド軍に組する木立の傭兵団だ。だというのに撤退してくるハイランド兵も傭兵団もまるで今この瞬間、背後から敵に追われているかのような必死な形相で逃げている。これではまるで最後尾を走るハイランドの槍兵に殺されそうになっているかのように……

 

 

そう考えた瞬間

 

 

「グォォォォォォ!」

 

 

人のそれとはかけ離れた雄叫びあげた槍兵のひとりが傭兵団に追いつきその手の槍を突き刺そうと構えたのだ。

 

「なっ! まずい!」

 

傭兵のひとりが槍を持って突き刺されそうになり、声をあげるアリーシャ。だが距離が開き過ぎている。もう間に合わない、そう思った瞬間。

 

 

ダァン! ダァン!

 

 

連続して鳴り響いた炸裂音と共に放たれた弾丸が槍を振りかぶった兵士の手を貫き、槍を弾き飛ばした。

 

唖然としたハイランド兵が音がした方へと視線を向けるとそこには、得物である『ウィザーソードガン』を銃形態にして構えるウィザードの姿があった。

 

 

「早く逃げろ! アリーシャ! 兵士達の避難を頼む! 俺はあの憑魔達を浄化する!」

 

「ッ! やはり、そういうことなのか! 」

 

真剣な声音で叫び、駆け出したウィザードの言葉に、襲い掛かってきたハイランドの槍兵達が憑魔化していることを理解したアリーシャは、本陣に用意されていた槍を手に取るとウィザードに少し遅れて駆け出す。

 

 

逃げる兵達の間を逆方向へ駆け抜けたウィザードは、自分の目の前に集まっている大柄な鎧の憑魔『アーマーナイト』へむけて跳躍するとそのまま勢いに任せて回転蹴りを叩き込み吹き飛ばす。残りの9体の憑魔は攻撃を仕掛けたウィザードへ注意を向け、撤退する兵士への追撃を中止する。

 

「本陣へ撤退してくれ! 急げ!」

 

その隙にアリーシャは負傷し動きの遅い傭兵のひとりに肩を貸しながら周りの兵士達に指示をとばす。すると彼女が肩を貸した傭兵は驚いたようにアリーシャをみる。その傭兵の顔にアリーシャは見覚えがあった。髪を後ろに撫で付けた軽装のその男は木立の傭兵団のリーダーであり、スレイ達とマーリンドの加護を蘇らせる際にマーリンドを守る事に協力してくれた人物だった。

 

「ルーカス殿?」

 

「アンタはアリーシャ姫!? 捕まっていたんじゃ!?」

 

スレイ達と共にアリーシャが冤罪をかけられ囚われた事を知っていた彼は驚きの声をあげる。

 

「兎に角、今は本陣へ撤退を!」

 

説明している時間は無いとアリーシャは、ルーカスと共に本陣へ向かい撤退を始める。その背後ではウィザードが憑魔と戦闘を開始していた。

 

『グォォォォォォ!』

 

 

雄叫びをあげたアーマーナイト達はその手に持った巨大な槍を構え次々にウィザードへ襲い掛かっていく。

 

最初に突っ込んできた二体の槍が左右からウィザードの胸目掛けて突き出されるがウィザードはそれを跳躍しスレスレで躱すとその勢いのまま左側の憑魔の側頭部に飛び蹴りを叩き込み、振り抜く。直撃を受けたアーマーナイトは隣にいた同類を巻き込みウィザードの右方向に吹き飛ぶ。

 

飛び蹴りを振り抜いた勢いのまま襲い掛かってくる敵に背を向けるように着地するウィザードに三体目が槍を振り下ろそうとする、しかしウィザードは振り抜いた左脚を軸に勢いを殺さず、右後ろ回し蹴りを放ち槍の肢を蹴り軌道を逸らしながら流れるように左の蹴りを脇腹に叩き込んだ。

 

『グォォォォォォ!』

 

強敵の登場に兵士としての名残りなのか次にアーマーナイト達の四体がウィザードを囲むように包囲し一斉に槍を突き出す。しかしウィザードは身を屈め槍を回避する。

 

ガキィン!

 

4本の槍がぶつかり火花を散らすが、それを躱したウィザードはそのまま屈んだ状態のまま一回転し足払いをしかけアーマーナイト達はその場に転倒させる。

 

「はぁっ!」

 

 

跳躍し転倒した敵の包囲を飛び越えると残りの三体がウィザード目掛け襲い掛かる。一体目の槍の突きをウィザードは右に最小限動くだけで回避すると槍を掴み肢を膝で蹴り上げる。その威力にアーマーナイトの手から槍が離れ、跳ね上がった槍の肢が人間なら顎がある部分に直撃し打ち上げた。そのままアッパーを喰らった人間のようにダウンしたアーマーナイトの背後から最後の二体が跳躍しウィザードへ勢いのまま突っ込むがウィザードは手にした槍を薙ぎ払うように振り抜き二体を弾きとばす。

 

全てのアーマーナイトがダウンし体勢を崩すとウィザードは後方に跳躍し一気に距離をとり、コネクトの魔法陣からウィザーソードガンを銃形態で取り出すとハンドオーサーを起動し指輪を翳す。

 

【キャモナ シューティング シェイクハンズ! 】

 

【フレイム! シューティングストライク!ヒーヒーヒー!】

 

「ハァッ!」

 

赤い魔法陣が銃口に出現すると、ウィザードはその場で回転し、銃を左から右へ払うように振るいながら引き金を引いた。

 

 

ドドドドドドド!

 

 

爆発音と共に銃口から火炎弾が放たれ、ウィザードを中心に扇状に放たれたそれはアーマーナイト達に直撃する。

 

 

『ガァァァォァア!』

 

 

爆炎の中、悲鳴が響き渡る。

 

「ふぃー……」

 

そして炎が消えたその場には人間の姿を取り戻したハイランドの兵士達が倒れていた。

 

「大丈夫か!」

 

「お、おい!」

 

「あ、アリーシャ姫! 危険です!」

 

後方で決着が着くのを確認したアリーシャは急ぎ兵士達に駆け寄る。憑魔の事を知らず知覚もできないルーカスやハイランド兵達は先程まで、自我を失ったように暴れていた兵士に迷わず駆け寄るアリーシャを制止しようとするが彼女はその声を振り切り、倒れた兵士に肩を貸し本陣へ運ぼうとする。

 

「大丈夫なのかよ? もしかしたらまた襲われるかもしれないんだぜ?」

 

ルーカスを筆頭におっかなそうに近寄ってきた傭兵団やハイランド兵は混乱と警戒の感情を滲ませながらアリーシャへ問いかける。

 

「それは大丈夫だ。彼等が襲ってきた事には理由があるんだ。先程のハル……ウィザードの攻撃で正気を取り戻した筈だ」

 

「ウィザード? あっちの宝石みたいな顔の奴のことか?」

 

戦場の方から新手の憑魔が現れないか警戒するウィザードを指差すルーカス。

 

「あぁ、済まないが事情は後で説明する。今は彼等を本陣へ連れていきたい。手を貸してくれないだろうか」

 

そんなアリーシャの言葉に兵士達は、どよめき戸惑ってしまう。当然だ、先程まで命を狙ってきた相手なのだ。だが、そんな戸惑いを消し去るようにルーカスが傭兵団に指示をとばす。

 

「手伝ってやれ、命の恩人の頼みを無碍にしたら木立の傭兵団の名折れだぞ」

 

そういって自らアリーシャが肩を貸した兵士の反対側の肩を担いだルーカスの姿に影響され傭兵団や兵士達も倒れた兵士達も倒れた兵士を本陣へ運び始める。

 

兵士を運びながらアリーシャはルーカスへ何があったのか問いかける。

 

「ルーカス殿は戦場にいたのですね。なら、何が起こったのか知っていないだろうか?」

 

その問いにルーカスを表情を暗くする。

 

「わからねぇ。俺たちは戦場で孤立しローランス軍に囲まれた所をスレイに助けられたんだが……」

 

「スレイが!? 」

 

「あぁ、アイツの力で戦況は完全に変わった……俺たちは負傷者がいたこともあって一度退こうとしたんだが……突然戦場がおかしくなったんだ」

 

「……」

 

「兵士達は正気を失ったように同士討ちを始めた……俺たちがいた北東部はおかしくなった奴が殆ど居なかったから、何とか撤退はできたんだが、撤退してきたハイランド兵が言うには『ヴァーグラン森林』付近の南西部は地獄絵図だったらしい……」

 

その言葉にアリーシャは疑問を覚える。

 

「(同じ戦場でもルーカス殿達がいた場所の憑魔化は影響が弱かった? どういうことだ? 被害の多いという南西部と真逆の場所にいたことが関係しているのか?)」

 

いくら負の感情が集まる戦場とはいえ、この状況は明らかに異常だ。今までもローランスとハイランドの激突はあったが味方同士が殺しあう事態などアリーシャは聞いた事がない……。

 

そんな時、彼女の脳裏に、天族であるライラから聞かされた話が過る。穢れを撒き散らす災厄の元凶とも言える存在の名を……

 

「まさか……いるのか? この戦場に……『災禍の顕主』が……」

 

ならば、こうしてはいられない。一人一人、浄化しても焼け石に水なこの状況ではスレイ達は恐らく、この戦場に穢れを生み出している元凶を叩きに行く筈だ。その存在がライラの言っていた『災禍の顕主』かどうかはわからないが、これほどの影響力を持つ相手に無事で済むかわからない。急いで晴人と共にスレイと合流しなくては。

そう考えたアリーシャは本陣に兵士を寝かせると晴人の方へと視線を向ける。

 

ハイランドの本陣へ通じる北と南からの道が交わる場所で警戒を続ける彼の姿がアリーシャの瞳に映り、急ぎアリーシャは彼の元へ向かい走り出す。ウィザードの元へ駆け寄るアリーシャ。そんな彼女の瞳に戦場の中心部に通じる南側の道からこちらへ歩いてくる一人の男の姿が映る。

 

「!? あれは……」

 

 

 

__________________________________

 

 

変身を解かずに警戒を続ける晴人はこの戦場の異常な空気を感じていた。

 

 

「(妙な感じだ……空気が重い。それにこの戦場に入った瞬間、空もおかしい……快晴だった筈なのに紫色の雲に覆い尽くされてる……)」

 

まるで、何者かにより世界を塗り替えられているような違和感。アリーシャを含めて、戦場にいる兵士達はこの異常に気付いていない以上、憑魔が関係していることに間違いはないだろうと晴人は考える。

 

「(レディレイクで感じた加護領域ってのとは似ているけど真逆の代物……そんな感じだ……でもこれに似た感じ……前にも何処かで……そうだ!これは確か『ギャバン』や『キョウリュウジャー』達と一緒に『マドー』と戦った時に……)」

 

戦場を覆う謎の領域に似たような感覚を過去に感じた覚えのある晴人はそれが何か思い出そうとする。しかし、その思考はかけられた声により中断された。

 

「貴様は何者だ? ここで何をしている?」

 

 

「ッ!? お前は?!」

 

 

かけられた声の方向を向いた晴人の目に3メートルちかい大柄の熊を思わせる獣人憑魔が映る。しかし、その憑魔の姿に晴人はどこか既視感を覚えた。

 

左目に奔る傷、ボロボロになったハイランドの軍服と胸にかけられた大量の勲章。

 

「まさか……アンタは「ランドン師団長! 無事だったのですね!」…ッ!」

 

 

駆け寄ってきたアリーシャによって告げられた名前に晴人は確信する。目の前の憑魔の正体が、昨日、出会った師団長の成れの果てだということを。

 

 

「離れろアリーシャ!」

 

「え?」

 

困惑し硬直したアリーシャに次の瞬間、ランドンはその手に持った巨大な剣を叩きつけようとする。

 

「チィッ!」

 

一瞬速くアリーシャへ飛び込んだウィザードが彼女を抱え振り下ろされた斬撃を回避する。

 

「師団長!? 何を!?」

 

「アリーシャ! こいつは憑魔だ!」

 

戸惑うアリーシャを背に守るようにウィザードはウィザーソードガンを剣形態に切り替えて構える。

 

「これはこれはアリーシャ姫、何故、戦場にいるのか知らないが丁度よかった。あの小生意気な導師が私の指示に従わなくて困っていたのですよ……貴方の四肢を切り落として晒してやればあの馬鹿な男ももう少し真剣に私の指示に従ってローランスの連中を皆殺しにしてくれるだろう」

 

 

「な!? 何を言っているのです師団長!?」

 

 

ランドンの口から狂気に満ちた言葉が漏れる。人格までは、まだ完璧に壊れていないのだろうが明らかに様子がおかしい。

 

 

「させるかよ、悪いが少し眠って貰うぜ師団長さん。離れてろアリーシャ!」

 

戦闘態勢に入ったウィザードにランドンは気に入らなそうな声をあげる。

 

「なんだ貴様は? 導師に続き貴様も私の邪魔をするつもりか? ならば死あるのみだ!」

 

そう叫ぶランドンは再び大剣をウィザードへむけて横薙ぎに振るう。

 

「食らうかよ!」

 

斬撃を飛び越え回避したウィザードはそのままソードガンでランドンに斬りつける。

 

「ぐぁっ!?」

 

胸を切り裂かれ苦悶の叫びあげるランドン。しかし……

 

 

「やってくれたな! キサマァ!」

 

切り裂かれた傷をすぐさま回復させたランドンが怒りの声をあげる。

 

「オイオイ……随分タフだな」

 

元の人間の実力が他より上なのか、或いは穢れを強く浴びた影響なのかはわからないが、異常な回復力を見せるランドン。そんな彼にウィザードは呆れたような声を漏らすしながらも剣を構えなおす。しかし次の瞬間……

 

「た、助けてくれぇ!」

 

「ッ!?」

 

叫び声が響きランドンが現れた南の道とは逆の北東部に通じる道から先程と同じように兵が逃げてくる。逃げてくるのはハイランドの兵だけではなくローランスの兵も混じっている。その遥か後方には先程ウィザードが倒した物と同種のアーマーナイトが大量に追従していた。動きの遅いアーマーナイトはまだ、撤退中の兵士達と距離が離れているがその中から数体のトカゲ人間のような素早い憑魔が彼らへと迫っている。

 

「ヤバい!」

 

急ぎ彼らの元へと駆けて行こうとするウィザードとだがその進路を塞ぐようにランドンに大剣が叩きつけられる。

 

「逃がすかぁ!」

 

「くそ、この忙しい時に!」

 

ランドンによる妨害に内心で舌打ちする晴人は、ならばと左手の指輪を交換する。指輪の色は先程と同じ赤だが、装飾が先程のものより派手になっている物だ。

 

「『1人』で手が足りないなら『4人』でいくさ!」

 

ランドンの浄化と撤退する兵士達の救出を同時に行う為にウィザードは自身の持つ切り札の一つを切るべく、指輪をバックルにかざす。しかし……

 

 

【エラー!】

 

 

「なに!?」

 

指輪をかざしても変化はおこらず失敗をしらせる音声がベルトから流れる。ウィザードは動揺し指輪を見つめる。よく見ると美しく輝いていた筈のその指輪は輝きを失い黒ずんでいた。

 

「よそ見をするな!」

 

「チィッ!」

 

動揺した隙にランドンがしかけた攻撃を間一髪で回避するが、事態は好転しない。助けに向かおうにもランドンによる妨害が入り、切り札は使用不能。もはや間に合わない。無情にもトカゲ人間のような憑魔『リザードマン』が転倒した兵士に迫り剣を振り下ろそうとする。ランドンと戦うウィザードは間に合わない……だが

 

「魔神剣!」

 

突如、叫びと共に放たれた剣圧がリザードマンに直撃し怯ませる。

 

「落星凍雅!」

 

倒れた兵士を飛び越えるように躍り出た影は冷気を纏った垂直突きをリザードマンにお見舞いする。凍気により咲いた氷の花にリザードマンが貫かれた。

 

「私が時間を稼ぐ、怪我の軽い者は負傷者に手を貸して本陣へ撤退してくれ! ハイランドもローランスも関係無くだ! 急いでくれ!」

 

兵士達を庇ったのは晴人に退くように言われた筈のアリーシャだった。

 

「アリーシャ!? 無茶すんな!」

 

ウィザードはランドンの猛攻を躱しながらを1人で時間を、稼ごうとするアリーシャへ叫ぶ。

 

実際、彼女の行為は無謀そのものだ。憑魔達は最早常人を超えた力を有しているのに対してアリーシャ従士契約を破棄し、身体能力のブーストを失っている。1、2匹までならなんとかなるかもしれないが敵は多い。加えて、その後方からも数十体のアーマーナイトが迫っている。

 

「(くそっ! 手が足りない! )」

 

焦る晴人。敵が自分を狙っている分にはどうにでもできる自信はあるが、今は兵士達を守りながら戦わなくてはならない。例え、このまま力押しでランドンを倒して、迫ってくる憑魔の相手をするにしても、状況は厳しい。憑魔を浄化すれば当然その人物は人間に戻り倒れてしまう、先程の数倍の敵が押し寄せる状況で、気を失った人間を守りながら1人で憑魔を相手どるなど、切り札を封じられた現状では不可能だ。加えて、もし敵を討ち漏らして本陣へ通してしまえば負傷者達が殺される。

 

「(どうする!? せめて一人でも憑魔の事を理解していて、浄化が可能な人間がいてくれれば違ってくるんだけど……)」

 

現状でその条件に近い人物はアリーシャだ。だが、彼女は従士契約を破棄し、憑魔の知覚や浄化は不可能な状態だ。従士契約を行うことのできる導師と合流するだけの時間は無いし、偶然、霊応力の高い人間が見つかるなどという都合のいいこともおこる筈がない。

 

「(霊応力の高い人間……まてよ、魔力を持つ俺が憑魔を知覚できるってことは魔力と霊応力は、限りなく近いものってことだよな……なら……)」

 

脳を回転させ一つの策が晴人の脳裏に浮かぶ。この方法なら恐らくアリーシャに再び浄化の力を与える事ができる。しかし……

 

「(いいのか? そうなればアリーシャを危険に晒すことになる……俺一人でなんとかできる可能性だって……)」

 

アリーシャを戦わせる。それは自分の力の無さのツケをアリーシャへ背負わせるようで、そんな真似をしてもいいのかという葛藤が晴人に迷いを生じさせる。だが……

 

「ハァッ!」  

 

ランドンの攻撃を躱すウィザードの目に兵士を守ろうと押されながらも奮戦するアリーシャの姿が映る。従士でなくなっても諦めず戦うアリーシャ、その姿を見て晴人は仮面の下で薄く笑った。

 

「まったく……偉そうに、『1人で抱え込むな』って言っといて俺も人のこと言えないよな」

 

「なに? いきなり何を言っている?」

 

突如、独り言を零したウィザードに困惑したランドンは、攻撃を止める。そんなランドンにウィザードは何処か焦りの消えた声で返答する。

 

「いや……アリーシャの希望になるって言った俺が、アリーシャの強さを信じないでどうすんだ……って思ってね……」

 

「何を訳のわからない事を!」

 

怒りに任せて大剣を振るうランドンだが、ウィザードは後方に大ジャンプするとリザードマン達に押され本陣前の一本道まで後退したアリーシャの方へと駆け寄っていく。

 

「邪魔だ!」

 

リザードマンを蹴り飛ばしウィザードは指輪をバックルにかざす。

 

【ディフェンド! プリーズ!】

 

魔力の込められた通常時より大きな燃える魔法陣が道を塞ぐように展開され本陣への向かう憑魔を足止めする。

 

「ハルト!?」

 

「アリーシャ、時間がないから手早く説明する。憑魔になった人達を助けるのに手が足りない。アリーシャの力を貸してほしい」

 

「わ、私の? だが従士契約は……」

 

自分に力を貸して欲しいと告げた晴人の言葉にアリーシャ は困惑する。従士契約を破棄した自分では憑魔を浄化することも、知覚することもできないのだ……と。

 

「あぁ……だから代わりに俺の魔力をアリーシャに分け与える。魔宝石を介した俺の魔力を使えばアリーシャにも憑魔を浄化できる筈だ」

 

アリーシャは従士としては霊応力自体は特別高く無いがそれを技として操る技術を有している。ならば魔力も同じように操れる筈だというのが晴人の考えだ。分け与えた魔力でアリーシャの低い霊応力を補うことで、憑魔の知覚を可能になれば、アリーシャは再び、従士だった頃と同じように戦えるだろう。

 

 

「わ、私は……」

 

晴人の言葉にアリーシャは迷う。自分にできるのか? そんな不安が渦巻き、アリーシャの脳裏に視力を失ったせいでエビルプラントの攻撃を受けたスレイの姿が過る。そんな彼女に晴人は優しく声をかける、

 

「不安はわかる。でも、アリーシャが此処に来たのは諦めたく無かったからだろ? なら大丈夫さ。諦めない強さを持ってるアリーシャなら今度はきっと乗り越えられる。それに言ったろ? 俺もアリーシャの力になるって……だからさ、もっと自分の力を信じてみろよ」

 

その言葉にアリーシャは覚悟を決めた。

 

「わかった……私はもう一度、戦う。私の信じた希望の為に……」

 

その言葉を聞いた晴人はどこか喜ばしそうに返答する。

 

「そっか……ならアリーシャ、右手の籠手を外してくれ」

 

「籠手を? わかった」

 

晴人の指示に従いアリーシャは右の籠手を外す。すると晴人はアリーシャの右手をとり、その中指に指輪をはめた。

 

「は、ハルト?!」

 

まさか、異性に指輪をはめられると思っていなかったアリーシャは狼狽えるが、晴人は構わずアリーシャの手をバックルにかざす。

 

 

【プリーズ! プリーズ!】

 

 

次の瞬間、アリーシャを光が包み込んだ。

 

 

 

__________________________________

 

 

「足止めとは小癪な真似を」

 

炎の魔法陣に阻まれたランドンと憑魔達はハイランドの本陣を目前に足止めをくらっていた。

 

しかし次の瞬間、魔法陣はかききえる。

 

「ついに観念したか……」

 

諦めて姿を現したのかとほくそ笑むランドン。しかし、目の前に立ち塞がる二人にランドンは表情を歪ませる。

 

「アリーシャ姫? なんだその姿は?」

 

アリーシャの服装が先程から変化していたのだ。白を基調とした服は変わらないが、ピンクだった部分は赤く染まり、白を基調としていた籠手と具足は黒をベースにしルビーのような紅い宝石がはめこまれており、瞳の色も同じく紅く変化している。

 

「これは……一体」

 

とうのアリーシャも自身の変化に困惑している。これはまるでスレイ達が使っていた神衣のようだ……と。

 

「へぇ、まさかそんな風になるとはね。ま、とりあえず細かい事は後回しだアリーシャ。まずは目の前の事から片付けよう」

 

困惑するアリーシャにウィザードは今は気にするなと促す。

 

「……そうだな。まずは、師団長達を助ける!」

 

炎を纏う槍を構えるアリーシャ。

 

「その意気だ。さぁ、いくぜ? ここからは、俺達の……」

 

同じく剣を構えるウィザード。

 

 

 

 

 

「ショータイムだ!」

 

 

 

その言葉と共に2人は憑魔の群れに向かって駆け出した。

 

 

 

 

 




小話

仮面ライダー4号を視聴したフジとその友人


フジ「こんなの仮面ライダー4号じゃないわ! 只の仮面ライダー555完結篇よ(半泣き)」

友「だったら泣けばいいだろ!(マジ泣き)」


いや、マジでなんなんでしょうね、去年からの公式の555推しは……死ぬほど嬉しいだろうが!

仮面ライダー4号は555ファン必見なので555好きな方は是非見て欲しい!(ステマ)



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6話 Missing Piece 前篇

チョーイイネ! ランキング入り! サイコー!

3話に続き、4・5話の更新でもランキング入りさせていただき嬉しい限りです。

今回でウィザードラゴンさんを登場させる予定だったのですが、ランドン戦の文字数が膨れ上がったので、またも分割です。

言ってしまえば新能力を得たアリーシャのチュートリアル回です。

チェイス「細かくチュートリアルをするのがテイルズのルールではないのか?」

D2・Gf「せやろか?」

強化されたアリーシャはフジの独断と偏見によるチョイスでTOZ本編には無い歴代シリーズの技を使用します。(アリーシャに似合いそうなやつ)

アリーシャの魔改造に反対の方もいるかもしれません

だが私は謝らない(ショチョ並みの感想)

ではどうぞ!





「ここからは、俺達の……ショータイムだ!」

 

その言葉と共に憑魔の群れに駆け出したウィザードとアリーシャ。それに反応しリザードマンの数体が迎え撃つように憑魔の群れから踊りでて剣をふりかざす。しかし……

 

「「ハァッ!」」

 

ウィザードとアリーシャは気迫の籠った叫びと共にウィザーソードガンと槍を振るいその、攻撃を受け流しすれ違いざまに斬撃と突きを叩き込む。

 

『ギャァァァァァア!』

 

強烈な攻撃に堪らず絶叫するリザードマンを尻目にウィザードとアリーシャは憑魔の群れへと飛び込んでいく。

 

「やぁっ!」

 

続けてアリーシャは再び鋭い突きをアーマーナイトに打ち込むが、その隙にアーマーナイトの背後から左右に別れて飛び出したリザードマンが襲いかかる。

 

「っ!……させるか!」

 

アリーシャは自身の身長を超える長大な槍を眼前で盾にするように回転させる。刺突以外にも用いれる程の大きな刃とそれを包み込む赤い炎が三体の憑魔を纏めて切り裂き焼き払う。

 

炎に包まれ倒れ伏した三体、その炎の中から次の敵目掛けて勢いよく突撃したアリーシャは炎を纏った槍の三連突きで怯ませる。

 

「一閃!」

 

叫びと共に自身の左下より払い上げた槍の炎と衝撃波により数体の憑魔が纏めて吹き飛んでいく。

 

 

「(凄い……全ての技が炎の力を纏っている……威力も段違い。まるで、ライラ様の神衣を振るうスレイの様だ……これもハルトの魔力の影響なのか?)」

 

 

今の技は『瞬華』『旋華』『散華』『龍華』、というアリーシャにとっては基本的といえる4属性の力を使わない槍術の連続攻撃だが、晴人の魔力により姿を変えたアリーシャの攻撃には常に炎の力が宿っている。それはアリーシャの記憶の中にある、神衣を纏い炎の大剣を振るうスレイの姿を思い起こさせた。

 

 

『ガァァァァァア!』

 

「……っ!?」

 

自身の得た力が何なのか考えたアリーシャの一瞬の隙を突き、彼女の背後から再び数体の憑魔が襲いかかる。慌ててアリーシャは迎撃しようとするが……。

 

「ハァッ!」

 

アリーシャの背後をカバーするように、両足に炎を纏ったウィザードが現れ、憑魔達に次々と脚技を叩き込んでいく。

 

「アリーシャ、考え事は後にしろって言ったろ」

 

憑魔の群れを蹴り飛ばし、アリーシャに注意をしつつも彼女と、背中合わせになる形でウィザードは再び剣を構える。

 

「あぁ、済まないハルト」

 

「どういたしまし……って言ってる場合じゃないな」

 

気づけば、背中合わせの二人を10体以上の憑魔が取り囲んでいる。

 

「やれやれ……しょうがない。行くぜアリーシャ!」

 

アリーシャに言葉をかけつつもウィザードはウィザードソードガンのハンドオーサーを起動する。

 

「あぁ! わかった!」

 

ウィザードの言葉に返答し、アリーシャは腰を落とし、燃え盛る槍を低く構える。

 

「(おそらく、この力は、魔力を与えてくれた晴人が使っている火の神衣と関係しているんだろう……。意識せずとも武器が炎を纏った状態なのだから、火属性の技を使う要領で更に大きい力を振るえる筈……ならば!)」

 

晴人に与えられた魔力により発現した自身の力を考察するアリーシャ。実際、彼女の考えは強ち、間違いではない。彼女が知っているウィザードの姿はフレイムスタイルという、能力のバランスが良く炎を操る力を備えた、ウィザードの基本形態だ。現状、炎を操る事が可能になったアリーシャと何らかの関係があるのは明白である。

 

【キャモナ! スラッシュ! シェイクハンズ!】

 

【スラッシュストライク! ヒー! ヒー! ヒー!】

 

ウィザードの剣とアリーシャの槍から激しく炎が噴き出す。

 

そして、背中合わせの二人はお互いの立ち位置を交換するようにぐるりと反転しながら己の得物を真横に一閃する。

 

「はぁぁっ!」

 

 

 

「魔王炎撃波!」

 

 

 

 

ゴォォォオォォォォ!

 

 

 

 

二人から放たれた炎の斬撃が周囲を取り囲んだ憑魔達を残さず吹き飛ばし、穢れを浄化する。爆炎の跡には気を失った両軍の兵士が倒れていた。

 

「で、できた……」

 

 

今までの自身が使っていた技のどれよりも強力な炎の攻撃。それを放てた事に自分自身が驚きを隠せないアリーシャ。

 

 

「チッ……無駄な足掻きを」

 

 

そんな彼女達の姿を、高みの見物を決め込んでいたランドンはつまらなそうに見つめている。

 

「やはり、私が引導を渡すほかなさそうだな」

 

他の憑魔を伴いながら、アリーシャ達へ向け、足を踏み出した。

 

 

「あとは師団長を含めて30体ってとこか……」

 

迫り来るランドン達を見つめながらウィザードは残りの敵の数を確認する。

 

「ハルト、二人であの憑魔達を抑え込まないと今、浄化したばかりの兵達が……」

 

「あぁ、わかってる。連中を浄化した人達に近づける訳には行かない」

 

このまま、防戦をすれば、今の戦闘により、浄化され意識を失い倒れた兵士達が危険だと判断したアリーシャは、此方に向かってくる憑魔を迎撃し抑え込もうと提案し、晴人はそれに同意する。

 

「アリーシャ、一人ずつ浄化するのは浄化された人が戦闘に巻き込まれる可能性があって危険だ。できれば、纏めて奴らを浄化したい」

 

その言葉にアリーシャは一瞬、考える素振りを見せ……。

 

 

「……それなら、一つ手がある。ハルト、あの憑魔達をできるだけ一箇所にまとめて身動きを封じる事はできるか?」

 

その問いかけに晴人は仮面の下で、不敵に笑った。

 

「奴らを、一箇所にまとめて、身動きを封じればいいんだな? 了解だアリーシャ」

 

「……! あぁ、頼んだよハルト!」

 

迫り来る憑魔達を見つめながら、アリーシャの考えを疑う事無く即座に作戦を請け負ったウィザードに、アリーシャ一瞬、驚いた表情をしたものの、すぐに表情を引き締める。

 

「そんじゃ、先ずは奴らを倒れた兵士達から引き離そう」

 

そう言ってウィザードは手に持った剣を逆手に持ち変えると腰のホルダーから緑色に輝く指輪を取り、左手の指輪を交換する。

 

シフトレバーを操作し左手の指輪をバックルにかざす。

 

 

【ハリケーン! プリーズ! フー! フー! フーフーフーフー!】

 

左手から展開かされる魔法陣。但し、今回の色は赤ではなく緑色のものだ。そして魔法陣がウィザードを通過すると、其処には、仮面とアーマーがエメラルドを思わせる緑色となり、ベゼルフレイム(頭部)の形状が逆三角形へと変化したウィザードが風を纏い立っていた。

 

「! ハルト、君は火以外の神衣も使え…っ!? これは!?」

 

 

天族との契約も無しに個人で神衣に近い力を持っているだけでも驚きだというのに、まさか、火属性以外の力まで有しているとは思わなかったアリーシャは驚きの声をあげるが、その言葉はアリーシャ自身の身に起きた変化に遮られた。

 

「これは……私の力も変化した?」

 

ウィザードの変化に合わせ、アリーシャの身にも変化が起きた。地面に緑色の魔法陣が展開され先程まで服装の赤く変化していた部分と瞳の色が緑色となり、籠手と具足の装飾も丸く赤い宝石から三角形の緑色の物へと変化し、得物である槍からは炎ではなく風を纏っている。

 

「あー、成る程、俺の力に反応してアリーシャの力も変わるって訳か。ま、丁度いいや。アリーシャ、行くぜ!」

 

威勢良く言い放ったウィザードは緑色の風を纏い浮き上がると、此方へ向かってくる憑魔の群れへ一直線に飛んでいく。

 

「飛べるのか!? 私も遅れる訳には!……ッ!」

 

文字通り風のような速さで敵に突撃したウィザードに続くべく駆け出したアリーシャだが、彼女は自身の身に起きた変化に驚いた。ウィザードのように飛行は出来ないものの、自身も風の様に地面から僅かに浮き上がり空中を滑るかの如く、駆ける事が出来たのだ。その速度は先程の比では無い。

 

「(風を操る力と速度の強化、それがこの力の特徴か!)」

 

ウィザードのハリケーンスタイルの特徴をその身で理解しながらウィザードに追従するアリーシャ。

 

「はぁっ!」

 

先行したウィザードは風を纏いながら独楽の様に回転し逆手持ちのウィザーソードガンで憑魔達を切り裂いていく。

 

「裂駆槍!」

 

憑魔達のど真ん中を切り抜けて行ったウィザードに続き、風による速度を維持したまま、風を纏う強烈な突きでアリーシャは憑魔の群れに切り込んでいく。

 

「櫓独楽!」

 

続けて一斉に周囲から襲い掛かる憑魔達をアリーシャは槍を地面に突き立て独楽の様に回転し遠心力を利用した蹴りを見舞い吹き飛ばす。風を纏った事により切れ味とリーチが増した技は複数の敵との戦いに有効に働く。それでも憑魔達は諦めずアリーシャに襲い掛かるが……

 

 

 

 

ダダダダダダァン!

 

 

『ガァァォォァォ!』

 

 

連続する発砲音と共に上空から飛来した弾丸が炸裂し憑魔達を怯ませる。ウィザーソードガンを銃へ変形させたウィザードが空中を旋回しながら銃撃を行ったのだ。

 

「アリーシャ! こいつらを引き離すぞ!」

 

「了解だ!」

 

 

二人はスピードを活かした動きで憑魔達を翻弄し注意を引きつけ、後方で倒れている兵士達から狙いを外させる。元の知性のある兵士相手なら有効ではない手だが、今の相手は強烈な穢れにより半ば正気を失った状態の憑魔達だ。案の定、憑魔達はあっさりと狙いをウィザードとアリーシャに定め、進軍を止め、兵士達から離れていく。

 

「(よし! 成功だ! 後は……)ッ!」

 

しかし、例外はある。憑魔を引きつけるアリーシャの眼前に巨大な大剣が迫っていた。

 

 

ドォン!

 

 

「チッ……ハズしたカ」

 

 

憑魔達の中ではまだ意識を維持している方であるランドンがアリーシャを狙った一撃を叩き込んだのだ。

 

「ヤはリ姫もドウシも利用カ値などナい、バルトロ大臣の妨げトなるキ様らはハイランドの繁栄にフヨウな存在だ! 私がこの場で死刑を申シ渡す!死刑に……死ケイ……シケイ!」

 

「……ランドン師団長」

 

風の力によるスピードで剣をギリギリ回避したアリーシャは哀しみを秘めた目でランドンを見据える。

 

狂喜を滲ませ、正気を失い、徐々に崩れていく口調。だがランドンの言葉の根本にはハイランドへの想いがあった。確かに彼は戦で武勲を立てることを望む典型的な軍人ではあるものの、アリーシャが生まれるよりも前からハイランドの為に戦ってきたのだ。アリーシャは自身の師から彼がハイランドにもたらした功績の数々を聞いたことがある。考え方が違ったとはいえ、ハイランドの為に戦い続けた彼が憑魔となり穢れ人でなくなりつつある事にアリーシャは哀しみを覚えた。だからこそ……

 

「ランドン師団長……私が貴方を助けます。貴方もまた、これからのハイランドに必要な人間だ」

 

必ず救うと心に誓い、アリーシャは槍を構える。

 

「グォォオォォオォ!」

 

最早、獣のそれと化した叫びをあげるランドンは再び大剣をアリーシャへ向けてた叩きつける。アリーシャはサイドステップでそれを回避すると回転し槍を勢いよく真横に振るう。

 

「夜叉燕!」

 

叫びと共に放たれた横薙ぎの真空波がランドンに炸裂する。風の力を纏ったことで強化された真空波は2メートルを優に超えるランドンを切り裂くと共にその体制を崩す。

 

「ウォォオ!?」

 

なんとか倒れないように踏ん張ろうとするランドンだが、そこに上空からウィザードが舞い降りる。

 

「ハァッ!」

 

空中から舞い降りながらの斬撃を浴び、ランドンは大きく後退する。

 

 

「アリーシャ、そこは『私が』じゃなくて、『私達が』って言う所だぜ?」

 

 

着地し今度は青い宝石の指輪を左手にはめながらウィザードはアリーシャに話しかける。

 

「あっ! そ、その…済まない」

 

「わかればいいさ」

 

律儀に謝るアリーシャに内心で苦笑しつつもウィザードは指輪をベルトにかざす。

 

【ウォーター! プリーズ! スイ〜スイ〜スイスイ〜!】

 

左手を頭上に掲げ展開された水を纏う青い魔法陣を通過したウィザードはサファイアを思わせるひし形の青い仮面へと姿を変える。

 

「今度は水の属性か!」

 

ウィザードに合わせてアリーシャの姿も青を基調とするものになり、宝石は青いひし形へと変化する。

 

そこに襲い掛かる憑魔。

 

「ふっ!」

 

繰り出された槍を流れるような動きで受け流すウィザードは懐に潜り込み肘打ちを叩き込み怯ませた隙に蹴り飛ばす。

 

「ガァァァァァァア!」

 

ランドン叫びをあげたランドンが迫り大剣でウィザードへ斬りつけようとする。しかし、それよりも早くウィザードは右手につけ変えた指輪をバックルにかざす。

 

【リキッド! プリーズ!】

 

ウィザードを両断するべくして振るわれた大剣はその目的通りウィザードを両断した……

 

「ゴァ!?」

 

否、体を液体に変えたウィザードの体をすり抜けたというのが正しい。全力で振り抜いた大剣が手応えなくすり抜けランドンは体制を崩す。

 

「本当になんでもありだな! 君は!」

 

その隙を逃さずにアリーシャが仕掛ける。

 

「海龍旋!」

 

回転しなが水を纏う槍を振りあげ、前方に発生した巨大な水流がランドンごと前方の憑魔を押し流す。

 

「(水の神衣に変わった瞬間から、私の内の力が増した……水属性を操る力と、霊応力の底上が得られるのか)」

 

霊応力を使用する技を使用した感覚からウィザードのウォータースタイルを理解するアリーシャ。

 

 

「お次はこいつだ!」

 

ウィザードは黄色に輝く指輪をはめ、バックルにかざす。

 

 

【ランド! プリーズ! ドッドッドッドドドン! ドンッドンドンドン!】

 

 

足元に現れた黄色魔法陣の輝きに照らされウィザードが再び姿を変える。頭部の形状は四角になり、その色はトパーズを思わせる黄色である。

 

「地属性……まさか四属性全てを使えるとは……」

 

ウィザードに合わせ、瞳と服装を黄色を基調としたものとなり、装飾である宝石が四角く黄色い物へと変化させながら、アリーシャは遂に火水風土の四属性全てを披露したウィザードにアリーシャ感嘆の声を漏らす。

 

「(天族の方達の力も借りずにこれだけの力を振るえるなんて……ハルトは一体、何処からこれ程の力を……?)」

 

 

晴人の話から彼の持つ指輪は魔宝石という特別な力を持つ石から作られた物だとは聞かされていたが、その指輪の力を引き出しているのは他ならぬ彼の内に秘められた魔力だ。

 

アリーシャが知る限り、幼い頃から天族と共に過ごし高い霊応力を持つスレイですら、天族の力を借りずにこれだけの真似はできなかった。だというのに、アリーシャが見る限り、晴人は独力で四属性の力の全てを振るっていた。

 

「(魔法使い……人の域を超えた導師と似て非なる力……ハルトはどうやってその力を得たのだろう?)」

 

そんな疑問が脳裏をよぎったアリーシャを他所に襲い掛かる憑魔達、ウィザードは左右繰り出された二本の槍を回避するとその肢を掴み強烈な力で引き寄せる。体制を崩しウィザードに引き寄せられた二体憑魔にウィザードは両の手を広げ通り過ぎざまにラリアットを叩き込む。天と地が逆転したかのように恐ろしい勢いで回転した憑魔が頭部を地面に叩きつけらる。

 

「おっと!」

 

そこに襲い掛かる憑魔の槍の攻撃も回避し再び槍の肢をキャッチするウィザード。そのまま憑魔ごと槍を持ち上げるとその場で一回転し遠心力をつけ、こちらへむかって来ている憑魔の群れへと憑魔を投げつける。

 

『グァアァァァア!』

 

まるで、投げられた憑魔に激突し、憑魔の群れはボーリングのピンのように吹き飛ばされた。

 

「キサマァァァァァア!」

 

そこに、激昂したランドンが襲い掛かり大剣で突きを放つが。

 

「まったく、困った暴れん坊ちゃんだ」

 

 

【ディフェンド! プリーズ!】

 

 

余裕を崩さないウィザードは防御の魔法を使用する。先程の炎の魔法陣による盾とは異なり、地面に現れた黄色い魔法陣から長方体の岩がせり上がる。

 

 

ドガァ!

 

 

「ナァッ!?」

 

 

ランドンの大剣は岩に深々と突き刺さる岩に亀裂が奔るものの貫通する事は出来ずに阻まれる。

 

「今だ! アリーシャ!」

 

「あぁ! 任せてくれ!」

 

晴人の言葉に応えながらアリーシャは眼前の岩の盾めがけて槍を構える。

 

「(地の神衣……地の力を操り、力が強化される………ならば!)」

 

 

「剛・魔神剣!」

 

剣圧で攻撃する技である魔神剣を、地属性を操り、パワーに優れるウィザードのランドスタイルの特徴を利用し、アレンジされたその技は、強烈な衝撃波を放ち、亀裂の入っていた岩の盾ごとランドンを吹き飛ばす。

 

気づけば憑魔達の群れは全体的にダメージを負い、当初の目論見どおり、一箇所に纏められていた。

 

「いけるか? アリーシャ?」

 

「あぁ! あれ位の範囲なら問題ない!」

 

「了解! ならトドメは任せる!」

 

そう言ったウィザードは左手の指輪を交換しベルトにかざし、アリーシャと共に再び、赤を基調としたフレイムスタイルへと姿を戻す。

 

「ほらよ! じっとしてな!」

 

右手の指輪を交換し魔法を発動するウィザード。

 

【バインド! プリーズ!】

 

 

ベルトの音声と共に憑魔達の周囲にいくつもの魔方陣が出現しそこから鎖が飛び出しランドンを始めとする憑魔達に巻きつき拘束する。

 

「いけ! アリーシャ!」

 

その言葉にアリーシャ槍を地面に突き刺し瞳を閉じながら意識を集中させる。

 

「(集中するんだ……ハルトが与えてくれた力に……炎を操る事に秀でたこの姿ならできる筈だ……)」

 

思い描くのは、火の神衣を纏ったスレイが力を振るう姿。本来なら天族のみが扱うことのできる秘術、『天響術』を思い起こしながらアリーシャは魔力を操る。

 

彼女の意識が研ぎ澄まされるのに呼応するように彼女の足元に輝く赤い魔法陣が展開される。そして……

 

 

 

 

 

「炎舞繚乱! ブレイズスウォーム!」

 

 

 

 

 

 

アリーシャの叫びと共に全ての憑魔達を炎を纏う強烈な熱風が包み込む。

 

 

『ガァァォォァォァァァァア!!』

 

 

響き渡る憑魔の叫び。アリーシャは憑魔の浄化を確信する。

 

しかし……

 

 

「マダダァッ!」

 

 

ランドンだけは耐えていた。浄化され倒れ伏した兵達の中でランドンは膝をつきながらも未だに憑魔の姿を保っている。

 

「(くっ……やはり、スレイの様にはいかないか)」

 

自身の記憶にある火の天響術をイメージし晴人に与えられた力で再現したアリーシャだが、力のコントロールがまだ未熟だったのか、ランドンを浄化する迄には至らなかった。

 

 

「いや、上出来だアリーシャ! 行くぞ!」

 

 

ウィザードは右手の指輪を交換しながらアリーシャに言葉を投げかける。

 

「!!、わかった! 」

 

 

その言葉にアリーシャは頷くと槍をクルリと回し構えなおす。

 

 

「フィナーレだ!」

 

 

決め台詞と共に指輪をベルトにかざすウィザード。

 

 

【チョーイイネ! キックストライク! サイコー!】

 

流れる呪文と共にウィザードはその場クルリと回転しローブを後ろに払いながら右足を前にして、重心を低くし構えをとる。右足を中心に赤い魔法陣が展開され強力な魔法の炎が足に纏わり付いた。

 

 

「これで決める!」

 

 

同様にアリーシャの槍にも赤い魔法陣が展開され槍が纏っていた炎の勢いが増していく。

 

 

二人は同時にランドンに向けて駆ける。

 

「「ふッ!」」

 

そして、ウィザードはローンダートを決め、勢いをつけて空中に跳び上がる。

 

アリーシャも同様に槍を地面に突き立て棒高跳びの要領で跳躍した。

 

 

そして……

 

 

「鳳凰天駆!」

 

 

「タァァァァァッ!」

 

槍から噴き出した炎が鳥の姿を成し、それを構えたアリーシャと右足に炎を纏ったウィザードが空中から勢いよくランドンに向けて突撃する。

 

 

ドガァァァァ!

 

 

「グワァッ!」

 

 

アリーシャの『鳳凰天駆』とウィザードの『ストライクウィザード』がランドンに炸裂した。

 

 

 

ズザァァァァ!

 

 

勢いのままランドンの背後に着地し膝をつきながら勢いを殺すアリーシャ。

 

 

バサァ!

 

 

対象的にローブを翻し、優雅に着地するウィザード。

 

 

その背後でランドンの体に赤い魔法陣が浮き上がり。

 

「グワァァァァァアッ!」

 

 

ドガァァァァァアン!

 

絶叫と共にランドンが爆発に飲み込まれた。

 

 

「ハッ!? 浄化は!?」

 

 

ランドンの身を案じ慌てるアリーシャ。

 

「大丈夫だ、アリーシャ。ほら……」

 

ウィザードの言葉通りに煙が晴れた場所には人の姿を取り戻したランドンが倒れている。

 

「うっ……私は…?」

 

「良かった……助ける事ができた」

 

意識を朦朧とさせながりも呻くように言葉を漏らすランドンに無事を確信したアリーシャは安堵の息を零しながら駆け寄っていく。

 

 

「ふぃ〜」

 

 

同じくウィザードもいつもの気の抜けた声を漏らした。

 

 

「(これで、とりあえず本陣は大丈夫だろ、後は……)」

 

 

ランドンを浄化したとはいえ未だに戦場を包み込む穢れの根本的な解決には至っていない。恐らくはこの状態を作り出した元凶が存在するのだろうと、自身が感じた巨大な穢れの存在を晴人は思い出す。

 

「……」

 

何かを考え込んだウィザードは5つの指輪を取り出し何かを確認するようにみつめる。

 

「(やっぱり、他の指輪も使えるかは怪しそうだな……いけるか?)」

 

 

彼が取り出した内の先程の戦闘で使用した指輪とは異なる赤青緑黄の4つの指輪は、まるで力が失われたかのように輝きを失っていた。

 

そして……残る最後の指輪。他の指輪よりもひと回り大きい水色のダイヤモンドを思わせるそれもまた、僅かに輝きを残すものの、本来の輝きを失ってしまっている。

 

 

「まぁ、やるしかないよな……『覚悟の上、無茶しよう』ってね……」

 

軽口を叩くウィザード。しかし、その言葉には強い覚悟が込められていた。

 

 




友人との雑談

フジ「ゼスティリアのパーフェクトガイドを買ってみた」

友「大丈夫? ファミ通の攻略本だよ?」

フジ「まぁ、テイルズシリーズの攻略本は毎回買ってるしな。本編が描写不足だし、設定が知れると思えば……」

友「巷ではパーフェクト燃料とか言われている代物を買うなんてブレイブな奴だ」

フジ「皆まで言うな」

友「そんで幾らしたんだ?」

フジ「2100円(税別)」

友「約1.6アリーシャか」

フジ「今度、俺の前でその単位使ったらムッコロスからな」

友「お、おう……まぁ読んでみようぜ」


読破後

友「新たな地雷要素が見つかったな」

フジ「もう、考えるのはやめだぁっ!」

友「自分流で行け!」



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7話 Missing Piece 中篇

ま た 三 分 割 か よ

ほとんど書き上がってたので更新しちゃいます。

後篇は、明日にでも更新します

本編では、バルトロに処分されたらしいランドンさん。今作では改心要員として地味に美味しいポジションになったりします。(チュートリアル回でボコった詫び)


「ランドン師団長! ご無事ですか!」

 

憑魔と化したランドンを浄化したアリーシャはすぐに倒れたランドンへと駆け寄り声をかけた。

 

「あ……ぐぅ……わ、私は……? ア、アリーシャ殿下? な、何故、ここに?」

 

意識を朦朧とせながらも、ランドンはアリーシャの声に反応する。

 

大事は無いと分かり、アリーシャは思わず安堵の息を漏らした。

 

「説明は後ほど……今は本陣で休まれてください」

 

「本陣……だと? ……何故、私はこんな場所にいる? 私は敗走するローランス軍を追って……わ、た、し……は、何を……していた?」

 

何故、ハイランド軍の本陣へ続く道で自分が倒れているのか理解できない、ランドンは混乱する頭で、記憶を辿る。

 

そして……

 

「師団長……?」

 

「アリーシャ殿下……今まで、私は何をしていた? 何をしてしまったんだ!?」

 

ハイランド軍の歴戦の戦士である筈のランドンは、怯える子供の様に体を震わせながら、大声をあげた。

 

「(憑魔化していた時の記憶が曖昧で混乱しているのか! だが、これは……)」

 

記憶は曖昧だが、自身の思考が少しずつ崩れ、狂気に支配されていく感覚はランドンに確かに刻み込まれていた。その証拠に、ランドンは自身がおかしくなっていたことを本能的に察している。

 

「師団長、信じては貰えな「おーい! 無事か!」 ルーカス殿!」

 

ランドンの言葉にアリーシャが答えようとするとその言葉を遮るように声をあげながら本陣から木立の傭兵団を従えたルーカスとハイランドの騎士達が此方へ駆けてきた。

 

「大丈夫かよ? アンタの言う通り、あのウィザードとか言う奴が、おかしくなった連中を何とかするまでは、本陣を守るようにしていたが、もう大丈夫なんだよな? 倒れてるコイツらも本陣に運んだ方がいいのか?」

 

穢れを浄化され倒れている兵士達を見回しながら、ルーカスはアリーシャにどうすればいいのか問い掛ける。穢れや憑魔について知らない彼等からすれば、今何が起きているのか理解できているのはアリーシャとウィザードだけなのだ。

 

「あぁ、済まないが手を貸してもらいたい。頼めるだろうか」

 

「おう、まかせな」

 

ルーカスはアリーシャの頼みに頷くと、部下達に指示を出し倒れた兵士達を本陣へと運ばせる。そして、それに続くようにハイランドの騎士達も倒れた兵に手を貸し始めた。

 

「さっき、襲ってきた兵達が何人か目を覚ましたよ。どいつもこいつも襲ってきた時の記憶が曖昧になってたが、正気を取り戻した」

 

部下に指示を出し終えたルーカスは、先程、浄化された兵士達が目を覚ましたことをアリーシャに告げた。

 

「っ! ……そうか、良かった」

 

「……やっぱり、アンタは連中が何故襲ってきたのか知ってるんだな。……しかし、その姿はなんだ? ウィザードって奴といい今のアンタの姿といい、襲ってきた連中が正気を取り戻した事と何か関係してるのか?」

 

ルーカスのその問いかけにアリーシャは一瞬、驚いた表情をする。

 

「……見えるのか?」

 

「は? アンタの格好が変わった事か? そりゃ見えるだろう? なんかおかしいのか?」

 

「い、いや、その通りだ。忘れてくれ」

 

ルーカスの言葉を肯定しながらアリーシャは思考を巡らせる。

 

アリーシャが驚いた事には理由がある。導師であるスレイが使う本来の神衣は天族と融合し、その力を引き出すもので、使用した際はその使用者の姿は大きく変化するのだが、天族や憑魔を知覚できない人間には同じように神衣への変化も見えない為、スレイが神衣を使用してもその事に気づく者はいなかったのだ。

 

「(考えてみれば、ウィザードの姿は霊応力の有無に関係なく見えているんだ。彼から力を分け与えられた私の変化が同じように知覚できてもおかしくはない)」

 

魔法使いと導師の力の違いをアリーシャは頭の中で整理する。

 

その時、再び獣のような叫びが響き渡った。

 

「!? またか!」

 

 

数体ではあるが、リザードマンの群れが現れたのだ。槍を構えようとするアリーシャだが、そこにウィザードから声がかかる。

 

「アリーシャ! あれなら俺一人で大丈夫だ! お前はそこの師団長さんを頼む!」

 

そう言ってウィザードは憑魔に向かい駆けて行く。

 

「頼む、ウィザード! 師団長、私達も本陣へ……」

 

ウィザードのその場を任せアリーシャはランドンを本陣へ連れて行こうとその体を起こそうとする。しかし肝心のランドンが立ち上がろうとしない、その視線は憑魔と戦うウィザードを見つめている。

 

「師団長?」

 

その表情に違和感を覚えたアリーシャはランドンに声をかける。するとランドンが恐る恐る口を開いた。

 

「アリーシャ殿下……あの仮面の男が戦っている相手はなんだ?」

 

「……え?」

 

「あれはなんだ!? なぜトカゲの化け物が我が軍の鎧を着ている!?」

 

「!! 師団長……あなたは」

 

明らかに憑魔を知覚しているランドンの台詞にアリーシャは、彼を立ち上がらせようとするのを止め、体から手を離した。

 

すると……

 

「!? なんだ!? 化け物が人間に……どうなっている!? 頭がどうにかしてしまったのか私は!?」

 

今度は、憑魔が見えなくなったのだろう、ランドンは事態に着いていけず、混乱しながら叫ぶ。

 

「っ!……まさか」

 

一瞬、憑魔を知覚したランドンの反応をみて何かに気づいたアリーシャは再びランドンに触れる。

 

「!? また、トカゲの化け物が」

 

「 ……やはり」

 

再び憑魔を知覚したランドンにアリーシャは確信する。

 

「オイオイ、どうしたんだ? 何、勝手に納得してるんだよ」

 

そんな彼女の反応が理解できず、ルーカスはアリーシャにどうしたのか問い掛ける。

 

「……ルーカス殿、私の肩に触れて、ウィザードと戦っている兵を見てくれ」

 

「は? アリーシャ姫、何を……」

 

「頼む! 確かめたい事があるんだ!」

 

「お、おう、わかったよ」

 

困惑するルーカスに対して言葉を強めるアリーシャ。その剣幕にルーカスはその言葉に従い彼女の肩に手を触れる。

 

そして……

 

「なんだよ、アレは……」

 

彼もまた憑魔を知覚した。

 

 

「(これは……ハルトが与えてくれた魔力の影響なのか?)」

 

今と似たような事をアリーシャは知っていた。まだ、天族を知覚できなかった頃、導師の力を得たスレイがライラの指示で、アリーシャと手を繋ぎ自らの五感を封じることで、アリーシャに天族の声を届けた事があったのだ。

 

アリーシャは思考しながら自らの体に目をやる。ウィザードから与えられた魔力により変化したアリーシャの体からはうっすら赤い揺らめきが発せられている。

 

「(この魔力がなんらかの形で作用しているのか?)」

 

そんな考えが頭をよぎるが、今、重要な事はそんな事ではないとアリーシャは口を開く。

 

「師団長…ルーカス殿、あれこそが、今、人々を苦しめている災厄の正体です」

 

その言葉にランドンは、小さく声を漏らした。

 

「……あの化け物が、災厄の正体だと?」

 

「そうです。怒り、悲しみ、妬み、憎しみ、絶望、そんな人の負の感情から発生する『穢れ』が生み出す怪物、それが憑魔です」

 

「負の…感情……」

 

「憑魔は本来、普通の人間には知覚できません。憑魔となった物を救えるのは導師や魔法使いの持つ浄化の力のみです」

 

「……浄化……なら、スレイの奴はあんなのと戦っていたのか!?」

 

アリーシャの言葉を聞き、ルーカスはマーリンドで出会ったスレイが何と戦っていたのかを理解する。

 

そして、アリーシャ達が言葉を交わしている内にウィザードは憑魔を全て浄化してしまった。

 

そんなウィザードの姿を見たランドンはアリーシャに問い掛ける。

 

「アリーシャ殿下……私も、あの化け物のようになっていたのか?」

 

その言葉をアリーシャは黙って頷き肯定した。

 

「……そうか」

 

人の負の感情が形になった姿を見たランドンが何を思ったのかアリーシャにはわからない。自身の身に潜む負の側面を真っ向から突きつけらたのだ、思う所もあるだろう。しかし、今は迷っている暇は無い。

 

「師団長……私はこれからウィザードと共に、この戦場に穢れを撒き散らした存在の元へ向かいます。貴方には、正気のハイランド兵を退かせて欲しい。戦闘が続き負の感情が蔓延すればするほど、被害は大きくなります。どうか力を貸して欲しい……」

 

そう言ってアリーシャはランドンに頭を深々と下げた。そんなアリーシャを見たランドンは一度、目を閉じ何かを考えると。口を開いた。

 

「……わかった。全てを信じた訳ではないが……この事態は明らかに異常だ。戻って来たら。詳しく説明してもらうぞ」

 

その言葉にアリーシャは、表情を明るくし、もう一度頭を下げる。

 

「感謝します!」

 

「チッ……いいから行け」

 

アリーシャの言葉にランドンは複雑そうに表情を歪ませるが、アリーシャは気にする事なく立ち上がり、ウィザードの方へと駆けていく。

 

「……あんな小娘に借りができるとはな」

 

その後ろ姿をランドンは忌々しげにみつめた。

 

 

__________________________________

 

 

「話は済んだ?」

 

「あぁ、大丈夫だよハルト」

 

アリーシャが話し終えるのを待っていたウィザードは駆け寄ってきたアリーシャに用は済んだか問いかけ、アリーシャは肯定する。

 

「そっか、なら行こう。多分、戦場の何処かにこの状況を作り出した元凶がいる」

 

「あぁ、恐らくは『災禍の顕主』だ」

 

「『災禍の顕主』? 」

 

「ライラ様が言っていた、災厄の時代の元凶と言える存在だ。膨大な穢れを生み出すといわれているらしい」

 

「なるほど……なら余計に急がないとな」

 

納得するウィザードにアリーシャは言葉を続ける。

 

「ルーカス殿から聞いた話では、災禍の顕主は恐らく、戦場の南西部にある高台にいる可能性が高い。恐らくはスレイ達もそこに居るはずだ」

 

その言葉を聞いて、ウィザードは左手の指輪を交換し、ベルトにかざす。

 

【ハリケーン! プリーズ フー! フー! フーフーフーフー!】

 

そしてハリケーンスタイルへとスタイルチェンジしたウィザードの影響を受けアリーシャも姿を変える。

 

「こいつで目的地まで一直線だ」

 

飛行能力持ちのハリケーンスタイルで南西部の高台を目指そう浮き上がるウィザード。だが、アリーシャは気まずそうに言葉を返す。

 

「す、済まないハルト、まだこの力に慣れていなくて……その、飛行までは……」

 

無理もない、魔力を用いた戦闘は、先ほどが初めてだったのだ。むしろ彼女はよくやった方だろう。

 

その言葉を聞いて、ウィザードはアリーシャの側に近寄る。

 

「それじゃあ、しょうが無い。失礼するぜアリーシャ」

 

「えっ? きゃっ!?」

 

一瞬、ポカンとしたアリーシャをウィザードは背中と膝裏に手を回し抱えあげた。

 

「ハ、ハルト!?」

 

予想外の流れに口調が崩れるアリーシャ。まぁ、一言で言えば、お姫様抱っこ(比喩ではない)というやつである。

 

 

「文句なら後で聞くさ。急ぐぞアリーシャ」

 

「わ、わかった! 頼む!」

 

そうして、ウィザードは空中へと舞い上がった。

 

 

「スレイ…ミクリオ殿…ライラ様…エドナ様、どうか無事でいてくれ」

 

 

戦場の、上空を舞うウィザードに抱えられたアリーシャはスレイ達の身を案じ、言葉を漏らす。

 

グレイブガント盆地の東部から南西部に向けて飛行するウィザード。そんなときウィザードの視界の端に奇妙な物が写った。

ウィザードの右方向、グレイブガント盆地の北西に小さな集落のような物が見えたのだ。

 

「(村? こんな所に? 戦場からは離れているし、大丈夫そうだけど……)」

 

しかし、その思考は中断された。突如、彼の頭に響いた声と共に……。

 

『操…晴…! 聞こ…る…!』

 

「ッ!」

 

突如響いた声に反応する。晴人、しかし、その声はノイズがかかったように聞き取れず、すぐに聞こえなくなってしまう。

 

「(今の声は……)」

 

僅かだが、聞き覚えのある声。それは彼の中に潜む力の源……。

 

 

「いたぞ! ハルト!」

 

「ッ!……了解! 行くぜ!」

 

 

気づけば南西部に到着していたウィザード。アリーシャは眼下に見覚えのある人影を捉え、ウィザードへと伝える。思考を切り替えた晴人は高度を下げながら、アリーシャから手を離し、左手の指輪を交換しバックルにかざす。

 

【フレイム! プリーズ! ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!】

 

落下しながらフレイムスタイルへとチェンジした2人は、真下で相対していた者達の間へと着地した。

 

「え? なんだ!?」

 

「ッ! 新手か!?」

 

「アリーシャさん!? その姿は!?」

 

「……何あれ、指輪怪人?」

 

2人の登場に背後にいる四人からそれぞれ驚きの声が上がる。

 

だがウィザードは振り返らず自身の眼前にいる相手から視線を逸らさない。

 

「…………」

 

ウィザードの視線の先には圧倒的な威圧感

を放つ獅子の怪人が立っていた。

 

____________________




友人との雑談

友「ファミ通のインタビューで新たな燃料が投下されたな」

フジ「下の下ですね」

友「素直に謝ればいいのにな」

フジ「『全部、私のせいだ! ハハハハハハッ!』って感じか」(プロフェッサー並みの謝罪)

友「それ、煽り台詞」

鎧武外伝、第二弾、デューク、ナックルが楽しみです。(馬場pインタビュー記事から目を逸らしながら)


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8話 Missing Piece 後篇 ①

四分割になっちまったよ(白目)

違うんだよ……テレビ番組の良いところでCM突入を再現しただけなんだよ(震え声)

今回はヘルダルフ無双回。テイルズお約束の負けイベント回です


正気を失った憑魔達が争う戦場の中に突如として、空から現れた2人に対して、それを見た者達の反応は、それぞれだった。

 

 

「え!、なんだ!?」

 

青いシャツの上に凝った模様の描かれた白いマントを羽織り、耳には羽飾りをつけた茶髪の青年。『スレイ』は突如、上空から現れた存在に、驚きの声をあげた。

 

 

「ッ! 新手か!?」

 

スレイに比べ小柄で体の線が細く、青を基調とした騎士のような服着た、青みがかった銀髪の青年、『ミクリオ』は現れた存在が新手の敵かと、手に持った杖を構え警戒した。

 

 

 

「アリーシャさん!? その姿は!?」

 

白いドレスの上から赤いボレロを羽織り、地面に届きそうな銀の髪を束ねた女性『ライラ』は現れた2人の内の1人がアリーシャであることに気づき、その姿の変化と彼女から感じる力に驚きの声をあげた。

 

 

「……何あれ指輪怪人?」

 

白い薄手のキャミソールとブカブカのブーツ、レースの傘、という特徴的な格好をし、黄色いショートヘアーの一部を束ね、サイドポニーにした少女『エドナ』は現れたウィザードを見て、「なんか変なのが現れた」と言いたそうな表情をした。

 

「無事かスレイ!」

 

そんな中、アリーシャはすぐにスレイへと駆け寄りその身の無事を確認する。

 

「アリーシャ!? どうして!?」

 

驚きの声をあげるスレイ。そんな彼にアリーシャは頭を下げながら謝罪する。

 

「済まないスレイ!私のせいで君を戦争に巻き込んでしまった! ……だから、私……どうしても君に戦わせるのが嫌で……」

 

言いたい事が多すぎて言葉が纏まらないアリーシャだが、スレイ達はアリーシャが何故此処に現れたのか理解した。

 

「まさか、その為に脱走してきたのか!?」

 

「……馬鹿な娘ね、そんな無茶な真似をして……」

 

「ご無事で何よりです。アリーシャさん」

 

彼女の行動にミクリオ、エドナ、ライラは思い思いの言葉をかける。

 

そんな中、スレイがアリーシャへ口を開く。

 

「アリーシャは謝る必要なんてないさ、これは、俺が勝手にやったことだから」

 

「だ、だが……」

 

「アリーシャが無事で良かった! 俺が言いたいのはそれだけ!」

 

そう言い切ってスレイは明るく微笑む。その姿にアリーシャは諦めたように息を吐いた。

 

「やっぱり君は強いな……」

 

「そうかな? 所で向こうの仮面の人は誰なんだ?」

 

スレイのその質問にアリーシャは答えようとする。

 

「彼か? 彼は「お二人さん! お話中の所悪いんだけどさ、アイツが何か言いたそうだぜ」」

 

2人の会話を遮るようにウィザードから声がかかりスレイ達はそちらに視線を向ける。

 

 

 

 

そして、彼等と相対していた存在が口を開いた……

 

 

「ほぉ、これは意外だ。まさか、導師以外の邪魔者が現れるとはな……」

 

 

そう言い放った2メートルを優に超える大男は、漆黒のコートのような服を羽織っているが、その内側は紫色に揺らめく穢れに満ちており体幹が見えない。巨大な両手には紫色に輝く鋭い爪が並ぶ。そして、その顔は人の物からかけ離れた獅子のものだった。

 

 

その姿を見たウィザードの脳裏に、この世界に飛ばされる前に虹色の魔宝石が見せた映像が蘇る。

 

「(こいつ、あの映像の中にいた怪人……)」

 

 

そんなウィザードを見ながら獅子の怪人は静かに名乗る。

 

 

「導師にはもう名乗ってしまったのだが、仕方あるまい……我が名は『ヘルダルフ』、貴様らが『災禍の顕主』と呼ぶ存在だ」

 

 

静かに、しかし、圧倒的な威圧感を放ちながらそう告げたヘルダルフ。その空気に圧されアリーシャは無意識に後ずさる。

 

その姿を見たヘルダルフはニヤリと笑いながらアリーシャへと声をかけた。

 

「ほぉ、お前が、奴が目をかけているという……レディレイクで囚われたと聞いていたが…」

 

その言葉にアリーシャは反応した。

 

「ッ!……なぜその事を」

 

しかしヘルダルフは答えずに視線をウィザードへと向ける。

 

 

「なるほど、お前が協力したという訳だ」

 

「……まぁね」

 

「ならば聞いておくとしよう……お前は何者だ?」

 

その言葉にウィザードは臆せずに答える。

 

 

「俺はウィザード……お節介な魔法使いさ」

 

その言葉にヘルダルフは眉を顰め、スレイ達も困惑した表情をする。

 

 

「魔法使い? ライラ、エドナ、2人は何か知っているか?」

 

外見とは比べ物にならないほどの長い年月を生きている天族であるライラとエドナにスレイは問いかける。だが……

 

「いえ……私も初めて耳にしますわ」

 

「指輪怪人の魔法使いなんて、天族でも聞いたことないわよ」

 

その言葉に戸惑った様子を見せるスレイ達。

 

しかしウィザードは言葉を続ける。

 

「ま、いきなり出てきて、すぐに信用しろとは言わないさ。とりあえず、この場だけでも協力してくれよ。こいつの相手は骨が折れそうなんでね」

 

「スレイ、ライラ様、彼は私にとっても恩人です。どうか……」

 

そして、アリーシャもまた、ウィザードを信じて欲しいと告げた。

 

「アリーシャ……わかったよ。えぇっと…ウィ…ウィ…「ウィザード」そうそれ! とりあえずよろしくウィザード!」

 

明るく言い切るスレイの言葉に嘗て共闘した白い仮面ライダーを思い出した晴人は仮面の下で苦笑した。

 

「ふっ……なるほど、確かにアリーシャの言う通りの奴だ。まぁ、そういう訳だ。天族さん達も、よろしく頼むぜ」

 

そう言うとウィザードはウィザーソードガンを剣へと変形させ、ヘルダルフへ話しかける。

 

「攻撃しないで待っててくれるなんて、案外良いやつなんだなアンタ」

 

今まで沈黙していたヘルダルフは。その言葉に不敵に笑う。

 

「なぁに、此方も少し考えごとをしていた所だ。それに、どの道、結果は変わらん」

 

「言ってくれるね……スレイ、余力はどれ位残ってる?」

 

ウィザードは右手の指輪を交換しながらもスレイへと声を掛ける。

 

「正直、あんまり……ウィザード達は?」

 

「こっちも、同じだ……こりゃ、一気にいくしかないな」

 

 

ここにいる全員がヘルダルフの元へたどり着くまでに戦闘を重ね、既に力を消耗している。ウィザードは短期決戦でケリをつけるしかないと覚悟を決める。

 

「ま、そうなるわよね」

 

「気をつけてください、彼の者の力は今の私達よりも遥かに上です」

 

エドナとライラは作戦に同意しつつも警戒するようにスレイとウィザードに助言する。

 

 

「しかし、倒せるのか? 正直、今までの相手とは格が違うぞ……」

 

杖を構えながらも、ミクリオはヘルダルフが放つ圧力に冷や汗をながす。

 

「ハッキリ言って厳しいだろうな」

 

その言葉をウィザードは否定せずに認める。

 

「だが、戦場にいる憑魔化した兵達を救うには、災禍の顕主を退けなくては……」

 

そう告げるアリーシャの言葉にウィザードが続く。

 

「そういう事だ。何が何でも勝つ」

 

「了解! 行こう! 『フォエス=メイマ(清浄なるライラ)!』」

 

スレイが真名を告げた瞬間、ライラの姿が、消え、彼の足元に赤い陣が形成し、その姿を変える。

 

服装は白を、基調としておりスーツの上からガウンを纏ったような姿となった。髪も同じく白く染まり、身長と同じ程に伸びたものが後頭部で束ねられている。瞳と服のベルトや髪留めは司る属性を表すように赤く変化した。

 

「「行くぞ!」」

 

スレイとアリーシャは燃え盛る槍と大剣を構えヘルダルフめがけ飛び込んでいく。

 

その後方でウィザードが指輪をバックルにかざした。

 

 

【バインド! プリーズ】

 

 

「……ほう」

 

ヘルダルフの周囲に展開した魔法陣から鎖が現れヘルダルフを拘束する。

 

しかし、ヘルダルフは抗うこともなくその鎖に捕らえられる。

 

その隙にスレイとアリーシャが飛び込む。

 

 

 

「魔王炎撃破!」

 

 

「「映ゆる煉獄!」」

 

 

激しい炎を纏った2人の攻撃がヘルダルフに向けて振り下ろされる。

 

だが……

 

 

「……ふん」

 

 

バキッ!

 

 

「「なっ!?」」

 

 

鎖はいとも容易く引きちぎられヘルダルフは2人の攻撃をその手で掴み受け止めた。

 

 

「その程度か?」

 

 

得物を掴まれ。その凄まじい力で押すことも引く事も出来ない2人、だが次の瞬間、アリーシャの足元に黄色い魔法陣が展開されその姿を変える。

 

そして……

 

 

ドゴォ!

 

 

地中よりランドスタイルに変化したウィザードが奇襲をかけた。

 

「……む!?」

 

武器から手を離し地中から現れたウィザードの斬撃を後退し回避するヘルダルフ。三人はすかさず畳み掛ける。

 

「『ハクディム=ユーバ(早咲きのエドナ)!』」

 

ライラと分離したスレイは次にエドナとの神衣を発動する。大剣の代わりに巨大な二つの籠手が現れ。装飾品と瞳の色が黄色く変化する。

 

 

【スラッシュストライク! ドッ!ドッ!ドッ!】

 

「ハァァッ!」

 

「岩砕烈迅槍!」

 

「「豪腕……一閃!」」

 

 

地の力を纏った三人の攻撃がヘルダルフへ迫るが、ヘルダルフは、それに対し左手を高く、右手を低く下げた独特の構えで迎え撃つ。

 

 

「……甘い」

 

ゴォォォオォォォォ!

 

「「ぐぁあ!」」

 

「うあぁっ!」

 

三人の攻撃が当たると思われた瞬間、ヘルダルフの周囲に強烈な竜巻が出現し三人を吹き飛ばす。

 

 

「まだだ! 『ルズローシヴ=レレイ(執行者ミクリオ)!』」

 

 

体勢を立て直し、エドナとの神衣を解除しミクリオとの神衣を発動するスレイ。瞳は青く染まり、その手には巨大な弓が現れる。

 

【ウォーター! プリーズ! スイ〜スイ〜スイスイ〜!】

 

同様にウィザードもウォータースタイルへチェンジし銃形態のウィザーソードガンを構える。

 

【シューティングストライク! スイ! スイ! スイ!】

 

「「蒼穹……一閃!」」

 

 

2人の水の力を込めた矢と銃弾がヘルダルフへ放たれる。

 

 

「フン!」

 

 

しかしヘルダルフは裏拳でその攻撃を蚊でも払う様に弾き飛ばした。

 

「「そんな!」」

 

いとも容易く攻撃を防ぐヘルダルフに愕然とするスレイとミクリオ。

 

 

「つまらん!」

 

 

そこにヘルダルフは左手を掲げる。

 

 

 

ドガァァァァァァァァア!

 

 

『うわァァァァア!』

 

 

手から迸る強烈な電撃が全員を包み込む。

 

 

「ぐぁ……」

 

「うぅ……」

 

全員が倒れ伏す光景をヘルダルフはつまらなそうに見つめた。

 

 

「言った筈だ、結果は変わらんとな」

 

 

そう言い放ち膝をつきながらもひとり、立ち上がろうとするウィザードに視線をむけるヘルダルフ。

 

「期待外れだ。魔法使いがこの程度なら生かしておく必要は無い」

 

そう言って、その手に、炎の力を集め、ヘルダルフはウィザードに火炎弾を放った。

 

 

ドガァァァァァァァァアン!

 

 

「は、ハルトッ!」

 

「そ、そんな……」

 

 

爆炎に飲まれるウィザード。

 

その光景にアリーシャとライラが悲痛な声を漏らす。

 

 

しかし、ヘルダルフは爆炎から目を逸らさない。

 

 

 

 

 

「……凌いだか」

 

 

炎の中にはフレイムスタイルへと姿を変えたウィザードが立っており、その左手に展開された赤い魔法陣に爆炎は全て吸収された。

 

 

 

「しぶといな、魔法使い」

 

 

 

「ハァッ……ハァッ……生憎と魔法使いってのは諦めが悪いんだよ」

 

息を乱しながらも再び、剣を構えるウィザード。それを見たヘルダルフは静かに言葉を零す。

 

「……やはり妙だな。魔法使いよ、お前は何故、人の姿を保っている?」

 

「……何?」

 

ヘルダルフの言葉の意味がわからずに聞き返すウィザード。ヘルダルフは視線をスレイへと向ける。

 

「導師スレイ、アレは言うなれば『白』だ。眩いばかりに無垢な存在。これから何色にでも染まる『白』。だが、お前は違う」

 

ウィザードの内に潜むナニカを見透かしたようにヘルダルフは言葉を続ける。

 

「憑魔であるワシには分かる。お前の中には巨大な『絶望』そのものが潜んでいる。それこそ、最強の憑魔を生み出してもおかしくない程の力を持ったな……」

 

再び視線をウィザードに向けて言い放たれたヘルダルフの言葉。

 

その言葉に倒れ伏したアリーシャ達は耳を疑う。

 

「ハルトの中に潜む『絶望』?」

 

アリーシャには、その意味が理解できない。少なくともアリーシャにとって操真 晴人という人間は、そんな印象は無い。アリーシャの中で魔法使いの力を持つ彼は『絶望』とは無縁の存在だった。浄化の力を振るい導師のように穢れを祓う彼の存在はスレイと同じく穢れ無い『白』そう思っていた。

 

 

「だが、お前は『絶望』に飲まれ憑魔となる事もなく、あろうことか、浄化の力を振るっている……それが、解せん。その身に、強大な『黒』を宿しながらお前は「おしゃべりはそこらへんにしとけよ」……む?」

 

ヘルダルフの言葉を遮るウィザードはそのまま言葉を続けていく、

 

 

「俺は絶望に飲まれたりしない……絶対にな。それに、知った風な口を叩くなよ……俺の中にある力は『絶望』なんかじゃない……」

 

 

ヘルダルフの言葉に思い当たる節があるのだろう。だが、ウィザードは力強くそれを否定する。

 

「お前が『絶望』と呼ぶ、その力も……俺の『希望』だ……!」

 

 

ウィザードが告げた言葉。それを聞いたアリーシャは無意識の内にその言葉を反芻する。

 

 

「『絶望』が『希望』……?」

 

 

アリーシャには、その言葉の意味がわからない。

 

 

「(魔法使い……その力の源に『絶望』が関係しているというのか?)」

 

 

戸惑うアリーシャ達を他所に、ウィザードの言葉を聞いたヘルダルフが口を開く。

 

 

「……どうやら、お前は『白』にも『黒』にも染まらぬようだ。………やはり、不要だ。此処で消えろ魔法使い」

 

 

そう言い放ちヘルダルフをゆっくりとウィザードへと歩みを進める。

 

 

「マズイッ! ハルト退くんだ!」

 

「ウィザードがっ! クソッ! 力が……入らない……!」

 

アリーシャとスレイ達も立ち上がろうとするものの電撃のダメージは大きく、立ち上がることが出来ない。

 

 

その間にもヘルダルフはウィザードへと迫って行く。

 

 

そして、ふらつきながら剣を構えるウィザードの前に立ったヘルダルフはその拳を振り上げた。

 

 

「終わりだ、魔法使い」

 

 

そしてその拳が振り下ろされ……

 

 

 

__________________________________

 

 

迫るヘルダルフをウィザードは、ただ見ていた。正直に言えばダメージは大きく、迎え撃つ余力も少ない、立っているだけでも精一杯な状態。客観的に見て、絶望的な状況だった。

 

だが、それでも、晴人の心に諦めの感情は無い。

 

 

「(諦めるかよ……この戦場には、大勢の人達が……)」

 

憑魔と化し敵も味方も関係無く傷つけ合う兵士達。

 

 

その光景が晴人の脳裏に、過去の記憶が蘇らせる。

 

 

 

日食により闇に覆われた海岸。

 

地を奔る紫の魔力。

 

人々の体がひび割れ、その内側から宿主の命を奪い生まれ出る怪物達……

 

そして……

 

 

 

 

 

 

それは、操真 晴人が乗り越えた二度目の『絶望』だった。

 

そして、二度と繰り返させないと誓った悲劇の記憶。

 

 

「(無茶だろうがなんだろうが、やるしかないんだ! 俺の目の前で、誰一人、絶望させやしない!)」

 

 

そして、覚悟を決め剣を握る手に力を込めた瞬間……

 

 

『操真 晴人!』

 

 

頭の中に響いた声と共に晴人の意識が暗転した。

 




以下、茶番

ハリケーン「何故、ハブられた」orz

ランド「4つもあるんだ。そういう時もあるだろ」(死んだ目でスーパーヒーロー大戦Zを観ながら)

レンゲル「せやな」(白目)


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9話 Missing Piece 後篇 ②

CM明けのBパートです


「っ! ここは!?」

 

 

何一つない暗闇の世界。

 

気付けば晴人は変身を解除し、その中心に立っていた。

 

しかし、晴人がここに来たのは今が初めてではない。

 

この世界に来る以前の戦いの中で、自身の内に住み着く存在との対話の際、晴人は何度かこの場所に来る事となった。

 

だが、今回は少しばかり様子が違う。

 

 

『あいも変わらず、人助けか……『最後の希望』も楽では無いな』

 

暗闇に突如声が響く。

 

しかし、これまでと違い、その『声の主』は姿を見せない。

 

「いつものことだろ……それで、いきなり何の用だ? 今、取り込み中なんだけど?」

 

晴人は声に怯むことなく返答する。

 

『フン……そんな事は分かっている。それで?奴をどうするつもりだ操真 晴人? 』

 

『声の主』はヘルダルフのことについて問いかける。

 

「勝つさ。何がなんでもな」

 

晴人は間髪入れずに返答する。だが、『声の主』はその答えに疑問を投げかける。

 

 

『どうやってだ? 奴との力の差が理解できん訳ではあるまい? それに、お前も気づいている筈だ。俺の魔力を引き出す為の指輪から魔宝石の力が失われていることをな』

 

 

「やっぱりか……要するに、俺の戦力は『フェニックス』の奴と出会う前の頃に逆戻りってわけだ」

 

 

『そうだ。俺の力を使う事のできん今の状態で、お前に勝ち目はないぞ?』

 

「さぁて、どうだろうな……?」

 

『声の主』の問いかけに、おちゃらけた返答をする晴人。だが、その目は真剣だ。彼は退くつもりなど毛頭無い。

 

『強がりはよせ。ハッタリを決めて、格好をつけた所で、どうにもならん……死ぬぞ』

 

静かに、しかしハッキリと『声の主』は晴人に告げる。しかし、晴人は笑った。だが、それはヤケを起こした人間の笑顔ではない。絶望的な状況の中で、それでも何かを信じている者の笑顔だ。

 

「死なないさ。そして、これ以上は死なせない……俺は『最後の希望』なんだから」

 

 

迷いなく告げる晴人。

 

すると『声の主』は突如、大きな笑い声を響かせた。

 

 

『クククッ……フハハハハ! 力を失って、少しは弱気になるかと思ったが、やはりお前は面白い奴だ!』

 

 

「俺は至って真剣なんだけどな……」

 

『ククク、わかっている。だからこそ呼び出した。 奴を止めたいのだろう? ならば俺を呼べ』

 

「は?」

 

その言葉に晴人は戸惑った。

 

「いや、現実世界にお前は呼べないだろ」

 

『声の主』を召喚する為の指輪は確かに持っている。だが、その指輪はあくまで、『ある場所』でのみ使用できる物だ。少なくとも、普通の現実世界で使用する事は出来ない。だが、『声の主』は晴人の言葉を否定する。

 

『忘れたのか? 過去の戦いでも何度か例外があっただろう』

 

そう言われた晴人は記憶を辿る。『声の主』を現実世界で召喚した事があるのは覚えている限りでは三回。その内の二回は『特別な力』を使用しての召喚の為、除外する。

 

そうなると、残るは一つ。

 

「……『マドー』の『幻夢界』か!」

 

『そうだ。お前もこの戦場で感じた筈だ。奴が作り出したこの戦場を覆う空間が『幻夢界』に近いものだとな』

 

かつて、地球と宇宙の存亡を、かけて『宇宙刑事』や『スーパー戦隊』と共に立ち向かった強大な敵『宇宙犯罪組織マドー』と『スペースショッカー』が作り出そうとした絶望の世界『幻夢界』。その世界では、ウィザードは『ある場所』と同じように、『声の主』を召喚する事が出来たのだ。

 

「! それじゃあ!」

 

「そうだ。奴の生み出す空間の中なら俺を召喚できる。せいぜい、足掻いてみせろ、操真 晴人! お前が最後の希望だと言うのならな!」

 

 

その声と共に晴人の意識が現実に呼び戻された。

 

 

 

__________________________________

 

 

ウィザードが意識を取り戻した時、眼前には既にヘルダルフが迫っていた。

 

ウィザードにトドメを刺すべく、拳を振り上げるヘルダルフ。

 

一方のウィザードは左手でベルトのシフトレバーを操作する。

 

 

「終わりだ、魔法使い」

 

 

そう言ってヘルダルフが拳を振り下ろそうとするよりも早く、ウィザードは右手の指輪をベルトにかざす。無意識の内に行っていたのか、指輪はいつの間にか交換された。

 

 

そして……

 

 

 

【ドラゴライズ! プリーズ!】

 

 

 

「ヌゥッ!?」

 

 

展開され巨大な赤い魔法陣が盾のように立ちはだかり、ヘルダルフの拳を受け止め、逆に弾きとばす。

 

「今度は、なんの真似だ、魔法使い……」

 

 

大きく後退しながらも体勢を立て直し着地するヘルダルフは、ウィザードが何をしたのか、わからず赤い魔法陣を睨みつける。

 

しかし、ウィザードはその問いに答えない。

 

 

「……ハルト?」

 

倒れたアリーシャが、不安そうな声を零しながらウィザードを見つめる中、ウィザードが言葉を発する。

 

 

 

 

 

「来い! 俺に力を貸せぇ!」

 

 

 

 

その言葉と共に魔法陣から巨大な影が現れた。

 

 

「えぇッ!?」

 

「なッ……!」

 

「そんなッ!?」

 

「ッ!……う…そ」

 

魔法陣から現れた存在を見たスレイ達は驚愕の声を上げる。その中でも、特にそれが顕著なのは、土の天族であるエドナだ。

普段は10代前半にみえる外見に見合わない達観したような冷めた態度を取っている彼女が、四人の中で、目を見開き、一番動揺を露わにしている。

 

そして、アリーシャもまた、魔法陣から現れた存在に戸惑いの声を漏らした。

 

 

銀を基調とした体、鋭く尖る金色の角や爪、そして赤く輝く瞳と胸部。魔法陣から現れた『ソレ』は、どこか生物的ではない外見をしていた。だが、アリーシャは『ソレ』に似た存在と一度対峙した事がある。長い首と尾、鋭い爪と牙、巨体を支える4本の足、背に生える翼。

 

 

憑魔の中において最強と称される種族。

 

 

 

その名は……

 

 

 

 

「ド…ラ…ゴン……?」

 

 

 

 

『ガァァァァァァァァァァア!』

 

 

 

動揺しながらも、なんとか、アリーシャが絞り出したその声は、現れたドラゴンの咆哮に掻き消された。

 

 

 

__________________________________

 

 

『ガァァァァァァァァア!』

 

 

現れたドラゴンは咆哮すると、即座にヘルダルフへ向けて突撃した。宙を舞いながら生物とは思えない凄まじい速度で迫るドラゴン。

 

一方のヘルダルフもドラゴンを迎撃するべく拳を握り構えをとる。

 

 

『ガァァォォァォ!』

 

 

間合いに入ったドラゴンは体を反転させると勢いのまま尾をヘルダルフに向けて振るう。

 

 

「フンッ!」

 

応じるように力を込めた拳を振るうヘルダルフ。

 

 

両者の攻撃が激突する。

 

 

 

ドゴォォォオ!

 

 

巨大なトラック同士が正面衝突したような音が鳴り響く。

 

「ヌゥッ!」

 

力は互角、結果として両者は衝撃で大きく後方へ吹き飛んだ。

 

 

ブォォオォォォォォン!

 

 

横を向き、地面と平行する体勢で吹き飛んでいくドラゴン。その体が吹っ飛んでいく方向には『コネクト』の魔法でマシンウィンガーを取り出し搭乗したウィザードの姿があった。

 

アクセルを回し、吹っ飛んでくるドラゴンへ全速力で向かっていくウィザード。このままでは激突する。

 

そう思われた瞬間……

 

 

 

キィィィィィィイ!

 

 

ウィザードは、ドラゴンの体勢に合わせるように車体を横に向け、ドリフトのように滑らせる。そして、そのままドラゴンとの距離が迫り……

 

 

ガシャン!

 

 

鳴り響く機械音。

 

ウィザードが搭乗するマシンウィンガーが突如、変形する。

前輪と後輪が左右へとスライドしそこから機械の翼が展開される。そして浮き上がった車体は勢いをそのままにドラゴンの背へと接続された。

 

 

「行くぞ! ドラゴン!」

 

 

巨大な翼を装着し、ウィザードの声と共にバレルロールを決めて体勢を立て直したドラゴンは背に乗ったウィザードと共にヘルダルフへ向けて先ほどの倍近い速度で再度突撃する。

 

そして再び、両者は激突した。

 

 

__________________________________

 

「何がどうなっているんだ!?」

 

水の天族、ミクリオは目の前で繰り広げられる光景に、声をあげずにはいられなかった。

 

当然といえば当然だ。突如として現れた『災禍の顕主』や『魔法使い』の存在だけでも、困惑モノだったにも関わらず、事もあろうに『魔法使い』は『ドラゴン』を召喚しソレを従え戦い始めたのだ。そんな急展開に、着いて行ける者などそういないだろう。

 

 

「ライラ様……あのドラゴンは…… ?」

 

 

そんな中、アリーシャは目の前で繰り広げられる事態に対して、パーティー内でも豊富な知識を持つライラに何か知っていないか問いかける。

 

「……大きさだけで見れば幼体であるドラゴンパピーに近いです。ですが、あのドラゴンは実体化しています。おそらくは……」

 

 

「成体だっていうのか?! ならウィザードはなんでドラゴンを従えられるんだ?」

 

ライラの考察に驚きの声を上げるスレイ。

 

この世界において、『ドラゴン』という存在は最強種の憑魔を指す言葉だ。天族が強大な穢れに飲まれた果てに生まれ。その力の大きさから憑魔でありながら実体を持ち普通の人間ですら視認することができる存在。その中でも四足種のドラゴンは最強と言われている。

 

しかし、その強大な力と引き換えに『ドラゴン』の元の人格は完全に失われており、破壊をばら撒くだけの存在と化している。本来なら例え、『災禍の顕主』であろうとも、従える事など出来ないのだ。

 

 

「わかりません……ですが、あのドラゴンから感じる力は、霊峰で遭遇したドラゴンにも決して劣っていません……ありえないことですが、彼は成体のドラゴンを従えているとしか考えられません」

 

「ッ!……お兄ちゃんと!?……それなら……」

 

ライラの言葉に反応するエドナ。その様子にアリーシャは違和感を覚える。

 

 

「え、エドナ様……? どうされたのですか?」

 

「……なんでもないわ」

 

エドナの変化に思わずどうしたのか問いかけるアリーシャ。だが、エドナは表情を戻し黙り込んでしまう。

 

「(エドナ様には、ドラゴンと何か因縁が……?)」

思えば、マーリンドでのドラゴンパピーとの戦いの、際にもエドナの様子はおかしかった。

 

ライラの言葉を聞く限り、マーリンドに向かう途中でアリーシャが一時的にスレイ達と離れ、スレイがエドナを仲間に迎え入れて合流するまでの間に、『霊峰レイフォルク』で何かあったのだろうが、アリーシャは、何が起きたのか知らない。

 

スレイ以外の人間に冷たい態度を取るエドナの口から、何があったのか語られることは無かったからだ。

 

それ故に、エドナと『ドラゴン』の間に、どんな因縁があるのかアリーシャには検討がつかなかった。

 

そこにライラからアリーシャへ声がかかる。

 

 

「アリーシャさん……彼は……ウィザードさんは何者なのでしょうか?」

 

その声に込められた感情は、疑いではなく純粋な困惑だ。

 

「あのドラゴンからは、確かに憑魔に近い物を感じます。ですが、彼はそれを従えて『災禍の顕主』と相対している……」

 

長い年月を生きて来た天族であるライラにとってもそれは初めて目にする光景だ。それ故に困惑するのだ。長く生きてきた彼女だからこそ、目の前で起こっている事がどれだけありえないものなのか誰よりも理解できる。

 

激突を繰り替えすドラゴンとヘルダルフを見つめながらライラはアリーシャに問いかける。

 

「彼は……彼は……」

 

だが、アリーシャはその問いに答える事ができない。彼女とて知らないのだ。『魔法使い』とは何なのか、そして『操真 晴人』がどんな人生を生きてきたのかも……

 

 

『約束する。俺がお前の最後の希望だ』

 

 

アリーシャの脳裏に、城での晴人の言葉が、蘇る。絶望に、染まりかけた自分を救い上げた言葉。今この瞬間でも、アリーシャは、あの時の晴人の言葉に嘘は無いと信じている。

 

だからこそ、アリーシャも困惑しているのだ。

 

そんな彼が……誰かの心を救おうとすることのできる彼が何故、ドラゴンを従えているのか。

 

「(ヘルダルフが言うハルトの中にある『絶望』……あのドラゴンはそれと何か関係があるのか……?)」

 

 

アリーシャが視線を向けた先では、今もドラゴンと共に懸命にヘルダルフへ立ち向かうウィザードがいる。

 

 

「ハルト…君は……」

 

零れた言葉に答える者は誰もいない。

 

 

その時、激突を繰り返していたドラゴンが勝負をしかけた。

 

 

『ガアァァァァァア!』

 

 

咆哮を上げたドラゴンは、突如、その口か、強力な火炎を吐き出す。

 

「フン!」

 

 

迎え撃つようにヘルダルフはその手に水の力を収束させレーザーのように放つ。

 

 

激突する火と水。

 

それにより蒸発した水が水蒸気となり辺りを覆う。

 

 

「うっ! どうなってるんだ」

 

水蒸気により奪われる視界にアリーシャは動揺した声を上げる。

 

 

「……邪魔だ」

 

 

ヘルダルフは風を操り、辺りを覆う水蒸気を吹き飛ばす。しかし、晴れた視界の先にドラゴンとウィザードの姿は無い。

 

 

「……ッ!」

 

 

何かに気付いたヘルダルフは視線を上空へ向ける。それにつられるようにアリーシャ達も空を見あげた。そこには上空に舞い上がったドラゴンの背に立つウィザードの姿があった。

 

 

 

「フィナーレだ!」

 

 

【チョーイイネ! キックストライク! サイコー!】

 

「ハァッ!」

 

 

 

指輪をベルトにかざし、ドラゴンの背から跳躍するウィザード。それと同時にドラゴンの姿に変化がおこる。

 

頭部と前足が変形し、尾が前方に伸びる。さらに、接続が解除されバイク形態に戻ったマシンウィンガーがドラゴンの後方に再接続される。その形状は巨大な龍の片足そのものだった。

 

 

そして、龍の片足を模した形態『ストライクフェーズ』へと変形したドラゴンに続き、跳躍したウィザードが右足を変形したドラゴンへと接続する。

 

 

「タァァァァァッ!」

 

 

強大な自身の幻影を纏いながら巨大な龍の足と共にヘルダルフに向けて一直線に突っ込むウィザード。

 

 

「ッ!!」

 

その姿にヘルダルフは一瞬だけ驚いたように目を見開くと即座に右手を前に突き出し、左手を引くと腰の高さに構える。それはヘルダルフがこの戦いで初めて見せる『本気』の構えだった。

 

 

「集え!」

 

ヘルダルフの左手に紫色に輝く力が収束していく。

 

「奥義!」

 

 

そして、眼前に迫る龍の足に向けてヘルダルフは左手を突き出し、その力を開放する。

 

 

「獅子戦吼!」

 

 

 

直後、巨大な龍の足と紫色に輝く獅子の頭が激突した。

 

 

 

 

 

ドガァァァァァァァァアン!

 

 

引き起こされる爆発、ウィザードの『ストライクエンド』とヘルダルフの『獅子戦吼』が激突した凄まじい衝撃が辺りを吹き飛ばす。

 

「ぐっ!」

 

 

ストライクフェーズを解除し元の姿に戻ったドラゴンが爆発の中から飛びだし、体勢を立て直す。その背にはウィザードの姿もあった。

 

「ハルト!」

 

ウィザードが無事な事を確認しアリーシャから安堵の声が溢れる。

 

しかし、ウィザードは爆発で生じた土煙から目をそらさない。

 

そして、煙が晴れていく。

 

そこには……

 

 

「なるほど、一筋縄ではいかないようだ」

 

 

未だに健在のヘルダルフが立っていた。

 

 

「ッ! そんな!?」

 

 

その姿にアリーシャは愕然とする。アリーシャにとてわかるのだ。この勝負は今の一撃で決しなければこちらの負けだと……。

 

だが、仕留めきれなかった。

 

「(もう、終わりなのか?)」

 

そんな思いがアリーシャ達を包む。

 

しかし、ヘルダルフの口から放たれた言葉は意外なものだった。

 

 

「……不覚をとったか」

 

その言葉にアリーシャは気づく。ヘルダルフの左腕が、今の激突によってボロボロになり今にも、ちぎれそうな程のダメージを受けている事に……

 

 

「先程の言葉は訂正しておくとしよう……大したものだな、魔法使い」

 

「……」

 

ウィザードの力を認めたような言葉は放つヘルダルフ。それに対してウィザードは無言のまま警戒を解かない。

 

 

「そのドラゴンが、貴様の中に巣食う『絶望』か……フッ、面白い」

 

僅かに笑みを浮かべるヘルダルフは突如、ウィザード達に背を向ける。

 

「……どういうつもりだ?」

 

ヘルダルフの態度を疑問に思うウィザード。

 

「……気が変わった。『白』の導師、そして、その身に『黒』を秘めた魔法使い。貴様らが、どう足掻き、この世界で、どう染まっていくのか興味が湧いた……」

 

そう言って、ヘルダルフはウィザード達に背を向けたまま歩き始める。

 

 

「ッ!? 待て!」

 

ヘルダルフを追おうとするウィザードとドラゴン。だが、突如振り向いたヘルダルフは、その口から巨大な咆哮を上げる。

 

 

ガァァォォァォ!

 

 

 

「ッ!?」

 

ビリビリと震える空気。何か仕掛けてくるかと警戒するウィザードだが、その身には何も変化は無い。

 

「やはり、『黒』を秘めたお前には、我が領域は意味をなさんか……」

 

「どういう……?」

 

 

ヘルダルフの言葉を訝しむウィザードだが、その背後から突如聞こえた苦悶の声に

思わず振り返る。

 

そこには、魔力による変化が解除されたアリーシャと、スレイが苦しむ姿があった。

 

 

「アリーシャ! スレイ!」

 

思わず声を上げるウィザード。そんな彼を他所にヘルダルフの姿が少しずつ薄れていく。

 

「さらばだ。新たな導師、そして指輪の魔法使い。生き延びることが出来たのなら、いずれ、まみえよう」

 

そう言い放ちヘルダルフは完全に姿を消した。

 

ヘルダルフへの警戒を解き、アリーシャ達に駆け寄るウィザード。

 

「どうした!?」

 

「わからない……急に力が……それに天族の方達が見えなく……」

 

「ミクリオ……ライラ……エドナ……何処にいるんだ?」

 

「ッ! 何を言ってんだ? それならそこに……」

 

急な不調と共に天族を視認できなくなった2人に困惑するウィザード。

 

だが、そこにライラから声がかかる。

 

「ウィザードさん、おそらく二人は『災禍の顕主』の力で一時的に霊応力を麻痺させられたのかと……」

 

「なんだって? ……というかアンタは大丈夫なのか?」

 

ライラの言葉に応じたウィザードは、ライラ自身も苦しそうな表情を浮かべている事に気づく。よく見れば、ミクリオやエドナもそれは同様だった。

 

 

「うっ……大丈夫…です。私達は、スレイさんを器として契約しています。それにより、スレイさんの霊応力の不調の影響が及んでいるのでしょう。それよりもウィザードさん、二人は今、戦える状況ではありません。早く戦場を離れなければ危険です!」

 

少しふらつきながらも現状を説明するライラのおかげで状況を理解したウィザード。彼女の言う事が確かなら、今の二人は普通の人間と変わらない状態だ。彼女の言う通りこのまま戦場にいるのは危険だろう。

 

「なら、早く二人を『そう簡単にはいかんようだぞ。操真 晴人』……なに?」

 

「しゃ、喋りましたわ!?」

 

突如、会話を遮ったドラゴンの言葉に反応するウィザード。

 

一方のライラは、ドラゴンが言葉を発した事に驚きの声をあげる。

 

『無駄話をしている暇は無いぞ。奴め、置き土産を残していったようだ』

 

「ッ!? ……なるほどねそういうことか」

 

ドラゴンの言葉にウィザードはその意味に気づく。

 

先程まで争いあっていた憑魔達の争う音が止んでいる事に。

 

そして、その視線が全てウィザード達に注がれている事に。

 

 

『どうやら、奴が去り際に何かしたらしい……どうする、恐らくはあの兵士達はお前達を狙ってくるぞ?』

 

 

『ッ!?』

 

ドラゴンの言葉にその場にいる全員が息を飲む。

 

そんな反応を他所にドラゴンは、その口から炎を吐き、その炎で憑魔が近づけぬよう道を阻む。

 

そして、、ドラゴンが言葉を続けた。

 

『これで時間は稼げるだろう……チッ、俺もそろそろ限界だ』

 

ドラゴンの姿が薄れ始める。

 

ヘルダルフが去り、領域が消失した事により、ドラゴンもまた、現実世界への召喚が限界になったのだ。

 

 

それを聞いたウィザードは決断する。

 

 

「ライラって言ったっけ? スレイとアリーシャを連れて逃げられるか? 」

 

「ハルト!?」

 

「ヴァーグラン森林に逃げ込めば、なんとかできると思います……ですが、ウィザードさんは、どうするおつもりなのですか?」

 

ウィザードの言葉に驚きの声をあげるアリーシャ。一方でライラはウィザードがどうするのかと問う。

 

 

「俺は、まだ余力があるからね。ここに残って少しでも憑魔になった人達を助ける」

 

「なっ!? 無茶だ!」

 

「カッコつけるのは止しなさい。アンタだって殆ど力は残ってないはずよ」

 

ウィザードの言葉に驚くミクリオ。

 

そして、エドナもまた、ウィザードの魔力が殆ど残っていないことを見透かして、それを止める。

 

しかし、ウィザードは、炎の向こうに見える憑魔へと視線を向けたまま動く気配が無い。

 

『やめておけ、その男はとことん諦めが悪い』

 

 

「……ッ!」

 

 

そんなエドナにドラゴンが無駄だと言うように声をかけるが、エドナは複雑そうな表情を浮かべると黙り込んでしまう。

 

 

「……わかりました」

 

 

ウィザードの決意を理解したのか、その言葉に従うと言うライラ。

 

「彼の決意は、本物です。ここは、ウィザードさんの言葉に従いましょう」

 

「ライラも同意してくれた。行くんだアリーシャ」

 

「だが!?」

 

「気にすんなよ、アリーシャ。俺が残りたいから残るんだ。お前が気にすることじゃない……それに、スレイ達はこのままハイランドに戻るより、このまま、生死不明ってことでローランスに行方を眩ました方が導師の使命ってのに都合がいいんじゃないのか?」

 

「それはそうかもしれないが……」

 

「だろ? だから「それなら私も残る!」……はい?」

 

『アリーシャ(さん)!?』

 

ウィザードの言葉を遮り、残ると宣言するアリーシャにウィザードは呆気に取られ、スレイ達も驚きの声をあげる。

 

「元はといえば、君は私の願いの為に、此処まで来てくれた……君を残して行くような真似はできない!」

 

強い意志を込めて言い切るアリーシャ。そんな彼女をウィザードは説得しようとするが……

 

「けど、アリーシャ『やめておけ、操真 晴人。その女は、お前の同類だ。何を言おうとテコでも動かないだろう。死なせたく無いのなら貴様が守れ。貴様は、その女の最後の希望なのだろう?』……はぁ、後悔しないんだなアリーシャ?」

 

「あぁ!!」

 

ウィザードの言葉に力強く頷くアリーシャ。そんな彼女にウィザードは彼女の説得を諦める。

 

「待ってくれ! なら、俺も! 」

 

そこに、スレイが声をあげる。アリーシャも残るのに自分だけ逃げるわけにはいかないと言うスレイ。だが、アリーシャはその言葉に首を振る。

 

「スレイ、君はここに残るべきじゃない。」

 

「アリーシャ!?」

 

「悔しいが今のハイランドに残ってもバルトロ達は君を利用しようとし、導師の使命を妨げてしまう。ハルトの言う通り、君はこのまま、ローランスに行くべきだ」

 

「けど!? 「それに君の肩にはライラ様達の命もかかっている」ッ!……それは」

 

アリーシャの言葉に声を詰まらせるスレイ。導師が穢れに飲まれれば、契約した天族達も纏めて憑魔と化す。その事を理解しているからこそスレイは言葉を続ける事ができなかった。

 

「私はハイランドで、まだ為すべきことがあるんだ。そして君も導師として果たすべきことがある」

 

優しく微笑みながらアリーシャは告げる。

 

「大丈夫だよスレイ。私達が目指す理想は同じ場所だ。なら、道は必ず、もう一度繋がる事になる。その時に、胸を張って君の仲間だと言えるように私も頑張るから……だから君も……」

 

「そういうことだ……ま、心配すんなよ。アリーシャの方は俺が力になる。必ず、もう一度、アンタ達とアリーシャを合わせるさ。」

 

 

その言葉にスレイは目を閉じて、決意を固めた。

 

「わかったよ。俺も俺の為すべきことをする。だからアリーシャ死なないでくれよ」

 

「あぁ! 必ず!」

 

約束を交わす二人。そして、スレイはミクリオに肩を貸してもらいながら立ち上がるとヴァーグラン森林に通じる道へと歩きだす。

 

「ご武運を……」

 

「流石に、この流れで死なれたら後味悪いから死ぬんじゃないわよ」

 

そして、ライラとエドナはウィザードへと一言、言葉をかけるとスレイ達の後を追って行った。

 

 

「良かったのか? スレイ達と一緒に行かなくて?」

 

 

道を塞いでいた炎が収まり、アリーシャ達に狙いを定め集まり始めた戦場の憑魔に視線を移しながらウィザードはアリーシャに問いかける。

 

「一緒に行きたい気持ちはあるよ。だが、今はハイランドの為にできることをすると決めたんだ」

 

アリーシャの眼前には数百近い憑魔達が集結している。例え、一時的に視認それを視認できなくなったとしても、それが存在する事に変わりはない。それでもアリーシャは表情を険しくしながらも、退かずにウィザードの問いに答える。どうやら意地でもウィザードを置いて退くつもりは無いようだ。

 

「そっか……ならまずはこの泥沼の状況をさっさと終わらせないとな」

 

アリーシャの言葉を聞いたウィザードは国を想う彼女の気持ちに答えるべく。左手の指輪を交換する。

 

 

 

それは、アリーシャが先程までの戦いでみた4つの指輪とは異なっている。それは今までの指輪より、一回り大きいダイヤを思わせる指輪だった。しかし、その指輪は僅かな輝きは残すだけで、その輝きの殆ど失っていた。

 

その指輪をはめたウィザードに最早、体が殆ど消えかかっているドラゴンが声をかける。

 

『操真 晴人。わかっているのか? その指輪には「殆ど力は残されていない……だろ?」……もういい…好きにしろ』

 

ウィザードの反応に諦めたような声を漏らしたドラゴンは、そのまま消えていった。

 

「ハルト? 」

 

何かを決意したような彼の雰囲気にアリーシャは思わず晴人の名を呼ぶ。

 

「心配すんなよ。憑魔になった兵士達は必ず助ける」

 

 

 

迫ってくる大量の憑魔に臆すことなくウィザードはベルトのシフトレバーを操作する。

 

 

そして……

 

 

 

「……いくぜ」

 

 

ウィザードは指輪をベルトへとかざす……

 

 

【インフィニティー! プリーズ!】

 

 

直後、ウィザードを中心に放出された閃光がグレイブガント盆地全域を包み込んだ。

 




ロゼ : | M0) < ……

ロゼの出番が無いのはアリーシャ放置でローランスに行った原作の流れをなんとかフォローしたくてスレイとアリーシャの会話を優先したからです。別にロゼアンチとかじゃないです


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10話 決意と会議と再出発 前篇

どうも、こんな小説を書いているせいか、先日グミ繋がりで、バルバトスが仮面ライダーグミのCMでフルスロットルする悪夢を見たフジです

前回、の更新で日刊ランキング5位&お気に入り400件突破! テンションフォルテッシモ! 読者の皆様ありがとうございます

テイルズと仮面ライダーのクロスとかいう書いてる奴自身が『これ両方の客層的に需要あんの?』とか思って書いた作品が楽しんでもらえてるなら幸いです。

では、最新話をどうぞ


【インフィニティー! プリーズ!】

 

 

鳴り響いたベルトの音声と共にグレイブガント盆地全域は閃光に包み込まれる。

 

 

「うっ! こ、これは!?」

 

ウィザードから放たれた凄まじい閃光にアリーシャは思わず、手で目を庇う。視界を奪う強烈な光。アリーシャはその先に立つウィザードの姿を一瞬だけ捉えた。

 

 

「(あの姿は?)」

 

先ほどまでの戦いで見た、どの属性の姿にも当てはまらないウィザードがそこにはいた。しかしウィザードから放たれるその光にアリーシャは再びその姿を見失う。

 

そして、暫くして閃光が収まった時、アリーシャは眼前に広がる光景に思わず愕然とした。

 

 

「兵士達が全て浄化されている?」

 

 

数百体はいた憑魔と化して迫ってきていた筈の兵士達は全て浄化され倒れていたからだ。

 

「凄い……本当に何とかしてしまった」

 

 

一人でも多くの人を救うと彼は言った。だが、まさか、本当に全員を救ってしまうとはアリーシャも思っていなかった。

 

驚きと安堵が入り混じった心境のアリーシャ。

だが……。

 

 

 

どさっ……

 

 

彼女の背後で何かが倒れたような音がする。

 

 

その音に釣られて、振り向いたアリーシャの視界には……

 

 

「ハ、ハルト!?」

 

 

変身を解除し倒れ伏した操真晴人の姿があった。

 

「大丈夫かハルト!! 返事をしてくれ!!」

 

駆け寄り晴人に声をかけるアリーシャ。だが、倒れた晴人がその声に応えることは無い。

 

そして、意識を失い投げ出された彼の左手にはめられた指輪からは、完全に輝きが失われていた……

 

 

 

__________________________________

 

 

「さっき、来たばかりなのに、また此処かよ……」

 

 

先程、訪れた暗闇の世界で操真晴人は再び目を覚ました。

 

『そう文句を言うな。必要無いならわざわざ呼び出しはしない』

 

先程と同様、姿を見せないドラゴンの声が暗闇に響く。

 

「……って、それよりも今はアリーシャや戦場の兵士達が!」

 

 

意識を失う前の状況を思い出し、アリーシャや憑魔となった者達の安否を心配する晴人。

 

だが、そんな晴人にドラゴンは慌てず答える。

 

『それならば、問題は無い。貴様のお得意の無茶と強がりで、あの娘達は救えている』

 

アリーシャ達が無事だと聞き、その言葉に晴人は安堵の息を漏らす。

 

 

「ふぃ〜、そっか……良かった」

 

心の底から安心したと言うように晴人は言葉を零す。そこには普段の余裕でキザったらしい態度をとる魔法使いではなく、人の命を救えた事に心から安堵する普通の青年の姿があった。

 

 

『フン……』

 

そんな彼の反応を見て何処か呆れたように、息を零すドラゴンは、彼を呼び出した理由の本題を話し始める。

 

『それで? 貴様はこれからどうするつもりだ?』

 

「これからってのは?」

 

『導師を戦争の道具にさせないという、あの小娘の願いは、取り敢えず果たしただろう。それを踏まえて、お前はこれからどうするつもりなのかと聞いている』

 

そう晴人へ問いかけるドラゴンの言葉に晴人は迷い無く返答する。

 

 

「そんなの決まってるじゃん。あんな光景見せられて俺が指を咥えて何もしない訳ないだろ? 戦争を止める……そして、あのヘルダルフって奴を浄化する」

 

 

嘗て見た絶望の記憶を思い出させる穢れに満ちた戦場。その光景を見て自身の内に芽生えた決意を晴人はドラゴンへと告げる。

 

 

『お前と何の縁も所縁も無いこの世界の為に戦うと?』

 

「当然だろ? どんな世界かなんて関係無い、助けを求める声があるのなら必ず駆けつける。それが……」

 

影ながら人々の自由の為に戦う道を選んだ『戦士の名』を継いだ自分の生き方なのだから……

 

 

『フン、だが現状のお前の力ではそれが厳しいことも理解しているな?』

 

 

「……あぁ、今回は何とか奴を退けることができたけど、あれはどちらかと言えば見逃してもらったようなもんだ」

 

 

ヘルダルフの領域の力を逆用し召喚したドラゴンとの共闘により一矢報いたとはいえ、ヘルダルフからは余裕が感じられた。恐らく奴はまだ何か奥の手を隠しているのだろうと晴人は考えている。そして、その上で自分やスレイを見逃したことにも恐らくは理由がある筈だ。

 

 

『そうだ。ならば奴が仕掛けてくるよりも早く、失った力を取り戻す必要がある』

 

「けど『インフィニティー』の指輪は……」

 

『あぁ、力を完全に失った。正直な所、あの指輪に関しては、俺もどうすればいいのかわからん……』

 

「そうなのか?」

 

『あの指輪が他の指輪と違う事はお前が一番わかっているだろう? 何せ、お前が生み出したお前だけの魔法なのだからな』

 

その言葉に晴人はインフィニティーの指輪を手に入れた時の事を思い出し納得する。確かに『アレ』は今思い返しても、奇跡のような出来事だった思う。

 

 

「ん? ってことは他の4つの指輪に関しちゃ思い当たる節があるのか?」

 

 

ドラゴンの力を引き出す為の四属性の指輪の力を蘇らせる手段があるのかと晴人はドラゴンに問いかける。

 

『簡単な話ではないぞ……その4つの指輪の力を取り戻すには、散らばった魔宝石の力と俺の力を見つけ出す必要があるのだからな』

 

「ん? 『魔宝石の力』と『お前の力』? どういう意味だ? 」

 

 

ドラゴンの言葉の意味が理解できず晴人は首を傾げる。

 

『先程、お前を此処に呼んだ時は、魔宝石の力が失われたといったな? アレは正確には、魔宝石の力ごと俺の力も奪われたというのが正しい』

 

「……続けてくれ」

 

『この世界にお前が跳ばされた時、4つの指輪に込められた力がこの大陸にある『何か』と共鳴し吸い寄せられる形で指輪から引き抜かれ各地に散らばった。俺の力も巻き添えにしてな』

 

「お前の力を引き出す為の指輪だったからお前の力まで巻き添えを食らって奪われたってことか……だから、さっきからお前の姿が見えないのか?」

 

『忌々しいことにな……力の大半を持って行かれた影響で、この世界に跳ばされてから、ヘルダルフの穢れの領域で力を一時的に取り戻すまで、お前と対話できなかったのもそれが原因だ』

 

 

ドラゴンは苦々しげな口調で、力を失った事を説明する。

 

「穢れの領域で一時的に力を取り戻したってことは、憑魔の領域の中ならお前は、さっきみたいに全力で戦えるのか?」

 

現実世界でのドラゴンの召喚を可能にしたヘルダルフの領域の事を思い返し、晴人はそれが他の憑魔の領域でも可能なのか問う。

だがドラゴンはその言葉を否定した。

 

『不可能だ。あれはあくまでヘルダルフの作り出す領域だからこそ可能だった。奴かそれに近いレベルの憑魔の強力な穢れの領域でなければ俺を召喚することはできんだろう』

 

「つまり最強クラスの憑魔が相手じゃなけりゃお前を現実には呼べないってことね……となると、やっぱり散らばったお前の力を探すのが、今は懸命そうだな」

 

『だが、それも難しいだろう』

 

「だよなぁ……この大陸の何処かなんてヒントも無しに簡単に見つかるもんじゃないし。もしかしたらスレイと一緒にいた天族のライラなら、共鳴した『何か』ってのに心当たりがあるかもしれないけど……」

 

生憎とスレイ一向とは先程別れてしまった事に加え、今後の合流も容易ではない。

 

「前途多難だなコリャ……」

 

『だが、諦めるつもりは無いのだろう?』

 

「当然」

 

ドラゴンの問いに即答する晴人。それを聞いたドラゴンは心底楽しそうに笑い声を漏らした。

 

『ククク……やはり、見ていて退屈しない奴だよお前は。だが、心しておけよ操真晴人、『穢れ』と『憑魔』の存在する『この世界』で『ファントム』である俺の力を取り戻すということが、どういうことなのかその意味を忘れるな』

 

重々しい声で意味深な警告をするドラゴン。だが、晴人の決意は変わらない。

 

「お前の言おうとしてることの意味は、何となくわかってるよ。けど、それでも俺のやる事は変わらない……覚悟の上さ、魔法使いとして戦うと決めた『あの日』から……」

 

『フッ……どうやら余計なお世話だったようだな。 ならば、そろそろ目覚めることだ。小娘がお前を待っているぞ』

 

「そうするよ……魔法使いがお姫様を待たせるなんて格好つかないしな」

 

 

そうして、晴人の意識が再び現実へと引き戻された。

 

 

 

__________________________________

 

 

目覚めた晴人の目に最初に飛び込んできたのは木造家屋の天井だった。

 

「ここは?」

 

晴人は上半身を起こして辺りを確認する。

 

「どこだここ?」

 

晴人のいる部屋は豪華さこそは無いもののそれなりの広さがありテーブルやベッドが備え付けられている。恐らくは宿泊施設の一室か何かだと思われた。

 

見慣れない光景に戸惑った晴人だが、そこにドアが開かれる音が響き、晴人は其方へと視線を向ける。そこには、この世界で初めて出会った少女がいた。

 

少女は目を覚ました晴人を見て一瞬、驚いたように目を見開き固まってしまう。

 

休憩中だったのだろうか、戦闘時にみにつけている黒水晶の装飾がなされた白銀の籠手と具足は今はつけておらず、その右手には晴人がつけた指輪が輝いていた。

 

「よぉ、おはようアリーシャ」

 

そんな彼女に晴人は、至って軽いノリで話しかける。

 

「ハルト! 目が醒めたんだな!」

 

晴人の無事を確認したアリーシャは笑顔を浮かべ、ベッドから上半身を起こした晴人に詰め寄る。

 

「ア、アリーシャ?」

 

そんな彼女の勢いに押され、晴人は困惑した声を漏らす。

 

「良かった! 3日も意識が戻らなくて心配していたんだ! 気分は悪くないだろうか? 体が痛んだりは……!」

 

余程、心配していたのだろう、ベッド上の晴人に近づき勢いよく問いかけるアリーシャ。

 

「い、いや大丈夫だけど……」

 

そんな彼女の勢いに晴人は思わずたじろぐ。

 

「けど? けどどうしたんだ? やはり調子がまだ悪いのか?!」

 

どんどん詰め寄るアリーシャ。彼女に他意は無いのだろうが、二人の距離はかなり近く、側から見ればベッド上の晴人にアリーシャが迫るというかなり際どい絵面である。

 

「とりあえず離れようかアリーシャ」

 

「え?」

 

晴人の言葉の意味がよくわからずキョトンとするアリーシャ。だが少しばかり遅かった。

 

 

「あー……お邪魔だったか? 二時間くらいしたらまた来るわ」

 

 

開けられたドアの外に立っていたルーカスは気まずそうな顔で扉をしめようとする。

 

その言葉で漸く、自分の状態を理解したアリーシャは一瞬で顔を真っ赤にするとハリケーンスタイルも凌ぐ勢いで後退する。

 

「ち、違います! こ、これはただ彼が大丈夫なのか心配だっただけで!」

 

「そうなのか? この三日間、殆ど付きっきりだったから俺はてっきり、そういう関係なのかと……」

 

「違います!」

 

弄るような口調のルーカスに顔を赤くしなが全力で否定するアリーシャ。どう見ても、からかわれているのだが、流石に不憫に思った晴人がルーカスへと声をかける。

 

「オイオイ、あまりウチの姫様をイジメないでくれよ」

 

その言葉にルーカスは悪戯がばれた子供のような表情を浮かべる。

 

「お? そりゃ悪かったな。しかし、魔法使い殿も勿体無い、折角、健気な女がつきっきりで看病してくれてたってのに、一向に目覚めなかったんだからな」

 

「ル、ルーカス殿!? 何を言って!?」

 

「なるほど、そりゃ確かに役得だったのに勿体無いな」

 

「ハ、ハルトもからかわないでくれ!」

 

悪ノリを始める二人に焦るアリーシャ。流石にからかい過ぎかと思った晴人は冗談も程々に、現状がどうなっているのかアリーシャ達に問いかける。

 

「悪い悪い……冗談だよ。それで、できればあれから何があったのか聞きたいんだけど?」

 

「あっ……そうだな。まず、君が倒れた後のことなんだが……」

 

晴人の問いかけに応え、アリーシャは今までの出来事を説明し始めた。

 

アリーシャの説明によるとドラゴンの言った通り憑魔達は浄化され兵士達は無事に救出されたとのことだ。

 

その後は、憑魔の存在を知ったランドンの協力もあり、ローランスとの交戦を控えるハイランド軍はグレイブガンド盆地の戦線を前進させた状態で警戒・防衛の状態を維持しているらしい。

 

紆余曲折はあったものの、戦場で指揮を執るランドンの強力を得られたのは、結果的には不幸中の幸いだったな晴人は思う。

 

そして、ランドンが率いる部隊の一部はアリーシャ達や負傷者を連れ一時的にグレイブガンド盆地に一番近い町であるマーリンドへと撤退しているとのことだ。

 

マーリンドの住人は既に退避しているため、宿『ウォンティガ』などの家屋を勝手に借りてしまうことになってはいるが、負傷者に安静にできる場所が必要な為、いた仕方ないだろう。

 

「なるほどね……サンキューな。大体の状況はわかったよ」

 

「構わないよ。それでハルト……起きて早々で申し訳ないんだが……」

 

「ん? なに?」

 

「今日の夜、ランドン師団長達ともう一度事態の整理と今後について話し合う事になっているんだ。師団長は関係者である君にも同席して欲しいと言っているんだが……」

 

当初のアリーシャの目的を果たしてくれた晴人をこれ以上、自分の都合に付き合わせるのは申し訳ないと思ったのだろう。アリーシャの表情は暗い。

 

だが、晴人は微笑むと気を悪くした様子を微塵も見せずに彼女の頼みを受け入れた。

 

「オイオイ……ここまで来て仲間外れは無しだぜアリーシャ。勿論、参加させてもらうさ」

 

その言葉にアリーシャの表情が花が咲いたように明るくなる。申し訳無さもある反面、晴人が協力してくれるのは彼女としても心強いのだろう。

 

「そんじゃ、取り敢えず話はここまでにしておくか。夜まで、時間もあるし、俺はメシを食ったら少し出歩いてくるよ」

 

「起きたばかりだろ? 大丈夫なのか?」

 

「3日も寝てたんだ、寧ろ体を動かしたいくらいだ」

 

そう言ってベッドから起き上がった晴人は出口に向けて歩き出した。

 

 

 

__________________________________

 

 

「凄いな、改めて異世界に来たと実感するな」

 

日が暮れかけ、夕暮れに照らされたマーリンドの広場でそこに佇む大樹を見ながら、元の世界と異なる街並みに晴人は率直な意見を漏らした。

 

「魔法使いの国や戦極時代に比べると典型的なファンタジーの世界って感じだよな」

 

マーリンドの大樹を見て戦極時代のGOSHINBOKUを思い出した晴人は、自分が行ったことのある異世界がかなり色物だったと感じる。

 

もっとも、先程まで町を散歩する中で出会ったマーリンドの守護天族ロハンと共にいた京言葉を使う謎の小さい生物も大概色物の様な気もしたが……。

 

「『ノルミン族』の『アタック』とか言ってたか? 不思議なのがいるもんだ」

 

 

そんな事を考えていると晴人の背後から声がかけられる。

 

「ハルト、ここにいたのか」

 

「アリーシャ? どうかしたのか?」

 

そこには宿にいるはずのアリーシャが立っていた。

 

「会議の前に少し君と話しておきたいと思ってね」

 

「俺と?」

 

「あぁ、まずは感謝を……君のお陰でスレイを救う事ができた。本当にありがとう」

 

夕日に照らされながら笑顔で感謝の言葉を口にするアリーシャ。出会った頃の憂い顔とは真逆のその表情に、晴人は改めて、彼女には笑顔の方が似合っていると思わされた。

 

「どういたしまして。……と言いたいとこだけど俺としてはまだ終わりにする訳にはいかないんだよな」

 

「え?」

 

その言葉が予想外だったのか、アリーシャは目を丸くする。

 

「さっき言ったろ? ここまで来て仲間外れは無しだってな。それにヘルダルフの奴のやった事を見て黙ってられるなら俺は魔法使いになっちゃいない」

 

「……ハルト」

 

真剣な眼差しでそう告げる晴人。普段の軽い調子は、なりを潜め、戦場で引き起こされた悲劇を繰り返させないという強い意志を秘めた晴人の雰囲気にアリーシャは息を飲む。

 

「だからさ、アリーシャさえ良ければ、まだ暫くは協力させて欲しいんだ。これでも魔法使いだ、一緒にいればそれなりには役に立つと思うぜ? 」

 

少しばかり軽い調子に戻して晴人はアリーシャへ今後の協力を願い出る。

 

「いいのか? まだ君を頼っても?」

 

「あぁ、それにアリーシャが憑魔を相手にしていくつもりなら、俺から定期的に魔力を供給する必要もある。俺は俺で、この大陸の事をよく知らないから、アリーシャと一緒の方が動き易い。ほら、お互い都合もいいだろ?」

 

「フフ……そうかもしれないな」

 

戯けた態度をとる晴人にアリーシャは小さく笑いを零す。

 

 

「で、どうする? それとも迷子の魔法使いは頼りないかな?」

 

その言葉をアリーシャは首を横に振り否定する。

 

「いや、そんな事はない。頼もしいよハルト」

 

それは晴人の提案を受け入れる言葉だった。

 

そして、そう言ったきり二人は何も言わず無言のまま暫く、大樹を見つめていた。

 

しかし、そんな沈黙を晴人が破った。

 

「……聞かないのか?」

 

「……え?」

 

「ドラゴンの事……気になってるんだろ?」

 

図星だったのか、その言葉にアリーシャは目を見開く。

 

「ま、あんなの呼び出したらそりゃ気になるよな……」

 

どう話したものかと晴人はガリガリと頭を掻く。

 

だが、アリーシャの返答は晴人の予想とは異なっていた。

 

 

「気にならないと言えば嘘になるよ。けど、今は話さなくても構わない」

 

「え?」

 

「君の過去に何があったのか私は全く知らない……けど、戦場であのドラゴンを見て君が『魔法使い』に至る経緯で何かがあったということは私にもわかった」 

 

ヘルダルフが語った晴人の中に潜む『絶望』。そして晴人が呼び出した『ドラゴン』。アリーシャはその二つが『魔法使い』に関係しているのだと思っている。

 

けど……

 

「軽々しく話せるようなことじゃないなら無理に聞くつもりはないよ。例え、君の過去を知らなくても君が私を救ってくれた恩人であることは変わらない」

 

だからこそ……

 

「ハルトがどんな過去を背負っていたとしても私は君を信じるよ。君は私の『最後の希望』だから……」

 

そう言って微笑んだアリーシャに晴人は一瞬だけ呆気に取られる。

 

彼としても、まさかドラゴンを見て質問攻めにされないとは思っていなかった。

 

「恩人に辛いことを問い詰めるような真似はしたくない。だから、もしハルトがあのドラゴンや魔法使いの事を話しても構わない日が来たらその時は君の口から真実を教えて欲しい……」

 

側から見れば怪物を操る様にしか見えなかったであろうウィザードの戦いを見てもアリーシャは晴人の心を案じ、彼を信じると断言した。

 

その言葉に晴人は純粋な笑みを零す。

 

「そっか……ありがとうな…アリーシャ」

 

様々な意味を込めて感謝の言葉を告げる晴人。そして、それっきり二人は再び黙りこんでしまう。

 

 

「……日も暮れてきたな。遅れたら師団長殿にどやされそうだし、そろそろ戻るか」

 

「そうだな。会議に遅れる訳にもいかない」

 

日が沈み辺りが暗闇に包まれ始めたのを見て晴人は宿に戻る事を提案しアリーシャもそれに同意して2人は宿へ向け歩き出す。

 

 

「改めて宜しくなアリーシャ」

 

「あぁ……宜しく頼むよハルト」

 

 

 

希望の魔法使いと夢を追うお姫様。

 

まるで異なる立場と道を歩んできた二人。

 

それでも、今二人は同じ目的の為に同じ道を歩み始める。

 

道はひとつではない、けれど……きっと何処かで繋がっている。

 

 

 




というわけでインフィニティー詐欺でした。期待した方にはごめんなさい(土下座)
まぁ、熱い展開で終盤で復活できるよう頑張るので多めにみてください。閃光の中でインフィニティーが何をしたのかは読者の想像に任せます(ディケイド並みのぶん投げ)

以下、先日テイフェスに言った友人との雑談ネタ

友「テイルズ、新作出るってさ」

フジ「良かったな。20回目の誕生日でシリーズ打ち切りとかいうタイムベントが必要になる展開じゃなくて」

友「消えちゃうよ。20回目の誕生日になったら、消えちゃうよ……」

フジ「や め ろ」

友「あと、2016年にゼスティリアアニメ化だってさ」

フジ「私聞いてない……」(所長並みの感想)

友「ぶっちゃけどうなると思う」

フジ「神改変しないと爆死すると思う」ウンメイノー

友「だよな!」(スレイさん並みの感想)





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11話 決意と会議と再出発 後篇

ゼスティリアを知らない人の為の簡単な世界観説明会part①+今後の方針についての説明回。

書いてる内にランドンが木崎さんみたいなポジションになり始めてる気がする……

では、どうぞ!


「待たせてしまっただろうか? 申し訳ない」

 

日が沈み、月が昇った時間帯。

広場での話を終え、マーリンドの宿『ウォンティガ』の客室へ戻ったアリーシャと晴人。そこには、ランドンとルーカスが待っていた。

 

アリーシャは会議に遅れたと思い謝罪の言葉を口にするが、ランドンは首を横に振る。

 

「一々、謝罪などしなくても結構だアリーシャ姫。会議なら今から始める所だ問題無い……では、まずは、参加する人選についてなのだが……」

 

会議を仕切るランドンは部屋を見渡しながら言葉を続ける。

 

「戦場で起きた『憑魔』による混乱についての真相を知るアリーシャ殿下と『憑魔』に対抗する力を持つ、『魔法使い』ソーマ・ハルト……」

 

アリーシャと晴人へと視線を向けたランドンは次にルーカスへと視線を移す。

 

「そして、ハイランド軍の協力者である『木立の傭兵団』のリーダー、ルーカス。 この会議は無用な混乱を防ぐ為に、私を含め、『憑魔』とやらの存在を見た者に数を絞り行うことにする」

 

未だ、戦場で起きた異常事態に対して半信半疑な兵士達を混えると、話し合いが進まなくなるだろうと配慮したランドンは、憑魔を知覚し、その存在を理解した面子での話し合いの場を設けた。

 

「ん? じゃあ、そこの人はどちらさんなんだ?」

 

ランドンの言葉通りなら、この会議は4名で行う筈だ。だが、晴人は部屋の隅にもう1人の人間がいる事に気付き、ランドンへと問いかける。

 

部屋の隅には、ハイランド軍とは対照的な白銀と赤を基調とした鎧を纏う男がいた。恐らくは、一般の兵士より位が上なのだろう。纏った鎧は、軽装の一般兵よりも、しっかりしたもので、右肩には羽を模した大きな装飾がなされている。

 

「! 貴女は!」

 

その男はアリーシャの姿を見つけると歩み寄り、まるで感謝の意を伝えるように頭をさげる。その唐突な行動にアリーシャは困惑した。

 

それもその筈、アリーシャへ頭をさげた人物はハイランド軍の人間ではなくローランス軍の人間だったのだ。本来敵側である筈の人間にいきなり感謝されると思っていなかったアリーシャは当然、呆気に取られる。

 

「突然、ご無礼を……ですが、本来敵である筈の私の命を救ってくれた貴女にどうしても、直接、お礼を言いたかった」

 

頭を下げた男は、敵意を微塵も見せることなくアリーシャへ礼儀正しく感謝の言葉を告げる。

 

そんな男の言葉を聞きアリーシャは何かに気づいたようにハッとした表情をする。

 

「貴方は……グレイブガント盆地での戦いの時の……」

 

「はい、貴女に正気を失った兵から助けていただいた者です」

 

晴人がランドンと戦っていた時に憑魔に襲われていた兵士をアリーシャは守った。そして、その中には何名かのローランス兵がいた事をアリーシャは思い出す。

 

「いえ……あの時はただ、必死で……」

 

感謝の言葉を告げる男に対して、アリーシャはしどろもどろになりながら返答する。あの時は、憑魔により混乱した戦場で、一人でも多くの命を救いたいと必死で行動したが、まさか本来、敵であるローランスの兵士から感謝を伝えられるとは考えておらず、どう返したら良いかわからないのだ。

 

そんな二人のやりとりを見ながらランドンはローランス軍の兵士について説明する。

 

「その男はローランス軍の『白皇騎士団』の団員だ。アリーシャ姫に助けられたこともあり、捕虜の中で比較的に友好な態度だった事からこの会議に連れてきた。『憑魔』や『天族』とやらについても、ある程度の説明はしている」

 

「信じてくれたのか? かなり突拍子もない話だろ?」

 

「ローランスの皇都『ペンドラゴ』は、ローランス教会の総本山と聞く。ハイランド同様、天族への理解と信仰は殆ど失われているらしいが、あの男が所属する騎士団の団長は両国の関係改善を訴え、一方で天族の信仰にも理解のある男だそうだ。その影響もあるのだろう」

 

憑魔という、目に見えない存在を説明された所でいきなり信じられるものかという晴人の問いかけにランドンは説明を交えながら答えていく。

 

 

「未だ、半信半疑ではあるが戦場で起きた事が異常だったのは私達も理解している。それに、あの男も私もお前やアリーシャ姫が、妙な力を使って戦う姿を見ているのだ。そして、その力で救われた以上は安易に全てを否定することもできんだろう」

 

「そっか……。ま、アンタ達やローランス側にも話がわかってくれる奴がいるってだけでも朗報だよな」

 

この数日でアリーシャから伝えられた『憑魔』や『天族』についての情報に関して、ランドンはまだ全てを信じている訳ではないのだろう。だがそれでも実際にその目で、見て、感じたことから目を逸らす程、彼は臆病でも愚かでもなかった。

 

今はそれでいいと晴人は思う。目に見えない『憑魔』に対して、一定の理解をしてくれる人間がいるだけでも十分な進展だ。

 

「取り敢えず、その人の事情はわかったよ。けど、なんでこの人を会議に参加させるんだ? 師団長さん。 アリーシャに礼を言ってもらう為だけって訳じゃないんだろ?」

 

 

そんな中、晴人はランドンがなぜこの会議にローランス軍の人間を参加させたのかその真意を問いかけた。

 

「当然だろう。この男を参加させたのは、捕虜にしたローランス兵から得た情報の中に気になるものがあったからだ」

 

「気になる情報?」

 

「あぁ…今回のグレイブガント盆地での戦いは導師の力を利用した一斉攻勢だった事は知っているな?」

 

「あぁ、バルトロとかいう大臣様がアリーシャを人質にしてスレイ達の力を利用しようとしたんだよな」

 

「そうだ、そして本来なら導師の戦場への配置を終え準備が出来た状態となる正午に一斉攻勢をかける手筈となっていた。だが……」

 

その言葉にアリーシャと晴人は、開戦に間に合わなかった事を思い出す。

 

「開戦の時刻が早まり、私達は間に合わなかった……」

 

「そうだ。前線にいた兵士によると、いつの間にかハイランド陣営内に現れたローランス軍が攻撃を仕掛けてきたことが原因だという事なのだが、これが少し妙でな……」

 

「妙とは?」

 

アリーシャの問いかけを受けたランドンは視線をローランス兵へと向ける。そして、視線を受けたローランス兵の男が口を開いた。

 

「開戦の直前、私は最前線で一部隊を率いて警戒してました。その時、突如、ローランス陣営内に、まるで幻のように現れたハイランド軍に奇襲を受けたのです。それで止む無く反撃に転じたのですが……」

 

その言葉にルーカスが驚きの声をあげた。

 

「はぁ? なんだそりゃ? 話が完全に食い違ってるじゃねぇか。適当な事をいってるだけじゃ「嘘ではありません!」」

 

ローランス兵の言葉にルーカスは疑いの眼差しを向けるが、男はそれを強く否定した。その瞳は真剣そのもので、いい加減な事を言っているようには見えない。

 

「……」

 

その男の態度に晴人は何かを考え込むような仕草を見せる。それに気付いたアリーシャは晴人にどうしたのか問いかける。

 

「どうしたんだハルト?」

 

「少し気になることがあってさ……アリーシャはあの男の言う事をどう思う?」

 

「……正直、嘘を言っているようには見えない。だが、話が食い違っている以上どちらかの証言が間違っているということに……」

 

「いや、案外そうでもないかもしれないぜ」

 

その晴人の言葉に部屋にいる者達の視線が彼に集まった。

 

「ハルト、それはどういう……」

 

その言葉の意味を問いかけるアリーシャに晴人は返答する。

 

「アリーシャが人質に取られて、スレイは初めて戦争に参加したんだろ? そしてそこに『災禍の顕主』が現れた……少しばかり、出来過ぎだと思わないか?」

 

「ッ! それは……」

 

「そして、俺たちが開戦よりも早く戦場に到着できるのを見越したように開戦が早まった。両軍ともが相手の軍の謎の部隊に奇襲を受けて……」

 

「まさか……『災禍の顕主』が戦争そのものに介入を!?」

 

両軍の大規模な激突が仕組まれたものかもしれない。その可能性に気付いたアリーシャは思わず声をあげた。

 

「それなりに頭は回るようだな。やはり、お前もそう考えたか……」

 

一方のランドンは冷静に晴人の意見を受け止める。

 

「これでも、回りくどい手で人を嵌める奴らと戦ってきたもんでね……ん? お前もって事は師団長さんもそう考えたのか?」

 

「あぁ、少なくとも、今までの小競り合いであの様な事態が起きる事はそうそう無かった。それが、導師が参加した戦いで、いきなり起これば疑いもするだろう」

 

そう言ったランドンの言葉に疑問を覚えた晴人はランドンへと問いかける。

 

「そうそう無かったって事は過去にも今回と似たような事があったのか?」

 

「あぁ、憑魔とやらが関わっている確証は無いが、十数年前の両軍の大規模な、激突の際に似たような事が起きたという証言がある。当時は与太話と鼻で笑ったが、今回の事を考えれば、その『災禍の顕主』とやらが現れた可能性があるかもしれん……まぁ、今はその件については置いておく。問題は……」

 

「今後、両軍が大規模な激突をしようとすれば、そこに再び『災禍の顕主』が何かしらの形で介入してくるかもしれないってことだな」

 

その言葉に部屋の空気が重くなった。仕方ないだろう、大勢の兵士が怪物となり、正気を失い殺しあう光景を見たのだ。それが再び繰り返されると聞いて明るくなれるはずがない。

 

「導師という戦力が失われたからには、バルトロ大臣も安易に攻勢には出ないだろう。だが、今回の戦いで勢いを得た以上、準備さえ整ってしまえば……」

 

 

「もう一度大規模な一斉攻勢に出る。それを迎え討つローランスも全力で反撃するだろうな。そうなったらヤバイぜ」

 

憑魔という存在が絡んでくる以上、もはやこの戦いは単純な勝ち負けの二元論では語れない。戦いを初めてしまった時点で人間の負けのようなものだ。

 

「なぁ、確かハルトはこの前の戦いで大量の憑魔を何とかしたんだよな? その力は使えないのか?」

 

アリーシャから話を聞いたのだろう、ルーカスは先日の戦いで晴人が行った大規模な浄化について、可能なのか問いかける。

 

だが、晴人は首を横にふった。

 

「……いや、期待に応えられるなくて、悪いけど、あの力は今は使えなくなってる。もう一度、同じ状況になったら今度こそどうにもならない」

 

「そうか……ま、そう都合良くもいかないよな」

 

申し訳なさそうに答える晴人だが、ルーカスは気にした様子も無く、その話を打ち切った。

 

そこに、アリーシャが口を開いた。

 

「それなら、バルトロ大臣に直接、憑魔の事を説明するのは? ハルトが私に与えてくれた力を使えば、ランドン師団長やルーカス殿の様に、協力してくれるかもしれ「それは難しいだろう」…な、なぜですか!?」

 

 

ランドン達と同様にアリーシャが触れる事で憑魔を知覚できる特性を利用すれば、バルトロも協力してくれるのでは無いか。そんな考えを述べたアリーシャの言葉はランドンにより否定された。

 

「その理由は俺も気になるな。俺はこの大陸や国の情勢について詳しくないし」

 

一方の晴人もランドンの言葉の意味を問う。

 

「フン……ならば丁度いいか。まず、お前に現在のハイランドについて簡単に説明するぞ」

 

今後の話に必要と判断したのかランドンは晴人に対して国の成り立ちから説明を始めた。

 

「元々、ハイランドとローランスは1300年前に大陸を統一していたアスガード王家が分裂してできた国だ。ローランスが成立したのは600年前の『マオテラスの時代』で、その後に再興したハイランド王家によりハイランド王国が成立している。以降、武力衝突は繰り返され、グレイブガント盆地は度々戦場となった」

 

「ライラ様が言うには200年前が『デス・エイジ』と呼ばれる時代の始まりだったそうだ。それらの災厄は嘗ての導師により鎮められたらしい。何故か理由はわからないが導師の存在は公式の語録からは消滅しているが……」

 

ランドンが国の成り立ちを説明し、それに合わせ、アリーシャが天族から得た『憑魔』関連の補足をしていく。

 

歴史の授業みたいで懐かしいなと頭の隅で考えながらも、今後に必要な事ということで、晴人はその説明に耳を傾ける。

 

「そして、約20年程前から大陸の気候の激変により両国共に政情が悪化し、それに伴い、2国間の関係性も悪化、紛争が頻発している。これがこの大陸の現状だ」

 

ランドンは一度話を区切ると次にハイランドの説明を始める。

 

「そして、我がハイランドについてだが、現国王は幼く、実質的にはバルトロ内務大臣を始めとする『官僚派』が政治の実権を握っている」

 

「なるほどね。けどなんでバルトロの協力を得るのは難しいんだ?」

 

「アリーシャ姫の立場の問題だ」

 

「アリーシャの?」

 

ハイランドの内情が把握できていない晴人は疑問の声をもらす。

 

「バルトロ大臣は、ローランスとの戦争に意欲的な立場の人間だ。対して、アリーシャ姫は、王位継承権は最下位だが、それでも王族の人間であり、今までも『官僚派』とは逆に国民への負担を強いる戦争への反対やローランスとの関係改善を訴えてきた」

 

「現国王を傀儡に政治の実権を握っているバルトロ達にとって王家の人間でありながら戦争に反対するアリーシャは目の上のタンコブ……嫌がらせで済ませられない、今迄のアリーシャへの仕打ちもそれが原因って訳か……ハァ、どうにも俺が出会う大臣ってのは碌な奴がいないな」

 

一人の人間が抱える苦悩と絶望、それを利用し嘲笑い、喜劇と評す、嘗て倒した悪の魔法使いを思い出した晴人は思わず顔を顰める。

 

「そうだ。だからこそ難しいのだ。もしアリーシャ姫の主張を認めれば、ローランスとの戦争に積極的だった『官僚派』は今までの方針が間違っていたと認める事になる。それをきっかけにアリーシャ姫を中心とした『王政派』の主張が勢いを取り戻すかもしれん。そうなれば自身の立場を脅かされるかもしれないとバルトロ大臣は考えるだろう」

 

「そんなっ! 私は権力争い(そんなこと)がしたい訳では!」

 

ランドンの言葉にアリーシャは思わず声を荒げる。バルトロのやり方に対してはアリーシャは確かに否定的な立場を取っているが、彼の政治家としての手腕は理解しているし、彼の排斥を目論んでいる訳ではないのだ。

 

 

「それはわかっている。だが、忘れた訳では無いだろう? マーリンドへと向かう前に、城に呼ばれた導師がバルトロ大臣への協力を断った結果どうなったのか」

 

「それは……」

 

城内で襲い掛かってきた兵士に対して神衣を使用したスレイの姿にバルトロは恐怖していた。兵士の大群をあっさりと蹴散らした導師の力をバルトロは恐れていたのだろう。だからこそ、アリーシャを人質にとる事で、スレイの力を手中に収めようとしたのだ。

 

「もし、アリーシャ姫が導師と同様の力を手に入れたと知ればバルトロ大臣は確実に姫を排除しようとするだろう。少なくとも大臣にとっては、真偽が定かては無い『憑魔』という存在よりも特別な力を手に入れた姫の方がよっぽど自分の地位を脅かす脅威に見えるだろう。先日の戦場で戦果をあげる為に命令を聞かない導師の存在を疎ましく思い、挙句には穢れに飲まれた私の様にな……」

 

 

 

それは、今まで憑魔という存在を知らず、人間社会での権力争いを見てきたランドンだからこその意見なのだろう。だからこそ、ランドンは憑魔の視える人間と視えない人間の考え方の根本的なズレを理解し、指摘した。

 

「私が『憑魔』についての、姫の話を信じたのは、あの戦場を直接視たからだ。兵達が正気を失い暴れる様を見ていない大臣が、『憑魔』の事を聞いた所で、信じてもらえるかは厳しいだろう……。例え、姫の力で『憑魔』を視せたとしても、下手をすれば姫が妖しげな力で何かしたと言い掛かりを受ける可能性すらある」

 

「オイオイ……なら、どうすんだよ?」

 

「それは……」

 

ランドンの言葉に対して、ルーカスは思わず声を上げるがランドンは、その問いかけに答える事が出来ない。彼もまた明確な答えを持ち合わせている訳では無いのだ。

 

ランドンはハイランド王国騎士団の中では戦場の指揮を任さられる程の地位にいるが、官僚派に意見を変えるまでの力は持っていない。どうしたものかとアリーシャ達が考え込む中、その空気を破るように晴人が口を開いた。

 

「なぁ、バルトロの説得が難しいならローランスの方はどうなんだ?」

 

唐突に話の方向を変えた晴人はローランスの兵士へと問いかける。

 

「どうなんだ……というと?」

 

ローランスの騎士は晴人の言葉の意味がよくわからないのか、その意味を問う。

 

「いや、師団長さんが言うにはアンタが所属してる『白皇騎士団』の団長さんは、天族の信仰に理解がある奴なんだよな? なら、ならローランスのお偉いさんの中にも『天族』や『憑魔』に理解のありそうな奴はいないのかなって思ってさ。もしかしたら、戦争を止めるのに連携できるかもしれないし」

 

そんな晴人の問いを受けた騎士は、どこか微妙な表情で応え始めた。

 

「……現皇帝のライト様は、王族の中でも天族信仰に理解のある方です。身分の低い者にも別け隔てなく接する方で将来は素晴らしい王になると期待されています」

 

「マジか! それなら……って『将来は』?」

 

素人なりに出した意見で少しの光明が見えたと晴人は喜ぼうとするが、騎士の言葉に引っかかりを覚える。

 

「はい……ローランス王家は前皇帝であるドラン様を始めとしてご子息の長男であるレオン様と次男のコナン様が亡くなっており、ライト様は幼くして即位したので……」

 

「えぇっと、その子は今、何歳位の……」

 

「……今年で11になられます」

 

「……マジで?」

 

まさか、ローランス側の皇帝も、そんな幼い子供だとは予想していなかった晴人は思わず間の抜けた声をもらす。

 

「マジだ。ローランス王家の血生臭い御家騒動は結構、有名だぜ? なんせ、正室であるローランス王妃の息子が二人が立て続けに死んだからな、側室の子供であるライト皇子は王妃一派に疎まれてるってのもよく聞く噂だな」

 

傭兵という立場上、様々な噂に詳しいルーカスが晴人の問いに答える。

 

「あー、って事はもしかして、その王妃様がバルトロみたいに実権を握っているとか?」

 

ローランスが抱えている実状を聞かされた晴人は、ローランスの実権を握っているのもバルトロと同じ類の人間なのかと考え、内心、溜息を漏らした。しかし、騎士は首を横に振るとそれを否定する。

 

「いえ、確かに現状でローランスの実権を握っているのはライト皇子ではありませんが、それは王妃ではありません」

 

「ん? じゃあ誰が実権を握ってるんだ?」

 

「……ローランス教会の枢機卿、『リュネット・フォートン』……彼女が現在、皇子の補佐を行っており、帝国の実質的なトップです」

 

「教会の?」

 

国の実質的なトップが教会の人間と聞かされたアリーシャは少しばかり驚いた表情を浮かべた。ハイランドの官僚派にもハイランド教会のトップであるナタエル大司教が属しているが、立場としてはバルトロの下の人間であり、トップとまではいかない、ましてや、女性の身でそんな重責を伴う地位にいるという人物にアリーシャは内心、興味を持った。

 

「はい、フォートン枢機卿は元々、教会の内務や財政の再建で功績を残しローランス教会のトップである『マシドラ教皇』に次ぐ地位まで上り詰めた方です」

 

「お、それならイケそうじゃん。教会のトップってことは『天族』や『憑魔』にもある程度は理解を示してくれそうだし」

 

表情を明るくするがそれに反比例するように騎士の表情は曇る。

 

「確かに、枢機卿は、しっかりとした信仰心を持っているかもしれませんが……」

 

言葉を濁した騎士に晴人達は疑問を覚える。

 

「え? 何かマズイのか?」

 

「……明確な証拠がある訳ではないのですが、フォートン枢機卿には幾つか怪しい点が……」

 

「怪しい点とは……?」

 

「……一年前、ライト様の補佐を務めていた『マシドラ教皇』が突如、失踪しました。ローランスの為に尽力し王家や騎士団からの信頼も厚い教皇が何の言伝もなく姿を消したのです」

 

「……それに枢機卿が関わっているかもしれないと?」

 

「はい……そしてそれこそが、私がこの場で貴方達にローランスの情報を提供している理由のひとつでもあります。戦場の混乱を鎮めた特別な力を持つ貴方達の力をお貸し願いたいのです」

 

そう言った騎士はアリーシャと晴人に視線を向ける。

 

「ハルトと私の力を? 」

 

「……憑魔絡みの話ってことか?」

 

「確証はありません。ですが、我々には理解出来ない人知を超えた力が関わっている事は間違い無いかと……」

 

「と言うと……?」

 

「『マシドラ教皇』の失踪と同時期の事です……ローランスの皇都『ペンドラゴ』の一帯に大雨が降りました。それ自体は珍しい事ではありません。ローランスは元々、厳しい風土の土地ですから……ですが、その長雨は一度も止むことなく、既に1年も降り続いているのです……」

 

「ッ!……それは!」

 

「確かに普通じゃないよな……」

 

異常気象で済ませられないレベルの長雨。しかも、それが教皇の失踪と同時期に始まったと聞き晴人とアリーシャは枢機卿への疑惑を強めた。

 

「長雨による作物の不作で国民の不安は強まりました……そんな時です。枢機卿が人知を超えた力を振るい様々な奇跡を起こし始めたのは……」

 

得体の知れない不安を抱えた民の前に奇跡を起こす存在が現ればどうなるか答えは決まっている。

 

「人々はそれを見て枢機卿を支持し教会に縋るようになりました。そして教会の内外から支持を得た枢機卿はマシドラ教皇の後を継ぎ、ライト皇子の補佐を務め、実質的なローランスのトップとなったのです」

 

その言葉を聞いたアリーシャは深刻な表情で自身の意見を告げる。

 

「……それらの出来事に枢機卿がどれだけ関わっているのかは、まだわからないが、確かに、様々な出来事が重なり過ぎている以上、裏に何かあるのかもしれない……」

 

「特別な力か、もしかすると、その枢機卿ってのは憑魔か、あるいは導師なのかもしれないぜ。それに、止まない雨ってのも気になるな。何か特別な力が関係してるのはら確実だしな」

 

ローランスの裏側で何かが起きていることをアリーシャと晴人は確信する。そんな2人の言葉を聞いて騎士は再び頭を深々と下げ2人の力を貸して欲しいと願い出た。

 

「敵国である我々がこのような事を頼むなど都合が良すぎると思われるかもしれません! ですが、どうかあなた方の力を貸して頂けないでしょうか! 勿論、皇子への謁見に関しては、此方で可能な限り協力させていただきます!」

 

「あぁ! 私の力で良ければ……」

 

そう言った騎士の熱意に押され、アリーシャは、すぐ様その願いを聞き入れようとする。しかし、その声はランドンにより遮られた。

 

「姫、優しいのは結構ですが、あまり安請け合いはしないことです」

 

「え?」

 

バッサリと切り捨てるようなランドンの言い分にアリーシャは思わず固まる。

 

「冷静に考えていただきたい。先の戦いの影響で現在の2国間は緊張状態です。大っぴらにハイランド側の人間として、ローランスへ行く事は難しいでしょう。となれば、身分を偽り、非公式にローランスへ進入するしかない。ですが、交渉が上手く行かなければ最悪、捕らえられ処刑される可能性すらある。あまりに危険です」

 

「……それは」

 

現実的なランドンの意見にアリーシャは思わず言葉が詰まってしまう。

 

彼の言うように、ペンドラゴを目指すのが簡単な事では無いのはアリーシャにも理解できる。成功する保証など何処にもないし下手をすれば命を失いかねない。

 

ネガティヴで現実的な考えが頭をよぎりアリーシャは俯いてしまう。

 

そんな彼女を晴人は何も言わず見つめ続ける。

 

そして、少しの間を空けて、顔を上げたアリーシャはゆっくりと口を開く。

 

 

「私は……」

 

 

 

その言葉に迷いは無い……

 

 

 

「僅かでも可能性があるなら、それに賭けてみたい! どれだけ困難でも希望は捨てない!」

 

 

そうして、迷いなくハッキリと言い切ったアリーシャを見て晴人は静かに微笑むと、その言葉に続くように口を開く。

 

 

「決まりだな。次の、俺達の目的地はローランス帝国の皇都『ペンドラゴ』だ」

 

 

彼もまた迷いなくアリーシャに同行する意の言葉を言い放つ。アリーシャへの協力は晴人からすれば先程の広場で改めて誓ったばかりの事だ。彼女に同行する事に異論は無い。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

2人の、その言葉を受け、ローランスの騎士は喜びの表情を浮かべた。

 

一方のランドンは神妙な顔つきのまま言葉を紡ぐ。

 

 

「……希望的観測通りにはいかんぞ?」

 

「知ってるよ。希望は縋り付く為の物じゃない。だからこそ、いつだって、自分に出来ることを全力でやるしかないんだ。信じた希望を掴む為に……」

 

だから、操真晴人のやる事は何一つ変わらない……

 

 

 

「……危険な真似を無理強いしたくなかったのだが、余計なお世話だったようだな」

 

2人の言葉を聞いたランドンは観念したように声を零した。

 

「……師団長、では貴方も?」

 

その言葉にアリーシャはランドンもまた、自分達と同じ事を考えていたことを察した。

 

「姫の得た力を活かすには確かにローランス側の説得に向かう方が上策だろう。ハイランドにいれば大臣の監視が付く上に、マーリンドの時のような嫌がらせを受けて、蚊帳の外で身動きを取れなくされる可能性が高い……」

 

バルトロ達が、今までアリーシャにしてきた仕打ちを知っているランドンもまた、現状のハイランドにいてもアリーシャの得た力を活かせない事を理解していた。

 

「それに、触れる事で天族を知覚させる力を得て、尚且つ、王族という立場を持つ姫ならば、少なくともライト皇子に和平を目的とした交渉を行う為の最低限の条件は満たせている。加えて、ローランス国内には導師と天族もいるのだろう? 合流出来れば、和平交渉にもプラスになる筈だ」

 

 

アリーシャの力を使えば天族の言葉を皇子達に聞かせる事もできる。他ならぬ不可視の存在であった天族の口から『憑魔』についての警告聞けば信憑性も少しは高まるだろうというのがランドンの考えだ。

 

 

「だが、枢機卿の件と言い不確定な部分も多い。間違いなく危険を伴う。かなりの重責だ、本当に宜しいのか? アリーシャ姫」

 

最終確認の意味を込めてランドンはアリーシャに問う。

 

「はい、両国の和平の為に私に出来ることがあるのなら、どんなことでも行う覚悟です」

 

ランドンから視線を逸らさず返答したアリーシャの言葉を聞き、ランドンは瞳を閉じる。

 

「ならば、大臣の目を誤魔化す役は私が引き受けよう。明日、マーリンドを発ちレディレイクへ戻るぞ。少しばかり手間だが、まずは姫が脱走した件を誤魔化す必要があるからな。ローランスへ向かうのはその後だ。詳しくはレディレイクへ戻ってからだ」

 

アリーシャとハルトをローランスに送り飲む為に、何かしら考えがあるのか、ランドンは一度、レディ・レイクへ戻る事を告げる。

 

「了解。でもいいのか? バレたらアンタの立場が危ういだろ?」

 

晴人は協力してくれるというランドン自身が大丈夫なのかと問う。

 

その問いにランドンは顰めっ面で返答する。

 

「大丈夫な筈が無いだろう。大臣にバレたら確実に私は処断されるだろうさ。だがな……だからと言ってこのままで良いと思っている訳でも無い。今更、掌を返して、都合良く、天族を信仰する気などないが、先日の戦場を見た上で、あの惨劇を繰り返す程、愚かな人間に私はなりたくない……それだけだ」

 

それが、今のランドンの『軍人として』ではなく『人として』の譲れないプライドなのだろう。

 

「ふっ……そうかい」

 

その言葉を聞いた晴人は、これ以上は野暮だと感じ、それ以上の事は言わなかった。

 

 

「さて、では今日はここまでにしておこう……明日の早朝、我々は一度レディレイクへ発つ。各自自室で休息をとれ」

 

 

その言葉と共に会議は終了し解散となった。

 

晴人達は休息の為、各自の部屋へと戻り、夜は更けていった。

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

そしてマーリンドでの会議から数日後、アリーシャ達は無事、レディレイクへと帰還したのだが……

 

 

 

 

 

 

「確かに私は、私に出来ることならなんでもやると言った……言ったのだが……」

 

 

自身の屋敷の一室で全身が映る程の大きな鏡の前に立ったアリーシャは、とても微妙そうな表情を浮かべていた。

 

「とても、お似合いですよ。アリーシャ様」

 

そんな、アリーシャの横に立ったメイド服を着た女性が満面の笑みでアリーシャに声をかける。

 

「すまない……やはりもう少し地味なものにしないか?」

 

どこか必死そうにアリーシャはメイド服を着た女性に語りかける。

 

「何を仰るんですかアリーシャ様! 貴方はディフダ家を継いだ者として、それに見合ったお召し物をするべきです!」

 

だが、メイド服の女性はアリーシャの頼みを一蹴する。

 

「だ、だが私はこれから長旅をするのだから「ダメです」……う」

 

メイド服の女性はアリーシャの細やかな抵抗を容赦なく叩き潰す。

 

その威圧感に怯むアリーシャ。その時、部屋の扉がノックされる。それに気づいたアリーシャは慌てて返事をした。

 

「あ! 待たせて済まない! 入っても大丈夫だ」

 

彼女の返事の後に扉が開かれ、アリーシャの見知った男性、操真晴人が部屋へと入ってくる。

 

入室した晴人はアリーシャの姿を見ると一瞬固まり、目をパチクリさせた。そんな彼の反応を見てアリーシャは思わず焦ってしまう。

 

 

「ど、どうしたんだハルト? この服はあまり着慣れていないのだが、どこかおかしいだろうか!?」

 

テンパるアリーシャ。そんな彼女の反応に晴人は思わず笑みをこぼす。

 

「いや、いつもの騎士服も似合ってるけど、そっちはそっちで似合ってるなと思ってさ」

 

調子を取り戻し気障ったらしい言葉を言い放つ晴人。そんな彼の言葉にアリーシャは戸惑いながらも、鏡へと再び視線を移す。

 

「身分を隠す以上、騎士服がダメなのはわかる……わかるが、何もこの服じゃなくてもいいだろう……」

 

 

普段の騎士服ではなく、胸元の大きく開いた白い服、深緑色のベスト、黒いレースのついた丈の短めの白いスカート、白の長手袋、黒のニーソックス、ベストと同色の羽飾りのついた白い大きな帽子、耳と首元には其々赤い宝石をあしらったイヤリングどペンダントという、普段の彼女とは真逆な印象を受ける服装。

 

 

鏡には典型的な貴族のお嬢様と言うような服装を纏ったアリーシャの姿が不満そうな表情と共に映されていた。

 




てなわけで、アフターエピソードネタを使っていくスタイル。テイルズといえば衣装ネタは鉄板ですしね。

アフターエピソードを思い出して心に負った傷を抉られたという方がいたらゴメンなさい

以下、最近の友人との雑談ネタ

友「アニメゼスティリアPVに登場した新キャラの衣装の模様と最新作のベルセリアのスクリーンショットに映ってる雪の国の旗の模様が一致したらしいな」

フジ「ま、まだベルセリアがゼスティリアの続編と決まったわけじゃないし」(震え声)

友「消えちゃうよ……20回目の誕生日に(ry」ウンメイノー

フジ「タイムベント探さなきゃ」(使命感)


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第2章 誓いの風
12話 恩師 前篇


【朗報】 漫画版ゼスティリア面白い
結構アレンジされていて面白いと耳にしていた所に、感想欄でも勧められたので買ってみたら良い感じだった。細かいフォローやテンポ重視の改変がされていて好評価です。

やっぱアリーシャ離脱前は良い感じだったなぁ……

今回も引き続き、会話回。早く話を進めたいのに人間サイドのキャラ描写をしないと今後に支障をきたすというdilemmaが終わらん模様

因みに原作では名無しだったアリーシャのメイドさんには、今作では勝手に名前をつけています。というかギャグ要員に魔改造されています。名前の元ネタはテイルズの過去作から引っ張ってきてたり……

ではどうぞ!


欝蒼と生い茂る巨大な木々がそびえ立つ広大な森林地帯。

 

時間は既に昼を大きく過ぎ、夕暮れ時を目前としている。

 

辺りに人の気配は無く、様々な動物達が動き回っている森の、その片隅にある洞窟の入り口から突如、人間の男女の声が響いた。

 

「漸く到着か……ジメジメした暗い場所は暫く遠慮したいもんだな」

 

「確かに……だが、計画通り、『ヴァーグラン森林』には到着した。これなら夜までには『ラストンベル』に到着できる」

 

「流石は師団長様だ。まさか、こんな道があるのを知っているなんてな」

 

言葉を交わしながら洞窟の中から二つの人影が現れる。エメラルドを思わせる緑色の仮面とアーマーを身につけた戦士と同じく緑を基調とした騎士を思わせる服を纏いエメラルドのような宝石の装飾が施された籠手と具足をした少女だ。

 

二人は洞窟の前を流れる川を越える。そして足元に緑色の魔方陣が展開され二人の姿が一瞬、光輝いたかと思うと、光の収まったその場には、赤いズボンと黒い上着を纏った茶髪の青年と、白と深緑を基調とした貴族のお嬢様のような服を着た少女が立っていた。

 

 

「しかし、この力には感謝しなくては。やはり戦う時は騎士の服の方が動き易い」

 

「魔力を分け与えてる俺が言うのもなんだけど、どういう仕組みなんだろうな? まぁ、スレイ達も神衣の時は姿を変えてたし、あんま深く考えない方がいいか……」

 

 

服装が変化する事に嬉しそうな反応を見せた少女、アリーシャに対して青年、操真晴人は、少し考え込むような仕草を見せるが、すぐにその考えを、何処かに投げやり、右手の指輪をバックルへと翳す。

 

【コネクト! プリーズ!】

 

鳴り響く音声と共に展開される赤い魔方陣。そこに手を突っ込み、愛車であるマシンウインガーを取り出した晴人はそれに跨る。

 

「洞窟の中と違って、この森は道も開けているし、バイクでいけるだろ。後ろに乗ってくれアリーシャ。疲れたし、日が沈む前に『ラストンベル』に着いて、宿で休もう」

 

「わかったよハルト。正直、私も少し疲れてしまった。この先の事を考えると、今日はしっかり休息を取りたいしね」

 

「まったくだ。厳しい道と聞いてたけど、あんだけ憑魔に出くわすなんて思わなかったぜ……。冠被ったコウモリやら、やたらと強いのもいるし……」

 

道中での出来事を思い出したのか、晴人は面倒そうな表情を浮かべる。そんな彼の態度に苦笑しつつアリーシャはバイクの後部シートに跨り、晴人に振り落とされないよう晴人に掴まる。

 

それを確認した晴人は、バイクのエンジンをかけ、目的地を目指し、愛車を走らせた。

 

風を切り、森林を駆け抜けていく二人。

そんな中、晴人は、レディレイクを出発した数日前の出来事をを思い返していた。

 

 

__________________________________

 

 

 

〜数日前〜

 

 

朝日に燦々と照らされた湖上の王都レディレイク。その上層に位置する貴族街の一角にある屋敷のテラスに操真晴人はいた。

 

「アリーシャ様……王宮に呼び出されたと聞きましたが、本当に大丈夫なのでしょうか……」

 

「 心配なのはわかるけどさ、あまり気にし過ぎたらアンタの身が持たないぜ? 師団長さんが上手くやってくれるって言ったんだ。ここは信じて待とう。それに、もしもの時の為に手は打ってある。本当にヤバい時は俺が何とかするさ」

 

メイド服を纏い、肩まである茶色の髪を後ろで二つに束ねた女性。年齢は、おそらく20代前半といった所で、晴人と同じか、少し下辺りだろう。

 

彼女は先程から落ち着きのない様子で度々、言葉を零し、テラスを行ったり来たりしている。

 

そんな彼女を見かねた晴人は、彼女を安心させるべく声をかけたのだが……

 

 

「……私は落ち着いています。そうやって優しく声をかけて取り入ろうとしても無駄ですから」

 

「えぇ……」

 

ツーンとした態度で晴人を突き放すメイド。そんな彼女の態度に晴人は思わず、戸惑いの声を漏らす。

 

「なぁ、アリシアちゃん。俺は別に君やアリーシャに取り入ってこの家をどうこうとかは考えていないんだけど……」

 

そんな晴人の言葉を聞いてもメイドの女性、『アリシア』は胡散臭そうな物を見る態度を変えず晴人をジト目で見つめる。

 

「口ではどうとでも言えます……それと! 気安く、アリシアちゃんと呼ばないで下さい!」

 

「……まぁ、それは置いておくとして「置いておかないでください!」 ……いや、だって俺については、さっきアリーシャが説明してくれたろ? 正直、そんなぞんざいな扱いをされると傷付くんだけど……」

 

「いきなり連れて来られて『彼は魔法使いなんだ』と紹介されても信じられる筈無いでしょう!? アリーシャ様が悪い虫に騙されているとしか思えません!」

 

最早、完全にメイドとしての言葉遣いを投げ捨てたアリシアは語気を強めて、自身の思いを口にする。まぁ、それもしょうがないといえばしょうがないだろう。

 

アリシア・コンバティールは幼い頃から奉公でディフダ家に仕えているメイドであり、現在、ディフダ家を継いでいるアリーシャと屋敷の中では最も親しい存在だ。幼い頃よりディフダ家で働き、比較的、年齢も近かった彼女はアリーシャにとって数少ない、心を許せる人間である。

 

ここ最近、国を憂い、単身で奔走し無茶を繰り返すアリーシャを心配していた彼女だったが、そんな彼女に昨日、新たな悩みの種が現れた。

 

それが、今、彼女の眼前で椅子に腰掛けて来客用のお持て成しとして出したドーナッツを食べている男、操真晴人だった。

 

「(アリーシャ様が、疫病の蔓延したマーリンドから無事帰ってきたと喜ぼうとしたら、得体の知れない、軽そうな男を連れて戻って来て! いきなり魔法使い、なんて意味のわからない事を言われて! 戸惑ってる内にアリーシャ様は騎士団のランドン師団長と一緒に王宮に行ってしまって!終いには、その男は呑気にドーナッツ食べてて! しかもプレーンシュガー以外は、全く食べようとしない! 正直、意味がわからないわ!)」

 

事態に置いてきぼりにされ混乱の極致に陥っているアリシア。そんな彼女に晴人は戸惑いながらも口を開く。

 

 

「いや、本当のことなんだけどなぁ……」

 

晴人は、困ったという風に頭を掻く。

 

「ふん! 本当に魔法使いだというのなら、お得意の魔法とやらを見せて欲しいものです……もっとも、本当にできるのならですけ【エクステンド! プリーズ!】……へ?」

 

聞きなれない音声に言葉を遮られたアリシアは、間の抜けた声を漏らし、自身の眼前で起きた光景に思わず目を見開いた。

 

「これで信じてくれる?」

 

広いテラスにいるアリシアと晴人の距離は約6メートル程離れていた。普通に考えれば触れる事など出来ない距離である。だが、展開された赤い魔方陣に通された晴人の手は、まるで大蛇のようにウネウネとあり得ない長さに伸びアリシアのカチューシャを掴むと元の長さへと戻っていった。

 

「な、なぁ!? 」

 

イタズラが成功した子供のような笑みを浮かべ、手に持ったカチューシャを見せる晴人にアリシアは、開いた口が塞がらないというように驚愕の反応を見せた。

 

 

「う、腕が伸び……! も、もしや、怪人の類!?」

 

「やべ……魔法のチョイス間違ったかも」

 

 

少しばかりイタズラ気分で見せた魔法に、晴人に対して警戒気味だったメイドさんは、さらに警戒を強めてしまい、晴人は、しまったというような表情を浮かべた。

 

「あ、貴方!! やはり、怪しいです!! アリーシャ様に近づいて何を企んでいるんですか、このウネウネ男!」

 

「だから、魔法使いだって……」

 

貴族街に似つかわしくない、騒がしいやりとりを繰り広げる二人。

 

しかし、そのやりとりを遮る様に別の人物から二人に声がかけられた。

 

「静かにしろ。屋敷の外まで響いているぞ」

 

「アリシア……ハルトに何をしているんだ」

 

そこには、呆れたような表情を浮かべたランドンと表情を若干引き攣らせたアリーシャが立っていた。

 

「お? どうやら上手くいったみた「アリーシャ様! よくぞ無事で!」…えぇ……」

 

晴人の言葉を遮り、先程までの晴人への態度とは真逆の姿を見せるアリシアに晴人は軽く引きながら黙り込む。

 

「心配をかけて済まないアリシア、ハルト」

 

「いや、無事で何よりだよ。流石、師団長さん、上手くいったんだな」

 

「とりあえずは……だがな」

 

「謙遜すんなよ。アンタのお陰で荒事にならなくて済んだんだ。もしもの為の保険も使わないで済むなら越した事は無かったしな」

 

そう言って晴人が視線を向けた先には、アリーシャの肩にとまった赤い鳥、魔法使いの使い魔であるプラモンスター『レッドガルーダ』がいた。

 

「もし、アリーシャ姫がバルトロ大臣に捕らえられるような事になったら、その使い魔とやらでお前に報せるか……便利な物だな、魔法というのは」

 

「ま、それなりにね」

 

ガルーダを見るランドンは改めて晴人の使う、魔法に関心する。

 

 

「それで? 無事、戻ってきた事だし早速、今後の事について話し合うのか?」

 

「あぁ、そのつもりで来た。だが……」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「まずは、アレを何とかする必要があるな……」

 

「アレって……?」

 

晴人は首を傾げ、ランドンの視線の先へと視線を向ける。

 

そこには……

 

 

「アリーシャ様! やはり、あの男は胡散臭いです! さ、先程、私の前で妙な力を……!」

 

「いや、アリシア……だから、彼は魔法使いだと説明しただろう?」

 

「アリーシャ様は騙されているんです! あの男は魔法使いではなく、ウネウネ怪人です! 間違いありません!」

 

「う、ウネウネ…怪…人……?」

 

「はい! 腕を伸ばしてウネウネさせていました!」

 

「そ、それはまだ見た事が無いが……きっと、それも彼の魔法なんだろう」

 

アリシアの勢いに押され気味になるアリーシャ。

 

「甘いです。アリーシャ様は、男性経験が無いから、良い様に誤魔化されているんです! あの様な、チャラチャラ、ウネウネした言動の挙句に、私の力作ドーナッツを全てスルーしてプレーンシュガーしか食べない男はですね! 絶対、裏で何かを企んでいます!」

 

「明らかに、私情が混じっていないか? はぁ……少し目を離した隙にアリシアの中のハルトはどんなイメージになっているんだ……」

 

暴走して脳内で勝手な晴人のイメージを作り上げていくアリシアにアリーシャは思わず溜息をつく。

 

因みにアリシアの脳内では既に晴人のイメージは両腕をウネウネさせながら「可愛くて強いのね! 嫌いじゃないわ!」とアリーシャに迫る、何処ぞのオカマ怪人と化していたりする。本人が知れば精神的な大ダメージ避けられないだろう。

 

そんな二人のやり取りを見て、晴人は思わず素で立ち尽くしてしまう。

 

「話が始められん、早く止めて来い魔法使い。お前の問題だろう」

 

「……なんか、今回俺の扱い酷くね?」

 

 

ボヤいた晴人の言葉は誰に拾われることなく虚しく掻き消えた。

 

__________________________________

 

 

「それで? 結局のトコ、どうなったんだ?」

 

暫くし、何とかテンションの暴走したメイドを止めた晴人達はテラスに用意された椅子に座りながら、今後についての話を始めた。

 

王宮へ行かなかった晴人は、ランドンがどの様に話を纏めたのか気になり問いかける。

 

「まず、アリーシャ姫の脱走に関しては、私がグレイブガンド盆地に連れて来いと命令したという事で事態を収めた。導師が、姫が捕らえられた事を本当か疑い此方の指示に従おうとしない為の緊急措置という建前でな」

 

「あの用心深そうな大臣が信じたのか?」

 

「憑魔化した兵士達が行方不明のままだったなら私自身が処罰され、それどころではなかっただろうが、結果的に、お前や導師の力で今回の戦いは被害も少なく戦果を得る事ができたからな……結果を得た以上、ある程度の誤魔化しは効く」

 

「なるほどね……なら、スレイ達の事は、どうしたんだ?」

 

「導師は此方の命令で敗走するローランス軍を追撃中、敵軍の思わぬ反撃を受け、その際に消息を絶ち生死不明と説明した。これに関しては大臣は特に驚いていなかったな」

 

「最初から大臣はスレイを長期的に利用するのは無理だと考えていたんだと思う。私を人質にしてスレイの力を利用するだけ利用して使い潰すつもりだったんだ……」

 

バルトロの計画にアリーシャは嫌悪感を隠そうともせず、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「だが、導師を使い潰し自身の地位を脅かす存在が減ったと考えた大臣は姫に対しての警戒を緩めた。これはチャンスだ。アリーシャ姫が王国騎士団に所属している事を理由に私は大臣にアリーシャ姫を私の直属の部下にすると提案した」

 

「アリーシャが極秘にローランスへ向かえるようにってことか? 大臣には疑われなかったかのか?」

 

「姫には、私の元でマーリンドの時の様な危険な役割を率先して担って貰うと言ったら大臣は喜んで姫が私の部下となることを許可した。そうでなければ、嫌がらせとしてグリフレット橋の修復の現場指揮を押し付けて姫を蚊帳の外にするつもりだったようだが……」

 

その言葉に晴人は顔を顰める。

 

「嫌な性格してんな、あの大臣……」

 

「私も大臣の事をとやかく言えた立場では無いがな……実際、姫を危険な場所に送り込む事になるのは嘘ではないからな」

 

自分の行いを自嘲するランドンだが、アリーシャはその言葉を否定するように声をかける。

 

「師団長、気になさらないでください。貴方のお陰で私はハイランドの為に、動く事ができる。寧ろ感謝しています」

 

その言葉を聞いたランドンは、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を戻すと話を再開する。

 

「……話を戻すぞ。アリーシャ姫とソーマハルトには、ローランスの皇都『ペンドラゴ』へと向かって貰う事になる。最初の問題は、どう国境を越えるかだが……」

 

「肝心の国境であるグレイブガンド盆地は両軍が警戒し緊張状態……検問を通過できるのは、一部の通行許可を貰っている商隊くらいですね……」

 

ランドンの言葉を受け、アリーシャは渋い顔をする。

 

「魔法の力なら突破出来ない訳じゃないけど、そもそも国境の近くでアリーシャを目撃される事、自体が得策じゃないからな……正体がバレればローランスには入れないし、ハイランド兵に目撃されて大臣に知られたら、何かしら手を打たれかねないな」

 

目的を果たす為に、ローランスへの進入に関しては、可能な限り、安全な策を使うべきだと考える晴人はグレイブガンド盆地からのローランスへの進入は難しいと感じていた。

 

両軍が警戒状態の上、その両方の兵にアリーシャの事をバレない様にするというは正直厳しい。

 

「(俺の魔法で隠密行動は難しいよなぁ……『仁藤』の奴の魔法ならいけたかもしれないけど……)」

 

最早、腐れ縁となった戦友の魔法の一つである、姿を消す魔法を思い出しながら晴人はどうしたものかと考え込む。

 

「(仁藤に返し損なった『アレ』も、あの戦場レベルの長距離の移動は厳しいし……となると)……師団長さん、ローランスに進入する別の道は無いのか?」

 

そう問いかけた晴人の言葉にランドンは頷くと、説明を続ける。

 

「あるにはある……マーリンドの近くにある『ボールス遺跡』からローランス領である『ヴァーグラン森林』を繋ぐ洞窟……『ラモラック洞穴』だ」

 

そう言ってランドンは机の上に地図を広げ、わかりやすく赤い線を引く。

 

「ボールス遺跡にそのような道があったのですか!」

 

嘗て、スレイ達と共にマーリンドの加護復活の為にボールス遺跡を訪れた事のあるアリーシャは驚きの声をあげる。

 

「昔は、グレイブガンド盆地以外にハイランドとローランスを繋ぐ貴重なルートだったからな……だが、元々、大軍での進行が不可能な程、道が狭く、険しかった事に加え、近年では地震による落石で道が塞がれ通行不能になってしまった。普通の人間では通る事は難しいだろう。だが……」

 

「魔法があれば話は別って訳か……」

 

「そういう事だ」

 

ランドンは晴人の言葉に頷くと話し続ける。

 

「『ラモラック洞穴』と『ヴァーグラン森林』を越えればローランスの街『ラストンベル』に辿り着く。街に入るには当然、検問を通過する必要があるが、それに関しては、既に手を打ってある」

 

「それは、どのような?」

 

「マーリンドを発つ前に私の直属の部下に指示を出し、捕虜になっていたローランス兵の一部を解放した。その中には、あの白皇騎士団の男も混じっている」

 

「なるほどな……あの騎士さんに手を貸して貰うって訳か」

 

「そうだ。『ラストンベル』の検問は現在、白皇騎士団が主導で行っているらしい。あの男の協力が得られた今、進入するには好都合という訳だ」

 

「そして、その後は白皇騎士団と協力し皇都『ペンドラゴ』を目指す……という訳ですね?」

 

「簡単に言えばそうなるだろう。だが、実際は、そう簡単に行くとは思えん。姫には、充分に注意して行動していただきたい」

 

「はい、わかっています」

 

険しい顔で告げるランドンにアリーシャも真剣な表情で応える。なにせ、今回の潜入は一歩間違えばアリーシャはハイランドが送り込んだスパイとして捕らえられ、両国の関係は更に悪化し兼ねないのだ。そうなってしまえばバルトロや災禍の顕主の思う壺である。

 

「私の方は、直属の部下や木立の傭兵団と共に、可能な限り、ローランス軍との激突を抑える様に立ち回り、時間を稼ぐ。だが、このままでは再び、両軍が大規模の激突をするのは、避けられないだろう。可能な限り早く、停戦の実現の為に必要な一定の成果を得る必要がある事をお忘れないでいただきたい」

 

 

その言葉に頷くアリーシャ。それを見たランドンは話は、此処までだという様に立ち上がる。

 

「大臣に怪しまれない様に、レディレイクからボールス遺跡までの道中は、信用の置ける、私の部下達を同行させる。それなら、大臣に情報が漏れることは無いだろう。そこから先は姫とソーマハルトに任せる事になる。出発は明朝だ。準備を済ませたら、今日は体を休めておいた方がいい。それと、マーリンドの加護天族とやらを祀る人間に関しては、私が聖堂のブルーノ司祭に宛があるか尋ねておく、心配は無用だ」

 

 

必要な連絡事項を告げランドンはディフダ家の門へ向け歩みを進める。そんな彼の背にアリーシャは言葉を投げかける。

 

「師団長! ご協力ありがとうございます!」

 

ランドンはその言葉に振り返りはしなかった。歩みを止め、視線をアリーシャに向ける事なく彼は告げる。

 

「ソーマハルト! ……姫を頼むぞ」

 

 

その言葉にランドンがどんな感情を込めたのかはわからない。

 

だが、晴人は茶化す事なくその言葉をうけとめた。

 

「あぁ、任せてくれ。アリーシャは必ず無事に連れ帰る」

 

その言葉を聞いたランドンは、やはり振り返る事なく、無言のまま立ち去っていく。

 

しかし、アリーシャ達から見えない彼の顔には、柔らかな笑みが僅かに浮かんでいた。

 

 

__________________________________

 

 

ランドンが去るとアリーシャは早速、旅の準備に取り掛かった。

 

身分を隠しての旅という事で、普段の騎士服は着れないという事から、アリシアに相談し、結果的に公務用である典型的なお嬢様が着る様な服が選ばれ、晴人も先ほど屋敷の中でそれを見せて貰った。

 

アリーシャはもう少し地味な方がいいと言ったが、アリシアからの猛烈な反対に止む無く断念。他の準備に取り掛かり、晴人はアリシアから「邪魔なので、外で待っていてくださいね☆」と攻撃的な笑みで再びテラスへと追い出された。

 

「結構、強引だよなあの子……まぁ、あの後、追加のドーナッツも持ってきてくれたし悪い子じゃないんだろうけど」

 

 

そう言って晴人は椅子に座りアリーシャを待ちながらテーブルの上のドーナッツを手に取り、頬張る。

 

因みに、彼が手に取ったドーナッツはアリシアが先程、力作をスルーされた事を根に持ち、リベンジで持ってきた様々なアレンジされた気合の入ったドーナッツではなく、やはりシンプルなプレーンシュガーのみであり、この後、更にアリシアの心に火を付けることになるのだが、それはまた別の話。

 

 

「うめぇ……店長に勝るとも劣らない味だ」

 

 

元の世界で、訪れる度に新作ドーナッツを勧めてくる、行きつけのドーナッツ販売店の店長の事を思い出しながらドーナッツを食べる晴人。そんな彼に突如、声がかけられた。

 

「君は……アリーシャの友人か?」

 

「ん? アンタは?」

 

晴人が視線を向けた先には1人の女性が立っていた。

 

外見の年齢は30前後といった所か、モデルのようなスタイルに白いズボンと胸元の大きく開いた青を基調としたドレスを思わせる長い裾の騎士服を纏い。対象的な燻んだ赤い髪は、長い後髪を青い花飾りの付いた黒いリボンで束ね、前髪は顔の右側を隠すような特徴的なものとなっている。

 

表情は凛々しく、一般的な女性とは違う雰囲気をもっており、事実、その証拠に彼女の手足には銀色に輝く籠手と具足が装着されていた。

 

そんな彼女を見て、晴人は何故か彼女の雰囲気にアリーシャと重なるものを感じた。

 

「ああ、済まない。まずは名乗るべきだな。私の名は『マルトラン』。ハイランド王国の軍顧問にして、騎士団の教導騎士を務めている者だ」

 




『メイドの名前がアリーシャと紛らわしい』と思った奴と、マルトランに『BBA無理すんな』と思った奴は、G4、カイザ、ダークキバ、ヨモツヘグリのどれかに変身の刑な


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13話 恩師 後篇

知ってるかな? 夢っていうのは呪いと同じなんだ。途中で挫折した者はずっと呪われたまま……らしい。
貴方の……罪は重い……!

〜仮面ライダー555 第8話 夢の守り人 より〜
_______________________
仮面ライダー555で木場勇治/ホースオルフェノク役を演じた泉政行さんが亡くなったそうです。35歳という若さだったそうです。自分にとってファイズは平成ライダーで一番好きな作品でかなりショックでした。

一話から最終話まで、怪人になってしまった存在として主人公と並行して描き続けられる、裏の主人公といえるポジションを演じ印象に残る役柄で、当時の自分にはとても衝撃的なキャラクターでした。ご冥福をお祈りします……


さて、暗い雰囲気を引きずってもしょうがないので、切り替えていこうと思います。では最新話をどうぞ!

あと、IS×SWORDに関しては、現在、少しばかり難航中で遅くなっています。申し訳ありませんが、もう少々、お待ちください。




「ああ、済まない。まずは名乗るべきだな。私の名は『マルトラン』。ハイランド王国の軍顧問にして、騎士団の教導騎士を務めている者だ」

 

 

アリーシャの屋敷に現れた女性、『マルトラン』の自己紹介に晴人は内心、彼女を警戒した。官僚派から疎まれているアリーシャの境遇から、晴人は彼女がバルトロからの回し者かと考えたのだ。

 

だが……

 

 

「マルトラン師匠(せんせい)!」

 

 

その疑いは、現れたアリーシャの喜びの声に霧散した。出発の準備を終えたからなのか、アリーシャの服装は普段の騎士服に戻っている。

 

「えぇっと……アリーシャ、この人は?」

 

 

戸惑いながらも晴人はアリーシャとマルトランの関係を尋ねる。

 

「前に話した事があっただろう? 私には尊敬する人がいると。私に騎士の在り方と槍術を教えてくださったのが、マルトラン師匠なんだ」

 

その言葉に晴人はアリーシャと出会った日の夜に交わした会話を思い出す。

 

 

『『騎士は守るものの為に強くあれ。民の為に優しくあれ』……私の尊敬する人の言葉だ』

 

 

誇らしげな表情で語るアリーシャの姿を思い出した晴人は、マルトランがその人物であった事を理解したと同時に、先程、マルトランとアリーシャをイメージを重ねた理由を理解した。

 

「(なるほどね……アリーシャの口調や騎士への憧れは、この人の影響って訳か)」

 

内心で納得する晴人。そんな彼にマルトランがもう一度問いかける。

 

「あまり持ち上げられると困るのだがな……それで、君は?」

 

「ん? あぁ、俺は操真晴人。アリーシャの友達……でいいのか?」

 

改めて考えると何と言えば良いのかわからないのか、歯切れの悪い答え方をする晴人にアリーシャは苦笑しつつも頷くと、マルトランに彼の事を紹介する。

 

「師匠、彼は、先日出会った際に、困っていた私に手を貸してくれた恩人なんです」

 

「ほぉ、それならば感謝しなくてはな。礼を言おう、ソーマハルト。アリーシャは、一度思い込むと止まらなくてな。師としては気が気でないんだ。真っ直ぐな事は良い事と思うが、私としてはもう少し頭の堅さをなんとかして欲しいと思っているのだが……」

 

「せ、師匠!」

 

感謝の言葉の後に、困り顔で弟子の短所を述べるマルトランに、アリーシャは恥ずかしそうに声をあげる。

 

「あ、それはわかるかもな。結構、無茶するもんなアリーシャは」

 

「は、ハルトも! そ、そもそも君にだけは、無茶云々は言われたくないぞ!」

 

続いて、マルトランの言葉に乗っかる晴人に、アリーシャは心外だとばかりに声をあげ詰め寄っていく。

 

「待った待った! 冗談だってアリーシャ 」

 

「……それは、どうだろうな」

 

「ホントホント! マジで冗談だって」

 

「……ふん」

 

むくれるアリーシャの機嫌をなおそうとする晴人。どこか親しげな二人のやり取りに、マルトランは薄く笑みをこぼす。

 

「心配になって、任務を手早く終わらせ、切り上げて来たが、どうやら杞憂だったようだな」

 

「師匠、それはどういう……?」

 

「なに、バルトロ大臣が、マティア軍機大臣を介して私に命令を出し、レディレイクから遠ざけてきたからな。また、何かしらの形でお前に危険が及ぶと思ったのだが、その様子を見る限り、無事に切り抜けたようだな」

 

アリーシャに近しい立場の人間という事もあり、マルトランは、アリーシャがマーリンドに向かわされる数日前に、レイクピロー高地にある廃村の調査、及び、最近になって増加してきた遺跡を荒らす盗掘者の捕縛を命じられ、レディレイクから遠ざけられていた。普段から、大臣達がアリーシャへ行ってきた悪辣な行為を知っているマルトランは嫌な予感を覚えつつも命令に従いレディレイクを離れるしかなかったのである。

 

「それに、マーリンドの件も耳にしたぞ? 導師と共に疫病の蔓延したあの街を救ったそうだな? 良く頑張ったなアリーシャ……」

 

そう言ったマルトランの言葉にアリーシャは慌てて首を横に振り否定する。

 

「そ、そんなことはありません! マーリンドを救ったのはスレイ達のお陰で私は大した事は……」

 

そんなアリーシャの言葉にマルトランは一度、苦笑すると優しい声で語り掛ける。

 

「そうやって謙遜する所は、姫の美点だと思うが、こういう言葉は素直に受け取っておくものです。特にこれは、ハイランドの騎士としてではなく、マーリンド出身のひとりの人間としての感謝なのですから」

 

その言葉にアリーシャはハッとした表情を浮かべる。

 

「そうでした。師匠はマーリンドの出身でしたね」

 

「あぁ、だからこそ、ひとりの人間として、そして姫の師としても、今回の事を誇りに思うよ」

 

そう言って凛々しい表情を崩し、優しい笑みを浮かべたマルトランにアリーシャもつられて笑みをこぼした。

 

「あ、ありがとうございます! マルトラン師匠!」

 

憧れの存在である師からの賞賛の言葉。それが嬉しく無い筈も無い。喜びの表情を浮かべて礼を述べるアリーシャにマルトランはまたしても苦笑する。

 

「礼を言っているのは私の方なのだがな……」

 

「いいんじゃないか? そういう所もアリーシャらしいと思うぜ?」

 

少しばかり呆れ気味のマルトランに晴人はフォローをだす。その言葉をマルトランは薄く笑みながらな肯定した。

 

「ふっ……そうかもな。さて、姫の無事も確認できた。私は王宮に今回の任務の報告に向かうとしよう」

 

どうやら、マルトランはレディレイクへ帰還し、すぐにアリーシャの安否確認に来たらしい。本来ならいち早く王宮にいるマティア軍機大臣へ報告しなくてはならない立場なのだが、それを曲げて此処へ来たようだ。

 

「も、申し訳ありません! 師匠には師匠の立場があるというのにお手数を…… 」

 

「アリーシャ、頭を下げる必要はない。これは私の独断だ。姫が気に病む事はない」

 

「……はい」

 

軍顧問と教導騎士の立場を持つマルトランはハイランド騎士団の中でも、高い地位の人間だ。様々な問題を抱える現在のハイランドにおいて、彼女のような優秀な人材を必要とする事は多く。多忙であるマルトランの手を煩わせてしまった事にアリーシャは表情を暗くする。

 

尊敬する師に心配をかけ手を煩わせてしまった自分の未熟さを痛感したのだろう。そんな彼女の考えを察したのか、マルトランは優しい声でアリーシャに語り掛ける。

 

「そんな顔をするなアリーシャ。貴女はまだまだこれから幾らでも伸びる、焦る必要はない。そうだな……暫くは多忙な身だが、時間ができた時に久しぶりに稽古をつけよう。師として、弟子の成長を確かめておきたいからな」

 

「! ……はい! 楽しみにしています!」

 

そんなマルトランの言葉にアリーシャは表情を明るくする。傍でそれを見る晴人には、そのやり取りがまるで親子や姉妹のように見えた。

 

アリーシャの返事を聞くとマルトランはフッと短く笑みを浮かべると、別れの挨拶を告げ、王宮に向かうために踵を返そうとするが何かを思い出したのか振り返るとアリーシャへと問いかけた。

 

「そういえば、此処に来るまでに耳に挟んだが。ランドン師団長の直属になったというのは本当なのか?」

 

アリーシャとランドンとの和解と協力関係の事を知らないからだろうが、アリーシャがバルトロの手先であったランドンの下につくことを心配したのか、マルトランはアリーシャへと事の真偽を問う。

 

その言葉を受けたアリーシャは間を空けずにその問いを肯定した。

 

「はい、事実です。明日にはランドン師団長の命でレディレイクを発つ予定になっています。長期の任務になりそうなので暫くはレディレイクへと帰れないと思います」

 

「そうか……マーリンドの件が片付いたばかりだと言うのに」

 

弟子の身を案じたのか表情を曇らせるマルトラン。だが、アリーシャは首を横に振るとマルトランに告げる。

 

「大丈夫です師匠。私はハイランドの為に自分にできる事をするだけです。そこに不満はありません。師匠も昔に仰っていたでしょう? 『故郷を背負い戦えることは自分の誇りなのだ』……と。私も同じです。それに、私を支えてくれる者もいます」

 

一瞬、アリーシャが晴人へと向けた視線に気付いたのかマルトランは、そうかと呟くと晴人へと向き直る。

 

「ソーマハルト、出会ったばかりの人間にこんな事を言われても困るだろうが、どうかアリーシャが傷付いた時は、力になってやってほしい。私の弟子は何かとひとりで抱え込む質なのでな……」

 

「師匠……?」

 

唐突なマルトランの言葉に困惑するアリーシャだが、マルトランは気にせず晴人の目を真っ直ぐと見つめたまま視線を逸らさない。

 

そんな彼女に対して晴人は、同じく視線を逸らさずに応えた。

 

「そのつもりだよ。約束もしたしな」

 

「約束?」

 

「あぁ。もしアリーシャが夢の途中で絶望しそうになったら、その時は俺が『最後の希望』になるってね」

 

堂々と言い放った晴人にマルトランは少しだけ驚いたように目を見開くと笑い声を漏らした。

 

「フフフ……最後の希望か。この前の導師の青年といい、最近のアリーシャは出会いに恵まれているらしい。では、最後の希望殿? これからもアリーシャを宜しく頼む。アリーシャも無茶は禁物だぞ? 現実という物はいつだって厳しいものだからな」

 

「わかっています。『今、見えている物こそが現実であり事実』。目を背けるだけでは何も変えられない……ですよね!」

 

「ふっ、わかっているのならそれでいいさ」

 

そう言って踵を返したマルトランは、今度こそ立ち止まる事なく去っていった。

 

 

 

__________________________________

 

 

「ん? どうしたんだハルト?」

 

夕焼けに染まるヴァーグラン森林。

ラストンベルの付近にまで辿り着いた晴人とアリーシャはバイクから降り、徒歩でラストンベルへと向かっていた。

 

バイクの存在しないこの世界の町にマシンウィンガーを持ち込むのは、どうしても目立ってしまう行為であり、正体を隠す必要がある今回の任務においては、それは避けたいという事から、ラストンベルにある程度まで近づいてからは移動手段を徒歩に切り替えた。

 

そんな中、数日前の出来事を思い出していた晴人の様子に気付いたアリーシャが晴人に声をかけたのだ。

 

 

「ん? いや、数日前のレディレイクでの事を思い出してさ。ほら、アリーシャの師匠と会ったときのさ」

 

「マルトラン師匠の?」

 

「あぁ、あの時、アリーシャの事を頼まれたろ? いざローランスの領地に潜入するとなると思い出しちゃってさ」

 

「あの時の事か……マルトラン師匠があの様に笑うなんて珍しいとは思ったが」

 

「え? そうなの?」

 

「あぁ、厳しくも優しい方だが、あの様に笑うのは本当に珍しいんだ。師匠とは10年の付き合いだが、あの様に笑う事は殆ど見た事が無い」

 

何気無い会話。その中で晴人はアリーシャとマルトランの付き合いがとても長い事を知る。

 

「10年? 随分と長い付き合いなんだな」

 

その言葉にアリーシャは何処か遠い場所を見る様な目をしながら口を開く。

 

「あぁ、7歳の頃に両親を亡くし、1年程過ぎた頃だろうか、ひとりだった私の下に警護と指南役として配属されたのがマルトラン師匠だったんだ」

 

「……」

 

『両親を亡くした』という、その言葉に、一瞬、晴人の脳裏に一つの光景が過る。

 

 

ベットに横たわる男性と女性

 

 

今にも力尽きそうな弱々しく繋がれた手

 

 

最初の『絶望』の時であり、同時に『希望』を託された瞬間……

 

 

 

 

脳裏に過った、どこか懐かしさすら覚えるその光景を胸にしまい込みながらも、晴人はアリーシャの言葉に耳を傾ける。

 

「私は小さい頃から本を読むのが好きでね。マルトラン師匠も学問の街と呼ばれるマーリンド出身ということもあって、そういった知識が豊富で様々な話を私に聞かせてくれたんだ。お陰で、小さかった私は師匠にすぐに懐いてしまった」

 

昔の事を懐かしそうに語るアリーシャ。幼くして両親を失った彼女にとって、マルトランの存在が、どれほど大きかったのかは想像に難く無い。

 

「それから、私は少しばかり歳を重ね、王族という立場から否応なしに貴族や政治家が抱える負の面を見る様になっていった。災厄の時代の中で日増しに悪くなっていくハイランドの情勢や民の苦しみから目を逸らし、媚を売り自分の保身の事しか考えていない者は決して少なくなかったんだ」

 

幼くしてアリーシャは、人の世の抱える汚さを見てしまった。純粋な子供にとって大きな衝撃だった。

 

「毎日繰り返される、貴族や政治家達の腹の探り合いに嫌気がさして、ある日、溜め込んでいた不満を吐き出した時、師匠は言ったんだ……『目に見えているものが現実であり、事実。嘆くだけでは、現実は変わらない。世界を変えたければ、まずは自分が変わらなければならない』……とね」

 

 

その言葉が、今のアリーシャを形作る切っ掛けとなった。

 

「それでアリーシャは騎士を目指したんだな。いつか穢れのない故郷を取り戻す為に」

 

「あぁ、それから私は騎士を目指し、マルトラン師匠に槍術の指南を本格的に受け騎士団へ入団したんだ」

 

 

「そうか……それがアリーシャの希望(ゆめ)の始まりなんだな」

 

アリーシャの希望の始まりを知った晴人はそう言って優しい笑みを浮かべる。それを見たアリーシャは、照れたのか頰を、書きながら視線を逸らす。

 

「か、語り過ぎてしまっただろうか? 少し恥ずかしくなってきたな」

 

「恥ずかしがることはないさ。そうやって託された希望は大きな力になる。どんな絶望的な現実にだって立ち向かえる大きな力に……」

 

胸の内に宿った希望の力。操真晴人はその強さを誰よりもを知っている。

 

『忘れないで、晴人。あなたはお父さんとお母さんの希望よ』

 

『晴人が生きてくれる事が俺たちの希望だ……今までも……これからも』

 

 

今もなお、心に強く刻まれた言葉。

それがあったからこそ彼は『二度目の絶望』を乗り越え『希望の魔法使い』になったのだから……

 

「あ、ありがとうハルト。そう言って貰えると自信になるよ」

 

アリーシャは、まだ照れ臭そうだが礼を言う。

 

「氣にしなくていいぜ? 俺は思った事を言っただけだしな。所で、気になるんだけどアリーシャの師匠って事は、あの人ってかなり腕が立つのか?」

 

アリーシャの槍術の腕を知る晴人としては、その師であるマルトランの実力というものに多少なりと興味があった。

 

「あぁ、教導騎士という立場にある事から想像できるかもしれないが、マルトラン師匠の槍術はハイランドでも最強と謳われている。師匠は若くして家を継ぎ、20年前のローランスとの戦いの時には既に『蒼き戦乙女(ヴァルキリー)』という勇名が敵味方問わず知れ渡っていたとの事だ。10年前のローランスとの大規模な戦いでは、一人でローランスの一部隊を壊滅させたと聞く」

 

まるで、昔話できく様な英雄の逸話のようなマルトランの肩書き。それには流石の晴人も驚きの表情を浮かべる。

 

 

「それはスゲェな。アリーシャの槍の腕も良くなるわけだ……ん? 20年前? 」

 

関心する晴人だが、アリーシャの言葉に違和感を覚える。

 

「ん? どうかしたのかハルト?」

 

「いや……アリーシャの師匠ってさ」

 

神妙な顔つきで言葉を紡ぐ晴人。思わずアリーシャも真剣な表情になる。

 

そして……

 

 

 

 

 

「齢、幾つなんだ?」

 

「……は?」

 

間の抜けた声が溢れた。

 

「いや、20年前に既に騎士として名を馳せていたんだろ? あの人の外見、20代後半でも通用するレベルだったから気になってさ……」

 

その言葉にアリーシャをジト目で晴人を見る。

 

「ハルト……女性の年齢の話をするのは失礼だと思うぞ?」

 

「いや、でもさ……」

 

「でもも何もない。特に師匠の前で年齢の話は禁句だ。痛い目を見るぞ」

 

「え? なんかあったの?」

 

「その……だな……悪気は無かったんだが昔、師匠に『まるで母親の様』と言ったのだが、そうしたら、物凄く険しい表情で『まだ、そのような年齢ではない』と返されてね……その後の槍の稽古が明らかにいつもより苛烈になった……ははは」

 

 

余程、キツかったのか乾いた笑いを漏らすアリーシャに晴人は思わずドン引きながらも内心で、この話題をマルトランの前ではしないことを心に誓った。

 

「あはは……俺も気をつけよう……ん? アレは……」

 

そんな会話を交わしながらも森林を、歩き続ける二人の目に、樹木以外の光景が飛び込んでくる。

 

大きな石造りの巨大な城壁。そこに備え付けられた巨大な門の前には商人と思わしき者達が並んでおり、見覚えのある騎士服を纏った者達の検査を受けている。

 

「漸く到着だな」

 

「あぁ、アレがローランス領の街。ラストンベルだ」

 

 

__________________________________

 

 

 

「お久しぶりです。無事到着できたようで何よりです」

 

ラストンベルの大通り。様々な商人達が行き来するその場所で晴人とアリーシャの二人はマーリンドで協力を依頼してきた白皇騎士団の男と再会した。

 

当初の予定通り、ラストンベルの検問に関しては白皇騎士団に手回しがされており、二人は問題なく通過できた。今後の通行に関してもたった今、騎士から正規の通行証を渡された為、よっぽどの事がない限りは、今後の通行にも支障は無いだろう。

 

アリーシャは早速、今後についての話をしようとしたが、騎士の男は申し訳無さそうに、それは明日の朝にして欲しいと言った。

 

「明日の朝に? それはどういうことだろうか?」

 

 

事情が気になった二人は、その理由を尋ねる。

 

「誠に申し訳ありません。実は7日程前から、このラストンベルでは妙な事件が発生していまして……」

 

「妙な事件?」

 

「はい……夜間に、街の住人が襲われるという事件が多発しているのです。幸いにも死者は出ていませんが、襲われた者の中には重傷を負った者もおり、街の住人達の不安が増しています。民の安全を考慮し私達、白皇騎士団も夜間の警備を増強し、事態の解決を図っているところでして……」

 

「これから、街の警備のお仕事ってわけか……それならしょうがないか」

 

「……申し訳ありません」

 

心底申し訳無さそうに謝罪の言葉を告げる騎士。

 

「いやいや、大切な事だろ? 謝ることはないって」

 

「その通りです。民の安全を守るのは騎士の務めです。胸を張ってください」

 

そんな男に二人は、気にすることは無いと応える。

 

「お気遣い感謝します。お二人ともお疲れでしょう。宿に部屋をとってありますので、今日はお休みください」

 

「いえ、此方こそ、お気遣い頂き助かります」

 

「そんじゃ、お言葉に甘えさせて貰おうかアリーシャ」

 

「あぁ、そうしよう」

 

そう言って二人は騎士に別れを告げ、大通りに面したラストンベルの宿屋『ランドグリーズ』へと向かおうとする。

 

 

そこに突如として大きな音が鳴り響いた。

 

 

「な、なんだ?」

 

「鐘の音?」

 

この街について知らない二人は思わず驚き固まってしまう。そんな二人の疑問に騎士の男が答える。

 

「あぁ、お二人は、この街に来るのは初めてですから知らないのは無理もありませんね。これは、日が沈むのを告げる鐘です」

 

そう言って上を見上げる騎士につられて二人も上を見上げる。そこには大きな二つの建築物の間をつなぐ様に備え付けられた大きさの異なる計6つの巨大な鐘楼があった。

 

「これが、今の音の正体か」

 

「はい、このラストンベルは優秀な職人が集まる街で街の建築物には、様々な意匠がなされています。その中でもこの大鐘楼は職人達の技術を集めた物で、ラストンベルの名所と言われています」

 

「へぇ……惜しいな。任務じゃなかったら、ゆっくり観光したい所だ」

 

「む、ハルト。あまり気を抜き過ぎるのは「わかってるさアリーシャ。さ、宿屋に行こうぜ」……それなら、いいが……」

 

軽口を叩く晴人を注意しようとするアリーシャだが、晴人は、それをのらりくらり躱し、宿屋にむけて歩き始め、アリーシャはそれを追った。

 

 

__________________________________

 

 

「ごちそうさま! ……いやぁ、上手いなここの料理」

 

「あぁ、初めて食べる料理だったが、とても美味しかった」

 

宿屋『ランドグリーズ』の食堂。

晴人とアリーシャの二人は、ラストンベルの名物料理である、豚の角煮と牛肉の赤ワイン煮込みを食べ終え一休みしていた。

 

「とりあえず、今の所は順調だな」

 

「だが、結局ラストンベルではスレイ達とは合流できなかった」

 

「そればかりは仕方ないさ。俺が意識不明だった期間やレディレイクで時間を食っちまったからな。下手すりゃ10日以上前にはラストンベルを出発しているかもしれない。騎士さんが何か知っているかもしれないし詳細は明日を待とうぜ」

 

「そうだな……しかし、それとは別に気になっていることもある」

 

「……この街に加護領域が無いってことか?」

 

「あぁ……それ自体は別におかしくないんだが、この街は戦場に近いというのに、穢れが殆ど感じられ無い。とても、じゃないが長期間、加護領域の恩恵を受けていないとは思えないのだが……」

 

 

ラストンベルに到着したアリーシャが最初に気になった事は、この街に加護領域が無いことだった。それ自体は別段おかしいことではない。天族信仰の廃れたハイランドの街は、どこも加護を失っていた。ローランスの街がそうだとしても変では無いが。ローランス領で戦場となるグレイブガンド盆地に一番近いこの街は、殆ど穢れが感じられない程、その影響を受けていなかった。加護領域による自浄作用なしで、その状態を維持している。アリーシャはそれが引っかかったのである。

 

「確かに気になるな……なんなら明日、少し調べてみるか?」

 

「それがいいかもしれない。この街にも教会があるようだし、まずはそこで話を……」

 

 

アリーシャがそう言った瞬間、ガシャン! と食堂に食器が割れる音が鳴り響いた。

 

「す、すいません! すぐに代わりの物をお持ちしますので!」

 

二人が驚いて音のした方向を見ると、40代前後の女性が客に謝りながら、床に落ち割れた食器を集めていた。恐らくはスープの入った食器を運んでいたのだろう。床にはスープが飛び散っていた。

 

謝罪し、厨房へも戻っていった女性の様子に他の客席に座る客達がヒソヒソと会話を始める。

 

「女将さん、2日前からからずっとあの調子だな」

 

「仕方ないさ……可愛がっていた1人娘のマーガレットが行方不明なんだ。いくら騎士団が捜索してくれているとはいえ気が気じゃないだろうよ……」

 

「唯でさえ、ここ最近は物騒な事件が起こってるってのに……」

 

「もしかしたら、マーガレットはもう……」

 

「おい! 滅多なことを言うな! 女将さんに聞こえたらどうする」

 

なにやら辺りで囁かれる、不穏な会話の数々に晴人とアリーシャは顔を見合わせる。

 

「(行方不明事件? この女将さんの娘さんが? 騎士さんの夜間の警備の強化にはそういう理由もあったのか)」

 

聞こえてきた会話から事情を察する晴人。

 

しかし、そこに追い打ちをかけるように客の1人が言葉を漏らした。

 

「もしかして、マーガレットは天族様の怒りを買ったんじゃないのか?」

 

「「ッ!」」

 

 

『天族』という言葉にアリーシャと晴人は反応し、その会話に聞き耳を立てる。

 

「おい! だから縁起でも無いことを言うな!」

 

「でもよ! 聖堂で『あんなこと』を言ったんだ! もしかしたら、司祭様が言っていたように天族の怒りを買って罰が当たったんじゃ「なぁ、その話。少し聞かせてくれないか」 な、なんだアンタ!」

 

アリーシャの身分を隠さなくてはならない事を考えれば、可能な限りは目立つような行為は避けるべきだっただろう。だが、晴人は、それを理解した上で、躊躇わず会話を交わしていた男に声をかけた。

 

そんな話を聞かされて、何もしないなど操真晴人にはできなかった。

 

「いきなり割り込んできて何を言ってやがる! 面白半分で言ってるのなら「頼む、大切な事なんだ」……う」

 

 

見かけない男が野次馬根性で話を聞こうとしたのかと怒りを露わにした男性客だが、怯まずに真剣な表情で尋ねる晴人に押され黙り込むと、ポツリポツリと話し始める。

 

「マーガレットが、10日くらい前に、聖堂で変な事を言ったんだよ……」

 

「なんて?」

 

尋ねる晴人に男は言いずらそうにしながらも口を開く。

 

 

「『この聖堂に天族はいない』ってな……」

 

 




ゼスティリア設定資料集を買ったフジ

友「約2アリーシャ分の出費で、設定のガバガバっぷりを再確認したな」

フジ「黙ってろよクズ」

友「ミツザネェ!」


設定画のサイモンちゃんが可愛かったので、もうどうでもいいですハイ(<::V::>)


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14話 Bの咆哮/消えた少女の謎

(更新が遅くて)申し訳ありませんでしたぁぁぁ!

やはり私は……遅筆で……文章能力が低くて……

???「3つ目言えよ!」(追い討ち)

ドライブもクライマックス。なんでも最終回はウィザードの時みたいなゴーストとのコラボ篇らしいですね。

あと、ブレンさんお疲れ! ぶっちゃけ、最終回で工事現場でヤクザみたいな現場監督に虐められながら生存エンドで、ワンチャンあると思ってたけどカッコよく散ったな!

ドライブの視聴理由の3割が消滅して寂しいなぁ!

因みに宿屋の女将さんの名前は、メイドさん同様テイルズ過去作から引っ張ってきてます

では、最新話をどうぞ!


月が昇り、人々が眠りに就き始めるであろう時刻。ラストンベルの宿屋『ランドグリーズ』の一室では、椅子に腰掛けたアリーシャが右手にはめられた指輪を晴人のベルトのバックルへと翳していた。

 

 

【プリーズ プリーズ!】

 

鳴り響くベルトの音声と共に、アリーシャの体が一瞬、黄色い光に包まれる。

 

「よし! これで魔力の補給は完了だ」

 

そう言って晴人は机を挟んだアリーシャの向い側の椅子へと腰掛ける。

 

「ありがとう、ハルト。だが、魔力を分けて大丈夫なのか? 君も疲れているのだろう?」

 

「ん? 大丈夫、大丈夫。 二人で戦った分、消耗も抑えられてるし、今日は宿で、腹一杯食べて、ぐっすり眠れるからな。明日には全回復さ」

 

「ふふっ、そうか。それなら一安心だ」

 

アリーシャの言葉に心配は無いと軽い調子で返す晴人。その言葉に安心したのかアリーシャが微笑む。

 

夕食を終えた2人は現在、騎士団が用意してくれた部屋で、話し合いをするついでに、道中で消耗したアリーシャの魔力の補充を行っていた。

 

魔法使いである晴人の魔力は休息を取ることで回復するが、晴人を介して魔力を供給されているアリーシャは、そういう訳にはいかない。プリーズウィザードリングを使い魔力を補充しない限り彼女の魔力が回復する事は無いのだ。

 

アリーシャの魔力は、まだ余裕があったが、魔力の供給元である晴人が確実に休息を取れる時にマメに補充しておくに越した事は無い。旅をする以上、必ずしも、しっかりと休息を取れるわけではない。アリーシャへの魔力の補充で肝心の供給元である晴人が魔力切れを起こしては元も子もないだろう。

 

そんな理由から魔力補充を行った訳だが、魔力補充を終えたアリーシャは、早速、先程の食堂での話を切り出した。

 

 

「ハルト、君はさっきの話をどう思う?」

 

「行方不明の女の子に天族が関わってるかもしれないってやつか? この街に来たばかりの身としては、なんとも言えないってのが正直なとこだけど、流石に言い掛かり染みてると思うぜ?」

 

「あぁ、私もだ。今の時代、天族信仰の文化は風化してきている。熱心な信徒もいるが、天族の存在を信じない者だって決して少なくはない」

 

「そんな中で、天族に否定的な発言をした、その女の子だけが怒りを買って行方不明ってのも変な話だもんな。まぁ、目に見えない存在ってのに警戒する気持ちってのもわからない訳じゃないけどさ」

 

そう言った晴人は先程の食堂での会話を思い出す。

 

『もしかして、マーガレットは天族様の怒りを買ったんじゃないのか?』

 

目に見えない存在への信仰や畏怖。それ自体は決して珍しいものではない。晴人が住んでいた世界にも目に見えない存在を信仰する文化は沢山、存在している。

 

そして普段はそういったものに興味を持たない者も、困っている時に、神頼みすることはあるし、不吉な事が多発すれば、祟りだなんだと騒ぎもする。あの男性が言っていた事もまた、それと同じようなものだと晴人は思う。

 

悪意云々を抜きにしても、目に見えない不確かな存在が相手となれば人は好き勝手な事を言ってしまう。

 

「そうだな、彼らとて悪気があって言っているわけではない……」

 

晴人の言葉を聞いたアリーシャは、そう言って複雑そうな表情を浮かべる。

 

アリーシャ自身は幼い頃から、天族の存在を信仰してきたが、それでも最近まで、その姿を見る事も、話す事も出来なかった身だ。天族が見えない人間の気持ちというのも理解出来る。だからこそ彼女は、人間と天族の間にある壁の厚さを感じてしまう。

 

「……しかし、随分と色々な事が起きてるんだなこの街は」

 

そんなアリーシャの内心を察した晴人は、彼女が思いつめ過ぎない様に、話題を切り替える為、意図的に話を進めた。

 

「……そうだな、住民への襲撃事件に、少女の行方不明事件……そして加護領域の件。だが、私達にも託された使命がある……残念だが、あまり時間をかける訳にはいかない……急ぎペンドラゴへ向かい戦争を止めなければ……」

 

彼女とて、この街の状況に思う所はあるのだろう。だが、それを振り切る様にアリーシャはペンドラゴへ急ぐと言う。切羽詰まったような表情の彼女に晴人は、一瞬、真剣な表情で何かを言おうと口を開きかけたが、何か思い直した様に、表情を崩し軽い調子で話しかける。

 

「ま、何はともあれ、まずは明日の朝に、騎士さんの話を聞こうぜ。どう動くにしろ、どのみち情報が必要になるんだしな」

 

「……そうだな、今日はもう休もう」

 

話をまとめると晴人は立ち上がり、ドアへ向け歩いていく。男女の二人旅に対し騎士が気を使ってくれたのか部屋を別々にとってくれていたからだ。

 

「おやすみ、アリーシャ」

 

「あぁ、ハルトも」

 

言葉を交わし部屋から出て行った晴人を見送るとアリーシャは纏めた髪を解き、ジャケットや長手袋、ブーツを脱ぐとベッドにゆっくりと倒れこんだ。

 

自分の屋敷にあるベッドのクッションに比べると流石に硬いが、彼女がそれに不満を感じる事はない。

 

「ローランスもまた、ハイランド同様、様々な問題を抱えているのだな……」

 

一人きりの部屋でポツリとアリーシャは言葉を漏らす。

 

当然といえば当然の話だ。この災厄の時代を生きる以上、国に関係なく、多くの問題が、そこに暮らす人々に降りかかる。ハイランドの敵対国とはいえ、そこに暮らすのは同じ『人』なのだ。ローランス領のラストンベルを訪れ、そんな人々が抱える問題を目の当たりにしたアリーシャは胸を痛める。

 

「できるのであれば彼らの力になりたいが……駄目だ……私達は両国の激突を防ぐ為にも、一刻も早くペンドラゴに行かなくてはならないんだ。今は余計な事は考えるな……」

 

子供の身を案じ仕事が手につかなくなっていた宿屋の女将の事を思い出し、捜索に協力できないかという考えが頭をよぎるが、アリーシャは自身が背負った使命を思い出し、余計な事を考えるなと自身に言い聞かせる。

 

この街の問題が気になるのは確かだが、自分が優先すべきは、両国の和平への足掛かりを掴み、両国の激突を止める事だ。師団長達の協力があるにせよ、いつ再び両国が激突するかわからないし、下手にこの街で目立ち、白皇騎士団以外の兵士に目をつけられる訳にもいかない。大局から考えれば、何を第一に行動するのかなど目に見えている。

 

「そうだ……それでいいんだ」

 

小さな事件を解決できても、戦争を止められなければ本末転倒なのだ。だから、自分の考えは何も間違っていない筈……だというのに、アリーシャの表情は、いつまでも晴れなかった。

 

 

 

__________________________________

 

翌日の早朝、アリーシャ達は、夜間の見回りを終え、宿を訪ねてきた騎士の男から、今後の行動に関係する情報を聞いた。

 

 

「では、スレイ達は、無事にこの街を出発しているのですね」

 

「はい、10日以上前になりますが、我が白皇騎士団の団長を務める、セルゲイ殿が、この街に現れた導師殿の正体に気づいたとのことで、私があなた方に頼んだのと同様に、枢機卿の調査の協力を依頼したとのことです」

 

「そうですか。良かった……スレイやライラ様達は無事だったか」

 

「って事は、スレイ達はもうペンドラゴに着いちまってる頃か?」

 

「それはどうでしょうか……ラストンベルからペンドラゴへの道程は『凱旋草海』と『パルバレイ牧耕地』のみですが広大な平原なので徒歩ではかなり時間が掛かる筈です。それに加え、導師殿達は、『凱旋草海』の途中にある、『カンブリア地底湖』や『マロリー緑青林』の情報も集めていたとの事なので……」

 

「真っ直ぐ、ペンドラゴへ向かってるかもわからないって訳か」

 

「おそらく、憑魔関係の情報を得たのだと思う。被害が出ないようペンドラゴに向かう途中で浄化していくつもりなのだろう」

 

「なるほどね。因みに聞くけど、団長のセルゲイって人も、今はペンドラゴに?」

 

「はい。現状の報告の為に皇都へ戻られています」

 

「そりゃ、好都合だ。平原ならバイクも全速力で飛ばせるし。上手くいけば、ペンドラゴで何とか追いつけるかもしれない」

 

「では、お二方は今日にもラストンベルを発つのですね?」

 

その言葉をアリーシャは肯定しようとするが……

 

 

「そ、それは……」

 

「? どうかされましたか?」

 

歯切れ悪く言い淀むアリーシャに騎士は首をかしげる。そこにフォローする様に晴人が声を発した。

 

「それなんだけどさ、この街の加護の件を少し調べとこうと思ってるから、とりあえず、街の教会を訪ねとこうと思ってるんだ」

 

「この街の……教会をですか? それは構いませんが……」

 

晴人の発した教会という言葉に、微妙な反応を見せる。

 

「ん? なんかマズイのか?」

 

「いえ、そういう訳では……わかりました案内します」

 

「悪いな、アンタだって疲れてるってのに」

 

「いえ、我々にはそれくらいしか出来ないので」

 

そう言って騎士は二人を教会に案内すべく立ち上がり部屋の外へと向かい二人は、それに続いたのだが……

 

 

バタン!

 

突如、廊下から鳴り響いた音。三人は何事かと廊下に飛びだすと、そこには壁に寄りかかる様に倒れた宿屋の女将の姿があった。

 

「ポプラさん!」

 

おそらくは、それぎ女将の名前なのだろう。騎士の男は慌てて彼女に駆け寄る。

 

「あぁ、騎士様にお客様……すいません、驚かせてしまって……」

 

自分の事を気に掛けず、ポプラはアリーシャ達へ謝罪する。

 

「気になさらないでください。それより、少し休まれた方が……」

 

彼女の身を案じ、アリーシャは言葉をかけるが、ポプラは首を横に振る。

 

「大丈夫ですよ。少し立ち眩みがしただけです」

 

そう言うポプラだが、アリーシャ達には彼女が大丈夫だとは思えなかった。彼女の顔色は白く明らかに血色が悪い。目の下にも大きな隈ができており彼女が、ここ数日、まともに眠れていない事を物語っていた。

 

「ポプラさん、あまり無理をなさらないでください。このままでは貴方が倒れてしまう! 仕事は他の従業員に任せて、休んでください!」

 

明らかに無理をしているポプラに騎士の男は休むよう説得を試みるが、それでもポプラは首を横に振る。

 

「今の私にできる事は、あの娘が……マーガレットが、何時もの様に帰ってくる事を信じて、何時もの様に働くことだけなんです……お願いですから止めないでください」

 

行方不明の娘の安否が気にならない訳ではないだろう。寧ろ、だからこそ思考が悪い方向に行かない様に彼女は体を動かし続けていた。

 

最愛の娘に、もう二度と出会えないかもしれないという最悪の方向へ思考が傾かない様に……

 

そんなポプラを見た晴人は静かに傍に歩み寄ると片膝をつきかがみこんで視線を彼女と同じ高さにする。

 

「娘さんをいつもと同じ様に迎えたいなら、まずはアンタがいつも通りじゃなきゃ駄目だろ? 今のアンタの顔を見たら戻って来た娘さんが逆に不安がっちまう」

 

「お、お客様……?」

 

困惑するポプラ。晴人は、そんな彼女の手を取ると取り出した指輪をはめる。

 

「少し休みな。大丈夫、悪い夢は見ない。魔法使いが保証するよ」

 

そう言って晴人は、はめた指輪をバックルに翳す。

 

【スリープ! プリーズ!】

 

そして、鳴り響いた音声と共に、ポプラの瞼が緩やかに落ち、彼女の口からは静かな寝息が、溢れた始めた。

 

「こ、これは?」

 

「眠りの魔法をかけた。暫くすれば目を覚ますよ。ちょっと強引だけど、これなら十分に休息が取れると思う」

 

何事かと驚く騎士に、晴人はポプラにはめた指輪を抜き取りながら答える。騎士の男は、その言葉に安堵すると同時に、悔しそうに言葉を漏らした。

 

「彼女の娘、マーガレットの行方に関しては、我々も依然手掛かりを掴めていません……民を守る騎士として情けない……」

 

「あんまり自分を卑下するもんじゃないさ。アンタ達が頑張ってるのは、この人だってわかってるさ」

 

騎士団の面々が真剣に捜索を行っているからこそ、彼女もまた希望を繋げようとしているのだから……

 

「そう……ですね。では私は、宿の従業員に彼女の事を説明してきます。申し訳ありませんが教会への案内は……」

 

「あぁ、大丈夫、大丈夫。確か、大通り沿いにあるんだよな? こっちで探すから気にしないでくれ」

 

「はい。では、また後ほど……」

 

そう言って騎士は、ポプラを背負い行ってしまった。

 

その後ろ姿をアリーシャは複雑そうな表情で見つめる。

 

「何か悩んでるって顔だなアリーシャ」

 

「えっ?」

 

そんな彼女に晴人が声をかけ、不意を突かれたアリーシャは、驚いた声を漏らす。

 

「娘さんを探しているあの人の力になりたい。だけど、戦争を止める為には、早くペンドラゴに向かわなくちゃならない…って所か?」

 

その言葉にアリーシャは驚いたように目を見開くが、その言葉を肯定するように、自身の思いを零しはじめる。

 

「ッ! ……その通りだ。大切な使命を任され、君にも協力してもらっておきながら無責任と思われるかもしれないが私は……」

 

様々な人達の協力を得て臨む自身に任された使命。その重さを理解した上で、軽率な行動をとろうとしている自分を責める様にアリーシャは言う。

 

だが……

 

 

「助けたいと思ったのなら助ければ良いさ」

 

 

晴人が発した言葉は、優しい肯定の言葉だった。

 

「ッ! だ、だが私達は「『騎士は守るものの為に強くあれ。民の為に優しくあれ』」……あ」

 

その言葉にアリーシャは、思わず口をつぐむ。

 

「アリーシャは、自分の背負った責任を理解した上で、それでもあの人を助けたいと思ったんだろ? 例え、敵国の民が相手だとしても騎士として手を差し伸べたいと思ったんだろ? なら胸を張ってそれをやればいいさ。……それに、もしアリーシャが言い出さなかったら、その時は俺が今の同じ様な事を言ってただろうしな」

 

その言葉にアリーシャの表情から迷いが消える。

 

「その通りだ。騎士が幼い子供を見捨てる等、あってはならないな……ありがとうハルト。」

 

「気にすんなって、仲間だろ? さぁ、そうと決まれば行動開始と行こうぜ。国もポプラさんの希望も両方救う為に」

 

「あぁ!」

 

憂いの消えた顔でアリーシャは力強く頷いた。

__________________________________

 

 

会話を終え、二人は当初の予定通り、先ずは教会へと向かった。加護天族の存在の痕跡を探すのと同時に、マーガレットに関しての手掛かりを見つける事を目的として…

 

しかし……

 

 

「司祭さんは、出払ってるし加護天族も見当たらないときたか」

 

朝の祈りが終わり、晴人達以外、誰もいない教会の中で晴人は、思わずため息をつく。

 

「加護天族の方が居ないのは想定内だが、『器』も見当たらない……この街の穢れの少なさを考えれば、最近までは加護領域があったのは間違いない筈なんだが……」

 

「何かしら手掛かりがあるかと思ったんだけどな……ん? アリーシャ、その『器』ってのは何なんだ?」

 

アリーシャの言葉に晴人は疑問を覚え問い掛ける。

 

「あぁ、そう言えばハルトには『加護領域』の仕組みについて詳しく説明していなかったな」

 

そう言ってアリーシャは、加護領域の説明を始めた。

 

要約するとこうだ。

 

元来、天族という存在はその他の生物と異なり、感情の状態に関わらず自身から『穢れ』を発する事は無い。しかし、一方で天族は穢れの影響を受けやすく能力の低下や憑魔化など、人間よりも穢れに弱い面を持っている。

 

その為、加護天族達は、自身が穢れから身を守る為に清浄な『器』を選び、そこに身を宿す。清浄な『器』で穢れから身を守り、その一方で、天族の宿る器を祀る者達が集めた信仰が、天族の力を増幅し『加護領域』を広範囲に展開可能となり、その土地の穢れを抑え込む。それが加護領域の仕組みなのだ。

 

因みに、この関係性は導師の契約に近いもので、この場合は、導師が『器』の役目を担っている。

 

「レディレイクの加護天族のウーノ様は教会の聖杯、マーリンドのロハン様は聖なる大樹を『器』としていた。私はてっきり、この教会に器があるかと思っていたんだが……」

 

「見当たらないって訳だ。しょうが無い、司祭様を探して話を聞いてみるか」

 

「そうしよう」

 

次の目的を決め、二人は司祭を探す為に教会を出る。すると教会の敷地の真ん前に、先程、ポプラを連れて行った白皇騎士団の男と聖職者らしき男が何やら話していた。

 

「お、もしかしてあれが司祭さんか?」

 

「戻って来られたようだな。早速話を伺おう」

 

そう言って司祭らしき男に二人は歩み寄ろうとするが……

 

「こんな所で何をされているので? 教会側の周囲を嗅ぎ周るなど騎士団は余程、暇を持て余しているのですね。そんなに我々を強請る為の情報が欲しいのですか?」

 

司祭が発した言葉を聞き、二人は思わず歩みを止める。

 

「司祭様、我々には、そのようなつもりは……」

 

「ハッ!どうだか。大方、我らがフォートン枢機卿の台頭により、騎士団の発言力が落ちてきた事が面白くないのでしょうが、そんな事をしている暇があれば、この街で起きている事件を速く解決されたらどうです? 襲撃事件の犯人は、未だ捕まっていないのでしょう? 住民達も、さぞ不安だと思いますよ?」

 

「ぐっ! 仰る通りです……」

 

聞こえてくる、大凡、聖職者とは思えない、ネチネチとした言葉と内容にアリーシャの表情が険しくなる。

 

「全く……この災厄の時代中、ローランスが、纏まっているのは枢機卿、ひいてはローランス教会の力によるものだという事を理解して頂きたいものだ。あまり、教会に対しての言動が酷いと天族様から罰が降るかもしれませんよ? ほら、天族様への礼を欠いた子供が1人、未だに行方不明でしょう? もしかしたら貴方達もそうなってしまうかもしれませんよ」

 

「ッ!……ご忠告、承りました」

 

明らかに子供を行方不明のマーガレットを愚弄するような言葉。だが、騎士は握りしめた拳を震わせながらも冷静を装い、司祭の言葉を受け流す。

 

「ふん……では、私は用があるので」

 

その反応がつまらなかったのか司祭は、騎士を一瞥すると晴人達とすれ違い、教会の中へと入っていってしまう。

 

騎士には見えていなかったが、その司祭の背中は憑魔に至る程ではないが、穢れに塗れていた。

 

「……なんだありゃ」

 

「聖職者があの様な物言いを……」

 

晴人とアリーシャの二人は司祭の言葉に嫌悪感をおぼえる。そこに二人に気づいた騎士が歩み寄り声をかけた。

 

「お見苦しい所をお見せしました。教会は調べられましたか?」

 

「えぇ、それよりも今のは……」

 

司祭の言動を指したアリーシャの言葉。それを聞き、騎士の表情が歪む。

 

「現状、前教皇を支持する騎士団と枢機卿を支持するローランス教会の関係は険悪です。加えて、半年前に前司祭と入れ替わる形でラストンベルにきたあの司祭は、金銭関連の黒い噂の絶えない男で騎士団も調査しているのですが、教会の立場を盾に騎士団の介入を封じていて……」

 

「……なるほどね、とりあえず、あまり信仰心のある奴じゃなさそうだな」

 

天族の存在を脅しの材料にするような物言いをする人間が、天族を心から信仰しているようには晴人は思えなかった。

 

「あの様子では、マーガレットの事も大した事は聴けなさそうだな」

 

「だろうな。となれば、とりあえず街を歩いて情報集めだな」

 

「そうだな。二手に分かれて住民から情報を集めよう。ハルトは大通り側を頼む。私は裏路地と高台の公園の方だ」

 

「了解」

 

予定を変更し、二人は手分けして情報収集を始めようとする。

 

そんな晴人の背中に騎士が声をかけた。

 

「お二方は今日中に出発されるのでは?」

 

その言葉に振り返り晴人は返答する。

 

「予定変更だ。先ずは目の前の希望を助けだす」

 

そう言い放ち晴人は駆け出した。

 

 

__________________________________

 

 

「と、勢いよく飛び出したは良いものの……」

 

時刻は既に夕方目前、大通りを行き交う人々を眺めながら晴人は肩を落とした。

 

「そう簡単にはめぼしい情報も見つからないよなぁ……ただでさえ見かけない余所者だから警戒されるってのに……」

 

あれから、街の住人や行き交う商人達に話を聞いたが、マーガレットに関しても、加護天族に繋がりそうな有力な情報も手に入らない。

 

「こういう調べ物は、凛子ちゃんや、木崎に任せっぱなしだったからなぁ……勝手が掴めないぜ」

 

ファントムとの戦いでは、情報面に関しては警察組織に所属する凛子や国安0課に任せていた事もあり、慣れない作業に晴人は苦戦していた。

 

「やれやれ、探偵や警察ならこういうのは得意なんだろうがな」

 

そう言葉を漏らした時、突如、晴人の腹から空腹を訴える音が鳴った。

 

「あー、そういや碌に昼飯食ってなかったな」

 

宿での夕食までには、まだ時間がある。仕方ないから我慢して情報収集を続けようとする晴人だが、そんな彼に声がかけられた。

 

「そこのお兄さん」

 

「ん? 俺の事?」

 

晴人が振り返るとそこには一組の男女が立っていた。歳は10代後半、街を行き交う商人に似通った服装をしており、二人とも亜麻色の髪。男性は髪を右側に流し大きな白い帽子をかぶっており、女性は左側に流し何もかぶっていない対照的な髪型をしていて、その容姿が似通っていたことから二人は双子の兄妹だろうかと晴人は考えた。

 

「その通り! お兄さんお腹減ってるでしょ? よかったらウチの『マーボーカレーマン』を買わない? 今度、新商品として売り出す予定の試作品なんだけど、まだ改良の余地があるから食べた人の感想を聞きたいんだ。今なら割安で提供するよ!」

 

そう言ってセールストークを仕掛けてくる二人に晴人は押され気味になりながらも問い掛けた。

 

「えぇっと……アンタ達は?」

 

その問い掛けに二人は明るい調子を崩さずに答える。

 

「ん? 私達は商人キャラバン『セキレイの羽』よ」

 

 

__________________________________

 

 

同時刻の路地裏。アリーシャもまた情報収集は進展していなかった。

 

「やはり、そう簡単には情報は集まらないか……ん? あれは?」

 

高台にある公園の下を歩いていた時、左側の建物のある点を見てアリーシャは思わず足を止めた。

 

「これは……」

 

石造りの家屋の壁。そこには、見事に削り取られた三本の爪痕のような痕跡が存在した。

 

長さにして1m、一本の幅は10cm程。見た目だけなら動物の爪痕に見えるが、その大きさと石造りの壁を大きく抉る痕を作り出すのは、普通の生物には難しいだろう。

 

疑問に思ったアリーシャは、近くを通り過ぎようとする街の住人に問いかけた。

 

「申し訳ない。一つお聞きしたいのだが、この傷痕は一体……」

 

その質問に住民は困った様に答える。

 

「あぁ、それか……二日前に住人の襲撃事件があっただろ? その時に出来てた代物らしい。全く、何をどうすればこんな痕ができるのやら……噂じゃ、馬鹿デカイ唸り声が聞こえたって話だが……」

 

そう言って去っていく住民を見送り、アリーシャは再び傷痕に視線を向ける。

 

「夜間に起きている襲撃事件でこれが? だが、この傷痕、どう考えても普通の人間が作れる大きさではない……」

 

そこで、彼女の脳裏にある解答が浮かび上がる。

 

「まさか、この街でおきている夜間の襲撃事件の犯人は……」

 

異常な怪力と巨大な爪を持っていなければ作れない様な傷痕を作りだせる存在。

 

アリーシャが知る限り、そんな事が可能な存在はただ一つ……

 

 

 

「憑魔なのか……?」

 

 

__________________________________

 

「ふーん、それじゃあ、お兄さんは、もう一人のお仲間さんと、宿屋の娘さんの行方を捜してるんだ。中々、お人好しね」

 

「失礼だぞフィル。すいません、妹が失礼な真似を」

 

「気にしちゃいないさ。それで、良ければ何か知っていないか? この街で起きている不可思議な事ならなんでもいいんだ。何か手掛かりになるかもしれない」

 

先程の出会いから数分後、マーボーカレーマンを購入し完食した晴人は、感想を伝えつつ、二人に、マーガレットについて何か知らないかと問いかけた。

アリーシャの分もまとめてマーボーカレーマンを購入したことで機嫌を良くしたのか、二人は晴人の質問に協力的に答えてくれた。

 

商人キャラバン『セキレイの羽』の団員。兄のアン・トルメと妹のアン・フィル。

 

二人は各地を転々とする商人キャラバンのメンバーという事もあり、自分達が活動する地域の情報にも詳しいらしく、この街の事情についても把握しているらしい。

 

「宿屋の娘、と言うとマーガレットよね? よく飼い犬と遊んでる明るい子よ」

 

「最初の頃は、家出と騒がれていましたが、数日経ち、行方不明扱いになったようですよ。一部では、夜間に起きている襲撃事件の犯人に襲われたのでは、とも噂されていますが、真相は定かではありません」

 

その言葉を聞いて、今度は襲撃事件まで絡んでくるのかと晴人は内心でため息をつく。

 

有力な証言は集まらず謎が深まるばかり、どうしたものかと考えていると、フィルが口を開いた。

 

「でも、マーガレットは襲撃事件の犯人には襲われていないと思うわよ?」

 

「え? それってどういう……?」

 

フィルの発言が引っかかり晴人は、その意味を問う。

 

「ここだけの話だけどね。実は襲われた人達にはね、ある共通点があるの」

 

「共通点?」

 

「えぇ、襲われた人達はね……全員が教会の熱心な信徒なのよ」

 

 

 

__________________________________

 

日が暮れはじめ太陽が赤く染まり始める。

 

 

 

ラストンベルの大鐘楼の上部から、一人の男がその景色を眺めていた。

 

 

「やれやれ、この街に来るのは久しぶりだが、暫く来ないうちに随分と嫌な風が吹くようになったもんだ」

 

 

 

吹き抜ける風が男の白い長髪を揺らす。

 

 

 

「できれば、無駄弾は使いたくないんだが……さて、どうなるか……」

 

 

赤く輝く夕日が、男のジーンズの後ろに雑にねじ込まれた黒い銃身を照らした。

 

 

 




最近、平成二期からライダーにはまった友人達が某動画サイトでキバの配信を見て高評価なのがリアタイ時代からキバが好きな身としては凄く嬉しい。

キバのクロスSS増えねぇかなぁ……



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15話 疾風のZ/少女の真実 前篇

【超朗報】今月号の漫画版ゼスティリア、アリーシャ離脱イベントを神改変

離脱自体は避けられませんでしたが、お荷物扱いではなく、戦争を止める為にスレイ達と別れレディレイクへと戻るという改変に。スレイ達と別れて大臣達の虐め空間に戻る事への葛藤として、心中で『普通の女の子』のアリーシャが、原作終盤でスレイに漏らした弱音を叫ぶという演出も良かったです。スレイ達から優しい言葉を受け、いつか再び道が繋がる事を信じて別々の道を行く為にも、心からの笑顔で別れを告げるアリーシャが可愛いのなんの……

つまり何が言いたいのかと言うと……このゼスティリアのゲーム版は何処に売ってますか(白目)

俺が持ってるゼスティリア、絶対、分史世界の代物だろ……大精霊クロノス、絶対にゆるさねぇ!(理不尽)

とまぁ、茶番はさておき、最新話です。今回はアリーシャがメインですね。会話ばっかで戦闘にたどり着けねぇ……


「襲われた全員が、教会の信徒だって?」

 

フィルから聞かされた襲撃事件の対象となった者達の共通点に、晴人は驚きの声を漏らした。

 

「そう、それが襲われた人達の共通点」

 

「いや、だけど偶然ってこともあるんじゃないか? 襲われたのは数人って話だし、それが偶々、教会の信徒だったってだけなんじゃ……」

 

教会の信徒というだけなら、そこまで別に特別な特徴では無い。偶然だという可能性だってあり得ると晴人は考える。だが、アンは、その言葉を首を横に振りながら否定した。

 

「『普通』の信徒ならその可能性もあります。枢機卿の起こす奇跡で、ローランスの教会信徒は増えていますしね。ですが、今回の事件で重要なのは対象が『熱心』な信徒という所なんです」

 

「……どういう意味だ?」

 

アンの言葉の意味が読めない晴人は、問い掛ける。

 

「1年前、前教皇の失踪後に実権を握った枢機卿は奇跡を起こし大衆の支持を得ました。それにより、ローランス教会の権力は増したのですが、それから教会は、信仰による民の統制を図ったんです」

 

「なんの為に?」

 

「各地で起こる災厄やハイランドとの終わりの見えない戦争。それらによって生まれた民の不安や不満を、天族への信仰を高める事で緩和するのが目的だったんだと思います。そして、枢機卿の起こす奇跡の力という土台があれば、それは決して難しい事では無かったんです」

 

「そうすれば、民の意思が纏まり、教会への支持は更に増す。教会からすれば良いこと尽くしって訳だ……」

 

「そうです。ですが問題もあった……」

 

「問題?」

 

「えぇ、実は……」

 

 

 

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一方その頃、裏路地で、襲撃事件の痕跡を発見したアリーシャは、その痕跡から襲撃事件の犯人が憑魔である可能性がある事に気づき思案に暮れていた。

 

「夜間に起きている襲撃事件は、憑魔の仕業なのか? まさか、マーガレットの行方不明事件にも何か関係が? だとしたら、白皇騎士団に協力し、夜間の警備に参加するべきだろうか?」

 

アリーシャは、マーガレットが憑魔に襲われた可能性を考え、その憑魔との接触を考慮する。

 

「くっ……やはり、現状では事件の全容は見えてこないか……ん? あれは……?」

 

思わず空を見上げたアリーシャの視界に高台にある公園が飛び込んでくる。そこでアリーシャはある事に気が付いた。

 

「あの女性は……」

 

高台の公園から1人の女性が大鐘楼を見上げていた。それ自体は、別に問題では無い。アリーシャが気になったのは女性の服装だ。

 

白をベースにし各所に緑色があしらわれたワンピースタイプの独特なデザインの服装と首元にある金色の装飾品。明らかに街の住人とは異なるその服装は、女性の存在を際立たせている。だというのに周囲を歩く人々は誰一人として彼女に目もくれない。

 

まるで彼女の存在が見えていないかの様に……

 

そこでアリーシャは気付く。

 

「まさか、天族の方……」

 

アリーシャは急いで公園へと通じる階段を駆け上がる。

 

夕方になり人が少なくなった公園。

 

その端には、やはり柵に手をかけ大鐘楼を見上げている女性がいる。葵色の髪を風に揺らし、憂いを帯びた同色の瞳がアリーシャには印象的だった。

 

もしかしたら、加護天族と何か関わりがあるかもしれないと、アリーシャは意を決して彼女に話かける。

 

「あの……貴女は、天族の方……でしょうか?」

 

その言葉に女性は少し驚いたようにアリーシャへ視線を向ける。

 

「驚いたわ。私が見えるのね」

 

「はい。私はアリーシャと言います。貴女は?」

 

「私は、サインド。このラストンベルの加護天族だった者よ……」

 

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夕日が沈み始め辺りが薄暗くなり始め公園からは人気がなくなった。そんな中、公園のベンチに腰掛けたアリーシャは、隣に座るサインドへと恐る恐る問いかけた。

 

「あの……サインド様はラストンベルの加護天族だったと仰いましたが何故……」

 

「今のラストンベルには加護領域がないのか聞きたいのね?」

 

「……はい」

 

「理由は簡単よ。一ヶ月程前に私が加護を与えるのをやめたから……」

 

その言葉にアリーシャの表情が険しくなる。

 

「……理由を伺っても?」

 

その言葉にサインドは俯き、哀しげな声で答えた。

 

「私はね……人間というものがわからなくなったの」

 

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「一部の信徒による弾圧だって?」

 

驚きの感情を滲ませた晴人の言葉にアンは静かに頷いた。

 

「はい……教会は信仰の強化により、民のの統制を図りました。その結果、一部の教会関係者や過激な信徒達が、天族信仰……いえローランス教会へ否定的な人間を徐々に弾圧し始めたんです」

 

「……おいおい、何を信じるのかなんて、個人の自由だろ」

 

宗教に興味の無い晴人としては、それらの行動は理解し難いものだ。

 

だが……

 

「その通りです。ですが、ハイランドとの大規模な激突や災厄による被害が増え、不満が募る民の統制を行いたいローランス教会にとって、教会へ否定的な存在というのは……」

 

「目の上のたんこぶって訳か」

 

そう呟いた晴人の言葉にフィルが続く。

 

「そういう事よ。そして今回の襲撃事件で襲われた人間は皆、教会に否定的な人を弾圧していた信徒って訳」

 

「成る程な、確かにそれは偶然って訳じゃ無さそうだ」

 

「でしょ?」

 

「(襲撃事件が始まってから一週間の中で、対象に共通点のある襲撃事件の条件にはまらないマーガレットのみが、行方不明になっている。何か裏がありそうだな……アリーシャと合流して情報を整理した方が良さそうだな)」

 

アリーシャと合流すべく、晴人は情報収集を切り上げ、宿に向かおうとする。

 

「情報サンキューな。また、何処かであったら改めて礼をさせてくれ!」

 

「え? もういいの? 他にも、今、皇都に出回ってる謎の秘薬だとか、ローランス軍がヴァーグラン森林で起きている敗残兵狩りを撲滅しようしてる、とか色々な情報あるのに」

 

「それは、また今度頼む! じゃあな!」

 

フィルの言葉を振り切り、日が暮れた街の中を晴人は走って行ってしまう。

 

「ちょっ!? お兄さん!? あーあ、言っちゃった……」

 

そんな晴人を見送りながら二人は言葉を交わす。

 

「……フィル、余計な事まで話そうとするな」

 

「いいじゃん、あのお兄さんは悪い人じゃ無さそうだし」

 

「かもしれないがな……」

 

「わかってるって! 重要な事まで漏らしたりしないよ……それよりも……」

 

先程まで明るかった二人の声音が突如、低くなる。

 

「あぁ、最近ペンドラゴに出回っている『エリクシール』の流れについてだな」

 

「ペンドラゴにいるロッシュからの報告によると、やっぱり小細工されてこの街を経由して運びこんでるのは間違いないよ。今回、調査した限り出処は予想通り『あの町』だ」

 

「『(かしら)』と『エギーユ』の読み通りだったか……入れ違いになってしまったが、こうなると頭にもこの情報がペンドラゴで伝わるか」

 

「そうだね。まったく、『ごめん! しばらく別行動とってる!』なんて行って飛び出しちゃうなんて頭も自由だよね」

 

「そう言うな。五年前の『あの事件』の真相がわかるかもしれないんだ。頭だって必死になるさ」

 

「……そうだね。しかし、頭は上手くやれてるのかなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

導師達と……」

 

 

 

 

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「そんな! その様な事が……」

 

日の暮れた公園でアリーシャは悲痛な声を上げた。彼女もまた、晴人と同様、サインドの口から、信徒による弾圧の事を聞かされたのだ。

 

ショックを受けたアリーシャを見ながらサインドは言葉を続ける。

 

「この街はね……嘗てはハイランドの進入を妨げる為の砦だったの……」

 

ずっとこの街を見守ってきた彼女は、懐かしむ様に言う。

 

 

「それが、長い年月を経て、この街に住み着いた職人達の手によって今のラストンベルへと生まれ変わった。私は、この町が好きだったわ。職人達が純粋に情熱を燃やし作り上げられたこの街と、そこに住む人々が……」

 

そう言ってサインドは、先程と同様に大鐘楼を見上げる。

 

「あの大鐘楼が、その証拠よ。職人達の情熱を注ぎ作り上げたあの大鐘楼はとても清らかな物だった。だから私は、あの大鐘楼を器にして、この街の人々に加護を与えていたの。この街と人々が何時までも、清らかでいられるようにと……だけど……」

 

サインドは大鐘楼を見上げるのをやめて俯く。

 

「加護による浄化は私達、天族の力と人間の天族への祈りの二つがあって初めて実現する力……でも、私と人々の関係は歪んでしまった。自身の為に信仰を利用する者や他者を弾圧する者が溢れ、私達、天族の名は、他者を欺く為の言葉となってしまったわ……そして徐々に加護の力は失われていった……私は、わからなくなってしまったの……人間と、どう関わって行けばいいのかが……」

 

人間の事を想う心が強かったからこそ、彼女は人間のした行為に傷付いてしまった。

 

 

「だから、わたしは一ヶ月程前に、街を出て『カンブリア地底湖』に籠っていたわ。人間との在り方を見つめ直す為に……」

 

「籠っていた? では、何故再びラストンベルに?」

 

一度は人間に失望し、加護を与える事をやめた彼女が再びこの街に現れたのかアリーシャは疑問に思う。

 

「何故でしょうね……私にも何故戻って来たのか良くわからないわ。未だに答えは出ていないの……でも……」

 

「でも?」

 

「彼の話を聞いたらどうしても、じっとしていられなくなって、気づいたら街に戻って来ていたわ……」

 

「彼?」

 

「少し前に、カンブリア地底湖に導師を名乗る青年が来たの」

 

「スレイが!?」

 

驚きの声をあげるアリーシャだが、一方で、今朝、スレイが周辺地域の事を調べていたと白皇騎士団の男から聞かされた情報を思い出し、彼もまたラストンベルの加護領域消失について危惧していたのだと理解した。

 

「導師の事を知っているのね。彼はラストンベルの加護領域が無くなった事を危惧し私の元へ現れたわ。もう一度、加護天族として、ラストンベルに加護を与えて欲しいと私を説得しに来たの。その時は、貴女に話した事と同じ事を話して断ったわ。彼も、強制するつもりは無かったから去っていったけど……」

 

導師の話を聞いて、サインドはラストンベルの事が気掛かりになり、この街に戻って来た。元より、加護天族としての責任感と人間への愛着を持っていた彼女は、この街に見切りをつける事ができなかったのだ。

 

そして、何より、それ以上に気がかりな事が彼女にはあった。

 

「この街の事が気がかりだった……いえ、違うわね……導師の話を聞いて私は心配になったの。加護天族としてでは無くなく、一人の天族として、この街に住む『友達』の事が……だから、答えも出ていない身でこの街に戻って来たの……加護天族ともあろう者が身勝手で、人間の貴女は失望したでしょう?」

 

長い年月を生きながら、答えも出せずに揺れ動く自身を自嘲するサインド。だが、アリーシャは力強くその言葉を否定した。

 

「そんなことはありません。天族の方とて、個人としての感情があるのは当然です」

 

幾ら、天族が特別な力を持っている存在だとしても、個人としての感情は人間とは変わらない。笑いもすれば怒りもするし、何かを好きになる事もあれば嫌いになる事もあるだろう。ならば、当然、大切な存在だってできて然るべきなのだ。その感情を否定する事はアリーシャにはできない。

 

「それに、サインド様が加護を与える事をやめてしまった原因は私達、人間側にあります。私欲や他者を傷付ける免罪符に、天族の名前を利用し、加護を歪め貴女を失望させてしまった。それは紛れも無い事実です」

 

そう言ってアリーシャは、頭を下げサインドへ謝罪する。その姿にサインドは、戸惑いながら返答しようとする。

 

「貴女の言葉は嬉しいわ……だけど、私はまだ「答えを出せない……ですね?」……えぇ」

 

言葉を遮ったアリーシャの言葉にサインドは肯定の意を示す。

 

そんな彼女にアリーシャは、怯むこと無く告げた。

 

「なら、見ていて下さい」

 

「え? 」

 

アリーシャの言葉の意味がわからずサインドは困惑する。そんな彼女に対し、アリーシャは言葉を続ける。

 

「私達は、ハイランドとローランスの戦争を止める為にローランスの皇都を目指しています。戦争を止める事が出来れば、民の統制を目的としたローランス教会の政策も緩和される筈です」

 

元を辿れば、教会が民の統制を図った理由は、各地の災厄と二国間の争いにより、民の不満や不安が肥大化し、教会がそれを利用しようとした部分が大きい。ならば、それを取り除けば、教会側も、あまり過激な政策はとらない筈だとアリーシャは考える。

 

不安や不満が解消された状態で、今の教会の政策を続ければ、それは逆に民の反感を買う可能性があるからだ。

 

「……例え、其れが成功したとしても、根本的な問題は解決していないわ。確かに、貴女は真摯な気持ちを持っているのかもしれない。だけど、加護領域は貴女一人で成立はしない……歪んでしまった私と人間達の関係が戻らなければ……」

 

ハイランド領の様に失われた信仰を取り戻すだけなら、話はもう少し単純だったかもしれない、だがこの街の抱える問題は信仰を利用し歪めてしまった事なのだ。

 

一度失った、信用は簡単には取り戻せない……

 

だが……それでもアリーシャの心に諦めの感情は微塵なかった。強い意志を込め、アリーシャは言葉を発する。

 

「人間の過ちの清算を天族の方達だけに押し付けはしません。人は過ちを犯すだけでは無く、そこから過ちを正していけるのだと証明して見せます」

 

嘗て、存在したと言われる人と天族の共存する世界。それを実現する為にも……

 

「この災厄の世で人々の心は荒んでいるかもしれません。それでも、誰もが心の奥底に『希望』を宿して生きている筈です……私はそれを取り戻してみせます……」

 

 

 

失った信頼を取り戻す為に必要なのは、並べ立てた薄っぺらい言葉の羅列ではなく、行動で示す事だ。だからこそ、アリーシャは結果を示す事で、サインドからの信用を取り戻そうとしている。

 

 

 

「ですから、改めてそれが証明できた時に、貴女の答えを教えて頂きたい。貴女が人間とどう歩んで行こう思ったのか……その答えを」

 

視線を逸らさず真っ直ぐにサインドを見据えて言い切ったアリーシャの言葉に、彼女は、一瞬驚いた様な表情をした後に、頬を緩め優しい笑顔を浮かべた。

 

「導師が言った通りね……」

 

「え?」

 

「私を説得しに来た彼が言っていたのよ。『人間の中にも人と天族、両方の為に尽力しようとしてくれる人がいるよ。それだけは知っておいて欲しいんだ』とね。貴女の事だったのね」

 

「スレイが私の事を?」

 

「少なくとも、貴女と話して私はそう思ったわ」

 

そう言ったサインドはベンチからゆっくりと立ち上がる。

 

「話を聞いてくれてありがとう。少しは前に進めた気がするわ。答えはまだ出ないけど、だからこそ私も、もう一度、友達と話して自分の気持ちを確認しようと思う」

 

「友達に? まだ会われていなかったのですか?」

 

「えぇ……一ヶ月前に何も告げずにラストンベルから去ってしまって……その……恥かしい話だけど、どう声をかけたら良いのかわからなくて……きっと『あの娘』は怒っているわ」

 

先程までの凛とした真面目な態度が薄れ、何処かソワソワし始めるサインド。その姿は喧嘩した友達とどう仲直りしようか困っている子供の様で、アリーシャは思わず笑い声を漏らしてしまう。

 

「ふふ……大丈夫ですよ。きっとその、ご友人はサインド様に、とても怒るでしょうけど……」

 

「や、やっぱりそうかしら……?」

 

「でも、謝れば絶対に許してくれます。だって、友達なんですから」

 

笑顔でそう言い切ったアリーシャの言葉を聞いて落ち着きを取り戻す。

 

そして……

 

 

「そうね……まずは『あの娘』に……

 

 

 

 

 

 

 

『マーガレット』に謝らないといけないわね」

 

 

 

その言葉にアリーシャの表情が凍りついた。

 

 

「い、今なんと仰いましたか?」

 

「マーガレットの事? 私の友達の事よ。人間の女の子なんだけど、生まれつき霊応力が高い娘で天族を見る事が出来るの。よく母親の事や飼い犬の事を楽しそうに話す子なの」

 

「い、いえ! そうでは無く!」

 

アリーシャは混乱する頭を何とか落ち着け用とする。サインドの友人が人間だという点は別に良い。重要な点はその友人が行方不明だったマーガレットだと言う事……そして……

 

「サインド様……マーガレットは天族の存在を知っていたのですか?」

 

「あの娘の事を知っているの? えぇ、彼女が偶々、興味本位で入り込んだ大鐘楼の内部で出会ったわ。私もまさか、あんな小さい子供が私の事を見えるなんて思わなかったけど……あの時はーーーーー」

 

そのまま当時のマーガレットとの出会いについて話すサインドだが、アリーシャの思考は別の所にあった。

 

「(おかしい……マーガレットは10日前に聖堂で天族の存在を否定して……いや待て! マーガレットの言った言葉は……)」

 

 

『この聖堂に(・・・)天族はいない』

 

 

「(『聖堂に』天族はいない……そうか! サインド様は大鐘楼を加護の為の器にしていた。それを知っていたからマーガレットは……)」

 

アリーシャの中で、バラバラだった事件のピースがはまり始める。

 

「(民の統制の為に天族信仰を利用した司祭は、天族が教会にいるかの様な物言いをしていた筈だ。だが、天族が見えるマーガレットには、それが嘘だとわかった。そして司祭達が友人であるサインド様の存在を利用している事に納得できず、あの様な言葉を……だが、待て……司祭達は、教会に反抗的な人達に対して……ッ!……まさか! ……襲撃事件の犯人の正体は!)」

 

思考の先にアリーシャの中で一つの答えが導き出されていく……

 

「? ……どうかしたの?」

 

一方のサインドは急に黙り込んだアリーシャに違和感を覚えたのか、どうかしたのかと声をかける。そんな彼女にアリーシャ深刻な表情で返答する。

 

「サインド様……マーガレットの事で伝えたい事があります。落ち着いて聞いてください……」

 

そのアリーシャの言葉にサインドは何かを感じ取る。

 

「……あの娘に何かあったの?」

 

不安げな表情を浮かべるサインドにアリーシャはゆっくりと口を開く。

 

「はい……マーガレットは数日前に……」

 

そして、アリーシャが行方不明事件の事を告げようとしたその時……

 

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

突如、夜の帳を切り裂くはような女性の悲鳴が響き渡った。

 

 




以下、唐突なステマ

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あ、あとrider chipsが仮面ライダー歴代主題歌をカバーしたアルバム発売中!
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16話 疾風のZ/少女の真実 後篇

遅くなったけど、ドライブ完結。Vシネチェイサー&小説マッハ確定おめでとう!!
そんでもってMovie大戦のあらすじとCMでチェイスとハート達の復活をバラしてくる東映の通常運転っぷりに笑う。

あと、プロトドライブのスーツがリペイントと改造で、超デドヒ(頭部)やらゴルドやらゼロドラになってまたプロトに戻るという酷使っぷりにも笑う。

まぁ、なにが言いたいかと言うとMovie大戦楽しみってことです

では最新話をどうぞ!



突如、会話を遮る様に響き渡った女性の悲鳴にアリーシャは即座に反応した。

 

「……今の悲鳴は」

 

「ッ!? この声は、まさか!」

 

アリーシャは、その声に聞き覚えがあった。マーガレットの母親、ポプラのものだ。

 

その事に気がついたと同時にアリーシャは全速力で駆け出し、公園の柵を飛び越え高台から飛び降りる。

 

階段をショートカットし、ドンッ! と勢いよく着地したアリーシャは再び全速力で宿屋にむけ走り出した。

 

路地裏を駆け抜け、曲がり角を左に曲がると大通りに続く道の先にある宿屋ランドグリーズがアリーシャの視界に飛び込んで来るが……

 

「あれは!? 」

 

宿屋の前には二つの影がある。片方は、倒れこみ、恐怖の表情を浮かべるポプラ。そしてもう一つは……

 

 

「憑魔!」

 

 

狼の顔に黒い毛に覆われた細長い手足と鋭い爪を持つ成人男性ほどの体躯を持つ獣人の憑魔がそこにいた。

 

 

『ッ!?』

 

 

叫びを上げたポプラに怯んだのか憑魔を身を翻すとアリーシャの方へと駆けてくる。

 

「来るかっ!……ッ!?」

 

駆け寄ってくる憑魔に身構えるアリーシャだが、次の瞬間、彼女の顔に焦りの感情が浮かぶ。

 

アリーシャと憑魔の間に位置する場所にある曲り角から、街の住人であろう中年の男性が現れたのだ。このままでは男性が憑魔に襲われると判断したアリーシャは迷う事無く晴人から与えられた魔力を発動する。

 

「させるか!」

 

展開された赤い魔法陣を通過し、姿を変えたアリーシャは魔法陣より現れた槍を掴むと男性の前に彼を憑魔から庇うように飛び出し槍を構える。

 

『ッ!?』

 

それを見た憑魔は、左へ身を翻すと、ヴァーグラン森林へと続く門へと駆けていき、鋭い爪を城壁に突き立てると壁をあっさりと駆け上がり、城壁の向こうへと消えてしまった。

 

「逃げた……まるで敵意も無く……あの憑魔……やはり……」

 

戦う素振りすら見せずに去っていく憑魔を見て、アリーシャは何かを確信し、複雑な表情を浮かべた。そんなアリーシャの背後で庇われた男性が驚いた様な声を漏らした。

 

「ま、マルトラン……!? いや、違う…… あなたは一体……」

 

アリーシャの後ろ姿に何かを重ねたのか、動揺する中年の男性の口から発せられた師匠の名にアリーシャは振り返り思わず目を見開く。

 

「(!?……この人は何故、師匠の名前を? いや、今は、その事よりも……)」

 

そこへ、悲鳴を聞いた晴人とサインドがそれぞれ遅れて駆けつける。

 

「アリーシャ、何があったんだ!?」

 

「今の声、一体なにが!?」

 

少しばかり遅れた二人は状況がわからずにアリーシャへ問い掛ける。

 

だが、アリーシャは説明する時間も惜しいとばかりに憑魔の後を追うようにヴァーグラン森林に続く門へと駆けだそうとする。

 

「アリーシャ!? 」

 

「憑魔だ、ハルト! ポプラさんを頼む! 私は逃げた憑魔を追う!」

 

「はい? ちょっ、何があったんだ?! 」

 

「襲撃事件の犯人とマーガレットの居場所がわかったんだ! 時間が無い詳しくは後で説明する!」

 

余裕無く叫ぶアリーシャ。そんな彼女の言葉にサインドが反応する。

 

「マーガレットがどうしたの!? 待って! 私も行くわ!」

 

憑魔を追い駆け出すアリーシャ。サインドもそれに続く。

 

「だから状況がわかんないって!? というかその人誰!? っておい! 待てって! ……行っちまったか」

 

叫ぶ晴人だが、晴人の制止を聞かずにアリーシャは門番の白皇騎士団に話を通し、門を開けさせるとヴァーグラン森林へと駆けて行ってしまい、それを追うサインドもアリーシャに続きヴァーグラン森林に消えていく。

 

「まったく、本当、思い込んだら一直線だな、ウチのお姫様は……」

 

そう言いながら晴人は取り出した指輪をバックルにかざす。

 

【ガルーダ! プリーズ!】

 

音声と共に魔法使いの使い魔であるレッドガルーダが召喚される。

 

「アリーシャを追ってくれ」

 

晴人のその言葉を受け、指輪を装着されたガルーダは返事をするように一鳴きすると身を翻し、城壁を飛び越えて夜の闇へと姿を消して行った。

 

それを確認した晴人は、倒れているポプラへと駆け寄り、傍に屈み、声をかける。

 

「大丈夫か? ポプラさん。 一体、何があったんだ?」

 

外傷は見られないが、錯乱気味に見える彼女をあまり刺激しないように優しく声をかける晴人。だが、ポプラは動揺から、その声が耳に届いていない。

 

「お、狼の化け物が!」

 

「っ!? この人、憑魔が!?」

 

ポプラの口から発せられた言葉に晴人は思わず驚きの声を上げる。ポプラの言葉から察するに彼女には憑魔が見えている様だからだ。

 

サインドからマーガレットについての話を聞いていない晴人は与り知らぬことだが、娘であるマーガレットもまた高い霊応力を持つ事からポプラの家系は元々、高い霊応力を持つ血筋だという事が伺える。しかし、その事を知らない晴人は驚きを隠せない。

 

「……とにかく、今は宿の中へ戻ろう。そうすりゃ安全だ」

 

晴人は、怯えるポプラに気を使い、肩を貸して立ち上がらせると室内へと連れて行こうとする。

 

しかし、その直後にポプラの口から漏れたこの言葉に晴人は思わず動きを止める。

 

「本当に……狼の怪物が……あの子の言っていた事……本当だった……なのに私……嘘だって決めつけて……」

 

意味深なポプラの発言に晴人は思わず、その意味を問う。

 

「あの子? もしかしてマーガレットが何か言っていたのか?」

 

その問いかけにポプラはか細い声で答える。

 

「7日前……あの子が私に言ったんです……」

 

「言ったって、何を?」

 

「それは……」

 

 

 

 

そして、次にポプラの口から放たれた言葉に晴人は思わず驚きに目を見開いた。

 

 

 

__________________________________

__________________________________

 

 

一方、逃げた憑魔を追うアリーシャと、それに続くサインドはラストンベルから続くヴァーグラン森林を北の方角へ向け駆けていた。

 

その道中でアリーシャは追ってきたサインドに今のラストンベルで起こっている事件や、行方不明になったマーガレットについてを、彼女に気を遣いながら説明した。

 

「じゃ、じゃあマーガレットは、街で起こっている憑魔の襲撃事件に関わって行方不明に?」

 

「……はい。マーガレットの行方不明に襲撃事件の憑魔が関わっているのは間違いないと思います」

 

「私が街を離れている内に、そんな事が……」

 

アリーシャの言葉にサインドの表情は曇る。人間との関わり方がわからなくなってしまった今でも、元々は加護天族として長年責務を全うしてきた彼女にとって、憑魔が起こした事件は責任を感じるものなのだ。それに大切な友達であるマーガレットが関わってくれば尚更だろう。

 

「マーガレットが行方不明になってから、もう3日経っている……もしかしたらマーガレットは……」

 

最悪の展開が頭をよぎりサインドの表情がさらに崩れていく。

 

「私が……加護をなくしさえしなければこんな事には……私の所為で……街の人々やマーガレットが……」

 

自責の言葉を零すサインド。そんな彼女にアリーシャは声をかける。

 

「サインド様、今回の事件は様々な負の材料が重なって起きた事です。あまり自分を責めないでください。それに、おそらくですがマーガレットは無事です」

 

どこか確信を持ってマーガレットの無事を告げるアリーシャの言葉にサインドは、その意味を問うように視線を向ける。

 

「それは……どういう……?」

 

「その答えは逃げた憑魔にあります。先を急ぎましょう」

 

「え、ええ……」

 

会話を打ち切り走る速度を上げ、二人はヴァーグラン森林を駆け抜ける。

 

そして、巨大な木々しか見えなかった景色に変化が生じる。

 

「これは……遺跡なのか?」

 

逃げた憑魔を追う二人は森林の中で、人間が作ったと思われる、石造りの柱や壁の残骸が、そこら彼処にある場所へとたどり着いた。

 

「遺跡群……ヴァーグラン森林にはこんな場所があったのか」

 

遥か昔に作られた事を感じさせる風化し、崩れた建造物の数々を見て、アリーシャは、驚きの声をもらす。

 

「『ティンダジェル遺跡群』。用途不明の構造が多くて、近年でも調査の進んでいない謎の多い遺跡よ」

 

「ここがですか? 見た所、崩れた壁や柱しか見当たりませんが、調査が進んでいないというのはどういう?」

 

「この遺跡は……」

 

そして、サインドが言葉を続けようとした瞬間……

 

 

 

ガラッ!

 

 

 

「「ッ!」」

 

 

二人から少し離れた場所にある遺跡の壁の向こうから物音が響いた。

 

「「……」」

 

 

二人は言葉を止め、顔を見合わせると、息を潜めながら物音のした壁へとゆっくり歩みを進めた。

 

 

そして、警戒しながら壁の向こう側へ回り込んだ二人の視線の先には……

 

 

「……いた」

 

 

まるで身を隠すように此方へ背を向けた狼の憑魔がいた。

 

 

「『ルーガルー』。月夜の晩に凶暴化する憑魔よ。一体、どうするのアリーシャ?」

 

憑魔に聞こえないように声を殺しながらサインドはアリーシャへと問いかける。しかし、次の瞬間、アリーシャがとった行動はサインドにとって予想外の物だった。

 

 

「!? アリーシャ! 一体何を!?」

 

驚きの声を上げるサインド。無理もない話だ。何故ならアリーシャは、先ほどまで発動していた魔力による変身を解除し得物である槍も持たずに憑魔に近づいたのだ。

 

しかしアリーシャは落ち着いた態度を崩さずにサインドへ返答する。

 

「大丈夫です。サインド様も落ち着いてあの憑魔を見てください」

 

「? 憑魔を?」

 

アリーシャの言葉を受け、サインドは再びルーガルーへと視線を向ける。

 

そしてその姿にサインドは違和感を覚える。

 

 

見るからに凶暴な出で立ちの、ルーガルーは此方に警戒するどころか、背を向け縮こまるように体を小さくしていた。

 

まるで、何かに怯える小さな子供のように……

 

その姿にサインドの中で、引っかかっていた何かが繋がった。

 

 

「まさか……マーガレットなの?」

 

 

戸惑いながらも彼女の口から発せられた言葉。その言葉に反応するように縮こまっていたルーガルーは振り向き、そして……

 

 

 

「……サインドなの?」

 

 

ルーガルーの口から、その凶悪な外見に似つかわしくない少女の声がこぼれた。

 

「やはり、憑魔の正体はマーガレットだったのか……」

 

「ッ!? とういうことなの?」

 

「おそらく、彼女は、教会の弾圧による被害を受けたのでしょう……。マーガレットは天族の、いえ……友人であるサインド様の存在を教会に利用されることに反発したのです。その結果、一部の信徒から被害を受け穢れが強まり憑魔化が進行して……」

 

「そんな!?」

 

「ですが、まだ彼女は自我を保てています。現状を見た限り憑魔化の進行は初期段階のようです。今なら戦わずとも彼女を救えるはずです」

 

そう言い放ったアリーシャは、マーガレットを刺激しないようにゆっくりと歩み寄り優しい声で彼女に語りかける。

 

「君はマーガレットだね?」

 

「……おねぇちゃん、誰?」

 

かけられた声に怯えながらもマーガレットは、自身の名を呼んだアリーシャに反応を見せる。

 

「私の名は、アリーシャ。先程は済まなかった。武器を向けられて怖かっただろう? 私は、行方不明になっていた君を探してたんだ。君の母上や友人のサインド様が心配している。一緒に街に戻ろう」

 

縮こまる憑魔の傍で屈み込んだアリーシャは憑魔と目を合わせながら、安心させるような声でマーガレットへと言葉をかける。

 

しかし……

 

「無理だよ……。だって……さっきお母さん、私を見て怖がってた」

 

彼女の口から放たれたのは拒絶の言葉だった。

 

「きっと私の事を嫌いになっちゃったんだよ……。私……変な姿になっちゃって……だからサインドだって私の事……怖がっちゃうよ……」

 

「……」

 

母親が自分の事に気付いてくれなかった悲しみ、自身が人ならざる物へとなっていく事への恐怖。そんな負の感情が今の彼女を支配していた。

 

だが……

 

「マーガレット!」

 

「……サインド?」

 

そんな彼女をサインドは抱きしめた。

 

「ごめんなさい。寂しかったわよね……怖かったわよね……私の所為で……本当にごめんなさい……!」

 

紡がれる謝罪の言葉。その言葉には友人としてマーガレットを1人にしてしまった事と、加護天族としての責務を投げ出した事への自責の念が込められていた。

 

「サインド……私の事、怖くないの?」

 

「えぇ、怖くないわ」

 

「もう、何も言わないでいなくならない?」

 

「えぇ、もうそんな事はしない」

 

「……まだ……まだ私と友達でいてくれる?」

 

「えぇ……ッ! 勿論よ。あなたこそ、まだ、私の事を友達だと思ってくれるかしら?」

 

「……うん!」

 

抱きしめ合う二人。そんな二人をアリーシャは優しい表情で見つめていた。側から見れば可笑しな光景かもそれない、それでも二人の間には種族を超えた絆があるようにアリーシャには思えた。そして、目の前の光景こそが、スレイが目指している人と天族の関係の在り方なのだろうとも。

 

だからこそ、二人の絆を守る為にアリーシャは再び魔力を発動させ、その姿を変える。

 

「サインド様、離れていてください。マーガレットの穢れを浄化します」

 

「! ……出来るの? だって、貴女は導師では……」

 

「おっしゃる通り、私は導師ではないですし、私の力……とも言い難い物ですが、確かに可能です。安心してください」

 

疑念を抱いたサインドのに対してハッキリと言い切ったアリーシャ。そんな彼女の言葉にサインドも何かを感じたのか、追求せずにアリーシャの指示に従う。

 

「アリーシャ。マーガレットを……私の友達を助けて」

 

「はい、必ず」

 

その言葉を受け内心で必ず救うと決意し、アリーシャは魔力の制御を行う為に集中すべく瞳を閉じる。

 

それと同時にアリーシャの足元に赤い魔法陣が浮かび上がった。

 

「……おねぇちゃん? 何をするの?」

 

マーガレットは不安そうにアリーシャへと声をかける。

 

「君の姿を元に戻す。そして、家に帰ろう」

 

「私、元にもどれるの!? 本当に!?」

 

アリーシャの言葉に強い反応を見せるマーガレット。だが、その声には依然、不安の色が浮かんでいる。

 

「(不安か……当然だ、彼女はまだ幼い子供なのだから……)」

 

何をされるのかわからないという不安と恐れの入り混じった感情を露わにするマーガレット。そんな彼女を安心させようとアリーシャは口を開く。

 

「大丈夫だ。必ず君を、日常へと連れ戻す」

 

正直に言えばアリーシャ自身も内心には不安を抱えている。現状、魔力の制御が未熟であり、上手くマーガレットを傷つけないように浄化できるのかわからないというプレッシャーが彼女の内心にはあった。それでも彼女は、その不安という影を決してマーガレットに悟られない様に振る舞う。

 

未熟でも、強がりでしかなくても、騎士として、目の前で怯える少女の心を救う為に。

 

「信じてくれ……」

 

「……うん、わかったよ。おねぇちゃん」

 

視線をそらさず、真っ直ぐに言い放たれたその言葉を受けマーガレットは頷き。覚悟を決めたように目を閉じた。

 

そして……

 

「いくぞ!」

 

声とともに放たれた炎が、憑魔と化したマーガレットを包み込む。

 

そして、その炎が消えた跡には……

 

 

「……戻れたの?」

 

狼の憑魔ではなく、惑いの声を零す赤毛の少女が立っていた。

 

「あぁ、良かった……」

 

その光景にサインドは安堵の声をもらす。

 

アリーシャはマーガレットに近づき声をかける。

 

「マーガレット、怪我はないかな?」

 

「うん! ありがとう! 騎士のおねぇちゃん!」

 

満面の笑みで返答するマーガレット。その姿にアリーシャも釣られて笑みを浮かべる。

 

 

「(良かった……協会の司祭の問題が残っていはいるが、一先ずはこれで、行方不明事件と襲撃事件は解決して……)」

 

 

事件の解決に、アリーシャは心中で安堵の息を漏らし……そして、ある今回の事件違和感を覚えた。

 

「(待て、何かおかしくないか?)」

 

アリーシャは、襲撃事件の犯人は、憑魔化し、理性を失ったマーガレットだと思っていた。だが、マーガレットは……

 

「(実際は、マーガレットの憑魔化は初期段階で彼女は意識を保てていた……そんな彼女が、人を襲うだろうか?)」

 

ラストンベルでは、既に複数人の負傷者が出ている。だが、先ほど街の中で誰も傷つける事なく逃亡したマーガレットがそんな事をしたとは考え辛い。

 

「(そうだ……そもそも、マーガレットが行方不明になったのは3日前だ。だが、襲撃事件は7日前から起きている。それに、マーガレットは何故、こんな森の中の遺跡に……)」

 

アリーシャの中に幾つかの疑念を浮かぶ。

 

「済まないマーガレット。幾つか聞きたい事が……」

 

そして、その疑問をマーガレットに尋ねようとした瞬間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガアァァァァァアアア!!』

 

 

巨大な咆哮が森林に響きわたった。

 

 

 

「「なっ!」」

 

その咆哮に驚いたアリーシャとサインドは、その叫びが聞こえた方向へ自然を向ける。

 

そこには……

 

 

「憑魔!?」

 

細身のルーガルーより圧倒的に体格が大きく体長がゆうに3メートルを超えている。狼の獣人憑魔がいた。

 

 

「ッ!? 憑魔『ブリードウルフ』!」

 

サインドが驚きの声を上げるが、ブリードウルフは構わずに此方に向かいその体格には似つかわしくない程のスピードで一気に距離を詰めてくる。

 

「ッ!!」

 

アリーシャは反射的に魔法陣から槍を取り出して構え、迎撃しようとするが……

 

「駄目! やめて、ワック!」

 

何を思ったのか両者の間を遮るようにマーガレットが両手を広げ、ブリードウルフの前に立ちふさがる。

 

「な! なにを!?」

 

その行動に驚愕し一瞬、反応が遅れるアリーシャ。しかしブリードウルフはマーガレットの声に反応することなく、振り上げた右手をマーガレットに叩きつけようとする。巨大な体格に、木の幹のような腕、そしてその腕にある鋭い爪が幼い少女を容易く引き裂ける事など想像に難くない。

 

そして、その攻撃がマーガレットを捉えようとした瞬間……

 

 

 

 

ブオオオォォォォォォン!

 

 

 

鳴り響くバイクのエンジン音と共にブリードウルフの真横からウィリーをきめながら突っ込んできたマシンウィンガーが勢いをそのままに前輪をブリードウルフにぶち当て、その身体を吹き飛ばした。

 

 

ドゴォ!

 

 

 

吹っ飛んだブリードウルフは遺跡の壁にぶち当たり、崩れた壁の下敷きになる。

 

 

「無事か、アリーシャ!」

 

「ハルト!」

 

バイクから飛び降りた晴人はウィザーソードガンをガンモードで構え、吹き飛んだブリードウルフに警戒しながらも、アリーシャ達に歩み寄る。

 

「まったく、説明も無しに飛び出すのは勘弁してくれよ? 追いつくのに時間がかかったぜ」

 

「す、済まない!」

 

飄々とした軽い調子で文句を言う晴人。彼としては軽い冗談混じりのつもりだったのだが、そんな彼にアリーシャは、真面目に謝罪を述べる。

 

「あー、いや、そんな真面目に謝んなくてもいいんだけどさ……別に責めちゃいないさ、憑魔になったマーガレットを見つけて見失うわけにはいかなかったんだろ?」

 

「!! どうして、その事を!?」

 

「あの後、ポプラさんから話を聞いてね。集めた情報と照らし合わせて、マーガレットが憑魔になったんだってわかったのさ。それと……襲撃事件の犯人の正体もね」

 

「襲撃事件の犯人が!? 私は、てっきり、教会の弾圧で憑魔化したマーガレットが……」

 

「その予想は殆ど正解さ。確かにマーガレットは司祭や一部の信徒達に迫害されそうになった。だけど、街の人達全員がその事に何も感じていなかったわけじゃないんだよ」

 

その言葉にサインドが反応する。

 

「それはどういう意味なの?」

 

「ポプラさんが言っていたんだ。マーガレットは天族を利用した司祭の教えを否定して、確かに迫害されそうになったけど、街の人達の多くはマーガレットを庇ってくれたんだってな。そのお陰でマーガレットへの被害は殆ど無かったらしい」

 

「なら、なんでマーガレットは憑魔化しているの?」

 

「その答えが、さっきの憑魔さ……だろ? マーガレット」

 

そう言って晴人はマーガレットへ、問いかける。そんな晴人の言葉を受けて、マーガレットは重い口を開いた。

 

「うん……街の人達は、怖い人から私を庇ってくれて、私は虐められる事はなかったの……だけど、怖い人達はそれが頭に来たみたいで、だから……ワックを……私の飼ってる犬を……」

 

「ッ!! まさか、信徒達は、マーガレットに間接的に報復を!?」

 

「あぁ……連中はマーガレットの飼い犬を虐待したんだ。そして、その結果、その犬は信徒達の悪意の影響で憑魔化……自身を痛めつけた信徒達に復讐したんだ。憑魔が見えるマーガレットは、その事をポプラさんに相談したけど、その時にはワックは行方をくらましていて、ポプラさんはマーガレットの言う事を子供のイタズラか何かと思ってしまったんだよ」

 

「うん、それで私、ワックを探して、三日前に漸くみつけたの……ワックは、まだ私の事をわかってくれて……だからワックが街の人達を傷つけちゃいけないと思って……」

 

「街の外に連れ出したのか……それで行方不明に……」

 

「うん……だけど、ワック……私の事も、どんどんわからなくなっていって……このままじゃ駄目たど思ったけど、どうしたらいいのかわからなくて……私、怖くなって……それでっ!」

 

「その恐怖と不安で憑魔化してしまったのか……」

 

 

幼い彼女にとって、頼れる人が誰もいない状況はまさに極限状態だったのだろう。その孤独と恐怖心が彼女に穢れを生み憑魔にさせたのだ。

 

瞳に涙を溜めながら、辛そうに言葉を漏らすマーガレット。

 

だが……

 

 

 

『グォォオォォオォ!!』

 

 

そんな彼女の悲しみなど知ったことではないというように、崩れた壁を吹き飛ばしブリードウルフが立ち上がり咆哮をあげる。

 

「!! ワック!!」

 

憑魔に対し、マーガレットは必死に呼びかける。

 

 

『グルルル!』

 

 

だが、ブリードウルフは血走った目でマーガレットを睨みつける。その目は紛れも無い獲物を狙う目だ。

 

「ひっ!……そんな、ワック……」

 

正気を失った眼光を向けられ怯えるマーガレット。そんな彼女を庇うように晴人は歩み出る。

 

「心配すんな」

 

「えっ?」

 

 

マーガレットに背を向けながらブリードウルフを見据える晴人は飄々とした態度のまま告げる。

 

「ワックは俺とアリーシャが必ず助ける。そんでさ、さっさと終わらせて、何一つ失わずにお母さんの所に帰ろうぜ」

 

この場に似つかわしく無い緊張感の感じられ無いマイペースな発言。だが、こんな状況で、迷わずそう言えるからこそ、そんな彼の態度がマーガレットの内にある不安を和らげた。

 

一方、そんな晴人の存在にサインドは思わず戸惑いの言葉を漏らす。

 

「貴方……一体……?」

 

 

その言葉を聞いた晴人は不敵に笑い、そして告げる。

 

「俺? ……唯の魔法使いさ」

 

 

【ドライバーオン!】

 

 

「変身!」

 

 

【フレイム! プリーズ! ヒー! ヒー!

ヒーヒーヒー!】

 

 

展開された火の粉をまき散らす赤い魔法陣が体を通過し晴人は、その姿をウィザードへと変える。

 

「いくぜアリーシャ!」

 

「あぁ! サインド様達は離れてください!」

 

 

剣と槍を構えた二人はブリードウルフへ向け一気に肉薄する。

 

『グォオ!』

 

叫び飛び込んで来た二人を迎撃すべく鋭い振るうブリードウルフ。

 

だが二人は寸前でその攻撃をそれぞれが左右に分かれ回避し、攻撃の隙をつき飛び上がり落下の勢いを利用し強力な斬撃と突きを放つ。

 

「「ハァッ!」」

 

だが、敵も一筋縄ではいかなかった。

 

『ガァァア!』

 

「なっ!?」

 

「くっ!」

 

二人の攻撃は素早く引き戻された両腕によって受け止められた。二人の攻撃はブリードウルフの腕に食い込み傷を付けはしたものの、傷は浅い。ブリードウルフの筋肉はまるで鎧の様に硬く、二人の攻撃は骨にすら達しなかったのだ。

 

『グォォオ!』

 

「うぉ!?」

 

「くぅっ!」

 

ブリードウルフはそのまま武器を止めた腕を振り回し、ウィザード達を吹き飛ばす。

 

ウィザードはローブを翻し空中で体制を立て直し着地するが、逃がさ無いとばかりに、巨大には似つかわしく無いスピードで肉薄してきたブリードウルフがウィザードへフルスイングのアッパーを放つ。

 

「くっ!」

 

ドガァン! ギリギリで横にアッパーを回避したウィザードだが、背後にあった遺跡の壁はブリードウルフの一撃と轟音を立て崩れ去った。

 

「パワーもスピードを並みじゃないってか!」

 

悪態をつくウィザード。そこにアリーシャから声がかかる。

 

「離れろハルト!」

 

足元に赤い魔法陣を展開したアリーシャの言葉。その意味を理解したウィザードは後方に跳躍し距離を取る。

 

 

「我が火は爆ぜる魔炎! バーンストライク!」

 

 

アリーシャの詠唱と共にブリードウルフの頭上から3発の灼火弾が降り注ぐ。

 

 

ドガァァァァン! 連続し鳴り響く爆発音。

 

ライラの戦闘をみた記憶からアリーシャが再現した天響術は間違いなく全弾直撃した。

 

だが……

 

 

『グォオォオオ!』

 

「なっ!? あれを受けても大きなダメージにはならないのか!?」

 

煙の晴れた先には依然健在のブリードウルフの姿があった。

 

体の至る箇所が爆炎により焼けているが、それでもダメージは大きくない。

 

「タフさもかなりのもんだなコリャ……」

 

 

さて、どうしかけるべきかと内心で思案するウィザード。そんな彼に突如声がかかる。

 

 

「ブリードウルフは、パワーとスピードに秀でた憑魔よ! 物理攻撃と火、風、水の3属性にも耐性を持っているわ! 」

 

 

マーガレットを連れ距離を取っていたサインドからウィザード達へブリードウルフの情報が知らされる。

 

長い年月を生き、憑魔と相対してきた天族だからこそ知り得る的確なアドバイスは憑魔の知識に乏しい二人にとっては重要な情報になる、

 

「!! ハルト!」

 

「わかってるさ。それならコイツだ!」

 

 

【ランド! プリーズ! ドッドッドッドドドン! ドン! ドンドンドン!】

 

 

サインドのアドバイスを活かし地属性のランドスタイルへと姿を変えた二人。右手の指輪を交換しながら駆け寄ってきたアリーシャに声をかける。

 

「アリーシャ。俺がアイツの攻撃を受け止める。その隙をついてキツイのお見舞いしてやれ」

 

「……大丈夫なのかハルト? いくら力が増す地の神衣でも、あの憑魔の攻撃を受け止めるのは簡単ではないぞ?」

 

「ま、一人(・・)じゃ厳しいだろうな。けど大丈夫さ、手はある」

 

「……わかった。君を信じるよ」

 

ウィザードの言葉に頷いたアリーシャはウィザードの背後に下がると槍を構え意識を集中する。

 

 

『グォォオォォオォ!』

 

 

雄叫びをあげ、姿勢を低くしたブリードウルフは4本の手足で地面を蹴り弾丸の様にウィザードへと突撃する。間合いに飛び込んだブリードウルフの両腕の鋭い爪がウィザードを切り裂くべく振るわれるが……

 

 

 

【コピー!プリーズ!】

 

 

『ガァア!?』

 

鳴り響いた音声。それに少し遅れて、ブリードウルフから困惑した様な叫びが漏れた。

 

「「悪いね、二人掛かりで止めさせてもらったぜ」」

 

弾丸の様に飛び込んで振るわれたブリードウルフの両手の攻撃は真正面からガッシリと受け止められていた。

 

ブリードウルフの眼前に立つ全く同じポーズをとった『二人の』ウィザードによってだ。

 

「「ハァッ!」」

 

 

ブリードウルフの爪を止めたウィザーソードガンを二人のウィザード勢いよく押し返す。

 

自身と同じ動きをする分身を生み出すコピーの魔法により、ブリードウルフに隙が生じた。

 

『グォオ!?』

 

体制を崩すブリードウルフ。そこに追撃とばかりに二人のウィザードの間を駆け抜け飛び込んだアリーシャの一撃が炸裂する。

 

 

「裂震天衝!」

 

下から上へと振るわれる槍と共にブリードウルフの足元から噴き出した地属性の魔力がその巨大を吹き飛ばす。

 

『グォォオォォオォ!!』

 

大ダメージを受けブリードウルフは雄叫びをあげる。

 

二人は一気に決着をつけるべく畳み掛けようとするが……

 

 

 

『ガアァァァァァァア!!!!!』

 

 

「なに!?」

 

「くっ! これは!」

 

 

ブリードウルフの巨大な雄叫びと共にあたりの一帯の空気が変わる。

 

淀んだ空気と禍々しさの充満した空間。穢れの領域へと……

 

 

「穢れの領域!? オイオイ、そこまで穢れを溜め込んでたのかよ!」

 

嘗てのヘルダルフの様に領域を展開した事にウィザードは驚きの声を漏らす。

 

「くっ! だが、ヘルダルフの領域ほどではない。多少の動き辛さは感じるが戦闘に問題は無い! ハルト、一気に決めよう!」

 

そう言い放ちアリーシャは足元に黄色い魔法陣を展開する。

 

「赤土、目覚める! ロックランス!」

 

アリーシャの叫びと同時にブリードウルフの周囲に地面から生えた岩槍が展開され檻の様にその逃げ場を塞ぐ。

 

【チョーイイネ! キックストライク! サイコー!】

 

続いてトドメを決めるべくウィザードが指輪をベルトにかざす。

 

 

右足に展開された黄色い魔法陣により足に収束した地属性の魔力を纏いローンダートを決め空中に舞い上がるウィザード。

 

更に空中で交換した指輪をベルトにかざす。

 

 

【ドリル!プリーズ!】

 

魔力による高速回転により貫通力を増したストライクウィザードが空中からブリードウルフに向け一直線に突撃する

 

 

「タアァァァァァ!」

 

 

『グォォオォォオォ!!』

 

叫びと共に岩槍の檻ごとブリードウルフを貫いたウィザードは華麗に着地を決める。

 

背後では黄色い魔法陣に包まれ最後の雄叫びをあげたブリードウルフが爆発し、その身に宿った穢れを消滅させた。同時に穢れの領域も消失する。

 

そして、ブリードウルフがいた場所には意識を失った犬が倒れていた。

 

 

「よし、これで……」

 

 

「終わった」……とアリーシャが安堵の声を漏らそうとした。

 

 

 

だが……

 

 

 

 

「あ、あ、アァァァァァァア!!」

 

 

「サインド!! とうしたの!?」

 

 

 

 

苦しむサインドの声とマーガレットの叫びにその言葉は遮られる。

 

「なっ!? まさか、今の穢れの領域で!?」

 

「ッ!! まずい! 離れろマーガレット!!」

 

完全に加護を失った土地で穢れに耐性の無い天族が穢れの領域に巻き込まれる事が何を指すのか……それが今アリーシャ達の目の前で引き起こされる。

 

 

「に、げ、て マーガレ……アァァァァァァア!!」

 

 

その叫び共に噴出した穢れにサインドの姿が消える。

 

そして、その果てに現れたものは……

 

 

「!? あれはまさか……」

 

アリーシャの声が震える。

 

それもしょうが無い事だ。

 

サインドが姿を変えた憑魔は先日の戦場でみたトカゲ人間であるリザードマンに近い。

 

だが、その雰囲気や纏う圧力はまるで違う。

 

全身に纏う黒い鱗。

 

頭部から前方に伸びる禍々しい二本の角。

 

背から生えた漆黒翼。

 

大蛇の様にしなる強靭な尻尾。

 

鋭く光る牙と爪。

 

その手に掴む巨大な剣と盾。

 

 

 

 

 

リザードマン等とは一線を画した存在。龍と人の狭間のような姿をした憑魔がそこにいた。

 

 

「さ、サインド?」

 

怯えながらも、マーガレットはサインドに語りかける。その声には友達の身を案じる純粋な感情が込められていた。

 

だが……

 

 

ガチャリ

 

 

無情にもサインドその声には反応することなくその右手に持った大剣を振り上げる。

 

「ッ!! させるかよ!!」

 

いち早く反応したウィザードはガンモードに切り替えたウィザーソードガンを構え牽制しようとするが……

 

 

 

ガガガガガガガガ!!

 

 

『グォオ……!』

 

 

銃撃よりも早く何者かによって放たれたムチの様な攻撃が憑魔に叩き込まれ怯ませる。

 

 

「!? 今の攻撃は!?」

 

驚き、攻撃が放たれた場所にアリーシャが視線を向ける。

 

其処には、一人の男が立っていた。

 

 

「やれやれ……嫌な風を感じて追って来てみたらこれかよ……あまり、無駄弾は使いたくなかったんだが……」

 

その男はえらく風変わりな格好をしていた。

 

下半身には黒いズボンとブーツを履き白い空のホルスターを装備している。

 

上半身には緑の羽の付いた首飾りと両手首に巻かれたケース付きのベルト以外何も着ておらず大柄の体格に見合った鍛えられた肉体を晒している。

 

褐色の肌と対照的な腰まで伸びる白い長髪。同様に体には刺青のような白いラインが何本も描かれている。

 

両手には先程のムチのような攻撃の正体であろうペンデュラムが巻きついている。

 

 

「(あの雰囲気……天族の方なのか?)」

 

 

憑魔を見てまるで動揺しないその態度にアリーシャは男が天族であると気づく。

 

 

そして、現れた男はズボンの後ろにねじ込まれていた『何かを』取り出した。

 

 

「(あれは?……ハルトの使っている武器に似ているが……?)」

 

現れた男が取り出した物は黒い銃身に白い十字架の装飾が成されたハンドガンタイプの拳銃だった。

 

グリンウッド大陸では見かけない武器の存在にアリーシャが困惑する。

 

 

そして、男は何を考えているのか取り出した拳銃をクルクルと手の上で弄び自らのこめかみに銃口を突きつけた。

 

「ま……出くわしちまったんならしょうがねぇ。このザビーダお兄さんがひと思いに楽にしてやるよ」

 

攻撃的な笑みを浮かべ男は引き金を引く。

 

 

ダァン!!

 

 

鳴り響く銃声。

 

 

次の瞬間、爆発的な力の本流が男から放たれた。

 




ゴースト一話の海辺での仙人バリアーで何処ぞの天秤の退場シーンを思い出した人はオーディーンのファイナルベントでCM突入の刑な


以下、Vシネチェイサー記念茶番

『シンゴウアックスについて』

カイザギア「奪われた挙句、元の持ち主に致命所負わせるとか……」

サソードゼクター「引くわー」

キバットバットⅡ世「恥を知れ」

メロンエナジー「最終的に生きてたからセーフだよね?(震え声)」



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17話 約束

だが気をつけるべきなのはフジだ。奴は11月発売のゲームを楽しんでる。
更新が遅れたのも、PXZ2とSWBFとMHXって奴らの仕業なんだ

と冗談はさておき、ゼスティリアでライラ役を務めた松来さんが10月末に亡くなったとのことです。遅くなりましたがご冥福をお祈りします。スパロボの新録聞きたかったなぁ……



今回は、ジークフリートや浄化の力等、一部の変更点が明かされています
では、どうぞ


甲高く鳴り響いた一発の銃声。

 

轟ッ!

 

突如現れた謎の男が自身の持つ銃でこめかみを撃ち抜いたその瞬間、男を中心に強烈な突風が吹き荒れる。

 

 

「くっ!? この風……この力の大きさは……!?」

 

 

まるで男から溢れ出した様に荒れ狂う風。そこから感じる力の大きさにアリーシャは思わず目を見開く。

 

「(風の天族!? だが、この力の大きさは……スレイの神衣並だぞ!?)」

 

今の男から感じる力の大きさは一般的な天族が持つ力を大きく逸脱していた。

 

アリーシャが知る限り、長い年月を生きた天族であるライラやエドナからですら、これ程の大きな力を単独では出すことなど出来ない筈なのにだ。

 

そして、巨大な風の力を纏った男は憑魔化したサインドへ攻勢にでる。

 

 

「ビート上げるぜ!」

 

『!?』

 

一瞬にして距離を詰めた男は右手側のペンデュラムを憑魔へ向け放つ。

 

 

「ルードネスウイップ!」

 

 

『グウウゥゥゥゥゥ!?』

 

風を纏い一直線に放たれたペンデュラムは高速でしなり、無数の刃となって憑魔に叩き込まれる。

 

強力な攻撃の直撃に憑魔は苦悶の声をあげ、後ずさる。

 

 

「(強い! だが……あの方が例え強くても憑魔を浄化する事は……)」

 

 

アリーシャが知る限り、浄化の力を振るう天族は炎の天族であるライラくらいだ。例え戦闘力が高くとも浄化できなければ憑魔を止める事はできない。そう思いアリーシャは加勢しようと槍を構えようとする。アリーシャの視線の先ではダメージを受けた憑魔の傷が回復し始めている。

 

焦るアリーシャ。だが、謎の男は慌てる事なく先程の拳銃に次弾を装填する。

 

リロードの為にバレルのロックを解除し折り畳まれた状態で一発の弾丸を込め、再びバレルを元に戻した男は、今度は自身ではなく憑魔へとその銃口を向ける。

 

「(今度は敵に向けた? ……それにあの落ち着き様……まさか、あの武器、浄化が可能なのか?)」

 

本来なら天族といえども浄化の力を持たなければ穢れを祓うことは出来ない。だと言うのに落ち着き払った男の行動にアリーシャは男の持つ銃が、浄化を可能にするものなのかと推測する。

 

そして、男は引き金に指をかける。

 

「……あばよ」

 

発せられる感情を殺したような冷たい声。そして、男が引き金を引こうとした瞬間……

 

「ッ!!」

 

 

【エクステンド! プリーズ!】

 

 

「うお!?」

 

「ッ!? ハルト!? 一体何を!? 」

 

鳴り響いた音声と共にエクステンドの魔法により離れた場所にいたウィザードの腕が伸び、男の銃を掴んで銃撃を阻止する。

 

憑魔を庇う突然のウィザードの行動にアリーシャは困惑と驚きの声を上げた。

 

しかし、事態は止まらない。

 

膝をついた竜人型の憑魔に対し、様子を不安そうにみつめていたマーガレットが大きな声で呼びかけたのだ。

 

 

「サインド! 大丈夫!? 私のこと、わかる!?」

 

大切な友達を案じ必死に呼びかけるマーガレット。その言葉に憑魔の動きが鈍る。

 

 

『マァ……ガ…レ……ット……? ウァ……ァ……』

 

 

 

呻く様に漏れた言葉。そこにはまだ僅かばかりの理性が残されていた。

 

 

「うん! 私だよサインド!」

 

 

『ダ…メ……ニゲ……テ……ア……ァ……アァァァァァア!』

 

 

マーガレットの言葉に憑魔は頭を降り、大きな叫び声を上げる。

 

そして強力な旋風が竜人型の憑魔を中心に巻き起こる。

 

 

「くっ! これは!?」

 

「あん? 『ドラゴニュート』が風の天響術だと? 変異種か?」

 

 

旋風により視界が遮られアリーシャ達は憑魔の姿を見失う。そして風が止んだ跡には……

 

 

「……地面に……穴?」

 

憑魔と化したサインドは姿を消し、先程まで憑魔がいた場所には、地面に巨大な穴が空いていた。アリーシャは慌てて、その穴へと駆け寄り、下を覗き込む。

 

「これは……地下に空洞があるのか?」

 

薄暗くよくは見えないが、空いた穴の先には謎の空間が広がっていた。周りが夜な事もあるが、覗き込んだだけでは高さや広さがわからない事から地下の空間がかなり広いものである事をアリーシャは察する。

 

そこに、天族の男が穴に歩み寄り、アリーシャ同様、地下を見つめる。

 

 

「ティンダジェル遺跡の奥に逃げ込みやがったか……」

 

「! ……これが、ティンダジェル遺跡?」

 

男の口から出た言葉から地下に広がる空間がサインドが先程、言っていたティンダジェル遺跡だと知り、アリーシャは再び穴を覗き込む。

 

「(サインド様が、調査の進んでいないと言っていたのは、この地下遺跡の事だったのか……。確かに、過去に訪れた遺跡にも地下にあるものが多かったな……失念していた)」

 

 

スレイ達と初めて出会った遺跡をはじめ、アリーシャが過去に訪れた事のある遺跡の中には地下にあるものも少なくは無かった。その事を思い出し、アリーシャは地下遺跡の存在に納得できるするのだが……

 

 

「ハァ……やれやれ、ありゃ遺跡の奥に逃げ込みやがったぞ……それで? お前さん、いったい、どういうつもりだい?」

 

「ッ!? なにを!?」

 

 

ガキンッ!!

 

 

鳴り響く金属音。軽い調子だった天族は目を鋭く細めウィザードへ、片手のペンデュラムを放ったのだ。

 

ペンデュラムの先端にある鋭く尖った鉱石がウィザードが振るった刃と接触し火花を散らし、アリーシャはその行動に驚きの声をあげる。

 

「手伝って貰おうなんて期待しちゃいなかったがな……だからって邪魔される筋合いは無いとは思わねぇかい? 」

 

「っ! そうだハルト…… さっきは何故あの様な事を?」

 

先程の憑魔への銃撃を妨害したウィザードに対し、鋭い視線を向けながら理由を問いかける男。アリーシャもまた晴人の考えがわからずに困惑しながら、問いかける。

 

 

「……」

 

 

 

だが、ウィザードは、2人の質問に答える事無く黙り込んだままだ。

 

 

「オイオイ……黙りかよ」

 

質問に答えないウィザードに場の空気は鋭さを増していく。

 

だが……

 

 

ドサッ……

 

 

「! マーガレット!」

 

 

突如倒れたマーガレット。そんな彼女にウィザードとアリーシャは変身を解除し、急いで駆け寄る。

 

そんな2人を見て、場の空気が崩れた事に天族の男はガシガシと頭を掻くと大きく溜息をついた。

 

 

「無視かよ……ハァ……まぁ、しょうがねぇか」

 

そう言って男もまたマーガレットに歩み寄ろうととする。

 

そこに……

 

 

「お主ら、其処で何をしている!」

 

 

 

突如響く声、三人が驚いて声のした方向へと視線を向けると……

 

 

 

「い、犬………!?」

 

「犬ではない……これでもれっきとした天族じゃ」

 

 

 

素っ頓狂な声を発したアリーシャの視線の先にはマーガレットの飼い犬、ワックとは別の、老人の様な声をした白い犬が佇んでいた。

 

 

__________________________________

__________________________________

 

 

 

「で、では『オイシ』殿は、先日、このティンダジェル遺跡の奥でスレイ達に助けられたと?」

 

 

「左様。憑魔となった我が身を導師スレイ達に救われたのじゃ。ワシは昔はヴァーグラン森林一体を加護する天族での。その後は加護を蘇らせる為に器となりそうな物を探して過ごしていたのじゃが……そうか……サインドが憑魔に……」

 

 

先程の出会いから数刻後、アリーシャ達は地下にある遺跡の一室にいた。

 

犬の姿をした天族、『オイシ』は気を失ったマーガレットとワックを見るやアリーシャ達に自分に着いてくる様に言うと彼女達を遺跡群の奥に案内した。

 

オイシが言うにはヴァーグラン森林にはグレイブガント盆地での戦いによって敗走した敗残兵を狙った『敗残兵狩り』が横行しており、夜に気を失った子供を連れて歩くのは危険だからということらしい。

 

 

オイシに案内された先には割れた地面に地下へと続く梯子が取り付けられており、地下のティンダジェル遺跡へと通じていたのである。

 

梯子を下りた先は様々な紋様が刻まれた石造りの大部屋となっていた。真正面には恐らくは遺跡の奥へと続くのであろう半円状の門があり、それ以外にも角に一回り小さい部屋が幾つか見受けられた。

 

その内の左奥にある小部屋に案内されると、そこには遺跡に似つかわしくない、真新しいベットが幾つか並んでおり、オイシはマーガレットとワックをそこに寝かせる様に言った。その後の診察でマーガレットとワックの体調には特に危険は見られず、マーガレットの気絶は、あくまで憑魔化していた疲労と緊張状態を脱した事によるものである事がわかり、アリーシャは安堵の息を零した。

 

マーガレット達の無事が確認できると、アリーシャは改めてオイシに自己紹介をし、これまでの経緯についてを説明した。それを聞いたオイシは、自身がこのティンダジェル遺跡で導師であるスレイ達に救われたと告げたのだ。

 

どうやらヘルダルフとの戦いの後、グレイブガント盆地から離脱したスレイ達は、この遺跡に逃げ込み休養を取っていたらしい。その後、遺跡の奥から感じた穢れを察知し、遺跡を調査した結果、憑魔となったオイシを救ったとのことだ。

 

因みに、運び込まれているベッド等は、『ある者達』が先日までこの遺跡を秘密の活動拠点として使っていた際の物との事で、拠点を移した後も一部の物資が置き去りにされているらしい。

 

「(成る程、この遺跡で休養を取り、スレイ達はラストンベルへと向かったのか……しかし、それにしても……)」

 

スレイ達の事を思考しながら、アリーシャはチラリとオイシへと視線を向ける。

 

その視線に気付いたオイシはアリーシャに問いかける。

 

「犬の姿をした天族が珍しいかの?」

 

「あっ! いえ、その……申し訳ありません、不快な思いをしたのでしたら謝ります」

 

人以外の姿をした天族を初めて見たアリーシャは、つい好奇心に満ちた視線をオイシに向けた事を謝罪する。

 

犬に謝る貴族の少女という絵面は客観的には、かなりシュールなものだ。

 

「気にせんでいい。今の世では天族が見える人間は稀じゃ。ましてやワシの様な人以外の姿をした天族は珍しいからの」

 

「天族にも色々な姿の方がいるのですか?」

 

「それはの ……」

 

アリーシャが口にした疑問。オイシがそれに答えようとした時、その言葉は遮られた。

 

「天族にも色々あんのさ。生まれながらに天族だった奴。何かの拍子に天族になっちまった奴。修行を重ねて天族に至った奴。って具合にな。天族って名称は種族を指す言葉というよりかは特殊な力を持った存在になった奴らの総称なのさ」

 

何故かアリーシャ達についてきていた天族の男が壁に寄りかかりながらオイシの言葉を遮りアリーシャの疑問に答えたのだ。

 

「ハァ……『ザビーダ』よ。人の会話を遮る所は変わっていないようじゃの」

 

「会話に加わるのが上手いと言って欲しいぜオイシの爺さんよ」

 

「どの口が言うのやら……それで? アリーシャ殿達はともかく、何故、風来坊のお主までここについて来た?」

 

「決まってんだろ、この遺跡の奥に逃げたサインドの件を片付けるついでに、このお嬢ちゃん達が何者なのか知っておこうと思ったからさ。なにせ導師に似た妙な力を持っているんだからな、天族の一人としては気になるところだろ?」

 

ザビーダと呼ばれた男は軽い調子で笑い、アリーシャへと視線を向ける。

 

「私達の事を……ですか? ええっと……ザビーダ様?」

 

戸惑いながらもオイシの告げた彼の名前を口にし、問いかけるアリーシャ。

 

「あぁ、導師としての契約も無しに浄化の力を使う『魔法使い』の人間なんて俺様も初めて見たからな……しかも、ライラや導師殿の知り合いとはねぇ、世間ってのは狭いもんだ」

 

「! スレイ達を知っているのですか?」

 

「ん? あぁ、前にレイフォルクでちょっとな」

 

「レイフォルク……スレイ達がエドナ様と出会った場所……」

 

嘗て、疫病の蔓延したマーリンドに向かう道中で一時的に別行動を取っていたスレイ達が霊峰レイフォルクでザビーダに出会っていた事を知ったアリーシャは驚きつつその時の事を思い返す。

 

「(スレイ達はあの山でザビーダ様にも出会っていたのか……そういえば、合流した時にスレイやミクリオ殿が神妙な顔をしていたが、レイフォルクで何かがあったのだろうか?)」

 

レイフォルクから戻ってきた後、スレイは度々、暗い表情で何か考え込む事があった。理由を聞いてもすぐに何時もの明るい表情に戻ってはぐらかされてしまって理由はわからなかったが、もしかしたらレイフォルクで何かがあったのでは無いかとアリーシャは考える。

 

 

そんな彼女の思考を遮りザビーダが言葉を発した。

 

「……へぇ。もしかして、エドナちゃんまで導師殿と旅してんの?」

 

「! エドナ様とも、お知り合いなのですか? その通りです。エドナ様もライラ様と陪審契約を結びスレイ達に同行しています」

 

「ほぉ〜、あの(・・)エドナちゃんが人間と旅をするとは意外だねぇ」

 

「? というと?」

 

「ん? いや、こっちの話さ。そんでよ、もう一つついでに聞いて置きたいんだが……構わないかい、魔法使い殿?」

 

アリーシャの問いかけをはぐらかし、突然、おちゃらけた態度を消し去ったザビーダは、先程から今までずっと黙り込んでいた晴人へ視線を向け、問いかける、

 

 

「……何が聞きたいんだ?」

 

ふざけた態度の消えたザビーダの視線を受け晴人が静かに口を開く。

 

「わかってんだろ? さっきの戦いで、なんで俺の事を邪魔したのかってことさ」

 

張り詰め始める空気。それを見つめるアリーシャは口を挟む事なく事態を見守る事しかできない。いや、本当の事を言えば彼女も気になっているのだ。なぜ、先程、晴人がザビーダの攻撃を妨害したのかが。

 

そんな、静まる部屋の中で晴人はゆっくりと口を開く。

 

「ザビーダって言ったな。お前こそ、本当は、なんで俺がお前の邪魔をしたのかわかってるんじゃないのか?」

 

その言葉を受け、ザビーダの目つきに鋭さが増す。

 

「……何が言いてぇ?」

 

 

その視線を真っ向から受けながら晴人は確信を持って告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前……さっき、憑魔になったサインドを殺そうとしただろ」

 

 

 

 

その言葉にアリーシャは思わず驚きの声をあげた。

 

「な!? ハ、ハルト? ……いったい何を言って……」

 

「……」

 

狼狽するアリーシャ。そんな中、オイシは神妙な顔つきでザビーダを見つめる。

 

そして、晴人は言葉を続ける。

 

「さっきアンタが構えた銃。アレがどんな代物なのかは知らないが、アレから感じた力はスレイが使っていた浄化の力とはまったく別のもんだった。なにより、あの時、サインドに引き金を引こうとしていたアンタの顔はとてもじゃないが、命を救おうとする奴の顔には見えなかったよ。まるで、介錯でもしようとしてる奴の顔だった」

 

引き金に指をかけた際のザビーダの表情。晴人は、其処から感じた違和感に咄嗟に反応し、攻撃を妨害した。

 

そして、その勘は決してハズレてはいなかった。

 

「そうか……20年前、ワシが憑魔となる以前に風の噂で聞いた時はまさかとは思っていたがザビーダ……お主」

 

ザビーダを見つめるオイシの口から哀しみの篭った声が溢れる。

 

「噂? オイシ殿……それはいったい?」

 

問いかけるアリーシャ。

 

そして、オイシは重い口を開く

 

 

「……ある風の天族が各地で憑魔と化した天族を殺しながら旅をしている……付いた呼び名は『憑魔狩りのザビーダ』……天族の間では有名な話じゃよ……所詮は与太話だと思っていたのじゃが……」

 

「……真実だったというのですか? で、ですが、何故そのような!?」

 

ザビーダは、困惑し問い質そうとするアリーシャの視線を受ける。だが、彼は全く悪びれる様子もなく軽い調子で告げた。

 

「憑魔は地獄に送る。それが俺の流儀だからさ」

 

「なっ……!」

 

その言葉を受けアリーシャ思わず絶句した。

 

ザビーダの発言は、アリーシャが今まで天族に抱いていたイメージを破壊するものだったからだ。

 

アリーシャにとって天族という存在は、清らかで、命を尊ぶ者達だった。

 

そして、現に、今まで出会った天族達は性格や人間との接し方に差はあれど彼女の思うように、命を尊び世界を行方を案じる者達ばかりだった。

 

だからこそ、平然と同族の命を奪うと言うザビーダの発言はアリーシャにとって大きな衝撃だったのだ。

 

「そ、それは説明になっていませんッ!! 命を奪わなくとも、浄化の力なら……」

 

天族に対して、尊敬を持って接するアリーシャが、何時に無く語気を荒くする。

 

だが、ザビーダはアリーシャの言葉をアッサリと否定した。

 

「お嬢ちゃん、世の中そうそう簡単な話で済まねぇのさ」

 

「え?」

 

アリーシャの言葉を遮ったザビーダは静かに告げる。

 

「確かに数百年前は浄化の力を司る天族や、導師として戦う人間は大勢いたさ。だが、天族を知覚できる人間が減り、天族信仰が失われ、天族の存在が空想の存在となっていくにつれ、浄化の力を持つ天族も減っていった。なんでだと思う?」

 

「それは……」

 

「天族は人間ほど穢れへの耐性を持たねぇ。だからこそ、穢れから身を守る為に導師を器として契約を交わすんだ。だが、人の世から導師の素養を持つ奴は減っていった。そうなれば、導師なしで憑魔に立ち向かわなけりゃならない天族はどうなるか? 答えは簡単だ……憑魔との戦いの中で、浄化の力を持つ天族自身が穢れに飲まれ憑魔になっちまうのさ」

 

「……その結果が、今のグリンウッド大陸だと言うのですか?」

 

「その通り、導師は徐々に数を減らし、人間達の中で御伽噺の存在になっていった。そして、20年前、この大陸にいた最後の導師が消えた。そして、それと入れ替わるように『奴』が現れたのさ」

 

「奴?」

 

「今代の『災禍の顕主』、黒い獅子の顔を持つ憑魔だ」

 

 

「ッ!! ヘルダルフ!!」

 

グレイブガント盆地で相対した強大な獅子の憑魔。その存在を思い出し、アリーシャの表情が強張る。

 

「20年前から、奴はあらゆる形で人の世に干渉していやがる。だが、浄化の力を持つ天族は今やライラのみ、導師もつい最近まで不在だった」

 

だからこそ、最後の浄化の力の使い手として、ライラは安易に動く事が出来ず、レディレイクの大聖堂にて、新たな導師の誕生を待ち続けていた。

 

「天族には加護以外にも、力の熟練した奴は自身の司る属性毎に特殊な力が使える。炎は、穢れの浄化。地は封印。風は守護って具合にな。俺が、天族でありながら穢れに飲まれずに憑魔と戦いながら一人旅できんのも、それが理由ってわけさ。最も、そのレベルまで達してる天族なんざ一握りだがな。つまり、最近まで憑魔を浄化する手段は失われてたって訳だ」

 

「……だから、憑魔を殺して旅をしていたというのですか?」

 

「あぁ、コイツでな」

 

そう言ってザビーダはジーンズに、ねじ込まれた銃を取り出す。

 

「『ジークフリート』……ダチから譲り受けたもんさ。コイツの弾丸は天族に撃てば力を増幅し、憑魔に撃てば穢れを無理矢理切り離す事ができる。最近は残りの弾丸が少なくなってきて、無駄撃ち出来ないのが困りもんだがな」

 

「ですが、その銃は……」

 

「あぁ、穢れごと宿主を殺す」

 

ハッキリとザビーダは言い切る。

 

「何故、そのような……憑魔と化したとはいえ罪の無い人間や天族を手にかけるなんて……」

 

悲しそうに言葉を漏らすアリーシャ。だが、ザビーダは軽い調子で返答する。

 

「そうか? ……死ぬ事で救われる奴もいるかもよ?」

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

その言葉に沈黙を貫く晴人の指先がピクリと僅かに反応した。

 

 

 

 

一方でアリーシャはザビーダの言葉を強く否定する。

 

「ッ!! そんな事あるはずが「なら、浄化の手段が無いときに、もし自分が憑魔になって人を襲いそうになったとしたら、お前さんどうするよ?」……ッ! そ…れ……は」

 

ザビーダの言葉にアリーシャは思わず黙り込む。民を守るべき騎士として、もし、正気を失い守るべき存在を傷つけそうになったら、自分は何を願うか……そんなことは決まっている。「自分を殺してでも止めて欲しい」と彼女は言うだろう。

 

だからこそ、アリーシャはザビーダの言葉に反論できない。

 

「答えられないかい?」

 

「ッ! ですが! 今は浄化の力を持つ者がいます! 導師であるスレイや魔法使いであるハルトが! ですから、ザビーダ様にも協力を「わりぃが断るぜ」……そんな何故……」

 

アリーシャの提案を、あっさりと拒否するザビーダに彼女は弱々しく困惑の声を零す。

 

「お嬢ちゃん達の覚悟の問題さ」

 

「覚悟? それならば既に「できてるって? そりゃ間違いだ」ッ! 」

 

アリーシャの言葉を遮り、ザビーダは問いかける。

 

 

 

 

 

 

「本当に覚悟ができてるってんなら、お嬢ちゃんは、もしもの時、憑魔ごと、宿主を倒せるのかい?」

 

「……え?」

 

その言葉にアリーシャの頭の中が真っ白になった。

 

 

「勘違いしてもらっちゃ困るがな浄化の力ってのは絶対じゃねぇ。敵の穢れの力を上回る浄化の力が必要だ。もし、浄化の力が足りなければ完全な浄化はできず、宿主はすぐに憑魔に戻っちまう。となれば、それを止める手は一つ……一時的に穢れが弱まってるうちに宿主ごと倒すしかねぇんだよ。お前さんにそれができるかい?」

 

 

「それは……」

 

 

「できないか? なら、やっぱり協力はできねぇな。もしもの時の覚悟が決まってない奴に背中は任せられねぇ」

 

ヘラヘラとした調子が完全に消え、ザビーダの鋭い眼差しがアリーシャの揺れる心を見透かすように細められる。

 

その視線から逃げるようにアリーシャは俯いた。

 

殺しというザビーダの手段をアリーシャは否定したかった。

 

 

だが考えてしまうのだ。例えば、ザビーダの言うように、先日のグレイブガント盆地での戦いでランドンが浄化不能だったとしたら、ランドンの命と傷ついた背後の兵士達のどちらの命を自分は優先しただろうかと……

 

憑魔と化した者の命は救いたい。だが、ためらいによって生まれる犠牲もある。憑魔となった者の命と多くの人々の命を天秤にかけなくてはならなくなった時、自分はどうするのか……そう考えた彼女は答えを出せなかった。

 

 

そんな弱々しく俯くアリーシャにザビーダは少し困った様な表情をして頭をガシガシとかくと彼女に声をかける。

 

 

「ハァ、女の顔を曇らせる趣味は無いんだがね……別に、殺しを嫌うお前さんの優しさが悪いとは言わないさ。だが、憑魔と関わり続ける以上、いつか必ず、俺が言った様な事態にぶつかる。そうなれば、お前さんの様に優しい人間は、その優しさが祟って、苦しみ憑魔に堕ちる。過去にもそういう導師は何人もいた……だから、手をひくなら今のうちだ」

 

その言葉はザビーダなりの忠告だったのだろう。出会ったばかりの彼とて、同族である天族を救いたいというアリーシャに対して悪い感情は持っていない。

 

だが、永い年月を生きた彼は理想と現実の差の残酷さをよく知っている。

 

彼女が持つ優しさは時として、自身を深く傷つけることも……

 

「もし、これからも憑魔に関わり続けるつもりなら覚悟を決めな。それができないなら必要以上に憑魔の件に首を突っ込むな。お前さんには、戦争を止めるって目的があるんだろ?」

 

「覚悟を決める……。それは命を奪う事で、何かを救う事を……ですか?」

 

 

「そうだ。誰も望んで憑魔になった訳じゃない。だが、憑魔になった奴は、そいつの意思に関わらずあらゆる物を傷つけていく。だから、俺は殺してでも止めるのさ。そいつ自身の誇りと名誉の為に……ソイツの生き様を憑魔に塗りつぶされないようにな……」

 

手に持ったジークフリートへ視線を向け

何かを懐かしむようにザビーダは言う。

 

「それがコイツを俺に託したダチとの『約束』で俺の『誓い』だ」

 

 

そして、話は終わりだと言うようにザビーダは部屋の出口に視線を向ける。おそらく彼は遺跡の奥にいるであろう憑魔と化したサインドと戦いに行くつもりなのだろう。

 

 

 

だが……

 

 

 

「……ハルト?」

 

ザビーダが動くよりも早く、空いたベッドに腰掛けて沈黙を貫いていた晴人が立ち上がり部屋の出口を目指して歩き始めたのだ。

 

 

 

「どこに行くつもりだい? 魔法使い殿」

 

 

そう問いかけたザビーダの言葉に晴人は足を止め振り向かずに答える。

 

 

「決まってるだろ。遺跡の奥だ」

 

「止めとけよ。あの憑魔はドラゴニュートって言ってな。ドラゴンの幼体の一つだ。強力な憑魔で戦闘力はドラゴンパピーを遥かに凌ぐうえ、風を操る変異種ときてる。感じた力も通常種より上だ。さっきは、憑魔になったばかりのサインドの意識が残ってたお陰で一気に押し切れたが、おそらく今は完璧な状態だ。浄化しきれる保証もないぜ」

 

「関係ないさ。そんなことは」

 

「へぇ、それをわかってて行くってんなら魔法使い殿は『覚悟』ができてるって訳か?」

 

「あぁ……」

 

 

そう答えた晴人にアリーシャは思わず驚きの視線を向ける。

 

「(ハルト……?)」

 

 

そして、晴人はゆっくりと口を開く。

 

 

 

「『覚悟』はできてる。俺は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何があってもサインドを助ける」

 

 

その言葉にザビーダの目つきが再び細まった。

 

 

 

「魔法使い殿……人の話を聞いてんのか? 綺麗事と楽観でどうにかなる問題じゃ「知ってるよ」……あ?」

 

 

問い詰めるような言葉を突如遮られ、ザビーダは顔をしかめる。

 

 

「死がソイツにとって救いになる時もある。そう言ったよな?」

 

 

「……あぁ」

 

 

「否定はしないさ。そんな事は嫌に成るほど知っている」

 

 

 

そう、彼は知っているのだ。

 

 

「大勢の人達の為に死ぬ事を願った奴を俺は知っているんだ……」

 

 

 

 

『私だって、本当は消えるのが怖い……でも……私が消えたら、誰も犠牲にならずに済む! 全てを終わらせるにはこれしかないの! 』

 

 

晴人の心に刻み込まれた『彼女』の最期の言葉……

 

 

「そして、俺はそれを受け入れた」

 

 

『このまま、静かに眠らせて……それが私の……『希望』……!』

 

 

 

だが……

 

 

「けどな、『アイツ』は決して、俺に誰かの命を諦めろと言った訳じゃないんだ」

 

 

「……!」

 

その言葉にザビーダの目が驚いたように見開かれた。

 

 

 

「アイツとの『約束』を、誰かの命を諦める『言い訳』にはさせない……助けを求める声があるなら俺は手を伸ばす」

 

そう言って振り向いた晴人はマーガレットへと視線を向ける。

 

 

「サ…イ……ンド」

 

 

ベッドに横たわる少女は意識を失いながらも、大切な友達の名前を弱々しく零す。

 

それだけで、晴人の『覚悟』は決まる。

 

 

「だから、お前さんは何があっても憑魔になった奴の命も諦めないってのか?」

 

 

そう問いかけるザビーダの視線を真っ向から受けながら晴人は告げる。

 

「あぁ、そうだ」

 

他の誰にでも無く、自分自身に言い聞かせるように……

 

 

 

 

 

 

 

「俺が『最後の希望』だ」

 

 

 

 

 

 

 

そう言い切り、彼は部屋から出て行った。

 

 

それを見てアリーシャも少し遅れながら彼を追うように歩き出す。

 

 

「……お嬢ちゃん?」

 

その意外な行動にザビーダは声をかける。

 

「ザビーダ様……私にはまだ答えがわかりません……私にはあなたの様な殺す覚悟もなければハルトのような助ける覚悟も無い……。中途半端です。けれど……」

 

 

アリーシャの脳裏に抱き合うマーガレットとサインドの姿が蘇る。

 

 

「共に生きていく事を……素晴らしい事だと思いたい! それを諦めたくないんです! だから……私は行きます」

 

 

そう言って、アリーシャは晴人を追って部屋から駆け出て行った。

 

 

 

そんな二人を見送るザビーダにオイシが声をかける。

 

 

「あの二人の事を見極めたかったのじゃろうが、わざわざ、あの様な悪役じみた物言いをしなくても良かったのではないか? 」

 

「ハッ! そんなんじゃねぇさ……」

 

 

「どうだかな……のう、ザビーダ。お主は、やはりまだ『アイゼン』の事を……」

 

心配するようにザビーダに問いかけるオイシ。だが、軽く笑いながらその言葉を遮る。

 

 

「くっはっはっは! 我ながらダッセェよなぁ! 試すつもりが逆に痛いとこ突かれて黙らされてやんの!」

 

笑い声をあげ自嘲するザビーダは再び、ジークフリートに視線を向ける。

 

 

 

「『約束』を『言い訳』にはさせない……か。あの台詞なかなか効いたな……」

 

 

 

バチンッ!

 

 

「ザビーダ?」

 

 

突如、両の手で思いっきり頬を叩いたザビーダの行動にオイシは戸惑いの声をあげる。

 

 

「オイシの爺さん。悪いが子守を頼むぜ」

 

そう言って彼もまた部屋の出口へ向かい歩き始める。

 

 

「……何をするつもりじゃ?」

 

 

その問いかけに振り向いたザビーダは不敵に笑いながら返答する。

 

 

 

「ヒーローごっこさ」

 

 

そう言い放ち彼は踏み出す。

 

 

 

フィルクー=ザデヤ(約束のザビーダ)

 

 

 

友との誓いと自身の真名が示す、生き方を貫く為に

 

 




最近の友人との特撮トーク

友「バンノドライバー、ポチった」

フジ「マジか」

友「これからはゴルドドライブと呼べ!!」

フジ「蛮野ォ!!」マッテローヨ!

台詞40種以上収録とかいつの間にか10増えてて笑うしかない。公式PVでも割られててさらに笑うない。そして、公式の無料配布の所為で俺のスマホの待ち受けが蛮野に乗っ取られて戻る気配がない

もう少しでmovie大戦の時期! エジソンが活躍できるか賭けようぜ! 俺は活躍出来ないにウヴァさんのコアメダル8枚!(外道)

あとVシネチェイサーにアクセル参戦もたのしみだぜ!


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18話 疾・風・共・闘

あけおめ!(大遅刻)

今更ですが、テイルズオブベルセリアがゼスティリアの過去話という事が判明しましたね! さては新手のサバトかな!?(錯乱)
開発時期的に、続編かなとは思ってましたがまさかの過去編です。設定を見るに聖隷と業魔が天族と憑魔に関係しているんでしょうが、そう考えるとゼスティリアより3000年以上前の神代の時代が舞台になるんすかね? ゼスティリア世界ってファンタジアとシンフォニアの関係みたいに文明リセットくらってるのだろうか?

まぁ、なんだかんだでプレイしてないものを叩く様な事はしたくないのでいつも通り発売日に買うだろうなぁ。戦闘時の挙動も修正されてたし、良ゲゲルになってる事を願いたいです。この流れでクソゲゲルをだしたらテイルズがマジで終わりかねないだけに……

では最新話をどうぞ


薄暗い遺跡の通路。その中をアリーシャは警戒しつつも急ぎ足で進んでいた。

 

「(ハルト一人に戦わせはしない。早く追いつかなければ……)」

 

 

先程のザビーダとのやりとりで見せた晴人の反応を思い出しアリーシャは歩みをさらに速める。

 

 

 

『大勢の人達の為に死ぬ事を願った奴を俺は知っているんだ……』

 

 

『アイツとの『約束』を、誰かの命を諦める『言い訳』にはさせない……助けを求める声があるなら俺は手を伸ばす』

 

 

『あぁ、そうだ……俺が『最後の希望』だ』

 

 

 

「ハルト……君は……」

 

最後に振り向いた時に彼が見せたのは、何時もの飄々とした調子とも時折見せる相手を思いやる優しげな態度の時とも違う、何かを背負っているかの様な決意に満ちた表情だった。

 

それはアリーシャが彼と出会って初めてみる一面だった。

 

アリーシャは晴人の過去について何も知らない。だからと言って無理に聞き出すつもりはないし、それで彼に対する信頼が変わる事も無い。

 

だが……

 

 

 

「辛そうだったな……」

 

 

背を向け、過去に起きたであろう何かを語っていた時の晴人の表情が如何なるものだったか、アリーシャにはわからない。だが、彼の言葉には、どこか悲しみが滲んでいたようにアリーシャは感じていた。

 

そして、同時にそんな彼の姿になんとも言えない危うさを覚えたアリーシャは、その想いに突き動かされティンダジェル遺跡の奥へと踏み込んでいく。

 

 

そして……

 

 

「ッ!……いた!」

 

通路の先。道が左右と正面の3つに分かれた部屋に晴人の背中を見つけアリーシャは彼に駆け寄った。

 

 

「ハルト!! 」

 

彼の名を呼ぶアリーシャの声。それに反応し晴人が振り返る。

 

 

 

「ん? どうかしたかアリーシャ? そんなに慌てて」

 

 

 

振り向いた晴人の態度は、先程までとは違うアリーシャがよく知る、何時もの飄々としたものだった。

 

「あっ……いや…その……そうだ! 君が1人で先に行ってしまうから心配してだな!」

 

 

あまりにもいつも通りの返答をする晴人に一瞬、何と答えたら良いのか、答えに詰まったアリーシャだが、すぐに1人で先行した晴人に苦言を呈す。

 

「あぁ! 悪い悪い! 忘れてた訳じゃないんだけどちょっとな……」

 

 

軽い調子で謝る晴人。そんな彼にアリーシャは少しばかり呆れた様に溜息をつくとジト目で見つめる。

 

「はぁ……まぁ、先程はなんとも言えない空気にはなっていたとは思うが、1人で行くことはないだろう? 私だって多少は力になってみせるぞ?」

 

「いや、アリーシャの実力を疑ってる訳じゃないぜ? ……まぁ、1人で先に行ったのは悪かったさ」

 

「むぅ……ならいいんだが。それで? ここで何をしていたんだ?」

 

まだ、納得はできていないが、アリーシャは少しむくれながらも足を止めていた晴人に理由を問う。

 

「ん? ほら、道が3つに分かれてるだろ? どの道を選んだもんかなと思ってさ。よくよく考えると俺、遺跡とかあんまり詳しくないしさ……」

 

 

「ふむ……確かに。来る前にオイシ殿に確認しておくべきだっただ『ガアァァァァァア!』ッ!! この叫び声は!?」

 

突如、響き渡る声に二人は警戒する。

 

 

「間違いない、ドラゴニュートの咆哮だ」

 

「聞こえたのは真正面の通路の先からか……」

 

3つに分かれた道の内、真正面の道から聞き覚えのある咆哮が遺跡内部に木霊し、2人は警戒を強める。

 

「……道はハッキリしたな。行くぜアリーシャ」

 

「わかった……」

 

警戒を続けながらも臆することなく2人は正面の通路へと歩みを進める。

 

道の分岐した部屋を出て踏み込んだその先に広がっていたのは、幅の広い真っ直ぐな通路だった。そしてその両端には等間隔でズラリと並ぶ石像が置かれている。

 

「(これは、ドラゴンの石像……? この遺跡はドラゴンを祀っているのか?)」

 

通路に並べられた石像は全てドラゴンを模った物だった。最強クラスの憑魔であり、畏怖の象徴ともいえるドラゴンが祀られている事に、アリーシャは内心で疑問を覚えたものの、すぐに気持ちを切り替える。

 

遺跡の仕掛けにより、僅かに照らされた通路を2人は進んでいく。

 

 

 

そして……

 

 

 

 

『グルルル……』

 

 

「見つけたぜ……」

 

「サインド様……」

 

通路の奥で2人は再びドラゴニュートと化したサインドと相対した。

 

 

ガチャリ、とドラゴニュートは剣と盾を構え臨戦態勢へと移行する。緑色に輝くドラゴニュートの眼光からは、最早理性は感じられない。サインドの意思は完全に穢れに飲まれてしまっている。

 

外敵である2人に対し重苦しい威圧感を放つドラゴニュート。

 

だが、2人は怯まない。

 

 

【ドライバーオン!】

 

「行くぜアリーシャ」

 

ベルトを出現させ問いかける晴人。

 

「あぁ! 必ずサインド様を救おう!」

 

その言葉に応じながらアリーシャは槍を構える。

 

 

『ガァァォォァォ!』

 

 

開戦を告げるかの様に咆哮するドラゴニュート。対して2人は迷わず迎え撃つ様に駆け出す。

 

「変身!」

 

【フレイム! プリーズ! ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!】

 

真正面に展開された魔法陣に飛び込み姿を変えた2人は得物である剣と槍でドラゴニュートを迎え撃つ。

 

『ガァァ!』

 

「ッ!」

 

ドガァ!!

 

 

 

振り下ろされる巨大な剣。2人は凄まじい速度で振るわれたそれをギリギリで回避する。しかし、その強力な一撃は遺跡の床を軽々と砕き、凄まじい爆発の様な衝撃を発生させた。

 

砕かれた石が砂煙りとなりたち込める。

その煙に紛れてウィザードはウィザーソードガンで奇襲をかける。

 

 

「ハァ!」

 

『グゥ!!』

 

ガキィン!!

 

 

だがドラゴニュートの反応は速い。左手に持つ巨大な盾で斬撃を容易く受け止める。金属同士の激突により激しく火花が散った。しかし、その隙を突くように逆サイドから攻撃を仕掛ける。

 

「たぁっ! 」

 

大きく横に薙ぎはらう一閃でドラゴニュートの手に持つ大剣を弾き、ガラ空きになった胴へと攻撃を叩き込む為にアリーシャは踏み込む。

 

 

「一槍両断! 葬炎雅!」

 

なぎ払った一閃を返し強力な炎を噴出させた薙ぎ払いを再度放つアリーシャ。

 

その攻撃がドラゴニュートを捉えると思われたその時……

 

 

ゴォオッ!

 

「くっ!?」

 

「なっ!?」

 

突如、強力な風が吹き荒みアリーシャの攻撃が、虚しく空を切る。

 

目の前に居たはずのドラゴニュートは2人の間合いから大きく離れ一瞬で後退したのだ。

 

「風を纏った……?」

 

 

地下であるというのに遺跡の通路には強い風が、吹き始める。そして、その原因たる

ドラゴニュートは背の翼を広げ旋風を纏いながら宙に浮き上がり2人を見下ろしていた。

 

そんなドラゴニュートに対して、ウィザードは仮面の下で眉を顰める。

 

「(ハリケーンスタイルと似た様な事が出来るのか? ……不味い! だとしたらッ!)」

 

 

ドラゴニュートの姿を見て何かに勘づくウィザード。

 

だが、遅い。

 

 

『ガァァアァァァァァ!』

 

「チィッ!」

 

「なっ!? はやっ……!」

 

 

咆哮し、飛行した状態で一気に距離を詰めてくるドラゴニュート。その速さは先ほどまでの比では無い。

 

反射的に防御態勢を取る2人だが、ドラゴニュートはお構い無しに突撃と同時に剣を一閃する。

 

 

「ぐぅっ!?」

 

「うぁっ!!」

 

 

防御ごと弾かれ、2人は吹き飛ばされ後方の石像へと叩きつけられる。

 

 

「くっ!」

 

 

ダメージを負いながらもウィザードは得物をガンモードへと変形させ、空中に浮くドラゴニュートに向け銃撃する。

 

鳴り響く炸裂音と共に放たれた銃弾。ウィザードの意思により弾道をある程度操作可能な弾丸がドラゴニュートに向け一斉に遅いかかる。

 

だが……

 

 

「チッ! 速い!」

 

風を纏ったドラゴニュートは難なくその弾丸を回避する。天井が高く広さも十分な通路において縦横無尽に動き回るドラゴニュートは容易くは捉えられない。

 

「ならコイツだ!」

 

【バインド! プリーズ!】

 

『グゥ!?』

 

空中にドラゴニュートを囲む様に魔法陣が現れ、そこから飛び出した鎖がドラゴニュートを拘束する。

 

しかし……

 

ゴオオオオオオオ!

 

突如勢いを増したドラゴニュートの周囲の風が刃となり鎖を呆気なく切断する

 

「強力な風を操る変異種ねぇ……確かに一筋縄ではいかなそうだ」

 

ザビーダの言葉を思い出しながらウィザードは左手の指輪を交換する。

 

「だったらこっちも風だ」

 

【ハリケーン! プリーズ! フー! フー! フーフー、フーフー!】

 

頭上に展開した緑の魔法陣に飛び込みハリケーンスタイルへと姿を変えたウィザードはドラゴニュートと同様に風を纏うと飛行し、一気にドラゴニュートへと肉薄する。

 

ガキィン! ガキィン!

 

 

逆手持ちウィザーソードガンでドラゴニュートと空中で切り結ぶウィザード。

 

高速での空中戦を繰り広げる両者。

 

そこに風の力を纏ったアリーシャが戦線に加わる。

 

「星天裂花!」

 

力の制御に慣れておらず飛行は出来ないものの、風を纏い速度を上げて跳躍したアリーシャは同じく風を纏った高速の5連突きを放ちドラゴニュートを怯ませる。

 

「ハッ!」

 

『グゥウ!?』

 

其処にすかさず頭上から回転して勢いを付けた踵落としが叩き込まれドラゴニュートは地面へと墜落する。

 

「行けるぞハルト!」

 

「あぁ! 一気に決める!」

 

【ハリケーン! スラッシュストライク! フー! フー!】

 

勝負を決するべく2人の得物に風の魔力が収束する。

 

「ハァァア!」

 

「龍爪旋空破!」

 

振るわれた得物から発せられた小型の竜巻がドラゴニュートを飲み込み拘束する。そして無数に生まれる真空の刃がドラゴニュートに襲いかかる。

 

『ガァァォォァォア!』

 

「「ハァァア!」」

 

 

竜巻に拘束され苦悶の叫びをあげるドラゴニュート。そこに風の魔力を収束させた2人の斬撃が放たれた。

 

 

『グゥゥウアァァァア!!』

 

 

そして、2人の一閃によりX字に斬り裂かれドラゴニュートは絶叫し吹き飛んだ……かに思われた……

 

 

「よし! これで……なっ!?」

 

 

勝利を確信していたアリーシャの顔から喜びが消え驚愕に染まる。

 

 

『ガァァォォァォアァァァァァ!!』

 

 

2人の大技を受けてなおドラゴニュートは健在だった。

 

攻撃を受けた傷跡は不完全ながら治癒を始め、ドラゴニュートは再び戦闘態勢へと移る。

 

 

「(浄化しきれなかった!? まさか、ザビーダ様が仰っていた通り、此方の浄化の力が穢れに負けているのか!?)」

 

ザビーダの言葉を思い出し、アリーシャの顔が悔しさに歪む。

 

そして……

 

 

それが一瞬の隙を生んでしまった。

 

ドラゴニュートの足元に現れた緑色の魔法陣。魔法陣が現れてほぼ一瞬で魔法陣が更に強く輝き、そしてドラゴニュートの周囲の風が収束していく。

 

 

ゴウッ!!

 

そして、収束した風が不可視の槍となり一斉にアリーシャへ向け掃射された。

 

 

「ッ!! アリーシャ!!」

 

その攻撃に反応したウィザードは反応の遅れたアリーシャに全速力で肉薄する。だが、タイミングはギリギリ。防御の魔法を発動する隙は無く回避も不能だった。それ故にウィザードはアリーシャを庇う様に抱きしめその背で風の槍を受けた。

 

 

ズガガガガガッ!!

 

 

「ぐぁああ!!」

 

「っ!! ハルト!?」

 

 

鋭い風の槍の連射を受け、ウィザードのアーマーから火花が散る。

 

 

ダメージを受け、崩れ落ちるウィザード。アリーシャはそんな彼を支える様に抱きとめるがそれにより2人の足は完全に止まってしまった。

 

そして、アリーシャの視界に更に容赦の無い光景が飛び込んで来る。

 

ドラゴニュートが足元に再び緑色の魔法陣を浮き上がらせ天響術の発動態勢へと入っていたのだ。

 

 

「(不味い!! 今の攻撃は私達の足を止める為の牽制!! 次は更に強力な天響術が来る!! だが……)」

 

天響術の発動態勢へと移行したドラゴニュートを見てもアリーシャは不用意に動けなかった。

 

理由は一つ。アリーシャは風の天響術に関する知識が無いからだ。アリーシャが旅に同行していた頃のスレイの仲間の天族は、火・水・土を其々が司っていたが、風の天属は不在だった。故にアリーシャは風の天響術に関しての知識だけが欠けているのだ。

 

 

 

「(術の妨害はもう間に合わない……だとすれば躱すしかないがどうする!?)」

 

しかし、彼女の焦る内心を嘲笑うかの様にドラゴニュートの魔法陣が強い輝きを放ち始める。

 

「(ッ!! こうなれば一か八かに賭けるしかっ!!)」

 

ダメージが回復していない、ウィザードを支えながら、アリーシャは勘任せで一か八かの回避行動に出ようとする。

 

 

だが、そこに突如第三者の声が飛び込んできた。

 

 

 

「お嬢ちゃん。押して駄目な時は引いてみるってのが大人の駆け引きってもんだぜ?」

 

 

 

「ッ!!」

 

 

その声に従う様にアリーシャはウィザードを抱えて風の加速を使い一気に後方へと跳ぶ。

 

 

ゴォォォオォォォォッ!!!

 

 

そして次の瞬間、寸前までアリーシャ達がいた場所の頭上と足元から風で作られた巨大な牙が獲物を食い千切るかの様に襲い掛かった。間一髪で回避出来たが、もしも横や空中に回避していたら間違い無く風の牙の餌食になっていただろう。

 

 

魔術師(マジシャン)!」

 

 

響く掛け声と共に突如、6個の巨大な虹色の鉱石が弾丸の様に放たれドラゴニュートに炸裂する。

 

 

『グゥウ!?』

 

ダメージこそ大きくないものの、突然の奇襲にドラゴニュートは怯み後退する。

 

 

「活力、集中、上がってきたかい? コンセントレート!」

 

続いて妙な詠唱(?)と共にウィザードの体が緑色の光に包まれる。

 

 

「これは……ダメージが」

 

 

先程の風の槍によるダメージが消え回復したウィザードは立ち上がると声の主へと視線を向ける。そして、続く様にアリーシャも驚いた声をあげる。

 

「ザビーダ様!?」

 

 

「お前……なんで」

 

 

そう、アリーシャ達の窮地を救ったのは他でも無い、風の天族、ザビーダだった。

 

 

「ん? あー……何つったらいいのかね? まぁ、アレだ……お手伝いってやつさ」

 

 

「……どういう風の吹きまわしだ?」

 

 

「風ってのは気まぐれなもんだろ?」

 

 

晴人の問いかけに対してザビーダは戯けて返す。だが、ウィザードはそれに対して、もう一度、問い質した。

 

 

「茶化して誤魔化すなよ。なんで、今、協力しに来た?」

 

 

その声には、静かだが誤魔化しは許さないという力強さが込められていた。

 

「……ハァ〜。ま、そりゃそうだよな」

 

 

ウィザードの再度の問いにザビーダは一度大きく溜息を吐くと軽い調子を消してハッキリと答えた。

 

 

「お前さんと同じ理由……そう言ったら信じるかい?」

 

「……」

 

真剣な眼差しをまっすぐウィザードへと向けザビーダは答える。

 

その言葉を受けたウィザードは無言でドラゴニュートへと視線を戻した。

 

 

「……やっぱ、簡単に信用はできないわな」

 

その反応を拒絶と受け取りザビーダの声が沈む。

 

だが……

 

 

「わかった」

 

「……なに?」

 

ウィザードの言葉にザビーダは思わず聞き返す。

 

 

「ん? だから、一緒にサインドを助けようって事だけど?」

 

「は? 俺のいう事を信じるってのか?」

 

「なんだ? 今の言葉は嘘なのかよ?」

 

「いや、そうじゃねぇけどよ……」

 

 

あっさりと協力を受け入れたウィザードにザビーダは思わず拍子抜けした様な声を漏らす。

 

「確かに俺はアンタの事をよく知ってる訳じゃない。けど、少なくとも今の言葉に嘘は無い。そう思った。それで十分さ、今はな」

 

新手の登場に此方を警戒するドラゴニュートに視線を向けながらウィザードは言葉を続ける。

 

「で、アリーシャは、どうする?」

 

 

「俺は協力するのは構わないけど?」という意思を伝えつつ、ウィザードはアリーシャの意思を問う。

 

「え? わ、私か!?」

 

「そりゃそうでしょ。俺だけで決める訳にもいかないだろ?」

 

唐突なフリにアリーシャは驚き戸惑う。だが、気持ちを落ち着けアリーシャはザビーダに答える。

 

「私にも異論はありません。 サインド様を助けたいという思いが同じならば、今は共に戦いましょう、ザビーダ様」

 

 

疑惑の感情を一切感じさせないストレートな返答。

 

2人からの思わぬ返答にザビーダは少しばかり呆れた様に苦笑した。

 

 

「……ハッ! お人好しだねぇ」

 

「だってさ、アリーシャ」

 

「わ、私だけなのか!? 君だって相当のものだと思うぞ!?」

 

ザビーダの言葉を軽く受け流すウィザード。そして、受け流された言葉に直撃したアリーシャは慌てて反論する。

 

 

そんな2人を見つつザビーダはドラゴニュートへと視線を向ける。

 

 

「そんじゃあ、準備はいいか? 魔法使い殿、お嬢ちゃん」

 

 

そう告げたザビーダに対し、すぐさま2人から返答がとぶ。

 

 

「晴人でいい」

 

「アリーシャと呼んでください」

 

その言葉を聞きザビーダは、楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「ハッハァ ! なら、いくぜ! ハルト! アリーシャ!」

 

「はい!」

 

「あぁ!」

 

三人は得物を構え、再び戦闘態勢へと移る。

 

 

「さぁ! ショータイムだ!」

 

 

ウィザードが告げたその言葉と共に三人はドラゴニュートに向けて駆け出した。

 

 

『グォォォォォォオ!!』

 

駆け出した三人に対して、ドラゴニュートもまた警戒を止め、飛び込んでくる。

 

ガキィン!!

 

 

ウィザードとドラゴニュートの持つ刃がぶつかり合い派手に火花を散らす。

 

「くっ!」

 

パワーでは劣るウィザードの剣はジリジリとドラゴニュートに押される。

 

「……なんてね♪」

 

『グゥッ!?』

 

突如つば競り合いを止め後退するウィザード。その動きにドラゴニュートは、突然力の拮抗が止んだことで、態勢を崩してしまう。

 

「四十雀!」

 

そこに、風の魔力を集中させたアリーシャが距離を詰め、薙ぎはらうように槍を回転させ叩きつける。

 

『グォ!?』

 

その勢いで右によろめいたドラゴニュートは通路端の石像へとぶつかってしまう。

 

【エクステンド! プリーズ!】

 

「ハァ!」

 

遅悔(リグレット)!」

 

 

ズガガガガガガガ!

 

 

そこに追撃とばかりに風を纏ったペンデュラムとエクステンドの魔法陣を通過させたウィザーソードガンが鞭の様に襲いかかる。

 

『グ……』

 

「まだまだぁ! 磁界、乱そう!ジルクラッカー!」

 

続けてザビーダの詠唱により、重力場を操る天響術がドラゴニュートの動きを阻害する。

 

【ハリケーン! シューティングストライク! フー!フー!】

 

「急襲、猛牙、噛み付くよ! アベンジャーバイト!」

 

そこにウィザードより放たれた風を収束させた魔力弾と、ザビーダが放った、先程、ドラゴニュートが使用した風の牙の天響術が叩き込まれる。

 

 

ゴオオオオオオオ!

 

 

吹き荒れる風。

 

 

だが……

 

 

「やっぱり、これじゃあ浄化仕切れないか」

 

『グォォォォォォオオオオオオオオオオオ!』

 

先程と同様、穢れは浄化仕切れず、ドラゴニュートは怒りの咆哮をあげる。

 

 

その姿を見て、ザビーダは顔を顰めた。

 

「……いや、全く効果が無いわけじゃなさそうだな」

 

「ザビーダ様。それはどういう事ですか?」

 

「攻撃を当てた時は穢れの弱まりを感じるのさ。全く効いてないわけじゃないが、風の攻撃は奴に効果が薄いってトコか」

 

「何か策があるのか?」

 

この中で最も憑魔の知識を持つザビーダにウィザードは対策を問う。

 

「……火の属性だ。本来、ドラゴニュートは地属性の力を振るい風の属性が有効な憑魔なんだが……奴は変異種。風を操っていやがる。四属性の相性を考えるなら火属性の攻撃が奴に最も有効な可能性が高い」

 

「こっちが持つ火属性の最大火力を叩き込めば、浄化出来る可能性はあるって事か」

 

「だが、ハルト。火の力では風を纏う奴のスピードに着いていけないぞ」

 

アリーシャの言う通り。先程の戦いで風を纏うドラゴニュートの機動力に二人は着いていけなかった。攻撃自体が有効なフレイムスタイルであっても攻撃が当てられなくては意味がない。加えて、最大火力の大技を使うにはそれなりの準備が必要だ。

大きなダメージを与えられないハリケーンスタイルではフレイムスタイルへのチェンジと大技の準備時間を作る事が出来ないのだ。

 

そのやりとりを見てザビーダは「何言ってんだ?」と疑問の表情を浮かべ問いかける。

 

「あん? なら片方が風の力を使って追い込んだトコにもう片方が火の力で準備した大技でトドメさせばいいんじゃねぇの?」

 

「え……いや、それは……私が力の制御が未熟で……ハルトと同じ属性の力になってしまって……」

 

自力で上手く属性を切り替えられないアリーシャはその作戦は無理だと申し訳なさそうに告げる。

 

「……ハルト!チョイと時間稼ぎを頼めるか!」

 

一瞬、何かを考え込んだザビーダはウィザードに対して時間稼ぎを頼み。

 

「何か考えがあるのか?」

 

「そんな所だ。ま、俺の言う事を信じられるならだけ「みなまで言うな! 任せたぜ!」……即答ときたか」

 

ザビーダの言葉を受け、ウィザードはすぐ様風を纏い浮き上がるとドラゴニュートへと突撃する。

 

 

「さて、そんじゃ時間も無いんで、簡潔に幾つか確認するぜアリーシャ」

 

「は、はい」

 

「お前さんはハルトから与えられた魔力で神衣と酷似した能力が使える。だが、上手くコントロールが出来ない。これであってるか?」

 

「はい……その通りです。力の制御が上手くいかないのは私が未熟だからでしょう。そして、何故か属性の切り替えもハルトに引っ張られる形で変わってしまって思い通りには……」

 

「なるほどね。恐らくだが、そいつはお前さんの中の魔力が元の持ち主のハルトに共鳴しちまってるからだ。制御技術さえしっかりすれば克服できるだろうが、お前さんは魔力を槍技に利用するのが手一杯で制御が覚束ないってところだろ……」

 

「申し訳ありません……」

 

再び曇るアリーシャの表情にザビーダは戯けて返答する。

 

「オイオイ、そんな顔するもんじゃないぜ。別に意地悪でこんな事言ってるわけじゃ無いんだ。言ったろ? 女の顔を曇らせる趣味は無いってな」

 

「ですが……」

 

「なぁに、問題がわかったのなら後はそこを取り除けば良いのさ」

 

その言葉にアリーシャは驚いた表情を浮かべる。

 

「手があるのですか!?」

 

「まぁな。陪神契約をしていない俺にはジークフリート以外に憑魔をなんとかする術は無い。だとすれば……この方法が一番手っ取り早いって訳さ!」

 

「ザビーダ様!? 何を!?」

 

突如、ザビーダの姿が消える。そして、そこには緑に輝く小さな光が浮かんでいた。

 

「ザビーダ様……まさか? 」

 

「察しがついたかい? 」

 

「その……ザビーダ様が……私を器に?」

 

アリーシャは頭に浮かんだ可能性を口にする。

 

「そうだ。お前さんの力は導師が使う神衣に近いもんだ。だが、お前さんはその力の制御をひとりでやらなけりゃならない結果、力を活かしきれない。逆に言えば制御を行う奴がいれば、お前さんの力は神衣と同等って訳だ」

 

「……ですが、そう簡単には」

 

「済まないだろうな。魔法使いの力とやらが、霊応力に近いとはいえ、上手く適応できる保証は無い。それに言い方が悪くなっちまうが、お前さん自体は元々、霊応力の適性が高くないからな。どんな反動が来るかもわからねぇ」

 

「……」

 

その言葉にアリーシャは黙り込む。

 

「……ま、無理になんて言うつもりはないさ。別にこの方法じゃなくても三人で掛かればなんとか「……いえ、やりましょう」……アリーシャ」

 

だが、彼女はザビーダの言葉を遮り、彼の作戦に同意した。

 

「命を賭ける覚悟なら、とうにできています。私はハルトや貴方の足手纏いになる為にこの場所にいる訳ではありません」

 

 

彼女はハッキリと力強く言い切った。

 

「(甘く見ていたのは俺の方だったか……)」

 

そんな彼女の覚悟を見てザビーダもまた決意する。

 

「了解だアリーシャ。そんじゃ、エスコートは任せな! 派手に決めてやろうじゃねぇの!」

 

「はい!」

 

そして、光となったザビーダはアリーシャの身体に吸い込まれていた。

 

「ん……これは……」

 

見た目では大きな変化は無い。だが、アリーシャは自身に起きた変化を確かに感じた。

 

「身体が軽い……それに魔力も今までよりもずっと……これなら!」

 

『いけそうかい?』

 

アリーシャの頭の中にザビーダの声が響く。

 

「問題ありません! いけます!」

 

『なら、一丁、ブチかましてやりな』

 

その言葉と同時にアリーシャは通路の奥でウィザードと斬り結ぶドラゴニュートに向けて一気に加速する。

 

轟っ!

 

 

力の制御が不完全だった今までとは異なり、完全に風の力で飛行するアリーシャはドラゴニュートへ肉薄する。

 

ガキィン!

 

槍の刃と大剣の刃が衝突する。

 

 

「アリーシャ!」

 

「待たせて済まないハルト! 此処は私が相手をする。君はドラゴニュートを倒す準備をしてくれ!」

 

そう言ってアリーシャは空中を高速で飛び回りドラゴニュートと斬り結ぶ。

 

 

「了解!」

 

【フレイム! プリーズ! ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!】

 

アリーシャの言葉を信じウィザードは左手の指輪を交換し、フレイムスタイルへと姿を戻す。

 

だが、それでもアリーシャはそれに引っ張られる事なく風の力を維持している。

 

「(属性に変化は無い! これならいける!)」

 

ザビーダの力の制御により、属性の切り替えを制御できるようになったアリーシャは一気に畳み掛ける。

 

「ハァ!」

 

渾身の一閃。だが、それはドラゴニュートの刃で止められる。しかし、それは想定内だ。

 

地上ではウィザードがトドメを決めるべく指輪をベルトにかざている。

 

【コピー! プリーズ!】

 

ベルトの音声と共に、ウィザードの横にもう一人のウィザードが現れる。

 

だが、まだ終わらない。

 

【コピー! プリーズ!】

 

本体と分身が再びベルトを操作し再び指輪を翳す。

 

さらにもう一度……

 

【コピー! プリーズ!】

 

現れた計8人のウィザード。真横に整列するのでは無く通路の先、一点を狙うかの様に扇状に並んだ彼らは準備万端とばかりに、その事をアリーシャへと告げる。

 

「いけるぞ! アリーシャ!」

 

その言葉を受けアリーシャが動く。

 

アリーシャの足元に緑の魔法陣が浮き上がった。

 

 

「「幻影空散! ウェザリング!」」

 

 

『グォォォォォォオ!』

 

二人の声が重なり、アリーシャを中心に展開された刃がドラゴニュートを切り裂いていく。

 

「今です! ザビーダ様!」

 

「任せなァ!」

 

その隙を突き、融合を解除したザビーダがドラゴニュートの頭上に現れ両手のペンデュラムを伸ばしドラゴニュートを拘束する。

 

「トドメは任せたぜハルト!」

 

 

ザビーダは扇状に整列したウィザード達の射線が衝突する一点にドラゴニュートを投げ飛ばす。

 

 

「あぁ! フィナーレだ!」

 

【チョーイイネ! キックストライク! サイコー!】

 

 

計8体のウィザードの右足に赤い魔法陣が展開され、分身が本体の動きをトレースしキックの構えをとる。

 

 

「ハァァァァァァア!!」

 

 

 

そして、慣れたようにローンダートで跳躍し、ウィザード全員の蹴りがドラゴニュートへと殺到した。

 

 

ドガァア!

 

 

『グアァァァァァァアァァァァア!!』

 

大絶叫を上げドラゴニュートは通路の先の部屋へと吹き飛んでいく。

 

そして……

 

 

 

ドゴオオオオオオオオオン!!

 

 

赤い魔法陣を浮かび上がらせ、爆発したドラゴニュートは今度こそ復活しなかった。

 

 

「穢れの気配が消えた……どうやらやったみたいだぜ?」

 

穢れの浄化を確信し、ザビーダは告げる。

 

「サインド様! ご無事ですか!」

 

「オイオイ、一人で先に行くのは……って、俺も人のこと言えないか」

 

 

サインドの身を案じ、アリーシャはドラゴニュートが吹き飛んだ先へと走る。それを追うようにウィザードとザビーダも後に続く。

 

「っ!?」

 

「うぉ、あぶね!」

 

 

ドラゴンの石像が並ぶ通路の先の部屋はかなり変わっていた。言ってしまえば先へと続く道が無いのだ。

 

奥の部屋に進むための道が途切れ、底の見え無い奈落が広がっている。

 

だが、よく見ると、壁の両端から柱が飛び出しており、強化された身体能力を持つアリーシャ達なら跳べる程度の足場になっている。

 

「サインド様は奥の部屋だ急ごう」

 

足場を跳び、向こうの部屋へとたどり着いたアリーシャ達はそこに倒れるサインドを発見する。

 

「サインド様!」

 

駆け寄るアリーシャ達。

 

「……生きてるな。大事も無ぇ。無事に浄化完了って奴だ」

 

「そうですか……良かった」

 

「ふぃ〜、なんとか解決だな」

 

サインドを診るザビーダの言葉に晴人達は安堵の息を零す。

 

無事、サインドを助け出し警戒を解いた晴人は、一瞬だけサインドをみて仮面の下で笑みを浮かべると、一息つくために変身を解除し、辺りを見回した。

 

 

「しっかし、今の道の無い通路と言い、凄い遺跡だな。仁藤あたりなら大喜びで調べそうだ」

 

自称ライバルであり、考古学を専行している戦友の事を思いだしながら周囲を見回す晴人。そんな彼の目にあるモノが飛び込んでくる。

 

 

「……コイツは?」

 

最奥の部屋の壁。そこには巨大な壁画が描かれていた。

 

「どうしたんだハルト?……これは、グリンウッド大陸の壁画か?」

 

壁画を見る晴人に気付いたアリーシャもまたその存在に気付いたと同時に、その壁画がグリンウッド大陸のものであることを理解した。

 

「あぁ、これ大陸の地図なのか……ん? なぁ、アリーシャ。地図にあるアレは何だ?」

 

壁画を見つめる晴人はある事が気になりアリーシャへと、問いかける。

 

それは、地図に描かれている紋様だ。デザインの異なる4つの紋章が大陸の地図の四箇所に分かれて描かれている。

 

「ふむ……ッ! これは……! 」

 

晴人の質問にその紋章をみたアリーシャは驚きの声を上げる。

 

「? あの紋章がどうかしたのか?」

 

「……アレは『五大神』の紋様だ」

 

「『五大神』?」

 

聞きなれ無い言葉に晴人は首をかしげる。

 

「この世界に広く加護を与えていると言われる五人の天族の総称だ。大陸そのものに影響する程の力を持つと語り継がれている」

 

そう言ってアリーシャは壁画の紋章を指差す。

 

「壁画で説明するなら、ハイランド領のレイクピロー高地にある紋章が水を司る『アメノチ』ローランス領の三つは大陸中央南端の二つが、火の『ムスヒ』と地の『ウマシア』そしてウェストロンホルドの裂け谷にあるのが風の『ハヤヒノ』だ」

 

「ん? 五大神なのに4つしかなくないか?」

 

「最後の一人は無を司る『マオテラス』だな、ローランスの皇都ペンドラゴに祀られてると聞いた事があるが……」

 

「へぇ……けど、この壁画の紋章は何の意味があるんだ?」

 

「む……それは……わからないな」

 

そんな事を話しながら、揃って壁画の前で首を傾げる二人。

 

そんや彼らにザビーダから声がかかる。

 

「そいつは恐らく導師の『試練神殿』の位置を示してんのさ」

 

「『試練神殿』?」

 

その言葉に二人は振り返りながらその意味を問う。

 

「導師ってのは、導師になった瞬間に強力な力を手に入れられるが、そこで終わりじゃ無ぇ。各地の試練神殿で与えられる試練を乗り越えて『秘力』を得る事で、さらなる力を手に入れられるのさ」

 

「!? では、この紋章が?」

 

「あぁ。俺も全部の神殿の場所を知ってる訳じゃないが、昔、旅をしていた頃、風と地の試練神殿を『アイフリードの狩場』と『ウェストロンホルドの裂け谷』の先で見つけたのさ。……火と水の試練神殿まではわからねぇけどな」

 

「五大神と導師の力にそのような関係が……」

 

「……」

 

ザビーダの言葉を聞き、新たに知った導師の知識にアリーシャが関心するなか、ザビーダの言葉を聞いた晴人は別の事を考えていた。

 

 

「(大陸に存在する四属性の『試練神殿』……)」

 

 

その言葉を聞いて晴人の脳裏に、自身の中に潜むドラゴンの言葉が蘇っていた。

 

 

 

『この世界にお前が跳ばされた時、4つの指輪に込められた力が、この大陸にある『何か』と共鳴し吸い寄せられる形で指輪から引き抜かれ、各地に散らばった。俺の力も巻き添えにしてな』

 

 

 

ドラゴンが語った魔法石の力の消失の経緯。

 

魔法石と同様の属性を持つ試練神殿の存在。

 

それらのピースが晴人の中に一つの推測を生む。

 

 

「(ドラゴンが言った。魔法石と共鳴したナニカってのは……まさか)」

 

 

そして、その答えが出ようとしたその時……

 

 

 

ドサッ……

 

 

 

 

 

晴人の隣で何かが倒れるような音が響く。

 

その音に反応し壁画から視線を移した晴人の瞳に……

 

 

 

 

「ッ!! アリーシャ!?」

 

 

 

 

 

意識を失い倒れ伏したアリーシャの姿が写った。

 




今回、ドラゴニュート君が所々、空気読んでるのは勘弁な!

ドラゴニュート……D2……アクアラビリンス……ディバインセイバー……うっ!頭が!

以下Movie大戦プチ感想
・ドライブサイドの扱いが雑ゥ!
・タケルの父ちゃん強杉内?
・今は亡き不知火殿
・「二代ヒーローの御帰還だな!」(爆)
・アカリ以外のゴースト勢は結婚式の服装選び舐めすぎ問題

まぁ、ゴーストwithドライブとして見るなら面白かったと思います。カノン蘇生前に見に行った所為でマコトにいちゃんの台詞は「みんなよけろ! おうじゃだけは、ゆるせない!」を思い出すレベルの違和感でジンジャエール吹きそうになりましたw


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19話 始まりの君へ

割と早く更新できた。今回は約6000字と少し少な目かなぁ?

バトライド・ウォー創生のpvで早く動かせるようになったドラゴンスタイルが見たい今日この頃です

今回のサブタイトルは響鬼ネタ

では、最新話をどうぞ


「ん……私は……どうなったんだ?」

 

 

目を覚ました少女、アリーシャ・ディフダは、突然の展開に困惑していた。

 

「サインド様を救う事に成功して……その後は……?」

 

自身の記憶を辿り、憑魔ドラゴニュートとなった天族、サインドを救う為に晴人やザビーダと力を合わせて浄化に成功した後、記憶が途切れた所にまで行き着いた彼女は、状況を確認しようと地面に倒れていた身体を起こした。

 

 

「ここ……は!?」

 

 

あたりを見回した彼女は混乱した。それは、自身がいる場所を理解したからだ。

 

意識を失ったティンダジェル遺跡でもなければ最後に訪れた町であるラストンベルでもない。

 

 

彼女がいるその場所は……

 

 

「レディレイク!?」

 

 

自身の故郷である湖上の街だった。

 

 

「な、何故私がレディレイクに……私はさっきまで確かに……」

 

戦争を止める為にローランス領を訪れていた筈の自分が何故、出発地点であるレディレイクへと逆戻りしているのか。理解が追いつかないアリーシャは辺りを見回す。

 

 

「ここは、レディレイクの大通りか……ハルトもザビーダ様もいない。一体どうなって……ん?」

 

 

そこでアリーシャはある事に気が付いた。

 

「おかしい……こんな大通りで倒れていて、何故誰も気に留めないんだ?」

 

自惚れるつもりはないが、王族の1人として知られている自分が人の往来する大通りで倒れていて誰1人気に留めないというのは流石におかしい。

 

現に周りを見ても人々はアリーシャが存在しないかの様に気にも止めず通り過ぎていく。

 

「私の事を認識していないのか?」

 

そう考えながらも、更に辺りを観察しアリーシャはある事に気づく。

 

 

「大勢の民が集まっている。何かの祭典でもあるのか?」

 

大通りの両端には街の門から貴族街までの道に延々と民の列が成されている。まるで何かを待ち望んでいるかのように……

 

 

そして……

 

 

ギィ……!

 

 

重々しい門の開く音が響く。

 

 

「え……あれは!?」

 

開かれた門へと視線を移したアリーシャは驚きに目を見開く。

 

 

『ハイランド軍の帰還だぁ!!』

 

『見ろ! 蒼き戦乙女(ヴァルキリー)マルトラン様だ!!』

 

『ローランスを退けた英雄!』

 

 

『蒼き戦乙女!』

 

 

『蒼き戦乙女!』

 

 

『蒼き戦乙女!』

 

 

開かれた門から現れたのはアリーシャもよく知るハイランドの騎士団達だ。そして、馬に跨り、その先頭を行く女性。

 

ハイランドの民は口々に彼女の帰還を讃える様に、彼女の持つ2つ名を叫ぶ。

 

「マルトラン師匠? 待て……この光景……私は何処かで……」

 

 

レディレイクへ凱旋する騎士団。それを見るアリーシャはその光景が自身の記憶にある光景と重なる。

 

「これは……10年前の……」

 

忘れもしない。尊敬する師がローランスとの大規模な戦いに出陣し、見事に武勲を立てて帰還した日の光景だ。

 

「……ん?」

 

凱旋するマルトランを見つめるアリーシャ。その時、彼女は気づいた。師の視線が民ではない一点に向かった事に。その視線を追った彼女の瞳の先に……

 

 

「10年前の……私?」

 

 

白と黒を基調とした服を纏う、幼き日の自分自身がいた。

 

幼き日のアリーシャは、マルトランを見つめ満面の笑みを浮かべている。

 

 

その表情には、喜び、安堵、憧れ。様々な感情が込められていた。

 

「……そうだ。私はこの日、師匠の姿を見て、騎士の道を志したんだ」

 

国の為にその身を捧げる在り方。1人の少女がその道を歩む事を決意した光景をアリーシャは静かに見つめている。

 

「この光景は、私の記憶なのか?」

 

 

だが、突如その光景が切り替わった。

 

 

「な、なんだ……!? いや、ここは……」

 

 

アリーシャの立つ場所は突如、レディレイクの大通りから遺跡の内部へと切り替わる。

 

だが、その光景もまた彼女の記憶にあるものだ。

 

アリーシャの視線の先には倒れている自分とそれに手を差し伸べる青年の姿がある。

 

 

 

「今度はスレイと出会った時の光景か……思えば、これが始まりだったな。そして……」

 

災厄の時代を終わらせる為に、導師の手掛かりを追い求めて訪れたマビノギオ山岳遺跡での出会い。それが、彼女の物語のスタート地点だった。

 

そして光景が更に切り替わる。

 

 

レディレイクのラウドテブル王宮の一室。

 

そこにいるのはやはり過去の自分。そして……

 

 

『約束する。俺がお前の……最後の希望だ』

 

 

彼女にとっての恩人、操真晴人だ。

 

「一度は無力さに足を止めてしまった私の背を今度はハルトが押してくれた」

 

 

打ちひしがれ夢を諦めそうになった時。支えてくれた晴人の言葉で彼女は再び歩み出す事ができた。

 

 

「……しかし、こうやって改めて見てみると、少しばかり恥ずかしいな……」

 

第三者の視点で嘗ての自分を見てアリーシャは何とも言えない気恥ずかしさを覚えた。

 

気障ったらしい言葉なのに、優しさを込め真剣に言い切る晴人と、その言葉を受け潤む瞳で彼と見つめ合う自分。

 

そんな光景を見ていると、アリーシャはモヤモヤとした喉に何かが引っかかっているような感覚に襲われる。

 

「わ、私はあの時、あんな表情をしていたのか……な、なんだろうか、酷く落ち着かない気分になる」

 

 

気恥ずかしいという感情が胸の内からせり上がり、思わずアリーシャは視線を逸らす。

 

 

そんな彼女の気持ちを汲んだかの様に光景が再び切り替わった。その事にアリーシャは少し安堵の息を零しつつ、辺りを見回した。

 

「む、まだ切り替わるのか、次は何時の記憶だ?」

 

状況は掴めないが、自分は今、自身の大切な記憶を見ている。アリーシャは、これまでの流れから、この状況にそう結論付けていた。

 

 

だが……

 

 

「ここは……どこだ」

 

 

今度の景色は、アリーシャの記憶には全く存在しないものだった。

 

 

「……海辺?」

 

 

青空が広がり、地平線まで見渡せる、海辺の岩場。アリーシャは、そこに立っていた。

 

「どうなっているんだ? こんな場所、私の記憶には……」

 

 

先ほどまでとは異なり、完全に自身の記憶には存在しない光景にアリーシャは戸惑う。

 

「私の記憶を見ているというのは間違いだったのだろうか?」

 

アリーシャは周囲を散策しながら言葉を零す。しかし、散策を続ける先で彼女の瞳にある光景が飛び込んできた。

 

 

「……なんだ? こんな何もない海辺に人が……」

 

明らかに人が寄り付く様には見えない海辺に大勢の人々がいたのだ。

 

「彼らはこんな場所で何を?」

 

違和感を覚えたアリーシャは人々に歩み寄っていく。そして、海辺に集まる人々を見て彼女はある事に気が付いた。

 

「……妙だ。ここにいる人々も戸惑っている」

 

 

海辺に集まった人々もまた、アリーシャと同様、事態が飲み込めていないのか、混乱し辺りを見回していたのだ。

 

 

そんな中、アリーシャは人々の中に見知った顔を見つける。

 

 

「あれは……ハルト!!」

 

 

見間違える筈もない、彼女の恩人、操真晴人だ。その姿に安堵しつつアリーシャは晴人に駆け寄る。

 

しかし……

 

 

「私を認識していない……という事は、このハルトはこの光景の一部ということか……」

 

他の人々と同様、アリーシャの目の前にいる晴人はアリーシャに反応しない。

 

「私が知らない光景……本当にここは何なのだろう?」

 

事態が飲み込めず、困惑するアリーシャ。だが、次の瞬間、辺りに変化が生じた。

 

「ッ! なんだ……あたりが暗くなって……」

 

日が沈む様な時間帯ではなかった筈にも関わらず、唐突に夜が訪れたかの様に、周囲が薄暗くなっていく。

 

突然の事態にアリーシャは思わず空を見上げた。そこには……

 

「あれは……」

 

 

月と太陽が重なる、日食が存在した。

 

 

「(なんだ……何か嫌な予感がする)」

 

光が遮られ生まれる暗闇と共に辺りを包み始めた不穏な空気。アリーシャの直感が、これから起こる事態への警鐘を鳴らす。

 

 

そして……

 

 

 

 

悲劇の儀式が幕を開けた。

 

 

 

 

『ぐぅッ!?』

 

『がァッ!?』

 

『い、いやぁっ!?』

 

 

「っ!? これは!?」

 

突如地面に疾る亀裂。その亀裂は紫色の不気味な光を放ちながら人々がいる岩場全域へと広がっていく。

 

そして、それと同時に人々が苦悶の叫びをあげはじめたのだ。

 

 

『ああああぁぁぁぁぁあ!』

 

『うわぁぁぉぉぁぁぁ!!』

 

『イヤァァァァァァ!』

 

 

 

苦しみ絶叫する人々。

 

その体には紫色の光を放つ亀裂が生じている。

 

 

「な、なんだこれは……」

 

憑魔化とは異なる謎の現象にアリーシャは困惑する。だが、アリーシャは、この光景に干渉する術を持たない。

 

 

「そ、そうだ! ハルトなら!」

 

きっと彼ならばこんな状況だって変えてくれる。そんな無意識の期待を込め、アリーシャは晴人に視線を向ける。

 

 

 

 

そう……彼女の知る『魔法使い、操真晴人』なら、確かにそうだったかも知れない……

 

 

だが……

 

 

『ぐあぁ……』

 

 

「…………え?」

 

アリーシャの視線の先には周囲の人々と同様に体に亀裂を生じさせ苦しむ晴人の姿があった。

 

「ハ、ハルトッ!?」

 

アリーシャは驚愕に目を見開き、晴人の名を呼ぶ。そして、彼女はある事実に気がついた。

 

 

「魔法の指輪が……ない?」

 

アリーシャにとって、『指輪の魔法使い』である操真晴人の象徴ともいえる、ウィザードリングが彼の指に存在しなかったのだ。

 

そして、悪夢は続く。

 

 

『がぁぁぁぁぉああ!!』

 

バキ!バキ!

 

全身を埋め尽くすほど亀裂が進行した1人の男が絶叫し、まるで内側から成虫が孵化する蛹の様に引き裂かれる。

 

「うっ!?」

 

その光景にアリーシャは思わず声を詰まらせる。

 

そして、蛹を食い破るかのように男から1人の怪物が誕生した。

 

「あ、あぁ……」

 

そして最早、言葉が出ない彼女を他所に……

 

 

『ああああァァァァア!!』

 

1人……

 

『グゥゥゥゥゥゥうううう!!』

 

また、1人と人々の体を引き裂き怪物が誕生していく。

 

そして、それは、この光景の一部である操真晴人も例外ではない。

 

 

『ぐぁぁぁぁぁぁあ!!』

 

バキィ!

 

苦痛に跪き、四つん這いで苦悶する彼の背を疾る亀裂の一部がガラスのように砕け、そこから人ならざるナニカの翼が現れる。

 

「ハルト!? だ、ダメだ!! 」

 

このままでは、他の人々同様、晴人の体も引き裂かれる。そう思い、聞こえていないとわかっていながらもアリーシャは必死に叫ぶ。

 

だが、晴人の体の亀裂は止まらない。

 

「い、いや……」

 

その光景を受け入れられず、アリーシャは駄々をこねる子供の様に首をふる。

 

その時……

 

『俺は……』

 

 

絶望の叫びとは違う、意志の篭る声が晴人の口から零れる。

 

そして、片膝を付きながら晴人は日食を見上げ、何かを求める様に手を伸ばし……

 

 

 

そこで、アリーシャが見る光景は途切れた。

 

 

 

__________________________________

 

 

「いやぁぁあ!!」

 

絹を割く様な悲鳴をあげアリーシャはオイシと話し合いをした遺跡入り口付近の部屋のベッドの上で目を覚ました。

 

「アリーシャ!? どうした!?」

 

普段の男言葉とは違う少女の叫びに、傍のベッドで彼女を見守っていた晴人は驚いて立ち上がる。

 

「は、ハルト!! ハルトが!?」

 

混乱し叫ぶアリーシャ。

 

そんな彼女を、落ち着かせようと晴人は彼女の両肩を掴み視線を合わせて語りかける。

 

「アリーシャ!! 落ち着け! 俺なら大丈夫だ! 」

 

「いやぁあ! ……え、ハ…ルト?」

 

「そうだ。俺だ、アリーシャ」

 

 

晴人の声にアリーシャは少しばかり、落ち着きを取り戻す。

 

「ハルト……そうだ! さっきの! 身体は大丈夫なのか!?」

 

「ちょっ!? アリーシャ!?」

 

まだ、混乱を引きずるアリーシャは晴人の体の無事を確かめるように両の手でペタペタと彼に触れる。

 

アリーシャの突然の行動に、驚いた晴人は、素っ頓狂な声を上げた。

 

「そうだ! 背中! 背中の亀裂は!!」

 

「ちょっと待てアリーシャ! 落ち着けって! マズイ! この体勢はマズイから!」

 

 

晴人は焦った声でアリーシャを止めようとする。

 

それもそうだ。何故なら今のアリーシャは晴人の正面から彼の背中を確かめるように両手をまわしている。ともなれば端からみればベッドの上で男女2人が抱き合っている様に見える訳で……

 

 

「うわぁ……騎士のおねぇちゃん……大胆だね」

 

「いやいや、マーガレットのお嬢ちゃん、あの程度は序の口だって」

 

「ザビーダ。マーガレットに変な事を吹き込まないでくださいよ」

 

「ふむ、して……誰が声をかける?」

 

 

2人以外の声が次々と聞こえ、アリーシャは漸く落ち着きを取り戻した。

 

 

 

「……へ?」

 

 

自分自身でも間抜けに聞こえる声がアリーシャの口から零れる。

 

「あー……アリーシャ? 中々に役得ではあるんだけど、とりあえず離れた方がいいぜ? …………なんか、マーリンドでもこんなことあったな」

 

 

できるだけ冷静に優しく声をかける晴人。

 

アリーシャは、抱きついた様な状態のまま、晴人、自分の体勢、そして、離れた位置に立つ4人に順番に視線を移していく。

 

 

そして……

 

 

ボフン!!

 

 

トマトの様に顔を赤くすると物凄い勢いで手を離しベッド上をばたばたと後ずさった。

 

 

「すすすす、済まないハルト!! ち、違うんだ! これはその……悪い夢を見て混乱してしまってだな! 決して、やましい感情は一切無くて!!」

 

 

アリーシャは珍しくマシンガントークで弁解する。そんな彼女の姿に、晴人は苦笑いしながらも、安堵の息を吐いた。

 

 

「わかったから落ち着けってアリーシャ。 取り敢えず、元気そうだな……良かった」

 

真剣に倒れたアリーシャの安否を心配していたのだろう。晴人の言葉にはからかいの色は無い。

 

「ぁ……うん、大丈夫だ。心配を掛けて済まなかった。そ、そうだ!私は一体どうして……」

 

 

晴人達に謝りつつアリーシャは何故自身が倒れたのか問う。

 

「おそらくは初めて天族を体に宿した反動だろうな……初めての事で体が着いてこなかったんだ。どこかまだ調子の悪い所はあるかいアリーシャ?」

 

「え、そうですね……いえ、特には」

 

ザビーダの言葉を受けアリーシャは体の状態を確かめる様に動かすがこれといった違和感は無い。

 

「そうか……器にした俺が言うのもなんだが、なにが起こるかわからない以上、無理は禁物だぜ?」

 

「わかりました。ご心配をお掛けし申し訳ありませんザビーダ様」

 

「気にすんなって、レディには優しくってのが俺の基本方針なのさ」

 

アリーシャの言葉受けザビーダは軽く笑う。

 

そこに、今度はサインドとマーガレットから声がかかる。

 

「アリーシャ、ハルト……改めてお礼を言わせて欲しいの。マーガレットを助けてくれてありがとう」

 

「私からも! サインドを助けてくれてありがとう! おねぇちゃんに魔法使いさん!」

 

「あ……いえ、私達は……」

 

「アリーシャ殿、そういう言葉は素直に受け取っておくものじゃ……相手が人か天族かなど関係無くの」

 

 

「オイシ殿……そうですね。では……その……どういたしまして」

 

 

遠慮しながらもアリーシャは2人の感謝の言葉を受け取る。

 

戸惑いながらも、その言葉は彼女の心を暖かくした。

 

「(この事件に関わって良かった)」

 

仲良く並び立つ人間と天族の2人を救えた事に、アリーシャの胸には言い知れぬ達成感が芽生えた。

 

「(なにはともあれ、これでラストンベルの事件は一件落着だな)」

 

思えば長い夜になったと今回の事件を振り返る。そんな中、アリーシャの脳裏に1つの光景が蘇る。

 

 

「(あの夢の中で見た光景……アレは一体何だったのだろう……)」

 

日食の中で起こった惨劇。その光景が彼女の頭から離れない。

 

「(ただの夢だったのか? だが、最後の光景を除けば、それまでの光景は、私の過去の記憶が元になっていた……なら……それなら……あの光景は……)」

 

 

心の中で引っかかりを覚えながら、アリーシャは晴人へと視線を向ける。

 

 

「ん? どうかしたのかアリーシャ」

 

その視線に気づき、晴人はアリーシャへと問いかける。

 

「い、いや何でも無い! ただ、今回の事件も漸く解決だなと思って気が抜けただけなんだ」

 

晴人に対して何と答えればいいのかわからず、アリーシャは咄嗟に答えを誤魔化す。

 

しかし……それを受けた晴人は何とも言えない表情を浮かべた。

 

 

「あー……それなんだけどなアリーシャ」

 

「ん? どうしたんだハルト?」

 

「アリーシャが倒れてる内に、実はもう1つ解決しなくちゃいけない事が出来てな」

 

「え?」

 

そう言って晴人は部屋の別のベッドを指差す。

 

アリーシャがそちらに視線を向けると。

 

 

「……子供?」

 

 

ボロボロの服を着た、数名の子供達がそこにいた。

 




つーわけで、ラストンベル編もそろそろ終わりますが、最後に敗残兵狩りの子供イベントの回収です。ラストンベルは改変しなくちゃいけないサブイベ多すぎんよ!

そーいや、ゴーストでは遂にネクロムが出ましたね。なんかアラン君のヤンホモ感が跳ね上がってきたんだけど大丈夫かこれ?

そして、マコト兄ちゃんが眼魔界の謎を引っ張るだけ引っ張って、来週あたりでアランに体乗っ取られてまた敵に回ってなんやかんや2クール終わりまで謎を引っ張る気配がするのは俺だけなのだろうか?

ぶっちゃけ、マコト兄ちゃん不安定過ぎて、寿命が迫るタケルの方が安心して見ていられる謎



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20話 今日の命、明日の命

遅れてサーセン!

もう少しで、仮面ライダー1号とアマゾンズが始まるので楽しみな今日この頃。そして、ゴースト外伝でも指輪パンチ連打にテレポートブリザードとかかます笛木さんマジ物理学者

今回は難産でした。正直詰め込んでて展開が雑かもしれん……

今回でラストンベル篇は終了となります。

では、どうぞ!


「ん……私は……?」

 

窓から差し込む日の出の光に照らされ、ラストンベルの宿屋『ランドグリーズ』の女将、ポプラは目を覚ました。

 

「いけない……私、寝てしまったのね」

 

自室の机に突っ伏す様に寝てしまっていた事に、ポプラは溜息を零す。

 

「マーガレット……」

 

ポプラは溜息と共に、その口から大切な1人娘の名前を口にする。

 

「昨日の事……夢じゃないのよね」

 

昨晩、謎の獣人の怪物と遭遇した事を思い出し、姿を消した娘が話していた事が子供のイタズラでは無い事を理解したポプラは自責の念にかられた。

 

若くして夫を亡くし、宿屋を切り盛りしながらも女手ひとつで精一杯育ててきた愛娘。しかし、仕事が忙しく、最近は娘に対して親としてしっかり接してやる事ができていなかったとも彼女は思う。

 

「私がマーガレットの話をしっかり聞いてあげていれば……」

 

今思えば、マーガレットは自分に助けを求めていたのだろうとポプラは考える。当然だ、幼い子供があのような怪物を見て不安にならない筈はない。

 

だと言うのに自分はマーガレットの言葉を信じずにイタズラと決めつけ否定した。本来、子供の1番の味方である筈の親に自身の言葉を否定されたマーガレットの心境は想像に難くない。

 

マーガレットが行方不明になってから今日で5日目。もしかしたら、もうマーガレットは……

 

 

そう考えそうになった自身の思考をポプラは首を振り否定する。

 

「駄目ね……私があの子の無事を信じなくてどうするの……大丈夫……あの子は生きてる……」

 

自身に言い聞かせる様にポプラはマーガレットの無事を信じると言い切る。

 

白皇騎士団や街の人々もマーガレットの捜索に協力してくれている。ならば、今の自分にできる事は、娘の帰ってくるこの場所で何時ものように待っている事だ。

 

そして、娘が帰ってきたら、好物のピーチパイを作ってあげよう。

 

満面の笑みでピーチパイを頬張るマーガレットを想像し、ポプラは気を引き締めた。

 

「さて、そうと決まれば朝食の準備をしなくちゃね」

 

そう言ってポプラは部屋を出ると厨房を目指し歩みを進める。他の従業員は既に準備を始めている筈だ。これ以上、遅れる訳にはいかない。

 

そう思い、食堂を目指し宿屋の玄関の前を通り過ぎようとした時……

 

 

 

カラン♪ カラン♪

 

 

ドアに取り付けられた鐘が鳴り、来客を知らせる。

 

「(あら? 誰かしらこんな時間に……)」

 

まだ僅かに日が見え始めた人通りも少ない時間に、宿屋を訪れる人は少ない。

 

一体誰が? そう思いポプラは玄関へと視線を向け……

 

 

「いらっしゃいま……え?」

 

玄関に立っていた人物達を認識し、ポプラの言葉が止まる。

 

 

彼女の視線の先にいたのは……

 

「おはようポプラさん」

 

「体調は大丈夫ですか?」

 

2日前の夜に宿を訪れた、見慣れない服装をした青年と、貴族の令嬢を思わせる服を着た少女、そして……

 

「ほら……家に帰ってきたんだ。お母さんに、しっかり言うことがあるだろ?」

 

 

「う、うん……ただいま……おかあさん……」

 

 

 

なによりも大切な愛娘だった。

 

 

「マーガ…レット? 」

 

「う、うん……お母さん……私のことわかる……?」

 

不安そうに尋ねるマーガレットに対してポプラからの返答はなかった。

 

 

「きゃっ!? お母さん?」

 

マーガレットから上がる驚きの声。

 

ポプラはマーガレットに一目散に駆け寄り彼女を力強く抱きしめたのだ。

 

大切な愛娘。その存在をその手で確かめる様に……

 

 

「お、お母さん! 苦し「……良かった」……え?」

 

 

「良かった……貴方が生きていて……本当に良かった……っ!」

 

 

「……お母さん」

 

涙を流すポプラはマーガレットを抱きしめながら言葉を続ける。

 

「ごめんなさいっ! あなたの言う事を信じてあげなくて……本当にごめんなさい!」

 

謝罪の言葉をこぼすポプラ。そんな彼女に対し、マーガレットは優しく微笑むと小さな腕をポプラの背に回す。

 

「ううん……わたしこそ心配かけてごめんなさいお母さん」

 

 

その言葉を受けポプラは涙を流しながらも、笑みを浮かべ告げる。

 

 

 

 

 

「おかえりなさい。マーガレット」

 

 

 

 

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「穢れと憑魔……マーガレットはそれが原因で……」

 

親子の再会から暫くし、遺跡に残ったオイシを除く、一同はランドグリーズの一室である、ポプラとマーガレットの部屋にいた。

 

天族であるサインドとザビーダに今回の事件についてをポプラに説明してもらう為である。

 

幸い、マーガレットの帰還を知った宿屋の従業員達は、彼女の無事を喜ぶと同時に、「仕事は、自分達に任せて娘さんと一緒にいてあげてください」と気を遣ってくれた。そして、長期の憑魔化により、体のよわっていたワックは別室にて安静にしている。

 

天族である2人が従業員達に見えていない事から、ポプラは天族の存在に関しては驚きながらも素直に受け入れてくれた。

 

同時に、マーガレットが何故、行方不明になったのか、そして昨日の獣人が憑魔と呼ばれるものだと知り、彼女は今回の事件の全容を理解したのだ。

 

そんな彼女に、サインドは深々と頭を下げ謝罪を口にした。

 

「申し訳ありません。マーガレットが憑魔となってしまった元々の原因は私にあります」

 

マーガレットが教会の信徒から迫害されそうになった原因は自分が加護を与える事を止め、この地を去った事にある。そう考えるサインドは本当に申し訳なさそうな表情でポプラに謝罪した。

 

一方のポプラは困惑しながらサインドへ返答する。

 

「さ、サインド様!? 天族の方が私などに頭を下げなくとも!」

 

 

伝承に伝わる超常的存在である天族に頭を下げられポプラは驚きの声を発した。

 

しかし、サインドは首を横に振り、言葉を続ける。

 

 

「天族などという肩書きなど、今は無意味です……私は役目を投げ出し、友達であるマーガレットを危険に晒す原因を作りました……母親である貴方に何と責められても仕方ありません……」

 

そう言ってサインドは頭を下げ続ける。

 

「あ、あのねお母さん! サインドは……」

 

それを心配そうに見守っていたマーガレットは思わず口を開こうとする。しかし、無言の晴人がマーガレットの肩に手を置き、その言葉を止める。

 

マーガレットは不安そうに晴人を見るが、彼は無言のままマーガレットを安心させる様に微笑むと2人のやり取りに視線を向ける。

 

「顔をあげて? 貴方を責めるつもりは私にはないわ」

 

「ッ!? ですが私は!?」

 

「それを言うなら私も、母親としての役目を疎かにして、マーガレットを追い詰めてしまったわ。だから、貴方が1人で責任を感じる必要は無いの」

 

敬語をやめ、それでいて、先ほどまでの他人行儀な口調ではなくどこか穏やかな口調でポプラは言葉を紡ぐ。

 

「ですが……」

 

「それに……私は貴女に感謝しているんです」

 

「えっ?」

 

ポプラの言葉の意味がわからず、サインドは困惑する。

 

「私はね? 夫を亡くしてから、この宿の女将としてずっと働き詰めで、娘に構ってあげられなくなってしまっていたの。でも、あの娘は優しいから我儘も言わずにいてくれたわ」

 

そう言ってポプラはマーガレットに視線を向ける。

 

「だけど、あの娘は何時も寂しそうにしていたわ。……でも私はそれに対して何もしてあげられなかった……けど、ある日、マーガレットが楽しそうに笑いながら私に言ったの……『大切な友達ができたの』って」

 

そう言いながらポプラはサインドへと視線を戻す。

 

「その日からあの娘はよく笑うようになったわ。あの娘はいつも楽しそうに『大切な友達』の事を話していた……。だから私、その『友達』にずっと伝えたかったの……」

 

優しく微笑み、ポプラは告げる。

 

 

「ありがとう……これからもマーガレットと仲良くしてあげて……って」

 

 

その言葉を受けサインドの目に涙が浮かぶ。

 

「ッ! いいんでしょうか……私はまだマーガレットの友達でいて……」

 

 

「えぇ、今度は是非、友達としてウチに遊びに来て。手によりをかけたピーチパイをご馳走するわ。マーガレットの大好物なの。貴方もきっと気に入ってくれると思うわ」

 

そう言ってポプラは優しくサインドの手を握る。

 

 

「ッ……! はい……っ」

 

「やったねサインド! 今度からウチに遊びにこれるんだ!」

 

手を取り合う2人と、喜びながら駆け寄るマーガレット。

 

そんな三人をアリーシャ達は微笑みながら見守る。

 

そこに、慌ただしく部屋の扉が開けられた。

 

駆け込んできたのは宿屋の従業員だ。

 

 

「女将さん!」

 

「あら? どうかしたの」

 

「み、店の外に! と、とにかく来てください」

 

慌てて息を切らせる店員の言葉につられて、一同は部屋を出て店の玄関口へと向かう。

 

「店の外がどうしたの?」

 

そう言ってポプラが宿屋の扉を開くと……

 

 

 

「女将さん! マーガレットが見つかったって本当かい!」

 

「あ! マーガレット! 無事だったのね!」

 

「よかった! 何かあったかと心配だったんだぜ!」

 

「女将さんに心配かけるなよなマーガレット! ここ数日は顔色悪くて見ちゃいられなかったんだからな」

 

「本当に無事で良かったわ!」

 

 

そこには、マーガレットの無事を聞いた街の人々が、事実を確かめようと押し寄せていた。

 

人々は次々と2人に対して暖かい言葉を掛けていく。

 

 

しかし……

 

 

「おやおや、なんだ……無事だったのですね。その娘は……」

 

 

人集りから離れた場所から嫌味ったらしい声がけかられる。

 

 

其処には、信徒を引き連れたラストンベルの司祭が立っていた。

 

 

「……これは司祭様。ウチの様な店に何か御用でしょうか?」

 

優しい雰囲気を持つ筈のポプラは雰囲気を変え、どこか皮肉めいた言葉を発する。

マーガレットは、司祭達に怯えた様に母親の背に隠れた。

 

 

「いえ、行方不明になっていた貴方の娘さんが見つかったと聞きましてね。こうして態々、足を運んだと言う訳ですよ」

 

 

「それはどうも」

 

回りくどい言い回しをする司祭に対して、街の人々は「何が言いたいんだコイツ」と言いたげな視線を向ける。

 

「しかし、天族様も懐が深い。子供とはいえ、あの様な戯言を吐いた子供を許して差し上げるなど」

 

 

『ッッ!!』

 

その、言葉にポプラや街の人々、そしてサインドの表情が険しくなる。

 

「……何が仰りたいのですか?」

 

 

感情を、押し殺しポプラが言葉を零す。

 

「なに……我々、教会に対する態度には注意した方がいいという事です。なにせ、我々は天族の、言葉の代弁者。我々を否定する事は天族様を、否定するということ。もし、同じ様な事があれば、今度は無事では帰ってこれないかもしれませんねぇ……」

 

 

「ッ!」

 

 

その言葉を聞いたサインドは限界だと言うかの様に拳を握り締め、司祭に向けて一歩踏み出そうとする。

 

 

しかし……

 

 

「いい加減にしろよ」

 

「……はい?」

 

「さっきから聞いてりゃ好き放題言いやがって! 腰巾着共を使ってマーガレットを暴行しようとした奴が何をほざいていやがる!」

 

「そうだ! もう我慢の限界だ!」

 

「お前が裏で何をしているのか、みんなが知らないとでも思っているのか! 教会の役割も碌に果たさないで、媚を売るだけの金の亡者が偉そうな事を言うな!」

 

「な、何を……」

 

司祭の言葉に対して怒りを爆発させたのは他ならぬ街の人々だった。

 

その反応が予想外だったのか司祭は驚きの表情を、浮かべる。

 

 

「そ、そのような物言いをして宜しいのですか? 私の言葉は天族の「知ったことか! 」……ひぃ!」

 

「天罰が下るってんならやってみやがれ!」

 

「次に天族を騙って巫山戯たことをしたらぶっ飛ばすぞ!」

 

「こ、この! 私の言葉が嘘だとでも「なぁ、司祭さん」……なんだ貴様は!」

 

人々の言葉に聖職者として化けの皮が本格的に剥がれ始めたその時、晴人が司祭へと声をかけた。

 

「あ、覚えてない? 昨日、会ってるんだけどなぁ……俺は偶々、この街に来た身なんだけどさ。アンタって本当に天族の言葉が聞こえてんのかなぁって気になってさ」

 

「何を馬鹿な事を。当たり前でしょう」

 

「そうかな? もしかしたらアンタが適当な事を言ってる……なんてオチだったりとかしない?」

 

「ハッ! 何処の馬の骨とも知れない男が何を急に……」

 

「ふーん。じゃあさ思い切って直接聞いてみようか」

 

「……は?」

 

 

晴人の言葉に司祭は間抜けな声を漏らした。

 

 

「ん? だってさ、天族は常に俺たちの事を見守ってくれてるんだろ? なら、俺たちに声が聞こえなくても何かしらの形で答えてくれるんじゃないかなぁと思ってさ」

 

「ふん、どうやってです?」

 

 

「そうだな。例えば……『天族さん! マーガレットの言葉に怒ってないなら、ラストンベルの大鐘楼を鳴らしてくれ!』……とか?」

 

そう言って晴人はザビーダに視線をむける。

 

その視線の意味を理解したのかザビーダはニヤリと笑いウィンクするとペンデュラムを構える。

 

 

「ハッ、いきなり何を……」

 

 

 

ブォォオォォォォォ!

 

 

「なっ!?」

 

ガラァン♪ ガラァン♪

 

突如として吹いた突風。それによりラストンベルの大鐘楼が大きな音を奏でた。先ほどまで無風だったのにも関わらず、本来、地下からくみ上げた水を動力として鳴る筈の大鐘楼が強風に揺られ、その音色がラストンベルに木霊する。

 

 

「おぉ、返事してくれた。やっぱいるんだなぁ、天族って」

 

「ぐ、偶然です。たまたま突風が吹いただけで……」

 

司祭は焦りからか嫌な汗を掻きながらも場を取り繕おうとする。

 

 

「そうか? じゃあもう1つ質問してみるか? なぁ、アリーシ……アリシアも何か言ってみろよ」

 

「アリシア……も、もしかして私のことかか!?」

 

流石に、ローランス領内の大勢の人々に注目されてる状況で敵国の王族の名前を口にするのは不味いと考えた晴人は咄嗟に彼女のメイドの名前でアリーシャに声をかける。

 

突如振られたアドリブに対して、アドリブが苦手なアリーシャは狼狽えるが、晴人の行動の意味を理解したのか晴人に続く。

 

「ゴホン!……では、天族の方々、貴方方はマーガレットに対して報復の意志は無いのですね?」

 

芝居が苦手なのか何処か棒読みになっているが、それでもアリーシャは、演技を続ける。

 

そして再び、ザビーダにより突風が吹く。

 

 

ガラァン♪ ガラァン♪

 

心地いい鐘の音が響くなか、反対に司祭の顔色はさらに蒼白になっていき脂汗をかき始める。

 

 

「ありゃ、なんか司祭様の言ってる事と違ってるな? じゃあ、最後の質問。 天族様、もしかして司祭様の言ってる事は全部デタラ「き、急用を思いだした! 悪いが失礼するっ!」……あらら」

 

晴人の言葉に司祭は踵を返し急ぎ足で去っていく。ブラブラと適当に手を振りながら晴人はそれを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

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「ハルト……いきなり、思いつきの偽名で呼ぶのはやめてほしいんだが」

 

「いや、だって流石にあの人集りで本名呼ぶのは不味いだろ」

 

「そうだとしても、なぜアリシアの名前なんだ……」

 

「ん? いや、語感が似てて咄嗟に……」

 

「お陰様で、街の人々からは完全にアリシアとして認識されてしまったんだが……」

 

「しょうがないだろ。咄嗟に出る名前で違和感無さそうなのがそれくらいしか思いつかなかったんだ」

 

 

司祭達を追っ払ってから暫くし、一同は再びポプラの部屋へと戻ってきていた。

逃げ出した司祭を見た街の住人は溜め込んでいた不満をぶちまけるかのように喜びの声を上げた。司祭を追っ払っうのに一役買った晴人とアリーシャの二人にも「よくやってくれた」と感謝の言葉がかけられたのだが、その結果、アリーシャは、あの場にいた者達に『アリシア・コンバティール』という名前だと認識されてしまったのだ。

 

「それにしても、いきなりはやめてくれ……心臓に悪い」

 

「くっはは! 焦って棒読みだったもんなぁ」

 

「ざ、ザビーダ様、からかわないでください……」

 

茶化されて恥ずかしがるアリーシャ。そんな彼女を見て晴人は小さく笑う。

 

「ははは……あ、ザビーダもサンキューな、協力してくれて」

 

「ん? 気にすんなって、ちょいと将来有望なレディの手助けをしたってだけさ。しかし、よく咄嗟にあの方法を思いついたもんだな」

 

ザビーダは先程の晴人の作戦について関心したように語りかける。

 

「昔、風を利用して子供を騙した奴と戦った事があってね。正直言うと、あんまいい思い出でもないし、褒められた方法とは言えないんだろうけど、あぁでもして釘を刺しておかないと、連中がまたマーガレットに悪さするかもしれないからさ……」

 

嘗て戦った、風を利用し一人の少年の心を弄んだファントムの事を思い出し、同じ様な手を使った事に晴人はしぶい顔をする。

 

 

「君が個人的な報復で、ああ言う事をした訳じゃないのはわかっているさ」

 

「アリーシャの力で天族の姿を見せても良かったかもしれないが、それだと目立ちすぎるしねぇ……それに、追い詰め過ぎても何するかわかんねぇからな、あの手の手合いは……とりあえずはあれくらいで良かったと思うぜ?」

 

 

そんな晴人に対してアリーシャと、ザビーダはフォローする様に声をかける。

 

 

「あの、私からもお礼を言わせてください。娘の為にありがとうございます」

 

「気にしないでくれよポプラさん。俺たちは、やりたい事をやっただけさ」

 

そう言って晴人達はポプラの言葉を受け取る。

 

そして、もう1つ残されている問題を解決するべく。二人は話を切り出した。

 

「ポプラさん……実は折り入って頼みたい事があるのです」

 

「頼みたいこと……? 私にですか?」

 

「あぁ、騎士さん! 連れてきてくれ」

 

晴人が部屋の外に声をとばすと、部屋の扉が開けられ白皇騎士団の騎士に連れられ6人の子供達が入ってくる。

 

「……この子たちは?」

 

「実は……」

 

疑問の声を漏らすポプラに対して、アリーシャは説明を始めた。

 

 

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事の発端は、アリーシャが遺跡で目を覚ました数時間前に遡る。

 

 

 

「え、えぇっと……ハルト? 彼等は一体?」

 

目を覚ましたアリーシャは、困惑していた。

 

調査が進んでおらず、人の寄り付く筈の無いティンダジェル遺跡。その中に幼いマーガレットと歳の変わらない子供がいる。

 

それも、1人や2人ではなく、4人の男の子と2人の女の子の総勢6名。服は皆、汚れてボロボロであり、訳ありの空気を醸している。

 

「俺も驚いてるよ。倒れたアリーシャをこの部屋に連れてきたらマーガレットと一緒にこの子達がいたんだ。アリーシャの看病を優先したから、まだ詳しく事情は聞いて無いんだけど……」

 

「こんな小さな子達が、この遺跡に?」

 

そんな子供達の存在に戸惑うアリーシャに対して、一組の少年少女が口を開いた。

 

 

「驚いてるのはこっちだよ。隠れ家にきたら知らない人が寝てるんだもん」

 

「あの……この場所は『ある人達』が私達に貸してくれた隠れ家なの……」

 

 

胡散臭気にアリーシャ達を見る少年と何処か警戒し小声で話す少女。どうやら彼らが、このグループの代表らしい。

 

「あ……それはすまない! 私の名はアリーシャ。君たちは……?」

 

アリーシャは律儀に謝り名を名乗る。

 

そんな彼女を見つめる晴人も、アリーシャの生真面目な対応に苦笑しつつも、続く様に口を開いたを

 

「俺は晴人。勝手に邪魔して悪かった。その上、ベッドまで使わせて貰って感謝してるよ。ありがとう」

 

「わたしマーガレット! お邪魔させてもらってごめんね」

 

「…………」

 

「…………」

 

3人から告げられた、謝罪と感謝の言葉。だが、子供達は晴人達に警戒しているのか、なかなか言葉を発さない。

 

なんとも言えない沈黙が場を支配していく。

 

 

そんな時……

 

 

ぐぅ〜

 

 

気の抜けた空腹を訴える音が二箇所から放たれた。

 

「あぅ……」

 

「あっ! そのこれは!」

 

その音の発生源は、先程、おずおずと言葉を発していた少女とアリーシャだ。

 

「うぅ……」

 

「いや、その……済まない。朝から何も食べてなくて……」

 

そんな彼女達は恥ずかしいのか顔を赤くして俯いてしまう。それをみた晴人は優しく微笑むと右手の指輪を交換する。

 

「……?」

 

その場の少年達は晴人の行動を訝しむが晴人は構わずに指輪をバックルにかざした。

 

【コネクト! プリーズ!】

 

音声と共に展開された魔法陣。晴人はそこに手を突っ込み紙袋を取り出すと、そこから中の物を1つ掴み少女に差し出す。

 

「先ずは腹ごしらえだな。これでも食べな」

 

差し出されたのは、紙袋。中身は町の調査の際にセキレイの羽から購入したマーボーカレーまんだ。事件のゴタゴタで食べるタイミングを逃して冷えてしまったが、それでも味は保証できると晴人は評価している。

 

「え!? あ、ありがとう……」

 

突然、目の前で使われた魔法に少女は驚きながらもマーボーカレーまんを受け取る。

 

「やっぱり朝以降、何も食べて無かったか……多めに買っといて正解だったな。ほら」

 

「す、済まない……」

 

「いや、買ったお金自体はアリーシャの物なんだし謝る事は無いんだけどさ」

 

はしたない姿を見せた事が恥ずかしかったのか頰を僅かに染めながらも、アリーシャはマーボーカレーまんにかぶり付く。

 

「ほら、君達も遠慮すんな」

 

そう言って晴人は子供達にマーボーカレーまんを差し出す。

 

「……悪いけど、俺たちはまだアンタ達を信用した訳じゃ「本当に!?食べて良いの!?」……ってオイ!」

 

晴人達に警戒心を見せ、リーダー格の少年はマーボーカレーまんの受け取りを拒否しようとする。だが、他の子供達は、普段は食べられない食べ物に興味深々なのか、晴人の言葉に食いつき、リーダーらしき少年の言葉をスルーして駆け寄っていく。

 

「これ美味しい!」

 

「ありがとうお兄さん!」

 

「ていうか、どうやって取り出したの!?」

 

「スッゲー! 魔法みたい!」

 

「へぇ、旨そうだねぇ。なぁ、ハルト! 俺の分も「もうない。我慢しろ」……」

 

 

凹むザビーダを他所に晴人からマーボーカレーまんを受け取った子供達は勢い良く頬張り、嬉しそうに微笑む。

 

「喜んで貰えて何よりだ。ま、勝手に君たちの隠れ家を使わせて貰ったお礼みたいなもんだ。気にしないでくれ」

 

 

「え…あ、そんな……そちらこそ気にしないでください。えぇっと私は……シノって言います」

 

「そっか、宜しくなシノ」

 

素直に謝罪と感謝の言葉を告げた晴人に少女、『シノ』は驚いた様な反応を見せるが、その後におずおずと名前を名乗った。

 

「おい! シノ! こんな得体の知れない連中に軽々しく名前を教えるなって!」

 

「でも、この人たちは悪い人には見えないよジョン?」

 

「そんなの、まだわからないだろ! っていうか、俺の名前まで勝手にだすなよな!」

 

「あ! ジョン、ごめんなさい!」

 

「だ〜か〜ら〜!」

 

唯一、晴人達に警戒心を見せるリーダーらしき少年(どうやらジョンと言うらしい)は、警戒無く晴人に接するシノ達に注意を促すものの、そこはやはり子供であり、逆に自身の名前も明らかにしてしまう。

 

そんな彼らにアリーシャが声をかける。

 

「警戒する気持ちはわかる。だが教えて欲しい。君たちの様な子供が何故、街から離れた遺跡を隠れ家に? 君たちの両親は?」

 

 

そんなアリーシャの問いかけに、子供達の表情が暗くなる。

 

 

「? ……済まない、何か気に障っただろうか」

 

そんな子供達の様子にアリーシャはどうしたのか問う。

 

 

「……いない」

 

「え?」

 

 

ジョンがボソリと声を漏らす。

 

 

「ここにいる連中の親は、皆、戦争で死んでる」

 

 

「ッ!」

 

 

ジョンの発言にアリーシャは思わず言葉を詰まらせる。

 

 

「(戦争孤児……こんな幼い子供達が)」

 

まだまだ幼い目の前の子供達が、置かれている厳しい現実にアリーシャは心を傷める。

 

彼女もまた幼い頃に両親を失った身だが、それでも彼女には両親が遺した財産や、アリシアやマルトランといった支えてくれる人がいた。

 

そういった存在を持たない目の前の子供達の現状がどれだけ過酷なものなのか、アリーシャには想像もつかない。

 

 

「済まない……軽率な質問だった」

 

「……ふん」

 

アリーシャの謝罪に対して、ジョンは不機嫌そうにそっぽを向く。

 

そこに晴人が口を開く。

 

「でも、なんでこの遺跡に?」

 

「確かに。孤児達の受け入れなら、教会が行っていると思うのだが……少なくともハイランドでは「アリーシャ」あっ! す、済まない!」

 

子供だけしかいないとはいえ、ハイランドから来たことをあまりおおっぴらに言うべきでは無いと晴人はアリーシャの言葉を遮る。

 

そんな彼らの様子にマーガレットは首を傾げる。

 

「どうかしたの騎士のおねぇちゃん?」

 

『ッ!?』

 

その言葉に子供達が一斉に反応した。

 

 

「えっ!? ど、どうしたんだ!?」

 

 

突如、騎士という言葉に警戒を強めた子供達にアリーシャは困惑する。

 

 

「……あんた、ローランス軍の兵士なのか?」

 

警戒を強めながらジョンはアリーシャに問う。

 

 

「い、いや。確かに槍術は嗜んでいるが、私はローランス軍の人間ではないよ」

 

その言葉に子供達は緩やかに警戒を解いていった。

 

 

「なんだよ紛らわしい。心臓が止まるかと思ったぜ」

 

「? それはどういう……?」

 

アリーシャの疑問に対しての返答は別の場所からでた。

 

 

「その子達はな。『敗残兵狩り』をして、命を繋いでいるんじゃよ」

 

「ッ!」

 

「敗残兵狩り!?」

 

オイシから放たれた言葉にアリーシャ達は驚き、つい言葉を漏らしてしまった。

 

そんなアリーシャの言葉にビクリと反応し子供達は、再び警戒を強める。

 

「ッ……! なんでそれを!?」

 

「ま、待ってくれ!? 君達は……その……本当に……?」

 

リーダー格であるジョンに対してアリーシャは、言葉に迷いながら問いかける。

 

「……」

 

対してジョンは黙り込み何も答えない。

 

 

「そういえば、街で情報集めしていた時に、ヴァーグラン森林で敗残兵狩りが横行しているって話はきいたな……広大で警備がし辛いから、山賊が出やすいのに加えて、戦場が近い影響で敗走した兵が狙われやすいって……」

 

晴人はラストンベルでの情報集めの中で耳に挟んだ情報を思い出す。

 

それに対し、シノが口を開く。

 

 

「ま、待ってください! 確かに私達は……その……良くない事をしていますけど……」

 

「他の連中みたいに殺しまではやっちゃいない……死体から金になりそうなものをくすねたりはしてるけどさ……」

 

ジョンがシノに続いて自分達の事を話す。たが、アリーシャは顔を顰めた。

 

「だが、それは……」

 

例え、死体が相手とはいえ子供達のやっている事は盗人のそれだ。騎士として治安を気にかけるアリーシャとしては、そういった行為は、やはり認められない。

 

 

「ッ……! しょうがないだろ! 俺たちだって別に好きでこんなことしてるんじゃない! それでもこうしなくちゃ生きて行けないんだ! アンタみたいな裕福そうな奴にはわかんないだろうけどな!」

 

「ッ……!」

 

子供達の想いを代弁する様にジョンが大きな声を上げる。それに対してアリーシャは言葉を詰まらせてしまう。

 

そこに晴人が声をかける。

 

「落ち着けって。だけど、それなら何で教会を頼らないんだ? アリーシャが言うには普通なら教会は、孤児の受け入れをおこなってるんだろ?」

 

「あぁ、私の知る限りではだが……」

 

「残念だけど、今のラストンベルの教会には期待出来ないわ」

 

晴人の問いにサインドが答える。

 

「確かに、アリーシャの言う通り、ローランスの教会も孤児の受け入れは行っているわ。けど、枢機卿が現在の地位に就いてからラストンベルに派遣された司祭は、私腹を肥やす事で頭が一杯で、孤児の受け入れの様な慈善活動は……」

 

「典型的な俗物って訳かい……頭の痛い話だねぇ……」

 

「あの司祭、マーガレットの件といい……」

 

晴人とザビーダはラストンベルの司祭に対して呆れた様な声を漏らす。

 

「だけど、それだとマズイぜ? たしか、ローランス軍はヴァーグラン森林で起きている敗残兵狩りの撲滅に本格的に動き始めるらしい。このままじゃ、この子達は……」

 

セキレイの羽が話していた敗残兵狩り撲滅に、関しての情報を思い出した晴人は、神妙な表情で思案する。

 

 

その言葉に子供達の表情が不安に染まる。彼等とて理解しているのだ。このままでは駄目なのだと……だが、彼等は今を生きるだけで精一杯でそこから抜け出す術を持たない。

 

 

子供相手に軍人が非道な真似をするとは思いたくないが、子供達が危険な目にあう可能性は可能な限り避けたい。

 

例え、彼等が泥棒の様な事をしていたとしても、手を差し伸べない理由などない。晴人はそう考えている。

 

「ん?、そう言えば、君達が言っていた。この場所を貸してくれた人達ってのは誰なんだ?」

 

敗残兵狩りをしている様な連中が態々、小さな子供達に隠れ家を提供するとは考え辛い。そう思った晴人は子供達に問いかける。

 

「少し前、此処を隠れ家に使っていた人達が、いなくなる前に私達に、この場所を教えてくれたんです。『近いうちに軍が動くから、敗残兵狩りからは足を洗いな』って言って結構なお金も一緒にくれました……」

 

「おかげで暫くは食料には困らなかったし、死体漁りもしなくてよかったよ。この場所は街から遠くて換金には不便だから軍の連中から隠れる為の避難先として使ってるんだ」

 

「へぇ、気前のいい奴もいるもんだな」

 

「だが、それでも確実とは言えないぜ? この遺跡だってそのうち軍の連中に調べられるだろうし、金が尽きたらまた、そいつらは盗人の真似事をしなくちゃならないんだろ? 軍が本格的に動きだしたらどうにもならないぜ?」

 

子供達に助け舟をだした者達の存在に晴人は感心するが、ザビーダはしぶい顔をしてこれからの問題点を挙げる。

 

「確かに、もっと根本的な解決策が必要になる……」

 

ザビーダの言葉にアリーシャは眉を潜め思案する。

 

「(ハイランドでなら、まだ微力ながら助け舟を出せたかもしれないがローランス領では……教会と対立している騎士団も孤児に関しては管轄外だ。街の教会が元来の役割を取り戻せない事にはどうしようも……)」

 

どうしたものかと一同が思案する中、突如、重苦しい雰囲気を吹っ飛ばすように、意外な人物が声を挙げた。

 

「うーん……よくわからないけど。この森で暮らしてると危ないって事だよね? じゃあ、ウチの店に泊まったら? お母さんの作るピーチパイ、凄い美味しいんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………はい?』

 

 

 

突如放たれたマーガレットの言葉に一同は何とも言えない声をこぼした。

 

 

「ま、マーガレット? 確かにあなたの店は宿屋だけど……」

 

「無料で子供達を何日も泊めるってのは厳しいんじゃないか? 女将さんや従業員だって生活が掛かってるしなぁ……」

 

「慈善活動の押し付けはできねぇよなぁ……仮に同意を貰えても、いつまでも泊まらせとくって訳にもいかねぇし」

 

サインド、晴人、ザビーダの三人は何とも言えない反応を見せる。

 

 

「うぅ……だめかな? 同い年の子が増えて楽しそうって思ったんだけど……」

 

 

しゅんとするマーガレット。

 

だが、アリーシャだけがその言葉に対して、真剣な表情で思案を続けていた。

 

 

「いや、マーガレットの案。名案かもしれない……」

 

 

その言葉に一同はアリーシャへ視線を向ける。

 

 

「考えがあるんだ。聞いて貰えるだろうか?」

 

そしてアリーシャは、1つの提案を口にした。

 

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「つまり、この子達を暫くウチの宿で保護して欲しいということかしら?」

 

「はい。まことに勝手な頼みで申し訳ないとは思うのですが……」

 

 

事情を聞いたポプラはアリーシャ達が何を頼みたいのか察してその真偽を問い、アリーシャはそれを肯定した。

 

そこに晴人が口を開く。

 

「あの司祭はどうやら、教会本部に自分の悪い噂が届かないように、賄賂で関係者の口を塞いでるらしいんだ」

 

晴人はサインドから得た司祭の悪事を説明する。

 

「我々はこれからペンドラゴに向かう予定があります。その際にラストンベルの現状を伝えようと思います」

 

「教会だって、民の意識をまとめたい以上、反感を買ってる司祭を、態々放置できない筈だ。となれば、次は真っ当な司祭を派遣してくれると思う」

 

ローランス教会は元々、ハイランドとの戦争に対して、民をまとめようと働きかけていた。最高責任者である枢機卿に関しては現状、謎も多いが、それでも汚職に手を染めて教会としての役割を果たしていないあの司祭を放置して良い事はないだろうともアリーシャ達は考えている。

 

元々、アリーシャ達の旅の目的は、ローランスにて皇帝や、枢機卿に憑魔の危険を伝えると共に停戦の為の話し合いをするためだ。その話し合いにラストンベルの件も加わるということだ。

 

「ですが、それでもすぐに司祭が代わるという事はない筈です。ラストンベルの教会がその役割を取り戻すまで、子供達の安全を確実にしたい」

 

だからこそ、アリーシャ達はポプラに協力を求めた。

 

白皇騎士団に協力してもらい、彼らをペンドラゴの教会へと連れて行ってもらい保護してもらうという手も考えたが、謎の雨が降り続くペンドラゴには別の危険が潜んでいる可能性もある事から、晴人達は、一先ずは、この方法が1番安全だと結論づけたのだ。

 

「勿論、無償でとは言いません。子供達の宿泊代金は此方で用意します」

 

そう言ってアリーシャはガルド(お金)が詰まった袋をテーブルの上に差し出した。

 

 

その中身はざっと見積もっても、数ヶ月間は、宿を利用できるだろう額が入っている。

他の貴族に比べれば、自身の資産に執着のないアリーシャだが、それでも彼女は貴族の人間だ。旅を始めるにあたり、そのくらいの資金を用意する事自体は難しい事ではない。

 

その金額を見て、ポプラや子供達は驚きの表情を浮かべた。

 

 

「そ、そんな! 娘の命の恩人にお金など、いただけません!?」

 

そう言って、ポプラは袋をアリーシャに返そうとする。

 

だが……

 

 

「いえ、どうか受け取ってください。貴方には貴方の生活があります。お金で全て解決できると思っている訳ではないですが、協力していただく以上、私としてもキッチリした形でそれに報いたい」

 

「俺からも頼む」

 

そう言ってアリーシャと晴人は頭を下げる。

 

 

嘗て、アリーシャはスレイとマーリンドを訪れた際に、加護復活の為に協力を依頼した傭兵団を率いるルーカスから対価として報酬を要求された。

疫病に苦しむ民を助ける行為に金の話を持ち出された事に、当初、誇りを重んじるアリーシャは嫌悪感を覚えた。

 

だがルーカスは言った。

 

『もし、俺の部下が依頼の中で死んだら、遺された家族は、誇りとやらで飯が食えるのか?』と……

 

 

その通りだった。金が全てなどと言うつもりはないが、遺された者達が生きていく為の保障になり得るのも事実だった。

 

要はそれと同じなのだ。

 

ポプラには、母親として、女将として、娘や宿の従業員に対しての責任がある。それに対して、無責任に善意の活動を押し付ける様な真似をアリーシャはしたくなかった。

 

言ってしまえば、彼女なりのケジメなのである。

 

 

そんな彼女の真剣な態度に触発されて、子供達もポプラに対して頭を下げる。

 

「そ、その……俺たち、もう盗人みたいな事したくないんです!」

 

「迷惑をかけない様にします! 何なら、宿の仕事も手伝います、 だから……」

 

そう言って頭を下げる子供達を見たポプラはアリーシャへと視線を向けて、彼女が折れる気はない事を理解し小さく溜息を吐いた。

 

 

「ハァ……お金なんて貰わなくても協力するのに、頑固な子ね……わかったわ。このお金は一先ずは預からせて貰います」

 

 

「ッ!! で、では!?」

 

 

「えぇ、暫く、この子達の面倒は此方で見るわ。マーガレットの事もあるし他人事とは思えないですからね」

 

その言葉にアリーシャ達の表情が輝く。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

そう言ってアリーシャと晴人はもう一度頭を下げた。

 

「いいのよ頭なんて下げなくて。私は私で、やりたいようにやっただけなんだから」

 

 

そう言ってポプラは優しく微笑む。

 

「さて、そうと決まれば歓迎会の準備ね。手によりをかけたピーチパイをご馳走するわ♪ 」

 

その言葉を受け、子供達も表情が明るくなる。

 

そして、宿屋ランドグリーズの一室から子供達の喜ぶ声が響いた。

 

 

 

 

 

__________________________________

__________________________________

 

 

「今度こそ、取り敢えず一件落着ってとこだな」

 

ポプラから協力を得られた数時間後、晴人達は荷物をまとめラストンベルの西門の外にいた。西門の先は薄暗かったヴァーグラン森林とは対照的に日当たりの良い広大な草原地帯が広がっている。

 

ポプラ達からは一緒に子供達の歓迎会に参加しないかと声をかけられたが、元々、ペンドラゴへ急ぐ身だった二人は、事件解決と共に、早々にラストンベルを去ろうとしていた。

 

「しかし、ザビーダの奴。気づいたら急にいなくなってたな。なんか一言あっても良いのにな」

 

気づけば、いつの間にかいなくなっていたザビーダに晴人は不満を漏らす。

 

そこに、突如、声がかけられた。

 

 

「良かった。まだいたのね」

 

「サインド様!」

 

そこには、二人を見送りに来たのか、サインドがいた。

 

 

「どうかなされたのですが?」

 

「貴方達は私の恩人だから私だけでも見送ろうと思って……」

 

「そんな……そこまで気を遣っていただかなくても……」

 

「謙遜しなくてもいいわ、貴方達はマーガレットだけじゃない、私やあの子供達も助けてくれた」

 

その言葉にアリーシャは表情を曇らせる。

 

「どうかしたの?」

 

「いえ……その……敗残兵狩りの子供についてです」

 

歯切れの悪いアリーシャに晴人が声をかける。

 

「納得していないって顔だな」

 

「あぁ、結局、子供達に関しては、ポプラさんに頼った一時しのぎの対応になってしまっただろう? もっと上手くやれたのではないかと思ってしまってな……」

 

そう言ってアリーシャは俯向く。

 

 

「それでも、アリーシャは、あの子達の『今日の命』は救った。それは胸を張っていい事だと俺は思うよ」

 

「そうだろうか? 私は問題を、先送りにしただけなのでは……」

 

明日(これから)の事を考える事は大切さ。けど、『今日』を乗り超えなくちゃ『明日』は来ない。なら、俺たちは、1つ1つ、今の問題に向き合っていくしかないだろ」

 

「今と向き合う……」

 

その言葉にアリーシャは顔を上げる。

 

「今回の事件だってそうさ。マーガレット達を助ける事が出来たのは、アリーシャが『今日(目の前)の命』と向き合えたからだ。アリーシャはその事に後悔はあるのか?」

 

「無いよ……ある筈無い」

 

 

「だろ? なら『今日』はそれで良いじゃないか。『今日は今日をちゃんと生きる。明日の事はそれからだ』」

 

そう言って笑う晴人に対して、それを聞いていたサインドが言葉を発する。

 

「今日は今日を……そうね……その通りよ」

 

「サインド様?」

 

「私は、この街も人々も変わってしまったと思っていたわ。けど、マーガレットの為に怒ってくれた街の人達を見て気づいたの……本当に変わってしまったのは私の方なのかもしれないって」

 

そう言ってサインドは振り返り、ラストンベルの街を見上げる。

 

「変わっていく先の『未来(あした)』を憂いて私はこの街から逃げ出した。それで何かが変わる筈なんてないのに……『明日』の事ばかり考えて『今日』と向き合おうとしなかった……」

 

サインドは決意を固める様に瞳を閉じ、言葉を続ける。

 

「もう一度、信じて向き合ってみるわ。この街の人々と希望に満ちた『未来(あした)』に歩んでいく為に」

 

その言葉と共にサインドの体が輝きを放つ。

 

そして輝きが止むと、アリーシャ達の視線の先には加護領域に包まれたラストンベルの姿があった。

 

「また会いましょうアリーシャ、ハルト。『今日』を乗り越えた先の『明日』で」

 

そう言って微笑み、サインドは去っていった。

 

 

「だそうだけど? アリーシャ」

 

その言葉にアリーシャの表情が引き締まる。サインドの決意に触発されたのか、その目に先程までの迷いはない。

 

「……あぁ、悩んでる暇なんて無い。私達も行こうハルト」

 

「フッ……りょーかい」

 

そう言って微笑み合う二人はラストンベルを発とうとするが……

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃあ! そんじゃペンドラゴに向けてしゅっぱぁつ!」

 

 

 

「へ?」

 

「えぇ……?」

 

 

いつの間にか現れたザビーダに思いっきり出鼻を挫かれた。

 

 

「お? なんだよその微妙な顔は? こんな良い男に向かって」

 

ポカンとした二人に対して、ザビーダはそこにいて当然の様に振る舞う。

 

「え? なに? お前ついてくんの?」

 

「そのつもりだけど?」

 

「…………………えぇ」

 

「オイオイ、言っておくが俺様結構便利だぜ? 強い! カッコいい! 知識も豊富! トーク力抜群で、長旅の会話にも困らない! 一家に一台! ザビーダお兄さん!」

 

ハイテンションで語るザビーダ。そんな彼をスルーし晴人はバイクに跨りエンジンをかける。

 

「そうか、誰か買い取ってくれるといいな」

 

「ちょ、おまっ!? 扱いが雑だな!?」

 

「は、ハルト……ザビーダ様の協力が得られるのは心強いとおもうのだが「冗談だよ」……ならいいんだが」

 

エンジンを止めバイクから降りた晴人はザビーダへと向き直ると彼に問いかける。

 

「で? なんだって俺たちに同行するんだ?」

 

その言葉を聞いたザビーダはスボンに収めていた謎の多い銃、ジークフリートを取り出し、晴人達に見せる。

 

「俺には、ジークフリート(こいつ)でつけなくちゃならないケリが2つある……その為に憑魔を狩りながらこの大陸を彷徨ってた」

 

ジークフリートを見つめながらザビーダは言葉を紡ぐ。

 

「そんで、ケリの1つを果たすのに、お前さん達と行動するのが良いって思ったのさ。勿論、戦闘には協力するし、浄化の力を持つお前さん達がいれば、俺も不要な殺しをしなくて済む。悪い話じゃないだろ?」

 

「……ケリってのは、その銃で誰かを殺すってことか?」

 

「……少なくとも、今はそれしか手が無い相手だ」

 

晴人の問いにザビーダは誤魔化さずハッキリと言い切る。

 

その言葉を受け、少しばかりの間を空けて晴人は口を開いた。アリーシャは不安そうにそれを見守る。

 

 

「……いいぜ。好きにしな」

 

その言葉にザビーダは少しばかり意外そうに反応する。

 

「意外だな。てっきり反論されるかと思ったんだが……」

 

「別に? 少なくともお前が面白半分で命を奪う奴じゃないってのはわかってる。事情も知らずに偉そうな事を言うつもりはないさ……それに」

 

「……それに?」

 

「もしもの時は、俺がお前の『希望』になればいい。それだけさ」

 

 

笑ってそう言い切る晴人。それを見てザビーダは笑みを零した。

 

 

「くっ……くっはっはっ! 俺の希望になる……か。やっぱり面白いなお前」

 

そう言ってザビーダは右手を差し出す。

 

「そんじゃまぁ……宜しく頼むわ」

 

それに答える様に晴人も微笑むと右手を差し出し、握手を交わす。

 

「お?」

 

しかし、晴人は握手だけでは終わらず、ザビーダの手を取り、先ずは腕相撲の様に手を組み替える。

 

「ほら、拳握れ」

 

「あん? こうか?」

 

続いて、手を離すと拳を握り、正面、上、下の順に拳を軽くぶつける。

 

「なんだ今の?」

 

謎のやり取りにザビーダはその意味を問う。

 

「ん? まぁ、『これから宜しく』って意味だとでも思ってくれ」

 

「へぇ、変わった挨拶もあるもんだな」

 

「まぁな、戦友(ダチ)の受け売りだけどな」

 

そう言って笑いあう二人。

 

そこにアリーシャから晴人に声がかかる。

 

「ハルト……」

 

「ん? どうしたアリーシャ」

 

心なしか不機嫌そうなアリーシャが晴人の視界に映る。

 

「私はその挨拶を、してもらってないんだが……?」

 

「え? やってみたいの?」

 

「う、うん……」

 

そう言って少しばかり恥ずかしそうにアリーシャは肯定する。

 

「いや、まぁいいけどさ……えぇっと、先ずは握手をして……」

 

「こ、こうだろうか……?」

 

そう言って晴人は先程のやり取りの流れをアリーシャに説明し、アリーシャはぎこちなくそれに従う。

 

そんな二人のやり取りをザビーダは苦笑しながら見つめる。

 

 

「やれやれ……マイペースというか何と言うか」

 

 

ザビーダは呆れた様に言葉を零す。しかしその表情はどこか楽し気だ。

 

 

「さて、そんじゃまぁ、行くとしようぜ。『明日の命』って奴を救いにな」

 

そう言って三人はラストンベルを発つ。それを見送る様に、ラストンベルの大鐘楼が美しく鳴り響き、その音色が雲ひとつ無い青空へと溶けていった。

 

 

 

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ザァーザァー ……

 

止む気配の無い雨音が広い室内に鳴り響く。

 

 

そこは薄暗い聖堂だった。

 

 

神聖な場所である筈のその場所は、その広さに反して人気がなく、言い知れぬ不気味さを醸し出している。

 

美しいステンドグラスは、隙間も無く広がる暗雲と降り続ける雨のせいで本来持つ美しさを失い霞んで見える。

 

そんな聖堂に一人、聖職者と思わしき白い服を纏う女性が佇んでいる。

 

「……必ず、乗り越えて見せる……災厄の時代を……そして、幸せだったあの頃へ……」

 

光を失ったように濁ったその瞳で虚空を見つめ、女性は言葉を紡ぐ。

 

 

そんな女性を見つめる影がひとつ……

 

 

紫色の服を纏った少女が、背後から女性を見つめ、その顔に笑みを浮かべた。

 

 

 




折角、PTご三人になったので戦闘終了掛け合いネタ
チョロ甘①

ザビーダ「チョロいぜ」

晴人「甘いぜ」

アリーシャ「え!? あ……『チョロい』と『甘い』だから……えっと……チョい甘だ!?」

晴人、ザビーダ「あーあ……」

アリーシャ「だ、ダメか!?」


以下、後書き

敗残兵狩りの子供達に関しては。あっさりに見えますが、まだまだ解決ではなく続く予定です。
ただ、クズ度の違いがあれど大筋が、同じスリのガキ共の方のサブイベントは省略することになるかもしれません。決定事項では無いですが、ぶっちゃけ焼き直しになりかねないんですよね。

関係ないですがバトライドウォー創生が楽しいです。ドラゴン各種を、動かせるように、なったウィザードが、すごく楽しい。だからドラゴタイマーとストライクドラゴンとプラズマシャイニングストライクの、実装はよ! インフィニティーの△+○は変えていいやろ!


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第3章 交わる道
21話 序曲・運命の交差点 前篇


どうもです。
仮面ライダーアマゾンズがクソ面白くて楽しみな今日この頃、仮面ライダーマッハと仮面ライダーハートの外伝決定でテンションがヤバいフジです

もう少しでマッハの小説も発売だし今年のライダーは退屈させねぇな! 鎧武小説も面白かったので此方も期待ですね

今回のサブタイはキバネタ(なお音楽記号が変換できん模様)
では、最新話をどうぞ



ザァァァァ……ザァァァァ……

 

広大な平原に強く降り続く雨。

 

 

そこは見渡す限りの麦畑だった。

 

その光景を三人の人影が見つめている。

 

 

「ったく……聞いてはいたけど、ひどい雨だな」

 

「あぁ、この雨の量……これが年単位で絶えることなく降り続いているなんて……」

 

「まったくだ、水も滴るイイ男なザビーダお兄さんにも限度があるぜ」

 

あたり一面に広がる、広大な麦畑、ローランス最大の穀倉地帯である『パルバレイ牧耕地』で作られる食物は、ローランス国内だけに留まらず商人を通じてハイランドへも輸出されるほど有名な物だ。

 

 

バイクを止めた三人は眼前に広がるその光景に眉を顰めた。

 

「勿体無いねぇ……ここら一帯の作物、コガネカビに侵されてんな。これじゃあ収穫量は期待できないぜ」

 

「農家の方達の姿も見えない……収穫を諦めてしまっているのだろうか」

 

視界一面を埋め尽くすほど広がる牧耕地に対して人の姿は殆ど見当たらない。遠くの方で疎らに動く人影がある為、一応の活動は行っているのだろうが、長雨による不作が人々の心に影響を与えているのは間違いないだろう。

 

アリーシャは、その事実に表情を暗くする。

 

「……まぁ、俺たちまで暗くなってもしょうがねぇさ。向こうにペンドラゴも見えてきたんだ。風邪をひかない内に行こうぜ」

 

晴人とアリーシャの二人はドレスアップの魔法を使い晴人が黒、アリーシャが白の外套を雨具として着ているがバイクで一気に移動してきた事もあり、内側の服も濡れてきており、身体も冷えてしまっている。

 

そんな二人に気を使ったのかザビーダは目的地を指し、先を急ごうと促すと光の粒子に変わりアリーシャの身体へと吸い込まれる。

 

三人旅になった事もあり、そのままではバイクの二人乗りが難しい事から、ザビーダは前回の戦闘時同様、移動中はアリーシャを器として一体化している。

「やっぱ。器にするならカワイ子ちゃんが良いね」と抜かしたザビーダに対して、晴人が「コイツやっぱ置いて行こうかな」と内心で思ったのは秘密である。

 

 

「ザビーダの言う通りだ。先ずはペンドラゴに着いてから考えようぜ」

 

晴人はそう言ってマシンウインガーのエンジンをかけ、アリーシャは後部のシートに跨ると晴人に掴まる。

 

それを確認すると晴人はバイクを発進させた。その行く先にはラストンベルを超える高さの城壁に囲まれた皇都『ペンドラゴ』が迫っていた。

 

 

 

 

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__________________________________

 

「へぇ、皇都って聞くだけあってレディレイクにも負けないデカさだな。いや、広さだけならこっちの方が上か?」

 

門を潜り到着したペンドラゴの広場で晴人は素直な感想を零した。

 

湖上に作られたどこか神秘的だったレディレイクとは異なり、堅牢さを感じさせる巨大な城壁に囲まれた中世のヨーロッパを思わせる街並みは、異世界からやって来た晴人には新鮮に映ると同時に彼の中である事を思い起こさせる。

 

「(この城壁と光景……間違いない。この世界に跳ばされた時、頭にながれた映像にあった場所だ……このペンドラゴに何かあるのか?)」

 

自身をこの世界に跳ばした虹色の石が見せた光景が自身の目の前にある事に晴人は気づくと同時に、それが何か意味があるものなのかと心の中で考える。

 

だが、考えた所で現状での情報は少なく直ぐに行き詰まってしまった。そこにアリーシャが口を開き晴人は考え事を中断する。

 

 

「初めて訪れたが流石はローランスの皇都だ。だが……」

 

「あぁ、やっぱり活気は無いな……無理も無いか。こんな不気味な雰囲気じゃ外に出ようって気もなくなるよな」

 

「この街に来たのは久しぶりだが、ヒデェもんだな。前は活気に満ちた街だったんだが……」

 

人気の少ない周囲を見回しながら晴人達は噴水のある広場まで歩みを進める。

 

「お! この噴水はまだあったか」

 

広場の中心にある噴水を見てザビーダは懐かしそうな声をあげる。

 

「ん? この噴水がどうかしたのか?」

 

「いやな? この噴水には愉快な思い出があってね。つい懐かしい気持ちになってよ」

 

噴水を見つめながらザビーダは面白そうに語る。

 

「この噴水に……ですか? あまり変わった所は無さそうですが……」

 

「あ! やめとけアリーシャ、その噴水は……」

 

アリーシャは噴水を覗き込む。それをみたザビーダは慌ててそれを止めようとするが……

 

 

ザバァン!!

 

「へ?」

 

アリーシャの口から間の抜けた声が漏れる。

 

突如、噴水の水が逆流し至近距離にいたアリーシャがずぶ濡れになったのだ。

 

「うおっと!? アリーシャ!?」

 

「あーあ、その噴水はなぁ……『憤怒の噴水』なんて呼ばれててな。複雑な制御構造で作られている所為か偶に逆流するんだよ……俺も昔、旅の仲間共々ずぶ濡れにされたんだ」

 

至近距離で水の逆流に直撃したアリーシャは外套を着ていたとは言え、その勢いから水が隙間から入り込み中の服までずぶ濡れになったのか、身体が更に冷えてしまい僅かに震えており、トレードマークともいえる特徴的な横に流れる前髪もずぶ濡れになりだらりと下がってしまっている。

 

「だ、大丈夫かアリーシャ?」

 

「あ、あぁ……少しばかり驚いたが、大丈…くしゅん!」

 

言葉を遮るように可愛らしいくしゃみがアリーシャの口から漏れる。

 

「あー、取り敢えず宿に行こうか。本当に風邪をひきかねないし」

 

「同感だね。ここはひとつペンドラゴ名物の『ドラゴ鍋』でも食って温まろうぜ。寒くてしょうがねぇよ」

 

「そりゃ、お前は半裸だもんな」

 

「そういうのなら俺にも外套くれよ」

 

「外套だけが浮かんでる光景見たら周りの人達が驚くだろ、我慢しろって。というか……今更だけどなんで半裸なんだお前」

 

会話を交わす三人。だが、そこに声がかけられる。

 

 

「おやおや、大丈夫ですかお嬢さん。そんなにずぶ濡れになっては風邪をひいてしまいますよ」

 

声をかけたのは、小柄の商人らしき人物だった。

 

「すいません。お気遣いありがとうございます」

 

「いえいえ、それにしてもあまり見かけない方ですが、その身なりからして御身分の高い方とお見受けします」

 

「え? いえ、私はその様な者では……」

 

アリーシャの身なりから推察した商人の言葉をアリーシャは咄嗟に誤魔化す様に否定する。

 

「ご謙遜を……実は私、この街で商人として働いている者なのですが、貴方のような方に耳寄りな話がありまして」

 

「私に? それは一体……」

 

男の話を真面目に聞くアリーシャ。一方で晴人は胡散臭そうに商人を見ている。

 

「どうしたハルト?」

 

「いやさ、アリーシャってキャッチセールスに引っかかりそうなタイプだと思ってさ……」

 

「キャッチ……なんだそれ?」

 

「ん? 要は押し売りに弱そうって事だ」

 

「あー、なんやかんやお姫様だもんねぇ」

 

少し離れた位置でコソコソと静かな声でそんな会話をする二人。それを他所に商人の男は話を続ける。

 

「はい、実はですね。今、このペンドラゴの貴族の間で『ある秘薬』が流行しているのです」

 

「秘薬?」

 

聞き返すアリーシャに対して商人らしき男は液体の入った小瓶を幾つか取り出し見せつけるように告げる。

 

「えぇ、その名も『エリクシール』」

 

商人のその言葉を聞きアリーシャの目が驚きに見開かれる。

 

「エリクシール!? 『マオテラス』がもたらしたと言われる万能薬の事ですか!?」

 

「ほう、博識な方ですな。その通り……『長寿の霊薬』として知られるあのエリクシールです。どうです? 貴方も是非この秘薬を手に入れてみたくはありませんか?」

 

会話を交わす二人。それを他所に話についていけない晴人はザビーダに質問する。

 

「なぁ、話についていけないんだけどエリクシールって?」

 

「ん? まぁ、簡単に言えばどんな病気も一発で治し、飲んだものには長寿を約束すると言われる伝説の薬さ。ただ、現在では製法が失われちまっていて、古代の遺跡から発掘された当時の現物には物凄い値段がつくレアものなんだが……」

 

「? 凄い薬なのはわかったけど、そんな希少な物がポンポンと出回るのか?」

 

「そりゃ、出回らないだろうねぇ」

 

そんなやり取りをする二人同様、アリーシャも同じ疑問をおぼえたようで、同様の疑問を口にする。

 

「あの……言い辛いのですがエリクシールは製法が失われた秘薬の筈……」

 

「成る程……このエリクシールは偽物かもしれないと……」

 

「気を害したのなら申し訳ありません……」

 

だが、商人の男は気を害した様子も無く笑顔を貼り付けたままアリーシャに返答する。

 

「いえいえ、構いませんよ。当然と言えば当然の疑問ですから。ですが、これをご覧下さい」

 

そう言って男は何かが書かれた紙を取り出す。

 

それを見たアリーシャの表情が驚きに染まった。

 

「これは! ローランス教会の証明書!? 」

 

「えぇ、そうです。教会の印が押されたれっきとした本物ですよ」

 

男が取り出した紙はローランス教会がエリクシールの販売を認めると書かれた証明書だった。それもアリーシャが見る限り証明書に不備らしき物は見当たらず、使用されている印も間違いなく本物である。

 

「これで疑惑は晴れたでしょうか? このエリクシールは教会のお墨付きです。それでどうです? 今なら特別価格で「悪いね、今は持ち合わせが無いんだ。今度暇な時にでも顔を出すよ」お、お客様!?」

 

セールストークを再開しようとする男を遮り、晴人はアリーシャの手を引きその場を後にする。商人の男はそれを見送ると少しばかり苦い顔をした後にその場を去っていった。

 

 

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__________________________________

 

「アリーシャ。ああ言うタイプは話に乗ると捕まって逃げ出せなくなるから早めに断っておいた方がいいぜ?」

 

「すまない……エリクシールと教会の証明書の事がどうにもひっかかってね……」

 

「まぁ、気になるのは確かだけどよ。今はそれ以外にやる事があるんだろ? そっちを済ませようぜ」

 

広場を後にした三人はペンドラゴの宿屋『ギリオーヌ』へと到着し、空いている二部屋を借りると部屋の前で会話を交わしていた。

 

「兎に角、先ずは少し休んで腹ごしらえだ。さっきのでアリーシャも服が濡れてるだろ? 着替えてきたらどうだ? アリシアちゃんが替えの服を用意してくれたろ?」

 

「そうだな。このままだと…くっしゅん! ……風邪をひいてしまう」

 

そう言ってアリーシャ外套を脱ぐ。案の定、先程の噴水の件で中の服までびしょ濡れになっていたのだが……

 

「えぇ〜着替えちまうの? 勿体無くねぇ?」

 

「は? 勿体無いって何が?」

 

アリシアが用意した替えの服は今着ている服と同じデザインの物だ。着替えた所で見た目は変わらない筈だと思い晴人はザビーダの言葉に疑問を感じるが……

 

「だってよぉ〜眼福じゃん。水に濡れた女の子。服の白い部分が水で薄く透けてそこはかとないエロさが……」

 

ザビーダの口から放たれたのはストレートなセクハラ発言だった。

 

ズザァァォァァ!!

 

直後。アリーシャが両腕で自分を抱きしめる様なポーズで胸の部分を隠すようにして全力で後退した。

 

「ッ〜〜!! 」

 

顔を赤くし背を向けながらこちらに視線を向けるアリーシャ。そんな姿に場がなんとも言えない空気に包まれる。

 

「ザビーダァ!! 部屋に行くぞ! 今すぐ!!」

 

その空気に耐えられず晴人はザビーダを連れ部屋へと撤退しようとする。

 

「おう。また後でな」

 

そんな晴人の言葉に対してザビーダはナチュラルにアリーシャの方の部屋へと入ろうとする。

 

 

「お前もこっちだよ!!」

 

【バインド! プリーズ!】

 

「ちょおまっ! ジョーク! ジョークだって! 天族ジョーク!」

 

「五月蝿いよ! いいから来いって!」

 

そう言って晴人は鎖で雁字搦めにしたザビーダを部屋へと引っ張っていき、後には顔を赤くしたアリーシャだけが残された。

 

 

操真晴人。普段はスカしてるが実はツッコミ気質の常識人である。

 

 

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そんなこんなで、一休みした後に一同は宿の食堂で食事を終え会話をしていた。

 

「ふぃ〜。ドラゴ鍋か、なんか不思議な味だったな」

 

「噂によると使われている出汁に秘密があるらしいぜ。美味いだろ?」

 

「まぁね……でも、あんま目立つ様に動くなよ? 周りからは下手すりゃ宙に浮いたスプーンが勝手に鍋を食ってる様に見えるんだからな?」

 

「わかってるって、だから態々、こんな端のテーブルでお前とアリーシャの身体に視線を遮られる位置で食ってるだろ? 天族ってのは食事をしなくても死にやしないが、それでも食事ってのは『楽しみ』なんだ。大目に見てくれよ」

 

「それならいいんだけどな……さて、食事も終えた事だし、そろそろ行動と行こうか」

 

「だな。で? まずはどう動く?」

 

「そうですね……やはり、この都にある騎士団塔に行くべきでしょう。我々が皇帝に謁見するには白皇騎士団の団長である『セルゲイ』という方の協力を得るのが現状では1番確実ですから」

 

ローランス帝国の軍は複数の騎士団により構成されおり、皇帝の親衛隊である白皇騎士団はその中でも政治への発言力が強い。協力してもらえるなら心強い存在だろう。

 

「現状で確実に協力が得られそうなのは、白皇騎士団だけだからな。それにスレイ達の情報も何か聞けるかもしれない」

 

「成る程ね。なら案内するぜ着いてきな」

 

そう言ってザビーダは席を立ち二人はそれに続く様に外套を纏いその場を後にする。

 

宿屋をでて右に曲がると未だに降り続く雨の中を三人は歩き始める。

 

中央広場を出て住民の住む東の居住区へと足を踏み入れながらアリーシャはふと、気付いた事を口にした。

 

「そう言えば、ペンドラゴにも加護領域は無いのですね」

 

「あぁ、それか。実は俺も気になってんのよ。この街は元々『ムルジム』って言う天族の加護があった筈なんだが」

 

「サインドみたいに人間に思う所があって加護を消したか……或いは」

 

「穢れに飲まれて憑魔になってしまったか……という可能性が高いだろうな」

 

「そうなんだよねぇ……せめて、加護さえあればこの長雨や不作もマシになってたかもな」

 

その言葉に晴人が疑問を口にする。

 

「そうなのか? 穢れの浄化以外にも加護領域の効果ってあるんだな」

 

「まぁな。『地の主』である『加護天族』ってのは信仰が高まれば展開される領域の範囲内で、自身に対して祈る人間の願いってもんをある程度反映できるのさ。農家の多いこの街でなら、作物の豊作や気候の安定なんてのがわかりやすい例だな」

 

「へぇ、凄いもんだな」

 

「ま、万能って訳じゃないけどな。それと、間違っちゃいけないが『加護』を与えられるのは『加護天族』だけじゃねぇ。『加護天族』ってのは街だけに留まらずその地域一帯を加護の影響下にできる力の強い天族の事だ。『加護天族』じゃない天族であっても『加護』を与える事自体はできる」

 

「ってことはザビーダも『加護』を与える事は出来るのか? 」

 

「あぁ、俺に対して信仰してくれる奴がいるのなら出来なくはないぜ。もっとも、『加護天族』の連中みたいに加護が与えられるとは限らないけどな」

 

「ザビーダ様。それはどういう意味でしょうか?」

 

ザビーダの言葉にアリーシャは首を傾げる。

 

「天族の加護ってのは天族によって加護の作用の仕方が違うのさ。例え人間側の祈りが同じでもそれを受ける天族が違えば与えられる加護の形も異なっちまう」

 

「祈りに対して加護がどう効果を発揮するかわからないって事か?」

 

「そういうこった。こればかりは祈りを受ける天族も決めようが無い。天族として生まれ持った特性みたいなもんだからな」

 

「なるほどねぇ。天族ってのは謎だらけだな」

 

「前にも言ったろ? 天族ってのはあくまで超常的な力を得た存在の総称みたいなもんだってな。今言った以外にも4属性に当てはまらない特殊な力を扱う奴だっていたりするんだぜ?」

 

ザビーダのその言葉に思い当たる節があるのかアリーシャが反応する。

 

「火・水・風・土以外の属性ですか?」

 

「お? 興味でもあるのかい?」

 

「えぇ、以前スレイ達の故郷である『イズチ』の近辺で不自然な雷に襲われて気を失った事があったのですが、あれはもしや……」

 

嘗てアリーシャがスレイと出会う切っ掛けとなった出来事。災厄を止める手段を求めて伝承にある『始まりの地』を探す過程で彼女は謎の雷に襲われ崩れた地盤により地下の遺跡へと落下しそこでスレイと出会った。

 

当時の天候は穏やかな物だったにも関わらず、『アロダイトの森』を越え、『マビノギオ山岳遺跡』へと踏み込んだ瞬間、雷に襲われたアリーシャだが、天族の存在を知った今思えば、あれはイズチへの侵入を防ぐ為の天族による防衛手段だったのではと思ったのだ。

 

「あぁ……そりゃゼンライの爺さんの力だな」

 

「ゼンライ様……その方があの雷を?」

 

「あぁ、ライラと同じ高位天族の一人で『光』の属性を操れる爺さんさ」

 

「『光』の属性か……」

 

ザビーダの語る話に何かおぼえがあるのか晴人はボソリとその言葉を反芻する。

 

「『光』の属性ってのは相性のある4属性と違ってあらゆる憑魔に対して有効な力だ。爺さんはその力を込めた特殊な雷を操れんのさ」

 

「あらゆる憑魔に……それは凄いですね」

 

「なんせ、天族の中でも最年長クラスだからねぇ、あの爺さんは……ま、そんな具合に天族にも特殊なのがいるってことさ。はい、ザビーダお兄さんの天族講座終了! そろそろ到着だぜ」

 

 

会話を交わす内に三人は東部の市街を抜け騎士団塔あるエリアへと辿り着いていた。

 

「そういや、いきなり邪魔することになる訳だけど話通ってんの?」

 

「それなら大丈夫だろ。協力してくれた白皇騎士団の騎士さんが団長のセルゲイって人に話を通しておいてくれてるらしい」

 

「えぇ、少なくとも数日前には私達が訪れると伝わっている筈……っ!」

 

騎士団塔のエリアへと足を踏み入れたその時、三人の会話が止まる。

 

騎士団塔のエリアへと足を踏み入れたにのに関わらず周囲に人が居ない。雨音以外の音がしない異常な人気の無さ、それが三人の警戒を強めた。

 

「なんか妙な感じだな……」

 

「同感だ……人の気配が無ぇ。いや……この感じは……」

 

何かを感じ取りザビーダが振り返る。

 

「どうかしたのですか? ザビーダ様」

 

「……!! 何かが戦っていやがる!場所は……中央広場か! それにこの気配……憑魔だぜ!」

 

ザビーダのその言葉に二人は驚きの表情を浮かべるもすぐに引き締める。

 

「ザビーダ! 案内頼む!」

 

「おうよ! こっちだ!」

 

 

踵を返し駆け出す三人。

 

東部市街へと続く道を避け曲がり道を左へと曲がり走り抜けた先に見えた階段を駆け下りる。

 

そこは数百人単位の人々が入れるであろう巨大な広場だった。おそらくは高い地位の人物が演説を行う際に使用されるのだろう。演説用と思われる舞台が広場の奥に造られている。

 

だが今問題なのはそこではない……

 

「なっ!?」

 

「チッ……こいつは……」

 

そう、三人の目に飛び込んできたその光景は……

 

「ぐぁっ!?」

 

「うぅっ……」

 

傷つき倒れ伏した数十人の白皇騎士団の騎士達の姿だった。

 

「大丈夫か!?」

 

近くに倒れている騎士の一人に駆け寄り晴人は声をかける。

 

「ぐぅう……」

 

男の鎧は苦悶の声を漏らすがどうやら命に別状は無い様だ。

 

だが白銀の美しい鎧は黒く煤けており肉が焼けたような嫌な臭いが晴人の嗅覚を刺激した。

 

その痛ましい現状に表情を険しくする三人へ何者かの声がかかる。

 

「あぁん? なんだぁ? 人払いしといてくれんじゃなかったのかぁ? なんで騎士以外の奴が紛れ混んでんのかねぇ?」

 

「何者だ……?」

 

三人が視線を向けた先には一人の男が立っていた。

 

黒尽くめ服。猫背気味の前傾姿勢、大柄の体格に動物の尾を思わせるボリュームのある金髪が腰まで伸びている。

 

だが、1番印象的なのは男の容姿だ。

 

狐を思わせる切れ長で異常に吊り上がった瞳。

犬歯を思わせる鋭い歯。

人間とは思えない尖った長い耳。

目尻や口角には血を思わせる赤い化粧のようなものが塗られている。

どこか人ならざる物を感じさせる何かが男からは放たれていた。

 

「折角人がこいつらをどう始末するか楽しく考えてる所を邪魔するなんて悪い子だねぇ」

 

「っ!? お前がこれをやったのか!」

 

謎の男に対しアリーシャは警戒を強める。

 

その言葉に反応し男はアリーシャを凝視する。

 

「あぁん? ……あれぇ……あれあれあれぇ……? 驚いた……誰かと思ったらあの時食い逃したメインディッシュじゃないか」

 

ニタァ……

 

アリーシャを見た男の口角が更に吊りあがり不気味な笑みを形作る。

 

「ッ!?」

 

狂気を感じさせる笑みにアリーシャは一歩後ずさる。

 

「小僧共の所為で食い逃したと思っていたんだが……丁度いい……騎士共のついでに食ってヤるよォ!!」

 

そう嗤い男は一気に此方へと突撃しようとし……

 

【コネクト! プリーズ】

 

魔術師(マジシャン)!」

 

 

ドガガガガガガガガガァン!!

 

 

「ヌォオ!?」

 

足元に着弾した銃弾と鉱石によりその足を止めた。

 

 

「オイオイ……初対面のレディに『食ってやる』は無いだろう? エスコートがなってないぜ、どこのカントリーボーイだお前?」

 

「なんか、仁藤の奴がそれと似たような事をやっちゃってた様な……まぁいいか……取り敢えず、お前が何者かは知らないが、この人達を傷つけたのは見過ごせないな」

 

 

晴人とザビーダはお互いの得物を構え、謎の男と相対する。

 

それを見た男は更に楽しそうに嗤いだす。

 

「く……クカカカカァ!! お前……美味そうな臭いだなぁ」

 

ザビーダを見つめ男は舌舐めずりをする。

 

「この男……天族が視えて!?」

 

「うぇ……ノーサンキューだぜ。俺様そういう趣味無いから」

 

「いや、多分そういう意味じゃないと思うぞ」

 

ザビーダは嫌悪感を露わにして表情を引きつらせるが次の瞬間、すぐに目つきを鋭くする。

 

「クカカカカカカカカカカ!」

 

何故なら男の身体から突如強烈な穢れが噴出したからだ。

それと呼応するように辺りから突如、リザードマンやアーマーナイトといった憑魔が姿を現す。

 

「これは!? この男まさか憑魔!?」

 

「なるほどね、どうりで一人だけで騎士団の人達を倒せる訳だ……」

 

「ハッ! 上等じゃねぇの! 寧ろ遠慮する必要が無くなるしなぁ!」

 

男の正体を察した三人は戦闘態勢をとる。

 

【ドライバーオン!】

 

「変身!」

 

【フレイム! プリーズ! ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!】

 

晴人とアリーシャは姿を変え構える。

 

「なんだぁお前? キラキラ光って目障りだなぁ!」

 

男はウィザードへと人間の限界をあっさりと超えた速度で肉薄する。

 

「シャァ!!」

 

「ふっ!」

 

お互いの鋭い蹴りがぶつかり合う。

 

「コイツは俺が引き受ける! 二人は周りの憑魔を頼む!」

 

「わかった!」

 

「了解だ。そいつは任せるぜハルト!」

 

晴人の言葉を受け二人は周囲の憑魔へと駆け出す。

 

「俺の相手は一人で十分って訳かぁ? 生意気だねぇ」

 

「気に障ったか? そりゃ悪かったね」

 

男の言葉を受け流し、ウィザードはローブを翻し構えをとる。

 

「あぁ、気に障ったよ……だからぁ……そのキラキラと目障りなツラを粉々にしてやるぜぇ!」

 

その言葉と同時に男の両手から青い炎が噴き出す。

 

「ッ!」

 

「焼け爛れろォ!! フレイムトーチ!」

 

両手から放たれる青い炎弾。

 

ウィザードはそれに反応し身を捩りギリギリで回避する。そこに男が肉薄し炎を纏った腕をウィザードに叩きつけようとする。

 

「喰らいなぁ!」

 

「やなこった!」

 

ウィザードは顔面狙いの一撃を顔を横に僅かに逸らす最小限の動きで回避し逆に肘打ちを男の胸に叩き込む。

 

「ぐぇえ!」

 

「ハァッ!」

 

続いて流れ様に右回し蹴りからの左後ろ回し蹴りを叩き込み男は大きく吹き飛ぶ。

 

「て、テメェ!」

 

「炎使いか……だったらコイツだ」

 

激昂する男を他所に晴人は左手の指輪を交換する。

 

【ウォーター! プリーズ ! スイ〜スイ〜スイスイ〜!】

 

「青くなったからなんだってんだぁ!」

 

「ハッ! お望みならすぐに見せてやるよ!」

 

そして二人は再び激突する。

 

__________________________________

 

一方、アリーシャとザビーダは突如現れた憑魔達と戦闘を開始していた。

 

 

「一槍両断!葬炎雅!」

 

アリーシャは炎を纏った薙ぎ払いで憑魔達を吹き飛ばす。

 

その先から迫る三体の憑魔。

 

「魔人剣!」

 

憤怒(ラース)!」

 

それを二人の得物から放たれた衝撃波が迎撃する。

 

「ッ!」

 

突如、晴人のスタイルチェンジの影響でアリーシャの纏う力が水属性へと切り替わる。

 

だが、アリーシャは一瞬驚くも動きを止めずにすぐに対応する。

 

「ザビーダ様! ここは一気に!」

 

「あぁ!任せな! 詐欺師(フラウド)!」

 

ザビーダが両の手を地面へ向けペンデュラムを突き刺す。

 

同時に憑魔達の足元から無数の鎖が出現するとその動きを封じ込める。

 

「今だ! 蒼天烈閃! アローレイン!」

 

アリーシャは槍に収束した魔力を頭上へ向け射出する。

射出された水の魔力は頭上にて分散。無数の魔力の矢となり憑魔達へと降り注ぐ。

 

『ガァァァォァア!!』

 

悲鳴を上げ憑魔達が一掃される。

 

 

「よし! これで!」

 

確かな手応えを感じアリーシャは憑魔の浄化を確信する。

 

だが……

 

「あん? どういう事だ?」

 

「え? 何も……ない?」

 

本来なら浄化された生物が残る筈にも関わらず憑魔達がいた場所には何一つ残ってはいなかった。

 

「どうなっている? 」

 

憑魔に対して攻撃を当てた感触は確かにあった。にも関わらず、まるで幻でも見せられたかの様にアリーシャ達の眼前には何一つその形跡が残っていない。

 

戸惑う二人。だが、そんな二人の意識をウィザードと謎の男が戦う音が引き戻す。

 

 

__________________________________

 

 

「ウラァ!」

 

飛び掛かり鋭い歯でウィザードへと喰らいつこうとする男。だが……

 

【リキッド! プリーズ!】

 

「何ィ!?」

 

液体化した身体に攻撃がすり抜け、逆に液体化したウィザードに纏わり付かれる。

 

「ぐぁああ!?」

 

「お前には聞きたい事が山ほどある。悪いが大人しくして貰おうか」

 

ウィザードは腕や関節をロックし卍固めを決め男を拘束する。

 

「ぐあぁ? 聞きたい事だとぉ?」

 

「そうだ。何故騎士団やアリーシャを狙うのか何が目的なのか、キッチリ話してもらおうか」

 

問い詰めるウィザード。だが、男は不気味な笑みを絶やさない。

 

「ハッ! お断りだねぇ! フォトンブレイズ!」

 

「くっ! コイツ! 天響術まで!?」

 

足元に浮かぶ赤い魔法陣。

 

直後ウィザードの背後に炎の力が収束し爆発を起こす。間一髪察知したウィザードは男の拘束を止め飛びのいて回避するがそこに男は追撃を仕掛ける。

 

「隙だらけだ! 狙い撃つぜ! フレイムシュート!」

 

男は両手を前方に構え先程よりも巨大な炎弾を発射する。

 

だが……

 

【ディフェンド! プリーズ!】

 

「なぁ!?」

 

水で形成した盾により男の攻撃は防がれる。

 

「ほらよお返しだ」

 

反撃とばかりにウィザードは展開した水の盾を男に向けて放つ。

 

「ぐわぁ!」

 

水の盾が直撃し怯む男。

 

そこにウィザードはウィザーソードガンを取り出し、一気に畳み掛ける。

 

 

【ウォーター! シューティングストライク! スイ! スイ!スイ!】

 

「話は浄化した後にキッチリ聞かせて貰うぜ」

 

魔力が収束された銃口を男へ向ける。

 

「フィナーレだ」

 

そして引き金が引かれ水の魔力弾が放たれる。

 

だが……

 

『ガァァァォァア!?』

 

「なっ!?」

 

突如、男の盾になる様に現れた複数の憑魔が射線を遮る。

 

そして着弾。

 

 

アリーシャの時同様、憑魔は何も残さず消滅する。

 

その隙を突き、謎の男は異常な跳躍力で城壁の上へと飛び乗る。

 

「ッ! しまった!?」

 

男を逃した事に内心で舌打ちしつつウィザードは男に視線をむける。

 

其処に、憑魔を撃破したアリーシャ達が合流する。

 

そんな三人を見下ろしながら男は告げる。

 

「ハァ…ハァ……チッ退けってのかよ」

 

ボソリと言葉を零し男はウィザードを睨みつける。

 

 

「そこの仮面野郎……テメェのツラは覚えたぜぇ……次こそはそのキラキラしたツラを粉々にしてやるよ」

 

そう言い捨てて男は城壁の向こうへと身を投げ姿を消す。

 

「チッ逃げやがったか! ハルト! 俺は奴を追う! お前とアリーシャは倒れた騎士団の連中を診てろ!」

 

「わかった! 無茶すんなよ」

 

「皆まで言うな!」

 

ザビーダは男を追い駆け出す。

 

それを見送り二人は辺りに倒れている騎士達に声をかけていく。

 

「火傷が酷いな。何か応急手当が必要か」

 

恐らくは男の炎の攻撃を喰らったのだろう。騎士達は皆命に別状は無いものの火傷を負っていた。

 

「済まないハルト。私は治癒の術までは……」

 

「そうか……。まてよ、火傷……ならこいつが使えるか?」

 

そう言ってウィザードは指輪を取り出す。

 

「(魔法の指輪? だが、いつも使っているものとは外見が違うようだが…… )」

 

ウィザードが取り出した指輪は普段使用している円形のデザインの物では無く。六角形の形状の物だった。

 

ウィザードはその指輪をベルトに翳すが……

 

 

【エラー!】

 

「ッ! 今のドラゴンの状態じゃ駄目って事か……」

 

失敗を知らせる音がベルトから鳴り響く。

 

それを聞いたアリーシャが口を開いた。

 

「ハルト、先ずは騎士団塔へ彼らを連れて行こう。騎士団塔ならば応急手当の道具もあるはずだ」

 

「今はそれしかないか……」

 

兎に角、騎士達をこのままにしておくことはできない。二人はすぐに行動を開始しようとするが……

 

 

「おや? 憑魔の気配を感じて来てみれば奇妙な事になっているものだ」

 

 

二人の背後から突如声がかかる。

 

振り向いた二人の視線の先には……

 

「ん? どうかしたのか? 驚いた顔などして」

 

そこにいたのは一人の少女だった。

年齢で言えば十代前半。線も細くまだまだ子供だと感じさせる外見だが、纏う雰囲気は外見と釣り合っていない。

 

服装は紫を基調ときたものだが上着は二枚の布を両肩で結び両脇下、胸元、背中を紐で結んだだけのものであり、下着もつけておらず胸元、ヘソ、横腹、背中を大きく露出している。

 

紫がかった黒髪をオレンジ色の毒々しい花飾りでツインテールにしており、露出度の高い服装からは病的に白い肌が覗いている。

 

「君……は? 」

 

アリーシャは戸惑いながら問いかける。

 

少女は静かに答える。

 

「私か? 私の名は『サイモン』。しがない天族だ」

 

そう言い、少女……サイモンは薄く笑みを浮かべる。

 

「どうやらお困りの様だ。微力ではあるが助力しよう。人に救いを与える事こそ天族の務めだ……フフフ」

 




〜ベルセリアのPV視聴した結果〜

フジ「面倒な事になった……」(白魔並感)

ヤベェよ……ヤベェよ……ベルセリアPTにアイゼン参戦確定だよ。今作ではジークフリート関連はアイゼンが人間時代に使っていた太古の対憑魔武器として改変してアイゼンのキャラ共々思いっきり捏造するき満々だったのにPV見る限り素手の格闘技キャラだよ!どないしよう!?

と、若干焦りましたが逆に考えればスカスカな部分が公式で補完される訳ですし悪いことではないですよね。

ベルセリアで明かされる情報を何処まで今作にフィードバックできるかはわかりませんが、できる限りベルセリアの設定を取り込んでいけたらなと思っています。

ベルセリアで明かされる設定が自分の想像を大きく超えたしまっていて修正がきかない部分は本作オリジナルの捏造になってしまうと思いますがご理解頂けると幸いです



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22話 序曲・運命の交差点 中篇

遅れて申し訳ないです。仕事の方が立て込んでたのが漸く片付きましたので急いで仕上げました。
サイモンちゃんの口調書きづらいなぁ!

では最新話です。どうぞ


謎の襲撃者を退けた晴人達は、傷ついた騎士達に応急手当を行うべくコネクトの魔法を使用し彼らを騎士団塔の中へと移動させた。

 

「辛苦潰える見紛うは常世……ハートレスサークル 」

 

騎士団塔の中、集められた騎士達を囲みこむ様に展開される美しい緑色の魔法陣。その輝きが負傷した兵士達を優しく包み込む。

 

「くっ……あぁ……」

 

癒しの輝きを受け先程まで痛みに呻いていた騎士達の口からは、苦悶ではなく力の抜けた様な心地よさそうな声が溢れた。

 

 

「これで大丈夫だろう。裂傷や火傷が酷かったが見た限りでは重症の者もいない様だ。じきに目を覚ます。尤も、傷が治ったとは言え無理は禁物ではあるがな」

 

薔薇の蕾を思わせる装飾がなされた(ワンド)を持ち、辺りの兵士達を見渡したサイモンは騎士達への応急手当が終わった事を告げる。

 

「凄いな、こんな大勢の人達を一遍に癒せるのか……何にせよ助かったよ。ありがとうなサイモンちゃん」

 

その光景に晴人は素直に感心する。様々な魔法を駆使する彼ではあるが、大勢の人の怪我を治す様な物は持っていない為、天族の扱う回復の天響術というものに思うところもあるのだろう。

 

「騎士の方達に大事が無くて良かった……手を貸してくいただき感謝しますサイモン様」

 

一方のアリーシャも、騎士達の怪我を癒してくれたサイモンに対して感謝の言葉を告げる。

 

「ふっ……この程度なら大抵の天族はできることだ。私はそんな大層な者ではないさ」

 

そんな二人の言葉をサイモンは薄く笑いながら否定する。その言葉に込められているのは謙遜のような意味を全く感じさせない自嘲じみたものだ。

 

「? その様な事は無いと思いますが?」

 

アリーシャは純粋な感想としてその言葉を否定する。

 

「そうか……すまぬな。私は天族の中では『落ちこぼれ』でなぁ……戦いや加護に関しては大した力を持っておらぬのだ。できることといえば精々、今の様に傷を癒す程度……故にその様な言葉を貰えた事が新鮮でな……」

 

幼い外見とは裏腹にどこか世の中を諦観したような物言いをするサイモン。

 

そんな彼女の言葉にに晴人達は口を開く。

 

「そうか? 十分凄いと思うけど?」

 

「同感です。戦う術や加護を持たなかったとしても人を助けようとするサイモン様の在り方は素晴らしいと私は思います」

 

そう告げる二人だが……

 

 

「『在り方』……か。ふふふ……どうだろうな……私の『在り方』は大凡、人々が天族に望む『在り方』とかけ離れていると思うが……」

 

そう言って薄く笑うサイモンに、二人は言葉の意味がわからず困惑する。それに気づいたサイモンはその場を取り繕う。

 

 

「む? すまなかった。話が脱線してしまったな。それで? ぬしらは何故あの場に居たのだ?」

 

「それは一一一」

 

サイモンの疑問に対してアリーシャは素直に自分達がこの街へ訪れた理由を説明していく。

 

「成る程、戦争を止める為にか……敵国の都に自ら出向くとは随分と無茶をする姫君だ」

 

説明を聞いたサイモンは呆れた様な、感心した様な微妙な表情を浮かべた。

 

「うっ! そう言われると否定は出来ませんが……」

 

「まぁ、二つの国の命運がかかった緊急事態なんだ。大目に見てくれよ。それで聞きたいんだけどさ……サイモンちゃんはこの街……いや、枢機卿について何か知らないか?」

 

「枢機卿? あぁ、ローランス教会のフォートン枢機卿か……さてな……私はこの街に住む天族ではないゆえ詳しい事まではわからぬぞ?」

 

「え? サイモン様はこの街の天族では無いのですか?」

 

「あぁ、訳あってこの街を訪れていた身なのだが……どうにもこの街からは嫌な物を感じてな、そろそろ去ろうかと思っていた矢先にぬしらと出会ったのだ」

 

ペンドラゴに関して詳しくない事を打ち明けるサイモン。そんな彼女に対してアリーシャは、それでも何か枢機卿に関しての情報が無いかと再度問いかける。

 

「それでも構いません。サイモン様が知る限りで構わないので枢機卿に関して何かわかる事を教えていただきたい」

 

その言葉にサイモンは少しばかり考え込む様な表情をしたあと、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……あくまで私の主観になるが、構わないな?」

 

「はい、お願いします」

 

「ふむ……この街に滞在していたのは数ヶ月ほどだが……人々の話を聞く限り枢機卿の悪い噂は殆ど聞かないな。元々、才女として名を馳せていた事もあり、先代の教皇が失踪し王族が権力争いの内輪揉めを続ける事に民が不安を募らせる中で、枢機卿の政治手腕は高く評価されている。今のローランスが国としての形を保っているのは一重に枢機卿の存在が大きいだろう」

 

「それは……凄い方なのですね」

 

枢機卿に対し肯定的なその評価にアリーシャは驚きながらもどこか喜ばしい事のように言葉を零す。立場は違えど自身もハイランドの民の安寧を願っている身だ。同じ女性でありながら一人で国を背負う枢機卿に対し彼女なりに思うところがあるのだろう。

 

そんな中でサイモンはまだ話を途切れずに話を続ける。

 

 

「そしてもう一つ、噂されている枢機卿が起こす奇跡というのは確かな事実だ」

 

「と言うと?」

 

「何度か遠目から見た程度だが、枢機卿は怪我をした街の住民をその力で癒していた。まるで先ほど私が騎士達にやった様にな」

 

その言葉にアリーシャと晴人は驚いた表情を浮かべる。

 

「もしや天響術?」

 

「って事は、枢機卿はやっぱり導師なのか?」

 

サイモンの情報から二人は枢機卿がスレイと同様、導師の力を持つものかと推測するが……

 

「さてな……確かにあれは天響術だと思うが、枢機卿が導師かどうかの確証は無い……それに天響術を使う事が出来るのは導師や天族だけでは無いだろう?」

 

「っ!……憑魔の事ですか?」

 

「その可能性もあり得るという事だ」

 

「ですが、憑魔が態々人の怪我を癒す様な事をするのでしょうか? 今まで見てきた憑魔は穢れの影響で感情が暴走したり自分の意思を失った者ばかりでした……それを自分の意思で制御できる者は災禍の顕主以外にはいませんでした……」

 

ラストンベルで出会ったマーガレットの様に憑魔化も初期段階であれば人間としての意識は残る。だが、それも時間の問題だ。嘗て戦場で戦ったランドンの様に徐々に感情が歪み暴走していく事になる。

 

サイモンの証言が事実であれば枢機卿の『奇跡』は明らかに力を制御している代物だ。加えて天族であるサイモンから見て憑魔の姿をしていなかった事を考えれば、枢機卿の力が憑魔の物とは考え辛いとアリーシャは考えたが……

 

「姫よ、何事にも例外はあるものだ。確かに穢れに飲まれた者は憑魔と化しその身に潜む負の感情が暴走する。だが過去の歴史の中にはそれらの力をある程度制御した人間もいるのだよ」

 

アリーシャの言葉をサイモンは静かに否定する。

 

「天族が見えぬ者達には知る由も無い事だが、人間の歴史に名を残す偉人や英雄、それらの多くは導師と同様の力を持った者や憑魔の力を制御した者達だ」

 

その言葉に二人は驚き目を見開く。

 

「姫の知識で名を挙げるならば……1000年前に起こったグリンウッド大陸の統一戦争で名を馳せたディンドランと言えばわかりやすいか?」

 

「っ! あの武勇に名高い百戦将軍ディンドランが憑魔!?」

 

驚きの声をあげるアリーシャ。一方、この世界の歴史をよく知らない晴人にとってはイマイチピンとこないのだが、アリーシャの反応を見る限り衝撃の事実なのだろう。

 

「(俺たちの世界で例えるなら戦国時代の織田信長が、仮面ライダーだったり怪人だったって教えられたようなもんか……ま、そう考えると確かに驚きだよな)」

 

そんな事を考える晴人の脳裏に嘗て訪れた『戦極時代』や『オレンジの武士とバナナの騎士』が頭を過るが「いや、あれはちょっと違うか」と内心で否定し思考を切り替える。

 

そんな中、サイモンは話を続ける。

 

「そう、人は時として穢れすらも己の願いの為に利用する。一見、心優しい様に見える者とてその裏には『悪』と呼べる力を隠し持つ事などさして珍しくもない」

 

「で、ですが……サイモン様の言う事が事実なのでしたら枢機卿はこのローランスの為にその身を賭して尽力している方なのですよね? それならば私は「枢機卿を信じてみたい……か?」っ!……はい、その通りです」

 

言葉を遮りサイモンが放った言葉はアリーシャの内心を正確に突くものだった。

 

「はぁ……姫よ。少しは人を疑う事を知った方がいい。そなたの肩には多くの者の命がかかっているのだろう? 安易な行動がそれらの者達を危険に晒す事になると自覚するべきだ」

 

「っ!……ですが、手を取り合う為には、まずは此方が相手を信じなくては始まりません!」

 

「だが、その歩み寄りが裏切られた時に負う事になる傷は深いぞ?」

 

「それは……」

 

サイモンの言葉にアリーシャは言葉を詰まらせる。サイモンの言う通りもし枢機卿が憑魔の力を使う者だとしたら、安易に近づく事は間違いなく危険だ。自分一人ならいざ知らず協力してくれているザビーダや晴人も巻き込む事にもなる。

 

反面、アリーシャの中に枢機卿を信じてみたいという感情が生まれ始めたのもまた事実だ。立場こそ違えど女性の身で国の為に尽力する枢機卿の在り方はアリーシャ個人としてはとても好ましいものであり、生来お人好しな性分の彼女としては、枢機卿は憑魔では無いと信じてみたいと思い始めている。

 

そんな相反する感情がぶつかりアリーシャは、どうするべきか言葉を詰まらせるが……

 

 

「そっか、ならその枢機卿に直接会って見るのが手っ取り早いな」

 

話を聞いていた晴人から、その迷いをあっさりと断ち切る様な答えが放たれた。

 

「え?」

 

あまりにもあっさりとした晴人の物言いにアリーシャは惚けた様な声を漏らす。

 

「……魔法使いよ、聞いていたのか? 枢機卿は「憑魔かもしれないんだろ?」……そうだ」

 

「だとしても信じてみたい、少なくともアリーシャはそう思った。枢機卿の事だけじゃない……サイモンちゃんの最初に言った枢機卿への言葉もな。なら、俺のやるべき事はそんなアリーシャの力になる事だ。それに……」

 

一息置いて迷い無く晴人は言い放つ。

 

「例え枢機卿の力が憑魔のものだったとしても、枢機卿がその力で誰かを救おうとすることのできる奴なんだとしたら信じてみる価値があると俺は思うよ」

 

その言葉にアリーシャとサイモンは驚いた様に目を見開いた。

 

二人にとっての認識の根本は枢機卿の力が憑魔のものではないかどうかにあった。だが晴人はそれ自体は重要ではない様に言う。

 

「……妙な事を言う。憑魔の力とは他者を傷つけ堕落させる『悪』だ。ましてや、それを自身の意思で振るう者が『善』であることなど……」

 

晴人の言葉が気に障ったのかどこか表情を険しくしたサイモンは棘のある言葉を放つ。だが、晴人はそれに対しても態度を変える事は無い。

 

「手に入れた力が人々から『悪』と呼ばれるものだとしても、それをどう振るうのかはソイツ次第だろ? その力を誰かの為に振るう事ができるなら、もしかしたらソイツは『悪』じゃない何かになれるかもしれない。少なくとも俺はそう思ってる」

 

真っ直ぐな瞳でサイモンを見つめながら晴人は言葉を紡ぐ。

 

「力をどう振るうのか……」

 

傍でそれを聞いたアリーシャは無意識にその言葉を反芻する。

 

彼女もまた晴人の告げた言葉には驚いていた。穢れに対してその様な考え方は彼女とて持っていなかったからだ。

 

一方のサイモンはその言葉を受けると晴人への視線を外し俯く。前髪に隠された彼女の表情は晴人達には伺いしれない。

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………詭弁だな」

 

 

ボソリと彼女の口から二人には聞こえないほど小さな声が溢れた。

 

 

「サイモン様?」

 

言葉こそ聞こえないもの彼女の変化にアリーシャは心配し声をかける。その声を受けハッとした様にサイモンが顔をあげる。

 

「いや、済まない。少し考え事をしていた。まぁ、何をどう選ぶのかはぬしら次第だ……だが、努努忘れぬ事だ。この世界には悪意が溢れているのだということを……『この世に悪があるとすれば、それは人の心』なのだからな」

 

そう言ってサイモンは扉へ向けて歩みだす。

 

「もう行ってしまわれるのですか?」

 

「行ったであろう? 今日にはこの街を去るつもりであったと。先ほども言ったが私は戦う術を持ち合わせておらぬ故、商隊の馬車に同乗させて貰うつもりだったのだ。そろそろ出発する頃合いなのでな」

 

そう言ってサイモンは騎士団塔の入り口の扉を開く。

 

そんな彼女に向けてアリーシャ達は感謝の言葉を告げる。

 

「あ、あの! サイモン様! ご助言、感謝致します! どうか良い旅を!」

 

「道中、気をつけてな。縁があれはまた会おうぜ」

 

その言葉を受けサイモンは振り返り返答する。

 

「ふむ……そうだな……縁があれば、また会おう」

 

サイモンはそう言って意味深な笑みを浮かべた後に一瞬だけ、アリーシャ達から視線を外し騎士団塔の内部に飾られた『あるもの』へ視線を向け、すぐに踵を返しその場を後にした。

 

 

__________________________________

 

 

「あれが、『あの方』が仰っていた魔法使いか……」

 

 

降りしきる雨の中をサイモンは住宅街の通りを1人歩きながら言葉を零す。

 

「様子見の為に嗾けたがルナールでは歯が立たないか……まぁいい、例えあの2人が導師達に加わった所で枢機卿を『救う』事など不可能だ……」

 

そう言い放ち立ち止まった彼女は教会がある方角を見上げる。

 

 

「それにしても『フォートン』か……因果なものだな……」

 

そう零す彼女の顔にほんの一瞬だけ憂いの表情が浮かぶ。

 

「『黒』から生まれし新たな『黒』……そうだ……それが真理だ……『黒』から生まれる『白』など……ありはしないっ!」

 

 

サイモンは吐き出す様に、そして自身に言い聞かせる様にそう言い放ち、夜の闇へと消えていった。

 

 

 

 

__________________________________

 

 

一方、騎士団塔に残った2人は意識の戻らない騎士達を見守っていたのだが……

 

 

「なぁ、ハルト……」

 

「ん? どうかしたか?」

 

どこか聞き辛そうに声をかけたアリーシャに晴人はどうかしたのかと返答する。

 

 

「その……気になったんだ。先ほど君がサイモン様に言った事だが……」

 

「サイモンちゃんに言った事? どれの事だ?」

 

「例え、『悪』と呼ばれる力でも誰かの為にそれを振るえるのなら『悪』ではない何かになれるかもしれない……君はそう言っただろう?」

 

「あぁ、確かに言ったな」

 

あっけらかんと肯定する晴人。そんな彼にアリーシャは問う。

 

「……本当にそんな事ができるのだろうか? サイモン様の言葉を聞いた時、私は枢機卿の振るう力が憑魔のものであるかどうかで『善』か『悪』かを判断しようとした……それは間違いなのだろうか?」

 

自らの内に生じた迷い。その想いをアリーシャは率直に吐き出す。それに対して晴人は柔らかい声で諭すように答えた。

 

「枢機卿が善人なのか悪人なのかそれは俺にもまだわからないさ。世の中には悪人なんていないなんて綺麗事を言う気も無いよ。それこそ、人間としての記憶を持ちながら怪物の心を持っていた奴を俺は知っている……」

 

嘗て戦った深緑のファントムの事を思い出しながら晴人は言葉を続ける。

 

『人の希望を奪って……それでも君は、魔法使いなのかい?』

 

歪んだ自身の快楽を満たす為に多くの者の命を生贄に捧げてでも過去を求めた男。

 

その身が怪物になりながらも人としての記憶を持ち、人へと戻ろうとした、人の『心』を失った怪物。

 

その男の最後の捨て台詞を思い出しながら晴人は告げる。

 

「けどな、それとは逆に怪物と同じ力を持ちながら人を守る為に戦う奴らがいることを俺は知っている」

 

『黒』より生まれながら人々を守る仮面の戦士達。それを知るからこそ晴人は断言する。

 

「だからこそ、俺は、簡単に決めつけないでアリーシャが信じたいと思った事を大切にして欲しいって思う。結果的に裏切られるかもしれないし傷つけられるかもしれない。だけど、一歩踏み込んだからこそ見えてくるものだってあるだろ? それで救えるものもきっとある筈だ」

 

諦めずに傷つく事を恐れずに、信じて一歩踏み出したからこそ、見えてくる『希望』だってある。

 

『ありがとう晴人……私も信じてる……どんな私になっても……』

 

自身の未練により蘇りながらも最期は笑顔を浮かべ消えていった『彼女』がそうだったように……

 

「傷つく事を恐れずに……か。そうだな……手を取り合い歩んで行くのなら、まずは私が相手を信じて見なくては始まらない……」

 

 

 

「そういうこと。少なくとも踏み込まずに後悔しなくて済む」

 

「私の甘い考えで君まで傷つく事になるかもしれないのに?」

 

「言ったろ? アリーシャの力になる事が今の俺のやるべき事だって……それに俺としてはアリーシャには相手を信じる事のできる奴でいて欲しいんだ」

 

何度酷い目にあっても他者を信じ、手を差し伸べようする事のできる彼女はきっと多くの人達の希望になる事ができる。少なくとも晴人はそう思っている。

 

 

「他人を裏切りながら上手に生きる奴より、騙されてももう一度、他人を信じる事のできる奴の方がずっと強い。俺はそう思うよ」

 

そう言って優しく微笑む晴人。

 

「ハルト……」

 

そんな彼に釣られて彼女も笑みを浮かべるが……

 

 

「それに、俺個人としてもそういう奴の方が好きだしな」

 

「へ? ……す…き?…………ッッ!?」

 

次の瞬間、不意打ちの如く放たれた晴人の一言にアリーシャの顔が赤く染まった。

 

 

「ん? どうしたアリーシャ」

 

「な、なんでもない! 少し蒸し暑くて!」

 

アリーシャとて晴人の今の言葉が人間として好感が持てるという意味合いで告げられたものだとは理解できるのだが、いかんせん不意打ちじみた無自覚な一言に、その手のセリフに免疫の無い彼女は激しく動揺する。

 

先程までのシリアスな空気は何処にいったのかと思われるなんとも言えない雰囲気が部屋の中に満ち始めるが……

 

 

「おう、戻ったぜ」

 

丁度良く帰還したザビーダにより、断ち切られた。

 

「あ! ザビーダ様」

 

「戻ってきたか、それでさっきの奴は?」

 

思考を切り替え、先程の謎の男の行方を尋ねる2人。それに対してザビーダは首を横に振る。

 

 

「ワリィ、逃げられた。あのキツネ野郎大した逃げ足だぜ。確かに路地裏に追い込んだと思ったら幻みたいに消えられちまった。俺様の風の探知を振り切るなんざ簡単な事じゃ無いんだが……」

 

そういい謝るザビーダだが、2人は特に責める様子も無く返答する。

 

「いえ、ザビーダ様に大事が無いのでしたらよかったです」

 

「謎の多い奴だしな、逃げられた以上、グチグチ言ってもしょうがないさ」

 

そうフォローする2人にザビーダは表情を少し和らげる。

 

「そう言ってくれると助かるぜ。しかしあの野郎何者だ? なんで白皇騎士団の連中を狙いやがった?」

 

「わからない。騎士の人達もまだ意識を失った状態だから詳しい事は……」

 

「騎士の連中の怪我は大丈夫なのか? 俺の回復術で治療したほうがいいかい?」

 

「いえ、それには及びません。先程、通りがかりの天族の方が治療を手伝ってくださったので騎士の方達に大事は無いです」

 

「そうかい、そりゃ良かった。しかし、ローランスが誇る白皇騎士団を1人でここまで痛めつけるとは、厄介な奴だな」

 

黒装束の男を思い出しながらザビーダは険しい表情を浮かべる。

 

「見たところ団員が出払った手薄なタイミングで襲ったんだろうが、それにしても派手に暴れやがったもんだ」

 

手薄とはいえ30人以上の白皇騎士団を圧倒したであろう謎の男。その存在に警戒する一方、アリーシャは先程の男の外見を思い出し何かが引っかかった。

 

「あの男の服……そう言えば何処かで……」

 

「ん? アリーシャ、アイツについて何か思い当たる事があるのか?」

 

アリーシャの反応に疑問を感じた晴人はその意味を問うが……

 

 

ガチャン!

 

急に開かれた騎士団塔の扉の音に3人は会話を止め振り返る。

 

 

その視線の先には……

 

 

「こ、この状況は!? 貴様達、ここで一体何をした!?」

 

「まさか、枢機卿の手の者か!?」

 

別の任務で離れていたであろう残りの白皇騎士団の騎士達が帰還していたのであった。

 

 

「おい、この状況……もしかしてヤバくね?」

 

「完全に騎士団を襲った犯人の図だな」

 

「え!? そ、そんな!?」

 

自分達の立場がヤバイ事に気づく3人。

 

そんな彼らを逃がさないと言う様に騎士達は晴人とアリーシャを取り囲む。

 

「セルゲイ団長! この者達、如何しますか?」

 

その言葉を受けて、包囲網を抜けて1人の大柄の男が晴人達の前に歩みより立ちはだかる。

 

黒い前髪を鶏冠を思わせる様に上に掻き上げた特徴的な髪型に、精悍な顔つきをした男は静かに告げる。

 

 

「貴公ら……一体何者だ?」

 

 




遅れた癖に話が進んでないと言われそうですが、今回は主にサイモンとアリーシャに話を絞りたかったのでここで区切りました。次回で一気に合流まで行きたいなぁ

そういえば、ゴーストにウィザードのコヨミ役の奥仲さんがゲスト出演するらしいですね。襲った眼魔は白魔とインフィニティーにボコられそう(小並)
7月からアマゾンズの1期がTV放映もされるようですしamazonプライム版とどう変わるのかも楽しみです

ではまた次回。早めに更新できるよう頑張りますのでタコ焼きでも食べながらお待ちください


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23話 序曲・運命の交差点 後篇

遅れて済まぬ……

TOZXのアニメが始まりましたが(今の所)イケるやん!
毎回アリーシャの太ももを見てたら30分が過ぎている……不思議だね!!

0話で仲間の女騎士が容赦なく処理されたり、目の前で幼女が竜巻に飲まれたり、蟲攻めされたり、落ちたり、ウォータースライダーされたり、雷に打たれたり、暗殺されそうになったりアリーシャの芸人みてぇな体の張りっぷりを見てると何とも言えない気持ちになる今日この頃です

では最新話どうぞ


謎の男による白皇騎士団強襲の現場を目撃したアリーシャ達。 男を退け、傷ついた団員達を騎士団塔へ連れ帰り手当をしたのも束の間、別任務へと出ていた白皇騎士団の別働隊が帰還し、その場を発見されたことにより、アリーシャ達は誤解により、騎士達を襲った疑いをかけられたのだが……

 

 

 

 

 

「そ、その……私はアリーシャ・ディフダ」

 

「えぇっと……仲間の操真晴人だ」

 

敵対の意思の無い2人は正直に自身の名を名乗る。

 

 

すると……

 

 

「おぉ! では貴殿らが部下の報告にあったハイランドからの使者なのだな!」

 

 

「「え?」」

 

 

先ほどまで険しい表情をしていた白皇騎士団を率いていた大柄の男はアリーシャ達に対して予想外に友好的な態度だった。

 

一転したその反応に2人は安堵すると同時に肩透かしを食らった様に何とも言えない表情を浮かべる。

 

 

「団長! 油断なさらないでください、こいつらは枢機卿の手の者かもしれません!」

 

アリーシャ達を包囲した騎士の1人が男に対して警戒を呼びかける。

 

しかし、男は首を横に振ると周りの騎士達へと構えた武器を下すように指示を出す。

 

 

「武器を下ろすんだ。この2人の名前と特徴は、先日報告のあったハイランドからの使者と一致している。事実であれば、彼女達はこのローランスの危機に駆けつけてくれたのだぞ? それに対して武器を向けるなど我が騎士団の誇りにかけてあってはならない」

 

「わ、わかりました。団長がそう言うのであれば……」

 

毅然として、芯の通った男の言葉。その言葉を受けて騎士達は警戒を解く。

 

「遥々、このペンドラゴに来ていただき感謝する。自分は白皇騎士団、団長のセルゲイ・ストレルカと言う。君達がペンドラゴを訪れた理由は部下から報告を受けている。済まないが、まずはこの状況について説明して欲しい」

 

混乱する部下達を落ち着かせる為か、状況を整理するためセルゲイはアリーシャ達に現状の説明を求めた。

 

「わかりました。実は___ 」

 

 

そうしてアリーシャ達はペンドラゴに訪れてから起きた事を説明していく。

 

 

「___以上が、私達がこの街を訪れてからの出来事です」

 

アリーシャの説明を全てを聞き終わるとセルゲイは、アリーシャ達へ感謝の意を表した。

 

「部下の危機を救って頂き感謝する。団長として礼を言わせて欲しい」

 

頭を下げたままそう告げるセルゲイを見てザビーダが面白そうに告げる。

 

「真面目だねぇ。ま、そういう奴は嫌いじゃないけどな」

 

そんな彼を他所にアリーシャと晴人はセルゲイに対して返答する。

 

 

「礼など不要です。私も騎士としての務めを果たしただけですから」

 

「俺も似たようなもんさ。気持ちは受け取るけど、そういうお堅いのは抜きにしようぜ」

 

そんな2人の言葉にセルゲイは僅かに笑みを浮かべると話を切り出した。

 

「フッ……では、いきなりで申し訳無いが、此方もペンドラゴの現状について説明させてもらおう」

 

セルゲイの口から語られたペンドラゴの現状は大まかに言えば、マーリンドで白皇騎士団の騎士に説明された事と同様のものだ。

 

一年前に突如、前教皇であるマシドラ教皇が行方不明となり、入れ替わるようにフォートン枢機卿が奇跡の力を振るい民からの支持を強め、権力争いを繰り広げる王族を抑え幼帝の側近として台頭している一方、戦争や不自然な『止まない雨』により民の生活に暗い影を落としている。それがペンドラゴの現状である。

 

 

「スレイや君達からの話を聞き、私はマシドラ教皇の失踪や不自然な『止まない雨』に枢機卿の奇跡の力が関係しているのではないかと疑っている」

 

「スレイと……そうだ! セルゲイ殿、スレイ達は今どこに? このペンドラゴに滞在しているのですか?」

 

「いや、確かに彼らはこの街を訪れたが、今は街を離れている」

 

「ん? 騎士さんの話じゃアンタはスレイ達にペンドラゴで起きている『止まない雨』や枢機卿の奇跡の謎を解く手助けを頼んだんだよな? そのスレイ達がどうしてペンドラゴを離れているんだ?」

 

スレイ達が街を離れている事に晴人は首を傾げるが、セルゲイは彼の疑問に対して驚きの言葉を告げた。

 

「あぁ、実は行方不明のマシドラ教皇の足取りが掴めたのだ」

 

その言葉に2人は驚きの声をあげる。

 

「ッ! マシドラ教皇が見つかった!?」

 

「オイオイ、そりゃ朗報だけどそれがどうしてスレイ達がペンドラゴを離れる事に繋がるんだ?」

 

「ふむ、詳細は私にもわからないのだが、スレイの奥方殿の話によると、ペンドラゴから南東にある『ゴドジン』という小さな村でマシドラ教皇の目撃情報があったらしい」

 

そう告げたセルゲイだが、晴人とアリーシャとザビーダの3人は教皇についてとは別の所に気を取られていた。

 

「奥方ですか?」

 

「奥方……マジか?」

 

「奥方ねぇ……導師殿……案外手が早いのか?」

 

セルゲイの口から語られた『奥方』という言葉に、3人はポカンとした表情で思い思いの言葉を零しつつセルゲイに背を向け、顔を寄せ合い作戦会議でもするかの様に話し合いを始める。

 

「おい、なんだ奥方って? 」

 

「た、多分言葉通りの意味だと思うが……」

 

「いやいや、言葉通りだと余計に意味わかんねぇからね?」

 

「少なくとも戦場で別れた時にそんな奴いなかったよな?」

 

「あ、あぁ……そうだ! もしかしたら検問を超える時に正体を隠す為に身分を偽ったのでは無いだろうか? 導師という立場は危険も伴う可能性があるし隠しておきたかったのかもしれない」

 

「いや、それにしても誰が奥方役やったんだよ」

 

「そこはライラじゃねぇの? エドナちゃんがやったら導師殿は別の容疑でとっ捕まるぞ」

 

「ですが、そもそも天族の方は姿が見えないのですから奥方役をやるのは不可能なのでは?」

 

「じゃあ別の協力者がいるってことか?」

 

「お、おそらくは……? 」

 

「良い事じゃねぇの、女性比率が高いのは素晴らしいぜ」

 

「……お前、いっつもソレだな」

 

 

あーでもないこーでもないと割としょうもない議論を始めた3人。それに対してセルゲイは困った様な表情をしながら声をかける。

 

「き、急にどうかしたのか?」

 

「え、あ……も、申し訳ありません!」

 

「話を脱線させて悪いな。続きを聞かせてくれ」

 

「う、うむ。行方不明となったマシドラ教皇に関しては、以前から我々騎士団は枢機卿が何かしら関与しているのではないかと思い、調査をつづけていた。しかし、教会は『マシドラ教皇は逃げた』の一点張り……」

 

険しい表情を浮かべ説明するセルゲイ。そんな彼にアリーシャはおずおずと問いかける。

 

「しかしその……証拠はあるのですか?」

 

その言葉にセルゲイは首を横に振る。

 

「いや、騎士団の総力をあげて捜索したが手掛かりは掴めなかった。だが、枢機卿の周辺を探った騎士団員18人が行方不明になっている……」

 

「ッ! そんな……」

 

語られる事実にアリーシャは悲痛な声を漏らす。

 

「悔しい話だが、枢機卿に対するには此方も超常の力が必要となると考えた私は、ペンドラゴで出会ったスレイに、枢機卿の謎とマシドラ教皇の捜索を依頼した。そして、『ゴドジン』での教皇の目撃情報からその調査に向かってもらったのだ。騎士団が動けば教会は警戒する可能性が高いからな。 情けない話だが、下手に動き教会は刺激してしまっては騎士団と教会がローランスを割りかねない……我々は決してそんな事を望んでいるわけでは無いのだ」

 

己の無力を責めるかのように沈痛な面持ちでセルゲイは言葉を零す。

 

「この暗闇の時代を乗り越えるには国と教会が手を取り合い民を導いていかねばならないと教皇様は仰られていた。そして、自分はこの身この心を育んでくれたローランス帝国を愛している。……だが、我が国の真実は止まぬ雨の帳に隠されまま……それを討ち払わなければこの国に未来は無い」

 

力強くそう言い切るセルゲイ。それを見た晴人は、どこか喜ばしい事のように笑みを浮かべる。

 

「フッ、なるほどね……なら俺たちも気合い入れていかないとなアリーシャ?」

 

「……あぁ! セルゲイ殿の国を国を想う気持ちは私とて理解できる。セルゲイ殿、ハイランドとローランス、両国の良き未来の為に私達も協力を惜しみません」

 

その2人の言葉を聞きセルゲイは驚いた様な顔を見せた後、笑みを浮かべる。

 

「……感謝します。ハイランドに貴女のような姫君が居られて良かった」

 

「ソイツはお互い様だろ。こっちとしてもアンタみたいな真っ直ぐな人間がローランスにいてくれたのは幸運だったさ……それで? そうなるとこれから俺たちはどう動くべきだ? 」

 

感謝も程々に、晴人は今後の行動方針をどうするべきなのか問いかける。

 

「うむ、アリーシャ姫とハルトにはゴドジンに向かいスレイ達と合流して欲しい。部下から聞いた、アリーシャ姫の他者に天族を見せる力を活かして戦争を止める様に陛下を説得するのであれば、導師であるスレイとの合流は最優先だ。陛下の側近である枢機卿がどう動いてくるかわからない以上、まずは戦力を集めるべきだろう」

 

「……いいのか? 確かに枢機卿の正体がわからない以上、戦力を増やしてから対応するのに越した事はないけどさ……あんたの所の騎士達の安否はわからないんだろ?」

 

「その通りです。我々で急ぎ調査した方が宜しいのでは?」

 

アリーシャとハルトは行方不明の騎士達の安否を気にするが……

 

「だからこそ……これ以上の被害を出さない為にも迂闊な真似はさせる事はできない。貴方方はローランスの真実を解き明かす鍵であると同時に大切な協力者だ。一方的に危険な状況へ放り込む様な真似などできない」

 

セルゲイは真剣な表情で晴人達の申し出を断る。しかし、次の瞬間、部下の1人から強い声が上がった。

 

「団長!! 彼らがこう仰ってくれているのです! 行方不者の調査に力を借りるべきなのではないのですか!?」

 

「ならん……それは我々騎士団で応ずるべき問題だ」

 

「……何故です? 導師達にもそう言ってゴドジンに向かわせて……彼等の力ならば枢機卿の奇跡に対抗できるかもしれないのでしょう!? 」

 

「ならんと言っている……我々の尻拭いで安易に彼等を危険に晒すことはできない」

 

「……何故、そんなに冷静でいられるのです!? 行方不明の騎士の中にはボリスだって……貴方の弟だっているのですよ!?」

 

「ならんと言ったッ!!!」

 

 

「っ!!」

 

 

有無を言わさぬ迫力の込められたセルゲイの言葉で騎士は口を噤む。

 

 

「済まない……見苦しい所を見せてしまった」

 

口調を落ち着けながらセルゲイは晴人達へ向き直り会話を再開しようとる。だが、3人は見逃していなかった。気丈に振る舞いながらもセルゲイの手が硬く握り締められ震えている事に……

 

「セルゲイ殿……」

 

そんな彼の姿にアリーシャは何と声をかけるべきなのか躊躇ってしまう。

 

「心配も同情も不要だ。スレイや貴殿らは、ローランスの民の笑顔を取り戻す可能性を持った希望なのだ。だからこそ、どうか我々の意思を汲んで、真実を明らかにして欲しい……頼む」

 

そう言って頭を下げたセルゲイに対してアリーシャはもう何も言えなかった。

 

民の笑顔こそ騎士が守るべきもの。

 

その為に傷つく事が騎士の誇り。

 

 

安易にそれを否定する事は彼等の希望と誇りを踏み躙る事になると彼女は理解したから……

 

「……それでいいんだな?」

 

最終確認として晴人はセルゲイに是非を問う。

 

「あぁ、二言は無い。それに私は部下の無事を信じている。確かに我々は心から枢機卿の事を信用することができない……だがやり方は違えても彼女もまたローランスの為に動いてる……そう信じたいのだ……だからこそ部下の命を奪うような真似はしない……そう思っている」

 

国を背負う同胞だからこそ間違いを犯したのであれば見過ごす事はできない。疑念と信じたいという気持ちの狭間で揺れながらもセルゲイは枢機卿を唯、悪と断じる訳ではなく間違いがあれは正したいのだと願っている。

 

「……わかった。あんたの指示に従うよ……けど、あんた達も無茶はするなよ。俺達だけじゃない……騎士団だってこの国の希望なんだからな」

 

「必ず真実を明らかにしてみせます。セルゲイ殿達もどうか無理をなさらないでください」

 

「承知した。その言葉胸に刻むとしよう」

 

「となれば、即行動だ。早くスレイ達に合流しようぜ」

 

「む、良いのか? この街には着いたばかりなのでは?」

 

「今のアンタ達を聞いた後じゃ、宿でグータラ寝る気も起きないさ」

 

「……すまない。ゴドジンに向かうには凱旋草海南部のバイロブクリフ崖道を抜ける必要がある。険しく危険な道だ、注意してくれ」

 

「凱旋草海南部……という事は我々はスレイ達とどこかですれ違っていたのか」

 

「凱旋草海もパルバレイ牧耕地も広大だからねぇ……ハルトのバイクで一気に駆け抜けちまったのが仇になったかもな。だが、バイロブクリフ崖道からゴドジンならそうそうすれ違う事は無い筈だぜ」

 

 

「スレイ達は貴殿らの情報が来る前にはゴドジンに向けて街を発った。それ故、ローランスに貴殿らが訪れている事は知らない筈だ」

 

「気にすることは無いだろ。ここで追いついて見せればいいだけの話さ」

 

「あぁ、停戦の説得にはスレイ達の協力が不可欠だ。ここで必ず合流しよう」

 

「また、雨の中を突っ走るのは気乗りしないが……ま、男がグチグチ言うもんじゃないわな」

 

そう言ってザビーダとアリーシャは出口へ向かって行く。

 

しかし、晴人はまだその場を動かなかった。それに気付いたアリーシャは晴人に問いかける。

 

「ハルト? どうかしたのか?」

 

「あぁ、ひとつだけセルゲイに確認しておきたい事があるんだ」

 

「私に……? それはなんだろうか?」

 

 

その言葉に対して、晴人はゆっくりと口を開き問いかける。

 

 

「なぁ、セルゲイ。もしもマシドラ教皇が___ 」

 

 

 

 

 

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雨が降りしきる夜の市街。

セルゲイ達との話を終えた晴人たちは、その中を外套を纏い街の門へと向けて歩んでいた。

 

 

「しっかしさっきの今で即出発とは忙しない事この上ないねぇ……ま、名物のドラコ鍋にありつけただけでもマシか」

 

「文句言うなって、その手の打ち上げは両国の休戦が決まった後にでもやればいいだろ」

 

「そりゃそうか……そん時はレディレイク名物の魚料理にでも期待するかね。ハルト、お前さんは何が食いたい?」

 

「は? 俺? ……そうだな。アリーシャの屋敷で食べたアリシアちゃんのドーナッツでも食べたいかな」

 

「ドーナッツ? なんだ? そこまで言うってこたぁ、そんじょそこらでは食えない高級ドーナッツでも食えるのか?」

 

「いや? 普通のプレーンシュガーだけど?」

 

「おいおい、戦争を止めた祝いが普通のドーナッツかよ。もう少し欲張っても罰は当たらねぇだろ」

 

「良いんだよ。俺はプレーンシュガーが好きなんだから。なぁ、アリーシャ。アリーシャは……どうしたアリーシャ?」

 

 

街を包む陰鬱な空気と止まない雨から意識を逸らすように取り留めもない会話を交わす2人。そんな中、アリーシャへと会話を振った晴人だが、アリーシャの反応が無いことから足を止めて後ろを歩くアリーシャへと振り返る。

 

そんな晴人の問いかけにアリーシャはハッとしたように反応する。

 

「あ……いや、すまない少し考え事をしていた」

 

「いや、別に気にしちゃいないが……もしかしてさっきの事が気になっているのか?」

 

「……あぁ」

 

「まぁ、確かにさっきの俺の質問はアリーシャの立場からするとあんまり良い気はしないかもしれないけどさ……一応、セルゲイ達の意思は確認しておくべきだろ? 」

 

「いや、君の言うことは私も理解できる……唯、もしも君の言った可能性通りだったとしたら私個人としてはやはり複雑だ……」

 

どこか浮かない顔を浮かべたアリーシャは外套の内側から丸められた羊皮紙を取り出す。

 

それは先ほど晴人の問いかけの後にセルゲイから託された手紙だった。

 

「『もしもハルトの言う通りになったらこの手紙を教皇様に渡してほしい』……か。なぁハルト……マシドラ教皇は___ 」

 

「ッ! アリーシャ!上だ!」

 

アリーシャが何かを問おうとしたその時、ザビーダがそれを遮り叫ぶ。

 

「ッ! なっ!?」

 

 

突如民家の屋根の上から何かがアリーシャ目掛けて飛び降り、その手に持った得物を振り落としたのだ。

 

ザビーダの言葉に反応したアリーシャは寸前でその攻撃を横に躱すが、纏っていた白い外套はその一撃で一部が切り裂かれ宙を舞う。

 

「なっ、憑魔!?」

 

突然の奇襲に驚きながらも魔力を発動し姿を変えるアリーシャだが、憑魔は続けて手に持った巨大な槍を近くにいる晴人へと振るう。

 

「ッ!」

 

【コネクト! プリーズ!】

 

変身する隙を与えずに振るわれる槍の一撃に対して、晴人はとっさにコネクトの魔法陣から取り出したウィザーソードガンの刃でそれを受け流す。

 

 

 

ガキィンッ!

 

 

変身していない生身の状態では力比べでは敵わない事を理解している晴人は、まともに打ち合わずに斬撃を逸らすと同時に敵との距離をあけるべく、足裏での蹴りを胴体へと叩き込む。

 

ガァン!

 

鳴り響く空洞の金属音。ダメージこそ与えられなかったが鎧の憑魔は衝撃で僅かに後退する。

 

「うお! 硬っ!? それに足痛っ!」

 

鎧の憑魔を思い切り生身のまま蹴った反動を思いっきり受けた晴人は、蹴った側の足を誤魔化すようにブラブラと揺さぶる。流石に何時もの様な気障ったらしい台詞を吐く余裕は無く、素のリアクションを見せる彼だが、憑魔はそれを一瞥すると晴人達に背を向け逃走し始める。

 

「逃げた?」

 

「ったく! どこのどいつだか知らねぇが舐めてくれたもんだな!」

 

3人は逃げた憑魔を追う。

 

「ザビーダ様! あの憑魔は?」

 

「『リビングアーマー』だ。人じゃなく鎧そのものが憑魔化しているが、生前の使い手の技を使いこなす近接型の憑魔だ。近接戦は注意しな!」

 

憑魔を追い3人は、先ほど謎の男と戦闘した広場へと駆け込むが……

 

「ありゃ、いない?」

 

「道を間違えたのか?」

 

「いや、確かにこの広場に逃げ込んだ筈だ。見間違えじゃねぇ」

 

 

リビングアーマーの姿は広場には無く3人はその事を訝しむ。

 

その時……

 

 

 

 

 

「おや?何かお探しですか?」

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

背後からかけられた声に3人は勢いよく振り向く。

 

その視線の先には……

 

 

「どうしたのです? 驚いた顔をして」

 

 

白い法衣を纏い、三つ葉のクローバーを思わせるデザインの杖を持った黒髪の女性が1人佇んでいた。

 

「……貴女は?」

 

突然現れた聖職者と思わしき女性に対して、アリーシャは警戒しながら問いかける、

 

「あぁ、これは失礼……私を知らないという事は旅の方なのですね。私はリュネット・フォートン。この街で枢機卿を務めている者です」

 

その言葉に3人の目が大きく見開かれる。

 

「……あんたがフォートン枢機卿だって? 奇跡の力を振るうって噂のか?」

 

「奇跡……えぇ、巷ではその様に言われている様ですね」

 

晴人の問いを、フォートンは知的さを感じさせる整った顔にうっすらと優しげに笑みを浮かべながら肯定する。

 

そんなフォートンに対してザビーダが口を開く。

 

「で? 奇跡の聖女様がこんな雨の中で1人何をしているんだい? 夜遅くに綺麗なレディが1人で出歩くのは感心しないぜ? こわぁい怪物に襲われちまう」

 

軽口を混ぜつつ警戒を滲ませたザビーダの台詞。普通の人間には聴こえるはずのない天族の声に対してフォートンは……

 

「おや? 私が見えている(・・・・・)事に気がついているのですね」

 

眉ひとつ動かさず冷静に応じた。

 

「モテる男は美人の視線には敏感でね」

 

肩を竦めながら対応するザビーダ。だが、彼の目は笑っておらず目つきに鋭さが増す。

 

 

「……やはり、導師と同じく天族が見えるのですね」

 

「それだけではありません。貴女の事も知っていますよ。ハイランドの姫君……アリーシャ・ディフダ」

 

「ッ!?」

 

あっさりと正体を言い当てられた事に驚きを露わにするアリーシャ。だが、フォートンの言葉はそれだけでは終わらない。

 

「そして、アリーシャ姫を守る『指輪の魔法使い』」

 

「……」

 

フォートンから視線を向けられた晴人は黙って彼女を見据える。

 

緊迫する空気。

 

だが、アリーシャはそれを打ち破る様にフォートンへと話しかける。

 

「フォートン殿、敵対関係の国の人間でありながらローランス領に無許可で侵入した事には謝罪します。ですが、これには理由があるのです」

 

「理由?」

 

「はい、先日のグレイブガンド盆地での両国の大規模な激突。その裏で糸を引く存在を私は知りました。その者は人々の負の感情が生み出す力『穢れ』を生み出すためにハイランドとローランスの戦いを煽っているのです。それを止める為に私は秘密裏にローランスとの停戦の実現を目的にこのペンドラゴへ訪れました。フォートン殿は皇帝陛下の側近であると聞きます。陛下への謁見の為に、どうか私達に力添え頂けないでしょうか?」

 

 

嘘偽りの無い真っ直ぐな言葉でアリーシャはフォートンへと自身の目的を告げる。

 

それに対してフォートンは……

 

 

「両国の危機を伝えに危険を冒し、このペンドラゴに……どうやらバルトロ達の様な俗物とは違うという噂は真のようですね」

 

予想外に好意的な評価を告げる。

 

 

「え……?」

 

アリーシャは思わぬ言葉に呆気に取られた声を漏らす。

 

「国の為に尽くす献身的なその在り方。それに加えて貴女は私と同じ奇跡の力を身に宿している。貴女は正しくハイランドを導く為に選ばれた存在です」

 

「あ……あの……」

 

誉め殺しか何かと思われるほど吐き出され、不気味な程に並べ立てられる賛辞の言葉の数々。アリーシャはそれに対して逆に不自然さを覚え言葉を詰まらせる。

 

「「……」」

 

一方で晴人とザビーダの2人は、先程この広場で起きた戦いを見ていたかの様な物言いのフォートンの言葉に対して表情を険しくする。

 

「両国の平和の為、そして災厄の時代を越える為、是非とも協力させて頂きます」

 

「本当ですか!」

 

フォートンの言葉にアリーシャは思わず表情を明るくするが……

 

 

 

 

 

 

「えぇ、ですからアリーシャ姫。ハイランドを捨てなさい」

 

 

その言葉にアリーシャの笑顔が凍り付いた。

 

 

「な、何を仰るのです!? 」

 

動揺した声で問いかけるアリーシャ。それに対してフォートンは変わらず貼り付けた様な笑顔で答える。

 

「両国の平和の実現の為に権力争いを生む俗物共を排する必要があります。その為にアリーシャ姫、貴女に賛同する兵士を束ねてハイランドを抜けローランスに来て頂きたい」

 

「わ、私に国を割れと言うのですか!? それに戦いを止めなくては穢れが____ 」

 

「穢れは私にとって脅威とはなりえません。そして、国を割るというのも違います。ハイランドとローランスは1つとなるのです。その為には不要な膿を取り除く必要があります。バルトロやそれに属する俗物共を私と貴女で排するのです。そして私と貴女は奇跡の力で民を導き1つとなった国を纏める。そして災厄の時代を乗り越える。悪い話では無いと思いますが?」

 

「ち、違います! 私が望んでいるのはそんなやり方では___ 」

 

「何を躊躇うのです? 私腹を肥やす事しか考えない野心家の俗物など、国を思うのであれば切り捨てるべきでしょう? そういった連中程、正しい道を進もうとする者の障害となるものです。貴女とて身に覚えがあるのではありませんか?」

 

 

「そ、それは……」

 

フォートンの言葉に思わずアリーシャは言葉を詰まらせる。それは決して戯言で済ます事の出来ない言葉だった。災厄に苦しむ民から目を背け自信の権力や財産に固執した貴族や、自分を排する為に時には暗殺紛いの事までしてきたバルトロをはじめとする官僚達。

 

フォートンの言う人の闇を、腐敗を、アリーシャは今まで何度も見てきた。

 

「先ほど、この広場で貴女がその力を振るい戦う姿を見ました。その力があれば私と同様に腐敗を排し民を正しく導いていけるのです。ならば答えは決まっているでしょう?」

 

そう言い切るフォートンに対してアリーシャは押し黙る。晴人とザビーダはそれに対して何かを言う事なくアリーシャを見守る。

 

そしてアリーシャの口がゆっくりと開かれる。

 

 

「フォートン殿……私には叶えたい夢があります」

 

「……夢?」

 

「言い伝えでしか見た事の無い穢れ無い美しい故郷をこの目でみたい。それが私の夢です」

 

「そうですか。それは素晴らしい夢です。それならば尚の事ローランスと組みバルトロ達を討「お断りします」……何?」

 

アリーシャから告げられたハッキリとした拒絶に、初めてフォートンの表情が崩れる。

 

「私の夢は、自分の意にそぐわない者を排した道の先にはありません。そして___ 」

 

アリーシャは自身の指にはめられた指輪に見つめながら答える。

 

「この力は他者を排する為の力では無く、他者を救い上げる為の力です。それを違える事は私の夢とそれを信じこの力を分け与えてくれた彼への裏切りだ。それだけは出来ない……絶対に!」

 

真っ直ぐにフォートンを見据えアリーシャは告げる。

 

 

「例え拗れても間違えても、私は手を差し伸べる事を止めたく無いです。例えその道の途中でどれだけ傷つく事になっても、その願いだけは腐らせたくは無い。それが……私の信じる希望です」

 

微笑みながらそう告げたアリーシャを見て晴人は嬉しそうに笑うと口を開く。

 

 

「ま、そういうわけだ枢機卿。魔法は誰かを傷つける為のものじゃない。誰かの希望を救う為のものだ。だから悪いけどあんたの意見は飲めないよ。もう少し平和的な案で頼むぜ」

 

そう言い放ちアリーシャの横に並び立つ彼を見てアリーシャもまた笑みを浮かべた。

 

その姿を見てフォートンが静かに口を開いた。

 

 

「そうですか……なら方法を変えましょう」

 

 

 

次の瞬間、あたり一帯の空気が変わった。

 

 

「う!?」

 

「アリーシャ!?」

 

「チッ……薄々勘付いちゃいたがやっぱりかよ」

 

 

嘗てのヘルダルフの領域で霊応力が麻痺した時と同様に、発動した魔力が解除され元の姿に戻ったアリーシャは、苦しみながら地面に片膝をつく。

 

同時に、ザビーダは枢機卿の奇跡の力の正体を確信し、両手のペンデュラムを構えた。

 

「うぅ……この力……穢れの領域。まさか……」

 

 

苦しみながらもフォートンへと視線を向けるアリーシャ。そんな彼女にフォートンは冷たく言い放つ。

 

「良き協力者たり得ると思ったのですが、仕方ありません……こうなればその力だけでも手駒としていただきましょう」

 

 

カンッ! フォートンが手に持った杖で石畳を叩くと同時に周囲に変化が起こる。

 

 

「!! こいつは……」

 

 

「なるほどね……そういうことかよ」

 

アリーシャを庇うように立つ晴人とザビーダは表情を一段と険しくする。

 

彼らの視線の先には_____

 

 

『グゥゥゥウ』

 

広場へと繋がっている2つの道を塞ぐ様に大量の憑魔達が立ち塞がっていた。

 

ルーガルーに似た狼タイプの獣人、先程襲ってきた鎧の憑魔、聖職者の様な服を着たリザードマンを見てザビーダは舌打ちする。

 

 

「チッ……ワーウルフ、リビングアーマー、リザードプリースト……大層な数だな」

 

「いや、それだけじゃなさそうだ」

 

「あん?」

 

空を見上げて告げた晴人の言葉に釣られて、ザビーダは空を見上げる。そこには黒い羽根と角を生やし巨大な槍を持つ女性の憑魔が何体も飛んでいる。

 

「デビルか……空への逃げ場も対策済『ガァァァァァァァア!』……次はなんだ?」

 

背後から鳴り響く咆哮に振り返る2人の視線の先には、他の憑魔と異なる大型の憑魔が城壁の上から飛び降り、広場の奥に作られた舞台の上へ着地した。

 

体格はヴァーグラン森林で戦ったブリードウルフと同等であり、棘の付いた大きな手甲に鋭い爪と牙を持ち虎を思わせる獣人タイプの憑魔である。

 

「虎武人……気をつけろハルト。アレは他の雑魚共とは違うぞ」

 

「あぁ、他の奴らより強い穢れを感じるぜ。けど、なんでいきなりこんなに沢山の憑魔が?」

 

「……原因はあちらさんの仕業だろうな」

 

そう言ってザビーダはフォートンへ視線を向ける。

 

「フォートンがこの憑魔達を率いているってのか? なら、この穢れの領域は____」

 

「そう、私の力です」

 

晴人の言葉を遮りフォートンは自身の力の正体を告げた。

 

「なるほどね……穢れは脅威にはならないってのはそういう意味かよ」

 

「そんな!? では、人々が話していた奇跡の力の正体は……貴女は民を欺いていたのですか!? 民を導く言葉は偽りだったのですか!?」

 

枢機卿の力の源が憑魔の物であると知り、アリーシャはフォートンへ向け叫ぶが____

 

「それは違います。民を導き災厄の時代を越えるという言葉に嘘はありません。私はこの力で、国の内と外の障害を排し、国を1つにまとめ、正しく民を導いてみせます」

 

嘘や皮肉とは違う力のこもった声でフォートンは答えた。

 

 

「障害を排す……まさか、マシドラの教皇の失踪も本当に貴女が……?」

 

疑念をぶつけるアリーシャ。だが、その言葉を受けたフォートンは突如笑い声をあげた。

 

 

「私がマシドラを? ……フフフ、あの男にそんな価値などありませんよ。何せあの男は国を見捨て逃げたのですから」

 

その言葉にアリーシャは強く反応した。

 

「逃げた!? ですが、マシドラ教皇は長年、ローランスにその身を捧げ続けた方だと……」

 

「フッ……騎士団の者達と同じ様な物言いですね。嘘ではありませんよ。マシドラは人々を導かねばならぬ立場にありながら、我が身可愛さにこのペンドラゴから姿を消したのです。だというのに騎士団は滑稽にもマシドラを庇い、私が何かしたのだと疑う始末……まったく度し難い。あの様な無責任な男を盲目的に信じ続ける騎士達も、権力争いしか頭に無い王族達も愚かとしか言い様が無い……だから決めたのです。私がこの力でローランスと導くのだと」

 

マシドラへの嫌悪感を隠そうともせずフォートンは表情を歪め言葉を吐き出し続ける。

 

「フォートン殿……貴女は……」

 

一方のアリーシャは、フォートンの力強い言葉から憑魔の力を宿しながらも彼女の国を救おうとする意思が本物であることを突きつけられ、言葉を詰まらせた。

 

 

「だから私には力が必要なのです。奇跡の力で民の信仰を高め、『この雨』で人々の心を1つにする」

 

だが、その続くフォートンの言葉にアリーシャの表情が固まる。

 

「ッ!? 『この雨』で……? まさか!?」

 

アリーシャの反応にフォートンはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「察しの通り。この止まない雨は私の力によるものです」

 

その言葉に反応した晴人がフォートンに問いかける。

 

「……わからないな。この国を救いたいならなんでそんな事するんだ? 」

 

「全ては恐怖で民の心を1つにする為……災厄に追い詰められた民衆達を私という希望が導くのです。それこそが救い。痛みが救いをもたらす! 雨に濡れた体を寄せ合うのはさぞ温かい事でしょう」

 

その言葉を聞いたアリーシャはヨロヨロと弱々しく立ち上がりながらフォートンを見据えた。

 

「ちが……う。そんな物はまやかしだ。貴女のやり方は人々の持つ希望を奪い都合よく上書きしただけに過ぎない……それでは民の心は救われない!」

 

その言葉にフォートンの表情が激しく歪んだ、

 

「黙りなさい! 理想論しか語れない小娘が! 心を救えたところで何になるというのです!? お前には結果を得られぬ責を背負えると言うのか!? 私は例えどんな手を使ってでもローランスを救う! それこそが……そうすれば……!!」

 

「ッ! それは……」

 

放たれた言葉の迫力に押され黙り込むアリーシャ。それと同時に3人を包囲していた憑魔達が一斉に動き始める。

 

「従わないというのなら仕方ありません。貴女達を憑魔に変え彼等と同様に我が傀儡としましょう」

 

フォートンの意思を受け、戦闘態勢を取り始め憑魔達に対してザビーダは苦々しげに言葉を零す。

 

「ったく……マズイな。上位憑魔の虎武人に、この雑魚共の数……とてもじゃないが力が使えなくなっているアリーシャを守りながらやり合うのは厳しいぜ?」

 

「わかってる。ここは、退くしかない。停戦の交渉には王族のアリーシャが必要不可欠だ。この状況で無茶をする事はできない」

 

「そう簡単に逃げられると思いますか? その状態の姫を守りながら? 」

 

こちらの行動を見透かして語りかけてくるフォートン。その言葉に晴人とザビーダは表情を苦々しげな表情を浮かべる。

 

アリーシャが一時的に力を使えない現状では晴人とザビーダが戦うしか無いが、アリーシャを庇いながら大量の憑魔を強行突破するのはリスクが高すぎる。

 

ハリケーンスタイルで空中に逃げるという手段も上空のデビル達が阻むだろう。

 

そう簡単に脱出を許すほどフォートンは甘くなかった。

 

「チッ……背に腹は代えられないか」

 

そう言い放ち、ザビーダはジーンズにねじ込んだジークフリートを取り出すと、銃口を自身の顳顬に突きつける。

 

 

「無駄弾は使いたくなかったがこの際だ。やるしかねぇよな」

 

そう言って引き金に指をかけるザビーダ。

 

一方で晴人もまたこの状況を脱する方法を考えていた。

 

 

「(どうする? 真っ向勝負をするには状況が悪すぎる。空を飛んで逃げるにしても、アリーシャを抱えたままじゃあのデビルってのの群れと戦う事はできない……)」

 

ハリケーンスタイルによる空中からの離脱は封じられ、真っ向から戦おうにも枢機卿の力には謎が多く敵の数も多い。加えてアリーシャの状態を省みれば今は退くしか無いだろう。ハイランドから脱出した時とは違い足元の床の先に空間が無い以上フォールの魔法も役には立たない。

 

「(こんな時、仁藤の指輪さえ使えれば……いや待てよ……確か穢れの領域はドラゴンの力を……こうなりゃ一か八か!)」

 

晴人は決意を固めると素早く右手の指輪を交換する。手にはめた指輪は、前回傷ついた騎士達に使おうとし魔法が発動しなかった黒縁に六角形の装飾が取り付けられた指輪だ。

 

「(ヘルダルフクラスの穢れの領域でもなければドラゴンは呼び出せない……けど、失われたドラゴンの力に一時的に力を与える。それなら前は使えなかったこの指輪も!)………ザビーダ! アリーシャを抱えて俺に近寄れ!」

 

「!! りょーかいッ!」

 

 

晴人の言葉に何か策があると察し、ザビーダはジークフリートをしまうとアリーシャを抱え上げ晴人に駆け寄る。

 

「何をするつもりかは知りませんが逃がしませんよ」

 

その言葉と同時に憑魔達が一斉に晴人達へ向け殺到するが……

 

「いや、悪いが退かせてもらうぜ。近いうちにまた来るよ」

 

軽口を叩きながら晴人は指輪をバックルに翳す。

 

 

【ビースト! プリーズ!】

 

鳴り響く音声が魔法の発動を晴人に伝え、同時に晴人達の足元に紫がかった青の魔方陣が展開され____

 

 

「うお!?」

 

「え!?」」

 

ザビーダとアリーシャが驚きの声をあげる中、石造りの床がまるで水面の様に波打ち、3人の身体が地面に沈み込みその姿を消した。

 

 

「なに!?……逃げましたか。追いなさい……」

 

フォートンは驚きの表情を浮かべるもすぐにそれを取り繕うと上空のデビル達に追撃の指示を出す。

 

「まぁいいでしょう。どの道あの者達は停戦の為にこのペンドラゴに来る必要がある……その時こそ、姫達を憑魔に変えローランス繁栄の為の手駒としよう」

 

 

そう言い放ちフォートンは踵を返し教会へ向け歩き出す。

 

 

「私は間違ってなどいない……そうですよね? 姉さん……」

 

 

最後に彼女の口から漏れたその呟きは、降りしきる雨音に飲まれ消えていった____

 

 

__________________________________

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「なんとか突破できたか……」

 

「まさか、地面の中を泳ぐ事になるとはね……そんな魔法も持ってたのかよ」

 

「正確には借り物だけどな……一か八か成功してよかったぜ」

 

 

晴人の機転により憑魔による包囲から脱した3人は既にペンドラゴの外に脱出し、少しでも距離をとるべくバイクを走らせていた。

 

「すまないハルト……また足を引っ張ってしまった……」

 

後部座席に座り晴人に掴まるアリーシャは弱々しく謝罪する。グレイブガンド盆地の時と同様に穢れの領域で力を一時的に封じられ、戦えなかった事に責任を感じているのだろう。その表情は曇っている。

 

そんな彼女に晴人は気にしてないというような優しい声で答える。

 

「いちいち謝る必要なんてないさ。仲間なら助け合うもんだろ? それに戦争を止めるにはアリーシャの力が必要になる。俺には2つの国の間を取り持つ事は出来ないんだ。弱気にならず前を向いて行くとしようぜ」

 

「前というか絶賛尻尾を巻いて逆走中だけどな!」

 

「茶化すなよお前は!」

 

アリーシャと同化中のザビーダが茶々を入れ、それにツッコむ晴人。そんなやり取りに重苦しい空気が少し和らぎそうになるが_____

 

 

『アアァァァァァア!!』

 

 

「「「ッ!!」」」

 

響き渡る理性を感じさせない女性の叫び声。アリーシャは慌てて振り向き後方を確認すると、牧耕地帯を駆け抜けるバイクを追うように何かが空を飛びこちらに迫ってきている。

 

「ハルト!デビルだ! どうやら追っ手みたいだぜ!」

 

「そう簡単には逃げられないか。足を止めたら地上からの追っ手にも追いつかれる!このまま安全な場所まで走り抜けるぞ! アリーシャ、力はまだ使えないか?」

 

「声や姿は認識できるようになってきたがまだ戦闘までは……」

 

「了解! なら振り落とされないようにしっかり掴まってろ!」

 

そう言って晴人はエンジンを吹かせマシンウィンガーを更に加速させる。

 

 

「ハルト、デビルは風の憑魔だ。風の天響術に手に持った槍による近接戦闘の両方を熟せる万能型だ、気をつけろよ!」

 

 

ゴォッ!!

 

ザビーダがそう告げた瞬間後方から風の槍がマシンウィンガーに向けて何発も放たれる。

 

「チィッ!!」

 

咄嗟に左へ体重を傾け進路を変える事で回避し、外れた風の槍が地面へと着弾し轟音をたてる。

 

「やるしないか……変身!」

 

【フレイム! プリーズ! ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!】

 

左手をベルトに翳し、ウィザードへと姿を変える晴人。

 

その後も続く風の槍の連射を、ウィザードは右へ左へとジグザグに走行し回避していく。

 

「このままじゃキリがないな……それなら!」

 

【コネクト! プリーズ!】

 

ウィザードは左手てウィザーソードガンで取り出すとガンモードで前方にばら撒くように発砲する。

 

『ギャウッ!?』

 

ばら撒かれた弾丸は生き物の様にUターンし、そのままウィザードとすれ違うと、後方から追撃してきていたデビルの数体に直撃し地面に叩き落とす。

 

『アアァァ!!』

 

「おっと!」

 

だが追撃の手は弱まらない。

 

バイクに追いつき、横に並んだデビルがその手に持つ巨大な槍でウィザードに向けて突きを放つ。

 

ガギィ! ウィザードは銃に折りたたまれた刀身の部分で受け流し、肘打ちを叩き込み怯ませた所に至近距離で弾丸を打ち込んだ。

 

『ギャアァ!?』

 

銃撃で吹っ飛んだ吹き飛んだデビルの一体はそのまま岩に叩きつけられ倒れこむ。

 

だが、次は背後から槍を構えた別の一体が突っ込んでくる。

 

「フッ!」

 

『グギャアア!?』

 

ウィザードはブレーキをかけドリフトの要領で180度ターンを決め、攻撃を回避しながら逆にデビルの後方に回り込むと、再びアクセルを吹かせ加速しながら得物をソードモードへと切り替え、追い越しざまに斬りつけた。

 

「キリがないな……」

 

そう言いながらバイクを走らせるウィザード。その視線の先に高低差のある地形が飛び込んでくる。

 

「アリーシャ! 悪いが少し無茶をするぞ!」

 

「構わない! 君を信じる!」

 

「おい、俺には「よし行くぜ! 」…おい聞けよ」

 

アクセルを捻りマシンウィンガーを加速させていくウィザード。その先には急な傾斜の岩場がある。

 

そこに向けて一直線に疾走するマシンウィンガー。速度を弱める様子は一切なくそれに置いて行かれぬ様残りのデビル達も全速力で後方を追従する。

 

そして……

 

「ハァッ!」

 

傾斜に突っ込んだマシンウィンガーはそのまま傾斜を駆け上がり、勢いをそのままに直進し頂上で勢いよく空中に飛び出す。

 

【フレイム! シューティングストライク! ヒー!ヒー!ヒー!】

 

ガンモードに切り替えたウィザーソードガンのハンドオーサーを起動し、指輪をかざすと同時に空中でバイクの姿勢を横へと向け、背後に迫っていたデビルへウィザードは銃口を向ける。

 

その先にはウィザードを追従するために一直線の射線上にデビル達がいる。

 

「フィナーレだ」

 

 

引き金が引かれると同時に放たれた炎弾が、デビルたちを巻き込み爆発する

 

 

『ギャァァアアア!!』

 

デビル達の叫びを背に無事に着地したマシンウィンガーをそのまま走らせ、ウィザード達はその場を後にした。

 

__________________________________

__________________________________

 

 

その後、バイクを走らせた晴人達は止まない雨の範囲を抜け、安全な凱旋草海の遺跡跡にて休息をとり、アリーシャの回復を待った。

 

翌日にアリーシャの霊応力の回復を確認すると再びバイクを走らせ凱旋草海南部へと向かい、無事にゴドジンへと通じるバイロブクリフ崖道へと到着した。

 

 

「うへぇ……セルゲイの話通り危なさそうな場所だな」

 

険しい崖の合間を縫うように走る道には当然柵などなく、落ちればただではすまない様な高所を通っている。このような場所でバイクを走らせる訳にもいかず、3人は徒歩で進んでいた。

 

 

「険しい道……スレイ達も危険が無ければ良いが」

 

この道を先に進んだであろうスレイ達を案じるアリーシャ。

 

「大丈夫だって、こんなあからさまな場所ならどんな奴だって落下しないように気をつけるさ。そんなベタな事には……」

 

そう言った次の瞬間

 

 

「うひゃぁああああ!?」

 

 

晴人達が歩く道の上の方から謎の叫び声が響きわたった。

 

「はい?」

 

「なんだぁ?」

 

晴人とザビーダの2人は困惑するが、アリーシャは魔力を発動し姿を変えると一直線に駆け出す。

 

遥か上の道から人が落下してきた事に気付いたからだ。

 

「間に合え!」

 

危機一髪アリーシャは落ちてきた人間をキャッチするが……

 

 

「きゃあ!?」

 

「痛ったぁ!?」

 

勢いは殺せず体勢を崩して2人揃って地面を転がる。

 

晴人とザビーダは慌てて駆け寄る。

 

「大丈夫か!」

 

「妙な事口走らなけりゃよかったな……怪我はないかい?」

 

そう声をかけた2人に倒れたアリーシャが反応する。

 

「あぁ、私は大丈夫。それよりも君……え、君は『セキレイの羽』の!?」

 

「イテテ……ごめん、ごめん! 受け止めてくれて助かっ……うぇ!? アリーシャ姫!? なんでこんな場所に!?」

 

アリーシャは落ちてきた相手を知っているのか驚いた声をあげる。

 

一方で落ちてきた人物……いや女性もまたアリーシャの存在に目を丸くして驚いていた。

 

肩まで伸びたショートボブの赤毛。髪の色と同じく赤を基調とした服の上から丈の短いボレロ風のジャケットを着て黄色いスカーフを首に巻き、下は動きやすさを重視しているのか白のピッタリとしたズボンを履いており、年齢はアリーシャより幾つか上に見える。

 

そこに居る全員が状況が掴めず混乱するが。

 

「ロゼ! 大丈夫!?」

 

そこにもう1人、上から飛び降りてきた人物が現れる。

 

だが、今度の人物……否、青年は知らない相手では無い。

 

アリーシャ達が合流するべく探していた相手……

 

 

「スレイ!?」

 

 

「え、アリーシャ!?」

 

 

斯くして一度別れた道は再び交わる。

 

 

そこに新たな役者が加わり、物語の序曲は静かに終わりを告げた。

 

 

 

 

 




※読者の方達へのお願い

当作品の今後の作風に関してですが感想欄で何度か答えた事もあるのですが、本作は味方PTキャラへのアンチ・ヘイトをする予定はありません。特に原作で色々と問題行動の多かったロゼに関しても設定改変を行いしっかりと味方キャラとして描いていくつもりです。ゼスティリアの原作に対して色々と思うところのある読者の方もいるかもしれませんが、原作への愚痴をキャラに喋らせて気に入らないキャラを叩くという作風は個人的にはやりたくないのでそこの所をご理解頂けると幸いです



ハイ!真面目な話終了!

原作ゼスティリアやってて枢機卿の杖を見たときに最強(笑)、フロート(笑)などのワードが頭を過ぎった人!

ダキバの紋章ハメか、ニュートンの壁打ちの刑な!


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24話 諸刃の希望 前篇

【朗報】ベルセリア良作

戦闘面白いしストーリーも好き嫌いは分かれるタイプだけど筋は一貫しててイケるやん!
連作にするなら何故一作目のゼスティリアもこのレベルで制作しなかったのかコレガワラナイ

なお、三部作疑惑

前回の更新で20件以上という過去最高レベルの感想が来て嬉しい悲鳴です。これがアニメブースト効果か……

てな訳で最新話です。どうぞ


「ス、スレイ!?」

 

「え、アリーシャ!?」

 

バイロブクリフ崖道を進むアリーシャ達の前に落下してきた女性に続き現れた青年。それは3人が追っていた導師スレイだった。

 

「スレイ……良かった。漸く追いつけた」

 

「アリーシャ、無事だったんだ! 良かった……でもどうして?」

 

お互いの無事を喜び合う2人。だが、スレイはハイランドの姫であるアリーシャが何故このローランス領内に居るのか困惑する表情を浮かべた。

 

その時_____

 

 

「ロゼ、無事か!?」

 

 

スレイの身体が輝き、そこに1人の男が現れる。見る限り天族であろう男はザビーダと同じく180後半はあろうかという長身に緑インナーを除いてジャケットやズボンは黒一色であり、天族は白と自身の扱う属性の色を合わせた服装をしていることが多く、またそういった天族としか会ったことのないアリーシャは内心で珍しいと感じた。

 

男の緑がかった髪は両目を隠してしまうほど長く、その上から表情を隠すほどに黒い帽子をかぶっており表情は伺いしれないが、その声に秘められた焦りから落下してきた女性を心配している様に見える。

 

「え? あぁ、大丈夫だってこれくらい。助けて貰ったおかげでピンピンしてるから! 」

 

「そういう問題じゃねぇ! バイロブクリフ崖道は注意して進めとあれほど言っただろうが!」

 

「うっ……わかったって! 次から気をつけるって!」

 

「いや、わかっていない! 大体お前は……」

 

「だから今度から気をつけるって言ってるじゃん!? あたしの保護者かアンタは!? 」

 

「……なーんだアレ?」

 

「さ、さぁ?」

 

突如現れた男と女性は何故か口論を始め、事態が飲み込めていない晴人とアリーシャは困惑する。

 

そこに再びスレイの身体が輝き、その周囲にアリーシャや晴人の知る者達が現れる。

 

「何をやっているんだあの2人は……それにしても。まさか君がローランスにきているとはな」

 

口論を繰り広げる2人に呆れながらも天族の青年、ミクリオはアリーシャの存在に驚いた声を漏らす。

 

「ご無事で何よりですアリーシャさん……ですが、何故ザビーダさんがアリーシャさんと一緒に……?」

 

アリーシャの無事を喜びつつ天族の女性、ライラはザビーダへと視線を向け戸惑いの表情を浮かべる。

 

「気にするだけ損よ。そいつ気ままにフラついてる奴だから何処にいても不思議じゃないわよ」

 

ライラの言葉に呆れた様な声を漏らしつつ天族の少女、エドナはジト目でザビーダを見る。

 

「よう、導師殿御一行! レイフォルクぶりだな」

 

「ッ! ザビーダ……どうしてここに!!」

 

「まさか、また憑魔狩りをするつもりじゃないだろうな……」

 

気さくに声をかけるザビーダだが、スレイとミクリオはザビーダに対して警戒したように表情を険しくする。

 

それを見てアリーシャは、自分が不在だった時にザビーダとスレイ達がレイフォルクで出会っていたという話を思い出す。

 

「(スレイ達の反応……やはりレイフォルクで何かあったのか……まさか!?)」

 

思えばザビーダはラストンベルまで単独行動をとっていた。その事を考えれば彼の憑魔への対抗手段は彼の持つジークフリートのみ……となればとアリーシャの中で1つの答えが浮かび上がる。

 

「ま、待ってくれスレイ、ミクリオ殿! ザビーダ様は今、私達に協力してくれているんだ。だから話を聞いて欲しい!」

 

ザビーダが何をしたのか薄々勘付いたアリーシャは割って入る形で仲裁を始める。これから協力し合う者達同士で争う様な事は避けたかったからだ。

 

「アリーシャ!? だがこの男は!」

 

「憑魔狩りをして旅をしている。その事は理解しています。ミクリオ殿やスレイにとって憑魔となった天族を殺すというやり方が認められない事も……私とてそのやり方を認めている訳ではありません……ですが、先日のラストンベルでザビーダ様の協力のお陰で私達は天族と人間を救う事が出来ました……ザビーダ様も、浄化が可能であれば憑魔を殺す事は控えて頂けると約束してくれました。ですから、どうか矛を納めてはいただけませんか?」

 

「……この男が?」

 

ミクリオは警戒を緩めず鋭い視線をザビーダへと向ける。

 

おそらく、ザビーダはレイフォルクでスレイ達の前でジークフリートを使い、憑魔を殺したのだろう。その事に対してその場に居なかったアリーシャはその行為に対して肯定も否定もできない。

 

だが、ザビーダという男が面白半分で、命を奪う様な男ではない事は短い付き合いのアリーシャでも理解している。だからこそ無用な諍いはさけたかった。

 

「はい、ザビーダ様の協力のお陰でラストンベルの加護の復活にも成功しました。少なくとも今は協力してくれるそうです」

 

「アリーシャがそう言うなら、それは事実なんだろうけど……信用してもいいのか?」

 

アリーシャの言葉を受けスレイはザビーダへと問いかける。

 

「そいつは本当さ。これでも俺は『約束』に関しちゃキッチリした男なんでね。信用してくれ構わないぜ? それに俺としても無駄弾は使いたくないんでな……お前さん達がしっかり浄化できるってんなら協力するさ。『俺の目的の憑魔』以外にはな…… 」

 

「……ッ!」

 

「? ……エドナ様?」

 

ザビーダのその言葉にエドナが僅かに反応しアリーシャはそれを訝しむ。

 

なんとも言えない空気が漂う中、突如その空気を壊す様に声がかけられる。

 

「あー、まったくデゼルは小言がうるさいんだから……ん? どうかした? 神妙な空気になって?」

 

先ほど落下してきた赤毛の女性が一同の醸し出す空気に首を傾げている。

 

「あ、いやなんでもないんだ。えぇっと……確か君はセキレイの羽のロゼ……と言っただろうか?」

 

「え? ……あ! アリーシャ姫!? えぇっと……先程は命を助けて頂き_____」

 

ロゼと呼ばれた女性は慣れない口調で先程の件に関して感謝を述べようとするが、その口調のたどたどしさから無理をしているのが伝わってきてアリーシャは苦笑する。

 

「敬語は無くて構わないよ。普段通りに話してくれ」

 

「マジっ!? いや〜助かるよ!慣れない口調で我ながら話し辛くてさぁ〜」

 

途端に口調を崩したロゼはフランクな調子でアリーシャへと話しかける。そんな彼女に先程の黒服の天族が声をかける。

 

「構わないと言われたとはいえ態度を崩しすぎだ。お前はもう少しを気を遣え」

 

「えぇ!? 構わないって言ってくれてるんだからいいじゃん別に」

 

「限度ってものがあるだろうが」

 

「あぁ……また小言が始まった……」

 

黒服の天族の男の言葉にロゼはゲンナリとした表情を浮かべる。

 

そんな男にアリーシャは問いかける。

 

「えぇっと……貴方は?」

 

「……デゼル……風の天族だ。訳あって導師の旅に同行してる」

 

デゼルと名乗った男は口数少なく最低限の挨拶をする。

 

「デゼル様ですね。私はアリーシャ・ディフダ。どうぞ宜しくお願いします」

 

「……あぁ」

 

「えぇっと……」

 

素っ気なく返され何か気に障る様な事でも言っただろうかとたじろぐアリーシャだが、そんな彼女にロゼが近寄り耳元で話しかける。

 

「気にしなくていいって。デゼルはムッツリなだけだから」

 

「そ、そうなのか? あれは怒っているのでは……?」

 

「違う違う。時々饒舌になるけど、基本はあの状態なんだってば」

 

ヒソヒソと会話する2人だが……

 

「おい、聞こえてるぞ」

 

「「あ」」

 

しっかりと聴こえていたらしいデゼルの言葉に2人が固まる。

 

そんなやりとりに毒気を抜かれた他の面々は苦笑する。

 

「ハァ……なにやってるんだか……それで? アリーシャはどうしてここにいるのよ? というか、さっきからそこに立ってるそいつは誰?」

 

呆れた様に溜息を吐いたエドナは何故アリーシャがこの場にいるのか。そして、先程から遠巻きに会話を眺めていた晴人に視線を向け何者なのかとアリーシャへと問う。

 

「ん? 俺? いやさ。なんか色々と話してるからひと段落するまでは黙ってようかなと思ってさ」

 

そんな中、アリーシャが答えるよりも先に晴人はマイペースに返事をするが……

 

「ッ! 天族が見えているのか?」

 

「そう言えば、アリーシャさんも何故……」

 

天族が見えている晴人に対してミクリオは驚きの声をあげ、ライラは従者契約の解除されたアリーシャが何故天族を知覚できているのかという疑問を口にする。

 

「ええっと、ロゼとデゼルって言ったっけ? その2人以外には一応前に会ってるんだけどな」

 

「は? 覚えがないけど?」

 

「俺も……あれ? でもその声何処かで……」

 

晴人の言葉にスレイは何か引っかかったかの様な表情を浮かべる。

 

だが次の瞬間……

 

 

『キェェェェェェエ!!!』

 

『!?』

 

頭上から響き渡る叫び声に全員が空を見上げる。そこには……

 

「憑魔!?」

 

獅子を思わせる4本脚の身体に顔や前脚は鳥類である鷲の形をしており、その背中から生えた大きな翼で飛行する大型の憑魔がいた。

 

「グリフォン! 追ってきやがったか!」

 

「先程、私たちはあの憑魔に襲われたのです」

 

「おかげさまであたしは崖から真っ逆さまってわけ」

 

全員がグリフォンに対してそれぞれが得物を構え、臨戦態勢に移る。

 

そんな中……

 

「!! 何を!?」

 

「危険です! 退がって下さい!」

 

そんな一行の最前線に晴人がふらりと歩み出る。勿論、その行為にミクリオとライラは驚きの声をあげ静止しようとするが……

 

「大丈夫だって。それに手っ取り早く自己紹介もしなくちゃいけないからな」

 

「自己紹介? 何よ? この状況で一発芸でもするっての?」

 

「ちょ!? アリーシャ!? あの人大丈夫なの!?」

 

「悪戯に前に出るな! 死ぬぞ!」

 

それぞれが口々に退がれという中、アリーシャとザビーダは信頼したように表情を崩さない。

 

「大丈夫です。見ていてください」

 

「まぁ、見てな。おもしれぇもんが見れるぜ」

 

そして晴人は降りてきたグリフォンを前に口を開く。

 

「俺は操真晴人」

 

名を告げながら右手の指輪がバックルにかざされる。

 

【ドライバーオン!】

 

「そして、もう1つの名前は……」

 

【シャバドゥビタッチ! ヘンシーン! シャバドゥビタッチ! ヘンシーン!】

 

「え?」

 

「はい?」

 

「ええっと……?」

 

「ちょっと……本当に一発芸始めるんじゃないでしょうね?」

 

「いや、流石にそれはないでしょ」

 

「……気をぬくな」

 

ベルトから発せられた音声にそれぞれが様々な反応を見せる中……

 

「変身!」

 

【フレイム! プリーズ! ヒー!ヒー! ヒーヒーヒー!】

 

展開された燃え上がる赤い魔法陣が通過し、青年の姿を仮面の戦士へと変える。

 

「指輪の魔法使い、ウィザードだ。よろしくな」

 

ローブを翻しウィザードは静かにそう告げた。

 

「ウィザード!! あの人が!?」

 

「今の力、神衣に似ていますが……」

 

「シャバドゥビ? 一体どういう意味なんだ?」

 

「……指輪怪人に変身……中々インパクトはあるわね」

 

「いや、なんで一発芸的な評価!?」

 

「言ってる場合か! さっさと構え直せ!」

 

そんな反応を見て晴人は仮面の下で少し笑うと、グリフォンへと向き直る。

 

「待たせて悪いな。さぁショータイムだ!」

 

宣言と同時に咆哮するグリフォンに対してウィザードは得物を構え、駆け出していく!

 

「あぁもう! なんかツッコミ所が多すぎて何を言えばいいのかわかんないんだけど!?」

 

「まぁ、やっぱ変だよなぁ、あの音……」

 

「ザビーダ様! 今は憑魔を!」

 

「へいへい! 」

 

そう言ってザビーダを同化させたアリーシャは魔力を解放する。

 

「うわ!? それって神衣!? よっしゃ!私も負けてらんないね! 」

 

「グリフォンには火と土が有効だ。口から放たれるブレスにも注意しろ」

 

グリフォンの弱点を手短に告げるとデゼルは得物であろうペンデュラムを構える。

 

「(ザビーダ様と同じ得物?)」

 

「なら俺とロゼが神衣で攻める! ミクリオとデゼルは援護してくれ!」

 

「行こうライラ!『フォエス=メイマ(清浄なるライラ)』!」

 

「よろしくエドナ! 『ハクディム=ユーバ(早咲きのエドナ)』」

 

真名を告げると共にスレイの足元には赤の、ロゼの足元には黄色の魔法陣があらわれ2人の姿が変化する。

 

「よし、行こう!」

 

スレイは姿を変えるとすぐに大剣を構えグリフォン目掛けて駆け出していく。

 

一方のロゼはスレイ同様に髪が白髪となり地面に着きそうな程伸びたそれをリボンで結びポニーテールにしており、服装も二の腕や背中が大きく露出したタイプのウェディングドレスを思わせる姿へと変わっていた。

 

「!! ロゼ、君も神衣が使えるのか?」

 

「ん? スレイ程じゃないけどね! 従士契約をしたらできるようになったんだけど……もしかしてどこか変?」

 

驚きの表情を浮かべるアリーシャにロゼはあっさりとそう告げる。

 

「……いや、頼もしいよ! さぁ行こう!」

 

「おっしゃ! りょーかい!」

 

そう言うとロゼはグリフォンへ向け駆け出していく。その背中を見つめるアリーシャ。

 

正直に言えばアリーシャ自身、少しばかり複雑な心境ではあった。嘗て自分が従士契約を結んだときは神衣を使う事など出来なかった。それをあっさりとやってのけるロゼには自分より高い霊応力がある事は容易に想像できる。

 

ロゼには全く非はないのだが目の前で易々とそれを見せつけられると、やはりアリーシャとてそれに対して思う事くらいはある。

 

だけど……

 

「(今は目の前の戦いに集中するんだ。私には私のできる事をすればいい。そうだろ? ハルト)」

 

一瞬、右手の指輪へと視線を向け思考を切り替えると、アリーシャもまた槍を構えグリフォンへと向け駆け出し、ロゼに追いつき横を並走する。

 

前方ではウィザードとスレイがグリフォンと交戦し鋭い爪を持つ前脚の攻撃をそれぞれの得物で受け止めていた。

 

「一気にいくよ!」

 

「わかった!」

 

ロゼの呼びかけに応え、アリーシャは自身の纏う魔力を地属性へと切り替える。

 

一方でウィザードとスレイは後方から一直線で突っ込んでくる2人の存在に気づくと、それぞれの得物をグリフォンの前脚へと振るう。

 

『ギェェェェェェエ!!!』

 

グリフォンは前脚でそれぞれの斬撃を掴むように受け止める。

 

だがそれにより生じた隙にアリーシャとロゼは一気に肉薄し、それぞれの得物をグリフォンの頭部へと叩き込む。

 

「「駆ける巨魁!」」

 

「岩砕裂迅槍!」

 

巨大な籠手と槍の強烈な一撃がグリフォンを吹き飛ばす。

 

『グゥゥゥゥゥゥ!?』

 

吹き飛ばされ岩壁に叩きつけられ悶絶するグリフォンだが、追撃を拒むかの様にその口から火炎放射の様に炎のブレスを放つ。

 

「させるか!白き水よ、崩落せよ! スプラッシュ!」

 

後方にいたミクリオに詠唱された天響術。直後グリフォンの頭上に出現した巨大な水球が破裂し、それにより生じた水流がグリフォンのブレスを掻き消す。

 

「とっとと決めろ! 詐欺師(フラウド)!」

 

更に続くデゼルの声と同時に、グリフォンの足元より生じた光の鎖が翼と口を雁字搦めにし、行動と反撃を封じる。

 

「(へぇ、やるようになってるじゃないのアイツ……)」

 

「(ザビーダ様?)」

 

アリーシャの脳裏にザビーダの声が響く。どうやらデゼルの今の攻撃を見た感想らしい。

 

「(そういえば今のデゼル様の技はザビーダ様が以前使っていたような……)」

 

そんな思考がアリーシャの頭を過るが、一方でデゼルの援護によって生じた隙を突き、ウィザードとスレイがグリフォンに肉薄する。

 

そして……

 

「ハァっ!」

 

地上から接近するスレイに対して、ウィザードは跳躍しウィザーソードガンのハンドオーサーを起動する。

 

【フレイム! スラッシュストライク! ヒー!ヒー!ヒー!】

 

「「轟炎…………一閃!」」

 

「ハァァア!」

 

『ギェェェェェェエ!?』

 

炎を纏った大剣の横一閃とウィザードによる頭上からの縦一閃による炎の斬撃が、グリフォンを十字に切り裂く。

 

断末魔の咆哮をあげ倒れるグリフォン。その穢れが浄化され憑魔の姿が搔き消えると、そこには1人の女性が倒れていた。

 

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「成る程な。それでアリーシャはローランスに……」

 

グリフォンとの戦いを終え数刻後、一同はゴドジンを目指しバイロブクリフ崖道を進んでいた。

 

その道中アリーシャは、自分が何故ローランスを訪れる事になったのかスレイ達へ説明していた。

 

「導師であるスレイさんとハイランドの王族であるアリーシャさんによる停戦の実現……確かにそれが成功すれば暗躍する災禍の顕主に先んじる事ができるかもしれませんわ」

 

「だが、良いのか? ライラが言うには天族の力を振るえる導師が政治に介入するのはあまり望ましく無いことなのだろう? 現にハイランドではその力をバルトロが利用しようとしてきた」

 

「何言ってんだよミクリオ。アリーシャの説明通りなら、今のアリーシャの力で天族や憑魔の存在を信じて貰えれば、人間同士の争いにも慎重になってくれるかもしれないだろ。それは穢れを断つ事にも繋がるんだ。導師の役目としては何もおかしくないだろ?」

 

「む……まぁ、確かにその通りだが」

 

「何より、ライラも言ってくれていたじゃないか、導師としての在り方に囚われないでってさ。だから俺は俺が信じたいと思ったものを信じるよ」

 

「はぁ……わかったよ。確かにそっちの方がスレイらしいしね」

 

「ははっ! だろ?」

 

アリーシャからローランスを訪れた理由を説明されたスレイはその事への協力に賛同しつつ、アリーシャの傍を歩く晴人に視線を向ける。

 

「けど、まさかウィザードまで手伝ってくれるなんてなぁ。けど、普段の状態とは随分姿が変わるんだな」

 

「まぁな、この姿の時は晴人ってよんでくれ」

 

「わかった。それにしても魔法使いか……天遺見聞録にも書かれていなかったけど、そんな力もあるんだな」

 

「そうだね。聞いた限り、アリーシャの力もハルトの魔力を分け与えた結果生じたものらしいし、やはり世界にはまだまだ僕達が聞いたことも無いような事が沢山あるということだ」

 

「だよな! いずれ、世界中の遺跡を巡る旅をしたら、もっと色んな物が見つかると思うと楽しみだなぁ!」

 

「なんだ? 遺跡を巡るのが好きなのか?」

 

「あぁ! 導師の使命を果たしたらいつかミクリオと世界中の遺跡を旅する約束なんだ」

 

「ふっ……そっか、なら先ずはこの大陸の戦争を止めちまわないとな」

 

歩みを進めながら会話を交わす3人、そんな時、晴人は視線を感じそちらへと目を向け、視線の主へと声をかける。

 

「ん? 俺がどうしたか?エドナちゃん」

 

「……なんでもないわ」

 

「そうか? なんか俺の事を見ていたような気がしたんだけど」

 

「気のせいよ自意識過剰ね……それとエドナちゃん言うな」

 

「え? いやだってザビーダもそう呼んでるじゃん」

 

「取り敢えずあの半裸のチャラ男を参考にするのが間違いだと気付きなさい。見た目通り巫山戯た奴よ」

 

そう言って、誤魔化し壁を作る様に晴人に接するエドナ。そんな彼女を見てスレイが晴人に声をかける。

 

「あ、そうだ! 実は俺、ウィザードに会えたら1つ聞きたいと思っていた事があるんだけど!」

 

「聞きたい事?俺にか?」

 

「あぁ……あのさハルトは戦場でヘルダルフと戦う時、ドラゴンと一緒に戦って____ 」

 

「スレイッ!!」

 

突如、スレイの言葉をエドナが強く遮った。その剣幕に

 

「……余計な事を話さないで」

 

そう言ってエドナは歩みを速め晴人達から離れて行ってしまう。

 

「すまない……僕達のミスだ。エドナはその……少し人間に対して壁を作る奴でね」

 

「うん……そのエドナの事でハルトに相談に乗って欲しい事があったんだけど、本人があの様子じゃ……」

 

そう言って申し訳無さそうにするスレイに、晴人は緩い雰囲気を保ったまま応じる。

 

「気にしなくていいさ。ま、いきなり現れたよく知らない奴を信じろってのも難しい話だ。それが本人にとって大切な事なら尚の事な」

 

そう言って晴人は前を歩くエドナに視線を向ける。その表情は手に持った傘に遮られ、伺い知る事は出来なかった。

 

そんな彼女が心配になったのか、スレイとミクリオは同様に歩みを速めエドナの方へと向かっていった。

 

その時アリーシャが晴人へと声をかける。

 

「天族の方達は人々の目に見えないからこそ人の業や過ちを長い年月見てきた筈だ。中には良い印象を持ってない方も多いだろう……おそらくエドナ様も……」

 

「なるほどね……」

 

そういって複雑な表情を浮かべる2人だが、そこにロゼから声がかかる。

 

「ちょいと、そこのお二人さん。気持ちはわかるけど折角仲間が増えたんだからあまり暗い顔しない!」

 

「ん……?あぁ、悪い悪い、辛気臭くしたな」

 

「わかればよろしい! それにしてもアリーシャとは久しぶりだね。確かマーリンド以来だっけ?」

 

「あぁ、まさか商人ギルドであるセキレイの羽の君がスレイと一緒にいるとは驚きだったが」

 

「驚いたのはあたしもだって! まさかこんな場所で姫に出会うなんて思わなかったし!」

 

「2人は顔見知りなのか?」

 

「以前、スレイ達とマーリンドに行った際に少しね。それにしても、君が天族が見えていたとは……」

 

「あ……違う違う! あの時はまだ天族とか見えてなかったし憑魔の事も知らなかったんだよね」

 

その言葉にアリーシャは首を傾げる。

 

「え? いや、だが……君は神衣を使える程の霊応力を持っているだろう? それなら天族や憑魔を視認するくらいわけ無いのでは?」

 

「あーそれね……なんていうかその……あたしさ、確かに子供の頃は確かに天族の声ってやつ? それが、聞こえてたんだけど……」

 

「「だけど?」」

 

微妙な表情を浮かべるロゼに晴人とアリーシャは疑問を浮かべる。

 

「その……子供の頃のあたしさ……周りには聴こえてない声が自分にだけ聴こえるのが怖くてさ、それが原因で他の人からきみ悪がられたりもした……だからいつも自分に『声なんて聴こえない』って言い聞かせ続けてたんだ。そうしたら……いつの頃からか声は聴こえなくなった」

 

「それは……」

 

「ライラ曰く、心が強く拒絶した事で無意識の内に自分の力に蓋をしちゃってたんだってさ」

 

力を持った事による恐怖と迫害、ラストンベルのマーガレットもまた同じ様な事が原因で憑魔と化した。生まれながらに特別な力を持つ故の苦悩を聞かされ、アリーシャは言葉を詰まらせる。

 

「まぁ、そんな感じであたしは生きてきたんだけど、この前の両国の大規模な激突の後、あたし達はヴァーグランド森林でスレイ達に出会って憑魔の事件に巻き込まれたんだ」

 

「では、そこで君は無意識下で抑えていた力を取り戻したのか?」

 

「うん、結構厄介な憑魔でさ。あたしもライラと従士契約をしてなんとか浄化したってわけ」

 

「ん? ならロゼはなんでスレイ達と旅をしてるんだ?」

 

巻き込まれたというのならその場で憑魔を倒すための一時的な契約を交わすのは理解できるが、態々その後も同行している理由に疑問を憶え、晴人はその事を問う。

 

「あ〜……スレイ達にも理由は詳しくは話してないし、アリーシャ達にも今は悪いけど話せない。けどね、あたし憑魔の事で少し調べたいことがあるんだ」

 

「調べたい事?」

 

明るげに話していたロゼの表情が少しばかり神妙なものとなっていく。

 

「うん……そうすればずっと追ってきた謎の手がかり掴めるかもしれないんだ。導師をしているスレイの近くにいればきっとその近道になる。その代わりと言っちゃあなんだけど、スレイの手伝いをさせて貰ってるって訳」

 

「そうか……わかった。誰にでも話したくない事はあるだろう。今は深く聞かないでおくよ」

 

「うん、悪いね……」

 

そう言ってロゼは少しばかり表情を緩める。

 

そんなやり取りを聞いていた晴人は、先程からロゼとアリーシャの会話の中に聞き覚えのある言葉があった様に感じ、記憶を漁っていたのだが……

 

「セキレイの羽……あぁ、思い出した! ラストンベルで会った双子がそんな事言ってたっけ」

 

ラストンベルで情報収集をした際に出会った商人ギルドの二人組が確か、そんな名前を口にしていたと晴人思い出す。

 

「フィルとトルメの事? 2人に会ったんだ?」

 

「あぁ、ラストンベルで情報集めのついでに2人からマーボーカレーまんを買ってね。美味しかったぜアレ」

 

「あぁ、あれはセキレイの羽の商品だったのか。確かにあれは美味しかった____ 」

 

アリーシャはティンダジェル遺跡群で食べたマーボーカレーまんの味を思い出しその感想を口にするが……

 

「……食べたの?」

 

その言葉にロゼが即座に食いついた。

 

「え? あ、あぁ、冷めてしまってはいたがそれでもとても美味しかっ_____ 」

 

「よっしゃ! 『あのハイランドのアリーシャ姫も絶賛の新商品! その名もマーボーカレーまん!』これはイケる!」

 

突如、テンションが跳ね上がったロゼにアリーシャは困惑する。

 

「えぇっと……なんの話だろうか?」

 

「何って……新商品の謳い文句に決まってるじゃん!」

 

「……はい?」

 

ロゼの言葉にアリーシャは間の抜けた声を漏らす。

 

「いやー! これはツイてる! お姫様オススメの食べ物となれば売り上げ上昇は間違いなし!」

 

「……え? ……え?」

 

困惑するアリーシャだがロゼのテンションは止まらない。

 

「そうだ! 折角だからマスコットキャラクターも考えよう! ねぇアリーシャ! 良かったらマスコットのモデルに____ !」

 

そう言って凄い勢いで捲したてるロゼだが……

 

「やめろ……姫様が戸惑っているぞ」

 

いつの間にかロゼの傍に立っていたデゼルによってその言葉は遮られた。

 

「えー? 良いじゃん。売り上げアップのチャンスなんだよ?」

 

「にしてももう少しやり方というものがあるだろうが……大体お前は____ 」

 

「あーはいはい! お説教なら謹んで辞退させて頂きまーす!」

 

デゼルが小言を言いはじめる気配を感じたのか、ロゼはそそくさと走って先へと行ってしまう。

 

「チッ! おい待て! また落ちるぞ! 足元を見ろ足元を!……騒がせて悪かったな」

 

一言謝罪を口にするとデゼルはロゼを追い早足で先へと言ってしまう。

 

「何というか……嵐のような子だな」

 

「あ、あぁ……商魂逞しいとはロゼの様な者の事を言うのだろうな」

 

「そう言えば、ロゼの事は少しわかったがデゼルって奴の方はどうなんだろうな?」

 

「む、そう言えば聞きそびれてしまったな」

 

「少なくともヘルダルフとの戦いの時には居なかったんだから仲間になったのはそれ以降の筈だよな?」

 

「その様だが……デゼル殿はロゼを気にかけている様に見える。だとすればロゼと何か関係があるのではないだろうか?」

 

「けど、ロゼは最近まで天族や憑魔は見えてなかったんだろ? それだ知り合いってのも妙な話じゃないか?」

 

「それもそうだな……」

 

そう言いながらあーでも無いこうでも無いと会話を交わす2人。そこに別の人物から声がかかる。

 

「仲良く話してるのは結構だがなお二人さん。その影で苦しんでる俺の事も少しは気にかけて貰えないかねぇ?」

 

声をかけた人物。ザビーダは先程グリフォンを浄化した際に倒れていた女性を背中に背負いながら、しんどそうに登り坂を歩きながら晴人達に追いつく。

 

背負われた人物はラストンベルで出会ったサインドと似た様なデザインをした服装を着ている為、天族と思われるが、外見は中年寄りでぽっちゃりとした体型の女性であり、それを背負い歩かされているザビーダの表情は疲労の色が濃い。

 

「レディには優しくがモットーなんだろ? まぁ、頑張れ」

 

「俺様の扱いがあまりにも雑じゃねぇかなぁ!? 」

 

2人がそんなやり取りを繰り広げる中、アリーシャがザビーダに問いかける。

 

「あの……ザビーダ様? もしや、デゼル殿とはお知り合いなのでしょうか? 先程の戦いの際、デゼル殿を気にかけていた様子でしたが……」

 

「あぁ、そう言えばお前と同じ武器を使ってたよな。ペンデュラムだっけか?」

 

ザビーダと同じ得物と技を使うデゼルに関してその理由を問う2人だが……

 

「ん? ……さぁて、どうだったかねぇ……」

 

当の本人ははぐらかす様に曖昧な返事をした。

 

「お前なぁ……」

 

「いいじゃねぇの。イイ男には秘密が付き物なのさ。それはいいからいい加減背負うの変わってくれ」

 

「はぁ……わかったよ」

 

そう言うと晴人は指輪を取り出す。

 

「なになに? なにしてんの?」

 

「もしかして何か魔法を使うのか?」

 

「戦闘以外での魔法か……興味深いな」

 

晴人が何かしようとしているのを嗅ぎつけたのか、他の面々が歩みを止め晴人達の元へ近づいてくる。

 

「まぁ、見てればわかるさ」

 

【ガルーダ! プリーズ】

 

【ユニコーン! プリーズ!】

 

【クラーケン! プリーズ!】

 

晴人は次々とバックルに指輪をかざしていき、それにより、赤い鳥・青い一角獣・黄色いイカを模した小型の使い魔達が現れる。

 

「うわぁ! 何だこれ!」

 

「見た限り、魔力で生物を模したものの様だが……」

 

「ガルーダは見たことがあったが、他にもいたのだな」

 

「というかイカがしれっと飛ぶのはどうなのよ」

 

それに対して一同は様々な反応を見せる。

 

「んで? そのちっこいのでどうするつもりなんだ?」

 

「見てればわかるって言ったろ?」

 

そう言って晴人はザビーダに背負われた女性に指輪をはめるとバックルに翳す。

 

【スモール! プリーズ!】

 

鳴り響く音声と同時に背負われた女性はみるみると縮んでいき、晴人の掌に収まってしまう程小さくなる。

 

「「ちっさ!」」

 

それを見てロゼとスレイは揃って声をあげる。

 

「そんじゃ、頼むぜユニコーン。ガルーダとクラーケンはしっかり護衛してやってくれ」

 

ゆっくりとユニコーンの背に女性を乗せるとユニコーンは頷き、その周囲をガルーダとクラーケンが旋回する。

 

「とまぁ、こんな感じかな? ある程度の自衛はできるから戦闘になっても退避位はできるはずだ」

 

「「おお……」」

 

関心した様に揃って頷く2人。それを見て晴人は少し面白そうに笑みを浮かべる。

 

「便利なもんだねぇ……ところでよ。最初からそれを使えば俺はこんな疲れなくても済んだんじゃ……」

 

「あぁ、悪い。お前の事だから女の人を背負うのは役得とか思ってるのかと思って……」

 

「いや、ザビーダお兄さんは実年齢は気にしないが外見年齢のストライクゾーンはあるからな? あ……ライラ位はナイスバディなら喜んで背負うぞ?」

 

「しれっと最低な事言うなお前」

 

「謹んでお断りします♪」

 

メンバー内で最もスタイルが良いライラに向かいド直球でセクハラ発言をぶちかますザビーダに対して晴人は少し引き、ライラは笑顔のまま一刀両断する。

 

「そんなに麗しい淑女を背負いたいなら私を背負わせてあげるわよ? 光栄に思いなさい……歩くの面倒くさいし」

 

そんなザビーダの発言に乗り楽をしようとするエドナだが……

 

「あ……エドナちゃんはパス! 3000年後くらいにまたな!」

 

「……今、どこを見て言ったコラ」

 

ライラとは正反対なランドスタイルのディフェンドじみたエドナの胸部を一瞥したザビーダは即答する。

 

そんなザビーダの台詞に対してエドナの表情が引き攣り、声がトーンダウンする。

 

「そりゃあ、エドナちゃんの残念な胸____ 」

 

周りの面々が「あ……なんかヤバイ」と察した時には既に遅く、エドナの手に握られた傘の先端がザビーダの首筋に叩き込まれていた。

 

「ぐえっ!?」

 

「ちょっとエドナ!?」

 

カエルが潰れた様な声を漏らすザビーダ。それに対してスレイが驚いた声を漏らす。

 

「大丈夫よ、怪我する程力は込めてないから」

 

しれっと言い捨てるエドナ。一方、晴人とアリーシャは首筋を抑えて蹲るザビーダに声をかける。

 

「ざ、ザビーダ様?」

 

「なんで、余計な事を言っちゃうかなお前は……で、大丈夫か?」

 

「あ、あぁ……なんとか……ククク……クハハハハハッ!」

 

「だ、大丈夫ですかザビーダ様!?」

 

「どうしたんだお前……」

 

立ち上がったと思えば急に笑い始めるザビーダに晴人達は困惑する。

 

「お、俺にも……ククク……わ、わかんねぇっ……クハハハハハ! 」

 

どうやらザビーダ本人にも原因がわからないのか戸惑っている様子であり、それを見た2人は事の流れから原因である可能性が高いエドナへと視線を向ける。

 

「あー……エドナちゃん? これは一体……?」

 

「心配しなくてもその内止まるわよ。あと、エドナちゃん言うな」

 

「いえ、そうではなく何をなさったのですか?」

 

「あぁ、これ? これはね天族に伝わる秘伝の技よ」

 

『秘伝の技!?』

 

「ええっと……私は聞いた事無いのですけど……」

 

一同が食いつく中、ライラは苦笑いを浮かべる。

 

「えぇ……その名も……」

 

『その名も?』

 

 

 

 

 

 

 

「……『笑いのツボ』よ」

 

『……』

 

そのセリフに笑い転げているザビーダ以外の全員が沈黙した。

 

「何よ? 何か文句でもあるの?」

 

「いや、なんか胡散くさ「そう……なら試してみる?」……遠慮しておきます!」

 

傘を素振りするエドナを見てライラとザビーダを除く面々は早足にその場から散っていく。

 

「はぁ……それで? いつまで笑ってんのよアンタ。とっくに治ってるでしょ?」

 

一同から距離が空いたのを確認すると、エドナはザビーダへと声をかける。

 

「あ? バレてた?」

 

ケロッとした表情で顔を上げるザビーダにエドナは再び溜息をつく。

 

「そんで? 両手に花ってのは嬉しいが俺様に何か入り用かい、お二人さん?」

 

その言葉を受けたライラは少しばかり驚いた表情を浮かべるが、すぐにザビーダへと問いかける。

 

「ザビーダさん。貴方は彼……ハルトさんと行動していたのですよね?」

 

「ん? あぁ、ラストンベルからだから短い間ではあるけどな」

 

「率直にお聞きします。彼の事をどう見ますか?」

 

その言葉にザビーダは一瞬、眼を細め鋭い視線をライラに向けるが……

 

「え? いや、悪いけど俺様、男に対してそういう目を向ける趣味無いんだけど?」

 

その視線は一瞬で和らぎ、おちゃらけた返答がライラへと放たれた。

 

「そ、そういう意味ではありません! 不潔ですよザビーダさん!」

 

予期せぬ言葉に顔を赤くして反論するライラ。それを見てザビーダはしてやったりと笑っている。

 

「そいつの言葉をイチイチ真に受けてるんじゃないわよライラ。アンタもこっちは真面目な話なんだから茶化さないでくれる」

 

「あん? て事はエドナちゃんもハルトの事を聞きたいわけ? そりゃまたどうして_____ 」

 

「あの指輪怪人、ドラゴンを操っていたのよ」

 

エドナのその言葉にザビーダは大きく目を見開いた。

 

「……そいつはマジなのか?」

 

「はい……以前、共に戦った際、彼は災禍の顕主に対して、ドラゴンを呼び出し、操ることで相対しました」

 

「それがどういう意味かアンタならわかるでしょ? 天族のワタシ達ですら聞いた事のない力を持つアイツが如何に得体の知れない存在か」

 

「なるほどねぇ……こちとら1000年以上生きている分、退魔師だの魔術師だのと色々な呼び名の人間を見てきたが、確かにハルトの『魔法使い』って力は見たことも聞いた事もねぇな」

 

その言葉を受け、ライラが真剣な表情でザビーダに語りかける。

 

「その通りです。ですから私は彼が……『魔法使い』が如何なるものなのか見極めなくてはならない……そう思っています」

 

「そいつは、ハルトの奴が災禍の顕主と同じ様な存在か疑っているってことか……?」

 

「…………」

 

ザビーダの問いかけをライラは沈黙で肯定する。その様子を見てザビーダはライラを真っ直ぐと見据える。

 

その視線が捉えた彼女の表情は申し訳なさや、自己嫌悪の色が見え隠れする暗いものだった。

 

それを見たザビーダは頭をガシガシと掻くと大きな溜息をつく。

 

「ったく……態々俺にそんな事を聞くなんざ……慣れないくせに、嫌われ役を買って出ようってか? お前さんも真面目だねぇ……」

 

「彼には……ハルトさんには感謝しています。以前、災禍の顕主と戦い私達が事なきを得たのは彼のお陰です。ですが……」

 

「まだ納得はできないってか?」

 

「……はい」

 

暗い表情で俯向くライラ。それを見てザビーダはゆっくりと口を開く。

 

「失敗して導師殿を『ミケル』や『アイゼン』と同じ目には会わせたくないって訳かい?」

 

「……ッ!」

 

「ッ! アンタ!!」

 

ザビーダの言葉にライラは表情を崩し、エドナは珍しく怒りの表情を浮かべる。

 

「嫌な言い方をして悪いな……だがよ。隠し事をしてるのは俺達だって同じだろうよ」

 

その言葉に2人はハッとした表情を浮かべる。

 

「俺はアイツの……ハルトの事を信用していいと思ってるよ。アイツの力は確かに得体の知れないもんだ。だが、アイツはその力を他人の為に振るえる。少なくとも口先だけの男じゃねぇ」

 

「なによ……結局、根拠の無い勘じゃない……」

 

そんなエドナの言葉にザビーダは楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「そうかい? 案外、俺様の勘は馬鹿にできないぜ? これでも色んな奴を見てきたからな。目的がなんであれ真っ直ぐに生きる奴ってのはどいつもこいつも似た様な目をしていやがるのさ……『業魔』だろうが、『海賊』だろうが、『魔法使い』だろうがな……」

 

そう言ってザビーダは先に行ったスレイ達を追う様に歩き始めようとし、何かを思い出したかのように止まるとライラに向けて振り返る。

 

「あー、だがお前さんがどうしても奴が何者なのか気になるってんなら、手っ取り早く直接本人に聞いてみるこった……アイツは真剣な相手に対してはぐらかす様な真似はしないと思うぜ?」

 

そう言いながらザビーダは今度こそ前を向き歩き始めた。

 

 

___________________________________

___________________________________

 

一方、エドナの『笑いのツボ』をくらう事を恐れて先行して歩いている他の面々の中、アリーシャはザビーダ達3人が中々追いつかない事を気にかけチラチラと後ろへ視線を向けていた。

 

「どうかしたのかアリーシャ?」

 

「ハルト。ザビーダ様達が中々追いついて来ないが大丈夫だろうか?」

 

「そう簡単にどうにかなる様な奴じゃないさ。おおかた、また余計な事言ってエドナちゃんにお仕置き食らってるんじゃないか?」

 

「そうだろうか?」

 

「あぁ、きっとそうに……ッ!!」

 

何かを感じたのか晴人は会話を中断し、歩みを止め自身の持つ指輪を取り出す。

 

取り出した指輪は力を失った指輪の1つであり、その外見は変わりなく輝きを失ったままだ。

 

「ハルト? どうかしたのか?」

 

様子のおかしい晴人を心配しアリーシャが声をかける。

 

「あぁいや、なんでも無い。気のせいだ」

 

そう言って晴人は指輪をポケットへと仕舞うと再び歩き始める。

 

しかし、彼は気づかなかった。ポケットに仕舞われた指輪が何かに共鳴する様に赤く輝き始めた事を……

 









おかしい……火の試練突入まで書く予定なのなキャラ同士を会話させるだけで文字数が、膨れ上がりやがった……このペースだとゴドジンはあと3話かなぁ……

以下、エドナちゃんの胸のその他比喩表現候補

①統制者
②ガンマイザー
③メロンディフェンダー

笑った奴はバンエルティア号の甲板に来いって金髪の強面お兄さんが言ってた


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25話 諸刃の希望 中篇

TOZX13話を視て

フジ「そう! それだよufo!」(嶋さん並感)

これは真のゼスティリアですわ。2期も楽しみです

では、最新話をどうぞ


「あぁ〜つ〜か〜れ〜た〜」

 

「険しい道とは……聞いてたが……これほどとはね……」

 

「けど、漸く到着だ」

 

バイログリフ崖道を越えた一同。険しい崖道を歩き続けた事もあり、一同の表情からは疲れが見て取れる。

 

だが、視線を向けた先には石造りの壁と木製の門が目に入る。

 

「ここが……ゴドジン……」

 

「いつまでも突っ立っててもしょうがないわ。早く入るわよ」

 

エドナの言葉を受け、一同は門を潜り村の中へと入っていく。

 

「これは……」

 

アリーシャの口から驚いた様な声が溢れる。

 

ゴドジンの中は確かに小さな集落ではあるが、その中の1つの建物が彼女の興味を引いたのだ。

 

村の中でも一際大きく、外観から造られて間も無いその建物の周囲では大勢の子供達が楽しそうに駆け回りボールを蹴ったり、地面に何かを書いて遊んでいる。

 

「もしや学校……?」

 

その光景を見てアリーシャが発した言葉にスレイとロゼが反応する。

 

「うわぁ、ホントだ! 学校だよ!」

 

「凄いもんだね。小さい村なのにしっかり子供達が勉強する場所を用意してるんだ」

 

そんな目を輝かせ学校を見つめる2人の反応を見て晴人は疑問を口にする。

 

「学校か……国の事情には詳しく無いが、こっちだと珍しいものなのか?」

 

「そういう訳ではないのだが、学校はレディレイクの様な王都や栄えている大きな村にしかないし、貧しい家庭の一部は教育を受ける事ができていないというのが現状なんだ……だから、言い方が悪いかもしれないが街道から外れたこの村にしっかりとした教育施設がある事には正直驚かされているよ」

 

「へぇ、そういうもんなのか」

 

異なる世界、それも子供の頃の9年間の教育が義務化されている日本からやってきた晴人からするとグリンウッドの教育情勢というのは考えさせられるものがあるのか、アリーシャの言葉を聞きながら晴人は子供達の様子を見つめている。

 

「学校か……こうして見ると大勢で学ぶ場所というのも良いものだね」

 

「あぁ、わかる! 『イズチ』にいた頃はジイジや村の皆に勉強を見てもらったのはオレとミクリオの2人だけだったもんな! 不満は無かったけど、こうやって大勢で遊んだりするのは憧れる!」

 

「あー、あたしも勉強見てくれたのはセキレイの羽の皆だったからねぇ……同年代の友達ってのには憧れてたなぁ……アリーシャはどうだった?」

 

「私か? 私も似た様なものだよ。教育係が代わる代わるやって来て一対一での勉強だった。贅沢な意見かもしれないがあの子供達みたいに楽しい時間という認識では無かったかな」

 

それぞれ特殊な境遇故か目の前の光景と自身の過去を比べ4人は思い出話に花を咲かせる。

 

「そう言えばハルトはどうだったんだ?」

 

「ん? 俺?」

 

「そうそう、魔法使いなんてやってる訳だし、そういうのを習う学校とか行ってたの?」

 

「いや、俺は____ 」

 

スレイとロゼから話題を振られ、晴人はその問いかけに答えようとするが____

 

「あ!? やべっ!?」

 

「おーい! どこに蹴ってるんだよ!」

 

その言葉を遮る様に、遊んでいるグループ中でボールで遊んでいた子供が力加減を間違え、ボールを高く蹴り飛ばし大きな声をあげる。

 

ボールは放物線を描きアリーシャ達の立っている場所へと飛んでくる。

 

「おっと! 」

 

そのボールの落ちる場所に立っていた人物。晴人はボールを胸でトラップすると流れる様に数回リフティングし、真上に蹴り上げて落ちてきたボールを片手でキャッチする。

 

「うわぁ!スゲぇぇ!」

 

「今、どうやってやったの!?」

 

それを見て興奮する子供達。そんな子供達を見て晴人は楽しそうに笑うとボールを差し出す。

 

「何事も練習あるのみってやつさ。次からは気を付けろよ? 俺は大丈夫だけど村の人にぶつけたら大変だからな」

 

「はーい! 気を付けまーす!」

 

「よし! いい返事だ」

 

そう言うと子供はボールを受け取りグループの元へと戻っていく。

 

「器用なものだな。しかし君にその様な特技があるとは……」

 

ボールを自由にコントロールする晴人の脚使いにアリーシャは関心した様に声を漏らす。

 

「ん? まぁ、昔取った杵柄ってやつさ」

 

「今のが? そう言えばハルトは戦う時も剣以外に足技を使っているな……という事は君は昔、格闘術を習っていたのか?」

 

「格闘術? いや、確かに真面目に打ち込んでたものはあったけど武術は習っちゃいなかったよ」

 

「そうなのか……? 少し意外だな」

 

「まぁ、俺も……ん?」

 

何者かの視線を感じ、晴人はアリーシャとの会話を止めそちらへと目を向ける。そこには_____

 

「おにいちゃんたち、もしかしてよそもの?」

 

先程とは別の子供が晴人達を興味深そうに見ていた。

 

「え? えーっと……」

 

幼い子供によるストレートな質問に晴人達は思わずなんと返したものかと口を噤むが、そこに子供達の中では年長と思われる年齢の子供が少し怒りながら声をかけた。

 

「こら! 人に対してそういう言葉使いをしちゃ駄目だって村長さんから習っただろ!」

 

「あ! そうだった! おにいさん、おねぇさん、ごめんなさい」

 

注意を受けた子供は素直に謝罪の言葉を口にしてペコリと頭をさげる。

 

「あ、あぁ! 気にしないでよ! 確かに村にお邪魔してるのは本当の事なんだし!」

 

ロゼがそう言うと子供達はもう一度ペコリと頭を下げるとその場を後にした。

 

「よく出来た子だな」

 

「確かに。きっと今言っていたこの村の村長さんが良い方なのだろう」

 

そう言って微笑む一同。そこに背後から声が掛けられる。

 

「この村に何かご用がお有りですか? 旅の方」

 

その声に振り向く一同。

振り向いた視線の先には、白髪頭で眼鏡をかけた初老の男性が村の大人を数人引き連れて立っていた。

 

「(ん? ……この方は……いや、だが……)」

 

「………」

 

初老の男性を見たアリーシャとロゼは何かを感じ考える様に一瞬表情を険しくする。

 

「ええっと……俺達は……」

 

一方、初老の男の問いかけにスレイは言葉を濁す。何せ色々と不明な点が多い現状で「行方不明の教皇を探しているのですが知りませんか?」とストレートに聞く訳にもいかない。加えて嘘をつくのが苦手な彼にはそう言った対応は不得手だったのだ。

 

それをフォローするべくロゼが口を開く。

 

「ええっと! あたし達はセキレイの羽っていう商隊ギルドなんだけど、新しいビジネスを始めようと色々な町の調査をしてるんだ。因みにこちらの身なりの良いお嬢様がウチのパトロン」

 

「えっ!? ……っと、その通りです。突然お邪魔してしまい申し訳ありません」

 

咄嗟のロゼの言葉に驚きの声を漏らしそうになるアリーシャだが、その意図を察しなんとか言葉を飲み込むと、慣れないアドリブでロゼに合わせる。

 

「そんでもって、残りの男2人は調査のお手伝い兼ボディーガード」

 

「まぁ、間違っちゃいないな」

 

「えっと……お邪魔してます」

 

続いて晴人とスレイが紹介され2人ともそれを受け会釈をする。

 

「成る程……そう言う訳ですか。あぁ……自己紹介が遅れました。私はゴドジンの村長、スランジと言います。此処はなにぶん小さな村ですのでご期待に添える様な物があるのかわかりませんがご自由にお過ごしください。小さいですが、宿もありますのでどうぞごゆるりと」

 

「ありがとうございます。此方もご迷惑をおかけしない様に注意します」

 

村長と名乗った初老の男、スランジは物腰の柔らかい態度でアリーシャ達に対応すると一礼し、その場を後にする。

 

「優しそうな村長さんだったね」

 

「あぁ、正直騙すような真似をするのは心苦しいが……」

 

「あー、もしかしてあたしのやり方不味かったかな?」

 

「あ! いや、そんな事は無いよ! ロゼがフォローしてくれて助かった!」

 

「ま、確証が無いんだ。下手に本当のこと言って混乱させてもしょうがないさ」

 

「だな。先ずはさっきの浄化した天族の事もあるし宿で部屋を取ろう」

 

そう言って一同は宿に向けて歩き出した。

 

___________________________________

 

その後、ゴドジンの宿屋『フェニア』で部屋を取り、気を失った天族の女性をライラ達に任せ、一同は手分けしてマシドラ教皇の情報を探るべく再び村へと繰り出したのだが……

 

「とは言ってもなぁ……」

 

アリーシャと2人で村を歩く晴人だが、ゴドジンはラストンベルやペンドラゴと異なり狭い村だ。やるべき事は村人達から情報を聞く事となるのだが、いかんせん狭い村であるが故に下手な事を言えば居るかもしれない教皇に情報が届き警戒されかねない。

 

「枢機卿は1年前にマシドラ教皇は自ら逃げ出したと言っていた。それが本当であるのなら実名を名乗らず正体を隠している可能性が高いが……」

 

「下手に探りを入れれば警戒されるのは間違いないよな」

 

はてさてどうしたものかと考える2人。そこに聞き覚えのある声がかけられる。

 

「あっ! さっきのスゲェ兄ちゃんだ!」

 

「ん? あぁ、さっきのボールの子か」

 

「学校は終わった様だね」

 

「うん! これから帰って家の手伝いをするんだ!」

 

「へぇ、偉いな、その歳で。友達とは遊ばないのか?」

 

「遊ぶ時間は学校で十分もらってるからね! 放課後は家の手伝いをしてあげなさいって村長さんとの約束なんだ!」

 

面倒くさいという感情など微塵も感じさせず少年は楽しそうにそう言った。

 

「村長の事を話す時、随分と嬉しそうだね」

 

「うん! だって村長さんのお陰で食事にも困らなくなって、その上、学校ができて皆と遊んだり勉強したりできるようになったんだもん!」

 

「そうか、君は村長さんの事が大好きなんだね」

 

「ボクだけじゃないよ! 友達もお父さん達も皆、村長さんの事が大好きなんだ! ボクも学校で勉強して将来は村長さんみたいな立派な大人になりたいんだ!」

 

「そっか、じゃあこれからも頑張らないとな」

 

「うん! じゃあね! お兄さんとお姉さん! 明日も村に居るんだったら、さっきのボールの蹴り方教えてね!」

 

「あぁ、いいぜ。気をつけて帰れよ」

 

そう言って少年は走り去って行った。

 

「あの村長さん。随分と好かれているんだな」

 

「…………」

 

「……アリーシャ?」

 

「あっ! いや何でもない。少し考え事をしていた」

 

「……何か気になる事でもあるのか?」

 

「まだ確証は無いんだ。スレイ達と合流して情報を集めてから話すよ」

 

「わかった。しかし、あとはどうする? 正直、この村で調べられそうな事ってあまり無いと思うぜ?」

 

「確かに……まだ村の奥は見ていないからそこを確認したら宿に戻ろう」

 

「りょーかい。そんじゃさっさと済ませよう」

 

そう言って村の奥へと足を進める2人だが……

 

「旅の方ですか……申し訳ないが、ここは村の『聖域』です。部外者の方の立ち入りは禁止されています」

 

村の奥で発見した洞窟。そこを見張るように立っていた村人に2人は静止の声をかけられた。

 

「聖域? この洞窟が?」

 

「はい。この洞窟の奥には古くからの遺跡が存在しており、村では代々聖域として扱われていて、村長以外の立ち入りを禁止しているんです」

 

「そう……ですか。知らなかったとはいえ申し訳ない」

 

「構いませんが以後気をつけてください」

 

村人の言葉を受け、2人は顔を見合わせると、これ以上はやめておいた方が良いと考え、深追いせずにその場を後にした。

 

___________________________________

 

その後、宿屋『フェニア』へ戻った一同は部屋にて食事を終え集めた村の情報を話し合った。

 

「まぁまぁおいしいわ。65点と言ったところね」

 

「……なんでそんなに偉そうなんだ」

 

「偉いからに決まってるでしょ『ミボ』。そんな事もわからないからいつまで経ってもアンタはミボなのよ。わかったら『すいませんでした。エドナさんは最高です!』と81073回繰り返しなさい」

 

「……なんだ、僕は間違っていない筈なのにこのやるせなさと敗北感は……」

 

宿屋の人気メニューであるケバブピザとラム肉のトマト煮込みを涼しい顔で平らげ、評論家の様な物言いにツッコむも藪蛇な反撃を受け項垂れるミクリオ。因みに『ミボ』とは『ミクリオぼーや』の略でありエドナの独特なセンスの光る渾名である。

 

「えーっと……取り敢えず食事も済んだし情報をまとめようか」

 

「そうだな。みんな、何か教皇の手掛かりは見つかった?」

 

スレイはそう問いかけるが晴人は首を横に振る。

 

「いや、あまり直接尋ねられなかったせいもあって、教皇の行方が掴めそうな情報はこれと言って無かった。わかったのはこの村の村長さんが人気者って事と、村の奥に『聖域』って呼ばれる遺跡があるくらいだ」

 

その晴人の言葉をザビーダが引き継ぐ。

 

「ハルトもか、こっちも似たようなもんさ。一通り村を見て回ったが行く先々で村長が村の連中から相談を受けて対応していた。どうやらあの村長はかなり有能みてえだな。あの学校を建てる事が出来たのも村長の手腕のお陰みてぇだしな。個人的にはガキ共の世話を焼くって所は俺としても好感持てるね」

 

「なんだ? お前って子供好きなのか? 意外だな」

 

「おいおい、ハルト。誰に向かって言ってんだよ。こう見えてもガキの世話は得意技なんだぜ? なぁ、そうだろデゼルよぉ?」

 

「知らん。何故、出会ったばかりの俺にそんな話を振る」

 

「冷たいねぇ……同じ風の天族なんだフレンドリーに行こうぜ」

 

「……チッ!」

 

面倒そうに舌打ちするデゼル。なんとも言えない雰囲気が漂う中、そんなもんは知ったこっちゃないと言わんばかりに今度はエドナが口を開く。

 

「洞窟の遺跡だけどね。村の中に残ってる遺跡の残骸を見る限り、あれはかなり……それこそ数千年単位の過去の代物よ。ワタシより年上なのは間違い無いわね。少なくとも村の連中の言葉はウソじゃ無いと思うわ」

 

そう言ったエドナの言葉に今度はスレイとミクリオが食いつく。

 

「数千年前!? という事はもしかして『アヴァロストの調律時代』の遺跡!?」

 

「五大神信仰の始まった時代の遺跡! 現存していたとは……」

 

目を輝かせる2人だが、イマイチ話についていけていないロゼや晴人は首を傾げる。

 

「……わかる?」

 

「いや……全然わかんね」

 

片や歴史への興味が薄く、片や異世界人の為文化に疎い。そんな2人に対してライラが苦笑しながら答える。

 

「『アヴァロストの調律時代』というのは今から2000年以上前の時代の物です。当時は天族と人が共存しており、五大神を筆頭とした天族信仰が盛んだったと言い伝えられています」

 

「どこまで本当なのかはわかんねぇけどな。その後、約2000年前の『消失の時代』で天族は人間から見えなくなり、アヴァロスト文化の殆どは失われたって訳さ」

 

「んー……よくわかんないけど。兎に角すごい昔の遺跡な訳ね」

 

「身も蓋も無いなオイ」

 

ライラとザビーダの解説を聞いてもピンとこなかったのか大雑把にまとめたロゼ。それに対してデゼルが呆れた様に呟く。

 

一方、晴人はティンダジェル遺跡の奥の壁画の事を思い出していた。

 

「(そういやあの時も『五大神』の『試練神殿』ってやつの事を言っていたな……待てよ? 確か壁画の『火の試練』の紋章があった地域は……)」

 

遺跡でのザビーダとの会話を思い出し、引っかかりを感じた晴人は何やら考え込むような表情を浮かべる。

 

それに気がついたザビーダはどうしたのかと晴人へ声をかけた。

 

「あん? どうしたよハルト。何か考え込んでよお」

 

「ん? いや、なんでもない」

 

「そんなあからさまに考え込んどいて何も無いって事はねぇだろ」

 

「あー……ほらアレだ。エドナちゃんが村の遺跡の事を自分より年上って言ってたけど、数千年単位で昔の遺跡と比較対象にできるエドナちゃんの実年齢ってさ……」

 

自身の中で引っかかった事に対して確証を持たない晴人はおちゃらけた態度で誤魔化す様に話を打ち切ろうとするが……

 

「あ、それ聞いちゃう? 実はエドナちゃんはああ見えて、せん……」

 

「そこのチャラ男1号と2号、どうやら笑顔になりたいようね」

 

「「いえ、何でもないです」」

 

悪ノリしようとしたザビーダに対してフェンシングの様に傘の素振りを始めたエドナ。それを見て野郎2名は被害が出る前に話題を打ち切った。

 

「しかし、結局マシドラ教皇の情報は掴めず終いか……」

 

一通り話を終えミクリオは溜息をつくが……

 

「いや……もしかしたらだが教皇かもしれない人に心当たりがある」

 

その言葉に一同が驚いた様にアリーシャへと視線を向ける。その中で唯一落ち着いた表情のロゼがアリーシャへと声をかけた。

 

「アリーシャも気付いてた?」

 

「ロゼもか。あぁ、おそらく教皇は……」

 

そして2人の口が開かれ……

 

 

 

 

 

「「スランジ村長」」

 

その声が完全に重なった。

 

「村長が教皇!? だが2人は何故そう思ったんだ?」

 

ミクリオが驚きの声を上げる。それに対してロゼが答える。

 

「眼鏡だよ」

 

「眼鏡……?」

 

ロゼの言葉の意味がわからず晴人は困惑するが、その言葉にスレイが2人が村長を教皇だと考えた理由に気づく。

 

「そうか! レンズ!」

 

「あぁ、あのサイズの質の良いレンズは希少品だ。そう簡単に手に入る代物では無い」

 

「そういう事。そんなもの持ってるなんてそれなりの地位にいた人間の可能性が高いって訳」

 

「……あぁ、そういう事か」

 

「なんだ? 妙に察しが悪かったなハルト」

 

「しょうがないだろ。俺のいた所じゃそこまで眼鏡は希少品じゃ無かったから疑問に思わなかったんだよ」

 

学校の件に続き文化レベルの違いに1人苦戦する晴人だが、会話は続く。

 

「という事はスランジさんが逃亡したマシドラ教皇の可能性が高いという事か……確かにスランジさんは指導者として優れている事は村の人達の証言からしても間違いないが……だがそれにしても妙だな」

 

何かが引っかかった様な物言いで考え込むミクリオの言葉に一同が反応する。

 

「妙というのは? 」

 

「この村には領域が存在しないが穢れの影響が少ない。つまり村の人々は負の感情を溜め込まないほどの水準で生活できているという事だ」

 

「あれ? でも俺が聞いてきた話だとこの村は数年前まで飢饉に苦しんでたらしいんだけど?」

 

「あぁ、それを今の村長が食に困らず学校を建てる程に立て直した。けどそれがおかしい」

 

その言葉にスレイが何かに気づいた様にハッと顔を上げる。

 

「そうか収入源か!」

 

「そうだ。この村は農業にも狩猟にも適さない痩せた土地だ。街道沿いでもなく特産品も見当たらなかった」

 

「ではこの村の収入源は……?」

 

考え込む一同。そこにロゼが口を開いた。

 

「そう。実はそこがこの村に教皇がいると睨んだ理由なんだ」

 

そう言ってロゼは小瓶を取り出しテーブルの上に置く。

 

「ロゼこれは?」

 

「今、巷で話題のエリクシール」

 

「マオテラスが作った万能薬!?」

 

「馬鹿な!? 製法は失われている!僅かに現存しているものも教会で管理されている筈だぞ!?」

 

ロゼの言葉にスレイとミクリオが強く反応する。一方、晴人もその言葉に覚えがあり口を開く。

 

「エリクシールって確か、ペンドラゴでアリーシャが売りつけられそうになったやつだよな?」

 

ペンドラゴの噴水でびしょ濡れになったアリーシャに話しかけてきた胡散臭い男を思い出しながら晴人はアリーシャに問う。

 

「あぁ、だがあれには教会の証明書が……ッ! 待ってくれ……ロゼ、まさか……?」

 

そこでアリーシャは何かに気がついたのかロゼへと視線を向ける。

 

「うん、単刀直入に言うとこのエリクシールは偽物。中身はただの滋養強壮剤。だけど教会の証明書は間違いなく本物だった。そしてエリクシールの入荷ルートと売り上げ金は何故か教会じゃなくてこの村につながっている」

 

「それはこの村に教会の証明書を作れる程の地位の人間がいるという事……つまり……」

 

「うん……逃亡したマシドラ教皇がこの偽エリクシール事件に一枚噛んでるのは間違いない。一部の商人ギルド達は最近市場を荒らしてるエリクシールの存在を怪しんでてね、それがあたし達セキレイの羽の耳にも入ってきてたんだ」

 

「だが、仮にそうだとしてもそれを教皇1人で全て行うのは……」

 

「難しいと思う。だからこの村の大人達全員が偽エリクシールの販売を知っている可能性が高いんだ」

 

「そんな……」

 

日中に見た村の印象をひっくり返され、スレイやアリーシャはショックを受けたのか表情を暗くする。

 

「だが、どうする?これでは教皇を連れ戻す所の話じゃないぞ」

 

「そうね。随分とまだるっこしい事になってるわ」

 

その言葉を受けスレイが口をゆっくりと口を開く。

 

「……俺は確かめてみるしか無いと思う」

 

その言葉に晴人が続く。

 

「同感だな。結局の所この目で事実を確かめない事には話が進まないんだ。ならまずは偽エリクシールの件をハッキリさせるべきだろ」

 

彼もまた表情を険しくはさせているが静かな声でそう告げる。

 

「だがどうする。偽エリクシールの件を証明するには現場を抑えるしかないぞ?」

 

それを聞き先程まで椅子にだるそうに座っていたザビーダが立ち上がりいつもの調子で告げる。

 

「なら俺が村長の動きを見張っておくとするさ。姿の見えねぇ天族なら怪しまれずに見張ってられるからな」

 

率先して動いたザビーダ。それに対して一同は驚いた表情を浮かべる。

 

「意外ね。あんたが真面目に働くなんて」

 

「酷いなオイ。まぁ、導師殿達からすれば俺様は新入りだからな。少しは真面目に働くところを見せておこうと思ってよ……それに、俺としても気になるからな。ガキどもの為に学校を作ってやる様な奴がどうしてそんな真似してるのかな」

 

そう言ってザビーダは扉を開け部屋を後にしようとする。

 

「待てザビーダ」

 

【ガルーダ! プリーズ!】

 

そこに、呼び止めた晴人がレッドガルーダを呼び出す。呼び出されたガルーダは飛行しザビーダの方に着地した。

 

「悪いが頼む。何か動きがあったらソイツで教えてくれ」

 

「りょーかい。そんじゃ俺は村長の家を張ってるからお前さん達は休んでな」

 

そう言ってザビーダは部屋から出て行く。

 

「ザビーダって意外と真面目なんだね。少し意外かも」

 

「いや普段はその……なんというか少し変わっているかもしれないが基本的には真面目な方だと思うのだが」

 

「ごく稀によ。褒めると調子になるから本人の前では言わないようにしておきなさい」

 

「……まぁ、旅の疲れを気遣ってくれたのは感謝するさ」

 

「そうですね。ここはザビーダさんの好意に甘えさせていただきましょう」

 

そう言って休息を取ろうとする一同だが……

 

「あ、わりぃ俺少しだけ散歩してくるわ」

 

そう言って晴人が1人立ち上がった。

 

「どうかしたのかハルト?」

 

「ちょいと気分転換するだけさ。怪しまれる様な事はしないよ」

 

そう言って晴人は部屋から出て行く。

 

そして一同が彼を見送り休息を取ろうとする中、1人だけが彼が出て行った扉を見つめていた。

 

 

___________________________________

 

「…………」

 

宿を出た晴人は1人、村の中を歩く。既に日が暮れ街灯の無い村は村人たちの家の中から漏れてる光以外に殆ど明かりは無く、あたりは深い闇に包まれていた。

 

その中を迷い無く歩き、晴人は村に建てられた学校へと辿り着く。

 

学校の中には既に人気が無く、日中の様な活気溢れた光景とは真逆にどこか寂しげな空気を纏っていた。

 

足を止めた晴人はその人気の無い学校を見上げ何かを考える様に見つめる。

 

何をする訳でも無く学校を見つめる晴人。そのまま時間は過ぎていくが晴人は動く素振りを見せない。

 

そして暫く経ったその時、彼に声がかけられた。

 

「何か考え事ですか?」

 

「ん?」

 

かけられた声に反応し振り向く晴人。その視線の先には美しい銀髪を風に揺らす赤を纏った女性が佇んでいた。

 

「えーっとライラだっけ。どうしてここに?」

 

一同の中であまり会話を交わしていない彼女が現れたのが正直意外だったのか、晴人は少しばかり驚いた表情を浮かべる。

 

「すぐに戻ると仰ってましたが、中々お戻りになられないので様子を見に来ました。スレイさん達が探しに行くと人目につくので天族の私の方が良いかと思ったので」

 

「げ……マジか。そんなに時間経ってたか?」

 

「はい、アリーシャさんが心配でソワソワし始めるくらいには」

 

「門限の守れない子供か何かか俺は……」

 

「ふふっ、そう仰らないで下さい。アリーシャさんは純粋に心配なさってるだけですわ」

 

アリーシャの様子を思い浮かべ軽く肩を落とす晴人を見て、ライラはクスリと笑う。

 

「そりゃあ、まあわかっちゃいるけどさ……ま、了解したよ。態々呼びに来させて悪かったな」

 

「お気になさらないで下さい」

 

「あー……そう言えば助けた天族の人はどうなんだ? 目を覚ましたのか?」

 

「いえ、今は宿のベッドで安静にしています。体に異常はみられませんが、意識はまだ戻っていません」

 

「あーっと……そうか……」

 

「えぇっと……はい……」

 

「………」

 

「………」

 

会話が詰まり気まずい沈黙が2人を包む。何せお互い相手がどんな人物なのかわかっていない状態だ。そんなヨソヨソしい相手と2人きりなら会話が続く筈もない。

 

しかし、そんな空気を打ち破る様にライラが何かを決心し晴人に話しかける。

 

「ハルトさんは何をしていらしたんですか?」

 

その言葉に晴人はキョトンとした表情を浮かべる。

 

「俺? まぁ、散歩がてらに考え事かな?」

 

「この学校を見てましたが、何か気になる事でもお有りだったのですか?」

 

そう言ったライラに対して、晴人はなんとも言えない表情を浮かべながら口を開く。

 

「なぁ……仮に村長の正体がマシドラ教皇で、詐欺紛いの事をしてたとして……」

 

「……していたとして?」

 

「それなら何で村長からは穢れを感じられなかったんだ?」

 

それこそが晴人の疑問だった。

 

「今までレディレイクのバルトロやラストンベルの司祭みたいな連中からは他の人間よりも強い穢れが生まれているのを感じた。けど、あの村長からはそれを感じなかったんだ。仮にあの人が偽エリクシールで大勢の人間を欺いて金儲けを企む様な人間だったなら、他の人間よりも強い穢れを発する筈だろ?」

 

「はい。確かに負の感情の一部である歪んだエゴや欲望は強い穢れを生む原因となります。しかし例外もあるんです」

 

「例外?」

 

「非道を尽くそうとも無私の奉仕の精神からの行い……本人にとってそれがうしろめたくなる様な物ではない『純粋な願い』であれば穢れを生み出す事にはなりません」

 

「成る程ね……法律や一般的な善悪の価値観と穢れの発生理由は必ずしも同じにはならないんだったな……」

 

神妙な表情を浮かべながら晴人はもう一度、学校へと視線を向ける。

 

「なら、村長さんには例え人を騙してでも叶えたい願いがあるのかもしれないって事か……」

 

「まだ確証はありませんが……その可能性は十分にあり得るかと……」

 

「そうか……」

 

そして2人は複雑な表情を浮かべ黙り込む。だが、暫くしライラが晴人に問いかける。

 

「ハルトさんは、どうお考えですか?」

 

「……何がだ?」

 

「もしも、村長が私利私欲の為ではなく誰かの為に偽エリクシールを売っていたのだとしたら……貴方はどうしますか?」

 

真っ直ぐに、何かを見極めようとするかの様に問いかけるライラ。その眼差しを正面から受けた晴人はゆっくりと口を開く。

 

「止めるよ」

 

ハッキリと誤魔化さずに彼は言い切った。

 

「それが村長さんの願いを否定するかもしれなくても?」

 

「あぁ、どんな理由があったとしても誰かを騙す様な真似をしてるのならそれを見過ごしてやる事はできない……それが大切な物の為だっていうのなら尚更だ」

 

静かに、けれども力強く彼は告げる。

 

「村長さんが誰かの為に行動できる様な人なら、見返りを求めずに他人に手を差し伸べる事ができる様な人だっていうのなら……尚更、これ以上間違いを犯させちゃいけないと思うから」

 

その言葉を聞いて、ライラは少しばかり驚いた顔をしたあと表情を崩し柔らかい笑顔を浮かべる。

 

「優しいんですね貴方は」

 

「そんなんじゃない……ただ俺が納得できないってだけの話だ。所で……聞きたい事はそれだけでいいのか?」

 

「……気づいていたんですね」

 

「時々視線を感じてたからな。1人で来たのも俺に聞きたい事があったからなんだろ?」

 

「はい……魔法使いとは一体何なのか、何故貴方がドラゴンを操る事ができるのか、それを貴方の口から聞きたかったからです」

 

その言葉を聞くと晴人はどこか納得した様な表情を浮かべる。

 

「あー、そっか……アリーシャが気を遣ってくれたけど、そのあと俺がそこら辺有耶無耶にしちゃってたしな……」

 

片手でガシガシと頭をかくと、晴人は顔を上げライラに言う。そして……

 

「いいぜ。魔法使いが何なのか説明するよ」

 

あっさりと晴人はそう言った。

 

 

 

 

「へ? 宜しいのですか?」

 

先程の真剣な表情は何処へやら、ライラはポカンとした表情を浮かべながら晴人に問いかける。

 

「ま、確かにペラペラと喋りたい様な内容でもないんだけど、そっちとしても一緒に行動する以上、得体の知れない奴じゃ信用できないだろ?」

 

「……申し訳ありません。戦場でご助力頂いたにも関わらず貴方を疑う様な真似をして……」

 

晴人の言葉にライラは暗い表情で謝罪を告げるが、当の晴人は気にせず笑みを浮かべる。

 

「別に気にしちゃいないさ。ライラは一緒に旅する仲間の身が心配だからこそ、俺の正体をハッキリとさせておきたかったんだろ?」

 

あっさりとそう言い放ちながら晴人は言葉を続ける。

 

「それにだ、本当に俺を疑っているのならこんなハッキリと言わずに裏で警戒していればいい。それなのに態々こんな風に聞いてくれたって事は、俺の事を信用しようとしてくれてるって事だろ? なら俺だってその信用に応えたいからな」

 

そう偽りない笑顔で言い切った晴人に対して、ライラはどこか面白そうにクスリと笑う。

 

「ふふ……ザビーダさんの言う通りでしたわね」

 

「ザビーダの?」

 

「はい。ハルトさんは真っ直ぐに問えば真っ直ぐに返してくれる方だと」

 

「アイツが? 悪いものでも食べたんじゃないのか?……まぁ、いいや。どうせ説明するなら全員に説明した方が良いし宿に戻るか?」

 

「はい、そういたしましょう。特にアリーシャさんは貴方の口から説明して欲しいでしょうし」

 

「わかってる。待たせた分、キッチリ説明するさ」

 

そう言って宿に向かい歩き出す2人。だがその道中……

 

「あら? ガルーダさん?」

 

ザビーダに貸したレッドガルーダが旋回しライラの肩へと着地する。

 

「! どうやら何か動きがあったみたいだな。悪いライラ、説明は後回しでいいか?」

 

「構いませんわ。先ずはこの村の問題を見極めましょう。ガルーダさん案内をお願いできますか?」

 

ライラが律儀にガルーダにさん付けして呼びかけると、ガルーダは応じるように一鳴きし飛び上がると2人を先導する。

 

村人に見つからない様に注意し晴人はそれを追っていく。そしてガルーダに案内され辿り着いた先には……

 

「ここは……村の聖域」

 

村の奥の洞窟へと続く道だった。

 

「あ! 2人とも来たよ!」

 

物陰から声がしそちらを向くと2人を除く全員が既に集まっていた。

 

「ハルト……すぐに戻ると言ったじゃないか、心配したぞ」

 

「あぁ、悪かった。次からは気をつける」

 

「まぁ、わかっていればいいんだが」

 

少しばかりむくれた表情でそういうアリーシャに、晴人はいつもの調子で謝りつつもザビーダに状況を問う。

 

「で、どうなってるんだ?」

 

「真夜中のあたりであの村長、急にコソコソと出かけていきやがったんでな、何かあると思って尾行してみたらあの聖域とかいう場所に入っていくのを見たのさ」

 

「意外だな……よそ者である僕たちがいる内は尻尾を見せないかと思ったが……」

 

「余裕が無いのかもしれんな。もしも偽エリクシールを作っているのだとしてもこの村は小さく生産量も限られる。金に糸目をつけない貴族達にエリクシールを1つでも多く買わせるには生産を休む訳にはいかないという事だろう」

 

「でも聖域の入り口は見張りがいるみたいだけど……」

 

「厳重にし過ぎて怪しまれない為だろうが、見張りの数は1人だ。突破するのは難しくないだろうが……」

 

「なら、俺に任せな。手荒な真似はしたくないし、その為の魔法だからな」

 

そう言って晴人は指輪を取り出すと洞窟の入り口へ向け歩き出した。

 

___________________________________

 

【スリープ!プリーズ!】

 

結論から言えば見張りをなんとかするのは容易かった。道に迷ったフリをした晴人は飄々とした調子で見張りの男性に近づくとその手を取りスリープウィザードリングをはめ、魔法を発動させ眠らせてしまったのだ。

 

「悪いな。あんまり褒められたやり方じゃないが勘弁してくれよ」

 

晴人は魔法で眠りについた男性に詫びつつ倒れて怪我をしない様に受け止めると、壁に寄り掛かる様にゆっくりと座らせる。

 

そこへ様子を見ていたスレイ達が駆け寄る。

 

「眠りの魔法……便利だな」

 

「初めて使った時は効果を知らずに自分ではめて使ったから盛大に自爆したけどな」

 

「ま、まぁ、最初は誰にでも失敗はあるものかと……」

 

「お喋りは後にしろ。見張りの交代が来たらバレる。先を急ぐぞ」

 

デゼルの言葉に従い、一同は洞窟の中へと足を進める。

 

洞窟の中は一定間隔で灯りが備え付けられており、視覚の面で不自由する事は無く一同は順調に奥へと進んでいく。

 

「あれ? 何これ?」

 

洞窟を進む内、ロゼが何かに気付いた様に壁を指差す。その先には洞窟の壁から赤い結晶が何本も生えていた。

 

「あれは『赤精鉱』ですわ。強力な火の天響術の影響で生成される特殊な鉱石で、本来なら火山地帯で採れる物の筈なのですが……」

 

「火山地帯? では何故この様な洞窟の中に?」

 

「考え事は後になさい。さっさと終わらせるわよ」

 

エドナの言葉に従い一同は更に奥へと進んでいく。だが、ザビーダだけは赤精鉱を見つめ1人、神妙な表情を浮かべていた。

 

「滋養強壮剤……赤精鉱……まさかあの爺さん……」

 

小さく呟きながらもザビーダはその場を後にする。

 

そして更に洞窟の奥へと進んでいった先で狭い道から打って変わり、拓けた広い空間へと一同はたどり着いた。

 

その場所には沢山の木箱や作業台の様な物が設置されており、とてもでは無いが古い遺跡の様には見えない。広場からは更に道が奥へと続いており、村長の姿は見えない。

 

「木箱? これって!?」

 

スレイは置いてある木箱へと近づき調べるが、その中身を見て目を見開き驚きの声をあげる。

 

「大量のエリクシールの瓶……ロゼが持っていたものと一緒だ……」

 

「予想は当たり……だね」

 

「そんな……では、マシドラ教皇は本当に偽エリクシールをここで?」

 

決定的な証拠を見つけたもののスレイ、ロゼ、アリーシャの表情は暗い。

 

3人とも昼間に見た学校の件で少なからずそれを建てた村長に良い印象を持っていただけに、この結果は残念なものだったからだ。

 

そこに……

 

「誰だ!? ここで何をしている!?」

 

洞窟の先へと続く道から戻ってきた村長がスレイ達を見て驚きの声をあげる。その手には赤精鉱の入った皮袋が握られていた。

 

「君達は……どうしてここに……」

 

「スランジさん……いえ、マシドラ教皇。貴方が偽エリクシールを作っていたのですか?」

 

「っ!? 何故それを!?」

 

アリーシャの問いに同様するスランジ。その反応こそがアリーシャの問いを肯定していた。

 

そこへスレイ達の来た道から何人もの足音が洞窟内へ響き村の大人達がやってくる。

 

「村長! あの連中が宿屋からいなくなってる! もしかして 連中は……っ!? お前ら、どうしてここに!?」

 

やって来た村人達は武器代わりに鍬などの農具を持っており只ならぬ形相だった。それでもどれだけ武装しようが導師や天族を率いる一同に勝てる道理は無いのだが、晴人達からすれば村人達をいたずらに傷つけるつもりはない為、辺りに一触触発の空気が漂うが……

 

「武器をおろしなさい」

 

「村長!? ですが……」

 

「いいから武器をおろしなさい。怪我人が出ることなど私は望んではいない」

 

「わ、わかりました……」

 

スランジの言うことに従い村人達は構えていた武器をおろす。

 

「説明……して貰ってもいいですか?」

 

スレイがそう問いかけるとスランジは静かに頷く。

 

「わかった、私の家で話そう。ついて来なさい」

 

そう言いスランジは村人達を連れ出口へと歩いていき、それを追う様に一同も歩きだす。

 

「大丈夫かアリーシャ?」

 

そんな中、呆然とした様に立ち尽くすアリーシャを心配し晴人が声をかける。

 

「あ……いや、大丈夫だハルト。ただ、やはり実際にこの目で事実を知ってしまうとショックで……」

 

「気持ちはわかるさ。けどいつまでもここに居るわけにもいかない。先ずは村長さんの話を聞こう」

 

「あぁ、そうだね……」

 

そう言って2人も歩き出そうとするが……

 

『ガァァァァァァァァァア!』

 

「「ッ!?」」

 

突如、背後にある洞窟の奥へと続く道の先から響き渡った謎の咆哮に2人は反射的に振り返る。

 

「い、今のは……?」

 

「…………」

 

動揺するアリーシャと黙り込む晴人。そこにロゼから声がかけられる。

 

「どうしたの2人とも? 早く行こうってば」

 

「えっ? いや、だって今、洞窟の奥から叫び声が……?」

 

「ふぇ!? 叫び声!? ナニソレ!? 」

 

「いや、そんな声は聞こえなかったけど……なぁ、ミクリオ?」

 

「あぁ、これと言って何も」

 

「……え?」

 

洞窟内全体に響きわたるほどの大音量の咆哮だったにも関わらず、ロゼ達はアリーシャの言うことが何のことかわからない様子を見せ、アリーシャは混乱する。

 

そしてスレイ達が出口に向かい歩き出した中で、1人その場を動かない晴人は何かに気付いた様に自身の持つ指輪を取り出す。

 

「ハルト? その指輪は……確か、この村に来る前にも……え?」

 

晴人が取り出した指輪を見て、アリーシャはそれがゴドジンに来る道中で彼が急に取り出した指輪である事を思い出す。

 

だが指輪には変化があった。以前見た指輪はまるで輝きを失った様に黒ずんだ色をしていた筈なのに、今、晴人が取り出した指輪は赤く輝きながら点滅を繰り返しているのだ。

 

まるで他の何かに共鳴するかの様に……

 

「は、ハルト? これは……?」

 

その言葉を受けた晴人はその指輪を再びしまい込むと静かに告げる。

 

「詳しい説明は後だ。先ずは戻ろう」

 

「わ、わかった」

 

晴人の言葉に従いアリーシャは彼と共にその場を後にした。

 

___________________________________

 

場所は変わり、村長の自宅内。大きいテーブルに椅子を用意され座った4人に対して、テーブルの反対側にはスランジと村人達が集まっている。

 

「それで? 何が聞きたいのかね?」

 

「単刀直入に言うよ? 村長さんの正体は行方不明だった教皇様。そして、教会の証明書を使って偽エリクシールを売り捌いてる……これは間違ってない?」

 

「……調べはついているのだな」

 

ロゼの問いかけに対してスランジ……否、マシドラは静かにそれを肯定した。

 

「どうしてこんな事を……セルゲイ達は貴方の帰りを待っていたのに……」

 

悲しさを滲ませた声で問いかけるスレイ。だが……

 

「……彼らが待っているのは『私』では無く『教皇』だろう」

 

スランジの口から放たれたのは拒絶の言葉だった。

 

「何故私が『教皇』などという望んでもいない仕事をしなければならない?」

 

溜め込んでいた何かを吐き出す様にマシドラの口から言葉が溢れる。

 

「私が聖職に就いたのは家族にささやかや加護を与えたかったから……ただそれだけだった……国が良いものとなればそこに暮らす家族も幸せになれる! そう信じてできる事を必死でやった! 自分を顧みず! 皆の為に! 何十年も!」

 

荒げていく語気。マシドラは一度自身を落ち着かせる様に息を吐くと弱々しく語り始める。

 

「……その結果、気がつけば家を顧みない男と憎まれ、私の家族は跡形もなくなっていた……私はね、わからなくなってしまったんだ。何の為に頑張ればいいのか……何の為に頑張っていたのかが……」

 

「教皇様……」

 

「そんな私に対して、それでも王族は……騎士団は……民は……私に『正しい教皇』としての在り方を望み続けた。そして気が付いたのだ。誰も『私』の事など見ていない、皆が望んでいるのは全てを犠牲にして国にその身を捧げる『教皇』なのだと……」

 

声を震わせながら語られていく1人の男の人生。その言葉に一同は何も言えない。

 

「そして気付いたのだ。全て無駄だったのだと……私の人生には何の意味も無かったのだと……だから、国も民も戦争も全て投げ出して逃げた……どうでも良くなったのだ」

 

そして俯いていたマシドラは顔をあげ、村人達へと視線を向ける。

 

「死ぬつもりで彷徨い動けなくなった所を彼らに救われた。ゴドジンの皆は『私』に何も求めずただ家族の様に接してくれた」

 

心からの喜びを表すようにマシドラの表情に笑顔が浮かぶ。

 

「家族の為……」

 

「それで村の為に働こうと思われたのですね……」

 

「偽エリクシールを売り捌いてまで……」

 

マシドラからは微塵の穢れも放たれていない。それはつまり彼の言葉が本心である事の証明だった。

 

「帝国も教会も知らん、卑怯者と言いたければ言うがいい。今の私は村人(かぞく)の為に生きている」

 

そんなマシドラのその言葉に続くように村人達が口を開く。

 

「例え薬が偽物でもゴドジンにはこれが必要なんだ!」

 

「薬だけじゃない! 村長がいてくれるから今のゴドジンがある!」

 

「村長を捕まえるつもりなら俺達は全力で抵抗するぞ! 」

 

「村長は俺たちの『希望』なんだ!」

 

彼らが口々に言い放ったその時……

 

 

 

 

 

 

 

「なら、そんな真似をさせるなよ」

 

静かに、けれども力強く操真晴人の言葉が村人達の言葉を遮った。

 

「ハルト……?」

 

「い、いきなりなんだよ!?」

 

動揺する村人を他所に晴人は言葉を続ける。

 

「村長さんが逃げ出した事に対して俺はとやかく言うつもりはない……国よりも自分の手に入れた幸せを優先してもそれを無責任だと責めるつもりもないよ……けどな」

 

迷い無く、躊躇いなく彼は断言する。

 

「どんな理由があったにしても、アンタ達は村長さんを止めるべきだった。他人を騙して金を巻き上げる様な手段に、手を染めさせるべきじゃなかった」

 

「な!? 黙って入ればこの村の事情も知らずに!」

 

「村長がどんな覚悟でこの道を決断したのか、よそ者のお前に何がわかるって言うんだ!」

 

「あぁ、知った様な事を言うつもりは無いよ。だけど……」

 

怒りでは無く、悲しげな声で晴人は言う。

 

「もし、アンタ達の言う通り村長さんが私欲の為じゃなく誰かの為に自分を犠牲にできる人だって言うなら……その人生を『他人を騙して金を巻き上げた』なんて結末で塗りつぶしちゃいけないんだ」

 

「そ、それは……」

 

その言葉に村人達は言葉を詰まらせる。

 

「本当に大切なら、その人に誰にでも胸を張れる道を歩かせてやるべきなんだ……村長(そのひと)は……」

 

優しく問いかける様に彼は言う。

 

「アンタ達の『希望』なんだろ?」

 

確かに村長の自己犠牲の選択は尊いのかもしれない。穢れを発さない純粋な願いだったのかもしれない……けれどもだからと言って全てを肯定していいものでは無い。それが晴人の答えだった。

 

「では……どうすればよかったというのだ」

 

村人が口を噤んだ中、マシドラが声を漏らす。

 

「この道しか無かったのだ! 私の家族を救うにはこれしか! 『教皇』では無い『私』に頼れるものなど村人達以外には何も……」

 

その時、マシドラの前にアリーシャが歩み寄った。

 

「マシドラ様……これを」

 

そう言って彼女は一枚の手紙を手渡す。

 

「これは?」

 

「セルゲイ殿から預かった手紙です。もしも貴方がペンドラゴに戻らないと仰った時に渡して欲しいと」

 

「セルゲイが? ハハ……きっと彼は失望しているだろうな。国を捨てた私を……」

 

そう言いながらマシドラは、弱々しく手紙を開き読み始める。

 

だが、その手紙を読む彼の目は徐々に驚きに見開かれて言った。

 

「これは……」

 

手紙の中に書かれていたのは、罵倒の言葉などでは無く謝罪の言葉。自身の信じる正義と理想を押し付け、知らぬ内にマシドラを追い詰めた事を詫びるセルゲイの言葉だった。

 

そして、最後の締めくくりに書かれていた言葉は……

 

『例え貴方が教皇の座から逃げ出したとして我々はそれを追うことはしません。大切な物を得たのならどうかそれを大切にしてください。そして、何か助けが必要な時であればその時は我々白皇騎士団が総力を挙げて貴方の力になる所存です。貴方が導き続けたローランスの1人の民として皆、貴方を助けたい。そう思っている事をどうか胸の内に留めておいていただきたい』

 

手紙を読み終えたマシドラにアリーシャは言う。

 

「私の様な小娘が、貴方の人生についてとやかく言えるものでは無いのは重々承知しています。ですが、1つだけ……貴方を救いたいと願っている者は確かに存在するんです。『教皇』ではなく『貴方』と言う1人の人間を……貴方の人生は決して間違いなどでは無い……私はそう思います」

 

「ははは……私は本当に愚か者だな……大事な事が何も見えていない……」

 

そう言うマシドラの瞳からポロポロと涙が溢れ落ち手紙の上に落ちていく。

 

「村長……」

 

そんなマシドラを村人達は何も言えずに見つめるが……

 

 

 

 

 

突如、椅子に座っていたマシドラが横に崩れる様に倒れ椅子から落下する。

 

「……えっ?」

 

「村長!?」

 

唖然とするが慌てて駆け寄る村人達。そして彼らは村長の異変に気付く。

 

「どうしたんですか村長!」

 

「おい! 意識が無いぞ!」

 

それを見ていち早く反応したのはザビーダだった。

 

「チッ! 嫌な予感が当たりやがった! ライラ! エドナ! 教皇様に回復術をかけとけ! 治らないが少しはマシになる筈だ! アリーシャ!誰でもいいから村の連中と話をさせろ!」

 

「わかりましたわ!」

 

「ったく、しょうがないわね」

 

その言葉に反応し、ライラとエドナはマシドラに駆け寄り回復術をかけ始める。

 

一方でアリーシャは魔力を発動させると村人の1人に触れ、そこにザビーダが声をかける。

 

「おいアンタ!」

 

「う、うわ!? 誰だアンタ!?」

 

「誰だっていいだろうが! 家族を死なせたくないなら質問に答えな!」

 

「し、死ぬって村長が!? わ、わかった!」

 

アリーシャの力で天族を突然視認した男性は驚きの声を上げるが、ザビーダの言葉に反応しすぐに動揺が消える。

 

「あの偽エリクシールとやらの精製。まさかとは思うがやっていたのは教皇様だけか?」

 

「あ、あぁ! 村長が言うには精製の手順は難しくて自分にしかできないから、俺達は赤精鉱の採掘や薬の出荷だけを手伝って……」

 

「チッ!あれを一年近く1人でだと? 寧ろ良く保った方か……」

 

「ど、どういう意味だよ!?」

 

「赤精鉱で作られる滋養強壮剤。あれは赤聖水(ネクター)って言ってな。依存性の高い代物なんだが、精製時に強力な毒素を出すんだよ」

 

その言葉に一同が目を見開く。

 

「毒? それじゃあ村長さんは……」

 

「一年近く毒浸りな状態の筈だ」

 

「ま、待ってくれ! 俺たちはそんな話は一言も……」

 

「言う訳ねえだろ。正直に話したらお前さん達に止められる」

 

「な!? それじゃあ村長は……」

 

「……死ぬつもりだったんだろうな。この村の為に」

 

その言葉の衝撃に男はガクリと膝をつき床にヘタリ込む。

 

「俺たちが……村長を追い詰めたのか?」

 

『…………』

 

呆然としながら漏らした男の言葉に答える者は誰もいない。

 

「ライラ、エドナ! 回復術では治せないのか!?」

 

「申し訳ありませんが、回復術は外傷を癒す為のものです……ここまで毒に侵された身体はどうにも……」

 

「寧ろ驚いてるくらいよ……この状態……いつ死んでてもおかしくなかったわよ……よく誤魔化せてたわね……」

 

回復術をかける2人は暗い表情で首を横に振る。

 

「そんな……村長が死ぬ?」

 

男がそう言葉を漏らした時……

 

ガタンッ!

 

『!?』

 

玄関の扉の外で物音がし、一同が反応する。

 

そこにいたのは……

 

「村長が……死んじゃう……?」

 

「君は……昼間の……」

 

そこにいたのは、晴人達が昼間に出会ったボール遊びをしていた少年だ。

どうやら大人達が騒いだ影響で目を覚まし、様子を知る為に寝床抜け出して一連の話を盗み聞きしていたらしい。

 

「ねぇ……嘘だよね?」

 

『…………』

 

呆然としながら問いかける少年。だが、誰もそれを否定する事ができない。

 

「嘘だ……だってボク、一杯勉強して……村長みたいな立派な人になるのが夢で……それを村長に……」

 

少年の声が震え、言葉が弱々しく消えていくそれを見ても誰も少年に声をかけられない。

 

 

そう思われた時……

 

「大丈夫だ」

 

「……え?」

 

ポンと優しく少年の頭に手を乗せ、しゃがみ込んで視線を合わせながら晴人が安心させる様に声をかける。

 

「死なせやしない。村長さんは必ず助けるよ」

 

「本当に!? お兄ちゃん!?」

 

「あぁ、約束する」

 

そう言って微笑む晴人に今度は村の人々が駆け寄る。

 

「ほ、本当に村長を助けてくれるのか!?」

 

「なら頼む!! 調子のいい事をいってるのはわかってる! それでも……」

 

「薬を売るのはやめる! 罪も償う! だから頼む! 村長を助けてくれ! 例え貧しい生活に戻ったとしても俺たちは村長に生きていて欲しい! あの人は……俺たちの希望なんだ……」

 

それは都合のいい願いなのかもしれない。

 

マシドラは全てを理解して罪に手を染めた。

 

村人達もそれを許容した。

 

今、彼らが置かれている状況は因果応報。全てが正しく回り辿り着いた結末だ。

 

その上で尚、救いを求めるのは身勝手と言えるのかもしれない

 

 

だけれども……

 

 

「あぁ、わかっているよ」

 

操真晴人は助けを求める手を掴む。

 

「アンタ達の想いは俺が繋ぐ……」

 

彼らの犯した過ちは消えない、それは彼ら自身が背負い清算していかなければならないものだ。

 

それに対して他者がしてやれる事などたかが知れている。

 

それでも、生きてさえいれば新しく積み上げていけるものだってあるのだ。

 

1人の男の人生の最期を汚れた罪で塗り潰して終わらせるのではない……その罪の上にもう一度希望の足跡を刻んでいく為に彼は立ち上がる。

 

 

「俺が最後の希望だ」

 

 

___________________________________

 

「それで? なんかカッコつけた台詞を言ったと思ったら何処に行くつもりなのよ?」

 

ジト目のエドナに睨まれながら、晴人達は再び聖域の洞窟を奥に進んでいた。

 

「ハルト、この奥に村長の毒を治す方法があるのか?」

 

「あぁ、俺の予想が正しければな」

 

「何よそのフワフワした理由は」

 

不満そうな表情を浮かべるエドナだが、そんな彼女を見てザビーダはニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「そんな事言いながらついてくる辺りエドナちゃんも助ける気満々じゃないの。まったく素直じゃな……うぉ!?」

 

軽口を叩くザビーダにエドナの傘が放たれザビーダはそれを寸前で避ける。

 

「別に……なんとなくよ」

 

そう言いながら傘を広げクルクルと回すエドナ。傘の端に宙吊りで縛り付けられた謎の人形が遠心力に任せグワングワンと揺れる。

 

そんな素直じゃない彼女を見て一同は微笑むが突如、先頭を歩く晴人が足を止める。

 

「これは……」

 

洞窟の最奥。そこには今までの洞窟と異なり明らかに人の手が加えられた赤い紋様が浮かぶ遺跡が存在した。

 

「これが聖域……いや、もしかして!」

 

アリーシャはティンダジェル遺跡の壁画を思い出す。火の試練神殿を示す紋章があった地域がこのゴドジンと同じ地域だと……

 

その神殿を見てライラが頷く。

 

「はい、間違いありません。ここが『火の試練神殿、イグレイン』です」

 

その言葉に一同に緊張が奔るなか、晴人は2つの指輪を取り出す。

 

それこそがマシドラを救う為の鍵。

 

1つはペンドラゴで使用した六角形型の指輪であり戦友が使用していた指輪。

 

そしてもう1つは……

 

「そろそろ起きる時間だぜ……ドラゴン」

 

赤く点滅する指輪は遺跡と共鳴する様に更に点滅を早めている。

 

『ガアァァァァァァァア!!!』

 

そして彼を呼ぶかの様に、遺跡の奥より龍の咆哮が響き渡った。




やだ……前回の感想欄、ロリコン湧きすぎ(元凶)

今回は詰め込み過ぎたかも知れない……
個人的に2章はドラマパートが長過ぎたと思い詰め込んで見ましたがどうでしたでしょうか?

え?エドナさんが81073になってる?
不思議だね(真顔)

今年の年末の平成ジェネレーションはウィザードが客演すると知りテンションが上がっている今日この頃、白石さんの登場があると嬉しいですね

以下、エグゼイド1話の感想

人人人人人人人人人人人人人人
< 突 然 の ワ ン ダ ー ス ワ ン! >
YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY


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26話 諸刃の希望 後篇①

久し振りの四分割パターン(震え声)

あれだよ、CM突入を再現しただけだよ(1年半ぶり2回目)

ではどうぞ


「すごい……これが古代アヴァロスト時代の遺跡……」

 

「あぁ……まさか溶岩が流れているとはね」

 

火の試練神殿イグレインへと足を踏み入れた一同。そのさきで彼らを待ち受けていたのは、洞窟内と感じさせない巨大な空間だった。

 

更に奥へと進むと、遺跡の中央部と思わしき吹き抜けを見渡せる場所にたどり着く。

 

そこから見下ろした先には溶岩がまるで池のように溜まっており、その中に石で作られた足場が点在していた。

 

その光景を見てスレイとミクリオは感嘆の声を漏らす。

 

「今まで見てきた遺跡も凄かったけど今回は更に凝った造りだな」

 

「流石は五大神の試練神殿といったところだね」

 

興味津々で遺跡を見渡す2人。その一方であまり遺跡に興味が無さそうな人物が一名……

 

「どうでもいいけど、あっつ! なんでこんな暑いわけ!?」

 

「溶岩があれだけ大量にあるんだ。そりゃあ暑いだろう」

 

「確かに……火の試練、というだけはありますね」

 

遺跡内に立ち込める熱気にロゼは文句を漏らす一方、アリーシャはこの遺跡が火の試練である事に納得する。

 

「……それよりも、いい加減話して貰ってもいいかしら? アンタどうやって教皇を助けるつもりなの?」

 

会話を遮りエドナは晴人に問いかける。他の面々もそれに口を挟む事は無く、この場にいる全員がエドナと同じ疑問を持っていた様だ。

 

それに対して、晴人は手をつき出しその手に握られた2つの指輪を一同に見せる。

 

「えっと……この指輪が関係してるのか?」

 

「あぁ、村長を救うには黒縁の方の指輪の魔法を使う必要がある」

 

その言葉を聞きアリーシャとザビーダが疑問を口にする。

 

「え? だがハルト、確かこの指輪はペンドラゴで逃げる時に使ったものではなかっただろうか? 」

 

「地面の中に潜った時の指輪だよな? 村長さんの解毒の役に立つとは思えねぇけど?」

 

普段晴人が使っている指輪とはデザインが異なっていた事もあり、2人はその指輪がペンドラゴで逃亡する時に使われたものだと憶えていた。

 

あの時は3人の危機を救った指輪ではあるが、その効果が今の状況を打開するものとして繋がらず一同は困惑する。

 

「あぁ、確かにこの指輪はあの時と同じものだ。効果の認識も間違っちゃいない。けど、それはこの指輪が持つ本来の効果じゃないんだ」

 

「本来の……? どういう意味でしょうか?」

 

「この指輪は借り物でね。本来の持ち主が使った時の効果は別物なんだよ」

 

「その指輪は君以外の魔法使いのものなのか?」

 

「あぁ、マヨネーズ……じゃなくて『古の魔法使い』のな。本来は毒を解毒する効果があるんだ。俺もそれで一度助けられた事があるから効果は保証する」

 

「『古の魔法使い』……ハルトと同じ魔法使い……」

 

「へぇ〜! まだ別の魔法使いがいるのか! いつか会ってみたいな!」

 

「フッ……スレイやミクリオとは気が合うかもな。アイツは遺跡巡りとか好きそうだし」

 

もしも戦友である彼がこの世界に来たならば間違いなく目を輝かせて遺跡巡りの冒険を始めるだろうなと想像し、晴人は笑みを浮かべる。

 

「マヨネーズの部分には敢えてツッコまんが、それなら何故この遺跡に足を運んだ? この遺跡は導師の為のものなんだろ? その指輪で教皇を助ければいいだけじゃないのか?」

 

「言ったろ? 解毒は本来の持ち主の力だってな。今の俺じゃあその力を使えないんだ」

 

「それが導師の試練神殿にくるのとどう関係してるのよ?」

 

「その理由がもう1つの指輪だ」

 

その言葉に一同は晴人が取り出したもう1つの指輪へと目を向ける。

 

「さっきからチカチカ光ってるその指輪? それがどうかしたの?」

 

「この指輪は俺の中の魔力を更に引き出す為の指輪だ。俺がウィザードに変身する時に使ってる4つの指輪を更に強化したものだとでも思ってくれればいい」

 

その言葉に一同は驚きの表情を浮かべる。

 

「更に魔力を引き出す? そんな指輪があったのか……」

 

「おいおい、人が悪いぜハルト。そんなもんがあるなら出し惜しみしなくてもよかっただろ」

 

「いや、使わないんじゃなくて使えなかったんだ」

 

そう言って晴人はもう片方の手で3つの指輪を取り出す。

 

「この四つの指輪はウィザードの各属性の力を更に引き出す為の指輪だ。だけど……」

 

「なんか黒ずんでるね。そっちの赤く点滅してる指輪とちがって他の3つは何も反応してないし」

 

「そうだ。どうやらこの大陸に来た時に指輪に使われてる魔宝石の力がこの大陸の『ナニカ』に共鳴して、俺の中の魔力ごと引き抜かれたみたいなんだ」

 

「共鳴……確かウィザードが使う指輪の属性は神衣と同じ地水火風の四属性……!! 待ってくれ! それって!?」

 

「あぁ、五大神の内の四属性を祀る試練神殿の事をティンダジェル遺跡で聞かされた時はまさかと思ったけど、どうやら当たりだったみたいだ。力を取り戻して引き出せる力が増えれば解毒の魔法の方も使える様になる筈だ」

 

「それじゃあ、この遺跡でハルトもパワーアップできるって事? いいじゃんソレ! スレイもハルトも強くなって村長さんも助けられる! 一石三鳥だよ!」

 

「だが、そう簡単には行かないだろう。何せここは『試練』を与える場所なんだからな。気を抜けば全滅しかねないんじゃないのか?」

 

晴人の言葉にロゼは喜ぶが、傍に立つデゼルは冷静に告げる。

 

「はぁ〜……まったくこの流れでなんでそう縁起でも無い事言っちゃうかなぁ……」

 

「事実を言ったまでだ」

 

「何さ、ビビってんの?」

 

「ハッ! 誰がビビるか」

 

軽口を叩き合う2人だがそこにライラが真剣な表情で口を開く。

 

「デゼルさんの言う通りですわ。この試練神殿は確かに導師に力を授ける場所ですが、その為に課せられる試練は命を掛けねばならない危険なものです。厳しい戦いが強いられる事になるでしょう」

 

「けど、村長さんを助けるには今はハルトの力を取り戻す事に賭けるしかない。それなら俺は試練を受けるよ」

 

「あぁ、元より守る為に命を賭けるのが騎士です。私にも迷いはありません」

 

ライラの言葉にスレイとアリーシャは躊躇いなく告げる。

 

「わかりました。では、簡単に試練神殿での注意点を説明します」

 

「注意点? 」

 

「はい。試練神殿とは導師と導師と契約した天族に試練を与え、それを乗り越えた者にのみ五大神の秘力を与えると言う者です」

 

「つまり、この遺跡の場合はスレイとライラが対象になるって事か?」

 

「その通りです。その為遺跡の奥に辿り着く為には導師と天族の力で道を切り開かねばなりません。それも含め『試練』なんです」

 

その言葉を受けて晴人はライラの言いたい事を察した

 

「成る程……つまり、俺の魔法で無理やり遺跡を突破していくのはダメって訳ね」

 

「正解です♪ 導師にも従士の存在がありますから戦闘を手伝って頂ける分には問題無いと思いますが、それ以上となると……」

 

「試練として成立しなくなるか……わかった。でしゃばり過ぎない様に注意するよ」

 

「はい、では参りましょう」

 

そうして会話を終え、一同は遺跡の奥へと足を進めた。

___________________________________

 

『ガァァォォァォ!?』

 

遺跡内に響き渡る獣の断末魔。

 

「よし! 浄化完了!」

 

試練神殿の調査を開始した一同は遺跡内部に居た獣や甲虫型の憑魔を浄化しながら奥へと進んでいた。

 

「しっかし驚いたな。試練神殿の中にも憑魔がいるのか」

 

ウィザードの変身を解除しながら晴人は浄化した獣達へと視線を向ける。そんな疑問にザビーダが答える。

 

「あぁ、そいつは恐らくこの試練神殿が憑魔を封じる役割を持ってるからだろうな」

 

「封じる?」

 

「あぁ、この神殿を任せられてる天族の力なんだろうが、近隣で生まれた憑魔をこの遺跡の中に引き寄せて閉じ込めてるんだろうさ。加護天族がいないにも関わらずゴドジンの穢れが弱かった一因はそれだと思うぜ? 憑魔を封じて人々を守りつつ、同時に神殿を訪れる導師への試練になってるんだろうさ」

 

「随分と手の込んだ話だな」

 

「同感だね。加えて溶岩の所為で熱が篭ってて暑苦しいったらねぇよ」

 

「そうだな。俺も溶岩に加えて男の半裸を見せられて余計に暑苦しい」

 

「ひっでぇ言い様だな……まぁ、俺がお前の立場でもそう言うだろうけどよ」

 

そんな小言を交わしながら進む2人だが、ザビーダは暑そうに表情を険しくしている女性陣へと視線を向けるとニヤリと笑う。

 

「いやぁ、けどなんだ。健康的な汗を流す女性ってのは中々悪くないよなぁ」

 

「お前はまたそういう事を……」

 

「んだよ……お前だって思うだろうが。流れる健康的な汗! 白い服の生地が濡れて薄っすらと浮かびあがる____ 」

 

「そのセリフ、ペンドラゴでも言ってなかったか? 」

 

「わかってねぇな! 雨に濡れた女と健康的な汗をかく女ってのは別ジャンルなんだよ!」

 

「別にわからなくていいっつの……」

 

またいつものしょーもない話が始まったと晴人は呆れた表情を浮かべる。

 

「なぁミクリオ。ザビーダの言ってる意味わかる?」

 

「スレイ、わかる必要は無い」

 

「そうですね。スレイさんはそのままでいてください」

 

「うわ……ひくわ」

 

「……アイツにはあまり近づかないようにしておけ」

 

意味がわからないと純粋に首を傾げるスレイ。一方のミクリオ、ライラ、ロゼ、デゼルは白い目でザビーダを見る。

 

「っ〜〜〜!?」

 

「何してんのよアンタ」

 

「す、すいませんエドナ様……その……ペンドラゴの噴水でずぶ濡れになった時の事を思い出してしまって」

 

一方、ザビーダの言葉でペンドラゴでの濡れスケ事件がフラッシュバックしたのか、アリーシャは顔を赤くして悶えており、そんな彼女にエドナは困惑する。そしてポロリと愚痴を零す。

 

「あぁ、あのムカつく噴水ね……嫌よね、いきなり人をずぶ濡れにして」

 

「え? エドナ様もあの噴水で?」

 

その言葉にエドナは一瞬『しまった!』と言うような表情を浮かべるも、すぐにいつものテンションの低そうな表情を取り繕い視線を逸らす。

 

「……べ、別に何も無いわよ」

 

嘘である。

 

実は彼女もペンドラゴを訪れた際に憤怒の噴水の洗礼を受けずぶ濡れにされていた。

いかんせん自称大人の淑女であるエドナはドジな印象を持たれたくなくて誤魔化すが、察したザビーダはニヤニヤ笑いながらエドナを見ている。

 

「ちょっとそこのチャラ男1号。何想像してんのよ。イヤラシイ事考えたら埋めるわよ」

 

そんな事を言うエドナだが……

 

 

「えぇ……濡れたのライラじゃないのかよ」

 

次の瞬間、真顔でそんな事をほざいたザビーダの首に傘がぶち込まれ、遺跡内に笑い声が響き渡った。

 

___________________________________

 

「アイツはホントなにやってんだかな……」

 

そんな中、オチを察していた晴人はザビーダをスルーし、辿り着いた部屋の中を調べていた。

 

先へ続く扉は固く閉ざされており部屋の中には複数の台座らしき物がある。

 

「謎解きタイムってか? まるでRPGゲームだな。初心者だから説明書が欲しいぜ……」

 

そう愚痴る晴人だが、一方のスレイとミクリオは足速に台座へと近付き調べ始める。

 

「この造り……これは台座じゃなくて燭台か?」

 

「あぁ、それも普通の燭台じゃない……天響術に反応する術式が施されてる」

 

「って事はコイツに火の天族が着火すれば扉が開くのか? また随分とベタな仕掛けだな」

 

「いや、それだけじゃ無いと思う」

 

そう言ってスレイが台座の下を指差す。

 

「台座の下の床に台座を囲むように線が引いてあるだろ?」

 

その言葉に晴人が床を見ると、スレイの言う通りオレンジの線が台座を囲む様に引かれている。

 

「あぁ、けどそれがどうかしたのか?」

 

「もっとよく見てって、気になる所がない?」

 

その言葉に晴人は台座の周りをぐるりと回りながら注意して線を観察する。

 

すると……

 

「あー、一箇所だけ台座に向かって線が引かれてるな。線は二本……待て……もしかして」

 

スレイの言葉に晴人は他の台座を調べ始める。

 

「やっぱりだ。4つある台座の下の線の本数が台座毎に違う。1から4本で台座の数とも一致してる……って事は!」

 

「ご明察。おそらくは燭台の点火順だ」

 

「そう言う事。ライラ! お願いできる?」

 

「お任せください♪」

 

そう言ってライラが天響術で燭台へと点火していくと……

 

ガゴンッ!!

 

何かの仕掛けが作動した様な音と共に閉ざされていた扉が開く。

 

「おぉ、これが遺跡と対応した天族の力が必要になるって意味か。やってみると面白いもんだな謎解きってのも」

 

「だよな! 謎解きは遺跡探索の楽しみの1つなんだよ!」

 

「僕も同感だよ。やっぱりこういうのが遺跡探索の醍醐味だ」

 

楽しそうに遺跡探索の楽しさを晴人に布教する遺跡好き2名。因みにザビーダは未だに笑い転げておりデゼルを呆れさせていたりする。

 

「楽しいかしら? 面倒なだけじゃない」

 

「あたしもエドナに同感かな〜」

 

「そうですか? 私は興味深いと思いますが……」

 

「そもそも面倒ではない試練というのも如何なものかと……」

 

一方の女性陣は割と冷静な反応である。

 

そんなこんなで仕掛けを解除した一同は開いた扉の先へと向かう。

 

「ありゃ? 行き止まりか?」

 

「いや、また燭台がある。恐らくは何かしらの仕掛けがある筈だ」

 

扉の先には道は途切れており、あるのは燭台が一つのみ。その先は入り口のフロア同様、下の溶岩が溜まるフロアが見下ろせる様になっているが、落ちれば一巻の終わりだ。

 

「では、点火しますね」

 

そう言ってライラが燭台を点火すると……

 

ドゴォッ!!

 

「うおっ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

何かが作動する音に一同は驚くがスレイがその正体に気づく。

 

「あっ! 溶岩が!」

 

下のフロアが見下ろすと、今の燭台の点火による影響か溶岩が滝の様に流れ落ち始め溶岩の水位を上昇させている。

 

そして暫くし溶岩の滝が停止すると……

 

「なるほどね……こういう仕掛けか……」

 

溶岩が溜まる下のフロアを見下ろす晴人はある変化に気づく。

 

溶岩の水位上昇により溶岩に浮かぶ足場も同様に上昇し、下のフロアの途切れていた道を繋げているのだ。

 

「これで下の階から遺跡の奥に進める様になったって事でいいのか?」

 

「恐らくはそうだと思う。あれなら魔法や身体能力に任せた強引な突破方法じゃなくても進める筈だ」

 

「そうか、なら先を急ごう」

 

一同は元来た道を引き返すと下のフロアへと続く階段を降り、先ほどの仕掛けで道ができた部屋へと辿り着く。

 

一同が水位上昇によりできた足場を渡り溶岩の池の中心にある足場へと辿り着いたその時、頭上を見上げだロゼがある事に気が付いた。

 

「あ、あれ! 赤精鉱だ」

 

岩壁にびっしりと生えた巨大な赤精鉱。その巨大さはマシドラが採取していたものとは比較にならない程巨大であり、ライラ、エドナ、ザビーダの3人は何故か顔を険しくする。

 

「? どうしたいきなり神妙な表情で」

 

その事に気が付いた晴人が3人に問いかけると……

 

「赤精鉱が強力な火の天響術によって生まれるものである事はライラが説明したよな?」

 

「あぁ、そう言えば言ってたな。強力って言うとどれくらいのものなんだ?」

 

「少なくとも私程度の力では赤精鉱は生まれません」

 

そのライラの言葉に一同に緊張が奔る。特にスレイ達からすればその言葉は驚愕に値するものだった。

 

スレイ達が知る中で、ライラは火を扱う天族では間違い無く上位に来るであろう力の持ち主だったからだ。

 

そのライラが自分の力では赤精鉱は生まれないと言うのだ。

 

ましてや、岩壁にびっしりと生えた赤精鉱の巨大さを考えればそれを産むのに必要になる力は……

 

「あれほど巨大な赤精鉱は火山の噴火と同等の力が必要とされるでしょう。この遺跡はそれ程の存在が祀られてると言う事です」

 

その言葉にアリーシャとロゼは無意識に唾をゴクリの飲み込んだ。

 

これから先に待ち受ける物の強大さの片鱗を見せつけられ一同に緊張が奔る。

 

「けど、やる事は変わらない」

 

「同感だ。此処まで来て引くは無いさ」

 

スレイと晴人が迷い無くそう言い切る。その言葉を受け一同は頷くと覚悟を決める。

 

ブォン……

 

すると、まるで一同の意思に反応する様に足場の中心部に描かれた円形の紋様が輝き始め、中心部の足場そのものがくり抜かれる様に下降し始める。

 

「な、何これ!?」

 

「ど、どうやらさらに下の階層に向かっている様だが……」

 

「まるでエレベーターだな……数千年前の遺跡にこんな仕掛けもあるのか……」

 

そして足場が下降を止めると、その先には扉が一同を待ち構える様に立ちはだかっていた。

 

「おそらくはこれが遺跡の最深部です……」

 

「はてさて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

「よし! 行こう!」

 

そう言って扉を開き、一同は部屋の中へと足を踏み入れる。

 

扉を開けた先は降り階段となっており、そこを降ると先ほどの部屋と同じ様に溶岩の池の上に造られた歯車状の巨大な石造りの足場へと一本道が続いている。

 

「五大神ムスヒの紋章がありやがる。どうやらここが最深部みてぇだな」

 

「ムスヒ……伝承では世界の始まりと終わりに現れる五大神の1人だね」

 

「うわ……いかにも何か出そうな雰囲気……」

 

嫌な予感を覚えたロゼがそんな言葉を漏らすが、一同はその足場へ向け歩き出す。

 

そして歯車型の足場に辿り着く寸前、スレイが道の端に置かれた石版の存在に気が付き足を止めた。

 

「あれ? これって……」

 

「ん? どうかしたのか?」

 

足を止め石版を見るスレイに晴人が問いかける。

 

「この石版……『古代アヴァロスト言語』で書かれてる」

 

その言葉に反応しミクリオも石版を見る。

 

「本当だ……しかもこれは暗号化されているものだね」

 

その言葉に遺跡関連に弱い晴人とロゼが首を傾げる。

 

「えぇっと……なにそれ?」

 

「古代語の一つだよ。『アヴァロストの調律時代』に使われてた言語なんだ」

 

「あれ? 古代語って従士契約の時につけてくれた『真名』ってやつに使ってたのだよね? 神衣使うときにも言ってるやつ」

 

「違うよ、あれは『メリオダス言語』。アヴァロストの調律時代の後に生まれた古代語だ」

 

「よくわからないんだけど、その『古代アヴァロスト言語』ってのは何か違うのか?」

 

「解読がかなり厄介なんだよ。単語の解釈や文章の繋げ方が特殊で一歩間違えると全然違う文章が出来上がってしまうんだ。ジイジが言うには『書いた人物の考えに共感する直感的なセンスが重要』らしい。正直僕には合わなかったよ」

 

晴人の疑問にミクリオが返答するが、晴人はその説明に引っかかりを覚える。

 

「『僕には?』って事は……」

 

そう言って晴人はスレイへと視線を向ける。

 

「…………」

 

そこには無言で集中し石版を読み始めるスレイの姿があった。

 

「そう。スレイはどうやら向いてたらしい」

 

そう言って苦笑するミクリオだが……

 

 

『ガァァァァァァァア!!!』

 

『!?』

 

突如響き渡る咆哮。

 

そして次の瞬間……

 

 

バジィッ!!

 

『なっ!?』

 

突如発生した謎の力に晴人、スレイ、ライラを除く面々が吹き飛ばされた。

 

「なっ!? これは!?」

 

急ぎ立ち直り晴人達の元へ走り寄ろうとするアリーシャだが、一本道の通路には結界らしき透明な膜が発生し一同を完全に分断していた。

 

そして……

 

「これって……ぐうっ!?」

 

突然の展開に驚くスレイだが突如、苦しむ様に地面に膝をつく。

 

「スレイさん!? これはまさか『穢れの領域』!?」

 

スレイの不調にライラはヘルダルフとの戦いを思い出し、穢れの領域が発生したという結論に辿り着く。

 

「おいおい……また厄介そうなのが来たな」

 

一方の晴人は石造りの足場の上に現れた存在に警戒を露わにする。

 

先ほどの咆哮の正体。

 

それは、ティンダジェル遺跡で戦ったドラゴニュートに似通った姿をしており、龍と人が融合した様な姿に巨大な剣と盾を持ち、体のいたる所が炎の様に赤く輝いている。

 

その威圧感はサインドが憑魔化したドラゴニュートを上回り、晴人の経験からも強敵である事を窺わせるほどのものだ。

 

「憑魔『サラマンダー』……炎を操るドラゴンの幼体の一つです」

 

ライラの口から目の前の敵の名が告げられる。

 

『ガァァァァァァァア!!』

 

もう一度咆哮を上げ、サラマンダーの眼光が三人を捉える。

 

「スレイ、体の調子はどうなってる?」

 

「ヘルダルフの時ほど悪くは無いし、サラマンダーは辛うじて見えるけど……」

 

立っていることも辛そうな表情のスレイに晴人はすぐさま決断する。

 

「なら俺がやる。ライラはスレイを守ってやってくれ!」

 

「お一人で戦うつもりですか!? 危険です! 相手は……」

 

「わかってる! でもやるしかないだろ!」

 

嘗て戦ったドラゴニュートも三人がかりで漸く浄化できたのだ。それを上回るサラマンダーに対して、1人で立ち向かうのがどう言う事かは晴人自身も理解している。

 

それでも全員で無事に切り抜けるにはやるしかない。

 

『シャァアッッ!!』

 

剣を構え突っ込んでくるサラマンダーに応じる様に晴人が指輪を構える。

 

「変身!」

 

【フレイム! プリーズ! ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!】

 

魔法陣を通過しウィザードへと姿を変えた晴人はサラマンダーへ向け駆け出し、両者は歯車状の巨大な足場の上で激突する。

 

『シャァア!』

 

「はっ!」

 

【コネクト! プリーズ!】

 

サラマンダーから放たれる巨大な燃える大剣の横一閃。それを跳躍しサラマンダーの頭上を飛び越える形で回避しながらウィザーソードガンをガンモードで取り出し、着地と同時に連射する。

 

ダダダダダダダダンッ!

 

ばら撒く様に連射された銃弾は様々な角度からサラマンダーに襲いかかるが……

 

ガキキキキン!

 

「……おいおいマジかよ」

 

その弾丸をサラマンダーは全て手に持った大剣を振るい叩き落とす。憑魔でありながら高度な技量を見せたサラマンダーにウィザードは驚きの声を漏らした。

 

『グルゥ……』

 

一方のサラマンダーもウィザードの攻撃に対して目下の敵と判断したのか、スレイ達から視線を外しウィザードへ敵意を向ける。

 

「ハァッ!」

 

『グオオ!』

 

ウィザードはウィザーソードガンをソードモードへと切り替え一気に肉薄し斬りかかる。対してサラマンダーも大剣を振るい両者の刃がぶつかり。

 

 

ガギィンッ!!

 

「ぐっ!?」

 

飛び散る火花。

 

同時にウィザードから苦悶の声が漏れパワーで押し負けた得物が弾かれ体勢を崩してしまう。

 

『グオオッッ!!』

 

「チィッ!」

 

すかさず放たれた突き。ウィザードはそれを咄嗟に大剣の腹を蹴り上げ無理矢理軌道を逸らし回避する。

 

『シャァア!』

 

「ぐあっ!?」

 

しかしサラマンダーは左手に持った盾を殴りつける様に叩きつけ、直撃を貰ったウィザードは後方に吹き飛ぶ。

 

【フレイム! スラッシュストライク! ヒー! ヒー! 】

 

だがウィザードは吹き飛びながらウィザーソードガンのハンドオーサーを起動し指輪を翳す。

 

「ハァッ!」

 

体勢を立て直しながら着地すると同時にその場で炎を纏った刀身を縦に一閃、続いて流れる様に回転し横に一閃し作られた十字の炎の斬撃がサラマンダーに向けて放たれるが……

 

『グオオォォォォ!!!』

 

「なっ!?」

 

サラマンダーは燃え盛る大剣の一振りで放たれた炎の斬撃をあっさりと打ち払う。

 

「だったらコイツだ!」

 

【ウォーター! プリーズ ! スイ〜スイ〜スイスイ〜!】

 

ウォータースタイルへと姿を変え、ウィザードは再びサラマンダーと切り結ぶ。

 

受け流す様にサラマンダーの強力な斬撃と数合打ち合ったウィザードは距離をとり、再びウィザーソードガンをガンモードに切り替える。

 

【ウォーター! シューティングストライク! スイ! スイ!スイ!】

 

『ウォォォア!!』

 

そして放たれる水の弾丸。

 

それに対してサラマンダーは口から炎のブレスを放ち迎撃されてしまう。

 

【リキッド! プリーズ!】

 

だが、ウィザードは蒸発した水によって発生した水蒸気により視界が狭まったサラマンダーの隙を突き、自身を液体化させる魔法を発動する。

 

『グォオ!?』

 

液体化しサラマンダーにまとわりつくウィザード。それに対してサラマンダーは大剣を振るうが液体化したウィザードには通じず全てすり抜けてしまう。

 

「ハァッ!」

 

『グォオ!?』

 

液体化でサラマンダーの攻撃を無効化しつつ攻撃が失敗した隙を突いてウィザードは攻撃を仕掛けていく。

 

だが……

 

『ウォォォォォ!!!』

 

「ぐっ!? がぁっ!?」

 

突如、サラマンダーの足元に赤い魔法陣が出現したと思った矢先、強力な熱波がサラマンダーを中心に放たれ、液体化したウィザードを吹き飛ばす。

 

「ぐ!? コイツ、やっぱり……」

 

剣の技術といい今の判断力といい、今まで戦ってきたヘルダルフ以外の憑魔とは明らかに違う対応能力を見せるサラマンダーに、ウィザードは違和感を覚える。

 

だが、サラマンダーはこちらの都合など知った事かとでも言う様に、吹き飛ばされ片膝をつくウィザードへ襲いかかる。

 

「くっ!」

 

【ランド! プリーズ! ドッドッドッドドドン! ドン! ドンドンドン!】

 

『ウォォォ!!』

 

ガギィィンッッ!!!

 

ウィザードはパワーに優れるランドスタイルに切り替え、大上段から振り下ろされた大剣の一撃をウィザーソードガンで間一髪受け止める。

 

「ぐぅっ!?」

 

だが、ランドスタイルに切り替えて尚、パワーでは相手が勝っているのかジリジリと鍔迫り合いをする剣が押され始める。

 

『グォオオオオ!!』

 

「しまっ!? がぁっ!?」

 

拮抗が崩れ、ウィザードのアーマーにサラマンダーによる強烈な一閃が叩き込まれる。

 

アーマーから火花を散らし吹き飛ぶウィザード。

 

更にサラマンダーは追撃を仕掛ける。

 

「っ……!!」

 

【ディフェンド! プリーズ!】

 

追撃を防ぐ為に咄嗟に石柱によるランドスタイルの防御魔法を発動するウィザード。

 

だが……

 

『シャァァァァア!』

 

ドガァァッ!!!

 

「ぐあっ??」

 

大剣は石柱を容易く砕き諸共ウィザードを吹き飛ばす。

 

「(強い! ヘルダルフを除けばこっちの世界で戦ってきた憑魔の中でも間違いなく最強だ!)」

 

ジリジリと押され始め、立ち上がりながらもウィザードは敵の強さを肌に感じていた。

 

___________________________________

 

「ハルトっ!?」

 

サラマンダーに追い詰めらていくウィザードを見て、アリーシャの口から悲痛な叫びが放たれる。

 

だが、今すぐにで助けに行きたいという彼女の想いとは裏腹に結界は強固であり、一同の突破を許さない。

 

「ヤベェな……流石にあれは1人じゃ厳しいぜ」

 

「くそっ! 結界はどうにかならないのか!?」

 

「無理よ。この結界かなり手の込んだ代物よ。憑魔が即席で作ったとは思えない程にね」

 

「ならどうすんのさ!?」

 

「チッ、試練どころか憑魔の相手とはな……」

 

結界の外から見守る事しかできない一同の表情は険しい。

 

「………もしかしたら」

 

そんな中、スレイは1人、何かに気が付いた様に声を漏らす。

 

「……ライラ頼みがあるんだ。聞いてくれる?」

 

「えっ? なんでしょうかスレイさん」

 

そして……

 

「オレの事はいいからウィザードを助けに行って欲しいんだ」

 

迷わずそう告げたスレイにライラは驚き目を見開く。

 

「スレイさん!? ですが今の貴方から離れるのは……」

 

今はウィザードが敵の注意を引いてくれているものの、万が一にもサラマンダーの狙いがスレイに移れば今のスレイにはどうする事もできない。それはあまりにもリスクの高い選択だ。

 

「けど、このままじゃウィザードが危ない。あのサラマンダーを倒すのは1人じゃ無理だ。俺も神衣を使える様にならないと」

 

「ですが、憑魔の領域をどうやって……」

 

その言葉を受けスレイは先程の石版の前に立つ。

 

「多分、この石版にヒントがある筈だ」

 

その言葉にその場にいる全員が困惑する。

 

「その石版にあの憑魔への対処方が?! どうして!?」

 

突然現れた憑魔を攻略するヒントなんてものが何故遺跡の石版に書かれていると思うのか理解できず、戸惑いの声を上げるロゼ。

 

だが、スレイは時間が無いと言うかのようにライラへと視線を向ける。

 

「お願いだライラ……」

 

真剣な表情でライラを見据えるスレイ。

彼の迷いの無いその瞳にライラは静かに頷く。

 

「わかりましたわ……ですが、くれぐれも無理はなさらないでください」

 

そう言ってライラはサラマンダーと交戦するウィザードへと駆け出す。

 

それを見送ったスレイはすぐさま石版へと視線を戻した。

 

 

___________________________________

 

ガギィン!

 

ぶつかり合う刃。

 

サラマンダーによる猛攻をギリギリで捌くウィザードだが、根本的なスペックの差は埋められずジリジリと押され始めいた。

 

「ッ! がぁっ!?」

 

再び叩きつけられた大剣の一撃に、ウィザードは巨大な足場の端まで吹き飛ばされる。

 

「(マズイ!?)」

 

足場の下は溶岩。つまり足場からの落下は死を意味する。

 

ウィザードは吹き飛びながらもハリケーンスタイルの指輪を取り出そうとするが……

 

ドンッ!

 

「うお!? ってなんだこれ?」

 

吹き飛んだウィザードは何かにぶつかり落下を免れる。

 

何事かと振り向くとそこには巨大な石碑があり、それが偶然吹き飛んだウィザードの落下を防いだのだ。

 

「(石碑? なんでこんなもんが?)」

 

ウィザードが周囲を見回すと、歯車状の巨大な足場にはまるでボクシングリングのコーナーの様に4つの石碑が配置されていた。

 

なんだコレはと疑問を覚える晴人だが、サラマンダーはそんな事知った事では無いと言わんばかりに追撃してくるが……

 

「我が火は灼火! フォトンブレイズ!」

 

『グォオ!?』

 

突如、サラマンダーの進行方向が爆発し爆風がサラマンダーの足を止める。

 

「っ! ライラか!?」

 

火の天響術で牽制を放った人物。ライラは手に持った紙葉を構え詠唱を開始する。

 

「秘めし力、解きましょう! アスティオン!」

 

その詠唱と共にウィザードの体が回復術の赤い光に包まれる。

 

『グォォォォォォ!!』

 

だがサラマンダーはその隙を逃さずライラに肉薄し大剣を叩きつけようとする。

 

「させるかよ!」

 

【バインド! プリーズ!】

 

『グォオ!?』

 

ライラを守る様にウィザードは魔法を発動させ、サラマンダーの周囲に発生した黄色い魔法陣から岩の鎖が蛇の様に巻きつきサラマンダーの動きを拘束する。それでもなおサラマンダーは力を込め岩の鎖は引きちぎれるが……

 

「竜神楽!」

 

『グゥウ!?』

 

すかさずライラは手に持った紙葉をサラマンダーへと向け投げ散らし、そこから発生した炎の塊がサラマンダーを襲う。

 

「はぁっ! たぁっ!」

 

『グォアッ!?』

 

更に次の瞬間、地面に発生した黄色い魔法陣から飛び出したウィザードの切り上げを見舞い、そのまま流れる様に回し蹴りを叩き込みサラマンダーを後退させる。

 

「ライラ、どうして来た!スレイは!?」

 

スレイを守っているはずのライラが現れた事に驚く晴人だが、ライラは冷静に答える。

 

「そのスレイさんの頼みです」

 

「スレイの?」

 

「はい。どうやらスレイさんはこの状況を打開する方法に思い当たりがある様です」

 

「だからって今のアイツの側をはなれるのは……」

 

「わかっています。ですが、スレイさんは1人だけ安全な場所にいるのでは無く皆で戦いたいんです。彼にとって仲間とはそういうものなんです。勿論そこには貴方も含まれています」

 

「ッ! ……そっか、悪いな」

 

「いえ、私もどこか貴方に壁を作ってしまっていましたから……ですが、今は!」

 

「あぁ、わかってる! スレイに何か考えがあるのなら時間を稼げばいいんだろ?」

 

「はい! 微力ではありますがご助力いたします!」

 

そう言い放ちライラは周囲に紙葉を展開し、自らも両手に持った葉紙を構える。

 

『グォォォォォォオ!!』

 

対してサラマンダーは咆哮を上げ、再び地面に赤い魔法陣を浮かび上がらせる。

 

「!! 気をつけてください!バーンストライクが来ます!」

 

「ッ!!」

 

嘗てヴァーグラン森林でアリーシャが使用した天響術を思い出し、ウィザードは素早く指輪を交換する。

 

【ハリケーン! プリーズ! フー! フー! フーフーフーフー!】

 

「ちょいと失礼!」

 

「え? きゃあ!?」

 

ハリケーンスタイルに姿を変え片手をライラの腰に回し傍に抱く。

 

驚いた声を漏らすライラだが、ウィザードは構わず風を纏い一気にその場を離脱する。

 

直後サラマンダーから放たれた強力な3発の灼火弾が着弾する。

 

「お返しだ!」

 

「はい! 花鳥、招来!」

 

サラマンダーの頭上を旋回しながらウィザードは銃を、ライラは紙葉を飛行機状にして放つ。

 

放たれた紙葉は火の鳥へと姿を変え弾丸と共にサラマンダーへと着弾していく。

 

『グゥゥゥ……』

 

だが、手に持った大楯で攻撃を防ぐサラマンダーにはダメージを与えられない。

 

「隙を作らなきゃ効き目は薄いか……」

 

「任せてください! 拍子舞!」

 

ライラの言葉と共に大量の紙葉が放射状に放たれて火を放ち、炎の壁が生み出される。

 

『ッ!?』

 

炎の壁で空中のウィザード達を見失ったサラマンダーは動揺を見せる。

 

「ハァッ!!」

 

そこに炎の壁を突破してきたウィザードが通り過ぎ様に切り抜けていく。

 

ガギィィ!!

 

だがそれにすら対応し、サラマンダーは盾で斬撃を受け流す。

 

攻撃を受け流されたウィザードは空中へと飛び上がり、サラマンダーを見下ろす。

 

『ッ!?』

 

そこでサラマンダーは気が付いた。先程までウィザードの傍に抱えられていたライラの姿が無いことに……

 

「油断しましたわね!」

 

だが遅い。ウィザードが囮になり先ほどの炎の壁を利用してサラマンダーの背後を取ったライラから強力な力が放たれる。

 

「舞うは灼宴! 焔舞煉撃破!」

 

『グォォォォォォ!?』

 

舞う様に大量の紙葉をばら撒き、それが次々と強力な炎となり爆発していく。

 

「今です! ハルトさん!」

 

連鎖爆発に飲み込まれていくサラマンダーから距離を取りライラが叫ぶ。

 

「りょーかい! お任せあれってな!」

 

【チョーイイネ! キックストライク! サイコー!】

 

空中で風を纏い宙返りを決めウィザードは、一直線に連鎖爆発に飲まれるサラマンダーへと突撃する。

 

「ハァァァッ!」

 

そして加速をそのままに風を纏ったウィザードのキック、ストライクウィザードがサラマンダーに叩き込まれた。

 

『グォォォォォォオオおお!?』

 

吹き飛ぶサラマンダー。そして風により炎は勢いを増し、その大炎上にサラマンダーは飲み込まれていく。

 

「よし!これで!」

 

「手応えありです!」

 

渾身の一撃に2人は手応えを感じるが……

 

『ウオオオオオオオオオ!!!!』

 

その確信は続く咆哮に掻き消された。

 

「なっ!?」

 

「そんな!?」

 

2人の渾身の攻撃を受けてなおサラマンダーは悠々と立っていた。

 

『シャァアッ!!』

 

「来ますわ!」

 

「チィッ!」

 

再びサラマンダーは大剣を構え、2人もそれに対しようとする。

 

だが次の瞬間……

 

 

バギィィィンッ!!

 

「ッ!? なんだ!?」

 

「これは穢れの領域が!!」

 

ガラスが割れる様な大音響が響き渡り、先ほどまで発生していた穢れの領域が突如解除される。

 

「これはまさか……」

 

晴人が言葉を漏らした次の瞬間……

 

「ハァ……ハァ……なんとか……間に合った……みたいだな」

 

「スレイ!」

 

「スレイさん!」

 

声の聞こえた方へと向くとそこには4つの石碑の一つに寄りかかる様に手をかざすスレイの姿があった。

 

不可が掛かる領域の中で無理をして動いたからか息は荒いが、その表情には薄っすらと笑みを浮かべ瞳には強い意思が込められている。

 

そして……

 

「これが試練……って事でいいのかな……ええっと……サラマンダーさん?」

 

そう言ってスレイは唐突にサラマンダーに話しかける。

 

「はい? それってどういう……」

 

困惑するウィザードだが、ライラは何かに気が付いた様にハッとした表情を浮かべる。

 

「まさか、この憑魔……いえ、このお方は……!!」

 

そう言った次の瞬間……

 

「ほう、私の正体を見抜くか……流石だな導師よ」

 

「喋った!? マジか!?」

 

「やはり、エクセオ様でしたか!」

 

突如話し始めたサラマンダーにウィザードは驚きの声をあげる一方、ライラはサラマンダーの正体に心当たりがあるのかエクセオという名を口にする。

 

「その通りだ。久しいなライラ」

 

その言葉に警戒を解きウィザードは変身を解除する。

 

「導師スレイ、火の天族ライラ……そして魔法使いソーマハルト。私は五大神ムスヒの試練神殿を任された護法天族エクセオだ」

 

「ええっと……つまりどういう事だ?」

 

展開についていけない晴人は困惑する。

 

「つまり、さっきまでのサラマンダーとの戦いはエクセオさんが俺たちを試す為に憑魔のフリをしてたって事だよ」

 

「はぁ? それじゃあさっきまでのが導師の試練だったっていうのか?」

 

「正確には試練の一つ。『心の試練』だ」

 

晴人の疑問に今度はエクセオが答える。

 

「試練神殿で導師に与えられる試練は二つ……実力を試す『力の試練』と精神力を試す『心の試練』だ」

 

「ええっと……つまりスレイに力を使えない様にした上で、そんな状態でも諦めないでいられるかを試したのか?」

 

「そうだ……導師とは契約と共に普通の人間では持ち得ない強力な力を手にする……だが、本当の強さというものが試されるのは自身が苦境に立たされた時だ。故に、私は擬似的に穢れの領域を再現し導師スレイの力を封じたのだ」

 

「それで、期待通りアンタの目論見を見破った訳か……」

 

「その通りだ。導師スレイよ。よくぞ試練に気が付いたな」

 

その言葉にスレイは照れ臭そうに頬を掻く。

 

「気がつけたのは皆のお陰だよ。エドナが結界を見て『即席でつくれるものじゃない』って言った時、引っかかったんだ。結界が張られたのもサラマンダーが現れたのも何もかもがタイミングが良すぎるって……だとしたら今の状況こそが導師の試練なんじゃないかと思ったんだ」

 

「しかし、よくぞあの短時間で石碑の文字を解読したものだな」

 

「『邪なる意に抗さんと欲する善なる者よ。四方の石碑に汝が手をかざせ。我、ムスヒの破邪の炎を汝が意に添えん』……あの石版には導師が4つの石碑に手をかざす事で領域を破る事ができるっていうヒントが書かれていたんですね」

 

「ほお、そこまで正確に読み解いたか」

 

「ライラやハルトが戦ってくれたから落ち着いて挑めたんです。俺1人じゃあどうにもできなかったと思います」

 

その言葉にエクセオは満足気に声を零す。

 

「仲間を信じ思考を止めず諦めぬ心……見事だ。心の試練合格としよう導師スレイ」

 

その言葉にスレイは明るく笑みを浮かべ喜びを露わにする。

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

「ふっ……やったなスレイ」

 

「あぁ! ハルトもありがとう!」

 

そう言って笑い合う2人だが……

 

「気を抜くな。まだ力の試練が残っている……」

 

「あっ、そうだった」

 

「力の試練……って事は……」

 

「察しているようだな。そう、私を打ち倒してみせろ。それこそが力の試練だ。言っておくが手加減はしない。気を抜けば最悪死ぬ事になるぞ」

 

「「ッ!!」」

 

その言葉に場の空気が再び引き締まるが……

 

「エクセオ様……その前に一つお伺いしたい事があります」

 

ライラの言葉がそれを遮った。

 

「ライラか……何が聞きたい?」

 

「先ほどの試練、何故ハルトさんを巻き込んだのかという事です」

 

「…………」

 

ライラの言葉にエクセオは押し黙る。

 

「ええっと……ライラ、それってどういう意味?」

 

言葉の意味がわからずスレイがライラに問いかける。

 

「この火の試練はスレイさんと私の2人で挑ませるつもりだった筈です。現に他の皆さん達は結界の外へと隔離されました。本来なら私がサラマンダーの足止めを行い、スレイさんが領域を破るという試練となる筈だったのでは?」

 

「……その通りだ」

 

「ならば何故、ハルトさんだけを結界の中に残したのですか?」

 

下手をすれば命に関わる導師の試練に何故、仲間の中で晴人だけを残してサラマンダーと戦わせる様な真似をしたのか、その意図がわからずライラはエクセオに問いかける。

 

「それは彼を見極める為だ」

 

「見極める?」

 

「そうだ。『黒』をその身に秘める彼が一体どの様な人間なのか……」

 

「『黒』をその身に秘める……? どういう意味でしょうか? そもそもエクセオ様は何故ハルトさんの事をご存知なのですか」

 

「それは……」

 

ライラの言葉にエクセオが言い淀んだ。

 

その次の瞬間……

 

『知りたいか女。それは俺がコイツに教えたからだ』

 

『!?』

 

突如、響き渡った謎の声と共に晴人達が立つ舞台の一角に謎の火柱が生み出される。

 

「な、なんだ!?」

 

驚きの声をあげるスレイ。

 

そして火柱が止まりそこから現れたのは……

 

___________________________________

 

結界の外でその光景をアリーシャ達はただ見守っていた。

 

サラマンダーの正体が明かされエドナやロゼが「悪趣味な試し方だ」と愚痴るのをアリーシャとミクリオがなだめ、スレイが試練の存在に気が付いた理由にエドナの名を挙げた時にエドナがドヤ顔を浮かべるのに苦笑いしそして今、エクセオが告げた言葉にアリーシャは嘗てヘルダルフの告げた言葉を思い出していた。

 

_____『憑魔であるワシには分かる。お前の中には巨大な『絶望』そのものが潜んでいる。それこそ、最強の憑魔を生み出してもおかしくない程の力を持ったな……』_____

 

あの時はその言葉の意味がアリーシャには理解できなかった。

いや、正確には今も理解はできていない。

 

何故ならばアリーシャにとって操真晴人という人間はヘルダルフが言う様な『黒』とは無縁の人間だからだ。

 

だと言うのに護法天族であるエクセオはヘルダルフと同じ言葉を晴人に向ける。

 

「(『黒』をその身に宿す? 違う……ハルトはそんな人間では……)」

 

そう思った直後晴人達の立つ舞台の一角に火柱が立ち昇った。

 

ロゼが「うっひゃあ!?」と大袈裟な反応を見せるが一同は何が起きたのかと火柱へ視線を向ける。

 

そして火柱が収まりそこから現れたのは……

 

「え……」

 

「おい……どうなってやがる」

 

「は? 何よアレ」

 

「また、試練か何かなのか?」

 

「あのクソジジイと同じ幻術か……? いや、だがこの気配は……」

 

現れた存在に一同は困惑の表情を浮かべる。

 

何故ならば現れた者は……

 

「ハルトが……もう1人?」

 

彼らが知る操真晴人と全く同じ姿をしていたからだ。

 

そして……

 

『遅かったな、操真晴人』

 

もう1人の晴人は口から彼らが知る操真晴人の声とは似ても似つかない低い声が発し、その瞳が不気味に赤く輝いた。

 

『ッ!!』

 

もう1人の晴人の発言に一同に緊張が走る。

 

「貴様……なぜ出てきた」

 

もう1人の晴人に向け、エクセオが警戒を滲ませた声を漏らす。

 

『十分大人しくしていたと思うがな。少なくともお前が操真晴人を見極める間は邪魔をしなかっただろう。それで? その男は貴様の目にどう映った?』

 

エクセオに対してもう1人の晴人が問いかける。

 

「……彼は先ほどの試練で私の力を理解しながら率先し導師やライラを守ろうとした。貴様の語る通り彼は災禍の顕主の様な者では無い……それは認めよう」

 

『ほう……存外に物分かりがいいのだな』

 

「だが貴様の存在は別だ……いや、操真晴人が信用に値すると認めたからこそ、貴様を元の居場所に戻す訳にはいかない……」

 

『成る程……『魔法使い操真晴人』は信用できるが俺の事は見過ごせないという訳か』

 

「当然だ……貴様は限りなく憑魔に近い存在だ。そんな物を彼に宿らせる訳にはいかない……」

 

険悪な雰囲気で会話を交わす2人。

 

そんな2人に困惑したライラが口を開く。

 

「あの……エクセオ様? そちらのハルトさんは……それに『憑魔に近い存在』とはいったい……?」

 

そう問いかけるライラにもう1人の晴人が反応する。

 

『ふん、確かにこの姿では分かりづらいか……ならばこれでどうだ』

 

もう1人の晴人ニヤリと不気味に笑うとその顔に『人では無いナニカの顔』が浮かび上がり突如、強風が吹き荒れる。

 

そして、現れたのは……

 

『お前達にはこちらの姿の方がわかりやすいだろう』

 

「ッ!? あの時のドラゴン!?」

 

「えっ!? な、なにアレ!?」

 

「ドラゴンだと!? オイ! 何がどうなってる!?」

 

「アレがライラ達の言っていた……」

 

「ッ……………」

 

もう1人の晴人の姿が搔き消え、現れたのは嘗てヘルダルフと戦う時に現れたドラゴンだった。

 

その事実にミクリオは驚き、初見のロゼとデゼルは困惑、ザビーダは目つきを鋭くし、エドナは動揺し瞳を揺らす。

 

ドラゴンは晴人達の頭上を旋回しながら問いかける。

 

『ククク……中々愉快な反応だ。そうは思わんか? 操真晴人』

 

「おい、あまり脅かすなよ。というかお前はさっきから何を話してるんだ。置いてけぼりでついていけないんだけど?」

 

『何、簡単な話だ。お前の持つ魔宝石の力と共にこの場所に跳ばされた俺は、そこの天族とやらにこの場所に封じられお前が来るまでに色々と説明するハメになっていたという訳だ。面倒な事にな』

 

「説明? 何をだ?」

 

『お前の事、魔法使いの事、そして俺達『ファントム』の事をだ』

 

そう語るドラゴン。

 

それを聞きアリーシャはドラゴンの言葉を反芻する。

 

「ファン……トム?」

 

聞きなれないその言葉にアリーシャのみならずライラ達天族も困惑する。

 

「それで説明した結果、そこのエクセオさんは俺の事を試そうとしてスレイとライラの試練に加えたって訳か?」

 

『その通りだ。魔法使いという異分子を見極める為にな……喜べ、どうやらお前はヤツのお眼鏡に適ったようだぞ』

 

「その割にはお前とは険悪に見えたけど?」

 

『当然だろう。俺は絶望を喰らい生まれる『ファントム』だぞ? どちらかと言えばこいつらが忌み嫌う憑魔側の存在だ。どうやらコイツは俺がお前に力を貸すことは認められんらしい』

 

「今更だろ……いいから戻ってこいよ。別にこれまでと何か変わる訳じゃないだろ」

 

『いや、変わるのだ』

 

「……どういう意味だ?」

 

意味深なドラゴンの言葉に晴人は眉を顰める。

 

『お前はこの大陸で魔宝石の力と共にその身に宿す俺の力を大きく失った。だが、その結果得た物……いや、消えた物がある』

 

「消えた物?」

 

『……今の貴様は魔法使いとしての力を持ちながら、魔法使いが背負うべき『代償』が存在しない』

 

その言葉に晴人は大きく目を見開いた。

 

一方でアリーシャはその言葉に引っかかりを覚えた。

 

「(魔法使いが背負う……『代償』?)」

 

彼女は少なくとも晴人からそんなものが存在する事を聞いた事は無い。

 

ドラゴンの語る言葉から得体の知れない何かがアリーシャの不安を煽る。

 

「(あのドラゴンが何を言っているのか、よくはわからない……だが、何故だ? 何故私は今こんなにも不安なんだ?)」

 

ドラゴンがエクセオや晴人と交わす会話の意味はアリーシャもこの場にいる他の者達もしっかりと理解できていない。

 

だが……

 

「(どうしてだ? 何故、今あの時の『夢』が頭を過るんだ!)」

 

アリーシャの脳裏には今、ティンダジェル遺跡で意識を失った時の夢で見た光景が蘇っていた。

 

日食と共に人々の内から生まれ出る怪物達……

 

そしてそんな者達と同様に体に亀裂を奔らせ崩れ落ちた晴人の姿が……

 

「(違う! アレは夢だ! ただの夢だ!)」

 

アリーシャはそう自身に言い聞かせる。

 

それでもドラゴンの言葉は続く。

 

『俺の力を大きく失った事で、俺はお前に対して干渉する力が殆ど失われた。俺という存在が貴様をどうにかする事ができなくなったのだ。例えお前が『絶望』したとしてもな』

 

「そうだ。だからこそ君は力を取り戻すべきでは無い。その力を取り戻せば君は再び強大な『黒』をその身に宿す事になる。それは人が背負い戦い続けるにはあまりにも重い物だ。穢れが存在するこの世界で道を踏み外せば、君はファントムでも憑魔でもないナニかに堕ちるやもしれん」

 

ドラゴンの言葉を引き継ぐ形でエクセオが告げる。

 

「君が使う魔法という特別な力は確かに君の心を支えてきたかもしれない、だが力で心は守れない。『黒』をその身に宿し戦いの道を歩き続ければ、いつの日か必ず限界を迎える事になる。ならばここでそれを断ち切るべきだ」

 

エクセオの言葉。そこには憑魔という存在への敵対心と共に晴人の身を案じる優しさが確かに込められていた。

 

『だそうだ。まぁ、事実、間違った言葉では無い。お前はこれまで何度も戦いの中で絶望を乗り越えてきた。だが、これからも耐えられる保証など何処にも無い。俺という『絶望』と手を切るにはまたと無い______ 』

 

『好機だな』そう続けようとするドラゴンの言葉は晴人の行動に遮られた。

 

晴人は赤く点滅する指輪をその指にはめ、拳を握りドラゴンに向ける様に突き出す。

 

それが意味するものはただ一つだ。

 

「ソーマハルト!? 正気か!? 折角背負うべき代償から解放されたのだぞ!? それを……」

 

「エクセオさん……さっきのアンタの言葉は少し間違ってるよ」

 

「何?」

 

「俺は『魔法があるから絶望しなかった』んじゃない。『絶望しなかったから魔法を手に入れる事ができた』んだ」

 

その言葉を聞きドラゴンは呆れた様に声を漏らす。

 

『馬鹿な男だ……折角『絶望』と縁を切るチャンスだったと言うのに……』

 

ドラゴンのその言葉を受け晴人は不敵に笑う。

 

「生憎と掌返して嘘つきにはなりたくないんでね」

 

『なんの話だ?』

 

そう問い返すドラゴンに晴人は何処か懐かしそうに返す。

 

「わかっているだろ? ドラゴン」

 

それは嘗て両者が交わした言葉。

 

 

「絶望なんかじゃない……『お前の力も俺の希望だ』……これまでも、これからも!」

 

その言葉を受けドラゴンは大きく笑い声をあげた。

 

「ククク……フハハハハ! 本当にお前は面白い奴だ! 『ならば、何処まで耐えられるか試してやろう』……これまでも、これからもな!」

 

そう言い放ちドラゴンの姿は赤い炎となり晴人の指にはめられた指輪へと吸い込まれた。

 

「それが君の選択か……ソーマハルト」

 

「そう言う事になるかな」

 

「そうか、ならば今一度、導師と共に君の力と意志がどれ程の物か……試させてもらう!」

 

力の試練を始めるべくサラマンダーは再び大剣を構える。

 

そこに事態を見守っていたライラとスレイが晴人へ語りかける。

 

「ハルトさん……今のは……」

 

「ケリをつけたら約束通りしっかり話すよ。けど今は……」

 

「わかった! 先ずは目の前の問題を……だよな!」

 

「わかりました今は共に! スレイさん!」

 

「あぁ! 行こうライラ! 『フォエス=メイマ(清浄なるライラ)!』」

 

叫びと共に魔法陣が展開され、神衣を纏い大剣を握るスレイがその姿を現わす。

 

それを見届け晴人もベルトを操作する。

 

【シャバドゥビタッチ! ヘンシーン! シャバドゥビタッチ! ヘンシーン!】

 

鳴り響く待機音と共に指輪を構え、力強く告げる。

 

「変身!」

 

【フレイム! ドラゴン! ボー!ボー! ボーボーボー!】

 

『ガァァァァァァァア!!』

 

直後、ウィザードが展開した赤い魔法陣から赤く燃える龍の幻影が現れ晴人と重なる。

 

そして……炎が掻き消えた場所には……

 

「あれが……ハルトの新しい力……」

 

 

真紅に染まったローブ……

 

頭部からは龍を思わせる二本角が左右へと伸び……

 

龍の顔を模した紋様が胸に描かれ……

 

肩の銀のアーマーは巨大化し大きな赤い宝石が埋め込まれている。

 

アリーシャの記憶には無い新たな姿のウィザードがそこには立っていた。

 

 

「さて……」

 

サラマンダーを見据えウィザードは静かに告げる。

 

 

「いくぜドラゴン……ショータイムだ」







原作TOZで燭台の点火順には気がついたけど点火する方向に気がつかなくてバグかと焦る奴www


私です


エグゼイドの飛彩さん面白すぎ問題
きっとクリスマスには本編内でキャラデコケーキを切り分けてくれるはず!

平成ジェネレーションズにご本人が来てくれる事を願い続ける今日この頃です


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27話 諸刃の希望 後篇②

平成ジェネレーションズ! 面白かったぞおおお!!
粗はありましたがレジェンド勢にもガッツリ見せ場があってずっと暴れまくりな映画で大変素晴らしかったです。

今回の更新でタグを1つ追加しました。感想欄では以前からお答えしていたのですが、まだまだ先になりますが今作はウィザード以外のライダーが一名参戦を予定しています。

それと今回使う、ビーストマント装備のフレイムドラゴンは超DVDネタだから捏造じゃないよ! 気になる人は要チェック! ビーストマントを、両肩に装備したフレイムドラゴンはカッコいいですよ


ではおそらく今年最後の投稿です。どうぞ


「あれが……ハルトの新しい力……」

 

燃え上がる紅い龍の幻影の中から姿を現した見たことの無いウィザードの姿に、アリーシャは小さく声をこぼす。

 

「ドラゴンの力を纏った……? ドラゴンの力を利用……いや、協力してるって言うの……? そんな事って……でも、それなら……お兄ちゃんの事も……」

 

そんなアリーシャの横で、同じくウィザードを見つめるエドナの口から困惑した声が漏れた。

 

「エドナ様?」

 

「ッ!!………………」

 

そんなエドナを気にして声をかけたアリーシャだが、エドナはその声にハッとした表情を一瞬見せるとすぐに黙り込んでしまう。

 

「(この反応……ヘルダルフとの戦いでハルトがドラゴンを呼び出した時と同じだ……エドナ様はやはりドラゴンに何か因縁が……)」

 

心の中でエドナの反応から何かを察したアリーシャは再びウィザードへと視線を向ける。

 

「(ハルトは、この遺跡で自分の中の魔力を引き出す為の指輪の力を取り戻すと言っていた……そして、あのドラゴンの言葉……ドラゴンをその身に宿す事でハルトが力を取り戻すというのなら……ハルトの……魔法使いの力の根源というのはまさか……)」

 

疑問、困惑、予感……ごちゃ混ぜになる様々な感情がアリーシャの胸中に渦巻く。

 

「ハルト……」

 

不安を滲ませた声がアリーシャの口から溢れたその時……

 

「えっ!?」

 

ほんの一瞬……魔力の衣を解除していたにも関わらず、アリーシャの意思に関係なく強制的に火属性の魔力が発動した。突然声を上げたアリーシャに周りの仲間達から視線を向けられたが、すでに魔力が解除されていた事とアリーシャが「いえ、なんでもありません」と答えた為に、仲間達は訝しみながらも視線をウィザード達へと戻した。

 

「(い、今のは……一体……)」

 

まるで力を取り戻したウィザードに呼応するかの様な現象にアリーシャは戸惑う。

 

そんな彼女の揺れる瞳が向かう先で、戦いの火蓋は再び切って落とされた。

 

 

___________________________________

 

『ゆくぞ!!』

 

先程とは異なり、正体を明かしたサラマンダーは力強く人の言葉を放つと同時に、恐ろしい勢いでウィザードに肉薄する。

 

「ッ!! 速い!!」

 

先程の戦いでの速さを数段上回るその踏み込みにスレイは驚きの声を溢す。

 

『ハァァァア!!』

 

気迫の篭る声と共にウィザードに向けて振るわれる大剣の横一閃。

 

だが……

 

「…………」

 

轟ッ!!!

 

本気を見せ、先程の戦いを大きく上回る速さで振るわれた渾身の一閃は、轟音と共に虚しく空を切る。

 

ウィザードは振るわれた横一閃を、最小限の後方へのスウェーのみで回避したのだ。

 

『ウォォォォオ!!』

 

「…………」

 

続いて振るわれる縦一閃。

 

ドゴォォォン!!

 

その一撃で石造りの足場がクレーターの様に陥没するが、ウィザードは真紅のローブを翻し、舞う様に横へと最小限の動きで回避し……

 

「ハァッ!!」

 

『な!? ぐぉぉお!?』

 

ドゴォオ!!

 

放たれる回し蹴りがサラマンダーの脇腹を捉え、その巨体が恐ろしい勢いで吹き飛ばされる。

 

ドガァァッ!!!

 

ピンボールの様にその巨体を吹き飛ばされたサラマンダーは石版の一つに盛大にぶち当たり、漸くその勢いを止める。

 

一方のウィザードはローブを翻しながら、静かにサラマンダーを見据える。

 

「悪くない調子だ。さて、そんじゃ反撃といこうか、スレイ! ライラ!」

 

「あぁ、行くよ! ハルト! ライラ!」

 

「えぇ!此方はいつでも大丈夫です!」

 

ウィザードの声に答え、スレイは燃え盛る大剣を構える。

 

【コネクト! プリーズ!】

 

一方のウィザードも魔法陣よりウィザーソードガンを取り出すとソードモードへと切り替える。

 

そして駆け出す二人。

 

「ハァッ!!」

 

『うぉぉ!!』

 

サラマンダーに接近しウィザードの剣が振るわれ、サラマンダーの大剣の一撃と正面からぶつかり合う。

 

『ぬぅ!?』

 

だが、先程とは異なりウィザードの斬撃は押し負ける事なく、サラマンダーの一撃と拮抗する。

 

「てやぁっっ!!」

 

『ッ!!』

 

そこに逆サイドから突っ込んできたスレイの大剣の一撃が振るわれる。

 

ガギィン!!

 

だが振るわれた一撃はサラマンダーが左手に持つ大盾で防がれる。

 

だが……

 

「「建つは血塔!」」

 

『ぬぉぉぉぉぉぉっ!?』

 

ウィザードがバックステップで退くと同時に、スレイが大きく振りかぶった大剣を下方から頭上へと跳ね上げる様に振るい盾をカチ上げる。そして、斬撃を追従する様に地面から巨大な火柱が立ち登り、サラマンダーを飲み込むと勢いをそのままに空中へと浮き上がらせる。

 

【フレイム! シューティングストライク! ボー! ボー!ボー!】

 

それを追撃する様に、得物をガンモードへ切り替えたウィザードはハンドオーサーを起動し、指輪を翳すと通常のフレイムスタイルを上回る威力の炎弾を浮き上がったサラマンダーへと放つ。

 

『ぐぁぁぁっ!?』

 

着弾し爆音と共に地面へと落下するサラマンダーは、空中で態勢を立て直し着地するが……

 

『ぐぅ!?』

 

先程は直撃を受けて、なお平然と立っていたサラマンダーがよろけ、地面に片膝をつく。

 

『なるほど、威力も先程とは桁違いだ……だが、まだだ! この程度では足りないぞ!』

 

そう言い放ち立ち上がるサラマンダーの足元に、赤い魔法陣が浮かび上がる。

 

『我が火は爆ぜる魔炎! バーンストライク!』

 

そして三発の灼火弾がスレイとウィザードに放たれる。

 

それを見たスレイは大剣を目の前で横に向け構える。

 

「「紅の障壁!」」

 

叫びと共に地面から炎の壁が吹き上がり、二人を守るように立ち塞がる。

 

そして炎の壁と灼火弾が激突し、爆音と共に相殺される。

 

そして爆発が晴れた先には……

 

「いない!? ……!! ハルト!! 後ろ!!」

 

先程立っていた場所にサラマンダーの姿は無く、爆炎を目くらましにウィザードの背後へと回っていたのだ。

 

『ハァッ!!!』

 

がら空きのウィザードの背中に向けサラマンダーが強烈な横一閃を放つ。

その斬撃が命中すると思われたその瞬間……

 

【コピー! プリーズ!】

 

ガギィィィィンッッッ!!!

 

『なッ!?』

 

驚愕する声を発するサラマンダー。

 

攻撃の瞬間、ウィザードは振り向く事もなくウィザーソードガンのハンドオーサーを起動すると、変身用の指輪では無くコピー魔法の指輪をかざした。

 

そして何も持っていなかった右手に現れたもう一本のウィザーソードガンを背筋に合わせるように背後へと回し、サラマンダーの斬撃を振り向く事なく背面受けで防御したのだ。

 

「ハァッ!!!」

 

動揺に隙を見せたサラマンダーに対して、ウィザードは振り向くと同時に左手の剣で斬りつける。

 

『グォア!?』

 

怯むサラマンダー。更にウィザードは勢いをそのままにウィザーソードガンの二刀流で斬撃のラッシュを仕掛ける。

 

ガキィィンッッ!!

 

「たぁぁあ!!」

 

『グオオッッ!?』

 

ラッシュで崩れた防御の隙を突き、二本のウィザーソードガンの突きがサラマンダーの胸に叩き込まれ後方へと吹き飛ばす。

 

「決めるぞ! スレイ! ライラ! 突っ込め!」

 

「「任せて(ください)!」」

 

ウィザードの言葉に応えながら、吹き飛んだサラマンダーへ向け駆け出すスレイ。

 

サラマンダーは迎撃するべく大剣を構えるが……

 

『なにッ!?』

 

動揺するサラマンダー。

 

スレイの後方でウィザードはウィザーソードガンをガンモードに切り替え、2丁拳銃から銃撃が放たれ、スレイの背後から弾丸が生き物の様にスレイを避けサラマンダーの頭上、左右、正面とあらゆる方向から殺到したのだ。

 

『クッ!?』

 

スレイの身体を目くらましとした銃撃に反応が遅れたサラマンダーは盾を構え、ギリギリで銃撃を防ぐ。

 

だが、それこそがウィザードの狙いだった。

 

防御の隙を突き、スレイがサラマンダーの懐へと飛び込む。

 

『ッ!! しまっ___ 』

 

スレイの狙いを察したサラマンダー。

 

だがもう遅い……

 

「「我が火は灼炎! 」」

 

スレイが左下方へと腰溜めに構えた大剣から恐ろしい勢いで炎が噴き出す。

 

「「紅き業火に悔悟せよ!」」

 

大剣の切っ先を地面に滑らせながら回転し下から上へと業火を纏う大剣が、サラマンダーへ向け振り上げられる。

 

「「フラン! ブレイブ!」」

 

『グォォォォォォオオオオ!?』

 

スレイの大剣がサラマンダーの手に持った大剣と盾を容易く両断し、サラマンダーへと炸裂する。斬撃を受けた箇所が大爆発を起こし、サラマンダーはその身体をホームランボールの様な勢いで上空へと吹き飛ばされた。

 

だが……

 

『グゥゥ……まだだ!』

 

吹き飛ばされたサラマンダーは健在だった。大剣と盾を失ったがそれにより威力が軽減されていたのだ。

 

しかし……

 

「後は任せた! ウィザード!」

 

それでもなおスレイは勝利を確信し笑みを浮かべ叫ぶ。

 

その背後で……

 

 

 

 

 

「あぁ、任せな。 行くぜドラゴン! 」

 

スレイの言葉を受け、ウィザードが赤く輝く指輪をベルトにかざす。

 

【チョーイイネ! スペシャル! サイコー!】

 

 

ベルトの音声と共にウィザードの大きな背中に赤い魔法陣が展開される。

 

そこから燃え盛る龍の幻影が現れ、ウィザードを中心に旋回すると背後から胸を貫く。

 

『ガァァァァァァァア!!』

 

そして、ウィザードの胸にウィザードラゴンの頭部、ドラゴスカルがその姿を現し咆哮をあげる。

 

ウィザードが両手を左右に広げゆっくりと浮き上がると、胸のドラゴスカルが吹き飛ぶサラマンダーに向けて口を開く。

 

そして……

 

「フィナーレだ!」

 

その言葉と同時にドラゴスカルの口から強力な火炎放射『ドラゴンブレス』が放たれ、サラマンダーを炎の奔流が飲み込んで行く。

 

『ぐぁぁぁっ!?……ぐぅっ!? 成る程……大した……力だ……確かに……見せて……もらったぞ……!!』

 

炎に飲み込まれながら最後にそう呟いサラマンダーは爆炎に飲まれその姿を消す。

 

それが、試練の決着だった。

 

 

___________________________________

 

「ふぃ〜……終わったな」

 

サラマンダーの撃破を確認しウィザードは脱力し気を抜いた様に息を零す。

 

「やったな! ハルト!」

 

そこに神衣を解除したスレイとライラが声をかける。

 

「ハルト! スレイ! ライラ様! 」

 

加えて、結界が解除されたのかアリーシャ達も三人に駆け寄って来た。

 

「やれやれ、見てて肝が冷えたよ」

 

「ほんとそれだよね。試練にしたって、説明も無しにいきなりあれは悪趣味だって」

 

「だからそれが試練なんだろ。説明したら試練にならん」

 

「そりゃあそうかもしれないけどさ……」

 

ぶーぶー文句を言うロゼ。だが、不満を言うのを止めると今度はウィザードへと視線を向ける。

 

「えーっと……それでなんだけどさ……さっきのって結局なんだったのかなー……なんて」

 

彼女なりに妙な空気を察しているのか、おずおずと遠慮気味にロゼは先程現れたドラゴンに関して質問する。

 

だが、それはこの場にいる晴人以外の全員が心の内に持つ疑問だった。

 

「あれってドラゴンのことか? あれは……」

 

その問いかけにウィザードは答えようとするが……

 

「済まないが、先に此方の要件を済ませて貰っても構わないか?」

 

集まった一同に何者かが声をかける。

 

その声に釣られて一同が視線を向けた先には、白いフード付きのローブを纏い、口元以外を隠すデザインの仮面を被った人物が立っていた。

 

「えーっと……その声、エクセオ様ですか?」

 

聞き覚えのある声にスレイはそう問いかける。

 

「左様だ。導師スレイ、火の天族ライラ、先程の戦い見事だった。力の試練、見事合格だ。其方に五大神ムスヒの秘力を授けよう」

 

その言葉と同時に、スレイの足元に大剣を模したムスヒの紋様が現れ、赤く輝くとその輝きがスレイに取り込まれていった。

 

「ムスヒの加護により其方の持つ領域の力が強まった。それは穢れの領域に抗う力となり得るだろう」

 

「つまり、さっきの心の試練の時みたいに相手の穢れの領域に押し負けて力を発揮できなくなったりししないって事ですか?」

 

「その通りだ。だが、災禍の顕主に対するにはまだ力不足となるだろう。奴に対抗するには残り3つの試練を乗り越え、四属性全ての秘力を手に入れる必要がある。心して臨む事だ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

エクセオの言葉にスレイは頭を下げ感謝の言葉を口にする。

 

それを見て口元を緩め僅かに微笑むと、エクセオは次にライラへと視線を向ける。

 

「『浄化の炎』、マオテラスが残した力の残滓……ライラ……『誓約』を行なったのだな」

 

「…………」

 

突然の問いかけにスレイ、ロゼ、ミクリオ、アリーシャ、晴人の五人は言葉の意味がわからず首を傾げる一方、残りの天族達は何かを察した様に押し黙り、事態を見守る。

 

一方のライラは表情を暗くするものの、その問いかけには答えない。

 

「答えない……『答えられない』か……済まぬ。辛い事を聞いたな……」

 

「いえ……全ては私の非力が招いた事態ですから……」

 

弱々しく言葉を零すライラ。それを見てエクセオは小さく溜息をつく。

 

「背負うなとは言わん。だが背負い過ぎるな。1人で背負える物などたかが知れている。それは人間であろうと天族であろうと変わりない」

 

「はい、同じ過ちは繰り返しません。『今度こそ』私は道を違えません」

 

事情を知っているもの同士の会話。スレイや晴人達からすれば意味を察する事は難しいが、両者の雰囲気から口を出してはならない話題なのだと察し、誰も口を挟む事はしない。

 

そして会話を終えたエクセオは最後にウィザードへと視線を向ける。

 

「本当に迷いは無いようだな」

 

先程の手合わせで晴人の覚悟を察したのか、エクセオは言葉少なくそう問いかける。

 

「あぁ、自分で選んだ道だからな」

 

「ふっ、どうやら私の行なった事は君にとっては今更な話だった様だな」

 

「気にしちゃいないさ。あの力で警戒されたのも初めてって訳じゃないしな」

 

「……導師達への説明は私から行なった方がいいか?」

 

「いや、自分で話すよ。約束だしな」

 

そう言ってウィザードは、戸惑い見守るアリーシャへと僅かに視線を向ける。

 

「そうか……礼を言おうソーマハルト。『この世界』の為に助力してくれる事、感謝する……」

 

「気にしなくていいさ。俺にとっちゃいつもの話だ」

 

含み無くそう告げたエクセオに、ウィザードも仮面の下で笑みを浮かべ返答する。

 

そうして会話を終えた所に再びロゼがおずおずと口を開いた。

 

「えーっと……取り敢えず会話は一通り終了って事でいいのかな? なんか色々と聞きたい事はあるんだけどさ。先ずはハルトが言ってた村長さんの身体の毒を治す魔法。あれ使える様になったの? 早く戻った方がいいと思うんだけど……」

 

「悪い、その通りだな」

 

その言葉を受けてウィザードは指輪を交換しベルトにかざす。

 

【ビースト! プリーズ!】

 

魔法の発動を知らせる音声と共に紫がかった青い魔法陣が展開され、ウィザードが真横にかざした右腕を通過していく。

 

「どうやら成功みたいだな」

 

そう告げたウィザードの右腕にはイルカの頭部を模した肩装甲と先程の魔法陣と同色のマントが装備されていた。

 

「やったな! それじゃあ村長さんの所に……ちょっと待って!」

 

「ん? どうかしたのか?」

 

待ったをかけたスレイの言葉にウィザードはどうしたのかと問う。

 

「ごめん! 1つだけエクセオさんに聞いておきたい事があるんだ」

 

そう言ってスレイはエクセオの方を向き問いかける。

 

 

その内容は……

 

 

「エクセオさん……貴方はドラゴンになった人を助ける方法を知っていますか?」

 

___________________________________

___________________________________

 

「今、戻ったよ! 村長さんは!?」

 

時は進み、真夜中を過ぎ夜明けが近づきはじめる時間に差し掛かったゴドジンの村。

 

村長の家にウィザード達は戻ってきた。

 

「戻って来た!よかった! 村長さんならまだ……ってなんだソイツ!?」

 

村長の家に駆け込んできた一同に村人は安堵するが、直後に現れたウィザードの姿を見て素っ頓狂な声をあげる。

 

まぁ、見知らぬ仮面の人物がいきなり駆け込んできたらそりゃあ驚くのも無理は無い。

 

「あぁ、そういえばこっちの姿は見せてなかったっけか。わりぃ、驚かせちまったな」

 

「その声……さっきの兄ちゃんか?」

 

ウィザードの声を聞き村人はそう問いかける。

 

「あぁ、約束通りあんたらの希望を救いにきたぜ」

 

「ほ、ほんとか!? ならこっちだ! 早く来てくれ!」

 

藁にも縋るような形相で村人はウィザード達を村長を寝かせている寝室へと案内する。

 

だが、寝室に案内されたウィザード達はそこで意外な光景を目にした。

 

「あんたは……」

 

「あら? どうやら間に合ったようね?」

 

ベッドに横たわり苦しむマシドラに対して、回復術をかけている者がいた。

 

ゴドジンに向かう道中で救った天族の女性である。

 

「聞きたい事は色々とあるのだけど、先ずはこの人を助けて貰えるかしら? この人達が待っていたのは貴方達なのよね?」

 

「わかった。まかせてくれ」

 

柔らかい声で告げた女性に対してウィザードは頷くと、右肩に装備されたマントを大きく翻す。

 

するとマントから海の色を思わせる青い光のシャワーが横たわり苦しむマシドラへと降り注いだ。

 

「ぐぅ……あ……? わ、私は……?」

 

すると先程まで意識が朦朧とし苦悶の声をこぼしていたマシドラの表情が和らぎ、弱々しくもその瞳が見開かれる。

 

「村長!」

 

「毒の方はこれでなんとかなった筈だ。けど一先ずは安静にしていた方がいいと思う」

 

変身を解除し元の姿への戻った晴人は村人達にそう告げる。

 

「ありがとう! 本当になんと礼を言ったらいいか……!」

 

「気にしなくていいさ。礼はいいから今は村長についていてやってくれ」

 

そう晴人が言うと、村人達はもう一度礼を言うと村長の看護をするべく持ち場へ戻っていく。

 

「ふぃ〜、取り敢えずこっちはひと段落か……後は……」

 

そう言いながら晴人はアリーシャ達へと視線を向け口を開く。

 

「宿に戻ろう。約束通り説明するよ。『魔法使い』について……な」

 

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宿の一室に戻って来た一同。テーブルの椅子に腰かけた晴人を中心に他の面々は同じく椅子に座る者、ベッドに腰掛ける者、壁に寄りかかる者など皆が思い思いに彼の話を聞く姿勢を見せていた。

 

因みに先程、村長応急手当として回復術をかけていた天族の女性『フォーシア』は、未だに村長の部屋に残り、回復術を用いて村長の看護を手伝っている。

 

あの後本人から話を聞くと、晴人達が試練神殿に向かった後、目を覚まし村を散策していたところ慌てる村人達を発見し事情を察して、晴人達が戻るまで毒に苦しむ村長の状態を軽減するべく、回復術で村人達の看護に協力してくれたらしい。

 

本人曰く「突然の事で驚いたけど、ここまで手伝ったのだから最後まで手伝わせて」との事だ。

 

そんな訳で、あまり大人数であの部屋にいても邪魔になるとフォーシアと村人達にあの場を任せて、一同は宿に戻って来たのである。

 

「さて、何から話したもんかな……」

 

そう言って少しばかり困った表情を浮かべる晴人。彼からすれば先程の試練神殿でドラゴンとエクセオの会話から一同に説明すべき内容がとっ散らかってしまい、どういう順を追って話すべきなのか些か困ってしまっている。

 

一方スレイ達も、晴人の事に関してはこの中では一番付き合いの長いアリーシャですら、彼の人となりこそ理解してはいるが彼の過去や魔法使いの事に関しては詳しく知らない為、どう踏み込むべきなのか迷ってしまう。

 

そんな中、何とも言えない空気に耐え兼ねたのか、ロゼが少しばかりオーバーリアクション気味に会話を切り出した。

 

「あー! そんな事いきなり言われても混乱するって! こっちはつい最近天族とか憑魔の事を知ったばっかりなのに、そこに加えて魔法使いとかさっきのドラゴンとかまで加わってもうさっぱりわからん! 略して『さぱらん!』」

 

彼女なりに重苦しい空気をなんとかしたいのか、敢えて大袈裟な喋り方で場を温めようとしているのだろう。そんな彼女の気遣いを察してか、椅子を逆向きにして座り込み、背もたれに両腕を乗せて脱力気味に事態を見守っていたザビーダは苦笑すると口を開いた。

 

「そうだな……あのドラゴンについても気にはなるが、まずは魔法使いってもんが何なのかだな」

 

そう言ったザビーダの言葉を他のメンバーも無言で肯定する。

 

「魔法使いについてか……これを説明しようと思うと多分、基本的な部分で色々と混乱するかもしれないけど……」

 

「なによ、随分と勿体ぶった言い方ね」

 

「うーん、まぁ、アリーシャには大雑把に説明したけど、俺ってこの大陸とは凄い離れた場所から来たんだよ」

 

流石に開口一番で「俺は別の世界からやって来ました」というのは話を脱線させかねないと判断したのか、晴人は少しばかり表現を濁しながら説明を始めた。

 

「凄い離れた? グリンウッド大陸の外から来たって事か? となるとお前さん、『異海』を越えた『異大陸』から来たのか?」

 

晴人の言葉に、ザビーダは少しばかり驚いた表情を浮かべる。

 

「? ザビーダ様、『異大陸』というのは?」

 

ザビーダの言葉の意味がわからず、アリーシャは問いかける。

 

「ん? あぁ、異大陸ってのはな____ 」

 

 

ザビーダ曰く、嘗てグリンウッド大陸がまだ違う名で呼ばれていた時代、この大陸は外洋である『異海』の先にある未知の大陸からの侵略を受けたと同時に、そこから伝わった技術で今よりも優れた文明を築いていたというのだ。

 

人々は『異海』の先に存在する未知の大陸を『異大陸』と呼んでいたが、異海を越えることは当時の造船技術をもってしても容易ではなく、その実態は謎に包まれていたという。

 

後に大規模な地殻変動の発生により嘗ての大陸は形を大きく変え現在のグリンウッド大陸となり、その際に文明は大きく衰退し、多くの技術が失われた。

 

それがザビーダの語った内容だった。

 

「と言うことは、ハルトは海の向こうから来たの!? 」

 

「驚いたな。グリンウッド大陸の造船技術は過去に失われたと聞いていたが外界から人が訪れるなんて……」

 

「確かに、ハルトが乗っていた乗り物といいこの大陸では間違いなく作れる様な物では無いと思っていたが……」

 

それぞれが思い思いに感想を口にするが、晴人は微妙な表情を浮かべる。

 

「いや、俺も正直そこらへんはよくわからないというかなんというか……」

 

「なんだ? 随分と歯切れが悪いな」

 

「あー、なんて言ったら良いんだろうな。俺の元いた場所とこの大陸の関係性ってのが俺にもわからないんだよね」

 

「どう言うことでしょうか?」

 

「いや、何か落ちてた虹色に光る石が急に光り出したと思ったら、いきなりこの大陸に跳ばされたからさ……」

 

『………………』

 

そう言った晴人に対してアリーシャを除くメンバーは何とも言えない表情を浮かべる。

 

「う、嘘では無いと思いますよ!? 私がマーリンドからレディレイクへ向かう道中、ハルトは突然不思議な光の中から現れましたから!!」

 

何とも言えない沈黙をフォローすべく、アリーシャが焦りながら晴人との出会いについてを一同に説明していく。

 

「アリーシャがそう言うなら本当なんだろうけど……」

 

「なんというか、いきなり凄い内容だな」

 

「というかハルトよお。そんな目に遭ってなんで落ち着いてんだよ」

 

「いや、これでも驚いてはいるんだぜ? ただ、妙な場所に跳ばされるのも今回で4回目だからな。流石に少しは慣れてきたというか……」

 

「いや、初めてじゃないんかい!? 普段どんな経験積んでんの!? 」

 

晴人の発言に思わずツッコミを入れるロゼ。

 

一方、静かに話を聞いていたエドナが晴人に問いかける。

 

「随分と回りくどい形で説明し始めたけど、アンタが元いた場所と魔法使いってのが何か関係あるわけ?」

 

「んー、関係というか、この大陸とは根本的に違う部分があるんだよなぁ」

 

「違い? 何よソレ」

 

「まぁ、わかりやすく言うと、俺の元いた場所には『穢れ』も『憑魔』も『天族』も存在しなかったんだ」

 

その言葉に一同は大きく目を見開いた。

 

「穢れが存在しない!? そんな場所があるのか!?」

 

この世界における根本的な部分を否定する晴人の発言に、ミクリオは思わず声を大にし問いかける。

 

他の天族の面々も声には出さないとは言え、その顔には驚きの感情が見て取れた。

 

当然と言えば当然だろう。彼らからすれば穢れの存在する世界を数千年単位で見続けて来たのだ。

 

穢れと無縁の場所というのは彼らからしても未知の世界なのだから。

 

「あぁ、少なくとも、俺はこのグリンウッド大陸に来るまでその手の類のものは見たことがない」

 

「た、確かに君は、初めて出会った時、憑魔や天族について知らなかったが……じゃあ君が魔法使いとして戦っていた相手というのは?」

 

そこでアリーシャの頭に浮かんだ疑問。それは晴人が魔法使いとして何と戦っていたのかと言うことだ。今までの晴人の言動から、彼が魔法使いとして人々を守る為に戦っていたという言葉が嘘であるとはアリーシャ自身、微塵も考えていない。

 

だが、そうなってくると穢れの存在しない世界で彼が何と戦っていたのかという疑問にぶつかるのだ。

 

そしてその問いを受け、晴人が口を開く。

 

「『ファントム』……それが俺たちが戦っていた相手だ」

 

「ファン……トム。確かさっきのドラゴンがそんな事言ってたよね?」

 

ロゼが試練の際のドラゴンの発言を思い出し問いかける。

 

「あぁ、そうだ。ファントムは『ゲート』と言われる人間を様々な手段で追い込み絶望させようとする。俺はそれを阻止する為に戦っていたんだ」

 

「その『ゲート』というのは?」

 

「潜在的に魔力を体内に秘めた人間の事さ。魔力ってのは誰でも持っているものじゃない。こっちで例えるならスレイやロゼみたいな生まれつき霊応力が高い人間みたいなもんだと思ってくれ」

 

「それじゃあ、アンタもゲートだったって訳?」

 

「そういう事になるな。もっとも、魔法使いになるまで俺の中に魔力なんてものがあるなんて俺自身知らなかったけどな」

 

「え? そうなの? なんかこう……魔法使いの国!……みたいなの想像してたんだけど?」

 

「魔法使いの国ねぇ……似たようなものは見た事あるけど、少なくとも俺のいた場所でも魔法を信じてる奴なんてそうそういなかったよ。魔法なんてものは物語の中だけの話だと思われてる。『ゲート』である人間も含めてね。まぁ実際、ゲートだからと言って自分の中の魔力を好きに使える訳じゃないからな」

 

「どういう意味だ? 『ゲート』と『魔法使い』ってのは同義じゃないのか? そもそも、何故ファントムってのはゲートを絶望させようとする?」

 

その言葉に晴人は少しばかり自分の中で何かを整理するように押し黙り、軽く呼吸を整えると、意を決して口を開いた。

 

「……新たなファントムを生み出す為だよ」

 

「え? ハルト、それはどういう……?」

 

晴人の発言の意味が理解できず、アリーシャはその意味を問う。

 

「ゲートってのはあるリスクを背負ってる。もしもゲートである人間が何かの切っ掛けで絶望してしまった時、ゲートの『アンダーワールド』……まぁ、簡単に言えば心の中の世界にファントムが生まれ、そして……」

 

「そ、そして……?」

 

アリーシャは不安を覚えながらも問いかける。

 

 

 

 

 

「宿主の命を奪い、ファントムは現実に誕生する」

 

その言葉に誰かが息を飲む音がアリーシャの耳に届いた。或いはそれは自分のものだったのかもしれない。

 

だが、アリーシャにはそれを考える程の余裕が無かった。

 

何故ならば……

 

「(宿主の命を喰らい生まれる怪物……)」

 

脳裏を過るのは夢で見た光景、体に亀裂を生じさせ蛹の殻を食い破る様に生まれ出る怪物達の姿。

 

「(ハルトの話と一致している……それじゃあ……まさか……まさかあの光景は……)」

 

動揺するアリーシャ。一方で残る面々も驚きを滲ませた表情で晴人に問いかける。

 

「えっと……それじゃあつまり、ゲートは絶望すると死ぬってこと?」

 

「あぁそうだ」

 

スレイの問いかけを晴人は静かに、しかし、しっかりと肯定する。

 

「生まれたファントムは普段は生前の宿主の姿に擬態して人の中に紛れ込んでいる。だけど、姿が同じでも中身は別人だ。宿主の心は肉体と同時に消滅する……」

 

それこそがゲートが背負う宿命。

 

____『僕をグレムリン(その名)で呼ぶな!』____

 

そして、ただ一人の例外を思い出しながらも、晴人は敢えてその事を口にする事は無かった。

 

「物騒な話だな。絶望が死に直結するか……負の感情が引き金になる憑魔に似てる部分もあるが……」

 

「ファントムになってしまったら、その時点で助ける事はできないんだな……」

 

「似てるとは言え単純に憑魔と比較できるものでもないけどな。ファントムになる条件は憑魔化よりも限定的だ。ファントムによって絶望させられなければ滅多な事じゃファントムは生まれないし、あらゆる物に影響を与える憑魔化は別の意味で危険性が高いからな」

 

「成る程、ですがそれならハルトさんはどうやって魔法使いになったのです? ゲートのままでは魔力を行使する事は不可能なのでしょう?」

 

ゲートが魔法使いとなる条件とは何か、疑問を覚えたライラは晴人に問いかける。

 

「絶望の淵に立たされ、体内にファントムが生まれた時、絶望に負けず自分のアンダーワールドの中にファントムを封じる。それが魔法使いになる資格だ」

 

その言葉に一同がハッと何か気がついた表情を浮かべる。

 

「自分の中にファントムって……まさかあの時のドラゴンって!!」

 

「そう、あのドラゴンが俺の中に住むファントムであり、俺の魔力の源だ」

 

『ッ!?』

 

その言葉に衝撃が奔る。当然と言えば当然だ。ファントムという怪物こそが晴人の力の源。

 

それはこの世界で例えるならば憑魔の力で戦っている様なものだ。条件だけで見れば導師よりも寧ろ災禍の顕主に近しい力で彼が人々を助けているというのは、天族であるライラ達にとっても驚くべき事実である。

 

そして、アリーシャはその言葉である事に気がつく。

 

「待ってくれハルト……ファントムを体内に飼うと言う事は、もし君が絶望したら……」

 

「あぁ、俺は死に、あのドラゴンがファントムとして現実に誕生する」

 

ハッキリと、それでいて何でもないことの様にそう言った晴人に、アリーシャは思わず声を荒らげ立ち上がった。

 

「どうして!!」

 

「アリーシャ!?」

 

そんな彼女の剣幕にスレイは思わずたじろぐ。

 

「それが分かっていてどうして力を取り戻したんだ!! あの時あのドラゴンが言っていた『代償』というのはその事だったんだろう!!」

 

「アリーシャ……」

 

「あ……す、済まない……」

 

我を忘れた様に声を荒げた事に気付き、アリーシャは気まずそうに俯く。

 

だが晴人は優しく微笑みアリーシャに語りかける。

 

「いやいいんだ。心配して怒ってくれたんだろ? ありがとな」

 

「だ、だが……」

 

「けど、ヘルダルフに対抗するには今のままじゃダメなんだ。あの時はドラゴンの力で何とか退けられたけど、あいつが本気だったとは思えない。力を失った状態で今度、あの時の戦場みたいに憑魔が溢れ出たらもうどうしようも無いんだ。無茶でもなんでも力を取り戻さないと」

 

そう言い切る晴人だが……

 

「理解できんな」

 

突然、デゼルが会話を遮りながらそう告げた。

 

「この大陸の人間でも無いお前が何故そこまでする? 」

 

「ちょ、あんた! そんな言い方しなくても!」

 

「事実だ。外から来たその男が何故そんなリスクを再び背負ってまで無関係な国を守ろうとする? 魔法使いとしての使命感や義務と言うやつか? 」

 

デゼルは晴人を試すかの様に問いかける。それを受けた晴人は小さく息を吐くと静かに答える。

 

「……使命感や義務感ってのが無い訳じゃない……けど一番の理由はそんな大層なもんじゃないさ」

 

「なに?」

 

「俺が戦うのは、誰かが絶望するのを見たくないから……絶望させられる辛さはよく知っているからな……」

 

「どういう意味だ……」

 

「俺が魔法を手に入れた日、その日俺を含む大勢の人間がファントムを生み出す儀式『サバト』に巻き込まれた。儀式により集められたゲート達は無理矢理絶望させられた……」

 

「なっ!?」

 

「……その方達は?」

 

その問いかけに晴人は首を横に振る。

 

「儀式を生き残ったのは俺ともう一人だけ。他の人達はみんな目の前でファントムになって死んでいった」

 

重々しく告げた後、一呼吸置いた晴人は話を続ける。

 

「確かに俺はこの大陸にとっちゃ余所者だ。そんな俺が戦う理由なんて側から見れば胡散臭いかもしれない。けどな、ヘルダルフが戦場で作り出したあの光景は俺にとっちゃ他人事で済ませられるものじゃないんだよ」

 

静かに、それでいて熱い感情を滲ませながら彼は告げる。

 

兵士達が穢れに飲まれ怪物となっていく光景が、嘗ての光景と重なった。それを他人事として許容する事など彼にはできはしなかった。

 

「それに、勘違いしてもらっちゃ困るけどさ、俺は力を取り戻した事に後悔はしてないよ」

 

「何故だ? 望まずして手に入れた力なんだろ?」

 

「最初はな。確かに俺はなりたくて魔法使いになった訳じゃない。戦い始めた理由に自分だけ生き残った責任や強迫観念みたいなものが無かったとも言わないよ」

 

「あ……」

 

晴人の言葉にアリーシャは晴人が嘗て言っていた言葉を思い出す。

 

_____『俺は進んで導師になったスレイって奴と違って、なりたくて魔法使いになった訳じゃないから』____

 

あの時の言葉の意味を彼女は漸く理解する。

 

彼はなるべくして魔法使いになったのではなく、望まずしてその力を背負わされたのだと……

 

「けど、今はそれだけじゃない」

 

「……え?」

 

始まりは悲劇だった。

 

絶望の中で悲劇を止めるヒーローが現れる事はなく、多くの命が失われていく中で青年は生き残った。

 

そして彼は決意する。

 

希望(ヒーロー)が来ないなら、自分が悲劇から人々を救いあげる希望(ヒーロー)になるのだと。

 

力を手に入れて自惚れた訳ではない、自分が選ばれた存在だなどとは微塵も思わない。

 

それでも青年は決意した。

 

例え分不相応でも……

 

本当は宝石には程遠いガラス玉だとしても、ヒーローという宝石(やくわり)を演じきる事を……

 

そうしてヒーローとしての仮面を被り、青年は戦いの渦中へと自ら足を踏み入れて行った。

 

だが、戦いの中で、望まずして手に入れた筈の力は、いつしか彼という人間の芯へと姿を変えて行った。

 

魔法使い(このちから)があったから救えたものがあった。魔法使い(このちから)に自分の夢を託してくれた奴がいた。魔法使い(このちから)があるから掴めた『希望』があったんだ」

 

絶望の淵で手に入れた力は守るべき人々の為の希望だけでなく、彼自身の希望となっていた。

 

「だから、今は胸を張って言えるよ。魔法使い(これ)が俺の生き方なんだってな」

 

そう言って晴人は作り笑いでは無い本心からの笑顔を浮かべる。

 

「だからドラゴンは俺にとっては絶望なんかじゃない、俺の信じる道を進む為の希望なんだ。魔法使いだったからこそ今だって、俺はアリーシャの力になれてるんだからな」

 

その言葉にアリーシャの中で何かが繋がった。

 

「(あぁ、そうか……)」

 

彼女の脳裏に晴人がサイモンに言った言葉が蘇る。

 

____『例え、『悪』と呼ばれる力でも誰かの為にそれを振るえるのなら『悪』ではない何かになれるかもしれない」____

 

「(あの言葉は晴人自身が掴んだ答えだったんだ……そして彼がそんな生き方をしていたからこそ、私は今スレイ達と共に夢の為に戦える……)」

 

彼から与えられた魔力は、元を辿ればファントムであるドラゴンから生み出された力だ。

 

それでもアリーシャは今、その力を希望に2つの国の戦争を止めようとしている。

 

「(ならば信じてみよう。彼が信じたドラゴンの力が私の希望へと繋がる力になるのだと……いや、違うな。私自身が形にするんだ。晴人から貰ったこの力を『希望』に……ハルトがそうした様に)」

 

そんな想いを胸にアリーシャは胸の内に生じた不安を振り払う。

 

一方で晴人は一同に向き直り口を開く。

 

「ま、こんなところかな。『魔法使い』と俺が『戦う理由』は。要するに、ここがどこかなんて俺には関係ないのさ、助けを求める声があるなら俺は魔法使いとして『最後の希望』になる。それが今の俺のやりたい事でやるべき事なんだよ」

 

晴人は微笑みながらそう告げる。

 

「そんでもって、俺はこれからもアリーシャの手助けをしながらヘルダルフを浄化したいと思ってる。目的は同じだ、改めて、そっちが良ければ力を合わせて一緒に戦って行きたいって思ってるんだけど、どうかな?」

 

その言葉を聞きアリーシャは慌てて立ち上がるとライラ達に頭を下げる。

 

「わ、私からも改めてお願いします! 」

 

そう告げた二人にスレイ達一同は……

 

 

 

 

「オレは良いと思うよ。ハルトとはさっきも一緒に戦った仲だし、力になってくれるのは心強いと思う」

 

「スレイ……!」

 

「はぁ……スレイならそう言うと思ったよ」

 

「まぁ、スレイさんですから♪」

 

笑顔を浮かべながら晴人達の提案を受け入れたスレイを見て、ミクリオとライラもつられて笑みを浮かべる。

 

「いいじゃんか、オレがハルトを信じたいと思ったんだ。そこに根拠なんて必要ないだろ?」

 

「あたしも特に気にしないよ。旅はみちづれなんて言うし、多い方が楽しいっしょ!……そんで? デゼルは?」

 

「……異論は無い」

 

「あんたねぇ……さっきの流れでそれは印象悪いよ?」

 

「知るか……」

 

「じ〜〜〜」

 

そっぽを向くデゼルだが、それに対してロゼはジト目でご丁寧にセルフ効果音付きで見つめる。

それにより暫くして根をあげたのはデゼルの方だ。

 

「クソッ! 言えばいいんだろうが! ……ハルト!」

 

「お、おう……」

 

勢いまかせに声をかけられ怯む晴人だがデゼルは口を開くが……

 

「まぁ……なんだ……悪かったな」

 

突如失速し勢いがなりを潜め、口下手キャラと化したデゼルの口から言葉少な目に、謝罪の言葉が溢れた。

 

「はぁ〜、ないわ〜」

 

「知らん! クソッ! 俺はもう休むぞ!」

 

そう言ってデゼルは空いたベッドにドカリと横になると帽子を普段よりも更に顔を隠すように深く傾けてふて寝を決め込む。

 

「ありゃりゃ拗ねちゃった」

 

更に呆れるロゼ。

 

その時、ガチャリと扉が開く音がする。そちらへ視線を向けるとエドナが無言のまま部屋から出て行こうとしている。どうやら女性陣用にとった部屋に戻るつもりの様だ。

 

「あー、エドナさん?」

 

思わず呼び止めようとするライラだが……

 

「反対したって無駄な流れでしょ? だったら好きにすれば?」

 

冷たく突き放す様な言葉を残し彼女は部屋を去っていく。

 

「エドナ様……」

 

そんなエドナにアリーシャは悲しそうな表情を浮かべる。

 

「あんま気にすんなよ。エドナちゃんは素直じゃないのさ」

 

そんな中、ザビーダがいつもの調子で口を開く。

 

「そういうお前はいいのか? 俺とまだ一緒に旅をしてさ」

 

その言葉を聞いたザビーダは鼻で笑うと迷いなく告げる。

 

「つまんねぇ事を聞くんじゃねぇよ。その程度の事で掌返すなんざありえねぇよ。言ったろ? こう見えても約束に関しちゃ煩い男なのさ」

 

「ふっ……そうかい」

 

問いかけをアッサリと一蹴したザビーダに、晴人はどこか嬉しげに笑みを浮かべる。

 

「そんじゃま、改めて宜しく頼むぜ」

 

「こちらこそ!」

 

そう言いながら、晴人とスレイは握手を交わし笑い合った。

 

 

 

___________________________________

___________________________________

 

 

白い壁、白い床、アリーシャの視界に飛び込んで来たのはそんな見慣れぬ光景だった。

 

「ここは……また夢の世界なのか?」

 

晴人との会話を終えた後、スランジの容体が安定した事を聞かされた一同は改めて休息をとった。

 

思えば険しい崖道を乗り越え、やっとこさ辿り着いたゴドジンでろくに休む事なく、調査と火の試練での戦いを敢行したのだ。

 

夜明け間近とはいえ流石に疲労が蓄積していた一同は睡眠を取り、アリーシャもまたベッドで眠りに就いた筈なのだが、気がつけば彼女はまた見たことも無い部屋の中で目を覚ましたのだ。

 

彼女の周りを白い服を来た女性達が慌ただしく通り過ぎていくが、アリーシャの事はまったく認識していない事から、彼女は自分が以前にも見た夢の世界に再び来たのだと察した。

 

「見たことのない場所だ。という事はこれはハルトの?」

 

晴人の話からアリーシャは、以前に見た夢の光景が晴人の記憶であると事を確信しはじめていた。

そんな矢先、またしても自分が見たことも無い場所に来てしまった事から、彼女はこの光景もまた晴人の記憶によるものなのかと推測する。

 

「慌ただしいな、何かあったんだろうか?」

 

慌ただしく走る白衣の女性達が気になり、アリーシャは後を追う。

 

そして白衣の女性を追って辿り着いた部屋でアリーシャが見たものは……

 

「これは……」

 

ピッ……ピッ……ピッ……

 

規則的に部屋に鳴り響く奇妙な音、部屋の中には2つのベッドがあり、そこには1組の男女が横たわっていた。

 

二人は口には管が繋げられた奇妙なマスクをしており、怪我をしているのか体のいたるところにも包帯が巻かれその姿はとても痛々しい。

 

「この人達は……」

 

アリーシャが困惑した時、彼女の傍を一人の少年が駆け抜け、2つのベットの間に立つと横たわる二人を見て戸惑いを隠さず動揺を露わにし立ち尽くす。

 

だが、その少年を見た女性は本当に……本当に、心の底から嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「よかった……あなたが助かって」

 

弱々しい声で少年を見つめる女性。その言葉を受けアリーシャが少年に視線を向けると少年は体の所々を怪我したのか包帯で手当てをされている。

 

おそらく女性は少年と共に何かの事故に巻き込まれたのであろう。

 

医者でもないアリーシャでさえ一目見れば、重体なのは横たわる二人だという事は理解できる。

 

だと言うのに女性はそんな状態であるにも関わらず、少年の無事を心から喜んでいるようにアリーシャには見えた。

 

「お母さん! 死んじゃ嫌だよ!」

 

少年から悲痛な叫びが放たれる。

 

そんな少年に女性は力を振り絞る様に手を伸ばす。少年の手を握る。

 

「忘れないで……晴人。あなたはお父さんとお母さんの希望よ」

 

「ぼくが……希望……?」

 

女性の言葉を反芻する少年に今度は男性から声がかけられる。

 

「そう……晴人が生きていてくれる事が……俺達の希望だ……今までもこれからも……」

 

息も絶え絶えだと言うのに男性もまた少年に手を伸ばしその手を握る。まるで少年に何かを託すかな様に……

 

ビー! ビー!

 

突如。先ほどまで規則的に鳴り響いてた音が変化する。アリーシャにはその意味がわからなかったが、白衣の女性達はそれをみて更に慌ただしく動き始める。

 

「容体急変!」

 

「早く先生を呼んで!」

 

大勢の白衣を着た人々が慌ただしく動き回り、その中でメガネをかけた白衣の女性が少年をベッドから邪魔にならない様に離れさせる。

 

「嫌だよっ!」

 

その光景に少年の口から悲痛な叫びが放たれ……

 

突如、景色が切り替わった。

 

「い、今のは!? 」

 

アリーシャもまた先程の会話の内容に動揺を見せていた。

 

「今の少年が……ハルト? ではさっきの二人はハルトの両親?」

 

混乱するアリーシャ。だが辺りの光景は彼女の気持ちを無視するかの様に動き続ける。

 

「ここは……あの時の海岸?」

 

切り替わった光景には見覚えがあった。以前見た夢の中で訪れた海岸である。あの時は儀式の始まりにより日食で辺りが闇に覆われていたが、まるでそれが嘘の様に晴れ渡っている。

 

「あの時の続き? じゃ、じゃあハルトは!?」

 

そう言って辺りを見回したアリーシャの視線に、ある光景が飛び込んでくる。

 

「いた!ハルト!」

 

サバトの爪痕を思わせる死に絶えた人々の残骸が黒い灰の様に舞う中を、声が届かないと分かっていながらも海岸の岩場に尻餅をつく様に座り込む晴人を見つけ、アリーシャはその名を呼び駆け寄る。

 

「良かった……無事だ」

 

予測通り、この光景が過去の記憶であるならば晴人が死ぬ筈はない事は彼女とて承知だが、それでもサバトの光景は彼女にとって衝撃が大きかったのか、アリーシャは思わず安堵の息をこぼす、

 

だが、当然ながら目の前の晴人はアリーシャの声には反応せず、驚いた表情である一点を見つめていた。

 

「? 何を……?」

 

晴人の視線の先を追い、アリーシャもまたそちらへと視線を向ける。

 

そこには……

 

 

白を基調とし金のラインが描かれたローブとウィザードに似た琥珀色の仮面を纏い、意識を失っている少女を抱きかかえた人物が立っていた。

 

「魔法……使い……?」

 

外観に違いこそあれ、ベルトや指輪などは晴人が纏うウィザードの姿に酷似している。共通点の多い白い魔法使いにアリーシャは思わずそんな言葉を零す。

 

「ハルトが言っていた古の魔法使い? いや、だが指輪のデザインは違う……」

 

晴人から聞いていないもう一人の魔法使いの存在に、アリーシャは困惑する。

 

動揺する二人を余所に、白い魔法使いは少女を抱きかかえたまま晴人の傍まで歩み寄る。

 

「よく希望を捨てずに生き残ったな」

 

白い魔法使いは安心させる様な口調でそう言うと、抱えていた少女を優しく晴人に預ける様に降ろす。

 

「お前は魔法使いとなる資格を得た」

 

白い魔法使いは静かに晴人へ告げる。

 

「魔法……使い?」

 

困惑する晴人だが、白い魔法使いは白色の魔法陣を展開するとそこから何かを取り出し、晴人に投げ渡す。

 

「ファントムを倒す、ただ1つの道だ」

 

晴人に投げ渡された物、それはアリーシャもよく知るウィザードのベルトだ。

 

そして白い魔法使いは晴人が変身に使う赤く輝く指輪を晴人に差し出す。

 

そこで再び景色が切り替わった。

 

 

「また海!? 今度は一体……」

 

切り替わった景色はまたしても海岸。だが先程の場所とは違うのか岩場ではなく砂浜であり、大きな波音と共に海の波がアリーシャの立つ場所まで流れてくる。

 

「!!あれは……」

 

アリーシャの瞳に、砂浜をフラフラと歩く少女が飛び込んでくる。

 

その顔にアリーシャは見覚えがあった。白い魔法使いに抱えられ眠っていた少女である。

 

綺麗な長い黒髪に人形を思わせる様な整った外観をした少女はフラフラと砂浜を歩き続ける。

 

「おい! 待てって『コヨミ』!」

 

そこに少女を追う様にやってきた晴人が少女の肩に手をかけ呼び止めるが……

 

「触らないで!」

 

コヨミと呼ばれた少女は晴人の強い拒絶を見せ、晴人の手を振り解く。そして自身のロングスカートが海に浸かる事も気にせず海に向かい歩き出す。

 

「な、何を!?」

 

困惑するアリーシャ。

そんな彼女を他所に、少女は手にはめられていた魔宝石の指輪をはずすと海に投げ捨てようとする……

 

しかし駆け寄った晴人がその手を掴む。

 

「離して!」

 

叫ぶ少女だが、晴人はその手から指輪を奪い取ると少女の行為を否定する様に小さく首を横に振った。

 

「ッ!!」

 

それを見て少女は服が濡れる事も気にせず浅瀬に膝をつく様に座り込む。

 

「あたしの事は放っておいて!」

 

尚も晴人を拒絶する少女。

 

「あたしなんて……記憶も無ければ肌の温もりも無い……ただの人の形をした化け物よ!!」

 

そんな彼女の言葉にアリーシャは目を見開く。

 

「まさか、彼女がハルトが言っていたサバトのもう一人の生存者?」

 

詳しい事情はわからないが、アリーシャは先程の光景から、コヨミと呼ばれた少女もまた、晴人と同様にサバトで何かを失ったのだと推測する。

 

その時……

 

「『前に進むには今を受け入れるしかないだろ』」

 

晴人はそう言うと海に足を浸け、少女の傍まで歩み寄ると少女と同様に服が濡れる事も気にせずその場に座り込む。

 

「俺たちが何者だろうと、今を生きようぜ」

 

その言葉に少女は俯くのやめ、晴人の方を見る。

 

「今を……生きる?」

 

そう言葉を漏らした少女の手を取り、晴人は少女が投げ捨てようとしていた指輪をその手にはめる。

 

 

「約束する。俺がお前の……最後の希望だ」

 

アリーシャもよく知る晴人のその言葉を最後に、アリーシャが見ていた光景が搔き消える。

 

「(あの指輪は?)」

 

夢の中で最後にアリーシャの瞳に映ったのは、少女の指にはめられた魔宝石の指輪だった。

 

___________________________________

 

「はっ!?」

 

窓から陽の光が注がれる早朝、アリーシャは宿のベッドの上で目を覚ました。

 

「今のは……」

 

鮮明に思い出せる夢の内容を反芻しながらアリーシャは周りを見渡す。

 

ライラ、エドナ、ロゼの3人は未だに夢の中なのかベッドで眠っていた。

 

そんな光景を見て少し落ち着きを取り戻したアリーシャは、自身の指にはめられた指輪に視線を向ける。

 

「この指輪……同じだった」

 

夢の中で現れた『コヨミ』と呼ばれる少女の指にはめられた魔宝石の指輪。

 

それは、今アリーシャの指にはめられた指輪と全く同じデザインのものだったのだ。

 

「あの少女は一体……」

 

魔法使いの真実を知ったアリーシャ。だが、それはまだ操真晴人の人生の入り口に過ぎなかった。




Q コヨミの事は話さないの?
A まだです

以下、最近の出来事

平成ジェネレーションズを親戚の子供5歳の保護者とした一緒に観に行く

フジ「エグゼイドのライダーで誰が一番好き?」
子「レーザー!」
フジ「へぇ。じゃあクリスマスプレゼントは?」
子「レーザーのガシャットとガシャコンスパロー!」
フジ「そっか楽しみだな」
子「うん!」(満面の笑み)

自宅にて、エグゼイド11話視聴
フジ「やべぇよ……やべぇよ……」


クリスマスの朝にプレゼント貰った数時間後にレーザーが、くたばったら完全にファントム案件なんですが……

なおレーザー死亡フラグ一覧
①LV3で一人だけHPゲージあり
②LV3にHP2%以下限定の必殺技あり
③ハンター装備をオモチャで再現しようとするとレーザーの分が足りない
④四人の中でグッズ展開が何かとハブられる
⑤一人だけ今後の強化形態のバレがいつまで経っても来ない


晴人さん助けて!



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28話 悪夢を止めて 前篇

あけおめ(遅刻)

ゼスティリアクロス二期が始まり期待と不安が入り混じりながらの今年の初更新となります

ところでアニメTOZXこれ尺ホントに大丈(ry

今回は戦闘なしの交流&ドラマパートとなります。

ではどうぞ





 

 

 

 

「…………」

 

日がとうに昇り、昼も近付き始めた時間帯、アリーシャはゴドジンの村を何もなしに散策していた。

 

火の試練神殿を攻略して既に10日、アリーシャ達が村に未だに滞在しているのには理由がある。

 

この村の村長であるマシドラは、解毒後順調に復調していた。天族であるフォーシアを始めライラ達も交代で回復術による治療を行い、現在ではほぼ健康と言って差し支えない。

 

だが、そうなると次の問題が浮上してくる。ゴドジンとマシドラが今後どうしていくのかと言うことだ。

 

村人達は今回の事件を反省し、約束通り赤聖水の製造を今後行っていかないとアリーシャ達に誓った。

 

だが、残念な事に話はそれで終わる事は無い。現状で都に出回ってしまった偽エリクシールは既に多くの人間に買い取られてしまっている。

 

ゴドジンの人々がどれだけ苦境の中で生活していたのであったとしても、彼等がやった事は詐欺に他ならない。

 

もはや知らぬ存ぜぬでやり過ごせる状況では無い。誰かが今回の事件の責任を取らねば事態は大きくなってしまう。

 

マシドラもその事は理解していたのか、彼は自ら村人達に進言した。

 

「私が都へ戻り今回の事件の責任をとる」……と

 

その言葉に村人達は反対した。「村長一人に責任を押し付ける事なんて出来ない!」と。だが、マシドラ以外にも働き手である大人達がいなくなれば今度こそゴドジンは終わりだ。

 

だからこそ、マシドラは自ら都へと出向き、全ての責任を負って自首すると同時にゴドジンの現状を訴え、ゴドジンの人々の生活の援助を行ってくれる様に直談判するつもりだったのだ。

 

それは彼にとって1つの変化だったのかもしれない。ローランスという国に尽くし、そして見限った彼がもう一度ローランスを、そして人を信じようとしている。

 

セルゲイから預かった手紙に書かれていた言葉は、確かにマシドラの胸の内に響いたのだろう。

 

マシドラの説得に村人達も渋々とだが、納得はした。だが、仮にローランスからの援助が得られたにしてもゴドジンの現状は厳しい。

 

何せ、援助は一時的なものだ。いつかはゴドジンが自立して生活できる為の光を見いだせなければ意味が無い。

 

そんな時、意外な人物がゴドジンの支援をしたいと願い出た。

 

マシドラの治療に協力してくれた天族のフォーシアである。

 

何と彼女は嘗てこの一帯に加護を与えていた加護天族だと言うのだ。

 

「加護天族の一人として彼等の純粋な願いを繋げる力になりたい」そう願い出た彼女の意思はアリーシャの協力により、村人達に伝えられた。

 

アリーシャの力により天族の存在を視認した村人達は最初は驚いた。

 

だが、マシドラが罪を償い再び戻るまで変わらずゴドジンの村を守り抜くと誓っていた村人達はその協力を喜んで迎え入れた。

 

そしてフォーシアは器として村に建てられた学校を選んだ。彼女曰く、「この学校は邪な願いを感じさせない純粋な願いが込められたもの」という事らしく天族の器としては申し分無いらしい。

 

例え手段は間違いだったとしても、学校を建てたマシドラや村人達の願いは純粋な子供達への強い想いであったということだ。

 

そんな学校を器とし、フォーシアは家族としてマシドラの帰還を願う村人達の純粋な願いを加護へと変える事で痩せた土地であるゴドジンの土地を豊かにし、今後村を守っていく力となっていくだろう。

 

村人達もフォーシアに対して感謝を述べ、彼女の善意を裏切らぬ様、今度こそ真っ直ぐに生きていく事を誓った。

 

そんな訳で、様々な事後処理を終え、尚且つマシドラが旅立てる程に復調するのを待ち、アリーシャ達はこれから村を出発するまでに至っていた。

 

既に出発の準備は終わり、各自が最後の自由時間として別々に行動しているのだが……

 

「あの夢……あの少女と白い魔法使いは一体……」

 

そんな中、アリーシャの心に浮かぶ疑問。それは先日の夢の内容だ。

 

この数日の間、ゴドジンの村人達の手伝いをしている内は忙しくてそれどころではなかったが、いざ休憩などで時間を持て余すと彼女の脳裏にはすぐに夢の光景が浮かんでしまう。

 

「ハルトの語った過去にあの少女と白い魔法使いの事は無かった。やはり、語りたく無い何かがあるのだろうか?」

 

別にアリーシャは晴人の話が嘘だと疑っている訳では無い。魔法使いについてを説明する彼の表情は真剣そのものだったし、そこに嘘がないと断言できる位には彼女は晴人を信用している。

 

そもそも、アリーシャ達が聞いたことは、あくまで「魔法使いとは何か?」だ。ならば晴人はそれ以外について必要以上に語る必要も無ければ義務も無い。

 

それが彼にとって重要な出来事であれば尚更、安易に踏み込んで良いものでは無いとアリーシャは思っている。

 

そう思っているのだが……

 

「……同じ指輪か」

 

アリーシャは右手にはめられた指輪に視線を向ける。

 

夢の中で晴人に『コヨミ』と呼ばれた少女の指にはめられた指輪。あれは確かにアリーシャの指にはめられた指輪と同じものだった。

 

晴人の魔力を他者に分け与える効果を持つ指輪。それをつけた少女は一体何者なのか、そもそも晴人とどんな関係なのだろうか?

 

家族? 友人? それとも……

 

そんな思考がアリーシャの頭を駆け回り……

 

「ハァ……何を考えているんだ私は……」

 

そんな自分自身に呆れた様にアリーシャはため息をつく。

 

「そもそも、ハルトにはハルトの人生があるんだ。私の与り知らない事があるなんて当然の事だろう……」

 

自身の内に生じたモヤモヤとした感情。その正体がわからず、アリーシャは無理矢理自分を納得させるべくそう自身に言い聞かせるが……

 

「ん? 俺がどうかしたかアリーシャ?」

 

「ひゃあ!?」

 

「うお!? 急にどうした!?」

 

いつの間にか背後に立っていた晴人に声をかけられ素っ頓狂な声をあげるアリーシャ。それに釣られて晴人もビクリと驚いた反応を見せる。

 

「は、ハルト!? いつからそこに!?」

 

「え? いや、そろそろ出発するから呼びに来たら俺の名前が聞こえたからどうかしたのかと思ったんだけど?」

 

「そ、そうか!? すまない! 今行くよ!?」

 

どうやら晴人にはしっかりと聞こえていなかったらしく、アリーシャは慌てて会話を打ち切り、早足で歩いて行ってしまう。

 

「……なんだあれ?」

 

そんな彼女の背中を戸惑いながら晴人は見つめた。

 

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「さてと……それじゃあ短い間だけどお世話になりました」

 

荷物をまとめ村の入り口に立った一同。スレイは全員を代表し村人達に頭を下げる。

 

「頭なんか下げないでくれ導師様! 俺たちも……その……色々と感謝しているよ。村長の事も、村の事も……ありがとう」

 

「いや、村長さんを助けたのはハルトの力だから……」

 

困った様な表情を浮かべスレイは晴人へ視線を向ける。

 

「俺達が力を合わせて試練をこなして取り戻した力だ。なら間違っちゃいないだろ?」

 

「!! ……あぁ!!」

 

そう言って、なんて事ない様に笑う晴人。それを見てスレイは少しばかり驚いた表情を作るとすぐに笑顔を浮かべ、晴人の言葉を受け止める様に頷いた。

 

「ハルトお兄ちゃん!」

 

そこにボールを抱えた少年が声をかける。村長が倒れた際、晴人が村長を助ける事を約束した少年だ。

 

「お! 見送りに来てくれたのか? 」

 

「うん! 今日でお別れって聞いたから……ボールの上手な蹴り方、教えてくれてありがと!」

 

「ま、約束だったしな」

 

「もし、何かあったらまた村に来てね! 勉強もボールの蹴り方ももっと上手になってるから! あ、ついでにザビーダお兄ちゃんも!」

 

「俺はハルトのおまけかよ……」

 

この村に滞在した数日間、空いた時間に晴人は約束通り少年にリフティングやボール捌きなど教えていた。

 

村長が村を離れる事を聞いた子供達は当初は悲しんだものの、村長自身の説得や励ましを含めた晴人達との交流で少しずつ元気を取り戻した。

 

特に尽力したのは意外にもザビーダであり、意思疎通は晴人を介して行い、姿が見えない事を逆手に取りながら子供達と戯れ、中々の人気者となっていた。

 

「子供好きってのは本当だったんだな」

 

「なんだよ疑ってたのか?」

 

「いや、そういう訳じゃないけどさ」

 

「意外ではあったよね」

 

「私も……その……少し意外かと」

 

「側から見たら半裸のロン毛が子供と遊んでる際どい絵面だったけどね……」

 

「え、エドナさん……そこはもう少しこう……オブラートに包んだ言い方をした方が……」

 

「ヒデェ言われようだな……」

 

「あ、あはは……」

 

そんな会話を交わす一同の元へ、荷物を纏めたマシドラがやってくる。

 

「待たせてすまない」

 

そう言ったマシドラは振り返り村人達へと視線を向ける。

 

「村長……」

 

そんなマシドラを見つめる村人の目にはやはり不安や悲しみの色が浮かんでいる。

 

誰もがなんと声をかけていいのかわからないのか、場を静寂が支配する。

 

当然と言えば当然だ。村人達はマシドラに罪を背負わせてしまった事に負い目を感じている。彼らからすればなんと言って送り出せば良いのかわからないのだろう。

 

そんな時……

 

「村長さん!」

 

大人達が誰も口を開かない中で、先程の少年がハッキリとした力強い口調でそう呼び掛けた。

 

その言葉にマシドラは目を丸くする。

 

「ぼく待ってるから! 村長さんがゴドジンに戻ってくるの! 村長さんがいない間も村長さんとの約束は破らないから! だから絶対帰ってきてね!」

 

瞳に涙を溜めながらも、少年はマシドラに笑顔を向けて告げる。

 

「村長さん! いってらっしゃい!」

 

家族としていつか帰ってくる事を信じて彼を送り出す言葉を……

 

いつか「おかえり」と彼に伝える為に……

 

そんな少年に影響され大人達も口々に同じ言葉を告げていく。

 

その言葉を受けたマシドラは柔らかい笑みを浮かべ、しっかりと返答した。

 

「あぁ……いってきます」

 

いつか必ずこの場所に帰ってくる事を胸に誓い。いつか彼らに「ただいま」とその口で伝える為に……

 

 

「家族か……」

 

そんなマシドラをザビーダは何かを懐かしむ様に見つめている。その彼の様子が気になったのか、晴人が問いかける。

 

「どうかしたのか?」

 

「いや……ちょいと昔を思い出しただけさ」

 

「……そっか」

 

憂いを帯びたザビーダの言葉に晴人は何かを察したのか、それ以上何も聞く事は無かった。

 

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「んん〜〜!! とうっちゃく!!」

 

ゴドジンを出発して二日後、一同はバイロブクリフ崖道を降り凱旋草海へと戻ってきた。

 

復調したとは言え高齢のマシドラの体調に気を使い、フォーシアを運んだ時の様に晴人が魔法を駆使しながらに加え、休憩を多めに取りながらの帰り道だった為に、行きよりも時間が掛かってしまった。ロゼは険しい崖道の終わりを喜ぶ様に両手を天に突き上げ身体を伸ばす。

 

「マシドラ様、体調は大丈夫ですか?」

 

「あぁ、休憩も多く取って貰ったからね。特に不調は感じないよ」

 

体調を尋ねるアリーシャに対してマシドラは小さく笑いながら返答する。

 

「あぁ、風が心地いい〜」

 

「崖道は山間部だから風が強すぎるからね」

 

そんな事を話し合うロゼとミクリオだが……

 

「気分爽快ですわね! 草海だけに!」

 

『………………………』

 

「……ククッ」

 

直後に放たれたライラの発言に一同が1人を除き固まる。

 

「えぇっと……草海だけに!」

 

「いや、聞こえてなかった訳じゃないからね!? リアクションに困ってるんだからね!? ていうかデゼルもしかして今笑った!? あんたこういうギャグ好きなの!?」

 

一瞬怯むも再び同じ発言を繰り返すライラにツッコミを入れるロゼ。

 

「えぇっと……ライラは急にどうしたんだ?」

 

「あぁ、ハルトはライラのアレは見た事がないんだったね……」

 

「なんというかライラ様はその……冗談を言うのが好きなんだが……少し冗談が古典て……ではなくて、古……でもなくて……えぇっと」

 

「要はセンス古めのオヤジギャグ好きなのよ」

 

「え、エドナ様!? 」

 

「ガーン!? せ、センスが古い……」

 

「ら、ライラ様! 私はその、個性的で良いと思いますよ!?」

 

なんとかライラ本人に配慮した言い方で困惑する晴人に伝えようとするアリーシャだが、そんな事は知ったこっちゃ無いと言わんばかりにエドナが直球な物言いをぶち込んでくる。

 

その言葉にショックを受け項垂れるライラに対してフォローしようと慌てるアリーシャ。

 

「あぁ、成る程……ザビーダに続き意外な一面だ」

 

そんな光景を見ながら「輪島のおっちゃんと気が合いそうだな」と、晴人は魔宝石から指輪を作り出す職人であり同時に恩人でもある存在を思い出しながら心の中で呟く。

 

だが、よくよく考えるとそういう一面を見せてくれるというのはライラが自分への警戒を少しは解いてくれたのだと思えば悪い気はしないかと晴人は思った。

 

「あー……けどまだペンドラゴは遠いな。スレイ達を追う時はバイクを飛ばしてきたからすぐだったけど、この人数じゃ歩いて行くしか無いし」

 

ライラのフォローに四苦八苦するアリーシャに助け舟を出しながら、晴人は話題を切り替えようとする。

 

その言葉を聞いたロゼは得意げにニヤリと笑った。

 

「ふふ〜ん♪ 心配無用! こんな事もあろうかと既に手は打ってあるんだよね♪」

 

「え? 」

 

「ちょうどドンピシャで来てくれたみたいだね。いや〜流石あたし!」

 

そう言ってロゼが見つめる方向に一同が視線を向けると、そこには数頭の馬に引かれた荷馬車が此方に近づいてくるのが見えた。

 

馬車はロゼ達の近くに止まると、馬を操っていた髪を後ろで1つに束ねた男性と荷台に乗っていた茶色のベストに赤いスカーフを着た背の高い男が降りてくる。

 

そんな2人にロゼは笑顔で声をかける

 

「『エギーユ』! 『ロッシュ』! お迎えご苦労様!」

 

そんな彼女に男性2人は苦笑する。

 

「あのなロゼ……俺たちは商人であって送迎が仕事じゃないんだぞ」

 

「今回は勘弁してって! 手紙に書いておいたでしょ? 教皇様に何かあったら大変だから頼んだんだからさ!」

 

長身の男性『エギーユ』に呆れられた様に言われたロゼは唇を尖らせながら不満気に反論する。

 

「お前はいつも話が急なんだ……『教皇様をペンドラゴに連れて行くから迎えヨロシク!』なんて手紙をいきなり送られてきた方の身にもなれ……」

 

会話を交わす2人。それを見て晴人は隣にいるアリーシャに静かに問いかける。

 

「なぁ、誰だあの2人?」

 

「詳しくは知らないが『セキレイの羽』のメンバーだった筈だ。何度かロゼと一緒にいるところを見た事がある」

 

そんな会話を交わす2人にロゼが気がつく。

 

「あっとゴメンゴメン! 晴人達は知らないよね。この2人は『エギーユ』と『ロッシュ』。セキレイの羽のメンバーでエギーユはギルドのNo.2! ロッシュはエギーユの補佐が仕事なんだ!」

 

そう言って晴人達に2人を紹介するロゼ。

 

「まさか本当にアリーシャ姫がローランスに来ているとは……」

 

アリーシャを見たエギーユは驚いた様子を見せる。

 

そんな彼に対してアリーシャは一礼すると申し訳なさそうに口を開く。

 

「こちらの事情に巻き込んでしまっていたのなら申し訳ない。ですが、どうか力を貸して頂きたい」

 

そう言ったアリーシャを見てエギーユは目を丸くする。

 

「ハハッ! ロゼとの話は冗談みたいなものです。あまり気にしないで下さい」

 

小さく笑い気さくに返すエギーユ。

 

「えー……なにそれ。あたしと扱い違くない?」

 

「そりゃそうだ。細かい仕事は俺達に丸投げするリーダーとは扱いも違ってくるさ」

 

「ふっ……違いない」

 

「ちょっ!? 何さ2人して!? いいでしょ別に! リーダーってのはどっしり構えて最後の決断をするのが仕事なんだから!!」

 

そう言ってどこか楽しげに会話を交わす3人。どうやら気楽に冗談を言い合える程、セキレイの羽のメンバーは仲が良いらしい。

 

「けど、よく僕たちが戻ってくるタイミングがわかったね。どうやって呼び出したんだ?」

 

そんな中、あまりにもタイミングのいい2人の登場に疑問を持ったミクリオが問いかける。

 

「あぁ、その事? 実はね、我らがセキレイの羽には秘密兵器があるんだ」

 

「秘密兵器?」

 

首を傾げる一同。その時突如として空から一羽の鳥が舞い降りロゼの肩に止まる。

 

「この子が我らセキレイの羽の連絡手段の隠し玉」

 

それを見てアリーシャが口を開く。

 

「伝書鳥? だが伝書鳥は鳥の帰巣本能を利用したものだろう? そもそもゴドジンに行く時にロゼは鳥を連れてはいなかったと思うが?」

 

そう疑問を口にするアリーシャに、ロゼはドヤ顔を浮かべると楽しそうに説明を始めようとし……

 

「ふふ〜ん♪ 実はこの子は……」

 

「その鳥の名は『シルフモドキ』。伝書鳥は本来鳥の帰巣本能を利用し決まった場所へ片道のみ使用可能なものだが、シルフモドキは人間の発する波長を覚える習性があり、それにより場所ではなく波長を覚えさせた個別の人間を対象に送る事が可能だ。昔は北の島国にのみ生息していたらしいがこの大陸では希少な鳥だ。珍味として焼き鳥にして食べられる事も_____ 」

 

そんなロゼを遮り突如デゼルが物凄い勢いで解説を始めた。

 

「話を遮んなぁぁぁぁぁあ!? なんなの!? 人の台詞奪って何ノリノリで解説始めてんの!? というか焼き鳥とか物騒な事言うな! この子はウチの優秀なメンバーなんだけど!?」

 

「……別にノリノリじゃ」

 

「嘘こけ! あんた料理と動物絡みになると突然饒舌になるじゃん! ヴァーグラン森林の時も木の切り株がどうだのカブト虫がどうだのと!」

 

「……カブト虫じゃない。ヴァーグランオオクワガタだ」

 

「カブト虫でもクワガタでもどっちでもいいわ! 似たようなもんじゃん!」

 

「全然違う……いいか? カブト虫というのは_____ 」

 

「そこの違いは今どうでもいい!」

 

突如として漫才の様なやり取りを始める2人。セキレイの羽の2人とマシドラは天族が見えていない為、ポカンとした表情でロゼを見つめている。

 

「意外な一面パート3だな……」

 

「ははは……ロゼが言っていたのはこう言う事だったのか」

 

乾いた笑いを零す晴人とアリーシャ。そこにエギーユから声がかかる。

 

「ロゼが何を言い合っているのかはわからんが埒が明かないからな。導師達は荷台に乗ってくれ。いつまでもこうしている訳にはいかないだろう?」

 

「ありがとうエギーユさん。村長さん乗って下さい」

 

「あぁ、済まない」

 

スレイは礼を言い、マシドラが荷台に登るのを手伝う。

 

【コネクト! プリーズ!】

 

一方の晴人は魔法陣から愛車のマシンウィンガーを取り出す。

 

「俺はこっちに乗っていくよ。教皇様の体調の事もあるし到着まで休み易い様にスペースはあった方がいいだろ?」

 

商人であるセキレイの羽の馬車の荷台には確かに人が何人も乗れるだけのスペースはあるが、晴人は教皇に気を使い、そう言ってバイクに跨る。

 

そんな彼にスレイが瞳を輝かせて話しかける。

 

「うわぁ! これってあの時の乗り物だよな!オレ、これが気になってたんだよ!」

 

「ヘルダルフと戦った時にハルトが乗っていた乗り物だね。見たことが無い形状だとは思っていたけど」

 

「ハルト! 今度落ち着いた時でいいんだけど、オレこれに乗ってみたい!」

 

「バイクに興味あるのか? まぁ、こっちなら無免許とか関係ないし時間ができたら乗り方を教えてもいいけどさ」

 

「本当!? やった!」

 

喜ぶスレイ。そんな彼に便乗しザビーダも話に乗る。

 

「お、いいね。実は俺もこいつを走らせてみたかったんだよ」

 

「ザビーダも?」

 

「そりゃあ男ならこう言うのは見てるだけじゃなくて自分で動かしてみたいもんだろ?」

 

「まぁ確かにそれはわかる気がするが」

 

そう言ってザビーダに同意するミクリオだが……

 

「あー、でも『ミク坊』にはなぁ……停まった時に足が地面にしっかりとつくのかね?」

 

「僕はそこまでチビじゃない!! というか『ミク坊』ってなんだ!?」

 

「お前さんの渾名」

 

「ぐ……『ミボ』に続いて……」

 

「なんだよエドナちゃんより短縮してないぞ?」

 

「……そういう問題じゃない」

 

ぎゃあぎゃあと言い合うザビーダ達、その一方で黙っているデゼルも興味があるのか無言でマシンウィンガーに近づいて仁王立ちしており、その威圧感に晴人が若干引いていたりする。

 

それを見つめる女性陣は少しばかり呆れたような表情を浮かべていた。

 

「はぁ……男って好きよね、ああいうの」

 

「ま、まぁ男の方には男の方の世界がありますし」

 

ジト目で見つめるエドナに、ライラはそれを困りながらもフォローしようとする。

 

「そう? あたしは興味あるけど?」

 

「ロゼが? 意外だな」

 

「うん! だってあの乗り物って馬車よりずっと速いんでしょ? 特別料金の速達販売とかに使えそうじゃん!」

 

「あ、あはは……ロゼはやはり商魂逞しいな」

 

目を輝かせながら即答するロゼに対してアリーシャは苦笑を浮かべる。

 

「おーい! よくわからんが乗るなら早く乗ってくれないか!」

 

そんな一同にエギーユから声がかかる。

 

「あ! ごめんなさい!」

 

そんなエギーユにスレイは謝罪し、一同は荷台へと向かう。

 

「よっと! 特等席頂きってな!」

 

ザビーダは荷台の天井である幌に飛び乗り昼寝でもするかの様に寝転がる。

 

「ちっ……」

 

それに少し遅れたデゼルは舌打ちを零しながら仕方ないという様に荷台へと乗り込み、一同もそれに続くが……

 

「あれ? アリーシャは?」

 

何故かアリーシャがいない事に気がついたロゼが荷台から外を見ると……

 

「あー……アリーシャ?」

 

「ん? どうかしたのかハルト?」

 

1人だけ荷台ではなくマシンウィンガーの後ろに跨り、晴人に掴まるアリーシャの姿がそこにあった。

 

晴人は若干、戸惑う様にアリーシャに声をかける。

 

だが、当のアリーシャはそんな晴人の反応にキョトンとした表情で首を傾げていた。

 

「えーっと……今回は馬車があるんだから無理にバイクに二人乗りしなくてもいいんだけど?」

 

その言葉を受けアリーシャは少しばかり間を空け……

 

「え…………あ……!」

 

彼女としてはその行為にこれと言って他意は無かった。

 

アリーシャにとって今回の旅は移動=二人乗りでのバイク移動、という認識が無意識に刷り込まれていた結果、いつもの様に自然と定位置の晴人の後ろに乗ったというのが正しい。

 

だが冷静になって考えてみよう。

 

二人乗りする必要が無いこの状況で、それでも当然の様に晴人の後ろに乗ったアリーシャが側から見たらどの様に見えるのかというと……

 

「へぇ〜、成る程成る程……」

 

「ほぉ〜、意外に積極的だねぇ」

 

「まぁまぁ♪ 」

 

ニヤニヤと面白いものを見た様な表情でアリーシャを見るザビーダとロゼ。瞳を輝かせて楽しそうにアリーシャを見つめるライラの姿がそこにあった。

 

それに気づいたアリーシャは、今の自分の行動がえらいこっぱずかしい事を認識し……

 

「ち、違うんです! コレは____ 」

 

「あーハイハイ、お邪魔いたしましたぁ。ごゆっくりぃ〜」

 

「ザビーダ様!?」

 

「殿方との相乗り……素敵ですね♪」

 

「ライラ様!?」

 

「うっし、そんじゃあ後は若いお二人に任せてしゅっぱぁ〜つ!」

 

「ちょ、ロゼ!?」

 

弁解の暇なくロゼの言葉に馬車は出発してしまう。

 

「うぅ〜〜〜〜!?」

 

後に残されたのは、なんとも言えないこの状況に頰を染め言葉にならない声を漏らしながら項垂れるアリーシャと「どうしたもんか」と戸惑う晴人だった。

 

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「待っていた。よくぞ戻ってくれた導師スレイ、アリーシャ姫」

 

数日後、一同は無事ペンドラゴへと帰還し白皇騎士団の手引きで騎士団塔へと招かれていた。

 

「セルゲイ……久しぶりだな」

 

「教皇様! よくぞご無事で!」

 

マシドラとの再会を果たしたセルゲイは姿勢を正しそう告げるが……

 

「その様な言葉遣いは必要無い……私は教皇としてこの場に戻った訳では無いのだ」

 

「……? それはどういう意味でしょうか?」

 

「セルゲイ殿、実は_____ 」

 

困惑するセルゲイにアリーシャは事の経緯を説明していく。

 

「都で流行っていたエリクシールを教皇様が……」

 

一同がゴドジンで起きた出来事を説明するとセルゲイ達は困惑した表情で言葉を零した。

 

「すまないセルゲイ……私はお前達の期待を裏切ってしまった」

 

そう言ってマシドラは騎士団の面々に向けて頭を下げ謝罪する。

 

「教皇様!? どうかよしてください! その様な事をせずとも我等は貴方を糾弾するつもりなど……」

 

その行動にセルゲイを初めとする騎士団員達は驚きながらもそれを止めようとする。

 

「いや、言わせてくれ。全てはお前達の気持ちを……そして自分を信じる事の出来なかった私の弱さが引き起こした事態だ……本当に済まない」

 

そう言ってもう一度深々と頭を下げたマシドラに、セルゲイは柔らかい口調で声をかける。

 

「謝らねばならぬのは我々も同じです。貴方ならば国を何とかしてくれる。その考えこそが貴方を追い詰めてしまった。国など1人で背負える物では無いというのに……」

 

糾弾を覚悟していたマシドラは、その言葉に驚いた様に顔を上げる。そんな彼にセルゲイはなおも続ける。

 

「貴方の願いは承知しました。手紙に書いた通り、我ら白皇騎士団はゴドジンの件、貴方の力になれる様に尽力しましょう。ですから貴方も1人の人間としてどうか幸せになってください」

 

セルゲイがそう言ったと同時に、彼の背後に整列した騎士団員達はマシドラに向け無言で敬礼する。

 

その光景にマシドラは涙を浮かべながら小さく言葉を零す。

 

「ありがとう……その言葉だけで私は救われたよ」

 

言葉に感謝を込めながら、互いの手を取るマシドラとセルゲイ。

 

その光景を見て、アリーシャは隣に立つ晴人に顔を向け、マシドラが報われた事への喜びを伝える様に笑顔を浮かべる。

 

それを受けた晴人もまた同意する様に優しく微笑み返した。

 

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さて、これにて教皇の件はひと段落した。だが肝心の目的は達成されていない。

 

ペンドラゴの雨を止める事と、幼帝に謁見し憑魔の危険性を報せ戦争を止めるのがアリーシャ達の目的だ。

 

アリーシャ達は以前、白皇騎士団と別れた後に枢機卿が率いた憑魔達に襲われた事、ペンドラゴに降り続ける雨が枢機卿の術によるものだと言うことをセルゲイへと伝える。

 

「なんとその様な……国をまとめる為にとはいえ、枢機卿自らが民を苦しめるなどと……」

 

伝えられた事実にセルゲイは苦い顔をする。民を守る騎士としてやはり枢機卿のやり方に思うところがあるのだろう。

 

「現状だと幼帝との謁見は難しいかな?」

 

そう問いかけるロゼにセルゲイとマシドラは申し訳無さそうに頷く。

 

「あぁ、済まないがそういう事になってしまうだろう」

 

「済まない。本来なら私が教皇として力添えすべきだったのだろうが」

 

「そんな事無いです。あまり自分を責めないでください」

 

「同感だ。アンタにはアンタの人生がある。そのアンタが選んだ事なら俺たちは尊重するさ」

 

そう言って微笑むスレイと晴人に、セルゲイとマシドラは申し訳無さそうにしながらも感謝を告げ微笑み返した。

 

「でも、そうなると手荒いやり方になるけどやっぱり枢機卿を浄化して力を失わせるしかないのかな?」

 

そう言ったロゼにアリーシャが口を開く。

 

「私は……私はできるのならもう一度、枢機卿を説得したいと思います」

 

その言葉に一同の視線がアリーシャへと向けられる。

 

「確かに民を苦しめる枢機卿のやり方は認められません。ですが、彼女が国を救おうとしているという言葉に嘘は無い。以前、実際に言葉を交えた時、私はそう感じました」

 

自身が国を背負うと言った枢機卿の鬼気迫る表情を思い出しながら、アリーシャは言葉を続ける。

 

「例え憑魔の力を振るっていたとしても、枢機卿の国を想う気持ちは私となんら変わりません。やり方が間違っていたとしても同じ願いを抱えている枢機卿となら、刃を交えずとも分かり合える可能性を私は信じてみたい」

 

大切なものは、『力が何か』ではなく『どう力を振るうのか』だ。

 

彼女に希望を与えてくれた青年がそうした様に……

 

「わかった! やってみよう!」

 

その言葉をスレイは頷いて肯定する。

 

「!! いいのかスレイ?」

 

「うん! 人間社会に関してはオレはまだまだ勉強不足だけど、アリーシャがそう言うのならオレも信じてみたい」

 

「ま! いいんじゃない? それで戦わずに済むのならそれに越した事は無いしね。 ……けど、もしもの時は迷わないでよ?」

 

「ありがとうロゼ。わかっている、もしもの時は迷わず戦うさ」

 

そう言ってアリーシャは事態を見守る天族達へ視線を向ける。

 

ザビーダ達も意義を唱える事はせず、アリーシャの意見への反対は無い様だ。

 

「決まりだな。しかし、説得か……実は枢機卿に関して少し気になってる事があるんだけど、いいか?」

 

「気になる事?」

 

晴人の言葉に一同が注目する。

 

「フォートンは何で憑魔になったんだ?」

 

その言葉に一同が困惑する。

 

「え、そりゃ穢れが溜まって……」

 

「それが気になるんだ。穢れっていうのは純粋な願い、無償の奉仕の精神での行いでは生まれないんだよな?」

 

「あっ、そういえば……」

 

村を救う為に偽エリクシールを売り金を稼いだマシドラは、犯罪という手段を選びながらその純粋な願い故に穢れを生み出す事は無かった。

 

同じ理屈で行けば、純粋な願いで国を救おうとしている枢機卿が穢れを発して憑魔になるのはおかしいのである。

 

「えーっと、それならハルトは枢機卿が国を救いたいって言ってるのは嘘で、何か別の願いがあると思ってるの?」

 

そう問いかけるスレイに晴人は首を横に振り否定する。

 

「いや、枢機卿が国を救おうとしていると思うのは俺もアリーシャに同意見だ。それに少なくとも富や名声欲しさにやっているようにも見えなかった」

 

「んー? じゃあなんで枢機卿は憑魔になっちゃったんだろう?」

 

「ザビーダが言うには、少なくともこの街にはすこし前までムルジムっていう加護天族が加護を与えていたって話だ。そう簡単に憑魔になるとも考え辛い」

 

「ここは五大神『マオテラス』への信仰が存在する天族信仰の総本山だから、他の村に比べてもそう簡単に加護が失われるとは考え辛いと思うのだが……」

 

「じゃあやっぱり枢機卿の心に憑魔になっちゃうくらい強い負の感情があるって事だよね? 国を救いたいって人がなんでそんな……」

 

「あぁ、だからそれが引っかかってるんだ。その原因がわかればフォートンの説得も上手くいくかもしれないと思ったんだけど……なぁ村長さん、同じ教会の関係者として何か知らないか?」

 

そう問いかける晴人に、マシドラは顎に手を添え考え込む様な表情を浮かべた。

 

「うぅむ……直接的な原因はわからないが……可能性があるとすれば彼女の境遇だろうか」

 

「境遇? フォートンの?」

 

「あぁ、元々彼女……いや、『彼女達』は修道女になるべくグレイブガント盆地にある『フォートン村』から来た子供達だった」

 

その言葉に晴人が反応する。

 

「グレイブガント盆地の? ……そういえば前に戦場で空を飛んだ時にチラッと村みたいなものが見えたっけか……ん? ちょっとまってくれ……今、『彼女達』って言った?」

 

そう問いかける晴人にマシドラは静かに頷く。

 

「あぁ、長女の『エニド・フォートン』次女の『ロディーヌ・フォートン』そして現在枢機卿の座についた彼女が三女の『リュネット・フォートン』だ」

 

「えっ? 3人姉妹で修道女になったの?」

 

「3人がこの街に来た『理由』としてはそうだ。だが、実際は……」

 

表情を暗くするマシドラ。それを見てアリーシャは彼が何を言いたいのかを察する。

 

「村の口減らし……ですか?」

 

その言葉にマシドラはゆっくりと頷く。

 

「その通りだ。彼女達が住んでいた『フォートン村』は極貧の村でね。口減らしの為、三人は半強制的に村を追い出されたのだ」

 

その言葉に一同の表情は険しくなる。

 

「身勝手よね……人間って……」

 

嫌悪感を滲ませながらそう呟くエドナだが、一同はそれに何も言う事が出来ない。

 

「だが、結果だけ見れば三人はそれで助かったとも言える」

 

「え? 何があったんですか?」

 

「20年前、三人がペンドラゴに送られてから暫くしてフォートン村は『眠り病』と呼ばれる病で滅びたのだ」

 

その言葉に一同の表情が驚きに変わる。

 

「『眠り病』? それは一体?」

 

「人々が突如、無気力になり夢を見ている様に何かを呟きながら眠りから目覚めなくなるという原因不明の奇病だ。当時ペンドラゴからも村に医者を派遣したが結局原因は突き止められず、村人達は死に至り村はそのまま廃村となってしまった」

 

「その様な病が……」

 

「偶然だが事なきを得た三人は教会の修道女としてそれぞれが立派に働いていた。三人はそれぞれ性格こそ違うが仲が良く、お互いを支え合いながら生きていた。フォートン三姉妹といえば当時の教会でもよく話題になっていたのを覚えている」

 

それを聞いたロゼは何かを思いついた様に指を鳴らす。

 

「閃いた! ならそのお姉さん達に枢機卿を説得してもらうってのはどうよ! 」

 

自信気にそう言い放ったロゼだがマシドラは小さく首を横に振る。

 

「それは無理だ」

 

「え? なんで?」

 

「長女のエニド・フォートン。彼女は明朗快活な性格で人当たりもよく好かれる娘だった。だが、司祭であったエリックと通じその身に不義の子を宿した事でエリックと共に教会を破門され、開拓村である『ホルサ』に送られたのだ。そして数年前、村は人間が石になる奇病により滅びている……」

 

マシドラから告げられたその言葉に、ロゼの顔から明るさが消える。

 

「次女のロディーヌ・フォートンは慈愛と奉仕の精神に満ち溢れた聖女と呼ばれ、大陸西部の『プリズナーバック湿原』の開拓計画に教会の信者を率いて参加し、自身の名がついたロディーヌ村を興したが、こちらも原因不明の『石の病』で村は滅んだ……」

 

「……その2人の安否は?」

 

「遺体は発見されていないが、状況からすれば生存は……」

 

「そうか、村長さん話してくれてありがとう」

 

晴人は険しい表情を浮かべつつも礼を述べる。

 

「枢機卿にその様な過去が……」

 

「まだ今の枢機卿との繋がりはわからないけど、少なくともその事件がフォートンに大きな影響を与えているのは間違いなさそうだね……」

 

そう話合う一同だが……

 

「た、大変です!」

 

突如として駆け込んできた1人の騎士が場の空気を破る。

 

「なにがあった!」

 

団長として問うセルゲイに、騎士はその手に持った手紙を見せる。

 

「教会の使者からこれが!」

 

「これは……なっ!?」

 

手紙に目を通したセルゲイの口から驚愕する声が発せられる。

 

「なに!? どうしたの!?」

 

驚いたロゼの問いに、セルゲイはスレイ達へと顔を向け震える声で言葉を告げる。

 

「枢機卿からの伝言だ……『導師一同、そしてアリーシャ姫と魔法使いに伝えろ。今晩、教会神殿へ来い。さもなくば捕らえた騎士団員の命は無いと思え』……くっ! なんという事を!!」

 

セルゲイの悲痛な声が部屋に響き渡る。

 

「俺たちが戻ってきてたのはバレバレって訳か……」

 

「呼び出しとは随分と余裕だね」

 

「だが人質がいる以上行かないわけにはいかない」

 

「だな。いいよなみんな?」

 

そう問いかけるスレイに天族の面々は頷く。

 

「待て! 明らかに罠だ。それに君たちを行かせるなど……」

 

そう言い、一同を止めようとするセルゲイ。だが、そんな彼に晴人は小さく笑いながら返答する。

 

「招待してもらって無視はいただけないだろ? 心配すんなって。もしもの時は戦うしか無いけど、こっちもできる限り戦わずに済む様に説得してみるさ。人質の中には枢機卿を探っていたアンタの弟だっているんだろ?」

 

「ッ!!」

 

そんな軽口を叩く晴人だが、セルゲイに向けたその瞳は微塵も笑っておらず、強い意志が込められていた。

 

「大丈夫さ、誰も死なせやしない。誰もな……!」

 

セルゲイの肩に手を乗せ、決意の言葉を発した晴人は騎士達へ背を向け、スレイ達と共に騎士団塔を出て、雨の降りしきる暗闇の中へと一歩踏み出した。

 

 

___________________________________

___________________________________

 

薄暗い広間。その中に立つ白い修道服を纏った女性は、部屋へと通じる扉を一瞬たりとも目をそらす事なく見つめ続けていた。

 

「もうすぐ……もうすぐよ……」

 

女性の表情は長年の望みが叶うとでも言うように喜びに満ちていた。

 

「導師、姫、魔法使い。その力を全て私の手中に収めれば……ローランスはハイランドを飲み込み災厄の時代を越える事ができる」

 

女性……リュネット・フォートンは静かに笑う。

 

「待っていてください姉さん……約束は必ず果たします……だから、もう一度……」

 

狂気を宿した笑顔。だがその瞳に僅かな哀しみの色を浮かべ、彼女は獲物が現れる時を今か今かと待ちわびていた。

 

 

 






後書き

【悲報】
フジ、デンジャラスゾンビのかっこよさに一目惚れした結果一式大人買いし意気揚々とノールック変身を真似したら薬指がゲキトツクリティカルストライクする

とまぁしょうもない話はさて置き。鈍足更新にも程がある今作ですが完結目指して頑張りますので、今年も宜しければひとっ走りお付き合いください

あと、「しょうもない事で怪我してんなw」と思った人。社長とパラドがお年玉でガシャットくれるってさ(棒)


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29話 悪夢を止めて 中篇

まーた分割コースになっちまったなぁ!

今回の話の前半では本作での独自設定が語られてます。アニメ版やベルセリアで明かされた設定とは異なるのでご了承ください

ではどうぞ






「ここが、マオテラスが祀られている教会神殿……」

 

ペンドラゴの教会神殿内、真夜中の礼拝堂。その中にスレイ達一行は足を踏み入れていた。

 

真夜中という事もあり礼拝に訪れている者はおらず、それどころか教会関係者すら姿が見当たらない。

 

「あっちから来いって言った癖に見当たらないわね」

 

「恐らくは最深部に来いって事なんだろうさ」

 

「最深部?」

 

「あぁ。この教会神殿はマオテラス信仰が始まった千年前に建造された神殿でな、その後も時代毎に増築を続けて今の巨大な教会神殿になったのさ」

 

「なるほど、この礼拝堂は一般の信者の為のもので、更に奥があるって事か」

 

「そう言う事だ。恐らく枢機卿は今度こそ俺たちを逃したく無いんだろうさ。この前も確実に包囲した筈がハルトの魔法で逃げられたからな。今度は最深部におびき寄せて確実に捕らえる気なんだろうよ」

 

「手の込んだ話だな」

 

「同感だね。人気者は辛いなハルト」

 

一同は礼拝堂の奥の扉を抜け、さらに奥へと足を進めていく。そんな中で軽口を叩き合う晴人とザビーダだが、そこで晴人がある事に気がつく。

 

「なぁ、此処には本当にマオテラスってのが祀られてるのか? 火の試練の時はあの場所に妙な力を感じたけど、この教会神殿からはそういう物は感じないぞ?」

 

その問いかけにザビーダ、ライラ、エドナの表情が険しくなる。

 

「……お前さんの言う通り、今のペンドラゴにマオテラスはいない」

 

返答となるザビーダの言葉にスレイ、ミクリオ、アリーシャが強く反応する。

 

「いない?! この神殿にはマオテラスが祀られているんじゃないの?」

 

「ローランスのマオテラス信仰は形だけのもので、最初からマオテラスはこの地にいなかったという事か?」

 

「いえ、ミクリオ殿。今のザビーダ様の言い方だとこのペンドラゴに嘗てマオテラスが存在したのは事実なのでは?」

 

「その通り。確かにこの教会神殿にマオテラスがいたのは事実さ」

 

アリーシャの言葉をザビーダは肯定する。

 

「へぇ~、でもそれならマオテラスは一体何処に消えたのさ?」

 

「……さぁな。わかってんのは20年前に何かがあってマオテラスがペンドラゴから消えたって事だ」

 

「…………」

 

そう言ったザビーダの言葉に後ろを歩くライラの表情が更に曇る。

 

「ふぅん……あ、そう言えば五大神の内、地水火風の四属性は導師に秘力を与えてくれるけどマオテラスはどうなの?」

 

試練神殿の事を思い出しながらロゼが疑問を口にする。

 

「マオテラスは『無』を司る。契約した相手に穢れを浄化する『白銀の炎』の力を与えるのさ」

 

その言葉に晴人は疑問を覚える。

 

「ん? でもお前、確かこの前ペンドラゴに来た時に浄化の炎は力を極めた火の天族が使うとか言ってなかったっけ? ほら、土は封印で風が守護とか言ってたろ?」

 

「間違いでは無いぜ。正確に言えば『嘗てマオテラスの陪審だった天族』ってのが前提条件だけどな」

 

「どういう意味だ?」

 

「千年前には浄化の力ってのは存在しなかった。当時は色々あって今よりかは霊応力の高い人間も多くてな。『対魔士』なんて呼ばれてた奴らが特殊な製法で作られた武器と天響術で憑魔を倒してたのさ」

 

「つまり……憑魔となった者はその対魔士に討たれ……」

 

「殺された。当時の人間の間では人が凶暴化する奇病として扱われてたからな……まぁ殺せるといっても穢れそのものが消える訳じゃねぇ。例え憑魔を殺してもその穢れは残り、死体や周辺の動植物に影響を与える。そこに浄化の力を持ったマオテラスが現れた訳だ」

 

その言葉にスレイとミクリオが反応する。

 

「文献にも僅かに残っているよな。確か五大神には『マオテラス』の前任が存在したんだっけ?」

 

「『カノヌシ』だね。殆ど記録が存在していない謎の多い存在だけど」

 

2人がそんな会話から楽しそうに歴史についてあーだこーだと話始め、晴人は「やれやれ」と苦笑いを浮かべながらザビーダへと視線を向けるが……

 

「……………」

 

当のザビーダはいつもの軽い調子が消え去り険しい表情を浮かべていた。

 

「ザビーダ? どうかしたのか?」

 

「……いや、ワリィなんでもねぇ」

 

らしく無い反応を見せるザビーダを晴人は訝しむが、ザビーダは誤魔化す様に話を再開する。

 

「まぁ、なんやかんやあって五大神の座に就いたマオテラスは、大陸に存在する天族達を自分の陪審にする事で浄化の力を分け与えた訳だ」

 

「ん? でもマオテラスとの契約は今どうなってるんだ?」

 

「20年前にマオテラス側から契約は強制的に解除された。契約の権利は主審であるマオテラスにあるからな。今の俺たちはその時のマオテラスが与えてくれた浄化の力の残滓を使ってやりくりしてんのさ」

 

「なるほどね。要は力の高い天族なら残されたマオテラスの力をいろんな形で引き出せるってのが正確な答えな訳だ」

 

「そういうこった。ま、残された力でやりくりすんのも簡単じゃないんだがな」

 

そういってザビーダはライラへと視線を向けるが、当のライラは黙ったまま視線を外す様に俯いてしまう。

 

それを見た晴人はライラの浄化の力にまだ何かあるのだと察しつつも、ライラの悲痛な表情からそれ以上踏み込もうとはしなかった。

 

「そう言えば1つ聞きたいんだけどさ。枢機卿は特殊な術で長雨を降らせてるよな? 憑魔ってのは強い奴はそんな事までできるのか?」

 

話題を切り替える為、晴人はこれから相対するであろうフォートンの事を尋ねる。晴人の意図を察したのかザビーダもまた何もいう事なくその質問に答える。

 

「憑魔ってのは人間・動植物や自然物・天族によって穢れの影響のしかたが違ってくる。わかりやすく言うと____ 」

 

ザビーダが語った人間の憑魔化の段階分けは以下の様なものだった。

 

一段階目は、憑魔となり身体能力が強化され強い穢れを生む様になるが、自身の変化への自覚は薄く人格も人間だった頃のものがある程度維持できている。

 

二段階目は精神が歪み始めると同時に霊応力が高まり、天響術などの力が行使可能となり自身の変化に明確な自覚を持つ。

 

そして最終段階は更に精神が歪み本能や衝動で動く化け物となり、その中でも力の強い憑魔は極めて高い戦闘能力や特殊な術を行使する事が可能となるのだという。

 

「動植物や天族の方達は憑魔化した時点で正気を失う事が多いが、人間は精神の歪みが憑魔化のわかりやすい目安になるという事ですね」

 

アリーシャはラストンベルで出会った憑魔と化しても意識を保っていたマーガレットや、徐々に人としての意識が歪んでいったランドンを思い出しながらザビーダの言葉を反芻する。

 

「けど、フォートンは長雨を降らせる様な力を持ってる割には人としての意識を保っていたよな?」

 

「あぁ、力の段階だけで見れば間違いなく最終段階だろうよ」

 

「え、ですが枢機卿は意識を保って……」

 

「前にも言ったろ? 憑魔の中には稀に最終段階になっても人としての意識を保ってる奴もいるのさ」

 

「つまり枢機卿もそうだと?」

 

「そこに関しては断言はできねぇな。パッと見でヤバそうに見えても意外と話せる奴もいれば、まともに見えて実はヤバイもんが爆発寸前の奴もいるのが人間だからな」

 

そう言って肩を竦めるザビーダだが……

 

「けど、今回は少しばかり腹を括った方がいいと思うぜ」

 

ヘラヘラした態度が消えた真剣な声音。それにスレイが反応する。

 

「それってどういう意味?」

 

「最終段階に達した人間の中には精神と穢れが強く結び付き過ぎる奴ってのが稀にいるのさ。そういうやつは例え浄化してもすぐにまた憑魔化しちまう。心そのものが穢れに飲まれちまってるからな」

 

ザビーダのその言葉を今度はエドナが引き継ぐ。

 

「自ら穢れを放たない動植物や天族と違って、穢れを生み出す人間だからこその特性ね……例え浄化しても心が穢れに完全に飲み込まれていたら何度浄化しても穢れを生み出して再び憑魔になるわ」

 

「一時の感情の爆発で発生した負の感情であるならば浄化すれば穢れの発生は落ち着きます。ですがもし、穢れを生み出した原因がその方の心の根底にある強い感情であったとしたら……」

 

「ッ!!」

 

その言葉にスレイ、アリーシャ、ミクリオ、ロゼが強く反応する。

 

「それって……」

 

スレイが恐る恐るザビーダにその言葉の意味を問おうとすると……

 

「もし枢機卿がそうだったなったら、その時は悪いがコイツを使わせて貰うぜ……」

 

腰にねじ込んであったジークフリートを抜きながらザビーダは迷わずそう言い切った。つまり、浄化不能であればフォートンを殺すと言うのだ。

 

「ッ!! そんな事!!」

 

ザビーダの発言に怒りを見せるスレイ。たが、それを制する様に晴人が両者の間に割って入る。

 

「ザビーダだってキッチリ浄化して見せれば文句はないさ……俺たちでキッチリ助けようぜスレイ」

 

ザビーダと同じ様に晴人は迷わずにそう言い切る。

 

その言葉にザビーダはニヤリと笑う。

 

「おう、その調子で頼むわ。俺だって無駄弾は撃ちたくないからな……さて、お喋りしてる内にそろそろ到着みたいだぜ」

 

薄暗い石造りの通路を進み続けていた一同は、礼拝堂と同じく開けた空間へと到着する。

 

「ここが教会神殿の最深部……」

 

薄暗く辺りが見えない大広間に到達した一同。そこに……

 

「逃げるかとも思いましたが来てくれて安心しました」

 

「ッ!! フォートン枢機卿……」

 

暗闇の中から白い修道服を纏い、その手に身長と同等の長さの杖を持ったフォートンが一同の前に現れる。

 

「物騒な呼び出し方しておいて随分な言い草ね」

 

皮肉げに言葉を発するエドナだが、フォートンは意に介さず表情を変えない。

 

「これは失礼。ですが、先日はそこにいる魔法使いのお陰で取り逃がしてしまいましたから、今回は念には念を入れてこの場に招待いたしました」

 

「用意周到じゃん。そこまであたし達を始末したい訳?」

 

「始末? それは大きな誤解です。私は貴方達の力を大きく評価しています。どうかその力を我がローランスの為に役立てて頂けませんか? 其れ相応の対価は約束しますよ」

 

「悪役っぽい台詞だね」

 

「なんとでも……ローランスが災厄の時代を越える為ならどんな手段も使うまでです」

 

「それがローランスの民を苦しめる事になってもですか?」

 

「言った筈ですよアリーシャ姫。全ては国をひとつに纏め、災厄の時代を越える為に必要な事なのです」

 

「国を救いたいと思っているのは貴方だけではありません! セルゲイ殿達も____ 」

 

「それも言った筈です。騎士団に政治など理解出来ないと。綺麗事を並べるだけで仕える者すら見定められない愚か者達に何を期待しろと?」

 

逃げ出したマシドラの事を思い出したのか、フォートンは苦虫を噛み潰した様に苦々しげな表情を浮かべる。

 

「確かにセルゲイ殿とマシドラ様の間にはすれ違いがありました。ですが、過ちを認めお互いを知る事で分かり合えたんです。貴女だって……」

 

「わかり合う必要などありません」

 

尚もフォートンはアリーシャの言葉を否定する。

 

「あの者達には相応しい罰を用意します。愚かな部下と同じ末路に送って差し上げましょう」

 

「同じ末路? 騎士団の人達に何をしたんだ!?」

 

「心配せずとも殺してはいません。その様な生温い刑では不十分ですから」

 

「ッ!! 何を……」

 

フォートンは手に持った杖を軽く上げる。すると薄暗かった広間に明かりが灯り周囲の光景を露わにした。

 

「ッ!?」

 

「これは……」

 

「石像? でもこれって……」

 

明かりが灯った最深部の大広間。フォートンが立つ場所の背後には無数の人間の形をした石像が立ち並んでいた。

 

石像の人間達はまるで本物の様に精巧な作りであり、特にその表情は怪物を見たとでもいう様な恐怖の表情をまざまざと浮かべている。

 

どれも到底、ただの石像などという言葉で片付けられない程の何かを感じさせるものだ。

 

そしてスレイはある事に気がつく。

 

「あの石像達、白皇騎士団の鎧を……まさか!?」

 

石像の多くが白皇騎士団の鎧を纏っている事に気がついたスレイは、この場にある石像の正体に気がつく。

 

「気付いた様ですね。そうです。ここにある石像は全て、私の祈りを邪魔した者達の成れの果てです」

 

「ッ!! 酷い……」

 

「ハッ! 悪趣味な聖女もいたもんだな」

 

「酷い? 心配しなくても石化からは解放してあげますよ? 彼等はローランスの貴重な戦力となるのですから。まぁ、石化から解放するのは穢れに飲まれ憑魔となり私の手駒となったらですが」

 

ライラは悲痛な表情を浮かべ、デゼルはフォートンに皮肉を飛ばす。だがフォートンは意に介さずスレイへ視線を向ける。

 

「導師、そして姫よ。最後の確認です。私に協力しローランスに____」

 

 

 

 

「悪いけど断るよ。貴女にどんな想いがあるのかは知らないけど、こんなやり方オレは認められない」

 

「同じく、私も貴女には協力できません」

 

しかし、フォートンが言い切るよりも早く2人はその言葉を両断した。

 

「………そうですか。では貴方はどうですか? 魔法使い、ソーマハルト」

 

フォートンは次に晴人へと視線を向け問いかける。

 

それを受けた晴人は静かに口を開いた。

 

「俺もアリーシャ達に同感だ。この力を戦争に利用するつもりはないよ。それに……この力は現在(いま)を切り開いて明日(まえ)に進む為の力だ。だから今のアンタには協力できない」

 

その言葉にフォートンがピクリと反応する。

 

「……妙な事を言いますね。ローランスの未来を切り拓こうとしている私が明日(まえ)に進もうとしていないと言うのですか?」

 

その言葉に、晴人はフォートンの瞳を見透かす様に見つめながら静かに返答する。

 

「魔法使いなんて言ってもさ、俺は相手がどんな人生を送ってきたとか何でもかんでも手に取る様にわかるわけじゃない……だけど、昔アンタと同じ様な目をした人間を見た事がある。なぁフォートン……アンタは何で憑魔になってまでローランスを救おうとするんだ?」

 

その言葉にフォートンは言葉を詰まらせる。

 

「……何が言いたいのですか?」

 

 

 

「聞き方を変えようか? アンタは……何を取り戻したいんだ?」

 

「!!」

 

その質問の直後、突如として穢れの領域が展開された。

 

「なッ!? 」

 

「オイオイ、いきなりだな……」

 

突然、戦闘態勢に入ったフォートンに対して、一同は驚きながらも武器を取り構える。

 

「驚きましたね。穢れの領域を展開すれば導師達と姫は無力化できると踏んでいたのですが……」

 

「お生憎様でした〜! こっちは秘力でパワーアップ済みなんだよ〜だ」

 

フォートンに向けベェーと舌を出し挑発するロゼ。それを見てデゼルが呆れた声を零す。

 

「やめろ、はしたない上にガキっぽいぞ」

 

「だってさぁ!? アイツ、あたしの事だけスルーしたよ!? そりゃあたしだけ肩書き商人だけどさ!? 流石に舐め腐り過ぎじゃない!?」

 

「言葉遣いが汚いぞ……はぁ……まぁ怯まないだけマシか」

 

「当然! こうなったら導師のオマケその①として扱った事を後悔させてやる! いくぞオマケその②!」

 

「誰がオマケその②だ! 来るぞ!」

 

デゼルのその言葉と同時に、今まで何も気配を感じなかった広間の中と後方の通路から大量の憑魔が現れる。

 

「リザードマンにリザードプリーストにデビル……教会関係者や兵士を憑魔にして手駒にしやがったな……」

 

『ガォオォォォォオオオオ!!!』

 

更に大型の虎の獣人型憑魔『虎武人』が背後の通路を塞ぐ様に現れる。

 

「今度は逃がしませんよ。こうなれば仕方ありません。貴方達も憑魔にして私の手駒とさせてもらいます」

 

「ハッ! 誰が逃げるかよ! ハルト! アリーシャ! こうなったからには戦うしかないぜ! わかってんな!」

 

「あぁ、騎士団の人達をこのままにはできない」

 

「止むを得ません……戦う以上、迷いは捨てます……」

 

大量の憑魔に囲まれた一同は背中を向け合い、円陣を組む様に周囲を警戒する。

 

【ドライバーオン! プリーズ!】

 

「変身!」

 

【フレイム! プリーズ!】

 

「さぁいくぜ……ショータイムだ!」

 

展開された魔法陣によりウィザードへと姿を変えた晴人の言葉が開戦の合図となった。

 

 

___________________________________

 

大量のリザードマンが押し寄せる中、一同は背中を預け合いながら迎撃を開始する。

 

【コネクト! プリーズ!】

 

「ハァッ!!」

 

ウィザーソードガンを魔法陣から取り出したウィザードはリザードマンの斬撃を軽くいなし、ガラ空きになった腹部に回し蹴りを叩き込み吹き飛ばす。

 

更に押し寄せるリザードマン達をウィザードソードガンで切り裂いていくが……

 

「ッ!!」

 

その時、ウィザードの視界に数体の敵に囲まれたエドナの姿が映る。

 

「(マズイ!?)」

 

エドナの手に持っているものは傘。晴人はエドナが神衣以外で戦っている姿を見た事は無いが、見た限り接近戦に対応できる様には見えない。ウィザードは慌てて彼女の盾となるべく駆け出そうとするが……

 

『ガァォォ!!』

 

リザードマンはエドナの小さな身体を切り裂くべく、雄叫びを上げながら剣を振り下ろし……

 

「くうちゅうあしげり〜」

 

『ごぁぁぁぉぁぉあ!?』

 

やる気の無いエドナの声の後、叫び声をあげ吹き飛んで言った。

 

「……え」

 

その光景にウィザードから間の抜けた声が溢れた。

 

無理もない。エドナは横振りの一閃をピョンと軽くジャンプで躱し、空中で傘を開いて滞空しながらリザードマンを蹴り飛ばしたのだ。

 

150cmにも届かない少女の蹴りでトカゲの怪物が吹き飛んでいくかなりシュールな光景に、流石の晴人も驚きを見せる。

 

尚も残りの数体のリザードマンが滞空し続けているエドナを攻撃しようとするが……

 

「かいてんふゆう〜」

 

『『『ガァォォ!?』』』

 

エドナは滞空しながら傘を回転させると周囲に粉雪を思わせる白い霊弾を降り注がせ、動きを止める。

 

そして……

 

「かいてんストーム」

 

『『『ごぁぁぁぉぁぉあ!?』』』

 

着地と同時に閉じた傘を回転し振り回すと、周囲のリザードマンを全て吹き飛ばしてしまった。

 

「……マジか」

 

目の前で繰り広げられたバイオレンスなメリーポピンズ染みたシュールな光景に、流石の晴人も驚きを通り越してフリーズする。

 

「ん? なに見てんのよ? 固まっている暇があるならさっさと前衛してくれない? か弱いワタシは後衛専門なんだから」

 

「か弱い……? エドナちゃんが……?」

 

「は? 何か文句でも? あとエドナちゃん言うな」

 

「いえ、なんでも……危ないっ!」

 

「え、きゃあ!?」

 

何かに気がついたウィザードは咄嗟にエドナを抱えその場を飛び退く。

 

直後、2人が立っていた場所に風の槍が数発着弾した。

 

「ッ!! エドナちゃん! 援護頼んだ!」

 

着地したウィザードはエドナを下ろすと術を放った憑魔に向けて駆け出す。

 

「だからエドナちゃん言うな! ったく、しょうがないわね……」

 

エドナは渋々といった風に詠唱を開始する。

 

「《漆海、集う、二十の明けに! グラヴィトリガー! 》」

 

『グぁぁぁぉぁぉあ!?』

 

エドナの詠唱が完了すると同時に青白く輝く球体状の重力場が発生し、周囲の憑魔達を吸い寄せ拘束する。

 

【チョーイイネ! キックストライク! サイコー! 】

 

その隙を逃さず、ウィザードは密集状態の憑魔目掛けて駆けながらウィザードリングをベルトにかざし、右足に強力な炎を纏いながらローンダートを決め空中に飛び上がる。

 

【ドリル! プリーズ! 】

 

「ハァァァァァァア!!」

 

『グギァァォァァァァァ!?』

 

空中で更にベルトに指をかざし、ドリルの魔法により回転を加えたウィザードは右足から発生する炎を螺旋状にして纏いながら憑魔の群れに突っ込み、まとめて浄化する。

 

だが憑魔は続々と現れ続ける。

 

「新しいお客様よ。キリキリ働きなさい」

 

「ふっ……お嬢様の仰せのままにってね!」

 

足元に魔法陣を展開させたエドナの盾となるべく、ウィザードは再び憑魔の群れに飛び込んだ。

 

___________________________________

 

一方、別方向ではスレイ、ミクリオ、ライラの三人が憑魔を迎撃していた。

 

「地竜連牙斬!」

 

スレイは襲い来る憑魔達の間を駆け抜けながら斬撃と蹴りを叩き込む。

 

だがその隙を突き数体の憑魔が背後から襲い掛かる。しかし……

 

「《氷刃断ち切れ! アイスシアーズ!》」

 

『グギァウ!?』

 

突如、地面に発生した二本の氷の刃が左右から憑魔を断ち切る様に交差し怯ませる。

 

そこに振り向いたスレイが剣を振るう。

 

「雅流炎舞!」

 

炎も纏った儀礼剣を叩き込み、憑魔を吹き飛ばしたスレイ。そんな彼に駆け寄ったミクリオはスレイの背中を守る様に背中合わせで敵に警戒しながら得物の長杖を構える。

 

「スレイ! 少しは背後に気をつけろ!」

 

「大丈夫だって! 背後はミクリオがなんとかしてくれるだろ?」

 

「簡単に言ってくれるよ……」

 

2人は軽口を叩きながら襲いくる憑魔に応戦する。

 

「三番叟!」

 

そこに何枚もの紙葉が投げられ、憑魔に接触すると同時に発火し怯ませる。

 

「スレイさん! ミクリオさん! 敵の数が多いです! この場はお二人の神衣で! 私が援護します!」

 

そう叫びながらライラは襲い来る憑魔に対して詠唱を開始する。

 

「《我が火は狂おしき緋弾! ブリッツフレイム!》」

 

ライラは天響術で自身の周囲に爆炎を発生させ、憑魔を吹き飛ばす。

 

「わかった! いくぞミクリオ!」

 

「了解!」

 

「「ルズローシヴ=レレイ(執行者ミクリオ)!」」

 

真名を叫び水の神衣を纏ったスレイはその手に持った弓を構える。

 

「「蒼穹の十二連!」」

 

『グギァァァァァア!?』

 

横構えの大弓に収束され放たれた霊力の矢は12本に拡散し、意思を持つかの様な歪曲した軌道を描き次々に憑魔を撃ち貫く。

 

「まだまだ来ますわ」

 

「数で勝負と言う訳か!」

 

「ここまで来て退く訳にはいかない! 行こう! 2人とも!」

 

尚も沸き続ける憑魔に三人は臆せず立ち向かう。

 

___________________________________

 

更に別方面ではアリーシャとロゼ、ザビーダとデゼルが憑魔へと応戦する。

 

「《踊れよ風刃! エアスラスト!》」

 

「《八つ裂け風刃! エアスラスト!》」

 

ザビーダ、デゼルの2人の詠唱。それにより発生したソーサー型の風の刃が憑魔達をあらゆる方向から切り裂いていく。

 

「魔神剣!」

 

「魔神剣・双牙!」

 

更にそこにアリーシャの槍とロゼの二本の短剣から放たれた衝撃波が直撃し、憑魔達の動きを鈍らせる。

 

牽制で足を止めた憑魔達、それを見たデゼルとザビーダは透かさず詠唱を開始する

 

「《噛み尽くせ! 腐れ狼!》」

 

「《急襲、猛牙、噛み付くよ!》」

 

「「《アベンジャーバイト!》」」

 

重なる2つの声。

 

それと共に同時に発生した2つの風の顎がその牙で敵を喰らう。

 

「ザビーダ様! 力をお借りします!」

 

「いくよデゼル! ルウィーユ=ユクム(濁りなき瞳、デゼル)!」

 

堪らず膝をつく憑魔にアリーシャとロゼは勝負を畳み掛けるべくザビーダとデゼルに叫ぶ。直後、2人の足元に魔法陣が展開されその姿を変える。ロゼは風の神衣を、アリーシャも風の魔力を纏う。

 

「よっしゃ! 一気にいくよアリーシャ!」

 

「あぁ、わかった!」

 

ロゼの言葉にアリーシャは相槌をうちつつも、初めて見る風の神衣に一瞬視線を向ける。

 

風の神衣を纏ったロゼは瞳を緑に染め、自身の周囲にも同色の大型ブレードが複数、まるで翼の様に展開されている。

 

「(これが風の神衣……ん? 気のせいだろうか……以前見たエドナ様との神衣の時よりもロゼから大きい力を……いや、今は目の前の敵に集中しなくては!)」

 

神衣を発動したロゼから感じた力にアリーシャは一瞬疑問を覚えるが、すぐに思考を切り替える。

 

「「翼よ切り刻め!」」

 

「「刃よ乱れ飛べ!」」

 

ロゼは複数のブレードを背後に翼を広げるように展開し、その刃に風の霊力を纏わせる。それに合わせアリーシャもまた槍に強力な風の刃を展開させ……

 

「「千の毒晶!」」

 

「「龍爪旋空破!」」

 

『ギィァァァォァォァ!?』

 

叫びと共に放たれた無数の風の刃が纏めて憑魔達を浄化する。

 

「よし! この調子で『グォオオオオオオ!!』……うわっ!?」

 

憑魔を浄化した事にガッツポーズし喜ぶ表情を浮かべるロゼ。だが、巨体の獣人型憑魔『虎武人』が叫びを上げながら襲い掛かり、その巨大な拳の一撃をロゼは驚きながらも回避する。

 

「あっぶな!? あんなん食らったらシャレにならないよ!?」

 

「ロゼ! 私が正面から打ち合う! 君は風の神衣のスピードで隙を突いてくれ!」

 

「りょーかい!」

 

アリーシャは纏う魔力をパワータイプの地属性へと切り替え、拳を振り上げた虎武人に正面から退かずに突きを繰り出す。

 

ガギィン!!

 

虎武人の籠手とアリーシャの槍の切っ先がぶつかり合い、激しい火花が散る。

 

「ぐぅっ!?」

 

力に優れる地属性の魔力を纏った状態でさえパワーは相手が優っているのか、アリーシャの口から苦しげな声が漏れる。

 

『グォオ!!』

 

虎武人は合間を置かずもう片方の腕を握りしめ、アリーシャを叩き潰すかの様に振り下ろす。

 

アリーシャの胴体を締め上げられる程巨大な拳がハンマーの様にアリーシャに迫るが……

 

「ハァッ!!」

 

アリーシャは拮抗していた槍に込めていた力を抜き、受け流す様に横にステップを踏み回避する。

 

「「《瞬天流身! ゲイルファントム!》」」

 

そこに虎武人から距離をとっていたロゼが詠唱を終え、放たれた真空波が虎武人に命中し……

 

『グァア!?』

 

次の瞬間、虎武人とロゼの立っていた場所が瞬時に入れ替わった。天響術『ゲイルファントム』は対象と自身の位置を瞬時に入れ替えるという特殊な術であり、ロゼはそれを利用したのだ。

 

虎武人は拳を床に振り下ろした状態でアリーシャとロゼの2人に背を向けた状態であるにも関わらず、すぐに事態を飲み込めず混乱した様に叫びをあげる。

 

「隙あり! いくよアリーシャ!」

 

「わかった!」

 

アリーシャは再び風の魔力を展開して風を纏い、ロゼはブレードを翼の様に広げ、浮遊した状態で一気に距離を詰める。

 

「烈駆槍!」

 

「「爆ぜぬ矛槍!」」

 

『グォァァァァァァア!?』

 

風で加速した槍による突きと脚に取り付けられた小型のブレードを突き出した蹴りが虎武人の背中に叩き込まれ、その巨体を吹き飛ばし壁に叩きつける。

 

「よし! このまま一気にあいつも浄化して……」

 

ロゼは勢いに乗って虎武人を浄化しようとするが……

 

『ガァァァァ!!』

 

「ちょっと!? 邪魔すんなっての!」

 

再び現れた憑魔の集団が2人に襲い掛かり追撃を阻んでしまう。

 

2人は止むを得ず憑魔への応戦を始めるが……

 

 

「成る程……素晴らしい力です……やはり欲しい……少しばかり手荒な手段になりますが致し方ありませんね」

 

離れた場所でスレイ達の戦いを何もせず観察する様に見ていたフォートンは口角を上げ笑みを浮かべると、突如その身体から強大な穢れが発生しフォートンの姿を覆い隠す。

 

「ッ! ……あれは!?」

 

戦いの中でいち早くその事に気がついたウィザード。そんな彼の視線の先で噴出した穢れが搔き消え……

 

「先ずは……姫から脱落して貰いましょうか」

 

そこに現れたのは最早人では無かった。

 

顔つきこそフォートンの名残りがあるものの、修道服は消え去り白く美しい肌は人とは異なる緑色に染まる。

艶やかな黒髪は形を変え、代わりに巨大な4匹の蛇が頭部から生え此方を威嚇する。

そして下半身もまた二本の足から巨大な蛇の尾へとその形を変化させた。

 

今の彼女を見て聖女と言える人間は1人もいないだろう。禍々しさを隠そうともせず狂気に染まった瞳が視線の先で憑魔達と戦うアリーシャを捉える。

 

「憑魔『メデューサ』!?」

 

変わり果てたフォートンの姿を見てライラが驚きの声をあげる。

 

「『メデューサ』……ね。厄介そうな名前だ」

 

『メデューサ』の名を聞いて晴人の脳裏には嘗て、幾度となく戦い苦しめられた同じ名を持つファントムの姿が過ぎる。

 

「さて……先ずは1人……」

 

姿を変えたメデューサは何を思ったのが両の目を閉じる。

 

「っ!? あれはフォートン枢機卿なのか!?」

 

憑魔との戦いで反応が遅れたアリーシャはメデューサへと姿を変えたフォートンに気が付き、視線を外さず警戒し槍を構えるが……

 

「なんだ……あれは?」

 

瞳を閉じたメデューサの前に、壁画を思わせる輝く閉じられた巨大な2つの瞳が現れる。

 

「ッ!? いけません!! アリーシャさん!! その瞳を見ては……」

 

ライラが警告するように叫び声をあげる。だが……

 

「もう遅いですよ」

 

そう言い、メデューサの瞳がゆっくりと開かれ、それと同時に目の前に現れた巨大な瞳も連動するように開かれていく。

 

アリーシャは咄嗟の事に反応できず開かれる瞳と視線がぶつかり……

 

【コネクト! プリーズ!】

 

「え!?」

 

突如、アリーシャの横に展開された魔法陣からウィザードの腕が現れ、アリーシャの服を掴むと魔法陣の中に引っ張り込む。

 

次の瞬間……

 

『ガァァァァ………!?』

 

アリーシャの付近にいた憑魔が完全に開かれた瞳に視線を合わせた瞬間、身体が突如として石化し、完全に動きを止めた。

 

「危機一髪だな……」

 

「は、ハルト!? 一体何が……!?」

 

離れた位置から空間を繋げるコネクトの魔法陣で咄嗟にアリーシャを引き寄せたウィザードはその光景に焦りを感じさせる声を漏らし、アリーシャは事態が飲み込めず戸惑いの声をあげる。

 

「憑魔メデューサは特殊な瞳術を使います! あの巨大な瞳は視線を合わせた者を石化させる呪いを持っているんですわ!」

 

ライラのその言葉に一同に緊張が奔る。

 

「ちょ、それって一発でアウトじゃんか!?」

 

「あの巨大な瞳を視界に入れずに戦うしかないのか!」

 

「簡単に言うがこの乱戦だぞ!? 例え、あの瞳に注意しても他の憑魔への警戒が甘くなる!」

 

ミクリオの言う通り、部屋にはまだ憑魔の群れと上位憑魔の虎武人も残っている。目を瞑るなど論外、メデューサの瞳に視線を合わせない様に注意を傾け過ぎれば逆に襲い来る憑魔達に致命傷を与えられかねない。

 

「さっさとメデューサを倒すべきなんでしょうけど、向こうもそれは理解しているみたいね」

 

そう言ったエドナの視線の先には、メデューサを護る様に展開された憑魔の一団が立ち塞がっている。

恐らくはフォートンの指示によるものだろう。

 

「このままじゃジリ貧だぜ……」

 

先程はギリギリでアリーシャを助ける事に成功したが、手の内がバレた以上、早々同じ手段など通用しないだろう。

 

何とかして石化の瞳を持つメデューサを先に倒すか、或いは瞳に警戒しながら先ずは周囲の憑魔を一掃しメデューサを討つのか……

 

そう考えたその時……

 

「俺が時間を稼ぐ。お前らはその隙に憑魔共を一掃しろ!」

 

「デゼル!?」

 

突如そう言い放ったデゼルが単独で駆け出し。

 

「ハァ!」

 

デゼルは空中を飛ぶデビルに向けペンデュラムをロープの様に放ち巻きつけると風の力を操り加速。

 

メデューサへの接近を阻もうとする憑魔達の頭上をまるでサーカスの空中ブランコの様に飛び越すとメデューサの正面に着地する。

 

「1人で正面から挑むとは……そんなに石になりたいのですか?」

 

呆れた声音でメデューサは再び石化の瞳を発動し、その瞳がデゼルに向けて開かれ、その視線が合わさりデゼルの身体が石に_____

 

 

 

 

 

「残念だったな」

 

____なる事は無かった。

 

「そんな馬鹿な!? 何故私の術が効かない!?」

 

驚愕するメデューサ。そんな彼女の事情など知らんと言わんばかりにデゼルは攻撃を仕掛ける。

 

嫉妬者(ジェラス)!」

 

デゼルは風を纏ったペンデュラムを頭上で振り回し、勢いのままに前方を薙ぎ払う様に振るう。

それにより発生した小型の竜巻がメデューサに襲いかかるが……

 

「《赤土目覚めよ! ロックランス!》」

》」

 

メデューサは手に持った杖を構え魔法陣を展開すると、目の前に岩の槍を生やし盾の様に展開し竜巻を防ぐ。

 

「チッ!」

 

動揺した隙を突いた攻撃を防がれ、デゼルの口から舌打ちが溢れる。

 

「石化が通じぬとは……何故?」

 

「答えてやる義理は無いな!!」

 

困惑するメデューサに、デゼルはペンデュラムを鞭の様に振るい追撃を仕掛けるが……

 

「ッ!?」

 

「まぁ、いいでしょう……先ずは厄介な貴方を排除するだけです」

 

振るわれた二本のペンデュラムをメデューサの頭部から生えた蛇がその牙で受け止め、メデューサは涼しい声でデゼルを見据える。

 

「ハッ! やってみな!」

 

その言葉を受けデゼルは力強く吠えた。

 

 

___________________________________

 

「デゼル!! アイツ1人で突っ込むなんて無茶して!」

 

1人でメデューサの注意を引き付けるべく敵陣の奥に飛び込んだデゼルに、ロゼは思わず声をあげる。

 

「だが、デゼル殿が時間を稼いでくれる今が好機だ! 今のうちに一気に憑魔を一掃するしかない!」

 

「だろうな! 出し惜しみは無しだ! 行くぜドラゴン!」

 

デゼルの行動に応える様に、晴人は左手の指輪を交換しベルトに翳す。

 

【フレイム! ドラゴン! ボー! ボーー! ボーボーボー!】

 

展開された赤い魔法陣から現れた燃え盛る龍の幻影を纏い、強化形態フレイムドラゴンスタイルへとウィザードは姿を変える。

 

だが、次の瞬間……

 

「なっ!?」

 

「うぉ!?」

 

ウィザードがフレイムドラゴンスタイルに姿を変えた瞬間、風属性の魔力を纏っていたアリーシャが強制的に炎属性へと切り替わり、融合状態が解除されたザビーダが弾き出されるように現れる。

 

「ザビーダ様!?」

 

「(チッ! なんだ!? 急に力のバランスが崩れて制御出来なくなりやがったぞ!?)」

 

融合が解除された事に内心で戸惑うザビーダだが、今は理由を考える時間は無いとすぐに思考を切り替える。

 

「しょうがねぇ! ハルト!アリーシャ! ロゼ!お前らは虎武人を浄化しろ! 残りはこっちで引き受ける!」

 

「わかった! そっちは頼むぜ!」

 

そう言ってザビーダは憑魔の群れに駆け出しながらスレイに叫ぶ。

 

「スレイ! 神衣をエドナちゃんに切り替えろ! 雑魚どもを纏めて片付ける!」

 

ザビーダのその言葉に、スレイは素早く反応し神衣を解除する。

 

「ミクリオ! ライラとザビーダと一緒に時間稼ぎを頼む!」

 

「任せてくれ! 」

 

「お任せを!」

 

そう言ってスレイから敵を引き剥がす為、3人はそれぞれ憑魔の群れに飛び込み注意を引き付ける。

 

「いくよエドナ! ハクディム=ユーバ(早咲きのエドナ)!」

 

「派手なのかますから少し時間がかかるわ。気合いを入れて守りなさいよ……」

 

スレイは土の神衣を展開させるとすぐに魔法陣を展開し、術の準備に取り掛かる。

 

「おらよ!何事も距離が大事ってな!」

 

ザビーダはペンデュラムを鞭の様に振るい、憑魔達を牽制しスレイへの接近を妨害する。

 

「スレイさんへは近づけさせませんわ!」

 

離れた場所ではライラが大量の紙葉を発火させ憑魔達の進行を防ぐ。

 

「そういう事だ!《白き水よ! 崩落せよ! スプラッシュ!》」

 

そしてミクリオもまた天響術による水流で憑魔の群れを押し流す。

 

そしてスレイの詠唱が完成する

 

「……準備完了! みんな退いて!」

 

スレイの掛け声と共に3人が動く。

 

「待ってましたってな! おらよ! 置き土産だ!」

 

「スレイさん! 頼みます!」

 

「きっちり決めろよ! スレイ!」

 

3人はそれぞれ自身に対応する属性の力を操り、憑魔の群れを風、火、水の力で作り上げた壁で囲い、動きを封じその場を離脱する。

 

「よし!いくよエドナ!」

 

「えぇ、これで終わりにしてあげるわ」

 

「「《晶石点睛! クリスタルタワー! 》」」

 

完成する詠唱。同時に三方向からザビーダ達に動きを封じられた憑魔達の足元から巨大な水晶の柱が恐ろしい勢いで隆起し、憑魔達を纏めて吹き飛ばし浄化した。

 

「よし! やったねエドナ!」

 

「ふん……この程度なら当然よ」

 

襲い来る憑魔達を一掃し神衣を解除したスレイはそう言って笑いかけ、それを見たエドナはいつもながらのマイペースなテンションで応じた。

 

一方でウィザード達は襲い来る虎武人へと立ち向かう。

 

『グォォォォォォォオ!!』

 

ウィザードへと突撃し虎武人の剛腕が繰り出される。

 

「ッ!!」

 

だがウィザードはその一撃を受け流す様に拳で弾き、懐に飛び込むと肘打ちを叩き込み、流れる様に後ろ蹴りを放ち後退させる。

 

「夢双香!」

 

そこに空中に飛び上がったロゼが霊力で作られた短剣を両の手で投げつける。

 

『グゥ!?』

 

虎武人は両手で顔を護る様にし、装備された籠手で投げられた短剣を弾くが……

 

「今だよアリーシャ!」

 

「あぁ! 助かる!霧氷裂火!」

 

頭上へのガードで隙だらけになった虎武人の右脚に、アリーシャは炎を纏った槍の連撃を叩き込む。

 

『ガァア!?』

 

その一撃に虎武人は堪らず地面に膝をつく。

 

「ハルト! 後は頼む!」

 

【コピー! プリーズ!】

 

「あぁ! こいつで決める!」

 

コピーリングにより複製したウィザードソードガンを両手に持ち、ウィザードはハンドーオーサーを起動する。

 

【【フレイム! スラッシュストライク! ボー! ボー! ボー!】】

 

指輪を翳し、両手に持ったウィザードソードガンの刀身が強力な炎を纏うと同時にウィザードが駆け出す。

 

『ガァァォア!!』

 

「ハァ!」

 

数体の憑魔がウィザードを妨害するべく立ち塞がるが、ウィザードは燃え上がる二刀で駆ける速度を緩める事なく憑魔達を切り裂いていく。

 

そして虎武人へと肉薄し、両手の剣を上段からX字に切り裂く様に振り下ろす。

 

「ハァァア!!」

 

『グォォォォォォォオ!?』

 

更にウィザードは剣を振り抜くと同時に前蹴りを放ち、敵を蹴った勢いで宙返りで後退する。

 

「フィナーレだ!」

 

着地と同時に再び二刀を返す様に下段から上段へX字に斬り上げ、放たれた炎の魔力の斬撃が虎武人に直撃する。

 

『グォォォォォォォォオォォ!?』

 

絶叫を上げ爆発する虎武人。爆炎が晴れた先には、浄化が完了したのか1匹の猫が倒れていた。

 

倒れていた猫はヨロヨロと立ち上がると、困惑した様に周囲を見回す。

 

「うっ……私は……」

 

「のわ!? 喋った!? ……って、もしかして天族?」

 

明らかに標準体重を越えた肥満気味の白猫から予想もつかない女性らしい綺麗な声が溢れ、ロゼは驚いた声をあげる。

 

「もしかして……加護天族のムルジム様ですか?」

 

「えぇ……そうだけど。貴女達は……?」

 

「悪いけど説明は後回しだ。すぐ終わらせるから隠れててくれよ猫さん」

 

「え、えぇ……わかったわ」

 

状況が完全に飲み込めていないもののムルジムは周囲の状況から今の自分に出来ることは無いと判断したのか、憑魔のいない部屋の隅へと退避する。

 

一方で、時間稼ぎの為メデューサと相対していたデゼルは口元に笑みを浮かべ言い放つ。

 

「残すはテメェと取り巻きだけだ。勝負は見えたな」

 

事実、デゼルの言う通り形勢はスレイ達へと傾き始めている。

 

フォートンに残された戦力は自身と自身への接近を防ぐ為に配置した護衛の為の憑魔のみ、その程度ならスレイ達の敵では無いし、周りからの攻撃が完全に無くなり、メデューサ1人の石化の瞳への対処に集中できる状況であれば脅威は激減する。

 

だが、メデューサは不敵に笑う。

 

「そうですね……では、その前に手を打ちましょうか」

 

「何……?」

 

直後、デゼルの周囲の地面が一斉に隆起し、岩の槍が檻の様にデゼルを取り囲み動きを封じる。

 

「ッ!!テメェ!?」

 

叫ぶデゼルにメデューサは嘲笑う様な笑みを浮かべ、視線を他所に向ける。

 

その先には、敵を一掃しメデューサへ向かって走ってくるスレイ達の姿があった。

 

「ッ!! 馬鹿野郎が止まれ!」

 

デゼルが叫ぶが既に遅い。メデューサは石化の瞳を展開し、その瞳は既に開き始めている。

 

当然、石化の瞳の対象はスレイ達だ。

 

今ならデゼル以外を纏めて石化し形勢を逆転させられる。

 

「(勝った! これで導師や魔法使いという、戦力が手に入る!そうすれば私は……)」

 

内心で勝利を確信するメデューサ。

 

そして石化の瞳が完全に開かれ………

 

 

 

 

 

 

【ライト! プリーズ!】

 

直後、薄暗い部屋の中を閃光弾に匹敵する強烈な光が照らした。

 

 

「ギャアァァァァァァァ!?」

 

両手で目を抑え叫び声をあげるメデューサ。瞳が完全に開かれる瞬間、発生した閃光を直視してしまい一時的に視力を奪われたのだ。

 

「な、なんなのですかコレは!?」

 

閃光に視力を奪われ混乱し叫ぶメデューサ。

 

そんなメデューサに閃光を発生させた張本人、ウィザードが静かに返答する。

 

「道を照らす光、前に進む為の魔法だ……! 行け! アリーシャ!ロゼ!」

 

ウィザードやスレイ達の援護射撃によりメデューサの護衛の憑魔は倒され、開かれた道をアリーシャとロゼが駆け抜ける。

 

「決めるよ! アリーシャ!」

 

「わかった!」

 

勝負を決するべく、ロゼとアリーシャの得物から強力な霊力が噴き出す。

 

「くっ……させるものか!」

 

尚もメデューサは悪足掻きに天響術を発動させようとするが……

 

「いや、テメェはもう終わりだ」

 

霊力を全開にし、岩の檻を突き破り風を纏ったデゼルがメデューサへと迫る。

 

「無惨に果てな! ブルタリティウィップ!」

 

「グゥゥァァァ!?」

 

両手のペンデュラムに強烈な風を纏わせ放たれる連続攻撃がメデューサに炸裂する。

 

「でかした! オマケその②! 」

 

「くだらねぇ事言ってないで終わらせろ! オマケその①!」

 

「言われなくても!そのつもり!」

 

その言葉と同時にロゼが一気に加速しメデューサへと追撃をかける。

 

「阿頼耶に果てよ! 嵐月流・翡翠!」

 

「ガァっ!?」

 

ロゼは凄まじいスピードで蹴りと斬撃を叩き込み、メデューサへの背後に回ると勢いをそのままにUターンし背後から両手の短剣を交差させて切り抜ける。

 

「あの剣技……嵐月流!? あの娘……」

 

ロゼの剣技を見たムルジムから驚きの声が溢れる。

 

「アリーシャ! 締めはヨロシク!」

 

「任せてくれ! ここで勝負を決める!」

 

ロゼの横を駆け抜けながらアリーシャは霊力を纏った槍の連撃をメデューサに叩き込む。

 

「この一瞬に全てを賭ける!」

 

「ぐぁ……」

 

連撃からの打ち上げで空中に浮き上がったメデューサにアリーシャは槍を構える。

 

「翔破! 裂光閃!」

 

「がぁぁぉぉぉぁぉぁ!?」

 

閃光の如く放たれた目にも留まらぬ連続突きが打ち上げられたメデューサに炸裂し大きく吹き飛ばす。

 

そして地面に落ちたメデューサはその姿を人間であるフォートンへと戻す。

 

それがこの戦いは決着だった。

 

___________________________________

 

「ふー……やったねアリーシャ!」

 

「ロゼや皆のお陰だよ。デゼル殿もご助力ありがとうございます」

 

「……ふん」

 

「あー! 照れてるよコイツ!」

 

「……照れてない」

 

「いーや照れてる!」

 

「照れてねぇよ!」

 

「どう見ても照れてる!」

 

「ちょ、二人とも……」

 

ギャーギャーと言い合い始める2人にアリーシャは戸惑いオロオロとする。

 

そこにウィザードやスレイ達も歩み寄ってくる。

 

「戦いが終わったばっかりなのに元気だな」

 

「ハルト……どうしよう?」

 

「……まぁ、喧嘩する程何とやらだ。放っておこう」

 

「わ、わかった」

 

そう言って一同は2人が落ち着くのを待つ。

 

「全く素直じゃないんだから……あ! そう言えば。なんでデゼルには石化の瞳が効かなかった訳?」

 

言い合いをしていたロゼは先程の戦闘でデゼルに石化が効かなかった事を思い出し質問する。

 

「あ? それは……」

 

いきなり話題を切り替えられ、デゼルは少しばかり調子を崩しながらも質問に答えようとするが……

 

 

 

 

「いや!いや! いやぁぁぁぁ!!」

 

突如、叫び声をあげたフォートンに一同は驚き会話を止め視線を向ける。

 

「な、なんだ!?」

 

「枢機卿? まさかまだ浄化し切れていなかったのか!?」

 

「いえ、穢れは収まっていました。確かに浄化できた筈です!」

 

そう言って一同はフォートンに駆け寄るが……

 

「いや……守らなきゃ……姉さん達との約束……私が……ローランスを……」

 

うつ伏せに倒れながら、フォートンは何かを求めるように腕を伸ばし何かを掴もうとしている。

 

だがフォートンの手は虚しく空を切るばかり。明らかに錯乱しているフォートンに一同は困惑する。

 

「姉さん達が帰って来る場所……私が守るの……約束……守れば……みんなで……もう一度一緒に……」

 

アリーシャ達など視界に映っていないとでも言うように、フォートンはブツブツと言葉を零し続ける。

 

そして……

 

「あぁ……ああああああぁぁ!?」

 

「なっ!?」

 

「嘘でしょ……」

 

完全に浄化した筈のフォートンの姿が少しずつメデューサの姿へと変わり始める。

 

まるで明滅する切れかけの電灯の様に、フォートンとメデューサの姿が何度も切り替わる。

 

「なんで!? 確かに浄化したのに!?」

 

「まさか……これがザビーダ様が言っていた……」

 

困惑し叫ぶロゼ。アリーシャはフォートンの状態を見てこの場に来る途中でザビーダ達が語った言葉を思い出す。

 

「穢れと心が強く結びついた人間は浄化しても再び憑魔になる……まさか……では枢機卿は……!」

 

ザビーダが語った最悪の展開が現実のものとなり、アリーシャは言葉を失う。

 

「いやぁぁぁぁ!! ……1人にしないで! ……何処にいるの姉さん!? ……姉さん達も私の前からいなくなるの!? ……捨てないで! 私を1人にしないで!」

 

フォートンはまるで迷子の子供の様に叫び声をあげる。

 

「いやぁ! 姉さん! どうして帰ってきてくれないの!? 私が約束を守れないから!? ……私頑張るから!ローランスを守るから! だからまた皆で一緒に暮らそうよ!?」

 

錯乱し子供の様に泣き噦るフォートン。その姿をスレイ達は悲しげに見つめる。

 

「やはり、この方が穢れを生んだ原因はいなくなったお姉様達と関係していたのですね……」

 

「家族ともう一度会いたい、家族との居場所を守りたい……それがフォートンがローランスを守ろうとした理由だったのか……」

 

国や民。多くの人間を巻き込んだフォートンの計画。その根底にあった彼女の願いはちっぽけでありふれた物だった。

 

だが誰もそれを嗤う事など出来ない。例え他者から見てちっぽけな願いだとしても、本人にとってそれは縋りつく事のできる唯一の希望だったのだ。

 

「だからフォートン枢機卿は……」

 

「でもこれじゃあ……」

 

「精神が呑まれかけていやがる。まさか本当に爆発寸前の状態だったとはな……」

 

「どうするの? このままじゃあ何度やってもフォートンは憑魔化するわよ」

 

その言葉にスレイの表情が険しくなる。拳を強く握りしめフォートンを見つめるスレイの瞳には有り有りと苦悩の色が浮かんでいた。

 

それを見守っていたザビーダは一瞬、憂い顔を浮かべるも何かを決心した様に腰にねじ込まれていたジークフリートに手を伸ばし……

 

 

 

 

 

 

「まだだぜザビーダ」

 

その腕をウィザードが掴み静止した。

 

「ハルト……何か手があるってのか……?」

 

その言葉にウィザードは小さく頷くと倒れ伏したフォートンの傍で片膝をつき、しゃがみこむと彼女が虚空へと伸ばす手を優しく握りしめる。

 

「あ……姉さ…ん?」

 

錯乱し穢れにより正気を失いつつあるフォートンは手を掴んだ相手がウィザードだと言う事を認識できず、自身の手を掴んだ相手が自分の姉だと思い込み嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

だが……

 

「違う……俺はアンタのお姉さんじゃない」

 

静かに、しかしハッキリと晴人はフォートンの言葉を否定する。

 

その言葉にフォートンの笑顔が崩れ去る。

 

「はは……ははは……嘘よ……だって姉さん達は帰ってくるって……もう一度一緒にみんなで暮らそうって……どうしてなの……? 私はただ……あの頃に戻りたいだけなのに……」

 

弱々しく項垂れたフォートンの瞳から一筋の涙が地面へと落ち____

 

 

 

 

 

 

「本当に取り戻したい物があるなら現在(いま)から目を背けるな」

 

その涙を掌で受け止めながら晴人はフォートンにそう告げた。

 

「……え?」

 

晴人の言葉に困惑した声を漏らし、フォートンが顔を上げる。

 

「あんたにとってお姉さん達との再会の約束は希望だったんだろ? 絶対に守りたい大切なものだったんだろ?」

 

優しく晴人はフォートンへと問いかける。

 

「そ、それは……」

 

「だったら目を逸らしちゃダメだ。辛いかもしれない……苦しいかもしれない……それでも、その希望(やくそく)が大切なら『過去ばっかり見て、現在(いま)を捨てるな』」

 

その言葉にフォートンの瞳に僅かな光が灯る。

 

「でも……私はもう……」

 

だがフォートンは理解していた。自らの心の内から湧き上がるドス黒い感情は、最早自分でも止める事は出来ないのだと……。

 

「大丈夫だ」

 

それでも尚、晴人は断言する。

 

「こんな所で終わらせやしない。約束する、俺が……最後の希望だ」

 

そう告げたウィザードはフォートンの指にウィザードリングをはめ、ベルトにかざす。

 

【エンゲージ! プリーズ!】

 

ベルトの音声と共に大きな赤い魔法陣が展開される。

 

「ハルト、この魔法は……?」

 

晴人の意図が掴めないアリーシャが問いかける。

 

「この魔法は精神世界……アンダーワールドへ行く為の魔法だ。本来は絶望してファントムが生まれそうになっているゲートを救う為の緊急用の魔法だよ」

 

「アンダーワールドってハルトがドラゴンを飼ってる場所の事だよね? けどそれが今の状況と何の関係してるんだ?」

 

「ザビーダ達が言ってただろ? 憑魔化が再発する人間は、心の根底にある想いと穢れが強く結びついて何度でも穢れを生み出してしまうって。アンダーワールドはその人間にとって大切な想いで形作られてるんだ」

 

その言葉にアリーシャが晴人の狙いに気がつく。

 

「そうか……精神世界であるアンダーワールドに突入して大切な想いと結びついた穢れを直接浄化すれば!」

 

「あぁ、フォートンの憑魔化の再発を止められるかもしれない」

 

そう言った晴人の言葉に天族達も驚いた表情を見せる。当然といえば当然だ。

永い年月を生きてきた彼女達にとっても、晴人が提案した作戦は完全に未知の領域なのだから。

 

「ほ、本当にその様な事が可能なのですか?」

 

「確証がある訳じゃない。けど、例えどんなにちっぽけな希望でも、そこに助けられる可能性があるのなら俺は賭けてみたい……それに____ 」

 

僅かに見えた希望を掴む為、彼は立ち上がる。

 

「『あり得ない事すんのが魔法使いだろ』」

 

さぁ、記憶のルーツに潜り込み希望を救い出せ。

 






後書き

王蛇の浅倉復活嬉しいなぁ!
所でビーストはいつから死人ライダー枠に?(小声)


次回は遂に今作初のアンダーワールド戦!


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30話 悪夢を止めて 後篇

祝 お気に入り1000件&総合評価2000越え!
自分の拙い作品を楽しんで頂けて嬉しいです。
これを励みにこれからも頑張っていくのでよろしくお願いします

では、アニメ版のドラゴン浄化にテンション上がって書き上げた最新話をどうぞ


「さてと……じゃ、ちょっと行ってくる」

 

エンゲージの指輪を使用した相手のアンダーワールドと現実世界を繋ぐ魔法陣へウィザードは歩き出す。

 

「待ってくれ! 1人で行くつもりなのか!?」

 

そう言って呼び止めたミクリオの声に反応し、ウィザードは振り返る。

 

「今回の魔法の使い方は本来の使い方とは違う。正直に言えば何が起こるかわからない……だから無理強いはできない」

 

エンゲージの魔法は本来、ゲートが絶望しアンダーワールドにファントムが生まれ絶命するまで一刻の猶予も無い事態に対して、ウィザードがアンダーワールドに突入し直接ファントムを倒すという、緊急用の救出手段だ。

 

だが、今回は状況が違う。穢れと精神が強く結びついてしまったフォートンを救う為の使用だ。

 

アンダーワールドはその人間にとって大切な記憶を元に作り出される精神世界。つまり、姉妹との約束への想いが穢れに結びついてしまったフォートンのアンダーワールドには、彼女の心を飲み込み憑魔化させる強い穢れが存在するという事だ。

 

それを浄化すれば、フォートンの穢れに飲まれた心を救い、憑魔化の再発を止める事ができる可能性はある。

 

しかし晴人にとっても今回の手段は未知の領域だ。不測の事態が起こらない保証などどこにも無い。

 

フォートンを救える可能性があるならどれだけ不利な賭けだろうと晴人は退く気など毛頭無いが、それにアリーシャやスレイ達を巻き込むかどうかは話が違う。

 

だからこそ彼は1人でアンダーワールドへ向かおうとするが。

 

「待ってくれ! オレも行く!」

 

「私も! 頼むハルト!」

 

スレイとアリーシャの2人がウィザードを呼び止める。

 

「……いいのか? これまで以上に安全の保証はないぜ?」

 

そう問いかけるウィザードだが、2人は迷いなく告げる。

 

「オレ、導師としてもっと人間ってものを知って行かなくちゃならない。だからこそ枢機卿が抱えている穢れから目を逸らしちゃいけないと思うんだ。だから頼む!」

 

「例え、枢機卿が個人的な理由でこれまでの事をしてきたのだとしても、彼女の願いは本物だった。私も1人の人間として枢機卿を助ける力になりたい」

 

そう真剣な表情で言い切る2人を見て、仮面の下で軽く微笑みながら、脱力する様に小さく息を吐く。

 

「ふっ……そっか、なら俺がとやかく言う事じゃないな」

 

2人とて正しく危険性は理解しているのだろう。それでも尚同行すると言った2人の覚悟は、間違いなく本物だ。だからこそ晴人もまた上から目線で覚悟を問う様な野暮な真似をする事はせず、2人の意思を受け止める。

 

「それで? 他のみんなはどうする?」

 

続き、晴人はライラ達へとそう問いかける。

 

「当然、ついていきますわ♪」

 

「そもそも、スレイに何かあったら私達も道連れだし」

 

「知らない所で無茶をされるくらいなら目の届く所にいた方がいい。スレイの場合は特にね」

 

「……あ! なんだよミクリオその言い方!」

 

「事実だろう? スレイは無茶だとわかった上で無茶をするからね」

 

「う……あまり否定はできないかも」

 

気心の知れた会話を繰り広げるミクリオとスレイ。続いてロゼが口を開く。

 

「ここまで来て仲間はずれは無しでしょ、あたしも行くって! 今ならナントオマケその②もセットで付いてきてお買い得だよ?」

 

「そのネタをいつまで引っ張るつもりだ……まぁいい、俺としてもアンダーワールドとやらには興味がある」

 

ロゼとデゼルも同行に了承する。そして一同の視線が最後の1人に向けられた。

 

 

「はぁ……わかった! わかった! そんな目で見んなよ。俺だって空気くらい読むさ」

 

そう言って、ザビーダは持っていたジークフリートをジーンズにねじ込み、ウィザードへと視線を向ける。

 

「そんじゃ、道案内は頼むぜハルト」

 

「りょーかい、みんな付いてきてくれ」

 

そう言ってウィザードは展開された魔法陣に飛び込む。

 

「よし! 俺たちも!」

 

スレイ達もウィザードに続き魔法陣へと飛び込んで行く。

 

「ムルジム様、暫し此処でお待ちください!」

 

「大人しくしててね猫さん!」

 

最後にアリーシャとロゼが残されたムルジムへと声をかけ、魔法陣へと飛び込む。

 

「彼女達は一体……」

 

残されたムルジムは、その光景をただ呆然と見送るしかなかった。

 

___________________________________

___________________________________

 

「「うわぁ!?」」

 

「「きゃぁ!?」」

 

「……落ちるとか聞いてないんだけど」

 

「うぉっと!?」

 

「ちょっ?! 落ち……!!」

 

「……ッ!!」

 

魔法陣に駆け込んだ一同は直後、感じた浮遊感に驚きの声をあげた。

 

当然と言えば当然だろう。展開された魔法陣に駆け込んだと思った瞬間、その身が落下していたのだから。

 

一面が紫色の不気味な光景の中をいくつもの赤い魔法陣が落下するコースを示すように下へ下へと連なり配置され、一同はそれを潜る様に落下して行く。そして紫色の空間を抜け落下が終わり……

 

シュタ!

 

ドン!

 

ドコォン!!

 

華麗に着地する者、荒々しく着地する者、着地を盛大に失敗した者、それぞれが石造りの床で音を奏でる。

 

「痛ぁっ!? お尻ぶつけたぁ!?」

 

「び、びっくりしましたわ……」

 

「ちょっと……落ちるなら落ちるって事前に説明しておきなさいよ」

 

騒ぐ女性陣だが、一方の男性陣は興味深そうに辺りを見回す。

 

「ここがアンダーワールド?」

 

「見た限り、教会神殿の一般信者の為の礼拝堂の様だが……」

 

「だが、妙な感じだ。見た目は同じでも何かが違う」

 

一同が到着した場所は、教会神殿の最初の部屋である一般信者用の礼拝堂だった。ついさっき見た光景だけあり、一同は、ここが精神世界である事にイマイチ実感が持てない。

 

そんな中、アリーシャだけはこの場所に対して別の感想を持っていた。

 

「(この感覚……あの夢に似ている)」

 

どこか色が薄まった様な周りの景色を見渡しながらアリーシャは以前に見た晴人の夢を思い出し、既視感を覚えた。

 

「あ、あそこ! 誰かいる!」

 

ロゼが指差した先。そこには3人の少女らしき人物がいた。一同は少女達に歩み寄るが……

 

『うぅ……ぐす…………』

 

そこでは3人の少女の内の1人。もっとも幼く見える黒髪の少女が小さく呻く様に泣いてた。

 

「大丈夫? どうかしたの?」

 

少女を心配しスレイは声をかけるが、3人の少女は反応を示さない。

 

「……これって」

 

「スレイ、アンダーワールドはその人にとって大切な想いや記憶で作られてるって言ったろ? つまり、そこにいる女の子達はフォートンの記憶みたいなもんだ」

 

「そうか。オレたちは今、枢機卿の記憶を……だからこの子達は俺たちに反応しないのか」

 

「そういう事だ」

 

「(これも同じだ……あの夢の中の人物達も私には反応しなかった……)」

 

ウィザードがスレイ達にアンダーワールドの事を説明していく中、アリーシャはまた1つ、今の光景と夢の光景の共通点を見つける。

 

そんな中、泣き続ける黒髪の少女に一番年上と思わしき赤茶色の髪の少女が声をかける。

 

『泣いちゃダメよリュネット』

 

『グス……でも、エニドねぇさん……わたしたち……捨てられたんでしょ?』

 

不安を隠さず問いかけるリュネット。だがエニドと呼ばれた少女は明るい笑顔で返答する。

 

『大丈夫! どんな場所だって、私達3人が居ればきっと乗り越えられるわ!』

 

リュネットを元気づけようとしてるのか気丈に振る舞うエニド。その言葉を亜麻色の髪をした少女が引き継ぐ。

 

『エニド姉さんの言う通りよ。安心してリュネット……私たちは絶対に貴女を1人にはしないわ』

 

少女は優しい声でそう告げながらリュネットの頭を優しく撫でる。

 

2人の少女の言葉を受け、リュネットは涙を拭い元気に微笑んでみせる。

 

『ロディーヌねぇさん……うん! わかった! わたし、がんばる! だからいつまでも_____ 』

 

 

 

 

次の瞬間、景色が切り替わる。

 

場所は先程と変わらず教会神殿内の礼拝堂だが、そこに立つのは少女では無く3人の女性だ。

 

『エニド姉さん……』

 

『ごめんなさい……ロディーヌ、リュネット……私……』

 

呼ばれた名前からして、3人の女性は先程の少女達が成長した姿の様だ。

 

俯いて暗い表情のエニドに、ロディーヌとリュネットは労わる様に声をかける。

 

『ごめんなさい……私……お姉ちゃんなのに妹の貴女達にまで迷惑かけて……』

 

『自分を責めないでくださいエニド姉さん。確かに姉さんのした事は修道女としては許されない事かもしれません……ですが、私は1人の家族として姉さんの味方です』

 

亜麻色の髪の女性、ロディーヌはそう言って優しくエニドの肩に手を置き、微笑む。

 

『エニド姉さん、今は身体を労ってください。もう姉さんだけの身体じゃないんですから』

 

黒髪の女性、リュネットもまたエニドに対して優しく声をかける。

 

『ロディーヌ、リュネット……そうよね……お腹の子供の為にも私がへこたれている訳にはいかないわよね……』

 

『その通りですよ姉さん』

 

『ホルサは厳しい土地だと聞きます……どうかお身体を大切にしてください』

 

『ありがとう、2人とも……いつか、貴女達にも子供を見せにペンドラゴに戻ってくるわ……だから……』

 

『はい、姉さんと再会できる日まで私も頑張ります』

 

『姉さんの子供に会える日を楽しみにしていますから……』

 

『ありがとう2人とも……いつかまた会いましょう……』

 

そう言って涙を浮かべながら、エニドはその場を後にした。

 

「今のは……」

 

「確か、枢機卿のお姉さんは司祭との間に不義の子を授かって、ホルサって村に追放されたって村長さんが言ってたね」

 

「では、今の光景はその時の……」

 

そして光景が再び切り替わる。

 

今度も場所は変わらず、リュネットとロディーヌの2人が会話を交わしていた。

 

『姉さん、プリズナーバック湿原の開拓に参加するというのは本当ですか?』

 

『えぇ、苦しむローランスの民の為にも私に出来ることをしたいの』

 

『ですが、プリズナーバック湿原の開拓は容易ではありません。姉さんの身に何かあったら……』

 

リュネットは不安を滲ませた表情で言葉を零す。当然と言えば当然だろう。

 

広大なプリズナーバック湿原の開拓計画は簡単なものでは無い。追放されたエニドに続きロディーヌにまで何かあって欲しく無いという彼女の気持ちが、表情から見て取れる。

 

『心配してくれてありがとう、リュネット。けど、今回の開拓計画が成功すればローランスが災厄を乗り越える為の大きな一歩になります。いつかエニド姉さんが帰ってくる場所を守る為にも、私は頑張りたいの』

 

『姉さん……わかりました。私も教会で国の為に尽力します。姉さんも頑張ってください』

 

『えぇ、貴方は私達姉妹の中で一番賢い子ですもの。きっと私よりもずっとローランスの力になれる筈よ。頑張ってねリュネット』

 

『はい、ロディーヌ姉さんもどうか無理をしないでくださいね』

 

『心配しないでリュネット、3人でまた暮らせる日まで私は何があってもいなくなったりしないから』

 

 

そして三度光景が切り替わる。

 

礼拝堂の中、晴人達の知る姿となったリュネット・フォートンは1人その場に立ち尽くしていた。

 

『嘘……嘘です……姉さん達はもう一度会おうって……いなくならないって……そう言ってくれたのに』

 

動揺し子供のように怯えるフォートン。恐らくはホルサ村の壊滅と開拓計画の失敗の報告を受けたのだろう。

 

自分の身体を抱きしめる様に腕を回し震えるフォートンだが、その声に突如変化が起こる。

 

『ふふふ……違う……姉さん達は帰ってくる……だって約束したもの……今はまだその時じゃ無いだけ……そうよ……この国に姉さん達が帰ってくるだけの価値が無いから……ローランスが災厄を乗り越えれば……きっと……』

 

不穏な言葉が溢れ、フォートンの身体から強い穢れが噴出し始める。

 

『ローランスを変えてみせる……私の手で……どんな手を使っても……どんなものを利用してでも……そうすれば……もう一度あの頃に……』

 

その瞳に狂気を宿し、フォートンは宣言する。

 

その光景をアリーシャは悲しそうな目で見つめていた。

 

「枢機卿の希望はこうして歪んでしまったのか……」

 

「家族ともう一度会いたい……ただそれだけだった筈なのに……」

 

ミクリオとスレイもまた、やりきれない表情でフォートンの記憶を見つめる。

 

「枢機卿にとっては家族との約束は最後の希望だった……だが、その言葉がいつしか彼女を縛る呪いになってしまったのだな」

 

_____『一人で何もかも抱え込んでいると、そのうち自分の中にある大切な物まで腐らせてしまう』_____

 

アリーシャの脳裏に、嘗て晴人が自分に言った言葉が過ぎる。

 

目の前のフォートンの状態は、アリーシャにとっても決して他人事とは言えない物だ。

 

もしも、何処かで歯車が狂っていたら。自分もまた道を踏み外し、目の前のフォートンの様に憑魔となりながら、ハイランドを救う夢の為に手段を問わず、多くの物を踏みつけにしていたのかもしれない。

 

アリーシャはそんな複雑な思いでフォートンの過去を見つめていたが……

 

 

 

「……っ! 来るぞ!」

 

何かに気がつき声をあげた晴人に、一同が反応する。

 

「え?」

 

「来るって……何の話よ?」

 

一同は意味が分からずに困惑するが、続く光景にその意味を理解する。

 

「……これは!?」

 

記憶の中のフォートンの身体……否、フォートンを中心とした空間そのものに亀裂が生じ始めたのだ。

 

バキバキと音を立て広がっていく亀裂。亀裂が空間を侵食していくその異様な光景に一同は警戒し後退する。

 

そして……

 

 

 

 

『キシャアアアアアアアア!!』

 

 

亀裂の入った空間がガラスの様に砕け散り、そこから巨大な生物の頭部が現れる。

 

「なっ!?」

 

「蛇……? ですが、この大きさは…… 」

 

息を飲むライラ。その視線の先には漆黒の体表に黄色い瞳を不気味に光らせた蛇が、空間の裂け目からその姿を現したのだ。

 

だが、その大きさが普通では無い。

 

黒い蛇は頭部を持ち上げ、威嚇するコブラの様に上体を真上へと伸ばす。

 

全長から見れば1、2割程度だろうが、その頭部は数階建ての建物に匹敵する聖堂の天井ギリギリまで伸ばされ、残りの身体はとぐろを巻き、聖堂内を制圧していた。

 

明らかに全長は100mを超え、その口は一般的な家屋程度なら容易に一飲みにしてしまえる程巨大な漆黒の大蛇が、攻撃的な目でアリーシャ達を見下ろす。

 

「ま、マジ……?」

 

目の前の光景が流石に予想を超えていたのか、ロゼの口から乾いた笑いが溢れる。

 

「晴人……これは?」

 

「恐らくは、この蛇がフォートンの心に強く結びついた穢れそのものだ」

 

絶望したゲートのアンダーワールドにファントムが生まれると、ファントムはアンダーワールドで暴れ始め、まるで蛹を破る幼虫の様に現実に現れようとする。

 

本来であればエンゲージのリングはそんなゲートのアンダーワールドに突入し、アンダーワールド内でファントムを倒す事で絶望による死をギリギリの所で回避する為の魔法なのだ。

 

その経験則から、ウィザードは目の前の大蛇こそがフォートンの心に住み着く強い穢れだと目星をつける。

 

「つまり、こいつを浄化しちまえば……」

 

「枢機卿を助けられるかもしれない!」

 

「だが、この大きさは滅茶苦茶だぞ!? 聖堂内で戦うのは危険だ!」

 

「ミクリオの言う通りだ! みんな! 聖堂の外に出よう!」

 

スレイが叫び一同は建物の外へと飛び出す。

 

そして……

 

 

轟っ!!

 

振るわれた大蛇の尾が、聖堂の壁を容赦なく貫き、正面扉の方面の壁が崩れ去った。

 

「ちょ!? 冗談でしょ!?」

 

一撃で聖堂の壁一面が破壊されたその光景を見たロゼが驚きの声をあげる。

 

無理もないだろう。彼女が知る中でも明らかにスケールが違う巨大な敵なのだ。

 

そして、聖堂の崩壊した壁を潜り、漆黒の大蛇が屋外へと姿を見せる。

 

『シャアアアアアアアア!!』

 

大きな口を開け、巨大な二本の牙を見せつけながら大蛇がこちらを威嚇する。

 

「どうする?」

 

「あの巨体だ。全員で同じ場所に固まるのはマズイ。できるだけアイツの狙いを散らす様に動かないと」

 

「良い案だ導師殿。相手はあのデカブツだ。何組かに分かれて攻撃するのがベストだろうよ」

 

一箇所に固まればあの巨体による一撃で一掃されかねない事を危惧したスレイの案にザビーダが賛成する。

 

だが……

 

『シャア!!』

 

これ以上待つ必要は無いとでも言う様に、大蛇が巨大な尾を真上に持ち上げ、スレイ達目掛けて振り落とした。

 

ドゴオォオ!!

 

尾が振り落とされた石造りの地面が盛大に陥没し、周囲に衝撃と共に土煙が舞い上がる。

 

「くっ、なんて間合いだ!?」

 

左右に分かれてギリギリで回避した一同だが、大蛇は攻撃を続ける。

 

「来るぞ! 散れ!」

 

大蛇は地面を這いずりながら、その巨体とは不釣り合いな速度で一気に一同へと迫って来る。

 

デゼルの叫びに反応し一同は何組かに分かれるが……

 

「っ!? 狙いは私達か!」

 

その中でウィザードとアリーシャの2人に狙いを定めたのか、大蛇は地面を抉りながら大きな口を開き、一気に2人に迫る。

 

このまま走るだけでは確実に逃げきれず、容易くその巨大な口に2人は飲み込まれてしまうだろう。

 

【コネクト! プリーズ!】

 

「アリーシャ! 乗れ!」

 

「っ!! わかった!」

 

コネクトの魔法陣からマシンウィンガーを取り出したウィザードはすぐさま跨り、アリーシャもそれに続く。

 

ブォォォォォン!!

 

すぐさまバイクのエンジンをかけるとウィザードはマシンウィンガーを急発進させ、大蛇はそれを追撃する。

 

教会神殿から城教区域の通りを最低限の減速で駆け抜けるウィザード。

 

その背後には道そのものを塞いでしまい兼ねない大蛇が、大口を開きながら尚も追撃してくる。

 

「オイオイ、デカイ癖に随分と速いな」

 

城教区域を抜け、東部市街地へと差し掛かったにも関わらず、振り切れる気配の無い大蛇に晴人は呆れた様に声を漏らす。

 

「ハルト! 噴水広場だ! あそこの広場なら大蛇の巨体ではある程度動きが制限され、逆に私達には戦い易い広さの筈だ!」

 

「なるほどね、了解だアリーシャ!」

 

本来の街であるならば市民の被害を考えなくてはないが、精神世界であるならば多少の無理は利くと判断したアリーシャは、大蛇を噴水広場へと誘導する様に告げる。

 

ウィザードはその指示に従い大蛇を引き連れながら東部市街地を駆け抜け、噴水広場がある北部市街地へと到達する。

 

「見えた! 鬼ごっこは終わりだ! こっちも反撃と行こうか!」

 

反撃の意思を込めウィザードは叫ぶ。

 

「久しぶりの見せ場だ! 行くぜドラゴン!」

 

 

その言葉と同時にウィザードの体が一瞬燃え上がると、フレイムドラゴンスタイルが解除され通常のフレイムスタイルへと変化すると同時に、ウィザードの身体から赤く燃え盛る龍の幻影が上空へと舞い上がる。

 

『ゴァァァァァァァァア!!』

 

炎を振り払い咆哮をあげながら、現れるウィザードラゴン。

 

この世界に跳ばされてからの戦闘ではヘルダルフの領域を逆用した変則的な召喚しか行わなかったが、アンダーワールド内での召喚こそがウィザードラゴンの本来の召喚である。

 

「アリーシャ! 悪いが下ろしている暇は無い! このまま行くぞ!」

 

「え!? わ、わかった!」

 

アリーシャへと告げると同時にマシンウィンガーが上空のドラゴンへ向け変形しながら飛び上がり、展開された巨体な機械の翼がドラゴンの背に接続される。

 

「よし、捕まってろよアリーシャ!」

 

ウィザードとアリーシャを乗せたドラゴンは更に上昇し、旋回しながら噴水広場におびき出した大蛇へと向き直る。

 

『シャアアアアアアアア!!』

 

大蛇は上空のドラゴンへと向けて尻尾を振るう。

 

「チィッ!」

 

ウィザードはドラゴンを操り、振るわれた横薙ぎの一撃を下降し回避する。

 

『ゴァァァァァァァァア!!』

 

お返しとばかりにドラゴンは咆哮すると数発の火球を放つ。

 

『ギェェア!?』

 

火球は狙いを外さず全弾が大蛇の頭部へと着弾し爆発。大蛇は悲鳴をあげその身を怯ませる。

 

だが……

 

『ゴァァァァァァァァア!!』

 

皮膚を灼け爛れさせながらも爆煙を突き破り、ばね仕掛けの様な勢いでその巨大全身をはね上がらせた大蛇はドラゴンへと飛びかかる。

 

最大まで開かれたその口は、容赦なくドラゴンごとウィザード達を飲み込もうとする。

 

「ッ!」

 

その動きにギリギリで反応したウィザードはドラゴンを操り、バレルロールでその巨大な口を紙一重で左へと避ける。

 

「ハァァァァァア!」

 

ドラゴンの真横を通過して行く大蛇に即座に反応したアリーシャは、炎を噴出させた槍の巨大な刃を大蛇の体表へと叩き込み、突き刺したままドラゴンの飛行能力に任せて突き進む。

 

「これなら!……なっ!?」

 

刃を突き刺したままドラゴンの勢いで数十m突き進み、離脱すると同時に槍を引き抜いたアリーシャは、すぐさま旋回したドラゴンに合わせて大蛇へと視線を向ける。

 

攻撃に確かに手応えを感じたアリーシャだが、その表情はすぐに驚きに染まる。

 

確かにアリーシャの槍が切り裂いた箇所は炎により焼き爛れていたが、その傷から穢れが噴き出すと同時に治癒されたのだ。

 

『シャアアアアアアアア!!』

 

着地した大蛇はすぐさま凄まじい勢いで地を這いこちらへと迫り来る。

 

今度は先程の聖堂の様に上体を地面から垂直に伸ばし、ウィザードラゴンへ向け連続して噛みつきを放ってくる。

 

ドラゴンは大蛇を中心に旋回しながら連続の噛みつきを紙一重で躱すが、遂にその一撃がドラゴンを捉えようとする。

 

【ビッグ! プリーズ!】

 

「ハァ!」

 

だが、大蛇の噛みつきに合わせてドラゴンの真横に巨大化の魔法陣を展開したウィザードは、魔法陣へと鋭い蹴りを放つ。

 

『グゥウ!?』

 

魔法陣から飛び出した巨大化したウィザードの蹴りが、カウンターの要領で大蛇の顔を捉え吹き飛ばす。

 

「《我が火は爆ぜる魔炎! バーンストライク!》」

 

『グオオオオオオ!!』

 

そこにアリーシャの天響術とドラゴンによる炎弾が追撃をかけ、大蛇が再び爆炎に飲み込まれて行く。

 

「やったか!?」

 

アリーシャは攻撃に手応えを感じ、上空から炎に飲まれた大蛇を見下ろす。

 

しかし……

 

『キシャアアアアアアアア!!』

 

爆炎を搔き消し現れる大蛇。焼き爛れた全身もゆっくりとだが回復していく。

 

「あれを受けて回復するのか……」

 

「フォートンの穢れの源ってだけはあるな……一筋縄とはいかなそうだ」

 

上空を旋回しながら大蛇を見据える2人。

 

その時、突如大蛇は大きく口を開き、上空のドラゴンへ向き直る。

 

「……なんだ?」

 

再び飛びかかるつもりなのかとウィザードは警戒するが……

 

「なっ!?」

 

突如、その口から驚きの声が溢れる。

 

大蛇の開いた口に天響術と思わしき魔法陣が展開されたのだ。

 

そして次の瞬間……

 

『キシャアアアアアアアア!!』

 

大蛇の叫びと共に、魔法陣から大量の岩の槍が発生し、雨の様にドラゴンへと射出された。

 

「くっ!」

 

【ディフェンド! プリーズ!】

 

ギリギリで反応したウィザードが赤い炎の防御魔法陣を展開し、岩の槍の雨を防ぐ。

 

「ぐっ……」

 

だが機関銃の様に射出され続ける岩の槍に、魔法陣による壁は徐々に押され始める。

 

しかし…

 

「通行止めです! 拍子舞!」

 

ウィザードの魔法陣に重なる様に、展開された紙葉が燃え上がり強力な炎の壁を形成し、岩の槍を食い止める。

 

「「詐欺師(フラウド)!」」

 

『グゥゥゥ!?』

 

続いて、地面から生えた大量の輝く鎖が大蛇の口を閉める様に巻きつき、絞めあげようとする。

 

それにより岩の槍の射出は止まる。大蛇は鎖を引き千切ろうとするが……

 

「危なっかしいもの吐き出してんじゃないわよ」

 

「同感! 大人しく閉じてろっての!」

 

『ギィア!?』

 

数階建ての家屋の屋根から大蛇の頭部の真上に跳躍した土の神衣を纏ったロゼが、両手の巨大化した籠手の一撃を落下しながら叩き込み、無理矢理口を閉じさせる。

 

「「蒼穹一閃!」」

 

更にそこへ巨大な水の矢が大蛇の頭部に横殴りに着弾し、その体勢を崩しダウンさせた。

 

「ごめん遅くなった!」

 

「まったく……誘導するのなら誘導するって言いなさいよね」

 

「こっちで援護するからアリーシャ達は攻撃に集中してくれ!」

 

ウィザード達に追いついたスレイ達がそう叫ぶが……

 

『キシャアアアアアア!!!!』

 

即座に体勢を立て直した大蛇は再び口を開き魔法陣を展開すると、大蛇を囲む様に散開した一同を薙ぎ払う様に、岩の槍を射出しながら首を横薙ぎに振るう。

 

「やばッ! 「霊脈の脈動!」」

 

「ッ! 蒼穹の十二連!」

 

「炎よ!」

 

「《焼き焦がせ! ディバイドヒート!》」

 

「《灼陣、熱波、焦がそうよ! ディバイドヒート!》」

 

反応した一同は、岩の壁、水の矢、炎の結界、熱波でそれぞれが岩の槍を相殺、防御する。

 

「このままじゃあ狙い撃ちにされる! デゼル!」

 

「フン……上等だ」

 

「「ルウィーユ=ユクム!(濁りなき瞳デゼル)」」

 

機動力の無い地上の面々では大蛇に狙い撃ちにされると判断したロゼは土の神衣を解除し、大蛇の狙いを頭上に向ける為の囮となるべく風の神衣を纏うと、ブレードを翼の様に展開して、空中へと舞い上がる。

 

「「裂きて旋風!」」

 

『ギィア!?』

 

背中の8枚のブレードを開き、旋風を纏い回転しながら弾丸の様に突撃したロゼは、風とブレードで大蛇の皮膚を通り過ぎ様に抉り切り裂いていく。

 

『シャア!!』

 

「くっ!?」

 

だが、大蛇はすぐに反撃に転じてその巨大な尾をロゼに向けて振るう。

 

間一髪でそれを回避するロゼだが、尾を回避した先に大蛇の開かれた口が迫っていた。

 

「ッ! マズ……」

 

『ゴァァァァァァァァア!!』

 

『ギィゥア!?』

 

だが次の瞬間、口を開いた大蛇の頭部にドラゴンが体当たりを叩き込み怯ませる。

 

「大丈夫かロゼ!」

 

「ありがとハルト! けど、1人で狙いを引き付けるのは少し難しいかもしんない!」

 

その言葉を受け、ウィザードは一瞬何かを考えると左手の指輪を交換する。

 

「ドラゴン! アリーシャは任せた」

 

「え? は、ハルト!?」

 

【ハリケーン! プリーズ! フー! フー! フーフーフーフー!】

 

アリーシャに一言言い残すとウィザードはハリケーンスタイルに姿を変えてドラゴンから飛び降り、風を纏い飛行しながら、ロゼと共に大蛇の攻撃を空へと向けさせるべく大蛇の注意を引こうとする。

 

ウィザードがスタイルチェンジした事により、アリーシャの纏う魔力も共鳴し、風属性に切り替わろうとするが……

 

「なっ!? なんだ!?」

 

一瞬だけ纏う魔力が風に切り替わったものの、すぐに火属性の魔力へと逆戻りし、アリーシャは困惑する。

 

「(これは、先程の枢機卿の時と同じ……一体何が……いや、今は後回しだ)」

 

事態が飲み込めず戸惑うアリーシャだが、すぐに戦闘へ思考を切り替える。が……

 

 

 

 

 

 

「(……そういえば、ドラゴンとはどうやって操ればいいのだろう?)」

 

直後、アリーシャは大きな壁に直面した。

 

「(馬術なら心得ている……だが、どう考えてもドラゴン相手には役には……い、いったいどうすれば!?)」

 

内心でテンパり始めたアリーシャがあーでも無い、こーでも無いと考えていると……

 

『おい、小娘』

 

予想外に突如ドラゴンからアリーシャに声がかけられた。

 

「は、はい!?」

 

思わぬ相手に声をかけられて驚くアリーシャだが、ドラゴンはどこか不機嫌そうに言葉を続ける。

 

『チッ……あの男め、面倒なものを押し付ける……』

 

「す、すいません……」

 

『ハァ……まぁいい。小娘、お前が奴と同じ様に戦いながら俺を操れるとは思わん。お前は指示だけ出せ。後はこっちでやる』

 

不機嫌そうではあるものの晴人の指示は守るつもりなのか、ドラゴンはアリーシャに協力してくれるらしい。

 

「あ、ありがとうございますドラゴン殿!」

 

『……ドラゴン『殿』?』

 

アリーシャの呼び方にドラゴンが少しばかり驚いた様な声を出す。

 

「な、何かいけなかったでしょうか?」

 

『クッ……ククク……ドラゴン殿か……成る程、確かに奴が肩入れするだけあって面白い小娘だ』

 

先程の不機嫌さは何処へやら、何やら面白げに小さく笑うドラゴンにアリーシャは首を傾げるが、どうやら当のドラゴンは乗り気になったらしい。

 

「ドラゴン殿、我々は地上のスレイ達と同様に、ロゼとハルトが大蛇の注意を引いた隙を突いて仕掛けます。お願いできますか?」

 

『フン……いいだろう』

 

ドラゴンの返答を受け、アリーシャは改めて右手で槍を構え直し大蛇を見据える。

 

視線の先では、ウィザードとロゼが至近距離で大蛇に攻撃を仕掛けて、大蛇の注意を引き付けている。

 

【ハリケーン! シューティングストライク! フー! フー! フー!】

 

ウィザードは大蛇の噛みつきをギリギリで回避し続けながら、ウィザーソードガンから風の弾丸を連射する。

 

『ギィウ!? シャァア!!』

 

だが、風の弾丸は怯ませこそすれ、大きなダメージとはなり得ない。

 

「流石に半端な攻撃は通じないか……」

 

「「星よ散り逝け! 散りし六星!」」

 

地上からはスレイが家屋の屋根を移動しながら水の矢を連射、大蛇を牽制する。

 

「《赤土、目覚める! ロックランス!》」

 

続いて足元から複数の巨大な岩の槍が発生し、大蛇の身体に突き刺さる。

 

だが、岩槍も深くまでは貫けず、大蛇は意に介さず尾を振るい岩の槍を破壊すると同時に、身体から噴き出す穢れが瞬時に傷を塞ぐ。

 

「ッ! 硬いわね……」

 

効果が薄く渋い顔をするエドナ。

 

一方でザビーダも天響術の詠唱を開始する。

 

「だったら派手に焼いてやるよ! ライラ! 合わせろ!」

 

「はい! 任せてください!」

 

「《急襲、猛牙、噛み付くよ! アベンジャーバイト!》」

 

「《燃ゆる朱の月! ブラッドムーン!》」

 

ザビーダにより発生した巨大な風の顎。そこにライラが生み出した業火の塊が重なり、風により勢いを増した燃え上がる炎の牙となって大蛇の首へと噛み付く。

 

『グゥギィィィィア!?』

 

流石に効果があったのか、風の顎に貫かれた箇所が内部から焼き尽くされ、大蛇の首元が大きく焼け爛れる。

 

「あの反応、どうやら炎はある程度有効みたいだな」

 

先程のドラゴンとアリーシャの攻撃でも回復こそされたがある程度のダメージは与えていた事と、他の属性の攻撃よりも回復が遅かった事からウィザードはそう判断する。

 

「ロゼ、アリーシャ! 俺達も行くぞ! 」

 

「りょーかい! 行くよデゼル!」

 

「わかった! ドラゴン殿お願いします!」

 

苦しむ大蛇に向けて勝負を決するべく、3人が一斉に構える。

 

【ハリケーン! スラッシュストライク! フーフーフーフー!】

 

「「一薙ぎで刻む!」」

 

 

ウィザードは風を纏うウィザーソードガンを逆手持ちに持ち替え、ロゼは背中の8枚の大型ブレードを大きく開き展開する。

 

「ハァァァァァア!」

 

「「翔翼一閃!」」

 

ウィザードの強力な風の刃とロゼの無数の風の刃が大蛇へと放たれる。

 

「焼き尽くせ! 魔王炎撃破!」

 

そこに遅れて放たれたアリーシャの炎の刃が重なり、無数の燃え上がる風の刃が大蛇へと炸裂する。

 

『グゥギィィィィィィィィィィィア!?』

 

苦痛に絶叫する大蛇。

 

だがそれだけでは攻撃は終わらない。

 

『フン……終わりだ』

 

ダメ押しとばかりに大蛇の頭上からドラゴンが火炎放射を放ち、大蛇の全身を焼き尽くす。

 

『グァア………』

 

炎に飲み込まれた大蛇は徐々に動きが弱まり、やがて地面へと倒れ臥す。

 

 

「終わった」誰もがそう思った瞬間……

 

突如、世界そのものが黒く染まる。

 

 

「なっ!? 穢れの領域!? なんで!?」

 

空が紫色に染まり、一帯の空気も穢れへと染まり始める。

 

「違います! 領域ではありません! この世界そのものが穢れに染まろうとしています」

 

「ど、どういうこと!?」

 

「この世界は枢機卿の心そのものです! 恐らく、外の世界で枢機卿の憑魔化が進行してしまった事によって精神世界にも影響が出てしまっているんですわ!」

 

「時間をかけ過ぎたってのか……」

 

「でも穢れを生み出してる大蛇は倒して……」

 

「いや、まだだ!」

 

叫ぶウィザード。それと同時に、辺りに溢れた穢れが倒れ伏した大蛇へと収束して行く。

 

「冗談だろ……」

 

苦々しげな顔でスレイが見据える先には、完全に回復した大蛇が再び起き上がっていた。

 

「もう、しつこいな! こうなりゃもう一回……」

 

ロゼは迎撃するべく風の刃を大蛇へと放つが……

 

『キシャァァァァァァァァァア!!』

 

「なっ!?」

 

先程を更に上回る速度で大蛇は首を動かし攻撃を回避すると、ばね仕掛けの様に空中のロゼ達に向けて跳ね上がる。

 

「くっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「うっ!?」

 

3人はギリギリで回避するものの、大蛇の巨体はその勢いのまま地面へと爆音を立てて落下し、衝撃で家屋や石造りの床を吹き飛ばす。

 

「チッ……単純な能力が上がってやがる!」

 

大蛇の速度とパワーを見たザビーダが忌々しげに舌打ちをしながら、大蛇の落下先を見据えつつペンデュラムを構える。

 

他の面々も同じく得物を構えて警戒するが、煙が晴れた先には……

 

 

「ッ! いない!?」

 

大蛇の落下先にその巨体は存在していなかった。

 

困惑する一同。

 

その時、家屋の屋根上に立つライラの近くの地面に亀裂が疾る。

 

 

「ッ!? ライラ下だ!」

 

異変に気がついたスレイが叫ぶがもう遅い。盛り上がった地面が石造りの床を裂き、大蛇の巨体が飛び出してくる。

 

 

「きゃあ!?」

 

ライラは咄嗟に大量の紙葉をばら撒き結界を展開するものの、大蛇の体当たりはライラの足場であった家屋を容易く崩壊させ、衝撃でライラは空中高くに吹き飛ばされる。

 

「ライラ!」

 

予想外の攻撃に全員の反応が遅れた。

 

素早く体勢を立て直した大蛇は、空中に吹き飛ばされたライラを一飲みにしようとその口を大きく開く。

 

「ドラゴン殿! ライラ様を!」

 

『チィッ!!』

 

アリーシャの指示にドラゴンは素早く反応しライラへと向け一気に空を駆ける!

 

「ライラ様!」

 

アリーシャは空中に投げ出されたライラへと手を伸ばしその身体を掴む。

 

だが、既に大蛇は大口を開け迫っていた。離脱するだけの余裕は無い。

 

その巨大な口が、アリーシャ達を一飲みにしようとするが……

 

 

【ビッグ! プリーズ!】

 

ガギィィ!!

 

鳴り響く金属音。

 

ギリギリで両者の間に割って入ったウィザードが、魔法陣で巨大化させたウィザーソードガンの刃で大蛇の口へ横薙ぎの一閃を叩き込もうとしたものの、大蛇は口を閉じ、その牙でウィザーソードガンを咥え受け止めてしまう。

 

「ぐぅ!?」

 

咄嗟の攻撃にすら反応し受け止められたウィザード。

 

大蛇は剣を咥えたまま、首を大きく横に振り回すと同時に刃を離す。

 

「ハルトッ!?」

 

凄まじい勢いで振り回されたウィザードはその勢いを殺すこともできずに広場の噴水に激突し、それでも勢いは死なず、その先の宿屋の壁を突き破り中へと姿を消す。

 

ウィザードの作った隙に離脱することのできたアリーシャは、その光景に思わずその名を叫ぶ。

 

『キシャァア!!』

 

その隙を突くように大蛇は再び地面へと、まるで水中に飛び込むかの様に潜って行く。

 

「あの巨体で地面に潜れるのか!?」

 

驚きの声をあげるスレイ。

 

「何それ!? 蛇が地面に潜んなっての!」

 

「いや、蛇の中には地面に潜る種も存在する。それに蛇は音の感知能力が非常に高い。奴の攻撃は蛇の生態としてはおかしくはない」

 

「そうなの!? ソレもっとどうでもいい時に知りたかったんだけど!?」

 

デゼルの解説に唖然とするロゼ。

 

一方、ザビーダは吹き飛んだウィザードを追いかけ崩壊した宿屋に飛び込む。

 

「おいハルト! 無事か!」

 

叫ぶザビーダの視線の先には倒れ伏したウィザードの姿が映る。

 

駆け寄るザビーダはすぐにウィザードへ回復術をかける。

 

それによりウィザードはふらつきながらも何とか立ち上がる。

 

「おい無茶すんな。完全には回復しちゃいないだろ」

 

「はぁ……はぁ……大丈夫だ……」

 

「本気かよ……あの大蛇を捉えんのは簡単じゃねぇぞ。それに、このまま時間をかけ過ぎりゃ枢機卿は憑魔化してこの世界そのものが穢れに飲み込まれる。そうなりゃ俺達も全滅だ」

 

「だったら、尚更だ。こんな所で悠長に寝てられないな。さっさとケリをつける」

 

ボロボロな身体で、それでもウィザードは軽い口調でそう告げる。

 

「強がってんなよ。無茶だっつってんだ」

 

だが、ザビーダにはわかった。晴人のその軽口が余裕の無さからくる強がりである事が。

 

しかし……

 

「無茶でもやらなきゃ誰も救えないだろ」

 

静かに、しかし力強くウィザードはそう告げる。その声には諦めの色など微塵も無い。

 

「ハルト、お前……」

 

「ゴールは目の前なんだよ。その為にできる事があるのなら無茶だろうがなんだろうが何だってやるさ……『あの時、ああしてたら』なんて、つまらない後悔なんて俺はしたくないからな」

 

そう言い歩き出そうとするウィザード。だがダメージは残っているのか、身体がグラつき倒れそうになるが……

 

「はぁ……お前も言い出したら聞かない奴だよな」

 

そんなウィザードを受け止め、肩を貸したザビーダは呆れた様に、それでいてどこか楽しそうに笑みを浮かべた。

 

肩を貸し外へと出た2人、そこでは他の面々が高速で地面から奇襲を仕掛けてくる大蛇に防戦を強いられていた。

 

それを見たザビーダは目つきを鋭くし、何かを決意した様な表情を浮かべる。

 

「ザビーダ?……ってうお!?」

 

そんな彼の様子に気が付き声をかけるウィザードだが、肩を貸していたザビーダが突如支えるのをやめ、体勢を崩しそうになる。

 

「痛っ! おまっ!いきなり離すなよ」

 

思わず文句を言うウィザードだが、ザビーダは不敵に笑う。

 

「しょうがねぇな……俺が奴の動きを止める。トドメは任せるぜ」

 

「は? 動きを止めるって……」

 

「お前の無茶に俺もノせられてやるって言ってんのさ。で、どうする? ノるか?」

 

笑いながらそう問いかけるザビーダ。

 

それを受け、晴人もまた仮面の下で笑みを浮かべた。

 

「できる事ならなんだってやる。そう言ったろ?」

 

「ハッ! 上等だよ!」

 

そう笑うとザビーダは小さな竜巻の様な風を纏い、街全体を見渡せる見張り台の上へと移動する。

 

それを見送るウィザードも再び風を纏い、空へと舞い上がった。

 

___________________________________

 

一方で、スレイ達は高速で地中からの奇襲を繰り返す大蛇に防戦一方になっていた。

 

「くっ! 早い!」

 

「反撃の隙がない……このままでは……!」

 

「天響術でなんとかつかまえられないの?!」

 

「無理だ。あの巨体が相手じゃあ動きを封じるには高位の天響術しかねえ。だが、高位の術は詠唱に時間がかかる上に、発動するのも下位の術より遅い。あの速度で地下から奇襲してくる蛇野郎相手に早撃ち勝負みたいな真似はできん」

 

苦虫を噛み潰した様な声を漏らすデゼルに、一同の表情が険しくなる。

 

「心の穢れがこの世界を覆い尽くそうとしている……このままでは……」

 

アリーシャと共にドラゴンの背に跨り、周囲を見渡すライラの表情にも焦りが浮かぶ。

 

だが……

 

「まだです!」

 

強くアリーシャがその言葉を否定する。

 

「アリーシャさん……?」

 

「まだ何も終わってなどいません! ハルトもスレイも! 諦めていない! 必ず突破口はあります!」

 

ライラにでは無く、折れそうな自身の心に言い聞かせるようにそう言い放つアリーシャ。

 

不安はあるのだろう。それでも諦めずに戦おうとする少女の姿に、ライラは険しい表情を緩める。

 

「えぇ! アリーシャさんの言う通りですわ! 共に力を合わせ必ず勝ちましょう!」

 

心に生じた不安を振り払い、力強く告げるライラ。

 

その時、まるでその言葉を待っていたと言うかの様にアリーシャに変化が起きた。

 

「えっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

アリーシャの纏う魔力が輝きを増したと同時に、ライラが光へと姿を変えアリーシャへと吸い込まれる。

 

「こ、これは?」

 

輝きが収まった後に、ライラの姿は無く、代わりにアリーシャはその姿を変えていた。

 

白を基調に所々に赤い配色がなされていた服装は完全に赤く染まり、腰までの丈だった上着もロングコートの様に膝近くまで伸びている。

 

手に持った槍は元々大きかった刃が更に肥大化し、ウィザードラゴンの頭部の様な装飾と赤い宝石が埋め込まれた物へと変化していた。

 

戸惑うアリーシャ。

 

そこに自身の中から声が響く。

 

「これは一体……」

 

「ライラ様?」

 

自身の内から響いたライラの声に驚くアリーシャ。ライラもまた戸惑っている様だ。

 

『ほう……なるほどな』

 

混乱する2人に突如ドラゴンから声がかかる。

 

「ドラゴン殿、なるほどとはどういう?」

 

『なに、少しばかり驚いただけだ。まさか奴と同様にお前が俺の力を引き出すとは思わなかったからな』

 

「ドラゴンさんの力……ですの?」

 

『そうだ。その小娘はソーマハルトの魔力に共鳴し易い特性を持っている。恐らくは奴の魔力で戦い続けていた事と、試練で奴が俺の力の一部を取り戻した影響だろう』

 

「ですが、何故ライラ様が?」

 

『この前の試練で取り戻したのは俺の中にある火の力だ。恐らくはその影響でソーマハルトが俺の力を使う際にお前の魔力の中で火の属性だけが共鳴し増幅され、バランスが崩れて制御ができなくなったのだろう』

 

「そうか……ザビーダ様は風の天族だから、力を増した火の属性を制御するのは難しかったのか」

 

『そうだ。だがその女は火の扱いに長けている。その女がお前と同化する事で強化された火の力を完全に制御できたということだろう。強制的に同化したのは、恐らく強まった魔力にその女が引き寄せられたからだ。この世界に来た時に、俺の力の一部が試練の遺跡に引き寄せられたようにな』

 

その言葉をアリーシャは無言の内に肯定した。

 

己の中から湧き出る力が、以前のものを上回っている事を強く感じたからだ。

 

「この力なら……今度こそあの大蛇を完全に浄化できるかもしれない」

 

「ですが、それにはまずあの大蛇の動きをなんとかしなくては……」

 

いくら力が強化されたとはいえ、大技を使う以上、始動にそれなりの隙が生じる。

 

高速で奇襲をしかけてくる大蛇に対しては、まずそこをなんとかしなければならない。

 

「それならザビーダに考えがあるみたいだぜ」

 

そこに復帰したウィザードから声がかけられる。

 

「ハルト!? 無事だったのか!?」

 

「ご無事でよかったですわ。先程は申し訳ありません」

 

「気にすんなって、あの程度ならピンピンしてるから」

 

『フン……相も変わらず強がりを……』

 

「しかし、アリーシャとライラはどうしたんだそれ?」

 

「説明は後だ。今は……」

 

「ふっ……そうだな」

 

そう言ってウィザード達は考えがあると言ったザビーダへと視線を向ける。

 

視線の先では、高台へと移動したザビーダが街を見下ろしていた。

 

そして……

 

「さて、そんじゃあ派手にいくとするか!」

 

腰に捻じ込まれていたジークフリートを抜き放ち、その銃口を自身のこめかみへと押し当てたのだ。

 

「ザビーダ!?」

 

ジークフリートの弾丸を無駄遣いする気は無いと言っていたザビーダの行動に、ウィザードは思わず驚きの声を漏らす。

 

だが、ザビーダは迷わず引き金を引く。鳴り響く銃声と共にザビーダの霊力がブーストされ跳ね上がり、強力な力の奔流がザビーダから溢れ出す。

 

「スレイ! ミク坊! エドナ! 俺が蛇野郎を捕まえたらお前らもデカイ(やつ)をぶちかまして完全に動きを止めろ!」

 

「そうか……ジークフリートによる強化で詠唱と発動の隙を埋めれば……」

 

「地中からの奇襲にも対応できる!」

 

如何に実力者であるザビーダでも、上位の術を使う以上はある程度の詠唱の隙と発動のラグが生まれる。

 

だが、それはあくまで通常の状態の話だ。ジークフリートによるブーストでその隙をカバーする事で、地中からのタイミングの読めない奇襲に対応する。

それがザビーダの考えた作戦だった。

 

「わかった! 頼むザビーダ!」

 

「ヘマするんじゃないわよ」

 

ザビーダを信じ、スレイとエドナは足を止め上位の術の詠唱を始める。

 

「ハルトォ! 俺にジークフリート(こいつ)を使わせたんだ! 無駄弾にさせんじゃねぇぞ! 」

 

使わせたからには必ず救え。暗にそう言い放ったザビーダの言葉を受け、晴人は力強く返答する。

 

「あぁ、必ずだ! 」

 

そこにドラゴンへ近づいたロゼが声をかける。

 

「アリーシャは私に掴まって! 」

 

「わかった!」

 

アリーシャはドラゴンの背から飛び、飛行するロゼの手に掴まる。

 

入れ替わる様にフレイムスタイルへと姿を戻したウィザードがドラゴンの背に着地し、背に立ったまま事態を見守る。

 

そして……

 

 

バキバキバキバキ!

 

再び地面を疾る亀裂。

 

地を裂き現れた大蛇が大口を開き、勢いのまま詠唱の為に足を止めてしまっているスレイへと迫る。

 

スレイの詠唱は間に合わない。

 

だが、スレイは詠唱を中断する事なく迫り来る大蛇を見据える。

 

その瞳に恐怖は無い。

 

次の瞬間……

 

「《瞬迅、旋風、業嵐、来なよ! ホライゾンストーム!》」

 

突如、大蛇の真下に造られた巨大な魔法陣から凄まじい風の奔流が吹き荒れ、大蛇の巨体を吸い寄せ地面へと叩きつける。

 

 

『ギィィィィィイ!?』

 

事態が飲み込めないのか混乱した様に動こうとする大蛇だが、魔法陣から発生する風の力は尋常ではなく、なかなか逃れる事が出来ない。

 

更に……

 

「手間取らせた罰よ。《万有、儚く、膝下に! エアプレッシャー!》」

 

『ゴガァ!?』

 

ザビーダが捉えた大蛇に対し、詠唱を完成させたエドナの術が襲いかかる。

 

倒れ伏した大蛇の頭上に発生した黄色の陣が強力な重力場を発生させ、大蛇を更に地面へと縫い付ける。

 

しかし、追撃は止まらない。

 

「《旋海、轟沈! メイルシュトローム!》」

 

『グゥァァアアア!?』

 

押し潰された大蛇を中心に水による渦潮が発生し、完全に動きを封じる。

 

「ハルト!」

 

「あぁ! いくぜアリーシャ!」

 

完全に動きが封じられた大蛇に2人が動く。

 

「ドラゴン!」

 

背に立つウィザードが掲げたウィザーソードガンに首を後ろへと回したドラゴンは、自身の吐いた炎を纏わせる。

 

強力な火炎は炎の刃と化し、燃え盛る巨大な炎の剣をウィザードは構える。

 

一方でアリーシャの持つ槍にも強力な炎の魔力が収束していく。

 

「よし、いくよ2人とも!」

 

技の準備が完了した事を確認し、ロゼとドラゴンは一気に大蛇へと突っ込む。

 

2人が間合いに入ると同時に大蛇を拘束していた術が解除される。

 

なんとか身体を持ち上げた大蛇は回避は不可能だと判断したのか、再び岩の槍を吐き出し迎撃しようとするが……

 

『つまらん悪足掻きだ』

 

「同感! 大人しくしてろっての!」

 

ロゼの背中のブレードが射出された岩の槍を迎撃し、ドラゴンの炎弾が逆に大蛇を怯ませ攻撃を止める。

 

「いっけぇ!アリーシャ!」

 

その隙を突き、ロゼはアリーシャを風の力を操り大蛇へと向けて投げる。

 

アリーシャは空中で槍を両手で持ち構える。

 

「《浄化の炎よ! 彼の騎士に宿れ!》」

 

「全てを焼き尽くす轟爆の魔槍!」

 

ライラの詠唱と共にアリーシャの槍から赤いドラゴンの頭部の幻影が現れ、その口から巨大な炎の刃が生み出される。

 

「「インフェルノドライブ!」」

 

「フィナーレだ!」

 

ウィザードとアリーシャの2つの巨大な炎の刃が大蛇の頭部をX字に切り裂き、ウィザードはドラゴンを操り、落下するアリーシャをキャッチしその場を離脱する。

 

『ぎしゃ………………』

 

断末魔すらあげることすら叶わず大蛇の頭部は断ち切られ、凄まじい勢いの炎に飲み込まれる。

 

そして次の瞬間、炎が爆ぜ大蛇の身体が跡形も無く完全に消し飛んだ。

 

「や、やった……」

 

ウィザードに抱きかかえられたアリーシャは空中からその光景を目にし、思わずそう呟いた。

 

穢れの根源たる大蛇が浄化されたからか、アンダーワールドを包んでいた穢れもまた消滅していく。

 

「やったなアリーシャ」

 

変身を解除し、晴人は腕の中のアリーシャに微笑んだ。

 

「ハルト、これで枢機卿は……」

 

「大丈夫だと思うけど、何せ前例がないからな。急いで戻ろう」

 

そう言って晴人はドラゴンを操り、下に待つ一同の元へ向かった。

 

___________________________________

 

「セルゲイ団長、お待ちください!? 導師スレイ達は我々に待っているようにと仰って……」

 

「確かにそうだ。だが、やはり私には彼らに全てを押し付けるというのは納得できない。お前達は無理に付き合わなくてもいい。私の個人的な我儘に付き合う必要は無い」

 

「団長ひとりに行かせる事などできません。どうしてもと仰るなら我々も同行します!」

 

薄暗い、教会神殿の中の通路。

 

その中をセルゲイと数名の白皇騎士団の騎士達が進んでいる。

 

スレイや晴人達に騎士団塔に残っているように言われた彼らだが、部下を人質に取られ、さらにスレイ達が危険な目に遭う事に納得する事ができなかったセルゲイが部下の制止を振り切り1人教会神殿に乗り込もうとし、そんな彼の身を案じた部下もまた同行していた。

 

一同は教会関係者に出会わない事を訝しみながらも、教会神殿の最深部へと辿り着く。

 

「む、あれは!? フォートン枢機卿!?」

 

薄暗い部屋の中、倒れ伏した枢機卿を見つけ駆け寄る。

 

「フォートン枢機卿! 一体何があったというのだ?」

 

困惑するセルゲイだが、次の瞬間、魔法陣が現れ薄暗い部屋を赤い光が染め上げる。

 

「こ、これは!?」

 

驚きの声をあげるセルゲイ。

 

その時、魔法陣から晴人達が現れる。

 

「せ、セルゲイ? なんでここに?」

 

スレイは何故かこの場にいるセルゲイに驚くものの、すぐに倒れ伏したフォートンへと視線を向ける。

 

「フォートン枢機卿! 」

 

一同は急ぎ枢機卿に駆け寄るが……

 

「大丈夫だ。気を失っているが大きな異常は見られない」

 

そう告げるセルゲイ。

 

「穢れも完全に浄化されているようです。やりましたわね皆さん」

 

続いてライラがフォートンの身体を確認し、穢れが浄化された事を告げる。

 

その言葉を聞きスレイ達の顔に喜びの表情が浮かぶ。

 

「やった! ハルト! 俺たち枢機卿を助けられたんだ!」

 

「あぁ、どうやら賭けには勝てたみたいだな」

 

「かなりギリギリな感じだったけどね」

 

「だが、それでも助ける事が出来た」

 

安堵の表情を浮かべるアリーシャ。

 

その時、何かが強い輝きを放ち、一同は光が放たれた方向へと視線を向けると、その先には……

 

「石化していた人達が……」

 

メデューサによって石化していた人々。石像の様に固められていた人々の石化が解除され、倒れ伏した姿があった。

 

「枢機卿の穢れが完全に浄化された事で、メデューサの力も完全に失われたのでしょう。これがアンダーワールドでの完全な浄化なのですね」

 

ライラが微笑みながらそう告げた時……

 

「う、うわぁ!?」

 

突如響く叫び声。

 

一同が振り返ると、そこには騎士が憑魔に襲われる光景が飛び込んでくる。

 

「あれは、枢機卿に石化させられてた憑魔!?」

 

アリーシャへ放たれ、メデューサの石化に巻き込まれた憑魔が石化が解除された事により復活し、セルゲイの部下に襲いかかろうとしていたのだ。

 

「させませんわ!」

 

即座に反応したライラは紙葉を放ち、憑魔に着弾すると同時に発火させる。

 

『ギャアア!?』

 

ライラの浄化の炎により憑魔の穢れが祓われる。

 

「なんとか間に合いましたわね」

 

安堵の息を零すライラだが……

 

「かたじけない、部下を助けていただき感謝します」

 

「いえ、お気になさら……ず?」

 

セルゲイからかけられた感謝の言葉に返答しようとしたライラの言葉が止まる。

 

スレイ達もまた驚いた様にセルゲイを見つめていた。

 

「じ、自分の発言に何か問題があっただろうか?」

 

一同の視線を集めた事に困惑するセルゲイ。

 

 

「あ、あらあら?」

 

「えーっと……」

 

「これは……」

 

「一体……」

 

「どうなって……」

 

「いやがるんだ……?」

 

困惑する一同を代表しスレイが問いかける。

 

「えーっと……セルゲイ? もしかしてライラが見えるの?」

 

その問いかけにセルゲイはポカンとした表情で、質問の意味がわからないとでもいう様に戸惑いながら返答する。

 

「ライラとは其方の女性の事だろうか? 急にどうしたというのだ? 話しかけているのだから見えているに決まっているだろう?」

 

ライラが見えている事を肯定するセルゲイ。見れば彼の部下達もまたライラへと視線を向け「炎を操った?!」「まさかあれが天族なのか?」など言葉を零している。

 

アリーシャが触れていないにも関わらず、天族が視認できなかった騎士団の者達がライラを視認しているのだ。

 

「マジか……」

 

「マジで……?」

 

「マジだ……」

 

状況に追いつけず混乱しながらザビーダ、エドナ、晴人の3人がなんとか声を絞り出す。

 

そして……

 

 

 

『ええええええええええ!?』

 

 

一同の心の叫びが教会神殿に響き渡った。




後書き
Q ベルセリアでジークフリートの力を断つ憑魔を殺す弾丸は霊体結晶の特殊弾で増幅とは別のものだと判明しましたが今作と設定違っちゃってね?

A 今作の独自設定で、増幅と憑魔を殺す弾丸は同一のもので消費式という事でお願いします(震え声)

だってゲーム版ゼスティリアだとザビーダの自己強化で弾切れになったみたいな感じの描写だったんですもの(逆ギレ)


追伸 ブレイブスピンオフが「サバじゃねぇ! 3」で腹が捩れました


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31話 青空 前篇

更新が遅れて申し訳ないです
更新が遅すぎて前回から更新する間に社長が死んでゼスティリアクロスは最終回を迎えそして社長が復活してしまった……

今回で三章エピローグにするつもりでしたが書いてて終わる気配が無いので分割しました

では最新話、三章のエピローグの前篇をどうぞ







『リュネット? どうしたの? ぼーっとして』

 

「(あぁ……またこの夢だ)」

 

まどろみの中で自身にかけられた声に枢機卿、リュネット・フォートンは心中で小さくそう呟いた。

 

リュネットが目を見開くと、そこは嘗て自分が枢機卿となる前に生活を送っていた自宅だった。そして行方不明となった筈である2人の姉が、心配そうな表情を浮かべながらリュネットを見つめている。

 

『どうしたの黙り込んじゃって? もしかして疲れてるの? 確かに最近のリュネットは教会でも偉くなったし仕事も増えてるけど……』

 

リュネットの体調を心配してか、長女であるエニドが声をかけ、それに次女であるロディーヌが続く。

 

『確かにリュネットは最近働き通しですものね。姉として貴方の事は鼻が高いですけど偶には身体を労った方がいいわ』

 

『そうね。リュネットって少し真面目過ぎる時があるし……そうだ! 明日ってみんな休みよね? 久しぶりに3人で出かけない?』

 

『それはいいですね。最近は忙しくて3人で過ごす時間も少なくなってましたし』

 

『そうでしょ。偶には姉妹水入らずといきましょうよ』

 

楽しそうに微笑みながらリュネットにそう告げる二人。

 

「姉さん……」

 

姉からの言葉にリュネットはぎこちなく笑みを浮かべる。

 

姉達からの言葉は嬉しい。だがリュネットは知っていた。この目の前に広がる理想の光景はただの夢に過ぎない事を……

 

この夢を見るのは今日が初めてでは無い。それこそ今まで、何度も何度も彼女はこの夢を見て来た。

 

そしてその度に姉達と休日を過ごす事を約束した後に、容赦無く夢は終わる。

 

終わって欲しく無いとどれだけ大きな声で叫んでも……

 

一人にしないでとどれだけ必死に願っても……

 

優しい夢から現実へと引き戻された彼女はその夢に引き摺られる様にやがて暴走していった。

 

民や兵を踏みつけにし、己の身を憑魔へと堕とし、全てを捧げて……

 

目の前に広がる暖かな家族との団欒、それを取り戻す為に……

 

だけれども……

 

___『過去ばっかり見て、現在(いま)を捨てるな』____

 

リュネットの脳裏に1つの言葉が過ぎる。

 

その言葉を思い出したリュネットは、自身の右手に視線を向ける。

 

そこには、琥珀色の輝きを放つ指輪が自身の指にはめられていた。

 

その指輪の輝きを見たリュネットは瞳を閉じ、指輪のはめられた手を自身の胸に添え、小さく深呼吸をする。

 

そして何かを決意したかの様に瞳を開き、静かに、それでいてハッキリと自身の答えを告げた。

 

「ごめんなさい姉さん。明日はどうしてもやらなくちゃいけない事があるの……だから姉さん達とは出かける事は出来ないです」

 

その言葉に二人の姉は驚きの表情を浮かべる。

 

『え……』

 

『リュネット……?』

 

「姉さん達の提案は嬉しいです。だけど、私は今どうしてもやらなくちゃいけない事ができたんです」

 

『それは……私達との約束よりも大切な事なの……?』

 

悲しそうに問いかける姉の言葉に、リュネットの心は締め付けられる。

 

けれども、彼女は……

 

「はい……」

 

その言葉を聞いたエニドは俯き、小さく溜息をこぼすと顔を上げ、リュネットへ視線を向ける。

 

『そっか……リュネットがそこまで言うなんてよっぽど大切な事なのね』

 

「はい……どうしても果たさなくちゃいけない事です」

 

『ならしょうがないわね』

 

『えぇ、残念だけどリュネットがそこまで言うなら姉として邪魔はできないわ』

 

『けど、無理はしちゃ駄目よ?』

 

優しくそう告げる二人の姉に、リュネットは笑みを浮かべ返答する。

 

「はい。あの……姉さん……」

 

『ん? どうかしたの?』

 

言い淀むリュネットにエニドがどうしたのかと問いかける。

 

「いつになるのはわからないですけど……いつか、私のやるべき事が終わったら……」

 

『終わったら……?』

 

「その時は今度こそ私と一緒に3人で出かける約束……してくれますか?」

 

その言葉に2人の姉は優しく微笑む。

 

『そんなの当たり前でしょ』

 

『その時を楽しみにしていますね』

 

その言葉に、リュネットは瞳に涙を溜めながらも満面の笑みを浮かべる。

 

「私も……楽しみにしています。ですから……今日はもうサヨナラです」

 

姉からの暖かな言葉を胸に笑顔で応え、リュネットは初めて自らの意思で優しい夢に別れを告げた。

 

 

___________________________________

___________________________________

 

 

 

 

「で? つまりどう言うことなのよ?」

 

場所は変わり騎士団塔。

 

フォートンの浄化に成功した晴人達は白皇騎士団と協力し、フォートンと石にされた人々をコネクトの魔法を使い騎士団塔へと運び、騎士達に介抱を頼み状況の整理をしていた。

 

厄介事が増えたと言わんばかりに口を開いたエドナの問いかけに、アリーシャが返答する。

 

「可能性として考えられるのは先程のアンダーワールドでライラ様が私と一時的に同化していた事かと……」

 

天族の中でライラだけが、霊応力を持たない人々からも視認される様になった。その事から考えれば、やはり考えられる可能性として挙げられるのは先程の戦闘の事だろう。

 

「あぁ! そう言えばアリーシャもパワーアップしてたよね! なんかドラゴンの力を使った時のウィザードみたいに!」

 

「ドラゴン殿が仰るには、アレは晴人が取り戻した力に私の中の晴人の魔力が反応した結果らしい。晴人がドラゴン殿の力を使うと、私の中の魔力も火の属性が更に強まる様なんだ」

 

「なるほどね……だから風の天族の俺じゃ制御しきれずに弾き出された訳だ」

 

アリーシャの説明にザビーダは、メデューサとの戦いの際にアリーシャから弾き出された事を思い出し納得する。

 

「では、私がスレイさん達以外にも見える様になったのは?」

 

「多分だけど、ドラゴンの魔力が原因なんだろうな」

 

「けどよハルト。俺はアリーシャと同化しても周りの連中に見える様になったりはしてないぜ?」

 

「となると……ドラゴンの影響で火の力が強化されたアリーシャと同化したのが条件って事かな?」

 

「魔力と霊応力は感覚としてはとても似ています。おそらくは私と同化した際にハルトの魔力と、イグレインで取り戻したファントムの力を現実世界で使う力の2つが、同じ火の力を持つライラ様に混ざり合い影響を与えたのかと」

 

「そう言えば、神衣は普通の人には見えないけど、ウィザードの姿は普通の人にも見えるもんね」

 

神衣が一般人には認識できない事に対して、ウィザードの姿は普通の人間でも認識できる事を思い出しながらロゼが納得する。

 

「まぁ不明瞭な部分は多いが、あの時のアリーシャとの同化が原因なのは間違いないだろうな」

 

一同は仮説ではあるものの現状の判断材料からそう結論付ける。

 

「あの……ライラ様……」

 

「?……どうかなさいましたかアリーシャさん?」

 

どこか歯切れ悪く声をかけてきたアリーシャに、ライラはどうしたのかと首を傾げる。

 

「その……申し訳ありません」

 

「えーっと……何がでしょうか?」

 

突如アリーシャに謝罪を告げられたものの、ライラは謝られる理由に思い当たる節が無く、その意味を問う。

 

「それは……今回ライラ様に起きた変化はライラ様にとって重大な事の筈です……図らずともライラ様の意思に関わらずこの様な事態を引き起こしたのは私に原因が……」

 

ライラを始めこの場いる天族達は永い年月の間、一部の素養を持つ者以外の人間達からはその姿を視認される事なく過ごしてきた。

 

これまで天族が超常的な力を持ちながら人々からは目に見えない存在である事は、双方の関係性を片道の一方的なものとする一方で、種族の違いによる衝突や問題の発生が防がれていたとも言える。

 

人間から向けられる感情が純粋な友好や敬意、信仰等であるのならば良い。だが中には畏怖や、天族の存在を利用とする様な悪意を向ける人間もいるだろう。

 

現にアリーシャはこのペンドラゴに向かう道中であるラストンベルで、天族の名を利用した司祭により起きてしまった事件をその目で見ている。

 

故に、図らずともライラ本人の意思を無視したこの変化に対して、アリーシャは申し訳ないと頭を下げる。

 

「あー……ライラ? アリーシャに魔力を与えたのは元を辿れば俺なんだ。だから責任はどちらかと言えば俺にあるから、謝るとしたら俺の方だ」

 

そこに晴人が割って入る様に謝罪を告げるアリーシャを庇うが……

 

「いや、ハルト……君はあの時最善を尽くしただけだ。君が謝る事なんて無いだろう」

 

晴人の言葉をアリーシャが不服そうに否定する。

 

「いや、だけどあの時思い付きで魔力を与える事を提案したのは俺な訳だしさ……」

 

「だとしてもそれはあの場にいた兵士を救う為に最善を尽くそうとした結果だろう? 君に非はない」

 

「でも結果的に今回みたいな事になったのは俺に責任が……」

 

「違う。君が与えてくれた力の取り扱いを間違えた私に責任がある」

 

「いや、でもやっぱり俺が____ 」

 

「いいや、私が____ 」

 

「俺が____ 」

 

「私が_____」

 

お互い譲らずに自分が謝るべきだと主張し合う2人。揃って同じ様な事を言い合う2人を見たライラは、クスリと小さく笑みをこぼす。

 

「お二人とも。謝る必要などありませんよ?」

 

「「え?」」

 

柔らかい口調でそう告げるライラに口論をしていた2人が止まる。

 

「確かに、アリーシャさんが危惧する様に私が人々から見える様になった事で、これまでとは違う問題が生まれるかもしれません」

 

ライラは先程のアリーシャの言葉を肯定しつつ「ですが」と言葉を続ける。

 

「最後の導師がいなくなってスレイさんが現れるまで、私はレディレイクの聖堂で新たな導師を待ち続けていました。その中で天族の存在を利用する人々がいた事も目にしています……ですがそれ以上に、私自身の声が届かない無力さも嫌という程痛感してきました……」

 

憂いを秘めた表情でライラは言葉を続ける。

 

「導師とは孤独です。私達天族の言葉を私達を見えぬもの達へと伝える。それは私達が見えぬ人々からの期待や疑い、畏怖や悪意を1人で受け背負ってしまう。私が隣にいながら本来なら私に向けられ背負うべき感情ですら……」

 

今の世では導師の存在は天族と人間という二つの種族を結びつける数少ない存在だ。だからこそ二つの種族の間に立つ導師には、人間と天族の間に生じる問題が一身に降り注ぐ。

 

天族に代わりその言葉を人々に届けても信じてもらえずに、心無い言葉をぶつけられる事も決して珍しい事で無い。

 

ライラはその事を嫌という程理解していた。

 

「ですから、正直に言えば少し嬉しいんです。人々から私の姿が見える様になった事で、嘗て背負う事のできなかった導師の重荷を、今度は私も共に背負う事が出来るようになった事が」

 

スレイへと視線を向けながらライラは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「ライラ……」

 

そんなライラの言葉にスレイもまた小さく微笑んだ。

 

「それに、手にした力をどうするかは自分次第。ハルトさんも試練の時にそう仰っていたでしょう? ですから私もこの変化を希望に繋げていきたい。そう思います」

 

「そっか……」

 

「ライラ様がそう仰るのでしたら……」

 

迷いなくそう言い切ったライラに、晴人とアリーシャもそれ以上何も言う事は出来なかった。

 

「ま、ライラの言う通り見える様になったもんはしょーがないんだし、前向きに行こうよ前向きに!」

 

会話を見守っていたロゼもいつもの様に明るい笑顔を浮かべると、場の空気を気遣いテンション高めに声をあげる。

 

「ふん、調子の良い奴だ」

 

「何さ、後ろ向きになるよりかは建設的でしょうよ。確かにアリーシャが触れれば霊応力の低い人にも天族を見せる事は出来たけど、それでも普通に全員から見える方が変な難癖つけられなくていいじゃんか」

 

「確かにね。あのバルトロとかいう大臣なんか、アリーシャが相手を脅して一芝居打ってるなんて言い掛かり付けてくるんじゃないの」

 

エドナがバルトロの事を指して毒づく。どうやら彼女はバルトロに対しての印象がかなり良くないらしい。

 

そこに突如声がかけられる。

 

「スレイ、少しいいだろうか?」

 

石化が解除された者達への対応にあたっていたセルゲイが晴人達のいる部屋へと戻って来たのだ。

 

「セルゲイ。弟さんや騎士の人達は大丈夫?」

 

「あぁ、石化していた者達は衰弱こそしているが命に別状は無い。弟のボリスもな。騎士団団長として、そして兄としても君達は恩人だ。礼を言わせてくれ」

 

そう告げてセルゲイは深々と頭を下げる。

 

「そんな畏る事ないだろ。俺たちは俺たちのやるべき事をやっただけさ。それに、誰も死なせずに助け出すって約束したろ?」

 

そう言いながら戯ける晴人。それを見たセルゲイも小さく笑みを浮かべる。

 

「そうか、やはり貴公らを信じたのは間違いでは無かったな」

 

「それで? 何か俺達に用があるのか?」

 

「む、そうだった。だが私が説明するより直接話した方が早いだろう」

 

セルゲイがそう告げると同時に部屋の扉が開く。

 

そこには……

 

「貴女は……」

 

先程救い出し意識を失ったリュネット・フォートンが、マシドラと共に部屋へと訪れた。

 

フォートンは服装は先程の法衣のままだが被り物はつけておらず、纏めてたであろう長い黒髪もストレートにおろされている。

 

表情は少し窶れており疲労の色が見えるが、対峙した時の様な冷たさは感じられなかった。

 

「あ、あの……」

 

おずおずとフォートンは口を開くが、何と言えば良いのか迷いがあるのか歯切れが悪い。

 

「あ、目が醒めたのか。身体の方は大丈夫なのか?」

 

そんな彼女に対して配慮したのか、晴人は自ら柔らかい口調で声をかける。

 

「あ、はい……これと言って身体の不調は感じません……あ……いえ、そうではなく! 先程は―――」

 

「もし謝ろうとしているのならその必要は無いぜ」

 

晴人はリュネットの言葉を遮る。

 

「え……で、ですが!」

 

「私達は自分のやるべき事をやっただけですわ。今回の事で貴女が申し訳なく思う必要はありません。もしも貴女が罪の意識を感じているのなら、謝罪の言葉は貴女が石化させた人達や長雨で苦しんだ人達に言ってあげてください」

 

申し訳無さそうに謝罪を口にしようしたリュネットに対して、ライラは柔らかい口調でそれを止める。

 

一同は、リュネットが自分達を利用しようとした事は、穢れによる感情の暴走が原因だという事を理解している。

 

憑魔を浄化するという使命を持つ導師達からすれば、そういった人間と相対するのは決して珍しい事ではない。

 

それ故に、浄化後に自らの行いを省みることの出来るリュネットに対しての恨み辛みなど、一同にあるはずもなかった。

 

だが、リュネットにより被害を受けた者達に関しては話が別だ。

 

加害者と被害者の間の感情に対して第三者の晴人達は、許す許さないの決定権など持ち得ない。

 

勿論、フォローはするつもりだがそこから先はリュネット自身で決着をつけなくてはならない問題なのだ。

 

「……わかりました。私の犯した罪に関してはしっかりと償うつもりです。先程目を覚まして、マシドラ教皇から詳しい話は聞きました。皆様の事も含めて今回の事を陛下に説明しようと考えています」

 

「っ!! という事は皇帝陛下への謁見に協力して頂けるのですか!?」

 

「えぇ。今回の事で私は多くの人間に対して迷惑をかけました。この程度の事で許されるとは思っていませんが、私にも協力させてください」

 

皇帝への謁見で最後の壁だったリュネットの協力を得られ、漸く皇帝への謁見が実現した事に、一同から喜びの声が上がる。

 

「では、少しばかりお待ちください。此方で秘密裏に皇帝陛下を騎士団塔へお連れします」

 

「え!? そんな早く!? しかも向こうからここに来て貰うの? 流石にそれって失礼なんじゃ……」

 

「えぇ、こう言った場合我々が日を改めて出向くべきなのでは?」

 

リュネットのまさかの発言にスレイとアリーシャは疑問を覚えるが……

 

「それに関しては私も理解しています。ですが、マシドラ教皇とも話し合いましたが、今の陛下のお立場や話し合う内容を考えると、早急にそうするしか無い事情があるのです」

 

何か理由があるのだろうか、リュネットは2人の意見に首を横に振る。

 

「わかった。この国の政治に関わってたアンタや村長さんがそう言うのなら何か理由があるんだろ? ならアンタの判断を信じるさ」

 

そう返答した晴人に対してリュネットは小さく微笑むと、セルゲイへと視線を向ける。

 

「セルゲイ団長。陛下は白皇騎士団の視察を理由に此方へ連れて参ります。護衛の方は白皇騎士団に頼んでも宜しいでしょうか?」

 

「了解した。私も含め特に信用できる者達で行おう」

 

「感謝します。では……」

 

そう言って部屋を出たセルゲイに続きリュネットもその場を去ろうとするが……

 

「あ……あの、ハルト殿?」

 

振り向いたリュネットは晴人の下まで戻ってくると、おずおずと声をかける。

 

「ん? どうかしたか?」

 

「あの……この指輪……」

 

そう言ってリュネットは右手にはめられたエンゲージの魔法の指輪を晴人に見せる。

 

「あぁ、そう言えばアンタにつけてたまんまだったな。もしかして態々返しに戻って来てくれたのか?」

 

「え、あ……いやその……」

 

歯切れの悪いリュネット。

 

「?」

 

おかしな様子のリュネットに晴人は首を傾げるが、リュネットはやがて意を決して晴人に問いかける。

 

「あの! 図々しい願いとは承知なのですが……この指輪、宜しければ譲って貰えないでしょうか?」

 

「へ……?」

 

予想外の願い出に晴人は間の抜けた声を漏らす。

 

「も、勿論代金が必要なら払います! 勝手な事を言っているのは自分でもわかるのですが……」

 

「……理由を聞いてもいいか?」

 

リュネットに対して晴人は優しい声でその真意を問う。

 

その問いかけにリュネットは小さい声で答える。

 

「その……今回の事件で私は自分の心の弱さを思い知りました」

 

ポツポツとリュネットは言葉を続ける。

 

「私はこれから罪を償っていくと誓いました。ですがその中で私の心が負けて再び憑魔になってしまったらと思うと……だから今日という日に起きた事を忘れない様にしたいんです……もう二度と現在(いま)を捨てない様に……」

 

小さくそれでも決意を込めてリュネットは告げる。

 

「だから、私を救ってくれたこの指輪を自分への誓いとして持ち続けたいのです……勝手な言い分なのはわかっていますが____ 」

 

申し訳無さそうに晴人に頭を下げようとするリュネットだが……

 

「いいぜ。それならその指輪はアンタが持っていてくれ。それと代金はいらないから」

 

「え、ですが……」

 

「気にすんなって。その指輪が少しでもアンタが前に進み始める為の助けになるならアンタが持っているべきだ」

 

そう言って微笑む晴人。

 

「はい……感謝します」

 

リュネットはそう言って微笑むと一礼し今度こそその場を去っていった。

 

「良かったのか? あんな簡単に指輪を渡しちまって。どの道魔法使いのお前が持ってなきゃ使えない代物だろ?」

 

リュネットを見送った晴人にザビーダが声をかける。

 

「エンゲージの指輪は緊急用の魔法だからな。いざって時に手持ちが無いなんて事にならない様に手持ちには余裕があるんだよ。それに……」

 

「あ? それに……?」

 

「指輪の持つ力だけが魔法じゃない。他の人間から見ればなんて事の無い物だって本人にとっては絶望を乗り越える力になり得る時だってある。それだって立派な魔法さ」

 

微笑みながらそう告げる晴人に釣られてザビーダも笑みを浮かべる。

 

「ヒュー♪ キザったらしい事言いやがってコイツ」

 

「なんだよ、別にいいだろ?」

 

「お? その余裕。さてはお前、女に指輪を渡し慣れてるな?」

 

「おい、誤解を招く言い方はやめろ」

 

ザビーダの言葉に反論しようとする晴人だが……

 

「なぁ、ミクリオ。指輪を渡し慣れてるってどういう意味?」

 

「え? い、いやそれは何というか……」

 

「指輪を渡し慣れてる……マジで?」

 

「……ロゼ、今度からハルトから少し距離を置け」

 

「ハルトさん……意外と手の早い方でしたのね……」

 

「流石はチャラ男二号。技の二号と呼んであげるわ」

 

心なしか周りからの視線が冷たい。

 

「おい……何か話がめんどくさい方向に……」

 

笑顔が引き攣る晴人だが……

 

グイッ

 

「ん?」

 

突如服の袖を軽く引っ張られ、一体何だと其方に視線を向けると……

 

「あー……アリーシャ? どうかしたのか?」

 

視線の先には片手で申し訳程度に袖を掴んだアリーシャが、上目遣いでムッとした様な少し不機嫌そうな表情で晴人を見ている。

 

珍しい彼女の表情に晴人は少々戸惑いながらも、どうしたのかと問いかける。

 

「……ハルト」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「……そうなのか?」

 

「な、何が?」

 

「……女性に指輪を渡し慣れているというのは本当なのか?」

 

むくれた様な表情を浮かべアリーシャは問いかける。

 

「ま、まぁ慣れてると言えば慣れてる……かな?」

 

静かな圧力に押されて晴人はついそう答える。

 

その答えは実際間違いでは無い。彼が過去に救ってきたゲートの中には、今回のリュネットの様にエンゲージの指輪をつけたままの者たちもいる。

 

「あーでもアレだぞアリーシャ。今回のフォートンと同じ様に人助けだからな? ザビーダが言った様なナンパな意味合いじゃ無いからね?」

 

「……それは、わかっている」

 

「お、おう……」

 

「それでも複数の女性に軽々しく指輪を渡すという行為は男性としてどうかと思う」

 

「あ、はい……なんかすいません……」

 

「そもそも君は―――」

 

わかっていると言いながらも依然、ご機嫌斜め30度なアリーシャ。

 

それから暫くの時間、晴人は訳もわからずそんな彼女の機嫌回復に全力を注ぐハメになった。

 

___________________________________

___________________________________

 

その後、アリーシャの機嫌を何とか回復させた晴人は、リュネットからの呼び出しを待ちながら談笑を交わしていた。

 

 

「しっかし、まさか皇帝陛下の方から出向いて貰う事になるなんてな……」

 

「しかし本当にいいのだろうか? 両国の休戦の為の話し合いだと言うのに皇帝陛下自ら足を運んで貰うなど……」

 

極秘裏の会談とは言え、ハイランドを代表する立場であるアリーシャはやはり気持ちが落ち着かないのか、ソワソワと緊張した様子だ。

 

「落ち着けってアリーシャ。アリーシャだって王族なんだから変に畏まらなくてもいいだろ」

 

「ハルト……そうは言うが、即位している皇帝陛下と王位継承権から程遠い私とでは……」

 

「別に偉そうに踏ん反り返れって言う訳じゃないさ。けど、ハイランドを代表するのなら堂々としてるべきだろ?」

 

「む……まぁ確かにその通りかもしれないが」

 

アリーシャに肩の力を抜くように助言する晴人。そこにエドナから声がかかる。

 

「そういうアンタは逆に言葉遣いに注意した方がいいんじゃないの。いつもの軽い調子で話しかけて王様の機嫌を損ねるとかやめてよね」

 

「エドナがそれを言うのか……?」

 

「何か言ったかしらミボ?」

 

「い、いやなんでもない」

 

エドナの言葉にボソりと小さな声でツッコミを入れるミクリオだが、エドナが傘の素振りを始めながらの問いかけに冷や汗を流しながら押し黙る。

 

「あー、確かにそこを突かれると痛いなぁ。昔、王様に謁見した時にそれが原因で魔法をくらわされて派手に吹っ飛ばされたし、今回は気をつけないとな」

 

「……一体何してんのよアンタ」

 

エドナの軽い皮肉の言葉に対して調子を崩さずに返答する晴人。その内容にエドナは呆れた声を零す。

 

その時……

 

「少しいいかしら?」

 

突如かけられた綺麗な女性の声。

 

一同は辺りを見回すが、それらしい人影は見当たらない。

 

「どこを見ているの? 下よ下」

 

「あ! さっきの猫さん!」

 

一同が声に釣られて足元を見ると、そこには見覚えのある肥満気味の白猫がいた。

 

「よおムルジム、久しぶりだな」

 

「久しぶりねザビーダ。彼等は新しいお仲間?」

 

「まぁそんな所さ。そんで? 身体の方は大丈夫なのかい?」

 

「お陰様でね」

 

ザビーダとの会話もそこそこにムルジムはスレイ達へ向き直る。

 

「さて、貴方達との挨拶はまだだったわね。私はムルジム。このペンドラゴの加護天族を務めていたわ」

 

「スレイです。ライラと契約して導師をしてます」

 

その言葉にムルジムは一瞬だけ何かを思い出したかの様に表情を曇らせる。

 

「そう……貴方がライラの見つけた新しい導師なのね」

 

「?……あの、オレがどうかしました?」

 

ムルジムの妙な反応にスレイは首を傾げる。

 

「……いえ、なんでもないわ。改めてお礼を言わせて貰うわ導師スレイ。助けてくれてありがとう」

 

「いえ、みんなの力でやった事ですから」

 

「けど猫さんはどうして憑魔になってたの? ペンドラゴって天族への信仰には困ってなかったんでしょ?」

 

ロゼの問いかけにムルジムは苦笑しながら答える。

 

「そうね。このペンドラゴは天族信仰の総本山だけあって、教会神殿の碑文を器にして加護領域を展開する力を得るのに不便はなかったわ」

 

その言葉にアリーシャは表情を険しくする。

 

「となると原因は……」

 

「えぇ、憑魔化した枢機卿が操る憑魔に私は襲われたのよ。加護領域も彼女が発生させた穢れの領域で打ち消されてしまって、憑魔化して彼女に操られていたという訳」

 

「ッ……それは……」

 

予感が的中し、アリーシャの表情は更に曇る。枢機卿を責めるつもりなどアリーシャにはないが、それでも人間側の事情にムルジムを巻き込み憑魔化させたという事実に対して、アリーシャは複雑な心境になる。

 

そんな表情からアリーシャの心境を汲み取ったのか、ムルジムは少し困った様に笑う。

 

「そんな顔をしなくても大丈夫よお嬢さん。少なくとも私は人間を恨んだりしてはいないし、ペンドラゴに加護を与えるのをやめるつもりもないわ」

 

「え?」

 

その言葉にアリーシャはポカンとした表情を浮かべる。

 

「私を憑魔にして意思を奪ったのが人間なら、私の意思を取り戻してくれたのもまた貴方達人間でしょう? それで十分なのよ、私が人を見限らない理由としてはね」

 

なんでもない事の様にそう言い切るムルジム。

 

そんな様子をみてザビーダが楽しそうに笑い声をあげる。

 

「くっはっはっ! さっすがはムルジム。良い女だねぇ! 猫の姿じゃ無けりゃ口説いてる所だ!」

 

「ありがとうザビーダ。でも残念だけど、私の好みは裏表の無いノミ取りの上手な男性よ」

 

その言葉を聞いた晴人が苦笑しながらザビーダへと視線を向ける。

 

「フラれたみたいだぜザビーダ?」

 

「らしいな。俺もまだまだ修行不足かね?」

 

笑いながら軽口を叩き合う二人。

 

そんな中、ムルジムはロゼへ視線を向け問いかける。

 

「所で赤毛のお嬢さん」

 

「え? アタシ?」

 

突如自分に声をかけられた事に驚くロゼ。

 

「貴女、さっきの枢機卿との戦いで使っていた剣術。アレは何処で習ったのか聞いてもいいかしら?」

 

「剣術? あぁ! 『嵐月流・翡翠』の事?」

 

「ランゲツ流……やっぱり間違いじゃなかったのね」

 

ロゼの言葉にムルジムは自身の予想が的中した事を確信する。

 

「あの剣術はブラ……じゃなくて、アタシに戦い方を教えてくれた師匠のご先祖が習った技らしいんだ」

 

「習った? それは誰から?」

 

「んーっとね。名前までは知らないんだけど昔、旅してる腕利きの武芸者がいてね? 師匠のご先祖様とソイツが酒の席で意気投合したらしくてさ。なんか気まぐれで技の幾つかを教えてくれたんだって。なんでも『心水』ってお酒が大好きだったみたいでさ、奢ったら上機嫌で教えてくれたって」

 

「そう……彼が……」

 

ロゼの語る謎の武芸者に心当たりがあるのか、ムルジムは複雑な感情を滲ませた声を零す。

 

「まぁ気まぐれだから教えてくれたのは本当に技の一部だけだったみたいだけどね。教えてくれた剣技も時代が進んでいく中で殆どは忘れられちゃったみたいで、アタシが師匠から教えて貰った技も片手で数えられるくらいしか受け継がれてなかったみたい。アタシの剣技も基本だけ習って殆どは我流だしね」

 

そう言って、ロゼは腰に納められた二本の短剣に手を添える。

 

「それで、結局その『ランゲツ流』ってのはなんなんだ?」

 

疑問を口にする晴人にムルジムが返答する。

 

「その昔、異大陸からこの大陸へやってきた剣士が使っていた剣術。それが『ランゲツ流』よ。1000年以上前、この大陸がグリンウッドと呼ばれるより以前に存在した『ミッドガンド王国』の大貴族に腕を買われて拾われた彼は、その恩義に報いる為に仕え続けたの。それ以来、ランゲツ家は代々その貴族の懐刀として重用されていたわ。赤毛のお嬢さんが使った技は『ランゲツ流』の『裏芸』ね」

 

「『裏芸』?」

 

「ランゲツ流は『表芸』と呼ばれる大太刀による一刀流と、小太刀の二刀流による『裏芸』があって、当主を継ぐ人間は『表芸』を、それ以外の人間は『裏芸』を伝授されるの」

 

「んー……よくわかんないんだけど、なんで二つに分けるの?」

 

「大太刀による戦いの弱点の問題かしら」

 

そのムルジムの言葉にアリーシャが反応する。

 

「得物が長く大振りな分、懐に飛び込まれると戦い辛い……という事でしょうか?」

 

自身も長物である槍を得物としているからかアリーシャはそう答える。

 

「正解よお姫様。その大太刀の弱点を当主が克服する為の修行相手として、ランゲツ流には小太刀二刀流の『裏芸』が存在するの」

 

「へー、私の習った剣技にそんな歴史がねぇ……でも猫さんはどうしてそのランゲツ流の事を態々アタシに聞きに来たの?」

 

ムルジムの説明に関心すると同時に、ロゼは何故ムルジムがランゲツ流の事を自分に聞いてきたのかと問う。

 

「そうね……もう見れなくなったと思っていたものがもう一度見れて気になったから……かしら?」

 

どこか懐かしそうなムルジムの声音に、アリーシャが問いかける。

 

「……ムルジム様はランゲツ流に何か御縁があったのですか?」

 

「剣術というよりかは、当主の人間の方にね……昔、助けて貰ったのよ」

 

「そうなのですか……きっと良い方だったのでしょうね」

 

アリーシャのその言葉にムルジムは苦笑する。

 

「貴女が想像している様な良い人とはお世辞にも言えなかったかしら。でもそうね……裏表の無い、楽しそうに笑う自由な人でね……私にとっては恩人だったわ」

 

昔を懐かしむかのように瞳を閉じるムルジム。

 

「天族として永く生きているとね……色々な物が忘れられて失われて行くのをみる事になるわ。それは寂しくて悲しい事よ。だけど……」

 

ムルジムはロゼに視線を向ける。

 

「どんな形であれ、人間は生み出した物を未来へと遺し繋いでいくわ。例え短い時しか生きる事が出来なくても人間はそうやって自分の生きた証を刻み付けていく。私はそれが守る価値のある素晴らしい物だと思うの」

 

その言葉と共にムルジムから輝きが放たれる。

 

「ペンドラゴの加護が……」

 

一同はペンドラゴに展開された加護領域の復活を感じ取る。

 

「貴女達が枢機卿の穢れを完全に浄化してくれて、教会に溜まっていた穢れも消失したわ。お陰で私はこれからも、このペンドラゴを見守っていける。本当に感謝するわ」

 

そう言い再び感謝を告げたムルジムにエドナが問いかける。

 

「いいのかしら? いくら天族への信仰が続いているペンドラゴでも、また何かの切っ掛けで今回みたいな事になるかもしれないわよ?」

 

そう問いかけたエドナにムルジムはそれでも迷わず告げる。

 

「関係ないわ……猫は気の向くまま自由に生きるものよ……だから私はこれからもこの街を見守っていくわ……大切な思い出を忘れないようにね……」

 

そう言ってムルジムは踵を返し出口へと向かい、最後にもう一度だけ振り返る。

 

「ありがとう赤毛のお嬢さん。貴女のお陰で久しぶりに『彼』の事を思い出したわ」

 

「えーっと……よくわかんないけど……どういたしまして?」

 

ムルジムの語る『彼』が誰の事なのかわからないロゼは、首を傾げながらもその言葉を受け止める。

 

それを見たムルジムは、どこかに嬉しそうに軽い足取りでその場を後にする。

 

スレイ達がそんなムルジムの後ろ姿を見送る中、少し離れた場所で壁に寄りかかっていたザビーダの隣に晴人が歩み寄る。

 

「なんか不思議な人……もとい不思議な猫だったな」

 

「ムルジムは昔に色々あったからなぁ……天族の中でも人間ってやつに結構思い入れがあんのさ」

 

「1000年前ねぇ……俺からしたら想像も出来ない話だ」

 

「ま、俺たちと同様、アイツにはアイツなりの流儀があるってことさ」

 

そう言って話を締めくくろうとするザビーダだが……

 

「……今回は悪かったな」

 

「あ?」

 

晴人の言葉にザビーダは顔を顰める。

 

「ジークフリートの弾丸……あの時使わせただろ?」

 

アンダーワールドでの戦いを思い出しながら晴人は問いかける。

 

「なんだよ急に?」

 

「ジークフリートの弾丸は残り少ないって前に言ってたろ」

 

「まぁ、そうだが……お前さん達からしたら寧ろ弾切れになってくれた方が都合が良かったんじゃねぇの? 俺がジークフリート(コイツ)で憑魔を殺すのはお前だって反対だったろ?」

 

「あぁ、けど……俺はお前がジークフリートでケリをつけなきゃならない『約束』ってのがなんなのか知らない。お前にとってその『約束』どれだけ重くて大切なのかも含めてな……何も知らないで頭ごなしに否定する事なんてできないだろ?」

 

「…………」

 

晴人の言葉をザビーダは黙って受け止める。

 

「だから謝っておく。どんな形であれ、俺の流儀に付き合わせてお前に弾丸を使わせた事はな……」

 

操真晴人は『死による救い』というものを否定しない……否、出来ない。

 

____『このまま、静かに眠らせて……それが私の……『希望』……!』____

 

彼の大切な人は、安らかな死によって救われたから。

 

そんな晴人の言葉をザビーダは険しい表情のまま無言で受け止め……

 

 

 

 

 

「くくく……!!」

 

いきなり笑い出した。

 

それを見た晴人は目を丸くする。

 

「クックックッ……お前って普段はおちゃらけてる割にそういうところ結構律儀だよなぁ」

 

「茶化すなよ。こっちは真面目に……」

 

「わかってるよ」

 

そう言ってザビーダは晴人を真っ直ぐに見据える。

 

「『殺す事で救われる奴もいる』。前にも言ったが、そこに関しちゃ俺も別に考えを変えた訳じゃない……だがな」

 

晴人はザビーダの視線から目を背けずにその言葉を受け止める。

 

「『生きる事を諦めない』その先で救われる奴もいる。あの時、お前を見ていて『もう一度』そう考えさせられちまった……だからあの時、俺はお前の言葉に賭けたんだ」

 

楽しげに笑いながらザビーダは言葉を続ける。

 

「そんで、お前らはきっちり枢機卿を救い出した。だからあの時の弾丸は無駄弾なんかじゃねえよ」

 

そう言ってザビーダは握りこぶしで軽く晴人の胸をトンと叩く。

 

「だからまぁアレだ……もしも俺が『約束』をしくじったら。そん時は頼りにさせて貰うぜ?『希望の魔法使い』さんよ」

 

その言葉を受け晴人もまた微笑み返答する。

 

「ふっ……わかった。お前が俺を信じてくれる時が来たなら、俺がお前の希望になるさ」

 

そう言って笑い合う2人。

 

 

「……何も知らない癖に」

 

「エドナ様?」

 

そんな2人の会話を見つめるエドナの口から溢れた小さな声。

 

偶然にその声を拾ってしまったアリーシャは、エドナに視線を向ける。

 

アリーシャの瞳に写ったエドナの表情。普段はどこか面倒そうな脱力した表情や相手を揶揄う様な笑みを浮かべている事の多い彼女の表情に、明らかな動揺が見えた。

 

「(あの表情……ドラゴンの事を話している時と同じ……)」

 

訝しむアリーシャだが、ザビーダが口を開いた事でその思考は遮られる。

 

「なぁ、導師殿。ひとつ提案があるんだけどよ」

 

「ザビーダ? どうかしたの?」

 

突如話しかけられたスレイは、どうしたのかとキョトンとしながらも問い返す。

 

「あー、まぁ大した事って訳でも無いんだがよ。陪神契約をする余裕はまだ残ってるかい?」

 

その問いかけにスレイ達は驚いた表情を浮かべる。

 

「随分と突然の提案だね。以前はスレイの陪神にはならないって言っていたじゃ無いか。一体どういう心境の変化だい?」

 

嘗てレイフォルクで言われた事を思い出し、訝しげに真意を問うミクリオ。

 

「別にそんなご大層なもんじゃ無いさ。ただ今回の枢機卿との戦いでここにいる連中は殺す以外の方法で事件を解決しただろ。甘ちゃんなりに結果出して筋は通したんだ。俺だってそこは認めるさ。それに……」

 

ザビーダはアリーシャへと視線を向ける。

 

「アリーシャが今後、枢機卿との戦いで見せた力を使うには現状、属性が一致してるライラがフォローする必要がある。となると俺様は手持ち無沙汰だ。そのままじゃあ浄化の力を持たない俺様はお荷物になっちまう。てな訳で正式に導師殿と契約したいって訳さ」

 

その言葉を受けてライラが反応する。

 

「スレイさんの導師としての資質は私が知る限りでもとても高い物です。陪神を受け入れるだけの余裕はまだありますが……」

 

そう言ってライラはスレイへ問う様に視線を向ける。

 

「……ザビーダはまだ『アイゼン』を殺すつもりでいる?」

 

静かにそれでいてハッキリとスレイは問いかける。

 

「ッ!!」

 

その言葉にアリーシャの隣に立つエドナが一瞬、ビクリと身体をを震わせる。

 

晴人、アリーシャ、ロゼ、デゼルの4人は事情がわからずに事態を見守る。

 

「……あぁ、そこに関しちゃ譲れないね。なんせ現状でアイツを救う方法はそれしか無いんだからな」

 

ハッキリとそう言い切ったザビーダに対して、スレイは視線を逸らさずに口を開く。

 

「わかった……今はそれでも構わない」

 

「ほう……物分かりが良くなったじゃねぇの、導師殿」

 

「けど、オレだって諦めない。必ずエドナとの約束を果たして殺す以外の方法で『アイゼン』を救ってみせる」

 

力強くそう言い切るスレイ。

 

それを受けザビーダは呆れた様に小さく笑う。

 

「そうかい、まぁ探すだけならお前さんの勝手だ。好きにすればいいさ」

 

「スレイさん、宜しいのですね?」

 

「うん、頼むよライラ」

 

スレイの言葉を受けライラが向かい合う両者の間に立つ。

 

ライラの口から契約の為の言葉が紡がれ、現れた魔法陣がザビーダとスレイを囲み輝きを増し、そして消えていく。

 

「これで、陪神契約は完了いたしました」

 

「そういう訳だ。そんじゃ改めて宜しく頼むぜ? 導師ど……いや、スレイ」

 

「わかった。宜しくザビーダ」

 

そう言って2人は握手を交わす。

 

「これで陪神の天族は4人か……随分と大所帯になったもんだ」

 

「そういうアンタは気合入れないとダメなんじゃない? 1人だけ属性が風でダブっちゃってるし、気を抜いたら補欠落ちだよ?」

 

「ハッ! 『ただの商人』に補欠落ちを心配されるとは俺もヤキが回ったな」

 

「あ!? 何さ! 人が地味に気にしているプロフィールの格差をズケズケと!!」

 

いつもの様に言い合いを始める2人。

 

「まーた始まった」

 

「ま、まぁアレがあの2人なりの距離感なんだと思う」

 

そんな2人を見守る晴人とアリーシャは苦笑するが……

 

「アリーシャ姫、導師スレイ。ライト陛下が参られました。部屋に案内致します」

 

訪れた白皇騎士団の騎士により会話が遮られる。アリーシャ達はその言葉に頷くと騎士の後に続く。

 

「セルゲイ団長。導師達をお連れしました」

 

「うむ、入ってくれ」

 

辿り着いた部屋の扉の向こうから返答があり騎士は扉を開く。

 

その先にはセルゲイを始めとする白皇騎士団とリュネット、マシドラが勢ぞろいしている。

 

そして……

 

「貴方達は……?」

 

年齢は十代の半ばと思わしき何処か気品のある出で立ちをした金髪の少年と、それに付き従う執事と思わしき初老の男性がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き
アマゾンズの所為でウォーターサーバーと耳鼻科と美容院に恐怖を覚える今日この頃皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか

ゼスティリアクロスも無事に最終回を迎え、若干の尺不足は感じたものの面白かったですね。特にアリーシャ神衣の太ももが(ry

牛歩更新で申し訳ありません。次回はもう少し早く更新できる様に頑張りたいと思います。

PS さっきまで命だった物が辺り一面に転がる系ジュブナイル恋愛ストーリー『仮面ライダーアマゾンズ シーズン2』絶賛配信中なので面白のでみんな見てね(ダイマ)


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32話 青空 中篇

更新が遅い上にエピローグが終わらねぇなぁオイ!

ダイナーのアマゾンズコラボメニューを見てフクさんごっこして圧裂弾サワーを注文したい今日この頃です
今回は今後の為の説明回となりますが長くなりそうなので分割です。早く4章に行きてぇなぁ!

そんな訳で最新話どうぞ


 

 

 

「……貴方達は?」

 

晴人達が案内された部屋。そこにいた少年はあどけない表情を浮かべ、アリーシャ達を見据える。

 

「陛下、先ずは私から説明させてください。こちらはハイランドの姫君であるアリーシャ姫、そして隣にいる青年は最近噂となっている導師スレイ殿です」

 

リュネットはスレイとアリーシャの事を陛下と呼んだ少年へと紹介していく。

 

その言葉を聞いていくに連れて少年の傍に立つ初老の男性の表情が険しくなっていく。

 

「フォートン枢機卿……どういうつもりでしょうか? 突然、予定に無い白皇騎士団の視察を理由に陛下をここまで連れて来たと思えば、行方不明だったマシドラ教皇や導師とハイランドの姫君達がいるなどと……」

 

明らかに警戒を滲ませた声の男性は枢機卿へと疑いの眼差しを向ける。当然と言えば当然だろう。向こうから見ればここにいる面々が陛下と呼ばれた少年を秘密裏に連れ出し危害を加えるつもりがあると捉えられてもしょうがない状況だ。

 

「この様な形でお会いする事になって申し訳ありません。本来なら我々が正しい手順を踏んだ上で伺うべきだったのですが……」

 

アリーシャは申し訳無さそうに謝罪の言葉を口にする。

 

「オレ達は決して危害を加えるつもりはありません。ただ、どうしても導師としてローランスの皇帝陛下に伝えなくちゃいけない事があるんです」

 

アリーシャに続きスレイが弁解する。

 

「導師……では貴方は本当に今、民の間で噂になっているという導師なのですか?」

 

その言葉に少年が反応する。

 

「え……あ、はい。導師になったのはつい最近ですけど」

 

少年の問い掛けを肯定するスレイだが……

 

「凄い! やはり噂は本当だったのですね!」

 

「……へ?」

 

眼を輝かせまるで御伽噺を聞く幼子の様に笑みを浮かべながら少年はスレイに問いかける。

 

スレイは予想外の反応に間の抜けた声を零すが……

 

「風の噂で耳にしてはいたのです! レディレイクの聖剣祭で湖の乙女の伝承が伝わる聖剣を引き抜いた者が現れたと!」

 

「う、うん……一応、それがオレなんだけど……」

 

「やっぱり! という事は、伝承に聞く湖の乙女と呼ばれる天族の方も僕の眼には見えませんが貴方と一緒にいるんですか!」

 

「え? あー……うーん、まぁ今も一緒にいるね」

 

その返答に少年は更に瞳を輝かせる。

 

「本当ですか!? やはり、天族の方は実在していたんですね!」

 

「うん、実在する……というか今なら君にも見えると思うよ?」

 

「え? それはどういう?」

 

スレイの言葉に少年は困惑するが。

 

「君の言っている。湖の乙女ならそこにいるライラの事だ」

 

晴人はライラを指差し少年に事実を伝える。

 

「え!? そちらの女性が彼の伝承に伝えられる湖の乙女なのですか?!」

 

驚きの視線を向けられるライラは少しばかり困惑した様に苦笑する。

 

「え、えーと……ライラと申します。レディレイクでは確かに湖の乙女と人々からは呼ばれていましたわ」

 

そしてライラは分かりやすく自身の持つ力を証明する様に紙葉を一枚投げるとそこから小さな炎の鳥が現れライトの周囲を旋回し一鳴きしその姿を消す。

 

「す、凄いです! 湖の乙女は浄化の炎を操ると聞いていましたが、まさかこの目で見る事ができるなんて!」

 

少年の興奮は最早フルスロットル。

 

そんな時……

 

「ゴホン! ……ライト様、少し落ち着かれてください」

 

執事の男性が、興奮する少年を落ち着かせるべく大袈裟に咳払いをする。

 

「あ……す、すいません! 僕、つい興奮しちゃって……」

 

「いえ、私としてもその様に友好的に受け入れて頂けた事は嬉しいですし、あまりお気になさらないでください」

 

少年は頰を羞恥で僅かに染め恥ずかしげに謝罪を口にする。

 

「あ、自己紹介が遅れました。僕はライト。若輩者ですがローランスの現皇帝を務めています。隣にいるのはマルクス。僕の執事であり秘書官として僕の補佐をしてくれています」

 

そう挨拶を告げられスレイ、ロゼ、アリーシャ、ライラは失礼のない様に再度自身の名を名乗り挨拶を返していくが……

 

「え、えーっと……俺……じゃなかった……自分は操真晴人と……申します……? どうぞお見知り置きを……皇帝陛下……?」

 

一人だけ明らかに言葉遣いがおかしい晴人。

元々砕けた口調で年上相手にも接する性格故か年配者への敬語程度ならまだしも年下で尚且つ皇帝相手に失礼の無い会話というのがイマイチ掴めない。

 

ぶっちゃけ一人ならいつもの調子で話していただろうが今回はアリーシャのお供として両国の休戦の交渉に来たのだ。流石にそんな状況で相手の機嫌を損ねてアリーシャの足を引っ張る様な真似をする訳にはいかないと判断する常識くらいは彼も持ち合わせている。

 

そんな四苦八苦する彼を見てライトは小さく笑いながら声をかける。

 

「ふふ……あまり固くならないでください。ここは非公式の場ですし、僕自身畏まった話し方よりもそちらの方が気が楽なので」

 

「え、マジで?」

 

その言葉に途端に地が出る晴人。

 

「はい、マジです」

 

割とノリの良いライトの返しに晴人は内心で彼の器の大きさに感謝しつつ口調をいつも通りにする。

 

「えーっとじゃあ改めて、俺は操真晴人。魔法使いで、今回はアリーシャのオマケみたいなもんとして同行してる」

 

『魔法使い』その言葉に再度ライトが強く反応する。

 

「魔法使い!? 天族以外にもその様な方がいるんですか!?」

 

「うお、食いつき良いな」

 

若干怯む晴人だが先程と同様に執事の男性が大袈裟に咳払いをしてライトを止める。

 

「あ、ごめんなさい……僕、古来の伝承や天族信仰の様な不思議な現象に個人的に興味を持っていて、そういう話しを聞くとさっきみたいについ…」

 

「いや、寧ろ初見で魔法も見せずにそんな風に信じて貰えるのは新鮮というか……まぁ気にしちゃいないから」

 

「それなら良かったです。……ところで魔法というのは一体どういう……」

 

「ライト様。話が脱線しています」

 

「あ、ごめんマルクス」

 

執事の言葉にライトは慌てて話を切り替える。

 

「それで、今回は何故フォートンは僕をこの場所に? 導師殿とアリーシャ姫が僕に伝えたい要件というのは一体なんでしょうか?」

 

「それに関しては私から説明させて頂きます」

 

その言葉にアリーシャが名乗りを上げ、自分達がこの秘密裏にローランスを訪れた経緯、災禍の顕主による戦場への介入から現在に至るまでを説明していく。

 

全てを聴き終えたライトは表情を動揺がありありと浮かんでいた。

 

「憑魔に災禍の顕主……先日の戦場でその様な事が……」

 

「正直、話だけを聞けばタチの悪い作り話と疑いたい所なのですが……」

 

ある意味当然と言えば当然なのだが執事のマルクスはアリーシャの言葉の真偽を疑うが……

 

「マルクス殿。疑念を抱く気持ちはわかりますが、私の部下が戦場で起きた事を証言してくれています。戦場にて原因不明の同士討ちが起きた事はまぎれもない事実です」

 

セルゲイがアリーシャの証言が事実である事をマルクスに訴える。

 

「頭の痛い話だ……それに加えて……」

 

マルクスはマシドラとリュネットへ視線を向ける。

 

「前教皇は自ら行方を眩ました挙句に秘密裏に偽エリクシールを売りさばき、現枢機卿は憑魔となりその力で長雨を降らせていた? 陛下を支える立場にありながら一体、何の冗談ですか……」

 

マルクスは失望した感情を隠そうともせず厳しい視線で二人を睨む。

 

「わ、私は……」

 

その言葉にリュネットは言葉を詰まらせ逃げる様に目線を逸らし顔を伏せる。改めて自身の引き起こした罪を正面から突きつけられリュネットは動揺を露わにするが……

 

「ッ!」

 

そんな彼女の視線の先に自身の指にはめられた指輪が映り込む。

 

その指輪の輝きを見てリュネットは覚悟を決めたように顔を上げる。

 

「全て事実です。私は陛下を補佐する立場でありながらその力を自らの願いを叶える為利用しようとしました。その過程で私の障害となる者達を石化させ場合によっては憑魔とし手駒に_……陛下の補佐役としてあってはならない事でした……いかなる処分も謹んで受け入れる所存です……」

 

ハッキリと自身の罪を認め処分を受け入れる意思を伝えるリュネット。

 

「流石にわかっているようだな。ならば……」

 

そんな彼女にマルクスは彼女の処遇を告げようとするが……

 

「マルクス、その話は少し待ってくれないかな?」

 

マルクスの言葉を遮ったのは意外にもライトであった。

 

「陛下? しかし彼女は……」

 

「言おうとしている事はわかるよ。けど、先ずはアリーシャ姫と導師スレイとの話を優先したいんだ。話の内容を考えればこの国の政治に深く関わっていたフォートンやマシドラの意見も聞きたいからね」

 

「……わかりました。出過ぎた真似をして申し訳ありませんライト様」

 

「いいんだ。ありがとう、マルクス」

 

軽く頭を下げマルクスに対してライトは微笑みながら首を横に振る。そしてライトはアリーシャ達へ視線を向け口を開く。

 

「では皆さん重要な話し合いですし、どうぞ座ってください」

 

そう言ってライトは用意された椅子に座り、その傍にマルクス達も立ち並ぶ。それに向かい合う形でアリーシャ達は席に着く。

 

一同はこれから始まる2国間の行方を左右するであろう話し合いの始まりに緊張した表情を浮かべるが……

 

 

 

 

「さて、まずは両国の休戦に感しての話でしたね。まず結論から申し上げますが、僕はアリーシャ姫の両国の休戦と和平の道を模索するという提案には全面的に賛成します」

 

『……え?』

 

そのあまりにも速くあっさりとした決断の言葉に一同は意表を突かれた様に目を丸くする。

 

「いや、まぁ……願ったり叶ったりではあるんだけど……」

 

「まさかのスピード解決……」

 

「もうちょっと一波乱あるかと思ってたけど……」

 

一同から予想外の展開に驚きの声が溢れる。

 

「あ、あの……本当に宜しいのですか? 」

 

「え? 何か不都合でもあったでしょうか?」

 

「い、いえ! そういう訳では無いのですが……仮にも敵国の人間の言葉ですのでそんな簡単に賛同を頂けるとは正直考えていなかったので……」

 

元々騎士達の情報からライトが休戦の交渉に対して好意的に受け止めてくれる人柄である事は聞かされていたが、アリーシャは恐る恐るその答えの真意を問う。

 

「確かにローランスとハイランドの両国の争いの歴史は長くそれにより生じた溝はとても深いです。ですが、近年頻発する様になった異常気象や災害により民は疲弊している。僕は正直に言えば、それでも大陸の覇権を争う現状に疑問を抱いていました……」

 

ライトは民を想ってか憂いの表情を浮かべる。

 

「これまでも何度かそういった意見を訴えはしたのですがローランスの内部からも休戦に反対する派閥がいて僕の様な若輩者の考えは現実を知らない子供の考えだと相手にしてもらえずに……僕自身の力不足もあるのでしょうが……」

 

「それに関してはハイランドも同じです。現在実権を握っているのは官僚派のバルトロ大臣達で彼は自身の息のかかった者たちで評議会を固めています。私も彼らに何度も休戦の訴えてはきましたが私の主張は王族の復権を目論むものだと警戒され相手にされない状況です……悔しいですが、彼らにとって私は何の実績も無い小娘ですから……」

 

例え王族としての地位を持っていたとしても政治の経験が浅い二人の意見は大人達からすれば現実を知らない子供の戯言と内心では一笑に伏される様なものだった。

 

「今は人間同士が権力争いで内輪揉めをしてる場合では無いのに……」とアリーシャは溜息を零すが……

 

「えぇ、だからこそ僕は貴女と協力したいと考えているんです」

 

ライトはアリーシャ達にハッキリとした声で告げる。

 

「一部の過激な戦争支持派以外の者達を説得するには根底にある長年の争いにより生じた『どうせ相手は聞く耳を持たない』という考えを何とかしなくてはなりません。僕も貴女もそれを覆す為の説得力を持たない為にこれまで足踏みをしていました」

 

「えぇ、結局の所、休戦からの和平実現への道を支持して貰える程の根拠を私は持っていませんでしたから……」

 

「はい……ですが現皇帝である僕と王族である貴女の間に交渉の窓口としての繋がりができたのならば話は別です。お互いの国の王族が休戦の意思を持っている事が互いの国の中枢に伝われば戦争支持派も僕たちの訴えをただの戯言と無視する事は出来なくなります」

 

「それを足掛かりとして戦争支持派を説得していくという訳ですね」

 

「はい、その通りです」

 

アリーシャもライトも突然に両国が争いを止め仲良く手を取り合っていけるなどとは考えていない。

 

確かにバルトロ達の様に大陸の覇権を目的として戦争を支持する者はいる。だが、それ以外にも長年の戦争による敵国への憎しみや怨み、恐怖から戦争を支持している者達がいる事もまた事実なのだ。

 

そんな感情を変えていくのは一朝一夕とは行かない。

 

根気良くお互いが歩み寄りお互いを知っていくしか無いのだ。そこに安易な近道などありはしない。

 

しかし、それでもやるしか無いのだ。

 

穢れの存在を超えて人間が災厄の時代の先に行く為には……

 

「ですから、どうかローランス……いえ、ローランスとハイランド。二つの国の為に貴女達の力を貸してください」

 

その言葉にアリーシャは一瞬怯んだものの覚悟を決めたように頷き返す。

 

「こちらこそ……陛下に和平への賛同をいただけた事を感謝します」

 

そう言って微笑み合う二人。

 

「(……大したもんだな。アレでまだ11歳だっていうんだから)」

 

そんな二人を見守りながら晴人は内心で舌を巻いていた。

 

10代後半という年齢で国の未来を憂い1人で行動を起こしていたアリーシャも晴人からすれば十分凄いのだがそれよりもさらに年下のライトの振る舞いに晴人は素直に驚く。

 

「(俺があの歳の頃なんて自分の事だけで精一杯だったってのに……)」

 

遠い記憶……両親がいない孤独に耐え弱さを飲み込んで両親が遺した言葉の通り前に進もうとした過去。そしてその中で辛い現実が忘れられる程熱中できるものを見つけ……

 

魔法使いとなる以前、自身の子供時代を思い返しながら晴人は目の前にいる王族の2人の国や民への想いの強さを実感する。

 

「(俺も気を引き締めないとな……)」

 

王族とは言え子供であるライトも人々を救うためにこうして決意してくれたのだ。ならば自身に出来る事でその願いを守るのが自分が今すべき事だろうと晴人もまた内心で決意を改たにするが……

 

「ですが大丈夫なのですか? 失礼かもしれませんがハイランドでアリーシャ姫は難しい立場だった筈です。和平への窓口となると言うことはハイランドの戦争支持派からこれまで以上に標的にされる恐れがあるのでは?」

 

リュネットが口にした懸念。元々バルトロ率いる官僚達に反発していたアリーシャは何度かその命を狙われている。皇帝であるライトと異なり私兵も持たず国からも大きな庇護も受けられない彼女が命を繋いでこれたのはスレイや晴人の助力もあるがやはりバルトロ達からいつでも排除できる理想家の小娘と侮られていた部分が大きい。

 

それが今回の件で彼女が両国を繋ぐ架け橋という存在になればバルトロ達は本格的にその存在を無視できなくなる。

 

そうなれば彼女は今後、今以上の危険と困難に直面する事になるかもしれない。リュネットはそのことを案じるが……

 

「大丈夫です」

 

当のアリーシャの口から放たれたのは迷いの無い一言。

 

「私の存在が平和への足掛かりとなるならば私はその困難を甘んじて受け入れます。その上で私は夢を叶えるまで絶対に死にません……それに……」

 

アリーシャは隣に座る晴人へと視線を向ける。

 

「私には最後の希望が共にありますから」

 

そう言って微笑むアリーシャだが……

 

 

「……惚気?」

 

「惚気だな」

 

「惚気よね」

 

ロゼ、ザビーダ、エドナから「ハイハイごちそうさまです」と言わんばかりの声音で放たれる台詞。

 

「ふぇ!? い、いえ、そう言う訳では無くこれは信頼という意味であってですね!」

 

無自覚な台詞にツッコミを入れられテンパるアリーシャ。

 

「ま、そういう訳だ。何があってもアリーシャは俺が守る。俺はアリーシャの最後の希望だからな」

 

そんな中、わちゃわちゃし始めた一同をスルーし断言する晴人。

 

「あ、しれっとスルーしたわよアイツ。やっぱりアイツあの手の台詞言い慣れてるわよ。間違いなく技の二号よ。息を吐くようにキザな台詞吐けるタイプね」

 

「え!? そうなのですかエドナ様!?」

 

「こんな時に要らない事を吹き込むな!」

 

そして案の定エドナによからぬ事を吹き込まれるアリーシャ。それに堪らずミクリオがツッコミを入れる。

 

そんな二人に苦笑しつつスレイとライラが口を開く。

 

「アリーシャさんの件には私達も力になれると思いますわ」

 

「ライラ程じゃないけど俺も」

 

「聖剣の伝承があるレディレイクなら導師のスレイと天族のライラは影響力強いだろうしね。これまでみたいに簡単にはバルトロ達もアリーシャに手出しできなくなるんじゃないかな」

 

その言葉を受けアリーシャは二人に視線を向ける。

 

「いいのかスレイ? レディレイクに戻るとなると君の導師の仕事にも差し支えるのでは……」

 

「今は戦争を止めるのが最優先だよ。その為に俺が少しでも力になれるならそうするべきだ」

 

「私はスレイさんの判断を信じますから」

 

そう言って微笑む二人。

 

それを見てライトが微笑みながら口を開く。

 

「アリーシャ姫は頼もしい仲間をお持ちですね」

 

「はい、私などには勿体無い頼りになる仲間です」

 

そう言ってアリーシャもまた嬉しそうに微笑む

 

だがそこに……

 

「ライト様。本当に宜しいのですか……? 妃殿下達、戦争支持派の件は……」

 

マルクスが歯切れ悪く告げた言葉にアリーシャ達は反応する。

 

「ん? この国の王妃様がどうかしたの?」

 

意味深なマルクスの言葉にスレイは首を傾げる。

 

「いえ……気になさらないでください。それに関しては我々の方の問題ですので皆様の手を煩わせる事では……」

 

そう言ってライトは話を止めようとするが……

 

「無関係って事は無いだろ? これからハイランドとローランスの和平の為にお互い協力していくんだ。もしかしたら何か力になれるかもしれない」

 

「陛下、私もハルトと同じ考えです。宜しければ話していただけないでしょうか」

 

そう告げる晴人とアリーシャ。

その言葉を受けてライトを目を丸くするが観念したように小さく溜息を吐く。

 

「そう……ですね……身内の問題ですのであなた方にそれで迷惑をかけたくは無いのですが……無関係な問題でもないのも事実です」

 

ライトは表情を暗くしながら言葉を続ける

 

「先ほど我が国にも休戦に反対する戦争支持派がいるとお話しましたよね?」

 

「はい、ローランスも一枚岩では無いという話でしたね」

 

その言葉にロゼが反応する。

 

「あー……もしかして御家騒動ってやつ?」

 

その言葉にライトの表情が更に曇る。

 

「……やはり街でも噂になっていますか?」

 

その視線を受けロゼは言い辛そうに返答する。

 

「えぇっと……はい……王妃様とトロワ将軍の事は度々耳に挟むというか……」

 

その言葉に人の世に疎いスレイが質問する。

 

「えぇっと……つまりどういう事?」

 

その質問にマルクスが返答する。

 

「ローランスの戦争支持派のトップ。それが先代の皇帝であるドラン様の正妻である妃殿下なのです」

 

その言葉に晴人は嘗てマーリンドで騎士から聞いた話を思い出す。

 

「あー……確か君のお兄さん達の母親だったかな?」

 

「はい……僕の母上は側室で僕自身は元々王位の継承からは1番遠い立場だったんです。本来なら正室である王妃様の息子であるレオン兄様かコナン兄様が王位を継ぐ筈だったのですが……」

 

そこで俯いてライトは言葉に詰まる。

 

「……悪い。嫌な事を話させたな」

 

「いえ、今のローランスを知って貰うには必要な事ですから……」

 

そう言ってライトは晴人の気遣う様な態度に感謝する様に小さい笑みを向ける。その様子を見たマルクスが代わりにと口を開く。

 

「ご存知だとは思いますがライト様の兄君方は5年前に亡くなっています」

 

「その話は伺っています。跡継ぎである2人が立て続けに不幸にあったと」

 

「えぇ、元々王位継承に関しては第一皇子のレオン様は次期皇帝と目されていました。容姿や性格も先代である皇帝に似て臣下からも慕われていましたから……ですが、その一方で両親であるドラン様と妃殿下との関係は良好なものとは言えませんでした」

 

「え? どうして? 実の夫婦なのに?」

 

スレイがその言葉に疑問を口にする。それに対してロゼが口を開いた。

 

「そこに関しては割と有名な話だよ。元々先代皇帝と王妃様の結婚が政略結婚の側面が強いって言われてたからね。その事もあってドラン陛下と王妃様の仲が険悪って言われてたんだ」

 

その言葉を首を縦に振りマルクスが肯定する。

 

「えぇ、事実として当時妃殿下は先代に対して第二皇子のコナン様が王位を継承すべきと主張していましたから」

 

「ん? なんでだ? 第二皇子だって同じ皇帝の息子だろ? それがなんでレオン皇子は駄目でコナン皇子なら大丈夫なんだ?」

 

「それは……」

 

ドランとの折り合いが悪かったのは理解できるが条件で言えば第二皇子のコナンも同じ筈だ。

なのに何故妃殿下の扱いに差が出るのか晴人は疑問を覚えるがマルクスは言葉を詰まらせる。

一同はどうしたのかと困惑するが……

 

「そいつも一部じゃ有名な話だ。王妃はドランと同じ思想を持つレオンとの関係が険悪だった。だから幼い頃から愛情を注いでいた第二皇子のコナンに王位を継がせ間接的に権力を手中に収めようとしていたんだろう。一部じゃ王妃の妊娠時期やコナンの容姿からコナンの父親は先代皇帝じゃないなんて噂まで立っている始末だ……どこまで本当かとは疑問だったが強ち根も葉もないデタラメって訳でもなかったみたいだな」

 

「つまり、噂は事実だったったということか」

 

「絵に描いたようなドロドロ事情ね」

 

「そう言うなよエドナちゃん。いつの時代も男と女のゴタゴタは付き物さ」

 

意外にも口を開いたのはデゼルだった。

 

天族を認識できないライト達にはその言葉は聞こえていないが、彼なりに話し辛い事実に苦心するマルクスに気を遣っての事だろう。

 

それを察した晴人は話題を打ち切り話を進ませようと口を開く。

 

「あー……要は先代皇帝はレオン皇子を、王妃様はコナン皇子を王位継承者にしたくて対立してたって事でいいんだよな。悪いな、察しが良くなくて」

 

その言葉にマルクスは一瞬だけハッとした表情を見せるがこちらの意図に気がついたのかそれ以上言わず説明を再開する。

 

「えぇ、ですが五年前……」

 

「二人とも亡くなられた……失礼ですが、原因はなんなのでしょうか? 公には病死と発表された様ですが……」

 

「えぇ、お察しの通り事実ではありません」

 

「では一体?」

 

そう問いかけるライラにマルクスを重苦しく口を開く。

 

「……暗殺されたのです」

 

その言葉に一同は目を見開く。

 

「オイオイ、本格的に血生臭い話になってきたな……」

 

「ですが、一体誰が? 」

 

「詳細は私達にもわからないのです。ただ一つハッキリしている事は皇子の死に『あるギルド』が関わっているという事です」

 

「『あるギルド』?」

 

「えぇ、名を『風の骨』。今やこの大陸で知らぬ者はいない暗殺ギルドです。当時、手練の傭兵団として名を馳せローランス軍に自分達を売り込んできた彼らはその圧倒的な実力で信頼を勝ち取りハイランドとの戦いに備え戦力増強の為に正規軍へ迎えいれられる事となりました……そして、皇子二人が視察の為に親衛隊と彼らを連れ皇都を離れた際に……」

 

その言葉にスレイが反応する。

 

「『風の骨』!? あの人達が皇子を!?」

 

その他の面々も『風の骨』というギルドの知識はあるのか黙って話を聞いているが……

 

「その『風の骨』ってのは?」

 

唯一、この大陸事情に致命的に詳しくない晴人が口を開く。

 

それに対して返答したのはアリーシャだ。

 

「『風の骨』はこの大陸でも有名な暗殺ギルドの名だ。実態は謎に包まれているが、政治家や国の要人、様々な人物の死に関与していると言われている」

 

「随分と物騒な話だな。けど、なんでそいつらが皇子達を暗殺したってわかるんだ?」

 

その問いかけにマルクスが答える。

 

「事件から生き延びたコナン皇子の護衛達の証言です。『風の骨』は当時『風の傭兵団』を名乗り100人で大軍を敗走に追い込むほどの活躍を見せ勇名を馳せました。彼らにより視察中裏切りを受け不意を突かれたレオン皇子と親衛隊は全滅。その仇を討つべくコナン皇子と親衛隊は奮戦し『風の傭兵団』をほぼ壊滅させリーダーである『ブラド』を討ち取ったが僅かな生き残りにコナン皇子も……そして今その生き残りが『風の骨』として暗躍している。事件については情報を規制しましたがローランス皇家内ではその様に……」

 

「じゃあそいつらにその事を依頼した人間が何者かまではわかっていないって事か?」

 

「えぇ、それがこの事件の厄介な所です。妃殿下はライト様の母上に疑惑を向け皇帝の座を継いだライト様が王位に相応しくないと主張しています」

 

「ん? だけど、もう王族は……」

 

晴人が疑問を口にするとそれに対してリュネットが口を開く。

 

「はい、ライト様しかおりません……そこで王妃様は自らの弟から養子をとりその子供を王位継承者にしようと画策しています」

 

この1年間マシドラに代わりライトの側近を務め、実質的にローランスを動かし事情を把握しているリュネットが説明を続ける。

 

「五年前、兄上達が亡くなられライト陛下が王位を継ぎましたが当時、まだ6歳だった陛下が政治を執り行うのは困難だった為、マシドラ様とマルクス様、白皇騎士団が中心となり政治を支えていました。当時はコナン皇子が無くなった事もあり王妃様の政治への干渉は無かったのですが……」

 

「最近は違って来たって事?」

 

「はい、養子をとった2年前から戦争支持派の者達を焚き付け軍部で強い影響力を持つトロワ将軍と結託し大きな派閥を形成し内政への影響力を強めました」

 

「それをマシドラさんや貴方が抑えていたのですよね?」

 

ライラのその言葉にリュネットは歯切れが悪そうに答える。

 

「1年前からは勢いが増し特に顕著でした。おそらくは長年王家を支えていたマシドラ様がいなくなられたのが好機と考えたのでしょう。戦争支持派の主張通りに両軍がぶつかれば被害も甚大、国力も大きく削がれる為、明確な切り札を得るまではハイランドとの決戦は時期尚早と考えた当時の私はそれを抑えようとしました。もっとも私自身、非道な手段に手を出したので偉そうな事は言えませんが……」

 

歪んではいたもののローランスの繁栄を願っていた当時のリュネットは両国が共倒れになる展開は避けたかった故に、彼女は戦局を変えるほどの超常の力を振るうスレイ達を求めていた。だが政治への影響力を強めた王妃達に対抗すべく民からの支持を集める為に長雨を利用し民を苦しめた事を思い出したのかリュネットの表情が暗くのる。

 

「君一人の責任では無い、私も君に全てを押し付け逃げ出した。私も同罪だ」

 

「済まない……そんな大切な時期に白皇騎士団は……」

 

そんな彼女にマシドラとセルゲイも重々しく謝罪を口にする。彼らもまた彼女を孤独に戦わせた事に負い目を感じているのだろう。その表情からは自責の念が滲みでている。

 

「気になさらないで下さい。全ては私の責任ですから」

 

そういって小さく微笑むとリュネットは話を続ける。

 

「けど何故、貴女はそこまで王妃様達を警戒していらっしゃるんですか?」

 

そのライラの問いかけにリュネットが返答する。

 

「そもそも五年前の事件には謎が多いのです。視察自体はコナン皇子の発案でしたし、暗殺に加担したとされる風の傭兵団を正規軍へと迎え入れたのもコナン皇子の提案でした。そして表沙汰にはされていませんが……」

 

「……何かあったのか?」

 

「何故か亡くなられた筈のコナン皇子の遺体は発見されていません」

 

 

バンッ!!

 

突如、テーブルを叩く大きな音が部屋中に響き渡り一同がその原因へと視線を向ける。

 

「ろ、ロゼ……?」

 

困惑するアリーシャの視線の先には椅子から立ち上がり両手をテーブルに叩きつけたロゼがあった。

 

そして……

 

「それ……本当なの……?」

 

 

いつもの明るい彼女とは違う重く暗い声がその口から溢れた。

 

 







次回でどうせすぐ明らかになる事なのでぶっちゃけますが晴人が転移してくる前のゼスティリア側のシナリオも一部変化してます(風の骨関連)詳細は次回にて

次回こそ早く更新したい……
Aroma Ozoneの水飲みながら頑張ろ


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33話 青空 後篇

お ま た せ (仁さん並感)

仕事とプライベートの用事がベストマッチした結果どえらい時間がかかってしまいました。

今回で三章はラストとなります
では最新話をどうぞ


 

 

「ろ、ロゼ……?」

 

困惑するアリーシャ。その視線の先には椅子から立ち上がり両手をテーブルに叩きつけたロゼが目を見開いてリュネットに視線を向けている。

 

「それ……本当なの……?」

 

いつもの明るく饒舌な姿が嘘の様に震える声でロゼは言葉を絞り出す。

 

「は、はい……生き残りの親衛隊の証言でコナン皇子の遺体があった場所にはおびただしい量の血液の痕はありましたが肝心の遺体が何処にも見当たらなかったとの事です」

 

突然のロゼの反応に戸惑いながらもリュネットはそう答える。

 

「ロゼ? どうしたの?」

 

スレイは明らかにおかしい反応を見せたロゼに戸惑い問いかける。

 

「え、あ……」

 

その言葉にロゼは漸く自分の行動を自覚したのかハッとした表情を浮かべる。

 

「え、あー! そのアレだよ! 私の聞いたことのある噂話と全然違ってたからさ! 情報命の商人としてはちょっとショックだったっていうかビックリしちゃったっていうか……なんかゴメン! 話の腰折っちゃって!」

 

「は、はぁ……そうですか」

 

そう言って誤魔化すようにロゼは椅子に座る。そんな彼女に困惑しながらもリュネットは話を続けようとする。

 

「(ロゼ? どうかしたのだろうか……いつもと雰囲気が……)」

 

会話の場では賑やかしとしてよく口を開くもののいつもは気を遣って会話している彼女が珍しく見せた動揺。思えばいつもは会話をフォローする事の多い彼女が途中からヤケに静かだった事を思い出しアリーシャは違和感を覚えるが今はリュネットの話を聞こうと意識を切り替える。

 

「その他にも五年前の事件は抹消された記録や改竄された痕跡もあり不明な点が多く。一部では王妃一派がそれに関わっているとも言われています」

 

「つまり、王妃一派がレオン皇子の死に関与していると? ですが、王妃が後継となる事を望まれていたコナン皇子もその際に亡くなっていらっしゃるのですよね? それは王妃様にとっても望ましく無いはずでは?」

 

「はい。ですが、当時の事件の捜査は現在王妃との関係が深いトロワ将軍の指揮する軍部によって行われています。王妃一派が何かを隠蔽しようとしている可能性は低くは無いと……」

 

「レオン皇子の側近は全滅。真相を知る奴がいるとすればそれは当時コナン皇子の親衛隊を勤めている生き残りの奴だろうけど……」

 

そんな晴人の呟きに天族組が反応する。

 

「王妃一派がその人達に近付けさせてくれる事は無いよね」

 

「ま、素直に証言なんてしてくれる訳無いでしょうね」

 

「何かを隠してるって事はそれなりの理由があるって事だからな」

 

その言葉を聞いたスレイは腕を組み考え込みながら小さく唸る。

 

「うーん……となると話を聞けそうなのは……風の骨の人達って事になるよな? 今度会えたら聞いてみようか?」

 

その言葉に晴人とローランス組の面々は目を丸くする。

 

「……はい? スレイ、今なんて言った?」

 

まるで知り合いの様に話すスレイの言葉に晴人は一瞬固まるも再度聞き直す。

 

「ん? だから、当時の話を聞けそうなのは『風の骨』の人達だなって」

 

だが、スレイの言葉は聞き間違いではなく変わらない。

 

「いや、その風の骨ってのは一応は暗殺ギルドなんて物騒な肩書きなんだろ? 会えるかわからないし会えた所でそんなフレンドリーに答えくれるのか?」

 

尤もらしい質問をぶつける晴人だが……

 

「うーん……確かに会い方はわからないけどそこまで話がわからない人達って感じでも無かったと思うんだよなぁ。だよねアリーシャ?」

 

「まぁ……確かに」

 

スレイの問いかけにアリーシャ考え込みながらも頷く。

 

「え……ちょい待ち。もしかして会った事あるのか? その風の骨ってのに?」

 

その言葉をアリーシャは肯定する。

 

「あぁ、仮面をしていて顔はわからなかったが私は一度、スレイも何度か風の骨に出会っている……」

 

「は? まさかアリーシャも風の骨に襲われたのか?」

 

その言葉にアリーシャは何とも言えない表情を見せる。

 

 

 

 

「いや、それなんだが……寧ろ助けられた」

 

「……はい?」

 

晴人の口から間抜けな声が漏れる。

 

「君と出会う前、私は当時導師として目覚めたスレイと共にバルトロに王宮に呼び出された。バルトロはスレイを懐柔しその力や導師の名声を利用する為にハイランドで飼い殺しにするつもりだったのだろうが……」

 

「その交渉をオレは断ってさ。それでバルトロが断られた時の為に用意していた兵士達と戦いになったんだけどその時に現れて城を脱出するのを手助けしてくれたんだ」

 

「けどなんで態々そいつらがスレイ達を助けに?」

 

「目的は別にあったみたい。どうやら、風の骨の人達の仲間が独断でバルトロ達からアリーシャの暗殺の仕事を受けていたみたいなんだ。風の骨の人達はその独断で仕事を受けた奴を追っているらしい」

 

「勝手に仕事を受けた奴? って事は組織内で仲間割れしているって事か?」

 

「あぁ、スレイ達が故郷を離れレディレイクを尋ねて来てくれたのもその人物が私の命を狙っている事を報せようとしての事だったんだ」

 

アリーシャの説明をスレイが引き継ぐ。

 

「そいつはオレの故郷のイズチに現れて仲間……マイセンを殺したんだ……憑魔の力を持ってて身体能力も人間離れしていた」

 

スレイは表情を険しくし拳をギリギリと握りしめる。

 

彼にとって故郷で自分を育ててくれた天族達は皆家族の様な存在だ。その命が奪われたことに憤りを感じるのは当然とも言える。

 

「イズチを離れた後、レディレイクの路地裏でもミクリオと一緒にそいつと一度戦ったんだけどその時に『風の骨』の人達が現れて、それを見たらアイツは逃げ出した。少なくとも城で助けてくれた方の人達はアイツと手を切る様にバルトロ達を脅しはしたけどアリーシャの言葉を聞いてバルトロ達を傷つけたりはしなかったし交渉の余地はある人達だったと思う……その後はまったく会ってなくて今どうなっているのかまではわからないけど……」

 

「ならアリーシャを殺そうとしていたって奴の方は? 憑魔の力を使うってどんな奴なんだ?」

 

「私は直接会った事は無いんだ……スレイ達が何度か戦ったとは聞いているが……」

 

「名前はルナールって呼ばれてた。風の骨の中でアイツだけは仮面をしていなかったけど大柄で長い金髪に狐みたいなツリ目をしていて青い炎を使って攻撃してくる____」

 

その言葉に晴人、アリーシャ、ザビーダが反応した。

 

「待て、それって……」

 

「あぁ! あの時の男だ」

 

「白皇騎士団を襲った狐野郎か……」

 

ペンドラゴに到着した際に戦った憑魔を引き連れた謎の男と一致する情報に応戦した3人は声をあげる。

 

「あいつと戦ったのか!?」

 

三人の言葉にスレイが反応する。

 

「あぁ、初めてペンドラゴを訪れた時にな。そのルナールって奴は騎士団塔に残っていた白皇騎士団を襲っていたんだ」

 

そう返答する晴人の言葉をセルゲイが引き継ぐ。

 

「アリーシャ姫達のお陰で死者こそ出なかったが全員かなりの傷を負っていた……皆実力は確かなのだが……ルナールという男はそれほどの手練れなのだな……」

 

部下を傷つけられた事に対して責任を感じているのかセルゲイは苦々しげな表情を浮かべる。

 

「なぁ、フォートン。アンタは何か知らないか? あの時、俺たちが戦うのを見ていたんだよな?」

 

初めてリュネットと出会った際、彼女が自分達とルナールとの戦いを見ていたと言っていた事を思い出した晴人はそう問いかける。

 

だが、フォートンは首を横に振った。

 

「確かにあの時の私はあなた方を監視しその実力を測ろうとしていたましたがあの男は私の手の者ではありません。此方でも正体を探る為に追っ手を差し向けましたが逃げられてしまい何者なのか、誰の差し金で白皇騎士団を襲ったのかまでは知りませんでした……」

 

ルナールとの繋がりをリュネットは否定する。それに対してマルクスが口を開いた。

 

「その男は憑魔を引き連れていたのだろう? 貴女の差し金では無いのか?」

 

それは当然と言えば当然の疑念だろう。何せ今の今まで憑魔の力を振るい騎士団と対立しながら国の中枢で暗躍していたリュネットの発言なのだ。同じく憑魔の力を振るうルナールとの繋がりを疑われるのも仕方は無い。

 

リュネット自身もそのその意図は理解できるのか強く反論する事なく表情を曇らせるが……

 

「マルクス殿、その可能性はあまり考えられないかと。あの時のフォートン殿は私やハルトに対してローランスへの協力を提案していました。しかしルナールという男は私を見て明らかな殺意を向けて来ています。それはフォートン殿の意思とあまりにも食い違っています」

 

「同感だな。それにルナールって奴はあの時アリーシャを見て意外そうな反応をしていた。って事は少なくとも奴にとって俺達があの場に現れたのは予想外だったって事だ。俺達がペンドラゴに侵入していた事を掴んでいたフォートンが送り込んだ刺客には正直思えないね」

 

「む……それなりに筋は通っている……か」

 

アリーシャと晴人はマルクスの言葉に対して敢えて感情論では無く自分達が見てきた事実から根拠を述べフォートンを擁護する。

 

その言葉を受けてマルクスは表情を険しくしたまま疑いの目をリュネットへと向けながらも追求を取り止めた。

 

「ですが、だとすれば何故、そのルナールという方はこのペンドラゴに?」

 

疑問を感じ首を傾げるライト。

 

「白皇騎士団を襲ったという事はハイランド側からの刺客という事でしょうか?」

 

「どうだろうな……バルトロ達は一度ルナールを追っている方の風の骨の連中にルナールと手を切る様に釘を刺されてるんだろ? 」

 

「あぁ、風の骨に一度城の中枢まで潜り込まれその気になれば殺せる状態から見逃された事を考えればバルトロ大臣も安易にルナールと接触はしないと思う」

 

晴人とアリーシャはバルトロ達がルナールを送り込んだという予想とはあまり考えていない。

 

確かに白皇騎士団はローランス軍の中でも精鋭部隊ではあるのだろうが風の骨の警告を破り報復に襲われるリスクを負うにしてはターゲットが親衛隊と言うのはバルトロに対してのリターンがあまりにも少なすぎる。バルトロは権力欲のある人間ではあるがそう言ったリスクとリターンの計算はできる人間だと2人はバルトロを評価していた。

 

そんな2人の会話を聞いたスレイが口を開く。

 

「という事はルナールは依頼主を変えたって事かな?」

 

「可能性は高いと思いますわ。あの大臣さんがルナールという男を刺客として使うなら殺害を依頼したアリーシャさんから目を離させるとは考え辛いと思いますし」

 

その言葉にリュネットが反応する。

 

「可能性としては依頼主はローランス側の人間という事も十分に考えられます。妃殿下率いる戦争支持派にとって対立している教会側や白皇騎士団は決して快くは思っていないでしょうから……」

 

「ハイランドとローランス、どちらも疑い始めたらキリがない……か」

 

表情を曇らせるアリーシャ。そんな中ザビーダが口を開く。

 

「或いはどっちでもないのかもな」

 

その言葉に全員が反応する。

 

「ザビーダさん、どっちでもないというのは?」

 

「いるだろ? どっちの国が痛手を負って混乱しても得をする奴が」

 

その言葉にアリーシャがハッと目を見開く。

 

「そうか……ハイランドでもローランスでもルナールに狙われたのは戦争支持派に反対する立場の人間だ……」

 

バルトロに反対するアリーシャ、ライトを支持する白皇騎士団。そのどちらも両国の戦争支持派に対する立場の者達だ。

 

「つまり、ルナールは風の骨という立場を隠れ蓑に活動し両国の戦争を煽っている……?」

 

「でもなんでそんな……ッ! まさか!」

 

何かに気がついた様にスレイはゆっくりと口を開く。

 

「災禍の顕主……アイツが糸を引いているって事なのか?」

 

その言葉にザビーダが小さく頷く。

 

「アリーシャは覚えてるか? ルナールと戦った時にいた憑魔達の事」

 

「そう言えば妙でしたね……あの憑魔達は浄化したと思えば忽然と消えて……ッ!!」

 

本来は憑魔達は浄化すれば変化する前の生物や物がその場に残る。だがルナールの取り巻きであった憑魔達は攻撃を受けたと思えば跡形も無く消えていた。

 

その事を思い出した晴人が口を開く。

 

「そう言えば似た様な話を聞いたよな。グレイブガンド盆地での戦いの時、両軍を攻撃した消えた謎の部隊ってやつ」

 

グレイブガンド盆地での開戦が早まった切っ掛けである両軍に奇襲をかけ忽然と消えた謎の部隊。後に確認を取っても両国ともそんな部隊の存在は知らないと証言し晴人達が災禍の顕主による戦争への介入を疑う原因となった話でもある。

 

「それだ。憑魔ってのは穢れの影響で様々な物が変化した存在だ。アンデット系の憑魔だろうが浄化すりゃあ死体なり骨なり残るんだよ。ましてやあの時戦った憑魔は本来人や物から変化するタイプだ。浄化したからって何も残らないなんざありえねぇ」

 

「つまり、あの時のルナールの取り巻きは憑魔じゃなかったってことか? けどそれなら一体なんだって言うんだ?」

 

そう問いかける晴人にザビーダは何かを思い出す様に眉間に皺を寄せながらゆっくりと口を開く。

 

「可能性があるとすれば……『幻術』だ」

 

その言葉にアリーシャ達は首を傾げる。

 

「『幻術』? 幻を見せられたって事か?」

 

「あぁ……昔そういう術を使う厄介なジジイとやりあった事がある」

 

苦虫を噛み潰した様な表情でそう告げるザビーダ。恐らくは相当嫌な相手なのか珍しく嫌悪感を隠そうともしていない。

 

「幻……あれが……? 」

 

ザビーダの言葉を聞いたアリーシャはどこか腑に落ちないのか困惑した表情を浮かべる。それを見てザビーダは言葉を続ける。

 

「言いたい事は分かるぜアリーシャ。幻にしては攻撃した時の感触に実感がありすぎたって言いたいんだろ?」

 

「はい……ザビーダ様の言葉を疑う訳では無いのですが……」

 

「いや……実際、幻術ってのは本来なら実体は無ぇんだ。囮にして隙を作ったり、相手の知り合いの姿で動揺を誘ったり、或いは幻の中で相手の心を傷つけて精神そのものを破壊するってのが俺の知ってる幻術使いだ。それに比べると確かにあの時の憑魔には違和感があるのは確かだな」

 

「うぅ……えぇっと……つまり……実体のある幻……って事……?」

 

ザビーダの言葉を聞いたスレイは困惑しながらも提示された情報から結論を出す。『実体のある幻ってそれ幻なの?』とスレイ本人も自分の結論のツッコミ所の多さに困惑している様だが……

 

「『実体のある幻』って何よその『黒い白鳥』みたいなツッコミ所満載の結論は」

 

案の定エドナからツッコミが飛ぶ。

 

「いや、黒い白鳥は存在するぞ。コクチョウと呼ばれ発見されたのは____」

 

「いや、今は動物豆知識は重要じゃないから。ただの例えだから」

 

「む……そうか……」

 

一方で動物解説スイッチが入るデゼルだがロゼがすぐにストップをかける。それを受け心なしか残念そうなトーンでデゼルは言葉を止めた。

 

「ま、細かい所までは俺にもわからねぇ。あくまで幻術に似た様な能力を持っている奴が暗躍している可能性があるって話さ」

 

そう言ってザビーダはこれ以上はお手上げという様に肩をすくめる。

 

「えぇ……っと、すいません。話が見えてこないのですが……」

 

そんな彼らの会話を見て天族の会話は聞こえないライト達は内容が伝わってこず困惑し声をかける。

 

「あ! 申し訳ありません陛下! 実は____ 」

 

アリーシャは慌ててザビーダが告げた言葉をライト達に説明していく。

 

「実体を持つ幻……ですか」

 

詳細を聴かされたライトは先ほどのスレイと同様困惑した表情を浮かべる。

 

「それが事実であるのなら厄介だな。両国の関係修復どころか自国内ですら疑心暗鬼で身動きが取れなくなるぞ」

 

一方でマルクスは幻術の存在から予測される危険性に顔を顰めた。

 

「つまり災禍の顕主には少なくとも幻術の使い手とルナールという男が協力している可能性があると?」

 

「あれだけ穢れをばら撒く存在が暗躍しようと思えばそれしか手は無いかと……」

 

「というか、何で奴はそんな回りくどい真似をしているんだろうな?」

 

ふと疑問を口にした晴人に全員の視線が集まる。

 

「ハルト? それはどういう意味なんだ?」

 

「いやさ、奴の目的まではわからないけど。ローランスとハイランドの対立を煽って穢れを生み出す事で人々を憑魔にするのが目的ってのが今の所の予想だろ?」

 

「えぇ、そうですが……」

 

「なら奴が直接レディレイクやこのペンドラゴに来ればいいだけの話なんじゃないか? 奴の穢れの領域なら街に居座るだけでも甚大な被害が出るだろ」

 

「む、確かにそうだな……」

 

「例え街に加護天族による領域があったとしても天族への信仰が失われてる現状では災禍の顕主の穢れの領域に打ち勝つのは難しいと思いますわ」

 

「あの広大なグレイブガント盆地全域に影響が出るほどの力だったよね。それを考えたら確かにハルトの言う通り奴がルナールや幻術使いを暗躍させて両軍がぶつかる所を狙う必要は感じられないよな」

 

以前グレイブガント盆地にて災禍の顕主と相対した際のその強い穢れの領域が周囲にどれだけの影響を及ぼしたのか思い返しスレイは表情を険しくする。

 

「そう考えれば確かに災禍の顕主に腑に落ちない点があるな」

 

「つまり奴には何か別の目的があると? 」

 

「もしくは街に近づけない理由があるのか、それともその両方か……」

 

敵の目的を推理する一同。そこにマルクスから声がかかる。

 

「そもそもその災禍の顕主というのは何者なのだ? 憑魔というのは穢れによって様々な物が変化してしまったものなのだろう? ならば災禍の顕主とやらも元は人間なのか?」

 

「災禍の顕主とはあくまで古来より人の世に現れ人々に害を成した穢れに飲まれた者達の総称ですから……世に仇なした理由も当然個々によって異なりますし今代の災禍の顕主の正体まではわかりかねますわ」

 

マルクスの疑問に受け答えるライラ。そこにライトから声がかかる。

 

「みなさんは実際に戦場で災禍の顕主と相対したのですよね? 何か正体に繋がるようなものは無かったのですか?」

 

その言葉に一同は考え込む。

 

「うーん……憑魔としての姿は頭が獅子の大男って感じだけど……」

 

「これと言って人だった頃の正体に繋がる様な発言は無かったよね」

 

「そうだな。敢えて言えば『ヘルダルフ』って名乗ってたくらいだが……」

 

その言葉にライト達をはじめとするローランス側の者達は______

 

 

 

 

 

「ヘルダルフ……ですか? 聞いた事の無い名前ですね。マルクス達は聞き覚えはありますか?」

 

「いえ、私も聞き覚えの無い名です。マシドラ教皇、貴方は?」

 

「いや、私も知らぬ名だ」

 

首を横に降るマシドラ。それに賛同する様にリュネットとセルゲイもヘルダルフという名は知らないのか首を横に振る。

 

「ローランスに長く勤めていたマルクス殿やマシドラ様が知らないというのであればローランスに関わる人物や名の知れた人物では無いということでしょうか?」

 

「或いはこっちの混乱を狙った偽名かもな。向こうだって簡単に尻尾は掴ませてはくれないだろうよ」

 

「結局、ヘルダルフに関しては進展無しか。となればやっぱり今後も地道に調べていくしかないかな。正体がわかれば奴の狙いもハッキリするかもしれないし」

 

「ま、結論としてはわからない事だらけだけど色々込みで協力していくしかないって事だよな」

 

「ハルト……そのまとめ方は少し大雑把過ぎると思うんだが……」

 

軽い調子でまとめた晴人に対して少し呆れた様子のアリーシャ。その光景を見てライトは苦笑しながらも声をかける。

 

「ふふ、でもハルト殿の言う通りかもしれませんよ? 答えの出ない状況で考え過ぎるのも良くないですからね。彼の言う通りここからはお互いに協力しつつ両国の平和の為に尽力していくのみです」

 

「そうそうそれそれ。確かに謎は増えたけど協力者だって増えたんだ。前向きに行こうぜ」

 

「同感です。では、今後の為にもう少し細かい話を____」

 

そう言いライトが話を続けようとしたその時_____

 

「陛下、お待ちください」

 

リュネットがライトの言葉を止めた。

 

「えぇっと……フォートン枢機卿。どうかしたのでしょうか?」

 

「陛下とアリーシャ姫の話し合いの大筋はまとまりました。とすればこの場に私はもう必要ありません。先程マルクス殿が言った通り私の処分をお決めになってください。罪人である私は本来ならこの場に相応しくは無いのですから」

 

「その通りです。陛下、私への処分も……」

 

話がひと段落したと判断したリュネットは先程ライトが保留とした自身への処罰の話を切り出しそれに続く様にマシドラも口を開いた。

 

双方とも自身の犯した罪を理解しているからこそこれ以上この場に自分たちが留まる事を良しとはできなかったのだろう。

 

そんな2人の発言を見てスレイは表情を曇らせる。

 

「あの……ライト陛下……この2人は____」

 

そう言葉を発しようとしたスレイを止める様にライラがスレイの肩に手を添え口を開く。

 

「スレイさん、お気持ちはわかりますが。こればかりは私達が口を出せる問題ではありませんわ」

 

「ッ!……そう……だよな……」

 

スレイとて2人の犯した罪は理解している。それでもいざ2人が裁かれる瞬間を目前にすると人の世というものに馴染みが薄いスレイはやはりどうしても感情が先走ってしまうのだろう。

 

そんな彼の気持ちを汲みつつもライラはこれ以上自分たちがどうこうしていい問題では無いとスレイを止めた。

穢れやゴドジンの事に関しては既に説明を終え2人の擁護となる材料はライトとて正しく把握している。となれば後は関係者であるライトに委ねるべきだと……

 

そしてライトが口を開く。

 

「わかりました……では、ここでお二人に処分を言い渡します。まずはマシドラ教皇ですが……」

 

ライトは視線をマシドラへと向け言葉を続ける。

 

「先代の時代から貴方がローランスへ多大な貢献をしている事は僕自身理解しています。ですがこれまでの功績やゴドジンの置かれた状況を加味しても実際に詐欺による被害が発生してしまっている以上、その偽エリクシール製造の扇動をした責任は取らねばなりません」

 

先ほどまでの柔らかな態度とは打って変わりライトはマシドラを見据えハッキリとした口調でそう告げた。

 

「承知しています。全ての罪は私が負うつもりです」

 

マシドラは視線をそらす事なくライトに返答する。

 

「マシドラ教皇。偽エリクシール……赤聖水の精製方法について記された資料は持っていますか?」

 

「えぇ、こちらです」

 

ライトの問いかけにそう言いマシドラは一冊の書物を取り出しライトへと渡す。

 

「教会の公式の記録によると。千年以上前に当時の大司祭により資金集めの為に悪用されその危険な精製方法の事もありその手段は全て破棄されたとされていました。ですが、教会の最高指導者のみが閲覧を許される資料の置かれた部屋にて隠されていたその書物を私は偶然見つけてしまったのです」

 

自身を嫌悪する様に険しい表情でマシドラは言葉を続ける。

 

「ペンドラゴから逃げた日。私はその書物だけは悪用されてはならないと思い持ち去りました。元々公式の記録には存在しない書物です。紛失した所で気付く者はいないと……」

 

「ご自身と共に葬るつもりだったのですね……」

 

以前のマシドラが死に場所を求めペンドラゴを去った事を知っているライラは悲しげに問いかける。だがマシドラは自嘲する様に笑う。

 

「だが私は結局この書物に記された事を悪用してしまった……皮肉にも嘗ての大司祭がした事と同じ様に……」

 

後悔を滲ませるマシドラ。そんな彼を見たライトはライラへと歩み寄るとマシドラから渡された書物を彼女へと差し出す。

 

「あの……ライト陛下? これは?」

 

ライラはその意図をライトへと問う。

 

「破棄された筈の赤聖水の製法が残され嘗てと同じく罪が繰り返された。それは人の持つ心の弱さなのかもしれません。だからこそ今度こそそれを断ちたいと僕は思います。ライラ様、お願いしてもよろしいですか?」

 

その言葉にライトの意図を察したライラは微笑むとライトから書物を受け取る。

 

「わかりました。おまかせください」

 

書物を受け取ったライラは取り出した紙葉を書物に貼り付けると小さな声で詠唱を開始する。そして詠唱が終わると共に紙葉は小さな音を立て燃え上がると赤聖水について記された書物は跡形も無く燃え尽きた。

 

「ありがとうございます。ライラ様」

 

書物が燃え尽きるのを見届けたライトはライラへと感謝を告げるとマシドラへと向きなおる。

 

「貴方は偽エリクシール製造の主犯としてこれから牢獄での生活を余儀なくされます。ゴドジンの状況を考慮した情状酌量の余地を含めてもすぐに釈放という訳には行かないでしょう」

 

淡々とライトはマシドラへの処罰を告げていく。

 

「……はい。陛下……ゴドジンの者たちは……」

 

「暫くは村に兵を派遣し再犯の防止として監視する事になると思います。貴方が全ての責を負うとは言え偽エリクシールの製造に村が関与していた事には変わりありません。そうでもしなければ周りの者たちは納得しないですから」

 

そう言いながらも「ですが……」とライトは言葉を続ける。

 

「再犯を防ぐには力で抑えつけるのでは無く環境の改善こそが最良だというのが僕の考えです」

 

その言葉にマシドラは目を見開く。

 

「で、では!」

 

優しい笑みを浮かべライトは答える。

 

「はい、貴方の願い通りゴドジンへの支援は行うつもりです。罪を償い終えた先で貴方が大切な家族達と再会できる事を僕も願っています。これまで長い間、ローランス皇家を支えてくれた事をローランス現皇帝として亡き先代の分も貴方に感謝します」

 

その言葉にマシドラの瞳に涙が浮かぶ。

 

「ッ!……感謝します……陛下」

 

絞りだすような震えた声で感謝の言葉を告げマシドラはライトへ頭を下げた。そんなマシドラの言葉を受け取りつつもライトはリュネットの方へ視線を向ける。

 

 

「では、次はフォートン枢機卿への処罰ですが……」

 

「はい、覚悟はできています……」

 

リュネットは自身の手を強く握りこれから下される罰に構える様に力を込める。

 

そしてライトから下された言葉は……

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女には引き続き僕の下で教会の指揮を執って頂こうと思っています」

 

 

「………………………え?」

 

リュネットの手から力が抜け口から小さく言葉が零れ落ちる。

 

流石にこの回答は予想外だったのかマルクスや晴人達も目を丸くした。

 

「ま、待ってください陛下! 流石にそれは!」

 

硬直が解けたマルクスがいち早くライトへと意見する。

 

「え? 何かダメでしたか?」

 

どうしたのかと首を傾げるライト。それに対してマルクスに続く様にリュネットが口を開いた。

 

「マルクス殿の言う通りです陛下! 私は憑魔の力を使い長雨で国民を苦しめ、教会の者達を手駒の憑魔とし騎士団の者達も石に変え、多くの罪を重ねました! それを無罪にするなど……!」

 

語気を荒げるリュネット。だがライトは相変わらずの様子で言葉を続ける。

 

「え? いえ、無罪にするという訳では無いですよ? 僕が言っているのは処罰の話です」

 

「それは……どういう?」

 

ライトの言葉に戸惑うリュネット。

 

「確かに貴女は自身の権威を高める為に長雨により国民を苦しめ、貴女を怪しんで調査をした騎士達を命の危険に晒しました。如何なる理由が在れどその事実は変わりません。ですが……」

 

言葉を区切りライトは一度息を整える様に小さく深呼吸をする。そして____

 

「その手段で権威を高めた貴女に僕が守られていたのもまた事実です。皇帝として至らない僕の弱さが貴女に手段を選ばない道を歩ませてしまった。貴女の罪は本来貴方の上に立つべき皇帝である僕の罪でもあります」

 

ハッキリとそう告げたライトにリュネットは驚愕する。

 

「な、何を仰るのです陛下!? 違います! 私は自身の望みの為に陛下の権威を利用しようと____ 」

 

「それでも____」

 

決して大きい声では無かった。

だがライトの言葉は確かな力を持ってリュネットの言葉を遮る。

 

「貴方が憑魔の力で僕の命を狙う者達から守ってくれていた事には変わりありません」

 

その言葉にスレイ達が反応する。

 

「え!? 命を狙われてたって……」

 

驚きの反応を見せるスレイに対してアリーシャは何かを察した様子を見せる。

 

「まさか……戦争支持派の者達ですか?」

 

自身も似た経験を持つ事から事情を察しそう問いかけるアリーシャにライトは頷く。

 

「おかしいとは感じていたんです。ローランス内においても戦争支持派というのは決して少なくありません。そして本来、王位継承から遠い立場にあった側室の子供である僕が王位を継いだ事を望んでいない者達もまた……」

 

一瞬、悲しげに沈んだ表情を浮かべるもライトはすぐに表情を元に戻し言葉を続ける。

 

「先程も言いましたがローランスも一枚岩ではありません。戦争の反対を訴え始めた時、当然そう言った僕の存在を疎む者達から命を狙われる可能性は理解していました。ですが、実際はその様な事は全く起きなかった……いえ、本当は僕の知らない所で起きていたのですよね?」

 

そう言ってライトはセルゲイに視線を向ける。その意図を察したのかセルゲイは口を開く。

 

「フォートン枢機卿が石化した者達の中には我々白皇騎士団以外の者達もいました。石化が解除され混乱していたのか、中には陛下に危害を加えようとしていたと思わしき不審な者達もおり現在拘束し尋問を行なっている所です。その数も決して少なくはありません」

 

「アリーシャと同様、この手の話題には物騒な話題が付き物なのは変わらないって事か……」

 

バルトロ達に命を狙われた事のあるアリーシャ同様、ライトもまた命を狙われていた。幾ら皇帝とはいえ幼い子供に対しての行いに不快感を感じたのか晴人は険しい表情を浮かべる。

 

一方のリュネットは首を振りライトの言葉を否定し続ける

 

「そ、それは……あくまで陛下の相談役として実権を握り続ける事を狙ってのもので……」

 

「確かに貴女が僕を守ってくれたのは僕を利用する為のものであくまで結果論だったのでしょう。ですがその貴女の罪の上に今の僕はいるんです。何も知らず貴女の罪の上で生きていた……知らないという事もまた時には罪となり得る。今回の事件で僕はそれを知りました」

 

どんな手段であれリュネットはあらゆる手を尽くしこの国を良い方向へと導こうとしていた。当然それらは全てが肯定されて良いものでは無い。過ちを犯した事実は変わらない。

 

だがその罪が守ったものも確かに存在する。

 

リュネットの行いは真っ当に賞賛されるべきものでは無いのは確かだが、彼女の存在が結果としてライトを守りハイランドとローランスの全面戦争を食い止めていたのもまた事実なのである。

 

「『上に立つべき者とは決断を下し責任を負う者』母が教えてくれた亡き父の教えです。僕も皇帝としてそう在りたいと思っていました……けど実際は背負った気になっていただけでした。貴女が国を守る為に手段を選ばず罪を重ねていた事を何も知らずに……」

 

影を落とした表情でライトは自身の不甲斐なさを恥じる様に言葉を溢す。しかしそれも一瞬だった。表情を切り替えその瞳に決意を灯しライトはリュネットに向けて言葉を告げる。

 

「ですから、ここが始まりです。今度こそ僕は飾り物では無くローランスの皇帝として決断し全ての責任と罪を背負って歩んで行きます。ローランスとハイランド、二つの国の平和の為に……」

 

外見だけ見れば小柄の幼い少年である彼の言葉。だがそこには確かな覚悟が秘められていた。そしてライトはもう一度リュネットへと彼女が背負うべき償いの手段を告げる。

 

「ですから、貴女も自身の罪を背負った上で正しい形で僕に力を貸してください。その上で真の意味で平和を勝ち取る事こそが僕が貴女に課す贖罪です」

 

リュネットが姉との約束を歪め誤った手段で目指したローランスの繁栄。それを正し真の意味で完遂する。

それがライトがリュネット・フォートンへと課した贖罪の方法だった。

 

それはある意味では牢獄に繋がれる事よりも厳しい物になるだろう。罪を背負い傷つけた者たちからの非難を受け怒りを受け止めながら正しき道を歩む。

それは決して楽なことでは無い。

 

「で、ですが……」

 

戸惑いを見せたリュネットはマシドラへと視線を向ける。その意味を察したのかマシドラは優しい声でリュネットへと話しかけた。

 

「私が牢で罪を償うからと言って君が後ろめたさを感じる必要は無いだろう。逃げ出した先で罪を犯した私と逃げずに戦い続けその中で道を誤ってしまった君とでは償い方も違うのは当然の話だ」

 

「マシドラ教皇……」

 

牢獄で罪を償うことになるマシドラに対して形としては現状維持となった自分に負い目を感じるリュネット。それに対してマシドラは諭す様にリュネットへの言葉を紡ぐ。

 

「君が憑魔になった理由は聞いている。確かに君の手段は間違っていたのだろう。だが君は家族との約束の為にこの国を救おうとした。その想いを私は否定しない。償いも大切だが君自身もまだ約束を果たす途中だろう? 」

 

マシドラの言葉を受けリュネットの脳裏に浄化後に見た姉達との夢の光景が蘇る

 

「……できるでしょうか……罪を償った先でもう一度……姉さん達と再会する事が……」

 

「君の姉達は遺体は見つかっていないし、石の病となった者達の中にもいなかった。希望を捨てるべきでは無いよ」

 

その言葉にライラが反応した。

 

「そう言えば……」

 

「どうしたの? ライラ?」

 

心配し声をかけるスレイ。それに対してライラがゆっくりと口を開く。

 

「教会神殿でフォートンさんの憑魔の姿がメデューサだったと知った時から気にはなっていたのですが、滅びたホルサ村や湿地帯の開拓村で発生した『石の病』というのはメデューサの石化と同種のものではないかと」

 

その言葉にスレイはハッとしたように目を見開く。

 

「あ!? そうだよ!石になる病気なんてどう考えても普通じゃないし! 」

 

「ですがメデューサの様な力を持つ憑魔はそうそういるものではありませんわ」

 

「まぁかなりのレアものよね。というかあんな能力もってるのがワラワラ現れても困るけど」

 

そのライラの言葉にセルゲイは疑問を覚える。

 

「大陸北西部の『ザフゴット原野』にあったホルサ村と湿地帯の開拓が行われた距離は大陸西部の『プリズナーバック湿原』からは大きく離れています。石の病の発生時期はほぼ同時期で同一個体が襲ったとは考え辛いと思いますが……」

 

「枢機卿が憑魔になったのは二つの村が石の病で滅んだ事が引き金だから関係は無い。という事は二つの村でメデューサと同種の憑魔が発生したって事かな?」

 

そう問いかけるスレイにライラは頷く。

 

「そして二つの村でフォートンさんのお姉様達は行方不明になっている。これは偶然とは考え辛いかと」

 

その言葉で晴人はライラが言いたい事を察する。

 

「つまりライラはフォートンのお姉さん達がメデューサと同種の憑魔になってしまったって考えてるのか?」

 

その問いかけにライラは静かに頷く。

 

「開拓村ともなれば生活は厳しいですし負の感情も当然発生し易い環境ですから。どんな憑魔となるかには種族や環境、精神状態など様々な要因が存在しますがその中には血筋というのも当然含まれます」

 

その言葉に今度はアリーシャから質問がとぶ。

 

「ライラ様。仮にそうだった場合フォートン枢機卿の姉君達は数年間憑魔となり彷徨っている事になると思うのですが。身体は大丈夫なのですか?」

 

人間の長期間の憑魔化に詳しく無いアリーシャはフォートンの姉達の身を案じる。

 

「それに関しては心配ありませんわアリーシャさん。憑魔となった場合その生命力や寿命は人間の頃とは比べものになりません。何百年もの長い時を過ごした憑魔は元となった肉体が朽ち精神だけが穢れに結び付き続ける事もありますが数年から数十年程度なら元の肉体の状態は憑魔となった時と殆ど変わりません」

 

「憑魔となった場合、元の肉体の時間の流れにも影響が出るという事ですか?」

 

「例外が無いとは言いませんが基本的にはその解釈で問題ありませんわ」

 

そう言って話を纏めるライラ。それを聞いたロゼが口を開く。

 

「えぇっと、つまり……枢機卿のお姉さん達が生きている可能性がかなり上がった……って事でいいんだよね?」

 

「断定はできませんが二つの村を滅ぼした石化の力を持つ憑魔は間違いなく存在します。浄化できれば自ずと答えはでるかと……」

 

そう言い話を纏めたライラに対してリュネットが恐る恐る口を開く。

 

「姉さん達が……生きている……?」

 

瞳を揺らし震える声で彼女の口から言葉が零れ落ちていく。その瞳は潤み涙を溜め今にも決壊しそうだ。

 

そんな彼女にマシドラが優しく肩に手を添える。

 

「私は私を信じて待ってくれている家族の為に自分の果たすべき責任を果たすつもりだ。君も、もう一度家族との約束の為に歩き出してみなさい……罪を犯したとしてもその先に人生は続いて行く。老いぼれの私よりも君にとっては長い道のりだ。無闇に自分の可能性を自分で閉ざしてはいけない」

 

「っ……!!」

 

そこにマシドラに続く様にセルゲイが口を開く。

 

「我々騎士団も可能な限り協力しよう。憑魔の浄化はできないが目撃情報を集めるくらいならできるだろう」

 

「セルゲイ団長……ですが私は貴女の部下や弟に……」

 

罪悪感を感じてかセルゲイの言葉にリュネットは素直に応じる事を躊躇う。だが……

 

「貴女も貴女の姉君達も騎士団が守るべき民の1人です。微力ではあるがその助けとなりたい」

 

迷いない真っ直ぐな言葉でセルゲイはリュネットへの協力を申し出る。

 

「当然俺たちも協力するよ!」

 

「はい! フォートンさんがお姉様方と協力できる様お手伝いさせていただきます!」

 

「国は違いますが私も騎士として民を守りたいという気持ちはセルゲイ殿と同じです。」

 

スレイ、ライラ、アリーシャもまたセルゲイに同意し協力を申し出る。

 

「皆さん……」

 

「まぁ、そういう訳だ。人の厚意は素直に受け取っておきなよ。アンタはもう『現在』(いま)を捨てないんだろ? 償うのも大切だが自分の『明日』(みらい)も今度こそキッチリ掴まないとな」

 

晴人がそう微笑みながら告げた言葉にリュネットはもう一度右手にはめられた指輪を胸の前で左手抱きしめる様に包み込み。自身への言葉を噛みしめる様に瞳を閉じた。

 

そして再び瞳を開いた彼女は笑顔で告げる。

 

 

「ありがとう」_____と

 

心からの感謝が詰められ言葉と共に彼女の瞳から涙が溢れ落ちる。だがそれは嘗ての孤独と哀しみが込められた冷たいものではなく優しく暖かい感情が込められたものだった。

 

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その後、ライト達と今後についての話し合いを終えた一同は騎士団塔を離れ市街地に向けて歩みを進めていた。

 

既に夜は明けているが雨雲の影響で周囲は薄暗い。だが枢機卿を浄化した影響からか雨雲の厚さは減っており雨足も目に見えて弱まってきている。

 

「取り敢えずは目的完了って所だな」

 

停戦に向けた今後の協力態勢と方針は問題なく決まりアリーシャと晴人がローランスを訪れた目的は達成された。

 

「あぁ、それにラストンベルの教会の件もフォートン枢機卿は新しい司祭を送ると約束してくれた。これでジョン達は正式に教会で保護される筈だ」

 

話し合いの中で晴人達はラスンベルで目撃した司祭達の件も報告し、戦争孤児達の保護を願い出た。ラスンベルの教会が役割を果たしていないと知ったリュネットはその件をすぐに了承し新しい司祭の手配と子供達の保護を約束した。

 

「いやー!無事丸く治ってめでたしめでたし!って感じ?」

 

大げさななリアクションでロゼは場を和ませつつ笑みを浮かべる。

 

「綺麗事で丸く収まり過ぎって気もするけどね。あの小さな皇帝さんの処罰はかなり個人的な温情混じってたわよ。皇帝自らそんな事したら大なり小なり不満が出るんじゃない」

 

「うわ、エドナそこは空気読んで喜んでおこうよ」

 

「なによ? 人間が決めたルールなんでしょ? 天族の私は知った事じゃないけど」

 

ドライな反応を見せるエドナにロゼは肩を落とすがエドナはどこ吹く風と辛口だ。

 

「そ、それは……」

 

その言葉に同じく王族であるアリーシャはなんとも言えず言葉を詰まらせる。

 

「ま、確かに私情が含まれた処罰内容ではあったかな。綺麗事と言われりゃ確かにその通りかもな」

 

「え?」

 

そんなエドナの言葉に晴人は同意する。晴人の反応が予想外だったのかアリーシャは驚き視線を向ける。

だが晴人の言葉はそこで終わらなかった。

 

「でもさ、俺は嫌いじゃないよ。自分の為じゃ無くて他人の為に綺麗事が言える奴はさ」

 

「性善説ってやつ? もしそこからまた面倒ごとになったらどうするのよ」

 

「それも込みで今度こそ皇帝として背負って行くっていうのがライトの答えなんだ。なんでも綺麗事で片付けるのは間違いかもしれないけど綺麗事を忘れないのも大切だと思うぜ」

 

「………」

 

真っ直ぐにそう答えた晴人からエドナは黙って視線を外した。そこにザビーダが口を開く。

 

「ま、確かにルールってのも大切だけどな。それだけじゃルールの外に弾き出された奴を救えない時もあるのさ。冷たくて正しい『理』(ことわり)ってのが人を追い詰める時もあれば自分勝手で曖昧な『感情』(やさしさ)が心を救う事だってあるもんなんだよ」

 

「……なによそれ意味わかんない」

 

「ま、エドナちゃんも人間ってのを知っていけばそのうちわかるさ」

 

「……別に興味ないわ、ワタシ人間嫌いだし。あとエドナちゃん言うな」

 

むっすりとした表情で晴人の言葉を否定するエドナだがザビーダはニヤニヤしながらおちょくる様に喋り始める。

 

「そんな事言ってエドナちゃんも、結構人間ってやつに興味出てきたんじゃないの〜?」

 

「え、そうなの?」

 

「そりゃそうだ。興味なけりゃそもそも突っかかる訳無いだろ? 言う事はキツイがああ見えてエドナちゃんは胸が薄い分懐は深いんだぜ?」

 

ノリノリのザビーダにエドナの表情が引き攣る。

 

「相変わらず口が回るわねチャラ男1号2号。もっと笑顔にしてあげるわ」

 

傘の素振りを始めたエドナに晴人とザビーダはすぐに距離をとる。

 

「あ、やっべ」

 

「馬鹿お前! 俺まで巻き込むなよ!」

 

「冷たい事言うなよハルト。1号と2号の仲だろ!」

 

「そう言いながら盾にしようとすんなって!お前とセットになるのは嫌だっつの! 」

 

ドタバタと逃げようとする2人を傘を素振りしながらジワジワと追い詰めようとするエドナ。傘にくくりつけられた謎の人形がグワングワンと揺れている。

 

「と、止めた方がいいのでしょうか?」

 

「え、エドナさんも本気ではないでしょうし見守っていた方が良いかと」

 

「そうか? エドナのやつ素振りが本気に見えるぞ?」

 

「ははは……だ、大丈夫だよミクリオ……多分」

 

グダグダになり始めたなんとも言えない空気に場が包まれそうになったその時、スレイがある事に気がつく。

 

「あ! みんな見てよ!空が!」

 

その言葉に一同は気がつく。さっきまで降っていた雨が完全に止んだ事に。

 

そして……

 

「青空……」

 

曇り空の裂け目から覗く青空が一同の瞳に映る。雲の裂け目からこぼれた太陽の光は徐々にペンドラゴを照らし始めた。

 

ペンドラゴの民達もそれに気がついたのか空を見上げ喜びの声を上げる。

 

「見ろよ!青空だ!」

 

「ようやく雨が止んだのね!」

 

「よっしゃあ ! ジメジメした空気ともおさらばだ!今日は飲むぞ!」

 

「いいのかお前、雨が止んだ変わりに嫁の雷が落ちるぞ」

 

「うぐぅ!? そ、それは……」

 

辺りから響き渡る賑やかな喜びの声。それを見てスレイは自分の事のように喜び笑みを浮かべる。

 

「うん! やっぱりいいよなこういうの!」

 

「まぁ頑張ったかいはあったかな」

 

笑い合うスレイとミクリオ。

 

「ですが油断はできませんわ。一歩前進しましたが新しい課題が待っているのもまた事実です」

 

「未だに災禍の顕主の謎は多いですから気を引き締めていかねばなりませんね」

 

一方ライラやアリーシャはこれからの解決すべき問題を考え表情を引き締める。

 

「美人は悩むのも絵になるが何事も程々にな。俺様は眉間に皺が増えるのは反対だぜ」

 

「あんたはもうちょい眉間に皺増やすくらい悩んだ方がいいと思うけど」

 

そんな中ザビーダは軽口は叩きそれを聞いたエドナが辛口でツッコミを入れる。

 

「ま、気負い過ぎるのも問題だ。ここぞと言うときに空回りは笑えないからな」

 

「わかっているさハルト。目の前にある事を一つずつ解決していこう。今回の件もそうしてきたからこそ解決できたのだから」

 

晴人の言葉にアリーシャは微笑みながら答える。

 

「よっしゃ! そんじゃレディレイク帰還前に宿屋でいっちょパーっとやろうぜ」

 

「オイオイ、まだレディレイクでの交渉も残ってるんだぜ? 流石に気が早いんじゃ無いか」

 

軽い調子のザビーダに晴人は呆れた表情を浮かべる。

 

「堅いこと言うなよハルト、最後の一仕事があるからこそここで少し息抜きしておこうって話さ」

 

「まぁ、確かにお腹すいたよな」

 

「ペンドラゴに戻ってから漸くひと段落だからね」

 

「皆様で一緒にお昼にいたしましょうか♪」

 

「ペンドラゴの宿ならドラコ鍋で決まりね」

 

一同はなんだかんだザビーダの言葉に賛同して宿屋へ向かう事になるが……

 

「あーー!やっば! 騎士団塔に忘れ物しちゃった!」

 

突如ロゼが大声を出し一同は驚き振り返る。

 

「忘れ物? それはいけないな。急いで戻ろう」

 

「あー大丈夫大丈夫! あたしのミスだからパッと行って戻ってくるから! みんなは先に宿屋行って食事頼んでて! あ! でもあたしが戻る前に食べ始めんなよー!」

 

「え!? ロ、ロゼ!? ……行ってしまった」

 

呼び止める間も無く駆け出して行ってしまったロゼをアリーシャ達は目を丸くして見送る。

 

「はぁ……お前らは先に行ってろ。俺が見張っておく。アイツを一人にしたら何をするかわからん」

 

溜息をつきながらもデゼルは駆け出す。

 

「急にどうしたんだロゼ?」

 

「忘れ物、と見せかけて商品の売り込みをするつもり、とか?」

 

「なんだろう……ロゼならやりかねない気はする……」

 

「あの娘だってそこまで常識外れな事はしないわよ。子供じゃないんだから宿で待ってればすぐくるわよ」

 

ロゼの行動にスレイ達は首を傾げる。

 

そんな中、アリーシャはどこか不安そうな表情を浮かべる。

 

「どうかしたのかアリーシャ?」

 

「ハルト……いや、なんだかライト陛下との話し合い際からロゼの様子がおかしかった気がして……」

 

「そう言えば、いつもより口数が少なかった様な……」

 

「最初は陛下との会談という事もあり自重しているのかと思ったんだが……」

 

「ライトの話の途中でも驚いていたな」

 

「あぁ、私の思い違いならいいのだが……」

 

光に照らされ始めた市街を離れ未だに雲の陰に覆われた方向へと消えていくロゼの後ろ姿をアリーシャは不安げに見送った。

 

________________________________________

________________________________________

 

そして

 

 

 

 

「……それは本当なのですか?」

 

その数刻後、騎士団塔の一室で護衛のセルゲイを伴ったライト、リュネット、マルクスとロゼは対面していた。

 

「嘘は言っていない……信じるかどうかはそっち次第だけど」

 

既に話し合いは殆ど終えている状況なのか対面するライト達の顔には警戒の色がありありと浮かんでいた。

 

普段の明るい声が完全に消え真剣な表情でロゼはライトをまっすぐに見据える。

 

その言葉にライトは数瞬考える素ぶりを見せ。

「わかりました。貴女の言葉を信じます」

 

そう言うと同時に傍に立っていたマルクスが反論する。

 

「陛下! 本気でこの者の言う事を信じるおつもりですか! この者は貴方の兄____」

 

「マルクス」

 

「ッ! 申し訳ありません。出すぎた事を……」

 

「いいんだ、ありがとう……」

 

一度は激昂しに声を荒らげたマルクスだがライトの制止を受け謝罪を口にする。

 

「ロゼさん、貴女の言い分はわかりました。貴女の証言を元にこちらでも過去の事件を調査をしていきたいと思います。その結果を定期的に貴女の仲間に伝えればいいのですね?」

 

「ご理解いただき感謝します陛下」

 

ライトの言葉にロゼは頭を下げ礼を口にする。

 

「しかしいいのですか? この事を導師達に伝えなくても」

 

「同感だ。彼らなら君の力になってくれると思うが」

 

リュネットとセルゲイはロゼに対して気遣う様に問いかける。それに対してロゼはどこか困った様な笑みを浮かべる。

 

「うーん、だからかな。あの2人はきっと自分の事で大変なのにあたしの事を手伝うとか言いだしちゃいそうだし。それに_____」

 

次の瞬間、ロゼの顔から再び笑みが消える。

 

「これは私たちがケリをつけるべき問題だから」

 

決意を込めた瞳で彼女は力強く告げる。

 

そして_____

 

 

「……必ず見つけ出す。そしてお前の仇を……」

 

ロゼ達の部屋の外でその話の一部始終を聞いていたデゼルもまた声に怒りを滲ませ決意する様に拳を握りしめた。

 

 

 

一つ決着と共に様々な運命が更に絡み合い物語は加速していく。ショーの幕はまだ上がったばかり____

 

 

 






あとがき

前回の更新はエグゼイドやってた頃なのにもうビルドも2クール目とかウッソだろお前……絶版案件だよ……

クズみたいな更新速度の2017年でしたがエタらずに頑張るつもりなので読者の方達はよろしければ来年もこの作品にお付き合いくださると幸いです

平ジェネfinalくそ面白かったですがアマゾンズ完結篇やらビルドで音也役の武田さんがビルドで再びライダーになったりと来年の特撮も楽しみです
夜は人肉っしょー!(アマゾンズ映画化にフジが喜ぶ声)

では、皆様良いお年を


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第4章 風ノ唄
34話 少女の想いは届くのか


???「お前が小説より仕事を優先するのは勝手だ。けどそうなった場合誰が小説を書くと思う?」

フジ「……」

???「万丈だ。万丈はアマゾンズ完結編の為に遠征を強いられるお前に長瀬として負い目を感じているはずだ。だからお前が書かなきゃ、自分から手を挙げるだろう。けど、あいつの学力じゃ小説は書けない。そうなれば、感想欄の連中はよってたかってクローズを責める。お前が書くしかないんだよ。」


あけおめ(春)

そんな訳で最新話ですハイ


 

「くくく……」

 

その日ハイランドの内務大臣であるバルトロの機嫌はとても良かった。

 

両脇に護衛を連れ彼はラウドテブル王宮の廊下をゆっくりと我が物顔で歩んでいく。その口元は楽しそうに釣り上がり笑みを浮かべのんとも意地の悪い表情を作り上げている。

 

「(ランドンからの報告……恐らくはアリーシャ姫の事だろう。どうやら上手く事が運んだらしい……ふふふ……)」

 

彼は今ランドン師団長から評議会への報告があると聞き会議場へと足を運んでいた。

 

「(漸く目障りな小娘を始末できたか……風の骨への暗殺の依頼は奴らの内輪揉めで失敗に終わったが、騎士団としての任務中の『不幸な事故』ならばあの騎士ごっこが好きな小娘も本望だろう、国葬は派手に取り行ってやろうじゃないか)」

 

前回のグレィブガント盆地での大規模な激突の後、導師であるスレイが戦場で生死不明となりレディレイクでは導師の登場により勢いを増していた市民達の内政への抗議の声も弱まりつつあった。

導師に近しい存在として同じく注目を浴びていたアリーシャの影響力も弱まり彼女への警戒を弱めたバルトロはランドン師団長からの提案の元、形式上だけとはいえ騎士団に所属している彼女をランドンの元へと預け内政から遠ざけると共に危険な任の中であわよくば彼女を亡き者にと画策していた。

 

そして暫く経ちランドン師団長から評議会へアリーシャ姫の件で重要な報告があると連絡があり評議会が招集されたのだ。それを聞きバルトロは計画が成功したと確信したのだ。

 

「(これで戦争反対派を率いる厄介な小娘が消えた。これを機にローランスとの本格的な戦いの準備を……)」

 

そう思考しながら彼は会議場へと辿り着く。

広く円形の会議場の最奥である大きな椅子へとバルトロは腰掛ける。その両隣には彼と同様評議会の中心人物であるマティア軍機大臣、ナタエル大司教、シモン律令博士がおり、それ以外の者たちも自身の席に座りランドンが訪れるのを待つ。

 

 

そして……

 

「ば、バルトロ大臣……ランドン師団長が到着したのたのですが……」

 

ランドンの到着を兵が知らせる。だが、どこかその言葉は歯切れが悪い。だが浮かれたバルトロはその事に気がつかない。

 

「うむ。通せ」

 

「で、ですがその……」

 

言い淀む兵にバルトロは眉を顰める。

 

「なんだ!? いいから早く通せ!」

 

「は、ハイ!」

 

バルトロの強い言葉に兵士は慌てて議会へと繋がる扉を開ける。

 

そしてその扉からランドンが現れる。

 

だがその光景はその場いる者たちの想像したものとは大きく乖離していた。

 

「な、何故……」

 

先程まで静まっていた評議会の者たちが騒めく。

 

それもそのはず、ランドンが連れ立って歩く3名。それはバルトロも知っている人物。

 

開戦前に姫と共に連行された謎の男。

 

戦場で生死不明となった筈の導師。

 

そして……

 

「お久しぶりです。此度は責務に追われる中この様な場を設けて頂けた事、感謝します」

 

この場に現れる筈のないハイランドの姫、アリーシャ・ディフダその人だった。

 

________________________________________

 

「な、何故アリーシャ姫がここに……?」

 

生きているというのはまだいい。バルトロの早合点だったという話で済む。だが生死不明だった導師と共にランドンに連れられて評議会に現れるとはどういう事だ。

 

それに彼女の今の言葉、まるでランドンに連れられた現れたのでは無く彼女自身がこの場を設ける事を目的としているかのような……

 

「……アリーシャ姫、何故この場に? 貴女はランドン師団長と共に騎士団の任に就いていた筈では?」

 

「今回の評議会の招集に関してはハイランドの今後について重要な話がありランドン師団長の名を借りて行わせて頂きました。結果として騙すような形となってしまった事は謝罪いたします」

 

アリーシャはそう言うと深く頭を下げる。

 

「……ランドンの? いや、そもそも何故導師が共に? グレイブガントでの戦いで生死不明だったと聞いているが?」

 

「その事に関してもこれから説明いたします。導師スレイもこれからお話する事に深く関わっていますので……」

 

「ふん……それで? 一体何を話すというのですか?」

 

また小娘の戯言かと小馬鹿にしたようにバルトロは息を零す。だがアリーシャはその態度を意に介さず言葉を続ける。

 

「説明致します、この災厄の時代の原因、『穢れ』とそれにより生み出される『憑魔』について……」

 

________________________________________

 

そうしてアリーシャは評議会の者達の前で語った。人の負の感情により生まれる『穢れ』その穢れにより生まれる災厄の原因である『憑魔』。そして人々に加護を与え守る存在である天族の事を……

 

その事実を全て語り終えた先に待つものは……

 

「ククク……アリーシャ姫、その様な御伽噺を聞かせる為に我々をこの場に集めたのですか?」

 

彼女を小馬鹿にした嘲笑だった。

 

評議会の者達全てが口には出さずともアリーシャの言葉を信じてはいないとわかるほどの薄ら笑いを浮かべている。

 

「姫よ。確かに導師が特別な力をもっているという事は私も認めよう。だが、それをいい事にそんな与太話を吹き込んで我々の手綱を握ろうとするのは如何なものかな」

 

お前の魂胆はわかっているのだとでも言うように勝ち誇り言い放つバルトロ。

 

だが、それに対してバルトロにとって思わぬ所から反論が出た。

 

「事実です」

 

その言葉に評議会の者達の笑みが固まる。

 

「……なんと言った? ランドン師団長?」

 

笑みが消え小さく困惑の表情を見せたバルトロは反論した人物、ランドンへと問いかける。

 

「『穢れ』と『憑魔』そして『天族』の存在……姫の語った事の全てが真実だと。そう申し上げました」

 

そして再びハッキリとランドンは言い切った。それを受け一同は今度こそ押し黙る。

 

小娘の戯言だと思われた言葉をバルトロ側の人間であるランドンが肯定した事により困惑と疑問が彼らの中に生じたのだ。

 

「貴様まで何を言って……っ!」

 

ランドンのアリーシャの肩を持つような発言に怒りを見せるバルトロ。だがそれを遮る者が1人……

 

「話を聞こうか、ランドン師団長」

 

レディレイクの軍部を管轄するマティア軍機大臣がランドンの発言を促したのだ。

 

「マティア!?」

 

驚きの声をもらすバルトロだがマティアはそんな彼に口を開く。

 

「なんの根拠も無しにこの様な事を言う男ではありません。話くらい聞いてもよろしいでしょう」

 

軍部を取り仕切る立場であるからか他の者よりランドンに対しての信用があるのだろう。マティアはランドンに発言を促す。

 

「感謝します。では……」

 

そうしてランドンは自身が見たグレィブガント盆地での決戦で発生した憑魔化による混乱を語っていく。先ほどまで馬鹿にした様に嘲笑っていた評議会の者達もその話を鵜呑みにしている訳では無いがその表情から少しずつ笑みが薄れていく。

 

そしてランドンがグレィブガント盆地で起きた惨状を語り終え言葉を続ける。

 

「私自身この身で憑魔になりそれがどういう事なのか味わいました。感情が暴走し本能のまま行動しているというのに自身が異常だと気がつかない……アレは……もはや戦争ですらなかった……」

 

その言葉は決して大きなものではなかった。むしろ小さいとすら言えただろう。

だがそこに込められたランドンの感情がその言葉をその場にいる者達へと飲み込ませる。

 

「前回はなんとか事なきを得ましたが次に両国が全面戦争となり大規模な衝突が起これば今度こそ両国へ甚大な被害をもたらすでしょう」

 

そのランドンの言葉をアリーシャが引き継ぐ。

 

「被害は戦場だけでは止まりません。憑魔と化した両軍が本能のまま暴れれば戦場に近いマーリンドやラストンベルをはじめとした近隣の村にも被害が出る筈です。そして被害は留まらず大陸全土へと拡大していくでしょう」

 

そう言い切ったアリーシャにバルトロは忌々しげに返答する。

 

「それを信じろとでも言うのですか? その話を信じるよりも貴女がランドンを懐柔し与太話を語らせていると言われた方がずっと現実的だと思いますが?」

 

その言葉に雰囲気飲まれそうになっていた評議会の者達も我に帰った様に口々に口を開く。

 

「た、確かにいくらその様に言われても確たる証拠も無くては……」

 

「天族や憑魔がいるというのならやはりこの目で見ないことには信じることなどとても……」

 

他の者達も次々と同じ様な事を口にするが……

 

「うん、だからここにいる人達に直接見てもらおうと思ってここに来たんだ」

 

そう告げたスレイの言葉に全員が言葉を止めた……

 

「……導師よ、見せるとは?」

 

その場の者達の総意をマティアが口にする。

 

「言葉通りの意味だよ。実際に話しをして納得してもらうのが一番だって」

 

そして……

 

「でてきてくれライラ」

 

スレイがそう言うと共にその身体から光が飛び出す。そして赤く燃え上がる炎が光を旋回するように舞い踊りその中心から美しい銀の髪をなびかせながら1人の女性が現れる。

 

「こうして直接お話しさせていただくのは初めてになりますね。まずは自己紹介を、私はライラ。炎を司る火の天族です」

 

その言葉に今度こそその場にいる者達は目を丸くし口を大きく開けて固まった。

 

神秘的な雰囲気を纏い超常の炎と共に現れた女性は理屈を抜きにそれが人ならざる神秘の存在だと一同に本能的に理解させるには十分だった。

 

「彼女は穢れを浄化する力を持つ火の天族でありこのレディレイクに語り継がれている聖剣の伝承の中に登場する湖の乙女その人です」

 

「な!? 彼女が!?」

 

ランドンの言葉にナタエル大司教が驚きの声を上げる。それも仕方のない事だろう。彼自身が本心から天族の存在を信じているのかは別としてもハイランドの教会関係者のトップである彼にとっては伝承の中の存在が実在していたと言う事実の影響はとても大きい。

 

そんな存在が自分達がこれまで散々虐げてきたアリーシャ側に協力しているのだ。当然心中穏やかではないだろう。

 

「本来天族とは一部の潜在能力を秘めた人間にのみ視認する事が可能な存在です。ですが、ある事情で彼女だけが全ての人間に視認するのが可能となりこうして導師と共にこの場に来て貰う事となりました」

 

「……何のために?」

 

「警告の為にです」

 

「警告?」

 

マティアはランドンの言葉に眉をひそめる。

 

「その続きは私からお話しさせていただきます。人の世に仇なす存在……『災禍の顕主』について……」

 

そしてライラの口から災禍の顕主とは何か一同へと語られて行く____

 

「人の世に幾度となく現れる強大な力を持つ憑魔……災禍の顕主か……つまりその存在が今この大陸で暗躍していると?」

 

全てを語り終えた後そう問いかけるマティアに対してライラは静かに首を縦に振り肯定する。

 

「その通りです。彼の者はヘルダルフと名乗っていましたが、先ほど師団長さんがお話しした先日の戦場での混乱もヘルダルフが現れた事により生み出されたものです」

 

「……本当なのかランドン師団長?」

 

マティアはランドンへと視線を向けライラの言葉の真偽を問う。

 

「戦場で憑魔化により私を含め大規模な被害により戦場は混沌と化しました。被害にあった兵士達の証言も既に纏めております。そして我が軍と捕虜のローランス軍双方から開戦の際に相手の部隊から先制攻撃を受けたとの証言が出ていますが。双方ともその部隊がなんなのか把握出来ておらず何者かによる介入の可能性が考えられます」

 

マティアに対してランドンは戦場で発生した事柄を語って行きその言葉をアリーシャが引き継ぐ。

 

「恐らくはハイランドが導師を味方に引き入れた事により勢い付いた大規模な攻勢を行なった事による衝突で発生する負の感情の爆発を狙って何かの目的があって介入してきたものと考えられます。ヘルダルフのその後の消息は不明ですが今後も何かしらの形で両国の激突を煽ろうとしてくる可能性は高いです」

 

そう言い切ったアリーシャの言葉を受けバルトロは苦々しげな表情を浮かべランドンへ言葉を吐き捨てる。

 

「ランドン……貴様それだけの情報を何故黙って……」

 

「では報告すれば信じましたか? 先程大臣自身が仰った事です。そんな与太話を信じるなら私が姫に懐柔されたと考える方が現実的だと」

 

「ぐっ……貴様……」

 

「お気に障ったのなら謝罪します。ですがこれは大臣を責めているのではありません。仮に私が貴方の立場で部下からこの情報を伝えられても同様に信じなかったでしょう。貴方や私に限らずここにいる全ての者にもそれは言える事です。だからこそ確実な証言を纏める必要があると判断しました」

 

「むぅ……それで? 結局の所、姫はその証言を基に我々に何を要求したいのです?」

 

ランドンの言葉を苦々しい表情で受け止めながらもバルトロはアリーシャの真意を問う。

 

「ローランスとの停戦、及び和平へ向けての交渉とヘルダルフに対抗する為の二国間の連携。これが私が評議会に要求する議題です」

 

そのアリーシャの言葉に一同がどよめく。

 

「ローランスとの和平交渉!? それは幾ら何でも……」

 

「20年以上続いてる戦争です。そんな簡単に和平など……」

 

「奴らによりハイランドがどれだけの被害を被ったと……!」

 

長年の戦争により両国の間に生じた溝は大きい。バルトロの様な戦争推進派は勿論の事、それ以外の者たちも停戦に関しては消極的な意見が多くアリーシャの言葉は簡単には受け入れられない。

 

「姫、仮に憑魔の存在が事実であったとしてもローランスとの戦争は貴女が生まれる以前より続く根深い問題だ。若い貴女には実感が薄いかもしれませんが向こうがこちらの話をそう簡単に聞き入れてくれるはずも____ 」

 

バルトロはその場の者たちの総意を口にする。その表情には現実を知らない小娘の戯言だとでもいう様に呆れた感情が浮かんでいたが_____

 

「ところがどっこい、そうでもないんだなこれが」

 

そんな重々しい場の空気に見合わない軽い調子の言葉がバルトロの言葉を遮った。

 

「____なんだ貴様は?」

 

言葉を遮った男。操真晴人に対してバルトロは冷たい視線を向ける。

 

「あれ? 前にあった時は名乗ってなかったっけか?」

 

「貴様は……あぁ、あの時に姫と共にいた何処ぞの馬の骨か」

 

「覚えて貰えてたのなら光栄だな」

 

バルトロの皮肉に対しも晴人はどこ吹く風と言う様に軽く流す。

 

「ふん、そもそもどこの馬の骨とも知れない貴様が何故この場にいる? ここは国の行方を論じる場所だぞ?」

 

「ん? ま、俺自身はアリーシャのオマケみたいなもんだけど一応今回の問題には関係してるんでね。挨拶も兼ねて一緒に来させて貰ったって訳さ」

 

「挨拶だと? いや待て……そもそも先ほどの『そうでもない』とはどういう意味だ?」

 

その言葉に晴人はどこか気取った様な動きで周囲を見回した後口を開く。

 

「では改めまして。俺は操真晴人。今は訳あってアリーシャの手伝いをさせて貰ってる。そして____」

 

そう言いながら晴人は1つの書状を取り出す。一体なんだと一同は訝しむが……

 

その次の瞬間____

 

【コネクト! プリーズ!】

 

『なぁ!?』

 

評議会全員から驚きの声が上がる。

 

晴人の眼前に現れた赤い魔法陣へ書状を持つ手を入れたと思った次の瞬間遠く離れた席に座るバルトロの眼前に現れたもう1つの魔法陣から晴人の腕が現れ書状を差し出したのだ。

 

「____指輪の魔法使い、ウィザードだ。今後ともよろしく。そんでもってさっきの言葉の意味はそれに書いてあるから」

 

そう言って晴人は固まっているバルトロの前に書状を置くと魔法陣から手を引き抜く。

 

「な、なんだ今のは!?」

 

「いや、だから魔法だってば」

 

狼狽えるバルトロに対して晴人は軽い調子で再びそう告げる。

 

次々と引き起こされる未知の展開に評議会は混乱の渦中と化す。

 

「彼の名はソーマ・ハルト。導師スレイと同様に憑魔を浄化する力を有している魔法使いです」

 

「ま、魔法使いだと!? この男が導師と同じ力を持っていると言うのか!?」

 

ランドンの言葉にシモン律令博士が驚きの声をあげる。

 

「はい、今回の件には姫の協力者として護衛を行なっており導師同様に災禍の顕主へ対抗する為に重要な存在であると判断しこの場に同行させました」

 

「そんなご大層なもんでもないんだけど……ま、個人的にできる範囲でアリーシャに協力させてもらってる」

 

その言葉にバルトロは訝しげな表情を浮かべる。

 

「アリーシャ姫に……? 何故その様な……」

 

その言葉には皮肉では無く純粋な疑問が含まれていた。

 

当然といえば当然だろう。何せバルトロはこれまで戦争反対派であるアリーシャに協力者が現れない様に画策していた張本人だ。

 

アリーシャに協力的であるマルトランとその部下達や一部の戦争反対派は評議会の力で彼女へと必要以上に接触、協力ができない様に手を回した。

 

そうでは無い比較的中立な立場の者達もアリーシャへの日々の扱いを見て巻き込まれては叶わないと彼女への助力を行わない様になった。

 

当然と言えば当然だろう。たとえ綺麗な正論を述べようが実績も何も無い世間知らずの小娘が言えばそれはだだの理想論だ。そんな小娘を助けて自らも同じ目に遭いたいなどという者はそうはいない。

 

だと言うのに目の前の男は導師と同様の力を持ちながら理想論を語る夢見がちな小娘に力を貸していると言うのだ。

 

既に一度アリーシャが冤罪をかけられ拘束された時にと共にその光景を見て彼女のこの国での立場というものを理解している筈にも関わらずだ。

 

そんなバルトロの疑問から生じた呟きに対して晴人はあっけらかんとした顔で返答する。

 

「ん? 何故って……まぁ敢えて言うなら……愛と平和の為……かな?」

 

その言葉に評議会になんとも言えない空気が流れる。

 

「……ふざけているのか?」

 

「いやいや至って大真面目さ。だからアリーシャに協力してる」

 

「姫の語る綺麗事の理想論にか?」

 

「その綺麗事の理想論を形にする第一歩の為にさ。ほら早くソレを読んでみなよ」

 

そう言って晴人はバルトロに渡した書状を読むように促す。

 

「チッ……いったいなんだと……」

 

忌々しげにそう言ってバルトロは書状を開きその内容へと目を通す。だがその表情に次第に動揺が現れ始める。

 

「な、こ、これは……!? 」

 

声を震わせるバルトロにアリーシャが告げる。

 

「ローランスの現皇帝、ライト陛下からハイランドとの停戦及び和平交渉を見据えた関係の改善とヘルダルフを始めとした憑魔へ対抗する為の二国間の連携、協力を求める親書です」

 

「言っておくけど偽物では無いぜ? 正真正銘本人から預かったものだ」

 

その言葉は今日一番のざわめきを評議会にもたらした。天族や憑魔、魔法使いと言った理解が追いつかない超常の力よりもある種この場にいる面々が理解できる事柄だからだろう。

 

「ま、間違いありません……本物です」

 

律令博士であるシモンが親書を確認しその中身から親書が本物である事を認める。

 

「しかしこれは……いったいどうやって……」

 

何故アリーシャがローランスの皇帝の親書を持っているのか理解できず戸惑いを見せるシモン。それに対してランドンが口を開く。

 

「直接ローランスの皇帝へ謁見したのです。アリーシャ姫自身が」

 

「直接だと!?」

 

「えぇ、魔法使いであるソーマ・ハルトと共に秘密裏にローランスを訪れ導師達と合流しローランスの皇帝と会談を行い憑魔への対策を話し合った。その成果がそれです」

 

「馬鹿な!? そもそも姫は……」

 

「私が預かりこれまで通り政治に介入できないよう危険な立場に置き隔離する。そういう手筈でしたね」

 

その言葉に評議会の者達の息が詰まる。事実とは言え本人がいるこの場所でその事を告げられたのだ大っぴらに「はいそうです」と開き直れるというものでもないだろう。

 

「ランドン貴様が協力して……」

 

「その通りです。独断ではありますがその必要があると判断しました」

 

その言葉にバルトロが椅子を拳で叩き声を荒げる。

 

「必要があっただと!? たかが師団長風情が国の方針を決める重要な事態を勝手に判断し独断で決定を下したというのか!? 貴様それでタダで済むと____」

 

「思ってなどいません」

 

荒げたバルトロの言葉を遮りランドンはハッキリと告げる。

 

「なっ!?」

 

「どの道、姫達の介入で戦場の混乱が収まらなければ私は指揮権を放棄し憑魔となった大量の戦力を失わせた失態で処罰されていたでしょう。元は私も貴方と同様に姫を虐げていた側の人間です。今更都合良く此方側で仲間面するつもりもありません。今回の事で処罰されると言うのなら謹んでお受けしましょう」

 

「ですが」言葉を一度区切ったランドンは小さく息を吸うとバルトロを見据えハッキリとした口調で告げる。

 

「その上で今回のアリーシャ姫の言葉をどうか真剣に受け止めていただきたい。姫はこの国の未来を想い己の行動を持って1つの成果を出しました。我々が与太話だと嘲笑って切り捨て、知らず知らずに歩んでいた滅亡への道を阻止する為に……我々が世間知らずだと内心で見下していた小娘が本当はこの国の誰よりも真実に立ち向かおうとしていた。その事を我々は認めなくてはならない筈です」

 

そう言い切りランドンは言葉を止めた。

 

「ランドン師団長……」

 

アリーシャは申し訳なさそうに影を落とした表情でランドンを見る。自身の行動に協力した結果ランドンが処罰の対象となる事に胸を痛めているのだろう。

 

「(全く……相変わらず甘い小娘だ……元はと言えば私も評議会側の人間だと言うのに)」

 

これまで自身を虐げてきた側の人間に対してそんな表情を浮かべるアリーシャにランドンは内心で小さく呆れてしまう。

 

「(だが、そんな甘い人間だからこそ救えるものもあるのだろうな……)」

 

一瞬、口元に小さく笑みを浮かべたランドンはすぐに表情を引き締めると再度口を開く。

 

「私から話せる事は以上です。後は姫の口からお願いします。処罰に関しては評議会の判断にお任せいたします」

 

そう言ってランドンは議会へと背を向けるとこの場を去ろうとし____

 

「……」

 

一瞬、彼の視線が晴人へと向けられる。

 

言葉は何も無い。だがその瞳は確かにランドンの意思を晴人へと伝えた。

 

「まかせろ」そう言う様に晴人は小さく頷く。それを見てランドンはどこか安心した様に表情を緩めると今度こそ足早にその場を去って行った。

 

ランドンの退場により場が静寂に包まれるが……

 

「あの男、どこまで勝手な真似をっ!」

 

忌々しげに吐き捨てるバルトロだがそこに晴人から声がかかる。

 

「巻き込んだのは俺たち側なんだ。あんまり悪くは言わないでやって欲しいな。少なくも師団長さんはこの国の為を想って協力してくれたんだ。アンタに対しての背信だのそんな気持ちで動いてた訳じゃ無いぜ」

 

「だからなんだ!? そもそもローランスがこの停戦を結んだとしてローランスがそれを守る保証がどこにある? 共闘を持ちかけこちらを油断させ不意を打つ算段をしているという可能性も十分に考えられる。仮にこのローランスの皇帝の親書が本心だとして奴は帝位を継いだばかりの小僧の筈だ。本当に停戦条約を守れるほどローランスを制御する事が出来るのか!」

 

声を荒げるバルトロだがその指摘自体は的を得ていると。ローランスが現状一枚岩では無いという彼の読みは否定できない事実だ。

だが……

 

「確かに貴方の言うことも正しいと思う。だからそこに関しては手を打ってるよ」

 

「……何?」

 

意外にもそんな彼に対して口を開いたのはスレイだった。

 

「ローランスの皇帝とも話し合ったけど、もしもどちらかの国が結んだ停戦を破って攻撃を仕掛けた場合は……導師であるオレが攻撃を受けた側の国を守る」

 

その言葉に評議会に動揺が奔る。当然と言えば当然だ。導師であるスレイの存在が前回の戦場でどれだけハイランドに有利に働いたかこの場に知らない者はいない。もしもスレイが敵に回ればそれだけで戦況は不利に傾くだろう。安易に開戦を仕掛けた側の国が無駄に消耗し不利になるのだ。両国とも安易に開戦には踏み切れなくなる。

 

「……それは脅しか?」

 

「そう思われても構わない。もし前回みたいな大規模な激突が起きてそこにヘルダルフが現れたら現状ではどうしようもない。オレの存在がそれを少しでも抑える事ができるならオレは導師としてそれを選択する」

 

「……意外だな。前回は導師として人の世に深く関わることを拒否した貴様が」

 

前回王宮に呼び出しハイランドへの協力を拒否された事を引き合いに出し皮肉げに言い放つバルトロだがスレイの表情に迷いは浮かばない。それに続くようにライラが口を開いた。

 

「導師は強大な力を持ちます。それ故に人の世に深く関わればそれだけで多くのものを歪めてしまうでしょう。だからこそ掟として導師は国や政治へ深く関わる事を禁じられています。これは嘗て『ある導師』が世界を変えるために人の世に深く干渉し人と天族の双方に深い傷を遺した事から決められたものです」

 

導師の掟について語るライラ。そこに再びスレイが口を開く。

 

「けど、だからってオレは今この状況で傍観者になる事が正しいとは思えない。だから抑止力としてもしも戦争が起きた時は守る為にこの力を使う。導師の掟を軽く見る訳じゃ無いけどオレ自身、もう人間の世界に完全に無関係でいる事なんてできないと思うから」

 

その言葉を聞きマティアが口を開く。

 

「攻めこそはしないが守る事には参加すると……?」

 

「一応、人間の世の中でオレなりに導師として何ができるのか考えた結果……かな?」

 

軽い調子ながらもはっきりとした口調でそう告げたスレイにマティアは何かを考えるように目を瞑り、逡巡した後口を開く。

 

「姫、1つお聞きしたい」

 

「……なんでしょうかマティア大臣」

 

声をかけられた事に少し意外そうな表情を浮かべるアリーシャだがすぐに引き締めるとマティアへと問い返す。

 

「貴女が仰る危険性と緊急性に関しては理解しました。全てを信じるとまではいきませんが少なくとも只の与太話では無いという事も」

 

「マティア大臣!? 姫の話を信じるというのですか!?」

 

シモンがヒステリックに非難する様に声をあげるがマティアは動じず言葉を続ける。

 

「シモン律令博士……先ほども言ったがランドンは何の理由も無しに今回の様な無茶な真似をする男では無い。にも関わらず独断で我々に黙って姫に力を貸したというのは奴から見てもそれ程差し迫った危機が確かに存在するという事だ。そこにいるライラという天族の事も加味すれば与太話で切り捨てる事は出来ないだろう」

 

冷静な言葉でシモンの問いかけに答えたマティアはそのままアリーシャへ視線を戻すと言葉を続ける

 

「その上でお尋ねしたい。貴女が仰っている事がどれだけ難しい話なのか貴女自身がしっかりと理解した上での発言なのか」

 

まっすぐにアリーシャへと視線を向けマティアは問いかける。

 

「半信半疑ではありますが貴女が言うこの大陸が置かれている状況というのは理解しました。それが事実であるのならば確かに戦争どころでは無いというのも正しいでしょう」

 

そう言った上でマティアは「ですが……」と話を切り出す。

 

「共通の敵ができ、手を取り合い共闘する事が出来たとしてもそれは一時的なものでしかありません。貴女が生まれる以前より続くハイランドとローランスの争いで生じた溝はとても大きい。そして災禍の顕主という共通の敵さえ排する事さえできれば両国はまたお互いの利益の為に行動するでしょう。その選択肢の中には当然戦争という手段も含まれます」

 

「……」

 

マティアの言葉をアリーシャは黙って受け止める。そしてマティアの言葉は続く。

 

「導師による抑止もいつまでも続けられるものでは無いでしょう。そもそも災禍の顕主による被害を防ぐ為の提案だ。災禍の顕主を倒し、そのお題目が失われれば導師は国の政治に介入する理由は失われる。そして本格的に両国が戦争を始めてしまえば第三者である導師はどちらの味方にもなれない」

 

マティアは淡々と事実のみ告げていく。

 

「仮に戦争にまで発展しなかったとしても国政というのは慈善活動ではありません。ハイランドもローランスも自国の利益の為に相手を出し抜こうと躍起になるでしょう。例えローランスの皇帝が友好的な立場の人間であったとしても国を治める立場である以上それら全てを抑えることなどできはしません。和平への道程は困難を極める事でしょう。その事を貴女はどう考えているのですか?」

 

国を治める立場である以上その行動は国の為のものでなければならない。ならばどうしてもその選択肢は自国を優先したものとなるだろう。それを突き詰めていった結果がローランスとハイランドが大規模な激突と小競り合いを繰り返し再び一触即発寸前となっていた現状だ。

 

ヘルダルフという共通の敵を相手に様々な問題に目を瞑り例え一時的に手を取り合えたとしても、絵本の物語の様にヘルダルフを倒し、めでたしめでたしで済むほど話は単純なものでは無い。寧ろ共通の敵を失えば再び様々な人間社会の問題が湧き出てくる事だろう。

それを乗り越えて真の和平を目指すという事は容易では無い。

 

「(……まぁ、確かに簡単な事じゃ無いよな)」

 

マティアのその言葉を晴人も内心で肯定する。

 

晴人はこれまでゲートの希望を守る為にファントムと戦ってきた。だがゲートに対して彼が手助けする事ができるのは基本的にはファントムを倒すまでだ。

 

ファントム絡みのアフターケアならまだしもゲート達のその後の人生にまで彼が大きく介入する事はまず無いし、できない。

晴人にできるのは『希望(ゆめ)を守る』事まで、『希望(ゆめ)を叶える』事ができるのかは結局の所、晴人に命を救われた後のゲート達自身の努力に掛かっている。

 

だからこそ晴人にはマティアの言葉の意味がよく理解できる。彼が語る問題とは、例えるならばファントムを倒し救われたゲート達のその後についてなのだ。

 

倒すべき敵を倒した先にある問題。言ってしまえば晴人にとっては本来専門外の領域だ。こればかりは例え魔法使いであろうとも簡単になんとかできる問題では無い。そもそも国レベルの問題ならば晴人個人でなんとかできる範疇をとうに超えてしまっている。

 

「…………」

 

沈黙を続けるアリーシャ。だが晴人は今回ばかりは助け舟を出す事はしない。

否、できない。

 

そもそも晴人がこの世界を訪れて大した期間は経っていない。彼が個人的にこの世界に対して思う事はあるし、目の前で危険な目にあっている人がいるのであれば彼は希望の魔法使いとしてこれまでと同じ様に力となるだろうが、それでも余所者である以上、国や政治に対して軽々しく口出しできる様な立場では無いことは彼自身自覚してるからだ。

 

今、評議会の人々の心を動かす事が出来るのは同じハイランドの人間であるアリーシャ自身の言葉に他ならない。

 

そして彼女ならきっとそれができる。

そう信じて晴人はアリーシャを見守る。

 

アリーシャは瞳を閉じると一拍置いて何かを決意した様に目を開き、沈黙を破りマティアに対して返答する。

 

「困難である事は承知しています」

 

ゆっくりとアリーシャは言葉を紡いでいく。

 

「マティア殿の言う通り、例え災禍の顕主を打倒する為にローランスと協力できたとしても、打倒した先には多くの問題が山積みとなっているのも事実です。両国に刻まれた禍根は根深い。恨み、疑念、利益、様々なものが和平への道程に立ちふさがる事になるでしょう。そして我々もローランスも一枚岩ではありません。戦争という火種はこれから先も常につきまとい続ける。完全な和平の実現は簡単な話ではありません」

 

これまでの積み重ねの上に『今』がある。そして積み重ねられた物は決して良いものだけとは限らない。若いアリーシャよりもこの場にいる評議会の面々はその目で人の世が生んだ負の遺産が積み上げられていく所を目にしてしまっている。

 

だからこそ、これまでアリーシャが語ってきた理想論は彼らには絵空事としか受け取られなかった。

 

良くも悪くもアリーシャの真っ直ぐな言葉は現実を見てきた彼らに眩し過ぎたのかもしれない。

 

だが……

 

「それでも目指す価値はあると私は信じています」

 

それでもアリーシャは真っ直ぐに自分の想いを言葉にする。

 

「……では貴女は自分なら和平(それ)を実現できると考えているのですか?」

 

そう問いただすマティアに対してアリーシャは……

 

 

 

 

「私1人では不可能でしょう」

 

キッパリとその言葉を否定した。

その反応が意外だったのかマティアはわずかに目を丸くする。

 

「今回、ライト陛下との話し合いが実現したのは多くの人々から協力を得られたからこそです。私1人ではどう足掻いてもこれ程の成果を得る事などできなかった。そして、これから先の問題も私1人では解決できる程容易なものではありません。だからこそ___」

 

どこまでも真っ直ぐに少女は告げる。

 

「あなた方評議会の力を貸して頂きたい」

 

「なっ!?」

 

その言葉に周囲がざわめいた。評議会の面々は彼女のその言葉が予想外だったのか明らかに動揺している。特にバルトロはそれが顕著だ。

 

「……意外ですね。我々から実権を奪う方が姫にとっては都合が良い筈ですが」

 

マティアの言葉こそが評議会の面々の総意だった。この場にいる者達はアリーシャが今回の成果や導師、天族の協力を持って評議会から実権を奪うつもりなのだと考えていた。

 

元々、貴族達上流階級の優遇や災厄の頻発により民からの不満、不信を買っていた評議会は導師の出現により更に支持を落としていた。

 

そこに導師や天族、憑魔の存在まで明るみに出れば戦争支持派である評議会の権威は地に落ちるだろう。

そこに導師と天族とつながりを持つアリーシャが上手く立ち回る事が出来れば彼女は市民から大きな支持を受けられる。

 

権力こそ大きくは無いが、日頃から市民の為に活動していた彼女は評判そのものは決して悪く無い。先の冤罪をかけられた際も市民の間では評議会によるでっち上げだと囁かれていた程だ。

 

加えて評議会はこれまでアリーシャに対して小さな嫌がらせから活動の妨害、タチの悪いものでは命の危険を伴う行為まで行っている。

 

報復するのならばまたと無い機会なのだ。

評議会の者達誰もがそうだと感じている。

 

だというのにアリーシャの口から出た言葉は全く真逆のものだったのだ。

 

「……我々を恨んではいないのですか?」

 

マティアの口からその疑問がアリーシャへと向けられる。それに対してアリーシャはほんの少しだけ沈黙した後にゆっくりと言葉を零す。

 

「……これまでの事に何も感じていなかった訳ではありません。辛いと感じた事も怒りを感じた事も当然あります」

 

当然といえば当然だ。これまでの彼女が送ってきた日々は明らかに理不尽なものだった。人間であればそれに対して恨みの1つも抱くだろう。だが……

 

「それでもその道を歩き続けたのは私の意志です。本当に辛く嫌だったのなら貴方方の意見に口出しなどせず口を噤んで屋敷に篭っていればよかった。そうしなかったのは、私には叶えたい希望(ゆめ)があったからです……そしてそれは今も変わりません」

 

「夢……?」

 

「災厄の時代を越えたその先で穢れのない故郷を見たい……人々が心の底から笑い合い希望(ゆめ)を叶えられるそんな国を……」

 

そんな彼女の言葉をバルトロは鼻で笑う。

 

「ふん……理想論だ。国を守っているのは我々だ。自分の願いを好き勝手に口にして不満ばかり言う政治の何もわからんのような連中に何故我々が施しを与えてやらねば……」

 

「それは違います」

 

ハッキリとアリーシャの言葉がバルトロの言葉を遮る。

 

「バルトロ大臣。貴方の言う通り政治というのは大局を見据えたもので無くてはならないのは事実です。ですが、我々がすべき事は施しを与えるなどという上から目線の行いではありません」

 

彼女の語る夢は確かに理想論だ。

 

漠然とした絵空事の綺麗事だ。

 

どんな人間だって彼女の夢を聞けば頭の片隅にそんな言葉が浮かんでしまう事だろう。

アリーシャ自身それは自覚している。

だけどそれでも彼女は理想を謳う。

 

「この災厄の時代、人々は常に不安を心に抱えています。終わりの見え無い災厄がいつ自身の命を脅かすのか、明日が訪れるのかに怯えながら生きているんです」

 

未来の為に何かを積み重ねていくのでは無く希望(ゆめ)も持てずに今を維持する為だけに怯えながら生きていく世界。彼女はそれを認める事が出来ない。

 

「一人一人が希望(ゆめ)を抱き、それを叶える為に明日を目指して生きていく事のできる世界。それこそが我々が築いていかなければならないものの筈です」

 

現実を知ってもそれでも彼女は理想を謳い続ける。そこに一歩でも近づく為に……

 

「理想論だという事は分かっています。私の語る理想が現実を前にしてどれだけ不確かで脆いものなのかも……だからこそ、貴方方、評議会の力を貸し欲しいのです。現実を知っているからこそ、その力を現実への妥協では無く現実を乗り越える為のものとして活かしていただきたい」

 

アリーシャ自身、評議会の面々の手腕は自分よりもずっと上だと理解している。思想にこそ大きな溝があったが、この災厄の時代でハイランドを維持してきたのもまた彼らの手腕によるものだ。だからこそアリーシャは彼らの存在もまたハイランドに必要なものだと考えている。

 

「これまで我々は天族や憑魔の存在を知らずに我々だけの常識の中を生きてきました。ですがその存在が確かな現実となった今、我々は変わらなくてはならない筈です。そしてこの場にいる方々が目の前の現実から目を背け続けるほど愚かでも弱くも無いと私は信じています」

 

人の汚さを見てきて、それでも彼女は人の心を信じる事をやめはしなかった。

 

「国というものは私1人で動かせるものではありません……我々が人間が前に……未来に進む為に……私では無く、ハイランドの為に……どうか貴方方の力を貸してください」

 

そう言ってアリーシャは深々と頭を下げた。

 

それを見てスレイ、ライラ、晴人が口を開く。

 

「アリーシャはさ。本当にハイランドが好きなんだ。その中には貴方達も含まれてる。それをわかってほしい」

 

「我々天族の力も決して万能ではありません。我々の力もまた人により支えられてこそのものです。だからこそこれを機に未来に進む為に一方的では無くお互いを理解して協力していけないでしょうか?」

 

「前にも大臣さんには言ったけど、俺は政治に関して詳しく無いし、そもそもこの国に来て日も浅い余所者だ。だからまぁあまり知った風な口を利くつもりないけどさ。そんな俺でもこのままじゃマズイって事はわかるよ。アリーシャはそれをなんとかしたくて必死に行動して来た。アンタ達だってこの国が嫌いな訳じゃ無いだろ?俺も可能な限り魔法使いとして手は貸すつもりだ。アンタ達も力を貸してくれ、頼む……」

 

それぞれが思いを口にしてアリーシャ同様頭を下げる。

 

アリーシャ達から言う事はこれ以上何も無い。後は差し出した手を相手が握ってくれることを信じる他ない。

 

たが……

 

『…………』

 

それに対して評議会の者達からの反応は無い。

 

いや、正確には彼らとてアリーシャ訴えた危機に対して何も感じていない訳でない。だがそれがどれほどのものなのか、どこまでが真実なのか、開示された情報量とその真偽に困惑して声を出せないのだ。

 

そして何よりも彼女に手を貸すという事はバルトロ率いる評議会に少なからず反旗を翻すという事になる。

 

それが何を意味するか知らない彼らでは無い。何せ今までアリーシャに対して行なっていた仕打ちが今度は自分達へと向きかねないのだ。

そんなリスクを背負う事に最初の一歩を踏み出す勇気があるものなど中々いるものでは無い。

 

長く続く沈黙。それでもアリーシャに賛同するものは現れない。その光景にバルトロは内心でほくそ笑む。

 

「(……やはり私の声は届かないのか)」

 

自身の無力さを感じアリーシャは頭を下げながら悲しげに瞳を閉じようとした。

 

その時……

 

「……え?」

 

音がした。

 

パチパチと手を叩く音。

音からして拍手している人物は1人。

 

一体誰がと思いアリーシャ達は頭を上げ音のする方へ視線を向ける。

 

それは評議会の者達も同様だ。「一体誰がそんな命知らずな真似を」と視線を向ける。

 

その先にいたのは……

 

「マティア大臣……?」

 

そうバルトロの側近にして評議会を取り仕切る最大権力者の1人であるマティア軍規大臣だった。

 

まさかの彼の行動にその場にいる者達全員が目を丸くする。

 

「姫……貴女の想いはわかりました。貴女の理想全てに共感できた訳でも、その全てを信じた訳でもありませんが、貴女の仰る和平への道……私は支持しましょう」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

アリーシャの顔に喜びが浮かぶ

 

「マティア貴様どういうつもりだ!?」

 

そしてその反対にバルトロは怒りの形相でマティアを問い詰める。

 

「姫の理想論を鵜呑みにしている訳ではありません。ですが姫の言葉の中に目を背けてはならない事実があったのも否定は出来ないでしょう……我々が知らない真実が存在していたのであれば見直さなければならない事もあるはずです。それに___」

 

マティアはアリーシャへと視線を向けて小さく笑う。

 

「私の半分も生きていない小娘にあそこまで言わせて何もしないでいられる程私も腰抜けでは無いのでね……ランドンの言う通り認めるべきなのでしょう。姫がただ何も知らずに絵空事を語るだけの小娘では無いのだと……」

 

その言葉に評議会に流れていた空気が変わった。

 

マティアという評議会のトップの1人が先陣を切ってアリーシャに賛同したのだ。

 

その変化が何をもたらすのか……それは……

 

「わ、私も停戦には賛成すべきかと……」

 

「ま、まぁ調査してみる価値はあるのでは? 」

 

「ローランスの皇帝が賛同する以上何らかの危機が迫っているというのも……」

 

「天族が確かに存在しているのであれば考えを改めるべきなのでは……」

 

おそるおそるではあるもののアリーシャへ賛同する者達があげる声と拍手が大きくなっていく。

 

「き、貴様ら……」

 

バルトロの顔が怒りで引き攣るが最早彼では一度生まれた流れは止められない。

 

そしてその先で出された結論は_____

 

 





あとがき
本当はもうちょい進む筈なんですが最終的に三万字くらいになりそうなんで切りました。次こそは……次こそは……必ず早く更新を……

真面目な話が続いていたので次回はギャグ回予定です

ところで最近の安心安全フェアやらエイプリフールやら始球式やらポンキッキコラボしてるアマゾンズくん達はどこに向かってるんですかね……


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35話 おひめさま味の道 前篇

お久しぶりですアマゾンズ 完結編で4DX初体験し開幕東映ロゴで水しぶきをかけられましたフジです。個人的には石ノ森ヒーロー的な意味で「これぞ仮面ライダー」してて楽しめました

今回はちょいとしたおふざけ回をやろうとしましたがクソ長いので分割なのである。では最新話どうぞ




「イェーイ! 終わってみれば全部上手くいって気分爽快大勝利!!」

 

会談から7日後、アリーシャの屋敷の来客用の大部屋でロゼの声が響き渡った。

 

「ははは……まぁそうなるのかな?」

 

「なになにアリーシャ? テンション低いぞ? めでたいんだからもっと盛り上がっていこうってば!」

 

「そ、そうかな?」

 

「そうだよ! めでたい時は素直に喜ばないと! はい、せーの!トロピカル☆やっほう!」

 

「と、とろぴか……?」

 

ハイテンションのロゼに戸惑うアリーシャ。

そんな2人を見ながら他のメンバーは苦笑する。

 

「なんであの娘が一番テンション高いのよ」

 

「まぁ、そこはロゼだし?」

 

「身も蓋も無いがそれが真理かもね」

 

「いいんじゃねぇの? 交渉、なんとか上手くいったんだろ?」

 

「まぁな、これもアリーシャの説得あってこそだ。喜んでもバチは当たらないさ」

 

そう、結果から言えばアリーシャの提案は評議会の者達から受け入れられたのだ。

 

「まぁ、あくまでおっかなびっくりな様子見って部分はあるんでしょうけどね」

 

「賛成した連中も半信半疑ではあるのは代わりない。油断はできんぞ」

 

エドナとデゼルからは厳しい意見が上がる。

強ちそれは間違いでも無いだろう。

 

憑魔や天族に関する問題に関してはまだ評議会の者達も半信半疑だ。あくまで自分達が知らない事柄が浮上した事から慎重になったが故の対応とも言えるだろう。

 

「それでもアリーシャの言葉に耳を傾けてくれるようになっただけでも進展はあったさ。少なくとも停戦に関しては前向きに話し合われてるんだろ?」

 

「あぁ、その方向で今も評議会では今後に関しての話し合いが行われているよ。あくまで評議会が主体で私は憑魔や天族に関しての知識の提供という形ではあるけどね」

 

会談から7日、評議会では毎日アリーシャを加えての話し合いが行われていた。天族や憑魔、浄化や加護に関しての知識の無い評議会に対してアリーシャが自身の経験やこれまで得た知識を説明しつつ今後について模索していたのだ。

 

「あくまでアリーシャ主体では無いんだね?」

 

「政治の経験は評議会の者達の方が私よりもずっと上手だからね。私自身話し合いの中で学べる事も多いよ。それに私が主体になってしまえば評議会の中には私が実権を得てしまった事への警戒が大きくなる者もいるだろう。私の意志に関わらず場合によっては私の発言が報復や脅しを示唆するものかと受け取ってしまう者もでてくるかもしれない。だからこそ私自身、立ち回りの距離感には注意が必要だと思う」

 

「ふん……アンタも優等生ね……元はと言えば仕返しされるような事に身に覚えのある真似したあの連中が悪いんじゃない……」

 

アリーシャの言葉にエドナは評議会に対しての嫌悪感を露わにする。その言葉にアリーシャは困ったように苦笑いを浮かべる。

 

「まぁまぁエドナちゃん……アリーシャがイジメられてたのに頭にきてるのはわかるけど本人が穏便にって言ってる訳だしさ」

 

「……は?」

 

「……え?」

 

「別に心配とかしてないわよチャラ男二号。私はただああ言う手合いが嫌いなだけだから余計な解説しないでくれる?」

 

「あー……うん、わかったそういう事にしておく」

 

ぷいと視線を外して顔を背けるエドナに晴人をはじめとした一同は苦笑いを浮かべる。

 

そんな時に別の人物から声が上がる。

 

「で? ランドンのおっさんはいつまで黙ってるつもりなんだ?」

 

一同が視線を向けた先にはランドンと木立の傭兵団団長のルーカスが立っている。

 

だがランドンはむっすりした表情のまま言葉を発しない。

 

「……師団長さんはどうかなさったんでしょうか? さっきから言葉を発しませんが」

 

「もしかして何か怒らせるような事しちゃったかな?」

 

「わ、わかりません。もしや私が何か……」

 

ライラ、スレイ、アリーシャが顔を寄せ合いどうしたものかも話し合う。そんな光景に晴人は苦笑いしながら口を開く。

 

「いや、多分あれはあの会談の時に『後は任せたぜ』的な感じでもう会えない覚悟で立ち去ったのに思いもよらずお咎め無しになってしまって、後になって顔合わせるのが気まずくなってきた的なやつだと思う」

 

そう、意外な事にランドンの処遇はマティアの口添えにより軽いものとなり今後も憑魔への対策に関して関わり続ける事となったのだ。

 

「おいやめろソーマハルト……」

 

ランドンから弱々しく声が発せられる。

 

「そんな事で恥ずかしがるなよ。あのマティアって大臣がこっちに賛同してくれたのはアンタの助力がデカいんだ。あんたが無事に済んだ事を喜んでも揶揄う奴なんて居やしないさ」

 

「その通りですわ師団長さん」

 

「……だが導師達からすれば私といるのはあまり良い気はしないだろう?」

 

何せ以前アリーシャを人質にしてスレイを脅す役割を実行したのはランドンなのだ。

その事に負い目があるのか険しい表情で言葉を零すランドンだが……

 

「それでもその後アリーシャに協力してくれたのも師団長さんだよね? オレは感謝してるよ、アリーシャの力になってくれた事。だからアリーシャが気にしてないならオレはもう気にして無いよ」

 

そう言って笑みを浮かべるスレイにランドンは毒気を抜かれた様に目を丸くする。

 

「ははは相変わらずだなスレイ!」

 

そんな光景にルーカスは笑い声を漏らすが今度は逆にスレイがなんとも言えない表情を浮かべる、

 

それに対してルーカスは表情を引き締めると頭を深々と下げた。

 

「ルーカス!?」

 

その行動にスレイは驚くが……

 

「戦場では悪かった! 助けて貰ったってのに礼の1つも言わずにビビっちまって!」

 

「え……」

 

「ずっと言わなけりゃと思ってたんだよ。命の恩人に対してあんな真似しちまった事。あの時、お前の力を見て、俺は情けねぇ事に敵よりもお前にビビっちまった。本当にすまねぇ!」

 

「いや、でもそれは仕方な……」

 

「仕方なくねぇ!」

 

「ルーカス……」

 

「許して欲しいとは言わねぇさ。だがよ、ここで何もしないなんざ木立の傭兵団の名が廃る。これからは俺もランドンのおっさんと一緒にお前らに協力させてもらうぜ」

 

「ううん、そんな事ないよ。ありがとうルーカス、頼もしいよ。でも傭兵団はいいの?」

 

「心配すんな。今回正式に俺達はハイランド王国に雇われた。憑魔による被害の調査には人手が必要だからな。ランドンのおっさんもマティア大臣から『お前を遊ばせておく余裕は無い』って言われたとよ」

 

その言葉にロゼが反応する。

 

「そう言えば結局私達は今後どうする訳?」

 

その問いかけにランドンが口を開く。

 

「評議会では今後も憑魔への対策や停戦へ向けた話し合いが行われているが姫と導師には主に2つの役割が任されるだろう」

 

「その役割ってのは?」

 

「1つは各地で発生する憑魔の被害に対する対応。こればかりは浄化の力を持つものにしかできないからな。情報収集は我々が行うが要請があった場合は現場に向かって欲しい」

 

ランドンの言葉に続きアリーシャが説明を引き継ぐ

 

「そこに関してはローランスのライト陛下からも同様の事を言われています。なので我々は状況次第でハイランドとローランスを行き来する事になりますね」

 

「既にローランス、ハイランドで連絡を取り合い近いうちに導師スレイに国から正式に『導師』の称号を贈る事になった。そうなれば特別に両国での活動の許可が与えられる事になるだろう」

 

その言葉にスレイは困った様に頬をかく。

 

「うーん……俺は別にそういう称号とか無くても導師として働くよ?」

 

そんな彼にルーカスが口を開く。

 

「スレイ、面倒かもしれないが人間の世の中ってのはそういう役職やら手続きみたいな順序だてたやりとりが必要なんだよ」

 

「まぁ、一種の保証と契約の様なものだ。導師からすれば導師としての活動は善意からのものなのだろうが、そういう一方的で不確かなものは政治に関わる者達からすれば信用し辛いのだ。だからこそ正式に『導師』という役職と協力という形でそちらにメリットを与える事で安心を得たいのだろう」

 

一方的な無償の奉仕というものは時としてそれを受ける側が不安に感じるもこともある。メリット、デメリットを計算して生きている者の中には何かを与え対等となる事で安心できる者もいるのだ。

 

「まぁ商人してる身としては分からなくも無いけどね。美味しすぎる話しは逆に疑っちゃうわけさ。こっちも損得勘定で回ってる業界だしね?」

 

「そういうものかな?」

 

「そういうものなの。後はイメージ戦略じゃない? 導師と対立してる状態でスレイが活躍しちゃったらスレイの人気だけ上がっていく一方で邪魔する評議会の人気はますます落ちるでしょ? ならいっその事、活動をサポートする協力体制を組んで『私達は仲良しでーす!』ってアピールすればスレイの活躍で協力してる評議会のイメージも良くなるって寸法よ」

 

「なるほど、色々な見方があるんだね」

 

そんな人間達の思惑を聞かされても不快感を見せず勉強になったと頷くスレイ。そんな光景を見て晴人が口を開く。

 

「正式に国に認められて活動できるって事はこれまでみたいにコソコソして活動しなくていいし情報が集まりやすいのは便利だが色々気を遣う事になりそうだな」

 

「実際そうなると思う。何せローランスとハイランドの双方に気を配って立ち回らなくてはならないからね。どちらかを疎かにしてしまえば不信に繋がりかねない」

 

「状況によっては二手に分かれてとかもあり得るかもな、俺とアリーシャとザビーダなら別行動もできるだろうし」

 

「それも状態次第では必要ではあるがあまり多様するべきでは無いだろう。ハイランドとしてはやはり導師の動向にはかなり敏感になっている。それでも導師の行動に対して強く干渉して来なかったのは姫が導師と共に行動する事でパイプ役となってくれているという面が大きいからだろう。そういう事もあり今後も姫には導師と共に行動して欲しいという事だ」

 

そういうランドンの言葉に晴人は大きく溜息をつく。

 

「なかなか窮屈なもんだな。国のお抱えになるってのも」

 

「そういうハルトはどうだったの? 元いた場所でも魔法使いとして戦ってたんでしょ?」

 

「俺はあくまで人知れずって感じだったからなぁ……国の組織に所属している仲間もいるけど俺自身はそうじゃなかったし、精々都市伝説やら噂話にされる程度だな……っと、話が脱線したな。で? もう1つの役割ってのは?」

 

その問いかけにランドンは口を開く。

 

「もう1つはやはり災禍の顕主に対してのものだ。出現した場合の対処は導師達にしかできんからな」

 

「はい……ですが……」

 

ランドンの言葉に言い澱むライラ。その意図を察してランドンは言葉を続ける。

 

「姫から聞いた話によると現状では太刀打ちできるか難しいのだったな。だが、導師の試練というものがあるのだろう? それが導師やソーマ・ハルトの戦力の強化に繋がるとも聞いている。可能ならばそちらを優先して災禍の顕主に対する備えとしたい」

 

「ま、それがベストだよな」

 

「現状ではヘルダルフの領域の中でまともに活動できるのはハルトだけだ。万全を期すにはやはりスレイの成長とハルトの失った力を取り戻すというのが今取れる最善の対策だと思う」

 

ランドンの言葉に晴人とアリーシャは頷く。

 

「ハルトが力を取り戻せばアリーシャも実質パワーアップだし一石三鳥だしね!」

 

「いやロゼ……それは……」

 

そう明るく言うロゼだがアリーシャはなんとも言えない表情を浮かべる。それを見てライラが口を開く。

 

「アリーシャさんは私と同様に他の天族の方達が人々に見える様になる事を心配なさっているのですね?」

 

「……はい。そういった事はやはり本人の意思を尊重すべきかと……」

 

そう言ってアリーシャは一瞬エドナへと視線を向ける。人間に対して複雑な感情を抱えてる彼女の様に人に視認される様になる事を望まない者がいるかもしれないと彼女は気遣ったのだろう。

 

それを察して晴人、ライラ、スレイが口を開く。

 

「ま、そこに関しては追い追い考えようぜ。まだ力だって取り戻しちゃいないんだしな」

 

「そうですわね。取らぬ狸のなんとやらと申しますし」

 

「えぇっと、残りの試練神殿の場所ってどこにあるんだっけ?」

 

その言葉を受けてアリーシャは過去のザビーダの言葉を思い出す。

 

「ザビーダ様が仰るには地の試練は『アイフリードの墓場』、風の試練は『ウェストロンホルドの裂け谷』にあり詳しい場所も把握しているとの事です」

 

その言葉にランドンは渋い顔をする

 

「どちらもローランス領か……すぐにでも向かわせたい所だが導師が自由に行き来できるまでにはまだ時間が掛かる。正式に両国に協力する立場となった以上、迂闊な真似はできん。悪いがもう少し待ってほしい……」

 

「となると残るは水の試練か……」

 

「ハイランド領のレイクピロー高地にあるというのはハッキリしているが……」

 

現状自由に活動可能なハイランド領に存在する試練神殿は水の試練だが正確な所在地がハッキリしていない事に一同は表情を険しくする。

 

「ザビーダ、何か知らないのか?」

 

「悪いが水の試練に関してはさっぱりだ」

 

「使えないわねロン毛。なんでよりにもよって一番欲しい情報を持ってないのよ」

 

お手上げポーズを決めるザビーダに毒を吐くエドナ。

 

「というかそもそもなんで風と地の試練の場所は知ってたのさ?」

 

「ん? まぁ、仮にも自分の使う属性と関わってるからな。ちょいと気になって調べてた時期があったのさ」

 

「ん? じゃあ地の試練は?」

 

「昔つるんでたダチが地の天族だったのさ。だからついでに調べてたんだよ」

 

「……ッ!」

 

さらっと告げたザビーダだがその言葉にエドナは一瞬表情を硬ばらせる。

 

「レイクピロー高地か……わかった。こちらでも調査を始めよう。情報は集まり次第伝える。来いルーカス」

 

一方でランドンはそう言って踵を返して出口へと向かう。

 

「え? それならオレたちも……」

 

そう言ってスレイは呼び止めようとするが

 

「先ほども言ったが情報集め程度ならこちらでもできる。無論そちらの行動を強制するつもりも無いが今日くらいは休んでおけ。連日の会議で姫も疲れている筈だ」

 

「そう言う事だ。これまで行ったり来たりで大変だったろ? 今日くらいは肩の力を抜いておきな」

 

そう言って2人は部屋から去って行った。

 

「気を遣わせてしまいましたわね」

 

「まぁいいんじゃないか? 確かにアリーシャはずっと評議会で会議に参加してたし俺達も評議会が俺達の扱いを決めるまでは下手に動けないからアリーシャの屋敷に篭りっぱなしだったからな。今日くらい羽を伸ばしても」

 

「そうですわね。それでしたら私は教会のブルーノ司祭に会ってこようかと思います」

 

ライラの口から出た名前に晴人は首を傾げる。

 

「えぇっと……誰だっけ?」

 

「そう言えばハルトは会ったこと無かったね。まだハルトとアリーシャが出会う前の話だし」

 

「ブルーノ司祭は教会の中でも信仰心の高い方でレディレイクの加護を蘇らせた際に加護天族のウーノ様を祀り信仰を集め加護を維持するのに協力してくれているんだ」

 

そう説明するアリーシャにライラは頷く。

 

「えぇ、ですから良い機会ですので一度お話してこようかと……天族への信仰と理解のある方ですし協力してくれたお礼も直接伝えたいので」

 

「なるほど……あれ? そう言えば結局、天族や憑魔に関しては街の人達にはどれくらい話される事になるんだ?」

 

評議会が天族や憑魔に関してある程度認めてくれた事からその情報がどれだけ開示されるのか疑問に思った晴人はアリーシャに問う。

 

「天族や憑魔に関しての詳細はまだ評議会や今後の対応にあたる一部の関係者にのみ伝えられる事に留まっている。ただでさえ天族や憑魔の持つ力というのは超常的なものだ。加えて目に見えない憑魔の脅威というのは恐怖や混乱を招く事になるだろう。下手をすれば情報が錯綜し民の間で疑心暗鬼による魔女狩りが起きる可能性もある」

 

「天族に関しても理解は薄いからねぇ……なんでも叶えてくれる神様かなんかみたいに誤解されようもんなら姿が見える様になったライラにそういう奴が殺到してきちまうかもしれねぇぜ? それに天族の中には人間に対して良い感情を持ってない奴も少なく無いんだよ」

 

アリーシャとザビーダの言葉に晴人はなるほどと納得する。

 

「だから情報を急に明かしたら混乱は避けられない、先ずはゆっくりと土台作りからってわけか」

 

「そういうこった。人間と天族の関係に関してはゆっくり進めていくしかないだろうさ」

 

「教会は? そこら辺の事、協力してもらえるのか?」

 

その言葉にアリーシャは頷く。

 

「現状ではナタエル大司教に関してはマティア大臣と同様に協力的な立場を取ってくれています」

 

「ま、当然よね。教会の信仰対象の天族が目の前に現れたのだもの。今までみたいに適当な事言って美味い汁だけ吸おうなんてライラ本人の前で仮にも教会関係者が大手を振ってやれる訳無いわ。ざまーみろってのよ」

 

「あ、あははは……まぁ、それでも協力してくれてる訳なんだし程々にねエドナ?」

 

毒を吐くエドナに苦笑いを浮かべるスレイだが一方でミクリオは表情を険しくしアリーシャに問いかける。

 

「アリーシャ、バルトロはどうなんだ?」

 

その言葉にアリーシャは表情を暗くした。

 

「最初の日以降、バルトロ大臣は会議には参加していません。体調が優れないとの事でシモン博士が会議での内容を伝えてくれています。今の所は停戦に関して反対したりはしていませんが……」

 

「口には出してこないが現状には不満タラタラってわけか……」

 

ザビーダがやれやれと言うように溜息を吐く。

 

「正面から文句を言ってこないって事は少なくとも理屈の上ではアリーシャの言い分の正当性は理解できてる筈だが……」

 

「それとは別にプライドの問題って事でしょ……理屈抜きにアリーシャに言い負かされたのが気に入らないのよあの手の手合いは」

 

「やはり私が原因なのでしょうか……」

 

責任を感じてか思いつめた表情を見せるアリーシャだがそれをみた晴人とロゼが口を開く。

 

「世の中いろんな奴がいるもんさ。何でもかんでも自分を責めるもんじゃない」

 

「同感、あの大臣だって頭を冷やせばその内出てくるでしょ。今はそっとしておきなって。こういう時は前向きに行かないと! あ! そういえば私の考えた演出どうだった?」

 

『演出?』

 

ロゼとライラを除く面々から疑問の声が溢れる。

 

「そ、評議会でライラが登場する時の演出考えたんだけど反応どうだった?ほら私は評議会に一緒に行かなかったじゃん?」

 

そう言えば評議会でライラが現れる際に炎を使ってやけに派手に登場したなと一同は思い出す。

 

「なんか派手に登場したと思ったけどアレ、ロゼの案だったんだ」

 

「商売もそうだけど何事も最初の掴みって大切じゃん? だから一発で天族だってわかりやすいようにしてみたんだけど」

 

「まぁ確かにあの登場はインパクトあったかもな。評議会の連中からも天族って事を疑う声が挙がらなかったし」

 

「でしょでしょ! いやー!苦労したんだからアレ考えるの! 神秘的な登場を演出したかったのに中々ライラが自分の案を曲げてくれなくて」

 

「ろ、ロゼさん!?」

 

急にあたふたし始めるライラに一同は興味本意でロゼに質問する。

 

「自分の案って……ライラは何を言ったの?」

 

「それがさぁ……『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃ〜ん』とかなんかそんな台詞ばっかりで……」

 

『…………』

 

その言葉に一同は黙り込む。まぁフレンドリーと言えばフレンドリーだろうが神秘性と説得力などカケラも残さず霧散するだろう。

 

「まぁ、なんというか……」

 

「ライラらしいと言えばらしいけど……」

 

「……センスが」

 

「ガーン!?」

 

「いや、だからライラ……そういうリアクションが古いんだってば」

 

「ふ、古っ!?」

 

いつぞやのやり取りのリプレイの様な一同からの言葉にショックを露わにするライラ。

 

「ら、ライラ様!? 私は悪く無いと思いますよ!? そ、その……親近感が持ち易いですし!」

 

床に手をつき凹むライラに対してアリーシャは慌ててフォローしようと声をかけるがその言葉を聞いたライラが突如目にも留まらぬ速さで両手でアリーシャの手を掴む。

 

ビクゥ!? と体を硬ばらせるアリーシャだがそんな彼女に俯いていたライラは顔を上げる。

 

「本当ですかアリーシャさん!」

 

「は、はい! ライラ様らしくて良いかと……」

 

目をキラキラと輝かせながら問いかけてくるライラにしどろもどろになりながらも答えるアリーシャ。

 

だが、その言葉が藪蛇だった……

 

「嬉しいですわ! そう言ってくださるのはアリーシャさんだけです! は!? そうですわ! それでしたら私とアリーシャさんが融合した時の決めセリフを一緒に考えてみましょう!」

 

 

 

「…………へ?」

 

その言葉にアリーシャの笑顔が引き攣った。

 

「あ、あのライラ様? 何故そのような結論に?」

 

「私のセンスが古いというみなさんのイメージを払拭するチャンスです! これからは私とアリーシャさんも一心同体で戦っていく為にも気持ちを引き締める決め台詞が必要な筈ですわ!」

 

「な、成る程……」

 

「それに実は私、前々からハルトさんみたいな決めセリフというのをやってみたかったんです!」

 

その言葉に一同の視線が晴人向けられる。

 

「え……何? 俺?」

 

いきなり注目を浴び固まる晴人。

 

「そういやお前って決めセリフ毎回言ってるよな」

 

「『変身!』とか『ショータイムだ!』とか『フィナーレだ!』とか『俺が最後の希望だ』とかね」

 

「別にいいだろ。一種の宣誓というか気合い入れてる様なもんなんだから……というかみんなだって技の名前とか叫んでるだろ。それと似たようなもんだって」

 

「いや、俺たちのは詠唱だし」

 

「天響術以外の時も叫んでるだろ」

 

「そこはまぁ……伝統におけるお約束ってやつだよ」

 

「なんだよその伝統って……」

 

「男が細けぇ事をウダウダ言うなよハルト」

 

「いや、この話題振ってきたのお前だからな?!」

 

軽口とツッコミの応酬を繰り返す晴人とザビーダだがそんな2人にエドナが呆れた様に声をかける。

 

「別にどーでもいいけど……アレ止めなくていいわけ?」

 

その言葉に視線を戻すとその先では目を輝かせたライラに早口で色んな台詞案を出されて詰め寄られ、困った様に視線で晴人に助けを求めるアリーシャの姿があった。

 

「困ってるみたいだぜ? ここはひとつ助け舟をだしてやれよハルト先生?」

 

「丸投げかよ……というかあの話題に対して俺にどうしろと?」

 

「そこはまぁアレだ。決め台詞の先輩としてひとつふたつ案を出すとか?」

 

「なんだよ決め台詞の先輩って……」

 

「だから細けぇ事は気にすんなって、ほれ、早く止めないとアリーシャの奴は断りきれずに今出たライラ案の『月に代わってお仕置きよ』が採用されちまうぞ」

 

「この野郎……他人事だと思って……」

 

暴走し始めたライラを止めろと急かしてくるザビーダに晴人は呆れた様にため息を吐くが……

 

「ら、ライラ様!? やはりそういうのはいうのは慣れていない私達よりも言い慣れてるハルトから助言を貰うべきなのでは!?」

 

「たしかに一理ありますわね」

 

「え」

 

アリーシャが発した言葉にライラの矛先が変更された事に今度は晴人の表情は引き攣る。

アリーシャは申し訳なさそうにこちらを見ており責める気にはなれないのだがいきなり話題を振られれば晴人とてポンと決め台詞が出てくる様な人間という訳でも無い。

 

ライラから期待の視線を受けながらも言い淀む晴人。

 

「(決め台詞ねぇ……こうやっていざ振られてみると中々出てこないもんだな……あっ、そうだ)」

 

さてさてどうしたものかと悩んだ末、晴人は自分の知り合いである他の戦士達のものを参考にすれば良いのではという考え至る。

 

「(女の子の戦士で思いつくといえば真由ちゃんか……)」

 

『稲森真由』、晴人と同様に絶望を乗り越え魔法使いである『メイジ』として共に戦った者達の一人であり頼りになる仲間なのだが……

 

「(いや……でも真由ちゃんの決め台詞はアリーシャには似合わなそうだよなぁ……)」

 

___『さぁ、終わりの刻よ!』___

 

普通の高校生だった筈が魔法使いになり戻ってきてからはわりとノリノリでポーズを決め、キメ台詞を言うようになっていた彼女だがどうにもアリーシャがいう姿を想像するとしっくりこない。

 

というか賭けてもいいが確実に似合わない。

 

「(他に女の子は……『フォーゼ』の知り合いの『なでしこ』とか……)」

 

かつて強敵である『アクマイザー』との戦いで共闘した戦士『フォーゼ』の仲間の一人を思い出す晴人だが……

 

「(いや、そもそもアリーシャがアレ言ったら意味わかんないな)」

 

___『宇宙キター!』___

 

どうあがいてもアリーシャが宇宙と関わる事は無いだろうとこの案もボツにする晴人……

 

「(まずい……はやくも女の子の模範例が尽きそうだ……何かないか……何か……)」

 

記憶を強く探り何かないかと答えを手繰り寄せようとする晴人。

 

そして記憶から引き出された決め台詞は……

 

 

 

 

___『そうよ! 私が噂の魔法少女ビースト!(裏声)』___

 

 

「魔法少女……うっ……頭が……」

 

「なぁミクリオ……何かハルトが考え込みはじめたと思ったら苦しみ始めたけど大丈夫かな」

 

「わからない……魔法少女とは一体……」

 

戦友のとある珍場面が頭をよぎり頭を抑える晴人。それを見てスレイとミクリオが冷や汗を流す。

 

「(なんでアレを思い出した俺! いろんな意味でアレだけは無いだろ! というか女の子ですら無いじゃんか!)」

 

晴人は頭を振り再度思考の海へと意識を沈めていく。

 

「(集中しろ俺……余計な事は考えるな! 女の子だ!……決め台詞を言う女の子……)」

 

これでフィナーレだと決意を改め記憶を探る晴人……そして彼はある人物を思い出す。

 

 

 

___『愛ある限り戦いましょう! 命燃え尽きるまで!』___

 

とある人物のアンダーワールドで出会った美少女ヒーロー。

 

可憐で可愛らしく文字通り『美少女』を自称しても差し支えない容姿であり現実世界での再会を約束した人物。

 

そして___

 

 

 

 

___『約束を破るなんてミッ○マングローブが許してもマツ○デラックスが許さないわよ!』___

 

帰還した現実で待ち構えていた『美少女戦士』の『衝撃の事実』を思い出して晴人は膝から崩れ落ちた。

 

 

 

『えぇ……』

 

トラウマによる精神ダメージにより突如膝から崩れ落ちた晴人に一同の若干引き気味で困惑の声が見事にハモる。

 

「『美少女戦士』……『ポワトリン』……うっ……頭が……」

 

「いやどんだけ頭痛くなるんだっつの」

 

「美少女戦士って言葉にトラウマでもあんのかアイツ」

 

「ちょっと、ライラ?チャラ男2号がトラウマ抉られてるわよ」

 

「えぇ!? 私のせいですか!?……でも美少女戦士……少し素敵な響き……」

 

「うっ……!」

 

「あぁ!嘘ですわハルトさん! すいません!この話は終わりにします! しゅーりょーですわ!」

 

苦しむ晴人にライラも罪悪感を覚えたのか決め台詞の話題を自ら打ち切る。

 

「あぁ……嫌なもん思い出した……」

 

「おやおやハルトォ……女にトラウマとはお前さんも割と遊んでる口か?」

 

「……女の子ならどれだけ良かったか」

 

「は?」

 

「いや、なんでも無い……」

 

「お、おう、そうか……」

 

げっそりした表情の晴人に揶揄う様に話しかけたザビーダだが弱々しい反応に流石に表情を痙攣らせる。そんな彼から視線を外した晴人だがその先には……

 

「…………むぅ」

 

「あー……アリーシャ? どうしたんだ?」

 

ジト目でむくれたアリーシャから向けられた視線が晴人を待ち構えていた。気のせいか他の女性陣からの視線もどこか冷たい。困惑しどうしたのかと問いかける晴人だが……

 

「……ハルトは魔法少女や美少女戦士なる女性達とどういう関係なんだ?」

 

「……はい?」

 

「ザビーダ様の言う通り実は結構遊んでいるのか?」

 

「…………」

 

その言葉を聞いた晴人の動きは速かった。

 

ザビーダの首に肩を組む様に手を回すと一同から距離をとり背を向け小さい声で語りかける。

 

「おい! どうすんだ!?俺の評価がお前の軽口で音を立てて崩れてるんだけど!?」

 

「悪い悪い……そうだよなぁ……ウチの女性陣はそういうジョーク通じなさそうだよなぁ……恋愛経験無さそうだし」

 

「どうすんだよこの居た堪れない空気!」

 

「あー……ワリィ流石に悪ノリが過ぎたか」

 

そんなやりとりをする繰り返す二人に背後から声がかかる。

 

ゆっくり振り返る晴人の視線の先にはやはり先ほどと同じようにむくれているアリーシャがいる。その視線に表情を引きつらせた晴人が下した決断は……

 

「……あー!そうだ!スレイ! この後暇か!?」

 

戦略的撤退だった。

 

「え? この後? 特に予定はないけど?」

 

突如話題を振られて困惑しながらもスレイは質問に素直に答える。

 

「なら丁度いいな。ほらこの前俺のバイクに乗ってみたいって言ってたろ?」

 

その言葉にスレイの目が子供の様に輝く。

 

「え!? もしかして!」

 

「おう、折角の貴重な自由時間だし乗り方教えてやるよ」

 

「やった!実はオレ楽しみにしてたんだ!ハルトのバイクに乗れるの!」

 

そう言って笑うスレイに晴人もそれが微笑ましいのか小さく笑みを浮かべる。

 

「なぁミクリオはどうする?」

 

「僕もあの乗り物には興味がある。参加してもいいだろうか?」

 

「あ、それなら俺も参加しようかねぇ。お前もどうだデゼルよお。なんかこの前興味ありそうだったろ」

 

「……いいのか?」

 

「遠慮しなくいいさ、賑やかなのは嫌いじゃない」

 

「そうか……」

 

晴人の言葉にデゼルは小さく微笑んだ。

 

「よし!そうと決まればとっとと行くとしようぜ! 何せ人数多いしな」

 

流石に先ほどの発言は悪かったと感じているのかザビーダは晴人をフォローする様にそそくさと男性陣を連れて外に出て向かう。

 

「じゃ、そういう訳だから夕食までには戻るから」

 

「ミク坊はフラついて事故んないように気をつけろよ」

 

「前にも言ったが足くらい地面に届く! そこまでチビじゃ無いと言ってるだろ!?」

 

ガヤガヤと騒ぎながらも男性陣は素早く扉を閉め去って行った。

 

「逃げたわね」

 

「逃げましたわ」

 

「逃げたね」

 

「逃げました」

 

そんな一連の流れを女性陣はジト目で見送る。

 

「あんな露骨な話題逸らしに気づかずに乗る辺りスレイの事が少し心配になってきたかも……」

 

「というかホントああいうの好きよね男共って……まったくガキなんだから……」

 

「まぁ男性の方は何歳になっても子供らしい所はあるといいますし」

 

呆れた様子の女性陣だが男性陣が去って行った今こちらも手持ち無沙汰なのか解散する空気となる。

 

「では私も教会に行ってまいりますわ」

 

「私は夕食までは部屋で休んでるわ。疲れるのは御免だし」

 

そう言ってライラとエドナもその場を去って行き残されたのはアリーシャとロゼのみとなる。

 

「さぁてあたしはどうしようかなぁ」

 

「ロゼはセキレイの羽の仕事は大丈夫なのか?

 

「ん? ヘーキヘーキ、あたしはここ数日アリーシャの屋敷にいたみんなと違って外で働いてたし今は特に仕事は無いよ」

 

その言葉にアリーシャは若干申し訳無さそうに表情を暗くする。それに気がついたロゼは苦笑した。

 

「そんな顔しなくてもいいって、評議会に従士契約の事を黙っていて欲しいって頼んだのはあたしなんだしアリーシャが気にすること無いんだからさぁ」

 

「それはわかっているんだが……やはり今回のローランスでの会談の成功したのはロゼの協力も大きかった。だからこそ仲間の一人として紹介したかったと言う気持ちはあるし国として何かしらの形で感謝の気持ちを表したかったんだ。押し付けがましい話なのは承知なのだが……」

 

そう、帰還した最初の評議会での会談の際にロゼが参加してなかった事には理由がある。それはロゼ自身が従士契約を結んだ事を内密にして欲しいと頼んだ事だ。

 

彼女はセキレイの羽根という商人ギルドとして活躍している。それが導師の力を分け与えられた従士である事が露見すれば彼女の率いるセキレイの羽根の仕事にも影響が出ると危惧したロゼは自ら会談への参加を辞退し自身が従士である事を伏せる様に一同に頼み、ここ数日はセキレイの羽根として別行動をとっていたのだ。

 

アリーシャもまた自身の立場や今まで評議会からの危険な妨害の数々を考慮しセキレイの羽根を巻き込むのは悪いとロゼの頼みを受け入れ評議会に対しては従士の事は伏せてあくまでロゼとは商人と贔屓の客の関係を装って接触している。

 

だがそれでも根が律儀なアリーシャは心のどこかでロゼの協力を公には無かった事にしてしまう事に申し訳なさを感じていたのだ。

 

「うーん……あたしはあたしの事情で協力してるだけだからその気持ちだけで十分なんだけ……いや待てよ? それなら感謝の気持ちとしてアリーシャにはひと肌脱いで貰おうかな」

 

「!? なんだろうか! 私にできる事ならなんでもしよう!」

 

ロゼへの感謝を何かしらの形で表したかったアリーシャはロゼの言葉に飛びつくように反応する。

 

「ん? いやほら、前にうちのマーボーカレーまんの味に対してのアリーシャのコメントを売るときに使っていいって聞いたじゃん? これからも偶に新商品持ってくるからそれについての評価を聞いてアリーシャが好評だった商品のコメントを売るときに使っても良い?」

 

「……そんな事でいいのか?」

 

ロゼの言葉に拍子抜けした表情を浮かべるアリーシャ。

 

「いやいや物を売るのには結構重要なんだよ? 『あの〇〇も絶賛!』的な謳い文句が生み出す高級感ってさ。……あ、安心して!言ってもいない事を勝手に言った事にしたり無許可でアリーシャの名前使ったりはしないから」

 

「……まぁ、ロゼがそれでいいと言うのなら私は構わないが」

 

「やったね! いやぁ、これは思わぬ収穫ですなぁ! ……あ、そう言えばさ、ハルトはどうなの?」

 

突如ロゼから投げかけられた質問にアリーシャは首を傾げる。

 

「どう、とは?」

 

「ほら、スレイは国から正式に導師の称号が与えられるしあたしは今の約束があるけど、ハルトはなんかあったりしないの? ハルトだって活躍したわけなんだし」

 

その言葉にアリーシャはなんとも言えない表情を浮かべる。

 

「正直に言えばハルトはかなり難しい立場なんだ」

 

「難しいって……?」

 

「彼は元々この国の……いや、この大陸の人間では無い。加えて導師であるスレイの様に第三者の立場でハイランドに協力するのではなく私個人に協力する形で今回のヘルダルフの件に関わっている」

 

「……やっぱり評議会的にはアリーシャに近い人間って事で警戒されちゃってる訳?」

 

アリーシャの言葉にロゼは察しがついたのか渋い表情を浮かべる。

 

「……残念ながらその通りなんだ。評議会としてはやはり私の発言権が必要以上に強まる事には警戒している。ハルトにも導師同様の待遇を与えれば協力して貰ってる私の立場も必然的に更に強まってしまう。だから複雑なんだ」

 

「まぁでも、ハルトは別にそういうのは欲しがらなそうだけどねぇ」

 

「私もそう思う。それに異大陸から迷い込んだ彼にこの国の役職を与えられたところで彼にとって迷惑になりかねないしね……」

 

「けど個人的には何かしらの形で感謝の気持ちは伝えたい……でしょ?」

 

「う……まぁ、その通りだが……」

 

「だったら今日がチャンスなんじゃない?スレイが導師の称号が送られたらまた忙しくなるよ」

 

見透かしたようにニヤニヤしながら問いかけてくるロゼに気恥ずかしさを感じながらもアリーシャは頷く。

 

少しずつ事態の解決に向け進展しているとは言え現状まだ問題は山積みだし何かが明確に解決しているわけではない。たが、だからと言って異大陸から迷い込んだ晴人が無償で協力し続けてくれてくれている事を当然の事だと思えるほどアリーシャの神経は太くない。

 

これから忙しくなりそうだからこそ、ここで一度感謝の気持ちを形にして伝えてもいいのではと彼女なりに考えていたのだ。

 

「で、どうすんの? お金だの高級品だのなんてハルトはプレゼントされても多分受け取らないでしょ」

 

「そう、それなんだ……」

 

実は以前アリーシャはそれとなくそういった話題を晴人にした事がある。結果は彼女の予想通り「必要ない」の一言が返ってきた。

 

「宿代や旅の費用は私の世話になってるからそれで十分だと言われてね……逆に世話になりっぱなしで済まないと謝られた……」

 

「ハルトらしいっちゃらしいけどねぇ」

 

金銭面ではこの大陸で伝手の無い晴人はアリーシャに頼りきりになっている。だが彼自身は不必要な浪費はしないし仮に何か買ってきたにしてもラストンベルのマーボーカレーまんの時のように一緒にいる者たちの分も含めて買ってくる時くらいのものだ。

 

そもそも王族である彼女は自分の国の危機を救って貰うのに命がけで協力してくれる人間に対して旅費や宿泊は自腹を切れなどとは口が裂けても言えるような人間では無いのである。

 

アリーシャ自身人助けに対しては無償の奉仕の精神で行う類の人間ではあるのだが、いざ自分が手伝われる側に回るとなるとどうにも落ち着かない。

 

以前、ルーカスに金銭による保障の重要性を説かれてからは彼女自身、自分の価値観を見直す切っ掛けにもなっていた事もあり彼女なりに色々と考えてはいたのだが結局結論は出さず終いだった。

 

「むぅ……どうすれば……」

 

迷うアリーシャだが……

 

「要は感謝の気持ちが伝えたいってのが一番の目的な訳でしょ?ならそれを一番に考えればいいんじゃない? どのみち高級品は断られるだろうしプレゼントも値段よりも気持ち重視でいこうよ」

 

「気持ち……か」

 

「そうそう、なんか知らないの? ハルトが好きなもの」

 

「とは言っても……」

 

そう言葉を零したアリーシャの脳裏に晴人の言葉が蘇る。

 

「……プレーンシュガー」

 

「え?」

 

「ドーナッツのプレーンシュガーだ。ハルトが好きだと以前ペンドラゴで聞いたんだ」

 

「へぇー、ドーナッツねぇ……プレーンシュガーじゃなきゃダメなの?」

 

「アリシア……私の屋敷のメイドか言うにはプレーンシュガー以外には手はつけないらしい。理由はわからないが」

 

「なるほどねぇ、ならそれで決まりだね」

 

「だが流石に安上がりでは……」

 

「気持ちが大切って言ったっしょ? それに趣味の合わないもの渡されるより食べ物の方が良いって事もあるしね」

 

「そうか、そうなれば早速ドーナッツを買いに行こう。確か市街に話題になってる店が___」

 

そう言いながら出かける準備をしようとしたアリーシャだが……

 

「……は?」

 

「……え?」

 

「何言ってんだコイツ」と言わんばかりのロゼの反応にアリーシャが硬直する。

 

「マジで言ってるの?」

 

「……え?」

 

なんのことかわからないと言わんばかりのアリーシャの反応にロゼは大きく溜息をつきガシリと両手でアリーシャの両肩を掴む。その圧力にビクリと固まるアリーシャ。

 

「あのねぇアリーシャ……」

 

「な、なんだろうか……?」

 

そして___

 

 

 

 

「プレゼントは手造りに決まってるっしょ!!」

 

ロゼの叫びが部屋に響き渡った。

 

「て、手造り? ……私が?」

 

「そりゃアリーシャからのプレゼントだからアリーシャが作るに決まってるじゃん」

 

平然と言い放ったロゼだが、一方のアリーシャは処理が追いつかないのかイマイチ反応が鈍い。

 

「気持ち込めるならやっぱり手造りは一番でしょ。男はそういうのに弱いって言うし。ついでに女子力見せてアピールチャンスだよ」

 

「アピールチャンスとはなんだ……?」

 

「あ、そこら辺まだ無自覚なのね」

 

「ん? なんの話だ?」

 

「気にしないでコッチの話。まぁ兎に角よ、感謝の気持ちが伝えるなら手造りが一番って事よ」

 

ロゼの言葉に首をかしげるアリーシャにまたもやロゼは苦笑いを浮かべつつそう告げる。

だが言われたアリーシャの反応はあまり良くない。

 

「あー……ロゼ? 私はその………れないんだ」

 

「え、なんて?」

 

歯切れ悪くボソボソと話すアリーシャの言葉が聞き取れずロゼは問ひ返す。

 

「だ、だから私は……りが……れないんた」

 

「だから聞こえないって」

 

「料理が作れないんだ! 察してくれ!」

 

恥ずかしそうに顔を赤らめながら自身の弱点を告白するアリーシャにロゼの目が点になる。

 

一応フォローしておくならばアリーシャはお姫様で貴族のお嬢様という点を考えればかなりしっかりしている。

 

幼い頃から勉学に勤しみ武術を習い、騎士団員としての活動もしており浪費癖やぶっ飛んだ金銭感覚も無く屋敷でこそ使用人達の世話になるが身の回りの整理など一人でも大抵はこなせる。

 

だがそんな彼女にも弱点は存在する。

 

それが料理だ。

 

アリーシャの屋敷には様々な事情から使用人は少なく本人も留守にすることが多いのだがその管理の大半を取り仕切っているのがメイドのアリシアだ。

彼女の仕事は食事にも及んでおりアリーシャが屋敷にいる際の食事は彼女が担当しており絶対に譲らない。

 

結果、料理、とりわけお菓子類に関してだけはアリーシャの経験値はほぼゼロなのである。

 

そんな状態でまともなドーナッツなど作れるのか、そもそもドーナッツというのは、どうやって作るのかすらアリーシャには見当がついていないのである。

 

だがそんなアリーシャに優しく声がかけられる。

 

 

 

「しょうがないなぁ……ここは一つ女子力の化身であるロゼさんが助けてしんぜよう」

 

 

かくしてお姫様のお料理珍道中の幕が上がったのであった。




あとがき
アマゾンズ完結編、アニゴジ、クウガ9巻、アマゾンズ外伝、風都探偵三巻、エグゼイド小説と特撮要素が溢れてる五月六月でテンション上がってる今日この頃です

とりあえずみんなクウガ9巻買おう!「振り向くな」でトラウマになったガリマ 姉さんがメインヒロインになってるよ!そして脚本家を見て今後の展開を察して仲良く聖なる泉を枯らそう!

あと、今週のげんとくん俺は好きです(鋼鉄化)


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36話 おひめさま味の道 後篇

よっ!(エボルト並感)

二万字近く書いたのに話が進まない……
今回はギャグと恋愛要素多めの回となります
テンポは大義(ギャグと恋愛要素)の為の犠牲になりました

では最新話をどうぞ


「はい! そんな訳で始まりました!カンタンお料理クッキング! 美女商人ロゼとお料理初心者プリンセス!アリーシャ・ディフダでお送りします!」

 

「ロゼ……誰に話しかけているんだ? あと、お料理とクッキングは意味が被ってる気が……」

 

「ノリが悪いなぁアリーシャは……こういうのはテンション上げて行かないと!」

 

「そ、そういうものなのか?」

 

「そういうものなの。女子力を高める基本だってば」

 

「な、成る程……女子力にはそういうものが必要なのか」

 

場所はアリーシャの屋敷の厨房。

 

髪の色と同じ鮮やかな赤色のエプロンと三角巾をつけたロゼと同じく薄ピンクのエプロンをつけ、いつもと違い髪を後ろで束ね、ポニーテールにして同色の三角巾をつけたアリーシャの二人がそこにいた。

 

テンション高くまくし立てるロゼ。かなりの謎の理屈なのだがアリーシャは大真面目にメモを取っていた。

 

基本的に常識的な彼女だが今回は自分の知識の及ばない領域の為に完全にその真面目さがダメな方向に向かっている。

 

「さて、じゃあさっさと始めちゃおっか。勝手に厨房使ってるのバレると怒られちゃうんでしょ?」

 

「う……多分……アリシアは厨房の使用に関しては例え私にも譲らないと思う。アリシアは今は夕食の買い出しに出かけているし、会談がうまくいったお祝いにと、かなり気合いを入れた料理を作ろうとしていたから買い物にも時間が掛かりそうだし大丈夫……の筈」

 

ロゼの言葉に親との約束を破った子供の様な表情をするアリーシャ。

 

「メイド相手に怯え過ぎじゃない? 屋敷の主なのに」

 

「アリシアは昔からこの屋敷で働いているんだ。私も子供の頃から世話になっていてなんと言うか……頭が上がらないところがあるというか……」

 

「世話になってるお姉さん的な?」

 

「両親が亡くなってから色々あって使用人達も減ってしまったが、それでもずっと私に仕えてくれている者の一人だ。ロゼが言う様な面も確かにあると思う」

 

「そういうの、あたしもわからなくもないかな。セキレイの羽のみんなもあたしにはそんな感じだし……けどもうちょいリーダーのあたしを立てて欲しくもあるけど」

 

「ふふっ……たが、そっちの方が私はロゼらしいと思うな」

 

「あ! なにさなにさ!あたしがリーダーらしく無いって事!?」

 

アリーシャの言葉に頬を膨らませてむくれるロゼ。それを見てアリーシャは慌てて両手を振りながら否定する。

 

「いや! そうではなくて、ロゼには上下関係よりそういう風に親しみやすく接してる方が似合ってるなって意味であって!」

 

「むぅ、まぁそういう事にしておく。そんじゃまあ始めちゃいますかね」

 

厨房のテーブルの上には既に必要なものは揃っている。アリーシャも始めての料理に気合を入れて臨むべく気を引き締めるが……

 

 

 

 

 

 

 

「……ロゼ? 手に持っているソレは一体……」

 

「ん? やだなぁアリーシャ。見ればわかるじゃん。ナイフと算盤だよ」

 

直後、ロゼの持つ明らかに料理と関係の無い代物を視界に収めたアリーシャは困惑しながらロゼに問いかけた。だが当の本人は慌てる事なく当然の様に返答する。

 

そのあまりの自信満々な態度にアリーシャは自分が何か間違っているのかと動揺しながらも再度問いかける。

 

「い、いや……君の持っているものがナイフと算盤なのはわかる! わかるから混乱しているんだ!」

 

当たり前である。

 

ナイフはまだわかる。ドーナッツ作りに必要になるのかはアリーシャにはよくわからないが料理に刃物なら使う事もあるだろう。

だが算盤は絶対に違う。主に商人達が手早く計算をするのに用いる代物だ。間違ってもドーナッツ作りに現れる様な代物では無いことは流石にアリーシャにもわかる。

 

「……ロゼ、君は本当に料理ができるのか?」

 

早くも怪しくなってきた雲行きにアリーシャはロゼに疑いの目を向ける。

 

「な、なにさ!その疑いの眼差しは! できるってば! これでもセキレイの羽のみんなにはあたしの料理は大好評なんだから!」

 

「……ということは君は料理をよく作るのか?」

 

「いやあんまり」

 

「……えぇ」

 

「あぁ!? 疑ってる! 疑惑の眼差しが強まってる!?」

 

「いや、だって……」

 

「決めつけはよくないぞ! 確かに料理はあんまり作らないけど、作った時は大絶賛なんだから!」

 

「そ、そうか……疑ってすまない」

 

両手を握りしめて力説するロゼ。流石の剣幕にアリーシャも失礼たったかと謝罪する。

 

「もう……こうなったら尚の事アリーシャにあたしの女子力を見せてやるんだから」

 

「いや、だが結局のところ算盤は何に使うんだ……?」

 

「ん? もしかして汚いとか思ってる? 大丈夫だよちゃんと料理用の清潔な算盤だから」

 

「料理用!? 算盤に料理用!?」

 

「結構便利なんだよねぇ、捏ねたり千切ったり使えて」

 

「(本当に大丈夫なのだろうか……いやだがロゼのあの目……一切迷いの無い自信に満ち溢れている……私が無知なだけで本当はこれが当たり前なのか……?)」

 

段々と「もしかして私がおかしいのか?」という気持ちが芽生え始めるアリーシャ。

 

「うぅん……だがやはり算盤を使うのはおかしいのでは……」

 

「もう頭硬いなぁ……じゃあ聞くけどさ。アリーシャはどんな武術習ってる?」

 

「え? それが料理となんの関係が?」

 

「いいから答える」

 

唐突な質問の内容の意図が分からず首を傾げるアリーシャだが回答を急かすロゼにアリーシャは取り敢えず答え始める。

 

「一通りは心得はある。武器を持たない状態での護身術、緊急時用の短剣、一般的な長剣、弓も習った」

 

「そんじゃ、ここ一番の戦いには何で挑む?」

 

「それはやはり槍だろう。一番身に馴染んでいるし、一番自信がある武器を使って挑むべきだ」

 

「そう!つまりあたしの算盤もそれと同じ!大切な戦いには一番信用のある使い慣れた道具で挑むわけ!」

 

その言葉でアリーシャに衝撃が奔る。

 

「な、成る程……料理も一つの戦場……己の全霊を持って挑むべきだということか……すまないロゼ、私は料理というものを甘く見ていたようだ」

 

ツッコミ所満載だったにも関わらずお姫様は何を思ったか持ち前の真面目さを発動させロゼの意見に感銘を受けてしまう。

 

「いいんだよアリーシャ。これも女子力を得るための第一歩だから」

 

「あぁ!そうとわかれば!私も全身全霊で!」

 

アリーシャは魔力を発動させ愛用の槍を取り出す。

 

違うそうじゃない。

 

完全に魔力の無駄遣いなのだがツッコミ不在の現状では彼女を止める人間はいない。

 

「お、アリーシャもノってきたねぇ! よっしゃ! いっちょやったりますか!」

 

「あぁ! アリーシャ・ディフダ!いざ参る!」

 

 

かくしてアンコントロールスイッチの入った二人によるヤベーイ調理が幕をあげた。

 

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____________________________________

 

数時間後

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………ごめんなさい」

 

「…………………いや、正直私も人にとやかく言う出来では無かったから……」

 

先程全員が集まっていた部屋。そこでテーブルに座った二人は椅子に座り死んだ目で項垂れている。

 

そんな二人の視線の先、そこにはお菓子用に使用される意匠を施された高級そうな白い皿と、その皿に不釣り合いな皿の上に鎮座した黒い謎の物体があった。

 

焦がしたなどというような生ぬるい表現を通り越して液体と個体が混じり合った真っ黒な物体は明らかにドーナツと呼べる代物ではなく、最早、暗黒物質一歩手前の『でろでろなもの』としか形容する事が出来ない。『豚のエサァァァァ!』も真っ青な出来栄えである。

 

流石にこの結果には2人も試食するまでも無く自分達が失敗した事を悟った。ましてやプレゼントと称してコレを他人に食わせようなどとは口が裂けても言えない。

 

だがそれはそれとしてやはり2人も女の子。別に家事万能な家庭的な女子を目指しているつもりも無いが流石にこの出来は無いだろうと2人揃って自己嫌悪に陥っていた。

 

「なんだろうね……この気持ち……」

 

「あぁ……武術の稽古で負けた時を遥かに凌駕する敗北感だ……私はもしかしたらもっと女子力なるものを鍛えねばならないのでは……」

 

「同感……でもおかしいなぁ……確かに今まで失敗した事とか無かったんだけど……ホントごめんデカイ口叩いたのに……」

 

「いや、いいんだ。そもそもロゼが相談に乗ってくれたからこそ何をすればいいのか定まったんだ。後の事は結局は私自身の失態だ」

 

申し訳なさそうに謝るロゼだがアリーシャは首を横に振り小さく笑みを浮かべてその言葉を否定する。

 

「いや、だけど結局プレゼントは作れなかったしさ……」

 

既にタイムリミットは過ぎている。もう少しすればアリシアも帰ってくるだろう。となれば今回の手作りドーナッツの件は保留になるだろう。

 

今後の事を考えれば今回の様な時間も余り取れないであろうし、次のチャンスがいつになるかもわからない。

 

「確かにそれは残念だが……」

 

そう言い淀むアリーシャだがその時部屋の扉が開かれた。

 

「いやぁ、楽しかったぁ!」

 

「大満足だな導師殿。まぁ確かにアレで風を切って走るのも悪くねぇ」

 

「バイクか……確かに悪くは無かった」

 

「ミク坊は事故りかけたけどな。やっぱ身長の問題かね」

 

「身長には何も問題なかっただろ!ただ少し慣れなくて驚いただけだ!」

 

「ま、楽しんでもらえたなら良かったさ」

 

ワイワイガヤガヤとバイク体験を終えた男性陣が賑やかな様子で屋敷へと帰ってきた。

一同、反応は上々であり晴人の愛車のウケは悪くなかったらしい。特にスレイは満面の笑みを浮かべている。

 

「ただいま帰りましたわ」

 

「まったく……喧しいわよアンタら。ゆっくり休めやしない」

 

更にそこへ教会から戻ったライラと先ほどまで眠っていたのか男性陣の声に目を覚まされ不機嫌そうなエドナも部屋へとやってくる。

 

「あ、戻ってきたんだ。どうだった?ハルトのバイクは?」

 

「そりゃもう最っ高!」

 

「ライラ様はどうでしたか? ブルーノ司祭と話されたのですよね?」

 

「最初は驚かれて少し戸惑っていましたが、私自身の口から協力してくれた事への感謝も伝え、今後の事に関しても話し合えました。とても有意義な時間でしたわ」

 

「そうですか。それはなによりです」

 

それぞれ満足気な2人にアリーシャは釣られて笑みを浮かべるが……

 

「そういやおふたりさんは何をしてたんだい? 珍しい組み合わせだけどよ」

 

そんなザビーダの言葉にアリーシャの笑顔が引き攣る。

 

「というか……さっきから気になってるんだけど……何よソレ」

 

続くエドナは気がついていたのかテーブルの上に置かれた例の物体へ視線を向ける。それに釣られて一同も例の物体の存在に気がつくが……

 

『…………』

 

誰一人言葉を発しない静寂。

 

いや発さなくてもアリーシャにはわかる。「(え、ナニコレ?)」と全員の気持ちがひとつになっている事に。

 

これがもし焦げたドーナツ程度なら「料理失敗したの? 」から話を切り出しフォローするなり茶化すなりできるだろう。

 

だがテーブルの上にある物体はそんな生易しいものではない『でろでろなもの』である。もはや失敗した料理という認識が初見の人間にできるだろうか。

 

いやできない。

アリーシャには断言できる。何故ならもし自分が何も知らずにコレを見たら料理と認識できないだろうから。

 

「あの……アリーシャ?」

 

「ど、どうかしただろうかスレイ?」

 

そんな彼女にスレイからおずおずと声がかかる。どうしたのかと動揺を隠しながらもアリーシャは返答するが……

 

「あのアリーシャ……もし嫌な事があったのなら遠慮なく頼ってよ。オレたち仲間なんだから」

 

「…………はい?」

 

真面目な顔でそう告げたスレイに対してアリーシャは目が点になり間の抜けた声をこぼす。

 

「そうですわ、確かに和平に向けた話し合い自体はひと段落しましたがアリーシャさんに掛かる重責はこれからも変わりません。ストレスを溜め込むのは良くありませんわ」

 

「え、いやあの……」

 

「アリーシャは責任感が強いがあまり溜め込み過ぎるのは良くないと僕も思う」

 

「え? ……え?」

 

スレイ、ライラ、ミクリオの3人から割と本気で優しい心配の言葉をかけられアリーシャは困惑する。

 

「あの……急にどうしたのでしょうか?」

 

素直に疑問を口にするアリーシャだが……

 

「え、だって……」

 

「アレを見たら……なぁ?」

 

「ですわよねぇ?」

 

そう言って3人はテーブルの上の『でろでろなもの』へ視線を向け……

 

『ストレス発散に怪しい儀式に手を出したのかと……』

 

3人が口を揃えて飛び出した言葉にアリーシャの顔が羞恥で赤く染まった。

 

「う……うぅぅぅ……」

 

「あぁ!?アリーシャ!?」

 

「アリーシャさん!? やはりストレスが!?」

 

「くそ!もっと早く気づいてあげていれば!」

 

失敗料理を怪しい儀式と思われた羞恥に頭を抱えうずくまるアリーシャ。

 

そんな彼女を心配し声をかける3人だがその真面目な優しさがさらに追い討ちとなり彼女の心へとグサグサと突き刺さっていたりするのである。

 

そんな勘違いコントをして盛り上がっている四人組を傍目に晴人やザビーダは少し離れた場所へとジリジリと距離をとっていたロゼへと話しかける。

 

「で? 実際のところどうしたんだアレは?」

 

「流石に怪しい儀式の線は無いと思うがアレだけじゃよくわかんねぇのも確かだぜ」

 

「え……いやぁその……あはははは……」

 

二人の問いかけに乾いた笑いで誤魔化すロゼ。

 

「というかお前、まさかとは思うが何か余計な真似をしたんじゃ……」

 

「う……」

 

デゼルの問いかけにビクリと反応を見せるロゼ。そして観念したように彼女は口を開く。

 

「はいそうですぅ!全てあたしのせいですぅ! あたしの仕業ですぅ!」

 

ヤケクソ気味に答えるロゼ。そんな彼女に晴人は落ち着いたまま問いかける。

 

「いや別に責めやしないけどさ。というか本当に何があったんだ?」

 

「うぅん……そんな大層な話でも無いんだけど言い辛いというか、あたしの口から勝手に言っていいのかなぁというか……」

 

歯切れの悪いロゼの言葉に晴人は首を傾げる。

 

「よくわからないんだけど……?」

 

「えぇっとその……実はね?」

 

アリーシャには悪いと思いながらもあらぬ誤解を生まぬ様にロゼは心の中で謝罪しつつ今回の真相を晴人とザビーダに説明する。

 

「プレゼントって……俺に?」

 

そんなロゼの説明を聞いた晴人は全く予想していなかったというように驚いた表情を浮かべた。

 

「別に驚く事じゃないでしょ。今回の件が上手くいったのはハルトの協力によるところだって大きいんだし」

 

「といってもな、別に俺一人で何とかした訳でも無いし」

 

「ハルトの場合、他の大陸から迷い込んだのにそのまま協力して貰ってる訳でしょ? アリーシャもその事に対して色々思う所があったんだよ」

 

「いや、だからそれは俺が……」

 

「ハルトにはハルトの魔法使いとしての信念があるのはわかってるよ? でもだからってアリーシャは、はいそうですかって済ませられる様な性格してないのだってわかるでしょ? 」

 

「それは……まぁ」

 

「だからアリーシャはせめてアリーシャ個人としてハルトに一度しっかりお礼をしたかったんだよ。結果に関してはまぁ……ごめんなさい……」

 

そう行ってがっくり項垂れるロゼ。

 

「そっか……アリーシャが」

 

だが晴人は表情を緩め小さく笑みを浮かべ何かを噛みしめるかの様にそう小さく零すと踵を返してテーブルの方へと足を運ぶ。

 

「ハルト……?」

 

その行動に気がついたアリーシャが反応するが晴人はテーブルの前で止まるとその上にある『でろでろなもの』へと視線を向ける。

 

「あ……その……それは……」

 

失敗したという自覚はあるが流石にプレゼントする予定だった本人にそれをまじまじと見られるのはアリーシャとて恥ずかしい。

しかしなんと声をかけるべきか躊躇い言葉がうまく出てこずにしどろもどろとなる彼女だがその反応は次の晴人の行動ですぐに塗り潰された。

 

「は、ハルト!? 何を!?」

 

なんと晴人は目の前の皿にのせられた『でろでろなもの』を手に取るとヒョイと軽い調子で口に運びパクリと食べてしまったのだ。

 

ガリ、グチャ、ガリと柔らかいのやら硬いのやらわからない音が彼の口から零れるがアリーシャはその行動に驚き固まってしまう。

 

そんな彼女の反応に構わず晴人は勢いよく『でろでろなもの』を食べ切りゴクリと飲み込んでしまった。

 

そして……

 

 

「あー……まぁ確かにお世辞にも美味しいとは言えないなこりゃ」

 

その口でハッキリと食べた感想を述べた。

 

「あ……その……済まない……」

 

その言葉にアリーシャは自身の未熟を痛感して落ち込んだ様子を見せる。

感謝を伝えるどころか気を遣わせてしまった。きっと迷惑だっただろうと。

 

だが……

 

 

 

「だからさ、次は頼むぜ?」

 

「え?」

 

その言葉にアリーシャは意表を突かれたのかポカンとした表情を浮かべる。

 

「今回は確かに失敗だったけど今度はとびっきり美味しいのを期待してるって事さ」

 

「いや……だがこんな私の手作りなんて君に迷惑じゃ……」

 

そう恐る恐る問うアリーシャに晴人は軽い調子で返答する。

 

「そんなわけ無いさ。寧ろ俄然やる気が出てきたよ。美味しいプレーンシュガーのために戦争もヘルダルフの件もとっととフィナーレにしてみせるさ。だから楽しみにしてもいいか? 全部ケリをつけたら絶品のプレーンシュガーをさ」

 

そう言って微笑む晴人。

 

「わかった……頑張るよ。だから、楽しみにしていてほしい」

 

それを見たアリーシャもつられる様に微笑みを浮かべ暖かい雰囲気がその場に流れるが……

 

 

『な、なんじゃこりゃああああああああ!?』

 

突如部屋の外から大音量の女性の声が女性が出してはならない様な台詞で飛び込んできた。

 

 

 

「な、なんだ!?」

 

驚いたのかビクリと肩を震わせるスレイ。

 

「今の声……確かメイドのアリシアちゃんじゃねぇの?」

 

「どうやら厨房の方でなにかあったようだが?」

 

 

「「……あ」」

 

女性の声に鋭いザビーダと何故か声の発生場所を察しているデゼルの言葉にアリーシャとロゼの口から同時に声が漏れる。

 

「お二人とも何か心当たりでも?」

 

その反応に首を傾げるライラだが2人は無言のまま表情を引攣らせる。

 

「ま、まずい……厨房……まだ片付けていない……」

 

その言葉に一同も表情が引き攣る。何せ作られたドーナツが『でろでろなもの』として出来上がった調理だ。厨房が無事なはずが無い。

 

「そ、その……取り敢えず謝ってきた方が良いと思うよ?」

 

「同感だ。それも今すぐに」

 

苦笑いでそう告げるスレイとミクリオにアリーシャは素早く反応する。

 

「わ、悪いがそうさせてもらう!」

 

そう言ってアリーシャはすぐさま部屋から駆け出していく。

 

「あ、あたしも……!」

 

それに続く様にロゼも駆け出そうとするが……

 

「まぁ待て」

 

「ぐぇ!? ちょっ!? フードから手を離してくんない!?」

 

駆け出そうとした直後デゼルにより上着のフード部分を掴まれおもいっきり首が閉まり潰された様な声を出したロゼはその元凶であるデゼルに涙目になりながら文句を言おうとするが……

 

「当然謝りには行かせるがお前は先にこっちで説教だ」

 

「へぇあ!? な、なんで!?」

 

「元はと言えばお前の適当な行動が原因だ。キッチリと反省させる」

 

「だから! 今回はほんとうに調子悪かっただけなんだって! 今まで本当にミスった事とか無いんだってばぁ!」

 

「やかましい! いいから来い!」

 

「ちょ!? 手を離して!? 首絞まってる!締まってるからぁぁぁぁぁ!」

 

フードを引っ張り引き摺られながら部屋から退場していくデゼルとロゼ。

ドタバタした一連の流れを残ったメンバーは苦笑いしながら見送った。

 

「ふぃー……」

 

「おつかれさん。もう我慢しなくていいんじゃね?」

 

そう言ったザビーダの言葉と共に晴人はふらり倒れるように体勢が崩れる。それを隣に立つザビーダが支える。

 

「おっと! いやぁ、アレを食ってみせるとはナイス根性だなハルト?」

 

「ちょっ!? ハルト!大丈夫!?」

 

「まぁ、たしかにアレを食べてただで済むとは思っていなかったが痩せ我慢だったのか……」

 

やはりと言うべきか、実は晴人、でろでろなものを食べた事によりキッチリダメージを受けていた。アリーシャの前では痩せ我慢していたのだがザビーダは察していたらしい。

 

スレイとミクリオは心配しつつも椅子を差し出し晴人を座らせて休ませる。

 

「はぁ……何をやってるんだか」

 

呆れた様にため息を吐くエドナ。だがザビーダは肩をすくめる。

 

「わかってないなぁエドナちゃん。男ってのは例え死ぬとわかっていてもやらなきゃならない時ってのがあるんだよ。特に女の涙と食い物絡みはな」

 

「……オイ、勝手に殺すな」

 

軽口を叩くザビーダに弱りながらもツッコミを入れると晴人だがエドナは変わらずに言葉を続ける。

 

「お世辞も結構だけど自分の首を絞めるわよ? 適当なことを言って今回で終わりにしておけばよかったでじゃない。それをなんでわざわざまた食べる約束までするわけ?」

 

呆れた調子のままそう言うエドナだが……

 

「別にお世辞で言った訳じゃ無いさ。本当の気持ちだよ。プレゼントをしようとしてくれたアリーシャの『心』が嬉しかったし頑張ろうって思えた」

 

その言葉にエドナ少し驚いたのか意外そうな表情を浮かべる。

 

「それと、楽しみなのも嘘じゃ無い。アリーシャはちゃんと自分の未熟さと向き合う事のできる娘だからな」

 

そう言って微笑む晴人だが……

 

「あ……でも今回はやっぱ想像よりダメージが……」

 

そう言ってふらりと晴人は倒れてしまう。

 

「ちょ!?ハルト!?」

 

「まずい!? やはりダメージが深刻だ!?」

 

「は、ハルトさん!? す、すぐに回復術をかけますわ!?」

 

「……お前の生き様確かに見せてもらったぜハルト」

 

「……だから……勝手に殺すな」

 

倒れた晴人とワイワイと騒ぎ始めた一同、それを見てエドナはもう一度小さくため息をつく。

 

 

「はぁ……男ってホントバカ……」

 

 

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一方その頃厨房では。

 

 

「アリシア……その……すまなかった」

 

「別に怒ってなどいませんよ? えぇ、この屋敷の主はアリーシャ様ですから? 例え厨房が爆発事故の様な惨状となっていたとしても? メイドである私がアリーシャ様に怒るなど……そんな事があるわけがありません。えぇそうですとも」

 

「嘘だ絶対怒ってる」無表情の平坦な声で厨房を片付けるメイドに対して内心でそう思いつつも今回は完全に自分に非があるためアリーシャは黙って片付けを手伝う。

 

「アリーシャ様? 片付けでしたら私が」

 

「いや、大した事はできないが手伝わせてくれ。今回は完全に私に非がある」

 

そう言ったアリーシャに続きアリシアに声がかけられる。

 

「ゴメンねメイドさん。今回はあたしの監督不足であたしの責任だからアリーシャは悪くないから」

 

そう言った人物。ロゼもまたアリーシャとともに片付けの手伝いをしていた。

 

「……まぁ、貴方方はアリーシャ様の客人であり恩人ですから責めるつもりもありませんが……できるのであればこの様な事は今回限りにしていただきたいです」

 

「はい……誠に申し訳ありません」

 

「私からも……すまなかった」

 

そう言って頭を下げる二人にアリシアは小さく笑うと先程までとは打って変わった明るい声で話し始める。

 

「はい、謝罪は確かに受け取りましたのでこの話はここまでとさせていただきます。では、手早く片付けてしまいましょう。今日はアリーシャ様の仕事もひと段落したお祝いに豪華にしたいですし。導師殿やあの伝承に伝わるライラ様達もいらっしゃいますから」

 

その言葉にロゼは目を輝かせる。

 

「ホント! いやぁ、それは楽しみですなぁ!」

 

そう言って喜ぶロゼだが、片付けを続けてしばらくすると今度はアリシアから二人へと声がかけられる。

 

「それにしてもお二人は何故、厨房を使おうと? アリーシャ様は正直、今までそういった事に興味は持っていなかった印象だったのですが」

 

長年この屋敷で働いているアリシアからすると今回のアリーシャの行動はかなり意外だったのかその理由を二人に問いかけてくる。

 

「ん? それ聞いちゃいます? 実はアリーシャは人生初の手作りお菓子ってやつに挑戦してみようとしてたんだよね」

 

「手作りお菓子? それが何故これほどの惨状に……? ロゼ様、お言葉ですが本当に料理ができるのですか?」

 

「あれぇ!? 藪蛇!? デゼルからもあの後メッチャ怒られたしあたしの料理への信用低すぎない!?」

 

「この結果を見ればいたし方無いかと」

 

「クール! クールに一刀両断だよ!容赦無しだよこの人! だからホントなんだって! 今まで失敗とかした事無いし味も好評だったんだってば!」

 

「ロゼ様、できないことをできないと言えるのは恥ではありませんよ」

 

「あるぇ!? あたしもしかして優しく諭されてる!? ホントなんだってば! もう集中し過ぎてて料理を始めたと思ったらいつのまにか料理が完成してるくらいなんだから!」

 

「……お祓いをしてもらった方がよろしいのでは?」

 

「まさかの料理人の悪霊憑依説!?」

 

漫才じみたやり取りを始めた2人。それを見てアリーシャも苦笑する。

 

「は、ははは……まぁ人によって色々あるのだろうし……多分……おそらく」

 

「あぁ!? アリーシャも半信半疑に!? デゼルのやつもやれ素人が余計な事をするなとか怪我したらどうするとか説教してくるしなんなのさ!」

 

「ま、まぁデゼル様はロゼを心配して言っているのだろうし」

 

「過保護過ぎだっつーの! アイツはあたしのお母さんか! 全く……『あたしが仲間入りする前もあんな調子じゃみんなも大変だったんじゃないの?』」

 

 

 

「……え?」

 

その言葉に苦笑していたアリーシャの表情が固まる。

 

「ん? どうかしたの?」

 

その反応に、キョトンとした表情を浮かべるロゼ。

 

「いや、ロゼはその……デゼル様と長い付き合いなのではないのか? なにかと心配されているし仲も良くみえたから私はてっきり……」

 

「え? いやいや、だって私が天族が見えるようになったのはヴァーグラン森林でスレイ達と出会って憑魔の事件に巻き込まれた時だよ? というか天族が見えるようになった時には既にデゼルのやつはスレイ達と一緒にいたし」

 

その言葉にアリーシャは内心で戸惑いを露わにした。

 

「(どういう事だ? スレイ達がロゼに出会ったのはヘルダルフとの戦いの後に戦場からヴァーグラン森林に退避した時の筈だ。少なくとも戦場にいた時はデゼル様はいなかった筈……)」

 

アリーシャはその親しさからてっきりデゼルはロゼの関係者かと思っていた。だが当の本人はスレイの仲間が出会ってからなぜかやけに世話を焼いてくると認識している。

 

「(そういえばデゼル様に関しては私は何も知らないのか)」

 

旅に同行する理由を話そうとしないエドナですらその理由の断片はこれまでのやり取りの中で垣間見えた。だがデゼルに関してはアリーシャは何故この旅に同行しているの全く知らない。

 

「(そう言えばこれまでにも気がかりになる事はいくつかあった……)」

 

ロゼに対してデゼルが他の者より感情を見せやすいのはこれまでも見てきただがもう一つアリーシャには引っかかっていた事があったのだ。

 

「(ロゼがデゼル様の風の神衣を纏った時に溢れる力。他の神衣の時よりも明らかに大きく感じた)」

 

ロゼは霊応力に関しては間違いなく高い資質を持っている。何せ従士でありながら神衣を使えるのだ。その才能が非凡なのは明らかである。

 

だがそれでも、やはり導師であるスレイと比較すれば神衣を纏った際に感じる力はスレイには一歩及ばない様にアリーシャは感じていた。

 

だが風の神衣に関しては話が違う。風の神衣を纏った際にアリーシャがロゼから感じた力はスレイと同等、或いは僅かだが勝る程のものだった。

 

「(体質的な問題なのだろうか……それともデゼル様には何かロゼとの間に何か……)」

 

疑問が疑問を呼びアリーシャの意識は思考の海に沈んでいきそうになるが……

 

「話が脱線してしまいましたね……それで、結局アリーシャ様は何故お菓子作りを?」

 

「あ、そうそうその話だった。実はね、アリーシャがハルトにプレゼントをしたいって言うから……」

 

話の脱線を修正したアリシアにノリノリで乗っかったロゼ。しかしその言葉を聞いた途端アリシアの表情を固まった。

 

「め、メイドさん? どったの?」

 

その反応にロゼも戸惑いを見せるが……

 

「あ、あのウネウネ男ッ!? 私の目の届かない場所でそれほどまでにアリーシャ様の好感度を上げていやがったのですか!?」

 

「う、ウネウネ男……?」

 

「ハルトの事らしい。詳しくはわからないが」

 

急に謎のスイッチが入ったメイドの反応に若干引き気味のロゼと頭を抱えるアリーシャ。だがスイッチの入ったメイドさんは止まらない。

 

「アリーシャ様! 早まってはなりません! アリーシャ様はこれまで政治と騎士道で頭がいっぱいだったから男性慣れしていないだけなんです!」

 

「何の話をしているんだ!?」

 

「だって自称魔法使いの定職を持っているのか怪しいチャラ男ですよ!? 世の中狙うならもっと良い殿方がいますって!」

 

「ッ〜〜!?!?」

 

その言葉の意味を理解してアリーシャの顔が真っ赤に染まった。

 

「ち、違っ!? これはそういうのじゃなくて純粋に恩人であるハルトに感謝の気持ちを伝えたくて」

 

「……まぁ正直ホントにそれだけ?とはあたしも思ってた」

 

「ロゼ!?」

 

まさかのロゼの裏切りにアリーシャは驚きながら更に顔を赤くする。

 

「アリーシャ様はディフダ家の跡取りなんですよ! あまり貴族としての立場に執着が無いのは存じておりますがそう言った事はもう少し慎重になるべきです! 一歩間違ったらヒモを養う都合の良い女という肩書きを背負う羽目になるんですよ!」

 

本人の預かり知らぬ場所でボロクソに言われる晴人。世の為人の為に命を懸けて怪人と戦っているとは言えテレビシリーズ全編通して勤労描写の全くない男に世間の目は厳しいのである。

 

「ひ、ヒモってそんな大袈裟な……」

 

「いいえわかっていません! アリーシャ様もこれを読めばヒモを養う事の過酷さを理解できるはずです!」

 

「いや、だからそもそもハルトは別にヒモじゃ……というかその本は……?」

 

どこからともなく取り出された本にアリーシャは困惑しながらもその表紙に書かれた字を読む。

 

「『尼損済(あまぞんず) 第2章やがて星がふる』……? 何だこれは……」

 

「あ、それ知ってる。今、巷で女性を中心にバカ売れしてる小説でしょ」

 

「その通り! エリート職に就いていながらもその仕事を辞めてヒモになった男を支える女性の奮闘を描いた作品です! 第2章では主人公の女性の妊娠から更なる波乱の展開が……!」

 

「……いや、流石に創作物のしかもそんな極端な例を出されても困るのだが」

 

「というか、じゃあメイドさん的にオッケーな条件ってどんなのさ」

 

ロゼのその言葉にアリシアは目を輝かせる。

 

「そうですね……まずやはり社会的な地位は大切ですので商会を取り仕切る会長くらいの立場は欲しいです。性格も教養があり思慮深く紳士的で自分の地位をひけらかさない様な優しい人が良いですね。加えて年上でダンディな声で背も高くて身体も鍛え上げられていて腕っ節にも自信があってそれでいて料理等の趣味を持つ意外な一面も……」

 

「やけに具体的だな。というかそれはアリシアの趣味なのでは?」

 

「つーか、いないよそんな理想の塊みたいな人」

 

メッチャ早口でまくしたてるメイドさんに2人の反応は意外にも冷ややかだった。

 

「失礼な! きっといますよ! 世の中は広いんですから!」

 

「いやいやいないって、設定積み込み過ぎだってば。というかメイドさんも偉そうな事言ってるけど実は恋愛経験無いでしょ」

 

「確かに私もアリシアにそんな相手がいるとは聞いたことが無いな」

 

「グハァ!?」

 

割と容赦の無い2人の言葉にメイドさんは大ダメージを受けた。

 

だがそれによりスイッチが入ったのかメイドさんの勢いは更に増し結果として片付けは難航し夕食の時間は遅れるのである。

 

女性が集まれば姦しいのはどこの世界も変わらないのだ。

 

 

__________________________________________

__________________________________________

 

 

「ここは……また夢の中なのか?」

 

厨房での片付けを終えその後、無事仲間たちとの夕食を楽しみ、久しぶりに早い時間帯での就寝を迎えた筈のアリーシャは気づけばまた知らない場所で目を覚ました。

 

アリーシャも慣れてきたのかそれがこれまでにも何度かあったハルトの記憶の世界である事を察する。

 

ここはどこだろうと辺りを見回すとどうやら公園の様で様々な人々が行き来している。

 

そんな時、アリーシャの耳に聞き覚えのある声が届いた。

 

『お父さん、お母さん! あそこでドーナツが売ってるよ!』

 

声の方向へと視線を向けると、そこには以前の記憶で見た子供の頃の晴人の姿があり、その後ろには同じく以前見た彼の両親の姿があった。

 

「ハルトの子供の頃……いや、以前見た記憶より少しだけ幼く見えると言うことは更に昔の記憶か」

 

以前見た晴人の子供の頃の記憶。おそらく彼の両親はあの時に亡くなったのだろうということはアリーシャも察してはいた。

 

と、すれば彼の両親が存命のこの記憶はあの時に見たものより前のものだと推測できる。

 

子供の晴人は公園の一角でドーナツの露店営業があるのを見つけて嬉しそうに駆け出し、それを見た彼の両親は顔を見合わせ苦笑すると早足で彼を追うように歩き出す。

 

『晴人、そんなに走ると転んじゃうわよ』

 

『大丈夫だって! 母さんは心配性だなぁ!』

 

母親の言葉に笑顔で返す少年の晴人はドーナツが売られている店へとたどり着いた。

 

『お、いらっしゃい! 坊や、ドーナツを買いにきたのかい?、ウチの店は色々揃ってるよ! 特にオススメなのはこのクリーム入りでチョコにコーティングされた……』

 

『プレーンシュガーください!』

 

店員のセールストークを遮り少年の晴人はプレーンシュガーを注文する。

 

『おっと、これだけ品揃えがある中であえてプレーンシュガーとは珍しい子だねぇ』

 

『ふふ、ウチの子はプレーンシュガーが大好物なんですよ。初めて買ってあげた時から気に入っちゃってプレーンシュガー一筋でねぇ』

 

意外そうな表情を浮かべる店員に追いついた晴人の父親は楽しそうに笑いながら答えながら料金を支払う。

 

『まいどあり!』

 

「ハルトはこの頃からプレーンシュガーがすきだったのか」

 

そんな微笑ましい光景をアリーシャは柔らかな表情を浮かべながら見つめる。

 

そしてドーナツを購入した晴人は近くにあるベンチに座ると購入したばかりのドーナツにその小さい口で噛り付いた。

 

『晴人は本当にドーナツが好きねえ』

 

母親はそう言いながら優しく晴人を見つめる。

 

『うまいか?』

 

父親はそう言いながら満足げに笑う。

 

そんな両親に心からの満面の笑みを浮かべて喜ぶ晴人。それを見てアリーシャはある事に気がつく。

 

満面の笑みを浮かべドーナツを食べる少年の晴人の視線はドーナツではなく自分へ微笑む両親に向けられている事に。

 

「もしかしてハルトは……」

 

最初は大好きなドーナツを食べれて喜んでいるのかと思った。だけど彼の視線と笑顔が向けられた先にあるのは両親の優しい笑顔で……

 

「あぁ、そうか……」

 

ドーナツは美味しいのだろう、プレーンシュガーが大好物なのも本当なのだろう、だけどきっと少年の晴人が心の底から幸せそうに微笑む理由は他にある。それはきっと……

 

『すっごい美味しいよ! ありがとう! お父さん! お母さん!』

 

『そうか!美味しいか!』

 

『ふふふ、本当に晴人は幸せそうに食べるわね』

 

ドーナツを美味しそうに食べる自分を優しく見つめる両親の笑顔が彼にとって何よりも嬉しかったから……

 

「私もそうだったな……」

 

その気持ちをアリーシャはなんとなく理解できた。

 

彼女もまた晴人同様に両親を早くに亡くし生きてきた。

 

そして教育係を担当する事になったマルトランに憧れて彼女と同じ騎士の道を志し槍術の師事を受ける事となる。

 

マルトランの指導は厳しく涙を流した事は一度や二度では無い。それでも根を上げずに必死に食らいつき少しずつ腕をあげた彼女はある日初めてマルトランとの模擬戦で一本取ったのだ。

 

勿論マルトランは本気ではなく手加減はしていただろう。だが、だからと言ってご機嫌とりの為にわざと負ける様な人物では無い事はアリーシャは知っている。

 

初めて一本取ったアリーシャにマルトランは初めて柔らかく優しい笑顔を向けてこう言った。

 

『よくやったなアリーシャ。流石は私の弟子だ』

 

腕を上げた実感は嬉しかった。初めて一本取れた事実も嬉しかった。だけどその時アリーシャにとって一番嬉しかったのは自分の成長を喜んでくれた師の笑顔で……

 

それから彼女は更に努力を重ねる様になった

 

 

きっと同じなのだ。晴人にとってのプレーンシュガーは心の底に刻まれた大切な思い出の味であり、自身を支えるものの象徴の一つなのだろう。

 

 

「次にちゃんとしたものが渡せる様に頑張らないとな……」

 

今見た記憶の中の晴人と同じくらい彼が喜んでくれる様なドーナツをプレゼントできるように頑張ろう。

 

彼女がそう決意を新たにした瞬間、辺りの景色が切り替わった。

 

 

「今度は……海辺……?」

 

その場所には見覚えがあった。以前晴人の記憶でコヨミと呼ばれる少女に指輪を渡していた場所だ。

 

「今度はいった……い」

 

戸惑いながらも振り向いた視線の先、そこにある光景にアリーシャは思わず固まった。

 

何故ならその視線の先には……

 

 

 

 

 

「は、ハルト……?」

 

 

コヨミと呼ばれていた少女を後ろから力強く抱きしめている晴人の姿があって……

 

 

 

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__________________________________________

 

 

「!!?(0w0)!?!(0M0)!?!(^U^)!!?」

 

ガバァ!と勢いよく声にならない声を上げながらベッドの上で少女が跳ね起きる。

 

「な、な、な………」

 

時間はまだ日の登っていない早朝なのかカーテンの締められた窓には日は差し込んでおらず部屋の中は暗く静けさに満たされているのだが、残念ながら今飛び起きた少女はそれどころでは無い。

 

「(な、なんなんだ今の記憶は!?)」

 

そりゃそうである。心温まる家族との記憶から一変して女性を力強く抱きしめる気まずいシーンを見せつけられたのだ。そういった経験の無い彼女が混乱しない筈もない

 

「(あの光景……どう見てもあれは……)」

 

側から見ればどうみてもただならない関係にしか見えない記憶。その光景を思い出して何故かアリーシャは胸に痛みが奔った様な感覚に捉われる。

 

「いや、当然だろう……晴人にだってそういう相手が居たって何もおかしくない……私がとやかく言う事など何も無い」

 

自分に言い聞かせる様にしてもう一度アリーシャは眠りに就こうとするが……

 

 

「……眠れない」

 

いつまで経っても動揺が治らない。

目を瞑ると先ほどの光景が浮かび眠る所ではなくなる。

 

「ッ〜〜!? 何を動揺しているんだ私は……!? 最近事が上手く運び過ぎていて気持ちが弛んでいるじゃないのか……!?」

 

動揺が治らない原因が理解できずに落ち着かないアリーシャは眠る事を諦める。

 

「鍛錬をしよう……そうすればきっと気持ちも引き締まる筈だ」

 

そう思い立ちアリーシャはワンピースタイプの白いネグリジェからいつもの騎士団服の下に着ている黒いシャツとホットパンツに着替えていく。

 

流石にだらしない格好で外に出るわけにはいかないと最低限の身嗜みは整え最後に窓際に置いてあった髪留めを取ろうと窓際に歩み寄ったその時……

 

「ハルト……?」

 

窓の外。まだ日が昇り切らず薄暗い貴族街の通りを歩いていく青年の姿がアリーシャの目に映った。

 

派手な赤いズボンに黒い上着を着たその後ろ姿は間違いなく彼女の知る操真晴人のものだ。

 

「どうしたのだろう? こんな時間に?」

 

別に晴人の行動自体にはなんの問題も無い。これまでと違い評議会からも立場と行動を認めてもらえた今なら一人で街の中を散策するくらい問題ないだろう。

 

だけれども……

 

「ッ!」

 

何かに突き動かされる様に彼女自身よくわからないまま晴人を追いかける為にアリーシャは部屋を飛び出した。

 

 

__________________________________________

 

「は、ハルト!」

 

「……アリーシャ?」

 

貴族街を抜け中央区に差し掛かった晴人は突如聞き覚えのある声に後ろへと振り返る。

そこには予想通りこの世界で初めて出会った少女がいた。

 

走ってきたのだろうか。軽く息を切らせ、いつも着ている白とピンクの騎士団服は着ておらず長袖のシャツとホットパンツという少しばかり肌寒い印象を受ける服装をしており、トレードマークとも言えるサイドテールも今は完全におろした状態だ。

 

「どうかしたのか? そんなに慌てて?」

 

「いや……目が覚めて少し鍛錬をしようかと思ったら窓から君が歩いていくのが見えて……」

 

「ん? あぁ、俺も少しばかり早く目が覚めちゃってさ。眠気も無かったから少し散歩してみようかなって思ったんだけど……何か用か?」

 

「え、あ、……その……」

 

そう問われてアリーシャは思わず口を噤んでしまう。

 

当然だろう。彼女自身何故自分が彼を追いかけようとしたのかよくわからないのだから。

 

そんな彼女の反応に晴人は首を傾げる。

 

「あーもしかしてアレか? この歳になって迷子になるとか心配されちゃったのか俺? 傷つくなー」

 

「えっ!? いや、そんなつもりは!?」

 

「フッ……冗談だよ冗談」

 

軽口に真面目に焦り始めたアリーシャに小さく笑う晴人。それを見てアリーシャは少しムスッとした表情を見せる。

 

「やっぱりハルトは時々意地悪だな……」

 

「ごめんごめん、ほらアリーシャって反応良いからさ」

 

「むぅ……それで? 散歩と言っていたがどこか行きたい場所はあるのか?」

 

アリーシャはむくれつつも気持ちを切り替えたのかいつもの調子で問いかける。

 

「いや、そういう訳じゃ無いんだけど、俺ってこの街をまともに見て回った事無かったからさ。少しゆっくり見てみようかなって」

 

その言葉にアリーシャはこれまでの事を思い返す。

確かに晴人はこの大陸に跳ばされてからすぐに捕まりこの街へ運ばれ、すぐに逃げて戦場に向かい、その後も基本的には目立たない様に屋敷に篭ってばかりでまともに出歩ける様になったのは昨日からだ。

よくよく考えれば街をゆっくりと見て回る余裕はこれまで無かった。

 

「それなら私が案内するよ。君に不自由させたのは私にも原因があるしね」

 

そういって真面目に答える彼女に晴人は楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「お姫様に案内してもらえるなんて恐悦至極」

 

「……怒るぞハルト?」

 

芝居掛かった晴人セリフに対してジト目で見つめてくるアリーシャに晴人は苦笑いを浮かべた。

 

__________________________________________

 

「これで一通りになるかな」

 

その後教会や中央区を一通り見て回り最後に二人は外縁水道区へと足を運んだ。湖上の街であるレディレイクの中で周囲を囲む巨大な湖が一望できる場所であり湖上に流れる爽やかな風が二人の間を吹き抜けていく。

 

「サンキューな。やっぱり案内してくれる方がわかりやすいな」

 

「まぁ故郷だからこれくらいはね? しかしどうして街を見ておこうと思ったんだ?」

 

「ん? まぁ、土地勘無いから道を覚えておきたいのもあったけど……」

 

「……けど?」

 

晴人の言葉につられる様に反芻しながらアリーシャは国を傾げる。

 

「アリーシャの護りたい故郷。ちゃんと自分の目で見ておこうと思ってさ。何せここからが本番だろ? だからアリーシャの希望が込められてるこの街を護れる様に俺も気を引き締めようと思ってさ」

 

そう言って微笑んだ彼にアリーシャは思わず目を見開く。その時……

 

「お、日が昇ってきたな」

 

立ち並ぶ山脈から太陽が昇り始めその光がレディレイクの街を照らす。太陽の光と湖面に反射された光が合わさりその景色はとても幻想的で美しかった。

 

「あの時もこんな感じだったな」

 

「あの時?」

 

「ほら、戦場目指して城から逃げ出した時」

 

その言葉にアリーシャは初めて晴人のバイクに二人乗りした時の事を思い出す。

そういえばあの時も丁度日が昇る時間帯だった。

 

「ふふ、あの時の私は君に驚かされてばかりだったな」

 

「驚いてもらえたなら魔法使い名利に尽きるってもんだな」

 

「ふふふ、なんだそれは」

 

晴人の軽口に小さく笑いながらもアリーシャはこれまでの事を思い返す。

 

数ヶ月程度しか経っていない筈なのに思い返すととても昔の様に思える。それほど彼と出会ってからの日々は濃密だったとも言えるのだろう。彼に何度も救われ、そして道を切り開いて来ることができた。

 

それでもまだ決着はついていない。やるべき事はまだまだ山積している。

 

「ハルト……」

 

「ん?」

 

「ありがとう。 最後まで宜しく頼む」

 

「あぁ、任せとけ」

 

「巻き込んで済まない」とはもう言わなかった。彼や仲間と共に最後まで戦い抜く。そんな想いを込めて彼女はそう告げる。

 

その言葉を受けて晴人もまた微笑みながら短い言葉でその気持ちを受け止めた。

 

 

 

「あ、ついでにプレーンシュガーの件、ホント今度は頑張ってくれよ? 強がってみたけど実は思ったよりもダメージがデカかったから」

 

「ふぇ!? わ、わかっている! もう二度とあのような醜態は晒さない! 私は今回の件で女子力も鍛えようと固く誓ったんだ!」

 

「へー、女子力を」

 

「な、なんだその適当な反応は! だいたい君はそうやって私を揶揄っ……くしゅん!」

 

「アリーシャ? 大丈夫か?」

 

揶揄う様な晴人の言葉に少しムキになって言い返そうとしたアリーシャだがその言葉は可愛らしいくしゃみで遮られてしまう。

 

「そういや少し肌寒いかもな」

 

男性の晴人はあまり気にしなかったが女性であるアリーシャには早朝の湖は肌寒かったかもしれない。ましてやいつもの騎士団服を着ていない薄着の状態なら尚更だ。

 

「待ってろ今適当に上着でも出すから」

 

そう言って晴人は指輪を取り出しドレスアップの魔法を使おうとするが……

 

「いや、この程度のことで魔法を使うなんて大袈裟だ。大丈夫だよ」

 

「いや、でも」

 

「大丈夫だ」

 

「だけど」

 

「大丈夫だ」

 

「いや、だって」

 

「だから大丈……くしゅん!」

 

「ほら、やっぱり」

 

「…………」

 

くしゃみをして羞恥からか頰を赤く染めながらも晴人に背中を向けたアリーシャは無言で抵抗を示す。

 

「(ホント、真面目というか頑固というか……)」

 

そんな彼女に内心で苦笑しながらも晴人は小さくため息を吐き降参とでも言うように両手をあげる。

 

「わかったよ。魔法は使わない……だから」

 

次の瞬間バサリと何かがはためいた音と共にアリーシャの肩に何かがかけられる。

 

「え?」

 

「これなら問題ないだろ?」

 

驚いて振り返ったアリーシャの視線の先にはそう言ってしてやったりイタズラが成功した子供の様な笑みを浮かべる晴人の姿があった。

 

彼が何をしたのかわかりやすく言ってしまえば、いつも来ている革製の黒い上着を脱いでアリーシャに羽織らせたのである。

 

「え、いやこれだとハルトが寒いんじゃ……」

 

上が半袖のシャツだけになった晴人を心配するアリーシャだが晴人はあいも変わらず軽口を叩く。

 

「これくらいヘーキヘーキ。むしろこれでアリーシャが風邪をひいたりしたら俺が色んな人から怒られちゃうって」

 

飄々とした態度で笑う晴人。それを見てアリーシャはおもわず苦笑する。

 

「まったく君は……」

 

そう言おうとした時アリーシャはある事に気がついた。

 

「(あれ……?)」

 

目覚めた時に感じていた胸の中のモヤモヤした気持ちがいつの間にか無くなっている事に。

 

そしてそれと入れ替わるように不思議と今の自分の心が暖かく穏やかな気持ちに包まれている事に。

 

「(何故だろう? ハルトと話していたらいつのまにか……)」

 

胸の鼓動が少し早まる。

 

だがそれは今朝目覚めた時に感じたそれとは違う心地のいいものだ。

 

「(ハルトと話したから……? でも、何故それだけで私の気持ちはこんなにも落ち着いたんだ……? )」

 

自身の中から湧き出てくる感情に戸惑いながらもアリーシャはその気持ちの源に向き合おうとする。

 

「(私にとってハルトは……)」

 

その答えを導き出そうとした次の瞬間……

 

 

 

「ほぉ、久方ぶりだがどうやら元気そうではないか」

 

突如二人に声がかけられる。

 

振り向いた二人の視線の先には……

 

「また会ったな。姫、そして魔法使いよ」

 

以前ペンドラゴで出会った天族の少女。

サイモンの姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがき

晴人のプレーンシュガーしか食べない理由は小説版より抜粋。個人的に本編で見たかったくらいには好きな設定だったりします

気付けばビルドも最終回目前。時の流れは早いもんです
げんとくん生き返れ生き返れ……生き返って世界で一番の首相になれ(ビルドではローグが一番好き)

来月からはジオウが始まりますね。それにしても PVに一人だけライドウォッチが映ってない事で逆に想像を掻き立てさせるとは……おのれディケイドぉぉぉぉ!
晴人さんは映画でジオウに轢かれてお疲れ様です
それにしてもディケイドが10年前とかウッソだろお前www(白目)


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37話 堕ちし修羅 前篇

い、いつもよりは早く更新できた筈(遅い)
気付けばビルドも完結。万丈がヒロインだったってはっきりわかんだね!
ジオウは555とフォーゼのクロスオーバー面白いからもっと色々混ぜてどうぞ
あと仁藤客演確定ヒャッホゥー!

では最新話です。どうぞ


「サイモン様……?」

 

「ありゃ、久しぶりだなサイモンちゃん」

 

突如かけられた声に振り返った二人はそこにいた人物、以前ペンドラゴで出会った天族であるサイモンの存在に驚いた様に目を丸くする。

 

その二人の反応がおかしかったのかサイモンはクスリと小さく笑った。

 

「どうやら驚かせてしまったらしい。いや、済まない、天族の身ともなると人間の知り合いは中々持てなくてな。久方ぶりにぬしらを見かけてつい声をかけてしまったわけだ。お邪魔だったかな?」

 

その言葉にアリーシャはとんでもないという様にクビを横に振り否定する。

 

「い、いえそんな! サイモン様が謝ることなんて!」

 

「あぁ、こっちとしてもまた会えて嬉しいよ。というか、ハイランド(こっち)に来てたんだな」

 

「ふっ、まぁ気の向くままというやつさ。しかし、ぬしらもこちらへ戻ってきているという事はローランスとの話し合いは、どうやら上手く言ったという事になるのか?」

 

軽く笑いながら、そう問いかけるサイモンにアリーシャは表情を明るくし肯定する。

 

「は、はい! 枢機卿は確かに憑魔となっていましたが無事浄化する事ができました。今は皇帝陛下と共に和平に向けて協力してくださっています」

 

その言葉にピクリとサイモンは一瞬だけ驚いた表情を浮かべる。

 

「ん? どうかしたのかサイモンちゃん?」

 

「……いやなに、枢機卿が憑魔だったという話に少し驚いてしまった。私自身が姫に注意しろとは言ったがやはり事実だと知るとな。しかしまさかそれを救って見せるとは……どうやら私の助言は要らぬ世話だったらしい」

 

そう言って自嘲する様に笑うサイモンに二人は思わず顔を見合わせる。前回の会話でも感じてはいたがどうやら彼女は何かと自身に対して自虐的な面が見受けられると感じたからだ。

 

「あぁ、いや済まない……そちらとしては反応に困るだろうな。それで? 和平へ向け一歩前進した訳だが今後はどうするのだ? この大陸に住まう天族としてはやはり気になるところではあるが……もしかしたら何か力になれるやもしれん……微力ではあるだろうが」

 

その言葉にアリーシャは少しばかり思案した後ゆっくりと口を開く。

 

「実は_____ 」

 

政治関連の詳細までは語れないが自分達の今後の行動目標である各地の憑魔被害への対応と秘力の習得についてアリーシャは説明する。

 

 

「成る程……災禍の顕主への対抗策として導師の力をか……それならば一つ面白い話を耳にしたぞ」

 

説明を聞き終えたサイモンは何かに思い当たりがあるのか彼女が口走ったその言葉に二人は反応する。

 

「え、マジで」

 

「そ、それはどのような!?」

 

「ふむ、確かこの国の名のある騎士……マルトランと言ったな? 」

 

彼女の口から出たのはアリーシャの師であるマルトランの名前。その事にアリーシャは強く反応する。

 

「っ!? マルトラン師匠がどうかなさったのですか!?」

 

「ほう、かの名高い蒼き戦乙女は姫の師であったか……世間とは狭いものだな。そのマルトランだが、最近は自身の部隊と共にレイクピロー高地へ派遣されているだろう?」

 

そう問いかけるサイモンの言葉をアリーシャは肯定する。

 

「はい、廃村の調査や遺跡を荒らす野盗への対応という名目で」

 

「俺が初めて出会った時もその任務に一区切りつけて戻ってきたときだったよな。まぁ、あの時は官僚派があの人をアリーシャから遠ざけておきたいってのがあったみたいだけど」

 

「それもあるのだろうが実際問題、最近は小さな村や遺跡を狙った野盗が増えて治安が悪化しているのも事実なんだ。特にレイクピロー高地には『ガラハド遺跡』を初めとした遺跡や未発見の遺跡も多い。それを発見して保護するのも騎士団の役割なんだ」

 

「成る程ねぇ、それじゃ尚のこと休めない訳だ」

 

アリーシャの説明に納得して頷く晴人だがサイモンは説明を続けていく。

 

「姫の話した通りマルトランは最近でもその任務を継続していた様だ。そして先日ある盗掘者を捕らえた際に未発見の大きな遺跡の情報を得たらしい。捕らえた盗掘者を都へと護送した兵士が酒場で酔って話していたよ」

 

「未発見の……それはどの様な?」

 

「『モーガン大滝』は知っているだろう? ハイランド王国の水源であるレイクピロー高地の中でも一際巨大な滝だ。なんとその滝の裏に見たことも無い遺跡への遺跡への入り口が発見されたのだよ。しかも盗掘者の証言によるとその遺跡で不思議な体験をしたらしい」

 

「不思議な体験……? それってどんな?」

 

「うむ、なんでも遺跡の奥へ行こうとしたところ、気付けば入り口に戻されていたらしい。何度繰り返しても遺跡の奥に行くことが出来ずに不気味に思った盗掘者は逃げ出したとの事だ」

 

その言葉に二人は大きく反応する。

 

「それってまさか……!」

 

「天響術を用いた大掛かりな仕掛け……導師の試練神殿!」

 

その言葉にサイモンは笑いながら頷く。

 

「その通りだ。それほどの手の込んだ仕掛けがある遺跡ならばぬしらの探している水の試練神殿である可能性は非常に高いかと思ってな。詳しい話は姫の師から直接聞けば良いだろう。ちょうど昨晩の遅くにレディレイクへと帰還したと耳にしたぞ」

 

そう言ったサイモンに二人は視線を合わせ小さく頷く。

 

「アリーシャ、取り敢えずは……」

 

「あぁ!早くマルトラン師匠に話を聞きに行こう」

 

そう言って二人はすぐさま行動を開始する。

 

「サイモン様、ご助力感謝致します! 申し訳ありませんが私達はこれから____」

 

「気にする事は無い、この大陸の為だ。寧ろ役に立てたのならば幸いだよ。早く行くといい」

 

この場を後にする事を伝えようとしたアリーシャを制してサイモンは彼女に早く行く様に伝える。

 

「はい! このご恩はいずれ!」

 

「まだレディレイクにはいるんだろ? 観光楽しんどいてくれ!」

 

そう言って駆け出した二人をサイモンは薄く笑いながら見送り______

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、人をノせるのが上手いもんだねぇ」

 

二人が走り去った直後に背後から声がかかった瞬間、彼女からは笑顔は消え、どこまでも感情を感じさせない冷たい表情を浮かべていた。

 

「不用意に現れるなと言った筈だが? 」

 

呆れた様な声を漏らしながら背後へと視線を向けるサイモン。

 

そこには……

 

「いいじゃねぇかよ。退屈でしょうがねぇんだからよ。というか随分と回りくどい真似をするねぇ……せっかく2人しかいなかったんだここで消しちまえば良かったんじゃないのかい?」

 

口角を吊り上げ不気味に笑う男。ルナールの姿があった。

 

「ふん……ペンドラゴで危うく返り討ちにされそうになった割には随分と強気なものだ」

 

だがサイモンは冷淡な態度のままルナールの言葉を皮肉混じりに一刀両断する。

その言葉にルナールの笑みが歪み怒りの感情かま露わになる。

 

「はっ! あの宝石頭は次はこの手できっちり粉々にしてやるさ……お前さんこそ随分と自信たっぷりじゃないか……連中に枢機卿は助けられないとかなんとか言っていた予想は外れたみたいだがなぁ?」

 

その言葉に無表情だったサイモンの顔が一瞬だけ苦虫を噛み潰した様に歪む。

 

「……大した問題では無い。どのみちあの姫が我らの主の掌の上で踊っている事には何ら変わりはないのだからな」

 

「わざわざアイツらを強くするヒントを与えるのがかい? よくわかんねぇなあの野郎の考える事は」

 

肩をすくめるルナールだがサイモンはそんな彼を強く睨みつける。

 

「口を慎め、主には主の考えがある。どのみちお前が知る必要も無いし理解する事もできはしない」

 

「別にわかりたいとも思わねぇよ。俺は俺の好きに殺らせて貰えるのならなんでも良いさ」

 

「ふん……心配せずとも、主の手によりもう少しでお前の願いも叶うだろう。人々があるがままに生きる災厄の世界はすぐそこだ」

 

そう言って強く歯噛みしたサイモンは忌々しげにアリーシャ達の走り去った道へと視線を向ける。

 

 

「そうだ……すぐにわかる。希望など、どこにもありはしない。現実から目を背ける為のただのまやかしだと! 目を背けてもがけばもがく程その先に待つ痛みは増すのだと……!」

 

 

__________________________________________

 

 

一方、サイモンと別れた2人は急ぎ足で騎士団のマルトラン隊の兵舎へとやって来ていた。

 

「そんで? 俺は騎士団の人達と面識無い訳なんだけどどうすんの?」

 

「師匠の執務室へ向かおう。師匠はハイランド王国の教導騎士であり軍顧問だ。おそらくは今はそこにいる筈だ」

 

そう言って早足に兵舎内を歩いて行く2人。

 

深夜に帰還した為に、既にマルトラン隊の部下達は解散し休息をとっているのか、一部の見張り以外とは顔を合わせる事なく2人は施設内を進んで行く。

 

「ありゃ? あれは?」

 

そんな時、晴人は通路の先、執務室と思わしき扉の前に2人の女性と思わしき人影があるのが目に映りアリーシャに問いかける。

アリーシャは遠目で見える2人を知っているのか晴人に返答した。

 

「あぁ、あれはシレルとイアンだな。2人はこの部隊で師匠の側近を務めている。シレルは剣技、イアンは弓術に長けていて騎士団の中でも腕利きなんだ」

 

「へぇ、この世界は強い女の子が多いんだな」

 

そんな会話を交えながら2人に近づいて行く晴人とアリーシャだが、その2人は余程扉の方へと集中しているのかこちらに気がつく気配は無い。

よく見れば聞き耳を立てているのか扉に体を傾けているのがわかり2人は思わず顔を見合わせる。

 

「なぁ、何やってるんだアレ?」

 

「さ、さぁ?」

 

傍目からみても明らかに挙動が怪しく若干引き気味の晴人と気まずくなるアリーシャ。

仕方なく歩み寄って行く2人だが……

 

「シレル、何言ってるか聞こえる……?」

 

「いや……だがこんな早朝からマティア大臣とランドン師団長が直接訪れるなど明らかに怪しい」

 

「やっぱりまた私達がアリーシャ様と関われない様に長期任務とか言い渡されてるのかな」

 

「あり得るわね。今回もアリーシャ様はランドン師団長と共に特務に当たっていると聞いたわ。一体どんな無理難題を……」

 

「姫様大丈夫かな?」

 

「大丈夫だと願う事しかできないわね……情けない話だけど」

 

なにやら2人の間で繰り広げられるシリアスな会話だが、背後で話題に挙げられている当人はなんとも言えない表情をしていたりする。

 

「しかし全然聞こえない……こうなったら少し扉を開けて……」

 

「ちょっとイアン、流石にそれは……」

「あぁ、私もそれは止めて置いた方がいいと思う」

 

そのアリーシャの言葉に2人は驚いた様に振り返るが……

 

「あ、アリーシャさ……え?」

 

黒髪のショートヘアーの女性、シレルは驚いた表情で固まり……

 

「え、アリーシャ様どうして此方に……ヘェア!?」

 

茶色の髪を青いリボンで後頭部で束ねた女性、イアンは素っ頓狂な声をあげる。

 

「ん? どうかしたのか2人とも」

 

2人のよくわからない反応にアリーシャは思わず首を傾げるが、イアンはプルプルと震える手でアリーシャとその横に立つ晴人を交互に指差しながら見比べる。

 

普通なら王族相手にその反応は褒められたものではないのだが、アリーシャは気にした様子もなく逆に2人を心配する。

 

「ほ、本当にどうしたんだ?」

 

戸惑うアリーシャ。

 

だが今のアリーシャの状況を考えてもみてほしい。

 

時間は早朝、男女の二人組、女性側は髪をおろし薄着の服装の上から明らかにサイズの合わない男性物の上着を羽織り逆に男性側は上着を貸して薄着の状態そんな状態が目に飛び込んで来て導き出される答えは……

 

「ひ、姫様が彼ジャケを着て朝帰ふごぉ!?」

 

「君はこんな場所でいきなり何を言いだすんだ!?」

 

朝っぱらの兵舎の通路で大声で恐ろしいセリフを口走ろうとしたイアンの口を、アリーシャは目にも止まらない速度で塞ぎながら顔を赤くして叫ぶ。

 

「え、違うのですか?」

 

「違うに決まっているだろう!?」

 

真顔で尋ねてくるシレルにすぐさま否定するアリーシャだがなおも追撃は続く。

 

「ですが、だとすればどういう経緯でその様な格好を……」

 

「え、あ……いや……それは……」

 

途端に声が小さくなり顔の赤さが更に増して行くアリーシャに2人はすぐさま肩を寄せ合い話し合う。

 

「え、なにこのマジ反応……」

 

「まさか姫様……」

 

「嘘でしょ……? だってあの姫様だよ? 騎士と政治に常に全力投球の姫様だよ? 縁談も浮いた話も全然無い姫様だよ? それが私より先に彼氏を!?」

 

「イアンこの前、告白してフラれたものね。『僕より強い女性はちょっと……』って」

 

「言わないでよ!? というかそんな軟弱な男なんてこっちから願い下げよ!? 別にフラれて無いから!?」

 

「ハイハイ……しかしそんな姫様が少し目を離した隙にこのような乙女な事に……これは一体」

 

 

つい先ほどまで真面目な空気を保っていた筈が気づけばガールズトークを始めた2人。

終いには「トキメキクライシス帝国の仕業よ」「何ですって? それは本当なの?」などと漫才じみたカオスなやりとりの応酬を繰り広げている。

 

そんな2人に何かに気が付いた晴人から声がかかる。

 

「あー……取り敢えず、そこのお二人さん」

 

「え? なんでしょうか?」

 

「やだ、よく見たら結構イケメンかも……」

 

片割れの反応がおかしいが晴人はあえてその事には触れずにこちらを向く2人の背後を指差す。

 

「まぁ、なんだ……早く謝った方がいいんじゃない?」

 

「「え?」」

 

その言葉の意味が分からず首を傾げる2人だが……

 

「ほぅ……私は部隊には解散して各自休息をとるように伝えた筈だが? こんな場所で大声で騒ぐとは、お前たちは余程元気が有り余っていると見える」

 

次の瞬間背後から聞こえたその声に2人はビクリと蛇に睨まれたカエルの様に固まり、恐る恐る錆びたロボットを思わせる動きでゆっくりと振り返る。

 

その視線の先には……

 

「「ま、マルトラン隊長……」」

 

鋭い目つきで此方を睨みつける蒼き戦乙女ことマルトランの姿がそこにあった。

 

「え、え〜っと……マルトラン隊長? これはですね……」

 

「あの……なんと言ったら言いか……」

 

凛としたマルトランの有無を言わせぬ圧にたじろぐ2人だがそこにアリーシャから助け舟が出される。

 

「あ、あのマルトラン師匠? その2人はその……私が師匠に尋ねたい事がありましてその……案内を……」

 

おそらくは自分やマルトランを心配して様子を伺っていたであろう2人を気遣ってか、おずおずとそうフォローするアリーシャ。マルトランはそんな彼女を一瞥し小さくため息を吐く。

 

「ハァ……姫様、その2人を甘やかし過ぎです」

 

アリーシャの見え見えな嘘に少しばかり呆れの感情を見せるマルトランだが、そこに晴人から声がかかる。

 

「いや、アリーシャの言う通り確かにその2人は案内してくれたぜ?」

 

アリーシャのフォローの言葉に乗っかった晴人の発言にマルトランは眉をひそめる。

 

「ソーマハルト……君は君で姫様を甘やかさないでくれ」

 

「と言ってもな……ほっとくとどんどん自分の責任だって言い始めるし俺が少し甘やかすくらいはバランスとれていいだろ?」

 

悪びれずにそう言って笑う晴人。その返しにマルトランもわずかに口元を緩める。

 

「ふっ……確かにそれは否定できんな」

 

「せ、師匠!?」

 

2人からの評価に恥ずかしそうに声を上げるアリーシャだがマルトランは表情を引き締めると会話を切り出す。

 

「まぁ丁度いいと言えば丁度いい。訪ねて来た要件は見当が付いている。どのみちこちらから伺うつもりだったのだがこの場で説明してしまった方が早いだろう。部屋に入ってくれ。マティア大臣やランドン師団長から説明がある。シレル、イアン、お前たちもだ」

 

その言葉にシレルとイアンの2人は目を丸くする。

 

「え、宜しいんですか? 私たちも参加して?」

 

「現場で指揮を担当する人間には伝える事だ。問題は無い。ただし先ほどのように騒ぐなよ」

 

そう嗜め執務室へと戻るマルトランに一同は続いた。

 

__________________________________________

 

 

「______以上がマルトラン隊が今回の任務で得た情報です。モーガン大滝で発見された遺跡の規模や不可思議な仕掛けの証言からしても導師の試練神殿の可能性は十分あるでしょう」

 

「それ以外にもレイクピロー高地の廃村となったキルフ村の調査でも不可解な現象が確認されている。こちらは憑魔の可能性が高い。姫様には導師らと共に対応にも当たって頂きたい。よろしいでしょうか?」

 

「了解しました。速やかに対応に当たります」

 

執務室にてアリーシャは既に待っていたマティアとランドンよりマルトラン隊の得た調査結果を伝えられた。

 

結果はサイモンの言っていた通り水の試練神殿らしき遺跡の発見がされており、それ以外にも上位種の憑魔らしき発見情報もありアリーシャはそれらの調査を依頼され了承する。

 

「馬の方はこちらで用意します。連絡や探索の為の兵は各地に配置しますが憑魔の特性上、一般の兵士達は安易に戦いには参加させられません。申し訳ありませんが……」

 

「いえ、支援が得られるだけでも心強いです。ご協力感謝します」

 

「……それが我々の職務ですので」

 

真っ直ぐに感謝の言葉を伝えるアリーシャにマティアはどこかやりづらそうにしながらもランドンを引き連れ部屋を立ち去ろうとするが扉の前で此方へと振り向く。

 

「……アリーシャ姫、もう一つ宜しいですか」

 

「は、はい? なんでしょうか?」

 

どこか険しい表情のマティアにアリーシャは戸惑いを見せるが……

 

 

「貴女も王族であり貴族の女性なのですから、あまりその様な姿で出歩くのは如何なものかと……では失礼します」

 

「……へ?」

 

ポカンと口を開けるアリーシャだがマティアは一言そう言い切ると部屋を後にしランドンは苦笑いをしつつも一礼しその後に続く。

 

部屋には固まったアリーシャと苦笑いする晴人達が残された。

 

「まぁ、そこに関してはマティア大臣の言うことは間違ってはいないだろう。もう少し慎み深くあるべきだアリーシャ」

 

「え……え?」

 

「多分アレだな。今までのアリーシャが真面目だった分、抑圧からの反動的なものを心配されたんだろうな」

 

「……もしかして、この格好をしている私は他の者達から見るとそういうふうに見えるのか?」

 

「「はい、とても」」

 

「う、うぅ……」

 

師であるマルトランの言葉から晴人、シレル、イアンの肯定にアリーシャは思わず羞恥に顔を赤く染める。

 

流石にその反応に同情したのか話を逸らすべくイアンが口を開いた。

 

「あー! それにしても驚きましたよ! 帰ってきたら大臣達の姫様への態度は変わってますし、憑魔とか天族とか色々な情報が山盛りですもん!……正直、急展開過ぎてあんまり信じられないというのが本音ですけど」

 

フォロー以外にも本心が混じっているのか、マティア達の説明の過程で現在のハイランドの方針、天族、憑魔の存在など大量の情報を伝えられたイアンは自分達がレディレイクを離れていた間の出来事の情報量に眉をひそめる。

 

「確かにイアンの言う通りですね。申し訳ありませんが、これまでの官僚派の姫様への行いを考えればわたし個人としては、まだ信じられないと言うのが本音です」

 

同様にシレルもまた険しい表情を浮かべて自身の内心を打ち明けた。

それも当然と言えば当然だろう。晴人と違い彼女らは長らくアリーシャがバルトロ達からどのような仕打ちを受けてきたかを知っている。

 

それらは簡単に覆せるものではないし信用するのもまた簡単な事では無いだろう。

そんな2人にアリーシャは苦笑しつつも表情を引き締めて語りかける。

 

「2人が私の身を案じてそう言ってくれる事は嬉しい。だが、今回の官僚派の説得にはマティア大臣とランドン師団長の存在は欠かせなかった。真実と向き合い、今ハイランドは少しずつ変わり始めている。形は違えど皆がこの国を想って行動している。その事を信じて2人にも力を貸して欲しい」

 

その言葉に二人は目を丸くし、毒気を抜かれたように険しかった表情が消える。

 

「……姫様がそう仰るのであれば」

 

「まぁ、官僚派からの妨害が無くなるのであれば我々も姫様にご助力できるようになる訳ですし……」

 

「ありがとう。そう言ってもらえると心強いよ」

 

まだ半信半疑ではあるのか、歯切れの悪い言葉ではあるが、そう言ってくれた2人にアリーシャは微笑みながら感謝の言葉を伝える。

 

「なんだかんだ、ランドンにはかなり助けられたからなぁ。あの頃に官僚派達の目を搔い潜ってローランスへ向かえたのはランドンがいなけりゃできなかっただろうし」

 

「あぁ、自身の処分を覚悟の上で私の無茶な願いに協力してくれた」

 

当時を思い出し貴重な協力者であったランドンを賞賛する2人だが、その言葉にイアンが思い出した様に声をあげる。

 

「あ!そうですよ! ハルト殿が護衛してくれたと言っていましたが、話して頂ければ私達も同行できましたよ!?」

 

「え、あ……いや、あの時はまだ官僚派も私の行動を監視しようとしていてランドン師団長が率いている一部の部隊しか協力を得られていなかったから……」

 

「そうだとしても、たった2人でローランスの帝都に向かわれるのはあまりにも危険だったのでは? 憑魔との戦いでは役に立てないかもしれませんが、それでも護衛は何名か連れて行くべきだったかと」

 

「うっ……」

 

2人の言葉にたじろぐアリーシャ。立場に見合わない無茶をしたという自覚はあるだけに2人の言葉に彼女としても反論はできない。

 

「姫様、厳しい言い方ですが、如何に開戦による危機的状況を回避する為とはいえ、今回の件が自身のお立場を軽視した無謀なものだというのは私も2人に同意見です」

 

「せ、師匠……」

 

更にそこへ加えられたマルトランの言葉にアリーシャは俯き声を詰まらせる。

ましてや3人とも嫌がらせや皮肉ではなくアリーシャの身を案じて言っているのだ。それを無碍にできるはずもない。

 

だがマルトランの言葉はそれで終わりでは無かった。

 

「今回の件は一国の姫としては褒められた行動とは言えないでしょう。ですが____ 」

 

言葉が途切れ肩にポンと優しく手が置かれる感触に俯いていたアリーシャは顔をあげる。そこには優しく微笑む師の顔があった。

 

「民を守る為、己が出来ることに精一杯向き合って使命を果たした。よく頑張ったな、アリーシャ」

 

臣下としの言葉遣いでは無く砕けた口調で、1人の師としてそう言ったマルトランの言葉にアリーシャの瞳が揺れる。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

自分を労う尊敬する師の言葉に気持ちが緩んだのか、震える声で瞳を少し潤ませながらそう言ったアリーシャにマルトランはもう一度小さく口元を緩めると、晴人の方へと向き直る。

 

「ソーマハルト、君にも感謝する。ハイランドの為に戦ってくれた事、アリーシャを守ってくれた事、姫の師として、臣下として、ハイランドの1人の人間として礼を言わせて欲しい」

 

そう言って頭を下げるマルトランだが、晴人はいつもと変わらない戯けた様子で返答する。

 

「俺は俺の出来る事をしたまでさ。それにアンタとも約束しただろ? アリーシャの力になるってさ」

 

「それはそうだが……これほど尽力してくれるとはあの時は正直思ってもみなかったからな。しかも君はこの大陸の外から来た人間なのだろう?」

 

「そんなに気を遣う事じゃ無いさ。アリーシャが自分のやるべき事をやってる様に、俺も魔法使いとして自分のやるべき事をやっているだけだ。それにさっきアリーシャにも改めて頼まれたしな。『最後まで宜しく頼む』って。だから余所者が出しゃばって悪いけど、今回の件には最後まで首を突っ込ませてもらうよ」

 

そう言って「な?」と相槌を求める様にアリーシャに向けて笑う晴人。それを見ていたアリーシャは無意識に頬を緩めるが……

 

「ほほう……」

 

「これはこれは……」

 

ニヤニヤとしながらその光景を見ているイアンとシレルにアリーシャの表情が引き攣った。

 

「これはやっぱりあれかなシレル?」

 

「えぇ、間違い無いわよイアン」

 

謎の確信と共に生暖かい目を自分に向けてくる2人に、アリーシャは何故か恥ずかしげに頬を染めると焦った様に動き出す。

 

「せ、師匠! 私は屋敷に戻って準備に取り掛かります! では、お邪魔しました!」

 

「え? おいアリーシャ!?」

 

ズビュン!と効果音がつきそうな速度で立ち去っていったアリーシャに晴人はポカンとするがマルトランは小さく溜息をつくと2人に声をかける。

 

「はぁ、まったくお前達は……まぁいい、話は以上だ。我々の部隊にも休息の後、憑魔関連の調査の任が言い渡されるだろう。お前達も次の任務に備えて休息を取れ」

 

「「了解しました!」」

 

マルトランからそう言い渡された2人は表情を引き締め敬礼しながら応える。

 

「では、我々はこれで。ハルト殿……姫様の事、宜しくお願いします」

 

「憑魔への戦いでは我々は大した力にはなれないかもしれませんが、精一杯助力できるよう頑張りますので!」

 

「あぁ、任せてくれ。これでも魔法使いだからな。お姫様のエスコートくらいは頑張って努めるさ」

 

イアンとシレルもまた晴人の言葉を聞くと一礼するとその場を去っていく。

 

「済まないな、あの2人は基本的に優秀なのだが少しばかりお喋りというか姦しいというか……」

 

「年頃の女の子なんだ。むしろそれくらいで丁度良いと思うけどね」

 

呆れた様なマルトランに対して晴人は気にした様子もなく返答する。

 

違う世界からやってきた彼からすれば若い女性にそういう面がある事など当たり前の事であり目くじらをたてる様なものでも無い事だ。

 

「……ソーマハルト。少しばかり聴きたい事があるのだが」

 

「俺に?」

 

「あぁ、アリーシャの事だ」

 

あくまで師としての個人的な質問なのか砕けた口調でアリーシャを呼ぶマルトラン。どうしたのかと身構える晴人だが……

 

 

 

 

 

「アリーシャは君や導師達と共に戦っていく事になるが……アリーシャはその……その中で上手くやれているだろうか?」

 

そんなマルトランから問いかけられた内容は凛々しい彼女からは想像し辛い割と過保護な内容だった。

 

「くっ……」

 

思わず笑いそうになる晴人だがその反応にマルトランは怪訝な表情を浮かべる。

 

「む、なんだ? 私は何かおかしい事を言ったか?」

 

大真面目にそんな反応をするマルトランがどことなくアリーシャに重なって見え、2人が師弟である事を感じながら晴人は楽しそうに微笑みながら返答する。

 

「いや、悪い。そうだよな、確かにそれは気になるところだよな」

 

考えてみれば当たり前だ。協力者の大半が天族やら天族と共に過ごしていた導師やら外からやってきた魔法使いという謎だらけの面子なのだ。そこを心配するのも当然の事だろう。

 

「大丈夫だよ。気難しい娘もいるけどその娘も根は優しそうだし、他のみんなとも仲良くやってる。昨日なんかお菓子作りに挑戦したりしてたしな」

 

「お菓子作り? アリーシャが?」

 

晴人の話にマルトランは意外だったのか目を丸くする。

 

「あぁ、俺が協力したお礼にって事で作ろうとしてくれたらしい。味の方は少し残念だったけど嬉しかったよ」

 

「そうか……アリーシャがそんな年相応な事を……」

 

「やっぱり、今まではあまりそういう事はなかったのか?」

 

そう問いかける晴人にマルトランは表情を曇らせる。

 

「知っているとは思うがアリーシャは良くも悪くも真面目な子だ。決めた目標に対して直向きに努力し続ける」

 

「あぁ、自分の夢とアンタから習った騎士としての在り方。アリーシャはそれを大切に思っている」

 

「だからこそ時折心配になる。私に憧れてくれるのは嬉しいが私と同じ様な苦労をアリーシャにはして欲しくないとな」

 

『私と同じ様な』その言葉に晴人は引っかかりを覚える。

 

「って事はアンタも似たような経験を?」

 

「今でこそ戦乙女などと持て囃されてはいるが、私も昔、若くして家を継いでな。私なりに務めを果たそうと努力はしたが、なにぶん要領の良いタチでは無くてな。その過程で敵も多く作ってしまった……アリーシャにはそうなって欲しく無かったのだが……」

 

良くも悪くもアリーシャの様な真っ直ぐな生き方というものは好かれやすくもあり疎まれやすくもある。彼女に対して大きな影響を与えたマルトランからすればその点に負い目を感じる事もあるのだろう。

 

「だが、今日アリーシャを見て少し安心したよ」

 

表情を緩めながらそう言ったマルトランに晴人は首を傾げる。

 

「安心した?」

 

「あぁ、アリーシャは真面目な娘だ。だからこそ師である私に弱さを見せようとしない。どれだけ辛くとも私に迷惑をかけない様にな……」

 

マルトランの言葉には晴人も思い当たる節があった。アリーシャという少女は出会った頃から自分でなんとかしようと抱え込んでしまう悪癖がある。

晴人に対しても、最近になって漸く自分から力を貸して欲しいと言える様になってきた所だ。

 

「だが君と接しているアリーシャは、以前よりも肩の力が抜けている様に見える。評議会の態度が軟化した事も影響しているのだろうが、やはり一番の理由は仲間ができた事で心に余裕が生まれたことにあるのだろう。以前のアリーシャならあそこまで色んな表情を私の前で見せたりはしなかったからな」

 

確かにマルトランはアリーシャにとって憧れであり尊敬する師である。だが、師と弟子、姫と臣下という関係では踏み込めない事もある。

 

そういう意味では上下関係抜きに友人として接する事ができる晴人達との出会いはアリーシャには良い意味で変化を与えるものとなったのだろう。

 

「だからこそアリーシャが年相応の面を見せる相手ができたというのは私としては喜ばしい事だ。願わくばこれからもその繋がりを大切にしてほしいと思う」

 

それは臣下としてでは無く師としてのマルトランの願いなのだろう。

 

騎士として、姫として成長するアリーシャに喜びを感じながらも1人の少女としてあって欲しいという矛盾した複雑な想いがマルトランの中には存在するのだ。

 

「それ、俺じゃなくてアリーシャに直接言ってあげればいいと思うけど」

 

「……むぅ、そうは言うがな」

 

そう言って黙り込むマルトラン。その不器用さに晴人は小さく笑いをこぼす。

 

「む? なんだ? 先程といい、やはり何かおかしい事を言っているか? 」

 

「いや、やっぱりアリーシャはアンタに似てるなと思ってさ」

 

「私とアリーシャが? それは_____ 」

 

「師弟だからってのも勿論あるんだろうさ。けど、多分アンタとアリーシャは根っこの部分が似てるんだよ。だからこそアリーシャはアンタに憧れたんだと思う」

 

そう言い、一度言葉を切った晴人は真剣な顔でマルトランへ告げる。

 

「心配しなくて良いさ。アリーシャが一人で抱え込みすぎない様に、仲間としてこれからも力になるよ。なんたって俺は_____ 」

「『最後の希望』だから……か?」

 

「はは……まぁね」

 

最後の〆をマルトランに取られて晴人は苦笑する。

 

「ふっ……そうか、では改めて、私の弟子を頼む。最後の希望殿」

 

「あぁ、任せてくれ」

 

そう言って力強く頷くと晴人はアリーシャの後を追うべく部屋を後にする。

 

「アリーシャが私に似ている……か」

 

閉じられた扉を見つめながらマルトランは静かに呟く。

 

「そうだな……確かにアリーシャは『昔の私』によく似ているよ……」

 

その呟きは誰の耳にも届く事なく空気に溶けていった。

 

 

__________________________________________

__________________________________________

 

 

幻想的に青く輝く遺跡の最奥。

 

その幻想的で美しい場にそぐわない光景がそこには広がっていた。

 

『グギャアアアア!!』

 

鳴り響く断末魔。

 

強烈な剣の一振りにより断ち斬られた憑魔が叫び声をあげ崩れ落ちる。

 

『……違う……コノ剣もチガウ……何処だ……ドコダ……』

 

息絶えた憑魔の傍らに打ち捨てられた得物の剣を何者かが掴み取るが、直ぐにその剣を投げ捨てる。

 

その者の周りには断ち斬られ、引き千切られ、叩き潰された憑魔達の死体が散乱していた。

 

『ドコダ……何処だ……オレの剣は何処だぁぁぁァァァァァアア!!』

 

遺跡に木霊する怨嗟の慟哭。

 

次なる試練への挑戦は刻一刻と迫っていた。

 







あとがき
ジオウ4話にて
フジ「!?キャプテンゴーs」
友A「ゴーストのイグアナ!?」
友B「ゴーストのよくわかんないイグアナじゃん!?」
友C「リョウマ魂回で消えたイグアナ!?」
イグアナ君タイムジャッカーに再就職おめでとう!

今回の話ではゼスティリアクロスに登場したアニオリキャラが逆輸入方式で登場しています。アニメと違いマルトラン隊の所属です
だってゲーム版ゼスティリアってネームドキャラ少な(ry


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38話 堕ちし修羅 中篇

気付いたら前回の更新から二ヶ月過ぎてる……おのれディケイド!
嘘です。遅れてすいません。

今年の更新スピードクソ雑魚過ぎたので来年は頑張りたいと思います……
あと、ウォータードラゴンさんジオウで他の連中は基本フォームなのに変身解除シーンに選ばれておめでとう。

では最新話どうぞ





 

 

 

 

 

『アァァァァァァァァァ……』

 

日が昇り始めた薄暗い早朝、朽ち果てた村の中で低く不気味な声が響く。

 

轟ッ!

 

薄暗い廃村を飛び交う灼火が照らし着弾した轟音が今は誰も住んではいないキルフ村の静寂を切り裂く。

 

「あっぶなぁ!?」

 

自身の真横を掠めていった天響術の炎弾にロゼは素っ頓狂な声で叫ぶ。

 

『ごちゃごちゃと大きな声で叫ぶな! 次来んぞ!』

 

「簡単に言うなってば! 三匹いるなんて聞いてないっつーの!」

 

『一匹しかいないなんて誰も言ってないだろうが!』

 

「あーもー! ああ言えばこう言う!」

 

風の神依を纏い融合状態で細かく指示を出してくるデゼルに文句を言いながらもロゼは村の中を飛び回る。

 

それを追撃する様に何発もの炎弾がロゼに向かって放たれるが、ロゼは風の神依の機動力を活かし回避し続ける。

 

その炎弾を放った敵、その姿はズタボロの赤黒いローブを纏い不気味に空中を漂い、ローブの中から出された不気味な人ならざる片腕が意味もなく前へと突き出され手招く様に揺れ動き、感情が感じられない骸骨を思わせる顔が無機質に獲物を追っていく。

 

「気をつけてください! アレは憑魔『ファントム』、死した者の怨念が穢れにより具現化した憑魔ですわ! 天響術に注意してください!」

 

「『ファントム』か……こりゃまた縁のある名前だな。しかも三体とは厄介だ」

 

 

飛び交う火の天響術を躱しながら気怠げに言う晴人の言葉道理、キルフ村の調査にやってきた一同を待ち構えていた憑魔『ファントム』は三体存在した。

 

一体ですら連発してくる天響術が厄介だと言うのに一定距離で陣形を取った三体からの波状攻撃は中々に手強く、一同は防戦を強いられていた。

 

「キルフ村は野盗により廃村となった村です。何名か被害者が出ていたと聞き及んでいます」

 

『穢れってのはたとえ宿主が死んでも浄化しない限りその場に残る。ありゃあ野盗に襲われた村人の恐怖や憎しみが怨念として具現化したって訳だ』

 

天響術をやり過ごす為に遮蔽物に身を隠しながらそう言ったアリーシャの言葉を、融合状態のザビーダが補足する。

 

「気をつけなさい。アイツの手招きに誘われて近づくとエラい目に合うわよ」

 

「わかってるって! 子供じゃあるまいし、そんな手招きに素直に釣られる訳……って、あれぇ!?」

 

ロゼは空中を飛び回りながらエドナの言葉に余裕余裕と強気に返答したが次の瞬間、間の抜けた声を漏らしながら手招きするファントムへと無防備に近づき始める。

 

『おい! 何してんだ!?』

 

「知らないよ! 身体が勝手に動いてるんだってば!」

 

突然の行動に神依で融合しているデゼルは叫ぶが当の本人であるロゼも事態が掴めずヤケクソ気味に反論する。

 

「だから言ってんでしょ……手招きに誘われて近づくとエラい目に合うって……」

 

「アレェ!? もしかしてマジでそういう能力持ってる系!? じゃあなんで気持ちの問題的な言い方してんの!? 対策の仕方間違えるじゃんか!? 」

 

「ほら言わんこっちゃない」とでも言いたげに呆れるエドナに全力で文句を言うロゼだが、一体のファントムに能力で引き寄せられ無防備な彼女に残りの二体が天響術の照準を合わせ魔法陣を展開する。

 

程なくして天響術が発動し放たれた火球がロゼに迫るが……

 

「「蒼穹の十二連!」」

 

重なる掛け声と共に放たれた複数の青い水の矢が手招きをするファントムへと殺到、着弾し怯ませる。

 

「っと! 助かったぁ!」

 

手招きが中断され引き寄せる力から解放されたロゼは素早く風の神衣の力で急上昇し迫る火球を回避する。

 

「ロゼ、大丈夫!?」

 

「おかげさまで! サンキュー、スレイ! ミクリオ!」

 

水の矢を放った神依を纏ったスレイにロゼは感謝の言葉を告げる。だが……

 

「うわっ!?」

 

「スレイさん!?」

 

「ッ!」

 

気を抜く間も無くまた一体のファントムが手招きにより今度はスレイが身体の自由を奪われ引き寄せられていく。

 

今度はすぐさまウィザードがそれを阻止すべくウィザーソードガンで銃撃しようとするが……

 

「大丈夫! オレたちがアイツらを上手く纏めるから、みんなは攻撃の準備を!」

 

「ッ! わかった!」

 

その行動を遮るスレイの言葉を信じてウィザードは銃撃を中断する。

 

「ファントムには風の属性が有効です!」

 

「了解!」

 

「では私達が!」

 

「たっぷり、利子つけてお返ししてやろうじゃん!」

 

【ハリケーン! プリーズ! フー!フー!フーフー! フフー!】

 

ライラの言葉に風の力を纏うウィザード、アリーシャ、ロゼの3人が攻撃準備へと移る。

 

一方で無防備な状態で引き寄せられたスレイに残り二体のファントムは先程同様に魔法陣を展開するが……

 

 

「今だミクリオ!」

 

「あぁ!」

 

突如、水の神依が解除され、引き寄せる能力で拘束状態のスレイの頭上にミクリオが現れる。

 

「《双流放て! ツインフロウ!》」

 

空中で詠唱を終え、放たれた二対の水流が螺旋を描きながら手招きするファントムへと直撃し怯ませる。

 

そこに引き寄せられる力から解放されたスレイが勢いをそのままに怯んだファントムの懐へと飛び込む。

 

「蹴散らす! 旋狼牙!」

 

スレイは斬りおろしの一撃から飛び上がり回転しつつ踵落としと斬撃の連続技を叩き込み、更に風の霊応力を纏った剣で発生させた真空波で敵を斬りあげると最後に強烈な蹴りを見舞いファントムを吹き飛ばす。

 

勢いよく蹴り飛ばされたファントムは焼け落ちた民家に直撃し倒れこんだ。

 

「《氷刃断ち切れ! アイスシアーズ!》」

 

更にミクリオの詠唱により、残り二体のファントムの足元から生えた氷の刃が貫く。

 

「まだだ!」

 

しかしそれで終わりでは無い。貫いた氷の刃はまるでアクセルを踏み込んだ車の速度メーターの様に勢いよく振り動き、刺し貫かれたファントム達もまた勢いのまま吹き飛ぶと先程スレイが吹き飛ばしダウンしたファントムに直撃する。

 

「今だ、みんな!」

 

スレイの叫びと共に準備を終えた3人の攻撃が放たれる。

 

【ハリケーン! スラッシュストライク!】

 

「ハァァッ!」

 

「「《アベンジャーバイト!》」」

 

風の顎と刃がファントム達へと襲い掛かり、その叫びごと暴風が飲み込む。

 

だが……

 

「ッ! まだだ!」

 

一体は浄化できたものの、残り二体は大ダメージを負いながらも攻撃を耐えていた。

 

敗北を感じてかフラフラとそれぞれが別の方向へと逃亡を図る。

 

しかし逃げ道を塞ぐ様に炎と土の壁がその行く手を阻んだ。

 

「逃がしませんわ!」

 

「生憎とこっちは次が控えてんのよ」

 

逃亡を防いだライラとエドナ。そしてその隙を逃さず、決着をつけるべく霊応力を解放したスレイとミクリオがそれぞれファントムへと肉薄する。

 

「逃がしはしない!」

 

ミクリオが三発の水弾を放ちファントムを怯ませる。続けて得物である長杖に水の霊応力を収束させ青く輝く長杖を投槍の要領でファントムへと投擲する。

 

「クリアレスト・ロッド!」

 

長杖に貫かれファントムの姿は完全に搔き消える。

 

一方のスレイも得物である儀礼剣へ白い雷を纏わせファントムへと斬りかかる。

 

「刃よ吼えろ!」

 

連続斬りを叩き込み、トドメとばかりに剣を両手持ちで飛び上がりながらの斬りあげで真下からファントムを両断する。

 

「雷迅双豹牙!」

 

その一撃により決着はつき、キルフ村に響く怨嗟の声は止み、廃村は静けさを取り戻した。

 

 

 

__________________________________________

__________________________________________

 

 

 

「いやぁ、順調! 順調! この調子なら水の試練も楽勝なんじゃない?」

 

「ふん……何言ってやがる。さっきの戦いで一番ピンチで喚いてただろうが」

 

「ちょっ!? 何さ何さ! 折角いい調子で勝てたんだから水差さないでよね!」

 

「むしろお前に関しては先が思いやられるよ。あの調子だとな」

 

「はぁあ!? そういう事言っちゃいますか!? そもそもアンタだってあたしと融合してたんだから連帯責任じゃん! アンタだってミクリオみたいに上手く対応できてた訳じゃ無いじゃんか!」

 

「…………チッ」

 

「あー! それよそれ! 都合悪くなると舌打ちとダンマリですか! そーですか!」

 

「まぁまぁ、お二人とも……」

 

緑溢れ空気の澄んだ青空の下、一同はレイクピロー高地を徒歩で進んでいた。

先程の廃村であるキルフ村での憑魔との戦いを終え次なる目的地であるモーガン大滝へと向かっているのである。

 

先程の憑魔ファントムとの戦いを振り返りポジティブな発言をしたロゼに対して苦言を呈したデゼル。その言葉に頬を膨らませ不満げに反論するロゼ。

 

大きな声で食ってかかるロゼだがその口調にはトゲは無くいつもの二人のじゃれあいの延長線上のものだと他の皆は苦笑いで様子を見守っていた。

 

「そうだ。キルフ村はこの後どうなるの?」

 

ふと疑問を覚えたのかスレイがアリーシャへと問いかける。

 

「浄化は完了したがキルフ村には折を見て、レディレイクから司祭を派遣して亡くなった者達へ祈りを捧げ、丁重に弔おうと思う」

 

「それが良いな。確かに穢れは祓ったかもしれないが、それでも亡くなった人達は人間のやり方でちゃんと弔ってあげないとな」

 

「あぁ、そして生き延びた村の者達がいつかキルフ村を再建できる様にこれからも尽力したいと思う」

 

アリーシャの言葉に同意する晴人に彼女もまた力強く頷く。

 

「でもまぁ、真面目な話も大切だけど、今日はこれからまだ一仕事ある訳だし、あんま肩に力入れすぎ無いようにね」

 

「お前はもう少し普段から肩に力をいれるべきだと思うがな」

 

「それまだ言う? ねちっこい姑かアンタは」

 

そんな二人にロゼが口を挟むがそれに対してデゼルが再び苦言を呈する。

 

そんな二人に一同は顔を見合わせ再び苦笑する。

 

「まぁ、でも危ない場面があったとは言え、特に怪我する事もなく上位憑魔に勝てたんだ。調子に乗るのは良くないが自信は持ってもいいんじゃないか?」

 

「あぁ、特にスレイとミクリオ殿の連携は見事だった。あの引き寄せる能力に見事に対応し勝機を作ったのだから」

 

「スレイを囮にして神衣を解除したミク坊の奇襲。確かにアレは上手い策だったよなぁ」

 

晴人、アリーシャ、ザビーダはファントムとの戦いで二人が見せた対応を思い出し賞賛する。

 

「天響術の使い方もお見事でしたわ。アイスシアーズは元々二本の氷の刃で対象を断ち切る術ですがあの様に使うとは」

 

「ま、ミボにしては中々なんじゃないの。今回は75点ってとこね」

 

「だからなんでエドナが偉そうなんだ……まぁ僕としても足手纏いになるつもりは無いからね。日々、色々と試行錯誤はしているつもりだよ」

 

そう言って少し自嘲した言葉を零すミクリオ。その言葉にアリーシャは首を傾げる。

 

「ミクリオ殿? 我々は別に足手纏いなどとは……」

 

「勿論それはわかっているよ。けど、ここにいる天族の中で僕が一番、経験も知識も足りていないのは事実だ。だからこそ研鑽は必要なんだ」

 

その言葉にこの場にいる面々にあまり詳しく無い晴人が反応する。

 

「へぇ、ミクリオってここにいる天族の中で一番歳下なのか」

 

天族組の中で外見の年齢で言えばエドナの次に若く見えるミクリオではあるが以前エドナの実年齢の話題が出た事もあり、外見はあてにならないと思っていた晴人は率直な感想を述べる。

 

「ミクリオはオレと同じで20歳だよ。オレとミクリオは赤ん坊の時、一緒に拾われて育ってきたからね」

 

「拾われた?」

 

スレイの言葉に引っかかりを覚えた晴人は思わず聞き返す。

 

「ジイジ……オレ達の故郷、イズチの長老でオレ達の育ての親なんだけど、ジイジが言うには20年前に赤ん坊のオレたちを里の近くで拾ったらしい」

 

その言葉に今度はロゼが反応する。

 

「へぇ、二人が仲の良い幼馴染なのは知ってたけど赤ん坊の頃から一緒だったんだ。でも、イズチってレイクピロー高地の先のマビノギオ山岳にあるんでしょ? あそこって、ただでさえ恐ろしい標高に加えて確か迷いの森を越えなきゃ行けないんじゃなかったっけ? そんな場所で赤ん坊が拾われるなんて事あるの?」

 

そんなロゼの疑問にスレイとミクリオは苦笑する。

 

「そこに関してはジイジははぐらかすんだよなぁ」

 

「少なくとも人間であるスレイには両親もいるはずなんだがジイジはあまりその事を話したがらないんだ」

 

「ふーん、気になったりしないわけ?」

 

「そりゃあ気になるか気にならないかで言えば気になるよ? でもジイジだって意地悪で秘密にしてる訳じゃ無いし、きっと理由があると思うんだ。だからオレはジイジが話してくれるまで待つつもりだよ」

 

そう言って笑うスレイの表情には自身の育ての親への絶対的な信頼があった。

 

「(両親か……まぁ本人がこう言っている以上、周りが変に湿っぽくなるのも違うよな)」

 

晴人もまたその話を聞いて『両親』の部分に思う所はあったがスレイ自身の言葉を聞いて同情的な反応はかえって失礼と思い、内心で言葉を飲み込む。

 

その時、今度はライラが懐かしむように口を開いた。

 

「それにしても、この場所を歩いているとスレイさん達と出会った頃を思い出しますわ」

 

その言葉に一同の視線がライラへと注がれる。

 

「あー、そう言えばレディレイクの加護を取り戻すために、前もここに来たもんね」

 

「懐かしいですね。まだそれほど経った訳でもないですが、とても昔の事に感じられます」

 

ライラの言葉に懐かしげに反応するスレイとアリーシャ。その言葉に晴人が問いかける。

 

「ん? 前にもここに来た事あるのか?」

 

「正確には今回目指しているモーガン大滝の更に高い場所にある『ガラハド遺跡』に用があったんだ。あの頃はレディレイクの加護を取り戻そうとしていたんだが、加護天族であるウーノ様に宿る器が無くてね」

 

「ですので水の天族であるウーノさんが器にできる清らかな水を求めて、清浄な水が祀られる『ガラハド遺跡』へとやってきたのですわ」

 

「あの頃に比べると大分状況も変わったなぁ……前は大臣達とも折り合い悪かったから目立たない様に行動しなくちゃいけなかったし」

 

「それが今や騎士団も協力的だからね。やはり支援を受けられると立ち回り易い」

 

独力で動いていた以前とは違い、今は評議会からも一定の支持を得られた事もあり、公然と活動できるようになった事は大きい。

 

実際、今もレイクピロー高地でモーガン大滝の近隣に駐屯していた部隊に馬を預け、キルフ村での報告も済ませスムーズに試練神殿へと向かえているのだ。

嫌がらせを受けていた以前に比べれば雲泥の差だろう。

 

「ふっふっふっ……でもアリーシャ的には少し残念なんじゃない?」

 

「ん? 残念とは……何が?」

 

ニヤニヤと笑いながらそう言ったロゼにアリーシャは首を傾げるが……

 

「だって前みたいにお忍びじゃ無くなってハルトのバイクに二人乗りできなくなっちゃったしぃ〜?」

 

その言葉にアリーシャの顔が赤く染まる。

 

「なぁ!? あ、アレは別にそんな意図は……」

 

「えぇ〜? でも前も馬車に乗らないで当然のように2人乗りしようとしてたじゃ〜ん」

 

「だからアレは、ついそれまでの慣れで……」

 

「つまり『ハルトの後ろは私のものだ!』……と?」

 

「言ってないだろうそんなこと!?」

 

顔を赤くしながら必死に反論するアリーシャをロゼは面白そうにのらりくらりと躱しながらも的確に言葉のカウンターを放ち更にアリーシャの顔を赤くさせていく。

 

明らかにからかわれているのだが相変わらずその手の話題に免疫のないアリーシャは完全に術中にハマっている。

 

そんな二人のやりとりを微笑ましそうに見つめながらライラが口を開く。

 

「フフ……以前訪れたときよりも少しばかり賑やかになりましたわね」

 

「騒がしいとも言うわね」

 

「そう言うなよエドナちゃん。旅は道連れ、賑やかな方がいいもんさ」

 

「ザビーダさんの言う通りですわ。前は3人でしたが、やはり賑やかな方が楽しいですし」

 

そう言ったライラの言葉に晴人が反応する。

 

「3人? 導師になった頃ならスレイとミクリオとライラとアリーシャで4人とかなんじゃないのか? さっきの言い方からして遺跡に行った時はアリーシャも一緒だったんだろ?」

 

その問いかけにアリーシャはなんとも言えない表情を浮かべる。

 

「いや、確かに私も同行はしていたが……」

 

「なんと言いますか……」

 

歯切れの悪いアリーシャとライラに当時を知らない他のメンバーは首を傾げる。そんな一同にスレイが苦笑いしながら口を開く。

 

「あははは……あの時はオレとミクリオ、喧嘩しちゃっててさ……」

 

「僕はそれで別行動していたんだ」

 

そう言った二人にロゼは意外そうな表情を浮かべた。

 

「へぇ、意外。二人って仲良しだし何かと熱中して議論になる事はあっても喧嘩とかするイメージ無かったけど」

 

「あの時は、スレイさんは導師となったばかりでミクリオさんを陪神とする事に……いえ、導師の使命に巻き込む事に悩んでいましたから」

 

「なるほどねぇ……そんで、ミク坊としてはそこで遠慮して気を遣われたのが逆に嫌でギクシャクして喧嘩になったって訳か」

 

「男の意地ってやつ? イマイチわからない世界よね……」

 

「そんな事ありませんわ。若さ故の衝突、まさに青春!」

 

「ライラ……なんか視点がおばさんっぽい」

 

「お、おばっ!?」

 

ロゼのツッコミに項垂れるライラ。それに苦笑しながらも晴人はアリーシャに問いかける。

 

「それで、喧嘩した結果、スレイとアリーシャとライラだけで遺跡に向かったって訳か。大丈夫だったのか? それって火の属性を持つライラしかいないって事だろ? 火に耐性のある憑魔が相手になったら厳しいんじゃないのか?」

 

今でこそ4つの属性を司る天族達が味方になっている為、相手に合わせて有利となる立ち回りができるが、それは逆に言えば4人揃うまでは苦戦を強いられる状況が生じ易いという事だ。

 

その問いかけにアリーシャも頷く。

 

「あぁ、遺跡には火に対して耐性を持つ憑魔が大量にいて苦戦を強いられた。だが……」

 

「そこに現れたミクリオさんとスレイさんが力を合わせて水の神依の力で憑魔を浄化してみせたという訳ですわ」

 

「なるほど、それで結果的に仲直りできたのか。雨降って地固まるというやつか」

 

「えぇ、初めての神依だとは思えないほど息が合っていて、やはり2人は親友なのだと感じました」

 

「いや、まぁあのくらいは……」

 

「長い付き合いだしね……」

 

過去を思い出しながらそう賞賛するアリーシャにスレイとミクリオは恥ずかしそうに笑いながら頬をかく。

 

「しかし神依を使ったという事はその時点で『神器』を持ってたって事か。意外だな、ライラは兎も角、ミク坊はそこら辺の事情には詳しく無いと思ってたが」

 

意外そうに言葉を漏らすザビーダに晴人は首を傾げる。

 

「『神器』? なんだそれ?」

 

「あぁ、そう言えばお前さんにはそこら辺説明した事無かったか。神依の時に使ってる武器があるだろ? 」

 

そう言われて晴人はスレイ達が使う神依の武器を思い出す。

 

「火は大剣、水は弓、土は籠手、風は……剣の羽みたいな感じだったよな?」

 

「あぁ、あれは元々、神器って言われる霊力を操作する術式が刻まれた特殊な武器が形を変えたものでな。その神器と神器に対応した属性の天族が揃う事で神器を元にした神依が完成する訳だ」

 

「へぇ、普通に変身してると思ってたけどそういうのが必要だったのか……俺にとってのドライバーと指輪みたいなもんか」

 

「アンタの喧しいベルトと一緒にされるのも中々複雑ね……」

 

ボソリと呟くエドナだがそんな彼女に苦笑しつつもスレイがザビーダの問いかけに返答する。

 

「いや、水の神器はガラハド遺跡に祀られてたんだ。そう考えると本当に運が良かったのかも」

 

「確かにね。清浄な水を祀る遺跡なのは知っていたが……」

 

「別にいいんじゃない? 結果的に仲直りの切っ掛けになって話が上手く纏まった訳でしょ? 儲け物と思っておきなよ」

 

「それはまぁ……お互い腹を割って話す切っ掛けになったのは事実だが……」

 

身も蓋も無いロゼの言葉にミクリオは面食らった表情を浮かべる。そこに続く様に晴人が口を開く。

 

「何にせよ仲直りできたのならそれに越した事は無いさ。仮に別々の道を行く事になったとしても友達と喧嘩別れなんてするもんじゃないからな。すれ違ったまま、それっきりになったら、それは心のどこかに引っかかり続ける事になるからさ」

 

「ま、言いたい事を言えず終いってのは嫌なもんだわな」

 

『…………』

 

どこか実感のこもった晴人の言葉にザビーダもまた短い言葉で同意し、ロゼ、デゼル、ライラ、エドナの四人もそれぞれ思い当たる事があるのか口を噤んだ。

 

そんな中でもスレイは明るく胸を張りながら返答する。

 

「大丈夫だって! オレとミクリオは世界中の遺跡を冒険するって同じ夢があるからさ! これからだって喧嘩する事はあってもずっと一緒だよ!」

 

そう言い切るスレイの表情には微塵の曇りもなく彼が自身とミクリオの友情に絶対的な信頼を持っている事を感じさせた。

 

だが……

 

「ずっと一緒……か」

 

「……? ミクリオ殿、どうかされたのですか?」

 

そんなスレイの言葉をミクリオはどこか上の空で憂いた様に反芻する。そんなミクリオの反応に疑問を持ったのかアリーシャがどうしたのかと問いかける。

その言葉にハッとした様にミクリオはすぐに表情を取り繕った。

 

「い、いや! これからもスレイの無茶に付き合わされると思ったら少し憂鬱になってね」

 

「あー! なんだよその言い方! オレだっていつまでもミクリオに迷惑かける様なことしないって!」

 

「だといいけどね。スレイの無茶が治るとは僕には思えないけど」

 

「なんだよ! オレだってミクリオを助けた事だってあるじゃないか!」

 

「スレイが一回僕を助けるまでに僕はスレイを何回も助けてると思うけどね」

 

 

いつのまにかギャーギャーと言い争いを始める二人。

 

「す、スレイ!? ミクリオ殿!?」

 

「はぁ……言ってるそばから喧嘩してるし……男ってホント……」

 

「じゃれ合いみたいなもんだ放っておけ」

 

言い合いを始めた二人にあわあわとするアリーシャ。エドナとデゼルは呆れながらも我関せずとスルーを決め込む。

 

「おーい、仲が良いのは結構だけどそろそろ目的地みたいだぞー」

 

そんな一同にロゼから声がかけられた。

会話を止めると確かに滝の流れ落ちる音が一同の耳に届く。

一同は表情を引き締めると歩みを早めた。

 

 

_________________________________________

 

 

「おぉ、これがモーガン大滝か……」

 

流れ落ちる巨大な滝。それを見た晴人は思わず感嘆の声を漏らした。

 

彼の住んでいた日本にも滝はあるがそれらと比較しても簡単にはお目にかかれないほどの巨大な滝は異国ならではの光景だろう。

 

「これだけの高さを誇る滝なら確かに裏側に遺跡があったとしてもおかしくはないか」

 

「まぁまだ試練神殿って決まった訳じゃないけど調べてみる価値はあるよね」

 

「いや、それに関してはほぼ確定と考えて良いと思うぜ」

 

スレイとミクリオの言葉に答えながら晴人は取り出した指輪、ウィザードリングを一同に見せる。

 

晴人の手のひらに乗せられた指輪は以前の火の試練神殿の時と同様に共鳴する様にチカチカと点滅を繰り返している。そして対応する指輪の持つ属性は青く輝く水の指輪だ。

 

「なるほどわかりやすいな」

 

「よっしゃ! 骨折り損にはならなそうだし気合い入ってきたかも!」

 

晴人の言葉にロゼはグッと拳を握り前向きな言葉を放つが……

 

「で? どうするんだ? 滝の裏側って事は泳ぐのか?」

 

「うっ……気合いが抜けてきたかも……」

 

「速いなオイ……」

 

目の前の巨大な滝は横から回り込める様な地形ではなく、その巨大さ故に滝壺も広く、深い。滝の裏側に向かうには普通に考えれば泳いでずぶ濡れになることは避けられないだろう。

その事実にロゼはゲンナリとした表情を浮かべる。

 

そこにミクリオが一歩前へでる。

 

「任せてくれ。これは僕の試練だからね」

 

そう言いながらミクリオは獲物の杖を構え集中すると足元に水色の魔法陣を展開する。

 

「ハァッ!」

 

展開された魔法陣より生じた氷の霊力を杖へと収束させ滝に向けて振るう。

 

すると……

 

「おぉ! 氷の道ができた!」

 

ミクリオが放った氷の霊力により滝へと一直線に水面が氷結し氷の道を作り出す。その光景にロゼは感嘆の声を零す。

 

「さっすがミクリオ! ……でも落ちてくる水で濡れちゃうな……あっ! ねぇ、エドナ? お願いが……」

 

「傘なら貸さないわよ。自前のフードで我慢なさい」

 

「えー……ケチー!」

 

「フフッ……貸さない……傘だけに……流石エドナさん、お上手ですわ!」

 

「ッ……ククッ」

 

「オイ、なんか意図してない所でオヤジギャグ愛好家2名がツボってんぞ」

 

「あ、あははは……」

 

子供の様なやり取りをを繰り広げる二人に対して何故か謎のスイッチが入って笑いを浮かべるライラとデゼル。

そんな光景をザビーダは若干引き気味に見守り、スレイは乾いた笑いを零した。

 

「……別に褒めて欲しい訳では無かったけど……オヤジギャグに話題を持っていかれるのも辛いものがあるな……」

 

「だ、大丈夫ですよミクリオ殿! 日頃のミクリオ殿の修練の成果、素晴らしかったです!」

 

「あぁ、もっと自信持っていいからなそんなに凹むなって。お前はちゃんと凄いって」

 

自分の頑張りがしょーもないオヤジギャグに話題を持っていかれズーンと項垂れるミクリオ。晴人とアリーシャは慌ててフォローに回る。

 

「いいから凹んで無いでさっさと滝の水まで何とかしなさいミボ。このままじゃ、私が濡れるでしょ。そこまでできて及第点よ」

 

「くっ、なんで偉そうなんだ……わかっている。最初からそのつもりだったんだ」

 

ミクリオは気を取り直して再び杖を構え再び魔法陣を展開する。

 

「水よ……!」

 

霊力の収束した杖を今度は流れ落ちる滝へと向ける。すると流れ落ちる滝は氷の道を避けるように左右へと別れ滝の奥にある遺跡への入り口がその姿を現した。

 

「おお! ナイス、ミクリオ! これで濡れずに済む!」

 

「ハァ……俺様としては……」

 

「服を濡らした女性陣が見たかったって話ならもう聞き飽きたからな?」

 

「お? ハルト、中々俺の事がわかってきたじゃねぇか」

 

「悲しい事にな」

 

試練神殿を前にしても、あいも変わらないザビーダの軽口に晴人は小さく溜息を零した。

 

__________________________________________

 

 

「おぉ、なんというかこりゃまた凄いねぇ」

 

「あぁ、とても神秘的な光景だ……」

 

滝の裏にある入り口から奥へとたどり着いた一同。そこに広がる光景にロゼとアリーシャは思わず感嘆の言葉を漏らす。

 

遺跡の内部は巨大な空洞となっており、上を見上げると遥かに上まで空間が広がっていた。

 

晴人達が立つ場所から視認するのが難しい程の高さを至る箇所から水が流れ落ち、遺跡へと立ち入ったばかりの一同の足元を濡らしている。

 

薄暗い遺跡の中を僅かに水色の光源が照らしており、遺跡全体を幻想的な雰囲気が包み込んでいた。

 

「なんか水が色んな所から流れてるけど大丈夫なのこれ? 壁が壊れて水で溺れたりしない?」

 

「いや、遺跡の外壁を見る限り全く滝による侵食は見られない」

 

「これだけ古い遺跡なのに侵食を受けてないって事は天響術が使われてるって事かな?」

 

「だろうね。つまりこの遺跡もアヴァロスト時代の代物という事だ」

 

そう言いながら頭上を見上げたミクリオが小さく言葉を零す。

 

「どうやら今回は上を目指す事になりそうだね」

 

恐らくは一同が立つ場所は遺跡の中心部なのだろう。

頭上を見上げると、吹き抜けになっている空洞の壁の至るところから、石造りの道が更に高い位置を目指す様に伸びている。つまりは今いる空洞の外側には幾つもの部屋があり、頭上の道は部屋と部屋を繋いでいる複雑な構造ということだ。

 

となれば下を目指す事になった前回の火の試練とは逆に今回はひたすら上を目指していくということになる。

 

「うぇー……メッチャ高いじゃん。これ流れ的に一番上まで行かなきゃいけないやつだよね? 絶対大変じゃん」

 

「まぁ試練だしね」

 

予想される今後に早くも気怠げに項垂れるロゼ。アリーシャはそんな彼女の姿に苦笑する。

 

そんな時……

 

 

「ほう……導師がこの地に訪れるのは久しぶりだ」

 

突如、響いた聞きなれない声に一同が一斉に振り返る。するとそこには……

 

「貴方は……?」

 

以前の試練神殿で出会った火の護法天族エクセオと同じく白い法衣を纏い仮面で顔を隠した人物が立っていた。

 

「水の五大神アメノチ様に仕える護法天族、『アウトル』だ。水の試練神殿ルーフェイへよくぞ訪れた。新たなる導師」

 

「あ、導師のスレイです」

 

「主神のライラです」

 

アウトルの言葉に二人はすぐさま名乗り頭を下げる。

 

「へぇ、前のエクセオって人は憑魔に化けて出てきたけど今回はいきなりなんだ」

 

「ろ、ロゼっ!? 」

 

一方のロゼは前回との違いを率直に口に出すが、一方のアリーシャはあまりにも砕けすぎなロゼに焦った表情を浮かべる。

 

「ふっ……同じやり方では芸が無いからな。君達の事はエクセオから聞き及んでいる。導師と従士と天族、それ以外にも今回は特殊な者達がいるとな」

 

そう言ってアウトルは晴人とアリーシャを一瞥する。その言葉からして、どうやら護法天族は何かしらの手段で連絡を取り合えるようだ。

 

「こっちの事情を知ってるって事か。まぁ何回も説明する手間が省けるけどさ」

 

そう言って肩をすくめる晴人。そこにスレイがアウトルへと問いかける。

 

「あの、オレ達は水の秘力とハルトの力を探してここに来たんですけど、どうしたら秘力を授けて……」

 

貰えるのか? そう言おうとしたその時……

 

 

 

 

『オオオオオオオオオォォォォ!!!』

 

『ッ!?』

 

頭上より響いた激しい叫び声が遺跡の中を駆け巡った。

 

「な、なに今の!?」

 

「叫び声!? けどなんで!?」

 

「もしや、誰かが迷い込んで!?」

 

警戒しながらも一同は事態を把握しようとするが……

 

「安心していい。今の叫びはこの遺跡に封じられた憑魔のものだ」

 

なんて事も無いようにアウトルが静かな声でそう告げる。

 

「憑魔? 今のが?」

 

「あぁ、この遺跡の一番奥にある部屋に封印された憑魔……その名を『アシュラ』。君達にはその憑魔を浄化してもらいたい。それが秘力を授ける試練だ。言っておくが前回のエクセオの様にこちらが化けた偽物では無い。気を引き締めて臨む事だ」

 

そう告げたアウトルにライラ、ザビーダ、エドナは訝しげな表情を浮かべる。

 

「アシュラ……? 聞いたことの無い憑魔ですわ」

 

「恐らくは変異タイプか……気は抜けないぜ、こりゃ」

 

「まぁ、戦うのはワタシじゃなくてスレイとミボだし関係無いけどね」

 

「見事に他人事!」

 

傘を差してクルクルと回すドライなエドナにロゼとミクリオは呆れた視線を向けるが……

 

「いや、今回のアシュラとの戦いには2人の他に従士、そして魔法使いと姫にも参加してもらう」

 

アウトルの口から放たれた言葉に一同は驚いた表情を浮かべる。

 

「え? あたし達が参加していいの?」

 

「まぁ、手伝えるならこっちとしても望む所だけどさ」

 

ロゼと晴人は意外そうにそう言うが、一方のアリーシャはどこか不安そうな表情でアウトルに問いかける。

 

「あの……アウトル様、もしやハルトの事を何か疑っているのでしょうか?」

 

以前の火の試練でもエクセオはファントムを宿した晴人を試すべく力の試練に参加させた。結果としてエクセオは晴人の事を認めてくれたがだからと言ってアウトルもそうだとは限らない。

 

そんな不安で晴人の事を案じたアリーシャだが……

 

「そういう訳では無い。エクセオの判断は信用している。だからこそ君達が参加する必要があると判断した」

 

どこか含みを持たせた意味深なその言葉に一同は首を傾げる。

 

「力の試練はアシュラを浄化するって事ですよね? じゃあ心の試練は?」

 

そう問いかけるスレイだがアウトルは首をゆっくりと横に振る。

 

「それを言ってしまったら試練にはならない。

心の試練が何かはこの神殿を進めば自ずとわかる。では、導師よ。進むといい」

 

そう言ってアウトルは正面の扉へと視線を向ける。

 

「はい! 」

 

スレイは威勢よくそれに応え、一同は奥の部屋へと歩みを進めた。

 

一同がいなくなり一人残されたアウトル。

 

そこに再び叫び声が鳴り響く。

 

『何処だァ!? オレの剣ハ……オレノ剣ハドコダァァァ!?』

 

響き渡るその声にアウトルは頭上を見上げた。

 

 

 

「きっと……君は私を恨むのだろうな……」

 

そう小さく零したアウトルの手には一振りの剣が握られていた。

 

 

 

 

 




あとがき

ジオウ4話
フジ「イグアナを選ぶとかタイムジャッカーは不遇玩具の怨念でも司ってるのか?」
ジオウ10話
フジ「キャッスルドラン……これは不遇玩具の怨念ですね間違い無い」(注:キバは大好きです)
スウォルツさんはパワードイクサとアクセルガンナーとライドブースターが合体した戦隊ロボみたいなので出てこねぇかなぁ(期待)

ジオウのゴースト編がやりたい放題の破壊者と寺生まれのT殿といつも通り急に現れてキレるマコト兄ちゃんで面白過ぎる。今後も楽しみです

今年の更新は恐らくは今回が最後になると思います。どんより食らった様な更新速度で申し訳ありませんが。宜しければ来年も今作にお付き合いください

では、よいお年を


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39話 堕ちし修羅 後篇①

フッ!!!!ハッ!!!!!俺!!!!何故更新しない!!!!!(マコト兄ちゃん式自戒)

最近、リア友がシノビやクイズやキカイのネタバレをしてきてどいつもこいつも我が救世主ルートの未来人だと言う驚愕の事実が発覚した今日この頃です

では新年1発目(春)の最新話です

祝え!39話!まさに更新の瞬間である!(ウォズ並感)


 

 

 

 

 

 

「うわぁ!流石は古代アヴァロスト時代の遺跡! 造りが凝ってるなぁ!」

 

「イグレインとはまた違ったデザインだね。やはり信仰する対象が違うと遺跡の装飾にも違いが出てくるみたいだ」

 

「壁の模様とかも違うもんな! ほら!あの眼みたいな石像とか!」

 

遺跡の内部を進む一同。

そんな中、スレイとミクリオは相変わらずの遺跡好きの一面を発揮し足を止めてルーフェイの遺跡について語り合っている。そんな2人に釣られて他の一同も足を止める。

 

「相変わらず遺跡絡むとテンションたっか……こっちそういうのさっぱりわからん……略してさぱらん」

 

「そのさぱらんってやつは流行らせたいのか?……というか、普段からあんなテンションのお前がそれを言うのか」

 

「え!? 普段のあたしって側から見るとあんな感じなの!?」

 

「割とな」

 

そんな2人の熱量について行けず引き気味のロゼだが傍のデゼルにお前も普段はあんな感じだろうと言われ驚愕に顔を染める。

 

「まぁ、遺跡云々はよくわかんないけど珍しい遺跡なんだろ? いいんじゃないのか貴重な経験なんだし」

 

「こっちとしてはさっさと終わりにしたいところだけどね……こんなジメジメした場所に長居したく無いわ」

 

「まぁ、そりゃ試練を与える場所が居心地が良いとは俺も思わないけどさ」

 

気怠げなエドナの言葉に晴人も同意する。

確かにあまり経験した事の無い体験をしているが気を張らなくてはいけない場所に長居したいとは思わないのが普通だろう。

 

「兎に角!まずはちゃっちゃっとあのアウトルって人が言ってたアシュラって憑魔を浄化しちゃおうって! 遺跡見て回るならその後でいいっしょ!」

 

「あ! 待ってくれロゼ!確かこの先は!」

 

そう言ってロゼがずんずんと先頭を切って奥へと進もうとする。アリーシャはそれを呼び止めようとするが時既に遅く……

 

ブゥン……

 

「……へ?」

 

等間隔で壁に設置された石造りの眼。

 

その前を通り過ぎた瞬間、眼は青く輝き、次の瞬間一同が青い光に包まれる。

 

そして……

 

「あ……あれ?」

 

「ここは……」

 

「先程の……」

 

気づけば一同は先程アウトルと会話した巨大空洞の場所へと戻って来ていた。

 

「な、何今の!?」

 

事態が飲み込めずに混乱するロゼ。それに対してスレイ達が冷静に返答する。

 

「多分だけど、遺跡の罠……かな?」

 

「恐らくは天響術を用いた転移の仕掛けだろう」

 

「遺跡に忍び込んだ盗賊は奥に進もうとしても気がついたら入り口に戻されたって言ってたもんな」

 

「あぁ、恐らくは今の仕掛けのことだろう。試練神殿に訪れた天族を試す為の天響術による仕掛けだ」

 

一同の言葉にロゼは困ったように頬を掻く。

 

「えぇっと……つまりどうすればいいわけ、それ?」

 

そんな彼女の問いにミクリオが口を開く。

 

「任せてくれ。僕に1つ策がある」

 

__________________________________________

 

そして再び先程の通路に戻ってきた一同。

 

次の部屋へと続く道の壁には先程と変わらず等間隔で石造の眼が設置されている。

 

「あの眼が転移の罠だな」

 

「天響術により生物と同じ眼としての機能を備えてるのだと思います。あの眼の前を通って視認されれば転移の術が発動する様になっているのかと」

 

先程の状況から壁の眼が怪しいと睨んだザビーダとライラ。2人の言う通り壁には等間隔で石造りの眼が設置されており普通に通過すれば罠を起動してしまう事が察せられる。

 

「うーん……前の遺跡は燭台に正しい順番で天響術の火をつけていく仕掛けだったけど、これって水の力でなんとかなるもんなの? あたし、全然どうすればいいのかわかんないんだけど?」

 

そう言いながらロゼは首を傾げる。

他の面子も想像できないのか答えを求めてミクリオに視線を向ける。

 

「まぁ、見ていてくれ」

 

そう言ってミクリオは足元に魔法陣を展開する。

 

「《霊霧の衣》!」

 

その言葉と共に一同の体を巨大な水の泡が包み込む。

 

「これは……」

 

「説明は後だアリーシャ。悪いがこの術はあまり保たない。早く次の部屋へ」

 

そう言ってミクリオに先導され一同は通路を歩き次の部屋へと到達する。それと同時に一同を包んでいた水の泡は音を立てて破裂した。

 

「おぉ!無事に突破できた! ……でも何で?」

 

罠を作動せずに突破できた事に喜びつつもロゼは首を傾げる。

 

「この術は対象を水で覆って水の膜で光の屈折を調整する事で……」

 

そんな彼女にミクリオは得意げに解説を始めるが……

 

「あぁ、そういう細かい理屈はパス。どういう術かだけ解説ヨロシク」

 

「…………」

 

「み、ミクリオ殿! 私は興味あります! 後で是非教えてください!」

 

ロゼの容赦の無い一刀両断に再び項垂れ凹むミクリオ。そんな彼にアリーシャが慌ててフォローに回る。そんな彼女の言葉に気を取り直してミクリオは咳払いをすると説明を再開する。

 

「…………要はさっきの水の膜で覆われると外からはそこに何も無い透明に見える術を作ったんだ。水の膜で覆われてる者同士は見えるように調整してるけどね」

 

「へー、それであの眼を誤魔化した訳か」

 

「その通りだ。けどまだ未完成でね。その場で動かないだけなら長持ちするけど移動してしまうとすぐ壊れてしまうんだ」

 

「成る程、現状では使い道が限られてると言う訳か」

 

「ですが、それであの眼の仕掛けを突破できました。ミクリオさんの日頃の研鑽の賜物ですわね」

 

「いやいや大したもんだぜミク坊! 透明になるなんて男の夢が広がる術じゃねぇの」

 

ミクリオの術に賛辞を送るライラとザビーダ。だが傍に立つ晴人は心なしか白い目でザビーダを見つめる。

 

「……因みにその男の夢ってのは?」

 

「そりゃお前決まってんだろ。女湯に……」

 

ズドォ!

 

次の瞬間、問答無用でエドナの傘がザビーダの笑いのツボに叩き込まれた。

 

「ギャハハハハ! え、エドナ……て、テメェ……ハハハハハハハハハハ!」

 

首を抑えながら笑い転げるザビーダ。

一同はそんな彼を白い目で見つめる。

 

「今のはお前が悪い」

 

「同感ですわ」

 

辛辣な言葉を投げかける晴人とライラだがザビーダは笑いのツボから復帰しながらも悪びれず言葉を続ける。

 

「なんだよ。男としてはむしろ健全だろうが、そういう動機は。俺だって昔は女湯を覗きたい一心で飛ばした風を読む特訓をだな……」

 

「え……そ、そうなのですか? ミクリオ殿……?」

 

「……アリーシャ、頼むからあの男の言う事を真に受けないでくれ。そして僕を同類に見ないでくれ」

 

平静を装おうとしながらもあからさまに少し引き気味で尋ねてくるアリーシャ。そんな彼女にミクリオは再び項垂れる。

 

「……もしかしてアンタも昔は女湯が気になって風を操る訓練を……」

 

「する訳無ぇだろうが!」

 

一方で予期せぬ流れ弾がデゼルを襲う。

そんな混沌とした状況を眺めながらスレイは苦笑いを浮かべた。

 

「あはは……でもミクリオの術で仕掛けは突破できるってわかったしこれで一安心だな」

 

「確かにね。よっしゃ! この調子で速攻で上まで辿り着いちゃおう!」

 

そう言ってロゼは握りこぶしを掲げ、元気に宣言したのだが……

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

「あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"イライラするぅぅぅ!!」

 

数時間後、そこには怨嗟の声をこれでもかと漏らして叫ぶロゼの姿があった。

 

「……落ち着け、女が出していい声じゃなくなってるぞ」

 

「だってさぁ!? あれから何回スタート地点に戻されたと思う!? 流石にクドイわ!」

 

頭を抱えて「うがー!」と叫ぶロゼ。他のメンバーも乾いた笑いを溢す。

 

「まぁ確かに……」

 

「少し意地悪に感じるかなぁ?」

 

歯切れ悪くそう答えるアリーシャとスレイだがその言葉にロゼがカッ!と目を見開く。

 

「少し!? こんだけ何回もスタート地点に戻されて少し!? 明らかに仕掛けの配置に悪意があるわ! ただでさえ遺跡の中に封じられてる憑魔と戦ってるのに何が楽しくてこんな繰り返し嫌がらせを受けなきゃならないのさ!? この仕掛け考えた奴、絶対性格悪いでしょ!?」

 

一息にまくし立てるロゼ。その勢いからかなりの苛立ちがわかるがそれも無理もない。

 

数時間をかけ一同がたどり着いた現在いる部屋の場所は目的地までの進行度で言えば7割ほどの場所である。

 

これだけ聞けば時間がかかりすぎると感じるかもしれないが一同がこの部屋に到着するまでに仕掛けに引っかかった回数は両手の指では足りない程だ。

 

最初の転移の仕掛けは一直線の通路の壁に配置されていた事もありミクリオの術が有効な内に一気に通り過ぎてしまえばいいだけだった。

 

だがその後も簡単にとはいかなかった。

 

その後訪れた広い部屋の壁には至る所に転移の仕掛けの眼が配置されていたのだ。

ミクリオの術の効果時間では広い部屋を一気に突っ切る事は出来ず、部屋の中で何回かに分けて術をかけ直す必要があったのだが、なにぶん部屋の壁の至る所に転移の眼があり……

 

眼の仕掛けの範囲外の安全地帯を見誤り術を解除し転移の眼が……

 

術の効果時間を誤り転移の眼が……

 

進んでは戻されを繰り返す苛立ちで凡ミスをして転移の眼が……

 

そんな事を一部屋ずつ何回も繰り返し、しかも進めば進むほど先の部屋は仕掛けの数は増えていく始末。

 

気分はまるで『ふりだしに戻る』のマスばかりの双六である。どう考えても苦行でしかない。

 

比較的温厚なメンバーが多い一同ではあるが流石にスレイやアリーシャですらこの仕掛けの多さに悪意を感じ乾いた笑いを浮かべている。

 

「だが、少しずつ進展はしている。これまでの各部屋の仕掛けの位置は完全に把握したからたとえ戻されてももう仕掛けにかかることは無いだろう」

 

そんな中、ミクリオは冷静に手に持った手帳を見返す。そこにはこれまでの部屋の仕掛けの位置や移動の手順が事細かに書き込まれていた。

 

隣に立つ晴人もその手帳を横から見ながら言葉を零す。

 

「いや、でもまぁ……こうやって見返すと罠の配置に比べれば引っかかった回数は少ない方なんじゃないか? ほら、結構ロゼのアドバイスで回避できた罠とかあっただろ?」

 

「そう言えばそうですわね。ロゼさん本人は一度も罠を作動させていませんでしたし」

 

「ロゼ、結構こういう遺跡の探索の才能あるんじゃない?」

 

晴人の言葉にライラとスレイが同意する。実は晴人の言葉通り、この遺跡の探索では結構な頻度でロゼが眼の配置に気がついて作動を回避できた事があったのだ。

 

その事を賞賛する3人だが……

 

「そりゃまぁ、こういうのは手慣れて……」

 

「……手慣れて……?」

 

「っ! あ! いや! なんでもない! ほらあれだよ! 商人特有の勘ってやつだよ!」

 

「あまり関係無さそうに感じるが、そういうものなのか?」

 

「えっ……そ、そうそう! 実はそうなんだよ!あははははは!」

 

不自然に誤魔化す様に笑うロゼ。それに違和感を覚える一同だが……

 

「……おい、お喋りはそこまでにしてそろそろ行くぞ。このままだと日が暮れる」

 

「あっ! そうだね。ごめんデゼル。それじゃあ行こうみんな!」

 

話の流れを断ち切るデゼルの言葉にスレイは話を打ち切り次の部屋へと歩みを進め、一同もそれに続く。

 

扉を開き次の部屋へと一同は足を踏み入れる。

また転移の眼の仕掛けが無いかと警戒する一同。

 

だが次の部屋には転移の仕掛けも憑魔の姿も無かった。

 

が、次の瞬間……

 

「なっ!? 結界!?」

 

突如として部屋の入り口と出口を封じる様に結界が張られ一同を部屋に閉じ込める。

 

「ちょっ!? 閉じ込められた!?」

 

「罠か!? 」

 

「気をつけてくれ皆! 部屋に閉じ込めてから何かまだ別の罠を作動させてくるかもしれない!」

 

「このパターンは部屋に閉じ込めて水攻めかしらね……」

 

「この流れで不吉な事を言うんじゃねぇ!」

 

警戒する一同、だが部屋の中では一向に何も起こらない。油断せず辺りを見回すが、その部屋にあったのは1つの台座、そして……

 

「……本?」

 

台座の上にポツリと置かれた一冊の本だけだった。

 

それを見た一同はこれまでと違うパターンを訝しむ。

 

「急に別パターン……露骨に怪しいわね……」

 

「罠かな? 迂闊に本を開けたら中に吸い込まれるとか……」

 

「あるわけねぇだろそんな展開」

 

冗談を飛ばすロゼに呆れた様にツッコミを入れるデゼル。

 

「本に吸い込まれるねぇ……どう思うよハルト。魔法使い的にそういう展開は」

 

「少なくとも、俺はこれまで本に吸い込まれる経験はしたことは無いな。石に吸い込まれた事ならあるが」

 

「石には吸い込まれたことがあるのか……」

 

いつもの二人の軽口でのやりとりを聞いたミクリオがその発言に表情を痙攣らせる。

 

「でもまぁ怪しいのは確かだな」

 

「どうする? スルーしちゃう?」

 

ロゼの問いかけにスレイは少しばかり考える素振りを見せ……

 

「いや、読んでみよう」

 

そう結論を出した。

 

「え、でも……」

 

「うん、確かに怪しい。でもこれは試練なんだ。結界に閉じ込められたこの状況で置かれているんだから、ただの悪意じゃなくて何か意味のあることなんだと思う」

 

そう言ってスレイは前に歩み出し台座の上の本へ警戒しながらゆっくりと手を伸ばし、そして掴み取る。

 

「……何も起こらない?」

 

「油断はすんなよ? 本に吸い込まれるってのは流石に無いが、何か術が仕掛けられてる可能性は十分にありえるからな」

 

困惑するスレイにザビーダは警告する。

 

「ライラは何かこの本から感じたりする? ほら、ライラって紙葉で術を使うしさ」

 

「……いえ、現状では何も感じませんわ」

 

「となると、やっぱ本を開いてみるしかないわけか」

 

 

ライラと晴人の言葉にスレイは頷くとゆっくりと本を開いた。そして本の中身を見たスレイの目が大きく見開かれる。

 

「これって……」

 

「っ! どうかしたのかスレイ?」

 

アリーシャが心配そうにスレイへと声をかける。

 

「これ……日記だ」

 

「え? 日記……?」

 

「なんでそんなものがこんなとこにあるわけ?」

 

戸惑う一同。それに対してスレイは開いたページに目を走らせその内容を声に出して読み上げる。

 

/////////////////////

 

––––『コモン歴二十二年、緑陽の月』––––

 

日記を書くなんて今までのオレの習慣には無かったが、今日は驚くべき体験をした。恐らくはオレの人生最大の驚きだろう。毎日の出来事を書き残す気にはならないが、こんな重要な出来事なら記念に記録に残すのも悪くないと考え 。今日から大切な出来事は記録していこうと思う

 

今日、オレの前に水の天族が現れ、導師にならないかと勧められた。天族が視え、その声を聴けるオレにはその資質があるのだという……だが、ただの刀鍛冶のオレが導師になれるのだろうか……?

 

天族の彼が言うには昨今、被害をもたらしている災厄は人々の負の心、穢れが生み出す憑魔によるもので、それを止める事ができるのは天族と契約した導師だけらしい……

 

オレの身の回りにも災厄で苦しむ人、大切な人を失った人は多い……もし、オレにその人達を助ける力が眠っているのなら……

 

/////////////////////

 

「これって導師の日記!?」

 

「うん。書いてある暦から見るに何百年も前、まだマオテラスが大陸の天族達を陪神にして今より多く導師が存在していた頃だと思う」

 

パラパラとスレイは日記のページをめくっていく。

 

「でも、日記の状態はあまり良くないみたい」

 

スレイの言葉に晴人達は本を覗き込む。スレイの言う通り殆どのページは既に劣化し字も読めたものではない。持ち帰り詳しく調べれば読むことも可能なのかもしれないが、現状では優先すべき事とは言えないだろう。

 

「しっかし、そうなってくると意味深だな。露骨過ぎるくらいだぜ」

 

「確かにな。そもそもアシュラって憑魔を浄化する事以外にアウトルが俺達の何を試そうとしているのかわからないからな」

 

疑念を覚えたザビーダと晴人。一方でスレイはパラパラと読めるページが無いかページをめくり続ける。

 

そんな彼にミクリオが声をかける。

 

「やはり、同じ導師の日記となると気になるのかスレイ?」

 

「……うん、昔の歴史にも興味はあるけど、この人は導師として生きてどんな道を歩んだんだろうな……って思ってさ」

 

そう言いながらページをめくり続けたスレイの手が止まる。

 

「あっ、ここは読める」

 

/////////////////////

 

–––––コモン歴二十五年、賢者の月–––––

 

導師になって三年。この活動は人生を賭けるに足るものだった。

 

憑魔との戦いは命がけで厳しいものだ。しかし、その戦いの先には人々の笑顔がある。そして共に戦う天族の友を得る事が出来た。今なら三年前のオレの選択は正しかったのだとハッキリと断言できる。

 

月日が流れるのも早いものだ。3年前にアイツの誘いに乗り契約したのがつい昨日の様に思える。最初の頃はアイツののらりくらりとした態度とソリが合わずに導師になった事を後悔した日もあったが、そんなアイツも今となってはオレのかけがえのない友だというのだから不思議なものだ。

 

だが、穢れは人の心より果てしなく生まれる。なんとかしなければ。導師の数は決して多くはない。オレはもっと多くの人を救いたい……

 

人々の笑顔を守りたい。

それがオレとアイツの夢だ。

そのためにもっと強くならなければ……

 

/////////////////////

 

 

 

 

「優しい方だったのですね……この日記の導師の方は」

 

「天族が同じ夢を持つ友達か……なんかスレイとミクリオみたいだね」

 

そう言ったロゼの言葉にスレイは少し照れながら頰をかく。

 

「そうかな? でも、少し嬉しいかも。今から何百年も昔にもオレとミクリオみたいな関係の人がいて、それをこうやって知る事ができたのは」

 

「『天遺見聞録』に書かれていた仮説の立証にも繋がるしね」

 

自分のことの様に嬉しそうに語るスレイとそれに賛同するミクリオ。だが晴人はミクリオの口から出た言葉に首を傾げる。

 

「『天遺見聞録』? なんだそれ?」

 

そんな晴人の疑問にアリーシャが口を開く。

 

「『天遺見聞録』というのはこのグリンウッド大陸の歴史について様々な事が記された書物だ。著者は不明だが、人と天族の歴史を調べる為に大陸の各地の遺跡を巡り、古代の謎に対して様々な仮説を記しているんだ」

 

「へぇ、そんなもんがあるのか」

 

「あぁ、天族の存在や導師の伝承についても記されていて、私がスレイ達に出会った切っ掛けもその本に記された伝承の地『カムラン』を探していたからなんだ」

 

「アリーシャも読んでたって事はその本は結構有名なのか?」

 

その言葉に今度はロゼが反応する。

 

「出回り始めたのは20年くらい前かららしいよ。いろんな人に読まれて有名っちゃ有名だけど歴史書というよりかは御伽噺とか観光ガイドみたいな認識されてるかなぁ。各地の遺跡の詳細はかなり正確で学者さんたち的にも需要あるみたいだけど基本的には導師や天族に関しての内容だからねぇ」

 

歴史には興味は無いが商売絡みの情報収集は欠かさないのかロゼが商人目線からの情報を語る。

 

「まぁ普通の人間からすれば導師や天族はついこの間までお伽話扱いだった訳だからな。そうなるのも無理もないか」

 

「オレも昔、イズチで暮らしてた時にジイジからこの本を貰ってさ。本に書かれた、『神話の時代、人は天族を知覚し、共に暮らしていた』って仮説から歴史に興味を持ったんだ」

 

「それ以来スレイはずっと天遺見聞録を持ち歩いてるからね。渡したジイジが逆に呆れるくらいさ」

 

「ん? イズチってのは天族の村なんだよな? そんな所にも天遺見聞録があったのか? 大昔からある本とかじゃなくて20年前から出回り始めた本なんだろ?」

 

スレイとミクリオの言葉に疑問を感じた晴人は二人に問う。

 

「ジイジは詳しく話してはくれなかった。この本を書いた人もオレ達みたいに天族を知覚できる人だったのなら、この本を書く過程でジイジやライラと知り合っていてもおかしくは無いと思うんだけど……」

 

なんとも言えない表情でスレイは視線を横へ向ける。それを追う様に一同の視線がそちらへと向く。

 

「…………」

 

その先ではライラが沈痛な表情で口を噤み俯いていた。

 

「(これまでもライラがこんな表情をする事は何度かあった……やっぱり何かあるって訳か……)」

 

晴人は……否、この場にいる皆が薄々勘付いてきてはいた。

 

スレイより以前の最後の導師が姿を消したのはいつか?

 

ペンドラゴから消えたマオテラスの契約が解除されたのはいつか?

 

そして今語られた天遺見聞録が出回り始めた時期はいつか?

 

「(20年前……そこに何かある……そしてライラはその何かを少なからず知っている)」

 

そんな一同の考えを場の空気から感じてかライラはおずおずと口を開く。

 

「あの……私は……」

 

暗い表情でゆっくりと言葉を絞り出すライラ。

だが、そんな言葉を遮り晴人はスレイへと声をかける。

 

「ま、わかんない事を今気にしてもしょうが無いだろ。それより、その日記まだ読めるとことか無いのか?」

 

「え……あの……」

 

追及を免れないと思っていたのかライラは唐突に話を中断した晴人の言葉に目を丸くする。

そんな彼女に晴人はさらりと、なんて事も無い様に返答する。

 

「別に無理に話さなくても良いよ。前々から思ってたけど、そんな表情してる時点で訳アリなんだろ? 俺もスレイ達もライラが悪意があって何かを隠しているなんて思っちゃいないさ」

 

少なくとも晴人には彼女の表情を見て悪意や保身で何かを隠しているとは思えなかった。

何より悪意を持った者ならば今の様な表情などおくびにも出さずに隠し通そうとするだろう。

 

「晴人の言う通りだよライラ。それにほら、オレって謎は自分の手で解き明かしたいしさ」

 

「またスレイは……まぁ確かに謎を解き明かす楽しみが探求の醍醐味ではあるとは思うけどね」

 

晴人の言葉に続く様にスレイとミクリオは冗談混じりで笑いながら答える。そんな二人に苦笑しながらロゼとアリーシャも続く様にライラへと語りかける。

 

「遺跡好きコンビの意見はさぱらんだけど、あたしもあんま気にしてないからさ、ライラも理由はわからないけど毎回毎回そんな申し訳なさそうにする必要は無いと思うよ?」

 

「私も同意見です。ライラ様の過去に何があったのか知らない私が言うのも差し出がましいのかもしれませんが、あまり思い詰めないでください」

 

「ま、そう言うことだからこの話はここでお終いって事で、ほらスレイ、続き続き」

 

「あ、わかった! えーっと……」

 

再びペラペラと日記をめくり始めるスレイ。晴人達もそれを後ろから覗き込み見守り始め、話は打ち切られ、先ほどまでの重い場の空気は霧散する。

 

「…………私は」

 

そんなスレイ達を離れた場所で見守りながらライラの口から小さく声が溢れる。その声にはやはりどこか自責の念が込められていた。

 

「辛気臭い顔してんじゃないわよ。チャラ男2号達に気を使わせてたんだからここは切り替えておきなさい」

 

「エドナさん……」

 

「エドナちゃんに賛成。ま、どのみちいつかは答えに辿り着くんだ。アイツらがああ言ってくれたんならお前さんがするべき事は、いつか来る真実に辿り着く時に腹を括っておく事だろうさ。過去は兎も角、今のお前さんはスレイのパートナーなんだからな」

 

「ザビーダさん……はい、その通りですわね。私も本当の意味で20年前の事から前に進める様にならなければ……」

 

ザビーダの言葉を受け、ライラの瞳から哀しみの色が消え、決意の火が灯る。

 

「ふん……どいつもこいつも随分と甘い事だ」

 

「ロゼの奴相手にはだだ甘なお前さんが言うかね……」

 

「ふふっ……デゼルさんもお優しいですからね」

 

「……チッ」

 

「皮肉キャラぶるつもりが順調にむっつりキャラの道を進んでるわねアンタ」

 

「……うるせえ」

 

少しばかり毒づくデゼルだがザビーダとライラの二人にさらりと受け流され逆にカウンターをもらいばつが悪そうに舌打ちし、終いにはエドナにトドメを刺され最後の一言を境に黙り込んだデゼルにザビーダとエドナは意地の悪い笑顔を向け、ライラはその光景に苦笑する。

 

そんな時……

 

「これって……」

 

先程まで楽しげに日記をめくっていたスレイからどこか困惑した声音が漏れ天族四名はどうしたのかとスレイに視線を向ける。

 

/////////////////////

 

––––コモン歴二十八年、車輪の月––––

 

ダメだ……日に日に穢れが世を覆っていく。浄化しても浄化しても人の心から穢れは新たに生み出され続けていく……

 

人の心から生まれた穢れは災厄を呼び、災厄は人の心に新たな穢れを生む。やがてその穢れは更に大きな災厄となり、さらなる大きな穢れを人の心にもたらしていく……

 

穢れにより国々は疲弊し荒み、日に日に衝突を強めていく……このままでは開戦も時間の問題だ……そしてそれは更なる災厄を呼ぶだろう……

 

だが、オレは災厄も戦争も止められない……このままではダメだ……導師なのに力が足りないのだ……

 

穢れを祓うには強い力が必要なのに……

 

 

 

/////////////////////

 

「…………」

 

「スレイ……」

 

そのページを読み終えたスレイは沈痛な面持ちで手に持った日記のページを見つめ続け、傍のミクリオはそれを心配そうに見守る。

 

そんなスレイに対してザビーダが口を開く。

 

「導師の人手不足に関しては数百年前も大して変わらなかったからな。ましてや導師ってのは基本的に人間社会への過度な干渉を禁じられてる」

 

「災厄を一時的に浄化して止めようが人間社会の状況が改善されなければ穢れはまた生み出され続けてイタチごっこって訳か……」

 

「うーん……確かに力を持つ導師が人間社会に強く干渉するのは危険って掟は理解できない訳じゃ無いけどさ。そこはもうちょい柔軟にってあたしとかは思っちゃうなぁ。まぁ、それをしてたらしてたで何か別の問題が起きてたかもしれないから結果論でしか無いけどさ……」

 

ザビーダの解説にロゼはどこか釈然としなそうな口調で自分の意見を述べる。

 

「まぁ、そういう意見もわかるがね。導師の人間社会への干渉が禁じられてたのにも色々理由があんのさ」

 

ザビーダのその言葉に天族全員の表情が険しくなる。軽い口調で話しているザビーダですらその表情はどこか険しい。

 

「もしかして、それで一度何かあったの……?」

 

一同の反応からロゼは何かを察し、問いかける。

 

「そんな所だ。調べるってんなら止めやしないが、俺からは詳しい事は話せないぜ。天族の中ではその事を話すのは今は堅く禁じられてるんでな」

 

そう言って口を閉ざすザビーダ。お喋りな彼がそこまで言うということは余程の事であるのは理解できるのかロゼもそれ以上の追求はしない。

 

一方で晴人とアリーシャは日記を見つめるスレイへと声をかける。

 

「スレイ……それ以上読むのは……」

 

「あぁ、正直あまり良い予感はしない。日記の中身も……スレイにとっても」

 

同じ境遇である導師の日記。スレイにとって共感できる立場の人間の手記であるからこそ、これから先の内容は場合によってはスレイの心に影響しかねないと危惧してか、2人は日記を読むのをやめる事を提案するが……

 

「ありがとう……けど、この日記が導師の試練と関係があるかもしれない以上、やめる訳にはいかないよ。それに、普段から歴史の真実を知りたいなんて言っておいて自分に都合が悪くてなったら目をそらすなんてオレはしたくないからさ」

 

スレイはそう言って微笑むと日記をめくる手を進めていく。

 

「あった! コモン歴31年……さっきのページから3年後の手記だ」

 

 

 

/////////////////////

 

––––コモン歴三十一年、玉杯の月––––

 

ついにッ!……ついに輝光銀が手に入ったッ……!

 

これで、手に入る!俺に欠けていたもの……全ての憑魔を……災厄を斬り伏せる力を!

 

これで剣を打とう。オレに足りない力を埋め合わせるために

 

力を……力を……力を……ひたすらこの想いを念じて……

 

全ては……友との……アイツとの夢の為に……

 

 

/////////////////////

 

「剣を打つ……刀鍛冶だった自身の技能を活かして、強力な武器で足りないものをカバーしようとしたって訳か……」

 

「ま、妥当な判断かもな。浄化の力が無かった千年前は、対魔士が特殊な技法を施された武器で憑魔を殺していた。先天的な能力が足りないなら他で補助すりゃいいってのは人間の昔からの知恵だからな」

 

「なら輝光銀ってのは?」

 

日記に書き記されていた言葉に縁の遠い晴人がザビーダに問いかける。

 

「ミスリルの事さ。伝説的な稀少な金属でな……強度で言うなら最高クラスなんだが、これがまぁ見つからなくてな……」

 

「じゃあそれを手に入れたって事は……」

 

「執念……ってやつだろうな。少なくとも導師の活動の片手間で探せるような代物じゃ無いはずだぜ」

 

「けどそれって……」

 

「手段が目的にすり替わった本末転倒ってやつね……守る為の力を求めるあまり守る事を疎かにしたって事よ」

 

バッサリと冷たく評したエドナ。それに対してアリーシャは複雑そうな表情で言葉を零す。

 

「ですがエドナ様、目的である剣さえ作る事ができればこの方も……」

 

その力で導師としての役目に再び従事するのでは?そう考えるアリーシャだがエドナはどこか遠い目で言葉を紡ぐ。

 

「……そんな簡単に済めば良いけどね」

 

そんな諦観した彼女の声を聞きながらスレイは続く解読可能なページに目を通す。

 

 

/////////////////////

 

––––コモン歴四十二年、桜花の月––––

 

ついにできた。

 

我が二十年の悲願を込めた剣が。この剣があれば斬り倒せる。

 

穢れを……憑魔を……全ての災厄を……

 

/////////////////////

 

「ちょい待ち!? 11年も剣を作ってたの!?」

 

日記に記された歴にロゼが思わず驚きの声を漏らす。

 

「そんな事だろうとは思ってたわよ」

 

そんなロゼの反応を他所にエドナは小さくため息を零す。そんな彼女に晴人が問いかける。

 

「……どうしてエドナちゃんはそうなると思ってたんだ?」

 

「1000年前にマテオラスが降臨してから程なくして、この大陸は大規模な地殻変動によってその形を大きく変えたわ。そしてその過程で文明は衰退し多くの技術も失われた。ミスリルによる武器の製法、憑魔に対する武器の製法もその1つよ。それをもう一度1から再現するなんて簡単な事じゃないわ」

 

「むしろ11年で完成できたのが驚きなくらいですわ……この方にはそれ程の強い想いがあったという事なのでしょうが……」

 

「それでもエドナの言う通りになった訳か……守る為の力を求めて守る事を疎かにしてしまった……難しい話だな……」

 

日記の持ち主の人々を守りたいという正義感は本物だったのだろう、だからこそ力に囚われてしまった事に、この場にいる皆がやりきれない表情を見せる。

 

「それにしてもこの日記って結局なんだったの?」

 

どこか重い空気を感じロゼは自ら話題を振る。

 

「力の試練はアシュラという憑魔を浄化する事、だとすると、この日記は心の試練に関係しているのかもしれないけど……」

 

「色々考えさせられる内容ではあったけど、流石に日記読んだだけで心の試練は合格って事は無いよね……」

 

日記と試練の関係について考える一同だが明確な答えには結びつかない。

 

「…………」

 

そんな中、先程から口数の減ったスレイは手に持った日記のページをゆっくりと、恐る恐るめくった。

 

そこには……

 

「ッ!? ……なんだコレ……」

 

「ん? どうしたんだスレイ」

 

大きく身を見開き震える声がスレイの口から溢れる。その反応に気づいたアリーシャとミクリオもどうしたのかと日記を覗き込むが……

 

/////////////////////

 

奪われた。奪われた。奪われた。奪われた。奪われた。奪われた。奪われた。奪わレた。奪ワれタ。奪ワレた。奪わレタ。奪ワレタ。ウバワレタ。

 

オレの剣。オレの生涯を賭けて作り上げたオレの剣

 

アイツは裏切ッタ。シンジテいタノに

 

オレのユメを。オレの生涯を。オレのヤクソクをウラギッタ

 

許さない。許さない。許さない。許さない。許サない。許さナい。許サナい。許さなイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ

 

取りモドす。カナラズ。

 

オレの剣……剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣 剣______________

 

 

/////////////////////

 

 

「これは一体……」

 

日付も書かれていない明らかに異常な手記。

さらに次のページをめくるとそこにはもう完全に人の言語ではない殴り書きされた文字の様な何かがページを真っ黒に染め上げている。

 

得体の知れない狂気にアリーシャはおもわず背筋に冷たいものを感じ身震いする。

 

そしてそれは他の面々にも言えた事だ。

 

「奪われた……? どういう事だ……?」

 

「この手記からして精神的にかなり追い詰められている様です……恐らくは穢れに……」

 

悲しげな表情でそう告げるライラ。そして次の瞬間……

 

「えっ……結界が……」

 

突如として道を封じていた結界が解除される。

 

「えっ? 何? なんで解除されたの? あたし達何もそれっぽい事してないよね?」

 

「やった事と言えば日記を読んだくらい……つまりはそういうこったろ」

 

「この日記を読み切る事が結界の解除条件だったっていうのか?」

 

「けど、なんで!? 結界まで張ってなんであたし達にこれを読ませるのさ!? 流石に悪趣味にも限度ってもんがあるでしょ!? 」

 

書かれた日記の内容には同情する。だからこそそれをただ読ませるだけ読ませるなだけのこの結界の仕掛けにロゼは嫌悪感を感じ始めていた。

 

そして彼女の言葉に共感してか無言ながら一同の表情は険しい。

 

その時……

 

『グギャァァァァァァァァァァ!!』

 

重苦しい静けさを突如として断末魔が切り裂いた。

 

「な、なんだ!? 叫び声!? 」

 

「真上の部屋からか!」

 

決して遠くない位置、恐らくは真上の部屋から響いたその叫びに一同は素早く反応する。

 

「とにかく行ってみよう! もしかしたら誰かが襲われているかもしれない! 良いな? スレイ!」

 

素早く判断を下す晴人だが……

 

「…………」

 

「スレイ?」

 

「あっ! ごめんハルト!急ごう皆!」

 

スレイの反応が無い事に訝しむ晴人だがスレイは少し遅れて反応すると一同に指示を出し上の階に向かうべく駆け出していく。一同もそれを置い駆け出すが……

 

「……気付いているかハルト?」

 

上の階へと続く道を駆け出した一同の最後尾でザビーダは隣を走る晴人に声をかける。

 

「スレイの事か?」

 

「あぁ、他の若い連中も動揺はしていたが導師殿が一番それが顕著だ」

 

「無理も無いだろ……同じ立場だった人間の記録だ。あれで気にならない方が嘘だ」

 

「俺様だってそう思うさ。それが悪いと言うつもりもねぇよ。だが間が悪いのも確かだ。アシュラとの戦いに参加できるのは……」

 

「みなまで言うな。もしもの時は俺がフォローするさ」

 

「ハッ……そうかい。だが気をつけろよ。恐らくは今回の試練……かなり悪趣味なものになるぜ……」

 

「……わかった。肝に銘じておくさ」

 

そんなやりとりを繰り広げる内に一同は最上階の部屋へとたどり着くが……

 

「チッ……結界か……」

 

最上階の部屋への入り口には結界が張られアウトルが指定した以外の面々の侵入を防ぐ。

 

「大丈夫!ここから先はオレ達が!」

 

「行って参ります!」

 

「皆様、お気をつけて」

 

「調子に乗って足を引っ張んなよロゼ!」

 

「やかましいわ! そこであたしの活躍を指咥えて見とけ補欠!」

 

「ま、頑張れば?」

 

「いい加減な応援だな……」

 

言葉を交わしながらスレイ、アリーシャ、ロゼ、ミクリオは部屋へと駆け込んで行く。

 

続く様に晴人も部屋へと駆け込むが……

 

「ッ! ……これは!」

 

大きく開けた円形の広い部屋。大量の憑魔の死骸が辺り一面に転がっていた。

 

それ以外にも動物の骨、鎧など穢れが抜けきり憑魔となる前の宿主のものと推測されるものも転がっており、多くの憑魔がこの部屋で殺された事を暗示している。

 

 

『憑魔……斬る……斬る……斬る!』

 

天井へと届きそうなほどの巨漢。紫の肌に憤怒の表情を浮かべ、人ならざる証として筋骨隆々の腕が6本。その手には一対の剣、ハンマー、メイスが握られている。

 

その憑魔こそ……

 

『スベテを斬る!』

 

憑魔アシュラ。

 

その怒りに満ちた瞳が晴人達へと向けられた

 

 

 

 

 





あとがき

2018年12月フジ「本当なんだ! ジオウに出てくるディケイドはベルトがバージョンアップしてプレバン案件だし、冬映画はWのレジェンド枠が風麺のおっさんで電王からは良太郎が出るんだ!」

2018年9月フジ「ライアードーパント乙」


数カ月後

2019年3月フジ「本当なんだ!ジオウにパワーアップした海東が客演するし、東映が2022年から仮面ライダーシノビの映像を3話分手に入れて配信するんだ! あとヤクザ脚本の龍騎スピンオフが配信されて蓮がゲイツの服を着てツイッターに投稿するんだ!」

2018年12月フジ「監察医乙」



いやホント今年のライダーの密度おかしいわ

それと総合評価3000超えありがとうございます
これからも励みにして頑張りたいと思います


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40話 堕ちし修羅 後篇②

まだ今年更新2回目とかほんと情けない……

なおまだ水の試練編は終わらん模様

あとテイルズ据え置き新作ウレシイ……ウレシイ……

では遅くなりましたが最新話をどうぞ


 

『ウオォォォォォォォ!!』

 

低い唸り声を上げ憑魔アシュラはスレイ達へと肉薄する。

 

ゴオォッ!と風を切り振り下ろされる一対の両腕に握られたハンマーを一同は左右へと飛び回避する。

 

「いきなりのご挨拶だな! 変身!」

 

【フレイム! プリーズ! ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!】

 

晴人は手早くドライバーを操作し指輪をかざし魔法陣を展開。フレイムスタイルへとその姿を変える。

 

【コネクト! プリーズ!】

 

「さぁ、ショータイってうぉ!?」

 

魔法陣からウィザーソードガンを取り出しながら、いつも通りに決め台詞を言おうとするも振るわれたら大剣の横一閃をウィザードは驚きながらもスウェーで紙一重で回避する。

 

『フゥゥン!!』

 

「ぐぅっ!?」

 

更に続くもう片方の大剣による縦一閃。それをウィザードは剣で受け止める。だが人を遥かに超える巨体が繰り出す大剣の一撃の重さにたえきれずウィザードは膝をつく。

 

更に残ったアシュラの腕に握られた二本のメイスがウィザードに向けて振り下ろされようとする。

 

「「蒼海の八連!」」

 

だがそこに神依を纏ったスレイが青く輝く水の霊力の矢を放つ。8本の青い矢は螺旋を描きながらアシュラへと殺到するが……

 

『フゥゥンッ!』

 

振り上げたメイスとは別のハンマーを持った腕を振るいアシュラは容易く放たれた矢を斬り払う。

 

だがその隙にウィザードは受け止めていた大剣の重量を横に逸らしその場から後方へ一気に跳躍し距離を取る。

 

「アリーシャ!」

 

「あぁ!」

 

【フレイム! スラッシュストライク!ヒー! ヒー! ヒー!】

 

ウィザードとアリーシャ。2人の得物が炎の魔力を纏う。

 

そこに黙って見ている筈も無いとアシュラが凄まじい勢いで接近するが……

 

『ぐぉぉお!?』

 

踏み込んだ足元が突如として輝き爆発しアシュラは思わず態勢を崩す。

 

「幻針・土竜。驚いたっしょ?」

 

『幻針・土竜』土の霊力を地面に打ち込む事により地雷の様な罠として用いる彼女の技であり、アシュラを怯ませ、してやったりとロゼは笑みを浮かべる。

 

ロゼにより生じた隙にウィザードとアリーシャはすかさず動く。

 

「魔王炎撃破!」

 

「ハァァァア!」

 

『グオォォォォォオ!?』

 

2人の炎の魔力を纏った一閃がアシュラに叩き込まれ。アシュラは叫びを上げ爆炎に包まれる。

 

だが……

 

『ウォォォォォォオ!!』

 

爆炎を振り払い以前健在のアシュラが現れる。

 

「うぇ!? 直撃だったでしょ!?」

 

「恐らくは火属性への耐性持ちだ。あの状態を見るにかなりのな」

 

油断なく弓を構えるスレイの中から状況を分析するミクリオの声が響く。

 

「となると、フレイムドラゴンもあまり相性は良くないか……」

 

「なら水の魔力で! 今、オレ達の中で天族は水の属性を持つミクリオだけだ! 下手に属性を分けずに水の属性による一点突破で!」

 

「ならあたしはフォローに徹するよ。水の神依ならあたしよりスレイの方が向いてるでしょ」

 

「りょーかい!」

 

【ウォーター!プリーズ! スイ~スイ~スイスイ~】

 

ウィザードはウォータースタイルへと姿を変えそれに共鳴しアリーシャの纏う魔力も水属性へと変化する。

 

「海龍旋!」

 

アリーシャは即座に槍へと水の魔力を収束させると回転しながら槍を振り上げ、発生させた渦巻く水流をアシュラへと放つ。

 

『フゥン!』

 

アシュラはハンマーを叩きつけ衝撃で水流を弾き飛ばす。そこにすかさずロゼが踏み込む。

 

「断ち切れ! 水芭蕉!」

 

水の霊力を纏った短剣での薙ぎ払い。だがそれも大剣で防がれる。

 

【ウォーター! シューティングストライク! スイ! スイ!】

 

「「《星よ散り逝け! 散りし六星!》」」

 

そこに水の魔力の弾丸と水の霊力の矢が殺到する。

 

『グォォ!?』

 

何発かは叩き落とすものの数発がその身体に命中しアシュラの身体が僅かに揺らめく。

 

浄化の力を持つ水の攻撃にアシュラは僅かに呻き、攻撃が命中した箇所には僅かに傷が生じた。

 

「よし!効いてる!」

 

「どうやら水の属性には耐性が無いしらしい」

 

「けどあの6本の腕が厄介だな」

 

「あぁ、攻防一体、中々に攻めきれない」

 

「ならさっきの村で戦った時のアレとかどうよ? 意表を突けるんじゃない?」

 

「オレもそう思ってたとこ!よし!いくよ!みんな!」

 

ロゼの言葉にスレイは力強く頷くと一同に向けて叫ぶ。

 

それに応える様にアシュラに向けて駆け出す一同。

 

「「ハァッ!」」

 

アリーシャとロゼは左右に分かれてアシュラを挟撃する。だがその攻撃はメイスを持つ両腕が防ぐ。

 

だがその隙を見逃さずにスレイとウィザードが正面からアシュラに肉薄する。それに対してアシュラはハンマーを持つ二本の腕を振り下ろすが……

 

「「今だ!」」

 

【リキッド! プリーズ!】

 

振り下ろされたハンマーをウィザードは液体化の魔法ですり抜けるとアシュラの頭上へと舞い上がる。

一方のスレイも神依を解除しミクリオと分離すると振り下ろされたハンマーを左右へと飛び回避しすかさず懐へと飛び込む。

 

【ウォーター! スラッシュストライク!】

 

「剣よ!吼えろ!」

 

空中でウィザーソードガンに水の魔力を収束させるウィザードと、アシュラの懐に飛び込みながら懐に飛び込みながら儀礼剣へと雷の霊力を収束させるスレイ。

 

だがアシュラにはまだ大剣を持つ二本の腕が残っていた。アシュラはすかさず残された腕で二人を迎撃しようとするが……

 

「《氷刃断ち切れ! アイスシアーズ!》」

 

ガギィッ!という軋む様な音ともに振るおうとしたふた振りの大剣が地面から生じた二本の氷の刃に阻まれ動きを止める。

 

「いけ!スレイ! ハルト!」

 

氷の刃を生み出したミクリオの叫びに応える様にスレイとウィザードの剣が振るわれる。

 

「ハァァァア!」

 

「雷神双豹牙!」

 

上空からの縦一閃と足元からの斬り上げがアシュラの身体を斬り裂く。

 

『グォォォォォォア!?』

 

アシュラは絶叫を上げ数歩後退ると天井を仰ぎ見るように大の字に倒れ込んだ。

 

_________________________________________

 

「なによ、思ったより楽勝そうね」

 

「……この調子で気を抜かんと良いんだかな」

 

スレイ達がアシュラと戦う様子を結界の外でエドナとデゼルは軽い調子の言葉、それでいてどこか安堵したように事態を見守っていた。

 

「お二人ともご心配でしたらもう少し素直にそう言えば宜しいのでは?」

 

「……は? 別に心配なんてしてないわよ」

 

「俺はロゼの奴が調子に乗って足を引っ張らないかと思っただけだ……」

 

かけられた言葉にすぐさまぶっきらぼうに返答する二人にライラは思わず苦笑する。

だがいつもならこういう状況で真っ先に軽口を叩きながらそれを指摘しそうなザビーダが静かな事にライラは違和感を覚えた。

 

「ザビーダさん? どうかされたのですか?」

 

口を閉ざしているザビーダにライラは声をかける。

 

「……妙じゃねぇか?」

 

ゆっくりと開かれた彼の口から発せられたのは普段のお喋りな彼とは違う短い言葉。

 

その意図が掴めず一同は首を傾げる。

 

「さっきの部屋……数百年前の導師の日記……アレには何の意味があった? このまま普通に勝って試練終了? どうにも引っかかるんだよなぁ……」

 

「……戦いの前にスレイの奴の動揺を誘うのが目的だったんじゃないのか?」

 

ザビーダの言葉にデゼルは少し考え込む素振りを見せた後そう問いかける。

 

「確かに導師殿は甘ちゃんな部分はあるがな、だからって戦いの時はちゃんと切り替えていけるくらいにはしっかりしてるだろうよ。その程度で心の試練をやるとは思えねぇ」

 

「……回りくどいわね。つまり何が言いたいのよ?」

 

ザビーダの言葉にエドナはめんどうそうにジト目で問いかける。

 

「……おそらくだが、あのアシュラって憑魔は───」

 

少しばかり言葉を吐く事を躊躇いながらもザビーダが結論を出そうとしたその時───

 

「それはすぐにわかる」

 

背後からかけられた声に一同は素早く振り返る。

 

そこには白いローブに身を包み仮面を被った男。水の護法天族、アウトルが立っていた。

 

「……アウトル様? なぜここに……いえ、それよりも『すぐにわかる』とはどういう───」

 

困惑するライラ。その時───

 

『ミツケタアアアアアアアアアア!!!』

 

突如として響き渡った叫び声に一同は結界の中へと視線を戻した。

 

__________________________________________

 

 

「な、なんだ!?」

 

倒れたアシュラから突如放たれた叫び声にアリーシャは思わず動きを止める。

 

『ミツケタゾ! オレノ剣! カエセ! カエセ! カエセエエエエエエ!』

 

その直後、結界の内部がドス黒く塗り替わる。

 

「これは!? 穢れの領域!?」

 

「でもなんで急に!?」

 

辺りを包み込む重苦しい穢れにアリーシャとロゼは困惑する。だがこちらの事情など知った事では無いと言わんばかりにアシュラは叫び声を上げながら一気にスレイとミクリオに向けて肉薄する。

 

「ッ!? はや……!?」

 

先程を大きく上回る踏み込みに驚愕するが時すでに遅い薙ぎ払うように振るわれた両手の大剣がスレイとミクリオに迫り、二人は咄嗟にそれぞれの得物で防御するも圧倒的な怪力に吹き飛ばされる。

 

「ぐぅっ!?」

 

「がぁっ!?」

 

勢いよく壁に叩きつけられる苦悶の声を上げる二人。

尚も追撃をかけようとするアシュラだが……

 

「させるかよ!」

 

すかさずその前に立ちはだかるウィザード。

 

『剣!剣! 剣! オレノ剣!』

 

「ッ! こいつ……まさかッ!?」

 

アシュラの言葉に何かに気付いた様子を見せるウィザード。そこへすかさずアシュラの持つハンマーの一振りが叩きつけられる。

 

「チィッ!」

 

【リキッド! プリーズ!】

 

先程と同様に液体化の魔法でその攻撃をすり抜けるウィザード。そのまま液体化し周囲を素早く旋回しつつ背後で実体化し飛びかかりながら斬りつけるが……

 

「くぅっ!?」

 

ガギィッ!と鳴り響く金属音。背後からのウィザードの攻撃をもう一本の腕に持つ得物で背面で防ぐアシュラ。

 

思わず動きが止まったウィザードに振り向きながら振るわれたメイスが横腹に突き刺さる。

 

「ぐぁっ!?」

 

スレイ達と同様に吹き飛ばされ壁に叩きつけられるウィザード。

 

「ハルト!」

 

「あんにゃろ! なんで急に!?」

 

突如として狂気を増したアシュラにロゼは困惑の声を漏らす。

 

『カエセェェェェェッ!!!』

 

なおも怨嗟の叫び声をあげアシュラはウィザードへと接近して六本の得物をウィザードへと振るう。

 

【バインド! プリーズ!】

 

『ヌゥッ!?』

 

だが複数の青い魔法陣から現れた水の鎖がアシュラを拘束する。

 

「よっしゃ!ナイス、ハルト!」

 

「この隙に!」

 

拘束の隙を突き一同はアシュラへ攻撃を仕掛けようとするが!

 

「やめろ!」

 

『えっ……?』

 

ウィザードから発せられた静止の言葉。思わぬその発言に一同は困惑する。

 

『コザカシイッ!!』

 

その隙を突くようにアシュラは力任せに水の鎖の拘束から脱出する。

 

その隙にウィザードはアシュラから距離をとるが……

 

「ちょっとハルト!? なんで止めたのさ!?」

 

「あぁ、あの憑魔が凶暴化した事と何か関係があるのか?」

 

アシュラに警戒しながらもロゼとミクリオが問いかける。

 

「…………」

 

「……ハルト?」

 

だがハルトは言葉を発さず沈黙を貫く。その態度にアリーシャは違和感を覚える。

 

だがそんな沈黙を引き裂くようにアシュラが叫びをあげる。

 

『コザカシイ盗人ドモ! オレノ剣ヲカエシテモラオウカッ!』

 

「剣? もしかしてスレイやハルトが使ってる剣の事?」

 

「だが返せとはどういうことだ? スレイの儀礼剣もハルトの剣もアシュラから盗んだものなんかじゃ……」

 

「そこまでの判断がつかないのだろう。剣に何かしらの執着を持つ憑魔なのか?」

 

アシュラの言葉に困惑する一同だが……

 

「剣に執着って……まさか!?」

 

スレイはアシュラの正体に気が付いたのか動揺を露わにする。

 

「ハルト……まさかあの憑魔って……」

 

恐る恐る、絞り出すようにスレイはウィザードへと問いかける。

 

そして──

 

 

『オレノ創リアゲタ剣! 穢レヲ……スベテヲ断ツ剣ヲカエセェエ!』

 

 

「あぁ……あの日記を書いた導師。それがあのアシュラの正体だ」

 

怨嗟の叫びあげるアシュラを見つめながら苦々しげにハルトはそう結論づけた。

 

 

────────────────────

 

 

「アシュラの正体がさっきの日記の導師!?」

 

「確かに剣を奪われたとは記されていたが……」

 

「で、でもそれなら浄化して助ければ……」

 

ハルトとスレイの言葉に残りのアリーシャ達は驚きの声をあげる。

 

だがロゼはそれならば浄化すれば良いと言うが……

 

「……前にライラが言っていた。『何百年もの長い時を過ごした憑魔は元となった肉体が朽ち精神だけが穢れに結び付き続ける』ってな」

 

その言葉に一同の表情が凍りつく。

 

「じゃあアシュラは……ッ!?」

 

『ナニヲコソコソト喋ッテイルゥ!?』

 

一同の会話に業を煮やした様に怒りの声を上げたアシュラが迫り会話が遮られる。

 

振り下ろされる攻撃を一同はなんとか回避するが、そこから先ほどまでのように反撃へ移れない。

 

何故ならば──

 

「じゃあ何!? もしアシュラを浄化したらあの導師は……ライラ!」

 

「ッ!………」

 

結界の外にいるライラへと向けた答を求めるロゼの悲痛な叫び。

 

その言葉に対してライラは俯き無言のまま言葉を発さない。

それはつまりロゼの問いかけを肯定しているという事に他ならない。

 

アシュラの命は憑魔化によって繋がれている。

 

そして浄化によって穢れとの繋がりを断ち切られるという事、それはつまりアシュラの死を意味する。

 

その事実が一同の攻勢への意志を弱める。

 

「くっ!? このままでは……」

 

「けど、どうすれば……ッ!?」

 

激しさを増すアシュラの猛攻に防戦を強いられる一同。だが打開策は見出せない。

 

これまでスレイ達は様々な憑魔と戦ってきた。その中には水の試練を訪れる前の廃村で浄化したファントムの様に死した者の怨念や遺体から生み出されたアンデット系の憑魔も多数存在する。

 

今相対しているアシュラはそれらの死した者たちから生み出された憑魔達と条件だけを見比べれば似通ったものと言えるのかもしれない。

 

だが死した者達への弔いとして割り切れたこれまでの戦いとの決定的な違いがある。

 

どんな形であれアシュラは死ぬこと無くこれまで命を繋いできた。例えそれが憑魔としてであっても……

 

それを浄化するという事はどんな言葉で塗り固めようともアシュラの命の繋がりを断ち斬る事に他ならない。

 

そして何よりも一同は先ほど読んだ日記でアシュラの人生の一部に触れてしまった。

 

彼がどんな想いで導師となりどんな想いで剣を打ったのか……

 

その事実がスレイ達の動きを鈍くさせる。

 

「ハルト! 何か……何か手は……」

 

悲痛な声で縋るようにアリーシャは希望を求めてウィザードへと問いかける。

 

だが……

 

「…………」

 

「あ…………ッ! すまない……」

 

何も言えないウィザード。そんな彼にアリーシャはハッとした様に小さく謝罪する。

 

これまで、アリーシャは晴人と共に行動してきた。

そしてその中で彼の力が絶望的な状況を覆す瞬間を何度も見てきた。

 

戦争を止めるために城から逃げ出す時

 

戦場で自分に戦う力を与えてくれた時

 

戦場でのヘルダルフとの戦いの時

 

毒に侵されたマシドラを救った時

 

穢れとの強い繋がりを持ったフォートンを救った時

 

アリーシャの知る彼はどんな絶望的な状況でもそれを覆して人々を救ってきた。

だからこそ晴人の持つ力に対しての甘えの様なものがアリーシャの心のどこかにあったのかもしれない。

 

だがアリーシャは今のやりとりでそんな自分の考えに嫌悪を抱いた。

 

確かに彼の持つ力は時として天族ですら成し得ない奇跡を起こす。

 

だが彼は……操真晴人はけっして万能な神様では無いのだ。

 

どんな時でもピンチの時に都合よくそれを解決できる力を持っている訳では無い。

 

仮面に隠された晴人の表情をアリーシャは伺います知ることはできない。

 

しかし、彼女の問いかけに無言で何も言えないウィザードの仮面の下にアリーシャは晴人の自責と苦悩が見えた気がした。

 

 

─────────────────────

 

 

「……随分と悪趣味じゃない」

 

いつも通りの口調、だが瞳には明確な怒りを込めてエドナはアウトルを睨みつけた。

 

結界の外で戦いに参加できない天族達は先ほどから無言で事態を見守っていた。

だが纏っている空気は全く違う。ピリピリとした張り詰めた空気が場を支配していた。

 

「……悪趣味とは?」

 

だがそんな空気など素知らぬ素ぶりでアウトルは応じる。

 

「あの日記は……アイツらのアシュラへの同情を強める為のものか……」

 

「そうかもしれないな」

 

「……チッ」

 

デゼルの問いかけに対してもアウトルははぐらかす様にそう答える。

それに対してデゼルは不快そうな態度を隠そうともせずに大きく舌打ちをした。

 

「アウトル様……なぜこの様な……」

 

普段は温厚なライラですら口調こそ穏やかなものの、その声は小さく震えている。

 

「導師に必要な試練を与える。それが私の役割だからだ」

 

そんなライラの言葉にすら意に介さずアウトルは淡々と答える。

 

「……君は何も言わないのだな」

 

そんな中、一言も言葉を発さないザビーダにアウトルは何かを試すように問いかける。ザビーダはそれに対してゆっくりと口を開いた。

 

「まぁ……導師としてやっていく以上はこういう展開にもぶつかる事はあるだろうよ。それを乗り越える事が必要な試練であるっていうアンタの言い分もわからん訳じゃ無いさ」

 

意外にもザビーダは他の者達と異なりアウトルの言い分を肯定する。その言葉に一同は驚いた表情を浮かべるが……

 

「だがな……本当にそれだけなのか?」

 

目つきが細まり鋭い視線がアウトルへと向けられる。

 

「それだけ……とは?」

 

「都合が良すぎるだろうよ。あのアシュラって憑魔が護法天族であるアンタにこの地に封印されてるまでは理解はできる。だがな、あの日記はどうした? なんでそんなもんまで懇切丁寧にアンタが持っている?」

 

「何が言いたいのかね?」

 

「何百年も前に正気を失った憑魔がアンタにこの遺跡に封じれるまで律儀に日記なんてもんを持ち続けてるとは思えねぇ。あんな一度火がつけば暴れ始めちまう憑魔が日記なんて持ってたら瞬く間に散り散りの紙切れになっちまうだろうからな。つまりは誰かが奴が遺した日記を回収したって事だ」

 

平坦な声で淡々とそう告げるザビーダ。だがその瞳に込められた冷たさは言葉を発する度に増していく。

 

「あのアシュラがこの神殿に封じられたのが何時だったのかは知らねぇがな。アシュラを封じたアンタが偶然奴の日記を持っていたとは思えねぇ。だとすりゃあ答えは1つだ。アンタは憑魔になる前からアシュラと知り合いだった……違うかい?」

 

「遠回しな尋ね方だな。君の中ではとっくに結論は出ているんだろう?」

 

問いかけにそう答えたアウトルにザビーダは思わず小さく溜息を吐く。

 

「責めないのか? 私の事を……」

 

「他人に尻拭いを任せちまったって事に関しては俺もアンタの同類だよ。アンタを責める資格がある奴がいるんだとすりゃあ、それは俺じゃなくて今あそこで戦ってる連中だろうよ」

 

どこか憂いのこもった表情でそう言ったザビーダは視線を結界の中で戦う一同へと戻した。

 

 

────────────────────

 

『《氷塊、凍テル、果テ逝クハ奈落! インブレイスエンド!》』

 

鳴り響く詠唱と共に巨大な氷塊が生み出され轟音を立てて砕け散る。

 

『うわぁぁぁぁッ!!』

 

直撃こそ免れたものの、その余波でスレイ達は吹き飛ばされ、倒れ臥す。

 

『カンネンシロ!イマイマシイ盗人ドモ! オレノ剣ヲカエセェェ!!』

 

「グッ…だ、だから……アンタの剣とか盗んでないし知らないっつーの……」

 

痛みを噛み殺しフラフラと立ち上がりながら息絶え絶えでロゼは反論する。

 

『マダシラヲキルツモリカ!』

 

「だから……僕達は本当に盗んでなど……!」

 

激昂するアシュラに思わず弁明するミクリオだが……

 

『ダマレェ! オレヲ裏切ッタアウトルノ手先ノ言ウコトナド信ジラレルカァ!』

 

更に憎悪を燃やし叫びをあげるアシュラ。だが一同はそんなアシュラの言葉に表情を変える。

 

「裏切った……? アウトル様が……? 」

 

「……ッ! まさか!?」

 

困惑するアリーシャ。一方ミクリオは何かに気がついたのかハッとした表情を浮かべる。

 

先ほどの日記に書かれていた内容。アシュラが自身への裏切りの憎しみを綴る事となった彼の剣を奪った『友』の存在。

 

そのピースがミクリオの中でカッチリとハマる。

 

「あの日記に書かれていたアシュラと契約した天族というのは……アウトルの事だったのか……?」

 

「「…………」」

 

「なっ!? まさかそんな!?」

 

「ちょっと!? 幾ら何でもそんなのって!?」

 

ミクリオの言葉に思わず声を上げるアリーシャとロゼだが一方でスレイと晴人は既に勘付いていたのか何も言葉を発することなく無言を貫く。

 

『ナニヲゴチャゴチャト! シネェ!!』

 

困惑する一同の思惑など知った事では無いと言わんばかりにアシュラは三対の手に持たれた得物を構えスレイ達へと向け突撃しようとする。

 

「ッ!」

 

それに対してウィザードは意を決した様に腰のホルダーに装着された青く点滅する指輪に手を伸ばし……

 

 

『──覚悟は決まったか? 操真晴人?』

 

轟ッ!

 

『グォォア!?』

 

突如として響いた声と共に晴人達の足元に青い魔法陣が展開され周囲を囲うように強力な水の奔流が床から天井へと湧き上がりまるで結界の様にアシュラを吹き飛ばす。

 

「これは!?」

 

「今度は何!?」

 

驚くアリーシャとロゼだが晴人は冷静にその声の主へと返答する。

 

「……何が言いたいんだ?ドラゴン?」

 

その問いかけと共に一同の頭上に青く揺らめくウィザードラゴンの幻影が現れる。

 

「ドラゴン殿……」

 

「この遺跡に封じられたハルトのドラゴンの力の一部か……」

 

水の力を宿したウィザードラゴンの力。以前の火の試練の際と同じようにそのドラゴンの力が意思を持ち一同に語りかける。

 

『いくら悩んだところで結論は変わらん。『アレ』は倒す以外に道は無い。それはお前もわかっている筈だろう?』

 

「…………」

 

ドラゴンの言葉に晴人は沈黙で返す。それはつまり、ドラゴンの言葉を認めざるを得ないという事だ。

 

「ドラゴン殿!それはッ!」

 

『小娘……あれを見ろ』

 

「えっ……」

 

ドラゴンの言葉に異を唱えようとするアリーシャだが、その言葉は結界の外へと視線を向けたドラゴンの言葉に遮られる。

 

一同はそれを追うようにドラゴンが示した方向へと視線を向ける。

 

「あれは……」

 

展開された水の結界の外。

そこに異変が生じていた。

 

『ウゥ……アァ』

 

「憑魔!?」

 

部屋のいたるとこで憑魔が呻き声をあげ動き始めていたのだ。

 

「なんで……さっきまでいなかったじゃん……」

 

「……そうか! アシュラの穢れの領域の影響でアシュラに殺された憑魔の死骸だった遺体や遺物がまた憑魔化したのか……」

 

「ッ! でもそれって……」

 

ミクリオの言葉にロゼは何かに気がついた様にハッとした表情を浮かべるが───

 

『ギャァァァォォ!?』

 

「ッ!?」

 

鳴り響いた断末魔。

 

すぐにその叫びの聞こえた方向へ視線向ける一同。そこには───

 

 

 

 

『穢ラワシイ憑魔ドモォ! シネェ!シネェ! シネェ! シネェ!』

 

六本の得物を叩きつけ、憑魔を虐殺するアシュラの姿がそこにあった。

 

『ゴッ!? ガァッ!? グゥッ…!ゴガァ!?』

 

『フハハハハハハハ! クルシイカ!? 穢ラワシイ憑魔ガァ! シネェ!シネェ! 導師デアルオレガ貴様ラヲスベテ斬リ殺シテヤル! クハハハハハハ!』

 

倒れ伏し瀕死となった憑魔へ執拗に攻撃を仕掛けるアシュラ。

 

殴打、斬撃。憑魔達の身はズタズタに引き裂かれすり潰されていく。

 

攻撃を受ける憑魔達はもはや叫ぶ事すら出来ず弱々しくなっていく叫びと共に再び絶命していく。

 

そして──

 

「ッ!穢れが……」

 

殺された憑魔の死体。そこに遺された穢れが黒い瘴気となりアシュラの身体へと吸収されていく。

 

『ハハハ!キエロ憑魔ドモォ! コノ世界カラキエ失セロォ! 穢レハスベテ導師デアルコノオレガ斬リサイテクレル! フハハハハハハハ』

 

それでもアシュラは憑魔の死骸を嬲り続けていた。

 

嗤いながら。

 

ひたすら、ひたすら、ひたすら。

 

己自身が憑魔となり憑魔を生み出し、そしてそれを殺しさらなる穢れをその身に取り込み更なる怪物へと変貌していく。

 

そんな事すら理解する事も出来ず、嗤いながらアシュラは憑魔達を斬り殺し、打ち殺し、嬲り続けている。

 

「……うっ!」

 

繰り返される負の螺旋。

 

アリーシャ、ロゼ、ミクリオはその光景を直視出来ずやりきれないように視線を逸らす。

 

そんな時、ウィザードドラゴンが静かに口を開く。

 

『奴は確かに高尚な願いを抱いて導師になったのだろう。だがな、あれは夢の残骸だ。既に終わってしまった者に他者がしてやれる事などたかが知れている。たとえそれが魔法使いであったとしてもだ……それはお前が誰よりも知っている事だろう? 操真晴人?』

 

静かに、それでいてハッキリとドラゴンは晴人に結論を問いかける。

 

「……あぁ、そうだな。俺が迷えば迷うほどアシュラを苦しめる」

 

そのドラゴンの言葉に晴人は小さく、だが明確な決意を込めた声で肯定する。

 

「たとえそれが罪なんだとしても……俺ができる事、してやれる事は……」

 

自身だけの手で決着をつける決意を秘めた瞳でウィザードは青く点滅する指輪を左手にはめようとし───

 

 

「俺もやるよハルト」

 

スレイからかけられたその声にウィザードは思わず動きを止める。

 

「スレイ? だけどこれは……」

 

「どんな理由があったとしてもアシュラを殺す事には変わらない……って事だよね?」

 

「……あぁそうだ。だからみんなは手を出さなくて良い。俺が──」

 

「それはダメだ」

 

晴人の言葉をスレイは静かに否定する。

 

「さっきアシュラを攻撃しようとしたのを止めた時、ハルトはオレたちにアシュラの命を奪わせない様に気を遣ってくれたんだよな? けど、だからってオレはハルト一人にそれを背負わせたく無い」

 

スレイは言葉を区切り結界の外で憑魔を嬲り殺すアシュラへと視線を向ける。

 

「オレさ……あの日記を読んだ時から頭のどこかで考えてた。『この人はどんな気持ちだったんだろう』って」

 

ポツポツと言葉をこぼすスレイ。その目に憂いを浮かべながら彼はアシュラを見つめる。

 

「アシュラは、みんなを助けたいと願って。自分の夢と友達との約束の為に頑張って。救えない自分の弱さを嘆いて。ひたすら力を求めて。……そして憑魔へと堕ちた」

 

「だけど……」と一区切りし、スレイはゆっくりと口を開く。

 

「考えても、やっぱりオレにはアシュラの痛みを想像するだけで理解できなかった。辛かったんだと思うし憎かったんだと思うし、何より悲しかったんだと思う……それでもそれはオレの想像でしかない」

 

当然といえば当然だ。たとえ似たような境遇や経験があったとしても他者の痛みを本当の意味で理解する事など出来はしない。

 

その痛みはその傷を負った当人にしかわからない……

 

そして……

 

「だから、それと同じようにオレにはアシュラにとって『これが救いだ!』って断言できる答えが見つからなかった」

 

自身の左手のグローブに描かれた導師の紋章に目をやりスレイは強く拳を握りしめる。

 

「けど……やっぱりオレはアシュラを浄化しなくちゃいけないと思う。それが正しいとも救いだとも言いきる事なんて出来ないけど……」

 

『ヒャハハハハハハ! シネェ! シネェ!』

 

死体を嬲り続けるアシュラを見据えてスレイは静かに。しかし確固たる決意の元に決意する。

 

「オレはアシュラの夢の終わりがこんな形であって欲しくない。間違ってるのかもしれないし我儘な自己満足かもしれないけど、それがオレが導師としてやるべき事だと思うから 」

 

「……わかった」

 

スレイの瞳に込められた確かな決意に対して晴人もまたそれ以上余計な事を問う事なく短い言葉でその覚悟を受け止める。

 

「ちょいと、お二人さん? 勝手に2人で覚悟決めないでくんない? あたしは一応あんたの従士なんですけど?」

 

そんな空気を断ち切るようにロゼから声がかかる。

 

「ロゼ? だけど今回は……」

 

「どんな形であれアシュラを殺す事になるってんでしょ? そりゃいい気分なんかしないしできるならそんな事したくないけどさ。だからってそれをあんたら2人に押し付けて平気な顔してられる様な性分はしてないんだっつーの!」

 

そう言って勢い良く啖呵を切るロゼに続くようにアリーシャが口を開く。

 

「私も同感だ。ハルトとスレイだけに手を汚させる事なんてしたくない。2人が覚悟を決めたのなら私だって腹をくくる。だから……みんなで背負おう」

 

「アリーシャ……」

 

そう言ってアリーシャは指輪を握りしめるウィザードの右手に手を添える。

 

そして残る1人。ミクリオは……

 

「……つまらない事を聞いたら怒るぞ。僕は友達に1人で重荷を背負わせる気もなければ友達1人に手を汚されるつもりもないからな」

 

ミクリオは結界の外にいるアウトルを一瞥しながらはっきりとそう言い切った。

 

「ミクリオ……わかったよ」

 

『ふん……話は終わったか? ならばいくぞ』

 

「……あぁ!」

 

皆の決意、そしてドラゴンの言葉に背を押されウィザードはその左手に青く点滅する指輪をはめる。

 

そして青く輝いたウィザードラゴンの幻影が指輪へと注がれ同期するように周囲の水の結界が解除される。

 

『ヌゥ!? ヨウヤクアラワレタカァ!盗人ドモォ!』

 

その事に気がついたアシュラはすぐさま晴人達へと向き直ると怒りの声を上げる

 

それに対して一同も武器を構える。

 

誰1人としてその目に迷いは無い。

 

そしてウィザードは輝きを取り戻した青く輝く指輪をベルトにかざす。

 

【ウォーター ドラゴン! ザバザババシャーンザブンザブーン!】

 

展開された青い魔法陣から現れた水の龍の幻影がウィザードの周囲を旋回し水の繭がその姿を覆う。

 

そして水の繭を破るように現れた水の翼が一瞬で掻き消え、そこには青く染まったローブをはためかせ姿を変化させたウィザードが佇む。

 

変わり果てた夢の残骸。

 

そこにピリオドを打つべくウィザードは決意を込めて言い放つ。

 

「悪い夢は終わりにしよう」

 

 

 





あとがき

キバを知らない友人「ジオウキバ編見たけどキバってこんな感じなの?」
フジ「キバがこういう雰囲気かと聞かれれば大体こんな雰囲気ではあるよ(震え声)」

気づけばジオウも終盤。個人的にはかなり楽しめている作品でジオウ組は二期勢の中ではかなり好きなキャラだったりします。なんやかんや一年間楽しいですからねお祭作品は。

グランドジオウの変身には正直かなり感動しました。歳かな……


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41話 夢を継ぐ者

この小説の更新って醜くないか? 更新間隔も文字数もまるでバラバラだ(クォーツァー感)

遅くなってすいません
更新できない内に8月で平成は終わるし9月から令和は始まってるしで我ながら情けない。(ライダー脳)
ジオウOQで頭PARTYになったのが2ヶ月前とか時が経つのは早いもんです

まぁ続ける事が大事で七転び八起きという事で最新話をどうぞ


 

 

「悪い夢は終わりにしよう」

 

青に染まったローブを翻し、静かにそう告げたウィザードは構えたウィザーソードガンのハンドオーサーを起動し右手の指輪をかざす。

 

【コピー! プリーズ!】

 

展開された魔法陣から複製されたウィザーソードガンを掴み取り二刀流で剣を構えたウィザードはアシュラへと向け駆け出す。

 

『シネェ!』

 

迎え撃つアシュラは両手の大剣の連撃を放つが……

 

「ッ!」

 

ウィザードは力任せに受け止めるのではなく両手の剣で受け流すように大剣の連撃を捌く。

だがアシュラにはまだ4本の腕に握られた得物が残されている。

 

すかさず二本のハンマーが上段よりウィザードへ向け振り下ろされる。

 

だがウィザードの横を駆け抜けるように飛び出したアリーシャがこれを迎え撃つ。

 

「翔破! 裂光閃!」

 

水の魔力を纏った槍の高速突きが振り下ろされるハンマーと衝突する。

 

「ぐぅっ!?」

 

『ヌゥッ!?』

 

人の数倍ある巨体が振り下ろした強烈な振り下ろしとの衝突。圧倒的な重量差からアリーシャの口から思わず苦悶の声が溢れる。

 

だがそれでも彼女の渾身の奥義はアシュラの攻撃を相殺しハンマーを持つアシュラの腕は上へと弾かれる。

 

その隙をロゼが見逃さない。

 

「ナイス!アリーシャ!」

 

ロゼは霊力を爆発させ高速でアシュラの足元を通りすぎると同時に左の一振りでアシュラの左脚を斬りつけ、更にアシュラの背後で即座にUターンで切り返すと交差した十字斬りを右足へと叩き込む。

 

「その隙いただき! 嵐月流・翡翠!」

 

ロゼの両脚への攻撃でアシュラの体勢が完全に崩れ、アシュラはその場へと膝をつく。

 

【ウォーター! スラッシュストライク! ザバザババシャーン!】

 

「ハァァッ!」

 

そこへ右手に持ったソードガンに水の魔力を収束させたウィザードが強烈な突きを放つ。

 

『グォォォォォ!?』

 

突き刺さるソードガンに苦悶の声をあげるアシュラだがウィザードはそのまま前蹴りを放ちながらその勢いで剣を引き抜き後方へと跳び退る。

 

跳び退った先では水の神依を纏い魔法陣を展開したスレイが待ち構えており、並び立った2人はそれぞれ弓と変形させた銃を構える。

 

【ウォーター! シューティングストライク! ザバザババシャーンザブンザブーン!】

 

【ウォーター! シューティングストライク! ザバザババシャーンザブンザブーン!】

 

「「《三星、結集! トリニティーアロー!》」」

 

2丁拳銃から放たれた強力な水の弾丸と弓から放たれた水の霊力の巨大な矢の三連射。それらがアシュラへと殺到しその巨体を壁へと吹き飛ばす。

 

 

『グゥゥオオオ!?』

 

苦悶の声をあげて倒れ臥すアシュラ。

 

だが……

 

『マダダァッ!』

 

攻撃が着弾した箇所である傷口が凄まじい勢いで塞がっていき怨嗟そのものの様に溢れ出す穢れがアシュラがゆっくりと立ち上がり始める。

 

「嘘でしょ……今のでも回復されんの?」

 

「決して軽い攻撃では無かった筈だが……それほどの憎しみがアシュラ殿の中にあるという事か……」

 

ロゼは驚きの声を漏らし、アリーシャはどこか悲しげにアシュラの姿を見つめる。

 

「生半可な攻撃は通じないか……」

 

「いや、策はある」

 

ミクリオから発せられたその言葉に一同の視線が集まる。

 

「別に難しい話じゃない。今より強力な攻撃を連続で叩き込んでやればいいってだけの話さ」

 

「え、ですが……」

 

「普通に戦ったんじゃ、この場に天族が僕1人しかいない以上、神依を使えるのは僕と融合する1人だけだ。だが神依化の特性を利用して一気に畳み掛ければ……」

 

「神依化の特性……?」

 

「これまでも何度か見せただろう? 融合と解除……その特性を使うんだ」

 

その言葉にスレイが反応する。

 

「そっか……人間と天族の間にある程度距離があっても神依化する時は一瞬でその距離を埋めて融合できる」

 

「そうだ。ロゼ、アリーシャ、スレイのそれぞれが大技を撃った直後に神依化を解除して別の相手と神依化する事で一気に畳み掛ける……」

 

そのミクリオの言葉にアリーシャが反応する。

 

「待ってくださいミクリオ殿! ロゼやスレイはともかく私と融合するとミクリオ殿は……」

 

以前のライラの一件からしてアリーシャと融合すればミクリオもまた霊応力を持たない者たちから視認される様になるだろう。

 

それは彼の今後の生き方に大きく影響してしまう事の筈だ。それを案じアリーシャはミクリオへと声をかけるが。

 

「ありがとうアリーシャ。けど大丈夫だ」

 

アリーシャの言葉の意図を察してかミクリオは小さく微笑みながらその言葉を遮る。

 

そしてアシュラへと視線を戻した彼の表情が引き締まりその目に鋭さが戻る。

 

「僕はこれから先もスレイの友として一緒に歩んで行く。喜びも悲しみも一緒にだ。姿が見えるようになるというのなら寧ろ好都合だよ。どのみち僕は逃げ出すつもりなんて毛頭ないからね」

 

「ミクリオ……」

 

静かに、それでいて瞳の奥に確かな決意の炎を灯しながらミクリオは結界の外に立つアウトルを一瞥すると力強く得物を握りしめ構える。

 

その言葉にスレイは少しばかり驚いた表情を浮かべるもすぐに表情を引き締め力強く頷く。

 

「覚悟完了って訳ね……」

 

「……わかりました。ミクリオ殿がそう仰るのなら……」

 

「なら、さっきみたいにロゼとアリーシャで仕掛けてくれ。最後に俺とスレイの同時攻撃で終わらせる」

 

「りょーかい! トドメは任せるよ! 行こうアリーシャ!」

 

「あぁ!」

 

力強い掛け声と共にアリーシャとロゼはアシュラへと向けて駆け出す。

 

「先ずはあたし! 『ルズローシヴ=レレイ(執行者ミクリオ)!』」

 

ロゼが真名を叫ぶとと共にスレイの傍らに立っていたミクリオが青い光となり搔き消え、瞬時にロゼの神依となる。

 

ロゼはすぐさま高く跳躍すると空中でアシュラへ向け弓を構える。

 

「「蒼穹の十二連!」」

 

叫びと共に放たれた12本の水の矢は拡散し四方八方から生き物の様にうねりながらアシュラへと殺到する。

 

『グゥゥゥ!?』

 

すかさずアシュラは六本の腕の得物でその攻撃を防ぐ。だがその行動によってできた隙をアリーシャが逃さない。

 

「よっしゃ! 行ってこいミクリオ!」

 

ロゼの声と共に神依が解除され青い光はアリーシャの身体へと吸い込まれる。

 

アリーシャの足元に青い魔法陣が展開され青く輝きを放ちアリーシャの服は青いロングコートとなり槍の刃は青い宝石がはめ込まれた曲刃へと形を変える。

 

そのままアリーシャは身体の内の霊力を爆発させ一気にアシュラへと肉薄する。

 

「絶氷の剣!」

 

「その身に刻め!」

 

槍の先へ強力な氷の魔力が収束し巨大なドラゴンの尾を象る氷の刃を形成する。

 

「「奥義!」」

 

2人の声が重なり氷の刃がアシュラへと振るわれる。

 

「「セルシウス! キャリバー!」」

 

上段から振り下ろされた氷の刃。

 

アシュラもその攻撃に危機を感じたのか全ての得物を上段へと構えて受け止めようとする。

 

だが……

 

『ナッ!? 』

 

アシュラの目が驚愕に見開かれる。

 

彼の振るう自慢の得物。その全てを氷の刃が氷結させガラス細工の様に砕け散らせ、アシュラの身に叩き込まれる。

 

『グォォォォァァァァァ!?』

 

苦しみの叫びをあげ膝をつくアシュラ。だがアリーシャは構うことなく叫ぶ。

 

「今です!ミクリオ殿! 」

 

「行くよミクリオ! 『ルズローシヴ=レレイ(執行者ミクリオ)!』」

 

スレイが真名を叫びアリーシャの姿がドラゴンの力を使っていない状態へと戻る。

 

そして……

 

「これで終わらせる!」

 

決着をつけるべく水の神依を纏ったスレイが自らの霊力を収束させ巨大な弓をアシュラへと向け構える。

 

それに応える様にウィザードは右手にはめた指輪をベルトにかざす。

 

【チョーイイネ! ブリザード! サイコー!】

 

『グォォ……ナ、ナニヲ……』

 

弓を構えたスレイの目の前にウィザードによって青い魔法陣が展開され、そこから放たれた冷気がアシュラを凍りつかせ動きを封じていく。

 

「撃て! スレイ! ミクリオ!」

 

「「わかった!」」

 

晴人の声に応えスレイは弓へと収束させた水の霊力を解放する。

 

「「《我が弓は蒼天! 蒼き渦に慙愧せよ!》」」

 

放たれた無数の水の矢はウィザードが展開された魔方陣を通過すると同時にその性質を氷の矢へと変え、生き物の様に全方位からアシュラへと殺到する。

 

氷の矢が次々と着弾しアシュラが形成された巨大な氷解の中へと完全に閉じ込められその動きを封じられると共にスレイは弓の先端部を槍状へと変化させる。

 

【チョーイイネ! スペシャル! サイコー!】

 

それと同時にウィザードは交換した指輪をベルトへとかざす。

 

青い魔法陣がウィザードの背後へと展開され、そこからウィザードラゴンの巨大な尾が現れる。

 

そして2人は巨大な氷塊へと突撃し……

 

「「アクアリムス!」」

 

「フィナーレだ!」

 

水の霊力を収束させた弓の刺突と巨大な龍の尾の一閃。

 

強力な2つの攻撃が氷塊へと叩き込まれる。

 

攻撃により細かく砕け散った氷の破片が部屋の青い輝きに照らされ幻想的な光景が生み出されたその中で……

 

『ァァ……』

 

アシュラは断末魔すらあげる事なく浄化され、その姿が消えていく。

 

 

 

「──はぁ……」

 

その姿を見送りながら晴人はいつもの気の抜けた調子ではなくどこか弱々しく力を抜く様に息を吐き出した。

 

─────────────────────

 

 

 

 

『…………』

 

アシュラを無事に浄化し終えた一同。

試練を終え結界も解除され他の仲間たちとアウトルも部屋の中へと足を踏み入れる。

 

だが一同は言葉を発さず張り詰めた空気が場を支配する。

 

大半の面子はアウトルへ厳しい視線を向けており普段は天族に対して敬って接するアリーシャですらその目には非難の色が伺えた。

 

そんな沈黙を破るように一同を代表してスレイが口を開く。

 

「説明してください」

 

「……説明とは?」

 

スレイの単刀直入な言葉になおもどこか誤魔化すような口ぶりのアウトル。

 

それに対して我慢の限界だったのかロゼが口火を切る。

 

「はぁ!? こんな悪趣味な真似しといてしらばっくれるわけ!?」

 

「アウトル様、無礼を承知で言わせて頂きます。私としても先程の試練に関しては説明していただかなければ納得できません。アシュラ殿とアウトル様の関係、そしてこの試練の貴方の真意を」

 

アリーシャも冷静に努めながらもアウトルを問いただす。

 

「そこまでして聞きたい話だろうか? 元凶である私の口から言い訳じみた話を? 知ったところで何かが変わる訳でもないのに?」

 

「悪いがアナタが自分の発言をどう感じるかは興味なんて無い。僕たちは事実が知りたいだけだ」

 

どこか自嘲するような口調でそういうアウトルに対してミクリオは淡々と冷たく切って捨てる。

 

「貴方の言う通り知ったところで何かが変わる訳じゃないかもしれない。けどオレは導師としてこれから歩んでいくならアシュラの痛みを知っておかなきゃならないと思う。貴方とアシュラの関係がなぜこんな事になったのか。例え自己満足でしかなかったとしても」

 

「ケリを着けたのは俺達なんだ。だったら俺達はこれからその事実を背負って行かなきゃならない。きっちり背負っていくなら、先ずはきっちり事実を知らなきゃ話にならないんだよ」

 

スレイと晴人の2人はそう言ってアウトルをまっすぐ見据える。

 

その瞳に秘められた強い意志を感じてかアウトルは小さく息を吐くと言葉を紡ぎ始めた。

 

「……始まりは日記に書いてあった通りだ。今ほどでは無いにしろ導師の素養を持つ者は減る中で当時はまだ護法天族では無かった私はマオテラスの陪神の1人として導師の素養を持つ者を探す中でアシュラと出会った」

 

懐かしげな口調でアウトルは言葉を続ける。

 

「裏表の無い生真面目な男だった。愚直だが確かに他者を想える正義感を持っていた。彼ならば導師に相応しい。そう思い導師の道へと彼を誘った。見立て通り彼は自身の持つ正義感から導師となる事を了承した」

 

淡々とした言葉。だが先程までの真意の読めない言葉と違い今のアウトルの言葉はどこか柔らかい。

 

「最初は大変だった。感情を表に出すアシュラと表に出さない私は水と油。しょっちゅう意見は食い違うし事あるごとに衝突もしたよ。だが不思議なもので数年も経てばお互いの事も理解できてきて互いの不足してる部分を補い合える様な関係になれていた」

 

「友達になれた……ってこと?」

 

「……少なくとも当時の私達はそう評せる関係ではあったと思う。そしてアシュラは実力も一人前の導師となった。思えばそれが歯車が狂った切っ掛けだったのかもしれないな」

 

その言葉にアリーシャは訝しみながら問いかける。

 

「歯車が狂った……? 一人前の導師として成長したのにですか?」

 

「導師として成熟した。それは言い換えれば成長の伸び代が残っていないという事だ。誤解の無いように言っておくが、アシュラは導師としての腕は決して悪くは無かった。だが……」

 

「1人で全てを救う事なんて出来ない……か?」

 

晴人の言葉にアウトルはゆっくりと頷く。

 

「その通りだ。マオテラスの加護があった当時ですら導師の数は減る一方……そして人の心から穢れが生まれる事が終わる事は無い。憑魔による被害は抑え切る事は出来ず、一部の者は一時的に浄化できても深く穢れと繋がってしまった者は……」

 

その言葉に一同の頭にフォートンの姿が過ぎる。

 

結果的にアンダーワールドでの戦いで彼女を救う事が出来たとはいえ一歩間違えば彼女を止める手段は穢れが再発しきる前に介錯をせざるを得なかった事実は変わらない。

 

だからこそ一同にとってもアウトルの言葉は決して他人事ではないのだ。

 

「導師として実力が成熟してなお、救う事が出来ずに溢れ落ちていく命を見てアシュラは次第に変わり始めた。自身の非力を嘆いたアシュラは力を求め始めた」

 

「それでアシュラは剣を……?」

 

「あぁ、それがこの剣……『世界を断つ剣』だ」

 

そう言ってアウトルが足元に魔法陣を展開し一振りの剣が姿を現わす。

 

「ッ!? これは……」

 

「なるほど……確かにこりゃヤバそうだな」

 

その剣にデゼルは思わず息を飲み、ザビーダも表情を険しくする。

 

長さ自体はスレイの儀礼剣やアリーシャの槍の刃の部分と同じ程であり装飾は少なく紫紺色の刀身に小さな宝石がはめ込まれ、鋭利な銀色の両刃が輝く比較的シンプルな造形の剣だ。

 

だがその剣から感じられる力は明らかに異質だった。

 

まるでアシュラの執念そのものが溢れ出ているかのように剣からはドス黒い闘気が溢れ出ている。

 

アウトルは軽く剣を握ると誰も立っていない場所へ向けて軽く剣を振るう。

 

「何を……えっ……」

 

虚空を斬るその動作にアリーシャは困惑するがその表情は次の瞬間驚愕に染まる。

 

「な、なにこれ……」

 

「空間そのものを斬った……?」

 

アウトルが剣を振るった何もない場所がまるでガラス細工のようにひび割れ、歪んだ空間の切れ目が一同の目の前に姿を現わす。

 

「全てを……世界を断つ剣……」

 

「執念が生み出した剣……名剣どころか最早、魔剣やら妖刀の類いね……」

 

空間の切れ目はまるで傷が癒えるように塞がっていき、最後には先ほどと変わらない状態へ戻る。

 

だが軽く振るってこれならば確かに全てを断つ剣というのも強ち間違いではないだろう。

 

「(空間そのものを切り裂くか……まるで『レギオン』みたいだな)」

 

そんな中、晴人もまた嘗て戦った強敵のファントムを思い起こしその剣の異質さに表情を険しくする。

 

「自身の導師としての限界を悟ったアシュラはそれを補う為に導師としての天族との繋がりを使ってありとあらゆる文献を探し、そして失われた技術に行き着いた」

 

「そして見つけた文献から嘗ての対魔士が用いた技法やミスリルの剣の製法の再現へと到達した訳か……」

 

「そうだ……だが永い月日の中でアシュラは変わってしまった。人を救う事では無く憑魔を倒す事に囚われ始めた…………」

 

「だから貴方はアシュラの剣を奪ったのか」

 

険しい瞳でそう問いかけるミクリオにアウトルは少しばかり言葉を詰まらせた後、ゆっくりと言葉を零し始める。

 

「剣さえ完成すればきっとまた昔のアイツに戻る。そんな想いが私の中にあった……剣が完成した日、アシュラはすぐに私を呼んで一番に剣を見せてくれたよ……そしてアシュラは嬉しそうに私に言った───」

 

これまで感情を抑えていたアウトルの声が僅かに震える……

 

「『これさえあれば全てを斬り伏せる事ができる! 憑魔も!穢れを生みだす者達も全て!俺とお前の夢が漸く叶うんだアウトル!』……とな」

 

その言葉に一同は悲痛な表情を浮かべる。

 

「アシュラはいつのまにか憑魔だけで無く強い穢れを生み出す人間すら断ち斬るべき存在として見るようになっていた」

 

「そんな精神状態でもアシュラ自身は穢れを生まなかったのか?」

 

デゼルの問いかけにアウトルは小さく頷く。

 

「君達も知っているだろう? 純粋な想いは穢れを生まない。それが例え狂気に染まったものだとしても……だが私は恐ろしかった。憑魔よりも、純粋な狂気に染まったアシュラが……」

 

「そして、アンタはアシュラとの契約を解除し剣を持ち去った」

 

「その通りだ」

 

話が一区切りし、アウトルは言葉を止めると一同へと視線を投げる。

 

「さて、これが私が語れる真実だ。若き水の天族よ。君はどう感じた?」

 

アウトルは先程から険しい表情を浮かべるミクリオに視線を止めると、その理由を問うように声をかける。

 

それに対してミクリオはゆっくりと口を開く。

 

「……何故」

 

「ん?」

 

「何故、そんな簡単にアシュラの前からいなくなれた? 掛け替えのない友だったんだろう? 最後まで支え合うのが友達じゃないのか……?」

 

「それが最善だと判断したからだ」

 

淡々とそう言ったアウトルにミクリオは声を荒げる。

 

「違う! もっともらしい理由を並べて、目を背けて諦めて逃げただけだろう!」

 

「ミクリオ殿……」

 

ミクリオの言葉にアリーシャは思わす息を飲む。

 

彼女は知っている。嘗てスレイが導師となった際、ミクリオは一度はスレイと別れて故郷のイズチに帰ろうとした。

 

導師の使命にミクリオを巻き込めない。

 

ミクリオには浄化の力が無い。

 

そんなもっともらしい理由を並べられ衝突し、喧嘩別れにも近い形でミクリオは一度はスレイと別れた。

 

だがそれでも彼は再びスレイの元へと現れた。

 

共に支え合い、共に笑い、共に傷つき、共に夢に向かって歩む為に。

 

だからこそ彼はアウトルの決断に納得できないのだろう。

 

それは悪い言い方をすれば八つ当たりに近い感情的な言葉だ。

 

自分に近い境遇の存在が自分が納得できない選択をしてしまった事に自分と重ねて怒りを覚える子供じみたものだと言ってもいい。

 

だが……

 

「逃げた……か。そうだな、その通りだ」

 

まるでそんな感情的な糾弾を望んでいたかの様にアウトルはどこか自嘲するように笑うと、その言葉を肯定した。

 

「アンタ……」

 

「君の言う通りだ。結局のところ私が一番恐ろしかったのは、私がアシュラを導師の道に誘ったが故に彼の人生を狂わせた。その事実だった。それから目を背けようとして私はもっともらしい理由を並べてアシュラの前から逃げ出した……それがアシュラを壊す最後の引き金になるなど考えもせずに」

 

手に握った剣へと視線を移しアウトルは項垂れる。

 

「私がアシュラの元から去って程なくしてアシュラは姿を消した。彼を案じていた他の導師からその事を報告された私は、その時に彼の残した日記を受け取った。そしてそれ以降アシュラは行方不明のまま……私は護法天族としてこの水の試練神殿を受け持つ事となり永い月日が経過した。だが10年前……」

 

「アシュラは再びアンタの前に姿を現した……永い月日を憑魔となって生き延びて」

 

「あぁ……既にマオテラスが姿を消し、導師が失われた現状では私はアシュラをこの遺跡に封じる以上の手を持ち合わせていなかった」

 

「だったら最初から説明して素直に協力してくれって頼んで欲しかったんだけど?」

 

納得いかないと憮然とした表情でロゼが抗議を口にする。

 

「悪趣味だった事も私の尻拭いをさせた事も否定はしない。済まなかった。だが必要だった」

 

「……どういう意味よ」

 

「20年前、マオテラスと最後の導師が姿を消し、導師の古き掟は完全に形骸化した。そして時を経て導師スレイ、君が現れた」

 

アウトルから視線を向けられスレイの表情が引き締まる。

 

「導師や世界を取り巻く環境は大きく変わった。もはや古き掟など役には立たない」

 

「ライラからも似たような事を言われました。掟よりもオレが信じる導師としての在り方を大切にして欲しいって」

 

「そう、現に君はそこにいる姫を通して人間社会との繋がりを強く持ち。更に魔法使いという異例な存在とも協力し災厄に立ち向かっている。これは旧来の導師としてはあり得ない事だ。そして、だからこそ知って欲しかった。新たな時代の可能性を秘めた君に、私とアシュラの過ちを……」

 

「それがオレ達にアシュラの過去を見せて揺さぶった理由ですか?」

 

「そうだ。そして、君たちはしっかりとアシュラの痛みと向き合い悩み、そして背負おうとしてくれた。他者の痛みを忘れてしまったアシュラとも、そのアシュラを支える事を放棄してしまった私とも違う、強い生き方だ」

 

「それを確かめる事が今回の試練だったって訳?」

 

「そんな大層なものじゃ無い。ただ、君たちの可能性を見極めたかった。それに私の過ちの後始末と懺悔を組み込んだのは間違いなく私の打算だ。恨んでくれて良いし軽蔑してくれて構わない……」

 

「そういう風に開き直られるのって一番タチが悪いのよね……それならいっそ最後まで憎たらしくしててくんない?」

 

アウトルの言葉にエドナは皮肉を込めて辛辣な言葉を見舞うが……

 

 

 

 

 

「そう言ってやらないでくれ、お嬢ちゃん。こいつは昔から捻くれて素直に人にものを頼めない奴なんだ」

 

突如としてかけられた、一同の誰とも違う聞き覚えの無い声、その声に一同は素早く声がした方向へと視線を向ける。

 

そこには……

 

「え、誰?」

 

「その服……スレイと同じ導師の……」

 

見覚えの無い導師の衣装を纏った青年がそこに立っていた。

面識の無い突然の登場人物に一同は思わず困惑するが……

 

「あ、アシュラ……?」

 

ただ1人、震える声で信じられないというようにアウトルがその青年の名を口にした。

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

「えっ!?」

 

「アシュラって……」

 

「この方が……?」

 

アウトルの言葉に一同は驚きの声を上げる。

 

それも当然だ。数百年が経ち肉体が朽ちてしまっている憑魔を浄化するという事は、穢れによって繋ぎとめられた命を絶つという事。

 

だというのにアシュラを名乗る青年が目の前にいる事実に一同は困惑する。

 

「ええっと……なんかよくわかんないけど、もしかしてなんやかんやで上手く浄化できて助けられました!的な……?」

 

そんな中、ロゼは混乱しつつも精一杯のポジティブな解釈を口にするが……

 

「違う……」

 

「その通りだ。残念ながらそういうわけじゃない」

 

デゼルが静かにロゼの言葉を否定する。アシュラもまたそんなデゼルの言葉を肯定すると、それと同時にアシュラの身体が淡く輝き……

 

「ッ……! 身体が透けて……」

 

まるで陽炎の様に薄まり始めるアシュラの身体。それをみてアシュラは苦笑しながら言葉を発する。

 

「オレの身体は永い年月でとっくに朽ち果ててる。今の俺は浄化によって残された魂の残りカスみたいなもんさ。それもすぐに消えちまうだろうだろう」

 

自嘲的な笑いを浮かべながらアシュラはアウトルへと視線を向ける。

 

「よお、何百年経っても相変わらず胡散臭いままだなぁ、お前は……」

 

「アシュラ……私は……」

 

言葉を詰まらせながらもなんとか喋ろうとするアウトルに対してアシュラは首を横に振りそれを遮る。

 

「お前の言い分は聞こえてたよ。ったく……人を勝手に反面教師の教材にしやがって……」

 

「……それくらいしか私に語れる事など残っていなかったのでな」

 

「勝手なんだよ。いつもいつも頭の中で一人だけで答えを出しやがって……」

 

「あぁ、そうだな……その通りだ」

 

お互い歯切れの悪い言葉の応酬をしながらアシュラはなんとも言えない空気に耐えきれないのかスレイ達へと視線を向ける。

 

「お前達も悪かったな……オレたちのいざこざの尻拭いなんてさせてしまって。導師の先達がこんな様で呆れてしまっただろ」

 

自虐しながら同意を求めるように薄く笑うアシュラ。

 

だが、誰も彼を笑いはしない。

 

笑える筈がない。

 

たとえ道を踏み外してしまったにしても確かに彼の始まりの夢は間違いでは無かった。

 

そんな男の最期に平然と唾を吐き捨てるような台詞を吐ける者など今この場には誰一人としていなかった。

 

そんな一同の反応にアシュラは思わず苦笑する。

 

「ははっ……オレの後輩はどうやら本当に優秀で優等生らしいな……お前らならオレと違ってなにもかも中途半端なままで自分のやってきた事を全部無駄にしちまうなんて事にはならないだろうさ」

 

そう自嘲するアシュラだが……

 

「無駄じゃないよ」

 

「……え?」

 

発せられたスレイの言葉にアシュラは思わず戸惑いの声を漏らす。

 

「貴方は確かに導師として間違ってしまったかもしれない。けど、貴方の夢も導師としてやってきた事も決して無駄なんかじゃないとオレは思う」

 

そう言ったスレイの言葉を継ぐようにアリーシャが口を開く。

 

「例え大勢の人間を守りきる事ができなかったとしてもアシュラ殿によって救われた人間はたしかに存在した筈です。ならそれだけで貴方が導師としてしてきたことには価値があるんじゃないでしょうか?」

 

優しくそう告げるアリーシャ。スレイはさらにそこから拳で胸を叩きながら明るい笑顔で告げる。

 

「もしそれでも心残りがあるのなら……オレがアシュラの夢を受け継ぐよ」

 

その言葉にアシュラは思わず目を丸くする。

 

「夢を……継ぐ……?」

 

「うん! 大勢の人々の笑顔を守りたい。それがアシュラとアウトルさんの夢だったんだよね? ならきっとそれはオレ達の夢と一緒だ。オレやアリーシャも人間も天族も大勢の人が手を取り合って笑顔で生きていける。そんな世の中を目指しているから。だからアシュラとアウトルさんの夢も一緒にオレ達が背負うよ」

 

笑顔でそう言い切るスレイ。そこに晴人が口を開く。

 

「夢ってのはさ、必ずしも叶えられる訳じゃない。進んでみた道の先が自分が嘗て思い描いてたものと全く違う時だってある。それでも託して繋げていけるものだってあるんだ」

 

晴人もまた様々なファントムとの戦いの中で希望が受け継がれていくのを見てきた。

 

そして彼自身もまた魔法使いに憧れながらも夢破れた仲間の夢を背負い魔法使いとして戦っている。

 

「何度躓いたって繋いで続けていく事が大事なんだ。そうすりゃいつかその夢は目指してた場所にだって辿り着ける」

 

そう言って微笑むスレイ達にアシュラは再度苦笑する。

 

「ったく……本当に良くできた後輩達だよ……」

 

その言葉と同時にアシュラ身体が淡く輝き更に薄まり始める。

 

「あっ……」

 

「どうやら時間みたいだな……」

 

とうにアシュラの肉体は消滅している。残された魂の残滓もまた後を追うのは当然だ。

その光景にスレイ達の表情は悲壮に染まる。

 

自分の消滅を悲しむスレイ達にそれでもアシュラはどこか嬉しそうに笑うとアウトルへと向き直る。

 

「よう、どうやらここまでらしい。最期に何か言っておきたい事とかあるか?」

 

先程よりどこか明るくそう問いかけるアシュラにアウトルは思わず言葉を詰まらせる。

 

「私は……」

 

言葉が詰まり出てこないアウトル。そんな彼をアシュラは何も言わずまっすぐに見つめる。

 

その視線を受けアウトルは小さく息を吐くと自身の仮面へと手をかける。

 

「許してもらえるとは思っていない。こんな事を言う資格すら本当は私には無いのだろう……」

 

仮面を外したアウトルの視線がまっすぐアシュラの視線とぶつかる。

 

「それでも言わせて欲しい…………」

 

意を決したようにアウトルの口から言葉が発せられた。

 

「君を正しく導けなかった」

 

後悔、悲しみ、懺悔、様々な感情を滲ませながらゆっくりとアウトルの言葉が紡がれる。

 

「友である君を支えられなかった」

 

身体が薄まっていくアシュラから目をそらさず言葉は続く。

 

「君との約束に背を向けて逃げ出した」

 

震える声で絞り出すようにアウトルは最後の言葉を告げる。

 

 

「……本当に……すまなかった」

 

その言葉を聞いたアシュラはその場で俯くとすぐにアウトルへと背を向けてしまう。

 

「正直お前には文句が山ほどある」

 

背を向けたままアシュラは言葉を続ける。

 

「オレ自身にも非があったことを差し引いても、お前がオレから逃げ出した事にオレは納得できちゃいない」

 

強い拒絶の色を滲ませた言葉。それをアウトルは甘んじて受ける。

 

だが……

 

「けどまぁ……もう時間も無いしな」

 

そう言ってアシュラはスレイ達へと視線を向ける。

 

「最期の最期でオレ達の夢を継いでくれると言ってくれた出来の良い後輩達との出会いに免じてここら辺で手打ちにしておくよ」

 

その顔にどこか満足気な笑みを浮かべアシュラは最期の言葉を遺す。

 

「スレイって言ったな。オレ達の夢お前に託す。それと──」

 

そしてアウトルへと振り向いたアシュラは──

 

 

 

 

 

「じゃあな、戦友───」

 

そう告げながら淡い輝きが放たれアシュラの魂の残滓は完全にかき消えた。

 

 

─────────────────────

 

 

「こんな感じでいいかな……?」

 

「あぁ、悪くないんじゃないか?」

 

「その手の職人でも無いのにこの出来なら上々でしょ」

 

水の試練神殿。一同が最初にアウトルと会話した広間で一同は作業に没頭している。

 

「済まない……ここまで手伝って貰う事になって」

 

「気にしなくて良いさ。ここまできたらしっかり弔ってやりたいしな」

 

アウトルの言葉にそう答えた晴人の視線の先にあるのは小さな墓跡だった。

 

そこにはアシュラの名が刻まれている。

 

先程の戦いの後一同はこの神殿にアシュラを弔うための墓を作ったのだ。

 

「というか、元はと言えばワタシ達が試練を受けにきてるのに何でいつの間にかソイツのお悩み解決係になってんのよ……」

 

「素直じゃないねぇ。そう言いながら墓石作ったのはエドナちゃんじゃん」

 

「ワタシしか地の天族がいないからよ……勘違いしないで」

 

ブツブツと文句を言いながらも協力するエドナをザビーダが茶化す光景に一同は苦笑する。

 

そんな中アウトルは少しばりの逡巡の後、スレイ達へと向き直る

 

「今回の試練は合格だ。導師スレイ、これで君は水の秘力を得た。君達は想像通り、いや私の想像などずっと上回る程の強さを持っていた。私が教えられる事など最初から無かったのかもしれないな……」

 

自嘲するアウトル。だがスレイはその言葉を遮る様に否定する。

 

「オレはこの試練にこれて良かったと思ってます。導師としてアシュラと貴方の夢を継ぐ事ができたんだから」

 

その言葉にアウトルは驚いた様に目を丸くする。

 

「あ、でもできればもう少し時間があって二人がちゃんと仲直りできたらなって……せっかく最期に話し合えるチャンスだったのに」

 

そう言って表情を曇らせるスレイ。だがアウトルは小さく首を振る。

 

「いいんだ。私は許されてはならない。私自身もそれを認める事などできない。それに───」

 

微笑みながらアウトルは告げる。

 

「最期にもう一度、友と呼んでくれた……それだけでも私には充分過ぎる」

 

そう言ってアウトルはミクリオへと視線を向ける。

 

「君達の進む道がこれからも共にある事を願う」

 

その言葉にミクリオはどこか突き放す様に返答する。

 

「言われるまでもない。僕は貴方を軽蔑するし貴方の様にはならない」

 

「ちょ!ミクリオ!?」

 

冷たくそう言い放つミクリオにスレイは思わず止めようとするが……

 

「良いんだ。これから先も私を軽蔑できるほどまっすぐに歩んでくれ」

 

苦笑するようにそう返したアウトルの言葉が気に入らなかったのかミクリオは踵を返す。

 

「あっ! ちょっ!? ミクリオ!? まだ聞かなきゃいけない事があるだろ!?」

 

スレイの言葉にアウトルは思わず首をかしげる。

 

「む? まだ何か私に聞きたい事が……?」

 

「はい、実は……」

 

 

─────────────────────

 

試練を終えた一同は山岳地帯を降りハイランドの騎士団の駐屯地を目指している。

 

「…………」

 

そんな中、最後尾をどこか口数少なく何かを考え込む様にアリーシャ。

 

そこへ晴人から声がかけられる。

 

「どうしたんだ。さっきから表情が険しいぜ? あんな事の後に明るく騒ごうって気になる様な試練じゃ無かったのは確かだけどさ」

 

そんな晴人の言葉にアリーシャはどこか歯切れ悪く答える。

 

「なぁ、晴人。私達は……アシュラ殿とアウトル様は分かり合えたのだろうか?」

 

その言葉に晴人は言葉を詰まらせる。

 

これまでの戦いは全てが綺麗に解決したとは言えずとも知り合った者達とわかりあい、前へ進むために手を取り合えて来た。

 

だが今回の戦いはどこまで行こうと過去の精算だった。

 

明確に一人の男の歩んで来た道を終わらせる為の戦い。

 

確かにアシュラは最期に笑って夢を託してくれた。

 

だが、それでもやはりあの結末はお世辞にもハッピーエンドと言えるものでは無いだろう。

 

彼女はその結末に引っかかりを感じていたのだ。

 

「アシュラ達の為に自分が最善を尽くせたのか自信が持てないってことか?」

 

その言葉にアリーシャは小さく頷く。

 

「傲慢な事かもしれない。それでも……」

 

そう言いながら俯くアリーシャ。

 

そこに……

 

「え……?」

 

ぽん……とアリーシャの頭に晴人の手が優しく乗せられる。

 

「何が救いかなんて、本当の所、本人にしかわからない」

 

「それは……?」

 

「スレイも言ってただろ? そいつがどんな人生を歩んでどんな痛みや苦悩を背負ってたのかなんて結局のところ俺達は想像する事しかできないってさ。だから俺にもアシュラ達が分かり合えたとか救えたなんて胸を張って言い切ることはできないよ」

 

けど……と晴人は言葉を続ける。

 

「それでもあの時アシュラは笑ってた。そこに込められた想いは本人達にしかわからないけど、俺達はあの笑顔を信じなきゃいけないと思う」

 

「笑顔を……信じる……?」

 

その言葉の意味を問う様にアリーシャは晴人へと視線を向ける。

 

「人の心なんて単純じゃない。押し殺してる想いだってきっと沢山あっただろうさ。それでもその上で、アシュラは最期に笑ってアウトルと誓った夢を託したんだ。託された俺達がその言葉を疑ったらあの笑顔を嘘にしちゃうだろ?」

 

その言葉にアリーシャは目を見開く。

 

「託された側の自己満足かもしれないけどさ、それでもきっと……」

 

そう言って微笑む晴人。その目は近くを見ているようでどこか遠く、ここにはいない誰かを見ているかの様で……

 

「ハルト……?」

 

どこか憂いを帯びた、これまで見た事の無いその表情にアリーシャは思わず晴人の名前を呼ぶが……

 

「なんてな♪」

 

「なっ!? 何をするんだ!?」

 

突如頭に乗せた手でわしゃわしゃと髪を乱され思わずアリーシャは抗議の声を上げる。

 

「いつまでも辛気臭い表情していたってしょうがないさ。ちゃんと背負って前を向いていこうぜ?」

 

そう言っていつものようにどこか軽い調子で笑う晴人にアリーシャは思わず呆気に取られる。

 

「ハルトー? どうかしたの?」

 

 そんな二人に、いつのまにか先を歩いていた一同が距離が開いている事に気付き声がかけられる。

 

「いや、なんでもない! さて、いこうぜアリーシャ」

 

「あ、あぁ……」

 

そう言って晴人は早足で歩き始める。

 

そんな彼の表情は先程見せたものと違い、いつも通りのどこか飄々とした軽い調子でそれでいて頼もしいアリーシャのよく知るいつもの操真晴人のものだ。

 

だけれども、アリーシャはなぜかその時始めてその表情に違和感を覚えた。

 

彼は今変身していない。だから当然その顔を覆い隠している仮面は存在しない。

 

その筈なのに。

 

アリーシャには何故か今の晴人の表情が何かを覆い隠した仮面のように思えた。

 

─────────────────────

─────────────────────

 

 

水の試練神殿。その中でアウトルはアシュラの墓と向き合いながらその手に一振りの剣を取り出した。

 

アシュラが生涯をかけて創り出した世界を断つ剣だ。

 

「この剣は返す。今更かもしれないが……今だからこそお前と一緒にここで眠るべきだ」

 

そう言ってアウトルはアシュラの墓の前に剣を突き刺し踵を返しその場から去ろうとする。

 

その時……

 

 

 

 

 

「馬鹿な事を言う。剣は振るわれてこその剣だろう」

 

「ッ!?」

 

突如として背後から響いた声にアウトルは素早く振り返る。

 

その視線の先には……

 

「ほう……これが世界を断つ剣……憑魔アシュラの執念が生んだ魔剣か……」

 

「………」

 

黒い外套に身を包みフードで顔を隠した二人の人物が立っていた。

 

小柄な方からはどこか楽しげな少女の声が聞こえるがもう一人の人物は一声も、発さずその性別すら明らかでは無い。

 

小柄な人物は剣を引き抜くと無言を貫くもう一人へとアシュラの剣を渡す。

 

「貴様ら……何者だ?」

 

警戒の色を滲ませながらアウトルは問う。

 

その言葉に小柄な人物は揶揄うように返答する。

 

「何者か……か? そうさな、人の世に仇なす者にして人をあるべき姿へと導く者。とでも言っておこうか」

 

「……まさか災禍の顕主の!」

 

「その通り。素晴らしい魔剣を腐らせるぬしの代わりに有効に使ってやろうと思い、馳せ参じたという訳だ……」

 

その言葉を言い終わる前に外套の二人を何重もの水の結界が覆う。

 

「ほお……流石は護法天族。この速さでこれほどの術を行使するとは」

 

「悪いがその剣を悪用させるつもりは微塵も無い。その剣で誰かが傷つけられる事だけは絶対に……言え!貴様らの目的は一体──!」

 

天響術を展開しながらアウトルは力強くそう言い放ち、目の前の二人を尋問しようとする。

 

だが……

 

 

「妙な事を言う。ぬしは自身の運命から背を向けて逃げ出し舞台からとうの昔に降りた存在だ。そんなぬしが今更、我が主の計画を止める事などできるはずがないだろう」

 

「何をっ!?」

 

更なる術を行使しようとするよりも早くもう一人の人物がその手に握られた魔剣を振るう。

 

「クッ!!」

 

一振りで紙切れの様に切り裂かれる水の結界。

 

その余波にアウトルは思わず態勢を崩す。

 

「ククク……その名の通り素晴らしい斬れ味だ」

 

楽しげに笑う少女はその光景に満足気に嗤う。

 

「まっ、待て!」

 

すかさずアウトルは水の天響術を放とうとするが……

 

「もう遅い。ぬしには何も止める事などできはしない」

 

 

魔剣がもう一度振られ空間がガラスの様にひび割れ砕け散る。

 

外套の二人はその亀裂の中へと歩を進め……

 

「素晴らしい収穫だ。姫には感謝せねばな」

 

その言葉と共に亀裂の走った空間が修復され二人の姿は忽然とその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 





とりあえず水の試練編完
次は地の神殿となりますが不破さんの変身が認証されるよりがは早く更新したいところです。ワンチャンずっと認証されなそうですけど。

あぁぁぁぁ早くOQの円盤発売されねぇかなぁぁぁ!!!!(平成欠乏症)


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42話 兄妹 前篇

メリークリスマス!プリーズ!(滑り込み)

早く来年になってジオウOQの円盤で平成をキメたい今日この頃、今年最後の更新となります。
凸凹だらけのクソ遅い更新ですが最新話をどうぞ


 

 

青空が広がる見晴らしの良い開けた崖沿いの道。崖下のはるか下にはどこまでも広大な海が広がっており、潮風が吹き抜けていく。

 

これと言って目立つ物は無いがそれでも散策に来たらつい足を止めその雄大な景色を眺めてしまう事受け合いの場所。

 

だが、それはその場が安全であればの話で……

 

 

「うわぁっ!? なんかネバネバして動けないんですけどぉ!?」

 

「だからお前はなんでいつもそうやって!」

 

「うっさい!うっさい!こっちだって好きでこんな目にあってるんじゃないっつの!」

 

自身の手脚を絡みとり動きを封じた巨大な粘着質の糸に文句を叫ぶロゼにいつものようにデゼルも釣られて叫ぶ。

 

「《八つ裂け風刃!エアスラスト!》」

 

デゼルが放つ風の刃がロゼを拘束する糸を断ち切るとロゼはすぐさまその場を離脱する。

 

直後にその場に地属性の重力を操る天響術が着弾し地面を大きく陥没させる。

 

「うわぁ……危うく糸に巻かれてペチャンコにされるとこだったじゃん……」

 

冷や汗を流しながらロゼは術を放った敵へと視線を向ける。

 

そこには巨大な蜘蛛……否、蜘蛛の下半身と人間の女性の上半身を組み合わせた異形の怪物の姿があった。

 

「憑魔『スパイダーエリザベス』見ての通り、スパイダーの変異タイプだ。強烈な術と糸による拘束に気を付けろよ。ありゃ一度惚れたら離してくれないタイプだぜ」

 

「蜘蛛憑魔の女王……誰かれ構わず跪かせる圧迫感を持っていますわ……」

 

「物理的にね!何!?天族って解説の時になんかジョーク言わなきゃいけない縛りとかあるの!?」

 

憑魔への解説をするザビーダとライラに対してロゼのツッコミが飛ぶが重力操作の天響と糸による牽制で、一同は中々攻勢へと転じられない。

 

「厄介だな……試練神殿が控えてるとは言え出し惜しみしてる場合じゃないか……」

 

「うん! 一気にケリをつけよう!」

 

晴人とスレイはそれぞれドラゴンスタイルと神依の力を使用しようとするが……

 

「《頭が高い〜……土下座土下座〜……エアプレッシャ〜》」

 

ドゴォ!

 

『グギャァ!?』

 

直後、気の抜ける様な声ととてもつもなく適当な文言を並べた詠唱から放たれた重力の天響術がスパイダーエリザベスを襲い、その身体を深々と地面へとめり込ませる。

 

その術を放った張本人、エドナは重力で拘束されたスパイダーエリザベスへと日傘をさしながら悠々と歩いて近づき……

 

「這いずくばるのがお似合いね」

 

見下す様な低い声と共に軽く持ち上げた片足を地面へとトンっと振り下ろす。

 

『ゴガァッ!?』

 

次の瞬間地面が隆起し飛び出した巨大な岩がスパイダーエリザベスを上空へと打ち上げる。

 

エドナはつまらないものを見るように閉じた傘の先端を上空のターゲットへと向け……

 

「ヴェネレイト・マイン!」

 

収束された強力な霊弾が放たれ、着弾と同時にスパイダーエリザベスは断末魔すらあげられず爆発に飲み込まれ浄化された。

 

「ったく……手間取らせんなっつの」

 

再び日傘を広げ、つまらなそうに言い捨てるエドナ。

 

 

「「えぇ……」」

 

そんな彼女の独壇場に、置いてけぼりを食らった晴人とスレイのなんとも言えない声が重なり風に溶けていった。

 

─────────────────────

 

ローランス領の南部、外海に面した崖沿いの道『アイフリードの狩場』。水の試練を終えた後、正式に両国での導師としての活動が認められた一同はすぐさま残りの秘力を得る為に地と風の試練神殿へと赴くべくローランスへと向かった。

 

試練神殿の場所はザビーダが把握していた為どちらに向かうか話し合われたが、最近になって、このアイフリードの狩場にて遺跡荒らしを取り締まっていたローランスの騎士団から上位の憑魔によるものと思われる被害報告が上がっていた。

 

それならばと一同はローランスへの協力も兼ねてアイフリードの狩場にある地の試練神殿へと向かう事にしたのである。

 

騎士団から報告された被害の原因と思われる憑魔、スパイダーエリザベスを浄化し目的の1つを遂行した一同は試練神殿へと向かう前に一度休息をとっていた。

 

「うわぁ!すっごい景色!」

 

高い崖の上から果てしなく広がる水平線を眺めてスレイは感嘆の声をあげる。

 

「確かにこれは凄いな。ハイランド領ではこう言った景色を見れる場所は無いから新鮮だ」

 

「ハイランドは国土の殆どが山地や高原だからね。僕たちも故郷は山の上だから同じ気持ちだよ」

 

「まぁ、レディレイクの湖もあれはあれで他所で見れるようなもんでもないけどな。普段見れないものが見れるってのは楽しいもんさ。そういう意味じゃあ俺が一番得してるかもな」

 

「流石は大海賊アイフリードの名を冠する場所なだけあって絶景だよね〜」

 

海を眺めながら吹き抜ける風に心地よさげにそう告げたロゼに晴人が首を傾げる。

 

「アイフリード……?」

 

そんな中毎度毎度この世界の固有名詞に弱い男、操真晴人は一人、聞き覚えの無い名前に首を傾げる。

 

もはや定番となりつつある流れに苦笑しつつアリーシャは補足する様に説明を開始する。

 

「アイフリードというのは1000年前にこの大陸で暴れ回った伝説の海賊の名なんだ。その活動はこの大陸の海だけには飽き足らず、この大海原を越えた先の別の大陸にまで及んだとされている」

 

「主にローランス側に言い伝えられてる伝説なんだけどアイフリードの冒険譚は御伽話やら絵本なんかにもされててね。この大陸に住んでて知らない人はいないんじゃない?」

 

アリーシャの説明をロゼが引き継ぐが、その言葉にミクリオは腕を組みながら少しばかり不満げに言葉を続ける。

 

「でも大昔のこと過ぎて、みんな好き勝手に脚色しているけどね。各地によって話が別物過ぎて何が真実なのか……」

 

「あはは……今語り継がれてるのは子供をワクワクさせる童話の側面が強いからなぁ。オレもミクリオも子供の頃は、いろんなアイフリードの話を読むのはワクワクして楽しかったし」

 

ミクリオの言葉に苦笑するスレイ。

 

「へぇ、そんなに色々なパターンがあるのか?」

 

「一番有名なのは逞しくて豪快で何ものも恐れず縛られない自由な海の男って感じだね」

 

「お約束な海賊像だな」

 

ロゼの説明を聞きながら世界が違っても共通な海賊像に晴人はどこか感心したように頷く。

 

だが続けるようにアリーシャの言葉に晴人は思わず固まる事になる。

 

「私が好きだった話はアイフリードが美しい黒髪の女海賊という話だな。子供心に強い同性の主人公というのは惹かれるものがあった」

 

「え、女海賊……?」

 

「あたしは人じゃなくてトカゲ男だったって話が好きだったかなぁ。なんか意外性あってさ」

 

「と、トカゲ男……?」

 

「困惑する気持ちはわかるよ。どこもかしこも話を面白くしようとしてるからか脚色されて、アイフリードの正体が女性だったり人の姿とは違う怪物だったり、なんなら王子だったなんて突拍子も無いパターンも沢山あるんだ」

 

困惑する晴人にミクリオは同意し、その隣でスレイはアイフリードの御伽話のパターンを指折りで数えながら説明し始める。

 

 

「ホント色々あるからなぁ。大きな剣を背負った剣士だったとか胡散臭い魔女だったとか……あとは不幸を運ぶ『死神』だったとか」

 

 

 

 

「……っ」

 

『死神』、スレイが最後に告げたその言葉に一瞬エドナの表情が僅かにぴくりと反応する。たが一同がそれに気がつく事はない。

 

「人間からしたら例え実在した人物だろうが自分の生きた時代と大きくかけ離れた過去の存在は絵本の中の架空の人物と大差無いという事だろう」

 

「記録というものは編纂するものの価値観や主張によって形を変えてしまう事も珍しくはありません。その時代を生きた者と想像するしかない者とではやはり感じ方も違うのでしょう」

 

デゼルとライラは永い時を生きる天族としてそう評する。

 

「あぁ、確かになぁ。俺のいた場所でも昔の偉人を色々と脚色した作り話は沢山あるからなぁ」

 

自身のいた世界でも歴史上の偉人というのはドラマ、小説、漫画など様々な形で取り扱われる題材にされてることを思い出しながら晴人はデゼルの言葉に納得してしまうが……

 

「ふはは……!へぇ、アイフリードの奴の話はそこまでデカくなってんのか!アイツが黒髪の美女っ!くっはっはっ!」

 

楽しげに笑い声をあげるザビーダに一同は困惑する。

 

「ザビーダさん?どうかされたのですか?」

 

「なんだ?またエドナちゃんに笑いのツボでも押されたのか?」

 

「……人聞き悪い事言わないでくれる?あとエドナちゃん言うな」

 

「くくく……いや悪い悪い。アイツが黒髪の美女ってのがあまりにも笑えてなぁ」

 

余程ツボにハマったのか笑いが中々収まらないザビーダ。そんな彼にアリーシャは恐る恐る声をかける。

 

「あの……もしやザビーダ様は、アイフリードと面識があるのですか?」

 

「あぁ、そっか。天族なら1000年前の人間と面識あってもおかしくないもんね」

 

アリーシャの言葉にロゼは納得したようにポンと手を打つ。

 

「ご明察。確かに俺はアイフリードの野郎に会った事がある」

 

「野郎?って事はやっぱ男なのか」

 

「あぁ、さっき言ってたハルトが言うところの『お約束な海賊像』が正解だよ。豪快で自由な奴で話してて気持ちの良い野郎だったさ」

 

「へぇ、随分と高評価だな」

 

「アイツとの喧嘩は楽しかったからなぁ。今でも覚えてるよ」

 

「喧嘩……?海賊と喧嘩って昔のお前は何をしてたんだよ」

 

伝説の海賊と喧嘩などというどうにも物騒な言葉を晴人は訝しむ。

 

「お?聞きたい?喧嘩屋ザビーダ様の波乱万丈な───」

 

「いや、別にそこまでは」

 

「……少しは乗っかれよこの野郎」

 

素っ気なく返す晴人の言葉に肩を落とすザビーダだが───

 

「えぇ!?ザビーダって、あのアイフリードに会ったことあるの!?」

 

「これはかなり興味深いな。アイフリードの伝説は有名であると同時に多岐に渡った伝承で真実は謎に包まれている」

 

「ありゃりゃ、やっぱりこのコンビは食いついちゃうか」

 

歴史大好きコンビであるスレイとミクリオは当然の様に興味津々でザビーダに詰め寄る。

 

「と言ってもねぇ。どっちかというとアイフリードより俺が縁があったのは海賊団の方だからなぁ」

 

「ん?海賊団と縁があるなら船長にも縁があるもんなんじゃないのか?」

 

晴人の問いかけにザビーダはほんの一瞬、言葉を詰まらせるが、すぐにいつもの調子で言葉を紡ぎ始める。

 

「……まぁ色々あったのさ。アイツらは『バンエルティア号』っていう当時でも指折りなスゲェ船に乗っててなぁ。語り継がれてる様に異海を越えて異大陸まで股にかけた大海賊だったのさ」

 

楽しげに語りながらザビーダは腰にねじ込まれていたジークフリートを取り出す。

 

ジークフリート(こいつ)も元はと言えばアイフリードが異大陸から持ち帰ったもんの一つさ。紆余曲折あって俺のところに転がりこんだがな」

 

「その武器……かなり特殊な物だとはお見受けしていましたが、異大陸のものだったのですね」

 

「残弾による制限があるとは言え力を増幅させたり穢れとの繋がりを断ち切ったりと明らかに普通では無いとは思っていたが……」

 

アリーシャとミクリオはどこか納得したようにザビーダの言葉を受け止めるが、当のザビーダ本人は首を横に振る。

 

「確かにジークフリート(こいつ)は強力だが、俺が弾丸で使ってる力は本来のジークフリートの持つ力の一端でしかない」

 

「力の一端だと?アレで……?」

 

以前、フォートンのアンダーワールド内での戦闘で逆転の切っ掛けにもなったジークフリートによる力の増幅。

 

一時的とは言え天族単体で神依をも上回る力を発揮したそれを知っているからこそ、デゼルは驚いた声を溢す。

 

「あぁ、俺が使ってる弾丸は本来ジークフリートに『込めるべき弾丸』じゃないのさ」

 

「込めるべき弾丸……?」

 

「どういう意味だよ?」

 

「……ま、気が向いたらその内話してやるよ」

 

「って、そこまで話しておいて言わんのかい!」

 

話を切り上げるザビーダに思わずツッコミを入れるロゼ。だがザビーダは何食わぬ顔で言葉を続ける。

 

「気軽に使えるもんでもないんでな。もしもの時はちゃんと話すさ」

 

「むぅ……何かはぐらかされてる気がする」

 

「まぁまぁロゼさん。ザビーダさんにも考えがあるのでしょうし」

 

「そういうことさ。で、どうだったよ少年少女諸君。ザビーダ様による昔話は」

 

その言葉を聞きロゼは残念そうに気が抜けた声を漏らす。

 

「あたし的にはアイフリードの伝説は他のパターンも面白くて好きだからワンチャンないかなぁとか思ってたんだけどなぁ」

 

「確かに……女海賊が明確に否定されたのは少し残念だ」

 

「いやいや、トカゲ男や女海賊は流石に無いんじゃないか?」

 

ロゼとアリーシャの言葉に苦笑するミクリオだが……

 

「いや、それはどうだろうねぇ」

 

ニヤニヤとザビーダは意味深な言葉を呟くと。

 

「どういう意味でしょうかザビーダ様?」

 

「別に?ただ、火の無いところに煙は立たないって話さ。デタラメに聞こえる御伽話も言うほど荒唐無稽って訳じゃない」

 

「つまりどういうこと?」

 

「そこら辺は生憎と天族のルールで話せねぇ。気になるなら調べてくれ。それに全部説明されてもつまんねぇだろ?」

 

「えぇ!?そこまで話されたら気になるんだけど!?別にあたしは自分で調べるのに楽しみとか感じないし。ねぇスレ───」

 

意味深に話を区切ったザビーダに不満を感じたのか、ロゼは抗議をしつつ同意を求めてスレイへと視線を向けるが……

 

「どういう事だと思うミクリオ?ザビーダの言い方だと女海賊やトカゲ男もアイフリードに何からしら関係があるのかな?」

 

「あの言い方だと王子やら死神という他の伝承も無関係では無いのかもしれない。だがどういう関係性が───」

 

既にノリノリで仮説を論じ始めている2人。その熱量にロゼの表情が引きつる。

 

「ま、いつも通りと言えばいつも通りだな」

 

「お約束ですわね」

 

「あー……やっぱあたしにはあの2人のテンションの上がり所はさぱらん」

 

呆れた様子のデゼルと微笑ましいと笑うライラ。ロゼは疲れた様に肩を落とす。

 

「ははは……ん?アレは?」

 

「エドナちゃん。どうしたんだ、あんなところで?」

 

そんな中、晴人とアリーシャは会話に混じらず、離れた場所で何かを見つめているエドナに気がつく。

 

2人は視線を合わせると、どうしたのかとエドナに歩み寄る。

 

エドナは背後から近づく2人に気がついていないのかこちらへと視線を向ける事は無い。

 

どうしたのかと2人はエドナの背後から彼女の視線の先にあるものを覗き込み……

 

「……花?」

 

エドナの視線の先、そこには老いて横倒れになった朽ちた大木があり、その大木の日陰、そこには周囲に生えてる花々とは違う赤い可憐な花が咲き誇っていた。

 

「……ッ!」

 

2人の存在にまったく気づいていなかったのか、背後から響いた声にエドナは驚いた様に振り返る。

 

「…………」

 

「あ、その……」

 

キッと細められた目と無言での圧力、何かまずい事をしてしまったのかと焦るアリーシャは思わずしどろもどろになる。そこに晴人が助け舟を出す様に問いかける。

 

「えぇっと、どうかしたのエドナちゃん?どこか調子が悪いとか疲れてるとか」

 

「…………別に」

 

素っ気なくエドナは踵を返すとスレイ達の元へと歩いていく。

 

「お喋りはもういいでしょ。早く行ってさっさと済ませるわよ」

 

未だに海賊の歴史考証トークで盛り上がるスレイとミクリオにエドナは淡々と話しかけて流れを止めた。

 

「少し待ってくれ。今いいところなんだ」

 

「ワタシは興味ないから」

 

「でも面白そうだし気にならない?1000年前の海賊の真相」

 

尚もスレイとミクリオは食い下がるが……

 

 

 

 

 

 

「ワタシ、海賊が大嫌いだから」

 

淡々と、冷たい声でそう言い放ちエドナは傘を開き歩き始める。

 

「エドナさん!?」

 

「ちょ、待ちなよエドナ!」

 

スレイ達は慌てて準備を整えエドナを追いかけ始める。

 

慌てて出発の用意をするアリーシャは気まずそうに隣に立つ晴人に声をかける。

 

「ハルト……私は何か不味い事をしてしまったんだろうか?」

 

「いや、俺にも何が何やら……」

 

そんな中、ザビーダは先頭を進んでいくエドナを見つめながら小さく溜息を溢す。

 

「繊細な所は案外似ているのかもな」

 

そう言ってザビーダはエドナが見つめていた日陰に咲く赤い花へと視線を向けた。

 

─────────────────────

 

 

「うわぁ……」

 

「これが地の試練神殿……」

 

「はい、地を司る五大神ウマシアの試練神殿、モルゴースですわ」

 

アイフリードの狩場の奥地、人里から遠く離れた海辺の最果て。そこには石造りの古代の神殿を思わせる巨大な遺跡が存在していた。

 

「なんか新鮮だね。これまでの試練神殿って鉱山とか滝の中に隠されてたし」

 

「確かにな。まぁ海辺側から大きく迂回して来ないといけない分、距離はあったけど」

 

これまでの試練神殿は滝や鉱山の内部にある都合上、縦長の設計となっていたが今回の遺跡は広大な土地に悠然と建てられており横に広がった神殿としてオーソドックスなデザインなためにまったく違った印象を受けたのか、スレイ達は感嘆の声を漏らす。

 

「なんでもいいわ。面倒だしさっさと終わらせるわよ」

 

しかしながらそんな事は知ったこっちゃ無いとエドナはズンズンと進んでいく。

 

「え、ちょ!?エドナ!?」

 

置いてけぼりを食う一同だがロゼはエドナを見ながら訝しむ表情を浮かべる。

 

「なーんか、エドナの様子おかしくない?試練が自分の番だから面倒臭がってるのかと思ってたけど、なんか少し余裕が無いっていうか……」

 

「ロゼも感じていたか……私もエドナ様が何かに焦っているように見える」

 

元々、毒舌な部分や捻くれた部分や天族と共に過ごしてきたスレイ以外の人間に対して壁を作る傾向のあるエドナではあるが、先程から妙に口数も少なくいつにも増して素っ気ない態度に、ロゼとアリーシャは違和感を感じていた。

 

「あー……それは……ごめん。オレからは勝手に話せないから……」

 

2人の言葉に対してスレイは歯切れ悪くて言葉を濁すが……

 

「たぶんエドナちゃんが旅をしてる理由と関係してるんだろ?事情知ってるからってそんな申し訳なさそうにしなくて良いさ。本人から口止めされてるんだろ?」

 

晴人は気にするなと笑いながらスレイへと語りかける。

 

「まぁそれ言っちゃうとあたしも人の事言えないけどさ」

 

「要は妙なことにならん様にこちらでフォローすればいいんだろ」

 

「デゼル殿のいう通りです。エドナ様を追いましょう」

 

ロゼとデゼルもまた気にした様子も無くアリーシャの言葉で一同はエドナの後を追う。

 

石造りの門を潜りエドナの姿を探すと、さして距離の離れていない場所にエドナが立ち止まっているのを発見する。

 

「エドナ、あまり1人で先に……どうかしたのか?」

 

苦言を呈しようとしたミクリオだがエドナが何かを見つめている事に気づきどうしたのかと問う。

 

エドナは畳んだ傘で正面を指す。

 

そこには───

 

『グゥゥゥ……』

 

「うぅむ……困った、困ったぞ……」

 

奥へと続く門をこちらに背を向けて塞ぐ巨大な憑魔、そしてそれを見つめながら唸る護法天族と思わしき天族がいた。

 

「……どういう状況だコレは」

 

「とりあえず困ってそうだから話を聞けばいいんじゃないかな……」

 

元はと言えば護法天族から秘力を授かりにきているのだから先ずはその本人に話を聞こうと一同は護法天族と思わしき人物に近づく。

 

「あの……」

 

スレイが代表して声を掛けようとした瞬間……

 

「ん?……おぉ!?ライラちゃん!」

 

シュバっとスレイを通り過ぎ、ライラの前に立つ天族。一同は目を丸くする中唯一ライラは苦笑いを浮かべる。

 

「お久しぶりです。パワント様」

 

「おぉ!おぉ!久しぶり!いやぁ!相変わらずライラちゃんは美人じゃなぁ!それにスタイルも……ぐふふ」

 

これまでの護法天族と違い腹回りが太り気味で声も中年寄り、そして仮面を被っていてもわかるライラの身体を下から上へとじっくり見たことがわかる視線の流れ。

 

初対面でありながら一部のピュアな者以外の心は一つになった。

 

『あ、こいつエロオヤジだ』と。

 

「相変わらず困った方ですわね……」

 

はぁ、と溜息をつくライラだがパワントは気にした様子も無くシュバっと別の方向へと視線を向ける。

 

その先には──

 

「ひぅっ!?」

 

「ヤバっ!?こっち見た!?」

 

アリーシャとロゼがいた。

 

思わずその勢いにビクつくアリーシャと露骨に警戒するロゼ。

 

そんな事も気にせずパワントは2人に近付く。

 

「おぉ!おぉ!導師の力を求めて来たんだな?試練だろう?そうだろう?」

 

「え、いや……その……」

 

「う、圧が凄い……」

 

何を勘違いしたのか物凄い勢いで2人に導師の試練について語り始めようとするパワント。

 

ついでに視線はアリーシャとロゼの太ももやら腰回りを泳いでおり2人は思わず表情を痙攣らせる。

 

「生憎と2人は導師じゃない」

 

「そっちの男が導師だ」

 

思わず晴人とデゼルが2人の前に立ちながらフォローを入れる。

 

そういう視線に耐性の無いアリーシャは助かったと安堵し晴人の上着の裾を掴み身体を隠し。ロゼも小さい声で「ナイス!デゼル!」と感謝の意を伝える。

 

2人の言葉を聞いたパワントはスレイへと視線を向ける。スレイは困った様に頭を掻いて苦笑いするが、パワントは露骨に肩を落とし残念そうな声を漏らす。

 

「なんじゃ、そっちの娘たちではないのか……」

 

そんな態度に晴人も若干引き気味でライラへと小さな声で話しかける。

 

「……おい、本当に大丈夫なのかこの人。ザビーダタイプじゃないか」

 

「まぁそこは否定できませんが……」

 

「おい待てハルト!俺様がアレと同じだってのか!?」

 

「おっさん臭さに差があるだけでお前もあっち側に片足突っ込んでるよ」

 

「確かにですわ」

 

「ちょおま!?俺はセクシーな感じの大人のお兄さんキャラだぞ!?」

 

「自分で言うな。そう思うならもう少しセクハラ発言抑えた方がいいぞ。ふとした油断でお前も完全に向こう側だ」

 

「マジか!?」

 

「マジですわ」

 

「マジだ」

 

ザビーダは2人の言葉に凹む一方、他の面々は目に見えてパワントを胡散臭い目で見るか純粋に引いている。

 

仕方なくライラはパワントをフォローすべく口を開いた。

 

「パワント様はまぁその……多少は癖のある方ですが、かつては1万以上の憑魔を鎮めた導師です。実力や経験は本物ですわ」

 

「へぇ!?1万!?このスケベなおっさんが!?」

 

「おい、言い方」

 

「ん?というか導師?天族なのに?」

 

晴人はライラの言葉に首を傾げる。そこにザビーダから声がかかる。

 

「忘れたのかハルト。天族にも色々あるって言ったろ?最初から天族として生まれてくる奴もいれば特殊な形で天族になる奴もいる。俺たちは『転生』って読んでるがな」

 

「その通り!死に方一つで種族を越える。げにこの世は愉快よなぁ!」

 

そう言ってからからと楽しげに笑うパワント。

 

「この際、それは置いておくとしてとりあえず試練を……」

 

脱線し始めた会話を元に戻そうとミクリオはパワントに試練の事を訊ねようとするが……

 

「あれ、エドナ?」

 

スタスタと歩いてきたエドナがパワントの前に出る。そして……

 

「エドナにちょうだい♪ おじたまの♡ は〜や〜く〜♡」

 

甘ったるい猫撫で声で放たれたその台詞で場の空気が凍った。

 

「おぉ!可愛い娘じゃのお!エドナちゃんかぁ!」

 

「おじたま〜ん♡ワタシ我慢できないの〜♡♡」

 

見た目幼女がおっさんに割とアレな台詞を連発する日曜朝には放送でなさそうな絵面。

 

思わず一同の表情は引き攣りアリーシャに至っては顔を赤くして目をぐるぐるとしている為、晴人は彼女の精神衛生の為に耳を塞いだ。

 

「アイツが聞いたらあのおっさん錨に巻かれて海に沈められるな……」

 

エドナの台詞に遠い目をするザビーダだがパワントは困った様に腕を組む。

 

 

「おぉ?!だが試練じゃからの〜……まずは神殿の奥の祭壇まで行かねば……」

 

そこは流石に護法天族。試練を飛ばして合格は流石に認められないのか渋った様子を見せ──

 

 

 

「チッ……使えないエロオヤジね」

 

「え……」

 

先程までの猫撫で声は何処へやら。低い声で罵倒の台詞が飛び出し、パワントが固まる。

 

「そもそも気に入らないのよ。今更このワタシを試そうなんて」

 

「え、いや、試されるのは導師で……」

 

「とりあえず道を塞いでるあの憑魔を退けて奥の祭壇に行けばいいのね……」

 

「え、ちょ!?話を聞いて!?」

 

足早にズンズンと扉を塞ぐ憑魔へと歩いていくエドナ。

 

当然、憑魔も気配に気がつき振り返る。

 

巨大な神殿の門に対しても頭が接触しかねない高さを誇る巨体、人の身体に牛の頭部を持ち、手には小屋程度なら真っ二つにしてしまいそうなほどの戦斧が握られている。

 

「アレは、憑魔ミノタウロス!」

 

「エドナ様!1人では危険です」

 

すぐさま一同は援護すべく戦闘態勢に入ろうとするが───

 

「消えろ」

 

『ッ!?』

 

次の瞬間に放たれたドスの効いた声にミノタウロスの動きが蛇に睨まれた蛙の様に固まる。

 

「消・え・ろ」

 

『ブ!?ブモオオオ!?』

 

再度、先程の5割増しの迫力で放たれたエドナの声にミノタウロスは怯えた声を上げて逃走した。

 

『えぇ……』

 

 

一同からなんとも言えない声が溢れるがエドナは気にした様子も無い。

 

「これで後は奥の祭壇に行くだけね。さっさと終わらせましょう」

 

そう言って進もうとするエドナだが───

 

「いや……あのミノタウロスを浄化する事が今回の試練の一つなんだけど」

 

そう言ったパワントの言葉にエドナの動きがピシリと止まる。

 

「なんで言わないの?馬鹿なの?」

 

「いや、エドナがズルしようとしたり話を聞かなかったからだろ」

 

「喧しいわよ。チッ、こうなったらしょうがないからさっさと終わらせるわよ」

 

「いや、だから元はと言えば……」

 

「出発。発進。探検開始」

 

「おい話を……」

 

「出発。発進。探検開始」

 

聞く耳持たずエドナは神殿の奥へと足を進める。

 

「エドナさん……」

 

「やっぱりいつもと何か違うな」

 

「……何も起こらないと良いんだが」

 

どこか荒れている態度を見せるエドナを、一同は訝しみながらも後に続くが──

 

「む、ハルト、どうかしたのか?」

 

「少し聞きたい事があってな。なぁアンタ……」

 

そんな中、晴人は足を止め、それに気がついたアリーシャも彼に近づく。

晴人はエドナの言葉に凹んだのか壁の角でいじけるパワントに声をかけた。

 

「む、なんじゃ?」

 

「ミノタウロスを浄化する事が試練の一つって言ったよな?じゃあ他にも何か試練があるのか?」

 

「聞いてくれるか!?」

 

「お、おう」

 

ぞんざいな扱いを受けてショックだったのか、晴人の言葉に詰め寄るパワント。晴人は少し引きながらも小さく頷く。

 

「ふむ、あまり喋り過ぎると試練にはならんが、まぁ可愛い娘ちゃんもおるし少しヒントじゃ」

 

「ふぇ!?」

 

「おいコラ、それで良いのか護法天族」

 

思わず再び晴人の後ろに隠れるアリーシャ。晴人は思わずツッコミをいれる。

 

だがパワントは気にした様子もなく先ほどとは違う真面目な声で2人に語りかけて───

 

 

─────────────────────

 

 

そして時は経過し───

 

「だあああ何処へ行ったアイツゥ!」

 

怒りの声を上げるロゼ。

 

一同は逃げたミノタウロスを見つけ出せないでいた。

 

試練神殿モルゴースはこれまでの試練神殿と違いとにかく横に広大である。そして、中央部は天井の無い大きな広場のような作りとなっておりそれを囲むように神殿が建てられている。

 

当然ながらこれまでの様に神殿内部には憑魔が封じられている訳だが、戦いながら探索しても探索してもミノタウロスはエドナに怯えて警戒心が強まったのか発見できない。

 

魔法を使おうにもここは試練神殿である為に余計助太刀は出来ず、エドナの能力以外は下手に使うこともできない。

 

一同は埒が明かないと中央部の広場で話し合いをしていた。

 

「あの巨体で見つからないって何!? 童心を忘れないかくれんぼの達人かっつの!」

 

「お前は試練神殿に行くたびにツッコミのキレが増していくな」

 

「やかましいわ!」

 

「まぁまぁ落ち着いて……」

 

「しかしどうしたものでしょうか……」

 

「試練って事は何かしら突破口があるはずだけど……」

 

「…………」

 

考え込む一同。エドナに至っては口を開きすらしないため、余程イラついている様に見える。

 

「ハルト、先程パワント様が言っていた事は何か関係しているのだろうか?」

 

「え、何?あのエロオヤジが何か言ってたの?」

 

アリーシャの言葉にロゼが反応する。

 

「『虐げられし者達の魂を救う』それが真の試練だと」

 

「虐げられし者の魂?どういう意味だ?」

 

アリーシャの言葉に一同は戸惑う。

 

そんな中、休憩していた晴人は広場の片隅に何かが落ちている事に気がつく。

 

「アレは……?」

 

「ハルト?どうかしたの?」

 

立ち上がり歩き始めた晴人に一同は続く。

 

そして───

 

「これ……」

 

「木馬……?」

 

広場の片隅。そこには朽ち果てた木馬の玩具が打ち捨てられていた。

 

「これ、子供が遊ぶやつだよね?」

 

「なんでこんな所に?」

 

人里からは遠く離れた神殿に置かれた木馬の玩具。違和感のある存在にスレイ達は訝しむが───

 

「そんなのただの玩具でしょ。試練と関係あるわけ無いじゃない」

 

エドナは呆れた様に声を漏らす。

 

「だいたいこんなに朽ち果ててるなら、これはずっと昔の───」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

次の瞬間エドナの言葉を遮る様に一同では無い何者かの悲鳴が神殿に木霊した。

 

「え!?」

 

「今の声は!?」

 

「おいおい……なんで、こんな場所で俺達以外の誰かがいるんだよ!?」

 

響き渡ったのは憑魔のくぐもった叫びでは無く明らかに人間の叫び声。

 

その事実に一同は唖然とする。

 

「声はどっちからだ!?」

 

「神殿の南東の方だ!急ぐぞ!」

 

いち早く叫びの出所に気がついたデゼルが場所を告げる。

 

「あぁもう!本当に面倒なんだから!」

 

走り出した一同に少しばかり遅れエドナは苛立ちながらも駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 






ゼロワン予告「5番勝負!先ずは生け花だ!」
フジ「仮面ライダーカブトかな?(闇キッチン並感)」

ジオウで頭平成になった楽しい一年が終わろうとしていますが今年は更新が4話だけと個人的にマジで「この作品の更新って醜くないか」と言わざるを得ない状況でした
それでも完結に向けて七転び八起きスタイルで頑張りますので宜しければ来年も今作にお付き合いください

この作品完結するまで俺の平成が終わらない!

では良いお年を!


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43話 兄妹 中篇

フッ!!!!!ハッ!!!!!!
あけましておめでとう!!!!!!

お年玉どころかバレンタイデーまでもつれ込みましたが新年初投稿です


神殿内に響いた叫び声。

 

自分達以外の人間は居ないはずの試練神殿で聞こえたその声に一同は驚きつつも、その声が響いた方向へと駆ける。

 

「こっちで良いのデゼル!?」

 

「音の察知には多少は自信がある。間違いない」

 

デゼルの案内に従い神殿の南東部、地下へと続く階段を一同は駆け下りる。

 

「っ!アレは!」

 

階段の先に、たどり着いた地下の一室。

高さ、広さ共にしっかりとしており、製作にはかなりの労力と技術が必要となる事が伺える場所だが一同の意識はそこに向くことはなく目の前の状況へと注がれる。

 

「っ!?子供!?」

 

人里から遠く離れた果て地の神殿。そこに不釣り合いな幼い少女がそこにいた。

 

しかも複数体の憑魔に囲まれてだ。

 

少女を囲む憑魔は三体。

巨大な岩の塊が人の形を形成し、その右手は不釣り合いなバランスと言える程大きく鋭く尖った岩がまるで相手をすり潰すハンマーの様になっている。

 

「ロックジャイアント!岩そのものが穢れにより憑魔化したものです!」

 

「まずい!あの娘が狙われてる!」

 

すぐ様対応しようとする一同だがロックジャイアントの一体はその右腕を少女へと容赦なく振り落とす。

 

少女の身体など簡単にすり潰すであろうその一撃が少女へと叩き込まれるその瞬間───

 

『グォオッ!?』

 

地面が隆起し振り下ろされる右腕を受け止める。

 

【コネクト! プリーズ!】

 

その隙を逃さず晴人は展開した魔法陣から空間を繋ぐコネクトで少女をすぐそばへと引き寄せる。

 

「大丈夫!?もう安心だからね!」

 

「この子はお任せください」

 

「みんなはあいつらを!」

 

それを見たロゼ、ライラ、ミクリオは少女を守る様に前に立つ。ライラとミクリオは敵の属性を考慮すれば相性の悪い自分たちが少女の護衛を担当した方が良いという考えなのだろう。

 

「ナイス!エドナちゃん!」

 

ロックジャイアントの一撃を止めた人物。エドナを称賛しながら晴人はウィザードライバーを操作し指輪をかざす。

 

「変身!」

 

【ランド!プリーズ!ドッドンッドドドドン!ドンドッドドン!】

 

「悪いが子供の前だ。一気に決めるぜ」

 

変身を終え、怯える少女の事を考えた晴人はすぐに決着をつけるべく躊躇なくドライバーへ指輪をかざす。

 

【チョーイイネ!キックストライク!サイコー!】

 

「ハァッ!」

 

右足へと地属性の魔力を纏わせウィザードはロンダートで空中へと跳躍する。

 

【ドリル!プリーズ!】

 

「ダァァァァァ!」

 

『グォオ!?』

 

指輪の力で更に高速回転を加えたキックがロックジャイアントへ迫る。ロックジャイアントは巨大な右腕でそれを防ごうとするが勢いを殺す事は出来ず、ウィザードのキックは右腕を貫き胴体にも大穴を開ける。

 

「「ハクディム=ユーバ!(早咲きのエドナ)」」

 

いち早く一体をダウンさせたウィザードに続きエドナの神依を纏ったスレイとアリーシャが残る二体へと肉薄する。

 

「裂震天衝!」

 

「「吹き飛べ!舞うは黄砂!」」

 

地の魔力を纏った強烈な斬り上げと手甲によるアッパーカットがロックジャイアントを宙に舞わせ轟音を立ててダウンさせる。

 

「トドメは任せな!」

 

「まとめてくたばりやがれ!」

 

その隙を逃す事なく2人の風の天族は魔法陣を展開し詠唱を終える。

 

「《幻影、双霊、踊ろうか!ビジュゲイト!》」

 

「《弄り合え、罵り合え、下衆共!ビジュゲイト!》」

 

強烈な二つの真空派が交差しダウンしたロックジャイアントを纏めて斬り刻む。

 

ロックジャイアント達はなす術なく、元のなんの変哲も無い岩へとその姿を変える他なかった。

 

─────────────────────

 

 

「ふぃー……」

 

「とりあえずこの場はなんとかなったか」

 

「そうだ!あの娘は!」

 

憑魔の浄化を終えた一同は先ほどの女の子がどうなったのかと、ライラ達の元へと駆け寄る。

 

するとそこには壁に寄りかかり目を瞑る少女の姿があった。

 

「ライラ!この娘の怪我は……」

 

「大丈夫です。大きな怪我は見られませんわ。極度の緊張状態から気が抜けて意識を失ってしまったのでしょう」

 

「そうですか……無事で良かった」

 

安堵の声を漏らすアリーシャだが、そこにロゼが疑問の声をあげる。

 

「それにしても、なんでこんな所にこんな小さな子がいるんだろう?」

 

「ヴァーグラン森林で出会った戦災孤児の子供達とは違うよな……」

 

「だろうな。あっちと違って、この神殿は人里から離れ過ぎている。こんな場所で小さな子供が生活できるわけがねぇ」

 

以前ラストンベルに立ち寄った際の事件を思い出す晴人だがザビーダは神殿の立地も含め、その可能性は低いであろうと否定する。

 

「捨てられた……という事なのでしょうか?」

 

「こんなところに一人でいる以上、誘拐って線は薄いだろうな。可能性としてはそれが一番高いかもな……」

 

災厄の時代、生活が困窮する中で口減らしで子供を手放す事があるのは一同もフォートンの件から理解している。

 

それでも、やはりやりきれないのか一同はなんとも言えない苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。

 

「とりあえずこの子をどうする?流石にこの子を連れたまま試練続ける訳にもいけないでしょ?」

 

「そうだな。試練は中止して各地に駐屯しているローランス軍の元まで連れて行って保護してもらう他ないと思う。エドナ様もそれで宜しいでしょうか?」

 

アリーシャは確認を意を込めてエドナへと問いかける。

話を振られたエドナは小さくため息を吐く。

 

「しょうがないわね。子供のお守りなんてしながら試練なんて面倒なだけだし」

 

面倒そうな物言いであるが子供の安全を考慮してかエドナもアリーシャの言葉に賛同する。

 

そこに───

 

「ぅん……ここは……?」

 

「っ!よかった!目が覚めた」

 

気を失っていた少女が目を覚ました。

 

少女は困惑しながら立ち上がり周りを見回す。

 

年齢は10歳ほどだろうか、薄い青髪を大きな赤く丸い特徴的な髪飾りで束ね、ツインテールにしている。

 

「あ、あなた達は……?」

 

少女は髪と同じ色の瞳を動揺で揺らしながらスレイ達へと問いかける。

 

「えぇっと……オレ達は」

 

「俺達はこの遺跡の調査を国から依頼されてな。それで調査をしていたら君を見つけたんだ」

 

導師の試練の話をされても目の前の少女には伝わらないだろうと晴人は不要な情報を省いて少女に説明する。

 

「調査……ですか?」

 

「あぁ、おっと!自己紹介が遅れたな。俺は操真晴人。よろしくな、お嬢さん」

 

そう言って安心させるように微笑む晴人。それに続きスレイ、ロゼ、アリーシャ、ライラ、ミクリオも名前を告げていく。

 

「あ、わたしはアミィと言います!えぇっとそれで……あちらの方達はなんと仰られんでしょうか?」

 

礼儀正しい口調で名前を告げた少女、アミィ。

アミィはおずおずと躊躇いながらエドナ達へと視線を向ける。その言葉に一同は目を丸くする。

 

「君、見えるのか?」

 

「見える……?」

 

天族が見えている事に驚く一同だが当のアミィは言葉の意味がわからずキョトンとしながら首を傾げる。

 

「なんでもねぇよお嬢ちゃん。紹介が遅れたな。ザビーダだ。よろしくな」

 

「……デゼルだ」

 

おそらく少女は生まれつき霊応力が高いのだろう。だがそれを説明してもしょうがないとザビーダとデゼルはすぐさま自己紹介を終える。

 

「ザビーダさんにデゼルさんですね……えぇっとそれで……」

 

アミィは困ったように最後の一人、そっぽを向き広げた傘をくるくる回すエドナへと視線を向ける。

 

「あぁ、あっちはエドナちゃんって言うんだ。心配すんなよ少し人見知り恥ずかしがり屋なだけで本当は寂しがりやで夜は人形を抱かないと眠れない様な──グェッ!?」

 

「適当な事言ってんじゃないわよ」

 

ペラペラと揶揄うような言葉を発していたザビーダの尻にエドナの傘が叩き込まれザビーダから潰れたカエルの様なうめき声が漏れる。

 

「え、えぇっと……」

 

「あ、気にしなくていいぞ。いつもの事だから」

 

「とりあえずここを離れよう。この遺跡は安全とは言えないから保護してくれる場所まで連れて行くよ」

 

寸劇にスルーを決めつつ晴人とスレイはアミィをこの場から避難するよう優しい声で説明するが……

 

「避難……あ、あの!」

 

「ん、どうした?」

 

「ここでお兄ちゃんと友達を見ませんでしたか!?」

 

「……ッ!」

 

放たれたアミィの言葉に一同は目を丸くした。

 

そしてエドナもまた少女の放ったある言葉に動揺の色を見せる。

 

「アンタ……お兄さんがいるの?」

 

人間相手には距離を置く事の多いエドナが珍しく進んで問いかける。

 

「あっ……はい!私、行方不明になった兄と友達を探してて!」

 

「君みたいな小さな子がこんな場所に一人で?」

 

明らかに小さな子供が来れる距離では無いこの場所に子供が一人でいる事に違和感を感じたアリーシャは思わず訝しげな表情を浮かべる。

 

「え?……いえ、村の人たちと一緒に馬で連れてきてもらいました。お兄ちゃんが居なくなってから何日かして、行方不明のお兄ちゃんが見つかったかもしれないと聞いて私、いてもたってもいられなくて。……でも、その後の記憶が無いんです。目を覚ましたらさっきの部屋で化け物に襲われて……」

 

その言葉にアリーシャをはじめとした一同は表情を険しくする。

 

少女の説明は明らかにおかしい。大の大人達がこんな場所に子供を連れてきて置いて帰るなと考えられない。

 

ましてやこんな辺境の遺跡で行方不明の子供を見つけたなど、そんな情報をどこから掴むというのか。

 

「(やはり……口減らしか)……アミィ、君の村の名前を教えてもらってもいいだろうか?」

 

アミィが気を失っていた際の仮説が現実味を帯びてきた事にやりきれなさを浮かべながらアリーシャはアミィの故郷の名を問う。

必要であればペンドラゴで報告し対応してもらう必要があると考えたからだ。

 

一方のアミィはアリーシャの真意が分からずキョトンとしながら首をかしげている。人の悪意を知らぬが故の純粋さがアリーシャには逆に残酷に感じられた。

 

「えぇっと……名前は無いんです。パルバレイ牧耕地の外れにある山の麓の小さな村なんですけど……」

 

「パルバレイ牧耕地の……?あそこら辺に村なんてあったっけ?」

 

アミィの言葉にロゼは考え込むように顎に指を添え首を傾げる。

 

「本当に小さな村なので……」

 

「いやいや、情報命の商売ギルドとしては大小関係なくしっかり把握しようってのがあたしのポリシーなんだよね。うぅん……でもなんだろう……どこかで聞いた覚えのあるような……」

 

職業病と言うべきか、喉の奥に魚の骨でも引っかかった様な気分の悪さを感じたのかロゼは腕を組み目を瞑りながら記憶を捻り出そうと唸り声を上げる。

 

「ロゼ、今はそれどころじゃないだろう」

 

「そうだな。この娘のお兄さんや友達がこの遺跡にいるなら早く捜索した方がいいけど……」

 

一同の視線がアミィに注がれる。

彼女の言う様にこの神殿に他の子供達がいるのだとしたら一刻も早く捜索にあたるべきなのは明白だ。

 

現に先程、目の前の少女は憑魔に襲われていたのだ。他の子供達とてそうならない保障などどこにも無い。

 

だがそうなると目の前の少女を安全な場所まで避難させる時間が惜しい。

 

どうしたものかと考える一同だが……

 

「あ、あの!私もお兄ちゃん達を探すのに連れて行ってもらえませんか!」

 

思いがけない少女からの申し出に一同は目を丸くする。

 

「アミィ、すまないがこの遺跡はとても危険なんだ。さっきの怪物を見ただろう?」

 

「あんなのがこの遺跡にはうじゃうじゃいるんだ。あんまりオススメはできないな」

 

アリーシャとミクリオは危険性を考慮し反対する。先程の憑魔に襲われた事を思い出してか、アミィも一瞬怯んだ表情を見せるが───

 

「ッ!! それでも……お願いします!心配なんです!お兄ちゃん達に何かあったら私ッ!」

 

恐怖を感じていない訳では無いのだろう。現に彼女は身体を震わせている。それでも真っ直ぐに意思を曲げずに訴える彼女の瞳には強い意志が込められていた。

 

そこに──

 

「うだうだ考えててもしょうがないでしょ。その娘を連れて探せばいいじゃない」

 

意外にも口火を切ったのはエドナだった。その事に驚きながらもミクリオがエドナへと問いかける。

 

「エドナ、だがこの娘を連れて歩くのは──」

 

「危険だって言うんでしょ。でも時間が惜しいわ。それに、この娘をどこか近場に一時的に避難させても目を離したら勝手に行動される可能性もあるわ。だったら連れて歩く方が一番安全でしょう」

 

そう言ってエドナはアミィへ彼女の意思を尋ねるかの様に視線を向ける。

その意図を汲んでか、アミィは両手に力を込め必死に一同へと訴えかける。

 

「お願いします!言う事は聞きますから一緒にお兄ちゃんを探させてください!」

 

深々と頭を下げるアミィにスレイは小さく息を吐くと笑顔を浮かべながらアミィへと声をかける。

 

「わかった!アミィにとっては大切な人なんだもんな!」

 

「ま、やっぱこうなるよね」

 

「ですが、くれぐれも無理はなさらないでくださいね?」

 

「やれやれ、導師御一行は優しいねぇ」

 

「文句言うなよ。小さなレディのエスコートだ気合い入れて行こうぜ」

 

「ふん、なんでもいい。早く終わらせるぞ」

 

「まったく、素直じゃないんだから……」

 

一同もエドナの言葉を了承しアミィはその事実に嬉びの表情を浮かべる。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

そう言って頭を再度下げるアミィにアリーシャが声をかける。

 

「くれぐれも私達から離れない様に。いいね?」

 

「はい!」

 

アリーシャの言葉に頷いたアミィは今度はエドナの元へと駆け寄る。

 

「……何よ?」

 

人間相手という事もあり、いつもの素っ気ない態度を見せるエドナだが───

 

「我儘を聞いてくれてありがとうございます。エドナさん!」

 

そんな素直な感謝の言葉にエドナは思わず目を丸くする。

 

「別に……うだうだ話してるのが面倒だっただけよ」

 

そう言って、ふいっと視線をアミィから逸らしエドナは歩き出す。

 

一同はそんな彼女に苦笑いを浮かべながらもアミィと共にエドナの後に続いた。

 

────────────────────

 

 

そして一同は遺跡の捜索を開始した───

 

結果から言ってしまおう。

 

アミィの兄や友達が見つかる事は無かった。

 

各方角の部屋や地下室を探索し、何度か憑魔との戦闘があったものの捜索対象の子供達の姿は影も形も無かった。

 

「痕跡無しか……」

 

「後は調べて無い場所って言ったら奥の祭壇くらいだね」

 

「試練は終えちゃいないが先に見てみようぜ。今は捜索優先だ」

 

晴人の言葉に一同は頷くと唯一調べていない遺跡の祭壇へと繋がるであろう扉へと向かう。

 

アミィもまた不安そうにしながらも一同の後に続く。

 

そんな彼女を一人見つめる者がいた。

 

「…………」

 

「ん?どうしたん、デゼル?」

 

帽子により視線は定かではないがそれでも彼がアミィに対して何かを感じているのを察したのかロゼがどうしたのかと問いかける。

 

「……あの子供」

 

「アミィがどうかしたわけ?」

 

「妙な感じがする」

 

「妙な?何さ、そんなさぱらん表現されても困るんだけど?もっと具体的によろしく」

 

「……わからん」

 

「わからんのかい! 何?まさか憑魔が化けてあたし達を騙してるとか突拍子の無い事を言うんじゃないよね?」

 

「いや、穢れは感じないが……」

 

「なら考え過ぎだって!ほら、行くよ!」

 

歯切れの悪いデゼルにロゼは痺れを切らし急いで一同を追いかける。

 

「……」

 

そんな彼女に従いながらもデゼルはどこか釈然としないような表情で後を追った。

 

─────────────────────

 

 

「ここも何も無しか……」

 

たどり着いた神殿の最奥の祭壇。

だがそこにもアミィの兄と友人の姿を見て見当たらない。

 

「パワント様にも何か聞けないかと思ったのですが」

 

「そちらも見当たりませんわね」

 

「まったく……元はと言えばあのエロオヤジの管理責任でしょうに……」

 

何故か見当たらないパワントにエドナは舌打ちをしながら悪態を漏らす。

 

「そんな……お兄ちゃん……」

 

肉体的な疲労と精神的なショックからかアミィはガクンとその場にへたり込む。

 

「ちょ!?大丈夫!?」

 

「少し休みましょう。この部屋には憑魔はいませんし件のミノタウルスもこちらを避けているようですし」

 

アミィに気を使いライラは休憩を提案する。

 

だが肉体的な疲れはともかく精神的なショックは少しばかりの休息でどうにかなる問題では無い。その事を案じてかスレイ達はアミィの様子を伺う。

 

「お兄ちゃん……みんな……」

 

俯くアミィ。そこへスレイが声をかける。

 

「アミィ、確かに不安なのはわかるよ。けど、この遺跡で見つからなかったって事は、君のお兄さんは少なくともこの遺跡からは無事に脱出できてるって事だ」

 

アミィの話を聞く限りアミィの兄達が行方不明になってからアミィがこの遺跡に来るまでそれほど日は経過していない。

 

そしてこの遺跡で彼女の兄や友人の遺体は発見できず、遭遇する憑魔達も人間が元となった憑魔はいなかった。

 

ならばアミィの兄達が生存している可能性は十分ある。

 

「休憩を終えたらすぐにこの場を離れてローランスの騎士団に捜索を依頼しに行こう」

 

「俺達も出来る限り手伝うさ。任せとけって」

 

安心させるように語りかけるアリーシャと晴人。二人の言葉にアミィは少しだが平静を取り戻す。

 

「あっ……ありがとうございます。すいません、取り乱しちゃって……」

 

「大切なご家族やご友人の安否がかかっているのです。取り乱して当然ですわ」

 

「むしろ君くらいの年齢だと落ち着いていて驚いているくらいだ」

 

外見からして10歳やそこらの年齢と思われるアミィは年齢にそぐわずハッキリと受け答えをし大人びた印象を受けた。その言葉を受けてアミィはどこか気恥ずかしそうに小さく微笑む。

 

「そうでしょうか……?あまり意識はした事はないですけど。私の両親は幼い頃に亡くなってしまって、それからは兄と二人で生活してきたのでお兄ちゃんに迷惑をかけないように私もしっかりしなきゃって……」

 

両親を幼い頃に失った。その言葉を聞いて一同の表情が曇る。

 

「お兄さんと二人で生活を……?」

 

「はい……勿論、村の人達から色々と助けてもらう形ですけど……お兄ちゃんも大人の人に混じって仕事を手伝ったりはしています」

 

「そうか、優しいお兄さんなんだな」

 

「はい!自慢のお兄ちゃんです!」

 

晴人の言葉にアミィはまるで自分が褒められたかのように笑顔を浮かべる。

 

だが一同の内心は穏やかでは無い。両親がいない子供の面倒を見る。それは、この災厄の時代において余裕の無い小さな村には大きな負担だったのだろう。

 

だからこそアミィの様な保護者のいない弱き存在が最初に切り捨てられたのだ。おそらくは他の子供というのも似たような境遇なのだろう。

 

災厄の時代が招いた無情な現状に一同はやりきれなさを感じざるを得なかった。

 

そんな一同の内心に気づく事なくアミィは言葉を続ける。

 

「お兄ちゃんいつも私の為に頑張ってくれて……なのに私、お兄ちゃんが行方不明になる前に喧嘩しちゃったんです……」

 

「……喧嘩?」

 

その言葉にエドナが反応する。

 

「私もお兄ちゃんみたいに大人の人達の手伝いをしたいって、お兄ちゃんだけに働かせたく無いって……そう言ったらお兄ちゃん、凄い怒って反対して……」

 

その時の事を思い出してか少女の瞳にじわりと涙が溢れる。

 

「私……お兄ちゃんの力になりたかったのにそれをダメって言われて、ついカッとなって……お兄ちゃんなんて嫌いだって言っちゃって……そうしたら次の日お兄ちゃん達がいなくなってて……」

 

決して本意では無かったのだろう。

 

子供特有の感情に任せた発言。

 

ずっと一緒にいられると、いつもと変わらぬ明日がやってくると信じていたからこその衝突。

 

だが少女にいつもの明日がやってくる事は無かった。

 

一番大切な人と一番最悪な別れ方をしてしまった事が少女の心に重くのしかかる。

 

そんな少女をなんとか励まそうとアリーシャが、口を開こうとしたその時───

 

 

 

 

 

 

 

「ホント……兄っていうのはどこも勝手よね……」

 

エドナが発した言葉にアミィは思わず目を丸くする。

 

「……え?」

 

キョトンとした表情でアミィはエドナを見つめる。

 

「自分はお兄ちゃんだからって色々無茶して、それなのにこっちが何かしようとしたらお前が責任を感じる事は無いだのなんだのって」

 

「え……あの……」

 

「そのくせ自分は外で友達作って色々危なっかしい遊びなんてしてて、なのにそれを棚上げして、こっちには危ない事をしちゃダメって本気で注意してきて、反論しようとしてもお前の事が大切だからなんて大真面目に言ってきて……卑怯よ」

 

エドナの言葉に困惑するアミィ。だがその言葉に共感できたのか少しずつ言葉を発し始める。

 

「エドナさんも……お兄さんがいるんですか?」

 

「いるわよ。ワタシを危ない目に遭わせたく無いとか言って一人で出て行った挙句、自分は外で危ない連中とつるんで散々ほっつき歩いてる癖に小言が沢山書かれた手紙とよくわかんない土産だけはこまめに送りつけてきた変わり者よ」

 

「お兄さん……帰ってこないんですか?」

 

問いかけるアミィの言葉にエドナ一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに答えを返す。

 

「……帰って来たわ。ある日突然ね。でも頭に来たから今度はワタシが出てきてやったのよ」

 

「喧嘩してるんですか?」

 

「……まぁそんなところよ。だから安心なさい。アンタのお兄さんも、きっとそのうちひょっこり帰ってくるわ。兄っていうのは身勝手で無駄に逞しい生き物なのよ」

 

毒を吐きながらバッサリとボロクソに言い切るエドナにアミィは思わず苦笑いを浮かべる。

 

だがその表情からは先程の悲壮感が少しだけ薄れた。

 

「あはは……私はできれば早く仲直りしたいかなぁって……」

 

「下手に出るとツケあがるわよ。少しキツく当たるくらいで丁度良いのよ」

 

「でも悪いのは私ですから……だから仲直りのプレゼントも……あっ……!」

 

「……? どうしたのよ?」

 

何かを思い出しハッとした表情を浮かべるアミィにエドナは訝しげな表情を浮かべる。

 

「綺麗なお花……無くしちゃった……」

 

「花……?」

 

「この遺跡に来る途中で休憩してるときに見つけたんです。見たことのない赤い綺麗な花。私、お金はないから、お兄ちゃんとの仲直りにプレゼントしようと思ったんですけど、さっき気づいた時には無くなってて……」

 

「……花なんてあとでいくらでも集められるし渡せるでしょ?」

 

「でもたまたま見つけた花ですし、名前もどんな花なのかもわからないから、また見つけられるか……」

 

そう言ってしょぼくれるアミィにエドナは小さなため息を吐く。

 

「はぁ……エドナよ」

 

「……え?えっと……先程お聞きしましたけど……」

 

いきなり済ませた筈の自己紹介を始めたエドナの言葉にアミィは意味がわからず首を傾げるが───

 

「ワタシの名前じゃないわよ。花の名前。エドナって言うのよ。アンタの見つけた赤い花」

 

「えっ……同じ名前……?」

 

「名前だけじゃないわ。エドナは暑さや太陽の光に弱くて風通しの良い日陰に咲くの。育てる時は水のやり過ぎに注意が必要。ワタシと同じで繊細で可憐な花よ」

 

「繊細……?」

 

「可憐……?」

 

「トゲとか毒がありそうだな」

 

「黙ってなさい外野共、笑いが止まらなくなるトゲを喰らわせるわよ」

 

ボソリと呟いたミクリオ達の言葉をしっかり拾っていたのか傘の先端を見せつけてくるエドナに一同は慌てて口を噤む。

 

そんな中でアミィはおずおずと口を開く。

 

「ええっと……詳しいんですね」

 

「……昔教えてくれたのよ。お兄ちゃんが」

 

そんなアミィの言葉にエドナはどこか憂いを帯びた声でそう答えた。

 

「あっ……」

 

「ッ……!」

 

「エドナさん……」

 

そしてそれを聞いたスレイ、ミクリオ、ライラもまた悲痛な表情を浮かべる。

 

晴人達はその意図が分からず戸惑うが、一方でその言葉にアミィは小さく微笑む。

 

「仲が良いんですね」

 

そう言われたエドナははぐらかす様に視線を逸らす。

 

「さぁ、どうかしらね……けど、これで花の心配は要らないでしょ。プレゼントにしたいなら帰り道で集めて行けばいいわ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

感謝の言葉を口にして笑うアミィ。

 

その目蓋が重そうに瞬きをし始める。

 

「あ、あれ……私……」

 

会話の中で精神的な不安が軽減され緊張が解けたからか肉体の疲労も相まってアミィは眠そうに瞬きを繰り返す。

 

それを見たエドナはしょうがないとばかりに再びため息をつく。

 

「はぁ……しょうがないわね。少しだけ休んでなさい」

 

傍に座り込んだエドナは眠そうなアミィに膝を貸し横にする。

 

「はい……ありがとう……エドナさ……」

 

言葉を言い切る前にアミィは眠りの世界へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……で?何よその生暖かい視線は」

 

次の瞬間、先程までの不器用ながらにどこか優しげに話していた姿は何処へやら。エドナはいつもの調子でジト目で一同へと視線を移す。

 

その先ではロゼをはじめとした一同が生暖かい目でエドナを見つめていた。

 

「え? いやぁ〜エドナも結構面倒見良いんだなぁって」

 

「見事なお姉さんっぷりでしたわ」

 

ニコニコと微笑むロゼとライラの言葉にエドナの表情が痙攣る。

 

「けど、知らなかったなエドナちゃんにお兄さんがいるなんて」

 

「えぇ、私も驚きました」

 

「というか天族にお兄さんとかあるんだ?あたしはそこにビックリしたよ」

 

晴人、アリーシャ、ロゼは先程の会話の感想を楽しげに口にするが───

 

 

 

 

「……アンタらには関係無いでしょ」

 

次の瞬間エドナから放たれたのは先程の柔らかい口調とは違う冷たい声だった。

 

「え、エドナ様……!?」

 

「ちょ!?何!?あたし何か不味い事言った!?」

 

拒絶の色を含エドナの言葉にロゼとアリーシャの二人は慌てた表情を浮かべる。

 

「エドナ!流石にその言い方は───」

 

「黙ってなさいスレイ」

 

思わず止めに入ろうとするスレイだがエドナの強い眼差しがそれを遮る。

 

一瞬にして冷たい空気が場を支配するが───

 

 

 

 

 

「エドナちゃん。ハルト達にもそろそろ話しても良いんじゃねぇの?」

 

張り詰めた冷たい空気をいつもと変わらない軽い調子のザビーダの声が塗り替えた。

 

「……アンタの意見なんて聞いてないんだけど?」

 

「自分に嫌な会話されたく無いなら寧ろ最低限の事情は話しておくべきだろうよ。これまでははぐらかしてきたが、ここいらが良い機会だと思うぜ。これから先は否が応にもアイツの話題に触れる事も出てくるだろうしよぉ」

 

冷たい視線も声もなんのその。ザビーダは一切怯む様子もなくエドナの視線をまっすぐ受け止める。

 

少しばかり長い沈黙の末、先に視線を外したのはエドナだった。

 

「……勝手にすれば」

 

そう言ってエドナは俯いて膝元で眠るアミィへと視線を向け、完全に黙ってしまう。

 

「おい、ザビーダ。気を遣ってくれるのはありがたいんだがエドナちゃんが嫌がってるなら無理に話さなくても───」

 

エドナに気を使う晴人だがザビーダはその言葉を遮る様に口を開く。

 

「いや、アイツの話をするのも良い機会だ。それに今から話す問題は俺にとっても重要な問題だ。だから聞いておいてくれよ、『最後の希望』さんよ」

 

「……わかった」

 

ふざけた調子が消え真剣な表情でそう告げたザビーダに晴人もまたその意図を汲んでかそれ以上口を挟むのを止める。

 

 

「さて、何から話したもんかね……」

 

そう言いながらザビーダは顎に指を添え考える仕草を見せる。

 

 

「まぁやっぱり最初はエドナちゃんの目的についてハッキリ言っちまうべきかね……」

 

「エドナ様の目的……」

 

ザビーダの言葉をアリーシャは無意識に反芻する。

 

これまで拒絶から踏み込めなかった部分。エドナの抱える問題を目の前にしてアリーシャは気持ちを引き締める。

 

 

 

 

 

「エドナちゃんの目的、それは、ドラゴンになった天族を元に戻す方法を見つける事だ」

 

その言葉に事情を知らない晴人、ロゼ、アリーシャの3人は目を丸くし、デゼルは小さく唸り声をもらす。

 

「ドラゴンを元に戻すって……」

 

「えぇっと……確か天族の憑魔化が進行するとドラゴンになっちゃうんだっけ?」

 

以前ドラゴンについては一度聞かされた事があるものの幼体の段階の憑魔としか遭遇したことのない晴人達はその時の言葉を思い返す。

 

「そうだ。天族の憑魔化が進行するとドラゴンになる。ドラゴンは霊応力が低い人間にも視認できるほど強く穢れに結びついて浄化の力でも元に戻す事はできねぇ」

 

「そのドラゴンになった者を救う方法をエドナ様は探していると?」

 

そう問いかけるアリーシャにザビーダは静かに頷く。

 

「あぁ、そうだ。その天族の名前は『アイゼン』」

 

発せられた名前にザビーダの背後でエドナが人知れず震える自身の手をもう片方の手で握りしめる。

 

 

 

 

 

「俺の親友、そして……エドナの兄貴だ」

 

 

 

 

 






あとがき

キラメイジャーのピンクがカノンちゃんってマジ?
春映画復活させてマコト兄ちゃんと共演しろ(凸凹感)

今年もどんより更新になるとは思いますがさっさと進捗率999%になれるように頑張るので宜しければ今年も今作にお付き合いください
©️フジ


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44話 兄妹 後篇

いや、なんかもうホントすいません……

コロナやら何やらでプライベートが色々バタついていましたが漸く落ち着きました。
皆様も体調には気をつけて過ごしてください。
では最新話どうぞ


「そんな……エドナ様の兄上が……」

 

ザビーダの言葉にアリーシャは思わず声を詰まらせ、なんとか絞り出すように自身の心情を吐き出した。

 

親しい者が自我を失い怪物となり、そしてそれを救う術は現状存在しない。

 

家族は自身が幼い頃に既に亡くなっているアリーシャだが、それでも師であるマルトランや自分に仕えるアリシアが同じような事になったと考えるとその痛みと苦悩は想像できる範疇を大きく超えてしまう。

 

それが人の寿命を大きく超える歳月を生きた天族ならなおのことだ。

 

「さっき、遠くをほっつき歩いて、ある日突然帰ってきたって言ったよね? 一体なにがあったのさ? というか今更だけど天族の兄妹って……?」

 

ロゼも思うところがあるのか表情は険しいがそれを抑えながら事情を尋ねる。

 

「あぁ、そこか……まぁ、なんつったらいいかね。俺達天族は人間と違って子供を授かったりはしねぇ。人間から転生した奴らも居るがそれは珍しいパターンだ。多くの天族は清浄な霊力が収束する『地脈』の吹き出す場所で生を受ける」

 

「地脈……?」

 

聞き覚えの無い単語に晴人は眉を顰める。

 

「簡単に言えばこの大地の下を駆け巡ってる巨大な力の流れの事ですわ。人間にとっての血管のようなものだと思っていただければよろしいかと」

 

「その地脈が噴き出す地点で天族は生を受ける。アイゼンは霊峰レイフォルクの地脈で生まれた。そしてエドナちゃんもな」

 

「同じ地脈で生まれて一緒に過ごす中で家族になったって事か」

 

「まぁわからなくもないかな。あたしも血の繋がりは無いけどセキレイの羽のみんなを家族と思ってるし」

 

「うん!オレにとってのイズチのみんなもだ」

 

ロゼとスレイは共感してか大きく頷く。それを見てザビーダは愉快そうに笑いながらも表情を引き締めて話を続けた。

 

「だが、アイゼンはエドナちゃんの元を離れた。アイツは天族の中でもかなり難儀な加護を持っててな。それを解く方法を探すために旅に出たのさ」

 

「難儀な加護……ですか?」

 

「前にも言ったろ。加護ってのは必ずしも良い方向に転がるもんじゃないってな。アイツは、その最たる例だろうよ。アイゼンは『死神の呪い』を持っていたのさ」

 

加護という言葉とは正反対な物騒な言葉に一同は思わず驚いた表情を浮かべる。スレイ達もまたそこまでは知らなかったのが同様の反応を見せている。

 

「死神の呪いってのはまぁ言葉の通りだ。アイツの周りには不幸が起こる。ちょっとした不運から命に関わるものまで、より取り見取りだ。

アイツはそれがエドナちゃんに降りかかる事を恐れて旅に出たのさ」

 

その言葉を受けてアリーシャは思わずエドナへと視線を向けた。

 

エドナは俯き表情は定かではないが自身の首にチョーカーの様に巻かれた黒いリボンにつけられた白い鉱石の装飾を強く握りしめている。

 

エドナが何を思い出しているのか、アリーシャにはわからないが、それでも彼女にとって特別な思い出が込められてるであろう事は察する事ができた。

 

「アイゼンの奴は呪いを解く方法を探す為に異大陸を目指していたらしい。そこで当時の最新の技術で作られた外洋調査船を器にして異大陸を目指そうとしたんだが───」

 

「死神の呪いか……」

 

「ご明察、アイツの死神の呪いで船は不幸続き、終いにゃ呪いの船として廃棄されそうになったらしいが、そこにそんな曰く付きの船を、異海越えを狙って欲しがる物好きが現れた」

 

「物好き……?」

 

「海賊アイフリードさ」

 

その言葉にスレイとミクリオは大きく反応する。

 

「アイフリード!? じゃあその船って!?」

 

「あぁ、その船はバンエルティア号と名付けられアイフリード海賊団の船になった。そしてアイゼンは海賊団の一員として死神の呪いを乗り越えて異大陸へと辿り着いたんだが……」

 

「呪いを解く方法は見つからなかったのですか……?」

 

言葉を止めたザビーダにアリーシャは問いかけるが───

 

「いや、アイツは呪いを解く方法を探さなかったらしい」

 

ザビーダから放たれたのは予期せぬ言葉だった。

 

「何故だ?それが目的で苦労して異大陸まで行ったんだろう?」

 

ミクリオは意味が理解できず問いかける。

 

「解く必要が無くなったからさ。アイツは居場所を見つけちまったんだよ」

 

「居場所……?」

 

「あぁ、死神の呪いも含めて海賊団の連中はアイゼンを仲間として受け入れた。元々海賊なんてやってる連中だ。長生きよりも太く短く自由に生きたいって奴らばかりだからな」

 

「待て、じゃあ語り継がれてるアイフリードの伝承の一つの死神ってのは……」

 

「アイゼンのことさ。アイツはアイフリード海賊団の副長になったからな」

 

その言葉に一同は目を丸くする。

 

「副長!? エドナ様の兄上がですか!?」

 

「そりゃまた数奇な運命というかなんというか……」

 

「……だが、それで本当に良かったのか? 死神の呪いなんてもんを抱えたままで」

 

死神の呪いに思うところがあるのかそう問いかけるデゼルだが……

 

「『自分の舵は自分で取る。それが俺達の流儀だ』」

 

「……その言葉は?」

 

「奴の信条さ。アイツは呪いに生き方を決められるよりも呪いを背負って自由に生きる道を選んだ。呪いも含めて自分なんだって受け入れたのさ」

 

「呪いも含めて自分……」

 

ザビーダの言葉を反芻しながらアリーシャは晴人へと視線を向ける。

 

別に何か意図があった訳ではない。ただその言葉を聞いた時、彼女の中で浮かんだのが晴人だったというだけの話だ。

 

「ん? どうかしたかアリーシャ?」

 

「あ、いやなんでもない!ただ凄いなと思ったんだ。自分の宿命を受け入れて、それでも前を向けるというのは。エドナ様のお兄様は心の強い方なのだなと」

 

首を傾げる彼に慌てながらもアリーシャは自身の思考を飲み込みながらもアイゼンの事をそう評した。

 

「それにしても人間と天族が一緒に海賊かぁ……」

 

「今では考えられないな」

 

一方、スレイとミクリオは天族と人間が共に協力し一つのチームとして活動していた事に興味を惹かれる。

 

双方の共存を目指す者としては参考にしたい事もあるのだろう。

 

「……まぁ実際は天族どころかもっとイロモノの集まりの闇鍋だったけどな」

 

その陰でボソリと呟いたザビーダだがその言葉は誰に届く事も無かった。

 

「それで? その後アイゼンはどうしたんだ?」

 

「ん? アイツは海賊団の連中と海賊稼業を続けてた訳だが……」

 

「寿命か……」

 

「まぁそういうこった。人間と天族(おれたち)は寿命が違う。だから当然アイツ以外の連中は先に死んじまう」

 

「そればかりは天族の宿命ですから……」

 

「…………」

 

「宿命か……」

 

ライラはどこか憂いを帯びた表情を浮かべ、デゼルは腕を組み黙り込む。

 

人よりも永き時間を生きる天族は人との別れを多く経験する事となる。その事に思う所もあるのだろう。

 

そして、今は若く別れの宿命を経験した事のないミクリオも傍に立つ親友へと視線を向け複雑そうな表情を浮かべた。

 

「海賊団が無くなってからアイゼンは海賊団の子孫を見守りながら人間の中で暮らしていた。まぁ隠居生活してる様な大人しい奴でも無かったし、俺や当時の仲間といろんな場所を冒険してバカやってたけどな」

 

そう言って子供の様に楽しげにザビーダは笑う。彼にとって親友との記憶がどういうものなのか一同が理解するのはそれだけで十分だった。

 

だがそんな彼の表情に影がさす。

 

「だが、200年前……あの時、アイツは……」

 

「『デス・エイジ』ですわね……」

 

「あー……確か、導師が鎮めたとかなんとかってやつだっけ?記録があまり残ってないとかいう」

 

かつてランドン達とのやり取りの中で聞き覚えがあった言葉を記憶から引き出しながら晴人はスレイ達へと視線を投げる。

 

「うん、今から200年前、この大陸が異常な飢饉が発生したんだ」

 

「1000年前の地殻変動以降、様々な文化や技術が失われたが、そのトドメといえるのがこのデス・エイジと言われている」

 

「人間側の記録でも大陸の人口が半減するレベルの災厄に見舞われたと語られているが、比較的近代だと言うのに当時の資料が殆ど失われていて謎も多いんだ」

 

3人の言葉に晴人は引っかかりを感じる。

 

「前に聞いた時はそれどころじゃなかったから考える余裕無かったけど、それって、まるで今のグリンウッドみたいじゃ……導師が鎮めたって事は穢れが絡んでるんだろ?」

 

20年前から始まる災厄の時代と重なる状況に晴人は顔を顰めるが───

 

 

 

 

「そりゃそうだ。デス・エイジの原因は災禍の顕主だったからな」

 

そう言い放ったザビーダの言葉にスレイ達は目を丸くする。

 

「え、それって!?」

 

「言っておくがヘルダルフの事じゃねぇぞ。その先代だ」

 

「確かにそれなら大規模な災厄も説明はつくが……」

 

「当時はまだ導師も数を減らしていたとはいえ組織としての体を保てるくらいには数もいてな。災禍の顕主を迎え撃った訳だが奴が率いていた憑魔の数は圧倒的でな……多くの天族や導師が命を落とした。俺やアイゼンもその戦いに参加していたのさ」

 

「……それでどうなったんだ?」

 

結末を予期しながらも晴人はザビーダに問いかける。

 

「最終決戦で導師は全員やられちまった。奴の力は強力で浄化の力でも浄化しきれなかったんだ。こっちはほぼ壊滅状態、だからアイゼンは奥の手を使った……」

 

「奥の手……?」

 

「浄化しきれないなら同じ穢れの力で殺すしかない。だからアイツは穢れを取り込んで自らドラゴンになる事で災禍の顕主を食い殺したのさ」

 

『ッ……!?』

 

言い放たれた言葉。

その壮絶さにスレイ達は思わず絶句する。

 

「そんな……」

 

「アイツは結果として世界を救った。そして───」

 

 

 

 

 

 

ドラゴン(あんな姿)になってワタシの前に帰って来たのよ」

 

ザビーダの言葉を遮るようにエドナの言葉が放たれた。

 

「エドナ様……」

 

「穢れを生む人間と関わり続ければどうなるのかなんてわかりきってた筈なのに……それなのに……」

 

「エドナちゃん、アイゼンは───」

 

「それも受け入れてたって言うんでしょ……だからなんだっていうのよ……世界を救った?そんな言葉で納得できる訳ないじゃない」

 

静かに、だが力の籠もった声でエドナから放たれる言葉はどこまでも重い。

 

当然だ。それは彼女が長年溜め込んだ悲しみであり想いなのだから。

 

「こんな事なら止めておけば良かった。人間の尻拭いでお兄ちゃんがあんな事になるのなら……だからワタシはお兄ちゃんをあんな風にした人間達が嫌い……大嫌いよ。お兄ちゃんの事がなければスレイの旅にだって着いて来たりしなかったわ」

 

そう言ってエドナは再び黙り込んでしまう。

 

「スレイ、エドナ様は……」

 

「うん、オレ達がエドナに初めてレイフォルクで出会った時、ドラゴンになったアイゼンに襲われたんだ。オレ達はアイゼンをドラゴンから元に戻す方法を探す約束をしてエドナはその代わりにオレ達に協力してくれてるんだ」

 

アリーシャの問いかける様な視線の意味を察してスレイはエドナが旅に同行する理由を語る。

 

「あれ、でも離れて大丈夫なのそれ?ドラゴンって飛べるんでしょ?どこか飛んでって見失ったりしないの?」

 

「それなら問題ねぇよ。アイゼンはエドナちゃんの力でレイフォルクに封じられてる。よほどの事がない限りあれを破るなんてできやしない」

 

ロゼの疑問にザビーダが答える。

 

「封じられてる?」

 

「あぁ、前に言った事があるだろ?マオテラスの力の残滓を使った特殊な力。地属性の力は穢れの封印。エドナちゃんはその力でアイゼンをレイフォルクに封じていたのさ」

 

その言葉を聞いてデゼルは合点がいったように小さく頷く。

 

「そして試練神殿の護法天族達にドラゴンを元に戻す方法とやらを聞いて回ってたのか。五大神に仕える天族なら普通の天族が知らないような情報も知っている可能性があると踏んだ訳だ」

 

「うん、だけど……」

 

スレイの表情が曇る。

 

───『ドラゴンになった人を助ける方法を知っていますか?』───

 

これまでの試練でエクセオやアウトルにスレイが尋ねた言葉。晴人達はその意味を図りかねていたがここに来てその真意を理解する。

 

そしてその質問に護法天族達が首を横に振った事実が何を意味するのかも……

 

「(エドナ様は兄であるアイゼン様を救うために藁にもすがる想いでこの旅に……)」

 

アリーシャはその事実に胸を痛めた。

 

ドラゴンは天族が巨大な穢れと強く結びつき至る姿であり、浄化の力を持ってしても元の姿に戻す事はできない。その事は彼女とて理解している。

 

決してその存在を軽んじていた訳では無い。だが彼女の中で成体と化したドラゴンの存在がどこか遠い存在であったのは彼女自身否定できなかった。

 

これまでに何度かドラゴンの幼体に属する憑魔と戦い、その浄化に成功した事はあるが、それでも『既にドラゴンと化した天族』の身内である者が自らの近くにいたなど考えもつかなかった。

 

「(私は……なんと言えばいいのだろうか)」

 

アリーシャはこれまでの旅の中でエドナが度々動揺する姿は目にしていた。

 

兄をドラゴンへと変えた穢れを生む人間の世界を見て、兄を救う術は見つからず、彼女はその胸に怒りや焦燥を感じながらもそれを胸の内で噛み殺していたのだろう。

 

今思い返せばそれらは彼女の兄に関わる事柄だったのだと理解する一方で、エドナと自身の間にある溝を明確に感じた。

 

天族と共に過ごしたスレイという例外を除けばエドナが人間に対してどこか一線を引いて接している事はアリーシャも理解していた。

 

だがその原因の根元に触れアリーシャはどこか掴み所の無いエドナの心の底に秘められた人間への拒絶の根の深さを知ってしまった。

 

だからこそ人間である自分が安易に力になりたいと言う資格があるのか。彼女はその一歩を踏み出すことに迷ってしまう。

 

その時───

 

 

 

「そっか、ならエドナちゃんのお兄さん。頑張って助け出さないとな」

 

あっさりと。

 

本当になんでもない事のように希望の魔法使いはその溝を飛び越えてそう言い放った。

 

「……アンタ、自分が何言ってるかわかってるの」

 

軽い調子でそう言い放った晴人に明確に、怒りを滲ませたエドナの視線が向けられる。

 

「それなりにはね」

 

「ワタシは人間が嫌いって今言ったわよね?」

 

「あぁ、聞いてた」

 

「アンタ達の事もまだ認めちゃいないわ」

 

「知ってる」

 

「ドラゴンを元に戻すなんて何千年の歴史の中でも誰も成し遂げた事は無いわ」

 

「らしいね」

 

「ッ!!だったら簡単にそんな言葉を口に───」

 

「でもさ───」

 

声を荒げそうになるエドナの言葉を晴人は小さな声で遮り───

 

 

 

 

 

「エドナちゃんはそれでも諦められないからここにいるんだろ?」

 

その言葉にエドナは思わず固まった。

 

「それがわかれば十分さ、エドナちゃんに嫌われてようが、認められてなかろうが、最後にエドナちゃんが報われて笑える為に協力するよ。なんたって俺はお節介な魔法使いなんでね」

 

そう言って希望の魔法使いは優しく微笑んだ。

 

「あ、あの!」

 

その姿に背を押されるようにアリーシャも口を開く。

 

「私も……私にもエドナ様の兄上を助ける手伝いをさせてください。私に何ができるのかわからないですけど……それでも!」

 

そう言ってまっすぐにアリーシャはエドナの瞳を見据える。

 

「……っ!何よそれ……意味わかんない」

 

二人の言葉が予想外だったのかエドナは困った様に視線を逸らす。

 

「あっはっはっ!そりゃやっぱこうなるよねぇ!」

 

そんな光景にロゼがどこか楽しげに笑う。

 

「笑うところか?」

 

「だって短い付き合いのあたしですら、あぁ言うだろうなと思ったら見事に予感的中だもん」

 

「……そう言うお前はどうするんだ?」

 

「あたし?そりゃ付き合えるなら付き合うけどあたしもまず自分の問題があるからねぇ……絶対手伝うって約束はできないかなぁ」

 

「……そうか」

 

珍しく歯切れの悪い返答をするロゼ。そんな彼女にデゼルは同じように言葉をどこか詰まらせた様に一言だけで返す。

 

その時───

 

「あ、あの……」

 

「アンタ……起きてたの?」

 

眠りについてたアミィがおずおずと口を開き、先ほどまでの会話を聞かれたことにエドナはバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「すいません……話し声で目が覚めたんですけど、言い出せなくて……」

 

「ま、さっきまでの空気じゃな」

 

申し訳なさそうにするアミィに対してザビーダが仕方がないとフォローする形で口を開く。

 

だがアミィはゆっくりと立ち上がりエドナの事をまっすぐ見つめる。

 

「……何よ」

 

「エドナさん… あの……!」

 

壁を作るようにどこか当たりの強い口調のエドナに対してアミィは何かを決意し口を開こうとするが───

 

 

 

『ウォォォォォォォォン!!』

 

 

『!?』

 

次の瞬間響き渡った獣の叫び声にアミィの言葉は遮られた。

 

 

「み、ミノタウロス!?」

 

「ちょ!? 散々探し回っても見つからなかったのになんでこんなタイミングで自分から仕掛けてくんのさ!?」

 

そこには神殿を探しまわっても見つからなかった巨体の憑魔、ミノタウロスが祭壇の入り口に仁王立ちで立ち塞がり血走って眼で一同を睨みつけていた。

 

「っ!今は相手にしていられない!先にこの娘を避難させないと!」

 

アミィを戦いに巻き込むわけにはいかないと一同はアミィを守る様に立ち塞がる。

 

だが、次の瞬間……

 

「えっ!?」

 

「なっ!?」

 

「これは!?」

 

「っ!?」

 

「こいつは転移の!?」

 

アミィ、ミクリオ、ライラ、デゼル、ザビーダの足元に突如として魔法陣が展開され次の瞬間、5人がその場から姿を消す、そして続く様に祭壇の間の出口を塞ぐ様に結界が展開された。

 

「これって試練の時の!?」

 

「上等!さっさと終わらせてやるっての!」

 

突然の展開にも一同は慌てず得物を構える。

 

「予想外ではあるが好機を逃すつもりはない!」

 

「同感だ。変身!」

 

【ランド!プリーズ!ドッドンッドドドドン!ドンドッドドン!】

 

アリーシャは魔力を纏い獲物を構え、晴人は魔法陣を展開しランドスタイルへと姿を変える。

 

「悪いけど、今は虫の居所が悪いの……運が悪かったわねアンタ」

 

そして不機嫌そうに傘の先端をミノタウロスへと向け、睨みつけながらエドナの言葉が開戦の狼煙となった。

 

─────────────────────

 

『グモォォォォォ!!』

 

叫び声を上げミノタウロスはその手に持った巨大な戦斧を振り下ろす。

 

振り下ろされた一撃はまるで遺跡そのものを揺らすかの様な轟音を立て床に大穴を開けるが一同はその攻撃を難なく躱す。

 

 

「いい加減パワー自慢の大型相手は慣れていてるんだっつの!」

 

ミノタウロスはフォートンのアンダーワールドでの戦いを除けばアシュラと同様のトップクラスの巨体の相手だがそれでも前回の6本の腕から繰り出される連撃に比べればその攻撃は単調だ。

 

『グォォォォォォ!!』

 

攻撃が躱された事に怒ったのかミノタウロスは大きく吠えながら戦斧を振り回す。

 

「あっぶっ!?怖がって逃げたと思ったら今度は怒って暴れまわって駄々を捏ねる子供か!!」

 

ロゼの軽口の言う通り、まるで『大きな子供』の様に暴れ回るミノタウロス。

 

だがその力は当然子供とは比べ物にならないほど強力だ。

 

「だったらこいつで!」

 

【バインド!プリーズ!】

 

ミノタウロスの四方に展開された魔法陣から岩で作られた鎖が伸びる。

 

だがそれはいつもの様に敵の身体に巻き付ける様にではなく手や足に引っ掛ける蜘蛛の巣のように展開された。

 

「いい加減力自慢に引きちぎられるパターンにも慣れてきたんでね」

 

『グォォ!?』

 

攻撃の勢いのまま鎖に引っ掛かり勢いそのままにミノタウロスが前のめりに倒れ込む。

 

そこに──

 

《赤土目覚める!ロックランス!》

 

『ゴガァ!?』

 

倒れようとしたミノタウロスの真下の地面が隆起し突き出した岩槍が容赦なく腹部にぶち当たりミノタウロスの巨体を浮き上がらせる。

 

「炎よ燃え上がれ!熱波旋風陣!」

 

「夢双華!」

 

「剛魔神剣!」

 

すかさずスレイ、ロゼ、アリーシャの追撃が叩き込まれる。

 

『グォォォォォォ!?』

 

攻撃の衝撃に叫びを上げ後方へと倒れ込むミノタウロス。

 

「うっひゃ〜エドナえげつな……」

 

先程の倒れようとしたミノタウロスへの容赦のない一撃を思い出しロゼが引き攣った笑いを零す。

 

「虫の居処が悪いって言ったでしょ……」

 

そんなロゼの言葉にエドナは淡々と返す。

だが戦いは終わってはいない。

 

『ブモォォォォォォ!!』

 

怒りの叫びを上げミノタウロスが立ち上がる。

 

「やっぱり試練の相手はそう簡単にはいかないか」

 

「タフな奴ばっかりだからねぇ……」

 

「だが、攻撃はシンプルだ。パワーにさえ気を付ければ……」

 

ミノタウロスの動きを分析しながらアリーシャは警戒しつつ得物を構える。

 

「(だがおそらくミノタウロスのタフさは相当なものだ。可能なら一気に畳みかけて決着を付けたいところだが……)」

 

そう考えるアリーシャの脳裏に以前の水の試練での戦いが過ぎる。

 

天族の特性を活かした連続攻撃。あれが決まればミノタウロスもひとたまりも無いだろう。

 

だが───

 

「(エドナ様は私との融合は拒むだろう……)」

 

アリーシャと融合するという事は霊応力を持たない人間からもエドナが視認されるようになると言うことだ。

 

先程の話を聞く限り人間に対して遺恨を持つエドナがそれを了承するとも思えない。

 

別にそれを責めるつもりは無い。

今後の生き方に関わる重大な事だ。エドナの意思を尊重すべきだとアリーシャは考えている。

 

「(とにかくここは慎重に───)」

 

『グオオオオオオオオ!!』

 

その時、アリーシャの思考を遮るように響き渡ったミノタウロスの咆哮が神殿を揺らした。

 

「っ!なんだ!?」

 

様子を変えたミノタウロスに一同は驚き、そして次の瞬間───

 

「っ!穢れの領域か!」

 

「ここから本気ってわけね」

 

展開された穢れの領域、ミノタウロスがいよいよ本気になったと一同は警戒するが───

 

『グォォォォォォ!!!』

 

響き渡った複数(・・)の叫び声に一同の目が驚愕に見開かれる。

 

「なっ!?」

 

「……まずいな」

 

ミノタウロスの身体から漏れる穢れ。

 

その穢れが猪型の憑魔を作り出す。

 

それも一体や二体ではない。どんどんと数を増やし既に数十匹の猪型憑魔がミノタウロスの周りを守るように立ちはだかる。

 

『グオオオオオオオオ!!』

 

そしてミノタウロスが号令の如く叫ぶと同時に憑魔達はウィザード達に向けて殺到した。

 

 

─────────────────────

 

 

「オイ!どうなってやがる!」

 

目の前の光景にデゼルは思わず声を荒げた。

 

「ああいう能力を持つ憑魔なのか?ミノタウロスは?」

 

「分身や分裂する能力を持つ憑魔は確かに存在しますがアレは……」

 

「少なくともミノタウロスにはそんな能力は無いはずだぜ……変異型か?」

 

「まずいな……試練で味方が減っている状況で数で押されるのは……」

 

戦況に顔を顰める一同、そこにアミィから声がかかる。

 

「あの……エドナさん達は……」

 

ハラハラと不安そうに状況を見守るアミィ、それを見たライラは明るい表情を浮かべる様に努め、優しい声で安心させるように語りかける。

 

「大丈夫ですわ。皆さんお強いですから、すぐに終わらせてくれます」

 

そう言われ少しだけ表情を緩めたアミィは視線を元に戻そうとして───

 

「……あれ?」

 

「……どうかなさったのですか?」

 

何故か顔色を変えたアミィにライラは心配し問いかける。

 

「え……いや……なにこれ……」

 

「アミィさん!?」

 

怯える様にアミィが身体を震わせ、両手で耳を塞ぎ何かを振り払うかのように首を振るう。

 

その異常な光景にライラは思わずアミィを抱きしめる。

 

「おい、どうした!?」

 

「いったいなにが……」

 

「アミィさん!?しっかり!どうしたのですか!?」

 

異常に気がつき駆け寄る一同だがアミィはその声が聞こえていないのか錯乱し声をあげる。

 

「いや……いや……!なにこの声!?聞きたくない!?」

 

必死に耳を塞ぎ半狂乱で叫ぶアミィ。それを聞いたザビーダとデゼルは困惑する。

 

「声だと!? 妙なもんはなにも聞こえないぞ!?」

 

「異常は感じ無ぇ……どうなってやがる」

 

風の天族である二人は周囲の異常の察知に優れている。その二人がなにも感じないという事はアミィの状況が特殊なものが関係しているという事だ。

 

「……まさかあのミノタウロスと何か関係が?」

 

アミィに異常が現れたのはミノタウロスが猪型の憑魔を生み出してからだ。

 

嫌な予感を感じながらミクリオは視線を結界の中へと戻した───

 

 

─────────────────────

 

「ちょっ!?いくらなんでも多過ぎ!?」

 

「くっ……こうも矢継ぎ早に来られると……」

 

「っ!だったら!」

 

【ウォーター! ドラゴン! ザバザババシャーンザブンザブーン!】

 

雪崩の様に突撃してくる猪型の憑魔にウィザードは素早くウォータードラゴンスタイルへと姿を変える。

 

【チョーイイネ!ブリザード!サイコー!】

 

展開される青の魔法陣から冷気が放たれ憑魔の群れを一瞬で凍り付かせる。

 

『グゥッぅぅ!?』

 

その勢いのまま冷気はミノタウロスすら飲み込み全身を凍結させる。

 

「今だ!ハクディム=ユーバ(早咲きのエドナ)

 

すかさずスレイはエドナと融合し神依を纏い詠唱を始める。

 

《晶石点睛!クリスタルタワー!》

 

憑魔達の足元から複数の巨大な水晶が隆起し凍結した身体を粉々に粉砕する。

 

「よっしゃ!後はミノタウロスを倒すだけ!」

 

「凍結してる今が好機だ!」

 

ロゼとアリーシャはすかさずミノタウロスに肉薄し攻撃を叩き込もうとする。

 

だが───

 

バキッ───

 

「なっ!?」

 

「うっそ!?」

 

『グォォォォォォ!!』

 

自身を覆う氷を砕きミノタウロスは再び活動を再開する。アリーシャとロゼは慌てて距離を取りながら驚きの声を漏らす。

 

「水属性に耐性があるのか!?」

 

「あーもう!前回といい、そんなんばっかり!」

 

「けど、押してる!このまま頑張れば───」

 

文句を言うロゼを励ましながらスレイは神依の手甲を構えるが───

 

 

 

 

 

 

 

「………なんだ?……声?」

 

その時ウィザードから困惑した様な声が漏れる。

 

「……?ハルト?どうかし──えっ?」

 

動きを止めたウィザードを訝しみ声をかけようとするアリーシャ。だがその彼女もすぐに同じように戸惑いの声を漏らす。

 

そしてそれは二人だけでは無く……

 

『……ァァァ』

 

「え、何?」

 

『……さん…ど…にいるの?』

 

「何か……聞こえる?」

 

スレイとロゼもまた異変を感じとる。

 

『ぐす……だよ……置いていかな……一人に……』

 

「子供の……泣き声……?」

 

エドナがポツリとそう溢した瞬間、堰を切ったようにそれは始まった───

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁん」

 

声が───

 

「おかぁぁさぁぁぁん」

 

誰もいなかった筈の遺跡に無数の声が───

 

「ぐす……ひぐ……こわいよぉ……」

 

「おいていかないでぇぇ!ひとりにしないでよぉ!」

 

「何よ……コレ……」

 

助けを求める子供の声が響き渡った───

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

「なんなんだコレは……」

 

「泣き声……パワント様の仰っていた虐げられし魂という言葉に何か関係が?」

 

「だがなんで急に?さっきまでこんな異変は全く……」

 

 

一方、結界の外の仲間たちもまたスレイ達と同様に異様な光景に困惑の声を溢していた。

 

その時、ライラは胸に抱くアミィの異変に気がつく。

 

「……あ、あぁ………」

 

「アミィさん……?」

 

「思い出した……私……あの時……」

 

「アミィさん!?どうしたんです!?」

 

先程までと違う反応を見せたアミィにライラは心配した様に声をかけるが……

 

「ダメ……やめてみんな!」

 

ライラの手を振り払いアミィは結界に向けて駆け出す。

 

「アミィさん!危ないですわ!」

 

彼女が結界へ衝突してしまうとライラは慌てて呼び止めようとするが……

 

「え!?」

 

ライラの声が驚愕に染まる。

 

試練の侵入者を阻む筈の結界。

 

ライラ達の実力を持ってしても破る事の難しい高度なその結界を……

 

「すり抜けた……?」

 

アミィはまるですり抜けるかのように突破してしまったのだ。

 

「どうなってる!?」

 

慌ててザビーダやミクリオが追おうとするがアミィと違い結界に侵入を阻まれる。

 

そして、その異変は結界の中で戦うスレイ達の視界に入る。

 

「アミィ!?」

 

「え!?なんで!?」

 

「バカ!戻りなさい!」

 

戦闘中の危険地帯に飛び出してきたアミィに一同はこちらに来ないように叫ぶがアミィは一心不乱にミノタウロスを見つめながら叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「やめてみんな!……っお兄ちゃん!」

 

 

 

「───え?」

 

その声に一同の動きが止まる。

 

 

『グォォォォォォ!!』

 

だがミノタウロスは咆哮をあげるとまたもや猪型の憑魔を大量に生み出す。

 

 

「くそ!こんな時に!?」

 

「アミィ!逃げるんだ!」

 

襲いくる憑魔の群れに対応し動きを止める一同を他所にミノタウロスはアミィへと一直線に襲いかかる。

 

「っ!スレイ!ここは任せるわよ!」

 

「エドナ!?」

 

その時、エドナが咄嗟に神依を解除し憑魔達の隙をついてアミィへと向けて駆け出す。

 

そして───

 

『グォォォォォォオオオオ!!!』

 

「ヒィッ!」

 

怯えて竦むアミィ、その前に───

 

 

 

 

 

 

「ホント……だから人間ってキライなのよ」

 

エドナは盾になる様に飛び出し……

 

「エドナ様!!」

 

無慈悲にミノタウロスの戦斧が振り下ろされた。

 

 

 

 

 




今年2回目の更新なのにゼロワンがもう終盤の時期とかすいません
完結目指して頑張って行きたいと思うので宜しければこんなつまらん普通の小説(唯阿並感)にお付き合いください


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45話 希望!少女の願い!

成長したなフジ。 幼い頃のお前は1話に5千字書くことしか出来なかった… 。でも今のお前は一話に1万以上の字数を宿している。それは経験という力を手に入れお前が強くなったからだ。だが忘れるな、本当の強さとは字数が多いことじゃない。 更新が速い事だ 今のお前ならもうその意味が分かるはずだ


という訳で最新話です……


 

 

 

 

振り下ろされる戦斧。

 

アミィとミノタウロスの間に割って入るのが限界で術による防御までは間に合わない。

 

直撃すれば自身の小さな身体など簡単に粉砕するであろう一撃を見ながら、エドナはその状況をどこか他人事の様に冷静に眺めていた。

 

「エドナ様!」

 

エドナの耳に悲痛な叫びが届く。

 

ハイランドのお姫様。

 

まるで童話に出てくる不幸なお姫様の境遇を地で行くにも関わらず真っ直ぐで堅物で冗談の通じないどこか危なげな少女。

 

視界の端でこちらへと駆け出そうとする彼女の顔には危機に晒された自分に向けての悲痛な表情がありありと浮かんでいる。

 

「(あれだけ毒を吐いたのにそれでもそんな顔するなんて……お人好し過ぎてホント危なっかしい……)」

 

そもそも自分は何故こんな真似をしているのだろう。

 

遺跡で出会ったばかりの人間の小娘を庇う。

 

そりゃあ、人間が嫌いと言えども目の前で死なれたら気分の良いものではないだろう。誰かの死に胸を痛めたり助けられるものなら助けようと思うくらいの気持ちは持っている。

 

それでも庇えば絶対に助からないとわかりながら自分の身を差し出すほどの繋がりなど自分とアミィの間には存在しないはずだ。

 

お人好しのスレイならいざ知らず、少なくとも自分は間違ってもそんなキャラじゃない。

 

だと言うのに何故───

 

アミィへの同行を許可した責任感?

 

アミィが自分と同じ兄の無事を願う妹だから?

 

自身とアミィを重ねて同情したから?

 

それとも───

 

「(心のどこかで楽になりたいって思ってたのかしらね……)」

 

成体のドラゴンと化した天族を元に戻す方法は存在しない。

 

少しばかりこの世の知識に触れた天族にとってそれは常識であり絶対不変の真理だ。

 

わかっていた。

 

わかった上で、それでも僅かな希望に縋り付いてこの旅に加わった。

 

もしかしたら……

 

万が一にも……

 

頭の中にそんな並び立つのはいつだってそんな言葉ばかりだ。

 

『数千年の時を生きる天族達の中の誰一人も達成した事の無い宿命を覆せる手段が見つかる筈が無いのに……』

 

この旅に加わってからずっと、心の中でもう1人の冷静な自分がそう囁いていた。

 

僅かな希望に縋って、変えられない現実を突きつけられたら?

 

ドラゴンになった者を救う方法などありはしない。

 

いつまでもあの地に兄を封じたままでいられる保証も無い。

 

それを突きつけられ、兄への処遇の選択を迫られる日が来たら?

 

それはさながら絞首刑への階段を登らされてる様な気持ちだった。

 

いつもの調子を取り繕いながら心の中でその焦燥は日に日に大きくなっていた。

 

そして今日───

 

自分と同じ名前のあの花を見て、兄との思い出が鮮明に蘇って、焦燥を、苛立ちを隠せなくなった。

 

自分と重なる境遇の少女に柄にもなく過去を語ってしまった。

 

そして───

 

「(これで悩むことも無くなるのかしらね……)」

 

絶対的な絶望に苦悩し続ける事からも、あるかどうかもわからない希望に縋り続ける事からも解放される。

 

それは甘美な誘惑だった。

 

一度諦めてしまえば楽になれる。

 

あるかどうかもわからない希望に縋り付かずに全部手放してしまえば───

 

 

 

 

 

─── でもさ、エドナちゃんはそれでも諦められないからここにいるんだろ?───

 

 

─── 私も……私にもエドナ様の兄上を助ける手伝いをさせてください。私に何ができるのかわからないですけど……それでも!───

 

 

だと言うのに最後の瞬間、頭に響いたのは気に食わない得体の知れない男とお人好しで危なっかしい少女の言葉で───

 

 

ガキンッ!!

 

「──え?」

 

迫りくる戦斧の一撃。

 

しかし、それがエドナに届く事は無かった。

 

 

「グゥッ……」

 

零れる苦悶の声。だがそれはエドナのものでは無い。

 

それは彼女の前に立ち塞がった魔法使いのものだった。

 

「……ギリギリセーフってとこかな? グゥッ!?」

 

ランドスタイルへと姿を変え、地中を移動して猪型憑魔の包囲を突破したウィザードは振り下ろされた戦斧をウィザーソードガンで受け止める。

 

だが、体格差やパワーの差は歴然。

攻撃を受け止めきれず戦斧の刃はウィザードの肩口に食い込み。ウィザードは苦悶の声を溢しながら片膝を着く。

 

「グッ……こんにゃろ!」

 

ウィザードは咄嗟に左手を指輪のホルダーへと伸ばし、指輪を掴み取ると指にはめる事なくそのままベルトへとかざす。

 

【ビッグ!プリーズ!】

 

目の前に黄色い魔法陣が展開されると共にウィザードは身体を捻り戦斧を受け流しながら後ろ回し蹴りを魔法陣へと放つ。

 

『グォォ!?』

 

巨大化した足が叩き込まれミノタウロスは吹き飛び猪型の憑魔達を巻き込みながら遺跡の壁へと衝突する。

 

「いっつつ……大丈夫、二人とも?」

 

ウィザードは肩を押さえながら振り返りそう問いかける。

 

「あ、はい……でもハルトさんっ……」

 

呆然としていたアミィはウィザードの言葉にハッと意識を戻すが肩口を押さえるウィザードに表情を曇らせる。

 

「大丈夫ですかエドナ様!アミィ!」

 

「ハルトもエドナも無茶し過ぎだよ!」

 

そこへ仲間達が駆け寄ってくる。

 

「すいません……私……」

 

「気にすんなって、というか、なんで結界が……」

 

結界をすり抜けたアミィに疑問を抱くウィザードだが───

 

「……どうしてよ」

 

「え?」

 

エドナから溢れた声に晴人は思考を止める。

 

「どうしてそこまでして庇ったのよ? 一歩間違えたらアンタが───」

 

理解できない。そんな感情を浮かべたエドナに晴人が返した言葉はシンプルだった。

 

「言ったじゃん。最後にエドナちゃんが報われて笑える為に協力するって。あぁ勿論、アミィもな」

 

「え?」

 

晴人の言葉にエドナは思わず目を丸くする。

 

「お節介な魔法使いが身体を張る理由なんてそんなもんで十分さ。まぁこの程度で音を上げたりは───」

 

いつも通りキザな台詞を放とうとする晴人だが、次の瞬間……

 

「何カッコつけてんのよ」

 

ツンと肩口をエドナの傘で突かれた。

 

「痛ってぇ!?」

 

「ハルトォ!?」

 

数秒前にカッコつけてた姿は何処へやら。情けない叫びをあげる晴人。それを心配するようにアリーシャが駆け寄る。

 

そんな光景を見ながらエドナは大きなため息をついた。

 

「はぁ……男ってホント変な所でカッコつけるわよね……」

 

呆れた様にジト目で痛がるウィザードを見つめるエドナだが……

 

「エドナ様?」

 

「《辛苦、潰える、見紛うは常世!ハートレスサークル!》」

 

癒しの効果を持つ魔法陣が展開され優しい緑色の光がウィザードを包み込む。

 

「おぉ! サンキュー エドナちゃん」

 

肩を回し痛みが消えてる事を確認して晴人はエドナへと礼を言う。

 

「別に……ワタシのプライドの問題よ。あとエドナちゃん言うな」

 

プイと視線を逸らしてそう言い捨てるエドナに晴人は仮面の下で苦笑いしながらも吹き飛んだミノタウロスの方へと視線を向ける。

 

「それにしてもさっきの声は……それに……」

 

視線をアミィへと向け晴人は先ほどの言葉を思い出す。

 

───やめてみんな!……っお兄ちゃん!───

 

先程の言葉、そして猪型の憑魔達を一掃した時に響いた子供達の声。

 

「なぁアミィ、さっきの言葉……どういう───」

 

その意味を晴人はアミィへと問いかけようとするが───

 

『グォォォォォォ!!』

 

だが。吹き飛ばされたミノタウロスが瓦礫を吹き飛ばし立ち上がり咆哮を上げ、その会話を遮る。

 

「くっ……もう起き上がるか」

 

得物を構えアミィを守る様に一同は立ち塞がるが……

 

『ふん……ならば手を貸してやろう』

 

「えっ?」

 

響き渡る声。次の瞬間ミノタウロスを取り囲む様に神殿の地面が隆起し巨大な石の牢獄を作り出す。

 

『ヌゥゥゥゥゥ!!』

 

ズンッ!と叫びと共に石の牢獄が内部から攻撃されたのか大きく揺れる。

だが牢獄は破壊される事なくその姿を保っていた。

 

「ドラゴン!」

 

一同の前に黄色い幻影のウィザードラゴンが現れる。

 

「ひぅっ!?」

 

その姿にアミィは怯えてエドナの背へと隠れる。

 

「……大丈夫よ。取って食ったりはしない筈だから……それで?前回に続いて随分とタイミングを見計らった様に現れるのね」

 

アミィを気遣う様に語りかけながらもエドナはジト目で皮肉混じりにドラゴンへと問いかける。

 

『ふん……なに、ヘソを曲げた小娘の相手をするなど御免だからな。今なら少しは頭が冷えただろうと思って出てきたまでだ』

 

「……あ?」

 

それに対して皮肉で返すドラゴンにエドナの目が露骨に鋭くなる。

 

バチバチと火花を幻視するかの様に両者の視線がぶつかり合う。

 

「ひぅ!? ど、ドラゴン殿!?ここはどうか穏便に!?」

 

『……まぁいい、その娘の言葉が気になるのだろう?なら時間を稼いでやる、さっさと済ませろ』

 

そんな厄介ごとにビクつきながらも介入する真面目なアリーシャ。彼女の言葉にドラゴンはもう一度小さく鼻を鳴らすと睨み合いを止めて視線を岩の牢獄へと移す。

 

「助かるよ!ありがとうドラゴン!」

 

「なんやかんや毎回世話焼いてくれるよね。実はツンデレさん?」

 

『……早く済ませろと言ったぞ』

 

スレイとロゼからの好意的な反応にどこか困った様に歯切れの悪い反応を示すドラゴン。

 

それを見た晴人は苦笑しつつも表情を引き締めアミィへと優しく問いかける。

 

「なぁアミィ、さっきの言葉がどういう意味か教えて貰ってもいいかな?」

 

アミィはミノタウロスを「お兄ちゃん」「みんな」と呼んだ。そして先程のこの部屋に響き渡った子供達の悲痛な声。

 

アミィはおそらくその意味を知っている。

 

そう確信し問いかける晴人の言葉に、アミィはゆっくり言葉を紡ぎ始める。

 

「私、思い出したんです……」

 

「思い出した……?記憶の穴になっていた所が?」

 

「はい……さっきの泣き声を聞いた時、思い出したんです。どうして私がこの遺跡にいたのかを……でも、今はその事はいいんです!大切なのは、あの牛の怪物なんです!」

 

「ミノタウロスが?」

 

祈るように手を握りしめて必死に言葉を紡ぐアミィ。

 

そして……

 

 

「あの牛の怪物は……私のお兄ちゃんや友達たちなんです」

 

その言葉に一同は思わず息を呑んだ。

 

「え……どういう……? だってミノタウロスは一体だけだ。それがアミィのお兄さん達って」

 

スレイは思わず困惑の声を漏らす。

 

基本的に憑魔化は一体の生物を起点に発生する。一体の憑魔に対して複数人が起点になるなど……

 

そう考えたスレイはある可能性に思い至る。

 

「まさか……アミィのお兄さん達は……」

 

震えるスレイの言葉にアミィは小さく頷く。

 

「はい……お兄ちゃん達はもう……」

 

アミィは俯きながら絞り出すように震える声でなんとか言葉を絞り出す。

 

「ちょっ!?どういう事!?」

 

驚愕するロゼにスレイは淡々と感情を抑える様に努めながら返答する。

 

「おそらくはこの前戦ったファントムと同じだと思う。あの憑魔は野党に襲われて滅んだ村の人達の無念や恨みっていう同じ想いが一体化して生み出された憑魔だった」

 

「同じ想いを起点に穢れが……」

 

「でもそれならあのミノタウロスは……」

 

何を起点に?そう考えた晴人の脳裏に先程の光景が蘇る。

 

悲しみ、孤独、そんな感情が嫌というほど伝わる子供達の泣き声……

 

「そうか……あの声は……」

 

「うん、ミノタウロスの正体はこの地に捨てられて死んでいった子供達の無念だと思う」

 

「そのミノタウロスがこの神殿に引き寄せられ封じられていたというわけか……」

 

告げられた事実に言葉を詰まらせる一同、そこにアミィが声を発する。

 

「お願いします!お兄ちゃんを……みんなを安らかに眠らせてください!」

 

涙を浮かべ、強く懇願するアミィ。

 

その姿に晴人が力強く頷く。

 

「わかった、約束する。俺が最後の希望だ」

 

その言葉に同調する様に一同もまた頷き自身の持つ得物を握る手に力を込める。

 

『……伝える事はそれだけでいいんだな?』

 

そこにドラゴンからアミィへと声がかかる。

 

アミィはその言葉に一瞬驚いた様な表情を浮かべるが、すぐに小さく微笑みを浮かべた。

 

「はい……気を遣ってくれてありがとうございます。ええっと……ドラゴンさん?」

 

「ん?なんの話?」

 

何やら意味深な会話に一同は戸惑うがドラゴンは小さく息を吐くと視線を前へと向ける。

 

『どうもしない。それより奴を抑えるのもそろそろ限界だ。構えろ』

 

ドラゴンは面倒そうに会話を打ち切る。

 

「あぁ、いくぜドラゴン!」

 

『ふん、いいだろう』

 

ドラゴンの幻影が、かき消え黄色い輝きとなりウィザードのホルダーに着けられた指輪へと吸い込まれていく。

 

輝きを取り戻した黄色い指輪を左手に装着しウィザードはドライバーへとかざす。

 

 

【ランドドラゴン!ダンデンドンズドゴーン!ダンデンドゴーン!】

 

展開された黄色い魔法陣がウィザードを通過し巻き起こる砂埃と共に岩と砂で構築されたウィザードラゴンの幻影がウィザードの周囲を旋回しその咆哮と共に翼を大きく広げ掻き消えていく。

 

砂埃が止んだそこにはローブを黄色へと染め他のドラゴンスタイル同様にアーマーを肥大化させたウィザード、ランドドラゴンスタイルの姿があった。

 

「さぁ、アミィとの約束、果たさせて貰───」

 

「待ちなさい」 

 

「──うぜ、って何エドナちゃん?」

 

どっしりと重心を落とし拳法の構えを取り啖呵を切ろうとするウィザードだが突如エドナから声をかけられがくりと力が抜ける。

 

「……あれやるわよ」

 

どこか苦々しげで、それでも覚悟を決めた様にエドナが口を開く。

 

「あれ?」

 

「あれって何?」

 

スレイとロゼはエドナの言っている事の意味がわからず首を傾げる。

 

その言葉にエドナは一瞬苛立ちを見せるもヤケクソ気味に声を荒げる。

 

「あぁもうっ……!だから、この前のアシュラの時のあれよ!あのあんたら3人が連続で神依を切り替えてたやつ!」

 

その言葉にアリーシャは目を丸くする。

 

「えっ……ですがエドナ様、あれは……」

 

戸惑うアリーシャ。確かに前回のアシュラ戦での連携は強力だがアリーシャと融合するという事は人間から視認される様になるという事である。

 

人間嫌いのエドナが自らそれを提案した事にアリーシャは思わずその事を再度提言しようとするが───

 

「言われなくてもわかってるわよ」

 

その言葉をエドナは遮る。

 

「この娘の同行を認めたのはワタシよ。偉そうた大口叩いてね。この娘がこの場にいる以上、出し惜しみ無しでとっととケリをつける必要があるわ。自分の言葉の責任くらいちゃんと果たすわよ。それに───」

 

そう言いながらエドナはドラゴンが作り出した岩の檻へと視線を向ける。

 

『グォォォォォォ!!』

 

岩の檻を破壊し怒りの咆哮を上げるミノタウロス。それに対してエドナは一瞬、哀しげに見つめ。小さく言葉を溢す。

 

「最初に八つ当たりでワタシが逃したのがそもそもの原因よ。だから……早く眠らせてあげないと……」

 

後悔と覚悟を滲ませたその言葉に一同は無言で、応える様に武器を構える。

 

「アミィ、そこから動いちゃダメよ。すぐに終わらせるわ」

 

「っ! はいっ……!」

 

 

それに対してミノタウロスは再度咆哮を上げ猪型の憑魔を呼び出す。

 

「なら最初はあたしから!ハクディム=ユーバ(早咲きのエドナ)!」

 

迎え撃つべくロゼが神依を纏う。

 

猪型憑魔の群れが一斉にこちらへと殺到しそれに続く様にミノタウロスもこちらへと恐ろしい速度で駆け出す。

 

だが───

 

「悪いけど、もうその手は食わない」

 

【チョーイイネ!グラビティ!サイコー!】

 

『ヌォオォォォ!?』

 

ウィザードがドライバーへと指輪をかざすと共に憑魔たちの群れの頭上に黄色い魔法陣が展開される。

 

次の瞬間、憑魔達の足が床を離れその身体を浮き上がらせる。

 

戸惑いながら叫び声を上げジタバタと暴れる憑魔たちだがどれだけ身体を動かそうと浮き上がったその身体は虚しく空中でジタバタと空回りするのみ。

 

「凄い、あれだけの数を……」

 

その光景にアリーシャが思わず息を呑む。

 

「床に押しつぶしたんじゃ力で対抗されるかもしれないからな。術が使えるタイプじゃないなら逆に浮き上がらせちまえば無力化できる」

 

重量を操る魔法グラビティ。対象を押しつぶす事も持ち上げる事も自由自在なその力でウィザードは憑魔達を完全に無力化する。

 

「今がチャンスだ!いくぞロゼ!」

 

「りょーかい!」

 

その隙を逃さずロゼは詠唱を開始しウィザードは交換した指輪をドライバーへとかざす。

 

【チョーイイネ!スペシャル!サイコー!】

 

音声と共にウィザードの背後へ黄色い魔法陣が展開、現れたドラゴンの幻影と共に砂嵐が吹き荒れその魔力がウィザードの両手に収束し巨大な籠手を思わせるウィザードラゴンの爪『ドラゴヘルクロー』が装着される。

 

「フィナーレだ!」

 

「こいつでどうだ!「乱れる孤投」!」

 

ロゼは巨大な籠手を地面へと突き刺し地中から巨大な岩を持ち上げると憑魔の群れへと勢いよく放り投げ、ウィザードは両腕のドラゴヘルクローへと魔力を収束させ巨大な爪による斬撃、ドラゴンリッパーを放つ。

 

二つの攻撃は空中で固定された憑魔の群れを蹴散らしミノタウロスへと直撃する。

 

『ゴァァァオ!?』

 

グラビティによる拘束が解除され地面へと落下し始めるミノタウロス。だがミノタウロスへ向けて駆け出していたスレイがそれを逃さない。

 

「逃さない!ハクディム=ユーバ(早咲きのエドナ)

 

ロゼの神依の解除と共に素早く神依を纏い、霊応力を解放したスレイは疾走する勢いのまま跳躍し自らの振るう右の籠手へと飛び乗る。

 

空中に浮く籠手へと飛び乗りまるでサーフィンの様に宙を舞い一気に加速し落下するミノタウロスへと肉薄するスレイ。

 

「「我が腕は雌黄!輝くは瓦解の黄昏!」」

 

『ぐぉぉ!?』

 

サマーソルトを思わせる宙返りで落下するミノタウロスを再度空中にカチあげるとスレイは素早く跳躍し空中のミノタウロス真上へと躍り出る。

 

『ッ!?』

 

危機を感じたミノタウロスは手に持つ戦斧を盾の様に自身の前へと突き出す。

 

だがスレイは構わず左の籠手をミノタウロスへ向け振り抜く。

 

「「アーステッパー!」」

 

上空から叩きつけられた拳はミノタウロスの突き出した戦斧へと叩き込まれる。

 

ビギィッ!

 

戦斧に亀裂が走り砕け散る。

 

その勢いのままミノタウロスは恐ろしい勢いで地面へと叩きつけられる。

 

轟音を立てて地面へと着弾したミノタウロス。

 

 

『グゥゥ……』

 

だが、得物を犠牲にしてダメージを軽減したからか、ミノタウロスは苦痛の声を上げながらも未だ健在だった。

 

ミノタウロスはクレーターの様に抉れた地面からなんとかその身体を起こそうとする。

 

 

「あとは任せるよ!アリーシャ!エドナ!」

 

「トドメいくわよ」

 

「はい!エドナ様!」

 

 

だがそれが叶う事は無い。

 

声に反応し空中を見上げたミノタウロスの視線に槍を構え跳躍したアリーシャの姿が飛び込む。

 

スレイが神依を解除しエドナとアリーシャが融合する。

 

「すまない、せめて安らかに眠ってくれ」

 

「これで、おやすみなさい」

 

黄色く染まった騎士団服を靡かせミノタウロスへの手向けの言葉を口にした二人は得物である槍へと魔力を収束させる。

 

「浄化の扉開かれん!」

 

エドナの声と共に槍の刃を中心に黄色い魔法陣が展開しその形が変化する。

 

「必殺!」

 

ウィザードラゴンの爪を思わせる装飾がなされた巨大なハルバードへと変形した槍をアリーシャは両腕で握り勢いよく振りかぶると落下の勢いに任せてミノタウロスへと振り落とす。

 

「「龍虎滅牙斬!」」

 

巨大なハルバードによる一撃が容赦なくミノタウロスを両断しミノタウロスは脱力し静かに倒れ伏した。

 

「……終わった」

 

エドナとの融合が解除されたアリーシャは小さく息を吐く。

 

「皆さん!ご無事ですか!?」

 

「やれやれ見ててヒヤヒヤしたぜ……」

 

そこへ結界が解除されすぐさまライラ達が駆け寄ってくる。

 

その様子にスレイ達は小さく微笑むとその視線を倒れ伏したミノタウロスへと向けた。

 

「……これは」

 

そこにある光景に一同は思わず息を呑んだ。

 

「これが……子供たちの魂」

 

幾つもの光り輝く光球がまるで夜のホタルを思わせる様に薄暗い神殿の中を舞い、天へと昇っていく。

 

幻想的で、それでいてそれだけの子供たちがこの地に捨てられ哀しみの元にこの世を去ったという事実を突きつけられる。

 

美しくも残酷な光景に一同は胸を痛める。

 

「こんなに多くの魂が……」

 

「犠牲になっていくのはいつも弱い立場の奴らだ。それは昔から変わらない」

 

吐き捨てる様にそういうデゼルだが───

 

「変えますよ」

 

「……お前」

 

「変えてみせます。必ず」

 

小さく、しかし力強くアリーシャは天へと昇っていく魂を見送りながら自身に言い聞かせる様にそう言い切った。

 

「あぁそうだな。変えて行かなきゃいけない。絶対に」

 

そんな彼女を見て晴人はその言葉を肯定して薄く微笑む。

 

「まったく……あんたら二人はいつも真面目よね……」

 

そんな中、天へと昇る霊を見つめていたエドナはアミィの心境を案じ振り返り───

 

 

 

 

 

「アミィ、大丈───え?」

 

そこにある光景に呆然とした声を漏らした。

 

「エドナ様?どうかしたのです……なっ!?」

 

「アミィ……それ……」

 

その声に釣られ振り向いた一同も思わず困惑の声を漏らす。

 

そこには身体から淡い輝きを放ち足元がまるで何もなかったかのように透け始めたアミィの姿があった。

 

「アミィさん?これは一体……」

 

「ちょ!?一体どうなってんの!?」

 

「……なるほど、そういう事か」

 

驚く一同。だがデゼルはどこか合点が言ったかの様に冷静な言葉を発した。

 

「デゼル!どういう事!?」

 

その意味を問うロゼ。それに対してデゼルは落ち着いた様子で言葉を続ける。

 

「アミィから妙な感覚がすると言っただろ。その正体は掴めなかったが今ようやくわかった。その娘は……もう死んでいる」

 

「へ?は?どいういう事?だってアミィは……」

 

デゼルが発した言葉の意味がわからずなおの事混乱するロゼ。他の面々も皆同じ様子を見せる。そこにアミィが口を開いた。

 

「黙っていてすいません……あの時それを言ったら皆さんを困らせてしまうと思って……」

 

「アンタ……」

 

「私、思い出したんです。大人の人たちに連れてこられて……捨てられて……お腹が減って……道も分からなくて……何日も歩き続けて……」

 

その時の事を思い出したのか震える声でアミィは自身の過去を語る。

 

「何日かして……見つけたんです……お兄ちゃん達が倒れているのを……友達はもうみんな息をしてなくて……お兄ちゃんも声をかけても私の事がわからないくらい弱ってて……」

 

それはまさしく絶望的な状況だったのだろう。大切な家族が目の前で命を失いかけ、自分には何もできない。

 

その痛みはこの場にいる者たちもよく理解できる。

 

「お兄ちゃん……そのまま息をしなくなって……そして……」

 

「その子たちから憑魔が生まれたのですね」

 

「みんなの泣き声がしたんです……たすけて、寂しい……怖い……あの牛の怪物からお兄ちゃんや友達の声が聞こえて……私……何がなんだかわからないけど誰でもいいから助けを呼ばなくちゃって」

 

そのアミィの言葉に一同は思わず息を呑んだ。

 

絶望的な状況だった筈だ。自身は弱り友達や兄の死を見せつけられ訳もわからない状況でそれでもアミィは絶望に足を止めなかった。

 

それは、ものを知らない子供の純粋さ故の強さだったのかもしれない。

 

だが、それでも───

 

「助けを呼ぼうとして逃げ出して、でも自分の居場所も分からなくて……どんどん身体が重くなって……最後に覚えてるのは……この遺跡に辿り着いた事です……」

 

「それって……」

 

 

 

 

「そしてその娘はこの遺跡の近くで息を引き取った」

 

スレイが言い淀んだ言葉は突如背後から発せられた声に遮られた。

 

「パワント様……」

 

そこには出会った時の軽い調子は鳴りを潜め、重く落ち着いた声で語るパワントの姿があった。

 

「元よりこのアイフリードの狩場は人里離れた僻地。災厄の時代において口減らしの為にこの地に人を捨てる忌まわしい行いが一部の村で行われていた」

 

「……やはり、そういう事だったのですね」

 

一同が予想していた通りの残酷な真実、その事実にアリーシャは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。

 

「そうか……!遺跡の中で見つけたボロボロの木馬も!」

 

「うむ、この神殿に引き寄せられ封じられたミノタウロスの持っていたものだ。子供達と共に捨てられたのだろうな」

 

そのパワントの言葉にスレイは訝しげな表情を浮かべる。

 

「え、でもあの木馬って……」

 

「かなりの年月が経過してるように見えたというんじゃろ。それはそうじゃ、10年以上の月日が過ぎているのじゃから」

 

その言葉に一度は驚きに目を見開く。

 

「あ……そうか、オレたちはアミィの話を聞いてアミィ達が捨てられたのは最近の事だと思ってたけど……」

 

「ずっと前の話だったという訳か」

 

その言葉にロゼが何かを思い出したのかハッとした表情をうかべる。

 

「思い出した!アミィが言ってた村!どこかで聞いた覚えがと思ってたけど何年も前にあの地域にあった村が災厄の影響で廃村になったって!」

 

現存している村以外を頭の中から除外していたロゼは自身の中にあった違和感の正体に気がつく。

 

「実際は10年以上前の話じゃ。その娘は弱りきった姿でこの遺跡に辿り着いた。ワシが見つけた時には既に手の施しようも無いほどじゃった。だが……」

 

言葉を切り、パワントはアミィへと視線を向ける。その意図が分かったのかアミィは小さく頷くと経緯を語り始めた。

 

「私、意識が消える時に願ったんです。みんなを……お兄ちゃんを助けて欲しい、もう一度会いたいって……」

 

その言葉にライラとザビーダが反応する。

 

「まさか、その願いで?」

 

「加護の力で自分の魂をこの地に留めたって言うのかよ」

 

その言葉にパワントが頷く。

 

「その通り。その娘の強く純粋な願いにワシの加護が与えられ、そして、その力でその娘の魂はこの地に留まり待ち続けた。願いを叶えてくれる存在の来訪を……」

 

「だが、20年前を境に新たな導師は現れていない。だからその娘の魂はこの遺跡の中でひたすら耐え忍ぶしかなかったという訳か」

 

デゼルの言葉にパワントは再度、重々しく頷いた。そんな時、アミィが再び口を開く。

 

「でも、待っていた意味はありました」

 

「あんた……」

 

「辛かったし、怖かったです。本当に助けが来るのかって不安で、死んだ時みたいにどんどん意識が薄くなって来て、色んな事も思い出せなくなっていて……そんな時、エドナさん達が来てくれたんです」

 

加護の力を持ってしても死者の魂を留める事は容易では無かったのか、晴人達が出会った時、アミィの記憶が朧げになっていたのは魂が限界が近づいていた証拠だろう。

 

それでも───

 

「ありがとうございます。お兄ちゃん達を助けてくれて……私の願いを叶えてくれて……」

 

理不尽で悲劇的な死を迎えた少女はそれでも笑った。

 

なんの陰りも無い純粋な笑顔で。

 

「あ、あれ……」

 

その時、アミィの瞳からぽろぽろと涙が溢れた。

 

「お、おかしいな……嬉しいはずなのにどうして……」

 

両手で拭っても涙は止まらない。

 

緊張が緩んだからか、それとも兄や友達が解放されたことによる喜びか、或いはそれを含めた様々な感情が混じり合い溢れ出したのか。

 

10年以上孤独に戦い続けた少女はその重荷から解放され涙を流した。

 

そんな少女にエドナ静かに歩み寄り……

 

「え、エドナさん……?」

 

エドナは少女を優しく抱きしめた。困惑するアミィだがエドナは子供をあやす様に抱きしめながら片手で頭を撫でる。

 

「いいのよ。アンタは頑張ったわ。だから今は泣いても良いの」

 

「っ!……ありがとうございます」

 

優しく、諭す様な声でそう言われたアミィは瞳を潤ませながら手を回しエドナへと抱きつく。

 

抱きしめられた胸の中でアミィは小さく、背負っていた想いを吐き出す様に泣き続けた。

 

だが……

 

「あっ……」

 

アミィの願いは叶えられた。それはつまり加護が力を失い魂がこの地へと留まる事ができなくなるという事だ。

 

アミィの身体が淡く輝き身体がさらに薄まっていく。

 

「もう時間みたいです……」

 

涙を拭いアミィはエドナの手を名残惜しそうに抜け出す。

 

「あっ……」

 

振り向き天を見上げるアミィ。そこで彼女はある事に気がつく。

 

天へと昇っていくつもの魂。その中に一つ留まる魂があった。

 

薄らと見える人のシルエット。アミィはその人物をよく知っていた。

 

「お兄ちゃん……!」

 

まるでこちらを待つかの様に空に浮く少年を見てアミィは喜びの声を上げる。

 

「行きなさい」

 

その背を押す様にエドナが声をかける。

 

「エドナさん……」

 

「……全部伝えて来なさい。文句も謝罪も感謝も……」

 

そう言ってエドナは微笑みを浮かべる。

 

優しく可憐な花の様な笑顔を。

 

その言葉にアミィは頷き、それからおずおずともう一度口を開いた。

 

「あの……」

 

「ん?どうしたのよ?」

 

「私、さっき休んだ時にエドナさんのお兄さんの事を勝手に聞いてしまって……」

 

「何よ今更、別に今更そんな事で怒らないわよ」

 

「いえ、それもあるんですけど……」

 

「何よ歯切れ悪いわね」

 

言い淀むアミィにエドナは訝しげな表情を浮かべるが、アミィは意を決して言葉を発した。

 

 

 

「あの!正直細かい事はよくわかんなかったんですけど……エドナさんは絶対お兄さんを助けられると思います!」

 

その言葉にエドナは思わず目を見開いた。

 

「ただ助けを待っているだけしかできなかった私をエドナさん達は見つけ出して助けてくれました。そんなエドナさん達ならきっと……だから───」

 

それは事情も知らない少女の無知で無責任な言葉だった。

 

エドナの苦悩も焦燥も何も知らない、なんの確証もなく吐き出された言葉。

 

だけれども───

 

「エドナさんも希望を捨てないでください!エドナさんがお兄さんと仲直り出来ることを私も祈ってますから!」

 

その言葉は確かにエドナの胸に温かく響いた。

 

「……ふん、当然よ。」

 

だから彼女はいつもの調子で言葉を返した。

 

いつもの様に強がって。

 

その言葉にアミィは嬉しそうに微笑み今度こそ兄の元へと向かおうとし───

 

「あ……」

 

「……今度は何よ」

 

またしても足を止めたアミィ。

 

エドナは何度も忘れ物して行ったり来たりする子供の様な行動にジト目で見つめる。

 

「あ、いやその……仲直りのプレゼント……結局取りに行けなかったなぁって」

 

その言葉に一同は少女がエドナの花を兄へのプレゼントにしたがっていた事を思い出す。

 

だが今更花を取りに行くことなど叶わない。

 

そこに晴人が思わぬ言葉を発した。

 

「なら俺に任せな」

 

「え?」

 

「10年間頑張り続けたアミィに魔法使いからのプレゼントだ」

 

そう言って晴人は取り出した指輪を装着しベルトへかざし───

 

 

 

 

 

 

【フラワー!プリーズ!】

 

 

「うわっ!」

 

「これは……!」

 

「こんなんもありなんだ……」

 

「綺麗……」

 

「素敵ですわ……!」

 

「へぇ、中々粋じゃねぇの」

 

一同は思わず感嘆の言葉を溢す。

 

そしてアミィもまた……

 

「うわぁ……!」

 

目を輝かせる少女の視線の先、そこにはエドナの花々が美しく宙を舞う美しく幻想的な光景が広がっていた。

 

舞い踊る花吹雪、その光景に息を飲むアミィに晴人が語りかける。

 

「こんな感じでどうでしょうかお嬢さん?」

 

戯けた様子でそう言った晴人にアミィは笑みを浮かべて返す。

 

「凄いです!こんな……私の願い……全部叶っちゃった……私……希望を捨てなくて良かった……」

 

満面の笑みを浮かべるアミィに晴人は微笑み返しながら手にした指輪へと視線を向ける。

 

「(ありがとな、シイナ)」

 

晴人は家族を想いこの指輪を作り上げた1人の少年へと心の中で感謝を告げる。

 

一方、アミィはもう一度、一同に頭を下げ感謝の言葉を口にした。

 

「皆さん……本当にありがとうございます!」

 

その言葉に一同は微笑みながらも少女が旅立つのを見送る。

 

 

「アミィ……」

 

「はい」

 

「手、もう離すんじゃないわよ」

 

エドナの言葉に笑顔で返したアミィは振り返るとその魂を兄の元へと向かわせる。

 

そして───

 

 

「お兄ちゃん!おかえり!」

 

二つの魂は寄り添い手を繋ぎながら天へと昇っていった。

 

 

 

─────────────────────

─────────────────────

 

数日後

 

 

 

「こんな感じでいいかな?」

 

「うん。上出来だと思う」

 

「あとはお供えものだね」

 

「食うなよ」

 

「食わんわ!流石にそこまで食い意地はってないっての!」

 

青空の下、一同は小さな名も無き廃村へ訪れていた。

 

彼らの視線の先にはいくつもの石造りの墓が鎮座している。

 

試練を終えた一同はパワントの協力の元、亡くなった子供たちを故郷にて眠らせてやりたいと遺品を可能な限り回収した。

 

パワントは快く、その申し出に協力してくれた。

 

パワント曰く、今回の試練は実力面に関しては最初から問題ないと感じていたとの事で、「天族と言うのは力をある水準で修めた時に身体の成長が止まる。つまりエドナちゃんはそれだけ早く力を制御できるようになった天才ということじゃ」と言っていた。

 

だからこそ無念の中で亡くなった子供達の魂にどれだけ寄り添えるか、生まれ持った才能に対して人を救う優しさを持ち合わせているのかを心の試練として見極めたかったとの事。

 

だからこそ晴人達の申し出を聞いた時、パワントは嬉しそうに笑いながら試練の合格を告げた。

 

「でも本当にここでいいのか?自分たちを捨てた村で弔うというのは……」

 

ミクリオはどこか複雑そうにそう問いかける。

 

「弔いなんて言うのは所詮は生きてる側の自己満足だ。正解不正解なんぞ俺達で決められるもんじゃない」

 

そんなミクリオにザビーダは淡々と返すが───

 

「いいのよ」

 

小さく、それでいてハッキリとした声でエドナはそう告げた。

 

「あの娘の暖かい日常は確かにここにあった。だからこれでいいの」

 

そう言ってエドナはアミィとその兄の墓に花を添える。

 

「エドナ様……」

 

憂いを帯びた表情を浮かべるエドナをアリーシャは心配そうに見つめる。

 

今回の試練でも結局、ドラゴンを元に戻す方法はわからなかった。

 

今回の試練でエドナの胸中を垣間見たアリーシャとしては彼女の心中を察してなんと声をかけたらいいのか躊躇われるものがあるのだが……

 

「ちょっと」

 

「ふぇ!? ひぇどにゃしゃま!?いひゃい!いひゃいです!?」

 

そんな彼女の考えが顔に出ていたのかエドナはジト目でアリーシャに近づくとその両頬を掴みグニグニと引っ張った。

 

「なに人の顔を見て辛気臭い顔してんのよ。言っとくけど、ワタシはあのエロオヤジからお兄ちゃんを助ける方法が聞けなかったからって凹んでなんかないわよ」

 

「ひぇ!?でしゅが!」

 

「凹んでないって言ったら凹んでないの。だからシケた顔をするのをやめなさい。それともなに?勝手に諦めムード出してるけどワタシの力になるって言ったのは嘘だったわけ?」

 

その言葉にアリーシャはハッとした表情を浮かべる。

 

「そんな事はありません!エドナ様の兄上のために力になれることがあるなら、私に出来ることがあるならなんでもする所存です!」

 

その言葉にエドナは楽しげに笑みを浮かべる。

 

「ならしゃんとして覚悟なさい。こうなったらアンタもチャラ男2号もお兄ちゃんを助ける為にとことん使い倒してやるんだから。今更吐いたツバは飲み込めないわよ?」

 

「っ!はい!任せてください!」

 

そう言って不敵に笑うエドナにアリーシャは力強く頷き返す。

 

そんな2人のやりとりを晴人、ザビーダ、ライラの3人は遠くから見つめていた。

 

「エドナちゃん、いつもの調子に戻ったな」

 

「ですが、エドナさんも心中ではまだ不安な筈ですわ」

 

「それでもいつもの調子で強がれるなら上等だろ。本当にヤバイのは強がる気力すら無くなった時だ」

 

「あぁ、それにエドナちゃんとアリーシャとも心なしか距離が縮まった感じだしな」

 

「えぇ!お二人とも以前より仲が良さそうに───」

 

そう言って晴人達は2人のやり取りを微笑ましそうに見つめるが───

 

「いい?言っておくけどワタシの力はあんなもんじゃないわ。力を貸す以上ちゃんと使いこなして力を引き出しなさいよ」

 

「は、はい!」

 

「この前の戦いで使った技なんてまだ序の口よ。ワタシの力を引き出せば更なる秘奥義が使えるわ」

 

「そ、その様なものが!それは一体どんな技なのでしょうか?」

 

「心して聞きなさい」

 

「はい!」

 

「その名も───」

 

「その名も?」

 

「震天裂空斬光旋風滅砕神罰割殺撃よ」

 

「……はい?」

 

「震天裂空斬光旋風滅砕神罰割殺撃よ」

 

「し、震天裂空斬光旋風めちゅ!?」

 

「何噛んでんのよ、そういうあざとい感じ求めてないんですけど?」

 

「は、はい!すいません!」

 

「ならもう一度、震天裂空斬光旋風滅砕神罰割殺撃」

 

「し、震天裂空斬光旋風滅砕神ばちゅ!?」

 

「やる気あるの?はいもう一回」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

「「……」」

 

「……なんか遊ばれてね?」

 

「距離、縮んだよな?……多分」

 

「え、えぇ……前より仲が良さそうですわ!……多分」

 

苦笑を浮かべる3人。

 

そんな3人の視線の先でエドナは一瞬だけ背後にある墓に視線を向ける。

 

 

 

───エドナさんも希望を捨てないでください!エドナさんがお兄さんと仲直り出来ることを私も祈ってますから!───

 

 

「ま、情けないところは見せられないわよね」

 

少女の言葉を胸にエドナは小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 




あとがき

今回の話の初期ぷろっと:「フラワーが使いたい」
やっぱ戦闘以外にも使えるっていいですよね魔法


以外セイバー感想
なりてぇ……
頭の中の文章を半日で出力出来る神山先生みてぇな普通じゃないホモサピエンスになりてぇ……


追記
鎧武ッッッ!新作おめでとう! ハァン-(^q^)-


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46話 落ちる声

いつもより早く更新しても1ヶ月ちょいとかマジないわー(令和の蓮並感)

というわけで最新話どうぞ


 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……楽しそうな乗り物……」

 

「まだ言ってるよ……」

 

「俺のバイクへの反応で薄々感じてたけどスレイの乗り物好きってあそこまでだったのか」

 

奇妙な形の岩肌が露出する峡谷地帯。

 

その中の開けた場所で一同は焚き火を囲い、休憩を取っていた。

 

そんな中どんよりとしたオーラを漏らすスレイに他の面々は苦笑いや呆れた表情を向けていた。

 

「だって!楽しそうだったし!あんなの見たら乗ってみたいじゃないか!」

 

「いやそんな力説されましても……」

 

「流石にそこまでのテンションにはなりませんわ……」

 

スレイがなぜこうなったのか、順を追って説明していこう。

 

火、水、地の試練神殿を攻略した一同は最後の秘力を手に入れるべく、風の試練神殿を目指しウェストロンホルドの裂け谷へと足を踏み入れた。

 

その道中、報告を受けていた強力な力を持つ憑魔と交戦、無事に浄化を果たしたまでは良かったのだがその憑魔が問題だったのだ。

 

憑魔の名はゴブリンロード。

 

小鬼の様な外見をした小型のゴブリン種の憑魔であり、移動式砲台の様な乗り物を使用して戦う珍しいタイプの敵だった。

 

子分である通称ゴブスナイパーと呼ばれる同じく移動砲台を使用するゴブリン種の憑魔と共に四方八方からの砲撃攻撃を仕掛けてくるのは見た目に反して中々の強敵だった。

 

そんな強敵相手の戦いであったがそんな中でスレイはゴブリン達の乗る移動砲台に対して「楽しそうな乗り物!」とまさかの乗り物好きが発動し、「浄化したらあの乗り物残るかな!」と期待を胸に浄化したのだが……

 

「残らなかったな」

 

「あぁ、残らなかった」

 

「残らなかったねぇ」

 

「はぁ……」

 

無情な言葉にがっくしと項垂れ溜息を吐くスレイ。そんな彼をロゼは面倒そうにジト目で見つめる。

 

「あぁもう!さっきから溜息ばっかで面倒臭い!ハルト!」

 

「ん?なに?」

 

「いつまでもあの調子だと気が滅入る!バイクとかよくわからん乗り物持ってるんだし、それ以外にもなんか面白い乗り物の話とかあるっしょ!?それでスレイをあやして!」

 

そんなロゼの言葉に晴人は困惑した表情を浮かべる。

 

「いやいや……あやしてってそんな子供の読み聞かせみたいなので───」

 

「ハルトの世界の乗り物!?どんなのがあるんだ!?」

 

「食いついたよ……」

 

さっきまでの落ち込みようは何処へやら、子供のように目を輝かせて晴人に期待の眼差しを向けるスレイ。そんな彼に晴人はガクッとコントのような反応を見せる。

 

「と言ってもなぁ……前にバイク乗せた時に車の話は聞かせたろ?」

 

「うん!要は馬無しで動く四輪車なんだよね?」

 

実は以前、レディレイクでバイクに乗せた時の雑談で晴人はスレイに自分の故郷にはバイクの他に車という乗り物があること自体は聞かせていたりする。その時もスレイは乗ってみたいと目を輝かせてはいたが……

 

さて、どうしたもんかと晴人は記憶を探っていく。そして───

 

「面白い乗り物……面白い乗り物…………あっ、ロボットとかどうだ?」

 

ポンと手を打ち。そう告げた晴人に一同は首を傾げた。

 

「ろぼっと……?」

 

「なにそれ?」

 

「私も聞いたことがありませんわ」

 

当然ながら人間組は勿論、天族のライラですら意味が分からずキョトンとした表情を浮かべる。

 

「いやまぁ俺もそんなにちゃんと語れる訳でも無いけどさ。昔一緒に戦った奴の中に使ってる奴がいたんだよ。こっち基準だとなんて説明したらいいかな……絡繰仕掛けで動くデカイ人型の乗り物?みたいな?」

 

「大きい……」

 

「人型の……」

 

「絡繰……?」

 

想像力のキャパを超えているのか一同は頭の上に「???」と浮かびそうな表情で首を傾げる。

 

「そうなんだよ。馬鹿でかい恐竜達が変形して合体してさ。なんかよくわかんないけど俺の操縦席もあったから勢いで乗り込んで一緒に操縦して戦うことに───」

 

「ハルト」

 

「ん?」

 

「すまない、君が何を言っているのかさっぱりわからない」

 

一同を気持ちを代表しアリーシャは真顔でそう言った。

 

「えぇっと……まずキョウリュウってなに?」

 

そんな素朴な疑問を漏らしたロゼにライラとエドナが答える。

 

「恐竜というのは古代に生息したと言われる巨大な生物の事ですわ」

 

「寒くて絶滅したとか語り継がれてるけどね」

 

「え?変形して合体しちゃう巨大な生き物がそんな昔にいたの?古代こわっ……」

 

「いえ、変形も合体もしませんわ」

 

「いるわけないでしょ、そんな生物」

 

容赦の無い2人からの言葉にロゼとアリーシャはジト目で晴人へ疑いの眼差しを向ける。

 

「ハルト?もしかして私たちを揶揄ってないか?」

 

「ハルトの故郷から見たらあたし達が田舎者だからって適当言ってない?」

 

「いやマジなんだけど」

 

「マジなわけあるか!変形合体する生き物がどこにいるのさ!」

 

「そんな事言われても俺のドラゴンも変形してるし」

 

「そういえばドラゴン殿は変形していたな……」

 

「え!?あのドラゴン変形すんの!?」

 

「エドナさん……私達の知識が間違っているんでしょうか?」

 

「自分を見失うんじゃないわよ。そんなわけないでしょ。というか嫌よそんな古代」

 

晴人の言葉に自分の中の常識がここにきて揺らぎ動揺する女性陣。そんな彼女達の反応に晴人もチョイスをミスったかと少しばかり反省する。

 

「俺の見てきた中でトップクラスに面白い乗り物だと思ったんだけど……」

 

「とばし過ぎだよ!もっとマイルドなやつないの!?」

 

「マイルドねぇ───」

 

ロゼの言葉に晴人は真面目に思案する素振りを見せ───

 

 

 

 

 

 

「一緒に戦った奴に馬鹿でかいスイカが変形するロボットに乗ってた奴が───」

 

その言葉を言い切る前にガシッとアリーシャが晴人の両肩を掴み───

 

「ハルト」

 

「ん?」

 

「君は……疲れているのか?」

 

本気で心配そうなトーンと表情でそう問いかけられた。

 

「スイカ?スイカってあの畑で取れるスイカ?」

 

「スイカが……変形?」

 

「ハルトさん?やはり私たちを揶揄ってるのでは?」

 

遂にはエドナとライラからも疑いの眼差しが向けられる。

 

「いやマジなんだけど」

 

「マジなわけあるか!? スイカが変形って何!? そもそも果物が変形するとか余計にさぱらんわ!」

 

「スイカは食品的には果物だが園芸的には野菜扱いだぞ」

 

「永遠に続く論争ってやつだな」

 

「今そこはどうでもいい!……ってデゼル?」

 

うがー!と頭を抱えるロゼだが、かけられた声に振り向くとそこには鍋掴みをはめて湯気が沸き立つ大鍋を手にしたデゼルとその横に木製の皿を抱えたザビーダの姿があった。

 

「俺様達に料理やらせてる間に随分と盛り上がってるじゃん」

 

「とりあえずそこまでにしておけ、食い終わったら休憩も終わりだ」

 

そう言って鍋を置いたデゼルは手早く器に鍋の中身、シチューを注いでいく。その脇でザビーダも切り揃えたパンを別の器に入れ、「ほらよ」と軽い調子で女性陣に渡していく。

 

「おい、そこの2人も止まれ」

 

そう言ってデゼルはスレイとミクリオへ声を飛ばす。

 

当の2人はというと───

 

「恐竜が変形、合体ってどういう事だと思うミクリオ?」

 

「あの言い方だと僕たちの思い描く恐竜ではなくハルトのドラゴンの様な特殊な存在なんじゃないだろうか」

 

「あぁ確かに、晴人のドラゴンも金属的な感じだもんな」

 

理解の範疇を越えた話に匙を投げていた女性陣と違い割と大真面目に晴人の発言について語り合って考察していた。

 

「おい、飯の時間だ。無駄話は後にしてさっさと来い」

 

「うわぁ、なんかオカンちっく」

 

「うるせぇぞ」

 

デゼルとロゼがじゃれ合ういつもの光景を見ながら一同は焚き火を囲み食事を始める。

 

「そんじゃ、いただきます」

 

食事を前に一言を添えてシチューを食べ始める晴人。他の面々も後を追うように一言告げ食べ始める。

 

「……上手い」

 

シチュー口にした晴人は思わずそう零した。

 

料理に関しては男の一人暮らしレベルの最低限の知識と腕しかない晴人だがそんな彼でも違いを感じるレベルで今、口にしたシチューは美味しいと言える代物だった。

 

他の面々も同様なのか皆、心なしか良い表情でパンを食べる合間にシチューを掬っている。

 

「デゼルって料理得意なんだな」

 

「ふん……この程度は大したもんじゃない。それにお前の魔法のお陰で道具にも不便しないからな」

 

感心した様子でそう言った晴人の言葉にデゼルはなんて事のない様にそう答える。

 

彼の言う通り屋外での調理に使う器具などは一通り買い揃えた上で晴人がコネクトの魔法で都度取り出している。

 

そのおかげで運搬の苦労も無く野営で普通より凝ったものが作れるのは事実ではあるが言い方からしてデゼルなりの照れ隠しみたいなものなのだろう。

 

「おいおいハルト、俺も作るの手伝ってるんだぜ?」

 

そんな会話にザビーダが割り込む。その言葉に晴人は真顔で返す。

 

「お前に関してはホント意外だわ。なんか骨付き肉を丸焼きにして齧りついてそうな外見してんのに」

 

「ひでぇ言われようだな……」

 

「大体半裸なせいだと思う」

 

「ワイルドな外見のイメージが先行して調理を普通にできる姿に違和感しかもてない」

 

晴人に続きスレイとミクリオからも同じような意見が飛んできてザビーダは思わず苦笑する。

 

「まぁ確かに大昔は料理の作り方なんざよくわからなかったのは確かだよ。天族は飯食わなくても生きていけるし、なんか食いたければ買えば良いしな」

 

「へぇ、じゃあ何があって料理に興味持ったんだよ」

 

「……ずっと昔、憑魔に襲われて親を亡くしたガキどもを拾った事があってな……人間だから当然何かを食わないと生きていけないんだが当時の俺は料理の作り方なんざ全くわからなくてよ」

 

どこか懐かしむようにザビーダは言葉を紡ぐ。

 

「てなわけで、俺は風の力で探してみたのさ、ガキどもを満足させられような美味い料理を作れる人間をな。そしたら風に乗って美味そうな匂いが俺の元に届いたんだよ」

 

楽しげに語るザビーダの言葉に一同は何も言わずに耳を傾ける。

 

「こりゃ間違いねぇと匂いの元へ辿り着いたら屋台で料理売ってる夫婦を見つけてな、ちょうど良いと思って風を使って屋台ごとガキどものとこまで御同行してもらったのさ」

 

「……あの、それは誘拐では?」

 

ザビーダの言葉に生真面目なアリーシャはおずおずと問いかける。

 

「ハハッ!堅いこと言うなよアリーシャ、人助けの一環さ。その夫婦も理由を話したら協力してくれたさ」

 

だがザビーダは楽しげに笑いながらあっさりとそれを受け流した。

 

「拾った時は何語りかけても生きてるだけの抜け殻みたいに反応しなかったアイツらが2人の作った料理を口にしたら少しずつこっちの言葉にも反応するようになってくれてな……大したもんだと思ったよ。まるで魔法だ」

 

そう言ってザビーダは一度話を区切り手元のパンを頬張る。むしゃむしゃと咀嚼し飲み込みザビーダは再び口を開いた。

 

「最初の頃は飯食って元気が出たから口をきく様になったんだと思ってた。でも暫くしてそれだけじゃ無いって気がついた。あの夫婦の料理はきっとガキどもの傷を癒したんだ。俺の天響術じゃ癒せなかった見えない傷をな」

 

そう言って今度はシチュー口に運びザビーダは噛み締めるように味わう。

 

「まぁそんなこともあってそれから俺なりに勉強してみたんだよ。なにせ寿命は長えからな。どうよ、中々のもんだろ?」

 

そう言ってニヤリと自慢げに笑うザビーダ。

 

「そうだな……人の心を救うのは案外そういうもんだ」

 

その言葉に晴人もまた薄く微笑むが───

 

「───まぁ、一番料理覚えて得したのは案外ナンパに便利な事なんだけどな!いやぁ、料理ができる男ってのは案外女ウケ良くてよぉ!」

 

数秒前までのイイハナシ風な空気はどこへやら、ガハハとばかりに笑うザビーダに一同がガクッとズッコケる。

 

「素直に良い話だと思ったのに……」

 

「ザビーダらしいと言えばザビーダらしいオチだが」

 

ジト目でザビーダを見つめるスレイとミクリオ。一方で何故かロゼは疑いの眼差しをデゼルへと向ける。

 

「……なんだ?」

 

その圧に気がついたのかデゼルが小さくため息をつくと面倒くさそうに問いかける。

 

「いや……アンタもナンパ目的で料理上手くなったのかなって」

 

「一緒にすんな!」

 

思わぬ風評被害発言に声を荒げるデゼル。そんな彼にロゼは笑みを浮かべる。

 

「ジョーダン!ジョーダンだって!……でもなんだろ……この味付け……」

 

「ん?どうかしたのかロゼ?」

 

シチューを見つめながらまるで喉に魚の骨でも引っかかった様な表情を浮かべるロゼにアリーシャはどうしたのか問いかける。

 

「いやね、なんかこのシチューの味付けがどことなく懐かしいような知ってるような……」

 

「デゼル様とザビーダ様が作った料理が……?」

 

「うん、おっかしいよね。2人の料理食べるのなんて初めての筈なのに」

 

そう言って首をかしげるロゼ。

 

「……ふん、あんなドーナッツを作る料理音痴のお前だ。気のせいだろ」

 

そこに以前のドーナッツ作りを引き合いに出したデゼルからの辛辣な言葉が飛ぶ。

 

「はぁ!?誰が料理音痴で味音痴じゃい!?あの時は偶々調子悪かっただけだし!別に料理できるし!あたしは女子力の塊だし!」

 

グサリと刺さった容赦の無い言葉にロゼが怒りの反論をぶつける。

 

「……料理音痴」

 

「あぁ!?アリーシャさんに流れ弾が!?」

 

「まぁなんだアリーシャ、初めてなんて誰も上手くやれないもんだから気にすんなって」

 

一方でデゼルの言葉が流れ弾となり派手にぶっ刺さり項垂れるアリーシャ。凹む彼女をライラと晴人が励ます。

 

ドタバタとし始めた一同。そんな中、黙々と料理を食べ進めている人物が1人。

 

 

「ごちそうさま」

 

手を合わせ、食事を終えたエドナの言葉は誰にも聞こえる事なく風に溶けていった。

 

 

─────────────────────

 

一悶着を終え再出発した一同、そんな中晴人は周囲を見回してふと何かに気がついた様に口を開いた。

 

「しかし、さっきから思ってたけど妙な形をした谷だな」

 

その言葉に釣られて一同も晴人の視線を追う。

 

「確かに変な形だよね」

 

「確かに……まるで何かに抉り取られたような……」

 

ウェストロンホルドの裂け谷。

 

晴人が見上げた聳り立つ崖はその中腹辺りからまるで穴空きチーズの様に何かで抉られた様な不自然な形状をしている。

 

それも偶然その箇所がというか訳では無い。辺りの崖の殆どが同様の共通点が見られるのだ。

 

「この谷の妙な形は大昔に風の天族の天響術で削り出して作られたものって言われてるらしいぜ。地形の影響もあって絶えず風が吹いて風の試練神殿を作るには相応しい場所ってわけだ」

 

そう語るザビーダにスレイとミクリオは目を輝かせる。

 

「削り出した!?この一帯全部!?」

 

「これは興味深いな、どの様な意図でそんな事をしたのか、調べ甲斐がある」

 

楽しそうに考察トークを始める2人のだがそれを見るロゼは心底どうでもよさそうに冷めた目をしていた。

 

「まーたやってる……」

 

「そういうお前は日に日に反応が薄くなっていくな」

 

「だってこれまで話聞いてきてこの世界の不思議要素の原因って殆ど天族か憑魔じゃん。もう全部『天族か憑魔の仕業だ!』でいいんじゃないかな的な」

 

「投げやりですわね」

 

「だって実際そうじゃん。きっと雨の日に店に買い物しに行って帰るときに置いておいた傘がパクられてたり、丸めてしまっておいたロープをいざ使おうと取り出そうとしたらめちゃくちゃこんがらがってたり、あたしがこの前ドーナッツ作りをミスったりしたのも実は天族か憑魔の仕業なんだよ」

 

「どさくさに紛れてしょーもない冤罪被せるのやめてもらえる?」

 

軽口を叩き合いながら歩んでいく一同。その時、歩む道の先に数名の人影を発見する。

 

「あれは……ローランス軍の人か?」

 

銀の鎧に赤の装飾が施された装備は見間違えるまでもなくローランス軍のものだ。王都からも離れた辺境の奥地になぜ彼らがいるのかと一同は訝しむ。

 

一方でローランス軍の者たちも晴人達の存在に気がつき此方へと歩み寄ってくる。

 

「おい!ここは立ち入り禁止だ。くだらない言い伝えで命を粗末にするんじゃ───」

 

怒りを滲ませた剣幕でそう言い放ってきた彼らに一同は思わず目を丸くするが彼方も何かに気がついたのか言葉を止めて一同の事を観察する。

 

「その服装……まさか導師スレイ殿とアリーシャ様!?」

 

「えっ、そうだけど」

 

「それがどうしたのでしょうか?」

 

困惑しながらもその言葉を肯定する2人に数秒前の剣幕はどこへやら兵士は顔を青くし、ものすごい勢いで頭を下げる。

 

「も、申し訳ありません!話は伺っています!天族の方や我が国のために尽力してくださる方々にご無礼を───」

 

そう言って再度深々と頭を下げようとする兵士たちを一同は慌てて止める。

 

「あの、オレ達は気にしてないから」

 

「貴方達は職務を全うしていただけですわ、あまり気になさらないでください」

 

スレイやライラの言葉に兵士は安堵したように胸を撫で下ろす。

 

「そう言っていただけると助かります」

 

「ですが、この様な場所で一体なにを? 今の言い方だと遺跡を荒らす盗賊への巡視隊というわけではないのですよね?」

 

────『くだらない言い伝えで命を粗末にするんじゃ───』────

 

先程兵士はそう言った。アリーシャはてっきりハイランドでも頻発している遺跡荒らしへの対抗措置としての任務を行なっているのかと思ったがどうやらそれだけでは無いらしい。

 

アリーシャのその問いかけに兵士は一瞬躊躇うも事情を説明し始めた。

 

「確かに遺跡の巡視も任務の一環ではありますが、このウェストロンホルドでは別の問題がありまして……」

 

「別の問題?」

 

兵士はそういうとある場所を指さす。

 

「あれを見てください」

 

「ん?なんだあれ?」

 

兵士が指さした先、そこには不揃いの大きな石が不自然に積み上げられた石柱がいくつもあった。その意図が分からず晴人は困惑する。

 

「何あれ?あれも大昔の天族が作った的なやつ?」

 

「いや、あのくらいの石を重ねるだけなら人間でも複数人いれば可能だろう」

 

「どう思うミクリオ?オレにはお墓とか慰霊碑みたいなものに見えるけど」

 

「僕も同感だ。この様な場所だからこそ辺りのものを使って簡易的な形で拵えたのだと思う」

 

スレイとミクリオの推察に兵士はゆっくりと頷く。

 

「その通りです。この地域には古くから『自身を捧げて地霊に祈祷する』という信仰があるのです。自身の罪を洗い流す、或いは願いを叶える為に救いを求め命を捧げる……」

 

「……要は生贄の風習ってわけね。気分の悪い話だわ」

 

エドナは嫌悪感を滲ませて吐き捨てる様に小さく言葉をこぼす。その言葉に兵士達も頷く。

 

「我々も同感です。最近ではそういった風習は廃れてきてはいるのですが、今の災厄の世においてはそういった信仰に縋る者が絶えないのも、また事実です。他者を生贄に捧げる者、或いは信仰の為に自身を捧げようと、このウェストロンホルドの奥にある『生贄の塔』を目指す者たちを見つけ止める事こそが私たちの任務なんです」

 

そう言って、「しかし」と兵士は苦虫を噛み潰した様な表情を見せる。

 

「やはりどうしても人手不足が問題でして。この地が王都から離れた厳しい僻地なのもありますが完全にそういった者たちの侵入を防げていないのが現状です」

 

兵士は自身の力不足を嘆く様にそうこぼした。

 

─────────────────────

 

「…………」

 

兵士との会話を終え試練神殿へ向かうのを再開した一同、だがその表情は暗い。

 

「生贄か……」

 

「馬鹿げてる!生贄なんて捧げられて天族が喜ぶ筈が無いだろう!」

 

「頼まれても要らないわよ。人間の命なんて」

 

怒りを露わにするミクリオ、同様に嫌悪感を見せるエドナ。

 

前回の地の試練神殿での子供達を捨てる行為といい、そういった忌まわしい風習に思う所があるのだろう。

 

「ふん……捧げるだの救いだの言っているが、要は弱い奴の逃げ道だろう」

 

デゼルもまたそういった行為をバッサリと切り捨てる。

 

「死ぬ事が逃げ?」

 

その言葉にスレイが思わず聞き返す。

 

「死ぬ事より辛い現実なんて幾らでもある。この災厄の世なら尚更な」

 

「あたしには理解できないけどね。死んだら終わり、楽しい事も何もないって思っちゃうし……そりゃまぁ命を捧げて死んでいった人たちとあたしの人生は別もんだし簡単に比べられるもんじゃ無いけどさ」

 

デゼルの言葉にロゼはそう返す。その言葉はどこまでも前を向いた彼女らしい言葉だった。

 

「自らを顧みず犠牲にする事はある意味、穢れとは正反対の行為とも言えますが……」

 

ライラは複雑な表情で言葉をこぼす。

 

「はっ!生贄が純粋だとでも?逃げた弱い自分にそれらしい『理由』で上書きして何かを成し遂げた気になりたいだけだろ」

 

「勿論、私も正しいとは思いません。ですが───」

 

「ですが、デゼル様。だからといって全てを否定するのは違うと思います」

 

ライラの言葉を遮りアリーシャが口を開く。

 

「私も生贄というものは認められません。ですがそこに至ってしまう者達の心を『弱かった』の一言で済ませてしまうのはきっと違うと思うんです」

 

「何が言いたい?」

 

「弱いの一言で済ませてしまったら、何も変わらない。その上でどうすれば別の道を示せるのか、そこに踏み込まなくてはいけない。私はそう思います」

 

それは個人ではなく人の上に立つ施政者であるアリーシャだからの言葉だろう。その言葉にデゼルはどこか皮肉げに笑う。

 

「ふん、で?どうするんだ?お前がその連中に朝から晩まで付き添って慰めて面倒を見てやるとでも?」

 

「それは……」

 

言い淀むアリーシャ。彼女とてまだ道を模索する若輩者だ。明確に答えを持ち合わせている訳でない。

 

だが───

 

「別にアリーシャがずっと付き添う必要も無ければ一人でなんとかしなくちゃいけない訳でもないさ」

 

いつもと変わらぬ口調で晴人が言葉を引き受ける。

 

「さっきザビーダの昔話でもあっただろ。人の心を救う切っ掛けなんて些細なものなんだ。『この道しか無い』って思い詰めて、自分一人じゃ別の道が見えなくなってる時、ほんの僅かなきっかけで道を踏み外さずに済む事だってある。そこに特別なものなんて必要無い」

 

そう言って晴人は笑う。

 

「誰だって誰かの最後の希望になれるんだ。そうやって少しずつ変えていくところから始めればいい」

 

その言葉にデゼルは小さく舌打ちをする。

 

「生きたいの一言も言えずに自分の命を自分で捨てて逃げる様な奴らを態々救いあげてやるなんざお節介にも程がある。俺には理解できん」

 

「そうかな?俺はデゼルがそんな冷たい奴には見えないけど?」

 

「そう見えるなら節穴も良いところだ」

 

そう言い捨ててデゼルは歩き始める。

 

「あー、なんかごめんね。アイツなんか定期的に悪ぶって空気悪くする呪いにかかってるとこあるから」

 

ロゼが毒を吐きつつもデゼルを庇う様に頭を下げる。だが晴人とアリーシャは気にした様子もなく笑って返す。

 

「気にしてはいないよ。デゼル様の言っている事だって間違ってはいない。むしろ国を背負う者として私が向き合わなければいけない問題なんだ」

 

「アイツの言い分だって別に的外れな訳じゃ無いしな」

 

そう返す二人にロゼが安堵した様に笑みを浮かべる。

 

「そっか、ありがと……こら!デゼル!勝手に一人で行くなっての!」

 

一言礼を言うとロゼはいつもの賑やかな調子に戻りデゼルの後を追う。

 

一同もその後に続く。

 

そして───

 

「うわぁ……」

 

「これまでも色々見てきたけどこいつ凄いな」

 

「うん、確かにこれなら信仰されるのもわかる」

 

裂け谷を越えた先、灰色の岸壁地帯を抜けたそこには純白の巨大な塔が待ち構えていた。

 

朽ちて色が褪せた印象を受けるこれまでの試練神殿と異なりまるで教会を思わせるような白塗り壁と壁の装飾は神聖な雰囲気を醸しており、太陽の光に照らされ聳え立つ神殿は一種の神々しさを放っている

 

「これが風の試練神殿、ギネヴィアか」

 

「たっか!どんだけあんのさこれ」

 

見上げると首を痛めそうな程に高い神殿にロゼが思わず顔を引き攣らせる。

 

「これを今から登るのかー……火の試練の時みたいに上下に動く床とかありますように」

 

「水の試練の時みたいな入り口に戻される罠があったりしてな」

 

「やめろー!思い出させるなー!」

 

水の神殿の罠を思い出してよっぽどトラウマなのか晴人の言葉にロゼが頭を抱えて叫ぶが

 

その時───

 

……ああ……あああ……ああ……

 

 

「……っ!何か来る!」

 

デゼルが何かに気がついた様に塔を見上げる。

 

呆気に取られる一同だが一瞬遅れてザビーダが反応する。

 

「やべぇ!人が落ちてきやがる!」

 

『なっ!?』

 

 

 

その言葉に驚愕する一同。頭上を見上げると───

 

 

「うわぁぁァァァ!」

 

一同の視界に声を上げ塔から落下してくる人間が飛び込んできた。

天へと聳え立つ巨大な塔。そこから身を投げた人間がどうなるのかなど議論する必要すら無い。

 

「ちぃっ!ザビーダ!合わせろ!」

 

「わかってるっての!ハルトォ!魔法だ!」

 

デゼルとザビーダは咄嗟に風を操り上空へと強風を吹かせる。

 

「きゃあ!?」

 

「ちょっと!?」

 

ライラとエドナがスカートが捲れ上がりそうになり咄嗟に抑えるがそれを気にしている余裕などない。

 

発生した上昇気流で落下する男性の勢いが減速する。

 

だが所詮は咄嗟に出した風だ。落下の勢いを殺し切る事は出来ずこのままいけば潰れたトマトがひしゃげたトマトに変わる程度の結果にしかならないだろう。

 

だが時間は稼げた。

 

指輪の魔法使いが魔法を発動する時間が。

 

【グラビティ!サイコー!】

 

地面に展開された黄色い魔法陣。

そこに落下した男性は地面と衝突する事なくまるで反発する磁石の様にふわふわとその身を浮かせ静止していた。

 

「あっぶねぇ……」

 

「危機一髪だな……」

 

安堵の息を漏らす晴人とザビーダ。

 

「大丈夫ですか!」

 

「怪我は!?」

 

「というか何、身投げなんてしてんの!」

 

心配と怒りを込めてスレイ、アリーシャ、ロゼが男性に駆け寄ろうとするが……

 

「ッ!止まれ!」

 

再度響くデゼルの叫び。

 

その瞬間、駆け寄るスレイ達と落ちてきた男の間に暴風が吹き荒れる。

 

「な、なんだ!?」

 

「強い穢れを感じます!」

 

吹き荒れた風が止む。

 

そこには───

 

「っ!憑魔!」

 

巨大な馬に跨った首無しの騎士が立っていた。







あと書き

今年はあと2回更新して風の試練神殿編終われる様に頑張ります。

セイバーの倫太郎と大秦寺さん面白い……面白くない?


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47話 罪と罰の中 前篇

前回のフジ「今年は後2話投稿して試練編終わらせます」
Q ほんとぉ?
前回のフジ「あぁ、俺は大丈夫だ!(賢人)」

後1話終わらなかったよ……






「っ!憑魔!」

 

目の前に現れた巨大な馬に跨った首無しの騎士。

問うまでもなく憑魔であるそれに対して一同は素早く得物を構え戦闘態勢に移る。

 

「変身!」

 

【フレイム! プリーズ! ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!】

 

晴人は正面へと展開された魔法陣に駆け出しウィザードへとその姿を変える。

 

【コネクト! プリーズ!】

 

ウィザーソードガンを取り出しウィザードは跳躍し馬に跨った騎士へと斬りかかる。

 

ガギィッ!!

 

騎士はその斬撃へ反応し醜悪な人の顔のデザインが掘り込まれた左手の盾でその攻撃を防ぐ。

 

『フン!』

 

攻撃を防いだ騎士は右手に持った槍でウィザードを貫くべく強力な突きを放つ。

跳躍し空中にいる状態で攻撃を防がれたウィザードは無防備にその攻撃を受けるしかない。

 

「フッ!」

 

だがウィザードは攻撃を防いだ盾に蹴りを放つと反動で後方へと宙返りしてその突きを躱す。

 

【フレイム!シューティングストライク!】

 

「《踊れよ風刃!エアスラスト!》」

 

空中で回転しながらソードガンをガンモードへと切り替えたウィザードは指輪を翳し銃口へと火の魔力を収束させ引き金を引く。

炎の弾丸が放たれると同時に後方で詠唱していたザビーダが放った複数の風の円刃が首無し騎士へと殺到していく。

 

だが首無し騎士は手に持った槍に風を纏わせプロペラのように回転させその攻撃を弾く。

 

「へぇ、やるじゃねえの」

 

ヒュー!と口笛を吹きザビーダが軽口を叩くが今の攻防から見ても目の前の首無し騎士は間違いなく油断できない強敵なのは明白だ。

 

一同は隙を見せず警戒してそれぞれが臨戦態勢を取るが……

 

「あぁ……天族様……そこにいらっしゃるのですね」

 

「ちょ!?何やってんの!?」

 

先程落下して来た男性が立ち上がり、あろうことか首無し騎士に向けて歩き出したのである。

ロゼが思わず驚愕の声を上げるが男性は気にした様子もなくふらふらとまるで灯に引き寄せられる蛾の様におぼつかない足取りで歩み寄って行く。

 

ロゼが慌てて止まれと注意を込めて叫ぶが男の耳にはその声は届いていないのか或いはこちらの存在など眼中には無いのか、まるで意味をなさない。

 

案の定、ふらふらと歩み寄る男に対して首無し騎士は存在しない頭部の視線を向ける様にその向きを男へと変える。

 

「あぁもう!」

 

苛立ちを隠そうともせずに声をあげたロゼは首無し騎士の注意を逸らすべく短剣を投擲する。

 

騎士はそれに反応したのか風を纏った槍を振るい、風の衝撃で短剣を弾き飛ばした。

 

「手出しはさせませんわ!」

 

「まったく手がかかるわね!」

 

その隙を突き、ライラが紙飛行機にした紙葉を複数放ち、首無し騎士を避ける様な軌道で飛ぶ紙飛行機は男の歩みを遮る様に地面へと刺さる。

 

「うわぁ!?」

 

次の瞬間、紙飛行機が刺さった場所が点と点を繋ぐように炎の結界が展開され男の歩みを止める。

 

更にそこへダメ押しとばかりにエドナが生み出した岩の壁が男を囲むように隆起し完全にその動きを阻害する。

 

「「ルズローシヴ=レレイ!(執行者ミクリオ!)」」

 

男の謎の行動を止めた隙を逃さずスレイはミクリオと融合し神依を纏うと水の霊力を纏った矢を放つ。

 

「「蒼穹の十二連!」」

 

拡散し生き物の様に標的を目指し殺到する水のホーミング弾。

 

それを見た首無し騎士は馬の手綱を引き馬へと指示を出す。

 

大きく鳴き声を上げた馬は勢いよく駆け出した。

 

何もない空間を踏みしめ上空へと───

 

「はぁ!?馬が飛ぶなあ!!」

 

殺到するホーミング弾の追跡を振り切り空を駆ける馬にロゼは思わず悪態をつく。

 

「逃がすと思うか!」

 

「ここで仕留める!」

 

その光景に思わず叫ぶロゼだが、逃さないとばかりにアリーシャは手に持った槍へと炎の魔力を収束させデゼルが詠唱を完了させる。

 

「魔王炎撃破!」

 

「《噛み尽くせ!腐れ狼!アベンジャーバイト!》」

 

炎の斬撃と風の顎が上空へと離脱した首無し騎士へと放たれ、そして───

 

 

轟っ!

 

次の瞬間着弾した風と炎は空中で大きな爆炎となり轟音を立て爆ぜる。

 

「やったか!?」

 

スレイは警戒しながらも爆風で舞い上がった土埃が晴れるのを待つ。

 

だが───

 

「……いない?」

 

土埃が晴れた時、そこに首無し騎士の姿は無かった。

 

「浄化できたのか?」

 

そう問いかける晴人だがアリーシャとデゼルは首を横に振る。

 

「いや、手応えはなかった。恐らくは……」

 

「あの首無し野郎。自分も風の攻撃を放って相殺して逆に爆炎を目眩しにして離脱しやがった」

 

仕留めきれなかったと苦々しげに言う2人。

 

「ですが、あの落ちて来た男性は助けられました」

 

「あぁ、深追いせずに、先ずはあの人を保護しないと」

 

ライラと晴人の言葉に一同は頷くと炎と岩による壁を解除し落ちて来た男性へと駆け寄る。

 

「コラァ!アンタなに考えてんのさぁ!?」

 

身投げに始まり憑魔へと歩み寄ろうとした行為に関してロゼが怒声をあげる。

 

他の面々も大なり小なり同じ事を思っているのだが仮にも身投げした人間を全員で囲んで責めるというのも褒められた事では無いと考え雰囲気の明るいロゼに注意役を任せる。

 

「ご無事ですか!?」

 

「どこか痛むところはございますか?」

 

アリーシャとライラが男へと声をかけるが男は心ここに在らずと言わんばかりに反応が薄い。

 

「あぁ、天族様……どこに行かれるのですか……」

 

「っ!この人!?」

 

「あぁ、やはり命を捧げ損なった私にお怒りなのですね……ならばもう一度……」

 

空を見上げ虚な目でそう語り続ける異様な雰囲気に一同は思わず怯む。

 

だが───

 

「いい加減にしなさい」

 

ドスっ!

 

次の瞬間男の首にエドナの傘が叩き込まれた。

 

「へぇ!?……はは……あはは……あはははははは!……な、なんだこれは!?はははははは!」

 

「エドナぁあ!?」

 

「ちょおい!?何してんの!?」

 

男の態度に苛ついたのかエドナが容赦なく笑いのツボに一撃を叩き込んだ。

 

男が困惑したのも一瞬、次の瞬間には荘厳な塔を前に大笑いする男とそれを囲む集団というシュールな絵面が展開される。

 

「感謝も謝罪も求めてないけどね。まともに見えもしない神様にぶつぶつ言う前に、目の前にいるこっち見てちゃんと話しなさいよ。腹が立つわ」

 

そう言って悪びれる事もなく不機嫌そうに言い捨てるエドナに一同は苦笑する。

 

男はしばらく笑い続け、それが少しずつ治ると息も絶え絶えになりながら漸くスレイ達に対して言葉を発した。

 

「はぁ……はぁ……あ、貴方たちは?」

 

エドナの行為は乱暴な手ではあったが効果的だった。先程はこちらを真っ当に見ていなかった男は困惑という感情ではあるもののこちらへと注意を向けている。

 

「えぇっとオレはスレイって言います。一応、導師としての使命でここに来たんですけど……」

 

その言葉に男は目を大きく見開く。

 

「貴方様が噂の導師!?では、貴方は天族様とも会話ができるのですよね!?」

 

「え? それはまぁできるけど」

 

どこか興奮した様子で捲し立てる男にスレイは思わず困惑しながらもその言葉を肯定する。

 

「でしたら、どうかお伝えください!今回は命を捧げ損なってしまって申し訳ないと!今一度この塔を登りすぐにでも!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

明らかにまともじゃない男の発言をスレイは狼狽しながら遮る。

 

「伝えるも何も、アンタの目の前で聞いてるし見えてるんですけど」

 

ボソリとそう言ったエドナの言葉に男が固まる。

 

「それは……どういう……?」

 

困惑しながら、切れ切れに言葉を吐き出した男にスレイとアリーシャが口を開く。

 

「えぇっとですね……信じられないかもしれないけど……」

 

「こちらにいる方々が貴方の言う天族の方たちです」

 

ライラ、ミクリオ、エドナの方へと視線を向けながらあっさりと、神秘性も何もなく「あ、この人たち天族です」と紹介され男は思わず目を丸くして固まる。

 

「まぁそういう反応になるわな」

 

「ペンドラゴの猫さんと違ってぱっと見、人間と変わらないし、いきなり言われても信じていいのかわかんないもんね」

 

晴人とロゼは苦笑いしながら男の反応を見つめる。だが、このままでもしょうがないと晴人は男に声をかける。

 

「信じられるかはわからないけどスレイの言ってることは本当だ。そして、あんたがさっき近付こうとしたのは天族じゃない。憑魔っていう別の存在だ。ちゃんと見えてないからわかんないだろうけどとてもじゃないが聖なる神様なんてもんじゃないぞ」

 

「ついでに言えば天族は生贄なんて求めてないわよ。わかったらとっとと家に帰んなさい。アンタが勝手に飛び降りて命を捧げたところで誰も喜びはしないのよ」

 

晴人の言葉を引き継ぎエドナが簡潔に容赦なく男に言葉をぶつける。

 

「ちょ、エドナ!言い方……」

 

「いや、アレでいい」

 

行いはどこまでも見当違いとはいえ仮にも命を捧げるほどの天族を信仰をしている相手に対して下手に刺激しない方がとスレイはエドナを止めようとするが、デゼルがスレイの肩に手を置きそれを止める。

 

男はエドナの言葉にがくりと脱力しその場に座り込む。

 

「で、では……伝承は?」

 

「真っ赤な嘘よ。アンタはどこかの誰かが言い始めた根も歯もないなんの意味もない伝承のために死のうとしてた」

 

「そ、そんな……」

 

その言葉に男は項垂れ震え始める。

 

神に命を捧げるという使命感が取り払われ、残ったのは有りもしない幻想の為に犬死にしようとしていたと言う事実。

 

それが今更になって男に死の恐怖を与えたのだ。

 

そんな彼の震える手が握り締められる。

 

「え……」

 

項垂れていた男が顔を上げるとそこには美しい銀の髪を靡かせた女性の顔があった。

 

「天族を信仰してくれる。その気持ちは嬉しいです。ですが、貴方には貴方の人生があるはずです。まずはそれを貴方自身が生きて大切になさってください」

 

 

「……はい」

 

そう言って優しく微笑むライラに男は少しだけ手に力を込めてその手を握り返し小さく頷いた。

 

 

─────────────────────

 

 

 

「あの人は大丈夫だろうか……」

 

その後、戦闘の轟音を聞きつけて駆けつけたローランスの警備兵に連れられ男は去っていった。

 

その背中を見つめながらアリーシャは心配そうにそう溢す。

 

真実を知っている側に立てば男の行為は根拠の無い噂話を鵜呑みにして死のうとした馬鹿げた行為にしか見えないかもしれない。

 

だが、男にとってはそれが心から信仰してきた命を捧げるほどの価値観だったのだ。

 

自殺も生贄も認める事はできないが、だからといってアリーシャにはそれを馬鹿げてるの一言で切り捨てる事はできなかった。

 

「難しいもんだよね。見えたら見えたで問題は起きるんだろうけど見えなきゃ見えないで別の問題が起きるんだからさ」

 

「見えないものってのはそれはそれで厄介だからな。昔からよくある話だ。有りもしない存在を頭の中で作り出してそこに犠牲が生まれる。それは信仰だけに限った話じゃない」

 

「それに関しちゃ耳の痛い話だな。俺の故郷でも今でこそ生贄なんてのは世間的には禁じられてるけど昔はそういうのが無かった訳じゃ無いみたいだし」

 

晴人のいた世界にも神への祈願を込めて生きた人間をそのまま埋める、沈めるといった人柱という風習は過去に存在している。

 

加えてややこしい事にこの世界は天族や憑魔という不可視で超常的な存在が確かに身近に実在しているのだ。

 

天族側からしたら一方的な見当違いで勝手に崇めて勝手に死なれるのだ。兵士達から生贄の話を聞かされた時のミクリオやエドナの様に怒りや嫌悪感を抱くのは当然の反応とも言える。

 

だが、だからと言って現状で天族や憑魔という存在の情報を正しく公表した所で不可視の存在や負の感情が生み出す怪物の存在に人々は恐怖を抱き別の問題が発生するだろう。

 

そして仮に今後災禍の顕主を浄化し災厄や憑魔の被害が減ったとしても人と天族の間に理解不足からくる大きな隔たりが存在している事は何も変わらないのだ。

 

人と天族が共に歩む。

 

その道の険しさの片鱗を見せつけられた気になりスレイやアリーシャは思わず顔を顰める。

 

「あぁもう!やめやめ!あたしたちは試練に来てんの!真面目に考えるのは否定しないけど今は目の前の事に集中!」

 

表情を曇らせた二人に対してロゼはどんよりとした雰囲気を察してか、流れを打ち切るように声をかける。

 

「……あぁ済まない。ロゼの言う通りだな」

 

「うん、まだ試練も終えてないのにウジウジ考えてもしょうがないよな」

 

ロゼの意図を察してか二人も自分の成すべき試練へと意識を切り替える。

 

「で?どうするよ?」

 

「とりあえず塔に入ってみますか?」

 

「多分、この高い塔を登らされるんだよねぇ……はぁ、ゲンナリする」

 

「お前たった今、目の前の問題に集中とか言っておいて……」

 

目の前の塔の内部への入り口と思われる扉を見ながら面倒臭そうに溜息をつくロゼにデゼルは呆れたような声を漏らす。

 

「いつもみたいに護法天族が現れないし取り敢えず塔に入るしかないよね」

 

「絶対めんどくさい仕掛けがあるよねぇ……あの外壁の階段から登っちゃだめなのかなぁ」

 

そう言ってロゼが指さした先には四角い塔の外壁に巻き付くように作られた階段がある。

 

「さっきの人はこの階段で一番上まで登ったんだね」

 

「まぁ塔の中はこれまでの事を考えたら憑魔と仕掛けだらけだろうしな」

 

「これ見よがしに安全な道を見せつけられるとさぁ、なんかこう……今からわざわざ危険な道を進もうとしてる自分になんとも言えない気持ちになって来ない?」

 

「言うほど安全そうか?人が1人通れるかどうかの幅で柵も無いぞ?」

 

「登ってる時にさっきの首無し騎士が仕掛けてきたら大惨事だな」

 

「というか、どのみちここを担当してる天族に認められなきゃ降りてもっかい塔を登り直す羽目になるだけだしな」

 

「はいはい、わかってますよ。ちょっと言ってみただけですよ〜だ」

 

相次ぐツッコミに気怠げにそう返すロゼ。

アリーシャ達はそれに苦笑しつつ塔の内部へと足を運んだ。

 

 

一同が塔の内部へと姿を消した事で辺りには谷へと吹く風の音のみが残される。

 

だが……

 

 

 

 

 

「………ここが身投げの塔」

 

信仰に惹き寄せられる者は後を絶たない。

 

皆が去った塔の前に新たに現れた人影はゆっくりと塔の外壁の階段を登り始めた。

 

─────────────────────

 

 

「外観から察してはいたが……」

 

「こいつは広いな。単純な土地としての広さならこの前の地の試練の方が上かもしれないけど屋内としての広さならこの遺跡が一番なんじゃないか?」

 

 

塔の構造自体はひたすら上へと伸びる直方体であり一番下の階であるこの場所は壁や柱による視覚的な仕切りも無いためフロアそのものが見渡せ、晴人達はその広さを実感する。

 

「壁には風の五大神、ハヤヒノの紋章。間違いなく風の試練神殿だな」

 

早くも遺跡の装飾などを調べて始めたスレイが一定間隔で壁に横並びに描かれた紋章を見てそう言葉を溢す。

 

「まぁここまで来て違っても困るからそれはいいんだけどさぁ……」

 

そんな中、ロゼは顔を引き攣らせながら零した言葉を一度切ると、深く息を吸い込み───

 

「なんじゃこの断崖絶壁はぁ!?」

 

ロゼが指差し叫んだ広大なフロアの中心部、そこにはフロアを分断するかのように真一文字に床が存在しないのである。

 

「うわ、底が見えないぞコレ……」

 

「向こう側への幅もかなりのものだ。普通の人間はまずこの時点でここを越えられないだろうな」

 

フロアを分断する崖を見下ろした晴人は途中から薄暗く底が見えないレベルの高さである事に呆れた様に声を漏らす。

 

「……どうやら上もそういう構造の様だな」

 

上を見上げるミクリオ。そこには壁から迫り出している一つ上のフロアの床とそれらの床を大きく分断する吹き抜けの存在が飛び込んできた。

 

さらにその隙間から僅かにもう一つ上のフロアも確認できるが、そこも同じ様な構造となっている。

 

つまりこの遺跡はどのフロアも基本的に普通の人間ではどうあっても跳躍しても届かないほどに離れた床と床を飛び越えて移動しなければならないという事だ。

 

「ミスったら塔の中だろうが真っ逆さまに落ちていくって訳だ」

 

「というか内部に柱も碌に無いのにどういう構造よコレ。あの広さじゃ普通なら落ちるでしょ。あの壁から出てる床」

 

「そこはまぁ天響術で作られてますから」

 

普通なら欠陥構造間違いなしのトンデモ構造に文句を漏らすロゼにライラは苦笑いしてそう答える。

 

「要はコレをいつも通り風の天族の力で突破してけって事だよね?」

 

そう言って一同の視線がデゼルとザビーダへと向く。

 

「まぁ、そういうこったな。てな訳で……」

 

ニヤリとザビーダは悪戯な笑顔を浮かべ───

 

『うわぁ!?』

 

「うおっと!?」

 

『キャア!?』

 

次の瞬間強烈な風がまるで見えざる手の様に一同を浮き上がらせ向こう側の足場へと移動させる。

 

「これぞ風の天族の便利技。『瞬転の迅』ってな、どうよスゲェだろ?」

 

そう言ってドヤ顔を浮かべるザビーダだが……

 

「び、ビックリした……」

 

「いきなり浮いてそのまま落ちるかと……」

 

突然の自身の意思と全く関係ない浮遊移動が心臓に悪かったのかスレイ達は動揺を見せている。

 

「お前な……やるなら先に一言なんかあるだろ」

 

恨めしげにそういう晴人だがザビーダは意に介さず笑いながら言葉を続ける。

 

「いやさぁ、どうせこっから何回も使って反応薄くなっていくだろうし、それなら初回のフレッシュな反応を思い出に刻んでおきたいなぁと」

 

「本音は?」

 

「スカートとか上着が捲れて良い感じにチラッとサービスショットしないかと期待した」

 

キリッとした顔で即答したザビーダに晴人とライラはフッと笑みを溢し───

 

「「エドナちゃん(さん)」」

 

その声と共に傘がザビーダの首に叩き込まれた。

 

「……とりあえず。こっから先の瞬転の迅はデゼルがやって」

 

「……わかった」

 

笑い転げるザビーダをゴミを見るような目で見つめながらそう言い放ったロゼの言葉にデゼルはゲンナリした声で答えた。

 

─────────────────────

 

「あぁ、階段じゃなくて良かったぁ!」

 

「お前さっきまで外の階段で登りたいとか言ってたじゃねぇか」

 

「記憶にございません。あたしは若いから過去は振り向かないんで」

 

「それ若さ関係あんのか」

 

瞬転の迅で通路を飛び越えた先、そこには火の試練神殿でも見かけた天響術により昇降する床があり、一同はそれにより上のフロアへと難なく移動できた。

 

その後も道を遮る隔壁を風の天響術に反応するモニュメントを操作し動かす仕掛けこそあったものの大きな面倒も無く一同は上層部まで到達する事ができた。

 

水の試練神殿の様にひたすら自分の足で上を目指す事を想像していたロゼはこれ幸いと喜びの声を上げデゼルに呆れられている。

 

「まぁロゼの気持ちはわからなくもないが」

 

これまでと同様に神殿内には憑魔がいて何度か戦闘に突入こそしたものの瞬転の迅により離れた通路へと飛び越して移動する事を除けば水の神殿レベルの精神的にキツい仕掛けは存在していない。

 

よほど水の神殿の仕掛けが辛かったのかアリーシャもロゼの言い分を理解し小さく頷き同意する。

 

「実際割と順調だよな、油断したら下の階に真っ逆さまになるから気は抜けないけど」

 

「ハルトさんの言う通りですわ。もしかしたら急に足元がパカッと開いて落としたりしてくる罠が待ち構えているかもしれません」

 

「間抜けな絵面だけどここでやられたらエゲツないわねその罠」

 

各フロアに足場こそあるものの構造自体は吹き抜けである為下手を打って落下すれば一階まで落ちる所か一階より更に下の底の見えない崖に落ちかねないのだ。

 

飛行手段こそない訳では無いが気が抜ける状況とも言えない。

 

「でもまぁこの感じだと頂上はすぐそこでしょ?ならちょっと休憩していかない?流石にちょっと疲れたし、どうせ上についたら何かしらと戦わされるんだろうし」

 

今いるフロアの憑魔は既に浄化され安全は確保できている。ロゼの提案に一同は頷いた。

 

「ふぅ……しかしあれだね。この塔の高さを見た時はどれだけ時間がかかるかと思ったけど案外そうでもなかったね」

 

床へと座り込みながらロゼがそう溢す。

 

「それはデゼル様のおかげだろう。瞬転の迅での移動は本来ならミスすれば落下する命がけの危険な行為だが、デゼル殿の実力もあってそこへの不安は無かった。それを除けば憑魔との戦い以外に大きな障害は無かった」

 

ロゼの言葉に微笑みながらアリーシャが答える。

 

世辞抜きのストレートな賞賛。その言葉が気恥ずかしかったのかデゼルは腕を組み壁に寄りかかりながらフンと鼻を鳴らし下を向く。

 

その反応にロゼはニヤニヤと笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「まぁ確かに便利だよねぇ瞬転の迅ってやつ。何か商売に使えそう」

 

「使うな」

 

「安い!速い!デゼル印の瞬転の迅!ですわね!」

 

「やめろ」

 

「今なら一回500ガルド」

 

「安過ぎるぞ!というかなんだその謳い文句は!?」

 

ロゼ、ライラ、エドナから飛び出すボケに巻き込まれて声を荒げるデゼル。

 

「でも探知とかもできるし実際便利だよなぁ風の天族の力って。俺のハリケーンスタイルはそこまでできないし」

 

「あぁ、先程の塔からの飛び降りにいち早く気付けたのもその探知能力のお陰だ」

 

「まぁ、風の力をセクハラに使おうとする奴もいるけど……」

 

「なんだよハルト?褒めても何もでないぜ?」

 

「褒めてないから」

 

晴人、アリーシャ、ザビーダが言葉を交わす中、スレイがふと何かを思い出した様に声を上げる。

 

「あ、そういえばさ」

 

「ん?どうかしたのかスレイ?」

 

「前から気になってたんだけど、以前憑魔のメデューサと戦った事があっただろ?」

 

「フォートンの時か」

 

「うん、その時デゼルってメデューサの石化が効かなかったよね。結局あれってなんでだったんだ?」

 

「あ!それあたしも気になってた。あの時は色々あって聞きそびれちゃったし」

 

無言なれど他の面子も同じ思いなのか、この場の視線がデゼルへと注がれる。それに対してデゼルは面倒くさそうに小さく息を吐くと言葉を発した。

 

「……あれか、理由は簡単だ。俺は───」

 

 

 

 

だが続く言葉はザビーダによって遮られる。

 

「目が見えてないから……だろ?」

 

「……気付いていたのか」

 

「これでも同じ風の天族だからな。お前の風の読み方は違和感があった」

 

少しばかり意外そうなデゼルに対してザビーダはなんて事ないとでも言うようにニヤリと笑う。

 

だがそれ以外の面子は違った。

 

「目が見えないって……」

 

「どういう事よ……だって……アンタ普通に生活できてるじゃない」

 

他の面々は驚愕の表情を浮かべて言葉を失っていた。明るいロゼですらなんと言葉を発して良いのか戸惑っている。

 

「簡単さ。お前らだって知ってんだろ?風の天族は風による探知ができる。こいつはそいつを活かして目が見えないのをカバーしてるのさ。だから石化の魔眼が効かなかった。当然だよな、見えてないんだから」

 

あっけらかんとそう言い切るザビーダだが他の面々から戸惑いの表情が消える事は無い。

 

「いや理屈はわかるけど……そんな単純に済ませられるもんじゃないだろ」

 

「目が見えている前提での補助としての探知と目が見えてない状態での視力の代替えまでしなくてはいけない探知では全く話が違うと思いますが……」

 

晴人とアリーシャが一同の想いを代弁する様に答える。

 

「そりゃそうだ。俺だって目を瞑って風の探知だけで生活から戦闘まで目を開けてる時と同じ様にこなすなんてできやしねえ」

 

そう言ってザビーダはデゼルへと視線を向ける。

 

「大したもんだと思うぜ。さっき塔の上から人が降ってくる事にもデゼルは俺より速く気がついた。探知だけなら間違いなく俺より上だ。視力を失ってからどんだけの期間を過ごしたのか知らんがそんな状態でこの面子の中で問題なく戦い抜ける程の腕を身につけてるんだからな……一体なにがそこまでお前を突き動かしたのやら」

 

口元が小さく微笑みながら、それでいて目は微塵も笑っていないザビーダは何かを探る様にデゼルを見つめる。

 

その言葉に秘められた感情に気が付いたのかデゼルはフンと皮肉げな笑みを浮かべる。

 

「回りくどい言い方だな。別にいいぜ答えても。少なくともスレイ達には教えているしな。俺が何故そこまでしてこの旅に参加しているのか」

 

その言葉に心当たりがあるのかスレイ、ミクリオ、ライラ、エドナの4人が表情を険しくする一方でロゼが大きく反応する。

 

「え?そんなんあるの?」

 

驚いた表情を浮かべるロゼ。それは晴人やアリーシャも同様であり、つまるところザビーダを含めたその4人がデゼルの目的を知らないという事だ。

 

そしてデゼルがゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

 

「俺の目的はただ一つ。俺の目から光を奪いそして大切な仲間達を殺した憑魔を見つけ出し……殺す事だ」

 

 

その言葉にアリーシャとロゼが大きく目を見開く。

 

デゼルの口から放たれそれが意味するもの───

 

それは復讐。

 

「俺が導師に同行しているのは必然的に憑魔の情報が集まり易い事と浄化と神依という力に価値を感じだからだ」

 

「っ!……それは……」

 

そう言い切るデゼル。それに対してアリーシャは思わず言葉を詰まらせる。

 

それに対してデゼルは不敵に笑いながら言葉を続ける。

 

「信用しろとは言わん。俺は俺の目的の為にお前らを利用している訳だからな。しかし、これでも天族の端くれだ、仇以外の事に関しては惜しみなく協力するさ……だが、もしも仇を見つけた時は好きにさせてもらう」

 

そう言うとデゼルが立ち上がる。

 

「ちょ!?どこ行くのアンタ!?」

 

焦って声を上げるロゼ。それに対してデゼルは落ち着いた様子で返答する。

 

「別に、少しばかり離れるだけだ。俺がいたんじゃ話し辛い事もあるだろ。用が済んだら追ってこい」

 

そう言ってデゼルは歩き出してしまう。

 

「あぁもう!あのバカ!一人にするの心配だからあたしが見とく!」

 

「あ!ロゼ!?」

 

呼び止めるアリーシャの声を振り切りロゼがデゼルを追いその場を離れていく。

 

 

『…………』

 

なんとも言えない沈黙がその場を支配する。

 

そんな中で沈黙を破ったのは晴人だった。

 

「別に黙ってた事を責める気はないさ。デリケートな問題みたいだしな。けどこの際だ、話してもらえるか」

 

そう言って微笑む晴人にスレイは少しばかり表情を和らげると話し始めた。

 

「えぇっと何から話せばいいかな……」

 

「ならデゼル様がどこで仲間に加わったのかから話してもらっていいだろうか。私もロゼと何度か話した時にデゼル様について違和感を感じてたんだ」

 

その言葉にスレイが頷く。

 

「うん、じゃあそこから。ロゼと出会った時の事は簡単に話したよね?」

 

「あぁ、ヘルダルフと初めて戦って俺達と別れた後、ヴァーグラン大森林で出会ったんだよな?」

 

「うん、ロゼは消耗してたオレ達をローランスの兵士に見つからないように自分達が見つけた地下遺跡に匿ってくれたんだ」

 

「あぁ、それは聞いた。そこで憑魔になったオイシって犬の姿をした天族を助けたんだよな」

 

嘗てラストンベルで憑魔となったサインドを助ける為に奔走した時にティンダジェル遺跡で出会ったオイシに聞かされた事を思い出しながら晴人が告げる。

 

「オイシ様に会われたのですか?」

 

「まぁ俺達は俺達でひと騒動あったのさ。そこは今置いておくとして、その中でロゼが無意識に蓋をしていた霊応力が目覚めて憑魔や天族が見えるようになって協力を申し出てきたって事でいいんだよな?」

 

そして晴人の言葉を引き継ぐようにアリーシャが口を開く。

 

「だが気になっていたんだ。以前ロゼと話した時にロゼは天族が見えるようになった時、既にデゼルがスレイ達と一緒にいた仲間だと思っている様に話していた」

 

以前、ロゼとドーナッツ作りをしていた時に出た会話の中で感じた違和感、アリーシャはそこに切り込む。

 

「だがそれはおかしい、ヘルダルフとの戦いの時にデゼル様はいなかった。戦場から退避して遺跡に逃げ込んで憑魔となったオイシ殿を助ける中でロゼが力に目覚めたのならデゼル殿はどこで仲間になったのか」

 

一度話を区切り、アリーシャはスレイへ視線を向ける。

 

「うん、アリーシャの違和感は正しいよ。ロゼは気づいてないけどオレ達がデゼルと出会ったのは、実はロゼと出会ったのと同じタイミングなんだ」

 

「?……それは」

 

言葉の意図がうまく読み取れずに眉を顰めるアリーシャ。そこにエドナが口を開く。

 

「アイツはずっとロゼの側にいたのよ。ロゼ本人は気づいてないけどね」

 

その発言に晴人とアリーシャは目を丸くする。

 

「えぇっと……ずっとっていうのは……」

 

「偶然居合わせたとかじゃない。おそらくデゼルは何年も前からロゼと行動を共にしている。ロゼは知らないがデゼルと出会ったのもロゼと一緒に行動していたからなんだ」

 

戸惑う二人にミクリオはそう断言する。

 

「ロゼさんの霊応力の素養の高さはハルトさん達もご存知ですわよね?」

 

「あぁ、従士で神依が使えるってのはかなりのもんなんだろ?」

 

「はい、才能は幼い頃より天族達の村で過ごしてきたスレイさんにすら劣らないほどです。おそらくそれはデゼルさんが関係しているんだと思います」

 

「デゼルの?それって……」

 

その意図を問おうとする晴人だが話を聞いていたアリーシャはハッと何かを思い出した表情を浮かべる。

 

「それはロゼがデゼル様と神依を使った時に他の方の時よりも大きな力を放っているのと何か関係があるのですか?」

 

アリーシャは以前から感じていた疑問を口にする。その言葉を受けてライラは頷くと説明を再開する。

 

「はい、元より才能はあったのでしょうが、それに加えてロゼさんは恐らく知らぬ間にデゼルさんの器にされていたんだと思います」

 

「……それってつまりデゼルが勝手にロゼの身体に入ってたってことか?」

 

「はい、それも何年も長い期間をかけて何度も何度も……その影響で霊応力が更に肥大化したのに加えてデゼルさんとの神依の相性が飛び抜けて良いのだと推測しています」

 

「ですがなぜそのような……」

 

戸惑うアリーシャ。それを見てエドナが面倒そうに口を開く。

 

「詳しいことはわからないわ。アイツがワタシ達に話した理由はさっき言ってた事とほとんど同じ程度のものよ。だけど……」

 

「だけど……なんでしょうか?」

 

「もしもアイツが復讐の為に力を求めていたんだとすれば、才能のあるロゼ(あの娘)の力を強めて利用しようとしているんだとしてもおかしくはないわ」

 

「しかしデゼル様は日頃からロゼの事を大切に……」

 

「手塩に育て上げた復讐の切り札だから大切にしてる。その可能性もあるでしょ」

 

「っ!……ですがそれは……」

 

仲間を疑うような真似をしたくないのか思わず言葉を詰まらせるアリーシャだがエドナは言葉を止めない。

 

「あくまで可能性としてあり得るって話よ。どのみちデゼルがロゼの過去に大きく関わってるのは間違いないわ。だからスレイやライラはもしもの事を考慮して敢えて仲間に迎えたの」

 

「もしもの時はデゼルを止められる様にって事か」

 

「うん……オレもデゼルがロゼの事をそんな風に思ってるなんて考えたくはないけど……」

 

「目の届かないところで何かされるくらいなら身近にいてくれた方がいいって訳か……まぁ俺もこの中じゃ似たようなもんか」

 

スレイの言葉にザビーダが自嘲する様に口を挟む。

 

「復讐か……」

 

「どうしたアリーシャ?」

 

表情を曇らせるアリーシャに気づいた晴人が声をかける。

 

「あ、いや……あぁもハッキリと言い切る以上、デゼル様の意思は硬いのだろうなと思って」

 

「ま、少なくとも本人に後ろめたさや躊躇いはないんだろうさ。いざとなれば迷わず目的の為に行動すると思う」

 

そう言って晴人は一瞬、ザビーダへと視線を向ける。形は違えど目的の為に命を奪う行為をハッキリと掲げているのは彼も同じだ。

 

そう言う意味では風の天族二人はどこか似ているのかもしれない。

 

「(復讐ね……)」

 

晴人の脳裏に一人の少女が過ぎる。

 

───稲森真由───

 

大切な家族の命をファントムに奪われ仇討ちの為に魔法使いとなった少女。

 

魔法使いの力を得てからも彼女は決して悪人と言える様な娘では無かった。

 

だが仇討ちへの想いから時折見せる危うさがあったのは晴人の記憶にしっかりと刻み込まれてる。

 

「……ま、いざとなったら止めるしかないだろうな」

 

「……それは、デゼル様と闘うと?」

 

「大切なものを奪われた怒りや悲しみを否定する気は無いよ。けどもしもアイツが目的の為にロゼや周りの人達を傷付けてしまうなら───」

 

静かに迷いなく晴人は断言する。

 

「綺麗ごとだろうがお節介だろうが止めるべきだろ?敵じゃなく仲間としてさ」

 

「敵ではなく仲間として……」

 

そう言い切った晴人にアリーシャはその言葉を小さく反芻する。

 

「うん!オレもそう思う!」

 

「まぁ、つまりはいつも通りということだね」

 

「デゼルさんが道を誤らない様に力を合わせましょう!」

 

「……つぐつぐお人好しよねホント」

 

そう言って笑い合う面々、それを見つめながらザビーダは苦笑すると立ち上がる。

 

「さて、そんじゃそろそろ行くとしようぜ。あんまり待たせると嬢ちゃんとデゼルが喧嘩始めちまうかもしれねぇしな」

 

─────────────────────

 

 

 

吹き荒ぶ風。

 

天を目指すかの様に高く聳え立つ神殿の頂上。

 

十分な広さを兼ね備えながら塔から四方へと飛び出した足場。

 

飛び込み台を思わせるその造形は皮肉にも身投げの伝説に説得力を与えてしまうかの様なデザインだった。

 

そんな頂上へとふらふらと一人の女性が外壁の階段を登りきり辿り着く。

 

「漸く辿り着いた……」

 

女性はゆっくり、ゆっくりと塔から迫り出した足場へと歩みを進める。

 

「証明するんだ……命を捧げて……私のした事は間違いなんかじゃないんだって……!」

 

 

 

生贄の伝承。

 

人が作り出した存在しない神への生贄。

 

また一人、明かりに吸い寄せられる蛾の様に一人の人間の命が堕ちていこうとしている。

 

そんな女を遥か頭上から首無しの騎士が静かに見下ろしていた……

 

 

 

 

 




あとがき

セイバー12話ラスト
フジ「賢人逝ったぁぁ!」
セイバー13話
フジ「生きてたぁ!」
カリバー「闇の力で消えます」
フジ「え、消えるの!?」
倫太郎を庇う賢人
フジ「消えてねぇじゃん!」
苦しみ出す賢人
フジ「消えそうじゃん!?」
ドラゴニックナイト登場
フジ「助かりそうじゃん!」
賢人消滅
フジ「賢人逝ったぁぁ!」(1週間ぶり2回目)

賢人くんの平成味割と好き

ディケイド絡みのスピンオフを匂わせる告知の詳細がいよいよ明日発表されるみたいだけど果たしてどうなるのか。それともTwitterのプロフ欄でジオジオが大きくなってきたジオウ絡みなのか楽しみな今日この頃今年最後の更新になります。

結局今年も亀更新でしたが完結に向けて来年も頑張りますので宜しければこれからもお付き合いください。

では皆さん良いお年を!

20日 追記:ジオウ&ディケイド 新作やったぜ


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