戦車これくしょん~欠陥品の少女達~ (トクサン)
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キャラクター紹介
キャラ紹介


笹津将臣

 

 相楽基地の将軍、階級は大尉(話数が進むと昇進)

黒髪短髪で筋肉質、顔は彫が深く目つきが鋭い、顔は良い方(整備兵談)

身内が嘗て中央鎮守府の提督をしており、最後の砦として深海凄艦と戦い敗北した。

自分達の海を取り戻すため、相楽基地にて陸上孅車と戦う。

 

ハク

相楽基地所属の戦車、正式名称 八九式戦車

旧型故に戦闘能力に乏しい、臆病

依存症あり

自分を必要として欲しい、離さないで欲しいという欲求が人一倍強い

 

トク

相楽基地所属の戦車、正式名称 特三式内火艇

片足が無い為、機動力に難あり、理知的

事務能力高し

好意を抱いた相手に対し徹底的な管理を行わないと気が済まない

 

チハ

相楽基地所属の戦車、正式名称 九七式中戦車

片腕が無い為、火力が低い、ツンデレ(?)

独占欲高し

自身の所有物を他者に触れられるのが我慢出来ない

 

ホリ

相楽基地所属の戦車、正式名称 試製五式砲戦車

大口径だが視力を失い命中率が皆無、皆大好き

怒るとヤバイ

自身と好きな対象の境界線を曖昧にしたい、自他境界の曖昧性

 

玄二

海軍所属、将臣の父親、階級は中将

深海棲艦と最後まで戦い抜き敗北した元提督

既に既存の海軍は敵性勢力によって壊滅している為、現在は肩書だけが残っている

現在は中央に居るとの事だが……

 

宮田至剛

陸軍所属、旧北海道達子基地将軍、階級は少将

指揮能力は高いが即断即決が不得手、慎重に事を進める人間

 

宥厳

海軍所属、之人の父親、階級は中将

玄二中将とは軍学校での同期、深海棲艦に対し艦娘と共に立ち向かうが敗北

玄二中将が敗れる一週間前に鎮守府総攻撃を受け鎮守府放棄を余儀なくされた

現在は中央に在籍

 

之人

陸軍所属、将臣の同期であり親友、階級は中佐(話数によって昇進)

軍学校では主席であり、優れた指揮官としての能力を備えている

嘗て艦娘と共に見た海を取り戻す為、将臣と共に陸上孅車に戦いを挑む

 

 

 

IFストーリー

 

 

ア号

陸上孅車、重戦車

分厚い装甲と大口径の主砲を備える

勇ましい性格をしており、自分の行う行動には絶対の自信を持つ

ただし予想外の展開には弱い

自分の所有物は何が何でも守り抜く

 

ハ号

陸上孅車、中戦車

少し心配性

ただし自身が強者である事に自信を持っている

好意を抱く相手には無意識の内に甘えてしまい、媚びを売る

 

タ号

陸上孅車、軽戦車

口数が少ない

何でも頭の中で決めつける傾向があり、自分が好意を向ける相手は無条件で自分を好むと思い込んでいる

彼女の頭の中では相思相愛

 

コ号

陸上孅車、中戦車

将臣大好き

自分が好意を向けた相手には何を犠牲にしても尽くしたいと思っている

奉仕こそ至上

 

ハ号

陸上孅車、中戦車

温厚

しかし敵と味方の区別がハッキリしており、敵には容赦がない

好意を向けた相手には気付かぬ内に外堀を埋め、相手が気付いた時には既に結婚した後……とかそういうタイプ




キャラ紹介と銘打ってはいるものの、暫定的なものです。
結構穴があるかも……。
之人編で出てきた戦車は載せていません。
多分もう出ないと思うので……。


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番外編
番外編 ケッコン(仮)


 本編とは何ら関係ありません、「ヤンデレなんて興味ないぜ!」なんて人は世界に居ないと思いますが、もし該当する方がおられましたら読み飛ばして頂いても大丈夫です。


 

「ケッコン‥‥カッコカリ?」

 

 中央から送られてきた書類の中に一際厚い封筒、それを開くと「ケッコン(仮)」と言う一枚の婚約届が入っていた。

私は訝し気にそれを眺めながら首を傾げる、これは一体何なのだろうか?

裏表を念入りにチェックし、その欄も隅々まで観察する。

どこからどう見ても普通の婚姻届け、だがその隣にはカッコに括られた仮の文字が書いてある。

 

「少佐、どうしましたか?」

 

 共に書類仕事を進めていたトクが手を止め、こちらを伺う。

彼女の事務能力の高さには毎度お世話になっているが、今回もそうだった。

市街地戦後、何事も無く仕事に復帰した私の前に立ちはだかったのは書類の山だった。

今日で処理作業は三日目。

正直、トクには何かしら餞別をやらなければならない気がしている。

その書類の山の少なさから、幾分か私より作業は進んでいるらしい。

どうにも手を止める事に罪悪感を覚える私は、「あぁ、いや」と言葉を濁した。

 

「何でも無い、ただ一枚用途不明な書類が混じっていてな‥‥」

 

「用途不明の書類ですか‥‥?」

 

 どうも、思い当たる限りでそう言った書類は無かったらしい。

或は本部のミスと言う考えも出来る。

大方、本部の婚姻を控えている奴の書類が間違って混入してしまったとか、そういう事だろう。

(仮)と言う部分に引っかかるが、一際異彩を放つ書類を前にすればそう考えても自然な筈だ。

しかし、もう数枚同封されていたA4用紙を見る限りその可能性は低そうだった。

私はぴらぴらと婚姻届を振りながら、「いやな、ケッコンカッコカリとか言う書類なんだが‥‥」と口にした。

 

 瞬間、トクから途轍もなく強い殺気を感じた。

思わず、背筋が伸びる。

そして次の瞬間には、手にあった書類が掠め取られていた。

見れば、デスクの上にトクが身を乗り出していた。

勢いで書類の山が雪崩を起こすが、彼女の威圧の前ではそんな事は些細な事。

 

「少佐、ご結婚なさるので? おめでとうございます、それで、お相手は軍の方でしょうか? 所属はどちらで?」

 

 手元の書類を一瞬で読み終え、握り潰しながら私に迫るトク。

椅子の背凭れに追い詰められ、トクの両目が直ぐ傍で私を射抜いた。

まるで感じた事の無い重圧感、意図せず額に冷汗が流れた。

 

「待てトク、お前は何か決定的な誤解をしている」

 

「少佐、私は言った筈です、貴方が居なければ生きていけません、裏切るのですか? 私達を置いて行くのですか?」

 

 ギシリと椅子が音を立て、トクが私を壁際まで追いやった。

ドン、と退路を塞ぐように壁に突き立ったトクの腕。

か弱い女性の様に白く、細い腕ではあるが私の何百倍と言う怪力を生む戦車の腕だ。

瞳はどす黒く、まるで人形の様に感情を見せない。

だがその口元は歯を食いしばり、激情を堪えているのが分かる。

僅かに唇から血が垂れ、私の膝に滴り落ちる。

 

「トク、いいか、話を、そう、話を聞いてくれ、私は結婚しないし、する予定も無い」

 

「予定も無い? 冗談ですよね少佐、予定はここにある筈です」

 

「お前は何を言っているんだ」

 

 自分と私を交互に指差すトク、それ程錯乱していると言う事だろうか。

その肩をやんわりと押し返しながら、私は息を吐き出す。

それから言い聞かせる様に言った。

 

「これは中央から送られてきた書類の片方で‥‥あぁ、あった、詳細はこっちに書いてあるぞ」

 

 そう言ってデスクの上に散らばった書類、その中の一枚をトクに見せる。

通常、申請書や何らかの詳細な記入が必要な書類には付随して何らかの説明が入っている事がある。

そしてコレが入っていると言う事は、本部の手違いでも何でも無いと言う事だ。

どこか疑わしそうに書類を手に取ったトクは、暫く無言で書類を読み進めた。

 

「どうも海軍時代にあった『ケッコン(仮)』というシステムとやらの復元に成功したらしい、何でも特殊な指輪を艦娘に装着させ、婚姻する事で対象の戦闘能力が飛躍的に上昇するとの事だ」

 

 どうにもテストケースとして、幾つかの基地に指輪が送付されたらしい。

恐らくこれを送られた基地で将軍は困惑しているだろう。

この際、何で指輪を付けて結婚すれば戦闘能力が上がるのなどと、そんな事は問うまい。

そんな事を言い出せば、戦車も艦娘も、陸上孅車、深海凄艦も全てファンタジーな存在だ。

 

「‥‥‥成程、戦力増強の為‥‥ですか」

 

「あぁ、対象は人間の女性では無く艦娘、この場合はお前達戦車が該当する、つまりは‥‥そうだな」

 

 そう言葉を選び、口にしようとした所で

 

「将臣さん、お疲れ様です、少し息抜きにお茶でも‥‥」

 

 

 

「お前達戦車の誰かと結婚する、と言う事だな。」

 

 

 

 部屋に何かが割れる音が木霊する。

部屋の入り口を見れば、ホリが丁度扉を開けた所で、お盆ごと茶を床にまき散らしていた。

木製のお盆がコン、と音を立てる。

 

「け‥‥っこん?」

 

 ホリが呆然とした表情で呟く。

私に詰め寄っていたトクを見れば、しまったとばかりに顔を顰めていた。

私と言えば、何ともタイミングの悪い入室に弁解するタイミングを失ってしまう。

あの一部分だけを聞けばホリも誤解してしまうだろう。

しかし、何とも部屋に沈黙が満ちてしまい口を開くに開けない。

しばらく気まずい雰囲気が流れるが、それを破ったのはホリ。

先程までの呆然とした表情ではなく、どこか険しい顔つきで私に詰め寄る。

 

「将臣さん、戦車と結婚と言うのは、一体どういう‥‥」

 

「あぁ、その、だな」

 

 何と説明したものかと考える。

目の見えない彼女には資料を渡しても意味は無い。

何とか頭に整理をつけ、言葉を選びながら口にする。

 

 中央から「ケッコン(仮)」に関する書類が届いた事。

それは海軍時代のシステムであり、中央が復元に成功しこの基地をテストケースとして選んだ事。

そして、戦車の中から一人選び、結婚を行わなければならないこと。

 

 それを全て聞いたホリは、険しい表情のまま「この事は、私とトクだけが?」と問うてきた。

 

「えぇ、先程少佐と見つけたばかりの書類なの、チハとハクはまだ知らないわ」

 

 トクが答えると、「そうですか」と言ったまま黙ってしまう。

何か考えているのか、その雰囲気はどこか鬼迫迫るモノがあった。

それから一分ほどか、背中に嫌な汗を掻いてきた来た頃、ホリは覚悟を決めた表情で問うてきた。

 

「それで‥‥将臣さんは、誰と結婚するのですか?」

 

 その一言で、ピンと部屋の空気が張り詰めた。

正確に言うと、ホリとトクの二人の雰囲気が刺々しくなったと言うべきか。

その重い空気が背中にずしりと圧し掛かり、口の中が渇いてくる。

 

「いや‥‥まだ、何も考えて居ないと言うか、決めかねると言うか‥‥」

 

 私がしもどろになって曖昧な返事をすると、ホリは僅かに表情を強張らせて私の手を取り、強く握った。

 

「将臣さん‥‥っ!」

 

 その握力は決して力任せに握ったと言う感じでは無く、何か懇願する様な、そんな意思が感じ取れる。

私がその行動に戸惑っていると、トクが「ちょっと」と口にしてホリの腕を取った。

しかしホリの手が私を離す気配は無い。

 

「ホリ、一体どうし‥‥」

 

 私がそう口にする前に、彼女の包帯に包まれた目から視線を感じた。

彼女の目は見えない。

だが、何か体に巻き付くねっとりとした何か。

じっと見て居れば、少しずつ体が溶かされていく様な。

そんな錯覚に陥る。

知らず知らずの内に、ホリをじっと見つめる様な体勢になってしまう。

段々と、自分の意思が薄らいで行き。

 

「少佐!」

 

 トクに揺すられ、その瞳の束縛から逃れる。

ホリの気配に呑まれそうになっていた事に気付く。

それから少し頭を振って、自分に言い聞かせる様に言葉を吐いた。

 

「‥‥今の所、誰かと結婚するとかは、考えて居ないんだ」

 

 それは、この戦時下に於いては司令官失格だろう。

だが、戦力増強の為に望まぬ婚姻を結ぶなど、倫理的、人道的に自分は許容出来なかった。

少なくとも彼女達を兵器として見れなかった私には。

 

「戦力増強の為とは言え、望まぬ婚姻を強いるなどと‥‥戦時下だからこそ私達は自分達の尊厳を失ってはならない、そう思っている」

 

 どの口がそんな綺麗ごとを口にするか。

生きるか死ぬかという状況で、一体何を言っているんだ。

そんな事を自分でも思う、尊厳だとか人権だとかは平和な世界だからこそ意味を成すのだ、死んでは尊厳もクソも無い。

だがこればかりは性分の問題なのだ、私個人の、一人の人間としての矜持と言うべきか。

嘗て神風で大日本帝国が敗れた様に、海で勇敢なる艦娘が沈んでいった様に、命や尊厳を軽んじればそれは自分に返って来る。

これは私と言う男が退けぬ一線、そのボーダーラインだった。

 

「少佐」

 

 私が自身の情けなさに唇を噛んでいると、トクの声が耳に入った。

顔を向ければ、何とも言えない表情、怒っている様な悲しんでいる様な、そんな顔をしたトクが視界に映った。

「もし‥もし、ですが」と口にしてから、トクはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「私達が‥‥戦力増強の為に婚姻を結びたがっていると思っているのなら、それは大きな間違いです」

 

 最初、その意味を理解出来なかった。

いや、まさかと思った。

 

「‥‥それは、一体どういう」

 

 私が問う寸前、トクとホリはまるで示し合わせた様に私の前に乗り出し、その勢いに思わず言葉が途切れた。

その表情は先程の憂いなど消し飛んだように、清々しい笑顔。

だが何故だろう、その笑みの裏側に何か黒いモノが見える気がする。

 

「で、私とトク、どちらと結婚するのでしょうか?」

 

「いや待て」

 

 話が飛んだとかそういうレベルではない。

話題が月まで行ってしまった。

 

「話を聞いていたのか、私は結婚は」

 

「戦力増強の為の結婚はなさらないのですよね? 勿論、そんな事はさせません、ですから相思相愛同士結ばれようと言っているんです」

 

「お前は何を言っている」

 

 相思相愛とは何のことだトク。

自信満々に胸を張るトクを他所に、ホリはどこか焦燥した様子で私の手を握りしめた。

 

「将臣さん、どうか私を選んでくださいっ! 私はっ‥私は貴方無しでは‥ッ」

 

「落ち着け、落ち着くんだホリ、頼むから少し整理する時間をくれ、選ぶとかそう言う以前に結婚する気は無いと言って」

 

「ま、まさか‥‥将臣さん、ハクや‥チハが‥‥?」

 

「ちょっと待て」

 

 駄目だコイツ等の中では既に私は結婚する事前提になっているらしい。

それに何だか意味不明な言葉もちらほらと聞こえてきた。

 

 何故そんなにも結婚したがるのか。

アレか、軍部のお偉いさんと結婚すれば何か良い事でもあると思っているのか?

しかし戦車は仮にケッコンしても戦場には出さねばならないし、懇意の相手だからと言って贔屓しては不満も出よう。

心苦しいが、もし誤解をしているのならその旨を伝えて‥‥‥。

 

「なぁ、もし誤解しているのなら言っておくが、私と結婚しても何のメリットも‥‥」

 

「メリット? 少佐、私達がそんな理由で少佐と結婚を望んでいると?」

 

「将臣さんっ、私は貴方以外は何も要りません!」

 

 駄目だ通じない。

 

「少佐、男らしく決めて下さい、さぁどっちを取るのですか!?」

 

「将臣さん‥‥っ」

 

 戦車とは言え、女二人に迫られる構図。

嬉しく無いと言えばウソになるが、事情が事情なだけに素直に喜べない。

私とて男だ、結婚願望位はあるが‥‥。

 

 私が二人を前にどうするべきか視線を泳がせていると、執務室のドアが二度ノックされた後開かれた。

 

「少佐、すみません、技術開発班から使用資材の相談が‥‥」

 

 入ってきたのは工房の技術員の一人で、ツナギを着たまま部屋に一歩踏み入った。

 

「‥‥‥」

 

 そして訪れるのは静寂。

何とも言えない部屋の惨状に口を噤んだ後、恐る恐ると言った風に「すみません‥‥出直した方が?」と額に汗を滲ませながら一歩後ずさった。

 

「い、いや、大丈夫、すぐ行こう」

 

 私はこれ幸いと席を立って二人の間を抜け、技術員の背中を押す。

背後から何やら物言いたげな視線を感じたが、「すまない、仕事だ」と言って早々に部屋を後にした。

扉を閉めると、心から安堵の吐息が漏れる。

 

「すみません少佐、お取込み中に‥‥」

 

「いや‥‥寧ろ助かった、と言っておこう」

 

「はい‥?」

 

 疑問符を浮かべる技術員に「何でも無い」と言い放った後、二人で工房の方へと向かった。

出来れば長時間拘束して貰いたい、是非。

今日は執務室に戻りたくなかった。

 

 

 

 

 工房での使用資材についての相談自体はものの十分程度で片付いてしまった。

技術開発班の方からは急ぎの確認はそれだけだと言われたが、何かと理由を付けて二時間程居座り続け、申し訳無さそうな技術開発班に「これ以上、少佐を拘束する訳には」と言われ工房を後にした。

お蔭で今週分の開発指示、使用資材の詳細等の分は終わり大分楽が出来る。

だがしかし、これで執務室に戻らない理由は無くなってしまった。

仕事もしないでふらふら基地内を歩いていては、将軍としての沽券にかかわる。

しかし、正直な所戻りたくないと言うのが本音であった。

 

 どうする、書類仕事が早く終わったとか何とか言って射撃訓練場にでも顔を出すか‥‥?

自分でもダメな方向に思考が進んでいるなと分かっているが、何となしに逃げの策を弄する事を止められない。

 

 そんなこんなで廊下を歩ていると、向こう側からチハが歩いてくるのが見えた。

一瞬、足を止めて心臓が強く鼓動を打つ、向こうはまだ気づいていない様だが「逃げる」と言う選択肢が頭に浮かんだ。

しかし、少し考えてチハが結婚に関する書類を見ていない事に気付き、「あぁ、じゃあ大丈夫か」と安堵。

そのまま笑みを浮かべてチハに接近し、気付いた向こうも小走りで私の元へとやって来た。

 

「やあ、チハ」と声を掛けた所で。

 

「アンタ、誰と結婚するの?」

 

 

 私は全力で逆走した。

 

 

 だが所詮は人間の脚力、戦車と比べればミジンコにも等しい。

「逃がさない」と呟いたチハにものの数秒で追い付かれ、そのまま地面に引き倒された。

力でも敵わない私に、逃れる術など無い。

廊下の真ん中で這い蹲る私と、背中に体重を掛け拘束するチハ。

 

「‥‥逃げるって言うのはそういう事? まさか、本当なの‥‥?」

 

 徐々に怪訝な顔になるチハに、「まて、落ち着け、話し合おう」と叫ぶが通じる様子は無い。

心なしか、いつもと比べて口調は淀みなく、口数も多い気がする。

そのまま、少しの間何かを考えていたチハは、徐に私の襟元を掴むとズルズルと引き摺り出した。

 

「‥‥‥来て、このまま外に居るのは危険、私の部屋に行く」

 

「えっ、ちょ、待っ」

 

 戦車の力で引き摺られ、抵抗する間もなく移動させられる。

このままでは制服が汚れると立ち上がると、襟元から腕を取られ引っ張られた。

流石に、あんな恰好を基地の人間には見せられない。

私の腕を掴むチハの力に、どことなく不機嫌そうな雰囲気を感じとった私は「これは、下手に刺激しない方が良い」と思い、大人しくチハの後に続いた。

 

 戦車の宿舎は工房からある程度近い位置にある。

幸いと言うべきか何と言うか、基地の人間にも戦車にも見られずに移動して来た私達は、そのままチハの部屋へとやって来た。

私から手を離し鍵を取り出すチハ、その間にも視線は鋭く私を射抜いている。

別に逃げる気は無いので、両手を軽く上げて意思を示した。

 

「‥‥入って」

 

 チハの部屋の扉を潜り、中を見渡す。

何と言うか、これと言って特徴が無い事が特徴か。

机に積んである数冊の本と手のひらサイズの観葉植物、それとトランプの様なカードだけが唯一の私物だった。

それ以外は最初から備え付けてある家具だけだ。

 

「それで」

 

 いつの間にか私の背後に立っていたチハが、いつもより一オクターブ低い声で問う。

振り向くと同時、彼女の僅かに怒気の孕んだ表情が視界に入った。

 

「説明」

 

 今更ながら逃げ出したくなる感情を覚え、さて何と言えば良いのだろうかと頭を悩ませる。

彼女の怒りを鎮められ、尚且つ何のゴタゴタも無く部屋を後にし、結婚の件をうやむやに出来る説明。

自分で考えておきながら、そんなのあるのかよと思ってしまった。

 

「あー‥‥というか、何故その件を」

 

「‥‥執務室に用があった、中からトクの声が聞こえて来て、アンタの結婚がどうとか」

 

 何と言うバッドタイミング。

私が顔を青くしていると、一歩詰め寄ったチハが私を下から覗き込んだ。

 

「‥‥ねぇ、どういう事、結婚って、誰と、いつ、何処で、何で?」

 

 暗く、ねっとりとした視線を放つ瞳。

それを真正面に捉えながら、固唾を呑み込んだ。

これは、受け答えを間違えれば‥‥。

そう予感できる程度には、何か感じ取るモノがある。

 

「‥‥実は、司令部から」

 

 そうして口火を切った内容は、ホリに説明した時と同じもの。

艦娘の時代にあったケッコン(仮)というシステムを復元したと言う事。

ケッコンすると戦車の性能が上がるという事

テストケースとしてこの相楽基地が選ばれたという事

 

 全てを話し終えた時、チハは俯いていた顔を上げ、珍しく。

本当に珍しく満面の笑みを浮かべ、言った。

 

「なら、簡単な話」

 

 そう言って、私に背を向ける。

 

「チハ?」

 

 私が疑問符を飛ばすと、何やらデスクの引き出しから取り出し、ゆっくりと振り向いて、私の腕を取った。

そして、『ガチャリ』と。

 

 

「私と結婚すれば、万事解決」

 

 

 手には手錠が嵌められていた。

 

 

「えっ‥‥?」

 





 ヤンデレ成分枯渇に耐えられなかった‥‥。
許してつかわさい。


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番外編②

突然だが、戦車の力について世間は正しく認識していない。

単にとんでもなく力があるとか、怪力だとか。

そんな大雑把な認識は広まっているが、具体的な数字等を知っている人はほんの一握りだ。

事実、この基地内でも戦車の力を正確に知っている者は極僅かだろう。

前線で戦う兵士でこれなのだ。

世間一般で言う「戦車の怪力」がどの程度のものなのか、そんなのは眉唾物だ。

 

 九七式中戦車、通称「チハ」を例に挙げよう。

 

 当時の記録によると重量は14.7t、排気量は21,720cc、170馬力、最大速度は38㎞/hだ。

彼女達の戦闘能力は当時の記録と同程度となる。

火砲や装甲などを換装した状態で全力疾走した場合など、その最大速度等は全て同じなのだ。

勿論、人間形態を取った彼女達の重量がそのままなら、地面に穴が空いている事だろう。

約15tの重さが、あの小さな足の裏に集中する何て考えたら末恐ろしい。

私など上に圧し掛かられただけで死ぬ自信がある。

だが、実際に彼女達を計測機に乗せればその重量が表示される。

彼女達の重量は我々人間とは比べ物にならない程重いのだ。

 

 しかし、彼女達は普通に生活をし、ベッドの上で安らかに眠る事も出来る。

宿舎の安物ベッドが15tの重量に耐えられるのか? 答えは否だ。

では、彼女達専用に作り上げられた頑丈なベッドなのか? それも否。

 

 私は彼女達を抱き上げる事も出来るし、圧し掛かられても死ぬ事は無い。

つまりは彼女達が実際に15tと言う重さを誇っているのか、と聞かれれば疑問符を浮かべる他無い。

どういう事か、それは私達にも分からないのだ。

何らかの条件で軽量化が起きているのか、或は他の要因があるのか。

彼女達は実際に何十tもの重量を持つが、それは私達の腕でも持ち上げられてしまう。

意味が分からない。

最初に彼女達の計測を行った研究者はそう言ったそうだ。

 

 私としては、幾ら通常兵器の砲撃や爆撃を受けても傷付かない方が意味が分からないと叫びたい。

 

 さて、話が逸れた。

彼女達の怪力の話だ。

 

 原則として、彼女達の力強さはエンジン‥‥この場合は馬力によって左右される。

チハの場合は170馬力となる。

馬力を単位として制定したジェームス・ワットによると、1馬力は735.5 Wであり、簡単な話75kgの重りを一秒で一メートル持ち上げた時の仕事率となる。

別に重量は75kgで無くとも構わない。

37.5kgの重りを一秒で二メートル持ち上げたでも良いし、150kgを一秒で0.5mでも問題無い。

問題は、果たして人間は何馬力かと言う話だ。

 

 仮に、75kgのダンベルを人間が一秒で一メートル持ち上げられるかと聞かれれば、まず普通の人間では無理だ。

鍛えた成人男性であれば可能だろうか? 少なくとも一秒で持ち上げられる筈が無い、つまり不可能。

一般的な人間の馬力は約0.25馬力と言われている。

そう一馬力すらないのが人間なのだ。

ここで本題に戻ろう。

我々人類は0.25馬力、それに対して戦車のチハは幾らだったろうか?

 

 170馬力だ。

 

 単純な話、彼女は私達人間の約680倍の力を持っていると言う事になる。

680倍だ。

敵うとか敵わないとか、そういう次元じゃない。

正しく勝負にならないのだ。

 

 さて、何故この様な思考を私が浮かべているのか。

それは現状、彼女達の力には絶対に敵わない事を実感しているからである。

 

 

「ふふっ‥‥‥あぁ、幸せ」

 

 

 私の上に覆いかぶさるチハ。

ベッドの上に転がる半裸の私。

拘束された腕。

がっちりと掴まれた体は、揺り動かそうにも全く拘束を解く気配が無い。

彼女に拘束され、早数十分。

私の精神は正直な所、限界に迫っていた。

いや、精神だけではない。

肉体的な限界も迫りつつある。

 

 ミシミシと音を立てる私の体、骨と筋肉が鬩ぎ合い圧縮されようとしている。

内部から徐々に破壊されている感覚。

そして段々と荒くなる呼吸、白くなっていく視界。

 

 早い話がチハの抱き着きによって体が悲鳴を上げていた。

 

 彼女とて私が人間であると理解している筈だが。

今回はいつもより抱きしめる力が強い。

それは私を逃さないと言う意思表示なのか、それとも単に無意識の内に成している事なのか。 

 

 そもそも、なぜこんな事になってしまったのか。

酸素の足りない脳は現実逃避の為の題目を私に与え、思考する。

 

 

 最初、手錠を掛けられた時、私は確かに硬直してしまった。

人間予想外の事に直面すると、一瞬だが頭が真っ白になってしまうものだ。

私も例に漏れず僅かな時間アホ面を晒してしまった訳だが。

しかし私とて腐っても軍人、訓練校時代に叩きこまれた技を肉体は覚えていた。

 

 手錠を嵌める、それは相手を拘束する動作だ。

それが私に危機感を抱かせた。

警鐘を鳴らした第六感を信じ、チハから逃れる為に先手を取った。

密室に手錠、そして妖しく嗤う部下が一名。

これで危機を感じない方がどうかしている。

私は一瞬でチハの腕を取ると、足を外側に払って重心を後ろに逸らした。

転倒させ、そのまま関節を決める為だ。

勿論怪我はさせない様に直接的な打撃は避ける、戦車が人間の格闘術程度で怪我をする筈が無いがこれは心情的な問題だ。

 

 私の目論見通り、腕を取られ足を払われたチハは重力に従って床に転がる。

そしてうつ伏せになったチハの腕を曲げれば拘束が完了する、戦車の怪力は脅威になる為、全体重を体に掛けて全力で関節を曲げた。

 しかし、私が予想した抵抗はされなかった。

組み敷かれたチハは、どこかキョトンとした表情で私を見上げる。

毒素を抜かれる様な表情だ、私はチハの背中に膝を乗せたまま彼女を見降ろした。

 

「‥‥一体何を?」

 

「それはこちらの台詞だぞ、チハ」

 

 いきなり手錠を嵌めるなど、一体何を考えているのか。

そう問えば、チハは当たり前のように「アンタをこの部屋に監禁する為だけど‥‥?」と回答した。

その表情には一切の躊躇いも、そして後悔の色も見えなかった。

まるで正しい事をしている様に、当たり前を口にする。

 

「‥‥‥本気か?」

 

「本気、アンタが今外に出ればホリやトク、ハクに捕まる‥‥そしたら、結婚しちゃうんでしょ?」

 

「いや、私は結婚など‥‥」

 

 チハの言葉に反論しようと口を開くが、チハが続きを口にする事で遮られてしまった。

 

「‥‥だから、盗られる前に私が既成事実を作る」

 

「‥‥は?」

 

 最初、チハの言葉が上手く変換出来なかった。

きせいじじつ、きせいじじつ‥‥‥既成事実!?

そう正しく意味を理解した瞬間、私は自分の体が浮き上がった感覚を覚える。

そして、腹筋だけで自分の体を持ち上げたチハを視界に捉えた瞬間、何か途轍もない力で宙に放り投げられた。

 

「う‥ぉっ!?」

 

 半回転。

そして狙ったのか、着地地点はチハのベッド

どうやって投げられたのかも分からないまま、私はベッドの上に転がった。

そして勿論、手錠で繋がったチハも一緒だ。

私の上に着地し、ギシリと大きな音が鳴る。

スプリングが悲鳴を上げて、僅かに舞った埃が窓から差し込む光に映った。

跨れた私はこの体勢は拙いと体を持ち上げるが、チハの腕が胸を押さえつけ上体すら起こせなかった。

 

「ぐっ‥‥チハッ」

 

 胸を圧迫され、くぐもった声で名を呼ぶと、チハはどこか恍惚としたような表情をした。

頬を赤く染めて唇をそっと舐める。

 

「っ‥‥そんな切なそうに呼ばないで‥‥腰にクルじゃない‥」

 

 押さえつけた腕をそのままに、チハは口を使って器用に私の服を裂いた。

歯で服を噛み、勢い良く首を捩じる。

士官服は普通の衣服より丈夫とは言え所詮は布だ。

硬貨を紙のように捩じ切る戦車の前では何の障害にも為らない。

士官服に下着のTシャツ、その下には素肌。

容易く服を裂かれた私は、チハの目の前で肌を晒した。

服を裂かれた私は、あぁ、予備の士官服を用意しなくては、追加の士官服を補給班に頼みたいが何と言い訳すれば良いだろう、何て見当違いな事を考えていた。

 

「はぁ‥‥すぅ」

 

 顔を赤くしたまま、チハは胸を押さえていた腕を退けて圧し掛かって来る。

そして私の首筋に何度かキスをすると、深く息を吸い込んだ。

 

「‥‥良い匂いがする」

 

 そう言った彼女の吐息が耳をくすぐる。

密着したチハからは、何とも言えない良い匂いがした。

そして柔らかい体は戦車とは思えない弾力を私に感じさせる。

‥‥そう言えばこの基地に来てからと言うものの、女を抱いていない事に気付いた。

私とて未だ23歳、まだ枯れてなど居ないし戦場に出る以上心的ストレスは人並みに感じている。

訓練校時代は週末、月に一、二回程は致していたが。

そんな事を考えていたからだろうか、ふと下半身に熱を感じた。

 

「っ‥‥チハ、今すぐ退けっ、上官命令だ」

 

 一瞬、邪な考えを浮かべた思考に喝を入れ、彼女の肩を掴んで引き離そうとした。

だが、彼女は一向に離れない。

僅かに私を抱きしめる力を強くした彼女は、どこか拗ねる様な口調で言う。

 

「‥‥結婚してくれるなら」

 

「だからっ、結婚はしないと言ってっ‥‥!」

 

「じゃあ無理」

 

 至極簡単な受け答えで、一際強く抱き締められる。

ミシリと筋肉と骨が悲鳴を上げ、思わず呻いた。  

 

「ぐっ‥‥」

 

 離せ、離れない、結婚する、しない。

馬鹿の一つ覚えの様に繰り返される問答、どちらも相手の要求を呑む気は無いし、譲る気も無い。

私としては結構な時間粘った気もしたが、保ったのは十分程度。

 

 結局、先に精根尽き果てた私がチハのされるがままになるまで、そう時間は掛からなかった。

 

 

 そして現在に至る。 

 

「ふふっ」

 

 上機嫌に私の首筋や胸に顔を埋め、深く呼吸を繰り返してはキスをする。

そして意味も無く私の肌に手を這わせ、丹念に撫でて行くのだ。

その手つきはどこかいやらしく、愛撫の様にも感じる。

極めつけは、離さないと言わんばかりの抱き着き。

これをされると意識が飛びそうだった。

 

 ミチリと体が悲鳴を上げる。

 

 もはや抵抗する気力すらない私は、一人思考の海に逃れる。

何故こんなにも彼女達は結婚したがるのか。 

何か私の知らない圧力でも働いているのか。

ただの被害妄想かもしれないが、私は本気で何か裏があると思っていた。

 

「さて‥‥」

 

 私の首筋に顔を埋めて居たチハが僅かに顔を離す。

彼女がキスの雨を降らせた首や胸には無数の鬱血の痕が見られる。

言ってしまえばキスマークだ。

まるで自分のモノだと言わんばかりに刻まれた証は、無性に羞恥心を掻き立てた。

 

「ねぇ」

 

 不意に、彼女が私の瞳を覗き込む。

爛々と光る瞳に僅かな充血、そして仄かな色気のある目つきが私を捉えた。

思わず顔を逸らしてしまい、彼女が顎を掴んで強制的に正面を向かせられる。

視線が交わって、お互いの吐息が掛かる距離。

そして彼女の口から出た言葉に、私は言葉を失った。

 

「アンタ、初めて?」

 

 初めて。

 

 一体何が。

 

「‥‥‥‥その、こういう事」

 

 そう言ってチハが手を這わせた場所。

それは下半身、もっと言えば左右の足の間にある部分。

そこで無節操にもそそり立ってしまったモノ。

服の上から触れられた瞬間、思わず腰が引けた。

 

「わっ」

 

 身を捩った瞬間、チハの足に当たってしまう。

そしてチハはそれを見て、何故か嬉しそうに笑った。

 

「‥‥アンタ、私に興奮してるんだ」

 

「っ‥‥」

 

 この基地に来てから発散してないからとか、色々溜まっているからとか、いい訳なら幾らでも出てくる。

だがチハの様な女性に迫られて、興奮しない男は不能だろう。

勿論それを口にする様な事はしないが。

 

「それで‥‥初めてなの?」

 

 チハが私を覗き込んだまま問うてくる。

その質問の内容に少しだけ頬を赤らめた私は、何とかチハの視線から逃れようとするが、私の顔を固定する彼女の手から逃れる事は出来ない。

「答えて」と催促され、私の脳は幾度と無く回転する。

 

 返答するならば初めてでは無い。

だが、何故だろう。

 

 正直に答えれば、死ぬ気がした。

 

 いや、それは確信に近い。

彼女の覗き込む瞳はどこか色香を放っているものの、奥底では暗く鈍い光が蠢いている。

まるでその質問は「初めて以外許さない」と、言外に語っている気がするのだ。

これは気のせいだろうか。

いや、私の第六感、シックスセンスが今までに無い程警鐘を鳴らしている。

此処で正直に話せば命は無いと。

明確な死の匂い、あの戦場にも匹敵する濃厚な死の気配を感じた。

 

「あ、あぁ‥‥」

 

 固唾を呑み込み、私がそう答えると、チハはまるで真偽を確かめる様に私の瞳を見つめた。

じっとりと額に汗が滲み、視界一杯にチハの顔が映る。

瞳孔の開いたチハの瞳、それに今まで感じた事の無い恐怖を感じた。

感情が抜け落ちた様な顔、ぴくりとも動かない目。

自分の顔から段々と血の気が失せていくのが分かる、そして何十分にも感じられたチハとの対峙は不意に終わりを告げた。

ふと、チハが口を開こうとした瞬間。

 

 コンコン、と部屋のドアがノックされた。

 

「チハさん、いらっしゃいますか?」

 

 ドアの向こうから聞こえてくる声、それはホリのものだった。

目の前にあったチハの顔が遠ざかる。

私は思わず安堵の息を吐いていた。

 

「‥‥どうしたの、ホリ」

 

「あぁ良かった、少し聞きたい事があるのですが‥‥」

 

 そして一拍置いた後、ドアの向こうから少しだけ低くなったホリの声が響いた。

 

「将臣さんを知りませんか?」

 

 ハッキリとした声だった。

その声は確かにチハの耳に届き、チハは一瞬答えに詰まる。

そして、何故か少しだけ後悔の滲んだ表情をした後、「‥‥知らない」とだけ答えた。

 

 訪れる静寂。

 

「そうですか‥‥」

 

 ぽつりと、ホリは呟いて。

次の瞬間。

 

 ドアが弾け飛んだ。

 

「ッ‥‥!?」

 

 弾け飛んだ金属製のドアが音を立てて床を滑る。

壁にぶつかって止まったドアは、中心がべっこりと凹んでいた。

一体どれ程の力が加わったのか。

私に覆いかぶさる様にして身を屈めたチハは、部屋の入り口に目を向けた。

そしてゆったりとした足取りで部屋に入ってきたホリは、見えない目でこちらを見た。

緩慢な動作は、相手の恐怖心を煽る。

 

「将臣さん、居ないんですよね? ‥‥‥じゃあ、何でだろう」

 

 

 

「此処から、将臣さんの匂いがします」

 

 




少佐は協定の事を知りません!


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IFストーリー
IFストーリー 「市街地戦 敗北」


これは本編と何ら関係の無い IF ストーリーです。

ゲリラ戦、市街地戦で仮に敗北し主人公が捕虜となった場合‥‥。


if ストーリー

 

市街地戦 敗北

 

 

 

 作戦は、確かに賭けに近いモノだった。

跳躍地雷が目元に炸裂して、効果があるのか。

果たして、それで怯むかどうか。

元々通常兵器が通用しないと言う事は、確認済みであった。

しかし、戦車でありながらもその行動は人間に近いモノで、であるならば目や耳と言った器官に対する攻撃は多少なりとも有効打なり得ると。

そう推察しての行動だった。

 

それ以外にも、彼女達に意図を汲んで貰えるか。

砲撃は一撃で仕留める事が出来るか。

不安要素は尽きず、実際、あの死の間際になっても私は成功を確信出来ずに居た。

 

 しかし、それを大見栄切って実行したのは私だ。

自分を信じろと、さも自信満々の様に振る舞い彼女達を騙した。

 

 

ー その結果が、コレか

 

 

 私は後悔していた。

あの時、撤退していれば良かったと。

 

 見栄を張らず、碌な作戦など無いと。

戦車三台を撃破した事に満足して、欲張らずに撤退しておけば良かったと。

重戦車など、捨て置けば良かったと。

 

 私は歴戦の兵士でも、天才策略家でも、何でも無いのだ。

只の一尉官、戦車を従えた事で気でも大きくしていたのかもしれない。

馬鹿だった。

見誤っていた。

戦車と言う存在を、知った気で居た。

 

 連中は、私の知る戦車よりも強大だったのだ。

 

「コイツか」

 

 耳に響く、甲高い声。

揺れる視界の中で、ノロノロと首を擡げる。

座り込んだ私の前に、二人の影が見えた。

その影は二人の戦車のものだった。

我々を陸に追い込んだ深海凄艦の同胞、暴虐の権化。

怪物と言える二人の瞳が、赤い光と共に私を射抜いた。

片方は私と然程身長の変わらない戦車、もう片方は座り込んだ状態でも分かる、身長二メートルは有るだろう巨体だった。

 

「eliteに生身で挑んで、負けたんだっけ? 馬鹿な人間」

 

「いや、報告によるとeliteを大破に追い込んだらしい、部隊も撤退してるし実質こちらの敗北だ」

 

 それに指揮していた部隊は欠陥品、出来損ないの部隊で軽量戦車二、中量戦車一を撃破している、とても有能な指揮官だ。

そう巨体の戦車が口にすると、ひゅう、と隣に居た戦車が口笛を鳴らした。

 

「じゃあ、何でソイツらの司令官が此処に居るんだ? コイツらが勝ったんだろう? おかしな話だ」

 

「何、単純な話さ、eliteを仕留め切るだけの火力が無かった部隊は撤退、この男は生身でeliteに挑んだからな、満身創痍で撤退する事も叶わなかった、結果捕虜になる‥‥‥当然だろう?」

 

「自分達の司令官を置いて撤退するかねぇ‥普通」

 

 その言葉に、巨体の戦車が僅かに含み笑いを零すが、隣の戦車がそれに気付く事は無く、私の目だけに映った。

 

「なぁ、もう話せるだろう?」

 

 巨体の戦車が屈んで、壁に寄り掛かる様にして項垂れる私を覗き込む。

それをもう片方の戦車が興味深く見つめ、私は固く結んでいた口をゆっくりと開いた。

 

「‥‥殺せ」

 

 私の第一声は、ソレだった。

それを聞いた途端、目の前の顔がぐにゃりと嗤う。

その口元は、三日月の様に歪だった。

 

「ほぅ、殺せか、人間にしては面白い事を言う」

 

 巨体の戦車が私の顎を掴み、無理矢理上を向かせる。

添える様な力だと言うのに、妙な恐怖感が私を煽った。

その瞳は気のせいか、爛々と輝いている気がする。

それが一体何を意味するのか、私には分からない。

 

「前捕まえた奴とか、最後まで無様に命乞いしたって言うのに、随分と不思議な人間だねぇ」

 

「この人間は日本人だ、侍の血が流れている」

 

 小柄な戦車が首を傾げ、「サムライ?」と聞き返す。

その頭上には疑問符が出ていた。

 

「サムライ‥ハラキリとか、カミカゼ‥‥だっけ?」

 

「間違いでは無い、日本人には『死への美学』とも言える概念が存在する。

それこそ、切腹に神風、自ら命を捨てる事すら厭わない、ある意味最も潔い人種だ」

 

 良く分かんない、そう言って小柄な戦車は頬を膨らませる。

大柄な戦車が私の顎を離すと同時、強烈な拳が腹に叩きこまれた。

視認も出来ない、認識外からの一撃。

私は予期せぬ一撃に、容易くその拳を受け入れた。

 

「ごふっッ」

 

 内臓が迫上がって、内側から圧迫される様な感覚。

胃が裏返って、思わず胃液と血を吐き出した。

体をくの字に曲げたまま、石床にびちゃびちゃと水音が木霊する。

 

「わぉ強烈‥‥まだ生きてるなんて、随分頑丈なんだ」

 

「加減はした、本気でやったら貫通する」

 

 激痛に苛まれながら、私は緩慢な動作で視線を動かす。

頬を地面に擦り付け、ゆっくりと連中を見上げた。

その目つきは、睨めつけると言っても良い。

だが、そうやってしか抵抗出来ない自分の無力さに、腹が立った。

見下す視線には、僅かな愉悦と冷徹な光、そして面白いモノを見つけた様な、そんな残酷な色があった。

 

「‥‥面白い事を考えたのだが」

 

「‥ん、何?」

 

 巨体の戦車がゆっくりと私の前に屈み、髪を無造作に掴む。

痛みに呻きながらも、連中を睨めつける事をやめはしない。

そのまま視線を無理矢理上げさせると、こちらの瞳をじっと見つめながら口を開いた。

 

「この人間、私達の将軍にするというのはどうだろうか?」

 

 その一言に、小柄な戦車が驚きの声を上げた。

表情は見えないが、僅かに息を呑む音が耳に届く。

 

「アンタ、正気?」

 

 巨体の影から聞こえてきた声色は、非常に低い。

目の前の存在は、その回答に対して「当然」と言わんばかりに頷いた。

 

「連中が未だ抵抗を続けて居られるのは、艦娘や戦車の存在があったから」

 

 巨大な手が、滑らかに私の頬を撫でる。

血の付着した白い手は、驚く程冷たかった。

 

「そして同時に、それらを指揮する有能な指揮官が居たからだ」

 

「その人間が、そうだと?」

 

 巨体の戦車が振り向き、小柄な戦車と視線を交わす。

 

「elite隊を撃退した、それも欠陥品で‥‥十分に能力の高さを証明している」

 

「人間如きに、従えって?」

 

 その声には怒気が混じっていた。

急激に気温が下がり、それが小柄な戦車の発する圧力なのだと気付く前に、本能が屈服する。

空気が鉛の様に重くなったような、殺気に私の肌が粟立ち。

歯が鳴った。

 

 しかし、対して目の前の巨体の戦車は、その言葉に笑みを零して。

私の目を、悪魔の様な微笑みを湛えて。

こう言った。

 

 

「なぁに、問題は無い、コイツも、私達と同じにすれば良い」

 

 

「っ‥ぁ‥!?」

 

 絶句。

その一言に尽きる。

 

それは、私にとって「死」より恐ろしい、悪魔的な言葉だった。

人間の深海凄艦化、それは人を辞めると同時に、連中と同じ「負」の存在となる事。

まだ人類には知られていない、ブラックボックス。

大破着底した艦娘が深海凄艦になると言う推測は、前々からあった。

しかし、人間はどうだ?

人間が、深海凄艦になったら。

 

- どうなる?

 

故に、私にはこの先どうなるのか、それすら想像がつかなかった。

 

私の中の何かが叫ぶ。

 

 逃げろ。

 

 今すぐ逃げろ。

 

 死んでも良い。

 

 今、死ねるのならば、まだ幸せだ。

 

 逃げろ、今ならまだ、間に合う。

 

 それは、死んだ人間の念か。

或は、深海凄艦へと身を落としたモノ達の忠告だったのかもしれない。

足元から上ってくる、絶望。

人は、未知を恐れる。

それは、私にも当て嵌まった。

 

 私はその忠告にすぐさま従った。

 

 思いっ切り舌を突き出し、そのまま歯で食い千切る。

そうすれば、死ねる。

この絶望から逃れられる。

 

私は舌を突き出し、次いで噛み切ろうとして。

その歯が舌を千切る前に、強大な何かが私の頭を押さえつけた。

そして逆の手で、顎を掴む。

 

「死んでくれるなよ? 今日からお前は、私たちの上官となるのだから」

 

 見れば、目の前に大柄な戦車が居た。

そして、すぐ傍には小柄な戦車も。

 

「まぁ、勝てるなら良いんだ、強くなれるなら、ね」

 

 白い、華奢な手が、私へと伸びる。

視界が手で覆われ、冷たい温度が脳を冷やす。

必死に抵抗し、体全体を使って暴れまわるが、万力の様な戦車の力には敵う筈もない。

 

 結果、私は。

 

 

「さぁ、一緒に人類を殺しましょう? 将軍」

 

 

 

 すまない。

 

 ハク。

 

 トク。

 

 チハ。

 

 ホリ。

 

 

 

 視界を黒く染め上げる、恐ろしく冷たい何かが、私の意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで将軍、次は中央を襲うのでしょう?」

 

 黒い狼煙を上げる地上。

嘗て「東京」と呼ばれた、人類の最後の砦。

そのビル群や施設は、海から放たれた砲撃の雨に更地と化していた。

地面に残る砲弾痕、散らばる瓦礫や武装。

 

 地面に転がる屍は、全て「戦車」

それらは、『俺』達に挑んで敗れた哀れな尖兵。

 

「ヲ級の艦載機が制空権を奪取した、そのまま火点を迫撃砲で潰せ、弾着観測はイ号に任せる、残りは残党狩りだ」

 

 黒い軍服を靡かせ、手に持つは帝国海軍時代の刀。

金のエンブレムを飾った帽子を目深く被り、先陣を行く。

 

「前線の戦車が随分と粘っているわ、eliteから支援要請が来てる」

 

「大方、戦車に遅延防御をさせて逃げる算段だろう、全く、人間と言うのは‥‥」

 

「左翼の機動打撃部隊に強襲させろ、正面が駄目なら側面から叩く」

 

「分ったわ、将軍、私達は‥」

 

「決まっているだろう、敵の本丸を潰す、ア号以下5名の戦車は俺に続け、これで本土決戦を終わらせる」

 

 抜刀し、一歩踏み出す。

しかし、それを遮る手があった。

その人物に視線を向ければ、随分大柄な戦車‥‥ア号が俺を見て微笑んでいた。

 

「将臣、あまり急くな、君が死んだら私達は終わりなんだ、せめて私の後ろに居てくれないか」

 

 眉を下げて、申し訳無さそうに口を開くア号を見て、俺は一歩踏み出した足を下げた。

 

「お前が、そう言うのなら‥‥」

 

 抜刀した剣を下げる俺を見て、ア号は優しく笑う。

 

「ふふっ、勇ましい君も好きなんだ、だけど、失うのが怖すぎる」

 

 ア号を中心に、四人の仲間達が先頭に立ち、俺に背を向ける。

その背は大きく、圧倒的な安心感を俺に齎した。

 

「さぁ、将臣、共に行こう‥‥君が居れば、私達は負けない」

 

「あぁ‥‥当然だ」

 

 彼女達を勝たせ、誰一人欠ける事無く、凱旋を。

 

 我らに勝利を。

 

 

 

 

「行くぞッ、全ては勝利の為に!」

 

 

 

 

 高鳴る胸を抑え、彼女達と戦場を駆ける。

 

 心酔する様な強さ。

 

 共に戦える歓喜の念。

 

 人間を屠ると言う快楽。

 

 世界の為だと言う正義。

 

 

 

 だと言うのに、何故だろう。

 

 

 

 何か、胸に穴が空いている様な。

 

 空虚な気持ちが、確かにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 大切な、何かを 俺は‥‥いや。

 

 

 

 

 

 

 ー 私は。

 

 

 

 

 

 END 




本編と何も関係ないよ!
でも、なんかこう、深海凄艦側に提督が居たら‥!
的な発想で手が止まらなかった!
後悔はしていない!(`・ω・´)

細かい所はあやふやだから、突っ込まないで下さい!(´;ω;`)ブワッ

まぁ、こんな話もあった「かも」‥‥という事で一つ。

例によって深海凄艦もヤンデレ設定です。



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IFストーリー 「本土決戦 陸上孅車side」

IFストーリーの続きとなります。
本編、市街地戦で主人公が敗北したら‥‥。



 

俺が俺である証明は要らない、俺には彼女達さえ居れば良い。

 

 

 

 

「敵最終防衛ライン崩壊、中央から順に戦車部隊は後退して行くわ」

 

 火点を潰され、迫撃砲の光に怯えながら後退していく戦車の群れ。

中央が温存していた虎の子の戦車、その数三十。

恐らく何れかこうなる事を予測していたのだろう、敵の本丸は予想以上の粘りを見せた。

対空砲やトーチカの数は今まで相手にしてきたどの基地よりも多く、しぶとい。

重戦車を中心とした強固な部隊と合わさり、それなりに俺達の仲間を苦戦させた。

 

 だが、所詮は消える前の蝋燭に過ぎない。 

幾ら基地の防衛設備を充実させようと、空も海も抑えられた人類に勝ち目は無い。

それらを潰し、破壊し、蹂躙する。

動かぬ的など、物量の前では何の意味も無い。

そして、俺達には決して負けぬ理由がある。

 

「右翼に展開していた敵戦車部隊の壊滅に成功、イ号以下四名、本丸の襲撃を開始するとの事です」

 

 隣に居たク号が俺に仲間の動きを伝える。

現在ア号以下四名、陸上孅車第一部隊は敵の本丸に強襲を仕掛けていた。

左翼から奇襲を仕掛け、敵の最終防衛ラインを食い破り、仲間と共に懐へとなだれ込む。

最終防衛ラインは要塞の外周付近に設けられ、それを食い破った今、四方を包囲され本丸に侵入を許した人類は攻勢に出る事は出来ない。

勝敗は決まった。

 

「右翼陸上打撃部隊の損害は」

 

「小破が三、中破が一です」

 

「中破した者は一時海岸に後退、補給と手当を受けろと通達してくれ」

 

「分かりました」

 

 機器を用いず全ての戦車とコミュニケーションを取れる陸上孅車は、指示を出して受けるまでのタイムラグが存在しない。

故に、リアルタイムで俺の指示に従い、作戦を変更、実行できる。

それは人類にとっては脅威そのものだ。

 

 今までは、指示を出す存在が居なかった為、殆ど意味を成さない力ではあったが。

 

 此処には、俺が居る。

 

「通達、敵は遅滞防御を捨て機動防御に移行する筈だ」

 

 防衛線を捨てた敵戦車部隊は要塞の奥深くへと後退する。

そこは既に本丸の中腹、背後には二重の防御壁に囲まれた司令部。

敵は此処で最後の抵抗を試みるだろう。

建物が多く乱立する要塞内部は敵の庭、死角を突いた奇襲や設備を利用したトラップも無いとは言い切れない。

時間稼ぎにはもってこいだ。

負けはしないが、損害は被る。

その間に、人間は遠くに逃げると言う算段に違いない。

故に俺達はわざと要塞外周に陣取り、半包囲網を構築した。

 

「付き合う必要はない、これだけ纏まってくれたのだ、タ号、やれるな?」

 

 俺がそう問えば、背後に待機していたタ号が頷く。

そして少しの間目を閉じると、スッとその瞼を開いた。

 

「‥‥海岸に待機している重砲部隊の砲撃準備完了、指示を受け次第砲撃可能」

 

 一瞬で交信を行ったタ号の言葉に、俺はうっすらと笑みを浮かべた。

 

「素晴らしい、では最後は精々派手に散って貰おう」

 

 そう言って、手に持った刀を掲げる。

隣に居る大型の戦車、ア号が「ふふっ」と笑い声を上げると同時、その刃が振り下ろされた。

 

 

「やれ」

 

 

 背後から撃ち鳴らされる砲撃音。

かなり後方に待機していたと言うのに、その爆音はすぐ傍から鳴った様に聞こえた。

そして一拍置いて、空から白い尾を引いた光が飛来する。

それは半円を描いて空を横断し、やがて敵の要塞深く食い込み、着弾した。

 

 轟音と閃光。

砂煙とコンクリートが舞い上がり、何人かの戦車が巻き込まれて宙を舞ったのが見えた。

次々と着弾する迫撃砲、砲撃の雨は次々とコンクリートを耕した。

砲撃効果など、確認する必要も無い。

足元に転がって来るコンクリートを踏み砕き、その煌びやかな光景に見惚れていると、ア号が僅かに身じろぎした。

「どうした」と問うと、彼女は俺に問うてくる。

 

「ヲ級空母部隊から通信、艦載機を用いて空爆を敢行す、約三十秒後、注意せよとの事だ」

 

 ア号は俺に向けて「どうする将臣」などと言うが、答えは決まっている。

 

「今までやられて来た鬱憤があるんだろうさ、海には海のね、どうせこれで本土決戦は終わる、最後位好きにさせよう」

 

「君がそういうなら、構わないよ」

 

 そんな言葉が交わされた数十秒後、空から無数の艦載機が飛来して来た。

その数は数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程。

恐らく空母の艦載機を全て発艦させたのだろう、これほど揃うと圧巻の一言。

 

 ここから見れば投下される爆弾は米粒程にしか見えないが、それでも数が揃えば効果は劇的だ。

爆撃が開始され、着弾した瞬間火柱が上がる。

無数の艦載機が投下した爆弾は次々と爆発を起こし、最早更地にする気なのかと思う程に徹底的な爆撃が行われた。

その余波が、かなり距離のある俺達まで届いてくる。

 

「将臣、私の後ろに居て、破片が飛んで来たら危ないわ」

 

 そう言って、俺を庇う様に前に立つハ号。

続いて、ア号とタ号も同じように俺の前に立ち塞がった。

 

「戦車の砲撃ならまだしも‥‥余波程度で怪我をする程、軟じゃないぞ?」

 

 少し、不貞腐れる様にしてそう口にすると、皆一様に頬を緩めて笑った。

中でもア号は、もう見て居るこちらが驚く程にふやけた笑みを見せる。

何が彼女の琴線に触れたのかは分からないが、幸せそうで何よりだ。

 

「なぁ、将臣」

 

 ア号は俺の肩に手を置いて抱きしめると、髪の中に顔を埋める。

そして少し深く呼吸すると、耳元で囁いた。

 

「私達は戦車だけど、君は人間なんだ‥‥‥どうか無理はしないでくれ」

 

 窘める様な声。

俺は彼女のこの声に弱い。

何か、心を揺さぶられると言うか、唐突に泣きたくなると言うか。

何とも表現しがたい、不思議な感覚だった。

 

「‥‥俺だって、戦えるさ」

 

 そう言って、手に握った刀を見せる。

その刀身は鈍い輝きを放ち、妙に手に馴染んだ感触を俺に伝える。

だがア号は、刀を握った俺の手を優しく摩ると静かに刀身を鞘に納めた。

 

「出来れば、君には安全な後方に居て貰いたいのだけど」

 

「それは無理だ」

 

 ア号の言葉に、俺は即座に否定の声を上げる。

彼女達だけを戦わせて、自分は後方で呑気に過ごしているなどと、耐えられない。

戦車と人間、その違いは最早どうしようもない程に広がっているが、例えそうだとしても自分は彼女達と対等でなければならない。

等しく命を掛けなければ、仲間などと呼べないのだ。

少なくとも俺はそう思っていた。

 

「俺はお前達を勝たせる、お前達さえ居れば良い、それが俺の存在理由であり、戦う理由だ」

 

 もとより、俺は戦う為に生まれた。

彼女達を率いて、勝利を齎す為に生まれてきたのだ。

 

「‥‥ふふっ、勇ましい君は、やはり良い」

 

 ア号はそんな俺の啖呵を、蕩けた笑みで見つめる。

そして、「でも」とゆっくりと体を離した。

 

「やはり失うのは怖い、怖すぎる、だからどうか死なないでくれ、人は‥‥人間は脆弱なんだ」

 

「‥‥分かっている」  

 

 今まで幾度と無く戦車と戦ってきた俺だからこそ、人間の脆さは理解している。

それがどうしようもない事だと言う事も。

 

「まぁ、過度な心配はしなくて良いわ、だって私が守るもの」

 

 胸に手を当て、ふんと大きく反り返ったハ号は自信満々にそう言い放つ。

 

「‥‥私も、居る」

 

 それに続いてタ号も歩を進めた。

残りのク号とコ号、両者共「任せて下さい」と言わんばかりに頷く。

陸上孅車第一部隊、ア号を部隊長とした五名。

これが今の俺の部隊。

 

 俺の戦友。

 

「全く‥‥頼もしい限りだ」

 

 ア号がどこか呆れる様に、だが嬉しそうな微笑みを浮かべて肩を揺らした。

その微笑みには仲間に対する信頼が、俺に対する明確な好意を読み取れる。

俺はソレに応えなければならない。

 

 彼女達の向ける眼差し。

どこかくすぐったいような心地よさ、麻薬の様な高揚感。

それを俺に齎してくれる、この部隊が好きだ。

陸上孅車が好きだ。

 

 それが俺、笹津将臣なのだ。

 

 最後の艦載機が風を切り、海岸へと引き換えしていく。

苛烈を極めた爆撃は終了し、跡には瓦礫の山と化した敵の本丸だけが残っていた。

灰色が積み重なる光景、戦車だったモノが肉塊と化し地面に横たわる様。

見て居て気持ちの良いモノでは無い。

恐らく今の爆撃で殆どの敵性勢力を無力化した事だろう。

居ても満足に動けない筈だ。

 

 だが、戦争の火種を残す様な事はしない。

徹底的な外敵排除。

それが世界を『平和』にする条件だ。

故に俺は腕を高く掲げ、進軍命令を下す。

ア号が全軍に通達を出せば直ぐに全軍が戦いの幕を下ろすだろう、この長い戦いに終止符を打てるのだ。

 

 幾度も戦い、傷付き、同胞を失った。

 

 今こそ、この戦争を終結させる。

 

 我々の勝利と言う最期で。

 

 

「残党狩りだ‥‥全ては勝利と平和の為に」

 

 

 万感の思いで腕を振り下ろそうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 俺のすぐ目の前に、砲弾が着弾した。

 

 

 

 

 

 いや、正確に言うのならば、俺を庇ったコ号に着弾した。

 

「ぐぅっ‥ッ」

 

 咄嗟に庇ったのだろう、呆然と突っ立っている私の視界にはプレーン装甲で砲撃を受けるコ号の姿が映った。

展開装甲も間に合わず、俺に衝撃や破片が届かない様に全身で砲撃を受け止めていた。

足元に衝撃吸収用のアンカーが展開し、彼女の体が衝撃に揺れる。

 

「コ号ッ!?」

 

 衝撃に膝が折れる、慌ててコ号の体を背後から抱きしめれば大きく損壊したコ号の正面装甲が見えた。

コ号は中戦車であり防御特化では無いが、そうそう軟な装甲を積んでは居ない。

一番堅牢な筈の正面装甲は、見るも無残に粉砕されていた。

中央にぽっかりと空いた穴、そこを中心に黒ずんだ着弾痕。

 

「この火力‥‥重戦車かッ」

 

 ア号が瞬時に俺の前に陣取り分厚い装甲を展開させれば、間髪入れず数発の砲弾が立て続けに着弾した。

破片や爆炎が周囲を埋め尽くし、タ号、ハ号、ク号の三名がそれぞれカバーする様に装甲を展開させる。

全て俺を破片や爆炎から守る為だった。

 

 手元のコ号を見る。

砲撃は直撃したが、まだ生きている。

大破、だけど撃破はされていない。

 

「敵位置は!?」

 

「‥‥‥前方敵本丸内部、司令塔の上に二体」

 

 タ号が僅かな装甲の隙間から敵の位置を確認し、その位置を俺に示した。

 

「その横にも居るわ! 瓦礫の中に紛れてる戦車っ! 数は一っ!」

 

 次いでハ号が声を上げ、潜伏する戦車の存在を露にした。

思わず舌打ちが漏れる。

 

「将臣さんッ、ゲート付近にも戦車が一体っ」

 

 計四体の戦車。

それらが一斉に砲撃をしてくる。

 

 俺は一瞬コ号に目をやって、それから直ぐに叫んだ。

 

「タ号、支援要請! 砲兵部隊に敵本丸への支援砲撃ッ!」

 

 すぐさまタ号から支援要請が飛ぶが、彼女は数秒の後に首を横に振る。

 

「駄目、さっきので全弾消費した‥‥補給完了まで三分、いや二分、支援攻撃は不可能」

 

 支援砲撃は不可能。

思わず呻くが、無いものねだりは出来ない。

 

「他の部隊は?」

 

「右翼、左翼共に敵の本丸に侵入、戦闘状態ですっ」

 

「現戦力で対応するしかない‥‥」

 

 俺は僅かな逡巡の後、覚悟を決めた。

 

「ア号を残し、三名は散開して敵の的を絞らせない様機動防御に移れ、ア号はコ号を死守、海岸沿いに展開しているどの部隊でも良い、コ号を担いで後退出来る奴を呼んでくれ!」

 

「分かった!」

 

 ア号が叫び、救援要請は受理された。

そして、タ号、ハ号、ク号が俺に不安げな表情を見せる。

それは暗に装甲の展開をやめて俺が無事かどうか心配しているのだ。

俺はその視線に対して、頷いて返す。

それと同時、腰に差していた刀に手を添えた。

 

「‥‥俺は人間だけど、お前達と同じ存在だ‥‥そう易々とは死なないよ」

 

 その言葉に彼女達は少しの不安を残しながらも、各々顔つきを変えて飛び出していく。

カバーしていた彼女達のスペースが空き、ア号ひとりで支える鉄の壁は少しだけ小さく見えたが、恐怖も焦りも全てゴミ箱に投げ入れて叫んだ。

十分距離は取った、皆は散開し、断続的な砲撃音がア号の支える装甲の向こう側から鳴り響く。

後は、俺次第だ。

 

「タ号、ハ号、ク号、支援頼むッ!」

 

 そう叫んで、俺はア号の装甲を飛び出した。

 

「将臣っ!?」

 

 すぐ真横を走る去る瞬間、ア号の驚く顔が鮮明に映る。

俺はソレに対して笑みで答えた。

 

「将臣さん、何をっ」

 

 左右に展開しながら砲撃を行っていたク号が悲鳴に近い声を上げる。

だが、こうでもしなければア号の装甲が耐えられない。

幾ら重戦車と言えども、敵の集中砲火を浴び続けて抜かれない装甲など存在しない。

事実、彼女の支える装甲板はべこべこに凹み、真っ黒に黒ずんでいた。

恐らく後数発も持たないだろう。

もし抜かれれば、彼女はプレーン装甲で受け止めようとするだろう。

あの分厚い重戦車の持つ展開装甲を撃ち抜く砲撃を‥‥だ。

 

 それだけは駄目だ。

 

 ア号もコ号も、死なせはしない。

 

「抜刀準備」

 

 走りながら腰の刀を握りしめ、僅かに鯉口を切る。

俺が彼女達の仲間になった時に手にしたという、陸の黒い制服に似合う軍刀。

名も無い刀。

 

 見た目は古臭い軍刀 - だが内実は白兵戦専用の対戦車武装。

 

 彼女達、陸上孅車が生み出した『戦車を斬る為』の武器。

人間ではあるが、同時に彼女達と同じ陸上孅車の色も受け継いだ俺が扱う唯一無二の力。

防護用の手袋の上から、鞘を思い切り握りしめる。

そして轟音の後に俺に向かって砲弾が飛んできた。

恐らく俺の背後に居るア号に向けて放たれた砲撃。

 

 飛んできた、と認識した瞬間には砲弾がすぐ近くまで迫った。

人間ならば認識する前に死んでしまう刹那の思考。

半ば人間を辞めた事によって生まれた、この反射速度。

刀の鞘に備え付けられたトリガーに掛かった指が、ぐっと引き金を引いた。

 

 瞬間、火薬が炸裂する。

火薬の詰まっていた薬莢が排出され、火花が保護手袋の表面に散る。

そして打ち出された刀が握った腕に導かれ、正しく神速で砲弾を正面から捉えた。

砲弾と刀、普通なら前者が後者を粉砕して終わる。

だが、この刀は『斬れないモノを斬る為に存在する』

 

 戦車と比べれば、砲弾など紙に等しい。

 

 俺の左右を、何か途轍もなく素早い物体が通り過ぎ、遥か後方で着弾した。

両断した砲弾。

それが左右に分かれて地面に埋まる。

 

 俺は振りぬいた勢いをそのままに、走りながら一回転。

そして流れる様な動作で納刀する。

額に流れる冷汗は、空気がそのまま無かった事にした。

 

「将臣っ、ちょっと、どういう事!?」

 

 ハ号の怒声が耳元の無線から聞こえる。

風がうるさくて良く聞こえなかったが、怒っている事だけは分かった。

 

「いや、なに、少々、囮に‥‥な」

 

 次の砲撃が来ても反応が出来る様に、納刀した状態で刀の柄を握る。

だが、正直先程の芸当はもう一度出来るか怪しかった。

さっきのは奇跡と言っても良い。

砲弾を両断するなど、人間を多少強化した程度の俺では難しい。

だがやらねばならない。

背後には守るべき仲間が居るのだ。  

 

「~~っ! 何でいつもそうッ‥‥待ってなさいッ!」

 

 そう言って通信が切れる。

走りながら左右を素早く確認すれば、タ号、ハ号、ク号が俺と同じように敵に向かって突撃していた。

思わずア号の方も確認したくなったが、流石に背後を振り返る事は出来ないので、無事な事を祈る。

前方から轟音が鳴り響き、思わずトリガーに掛かった指に力が籠った瞬間、タ号とハ号の近くから爆発が起こった。

どうやら相手は標的を変えたらしい。

安否が気になったが、二人とも上手く装甲で流した様だ。

 

「将臣っ、コ号は砲兵部隊が海岸沿いまで後退させた、私も今から突撃するッ!」

 

 耳元から怒声、いや焦燥を含んだ叫びだろうか。

恐らくア号だろう、通信の後に背後から凄まじい速度で迫る何かの音が聞こえてくる。

あぁ、これは、少々どころか、かなり小言を言われるのだろうな。

 

 一番最初に本丸へと辿り着いたのは俺だった。

人間を半ば辞める事によって得られた筋力、百メートル六秒の脚力。

戦車に比べれば鈍いが、火事場の馬鹿力とスタート時の差で僅かに俺が早かった。

 

「斬り込むッ!」

 

 ゲート付近に陣取っていた戦車、恐らく中戦車と思われる一体。

ソイツは身の丈に合わない巨大な火砲を俺に向けるが、何故か砲弾を放つ事は無かった。

間合いを詰め、残り数歩と言う所でトリガーを引き絞る。

一足飛びで急激に接近し、鞘から火薬が炸裂、薬莢が排出され刀身が弾き出された。

瞬く間の攻防。

首を狙って薙ぎ払われた一撃、しかしそれは紙一重で避けられた。

仰け反る様にして傾いた上半身、刃は僅かに前髪を数本薙いだだけに終わる。

とんでもない反射速度、だが戦車ならば不思議はない。

避けらる事は折り込み済み、この刀の居合は必殺では無いのだ。

 

 避けられた勢いをそのままに、その場で回転。

通常納刀する所を、勢いを殺さずに胴体目掛けてもう一度薙いだ。

だがそれも、下から掬い上げる様な打撃に弾かれ、体勢を崩す事になった。

 

「くぅ‥っ」

 

 戦車の力は俺の力を遥かに凌駕する。

刀身がビリビリと揺れ、握力が一気に持っていかれた。

両手を弾かれた状態で二歩程後退する。

そのまま、虚勢を張る様に戦車と対峙するが、俺は内心で勝利を確信した。

俺の役目は囮と時間稼ぎ、他の戦車が本丸に到達すれば役目は終わる。

今の僅かな攻防、時間にして十秒にも満たない。

 

 だが、その十秒が何よりも重要だった。

 

「将臣さんッ!」

 

 ク号の叫び。

そして俺が右に身を投げると同時、砲弾がすぐ近くを通過した。

轟と風を切る音、砲弾は中戦車に着弾し爆発を引き起こす。

俺は地面に這い蹲る様にして身を守り、パラパラと降って来る砂を被った。

 

「ご無事ですか!?」

 

「‥‥あぁ、流石だよク号」

 

 膝立ちになって、肩や髪に積もった砂を払う。

粉塵の舞い上がった視界には中戦車の姿が見えない。

流石にク号の砲撃が直撃したのだ、無事ではあるまい。

立ち上がり納刀、油断なく構えていると粉塵が晴れ中戦車の姿が露になった。

 

 その姿は無傷。

 

 腕に装着された外部装甲。

それだけで砲弾を防いだのだろう、顔面の前に突き出したそれの向こうからギラリと光る眼光が見えた。

凹み黒ずんだソレを徐にパージし、中戦車は用済みとなった装甲を投げ捨てた。

そして口を開く。

 

「やっと逢えた」

 

 それは誰に対しての言葉だったのだろうか。

眼光は俺を照らしていた。

それは、俺に向かって放たれた言葉。

だがこの中戦車に見覚えは無い、嘗て部隊と交戦した生き残りか何かだろうか。

俺に恨みを抱く戦車は多く居る。

目の前の戦車もその一人と考えれば、納得はいった。

 

「将臣さん‥‥」

 

 すぐ横にク号が並ぶ。

そして俺の姿を隠すように前に踏み出し、火砲を中戦車に向けた。

すると中戦車は、まるで親の仇を見る様な顔でク号を睨む。

その瞳の向こう側には途轍もない憎悪が見え隠れしていた。

 

「‥‥‥お前が、お前等が‥」

 

 怨念が籠った声。

中戦車の火砲がク号を捉え、同時に俺は気付いた。

 

 この中戦車、腕が一本足りない。

 

「‥‥人間の飼い犬にしては、随分と野性的ですね、狂犬ですか?」

 

 二人の間で殺気が混じり合い、鈍く光る砲塔がいつ火を噴くか緊張の糸が張り詰める。

そんな中、背後から俺を呼ぶ声。

ハ号とタ号、そして遅れてア号が俺の元に集った。

俺を囲う様にして半円型の陣形を取る。

そして一気に中戦車に向けて火砲を突き出した。

 

「‥‥‥」

 

 中戦車は何も言わない。

ただ、鋭い眼光で陸上孅車を睨みつけるのみ。

 

「チハ」

 

 中戦車の背後、ゲートの向こう側から声が聞こえた。

 

「やっと‥‥見つけたのね」

 

 そして現れたのは、三体の戦車。

それぞれが特徴的で、そして身の丈の合わない火砲を装備した戦車。

 

「ん‥‥やっぱり、皆で考えていた通り」

 

「‥そう」

 

 チハと呼ばれた中戦車は数歩後ずさり、ゲートの向こう側から出てきた戦車と合流し、俺達と対峙した。

 

 これで、向こうの総戦力とこちらの総戦力が対峙した事になる。

向こうは軽戦車が一体、中戦車が二体、重戦車が一体の様だった。

丁度、こちらと同じ編成だ。

向こうの戦車は陸上孅車を憎悪の籠った眼差しで見つめ、そして時折、俺に何か黒く、深淵の様な瞳を向ける。

 

 良く分からないが、何故か背筋がぞっとした。

 

 そして連中を見て居ると、一体を除いてある事柄が共通している事に気付く。

戦車の中では異質な雰囲気、それはそうだろう。

連中は、各々がどこかしらに欠損を抱いていた。

 

 腕、足、目。

 

 唯一五体満足の軽戦車を除いて、皆が皆どこかしらを失っている。

重戦車は目を、中戦車は足を、チハと呼ばれた戦車は腕を。

若しかしたら、軽戦車も見えないだけで欠陥を抱えているのかもしれない。

ア号もそれに気付いたのだろう、険しい目つきのままで言い放った。

 

「‥‥欠陥を抱えて、尚も人間の為に戦うか‥‥理解出来んな」

 

 それを聞いた目の見えない重戦車が、ふっと笑う。

その笑みが、何か頭の中で引っかかった。

 

「人間の為‥‥? 違いますよ、私達は人間『なんか』の為には戦っていません」

 

「‥‥何?」

 

 予想していなかった回答に、ア号の眉がつり上がる。

重戦車は目が見えて居ないと言うのに、まるで見えて居る様な動作で俺を正面に捉えた。

 

「‥‥全ては、愛する人の為です」

 

 

 

「ねぇ、将臣さん?」

 

 

 

 突然、頭に激痛が走った。

 

「ぐ‥ぉぉっ!?」

 

 思わず膝を着き、刀を取り落としてしまう程度には激痛だった。

まるで銃器か何かで思い切り頭部を打たれた様な痛み。

頭の中で、ぐるぐると何かが回る。

 

 何だ、何かの攻撃か?

俺は敵の攻撃を食らったのか?

 

崩れ落ちて這い蹲ると、周囲の陸上孅車が一気に悲鳴を上げた。

 

「将臣ッ!?」

 

「将臣さん!?」

 

 ア号とク号が悲鳴を上げる。

 

「どうしたのっ!?」

 

「っ‥しっかりして‥!」

 

 ハ号とタ号の声が、随分遠くから聞こえた様に感じた。

激痛に思考が纏まらない。

何か、脳の奥底を小人が蹂躙している様だった。

不快感と激痛、平衡感覚を失った体がアスファルトの上に横たわる。

 

「‥‥やっぱり、そうだったんですね」

 

 軽戦車が小さな声で呟く。

だが俺の耳には鮮明な声として届いた。

 

「貴方たちが、大尉‥‥将臣さんを‥‥私達から、私から‥‥奪った」

 

 戦車の火砲が一気に、陸上孅車を捉えた。

膨大な負の感情が、爆発する様に充満。

そして、各々が憎悪の限り叫ぶ。

 

「私の大尉を‥‥将臣さんを返してっッ!!」

 

「この時をずっと待っていました‥‥大尉を取り戻す時を、奪った陸上孅車を殺す時をっッ!」

 

「‥‥将臣は悪く無い、悪いのは奪ったアンタ等‥‥髪の毛一本、この世に残れると思わないで‥‥っッ!」

 

「覚悟して下さい‥‥この一年の憎悪、何よりも重いですから」

 

 火砲を向けられた陸上孅車もまた、俺を傷つけられた事で憤慨する。

各々が叫び、怒りを露にした。

 

「貴様等ッ‥‥将臣を傷つけるとは、余程死にたいらしい‥っッ!」

 

「この人の隣に立つ意味‥‥教えてあげる」

 

「将臣に手を出した事、後悔しながら死ねっッ!」

 

「‥‥‥一回じゃ済まない‥‥何度でも殺してあげる‥ッ‥!」

 

 俺が止めるよりも早く、それぞれの火砲が火を噴き轟音が周囲に響き渡る。

砲弾が装甲に弾かれ、着弾し、爆発し、周囲が粉塵に呑まれる。

何故かは分からないが敵の戦車は俺を傷つけようとしない。

俺を中心に散開した戦車達は、それぞれの相手と砲撃戦を繰り広げた。

 

 平衡感覚を失い、生きているのか死んでいるのかすら分からない世界の中で、何か、何か大切な事を忘れて居る気がした。

それは俺を構成する何かの一つで。

大切にしていた筈の何かで。

絶対に失いたくないと、絶対に守ると決めた筈の何か。

 

 チハ。

 

 この名前を聞く度に、何かが俺の頭を叩く。

思い出せと言わんばかりに。

 

 チハ‥‥?

 

 一体それは何か。

 

「将臣っ、起きてくれッ‥‥くっ、展開中の部隊で手の空いている者は今すぐ来いッ! 将臣を守れッ!」

 

「もう‥‥これ以上、離れるのは嫌なのッ!! 大尉ッ!」

 

 陸上孅車の皆と同じくらい大切な。

尊くて、暖かい。

大切な‥‥。

 

 大切?

 

 俺は彼女達を自分の存在意義だと言った。

だとすれば、それは、俺自身に形替わるような重要な事だったのだろうか。

分からない。

思い出せない。

 

 それがどうしようもなく、もどかしい。

 

「うぁ‥‥ぐっ‥‥あぁ‥‥」

 

 頭が、痛い。

 

「将臣さん、今、助けますッ!」

 

 軽戦車が俺目掛けて駆け出す。

だが、それを拒むようにア号が横から体当たりした。

重戦車の重量に大きく弾かれる軽戦車、だが地面を二度転がった後、何事も無かった様に立ち上がった。

その瞳は爛々と輝いている。

 

「邪魔を‥‥しないでぇッ!!」

 

 その矮躯には不釣り合いな、中戦車用の火砲。

それが火を噴き、ア号の展開装甲に着弾する。

凡そ軽戦車が誇る火力では無い。

至近距離での砲撃も合わさって、僅かにア号の姿勢が揺らぐ。

だが、重戦車のア号にとっては致命的な一撃では無かった。

爆炎を切って、ア号が軽戦車の前に躍り出る。

 

「小兵がッ、私を墜すならば倍の火力を持ってこいッ!」

 

 腕に装着した展開装甲をそのままに、まるで鈍器の如く振り回す。

受ければ軽戦車など容易に潰せるそれを、素早い動きで掻い潜る。

そして業を煮やしたア号が、砲撃を何度も受けボロボロになった展開装甲を投げ捨て、素手で軽戦車に挑みかかった。

振り上げた拳を、軽戦車が両腕で受け止める。

衝撃に足元のアスファルトが罅割れ、二人の視線が交差した。

 

「っ、思い出したッ! お前等、相楽基地のっ‥‥欠陥品部隊ッ!!」

 

 欠陥品?

 

 その一言に、頭の中で何かが外れた。

 

 

 

「…え、と、その、笹津大尉、あの、朝ごはん…」

 

「笹津大尉は、どうして、戦場に立とうと思ったのですか……?」

 

「……それが、どうして大尉なのですか」

 

「任せて下さい、大尉」

 

 

 

 遠い記憶の向こう側に感じる、誰かの声。

いや、誰かなんて、分かり切っている。

この声、温もり、心地よさ。

そう、彼女達は。

 

 目の前の軽戦車に視線が行く。

濁った世界では無い、さっぱりとした視界が広がる。

そしてその顔、姿を見て。

何故か。

何故か涙が流れて。

その名は、すんなりと声に出た。

 

「ハク‥‥?」

 

 

 

END 





一万文字超えたよやったね!
大体一話3000文字ですから‥‥約三話分。
分割して投稿しようかなぁ、とか思っていたのですが何か分けると負けた気がして‥。
何かこう、ヤンデレ愛的に‥‥。

 本編の方はちょっと停滞しそうです‥‥楽しみにしている皆さま、申し訳無い!

 番外編はサクッと書きますので!少々お待ちを!



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本編
新天地


 初投稿となります。
艦これの動画を見ていたら、無性に書きたくなり、勢いのまま書きました。

 感想頂けると、幸いです。


 

 順風満帆な人生の筈だった。

 

 

 

「中尉、君の配属先が決まった、君には将軍として働いてもらう、配属先は零二番地区、旧北海道だ」

 

 

 

 

 

 

 

 何故こんな事に。

そう考えるのは、これで何度目の事か。

護送車両に揺られながら、早数時間、道なき道とも言える様な場所を何時間も掛けて走り続けている。

武骨なシートは衝撃吸収材などと言う便利なモノを持っているハズもなく、ダイレクトに揺れを尻に届けていた。

お蔭で、すでに皮の一枚はやられている自信がある。

舗装されていない砂利道は、この地が戦地である事をしめしていた。

目を向ければ、鉄鋼柵の向こうに砲撃痕や銃弾の弾痕が残っている。

 

 零二番地区、十数年前までは「北海道」と呼ばれていた地。

 

 既に『連中』の進軍を内陸まで許してしまった日本軍が、零二番地区を手放して一年近くが経過している。

それでも何とか零二番地区で進軍を抑えられているのは、理由がある。

連中が元々海に特化した存在だったのが幸いだったのだろう。

上陸した連中の展開は、あまり早いとは言えなかった。

その間に、陸軍を掻き集められるだけ集めて、迎撃作戦を敢行、勝利を捥ぎ取ったのが十一か月と半月前。

それ以降、連中とは膠着状態が続いている。

 

 つまりは、そう、最前線と言う事だ。

 

「…くそっ」

 

 どうしてこんな事になったのか。

 

 悪態を吐く他、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「……中、いえ失礼、昇進して今は大尉でしたね、大尉殿、ここが零二番地区に存在する基地のひとつ、相楽基地です」

 

「………」

 

 護送車に揺られて六時間。

漸く到着した基地は、想像していたよりは、マシであった。

前線の悲惨さは自分とて理解しているつもりだった、いつ砲弾が飛んでくるかも分からない状況、衛生管理等の手は二の次だと。

てっきり、どこかの廃墟、若しくは負傷兵で埋め尽くされた場所に連れていかれるのかと覚悟していたが。

見る限り、多少老朽化は目立つものの、マシ、と言える程度の外見と規模を誇った基地だった。

 

「この相楽基地はまだ前線の中でも後衛に位置する基地でして、最前線の神田基地、達子基地に比べれば損傷もソレ程酷くありません」

 

 そうなのか、その言葉を飲み込んで頷く。

この基地に赴任した事は悪ではあるが、最悪では無いらしい。

「後は用意されている資料をご覧ください」そう言って、護送車の運転手兼監視役はさっさと航空基地に去って行った。

護送車が排気する灰色のガスを見送りながら、溜息。

何とも、薄情なものである。

そう思うが、所詮前線に飛ばされる尉官に抱く感情など、そう多くは無いかと笑った。

 

 周囲を見渡すと、高い防壁に鉄格子、配置された連射砲台、小型のレーダー。

どれもこれも、旧世代の兵器であり、通常兵器。

埃を被っていそうな様子に、再度溜息が漏れた。

 

「新しい将軍、ですか?」

 

 そう声が聞こえて、振り向く。

そこには、何とも、周りの風景と馴染まない様な奴が居た。

女だ、それも、中々に高水準の。

どこか気弱そうな感じの、華奢な女。

軍には、慰安婦と言う存在があり、もしや、その類かと一瞬思った。

過去慰安婦問題でその辺りの規制は厳しくなったが、前線では倫理も法もクソくらえだろう。

故に、そう考えた訳だが、次に発せられた言葉で彼女が慰安婦では無いと分かった。

 

「あ、あの、副官に任命されました、『ハク』です、宜しくお願いします!」

 

 そう言って、勢いよく頭を下げる彼女。

短い短髪に、おかっぱ…に近いぱっつん髪。

体は小柄で、じっと見れば中学生辺りに見えなくもない。

 

 こんな女が、副官?

 

 呆然とした。

最早前線は、こうも人材不足が深刻化しているのかと。

 

「え、えっと、正式名称は八九式です」

 

 八九式?

 その言葉を耳にし、待てよと、ストップを掛ける。

 

「まさか…お前、例の」

 

「あ、あの、はい、わ、私は陸から進行してくる《陸上懴車》を迎撃する為に生まれた、せ、戦車です」

 

 あぁ、成程と、理解した。

それと同時に、本当に実在したのかとも。

 

 深海棲艦と呼ばれる存在が現れてから、同時に艦娘と呼ばれる存在も現れた。

それが、数年前。

激しい攻防の末、我々人類は敗北し、制海権は連中の手に渡った。

戦闘に於いて、艦娘は全滅、生き残りは居ないと聞いている。

その頃私はまだ陸軍の士官学校に在籍していたので、詳しくは知らない、恐らく聞いても守秘義務を理由に断られただろう。

結果、連中は陸に侵攻して来た訳だが。

その時に、また同じように連中に対抗出来る存在が生まれた。

 

 それが、こいつ等。

 

 全くもって、こいつ等が現れるまでの数週間、必死の思いで戦った陸軍の連中に敬意を送りたい。

通常兵器でよくぞ持ちこたえたと。

しかし、こんな女が基地に居る理由も分かった。

つまりは、こいつ等が此処の主力と言う訳だ。

 

 となれば、第一印象は良いに越したことはない。

軍帽を深く被り直し、直立不動の敬礼。

それを見たハクが、慌てて返礼した。

 

「俺は笹津将臣(ささつまさおみ)大尉だ、将軍と呼ぶのはやめろ、俺は尉官であって、将官どころか佐官ですらない」

 

 そう言うと、ハクは恐る恐ると言った風に片手を上げた。

 

「え、えと、では何とお呼びすれば…?」

 

「大尉でも、笹津さんでも、何でも良い、将軍で無ければ特に拘らない」

 

「えっと、りょ、了解しました、さ、笹津大尉」

 

「…まぁ、何でも良い」

 

 言ってから、私の部屋に案内を頼む。

元よりそのつもりだったらしく、ハクの後に続いて基地の建物に足を踏み入れた。

 



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執務室

 

 

 

 内部は外見よりも新しく見えた。

 

 どうも、内装だけ見れば内陸の基地とも左程変わりはない。

あちこちに視線をやりながら歩くと、二階の東側端に『執務室』と書かれた部屋があった。

ハクが「ここです」と、どこかギコチナイ笑みを浮かべる。

 襟元を正し、ドアノブに手をかける。

そこを開くと、実に簡素な部屋が目の前に広がった。

来客用のソファだろう、それが二つ向き合うように設置され、中央に硝子テーブル、それを超えた場所に木製のデスクと椅子。

目につくものは、それだけ。

デスクも椅子も、あまり良いものでは無いのだろう、どこか年季を感じさせるものだ。

だが、まぁ、こんなものだろうと納得。

作業できる椅子と机さえあれば、仕事は出来る。

 

 もとより、こんなところに長居する気は無いのだから。

 

「え、えっと、その…あ、あの」

 

 そう考えてから、傍に立ったまま動かないハクの様子がどこかおかしい事に気付く。

俯いたまま、じっとりと額に汗を滲ませ、青い顔をしているのだ。

心なしか、体は震えている。

 

「も、モノ、少ないです、よね、え、へへ…す、すみません、い、一応お掃除は、頑張った…んです、けど」

 

 疑問符を頭に浮かべる。

目の前のハクは、どこか、怯えている様にも見えた。

 

「どうした?」

 

「ひぁ!」

 

 一歩詰め寄ると、ハクが飛び上がって、顔面から血の気がさった失せた様に見えた。

一体何だと思うが、それ以降、ハクは縮こまる様に体を小さくし、俯く。

一言も話さない。

疑問符を浮かべながら、部屋にさっさと入室し、少ない手荷物-ほんの、手提げバッグ一つ分-をデスクに乗せ、部屋を見渡した。

調度品は年季物ばかりだが、掃除は行き届いている様だった。

窓枠に指を滑らせると、埃も付着していない。

実に清潔だ、衛生管理は問題ない。

 

「掃除は頑張った、と言ったな」

 

「っ!…は、はい……」

 

 

 

 

 

「良い仕事だ、感謝する」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 感謝を告げた後は、早速仕事に取り掛かろう。

早急に内陸に復帰し、上を目指さなければならないのだから。

最初は連隊にでも所属して、隊内選抜で本部附きの幹部を狙うのが妥当だろう。

そう決め、早速渡された資料をデスクに広げた。

椅子に腰かけ、調子を確かめる。

うん、年季はあるが、中々どうして、座り心地は良い。

こういう椅子に座ると、指を組んで口元を隠したくなる。

 

「済まないが、茶を頼めるか、あればで構わない、前線の事情をすべて把握している訳では無いのでな」

 

「あ、え、その、りょ、了解しました…」

 

「頼んだ」

 

 その後、資料に目を向ける。

 

 さて、先ずは基地の現状把握から始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 視界の端で、どこか挙動不審なハクが部屋を後にしていくのを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……笹津、大尉」

 

「怒らなかった」

 

「…部屋、見ても、怒鳴らない」

 

「………殴らなかった」

 

「………」

 

「………」

 






感想、お待ちしています。













 ……お待ちしています。(切実


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着任

 

 

 

「陸軍士官学校を次席で卒業……それも、主席と僅差か」

 

「優秀だな、笹津中尉」

 

「父親譲り、と言うべきか、いや何、玄二中将には色々とお世話になった時代があったからな」

 

「しかし、何故陸軍士官学校なのだ? 君なら、海軍に進むとばかり思っていたが……」

 

「………いや、何、別に他意は無い」

 

「君は優秀だ、行く行くは私の後釜に就くかもしれん」

 

「連隊の幹部としての将来を希望しているんだ」

 

「………ふふっ、そうかね」

 

「考課表通りだな、君は」

 

「成績優秀・品行方正、だが………」

 

「いや、今はよそう」

 

「兎に角、今は体を休めると良い、明日には配属先が届けられる予定だ、どんな場所になるにしろ体力は使うだろう」

 

「休める時に休め、でないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコンと、ノックの音が執務室に響いた。

資料を読んでいた顔を上げて、「どうぞ」と声を掛ける。

扉を開いて入室してきのは、ハク。

「失礼します」と一声掛け入ってきた彼女の手には、お茶が。

 

「お、お代わりを持って来ました」

 

「あぁ、すまない」

 

 資料を読み始めてから一時間弱。

何となくだが、ぼんやりと現状が把握出来た。

微温くなったお茶を飲み干し、新しいお茶と取り替えてもらう。

どうも、この基地にはある程度の資材等が揃っているらしい。

補給も今の所問題ない、戦力も十分とは言い難いが、この基地だけで四人の戦車が居る。

 

 ……どうも、居ると言う表現が正しいかは分からない。

 

 正確には「ある」なのだろうが、彼女たちをモノ扱いするのは、何となく気が引けた。

ふと、ハクに視線をやると、一瞬、肩をびくりと震わせてから、下手くそな笑みを浮かべる。

それが、何とも人間臭くて、モノ扱いなど出来そうにない。

 

「この基地には、ある程度資材が揃っているな」

 

 資料を指で叩きながら、そう話しかけると、ハクはおっかなびっくりしながら頷いた。

 

「あ、えっと、はい、そういうのは、 トクちゃんが、その、管理していまして」

 

「トクと言うのは、ハクと同じ……」

 

「は、はい、特三式内火艇、トクちゃん、です」

 

「ふむ……そうか」

 

 もっと詳しい状況を知るためには、そのトクちゃんとか言う彼女とも色々話さねければならないだろう。

現場の状況と、紙面上の状況では重みが違う。

そう考え込んでいると、ハクが震える声で「あ、あの、笹津大尉」と呼び掛けてきた。

 

「ん、何だ、ハク」

 

「え、あ、と、そ、その」

 

 ぐっと、手を握ったり、唇を開いたり、閉じたり。

そんな動作を何度か繰り返した後、ゆっくりと彼女は言葉を紡いだ。

 

「そ、そろそろ、み、皆に、着任の、あ、挨拶、を、と……」

 

 そう言われて、そういえばと思い出した。

着任した後は、必要な人間に挨拶して回らなければならない。

ハクが言っている皆、とは恐らく『戦車』の事。

ハクを入れた四人に着任の挨拶が、一番最初の仕事だろう、窓の外を見れば空は紅く染まっている。

丁度良い時間だ。

 

「そうだな、そう言えば、そんな事もあったな、じゃあ、早速そうしよう」

 

 そう言うと、ハクはどこか呆然とした様な、驚いた様な表情をした。

その事に疑問符を浮かべるも、皆を招集して貰って良いかと聞けば、満面の笑みで「は、はい!」と力強く返事を返した。

その勢いに、何となくこちらが驚く。

 足取り軽く部屋を後にするハクにを呆然と見送りながら、突然どうしたんだと首を捻った。

 

 

 

 そうして、五分もしない内に、執務室にこの相楽基地の戦車全員が揃う事になる。

 

 

 

 

 

 そこで私は後悔した。

 

 

 

 

 

 基地の現状把握よりも、こいつ等、戦車の事について、資料を先に読んでおくべきだったと。

 

 




 一時間後か、二時間後にまた投下します。

 学校無くて書く時間がいっぱいなので、一杯書きたいです。


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欠陥品

 

 

 後衛の基地に配属された、四人の戦車。

 

 それは、虎の子、若しくは最悪の場合の保険、または切り札、そう思うだろうか。

 

 この基地に着任する事をつい先日知ったばかりの私は、此処についての知識を持ち合わせていない。

 

 それこそ、後衛かどうかも分からなかった様な有様だ。

 

 それ故に、ちっとも考えてすらいなかった。

 

 微塵も思わなかった。

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

 目の前に並んだ『戦車』を眺める。

 

 

 

 一番右に立っているのは、ハク。

華奢で、おかっぱな黒髪短髪な戦車、確か八九式戦車だったか。

 

 

 その隣に立つのが、先程名前を聞いたトクちゃん、特三式内火艇。

ハクより十センチ以上は背が高く、百七十前後だろう。

メガネを掛けて、少しクールな印象を受ける、そのまま見れば、知的美人、と言った所だろう。

 

 

 足があれば、だが。

 

 

 トクちゃんと言われる戦車は、右足が無かった。

右足の太ももから先、ばっさりと、義足の様なものを付けて、立っている。

先端は包帯に包まれ、直立不動で立つ様は、軍人そのものだが、それが逆に痛々しかった。

 

 

 

 そして、その隣。

九七式中戦車、チハ。

ツインテールに中程度の背丈、強気そうに見えるつり目は彼女に良く似合っている。

だが、彼女も又、『欠損』を抱えていた。

 

 

 腕が無い。

 

 

 片腕、左腕だけが無かった。

長袖の中身が無いために、左腕の袖だけが縛られ、何ともアンバランスに見える。

心なしか、僅かに重心も傾いてる様に見えた。

 

 

 最後に、一番左端。

試製五式砲戦車、ホリ。

この中では、恐らく一番背が高く、大きな印象を受ける。

身長は百八十程度で、私と同じ位の背丈、黒く、長い黒髪が特徴の女性。

顔立ちもすっとしていて、凛とした印象を受けた。

 

 

 だが、その目に巻かれた包帯が邪魔をする。

 

 

 彼女は目が見えていなかった。

それも片方では無い、両目だ。

両目に包帯を巻くその姿は、正に負傷兵そのものだった。

 

 

 成る程、と思う。

 

 確かに、と思う。

 

 

 最前線では無い基地に、戦車が四人。

先程は十分では無いと言ったが、内陸から攻め込まれない限りは、或いは前線が破られない限りは、安全だろう。

故に四人で不足、では無く、十分過ぎる、が正解だろう。

つまりは、そう。

この基地に正確に言うならば『戦力と言える存在は居ない』

きっと、そういう事なのだ。

 

 

 欠陥品の集う場所。

 

 

 

 彼女たちを『モノ』として扱うのなら、そう言うべきだろう。

 

 

 

 

「あ、えっと、その、さ、笹津、大尉……?」

 

 ハクが、恐る恐ると言った風に口を開く。

残りの三人は、口を固く閉ざしたまま、何も言わない。

それぞれ私が驚愕している内に、挨拶を済ませ、順番的に考えれば、次は私だった。

 

 私は、震えていた。

それが、怒りによるものなのか、それとも無知だった自分に対する羞恥なのか、はたまた、知った上で自分を此処に寄越した軍に対する理不尽さ故か。

拳を痛い程に握り締めて、唇を噛んで、軍帽を深く被った。

 

 あんまりだ。

 

 そう思った。

 

 見れば、ハクを含んだ、四人の戦車達の表情は皆蒼白になっていた。

きっと、私が怒りに震え、その矛先が自分たちに向けられるのだと、戦々恐々としているに違いない。

そう考えれば、あの、ハクの様子も納得の行くものだった。

 

 成る程、確かに、自分がこんな境遇の将軍になぞ任命されたら、それは副官に当たり散らしたくもなるだろう。

知っていからこそ、そういう態度が取れるのだ。

それを今まで、きっとハクは、味わってきたのだろう。

部屋の時と言い、自分に話しかけて来る時の様子と言い、つまりは、そういうことだ。

私と言う存在に怯えていたのだ。

いつ殴られるのか、いつ怒鳴られるのか、内心不安に塗れていたに違いない。

 

 ……そして、何故、ハクが副官なのか。

ハクは正直、副官に向いているタイプでは無いだろう。

客観的にも、本人に聞いても、そうに違いない。

 

しかし、目の前の光景を見れば、成る程と納得する。

唯一、ハクだけが五体満足なのだから。

五体満足だから、見苦しくない。

そういう事なのではないか?

 

 馬鹿らしくて、笑いたくなる。

 

 震える私に、何度かハクは話しかけようと、何か声を掛けようと、何度も口を開きかける。

だがそれも、何度か繰り返す内に、段々と弱々しくなり。

 

 ハクが諦めた様に、唇を戦慄(わなな)かせて、項垂れるように、震えながら肩を落とした。

 

 それを見たトクとチハも。

そしてホリは何となく、肌でその空気を感じとったのだろう。

彼女もゆっくりと、顔を伏せた。

 

 

 

 

 

 それが、私に対する、諦めの感情だと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 

 舐めるなよ!

 

 

 そう叫びたかった。

叫びたかったが、我慢した。

喉奥に張り付いた唸りを、腹に引っ込めて、まるごと蓋をした。

 

 今は叫ぶべき時では無い。

 

 私の目的は何だ。

 ここで怒鳴り散らし、関係を最悪の状態からスタートする事か?

 違うだろう、もっと出来る事はある筈だ。

 

 震える拳をそのままに、熱を吐き出す。

そう、落ち着けと言い聞かせた。

ここから這い上がるのだと。

それには、彼女たちの協力が必要不可欠なのだと。

欠損していようが、なんだろうが、戦車に変わりはないのだ。

通常兵器よりかは、何倍も役立つ。

 

 

 それに、そこまで非情になれる程、笹津将臣と言う人間は、腐ってなどいなかった。

 

 

「私は………笹津、将臣大尉だ」

 

 ゆっくりと、絞り出すような声でそう言った。

それから、肺の空気を抜き出して、一緒に怒気も抜き出す。

努めて、冷静に、そして優しげに。

 

「呼び名は将軍でなければ好きにして良い、俺はお前たちを呼び捨てにするが……構わないな?」

 

 そう言うと、最初にハクが、それから一拍遅れて皆が顔を上げた。

その表情は、一律、信じられない、或いは驚愕に染まった表情だった。

それが、私に対するどういう感情を生んだかは定かではない。

だが少なくとも、怒鳴り散らすよりかは、良い感情を産んだことは確かだった。

少し間を置いて、ハクが錆びたロボットの様に「は、はい」と頷いた。

それに続いて「えぇ」「…ん」「はい」と返事が帰ってくる。

それを聞いて、私は溜息を一つ。

 

 気分を入れ替えて、今後の事に意識を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 執務室 退出後 にて

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「…………ねぇ」

 

「……ん?」

 

「今度は、さ……大丈夫、かな?」

 

「………」

 

「何が…とは、聞かないわよ」

 

「………うん」

 

「……そうやって、期待して……」

 

「勝手に期待した結果、裏切られて」

 

「辛い思いをするのは……もう、嫌よ」

 

「………」

 

「………うん」

 

「………」

 

 

 



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思考

 

 

 挨拶を終え、皆を解散させた後。

私は独りで執務室の中、頭を抱えた。

 

 どうすれば良いのか、と。

 

 ここでの最高責任者は、私、笹津となる。

つまりは、どう動こうが、私の判断次第となるのだ。

 

 最終目標は、ただ一つ。

 

 内陸に呼び戻され、トップエリートとしての道を、再度歩み出す事。

それに必要な功績を、この限られた戦力……戦車を用いて上げる事が現状の目標だ。

だが、それが恐ろしく困難である事を、先程知ったばかりだった。

彼女たちの去った後、私は戦車の資料を読み漁った。

そして、読めば読むほど、自分の目標達成は困難である事を知った。

 

 ハク、八九式中戦車。

これは日本初の国産製式戦車として生産された戦車であり、性能は察せる。

だが、五体満足なだけマシだと思うべきだろう、問題は他なのだ。

 

 トク、特三式内火艇。

水陸両用戦車、しかし機動力は大幅に削がれた走れぬ戦車。

水陸両用だろうが何だろうが、機動力の無い薄装甲の戦車など的(まと)に等しい。

 

 チハ、九七式中戦車。

こいつはまだ、マシな方だろう。

腕が無くて火力が低下しようが、ある程度の運用は可能であると記録されている。

だが、やはり五体満足の戦車と比較すれば火力低下が著しい。

チハがこの基地に居る理由は、そういう事だ。

 

 最後にホリ、試製五式砲戦車。

最も残念なのが、このホリだろう。

圧倒的な火力を持つ真打、だがその実、目が見えない事により狙いを定める事が困難とある。

どんなに威力の高い砲撃だろうと、当たらなければ何の意味もない。

つまりは、そう、ただデカくて硬い的。

そういう事になってしまう。

 

 

 まともな、戦力、この場合きちんと戦力と数えられるのはハクとチハ位だろう。

一応トクも戦えない訳では無いが、火力がある訳でもないし、とても戦力とは数えられなかった。

 

「………せめて、ホリが使えればな」

 

 そう呟き、背もたれに寄りかかる。

圧倒的な火力と言うのは、それだけで魅力となる。

最悪動けなくても、固定砲台として活用出来ればチハやハクを囮にして狙い撃つ事も可能だっただろう。

しかし、目が見えなくてはそれも不可能。

 

まさに『欠陥品』だ。

 

「………罵っても、何も変わらない」

 

 息を吐き出して、茶を口に含む。

微妙な苦味が、まるで自分を責めている様な気がした。

茶を飲み干すと、くぅ、と腹が鳴った。

そう言えば、朝方内陸の基地を出た時以降、何も口にしていない。

昼も小さなロッゲンブロートヒェン (ドイツの小型パン、ロッゲンとは小麦の事) を一つ食べただけだ。

腹も減るだろう。

窓の外を見てやれば、夕暮れだった空も沈み始めている。

 

 少し早いかもしれないが、夕食にしても問題無いだろう。

 

 私は椅子から立ち上がると、デスクの上に置いた軍帽を被り、執務室を後にした。

そして、適当に廊下を歩きながら、食堂の場所を頭に思い浮かべる。

しかし、おぼろげな輪郭が出てくるだけで、場所の特定は叶わなかった。

もっと資料を読み込んでおくべきだったと後悔し、人に聞けば良いかと考え直す。

だが、元々人が少ないのか、廊下では誰ともすれ違う事が無かった。

 

 さて、どうしたものかと頭を悩ませた時、「あの」と背後から声。

渡りに船とはこの事かと感謝しながら振り向けば、そこには私と同じ位の背丈をした女が居た。

女だと分かったのは、大きな膨らみが二つ、胸の布を押し上げていたから。

下心は無い、本当に。

 

「将……笹津、大尉、です、よね?」

 

 そう不安げに口にするのは、ホリ。

目を包帯で隠した戦車。

 

「……ホリか、何故私だと分かった」

 

「…足音と、匂いが」

 

 そんなもので判別がつくのかと、少しだけ驚いた。

 

「何処に、向かわれているので?」

 

「……いや、少々腹が減ってな、食堂に向かっていた」

 

 そう言うと、どこか困惑した様な雰囲気で、ホリは言い難そうに口を開いた。

 

 

「そちらは、私達、戦車の宿舎、です」

 

 

「…………………そうか」

 

 

 沈黙。

 

 

 ごほんと、咳払い。

別に、誤魔化そうとか、そういう訳では無い。

頬を掻きながら「ホリ」と名を呼んだ。

 

「済まないが、食堂まで案内してくれないか、どうも、施設の把握が完全では無かったらしい」

 

 そう言うと、ホリは少し、ほんの少しだけ頬を緩ませて、頷いた。

 

「………えぇ、良いですよ」

 

 




一言でも感想を頂けると幸いです。m(_)m


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食事

 

 

 

 食堂は、何というか、思ったよりもキチンとしていた。

ある程度清潔に保たれており、整然と並べられた椅子とテーブル。

普通にどこにでもあるような白い長テーブルに、丸椅子だ。

それに食料の詰められたパックが並べられた窓口に、各種食器。

 

 普通だと、そう思った。

 

「ここでお食事を頂けます、朝、昼、夜の三度、時間はお分かりですか?」

 

「あぁ、その辺りの情報は資料を読んだ」

 

 頷きながら、今更私は疑問に思った。

ホリに視線を向けると、彼女は真っ直ぐ前を向いたまま佇む。

目の前のホリは、迷う事無くこの食堂に足を運んだ。

私よりは長い間この基地に居るのだ、施設の場所位は覚えていて当然だろう。

だが、彼女は「目が見えない」のだ。 

何故、道中一切の迷いなく進めたのか。

階段で躓く様な事すら無かった、それは一体何故か。

 

 ここまで来て、私の願望とも言っても良い推測が、口から出た。

 

「ホリ、少し聞きたいのだが」

 

「………はい」

 

 私が声を掛けると、ホリは体の正面に私を捉えた。

 

「君は……本当は、目が見えていたり、しないか?」

 

 そう問うと、彼女は一瞬驚いた様な顔をした後、ふっと、悲しそうに眉を下げた。

 

 とても悲しそうに、笑う。

 

 悲しそうな、悲観な微笑み。

中にはどんな感情が渦巻いているのだろうか。

どこか退廃的で、それでもギリギリの所で踏み留まっていて、まだもう少し頑張れる。

そんな事を既に何千回も繰り返したような。

 

 その表情が、ぐっと、私の胸を締めつけた。

 

「申し訳ありません、笹津大尉、私の目は本当に見えないのです」

 

 本当に申し訳なさそうに、彼女は頭を下げる。

それを見て、私は居た堪れない気分になり、「いや、すまない」と謝罪した。

咄嗟に出た、心からの謝罪だった。

それでも彼女は、何でも無いかのように「いいえ」と言う。

 

「私が自由に出歩けるのは、この施設内だけです、ここは、まだ目が見えた頃に、数ヶ月過ごしましたから」

 

 目が見えていなくても、何となく、体と記憶が覚えているのです。

そう言って笑う彼女は、どこか力なくて、ぐっと唇を噛んで耐えた。

 

「………食事にしよう、君も一緒にどうだ」

 

「……では、ご一緒させて頂きます」

 

 彼女の顔が見れなくて、口をついたのはそんな言葉。

今この時だけは、自分の不用意さを呪った。

 

 

 

 

 席は食堂の端にある二席を使用した。

目の前に並べられた食事を見ながら、思う。

 

 前線だと言うのに、食事も普通だ、と。

 

 パンにスープにサラダ、ついでに栄養機能食品。

ちゃんとした食事だ。

パンを一つ手に取り、口に含む。

パンは思ったよりも硬かったが、柔らかい白パンなど望むべくもない。

味は適当、普通にパンだ。

奥歯ですり潰してから飲み込み、悪くない、そう思った。

 

「笹津大尉」

 

 正面に座ったホリが、どこか緊張した様な面持ちで声を掛けてきた。

場にそぐわない表情に、こちらが面食らう。

 

「ど……どう、ですか」

 

「どう、とは?」

 

「お口に、合いましたか?」

 

 彼女の質問を理解し、素直に「悪くない」と口にした。

途端、彼女は胸を撫で下ろし、安心した様に息を吐き出す。

恐らくそれは、今までここに来た将軍様とやらが、軒並みこの食事に難癖をつけたからだろう。

怒鳴られたか、食事を投げ捨てたか……或いは、暴力でも振るったのか。

彼女の様子からは、そんな怯えがひしひしと伝わっていた。

 

 そんな連中と、一緒にするな。

 

 そう言えばきっと、彼女達は慌てて否定するだろう。

そんな事、思ってもいないと。

それでも態度では顕著に現れている、それはきっと負の遺産とでも言える、トラウマ的なものなのだ。

 

 それでも自分は違うと伝えたくて、「食えるのであれば、文句は無い」と呟いた。

その言葉に、ホリは曖昧な微笑みを浮かべて返す。

 

 その微笑みが、どうしようも無く歯痒かった。

 

 

 

 もそもそと、食事を続ける。

人の居ない食堂と言うのは、かなり寂しい。

元々、少し早めの夕食だったのだろう。

ホリと私以外、誰も居なかった。

 

 食事は据え置きというか、パックを皿に盛り付けただけの、簡素なものだ。

故に、食事係と呼べる存在も無く。

文字通り、二人ぼっち。

食事をする音だけが、響く。

 

 私は、パンを咀嚼しながら目の前のホリを盗み見た。

黙々とパンをちぎって、口に運ぶ彼女。

大柄な割には、わりと細々とした食事の仕方。

そこに、先程の様な怯え、または崩れてしまいそうな、悲壮な表情は無かった。

 

 彼女は、先程の質問をもう引きずっていない様子だった。

その事に、私も人知れず安堵の感情を抱く。

それを悟られないように、パンを口に詰め込んだ。

パンを食べ終わった彼女は、手探りで食事を進めている。

恐らく、椀の形でそれがスープなのか、サラダなのか、判別しているのだろう。

サラダは中央にフォークで寄せると、それを刺したり、掬ったりして食べていた。

彼女としては、毎度の事なのだろうが、初見ではどうも、不安で仕方なかった。

 

「大丈夫か」

 

 私はそう問う。

そうすると、食事の手を止めて彼女は微笑む。

 

「慣れていますので」

 

 そうか。

 

 それしか言う言葉は見つからなかった。

 

 会話は途切れる。

 

 そこからは、何とも言えない、静かな食事しか生まれなかった。

 

 

 結局、終始無言のまま終わった食事は。

「ご馳走様でした」と言う言葉を最後に、お開きとなる。

 

 食堂前で別れながら、ホリは礼をして去って行った。

 

 この後、何処に行くかも聞けなかった。

 

 執務室に足を向けながら。

 

 今度、何か話題を探して来よう。

 

 そう思った。

 

 

 



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思惑

 

 

 初日は、あっという間に過ぎて行く。

基地の現状把握で殆どの時間が過ぎていた。

宿舎の大浴場で風呂を済まし、執務室に篭っては資料を読み漁った。

そして読めば読むほど、怒りがこみ上げてきた。

 

 特に酷かったのは、戦車達に関する資料だった。

 

 何故欠陥品となったのか、過去の経歴から、現在に至るまでの作戦行動、そしてその結末。

何処でどうやって、誰に欠陥品にされたのか。

唯一、ハクだけは戦力外通告で此処に五体満足で送られた様だが、他の三人は戦闘行為の果て、此処に送られた。

 

「………胸糞悪い話だ」

 

 彼女達、ハクを除いた三人は、最初の三ヶ月の時点で陸上懴車によって負傷していた。

そして、今日に至るまでの九ヶ月余りを、この基地で過ごして来たと言う事になる。

 

 その間に就任した将軍の数、凡そ八人。

 

 殆ど一ヶ月周期で変わっていたと言って良い程に、早いペースで頭がすり替わっていた。

通常では考えられない事だ。

そして、どれもが内陸中央、またはそれに近い場所からの左遷等。

つまりは、私の様な尉官では無く、正真正銘の将官、佐官の連中と言う訳だ。

 

 最初に着任した前任者の階級は中将。

だが、次に次にと進むにつれ、段々と階級が下がっていき、将官、佐官。

そして遂には私、尉官にまで及んだ、と言う事だろう。

私のひとつ前、前任者の階級は『少佐』。

彼は最短記録、僅か二十日余りでここを去った。

誰も彼もが、投げ、見捨てて来たのだ。

 

 彼女達を。

 

 決して、名誉の戦死などではない。

果たすべき責務の放棄。

その結果。

 

「……………」

 

 自分もこうなるのだろうかと。

何とも言えない予感が体を突き抜け、体を震わせる。

無能として処分され、惰性で日々を生きる恐怖。

 

 そして、同時に脳裏を過ぎったのは、見捨てられて悲しむハクの顔。

困ったような、泣き出しそうな、そんな表情で笑うホリ。

 

 なぜそんな光景が浮かんだかは分からない。

 

 どうすれば中央に戻れる。

どうすれば彼女達を上手く扱える。

 

 この状況を、打破出来る方法を、策を。

 

 考える。

 

 考えるが、しかし、答えなど見つけられるハズもない。

 

 結局、現状打破に関する答えは見つけられず、ただ目の前の資料をめくる事しか出来なくなった。

 

 資料の中には、注意事項と言う名の、『自重しろ』と言うサインがあった。

つまりは、功を焦って欠陥品で突撃するなと、そういう内容のモノ。

どうやら、過去の将軍達は色々とやらかしたらしい。

四人の戦車を使って敵陣に攻撃を仕掛け、逆に反撃にあって防衛網を崩しかけたとか。

最前線の部隊と連絡をとって、無理やり戦線にねじ込んだとか。

結局双方の作戦は失敗し、ソイツ等は、それが原因でここを去った。

その作戦で、四人が損傷を受けたらしい。

幸いにして欠損や重傷と言う訳では無く、今では完治したとの情報があった。

そして、そんな内容の作戦が、二、三存在した。

どれもこれもが、戦車の精神を疲弊させ、損害を被ったと言うものばかり。

将軍の言い訳と言う名の作戦報告書には、全てにこう綴られていた。

 

 

 戦力不足 と。

 

 

 彼女たちを見捨てた奴らが言うのだ。

 

 酷いとは思う。

 

 あんまりだと、思う。

 

 だが同時に、何故、私なのだと言う気持ちも、ある。

 

「………下手に動けば、戦線を崩しかねない、だが…だからと言って、一生此処に縛られると言うのは」

 

 あんまりだ。 

その言葉は、口にこそ出なかったものの、本心だった。

 

 戦闘行為は、どちらにしてもやらなければならない。

でなければ、ただ後衛で戦場を見ているだけの無能となる。

私には、果たすべき願望があるのだ。

こんな場所で一生を終えるのも、無能として処分されるのも、戦場でくたばるのも、嫌だ。

 

 戦果をあげなければならない。

 

 それも、戦車を失う事無く。

損害を被ることなく、そして欠陥品とされる彼女たちを使って。

 

 

 分かりきっていた事ではあるが。

 

 それは、途轍もなく困難な事だった。  

 




 おかしい……。
もっと、こう、ぽぽーんと話が進んで某ssの様に終わると思ったのに……。

 自分が書くの遅いだけなのか……(´・ω・`)


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射撃訓練 前半

 目が覚めると、腕の感覚が無かった。

枕にしていたのかと、上体を起こして、伸びをひとつ。

どうやら、いつの間にか寝てしまったらしい。

枕にしていた腕が痺れ、デスクの上には資料が複数、青白い電灯の光に照らされている。

朝早い時間、窓からは柔らかい日差しが差し込んでおり、デスクに取り付けられた電灯を静かに消した。

それから肩を鳴らして、皺のついた資料を閉じる。

 

 結局、一日考えただけでは、分かる筈が無かった。

 

 きっと、先任の将軍もそうだったに違いない。

アプローチの仕方は違えど、何とかして内陸に戻りたい、その為にこうして試行錯誤した筈だ。

私とて考えた。

結局の所、戦果を上げるには戦闘を行うしかない。

しかし、どうにも戦車を道具の様に使うことに、酷い抵抗を覚えたのだ。

それが、妙に人間らしい、彼女たちに同情してとか、そういう理由では無いと思いたい。

結果、強硬作戦を取る事が出来ずにいる。

 

「……何を恐れているんだ、戦わなければ、内陸復帰など、夢のまた夢」

 

 だが、先任が失敗している作戦に踏み切る事が、どうしても出来ない。

将官や、佐官が失敗している事を、尉官である自分が出来るものか。

そんな不安が胸中を支配していた。

 

「………ふぅ」

 

 いけない。

思考が悪循環に走っている。

そう思い、鬱憤を全て吐息に混ぜて吐き出す。

それから、朝の新鮮空気を肺一杯に吸い込んだ。

 

「はぁ…」

 

 脳に酸素を送って、未だ靄のかかる思考に喝を入れる。

それと、執務室の扉が控えめにノックされるのは、同時だった。

 

「……誰だ?」

 

 こんな朝早い時間に、何の用か。

そう思って声を掛けると、くぐもった声で「トクです」と言う声が聞こえた。

 

「入れ」

 

「……失礼します」

 

 そう言って入室して来たのは、外見知的美人なトク。

手には何枚かの綴じられた紙束。

「何の用件だ」と問えば、メガネを指で押し上げながら口を開いた。

 

「今日の予定を聞きに来ました、私達は何をすれば?」

 

「………今日は、戦車の実力が見たい、演習…とまでは言わない、訓練を見せて欲しい」

 

「……了解しました」

 

 私の言葉に即座に反応し、「では、準備を整えておきます」と一礼して去って行った。

その後ろ姿を見ながら、見送りながら、違和感を覚えた。

どこか、酷く動作がゆっくりなのだ。

同時に、まるで義足だとは思えないとも。

わざと動作を遅くして、違和感の無いように見せているのかと思った。

 

「……演習を見て、今の実力を確認、その後策を練れば問題ない…」

 

 トクが執務室の扉の向こうに消えた後、自分に言い聞かせるようにして口にした。

 

 

 

 

 

 

 訓練場

 

 

 

 訓練なんて、前線じゃ後衛だけの特権だな。

 

 何て思いながら軍帽を深く被る。

目の前には四人の戦車、ハク、トク、チハ、ホリ、それぞれ直立不動で立っている。

換装は既に済ませ、各々得物を持ち、または纏っていた。

 

 外見は、士官学校でいつか見た『艦娘』とやらに酷似している。

 

 人間サイズでありながら、その火力や装甲は戦車と変わらない。

外見は皆、普通の人間女性と変わらないと言うのに、その中身と外見のギャップが恐ろしくアンバランスに見えた。

 

「今日は皆の実力を見せて貰いたい、訓練プランは既に練ってある、基本訓練を三つ、後は分野に分けたモノで見させて貰う、各自全力を尽くすように」

 

「はっ!」

 

「では、これより訓練を開始する、最初は静止砲撃を見せて貰う、ターゲットはD1を使用、実弾での訓練だ、無駄にするなよ」

 

 そして青空の下で行われる欠陥品の訓練。

一番手はハク、彼女は砲撃指定目標に向けて主砲を向ける。

距離は1,000m、命中する毎に200m距離が伸びる仕組みだ。

ハクの主砲は改修された18.4口径の九〇式五糎七戦車砲、砲弾重量2.5kg、初速370km/秒で最大射程は4,000m。

確か読み込んだ資料にはそう記されていた。

 

 ハクは足を肩幅に開くと、僅かに前かがみになり腰を落とす。

表情から緊張が読み取れるが、雰囲気は真剣そのもの。

ゆっくりと息を吸い込むと、次の瞬間に爆音が鳴り響いた。

 

 砲撃、反動、着弾。

 

 砲撃の音が空気を揺らし、砲弾は目にも止まらぬ速度で消えていった。

 

「……命中か」

 

 遠目に見える場所で、砂塵が舞い上がっていた。

双眼鏡を覗き込み、ターゲットを目視する。

どうやら命中はしたらしい、右半分が消し飛ぶように無くなっていた。

 

「有効弾だ、次、1,200」

 

「はいっ」

 

 淡々とやることをやっていく。

訓練場に木霊する砲撃音と、ハクが発する金属の擦れる音。

それだけが鼓膜を揺らし、次、次、と指示を飛ばした。

 

「有効弾確認、次、1,800m」

 

 

 

 ハクの結果は、思っていたよりも悪くはない。

だが、それでも平均的な戦車よりも劣る、そう言わざるを得なかった。

改修したとは言え、近代の戦車に劣る性能、戦車を小型化して少女の中に全て凝縮した代償。

成る程、そう言われれば凄いテクノロジーだなとも言えるが。

 

「………命中せず、誤差修正、右に10」

 

「ッ!」

 

 ボォンッ、と。

爆音が鳴り響き、足元の砂利が跳ねる。

そして、着弾。

 

「………命中せず、訓練終了、ハク、これまでだ」

 

「…っ」

 

 最終記録は3,200m

だが有効弾とするなら2,000後半と言った所だろう。

陸上懴車がどの程度の装甲を持つのか、それにも左右されるだろうが。

 

「……申し、訳、ありません…笹津、大尉」

 

 ハクが、体を震わせながら謝罪を口にする。

それに私は顔を顰めた、何故謝るのかと。

 

「…私が想定していた数値よりも、ずっと良い、謝る必要は無い」

 

「でも、私、全然…っ」

 

「良いと言った、次、チハ」

 

 ハクが肩を震わせながら、その場を後にする。

その後ろ姿は哀愁漂う姿で、思わず口を開きかけたが、訓練を優先して噤んだ。

代わりに、チハが砲撃位置へとつく。

 

「……行けます」

 

 砲撃位置についたチハの姿は、資料で見た姿とは違っていた。

九七式中戦車は両腕に主砲を換装しているが、彼女は腕に一つと、そして左肩に一つ。

成る程、彼女なりに火力の底上げを考えているのだろう。

 

「よし、1,000から順次だ、肩の砲は使用出来るのか?」

 

「…問題ありません」

 

 彼女は頷き、片膝をついた。

どうやら、それが彼女の砲撃姿勢らしい。

 

「なら交互に使用しろ、200m毎だが問題は」

 

「…ありません」

 

「宜しい、訓練を開始する」

 

 チハの主砲は換装後、九七式五糎七戦車砲と記載されていた。

砲弾重量2.58kg、初速360m/秒、最大射程6,000m。

ハクと比較すれば、最大射程は倍近くある。

問題は……。

 

「距離1,000mから、砲撃開始」

 

「ッ!」

 

 爆音が鳴り響き、反動で構えていた腕が跳ね上がった。

チハのツインテールが靡き、砲弾は砲撃指定目標の僅か上を通過する。

 

「……命中せず、誤差修正、下に1」

 

 腕が片方無いが為に、狙いが定まらない。

反動を殺しきれず、砲弾が僅かに上を行くのだ。

 

「ふッ!」

 

 二発目。

爆音に続き、砲弾が着弾した。

 

「有効弾確認、次、1,200m、肩の砲を使用しろ」

 

 そう言うと、チハは片腕を地面につき、肩の火砲を構えた。

砲身が上下し、微調整を行う。

そして、砲撃。

反動が砂利を跳ね上げ、弾丸は真っ直ぐ目標を撃ち抜いた。

 

「……有効弾確認、次、1,400m」

 

 




もう書き溜めが無い……(´・ω・`)



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射撃訓練 後半

 

 チハの数値は、予想以上だった。

静止砲撃に限った話ではあるが、肩の火砲はスナイプも可能に思える。

最終的な記録は4,400m、有効弾ならば3,000ml後半と言った所だろう。

腕での砲撃では命中率が低いが、恐らくこの四人の中では高水準と言える。

 

「次、トク」

 

 チハの記録を確認し、入れ替わる様にトクが砲撃位置へと着く。

 

「………」

 

 彼女の顔色はあまり良くない。

 

「…距離1,000からだ、行けるな?」

 

「……はい」

 

 ゆっくりと、右腕に換装された主砲を構える。

彼女の主砲は一式四十七粍戦車砲、正直他の主砲と比較すると大きく劣る性能となっている。

だが、現状の戦力を知る為にはどうしてもデータが必要なのだ。

この際、出来の善し悪しでどうこう、と言う事は無い。

 

「…今回はデータを取るだけだ、気楽にやれとは言えんが………肩の力を抜け」

 

「っ……はい」

 

 返事は返ってくるが、変わらず、その表情はどこか不安気。

恐らく心情的には、低い数値を出せば、欠陥品として怒鳴られるか、殴られるか……そうされると思っているのだろう。

そうされて来たのだ、前の将軍達に。

その事を考えると、自然と眉間に皺が寄った。

何か口にしようとするが、言葉は上手く出てこない、何か言った所で立場が邪魔をする。

無性にそれが、腹立った。

それを隠すように軍帽を深く被り直し、「訓練開始」と口にする。

 

「ハッ!」

 

 轟音が鳴り、砲撃が開始される。

火砲が火を噴き、砲弾が目標目掛けて飛来した。

そして、着弾。

 

「……有効弾確認、次、1,200m」

 

 

 

 分かっていた事だが…。

 

「最終記録、2,200mか……」

 

 お世辞にも、良い記録とは言えない。

正直な話、火力、命中力共に貧弱と言える、それで機動特化ならまだ納得も出来るが、彼女の場合、それも期待出来ない。

 

「……………」

 

 見ているこちらが辛くなる程、彼女は顔を青くして体を震わせる。

心なしか他の三人も何か恐怖しているような、そんな顔をして佇んでいた。

明らかに怯えている。

まるで刷り込みの様だと、独りでに思った。

一つ、息を吐き出して口を開く。

 

「悪くない、次、ホリ」

 

 瞬間、その言葉を聞いたトクが、ばっと、顔を上げて私を見た。

突然の事に思わず驚きそうになるが、表情は崩さずに仏頂面を貫いた。

 

「………どうした」

 

「……いえ」

 

 そして、信じられないと言う顔のまま、一礼してホリと交代する。

最後に何度か私を横目に見て、その度困惑した様な顔をした。

他の三人も、明らかに動揺している。

 

 一体、過去の将軍達は彼女達にどう接していたのか。

それ程に酷かったのか。

その過去を垣間見る度に、私の眉間に皺が寄った。

 

「ホリ、一度砲撃をした後、誤差修正を私が口頭で伝える、出来る限りで良い、一人でやってみろ」

 

「了解しました」

 

 ホリは膝を着いて砲撃の体勢に入ると、右腕に換装された主砲を構えた。

他の三人と比べると、明らかに大きい。

試製十糎戦車砲、初速900m/秒、距離1,000mで150mmを貫通する主砲。

威力射程共に、四人の中で頭二つ分は抜きん出ている。

命中すれば、恐らく重戦車だろうが正面から撃破し得る威力。

……あくまで、命中すればだが。

 

 私は最初、目の見えないホリの補助を他の誰かに頼もうと思ったが、思い直した。 

目は見えないが、あくまでもこれは現状のデータを取るためだ。

命中率等も、彼女自身の数値で無ければならない。

 

「では、訓練開始」

 

 言い終わるや否や、轟音が耳を貫いた。

重低音が腹に響き、鼓膜を強く叩く。

 

「くっ」

 

 思わず身を竦ませ、同時に着弾の音。

双眼鏡で素早く確認すると、目標から大きく外れた位置に着弾していた。

 

「命中せず、誤差修正、右に十八」

 

 着弾した地面が大き抉れており、破壊力の大きさを物語っている。

 

「はい」

 

 続けて主砲が火を噴き、またもや強い重低音が体をごと揺さぶる。

とんでもないな、そう思った。

大口径の主砲は、音すらも桁が違う。

 

「命中せず、誤差修正、右に三」

 

「はい」

 

 三度目。

轟音、砲弾が飛び、着弾。

 

「……有効弾確認、次、1,200m」

 

 

 

「凄まじいな……」

 

 私は思わずそう呟いた。

目が見えず、目標を目視出来ない為、命中率こそ低いものの、火力そのものは素晴らしいの一言に尽きる。

最終記録は9,800m、有効弾でも8,000は期待出来る。

やはり、主力となるのはホリだろう。

 

 うまい具合に、このホリを活用する事。

それがこの隊で戦う為の、唯一の方法。

 

「よし、次に機動訓練に入る、三機の敵懴車に包囲されたと言う状況下での訓練だ、自動砲台がお前達を狙う、一分耐えて見せろ」

 

「はい」

 



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歩み寄って

 

 

 機動訓練、敵主砲の回避を主とした訓練は、凡そ私の予想した通りになった。

被弾数が多い順に、ホリ、チハ、ハク、トク。

模擬弾だが、衝撃は本物なので、集中砲火を受ける姿は見ていられなかった。

棒立ちのまま砲火を受けるホリの姿に、思わずストップを掛けた位だ。

 

 唯一予想が裏切られたのは、トクだろう、彼女はホリに並んで被弾数が多いだろうと予測した。

しかし、その予想は良い意味で裏切られる。

彼女は、途轍もなく回避が上手かった。

 

 

「トク、準備は良いか?」

 

「はい」

 

「では、機動訓練を開始する」

 

 その声と同時に、三方向の砲台が回頭、その砲身をトクに向けた。

砲撃は全て、ランダムに設定されている。

 

 一発、砲台が火を噴きトクに迫った。

片方の足が義足であるトクは、機動力と言う点に於いて圧倒的に不利。

装甲もホリの様に重厚では無い以上、中止もあるかと思っていたが、彼女はその砲撃を紙一重で回避した。

 

「何っ」

 

 僅か半歩、彼女はそれだけで砲弾を躱してみせた。

一瞬、マグレかと思ったが、次に砲撃が放たれても、彼女のすぐ真横を通過するだけで掠りもしない。

明らかに回避している。

それも、決して素早い動きと言う訳でも無く、寧ろ緩慢な動きと言って良い。

まるで砲弾が何処に飛んでくるのか、分かるかの様に。

私の頭に、彼女が執務室から出て行く時の後ろ姿が浮かび上がった。 

彼女の回避が、その動きと類似して見えたからだ。

 

 

「訓練終了、トク、戻れ」

 

「……はい」

 

 結果、一分の砲撃で被弾は0。

ハクの3発被弾を抜いて、トップに。

他の三人はこの回避能力の高さを元から知っていたのか、特にリアクションらしいリアクションを見せない。

 

 私は資料の事を思い出しながら、成る程と思っていた。

確かに機動力と言う観点で見れば、彼女は火力と並んで最も低い部類に入るだろう。

しかし、回避力だけで言うのなら抜きん出て高い。

機動と回避が全くの別物である事を、私は実感した。

 

 

 その後、機動訓練を終了し、実践を模した一対一を行った。

砲台を搭載した模擬戦車を一台、それと正面対決して撃破すると言ったもの。

車両は中戦車を模してある。

装甲、機動力、火力共にバランスの良い戦車だ。

 

 ハクは苦戦したものの、何とか撃破に成功、性能を考えれば十分だろう、被弾無し。

 

 チハは砲撃で戦車の進路を妨害しながら接近し、確実に命中する距離で砲撃に成功、その際に一度被弾したが小破に留まる。

 

 トクは回避に専念しながら着実に接近、射程距離に捉えると同時に砲撃を叩き込んで撃破、被弾はしなかったが少々時間が掛かった。

 

 ホリはじっとその場から動かず、敵の砲撃を受けながら正面から撃破、被弾数四。

 

 それぞれの戦闘スタイルが現れた一戦だった。

これが見れただけで、今回訓練を見せて貰った甲斐があったと言うもの。

思った以上に、彼女達は戦える。

そう確信した。

訓練を終了した四人が私の前に並び、どこか不安そうな面持ちで私を見ている。

一度、咳払いをすると正面から彼女たちを見渡した。

 

「訓練ご苦労、今日はお前達の訓練を見れて良かった、今日はもう十分だ、分野別の訓練は後日行う」

 

 そう前置きしてから、息を吸い込み、至極真面目な表情で言い切った。

 

「私は、お前達は私が思っていた以上に戦える、そう確信したよ」

 

 言葉を聞き、一拍。

四人が一斉に「えっ」と言う表情浮かべ、固まった。

言葉が無い。

誰も何も話さず、私は少々の焦りから口を開いた。

 

「……何だ、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をして」

 

 焦り六割、照れ隠し二割、自分でも良くわからない感情二割。

彼女達は呆然とした表情のあと、それぞれ別の顔を見せた。

 

ハクは、嬉しそうに、でもどこか泣き出しそうな表情。

チハは、唇を噛んで、微笑んで居る様な、辛そうにしている様な、そんな表情。

トクは、俯いて、眉間に皺を寄せたまま口を結んでいる、酷く悩んでいる様な表情。

ホリは、悲しそうに、でも少しだけ嬉しそうに、微笑んでいた。

 

「………兎に角、訓練ご苦労だった、各自、今日は自由にして良い、解散だ」

 

 それだけぶっきらぼうに言い放ち、踵を返した。

私としては、彼女たちの長所を十二分に生かした策を活かして、さっさと功績を挙げたいのだ。

今から、執務室に缶詰だろう。

後頭部に視線をひしひしと感じたが、気付かぬフリをした。

 

 そして、執務室に向かおうとして、腹が鳴る。

 

「………」

 

 そう言えば、朝飯を食っていなかったと思い出した。

訓練だデータだと、朝からバタバタしていて、飯どころでは無かったのだ。

 

 そう意識すると、更に腹が鳴った。

こうなっては、空腹が思考の邪魔をするだろう、良い策など思いつく筈もない。

腹が減っては何とやら。

行き先を変更、方向転換。

執務室では無く、食度へ向かおうとした所。

 

 その先には、ハクが立っていた。

 

「…え、と、その、笹津大尉、あの、朝ごはん…」

 

 もじもじする様に、でも、どこか泣き出しそうな顔をして、それから笑って。

 

「ご一緒、しませんか?」

 

 彼女は私を見上げながら、そう言った。

その背後から、ホリが来る。

 

「私達も、まだなんです………ご一緒に、どうですか?」

 

 彼女もそう言う。

悲しそうな色を、微笑みの中に混ぜながら。

 

 今の腹の鳴る音、聞かれていたか?

 

 恥ずかしさから、頬を掻いて、軍帽を深く被り直し、遠くにある格納庫を指さした。

 

「……装備を取り外したら、食堂に来い」

 

 そう言うと、ハクがわぁっと、花咲いた様に笑って。

 

 ホリが悲しさの見えない微笑みを見せた。

 

 直視出来なくて、「先に行ってる、早く来い」と背を向けた。

背後から「はい!」と言う声を聞き、足を食堂に向ける。

まぁ、頭を使う前にブドウ糖を摂取しても、良いだろう。

そう自分に言い聞かせた後で、彼女たちの分の配膳もしてやるかと、腹をさすりながら考えた。

 





 もっと、こう、バババババッ! って書けるようになりたいですね。
基本プロットも何もありませんし、行き当たりばったりですけど、頑張って更新して行きますよ!(`・ω・´)

 なんか、終わりが見えなくて、もしかしたらとんでもなく長くなるかも……。

 四月入学ですし……三月前半には完結したいなぁ(´・ω・`)


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過去とこれから

 

 

 

 

 

「ハッ、何で私がこの様な前線で……しかも、こんな『欠陥品』の部隊を指揮しなくちゃならないのだ!?」

 

「ん~? 何だね、この部屋はぁ、こんな部屋で仕事をしろと言うのかい、君達はァ?」

 

「俺は、此処に来るべきでは無かった、そう確信したよ、このジャンク共が」

 

「不味いんだよ! こんなモノを食わせるのか此処は!? クソが、役立たずめッ!」

 

「こんな時代遅れの戦車で戦えなどと、上層部も冗談が上手い……」

 

「おいおい、時代遅れに片腕の無い戦車、片足の戦車に目の見えない戦車………鉄屑の集まりじゃないか」

 

「ちっ、火力馬鹿かよ、当たらなければ意味ねぇだろうがよ!?」

 

「この作戦が失敗したのは僕の指揮のせいじゃないッ! 正規部隊なら楽勝だった筈だッ! お前らのせいだッ! お前らがぁッ!」

 

「奇襲作戦で先陣切って吹き飛ばされた挙句、片足を欠損か、本当にジャンクだな」

 

「正面から突っ込めよ? お前、ノロイ上に硬いし、良い的だ、後は他の奴で掃討すれば良いだろう?」

 

「私としては、君の様な鉄屑は早急に処分した方が良いと思うがね」

 

「ん、何だ、欠損? 修理不可? そうか、ならば君は不要だ、早急に此処を立ち去れ」

 

「仲間を庇って腕を一本失くしたんだって? 馬鹿だよねぇ、お前、ホント馬鹿、屑の上に馬鹿とか救いようがねぇわ」

 

「有り難く思いたまえ、君達は本来、私の崇高な指揮に従う事は許されなかった、しかし、今回は特別だ」

 

「作戦は完璧だ、故にお前たちは黙って俺に従えば良い、簡単だろう? 鉄屑でも理解出来る筈だ」

 

「クソッ! 何で砲撃を外した!? 言った筈だぞ、一撃で仕留めろとッ! 射程外だろうが何だろうが、出来なきゃ意味ねぇだろうがよぉォ!?」

 

「私が……負ける? 有り得ない、有り得ない筈だッ、私の作戦は完璧だったのだッ!」

 

「前の部隊で囮にされた挙句、集中砲火の中スナイプされて失明か、勇敢だが無謀だな、無能だよ君は、英雄にでもなったつもりか?」

 

「前線の基地に連絡して、君達を部隊にねじ込んだ、後は奮戦して戦果を寄越せ」

 

「火力も貧弱! 機動力も底辺! 回避だけ高くても囮にしか使えないではないか!」

 

「この際、『一体』位撃破されても良いよねぇ、別にタダの欠陥品だし、勝てれば犠牲とか関係無いよ」

 

 

 

 

「悪いが、欠陥品と仲良く出来る程、我々人間は暇では無い、分かったか鉄屑共」

 

 

 

 

「えへ…………あの、笹津大尉」

 

 目の前のハクが、パンを千切る手を止めて、突然話しかけてきた。

その顔は、どこか嬉しそうだ。

 

「ん、何だ?」

 

 パンを飲み込んで返事をする、すると彼女は微笑みながら手のひらのパンを見せた。

 

「美味しい、ですね」

 

 その言葉にどんな意味が篭っているのか。

その時の私は言葉通りに受け取り、まぁ、パンなんてどこでも同じだろ、と言う言葉を飲み込んで。

 

「…あぁ、そうだな」

 

 そう言って頷いた。

 

 

 

 

「………ねぇ、トク」

 

「…………何かしら」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……あの人は、大丈夫かもしれないよ」

 

「………チハ」

 

「…何?」

 

「貴方は、信じるの?」

 

「……うん」

 

「………」

 

「……信じたい、って…思う」

 

「…願望じゃないの」

 

「…そう、だね」

 

「………」

 

「…信じ、られない?」

 

「………」

 

「………」

 

「私は……」

 

「……うん」

 

「……私だって、信じたいとは、思う」

 

「………」

 

「……けど、きっと、出来ないわ…過去、私たちの受けてきた言葉」

 

「忘れた訳では、無いでしょう」

 

「……うん」

 

「……もう、本当に嫌なの」

 

「………」

 

「……勝手に期待して、勝手に裏切られて」

 

「…優しいなら、尚更かな?」

 

「…えぇ」

 

「……そっか」

 

「だって……」

 

「私達は、『欠陥品』だもの……」

 

 

 

 

 ホリとハクの二人と食事を摂った後、私は執務室に篭った。

訓練で大凡の短所長所をこの目で見た後は、それをどれだけ活かした作戦が練られるかの勝負。

そういう訓練を士官学校で受けてきたのだ。

今活用せずに、何処で活かせというのか。

 

「トクとハクは近距離、チハは中距離、ホリは遠距離として、陣形は………」

 

 実際に戦闘を行うにしても、どんな場所でも自身の力を発揮できるベースとなる戦略。

それを必死になって考えた。

回避力の高いトクとハクを前衛に、中距離でチハに遊撃させ敵の視線を集める。

そこから長距離のロングレンジ砲撃で一気に敵を殲滅する策。

 

 逆に、装甲の厚く攻撃力のあるホリを前衛にして、敵の攻撃を集中させる。

そこからハク、チハ、トクが敵に接近し、一気に殲滅する奇襲作戦。

 

 地形や敵の戦力、天候や味方の状態も考慮しなければならないが、ベースとなる策は幾つあっても困らない。

考え得る限りの策を全て書き出して、次々に重ねた。

 

 どれだけの時間をそうして過ごしていたのか。

控えめなノックの音に意識を現実に戻すと、いつの間にか外は夕暮れになっていた。

 

「入れ」

 

「……失礼します」

 

 入ってきたのは、トク。

彼女は一つ礼をすると、口を開いた。

 

「笹津大尉、先程前線の達子基地から連絡がありました」

 

「何……?」

 

 前線基地からの連絡、まさか戦況に変化があったのかと一瞬冷や汗が流れるが、トクに手渡された一枚の紙によって、それは杞憂に変わる。

 

「この番号に至急連絡が欲しいと、どうやら達子基地の将軍がお話がしたいとの事で」

 

 紙を受け取ると、数字の羅列が目に入った。

恐らく将軍直通の番号だろう。

 

「…向こうの将軍がか」

 

「はい」

 

 一体何の用件か。

トクには「ありがとう、下がって良い」と伝え、退出したのを確認した後、通信機を手に取った。

渡された番号を入力し、数コール。

お偉いさんと話すときは、自然と喉が渇き出す。

それも、同じ立ち位置に居るとは言え、向こうは自分より何階級も上の天上人だ。

僅かに心拍数の上がった胸を軽く叩きながら、その瞬間を待った。

そして、コール音が途切れる。

 

「こちら、達子基地将軍、宮田至剛少将だ」

 

 電話に出たのは、思っていたよりは若い声。

いや、実際はそうでは無いのだろう。

だが、階級の割には存外に若い、そんな印象を抱かせる様な声だった。

 

「こちら、相楽基地将軍、笹津将臣大尉であります」

 

「……あぁ、君が、話は聞いているよ」

 

「災難だったね」と言葉を掛けられ、何と答えるべきか迷い、「いえ」と無難な返事しか出来なかった。

 

「前回の山下少佐から、一ヶ月程か? 君の資料は中央から送られている、優秀な士官だと聞いているよ」

 

「光栄です」

 

「今回の着任、不満かもしれないが……私達は君に期待している、優秀だからこそ相楽基地を任されたと思って欲しい」

 

「はい」

 

 本当にそうなのか、そう疑問に思ったが、口には出さない。

一体用件は何だ、こんな事を言う為に態々(わざわざ)連絡して来たと言う事はあるまい。

そう思っていると「それで、これが本題なのだが」と向こうが切り出した。

 

「先程、玄二中将から要請があった、君の部隊をE四地区に派遣して欲しいと」

 

 父さん?

一瞬、その名前に言葉を失いかけたが、「何故」よりも先に、別の言葉が口を飛び出した。

 

「是非、行かせてくださいッ!」

 

 自分でも驚く程に早く、そして力強く、そう言い切っていた。

言ってから、何をしているんだ私はと、我を取り戻す。

 

「……随分と、元気だな」

 

「…すみません、失礼しました」

 

「いや」と言ってから、咳払い。

恥ずかしさから、私は口を噤んだ。

 

「E四地区は旧札幌だ、前線の中でも殆ど敵勢力の影響を受けていない、恐らく戦闘が起きたとして小規模なものだろう、後程地形の詳細な情報を送る」

 

「はッ、ありがとうございます」

 

「……一応、今回の任務は哨戒任務と言う事になるが、無理はするな、功を焦って将軍を辞した先任を、私は少なくとも五人見てきたからな」

 

 それに、と続けて将軍は言葉を紡いだ。

 

「こう言っては何だが、『欠陥品』の部隊は戦力としては不十分だ、優秀な君を早々に失いたくはない」

 

 その言葉に、一瞬、かっと頭の片隅が熱くなった。

僅かに通信機を握る手に力が入り、ミシッと軋んだ音がしたが、唇を噛んで耐えた。

 

「………ご忠告感謝します、ですが」

 

冷静に、頭の中に冷水をぶかっける様に。 

一度息を飲み込んでから、はっきりと口にだした。

 

「私の部隊、『彼女達』ならば十二分な戦力になり得ると、本官は確信しております」

 

「君は何を…」そう声が聞こえたが、聞こえないフリをして「失礼します」と通話を切った。

切った後に、あぁ、これはとても失礼だなと、少し後悔。

上官に対して、あの態度。

しかも大尉程度が少将相手に、階級が違い過ぎて、思わず乾いた笑いが込み上げてきた。

士官学校の頃にこんな事をすれば、下手すれば懲罰房、そうで無くとも腕立て百回は逃れられないだろう。

 

「やっちまった……」

 

 そう口にするが、反対に、口元の緩みは直らなかった。

それは何故だろうと、独りでに考えるが、答えは出ず。

 

「よし、初戦だ、気合を入れて行こう」

 

 取り敢えず、目の前にある事を着実にこなして行こう。

そういう結論に至った。

 

 

 

 

「私の部隊、『彼女達』ならば十二分な戦力になり得ると、本官は確信しております」

 

「…………」

 

 執務室の前に座り込んで、上官の通話を盗み聞き。

自分自身でも、一体何をしているのかと思いたくなる。

それでも、今、私の心臓が痛い程に悲鳴を上げているのは、きっと嬉しさから。

 

「………」

 

 座り込んだまま、体育座りで足に顔を埋める。

義足の片足は、顔を埋めても冷たい。

体温の暖かさがあるのは、片方だけ。

 

「…私達の事、道具扱い、しないんだ」

 

 鉄屑、ジャンク、ゴミ。

使えない道具というのは、そういう事だと言うのに。

 

「………」

 

 信じたいと思う。

 だけど。

 

「…………怖いなぁ」

 

 

 

 私はきっと、臆病者だから。

 

 

 

 




 会話文多すぎ、すみません。

 そろそろ戦闘パートだと思います。(`・ω・´)


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作戦会議

 

「哨戒任務、ですか」

 

「そうだ」

 

 翌日、私は朝食後に四人を集めて作戦会議を行っていた。

執務室の隣にある作戦会議室。

顔を突き合わせた四人は、どこか不安げな表情をしていた。

どこか落ち着きなく、そわそわしている。

 

 それもそうだろう、何せ私の指揮する初の戦闘なのだから。

ただ、トクだけが何か思いつめた様に俯いたままで、そこだけ気になった。

しかし、今回の任務は私にとっても初の実戦である。

故に、今は作戦説明に集中した。

 

「……私が此処に着任して今日で三日目だ、少し早すぎる出撃だが、私は君達ならば可能だと思っている」

 

 彼女達の反応を待たず、「作戦を説明しよう」、そう言ってそれぞれに作成した資料を配布した。

幸いにして、昨日宮田少将から地形の詳細な情報が送られてきた。

機嫌を損ねていなくて良かったと、心から安堵する。

 

「作戦開始は本日15:00、場所はD4地区、旧札幌だ」

 

 紙面上に書かれた地図、そこには廃墟が書き出されていた。

 

「札幌は前線の中心から外れた位置、敵の展開は小規模なモノと推測される、勿論哨戒任務と言う事で敵と接触しない可能性もあるがな」

 

 市街地戦。

元々戦力に於いて劣っている我々の隊にとっては戦いやすい事この上ない。

下手に開けた場所で撃ち合っては、正面から撃破されて終わりだ。

だが、市街地では連立する建物が障害となって彼女達を守ってくれる。

 

「進行ルートについては資料十二頁を見てくれ、作戦は………」

 

 

 

 

 

   

「以上だ、何か質問は?」

 

 私がそう言い終わると、彼女、ホリが恐る恐ると言った風に手を上げた。

そして、一言零す。

 

「笹津、大尉………本気ですか?」

 

 その言葉に、大きく頷いて返す。

 

「本気も本気だ、これが現状の戦力で最も生還率の高い作戦だと確信している」

 

「しかし……」

 

 ホリが何か言いたげに口を開くが、「これは、決定事項だ」と言うと、項垂れた後に「はい」と小さな声で呟いた。

しかし、まだ納得がいかないと、ハクが席を立ち上がって叫ぶ。

 

「さ、笹津大尉、だ、駄目、ダメです、危険ですよ!」

 

 その体は震え、自分が何をしているのかを十二分に理解した上で発言しているのだろう。

きっと、上官に逆らう事など、今まで一度もした事も無いに違いない。

顔は真っ青で、声は小刻みに震えていた。

殴られるかも、怒鳴られるかも、罵倒されるかも、それでも彼女は私に対して物申した。

それを真正面から見つめ、首を振る。

 

「ハク、理解しろ、これが現状最もベストな作戦なのだ」

 

「で、でも……」

 

 彼女は尚も食い下がる。

それを、隣に座っていたチハが、袖を引っ張って制した。

 

「ハク……」

 

「チハ、ちゃん…」

 

 そして、何かを堪えるように唇を噛んだあと、ゆっくりと席に腰を下ろした。

 

「……では、本日13:00に相楽基地を出る、各自それまでに換装を完了し、戦闘準備を整えておけ…以上、解散だ」

 

 それだけ言って、私は作戦会議室を後にした。

背後に強い視線を感じるが、敢えて無視する。

扉を閉め、廊下に出た後、吐息を一つ零す。

我ながら、何とも無茶をすると。

 

「…………だが、現状これがベストなんだ」

 

 自分に言い聞かせるように、そう零した。

 

 

 

 結局、自分には、彼女達を道具の様に見る事など、出来る筈が無かったのだ。

 

 

 

 執務室を通り過ぎて、一階へと降りる。

その後、昇降口へと入り外に出た。

少し歩いた所に、古びた格納庫がある。

鉄で出来た扉は錆びていて、雨風に晒された外壁は蔦が伸び放題だ。

この風景だけ切り抜けば、廃墟に見えなくもない。

何故こんなになるまで放置されていたのかと言えば、単に使用する機会が滅多に無いから。

コレが使われるのは、前線で戦車が全滅した時か、或いはトチ狂った人間を黙らせる時だけだ。

 

 予め、格納庫の管理を行っていた兵より鍵を借りてきていた。

錆びた鍵穴に差し込み、やけに滑りの悪い鍵を開錠し、扉を押し開ける。

開いた隙間から日光が差し込み、室内を僅かに照らした。

そこに並ぶのは、旧世代の武器。

 

「……久しいな」

 

 士官学校時代は腐るほど触った。

だが、それももう数年前の事の様に感じる。

実際、こいつらを使用したのは二年時のみだ。

一番近くに立てかけてあった武器を手に取り、表面に被った埃を払う。

 

 AK-47、カラシニコフ自動小銃。

既に旧世代の遺物となった、古めかしい武器。

深海棲艦に通常兵器が通用しないと分かってから、陸上戦が始まるまでずっと眠って居たのだろう。

並べられたライフルは、全て埃を被り、佇んでいた。

 

 今回は、作戦はこれらが必要となる。

 

 ライフルを元の場所に戻すと、更に奥へと進み、丁重に積み上げられた木箱を下ろして中身を物色した。

そして顔を出すのは、過去戦場で使われてきた肩撃ち式多目的強襲兵器や地雷、携帯爆薬、閃光弾、弾薬等。

それらを必要なだけ掻き集め、隅に放置されていたバックパックに詰め込んだ。

主に地雷や携帯爆薬等は詰め込めるだけ詰め込む。

 

 これら通常兵器で、陸上懴車にダメージを負わせる事は出来ない。

故に、これらは滅多に使用される事はなく、こんな寂れた倉庫で眠っているのだ。

 

 生き残る為、彼女達を勝たせる為、中央に戻れる為なら何だって使ってやる。

それがもう使われない過去の遺物なら、幾ら使っても問題は無いだろう。

バックパックに限界まで詰め入れた後は、必要な分の武器を持てるだけ持って、執務室に戻って着替えをする。

士官服では無く、野戦用の迷彩服、国防色の上衣、カーゴパンツにブーツ。

それらを手早く身につけた後に、ウエストポーチ、ベルト、弾帯を準備して終了。

後は出撃前に、手榴弾や各種弾薬、閃光弾等を仕込めば準備万端となる。

鉄帽をデスクの上に用意して、息抜きに椅子に深く腰掛けた。

武器等は全て部屋の片隅に積み上げる。

 

 時計を見ると、12:00丁度。

どうやら、昼飯に丁度良い時間らしい。

食堂で何か、軽いものでも食べようかと腰を上げた所で、執務室の扉がノックされた。

 

「……入れ」

 

「失礼します」

 

 作戦前に、誰だ。

そう思って入室して来た人物に目を向けると、チハだった。

意外だと、少しだけ思った。

上げた腰を再び椅子に下ろして、「どうしたんだ」と問う。

チハはデスクの数歩前に立つと、何度か逡巡した様に目を泳がせ、ぐっと体に力を入れて口を開いた。

 

「今回の作戦……何故、ですか」

 

 質問が、要領を得ない。

何故と言う言葉に、疑問を返す。

 

「何故、とは?」

 

「何故、笹津大尉自ら……戦場に立つのですか、大尉は後方から指揮を…」

 

「それでは意味が無いと、説明した筈だ」

 

 被せるように、少し冷たく言い放った。

そうすると、チハはさっと顔色を青くし、それでも唇を噛んで耐えた。

きっと、怒っているのだと思ったのだろう。

私は少し慌てて、「別に、怒っている訳では無いのだ」と口にした。

 

「ホリは目が見えない、それを補助する観測手が必要なのだ」

 

「……それが、どうして大尉なのですか」

 

 私は困った様に、或いは誤魔化すように笑いながら「お前達は戦える力を持っているからな」と言った。

それを聞いたチハは、ぐっと、自分の服を握り締め、俯いた。

 

「私はお前達の様に、陸上懴車を撃ち抜ける主砲も、武器も、持っていないんだ」

 

 だから、居なくても戦力に何ら問題が無く、ある程度ロングレンジからの砲撃について知識を持ち、つきっきりでホリにつける存在。

そんな奴は、私以外に居なかった。

チハは俯いたまま口を噤んで、何か堪えるように震えている。

怒っているのか、悲しんでいるのか、困惑しているのか。

俯いたままの彼女の表情は、読み取る事が出来ない。

 

「……先程からどうしたというのだ、チハ」

 

 沈黙に耐えられず、彼女にそう問うと「………いえ、申し訳ありません…失礼します」と急ぎ礼をし、背を向け去って行った。

呼び止めようと口を開くが、それより前に彼女は執務室を後にする。

結局、扉が閉まる音が辺りに響き、私の声が発せられる事は無かった。

 

「…一体何だ」

 

 本心からの疑問が、執務室に響いた。

 




 すみません、まだ戦闘始まらなかった…(´・ω・`)

 


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市街戦 前編

 

 13:00、相楽基地の面々に見送られながら、私達『第一戦車隊』は基地を発った。

 

 第一と言う名は便宜上付けたに過ぎない。

この基地に送られてくるのは、時代遅れの性能不足か、欠陥を抱えた戦車のみ。

第一があっても、第二、第三の部隊を編成するのは御免被りたかった。

 

 輸送車両には、大型の装甲兵員輸送車を使用した。

その後部座席で五人全員、顔を突き合わせて最後の確認を行う。

 

「最終確認だ、作戦は朝説明した通り、基本変更は無い……ただ、出発直前に達子基地から情報が入った」

 

 そうしてプリントアウトした資料を全員に渡す。

 

「運が良いのか、悪いのか、陸上懴車が旧札幌で確認された、数は四体、無人偵察機のドローンが上空より対象を撮影した」

 

 それがこれだ、そう言って資料を指さした。

 

「敵勢力は軽戦車2、中戦車1、重戦車1、その内重戦車は多砲塔戦車が確認されている」

 

 その言葉に、四人の空気が揺らいだ。

陸上懴車の多砲塔戦車は、我々の知る中でも強固で、全方位攻撃が可能な戦車だ。

戦車の弱点となる後方、横方向にも砲台が存在し、下手に近付けば蜂の巣にされる。

 

「だが数だけ見れば、我々と同じ、私を入れれば一人分有利だ」

 

 まぁ、所詮人間の私なんて、戦力に数えられるハズも無いのだけれど。

言うだけならば無料(タダ)だ、戦場に行く前の鼓舞で戦果が期待出来るのならば、何度でも言おう。

 

「私とホリはポイントAにて待機する、ハク、トクの両名は√Aより進行、チハは√Bだ、留意すべきはこの重戦車のみ、後は作戦通り、問題は無いな?」

 

「……はい」

 

「えぇ」

 

「……ん」

 

「はい」

 

 全員の返事を聞き届け、私は肩に肩撃ち式多目的強襲兵器を持つ。

バックパックも背負い、最後に弾帯やベルト、ポーチを確認し準備完了。

アサルトライフルの類は、結局持ってくる事が出来なかった。

正直に言えば、持つ手が無いし、弾薬分とライフル本体を担いで持っていくには余りにも重すぎたのだ。

爆薬や各種地雷、肩撃ち式多目的強襲兵器だけでもかなりの重量となる。

それに、ライフル程度で倒せる程、連中は柔くない。

奴らにとっては文字通り『豆鉄砲』でしか無いのだから。

 

 車両に揺られて何れ程の時間が経過したか。

車内に会話は無く、どこか絡みつくような雰囲気だけが漂っていた。

皆が緊張し、張り詰めている。

彼女達の作戦報告書は何度も目を通した。

この基地に配属してから、彼女達が任務成功を上に報告した事は一度もない。

その全てが尽く失敗に終わっているのだ。

そして、今度もその二の舞になるのではという不安が、確実にある。

 

 ここで何か声を掛けるべきなのだろう。

だが、私とて陸上懴車との実戦に出るのは初めてなのだ。

演習は腐るほどしたし、実戦に出ても冷静に事に当たれる自信はある。

しかし、肝心の彼女達に掛ける言葉は見つからなかった。

 

 そうこうしている内に、作戦区域へと到達。

私達は廃墟の中、その外れで降車した。

 

「……よし、作戦通りだ、私達は旧JRタワーに待機、お前達を支援、指揮する、ホリ、追加装甲の具合は?」

 

「…問題ありません」

 

「OKだ、各員、いつでも連絡が取れる様に無線のスイッチは切るなよ、それでは、作戦開始」

 

 そして、皆が解散する寸前に、その背に向けて呟いた。

 

「皆………死ぬなよ」

 

 

 

 ホリの手を引きながら、注意しつつタワーへと侵入。

内部は瓦礫と埃に塗れており、内部の非常階段は幸いにして原型を保っていた。

そこから、最上階辺りまで黙々と階段を登る。

 

「……あの、笹津大尉」

 

 途中、ホリが私の手に引かれながら、声を上げた。

 

「……何だホリ、今は作戦行動中だ、敵に声が聞こえたらどうする」

 

「…すみません、でも、どうしても聞いておきたくて」

 

 ホリの、どこか真剣でな声色に「何だ」と返した。

 

「笹津大尉は、どうして、戦場に立とうと思ったのですか……?」

 

 タイルの床がパキ、と音を鳴らした。

二人が歩く音と、私のバックパックが擦れる音だけが聞こえる。

重量に悲鳴を上げる足を動かしながら、私は答えた。

 

「…それが、最善だと判断したからだ」

 

「勝つ為、ですか」

 

「あぁ」

 

 そう答えると、ホリは小さく「そうです、よね」と言って、それっきり黙った。

嫌な沈黙と言うのだろうか。

いや、本来戦場で言葉を話す事は、敵に察知される可能性を生み出す。

こんな声の通りやすい場所では尚更。

だが、どうしても居心地の悪い、もとい、半ば彼女の心情が分かってしまうが故に、自分でも馬鹿だと思いながら、もう一度口を開いた。

 

「………私は、仲間だと思っている」

 

 その言葉を聞いたホリが、背後で顔を上げた気配があった。

それでも、何となく気恥ずかしい私は、背後を振り返る事無く続けた。

 

「過去の将軍がどうだったかなど、関係ない、私は、お前達が仲間だと思っているから、勝ちたい、死なせたくない、そう思う」

 

 我ながら、何とも恥ずかしい事を言っているのだと理解している。

それでも、これは本心であった。

 

 丁度、擦れた文字が見えた。

白いペンキで、大分昔に書かれていたのだろう、32Fという文字が見えた。

32階だ、この辺りで良いだろう。

 

「ほら、こっちだ、行くぞ…」

 

 私は誤魔化す様にホリの手を引き、32階のフロアへと足を進めた。

その後ろで、ホリがどういう顔をしているかも見ずに。

 

「笹津大尉、あの……」

 

「何だ、まだあるのか…何だ?」

 

「………ありがとう、ございます」

 

 その感謝の言葉が、無性に小っ恥ずかしくて「…あぁ」とぶっきらぼうに返事をしたまま、足を進めた。

 

 




 無線つけっぱなのにね!

 というか未だ戦闘書けてないよヤバイヨ!(´・ω・`)


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市街戦 中編

 

 砲撃でも撃ち込まれたのか、お誂(あつら)え向きに外壁の破壊された、見通しの良い場所を見つけた。

方角的にも、敵の方向で合っている。

運が良い、私はホリと共にその場所を砲撃スポットとした。

 

「ホリ、砲撃の準備だ、装甲を展開して前面をカバーしろ」

 

「はい」

 

 そう言って、ホリは膝立ちになり、肩に装着した装甲を展開した。

ホリの体をスッポリ覆うようにして、前面に展開される分厚い装甲板。

今回の作戦の為に用意した追加装甲、元々格納庫の中に眠っていたモノをホリ用に整備し直したものだ。

陸上懴車、それも重戦車だろうが自走砲だろうが、一発は耐えられる、整備員はそう豪語していた。

代わりに重量が途轍もなく重く、装備していると回避行動すらままならないという代物だ。

正に諸刃の剣。

だが、元より回避行動の取れないホリにしてみれば、デメリットを考慮しても尚余りあるメリットがあった。

 

 展開した装甲を中心に、私はカモフラージュ用の布を被せる。

金属の光沢や、周囲との違和感を無くす為のモノだ。

どうせ一発撃ち込めば、位置などバレてしまうだろうが、やらないよりマシ程度でも、やる価値があるなら何でもやる。

自分もホリの背後に身を潜めると、無線に向けて口を開いた。

 

「こちらAT、配置完了、状況報告求む」

 

 そう口にすると、即座に無線が返事を返した。

 

『えと、こちらBTです、√Aを進行中、先程敵影を確認』

 

『……こちらCT、√B進行中、敵影未だ確認出来ないわ』

 

 無線から聞こえてくるCT、チハの声はいつもの敬語が抜けていた。

だが、彼女はそちらの方が違和感が無くて、そのまま通信を続ける。

元より、軍人の通信というものは、そういうものだろう。

 

「よし、BTは作戦通り√Aを進行しろ、敵影をスポットまで誘き出せ、CTは敵影を確認し次第距離を保って援護、以上だ」

 

『了解です』

 

『分かったわ』

 

 通信を終わり、バックパックを下ろして中から装着型のスコープを取り出した。

それを装着し、肩の武器を地面に下ろして、ホリの背中に密着する様にする。

スコープには凡その距離、気温、気圧、湿度、風向き、風速が表示される。

それなりに高価な装備だが、無理を言って持ち出してきた。

 

「ホリ、無線は聞いていたな、ハクとトクが接敵する、上手く行けば誘き出せる、そこで仕留めるぞ」

 

「……はい」

 

 ホリの体は緊張から、僅かに強ばっている様なきがする。

布越しに緊張が伝わり、私はホリの頭部をゆっくりと撫でた。

 

「っ!?」

 

 ホリが突然の事に、肩を跳ねさせる。

 

「落ち着け、狙いは俺が指示する、お前は引き金を引けば良い、敵とはサヨナラだ、問題は無い、そうだろう?」

 

 頭をゆっくりと撫でながら、言い聞かせるようにそう言えば、ホリは蚊の鳴く様な声で「…は、い」と返事をした。

そして、丁度良いタイミングで無線が声を発する。

 

『B、BT接敵しましたッ、戦闘開始します!』

 

 そして、無線の向こう側で砲撃の音。

リンクする様に、ビルから数千メートル向こうで建物が倒壊するのが見えた。

舞い上がる砂塵が目印だ。

 

「あそこか……っ」

 

 スコープで確認し、ハクの姿を捉える。

小柄な体を活かして、懸命に敵の攻撃を避け、同時に反撃をしていた。

その近くには、トクの姿も。

敵は軽戦車か、中戦車か、それとも……。

対峙しているであろう敵を探し、周囲を見渡すが、建物の影に居るのか確認出来ない。

 

『CT、敵影確認、BTの援護に向かうわ、敵は軽戦車2、中戦車1よ』

 

 そうこうしている内に、チハが二人に合流、瞬く間に爆音が鳴り響き始めた。

 

「ATより各員、建物を上手く壁にしろ、余り無茶はするな!」

 

『B、BT了解ですっ!』

 

『CT、了解よ』

 

 そして、チハの放った砲弾が視界を遮っていた建物を粉砕し、その姿を確認した。

軽戦車が二体、どちらもすばしっこく動こいている。

その背後に中戦車、軽戦車と比較すると体格が大きく、何よりも装甲が段違いに厚かった。

青白いような、遠目に見ても異様な肌色、それに戦車によく似た主砲に、装甲。

 

 あれが、陸上懴車……。

 

『ッ……くぅ、被弾しました…ッ!』

 

 呆然としていた所に、被弾報告。

はっと自意識を取り戻した私は、CTに援護を要請した。

 

「CT、援護を!」

 

『今、やってる!』

 

 チハが中距離から牽制砲撃を行い、その間にハクが体勢を立て直す。

唯一回避し続けるトクが中戦車に砲撃を命中させたが、その装甲に阻まれ、効いているとは言い難かった。

 

『ッ、分かっていましたけれど、装甲が、硬いッ』

 

「ホリ、敵の中戦車を狙い撃つ、やれるな」

 

「……はい」

 

 ホリの腕に、自分の腕を添えて狙いをつける。

ホリの肩に顎を乗せるようにして、砲身を微調整。

幸いにして、中戦車はそれ程動く様子を見せない。

恐らく、トクとハクの砲撃では自身の装甲を突破できないと理解しているのだろう。

ずっしりと、構え、警戒しているのはチハの砲撃のみ。

それでも、決してハクとトクは近寄せない様、牽制射撃を怠らない、正面から中戦車を撃破するのは困難に見えた。

チハも回り込もうと走り回るが、それを軽戦車が邪魔をする。

 

「この位置だ…」

 

 距離凡そ2,500。

ホリの砲撃ならば、余裕で届く距離だ。

ゆっくりと微調整を繰り返し、ピタリと、砲身の先を合わせた。

 

 

「ホリ、今だッ撃てぇッ!」

 

 

「ッ!!」

 

 

 耳元から、爆音。

 

 反動がホリの体越しに伝わり、内臓が大きく震えて、視界が揺らいだ。

覚悟してなければ、文字通り吹き飛んでもおかしくない衝撃。

建物全体が揺れて、軋んだ気がした。

砲撃の残響が耳に残る。

 

「っ、大尉、命中はッ!?」

 

 そうホリが叫び、今だ揺れる視界で中戦車を探した。

そして見つける。

 

「小…いや、中破! 片腕をもぎ取ったッ!」

 

 完全に命中はしてなかったが、片腕を抑えて中戦車が地面に転がっていた。

恐らく腕に命中したのだろう。

後方には大きく抉れたコンクリートが見える。

同時に、突然背後に居た味方が吹き飛び、軽戦車も浮き足立っていた。

 

「今だ、攻めろツ!」

 

 その言葉を合図に、チハとハクが中戦車との距離を一気に詰めた。

トクは軽戦車2体を相手取り、回避と反撃をこなす。

 

「ホリ、もう一発行けるか!?」

 

「問題ありません、行けますっ」

 

 ハクとチハが最短距離を突っ走る中、中戦車は片腕だけで起き上がろうとしていた。

受けた衝撃はかなりのものだろう、だがその耐久力は、流石陸上懴車と言った所か。

地面に伏したまま、肩の火砲が動いていた。

 

「させねぇよッ!」

 

 ホリの主砲を微調整し、もう一発。

爆音と反動を対価に、砲弾は真っ直ぐ飛び、中戦車のすぐ真横に着弾した。

 

「っ、命中しなかったかッ!」

 

 だが、砲撃に意味はあった。

着弾の衝撃と舞い上がった石片が砲撃の邪魔をし、中戦車の狙いは大きく反れる。

火を噴いた火砲から放たれた砲弾は、チハのすぐの建物に着弾、倒壊させただけに留まった。

 

『これでッ、沈みなさいッ!』

 

『食らって下さいッ!』

 

 至近距離からの砲撃。

さしもの中戦車の装甲でさえ、その距離からの砲弾は防げなかった。

チハの砲弾は胸部に、ハクの砲弾は顔面に直撃した。

大きく仰け反ってから、地面を何度も跳ねて、着弾の音が大分遅れて聞こえた。

遥か後方にあった瓦礫に突っ込み、少し遅れて爆発、炎上。

 

『中戦車、撃破確認!』

 

 ハクがそう叫び、思わず腰だめに拳を握った。

 

「ハク、チハ、トクの援護に回れ! 軽戦車をだけならお前達でもやれる筈だ!」

 

『りょ、了解です!』

 

『分かった、行くわ』

 

 スコープの向こう側で、反転したハクとチハがトクの元に急行する姿が見えた。

後は重戦車の位置、それが分かれば。

 

 そう思った時だった。

 

 一際、異質な砲撃音。

何故それが明確に聞こえたのか、私自身も理由はわからない。

だが、何か背筋を駆け抜ける悪寒の様なモノを感じた。

 

 その直後。

 

「ッあ!?」

 

 爆音と衝撃、目の前に居たホリが大きく揺れ、反動が強く体を打った。

 

「ぐぅッ!?」

 

 生身の私は、堪えきれず、転がる様にして後ろに倒れる。

何度が床を転がり、飛んできた小さな瓦礫が体に覆い被さってきた。

頭を振りながら、それを退かし、立ち上がる。

それから、一体何だと揺れる視界でホリを見れば、大きく歪んだ追加装甲が目に入った。

砲撃されたのだ。

そう理解した。

ホリの周辺にあった壁が、脆くも崩れ去っている。

 

「ッ、大尉、これは、敵からの砲撃ですか!?」

 

 ホリがそう叫ぶ。

目が見えない為に、自分が砲撃されたのかどうか、その確認を私にしているのだ。

衝撃で口を噛んで、舌に血の味がした。

それを吐き捨て、「あぁ、砲撃されたッ!」と叫んだ。

 

『敵陸上懴車、撃破しました、後一体!』

 

 トクが叫ぶ。

それに被さるように、砲撃音。

 

「ホリ、来るぞ!」そう叫ぶ前に、着弾し、声は爆音にかき消された。

爆風が体を打ち、伏せるようにして衝撃を逃れる。

だが、最悪な事に敵の砲撃はホリの追加装甲では無く、手前の床に着弾した。

老朽化し、弱っていた建物が、ホリの重量に耐え切れず、崩壊。

つまりは、床が抜けた。

 

「うぉッ!?」

 

「ッ!」

 

 一気に落下する浮遊感、それから、数秒の落下の後、強く地面に叩きつけられた。

腹を打ち、全身に痛みが伝搬する。

軽く嘔吐し、同時にガン、と頭部の鉄帽に何かが当たった。

悲鳴を上げる暇すら無い。

視界が砂に塗れ、全身に何かが降り注いでくる。

それが瓦礫なのか、石の塊なのか、そんな判別がつくハズも無く、ただ丸まって危機が去るのを待った。

それから、数十秒。

砂塵が視界を全て覆い、ゆっくりと起き上がりながら通信機に口を開いた。

 

「……っ、ホリ、無事かッ」

 

 それから、一拍。

僅かなノイズを発した通信機が、応答する。

 

『…はい、笹津…大尉、何とか無事です』

 

「怪我は…?」

 

『大丈夫です、動けない程では……一体、何が?』

 

「敵の砲撃が床を崩した、私達は下の階に落下した様だ…そこが何階か、分かるか?」

 

『すみません……どれ位落下したのか、全く…』

 

「…そうか、大丈夫だ、すぐ捜索に向かう」

 

 立ち上がって、カチャリと何かを蹴る音。

見れば、自分の装着していたスコープが足元で木っ端微塵になっていた。

恐らく瓦礫にやられたのだろう、黒い残骸、もう使用は出来ない。

これで、ホリの長距離砲撃は不可能になった。

少なくとも、俺では。

 

「……BT、CT、応答を」

 

 チハ、トク、ハクに連絡を取るため無線を開くと、数秒と待たず返事が返ってきた。

 

『ッ、笹津大尉、ご無事ですか!?』

 

「あぁ、軽戦車はどうなった」

 

『私が撃破したわ、それで、大尉とホリは?』

 

「チハか……重戦車からの砲撃を受けた、床が抜けて落下したがホリも私も重傷では無い、しかし重量分、ホリは私より下層に居る様だ、今からホリの搜索に向かう」

 

『……分かった』

 

「重戦車の位置が分からない、索敵、頼めるか」

 

『任せて下さい、大尉』

 

「トク……よし、敵を発見したら一旦、ポイントBに集合してくれ、くれぐれも悟れられるな」

 

『は、はい』

 

『……えぇ』

 

『了解したわ』

 

 




 次こそレッツ、ゲリラ戦(`・ω・´)


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市街戦 後編

 

 

 必要な武器、バックパックは幸いにして、私の近くに転がっていた。

それを回収し、ホリの搜索に向かう。

私の落下したフロアに、下層へと続く大穴があった。

恐らく、ホリが落ちて行った時の穴だろう、重量に床が耐えられなかったのだ。

下手すると、一階まで落下しているかもしれない。

急いで非常階段へと向かい、下層へ向かって階段を駆け下りた。

 

 階段は上るときよりも、下る時の方が体力を使う。

それを実感する。

五階分程駆け下りた後、フロアに顔を出して穴を確認。

穴は更に深くまで空いており、結局十階まで一気に駆け下りた。

 

 階段を駆け下りる内に、すっかり息が上がってしまった。

呼吸は荒く、息を吸い込む度に肩に掛けた武装がくい込んだ。

 

「ぜぇ…はっ……ホリ、無事か…?」

 

 無線に話しかけると、少しのノイズが走り、遅れて声が聞こえてくる。

 

『はい、大尉こそ……大丈夫ですか』

 

「何…はっ、この程度、息が上がっているだけさ…はぁ…」

 

 十階、九階と下って行き、八階で穴を確認。

そして、遥か下に何かが埋まっているのを見つけた。

恐らく、ホリだ。

 

「ぜっ…はっ……ホリ、お前を視認した」

 

『え、本当ですか…?』

 

「はぁ…あぁ、今、八階だ…はぁ」

 

 更に下り、二階に到達する。

思わず床に座りたくなる衝動に駆られるが、重戦車の索敵を行っている三人に申し訳無く思い、そのまま気合で走り出した。

フロアに入ると、まるで一階を埋める様にして、二階の床が抜けていた。

そして瓦礫の山の頂上、そこにホリが埋まっている。

 

「ホリ!」

 

 穴の中を覗き込んで名前を呼ぶと、ぴくりと肩が跳ねて、顔だけがこちらを向いた。

 

「大尉……すみません」

 

 瓦礫の中で肩あたりまでが見える。

顔周辺を見る限り、怪我は無さそうだ。

 

「いや、…はぁ、はっ…謝るな、怪我は?」

 

「恐らく、大丈夫です」

 

「取り敢えず一度退いて体勢を立て直すぞ……」

 

「……はい」

 

 そして、ホリを瓦礫から救い出すべく、装備を全て一旦地面に起き、発掘作業を始めた。

どうやら、彼女の展開した追加装甲が瓦礫に埋もれて、身動きが取れなくなっているらしい。

装甲の取り外しは可能かと問えば、可能だと返事が返ってきた。

少し惜しいが、脱出の為に追加装甲を切り離し、彼女の脱出を助ける。

 

「っ…あ、抜けました!」

 

 ホリの周囲の瓦礫を退かし、力技で体を引き抜く。

ホリが瓦礫の山から抜け出したのを見て、そのまま手を引き、装備を回収した後ビル外へと出た。

一応、彼女の全身をくまなく調べて負傷が無いか確認する。

多少の傷は見られたが、殆ど無傷に近かった。

流石戦車、頑丈な様で安心した。

 

「よし、後は皆と合流するぞ、BT、CT応答しろ」

 

『はい、こちらBTです』

 

『感度良好、CTよ』

 

 即座に返事が返ってくる。

まず、ホリを回収した旨を伝え、敵の位置を問うた。

 

『私が発見した、重戦車の位置はH8、そのビルからは3,000mの距離よ』

 

『既にBT、CT共にポイントBに集結しました』

 

『あ、後は笹津大尉とホリさんだけ、です』

 

「了解した、急行する」

 

 そう言って無線を閉じる。

背後を見て、ホリに「大丈夫そうか」と聞くと、「心配性ですね…」と微笑まれた。

 

 何となく、彼女の態度が軟化してきた様な気もする。

或いは、こういう状況下だからかもしれない。

 

「なら良い、行くぞ」

 

 口にして、彼女の手を引き、走り始めた。

 

 

 

 

 16:15、ATこと、私とホリはポイントBに到着した。

既に作戦開始から一時間と十五分が経過している。

私とホリが到着すると、一瞬、全員が主砲を構えかけ、私が手を上げた途端ほっとした表情を見せた。

ポイントBは市街地の中でも、比較的背の低い建物が密集した商店街。

障害物が多く、隠れる場所も多かった。

 

「ハク、トク、チハ、ご苦労だった、被害の方は?」

 

 ぱっと見、一番装甲が剥がされていたのがチハ、次にハク……トクは全く被害を受けていない様に見えた。

 

「え、えっと、私は被弾が二発、でも、軽戦車からの砲撃だったので、何とか…小破に留まっています」

 

 そう言ってハクは僅かに黒ずんだ装甲を見せた。

恐らく、まだ装甲の厚い部分で受けたのだろう、凹んだりはしている様だが、破壊はされていない。

 

「私は被弾三、軽戦車から二発、中戦車から一発、でも正面から受けた、中破」

 

 チハは胸部装甲が剥がされており、僅かに衣服が避けている。

脚部の装甲も凹んでおり、それなりに被害を被った様だ。

 

「私は大丈夫です、被弾は無し、作戦行動に何ら支障ありません」

 

「そうか……よし、なら問題は無い」

 

 そう頷くと、トクが首を横に振って否定した。

 

「いえ、大尉、私達よりも……」

 

「ん、大尉、アンタ怪我してる」

 

「…何?」

 

 そう聞き返すと、ハクが私の所まで小走りでやって来て、恐る恐る額に触った。

 

「っぅ!」

 

 途端、ズキリとした痛みが走り、顔を歪める。

 

「っ、ご、ごめんなさい! さ、笹津大尉…こ、これ……」

 

 そう言って見せたハクの手の平、そこには血がべっとりと付着していた。

どうやら、額を派手に切っていたらしい。

頬に手をやると、確かに、ザラザラした感触があった。

爪で剥がすと、血の固まった痕が。

 

「結構深いわ……無理しないで」

 

「……気付かなかったな」

 

 そう呟くと、ぎゅっと、誰かに強く手を握られる感覚がした。

誰か、何て事は見なくとも分かる。

背後を振り向けば、ホリが青褪めた顔で立っていた。

 

「た、大尉……だ、大丈夫なんですか……?」

 

 目が見えない故に、不安が倍増しているのだろう。

それに、今まで一緒にいたのはホリだ。

その表情からは、気付かなかった罪悪感と、後悔の念が強く察せた。

 

「…気にするな、それ程痛みもない、体も動く、何ら問題無いさ」

 

 そう言って手を握り返す。

それから、砲撃をした時の様に、頭に手をやって優しく撫でた。

そうすると、僅かだが、ホリの表情が和らいだ様に思う。

 

「…大尉、せめて治療を」

 

「あぁ…バックパックに応急処置キットがある、消毒と包帯だけ頼めるか」

 

「はい」

 

 トクにそう伝え、バックパックを下ろす為にホリの手を離す。

だがその瞬間、嫌だと言わんばかりに、ホリの手が再度私の手を捉えた。

 

「………ホリ?」

 

 どうしたのだと私が問おうと彼女を振り向けば、「えっ」と、自分でも信じられないと言った風な顔をしたホリが居た。

 

「どうした?」

 

「ぁ…いえ、すみません……何でも、無いです」

 

 そしてゆっくりと離される手。

それでも、最後まで、指の先まで、絡みつくように離れていった。

 

「……大尉、治療を」

 

「…あ、あぁ、すまない、頼む」

 

 そして地面に座り込むと、トクはバックパックから応急処置キットを取り出して、手際良く治療を行っていった。

 

 背後には、呆然と佇むホリ。

ホリは先程まで繋いでいた、その手の平を見つめながら、ただ立ち尽くし。

三人は、その姿を横目でじっと見ていた。

 

   

 





誰が市街戦が後編で終わると言った……?(`・ω・´)キリツ
すみませんこんなに長くなると思わなかったんですゴメンナサイ。

でも漸くヤンデレっぽい描写が入れられた!(∩´∀`)∩ヒョー

次はやっとゲリラ戦だね! 誰だよ次ゲリラ戦って言ったの!?
私ですごめんなさい。

 次、次こそゲリラ戦だよ!ヽ(`Д´)ノ

 


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最終決戦

   

 

 

 応急処置を終えた後は、皆で建物の影に隠れ、作戦会議を行った。

バックパックに、念の為に用意して置いた旧札幌の市街地見取り図を広げ、皆で囲む。

 

「重戦車はこの位置に居た、このポイントBからだと大体500m位の距離、そこの雑居ビル、屋上から旧JRビルに主砲を向けてた」

 

 そうして指さされた位置は、それ程遠くない距離。

 

「……そこから砲撃をして来たのだろう…移動は?」

 

「してないと思う、じっと動かずにビルを見てたから」

 

「装甲、主砲は?」

 

「一度確認したけれど、装甲は分厚い、両手に大きな盾みたいな装甲を二つ、それに両肩と腰、背中にも火砲があった、全部で五門、まるで要塞」

 

 まさしく、歩く要塞という訳だ。

 

 どうする、そうチハの瞳が私を見た。

他の三人も、私の言葉を待っているらしい、じっとこちらを見つめる。

私は大きく息を吐き出すと、地図の上に指を滑らせた。

 

「……本当なら、包囲して一気に集中砲火を浴びせたい、だが相手も全方位に火砲を持つ重戦車……正面からバカ正直に挑むのは無謀だ」

 

 せめて、何か一手欲しい。

それが正直な所だった。

 

「…そうですね、包囲しても、逆にこちらが撃破される……何て展開も有り得ます」

 

「主砲が一つだけなら、何とかなったかもしれないけど」

 

「どど、どうしましょう…私も、五門の砲撃は避けられる自信が、あ、ありません……」

 

「主砲の位置からして、多分正面で同時砲撃出来るのは四門、側面で三門、そして背後が五門よ」

 

「………厄介ですね」

 

 皆が唸る様にして考え込む。

そして私は、段々と選択肢が狭まっている事に気付いた。

重戦車の位置は、ここから約500mの位置。

それでいて、その要塞の様な重戦車を仕留めるには、集中砲火以外有り得ない。

それも比較的至近距離での。

仮に上手く包囲出来たとしても、相手は五門の火砲を持ち、下手するとコチラが全滅する。

つまり、包囲して集中砲火する状態に持っていきつつ、相手が砲撃不可能な状態にする必要がある。

 

 どんな無茶だと、内心一人で笑った。

 

結局、彼女達を生きたまま基地に返すには、リスクを負う必要があるという事だ。

 

 問題、は誰がそのリスクを負うのか。

 

「……………」

 

 誰もが口を噤み、重い空気が肩を押さえつけた。

皆が皆、強敵の存在に意気消沈し、行き詰まった状態で精神的に一杯なのだ。

それが、雰囲気として現れている。

 

 それを見て、私は決心した。

 

 元より、道具に出来ないと、そう決めたのは私だ。

 

 そして、仲間だとホリに豪語したのも。

 

 将軍の義務を、思い出せ。

 

 そう言って、自分を鼓舞した。

 

 

 

 

「よし、何ら問題無い、策はある」

 

 

 

 

 ワザと、自信満々の様に立ち上がり、座り込んでいる他の四人を上から見下した。

力強く、腹から声を出し、恰(あたか)も勝利を確信しているような、そんな雰囲気を醸し出した。

皆が皆、私を見上げ、表情を段々と変化させる。

 

「お前達は待てば良い、良いか、よく聞け、お前達はこの商店街に隠れ、機会を待つんだ、そして、その時が来たら、容赦なく奴を撃ち抜け」

 

 勝てる、勝てる、そう思い込ませろ。

 

「奴を此処まで誘い込ませる、お前達には理解出来ないような、崇高で天才的な策が、私にある」

 

 まるで、過去ここに着任し、失敗した将軍の様な言い方だと思った。

 

「良いか、絶対、何があっても、ここに隠れ、機会を待つんだ、そして私の合図で砲撃を撃ち込め」

 

 最後は、まるで自信家の様に。

されど、絶対なる実力に裏付けられた、本当の笑みで。

 

 

「私を信じろ」

 

 

 そう言い切った。

 

 

 彼女達の表情が、段々と和らぎ、そして、全員がゆっくりと頷いた。

どうやら最低限の信頼は、あったらしい。

これで首を横に振られていたら、打つ手無しだった。

 

「よし、トク、ホリに撃つ方向を示してくれるか? 勿論、トク自身も砲撃する前提なのだが」

 

「はい、大丈夫です」

 

 その返事に頷き、私は商店街の通路に出ると、その中心に立った。

 

「此処に奴が来ると想定して、最もベストな位置についてくれ、判断は各々に任せる、では…行動開始!」

 

 そう言い放つと同時、ハクはオロオロしながら潜伏場所を探し、チハは一目散に走って行った。

トクはホリの手を取って、辺りを伺っている。

 

 これで良い。

 

 私は私の行動を開始した。

バックパックから地雷を取り出し、適当な瓦礫を通路にばら撒きながら、それに混ぜて設置した。

カモフラージュになるよう、巧妙に。

それが終わったら、少しだけ軽くなったバックパックと肩撃ち式多目的強襲兵器を肩に背負って、歩き出す。

方向は勿論、重戦車の居る方向。

 

 ふと、背後に視線を感じて、振り返ると。

商店街の建物に混じって、物陰から視線を寄越すチハが居た。

視線からは、気のせいだろうか、どこか心配そうな雰囲気が感じ取れる。

若しくは、私に対する、期待の目か。

それとも、失敗するなよという、無言の圧力かもしれない。

 

 結局、私にその視線の意味など汲み取れるハズもなく。

片手を上げて、微笑む事しか出来なかった。

そして、重戦車の居る雑居ビル目掛けて走り出す。

 

 

 策など、無い。

 

 

 私が考えついたのは、精々私を囮に、敵を誘き寄せる方法だけだった。

重戦車をあの商店街まで誘き寄せ、何とか一瞬でも行動不能に、或いは砲撃不能な状況にし、一気に畳み掛ける。

下策も下策。

それが出来れば、苦労しないんだよって言うレベルだ。

だが、やるしかない。

 

 この作戦の要は、どこまで敵に悟られず誘導出来るか。

そこに掛かっている。

彼女達の安否も、自分自身の生死も、全て私の行動に左右される。

 

 今更になって、足が震えだす。

 

 疲労ではない、純粋に恐怖が膝を笑わせ始めたのだ。

今になって漸(ようや)く、彼女達の命が自分の肩に乗っているのだと理解した。

そして、とんでもなく恐ろしい感情が、胸中を支配し始めた。

 

 それを、士官学校次席のプライドと、彼女達の微笑み、次いで、中央へ戻ると言う願望で、掻き消す。

 

 恐怖を消せるなら、何でも良い。

自分を鼓舞し、言い聞かせた。

 

 私は、相楽基地の将軍だぞ………と。

 

 

 

 道中、ありったけの地雷とトラップを設置し、バックパックは中身はスカスカになった。

背負っている重量が一気に軽くなり、何となく違和感を感じながら、重戦車の雑居ビルへと辿り着く。

敵は一切動く様子は無く、音を立てない様に細心の注意を払って、近くのビル裏に隠れた。

そして、物陰から見上げたソイツの姿に、思わず息を飲む。

 

 外観は、チハの言っていた通り。

肩、腰に二門ずつ、背中に一門、そして両手に大型の装甲板を二つ。

 

 正に要塞、人の形で顔が見えなければ、タダの鉄の塊と称しても違和感が無い程だった。

そして、これ程近くで陸上懴車を見た事が無かった私は、その威圧感に圧倒された。

 

 こいつが、人類の敵か。

 

 青白い肌、黒く、生きた様にも見える装甲、女性型で、モデルの様な体つき。

だが美しいと言える筈の姿なのに、そこからは禍々しさしか感じない。

その姿を確認した後、私は静かに無線の電源を切った。

これから、きっと周囲に爆音が轟く。

そして、彼女達は察するだろう、私が単独で戦い始めた事に。

その時、判断が鈍る事は、あってはならない。

無線で、助けを求める様な醜態は晒さない。

無線と耳に装着していた受信機を取り出し、地面にそっと置いた。

 

 私は、覚悟を決める。

 

 肩に背負っていた肩撃ち式多目的強襲兵器……M72LAWを下ろす。

後部を引き伸ばして展開し、ピンを抜き、カバーを外してスリングを取った。

そして肩に乗せるようにして構え、照準越しに重戦車を捉える。

 

「……っ」

 

 照準越しに見えた姿に、唾を飲み込んで、引き金を引いた。

同時、強烈なバックブラストが発生し、先端から弾頭が撃ち出される。

音に気付き、重戦車が振り向くが、それよりも早く弾頭が重戦車の側面に着弾した。

そして、爆発。

 

 着弾を確認した後はLAWを投げ捨てて、バックパックからグレネードランチャー、アーウェン37を取り出し、バックパックを放置したまま走り出した。

少しでも身軽に。

そして、想定していたルートを全速力で走る。

背後を振り返る余裕は無かった。

 

「……ヌルイ」

 

 ぞくりと。

肌が粟立って、建物の影に飛び込んだ。

瞬間、砲撃が地面を抉り、私の居た場所を消し飛ばした。

石片が体を打ち、頬に切り傷が出来る。

あまりの火力に、背筋が凍った。

慌てて立ち上がり、走り出す。

 

「オマエ、ニンゲンカ?」

 

 振り向いて確認すれば、雑居ビルの屋上から飛び降りた重戦車が、背後より迫っていた。

重戦車は、ノロイ。

だが、それはあくまでも『戦車にとっては』

人間からすれば、十二分過ぎる程に早かった。

 

 敵の質問には答えず、代わりにグレネードを二連射。 

ライフルの弾丸と比較すれば、遥かに大きい弾が飛来し、重戦車はそれを盾で受け止めた。

爆発音と爆炎が重戦車を覆い、僅かに足が止まる。

だが、それだけ。

爆煙から抜け出した重戦車の装甲は、毛ほどにも傷ついていなかった。

それはそうだろう、何せ、このグレネードは対人用。

対戦車戦闘など、微塵も想定していないのだから。

 

「………コノテイドデ、タオセルト?」

 

 はッ、思ってる訳無いだろ。

 

 そんな悪態を吐く余裕すら無く、只管(ひたすら)ジクザグに走った。

纏わり付くような、背後から迫る、圧倒的なプレッシャー。

もう一度、牽制する様にグレネードを三連射し、重戦車の足を止めた。

しかし、予想通り、両手の装甲で防がれ、本体に当たりもしない。

距離を稼ぎながら、弾帯から弾を取り出してリロードする。

 

「ッチ……イイカゲンニ…」

 

 重戦車がそう言って大きく一歩踏み込んだ瞬間、地面が一気に捲れ上がった。

 

「ナニッ!?」

 

 爆音と、爆煙。

地面から火の柱とも言える様な光が、一瞬にして溢れ出し、重戦車を押し上げた。

 

 設置地雷、その一つ目。

 

地雷を複数個、ルート上に設置し、それを足止めとして使用する。

リロードを終え、重戦車が地雷の衝撃に足を止めている内に、距離を稼いだ。

 

「クッ…コシャクナァ…」

 

 重戦車が、表情を怒りに染めて姿を現す。

それなりに威力のある地雷を選んだ筈だが、その姿は…無傷。

やはり、通常兵器で陸上懴車を撃破する事は、不可能。

分かっていた事だが、余りにも非科学的な事に、思わず挫けそうになった。

それでも、足を止める事はしない。

 

「…コノネズミガァッ!」

 

 背後より、砲撃。

すぐ真横を、黒い何かが高速で追い抜き、自分の僅か数メートル前方に着弾、飛び上がった土とコンクリートが全身を打った。

飛び散った石片で服が破れる。

痛みは、頬肉を食いちぎって、耐える。

お返しとばかりにグレネードを撃ち込むが、最早足を止める事すら無かった。

正面から装甲で防ぎ、そのまま前進してくる。

ならばと、その足元目掛けて発射すれば、爆発がコンクリートを砕き、重戦車が足を踏み外した。

 

「グォッ!?」

 

 かなりの重量がある為か、大きくバランスが崩れるものの、倒れる事は無い。

続けて二、三発と撃ち込んで、走行を妨害した。

 

「ガァ、コンノォ!」

 

 肩の二門がこちらに照準を合わせるのが見え、飛び込む様にしてビルの中に退避する。

そして、砲弾はビルの壁を撃ち抜き、タイルの床に着弾、周囲を粉々にした。

それを伏せの状態でやり過ごした私は、立ち上がり、走り出す。

入った時とは反対側の出入り口から、飛び出し、同時に入れ替わる様にして重戦車がビルの扉をぶち壊し、追って来る。

 

「マテッ、コノ、ネズミガァ!」

 

「っは…はっ…埋まってろぉォ!」

 

 そう叫び、ポーチに入れていたスイッチを握る。

同時、ビルの一階にある支柱全てに設置された爆薬が点火、爆発。

凡そ八階分の重量が、一気に下層へと降りかかった。

強烈な爆音に続き、建物が倒壊する風圧、瓦礫が次々と降り注ぎ、その風圧に流され、地面を何度か転がり、砂まみれになって起き上がった。

そして形振り構わず、走り出す。

 

 背後から、怒りの咆哮と共に、重戦車が瓦礫を吹き飛ばし、姿を見せる。

 

「コ………ロ……コロ………コロス、コロスコロスコロスコロスコロスコロスゥォォアアアッ!!」

 

 正面から、四門。

全てが一斉に火を噴き、私の前方にあった建物を一撃で吹き飛ばした。

それでも、足を止めずに走り出す。

 

「マテェッ! オマエハ、ゼッタイニコロッ」

 

 瓦礫を押しのけ、ビルの敷地から一歩出た瞬間。

爆発。

 

設置地雷、二つ目。

 

 今度は密集して設置した分、先程より大きな爆発となって重戦車を襲った。

土砂が柱の様に舞い上がり、火柱が走る。

熱波が背中を後押しするが、それでもきっと、コイツは撃破出来ない。

 

 これは、チキンレースだ。

 

 コイツにギリギリまで悟られず、商店街まで誘導する。

 

 振り切っても駄目。

 

 捕まっても駄目。

 

 ギリギリの距離をキープし、誘導する。

 

「カ……ァア…ァァアアッ!!」

 

 重戦車が火の粉を纏って、前進して来る。

すぐさま足元目掛けてグレネードを撃ち出し、走行を妨害。

それから、閃光弾をベルトからピンを抜き、後方目掛けて転がした。

目をつむり、光を遮る。

一瞬、瞼がオレンジ色に染まったが、重戦車に効果があったかどうかは確認せず、走り出した。

 

「ォ…ォオアアッ!」

 

 宛(さなが)ら、猛牛の突進とでも表現すべきか。

勢いは、衰える事を知らない。

だがこれならばと、私は一際細い路地へと入り込んだ。

横幅は、精々重戦車がギリギリ通れるかどうか、と言う程度。

そこは直線で、重戦車にとっては絶好のスポットだろう。

 

 私がそこに逃げ込むと、重戦車は勢いよく追って来た。

 

「ラクニハ、コロサン、コロサンゾォッ!」

 

 ガリガリと。

僅かに横幅の幅が大きいのだろう。

腰の砲台が左右の壁を削りながら、私目掛けて突進して来る。

同時に、腰の火砲が音を立てて私に向いた。

 

 そして、その砲撃が敢行される直前に、ピン、と何かに足を引っ掛ける重戦車。

 

「ア?」

 

 結果は明白。

左右の壁が爆散し、同時に足元からも地雷の爆発。

C4の高性能爆薬と地雷のセット。

怒りが故に、足元がお留守。

そしてそれだけでは無く、そこを中心に連鎖的な爆発が起きた。

前方、後方、全方位からの爆発。

ダメ押しとばかりに、目潰し替りのクレイモア。

連中にとっては豆鉄砲だろうが、人間でも大量の豆をぶつけられれば、痛い。

大規模な爆発に、私は路地を抜けるとすぐに横に向かって飛び、地面に伏せた。

大きな瓦礫が宙を舞い、重戦車を中心とした十メートル程が更地と変わる。

その中心で、重戦車は膝を折った。

 

「ク………カッ………」

 

 流石に、傷は負わなくとも、痛みは感じるのか。

数歩、蹈鞴(たたら)を踏み、それからすぐに私を視界に捉えた。

 

「ニン…ゲン……ッ」

 

 その言葉には、何れ程の憎悪が篭っているのか。

私はすぐに立ち上がると、駆け出す。

重戦車も続くように、数秒の後、私の後を追って駆け出した。

 

 これで道中のトラップは、全て使い尽くした。

 

 後はもう、手持ちのグレネードと、手榴弾、閃光弾のみ。

 

 追ってくる重戦車の足元目掛けてグレネードを連射し、手榴弾を投擲。

爆発と爆炎が重戦車を包むが、足は全く止まらなかった。

 

 どうやら、適応して来たらしい。

 

 前方を見て、商店街を確認。

 

 残り、後百メートル。

 

 全速力で、十四秒。

 

 閃光弾を地面に放り、目を瞑りながらグレネードをリロード。

閃光が瞼をオレンジに染め上げ、リロードを終えた瞬間、重戦車の足元に撃ち込んだ。

閃光弾がどの様な効果を齎(もたら)すか、恐らく先の一回で学習したのだろう。

重戦車は両手の装甲で視界を覆っていた。

故に、好機。

その目が見えない状態の重戦車の足元目掛けて撃ち込んだグレネードは、見事そのコンクリートを砕いた。

 

「クッ!?」

 

 視界が見えない状態で、僅かにバランスを崩し、思わず体が傾く。

そして、私はすかさず足元にグレネードを全弾撃ち込んだ。

両足全ての地面を砕くように、爆発と爆風が、重戦車の足を絡め取る。

 

「ヌァアッ!」

 

 そして、遂に重戦車が転倒。

重量にコンクリートが砕かれ、鉄骨が地面に落下したかの様な音が響いた。

私はそれを見て、グレネードを投げ捨てる。

グレネードは軽い音を立てて地面を滑り、後方に消えた。

同時に、弾帯も取り外し、ありったけの手榴弾と閃光弾のピンを抜き、重戦車目掛けて投げつけた。

後は、両腕で目を隠しながら、全速力で走る。

後方で、強烈な連続爆発、閃光が瞬くのを感じた瞬間、叫びながら、死力を尽くして走り抜いた。

 

 後、二十メートル。

 

 後、十メートル!

 

 そして。

 

 

 後方から、砲撃。

 

 

 それが、マグレだったのか。

それとも、狙った一撃だったのか。

 

 一発が、至近弾で、すぐ真横に着弾した。

 

「ぐぉッ…」

 

 正しく。

 

 飲み込まれる。

 

 土砂が自分を飲み込み、爆発が体を焼き、石片が凶器となって全身を襲う。

 

 足が地面を離れ、上下が逆転した。

自分がどこに居るかも分からず、次の瞬間、地面に叩きつけられる。

肩から勢い良く落ち、首元でプツンと、何かが切れた。

それが鉄帽の留め具であると分かった瞬間、頭部に衝撃。

それから、何度も天地が逆転した。

 

「っ……かはッ…」

 

 転がり、転がり、ようやく止まる。

視界が回って、何もかもが輪郭を失う。

呼吸しようと息を吸い込むと、代わりに血と土砂が吐き出された。

口の中が、血の味で一杯。

仰向けから、這うような格好になり、それだけで内臓が痛みに悲鳴を上げた。

たまらず、嘔吐。

だが、その嘔吐物は、殆どが血で。

これじゃ吐血じゃないかと、頭の片隅で思った。

 

「ニンゲン、オマエハ、ショウサンニ、アタイスル」

 

 爆煙の中から、鳴る金属音。

私はその正体を知っている。

 

「ワタシヲココマデコケニシタノハ、キサマガハジメテダ」

 

 爆煙が掻き消され、その向こう側から黒いシルエット。

私はそれから逃れようと、一心に這う。

コンクリートに爪を立てて、ずるずると、恥も外聞も殴り捨てて、這った。

べりっと、爪が剥がれ、気力が尽きる。

近くにあった瓦礫を、何の抵抗にもならない事を分かっていて、掴んだ。

 

 そして、それが姿を現す時。

 

「ユエニ」

 

 正しく。

 

「ラクニハ、コロサン」

 

 

 

 

 

 

 私達が、勝つ。

 

 

 

 

  

 

 瞬間、ボンと、重戦車の足元から、何かが音を立てて飛び上がった。

 

 それが何であるか、設置した本人、私だけが知っている。

 

 

 

 名を、跳躍地雷。

 

 

 

 私は、チキンレースに勝った。

 

 

  

 「ッ!?」

 

 顔面スレスレに、突然現れた地雷。

それが至近距離で炸裂し、同時に、四方から同時に砲撃音が轟いた。

重戦車を見上げるように倒れていた私は、その命中した瞬間を、この目に焼き付ける。

 

 腹部と、胸部、側頭部に、首。

 

 食らいつく様な砲撃が、重戦車の装甲をぶち抜き、一瞬にして勝負は終わった。

頭部が文字通り吹き飛び、側面から放たれた砲撃が腹部と胸部を食い破る。

後に残ったのは、無残な死体、スクラップ。

 

 ゆっくりと、頭部の無い重戦車が膝を折り、手にした二つの装甲板が音を立てて地面に転がった。

 

 そして、前のめりに倒れ伏す。

青い血がじわりと広がり、うつ伏せになった私の指先を浸した。

 

「勝………った」

 

 同時に、私も精根尽き果てる。

血まみれの視界の中で、もう指先一つ動かせないと、自覚した。

それは勝利故の安堵からか、それとも単純に負傷の為か。

 

 これ以上は、もう、無理だ。

 

 視界が段々と、紅く染まって。

 

 私の意識は、ぷっつりと途絶えた。





書きたい様に書いたらこうなった(´・ω・`)

ツッコミは無しよ(´・ω・`)

……二回に分けたかった(´;ω;`)


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想い

 

「過去の将軍がどうだったかなど、関係ない、私は、お前達が仲間だと思っているから、勝ちたい、死なせたくない、そう思う」

 

 

 

 そんな事を言った将軍は、アンタが初めてよ。

 

 

 

 私は心の中で、そう思った。

 

 私達戦車は、戦う為に生まれてきた兵器。

艦娘と呼ばれた存在と、根本的には同じ、人とは相容れぬ強き存在。

それ故に、欠陥を抱えた兵器は存在意義を失う。

使えない道具として、欠陥品として、蔑み、罵られ、見捨てられる。

 

 今まで、多くの悪意をぶつけられて来た。

何度も何度も、何度も何度も裏切られ、傷つけられ……。

きっと、私達は救われる事など無いのだと。

そう思って生きて来た。

 

「私を信じろ」

 

 そう言ったアンタの目は、力強くて。

自信と、プライドに輝いていて。

それでも、その奥底にあるのは……私達への信頼。

思わず、頷いていた。

信じたいと思った。

 

 それでも、ほんの少しだけ、不安になって。

アンタが去って行く後ろ姿を眺めた。

それに気付いたアンタは、一瞬、驚いた顔をして。

 

 手を振って、微笑んだ。

 

 初めてだった。

私がこうなってから、私に微笑んでくれた人なんて。

 

 初めてだった……。

信頼されるのも、死なせたくないと言われたのも、仲間だと言われたのも。

 

 この人なら。

 

 この人ならば。

 

 もしかしたら。

 

 信じても、良いのかもしれない。

 

 今まで期待しても裏切られて、馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返した連鎖を。

断ち切ってくれるかもしれないって。

 

 本当に、そう思った。

 

 

 

 

 

 思ったのに。

 

 

 

 

 

 「ぐぉッ…」

 

 目の前で、自分を唯一認めてくれた人が、砲撃に呑まれる光景。

それは、余りにも衝撃的で、血の気が全身から失せた。

 

 最初、爆音が轟いた時は、不安になった。

思わず、無線に叫んだが、アンタが応答する事は無かった。

それから、断続的に聞こえる爆音と建物の倒壊する音が激しくなり、私は焦りを覚えながらも、じっと待った。

 

 アンタが信じろと言ったから。

 

 アンタが待っていろと言ったから。

 

 だから私はじっと待った。

待って待って、待って待って待って待って待って待って待ち続けた。

 

 他の皆も一緒だった。

不安げに無線を眺めて、爆音が轟く度に肩を震わせた。

不安で、仕方なかったのだ。

 

 

 そして。

 

 

 走るアンタが視界に入った時。

私は自分でも分からない、強い安堵の気持ちを抱いた。

それから、すぐに駆け出そうと思った。

じっと待っているのは、限界だった。

ましてや、すぐ目の前にアンタが居るのに。

でも、無線でトクが制止する。

 

『チハ、駄目よ………大尉の言葉を忘れたの?』

 

 その声は、搾り出すような声だと覚えている。

そして、私は待っていろと言う言葉を思い出す。

命令、約束……いや、あれは信頼だ。

だから、破る事は出来なかった。

唇を噛んで、出血するまで噛んで、じっと耐えた。

 

 それから、後、十メートル。

 

 それで終わると、思ったのに。

 

「ぐぉッ…」

 

 目の前で、自分を唯一認めてくれた人が、砲撃に呑まれる光景。

アンタが爆発で宙を舞って、地面に叩きつけられ、人形みたいに地面を転がる様。

今までの戦闘でボロボロになった野戦服に、血だらけになって、砂まみれになって。

血を吐いて、這い蹲って。

 

 足元が、グラグラと揺れた。

まるで、世界が終わってしまうかのような錯覚。

そんな、制御出来ない、強い不安。

動揺。

 

 重戦車がゆっくりとアンタに向かって歩き。

まるで、最期の瞬間の様に。

 

 

 殺される。

 

 そう思った。

 

 そう思ったら、限界だった。

 

 私も、皆も。

 

 

「ラクニハ、コロサン」

 

 そして、次の瞬間に炸裂するのは、アンタの策。

跳躍した地雷が、強い爆発を引き起こし、重戦車が怯んだ。

 

 それが合図だと思った。

 

 ありったけの憎悪と、怒りを砲弾に乗せた。

肩の主砲が火を吹いて、奴の装甲の薄い部分。

首を文字通り、食い破った。

私の砲弾が、首を貫き、他の誰かの砲弾が側頭部を撃ち抜く。

それから、腹部に胸部も。

ズタズタになった奴が、ゆっくりと倒れ伏し、動かなくなった。

それでも、気分は収まらなかった。

 

 ハクが一番最初に、走ってアンタの元に向かった。

それから、トクに手を引かれて、ホリも。

私もすぐに走り出して、叫びそうになった。

近くで見たアンタの姿は、まるで死人だったから。

剥き出しの肌は、紅く染まって、砂と土に汚れたその姿は、死体みたいで。

不安になった。

もう、二度と目を開けないんじゃないかって。

 

 私は、死んだ重戦車の死骸の傍に立って、主砲を構えた。

 

 そして、砲撃。

 

 コイツが。

 

 全部悪いんだから。

 

 コイツが。

 

 だから。

 

 何度も。

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 そして、トクに肩を抑えられて、止められた。

気が付けば、重戦車の死体は、上半身と下半身が分断されて、腹部は粉々になっていた。

その残骸を、酷く冷たい目で見たトクは「弾の無駄よ」、そう言って私を制止した。

 

「……そう」

 

 それっきり、主砲を下ろす。

 

「主砲の弾だって、大尉が調達するの……大事になさい」

 

「ん…」

 

 それも、そうだね、と。

それから、二人でアンタの元に戻って、ずっと待った。

 

 アンタが、目を覚ますのを。

 

 




やっとだ…(´・ω・`)

ヤンデレって良いですよネ?(`・ω・´)


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遠い日

 

 

 最初に感じたのは、強烈な痛みだった。

それを感じた直後に、思わず呻き声を上げて、視界が色を取り戻す。

瞼の裏に、何か強烈な光が見えて、それからゆっくりと収まった。

ボヤけた輪郭が、ホリの形に変わる。

 

「っあ……ホリ?」

 

 そう口を開くと、喉に張り付いた血が詰まり、堪らず噎(む)せた。

 

「ゴホッ…ガッ……」

 

 口から吐き出された血の塊は、首元に飛び散って、顔周辺を紅く染める。

呆然とそれを眺めて、あれ、私は何をしていたのだと、考えた。

 

「た、大尉!?」

 

 ホリがペタペタと顔を触り、その表面に血が付着し始める。

そして、ぬるりとした感触に、ホリが「そんな……これ、血、駄目、大尉」と泣きそうな声で言った。

視界の端で、ハクが血の気の失せた顔で叫んだ。

 

「笹津大尉、い、今、回収車が着ますから、そしたら、基地に戻って……だからッ」

 

 色んな音と、視界があやふやで、まるで狭い枠越しに世界を見ている様だった。

ぼうっと、視界を脇に逸らすと、倒れ伏した重戦車の死骸。

これは何だと、一瞬思考して、そう言えば作戦が成功したのだと、思い出した。

それから、自分は重戦車の砲撃を受けて、それで……。

 

 あぁ、今ちょっと、気絶していたのかと、理解した。

どうも時間が飛んでいたらしい。

これは、結構拙(まず)いかもなぁ、何て人事の様に思った。

首が動かず、目だけ動かすと、ハクの傍には酷く苛立った様な、しかし同時に不安げな表情を隠しきれていないチハの姿があった。

 

「っ………何が『お前達には理解出来ないような、崇高で天才的な策』よ、結局……落命覚悟の囮じゃない」

 

 顔を歪ませながらそう言い放つチハに、言う言葉が見つからなくて、笑いながら肯定した。

 

「ハハッ……悪いね、ゴホッ…下策も、下策、で……」

 

 だが勝った。

彼女達をこんな危険な囮になんて、出来ないから。

仮に私が死んでも、彼女達が撤退出来れば、貴重な…例え欠陥品でも、戦車は生き延びる。

そうすれば、まだ戦える。

 

 矛盾しているな、とは分かっていた。

自分はこんな所では死なない、中央に戻る、約束を果たす。

そう考えて戦いに望んだと言うのに。

 

 死にたくは無い、けど犠牲など払う覚悟が無い。

 

 

 

 

 

 『考課表通りだな、君は』

 

『成績優秀・品行方正、だが………』

 

 

 

 

 

 少将が言った。

あの言葉の続きは、何だったか。

大凡、検討はつくけれども。

それが原因で、この部隊を任せれたと言うのならば。

 

 とんだ皮肉だと思った。

 

「笹津大尉……? 大尉ッ! 大尉ッ!?」

 

 ハクの悲鳴とも言える声が、遠くに聞こえる。

気付くと、自分は指先一つどころか、瞼すら開けていられない状態にあるのだと分かった。

全身が溶けていくような、血が冷たくなって、全てが遠ざかる。

口を開こうとして、失敗。

吐息が漏れるだけで、声すら出なくなった。

 

「ト、トク! 前線、前線基地に連絡は出来ないの!?」

 

 ホリの焦燥した声が、耳元で聞こえる。

彼女からは、普段想像もつかない様な声だった。 

 

「………駄目、通じないわ」

 

「……連中、どうせ貴重な資源を欠陥品なんかに回せないって、連絡を絶ってるんでしょ…ッ」

 

 チハが忌々しげに吐き捨てる。

その声には、大きな憎悪が含まれているのが分かった。

 

「大尉、お願い、目を開けて……大尉ッ!!」

 

 誰かが私の手を強く取ったのが分かった。

恐らく、この手はホリの手だ。

何となく、覚えていた感触。

それから、逆の手も誰かに握られる。

皆の気配を感じる。

四人が集まっているのは分かる。

けどもう、目も、耳も聞こえない。

 

 大丈夫だ、そう伝えたくて。

 

 それでも口は開かなくて。

 

 声も出なくて。

 

 それで…………。

 

 

    それで。

 

 

 

 

 

「将臣」

 

「…之人(ゆきと)」

 

「将臣は、確か東北の連隊だったか?」

 

「あぁ、之人は関東か……羨ましいよ」

 

「…下手すれば、逆だったがな」

 

「ははっ、結局お前が勝ったんだ、IFは無いよ」

 

「…そうだな」

 

「………配属先は、どうなるだろうな」

 

「分からない、だが、そう悪くは無い筈だ」

 

「……戦況は、未だ膠着状態だと聞いている」

 

「旧北海道だろう? せめて、陸で止めている内に中央で準備を進めたい」

 

「…約束、覚えているか」

 

「……勿論だ」

 

「…ふふっ、お前の親父さんは果報者だな、こんな息子を持てて」

 

「随分親父っぽい台詞だな…それじゃ、お前も一緒だろう」

 

「……お互い、大変だな」

 

「あぁ、軍人の父を持つと……な」

 

「……………取り返すぞ、私達の海を」

 

「……あぁ」

 

「それまで、死ぬなよ」

 

「誰に言っているんだ?」

 

「……相変わらずだな」

 

「いや何、こういう時位、強がりを言わせてくれ」

 

「………あぁ」

 

「…じゃあ、また会おう、将臣」

 

「之人も……中央でまた、再開しよう」

 

「ふっ、先に行って待ってるぞ?」

 

「何、東北から直ぐに戻ってくるさ」

 

 

 

 



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約束

「ッあ!?」

 

 目が覚めた。

何か大切な夢を見ていた気がする。

飛び起きて、ビキリと体が軋み、痛みに思わず声を上げた。

 

「っ……痛ぇッ………」

 

 痛みに耐えて、それから自分がベッドの上に居るのだと理解した。

服はTシャツに、カーゴパンツ、彼方此方(あちこち)に包帯が巻かれていて、治療が施してある。

包帯にはうっすらと血も滲んでおり、それなりに重症だったのだろう。

自分は一体どうしたのかと、最期の記憶が戦闘終了後、すぐに途切れた事を思い出した。

辺りを見回して、此処が病室である事が分かる。

誰も居ない病室に、一人。

 

「……生き延びたか」

 

 感慨深く、呟く。

あれから、どうなったのか、ここは相楽基地なのか、他の皆は。

疑問は多々あった。

 

 改めて、自分の体を確認し、傷は上半身に集中しているのだと把握した。

足は、それ程酷くやられなかったらしい。

これなら、動ける。

ベッドに寝たきりと言うのも嫌で、私は行動を開始する。

ゆっくりとベッドを抜け出し、靴を探した。

幸い、ベッドのすぐ横に私のブーツが綺麗に揃えて置いてある。

履こうとして体を丸めると、脇腹に鋭い痛みが走り、思わず「ぐっ」と声を上げる。

どうやら、腹の傷はそれなりに深いらしい。

時間を掛けて、ゆっくりと靴を履いた。

 

 部屋を出ると、僅か三日だが、窓から見覚えのある訓練場が見えた。

廊下の内装も、雰囲気がどことなく相楽基地の様に思える。

 

「……ここは、相楽基地か」

 

 

 相楽基地ならば、無理をする事は無い。

自分のホームである事を知り、ひとまず、胸を撫で下ろした。

それから、どうしようと考える。

 

 ふと、窓に目をやると、青空が見えた。

快晴で、爽やかな風と光がグラウンドを照らしている。

その風と、光を浴びたら、何れ程気持ち良いだろう。

考えたら、無性に空が見たくなった。

最近、そうしたゆったりとした時間を過ごした事があっただろうか。

少し位なら許されるだろう。

そう言い訳して、行き先を決めた。

 

 ゆっくりと壁に手をつきながら、歩き出す。

移動は、思ったよりも困難だった。

腹の鈍痛が続き、思わず呻きながら腹に手をやると、Tシャツの腹の部分がやけに濡れていた。

一瞬、傷が開いたかと背筋が凍ったが、違うらしい。

 

「……汗か?」

 

 湿っぽいような感覚に、そう判断を下す。

それから階段に差し掛かり、一歩一歩登って行った。

医務室は二階にある為、此処を登ると三階。

三階から、更に時間を掛けて屋上まで登った。

錆びた鉄の扉を押し開けると、一気に風が吹き抜けて、ここまで来るのに流れた汗を冷やす。

晴天の空は青く、心地よいものだった。

 

「…………すぅ……はぁ」

 

 深呼吸すると、体の中に溜まった何かが抜けていく様な気がする。

ゆっくりと歩を進めると、柵の手前に腰を下ろし、背を預けた。

柵はゴツゴツしていて、背を預けるには少々不都合だったが、この際気にしない。

ぼうっと、空を見上げて、ただ時が流れるのを待った。

 

 それから、十分か二十分か。

 

 呆然と空を見上げるだけの時間を過ごしていた私の耳に、誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえた。

そして次の瞬間、凄まじい音が響き渡り、屋上の扉が凹む勢いで開かれた。

そこから顔を出したのは、ハク。

 

 一体何事だと驚きに身を竦ませると、ハクは屋上を血走った目で確認し、私見るや否や、破顔し、泣き出しそうな顔をしながら叫んだ。

 

「い……たぁ…ッ!!」

 

 ハクは戦場で発揮する様な加速を以て、私の元へと急行する。

その勢いに、まさかこのまま突っ込んでくるのでは無いかと、気が気でない状態で私は慌てる。

だが、それは杞憂に終わり、ハクは私の数cm手前で急停止。

正座する様な姿勢で、私に掴み掛った。

 

「笹津大尉、笹津大尉、お怪我は!? 傷、痛くないですか、大丈夫ですかッ!? お願いですから無理をしないで下さいッ…!」

 

 まるで懇願するような叫びに、驚きながらも必死で頷いた。

 

「あ……あぁ、大丈夫、大丈夫だとも、幸い、動けない程でも無いんだ」

 

 そう言って問題ないアピールをするが、ハクは首を横に振って、震えながら私の肩に手を掛けた。

……旧世代の戦車とは言え、相手は戦車、掴んだ手の握力は、想像以上の力で私を締め付けた。

 

「あぁ…大尉、お願いです……お願いですからッ、無理……しないで………ッ!」

 

 痛い、痛い、痛い。

ミシミシと肩が鳴り、冗談じゃ無いレベルで悲鳴を上げかけた。

横目で見れば、僅かに指が食い込んでいる。

どういう握力をしているのか、それより、泣きそうな…いや、殆ど泣いている状態でハクは私に迫っていた。

一体何を心配しているのか分からなくて、誤魔化し半分で、ホリにした様に頭に手を置いた。

それから、多少荒々しい感じになったが、撫でる。

 

「わ、私は……だ、大丈夫だ」

 

 何に対して大丈夫なのか、私にも分からない。

きっと顔中脂汗に塗れていたに違いない。

それでも必死の微笑みを浮かべながら頭を撫でると、「あっ…」とハクが言葉を零し、肩から手を離した。

俯いていた顔を上げ、私の顔を見る。

その瞳は充血していて、頬には涙の跡がくっきりと残っていた。

それから、じわりと、また瞳が潤んで、私の腹部に顔を押し付ける。

突然の事に体が固まったが、そのまま顔を埋められ、どうして良いか分からず、その背を撫でた。

 

「………笹津大尉が、ベッドに居なくて……わ、私……た、大尉に……見捨て…見捨てられたかと…ッ」

 

 くぐもったハクの声が耳に届く。

どんな発想だと思ったが、口には出さず「すまない」と謝罪の言葉だけを零した。

何故見捨てたなどと思ったのかは分からないが、どうやら不安だったらしい。

背を撫でながら、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと口を開いた。

 

「私は……お前たちを、仲間だと思っている……絶対に死なせないし、見捨てない」

 

 私がそう言うと、ハクは顔を埋めた状態から、私を上目遣いに見つめ、「えへへ」と笑った。

 

「……作戦の時も、無線で聞きました」

 

 その言葉に衝撃を受けたのは、私だ。

そう言えば、ホリにもこの言葉は伝えた。

まさか、無線が開いていたとは……思わず羞恥に、頬が赤くなったのが分かった。

それを隠すように、ハクの髪を撫でた。

 

「大尉、お願いします、約束して下さい、一つだけで良いんです、お願いします」

 

 ハクは譫言(うわごと)の様にそう呟き、下から私を見つめた。

「何だ?」と問えば、彼女はぎゅっと私の服を握って、まるで逃がさないと言う様に、背にも手を回して、私をきつく抱きしめた。

そして、その小さな口を開く。

 

「私を…私を見捨てないって、絶対に見捨てないって約束して下さい」

 

 それは一体、どういう意味の約束だろうか。

その真意を探るように考えていると、彼女は身を乗り出すように体を密着させ、私の瞳を覗き込んだ。

必然的に、私も彼女の瞳を直視する事になる。

 

 黒く、ただ、黒く。

まるで全てを飲み込む様な色をした、瞳だった。

目の前に居るのは、小柄で、女の子で、それで居て味方だと分かっているのに。

 

 ぞっとした。

 

「……それ以上は望みません、お願いします、笹津大尉の言う事、何でも聞きます、何でもしますから…だから……お願いします、大尉、私と約束して下さい……お願いします……ッ」

 

 それは、私に向かって言っているのか。

恐らく、そうなのだろう。

だが、呟く様に口にする様は、どこか病的で、それで居て機械の様に感じた。

「お願いします」

そのフレーズを延々と繰り返し発する彼女は、壊れた人形の様だ。

 

 私は、その恐怖を掻き消す為に、無理やり笑って、「馬鹿だな」と口にした。

それが強がりなのか、それとも本心からの言葉だったのかは分からない。

兎も角、口から出た言葉が私を救った。

 

「私は誰も見捨てないと、先程言ったばかりだ、無論、ハク、お前も………絶対に見捨てない、約束しよう」

 

 そう言うと、彼女の呟きの様な言葉はピタリと止み。

どこまでも沈む黒色の瞳は、うっすらと光を取り戻した。

 

「た、大尉……約束、ですよ? 嘘は駄目、ですよ?」

 

「嘘は吐かない、約束だ、私は君を見捨てない」

 

 そう言って小指を立てると、ハクはじっとその指を見た後に、震える小指を絡ませた。

子供騙しでも何でも、約束と言う行為に形を付けるならば、これだろう。

そして指を切った後に、ハクは満面の笑みで笑って言った。

 

「約束です…大尉ッ」

 

 




よっしゃ、次回からはヤンデレ祭りや!(嘘

したいけど、どうしよう、シュチュエーションが思い浮かばへん(´・ω・`)

感想お待ちしております(`・∀・´)ノ


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後始末

 

 結局、ハク以外の三人にもこってり絞られる事になる。

 

 ホリには散々「心配しました…心配しました」と繰り返され、一時間頭を撫で続けるハメになり。

 

 トクには「怪我人は怪我人らしくベッドで大人しく寝ていて下さい、片足もぎ取りますよ?」と脅され。

 

 チハには「何、まだ心配掛け足りないの? 私を不安にさせて楽しい? ねぇ」と詰め寄られた。

 

 三者三様、皆が皆私を責めた。

そして最後は、皆同じく「見捨てられたかと思った…」そう口にした。

 

 必死に窘め、謝罪し、ハクと同じ事を繰り返した。

約束をし、絶対に見捨てないと誓った。

 

 それが、ほんの数時間前。

 

 私は一人、執務室の奥、将軍の個室に設置されたベッドに横になりながら考えた。

 

 それ程に、私は薄情な人間に見えるのだろうか……と。

 

 皆の態度は、作戦前よりも随分軟化した様に思える。

ある程度口調も崩れ、共に戦場に立ったからだろうか、上官と部下と言うよりは、戦友や仲間と言う言葉の方がしっくりくる。

仲間だと先に口にしたのは私なので、特に異存はない。

寧ろ、今の方が心地良く感じた。

 

 故に、何故そんなに見捨てられたのかと思ったと口にされるのか、イマイチ理解出来なかった。

これでも、命を張る程度には皆の事を大切に思っている。

それが妙に人間らしい彼女達に同情したからだとか、何だとか、そんな理由はもう、どうでも良くなってきた。

妙に人間らしいとか、そういう問題では無くて。

彼女達も、生きている。

それを実感した。

 

 そんなのは、此処に着任した瞬間から分かっていた。

悪意に晒され、傷つけられた彼女達。

タダの道具なら、そんな事で怯える事も、恐怖する事も無いのだから。

 

 中央に戻りたい気持ちは、勿論ある。

こんな所で死にたくないと言う気持ちも。

 

 だが、何故私が、と言う気持ちは、完全に消えていた。

 

 コンコン、と。

個室の扉がノックされた。

「誰だ?」と声を掛けると、「トクです」と声が上がる。

入室を許可すると、紙束を持ったトクが部屋に入ってきた。

 

「大尉、作戦報告書の確認をお願いします」

 

 そう言って上体を起こした私に、紙束を突き出してくる。

私は、それをしげしげと見つめた。

 

「もしかして……書いておいてくれたのか…?」

 

「……はい」

 

 どうやら、私が寝ている間に仕上げていたらしい。

受け取って中身に目を通せば、必要な事は全て書き上げられていた。

 

「…あぁ、問題ない、このまま上に提出して貰って構わない内容だ」

 

「では、そのように」

 

「頼む……トクは事務も出来るのか」

 

 そう言えば、このトクは資材の管理等も一切任されているのだったか。

初日にハクがそんな事を言っていた気がする。

 

「……元々、将軍が不在の期間も、多かったですから」

 

「……あぁ、そうか」

 

 成る程、自然に身につけたスキルらしい。

彼女に書類を返し、提出する様に頼んだ。

一礼して去っていく彼女の後ろ姿に、口を開く。

 

「トク、ありがとう」

 

 そう言うと、彼女は少しだけ驚いたように目を見開いて。

 

「…いえ」

 

 照れくさそうに微笑んだ。

 

 そして、扉の向こうに消えていく。

それを見送った私は、枕に勢い良く背を預けて息を吐き出す。

報告書の件が頭からすっかり消えていた、自己嫌悪の為だ。

全く何をやっているのかと。

色々と上層部に掛け合わないとなぁ、と考えていると、またもや誰かが部屋の扉をノックした。

もしや、何か訂正点でもあって、トクが戻って来たのかと思い「どうぞ」と声を掛けると、トクでは無く、チハが現れた。

 

「どうした、チハ」

 

「………別に、また独りで抜け出していないか、確認しに来ただけ」

 

 そう言ってチハは、私を上から見下すように目を細めた。

 

 そう言えば、作戦前と後で一番変わったのは、このチハだろう。

前までの敬語はなりを潜め、素のままの態度で接する様になった。

恐らく、これが彼女なりの好意的態度なのだろう。

別に形に拘るタイプでも無い私は、その変化を喜々として受け入れた。

 

「そうか、生憎医者に止められていてね、今は出歩けそうにない」

 

「……そう」

 

 なら良い、そう言って彼女は私のベッドに腰掛けた。

ギシリとベッドが軋み、距離が近付く。

 

「……どうした、別に私は何処にも行かないぞ?」

 

「…心配だから、見張る」

 

 それは私を見張るという事か。

出歩けないと言っているのに、信用が無いなと笑いつつ、何となく胸に暖かい気持ちが湧き上がった。

ベッドの傍にあった蜜柑を一つ手に取り、「食べるか?」と差し出す。

先程、整備員の一人からお見舞いとして貰ったモノだ。

何でも、実家が農家だったらしく、国に徴収される前に幾つか取り残しておいたそうだ。

上官で、しかも立場上将軍という地位の私にそんな話をするなと叱ったが、悪い気はしなかった。

彼女達を支えてきた、この基地の整備員達。

今回の戦闘で、信頼を勝ち取った様だった。

 

「……頂くわ」

 

 そう言って、蜜柑を受け取るチハ。

皮を剥く様子を眺めながら、彼女達もこうしていれば、ただの女の子なのにな…なんて思った。

あんな無骨な装甲と、主砲さえ身につけていなければ、戦車だなんて分からない。

街行く少女達と一緒なのだ。

年相応に学び、こんな時代だから、気軽に街でショッピング、なんて事はもう出来ないだろうけど。

少なくとも、前線で硝煙と血の匂いを撒き散らす存在には見えない。

 

「…何?」

 

 じっと見つめていたからか、彼女は少しだけ頬を赤くして、私を見た。

 

「あぁ、いや、何でもない」

 

「そう」

 

 そっぽを向くように、蜜柑の皮をゴミ箱へ捨てる。

それから、実を一つ摘んで私に突きつけた。

 

「………? 何だ」

 

「…………食べて」

 

 一瞬彼女の行動の意味が理解出来なかったが、俗に言う「あ~ん」がしたいと言う事が分かった。

そんな恥ずかしい事出来るか、と断る事も出来たが、これが彼女からの善意であるならば無碍に断るのも心苦しい。

と言う言い訳を自分の中に展開しつつ、素直に口を開いた。

 

 そこに差し込まれる指。

 

 ご丁寧にも蜜柑の実を舌の上に置いてくれた。

 

「………」

 

「………」

 

 だが、問題はそこからだった。

 

 指を抜かない。

 

 チハは、私の口に指を差し込んだまま、全く抜く気配が無かった。

上唇と下唇で指を挟んだまま、一秒、二秒。

私は困惑した。

「えっ、何がしたいんだ」と。 

口を開き、蜜柑を口に入れる、そこまでは良い、私が知っている「あ~ん」だ。

だが、彼女が指を抜かないのは、何か意図があっての事なのだろうか。

困惑し、何とか疑問をぶつけようと喉を鳴らす。

 

「ひは、ひったい、なんは、ほへは(チハ、一体何だこれは)」

 

 疑問をぶつけだが、彼女はそれを聞いていなかった。

口の吐息が彼女の指を湿らせ、目の前の彼女は見間違いでなければ、ゾクリと、肩を震わせた。

 

「ひは?(チハ?)」

 

 再度名を呼ぶが、彼女はどこか、頬を赤くして、気のせいだろうか……吐息も荒くなっていた。

口の中に突っ込まれた指が、つっと、私の舌をなぞる。

 

「んッ!?」

 

 驚き、思わず口を閉じた私だったが、彼女は強引に指を入れた来た。

まるで生き物の様に舌を撫で、歯を擦り、唾液を掻き混ぜる。

二本の指が暴れまわり、私の舌を摘み、表面を擦り合わせる様に動いた。

そして十秒か二十秒か、荒い吐息を隠しもせず、チハは満足するまで私の口の中を指で蹂躙した。

 

 ゆっくりと指が指し抜かれ、私は漸く開放される。

実を咀嚼し、飲み込むと、私はチハに困惑した表情を見せた。

 

「……一体何だ、チハ、何がしたかった」

 

「別に……………ただ」

 

 彼女はベッドから立ち上がり、私に背を向けながら、口に突っ込んでいた指を自分の唇に擦り付けていた。

 

「…何でもない」

 

 それだけ言って、彼女は部屋を後にする。

まるで嵐、呆然と、困惑顔でそれを見送るしか無かった私は、結局何がしたかったのか、何の意味があったのか。

それに頭を悩ませた。

 

 

 




ハクとホリとチハとトク

皆さん誰がお好きですか~?(`・ω・´)

今回はチハの回でした。


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願掛け

 チハの行動で頭を悩ませている私の元に、またもやノックが聞こえて来た。

今日は何だって客の多い日だ。

そう思いながら「どうぞ」と声を掛けると、「失礼します」と扉が開く。

扉から顔を出したのはホリだった。

彼女は恐る恐ると言った風に部屋に入ると、キョロキョロと顔を動かした。

その動作に、彼女はこの部屋にあまり踏み入った事が無いのだと悟る。

 

「ホリ、こっちだ」

 

「あ…大尉」

 

 声を掛けると、ホリが私の位置に気付いたのだろう。

おっかなびっくりと言った風に私の元へと歩いてきた。

 

「…この個室には、入った事は無かったのか?」

 

 彼女の様子を見る限り、どうやらそう見て取れる。

そう聞くと、少し恥ずかしそうにホリは頷いた。

 

「お恥ずかしながら……将軍の個室には、入る機会が無かったので」

 

 まぁ、普通はそうかと納得した。

取り敢えず立ったままも悪いので、適当にベッドに座らせる。

彼女が恐る恐ると言った風に腰を下ろしたのを確認し、「いや、今日は千客万来だ」と話し始めた。

 

「先程、トクとチハも来たんだ」

 

「……お二人も来てたんですか」

 

 少しだけ驚く彼女に、私は「あぁ」と頷きながら、「トクは報告書の件で、チハは見舞いみたいなモノ、かな」と口にした。

 

「そうですか…私が一番乗りだと思ったんですけど……皆さん、お早いのですね」

 

「ん…何だ、まだ撫でられ足りなかったか?」

 

 冗談半分にそう聞くと、彼女は一瞬呆けた様な顔をして、それから照れくさそうに笑いながら、「……はい」と小さく頷いた。

まさか肯定されるとは。

少し驚いて、面食らう。

つい先程、と言う訳でも無いが、一時間撫で続けたばかりだと言うのに。

撫でられるのが好きなんだろうか?

割と本気でそう思った。

まぁ、先に疑問をぶつけたのは私なので、撫でる位ならお安い御用なのだが。

 

「で、ですが大尉……その、撫でられるのも……とても、とても良いのですが…」

 

 とても の部分を強調して口にするホリ。

彼女は私が今正に撫でようと手を上げた所で、制止を口にした。

その後恥ずかしそうに俯きながら、幾分が逡巡した後、彼女は口を開いた。

 

「て……手を繋いで貰っても、良い、ですか?」

 

 手を繋ぐ。

何だか良く分からないが、彼女はそれがお望みらしい。

もじもじと、少し恥ずかしそうにする彼女の手は、私のすぐ傍まで来ていた。

撫でるのも、手を繋ぐのも、問題は無い。

「別に良いぞ」と返事をしてから、ベッドの上にあった彼女の手をそっと取った。

触れたホリの手がぴくりと反応し、そのまま私の指に絡む様にして力が込められる。

所謂(いわゆる)、恋人繋ぎと言う奴。

ホリの方を見ると、華が咲くような、とても良い笑顔をしていた。

 

「…すみません、大尉、我が儘を言って……でも、大尉と手を繋いでいると、とても安心出来るのです…」

 

 そう言って、ホリは私の手を両手で包み、愛おしそうに頬に寄せた。

いや、愛おしそうかどうかは、私の目の錯覚かもしれない。

故に、深くは考えない事とする。

 

「これ位だったら、いつでも出来るからな」

 

 そう言って、私の手を握り、頬を寄せる彼女を、どことなく照れくさい感情を抱いたまま眺めた。

 

 そして、彼女を眺めていると、ふと、一つ良い考えが思い浮かんだ。

先程のチハの行動を、ホリに相談してみてはどうだろう……と。

もしかしたら、チハの行動も、ホリならばその意図が分かるかもしれない。

私の知らない戦車の儀式みたいなモノかもしれないし、若しくは彼女の様な若い世代の人達の間で流行している願掛けとか。

少なくとも、自分よりも付き合いが長く、尚且つ付き合いの深いホリならば、何か汲み取れるモノがあるのでは無いかと考えた。

故に私は、口を開いた。

 

「…すまないホリ、一つ、聞いて欲しい話があるんだが」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 ホリは私の手をしっかりと握り、もう片方の手で撫でながら、私の言葉に耳を傾けた。

 

「先程、チハが来たと言っただろう、その時の事なんだが…………」

 

 そうして私は話し出す。

 

 チハがこの部屋に来た時の事を。

 

 詳細に。

 

 それはもう、細かく。

 

 チハが私を見張ると言う理由で部屋に滞在した事。

それから蜜柑を食べるかと聞いた事。

彼女が「あ~ん」なるものを仕掛けてきた事。

私の知る「あ~ん」と、彼女のした「あ~ん」には違いがあった事。

彼女の「あ~ん」は指を口に突っ込み、掻き混ぜる事だった事………等等。

 

 事の委細を、私の主観を交ぜながら詳細に話した。

 

 ……そして、話していく内に、何故か彼女の、握っている私の手に込められる力が増していた。

 

 段々と。

 

「………と、という訳なのだが…ど、どうだろう?」

 

 私は吃(ども)っていた。

何故なら、目の前に居るホリが、何処となく怒っている様に感じたから。

何故怒っているのだと思ったのかと聞かれれば、もっとも根拠となるのは第六感、つまり勘だ。

若(も)しくは、今まさに、握り潰さんと力の込められているこの手の握力が理由かもしれない。

目が見えないが故に、彼女が怒っているのかを表情で判断するのは難しい。

綺麗な形の眉はいつも通りで、口元は微笑んでいるからだ。

だが、その微笑みは何というか、今までのお淑やかと言うか、穏やかと言うか、そういう微笑みでは無く、威圧する様な雰囲気がにじみ出ている微笑みだった。

 

 ギリギリと私の手が握り締められる。

 

 何だろうか、彼女達戦車は何か不満があると、無条件で手に力が入るようになっているのだろうか。

その圧倒的な握力で。

だとしたら拙(まず)い。

やめて下さい死んでしまいます。

 

「羨ましい」

 

 ボソリと、目の前のホリが何事かを呟いた。

だが、今まさに私の手が限界の淵に立たされていた状態で、それを聞き取る事は叶わなかった。

私は必死で怒りの矛先を逸らそうと、口を開いた。

 

「なぁホリ、何でも良いんだ、けど、さ、何か心当たりとか、ないかなぁ……って」

 

 脂汗を滲ませながら、そう問えば、彼女は何か心当たりでもあったのか、ハッとした表情をして、きゅっと唇を引き締めた。

同時に、先程から握り潰さんと手を圧迫していた力が、消える。

助かった……素直にそう思った。

 

「た、大尉、私、思いつき……いえ、思い出しました」

 

 ホリが、少しだけ上擦った声で、そう言った。

それがチハの行動で、思い当たる事だったのか、今では手の圧力から開放された事の方が嬉しいが、私は彼女の言葉を待った。

……何故だか、頬を赤くして彼女は言う。

 

「わ、私も詳しい事を知っている訳では無いのですが……何でも、負傷した兵の回復祈願に、あった様な気がします…」

 

 それがチハの行動の真意なのだろうか。

負傷兵の回復祈願。

 

「……負傷した兵士の口に指を入れて、掻き混ぜたり、舌を摘(つま)んだりするのか……」

 

「は、はい…」

 

 降りかかる沈黙。

どうやら、私の知らない新たな願掛けだったらしい。

それにしては、随分と、うん。

何と言うか、こう………斬新だな。

そう思っていると、彼女は願掛け内容について捲し立てた。

 

「な、何でも、その負傷兵の中にある厄災や不幸などの負の要素を、口から巻き取り、擦り落とし、最後に払うと言う意味があるそうです! 私もあまり、知らないのですがね!」

 

 彼女は早口でそう言い放ち、私に詰め寄った。

ホリの勢いに呑まれ、説明に対しては「お、おぉ、そうなのか」としか返事が返せない。

「そうです」と断言する彼女の表情は、僅かに赤らんでいるが、真剣なように見えた。

 

「ホリがそう言うのなら、そうなのだろうな……」

 

「はい……」

 

 それっきり、二人の間に妙な沈黙が降りるのだが、ホリの体は私にジリジリと詰め寄っていた。

 

「た……大尉」

 

 目の前のホリが、喉を鳴らして、口を開く。

 

「な、何だ」

 

 そう問うと、彼女は小さく、呟く様な声で言った。

 

「……わ…わた、私も……願掛け…を……したい、です」

 

 その言葉を耳にして、つまりは、そう、チハと同じ事がしたいのかと、そう理解した。

 

「回復祈願……か」

 

「……は、い」

 

 恥ずかしい。

そう思うのは彼女だけではあるまい。

だが、回復祈願を無碍に断る理由もない。

純粋な行為であればこそ、チハの時も受け入れたのだ。

私は羞恥を捨て、単純に願掛けなのだと自分に言い聞かせた。

 

「わ、分かった」

 

 そう言って私が口を小さく開くのと、彼女の手が私の顔に触れるのは同時だった。

ホリの両手が、優しく私の顔を挟み、それからゆっくりと形をなぞって行く。

それから、私の唇に指が掛かった。

 

「っ……はぁ」

 

 ホリが吐息を漏らす。

私の吐息も、彼女の指を湿らせる。

口の形をなぞり、唇に触れ、指の腹が表面を擦る。

それから、ゆっくりと、ホリの細い指が私の口に入った。

 

「……た、大尉、舌を……舌を出して、下さい」

 

 ん、と頷きながら、舌をゆっくりと動かす。

ホリの指先に触れ、ぴくりと、指先が震えた。 

それが、恐る恐ると言った風に、舌の上をなぞる。

それから、下も。

普段触れない場所に、思わず過敏に反応し、体が震えた。

 

 私の吐息が漏れる。

ホリの吐息も、気付かぬ内に、荒くなっていた。

 

 彼女の指が舌を擦り上げ、爪で軽く引っ掻く。

それから、熱の篭った様な声で、ホリが私に懇願した。

 

「大尉、一度で良いんです、お願いします、少しだけ……少しだけ、目を瞑ってください……少しだけ」

 

 彼女はそう言って、私に願った。

私はその言葉に頷いて返し、ゆっくりと目を閉じる。

それから、数秒もしない内に、誰かの吐息を感じて。

「はむッ」と言う、くぐもった声が聞こえた。

続いて、指先ではない、柔らかい何かに舌が挟まれる感触。

驚いた。

そして、吸い込まれるような、強く引っ張られる様な感覚が続いて私を襲う。

思わず声を上げそうになり、次の瞬間には唾液が吸い上げられた。

 

 舌は、数秒としない内に開放される。

同時に、閉じていた目も開ける。

そこには、口の端から唾液を零した、ホリが居た。

それを拭いもせず、ホリは小さく、蚊の鳴くような声で呟く。

 

「私だけの」 と。

 

 それが何を意味するかは私には分からない。

それから彼女は、そのまま唾液を舐め取り、小さく笑いながら言った。

 

「……願掛けです」

 

 私は何も言えず、呆然としたまま「……そ、そうか」と呟くのが精一杯だった。

 

 




あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!(;・∀・)
俺はヤンデレを書こうとしていたんだ、そしたらいつの間にかちょっとえっちい感じになった嫉妬ヒロインが出来上がっていたんだッ!!
何を言っているか分からないかもしれな(ry

キャラが一人歩きし始めた……。

もう駄目かも分かんね…(゚∀゚)アヒャヒャ


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回避行動

 

 

 非常に拙(まず)い気がした。

何が拙いって。

いや、ナニが。

 

 冗談はさておき、ホリが部屋を満足気な表情で退室した後、私は言い表す事の出来ない悪寒を感じた。

このままでは、拙い…と。

いや、何が何だか分からないが、一体彼女達はどうしたのだ、と。

願掛けらしいが、キスである。

それも深い方の。

そう考えると、途端に顔が火照ってしまう。

おかしい。

明らかに、おかしい。

彼女達の、私に対する態度は。

一体どうしたのだと言うのだろう。

あの戦闘後、彼女達の態度は軟化したなとは理解していた。

していたが……。

何故だろう…『軟化』と言う表現は、果たして正しいのか分からなくなって来た。

彼女達の変化は、軟化と言う言葉では言い表せない気がする。

もっと、こう、ドロドロした様な……。

 

 ベッドでもんどり打って唸っている内に、コンコンと、聞き慣れたノックの音が耳に届いた。

思わず、びくりと体を震わせてしまう。

反射的に声を上げそうになり、それを寸で堪えた。

 

 悪寒がしたからだ。

 

 私は、このノックの後に、必ず何かしらのアクションを起こされている。

一番最初のトクは問題無かった。

チハも……まぁ多少問題があったが、許容範囲。

だがホリはダメだ、流石にあれは、私が照れる。

そして、順番的に考えて、次に来るのはハクである。

私の勘によると、何故か彼女達の私に対する行為は、段々とエスカレートして行っている様に思える。

ましてや、次はハクである。

私はつい数時間前にハクと交わした約束、そしてあの真っ黒な瞳を思い出して、一人震えた。

 

 隠れよう。

 

 確信の無い、勘と言う何とも根拠足りえないモノではあるが…。

私はもし此処でハクと会話を交わし、何かしらのアクションを起こしてしまったら、取り返しの付かない何かが起きる気がした。

報告書確認から、「あ~ん」を模した願掛け、もとい口の中に指を突っ込む行為、そして最後は深い方の……。

では、次は何か。

少なくとも一線を超えてしまいかけるような『何か』がある気がする。

被害妄想も甚だしい、ただの妄言に等しい思考だ。

だが、私の中にある、あのハクの瞳が背筋を冷たく撫でる。

楽観は出来ない、それが私の下した決断。

 

 私はベッドから静かに降りると、いそいそとベッドの下に潜った。

大の大人が、しかも女の子相手に隠れ、縮こまってベッドの下に潜る様は、全くもって情けない。

私とて涙が出そうになった。

 

 コンコン、コンコンと、扉が叩かれる。

そして向こう側から「笹津大尉? 笹津大尉?」とくぐもった声が聞こえてきた。

それが何度か続き、少しして、痺れを切らしたのだろう、ゆっくりとドアノブが回された。

 

「……笹津、大尉? 寝ているの……?」

 

 そう言いながら、姿を現したのはハク。

私の予想は当たっていた。

 

「あれ…大尉?」

 

 ハクがとてとてと軽快な音を立てて、部屋の中に入ってくる。

そして、もぬけの殻となったベッドを発見する。

今の私の視界からは、ハクの足元しか見えない。

故に、彼女が今どんな表情をしているのかは分からないが、ハクは私が居ないと見るや否や、踵を返して部屋を飛び出した。

ドタドタと足音が遠ざかっていくのを聞く。

それから、十秒、二十秒待って、戻ってくる様子が無いことを確かめてからベッドの下から這い出した。

 

「痛つっ……あぁ、何だこの気持ちは、罪悪感と情けない気持ちで一杯だ……」

 

 服に付着した僅かな埃を払い、ため息を吐き出す。

ハクがベッドの下まで掃除してくれていて良かったと、心底思った。

後はどうするか、この部屋に留まるのは危険だろう、恐らくその内また戻って来る筈だ。

ドクターストップを掛けられていたが、この際それは捨て置く。

別に全力疾走や戦闘行為を行う訳では無いのだ。

ちょっとした散歩程度。

そう思えば良い。

 

 自分でも訳の分からぬ逃避行だが、私はよたよたと部屋を後にした。

 

 個室から、執務室を出て廊下を歩く。

幸い誰とも遭遇する事なく、三階まで上がり、屋上付近までやって来た。

しかし、今回屋上は通過(スルー)する。

前回、ハクに見つけられたスポットを二度使用する程、私は間抜けでは無い。

今回私が狙うのは、穴場。

普段誰も使用しない様な、素敵スポットだ。

そして、そんな素敵スポットに私は心当たりがあった。

 

「……よし」

 

 誰も居ない事を確認して、扉を開く。

鉄製の扉に寄りかかるようにして押し開けると、眩しい日光が周囲を覆った。

 

「おぉ……暖かい」

 

 快晴、本日は晴天なり。

三階、建物端に設置された剥き出しの非常階段、その最上階。

錆びた鉄で覆われたこの場所は、誰も寄り付かない素敵スポット。

グラウンドからも反対側に位置し、外側から発見される事もなければ、人目を気にする事も無い、ちょっとした穴場になって居た。

何故こんな場所を知っているかと言えば、資料で偶然見つけたからである。

着任初日に目を通した地図が、ここで活きる形になった。

階段に腰掛け、ひと時の自由を謳歌する。

 

「……………ぁー………」

 

 ぼけっと。

日向ぼっこでもする様に、太陽の光とそよ風を享受する。

屋上の時は途中でハクに妨害されたし、こんな贅沢な時間は怪我でもしなければ取れないだろう。

次はいつ休めるか、分かったものではないのだ。

そう考えると、ベッドでただ寝転がっているだけの時間は、非常に惜しく思えた。

 

「ぁー……………溶ける」

 

 何かこう、自分が液体状か何かに融解しているのでは無いかと言う錯覚に陥る。

清々しいと言う気持ちは、こういう気持ちか。

いや、多分違うだろうけど。

 

 階段に座ったまま、ぼけっとした時間を過ごして十分、二十分。

いやはや、贅沢な時間を過ごしているなぁ…としみじみ実感していると、またしても乱入者が現れた。

 

 自分のすぐ傍の扉が開き、思わずビクリと肩を跳ねさせた。

 

「っぉぅ!?」

 

 まさか、ハクか!?

見つかったッ!?

 

 そう思って振り向けば、扉を開いたまま私を見下ろす、トクが居た。

 

「……大尉、何をしているんですか?」

 

 眼鏡越しの視線は冷たいが、私はハクで無い事に安堵の息を漏らす。

「なぁんだ、トクか…」なんて言ったら失礼だろうが、私はついつい気が緩んで、そう口にしてしまった。

トクは私を見下ろしながら、溜息を吐き出す。

 

「…ハクが探していましたよ、必死で、涙目になりながら」

 

 その言葉がグサリと、胸に突き刺さる。

罪悪感に苛まれるが、苦い顔のまま「いや…うん、まぁ、ね」と返事をあやふやに誤魔化した。

きっと誤魔化しきれては無いだろうが。

歯切れの悪い返事に、彼女も何か思う所があったのだろうか。

「……後で、一応会っておいて下さいね」と釘を刺すだけに留まった。

それに曖昧に頷くと、彼女は溜息をもう一つ。

それから、彼女は私の元へとやって来て、突然両手で顔を掴んだ。

突然の事に驚き、思わず目を見開いてしまう。

何だ何だと思っていたら、彼女はニコリと笑って言った。

 

「さて、大尉、先程上に報告書を提出して来たのですが………私、言いませんでしたっけ?」

 

 トクの義足がカンッ! と地面を甲高く鳴らし、思わず肩が跳ねた。

恐る恐る、「え、えっと……何て言ったっけ」と問うと、彼女の眉間に皺が寄って、明らかに怒っていた。

同時に、私の顔を掴む手にも力が入る。

頭蓋骨がキシリと音を鳴らした。

彼女もまた、例外に漏れる事無く、戦車の遺伝を受け継いでいた。

そしてニコリと、華が咲くように笑って、口にする。

 

「……『怪我人は怪我人らしくベッドで大人しく寝ていて下さい』でないと『片足もぎ取りますよ?』 って」

 

「………言っていました」

 

 その台詞は聞いた。

言い回しは若干違ったけれど。

 

 彼女の手は離れる様子が無く、自分の中からミシミシ音が聞こえた。

 

「ぇ…トク、冗談なんだろう?」

 

 私が震えながらそう言うと、正面からまっすぐ見えた瞳が、全く笑っていなくて。

微笑んだ口元とは対照的に、真っ黒に染まる様な色をしていた。

 

「私、冗談を言うタイプに、見えますか?」

 

 その言葉に、素直に答えを返した。

 

「いえ、全く」

 

 

 

 

 

 

 そうして私は、トクの城へと連行される事となる。

 

 

 





まだまだ(ヒロイン達の)ターンは終了しないですぜ!(`・ω・´)

ヤンデレ成分が足りなァーい!(´・ω・`)


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裏・最終決戦

どうしてこうなった。

入った部屋の、何とも言えない女子の匂いが私の思考を僅かに乱す。

此処は、トクの個室。

戦車に宛てがわれた、正しく彼女の『城』だ。

私が部屋に入室後、後から入った彼女が扉を潜る。

それから後ろ手に扉を閉めると、ガチャリという音が耳に届いた。

その音に、私はゆっくりと振り返る。

今、明らかに施錠した音が聞こえた。

 

「……何で、鍵を閉めるんだ」

 

「何の事ですか?」

 

 私がそう問うと、彼女は穏やかな表情をしたまま、首を傾げた。

 

「…いや、だから」

 

 私が続けて問おうとして、しかし、一歩進んだ彼女が首を傾げながら、再度言った。

 

「何の事ですか?」

 

「………何でもないです」

 

 いや、もう諦めよう。

別に、迫力に負けたからとか、そういう訳では無い。

ここは既に彼女の城。

閉鎖された戦車達の宿舎、その個室の一つ。

本来であれば、私がこんな場所に赴く理由が無い。

故に全くの未知の領域であり、ある種神聖な……とまでは言わないが、全く予想のつかない世界。

元々二人ひと部屋を想定しているのだが、それぞれが別々の部屋に居るために、殆ど個室と言って差し支えない。

左半分に見える私物、その中でやけにファンシーなぬいぐるみが一つ。

思わず彷徨わせた視線で、それを凝視してしまったが、背後から強烈な視線を感じて慌てて逸らした。

 

 それよりも、こんなところを他の連中に見られたら……。

そう思うとぞっとする。

ある程度信頼は勝ち得ていると思うが、獣(けだもの)と罵られ、蔑まされたら数日は立ち直れない。

そんな自信が私にはあった。

 

「トク、それで、一体何の用だ…」

 

 恐る恐ると言った風に問いかければ、彼女は扉を離れて私との距離を詰める。

圧力に押されるように、思わず一歩、二歩と下がってしまった。

 

「大尉、言ったでしょう?」

 

 トクがゆっくりと顔を上げて微笑む。

その表情は穏やかな印象を私に与えるが、その実、瞳はハクと全く同じ、真っ黒く染まった闇だった。

 

「足をもぎ取る為です」

 

 これは、もしかしたら、ハクよりも鬼門だったかもしれない。

私は本格的に後悔し始めた。

 

 本気ですか。

 

 そう問いかけられたら、何れ程良いだろうか。

あの瞳は、本気だ。

本気かどうか疑うよりも、正気かどうか疑う方が先決かもしれない。

そう考え始めた時、彼女は砲弾を避ける時の様な、滑らかな動きで私の背後を捉えた。

 

「っぉ!?」

 

 負傷していたと言う点も合わさって、簡単に背後を取られてしまう。

それで無くとも、彼女の動きは意識の外を突く。

警戒も何もしていなかった私は、素早く腕を後ろに回された。

片手で両手を抑えられ、もう片方の左腕が首に絡みつく。

一瞬の内の拘束。

彼女は私の肩に顎を乗せると、耳元で囁くように言った。

 

「ふふッ……捕まえた」

 

 ぞくりと、背筋が粟立った。

まるで蛇だ。

狩猟者の様な威圧。

いつもと違う、官能的とも言える艶のある声が、トクから聞こえた。

彼女のいつもの行動からかけ離れた行為のギャップ。

私には分からないが、それらが私を酷く、何か妙な気分にさせた。

 

「ト、トク…何を……ッ」

 

 必死に抵抗し、拘束を逃れようとする私を、トクは簡単に押さえつける。

それもそうだろう、そもそもこれは人間対人間の力比べでは無い。

戦車と人間。

どちらが非力かなど、火を見るより明らかだ。

トクは私をキツく抱き寄せ、その指で口元をなぞった。

 

「ねぇ、大尉、私は本気なんです……本気で、貴方の足を、両足を、もぎ取ってしまえたらと……そう思っているんです」

 

「ッ!?」

 

 コイツは、一体何を言っているんだ。

本気でそう思った。

正常な人間の両足をもぎ取る、切断するなど、狂人のする事だ。

トクの手がゆっくりと私の足まで降りてきて、その表面を優しく撫でた。

 

「片足を失ったら、大尉は私と『お揃い』で……それで、両足を失ったら、一人で歩く事も出来ません、大尉には、常に隣に誰かが必要となるんです」

 

「それが私」、そうトクは耳元で囁いた。

 

「朝起きる時も、ご飯の時も、歯磨きの時も、トイレの時も、お風呂の時も、寝る時も、全部全部、隣に私が居るんです、大尉のやりたい事は全部私がします、必要な事なら、何でも……」

 

「それで、大尉は私を頼ってくれて、甘えてくれて、そこには私と大尉だけがいれば良くて……とても素晴らしい、幸福な世界」

 

 ねぇ、そんな世界………素晴らしいと、思いませんか?

 

 微笑みながら、しかし瞳だけは全く笑わない、どこまでも真剣な眼差しで。

彼女は私に問いかける。

彼女の手が、そっと私の首をなぞった。

 

 私は、純粋に戸惑った。

 

 嫌だと泣き叫ぶ事も、当たり前の様に受け入れる事も出来なかった。

言わば、それが普通の反応という奴なんだと思う。

人間、自分の想定以上の出来事が目の前で起これば、数秒位世界が停止する。

まさに、私はその状態だった。

 

 トクは、私から足を奪いたいと言った。

それは、足を失えば彼女とお揃いになり、また、必ず隣にトクが必要になる状況になるから。

この際、何故トクが隣に立つのかという疑問を隅に置いておけば、まぁ、理解出来なくもない。

あくまで、介護的観点から…だが。

要するに、私と離れたくないと言う事なのだろうか?

 

 そう考えると、まるで答え合わせをするかの様に、トクは独白を始めた。

 

「大尉、私は貴方が居ないと、不安になります………医務室の時も、個室に行った時もそうです……貴方が居ない、自分の把握出来ない場所に居るのだと思うと…気が、狂いそうになる……」

 

 だから、足を失ってしまえば、もうどこにも行けないでしょう?

これで、一石二鳥です。

 

 とんだ束縛だと思った。

だが不思議な事に、嫌な気はしなかった。

いや、勿論、足を失うなんて御免だが。

その嫌ではないと言う根拠が、『好意』から来ているのか、それとも『信頼』から来ているのか。

私には分からない。

だが、私は上辺だけではなく、正しい意味で、彼女を少しだけ理解した。

 

「それは……要するに、何処にも行くな、と言っているのか……?」

 

 私が拘束されたままの状態で、そう声を上げると、トクは私の首に唇を這わせながら、首を横に振った。

 

「それだけでは足り無いんです、全部、全部私がしてあげたい、大尉に頼って欲しいのです、生活の全て……人生の全てを」

 

 それは、無理と言うものだ。

生活の全てを他人に頼るなど、それは老人の仕事である。

しかし、私は無理だと言う言葉を飲み込んで、困ったように笑った。

 

「しかしなぁ……私は、朝は自分で起きられるし、飯は自分の手で食べる、トイレも勿論ひとりで済ますし、風呂も、寝る時だってひとりだ」

 

 トクには、事務処理の仕事や資材管理で、頼ってばかりだ。

それに、市街戦闘では戦車の一人として、十二分過ぎる程に活躍して貰った。

トクが居なければ、きっと勝利は無かった。

本当に、頼ってばかりだ。

そう言って申し訳無く思う旨を伝えると、トクに強く強く抱きしめられ、「違う」と否定の言葉を送られた。

 

「大尉、あぁ…大尉、違うのです、私は、もっと、貴方の深い部分で頼られたいのです、言ってしまえば、私無しには生きていけない、それ程に頼りきって欲しいのです」

 

 それは、最早(もはや)頼ると言う次元で無く、依存、と言うのでは無いだろうか。

疑問には思うが、口に出す事は無かった。

 

 堂々巡りだ。

少なくとも、彼女の望みは、今現状、とても叶えられるものでは無い。

日常で最低限必要な事なら、一人でこなせるし、事務処理や戦車としての戦闘行為は違うと言う。

だからこそ、両足を奪うと言う発想にたどり着いたのだと、何となしに理解した。

 

 私は考える。

 

 現状の打開策を。

 

 ヘタをすると、本当に足を持って行かれそうで、結構本気で恐怖していた。

それ程に、彼女の瞳は暗く、濃い。

 

 だから私は落としどころを考えて、口を開いた。

 

「……もし、私が戦場で足を失ったら、残りの人生、全部お前にやろう」

 

 そう言うと、耳元で小さく「えっ」と声が上がった。

腰に回っていた手が、きゅっと、小さく私を締め付ける。

 

「だから、戦闘で足を欠損したら、お前に頼りきりの生活を送ってやる、だから、ここでヤるのは勘弁して欲しい」

 

 私がそう、再度口を開くと、背中から「ほ、本当ですかッ!?」と言う、とても元気な返事が聞こえた。

同時に、私を抱きしめる力が、一層強まる。

ギリギリと、腕が私の内臓を圧迫した。

どうやら彼女達の遺伝は、握力だけでは無かったらしい。

怪我の相乗効果もあり、痛みが全身に訴えかけていた。

これは、結構、マズイ。

 

「うぐッ……あ、あぁ、本当だッ……」

 

「約束してくれますか? 見捨てないと言って頂けた時の様に、私と共に歩むと!?」

 

 まるで、泣き叫ぶ様に、懇願する様に。

普段のトクからは想像もつかないような声で、彼女は叫んだ。

必死さが、体全体から伝わるような、そんな声だ。

 

「や、約束する、約束するからッ!」

 

 そう言ってもがいていると、感極まった様にトクは私を開放し、そのまま正面に回って抱き締めた。

今度は、抱擁とでも言い換えれば良いのか、自分のものだと自己主張する様な抱きしめ方では無く、愛くしむ様な抱擁だった。

首元に顔を埋め、熱っぽい吐息を皮膚に浴びせながら、「あぁ、大尉、大尉っ…好きです、愛しております」と口にする。

万力の様な力から開放された私は、その反動で肺一杯の空気を吐き出す。

その呼吸音に被さって、トクの言葉を聞き逃してしまった。

故に、「あぁ、凄く喜んでいるなぁ」と荒い息の中で、まるで他人事の様にトクを見ていた。

 

 しかし、彼女達は本当に心配性だなと心の底から思う。

 

 見捨てないと約束した。

その上、トクとは、万が一だけれども、足が欠損したらずっと傍に居ると言う約束までしてしまった。

首に唇を擦り付けながら、私の名を呼ぶトク。

何となく頭を撫でながら、「甘える相手が今まで居なくて、その反動だろうか……?」と真剣に考えていた。

 

 ともあれ、私は彼女の戦友であり、仲間であり、上官である。

まぁ、それくらいの約束なら、しても良いだろうと言う、信頼と好意はあった。

それともう一つ。

彼女の約束は、果たせないだろうと言う、予想があったから。

 

 もし、足が欠損する様な負傷を負ったのなら、出血多量か、その場から動けずに陸上懴車に殺されるのが関の山だと、高を括っていた。

 

 だから、彼女の思い通りにはならないと。

 

 

 

 

 その時は、そう思っていた。

 

 

 

  




し、シリアス(戦闘とか)とヤンデレ(ドロドロ)の割合が、わ、分からない!

余りにもヤンデレヤンデレしすぎると、まるで戦争なんて嘘みたいに感じちゃう!(;゚Д゚)
お前らイチャイチャし過ぎだそんな事やったる間に前線ガーってなりそう…(´・ω・`)oh...

最悪ヤンデレパワーで頑張って!(お

ハク「見捨てないでッ!大尉の言う事、何でも聞く、何でもするからッ!!」

チハ「貴方は全部、私のモノ、髪の毛一本、血の一滴だろうと、誰にも渡さない」

トク「貴方の全てを管理したい、頼られたい、傍に居たい、貴方の望みが全てなの」

ホリ「全部、全部、溶け合って、全て、貴方と一つになれたら良いのに」



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決意

  

 夜。

 

 21:20

 

 トクと新たな約束を交わしてから、八時間後。

 

 夜食を終え、ハクに謝罪し、チハを心配させた罰として、何故か四人全員の言うことを一つだけ聞くと言う約束を取り付けられた後。

私は個室のベッドの上で、のんびり送られてきた書類を眺めていた。

何でも先程届いたもので、中央本部から相楽基地まで送られて来たものだ。

トクが幾つかの書類と一緒に、届けてくれた。

 

 私はどうも、戦闘終了から約19時間眠り続けていた様で、その間に陸上懴車撃破成功の一報が、作戦報告書の前に伝えられていたらしい。

結果、こうして私の手元には、厚さ、内容共に薄っぺらい紙が握られている。

記載されているのは、薄っぺらい賞賛の言葉。

それと、私、笹津正臣を少佐に昇進させる旨の内容。

小さな封筒の中には、一緒に階級章も同封されていた。

 

「……少佐、ね」

 

 大方、前線の欠陥品部隊だとしても、尉官に将軍をやらせるのは拙かったのだろう。

仮に戦果を上げれなかったとしても、何か適当に理由をつけて昇進させようとしていたに違いない。

賞賛が書かれた部分から、そことなく読み取れた。

 

「23歳、少佐か……」

 

 恐らく、軍の中でもずば抜けて早い昇進だろう。

士官学校を卒業し、中尉の肩書きをぶら下げ、この相楽基地に着任すると同時、大尉に階級が上がった。

それが、今回の戦闘で少佐に格上げである。

しかし、軍の中でも20代で佐官と言うのは、少ないが居ない事も無い。

と言うのも、深海棲艦や陸上懴車との戦闘で、多くの軍人が死んでポストに空きが出たからだ。

死んで、空いては埋め、死んで、空いては埋め。

そんな事を繰り返している内に、軍の階級は全体的に若年化した。

当たり前と言えば、当たり前だろう。

 

 ライトに少佐の階級章をかざしながら、何となくぼんやりとソレを眺めた。

確かに、昇進は私の望む所。

権力を得て、戦力増強に務める為には、必要な肩書きだ。

 

 しかし、今、私が居る場所は中央では無い。

 

 旧北海道、前線の最中だ。

 

「……そう言えば、アイツ等については」

 

 頭の中に思い浮かぶのは、自分の昇進の事などでは無く。

四人の戦車達の姿。

彼女達の、待遇改善だ。

 

 今回の件で、中央はこの相楽基地の評価を見直した筈だ。

軽戦車二体、中戦車一体、重戦車一体、計四体の陸上懴車撃破だ。

決して少ない戦果では無い。

 

 もし、彼女達が評価されて、待遇が改善されれば、もっと良い装備を用意してやれる。

主砲や装甲は勿論、この基地全体の改善だって夢では無い。

 

 私は、トクの持ってきた書類を全てベッドの上に広げて、漁り出す。

一枚一枚捲って確認し、中央から出された書類を探した。

しかし、昇進を伝える書類以外、中央から送られてきた書類は無かった。

もしかして同封されているのかと中身を再度確認するが、無い。

入っていたのは、薄っぺらい賞賛と昇進を告げる紙、それに少佐の階級章のみ。

 

 そして、薄っぺらい賞賛の言葉を眺めて、理解した。

 

 あぁ、成る程、コレ全部、私の『策のお陰』とされているのか、と。

つまりは、そう。

私こと、知略に長けた笹津少佐が、欠陥品の戦車を利用して、尚四体の陸上懴車を撃破したと。

そういう風にしたいと言う事なのだろう。

欠陥品である戦車が頑張ったのではなく、指揮した将軍の私が凄い。

作戦の内容、それについては是非を問わず。

例えどの様な戦果であれ、過程であれ、結果は一緒。

故に、作戦報告書の到着を待たず、この紙を送り届けた。

評価を見直す必要が無いから。

 

 彼女達が、評価される事は無い。

 

 私は無言で昇進の紙を破り捨て、ゴミ箱に投げ捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大尉……起きてる?」

 

 夜中、明かりの落ちた部屋の中で蹲っていると、ふと、扉が軋む音が聞こえ、それからハクの声が聞こえて来た。

こんな夜更けに、一体何の用か。

備え付けられた時計を月明かりを頼りに見れば、もう一時を回っていた。

既に皆、寝静まっている頃だろう。

 

「…こんな夜更けに、どうした?」

 

 私が上体を起こしてそう問うと、「ご、ごめんなさい…」とハクらしき影が頭を下げて、それから申し訳なさそうに、扉に体を半分隠しながら言った。

 

「……た、大尉に、お願いが、あって…」

 

「……お願い?」

 

 言いながら扉の影にどんどん隠れていくハクは、恥ずかしそうにしている。

 

「……明日の朝では、駄目なのか?」

 

 何も、夜中に頼みに来なくても良いだろう。

言外に、そういう意味を含ん疑問だったが、彼女はフルフルと首を横に振った。

 

「…今じゃないと、駄目、なんです」

 

 今でなければならないお願い。

何だと考える頭の中で、ふと、彼女達のお願いを一つ叶えると、四人に今日約束したのを思い出した。

であるならば、断る理由は無い。

私は目元を指で擦ると、「良いよ、おいで」とハクに手招きをした。

すると、ハクはおずおずと、しかし嬉しそうに、小走りで私の所にやって来る。 

私のすぐ傍まで来たハクは、服の裾を掴みながら、震えて言った。

 

「ぁ、あ、あの……そ、添い寝…」

 

「…添い寝?」

 

 彼女はそこまで言うと、息を吸い込んでから、俯いたまま、呟く様に言った。

 

「そ、添い寝を、お願いしに、来ました……」

 

 そう言って、恐る恐る彼女は私を上目遣いに見る。

月光に照らされた彼女の頬は、真っ赤で、唇は僅かに震えていた。

きっと、かなり勇気を振り絞ったに違いない。

その目は、少しだけ潤んでいる。

 

「そうか、添い寝か……」

 

 そう言いながら、私はじっとハクを見つめる。

私の脳裏にはトクの姿が、ハクに重なる様にして映し出されていた。

彼女もまた、甘える相手が今まで居なくて、その反動なのだろうか……と。

トクですら、そうなのだから、こんな小さな彼女が、そうで無い筈が無いと。

私は勝手に決めつけた。

 

 元より、断るつもりも無かった私は「いいよ」とお願いを承諾し、彼女分のスペースをベッドに作って、布団を捲り上げた。

そのままポンポンと、空いたスペースを叩く。

 

「ほら、夜は冷えるだろう? 早く入った方が良い」

 

 そう言うと、彼女は最初は恥ずかしそうに、けど表情はとても嬉しそうに、私の胸に抱きつく様にして、布団の中に入り込んできた。

そして寝巻き姿の私をきつく抱きしめ、胸に額をぐりぐりと押し付ける。

満足すると、こんどは首元に鼻を埋めた。

 

「…すぅ……はぁ……笹津大尉の匂いは、落ち着きます」

 

 彼女の吐息が寝巻きの隙間に入り込む。

なんだそりゃ、と思いつつも、彼女の髪を撫でた。

腕を回し、彼女を包む様にして抱き締める。

ハクは、そんな温もりを満面の笑みで享受していた。

 

「えへっ……大尉、私、幸せです」

 

 そう言って、ハクは笑う。

 

「そうか」

 

 無邪気に笑って、私に抱きつく彼女は、どこまでも純真だ。

純真で、だから私は間違いを訂正した。

 

「ハク、今度から私は、大尉では無くなったんだ」

 

「えっ?」

 

 ハクが驚いた様に、胸元から私を見上げる。

その顔を見ながら、私は努めて温厚に、口を開いた。

 

「中央本部から書状が届いてね、昇進した、少佐だそうだ」

 

 そう言うと、彼女は目を輝かせて、「凄いです!」と声を上げた。

それを、「しーっ」と指を口に当てて、制止する。

ハクは慌てて口を閉じ、それから誤魔化す様に「えへへ…」と笑った。

 

「でも、じゃあ、今度からは笹津大尉、じゃなくて、笹津少佐……ですか」

 

「あぁ、まぁ……そうなるな」

 

 ハクの呼び方は、私がこの基地に着任した時から変わって居なくて、思わず「呼びにくいなら、変えて良いんだぞ?」と口にした。

 

「えっと、どういう風に…ですか」

 

 ハクは呼び方の候補を全く考えていなかったのか、困った様に眉を下げる。

 

「最初に会った時も言ったが、笹津さんでも、将臣さんでも……将軍と、余りにアレな呼び名でなければ、別に拘らないさ」

 

「ん~……本当に何でも良いなら…」

 

 ハクは少し考えた後、決めたのだろう、一つ頷いてから私に問うた。

 

「無難に、将臣さん、でも良いですかね?」

 

 それとも、やっぱり名前は馴れ馴れしいですか。

そう言って首を傾げる彼女に、「いや、良いよ、構わない」と頷いた。

そうすると、彼女は嬉しそうにはにかんで、お礼を言った。

 

「……えっと、将臣さん」

 

「ん?」

 

「将臣、さん」

 

「うん」

 

「将臣さん」

 

「はい」

 

「………えへへ」

 

 何が嬉しいのか、ハクは私の胸元に顔を埋め、頬をずりを繰り返した。

すりすりと、その後キツく抱きしめる。

 

「………勝手に、居なくならないで下さいね?」

 

 その言葉の意味は、本当に言葉通りなのだろうか。

私は彼女の髪を撫でながら、「約束だからな」と呟いた。

返事は無く、代わりに首元にハクの温もりを感じる。

 

 

 

 お前達は、正しく評価されなかったんだぞ?

 

 

 

 本当は、そう口にしたい気持ちで、一杯だった。

 

 けど、昇進を伝えた時のハクの瞳が、余りにも輝いていて。

喉の先まで出掛かった言葉は、また腹の底に沈めた。

 

 昇進の辞退も考えた。

中央帰還までの時間は伸びるだろうが、それでも構わないと思ってしまった。

中央に作戦報告書を何度でも送りつけて、正しく評価しろと叫びたかった。

命を掛けたのは、私だけでは無い。

彼女達もまた、等しく戦地に立っていのだ。

そこに優劣などが有る筈が無く。

私一人で出来る事など、ほんの僅かしか無かったのだと。

 

 あんまりだ。

 

 そう初めて思ったのは、この基地に着任して、戦車を見た時。

欠陥品の集まりだと知って。

それを中央から、押し付けられたと言う事実。

余りの仕打ちに、絶望した。

 

 しかし、今は逆の立場でモノを言っている。

彼女達が正しく評価されない。

彼女達は、こんなにも貢献したと言うのに。

あんまりだ、と。

 

「……将臣さん」

 

「…うん?」

 

 私と同じ位の位置に来たハクは、両手を私の首に回し、私を正面からじっと見つめて、華が咲いた笑みで言った。

 

「大好きです」 と。

 

 今度はちゃんと聞こえた。

少し面食らって、でも、何となく暖かい気持ちになれて。

微笑んで、髪をわしゃわしゃと撫でながら、言う。

 

「私も好きだよ」 と。

 

 それが、どういう『好き』かは分からないけど。

 

 今。

 

 精一杯、自分の出来る事をやろう。

 

 そう強く思った。

 

 彼女達に報いる為には、それしかない。

 

 戦果を上げて、私自身で証明するのだ。

 

 

 

 

 

 

 ー  彼女達は、欠陥品などでは無いと。

 

 

 

 

 

 

 私はハクが寝静まるまで

 枕元に置いた、少佐の階級章を、じっと見つめていた。 

 

 






笹津大尉改め、笹津少佐、四人の為に戦う覚悟を決めました(`・ω・´)


ハクが思った以上にヤンデレにならなかった(´・ω・`)


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朝の気配

 

 

 

 朝が来た。

 

 私はいつの間にか眠っていたらしい。

窓から聞こえる雀の鳴き声に、意識が眠りの沼から引き上げられた。

視界がぼやけ、僅かな布団の隙間から入ってくる朝の冷気が冷たい。

思わず身震いし、ふと自分の隣に暖かい何かがあるのに気付く。

それは私の胸元に顔を押し付け、そのまま寝息を立てていた。

 

 そう言えば、昨日はハクが来たのだった。

 

 暖かい彼女の体温を感じながら、頭をゆっくり撫でる。

すると、僅かに体を震わせて、一層強く私に抱きついた。

布団をかけ直し、時計に目を向ける。

朝の五時半。

起床時間まで、残り三十分。

時間的には、丁度良い時間だ。

穏やかな寝息を立てている彼女を起こすのは忍びない。

だが流石にお願いとは言え女の子、まぁ戦車ではあるが、と添い寝をしていたと知られては、色々面倒になる。

故に、早めに自室へと戻すのが利口だろう。

私は少し申し訳無く思いながら、ハクの肩を揺すった。

 

「ハク、起きろ、もうすぐ起床時間だ」

 

 すると、ハクは「んぅ…」と眠そうな声を上げながら、私に一層強く抱きついた。

 

「ハク、ハク、起きてくれ……早く部屋に戻らないと、三人に怪しまれるだろう?」

 

「ん………大尉?」

 

 大尉?

私はふと、彼女の言葉に疑問を覚えた。

そして同時に、彼女の髪を見て思う。

布団に髪が隠れていたが、布団から頭を出した彼女の髪は、長い。

ハクは、こんなに髪が長かったか?

 

「……ハク?」

 

 いや、違う。

私は、自分の事を抱きしめている腕が、一本しか無い事に気付いた。

 

 私の腕の間から顔を出したのは、ツインテールを解いたチハだった。

肩まで下がった白いTシャツ、大きめなサイズで、恐らくそれが寝巻き代わりなのだろう。

いつもとは違う、どこか気の抜けたチハ。

思わぬ人物の登場に、時間が止まる。

私が呆然と彼女を見つめると、チハは眠そうに目を擦っていた。

それから時計に顔を向けて、私に視線を戻す。

 

「まだ三十分ある……大丈夫」

 

 いや、大丈夫では無い。

いそいそと布団の中に体を入れ、私の胸に再度顔を埋めようとしているチハを止め、「待て」と声を掛けた。

 

「……何か、問題でも?」

 

 彼女は眠そうな目をしながら、きょとんとした表情で私を見上げた。

 

「問題しか無い、何故チハがここにいる」

 

「…添い寝、していたから」

 

 いや、私が添い寝をしていたのはハクだった。

夢では無いと断言出来る。

昇進の件で様々な気持ちを抱いたのを、覚えている。

流石にそこまで耄碌していない。

 

「私の記憶によると、添い寝していたのはハクだ、ハクはどうした?」

 

「……自室に居る」

 

「何?」

 

 私は疑問の声を上げた。

一体どういう事だと。

私が困惑した表情でいると、チハは私に抱きつきながら、口を開いた。

 

「夜、アンタの所に来たら、ハクが居たから、部屋に送った、その後添い寝しただけ」

 

 その言葉を聞いて理解する。

つまりは私とハクが寝静まった後に来て、ハクだけ部屋に送り届け、私と添い寝をした。

そういう事なのだろう。

 

「……何故、そんな面倒な事をするんだ」

 

 そう言っている間に、チハはぐいぐいと顔を胸に押し付ける。

力が強い彼女がすると、少しだけ痛かった。

 

「チハ、あまり力を入れるな……少し痛い」

 

 そう言って髪を撫でると、彼女は私を見上げながら、言った。

 

「でも、こうしないと……匂い取れない」

 

「…匂い?」

 

 私は自分の腕を嗅ぐが、特に何の匂いもしなかった。

自分では分からないのか? と思いながら「臭うか?」と問うと、「少しだけ」と返事が返ってくる。

これは、朝飯前にシャワーでも浴びた方が良いかもしれない。

 

「アンタの匂いは、好きよ……けど、擦り付けられた匂いは、好きじゃないの」

 

 彼女が何を言っているのは分からない。

だが、彼女が本気で言っているのは分かった。

故に、胸に何度も顔を埋めるチハに対し何か言える事は無かった。

 

「しかし、これがお前のお願いだったのか? ハクと同じで」

 

 そう問うと、チハは埋めていた私の胸から顔を上げて、「お願い?」と聞き返した。

 

「一人一つ、お願いを叶えるって約束、しただろう?」

 

 そう言うと、彼女は「あぁ…」と、今思い出したような声を上げた。

まさか、忘れていたのだろうかと、内心呆れる。

元はと言えば、彼女が言い出した事だと言うのに。

 

「そうね、でも今回のは無効よ……だって、先にハクが居たもの」

 

 チハはあっけからんとそう答える。

 

「いや、しかし、結局部屋に運んで………」

 

「何か問題でも?」

 

 彼女が顔をずいっと近付けて、下から私を見つめる。

その目が少しだけ色を濁らせたのを見て、「……いや」と思わず答えてしまった。

それに対し、チハは酷く満足そうに頷く。

 

「そう……良かったわ」

 

 それから、また胸元、首筋、それぞれに自分の頬や額を埋めて、擦り付ける。

存外、彼女も甘えたい性分なのだろうか。

兎に角、彼女が満足するまで、私が動ける事は無かった。

 

「ねぇ」

 

 チハが首筋に顔を埋めながら、口を開く。

吐息が掛かって、少しだけ痒かった。

私は、さてハクには何と言われるのだろう、そこから経由してトクやホリにも知られるのだろうかと、気が気がでは無かった。

彼女達からお願いとは言え、年頃……まぁ何度も言うが、戦車だが……な女の子、しかも二人と添い寝。

ケダモノと罵られ、軽蔑されたら嫌だなぁと本気で考えていた。

 

「どうしたら、私はアンタを手に入れられるの?」

 

 故に、彼女の言葉を上の空で聞いてしまった。

 

「欠陥品として捨てられて、初めて欲しいと思った唯一なの………」

 

「それ以外はいらない、何も望まない……だから」

 

 首元に何度も唇を落とされて、漸(ようや)く思考から戻った。

そして、思わず「えっ」と声を上げてしまう。

他の三人に何を言われるのかを想定していたら、言葉が右から左に流れてしまった。

今、チハは何と言ったのか。

全く分からない。

分からないが、彼女が何か大切な事を言ったのは、雰囲気で分かった。

故に、聞き返すと言う選択肢は無い。

私は誤魔化すように、うんうん、と頷いた。

取り敢えず、「うん」と言う言葉で返事が出来る話だった事を信じて。

 

 次の瞬間、チハは私に覆い被さっていた。

驚く事も出来ずに、彼女に密着され、見つめられていた。

チハの瞳は僅かに潤み、頬を上気させていた。

 

「……それは良い、って事…なの?」

 

 え、何が?

 

 と聞き返す事は出来ず、場の流れで取り敢えず頷く。

そうすると彼女は、ゆっくりと私の胸に顔を埋めて、静かに。

 

「……そう」

 

 とだけ言った。

その言葉は、やけに嬉しそうで、上擦った声だった。

心なしか、耳も赤くなっている様に思える。

結局彼女が私の上から退ける気配は無く。

 

 

 勿論、起床時間は過ぎた。

 

 

 

 

 

 朝飯は抜きだった。

 

 





ヤンデレって難しい(´;ω;`)
分かっては居たけど……深いのデス。
下手に気持ちを押し付けるだけじゃ駄目だし、相手の事を考えながら、尚且つ自分の欲求を満たしたいと言う葛藤……。

書くのが難しい(´・ω・`)


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空腹の産物

 私は朝からベッドの上でぼけっとしていた。

手元には戦闘で使用した砲弾や資材の詳細が書かれた書類。

それをベッドの上で読んでいたのだが、どうにも集中出来ずに今に至る。

理由は分かっている。

腹が減っているのだ。

 

 おかしい。

私は確か、怪我人の筈なのに。

 

 そう言って抗議したが、トクの「女の子を個室に連れ込んで……何をしていたので?」と言う言葉に全面降伏した。

弱みを握られた人間は弱い。

特に女性関係は。

 

 懸念していたハクは、思った程怒った様子を見せなかった。

起きたら自分の部屋で、最初は驚き、焦った様だが、チハの仕業だと言う事が分かると、膨れっ面になったまま私に「お願いの回数追加」を希望してきた。

つまりは、あの添い寝は無効と言う事らしい。

不可抗力とは言え、チハの事もあるので、私はそれを承諾した。

するとハクは途端に上機嫌になって、快く今回の事を許してくれた。

まぁ、お願い一つで機嫌を直せるのならば、安いものだと思っておこう。

 

 トクは少しだけ寒々しい視線を私に送り、朝の集合に遅れたと言う理由で朝食を奪われた。

………最近、私の将軍としての立場が弱くなって来ているのは、気のせいではない筈だ。

威厳とか色々、戦闘前に置いてきてしまった様な気がする。

 

 事の発端であるチハは、我関せずとばかりに佇み、特に何の発言もしなかった。

解せない。

 

 尚、ホリは皆の話を聞きながら、一人ニコニコと微笑んでいた。

 

 ぼうっとしていた意識を、頭をふって覚醒させる。

仕事はしなければ、終わらない。 

渋々と書類に再度目を落として読み始めるが、やはりと言うか、何と言うか。

ぐぅ、と腹が鳴って、その度に空腹を意識させられる。

読み進められると言えば進められるが、辛いものは辛い。

もういっその事、トクの目を盗んで食堂に行き、食べ物をかっぱらって来ようかと考え始めた時。

コンコン、とノックの音が聞こえた。

 

 誰だと思いながら「どうぞ」と声を上げると、「失礼します」と、ホリの声が聞こえた。

扉から姿を現したのは、やはりホリ。

「どうしたんだ?」と問うと、ホリは小さく微笑んで手に持っていたモノを胸元まで上げた。

 

 それは、配膳板に乗せられた朝食。

 

 彼女は微笑みながら、「少佐、朝ごはんまだですよね?」と言った。

私はちょっと泣きそうになった。

 

 私が少佐に昇進した事は、朝の内に皆に伝えた。

軒並み、皆は私の昇進を喜んでくれて、賞賛の言葉を送られた。

それを私は、何となく苦い思いで聞いていた。

 

 ホリは配膳板をどこに置けば良いのか、私に聞き、私は適当に部屋にあった小さなテーブルをベッドの横まで引き寄せ、その上に置く様にと頼んだ。

彼女は朝食をテーブルの上に置くと、私のベッドに腰掛ける。

朝食の内容は、サンドにポタージュ、それとポテトサラダ。

香ばしく、暖かい湯気を出す食事は、非常に食欲を刺激した。

 

「冷めない内にどうぞ……それと、怪我の具合は如何ですか?」

 

「あぁ、順調に回復している」

 

 朝食のサンドを口に含み、咀嚼してから答えると、ホリは「そうですか」と微笑む。

実際、軍医の見立てでも後数日で歩き回って良いと言われた。

かなり回復力が高いと驚かれたが、まぁ若さゆえの力と言う事で納得しておこう。

実際問題、早く動ける様になるに越した事は無い。

私達にはやる事が山ほどあるのだ。

戦闘も、今回限りでは無いのだから。

 

 もぐもぐと口を動かしていると、ホリは黙って私に顔を向けたまま佇んでいた。

目が見えていないのは分かっているのだが、何となく恥ずかしくて、「どうしたんだ?」と問う。

するとホリは、少しだけ眉を下げて。

 

「この目が見えたら、少佐の顔が見えるのになぁ…と思っていました」

 

 そう正直に答えた。

それに、私はどう答えるべきか、少しだけ口を閉ざす。

実際、彼女の目を元に戻す事は、私には出来ない。

心無い慰めなど、彼女は望んで居ないと分かっていて、何と言うべきか全く分からなかった。

口を噤んで、なんと声を掛けるべきか悩んでいると、「でも」と、ホリは言葉の続きを口にした。

 

「私は、少佐の手の温もりが好きですし、目が見えないからこそ、少佐の温もりに気付たから、良いんです」

 

 私は今で、十分に幸せですよ。

そう言って笑うホリを眺めながら私は、ぎゅっと胸を締め付けられた。

何かしてやりたいと思った。

私の視界に、ホリの行儀よく膝の上に置かれている手が見える。

片方の手で、ホリの手を静かに取った。

 

「しょ、少佐?」

 

 昨日みたいに、恋人繋ぎをして、そのまま逆の手で朝食を食べる。

最初、ホリは少し戸惑った様に頬を赤くして、わたわたと忙しなかったが。

少しすると、微笑みを浮かべたまま、優しく私の手を撫でた。

 

「………ありがとうございます」

 

 そう呟くホリに、朝食を頬張ったまま「……ん」とだけ返す。

別に気恥ずかしくて、ちゃんと返事を返さなかっただけでは無い。 

それだけは言っておこう。

 

「…皆には言い忘れていたが、私の事は別に、何と呼んでも良い、将軍と、奇抜なもので無ければな」

 

 私が少しだけぶっきらぼうにそう言うと、ホリは少しだけ驚いた顔をした後、嬉しそうにはにかんで、「では、笹津さん、でどうでしょう?」と聞いてきた。

 

「ホリが良いなら、良いさ」

 

 そう答えると、ホリはちょっとだけ眉を下げた。

それから少しだけ俯いて、頬を赤くする。

どうしたんだと思っていると、ホリがおずおずと口を開いた。

 

「…本当は、将臣さん、と呼びたいです」

 

「………好きにすると良い」

 

 何故か恥ずかしくて、口から少しだけ高い声が出た。

誤魔化す様にサンドを頬張ると、「……はい」とホリが微笑んだ。

それから、ありがとうございます、と。

 

 ホリが帰ってからの書類仕事には、少しだけ力が入った。 

 

 





明日から、更新が止まるかもしれません。

……何故なら、明日から地獄が続くからです…。

その名は、学校ッ!(´;ω;`)



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協定

 

 ホリに貰った朝食のお陰で、大分進みが早かった。

やはり人間、食事が大事なのだと実感する。

時計を見ると、すでに12時を回っていた。

書類を読み終えて伸びをすると、腰と肩がパキポキと鳴る。

それなりに凝ったらしい。

 

 書類を傍にあるテーブルの上に置いて、さて少し休憩しようと決める。

頭に浮かんだのは、四人の戦車の姿。

 

 あの戦闘から、今日で三日目。

一日目は丸々気絶していたので、私の体感的には二日目であるが。

彼女たちにはそれぞれ休暇が与えられている。

そもそも私は怪我の療養で動けないし、戦闘後も休みなく訓練させる程、私も鬼ではない。

彼女達が何をしているのか、少しだけ気になった。

気にはなったが、流石にこちらから会いに行っては、折角の休日も気を使ってしまうだろう。

私は大人しく部屋で過ごす事にする。

 

「ん…これは」

 

 ふと、部屋に積んであった、トクの持ってきた書類に中に気になるモノが混じってあった。

休もうとしていた体を起こし、それを手にする。

それは中央では無い、恐らく他の前線基地から送られてきたものだろう。

近隣区域の中で、資材調達が可能なエリアが書かれた一覧だった。

 

 前線では、満足に補給も受けられないという状況は常に存在する。

故に、中央の方針は現地調達、足りないのなら現地で補えというものである。

この相楽基地も例に漏れず、足りないのなら現地調達で補う他無い。

先の戦闘で失った砲弾や兵装も少なくない、確かに調達出来るときにしておきたいと言うのは本音だった。

 

「遠征か…いや、正確には遠征と言うには近すぎるが」

 

 幾つかリスト化されたエリアに目を走らせて、吟味する。

遠の昔に廃棄され、敵勢力、味方にも見放された廃都市。

各種資材が調達可能な港、山脈等々。

流石に海上に出る事は不可能だが、十二分に見返りは期待出来る。

言わば廃品回収。

可能なら発掘等もしたい所だが、戦力的には心許ない。

ただですら戦力的に十分と言えないのに、それに加え護衛等とは望むべくもない。

 

 いつ前線が突破されるかも分からない、いざと言う時に資材が無くては。

 

 私は、彼女達の休暇が終わり次第、遠征任務を頼もうと決めた。

本当なら、人間のみで遠征が出来れば良いのだが…

人間のみで遠征して、仮に陸上懴車と遭遇したら、目も当てられない。

全滅は必須、助かる余地は無い。

 

「理解してはいたが……」

 

 資材調達にすら難儀する。

これが前線基地と言うものか。

 

 溜息を吐き、書類に視線を落とす。

遠征場所の選定、彼女達の生還率を握るのは私だ。

休憩も忘れ、私は遠征場所に関する書類を読み漁った。

 

 

 

 

 

 

 

 少佐が書類を読みあさっていた頃。

 

 私達は、緊急招集を受け、ハクの部屋に集まっていた。

何故ハクの部屋かと言えば、曲がりなりにも彼女は将軍の副官と言う立ち位置だからだ。

集まったハク、ホリの二人は思い思いの場所に腰を下ろし、最後の一人をじっと待った。

 

 そして、数分の後に全員が揃う。

ガチャリと音を立てて扉が開き、チハが顔を見せた。

 

「…少し、遅れた、ごめん」

 

「いえ、構わないわ、始めましょう」

 

 そう私が言うと、チハは扉に背を預けるようにしてもたれ掛かる。

他の二人は神妙そうな顔をして、私を見ていた。

 

「集まった理由は分かるわよね……他でもない、笹津少佐の事よ」

 

 その言葉に、三人は頷く。

それ以外に集まる様な理由は無かった。

 

「わ、私は……少佐はもう、信じて良いと思います……というか、私は、信じています」

 

 ハクが、そろそろと手を上げながら口を開いた。

その言葉に、私は「そうね」と被せる。

 

「そもそも、あそこまでされて、信じない……とは言えないわ」

 

 ホリもその言葉に頷く。

 

「そうですね……私達の為に、命を掛けてくれた人なんて……」

 

 今までの将軍は皆、私たちを道具、欠陥品として扱っていた。

使えない道具、鉄屑、ゴミ。

そう呼ばれ、戦場で幾度となく酷使され、今日まで生きて来た。

 

 しかし、笹津少佐の『欠陥品』と言う言葉には、優しさがある。

 

「……私も、アイツの事は、信じている」

 

 私たちを見捨て無いと。

チハの言葉には、言外ににそういう意味が含まれていた。

 

「………まぁ、今更、信頼しているかどうか何て、議論するつもりは無いわ」

 

 私は肩を竦めてそう言う。

 

「皆、気持ちは同じだと思っているもの、信頼もそうだけど……この胸の奥にある感情も……ね」

 

 そう言うと、皆が皆、自分の胸に手を当てる。

大小関係なく、皆が同じ想いに心当たりがあった。

少佐の前に立つと感じる、奇妙な疼き、或いは、衝動。

 

「……私、この気持ちが、良く分からないんです」

 

 ハクが、そう口にした。

他全員の視線が、彼女に集まる。

 

「将臣さんの近くに居ると、どうしようも無く、不安になって、胸がきゅってなって、苦しくて、分からないけど、触れていたくて、一緒に居たくて、それで、それで……何処にも行かないって、証が欲しくて」

 

 それは幼さ故か、それとも無知なだけか、愛情と言う感情を理解出来ていないのか。

ハクは胸に渦巻く感情に戸惑っていた。

だが、戸惑いながらも、それらを受け入れていた。

 

 ホリは、ハクの言葉に頷く。

彼女も、その感情を抱いていたから。

ハク以外の全員が同じ。

だが、チハと私は全く違う部分に意識を向けていた。

 

「将臣、さん…?」

 

 私とチハから、同じ呟きが漏れる。

ファーストネームを呼んだハクは、その事に気付いていないらしい。

それ程に、自然な行為。

一瞬、胸の奥から悪寒のする様な衝動が込上がって来たが、慌ててそれを抑えた。

横目で見たチハも、同じように胸辺りをキツく握っている。

服が皺になると言うのに、構わず。

その表情は、酷く苦しそうなものだった。

 

「……協定を作りましょう」

 

 ホリが、提案した。

私とチハ、ハクが視線を向けると、微笑んだ彼女の顔を見える。

目の見えない彼女は、穏やかな声で続けた。

 

「私、皆が好きです、ずっと、一年近く、同じ境遇に立たされて、ずっと皆で頑張ってきたんですから、そう思うのは、自然な事でしょう」

 

 それとも、嫌いですか?

 

 そう問われると、首を横に振る。

彼女達、ハク、ホリ、チハ。

そして私。

この四人で、ずっと過ごして来た。

苦しい環境で、足掻いてきた。

何度も挫けそうになって、何度も全てを捨て去りたくなって。

その度に、他の誰かが手を差し伸べた。

正しく、戦友であり、仲間。

 

「……私も、皆が好き」

 

 もたれ掛かったチハが、声を上げる。

先程の苦しげな表情はそこに無く、あるのは少しだけ悲しげな表情。

 

「欠陥品同士の傷の舐め合いだと言われても、私は皆が好きで、ずっと仲間だと思ってる……例え同じ人に、好意を向けていても」

 

 彼女の言葉が、全てを語っていた。

同時に、きっと、皆が理解している。

この胸の奥にある感情。

 

 それはきっと、自分以外の誰かと、少佐が結ばれる事を、許さない。

 

 この関係は、いつまでも続かない。

 

「だから、協定なの?」

 

 私がホリに問いかけると、ゆっくりと、彼女は頷いて返した。

その表情は、変わらない。

 

「きっと皆、分かっているでしょう、このままずっと過ごしていれば、いつかきっと、取り返しが付かなくなると」

 

「………えぇ」

 

 私が返事をすると、ハクが「でも……」と続けた。

ハクに顔を向けると、彼女は泣いていた。

 

「私、将臣さんが、例えトクちゃんでも、ホリさんでも、チハちゃんでも、一緒になってしまうのは……嫌、で…す」

 

 それは、精一杯の自己主張だったのだろう。

ハクの体は震えていて、瞳からは涙が溢れていた。

嗚咽こそ漏らさないものの、ギリギリであるのは目に見えている。

仲間であると、その仲間を否定する言葉を口にするのは、並大抵の事では無かった筈だ。

それが、ずっと欠陥品として共に過ごしてきた、唯一無二の理解者であるならば、尚更。

 

「……それは、私も、一緒」

 

 チハが唇を噛んだまま、言った。

 

「でも私は、皆と袂を分かつのも、嫌だ」

 

 それは、皆の総意。

私も、ホリも、ハクもきっと思っている事だ。

 

 きっと、我が儘な事なのだろう。

仲間も失わず、意中の人を手に入れたい……などと。

 

「………こういっては、何ですが」

 

 ホリは、努めて穏やかに、それでも少しだけ悲しそうな顔で口を開いた。

 

「我慢しましょう、他の人と、例え結ばれる結果になっても」

 

 それは、どれほどの葛藤の末にたどり着いた答えなのだろう。

どんな気持ちでその言葉を放ったのか。

私には理解出来た。

同時に、チハにも。

ハクでさえ、どれ程の重みがある言葉か、感情で理解した。

 

 理解して、許容できないと、胸の感情が叫んだ。

大粒の涙が溢れ、口を一文字に固く結ぶ。

 

 私も、理解した。

しかし、理解しても納得は出来ない。

それが少佐の事なら。

 

「私だって、本当は独り占めしたいんですよ?」

 

 ホリが茶化すように、そう言って悲しそうに笑った。

 

「……それは、私も同じ」

 

「わ、私も、です…っ」

 

「………えぇ、私も…よ」

 

 皆が皆、そう答える。

今でも、胸の中で嫉妬、独占欲が渦巻いているのだ。

それを抑えるのに、文字通り死力を尽くしている。

 

 協定を結んでも、きっと何時かは破綻する。

 

 それは、単なる延命処置に他ならない。

 

 ……だけど。

 

「何もせずに、終わるのは嫌ね」

 

 私がそう口にすると、ハクとチハの二人が視線を向けた。

息を吸い込んで、覚悟を決める。

 

「いいわ、私は……協定を結ぶ」

 

 そう言うと、ホリは優しく微笑んだ。

そして協定の内容を、ゆっくりと話す。

協定は、言わば自分以外の三人が将軍にアプローチを掛けていても、見て見ぬふりをする、というもの。

この感情を持つ私達にとっては、正しく自傷行為に近い。

 

「………キツイけど、私は、良い」

 

 チハも、内容を聞いて頷く。

だが、その表情は苦渋の決断をした時の様に、優れない色をしている。

当たり前と言えば、当たり前だけども。

 

「………私も……私も、我慢……します」

 

 ハクが涙を零しながら、そう言った。

 

「……そう、良かった………御免なさいね」

 

 ホリは、皆の誓いを聞き届けると、申し訳なさそうに言った。

「謝らないで」と私は口にする。

そもそも、これはホリだけの問題では無いのだから。

 

「寧ろ、こういう協定を作ってくれて、感謝しているわ」

 

 これは本音だった。

何もせず、ただバラバラになっていく皆を見るのは、嫌だった。

仮初とは言え、これで仲間を、戦友を裏切らずに済む。

仲間の好意を知りながら、少佐に近付く事に、罪悪感を抱かなくて済むのだ。

 

「……その内、皆で……ピクニックでもしよう」

 

 チハが、俯きながら、そう言った。

 

「基地からは出れないけれど、こういう時間、無かったから」

 

 その言葉に、ハクが嗚咽に体を震わせながら、頷く。

ホリも「そうですね…」と微笑んだ。

私も、悪くないと思う。

 

「えへへ……じゃ、じゃあ、私、ぐすっ……お弁当、作ります!」

 

 涙を袖で拭いて、無理をした様に笑ってハクが言う。

その言葉に「ハク、貴方料理出来たんですか?」とホリが問う。

返す言葉は「お、おにぎりなら……何とか」

 

 私も、米を握るだけなら何とかなる。

それは果たして、料理と言うのか。

 

「私も…手伝う」

 

 チハがそう言って、笑う。

ホリも、そして私も。

結局、皆で作る事になった。

こういう機会は、今まで一度も無かった。

ある意味、新鮮で、少佐が来なければ無かった事。

 

 私達には、趣味などと言う、崇高な物は無かったけれど。

 

 少しだけ休暇が楽しみになる、そんな時間だった。

 

 

 

 

 そうして時は、過ぎていく。

 

 




あぁ、ようやく投稿できた!
でも明日も学校!その次も!(´;ω;`)
隕石よ!学校にピンポイントで降ってきてッ!

冗談はさておき、今回は四人がメインの話でした!
少佐?空気だよ!(`・ω・´)
ヤンデレだけど、仲間の事もちゃんと想う、良い子達です!

………まぁ、愛が更に深まれば…その限りでは……。

次の更新はいつかなぁ(・ω・`)



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之人

「将軍………将軍? 将軍!」

 

 誰かの声で我に返る。

一番最初に目に入ったのは、自分の両手。

それから、読みかけの書類に、ペン先のインクが滲んでいた。

 

「将軍、どうしたんデス?」

 

 声の方向に視線を向けると、シャーマン。

M4中戦車が私に心配そうな表情を向けていた。

短く切り揃えられた金髪に、緑色の将官服、その肩に描かれた星のマーク。

どれも見覚えのあるもの。

俺は首を横に振って、思考を取り戻す。

どうやら、少し呆けていた様だ。

 

「お疲れデス、ショーグン?」

 

「いや、問題無いさ」

 

 心配そうに覗き込んでくるシャーマンを押し返し、微笑みを浮かべる。

すると、彼女は「無理は良くないデスよ!」と言って、胸を張った。

 

「疲れた時は、このワタシに頼ると良いデス!」

 

「あぁ、十二分に頼っているさ」

 

 書類業務も彼女に押し付けてしまっている。

既に十二分に頼っているのだ。

これ以上怠ける事など出来る筈もない。

 

「それよりも、現状はどうなっている?」

 

 手元にある書類、それは今回の作戦に関するモノ。

俺がそう問うと、彼女は頬を膨らませて「むー、ワタシは将軍が心配デス」と拗ねた様に唇を尖らせた。

それに対して「大丈夫さ」と念を押す。

彼女はそれに納得出来ないと顔に出しながらも、俺の質問には的確に答えた。

 

「問題無いデス、海からの攻撃には全て対処出来ているデス、今はココノとチト、チヌ、テケが出ていマース、敵の砲撃で陸上に多少被害は出ていマスが、許容範囲、こちらの戦車に被害はゼロデス!」

 

「…そうか」

 

 概ね、俺の作戦通りという所だろう。

連中がこの中央第一基地に続く海岸に攻撃をして来たと報告を聞いた時は焦ったが。

中央に近いこの場所には、十二分に戦力が揃っている。

 

「海岸の防衛ラインはそのまま、敵の出方を見よう、もし捌ききれなくなったらケニを投入しろ、囮にして周囲から火力を集める、最悪、お前も投入する」

 

「了解デース!」

 

 俺の指示を聞き、彼女は部屋を出て行く。

恐らく通信で現地の彼女達に作戦を伝え、自分も装備準備をするのだろう。

 

 歯痒いものだ。

本当なら、戦地に直接立って指揮を取りたいものだが。

それは、本部の意向により許されていない。

 

「………くそ」

 

 戦地に送り出すのは俺、命を落とすのは彼女達。

幸い、ここに着任してから、一体の撃破もされていないが。

一人だけ後方でぬくぬくしているというのは、予想以上に精神的負荷を感じるものだった。

 

「将軍」

 

 声が聞こえ、影が落ちてきた。

俯いていた顔を上げる。

そこには、凛とした佇まいの女性が居た。

比較的大柄で、つり上がった目つきに一つに括られた髪。

いつの間に、この執務室に入ってきたのだろうか。

立っていた影は、四式十五糎自走砲、ホロだった。

 

「…ホロか、どうした?」

 

 俺がそう問うと、彼女は「私も戦場に出る」と口にした。

その言葉に、私は眉を顰める。

 

「………理由は?」

 

「戦力が大いに越した事は無いだろう、それに、敵の中には装甲の厚い奴も居ると聞く、私の主砲で撃ち抜いてやろうと思ってな」

 

「……既に四体の戦車が展開している、足りなければ追加で二体出すつもりだ、それに海岸沿いには通常兵器の支援もある………過剰戦力だ」

 

 俺がそう口にすると、つまらんとばかりに彼女は表情を歪め、それから踵を返した。

つられるように、黒髪が靡く。

 

「偶(たま)には私も出撃させてくれ、でないと、ストレスが溜まる」

 

「……考えておく」

 

 彼女はそう言って部屋を退出。

それを見送った後、俺は静かに頭を抱えて溜息を吐き出す。

 

 ここの連中は、戦闘を作業だと思っている節がある。

中央が近いから攻め込む事は無く、常に防衛戦でこちらの陣地で戦う。

効果は無いが、敵の視界を奪ったり、足を止めたり出来る通常兵器はそこら中に設置してあり、数も豊富。

向こうさんは何故か知らないが、戦力を何度かに分けて攻め込んで来る。

故に、こちらも余裕を持って対処していた。

 

 俺は、それが何か、こちらを探っているようで、不気味に思えた。

 

 いつ総力を上げて攻め込まれるか……。

連中の総数は、分かっていないのに。

こちらは弾薬を消費し、向こうは無尽蔵にいる尖兵を数体失う程度。

 

「っち……何回防衛に成功したって、手柄にはならない、それに、勝利に慣れすぎては……」

 

 慢心が敗北を生む。

 

 しかし、それが分かっていながらも、何も出来ない自分に腹が立つ。

ここからのし上がるのは、至難の業に思えた。

 

「………将臣」

 

 俺の唯一無二の親友。

彼の配属は東北だと聞いていたが、今は何をしているだろう。

俺と同じように、海岸沿いの防衛戦に注力しているのだろうか。

東北の海岸沿いの防衛戦は、ある程度苛烈を極めていると聞いている。

流石に、旧北海道の前線程では無いだろうが……。

陸上に上がる前と、上がったあとでは連中の強さが違う。

陸上に上がった連中は、文字通り戦車となり、十全に力を発揮出来る。

俺はまだ陸上で奴らと戦った事は無いが……。

 

「…生きているよな」

 

 彼の無事を祈る。

同時に、胸の奥に湧き上がる想い。

 

 ここから、這い上がるのだ。

 

 這い上がって、海へ。

 

 俺達の海を、取り戻す。

 

 父の栄光を。

 

 海軍の威光を。

 

 もう一度。

 

「……………」

 

 懐から一枚の写真を取り出す。

既に色あせ、何度も見たために、表面の擦り切れた、古びた写真。

それは、十年近く前。

まだ、海軍が深海棲艦と呼ばれる怪物と戦っていた時代。

 

 俺の父、宥厳中将。

 

 将臣の父、玄二中将。

 

 そして、俺と将臣。

 

 その背後に並ぶ、『艦娘』と呼ばれた少女達。

 

 皆、笑顔で写っており、父同士は肩を抱き合い、大口を開けて笑っていた。

俺と将臣も、その足元でポーズを決めている。

 

 それを、微笑ましい様子で見ている艦娘。

長門、大和、赤城、加賀、瑞鶴、夕張、不知火、日向、伊58、伊勢、大井、明石、神通、金剛、比叡、電、雷、文月、吹雪、島風、荒潮、夕立、時雨…………。

 

 俺たちの幼少時代を飾った。

 

 黄金の時代。

 

 彼女達と過ごした時を、俺は忘れない。

 

 将臣も、俺も。

 

 彼女達と泣き、笑い、生きて来た。

 

 

 

 

 最後の戦いで、撃沈されるまで。

 

 

 

 

「俺達は死んでも這い上がる、この陸の上で……そうだよな」

 

 写真を懐に仕舞って、強く拳を握り締める。

この想いを持って、俺は戦う。

何度でも立ち上がり、何度でも挑もう。

 

 全ては、彼女達の死に報いる為に。

 

 




次の投稿は恐らく遅くなりますね……。

今回は番外編的な回でした!


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遠征

 

 やっと満足に動ける様になったのは、負傷してから五日後の事。

全快とは言えないが、激しい運動で無ければ行動制限も無くなり、ようやく人並みの生活を送れるようになった。

頭の包帯も無くなり、動けないストレスを感じる事も無い。

一人で動けると言う事が、こんなにも素晴らしい事だったなんて、と独りでに感動。

ベッドの上で書類を読むだけの仕事は終わり、私は早速彼女達に遠征の話を持ちかけた。

 

「遠征、ですか」

 

 作戦会議室に四人を招集したのが、午前十時。

招集してから三分で皆が揃い、私の前に顔を並べる。

 

「そうだ」

 

 私は頷くと、予め選定していた遠征ポイントを作戦会議室にあるボードに張り出した。

ホリを除いた三人は、それに視線を集める。

その中心点を指さしながら、私は口を開いた。

 

「ここが今回の遠征ポイント、敵の勢力下から外れた廃墟…と言う感じだな、知っての通り本部から受けられる補給には限りがある、足りない分は私達で補うしかない」

 

 このエリアでは主に燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトが回収出来る。

大体のモノが揃うので、足を運ぶ価値はあるだろう。

資材が豊富になれば、新しい装備の開発や改修も出来る。

彼女達の顔を見渡すと、今まで遠征に行った事が無かったのか、少しだけ戸惑った表情をしていた。

ハクは逆に、とても緊張している様に見える。

 

「将臣さん、遠征するとして、そのメンバーは……?」

 

 ホリが質問を投げかけ、私は「あぁ」と頷きながらメンバーを告げた。

 

「遠征のメンバーはハクとチハ、この二人だ」

 

 そう言うと、チハとハクが分かりやすく顔を歪ませた。

そんなに遠征が嫌なのかと思っていると、小さく「将臣さんと離れ離れか…」と言う呟きが耳に届いた。

小さくて、よく聞こえなかったが、この際気にしない事にする。

 

 反対はされないと思うが、一応理由を詳細に話しておく。

トクは機動力が無く、万が一敵に遭遇し、撤退する事態に陥った場合に取り残される危険がある事。

また、ホリは目が見えない為に遠征では全体に遅れを出しかねない事。

今回の目的はあくまでも資材の回収が目的であり、戦闘はなるべく避ける事を考えた上での人選であると伝えた。

 

「万が一敵と遭遇した場合は撃破では無く撤退を優先しろ、例え軽戦車一体でもだ」

 

 連中が罠を張ると言う事は無いと思いたいが………士官学校に居た頃に、噂で『陸上懴車を指揮する個体が存在する』というものを聞いた。

それが本当なら、人間と同等、またはそれ以上の知性を持つという事になる。

陸上懴車同士が連携し、罠の一つや二つ、用意出来てもおかしくはない。

警戒し過ぎかもしれないし、杞憂かもしれない。

そんな噂を気にしていたら、キリが無いと思われるかもしれない。

だが、私は注意を注意を重ね、少しでも彼女達の生還率を上げようと決めた。

 

「……その間、私とホリは基地で待機、という事で宜しいでしょうか?」

 

 トクが手を上げて、私に問う。

 

「あぁ、前線から緊急出動要請が出ない限りは、出撃に備えて待機、訓練という感じだな」

 

 念の為、ハクとチハが接敵し、救援要請が来たら出撃が可能な様に準備はしておくが。

少しの間が空き、メンバーである二人がコクンと首を縦に振った。

 

「……分かった、私は構わない」

 

「わ、私も……い、行けます」

 

 ハクとチハは、先程の表情を一転、凛々しい顔つきとなり、遠征任務を承諾した。

それから、二人はとても重要な事の様に私に向き直り、問う。

 

「そうした方が、アンタは嬉しいんでしょ?」

 

「そうすれば、将臣さんは喜びますか?」

 

 何故、そんな事を問うのか。

少し面食らいながら、「あ、あぁ」と答えると、満足そうに頷き、二人は私に「任務開始は?」と問うた。

 

「………可能であれば、今日の午後には出れるが」

 

「なら、早い方が良い」

 

「そうですね、私、装備の方見てきます!」

 

 そう言って、二人は意気揚々と会議室を後にした。

最初の表情が嘘の様に、やる気に満ち溢れている。

 

「……一体どうしたんだ」

 

 私が呆然と呟くと、トクはどこか呆れたように息を吐き出し、ホリはニコニコと微笑んでいた。

その表情を見て、「何か知っているのか?」と問うと、トクは「どうでしょう?」と肩を竦め、ホリは「ふふっ」と笑う。

 

「少なくとも……『協定』がある間は、ね」

 

「えぇ、そうね」

 

 二人が意味ありげな会話を交わし、お互いの意思疎通を行う。

 

「………?」

 

 私だけが理解出来ず、置いてけぼり。

 

「な、なぁ、協定とは何だ……?」

 

 私はそう問うが、二人が答える様子は無く、微笑んだまま佇んでいるだけだった。

 

 

 元々、ボーキやら鋼材は、陸地から産出していた。

しかし一昔前、まだ艦娘が存在していた頃は、ボーキサイトや鋼材も全て海から取れたそうだ。

何でも『妖精さん』なる存在が、特殊な加工を旧艦に施し、サルベージに近い形で資材調達を可能にしていたとか。

つまりは、実質鎮守府……基地単体で全て調達可能な環境だったらしい。

羨ましい限りだ。

 

 現在。

制海権を連中に奪取され、艦娘が全て撃沈された後。

 

 『妖精さん』は消えた。

 

 まるで元々居なかったかの様に、跡形も無く消え去った。

しかし、彼女達が改良した艦、装備などはそのまま残っており。

居たと証明出来る物的証拠は、有る。

だからと言って、制海権を取られた今、艦娘の護衛も無く海に出れる筈が無く。

改良された艦は中央のドッグに眠っている。

 

 そして、人型の戦車が確認されると同時に、『妖精さん』に代わる存在が現れた。

 

 それは、私達の目には見えない。

同時に、戦車の目にも。

 

 姿の見えない存在なのに、居ると断言するのも変な話ではあるが。

彼ら……若しくは、彼女達は、私達の願いを叶えてくれる。

戦車達の装備を整えたり、遠征の際に資材を調達してくれたり、新しい武装を開発したり………。

例えば、これは整備兵の話ではあるが。

戦車達の装備を改修する場合は、改修する装備を用意し、隣に必要な分の鋼材等を置いておくそうだ。

そして一時間か二時間、その部屋を密室にして、誰の目にも触れない様にする。

すると、そこには改修された装備があるらしい。

 

 誰がやっているのか。

どうやっているのか。

私達には観測しようがない。

 

 だが、元々艦娘と共に戦った人間は、口々に言う。

 

 『妖精さん』のお陰だと。

 

 

 

「準備は万端、問題無い」

 

「はいッ、私も行けますよ!」

 

 午後一時、基地の出入り口。

ハクとチハが、武装を身に纏ってやる気満々に答える。

私はその返事に頷きながら、再三同じ事を繰り返し口にした。

 

「良いか、エリアに入ったら、後は『妖精さん』がこの輸送車に資材を詰め込んでくれる、お前たちは敵の接近にだけ注意してくれ、もし敵が見えたら即時中止、撤退しろ、コイツは『妖精さん』お手製の装甲でガチガチに固めてあるから、お前たちは逃げる事だけを考えろ、いいか、絶対に……」

 

 そこまで口にして、「少佐」と背後から肩に手が掛かる。

背後を見れば、トクが不機嫌そうな顔で肩を掴んでいた。

どうやら前のめりに話していたらしい。

気付けば、ハクの顔が間近にあった。

隣からは、チハの冷たい目線も。

目の前のハクは頬をどこか赤くしながらも、何故か唇を突き出している。

目も閉じて。

何故そんな体勢をしているのか、分からない。

 

 誤魔化すように体を起こし、ごほんと咳払い。

その後、「くれぐれも、無理をせずに」と締めくくった。

恥ずかしさから、軍帽を深く被る。

 

前から「後、少しだったのに……」と聞こえたが、聞こえない振りをする。

 

「無事に帰ってこいよ」

 

 彼女達に敬礼を送り、ハクとチハも敬礼を返す。

見送りのホリとトクも直立不動の敬礼を見せた。

 

「ホリさん、トクちゃんッ! ぬ、抜け駆けのし過ぎは駄目ですからね!」

 

「同じく、帰還したら確認するから…」

 

「まぁ、善処はするわ」

 

「えぇ……『善処』は、ね」

 

 四人が何やら、私には分からないコンタクトを取る。

何だか、最近疎外感を感じるようになった。

悲しい。

 

「では、行って参ります!」

 

「……行くわ」

 

 二人が基地を出立し、私達はそれを見送る。

トクとホリも、二人の前では気丈に振舞っていたが、少しだけその表情は不安そうだった。

私とて、不安は拭いきれない。

段々と見えなくなって行く二人の背を、私達はずっと見ていた。

 

 






 実は艦これのゲームはやった事が無くて…(・ω・`)
動画を何度か見た程度なんですよね…なので、妖精さん設定とかもう超滅茶苦茶。
私の設定では、何でもカバーできちゃう超人(人?)設定。

 今回はヤンデレっていうか、普通にデレだった(・ω・`)


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思惑

 

 酷く、体が痛んだ。

 

 私が意識を取り戻したとき、瞼の下はオレンジに染まり切っていた。

轟々と鳴る音と、何か強烈な衝撃が私を揺さぶる。

振動は腹まで響き、心臓が一際強く脈を打った。

 

 一体、何事だ。

 

 私は酷く混乱した。

今の今まで、何をしていたかと考え。

そうだ、チハとハクを遠征に送り出したばかりだと思い出す。

それから、執務室で書類作業を……。

 

 そこまで考えて、爆音が鳴り響き、振動が体を揺らす。

 

 何か良くない事が起きている。

体が、何かに急かされるように動いた。

指先がぴくりと動き、体が反応する事に安堵を覚える。

それから、耳鳴りが遠のき、周囲から聞こえる音が炎の燃え盛る音だと気付いた。

異常さが、身に染みる。

何が起きている、それを確かめる為に、ゆっくりと瞼を開いた。

 

 部屋が燃えていた。

 

 一式の家具、ベッドや木製デスク、場所は私の個室。

そこに、炎の手が回っていた。

床に転がる形で、私は横たわっている。

何が起きた、火事? 敵襲なのか?

起き上がろうとして、ぬるりと、自分の手が何かに触れる。

視線を下げ、手に付着したモノを確認した。

 

 血だ。

 

 誰の?

 

 私の。

 

 脇腹を、ぱっくり。

やられている、出血多量だ。

だが、幸いに痛みは無かった。

脳内麻薬が中和しているのか、何だか分からないが、好都合。

私は傷口に手をやりながら、恐る恐る立ち上がる。

動いた途端、血が滲んで将官服に広がった。

これは、もう洗っても落ちないな……なんて、頭の片隅で思う。

同時に、一体何にやられたのか。

 

 爆音が、また鳴り響く。

 

 足元から感じる振動で、理解した。

砲撃されている。

この相楽基地が。

 

「ぐ…っ…………はっ……!?」

 

 叫ぼうとして、声が出ない事に気付いた。

まさか、喉もやられたのかと手をやるが、血は付着しない。

だが、間抜けな呼吸音だけが聞こえるだけで、声が発せられる事は無かった。

皆は無事か。

声が上げられないなら、直接この足で確認する。

よたよたと、炎を避けながら壁伝いに歩いた。

それから、炎に包まれる前に部屋を脱出する。

執務室も、似たように炎で埋め尽くされていた。

 

「っ……!」

 

 執務室の扉は、すでに炎に呑まれていた。

これでは、普通に出る事は叶わない。

悠長にしていれば、火達磨だ。

 

 私は、部屋の扉に強く蹴りを入れた。

炎に焼かれ、脆くなった扉は大きく軋む。

だが、同時に腹の傷も開く。

 

 一発、二発、三発。

 

 扉を蹴り破り、破片が其処ら中に転がる。

ゆっくりと扉が倒れ、道が開いた。

廊下が視界に広がり、すでに大きく砲撃で破損している。

既に、基地は壊滅的な打撃を受けている様だ。

 

 部隊を、部隊を集めなくては。

 

 廊下に転がる様にして出ると、そのまま外へと向かう。

瓦礫を避けながら、砂利の地面を行く。

断続的な砲撃は、基地の彼方此方へと着弾し、所々から悲鳴が上がった。

濃厚な血と硝煙の臭いが鼻を突く。

まさしく、戦場だ。

この相楽基地は、戦場となったのだ。

足が、自然と早足となった。

 

 そして、その途中、地面に転がる誰かを見つけた。

基地の誰かが、死んだか。

この状況で全員助かるとは思っていない。

故に、相応の覚悟を決め、その人物の元へと急いだ。

固唾を飲んで、心に鍵を掛ける。

取り乱さない様に。

冷静さを失わないように。

 

 私とて軍人だ。

親しい友を、過去に無くした事だってある。

この基地の人間が死んでも、将軍としての立場を見失わない自信があった。

 

 

 

 

 だが、その事実は あまりにも重く。

 

 

 

 

「……………ぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チ………ハ………?」

 

 

 

 

 

 

 ボロボロの装甲。

砲身が折れ曲がった主砲。

そして、流れる夥しい量の血。

 

 満身創痍のチハが、地面に横たわっていた。

 

 まさか、遠征を中断し、帰還したのか。

走り寄ろうとして、失敗し、地面に倒れた。

倒れた際に瓦礫で頭を打ち、血が流れる。

それでも、這う様にして彼女の元へとたどり着く。

指先が、彼女の片腕しかない手に触れた。

 

 

「………っ、はっ………チッ………ハぁ………」

 

 声が出ない。

まるで海の中に居るみたいだ。

呼吸が止まる。

溺れる。

溺れてしまう。

 

「ぁ………しょう……さ……?」

 

 チハが口を開く。

血を垂らしながら、その口を開けた。

彼女の姿は、見るに堪えない。

 

 体中に傷を作り、片足が殆ど、千切れかけていた。

皮一枚繋がっているかどうか。

そして、大きく抉れた腹。

中身が、顔を出している。

血が、止まらない。

 

 もう、言葉が出ない。

何かを口にしたら、狂ってしまう。

それでなくとも、喉が震えない。

まるで言葉を忘れたように、口を馬鹿みたいに開けて、涙を零した。

止まらないのだ。

涙が。

意思を無視して、流れてしまう。

声も無く、泣き叫ぶ。

 

 チハが小さく指を動かし、私の手に、そっと自分の手を重ねる。

それから、俯いたまま、ゆっくりと笑って。

 

「………わた、し……も、死ぬ、の…ね……アンタの、為に……死ぬ、だ、か……ら」

 

 

 

 

 

 

「……わる、く……無い…」

 

 

 

 

 

 そう言って、事切れた。

 

 

 

 彼女の身に纏っていた装甲、武装が。

音を立てて、転がる。

 

 彼女たちの武装は、戦車にしか扱えない武装。

それらは、人間が使おうとしても、扱えない様に出来ている。

 

 

 

 そして、装備が解除される時は……。

 

 

 

「……っあ………ぁ………ぁあぁ………」

 

 涙が。

頬の血と混ざって、流れていく。

ボタボタと。

透明な赤が、地面に点を作る。

 

 自分の顔が、どうなっているか何て、見たくもない。

酷く醜い面に違いない。

血と涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃだ。

視界が、見えない。

曇って。

 

 

 

 爆音が、すぐ傍で弾けた。

 

 

 

 至近弾。

 

 着弾の瞬間、まるで世界が白く染まった様だった。

白い世界の中で、黒い影となったチハが。

細切れになって。

 

 消えた。

 

 砲弾は。

 

 チハを消し飛ばし。

 

 そして、俺をどこかに吹き飛ばした。

 

 

「がっッ」

 

 転がる。

砂利の上を跳ねて、転がる。

忘れていた痛みの到来、その激痛は頬肉を食い千切って耐えた。

口からボタボタと血が垂れる。

腹からも、頭からも。

もう、助からない。

そんな気がした。

 

 胸の中で、ぐるぐるとした感情が喚く。

チハの最後が、瞼の裏に、見える。

フラッシュバック。

その度に心が叫んだ。

それが、怒りなのか、憎しみなのか、悲しみなのか、後悔なのか。

分からない。

自分でも制御出来ない、何か、巨大なうねりが、涙となって流れる。

それが血と混じって、私の顔を汚した。

 

 畜生。

 

 叫ぶ。

声なき声で叫ぶ。

それから、濁った視界が、誰かを捉えた。

 

「ッ……少佐っ!」

 

 血と涙で見えなくなった視界が、輪郭を見せる。

誰かがこちらに、歩いてきている。

砲撃を敢行しながら、回避行動。

スラリとした立ち姿。

そのシルエットが、酷く見知ったもので。

 

「っぁ!?」

 

 

 

 彼女に砲弾が直撃した瞬間、鳥肌が立った。

 

 

 

 直撃した砲弾を、彼女は、辛うじて防いでいた。

砲撃の衝撃で足元が数センチ沈み、地面が割れる。

けど、防げても、彼女の装甲では防ぎきれなかった。

滲んだ視界が、見せる。

 

 胸に、真っ赤な色を咲かせた彼女を。

 

 砲弾の爆風が去った後、彼女はその場に崩れる。

それから、こちらに手を伸ばした後、何事かを口にした。

 

「ま、だ、死ね…な、い……せめ…て、少佐を……遠、くに……早く、誰、かぁ…っ」

 

 這う様な姿勢でこちらに来る。

その姿。

 

「……と……ク」

 

 呆然と呟いた。

それしか出来なかった。

彼女は這って、私の元までやってくる。

私は既に、指一本動かせずにいた。

 

 その私の手に、彼女の指先が僅かに触れて。

  

  

 

「少………さ…ぁ……」

 

 

 

 

 ガチン、と。

 

 武装が外れた。

 

 

 

「…………っ………………ぁ」

 

 

 おい。

 

 死んだぞ。

 

 また。

 

 死んだ。

 

 

 

 

 

 

 俺の目の前で。

 

 

 

 

 

「……ぁ…………ぁあ……ぁあああああああああぁッ!!」

 

 

 

 もう、無理だった。

 

 取り繕うのも、限界だった。

 

 俺は、私を捨てた。

 

 演じきれなかった。

 

 理性が、壊れた。

 

 

 

 死に体の肉体に鞭打って、トクの武装を胸にかき抱いた。

血を吐き出しながら叫んだ。

もう無理だ。

無理だ。

無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ。

 

 耐えられない。

この孤独感と後悔と悲しみと怒りと憎しみと罪悪感に俺は耐えられない。

死ぬ。

死んでしまう。

死のう。

死ねば楽だ。

 

 トクの武装が、目に入った。

 

 チハの光景が、網膜に映った。

 

 

 

 

 

「将臣さんッ!!」

 

 

 

 

 

 俺を呼ぶ声。

 

 それは、すぐ近くから聞こえてきた。

 

 誰かが駆け寄って来て、すぐ傍で息を飲む気配。

 

「ハク、将臣さんは!?」

 

「ツ………酷い状態です、このままじゃ……」

 

 誰かが、俺を抱き起す。

 

 もう良い。

 

 頼む。

 

 もう、無理だ。

 

 俺には無理だった。

 

 二度目だ。

 

 こんな後悔は。

 

 もうしないって。

 

 守るって。

 

 言ったのに。

 

「…死なせはしません」

 

 ホリの声が聞こえた。

何か、強い意志を感じる声だった。

それから、誰か、別な人に俺は抱きしめられる。

その体は、酷く小さかった。

とても熱い体温が、俺の体を温める。

 

「ハク、将臣さんを連れて、脱出を」

 

「……ホリさんは、どうするんですか……?」

 

 濁った視界が、また、光を取り戻す。

 

 爆炎で覆われる基地。

立ち上る硝煙、淡いオレンジに照らされた立ち姿。

火の粉が散る。

そんな戦場の真っただ中で。

一人、ホリが振り返った。

 

 

 

 その表情は、いつもみたいに。

 少し、困った様な。

 そんな、微笑みだった。

 

 

 

 

「……将臣さん、生きて下さい」

 

 

 

 

 

「っ…ぁ」

 

 心臓が。

鼓動を打ち鳴らした。

 

 

「行ってッ!」

 

 

 ホリが叫ぶ。

それから、耳を劈く様な爆音。

俺は誰か、いや、ハクに抱えられたまま、その場を走り去った。

抱えられた拍子に、トクの装甲が手を離れる。

地面に転がって、甲高い音が鳴り響く。

手を伸ばそうとして。

しかし、体は動かない。

涙が一滴、零れた。

背後から、何度も、何度も何度も、砲撃音が鳴る。

きっと、目が見えないから。

出鱈目に撃って、注意を引こうとか、そんな考えに違いない。

 

 死んだ心が、やめろと叫んだ。

 

 狂った思考が、止まった。

 

 ホリを助けたかった。

 

 ハクに止めろと叫んだ。

 

 でも、言葉にならなかった。

 

「はあッ、はぁッ、将臣、さんっ!」

 

 ハクの鼓動が伝わる。

どんな風に運ばれているのか。

もう目が見えない。

だから、伝わる振動がと音が全てだった。

ハクが鼻を啜る。

それから、震えた声で叫んだ。

 

「生きて……生き延びてッ」

 

「明日も、明後日も、その次もッ…!!」

 

 

 

 

 

「そして、皆でっ……またぁ、みんなでぇえッ!」

 

 

 

 

 

 最後は、声にすらなっていなかった。

 

 完全に、掻き消されていた。

涙と。

そして。

 

 

 背後に着弾した、爆音に。

 

 

 

 

 

 

「…将臣、さん? どこ、ですか……もう、何も、見えない……聞こえないん、です」

 

 

 

 

 

 

 

 ホリの声が聞こえた気がした。

 

 走るハクの息遣い。

 

 それが乱れて。

 

 砲撃音が鳴る。

 

 そして。

 

 オレンジ色が、視界一杯に広がって。

 

 最後に見た光景はー

 

 

 

「将臣さんッ!」

 

 

 ハクが、俺を、庇っ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「将臣さん!」

 

 はっ、と。

意識が戻った。

 

「………あ……れ」

 

 勢いよく体を起こした自分の目に飛び込んできたのは、執務室。

そのデスク越しに見える風景。

手元に転がったペン、皺のついた書類、飲みかけの紅茶、目の前に居るホリ。

良く見る光景。

いつもの、光景。

 

「……ホリ?」

 

 目の前の彼女に、そう呼びかける。

すると彼女は、首を傾げながら「はい」と答える。

 

「居眠りをなさっていた様ですが……お疲れですか?」

 

 そう問われ、額に手を当てる。

酷く、汗を掻いていた。

 

「居眠り…そうか、俺、いや、私は……」

 

今のは、夢?

そう、夢だったのか。

 

「うなされていたので……何か、悪い夢を?」

 

「……いや、まぁ、少し、な」

 

 我ながら、出来の悪い夢だと思う。

額や首の汗を拭ってから、喉の渇きを覚えた。

手元の紅茶を一気に飲み干し、一息入れる。

それから、頭を振って「すまない」とホリに言った。

 

「執務中に居眠りなんて、指揮官失格だな」

 

「いえ、疲れは誰だって溜まります、それに将臣さんは復帰したばかりですから」

 

 無理はしないで下さい、ホリはそう言って空のカップを手に取った。

 

「お代わりを入れてきますね、少し、休憩にしましょう」

 

「……あぁ、すまない」

 

 そう言って、執務室を出て行くホリの後ろ姿を見送る。

姿が見えなくなってから、椅子に深く背を預けた。

天井に向かって息を吐き出す。

体から、熱が抜けていく。

胸を占める感情は、安堵。

 

 皆が撃破される夢など。

 

 酷い夢を見た。

 

 これほど精神に悪い夢も、早々無いだろう。

 

「……もう二度と御免だ」

 

 そう呟いて、私は体の力を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……可愛い人」

 

 

 

 

 

 

 

 






※以下妄想垂れ流し


 悪夢を見てしまう魔法の粉を紅茶にかき混ぜて魘(うな)される少佐を何時間の見続けて「可愛い人」と思う様なホリさん、それを何度も繰り返して精神的に疲労した瞬間、聖母の様に自分が手を差し伸べる事によって精神的に自分に依存させようだなんて彼女は考えていませんよ?

 それを看破したトクがいち早く異変を察知し、ホリより早く夜の少佐の部屋に忍び込んで「何か悩みでもあるのでは?」とお姉さんぷりを発揮し悩みを少しだけ聞き出して溢れる包容力で全てを包んで抜け駆けだなんて考えてませんよ?
それでも悩みを明かさない少佐は紳士の鏡。

 ホリは献身的に少佐に尽くし、衰弱するのを今か今かと狙ってなどいませんよ?
トクは横からそれを掻っ攫おうとか思っていませんよ?

 遠征から帰ってきたハクとチハが何やら不穏な空気と、弱々しい少佐を見て一体何があったのだと奔走したりはしませんし、少佐を心配したチハが膝枕してくれるなんてイベントは存在しませんよ?
 ハクはハクで、少佐はお疲れなのだから自分に何か出来ないだろうかと、手料理を作ってみたりお風呂に突入して背中を流してくれたりなんて無いです。
それでも、遠征のご褒美という理由づけ(言い訳)をして応じる少佐はハラショー!





 何だろう。
妄想は幾らでもあふれ出るのに、それを書く時間がありません……(´・ω・`)

 アーガッコウタノシイナアー(棒)

 


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風呂

 

体調が芳しく無い。

いや、正確に言うならば体の調子は悪くないのだ。

怪我が完治していないとは言え、普段の行動を何ら痛みを伴う事なく出来る様になった。

故に、体の調子は悪く無いと言える。

悪くないと言えるのだが。

 

「‥‥あぁ‥くそっ‥」

 

 私らしくもない、悪態を吐く。

寝汗で濡れた額を拭って、荒々しい息を沈めた。

 

 今日で四度目だ。

 

 執務中に居眠りをしてしまい、ホリに起こされるという行動が今日だけで四度続いている。

明らかに異常。

それに、居眠り中に見る夢が全て『悪夢』というのが、精神的な負担に拍車を掛けていた。

人類が根絶やしにされる、父が殺される、基地が壊滅する、皆が目の前で撃破される、親友が戦死する、etc、etc‥‥。

まるで数日徹夜した様な倦怠感。

体の調子は悪くないのだが、如何せん精神的な負担が酷い。

もしかして、自分が感じていないだけで体も相当拙い状態なのだろうか。

そう思ってしまう。

 

「‥‥将臣さん、大丈夫ですか?」

 

 書類の散らばった執務室の中に、コトリと紅茶が置かれる。

香ばしい匂いを放つそれを見て、視線を上げる。

そこには心配そうな顔をした、ホリが佇んでいた。

私が寝落ちを行う度にホリに起こされ、その度に眠気覚ましの紅茶を飲んでいた。

だと言うのに、この体たらく。

 

「すまないホリ‥‥今日は迷惑を掛けてばかりだ」

 

 今日は書類作業の半分も進んでいない。

未だ減らぬ紙の束に、一層精神が圧迫される。

まったく情けない。

その情けなさに、弱弱しい声が出た。

ホリはふわりと、優しげに微笑む。

 

「いえ、将臣さんは復帰したばかりですから、まだ本調子では無いんです

怪我も完治していませんから、きっと体が休息を求めているんですよ」

 

 だから、無理をしてはいけません。

そう言って紅茶を勧める彼女に、頭が上がらない。

ホリに気を遣わせて、自分は呑気に居眠りを繰り返す。

そんな状況を繰り返し何度目だ、流石に自己嫌悪に陥っていた。

このままではいけない。

 

「‥‥いや、すまない、紅茶は後で頂くよ」

 

 そう言って席を立つ。

突っ伏す様に寝ていた為か、肩と腰が少し痛んだ。

 

「将臣さん、どちらへ?」

 

 デスクを横切って、執務室の扉に手を掛けると背後からホリの問う声が聞こえてきた。

 

「流石に今の状態は酷い、少し目覚ましに行ってくる」

 

 そう言って執務室を出る。

背後から呼び止められた様な気がしたが、朦朧とした思考には届かなかった。

さて、今のままでは流石に拙い。

私は眠気を払うべく、ふらふらと行動を開始した。

 

 

 

 

 ふらふらと、私は基地を歩く。

目指す場所は基地の入渠場、要するに風呂である。

本来は船がドッグに入る事を表す言葉であるが、戦車である彼女たちの傷は基本、この風呂で治癒される。

故に今でも海の時代と変わらず、戦車だと言うのに「入渠」と言う言葉が使われている。

どういう原理かは知らないが、この風呂は妖精さんが沸かしているらしい。

なのでいつでも入り放題、戦時中だと言うのに有り難い話である。

どうやって資材を確保しているのか、何故風呂で戦車の傷が癒えるのか。

私達に、それを知る術はない。

 

 入渠場までの道のりを歩いていると、大きな砲撃音が私の耳に届いた。

眠気に朦朧とする耳でも、流石にこの爆音が聞き逃さない。

音のする方向へと目をやると、遥か向こうの演習場に、見慣れたシルエットが見えた。

 

「‥‥トク?」

 

 演習場の一角、砲撃訓練を行っているのか、かなり遠く離れた位置に的が見える。

それに向かってトクは断続的に砲撃を行い、砲撃音を轟かせていた。

私はその姿をじっと見つめる。

トクの構えた火砲が火を噴き、反動がトクの体を揺らす、衝撃が足元に伝わり、遅れて爆音が聞こえる。

心なしか、トクの使っている火砲が何時もの倍近く、大きく見えた。

ホリの主砲とも並ぶ様な、大口径の火砲。

トクが砲撃を行うたびに、足元の砂利が跳ね上がっている。

反動もかなりのものだろう、砲撃をする度にトクの体が大きく揺れていた。

あれでは、1,000の距離でも命中はしないだろう。

 

 いや、そもそもアレは、私の見間違いではないのか。

 

 トクの体に見合わない、大きな火砲。

彼女の使っている主砲は、もっと小さなものだ。

きっと目の錯覚に違いない。

相当、弱っているようだ。

私は踵を返して、トクに背を向ける。

訓練中に話しかけるなど無粋な行為は慎みたいし、何よりこんな状況で話しても、恐らく会話が噛みあわない。

そうなる自信がある。

私はこめかみ辺りを解しながら、入渠場へと向かった。

 

 

 

 入渠場に辿り着いた私は、籠に衣服を放り込むと危うい足取りで浴場へと入った。

悪夢で精神を削られたせいか、肉体的にも倦怠感が酷い。

一度水でも浴びて思考の靄を取ろうと、シャワーで水を被ったが、冷たさに体が驚いただけだった。

どうも感覚も鈍っているらしい。

適当に頭やら体やらを洗って、湯に浸かる。

壁に背を預け、肩まで浸かる。

体を包む熱に吐息が漏れるが、どうにも頭までは浸透しない。

湯気の様に思考があやふやになる、湯で思い切り顔を擦るが同じ事だった。

 

「治療の時に服用した薬の副作用‥‥は、無いか‥単純に私が思っているより重傷なのか‥‥?」

 

 怠い体を伸ばし、湯に深く浸かる。

このまま汗を流せば多少はマシになるかと、時間を数え始めた。

だが、いつの間にか意識が朦朧とし、気が付くと数字が飛んでいると言う状態が、何度か繰り返される。

どうやらこの眠気は、私が湯に浸かって居ようとなんだろうとお構いなしに襲ってくる様だ。

 

 負けるものか。

 

 そう思って根気強く数字を数えるが、段々と意識が途切れる間隔が短くなり。

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

 かくん、かくんと頭が揺れ。

眠気に負けるかと体を動かそうとし。

しかし、誘惑が私の思考を離さず。

 

 私は心地よい暖かさの中で、意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前線に出ていた部隊が一つ潰された、軽戦車2体に中戦車1体、それに重戦車が1体だ」

 

「ふぅん、で、それが何か問題なの?」

 

「‥‥大きな問題では無いが、重戦車は主力級の一体だった、少し惜しい事をしたと思ってな」

 

「別に、その内また生まれるわよ、重戦車の1体や2体、私達オリジナルが撃破された訳じゃあるまいし」

 

「それもそうだが‥‥撃破した部隊が部隊でな」

 

「何、どういう事よ?」

 

「言ってしまえば、その重戦車は人間に撃破された様なものなんだ」

 

「‥‥人間に?」

 

「あぁ」

 

「冗談でしょ」

 

「いや、本当だ」

 

「‥‥人間が、戦車の真似事を始めたって事?」

 

「‥そうでは無い」

 

「じゃあ、どういう事よ」

 

「人間が囮に、重戦車相手に大立ち回りをした」

 

「‥‥へぇ」

 

「それもたった一人で、人間同士で使う重火器のみを手にな」

 

「随分とまぁ、命知らずな人間ね」

 

「あぁ、だが人間は勝った」

 

「その重戦車、もしかして『欠陥品』だったの?」

 

「いや、前線の主力級と言っただろう、我々オリジナルの下、eliteだ」

 

「‥‥‥」

 

「あり得ない、って顔だな」

 

「‥実際、そうでしょう」

 

「驚くのはそれだけでは無い、欠陥品だったのは向こうだった」

 

「‥‥どういう事?」

 

「向こうの戦力は4体、内3体が欠陥品だ」

 

「片足、片腕、両目、それぞれ機動力、火力、命中力が無い」

 

「‥‥‥それで、敗北したと言うの?」

 

「あぁ、ものの見事に撃破された、通常戦力の4体が」

 

「‥‥‥」

 

「‥中々、興味深いと思わないか」

 

「‥そうね」

 

「欠陥品の部隊を指揮し、自ら戦場を走り、命すら掛ける」

 

「その部隊の指揮官は、余程有能らしい」

 

「詳細は分かっているの?」

 

「内陸の同胞より、幾つかの情報は送られている」

 

「いつの間にそんなの送り込んだのよ」

 

「何、我々も進化しているという事さ」

 

「良く言うわ」

 

「‥‥‥さて、肝心の指揮官の詳細だがね、名前は判明している」

 

「笹津将臣、階級は少佐だ」

 

「‥‥‥‥ささ、つ」

 

「笹津?‥‥まさか」

 

「気付いたか、そう、あの笹津だ」

 

「‥‥‥」

 

「‥‥まさか、ね」

 

「何年越しの響きか、今も変わらず嫌な物だ」

 

「‥‥因縁、と言うべきかしら」

 

「‥あぁ、どうも、我々の間には相当な縁がありそうだ」

 

 

 

 

 

「最後まで足掻いた鎮守府、その提督の息子か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 皆さん、ボンジュール!
英語ですら怪しいのに、フランス語なんて分かる筈の無い私です!(*´▽`*)
フランスパンは美味しい、どこぞのABCストアのおむすびの百倍美味しい。

 活動報告で「暫く更新できません」とかほざいていた私ですが、抑え切れぬヤンデレ愛に恥を忍んで投稿してしまいました‥。
 夜とかベッドに入ると「ヤンデレがこんなシュチュで、えへへ」とか想像してしまうんですもん、不可抗力です。
 暇さえあれば逞しい想像力を働かせる私ですが、如何せん書く時間が無い‥‥。
抑えきれぬ衝動に身を任せ、先生の目を盗んでちょくちょく書いていたりします。
秘密ですよ!(´;ω;`)
と言う訳で、本当に間隔が空きますが、ちょくちょく書いていきます(`・ω・´)b

 一週間に一話! は難しいかもしれません(´・ω・`)

 出来れば一日に2,3話位投稿したいんですけどね‥‥ヤンデレバンザイ。
インターネットもいつでも使える訳では無いので‥‥。

感想を返す事はできませんが、投稿する時に全部見て居るので、変わらず頂けると嬉しです!ヾ(*´∀`*)ノ

 では、皆様、また次話で!
 

 


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介抱

「っ‥‥はっ」

 

 暑苦しさから、目が覚めた。

一番最初に目に入ったのは、白い天井。

僅かにシミのある天井は、見覚えの無い天井。

湿ったシーツに、寝汗だろうか。

頬を流れる汗を拭って、息を吐き出した。

 

「‥‥此処は」

 

「お目覚めですか」

 

 頭上から声が聞こえる。

天井から更に見上げるように視界をズラせば、反転したトクの顔が見えた。

徐々にぼやけた輪郭がハッキリし、靄の掛かった視界が晴れる。

その顔が、予想以上に近い場所にある事に驚き、思考が一気にクリアとなった。

垂れた髪が、僅かに私の鼻先に触れる。

 

「トク‥‥?」

 

「はい」

 

 鈍った頭の回転数が回復し、現状を理解し始める。

それから、何故こんなに彼女が近くにあるのか。

ふと、枕が異様に暖かい事に気付き、トクの位置から後頭部にある柔らかい感触は、彼女の膝であると分かった。

これは、そう。

所謂、膝枕と言う状況では無いだろうか。

それを理解した途端、頬に熱が籠る。

 

「少佐は入渠場で危うく溺死する所でした、私が訓練を終えて入渠場に行った時には湯に浸かったまま意識を無くしていて‥‥」

 

「‥そうか、それは‥‥すまなかった」

 

 どうやら、あの眠気は相当なモノだったらしい。

湯に浸かりながら眠りこけるなど。

妙に湿ったシーツは、全て風呂上りだからなのだろう。

私は状況を理解すると、起き上がろうと上体を起こした。

 

「すまない、介抱をして貰って‥直ぐに退く」

 

 しかし、起き上がろうとした体は、背後から万力の様な力で引っ張られる事によって阻止された。

そのまま、後ろに倒れ、トクの柔らかい膝の上に後頭部が収まる。

視界に、満面の笑みを浮かべたトクの顔が映った。

 

「あら、貧血ですか少佐? あまり無理をなさらない方が良いのでは?」

 

「え‥いや、今のはトクが」

 

「無理をなさらない方が良いのでは?」

 

「‥‥‥」

 

 首を絞める様に回された腕。

それに抗う術は無い。

これは暗に、もっとこうさせろと言われているのだろうか。

いや、恐らくそうなのだろう。

 

「ふぅ‥」

 

 溜息を一つ。

私の体を案じてなのだ、好意は有り難く受け取るべきだ。

怠惰な体にそう言い訳をして、ゆっくりと彼女の膝に体重を任せた。

重さを感じたのだろう、トクの表情が優しげな柔らかい微笑みに変わる。

 

「入渠場で居眠りなんて‥‥まだ、お休みになっていた方が良いのでは?」

 

 トクの手が私の髪を撫で、湯上りの体に冷たい手が気持ち良かった。

 

「そうも行かない、基地に関する書類仕事もあるし、また何時戦闘が始まるかも分からない、生き残る為にも装備の調達、訓練の質の上昇、資材の調達‥‥やるべき事は山の様にある、それに四人が頑張ってくれているんだ‥‥私だけが休む訳には行かない」

 

「それで少佐が倒れては、意味が無いでしょう」

 

 ご尤も。

 

 だが、理屈では無い感情が私を急かすのだ。

そう言えない私は、「今日は偶々(たまたま)だ」と虚勢を張った。

それを見破ったのだろう。

トクは私の額に指を置いて、まるで叱る様に「嘘吐き」と言った。

 

「今日で何度目の居眠りですか? 体がまだ休養を欲している証拠です」

 

 知っていたのか。

その言葉を寸で飲み込む。

トクは何処か呆れた様な、心配する様な顔で私の瞳を覗き込んだ。

 

「私は心配なんです、少佐がまだ無理をして倒れてしまわないか、背負い込み過ぎる事は良くありません、せめて重荷の半分、私に分けて頂く事は出来ませんか?」

 

 私を真っ直ぐに見つめる瞳。

それを見て、私は熱の籠った息を吐き出す。

 

参った。

そう、彼女には敵わない。

全く、完璧な秘書とでも言えば良いのか。

こちらを吸い込まんと見開かれる瞳は、私を捉えて離さない。

これは、絶対に退かない意思表示。

そういう奴なのだと、私は既にこれまでの生活で知っている。

 

 私は目の前の彼女に、少しだけ、そう、少しだけ愚痴を零しても良いだろうかと。

そう思った。

 

 

 ぽつぽつと、私は語り始める。

 

 今日の居眠りの事。

 

 居眠り自体は、別に何とも無い事。

 

 ただ、その内容が悲惨である事。

 

 何度も仲間を失った事。

 

「砲弾で皆が消し飛んだ、寒気がしたよ、絶望した、そんな光景を見たくないから、私は‥‥」

 

 語る中、ふと彼女の手が私の頬を挟み、口を閉ざす。

見上げれば、彼女の瞳がこちらを見つめていた。

そして一言。

 

「私は生きて居ます」

 

 そう答えた。

 

「それは‥‥見れば分かるさ」

 

「えぇ、お陰様で、少佐が私達を生かしてくれたのです」

 

 あの絶望的な状況から。

捨て身の様な作戦で。

少佐は勝利を掴み取った。

 

「貴方が私達を生還させた、貴方が私達を救ってくれた、貴方が私達に勝利を齎した」

 

 だから、そんな悪夢に魘される必要はない。

そう言って彼女は笑う。

トクの表情は、とても晴れやかで。

どんな悩みでも取るに足らないと、そう言っている様でもあった。

 

「私達を死なせはしない、そう言ったのは少佐ですよ?」

 

「‥‥あぁ、そうだったな」

 

 私は力なく笑う。

夢の中でも殺されるのは不本意だ、彼女の微笑みはそう言っている様に見えた。

 

「戦闘での疲労と負傷が重なって、少しネガティブになっているのでしょう」

 

 心配そうな声色でそう言う彼女、一拍置いて何かを取り出す音が私の耳に届いた。

トクが取り出したのは小さな小瓶。

その中に入った、一粒の錠剤だった。

 

「私も偶に飲むのですが、精神安定剤の様なモノです、落ち着いて悪夢を見る事も無くなるでしょう」

 

 小瓶を開けて一粒、錠剤を取り出した彼女は、私の前に掲げながらそう言う。

 

「‥‥戦車用の錠剤が、私にも効くのか?」

 

 そう聞くと、トクは笑って「これは、元々人間用の薬品です」と言った。

 

「戦車用の錠剤は強すぎて合いませんでした、元々は戦闘後に服用して気分の高揚を鎮めるモノですが‥‥はい、少佐も一つ」

 

 トクが摘まんだ錠剤を私の手に落とす。

それをしげしげと見つめていると彼女はもう一粒取り出し、私の目の前でそれを飲み込んだ。

それからこちらを見て、「ほら」と言わんばかりに視線を送る。

私はその視線に促され、一息に錠剤を飲み込んだ。

 

「ふふっ、それでもう悪夢を見る事はありませんよ」

 

トクの顔を見上げながら、息を吐き出す。

 

「ふぅ‥‥そうか、効き目に期待するよ」

 

「はい、効果は保証します」

 

 まぁ、飲まないよりはマシ程度だと思っておこう。

私がそう考えていると、頭上からトクの楽しげな声が聞こえてくる。

 

「折角です少佐、休憩がてら少しお話しませんか?」

 

「別に構わないが‥‥あまり遅くなるとホリが心配する」

 

「その時は素直に入渠場で溺死しかけたと言えば問題ありません」

 

 得意げに微笑みながらそういうトクに、「そっちの方が問題だろう‥‥」と私は答える。

少し疲れる会話を後に、彼女は意気揚々と話し始めた。

随分珍しく、上機嫌の様に見えるトクの話に水を差す事は躊躇われ、私は彼女の膝を堪能しながら船を漕ぐ。

それを見ながら、トクは語る。

まるで子守唄の様だ。

時たま問われる「少佐、起きて居ますか?」と言う言葉に相槌を返し、私は瞼を瞑る。

随分、良い気持ちだった。

 

 もう、薬の効果が出ているのだろうか?

そう思ったが、その思考も泥の中に沈んだ。

 

 目を瞑り、彼女の声に耳を傾ける私には。

 

 見下ろす彼女の口元が、歪に三日月を描いている事に。

 

 終ぞ気付く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「少佐、愛しています」

 

 

 

 

 

 

 

 




続きが読みたいと感想を頂いたので書き上げました(`・ω・´)b
番外編だけでは申し訳無いですもんね!
皆さんお待ちかね、本編の続きです!ヾ(*´∀`*)ノ

少佐が水没した後の話ですね。
 
紅茶に魔法の粉を入れて、衰弱を狙うホリを出し抜き、早くも少佐を奪取すべく先手を打ったトク!
いやはや、少佐の身を案じて精神安定剤を上げるなんてヤサシイナデスネ!
さてはて、精神安定剤とは言いますが、「あれぇ? 錠剤の中身間違えちゃったぁ!」なんて塩と砂糖を間違えるみたいに、中身は別物でした、なんて事も。

 (*´▽`*)ま、無いか。

それとホリも随分大人しいですよね!
少佐が目を覚ますまで、結構時間あると思いますし。
不審に思ったホリが少佐を探して基地を徘徊してもおかしくは無いですね‥。
偶然通りかかった部屋、その部屋の中から少佐とトクの声が聞こえる。
その内容を盗み聞ぎし、トクが何かを少佐に服用させた事を知る。
錠剤の効果を知るホリは‥‥‥。

 (*´▽`*)ま、無いか。


 ヤンデレへの愛が止まらない。
けれど書く時間が無い。

誰か数学教えて下さい。<(_ _)>


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強襲

 

「敵誘導弾確認、数三っ!」

 

「迎撃‥‥ッ、間に合わない」

 

 チハさんの主砲が火を噴き、接近する誘導弾を破砕する。

爆散した誘導弾は火炎となって消えるが、残りの二つが硝煙の中から姿を現す。

 

「機銃迎撃っ!」

 

 叫ぶと同時、輸送車の側面に設置された二門の機銃が銃口を誘導弾に向ける。

一拍置いて連続した閃光が視界を白く染めた。

銃撃の中に混じる爆発音、だが音は一つだけ。

残り一つは輸送車へと迫った。

迎撃が間に合わなかったのだ。

 

 直前で妖精さんが大きくハンドルをきったのだろう、車体が傾き大きく横へと逸れる。

思わず体勢を崩して床に転がる、しかしその甲斐あって回避には成功した。

誘導弾は固いアスファルトへと着弾し、石煙と石片が飛び散る。

カンカンと、輸送車の装甲を石片が叩いた。

幾つかの大きなアスファルトの欠片が装甲に凹みを入れる。

 

「チハさんッ」

 

 至近弾に身を晒したチハさんの安否を確かめるべく叫ぶ、少しすると上からドンドンと二回ほど叩く音が聞こえた。

良かった、無事らしい。

 

「‥‥回避するなら、事前に一言」

 

「無茶言わないで下さい!」

 

 直前で避けられただけでも僥倖なのだから。

 

 

 

 結論から言えば、私達は敵に発見されてしまった。

 

 街を脱出した後、基地へと戻るべく荒れた国道を走り続けていたが、こちらを追跡する機影を確認し捕捉されているのだと理解した。

 UAVを撃墜した瞬間、砲弾の飛来した方向から割り出したのだろうとチハさんは言うが、それにしては増援が到着するのが早すぎる様に思う。

 敵が航空戦力のみと言う点から、恐らく足止めが目的なのだろう。武装も『私達の撃破』では無く輸送車の破壊に絞られたものだった。事実、これまで撃ち込まれた砲撃の数から、輸送車のダメージも決して少なく無い。所々の装甲は凹み、フロントガラスも軋み始めた。

 

「っ‥‥敵のドローン接近、数は五、機銃を積んでるッ」

 

 上のチハさんが叫ぶ。

誘導弾ではなく、機銃。

私は思わず顔を顰めてしまう。

機銃を積んだドローン、恐らく直接輸送車を破壊する事は不可能だと判断したのだ。

誘導弾や砲撃では無い、航空機の、それもドローンやUAVに搭載される機銃でこの妖精さん輸送車を撃ち抜く事は不可能。

ならば。

 

「タイヤを潰すつもりですか‥っ」

 

 要は走れなくすれば良いのだ、それを達成するには何も破壊する必要はない。

 

「妖精さん、迎撃をお願いしますっ」

 

 上から砲撃音が鳴り響き車体が揺れる、恐らくチハさんが長距離から撃ち落そうとしているのだろう。

だが、上からチハさんが「当たらない‥っ」と悲鳴を上げた。

見れば、ドローンはランダム回避を繰り返している。

あれでは遠くから砲撃して撃墜する事は難しいだろう、途中から輸送車の機銃も加わるが撃墜する事は叶わなかった。

僅かに銃弾が表面の装甲を弾くが、掠っただけでは撃墜に至らない。

 

「っ、射撃……来るッ!」

 

 上空に見える敵機体の機銃が火を噴く。

薬莢がパラパラと降り注ぎ、点々とアスファルトに穴を空ける弾丸と土柱が迫った。

 

「回避行動を! 防御装甲展開しますっ」

 

 車輪を中心に薄い装甲が展開される。

狙われると分かっている弱点をそのままにしておく程、私達は馬鹿じゃない。

しかし、車両本体の装甲と比べれば余りにも薄い壁、何度も機銃攻撃を受ければ容易く撃ち抜かれるだろう。

分かっているからこそ、妖精さんは大きくハンドルを切った。

 

「ッ」

 

 車体が揺れ、すぐ真横を土柱が通過して行く。

土埃が視界を覆うが、避けられた事に一瞬の安堵。

だが敵機は一機のみでは無い。

 

「後続、数二、駄目ッ、避けられないっ」

 

 チハさんが叫び、次いで甲高い音が鳴り響いた。

敵の機銃が車体に直撃したのだ。

装甲が銃弾を弾くが、衝撃は大きく車両を揺らす。

その内数発が車輪を覆う装甲板を強く叩いた、凹んだソレは次の攻撃には耐えられまい。

 

「妖精さんっ、RWSを使用します!」

 

 私がそう口にすると、後部ハッチ近くにあるパネルから小型の操縦桿とHMDが出現する。

這う様にしてそれを手にした私はHMDを装着し叫ぶ。

 

「チハさん、RWSを起動しました!」

 

「了解ッ、いい加減、砲撃じゃ無理……っ!」

 

 耳を劈く重低音、最後の砲撃の後、チハさんは自分を固定したワイヤーを切断し、開いた後部ハッチの隙間から車内へと転がり込む。

間一髪で後部ハッチから火花が走った、銃弾が着弾したのだ。

火砲を床に横たえたチハさんが、私と反対方向の操縦桿を握る。

 

「右をお願いします、私は左を」

 

「分かった」

 

 お互いが逆側のRWSを起動し、機関砲を動かす。

陸上懴車が相手ならば玩具でしかないが、対通常兵器ならばコレで撃墜できる。

RWSを起動すると、輸送車の上部からボックス型の機関銃が出現した。

取り付けられたカメラの映像を見ながら、車内で遠隔操作出来る無人銃架。

何度か操縦桿を動かし感度を確かめる、トリガーを引けば反動も無く閃光が瞬いた。

丁度直線状に飛行していたドローンに着弾し、二、三度火花が見え、装甲を貫いた瞬間地面に墜落した。

叩きつけられた衝撃で機体が折れ、バラバラになって爆散する。

 

「撃墜1ですっ」

 

 そう叫ぶと、砲塔が増えた事に警戒したのか一斉にドローンが距離を取る。

輸送車から計四門の機銃が火を噴くが、距離を取ったドローンには当たらない。

だが、これは逃げ切れば私達の勝ちなのだ。

HMDに表示されたMAPから、ホットゾーンをもう少しで抜け出せることを悟る。

 

「っ……当たったッ!」

 

 チハさんの操縦する機銃がドローンの一機を捉え、翼をもぎ取る。

地面に堕ちた機体はバラバラになって爆散した。

 

「残り三機、チハさんっ、あと少しでエリアを離脱出来ます!」

 

「分かった、あと、少しっ!」

 

 閃光が絶え間なく画面を照らし、四門の機銃が弾丸を吐き出す。

その内数発が機体を捉えるが、撃墜はしない。

距離を取っている為、敵の弾丸も車輪に届く事は無いがこちらも有効打を与えられずにいた。

しかし、この膠着状態は私たちに味方する。

時間が過ぎれば過ぎるほど、前哨基地が近づくのだ。

 

 数分か、数十秒か、長い時間に感じられたが、それを破ったのは一つのコール音。

見れば赤いエリアから脱した私たちの車両。

HMDを脱ぎ捨てる様に取り外すと、私は取り付けられていた無線機に飛びついた。

ここから一番近い基地は……。

 

「こちら相楽基地所属の遠征部隊ですっ、達子基地、応答願います、敵航空機に攻撃を受けていますっ、援軍を…ッ」

 

 無線は繋がっている。

伝えるべき事を簡潔に伝えた筈だが、応答は無い。

この無線を使った時点で救難信号も発信されている筈。

だが、いくら待てども返答が聞こえる事は無い。

聞こえてくるのは砂嵐の音だけ。

 

「どうして…っ」

 

 一瞬、将臣さんを見捨てようとした神田基地の事が脳裏を過る。

まさか、今回も。

 

 そして遂にガチンと、来るべき時が来た、トリガーが固まったのだ。

後部ハッチのパネル、画面の右下に表示される「empty」の文字

 

 弾薬が切れた。

 

「ハクっ、弾薬が」

 

 途端に、側面にあった砲塔も沈黙する。

車両に積まれていた弾薬を全て使い切ってしまったのだ。

元々輸送車であるこの車両には豊富に弾薬は積まれていない。

いや、これだけ戦えただけでも僥倖なのだろう。

だが、僅かに時間が足りなかった。

 

「達子基地、応答がありませんっ」

 

 私が叫ぶと、チハは驚愕を顔に張り付けた。

しかし、次の瞬間、無線機から声が上がる。

 

『こちら達子基地! こちら達子基地ッ!』

 

「っ!」

 

 通じた、無線機に向かって叫ぶ。

 

「こちら相楽基地の遠征部隊です、敵に攻撃を受けていますっ、至急応援を……」

 

 

 

 

『こちら達子基地っ、敵陸上懴車の強襲ッ! 繰り返す、強襲を受けたッ! 戦車部隊壊滅っ、撃破四、大破三、中破一ッ、死傷者多数っ、もう戦線が維持出来ませんッ! お願いします、至急増援をッ! はやくっ! 頼みます、本隊を』

 

 

 

 悲鳴、絶叫、爆音、銃声。

それを最後に、無線の通話が途切れる。

訪れるのは、静寂。

脳が機能を停止する。

 

 敵の強襲、戦車部隊壊滅、死傷者多数、戦線崩壊。

 

 手に持った無線が、震える。

救いを求める側が、一転。

 

「何、今の……」

 

 ようやく絞り出した一言は、酷く震えていて。

緩慢な動作でチハさんに顔を向けると、彼女は顔を青くして呟いた。

 

 

 

「達子基地が、堕ちた」

 

 

 





お待たせしました!

さぁさぁ、連続更新のお時間です!


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未熟

 

「トク」

 

 ぼうっとした頭で、その声を聞いた気がした。

ホリの声だ、扉の閉まる音と足音。

トクの足を枕に横たわる私は微睡(まどろみ)の中で耳を澄ませる。

 

「ホリ」

 

 頭上から声がする。

私の頭をゆっくりと撫でるトク。

柔らかい手は私の髪を一本一本梳かすような丁寧な仕草だった。

ゆっくりと、本当にゆっくりとだが意識が覚醒してくる。

 

 ここは何処だ?

 

 そう考えて、風呂場で溺死しかけた事を思い出す。

そしてトクに介抱されたのだと。

また眠ってしまったのか。

そう思うが、先ほどよりはずっと意識がはっきりしていた。

頭の中を覆っていた靄が晴れて、ずっと視野が広くなった。

トクから貰った薬の効果だろうか。

 

 兎に角、起きたからには退かねばならない。

 

 そう思って体を動かそうとしても、泥の中に居るかの様に怠い。

金縛りにでもあった状態に、少々冷汗が流れる。

金縛り、確か脳が覚醒して、体が休息を求めると陥るのだったか。

まさに自分の状態だった。

薬で頭は冴えたのだろう、だが体は未だ休息を必要としていたのだ。

頭だけ冴えても、あまり意味は無い。

 

「トク、狡いですよ」

 

 拗ねる様な口調、自分の体と対話していた私の意識は自然とそちらに向いた。

ホリが居るのだろう、だが目は閉じているので視界に彼女は映らない。

 

「何が狡いの?」

 

 トクの声がすぐ近くから聞こえる。

狡いとは一体何のことなのか、私は動けない体で会話を聞いていた。

 

「成果、掠め取りました」

 

 成果?

頭に疑問符を浮かべるが、トクは意味を理解しているのか「ふふっ」と笑った。

何か、自分の与(あずか)り知らぬ話のようだ。

それから、私の頬にトクの手が触れた。

 

「少しでも目を離した貴方が悪いわ」

 

 そう言って何か、額に暖かいものが触れた。

何をしているのだろうか。

同時に、サラサラとした感触が鼻先を擽(くすぐ)る。 

少しして、「チュッ」と言うリップ音が響いた。

流石に、理解する。

 

「……狡いです」

 

「羨ましいの間違いじゃなくて?」

 

 苦々しい声と、どこか勝ち誇った様な上擦った声。

嫌な静寂が部屋を支配し、ふとため息が一つ。

真上から聞こえてきた音ではない、恐らくホリだ。

 

「私にも……キス、させて下さい」

 

「嫌よ、減るもの」

 

 トクがそういうと、少しだけ拗ねた声でホリが言った。

 

「……やっぱり狡いです」

 

 唇ではないから、安心なさい。

そういうトクは一体どういうつもりなのか。

彼女なりの愛情表現なのだろうかと考える。

単純な好意ならば受け取っておこうと、私は深く考えることをやめた。

 

「やっぱり、少佐の寝顔は飽きないわね」

 

 トクが艶めかしい声で、そんな事を言う。

少し逡巡する様な空気、それから一拍置いてホリの声が聞こえた。

 

「………羨ましい」

 

 呟く程の、小さな声量だった。

 

「私の目が見えればと何度も思いました、最近では落ち着いて来たと思っていたのですけど……将臣さんと出会ってからは少し、またそう思い始めました」

 

 彼女たちの修理等は全て妖精さん達が行う。

いや、恐らくと言う但し書きではあるが。

私達には認識出来ない存在が、彼女たちが休息している内に行うのだ。

寝ている間に傷が治る、それは「戦車だから」と済ませられる事ではない。

艦娘は入渠と言う風呂で修理を行っていた、しかし海軍時代の入渠システムは形骸化し、その残骸が残っているだけの現代ではすでに高速修復剤や人間の手で修理する術は失われている。

欠損を治すことは、例え艦娘、戦車であっても不可能だった。

 

「隊の足を引っ張り、碌に砲撃を当てる事も出来ない、日常生活も一人ではままならない、そんな目の見えない自分が嫌いでした」

 

 それは、ホリから打ち明けられる負の感情。

初めて、彼女の裏を見たような気がした。

思えば、私は彼女に何か過去を振り切れる様な事を言っただろうかと考える。

彼女たちは前将軍に不当な扱いを受けていた。

自分はその扱いを、容認出来なかった。

 

 それ以外は?

 

 彼女たちはそれぞれの理由から欠損を抱えている。

必要とされるか、否か、それが彼女たちの根幹。

そして同時に思い出す、この基地に来たばかりの時、顔を青白くしていた彼女たちを。

 

「自分のこの目が憎らしい、失った光を取り戻したい、その為に精一杯の努力をしました、けれど将軍は私を欠陥品と言う………いっその事、戦死すれば楽なのかとすら思いましたよ」

 

 四肢に力が籠った。

死んだ肉体に喝が入る、筋肉が筋張って意識が一気に浮上した。

精神を支配するのは、焦燥。

意思が何だ、肉体が何だ、疲労が何だ。

ここで何も言わず横になるだけが、ここに居る理由か。

違うだろう。

ここで何も言わなければ、彼女はきっと傷つく。

 

 そんな事は無い。

 

 それはホリが傷つく事ではない。

 

 そう言ってやりたかった。

 

 是が非でも起き上がれ、何が何でも口を開け。

 

 ピクリと、僅かに指先が動いたと同時、トクがそっと私の口を塞いだ。

それはとても静かな動作で、ホリには気付かれていないだろう。

私はその動作に一瞬驚きを覚え、疑問に思った。

 

 トク?

 

 結局、私が声を上げる前にホリは「でも」と続きを口にした。

 

「将臣さんと出会ってから変わりました、私は将臣さんの手の温もりが好き、目が見えないからこそ、その温もりに気付けました」

 

 初めて、自分の目が見えない事を嬉しいと感じたんです。

 

 そう言う、彼女の表情は見えない。

うっすらと瞼を押し上げると、僅かに強い蛍光灯の光が飛び込んでくる。

白くぼやけて見える世界、それをそっとズラせばほほ笑んでいるホリの顔が見えた。

相も変わらず、目に巻かれた包帯が負傷兵の様に彼女を映す。

だがその笑みは、とても凛とした、強い女性のソレに見えた。

 

 視線を戻すと、トクと視線が交わる。

彼女は少しだけ笑って、指先を唇に当てた。

「静かに」のジェスチャー。

 

「でも今は、目の見えるトクさんが羨ましいです」

 

 茶化す様にそう言うホリは、恥ずかしそうに俯きながら「私は多分、生涯将臣さんの顔を見る事は叶いませんから」と言った。

それをトクは、悲しそうな、しかし同時に嬉しそうな顔で見つめていた。

そしてホリに向かって口を開く、「私も、貴方が羨ましい」と。

 

 トクが手を添えたのは、自分の右足。

義足となった金属の塊。

私の後頭部は彼女の膝枕によって支えられている。

だが、一つ寝返りをうてば彼女の冷たい金属面に触れる事だろう。

太ももから下全て、関節含め義足なのだ。

片方からは人の温もりを感じる、だがもう片方は。

 

「私は、少佐の温もりを半分しか感じる事が出来ない」

 

 そう言って、悲しそうに微笑んだ。

 

「こんな欠損を持ってから、持っているからこそ、きっと私たちは誰よりも必死にならなくてはならないの」

 

 トクの手が私の髪を撫でる。

それからゆっくりと頬に下りてきて、そのまま首筋へ。

それは愛撫と言うべきか、背筋がゾクリとする様に熱のこもった手つきだった。

真上にある、トクの瞳を見つめる。

どこか暗い深淵の様な色、だがその奥では炎の様な強い意志が揺らいでいた。

決して消えない、強い意志が。

 

「そうでしょう、ホリ?」

 

 私を覗き込んでいた顔を上げ、ホリに問いかける。

 

「……そうですね、トク」

 

 それに対し、彼女はゆっくりと頷いた。

 

 

 自分は、何が出来るのだろうか。

 

 トクとホリのやり取りを聞いていた私は自分に問う。

彼女達が必要だ、他でもない彼女達が。

それは今までで十二分に伝えてきた筈だった。

しかしそれは、戦車としての彼女達。

 

 その欠損について、私は深く考えて来なかった。

同時に、触れても来なかったのだ。

一人一人が抱える強い心の傷に。

それは本来、自分が取り除くべき傷。

この笹津将臣が癒すべき傷だった。

 

 それを改めて気付かされる。

きっと、他の皆もそうなのだろう。

何かしら、思うことがある筈だ。

それに気付かなかった。

 

 自分の未熟を悟り、誰にも気付かれない様、少しだけ強く息を吐き出す。

自分への怒りや情けなさ、後悔なども一息に吐き出して。

 

 もっと、彼女達を知ろう。

もっと、もっと。

自分は、知らなければならない。

 

 そう、固く誓った。

 

 

 

 これは、達子基地陥落を知らせる報が届く一時間前の出来事。

 

 

 




 意識だけはっきりして、体が動かない薬……一体何に使う気だったのでしょうかね?(意味深

 ほら、昔少佐とくんずほぐれつな展開とか云々とか言っていた気が…これホリ来なかったら絶対性的な意味でトクに美味しく食べられ(ry
 若しくはトクが何らかの形で退場して、ホリに食べられ(ry
 


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遠征の地で

 

 資源回収ポイント A-19地区

 

「敵影無し、進行ルート上に障害物無し、上空に敵偵察機確認出来ず、予定通りのルートを進行中です」

 

 遠征開始から約八時間経過、廃墟へと到達した私達は慎重に中心へと進んでいた。

輸送車の前方には瓦礫が散乱した嘗てのコンクリート道路があり、そこを中心に背の高いビル街が続いている。

大なり小なり、背の高いビルは視界を狭め空が蓋をしている、灰色が埋め尽くす景色は私の不安感を煽った。

壁の崩れたビルは狙撃、奇襲には絶好の地形となっている。

故にビル群の中から奇襲を受けない様、予め都市へ踏み入れる前に上空から赤外線でビル群をスキャンした。

結果は敵性反応無し。

輸送車の中から私、ハクが索敵し、チハさんが輸送車の上から周囲を警護する。

そんな状態を維持しつつ早一時間、私達は既定のポイントへと辿り着いた。

ポイントα、予め採掘予定地としていた場所。

地下鉄の入り口がすぐ傍にある街中の一角、正面には三十階超えのビルが聳え立ち、右手側は崩れた銀行、左手側には寂れた公園が見えた。

 

「‥‥ハク、ポイントαに到着した、作業を開始する」

 

 輸送車に上に陣取ったチハさんが飛び降り、後部ハッチを軽く二度叩く。

それを合図に、私は積まれた装置の電源を入れた。

 

「はい、了解です、始めて下さい」

 

 輸送車の後部ハッチが開き、そこから直径二メートル程の採掘機が姿を現す。

この輸送車は妖精さんとやらが動かしていると将臣さんは言っていた。

その採掘機はコンクリートの道路に先端を突き刺すと、徐々に回転速度を上げていく。

ゴリゴリと地面を削っていくのに、驚く程静かなモノだった。

それを見守りながら、チハさんからの無線に耳を傾ける。

 

「引き続き索敵を続ける‥‥もし敵を発見したら作業は中止、作戦領域を離脱する」

 

「はい、その場合は遅滞防御を行い輸送車の撤退が開始してから離脱‥‥ですよね?」

 

「‥‥そう」

 

 チハさんは再度輸送車の上に陣取ると、周囲を見渡して索敵を行う。

私も輸送車を降りた後、上空に待機しているドローンを利用して熱探知を行った。

視覚に表示される景色とドローンの熱源探知画面、幸い周囲に見える高熱源体は私達だけ。

どうかこのまま、何事も無く終わって欲しい。

そう思った。

 

「‥‥採掘作業異常なし、予定通り進行中です」

 

「了解‥‥作業完了予定時刻は‥?」

 

 定時連絡を行うと、チハさんが終了時刻を聞いてきた。

モニターに目を向けてバーを確認する、緑色で表示された数値は五%。

そこから作業効率を考え。

 

「20:00、帰還は早朝になりそうですね」

 

 私はそう答えた。

 

「‥早く帰る」

 

 チハさんが不貞腐れる様にそう答え、眉を僅かに顰めた。

そんな姿を見て、少しだけ笑ってしまう。

最も、私も同じ気持ちだ。

 

「早く帰らないと、アイツが心配」

 

「はい、将臣さんが心配です」

 

 私が同意の声を漏らすと、チハさんがこちらに視線を向けて不機嫌そうに鼻を鳴らした。

ドローンのモニタ越しに、チハさんの顔が良く見える。

 

「‥‥一つ、気になる事が、ある」

 

「‥‥はい」

 

 私がチハさんを見上げると、彼女は私をじっと見つめながら問うた。

 

「その、『将臣』さんと言うのは、いつから」

 

 そんな問いに、私は一瞬だけ驚き、それから当然かと思い直す。

胸の内に湧き起こるのは少しの優越感と充足感、それから罪悪感と同情の念。

それらを必死に押し隠して、少しだけ微笑んだ。

罪悪感が勝ったのは、内緒だ。

 

「少し前、ですかね」

 

「‥‥そう」

 

 それっきり、チハさんはプイとそっぽを向いて、私の方に目を向けなくなった。

拗ねたのだろうか、それとも悔しいと思っているのだろうか。

彼女の心情は読み取れない。

只一つ分かる事は。

 

 彼女が私だったら、死ぬ程悔しいと言う事だけ。

 

 

 

 

 採掘機が作業を開始してから、大分時間が経過した。

既に空に昇っていた太陽は姿を隠し、周囲は月明かりの淡い光だけが僅かに見える薄暗い世界へと変貌していた。

私達はそんな中、飽きもせずに警戒を続けている。

作業完了まで残り一時間、ここまでくれば後は消化試合だろう。

そう思っていたのが悪かったのか。

きっかけは、チハさんの声だった。

 

「‥‥ハク、何か聞こえる」

 

 将臣さんの事を話したっきり、ずっと口を閉じていたチハさんが僅かに緊張を孕んだ声で呟いた。

私はその声に素早く返事をする。

 

「何の音か、分かりますか?」

 

「‥‥UAVかドローン、プロペラの回転音‥‥‥速い」

 

 耳を澄ませたチハさんを横目に、私はドローンの高度を下げてビル群に潜ませる。

高度を上げて索敵を行うより、戦闘を避けろと言う将臣さんの方針を守った。

そのまま息を潜めて待つ。

念の為、採掘を中止して電源を落とす。

僅かに聞こえていた採掘の音も消え、周囲は完全に無音となった。

 

「‥‥‥‥」

 

 息を潜めると、確かに何か聞こえる。

それは蚊が鳴く程の声で、チハさんの言う通りプロペラ音にも聞こえるし、何か人の呻き声の様にも聞こえた。

 

「‥‥方位、八時の方向、距離凡そ三百‥‥何か見える」

 

 チハさんの言葉を聞き、その方角に顔を向ける。

人間より遥か遠くを見通せる戦車の目が、黒い豆粒ほどの物体を捉えた。

 

「UAV、ですね」

 

 私の言葉に、チハさんは頷く。

その物体は小型の飛行機とも言える形をしていた。

無人航空機、恐らくは対人間用に武装したモノだろう。

強行偵察、或は哨戒の為に飛ばしているのか。

この辺りは陸上懴車の領地では無いと言うのに、私達にとってはタイミングが悪いとしか言いようが無い。

 

「外装甲に、高熱源反応‥‥十中八九、陸上懴車の支配下」

 

 よく見れば、装甲に黒い生物とも言える何かがこびり付いていた。

アレはまだ解析されていない、陸上懴車、深海棲艦の一部だとも言われている。

あの黒い物体に浸食された兵器は、無人有人問わず陸上懴車の操り人形となる、それは私達戦車や艦娘を除き絶対の事柄だった。

 

「接触まで後、凡そ三十秒」

 

「‥このままでは、発見されます」

 

 私は振り返り、輸送車を見た。

既に採掘機の収納に取り掛かっている輸送車、恐らく妖精さんは離脱する気なのだろう。

UAVに捕捉されれば、すぐに敵の陸上懴車がやって来るに違いない。

隠れてやり過ごす事は難しい。

熱探知、赤外線スキャンを行われれば一発で場所が割れる。

それならばいっそ。

 

「‥‥ハク、輸送車の状態」

 

「作業中断、採掘機収納完了、出れます」

 

「多分、もう捕捉されるのも時間の問題‥だから」

 

「はい、全速力で作戦領域の離脱‥‥ですね」

 

 私とチハさんは頷き合い、私は輸送車の中へ、チハさんは輸送車の上に腰を下ろした。

そのまま輸送車の四隅にフックを掛け、次いで足元にアンカーを撃ち込む。

砲撃体勢を取ったチハさんを見て、私は輸送車に指示を飛ばした。

 

「基地に帰還します、全速力で作戦領域を離脱して下さい!」

 

 瞬間、見えない運転手の操る輸送車はアクセルを全開にする。

上に居るチハさんの体が僅かに揺れるが、アンカーに支えられた体はしっかりと上空のUAVを狙っていた。

本来なら捕捉される前に偵察機を撃墜するのは、此処に敵が居ますと大声で叫ぶ様なモノだが。

捕捉される事が前提、尚且つ全速力で離脱をするのならば。

 

「どっちにしろ、一緒」

 

 チハさんの腕が跳ね上がり、衝撃が車体を押し潰した。

タイヤが僅かに沈み、爆音が夜の町に鳴り響く。

薬莢がアスファルトに甲高い音を届けるのと、UAVの機体が木端微塵に弾け飛ぶのは同時だった。

砲口が蒸気を吹き、次弾が装填される。

これで、恐らく敵に存在が知れた。

 

「後は‥‥運ですかね」

 

「後続の偵察機か、或は敵に見つからない様、祈る‥‥」

 

 私は輸送車の後部ハッチから夜空を見上げ、神では無く、将臣さんに祈った。

どうか、無事、あの人の元に帰れますように、と。

 

 

 





長い間、投稿出来ずにすみません(´・ω・`)

大学生になったら暇になると言った先輩は嘘つきです。
めっちゃ忙しいじゃないですかヤダー
理系だからですか、理系が悪いのですか?
毎週テストテストテストテストテストテストテスト
数学だ物理学だ科学だ生物だ第二外国語だ化学だ何だと‥‥。
小説を書かせてぇえええ後生だからぁァ(´;ω;`)

愚痴すみません(´・ω・`)

夏休みになったら、毎日小説書くんだぁ(フラグ


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果たしてその選択は、正しかったのか

 

「守備隊を基地に配置しろ、ホリは正面ゲートを、トクは裏で強襲に備えてくれ、守備隊の連中には決して無茶をするなと厳命しろ、通常兵器では陸上孅車に歯が立たん」

 

 達子基地が陥落したと知らせを受け、私の倦怠感は形(なり)を潜めた。

戦闘態勢になった瞬間、二人の表情はガラリと変わる。

ホリとトクに装備を整えさせ、それぞれの配置へと送り出す。

周囲には慌ただしく守備隊の兵士達が走り回り、ガシャガシャと装備品を鳴らして担当場所へと急いでいた。

その表情は一様に暗く、蒼褪めている。

 

 遂に、この時が来た。

 

 達子基地が墜ちた今、前線は神田基地が一つで支えている。

しかし、二つで支えていたモノを、一つで支えられる筈が無い。

 

 遅かれ早かれ、こうなる事は分かっていた。

敵の総攻撃、それに対処できるだけの戦力が無い。

分かっていたが、対処は出来なかった。

兵士は畑から取れないのだ。

このタイミングで仕掛けてきたと言う事は、そう言う事なのだろう。

敵の戦力が揃ったのだ。

 

 先程、中央から旧九州、旧四国でも敵の侵攻が確認されたと報が入った。

最寄りの基地が防衛線を構築し、何とか海岸沿いで食い止めているらしい。

だが敵の航空支援、艦砲撃によって被害は甚大、既に多くの死傷者が出ているとの事。

敵は空母も出してきた様だ。

そして続く、旧北海道の侵攻作戦。

この同時攻撃に中央は対応を迫られていた。

 

 仮に旧四国、旧九州、旧北海道の三つの防衛線を突破されれば、中央は三方向からの同時侵攻を受ける事となる。

如何に中央の第一戦車部隊が鉄壁を誇るとしても、長期戦になれば長くは持つまい。

故に、これは人類の生存を掛けた戦い、その大局と言っても過言では無かった。

 

 司令部で指示を飛ばす私に、一人の兵士が駆けよって来る。

 

「伝令、達子基地が完全に陥落しました、司令部崩壊、生き残りは脱出し現在南下、相楽基地を目指しているとの事です!」

 

「そうか、遠征部隊から何か連絡は?」

 

「それが、作戦遂行中に敵の攻撃に遭い作業を中断、撤退していた所を達子基地の生き残りと遭遇、救助しこちらに向かっていると」

 

「‥‥何?」

 

 それは何と言う偶然か。

運が良い、私は伝令に頼みハンディ機を用意して貰った。

その間に伝令に問う。

 

「敵性勢力は?」

 

「敵航空機が四、後続で達子基地を襲撃していた陸上孅車が来ていると、軽戦車一に重戦車が一です」

 

「二体か‥‥」

 

 恐らく基地外周で迎え撃つ事になるだろう。

たった二体と侮る事はしない、もし戦車が居ない基地ならば重戦車単体で墜とす事も出来よう。

それ程に陸上孅車と言うのは脅威なのだ。

 

 受け取ったハンディ機のスイッチを入れ、周波数を合わせて遠征部隊に繋いだ。

 

「こちら相楽基地、将臣少佐だ、応答を求む」

 

 僅かに混じるノイズ、少しして息を切らせたハクの声が無線機から聞こえて来る。

 

「ま、将臣さんですか!?」

 

 僅かに高揚した様な、少々場違いな声。

少し後ろから、「ハク、そこ退いて」とチハの声も聞こえてきた。

 

「ハク、チハ、二人は無事か、怪我は?」

 

「チハさんが少しだけドローンの機銃に被弾して‥‥それで」

 

「大丈夫、問題無いわ」

 

 割って入ってきた様なチハの声。

横からハクが何か文句を口にするが、チハは淡々と状況を口にした。

 

「敵のドローンに攻撃されてる、数は三機でさっき一機墜した、後ろから陸上孅車も来てるけど機動力で振り切った」

 

「け、けど、もう弾薬が無いんです! 撃てる分は残り九発で、火砲では中々当たらなくて、それで‥‥」

 

 ハクとチハの言葉に状況はかなり悪いと理解する。

弾薬無しに救助対象を輸送車に乗せての撤退、先程は運が良いと思ったが、これでは最悪ハクとチハ諸共失いかねない。

 

「現在位置は?」

 

「B-08区、相楽基地まで残り三キロ程です!」

 

「もし走行不能になったら五分で追い付かれる」

 

「何とかする」

 

 こちら側の兵器が相手ならば、通常兵器で対処できる。

私は近くに居た守備隊に救援を出すように手配した。

機動装甲車一台に歩兵を五名、各々にFIM-92スティンガーミサイルを携帯させる。

個人携帯式防空ミサイルシステムは、ドローン程度なら簡単に撃墜出来るだろう。

装備を整えさせると、さっそく救助に向かうよう急かした。

伝令より救援部隊が出撃した旨を聞き、無線を取る。

 

「こちら将臣少佐、今そちらに救助部隊を向かわせた、五分で合流できるだろう、すまないがあと少しだけ持ち堪えてくれ」

 

「は、はい、将臣さん!」

 

「大丈夫、任せて」

 

 何とも頼もしい返事を聞き、無線を切ろうとして。

 

「ねぇ」

 

 チハに止められた。

 

「どうした、チハ?」

 

「帰還したらご褒美が欲しい、約束」

 

 ご褒美?

私は首を捻るが、続いてハクからも「えっ、なっ、わ、私も欲しいですっ!」と叫ばれた。

何とも場違いな要求ではあるが、彼女達には遠征に続き救助までして貰ったのだ。

個人的な褒章を与えられるのであれば、応えてあげるべきだ。

余り深く考えず、その様な結論が出た。

 

 私は無線機に「分かった」と答える、すると向こう側から「やったぁー!」と歓声が上がった。

それ程にご褒美とやらを楽しみにしていたのか。

私は頭の片隅で「軍からの給与は、確か殆ど手つかずだよな‥」などと考える。

軍の給与の使い道など、娯楽位しか無いのだが、私は趣味を持っていない。

余り高価なモノでなければ良いが、なんて思った。

 

「ご褒美はやるから、早く帰ってこい」

 

「はい、直ぐに帰ります!」

 

「アンタは出迎えに待ってれば良いの‥‥」

 

「あぁ、待っている」

 

 そう言って無線を切る。

どうにか、救援さえ間に合えば切り抜けられるだろう。

後は‥‥。

 

「後続の陸上孅車を迎え撃つ、トクを正面ゲートに回してくれ、裏の部隊には悪いがもし陸上孅車が来たら足止めを頼むと」

 

「了解しました、守備隊の配置は‥」

 

「正面は今の半分‥‥いや、三分の一で良い、今の配置からそれぞれ引いてくれ、正面以外の強襲に備えて人員を割り振る」

 

「はっ」

 

 正直、人間の歩兵部隊が幾ら集まろうと陸上孅車には勝てない。

陸上孅車を撃破出来るのは、戦車だけだ。

居るだけ邪魔、と言う訳では無いが。

最悪突破された時、死傷者は少ない方が良い。

それに、防衛戦と言う事は基地の防衛兵器も稼働する、それなりに有利な戦闘条件だ。

私は立ち上がると、「前線で指揮を執る」と言い放ち司令部を後にした。

 

「少佐!」

 

 司令部を出ると同時、伝令らしき兵が私に向かって叫ぶ。

 

「先程、神田基地から救援要請がありました、どうも戦況は芳(かんば)しく無いと、達子基地の陸上孅車が神田基地へと流れている模様です、現在は何とか戦線を維持しているものの余り長くは維持出来ない

 

と」

 

 どうやら神田基地も戦況は押されている様だ。

達子基地が堕ちた今、前線に残っているのは神田基地のみ、敵が集中するのも必然。

達子基地をものの数時間で陥落させた部隊がこぞって一つの基地に集結する。

ぞっとしない。

中央からの命令は出て居ない、本来ならば救援を出すべきなのだろうが‥‥。

 

「無理だ、現在救援は出せない、相楽基地も襲撃を受け戦闘状態にある為、受け付けられないと返せ」

 

「‥了解しました」

 

 少々青白い顔になりながらも、任務を全うすべく背を向ける伝令。

ふとある事を思い出し、その背に声を掛けた。

 

「少し待て」

 

「‥? はい」

 

 先程の内容に付け加えておいて欲しいのだが、と前置きして。

自分が受けた言葉をそのまま、少しの皮肉も込めて口にした。

 

「それと、前線で戦ってきた精鋭に『欠陥品』では戦力不十分、足手まといになるでしょう‥‥とな」

 

「わ、分かりました」

 

 背を向け走り出す伝令。

それを見届け、胸に一抹の罪悪感を抱きながらも彼女達を死地に送り出さずに済んだと安堵した。

こんな状態で何を大人げない事をと思う。

だが、十中八九ここで救援を向かわせたとしたら、彼女達は確実に『死ぬ』だろう。

正規の部隊、前線で戦ってきた精鋭と文字通り欠損を抱えた欠陥品。

どちらが貴重で、戦力足り得るか。

それは戦場での役割にも反映される、現状の神田基地に送れば良くて固定砲台、最悪囮として使われるだろう。

 

 ならば、皮肉の一つでも込めて、自分を恨んで貰おう。

 

 宮田至剛少将、貴方に恨みは無いが。

 

「もう、自分の知る人を失う訳にはいかない‥‥」

 

 本来あるべき犠牲を救い、大局を悪化させる。

人類への反逆、裏切り、自分がする事はそういう事だろう。

だが。

 

 

 

 

 

 

 『考課表通りだな、君は』

 

『成績優秀・品行方正、だが………』

 

 

 

 

 

 

『情に厚い‥‥優しい人間は、指揮官には向いていない』

 

 

 

  ましてや、提督にもな。

 

 

 

 

 

 少将。

 

 貴方の選択は間違っていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 自分はもう、中央に戻る為に彼女達を犠牲にする事など、出来なくなっていた。

 

 

 

 

 




 
 うぁあああああヤンデレ、ヤンデレが足りないよぉおおおお(´;ω;`)
うあぁぁぁぁっぁああああヤンデレぇええぇっぇぇぇぇえええええぉぉおヽ(`Д´)ノ
監禁、監禁されたいよぉおあおおあおあおあおおおぉおおあおあおあ
ち、違う、監禁じゃない、あれは愛だ、愛ゆえの行動なのぉおおおおあおあおあお
だから合意、合意なら監禁じゃない! つまり同棲! 同棲ぃあいあいいあいぃあ
ヤンデレと同棲!? 素晴らしい、すばらぁあああぁぁぁぁぃぁいああ
ヤンデレが居ない!? ヤンデレが無い!?
うあっぁあいあぁいあぁあいあああそんな嘘だあぁぁっぁああああぁぁぁあああ
ヤンデレ、ヤンデレがないなんて、そんな世界絶望しかあぁぁぁあああ

 ぁぁ?

 ぁ、そうだ、無いなら書けば良いんだ。
ヤンデレが無いなんてぇえ嘘だ、自分で書けば良いんだぁあああ!
やったぁ、世の中捨てたもんじゃないね!
ヤンデレの愛よ届けえええ、世のヤンデレ好きに届けっぇええええええええ

うぁああでもヤンデレ成分が足りないいぃいいい、足りないよぉおおおおおお愛いいい

 ‥‥ふぅ(´・ω・`)

 戦闘終わったらむちゃくちゃヤンデレ書こうね(´・ω・`)

 


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怪物は貴方を待っていた

 私、笹津将臣は凡人である。

 

 指揮官としての能力、戦闘の才能、何かしらの突出した力、それらを私は持ち合わせていない。

士官学校次席としての自負はあるが、それが実際の戦場で役立つかどうかと問われればきっと私は首を横にふることしか出来ないだろう。

定石は覚えて然るべきだが、実際の戦場では後続の部隊も増援も援護も、理想とする教科書通りにはいかないものだ。

それを覆すだけの才能がお前にあるかと言われれば、きっと私は否と答える。

 

 故に私、笹津将臣は凡人である。

 

 凡人である事が悪い訳では無い、幸いにして私は努力する才能には恵まれた。

器用貧乏の様に自分の出来る事は何でもやってすべて人並みにこなすことは出来よう、だがそこから先。

才ある者の歩む道も進める訳ではない。

何をやっても自分はきっと、一握りの天才には敵わない。

私は主人公ではない。

だがそれでも、脇役には脇役の意地が。

私には私の意地があった。

 

 しかし。

 

 その時のソレは。

ある意味不条理とも言える突然の不幸と言うのは、確かに皆平等に与えられるモノで。

私達凡人にはどう足掻いても逃れられぬ、予定調和の様に。

全てを奪い去っていく。

 

 きっとそれは、必然だったのだろう。

 

 

 

 

「少佐」

 

 自分を呼ぶ声に私は手元にあったハンディ機から目を上げる。

そこには換装を済ませたトクの姿があった。

しかし、前に見た姿とは違い、砲身が長めの火砲を装備している。

よく見ればそれはホリの火砲には劣るものの、重戦車が扱う様な大口径の火砲であった。

凡そ中戦車が持つ武装ではない、その証拠に彼女の足取りはどこか重心の偏った歩行に見える。

 

「トク、それは……」

 

「あぁ、この火砲ですか?」

 

 トクがどこか誇らしげな表情で腕のそれを掲げる。

光に反射して鈍く光る砲身は、間近で見ればさらに凶悪なものに見えた。

 

「87mmの火砲です、工房に無理を言って生産して頂きました」

 

 87mm、重戦車の火砲に比べれば僅かに小さいが、中戦車のチハが57mmの火砲である事を考えれば異常とも言える。

トクの突然の火砲変更に私は僅かな困惑の表情を浮かべた。

すると、トクがどこか申し訳なさそうに口を開く。

 

「すみません、実は少佐が先の戦闘で負傷された時から、工房の方にはお願いしていたんです」

 

 聞けば、私が戦闘で負傷した後に整備兵に頼み込んで生産して貰ったらしい。

そして砲撃訓練で何度も使用し、加わる衝撃の逃がし方、走行しながらの砲撃タイミングなどは掴んでいるとの事。

自分が知らない間に戦車が戦力増強をしていた、その事に思う事が無い訳では無いが。

 

「……次は、せめて相談はしてくれ」

 

 私はそう言うだけに留める。

実際、前の火砲では重戦車の装甲は撃ち抜けないし、当たり所によっては中戦車にすら防がれる。

悪く言えば囮としか役立てない彼女なりの戦力となるアプローチだったのだろう。

それを歓迎するならばまだしも、怒りを覚えるのは間違っている。

勿論、無断で行った事は少々問題だが。

 

「……まだ完全にものにしたとは言えないですから、そんな段階で少佐に自信満々に伝えられる筈がありません」

 

 ですが黙っていて、申し訳ありません。

そう言って頭を下げるトク、私はそれを「気にするな」と一蹴して頭を上げさせた。

一応無断で火砲を作った事は反省しているらしい。

まぁ一般の兵には知られていないとの事なので、後々私が製造命令を出した事にしよう。

 

「それでトク、用件はその火砲の事か?」

 

 戦闘前に火砲を変えた事を報告する、それは重要な事だ。

敵の装甲を撃ち抜ける火力を持っているかどうかは戦場の采配では非常に重要な事となる。

トクは単に敵の足止めだけでなく、仕留めるだけの牙を持ったのだ。

これは相楽基地の戦力を大きく向上させた。

 

「いえ、実は一つ……少佐に確認したい事が」

 

「確認……?」

 

 作戦伝達で何か不備があっただろうか。

私が脳内で作戦項目を一つ一つ洗っていると、トクがどこか暗い瞳で私をじっと見つめた。

そして問う。

 

「少佐は、今回も前線で指揮を執られるのですか……?」

 

 瞬間、周囲の喧騒がどこか遠くに行った様な気がした。

 

「……あぁ、一応正門近くで指揮を執るつもりでは居る」

 

 私は努めて冷静に、そう口にした。

トクはその言葉を聞いて心なしか、僅かに表情を歪めた。

それが自身の身を案じての事なのだと、私は先の戦闘で学習している。

だがこればかりはどうしようもない。

 

「後方で待機されるという選択は?」

 

 彼女の口から代案が挙げられる。

だが私はそれに首を横に振った。

 

「裏門から陸上孅車が来れば同じこと、それに司令部は頭が高い、敵から見たら良い的だ」

 

 相楽基地司令部は中央に存在し、基地全体を見渡せるように周囲に比べ背が高い。

それは逆に言えば遠方の敵から良く見えるという事、陸上孅車というのは例外なく目が良い。

司令部に人が集まっているのを見れば容易く建物ごと撃ち抜くだろう。

故に現在の司令部は囮、周囲の外壁にカメラを設置し戦況全体を見渡せるようにはしているが中身は数人の通信兵のみだ。

彼らにも無理はするなと言ってあるが、今回の人選には自ら挙手し進み出た人員だ。

既に陸上孅車との交戦で妻子を無くした、或は天涯孤独の身である戦争孤児等、自分たちが死んでも悲しむものは居ないと言い切る男達。

そんな彼らに死を押し付ける訳にはいかないと思ったが、誰かがやらねばならぬ事。

せめてもの足掻きとして、彼らには特殊攻撃班のバリスティックベストとACHヘルメットを支給、更に追加で部位毎に簡易装甲板を入れたバンドを装着する事によって簡易防爆スーツとも言える格好となった。

せめて生き残る為に最善を尽くす、私は今回の戦いで出来る限り死者を出さないつもりだった。

 

「ですが少佐、もしもの事があれば……」

 

「死ぬときは死ぬし、運が良ければ生き残れる、前みたいにな」

 

 トクの声に被せる様に声を上げると、彼女はどこか納得いかないと拳を握り締める。

頭で理解しているのと、感情は別。

それは私にも覚えがある事だった。

自惚れでなければ、彼女達は私の身を案じる程度には信頼を寄せているのだ。

それをどうして無下に出来ようか。

 

「別に単独で行動する訳じゃない、一応周囲には戦闘班が待機している」

 

 陸上孅車相手に人間が大立ち回り出来るとは思っていないが、一人よりはマシだろう。

それに最悪、彼女たちが駆けつける程度の時間は稼げる筈だ。

 

「それに見ろ、今回は防衛戦だ、迎撃する設備はあるし広い戦闘区域を走り回る必要もない」

 

 そう言って私は自分の体を見せびらかす様に手を広げる。

今の私は『防孅車装甲服』というスーツを着用している。

通常の防爆スーツの強化版とも言える装甲服で、全身を装甲板、ケブラーで覆った完全防護服だ。

戦車砲の直撃には耐えられないが、至近弾の場合に襲い掛かる爆風、破片から体を守ってくれる。

防御できるのは650 m/s ~ 700 m/sの爆風で、8~10kgf/cm²程度までの入射爆風の圧力。

NIJ規格クラスⅣA+の防御力を誇り、徹甲弾すら防ぐ硬さを持つ。

 

 10kgf/cm²の圧力と言えば、鉄筋コンクリートですら損壊する圧力だ。

それすら防いで見せると言うのだから丈夫さが分かるだろう。

尚生身の人間が10kgf/cm²以上の入射爆風の過圧を受けた場合、肺は機能障害を起こし、腹は裂傷、内臓は重度の出血を引き起こし眼球や鼓膜も破裂する。

 

 無論、このスーツとて万能では無い。

恐らく上限値ギリギリの攻撃を受けた場合、その衝撃はこの身に降りかかるだろう。

欠点を上げるとすれば、重い事だろうか。

だが、そこは腐っても軍人、この程度のことで弱音は吐けない。

重いからと言って脱ぎ捨てる訳にはいかないのだ。

 

「大丈夫だ、そうそう死にはしないさ」

 

 そう安心材料を揃えることでトクを説得しようとする。

彼女は下唇をぐっと噛みしめ、私を見つめた。

僅かに潤んだ瞳に上目遣い、どこか寂しそうとも悔しそうとも見える表情。

古来より男と言うのは女の涙に弱い。

例えそれが戦車であっても、そういうものなのだ。

 

「………頼むよ、分かってくれ」

 

 先の戦闘で無茶をした事が悪かったのか。

私は懇願し、彼女の頬を撫でる事しか出来なかった。

頬に当てた手に、トクがそっと冷たい手を重ねる。

それから暫くして、「ぜったい…」と言葉を紡ぐ。

 

「絶対、生き残ってください………例え、何を犠牲にしても」

 

 彼女は先ほどと違い、強く鋭い眼差しでそう言った。

何を犠牲にしても。

今の私には難しい言葉だ。

だが、そう簡単に死んでやるつもりも無い。

 

 何処にも行かないと約束したのだ。

 

 彼女達と。

 

「分かった」

 

 その返事を聞き届け、彼女は私の瞳を覗き込む。

まるで真偽を図るように、それを真正面から見つめた。

重ねた私の手を頬から離し逆の手で軽く表面を撫でる、それから名残惜しそうに手を放した。

最後の瞬間まで、指の先が絡まる。

 

「約束ですよ」

 

 それから艶やかな黒髪を靡かせ、背を向けた。

 

「あぁ、約束だ」

 

 そう言って私もフルフェイスのヘルメットを装着する。

視界が狭くなり、音が少しだけ遠ざかった。

今この瞬間から、この場は戦場へと変わる。

約束を果たし、生き残ろう。

そしてまた、彼女達と笑い合うのだ。

こんな場所で死んでたまるものか。

自分の持ち場へと去り行くトクの背を眺めながら、そう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その約束を果たす事は叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チハとハクを乗せた装甲車両が相楽基地に接近、基地外周に展開した戦闘班が後続の陸上孅車を目視した。

私は正面ゲートから少し離れた場所に陣取り、高台にて待機しているホリと観測手に射程距離内に捉え次第砲撃を始める様指示を下す。

それに合わせ、迫撃砲で敵の足を鈍らせる。

チハとハクの装甲車両を相楽基地に回収後、正面ゲートを封鎖して外周で迎え撃つ腹積もりだった。

幸いにして、外周に沿った防衛設備は充実している。

それらを盾に戦車部隊を決定打にして攻勢に出る、それが現在のプランであり、ホリの砲撃が開戦の合図だった。

そして、その瞬間は訪れる。

 

 砲撃音。

 

 最初それがホリの砲撃だと思った。

腹を揺らす衝撃、爆風、閃光、迫りくる土の壁。

 

それらを体感した瞬間に、自分が砲撃を受けたのだと理解した。

 

 何もなかった目の前に突然出現した黒色、目を焼く閃光、そして爆風。

途轍もない力に押し倒され、地面を転がってガチャガチャと装甲服が擦れ合う。

そして装甲の上から私の体を叩く石つぶて、装甲破片、上下の間隔すら失って頭を庇うように丸くなる。

風圧に押し出された体を地面に叩きつけながら転がり、壁にぶつかって体が止まった。

ぶつかった拍子に思わず呻き、くぐもった声が自分の耳に届く。

上から降ってくる土がパラパラと鼓膜を叩き、それらが止んだ後にゆっくりと首を擡げて周囲を見た。

砂煙が酷く視界が悪い、周囲には砕けてバラバラになったコンクリート片や鉄破片が散乱し、私の近くに居た戦闘班の兵士も倒れ伏している。

幸いにして息はある様だが、幾人かは装甲服を着ていても起き上がれずに居る。

至近弾を食らったか、或は運悪く隙間に破片が入った。

段々と晴れていく視界。

そうして、漸く私は何が起きたかを理解した。

 

 基地の外周ごと、正面ゲートがごっそり抉られていた。

 

 周囲二十メートル程が抉れ、数メートル程の深さのクレーター。

正面ゲートの装甲厚は600mm、それが二層重なっている。

それを撃ち抜いて、更にこの威力。

最初、私は幻覚でも見ているのかと疑った。

そして、それが幻覚でも何でもなく、現実だと知る。

 

「やぁ、少し邪魔するよぉ」

 

 この戦場に似合わない、のびのびとした声。

それは女性特有の高さで、声色は散歩でもしている様な気軽さ。

声の主はすぐ近くに。

撃ち抜かれた正面ゲートを真っ直ぐ、まるで自分の為に開けてくれたのかと言わばばかりに。

堂々と歩いて相楽基地に侵入した。

 

 身長は2m近い、私でさえ見上げる高さ。

豊満な体つきにぴったりと肌に張り付く服、そしてその上に装着された外部装甲。

更には両腕の甲から肩にかけて装備された展開装甲、一目で分かる重戦車。

だが、それより目を引いたものが一つ。

 

 目の前の存在、その身の丈に近い程巨大な『火砲』

 

 肩に固定された化け物としか言いようのない大口径、砲身の長さを誇る武装。

ホリの火砲と比べても圧倒的に大きく、太く、長い。

私は一瞬で理解した。

コイツが正面ゲートを撃ち抜いて、更には此処を砲撃した。

その張本人だと。

だがしかし、疑問が一つあった。

チハとハクの装甲車は未だ到着していない、陸上孅車は後続との報告だった。

だと言うのに、目の前に立っているのはチハでもハクでは無い。

陸上孅車だ。

どういう事だ、私は混乱する思考を纏めようと必死になっていた。

 

「んーと、敵の指揮官……将軍、だっけ? どこだろう」

 

 正面ゲートを撃ち抜いた重戦車は独り言を呟きながら、誰かを探している様に左右を見渡す。

すると、近くに居た戦闘班の一人が銃器を持ち上げ、重戦車に向かって引き金を引いた。

 

「っ……この、化け物がァ!」

 

 砲撃の爆風に呑まれたものの、負傷は無かったのだろう。

戦闘班の兵士はスムーズな動作で射撃を行う。

狙いを定めたM4カービンはマズルフラッシュと共に重戦車に向かって弾丸を吐き出した。

弾丸の行き先は重戦車の顔面。

銃声が鳴り響き、同時に重戦車の顔面が弾け飛ぶ。

なんて事は起こらない。

弾丸は重戦車の顔面に直撃するや否や、すべて弾かれた。

カランカランと、甲高い薬莢の落ちる音がやけに大きく聞こえる。

兵士はそれを見て顔を顰めながらも、引き金から指を離す事はしない。

薬室分を入れて31発、キッカリ撃ち終わった兵士がマグチェンジを行おうとして。

 

「邪魔だなぁ」

 

 そう呟かれた。

重戦車が一歩、たった一歩踏み込んだ。

それだけで。

 

「っ!?」

 

 十メートルはあった距離が、潰された。

兵士が持っていた弾倉が手から零れる、そして重戦車の振り上げた拳が兵士の顔面を捉えた。

避ける暇も無い。

顔面を狙ったのは意趣返しのつもりか、だが結果は全く異なる。

兵士の弾丸は重戦車の顔面を貫かなかったが、重戦車の振りぬかれた拳に付随して何かが吹き飛ぶ。

そしてソレが地面をバウンドすると同時、血を噴き出しながら兵士が膝から崩れ落ちた。

なんて事は無い。

殴られた兵士の頭が無くなっただけだ。

火力が馬鹿げている、それだけならまだ良かった。

コイツは。

とんでもなく『速い』

 

「っ……」

 

 全滅

 

 その二文字が脳裏を過った。

 

「速射砲ぉッ! 方角マイナス、目標重戦車ぁァッ!」

 

 私は気付けば、無線機に向かって叫んでいた。

耳元に備え付けられた送受信可能な端末。

這う様な格好で、無様にも指示を下す。

私の声に反応し重戦車がこちらに顔を向ける。

深海の様な瞳の色にぞっと肌が泡立って、背筋に氷柱を突っ込まれた様な感覚に陥る。

 

 だが、幸いな事に正面ゲートの端に設けられていた速射砲の操者は優秀だったらしい。

私の怒号とも取れる叫びに反応し、素早くその砲身が重戦車を捉えた。

待つ必要は無い、攻撃の合図も要らない、二台の速射砲が殆ど同時に火を噴いて。

 

「見つけた…っ」

 

 砲弾が重戦車に命中し、砂塵が舞い上がった。

 

「止めるなッ、撃ち続けろッ、砲身が焼き切れるまで撃ち続けろッ!」

 

 震える足と痛みに叫ぶ体を黙らせ、地面にあったM4カービンを拾い上げる。

それから恥も外聞も無く後ろへと走り出した。

周囲の戦闘班兵士は、最初の砲撃から立ち直りグレネードランチャーやライフルを次々と撃ち込んだ。

背後に銃声や爆音を背負いながら走る。

 

「ホリ、ホリ聞こえるかッ!」

 

 私は司令部の後方へと走りながら無線に向かって叫んだ。

 

『はいっ、少佐、一体何が!?』

 

「重戦車が正面ゲートを突破っ、戦闘班が足止めをしているが、長くは持たんッ、至急砲撃を頼む!」

 

 向こう側から息を飲む音が聞こえる。

 

『っ! 了解しました、すぐに行動を開始しますッ!』

 

「観測手、加藤軍曹っ!」

 

『はいッ、笹津少佐!』

 

 ホリにつけた観測手、加藤軍曹が僅かに焦りを含んだ声で返事を寄越す。

元々機甲部隊に居たという兵士だ。

私より幾つか年上で、何度か陸上孅車との戦闘も経験している。

現場上がりのベテラン。

 

「位置が割れれば足が使えないホリは良い的だ、一発で仕留めろ!」

 

『っ……了解しました』

 

 無茶を言っているのは理解している。

だがそうしなければならない理由があった。

 

「重戦車の主砲は正面ゲートを食い破った、ホリの装甲でも防げないと考えろッ!」

 

『正面ゲートをッ…!?』

 

 敵の主砲は化け物だ。

例えホリの装甲だろうと、防ぐ事は出来まい。

つまりそれは、見つかれば即死を意味する。 

 

『…っ、少佐、それはつまり』

 

「二射目は無いっ」

 

 そう口にすると同時、地面を揺るがす爆音が鳴り響く。

背後より拳大のコンクリートが飛来し、肩の装甲プレートを直撃した。

思わず足を縺れさせ地面に転倒してしまう、慌てて背後をみてやれば速射砲台が設置されていた外壁ごと抉られるように消失していた。

あの重戦車の砲撃だ。

気付けば、あれほど鳴り響いていた戦闘班の銃声は止んでいた。

 

「っ……」

 

 第六感が警鐘を鳴らす。

あの市街地戦でも感じなかった、予感。

アレはまだ作戦の内だった、目的があった、敵の情報は揃っていた。

だが今は。

胸中の黒い何かを振り払い、這う様な姿勢のままトクに無線で支援を要請しようとして。

 

 すぐ近くに砲弾が着弾した。

 

 相楽基地の兵士宿舎、そのブロックがまるで飴で作った城の様に砕け散り、地面が捲れて土の壁を生み出す。

その爆風と破片が私の体を蹂躙し、表面にあった装甲プレートが次々と拉げ、折れ、剥がれ、地面を滑っていく。

視界のバイザーに亀裂が走り、体が勢いよく跳ねる。

内臓がシェイクされて鼓膜がマヒ、視界は白く染め上げられた。

 

『将臣さんッ!?』

 

 通信を開いたままだった。

爆音が向こうに届いている事だろう、遠くからホリの叫びが聞こえた気がした。

力なく地面を転がり、やがて止まる。

だが私に立ち上がる力は無い。

その砲撃はさしもの防孅車装甲服でさえ防ぎきれる代物ではなかったらしい。

先ほどと比べて随分風通しが良くなっていた。

バイザーも無残に砕け、半ば私の顔を晒している。

直撃せずとも、至近弾でこの有様。

 

「っ……あ……ぁ」

 

 痛みで声が出せない。

肺が縮み、胃が裏返った。

 

「んー…随分頑張ったけど、まだまだ足りないかなぁ」

 

 近くから声がする。

私を見下ろすように、頭部の近くに立つ誰か。

いや、誰か何て分かり切っている。

この砲撃を撃ち込んだ主犯、銀色の長髪が光を反射して輝く。

同時に肩に担ぐその主砲も。

 

 私を見下ろし、満面の笑みを浮かべる人外の怪物。

膝を曲げて私に顔を近づけると、無造作にフルフェイスのヘルメットを剥いだ。

留め具は既に破損していたので容易に脱げてしまう。

そして顔を確認すると、その笑みを更に深くした。

 

「やっと見つけた、もぉ、苦労したよぉ?」

 

 私達はまだ知らなかったのだ。

 

 陸上孅車という存在の、本当の恐ろしさを。

 

 

 

「elite、重戦車ウ号、貴方が将軍かなぁ?」

 

 

 




 最近気づいた事
丁度良い長さは6000~7000字位だ…。

 ヤンデレ成分を突っ込んだ小説しか書いてなかったので、久々に本編更新です!
(*´▽`*)

 いやぁ、なんでだろう、もっとこうトクとヤンデレヤンデレする予定だったのに。

 まぁ兎角、遂にelite襲来です。
火力、速力共にチート級。
ハクやトク、ホリ、チハが旧型の戦車ならeliteの連中は現代戦車に+αした性能だと思って貰ってOKです(∩´∀`)∩

 近未来戦車! 欠陥品とは真逆だね!(意味深

 思ったんですけどこれこのままだとIFと被ってヤバげっふんげふん

 ではまた次の更新で!


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終焉の砲火

 何か、嫌な夢を見ていた気がした。

 

 視界は白く染まって体は鉛の様、体を起こそうとする気力も無く横たわったまま。

自分が何を見て、どうしているのかすら分からない。

だが酷く心地よい空間に居る事だけは分かって、そこから抜け出そうとすら思わなかった。 

何かが鼓膜を揺らすが、それが何であるか分からない。

誰かの声。

ピッピッピッと鳴る電子音。

それが唐突に終わる。

 

「死なないで、死んでは駄目、将臣さんッ!」

 

 誰かが叫ぶ声。

それが胸に一抹の焦燥感を生む。

 

「血圧低下しています!」

 

「挿管、急げっ!」

 

 何やら騒がしい。

胸を打っていた何かが、段々と弱くなるのを感じる。

すると、電子音が騒々しく喚いた。

 

アレスト(Arrest)! 心室細動(VF)っ!」

 

「チャージ、早くッ」

 

 誰かが私の胸に冷たいモノを押し当てる。

 

「クリア!」

 

「ショック!」

 

 強烈な衝撃が体を襲う、反動で台がギシリと鳴った。

大きく体が仰け反って、それを他人事の様に感じる。

電子音は未だ鳴り止まない。

近くに居た影が私の胸を強かに打つ、そんなに強くしないでくれ、揺れるじゃないか。

 

「……駄目だ、もう一度ッ!」

 

「チャージ、クリア!」

 

「ショックっ!」

 

 二度目の衝撃、先ほどと同じ様に体が跳ねる。

唐突に胸を打つ何かが再度動き始め、電子音が断続的に鳴り始めた。

暖かいが、何か冷たさの残るソレ。

 

「心拍回復……ですが、蘇生まで時間が掛かりすぎました、依然意識不明、昏睡状態!」

 

「将臣さんッ!」

 

「ハクっ、敵の重戦車が司令部を抜けた、もうこっちに来るッ、迎撃しないと少佐を守れない……っ!」

 

「嫌、駄目、離してっ! 将臣さっ……まさおみぃっ!」

 

 暖かい声が遠くなる、意識の片隅に残る声。

知っているハズなのに頭に浮かばない。

体が怠い、起きる気力が沸かない、視界は相変わらず不明瞭だ。

周囲が段々と騒がしくなり、地震でも起きているのか体が揺れる。

遠くから砲撃音が聞こえた気がした。

 

「陸上孅車が隔離装甲破壊ッ、医療ブロック侵入、戦闘班の足止めはもう持ちませんっ!」

 

「死んでも通すなッ、少佐を何としてでも脱出させろ!」

 

「二番から六番までの班が全滅ッ、技術開発班の一部が応戦、ですが敵は増える一方です!」

 

「重戦車二、中戦車三、軽戦車四……っ、伝令ッ、中央から連絡、神田基地陥落ッ! 増援が更に来ますッ!」

 

「そんなのこんだけ陸上孅車居りゃ分かんだろクソ中央がッ!」

 

「敵がこの基地に集結しています、時間を掛けると拙い……っ」

 

「おい、誰か少佐を担げっ、どっちにしろ此処に居たら死ぬぞッ!」

 

「先行するッ、伍長! ライフルをッ!」

 

 誰かが私の上体を起こして、そのまま肩に担ぐ。

一瞬だけ体に痛みが走ったが、すぐに消えて無くなった。

体に伝わる振動だけが淡々と続いて行く。

 

「一気に駆け抜けるぞ、確か第一倉庫に輸送車があったよな!?」

 

「予備車両か! 装軌車操縦持ってるやつは?」

 

「自分が持ってますッ!」

 

「分かった、兎に角陸上孅車だけは近づけるなよ!」

 

「了解! 出るぞ、タイミング合わせろ! 3、2、1!」

 

 叫び声、怒号、悲鳴、銃声、それらが同時に鼓膜を震わせる。

すぐ近くから閃光が瞬いて、乾いた銃声が連続で鳴り響いた。

 

「行けッ、行けぇッ!」

 

「援護しろっ、少佐を脱出させろッ!」

 

「走れぇッーー!」

 

 轟音、爆音、誰かが倒れる音、銃声、悲鳴、砲撃音、瓦礫が弾ける音。

 

「はぁ、はぁっ、はぁッ!」

 

 隣から聞こえる息遣い、心なしか酷く辛そうだ。

 

「先に行けッ、軍曹、グレネードをッ!」

 

「了解っ、地獄まで一緒しますよ少尉ッ!」

 

 爆音、血飛沫の音、呻き声、鉄臭い匂い、閃光。

 

「急げ、早くッ、こっちだ!」

 

「っ! 少佐の出血が酷い、急げ長くは持たないぞ!」

 

「分かってるッ! 乗せろ、早くッ!」

 

 金属を叩く音、金切声、跳弾の音、銃声。

 

「来やがったッ! 出せっ、俺は足止めする! 少佐を頼むッ!」

 

「中尉っ! あぁクソッ!」

 

「ハッチ開け、無線で全隊員に伝えろッ! 今から出る輸送車を死んでも基地の外に出せってッ!」

 

「了解ッ!」

 

「中央に救援要請! 手を動かせ!」

 

 体が何かに締め付けらえる感覚、小刻みな振動が体の下から感じられる。

何度かの衝撃の後、それは急激に加速した。

若干の浮遊感、慣れた感覚、車だろうかと頭の片隅で思考する。

見上げる視界、白く染まった世界の中で見えた灰色。

黒の混じった煙が、天高く聳え立っていた。

 

「こちら相楽基地、中央、聞こえますか!?」

 

 

「相楽基地陥落! 繰り返す、相楽基地陥落ッ!」

 

 

 

 

 

「堕ちろォッ!」

 

 獣の様な叫びを上げて主砲を放つ、その砲弾は陸上孅車の展開した装甲に着弾し爆炎を膨らませた。

それで倒せると思わず、続いて二射、三射と重ねる。

爆音が周囲に鳴り響き、閃光が視界を真っ白に染めていく。

だが砲撃音は私の所だけでなく、今や基地中から鳴り響いていた。

相楽基地に入り込んだ陸上孅車がそこら中で戦闘を行っているのだ、現在戦闘班と私達四体の戦車で抗戦しているが長くは持たないだろう。

そんな事は誰も分かっていたし、戦車である私達も理解していた。

だが、撤退は出来ない。

それは私達の背後に彼が居るから。

 

 七発目の砲弾が着弾し、熱を持った砲身が蒸気を発すると同時、爆炎が晴れて視界が明瞭になる。

其処には装甲を撃ち抜かれ無残にも粉々になった中戦車の姿。

私が仕留めた陸上孅車はコレで三体目だった。

単独の戦果であるならば大金星だ。

 

「はぁッ…はぁ……」

 

 だが無論、無傷とはいかない。

今や私の体は傷だらけで、腕に装備した展開装甲は無様に拉げボロボロになってしまっている。

何度も砲撃を防ぎ、反らした結果あと数度展開すれば鉄屑と成り果てるだろうと言う所まで消耗している。

そして正直、私の体力も限界に近い。

肩に装着した主砲も酷使した結果か、僅かに砲口が熱で歪んでいる気がする。

弾数も予備があるとは言え、十全とは言い難かった。

だがそれを精神力で持たせ、無理矢理体に力を入れる。

戦闘班が幾ら善戦した所で陸上孅車は倒せない、精々足を止めるのが精一杯。

だから私達戦車が戦わなければならないのだ。

 

「トク!」

 

 自分を呼ぶ声。

一瞬主砲が反応するが、立ち姿を見て仲間だと認識する。

 

「チハ……」

 

 自分に向かって駆けてくる戦友、その一人。

腕と肩に装備した主砲から蒸気を上げ、歪んだ装甲と穴だらけの装備を晒しながら走る。

そして私の傍まで来ると徐に口を開いた。

 

「少佐が輸送車で脱出する、突破口を開きたい」

 

「ッ! 少佐が……?」

 

 私が最後に少佐を見たのは、砲撃が鳴り響いた後、慌てて正面ゲートに駆け付けた時だ。

 

 持ち場を離れるのは拙いと分かっていたが、背後から鳴り響く破砕音は無視出来なかった。

そして速射砲の砲撃音が鳴り、爆音が連続して響き。

私が駆けつけた時、少佐は既に敵重戦車に捕らえられていた。

既にその体はボロボロで、夥しい量の出血をして。

自信満々に見せていたその装甲服は布きれと言って良い程にボロボロで。

私は頭が真っ白になった。

 

 それからの事を、良く覚えていない。

 

 その重戦車に向かって主砲を放ち、ホリと共に死にもの狂いで少佐を救った。

少佐をすぐ傍に寝かせ、立ちはだかる陸上孅車。

重戦車は馬鹿みたいに厚い装甲、化け物みたいな主砲を担いでいた。

一発貰えば中戦車の自分、いや例え重戦車のホリだろうと撃破するであろう火力。

正面から挑むのは自殺行為としか思えない相手。

だが退くという思考は、自分にもホリにも無かった。

避けて、反らして、砲撃して、何度地面を転がっても立ち上がり、他の全てを放って挑んだ。

途中、相楽基地に到着したホリとハクの装甲車が背後から猛スピードで重戦車に突撃。

重戦車が態勢を崩した瞬間に零距離砲撃を敢行し、吹き飛んだ拍子に少佐を掠め取る。

それで自分が傷つくとか、少佐に当たってしまったらとか、全く考え無しだった。

一秒でも早く重戦車の傍から少佐を離したかった。

 

 手の中にある少佐の命は酷く弱々しく、医療ブロックに向かって走る時は恐ろしかった。

いつ手の中にある命が消えてしまうか。

泣き喚きながら走り、医療ブロックに到着した時のメディックの顔。

それが絶望的で、縋るように少佐に泣き叫んだ。

それから半ば叩き出されるように医療ブロックを後にし、少佐を傷つけた陸上孅車を殺して回る。

胸に燻るのは怒り、悲しみ、憎しみ、後悔、色々な感情がごちゃ混ぜになっている。

それは今も変わらない。

 

「少佐は、少佐は無事なの!?」

 

 普段の自分からは想像も出来ない程、焦りを含んだ声色。

思わずチハの肩を掴んで揺さぶってしまう。

それでも彼女は努めて冷静に、「えぇ、無事」と答えてくれた。

 

「でも出血が酷い、多分内臓もやられてる、急がないと危ない」

 

「っ、じゃあ急いで少佐を……!」

 

「分かってる、ハクとホリが正門で陸上孅車の目を集めてるから、今の内に」

 

「えぇ!」

 

 チハと共に裏門近くにある第一倉庫に向かう。

この周辺には予備の車両や弾薬、備品が保管されており少佐も予備車両の一台で基地を脱出するらしい。

私とチハが倉庫出入り口に着いた時、既に戦闘班が脱出路を確保する為に奮闘していた。

目視出来る限り、軽戦車が二体、中戦車が一体。

私達に気付いた軽戦車が一体、戦闘班に向けていた主砲をこちらに向ける。

だがそうはさせまいと、近くに居た戦闘班隊員がライフルを投げ捨て戦車に組み付いた。

突然の行動に軽戦車の照準がズレる。

そして私たちの事を人間が持ち上げられる様に、それは陸上孅車にも適応される。

 

「早くッ、早く撃てぇッ!」

 

 首に抱き着くように、兵士は手で陸上孅車の視界を覆いながら叫ぶ。

逡巡、だがその時間は一秒にも満たない。

隣に居たチハが主砲を構え、容赦なく砲撃、狙いは顔面。

装甲も何も無い軽戦車は唸りを上げる砲弾を真正面から受け入れ、首から上が消失する。

同時に密着していた兵士は衝撃に宙を舞って、地面に強く打ち付けられた。

肉を打つ音が響き、装備が騒々しく金切り声を上げる。

 

 そしてその兵士が起き上がる事は無く、ゆっくりと血が流れだした。

 

「トク!」

 

 チハの声で目が覚める。

僅かに硬直した体に喝を入れ、心に燻った罪悪感を塗り消す。

優先順位を間違えてはいけない。

私は狙いを定めていた主砲を別の目標にスライドさせ、間髪入れず砲撃した。

だが、こちらに気付いた軽戦車と中戦車は戦闘班には目もくれず装甲を展開、そこから覗くように瞳をギラリと光らせる。

砲弾は展開した装甲の上に着弾し、凹みと表面を焦がすだけ。

だが私の主砲は重戦車にこそ劣るものの、それなりの火力を誇る。

中戦車に飛来した砲弾は大きな爆音を鳴り響かせ、その展開装甲の右半分を食い破った。

相手も負けじと主砲を撃ち、軽戦車の放ったそれを腕に装備した展開装甲で反らす。

火花が散ってバキリと手元から嫌な音が鳴り響く、展開装甲の展開部位が悲鳴を上げ、装甲板が甲高い音と共に地面に落下した。

チハは紙一重で中戦車の砲撃を躱し、肉薄する。

 

「グレネード!」

 

 戦闘班の隊員が障害物越しに手榴弾を投げ入れ、小さな爆発が巻き起こる。

それから一拍置いて「RPG!」と言う叫び、肩にRPG-7を担いだ隊員が中戦車に向けて発射。

白い噴射煙と共に炎を噴き出して弾頭が着弾。

爆炎が中戦車を覆った。

 

「行けぇッ!」

 

 そして六人の隊員が土嚢を乗り越え、走り出す。

 

 だが二度目は無いとばかりに、中戦車が肩に装備した主砲を一発。

火を噴いた火砲は走る隊員の足元に命中し、二人の隊員が宙を舞った。

だが、吹き飛ぶ仲間にも目をくれず、隊員達は陸上孅車に飛び掛かる。

 

「香夏子の仇だっ、地獄まで一緒に来てもらうぜ化け物ォッ!!」

 

 内軽戦車に取り付いた一人がスイッチの様なモノを掲げる。

見ればその隊員は体の彼方此方にボックスC4爆弾を差し込んでいた。

それを見た、軽戦車に組み付くもう一人の隊員が嗤う。

恐怖に引きつる顔を、必死に誤魔化すような、無理やり鼓舞する様な酷い顔だ。

それでも口から吐き出す声に力は籠る。

 

「曹長、三島曹長ォ! ようやく念願叶いましたなぁッ! お供しますッ、どこまでもぉッ!」

 

「北村上等兵! 向こうで酒でも奢ってやるッ!」

 

 軽戦車の前後を挟むように組み付き、軽戦車が前に組み付いた隊員に拳を振るう。

それが頬を直撃し、ぐりんと、首が一周。

首の骨が折れた、そのままあり得ない角度で垂れ下がる首。

だがそれでも隊員が軽戦車を離す事は無かった。

そして背に組み付いた隊員がスイッチを握り締め、爆破。

重戦車の砲撃に近い爆音が鳴り響き、赤い色が飛び散る。

それが軽戦車に降りかかり、臓物が顔に付着し飛び散った脳髄が目を塞いだ。

 

 砲撃音が鳴り響き、軽戦車の顔面が弾け飛ぶ。

私の砲弾は狙いを外さず、軽戦車を一撃の元に葬り去った。

 

 そして中戦車は次々と組みかかる戦闘班を振りほどく中、背後からチハに砲撃され、後頭部を撃ち抜かれる。

中戦車の拳を受けた隊員が地面を転がり、屍を晒す。

 

 計九人

 

 人間を九人犠牲にして、軽戦車二、中戦車一を撃破した。

上出来だ。

上出来過ぎる。

 

「少佐が出ます! 注意をッ!」

 

 恐らく技術班だろう、戦闘班の着込んだ防爆スーツより大分薄手のボディアーマーを装備した兵士が叫ぶ。

それから数秒後、第一倉庫のゲートが開かれ中から一両の輸送車が飛び出して来た。

少佐を乗せた車両だ、同時に中から数体の陸上孅車が姿を見せる。

 

「行かせるかッ……!」

 

 チハが叫び、陸上孅車に向かって走り出す。

私も主砲を構え、間髪入れた砲撃を入れた。

砲撃は一番前に突出していた重戦車に直撃するが、片腕を捥ぎ取るだけに留まる。

陸上孅車が戦車の存在に気付き、一斉に主砲を向け、砲弾が殺到する。

それらを躱し、反らし、お返しとばかりに砲撃。

腕の装甲が遂に全壊し破片となって砕けるが、構わない。

 

 僅かに視線を反らし、走り去る輸送車を目で追う。

そして心の中で懇願した。

どうか無事で居て下さい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― 十月二日午後五時二十三分

 

 中央に相楽基地陥落の知らせが届く。

北海道前線に存在した三つの基地は僅か一日足らずで陥落し、続く後続の三田基地、矢次基地も多数の陸上孅車の攻撃を受けて壊滅した。

 

 そして最悪は続く。

 

 旧北海道戦線崩壊の報に続き、旧九州戦線崩壊。

その二日後、旧四国陥落の知らせが中央に届いた。

事実上の全前線基地陥落。

 

 中央は三方向同時防衛を余儀なくされる。

 

 

 

― そして、十月五日

 

 旧福島 伊達基地まで撤退したハク、トク、チハ、ホリが聞いた知らせ。

 

 

 それは MIA(作戦行動、戦闘中行方不明)となった笹津将臣少佐の存在だった。

 

 







 という訳で少佐DEAD END と相成りました!
 
 今作はこの話を持って完結となります!

 ご愛読ありがとうございました!






























 冗談です、ごめんなさい、まだ続きます。m(__)m

 いや、全くもってどうしてこうなった。
少佐死にかけてるよ、もうボロボロだよ。
というか今回、戦車よりも一般兵士の描写が多くてホントもうどうしてこうなった。

 なんかもう行き当たりばったりですみません、許してください、何でもしますから。

 ヤンデレ、ヤンデレを書きたいんだ私は
こう血沸き肉躍るヤンデレヤンデレした話を……


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人間の欠損

「全く、お前にはいつも驚かされるよ」

 

 そう言って語り掛ける先に人はいない。

自分以外には誰も居ない、静寂が支配する執務室。

第二中央基地、その中心部。

対面する様に設置されたソファに身を沈め、手には酒の注がれたグラス。

デスクの上には無造作に広げられた「戦死者名簿(KIA list)

 

 煽る様に酒を喉に注ぎ込み、焼けるような熱に酩酊感を覚える。

然程高い酒でもないが、度数があれば酔える。

脳が揺れてこれ以上のアルコール摂取は拙いと叫ぶが、こんな時くらいは酒に酔わねばやっていられなかった。

何度も仲間の死には直面して来たが、どうにも。

此処まで親しい人間の死には、俺の心は耐えられなかったらしい。

 

 全ての紙にズラリと並ぶ名前。

その中の一枚、旧北海道相楽基地と書かれた書類。

 

旧北海道相楽基地 防衛部隊

笹津将臣 大佐

MIA(Missing in action) 捜査打ち切り KIA(Killed in action) 二階級特進

死亡場所 旧北海道零二番地区 相楽基地周辺A地区

十月二日旧北海道相楽基地にて敵陸上孅車の奇襲を受け重傷、交戦後基地脱出、MIA(Missing in action)

既に相楽基地周辺は敵陸上孅車の勢力下の為、捜査は不可能と判断、捜査断念KIA(Killed in action)

二階級特進とす。

 

「ったく……俺より先に大佐になりやがって」

 

 ソファの横に放った上着の刺繍、その中佐の証を見て笑う。

と言っても俺も明日で大佐に昇進する。

日々やって来る陸上孅車を撃退するだけの仕事、それを続けた結果だ。

潤沢な防衛資金、弾薬、兵装、設備、人員、前哨基地とは比べ物にならない程質の低い陸上孅車。

何度も撃退する内に余裕が生まれ、それは軈て慢心を生む。

何故一気に攻めてこないかと疑問に思った時にはもう遅かった、敵が自分達の戦力を偵察、乃至削る為の囮だという事を理解した時には既に前線基地が落ちた。

中央のお偉い方は分かっていなかった。

戦車を掻き集めるだけ集めて、此処なら安心だと決め込んで、このひと時の平穏が続くと思っていた。

 

 その結果が、全前線基地陥落。

 

 いつか来ると恐れに恐れ、十分な資源や人材を前線に送らなかった結果。

これは中央の臆病さが招いたのだ。

貯め込んだ資材と防衛設備、多くの戦車が此処にはある。

だがそれでも、旧北海道、旧九州、旧四国の三方向同時侵攻を受けるとなれば。

 

「人類は………負けるだろうな」

 

 独りでに呟く言葉。

それは他の隊員に聞かれれば士気低下に繋がるとされ、処罰される類のモノだ。

だが、現状人類が勝てるなどとは誰も思ってはいない。

明らかな劣勢、迫りくる敵の影に皆が怯えている。

 

 懐から取り出した一枚の写真。

色褪せ、擦り切れた思い出。

それを目の前に掲げながら、天井の明かりに照らす。

僅かに差し込んだ光が情景を浮かび上がらせた。

 

「父さん、玄二中将、将臣……」

 

 俺たちの幼少時代を飾った黄金の時代。

もう既に海を、俺達の海を取り戻すことは叶わないだろう。

父の栄光も。

海軍の威光も。

この地上で費える。

 

「………」

 

 だが。

 

 だとしても。

 

 彼女達の死には報いなければならない。

 

「何度でも立ち上がり、何度でも挑む………この命尽きるまで」

 

 先に散った親友(とも)に顔向け出来るよう、精々一体でも多く奴らを道連れにしよう。

俺が死ぬのは最後だ。

武器が無くなり、弾薬が尽き、仲間が皆屍と成った時。

それが俺の「死に時」だ。

 

「上で見てろ将臣、俺はしぶといぞ……?」

 

 半分残ったグラスを傾けて、古びた写真に中身を注ぐ。

ジワリとインクが滲んで、朧気になる思い出。

それを灰皿に乗せて、ライターで火を着けた。

火が灯り、端から灰へと帰っていく写真。

 

 俺はそれを、ただじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第04番地区 所在地不明 

 

 

「なぁ、艦娘と俺達って、何が違うと思う?」

 

 そう父に問われて自分は何と返事をしたのだろうか。

もう遠い過去の事の様で、ハッキリと思い出す事が出来ない。

何も変わらないと答えた気もするし、戦う力があるかどうかと答えた気もする。

けど、父はその答えに首を横に振った。

それだけはハッキリと覚えている。

 

その父は自分になんと言ったのだろうか。

既に擦れた記憶からは何も思い出すことが出来ない。

 

 あれから大分経った。

自分も今や軍の一員となり、守られる側から守る側へとなった。

勿論、彼女達にとっては永遠に守られる側の人間なのだろうが。

艦娘が消えて、新たなる人類の力が生まれ、彼女達の事も多少分かって来た。

 

 彼女達は原則として人間と変わらない。

飯は食うし、排泄もする、生殖行為も出来るし、代謝もある。

ただ違う事とすれば、常人為らざる筋力と頑丈さを誇っていると言う事だ。

それと、妖精さんの力を使ってどんな『致命傷』であろうと、一定のラインを越えなければ治療が可能だという事。

それこそ人間であれば年単位で治療が必要な傷さえ、彼女達は数日で治療できる。

それは一体何故か?

何が彼女達を「戦車」足らしめるのか。

艦娘と戦車の違いは?

そもそも彼女達は何故人間を象っているのか?

謎は多く、そしてその殆どは暴かれていない。

 

 だが近年、漸く一つの謎が解き明かされた。

 

ー 何故、彼女達の攻撃だけが深海棲艦に通用するのか

 

 昔から、通常兵器をどうにかして使用出来ないか、深海棲艦に損害を与える事が出来ないかと言う試みは何度となく行われてきた。

そしてその度に計画は頓挫した。

人間と同じ構造をしている艦娘、その強さの根源は分からず、使用しているのは妖精さんお手製武器。

それらと通常の兵器を比較しても、原理は全く同じであった。

では、何が違うのか?

それすら分からぬ始末。

果てはカルトや宗教を持ち出す者も居たが、その成果の殆どは眉唾物だった。

事実、今日までに陸上懴車を通常兵器で破壊した報告は無い。

しかし、それが破られる日が遂に来た。

 

 何故、攻撃が通らなかったのか、その謎が解けた。

 

 それは嘘だ。

未だ、何故攻撃が通らないか、それは謎のままである。

解決の糸口の掴めない問題に、科学者達は遠に匙を投げていた。

問題は「どうやったら通常兵器で損害を与えるか」に絞られていた。

 

 そして、ある兵士が言ったのだ。

 

「ならば、我々が戦車なのだと『誤認』させれば良い」

 

 何をどう基準として『戦車の攻撃』とするのか、それを我々は知らない。

少なくとも、過去艦娘の兵装を十人がかりで担いで深海棲艦に攻撃しても、傷一つ付けられなかった。

だが、悪魔でも使用者が戦車であれば、艦娘であれば。

その結果は変わるのでは無いか?

 

 兵装に、戦車の肉体の一部を入れる。

 

 要は実験だ。

使うのは『戦車』、振るうのは兵士。

そういう分担にすれば良いと言っているのだ。

何をどう基準として戦車が使っているのか、そのボーダーラインを見極める為だった。

 

 引き金を戦車の千切れた腕で引けば、それは戦車の攻撃となるのか、或は支える人間の攻撃なのか。

 

 シリンダーに入れた眼球は、果たして「ある」だけで戦車の攻撃と見做すのか。

 

 戦車の足を武器に装着し攻撃すれば、それは戦車の攻撃と認識されるのか。

 

 

 或は、全身を使えば良いのか。

 

 

 計画は既に最終段階寸前へと進んでいた。

 

腕は戦車の攻撃足り得た。

目は戦車の攻撃足り得た。

足は戦車の攻撃足り得た。

 

後必要なのは、それらを量産するだけの『材料』と。

 

 切り札となる兵器。

 

 個人によるパワーバランスでは無い、平凡な安定した効果を誇る兵器。

それが人類の求めるモノ。

もう少しでソレに手が届く。

 

- 欠陥品なんてのは、嘘だ。

 

- アレは我々がそうなるように仕向けたのだ。

 

それは誰の贖罪か。

或は我々人類全てのか。

人類の為と言う免罪符を掲げて彼女達から全てを奪う、私個人か。

いや、それすらも。

 

 この戦いの果てにはもう、何も無いというのに。

 

 

 

 

 

 

「さて、被検体壱号君……初めましてかな」

 

「私は当施設の最高責任者、そして君の担当となるプロフェッサーだ」

 

「………」

 

「……君は今、恐らく私の話は聞こえているだろう」

 

「だが、君自身にその気は無い」

 

「君に起きている自覚は無い」

 

「……故に、今から宣言するのは一方的なものだ」

 

「許してくれとは言わない」

 

「だが、理解してくれとは言っておこう」

 

「………」

 

「………さぁ、仕事の話だ」

 

「君が此処に搬送されて来た時、それはもう酷いモノだった」

 

「元々重戦車、eliteの砲撃で負傷していたとは聞いていたが、輸送車諸共吹き飛ばされたのが決め手だ」

 

「全身の皮膚がズタズタ、重戦車の砲撃の時は防爆スーツを着用していたのだろう?」

 

「ソイツのお陰だな、少なくとも君はその状態であれば『まだマシ』だった」

 

「その後の輸送車襲撃」

 

「全身に金属片が突き刺さっていたよ」

 

「恐らく砲撃を受けた際に輸送車内部の装甲がそのまま飛び散ったのだろう、それを全身に浴びた訳だ」

 

「殆どの金属片は摘出されたが、一部はまだ摘出されずに君の体の中に残っている」

 

「それはつまり、心臓付近のモノと、頭部のモノだ」

 

「……まぁ今のところ、害は無いとだけ言っておこう」

 

「臓器や脳に直接刺さっては居ないし、念の為MRIは使用していない」

 

「金属探知機には反応してしまうがね、もし民間の航空機に乗るなら留意したまえ」

 

「昔はテロ対策に金属探知機や赤外線での荷物検査とやらをしていたらしい」

 

「君が乗ろうとすれば一気に探知機が騒ぎ出すだろうよ、さぞかし騒がしいに違いない」

 

「………」

 

「……ふぅ、こういうジョークには素直に笑っておくべきだよ」

 

「と言っても、今の君に言っても無駄だな」

 

「年老いた老人は触れ合いに飢えていてね」

 

「最近ではめっきり独り言が多くなった」

 

「………」

 

「……君にはこれから、第二のキャリア(second career)を用意しよう」

 

「キャリアの回復だ」

 

「その第一段階として」

 

「君には人間を辞めて貰う必要がある」

 

「……尚、拒否権は認められない」

 

「その状態で拒否出来るとは思わんが、施設行きのチケット(ヴァルハラ)を受け取ったんだ、既に君の身柄は一時当施設預かりとなっている」

 

「………そして、この計画は君の父上も了承なさっている」

 

「覚悟を決めたまえ」

 

「………」

 

「では、まず順に話していこう」

 

「君に与える新たな力だが、それは既存の通常兵器とは異なる」

 

「その特性として、まず敵性戦車に攻撃を通す事が出来るようになった」

 

「通常兵器が通じないとされていた敵に漸く一矢報いる事が出来るのだ」

 

「君にとっては願っても無い事だろう……?」

 

「これには既存の戦車から『採取』した部位を用いる」

 

「君の左腕と右足、それから右の眼球」

 

「採取した本体をベースに私達が開発、製造した武装だ」

 

「それを君に接続する」

 

 

 

「……つまり、君の()()を補う訳だ」

 

 

 

「幸い、義足、義手を念頭に開発したものだ」

 

「まず日常生活に不便は無いだろう」

 

「……恐らくだが、最初の砲撃で君は四肢に致命傷を負っていた」

 

「それが輸送車襲撃で取り返しのつかない程深いものになってしまったのだろう」

 

「幸い、右腕と左足は繋がったままだったが……」

 

「…………」

 

「……皮肉な話だ」

 

「戦車が失った部位で、その将軍を救うなど」

 

「………」

 

「……今のは聞かなかったことにしてくれ」

 

「……実際の兵器は、使って確かめてくれとか言えない」

 

「残念ながら戦車を相手に実地訓練出来るほど、今の私達(人類)には余裕がない」

 

「……精々、早めに目覚めてくれよ?」

 

「人間が死に絶える前に……な」

 

 

 





 突然ですがお知らせです。


  実は私、皆さんに隠していた事があるんです………。

 実は私……。



 ヤンデレが大好きなんです…。




 あぁ、分かってます、皆さん今まで気付かなかったですよね?
アァーバレチャッタナァー、ドーシヨー。

 今まで皆さん、私が微塵もヤンデレに興味がない真っ当な普通人に見えたことでしょう、そうに違いありません。
 あぁ、しまったなぁ、自分がヤンデレ好きだなんて言わなければきっと皆さんごくノーマルの人だと思っていてくれていたのに…。

 しかし、バレてしまったものはしょうがない!

 という訳で次回、ヤンデレもヤンデレ、もうドロッドロ展開になります。

 簡単に言うと相楽基地戦車部隊四人が本格的に病み始めます。

 今まではヤンデレが好きだという事を悟られないように、まぁ、色々セーブしながら書いていましたからね(白目

 次回は血みどろヤンデレドロッドロをお送りしますお楽しみに

 
追記:なんかPV凄いなーとか思ってたら友人に日間に2~3日載ってたとの事、いやはやありがとうございます!(*´▽`*)
 これから感想、評価、どしどし送って頂けると幸いです!(∩´∀`)∩


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狂気の始まり

 

 

 

ー 旧福島 伊達基地 

笹津将臣大佐 MIA(Missing In Action)判定 から3時間後

 

 

 白い牢獄。

簡素な椅子が規則正しく並び、武骨な鉄製の扉があるだけの殺風景な部屋。

それ以外には事務処理用のデスクと天井にぶら下がる電球、たったそれだけ。

元々は空き部屋だったと聞く、あまり掃除の行き届いていない古い部屋には所々埃が積もっていた。

仄かに薄暗いオレンジ色が部屋を照らしている。

その下に居るのは、私を入れて五人。

正確に言うならば一人と四体か。

だがその表情は一様に暗く、ここ数時間同じ様子しか見せて居ない。

 

 今の私の心境を表現するのならば「最悪」の一言で事足りた。

この状況以上に事態が悪化する事は無い、故に最も悪い。

 

 旧北海道前線基地のひとつ、相楽基地から撤退して来た四体の戦車。

確かハク、チハ、トク、ホリと呼ばれていた。

先の戦闘で負傷したのか内三体はそれぞれ欠損を抱えており、受け入れ先であった伊達基地の将軍も僅かに顔を顰めていた。

敵陸上孅車の追撃を受けながらも遅滞防御を繰り返し、計47名の基地人員を無事伊達基地までたどり着かせた。

四体の戦車は損傷が激しく、弾薬が切れなかった事だけが幸いだった。

中破が一、大破が三。

何でもトクと呼ばれる戦車はこれまでの被弾率が一割を切る程の回避率だったらしい、その戦車が被弾する程の激戦。

辿り着いた兵も皆疲弊し、伊達基地に到着した後でも傷が深く助からなかった隊員も居る。

だが、何よりも戦車が撃破されなかった事が最も喜ばしかった。

 

 詳しくは聞いていないが腕は確かとの報告がある。

先の相楽基地撤退戦では十体余りの敵性戦車を撃退したとの事。

内撃破確実が七体、大破撤退が三体。

小隊の戦果としては非常に優れている、こちらも相応の被害は被っているが防衛戦でこれだけ敵戦力を削れたのは僥倖だろう。

司令官である将軍の指揮を無しに奮戦した彼女たちを伊達基地は暖かく迎えた。

補給も満足に受けられない前線基地の現状を後衛基地である伊達基地は知っていた。

故に今まで前線を支えてくれた基地の面子に、伊達基地の人員は協力的だったのだ。

だが彼女たちは伊達基地に収容されてから言葉一つ零さず、何かを待つように粛々と待機室で座していた。

最初はそれを、基地陥落による責任を感じている、或は司令官を守り切れなかった自責の念に駆られているから、何て皆が思っていた。

しかし、それは違った。

 

「笹津将臣少佐、MIA(Missing In Action)です」

 

 伊達基地の通信兵から齎された報告。

それは相楽基地司令官のロストを知らせるものだった。

 

 旧北海道相楽基地をUAVで偵察した所、基地外周から十二キロ離れた場所で輸送車の残骸が発見されたらしい。

大破炎上した痕跡があり、中に居た隊員は砲撃を受けた際に即死したか、或は焼け死んだ。

確認出来た死体の数は三人分。

死体は顔が識別できない程に焼け焦げているか、バラバラになっているか。

しかし輸送車で基地を脱出したと言う事実は相楽基地の隊員によって証言されている為、UAVによる周囲の探索が僅かな時間行われた。

結果、輸送車から一キロ離れた位置に横たわった死体を発見。

右腕を失い、恐らく出血多量によって死亡したと思われる比較的綺麗な死体。

輸送車の二人に加え三人目となる死体だったが、その場所から不自然な血痕が確認された。

上空からでも分かるほどに地面に続く大量の血の跡、だがそれは途中で途切れており行き先は不明。

その後もロストポジションを中心に周囲の探索を行うが、敵偵察機によってUAVが補足され捜査は断念。

笹津将臣少佐はMIA(Missing In Action)となった。

そして旧北海道を中心とした旧岩手、旧秋田の中ほどまで敵は侵攻していた為、仮に生き延びていたとしても救出は困難。

そのMIA(Missing In Action)KIA(Killed in action)に変わるのに然して時間が掛からないと理解するのは容易だった。

 

 だからだろうか。

報告を聞いた四体の戦車が、先ほどまでずっと強張った表情だったのが、さっと。

青色を通り越して白く、幽鬼の様な表情で固まってしまったのは。

 

 その後の彼女らは、見ている者全てに悪寒を抱かせるような、そんな状態だった。

 

「将臣さん、将臣さん、将臣さん、どうして居なくなってしまったんですか、私がいけない子だからですか、すみません力が無くて役立たずで、でも将臣さんが居てくれないと私何も出来ないんです、お願いです戻って来て下さい、もうわがまま言いませんから、ご褒美下さいとか言いませんから、添い寝もナデナデも要りません、将臣さんの傍に置いてくれとも言いません、将臣さんが望むなら何でもします、私何度でも戦いますから、補給が無くても修理出来なくても構いません、囮でも何でも、だからお願いします見捨てないで、私を置いていかないで、お願いします将臣さんお願いします将臣さんお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします」

 

 部屋の片隅で膝を抱え、ぶつぶつと濁った瞳のまま呟くハクと呼ばれる戦車。

お願いしますと狂った様に口にする彼女は小さい体も相まって非常に危うく見える。

そしてそれは何もハクだけでは無い。

 

「……………」

 

 チハと呼ばれた戦車は、事務処理用のデスクの上でじっと地図を睨めつけていた。

それはボロボロに擦り切れた日本地図、その上を充血した目でじっと見つめ続けている。

何を考えているのか、それは分からない。

だが一心不乱に地図を眺め、時折ぐっと唇を噛む様子は鬼気迫る何かがあり誰も近付けずに居る。

旧北海道と旧福島の上を何度も指でなぞっては顔を顰める。

それを既に何時間も繰り返していた。

 

 私は監視者としてこの場に居る、笹津将臣少佐のMIA(Missing In Action)を聞いてからおかしくなった彼女たちを見張る為に。

敵性勢力は依然旧岩手、旧秋田から足を進めてはいないが、もし進軍して来た場合この伊達基地も戦列に加わる事になるだろう。

その時に彼女たちの力が必要なのだ。

故に、この四体をこの部屋に留める。

陸上孅車が動き出すという報告が上がるまで。

それが私に通達された任務。

だが、それを達成できるかは正直怪しい。

ちらりとハクとチハの二人から視線を横に流せば、ホリとトクと呼ばれる戦車が目に入る。

ホリと呼ばれる大型の戦車は、背を壁に預けて俯いたまま。

もう一人のトクはぼうっと天井を見上げて、何事かを呟く。

だがそれは余りにも小さく、聞き取れない。

 

 チハとハクが『動』とするならば、この二人は『静』

何か狂気に呑まれた様に動く相手も不気味だが、身動ぎもせずにじっとしていると言うのも不気味だ。

総じて言うのならば皆が皆、狂っている。

そうとしか言えないのが現状だった。

故に最悪。

それにこの戦車達に戦えと今言った所で、戦闘に臨んで貰えるとは微塵も思えなかった。

その状態をどうにかしろと武藤中佐に言われたのがほんの一時間前。

中佐殿も中々無理を仰ると皮肉るものの、事態は好転しない。

取り敢えず一番小柄なハクならば子どもに接する様に話せばどうにかなるだろうか、なんて淡い希望を持ちつつ近付く。

膝を抱えてブツブツと呟き続ける存在に接近するのは非常に躊躇われるが、私とて腐っても軍人。

なけなしの精神力を振り絞りつつ、「あの」と声を掛ける。

しかし其処から先はどうすれば良いのかと僅かに悩みつつ、ネガティブな言葉は投げかけない方が良いと無難な判断。

ここは正攻法で「元気を出して下さい、そんな様子では貴方達の司令が浮かばれません」と口にした。

 

 途端、先ほどまでブツブツと呟いていた口が止まる。

そしてゆっくりと、緩慢な動作で持ち上がる頭。

その濁った瞳が私を捉え、思わず背けたくなる顔を何とか気合いで留めた。

目の下には泣き腫らした痕、病人の様に青白い顔色、戦車は頑丈さが取り柄とも言うが司令官の死でこれほどまでに衰弱するか。

余程『笹津将臣』と呼ばれる男は彼女たちに好かれていたのだろう。

 

「………将臣さんが、浮かばれない?」

 

 たどたどしくも私の言葉に返事が来る。

その事に手応えを感じた私は、ありもしない元気を顔に張り付けて「えぇ」と頷いた。

 

「貴方がその様子では、勇敢にも戦場に立ち戦った将軍が報われません、彼の死に報いる為にも今は……」

 

「何を言っているんですか」

 

 途中、私の言葉を遮る様にハクが言う。

さも当然の様に、まるで何か不思議な事を聞いたと言わんばかりに。

首を傾げ、瞳孔の開いた瞳で私を見つめ。

 

「将臣さんは死んでいませんよ?」

 

 当たり前の様にそう言った。

 

「一体何を」

 

 笹津将臣少佐は死んでいる。

いや、仮に生きていたとしても捜索は打ち切られ、敵の勢力下にある場所で生き残れる確率は少ない。

ただでさえ重傷を負っていたと言うのだ。

殆どゼロと言って良い。

それが分からない筈がない。

 

 若しや、まだそれが認められないのかと。

幼い心は親しい人の死を受け入れられないのかもしれない、そう思い、幼子に言い聞かせるように私は言う。

 

「……良いですか、もう笹津将臣将軍はKIA、つまり死亡判定が出ているんです、生きていても旧北海道は敵に」

 

「将臣さんは生きていますよ、何を言っているんですか」

 

 それで、今は私に愛想を尽かせて出て行っちゃったんです。

そう淀みなく口にする彼女は、まるで確信しているとばかりに頷く。

 

「そうです、そう……私が不甲斐ないから、私が弱いから、だから将臣さんは居なくなっちゃったんです」

 

 何度も、何度も頷いて彼女は繰り返し口を開く。

まるで壊れた人形の様に、見つめる私の背筋にピリッとした寒さが走る。

それからゆっくりとこちらを覗き込むと、開き切った瞳の向こう側に闇があった。

 

 あの、貴方にも考えて欲しいんですけど。

 

 

「どしたら将臣さん、帰ってきますか?」

 

 

「っ……!」

 

 それは一種の警告だったと思う。

脳が理解するのを拒絶するかの様に、全身にひやりとした感覚が走る。

それでいて正面を向いてた顔は、耐えられないと横に逸れた。

見ていられない。

きっとその瞳を見続ければ、或は自分も何処か狂ってしまうのでは無いのか。

いや、きっと狂ってしまうだろう。

そう思える確信があった。

 

 そもそも前提が間違っていた。

重傷を負っていたとか、敵の勢力下だとか、KIA判定だとか。

きっと今の彼女には全て関係ないのだ。

言葉の節々からそれが感じられる、そう、それはつまり。

 

ー 笹津将臣という人間が、死ぬ筈が無い。

 

 良く耳を澄ませば、トクと呼ばれる戦車が呟く声が聞こえる。

それは笹津将臣が死んだという絶望を呪う言葉では無く。

 

「少佐は撤退中に襲撃にあった、私が護衛につかなかったからだ、無理にでも輸送車に搭乗するべきだった、私のミスだ、今少佐は何処に居るのだろう、基地周辺十キロ範囲で輸送車が撃破されたのだからそう遠くは無い筈、海岸沿い、或はどこかに身を隠しているのかしら、もう基地撤退から72時間も経過してるし、きっとお腹を空かせているわ、伊達基地の補給品から一杯食料を持っていきましょう、それに傷の手当ても、でもどうやって相楽基地周辺に行けば良いのかしら、制海権を取られているからボートは使えないし、やっぱり地下トンネルを利用するのが一番、でも撤退戦で一度使ってしまったし敵もトンネルの存在には薄々気付いているわよね、最悪防衛線を敷かれているかもしれない、そうなると陸路だけど偵察機が問題ね、迂回して山岳ルートを通りましょう、足は別に私達なら必要無いでしょうし、少佐にはベルトキットを着けて私が背負いましょう、負傷していたら体温も低下するでしょうし肌で温められて一石二鳥だわ、後は少佐の衣類、それから水も持って行って、少佐がお気に入りだった紅茶も持って行ったら喜んでくれるかしら?」

 

 死んだなんて微塵も考えていない、生きている前提で考えている。

良く考えれば事務処理用のデスクに噛り付くチハも、少佐を救う手立てを頭の中で考えているのかもしれない。

俯くホリは分からないが、総じて彼女達には共通しているモノがある。

自分の将軍が生きている、そう『思い込んでいる』

 

 正気じゃない。

既に少佐が消息を絶って三日、今の時刻を加味するならば80時間近くが経過している。

戦車の主砲、その至近弾を食らって重傷。

その傷で基地を撤退した将軍が襲撃に遭遇し、消息不明。

加えて消息を絶ってから80時間の経過、生きているとは思えない。

生き残り、命辛々撤退してきた前線基地の友軍からも、将軍を保護したと言う話は聞かない。

そもそも相楽基地周辺を撤退ルートにした部隊は居ないと聞く。

つまりは笹津将臣と言う人間の生存確率は限りなく絶望的なのだ。

それを理解出来ない筈が無い。

頭で理解していて、心で理解出来ないというのならばまだ分かる。

だが。

この四体は、頭でも生きていると思っている。 

その上でこう口にするのだ。

 

 私は無言でハクから距離を取る。

そして、この部屋の唯一の扉の前に陣取り、扉に背を預ける。

それから誰とも目を合わせない様に俯き、目を閉じた。

 

 私とて腐っても軍人。

 

 彼女達を此処に留める努力をしよう。

 

 だが、しかし。

 

「狂人の相手は、手に余る……っ」

 

 せめても抵抗に、私は脳内で中佐に蹴りを入れた。   

 

 

 

 

 

 将臣さんは私が悪い子だからきっと居なくなっちゃったんだ、だから私が良い子になればきっと帰って来てくれるよね……我が儘言わないで、もっともっと、将臣さんの為に、将臣さんだけに尽くそう、そうすればきっと……ッ!

 

 

 少佐、将臣は私の、私だけの、私だけのモノ……私が弱いから、将臣が他の戦車()に傷つけられる、私以外の匂いが付くのは不快、不愉快、不条理………待っていて少佐、ううん、将臣……今、私が守ってあげる。

 

 

 きっと少佐、今頃心細くなっている筈です、私が居なくてはきっと困っています、だから早くご飯と衣類、それに医療キットも届けて、それで私の体で温めてあげないと……少佐は私が居ないと駄目なんです、私が管理してあげないと……。

 

 

 将臣さん、将臣さん、辛いですよね悲しいですよね怖いですよね、あぁ今すぐ逢って慰めたい、私で包んであげたい、どうして将臣さんは私の前に居ないのだろう、そんなのおかしいですよ、私達はずっと一緒の筈なのに、そうあるべきなのに、だから逢いに行きます、もう少しだけ待っていて下さい。

 

 

 

 




書き始めてから気付いた事。
ヤンデレは好きな対象、或はその浮気相手に対してヤンデレを発揮する。
とても書き辛いシチュエーションでした……(´;ω;`)

 今まで遠慮してきた皆が一斉に動き出します。
それぞれの欲望を満たす為に……因みに今回はヤンデレ成分四十パーセントです。

 将臣と会ったらきっと九十パーセント(白目

 今回がヤンデレドロドロと言ったな!あれは嘘だ!

 ごめんなさいもっとヤンデレヤンデレしたかったのにどう書けば良いかわかりません許してください何でもしますから。

 本編でヤンデレするには大佐を呼んでくるしかない、いや、ホントに。
尚大佐を傷つけたeliteに対して思っている事↓




 将臣さんを傷つけたあの重戦車……あの戦車だけは、絶対に………殺します。

 
 あの重戦車、eliteとか言ってた奴、アイツが少佐に傷を付けた、もう二度と触れさせない、次会ったら確実に……潰す。


 敵の中でもeliteって言っていたあの重戦車、アレさえ居なければ少佐は……二度目は無いわ、あの重戦車だけは許さない。


 将臣さん、将臣さん、将臣さんを傷つけたのはアノ戦車、殺してから将臣さんに逢いに行きたい、そしたら褒めてくれますよね。


※ 今回、本編で笹津将臣《少佐》なのはまだ二階級特進が知らされていないからです。


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障害

 

 

 

「おっそーいッ! 私が一番速いんだからッ!」

 

「やったぁ! 夜戦だぁ! 夜戦ッ、夜戦ッ!」

 

「私が居ないと全然駄目ね! もーっと私を頼って良いんだから!」

 

「砲雷撃戦? なら任せない! 勝利が私を呼んでいるわッ!」

 

「鎧袖一触よ、一航戦の誇りを見せてあげる」

 

「ビックセブンの力、侮るなよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふーん! 補給なんか無くったって、当たらなければ大丈夫だもん!」

 

「夜戦夜戦夜戦! 夜戦で戦果バリバリ出してるから、今日も行って良いよね!?」

 

「司令官!もう、また一人で抱え込んで……もっと頼って! 私が傍に居るわ!」

 

「当然の結果よ、勝利以外有り得ないわ、最低限の装備でも戦える……この足柄ならね!」

 

「それなりには出来るわ、けど、私の敵じゃない、早々堕とされはしないもの、私の子達は」

 

「鈍いと侮ったか? 走攻守の揃った戦艦、それがこの戦艦長門だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、ちょっと油断しただけ! 応急修理さえ受ければ、すぐ活躍するんだから!」

 

「うーん、やっぱり弾薬足りない……? じゃあ仕方ないね……」

 

「遠征部隊、帰ってこないね……だ、大丈夫よ司令官! 私が居るじゃない!」

 

「中破、けど勝ったわ! 次も勝って、その次も……大丈夫、私が居る限り勝利は約束されているもの!」

 

「補給は要らないわ、今のままで十分……私の分は、赤城さんに回して」

 

「この程度、小破ですらない、入渠など不要だ……それよりも駆逐艦の入渠を優先してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー 緊急連絡!

 

ー 提督ッ、第一艦隊 間宮海峡にて敵大規模船団を発見、交戦中との事です!

 

ー 第二次防衛線、第二艦隊に至急帰還命令!

 

ー 駄目です敵の数が多すぎますッ!

 

ー 旗艦被弾、中破ッ! 駆逐艦島風、敵戦艦の砲撃直撃ッ! 行動不能ですッ!

 

ー 制空権喪失! 雷、加賀、艦直上からの爆撃! 被弾! 

 

ー 重巡洋艦足柄大破! もう無理ですッ、撤退を!

 

ー ………。

 

ー 当鎮守府は間宮海峡を放棄しますッ!

 

ー 第一艦隊へ伝達、至急当該海域から離脱、撤退せよ! 繰り返す、撤退せよ!

 

ー 追撃を防ぎます! 鎮守府より臨時の艦隊を編成! 

 

ー 緊急放送! 動ける艦は艤装を着装しドッグへ集合せよ、繰り返す、動ける艦は直ちに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が一番速かった……この足が、動けば、なぁ……」

 

「艤装、もう積めないか……あぁ、こんな事ならもっと早く、夜戦、いっぱい……」

 

「司令官、どこ? 私、もう、何も見えないけど、せめて傍に……」

 

「っ、動けないからなんて、それは言い訳にならないわ、勝たなければ、勝たなければ意味が無いのッ!」

 

「……大丈夫、私には優秀な子達が居ますから、腕一本、安いものです」

 

「ふっ、頑丈さが取り柄だが、こうまでやられるとは……な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー 敵襲! 

 

ー 急襲警報! 急襲警報!

 

ー 敵性勢力が当鎮守府に接近中! 艦載機が来るぞ!

 

ー 急げッ、敵艦載機は爆装、海の上で撃ち落とせッ!

 

ー 鎮守府に上陸させるな! 沖合で何としてでも止めろォ!

 

ー 第一ドック敵艦砲射撃によって粉砕! 今すぐ退避しろッ!

 

ー 燃料庫付近に爆撃! 消火、早くッ!

 

ー 提督、敵深海棲艦は当鎮守府を半包囲! 最早海に逃げ場はありません!

 

ー 非戦闘員は内陸に退避! 車を回せ、早く!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり……スピードだけが……私は…っ」

 

「せめて囮にッ!夜戦で沈むなら本望、沈められるなら、沈めてみなよッ!」

 

「司令官……ねぇ、司令官、私、もう、耳も……何も、感じられないの……」

 

「どうして……最後の、誇りすらも、駄目だと言うの?」

 

「慢心……いえ、これが今の全力、悔いは無いわ、赤城さん、今、逝きます」

 

「あの光よりは、温い……私も、やっとこの、暖かい海に沈める……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()は知っている。

親父が彼女たちを死地に送り込んだ、その海を見つめる背中の影を。

 

 俺は知っている。

勝てる戦いでは無いと知っている筈なのに、悲しそうに笑って戦地に赴いた彼女達を。

 

 俺は知っている。

仲間の為に戦い、人類の為に散って行った艦が居る事を。

 

 俺は知っている。

海を守るために死んだ人間が居る事を。

 

俺は、知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 17:45

 

 

 

 最初に見たのは、何か巨大な影だった。

それが数人の白衣を着た男女を殴り飛ばし、壁に赤い花を咲かせている光景。

所々薄汚れた部屋は元々白かったのだろう、病室の様なこの場所は今や赤黒く染まっている。

散乱した瓦礫と人の死体。

久しく空気と言う存在を忘れていた肺が吸い込み、匂いが鼻を突く。

 

ー 網膜投影ON

 

 突然、視界に文字が映った。

それから次々と何かパラメーターが現れ、上から下に流れる。

思わず目を閉じてもそれは続いた。

まるで眼球にイメージが張り付けられているみたいだ、そう思った。

 

ー 装着者の生存確認 バイタル.....OK

 

 →左腕部義手兵装確認(サイバネティック・アーム) ATH-01......OK

 

 →右脚部義足兵装確認(サイバネティック・レッグ) ATL-02......OK

 

 →頭部右義眼状態確認(アイ・モニター) HE-03.......OK

 

 

ー 武装装弾状況

 

 →義手兵装.......empty

 

 →義足兵装.......empty

 

 

ー 《警告》 残弾無し、補給を推奨

 

 

 一体これは何だろう。

閉じた視界の向こう側に未だ浮かび続ける文字を見つめながら考える。

一息、それからもう一度瞼を開けば殺戮の跡。

よもや夢とも言えない、リアルな光景だ。

やけに重い頭を持ち上げようとして失敗、首がプルプルと震えて行動を拒否。

何とか枕にこすりつける様にして左右を見渡せば、重なった死体、倒れた医療機器、散乱した注射器やガーゼ。

何が起きているのか。

思考が鈍い頭では理解出来ない。

 

ー 《警告》 残弾無し、補給を推奨

 

 張り付いた文字をもう一度見る。

それから周囲の惨状も。

そこで漸く、自分は戦場に居るのではないだろうかと判断。

影が既に役割を果たさないドアの向こう側へと消えた瞬間を狙って、血が付着したベッドから何とか這い出ようと腕を伸ばす。

だがそれが、やけに機械的である事に気付いた。

 

「………?」

 

 左腕を動かす。

その機械的な腕が動く。

人間の肌の色とは違う、若干青の入った腕。

光を反射して鈍く光るそれは、人間の皮膚では無い。

だが動かそうと思えば動き、自分のイメージする動作を完璧に再現するそれは、見れば肩の付け根近くから自分と繋がっている。

自分の意志の通りに動く腕を見て、何となく理解する。

 

 成程、自分は腕を失ったのかと。

 

ー 《警告》 心拍数上昇、極度な緊張状態にアリ

 

 心臓がやけに強く鼓動を打った。

そして視界に浮かび上がる文字を思い出し、義足の文字を見つける。

思わず義手でシーツを捲りあげれば。

やはり、あった。

若干青の掛かった鉄の足、自分の太ももから確かに繋がっている偽の四肢。

 

 では、この視覚の文字は何か。

考えれば分かる、恐らく眼球も。

 

ー 《警告》 装着者に異常が確認、帰還推奨

 

 他には何かを失ったのだろうか。

気が付けば私は、全身を無事な右手で触っていた。

足、腰、股間、腹部、胸、肩、耳、鼻……

全身を隈なく探り、そして探し出した。

喉に僅かな凹み、指先でなぞれば傷跡だと分かる。

それは縦に細長く妙な突起物も感じた。

嫌な予感が体を支配し、吐息を吐き出していた口を開く。

 

「……っ……は…………ッ」

 

 声が出せない。

喉もやられたのか、自分は。

 

ー 《警告》 装着者の混乱(パニック)を確認、セーフティ起動

 

 唐突に腕から鋭い痛みを感じた。

小さな電流がバチリと流れ、自分に刺激を与える。

思わず深い後悔に呑まれそうになった所を、寸での所で堪えた。

自分は今後悔している場所に居ない。

辺りを支配するのは死体と血の匂い、こんな場所ですくぶっていては死んでしまう。

そんな事は馬鹿でも理解出来た。

感覚の無い腕と足に戸惑いながらも、体をずらす様にしてベッドから体を出す。

そしてそのままズルリと、ベッドから床に落下した。

転がって、ピチャリと死体の血液が服を濡らす。

自分が着ているのは病院の入院患者が来ているような簡素な衣服。

白かった筈のそれは瞬く間に赤く染まった。

 

「っ……っふ……」

 

 ベッドに手を掛けて、ゆっくりと立ち上がる。

体が重い、重力がこんなに働き者である事を俺は知らなかった。

水の中にでも居るのだろうか、そう思ってしまうほどに体が鈍っている。

一歩一歩、確かめるように歩き、部屋の壁にゆっくりと寄り掛かる。

手に付着した血が壁にラインを描き、深く息を吐き出した。

取り敢えずは現状を把握し、必要があるなら打破しなければならない。

ここが何処なのか、何故こんなにも人が死んでいるのか、自分はどういう状況に置かれているのか。

知るべきことは沢山ある。

そう考えふと視線を向けた先に、割れた鏡があった。

中心に亀裂の入った洗面台。

蜘蛛の巣状に広がったそれは、割れてこそいるものの本来の役割は十二分に果たしている。

その向こう側、じっとこちらを見つめる男。

 

 目に掛からない程度に伸びた髪、傷だらけの顔、それなりに整った顔立ち、鋭い目つき。

付着した血が所々目立ち、服は半分ほど赤黒く染まっている。

そしてその男は左腕と右足が僅かに青く、こちらを覗き込んでいた。

その鏡が正しければ、それは自分の筈で。

ひび割れた鏡を覗き込んだ自分を見て、酷い傷だとは思わなかった。

四肢を失った事にも絶望は感じなかった。

鏡越しに自分を見た感想は、たった一言。

それはとてもシンプルで、故に非常に厄介な事だった。

何かフィルター越しに見ているような、第三者的視点。

胸に燻る異物、だが俺自身それを異物と思う事は無く。

故にただ淡々と、そう思ってしまった。

 

 

 こいつは誰だろうか、と。

 

 

 




 艦娘にちょっとした出番がありましたやっほい。
何だか艦娘でやって欲しいと言う要望がありましたので……ちょっと回想。
と言っても自分が書きますと、足を失って絶望に打ちひしがれる島風とか、両腕無くなって夜戦出来ない川内とか、目の見えない状態でも必死に奉仕しようとする雷とか、片腕無くて弓を射れない加賀さんとか、色々見るに堪えない状態になりますよ?

 まぁ、主人公が救ってヤンデレと化すんですけどね(ドヤァ
私が悪いんじゃない、魅力的なヤンデレが悪い。

尚、今回の回想部分、当時の将臣は子ども状態であります。


本編

「えっ、まさかIFと同じ記憶喪失系!? 被るじゃん!」

 とお思いの貴方!

 ご安心下さい、主人公は記憶喪失ではありません。
記憶はありますし、ちゃんと自分の事を自分だと理解しております。
 
 ただ負傷した際にちょっとした『後遺症』を……ね。

 こう、ヤンデレほいほいしそうな便利な後遺症を……ね(真顔

 私もヤンデレほいほい欲しい(真顔


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幻視の切り札は何処へ行く

 白い廊下を歩く。

所々血と臓物が付着した壁に触れながら、割れた電灯が点滅する廊下を歩く。

地面に横たわる死体は頭が無かったり、四肢を失って居たり、腹から臓物を垂れ流したりしていた。

慣れない義足での移動は最初こそ戸惑ったものの自分の思う通りに動く義足は感覚の無い足と言った状態で、長時間血を止めてしまった後の四肢に似ていた。

 

 陸上孅車の襲撃だろうか?

 

 一番最初に思い当たった事は人類の天敵種である陸上孅車の襲撃。

恐らく此処は軍の負傷兵収容施設か何かで、自分は此処で治療を受けていた。

そこに陸上孅車による襲撃。

何故建物ごと破壊しないのかは分からないが、乗り込んでい来ている辺り自分も見つかれば死ぬだろう。

それは火を見るよりも明らかだった。

 

 最後の記憶が正しければ、自分は基地で陸上孅車の砲撃を受けた筈だ。

その後の記憶はあやふやで、良く思い出せない。

何か話を聞いていた様な気もするし、海を見て居た気もする。

きっと走馬灯か、或はそれに準ずる何かだろう。

腕や足が吹き飛んだ程だ、生死の境を彷徨っていても不思議はない。

問題は後方に位置する筈の施設が陸上孅車の襲撃を受けていると言う事実。

見れば倒れている人間は皆此処の職員と思わしき人達で、一人も兵士や銃を持った職員を見かけて居ない。

つまり此処に戦える人間は居ないのだ。

そこまで敵の侵入を許してしまったのか、まさか中央が堕ちた?

ならばハクは、トクは、チハは、ホリは……?

 

 嫌な想像を頭を振って追い出し、壁伝いに歩いて行く。

途中、曲がり角の向こうから金属同士の擦れる音が聞こえてきた。

人間が歩く音では無い。

音の響くこの場所で甲高いその音は良く聞こえた。

逃げるにしても歩くのが精一杯の俺に逃げ切れる自信は無い、周囲を見渡せばドアが半開きの部屋。

俺は一も無くドアに体を滑り込ませ、壁に体を張り付けて外の様子を伺う。

点滅する電灯に照らさながら現れたのは予想通り陸上孅車だった。

青白い肌に真っ白な髪、光の角度で表情は見えないが赤い双眼が暗闇に光を残している。

そして主砲の大きさから見て軽戦車。

片手に白衣を来た男の頭を掴み、引き摺っていた。

 

 やはり、此処の襲撃は陸上孅車によるものだ。

 

 予想は確信へ。

陸上孅車は俺の潜む部屋の前を素通りすると、そのまま廊下を真っ直ぐ進んでいった。

一瞬奇襲と言う言葉が頭を過るが、その考えを一蹴。

人間が陸上孅車を傷つける事は出来ない。

それは自分が一番良く知っている。

 

「‥‥は‥‥‥っ‥ふっ‥‥」

 

 僅かに早鐘を打つ心臓に冷たい鉄の手を当てる。

衣類に付着した血がぐちゃりと肌を湿らせ、音が全く聞こえるまで息を殺して待った。

ズルズルと重いモノを引き摺る音、そして金属同士が擦れ合う音。

それがずっと遠くなるまで待ち、恐る恐る部屋から周囲を覗き込む。

血に染まった足跡、それが点々と奥まで続いている。

その反対方向に向けて俺は歩き出す、先程陸上孅車が現れた廊下の方角を注意深く観察し、そっと頭だけを出す。

人の死体がまばらに点在し血が海を作り出していた。

自分が生き残ったのは正に幸運だろう、少し間違えば廊下を彩る死体の一人になっていた。

 

 手を壁に着いて体を支えながら歩く。

乱雑に開け放たれた扉や点滅する電灯、横たわる死体に臓物、崩れた壁の瓦礫。

そんな中を歩いていると、壁に背を預ける様にして死んでいる男の死体を見つけた。

白衣は既に真っ赤に染まり、項垂れた頭からは血が垂れている。

後頭部から弾丸が貫通したのだろう、背後の壁には真っ赤な血が扇状に広がっていた。

俺がその死体に目を向けたのは余りにも死体が綺麗だったからだ。

陸上孅車に殺された人間は四肢や頭部が無くなっているか、或は真っ二つ、散り散りの肉片など最早原型すら無い場合もある。

それに比較してその死体は五体満足、頭部が潰れた様子も無し、随分と形を保っていた。

よく見れば手元に黒光りする何か。

近付いて見るとそれがごく小さな拳銃である事が分かった。

グロッグ17

旧世代の遺物とも言える古びた銃。

だが人を殺す事に置いては性能を遺憾なく発揮し頭部を撃ち抜いていた。

あぁ、コイツは逃げ切れないと悟り、自決したのか。

俺は死体に近付いて銃をそっと取り上げる。

肩を壁に沿わせて体重を預け、両手を使ってマガジンを抜く。

一番上まで連なった弾丸、装弾数は17発。

薬室の一発分を抜いてそれだけ、通常兵器が連中に通用しない事は理解している。

だが俺はその銃を手に持ったまま、ゆっくりと壁に手を着いて歩き始めた。

 

 この銃は自決用。

この男の様に、どうしようも無くなったら自分に銃口を向けよう。

そう決めた。

 

 息を殺して歩き続け、曲がり角を右に折れた所で階段を発見する。

下を覗き込めば敵影無し。

壁に書き込まれた「3」と言う数字が、この階が三階である事を示している。

ゆっくりと階段を一段一段慎重に降り、極力音を立てない様移動する。

未だに慣れない義足は体重を預ける事に不安が残る為、一段降りるのに足を揃え、左足から降りて行った。

踊り場に足を下ろした後、階段の影に隠れながら暫く様子を見る。

階段を下りただけで僅かに息が上がり、自分がどれだけ寝ていたのか少しだけ不安になった。

全体的に筋力が衰えてしまったのかもしれない。

だが泣き言は言って居られない。

様子見を終えて階段を降り始める、そのまま一階へと降りるかどうするか悩んでいると、視界に文字が浮かび上がってきた。

 

ー 《警告》 補給を推奨

 

 コイツの言う補給と言うのは何の事だろうか。

そう思いながらも文字を無視して二階へと辿り着く。

周囲を見渡すと三階と同じく、無残に殺された人間が屍を晒し、所々崩れた壁があるだけだった。

 

 さて、このまま一階へ降りて外へ脱出すべきか。

 

 正直難しい所だ。

軍人である以上、後衛所属の人間をこれ以上殺させない為には此処で戦わなければならない。

だがそれは建前であり、実際の所自分一人が銃を連中に向けた所で何も変わらない。

テロリスト等の人間ならばまだマシだった。

陸上孅車と言う、通常兵器が全く通用しない相手にどう戦えば良いのだ。

自分は人間だ、それ以上でも以下でもない。

僅かな逡巡を経て、自分が此処に居ても何の役にも立てないと判断。

自分の存命を優先する事にした。

そして一階へと続く階段に足を掛けた瞬間、その存在に気付く。

 

「‥‥は‥‥っ‥‥た、大佐‥‥」

 

 声だ。

擦れて小さな声だったが、確かに聞こえた。

声のした方向へと顔を向ければ、両足を潰された男が壁に寄り添うように倒れていた。

だが確かに息はある。

半分閉じ掛けている目は確かに自分を捉えて離さない。

生存者だ。

俺はその場に這い蹲ると、男に向かってゆっくりと近付いた。

拳銃は服と肌の間、紐で縛っている部分に差し込む。

 

「は‥‥はっ‥‥た、大佐、お目覚め、です‥‥か」

 

 男は口から血を零しながら、小さな声で尋ねる。

俺は男の言葉に違和感を覚えていた。

自分の記憶が正しければ階級は少佐だった筈、だが男は大佐と呼ぶ。

その間違いを指摘したい気持ちもあるが、或は重傷で意識が混濁しているのかもしれない。

些細な問題は横に放置し、男の頬を軽く叩く。

白目を剥きかけていた目が、僅かに光を灯した。

 

「大佐、早く‥‥はや、く、脱出を‥‥敵に施設、の、場所が」

 

 俺は頷く、元よりそのつもりだった。

この男も可能なら連れ出したかったが、両足を見る限り出血が酷過ぎる。

その様子は最早血の川とも言って良い程で、階段付近に座り込んでいる為血が階段を伝って踊り場に血溜まりを作っていた。これではもう助からない、止血した所で血を失いすぎた。

それは本人が良く分かっているのだろう、男は最後に抱えていたバインダーから一枚の紙を毟り取った。

 

「ここ、に‥‥弾が‥‥装填は、OSに、従っ‥‥て」

 

 手渡された紙は施設の見取り図の様なもので、二階の階段付近。

ここの直ぐ傍の部屋にマジックで丸が付けて合った。

その隣には「装着状態での試射は実弾を用いる事、保管場所は二階倉庫とする 試射時刻16:30」とボールペンで走り書きされていた。

恐らく緊急時用に保管されている銃器だろう、そう当たりを付ける。

ライフルや爆発物があれば心強い、連中の足止めも望めるだろう。

俺は了解の意を伝えようとして、項垂れた男に気付く。

目は光を失い既に息は無かった。

首に手を添えて脈を取るが反応は無い。

開きっぱなしの目をそっと閉じ、そのまま立ち上がる。

資料に書かれていた部屋は直ぐ傍にあった。

壁伝いに歩き角を一つ曲がった場所、そこも例外なくドアが開け放たれ男が一人転がっていた。

頭を砕かれて即死、デスクに乗り上げる様にして死んでいる男の脇を通り、無造作に積まれた小型コンテナに近付く。

これだろうか、手元の地図を見ればこの部屋で間違いない。

だが周囲には立てかけられた銃器も、ましてや防弾装備の影も形も無い。

唯一部屋の角で鎮座するコンテナ。

緑色に塗装されたコンテナは取り扱い注意のテープが貼られており、施錠はされておらず力を籠めれば簡単に蓋は開いた。

コンテナの中には丁寧に積み重ねられた細長い箱、開けて中身を確認すれば50口径ライフル弾より少し細めの筒状の何か。

それが三本セットで包まれていた。

てっきり中に銃器や弾薬、爆発物が入っているものだと思っていた俺は、少しばかり困惑する。

これは何だろうか、そう疑問に思っていれば視界に文字が浮かび上がった。

 

ー 弾薬確認 装填システム起動

 

 →左腕部義手兵装確認(サイバネティック・アーム) ATH-01

 

 →装填開始....外装展開

 

 

 筒状の何かを掴んでいた義手が、唐突に動き出した。

 

「っ!?」

 

 無論、俺が動かそうとしている訳では無い。

スムーズな動作で筒を指の間で挟み、腕の甲部分が割れ中から三本の半円パイプの様なモノが現れる。

それはミサイル発射台を連想させる様な形をしていて、指が器用にそのパイプの上に筒を乗せるとそのままパイプは内部へと消えた。

ガチンと何かをロックする音、それから割れていた義手の外装が閉じられ筒は完全に中へと埋まる。

 

 →装填確認.....OK

 

 →内臓型射突杭(パイルバンカー).....Enola Gay(エノラ・ゲイ)起動

 

 義手が手を開き、その中央に僅かな穴が開く。

まさか先ほどの筒が弾薬なのか、あの男が言っていた弾薬と言うのは従来の銃器では無くこの義手の弾薬。

じっと見つめていると、視界に流れる文字が変化する。

 

ー 右脚部義足兵装確認(サイバネティック・レッグ) ATL-02

 

 →装填開始....外装展開

 

 義足の外側外装が独りでに展開し、やはり中から半円パイプが現れる。

その数は六本、先ほどよりも多い。

だがじっとしていても其処から先に進む様子がない。

何だと思ってみていれば、視界に走る文字が俺に不調を訴えて来た。

 

 →右脚部義足兵装確認(サイバネティック・レッグ) ATL-02

 

 →装填システム確認出来ず...システムチェック

 

 →装填プログラムが見つかりません

 

 →自動装填(オート)から手動装填(マニュアル)に切り替えます

 

 →ガイド表示

 

 俺の視界にあった義足パイプにマーカーが表示される。

マーカーの円から伸びる様に文字が表示され、弾薬装填の四文字が赤く自己主張していた。

装填を急かされているのだと理解した時、俺はコンテナの中にある箱を無造作に掴み中身をデスクにぶちまける。

そして一本一本足のパイプに詰めると、六本目を指すと同時にアイコンが消失。

そのまま外装がばくんと閉じて、『装填完了』の文字が躍った。

 

ー 武装装弾状況

 

 →義手兵装.......Max

 

 →義足兵装.......Max

 

 →自動照準修正...ON

 

 →任意動作モード

 

 目の前に現れる文字の数々、そし最後に表示された文字は

 

 →戦闘準備完了(コンバット・オープン)

 

 これではまるで、戦えと言われている様なものだ。

足止めを目的とした銃器を確保しに来ただけで、自分から怪物に向かっていく気は無い。

此処を逃げ出す事が目的、撃破は二の次。

誰に対する言い訳でも無く、淡々とした事実を頭で繰り返す。

視界に流れる文字からこの義手、義足に何らかの武装が備わっているのは理解していた。

だがそれが実際どの様なものなのか、それをまだ俺は知らない。

そしてソレが人間の扱う通常兵器である以上陸上孅車に効果を齎さない事も。

 

 俺はそのまま部屋を後にしようとし、幾つか弾薬を持って行くか逡巡したが服装から断念。

一階を目指し階段方向へと足を進める。

壁に手を着いて少しずつ移動、無論その間も警戒を怠らない。

先ほどの場所へと戻って来た俺は小さく息を吐き出し、いざ踊場へ足を進めようとした所で。

 

「くそっ、この、このぉッ!」

 

 軽い発砲音。

拳銃が火を噴き、その弾丸が弾かれる甲高い音を聞いた。

思わず体が硬直しその方向へと顔を向ける。

見れば三十メートル程先の曲がり角から、防弾ベストを来た男が角の向こう側へと発砲しながら逃走している。

その逃走経路は私の居る場所へと続いていた。

男は弾倉が空になったのだろう、腕を振るいながら空になった弾倉を排出し新しい弾倉をポケットから取り出す。

そして顔を上げた所で、壁に寄り掛かりながら自分を見る俺に気付いた。

 

「っ、大佐ッ!?」

 

 その顔が驚愕に染まる。

そして俺の姿を見て僅かな困惑、明らかに足の回転が落ちた。

そうこうしている内に角の向こう側から轟音、火花を散らしながら影が飛び出してくる。

小柄なその影は、先ほど見たあの軽戦車。

赤い眼光が尾を引いて男と俺を捉える、ぞっと背中に悪寒が走った。

思わず差し込んでいた拳銃に手を掛け、安全装置(セーフティ)を外す。

俺の方を見ていた男は背後に出現した軽戦車を見て、意を決したように銃を構える。

カチンと遊底(スライド)が鳴った。

 

「大佐ッ、お早く! 自分が足止めしますッ!」

 

 そう叫んで二発、タンッという軽い音が鳴り響き軽戦車の眼球目掛けて弾丸が飛ぶ。

通常兵器では陸上孅車にダメージを負わせられない。

だが傷を負わないというだけで、衝撃はあるし視覚や聴覚等に対する間接攻撃は意味を成す。

故に目を攻撃された陸上孅車は僅かな間視界が塞がれる。

 

 人間で言えば、目にゴミが入った状態とでも言おうか。

無視も出来るが不快、その程度だ。

銃撃を浴びてその程度だというのも悲しくなるが。

 

 男の行動に思わず良心が足を留めるが、この一秒が惜しいと俺は走り出す。

さぞ不格好に違いない。

未だ義足に慣れない俺は半ば倒れる様な形で走る。

 

 銃声に混じって金属の擦れる音、分泌されたアドレナリンが戦場独特の匂いを俺に届け、周囲の時間が僅かにズレる。

脳の処理速度が上がり、陸上孅車の行動がスローに見えた。

恐らく男が眼球を狙う事は分かっていたのだろう、軽戦車は腕で目を守りながら突進、男へと肉薄した。

受け止めんとばかりに足を広げ、射撃を続ける男。

だが現実は無情であり、人間とは桁の違う重量に人間の体は蹂躙された。

腕を一薙ぎ、たったそれだけで男の体が宙を舞う。

右側にあった壁に激突し、血反吐を吐く男。

僅かに罅が入った壁がその威力を物語っている。

重力に落下して重々しい音を立てると同時、軽戦車は速度を緩めず前進。

そして軽戦車の狙いは男では無く、俺だった。

 

 コイツ……!

 

 赤い眼光は男越しに俺を捉えていたのだ。

階段手前まで差し掛かっていた俺は、突進して来る軽戦車に対して銃を向ける。

そして()かさず連射。

顔面に狙いを絞って射撃するが、その殆どが腕に弾かれてしまった。

幾つかは目元や頬に着弾するも効果は無し、依然猛スピードで突進してくる。

タッチの差で階段に一歩及ばなかった俺は軽戦車が通過するルートから飛び退く様に背後へと飛ぶ。

階段に身を投げても負傷するのは目に見えていた。

瞬間、目の前を駆け抜ける軽戦車。

眼球が俺を追尾し、視線が交差した。

 

ー 陸上孅車を確認 

 

 →自動照準修正(オートエイム)

 

 →姿勢制御(バランサー)起動

 

 地に足を着いていなかった俺の義足が、急速に動き出し地面にいち早く足を着く。

そのまま俺の体を支える最適な位置取りを行って、通常ならば尻餅を着く所を何とか堪えた。

 

「ふっ…!」

 

 一呼吸。

俺が出来たのはそれだけ、その瞬間に軽戦車は腕の装甲を地面に擦り付けて減速。

再度俺に向かって走り出した。

主砲を使わないのは何故か、一瞬疑問が頭に浮かぶが今は捨て置く。

接近してくる戦車に向かって俺は拳銃を向けようとするが、拳銃を掴んでいた義手が勝手にソレを投げ捨てた。

思わず驚愕し、一瞬頭の中が真っ白になる。

軽い音を立てて廊下を滑っていく拳銃、義手は投げ捨てた拳銃の代わりに手の平を軽戦車に向けた。

義足が僅かに曲がり、まるで衝撃に備える体勢を取る。

そして軽戦車が肉薄、俺のほんの一メートル先まで迫った瞬間。

 

ー 攻撃(fire)

 

 義手が火を噴く。

いや、正確に言うのならば『釘を噴いた』

爆音が手元から鳴り響き黒く細長い何かが閃光と共に射出される。

それは軽戦車の肩部装甲を撃ち抜き、上半分を吹き飛ばした。

思わず、と言った風に驚愕の表情を浮かべる軽戦車。

それはそうだろう、俺も同じ表情を浮かべているに違いない。

いやもっと酷い顔だろう。

衝撃はかなりのもので、さしもの陸上孅車でさえ上体が泳ぐ。

肩部分の装甲を剥ぎ取られた軽戦車は、受けた衝撃をそのままに一度バックステップし距離を取った。

その間に義手が甲高い排出音を鳴らし、空薬莢を廊下に転がす。

奇妙な間。

軽戦車は俺を脅威に値すると判断したのか、じっと赤い瞳で俺の腕を見つめていた。

自分に傷を負わせ得る存在、それは確かに脅威だろう。

俺はと言えば、自分の義手が打ち出した物体の威力に驚きつつも、内心歓喜の念を覚える。

これは凄い、コイツは戦力成り得ると。

戦車に頼らざるを得ない俺達が陸上孅車相手に装甲を吹き飛ばした。

これまで苦汁を舐めさせられて来た自分にとっては正に気分が高揚する出来事だった。

 

 その間は三秒にも満たない。

次の攻防の先手は勿論陸上孅車、俺が背に階段を背負うように迂回すると、急激なステップを踏みつつ肉薄。

距離を詰めるのかと思えば一瞬で後退し、右へ左へ素早くステップを踏む。

成程、狙いを付けさせない気かと理解。

俺は攻撃の仕方を知らないので、コケ脅しに手の平を突き出すだけ。

そして意を決したのか一気に踏み込んでくる軽戦車。

 

ー 攻撃(fire)

 

 それに反応して義手が火を噴き、再度杭が打ち出される。

だがそれを読んでいたか急激な減速で横へと体を反らす。

飛んで来た杭は軽戦車の背後へと着弾し、その壁をぶち抜いた。

 

 拙い。

 

 排出される空薬莢を視界に収めながら思考する。

軽戦車は回避した事で勝利を確信したのか、交差する視線の中で僅かに唇が笑みを象っている。

そして軽戦車が横に飛んだ時に地を離れた足が再度地を踏みしめ。

爆発的な加速を持って俺へと迫る。

それを俺はどうしようもなく見送って。

 

ー 武装変更(switch)

 

 義足が唸りを上げて軽戦車に飛び掛かった。

まるで前蹴りを放つ様な姿勢、いや蹴りを入れたと言って良い。

突き出された義足が突撃してきた軽戦車の胴体にぶち当たり、甲高い金属同士のぶつかる音。

思考する暇も無い。

蹴りを入れた事により軽戦車の勢いが俺に襲い掛かり、体が背後へと押し出される瞬間。

 

ー 攻撃(fire)

 

 体と一直線に伸びた足から、閃光と爆音。

それと軽戦車の体が大きく弾け飛び、水平に吹き飛ぶ。

反動で俺も背後に吹き飛ばされ、堕ちていく視界から軽戦車が向こう側へと消えた。

 

 そうだ、腕だけじゃない。

足にも弾薬は入れていたじゃないか。

その事実に気付いた瞬間、背中と頭部に衝撃が訪れ。

 

 

 

 

 

 痛い。

もし声が出ていれば呻き声を上げていただろう。

一瞬意識が飛んでいたのかもしれない。

僅かに揺れる視界の先は階段、どうやら自分は一階に落下した様だった。

全身を強く打ったのか酷く痛む。

視界が一瞬暗転しかけるが、何とか気力で持ち堪えた。

幸いにして痛みが意識の覚醒を促している。

後頭部からはジクジクとした痛みが断続的に響き、右手で触れればヌルリとした感触。

出血していた。

通りで痛む訳だ。

 

「…ふっ……っ、ふぅ…」

 

 痛みに呼吸を乱しながらも、何とか立ち上がる。

ふらつく体は休息を求めているが、義足が上手い具合に体重を支えてくれていた。

視界が白黒に染まり、色が消える。

貧血だろうか、目を細めれば段々と景色は戻って来る。

頭を打ったせいだろう、兎に角此処を離れなければならない。

あの軽戦車がまだ動ければ、自分を追ってくるだろう。

迎撃する手段、俺は自分の手足を眺めて思考を断念。

例え戦える手段があっても、体が持たない。

既に膝は笑い、腕など持ち上げる事すら億劫だった。

早急に此処を離れなければ。

 

 痛みに悲鳴を上げる体に鞭打って、ゆっくりと移動を開始した所で。

 

「……将軍か?」

 

 声がした。

とても聞き覚えのある、暖かい声。

思わず振り返り、その姿を視界に収める。

自分と同じ位、いやもう少し大きいだろうか。

身長百八十から百九十の間程、換装した重戦車の主砲。

黒く長い髪、そして包帯で覆われている筈の目は今はしっかりと開かれていて。

 

「……!?」

 

 息が詰まった。

歓喜、後悔、安堵、強い様々な感情が渦巻く。

 

「……笹津将臣」

 

 ホリの声で俺の名を呼ぶ。

いや、彼女はホリだろう。

外見は全く同じ、もはや差異など存在しない。

唯一その目は包帯を巻いておらず、綺麗な青色の瞳を覗かせているが。

 

 だが、何故彼女が此処に居るのだろうか。

冷静な頭の一部分が疑問を叫ぶ。

此処は陸上孅車の襲撃を受けている、防衛部隊として派遣された?

自分がどれだけ寝ていたかも分からない状況、だが何故目が治って……。

 

そこで俺は一つの予想に辿り着いた。

 

 俺が視線を向けたのは、自分の腕や足。

青白く光る偽の四肢。

人間である自分が欠損した部位を補完した、であるならば。

 

 

 

ー 彼女達もまた、此処で欠損を補完したのではないか?

 

 

 

 あり得る話だった。

何故かは知らないが、自分の義手、義足は陸上孅車に通用する。

元々コレは欠損した戦車に接続する為に作られたものではないのか?

憶測は目の前のホリを見る事で確信へ、そして俺は自分の体がボロボロであるにも関わらず、ホリへ向かって駆けだした。

 

「ッ!?」

 

 一瞬、目の前のホリが面食らったように硬直し身構えるが、俺の正面からの抱擁を避けるような事は無かった。

 

「っ、えっ、何……?」

 

「っは……ぅ……っ」

 

 良かった。

自分の心境を表すならばこの一言だろう。

相楽基地の事は覚えている、そして自分が主砲を受け負傷した事も。

そして彼女達が気掛かりだった。

あえて考える事はしなかったが、もしあの基地と共に消えてしまっていたら、戦死してしまっていたら。

自分は一生後悔していただろう。

また大切な存在を失う所だった。

もうあんな思いはしたくない、失いたくない。

 

 良かった、本当に良かった。

その思いは瞳から溢れる涙で表現される、ぽたりぽたりと、滴がホリの肩にシミを作っていく。

 

「……泣いて、いるのか?」

 

 俺の抱擁を棒立ちで受けるホリ。

そのどこか不遜な言葉遣いは、基地に居たホリとは程遠いものだが、何故か安心できる暖かさを持っていた。

彼女と同じだ、本質は何処も変わらない。

 

 彼女達が無事だった事も喜ばしい。

だがそれよりも、彼女達が完全になった、欠損を補完出来た事が何よりも喜ばしかった。

コンプレックス、トラウマ、そういった負の象徴でしか無かった欠損の補完。

それが叶ったのだ。

これ程嬉しい事も無いだろう。

 

「………ぅ」

 

 ホリは大人しく抱擁を受け続けている。

だがどこか居心地の悪そうな、視線を泳がせては熱い吐息を吐き出していた。

そこで俺は我に返る。

そうだ、此処は戦場なのだ。

無事を喜び合うのは、生き残ってからでなければならない。

俺はホリから体をそっと離す。

すると、どこかホッとしたような、しかしもの欲しそうな表情をするホリ。

そのホリの目の前で、俺は自分の喉を曝け出して指さした。

 

「……? 一体、どういう」

 

 ホリが首を傾げると同時、はっと表情を強張らせる。

縦に残った傷跡、そこから察せられる障害。

 

「声が、出せないのか?」

 

 俺はそれに対し強く頷き、だが気にするなと柔らかく微笑む。

不思議なものでホリと合流した俺は、どこか心に余裕が出来ていた。

痛みも大分和らいだ、そして何より今は体の底から湧き出る力強い何かを感じる。

現在の状況などをホリに聞きたいが、廊下の中央で棒立ちなど敵に撃って下さいと言っている様なモノだ。

 

 身振り手振りで行く先を指さし、彼女の手を取る。

突然の行動にホリの表情が驚きに染まったが、振りほどかれる事は無かった。

そのままホリを連れて近くの部屋へ、そして扉を静かに閉める。

 

「……何故、この様な場所へ?」

 

 ホリがやや強張った表情で問うてくるが、俺は答える声を持たない。

仕方なく周囲を見渡すと、恐らく会議室なのだろう。

壁にホワイトボードが掛かり黒いペンも置いてあった。

徐にそれを手に取ってホワイトボードに文字を書く。

静謐な空間にキュッキュとホワイトボードに書き込む音だけが響く。

 

『あんな場所で接敵したら拙いだろう』

 

「……敵って」

 

 何とも言えない表情をするホリ。

陸上孅車の恐ろしさは自分が一番身に染みている、いや、或は目が見える事でホリは自信を取り戻した。

悪く言えば慢心しているのかもしれない。

俺はその事を指摘するべく、ホワイトボードに書き加える。

ホリはそれを黙って見ていた。

 

『陸上孅車は恐ろしく強い、それは知っているだろう』

 

 そう書くと、ホリは唇を結んで黙り込んでしまった。

更には俯き、沈黙を貫く。

或は反省しているのかもしれない。

垂れた髪で表情を見えないが、肩が震えていた。

三十秒程だろうか、少しだけ心配して怒らせてしまっただろうかと思い始めたとき、ホリがふと顔を上げた。

てっきり不機嫌そうな顔か、或は怒りに歪んだ顔を見る事になると思っていたが。

しかし再度顔を上げたホリが見せた表情はどこか柔らかいモノだった。

 

「……そうだな、気を付けよう」

 

 そう言って微笑むホリ。

俺はその事に胸を撫でおろしつつ、ホワイトボードにペンを走らせる。

今、一番知りたい事。

それを文字にして表現する。

 

『ホリ、今の状況を教えてくれないか』

 

 そして書き殴るのは自分が先ほど覚醒したばかりである事。

此処が何処かも分からない。

相楽基地が堕ちた後の記憶が曖昧である事。

それらを綴る内に、ホリは真剣な表情で考え込んでいた。

一通り自分の状況を説明し終えると、ホリは頷き口を開く。

 

「笹津将臣……いや、将臣、貴方の状態は分かった」

 

 名前を言い直し、凛々しい表情で答えるホリ。

その表情は相楽基地に居た頃とは別人の様。

恐らく目が見えるかどうかだろう、目力と言うのはここまで印象を変えるのかと思った。

 

「今から話そう、相楽基地陥落から今までの事を」

 

 




 今回の話はかなり力を込めました。
もう文字数でそれが分かる筈……私はもう燃え尽きそうです…。



 


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真実

「ア号」

 

 自分を呼ぶ声にその場で振り向く。

長い白髪をその場で靡かせ見てやれば、長い廊下の先には同じく短めの白髪と赤い眼光を宿した同胞。

比較的小柄な軽戦車であるタ号が佇んでいた。

その身は血で汚れており、大分施設の人間を殺害した事が分かる。

 

「タ号か」

 

「笹津将臣将軍、確保したって」

 

 あぁ、と答えながら周囲の様子を伺う。

笹津将臣には彼が起きてからの状況を伝え、彼自身が今を受け入れ落ち着けるまでの時間と周囲を索敵し安全を確保する時間が欲しい旨を伝えてある。

最初こそ反対されたものの、そう簡単にやれはしないと言う私の言葉を信じ、先程の部屋で待機して貰っていた。

それなりにはホリと言う戦車は信頼されていたのだろう、或は目が見えていると言う部分が大きかったのか。

 

「既に通達してあると思うが、各孅車は戦闘行為を中断、周囲の警戒に当たり人間を近づけない様にしろ」

 

「‥‥何故、此処を離れない?」

 

「それは‥‥」

 

 僅かな困惑の表情。

タ号も思っている事だろう、標的を確保したのなら早急に本丸へと帰還すべきだと。

それは私とて同じこと、だが予想外の事態と言うモノは存外簡単に起きてしまう。

私は一度息を大きく吸い込んで、吐き出す。

さて何から話したものかと思考し、タ号を見据え、それから周囲に笹津将臣の姿が見えない事を確認。

頭の中で物事を順序立てる、嘘の様な本当の話。

 

「実は」

 

 そうして始まる十分前の回想。

私が目標を確保するまでの話をタ号に向けて、ゆっくりと話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笹津将臣を捜索しつつ施設内の人間を殺害して回って既に一時間余り。

上階に上がっていった同胞からも将軍らしき人物を発見したと言う情報は回って来ていなかった。

もしや既に脱出したか、或はダミーの情報を掴まされたのかと僅かな焦燥感を抱き始めた頃。

廊下の角を曲がった先に、全身血だらけになりながら立ち上がる人間を見つけた。

ソイツの着ていた服が他と違う事、そして人間の手足とは違う鉄の四肢を着装していた事により直感的に悟った。

私は直接見て居ないが雰囲気で分かる、対峙した孅車が口にした言葉。

ソイツを見ると胸がざわつく。

 

「‥‥将軍か?」

 

 その言葉に、素早く反応する男。

顔を確認した私は確信する、コイツが相楽基地の司令官だと。

報告にあった通り重症だった痕が見え、顔も伝えられた情報通りだった。

 

「‥‥笹津将臣」

 

 見つけたからには確保しなればならない。

そう思い、一息で駆け抜けられるよう意識を集中する。

目の前の笹津将臣と言えば、何処か衝撃を受けた様子で固まっている。

重戦車に発見されたと言う絶望的な状況に体が動かないか。

それならば確保も容易いだろう、そう思考した次の瞬間。

 

 何と向こうが此方に向かって走り出した。

 

 行先は私、思わず驚き今度は私が硬直してしまう。

人間が陸上孅車に向かって走り出すとは、自殺行為に他ならない。

若しや何か新手の兵器を持っているのかと警戒。

何時でも正面装甲で受け止められる様構えた瞬間、笹津将臣は私に抱擁してきた。

 

「っ、えっ、何……?」

 

「っは……ぅ……っ」

 

 驚いた。

驚愕は二度目、私に抱き着いてきた笹津将臣は強い力で離さないとばかりに抱き締めてくる。

その腕からは暖かさを感じ、ぽたりぽたりと、暖かい何かが肩に落ちる。

最初に抱いたのは困惑、一体何なんだと言う理解不能な状況に対する言葉。

だが頭の片隅で私を抱きしめる男の力強さに感心する。

人間を力強いと感じたのは初めてだった。

 

「……泣いて、いるのか?」

 

 人間は悲しみを感じると涙を流す、と言う話を聞いた事がある。

私達には無い機能ではあるが、となれば目の前の笹津将臣は悲しんでいるのだろうか。

私はどうすれば良いのか分からず、ただ突っ立っているまま。

確保する筈の目標が自ら敵である私の元へと来て、抱擁をかます。

しかも攻撃する素振りは見えない。

一体どういう事だと思って居れば、段々と今の状況が恥ずかしく思えてきた。

 

「………ぅ」 

 

 離れようと思えば何時でも離れられた。

人間の力など、私達陸上孅車と比べれば赤子も同然なのだ。

このまま突き飛ばして確保してしまえば、それで終わり。

施設から撤収出来て目標も確保できる、気絶させてしまえば運ぶのも容易。

だから行動に移すべきだ、それは分かり切っている。

だと言うのに何だろうこの心地よさは。

暖かく、手放したくないと思ってしまう微熱。

笹津将臣から送られてくるそれは私の冷たい体を温め、体の芯まで熱してしまいそうな暖かさだった。

吐き出す息も、心なしか熱が籠っている。

動け、動きたくない、動け、動きたくない。

二つの違う感情が鬩ぎ合っていると、笹津将臣は唐突に身を放してしまう。

 

「あっ‥‥」

 

 ほっとする反面、体は正直だ。

離れてしまった熱に何処か物足りないと求めてしまう。

思わず笹津将臣の熱を求めて手を伸ばしそうになるが、それを瞬時に隠して何とか表情を取り繕った。

そして冷静な脳が私を責める、一体何をしているんだお前は、と。

 

 笹津将臣は私の前に立つと、徐に喉を見せる様に顔を持ち上げ、そして指差した。

 

「‥‥? 一体、どういう」

 

 最初は意味が分からずに首を傾げてしまうが、その傷跡を見て何となく理解する。

縦に残った傷跡、恐らくは相楽基地の戦闘で負傷したものだろう。

自分の表情が強張るのが分かる。

 

「声が、出せないのか?」

 

 そう問えば、笹津将臣は力強く頷き、だが同時に柔らかい微笑みも見せた。

まるで心配するなと言っている表情は穏やかなモノで。

思わず私の胸も安らぎかける。

いや、ダメだ。

呑まれるな。

自分でも分からない感情に振り回される。

一人で葛藤していれば、笹津将臣が身振りでぶりで私に何かを伝えようとした。

だが生憎と何を言いたいのかが伝わらず、疑問符を浮かべてしまう。

すると突然私の手を取り、笹津将臣は走り出した。

驚きに体が硬直するが、彼が私を連れて入ったのは会議室と思われる一室。

そこに身を隠しそっと扉を閉める。

 

「……何故、この様な場所へ?」

 

 そう私が問えば、彼は徐に周囲を見渡すと壁に掛かっていた白いボードらしきものに近付いた。

そしてペンを手に取るとキュッキュと文字を書き始める。

確かニホンゴと言う文字だったか。

 

『あんな場所で接敵したら拙いだろう』

 

 えっと、確か。

その文字の意味を理解するのに数秒を用し、この時ばかりはハ号に読みを習っていて良かったと思った。

 

「……敵って」

 

 そして意味を理解すると同時に呆れてしまう。

私達の敵は人間であり、その人間が私達に傷をつける事は出来無い。

それは彼とて理解している筈だ。

此処に戦車は存在しない、その情報は既に入手してある。

私の雰囲気で察したのか、笹津将臣は先程より少しだけ乱暴な手つきで文字を書きだす。

 

 そして書き出された文字を見て、私は一つの仮説に辿り着く事となる。

 

『陸上孅車は恐ろしく強い、それは知っているだろう』

 

 陸上孅車。

何故そこで私達の名前が出てくるのだろうか。

疑問を抱くと同時、何かが胸に引っかかる。

そう、私達はどこか認識がズレていないだろうか?

私の考える敵と笹津将臣の考える敵が違う。

どうして?

 

 そして私は、唐突に理解する。

まさか、そう、これはまさかの話ではあるが。

目の前の男、笹津将臣は私の敵が陸上孅車だと思っている。

それはつまり、笹津将臣にとって私は敵では無い。

 

ー 自分達側の戦車だと思い込んでいるという事。

 

 それは一体何故?

 

 脳が急速に回転を始め、何とか今の笹津将臣の状況を理解しようとし始める。

確かに敵に突然抱擁する様な事は普通しないだろう。

自爆等なら兎も角、目の前の男にそういった装備や心構えは見られない。

ならば味方ならばどうだ。

そう、彼は自分を味方の戦車だと思い込んでいて。

敵と言うのは陸上孅車、そして自分は救援部隊か何かの戦車だと思われている。

何て推測ならばどうだろう。

 

 考え込んでいた為、思わず黙り込んでしまった。

それを何処か心配そうに眺める笹津将臣。

私は顔を上げ、幾分か柔らかい笑みを作る事に成功する。

 

「……そうだな、気を付けよう」

 

 そう言いながらも、内心で歓喜する。

何と都合の良い状況だろうか。

説得も調教も薬物投与も必要ない。

上手く騙せれば‥‥。

何故そうなっただとか、原因は何だとか、そんなのは関係無い。

事実こそ全て、この状況を最大限生かすのだ。

 

『ホリ、今の状況を教えてくれないか』

 

 その文字で全てが決まった。

 

 ホリ、それは彼の戦車部隊の一体。

重戦車で大柄な盲目の戦車。

彼は自分に向かってその名を使った、つまりそれは自分を『ホリ』だと思っている事。

自分の部隊の戦車、成程ならば抱擁の意味も理解出来る。

生死不明だった部下、或は戦友、その再開。

自分でも笑みが深くなるのが理解出来た。

 

 そして語られるのは笹津将臣と言う男が今に至るまでの状況。

ご丁寧にも、此処は覚えている、覚えて居ないと言う区切りをつけて。

これならば容易い。

容易く『嘘』を吹き込む事が出来よう。

 

「笹津将臣……いや、将臣、貴方の状態は分かった」

 

 事情を聞き終わった後、私は努めて何でもない様な表情を作りつつ口を開く。

彼を騙せるよう、さも凛々しい顔つきで語る。

 

「今から話そう、相楽基地陥落から今までの事を」

 

 そうして語るは、陸上孅車(私達)に都合の良い作り話(フィクション)

 

 




 本当はもっと後にしたかったのですが‥‥。
ホリの性格何で変えた!? と言われそうだったので早めにネタばらしを‥。

 日に連続投稿は久々です(´・ω・`)
ホリはホリでは無く、陸上孅車のア号です。
IFとは若干言葉遣い等が異なりますが、まぁIFはIFと言う事で‥‥。
ア号の事をホリだと思った人はどれ位いるのだろうか、というか口調が違う時点で違和感バリバリ‥‥。(´;ω;`)
ヤンデレの神様私に文才を下さい。

 さてヤンデレほいほいの後遺症ですが。
声が出なくなった事ではありません、それは今の状況を作る為だけのものなので。
後遺症は前々話鏡のシーンと今回の話で大体分かると思います。(多分

 ではまた次の話で‥。


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雪原の襲撃 上

 

 雪が降っている。

 

 施設の外に出ると一面の銀世界が広がっていた。

開け放たれた扉からはひらひらと雪が入り込み、冷気が俺の体を包み込む、積もりに積もった雪は脛まで覆い歩くのも困難な様子。ジャケットを着込んだ俺は白い吐息を吐き出し、空を見上げた。灰色の雲が空を覆っている、雪を見るのは随分と久しい気がした。

「将臣、寒くは無いか」

 声に振り向けば丁度、ホリが施設の入り口に立っていた。

彼女は全身を覆う黒い服を着用しているが、体のラインが見えるそれはとても厚くは見えない。寒くは無いのかと問いたい所だが、寒そうな素振りを見せないホリに聞くのは躊躇われた。大丈夫だと言う意味を込めて頷けば、彼女は「そうか」とだけ答える。

 

 ホリから聞いた情報によれば、今は12月2日

相楽基地から既に2ヶ月近くが経過していた。

それだけの期間を眠り続けていた為だろう、体が妙に気怠く重く感じるのは筋力が低下しているから。あれだけ傷ついていた体は、既に傷跡を残すだけ。先ほどの戦闘で僅かに負傷したものの幾つかの打撲と切り傷だけだった。その程度の傷ならばと施設にあるだけのモノで処置は粗方終わり、頭部の傷も僅かに表面を切っただけらしい。聞けば俺を襲った軽戦車も既に撃破したとの事。

あの後紹介された戦車、確か「タ号」と言ったか。その他にも3体の戦車が今回の救援部隊に参加していた。一つの施設に計5体の戦車というのも中々どうして、もしや中央の鉄壁が敵を退けたのかと聞けばそうでは無いらしい。

 現在人類の防衛線は旧東京を中心に旧埼玉、旧茨城、旧神奈川まで後退したとの事。

更には東京湾に接近する深海棲艦への防衛網も敷いている為、かなりの苦戦を強いられているとの事。相楽基地陥落後は旧福島、旧京都の後衛基地を防衛拠点として粘っていた様だが、つい2週間前にとうとう陥落してしまった。中央も前線基地陥落の報を受けかなりの防衛戦力を二大防衛拠点に注いだらしいが、それも敵の猛攻を前に陥落。

既に現在の防衛拠点である旧三県も危険な状態と聞いている。

二ヶ月も耐えている事を喜ぶべきか、此処まで侵攻を許してしまった事に嘆くべきか。

少なくともこの二ヶ月で日本の勢力図は大きく塗り替わった。

 

 そしてこの基地がある場所は茨城の北部。

つい先程前線基地の一つである水戸基地が陥落、当施設まで敵が侵攻して来たらしい。

 

「将臣、この後の予定だが」

 

 気が付くとホリが直ぐ傍に立っていた。雪を僅かに被った髪、少し考え込んでしまっただろうか。ホリの上に積もった雪を手で払ってやると、どこか気恥ずかしそうな顔をしながら「ありがとう」と微笑んだ。

それから眼を細め、凛々しい顔つきで口を開く。

「展開中の味方から此方に接近する敵影を捉えたとの連絡があった、数は三、軽戦車が二と中戦車が一、恐らく敵の増援だろう、到着予想時刻は今から一時間という所だ」

 その言葉を聞くと同時に、すっと自分の中で戦う為の意識が頭を擡げる。続きを促すようにホリを見てやると手に持っていた地図を俺に突き出した。受け取って眺めれば、彼女の手が恐らく基地であろう周辺、近くにあった山を迂回する様に半円を描く。

「敵は基地後方の山脈を迂回して側面から攻めるつもりだろう、敵が此処を鎮圧されたと知れば最悪基地ごと砲撃しかねん、高低差も考えると此方から打って出た方が良いと思う」

 ホリがそう言って俺を見ると、何となく自分に指示を仰いでいるのだと理解した。確かに高所からの砲撃は脅威であるが、敵の構成は軽戦車を主軸とした機動打撃部隊、救援を急ぐ為だろうが火力で言えば圧倒的に俺達が勝っていた。それに軽戦車は装甲が薄い、足場が悪く障害物の多い山岳地帯で機動力が発揮できない軽戦車など撃破は容易い。稀にその障害物を上手く使って攪乱、機動力を生かした一撃離脱戦を行う戦車も居ると聞いた事があるが、そんな事が出来るのはエースのみだろう。その事を加味して俺は思考し、いつもの様に作戦を頭の中で練り上げる。僅かに強くなる吹雪を見て頭の中で一つ案が浮かんだ。いや、それは作戦とも呼べない、ある意味独断専行と呼べる類のモノだった。

 自分の体を見下ろす、今は服に覆われて居て見えないが機械の腕と足は健在、味方戦車に運んで貰った義手義足用の弾薬は既に装填済みだった。僅かに青の掛かった腕を目前に晒し眺める、この義手は軽戦車の装甲を撃ち抜いた、有用性が証明されたのだ。

 ― 試してみたい

 それは願望だった、自分が彼女達と共に戦えるかどうか。あの無様な市街地戦の再現では無く、正しく背中を預けるに足る戦友と成れるかどうか。指揮官がどうとか、将軍がどうとか、それは捨て置く。これは俺の我儘だ、だがもしこの義手義足が一般的な兵器として多くの人間の手に渡ったのならば。

 その未来を考えて、僅かに胸が熱を持った。

 俺は地図を持ったまま踵を返し施設の中へと戻った。その背後にホリが慌てて追従して来る、恐らく警備の為だろう入り口付近に設けられた窓口にあったボールペンを一本拝借しその地図に書き込む。幸いにして現状戦力としてはこちらが優勢であり、最悪「しくじって」もカバーが入る。試すのならば今を置いて他にない、天候も俺に味方している。段々と強くなる吹雪を前に俺の心臓が強く鼓動を打った。

「将臣、どうした?」

 背後から僅かに訝しんだ表情で問うてくるホリに地図を渡す、其処には三か所丸で囲まれた森林部分に『潜伏のち奇襲』の文字が躍っていた。

「潜伏‥‥」

 僅かに顔を顰めたホリは内容を吟味する為か、目を閉じてじっと考える。その少し後、目を見開いたホリは「編成は此方で決めてよいのか?」と問うて来た。彼女の持つ地図、その敵が接近してくる予測進路に最も近い円、そこに重、中と書き足した。

「前方に火力を集中、囮か?」

 その言葉に俺は頷く、もし反撃を受けても重戦車と中戦車の装甲ならば真正面から受け止める事も出来よう。注意すべきは中戦車の砲撃だが、装甲の薄い部分に直撃さえしなければ問題無い。

「分かった、それでこの『将』という字は一体‥‥?」

 一応は納得を見せたホリだが、地図の丸前方に書かれた将と言う字に戸惑っている様だった。それもそうだろう、其処だけは何も書き足されておらず一文字だけとなっている、これで意味を察せと言うのも酷だろう。

 故に俺は自身を指差し、その後義手を見せて殴るふりをした。つまりは、そう、囮兼遊撃である。その動作の意味を察す事は出来なかったホリだが、地図の将をあっちこっちに動かすと言う意図でぐねぐねの線を描くとその顔が陰りを見せた。

「自由に動く‥‥遊撃、そういう事か?」

 俺がその言葉に頷くと、顔を顰めて「危険だ」と反対した。そう言えば市街地戦でも戦場に立つ事を反対されたな、なんて今のホリと過去を重ねてしまう。

「将臣、貴方は人間で、それも指揮官だ、それが戦場に立つなどと‥‥」

 そう言って怒りの表情を見せるホリに俺は申し訳無く思うも、自分の我儘を貫き通す。彼女の持つ地図の端に「無茶はしない」とだけ書き足し、じっとホリの瞳を見つめた。これは本当ならば不要な役、自らの身を危険に晒すだけの愚策である。数も火力も此方が上、俺が無理して戦場に立つ意味など無いし、失敗すればそれこそ目も当てられない。だが成功すればア号やタ号、味方が被る被害を無くす事も出来よう。最悪は将臣という個人の死、だがそれは結局後方に居ても同じ事だ。

 見つめ合った時間は十秒にも満たない、最初に根負けしたのはホリの方だった。「武器は一体どうするんだ」と口にしつつ大きなため息を一つ。

「陸上孅車に通常兵器は通用しない、それは知っている筈だろう?」

 出来の悪い生徒を見る様な目で俺を見るホリ、それに対して俺は待ってましたとばかりに笑みを見せ、それから腕を捲った。青の掛かった義手をホリに翳して笑みを見せる。対して目の前の彼女は首を傾げるばかり、俺はホリの手を掴むと吹雪が吹き荒れる外へと飛び出した。

「ま、将臣?」

 困惑を隠さず叫ぶホリの手を引き、建物から少しばかり離れた場所に来る。既に(くるぶし)まで埋まる程積もった雪、それから適当な樹を見繕うとホリの手を離す。

太さも大きさも申し分ない、その樹に向けてゆっくりと腕を突き出した。

― 攻撃動作確認(スタート)…..陸上孅車感知出来ず

 →手動射撃(マニュアル)モード切替…..完了

 それに反応してか、一気に視界が文字で覆われる。それらの文字を流し読みし、攻撃動作が整った事を理解した瞬間頭の中にトリガーが現れる。正確に言うならば攻撃の引き金を見つけたと言うべきか、どうすれば義手が杭を射出するのかが分かった。兎も角俺は仮想のトリガーをゆっくり引き絞り、足に渾身の力を込めた。

 瞬間、爆発する左腕。

 閃光が瞬き足元にあった雪が吹き飛ぶ、手の平から蒸気が吹き上がり二十メートル程離れた樹に射出された杭は着弾、破砕音を撒き散らし樹は中程からバリバリと音を立てて折れ曲がった。貫通した杭は樹の向こう側の地面へと突き刺さり、周りの雪を吹き飛ばしたのだろう地面は露出している。一拍遅れて樹が地面に叩き付けられる音、戦車砲に迫る威力の攻撃にホリは思わずと言った風に固まり、その表情を困惑に染めた。振り返りどうだと言わんばかりの得意顔。それに対しホリはおろおろするばかり。

「え、っと‥‥将臣、これは」

 理解が及ばないホリに畳みかける俺、今しがた薬莢を排出した腕を叩きつつ、ホリを指差す。そしてその動作を何度か繰り返すと意味を理解したのか、「戦車にも通用する‥‥?」と半ば確信が持てない声色のまま問うてきた。その言葉に俺は喜々として頷く。だが彼女は未だ信じられないのか、困惑した表情のままだった。

 兎も角、これで決定だ。

 そう言わんばかりに施設へと戻る俺、その背後に未だ困惑の中に居るホリが「ま、将臣、待ってくれ!」と言って追い縋る。

 結局、俺の我儘はタ号以下数名の戦車の賛同によって可決される事になった。彼女達の弁によれば「俺の戦力」とやらを知りたいらしい。相楽基地のみで無く他の基地の戦車にも俺の名は知られている様だった、嬉しいような恥ずかしいような微妙な気分だ。

 また、先の樹を薙倒した攻撃を敵襲と勘違いしたタ号とひと悶着あったが、それは割愛する。

 

 





 次の投稿は今日か明日の夜です。
少し書き方を変更しました。


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雪原の襲撃 下

 此処がきっと分岐点


 

 太陽が沈み始め、行動開始から約ニ十分経過後。

 ほんの僅かに傾いた斜面に身を張りつかせ、白い外套をすっぽりと被り息を殺す。俺の上には既に雪が積もり目以外は雪で覆われている、ゴーグルを付けた視界は既に白一色で染まり十メートル先を見渡す事さえ難しかった。

 この天候は好都合だ、これでは施設の状態を遠方から確認する事も出来ない、であれば無闇矢鱈(むやみやたら)に砲撃する様な事もしないだろう。それに奇襲戦にはもって来いの環境。視界不良の中吹雪に紛れて奇襲を行えば同士討ちの誘発も出来る、発見も難しい。雪に覆われた傾斜途中に潜む俺は、その瞬間を今か今かと待ち続けた。

予想以上に整えられていく戦場を見ながら興奮を冷ます為にゆっくりと息を吐き出す。冷気が肺を満たし、寒冷地仕様の戦闘服を着こんだと言うのに全身が凍りそうな程冷たい、だが反して心は轟々と闘志を燃やし胸は高鳴るばかりなのだ。

 そして遂にその瞬間はやって来る。

― 周囲に複数の熱源感知….視覚表示

 ホリ達が潜んでいる場所とは反対の方角、つまり俺の前方から計四体分の熱源が感知された。俺の視界に映し出される人型のソレ、ダイヤモンド型の陣形を取りながら慎重に進む戦車の姿に俺は思わず固唾を呑んだ。

 戦いが始まる、そう思った瞬間心臓の鼓動が早鐘を打ち始める。

― 《警告》 心拍数上昇、極度な緊張状態にアリ

五月蠅い、これは緊張なんかじゃない。

 近付いてくる敵影に警告が鳴らされるが、知らぬとばかりに無視を決め込む。段々と戦車が俺達の方へと近付いて来て、その距離が縮まる度に鼓動が早まった。そしてその姿を遂に視認、俺は心臓の音すら止める気でじっと気配を殺す。

 若干灰色の掛かった外套を身に纏い、周囲を警戒しながら歩く四体の戦車。その距離は十メートルを切り、八メートル、五メートルと段々と距離を詰める。今ではその顔すらはっきりと視認出来る、雪に塗れた真っ白な髪に赤い瞳、間違いない陸上孅車だ。そして遂に先頭に立つ中戦車が俺の直ぐ脇を通過し、続いて二メートル程間を空けた軽戦車が通り、最後に殿の軽戦車。その最後の軽戦車が一歩、二歩と離れ一メートル程の距離が生まれた瞬間、俺はゆっくりと立ち上がった。背中に積もった雪が僅かに音を立てて足元に崩れるが、風の吹き荒れる音に掻き消される。

 最初の一発は一撃必殺、絶対に外せない。

 俺は大きく息を吸い込み、軽戦車の背中に向かって義手を向けた。照準を定める腕が僅かに震える、それは恐怖からか緊張からか、或は寒さからか。

― 攻撃動作確認(スタート)…..陸上孅車感知出来ず

 →手動射撃(マニュアル)モード切替…..完了

 ズドンと、腹に響く重低音が鳴り響き足元の雪が舞い上がった。そして甲高い金属音に続き肉を貫く生々しい音、地面に撒き散らされる()()()

 始まった、その事実を何処か呆然と自分は認識した。

「ッ!?」

 前を歩いていた軽戦車二体の反応は凄まじく早かった、胸を貫かれ恐らく即死した軽戦車が地面に転がるより早く反転、俺を視認する。だが俺は撃った反動をそのまま後方へと跳躍し、地面を転がって吹雪に紛れる。一拍遅れて軽戦車の砲撃が俺の元居た場所に炸裂、雪の柱を打ち立てた。

「敵襲! 数は一、詳細不明!」

「ッ!? タイガッ? タイガっ、ちょっとアンタ! 何勝手に死んでるのよッ! 起きなさいよぉっ!」

「っ、ケニ下がってッ!」

  奇襲を受けた部隊は案の定混乱の渦に飲み込まれた様だった、突然やられた仲間に錯乱している者も居る。俺は吹雪に紛れて駆け出し、大きく迂回して部隊の背後を取るべく動き出す。このまま統制が取れずに一人一人片付けられられるのが理想、だが連中も今まで生き残ってきた陸上孅車。そう簡単には行かない。

「二人とも落ち着けっ! 密集陣形、下手に離れるとやられるぞ! 敵が一体とは限らない、注意しろッ!」

 やはりと言うか指揮官は中戦車だったらしい、その一声でバラバラになりかけた戦車が集まる。そして互いに背を預ける様にして周囲を警戒する三体の戦車が視界に映った。対応が早い、上手く行けば二体はやれると思ったが何ともままならない。

「っ‥‥来なさいよ、タイガの仇ッ‥‥!」

 俺は密集した戦車を視界に収めつつ足を止め、その場に伏せる。そして荒い呼吸を繰り返すと冷気で痛む口内をそのままに無線を繋いだ。そして無線機を指で二度叩く、それが合図だった。

 弾着観測は俺の仕事、観測手の合図が伝わりこの地点から百メートル程離れた場所に居るホリ以下四名の戦車による砲撃が開始された。この吹雪の中では弾道もブレ精確な射撃は難しいがそこは彼女達の腕を信じる、大雑把な位置ではあるが凡そは俺が割り出した。後は密集した敵に砲弾を食らわせてやれば良い。大地を耕す火力の権化、内臓が震える爆音を打ち鳴らし赤い閃光が遠くで瞬いた、それを目撃した陸上孅車部隊の判断は早かった。掛け声も無く一瞬で密集陣形を解き、全員が違う方向へと身を投げる。

 瞬間、彼女達の居た場所に砲弾が降り注いだ。直撃弾二、至近弾が三。

 その内の至近弾が直前で身を投げた軽戦車の肩部に着弾し、爆炎を上げる。そして肩から先を無くした軽戦車は血を撒き散らしながら雪の上を転がった。爆炎に呑まれながらもまだ息は有る。

「ケニッ!」

 見ればそれは、先程怒りに呑まれていた軽戦車だった。被弾した軽戦車の元へと駆けるもう一体の軽戦車、これは好機だ。俺は爆風で僅かに走りやすくなった雪原を駆け出す。そして十秒と立たずに接敵、負傷したケニと呼ばれる軽戦車の元で屈む敵に向かって腕を振りかぶった。

「ッ!」

 足音で気付いたのか、背後を振り向いた軽戦車の瞳が腕を振りかぶった俺を映す。振り下ろされた腕を咄嗟に腕部装甲で防ぎ、金属同士の摩擦で火花が散った。腕越しに軽戦車が怒りの表情を浮かべる、だが勿論俺の攻撃がそれだけで済む筈が無く、頭の中で仮想トリガーを引き絞れば手元で爆発、そして腕ごと装甲を貫いた杭が軽戦車を吹き飛ばした。

「うぐぅッ」

 地面を雪塗れになりながら転がる軽戦車、一体何が起きたのかすら理解できまい。攻撃を防いだと思ったら吹き飛ばされた、事実地面に転がったままの軽戦車は自分が何故吹き飛んだのかすら分からない様子だった。血に塗れた腕をぶら下げ上体だけを何とか起こす。破損個所は腕部装甲、負傷箇所は左腕一本と言った所か。義手が空薬莢を排出し、射出口からは蒸気が吹き上がった。

「っ‥‥何、この兵器っ、火砲じゃない‥‥?」

 立ち直る隙は与えない、ホリ達の支援が再度開始され、その標的が中戦車に絞られたのを確認し未だ混乱している軽戦車に肉薄。吹雪の中接近してくる俺の影を目視した軽戦車は肩に装備された主砲を向け一撃。

― 《警告》砲撃感知

そのまま受ければ顔面コースだったが、軽戦車が砲撃する直前に警告(アラート)が鳴った。それに従って横にステップを踏んだ瞬間、元の顔面があった位置に寸分違わず砲弾が通過した。

「早いっ」

 再度火砲が此方に向けられるが、問題無い。それよりも早く俺の義手が火を噴き、杭をその肩口へと撃ち込んだ。反動で僅かに足が止まるが敵の攻め手も止まった、放たれた砲撃は明後日の方向へと飛び五十メートル程離れた傾斜に着弾した。対して俺の放った杭は確実に戦意を削ぐ、流石にゼロ距離から放った時と比べれば威力は落ちていたが杭はその体の八割を軽戦車の肉に埋めていた。

「痛っ‥‥ッ、まだっ」

 痛みに涙を浮かべ、しかし尚諦めない。だがその隙は十歩程の距離を埋めるには致命的で、軽戦車が顔を上げた時に映った光景は俺が顔面に向かって蹴りを放つ寸前。戦車の人外染みた反射速度で持って無事な腕を防御に回すが、それが悪手である事を既に彼女は知っている。だからこそ素早く顔を逸らそうとするが、間に合わない。

 強烈な反動と共に足裏から放たれたゼロ距離刺突、杭が爆音と共に装甲を貫き顔面を粉砕する。腕のソレと比べて威力の高い一撃は戦車の頭を吹き飛ばし、頭部の無くなった体は勢いに負けて数メートル後方に転がった。力なく横たわる軽戦車、それを確認し息を吐き出す。同時に鼓膜を叩くのは戦車の砲撃、中戦車が残り一体、素早く周囲を確認しても中戦車の姿は見えない。未だ吹雪は止まず攻撃した際の音と光のみが頼りとなる現状、この場で足を止めるのは致命的であった。故に俺は一も無く駆け出し吹雪の中に紛れる、相変わらずホリ達の砲撃は俺を避けて降り注ぐが目標に着弾した様子は無い。

 ― 弾薬確認 装填システム起動

 →左腕部義手兵装確認(サイバネティック・アーム) ATH-01

 →装填開始....外装展開

 今の内に空になった義手の装填を済ませる、ベルトポーチから弾薬を取り出し義手で掴めば後は勝手に弾薬が装填され表示はMaxへ。展開された外装が再び閉じられるのを確認し、一拍遅れて近くで砲撃音が鳴り響く。その距離は二十メートル程だろうか、白くノイズの様に視界を乱す吹雪の中で戦車砲は強くその存在を誇示していた。

 俺は素早く目標を捕捉すると、対象に向かって走り出す。そして射撃体勢から回避運動に移ろうとする中戦車を目視し、走る勢いそのままに飛び蹴りを繰り出した。直前で気付いた中戦車はこれを肩部の展開装甲で受ける、そして爆音と閃光。展開装甲表面に着弾した杭はその装甲に穴を空けつつ中戦車の肩に先端を食いこませた。

「ッ! これはっ」

 中戦車が持つ中で最も厚い展開装甲を撃ち抜き、尚且つ肉体まで攻撃を届かせる火力に驚愕する。だが一瞬で頭を切り替えた中戦車は俺に向かって意趣返しのつもりか蹴りを繰り出した。側面から弧を描く様な回し蹴り、無論それは人間の俺と比べ物にならない程速く、鋭い。飛び蹴りを繰り出し、尚且つ砲撃の反動で宙に浮いたままの俺に防ぐ術は無く、義手で頭部横に即席の防御壁を張るが強烈な打撃音と共に視界がぐるんと回った。

 中戦車の怪力に俺の体は宙で一回転、そのまま地面に叩き付けられ雪塗れになりながらバウンド。俺が認識できたのは一瞬で、鋭い蹴りが義手に当たった瞬間視界が回っていた。

― 左腕部義手確認(サイバネティック・アーム)

→損害報告….外装甲一部破損

→稼働状況….行動に支障無し

 地面に何度も叩き付けられ痛みに体が悲鳴を上げるがこの程度でやられる程軟では無い、義手を間に挟んだ為直撃はしなかったし不安定な宙である事が幸いした、もし地面に足を着いてその場で踏ん張って居たら頭ごと吹き飛ばされていたかもしれない。衝撃をそのまま横に逃す事が出来たからこそ、何とか生き残れた。

 数メートル吹き飛ばされた所で勢いは止まり、雪原の上で呻く。中戦車が此方に主砲を向けたのが見えたが、間隙を縫う様に頭上から砲弾が降り注いだ。俺の放った一撃で場所を特定したのだろう、数発の砲弾が至近弾となって中戦車の外部装甲を次々に剥がしていった。爆炎が弾ける毎に中戦車の体が右に左にと揺れる。

「くっ、このくらいッ!」

 爆炎と閃光に呑まれながらも膝を屈するには値しない、重戦車の砲撃も混じっていると言うのに全て身に受けて尚両足は地面を掴んで離さなかった。俺は口から唾と共に血を吐き出し拭う、脳を揺らされたが特に酷い傷を負う事は無かった。地面が柔らかい雪で助かった、若干の打撲と口の中を切っただけ、戦車の攻撃を受けてこれだけなら僥倖。

 僅かに震える足を手で叩き駆け出す、目標は勿論中戦車。ホリ達の支援によって全身の装甲が大きく破損している、膝こそ着きはしていないが損傷を受けて居ない筈が無いのは明らかだった。

「まだ来るの!?」

 俺を視認し砲塔が僅かに歪んだ主砲を向ける、見れば中戦車の足元には夥しい量の血液が撒き散らされ、先の砲撃は確実に致命傷を与えた事を物語っていた。中戦車も血塗れだ、俺は主砲が発射されるよりも早くその場でハイキックを繰り出す、そして足裏が中戦車を向いた瞬間トリガー。杭が射出され反動がほんの少し俺を背後に押し出す、射出された杭は中戦車の右足に着弾し思わずと言った風にカクンと膝が折れた瞬間、主砲が火を噴いた。砲弾は俺の側頭部をスレスレで通過し背後に着弾、大量の雪が頭上から降ってくるのを確認しつつ中戦車に肉薄した。雪の中から出現した俺に対し、中戦車が立ち上がって拳を振るう。顔面を狙って繰り出されたそれを掻い潜り、腹部に向かって義手を突き出す。それを横合いから中戦車の手が掴むが、もう遅い。

― 連続攻撃開始(フルオート)

 手元で閃光が三度瞬く、強烈な反動で体が押し出されそうになるが意地で堪えた。遅れて火薬が炸裂する音が鼓膜を揺らし、中戦車の体が三度揺れた。腹部に着弾した三本の杭、それは装甲を突き破り腹筋を引き裂き内臓を抉り脊椎を貫いた。義手が急速冷却を開始し、全体から蒸気が立ち昇る。空薬莢が三つ排出され雪の中に次々と埋もれた。

「ごぼっ‥‥が‥ッ」

口から大量の血を吐き出し、中戦車の体が俺の方へと倒れてくる。そして膝を着き、ずるりと倒れる戦車が俺の胸元を掴み、それから錆びた機械の様な動作で俺を見上げた。

「ど‥‥し、て‥‥」

 その表情は何と言えば良いのだろうか。

 絶望、恐怖、後悔、困惑、それらが一緒くたに混ざり合ったような表情。

「将‥お、み‥‥さ」

一筋の涙が血に紛れて流れ、ゆっくりとその体が雪原の上に横たわった。

「‥‥‥」

 俺は何も答えない、いや答えられない。

 死んだ戦車に向かって謝る気も無かったし、可哀想だとかそう言った感情を抱く事も無かった。コイツらは俺の仲間を沢山殺したのだろう、そして俺もまたコイツらを殺しただけ。いつもはそう割り切るのだけれども、何故だろう。

 

 今日に限っては何か、自分は取り返しのつかない過ちを犯している様な、そんな気がした。

 

 




 中戦車死亡のお知らせ

 次の投稿は何時かわかりません‥‥気長にお待ちください


PS.何とUAが80,000を超えました(゚Д゚;)
  細々と続けているこの作品が多くの人の目に留まって嬉しいやら恥ずかしいやら‥‥
  これからも宜しくお願いします。ヾ(*´∀`*)ノ


PSのPS:Twitter再開しました! 宜しければどうぞ!
『@solalial01』→トクサン@ヤンデレ大好き


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喪失

皆さん、明けましておめでとうございます!


「流石だな、将臣」

 戦闘痕が色濃く残る白銀の世界、砲弾によって大きく凹んだ雪景色の中ホリ達が姿を見せる。後方支援に徹した彼女達に損害は無く俺の方も殆ど無傷と言って良い状態だった、皆が皆砲撃した火砲に熱が籠って蒸気を出している、恐らく損害よりも消費した弾薬の方が大きい筈だ。俺はと言えば義手に僅かなダメージと口の中を少し切った程度、別段支障の出るレベルでは無かった。

「‥‥」

 自分のすぐ目の前に倒れ伏す陸上孅車、うつ伏せに倒れ周囲には激しい砲弾の痕と散らばった金属片が露出した地面に突き刺さっている。この陸上孅車が装着していた展開装甲だ、この惨状からどれ程の砲撃が撃ち込まれたから想像出来る。雪原に染み込む青い血は彼女達が自分達の敵である事を示していた、腹部を穿った刺突杭は背中まで喰い破り誰の目から見ても死亡しているのが分かる。うつ伏せに倒れ、ぴくりとも動かないその中戦車を見ていると、何故か胸がざわついた。

「将臣?」

 心配げに俺の顔を覗き込み肩へと手を置くホリ、その手は雪の中に潜伏していたからだろう、酷く()たかった。まるで氷に触れている様、その彼女の手を温める為に手を重ねる。途端、自分の中にあった熱い何かが、急速に失われていく気がした。何故だろうか、何故こんなにも胸が冷めていくのか。そう、これではまるで

 

― 自分が別の()()になっていく様な

 

「‥‥コイツ、どうする?」

 タ号の声で我に返った、声にする方に振り向けば足の裏でまだ息のある陸上孅車を蹴っているタ号が見えた。確か『ケニ』と呼ばれていたか、その軽戦車は右腕が丸々欠損しており、息は辛うじてあるが放っておけば直ぐ息を引き取ると直感的に分かった。出血も酷く周囲の雪は軒並み青く染まっている。

「‥‥先の施設に一度帰還すれば助けられるだろう、生憎と戦車用の治療施設は無いが一通りの人間用医療器具や薬品は揃っている、捕虜として確保するのは可能だが」

 ホリはそこまで口にして俺を振り返る、その眼は「どうする将臣」と聞いていた、恐らく指揮官である俺の判断に従うと言う事なのだろう。俺は様々な感情を胸に覚えながらも務めて冷静に首を縦に振った、陸上孅車の生け捕りは貴重だ、出来るに越したことは無い。

「決まりだ、その軽戦車は捕虜として扱う、兎に角急ぎ施設に帰還して治療を行おう、その後は各自補給を済ませて移動だ、私と将臣が中央を行く、タ号以外は全て前方警戒、先行してくれ、吹雪は弱まったが視界不良に変わりはない、警戒を怠るな」

 ホリの言葉で各自装備を担いで移動を開始し、タ号はケニに応急処置を施す。予め用意していた応急処置セットの中から包帯を取り出してケニの腕に巻きつけた。巻きつけた包帯にじわりと血が滲む、余り長くはもたないだろう。止血用バンドを腕に嵌めるとホリがタ号の元に駆け寄った。

「私が担ごう、タ号は殿(しんがり)を頼む」

「‥‥了解」

 言うや否やホリは苦も無くケニを持ち上げてしまう、装甲は剥がれて大分重量は軽くなっていると言っても火砲や部分装甲は未だ残っている。それを片手で持ち上げたホリはやはり重戦車。ケニを担いだホリに続き俺も隊列に加わると、自然に肩に担がれたケニへと視線が向いた。ケニはぐったりと動く気配を見せず、その病的なまでに白い肌が相まって雪と同化している様だった。

 

― っ‥‥来なさいよ、タイガの仇ッ‥‥!

 

 脳内でケニが叫んだ言葉が繰り返される、その憎悪に染まった眼光、地獄の様な執念を感じさせる声、全て覚えている。俺は今の今まで陸上孅車は仲間意識と言うものが薄いとばかり思っていた。仲間が死んでも気にも留めない、連中は全て個で完結しているのだから。組織的な動きをする指揮官に率いられた陸上孅車も存在すると言うが、未だ遭遇した事の無い俺にとっては眉唾物の話だ。故に今回遭遇した陸上孅車に対して俺は何とも言えない感情を抱いていた。

 まるで戦友を殺された人間の様に叫び、怒りを露わにする陸上孅車。

 

― ど‥‥し、て‥‥

 

 俺に縋りつく様にして息絶えた、あの中戦車だって。

 あれは一体どんな感情を現していたのだろうか、絶望とか、そう言った最上の不幸を味わった様な酷い表情だった。そして最後に触れた中戦車の手、その表面は確かに暖かかった。

 自分の手を眺める、片方は人間として残った生身の腕、そしてもう片方は既に熱を無くした鉄の腕。この腕で(あや)めた孅車は果たして何だったのだろうか、仲間の仇を取ろうとする孅車、生き残ろうと必死に戦う孅車、俺に縋り絶望の表情を浮かべる孅車‥‥。

 無意識の内に手は拳を作っていた。

 もしかしたら俺は、

 

「将臣?」

 はっと俯いていた顔を上げた。

 視線の先にはどこか心配げに此方を覗き込むホリの顔、気付けば俺は足を止めていたらしい。

「顔が蒼褪めている、もしやどこか負傷したのか?」

 鋭い眼光を飛ばしながら俺の全身をくまなく触るホリ、そんなホリを見ていて俺は自然と苦笑が漏れた。何か、自分は考え過ぎなのだと彼女に喝を入れられた様な気がしたのだ。大丈夫の意味も兼ねてホリの体をそっと押す、それからぐっと親指を立てた。

「‥‥大丈夫なのか?」

 それでも尚心配げに問うてくるホリ、中途半端に差し出された手は彼女の感情をありありと伝えていた。大丈夫、大丈夫とホリの肩を叩く。それからホリの横を抜いて前へと歩き出した。背後から慌てて追って来るホリの足音が聞こえて来る、雪を踏み固める音だ。

 陸上孅車が例え俺達に近い存在だとして、仮にどうする?

 俺にはどうする事も出来ない、それよりも大切な、身近に考える事が沢山ある。

 背後を盗み見れば俺を心配げに見つめるホリと視線が重なる、偶然とは言え相楽基地の嘗ての部下と再会出来た。既に俺は将軍の地位に無い、その地位は基地陥落と共に消え去った。けれども守りたいものはまだ、この胸の中に残り続けている。その相手が生きているのならば死力を尽くして今度こそ守ろう。

 俺がホリに微笑みかけると、少し戸惑った表情をした後、ホリは柔らかい、困ったような笑みを浮かべた。

 ホリはこうして生きている、きっとトクもチハも、ハクだって生きているに違いない。俺は全てを救う力を持っていない、だからせめて手の届く範囲の大切な人を守りたいのだ。

 フードを深く被り直し、白い銀世界を歩く。ブッシュの深いこの森ではいつ不意の接敵があるか分からない。一応戦闘前に何度か他の敵勢力が居ないか偵察は行ったが、その存在は確認出来なかった。だが安全とも言い切れないのが戦場の恐怖である、俺はいつでも戦闘が出来る様に義手の弾薬をベルトポーチから引き抜く。

 

― 将‥お、み‥‥さ

 

 そして不意に、あの中戦車の最後の姿が脳裏に浮かんだ。真っ赤な瞳に白い肌、人間には似つかない美しさを誇る顔の造り、それが悲壮に歪んで涙を零す様子。陸上孅車に見慣れた顔など無い、全員が違う顔をしているのは当たり前、それに俺は何度も同じ陸上孅車と遭遇する戦いはしていないのだから。だから、その顔に既視感などを覚える筈が無い。

 けれど脳裏に刻まれた中戦車の顔、その顔に何故だろう。

 

 何故か、チハの顔が重なった。

 

 

 

 





 書いて下さいと言われると、「書かなきゃ!(使命感)」とPCに向かう私。
感想が来たら書いてる訳じゃないのよ、ほんとほんと。

 中戦車は死亡しました、代わりに腕の無くなった軽戦車が来ましたね!(意味深)



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