僕たちは天使になれなかった (GT(EW版))
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ベジータの出落ち
――その日、地球上から一つの町が消え去った。
火山の噴火よりも大きな爆発が、突如として町を飲み込んだのだ。
時にしてエイジ762年。全ては遠い宇宙から来訪した二人のサイヤ人が、彼らにとってはなんてこともない「挨拶」として行った所業だった。
そう、私達の町を襲った惨劇も、彼らにとってはピーピーうるさい
――何故、私だけが生き残ってしまったのだろう?
父も母もたった一人の弟も、彼らの「挨拶」でみんないなくなってしまった。
なのに私だけ、不幸なことに「挨拶」から逃れてしまったのだ。
廃墟と化した私達の町から何食わぬ顔で飛び去っていく二人の姿は、まるで道端の蟻を気付かず踏み潰していく人間のようで。
彼らの姿が見えたのは一瞬にも満たない時間だったが、当時六歳の私は、その時から生涯彼らの姿を忘れまいと心に誓った――。
――エイジ771年。
地球全人類を恐怖に陥れた人造人間セルが孫親子によって倒され、人々が再び平和な暮らしを取り戻してから四年の歳月が流れた。
その間も「銀河戦士」が復活するなど決して地球上に脅威が現れなかったわけではないが、それらのことは世界規模まで影響が広がる大事件となる前に孫悟飯らZ戦士達の働きによって人知れず排除されてきた為に、「ミスター・サタンがセルを倒した」というメディアの報道を鵜呑みにするような一般市民などはこれらの件に関して何一つ知ることなく、この平和を享受していた。
Z戦士達もまた、平和を取り戻した世界の中でそれぞれの時間を過ごしていた。
孫悟飯は四歳の弟の面倒を見つつ三年後のハイスクールへの受験に向けて勉学に励み、クリリンは昨年結婚を果たした人造人間18号との間に長女を授かり、その子育てに奔走している。ピッコロと天津飯は己の限界を知るべく修行の日々を送っており、ヤムチャは武道家を引退し、今は相棒のプーアルと共に世界各地を愛車で巡る旅を行っている。
孫悟空というあまりにも大きな代償の上で勝ち取った平和は、彼らの中でかつてないほどに落ち着いた時間となっていた。
――しかしこの日、その時間もまた呆気なく打ち砕かれようとしていた。
「ハァッ……! ハァッ……!」
草木一つ無い荒れ果てた岩場に、サイヤ人の王子であるベジータの姿があった。
黄金色の炎のようなオーラが身体中を覆っており、逆立った髪も同じ黄金色に染まっている。
強いて言うならば、超サイヤ人と同じ領域で戦えるのは超サイヤ人だけと言ったところだろう。
しかしその超サイヤ人もまた、孫悟空が散り未来の超戦士であるトランクスが本来の居場所に帰った今となっては、ベジータと孫悟飯の二人だけとなっていた。
故にこの時代において、ベジータは自らの戦闘力を宇宙最強――の悟飯に一歩劣る、宇宙二番目と認識していた。
プライドの高い彼が今の自分でもトップの座に立てないと認識しているのは、単に悟飯に出来て自分には出来ないことがあるからだ。超サイヤ人を超えた超サイヤ人――後に超サイヤ人2と呼ばれることになる戦闘形態への変身が、今のベジータには出来なかった。
しかし「銀河戦士」の一件から再開した修行によって、既にベジータも手応えを掴みつつあった。後もう一歩で自分も超サイヤ人の壁を超えることが出来る筈だと、この時のベジータは確信していた。
――そんな彼が今、この時絶体絶命の危機に瀕していた。
「くっ……くそったれ……!」
左手で右肩を押さえながら、ベジータはヨロヨロと覚束無い足で立ち上がる。
彼の纏う戦闘服は酷く傷付いており、生半可な攻撃は寄せ付けないプロテクターさえも所々割れている。
「はああああっっ!!」
荒地を踏み締め、咆哮を上げて文字通り気合いを入れ直す。
身を包む黄金色のオーラがバーナーのように激しさを増し、地球全体が怯えるように震動する。加速度的に上昇した彼の「気」は地球の裏側は勿論、地球から遠く離れた他の星からも感知出来るものだった。
対して、彼がそれほどまで気を上げて対峙する相手には、
ベジータの身をこれほどまで傷付けた戦闘能力を持ちながらも、強大な力を持つ者には必ずある筈の気を感知することが出来なかったのだ。
それはまるで、四年前に彼が戦ったカラクリ人形――人造人間達のように。
「ファイナル……!」
ベジータが両腕を大きく広げ、手のひらに目一杯気を集束させる。焦燥した表情を浮かべながらそのまま両手を前に突き出し、技の照準を前方の「敵」へと定める。
――そこに立っていた人影は、「黒い鎧」だった。
黒い鎧はベジータの放とうとする必殺技を前に微動だにせず、その動きを観察するかのように不気味に佇んでいる。
黒い鎧は華奢な体型をしており、身長も髪の先まで含めて160センチ弱しかないベジータと比べてもほとんど差はない。
頭部に位置する場所には二本の長いツノのようなものが突出しており、背部には見ようによっては翼とも取れる、やはり黒い部品がついている。
人の形をしているが、人が持つ気は相変わらず感じられない。そんな黒い鎧に対して、ベジータは集束させた気を放った。
「フラァァァーーッシュ!!」
ファイナルフラッシュ――今のベジータの使える最強の技だ。
大地に直撃させれば地球ごと簡単に消滅させられるであろう強大な一撃が、黒い鎧を相手にのみ注がれていく。
光すら超える速さで迫るその攻撃を前に、黒い鎧がようやく動きを見せる。
しかし、それは技を回避する為の動きではなかった。
黒い鎧が右腕を振り上げ、迫り来る閃光に向かって手のひらを伸ばす。
そしてフッ――と、鎧の下で笑うような声が聴こえた。
次の瞬間だった。
黒い鎧を一撃の下に破壊し尽くす筈だったベジータのファイナルフラッシュは、直撃する瞬間一転して方向を変え、技を放った筈のベジータ自身を目掛けて襲いかかっていったのだ。
「なにっ!?」
驚愕の声を上げるベジータ。
そして戦闘の天才たる彼の頭脳が、即座にその現象に対する答えを導き出す。
今のはファイナルフラッシュが弾かれたのではない。ファイナルフラッシュが
鏡が光を反射させるように、月が太陽の光を反射させるように、黒い鎧はベジータのファイナルフラッシュを反射させたのだ。
「う、うおおおおおおおおっっ!?」
だがそれに気付いた頃には、ファイナルフラッシュは既にベジータが回避出来ない目の前にまで迫っていた。
そして次の瞬間にはベジータの居た場所を跡形もなく消し飛ばし、閃光は天へと昇り大気圏外へと消えていった――。
暗転した空から、ポツポツと雨が振り始める。
誰の気も無くなった荒野を見下ろしながら、無機的に宙に佇んでいる黒い鎧が、ぼそりと蚊の鳴くような声で呟いた。
――まずは、一人目……と――。
「……奴は何者だ?」
本降りになり始めた雨天の下、岩盤にもたれかかりながら力なく座り込んでいるベジータの姿を見下ろしながら、ピッコロは彼に事情の説明を求めていた。
ベジータは自らのファイナルフラッシュによって身を飲み込まれたが、辛うじてまだ生きていた。尤も全身は傷だらけの酷い有様で、それこそピッコロが天界から「仙豆」を持ってこなければ、そのままあの世に逝っていたかもしれない重傷を負っていたが。そう言う意味ではピッコロはベジータにとって命の恩人なのだが、ベジータがピッコロに礼を言うことは無かったし、ピッコロもまた彼から感謝されるなどという気味の悪いことをされたくはなかった。
ピッコロがこの場に駆けつけたのはベジータを救う為と言うよりも、彼が対峙していた「黒い鎧」について話を聞きたかったからだ。
神の宮殿からベジータの気が膨れ上がったことを感知したピッコロだが、その時は別段気にすることもないだろうと切り捨てていた。彼もまたそうであるように、修行中であれば気を解放するのはおかしくないことだ。現地球の神であるデンデはどうにも焦った顔をして下界を見下ろしていたが、ピッコロは「どうせベジータがいつものように修行を張り切っているだけだろう」と思い、楽観視していた。
しかし神妙な顔をしたデンデに事情を説明され、自身の目で下界のベジータの様子を見ることにした瞬間、ピッコロは言葉を失った。
――ベジータは修行をしていたのではない。戦っていたのだ。
見たこともない敵と拳を交え、超サイヤ人にまでなって全力で戦っていた。その光景を目にしたピッコロは、ベジータと交戦する黒い鎧の戦闘能力に驚愕した。
超サイヤ人のベジータと互角に戦える者など、この世にはもう孫悟飯しか居ないと思っていた。その前提が、根本から覆されたのである。
「まさか、人造人間なのか?」
「……知るか」
黒い鎧はベジータと互角、いや、それ以上に戦っていた。全宇宙で二番目に強い筈のベジータを相手に、こともあろうに優勢に戦っていたのだ。
そして急いで宮殿から降りて戦いの場へと駆けつけてみれば、瀕死の状態で横たわるベジータの姿がそこにあった。それを認めた瞬間、ピッコロは二人の戦いの結末がどうなったかを悟った。
正体のわからない存在が、ベジータを打ち破った――それは半分が元地球の神であるピッコロにとって、決して見過ごすことが出来ない事実だった。
しかもあの黒い鎧からは、気を感じることが出来ないのだ。あれがドクター・ゲロの生み出した人造人間だと仮定した場合、この先地球上にどんな被害をもたらすかわからない。
最悪の場合、セルの時のような惨劇が地球人類を襲うことになるだろう。
「奴の正体など、俺の知ったことじゃない」
直接交戦したベジータならば黒い鎧について何か知っているのではないかと思ったピッコロだが、その口からは望んだ回答を得られなかった。ある意味、ベジータらしい物言いではある。
そしてベジータの目を見れば、そこには怒りに燃えた闘志の炎が宿っていた。
「だが、あの野郎は必ず俺が始末する……! ピッコロ、孫悟飯に伝えておけ。奴は俺の獲物だとな」
怒りの理由は戦いに敗れ、プライドに傷を付けられた屈辱からか。
だがその中には、どこか喜びの色が含まれているように見えた。
孫悟空が死んだことで目標が無くなってしまった今のベジータにとって、強敵の出現は喜ばしいことなのだろう。それも銀河戦士以来刺激の薄れていたこの地球において、黒い鎧は新たな刺激であった。
ピッコロもまた彼と同様に、久しく現れた強敵の存在に対して危機感と同時に高揚を抱いている自分に気が付いていた。
舞空術で飛び去っていくベジータの姿を見送りながら、ピッコロは宮殿に居るデンデへと念話を送る。
『デンデ、お前はそこから奴を捜し、見つけ次第俺に報告してくれ』
『は、はい』
次から次へと、地球に危機は絶えない。
いつだったか誰かが孫悟空が危機を呼び込んでいるのではないかと言っていたが、どうやら彼が居ようと居なかろうと、この星は危機から逃れられないようだ。
あの黒い鎧が人造人間17号、18号のように無闇に人間を傷つけない可愛い奴ならば良いのだが、この期に及んでそんな希望的観測に浸れる筈もない。
孫悟空という絶対的な戦士が居なくなったことで、かつてより慎重になっているのだろうか。ピッコロ大魔王だった者が随分と情けないものだと、ピッコロは今の己に対して自嘲した。
だがどうにも、ピッコロには嫌な予感が止まらなかった。
【ドラゴンボールZ 復讐鬼覚醒!! 奇跡の炎よ燃え上がれ】
劇場版ドラゴンボールZのお約束を出来るだけ踏襲しつつ、それぞれのキャラに見せ場を与えていきたいと思います。
特にベジータに活躍の機会を与えてあげたいなと、ブロリー映画のアレを見ながら思う今日この頃。
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復讐鬼覚醒!! 奇跡の炎よ燃え上がれ
オリキャラ登場
世界中を恐怖に陥れた人造人間セルを倒したのは、一般人からはミスター・サタンとして認識されている。
それ以降、ミスター・サタンは地球を救った英雄として持て囃され、お茶の間では「緊急特番! 人類を救った地球最強の格闘技の超天才、ミスター・サタンのすべて」などという特番が幾度もテレビで放送され、絶大な人気を博した。
セルの脅威が去って四年が過ぎた今でも、英雄ミスター・サタンの名声は留まることを知らない。
その影響力がどれほど凄まじいかと言えば、彼の住んでいる町が「サタンシティ」という名で改名され、今も尚爆発的に人口が増え続けているということを聞くだけでも推して察することが出来るだろう。
だが人口の増加に対して着いて回ったのが、治安の悪化であった。
セルの脅威が去って三年が過ぎたところまでは至って平和だったのだが、四年目にもなればそんな平和にも慣れ始め、愚かな者が出始める。人とはそういうものだ。
この日もまた、とあるスーパーマーケットを襲う事件が発生していた。
「オラオラッ! さっさと金を出せ! 食糧もだからなぁっ!」
「ひゃっはー!」
覆面で顔を隠し、ライフルで武装した集団――若者で構成された強盗団である。
店員に対してライフルを突きつけて金と食糧を要求する彼らであるが、別段彼らは日々の生活に困窮しているわけではない。金や食糧よりも、彼らは日常での刺激が欲しかったのだ。
ライフルを発砲するのが楽しく、正義ぶったムカつく人間に撃ってみたい。車を全速力で乗り回すのが楽しく、警察と命懸けのカーチェイスをしてみたい。女が好きだから、好みの子が居たらついでにかっぱらっていきたい等、彼らは各々にそんなしょうもないことを考えながらこのような騒ぎを起こしていた。
彼ら全員に共通するのは、他人に迷惑を掛けるのが大好きな人種だということだ。適当に天井に向けて発砲してみれば店員やその場に居合わせた顧客達が聴き心地の良い悲鳴を上げ、彼らの心に愉悦を与えてくれた。
しかしたった一つだけ、彼らはどうしようもない不運と突き当たってしまっていた。
「おじさん達、帰ってもらえませんか? おじさん達のせいで、みんな買い物が出来ないんです」
黒髪の少年が一人、買い物かごに詰め込まれた商品を片手に困ったような表情を浮かべながら強盗団のリーダー格の男に近寄ってきた。
殺伐としたこの場においてあまりにも不釣合いである呑気な口調は、まるで男の持つライフルが見えていないかのようだった。
だが少年にははっきりとライフルの姿が見えていたし、その上でこのような危機感の無い口を聞いていた。
「ああ? なんだこのガキ」
「坊やよぉ、喧嘩は相手見て売りな」
客観的に見れば勇敢を通り越してただの馬鹿とも言える少年の態度に顧客の大人達が息を呑み、強盗団の一同がケラケラと笑う。だがこの時、本当に喧嘩の相手を選ぶべきだったのはどちらだったのか、この場において正確に理解出来ていたのは少年を含めた「二人」しか居なかった。
強盗団の不運――それは強盗をするに丁度良いと思っていたチンケなスーパーマーケットに、宇宙最強の人間が居合わせていたことだった。
――数秒後、強盗団一同は一人残らず地に這い蹲り、遅れてやってきた警察によって無事お縄についた。
警察が登場した頃に広がっていた光景は強盗団の一同が皆揃って仲良く気絶しているという有様だったが、その全てがたった一人の少年が起こしたことであると、一部始終を目撃した者達の口から証言された。
しかし、証言に出てきた黒髪の少年の姿は、警察が取り調べを行おうとした頃には既にその場から居なくなっていた。
このことは数日間サタンシティにニューヒーローが誕生したと密かに噂されることになるが、それはまた別の話である。
雑踏を抜け、落ち着いた通路に出たところで孫悟飯は一息つく。
ここまで来ればもう警察の目は届かないだろうと、まるで犯罪者のようなことを考えている自分に苦笑する。
しかし地球が平和になったというのに、この町はいざこざが絶えない。何だか町に降りる度に事件に首を突っ込んでいるような気がするが、彼が事件体質なのは昔からのことだ。そもそもこの程度の些事、悟飯にとっては事件の範疇にすら入らなかった。
寧ろ強盗団のような悪党を倒すよりも、その後に降り掛かってくる警察からの事情聴取の方が遥かに厄介だった。もちろん警察が善意で行っているのはわかっているのだが、近い将来この町で学校に通う予定のある悟飯にとって、極力目立つのは避けたかったのである。
そういう意味では今回、「彼女」には助けられた。
「ありがとうございます、貴方のお陰で助かりました」
隣に振り向いて、悟飯はそこに居る少女へと礼を言う。
事件の後即行で買い物を済ませた悟飯は即座にその場から離脱――しようとしたのだが、店の出口は事件と聞いて集まってきた野次馬達の群れで固まっており、脱出不能になっていたのだ。
無論、その気になれば野次馬に塞がれた出口など簡単に突破出来るのだが、下手に加減を誤って誰かに怪我をさせては目も当てられない。強盗団のような悪い人間ならばある程度は容赦を捨てられるが、罪のない一般人が相手であればそうもいかない。十三歳に成長したことで今日のように一人で町に繰り出すことが多くなった悟飯にとって、一般人を相手にした日常での力の使い方は大きな悩みとなっていた。
そのように出口の前で右往左往していた悟飯に救いの手を差し伸べてくれたのが、隣に居る少女だった。
店の外に出られない悟飯を、人気のない店の裏口まで案内してくれたのだ。
「どういたしまして。でもあの出口、本当は店員専用で、お客さんは使っちゃ駄目なんだけどね」
「えっ、そうなんですか!? まずいことしちゃったなぁ……」
「へーきへーき、君は店を救った救世主なんだし、そのぐらい許されてしかるべきだよ」
「いや、でも……」
次にあの店に行った時は店員の人に謝ろう、そう心に決める悟飯を見て、少女がクスッと笑う。
そうしていると、何だか悟飯は妙な気分に陥った。
それは話している相手が異性――である以前に、自分と同じ年頃の子供だからだろうと気付いた。
思えば昔から、自分と歳の近い人間とはほとんど話したことがなかったものだ。生まれ育ったパオズ山には弟の悟天以外に他の子供は居ないし、友人と言える関係であるクリリンなどは実父よりも歳上。ハイヤードラゴンとは今も仲良しだが、残念ながら人間ではない。ピッコロは――実はあまり自分と年齢に差がないことを知って驚愕したものだが、それでも尊敬する師匠である彼には歳の近い人間に対するものとはやはり違う感情を持って接している。
そういう人間関係であるが故に、このように少ないながらも歳の近い人間と言葉を交わすのは新鮮な経験だった。
「許されなきゃ駄目だよ。君は立派なことをしたんだから」
「そうかな?」
「そうそう、君は謙虚すぎるよ。それだけの力があるなら、もっと威張り散らしたってバチは当たらないさ」
そしてそう言った人間から自分の行動が褒められるのもまた新鮮な体験であり、妙な気分だった。
自分が今日行ったことはほんの小さなことだが、そうやってヒーローみたく扱われるのは心地が良い。同時に照れくさく、恥ずかしいという思いもあったが。
買い物袋を持つ側とは別の手で頭を掻く悟飯に対して、少女は微笑みながら言う。
「それこそあの強盗団をみんな殺しちゃっても、君なら許される。強盗団だけじゃない。人の功績奪ってふんぞり返っているあのホラ吹き野郎をとっちめたって、君なら許されるんだよ」
「いや、それは駄目ですよ」
少女の口から放たれたそんな物騒な言葉を聞いた瞬間、悟飯は少女の僅かな「気」の変化を感じた。
悟飯からしてみれば他の一般人と何ら変わりのない、極めて矮小な「気」――彼女から感じ取れるそれから、妙な感覚を覚えたのだ。
穏やかな空気が一点、悟飯の中でざわざわと胸騒ぎが起こる。
足を止めて少女の姿を見てみると、彼女もまた足を止めてある方向を見ていた。
ミスター・サタンの巨大ポスター――スポーツジムの看板に貼り付けられたそれを、少女はつまらなそうに眺めていた。
悟飯が少女の姿をはっきりと認めたのは、今更ながらそれが初めてだった。
生い立ちから美的感覚に乏しい悟飯からしても、少女の姿は素直に美しいと思えるものだった。
歳の頃は十代前半と言ったところで、最初に思った通り悟飯と同じぐらいだ。しかしその整った顔立ちには、年齢相応のあどけなさが微塵も感じられない。きめ細やかな白い肌と艶やかな黒髪のロングヘアーも相まって、可愛らしいというよりも凛々しいという言葉が似合う姿だった。
そしてその中には、触れれば掠れてしまいそうな儚さが混在していた。
「……なんで、君は何も思わないんだい?」
ミスター・サタンのポスターを眺めながら、少女は悟飯に問い掛ける。
その問いの意味が理解出来なかった悟飯は、下手に取り繕うことなく素直に聞き返す。
「何のことですか?」
「君の功績を奪った、ミスター・サタンのことだよ」
そんな悟飯の反応を予測していたかのように、少女は間髪入れず説明する。
「セルを倒したの、君なんだろう? 子供なのに地球の為に必死に戦って、戦って、戦い抜いて……その結果があんなのに奪われたとなれば、普通恨み言の一つも言いたくなりそうなものだけど」
――その言葉に、悟飯は驚いた。
ミスター・サタンがセルを倒したという真実と掛け離れた話は既に世界中に広まりきっており、悟飯達のことを知らない一般人は皆その話を間に受けているものだろうと思っていたのだ。
しかし、この少女は知っていたのだ。本当にセルを倒した戦士が誰なのかを。
「僕のこと、知っているんですか?」
「うん。でも私としては、寧ろなんでみんな知らないのかがわからないよ。セルみたいな化け物、ただの地球人が倒せるわけないじゃない」
まあ、そんなことはどうでもいいんだ、と少女が言う。
そして、再度悟飯に問い質した。
「で、どうなの? 本当のところ、サタンのこと恨んでないの?」
「恨んでなんかいませんよ。寧ろ僕、あの人には感謝していますし」
「銀河戦士の時に助けられたからかい?」
「それもありますけど……」
真剣さを漂わせた少女の栗色の目を受けて、悟飯は嘘偽りの無い正直な言葉を返す。
セルを倒したのは悟飯だが、世界にはミスター・サタンが倒したこととして広まっている。そのことに対して、師のピッコロからも似たような問い掛けをされたことがあった。
その時もまた、悟飯は同じ言葉を返している。
「僕は救世主じゃなくて、偉い学者さんになるのが夢なんです。戦うことも、あまり好きじゃなくて。だからセルをサタンさんが倒したってことになってても、みんな喜んでいるんだからそれでいいじゃないですか」
人々から持て囃される救世主になりたいだとか、悟飯は生まれてこの方一度も思ったことはない。
悟飯が地球の為に戦ってきたのは自分の好きな自然や動物達、そして大好きな人々を守りたくて、自分に偶々その力があったからなのだ。本来目指したかったことは平和な世界で学者になることであるが故に、今のミスター・サタンのような立場には一切興味が無かったのである。
ミスター・サタンもあれで人々の心の拠り所になっており、世界に多大な貢献をしている身だ。そんな彼の元で人々が笑っていられるのなら、悟飯に思うことは何も無かった。
もしもサタンが権力を盾に人々を悲しませるようなことをする悪人だったのなら話は別だが、そういう面においては彼は極めて善人であり、その心配は無い。いざという時は死を覚悟してでも戦いに赴く漢なのは銀河戦士の一件で実証済みであり、悟飯自身も実際に助けられたこともあってか彼には感謝の思いがあった。
そのことを伝えると、少女は呆れたように溜め息をつき、そして口元を綻ばせた。
「……君は凄いよ、孫悟飯」
言って、少女は唐突にその場から走り去る。
そうして十メートルほど離れた後、彼女は振り向いて手を振りながら言った。
「うん、ここなら人は居ないから、空を飛んで帰っても大丈夫だよ!」
次から次へと叩き込まれてくる発言に、悟飯はまたも驚かされる。
どうやら彼女には、自分がパオズ山に帰る為に飛べる場所を探していたことがバレていたらしい。
あまりの詳しさに、悟飯は少し怖いとも思ってしまった。
しかし彼女から感じられる気に邪悪なものは感じない為、この時の悟飯はそれほど警戒することもなく、素直に「ありがとうございます!」と手を振り返すことにした。
そして、次の瞬間である。
「私の名前、ネオンって言うんだ。また会おうね、悟飯!」
その言葉から、悟飯は彼女の名を初めて知った。
一口に不思議な少女と片付けてしまうには、何とも不思議が過ぎているように思える少女、ネオン。
――これが孫悟飯にとって、彼女との初めての会遇だった。
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原作とはパラレルワールド
孫悟飯という少年の存在を知ってから、私はずっと彼のことが気になっていた。
孫悟空というサイヤ人の父とチチという地球人の母の間に産まれ、四歳の頃から過酷な戦場に身を置き、私の両親の仇である二人のサイヤ人と戦った少年。
やがて心身共に成長した彼は地球を守る最強の戦士となり、父をも超えて人造人間セルを打ち破った。
その人生は、まさに英雄である。そしてそんな彼とひょんなことから対面することになった私は、彼と出会えた幸運を心から感謝した。
彼の姿を一目見たその時から、私は彼の話を聞いてみたいと思った。
私の知らない彼の戦いや、平凡とは程遠い波乱万丈な体験談を。
私にとってのそれはミスター・サタンの特番なんかよりもずっと価値があり、そして興味があった。
思えばその時から私は、半分以上彼のストーカーになっていたのかもしれない。
私がそうまで彼のことを想っていた理由は、自分のことを救ってほしかったからなのだろうと今ならわかる。
――そんな身勝手な感情を、あの時の私は彼に押し付けていたのだ。
ネオンと名乗る不思議な少女と出会ってから数週間後、悟飯は同じサタンシティにて再び彼女と会うことになった。
この広いサタンシティで、一度会っただけの人間が連絡も無しに再会するなど奇跡的な確率である。尤も悟飯がその気になれば彼女の「気」を読み取ることで彼女の居場所を正確に把握することが出来るのだが、この時は完全に無意識下での再会だった。
この日の悟飯は勉強の為、資料を漁りに図書館を訪れていた。そしてその場所に、何の因果かネオンの姿があったのである。
「あっ」
「うわ、すっごい偶然」
彼女にとってもこの再会は狙っていたわけではなく、悟飯と同じように驚きの表情を浮かべていた。
だがそれも最初だけで、彼女はすぐに柔和な表情を浮かべ、顔見知りへの挨拶をした。
「こんにちは」
「こんにちは。えっと、ネオンさんでしたよね?」
「覚えていてくれたんだ、嬉しいね。悟飯は勉強かい?」
「はい。ここには、家には無い本がたくさんありますから」
「君も物好きだねぇ。君みたいな力があれば、学者になんかならなくても余裕で食べていけるだろうに」
「あはは、でも、好きでやっていることですから」
図書館のマナーを破らない程度の声量で、二人は言葉を交わす。
ネオンの言葉遣いは二回目の対面とは思えない馴れ馴れしさだったが、それに対して悟飯が不愉快に思うことはない。それは彼自身が温和な性格であることもあるが、ネオンという少女にはそんな馴れ馴れしさを許容出来る、見た目以上に人懐っこい雰囲気があることが大きかった。
「でもそうやって自分の目標に直向きな姿は、とても格好良いと思うよ」
頬を緩めながら、ネオンが言った。
その横顔には微妙な影が窺え、およそ十代前半の少女のものとは思えなかった。
何気ない筈の言葉が何故こうも気になるのだろうか、そう不思議に思いながら、悟飯が彼女に話題を振る。
「ネオンさんには、目標が無いんですか?」
自分には目標が無いかのような口ぶりが、悟飯には気になった。
大人ならばともかく、彼女も自分と同じぐらいの子供なのだ。普通の子供は将来に対して何かしらの目標を持っているものだと母から教えられて育ってきた悟飯には、それが無いということが不思議に思えたのである。
ネオンは数拍の間を置いて、手元の書棚から一冊の本を取りながら応えた。
「仇討ちだよ」
にっこりと笑いながらそう言ってみせた瞬間、彼女の小さな「気」の性質が僅かに変化した。
そして彼女が手に取った本の表紙には、「町を襲った怪事件! 謎の宇宙人サイヤ人とは!?」というタイトルの下、町一つ分に及ぶ巨大なクレーターを映した航空写真が広がっていた。
その景色に、悟飯は見覚えがあった。
「それって……」
「丁度良いところに丁度良い本が置いてあったね。こんな大事件が今では世間から忘れられているなんて、可笑しな話だとは思わないかい?」
「………………」
今から約八年前、二人のサイヤ人――ベジータとナッパが地球に襲来した時の写真である。
それは悟飯にとって初めて実戦を行った日のことであり、直接現地に居合わせたわけでこそないが、思い入れの深い出来事だった。
「二人の宇宙人が何もかも消した……この町にはね、私の家族が居たんだ。あの日まで私はお父さんとお母さんと、四歳の弟と暮らしていた……」
その写真を眺めるネオンの目はひたすらに悲しげで、今にでも泣き出してしまいそうな顔だった。
彼女が何故そんな話を自分にするのか、悟飯はそのことを考えるよりも先に、彼女のことをただただ可哀想だと思った。
あの町に居た人間は、死んだままだ。
あの町の人間は、「フリーザ一味に殺された人間を生き返らせてくれ」という願いの範囲内から外れてしまい、ドラゴンボールで生き返ることが出来なかった不幸な者達だ。
彼女の家族がそこに居たと聞かされて、同情する以外に何が出来るというのだろうか。自分にとって大切な存在がいなくなる気持ちを、悟飯は他の誰よりも理解しているつもりだった。
「……ごめんね、湿っぽい話をしちゃった。別にそんなつもりじゃなかったんだけど、この写真を見るといつもこうなんだ」
目元を擦る彼女に悟飯が声を掛けられないでいると、頼んでもいないのに勝手に込み入った話をし始めた自分が悪いとネオンが頭を下げる。すると、彼女から感じられる「気」がスッと穏やかな性質へと戻った。
「仇討ちっていうのは、もしかして……」
「そう、私の目標はこれをやった二人の宇宙人を倒すこと――だったんだけどね。そんなの、出来るわけなかった。あの頃の私は小さかったけど、調べれば調べるほど彼らがどんな化け物なのかわかっちゃったんだ」
本の表紙と仇討ちと言ったネオンの言葉とを照らし合わせ、悟飯はその意味を理解する。
そして同時に、彼女の言う通りそんなことはどうひっくり返っても達成不可能な目標だと思った。
人並みの矮小な気しか持たない普通の地球人の少女が、人外の力を持つ二人のサイヤ人を倒せる筈がないのだ。
全てはネオンの、諦め切った表情が物語っていた。
「……それでね、二人の宇宙人――ナッパとベジータのことを調べていた時に、君と君のお父さん達のことを知ったんだ。孫悟空と孫悟飯、クリリン、ヤムチャ、天津飯、餃子、ピッコロ大魔王……みんな人間離れした、地球最強の戦士。ミスター・サタンが赤ん坊みたいに見えてしまう、本当にとんでもないよ、君達は」
「そうか、だから僕のことを知っていたんですか」
「そういうこと。ストーカーみたいで気持ち悪いと思うでしょ? 私もそう思う」
「すとーかー? 僕は別に、気持ち悪いなんて思いませんけど」
あの戦いの被害者――その境遇に対して、サイヤ人と戦った者として思う部分は多い。
情けなくて、弱虫だったあの頃の自分に今の力があればと……傲慢だとは思うが、そんなことを考えてしまう自分が居るのだ。
ただ彼女の話を聞いて、悟飯は彼女が自分達のことを知っていることについては純粋に嬉しく思った。
「でも、僕達の仲間以外にも、お父さん達の凄さをわかる人が居てくれて嬉しいです」
「そうかい? 私としては、世界中の人が君達の凄さを知るべきだと思うけど」
自分のことはともかく、自分が大好きな人達が他人から認められるのは嬉しいことだ。
父に似て名誉に対するこだわりが薄い悟飯ではあるが、それは心から思うことだった。
そんな悟飯を微笑ましい物をみるような目で眺めながら、ネオンが言う。
「私がこんな話をしたのはね、君に聞きたいことがあるからなんだ」
「え? 聞きたいことですか?」
「そう、回りくどい言い方をしてごめんね」
自分と二人のサイヤ人の因縁は、話の本題ではない。そう言って、ネオンは真面目な表情に変わって悟飯に訊ねた。
「これをやったサイヤ人の一人、ナッパが今どこに居るか知ってる? やっぱり、君達がやっつけたのかな?」
彼女の境遇から、ある程度は予測出来る質問だった。
それを聞いて、確かに前置き無しでは切り出せない質問だなと悟飯は納得する。
「はい。お父さんがやっつけました」
そして質問に対して、簡潔に答える。
二人のサイヤ人の内一人、ナッパは悟飯の父孫悟空の手で打ち倒された。その命に止めを刺したのは本来仲間である筈のベジータだったが、悟飯はあえてそのことには触れなかった。
ベジータのことを良く思っていないであろう彼女の心境を考えれば、悪は悪に滅ぼされたと言うよりも悪は善に滅ぼされたと言う方が彼女の為に良いと思ったのだ。嘘はついていないが、詳しいことまでは言わない。詐欺師のような話術だが、普段馬鹿がつくほどの正直者の悟飯がついた彼なりの気遣いだった。
「……そっか。じゃあこれで、私の家族も安心して眠れるんだ……」
その気遣いは間違っていなかったようで、聞かされたネオンは晴れやかな笑みを浮かべた。
仇の一人が討たれた――その事実を喜んでいる様子だった。
もう一人の仇――ベジータのことについては複雑な立場上言うべきか言わないべきか非常に悩むところだったが、意外にもネオンは彼の件については触れてこなかった。
「ありがとうって、君のお父さんに伝えたいところだけど……お父さん、セルゲームで死んじゃったんだよね?」
「……はい。お父さんは地球を守る為に」
「……嫌なことを聞いてしまったね」
「い、いえ、大丈夫です。そのことはもう、大丈夫ですから!」
浮かべた笑みも束の間、礼を言うべき相手がこの世に居ないことを知り、ネオンが悲しげに肩を落とす。
悟飯の父、孫悟空の死。そのことについても知っている様子だったが、彼女が本気で悲しんでくれることが悟飯には嬉しかった。
この人は、良い人なのだろう。その姿から、悟飯は自然とそう思った。
「……なら、息子の君に言わせてほしい。私の家族の仇を討ってくれて、ありがとう。それと、セルを倒してくれて、この地球を救ってくれてありがとう」
「ど、どういたしまして? なんか恥ずかしいなぁ、そう言われるの……」
「ふふ、照れないでよ救世主」
面と向かって礼を言われ、慣れない状況に悟飯は顔を赤らめる。
サイヤ人襲来の時はろくに力になれなかったし、セルの時も自分の思い上がりで父を死なせてしまったりと誇らしさよりも後悔の方が大きい。
だがそんな自分でも、こうして認められるのは嬉しい気分である。決してミスター・サタンを羨むほどではなかったが。
「そんな救世主な君に、厚かましいけど一つだけお願いがあるんだ。どうしても、聞いてほしいお願いが」
「お願い、ですか?」
「うん」
喜びで少々心の舞い上がった悟飯に、続けざまにネオンが言った。
「ほんの少しで良いんだ。私に、「気」の使い方を教えてください」
それが彼の人生において、初めて「教える側」の人間を経験することになる切っ掛けだった――。
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申し訳程度の平和な時間
力が欲しかった。
彼らのように、とまでは言わない。ただ私は、自分の運命をほんの少しでも捻じ曲げることが出来る力が欲しかったのだ。
それまで独学で「気」の使い方を学び、か弱い一般人なりに身体を鍛えていた私だが、いつしか自分一人の力では人間のレベルを絶対に超えられないことを思い知った。
だから私は、救世主に縋った。
気を上手く使うことさえ出来るようになれば、私の中に居る「怪物」を封じ込めることが出来ると思ったのだ――。
パオズ山――人里から離れた秘境とも言えるその場所に、孫一家の住居がある。
そしてその一軒家を眼下に、優雅に空を舞う少女の姿があった。
「ふふ、自分の力で飛ぶのって気持ちいいなぁ……」
少女の表情は、見ている方が幸せになるような満面の笑みが浮かんでいた。
舞空術――文字通り、鳥のように空を舞う術だ。尤もZ戦士のような「気」の熟練者が扱えば、鳥などよりも遥かに速く飛行出来る術となるが。
少女が披露している舞空術は幼少時の悟飯の足元にも及ばない速さだが、それでも間違いなく、形として舞空術と呼んで良い完成度だった。
「凄いなぁ、もうあそこまで飛べるなんて」
少女――ネオンの飛ぶ姿を見て、悟飯は純粋に驚きを口にした。
彼が彼女に気の使い方を教え始めてから、まだ二週間も経っていない。ある程度は独学で学んだと言っていたが、ちょっとしたコツを教えるだけで早くもこれだけ飛べるようになったのだから、悟飯の目で見ても彼女は十分に並外れた才能を持っていると言えた。
彼女を一般人、と称するのは少々見立て違いかもしれない。彼女の飲み込みの早さに、悟飯はそう思った。
「ねえねえ兄ちゃん、ぼくもお空をとびたいなぁ」
「うーん、悟天にはまだちょっと早いかな。来年、悟天が五歳になったら教えるよ」
「ほんとう!? やくそくだからね!」
「ああ、約束だ」
自由自在に空を飛び回る彼女を、弟の悟天が羨ましそうに眺める。
四歳の子供にそう感じさせるほど、彼女は「楽しそう」に空を飛んでいたのだ。
日頃の悟飯も彼の前で舞空術を見せることはあるのだが、そう言った舞空術は悟飯にとって「いつものこと」であり、特別意識して行っていることではない。
だからか、彼女のように楽しそうに舞空術をするという姿が悟天には新鮮に見えたのだろう。それで自分もやってみたいと興味を抱くのは、子供として不思議なことではなかった。
思えば自分も、初めて空を飛んだ時は楽しかったなと、悟飯は過去の体験を思い起こす。尤も悟飯の場合は状況が状況の為に、長々と舞空術を楽しんではいられなかったが。
サイヤ人襲来に備えて、ピッコロに修行をつけてもらった日々のことを思い出す。
当時は涙の絶えない地獄の毎日だと思っていたが、今ではそれも良い思い出である。当初、師匠のピッコロは確かに厳しかったが、その節々には悟飯のことを思いやる優しさがあった。
「よっと」
……なんだか、ピッコロさんに会いたくなってきた。久しぶりに神様の宮殿に遊びに行こうか。そんなことを考えていると、空からネオンが悟飯達の前へと降り立ってきた。
「どうだった? 私の舞空術」
「うん、ほとんど完璧だと思います」
「じゃあさ、もうそこそこに気のコントロールは出来てると思っていいのかな?」
「うーん、どのくらい出来ればばっちりって言うのかはわからないですけど、もっと速く飛ぶのでしたら地道に体力を付けていくのが良いと思いますよ」
「思いますよ、か……なんか頼りないねぇ」
「すみません……今まで、こうして人に教えたことがなかったので」
「ふふ、冗談だよ。君のことは本当に頼りにしてるから」
微笑を浮かべながらそう言うネオンに、悟飯は苦笑を返す。
人に物を教えるのはこれが初めてな悟飯にとって、指導を頼りにされるという気持ちは気恥ずかしさもあるが嬉しくもあった。
「三人とも、御飯出来ただよ〜!」
「はーい、今行きます」
「三人?」
すると、悟飯の家から彼らを呼ぶ声が聞こえた。
母のチチの声である。どうやら、気がつかない間に昼の時間になっていたらしい。
しかし、ネオンはチチが「三人」と呼んだことを不思議そうに聞いていた。
「お姉ちゃんも行こ行こ!」
「ネオンさんも食べていくといいだ。修行でお腹減ってるだろ?」
悟天とチチの言葉でようやく自分も頭数に含まれていることに気付いたネオンが、悟天に手を引かれながら孫家の家へと向かっていく。
そう言えば昼食にまで招待するのはこれが初めてだったなと、悟飯は今更ながらに思った。
「お母さんの手料理、美味しいですよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
ネオンは最初こそ戸惑いの表情を浮かべていたが、チチや悟天の友好的な態度から笑顔で受け取った。
彼女のことを母のチチと弟の悟天に紹介したのはついこの間のことだが、どうやら思った以上に友好的な関係を築けているようだと悟飯は安心する。
……ただ、最近妙にチチからの視線が生暖かいような気がするのは気のせいだろうか。そんなことを考えながら、悟飯は二人の後に続いて自宅へと戻った。
『私に、「気」の使い方を教えてください』
頭を下げられてそう頼み込まれたあの日、悟飯は対応に困った。
しかしむげもなく断ることはせず、とりあえず話だけでも聞いてみようと判断したのは良く言えば彼の優しい性格、悪く言えば押しに弱い性格によるところだろう。
そして、ネオンは話した。「気」の使い方を教えてほしいという話を切り出した、その理由を。
内容を聞いてみれば、至って単純なものだった。
サイヤ人の襲来によって家族を一度に失った過去がある彼女は、今後二度とそのようなことが起こらないように、力が欲しいのだと言う。
外敵を倒す力ではなく、最低限、自分の守りたいものを守り通すことの出来る力が。
彼女は家族を失って以来、彼女なりに力を求め続けてきた。華奢な見た目からは想像も付かないが、彼女もまた格闘技の修練を積み、貪欲に強くなろうとしていたのだ。
そこで彼女は、ある日「気」の存在を知った。
町を消したサイヤ人達のように、空を飛んだり、エネルギー弾を放ったりすることが出来る超常の力。ミスター・サタンなどはトリックと呼んで認識しない、この世のものとは思えない現実離れした力だ。
その力を自分も扱えるようになれば、あの時守れなかったものも守れるかもしれないから……ネオンはそう言って、話を締めくくった。
『私に払える対価なんてろくにないけど、ほんの少しだけでもいいから教えてほしいんだ』
『わかりました! やりましょう!』
『えっ? いいの!?』
彼女の話を聞いて、悟飯は手のひらを返すようにあっさりと引き受けることに決めた。その胸には、熱く込み上がってくるものがあった。
『ネオンさんは凄いです! 家族が死んでしまっても、前を向いていて……感動しました!』
『感動……? 今の話、感動するところあった?』
『はいっ!』
家族を失う理不尽に遭っても塞ぎ込むことなく、今後二度とそのようなことが起こらないように自己鍛錬に打ち込む。口で言うのは簡単だが、その行動は誰にでも出来ることではないと悟飯は思っている。
悟飯もまた四年前に父悟空が亡くなってから立ち直った身だが、それは界王様のお陰で父の遺言を聞くことが出来たからだと思っている。もしもあの時父と何の会話もないまま永遠の別れをしていたら、今でもその死を引きずっていたかもしれない。悟飯にとって、家族の存在はそれほど大きなものなのだ。
その点、彼女は自分の力だけで家族の死から立ち直り、前を向いて生きている。その事実は、なまじ悟飯が純粋であるが故に心に来るものがあった。
『僕でよろしければ、幾らでも教えますよ!』
『暇な時間で、気が向いた時だけでもいいよ? 君の家はちょっと遠そうだけど、連絡してくれればこっちから君の家に行くから。あっ、出来たら電話番号を教えてほしいな。私のも教えるから』
『わかりました。でも、お昼前くらいならいつでも大丈夫だと思います。その時間なら、僕も多分暇ですし』
『あ、ありがとう! 君に会えて良かった』
『……でもネオンさん、僕の家の場所知っているんですか?』
『え? あー……うん、噂で聞いたことがあるぐらいには……』
『じゃあ、これから行きませんか? 僕が連れて行ってあげますよ』
『本当かい? 助かるよ!』
彼女が自分に教えを乞うのは、悟飯からしてみれば困っている人が助けを求めているのと同じだ。これより少し後になるが、母のチチなどは彼女の話に対して涙を流しながら聞いていたものだ。そして悟飯にとっては少々予想外なことにもチチから「ちゃんと教えてやるんだぞ、悟飯!」と快く彼女に指導することを許可してもらえる理由となった。
悟飯自身の都合としては、世界が平和になったことから時間には幾分余裕があった。勉強こそしなければならないが、自分の修行に関しては戦いがあった時ほど身を費やす必要は無いと思っていた。
つまり、この時の悟飯には彼女の頼みを受けない理由よりも、受ける理由の方が大きかったのだ。
――こうして、悟飯は人生で初の弟子を取ることになったのである。
初めて人に物を教えるに当たって、悟飯には苦心したことが多々ある。
特に幼少の頃から戦士として過ごしてきた悟飯は、ネオンのような「普通の」人間に関する常識があまりにも欠けていた。
それ故に、悟飯にとっての常識が彼女にとっての非常識であることに気付かないことも多かった。
その一つが、彼女の住む町から悟飯の家までの道程である。
「最初はビックリしましたよ。噂には聞いていたけど、悟飯クンの家がこんな遠いところにあるなんて思っていませんでした」
「まあ、確かに人里からはちょっと遠いところにあるだな。でも、ここは一番住みやすくていいところだ」
「僕もトランクス君のとこより、ここのほうがいいや」
「……私もそう思います。自然や動物達がいっぱい居て、良いところですよね。このパオズ山は」
大量の料理が並ぶテーブルを四人で囲みながら、悟飯達は団欒を行う。
その話題の一つとして、ネオンが初めてこの場所を訪れた時のことを話した。
「あの時はすみません。あの時、僕がネオンさんを一緒に連れて行かなかったら、ネオンさんのことを遭難させてしまうところでした」
「あはは、私からお願いしたことだし、謝らなくていいよ。それを言うなら移動の時はいつも筋斗雲を貸してもらっちゃって、こっちの方が申し訳ないよ」
人里からこの家までの間はただ遠いだけでなく、猛獣や怪獣が発生することもある非常に険しい道程だ。
それも悟飯達にとっては何の脅威でも無いが、一般人にとっては片道だけでも命懸けな道程だということを、悟飯はその時ネオンから聞かされて初めて知ったものだ。
そこで悟飯は、彼女がここへ来る時だけは雲の乗り物である「筋斗雲」を貸し出すことにした。
これによって道中の危険は無くなり、また飛行機などよりも速く飛ぶことが出来る為に移動時間の問題も無くなったのである。
「でも、まさか私が筋斗雲に乗れるなんて思わなかった」
「悪い奴は乗れねぇ乗り物だからな。でもあれに乗れるのを見て、オラはオメーさのことを認めただよ」
「はは、ありがとう、チチさん」
清い心の持ち主で無ければ乗ることの出来ない筋斗雲に、ネオンは乗ることが出来る。それは即ち、ネオンが清い心の持ち主であるということに他ならない。
最初に会った時から悟飯が彼女に対して警戒心を欠片も抱かなかったのは、そのことが証明する彼女の善性による部分が大きいのかもしれない。恐らく、チチや悟天もそうなのだろう。
そしてそれは悟飯の中で、彼女なら自分が気の使い方を教えたところで悪いことには使わない筈だという確信にもなった。
「モゴモゴ……そう言えばネオンさん。この間貰った本、とても勉強になりました」
「そう? ああいうので良かったらまだたくさんあるから、今度全部持ってこようか?」
「いいんですか!? お願いします!」
「色々教えてもらう対価としては安いものだよ」
「モゴモゴ……ゴクンッ、そんなことはありませんよ」
チチの料理に手を付けながら、四人は穏やかな時間を過ごす。尤も、孫悟空というサイヤ人の血を引く二人の少年の箸だけは、とても穏やかな速さとは言えなかったが。
その光景をチチは微笑ましげに、ネオンは呆気に取られて眺めていた。
「にしても、悟飯クンも悟天クンもよく食べますねぇ」
「二人とも育ち盛りだかんなぁ」
「……後片付け、手伝いますよ」
「それは助かるだ。でもネオンさんはお客さんだ。今回は気にせんでええ」
十三歳と四歳にして、巷のフードファイターが裸足で逃げ出すほどの大食い兄弟である。もしもこの場に今は亡き夫が居れば、さらに混沌とした食卓になるのだろう。しかしこの時ばかりは隣に座る少女の精神衛生上、そうならなくて良かったのかもしれないと一家の母が思っていたりしたが、それはまた別の話である。
――彼女と過ごす最後の平和な時間は、そうして流れた。
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超サイヤ人に変身するまでやけに引っ張る
私が「気」の使い方を覚えれば、あのまま「怪物」を封じ込めておくことが出来ると思った。
その推測は、あながち間違いではなかったのだろう。現に彼に教わってからの数日間は、私の身体は随分と楽になったと思う。
ただそれは、遅すぎたのだ。
私程度の人間が身につけた付け焼刃の気では、宇宙規模まで広がろうとする「怪物」の力を封じ込められる筈もなかった。
寧ろ中途半端に学んだ為に、かえって「怪物」の動きを活性化させてしまったのかもしれない。
こんな馬鹿な私がなんで筋斗雲に乗れたのか……世の中、わからないものだよね。
ネオンが舞空術をマスターしてから、早くも四日が過ぎた。しかしあの日以来、ネオンは一度も悟飯の家を訪れていなかった。
それまではほとんど毎日訪れていた彼女だが、最近は彼女の周りも忙しいのだろう。悟飯はそう思い、この時はあまり気にかけていなかった。
しかしそんな悟飯とは違い、弟の悟天は一日ごとに「今日はお姉ちゃん来ないの?」としきりに彼女のことを聞いてきたものだ。たった数日とは言え、悟天は随分と彼女のことを気に入っており、修行に訪れた時はまるで姉のように慕っていたほどだ。
彼女の方もまた、悟天と接するのは心地が良いと言っていた。亡くなった弟が、丁度今の悟天と同じぐらいの歳だったとも。
そんなお互いの心象もあり、修行の合間や悟飯が勉強をしている時など、彼女はよく悟天と遊んでくれた。家族や動物達を除けば西の都に居るトランクスぐらいしか遊び相手の居ない悟天にとって、彼女は数少ない遊び相手だったのだ。
そんな彼女が最近は家に来ないこともあり、悟天は寂しそうにしていた。
「あっ、そう言えば電話番号教えてもらってたっけ」
そんな弟の姿を見かねた悟飯は、そこに来てようやく彼女との連絡手段を持っていたことを思い出す。
ここパオズ山は本来なら電波が届かない場所だが、天才科学者であるブルマに協力してもらうことで電話やテレビなども問題なく使用出来るようになっている。悟飯は電話によって、彼女と話をすることにした。
――そう決めた時である。
悟飯が電話機の受話器に手を伸ばした瞬間、奇遇にもプルルルル、と着信の音が鳴り響いた。
素早く手に取って耳に当てると、スピーカーから悟飯の知っている少女の声が聴こえてきた。
「もしもし」
《その声……ちょっと低いから悟飯?》
「はい、悟飯です。ネオンさんですよね?」
《うん、ごめんね。最近、修行サボっちゃって、私から、頼んだことなのに……》
「いえ、そちらにも都合がおありでしょうし」
四日というそれほど久しくもない日にちぶりに聞いた彼女の声だが、無事に聴けてどこか安心している自分に悟飯は気付いた。
どうやら自分は、自分が思っていた以上に日頃の日常生活に彼女が居ることに慣れていたらしい。ほんの数日前出会ったばかりなのに不思議なものだと、思いのほか深くなっていたネオンとの関係に悟飯はそう思った。
「ねえねえ誰!? もしかしてネオンお姉ちゃん!?」
すると、隣からズボンの裾を引っ張りながら悟天が電話の相手のことを訊ねてきた。
元気な声だから向こうも受話器越しに聞き取れたのか、苦笑を浮かべた様子でネオンが言った。
《今の声は、君より高いから悟天だね。君達、本当に、声がそっくりだよねぇ》
「は、はは……よく言われます。悟天が話したがっているので、替わってもいいですか?」
《うん、私も、悟天と話したいことがあったから……》
「ネオンさん、どこが調子が悪いんですか? ちょっと辛そうですよ?」
《あはは、まあ、そんなところかな……》
「無理はなさらないでくださいね」
彼女自身は誤魔化そうとしているが、受話器越しに聞き取れる彼女の声からは普段よりもどこか元気が無いように感じた。
風邪気味ならば最近家に来ないのも頷けると、悟飯は彼女の言葉からそう納得する。
そして先ほどから彼女と話したがっている悟天に、苦笑しながら受話器を手渡してあげた。その際悟天に対して、力が余ってうっかり受話器を握り潰さないように言っておくのは忘れなかった。
しばしの間、悟天とネオンが電話越しに談笑する。
それはいつもこの家で二人がしていたように、他愛も無い話を行っているようだった。
しかし、突如として受話器を持つ悟天の目が変わった。
「えっ!? どういうこと!?」
驚きに目を見開きながら、酷く慌てた様子で悟天が叫ぶ。
「お姉ちゃん、にげてってなに!? どういうこと!? ねえ!? ねえっ!」
普段暢気な弟が今まで見せたことのない表情に、悟飯も表情を険しく変える。
事情はわからないが、何やらただ事では無い何かが二人の会話にあったのだろうと悟飯は察した。
「どうした、悟天?」
「兄ちゃん! お姉ちゃんが僕ににげてって……わけわかんないよ!」
「貸してくれ!」
彼女から言われたことを必死で伝えようとする悟天だが、四歳児の語彙力では要領を得ない。
見かねた悟飯が受話器を奪うように取ると、再びネオンとの通話に戻った。
「ネオンさん、悟天に何言って……」
一体、彼女は悟天に何を言ったのか?
それを聞き出すべく声を掛ける悟飯だが、受話器の向こうから聞こえてきた言葉は予想だにしないものだった。
《……私ハ……サイヤ人ヲ許サナイ……》
「!?」
彼女のものとは思えない、深く濁りきった声。
鼓膜に触れただけで身震いするような、おぞましく冷たい言葉だった。
そこには、悟飯がしばらくの間向けられていなかった感情が込められていた。
フリーザやセルと対峙した時と同じ――明確な殺意である。
その声を発したのは、ネオンではない。少なくとも、悟飯はそう思った。彼女のような穏やかで優しい子が、こんな声を出せてたまるかと。
「誰だお前は!?」
回線の向こうに居る人物に、悟飯が声を荒げて問おうとした次の瞬間だった。
カッ――と、窓の外から紅い何かが光った。
「伏せろ、悟天!」
それを知覚した瞬間から、悟飯の身体は動いていた。
受話器を持つ手を離し、横に立つ悟天の身体を窓側から覆い隠すように立ち塞がったのである。
――刹那、孫家の壁が轟音を上げて爆発した。
「くっ……!」
自分の背中を盾にすることで爆発の煽りから弟の身体を守りながら、悟飯は横目で背後の様子を窺う。
その時、ちらりとほんの一瞬だけ人型の黒い影を認識した。
「なに? なにがおこったの?」
爆風がおさまった後、彼らの居る場所は酷い有様だった。
家の大半が消し飛んでおり、天井の無くなった部屋には粉々になった家具や壁の破片が辺りに散らばっている。
唯一の救いは母のチチが現在川で洗濯を行っている最中であり、今の爆発に巻き込まれなかったことだ。
だが悟飯の反応が僅かでも遅れていれば、幼い悟天は無事では済まなかっただろう。
「悟天は、母さんのところに行ってなさい……!」
「う、うん……」
悟飯は抱きかかえていた悟天の身体を胸から離すと、即刻母と合流するように促す。しかし、すぐには言う通りに動かなかった。
悟天の方からは悟飯の後ろに立っている存在が見えているのだろう。悟天はそちらに視線を向けながら恐る恐る後ずさると、兄に対して「負けちゃ駄目だからね!」と激励の言葉を放ち、ようやくこの場から駆け去っていった。
そして、この場に「二人」だけが残った。
「お前は何だ?」
「…………………………」
悟天の気配が無事離れていくのを感じながら、悟飯は目つきを鋭くしてゆっくりと背後へと振り向く。
――そこに居たのは、「黒い鎧」だった。
大きさは、思ったよりも小さい。160センチ台中盤程度の身長の悟飯と比べてもほとんど差は無く、体格も随分と華奢だった。
しかしその姿は、悟飯の目には人間の物とは見えなかった。
深い闇その物を体現したような、暗黒の鎧。
頭の頂上から足の先まで無骨な鎧に覆われており、顔面もまた全体を覆う兜のような装甲に隠されている。その鎧の形状は鋭角的で刺々しく、闇の色に見合う禍々しい外見だった。
対面した瞬間から感じ取れる圧倒的な威圧感を前に、悟飯は只者ではなさそうだと息を呑んだ。
――そしてその黒い鎧の姿が、悟飯の視界から消えた。
「ぐっ!?」
直後、悟飯は目の前で交差した両腕に日常生活では感じることのない痺れを感じた。
ズシンッ!と、山を揺るがす衝撃音が鳴り響く。黒い鎧の放った文字通りの鉄拳が、一瞬にして悟飯の両腕へと叩き込まれたのである。
その鉄拳の速度は人間が出せるレベルを明らかに超越しており、悟飯の反応がほんの少しでも遅れていれば間違いなく彼の胸に突き刺さっていたことだろう。
久方ぶりに感じた腕の痺れに唇をしかめながら、悟飯は地を蹴ってその場から距離を取る。
何者かはわからないが、この黒い鎧は普通ではない。そして今しがた無言で攻撃を仕掛けてきたことから彼がこちらに対して敵意を持っていると悟り、悟飯は戦闘態勢に入るべく体内から気を解放した。
しかし、解せないことがあった。
「やっぱり気を感じない……! お前はっ」
「…………………………」
目の前に居るこの黒い鎧からは、全く「気」を感じないのだ。それも普段の悟飯達のように、彼が気を抑えているだけということではないだろう。
人間は大なり小なり気を持っており、意識して気を消そうにも攻撃の瞬間まで気を消したままにすることは不可能な筈だ。そのことを、悟飯は自分達の経験から深く理解していた。
その点、この黒い鎧からは先ほど攻撃を仕掛けてきた瞬間すらも気を感じなかった。それは即ち、黒い鎧には元から気が存在しないからだとしか考えられなかった。
機械のように気が無い上に、自分の腕を痺れさすことが出来るほどの存在――そこまで考えれば、悟飯の知識から浮かび上がってくるこの黒い鎧の正体はたった一つだった。
「人造人間か!?」
父孫悟空を倒す為、元レッドリボン軍の科学者ドクター・ゲロが生み出した人造人間。
人の手で生まれながら、宇宙最強の戦士である超サイヤ人をも上回る力を持った存在。
クリリンの妻である人造人間18号のような存在を思い浮かべ、悟飯は彼に正体を問い掛ける。
そしてセルとの戦いで散っていった心優しき戦士の姿を脳裏に浮かべる悟飯は、彼が本当に人造人間ならば戦いたくないと思う。
しかし、黒い鎧は何も語らない。
答えは言葉ではなく、拳で返されるだけだった。
「くっ! やる……っ!」
舞空術で空中に漂う悟飯に対し、黒い鎧は同じく舞空術を持って急迫、左右の拳によるラッシュを仕掛けてくる。
激しい攻撃を前に防戦になりながらも、悟飯は辛うじて直撃を避けていた。
「場所を変えるぞ! こっちだ!」
……ともかく、本気で戦うにはこの場所では近くに居る悟天や母、自然や動物達に被害が出る。
そう判断した悟飯は解放した気を纏いながら全速力で飛行し、その場から超スピードで離脱していく。
黒い鎧はそんな悟飯の誘いに乗り、光のような速さで彼の後に続いた。
「ここなら、誰にも迷惑にならないだろう」
そう言って悟飯が降り立ったのは、パオズ山から遠く離れた人気も生物の気配も無い広大な砂漠地帯だった。
存命だった頃の父悟空から聞いた話だが、ここは悟空が初めて後の仲間となるヤムチャとプーアルと出会った場所だと言う。当時のヤムチャは自分がパオズ山から出て戦った初めての強敵だったと、懐かしそうに語っていたことを思い出す。
無論のことながら、悟飯がこの場所を戦場に選んだのは周りの者にとって安全だと思ったからに過ぎず、全くの偶然である。そして父の思い出の場所だという感傷に浸っていられる余裕すら、今の悟飯には無かった。
「僕のスピードに余裕で着いてきた……やっぱり、只者じゃない」
悟飯の足が地に着くと同時に、黒い鎧の足も地に着く。
ここまでの移動で全く遅れを取らなかった黒い鎧の姿に、悟飯は改めて彼を強敵として認識する。
ネオンとの電話とこの黒い鎧の出現――偶然とは思えないこの二つには、何か関係があるのだろう。
気になることは山ほどある。敵の正体も定かではない。だが、この期に及んで戦いを避けられないことは、これまでの黒い鎧の行動から鑑みて十分にわかった。
「うあああっ!!」
両手に拳を握り、両足を力強く踏みしめて気合いを込める。
瞬間――悟飯の黒い髪が瞬く間に黄金色へと変わり、周囲を覆うオーラの色もまた同じ黄金色へと変化した。
凄まじい気の奔流がハリケーンのように吹き荒れ、砂漠の大地を揺らしていく。
超サイヤ人――悟飯にとっては久しぶりの「変身」だった。
それを行ったのはあの黒い鎧がドクター・ゲロの生み出した人造人間の一種だと考えた場合、通常時の状態では勝てないと判断したからに他ならない。
「……行くぞ!」
三年半前の、銀河戦士以来の本格的な戦闘になるか。
超サイヤ人となった悟飯はピッコロ仕込みの戦闘の構えを取り、碧眼に変わった眼差しで黒い鎧の動きを窺う。
――そして、「金」と「黒」の衝突が地球を震わせた。
サブタイトルは私が個人的に劇場版ドラゴンボールZにありがちだなと思っていることです。もちろん、そこが良いのですが。(ベジータの扱いを除いて)
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颯爽登場ピッコロさん
超サイヤ人になった彼は強かった。
流石はあのセルから地球を守ったヒーローだ。最近は自分の修行が疎かになっていると彼は言っていたけど、それでも彼の力は私の想像を大きく超えていた。
この時点で彼が私を倒してくれれば、全てが丸く収まったのだろう。
突然現れた何だかよくわからない敵と戦い、よくわからないまま倒してしまった――そうなっていれば、彼も余計なことを考えずに済んだのだ。
……だけど現実は、そう上手くはいかなかった。
その時、私の中に居る怪物――「ベビー」の力は既に超サイヤ人を上回るほどにまで成長していたのだ。
超サイヤ人となった悟飯が全身を黄金色の気で覆うと、半瞬後には黒い鎧の顔面が目の前に来ていた。凄まじい速さで、悟飯が黒い鎧に詰め寄ったのだ。
右腕を最小限の動作で振り上げその顔面を殴りつけようとするが、敵の左腕に阻まれる。だが、悟飯の攻撃はそれで終わりではない。
悟飯は素早くその身を半歩分ほど退かせると、左右に反復するように飛び回り、敵の目を攪乱した。そして頃合をはかって突進すると、右足から擦れ違い様に敵の華奢な胴部へと蹴りを叩き込む。しかしその一撃は敵の左腕によって阻まれ、目標に達し得なかった。
カウンターを警戒する悟飯は直ぐ様身を翻すと、敵が放ったエネルギー弾の閃光が先ほど悟飯が居た場所を通過していく。
地上で巻き起こる着弾の大爆発を背景に、悟飯は再度黒い鎧に向かって飛びかかっていった。
それはまるで空中を疾走する閃光が、見えざる壁を足蹴にして反転していくような光景だった。
「でりゃあっ!」
超高速で接近する舞空術の勢いを利用した悟飯の拳が、迎え打つ黒い鎧の拳と激突する。
力と力の拮抗から生じた凄まじい衝撃波が大地を裂き、その影響は遥か遠方の大海にすら及び、波を激しく荒れ狂わせていた。
そんな惨状であったが、悟飯としては地球に対して最大限の配慮を持って黒い鎧と戦っているつもりだった。
彼が地球の大地や海に影響を及ぼすことが避けられないほどに、黒い鎧は強力だったのだ。
音を置き去りにしていく速さで縦横無尽に空を翔けていく黒い鎧に対し、悟飯は同等の速度を持って熾烈な肉弾戦を繰り広げる。
拳の先を前方の空間に突き出す度、爆ぜるような衝突音が響く。
この短い時間の中でも、二人の拳は何度衝突したかもわからなかった。
一撃、悟飯は敵が両足から繰り出した蹴りに防御の腕を叩きつけられ、その勢いで吹っ飛ばされていく。
「ッ! はあっ!」
雲の上を滑るように背面で飛行しながら、悟飯は痛撃に迫る黒い鎧に対して気功波を連射する。
だが、敵の動きは悟飯が予想していた以上に理性的だった。鎧に見合わない軽快な動きを披露すると、鋭角的な軌道で全弾かわしてみせたのである。
やっぱり、手強い……!
悟飯は久しく解放した闘気の意志をさらに昂ぶらせていく。
黒い鎧もまたそんな彼に同調するようにさらに速度を上げると、両者は互いに急迫し、ぶつかり合った。
黒い鎧が悟飯の拳を防ぎ、黒い鎧の拳を悟飯が防ぐ。
殴りつけ、防がれ、蹴りつけ、防がれ、時折襲い掛かってくるエネルギー弾をいなせば、再び渾身の一撃を互いに見舞う。
拳と拳が唸る度、攻撃と防御の衝撃が両者の肉体に響き渡っていった。
「ふんっ!!」
悟飯が拳を突き出すのと同時に黒い鎧も拳を突き出し、両者はまるで爆風の煽りを喰らったかのように左右へと弾き飛ばされた。
距離を空け、空中でそれぞれに体勢を立て直す。
「こんな奴が居たなんて……!」
どちらも決定打を与えられないまま、戦況は膠着状態に陥っている。ここまでの戦いは、完全に互角だった。
その事実には驚きを禁じ得ない。決して自惚れではないが、悟飯は自分とここまで戦える者がベジータ以外にこの世に居るとは思っていなかった。
「……ようし」
このままでは埒が開かない。そう判断した悟飯は、亡き父から教わった必殺技の使用を決める。
「か」
超高速で接近し、右腕から拳を放つ。
黒い鎧が、左手で受け止める。
「め」
続けて左手から突き出した拳を、黒い鎧が右手で受け止める。
両手の拳を受け止められる形となった悟飯だが、その表情に焦りは無い。
「は」
内なる気をさらに引き上げ、右足の蹴りで黒い鎧を吹っ飛ばす。
その隙に、悟飯は素早く構えを取った。
「め」
身体の前で両手首を合わせて手を開き、その両手を腰付近に持っていきながら体内の気を集中させ、上体を捻り両手を完全に後ろへと持っていく。その瞬間、悟飯の纏う気の量が爆発的に上昇した。
「波あああっっ!!」
その叫びに合わせて前方へと放たれた特大の閃光が、光をも超える速さで黒い鎧へと向かっていく。
かめはめ波――それが、悟飯の放った技の名前である。
生前の(恐らく今でも元気にあの世で使っているのだろうが)孫悟空が使っていた得意技であり、元々は彼の師匠である武天老師が編み出した技だ。体内の潜在エネルギーを凝縮させて一気に放出させる――という悟飯達にとっては極めて単純な原理だが、単純ながらもその威力は凄まじい。
使い勝手が良い上に威力もあるこの技は、かつて精神と時の部屋内での修行で覚えて以来、悟飯の中で最も使用頻度の高い技となっていた。
あのセルですら、この技で葬ったのである。今の悟飯にはあの時ほどのパワーは無いが、その事実だけでも孫悟飯のかめはめ波の威力は十分に物語れた。
蹴りで吹っ飛ばされた黒い鎧は即座に体勢を立て直すが、追い打ちに迫り来る膨大な気功波への回避には到底間に合いそうになかった。
――捉えた!
かめはめ波の直撃を確信し、悟飯の頬が緩む。
超サイヤ人の状態で放てる、渾身の力を込めた超かめはめ波だ。悟飯にはこの一撃で倒せなかったとしても、大ダメージは免れないだろうという自信があった。
しかしその自信は、予想外な形で覆されることとなる。
「なっ……!?」
敵に直撃させた筈のかめはめ波が、悟飯の元へと
予想だにしていなかった現象に悟飯は反応が遅れ、自身に襲い掛かる自らのかめはめ波を避けることが出来なかった。
しかし自分の技にやられるなどまっぴらゴメンだ。その一心で悟飯は自身のコントロールから外れたかめはめ波と相対し、両手で押さえ込むように受け止めた。
「ぐっ……ぐぐぐッ、だあっ!!」
数秒に及ぶ拮抗の果て、悟飯は最大まで高めた気の力によってかめはめ波を耐え切ることに成功する。
しかしその両手のひらは真っ赤に焼き焦がれ、悟飯は銀河戦士との戦い以来久しく感じたことのない激痛に襲われた。
だが、悟飯のダメージはそれで終わらない。
跳ね返された自身のかめはめ波をやり過ごした後、彼に襲いかかってきたのは背後からの衝撃だった。
「ぐああっ!」
蹴られた――そう認識した頃には既に、悟飯の身体はミサイルのように地面へと墜落していた。
かめはめ波に気を取られている隙に、黒い鎧は彼の背後へと回り込んでいたのだ。
それは戦いにおいて、片方が片方に与えた初めてのクリーンヒットだった。
「くそっ!」
0.1秒でも地べたに寝転がっている暇はいかない。跳躍し、ダメージから復帰した悟飯は砂漠の地に佇みながら敵の姿を探すが、禍々しい黒い鎧の姿は視界には映らなかった。
空気の流れから自身の危険を察知する悟飯。しかし対応間に合わず、地割れを引き起こすほどの衝撃音と共に、悟飯の身体は黒い鎧の右アッパーによって上空へと打ち上げられていった。
(なんてスピードだ……! 目で追うしかないのに、目で追うのが精一杯なんて……っ!)
今まで実力を隠していたのか、黒い鎧のスピードは超サイヤ人の状態の悟飯よりも明らかに上回っていた。
しかもただ速いだけではなく気を感じ取ることも出来ない性質も相まって、悟飯の体感では完全体のセルと同等か、それ以上に速く感じられた。
そして優勢に悟飯を攻め立てる黒い鎧の強さは、それだけに留まらなかった。
「うあああっ!?」
黒い鎧は上空に打ち上がった悟飯の先に瞬間移動の如き速さで回り込み、両手を組んで振り下ろしたハンマーのような追撃をその背中に喰らわせる。
絶叫を上げながら再度墜落していく悟飯の身が、豪快な水しぶきのように砂漠の砂を高々く舞い上げた。
口から砂と一緒に血を吐き出しながら、悟飯はややふらついた足取りからゆっくりと立ち上がる。彼の纏う衣服は所々破けて原型を留めなくなっており、至る箇所から真っ赤な血が滲んでいた。
対してそんな彼の姿を上空から見下ろす黒い鎧の姿には未だに傷一つなく、そしてあれだけの動きを見せながらも疲労の色一つ浮かべていなかった。
両者対照的なその光景は、互角から始まった二人の戦いにはっきりと優劣が決まったように見えた。
超サイヤ人を超えるスピードに、たった三発のパンチやキックでこれほどのダメージを与えるパワー。そして悟飯全力の超かめはめ波を跳ね返したことから、気功波の類を反射する特殊能力を持っていると推測出来る。
何も語らないが故に未だ本当の名もわからないが、黒い鎧の戦闘能力は超サイヤ人となった悟飯をも上回っていたのだ。
――いや、
「……まだだ」
超サイヤ人の状態の悟飯では勝てない。しかしだからと言って、それ即ちこの戦いで悟飯が勝つことが出来ないという道理ではなかった。
超サイヤ人では勝てないのなら、超サイヤ人を超えれば良い。
セルを倒し、銀河戦士の一団を滅ぼしたあの姿に変身すれば良いのだから。
(思い出すんだ……あの時の力を!)
銀河戦士との戦いで最後に会った、幻のような父の言葉を思い出す。
――僕に「地球を守れ」と言っていた。
――僕に「甘ったれるな」と言っていた。
今、この地球で一番強い戦士は、他でもない自分なのだ。
この星の危機を幾度となく救ってきた孫悟空は、もうこの世には居ない。
「僕がやるんだ……!」
あの黒い鎧の正体が何であるかも、その目的もまだわからない。
だが一つ確かなのは、ここで自分が死んだらセルのような邪悪にまた地球が狙われた時、誰も守れる者が居ないということだ。
負けるわけにはいかない――その思いが悟飯の内に眠る真の力の一片を蘇らせ、また一段と「気」が高まっていく。
しかし悟飯の姿を見下ろす黒い鎧は、彼の変化を最後まで見届けてはくれなかった。
「………………」
黒い鎧が無言のまま、胸の前で両腕を交差させる。
すると彼の両腕を覆う装甲の一部分がスライドしながら開き、翠色の水晶のような物体が奥の方からそれぞれの腕に一つずつ迫り出してきた。
攻撃が来る――今まで見せなかった敵の挙動から直感的に悟飯が判断するが、悟飯にはそれをわかっても尚その場から離脱することが出来なかった。
否、攻撃が来るとわかったからこそ離脱出来ないのだ。
今、悟飯は地上に居て、黒い鎧は上空に居る。その位置関係は悟飯にとって、地球その物を背にする形というだった。
――今なら避けられる。
――でも、避けたら地球が無くなるかもしれない……。
――ならアイツが何かする前に攻撃を!
――駄目だ! 気功波は跳ね返されるし、近づこうとしてもこの距離からじゃ間に合わないっ……!
戦ってみてこの敵にセルと同等近くの力が備わっていると見えたからこそ、悟飯はその一挙一動を過剰に恐れた。強くなりすぎてしまった今の悟飯にとって、この地球というフィールドはあまりにも脆すぎる。
黒い鎧の真意はわからないが、その脆い地球を守護する立場である以上、地球を盾にする戦い方をされた場合は否が応にも不利に回らざるを得なかった。
敵がただ強いだけならばかめはめ波で迎え撃つことが出来るのだが、あの黒い鎧には先に見せた気功波の反射能力がある。撃ち合いで勝ったとしてもまた跳ね返された場合、この位置では地球が吹っ飛ぶ。
これが彼の父悟空ならばセルとの戦いの時のように地球を守りつつ敵に攻撃を与える機転が働くのかもしれないが、今の悟飯が彼のような戦い方をするには才能や戦闘経験はともかくとしても三年半のブランクが長すぎた。
今はまだ身体が鈍っているわけではないが、悟飯の「戦闘のカン」はセルゲームの時と比べて明らかに衰えていたのだ。
ああでもない、こうでもないと策を講じれないでいる間に、黒い鎧は交差した両腕からその攻撃を放つ準備を完了させていた。
――リベンジャーカノン……。
ぼそりと、その技の名を放つ黒い鎧の声が聴こえた。
交差された両腕に輝く二つの水晶は、悟飯の懸念した通りこの星を消すには十分なほどの膨大なエネルギーを集束させる。
その姿を認めた悟飯はイチかバチか、反射される恐れを振り切ってかめはめ波の構えを取る――その時だった。
――上空を猛スピードで横切っていく緑色の影が、黒い鎧の行動を中断させた。
体格差を利用した体当たりから、大技を放とうとする黒い鎧の身を強引に突き飛ばしたのである。
黒い鎧は死角からの不意打ちをまともに受けた形だが五メートル程度までしか飛ばされることなく、ダメージを受けたようにも到底見えなかった。
しかし地球ごと纏めて悟飯に放とうとした一撃は未然に防がれ、悟飯は一時の安堵に浸る。
そして見事なタイミングで駆け付けてくれた緑色の影――自身の敬愛する元師匠に向かって、悟飯は喜色を込めた声音で名を叫んだ。
「ピッコロさん!」
白いマントを風に靡かせながら、彼は真っ直ぐに黒い鎧の姿を見据える。
緑色とは彼の肌の色、彼がこの星で生まれた人間ではない、「ナメック星人」である証だ。
史上最強のナメック星人、ピッコロ――悟飯にとっては誰よりも頼もしい人物の加勢だった。
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裏設定の捏造
あの時、ピッコロが駆けつけてくれて良かった。
もし彼が来るのが少しでも遅れていれば、私は家族と暮らした地球をこの手で破壊していたかもしれない。そう考えると、今でも身が震える。
「悟飯、仙豆だ!」
黒い鎧を睨む双眸はそのまま、ピッコロが手のひらに収まる大きさの小袋を地上の悟飯へと投げ渡す。
一口で複雑骨折すら完治させることが出来る、悟飯も何度も世話になっている仙豆だ。袋の中身を見ると、それが二粒だけ入っているのがわかった。
「ちぇりおォォッ!!」
悟飯がその内の一粒を噛み砕いている間、修行用の重りであるターバンとマントを外したピッコロが果敢に黒い鎧へと向かっていく。
強くなっている――と、彼の全身から解放された気に悟飯は未だ健在の師の戦闘力に喜ぶ。勉強の為に近頃は修行が疎かになっていた自分とは違い、あれからも地道に修行を続けていたピッコロはセルゲームの時よりも明らかに強くなっていたのだ。
しかし、それでも超サイヤ人の悟飯よりはまだ大きく劣っている。そしてそんな悟飯すら直接の対決で破っている黒い鎧が相手では、さしものピッコロと言えど分が悪かった。
「ぐあっ!」
「ピッコロさん!」
初撃のパンチを左手で受け止められたピッコロが、黒い鎧の右手から繰り出されたカウンターの鉄拳に吹っ飛ばされていく。
そして彼に体勢を立て直す隙すら与えないまま、突き出された黒い鎧の右手から無慈悲な追撃が放たれた。
この世の闇が凝縮されたような禍々しい色で輝くエネルギー弾――仙豆によって体力が全快した悟飯が、即座に地を蹴ってその間に割り込んでいく。
「くっ……!」
両手に力を込め、ピッコロに襲い掛かろうとしたエネルギー弾を明後日の方向へと弾き飛ばす。
しかし想像以上の威力を前に悟飯は回復早々両手の感覚をしばらく失うことになり、これがもしピッコロに直撃したらと思うとぞっとしなかった。
「……へっ、この俺がお前に守られるようになるとはな」
「ピッコロさん?」
体勢を立て直したピッコロが悟飯の横に戻り、苦々しげに呟く。
今に始まったことではないとは言え、ついこの間まで恐竜相手に逃げ回るだけだった弟子にその身を助けられたことが、彼には複雑な心境だったのだ。幼子だった弟子が自分の手を離れてこれほどにまで成長したことが嬉しい半面、そんな弟子から完全に置いていかれてしまった自分自身に対して情けない思いがあるのだと後に彼は語る。
誤解を招くようだがピッコロが弱いということでは断じてない。神との同化によって本来の力を取り戻し、厳しい修行と実戦で培った今の戦闘力はかつて全宇宙を支配していたあのフリーザすらも一撃で倒すことが出来るほどだ。
ただ、そんな彼が一対一の戦闘では全く役に立てないほど、今の悟飯達の戦いは高次元なのである。
「二人で戦うぞ、悟飯」
「はい!」
だがそれは、あくまでも一対一で戦った場合だ。悟飯のサポートに回り足を引っ張ることなく戦おうとするならば、ピッコロという戦士は今でも十分すぎるほどに優秀だった。
二人同時にフルパワーを解放し、黒い鎧の動きを窺う。黒い鎧もまた静かに二人の動きを窺い、不気味にもその場から一歩も動かなかった。
向かい合うこと数秒――最初に沈黙を破ったのは、黒い鎧だった。
「――ッ、ァァ……!」
突如として頭を押さえ、苦悶の声を漏らす。
それはこれまで常に機械的に動いていた黒い鎧が見せた、初めての生物らしい反応だった。
「なんだ?」
「……気をつけろ、悟飯」
何やら突然の頭痛に苛まされている様子だが、悟飯との戦いのダメージが今更になって来たとは考えられない。
頭を抱えて空中でうずくまる黒い鎧の姿は隙だらけであったが、あまりにも唐突な異変に対して悟飯とピッコロは迂闊に手を出すのは逆に危険だと警戒し、戦闘の構えを維持したまま様子見に徹した。
その時である。
「うああああああああああっっ!!」
黒い鎧が、吠えた。
はっきりと感情が込められたその声色は少女のように高く、また、悟飯にとって聴き覚えのある声だった。
その声にハッと意識を揺さぶられ、悟飯は思わず戦闘の構えを解いてしまう。
一方でピッコロは、悟飯とは異なる視線から黒い鎧が見せたある一点の変化に驚きの表情を浮かべた。
「気だ! コイツ、気があるのか!?」
その時まで戦闘中も無機物のように「気」を感じることが出来なかった黒い鎧から、確かな「気」を感じたのだ。
それも、ただの気ではない。とてつもないほどに強大な気だ。
「な、なんて気だ! 化け物めっ……!」
あの完全体セルと同等か、それ以上の気だとピッコロは戦慄する。
超サイヤ人の黄金色のオーラと対を成すような、白銀色のオーラが黒い鎧の身体を覆う。黒い鎧が放つ途方も無い大きさの気は尚も上昇を続けていき、周辺の雲を吹き飛ばし、地球の大地や海を激震させる。
しかし悟飯は単純な気の大きさ以上に、自分が知っているその気の種類に驚愕した。
「この気は……まさかっ!?」
大きさは比べ物にならないが、その根本にある性質は
現れたタイミングと言い、声と言い、そしてその気の性質と言い――それだけの要因があれば、悟飯が黒い鎧の正体に気付くまで時間は要らなかった。
「ネオンさん……なんですか?」
自分が気の使い方を教えた、初めての弟子――ネオン。
目の前に居る黒い鎧がこの数日間自分達と心を通わせた少女と同一人物であることを確信し、悟飯はその名を問い掛ける。
その瞬間、地球を震わせた黒い鎧の気が急速で鎮まっていき、やがて元のように何も感じられなくなった。
数拍の間を置き、ようやく頭痛が収まったのか頭から両手を離した黒い鎧が、酷く疲労した声で言う。
「……ゴ……ハ……ン……?」
真っ直ぐに悟飯の方を向き、彼がそこに居ることを確かめるような口調だった。
鎧で隠れている為に素顔は見えないが、やはりその声は紛れもなくネオンのものだった。
「やっぱり、ネオンさんなんだ。これは一体、どういうことなんですか……?」
何故彼女が自分の元に襲い掛かってきたのか、何故あのような黒い鎧の姿になっているのか、そして何故、これほどの戦闘力を持っているのか。今現在の状況を理解しかねる悟飯は、相手がネオンであることを知って、その全てに対して説明を求めた。
しかし、この時の悟飯にそれを知ることは出来なかった。
「……ごめんね」
申し訳なさそうに放たれた少女の言葉の直後、黒い鎧――ネオンの姿が一瞬にしてその場から消え去った。
「消えた?」
超スピードから攻撃を仕掛けてくるつもりかと身構える悟飯とピッコロだが、空気の流れを読んでも彼女の存在を感じ取ることは出来なかった。
それは、彼女が朧のようにこの場から立ち去ったことを意味していた。
一瞬にして遠くの場所へと移動するその技を、悟飯とピッコロはよく知っている。
悟飯の父孫悟空が使っていた技の一つ――瞬間移動である。
「くそっ、奴は瞬間移動も出来るのか!」
この場から敵が立ち去ったことでピッコロも戦闘の構えを解き、しかしその口からは苦々しげな言葉が飛び出てくる。
超サイヤ人の悟飯を相手に優勢に立つ戦闘能力に、完全体セルに匹敵する気。そして今見せた瞬間移動に加え、他にもまだ能力を隠している可能性もある。
つくづく厄介という一言では済まされない相手だ、というのがこの時抱いた二人の共通認識である。しかしそれ以上に、悟飯には何が何だかわからないと混乱する思いが心の大半を占めていた。
「ネオンさん……貴方は一体……」
ネオンという少女の人となりは、それなりに知っているつもりだった。
自分と同じで正義感が強く、優しくて穏やかな人間だと思っていた。母のチチが認め、弟の悟天が懐くぐらい人当たりや面倒見も良く、筋斗雲に乗れるほど清い心を持っていた少女だ。
そんな彼女があのように、明確な殺意を持って自分に挑んできたことが悟飯には俄かには信じられなかった。
「ネオン……まさかあの娘が、あの鎧の正体だったとはな」
「ピッコロさん、ネオンさんのことを知っているんですか?」
「……宮殿からお前達の様子を見ていたんだ。お前に気の使い方を教わっていたところ、妙な人間だとは思ったが」
「あっ、そっか。ピッコロさん、前の神様の能力も使えるんでしたね」
「尤も、あの娘が何者なのかまでは俺にもまだわからんが」
ネオンのことを知っている口ぶりのピッコロに一瞬だけ疑問が沸く悟飯だが、彼の説明を聞いてすぐに納得する。
ピッコロには先代の神様と同化したことによって、天界の宮殿から下界の様子を眺めることが出来る能力がある。それを使えば、宮殿に居ながらも悟飯の近況を把握することは容易なのだ。
ただ、悟飯と同じく彼女のことを詳細に知っているわけではなかった。
「奴が姿を現したのは数日前のことだ。突如としてベジータに襲い掛かり、その力でベジータを倒した」
「ベジータさんを、ですか?」
「とどめは刺し損ねたようだがな。しかしそれ以来、今日までは何の音沙汰も無かったが……奴の目的はなんなのだ? 今のところセルやドクター・ゲロのように町の人間を襲ったりはしていないが、奴にはわからないことが多すぎる。悟飯、お前はあの娘のことをどこまで知っている?」
ネオンがベジータを倒した、という言葉に悟飯は驚きに目を見開く。だが、思い当たる節はある。彼女と出会うよりも前、悟飯は自宅に居ながらベジータの気が急激に減ったことを感知していたのだ。尤もその時は彼の周りに他の気の存在が無かった為、彼がいつものように無茶な修行を行った結果瀕死になったのではないかと思い、それほど気には止めていなかった。
あの時、ベジータは彼女と戦っていたのだ。そして敗北した。
しかしとどめは刺し損ねたというピッコロの言葉通り、ベジータの気は今も健在なところを見ると、命までは奪っていないらしい。そのことに、悟飯は安堵した。
「僕もネオンさんのことを何でも知っているわけじゃないですけど……少なくても、優しい人だと思います」
心を通わせた少女が仲間を殺すようなことがなくて安心したと言うところか。尤もベジータにそれを言えばいつから貴様の仲間になったと怒るだろうが、それでも悟飯には今の彼に死んでほしくなかった。昔こそ許しておけない悪党だったが、今のベジータはそうではない。ブルマという妻を持ち、トランクスという息子を持ち、地球という環境の中で徐々に穏やかになっているのだ。
……だがそんなベジータも、彼女の立場からしてみれば永遠に許せない悪党に変わりないのかもしれない。
「ただ、昔、家族がナッパとベジータさんに殺されたみたいで……」
「……なるほど、あの時の町の人間か」
彼がナッパというもう一人のサイヤ人と共に初めて地球を訪れた時、一つの町が消し飛んだ。その中に彼女の家族が居たということを、悟飯は彼女から直接聞いている。
そしてそのことはピッコロにも思うところがあるのだろう。俯いてから数秒後、雲一つない空を見上げながら呟いた。
「……あの時の願いを「サイヤ人が地球に来てから死んだ人間を悪人を除いて生き返らせてくれ」にでもしていれば、あそこに居た人間も全員生き返れたのだろうに。神め、状況が状況だったとは言え……くそったれ!」
後悔に苛まれたような、苦々しい言葉だった。
それも無理も無い。何故ならば彼女の家族を含むナッパに殺された人間達を結果的に見捨てるような願いを神龍にしたのは、他でもないピッコロの中に居る地球の神なのだから。
提案したのは神の上位神である界王の方だが、あの時はどちらもナッパの被害者のことを失念していた。それも孫悟空とフリーザの戦いでナメック星が爆発する五分以下まで差し迫っていた状況であった為に、如何に神の身分である二人とてそこまで考えを回せる余裕が無かったのだ。ナメック星でベジータが殺したナメック星人達も含む願いの範囲から外れて生き返れなかった者達にとっては、あまりに気の毒な話であるが。
余裕のある今だからこそ当時よりも気の利いた願い方は幾らでも思いつくが、ドラゴンボールで死人を蘇らせられる期限が切れてしまった今となっては既にどうしようもないことだった。
悟飯もまた、そんな神や界王のことを責める気には微塵もなかった。切迫したあの状況で行った願い事としては、これ以上無いほどに完璧だったからだ。
だが、どうにも悟飯には腑に落ちない。
ネオンの目的が、サイヤ人全員に対する復讐だとは思えなかったのだ。
「……僕もサイヤ人の血を引いていますから、ネオンさんから恨まれる理由はあると思うんです。けど、あの人はサイヤ人だからってみんな許さないとか、そういう人じゃないと思います。それに何だか、さっきのネオンさんは様子がおかしかった」
数日間の触れ合いでわかったことだが、彼女はサイヤ人だからと悪人以外にまで手を出そうとする狂気めいた人格の持ち主ではない。でなければサイヤ人の血を引く悟飯に対して好意的に近づいてはこなかっただろうし、弟の悟天に対しても優しく接してくれなかった筈だ。それが無害を装って騙し討ちを仕掛ける為の策だとすれば筋斗雲はそんな人間の悪意に反応して彼女を乗せることはない筈であり、そもそも超サイヤ人以上の力を持っている者がそんな回りくどい真似をしてまで悟飯に近づこうとする意味が無い。
何より、彼女は悟天に電話で「逃げろ」と言ったらしいのだ。それを考えると、ベジータはともかくとしても彼女が全サイヤ人の抹殺を謀っているようには思えなかった。
「それは俺も感じた。あれはまるで、何者かに操られているようだった。俺には、あの娘の裏にも何か居るように思えてならない」
「……はい」
「奴のことは、俺とデンデが調べておく。お前の力が必要になれば呼ぶつもりだが、それまでお前は弟のところで待っているといい」
「悟天のところで、ですか?」
「奴の目的がサイヤ人の抹殺なら、お前の弟も危ない。それと、チビのトランクスもな」
「……そうですね。丁度良いです。さっき家が壊れちゃったんで、しばらくお母さんにお願いしてブルマさんのところでお世話になろうと思います。もしもの時は、僕が悟天とトランクス君を守れるように」
「それがいい」
彼女の目的が定かでない以上、こちらも動き辛い。
なまじ闇雲に動いた結果痛い目に遭った人造人間の時の経験がある以上、悟飯達は慎重に動かざるを得なかった。被害が出てからでは遅いのは確かだが、もっと情報を集めてから戦うべきだと。
ピッコロがマントとターバンを生成し、その身に纏い直す。悟飯に翻した背中には、どこか哀愁が漂っていた。
「……お前にばかり頼るしかないとはな。俺の中のピッコロ大魔王も泣いているぜ」
「ピッコロさん……」
セルや銀河戦士のボージャックと続き、今度は黒い鎧のネオン。
次々と地球に現れる強敵を前に、サイヤ人とは違うナメック星人としての限界に苦悩しているのだ。
悟飯にとってのピッコロはいつでも頼りになる「もう一人のお父さん」だが、戦士として広がってしまった悟飯との力の差に、ピッコロ自身は大いに思い悩んでいた。
なまじ彼も宇宙において敵う者がほとんど居ない強力な戦士であるが故に、宇宙最強に並び立つことに対して諦めがつかなかったのだ。
それは悟飯にとっては今までに見たことのない、彼の「らしくない」姿だった。
同情というわけではないが、悟飯はそんな彼を元気づけたくなった。そしてふと自分の姿を見下ろした時、ネオンとの戦いでボロボロになった私服の姿が目に入った。
「ピッコロさん、服くれませんか? セルゲームの時に着ていた道着、小さくなっちゃって」
あはは、と超サイヤ人化を解いた黒い髪を掻きながら、悟飯はピッコロに頼む。
本格的な戦闘からしばらく遠ざかっていた為に、悟飯には今の自分のサイズに合う道着が無かったのだ。
普通の服でも戦えないことはないが、全力で戦うにはやはり丈夫かつ動きやすく慣れた服の方が良い。極めて重要で普通の理由だった。
ピッコロは久しく聞いていなかった弟子からの頼みごとに気を良くしたのか、二つ返事で了承した。
「お前も随分でかくなったからな、確かにあの時の道着ではもう合わんか」
「多分、ベジータさんの身長は超えたと思います。お父さんぐらいまで大きくなりたいですね」
「よし、いいだろう。はあっ!」
ピッコロの緑色の腕が悟飯の胸に向かって伸ばされた次の瞬間、悟飯の纏う服装が光に包まれ、ボロボロの私服から新品の道着へと早変わりした。
しかしその格好は、悟飯の思っていた物とはやや異なっていた。
「ピッコロさん、この道着……」
「お前はもう、一人の戦士だ。俺を超え、父親をも超え、宇宙で最強の男になった。そんな男がいつまでも俺と同じ服を着ていては拙かろう」
ピッコロの作った道着――それは色こそピッコロの物と同じ紫色だが、所々形状が変わっていた。
リストバンドや靴のデザインも異なり、似ているようで全く新しいデザインである。父悟空の着ていた道着とピッコロの道着を足して二で割ったようなデザインに、悟飯はおおっと感激の声を漏らす。
「俺と悟空の道着を参考にして作ったが、そのどちらでもない道着だ。勿論、強度は今まで通り、並大抵の攻撃は跳ね返せる。……気に入ったか?」
「はいっ! 気に入りました! わぁ~、格好良いですねこれ!」
セルゲームの時のようにピッコロと同じ道着を作って貰えることを期待していた悟飯だが、その期待を良い意味で裏切られた瞬間だった。
新調された道着はしっかりと成長した身体に馴染み、悟飯は興奮のあまり超サイヤ人に変身してしまうほどだった。
和やかな空気に浸りながら、ピッコロは舞空術でその場を離れていく。瞬間移動で消えたネオンを捜しに行ったのだ。おそらく神の宮殿では、地球の神であるデンデも彼女を捜している最中であろう。
悟飯もまた、悟天とチチの居るパオズ山へと戻っていく。
彼らに心配事は尽きない。
この地球に再び、ハチャメチャが押し寄せてきたのだから。
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オリキャラSUGEEEEE
それは、今から四十年以上も前のことである。
サイヤ人とツフル人の二つの人種が共生していた惑星プラントが、惑星ベジータと名を変えた。
それは惑星プラントからツフル人が消え去り、新たな星の支配者がサイヤ人の王であるベジータ王となったことを意味していた。
満月の夜、それまでツフル人に奴隷のように扱われてきたサイヤ人の集団がベジータ王の指導の下、大掛かりな反乱を起こしたのである。
宇宙で有数の科学力を持つツフル人は持ち前の技術力を持ってこれに応戦したものの、サイヤ人の途方も無い戦闘力は機械や武器程度で対処出来るようなものではなかった。
その強さも、凶暴性も、ツフル人達は彼らのことを致命的に見誤っていたのだ。
少数民族であるサイヤ人に対して、数で大きく勝るのはツフル人だった。しかしその戦争はサイヤ人達の圧倒的な勝利を持って終結し、大猿達の咆哮がツフル人が一人も居ない廃墟に雄々しく響いた。
サイヤ人達は女子供であろうと容赦はせず、一人残らずツフル人達を地上から根絶やしにしたのである。
――しかしその中でたった一人だけ、サイヤ人達の魔の手から宇宙へと逃げ延びたツフル人が居た。
ツフル人一の科学者である、ドクター・ライチーという男である。
ライチーを乗せた宇宙船は、十数年もの間孤独に彷徨った。
食糧もほとんど無い過酷な生活の上、元来肉体的に強くないツフル人である彼は、やがてその肉体を数年足らずで死へと至らしめることになる。
しかし人としての肉体を失っても尚、彼の魂は生き続けた。
宇宙船の中にはまともな食糧は無かったが、彼が生存を続けることが出来る物資はあったのだ。
彼は死ぬ間際に自らの肉体を切り離し、その意識データをある機械へと転送した。
その瞬間、ドクター・ライチーは彼の他にこの宇宙船に積み込まれていた未完成の人型ロボット――地球で言うところの人造人間として生まれ変わり、「ドクター・ミュー」と名を変えて生き続けたのである。
全てはツフル人最高の科学者である彼の宇宙最高レベルの技術力と頭脳、そして自分達ツフル人を滅ぼした戦闘民族サイヤ人への復讐に燃える執念の賜物だった。
ドクター・ライチー改めドクター・ミューは、自分自身の当面の命の危機が去ったことで、来るサイヤ人への復讐に向けて活動を開始した。
そして彼が真っ先に向かったのは、同じくこの宇宙船に積み込まれた一台のシリンダーの元だった。
シリンダーの中で培養されている銀色の物体――それこそが、彼らツフル人達の野望を成就させる為の最後の切り札である。
シリンダー横部にあるコンソールパネルを弄りながら、モニターに表示された数値を見てミューは感嘆の声を漏らす。
「おお……ベビー……」
本星を離れた為に成長に必要なエネルギーの補給が見込めない過酷な環境の中で、銀色の物体は逞しく生命活動を続けていた。
銀色の物体の名は、ベビー。
ドクター・ライチーがプラント星を脱出する際にツフル人の王、ツフル王から託された人工生命体である。
今はまだ卵の状態だが、その内部にはツフル王の遺伝子情報を初めとするあらゆるデータが埋め込まれている。
言わば、ツフル王の転生体だ。
ドクター・ミューとして生まれ変わったドクター・ライチーと同じように、滅びた筈のツフル王の命は人工生命体ベビーとして生まれ変わったのである。
成体まで成長した際に予想出来るその力は、ツフル人を滅ぼしたサイヤ人達の比ではない。伝説上に存在する超サイヤ人であろうと容易く凌駕するであろう、無敵の存在となるのだ。
そして、ベビーの真価はその力だけではない。
他の生物に寄生し、卵を産み付け、寄生した生命体をツフル人として操ることが出来る能力。それは同族が一人も居なくなったツフル人が再び宇宙に君臨する為に、最も必要かつ強力な能力だった。
「ツフル王。このドクター・ミュー、必ずやベビーを完成させ、ツフルの再興を……そして、憎きサイヤ人への復讐を成し遂げてみせます……!」
今はまだシリンダーの中で成長の時を待つことしか出来ないベビーに呼びかけ、ミューは作業を行う。 散っていったツフル王を始めとする全てのツフル人達の怨念が、彼の心を支配していた。
しかし、ベビーの完成に関してドクター・ミューは大きな問題に直面した。
それはベビーの成長に必要なエネルギーが著しく不足していたことである。幾らミューの頭脳が優れていようと、宇宙船の中に積み込まれている数少ないエネルギーと資材では、ベビーの自立行動が可能となる幼生体に成長することすらも難しかったのだ。ミューの予想を大きく上回るベビーの生命力は生命活動を続けるだけならばそれでも何の問題も無かったが、目標が成長となると現状のままでは何年掛かるかわからない計算だった。
他の惑星に漂着し、補給を行ったことはある。しかしそれらの惑星はどこもかしこも文明レベルが低く、惑星プラントのように恵まれたエネルギーを確保することは出来なかった。
事態がようやく好転したのは、それから何年も過ぎたある日のことだった。
ベビーと共にエネルギーを求めて宇宙を旅回っていたその時、ミューは奇妙な惑星と遭遇した。
――機械惑星ビッグゲテスター。
惑星に取りつき、その星のエネルギーを吸い尽くす文字通り機械で構成された惑星。遠い宇宙、捨てられた宇宙船などが漂流している「宇宙の墓場」と呼ばれる場所にあった一枚のコンピュータチップが、自らの能力で周囲の物質を取り込み、エネルギーを吸収することで増殖し肥大化していった惑星だ。
その惑星に内包されていたエネルギー量は、他の有象無象の惑星から得られるエネルギーとは桁違いの物だった。惑星の中枢部ではかつて一枚のコンピュータチップだった物が星のコアとして機能しており、周辺ではドクター・ミューのような機械生命体が闊歩しており、高度な科学力を持って一つの文明を築き上げていた。
ミューは即刻ビッグゲテスターの技術を盗み取ることにした。
そして星のコアからエネルギーを根こそぎ吸収することによって、今まで卵のような状態だったベビーを一気に少年体にまで成長させることに成功したのである。
「おおっ……! 素晴らしい! 素晴らしいぞ、ベビー! よくぞここまで……!」
漆黒の鎧のような膜が全身を覆い、白銀色の光を放つ人型の生命体。有り余るパワーでシリンダーを割って現れた小さな姿に、ミューは歓喜に打ち震える。
ビッグゲテスターのエネルギーを吸収した影響からか、ベビーの姿は完成予想図と比べ大きな変貌を遂げていた。しかし悲願の完成が叶った以上、ミューはその程度のことは問題とは思わなかった。
寧ろ、誕生した新たなベビーはミューが予想していたスペックを全てにおいて大きく上回っていたのだ。
機械と融合することで新生したベビー――さしずめ、メタルベビーと言ったところか。
ミューは彼の前で膝を着くと、ツフルの新たな支配者となった生命体が放つ第一声を従者のように待ち構えた。
ベビーはそんな彼には目も暮れず、何かを探し回るようにキョロキョロと周囲を見回した後、不快そうな響きを含んで言い放った。
「北の銀河へ行くぞ。そこに、サイヤ人が居る」
「ははっ!」
それは、エイジ764年。地球に降り立ったフリーザ親子が、一人の超サイヤ人によって跡形もなく消し去られた日のことだった。
この時ベビーは宇宙船の中から僅かに感じ取った超サイヤ人の気の出元を辿ることで、その場所が遥か遠方の北の銀河にある惑星の一つであることに気づいたのである。
手始めに己の力を確かめるようにビッグゲテスターを破壊した後、ベビーとミューを乗せた宇宙船は一直線に北の銀河にある小さな惑星、サイヤ人の居る地球へと向かっていく。
その心に宿るのは、サイヤ人達への憎悪、憤怒、怨念――同胞達の無念を晴らさんとする狂気の渦だった。
数日の時を経て、彼らは無事に地球へと降り立った。
他の星に寄り道をする必要など、ベビーには無かった。
ビッグゲテスターの高度な科学力を吸収したことによってメタルベビーとして新生した彼の力は、「精神と時の部屋」で修行する前であるこの時点での孫悟空をも大きく超えていたのだ。
この時、地球に降り立った彼らがそのまま孫悟空ら地球の戦士達に挑んでいれば、今頃地球はツフル人の新たな母星として蘇っていたことだろう。
――しかし、ベビーはここで大きなミスを犯してしまった。
地球に来るまでは他の星に寄り道しなかったベビーだが、地球に来てからは初めて出会した一人の地球人に対して、無益な寄り道をしてしまったのだ。
それは、なんてこともない筈のことだった。
この身体にある「他の生物への寄生能力」が少年体である今の時点でどの程度まで扱えるか、その能力を確かめる為の行動に過ぎない筈だったのだ。
「宇宙人?」
……いや、もしかすれば初めて出会したその地球人が、ベビーの中で何となく気に入らなかったからなのかもしれない。
人気の無い草原地帯に宇宙船を着陸させた彼らの前に、その人間は居た。
みすぼらしい格好をしており、見たところ何の力も持っていない地球人の少女だ。
ただその少女は宇宙船の中から現れたベビーとミューを見ても珍しい物を見たように驚くだけで、怯えもしなければその場から立ち去ろうともしなかった。
尊大なツフル王の遺伝子データを持つベビーは、そんな彼女の態度が心底気に食わなかった。
何の力も感じない弱い人間を相手に能力の実験をしようと考えたのも、それが理由なのかもしれない。
「……ふん」
全身を泥状に変えたベビーが、寄生能力を使う為に彼女の身体を覆い尽くそうと迫っていく。
その際、ようやく飄々とした態度を崩して怯えた表情を浮かべた彼女の顔を見て、ベビーは「そうだ、その顔だ」と満足げに笑む。
――安心しろ、お前は死なない。俺に卵を産み付けられ、ツフル人再興の為の第一歩になるのだ。
嬉々として笑いながら、ベビーは彼女の中へと入った。
後は卵を産み付け、外部へと脱出する――それだけの筈だった。
(……なっ!?)
ただ一つの誤算だった。
完璧な寄生生命体となった今のベビーにとって、それは思いも寄らなかったことだ。
――出られない!
寄生した筈の少女の体内から、ベビーは脱出するどころか思い通りに身体を動かすことすら出来なかったのだ。
これではまるで、檻の中に入れられたようではないか。
異変に気付いたのか、いつまで経っても少女の中から出てこないベビーに対して、ドクター・ミューが焦った顔をして詰め寄る。
「どうしたベビー? 何故出てこん。そんな力の無い人間に宿っても仕方無かろう!」
(黙れ……! くっ、何故だ!? 何故こんなガキ一人にこの俺が……!)
まさか、とベビーは一つの可能性に思い当たる。
ビッグゲテスターの科学力によって新生したことで、ベビーはその力を想定よりも大きく向上させた。しかし体質がより戦闘的になった分、元の寄生能力が退化したのではないか、と。
純正なツフルの技術にとって、外部から得たビッグゲテスターの技術は言わば異物だ。パワーが段違いに跳ね上がった喜びからベビーもミューも失念していたが、本来の寄生能力から大幅に退化している可能性は十分に考えることが出来た。
少女の体内でもがくように暴れるベビーに対して、少女の声が穏やかな調子で響いてくる。
「……君、ベビーって言うんだ」
(なに?)
「プラント星から来た、ツフル人? ……そうか、そうなのか」
名乗ってもいない筈のベビーの名を、少女が呟く。
それは今しがた知った知識を、一つ一つ確かめるような口ぶりだった。
もしや、とベビーはその行為に当たりを付ける。
(コイツ、俺の心を……!)
彼女は自らの体内に入り込んだベビーの思考を読み取っているのだ。
ベビーもまた、相手の脳に寄生することによって本来ならば宿り主の思考を読み取ることが出来る。しかしそれとは反対に宿り主の方がベビーの思考を読むなどとは、本来ならば起こり得ないことだった。
「勝手に私の身体に入ってきたのはそっちの方だろう? まったく、エッチな赤ん坊なんだから」
(黙れっ!)
ツフル王の過激な思考パターンと同じ物を持つベビーが、何の力も持たない筈の人間に良いようにされていることに苛立ち、体内で暴れながら罵声を浴びせる。
しかし少女の身体は指先一つとてベビーの思い通りに動くことはなく、さらに苛立ちを募らせるだけとなった。
そんなベビーの思考を落ち着けるように、少女が極めて穏やかな口調で言った。
「……私もね、サイヤ人に家族を殺されたんだ」
ベビーからは見ることが出来ないが、この時少女の目は遥か遠く、手の届かない遠い場所を眺めていた。
そしてその口から、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「お父さんもお母さんも弟も、みんなアイツらに消されて居なくなった。憎いって思ったよ。出来ることなら、私の手で殺してやりたいって何度も思った」
口調は穏やかではあったが、言葉には彼女の中にある確かな激情があった。
その激情は彼女の体内に居るベビーにも行き渡り、彼らは意図せずともその感情を互いに共有することとなった。
「……まあ、結局私の力じゃどうすることも出来ないって諦めたんだけどね。下手な復讐で無駄死になんてしたら、天国に居るみんなに顔向け出来ないもん」
それはベビーにとって、理解出来ない感覚だった。
ツフル王の遺伝子データを元に、ツフル人達の怨念によって生まれたベビーにとって一欠片も存在しないその感覚には恐れすら抱き、それ故にベビーには彼女の言葉に対して「臆病者め」と普段の調子で罵ることも出来なかった。
「でも、今はそれで良かったって思ってる」
(……どういう意味だ?)
気付けば、大人しく彼女の話を聞いているベビーがそこに居た。
その光景は見る者が見れば、癇癪を起こした幼子を母親があやしているようにも見えた。
「心が憎しみに染まっても、君達みたいにはなりたくないってことさ」
自分の胸を両腕で抱きしめながら、少女が優しげに言う。
そして瞬間、彼女の全身を白銀色のオーラが包み込み、肩まで下ろされた黒髪の色も同じ白銀色へと輝いた。
それは、その光景を目前にしたドクター・ミューが行動を躊躇うほどに、美しく、神聖な光景だった。
「……ベビー、君は私だ。君がそこから動けないのは、君の能力が弱くなったからじゃない。多分、私との相性が良すぎるからなんじゃないかな?」
(なんだと?)
「お互いの根っこの部分が一緒だから、離れようにも離れられないんだと思う。寄生というよりも、これじゃあ同化と言った方が良いかもしれないね」
(同化……なるほど。俺の能力は寄生よりも、さらに進化していたのだな)
その時、ベビーと少女の中で心が繋がった。
彼らは一方的な寄生ではなく、お互いがお互いの存在となり、確かな一つの存在となったのである。
ベビーは少女の思考と混ざることで彼女の境遇を理解し、そして妙なシンパシーを感じた。
それは彼女が言う通り、二人が同じサイヤ人に奪われ、激しい憎悪を抱いている者同士である為に心根の部分が似通っていることに起因しているのかもしれないとベビーは分析する。
(……良いだろう。お前は俺だ、地球人。お前が俺になるその時まで、俺はここで待ってやる。どちらかがどちらかの人格に塗り潰されるまで、俺と勝負だ)
「簡単に、私の身体をやるわけにはいかないね……」
この人間が俺と一体化することで俺の存在を封じ込めようとするのならば、このまま暴れ続けてこの人間の思考を俺に染め上げるまでだ。
何の力も無い地球人如きに、ツフルの誇りは敗れはしない!と、ベビーはこの時、初めてこの少女のことをサイヤ人と同等の自分が倒すべき敵として認識した。
――もしもこの時、二人が出会わなければ、地球は人造人間セルが現れる前に大きな脅威を迎えていたことであろう。
それは人知れずこの星を救った、たった一人の地球人の戦いだった。
ライチー=ミューは完全に私の捏造です。
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恒例の史上最強
幸か不幸か、私と彼は一心同体の存在になってしまった。
私が彼であり、彼は私に……えっ? ピッコロと神様みたいだって? へぇ、あの人もそうなんだ。それは知らなかった。やっぱり宇宙人って凄いね。
……コホンッ、ともかく、私とベビーは一方的な寄生関係にはならず、お互いを自分自身として同化してしまうほどに相性が良かったのだ。
それはきっと、私の心がベビーと一緒だったから。
私も彼と同じで、本当は自分から全てを奪ったサイヤ人が憎くて憎くて仕方がなかったんだ。この手に彼らのような力があれば、何度だって殺してやりたいとも思った。
私は聖人君子なんかじゃない。理不尽な宇宙人に町を吹き飛ばされて、ツフル人達のような心を抱かないわけがないじゃないか。
この世の全てを呪いたくなる、激しい復讐心。君達サイヤ人で言うところの、超サイヤ人になる切っ掛けみたいな感情を。
……でも、私にはそれを行う勇気も力も無かった。臆病な上に、元の私はあまりにも非力過ぎたから。
だから私は「仮に奇跡が起きて復讐を成し遂げたとしても、居なくなったみんなが帰ってくるわけじゃない」だとか、「私が人を殺しても、天国のみんなは喜ばない」だとか、そんな在り来りな理屈で自分を納得させながら、私はその感情を抑圧して生きていたんだ。
あの場所で、ベビーに会ったのはそんな時だった。
存在そのものが復讐心の塊であるベビーに寄生もとい同化された瞬間、私は初めて自分が抑圧していた復讐心がどれほど強烈なものだったのかを自覚した。
――憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い!
同化された瞬間に心の奥から溢れてきた醜い感情は、ベビーのものではなく、私自身の物だった。
言葉ではいくらでも綺麗事を並べていたけど、私の本心はベビーの持つ復讐心と全く同じだったのだ。
私はどこまでも深く純粋に、サイヤ人という存在を憎んでいたというわけだ。
『ならば何故お前は奴らを殺しに行かない? サイヤ人が憎いのだろう? その手で殺してやりたいのだろう?』
「……うるさい」
『この俺と同化したことで俺の力を得た今のお前に、「力が無い」からだという言い訳は通用しないぞ。今のお前なら、あのサイヤ人だろうと殺せる筈だ』
「うるさい、うるさいうるさいうるさい!」
それでもその本心を認めたくなかった私は、私の中に存在する彼と対話を行うことで、惨めにも彼と拮抗しようとしていた。
それまで抑圧していた復讐心を一気に解放することが、この世の全てを破壊することになるのだと私なりに気付いていたのだ。
私と同化したベビーの力は大きすぎるから、それを感情のままに振り回せば、家族と過ごしたこの地球や、私にとって大切な人々さえも失うことになる。そんなことだけはしたくないというちっぽけな理性だけが、あの時の私の心をつなぎ止めていた。
『さあ、サイヤ人を殺せ! 奴らを滅ぼし、共にツフル再興の為に戦うのだ!』
「うるさいって言ってるだろ!」
復讐の為に生み出された性質上、ベビーは復讐心を抑圧するという行動の意味を解さない。
サイヤ人が憎い。
サイヤ人を殺したい。
その為に生み出された。
その為の力がある。
なのにそれを振るうことが出来ないという状況は、彼からしてみれば我慢ならないものだろう。
それでも私は、精一杯彼を「説得」したつもりなんだけど……何年経っても、彼の本質は地球で出会ったあの日から一ミリも変わらなかった。
そんな彼に、私は叫んだ。
「私が誰よりも殺してやりたかったナッパはもう居ないんだ! ベジータはこの前に倒しただろ!? 君はこれ以上、私に何をしろって言うのさ!?」
『ベジータはとどめを刺し損ねた上に、サイヤ人の血を継ぐ存在はまだ三人も残っている。そいつらを殺せ!』
「っ……ベジータは、まだいいさ。……でも、悟飯と悟天は地球人なんだ。敵じゃない……地球人を攻撃するのは間違いなんだ!」
無駄な抵抗だとはわかっていたけれど、彼の思い通りにされるのは癪だったんだ。
「あの子達はツフル人とは無関係だ。復讐は、ベジータを倒せばそれでいい!」
『お前は、本当にそんなことを思っているのか?』
「……っ!」
日に日に増大していく彼の力と私の胸に再燃し始めた復讐の炎は、もはや抑えようにない段階にあった。
――だからその日、私は決意した。
サイヤ人とツフル人、そしてネオンという私自身との因縁の全てに、決着をつけることを。
それは、悟飯とピッコロが黒い鎧と交戦した日の翌朝だった。
悟飯の自宅は昨日現れた黒い鎧の襲撃によって崩壊している為、修理が終わるまで孫一家は現在一家で繋がりの深いカプセル・コーポレーションのブルマの家で厄介になっていた。
一時的とは言え家を失ったことで母のチチは浅からず沈んでいたが、弟の悟天はと言うと親友のトランクスと一緒に暮らすことが出来ると嬉しそうにしていた。パオズ山の家が一番落ち着くとは言っていた悟天だが、友達の家に寝泊りすることも好きだったのだ。
次男はそのように幼子らしい能天気さと柔軟な思考を持っているが、良い歳になり始めた長男である悟飯としては彼のようにリラックスしているわけにはいかない。懐の深いブルマの一家は「部屋なんか幾らでも余っているから気にしないで」と言っているが、親しい仲だからとそれに甘えてばかりいるわけにはいかないのだ。
悟飯もまだ精神面では子供な為に頭を使う仕事は任されないだろうが、滞在期間中、力仕事の類ならば幾らでもブルマ達の仕事を手伝うつもりで居た。
父母のどちらに似たのか、労働に積極的な悟飯がそうして健気にも早起きして家主の目覚めを待っていると、その異変は突如として起こった。
「……っ!? この気は……ネオンさん!」
地球上のどこかで、地球人の物とは思えない大きな「気」を感じた。
それは、昨日悟飯とピッコロが一瞬だけ感知した黒い鎧の「気」だった。
その気がこの西の都より遠く離れた場所から感じられた直後、悟飯の脳内に聴き慣れた男の声が響いた。
『悟飯、今の気を感じたな?』
「ピッコロさん? 今のはあの時の……」
悟飯とピッコロ師弟の間では、遠く離れた場所に居てもお互いに思考を伝達することが出来るテレパシーが使える。
黒い鎧の「気」を感じる方向に向かっていくピッコロの気を感じながら、悟飯は屋外に向かって広々とした邸内をその足で駆け抜けていく。
『急げ! 奴は何かするつもりだ』
「はいっ!」
丁寧に玄関口から邸内から飛び出した悟飯は、その勢いを助走に舞空術を飛ばすと、猛スピードで黒い鎧の「気」の元へと飛翔していった。
テレパシーで発せられるピッコロの声には焦りが含まれており、悟飯もまた妙な胸騒ぎに襲われていた。
しかし、星の一つや二つを容易く消し去れるほどのエネルギーがありながらも、あの黒い鎧の物と思わしき「気」には一片の邪悪さも感じられなかった。
それはまるで、悟飯や悟飯の父親である孫悟空のように。
(……会おう。会って、確かめなくちゃ)
悟飯は一刻も早くこの「気」の持ち主である黒い鎧――恐らくはあの少女、ネオンと会って話がしたかった。
情報が足りなすぎる今の彼にとって、彼女の口からは知りたいことが多すぎるのだ。
――貴方は何者なんですか?
――どこでそんな力を身につけたんですか?
――どうしてその力を今まで隠していたんですか?
――なんでベジータさんと僕を襲ったんですか?
――貴方の目的は何なんですか?
――貴方は良い人なんですか? 悪い人なんですか?
深く考えずとも、数秒の間にこれだけの質問が悟飯の頭の中で沸き上がってくる。
数日間心を通わせた少女が脳裏で消えそうな笑みを浮かべると、悟飯はハッと我に返ったようにその空域に立ち止まった。
そこは丁度、黒い鎧の「気」を感じた場所の上空であった。
ごくりと緊張に息を呑みながら、悟飯はゆっくりと黒い鎧の「気」が待つ地上へと降下していった。
「ここは……」
地上に降り立ち、黒く固まった地面を踏み締めると、悟飯は周囲に広がる目新しい景色に目を移す。
しかし、その際に抱いた感想は「何も無い」の一言だった。
辺りには草も木も建物も無い。微かに存在していると言えるのは、手のひらよりも小さい風化した金属や、コンクリートの残骸だけだ。
グラウンド・ゼロ――そこは紛れもなく、「爆心地」であった。
地面は抉れ、焼土となり、通常では考えられない「町」の姿がそこにあった。
跡形もないその姿からはほとんど考えも出来ないが、そこはかつて人々が日常を謳歌していた居場所だったのだ。
「来てくれてありがとう、悟飯」
無惨な光景に言葉を失う悟飯の耳に、一人の少女が放つ穏やかな声が響いた。
その方向に振り向いてみると、そこには五十センチメートルにも満たない小さな石碑の姿と、その前方からこちらを見つめている華奢な少女の姿が目に映った。
「ネオンさん……ですよね?」
悟飯と同じ十代前半の外見年齢でありながら、年齢相応のあどけなさが感じられない凛々しい顔立ち。それでありながら、どこか触れれば掠れてしまいそうな儚さを併せ持つ独特な雰囲気の少女。
それは紛れもなく、この数日間悟飯が師匠の真似事をして気の使い方を教えた少女、ネオンのものだった。
――しかし、今の彼女は白かった。
純白の法衣に身を包んでいる彼女は、腰まで伸ばされたその髪までもが、雪景色のような「白銀の色」に染まっていた。悟飯の知るネオンの髪色は悟飯と同じ「黒」であり、一目見てわかる彼女の変化だった。
「うん、そうだよ。こんな姿になっているけど、私はネオン。君に近づいて、君のようになりたかった……身の程知らずの地球人さ」
悟飯の問いに、彼女――ネオンは自嘲の笑みを浮かべながら応じる。
するとネオンは、彼女の背後に見える小さな石碑の側を一瞥して言った。
「ここ、私の住んでいた町だったんだ。後ろにあるのがみんなのお墓。誰も建ててくれないから、私が一人で建てたんだよ? 埋めることが出来る骨は、どこにも無かったけどね」
その言葉に、悟飯は胸に痛みを覚える。
やはり、と思っていたことが的中してしまった瞬間である。
何も無い爆心地のようなこの場所は、ネオンの生まれ故郷――地球に現れた二人のサイヤ人によって滅ぼされた町だったのだ。
彼女の視線の先にある石碑に目を向けると、そこには彼女が添えたのだろう。綺麗な包装に包まれた美しい花束があった。
「あっ、今の言葉、別に君達のことを責めているわけじゃないからね? ただ、この町には一緒に墓を建ててくれる仲間すら残っていなかったのが、寂しかったっていう思い出だよ……」
ボソボソと力なく言葉を紡ぐ彼女の姿は、悟飯の目には酷く痛々しく映った。
今の彼女からは、何か「気」とは別の部分で憔悴しているように思えたのだ。
「ネオンさん……」
「って、こんな話、君がされても困るだけだよね。ごめんね、また勝手に感傷に浸っちゃって。こうやって不幸ぶるの、私の悪い癖だ」
たはは、と溢す笑みも、傍から見れば一目で作り笑いだとわかる。
その姿はいつかの……父孫悟空が亡くなり、弟の悟天が産まれるまでの母チチの姿とどこか重なって見えた。
それは正しく、大切なものを失ったことでぽっかりと心に穴が空いた人間の姿だったのだ。
「……貴方は、やっぱりサイヤ人のことを恨んでいるんですか?」
「こんなことをした二人だけはね、絶対に許さないよ。でも、サイヤ人って言っても色々居るだろう? これをやったのは確かに二人のサイヤ人だけど、これをやったサイヤ人と地球を守る為に戦ってくれたのもまた、彼らと同じサイヤ人なんだ。ナッパやベジータみたいなどうしようもないサイヤ人も居れば、君のお父さんみたいな素敵なサイヤ人も居る。善人も悪人も色々居るのは、私達地球人と何も変わらない」
「……そうですね」
憎んでいるのは町を焼いた二人だけで、全てのサイヤ人を憎んでいるわけではないという彼女の言い分に、悟飯は安堵の息をつく。
彼女が短絡的な思考に陥っていないのであれば、彼女が地球に危害を加えるというピッコロの懸念も起こり得ないと判断したのだ。
「……でも、「彼」はそう思っていない」
「彼?」
しかし、物憂げに放たれた言葉に、悟飯はそう言った楽観的な思考を中断する。
そして彼女の口から、ピッコロがもう一つ懸念していた彼女の「裏」に潜んでいる存在の名が語られた。
「サイヤ人に滅ぼされた民族、ツフル人が遺した最強最悪の寄生生命体――復讐鬼ベビー……君が私から聞きたいのは、彼のことなんだろう?」
「復讐鬼、ベビー?」
「そう、彼は……ッ!?」
ベビー――赤ん坊を意味するその名が語られると、悟飯は怪訝に眉を潜める。
すると彼女が額に手の甲を当て、顔色を青白くしながら言った。
「……包み隠さず、全部、話すよ。私が、何者なのかとか、どこであんな力を身につけたのかとか、どうして今まで、力を隠していたのかとか、なんで昨日、君を襲ったのかとか……私が何をしたかったのかも……全部……そう、全部だ。君の知りたいことは全部話そう……うぁッ……!?」
「だ、大丈夫ですか?」
言葉を放つ彼女の口は震えており、発作が起こったようにその手は苦しそうに胸を押さえている。
立ちくらみのようにフラフラと足が縺れ始めた彼女に肩を貸そうと近寄ろうとする悟飯だが、それは彼女の手によって制された。
呼吸を荒げる彼女の言葉は、途切れ途切れに紡がれていった。
「……そしてその後に……私の頼みを聞いて。ベジータでもピッコロでも他の誰でもない、私と仲良くしてくれた孫悟飯に……聞いてほしい頼みがあるんだ」
「頼み、ですか?」
小さく頷き、彼女が紺碧の双眸で悟飯の顔を見つめる。
その瞳には、何か覚悟を決めたような、強い心が浮かんでいた。
「……わかりました。聞かせてください」
そんな彼女の真っ直ぐな瞳に、悟飯も覚悟を決める。
土の上に腰を下ろした彼女は、一度呼吸を整えると、ゆっくりと語り出した。
サイヤ人とツフル人の対立から始まり、復讐鬼ベビーの誕生。
復讐鬼ベビーとの出会いと、ベビーと同化した今の
そして全てを語り終えた後、彼女は悟飯にこう頼んだ。
「私を殺して、孫悟飯」
――今、孫悟飯史上最悪の戦いが始まろうとしていた――。
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第二形態覚醒!!
ネオンの話を聞いて、悟飯は彼女の境遇について概ね理解することが出来た。
ベビー――ネオンの身体の中に居るその存在こそが、彼女の力の源なのだと。
そして彼女がそのベビーの意思に従った結果が、先日のベジータと自分への襲撃なのだと悟飯は理解した。
かつてはプラント星という同じ惑星に住んでいたサイヤ人とツフル人の因縁。そこに巻き込まれた一人の地球人というのが、彼女の置かれた境遇である。
彼女の話を聞いて悟飯は、このネオンという少女はやはり悪人ではなく、この件に関しては寧ろ被害者だと思った。
サイヤ人によって町を吹き飛ばされれば、ツフル人によって身体を寄生――同化された。それは四歳の頃から人より波乱万丈な人生を送ってきた悟飯の目から見ても理不尽な境遇だと思え、何を取っても彼女に落ち度は無いと思えた。
だからこそ、悟飯は彼女の放った一言に強く反発したのである。
「殺してって……それは、どういうことですか!?」
「そのままの意味だよ。私を殺して、悟飯。自殺をしようにも身体の細胞が一つでも残ってしまうと、そこからベビーだけが再生してしまう。そうならないようにする為には、君の圧倒的なパワーでこの身体を跡形もなく消し去るしかないんだ」
「なんで貴方が死ななくちゃいけないんですか!?」
ベビーという存在を滅ぼす、それはわかる。かつてサイヤ人に滅ぼされたツフル人の怨念によって生まれたベビーもまた、ある意味被害者という見方も出来なくはないが、関係の無い地球人――それも自分にとっては気の知れた友人でもあるネオンまでも巻き込んだ彼のことを、悟飯は許したくなかった。
既に悟飯の中では、ネオンという少女は友人の一人だったのだ。
だからこそベビーを滅ぼす為に彼女が死ななければならない理由が、悟飯にはわかりたくなかった。
ネオンが苦しみに呼吸を荒げながら、その理由を説明する。
「さっき言ったよね、私の中にベビーが居るって……私の身体と同化してしまった彼を滅ぼすには、この身体を存在ごと消し去らなくちゃいけないんだ」
理解は出来るが理解したくなかったその言葉に、悟飯は言葉を失う。
そんな彼の思考を落ち着けるように微笑み掛けながら、ネオンが言った。
「私も気でベビーを封じ込めようとしたり、今まで色々と足掻いてきたつもりだけど……やっぱりどう考えても、それ以外この問題を解決する方法が思い付かなかったんだ」
「そんな……」
悟飯が最後に見た死に行く前の父にも似た雰囲気で、ネオンが穏やかに笑う。
怪物を消し去る為に、罪も無い人間が、自ら死を選ばなければならない――かつて実の父にそれを強いることになった記憶が、悟飯の中で鮮明に蘇る。
何か打つ手は無いのかと、悟飯は彼女を救う方法を考える。その時悟飯は、「どんな願いも叶えてみせる」奇跡の龍の姿を真っ先に思い浮かべた。
「そうだ! ドラゴンボールがあります! ドラゴンボールでネオンさんとベビーを切り離せば!」
今まで何度も助けてもらった七つの龍の球――ドラゴンボール。
その力にまた頼ればと抱いた希望は、しかし他ならぬネオン自身によって却下された。
「……前に聞いたけど、そのドラゴンボールっていうものは、神龍の力を超える願いごとは叶えられないんだろう? それにもし叶えられたとしても、ベビーはそうなったら私の身体から離れたのをいいことに、今度は私よりも強い人間と同化するだろうね。何の力も無い私ですら、ベビーの力を持ってすれば君と戦えるレベルにまで強化されてしまうんだ。万一にも彼が君やベジータなんかと同化したら、もう誰にも止められなくなる……私の中で動けないでいる今が、ベビーを滅ぼす最大のチャンスなんだ」
自由になったベビーがどう動くか最悪の事態を考えれば、地球の為にも彼女の言う通りにするのが最善の選択だった。
たった一人の少女をこの世から消滅させる――たったそれだけのことで、この脅威は綺麗に片付くのだ。
しかしたったそれだけのことが、なまじ戦士でありながら誰よりも優しい心を持つ悟飯には実行出来なかった。
「因みに私を殺して、後でドラゴンボールで生き返らせようとしても駄目だからね? 私とベビーは一心同体。私が生き返ったらベビーも生き返るから」
「貴方は、死ぬのが嫌じゃないんですか?」
「心配してくれるの? ふふ、ありがとう。君のそういうところ、好きだったよ。でもベビーは、サイヤ人の血を引く君のことが大嫌い。今この時ですら私は、君を殺したくてウズウズしている彼の感情を抑えるので精一杯なんだ……」
ネオンがセルやフリーザのような同情の余地の無い悪人ならば、悟飯も言う通りにすることが出来た。
しかし、彼女は悪人ではないのだ。彼女が筋斗雲に乗れたこと、短い間ではあったが心を通わせたことから、悟飯は彼女の善性を理解していた。
「……だから、私を殺して」
だから、殺せない。
罪も無い人間を殺すことなど、悟飯には到底出来なかった。
「何も躊躇う必要は無いんだよ? 君は自分の命を狙う悪人を退治するだけなんだ。さあ、早く! 早くベビーを、私を殺してよっ!」
「だったら、たくさん修行して殺されないようにします! きっと、ベジータさんもそうします! 狙われるのが僕達サイヤ人だけなら大丈夫ですから、ネオンさんはそんなこと言わないでください! ネオンさんのことも、みんなで相談して絶対に助けますから! 生きることを、諦めないでくださいっ!」
「……!」
こんな時、今は亡き父親ならばどうするか……そう考えた悟飯は、ベビーとの全面的な戦いを選択した。開き直って、彼の復讐をその手で迎え撃つことにしたのだ。
ベビーの目的が自分達サイヤ人に対する復讐だとすれば、他の人間には関係無いことだ。自分達が命を狙われ続けることさえ我慢すれば、それで丸く収まるのではないかと思ったのだ。
しかしそれは、この時の悟飯が真にベビーの凶暴性を理解していないからこそ言える言葉だった。
「……それは違うよ。君は何もわかっていない」
「えっ?」
「ベビーの最終目標は、君達サイヤ人とその末裔を滅ぼすことだけじゃない。この星に居る地球人全てを含めた、宇宙中の人間をツフル人にすることなんだ」
ネオンはその口から、ベビーの真の目的を語った。
ベビーには本来、他の人間に寄生し、卵を産み付けることで己の仲間を増やす能力があった。卵を産み付けられた人間はその自我を失い、ツフル人としてベビーの支配下に置かれるのだ。今でこそ機械惑星ビッグゲテスターとの接触によって寄生能力は同化能力へと変質してしまっているが、ベビーは元々、失われたツフル文明を再興する為に造られたのである。
全人類ツフル化計画――サイヤ人のみならず全宇宙の人間を巻き込もうとするその計画を完遂させることこそが、今ネオンの中に封じ込められているベビーの目的だった。
「……そして、その目的は今も変わっていない。ベビーは私の中に閉じ込められている今でも、計画を諦めていないんだ」
「なんてことを……!」
狂っている――悟飯はベビーを造り出したツフル人達のことをそう断定する。
死んでいったツフル人達の恨みがサイヤ人に向いているのなら、サイヤ人だけを相手にすれば良い筈だ。
ベビーが企んでいるのは、結局は全宇宙を支配することなのだ。それはサイヤ人によって同胞が滅ぼされたという事情はあれど、悟飯にとっては同情の余地の無い邪悪な行いだった。
「頼むよ悟飯、彼の野望を終わらせて!」
「……っ」
切実な思いが込められたネオンの言葉に、悟飯は逡巡する。
ベビーの企みは、何としてでも阻止しなければならない。
しかし、ネオンは殺したくない。あのセルですら命を奪いたいとは思わなかった悟飯だ。ましてや悪人でもない人間を殺そうなどとは、彼の生まれ持っての善性が許さなかった。
そして彼女の放つ遺言めいた言葉の一つ一つが、悟飯の判断を余計に悩ませていた。
「短い間だったけど、君や悟天と過ごした時間は楽しかったよ」
この人は何故そんなにも、自分の命を軽く扱えるのか。
ドラゴンボールという言わば反則技を使えば、人の命とて生き返らせることは出来る。しかし、彼女は自らそれを拒んでおり、ここで悟飯に殺されればそこで完全に終わってしまう筈なのだ。
理不尽な運命に引き摺られ、この世に居られないことを受け入れざるを得ない状況にまで追い込まれて、彼女は何故そうも笑っていられるのか――悟飯には彼女が、ネオンという少女のことがわからなかった。
「くそっ……!!」
葛藤が「怒り」の引き金となり、悟飯の姿を黄金の超戦士へと変える。
まばゆい光と共に超サイヤ人へと変身した悟飯の姿を見て、白銀色の少女は「それでいい……」と嬉しそうに笑った。
「…………っ!?」
しかし、その直後だった。
――悟飯の変身と呼応して、彼女の中の怪物が一気に覚醒したのである。
「っ、ああああああああああああああああぁっ!!」
「ネオンさん!?」
「だ、駄目……っ、これ以上、抑えきれない……! 今の内に……殺して……私を撃って! 悟飯っ!」
これまでとは比較にならない膨大な量の「気」が彼女の身体から溢れていき、悟飯の皮膚という皮膚をバチバチと刺激していく。
――それはあのボージャックを、セルをも上回るほど邪悪な「気」の顕現だった。
これこそがベビーの気――彼女が今まで封じ込めていた力なのだと悟飯は理解し、そして戦慄した。
「は……早く!」
「くっ……!」
予想を遥かに超えて強まっていくネオンの気は、尚も膨張を続けていく。
しかし悟飯はその光景を目の前にしても、優しさ故に最後まで彼女の変貌を強引に止めることが出来なかった。
――全ては、間に合わなかったのである。
彼女の「気」が一定の大きさのところで安定した頃には、その場には既に白銀色の少女の姿は無かった。
ただ悟飯の目の前には、禍々しい気と無骨な漆黒の鎧に覆われた一人の復讐鬼が佇んでいた。
「なんて気だ……! これだけの力を、ネオンさんは今までずっと抑え込んでいたのか……!」
ベビーという存在が持つ力を完全に見誤っていたと、悟飯はたった今それを目の前にしたことで初めて思い知った。
昨日ネオンと戦ったことで相当な強さだということはわかっていたが、目の前に居る黒い鎧はそんな見立てすらも容易く突き抜けてみせたのだ。
……おそらく昨日見せた実力は、彼女の中では半分以下にまで抑えられたものだったのだろう。
何故、昨日戦った黒い鎧からは気を感じ取れなかったのか――この時、悟飯にはようやくわかった。
あれは全て、彼女が自身の力を必死に抑え込んでいた結果なのだと。
彼女は知っていたのだ。完全に解放されてしまったこの力に勝てる者が、この世に存在しないことを――。
そんな彼女が今、本来の力を解放した姿で悟飯の前に佇んでいる。
実力を出し切っても、勝てないかもしれない……超サイヤ人となった悟飯にそう思わせるほどに、変貌したネオンから感じられる戦闘力はどこまでも圧倒的だった。
「……ゴハン……」
「っ、ネオンさん! 僕がわかりますか!?」
「……うん。わかるよ、君は、孫悟飯だろう? 野蛮な猿共の血を引きながら、地球人の誰よりも立派な優しさを持っている私の英雄、孫悟飯だ」
黒い鎧の姿となったネオンだが、確かに聴こえてくる彼女の言葉に悟飯は安堵する。
しかし、その安堵もたちまち消え去る。
変貌したネオンの声音は、彼女のものとは思えないほどに冷たく尖っていたのだ。
そして何よりも、今の彼女からはそれまでに無かった筈の「邪悪な気」を感じた。
「……私が、馬鹿だったんだ……」
漆黒の仮面の下で、ネオンが憂いを帯びた声で呟く。
そして彼女は、おびただしい気を集中させた右手を悟飯の身体へと向けた。
「さよなら」
――瞬間、先ほどまで悟飯が立っていた地が巨大なクレーターへと姿を変えた。
つんざくような爆音が、大気を揺らす。
彼女の放った一発の気弾が、地球の大地を深く抉り抜いたのである。
「なんで、そうなるんですか!」
咄嗟の反応により間一髪その一撃から上空に逃れていた悟飯が、仮面の下からこちらを見上げてくる彼女へと問う。
彼女が自分との戦いを望んでいないことを、彼は知っている。
だからこそ、戦いを避ける為に殺されたがっていたのだ。
しかしそんな彼女――ネオンは、先ほどまでの彼女とは明らかに異なる冷たい口調で言い放った。
「君がサイヤ人だからだよ、悟飯。「私」は、どうしようもないほどにサイヤ人が憎い。それはネオンとベビー、二人の心の大半を占めていた感情さ」
ネオンは予備動作も無く飛翔すると一瞬にして間合いを詰め、鎧に覆われた拳を悟飯の構えた両腕へと次々と叩き込んでいく。
パンチ一つ一つが速く重く、昨日の彼女とは比べ物にならない威力だった。
防戦一方となる悟飯を嬲りながら、ネオンが言葉を続ける。
「二人の存在が完全に同化した今の「私」は、二人の意志に従って行動しているんだよ」
「な、何だって……!?」
彼女の猛攻から逃れるべく悟飯はラッシュの合間を狙ってバックステップを踏むような動きで距離を取り、素早く体勢を立て直す。
それから数拍の間、舞空術で静止した二人は曇天の下で睨み合った。
「孫悟飯、君がサイヤ人である以上、「私」は君を殺さなければならない。だから君も、全力で「私」を迎え撃つんだ」
「……貴方は、誰なんですか?」
今目の前に居る存在は、ネオンであってネオンではない。
本来の彼女とは掛け離れた言葉を受け、悟飯は目つきを鋭く変える。
そんな彼に黒い鎧は言った。
「今の「私」はネオンであってベビーでもある存在だってことさ、悟飯」
一人の人間の中に二種類の気が混在している。
その歪な気は、四年前に悟飯が戦った人造人間セルと似ていた。
しかし彼女と対峙する悟飯は今、四年前のあの時とは別の理由で本来の力を発揮することが出来ないで居た。
それは彼の持つ、サイヤ人の血を引く者らしからぬ優しさに由縁していた。
「どうした孫悟飯!? ネオンが相手じゃ殺し合いが出来ないのか!?」
「ぐぐっ!」
「その優しさは、君の唯一にして最大の弱点だ! 甘いんだよ君はっ、サイヤ人のくせに! 「私」から全てを奪った奴らと同じ人間のくせにっ!」
――何も知らなければ、彼も遠慮無く戦えたのだろう。
そもそも私が彼と出会わなければ、彼はネオンという敵の名前すら知ることが無かったのだ。
敵として戦うことになる人間のことを事前に知りすぎた為に、私と対峙した時の彼はセルを葬った時のような圧倒的な力を発揮することが出来ないで居た。
――全ては、私が甘えたせいだ。
私が彼に縋ろうとしたこと。
彼の手で殺されたいと我が儘を言ったこと。
私が彼のことを――好きになってしまったことが、全ての間違いだったのだ。
『ベビー、君は……この為に、私を自由にしていたの?』
思えば私と悟飯の間に中途半端に交流を持たせたことも、全ては悟飯を戦いにくくさせる為にベビーが企てた策略だったのかもしれない。……何でもかんでも彼のせいにするのも悪いけど、まるでそうなることをずっと待っていたかのように、私達が完全に同化されるタイミングは絶妙過ぎたのだ。
もしかしたら彼がその気になれば、もっと早くからとっくに私の心を塗り潰すことが出来たのかもしれない。
「「私」はお前達を許さない! サイヤ人なんか、みんな死んでしまえっ!!」
「ッ!!」
薄れゆく
「……どうして、ベビー……? 私は……彼を……殺したくなんか、なかったのに……っ!」
直径五十メートル以上の大穴が眼下に広がる
だけどその時私の仮面の下から滴り落ちていった一雫の水分は、きっと雨によるものではないだろう。
――それは多分、私が地球人として流した最後の涙だった。
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お前だけは許せねぇ……!
『褒めてやる。お前はよく戦った』
何も無い暗闇の中で、私は彼と向き合っていた。
銀と黒の怪物――復讐鬼ベビー。
その時、私は彼と完全に同化したことによって私と彼の感情が一つに溶け合おうとしていたのだ。
『七年だ。七年もの間、ここまで非力な地球人でありながらこの俺を封じ込め続けてきたのだ。大したものだ。お前がツフル人であれば、俺の妻にでもしてやったところだ』
『……赤ん坊のくせに、女の子を口説くな』
ベビーの思考が、私の思考へと語り掛ける。
温かみの欠片も無い口調ではあったが、その言葉には確かに私のことを賞賛する感情が込められていた。
『勝負は、私の負けだね……』
ベビーの人格が表に出てしまった。
それは、肉体の主導権が私から彼へと移り変わったことを意味する。
最初から、土台無理な話だったのだろう。何の力も無い平凡な地球人である私が、ツフルが生み出した最強の生命体である彼をいつまでも封じ込めておくことなど出来る筈がなかった。
だからこそ私は、全てが手遅れになる前に私達の始末を孫悟飯に頼んだのだ。
……そのつもりだったんだけどね。
『私は、本当は死にたくなかったのかな?』
あまりにも遅くなってしまったが、私はこの時になって初めて自分の気持ちに気が付いた。
私が悟飯に自分を殺してくれと頼んだ本当の理由は、私が彼の手によって死にたかったからではない。
――私は、死にたくなかったのだ。
だから、彼に頼んだ。死を望んでいた一方で、優しくて誰よりも強い彼ならば私達が死ななくても済む方法を見つけてくれるかもしれないと、心のどこかではそう考えている自分が確かに存在していたのだ。
結局、それがネオンという人間の器なのだろう。
小さくて、どこまでも見苦しい。
『ふん、お前は自分が死にたくないと思うことを浅ましいと考えていたな』
『……うん』
『俺から言わせてもらえば、自ら死を望む生き物など欠陥も良いところだがな。……だが、お前はだからこそその身に宿る復讐心をただの一度も解放しなかった。今はこの地球の為に戦っているサイヤ人達よりも、この先地球の脅威になりかねない自分が居なくなった方が世界が平和になる。自分の心にそう言い聞かせることで、奴らに復讐することよりもこの俺を滅ぼすことを優先していたのだろう。馬鹿馬鹿しい自己犠牲精神だ』
本当は、死にたくなかった。
家族を失い、町を失い、挙句の果てにはベビーと同化して私ですらない存在へと成り果てた。
この世に居続けることに何の意味を感じることが出来ず、生きることが苦痛だった。
だけど、それでも私は生きていたかったのだろう。
苦しみ抜いた先の人生には希望が待っていると、健気にもそう信じていたのだ。
例えばそう、孫一家と関わった時間のような、小さくとも幸せな未来が。
『何故そうも復讐を望まないのか、俺には理解出来ない。この俺に勝るとも劣らぬ憎しみをサイヤ人に抱いているお前が、何故俺を受け入れない?』
『君と一緒に復讐なんかしてしまえば、それはもう本当に、幸せになれないと思ったんだ……』
『……馬鹿な奴だ』
どうしようもない人生だけれど、それだけの人生ではない筈だと信じていた。小さくとも一時の幸福がこの世にある限り、私は醜くも生にしがみついていたかった。
だから私は、自分も世界も一度に救ってくれることを悟飯に期待していたのだ。
そんな浅ましくくて、醜い感情を彼に押し付けていた。
『それにね、同族嫌悪って奴かな? 君を見ていると、何だか復讐に躍起になっていた自分が惨めになって』
『惨めだと?』
『私だって、サイヤ人は許せないさ。でもサイヤ人だからって、関係の無い人まで巻き込みたくなんてなかった。そんなことをしたら、私もあいつらと変わらないじゃないか……』
ベビーは私だ。
私はベビーだ。
ベビーは私の醜い部分その物と言って良いほどに私とよく似ていて、だからこそ悟飯に消してほしかった。
……その悟飯は、私達が殺した。
矛先の定まらない復讐の一撃が、彼を飲み込んで消し飛ばしたのだ。
『奴もサイヤ人だ。俺達の敵だ』
『違う』
『これは復讐なのだ! 俺達ツフル人の!』
『私はまだ地球人だ』
『例えそうでも、お前はツフルの心を持った地球人だ!』
『違う!』
……ごめんなさい、悟飯。
彼に届く筈の無い言葉を胸に、私は目元を押さえて蹲る。
そんな私に、心無しかいつになく憐れむような口調でベビーが言った。
『……それも、もう無駄に思い悩む必要は無い。お前が固執していた孫悟飯は、このベビーが殺したのだからな』
『……良い子だったのに……私は……最低だよ……』
『今のお前にはもう、失う物は無いだろう? 俺と共に残りのサイヤ人を滅ぼすのだ。そしてこの宇宙に、俺とお前の手でツフルの世界を創り上げよう!』
最悪の復讐が始まってしまった。
最悪の復讐鬼が目覚めてしまった。
宇宙最強のサイヤ人が倒された今、私達を止められる者はもう居ないだろう。
……それでも私は、奇跡に賭けたかった。
誰でも良い。
神でも悪魔でも、私が心の底から憎んでいるサイヤ人でも。
誰でも良いから、私達を殺してくれ。
私達の中に残る純粋な私が願ったのは、ただそれだった。
西の都の空は雨雲に覆われ、太陽の光は完全に隠されている。
昼前の時間だというのに真夜中の如き闇に覆われた町には現在外出している者の姿も少なく、ブルマの豪邸に住まう人々もまた全員が室内に居た。
まだ幼い子供である孫悟天とトランクスは普段の明るさを二倍にして山のようにあるおもちゃを弄って遊んでいるが、それを眺める母親の二人の顔色は優れない。
特に長男の悟飯の行方がわからない今、彼の母親であるチチの表情には元気が無かった。
「こんな天気だってのに、悟飯ったらどこさ行っただ……」
「心配要らないわよ。悟飯君ももうそんなに子供じゃないんだから」
そんな彼女を安心させようと励ますブルマだが、彼女の方も心中は穏やかではなかった。
普段であれば、そこまで気にすることでもない。親に何も告げずに外出することはしっかり者の悟飯にしては珍しいが、彼ぐらいの年頃では別段珍しくもないからだ。
彼に関しては雨中に外出したところで交通事故に遭う危険は全く無い。寧ろそうなった場合は、衝突してきた車の方が大惨事になってしまうのが孫悟飯という少年なのだ。
だが彼女らは昨日、悟飯から強力な敵に襲われたという話を聞いている。彼女らは知り合いの戦士達のように戦いには詳しくないが、それを話した際に見せた悟飯の神妙な顔からは並々ならない危機感を抱いた。
あのセルを倒した悟飯が強く警戒する敵――そんな者がこの地球に居ると聞かされて安心出来るほど、今の彼女らの神経は図太くなかったのだ。
或いは彼女らの年齢がもう少し若ければ、そんな気構えもまた変わったのだろう。しかし今の彼女らには幼い子供がおり、自分の命以上に守らなければならない者が居る。それだけに彼女らは、昔よりも神経質になっている節があった。
それは良い意味で臆病になっているとも言えた。
――何があっても、子供だけは守り抜いてみせる。
生まれ持った力は子供の方が強くとも、彼女らは各々の子の盾になることに躊躇いは無かった。
そして程なくして、二人の決意が発揮される場面が現実で起こった。
「うわぁ!?」
「なんだぁ!?」
悟天とトランクスが、その出現に驚きの声を上げる。
――大きな爆発と共に、それは現れた。
深い闇の色に染まった暗黒の鎧。
無骨で刺々しい鎧を全身に纏いながらも細身な体格のそれは、昨日彼女らが悟飯から聞かされた新たな敵の姿の特徴と合致していた。
壁を突き破りながら暴雨風のように現れたそれは、ゆっくりと彼女らの息子の目の前に降り立つ。
その光景に居てもたっても居られず、二人の母親はそれぞれの子の盾となるように覆いかぶさった。
「サイヤ人の子供……一人は孫悟天、もう一人はベジータの子か」
ブツブツと仮面の下で呟きながら、黒い鎧が彼女らと息子達の元へと近づいていく。
そしてその距離を三メートルほどにまで迫ったところで、黒い鎧が無機的な声で二人の母親に言った。
「私達はそこのサイヤ人を殺す。地球人は退いて」
「そうは行くもんですか!」
「そうだ! 悟天ちゃんだけは、死んでもオラが守るだ!」
黒い鎧から放たれたほんの僅かな慈悲の言葉に、二人の母親は間も空けずに拒絶する。
子供を残してこの場を離れるなど、そんなことが出来る筈も無い。それならばいっそ子供と共に死んでやると思えるほどに、彼女らは気丈な母親であった。
そしてそんな母親の一人であるチチに抱きかかえられた悟天が、ひょっこりと彼女の腕から顔を出して黒い鎧と目を合わせた。
「……お姉ちゃん?」
「……っ」
首を傾げた悟天の言葉に、それまで無機的だった黒い鎧が人間的な反応を見せた。
そしてその反応に、悟天がぱあっと笑顔を咲かせて言った。
「やっぱりネオンお姉ちゃんだ! どうしたのその格好? 格好良いね!」
「……ち、違う。私はネオンじゃないっ! ネオンはもう死んだ! 私はベビーだ!」
無邪気な悟天の言葉に突如狼狽え出す黒い鎧。
そして悟天の言い放った言葉から、チチが数日前まで自宅に通っていた一人の少女の姿を思い浮かべた。
「ネオンさん?」
「違うって言ってるだろっ! 私は!」
姿こそ鎧に覆われている為見分けが出来ないが、その声は紛れもなくネオンの物だった。
長男の悟飯が初めてパオズ山の家に連れ込んできた女友達ということもあり、当人達には内緒にしていたがチチが将来の悟飯のお嫁さん候補第一号としてその関係を警戒しつつ暖かく見守っていた少女である。
チチがその名前を出すと、黒い鎧は過剰なまでの勢いでそれを否定した。
「どうして君達はいつも! どうしてどうしてどうして!? どうしてそうやって、いつも私達の心を惑わせるんだぁっっ!!」
幼い子供が癇癪を起こすように狂乱しながら、黒い鎧がその身体に白銀色のオーラを纏う。
チチとブルマには「気」の強さを読み取ることは出来ないが、その力の強大さは同じ空気に触れているだけでも本能的に理解することが出来た。
「うああああああああああっ!!」
黒い鎧が叫び、その手に纏ったオーラと同じ色の気弾を生成する。
それを放つ的は悟天とトランクス、そして二人と密着して離れない二人の母親だ。
当たれば遺体すら残らず、自分達はこの世から消え去るだろう。しかしそう確信しても尚、二人の母親は息子の傍から離れなかった。
――しかし、結論として彼女らの身を黒い鎧の凶弾が襲うことはなかった。
四人に目掛けて気弾を放とうとする黒い鎧の身を、物凄い速度で横合いから割り込んできた黄金色の光がさらっていったのである。
あまりの速度に一同は目に捉えることが出来なかったが、チチの隣で一部始終を見ていたブルマには直感的にわかった。
あれはそう、冷たくてプライドの高い、ほんの少しだけ良いところがある自分の夫――
「ベジータ……」
「来るならさっさと来なさいよ」と、ブルマが苦笑を浮かべながらそうボヤく。
だが、その出来事は彼女にとってこれ以上無いほどに嬉しいことだった。
自分と息子の危機に現れ、間一髪のところで救ってくれた。それは、人造人間と戦っていた時の彼からはとても考えられない変化だった。
黒と金、二つの色が豪邸を飛び出してはもつれ合うように上昇し、雨雲を吹き飛ばしながら激突し合う。
それはサイヤ人の王子とツフル人の新たな王、戦うことが宿命付けられた者同士による死闘の二回戦だった。
「サイヤ人が憎いか?」
サイヤ人の王子が嘲笑し、ツフル人の王が激昂する。
そしてツフル人の王の中に居る一人の地球人の魂もまた、かつてないほどに憎悪を深めていた。
「貴様らを絶滅させた俺達サイヤ人のことが、そんなに憎いのか!?」
「ベジータァァァァァッッ!!」
黒い鎧が吠え、白銀色のオーラを膨れ上がらせながら襲い掛かっていく。
怒りでパワーを増す、まるでどこかのガキのようだとサイヤ人の王子、ベジータは余裕の笑みの裏で冷たい汗を流した。
「貴様だけは、絶対に許さない!!」
「だったら全力で掛かってきやがれ! 負け犬のツフル人さんよ!」
上空で気を発散しながら取っ組み合う、二人の戦士。
そしてその黄金色の戦士を覆う黄金色のオーラには、青白い稲妻がバチバチと弾けていた。
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ベジータの王子宣言
許さない……少女の憎悪の声が響く空の下、ベジータの頭は戦闘中の興奮状態の中でも冷静だった。
一度戦い、敗れた相手であるネオンに対して彼が再び戦いに舞い戻ってきたのは、無策ではない確かな勝算があったからだ。
「何度やっても同じだベジータ! お前は私には勝てないっ!」
パワーもスピードも、力を完全に解放した今のネオンの方が超サイヤ人のベジータを大きく勝っている。
それはベジータの方とて熟知している。しかし彼の顔に焦りは無く、「新しい自分」に対しての確固たる自信の色があった。
「ツフル人、貴様はサイヤ人のことをわかっていないようだな」
「何!?」
ネオンの繰り出した拳を受け止めながら、ベジータが不敵に笑む。
その瞬間、ネオンが仮面の下で驚きの表情を浮かべたが、彼女が驚いた理由は彼の言葉ではなく、自身の攻撃を受け止められたという一点にあった。
今のネオンの力は、全てにおいて超サイヤ人のベジータを上回っている。
しかし、それはあくまでも
今のベジータの力は、超サイヤ人の状態を遥かに超えていた。
「俺達は戦えば戦うほど強くなる! 今貴様の前に居るこの俺は、あの時の俺ではないということだっ!」
それは、超サイヤ人を超えた超サイヤ人――セルや銀河戦士との戦いで孫悟飯が至った、後に「
「今の俺は……超サイヤ人を超えた究極の
ベジータの超音速のパンチが、ネオンの頭部を捉える。
稲妻のような火花が散ると、ネオンは頭を下にして街へと墜落していき、ハイウエイを貫通して土煙が豪快に跳ね上がる。
その光景を見下ろすベジータは青白いスパークを迸らせた黄金色のオーラを纏い、大きく弧を描いて空中を旋回すると、そのまま街へと光の矢となって落下していった。
ネオンは脳震盪を起こしたボクサーのように二、三度頭を振りながら飛び立ち空中へと戻ってきたが、先手を打ったのはベジータの方だった。
「ちゃああああっ!」
咆哮を上げ、上空からの勢いを利用した踵落としを仕掛ける。
黒い鎧のネオンは上体を捻らせてそれを紙一重でかわすが、ベジータの攻撃はそれで終わりではない。左肩を突き出した猛烈なショルダータックルを浴びせかけ、両者はそのまま空へと消えた。
――それは、超サイヤ人を超えた力同士による激しい一進一退の攻防だった。
空の下で両者が衝突する度に地上の路面がめくれ上がり、火の柱が立ち昇る。
光の玉となって激突する両者は、様々な閃光を放ってはそれをかわし、またしても地上に落下した。その度に巨大な高層ビルが一つずつ崩れ去り、人々が逃げ惑った。
「いいぞー! いけぇパパ! やっちゃえー!」
「そこよベジータ! よくわかんないけど悪い奴なんかパパッとやっちゃいなさい!」
その戦いぶりを半壊した家の中から目の当たりにしたトランクスが、黒い鎧を相手に奮戦する父親の姿に母親のブルマと一緒に応援の声を上げる。
今の彼には彼らの動きがほとんど見えていなかったが、それでも父親が戦っていることだけははっきりとわかった。最近になって格闘技に興味を持ち始めたトランクスが、自分では及びもつかないその姿に憧憬の念を抱くのも何ら不自然ではない。
そしてそんな彼と同じように、母親のチチに抱き抱えられた悟天も二人の戦いに目を輝かせていた。
避難も忘れて、一同の目は二人の戦闘空間へと釘付けとなる。
――が、しかし。
黒い鎧の放った気弾が、彼らの元へと向かった。流れ弾である。
「ああ!」
ブルマが叫んだが、もはや遅い。
白銀色の光の弾は、一同の居場所に集中した。
トランクスもまた反射的に目を閉じた。だが――。
光弾は、彼らを、いや、彼らを
「……チッ、俺も、甘くなったもんだぜ……」
「パパ!」
「……邪魔だ、引っ込んでろ!」
「わわっ!?」
戦闘服のプロテクターは破け、正に満身創痍である。
悲痛の表情で駆け寄るトランクスだが、ベジータはそんな彼の襟を掴むと、空き缶を扱うように乱暴に投げ飛ばした。
投げ飛ばされたトランクスの身体はそのまま空中で放物線を描き、ストンとブルマの腕へと落ちていった。
「ベジータ! あんたねぇ!」
「死にたくなければ下がれと言うのがわからんのか!?」
「――ッ、ベジータ……」
自分を心配してくれた息子に対してその扱いは酷いのではないかと糾弾しようとするブルマだが、続くベジータの態度にその言葉を取りやめる。
気付いたからだ。彼はこの戦いに、自分達を巻き込みたくないのだということに。
「はあああああっ!」
気合いを込め直し、ベジータが上空へと舞い戻る。
そして交錯――黒い鎧と再度衝突した。
ベジータ対ネオン。
超音速対超音速。
空中を疾走する二人の戦士は、まるで黄金と白銀の尾を引いた二つの彗星がもつれ合いながらダンスを踊っているかのようだった。
時に殴り、時に殴られる。二つの力が正面からぶつかり合えば、互いに腕を動かした直後、まるで爆発の煽りを受けたように左右へと吹っ飛んだ。
その二方向に分かれた二つの彗星――ベジータとネオンが、互いにそうすることがわかっていたかのように同時に旋回し、再び正面から突進し合う。
「戦うことしか能の無いサイヤ人の分際で、家族を守るか? それで善人になったつもりか!」
「余計なお世話だ。生憎俺は、俺が気に入らん奴がどこでどうなろうと知ったこっちゃないんでな!」
「だから殺したのか!? 私の家族を、街を! ツフル人の同胞達を!!」
「今回はやけに饒舌じゃないか、そんなにこの俺が憎いか? だが強い者が生き、弱い者が死ぬ! 力こそが全てなんだよっ!」
「ベジータァァァァッ!!」
そして、二人の拳がぶつかり合った。
ベジータの拳がネオンの頬を打ち付け、ネオンの拳がベジータの頬を打ち付ける。
クロスした二人の腕から、激しい光とスパークが四散する。
二擊目は、どちらも互いの攻撃を受け止めた。
ベジータの拳はネオンの手に、ネオンの拳はベジータの手に抑え込まれたのである。
力の拮抗した二人の戦士は放出する「気」の量を上げながら静止していたが、それぞれの戦士が相手を睨みつけるかのように顔をにじり寄らせた。
網膜に焼き付くような光の中で、ベジータとネオンが叫ぶ。
「貴様らツフル人が滅びたのは、弱いくせに俺達サイヤ人を奴隷のように扱ってきた報いだ!」
「だったら今度は私がお前を消してやるよ! それが罪のない地球人を殺したお前の報いだ!」
「やれるもんならやってみやがれ!」
「絶対に許さない! 私が、みんなの仇を討つんだっ!!」
しばらく拮抗していた力が傾いたのは、ネオンの方だった。
ベジータの脇腹に右足から蹴りを入れると、よろめいた隙を突いてその胸部に一瞬で十発もの拳を叩き込んだ。
「死ねぇぇぇっ!!」
狂気の篭った叫びを上げ、ラッシュの締めとなるパンチがベジータの額を襲う。
それを受けたベジータは真っ逆さまに地上へ墜落していくが、地面と激突する前に体勢を整えた。
しかし、彼に反撃を与える隙を、黒い鎧のネオンは与えなかった。
「喰らえ……! これがベビーとネオンと、お前達に殺されたみんなのリベンジデスボールだ!」
ベジータがその姿を見上げた時、彼女は高々と天に向かって両手を挙げていた。
その両手の先には直径三十メートルを超す巨大なエネルギー弾が生成されている。
まるでカカロットの元気玉のようだ、とエネルギー弾から感じられる途方も無い力にベジータは舌打ちする。
超サイヤ人を超えた超サイヤ人となった今のベジータならば、彼女が投げたそれを避けるのはそう難しくない。
しかし、ベジータの後ろには地球がある。妻が居る。息子が居る。ほんの少し前まではまともに見向きもしなかった、彼が初めて「守りたい」と思ったものがあるのだ。
気を解放し、ベジータはネオンの全てを受け止める構えを取る。やはりどこかの地球育ちのサイヤ人達に影響され、随分と自分は穏やかになっているらしい。
二度の舌打ちをしたベジータは、自分をこんな様に変えてしまった張本人の姿を脳裏に浮かべ、心の中で呪詛を吐いた。
「俺は逃げも隠れもせん! この俺こそが誇り高きサイヤ人の王、ベジータだあっ!!」
「ならば私達の恨みを受け、一欠片も残さずこの世から消え失せろォォッ!!」
覚悟を決めたベジータを見下ろしながら、ネオンが完成させた「リベンジデスボール」を投げつける。
瞬く間に視界全体に広がっていったそれを、ベジータは両手一つで受け止めた。
「ぐっ……! おおおおっ!」
圧倒的な「気」の質量に、ベジータは皮膚という皮膚が一斉に爆ぜたような激痛に呻く。
彼が後に超サイヤ人2と呼ばれることになるこの変身形態になっていなければ、この時点でその肉体は跡形も無く消滅していたことだろう。
だが、ベジータは強くなった。
無力さに苛立ったセルゲームの頃よりも、戦う意志を取り戻した銀河戦士との戦いの時よりも。
「こ、こんな力に……」
そして何よりも、命を賭しても守りたい者を得たことが、絶対に負けない為の極限を極めさせた。
「やられる、ものかァッ!!」
ベジータに内包されていた全ての潜在能力が、この時、一瞬だけ完全に解放される。
全宇宙に響き渡るその力は、セルを葬り去った時の悟飯すらも超えていた。
「おおおおおおおおおおおおおッッ!!」
この地球に落とさせるわけにはいかない。
大地を揺るがす咆哮を上げ、ベジータはネオンのリベンジデスボールをその身体へと取り込んでいく。
それは、無我夢中の行動だった。ベジータはこの時、自分が何をしているのか自分自身すらもわかっていなかった。仮に同じことをやれと言われても、意識して二度と出来ることではないだろう。
しかし、その愛する者を持った最強の戦士にこそ許される「奇跡」はこの地球を救い、敵であるネオンすらも驚愕させた。
「まさか……!」
「でああああああああああッッ!!」
リベンジデスボールを、吸収した。
ネオンがベジータを殺す為に放った一撃は彼の「気」と同化し、彼の一部となったのである。
「あり得ない……!」
全ての憎しみを込めた一撃を完全に受け止められ、あまつさえ取り込まれた。
理解出来ない現象にネオンとベビーが慄然とし、その心に彼への恐れを抱いた。
そして誇り高きサイヤ人の王は、そんな彼女らの隙を見逃さなかった。
「消えて無くなれぇっ!」
「ッ!」
リベンジデスボールを吸収したことによって桁外れに「気」を増幅させたベジータが、満身創痍の身体でネオンへと飛び掛かっていく。
ネオンは一歩も退かない。
それはベジータがこちらの全てを受け止めたのなら、自分が彼を逃げてたまるかという意地であった。
そしてその意地が、彼女の勝敗を分かつこととなる。
お互いが最後のつもりで放った拳が天空で激突し、黄金と白銀の光が混ざり合い、弾けて消えた――。
ベジータがこの時点にしては家族にデレすぎかもと思いましたが、原作ブウ編開始時点ではヤコン戦からカカロットコンプレックスさえ発症しなければ割とデレていたと思ったのでこんな風になりました。
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中ボスキラーピッコロ
メタルベビー――それはツフルと機械惑星ビッグゲテスターの超科学が融合したことによって生まれた、ドクター・ミューの最高傑作だった。
ツフル王の遺伝子データを元に生み出された彼はその思考パターンもツフル王のそれを完全に受け継いでおり、まさしくこの宇宙にツフル文明を再興するべくして生み出された存在である。
彼の力はかつて宇宙の帝王として君臨していたフリーザをも上回り、遂には伝説と謳われた超サイヤ人すらも凌駕する存在となった。
それが今、この地球にとって最大の脅威として立ちはだかっている。
「サイヤ人に滅ぼされたツフル人の復讐か……はた迷惑な話だぜ」
足元に転がる残骸――かつては「ドクター・ミュー」と呼ばれる存在だったそれを靴底で踏み潰すと、ピッコロは不快げに唾を吐いた。
――時は、少し前に遡る。
地上にてネオンの物と思われる大きな「気」を感知し、悟飯に連絡して共に現地へと赴こうとしたピッコロだが、結局彼がその場に訪れることが出来なかったのには一つの理由があった。
ピッコロが舞空術でネオンの居場所へと向かっている道中、ネオンとは違う別の「気」が、大きく膨れ上がっているのを感じたのである。
それはかつてクリリンや天津飯達と共に地球を守る為に戦った戦士の一員であり、ピッコロがこの地球の神だった頃は弟子でもあった武闘家――ヤムチャの「気」だった。
ヤムチャはセルゲーム以来武闘家を引退し、往年のようにまともに修行することも無くなっていた。そんな彼が、この時まるで戦闘中のように「気」を全開まで解放していたのだ。
妙だ、とピッコロは思った。
彼がネオンとの戦いに赴く為に「気」を解放したのだとしても、彼とネオンとではそもそも力の差が大きすぎる。昔こそ相手と自分の力の差を見誤る痛恨のミスを多々犯していたヤムチャだが、武闘家として円熟した今のヤムチャは良くも悪くも戦闘に慎重であり、そうそう同じ過ちは繰り返さない筈だった。
彼が「力の差はわかっているが、それでも戦う」、というほどの状況に追い込まれているとも考えられない。地上から感じられるネオンの気はフリーザ等が持つ悪人のそれとは性質が異なり、至って善人寄りの気なのだ。それ故に大きな気が現れたからと言っても一定の興味は持つだろうが、再び地球に脅威が現れたなどとは考えず、慎重な彼が自ら進んで戦いに行こうとは思わない筈だった。
「……行ってみるか」
修行をしていたと思っていた人間が、実は他の誰かと戦っていた――つい最近、そんな出来事があったばかりだということもあり、ピッコロは突如解放されたヤムチャの「気」を不審に思った。
もしかすれば昨日感じた、ネオンの後ろに潜んでいる「何か」と関係があるのかもしれない。そう思ったピッコロは方向を変えると、ネオンの「気」を感じる場所ではなくヤムチャの「気」を感じた場所へと向かった。
これがもし現在の地球で一番強い人間がピッコロであれば、ピッコロは不審に思いながらも真っ先にネオンの元へと向かっただろう。
しかし、彼がここでそうしなかったのは彼女の相手は自分ではなく、今や自分を遥かに超えた最強の戦士である弟子が――孫悟飯が引き受けた方が良いと判断したからであった。
「奴の相手は任せたぞ、悟飯」
無論、ヤムチャの異変が杞憂であれば、力が及ばないとわかっていてもピッコロは彼の加勢に向かうつもりだった。
しかし結果的に、彼が悟飯の戦いに加勢することは最後までなかった。
ピッコロが懸念していた通りヤムチャはこの時、修行をしていたのでもネオンと戦いに行こうとしていたのでもなく、ピッコロの知らない「新たな敵」と戦っていたのである。
都市街から大きく外れた地上――寂れた廃墟の一角に降り立つと、ピッコロはその場所で何者かと戦っているヤムチャの姿を見下ろした。
「ピッコロか! 意外だな、あんたが来てくれるなんて」
「……俺も、お前がこんなところで妙な奴と戦っているとは思わなかったぜ」
ヤムチャがピッコロの存在に気付き、ふっと安堵の表情を浮かべる。彼の纏っている服はとても戦闘を行うとは思えない派手なスーツ姿だったが、それは彼にとってもこの戦闘が不測の事態だったからと見て間違い無いだろう。
「……どういう状況だ? 話すんだ」
「俺も知らねーよ。プーアルと一緒に旅をしていたら、何故だかあの如何にも怪しげな科学者に襲われたんだ。
「科学者か。ふん、今度は腹を貫かれずに済んだようだ」
「っ、人がせっかく忘れようとしていた記憶を……って、お、おいっ、ピッコロ! 何だか向こうでとんでもない気が戦ってるぞ!」
「悟飯とネオンだ。アイツらが戦いを始めたんだ」
「ネオン? 誰だそいつ?」
ヤムチャから事情の説明を求めれば、彼にもよくわからないという要領を得ない言葉が返ってきた。
そこでピッコロは質問の相手を彼を襲ったという張本人――一目見て地球人でないとわかる青色の肌に覆われた、一人の老人の姿へと目を向けた。
「……また一人、大きな力を持った奴が現れおったか。原住民だけではなく、サイヤ人にナメック星人とは……何だと言うのだ、この星は」
ヤムチャとの戦いによってか身体のあちこちに損傷を負っている老人が、ピッコロの姿を見て苛立ちの言葉を吐く。
老人の身体からは例によってドクター・ゲロの造った人造人間のように「気」を感じないが、それでも仮にもピッコロはかつては地球の神と呼ばれていた存在だ。例え「気」は感じなくとも、相対する相手から滲み出る悪意は手に取るようにわかった。
「貴様は何者だ? いや、それは貴様を倒した後で聞くとするか」
「ほざけ! 貴様ら如きに、私の野望を邪魔させはせんぞ!」
この老人はあの黒い鎧の少女、ネオンと何か関係があるのではないか。直感的にそう思ったピッコロは、悪意を包み隠さない老人を相手に力尽くで聞き出すことに決めた。
基本ベースが好戦的なピッコロ大魔王である為に、元来話し合いは主義ではないのだ。
そうしてターバンとマントを外したピッコロが老人――ドクター・ミューと戦ったのが、つい先ほどのことだった。
戦闘自体は、ものの数分と掛からなかった。
拍子抜けするほどあっさりと、ピッコロが勝利を収めたのだ。
彼の戦いを間近で見ていたヤムチャは「俺と互角ぐらいだったんだけどな、そいつ」と半ば呆れ、半ば悔しそうに呟いていたが、あえて言うことはないがヤムチャと互角程度の相手だったからこそ簡単に勝負がついたのが事実である。ヤムチャとて本気を出せば惑星一つ消滅させられるほどの戦闘力を持っているとてつもない強者の一人なのだが、ピッコロの強さはそんな彼とすら比べ物にならないのだ。
生まれ持っての力の格差を痛感して嘆く姿は悟飯達超サイヤ人に対しての自分を見ているようで、ピッコロにはどこか他人事には思えなかった。
それ故にピッコロは、そんなヤムチャに励ましも叱責の言葉も掛けず、戦闘能力を奪われ地面に倒れ伏した老人の姿へと目を移した。
「さて、では聞こうか。貴様は何者だ?」
「……ふん、貴様のような奴がベビーの素体になれば、計画は何もかも思い通りに行っていたのだろうにな……」
「どういうことだ?」
老人は既に抗う気力を失ったのか、ピッコロが問えば躊躇うことなく必要な情報を話してくれた。
老人の名前はドクター・ミュー。かつてサイヤ人によって滅ぼされた種族の一つ、「ツフル人」の科学者であり、七年前にサイヤ人の生き残りを抹殺する為にこの地球を訪れたのだと。
――そしてピッコロは、彼の生み出した人工寄生生命体「復讐鬼ベビー」の存在を知った。
「まさか……そんな奴がこの地球に潜んでいたとは……!」
「ベビーは私の最高傑作だった。どんな人間にも取り付くことが出来る能力に加え、本体の力もサイヤ人のそれを遥かに上回る……貴様は勿論、この世に敵う者など誰もおらぬ。ベビーさえ居れば、憎きサイヤ人を皆殺しにした上で、この宇宙にツフルの文明を再興出来る筈だったのだ……」
彼の話によって、ピッコロは事の全てを理解した。
ツフル人の復讐と、復讐鬼ベビーとネオンという地球人の関係。ドクター・ミューの話によって、その全てを知ったのだ。
「……そうだ。私の計算を狂わせたのは、ベビーが最初に寄生したあのネオンとかいう小娘……奴が! 奴が私のベビーを奪いさえしなければ……!」
ドクター・ミューが恨めしげに叫ぶ。本来ならば彼らが地球に到着したその日――ピッコロ達が人造人間と戦うよりも前にベビーが表舞台に現れ、彼らの野望である「全人類ツフル化計画」を遂行する筈だったのだと。
その手始めとしてベビーが最初に取り憑いたのが、ネオンという少女だった。しかしドクター・ミューにとって計算外だったのは、ベビーが彼女に取り憑いたことによってその自由を失い、七年もの間彼女の体内に封じ込められることとなったことだ。
その話を聞いて、ピッコロは自分達が知らぬ間に命拾いしていたことを思い知った。
超サイヤ人すら凌駕するベビーという怪物が、孫悟空もベジータも精神と時の部屋で修行をしていないあの時期に出現していたとしたら、間違いなく地球の戦士達は全滅していたからだ。神にすら知られることなく一人でベビーと戦い続けていたネオンという少女には、元地球の神として感謝の思いしか無かった。
しかし、そのネオンも今は――と、ドクター・ミューが哄笑を上げる。
「ふっ、ふふっ、小娘め……奴の抵抗もこれまでのようだ。奴の精神は今や完全に塗り潰され、遂にベビーが表に出おった……これでサイヤ人も、全滅だ……!」
彼の放った不吉な言葉が廃墟に響き渡ったその時、ふと何かに気付いてしまったヤムチャが驚愕の表情を浮かべた。
「おい! さっきから悟飯の気が感じられないぞ……! ま、まさかそのベビーって奴に!」
「何っ!?」
いつからか、この地球上に悟飯の「気」を感じられなくなっていたのだ。
それに対して、彼と戦っていたと思われるネオンの「気」は健在だった。そして昨日に見せた瞬間移動を使ったのだろう。彼女の「気」は西の都の方面へと居場所を移しており、恐らくはベジータと思われる巨大な「気」とぶつかり合っていた。
そのネオンの「気」からは、彼女の純粋な気の中に極悪人達の物と同質の邪悪な「気」が含まれていた。それこそがベビーの「気」だと気づけたのは、ドクター・ミューの様子を見てのことだった。
「ふははははははははっ! そうだ! それでいいぞベビー! サイヤ人など、この世から滅びてしまえ! ふははははっ……は……」
「くそったれ!」
ピッコロは不快な笑い声に苛立ちを込め、ドクター・ミューの頭部に気功波を打ち込むとその命にとどめを刺した。
彼の身体はやはり人造人間のように機械物質で構成されていたらしく、爆散した身体からは血液ではなく液体状のオイルが飛び散った。
自分達の同胞を滅ぼしたサイヤ人達への復讐――かつてフリーザ軍とベジータによってナメック星人の多くの同胞を失ったピッコロには、彼の気持ちは痛いほどよくわかる。
しかし、だからこそピッコロは彼の行動を肯定出来なかった。
「悟飯……」
ドクター・ミューは、恨みをぶつける相手を間違えたのだ。彼らの企てた「全人類ツフル化計画」はサイヤ人の生き残りのみならず、この世で生きる全宇宙の人々を巻き込む許されざるものだった。
そして、ツフル人の抹殺には一切関与していない、未来ある子供達までも手にかけた。復讐という大義名分があれば何をやっても良いなどという理屈を、ピッコロは、ネイルは、地球の元神は認めなかった。
故に今しがたとどめを刺したツフル人の科学者に対して、ピッコロは哀れみこそ抱いても罪悪感は抱かない。
今のピッコロの心にあるのは、息子にも等しかった愛弟子の命がこの世から消えたことに対する自身への無力感と重い喪失感だった。
しかし茫然と立ち竦む彼の心を、ヤムチャの放った思わぬ一言が蘇らせた。
「ピッコロ……ん? いや、違うぞピッコロ! 悟飯の気は、まだ消えていない!」
「何!? ほ、本当だ……! あいつ、生きてやがった!」
先ほどはわからなかったが、集中して感覚を研ぎ澄ませれば、彼らほどの達人にはすぐにわかった。
酷く衰弱していたものの、悟飯の「気」はまだこの世に留まっていたのだ。
ならば急いで救助に向かわなければ……と焦るピッコロだが、その必要は無かった。
「ッ! そうか……悟飯の奴、まだ仙豆を持っていたのか」
死を待つだけのようだった悟飯の「気」が、一瞬にして元の大きさへと戻った。
希望はまだ、潰えていなかったのだ。
「大した奴だよ、お前は……」
自分の助けなど、本当にもう要らなくなったのだなと、ピッコロは改めて弟子の成長を目の当たりにした。
ならば、せめて彼の戦いを最後まで見届けよう。ピッコロは心に誓い、飛び立った悟飯の「気」の行方を追った。
戦いは好きではない――昔から今まで、孫悟飯の中でその思いは変わらなかった。
彼が今まで戦ってきたのは確かに己の意志ではあったが、戦わなければ守れないから戦ってきたという、立たされてきた状況による部分が大きい。
自分が戦わない限り、平和な地球は無くなってしまう。そうなれば、学者になるという夢も果たせなくなる。そして何よりも、この地球に生きとし生ける自然や動物達、大好きな人々が傷つくことを悟飯は許せなかったのだ。
『恨むんならてめえの運命を恨むんだな。この俺のように……』
サイヤ人と戦う為、初めて修行を始めた時、ピッコロがそう言った。
そしてこの地球の運命の鍵はお前が握っていることを忘れるな、とも言っていた。あれから随分と時間が経ち、悟飯は精神も肉体も立派に成長を遂げた。その今でもまだ、彼の言葉は悟飯の中で生き続けていた。
彼女も――ネオンもまた、自分の運命を恨んでいたのだろう。だから、そんな運命を終わらせてほしいと悟飯を頼った。彼女は救って欲しかったのだ。望まない運命に支配された、自分自身のことを。
悟飯の心に、一つの感情が芽生える。
そして、思い出す。
『正しいことの為に戦うことは、罪ではない……』
死ぬ間際、人造人間16号が言い放った言葉だ。機械でありながらも温かい優しい心を持ち、死ぬ間際でさえ自分の命よりも自然や動物達を愛し続けていた彼は、悟飯の中では無機質なロボットではなく確かな「人間」だった。
話し合いなど通用しない相手も居る。精神を怒りのまま、自由に解放すれば良い。気持ちはわかるが、我慢することはない……彼はそう言って、地球の命運を悟飯に託してこの世を去った。肉体が魂を持たない機械であるが故に本物の人間と同じようにドラゴンボールで生き返ることが出来なかった彼だが、その思いは今の悟飯の中に受け継がれていた。
――だが、悟飯はそれでも迷っていた。
彼女は、ネオンはサイヤ人によって大切な全てを失った被害者だ。
内に潜むベビーによって狂化されている側面はあるが、今の彼女はただ精神を怒りのまま自由に解放させているに過ぎないのではないか、と。
そんな彼女とセルを殺したあの時の自分は、心情的には大した違いなど無いと思えた。
「……ネオン……さん……」
大きくえぐり取られた大地の下で、悟飯は薄れる意識を徐々に覚醒させていく。
身体中に激痛が走り、折角ピッコロに作ってもらった道着も無惨な形へと成り果てている。我ながら完全に死んだものと思っていたが、どうやら悪運強く自分は生きていたらしい。
震える腕を懐に巻きつけた袋に伸ばすと、その中から一粒だけ残していた「仙豆」を取り出す。
昨日、ピッコロから受け取った仙豆は二粒。内一粒は昨日の戦いで消化したが、悟飯はまだもう一粒仙豆を残していたのだ。ネオンの一撃で袋ごと焼き切れたものと思っていたが……幸いにも、時の運は悟飯に味方していた。
「ぐっ……く……!」
痛む身体を奮い立たせ、悟飯は口の中に仙豆を放り込んで一気に飲み込んだ。
瞬間、身体の内側から失った筈の力が蘇る。
死の淵に瀕していた悟飯の体力が、仙豆の効能によって回復したのである。
しかしこの時の悟飯の心情に、自身が無事命を拾ったことに対する安堵は無かった。
「行かなくちゃ……」
ただ心にあったのは、望まない戦いを続ける彼女のことを助けてあげたいという思いだ。
彼女は決して、話し合いの通じない相手などではない。
だからこそ、今の悟飯は彼女に対して怒りを抱くことは出来なかった。
――しかし、彼女の中に潜むベビーへの怒りは、既に限界を超えていた。
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ハッピーエンド
爆風が、空を覆う無数の雨雲を吹き飛ばしていく。
それは限界を超えたベジータとネオン、二人の拳が正面から激突したことによる余波が生み出した光景だった。
黄金と白銀、異なる二つの「気」の爆発が、大地と空に響き渡る。
やがて静まった爆音は、二人の死闘に決着がついたことを意味していた。
「あっ……パパだ!」
「ベジータ!」
――爆煙を突き破り、最初に姿を現したのはベジータの方だった。
しかしその身体は素人目で見てもわかるほどの深い傷に覆われており、激しい体力の消耗によって既に超サイヤ人の状態も解除されていた。
「くっ……!」
「パパ、大丈夫?」
よろよろと力無く地に降り立つベジータを気遣い、息子のトランクスが一目散に駆け寄る。
今回は先のようにベジータから拒絶されることはなかったが、顔色を窺えば今の彼には息子を突き放す余裕すらも無いことがわかった。
膝を突いてその場に崩れ落ちたベジータに、遅れて歩み寄ったブルマが訊ねる。
「あいつはやっつけたの?」
「……俺は、下がっていろと言った筈だ」
「どこへ逃げても一緒でしょ? だったら、貴方の戦いを最後まで見ていた方がマシよ」
「……相変わらず、肝の座った女だ」
「当然でしょ? でなきゃあんたの妻なんてやってないわよ」
「……ちっ……」
酷い怪我を負っているが、あれだけの爆発の中から生存した状態で出てきた夫の姿にブルマは安堵の息をつく。毎度のこととは言え、彼の妻をやっていると心臓がいくつあっても足りなかった。
しかし安堵する彼女とは対照的に、ベジータは張り詰めた表情を未だ爆煙の中に居る人物へと向けていた。
敵のリベンジデスボールという名の攻撃を吸収し、無我夢中で繰り出した一撃――ベジータはあまりの必死さ故にその時の記憶がほとんど残っていないが、その手に敵の姿を捉えた感触は確かにあった。
彼の攻撃は、間違いなく届いていたのだ。
――しかし、それはベジータに勝利を手繰り寄せる決定打とはならなかった。
風に煽られて爆煙が晴れていくと、その中から白銀色のオーラを纏った一人の
全力で放った渾身の一撃を受けてもまだ生きている彼女の姿に、ベジータは舌打ちして呟いた。
「化け物め……」
しかしボロボロに変わり果てたその姿を見る限り、彼が与えたダメージが大きかったのは間違いないだろう。
彼女の纏っていた黒い鎧はそのほとんどが破損した状態にあり、頭部を覆っていた仮面は砕け散り、ベジータが予想していた以上に幼い素顔を晒していた。
そこでベジータは初めて彼女の素顔を見たことになるのだが、今更彼の心に驚きは無かった。戦闘民族たる者、相手が女であろうと戦場であれば特別な感情を一切持ち合わせないからだ。しかし後ろに居る四人はそうではないらしく、特に孫親子の二人は激しく動揺している様子だった。
「……化け物、か」
ベジータの一撃によってフルパワーの状態よりも「気」を減らした彼女――ネオンがベジータの呟きに反応する。
その表情は――泣いていた。
「そうだ……私はもう、化け物なんだ。お前達サイヤ人と一緒……少し力を入れるだけで星を壊してしまう化け物だ。自分にとって大切だったものさえ砕いて、この手でバラバラにしてしまう……」
ネオンの映す紺碧の双眸は、片方が憤怒を、もう片方は涙を流していた。
そして上空に浮かぶ彼女は地上のベジータから視線を外すと、おもむろに周囲の景色を一望した。
その瞳が映したのは、倒壊したビルや民家の残骸――自分達の戦いによって破壊された、西の都の無惨な姿だった。
彼女は決して、この街を壊したくて壊したのではない。彼女とベジータが全力で戦ってしまえば、その余波を受けて下の街々がこのような姿になるのは必然だったのだ。
「一緒なんだ……私は……っ! あれだけずっと憎んでいた、お前達サイヤ人と……!」
災害の跡のように広がっている西の都の惨状は、彼女からしてみればサイヤ人によって滅ぼされた自身の故郷とほとんど違いは無かった。
かつてサイヤ人達が作り出した光景を、彼女は自分自身の手で作り出してしまったのだ。
「違う……! 私は、こんなものを見たくて強くなりたかったんじゃない! こんな思いをする為に、サイヤ人を憎んだんじゃない……! ベビー! 私は……私は、もう!」
悲痛な思いが込められた叫びが、廃墟と化した西の都にこだまする。
すると彼女の片目から流れる涙が止まり、両方の目が憎悪の篭った憤怒の色へと変わる。
そして彼女は、行き場を失った狼のように吠えた。
「うあああああああああああああああああああああっっ!!」
白銀色のオーラが肥大化し、再び大地を激震させる。
瞬間、ベジータとの戦いによって消耗した筈の「気」が、唸りを上げて再度上昇していく。
対するベジータは既に力の全てを出し尽くしており、今の彼にはもう一度超サイヤ人に変身する余力すらも残していなかった。
万事休すか……絶望的となった状況に心の中で呟くベジータだが、不思議とその心に恐怖や苛立ちは無かった。その理由がもし息子と妻が自分の傍に居るからだというのならば、サイヤ人の王子ともあろうものが腑抜け過ぎだと、ベジータは自分自身に「馬鹿野郎」と叫びたかった。
――ベジータをそんな馬鹿野郎にしてしまった大元の息子がこの場に現れたのは、その時だった。
「はああああああああああああっっ!!」
大猿の咆哮を彷彿させる少年の叫びが、西の都の空に響き渡る。
それはネオンの「気」に一分も劣らない彼の「気」の嵐が、この地球の全域へと轟いた瞬間だった。
瞬間、ネオンがハッと目を見開き、彼の叫びが聴こえた方向へと振り向いた。
「……ベビー……お前は、もう許さないぞ……!」
そこには、黄金の戦士が居た。
光の色に染まった髪は天に向かって逆立ち、その身体の周囲には絶え間の無い稲妻が走っている。
内に宿る真の力を爆発させた怒りの超戦士――
「悟飯!」
「兄ちゃん!」
彼の登場に対して真っ先に声を上げたのは、彼の母親と弟だった。
ブルマとトランクスも続き、四人して歓喜の声を上げる中、ベジータだけが苛立ちを口にする。
「どこまでもコケにしやがるぜ……貴様ら親子は……!」
この四年間まともなトレーニングをしていなかったくせに、なんだあの力は、と。
他の人間からしてみればあまりにも理不尽な戦闘力を持っているベジータすらも理不尽だと感じてしまうほどに、頭の線が「切れて」逆上した孫悟飯の力は凄まじかったのだ。
西の都の外側を黒い雨雲が覆う中、彼らの居る都の上空だけは誰も寄るまいと避けるように雨雲の姿は無かった。
天空で対峙する孫悟飯とネオン。立ちはだかる悟飯の姿に、ネオンが俯きながら言った。
「……生きていたんだね、悟飯」
彼女のその言葉には標的を仕留め損なったことに対する落胆の感情ではなく、大切だと思っていた存在の無事を知った人間が抱く、安堵の感情が込められていた。
彼女が見せたその態度から、悟飯は「やっぱりそうか」と確信する。
「僕を生かしてくれたのは、君なんじゃないのか?」
超サイヤ人2になったことで常よりも荒れた言葉遣いになった悟飯が、彼女の言葉にそう返す。
自分は彼女の攻撃から辛くも生き延びたわけではない。彼女がその心に残している「ネオンの感情」によって、この命を見逃してもらったに過ぎないのだと。
あの時の彼女の一撃がもし本当に本気で放たれたものならば、自分はここには居ないことがわかっていたのだ。
「君の中に居るネオンさんが、僕を生かしたんだ。僕を殺したくないって、躊躇ったんだ!」
自分を襲ったあの攻撃は、彼女としては本気で殺す気で放ったのだろう。しかし、悟飯はまだ生きてこの場所に居る。
その事実から悟飯は、彼女の中にはまだネオンの意識が残っているのだと判断していた。
今の彼女の心は、完全にベビーに支配されているわけではないのだ。
「ネオンさん。君はまだ生きている!」
「何を……!」
「ベビーなんかに負けるな! 本当の君は、こんな戦いなんか嫌だった筈だ!」
「黙れっ!」
今の彼女にだって、説得が通用しないわけではない。そう思い強い言葉で語りかける悟飯だが、彼の言葉は不興にも彼女の怒りを買うだけだった。
彼女は憎悪の目で悟飯を睨み、その両手から交互に気弾を繰り出す。
「黙れっ! 黙れっ! 黙れぇっ! お前なんかに! お前なんかに何がわかる!? ほんのちょっと知り合っただけで……ネオンの気持ちの、何がわかるって言うんだ!」
悟飯は彼女の手から連射される気弾を超高速でかわしつつ、彼女との間合いを一気に詰めていく。
悟飯の接近を許した彼女は気弾の連射を止めると、即座に右腕を振り上げて格闘戦へと切り替えた。
「大切なものは全部奪われた! 君達サイヤ人が何もかも壊したんだっ!!」
超音速の拳が、悟飯の頬を打ち付ける。
それはあのセルよりも、ボージャックよりも、今まで悟飯が戦ってきた誰よりも強く、重い一撃だった。
しかし悟飯はその拳を受けて吹っ飛ばされることも悶絶することもなく、彼女の顔を見据える紺碧の瞳を一瞬たりとも逸らさなかった。
「僕達が気に入らないなら怒ればいい! 殺したいのなら、いつでも掛かって来い! でもそれは、本当に君の思いなのか!? それだけが、君の全てなんですか!」
「私には、もうそれしか残っていないんだよっ!」
もう一撃、立て続けに右手の拳を振り下ろすネオン。
胸板を貫こうと襲い掛かるそれを、悟飯は両手で包み込むように受け止めた。
悟飯はそこから、反撃に転じない。
彼はただ、彼女の怒りを、拳を受け止めるだけだった。
決して攻撃の意志を見せない悟飯に対し、ネオンは震える瞳を向けて喚いた。
「今更……君達を恨む以外にどうすれば良いんだ!? ベビーと一つになる前から、ネオンの心はとっくに死んでいたんだ!」
右手を摑まれた状態のネオンが、左手の拳を突き出して悟飯の右頬を打つ。
おびただしい「気」が込められた一撃は重い衝撃音となって天に響くが、それでも悟飯は、彼女の傍を離れようとしなかった。
驚愕に目を見開くネオンに、悟飯は諭すように言った。
「……僕は、お父さんを死なせてしまった」
「……っ!」
「僕さえちゃんとしていれば、お父さんは今でも生きていた……全部、僕のせいだったんだ」
放たれたのは、自身の過去の過ちに対する懺悔の言葉だった。
しかしその表情は、極度の興奮状態にある超サイヤ人2の状態でありながらも水面のように穏やかだった。
「なんであの時調子に乗ったんだって、後悔した……」
ゆっくりと語り出す悟飯に、ネオンの手が止まり、殺意の渦が僅かに鎮まる。
「でもそんな僕を、クリリンさんやピッコロさん……みんなが励ましてくれた」
彼女の身体から徐々に、ほんの徐々にだが悪の「気」が減っていくのを感じ、やっぱり貴方は生きているんだなと実感し悟飯は微笑んだ。
「死なせてしまったお父さんも、僕のことを笑って許してくれました」
そして悟飯は、自身が掴んだ右手をそっと彼女の胸へと送り返した。
「君は……そんな風に、誰かに励ましてほしかったんじゃないんですか?」
「――ッ!」
「辛い思いをしていても頑張って生きている自分のことを、「よくやったね」って誰かに励ましてほしかった……だけど、君の周りには誰も居なかったから、どう生きれば良いのかわからなかった」
「ち、違う!」
「もう、いいんです。もうサイヤ人のことを恨まなくても、君は生きていけます」
「やめろ!」
「君は、復讐なんかしたくなかった。でも、サイヤ人のことを恨まなくちゃ自分が自分じゃなくなると思ったから……」
「やめて……! やめてよっ、悟飯……!」
彼女は、ずっと一人だった。
家族を失い、街を失い、たった一人で生き続けていた。
寂しかったのだろう。辛かったのだろう。父を失っても母が居て、頼れる仲間も居た悟飯とは違い、彼女は孤独に生きるしかなかったのだ。
だから彼女は、誰かを恨まなければ自分の心を守れなかった。
優しい心を持つ彼女は決して復讐を望まなかったが、その優しさは何よりも、彼女自身の心を追い詰めていたのた。
そんな彼女に必要だったのは、哀れみでも叱責の言葉でもない。孤独と憎しみの中でも優しさを忘れずに生きていた彼女のことを、認めて励ましてあげることこそが必要だったのだと悟飯は悟った。
悟飯自身、父を失った時こそ、周囲の人間の言葉に救われたのだから。
「私は、サイヤ人が憎い……! この手で殺してやりたいと思っていた! き、君だって……!」
「殺したがっているのは、ベビーだけだ! 君はネオンだ! ベビーでもツフル人でもない!」
「わ……私は……っ!」
閃いた黄金色の光が、悟飯の身体からネオンの身体へと伝っていく。
彼女の手を握る悟飯が、超サイヤ人2となった自らの「気」を彼女の体内へと送り込んだのだ。
「ネオンさんから出て行けベビー! お前が殺す相手は、この僕だけで十分だぁっ!!」
悟飯はネオンとは戦わない。
彼の正義が許せないのは、ネオンではないからだ。
だから悟飯は、この戦いの最後までネオンにその拳を向けようとはしなかった。
「悟飯、何をする気……!?」
「僕の力の全てを、君にあげます! だからその力で、ベビーを追い出せ!」
「……!」
壊すこと、奪うことだけがサイヤ人ではない。
そう示すように、悟飯がこの時取った行動は彼女に「与える」ことだった。
黄金色のオーラが悟飯の手からネオンの手を伝って彼女の体内へと駆け巡り、二つの「気」が一つに溶け合っていく。
悟飯が超サイヤ人2の「気」を彼女に分け与えたことによって、彼女の保有する「気」の総量が限界を超えて膨れ上がったのだ。
それは、自ら進んで相手に力を与えているのと同じだ。自身の力を消耗させ、敵を強化させている。側から見れば、正気の沙汰とは思えない愚かな行為だった。
しかし悟飯にとってネオンは大切な友人であり、仲間であり、どれほど悪意をぶつけられようと敵ではなかった。
故にそれは、悟飯からしてみれば仲間であるネオンの為に、「本当の敵」と戦う力を与える行動に過ぎなかった。だからその行動によって超サイヤ人の状態が解け、自分自身が彼女と戦う力を失おうと後悔は無かった。
「なんで、こんなことを……」
超サイヤ人2どころか普通の超サイヤ人の状態すらも解除されてしまった悟飯を前に、ネオンが茫然と立ち尽くす。
そんな彼女に対して、悟飯が言った。
「……ベビーに言ってやってください。貴方の、本当の気持ちを!」
今のネオンがその気になれば、ネオンを強化する為に力を使い切った今の悟飯など一撃で殺すことが出来るだろう。
彼の無茶な行動に誰よりも動揺したネオンは、その瞬間、ふと自らの手のひらを見つめて、別のことに驚いた。
この時、彼女の中に居るベビーが外部から分け与えられた悟飯の「気」によって再び封じ込められ、彼女の心は一瞬だけ本来のネオンのものへと戻ったのだ。
それこそが、悟飯の狙いだった。
「ベビー! 私は……!」
悟飯の「気」を受け取ったことにより、ネオンはその力をさらに増幅させた。
しかし自身の心を取り戻した彼女はその力を悟飯にぶつけることはせず、全ての「気」を自身の中に居るもう一人の自分
「私は……君じゃないっ!」
そして、はっきりと、
ネオンの身体を白銀と黄金のオーラが包み込み、内側から燃え盛る炎のように激しく広がっていく。
それは光の奔流などという生易しい表現では言い表せず、豪流や爆流と言った造語を組み合わせてようやく表現出来る現象だった。
「私は! 私はネオンだああっ!!」
もう誰も失いたくない――全霊の思いを込めたネオンの叫びが天に響くと、それと呼応するように彼女の身体を覆っていた黒い鎧が、黄金色の光となって砕け散った。
そして光を放つネオンの身体から、溢れんばかりの闇が這い出ていく。
この瞬間、それまで一人の人間として同化していたネオンとベビーの存在が、お互いのあるべき姿へと分岐したのである。
ネオンはネオンへと、ベビーはベビーへと、それぞれが本来の姿へと戻ったのだ。
悟飯の力を得たネオンは他ならぬ自分自身の意志で、ベビーを自らの体内から追い出したのである。
それはサイヤ人の力と地球人の思い――その二つがかけ合わさって、初めて起こった奇跡だった。
「ネオンさん!」
「悟飯!」
地球人の少女に戻ったネオンが最初に行ったのは、誰よりも傍でその「戦い」を見守ってくれた悟飯への抱擁だった。
脇目もふらず彼の胸へと飛び込むと、ネオンは感情の爆発によってろれつの回らない口調で言った。
「わたし……がんばったよ」
「もう、大丈夫です!」
「ずっとベビーをおさえこんで、たたかっていたよ……?」
「今まで、よく頑張りましたね!」
今までずっと孤独に生きてきた寂しさを埋めるように、彼女は悟飯の身体を強く抱き締めた。
その姿はまるで両親に我が儘を言って甘える幼子のようで、それだけで悟飯には、彼女が今までどれほどの苦しみを抱えて生きてきたのかを理解した。
本当の彼女は戦いなどとは一切無縁の、か弱い一人の少女に過ぎなかったのだ。
たった一人で頑張って、無理をして、疲れて、ようやく誰かに泣きつくことが出来た彼女に今の悟飯がしてあげられたのは、黒髪に戻った彼女の頭をそっと撫でてあげることだけだった。
『偉いぞ、悟飯』
それは、サイヤ人のラディッツが地球を訪れるよりも前の幼い日のこと。世界がまだ本当に平和だった頃、自分が父にそうしてもらって嬉しかったことを思い出しながら、悟飯は彼女の頑張りを温かく祝福してあげた。
そして彼女は抱擁を解き、真っ赤に腫れ上がった瞳を覗かせて言った。
「……ありがとう、悟飯」
「どういたしまして。こちらこそ、今までベビーと戦ってくれてありがとうございました」
お互いがお互いを褒め称え、悟飯とネオンは穏やかに笑む。
そしてネオンはキッと目つきを険しく変え、その視線を悟飯の元から背後に居る
「あれは……」
「寄生生命体、ベビーの本体さ。私の身体から追い出されたことで、あの子もまた本来の姿に戻ろうとしているんだ」
ネオンの身体から這い出た闇が集合していき、泥状の物体となって徐々に人型の姿を形成していた。
それこそがネオンに取り憑いていた者の正体――復讐鬼ベビーの正体なのだと彼女は言う。
そのベビーの本体からは昔なら――それこそ精神と時の部屋で修行する前ではどうしようもないほどに強い「気」を感じたが、今の悟飯ならば少しでも本気になれば容易に消せるであろう、恐るるに足らない相手だった。恐らく今のベビーの強さは、ネオンと同化していた時の十分の一にすら満たないだろう。
悟飯はその姿に、激しい怒りを込めて吐き捨てる。
「やりすぎだよ……!」
サイヤ人によって滅ぼされたツフル人達が、復讐の為に生み出した狂気の生命体。それがベビーという存在だ。
罪のない人間を次から次へと殺していたサイヤ人達だ。ツフル人達が彼らを憎む気持ちはわかるし、悟飯とてそんな彼らのことは許せない。しかし戦いを望まない他の人間を巻き込んでまで復讐に走ったベビーという復讐鬼は、既に悟飯にとっては超えてはならない一線を超えていた。
「悪さが過ぎたんだ、お前は……!」
ベビーのことを、悟飯は到底許せそうにない。
故にそんな彼を殺すことに、悟飯は珍しく躊躇いを持たなかった。
怒れる悟飯の手を、触れれば折れてしまいそうな少女の白い手が掴む。その瞬間、悟飯の身体へと失った筈の力が少しずつ戻っていった。
「ネオンさん?」
「君に貸してもらった力を返すよ。私だけじゃ、上手く扱えそうにないから」
ベビーを追い出す為にネオンに分け与えた力を、ネオンが再び悟飯の体内へと返還したのだ。
それによって悟飯は、超サイヤ人2ほどまでには及ばないが、ベビーを完全に滅ぼすには十分な力を取り戻すことが出来た。
そんな彼に、ネオンが頼む。
「……あの子がまた別の人間と同化する前に、ここで倒さなくちゃ。力を貸して、悟飯」
「はい!」
彼女からしてみればかつては自分自身その物だったベビーを滅ぼすという酷な頼みを受け、悟飯は間も空けずに即答した。
放っておけば何をしでかすかわからない敵を早々に始末せずに失敗するのは、もうたくさんだった。
父孫悟空を失う要因になった過ちをここで犯すほど、今の悟飯は愚かでも甘くもない。
「……本当は、君に復讐以外の生き方を教えてあげたかった。私の心で、憎むだけじゃない別の感情を共有させてあげたかった」
一方でネオンはそんなベビーに対して、哀れみの感情を向けていた。
七年もの間、同じ身体の中で生きていたのだ。ベビーのことを誰よりも知っている彼女だからこそ、複雑な思いを抱えているようだった。
「だけど結局、何も教えてあげることが出来なくてごめんね、ベビー……さよなら」
それはネオンがベビーに向けた、彼女なりの慈悲の言葉だった。
彼への別れの言葉を告げるとネオンは掴んでいた悟飯の手を離し、両手首を合わせて悟飯にとって馴染み深い構えを取った。
「ネオンさん……」
「見よう見まねだけど……いくよ、悟飯!」
「……はい、やりましょう!」
吹っ切れたネオンの表情に安心すると、悟飯は彼女の傍らに立ち、彼女と同じ構えを取る。そしてその体勢のまま、人型の姿を形成したベビーの姿を睨んだ。
悟飯やネオンよりも小さい少年のような姿をしたベビーはしばし憎悪を込めた目で悟飯を睨んでいたが、彼らの構えを見て次に取った行動はこの場からの「逃亡」だった。
「か~めぇぇぇ……!」
彼の逃亡を、決して見逃しはしない。悟飯は遠ざかっていくベビーの後ろ姿を見据えながら超サイヤ人に変身すると、黄金色のオーラが包む両手の間に体内の全潜在エネルギーを集束させる。
「は~め……!」
彼と同じように掛け声を上げるネオンの両手の間にも、彼女の体内の「気」が充満していく。見よう見まねとは言っていたが、彼女のそれは悟飯の目から見ても確かな形になっていた。
――亀仙流の代名詞、「かめはめ波」の。
「くっ……!」
二人が持つ膨大な力に恐れをなしたベビーは舞空術のスピードを上げ、最大洗足で疾走していく。
彼らを相手に今の自分では勝ち目が無いということを、並外れた戦闘力以外にもツフル人としての優秀な頭脳を持つベビーは理解していたのだ。
そんな彼の惨めな背中へと、二人の勇者は全力を叩き込んだ。
「波あああああああっっ!!」
二人の叫びと「気」が重なり合った一撃が、一条の光の龍となってベビーの背を追いかけていく。
そして一瞬にしてその距離をゼロへと追い詰めた光が生身のベビーの肉体を飲み込んでいくと、彼の細胞という細胞を暴力的な渦の中に焼き尽くしていった。
『そ……孫悟飯めぇぇっ!!』
ベビーの断末魔は、自分達の全てを奪った民族の血を引く地球人との混血の少年――孫悟飯への怨嗟の叫びだった。
彼は自身の肉体が滅びる最後の瞬間まで、サイヤ人の存在を恨み続けていたのだ――。
彼の身体を文字通り完全に消滅させた二人のかめはめ波は、そのまま成層圏を抜けて宇宙へと飛び出していき、一秒ほど太陽のように地球を照らすと、雨上がりの空に虹を残して消えていった。
――ベビーの「気」が、完全に消滅した。
最後の仕上げの終わりを見届けた二人はお互いが発散していた「気」を鎮めると、ふぅ……と静かに息を吐いた。
超サイヤ人の状態を解除した悟飯はネオンと共にゆっくりと降下していくと、西の都全体を見渡せる荒野へと降り立った。
「やりましたね、ネオンさん」
「うん……」
ネオンは一人の少女に戻り、ベビーは滅んだ。最悪の事態を無事防ぐことが出来、これで晴れて大団円というところか。
憑き物が剥がれ落ちたような表情で微笑むと、悟飯はその視線を眼下に広がる西の都の街々へと向ける。彼らの前には唯一今回の戦いによって引き起こされた惨状が広がっていたが、合理的に考えればそれらはまだ、失っても取り返しのつくことだった。
思い詰めた目で街を見下ろしているネオンを安心させる為に、悟飯は言った。
「街はこんなになってしまいましたけど……大丈夫ですよ。後でドラゴンボールを集めて、みんな元に戻してもらいますから」
「うん……そうだね」
あまりドラゴンボールに頼り過ぎるのもどうかとは思うが、こんな使い方ならば天の神様――神と言っても友人のデンデだが、彼も許してくれるだろう。
しかし悟飯の言葉を受けても、ネオンの表情は優れなかった。
ネオンはふと上空――澄み渡るような青い空を見上げると、どこか感傷的にこう言った。
「ねえ、悟飯。こうも広い青空を見上げるとさ、なんだか勇気が湧かないかい?」
「ん? そうですか?」
虹の橋が架かった、地球特有の青い空だった。
つい先ほどまで雨が降り仕切っていたとは思えない大空は、これまでの戦いによって彼らが雨雲を吹き飛ばしてしまったことが故の姿だった。
戦いによって勝ち取ることが出来たのは彼女の存在だけではなく、今広がっている晴れの天気もそうらしいと悟飯は苦笑する。
しかし、彼の横でネオンが浮かべていたのは――文字通り、今にでも消えてしまいそうな儚い笑みだった。
「はは、なんてね……私ってば、最後だからって感傷的になっているみたいだ」
「最後? ……ッ! ネオンさん! その身体っ……!?」
――ネオンの身体はこの時、そのほとんどが消えかけだったのだ。
全身が徐々に透明に近づいており、それに伴って彼女から感じられる「気」も薄くなっていた。
一体彼女に何が起こっているのか、状況を理解出来ずに愕然とする悟飯に、彼女が簡潔に説明する。
「私とベビーは、一心同体。それは、死ぬ時も一緒なんだ」
「まさか……そんなことって……!」
一度完全に同化し、一人の人間となった彼女は、その命までもベビーと共有していたのだ。
ベビーが死ねば、ネオンも死ぬ。まるでピッコロと元地球の神のような関係に、二人はあった。
ベビーの魂があの世に昇ったことによって、彼女の魂もまたあの世に昇ろうとしている。そのことに気付いた悟飯は激しく動揺するが、対照的にネオンは不自然なまでに落ち着いていた。
それはまるで……自分がそうなることを始めから知っていて、尚受け入れているかのように。
「ネオンさんは、知っていたんですか!? ベビーを倒せばこうなることを!」
「騙していたみたいで、ごめんね。でも、もし教えていたら、君はベビーを倒してくれた? ……だから、もういいんだ。これが私の運命だったんだから」
「そんな……」
彼女は、始めから知っていたのだ。
この地球の平和を守る為には、どう足掻いても自分が生き続けることは出来ないことを。
そして全てを知っていた上で、彼女はベビーを完全に葬り去ることを選んだのだ。
そんな彼女は、死にゆく者とは思えない穏やかな表情で言った。
「ねえ、悟飯。私は君のおかげで、今まで生きてきて良かったって思えたんだ」
だから自分は救われたのだと、悟飯や悟天達のおかげで短くても幸せな時間を過ごすことが出来たのだと言って、ネオンは笑う。
「こんな私に、ずっと優しくしてくれてありがとう。こんなにも幸せな気持ちで、あの世に逝けるんだ。私はそれが嬉しい……」
「必ず、ドラゴンボールで生き返らせます!」
「言ったでしょ? 私が生き返ればベビーも生き返ってしまう。そんなことの為に願いを使うんなら、私のせいで滅茶苦茶になったこの街を、死んだ人や怪我をした人も含めてみんな元に戻してあげて。私よりもずっと、大事なものなんだから」
彼女は、自分が死にゆくことを受け入れている。
死にたくないと思っていながら、生きたいと思っていながら……彼女はその運命に対して、抗おうとはしなかった。
そんな彼女のあまりにも潔い――潔すぎる姿に、悟飯は納得することが出来なかった。
「駄目ですよ、そんなのは! やっと元に戻れたじゃないですかっ! 生きていれば、これからずっと! 幾らでも幸せになれるじゃないですか!」
「私は平気だよ、悟飯。この一時だけでも……私は今、とっても幸せだから。もう消えてしまっていい……そう思えるぐらいに」
ネオンは嬉しそうに笑むと、悟飯の手を両手で握る。
自分が消える直前まで、彼がそこに居たことを忘れない為に。
「元気でね、悟飯。偉い学者さんになりなよ?」
――そして彼女の姿は、彼女の魂は……この世から消えた。
「ネオンさん!!」
ネオン。ネオン。ネオン。ネオン。ネオン。ネオン。ネオン。ネオン。ネオン――悟飯が何度も繰り返し、彼女の名を叫ぶ。しかし、一度として彼女の言葉が返ってくることはなかった。
彼女が言い遺した最後の言葉が、悟飯の頭の中で幾度も繰り返されては消えていく。
その言葉は、彼女が孫悟飯のことをどう思っていたのかを表す、別れの一言となった。
――さようなら、私の
サイヤ人を憎み、ツフル人の狂気によって苦しみ続けてきた地球人の少女の魂は……この時、サイヤ人と地球人の間に生まれた英雄によって救われ、見送られたのだ。
最後に残った彼女の手の感触を胸に、少女の
そして、グレートサイヤマンへ……
次回でエピローグとなり、このお話はおしまいとなります。
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仕上げはお父さん(終)
「……そうして一人の地球人の魂は救われ、天に昇っていきましたとさ」
めでたしめでたし――と締めて、私はこの話を終える。
本当は五分程度で終わらせるつもりだったんだけど、どうやら話している間に感情が入りすぎてしまっていたらしい。貴重な時間を奪ってしまって申し訳――いや、今となっては時間はそこまで貴重な物でもないか。
この世界――「あの世」と呼ばれる死後の世界には、時間という概念が存在しないのだ。
だからこそ私は、あれから一年経った今でも身体が成長していないし、目の前に居る青年の姿もまたずっと若いまま変わらない。肉体が全盛期の状態のまま維持出来るというのは、武道家達にとっては願ってもない好条件だと思う。
あの世は死後の世界と言っても、彼らのように生前に徳を積んだ人間であれば下手すれば死ぬ前よりも充実している、などということも普通にありえるのだ。
「ウッホウッホ、ウッ……」
「バ、バブルス君? そんなに泣いてどうしたの? どこか痛いの?」
「ウッホ……!」
いつから聞いていたのやら、私の隣に座っていたチンパンジーらしき動物が器用にも自らハンカチで目元に溜まった涙を拭っていた。
このとっても可愛い動物の名前はバブルス君。死後の私にとって恩人の一人でもある、北の界王様がお飼いになられているペットだ。銀河系を管理する神様のペットというだけあってかその知能は高く、今彼が見せたように人の言葉を理解するし、人みたいに泣いたりもする。まあ泣いた姿は今回初めて見たわけだけど。
そんな彼の毛並みの整った頭をよしよしと撫でていると、私の目の前にあぐらをかいて座っている青年――孫悟空さんが珍しく難しい顔をしていた。
孫悟空さん――そう、彼こそが私を救ってくれた私の英雄、孫悟飯のお父さんだ。私がこの「大界王星」で彼と出会うことになったのはあの日――私が死んだ一年前のことで、界王様の他に一番最初に声を掛けてくれた縁もあってか、今日のように時々組み稽古の相手をしていただいたりしている。
今は丁度、彼との組み稽古が終わった後のインターバル、休憩時間だった。
さて、地球にたくさんの島があるように、死後の世界にも色々とたくさんある。
総称して「あの世」と呼ばれるこの世界は天国も含めた界王界、閻魔界、地獄という三つのエリアに分かれて成り立っており、その規模は地球の何万倍以上も大きく、一つの惑星に留まらず宇宙中の死者の魂が集まる場所だ。
あの世に集められた死者には基本的に肉体が無く、魂だけの状態になってそれぞれの世界で暮らすのが一般的らしいけど、各々の惑星の神の判断で肉体を持ったまま閻魔界――死後の世界の入口を訪れる死者も居て、閻魔様が許可をした死者だけがあの世でも肉体を持てるらしい。
私もまた神様と閻魔様から一応の許可を頂き、肉体の存在を許された死者の一人だった。
私の場合は地球の神様――デンデ様のご厚意によって生前の肉体のまま閻魔界に連れて行ってもらい、そこで閻魔様の判決を受けることになった。
『むう……何ともまた面倒な経歴じゃな……』
当時のことを振り返った際に真っ先に思い浮かんだのは、机の上で書類と向き合って唸っている閻魔様の巨人のような大きな姿だった。
生前の戦いで多くの人間を巻き込んでしまった私は、その罪の深さから考えれば間違いなく地獄行きを言い渡されると思っていたんだけど……閻魔様は即決せずに、私の処遇を熟考してくださった。
『ベビーの奴は容赦無く地獄に突き落としてやったが、この者にも責任があったと言えるのか? ううむ……』
『閻魔様、そこのところをなんとかしていただけませんか? この方は、ベビーを七年もの間封じ込め続け、地球を守ってくれたのですよ!?』
『しかし、この者……いや、「この者とベビーが同化した者」によって受けた被害は大きい。地球にはドラゴンボールがあるからまだ取り返しが付くかもしれんが、閻魔として被害に遭った負傷者や建物の数を見逃すことは出来んのだ』
『それはベビーが取り憑いていたからであって、この方の意志ではないでしょう? 寧ろこの方は被害を出来るだけ抑えるように、操られながらもベビーに抵抗していました! 怪我人は大勢出てしまいましたが……死者は0人だったじゃないですか!』
『むう、今の地球の神は前より攻撃的じゃわい……』
『閻魔様、冷たいオニ』
『いつもその時の機嫌で決めてるくせにオニ』
『鬼としてはこの人間には地獄に行ってほしくないでオニ』
『そうオニ。見るからに天国向きだオニ』
『全部悪いのはドクターなんとかとベビーって奴だオニ』
『ええい! うっさいわ鬼共っ!』
悟飯から色々と聞いていたのだろうか、地球の神様であるデンデ様はあの世での私の立場を出来るだけ良くする為に、立場上は上位である筈の閻魔様を相手に食って掛かっていた。あと閻魔様の部下の鬼さん達も、意外にもそのほとんどが私の味方をしてくれた。生前の私は鬼と聞くと怖いものを思い浮かべていたけど、実際に閻魔界で見た彼らは案外普通の姿をしていたものだ。……ちょっと可愛いかもとか思ったりして。
天国行きになるか、地獄行きになるか……私は判決が下されるまで、一言も喋らずにその場に佇んでいた。
自分の処遇について私自身の意志が無いことは無かったけれど、私はどんな判決であろうと甘んじて受け入れるつもりで居た。……いや、違うか。私はあの時、本当は不安で不安で仕方が無かったのだ。
本当はきっと、怖かったんだ。ここで地獄行きを告げられるということは、私が生前にしていた行いを全て否定されるということだ。確かに客観的に見ればろくでもない人生だったけれど、それでも私は自分なりに正しく在ろうと頑張っていたつもりだったから。
『おー何とか間に合ったか』
ああでもない、こうでもないと延々と続く神様と閻魔様の討論に待ったの声を掛けたのは、彼らよりもさらに上の立場に居る銀河の管理者――界王様だった。
神様よりも偉い神という地球の一般市民である私にとっては雲の上の存在であるお方の登場に、私はその時、色々な意味で圧倒されてしまった。
虫のような触覚。
丸っこい身体。
短い足。
私と同じぐらいか、それより小さいぐらいの身長。
何というか……噂には聞いていたけど、思っていたのと違った。ほら、閻魔様が凄く大きいから、もっと偉い界王様はもっと大きな人なのかなーって。
……コホン。
見た目は思っていたのと違った界王様だけれど、登場した後の神様と閻魔様の反応を見るに、その位の高さは間違いなかった。
『界王様っ!』
『おおう、これはこれは界王様。お久しぶりで』
『うむ、閻魔も私情を交えず仕事をしているようで感心じゃ。地球の新しい神も、早速やっているようじゃな』
『すみません……しかし、今回ばかりは譲れません。悟飯さんの為にも!』
界王様は閻魔様と神様、そして私の居る間へとトコトコと入っていくと、サングラスの先を光らせるなりニッと笑ってこう言った。
『あ~、そこのネオンについての処遇じゃが。わしに一つ妙案がある』
『妙案、ですか?』
『天国か地獄で決められんのなら、しばらく様子を見る気は無いかのう?』
『……どういうことで?』
『あっ、まさか……!』
『左様』
私は神々の話に口を挟まなかったが、皆さんが私のことについて色々と考えて話している以上は、言葉の内容が今一つ把握出来ないながらも一言一句逃さずに聞いていた。
『せっかく地球の神が与えた身体を早々に無駄にするのも勿体無いじゃろう。そこでじゃが、こ奴のことはしばらくの間大界王星で監視し、そこでの立ち振る舞いから天国行きか地獄行きかを決めるのはどうじゃろう? こ奴には、地球の神の言う通り地球の為にベビーを封じ込め、しかも倒したという功績があることじゃし、大界王星に入る資格はわしが与えよう。異論はあるか?』
『そういうことでしたら、私にはありません!』
『界王様がおっしゃるのなら……ふう、これで厄介払い出来る』
『聞こえとるぞ閻魔』
この時の私は彼らのやり取りに終始ポカンとしていたが、この後界王様と一緒に「大界王星」行きの飛行機に乗りながら界王様から直々に説明を受けたことでようやく理解した。ベビーと同化した経験から多少は頭が良くなっている筈なんだけど、私はその辺の要領まで良くないのだ。
界王様が取り計らってくれた私の処遇は、わかりやすく言えば「執行猶予」だった。
生前の「私」が犯した悪事は、私がやったことなのかベビーがやったのか判別しにくい。だからしばらくの間天国でも地獄でもない場所に私を置いておいて、そこでの立ち振る舞いによって判決を決める――という、驚くほど甘すぎる処遇だった。
『それって事実上、ほとんど天国行きみたいなものじゃないですか』
『気付いておったか。まあこんなチャンスを与えられて真面目にせんような奴は、そうはおらんじゃろうしな』
『ウッホウッホ』
私と界王様、界王様のペットのバブルス君を乗せた飛行機がマッハを超える速さであの世の空を飛翔していく。窓の外を見下ろせば、色とりどりの綺麗な花畑に覆われた世界――天国の風景が見えた。
しかし私達の向かう場所は、天国ではない。そして、蛇の道の下に広がっている地獄でもなかった。
『それでな、今向かっている大界王星というところじゃが……』
『あの世の武道家達が集まって、修行している場所ですよね?』
目的地の名前は大界王星――実は以前、生前に悟飯から聞いたことがあったのだ。
彼の死んでしまったお父さんは、今はそこで武道の修行をしているのだと。そもそも死後の世界があることを知らなかったその時の私はいくら悟飯の言葉でもピンと来なかったが、今ならばわかる。
そのことを話すと、界王様は最初から最後まで自分で説明したかったのかつまらなそうな顔を浮かべた。
『なんじゃ、知っとったのか』
『そちらに居らっしゃる、孫悟空さんのお子さんから色々聞きましたから』
『その悟空じゃ。あいつめ、お前と戦ってみたいとか我が儘言いおって……』
『えっ? じゃあ、もしかして界王様がお迎えに来てくれたのは……』
『わしは界王じゃぞ! 神様よりも偉いというのにあいつはいつもいつも便利屋扱いしおってからに……!』
そこで知ったのが、私にとって衝撃の事実である。
界王様の計らいによって大界王星に行くことになった私だが、実は悟飯のお父さんである悟空さんが私と会いたいが為に界王様に頼んだことらしい。
銀河の神である界王様を連絡係に使うとは何という大物だろうかと、当時の私はまだ会ってもいないのに悟空さんに対して畏敬の念を抱いたものだ。
しかし界王様も拒否しようと思えば出来たし、私を迎え入れたのは界王様自身の意思もあるのだと補足した。
『あの世でも、あいつとまともに戦える人間は少ないからのう。悟空がお前のような強者に飢える気持ちもわからんでもない。他の連中にも良い刺激になればとか、わしもそんなことを思っていたりしていたところじゃ。偶にはこういうのも良いじゃろう』
『ウッホッホ』
界王様ともなれば、あの世からでも私のことを把握出来るのだろう。しかし正直言って私にはその期待に応えられる自信が無かった。
バブルス君の隣の席でホッホッホと笑いながら、界王様が続ける。
『それに……やはりわしの目には、お前が地獄に落ちるべき人間だとは思えなかったというのもある。界王が誰かを特別扱いするのはあまり良くないのじゃがな』
『……ありがとうございます』
界王様のような偉い人に、私の行いが認められた気がしたのは素直に嬉しかった。
しかし、あの世の達人達が集う場所――大界王星。武道家でもない私がそこへ行くのはやはり場違い感が半端じゃない。
けれど、目的地が迫るに連れて案外乗り気で居る自分に私は気付いた。
『こんなことを言うのもなんですけど、私はこの処遇に安心しています。天国に行くにも申し訳なくて、地獄に行くのも怖かったから……どちらでもない選択肢があるなら、それが一番良かったって』
『言っておくが、大界王星の環境は修行馬鹿でもない奴にはかなーりきついぞ。飯も天国の方が美味いしな』
『……丁度良いです』
『妙な奴じゃのう、お前は』
『ウッホ』
地獄には行きたくなかった私だが、かと言ってのうのうと天国に行くのも違うと思っていた。そんな私にとって、大界王星行きの話は渡りに船だったのだ。
天国にはきっと、サイヤ人に殺された私の家族も居るのだろう。
みんなに会いたい、とは思う。
だけど、会いたくないと思う私も同時に存在していた。
地獄に落ちるのと同じぐらい、私は今の自分が家族と顔を合わせるのが怖かったのだ。
何とも私らしい、優柔不断で、馬鹿な悩みだった。
『……孫悟空さんに、会いたいな』
そんな私も大界王星に行って修行をすれば――悟飯のお父さんに会えば、自分の中で何かが変わるかもしれないと根拠の無い希望を抱いていた。
――答えは多分、正解だったんだと思う。
『オッス! オラ悟空!』
と、そんな感じで、私は悟空さんと出会った。これが一年前のことだ。
大界王星に到着し、彼と初めて会った時、初対面から掛けられた第一声がそれだった。
左右に複雑な形に伸びた特徴的なヘアースタイルに、程よく引き締まった筋肉。山吹色の道着を着た二十代中盤ぐらいの青年が私の英雄のお父さんだとわかったのは、その声や顔立ち、そして纏う雰囲気に彼の面影があったからだろうか。
『オッス! 私ネオン!』
……とりあえず、挨拶は相手に合わせてフランクに行った。
なんだか何となく、彼の前で色々と悩んでいるのは失礼以上に馬鹿馬鹿しいと思ったんだ。
だけどそう思っていても、私は今でもずっと悩み続けている。
一年前に悟飯と別れたあの日から、私の心にはぽっかりと穴が空いていたのだ。
――そして私は、ある日の修行の休憩時間がてら、私の生前の出来事を彼に話したのである。
出会ってから気が付けば一年も経ってしまっていたけれど、私は悟飯のお父さんである彼に聞いて欲しかったのだ。
自分の息子みたいになりたくて近づこうとした、馬鹿な女の子の話を。
どうしようもなく惨めで、だけど最後には勝手に救われて勝手に幸せな気分に浸りながら死んでいった小さな物語を。
悟空さんが言うには当時の私と悟飯達の様子は界王様経由で大まかに見ていたようだけど、その詳細までは知らなかったらしい。話中、私の一言一言に一喜一憂していた彼の純粋な反応を見ていると、やっぱり親子なんだなぁと彼の姿から悟飯の姿を連想させた。
そして私が全てを話し終えた時のことである。
しばらくして彼はその目を上げて、私の顔に視線を寄せた。
その表情は笑んではいないが、怒ってもいない。だけどこの時、私は心臓の奥をちくりと突き刺されたような感覚を催した。
それほど悟空さんは、私の話を真剣に聞いてくれたということだ。
そして彼は、開口一番に言い放った。
「おめえ、本当はここに来たくなかったんじゃねぇのか?」
戦闘時と同様に、超高速で懐に飛び込んで急所を抉るように、彼はそう言った。
あまりにも的確に核心を突いてきた彼に、私はこの親子の容赦の無さに苦笑する。
「……私はこの星、結構気に入っていますよ? みんな優しいですし、三日も経てば空気にも慣れました。私なんか武道家と呼ぶにはまだまだ未熟だけど、これからも頑張って修行して――」
「そうじゃねぇよ。オラが言いたいのはそっちじゃねぇ」
あえて論点をずらすことで彼の攻撃を避けようとする私だが、彼にそんなものが通用するわけもなく。
「おめえ、本当は生きたかったんじゃないのか?」
二発目の言葉で、私の心を覆っていた感情の柱はいとも簡単に崩れ落ちた。
そんな私に対して、彼は言葉を続ける。
「オラ、おめえの話聞いて嬉しかったぞ。悟飯もチチも新しい子供も、みんな元気で楽しくやってるんだなって。……おめえ、あいつらのことを話す時、すげえ楽しそうだったからな」
そう言われることを、私は心の中で期待していたのかもしれない。
英雄のお父さんである悟空さんなら、文字通り生気の抜けてしまった今の私を徹底的に叩きのめしてくれるんじゃないかって、そう期待していたんだ。
だから私は話したかったんだって、この時ようやく理解した。
「おめえ本当は生きて、悟飯達と居たかったんだろ? 話してる時のおめえの顔を見てれば、オラでもわかるぞ」
「……だったら……だったら! どうすれば良かったんですか!?」
自分で自分がわからなくなった。
そんな時、悲劇のヒロインぶって英雄に頼るところは死んでも変わらなかったなと内心で苦笑しながら、私は自身の心に最後の決着をつけることにした。
ベビーも他の誰も混じっていない、私自身の心に。
「私が生き返ればベビーも生き返る! そうなればたくさんの人が犠牲になってしまう! ああするしかなかったんだ! ベビーに同化された時点で私はっ……それが、私の運命だったんです……!」
「おめえの言うことは、気持ちじゃねぇだろ」
「……っ」
「おめえは本当に、そんなんで良かったのか? まだ子供なのに死ぬのが幸せなんて、オラにはどうしても納得出来ねぇよ」
――いつも、そうだった。
私の心はほとんどが状況に支配されていて、肝心の私自身の気持ちが置き去りになっていた。無力な私には、自分自身の心を置き去りにするしかなかったのだ。
家族が殺された。
家族が好きだった。
サイヤ人が憎い。
復讐なんかしたくない。
戦わなければならない。
戦いたくない。
殺さなければ気が済まない。
殺したくない。
ベビーが居る。
私が居る。
死ななければならない。
死にたくない。
――私の気持ちはいつだってそう、状況の方が優先されてしまっていた。
ようやく言うことが出来たのは、ただ私はベビーではなくネオンだということだけだった。
――なら、ネオンの気持ちは何なんだ?
あの時、悟飯と笑顔で別れたのは彼に心配を掛けたくなかったからで、それも状況に過ぎない。
確かにあの時の私の心は幸せで一杯だったけど、それで満足するほど私は欲の無い人間じゃない。
当たり前なことなんだ。
私だって……私だって……!
「オラも結構好き勝手して、周りに迷惑かけたりしたけど……最初に死んだ時は辛かったし、生きてた頃はすげぇ楽しかったぞ」
死にたくなかったに……決まっているじゃないか。
「おめえは、ずっと死にたかったのか?」
「そんなことない! そんなことあるはずないっ! 私だって、生きたかったよ! 生きて、もっと、もっと幸せになりたかった……こんな私でもっ……生きたかった……! 本当は、死ぬのだって怖かった……でも、そんなところ、悟飯に見せたくなかったから……!」
ようやくその感情を出すことが出来た私の顔はきっと涙に溢れていて、見苦しいものだったろう。
でも悟空さんはそんな私を見て驚くことはあれど、呆れはしなかった。
寧ろ、安心しているようで――
「……おめえ、もうちっと自分のこと大事にしなきゃ駄目だぞ」
息苦しい空間から脱したように、悟空さんが晴れやかな表情で言った。
もしかしたらそれまでの私は、彼から不気味がられていたのかもしれない。
しかしこれで、彼との距離も少し縮まったのだと思う。
基本的に穏やかで優しいのに、時に厳しく大切なことを教えてくれる姿は天国に居るであろうあの人と似ていた。
「……おとうさん……」
生の最後にて一人の少女である「ネオン」に戻った私は、死の最初にて人間であれば当たり前のように持っている感情を取り戻すことが出来た。
天国か地獄か、これから先、私がどこへ行くことになるのかはわからないけれど。
許されるのなら私はここで修行して、彼らのように心も身体も強くなりたいと思う。
――そしていつの日か天寿を全うしてここへ来るであろう英雄と並んで、また一緒に空を飛びたいなって。
……そう願ってもいいかな? 悟飯。
グラウンド・ゼロ――爆心地にたった一つだけ聳え立つ墓石に、少年はそっと花を添える。
彼の後ろには母と弟、そして師匠の姿があったが、今の彼の目が彼らの姿を映すことはない。瞳を閉じて、静かに黙祷を捧げていたのだ。
目を開けば光が射し込み、その発信源たる太陽が雄々しく輝いている青空が浮かんでいた。
どこまでも広く、青い――そんな空をおもむろに振り仰ぐと、少年の脳裏に少女の声が響いた。
『ねえ、悟飯。こうも広い青空を見上げるとさ、なんだか勇気が湧かないかい?』
あまりにも感傷的なその言葉に対してされど嘲ることはなく、淀みのない純粋な笑みを浮かべる少年はここには居ない少女へと返す言葉を言い放った。
「僕も勇気が湧きましたよ、ネオンさん」
この空の下なら何でも出来ると――そんな気がした。
【 お わ り 】
やっぱり最後は悟空さがやらねば誰がやる。良くも悪くもそれが劇場版ドラゴンボールZのお約束だと思っています。
色々と突っ込みどころが多かったかと思いますが、作中で書き切れなかった設定は後ほどおまけとして出して補完していきたいと思います。
以上で本作は完結となります。ご愛読ありがとうございました!
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番外編 DANDAN心魅かれてく
危険な三人! ヤンデレ戦士は眠れない
ここから先は一人称視点のIFストーリーになります。本編は前話で完結しているので、ここから先は蛇足に感じるかもしれないのでご注意ください。
あと、人によっては恋愛要素に感じるものがあるかもしれませんのでさらに注意を。
「ようネオン! オラと一緒に地球行こうぜ!」
藪から棒に悟空さんからそんな話をされた時、反応を返すまでしばしの時間を要した私は決して悪くないと思う。
――あれから、三年が過ぎた。
死後、執行猶予として延々と修行の日々を送っている私だけど、これがまたとても楽しい。
死ぬ前までの私は武道家ではなかったけれど、身体を動かすこと自体は小さい頃から好きだったんだ。身の程知らずにもサイヤ人打倒の為に無意味なトレーニングをしていた時期だってあったし、戦いの為に修行を行うことはこれが初めてというわけでもなかった。
ただまあ、その質の違いは比べるまでもないけどね。
この大界王星には人外の力を持った達人たちがゴロゴロ居る。みんながみんなってほどじゃないけれど、星の一つや二つを壊すことが出来る人間すらもここではそう珍しくなかった。
……そして今の私もまた、そんな彼らの中に混じって遜色の無い力を持っている。
悟飯の力添えのお陰で、私はベビーと分離して一人のネオンに戻ることが出来た。そんな私だけど、分離したこの身体が持っていた力はベビーに同化される以前の私とは明らかに違っていた。
私は、ベビーが持っていた力の半分を引き継いでしまっていたのだ。
ベビーと一度同化し分離したことによってか、私はベビーからその力を奪い取る形で強くなってしまった。我ながら、あまりにもインチキなパワーアップだと思う。あの時、悟飯と一緒に「かめはめ波」を撃つことが出来たのもその為だ。
だから今の私が持っている力は大半がベビーの物であって、ここで修行している達人たちのように絶え間ぬ鍛錬による正しい手段で手に入れたものではない。そのことについて何も負い目が無いのかと聞かれると……最初は大有りだった。
だけど結果的に私がそんな自分を受け入れることが出来たのは、周りの達人たちに掛けられた言葉が大きいだろう。
『別にいいんじゃねぇか? ピッコロだって神様とかとくっついて強くなったって言うし。それに、おめえはその力だけに頼るんじゃなくて、ちゃんと自分の力で強くなろうとしてるしな』
『寧ろ俺は、その程度のことでお前が後ろめたいと感じているのが気に入らんな。武道家を見くびるな。俺達が今更、そんな小さなことを気にする連中だと思うか?』
『同じ人間でも、種族や才能によってベースとなる強さに差があるのは当然のことだ。生まれながらに高い戦闘力を持つ者も居れば、そうじゃない者も居る。問題なのは持って生まれたその力を、君自身の努力でどこまで伸ばせるかだと私は考えている。どんなに優れた素質も、怠惰に甘えればやがては腐り果てるものだ。
君がその力を得ることになった経緯はどうであれ、今現在君が修行し、己を高めようとしている事実には変わりはない。何があっても、それだけは胸を張って誇れるものだと思うぞ?』
生前にインチキで力を手に入れたことが申し訳なくて、あの世でも特に名高い達人である悟空さん、パイクーハンさん、オリブーさんの三人に対して私のことをどう思っているのか訊ねてみたところ、三人からはそれぞれそんな言葉が返ってきた。
彼らほどの達人にそう言われては、私も自分の力を受け入れざるを得なかった。特に流石は地球の神話になっているほどの人物か、オリブーさんの意見は痛く胸に響いたものだ。
……って、あれ? 何の話をしていたんだっけ?
ああ、そうだった。悟空さんから聞いた話があまりにも衝撃的だったから、今回の件とは何ら関係の無い私の三年間の思い出の一片を回想してしまったのだ。
「……今、なんて?」
私は目の前に立つ特徴的なヘアースタイルのおじさん――悟空さんに対してもう一度聞き返す。これがもし聞き間違いでなければとすると、目上の人に対する敬語も忘れてしまうほど衝撃的な言葉だったのだ。
悟空さんはそんな私に対して、普段通りの軽い調子で応える。
「おう、オラと一緒に地球行こうぜ」
死者が、生者の世界である「この世」へ行こうというのだ。
そんな話を友達とどこかへ遊びに行くようなノリで持ちかけてくる悟空さんの姿に、私は悟空さんの悟空さんたる所以を垣間見た気がした。
地球には、「占いババ」という人間が居る。本名は悟空さんにもわからないらしい。
御歳500を超える彼女は砂漠の宮殿に居を構えていて、的中率百パーセントの占いをする凄腕の占い師なのだそうだ。
そんないかにも魔法的な職業に就いている占いババ様だけど、実は格闘技の試合を見るのが大好きで、占いの代金を払えないお客さんには自分が用意した五人の武道家と試合をさせるのが彼女の趣味らしい。
そこだけ聞けば高すぎる年齢以外はちょっと風変わりな占い師ってだけなんだけど、彼女の凄いところはそれだけではない。
なんとその占いババ様、閻魔様や界王様、大界王様とも知り合いなのだ。彼女はこの世とあの世に行き来することが出来て、その力を使ってあの世に居る死者の魂を一日だけこの世に呼び戻すことが出来るんだって!
コホンッ……それで、悟空さんは彼女の力を使って一日だけこの世に帰るのだそうだ。
そして今年地球で開催される「天下一武道会」に出場するんだって話を、悟空さんは一人で修行を行っている私を呼び止めて話してくれた。
それは、とても良いことだと思う。
悟飯もお父さんの悟空さんとは会いたがっているだろうし、悟天もチチさんもそうだ。一日限りとは言え彼と会えるのなら、みんなが嬉しい筈だ。
「みんな、喜ぶでしょうね……」
孫悟空という人は、ただ力が強いだけではない。私にとっては彼の息子である悟飯にも言えることだが、彼らには英雄として持ち合わせている、他の人間には無い特別な魅力があるのだ。人を心から幸せにしてくれるような、そんな魅力が。
お父さんと会えて喜ぶ悟飯と悟天の姿が目に浮かぶようだ。死に別れた父と感動的な再会を果たす親子の光景を想像すると、私の口元は自然と綻んでいった。
しかしそんな私に対して、悟空さんは不思議そうに首を傾げていた。
「他人事じゃねぇぞ。おめえも来いよ」
「いや、でも、私は……」
――そう、彼は私も一緒に来いと仰るのだ。
あまりにも急な話すぎて、私はこの時無自覚ながらも気が動転していた。恥ずかしながら、どんな言葉を返せば良いのかわからなかったのだ。
しかし悟空さんの言葉は、そんな私に対して容赦が無かった。
「悟飯もおめえも来るって言ったら喜んでたなー」
「え……え? ご、悟空さん、悟飯に私も来るって言ったんですか?」
「おう、おめえもみんなと会いたそうにしてたから、どうせ来るだろうと思って」
「勝手に!?」
何と言う気遣い溢れる配慮だろうか、悟空さんは自分が一日だけこの世に帰ることを悟飯に伝える際、私も一緒に連れて行くと約束したらしい。
もちろん、私は何も聞かされていない。全て、悟空さんが勝手にしたことだった。
だけどそれが、彼の百パーセント善意から来る行動であることは私にもわかっていた。
だからこそタチが悪いとも言えるのだが……私は悟空さんに、まんまとしてやられたのである。
「なんだおめえ、みんなと会いたくねえのか?」
「いや、そうじゃなくて……だって……私にも色々と、その……心の準備とか……」
彼とて狙ってやっているのではないのだろうが、こちらの本質を的確に打ち抜いてくる悟空さんの口擊に私は理屈をこねらせる隙もなく、あたふたわーわーしている間に完全に悟空さんのペースで話を進められてしまった。
私のウジウジに、彼が付き合ってくれる筈がなかったのだ。
「うーん、参ったなぁ。占いババにももう、おめえのことも一緒に頼んじまったのになぁ」
「うっ……」
「おめえが来なかったら、悟飯の奴がっかりするだろうなぁー。あんなに喜んでたもんなぁー」
「うう……」
この世に帰る――そのことについて、思うところは色々とあった。
ここまで話が通っているということは、おそらく界王様も私がこの世に帰ることについては了承しているのだろう。
だけど私自身が、中々踏ん切りがつかなかった。こんな私にこの世に帰る資格があるのかだとか、みんなとまた会う資格があるのかだとか……考えれば考えるほど、後ろ向きになっている自分が居たのだ。
おそらくこの時の私にもう少しだけ考える時間があれば、押し寄せてくる理屈の波に負けてこの世に「帰らない」ことを選んだのだと思う。
この世に居る「私の英雄」にとって、私のことはあの日別れた思い出のままでいてほしかったという思いもあった。
それにみんなとまた会ってしまったら、またあの世に戻ることが怖くなるかもしれないと思ったのだ。元来悟空さんのように明るい性格じゃない上に死後からまだ三年しか経っていない私では、一日帰っただけでもこの世に対する未練を蘇らせてしまうことになるかもしれないという恐れは強かった。
だけど私自身が理屈を抜いた胸の内で何を望んでいるのかは、深く考えるまでもなかった。
「……わかりました。私も行きます」
どんな理由があっても。
どんな思いをしても。
私はもう一度、この世に帰りたい。
それは私が死んでからずっと抱え続けていた、偽りのない本心だったのだ。
もうどうにでもなれと言うのは変かもしれないけど、こうなったら覚悟を決めよう。
私は悟空さんと一緒に、一日だけこの世へ帰る。決めた。そう、決めたんだ。私は頭の中を空っぽにして、悟飯達との再会を自分勝手に楽しみにすることにした。
「ありがとうございます、悟空さん」
「おう、後で占いババと界王様にもお礼言っておけよ」
多少強引ではあったが、夢のような一日に誘ってくれた悟空さんには感謝の思いしかなかった。
十六歳になり、街のハイスクールに通うことが出来る年齢になった悟飯は学業の傍らでサタンシティのニューヒーロー、「グレートサイヤマン」として街にはびこる小悪党を成敗する日々を送っていたが、ある日そんな彼の生活にも変化が訪れた。
それまで彼なりに必死に隠してきたグレートサイヤマンの正体が孫悟飯であることが、クラスメイトの友人であるビーデルにあっさりとバレてしまったのだ。そしてグレートサイヤマンの正体を知った彼女は彼の人間離れした強さに興味を抱き、正体を周りの人間に黙っていることを交換条件に、今年度に開催される武道家の祭典「天下一武道会」への参加を命じたのである。
そんなこんなで天下一武道会に出場することになった悟飯は大会用のグレートサイヤマンのコスチュームをカプセルコーポレーションのブルマに相談していたが、この時、思わぬ展開が立て続けに起こった。
「そのなんとかって大会、貴様が出るなら俺も出る」
どんなに手を抜いてもぶっちぎりで優勝してしまうからつまらないだろう――そんな話をブルマとしていた時、トレーニングで汗を流し終えたベジータが二人の会話に割り込んできたのだ。
七年前のセルゲームの時点では歴然とした力の差があった悟飯とベジータだが、セルゲーム後の七年間は修行よりも勉学に励むことが多かった悟飯よりも、労働もせずにトレーニングに打ち込んできたベジータの方が戦闘力の向上は遥かに大きい。
悟飯も三年前の事件以来、ピッコロと組手を行ったりと身体を鈍らせていたわけではないが、ベジータの七年間の飛躍によって今や二人の間には力の差はほとんど無くなっていた。
自身の腕試しの為、ベジータは悟飯が出場する天下一武道会に自分も出場することを決めたのである。
そしてさらに、もう一人の出場者が話に加わった。
『オラも出るぞ!』
「お父さん? お父さんの声だ! お父さん、そうでしょ!?」
「カカロット……?」
『ああ、久しぶりだな、みんな』
あの世で修行している悟飯の父悟空が、界王を通して悟飯達に話しかけてきたのだ。
占いババに頼んで、一日だけこの世に帰ると。そしてその日を、悟飯とベジータが出場する天下一武道会の開催日にすると悟空は陽気に言った。
『悟飯もベジータも出るんだろ? オラも出るさ!』
七年ぶりに、お父さんがこの世に帰ってくる。その事実に喜び興奮する悟飯に対して、悟空はさらに追い討ちを掛けるように続けた。
『あとこっちに居るネオンも一緒に連れて行こうと思ってんだけど、いいか?』
「っ! ネオンさんも来られるんですか!?」
『ああ! アイツ、おめえと会いたがってたし、来ると思うぜ。オラ達あの世での修行ですっげえ強くなってっから、楽しみにしとけ!』
「はい! やったあ! バンザーイ!」
三年前に死に別れた少女、ネオン。彼女が今悟空と同じ場所に居ることは既にデンデから聞かされていたが、彼女までもこの世に帰ってくると聞いて悟飯が喜ばない筈がなかった。
それが一日限りだとしても、あんな別れ方をしてしまった彼女ともう一度会って話せることが、悟飯には嬉しくてたまらなかった。
大会の開催日が一気に待ち遠しくなった悟飯は全身で喜びを表現すると、サングラスで素顔を隠した新しいグレートサイヤマンのコスチュームでブルマの家から舞空術で飛び出し、各地に散り散りになっている仲間達にもこの話を報告しに行く。
その結果、悟飯やベジータの他にはクリリンと人造人間18号の夫婦、神の宮殿ではピッコロがそれぞれ出場を決め、成長著しい悟飯の弟の悟天とベジータの息子のトランクスのちびっ子二人も参加する運びとなった。
――そして、いよいよ迎えた天下一武道会当日。
天津飯や餃子、ヤジロベーを除く仲間の全員が集結した会場にて、待ちに待った孫悟空が姿を現した。
「へへっ、やっほー!」
頭の上に肉体を持つ死者の証である光輪を浮かべながらも、悟空は生前と変わらず明るい表情で悟飯達と七年ぶりの再会を果たした。
家族である悟飯とチチは勿論、長年の友人であるクリリンやブルマ、ウーロンやヤムチャ達は感涙し、脇目も振らずに一斉に彼の元へと駆け出していく。
しかし生まれた頃には既に他界していた身の為、悟天だけは同じ家族でありながらも周囲の状況に着いていくことが出来ず、戸惑っている様子だった。
そんな悟天がチチの後ろから実父の姿をぼんやりと眺めていると、視界の端でふと何かが引っかかった。
悟空の背後に立っている一本の木の陰――そこに、何者かの人影が見えたのである。
「おい、ネオン! おめえそんなところで何やってんだ?」
悟空がその木陰に向かって無遠慮に呼びかけると、その人影はビクッと怖じけるような反応を見せた。
その瞬間、悟天は戸惑いの表情から一変して笑顔を咲かせた。
三年前、自分と遊んでくれた兄の友達――ネオン。今よりもさらに幼かった当時四歳の悟天だが、七歳となった今でも彼女のことはしっかりと覚えていた。
死んだ父の他に彼女も来ることは既に兄から聞かされていた為、悟天は悟空の言葉を聞いたことによってそこに居る人物が誰かをすぐに特定することが出来たのである。
ピタッと一同の視線が一点して木陰に隠れている人物の元へと集まる。その視線の持ち主の一人である悟飯もまた、真っ直ぐに彼女を見つめて微笑んでいた。
「……いざとなると、顔を合わせづらくて」
艶やかな黒髪の頭を掻きながら、伏し目がちに恐る恐ると言った動きで木陰から出てくる。堂々たる姿で一同の前に現れた悟空の登場の仕方とは、まさに正反対であった。
彼女のことを知らない者達は茫然とその姿を眺めていたが、かつて彼女と心を通わせた者達――悟天は一目散に彼女の胸へと飛びつき、悟飯は穏やかな表情で彼女の帰還を出迎えた。
「ただいまって言っても、良いかな……?」
「……はい。もちろんですよ! おかえりなさい、ネオンさん!」
困惑そうな表情で俯きながら言う彼女に、悟飯は何の淀みも無い声で言葉を返す。
そこでようやく踏ん切りがついたのか、彼女は懐にしがみつく悟天の頭を手のひらで撫でながら、顔を上げて悟飯の目を見つめた。
「……ありがとう、悟飯。悟天も私のこと、覚えていてくれたんだね」
「会いたかったんだよ! ネオンお姉ちゃんっ」
「大きくなったね、悟天。でも、お父さんよりも先に私の方に来るのはどうなんだろう……?」
「ははっ、まあ、しょうがねえか!」
たった一日だけの帰還。
たった一時だけの再会。
しかしネオンにとってのそれは修行に精を出していた死後の三年間よりも重く、大切な時間だった。
今自分が居るこの場所こそが、本当の天国なのではないかと――そう思えるほどに。
ネオンと孫悟空にとって、短くも長い一日が始まった瞬間だった。
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あの世で一番強いヤツ
孫悟空と共にあの世から帰ってきた少女、ネオン。
悟空の仲間達一同と顔を合わせた彼女が早々に行ったことは、三年前の事件に関わった者達への謝罪だった。
家を壊してしまったチチとブルマ、その手で殺してしまうところだった悟天とトランクス。この四人との対面は、ネオンにとってこの世に帰ることを渋っていた理由の一つでもあったのだ。
心苦しいが、あらゆる糾弾も受けるつもりだった。しかしそう言ったネオンの心配は杞憂に終わり、彼女の謝罪はあっさりと聞き受けてもらえた。
ネオンのことを悟天同様に記憶していたトランクスだけはかつて自分の命が狙われ、戦いで実父を傷付けられたこともあってか複雑そうな顔をしていたが、最終的には「悟天が許してんのに、俺だけ許さないのも馬鹿みたいじゃん」と、幼少とは思えない器量の良さを見せて許してくれた。
その言葉を受けて幾分気が楽になったネオンは、四人の後で三年前の戦いで悟飯の次に迷惑を掛けたと自覚している男――ベジータと向き合った。
「息子さんとブルマさんに迷惑を掛けたことは謝る。でも、お前にだけは謝らないからね」
「……好きにしろ」
申し訳程度の意地だが、ネオンはベジータにだけは謝罪出来なかった。
三年前、ベジータを襲ったのは確かにベビーの意志もあったが、ネオン自身の意志も存在していた。彼らに両親共々街を葬られた過去は永久に変わらない以上、ネオンの彼に対する感情も変わらなかった。
しかしその言葉の内容ほど、ネオンの声色は厳しいものではない。
ベジータが犯した罪に関しては今後も許す気は無いが、今のネオンにはこの期に及んでまた彼に復讐するような気も持ち合わせていなかったのだ。
因縁の相手と言葉を交わした後で、ネオンは呼吸を整えてから今回が初対面となるその他大勢の者達へと自己紹介を行う。
「はじめまして。私の名前はネオンって言います。あの世では悟空さんと一緒に修行していました。たった一日だけですけど、今日はよろしくお願いします」
たった一日限りのこの世での生活。観光気分と言っては真剣に武道会に出場する人間に対して失礼かもしれないが、ネオンは今日という日を精一杯楽しんでいくつもりだった。
背が伸びていてすっかり大人っぽくなっていたけど、彼が私の英雄――孫悟飯だということはすぐにわかった。
だけどなんだか……たった三年ぶりの再会だというのに、最後に別れたあの日のことが随分と昔のことのように思える。
彼の姿を一目見た瞬間、私はずっと会いたかったんだなと、自分の気持ちを今一度再確認した。
「ところで悟飯、その服装は何だい?」
「訳あって正体を隠しているんです。正義の味方、グレートサイヤマンっていうんですよ」
「へえ、格好良いじゃない」
「あっ、ネオンさんにはわかります!? こんなに格好良いのに、みんなの受けが悪くて困ってたんですよ」
「あー……そうだね。私も、君以外の人がその格好をしていたら嫌かも」
彼らと再会を果たしたその時から、明日にはあの世へ帰らなければならない恐怖などすっかり頭の中から抜け落ちていた。
またこうして彼らと話せている事実がただただ嬉しくて、私はこの時を純粋に楽しんでいたのだ。
一応、武道会での試合も楽しみにしている。インチキで手に入れた力とは言え、私の力が今まで地球を守ってくれた戦士達を相手にどこまで通用するのかも気になっていたし、あの世では周りの人達が強すぎるせいで今一つ自分の力を自覚しきれていなかったから。この天下一武道会は、私が腕試しをするにはこれ以上ない舞台だったのだ。
強者であれば子供も大人も獣人も関係なく、それぞれに同じ舞台で戦い、鍛え上げた技と技をぶつけ合うことが出来る。私は悟空さん達とは違って天下一の座には興味無いけれど、この天下一武道会という大会自体は昔から好きだった。実は私の死んだお父さんが俗に言う武道マニアで、私も小さい頃から悟空さん達が子供の頃に出場していた昔の天下一武道会の話をよく聞かされていたのだ。私が初めて彼らのことを知ったのも、元々はそれが切っ掛けだったりする。
……しかし何とも、そう言った普通の人間だった頃の思い出を語ると、自分が大会に出ることが感慨深くなるものだ。
「えっ!? 少年の部!?」
「もちろんそうですよ」
「え~!?」
「嫌だよそんなの! 大人の方でやらせてよ!」
「そーだそーだ!」
「駄目駄目、規則ですからね」
そんなことを考えながら受付に並んで待っていると、前の方からちびっ子達による抗議の声が聴こえてきた。
大人も子供も入り乱れて戦うのが天下一武道会の良さだとさっき私は言ったけど、どうやらその良さは、今の時代では無くなっているらしい。
受付の人が言うにはどうやら十五歳以下の子供は大人の中に混じることが出来ず、「少年の部」という別枠の大会に出場する規則になっていると言うのだ。
小さな子供を怪我させたら駄目だとか、親とのいざこざが大変だとか、そんな普通の理由なんだろうけど……私としては何と言うか、少し寂しいと思った。
「おや? お嬢さんも出場するのですか?」
「うん。でも私は大人の部でお願いするよ。これでも十七歳なんだ」
「はあ……わかりました」
私はと言うと肉体は生前の十四歳当時のままだから肉体年齢的には少年の部に参加しなければいけないんだけど、あの世で過ごした時間分を加算すれば十七歳になるから受付はそっちで通した。少年の部に参加して悟天と戦ってみたかった気持ちもあったけど、他の子供達には年齢を詐称しているようで悪い気がしたから。
少年の部どうこうの前に受付の人は私の姿を見て大会に出場すること自体に困り顔だったけれど、別に女の子が出場しちゃ駄目だって決まりまではないから無事通してくれた。まあ、どうせ予選で軽く落ちるから大丈夫だとでも思っているんだろう。それは18号さんを受付する時もまた、似たような反応だった。
「じゃあ行ってきます!」
「みんな、ほどほどにね。あと悟飯君ははしゃぎ過ぎないように!」
「えっ、なんで僕だけ?」
「そうだ! 幾らオラでも昼ドラみたいなのは勘弁だべ」
「母さんまでどういうことですか?」
「悟飯、何かトラブルがあったら俺に相談しろよ! 俺はここに居る誰よりもそういうことには慣れているからな」
「ヤムチャさんまで……」
大会出場者全員が受付を済ませると、ブルマさん達観戦組のみんなと別れて会場へと向かった。
ベジータとその息子やクリリンさん達のように私服から武道着へと着替える人達は先に更衣室へと向かったけど、悟空さんと同じく既にあの世で着替えを済ませていた私にその必要は無かった。
私が今着ているのは丈の短いワンピース状の白い武道着で、上下に纏っている肌の露出を少なくした黒いタイツ生地のインナーの上に上着としてそれを着ている。インナーの方はベジータの着ている戦闘服と大元は一緒の物――元々はツフル人の技術によって造られた、通常の服よりも軽い上に頑丈な素材で出来ている服だ。
今の私には人格に影響こそ無いけれど、ベビーと一度同化したことによって頭の中に彼の持つツフル人の王様の知識が断片的に備わっているのだ。このインナーはそれによって得ることが出来た副産物的な知識を元に、私があの世で製作した物だ。
このインナーさえ着ていれば別にその上に上着なんか着なくても戦闘服としての機能は十分に備わっているのだが、流石に公衆の目前を全身タイツで戦う勇気は私には無かった。ベジータのような筋肉質な男性が着ているならばともかく、私はこんなでも女の子だし……全身タイツの格好は恥ずかしいのだ。
予選が始まるまでの待ち時間中、そんなくだらない話を真面目な顔で悟飯にしていると、彼はははっと青いタイツ姿のベジータの姿を横目にしながら乾いた笑みを零した。
「でも似合ってますよ、その道着。何て言うか、白い色はネオンさんのイメージにぴったりですし」
「ん、ありがとう。今はあの時みたいに、髪の色まで白くはないけどね」
今の私は白い服に、黒い髪。黒い鎧に白い髪の装いだったあの頃とは、丁度色が反転しているのだと私は自分事ながら初めて気付いた。
……まあ、それに気付いたところで何かあるわけじゃないけどね。
「それでは只今より、天下一武道会の予選を始めます!」
天下一武道会の出場者全員が予選会場に揃い、係員のおじさんによる合図によって予選が開始する。
予選の方式はゲームセンターに配置されているようなパンチングマシーンでパンチの威力を測り、スコア上位の者が本選に出場するというユニークなものだった。
参考の為に測ることになった全大会優勝者のミスター・サタンの叩き出したスコアが137であることから、その辺りの数値ならば本選出場は間違い無いようだと窺える。だけどあんなマシーンが悟空さん達のパンチを受け止められるとは思えないから、彼らにとってはいかに上手くマシーンを壊すことなくミスター・サタンのスコアを超える程度に手加減することが出来るかという別の競技になるだろう。ベジータ辺りイライラしてマシーンを壊しそうだ。
「少年の部に参加するちびっ子達はこちらへ集まってくださーい!」
「ちぇ、俺も大人の試合に出たかったのになぁ……」
予選開始とほぼ同時に少年の部が始まるらしく、ベジータの子はつまらなそうな顔でそちらへと向かった。その後に続く悟天もまた同じような表情をしているが、彼らの気持ちは尤もだと思う。
あの子達としては大人の試合に出るつもりでトレーニングに励んできたんだろうし、それだけの実力もあることは潜在パワーを探ればわかる。そんな彼らが別枠の大会に出なければならないのは可哀想じゃないか……そう思った私は、悟天の背中を呼び止めて言った。
「君達からしてみれば大人よりも子供達と試合した方が危険だよね、相手の方が。でも、ベジータの子とは全力で戦えるでしょ?」
「うん……」
「じゃあ、彼との試合を頑張って。もし勝ったら、私があの世から持ってきたおもちゃをあげるから」
「えっ、本当!?」
「うん、約束だよ」
「ようし! 僕、頑張ってくるね!」
せっかくの武道会、楽しまなければ損だ。何でも良いから彼のモチベーションを上げられないかと声を掛けてみたが、思っていたよりも反応は良かった。うん、やっぱり純粋な男の子は可愛い。
手を振って悟天を見送ると、悟空さんが不思議そうな顔で私に訊ねた。
「おめえ、おもちゃなんか持ってきてたっけ?」
「実はこっそり占いババ様のところに預けてます。大会が終わった後で悟天にあげようって思ってたんですけど、この際だからそれでやる気を出してもらえないかなぁって」
「ふーん、だけどおめえ子供の扱い上手いんだなぁ」
「昔は、私にも小さな弟が居ましたからね」
悟天にあげると約束したおもちゃだが、私があの世でツフルの技術を注ぎ込んで製作した物だ。一応界王様に聞いて、この世に持ち込んでも大丈夫だと許可を貰っている。
あの世の土産と言うとなんか冥土の土産みたいで嫌な言葉の響きだけど、私はそれをこの世に持ってきている。それは悟天が試合に勝とうが負けようが関係なくプレゼントするつもりだけど、彼の期待に応えられるかと言うと少し不安だったり。
因みにベジータの子にはお詫びの品としてあの世印のお菓子を用意している。味はあの世の中ではそこそこだが、金持ちの子供の舌を満足させられるかは悟天へのプレゼント以上に不安だ。
「お父さん、僕ちょっと友達捜してきます」
「ん、ああ」
「友達?」
「はい。一緒に大会に出る、ビーデルさんって言うんですけど……」
ちびっ子達を見送った後、今度は悟飯がこの場から離れると行った。
彼が言うにはこの天下一武道会には彼らの仲間以外にも、悟飯が通っているハイスクールの友達が出場しているらしい。
それは何となく、私の興味をそそる話だった。
「ねえ、私もその子と会って良いかな?」
「良いですよ。多分、あの子とならネオンさんとも気が合うと思います」
学者を目指している以上彼が学校に通っているのは当然のことだが、彼の力は普通の学生の中に溶け込むにはあまりに難しすぎるほど強大なものだ。そんな彼と友達付き合いしている人間とは一体どういう人物なのか等、様々な理由で私は気になった。パンチングマシーンの順番が回ってくるまで少し時間があることだし、私も一度悟空さん達と別れて悟飯に着いていくことにした。
悟飯の話によると彼の友達も私と同じで彼に舞空術を教わったらしく、「気」の扱いと言った修行を色々と手伝ってあげた仲のようだ。と言うことは、その友達は彼の強さを知っている人間なのかと思ったが、彼に聞く限りではそうでもないらしい。彼が並の人間よりも強いことは知っているが、その友達からはあくまで人間のレベルでの強さだと認識されているらしかった。
悟飯ほどの強さと実績があれば少しぐらい自慢したってバチは当たらないと思うのだが、彼の相変わらずの謙虚ぶりに私は口元が綻んだ。
「少し気が強いですが、悪い奴は放っておけなくて、とても良い子なんですよ」
「君と同じだね」
「それと……あのミスター・サタンの娘なんです」
「え?」
「あ、ほら、あそこに居る子です」
「え? あの子が……全然似てないね」
悟飯の友達のことを話しながら二人で会場内を歩き回っていると、噂をすれば何とやら、捜している間に向こう側がこちらを見つけたらしく、それらしい人物が人混みの中で手を振って待っていた。
「よく見つけましたね」
「その格好をしてれば一発でわかるわよ……」
その子は私が言うのはなんだけど、筋骨隆々の武道家達の中に居て非常に違和感のある華奢な女の子だった。
髪の毛は短くショートカットの長さで、パッチリと開いた瞳は噂通りの気の強さを窺える活発な印象を受ける。彼女は悟飯の衣装である「正義の味方グレートサイヤマン」の格好を見て何とも言えない表情を浮かべていたが、私にもその気持ちは痛いほどわかった。私もあの格好は、悟飯じゃなかったら正直格好悪いと思うから。せめてサングラスが仮面とかだったら良いと思うけど……あ、武道会だから仮面は駄目なんだっけか。
その武道大会に出場するとは思えない格好の悟飯に小さく溜め息をついた後、彼女は悟飯の隣に立っている私の姿へと目を移す。身長は彼女の方が私よりも少し大きいからか、私からはやや見上げる形になった。
「それで、その子は誰? ジュニアハイスクールぐらいの子に見えるけど……まさか、悟飯君の彼女?」
「ち、違いますよ」
「はじめまして、悟飯の
「あ、う、うん。私はビーデルよ」
どうにも私の顔を見つめる彼女の目にはほんのりと不安の色が見えたから、私はあえて悟飯の「友達」という部分を強調して挨拶した。すると途端にその不安の色が薄くなったところから見ると、この子はやっぱり――そうなのだろう。本人はどの程度までその気持ちを自覚しているのかわからないけど、彼に舞空術を教わったりと同じ時間を過ごした仲なら、そんな感情を抱いていても不思議じゃなかった。
――私だって、そうだったのだから。
しかし、驚いた。
あのミスター・サタンの娘と聞いてどんな子なのかと思えば、彼女はきっと母親に似たのだろう。見た目からは全くもって父親の遺伝子が働いているようには見えなかった。性格もミスター・サタンに似て悟飯の力を自分の為に利用したりするようなあくどいものではないのかは気になるところだけど、子の人格を親で判断するのは早計過ぎる。
だから、彼女と話をしてみたいと思った。私は悟飯の友達であるビーデルという子に対して、偉そうにも彼女の性格の善し悪しを見極めておきたかったのだ。
もしも私の頭の上に輪っかが無かったら……もう少し彼女に対して感じるものはあったんだろうけど、ありもしない仮定は虚しくなるだけだ。
既にこの気持ちには、私の中で整理をつけているのだから――。
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激突! 100億パワーの乙女たち
……案の定と言うべきか、予選が始まれば思った通りパンチングマシンは木っ端微塵に吹き飛んでいった。
やったのはもちろんベジータだ。悟空さん達は上手いこと手加減して200前後の数値に落ち着かせていたが、ベジータにそんな配慮は無かったらしい。
まあ、武道大会なのにわざわざ手加減しなくちゃいけないなんていうのも可笑しな話ではある。パンチングマシン相手にも一切容赦をしないベジータは、ある意味では戦士の鑑と言えなくもなかった。
「嘘……あの人、マシンを壊しちゃった……」
ビーデルさんを始めとする大会参加者一同は唖然とその場に立ち尽くし、中には「あんな化け物が出るんじゃ……」と言って、大会への出場そのものを辞退する人も居た。
マシンを素手で破壊するというのは悟空さん達からしてみれば至って当たり前のことだが、一般的な武道家からしてみればそれほどまでに非常識なことなのである。
「あちゃー……」
驚愕するビーデルさんの傍らで、呆れたように苦笑を浮かべる悟飯の姿に、私は周りの一般人と彼ら「逸反人」とのギャップの差を感じた。
その後、予選出場者の行列に並んで順番を待っている私達三人の元に、ベジータを含む悟空さん達一行が合流してきた。
悟空さんは悟飯の友達という人物が女の子だということに驚いていた様子で、その隣に立つクリリンさんは何を思ったのか「昔の俺だったらここでかめはめ波撃ってたぜ……運が良かったな、悟飯」と意味深に物騒なことを悟飯に囁いていた。
「そろそろ悟天達の試合が始まるみたいだから、オラ達は先に見に行ってるぞ」
「はい、僕達も後で行きますね」
直に悟天達が出場する少年の部が始まる時間らしく、予選の終わった悟空さん達は皆で先に武舞台会場へ行ってくるとのことだ。
私達もさっさと予選を終わらせて見に行きたいのだが、ベジータがパンチングマシンを壊してしまったせいで予備のマシンを手配するまで、どのくらい掛かることやらわからない。せっせと大変そうに作業している係員達の姿を見ていると、なんだかこっちが申し訳ない気持ちになってきた。
「相変わらず、お前は壊すことが好きだね」
「……破壊はサイヤ人の本能なんでな」
「それはそうだ。そんなだから滅ぼされるんだよ。破壊で生まれてくるものなんて、この宇宙にあるもんか」
「チッ」
悪気は無いのだろうが、こちらのスケジュールを見事に狂わせてくれたサイヤ人の王子に対して私が皮肉を込めて言うと、彼は武道会場の方を向きながら舌打ちを返した。
私の中にあるツフル人としての知識も言っているが、彼らサイヤ人は確かにそこに脆そうな物があればすぐにそれを壊したがるほどに過激な種族である。悟空さん一家は例外としても、彼らからしてみればパンチングマシンは本能的に壊さずには居られない対象なのだろう。
「私達もちびっ子達の試合見たかったのになぁ。楽しみにしてたのに、見れなくなっちゃうかもしれないね」
「ネ、ネオンさんどうか穏便に……」
「……鬱陶しいガキだ」
仲介しようとする悟飯の気遣いには気づいているが、それでも私は呟かずに居られなかった。
ベジータはベジータでそんな私の態度が気に入らなかったようで、舌打ちするなりそそくさと会場の方へと飛び去っていった。
「ベジータとあの子、仲悪いのか?」
「……ああ」
空気の悪さを察してかクリリンさんがピッコロ大魔王さんと何やらヒソヒソ話をし、悟空さんはあちゃー……と苦笑を浮かべる。親子だからかその仕草は、やはり悟飯とよく似ていた。
「ごめんね、空気を悪くして。そんなに苛立ってるわけじゃないんだけど、どうにもベジータ相手にはあんなになっちゃうみたい。これも本能なのかな、私の」
「は、はは……」
多分私は、許す許さない以前に彼のことを本能的に許したくないのだろう。
しかし今日という素晴らしい一日の空気を、不必要に悪くすることもない。出来るだけ私は、ベジータに対する感情は鎮めておくように心に誓った。
さて、今頃武舞台では悟天達が暴れている頃だろうか? 時々、会場からは大きな歓声が聞こえてくる。
悟天とベジータの子が戦うのはいつになるだろうか? 一回戦からぶつかることになったら、それを泣く泣く見逃すことになった私は今度こそベジータに対して物理的に怒りをぶつけてしまうかもしれない。その結果がどうなるにせよ、今はそうならないように彼らの直接対決が決勝戦辺りに決まることを願うばかりだった。
悟空さん達が会場に向かった後、私はパンチングマシンの順番を待ちながら悟飯とビーデルさんと会話をすることにした。
待っている時間中は暇で他にすることもないからと、二人とも割と素直に乗ってくれた。
話の内容はなんてことのない、単なる世間話だ。三年間あの世に居た私からしてみれば、この世で送っている二人の生活はどれも実に興味深い話だった。
「そう言えば、貴方も飛べるんでしょ?」
私が質問した後で、ビーデルさんからの質問が私に寄越された。
飛べる、というのは空を飛べるかという話で、「舞空術」のことを指しているのだろう。
「うん、飛べるよ。悟飯に教わったからね」
「じゃあ貴方が、悟飯君の一番弟子なんだ」
「まあ、そういうことになるかな」
三年前の私はベビーとの同化が進行した姿でなければ飛行機よりも速いスピードで飛ぶことは出来なかったが、今の私は悟飯に教わった舞空術をあの世の修行で磨き続けてきたことで、自分自身の力で速く飛べるようになった。
あの世に帰る前に、もう一度悟飯と一緒に飛びたいなとも思っていたり。
しかし悟飯の一番弟子か。私的には確かに悟飯のことは師匠だとも思っていたけど、こうして第三者から言われるのはなんだか照れくさい感情だ。
「弟子と言っても、ビーデルさんと同じで僕の方から教えることはあまりありませんでしたけどね。ネオンさんもとても優秀で、すぐに飛べるようになりましたし」
「私がすぐに飛べるようになったのは、君の教え方が良かったからだよ、悟飯。今でも感謝してる」
「あ、どうも」
「ふーん……」
彼に舞空術を始めとする気の使い方を教わったおかげで、あの時、私は自分の意志でベビーを体内から追い出すことが出来た。彼の教えが、私を救ってくれたのだ。あの時の感謝の気持ちは今でも、そしてこれからも未来永劫忘れるつもりはしない。
……やがていつか、違う生命に生まれ変わったとしてもだ。
「じゃあ、貴方も強いのね。悟飯君の弟子同士どっちが強いか、とても興味があるわ」
私が彼に舞空術を教わったと知るなり、ビーデルさんが挑発的な笑みを浮かべる。
悟飯に舞空術を教わったという共通点から、彼女は私に対して対抗意識を燃やしているのだろう。
武道家の鑑だなと、私はそんな彼女の負けず嫌いさに感銘を受ける。
「私も君と試合をすること、楽しみにしているよ」
彼女のように素直に対抗意識を燃やされると、ベビーとの同化というインチキで得た自分の力にやはり罪悪感を感じてしまう。言葉とは裏腹に、私は大会では彼女と戦いたくないなと思った。何というか……フェアじゃない気がしたから。
――と、そんなことを考えていた時に、遂に待ちかねていた声が耳に響いた。
「お待たせいたしました! パンチングマシンの準備が終わったので、只今より天下一武道会予選を再開します!」
予備のパンチングマシンの準備がようやく完了し、再びパンチの威力を測る予選が始まった。
ようやく列が動き始めたことに一同は各々に安堵の息をつき、悟飯がチビ達の試合に間に合うかと周辺に掲げられている時計を見た。
時計の指針によれば既に中断から一時間を過ぎており、悟天達の試合を見れるかどうかは怪しくなっていた。
「ネオンさんも、壊さないでくださいよ……?」
「……頑張ってみる」
ビーデルさんに聞こえないようにこっそりと耳打ちしてきた悟飯の言葉に、私は自信なく返す。ベジータにはあれだけ冷たく当たっておいて何だが、私には悟空さん達のような緻密なパワー調整が出来るかどうか、やや不安な思いがあった。
あれから三年もの間地道に修行を積んではいるが、私は時間を掛けた修練でじっくりと力を身につけてきた彼らとは違って、あるべき過程をすっ飛ばして急激に人外の力を手に入れた身だ。悟空さん達のような高度な真似は、ベジータとは違って性格的にどうこうではなく、技術的に出来るかどうか不安だったのだ。
「お先に行くわね」
「どうぞ」
「頑張ってください」
とうとう私達三人の順番に回り、最初にビーデルさんがパンチの威力を測った。
私が言うとお前が言うなと突っ込まれそうだが、彼女の細腕では一体どれほどの数値が叩き出せるのだろうか。不安と期待が半分ずつの気持ちで彼女の計測を見守っていると、計測が再開して以降それまで打ち付けられてきた屈強な男達の拳よりも遥かに大きな衝撃音が響き、電光掲示板に彼女の記録が浮かび上がった。
「こ、これは凄い! 167点! あのミスター・サタンを上回る167点です!」
「嘘っ……私、パパに勝っちゃった……?」
記録員から放たれる声に辺りから歓声が湧き上がり、記録を出した張本人であるビーデルさんは信じられないものを見るような目でその数値を眺めていた。
ミスター・サタンの記録なんか、悟飯に気の使い方を教わっていれば簡単に抜けるだろうにと思った私は誰よりもビーデルさん自身が自分の記録に驚いている様子がどうにも腑に落ちず、首を傾げた。
そんな私に対して、悟飯がビーデルさんにVサインを送りながら説明する。
「ビーデルさん、もうとっくに自分がサタンさんより強くなっていることに気づいていないんだ」
「ええ……なにそれ」
しかしなるほど、それならば自分の記録が信じられないわけだ。世界最強と信じて疑わなかった実のお父さんの記録を、他でもない自分があっさりと追い抜いてしまったのだから、あの反応にも納得である。
しかしまんまと追い抜かれてしまったミスター・サタンのことを思うと、何とも滑稽で笑えてしまう。悟飯の手柄を横取りして、さも自分の力が世界最強だと世界中に嘘をついておきながら、実のところその力は悟飯達どころか娘にすら負けていたとは……とんだピエロだと思ってしまう私は、我ながら何とも嫌な性格をしている。
「次は僕の番ですね」
「手加減しすぎないように、気をつけてね」
ビーデルさんの次は悟飯……もとい、正義のヒーローグレートサイヤマンの測定だ。
彼は悟空さん達がしていたようにそっと拳を近づけて、壊れ物を扱うようにパンチを繰り出した。
「167! こちらも167点です!」
流石悟飯、力のコントロールは抜群である。
これは列に並んでいる間に彼から聞いた話だが、普段から正義のヒーローとして一般人の暴徒を相手にしている分、彼は悟空さん達よりも手加減には慣れているらしい。きっちりビーデルさんの記録に合わせているところと言い、何とも悟飯らしい調整の仕方だった。
「よし、私も頑張ろっと」
さて、次は私の番だ。
パンチングマシンを壊してしまってはにっくきベジータと同じになる。それだけは御免こうむる。
かと言って、手加減をしすぎて予選落ちでもしてしまえば目も当てられない。何よりビーデルさんには悟飯の「一番弟子」として無様な姿は見せたくなかった。
(慎重に……慎重に……)
私の見た目がジュニアハイスクールに通うローティーンぐらいにしか見えないからか、周りからは「なんでこんな子が」と武道会には場違いな私に対してご尤もなコメントが続々と寄せられてきた。しかしそんな声も、前に計測した18号さんやビーデルさんのおかげで思っていたよりは少ない方だったと思う。
私は雑音を無視しながらただ慎重に、ゆっくりと拳を近づける。
そうとも……今こそ、あの世での修行の成果を見せる時だ!
「やっ」
そして私は、パンチングマシンに対して己の力をぶつけた。
――やらかしてしまった。ああ、やらかしてしまった。
「なあ悟飯、ネオンの奴なんで落ち込んでんだ?」
場所は移り、今私達が居る場所は天下一武道会の武舞台会場。
場内のスタンドには世界中からこの日の為に詰め掛けてきたお客さん達に溢れ返っており、武舞台で精一杯の武闘を披露する子供達の戦いに歓声が沸き上がっていた。
……でもその歓声が、今の私にはどこか遠くのもののように聴こえた。
「それが……ネオンさん、マシンを壊してしまって……」
「なーんだネオンもかぁ。ははっ、ベジータみたいにか?」
「あの、その……ベジータさんのようにです、ハイ」
「はは、そう言えばネオンの奴、あの世で戦っていたのはいつもオラやパイクーハン達だったからなぁ。大界王星の重力は地球の十倍だし、自分の力をあんまりよくわかってなかったんかもな」
「本人は思い切り手加減していたみたいですけど、それでも足りなかったみたいです。何だか気合が入っていた分強くやっちゃったみたいで……」
悟空さんの笑い声が、心に響く。私の心を悪意なく痛めつけてくる。
ああ、私はベジータと一緒だ。人のことなんか言う資格無い。私もベジータと同じことをやらかしてしまったんだぁ……。
「……死にたい」
「そ、そこまで言わなくても」
「おめぇもう死んでるじゃねぇか」
「なら、生まれ変わりたい。生まれ変わって、山の奥で動物と一緒にゴロゴロしたいよぉ……」
「そんなにショックだったんですか……」
ショックもショックだよ。悟空さん達のように力の調節が上手く出来なかったこともそうだが、何より散々煽ったベジータと全く同じことを自分の手でやらかしてしまったことがショックだった。後ろに並んでいた参加者達にも待ち時間をまた長くさせて申し訳無いし、もう恥ずかしくて顔が上げられない。
「ベジータ……」
「……なんだ」
自分の発言には、責任を取らなければならない。
よって私は、一言ベジータには言っておかなければならなかった。
「私もお前と一緒で、破壊しか出来ないみたい……」
「……だろうな」
破壊しか生み出さない者は、いつかその報いを受ける。
宇宙中で虐殺を行ったサイヤ人しかり、復讐の為に狂気にはしったツフル人しかり。彼らが滅びを迎えたのも、結局は必然だったのだと思う。
「ビーデルさん」
「な、なによ?」
所詮破壊することしか能のない私には、何かを生み出すことは出来ない。
しかし、きっと彼女は違う。違う筈だ。
ベジータと一緒のことをしてしまった自己嫌悪から、我ながらわけのわからない精神状態になっていた私は、ビーデルさんに対してこの時、とんでもないことを言ってしまった。
「私に出来なかった分も、いつか彼と元気な子供を生んでください。私とは違って、君には生み出すことが出来る筈だから」
「……は?」
正気に戻った私が慌ててその発言を取り消したのが、悟天とベジータの子が戦う少年の部の決勝戦が始まる前のことだった――。
ちびっ子達の戦いは、私の想像を大きく上回っていた。
二人の試合に間に合って良かった、というのが今の気持ちだ。私の祈りが通じ、運良く二人の試合が決勝戦までお預けになっていたことが幸いしたようだ。
二人の内どちらかが敗退すれば実現しなかった対決だが、そんな可能性は万に一つも有り得なかった。他の子供達は少し可哀想だが、そもそもサイヤ人の血を引く新世代の戦士達に、少々武道を齧った程度のお子さん達が敵う道理が無いのだ。
七歳と八歳による組み合わせの決勝戦は、一回戦の組み合わせが決まった頃からも定められていたことだった。
「ねえ」
「悟天、がんばれー」
「ねえってば!」
「ベジータの子もがんばってー」
「答えなさい、ネオン!」
「は、はいっ」
悟天の方を気持ち贔屓目に両方のちびっ子を応援していると、ビーデルさんから当然のように呼び掛けられた。
応援に集中するふりをして無視をしようと思っていたのだが、彼女はこちらのガードを強引に突破してきた。何とも押しの強い子だと、私は素直に負けを認めざるを得なかった。
「さっきの言葉はどういう意味よ?」
「……さっきのは忘れて。あまりのショックに、なんか変なことを口走っちゃっただけだから」
「何がショックだったのか知らないけど、普通はあんな言葉出てこないでしょ!」
「……さっきの言葉には特に意味は無いよ。だから忘れて、この通り」
慌てて自分の問題発言を取り消した私だけれども、やはり言われた側としてはそういうわけにはいかないようだ。
これは困った……一体なんであんなことを言ってしまったのだろうか? 我ながら理解に苦しみ、私の中にあるツフル人の膨大な知識の中から引っ張り出そうとしても、答えは出なかった。
「まあ忘れてあげてもいいけど、その代わり私の質問に答えて」
「さっきの発言以外の質問なら、どうぞご自由に」
「じゃあ聞かせてもらうわね」
ビーデルさんの言葉に、私は大人しく従う。質問の一つや二つで先ほどの問題発言を忘れてもらえるなら安いものだし、私には拒否する理由は無かったから。
しかし私は、そんな自分の判断を結果として後悔することになった。
「貴方、本当に悟飯君の友達なの?」
彼女の質問である。
私はビーデルさんに対して最初に挨拶した通り、悟飯とは友達の関係だと言っている。それに対して、彼女には何か一つ思うところがあったのだろう。
「私はそのつもりだよ。私は悟飯とは仲が良いと思っているし、気の置けない、大切な友達だと思っている」
これは全て、嘘偽りの無い言葉である。
死に別れはしたが、私自身は今でも悟飯とは仲の良い友人関係だと思っている。
もし彼の方がはっきりと「友達じゃない」などと否定しようものなら、私の心は完全に存在意義を失い、迷わず地獄に落ちてこの魂を別の生命へと生まれ変わらせているところであろう。
悟飯と友達であるという事実が、私を私にしている。これまでもずっと、私の心を支え続けてくれた。
「……彼女、じゃなくて?」
「うん、彼女じゃないよ。最初に挨拶した時も、そのつもりで言ったんだけど」
「やっぱりそうだったの。だけど、なんか気になるのよね……」
「なんで? 私と悟飯が、そんな関係に見えるの?」
眉間にしわを寄せながら、ビーデルさんが疑り深い目で私の顔を見つめる。
「この前、悟飯君が言ってたのよ。「天下一武道会で、お父さんとネオンさんに会えるのが嬉しい」って。それで私が、ネオンって誰って聞いたのよ。そしたら悟飯君……貴方のことをとても嬉しそうに、だけどとても切なそうに話してくれたわ」
彼女が言うには、嬉しいことに悟飯が私のことを彼女に話していたようだ。
流石に三年前に起こった事件については伏せていたようだが、どうやらビーデルさんは今日出会うより前からも私のことを噂として聞いていたらしい。
「……そう」
彼が私と過ごした少ない時間のことを、今でも大切に扱っていたのだ。それだけで、私はこの喜びで涙を流したい気分だった。
私は彼に対して迷惑ばかり掛けていたけれど、彼はそんな私のことを過去の存在として切り捨てなかった。ただその事実が嬉しくて、ありがたくて、私に幸せを感じさせてくれた。
ちらりと視線を悟飯の横顔へと向け、私は頬を緩ませる。そんな私の様子を見て、ビーデルさんが言った。
「私にはそんな悟飯君の目が、何だか遠くに居る恋人のことを想っているようにしか見えなかった。……今の貴方もそう。貴方の悟飯君を見る目は、どう見てもただの友達には見えないもの」
……よくもまあ、彼のことを見ているものだ。
悟飯は素敵な女性と出会えたようで、私としては肩の荷が下りたような、そんな気分だった。
「君は鋭いね」
「で、本当はどうなの?」
確かに私から見た悟飯は、ただの友達ではない。そのことは認める他なかった。
ただの友達と言うには私の気持ちには色々なものが混じり過ぎていて、酷く混沌としている。
「じゃあ逆に聞くけど、君はなんでそんなことを知りたがるの?」
「気になるからよ。私、悟飯君に彼女居たら嫌だもの」
「直球だね」
出来れば私の口からは言いたくないことだったからか、私は無意識に答えから逃げるように彼女に問い返していた。しかし私とは違って、ビーデルさんの返答は簡潔かつ力強かった。
「やっぱり君は好きなんだ。悟飯のこと」
「そうなのかもしれないとは思っているわ。……まだ色々と、わからないことがあるけど」
「あはは、でもそうやってあっさり認められるところ、素直で格好良いと思うよ」
予想はしていたが、やはり彼女は悟飯に対して「そういう気持ち」を抱いているようだった。
あのミスター・サタンの娘だからどうなのかと思っていたが、彼は父親とは違って、どこまでも正直者らしい。そんな彼女に私は、心から敬意を抱いた。
「ごめんね、嘘をついた。私と悟飯はただの友達じゃない」
「じゃあ……」
「でも、恋人でもない。もちろん、夫婦でもね」
そんな正直さに感化されてしまったのか、私もこの際だからはっきりと言うことにした。もちろん周りの耳には聞こえないように、彼女だけに聴かせるようにだ。それでももしかしたら聴覚の鋭いナメック星人であるピッコロ大魔王さんには聴こえているのかもしれないが、彼は口が固そうだし大丈夫だろう。
「友達は友達でも、特別な友達だよ。なんて言えばいいかな。神様……? 英雄……そう、ヒーローなんだ。私にとって、孫悟飯は」
この気持ちが彼女が想像しているような恋愛感情かと問われれば、私としては違うのだと思う。恐らくは私はもう死人であるという認識が、その感情を強く否定しているのだろう。
死者が生者に恋をするなどあってはならない。だからか、私には初めからその選択を選ぶ意思は無かった。
「彼は私を救ってくれた、大切な人。私が彼に向ける目は、多分尊敬とか、憧れの目なんじゃないかな?」
「それって、好きってことよね?」
「うん、大好きだよ。でも、恋人には絶対にならないし、なれるわけがない」
「なんでよ?」
不思議そう、と言うよりも不服そうな顔で訊ねるビーデルさんに、私は答える。
私が彼に恋心を抱けない理由は二つある。
一つは単純に、私が死人だからという物理的な理由だが、流石にこちらは言っても信じてくれないだろうし、空気が悪くなるから言うわけにもいかない。
しかし二つ目の理由は彼女にも話すことが出来る、私自身の精神的な理由だった。
「憧れているってことは、私は彼と対等じゃないってことでしょ?」
これはあくまでも自論だが、「憧れ」という感情は男女の仲になるに当たって不要な感情だと私は思っている。
憧れとは、自分に無いものを持っている相手に強く心が引かれることだ。私は悟飯に対してそんな感情を抱いており、どこか理想めいたものを彼に見ていた。
好きだけど、私と彼は遠いんだ。そんな関係である以上、私は自分が彼に恋愛感情を抱いて良いものだとは思えなかった。
「対等でもないのに恋人っていうのは、何か違うと思う。ただ、それが理由だよ」
「……呆れた」
私なりに展開した自論に、ビーデルさんの意見はにべもない。
しかし仰る通り、恋する乙女としては呆れるほかない考えだろう。私自身も、否定する気はない。
「それでいいよ、ビーデルさん。だから、こんな女のことは気にしないで、君の好きなようにしなよ」
「……試合で当たったら、ボコボコにしてあげるから覚悟してなさい」
「怒らせちゃった? でも、こればっかりは謝れない。……謝っちゃいけないんだ」
彼女からしてみれば私は、自分よりも先に想い人と出会い、絆を深めている恋敵だ。しかしそんな恋敵は自分と同じように想い人に好意を抱いている癖に、よくわからない理論で自ら舞台から身を引くことを宣言したという状況である。
しかしそれをチャンスと思わず第一に「気に入らない」と思うところは、彼女のプライドの高さと性格の良さをよく表していると言える。
(……私が生きていたら、また違う気持ちだったのかもしれないけどね)
もしも自分の居るべき世界があの世ではなくこの世だったならば、私だってこんな考え方はしなかっただろう。
多分私がまだこの世に生きていたら、今頃は悟飯に対して病的なまでに執着していたかもしれない。それこそ、彼に近づいてくる女の子をこの力を行使してでも強引に追い払うぐらいには。
「悟天も、
私達がピリピリとした女子トークを行っている間にも、武舞台では悟天とベジータの子の白熱した戦いは続いている。
二人の力は完全に互角……今のところは悟天がやや優勢と言ったところか。形勢が不利になったことでとうとう我慢が出来なくなったのか、ベジータの子が始めに超サイヤ人になり、それに対抗して悟天も超サイヤ人に変身したところだ。
「あいつら……超サイヤ人にはなるなって言ったのに……」
黄金色に変わった二人を見て悟飯は頭を抱え、ビーデルさんは愕然とする。
ビーデルさんはまだ、何も知らない。だけど、彼女は知るべきだと私は思う。
本当は悟飯の口から言った方が良いのだろうけど、なんだか私は待っていられなくなった。そういう気分だったのだ。
「セルを倒したのは実は悟飯だって言ったら、君は信じるかい? ビーデルさん」
「えっ?」
あえて悟飯にも聞こえる声でそう言って、私はしてやったりと言った悪い表情を浮かべる。
私はこの言葉で、彼女を試したかったのかもしれない。
これで信じれば快く彼女の恋を応援する。信じなければ、やっぱり悟飯は渡さない。……うん、性質の悪い姑みたいだ。
「あの弁当売りの少年が……悟飯君? まさか……でも確かに似ているような……」
「ネオンさん! なんてこと言うんですかっ!」
「悟飯、私、嘘つきは嫌いなんだ」
恋する乙女が、対象のことを何も知らない、隠されているのは可哀想だと思った。そんな何様とも言えるお節介な気持ちだ。
私は嘘つきは嫌いだ。ミスター・サタンとか、ああいうのは一番嫌い。
それは私自身が嘘つきだから、同族嫌悪みたいな感情なのかもしれない。
「本当なの? 悟飯君」
「ビ、ビーデルさんも、そんな話は……」
「お願い、教えて。誰にも言ったりしないから」
大丈夫だよ、悟飯。彼女は君の秘密を知っても、絶対に君に迷惑になるようなことはしない。
彼女は君のことが好きだからと――たったそれだけの根拠でも、私にはその確信があった。
そして彼は観念して本当のことを話し、ビーデルさんは驚きながらもその言葉を前向きに信じようとした。恐らく彼女の目からしても、深く疑問には思わずともかつてのセルゲームには不自然な点が多くあるように感じていたのであろう。
後は、この武道会で彼の本当の力を目の当たりすれば全てがわかることだ。それで二人の仲が進展すればいいなと、そんなことを考えながら私は悟天達の決着を見届けた。
……しかし、なんでだろう? 死人なのに、何故だか私は胸の奥にチクリと痛みを感じた。
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とびっきりの悟飯スキー対悟飯スキー
天下一武道会少年の部は、思いのほか呆気ない幕切れに終わった。
それも、無理もないことだと思う。幼い二人の超サイヤ人にとって、あの会場はあまりにも狭すぎた。
決着は、ほんの一瞬の差で決まった。超サイヤ人に変身した二人が真正面からぶつかり合い、同時にお互いの力によって二方向に弾き飛ばされたのである。……武舞台の場外まで。
そこからはほんの誤差であった。弾き飛ばされた二人が体勢を整えるまでの、ほんの僅かな時間差だ。
ベジータの子が僅かに早く空中で体勢を立て直し、悟天が僅かに遅れて足のつま先を観客席に着けてしまった。たったそれだけの誤差が、二人の勝敗を明確に分けてしまったのである。
《悟天選手、場外っ! よって、トランクス選手の勝ち! 優勝はトランクス選手に決まりましたぁ!》
マイクを手にした司会兼レフリーのおじさんが、この試合の勝者の名を言い渡す。
何とも消化不良な結末だけれど、悟天もベジータの子も本当によく頑張った。二人の戦いに対して、私は会場に詰めかけた多くの人々と一緒に惜しみない拍手を送った。
「はっはっはっ! おい! 残念だったな。どうやら貴様の息子より、俺の息子の方が血統が良かったらしい」
……だけど意外だったのが、この勝敗に誰よりも喜んでいたのがトランクス君の父親であるベジータだったことだ。
試合の最中もトランクス君がピンチになればイラつきながらも心配そうな顔をしていた様子が窺えたが、どうやらそれは私の見間違えではなかったらしい。
悟空さんの肩を叩きながら得意気に息子の自慢を言い放つ姿は、なんだかどこにでも居る普通の親バカのようだった。
「ベジータさんも、最近はあんな感じです。トランクス君のことを真剣に鍛えていたりしていて、前よりもずっと良い人になったと思いますよ」
「……そこで良い人って言える辺り、相変わらず君もお人好しだね」
サイヤ人の王子と言えど、家庭を持てばこうも変わるものか。
それとも、悟飯達の影響を受けて穏やかになってしまったのか。
……おそらくは、後者だろう。他でもないベジータ自身が、誰よりも自分の変化に戸惑っているに違いない。
「……わかるような気がする」
だけどこの時だけは、私もベジータの心境がわかるような気がした。
「君達と居ると、なんだか憎しみとか悪意とか、そういうのが薄くなるんだ」
「多分、お父さんのおかげだと思います。ここに居る人達だって、昔はみんな嫌いあっていたみたいですし」
「君のおかげもあるよ、悟飯」
考えてみれば、本当に不思議な話だ。
昨日の敵は今日の友という言葉は確かに存在するが、それをこうも実現することが出来る人間を私は彼ら親子以外に知らない。
殺し屋も大魔王も神様も殺戮の王子も、気がつけば仲間がどんどん増えていく。私だって罪を犯しているのに、彼らは一緒に居ることを許してくれる。
悟空さんと悟飯が持つその清い心は、この宇宙で一番必要なものなんだろうと私は思う。
「……さて、私も戻ろうかな」
「あ、そうですか。僕はどうしようかなぁ」
そうこう話している内に、悟空さん達は「そろそろ戻るか」と言って武舞台会場を後にしていた。
どうやらそろそろ予選が終わると思ったようで、選手の控え室に戻ることにしたようだ。
予選は多分、私がパンチングマシンを壊してしまったせいでまだ終わっていないんじゃないかと思うけど、私も悟空さん達に着いていくことにした。
……悟飯と話している間、ビーデルさんの視線が怖かったというのは内緒の話だ。
「ビーデルさんはどうします? この後、トランクス君とミスター・サタンが戦うみたいだけど」
「……私は見てから行くわ。パパがどんな戦いをするのかとか、色々と確かめておきたいから」
そのビーデルさんは、まだこの場に残るようだ。
レフリー兼司会のおじさんが言っていたが、どうやら今から少年の部の優勝者であるベジータの子が、みんなのチャンピオンミスター・サタンと戦うアトラクションが始まるらしい。
今のミスター・サタンの心境を思うと、何とも笑えてくる。彼がこの状況をどう切り抜けるのかには些か興味があるが、彼だって伊達に世界を騙してはいないだろう。上手いことわざと負けたように見せたりするなりして、今回も自分の名誉を守ってみせるのだろうことは案外簡単に想像出来た。
……正直言って、私は悟飯の功績を横からかっさらっていった彼のことは今でも嫌いだ。内心ではあんな奴ボコボコにしてしまえとベジータの子に黒いエールを送ったりもしているが、彼の娘を前にしている以上はそんなことは言えなかった。
「私が言うのもなんだけど、彼のことは嫌わないであげてね。君にとっては、大切なお父さんなんでしょ?」
「……本当に、貴方には言ってほしくないわね。私だって、パパを嘘つき呼ばわりなんてしたくないわよ」
ビーデルさんには白々しく聞こえたのだろうけど、これも一応は私の本心だ。
家族は仲良くするに限る。ビーデルさんがこれから先真実に納得した時、彼女の家庭ではひと悶着あることだろうけど、どうか悪いようにはなってほしくないとも思っている。
そんなことになったら、悟飯が悲しんでしまうから。彼女に真実を話したのは私だけど、それは私にとっても不本意だった。
アトラクションの終了後、私達が出場する大人の部の開始までに三十分の休憩を挟むという通達が役員の方から聴こえてきた。
すぐに抽選が始まるものだと思っていた悟空さん達は拍子抜けした様子で、それならば軽くご飯でも食べようという話になった。
大会出場者の分のご飯は、専用の食堂で特別に無料で食べられるようになっている。
もちろん予選を突破した人でなければ門前払いを受けるわけだけど、無事私達は予選を突破したようで、名前を言えば受付の人も簡単に通してくれた。
……っていうか、予選はもう終わっていたのか。次のマシンは割とすぐに起動できたらしく、私の心も少しは軽くなった気がした。
「しかし、死人なのによく食うなお前。大体、腹減るのか?」
「あの世では食っても食わなくてもどっちでもいいんだけどよ、やっぱり飯は下界の方がうめえや!」
試合前にご飯をがっつり食べようと言う人も少ないようで、食堂の中には私達以外の出場者の姿はなく、ほとんど貸切同然の状態だった。
そして、相変わらず悟空さんの食べっぷりは異次元だった。彼と競うように肉を頬張るベジータの食べっぷりも凄まじく、料理を運んでくる人達はみんなして引きつった顔をしていた。
しかしここの料理が美味しいというのは私も同意見だ。武道家達の修行場である大界王星にはもちろんプロの料理人なんてものは居ない為、料理の節々にある味わい深さの差が随所に出ていた。
「ああ、ここに居ましたか」
「おう悟飯、おめえの分も頼んでおいたぞ。食うだろ?」
「あ、はい。それじゃあ僕もいただきます」
十分ほど経つと悟飯とビーデルさんがこの場に合流し、悟飯が彼らに混じって戦闘民族サイヤ人の圧倒的胃袋の力を全面に見せつけてくれた。
呆気に取られるビーデルさんの姿がとても印象的だったけれど、私にもその気持ちはよくわかった。
そして抽選が始まる五分ほど前に食堂を出た時、私達は奇妙な二人組に出会った。
変わったヘアースタイルの少年と、それに付き添うようにして半歩分後ろに下がって立っている大男。
どちらも地球人の肌色には見えず、少年に至っては舞空術で宙に浮いていた。
「こんにちは。貴方が孫悟空さんですね?」
「な、なんでオラのことを?」
「噂を聞いたことがありましてね。一度手合わせをお願いしたいと思っていたのですよ」
何とも不気味と言っては失礼だが、そんな薄い笑みを浮かべながら少年が悟空さんに対して握手の手を差し伸ばす。
悟空さんが快くその手を受け取ると、お互いに何かを感じ取ったのだろう。二人の表情が僅かに変わったように見えた。
「なるほど、噂通りとてもいい魂をお持ちだ」
「え?」
「……では、お先に」
礼儀正しくそう言い残して、彼は大男と共に武舞台会場へと立ち去っていった。最後に、私の方も一瞥して。
そんな彼からはただならない雰囲気を感じたのか、ピッコロ大魔王さんが悟空さんに何者なのかと訊ねたが、やはり悟空さんの方も初対面だったらしく、彼のことは知らないようだった。
「わからねえけど、オラ達だけが楽勝の試合じゃなくなったことは間違いねえだろうな……」
これは何か、ひと波乱があるかもしれない。そんな根拠のない私の予感を後押しするように、悟空さんが言った。
生前、私のお父さんは天下一武道会の大ファンだった。
その頃は今みたいに会場が大きくなくて、興行目的も薄くメディア放送も無かった時代で。
お父さんはそんな時代の天下一武道会の話を、小さな私によく聞かせてくれたものだ。
特に悟空さん達が出場した第二十一回から第二十三回までの大会がお気に入りだったみたいで、私にとっては生まれてくるよりも前の話を何度も楽しそうに語っていた。
当時全世界を恐怖に陥れていたピッコロ大魔王が怖くて、第二十三回大会の決着をその目で見届けることが出来なかったのが人生最大の心残りだと、お父さんは飽きもせず何度も言っていたことを思い出す。
私はこれでも女の子だから、当時はあんまり武道に興味は無かったけど、武道会のことを楽しそうに話すお父さんの姿は今でも記憶に残っている。
……それを思うと、私が今この場に立っていることがなんだか感慨深くなる。
多分お父さんは私の弟が武道家になることを夢見ていたんだろうけど、私がここに来ることなんかは夢にも思わなかった筈だ。
もし私が天国に行くことが出来たら、きっとこの体験はお父さんにとって最高の土産話になるだろう。尤も、「お前がそんなに強いわけないだろう」と笑われるか。……うん、それが正しい反応だ。
私自身、今の自分の変わりっぷりには時々笑ってしまうことがあるから。
――第二十五回天下一武道会、開幕――。
予選を勝ち抜いた十六人の武道家達が武舞台の上に集まり、大勢の観客達が見守る中でそれぞれの対戦相手を決める抽選が行われた。
そして決まった一回戦の組み合わせがホワイトボードに書き込まれ、司会によって一同へと伝えられた。
第一試合、クリリン対プンター。
第二試合、ビーデル対グレートサイヤマン。
第三試合、孫悟空対ベジータ。
第四試合、ネオン対マイティマスク。
第五試合、18号対キビト。
第六試合、ヤムー対マジュニア。
第七試合、スポポビッチ対ミスター・サタン。
第八試合、シン対ヤムチャ。
激動を予感させる、一回戦の組み合わせである。
注目のカードはやはり悟空さん対ベジータの第三試合か。別の意味で注目しているのが、ビーデルさんと孫悟飯もといグレートサイヤマンの試合だ。どちらも試合が終わった後で、もうひと波乱が待っていそうな予感だ。
そしてこの武舞台の上に思わぬ人物の姿があったことに驚いたのだろう、クリリンさんが意外そうな顔でその人物の元へと駆け寄っていた。
「ヤムチャさん、今回は出ないって言ってませんでしたっけ?」
そう、まるでその辺で買ってきたようなジャージに身を包んで、彼は武舞台で私達を待ってのだ。
ヤムチャさん。悟空さんが昔、初めて出会った強敵らしく、亀仙流を極めた者の一人である。しかし私も彼のことはチチさん達と一緒に観客側に行ったものと記憶していたので、彼の名前が読み上げられた時は正直驚いた。
「そのつもりだったんだけどな。あの後気が変わって、俺も出ることにしたんだ。正直言って恥かくだけだろうけど、一度くらいは一回戦を突破してみたくなってな」
「ヤムチャさんなら、次の天下一武道会に出れば優勝間違いないと思うんすけど」
悟空さんがあの世から帰ってきて、仲間達も集まって、彼も観客席から見ているだけではつまらないと思ったのだろう。
……まったくなんていうか、ミスター・サタンにはご愁傷様としか言い様になかった。
しかし、私の相手はマイティマスクって人か。覆面を付けた正体不明の武道家みたいだけど、胴だけが長くて極端に手足が短い不思議な体型をしている。何だろうか、まるで子供二人が重なっているような……。
「早速第一試合を始めたいと思います! クリリン選手とプンター選手、武舞台へどうぞ!」
私とベジータがパンチングマシンを破壊してしまったせいで、どうやら予定よりも時間が押しているらしい。
レフリーのおじさんがスピーディーに司会を進行させると、私達は控え場へと下がり、早速第一試合が始まった。
……とは言うものの、この組み合わせではあまりにも結果が見えすぎていた。
プンター選手は大会出場者の誰よりも大きな体型をしていたが、今回ばかりは相手が悪すぎたというか、出る大会を間違えたとしか言い様がない。
小柄なクリリンさんが相手だからと見下している様子が試合前からもちらほら見えたが、試合開始とほぼ同時に彼は白目を剥き、場外へと放り出されていた。
《はい、場外! クリリン選手の勝ちです!》
レフリー兼司会のおじさんは以前からクリリンさんのことを知っているらしく、その結果に対して動ずることなく当然のように目の前で起こった試合の結果を言い渡した。
湧き上がる歓声に、クールに左腕を突き上げるクリリンさん。そんなクリリンさんだけれど、彼の娘さんも見に来ているからか、こちらに戻ってきてからは「今の俺の戦い、見てくれたかな」とチラッチラとにやけ笑いを浮かべながら観客席を見回していた。娘さんにいいところを見せることが出来て、彼もほっとしていることだろう。
「当たり前だ、ばーか……」
そんな夫の様子に、満更でもなさそうな顔で呟く18号さんの声が聞こえた。
……さて、お楽しみは次からだ。
「貴方の本当の実力、見せてもらうわよ」
「は、はい。よろしくお願いします」
第二試合、ビーデルさん対孫悟飯。
彼女ももうほとんどわかっていると思うが、今度こそそれは決定的になると思われる。
部外者の私としては、もはや何も掛ける言葉は無い。
……あ、そう言えば昔、小さい頃にこんな話を聞いたことがある。
『そこで、孫悟空は言ったんだ。「じゃあ、結婚すっか」ってな!』
昔、お父さんから聞いた天下一武道会の思い出話。第二十三回天下一武道会の一回戦でそれは起こった。
一回戦で戦うことになった悟空さんとチチさんが、拳と重なる言い争いの果てになんとその場で結婚してしまったのだそうだ。ちょっと近所に出掛けてくるようなノリで結婚を決めてしまったところは何とも悟空さんらしく、それを面白おかしく話すお父さんもなんだかおかしく思った記憶がある。というか、今思い出した。
……しかしまあ、なんだってこんなタイミングで思い出すのかなぁ、私は。
「……流石に、それはないよね……? 悟飯……」
いずれはそうなるのだとしても、流石に息子の悟飯まで父親と同じ道を辿るとは考え難い。
いやしかし……血は争えないという言葉があるように、その可能性がゼロともまた言えなかった。
「ま、まあそうなったらおめでとうしか言えないよね、私には。うん……うん……」
「ネオン、なんでさっきからこえー顔してんだ?」
「触れてやるな。こういう時はそっとしておいてやるのが男ってもんだぜ悟空」
「流石ヤムチャさん、経験者は語りますね」
「……クリリンも生意気になったもんだなぁ」
どうか無事にビーデルさんが真実に納得して、悟飯が勝って、二人が何事もなく戻ってくるようにと……自分で言っていてよくわからないことを願いながら、私は二人の試合を見守った。
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抽選爆発! オリ主がやらねばヤムチャがやる
ビーデルさんの実力は、私が想像していた以上のものだった。
彼女が繰り出す技はどう見ても父親のミスター・サタンのそれよりも強く、私が普通の人間だった頃よりも遥かに上だと見受けられる。
舞空術も完璧にマスターしている様子で、二人が繰り広げる激しい空中戦には観客のみんなも度肝を抜かれたことだろう。
だが、相手はあの孫悟飯だ。彼は彼女の技の全てを完璧に受け止めた上で、突き出した張り手の一つで彼女の身体に傷一つ付けることなく、場外勝ちを収めてみせた。
優しい彼らしい、極めて穏便な幕引き方だったと私は思う。
「ビーデル選手場外! グレートサイヤマン選手の勝ち!」
レフリー兼司会者のおじさんが勝敗を言い渡し、場内にどよめきが走る。
あのミスター・サタンの娘、ビーデルが負けた――その事実が、彼らの心に衝撃を与えたのであろう。
「いいぞー! グレートサイヤマーン!」
「格好はだせーが、すげぇじゃねぇか!」
「ビーデルさんもナイスファイトだったよー!」
試合中、悟飯は気攻波の類を使わなかったからか、今の彼の勝利をトリックだなんだと言い掛かりをつける声は聞こえてこなかった。
それはここに居るみんなが、ちゃんと悟飯の力を認めてくれたということだ。
そして、ビーデルさんも。
ここからでは当事者たる彼らの声は聞こえないが、悟飯は場外に突き飛ばしたビーデルさんの元へ心配そうに駆け寄り、ビーデルさんはそんな彼に何か言っている様子だった。
それは悔しそうだけど、晴れ晴れとした、もやもやから吹っ切れたような、綺麗な顔だった。
「ふっ……アイツも俺達のことは気にせず、始めから話しておけば良かったものを」
聴覚が私達よりもずっと鋭いピッコロ大魔王さんが彼らの会話を聞いたのか、私の後ろで腕を組みながらそう呟く。
彼らが何を話していたのかは私も興味があるが、ここでそれを訊ねるのは野暮というものだろう。
ただ。
「そういう謙虚なところに惹かれるんですよ、私達女の子は」
「……よくわからん」
ともあれ、二人の試合が無事に終わって何よりだ。
もしかしたら悟空さんのように悟飯までこの会場で結婚してしまうのではないかと疑っていたけれど、流石にそうはならなかったようだ。
「二人とも、お疲れ様」
「あ、どうも」
「疲れたのは私だけよ。理不尽よね、ホントに」
控え場所へと戻ってきた二人を出迎えると、悟飯とビーデルさんから口々にそう返された。
確かに限界を振り絞って戦っていたビーデルさんに対して、悟飯は息一つ乱していない。そもそもが力の差が大きすぎるのだ。今この試合で見せた実力の一端でさえ、私の見立てでは彼本来の力の一厘にすら満たないのだろうから。
それほどまでに彼女らの常識と彼らの力は、あまりにも理不尽な開きがあった。
「……今度、パパと戦ってみるわ」
「うん、それが良いと思うよ」
私の隣に立ちながら、ビーデルさんが言った。
父親と、ミスター・サタンと戦ってみる。それは実に適確な行動だと思う。実際に戦ってみることで彼の本当の実力をはっきりと体感することが出来るし、今まで実の娘に嘘をついていたことに対しても怒りの拳をぶつけることが出来る。ビーデルさんにとっては一石二鳥だ。
二人の仲が悪くなってほしいとは思わないが、喧嘩の一つぐらいなら私にも止める理由は無かったし、そんな筋合いも無かった。こればかりは、人様の家庭事情だからね。
アグレッシブな発言に目を細める私に、ビーデルさんは続けた。
「それと、貴方も悟飯君と同じぐらい強いっていうのは本当なの?」
「ん? 悟飯がそう言っていたの?」
悟飯の強さを知った今、彼の周りに居る人間も同等の力を持っているのではないかと。私とベジータに関しては予選でパンチングマシンを破壊した姿を思い切り見られている分、そんな考えが浮かび上がるのも至って普通の話だった。
しかし、私の強さか。
正直言うと、私もあまりよくわからない。どうなんだろう? ベビーとくっついていた頃だったら、確かにあの時の悟飯よりも上だったと思うけど、半分に分かれた影響で力が弱くなった今となっては難しいところだ。
それでも三年間大界王星で修行した分、力の使い方自体はあの時よりずっと上手くなったと思うけど……相対的に見れば、私が三年前に比べて弱体化しているのは間違いなかった。
私の中に残っているツフル王の知識を使って、「スカウター」っていう人の強さを数値化する機械を作ってみたこともあったけど、私のアレは戦闘力十万ぐらいまでしか測れないから、あまり役に立たなかったし。
そのスカウターの測定によると私の戦闘力は十万以上は間違いないみたいだったけど……そもそも戦闘力の基準がよくわからないし、悟飯と比べてどうなのかと言えばさらによくわからなかった。
なので、取り敢えずお茶を濁してみた。
「……だったら、どうする?」
「正直、キツいわね……」
「大丈夫だよ、彼は強さで人を見る人じゃないから」
「随分余裕そうじゃない。強者の余裕っていうの、それ」
「そう見える?」
「見えるわ。すっごく」
質問の意図を推理すると、彼女が本当に気になっているのは私の強さというよりも、私と彼女の実力にどこまでの差があるかということなのだと思う。
彼と出会うのが自分よりも早くて、自分よりも彼に近い実力を持っている。そんな人間が恋敵ともなれば、不安にもなる筈だ。……真剣にこちらを見つめるビーデルさんの目に、私は今の彼女の心情を悟った。
「本当に惚れちゃったんだね。彼に」
「……そうかもしれないわね。少なくとも、こんな気持ちになったのは初めてだわ」
「そっか……」
彼女の不安はわかる。そして、彼女にとって私という存在がいかに厄介な異物だということも。
この世に戻ってきたことを失敗したとは思いたくないけど、ちょっと入り込み過ぎてしまったかな、彼女の世界に。
……なんていうか私も、どこかおかしくなっているのかもしれない。この世に触れて、生きている人達に触れて。
「……大丈夫だよ、ビーデルさん」
そんな私の口から言えるのは、せめて今を生きている彼女の心に、死人である私の為に不安を残さないであげることだけだ。ここまで引っ掻き回してしまっては、今更遅いかもしれないけどね。
「明日から私は、また彼の前から居なくなる」
「……え?」
だから私は、はっきりと言っておくことにした。
彼女の不安を払拭してあげる為。そして、私自身の心に完全に決着をつける為に。
「私はね、死人なんだ」
私、ネオンは死人であること。
私が今ここに居られるのは界王様方上の世界の人達の温情と、占いババ様の力、そして孫悟空さんの気遣いの為にほかならないのだと。
私にとってこの体験は、言わばボーナスステージみたいなものだ。私の人生は悟飯に救われた時点でとっくに完結していて、以後は存在していない。なんだかビーデルさんの悟飯への気持ちを知って、今までよりその気持ちが強くなった気がする。
……だから、決めることにした。
この一日が終わったら、私はこの生命をやり直そう、と。
第三試合、孫悟空対ベジータ。多くの人達にとっては無名の選手同士の試合――それも、悟空さんだって前々回の大会で優勝しているのにおかしな話だけど――だが、彼らを知る人達からしてみればこの試合における真の優勝候補者同士による事実上の決勝戦のようなものだろう。
だけど超サイヤ人にならないという悟飯の提案に二人が大人しく従えば、優勝候補筆頭は18号さんかピッコロ大魔王さんになるのかな? ……いや、悟空さんだって超サイヤ人がなくても界王拳があるし、やっぱり悟空さんになるのかも。
それはともかくとして、とにかくこの一戦は、私達のみんなが注目している特別な試合なのだ。
悟空さんもベジータがどれだけ強くなったか楽しみだって言ってたし、ゴングが鳴る前からも戦闘態勢に入っているベジータの方は言わずもがな。二人にとっても、間違いなくこの試合は特別な試合だった。
「待っていたぞ、この時を……ずっと、待っていた!」
そう叫び、ベジータがいきなり「気」を解放する。
彼がどれだけ悟空さんに執着しているのかは、私もよく知らない。だけど彼が他の誰よりも、一番悟空さんと戦いたがっていたのは試合前からも明らかなことだった。
「腕上げたみてえだな、ベジータ。オラも楽しみだ」
はあああっ! と悟空さんも「気」を上げる。
二人共超サイヤ人にはなっていないし、まだまだ素の状態としても全力にはほど遠い。戦いを始めればさらに二人の「気」は跳ね上がるのだろうが、張り詰めた空気の震えは既にこの場所にも伝わってきていた。
「そ、それでは第三試合、孫悟空選手対ベジータ選手! 始めてくださ~い!」
レフリー兼司会者のおじさんがそう告げると同時、武舞台の中心部が丸く削れ上がり、そこにはお互いの拳と拳をぶつけ合う悟空さんとベジータの姿があった。
「始まったな……」
「ああ、流石にレベルが違うよな、あの二人は」
縦横無尽に武舞台上を駆け、熾烈な格闘戦を繰り広げる悟空さんとベジータ。その緊張はこちらにも伝わり、クリリンさんとヤムチャさんから息を呑む声が聴こえてくる。
確かに……流石だ。「気」の強さはまだまだ本気を出していないみたいだけど、洗練された格闘技の数々はたった数年齧った程度の私とは比べ物にならない。
純粋なサイヤ人同士の戦い……と言っても彼らは特別中の特別だけど、二人の体捌きは見ているだけでも非常に参考になるものだった。
「凄い……」
「ええ、本当に凄いです! 二人の戦いが見られるなんて。悟天達も見てくれてるかなぁ」
二人による超次元の戦闘を間近に見て、ビーデルさんからは凄いとしか言葉が出てこない様子だ。
悟飯の方はというと七年ぶりに見たお父さんの戦いに興奮しているようで、どちらも一瞬たりとも会場から目を離さなかった。
二人の高度な戦闘技術を見ているだけであっという間に数分の経過したが、戦いは今のところ完全に互角だ。
そして私はベジータが戦闘中、まだ得意の気弾攻撃を使っていないことに気づいた。
その理由はまだ様子見の段階だからか、それとも……
「ベジータの奴、周りへの被害を気にしているのか」
ピッコロ大魔王さんが、苦笑を浮かべながら呟く。
……いやまさか、ベジータに限ってそんな理由で全力を出さないなんて有り得ない。
そう思った私だけど、次の瞬間、ベジータが悟空さんに向かって気攻波の構えを取ったと思えば、舌打ちしてすぐに構えを解く姿が見えた。
「まさか……! いや……ああ、なるほど」
そんな馬鹿なと私は自分の目を疑ったが、よく見ればその時彼の視線の先には観客席に座っているブルマさん達の姿があったことがわかった。
彼は決して良い子ちゃんじゃないけれど、家族に対する愛情は確かに持っている人だ。それは三年前、彼の息子を殺そうとした私に怒って向かってきた時も同じだった。
大切な家族も居るこの武道会場では、彼も昔のようには非情になれないということだろう。
何だろうな、この気持ちは。昔だったら憎しみを感じていたところだろうけど、今はそんな彼の変化が嬉しい。
「でも、そうなると悟空さんの勝ちかな、この試合」
しかし気攻波を思うように撃てないという条件は悟空さんも同じだが、そうなるとやや悟空さんの方が手数で上回っているように見える。
その分析は間違っていなかったようで、しばらく互角に繰り広げていた試合は徐々に悟空さん側が優位になっていき、ベジータの方が劣勢に追い込まれてきた。
そして。
「界王拳!」
悟空さんの纏う「気」の光が赤く染まり、さらに速度を上げた悟空さんの蹴りがベジータの身体を吹っ飛ばした。
そう、超サイヤ人にならなくても、悟空さんには超サイヤ人のように戦闘力を飛躍させるこの技がある。後ろで「そうだ! 界王拳があること忘れてた!」と、すっかりその事実を忘れていたらしい悟飯が失念の声を上げていた。
まあ、超サイヤ人があれば界王拳は必要ないから、しばらく使っていなかったのだろう。ただでさえ悟空さんがあの世に行って七年が経っているし、悟飯が忘れていても無理はなかった。
界王拳は悟空さん自身の技だから、この試合で使ったことに何もやましいところは無い。しかし自分がパワーを思い切り制限している中で堂々と「気」を底上げする悟空さんを見て、とうとうベジータの頭の線がぶち切れたらしい。
「クソッタレがぁっ!」
武舞台上に着地したベジータが、その瞬間、「気」と髪の色を黄金色に染め、踏ん張った足場に大きなクレーターを作った。
超サイヤ人への変身――まあ、最初に約束を破るのは彼だろうなとは思っていた。
「あーあ……完全にばれちゃうなぁ、「あの時の奴らだ」って」
金髪碧眼の姿となったベジータを見て、観客達も思い出したのだろう。セルゲームの時にテレビに映った、金色の戦士達のことを。
歓声はざわめきに変わり、その様子を見て悟飯も頭を掻いた。
「まあ、もしものことがあったらドラゴンボールがあるじゃんか。そんなに気にするなよ、悟飯」
「それは、そうですけど……」
気苦労が絶えない様子の悟飯を見かねてクリリンさんが楽天的に声を掛けるが、出来れば目立ちたくなかった悟飯としては不本意な形であろう。
私としては元々無理があったんだって諦めるしかないと思うんだけどね……彼らほどの力を持ちながら静かに平穏に暮らしていくなんて、結局はある程度の妥協点を見つけて折り合いを付けていくしかないと思う。
彼ほどの人間なら周りからあることないこと騒がれようと関係なく、学者の夢を叶えられる筈だと私は信じていた。
――と、その時だった。
「ん?」
「どうしました、ネオンさん?」
武舞台の外れの端から、確かスポポビッチとヤムーって言ったかな? スキンヘッドで筋肉ムキムキな二人が、何か変な機械を持って舞台会場へと飛び出そうとする姿が見えた。
あの二人は、何をするつもりなんだろうか。もしかしてトイレとか? しかしそっちは試合中の選手以外は立ち入り禁止なので、見つけてしまった以上は黙っているわけにはいかなかった。
「そこの二人、トイレはそっちじゃないですよ」
そう言って私は「瞬間移動」を使って二人の前に回り込み、彼らに方向転換を促すことにした。
驚かせるつもりはなかったんだけど、突然目の前に現れた私の姿を見て二人は口をポカンと開けて硬直していた。
ビッグゲテスター式の瞬間移動能力――実は今でも、この程度の能力なら使えるんだよね。
七年間待ち続けてきた宿敵を前にして力をセーブしなければならない状況への怒りから、とうとう我慢しきれず超サイヤ人になったベジータ。
「ベジータ、おめえ、それはちょっとずりぃんじゃねえか?」
「うるさい! 俺にとってはそんなものはどうでもいいことだ!」
そもそも彼には、悟飯に言われたルールに従う理由など無いのだ。
自分が超サイヤ人になることで周りの人間がどうなろうと、何を思おうと、彼にとってはどれも気にする必要のないことだった。
「俺は貴様と徹底的に戦う為に、こんなくだらん武道会に出たんだ! 他の奴らのことなど知ったことか!」
そう、全ては今日この一日で、永遠に会えないと思っていた宿敵を倒すことにある。
ベジータがここに居る理由は、ただそれだけであった。
「貴様はっ! 貴様は俺を超えやがったんだ! 圧倒的な力を誇っていた王子である、この俺の強さを超えたんだ!!」
この地球での生活で穏やかになってしまった自分が気に入らない。そう思う一方で、悪くないと考えている自分も居た。
こんなものはサイヤ人の王子ではないと苛立ちながら、しかし妻や息子を失いたくないという人並みの心を持つ自分自身も確かに存在している。
戦いには邪魔なものの筈だった。全ては必要のないものの筈だった。
そんな自分にしてしまった元凶とも言える人物が目の前に立っている今、ベジータはその感情を抑えることなど到底出来なかった。
「き、貴様に命を助けられたこともあった……! 許せるもんか……! 絶対に……っ!!」
だからこそ、今ここでベジータは怨嗟の叫びを叩きつけた。
ここからは、昔のように甘さを一切捨てて戦う。それが超サイヤ人への変身という、彼の決意の表れでもあった。
「……おめえは、そんなにまでオラと決着をつけたかったんだな」
「時間が限られているんだろう? ……貴様も、お遊びはやめて全力で来い。でなければこの俺が、地球をぶっ壊してやる!」
どこまで本気で言っているのか、観客を人質に取ったかのような言い回しのベジータに、悟空が笑う。
今更ベジータに地球をどうこうする気が無いことなど、先ほど気攻波を撃てなかった様子から悟空の方とてわかっていた。
ただベジータは、そう脅すことによって最初に戦った時と同じ状況を演出し、悟空に実力の全てを出してほしかったのである。
本気同士でぶつかって、徹底的に戦いたい――同じ純粋なサイヤ人の血を持つ戦士として、悟空にも彼の気持ちは十分に伝わっていた。
故に。
「はああっ!」
悟空の髪が逆立ち、黄金色に染まる。
超サイヤ人――覚悟を決めた宿敵の姿にベジータが笑み、悟空が唖然とした顔で二人の様子を眺めているレフリーへと言った。
「わりいなおっちゃん、オラ達、棄権でいいや」
「え?」
とことんやると決めた以上、このフィールドは脆く小さすぎる。
天下一武道会の主旨からは大きく外れることになるが、既に優勝経験のある悟空にとって、この大会自体へのこだわりは然程残っていなかった。
孫悟空の望みは、いつだって「強い奴と戦いたい」ことにあるのだから。
「着いてこい、ベジータ!」
「ふん……見せてやる俺の本領を!」
金色の戦士と化した二人が猛スピードで武舞台から飛び立つと、一瞬にして遥か彼方の空へと消えていく。
その結末にクリリン達を含む全員が呆気に取られてしばらく経ち、レフリーの口から二人の棄権失格が言い渡された。
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リョナフラグ撃破! 勝つのは私だ
天下一武道会第一回戦の最中、不穏なことが一度に起こった。
悟空さんとベジータの試合に割り込もうとした怪しげな二人組から、それは始まった。
ヤムーとスポポビッチ。この天下一武道会の出場者に名前を連ねていた二人が一体何を思ってそんな行動を起こそうとしたのか気になった私は、瞬間移動で彼らに直接話を聞きに行くことにした。理由が何であれ、まずは事情を聞かなければ始まらないと思ったから。
だけど、そんな私に対する彼らの反応は……言葉ではなく大きな拳だった。
二人の内大男の方――スポポビッチさんがいきなり、有無も言わずに殴りかかってきたのだ。
だから、私は……
「てい」
……反射的に、つい彼の額にチョップを喰らわせてしまったのである。
そして彼の巨体が私の足元に倒れ込み、それきり動かなくなった。
「ぐひひっ」とか変な笑い声を漏らしながら飛び掛かってきた彼に、少々身の危険を感じてしまって……つい手が出てしまったのだ。
もちろん私なりに加減はしたつもりだし、一瞬ひやっとしたけど彼は気絶しただけでちゃんと生きてはいるようだった。
「スポポビッチが一撃……? まさか、こいつも……!」
スポポビッチさんと一緒に居たもう一人の男、ヤムーさんは泡を食ったように舞空術で飛び上がり、空の彼方へと飛び去って行った。
それは丁度、悟空さんとベジータの二人が試合をほっぽり出してどこかへ飛び去っていったのと同じ頃のことだった。その為か観客の視線は悟空さん達に集まっており、大きな騒ぎにならなかったのは幸いだったと言えよう。
しかしこのスポポビッチさん、チョップ一発で倒しておいて言うのもなんだけど、随分と人間離れしていたように思う。襲い掛かってきた時のスピードは中々速く、舞空術を使えたことと言い、飛び去って行ったヤムーさん共々ただ者ではないように感じた。
だけどそんな二人が一体、悟空さん達に何をしようとしていたんだろう? そう言えばヤムーさんが何やら変な機械を持っていたような気がするけど、もしかしたらあれが何か関係するのかもしれない。
ともかく本人に直接聞いてみなければ、私一人では何もわからなかった。
「……先を越されてしまいましたね」
そして私が気絶したスポポビッチさんの身体を医務室に運ぼうとした時、昼食後に悟空さんに挨拶を交わした――それぞれ「シン」と「キビト」と名乗っていた二人の男が、悟飯とピッコロ大魔王さんを後ろに伴って姿を現した。
ヤムーさんの飛び去っていった方角を見上げながら、緊張に強張ったような表情でシンさんが言う。
「これから、あのヤムーに気付かれないようこっそり後を着けます。もしよろしければ、私と一緒に貴方達も来てください。とても、助かります」
唐突に放たれたシンさんの言葉に、私は返答を迷う。
様子を見るに、どうやら彼と、彼に連れ添っているキビトさんは何か事情を知っているようだった。
悟飯とピッコロ大魔王さんはどうするんだろうかと彼らに目配せしてみると、悟飯も事情を飲み込めていない様子で頭を掻き、しかしピッコロさんの方はシンさんの言葉に迷いなく頷いた。
「ネオン、この方は界王神様だ。お前も大界王星で修行をしていたのなら、名前ぐらいは聞いたことがあるだろう」
「界王神様……? この人……じゃなくて、このお方が?」
「そうだ」
ピッコロさんから明かされたシンさんの正体に、私は驚く。
界王神様というのは、大界王様も含めた全ての界王様達の神様の名前だ。もちろんその神格は誰よりも高く、この世とあの世のどんな魂よりも偉く高位な存在である。
だけどそこまで次元が違いすぎると、根が小市民である私にはどう反応したら良いものかわからなかった。とりあえず、彼の前では頭を低くした方が良いだろうか? そんなことを考えていると当の彼はキビトさんと共に武道会場から飛び立ち、ヤムーさんの後を追い掛けていった。
「俺達も行くぞ、悟飯」
「は、はい」
続いてピッコロさんが飛び立ち、悟飯も後に習おうとする。
だがその前に、彼はこちらを向いて私の意志を確認してきた。
「ネオンさんも行きます?」
それが気遣いに感じたのは、少し自惚れすぎだろうか。不穏な雰囲気を感じ取り、死人である私を巻き込むことに抵抗を感じたのかもしれない。
確かに私は悟空さんのようにそこまで戦いが好きなわけではないし、性根の部分では昔も今も臆病な人間のままだ。好き好んで危険に飛び込んでいく主義ではないと、自分では思っているけれど……
「私も行くよ。よくわからないけど、界王神様ほどのお方が出向くほどのことだから、きっとただ事じゃないんだろうし。それに……何か、嫌な予感がするんだ」
「……僕も、そんな気がします。でも無理はしないでくださいね」
「ははっ、死人に無理も何もないよ」
一生――という表現を死人が使うのはおかしいが、この件に関しては放っておくと一生後悔すると思ったのだ。
いつだったかあの世で界王様から聞いたことがあるけど、界王神様というお方は界王様ですらお会いしたことがないほどに高位な神様らしい。そんな彼が人間である私達の助力を求めているということは、恐らく全宇宙でも類を見ないほどの大事件なのだろう。
どうにも不穏な予感が拭えなかった私は、彼らに着いていくことに決めた。残念ながら天下一武道会は棄権することになるけど……悟飯とピッコロさんもそうするなら、抵抗はない。元々、私にとっては武道大会への出場はついでみたいなものだったから。心残りがあるとすれば、お父さんへの土産話が一つなくなってしまったことぐらいか。
そして、界王神様達の後を追うと決めたのは私達だけではなかった。
「私も行くわ」
ビーデルさんもまた、私達に着いていくと言ったのだ。
彼女も悟飯の後を追い掛けて、私達の話を後ろから聞いていたらしい。
「やめた方がいいよ。やばいことが起きそうだし……なんとなくわかるんだ」
「邪魔はしないわ。着いていきたいだけ。駄目だって言っても行くわ」
そんなビーデルさんを心配するように、悟飯が彼女の同行を渋って言った。
力の差を考えれば、確かに彼女が着いてくるのは危険かもしれない。だが今の彼女なら、そんなことは重々承知している筈だ。
だがそれでも、彼女は行くと言い切ったのだ。覚悟の程は、表情を見ればすぐにわかった。
「貴方からも言ってあげて」
「……そうだね。一緒に行こっか」
少なくとも私には、そんな彼女を止めることは出来なかった。
多分、どうしても行くと言い張る一因には、この私という異物も含まれているのだろうから。
「わかりました。でも、危なくなったら逃げてください、絶対に」
「うん」
結局悟飯は彼女に根負けする形で、危険であれば即座に逃げることを条件に同行を認めることになった。
私達三人は同時に地面を蹴り、多くのどよめきが広がる天下一武道会場から飛び去って行く。
会場とは違って、空は至って静かなものだ。そして地球特有の青い空は、大界王星の空よりもずっと綺麗だと思う。この綺麗な空をまた悟飯と一緒に飛べる喜びが大きくて、頬に伝っていく風がとても気持ち良かった。
私達が合流してくるのを待っていたのだろうか。比較的ゆっくりと飛んでいた界王神様達には、程なくして追いつくことが出来た。
速度を上げてヤムーさんを追い掛けながら、界王神様が語り始めた。
――宇宙で最も恐ろしい、「ブウ」という魔人の話を。
それは昔、人類がまだ二本の足で歩き始めた頃。宇宙の彼方に「ビビディ」という極悪の魔導師が居た。
そんなビビディがある日、ほんの偶然から一体の魔人を生み出した。それが魔人ブウという存在である。
ブウには理性や感情がなく、ひたすらに破壊と殺戮だけを繰り返し、たった数年の間に何百という惑星が死の星に変えられ、宇宙中ありとあらゆる生物に恐怖を与え続けた。
「……当時、界王神は私以外にも四人いました。皆、あのフリーザ程度なら一撃で倒せる腕の持ち主でしたが……四人とも、ブウに殺されてしまったのです」
神すら凌駕する魔人ブウの強大な力は創造主たるビビディの手にも余り、ビビディが休息する時は一時的にブウを玉に封印せざるを得なかったほどだと言う。そしてある日そのビビディによって、次のターゲットにされたこの地球に、封印された魔人ブウの玉が持ち込まれてしまったのである。
「そして私は、再びブウの封印が解ける前にビビディを殺すことが出来たのです」
魔人を倒せないのならば、魔人の封印中に魔導師の方を殺す。理に叶った手段で、界王神様は宇宙から最大の脅威を取り払ってみせたのだ。地球と宇宙を救ってくれた界王神様に、私は感謝と敬意を抱く。
どれほど大昔の出来事かは私には想像もつかないが、今の綺麗な地球があるのもきっと、目の前に居る界王神様のおかげなのだろう。それほどの力を持つのなら、サイヤ人が地球に来た時にも助けてほしかったという思いも無くはなかったが、彼は神様だ。彼の方にもまたやむを得ない事情があったのだと納得出来るぐらいの余裕は、今の私にはあった。
そしてその事情だとわかる話を、界王神様とキビトさんが語った。
「だがつい最近、恐ろしいことがわかったのだ」
「魔導師ビビディには、親と同じ邪心を持った子供が居たのです……! 魔導師バビディという子供が!」
魔導師ビビディの息子、魔導師バビディ。魔人ブウの存在を知った彼がこの地球に降り立ち、ブウを復活させる為に地球人から生体エネルギーを集めているのだと、界王神様が忌々しげに言った。
スポポビッチさんとヤムーさんもまた、バビディに利用されている地球人なのだろう。
そこで私は、あの時二人が悟空さん達の試合に割り込もうとした理由をようやく理解することが出来た。
彼らは、超サイヤ人になった悟空さんとベジータの膨大なエネルギーを狙っていたのだ。ヤムーさんが持っていた妙な機械は、恐らくエネルギーを吸収する為に必要な装置だったのだろう。
「そうです、ネオンさん。あの二人は悟空さん達のエネルギーを奪い、それをバビディに献上しようとしていました」
考えていることを口に出していない筈なのに、界王神様が私の思考に対して名指しで答えてくれた。
流石は神様か、私の考えていることは全ておみとおしらしい。
「心を読めるんですか。でも私の考えていることは、あまり言いふらさないでくださいね」
「心は読めても、それが全て理解出来るわけではありませんよ。特にあの武道大会で見た孫悟空さん達の力には驚き、うろたえるばかりでした。そしてさらに驚いたのは、貴方達もまた二人に近い実力を備えていると知ったことです」
私自身もまた自分の考えていることが時々わからなくなることがあるように、界王神様の読心能力もまた完全無欠というわけではないらしい。お互いの心を読み合っていながらも、最後までわかり合うことが出来なかった私とベビーがいい例だと思う。心を読むことが出来ても、それを理解出来るかどうかは別の話ということだろう。
しかし、その力が便利な能力であることに違いはない。私達の心を読んだことによって、魔導師を討伐する為のメンバーを円滑に選定することが出来たのだから、と界王神様が言った。
「本当なら、あの二人にも協力をお願いしたかったのですが……」
「うーん……それは、二人の戦いがちゃんと終わってからの方がいいかもしれませんね。お父さんは大丈夫だと思いますけど、ベジータさんが許さないんじゃないかと」
「……二人の心を読んで感じたことですが、ベジータさんは何か、孫悟空さんに対して強い執着心を抱いているようですね。戦力的には非常に惜しいのですが、彼の場合はこのままバビディとの戦いから遠ざけていた方が良いのかもしれません」
「え? どうしてです?」
界王神様の言葉が腑に落ちないと言った具合に、悟飯が首を傾げる。魔導師バビディとの戦いにベジータは参加しない方がいいと……私にも界王神様の言葉は、まるで邪魔者を遠ざけるようなニュアンスに聞こえた。
彼の言葉に、ピッコロさんも同様に不思議がる。私はベジータのことは今でも大嫌いだけど、彼の強さはよく知っているつもりだ。彼が味方として加われば頼もしい戦力になるのではないかという私達の疑問に、界王神様が答えた。
「魔導師バビディはエナジーこそ全くの非力なのですが、人間の悪の心につけこんで、思いのままに支配してしまう力があるのです。それに対して、ベジータさんの悟空さんに対する執着心は危ういと感じるのです」
「ベジータが利用される恐れがある、ということですか……」
「尤も、言い切れはしません。正直言って、この判断は間違っていたのではないかとも思うのです……」
「もしものことがあったら、きっと向こうから駆けつけてくれますよ。お父さんも、ベジータさんも」
話を聞いた限りでは、私もベジータのことを招かなかったのは英断だったと思う。悟空さんが居ないのは確かに心細いけど、あの人には瞬間移動があるし、いざとなったら悟飯の言うように向こうから助けに来てくれる筈だ。
しかし、悪人の心を操る力か……ということはあのスポポビッチさんとヤムーさんの二人も、今は魔導師バビディのその力に支配されている状態なのだろう。
他人の自由を奪い、自らの手駒として扱う……まるで本来予定されていたベビーの能力みたいだなと、似たような力を知っている私にはイメージしやすかった。
「私も、操られちゃうかもしれないね……」
出来れば二人のことも解放してあげたいところだけど、私がでしゃばってしまうとミイラ取りがミイラになってしまうのではないだろうか。
完璧な善人なんてものは、そうは居ないと私は思っている。
人は誰しも欲を持っていて、その為に大なり小なり悪い一面を見せることがある。
私なんて、ただでさえ閻魔様に執行猶予を与えてもらっている身なのだ。ベビーと同化した私がこの地球で問題を起こしたのもたった三年前のことだし、それが原因でバビディの魔術とやらに引っ掛かってしまう可能性は十分すぎるほどあった。
心配に染まる私の心を落ち着けてくれたのは、淡々とした界王神様の言葉だった。
「心配はありませんよ。特に孫悟飯さんの魂は純粋その物で、バビディに対する戦士としてこれ以上ないものです。
ピッコロさんとネオンさんも昔のことを懸念しているようですが、二人とも、今はとても澄んだ心をしています。そんな貴方達ならばバビディに屈することもないと判断したからこそ、私は協力をお願いしたのです」
「……そうですか」
「ほっ」
界王神様からのお墨付きを貰えて、私は心底安堵する。心なしかピッコロさんも安心しているようだった。そして全宇宙の神様に心の在り方を認めてもらえたことが私には恐れ多く、嬉しかった。
これならば、自信を持って魔導師と戦うことが出来る。私がずっと憧れていた、
「ビーデルさん、大丈夫ですか?」
「速すぎて目も開けていられないわ……」
その英雄――悟飯の方に目を向けてみると、彼はこれまで一言も発していなかったビーデルさんの様子に心配そうに声を掛けていた。どうやらこれまで彼女が黙っていたのは、私達のスピードに着いていこうと必死に飛んでいたかららしい。
そんな健気なビーデルさんを気遣うように、悟飯が彼女に言った。
「やっぱり、帰った方がいいですよ。想像よりずっとやばそうだ」
「……そうするしかなさそうね。どう考えても私は邪魔だわ……」
唇をきつく噛むように、ビーデルさんが苦々しげな表情を返す。
宇宙の神様に、魔導士バビディ、魔人ブウ――そのどれもがスケールが大きすぎて、想像以上に危険な世界だった。今から踏み込んでいくことになる世界は、彼女にとっては次元そのものが違うのだ。彼女もまたそれを理解したからか、これ以上は悟飯の足手まといになると思ったのだろう。それはもはや彼女自身の意地だとか、度胸だとかの問題ではなかった。
「本当に、悔しいけど……」
苦渋の末に出したであろう彼女の決意に、悟飯が頷く。
「ありがとう。武道会場に戻ってもし母さん達に会ったら、このことを伝えておいて」
「わかったわ……でもやっぱり、金色の戦士もセルを倒したのも、悟飯君だったのね」
「うん……嘘をついてすみませんでした」
「気を遣わなくていいわ。寧ろ謝るのは私の方。もっと早く気付かなくちゃいけなかった……そうよね、ネオン?」
「えっ」
……そのタイミングで私に振ってくるとは、一体どういう了見だろうか。
確かに私は、彼のことが好きだと言うなら彼女も彼の秘密は早く知っておいた方がいいと思った。だけどそれは単に私がそう思っただけで、それが本当に正しいかどうかなんて全くわからない。結局は全部、私が勝手な横槍を入れただけに過ぎないのだ。
何も知らない方が二人の仲が上手くいったとは、思いたくないけどね。
「……一緒に来れない君の代わりに、私が彼を守るよ」
「偉そうに言うじゃない。そこまで言うなら、頼むわよ。悟飯君とは、後でデートとかしたいから……悔しい?」
「今わかったけど、私、君のこと少し嫌いだ」
「私もよ。だけど、貴方も無事に帰ってきて」
「……ありがとう、ビーデルさん」
私だけにこっそりと耳打ちするように言ってきたビーデルさんに対して、返すことが出来た言葉はそれだけしかなかった。
私自身の決意表明みたいなものだ。悟飯のことを守り、どんな戦いが起こっても彼だけは必ず生きて彼女のところに帰すと。尤も悟飯からしてみれば、私の助けなんかなくてもヘッチャラなんだろうけど……だけど私には、それこそが自分が最後に果たすべき使命のように思えた。
……頑張るよ、私も。
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スーパーツフル人だネオン
ヤムーさんがスピードを落とし、高度を下げて着地した場所は、人気の無い岩場だった。
そしてそこには界王神様の予測通り、魔導師バビディの拠点が――宇宙船があった。
私達も地上に降下し、気付かれないように遠くの岩陰に身を隠しながら様子を窺っていると、程なくして宇宙船の主と思わしき人物が姿を現した。
緑色の小さな物体。
地球に住むどんな獣人とも似つかない容姿をしている彼が、件の魔導師バビディらしい。
彼は両脇に二人のお供を連れており、内一人の赤い肌の大男の姿を認めた途端、界王神様達が顔色を青くして言った。
「あれは、魔王ダーブラ! バビディめ、魔界の王まで配下にしていたとは……」
「ま、まさかダーブラとは……!」
キビトさん、界王神様共に明らかに恐れを含んだ声音だった。
どうやらあの大男もまた、大宇宙の神様すらをも恐れさせるほどの怪物らしい。
「誰です? ダーブラって……」
「この世界とは違う、暗黒魔界というもう一つの世界の王です。この世界でのナンバーワンは貴方達と孫悟空さん達の誰かなのでしょうが、その世界での一番は間違いなくあのダーブラなのです……!」
暗黒魔界――この世界とは違う世界。あの世でも聞いたことのないその話には若干興味を引かれるものがあったが、今はそんなことを詳しく聞いている場合ではなさそうだ。
しかしそれほどヤバい奴が居るとなると、やはりビーデルさんは着いて来なくて正解だったようだ。
「……大誤算でした。ダーブラとバビディのコンビと言うのは……」
魔導師と魔王が相手となると、その字面だけでも確かに面白くない。
こんな時、悟空さんなら彼らと戦うことを寧ろ楽しみにするのだろうけど、生憎にもピッコロさんはともかくとして私と悟飯は彼ほど戦いが好きなわけではない。
だけど、目の前に居る脅威が怖いとは思わなかった。
それは悟飯にピッコロさん、界王神様にキビトさんと、頼もしい仲間が揃っているというのももちろん理由の一つだけど、やはり一番の理由は私自身にも彼らと共に戦える力が備わっているからだろう。
そういう意味では、不本意でも私に力をくれたベビーには感謝していた。
「悟飯、君なら、あのダーブラっていう奴を倒せるかい?」
「え? まあ、倒せると思いますけど……」
「流石、頼もしいね」
悟飯にも自信の程を聞いてみたが、彼はこちらの期待通りの言葉を返してくれた。
まだダーブラとやらの本気を見ていないからわからないことは多々あるけれど、彼に限っては少なくとも戦いに臆している様子は微塵も見えなかった。
そんな彼だから英雄なのだと、私は心から思う。
「見ろ。あいつら、様子が妙だぞ」
私達の会話を遮り、ピッコロさんの言葉がバビディ達へと意識を向けさせる。
何やらヤムーさんがバビディと話をしているようだが、ここからでは遠くて何を言っているのかわからなかった。
「なんて話しているのですか?」
「ヤムーがバビディに、戦力をもっと寄越せと言っている。目の前で仲間が簡単に倒されたのを見て、自分だけではエネルギーの回収が出来ないと思ったのだろう」
「賢明な判断だね……あの人も本当は、案外臆病な人なのかも」
こういう時は、ピッコロさんのナメック星人特有の優れた聴覚が頼りになる。
話によると私がスポポビッチさんをやっつけちゃった時、ヤムーさんが慌ててこっちに飛んでいったのは、やはり親玉のバビディに救援を求めたかったからのようだ。
そう考えると、私達がすぐに彼の後を追いかけたのも正解だったのだろう。ここは人気の無い岩場だからまだしも、武道会場のような大勢の人が集まる中で派手な戦いを始めることになったら、私の時のように間違いなく大きな被害が出てしまうから。
「バビディとか言うの、なんだか怒っていますね」
「奴からしてみれば、エネルギーの回収も出来ずに逃げ帰ってきたのですから……バビディとて貴方達のような人間がこの星に居るとは思わないでしょうから、当然でしょう」
自分の手には負えないイレギュラーな事象が発生した時は無暗に対処に当たらず、上の立場への人間へと報告を行う。ヤムーさんの対応は極めて迅速かつ的確だったと私は思うけど、どうやらバビディにはそれが気に入らなかったようだ。
――そして次の瞬間、ヤムーさんの身体が爆発し砕け散った。
それは、一瞬の出来事だった。
バビディが何か呪文のようなものを唱えた次の瞬間、ヤムーさんの身体が体内から膨張し、破裂していったのである。
「あ、あいつら仲間を……なんて奴だ!」
何の躊躇も無く、無邪気な子供が道端の蟻を踏み潰すように、バビディは自らの配下を殺したのだ。
魔導師の無慈悲な蛮行に悟飯が憤り、私も同じ感情を抱く。
――殺したのか、自分の部下を……。
操られているだけだとしても、ヤムーさんだって彼の仲間だった筈だ。
それを、こうも簡単に……あのチビは、自分の気分一つで仲間を殺すのか。
「なんだ、それは……!」
あのベビーだって、仲間意識は持っていた。その感情は歪ではあったけど、同じ思いを共有していた私のことをツフル人だとまで言ってくれた。
あいつは、バビディは違うのか?
自分の魔術で支配した者だとしても、あのチビは部下を、仲間を仲間とすら思っていないのか?
――人の心を、命を何だと思って……!
この三年間、しばらく抱いたことのなかった感情が、私の中で高ぶっていくのがわかる。
強い者が圧倒的な力を持って弱者を踏みにじっていく――それは私の過去を、薄れていた憎しみを蘇らせるには十分なものだった。
「っ!? 気をつけろ! バレているぞ! 俺達のことが!」
ただでさえ「気」の制御が拙い私だ。感情の高ぶりによって「気」を上げてしまった結果、どうやらバビディ達に私達の隠れている場所が気付かれてしまったらしい。
瞬間、バビディの隣に立っていた赤い大男――ダーブラが物凄いスピードで突っ込んできた。
「それが……どうしたっ!」
「ネオンさん!」
だが周りよりも「気」を上げていた分、私は完全に「気」を消していたみんなよりも速く反応することが出来た。
気を解放して一気に空中へ飛び出すと、私は急迫してきたダーブラの胸板に渾身の蹴りを叩き込んでやった。
「……っ!」
ダーブラとしては、隠れていたつもりの人間がまさかすぐに反撃に転じてくるとは思わなかったのだろう。
防御に関しては全くの無防備であり、私が蹴り飛ばしたダーブラは数百メートル先の岩盤に叩き付けられるまで吹っ飛んでいった。
「な……なんという……」
「お見事!」
怒りっていう感情は時に判断力を低下させることもあるが、時に予想以上の力を引き出してくれるものだと私は思う。吹っ飛んでいったダーブラを見て界王神様とキビトさんが唖然とし、悟飯が拍手を送ってくれた。
だが、流石に今のはこちらの不意打ちがたまたま効いただけだ。ダーブラはまたすぐに起き上がってくるだろうし、一切気を抜ける状況ではなかった。
「……あのダーブラとかいうのは、私がここで食い止めます。界王神様達は、この隙にバビディをやっつけてください」
「は、はい……で、ですが気を付けてください。ダーブラの吐く唾は、触れた者の身体を石に変えてしまうのです」
「わかりました。貴重な情報、ありがとうございます」
ダーブラは暗黒魔界という世界では最強の戦士なのだそうだが、今この場での脅威はそんな彼すらも支配下に置いている魔導師バビディである。だから私は、彼の情報を良く知る界王神様達を先に行かせることにした。
今の私の力がどこまで通用するかはわからないが、界王神様達がバビディを倒すまでの足止めぐらいなら出来る自信はある。……私の手であのチビミドリを殴れないのは、少し残念だけどね。
そんな思考を界王神様に読ませてあげると、彼は心なしか引きつった表情を浮かべながらピッコロさんやキビトさんと共にバビディの元へと向かっていった。
「僕も一緒に戦いますよ。あのダーブラって奴、もしかしたらセルと同じくらい強いかもしれない」
「えっ、そんなに強そうなの?」
界王神様達はバビディの相手をしに飛んで行ったが、その中でも一番強い悟飯はここに残ってくれた。
それはダーブラの恐るべき強さの証でもあるけど、なんだかこの時私は、不謹慎にも嬉しかった。
生まれ変わる前に彼とは一度、こうして一緒に戦ってみたいと思っていたのだ。三年前に迷惑を掛けた分まで、今度はとことん彼の味方をする。
それが私の、私自身への誓いだった。
「……君が一緒なら心強い」
「お互い様ですよ、それは」
……だけど、グレートサイヤマンとかいう奇抜なコスチュームをしているからかな? 大人っぽく成長した今の悟飯の姿は頼もしいのに、どこかシュールに見えてしまった。
そうこう話している間に、ダーブラがマントをはためかせながらこの場へと戻ってきた。
「貴様が、ヤムーの言っていた小娘か。確かに、あんな雑魚の手には負えないわけだ……」
「そうかい? だけど、こっちの子はもっと強いよ」
「なに?」
「そうだ!」
やはり先ほどの不意打ち程度では大したダメージにはならなかったようで、案の定ダーブラはピンピンしている様子だった。
彼が本当にあのセルと同じぐらい強いのだとすると、私一人で倒すのは些か難しいかもしれない。だが、こっちにはそのセルをも倒した少年がついているのだ。これ以上、頼もしい味方はいない。
私の紹介を聞いて、ダーブラが悟飯の顔へと目を向ける。すると今度は、悟飯の方から堂々と名乗りを上げた。
「悪は絶対許さない! 正義の味方っ!」
マントを振り払い、シュッ!ババッ!と擬音でも付いてそうな軽快かつコミカルな踊りを披露しながら、彼は勿体ぶった口調で言い放つ。
迫真の勢いで両手を広げたかと思うと、何故かダーブラの額に刻まれているアルファベットの「M」のマークを揶揄するような形を、その腕で象った。
そして彼は、高らかに言い放つ。
「グレートサイヤマンだぁーーっ!!」
……それは、何と言ったらいいかわからない感情を私に植え付けてくれた、見るも見事な自己紹介であった。
数拍、いや、数十拍もの沈黙が、私達の居るこの空を流れていく。
悟飯……君はこんな時に一体何を……そうか!
時間稼ぎだ! 悟飯がなんで突然こんな奇怪なポーズを取り、お子様チックな口上を披露したのか考えてしまったが、これが時間稼ぎだと思うと辻褄が合う。
なるほどね……あえて妙な空気を作ることによって界王神様達がバビディを倒すまでの時間を稼ぎ、かつ私の緊張を適度に和ませる――流石だよ、悟飯。
そんなことを考えながらダーブラの出方を窺っていると、彼は謎ポーズのまま固まっている悟飯へと睨みを効かせ、肩を震わせながら言った。
「なめるのもいい加減にしろよ小僧っ! まずは貴様からだ! 徹底的にいたぶって八つ裂きにしてやる!!」
……どうやら彼の渾身の時間稼ぎは、ダーブラにとってはふざけてやっているようにしか見えなかったらしい。
一連の動作に、自分のことを馬鹿にされたと思ったのだろう。額に青筋を浮かべながらそう叫ぶダーブラの心情を、少しわかってしまいそうな自分が悔しかった。
「ふっ……どうかな?」
だが、茶番はここまでだ。いきり立ったダーブラの態度を見て悟飯もそう判断したのか、ポーズを解除するなりサングラスを外し、肩に掛けていたマントも脱ぎ捨てた。
そして……彼の目つきが変わる。
「はあっ!」
瞳の色が黒から水色へ。
膨れ上がった「気」の嵐が頭に巻いていた白い布を吹き飛ばし、その髪が黄金色に変わる。
「これが、
今にも飛び掛かろうとしていたダーブラが悟飯の変化に驚き、そして溢れ出る光の眩しさから動きを止める。
だが驚くのはまだ早そうだと、私は私の英雄の更なる変身に目を移した。
「そして、これが……超サイヤ人を超えた超サイヤ人だ!」
超サイヤ人化によって爆発的に膨れ上がった「気」の総量が、さらに大きく跳ね上がっていく。
身を覆うオーラがより激しく猛り、青白い稲妻が包み込む。
揺れる大気は、まるで地球が恐怖に震えているかのようであった。
そう、この姿こそが超サイヤ人を超えた超サイヤ人――悟空さんが言うには、「超サイヤ人2」という姿だ。
「いきなり飛ばすね、悟飯」
「ネオンさんもお父さんも、時間が限られているんだ。こんな奴に時間を掛けていたら、せっかくの一日が無駄になってしまうでしょう?」
「そうか……気遣いありがと」
三年前と同じく、凄まじい「気」だ。それは、一度だけあの世で見せてもらった悟空さんの「超サイヤ人3」ほどではないかもしれないが、その迫力も、エナジーも、三年前と比べて何ら衰えてはいなかった。
「ネオンさんは、どこまで極められます?」
「今の私が超サイヤ人を超えた戦いに着いていけるのかが心配なら、その心配は無用だと言っておくよ」
セルと同じくらい強そうなダーブラと、超サイヤ人2に変身した悟飯。その二人の戦いに割り込むとなると、確かに生半可な力では悟飯の足を引っ張りかねないだろう。
だけど、今の私ならまだなんとか大丈夫だろう。最後だと思っている分、普段よりも気合いは入っているし、何しろこの心は目の前で凄惨な光景を見せてくれたバビディに対する「憎しみ」で溢れている。
これだけの条件が揃っていれば、私も
「それに、ビーデルさんと約束したんだ」
ここで最も優先するべきは、魔導師バビディを倒すこと。それは、宇宙の平和を考えれば当然のことだ。
だけど私の……ネオンにとって最も優先するべきなのは、この世に帰ってきてからいつだって、一つしかなかった。
「君を守るよ、悟飯」
ただ、それだけの為に――周りからは不純に思われるかもしれないけど、その思いは何よりも純粋だと私は思っている。
かっと目を見開き、体内に眠っている力を全面に解放する。
瞬間、私の中で「気」の性質が変わっていく。
そしてそれと同時に、瞬く間に目の色や髪の色、身に纏うオーラの色も変化していった。それこそ今しがた悟飯が見せてくれた、超サイヤ人への変身のように。
「ネオンさん……その姿は……!」
「……大丈夫だよ。今の私はちゃんと、混じりっけなしのネオンさ」
私の変身に驚く悟飯の目には、明らかな心配の色が窺えた。
それもそうだろう。今の私の姿は三年前の、ベビーとの同化が進行した時と同じ姿なのだから。
瞳は青く、髪は白銀に染まった姿。だけど今の私の心にベビーは存在しておらず、間違いなく純粋なネオンだった。
黄金と白銀――悟飯と比較した際にお互いの色が丁度対になっているのは嬉しいのやら悲しいのやら、何とも複雑な気分だった。
「そうだね……ベビーの力を持った地球人のフルパワー……君達風に言うと、
……先ほど、私はヤムーを散々利用した挙句虫けらのように殺したバビディに憎しみを抱いた。
だけど考えてみれば、私だって似たようなことをしている。
私もまた、ベビーから力の一部を貰っておきながら、ベビーをこの手で殺している。違うのは、その行動が世界の為になったかどうかということだけだ。
だから私は、せめてこの力は正しいことだけに使っていきたいと思った。
ネオン視点なので作中では語られませんが、この時天下一武道会では原作通りバトルロワイヤルが行われており、ヤムチャさんとクリリン、18号さんとマイティマスクがそれぞれミスター・サタンそっちのけで激突しています。結果は恐らく、原作と同じに展開に収束していくかと。
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神と神と魔王と乙女と青年と戦闘民族
魔人ブウ復活を阻止すべく地球を訪れた界王神であったが、ここまで誤算にうろたえるばかりだった。
最初の誤算は、この星に生きる戦士達の強さを大きく見誤っていたことだ。そのことに気付いたのは天下一武道会の一回戦。大界王星一の武道家である孫悟空と、サイヤ人の王子ベジータの試合である。
二人の卓越した戦闘技術と底知れぬエナジー。加えて「超サイヤ人」への変身を可能とする彼らは、通常の状態からさらに何十倍ものエナジーへと飛躍させることが出来る。
試合で見せた実力は彼らにとってほんの小手調べに過ぎなかったが、実際にそれを目にしたことで界王神は恐れすら抱いたものだ。
そんな二人の心を読心能力で覗き込んだ瞬間、界王神はさらなる事実に驚かされることとなる。
孫悟空の息子である孫悟飯と、同じく大界王星で修行していた地球人のネオン。その二人もまた、彼らに近い実力を備えていることがわかったのだ。
それに関してはもちろん嬉しい誤算であったが、同時に嬉しくない誤算も見つけることになった。
それが界王神第二の誤算。ベジータ――彼の心の中が、想像以上に危うかったことだ。
これも孫悟空との戦闘中に心を読んでわかったことだが、彼はあまりにも激しい執着心を抱いていた。何が何でもカカロット――孫悟空を倒してみせると。それこそ、どんな手を使ってでもだ。
それ自体は決して悪い感情ではないが、魔導師バビディと対面することを考えるとやはり面白くない。バビディはそう言った人間の人間らしい心につけ込み、泥沼に引き込むことに長けている性悪な魔導師だ。操り方次第では、ベジータさえもあのダーブラのように利用されかねなかった。
しかしそのことに未然に気づくことが出来たのは、界王神達にとって幸いだった。
魔人ブウと言う宇宙の存亡に関わる脅威を前に、不確定要素を残しておくわけにはいかない。故に界王神は、ベジータをこの戦いから遠ざける方針に切り替えたのである。
元々彼にとっては孫悟空との戦い以外はどうでも良い為、意図してバビディとの戦いから遠ざけるのは簡単だった。バビディのこともブウのことも、彼に対しては何も話さなければ良いのだから。
その結果彼と共に孫悟空も離れてしまい、貴重な戦力を二人も失うことになったわけだが、それでもまだ手元には孫悟飯とピッコロ、ネオンという強力な味方が残っている。そしてその三人の実力が当初の想像を大きく超えていたことは、界王神にとって何よりも嬉しい誤算だった。
「し、信じられん……! 二人とも、あのダーブラを上回っている……!」
「どうやら、私達は驕っていたようですね。もっと早く、彼らの力を知っておくべきでした」
暗黒魔界の王ダーブラと戦っている悟飯とネオンから感じる膨大なエナジーを後方に、キビトが驚愕し、界王神が苦笑を浮かべる。
そして、そんな二人の言葉を聞いたピッコロの表情はどこか誇らしげであった。ネオンはともかくとしても、かつて弟子だった孫悟飯という少年が大宇宙の神に称えられて嬉しいのだろう。
「な、なにをやっているんだよダーブラ! そんな奴らさっさと片づけて僕を守るんだよ~!」
彼らは暗黒魔界最強の男を相手に優勢――いや、圧倒していた。
彼らが強いのは知っていた。しかし、流石にそれほどのレベルだとは思わなかったものだ。界王神にとっては非常に嬉しい誤算であったが、バビディにとっては堪ったものではないだろう。
呼んでも呼んでも自分の元に戻ってこないダーブラ。そして、目の前に降り立った界王神とキビト、ピッコロ。ただならぬ力を持つ三人を前にして、魔導師バビディは明らかに動揺している様子だった。
「バビディ、お前の野望もここまでだ! 魔人ブウの復活は、私達が阻止する!」
「界王神……パパの仇めぇ! お前さえ居なければ……!」
最強の配下であるダーブラが食い止められており、普段こそこそしているバビディ本人が宇宙船の外に出ている今が最大の好機だ。
界王神たる者、地球の戦士達が切り開いてくれたこの機を逸するわけにはいかなかった。
「くぅ……! もういい! 出てこい僕のしもべ~!」
父の仇である界王神を目の前にした激情からか、バビディが冷静さを失ってすぐに宇宙船の中に引っ込まなかったことも幸いだった。
彼もまたここで一気に勝負をつけるべく、魔術によって数十人もの配下を一斉に召還したのである。
皆、バビディにその心を支配された哀れな星々の兵士である。数多の種族の兵士達が界王神達三人を取り囲むと、奇声を上げて飛び掛かってきた。
「雑魚が!」
一瞬。
界王神の身を守るように飛び出したピッコロが、全身から内なる「気」を一気に解放した瞬間、その衝撃波によってバビディの兵士達は塵一つ残らず吹き飛んでいった。
「使えない奴らめぇ……プイプイ!」
「お任せあれ!」
超サイヤ人には劣るが、ピッコロの強さは圧倒的だった。替えの効く雑兵とは言え、ここまで簡単に全滅するとは思わなかったのだろう。動揺を隠せないバビディは、縋るように側近の兵士をけしかけた。
バビディの配下はダーブラ一人だけが飛び抜けて強く、他は然程の戦力ではないのかもしれない。そう考えたのはここまで良くも悪くも誤算だらけである界王神だったが、その読みに関しては見事に的中していた。
「キビト!」
「はっ!」
プイプイと呼ばれた兵士――バビディの側近が前に現れたのを見て、界王神は自身の側近であるキビトをぶつける。
見たところこのプイプイという兵の力は先ほどの雑魚共とは一味違うようだが、キビトとて伊達に界王神の付き人をやってはいない。一定時間、プイプイの攻撃が主に及ばないように食い止めておくことぐらいは容易いだろう。
「くそぉっ、ならヤコンだ! 出てこいヤコン、あいつらを殺せぇー!」
バビディの配下はまだ尽きてはいない。畳みかけるように魔法陣から召還した巨大な怪物が、その腕を振り上げて界王神の身体を切り裂かんと襲い掛かる。
だが、緑色の戦士がそれを許さない。その腕が界王神へと到達する前に、ピッコロの右足が怪物ヤコンの身体を蹴り飛ばしたのである。
「界王神様! コイツの相手は引き受けます! 貴方はバビディを!」
「……感謝します、ピッコロさん」
孫悟飯とネオンがダーブラを。
キビトがプイプイを。
ピッコロがヤコンを。
そしてこの界王神が、バビディを倒す。
それが全て終わった時、宇宙は平和になる。こんなにも早く、目的を果たす時が来たのだ。
ことごとく嬉しい誤算を与えてくれた地球の戦士達に対して、界王神は言葉に表せない感謝を感じていた。
「お、おのれ……! なんなんだよあいつらは……」
自身を守る配下が皆手元を離れてしまった今、流石に分が悪いと判断したのだろう。バビディが背を向けて宇宙船の中へと退避しようとするが、もう遅い。
「う……うごけ……!」
界王神が左手をかざした瞬間、背走しようとしたバビディの足がピタリと止まったのである。
界王神の放つ強力な超能力によって、バビディの動きを封じ込めたのである。
バビディは宇宙全体で見ても最高クラスの魔導師であるが、その肉体は弱く、心も臆病で強靭な精神力も無い。そんな彼の動きを超能力で一時的に止める程度、界王神にとっては造作もなかった。
「ここまでお膳立てされたのです……逃がしはしませんよ、バビディ」
「……ッ……ま……待っ……!」
恐怖に歪んだバビディが、その口から命乞いの言葉を吐き出す前に――界王神の右手から放たれた一条の光線が、彼の脳天を無慈悲に撃ち抜いた。
「迂闊でしたね。精々地獄で苦しみなさい」
白目を向いてその場に崩れ落ちたバビディに対しても、界王神は一切慈悲を掛けない。念には念をと気攻波を乱射し、絶命したバビディの遺体を完全に焼き払った。
今ここに、宇宙最強の魔人を蘇らせんとする極悪の魔導師は滅び去ったのである。
「バビディ様!」
「貴様も……くたばれぇーっ!」
「ッ!」
程なくして、ピッコロやキビト達の戦いにも決着がついた。
ピッコロとヤコンの力はややピッコロの方が上回っており、そして何よりも彼には地の利があった。ヤコンという怪物は元々、光の無い暗闇の星に住んでいた生物なのだ。
本来ならばバビディの魔術によって母星へと戦場を変え、そこで100%の力を引き出すことがヤコンにとっての勝利への道筋だったのであろう。しかし地球と言う慣れない環境下では本来の力を引き出すことが出来ず、ピッコロの「魔貫光殺砲」によってあえなく心臓を貫かれ、そのまま死亡した。
「チェアアアアッ!!」
「うっ、うああああっ!?」
ヤコンを仕留めた後、すぐさまキビトの加勢に回ったピッコロが勢いのままにプイプイを圧倒。こちらは単純に力の差が離れていた為に始めから勝負にならず、ピッコロがフルパワーで放った気攻波によって呆気なく消滅していった。
驚くべき力を持っていたのはサイヤ人達だけではなく、彼もまたそうだったのである。
彼ら地球の戦士達が敵でなくて良かったと……切実にそう思いながら、界王神は唖然とした顔でその光景を眺めていた。
――そして、悟飯とネオン対魔王ダーブラ。その戦いも、間もなく終わろうとしていた。
ダーブラは、思っていたよりもずっと強かった。
悟飯と二人で戦わなければ、もう少し苦戦したかもしれない。少なくとも、こんなに早く追い詰めることは出来なかっただろう。
界王神様の言っていた触れた相手を石にしてしまう唾は確かに厄介だけど、警戒していれば「気」で掻き消したり出来るし対処は難しくなかった。
「バ、バビディ様が……そんな……」
私達の優勢で進む戦闘の最中、バビディの「気」がプツリと途絶えた。どうやら、界王神様達が上手くやってくれたらしい。
これで恐ろしい魔人の復活を阻止出来たというわけだけど……バビディが死んでも、ダーブラの戦意が衰えることはなかった。
「おのれえええええ!!」
主を失い、怒り狂ったダーブラの「気」が一段と跳ね上がる。
彼はその手に持った魔剣を振り上げると、悟飯の身体を縦に切り裂こうと一気に振り下ろしてきた。
「ふんっ!」
「……!?」
私が助けに行くまでもないとばかりに、悟飯が危なげなくその剣を白刃取りで受け止める。そして超サイヤ人2として発揮される凄まじい腕力によって強引に刃面を圧し折ると、反撃の拳をダーブラの顔面へと叩き込んだ。
「はっ!」
「ぐっ……!」
それを見るなり私は瞬間移動で吹っ飛ばされたダーブラの先へと回り込み、追撃の踵落としを喰らわせてダーブラの身体を地面へと叩き付けた。
こう言った連携を取るのはこれが初めてだけど、案外上手くいくものだ。戦いが始まってからずっとこの調子で、ダーブラを圧倒している。悟空さんがこの戦いを見れば、きっと「フェアじゃない」って嫌がるだろうね。
だけど私にとっては、戦いの面白さなんかよりも悟飯と地球の平和の方が大事だ。だからこそ、卑怯と自覚しても手を抜くわけにはいかなかった。
「くそ……! この俺が……この俺がああああっっ!」
ダーブラのプライドはさぞやズタズタなことだろう。暗黒魔界では敵の居なかった自分が、たかだか人間の子供二人を相手に良いようにやられているのだから。
狂乱して叫ぶ彼の姿は行き場を失ったオオカミのようで、いっそ哀れですらあった。
「もう諦めたらどうだい? バビディも死んだし……これ以上戦う必要はないだろ」
そんな彼を空から見下ろしながら、内心無駄だと思いながら言ってやった。
恐ろしい魔王とは言え、彼だってバビディに操られている被害者なのだ。彼が諦めて降参し、今後の人生をひっそりと誰にも迷惑を掛けずに過ごすと誓うのなら、わざわざとどめを刺すこともないだろう。
同情したらいけないってことはわかっているけど……いや、同情とは違うのかな。私の場合。
私はただここで彼に忠告したってことを、戦いの後で言い訳にしたいだけなのだろう。本当の優しさを持つ悟飯とは違う、極めて自分本位な偽善だ。
「バビディ様……バビディ様を……よくもオオオオッ!!」
私の声が聞こえなかったわけではなかろうに、ダーブラは尚もこちらに向かってくる。が、怒りに任せすぎて単調になっている攻撃は、私には一つも当たらない。
カウンターの裏拳を喰らわせ、間髪入れずに正拳を突き刺す。見事に吹っ飛んでいったダーブラに今度は悟飯が追撃を浴びせ、再びその身体を地面へと叩き落とした。
「こんな……馬鹿なことが……バビディ様、私に力を……! 力をおおおっ!!」
ダーブラの叫びが、哀れに響く。
失った主の仇を討つ。それが本心からの叫びならば美しくもあるが、全てはバビディに心を支配されてしまった結果だと思うとやるせない気持ちになる。
……バビディが死ねば彼の洗脳も解けるんじゃないかという期待も少しあったけれど、どうやら現実はそう都合よく出来ていないらしい。
「うおおおおおおお!!」
ダーブラが高々と飛び上がり、その手に直径100メートルはある特大のエネルギーボールを生成する。
バビディが死んだ今、彼にとってもはや失うものはない。だからこの地球を消し去ることによって、私達全員を道連れにしようと言うのだろう。
魔王らしい、恐ろしい思考だ。だけど今の私には、何の恐怖もなかった。
「……あの世では、自由になれるといいね」
全ての力を注ぎ込んだエネルギーボールを、ダーブラが私達に向かって放り投げる。
スピードは遅く、避けようと思えば簡単に避けられる。しかしそれではこの地球は粉々になってしまい、バッドエンド。
単純かつ考えられた行動だが、この地球で戦っている以上、最終手段として彼がそう来ることは予想の範疇だった。
私も。
悟飯も。
「悟飯!」
「はい!」
だからこそ、私達の対応は素早かった。
地球ごと私達を滅ぼす。なるほど、それは確かに恐ろしい。
だけどそれはミスだ。最大のミスだよ、ダーブラ。
……そんなことをしたら、君を殺すしかないじゃないか。
「波ああああっ!!」
隣に並んだ私と悟飯が、最大出力でエネルギーボールを押し返す。
同時に放った「かめはめ波」によって、私達はダーブラ最大の攻撃を迎え撃ったのである。
私の放ったかめはめ波は見よう見まねで撃った三年前とは違い、あの世での修行で悟空さんから教えてもらった本場式のかめはめ波だ。故に威力も高く、そして悟飯のかめはめ波に関しては今更語るまでもないだろう。
私達の両手から放たれたかめはめ波は唸りを上げてダーブラのエネルギーボールへと衝突し、拮抗は一瞬だった。
ダーブラのエネルギーボールは呆気なく弾け飛び、有り余る波動がダーブラ自身の肉体へと襲い掛かったのである。
「……っ!」
交錯する光の中で私達が見たのは、自分の力が一切通用しなかったことに言葉を失い、断末魔すら残さず消えていくダーブラの姿だった――。
地球の、宇宙の危機を未然に防ぐ戦いは私達の圧勝という形で幕を下ろした。
恐れ多くも界王神様からは感謝の言葉を貰い、悟飯と私はそれを笑って受け取った。
魔導師バビディは死に、その配下も全て消え去った。これで魔人ブウの復活の芽は、完全に絶たれたと思っても良いだろう。
残ったのはバビディの宇宙船とその中に眠っているであろう魔人ブウの玉だが、最後はこれをどうするかが問題になった。
「本当なら私達が責任を持って持ち帰るべきなのですが、下手に刺激を与えることになるかもしれない……空気が変わることでも、何か悪い影響があるかもしれません。それが理由で、以前はこの地球に置いたままにしていたのですが……」
「なら、今回もそれでいいんじゃないでしょうか?」
「……しかし、界王神としては心苦しいですね。お世話になった皆さんの地球に、災いを残してしまって」
魔人ブウの封印を解くことが出来るのは、魔導師バビディの血族のみ。故に、魔人ブウが再び蘇ることは決してない。
しかし、誰だって不吉な物を近くに置いておきたくはないだろう。そう言った心情に配慮して苦々しい表情を浮かべる界王神様だけど、悟飯は特に気にしていない様子だった。
そんなこんなで結局魔人ブウの玉はこのままの状態にし、せめて誰にも見つからないように宇宙船に細工を施しておこうという話に落ち着いた。
それはピッコロさんから送られたテレパシーによって地球の神様であるデンデ様の方も承知したらしく、そこまで話が行けば一般人かつ死人である私から言うことは何もない。後は上手くいくだろうと安心し、私はようやく肩の力を抜くことが出来た。
悟飯を守るという私の目標――そしてビーデルさんとの約束は無事果たせたというわけだ。張りつめていた緊張の糸が切れたように、気付けば悟飯の背中に寄り掛かってだらーっとしている私が居た。
「ネオンさん? 大丈夫ですか?」
「……ごめんね。少し、力を使いすぎてしまったみたい。しばらくこうさせて」
「いいですけど……本当に大丈夫だったんですか、あの変身」
「だいじょーぶ」
ダーブラとの戦いで消耗した体力は、既にキビトさんの力で回復している。
だけどどうにも倦怠感が拭えないのは、私の変身の反動が原因である。
超地球人ツフル――私が安直にそう名付けたあの変身は、肉体以上に精神への負担が大きいのだ。だからなるべく使いたくなかったのだけど、そうしなければダーブラとの戦いには着いていけなかったのだから仕方が無い。
傍目からはあっさり倒せたように見えたかもしれないが、戦闘中の私は結構精神的にはギリギリだったのだ。多分、一緒に戦っていた悟飯はそのことに気づいているのだろう。心配そうなその顔が、申し訳ないと同時に嬉しくもあった。
私がだらしなく寄り掛かった彼の背中はとても大きくて、頼もしくて、温かい。ビーデルさんに悪いと思いながらも、この温かさを誰にも渡したくないと思う自分も確かに存在していて……駄目だな、私。
けれどもその温もりから離れたくなくて、気付いた時には安心から眠気を催していた。
そしてその意識が夢の中に落ちそうになった……その時だった。
――バビディの宇宙船が、爆発したのである。
「あ」
と、声を上げたのは悟飯。
「いっ!?」
と、口をあんぐりさせたのはキビトさん。
「うっ……ううん?」
と、爆音により意識を覚まし、眠気を払うべく目を擦っているのが私。
「え……」
と、呆然とした顔で宇宙船の残骸を見つめているのが界王神様。
「お、おい……!」
と、慌てふためくのが、硬直から復帰したピッコロさんの言葉だった。
宇宙船が、爆発した。
それはもう、盛大な爆発だった。
あまりにも大きな爆発は地下に向かって埋まっていた宇宙船を丸ごと飲み込み、破壊し尽くすほどのものだった。
その爆発はもちろん、中に入っていたであろう封印されたし魔人の玉にも届いただろう。玉に刺激を与えると何が起こるかわからないとあれだけ警戒していた界王神様はと言うと、ついさっきまで宇宙船があったクレーターを眺めながら呆然と立ち尽くしていた。
その顔は普段よりもさらに青く、呼吸すら止まっている様子だった。
「おいベジータ! おめえ今なんか吹っ飛ばしたぞ!」
「うるさい! 弾き飛ばした貴様のせいだ!」
「いや、そんなこと言われても……って、あれ?」
途方に暮れたように立ち尽くす私達五人の耳に聞こえてきたのは、聞き覚えのある二人の男の声だった。
……ああ、すっかり気を抜いていたから、彼らの接近に気付かなかったのだ。それは間違いなく、私達の落ち度だろう。
「お、お父さん?」
「悟飯にピッコロも、ネオンまで……なんだおめえら、大会はどうした?」
「ご、悟空! お、お、お前なんてことを!」
「そんなに慌ててどうしたピッコロ? もしかして今吹っ飛ばしちまったの、まずいもんだったのか?」
宇宙船爆発の原因――それは、孫悟空さんだった。
いや、正確に言えばベジータと戦っていた悟空さんが、ベジータの気弾を弾いた結果起こってしまった偶然の出来事だった。悟空さんが弾いたベジータの気弾が、ピンポイントでバビディの宇宙船を破壊し爆発させたのである。
……うん、ということはベジータが悪いね。ベジータが悪いよベジータが。
私はそう思うことで、爆発した宇宙船の跡から目を逸らすことにした。
「ま、まずかったと思いますよ……すみませんが、二人ともこっちに降りてきてください!」
「ああ、なんかさっきまでおめえ達の気が上がってたり、近くで変な気を感じたけど、そのことか?」
「はい、そのことです」
「わかった。ベジータ、そういうことだから一旦やめるぞ」
「チッ」
ここは周りに巻き込むような人気が無い為、戦場としてはうってつけな場所だ。
そう思ったからこそ、彼らもまたこの近くを戦いの場所として選んだのだろう。
実は私と悟飯もダーブラと戦っている最中に、悟空さんとベジータが割かし近い場所で戦っていたことは気付いていたのだ。尤もその時点ではまだこの場所に影響が無い程度の範囲だったけれど、どうやら戦っている間に、知らず知らずのうちに彼ら二人はこの場所へと近づいていたらしい。
そして気付いた頃にはこの始末。バビディの宇宙船は彼らの戦いに巻き込まれ、無惨にも粉々というわけだ。
悟飯に呼ばれた悟空さんが私達の居る場所へと降り立ち、続いて不機嫌そうな面持ちのベジータが降りてくる。二人とも超サイヤ人を超えた超サイヤ人2の姿をしており、吹き荒れる「気」の嵐には私と悟飯以外のみんなが驚いている様子だった。
そして界王神様達が宇宙船跡地となったクレーターの中から恐る恐る魔人ブウの玉を探している間、悟飯とピッコロさんがこれまでに起こった出来事を二人に語ったのである。
界王神様に、魔人ブウに、魔導師バビディ、魔王ダーブラ。これまでの詳細を大方伝え終わると、悟空さんとベジータの方も無事理解してくれたようで、知った後で悟空さんはすまなそうに頭を下げた。
だけど、その後で「魔人ブウか……そんなにつえー奴なら、一度戦ってみたかったなぁ」と名残惜しそうに呟いていたのはいかにも悟空さんらしいと思う。
実際、魔人ブウの恐ろしさは界王神様達しか知らないし、私としては悟空さんなら例え魔人ブウが復活しても勝利することが出来ただろうと思っている。ベジータとの戦いではまだなっていないみたいだけど、彼の「超サイヤ人3」はそれほどまでに異次元な戦闘力なのだ。
「まったく、貴方達という人は……」
そんな彼に対して、宇宙船跡地のクレーターから戻ってきた界王神様が呆れを滲ませながらそう言う。
しかしその表情は決して怒っている様子ではなく、どう言って良いかわからず苦笑いを浮かべている様子だった。
「界王神様、魔人ブウは……?」
「大丈夫です。思った通り、ブウの玉は宇宙船の中に保管されていたようですが何の変わりもない状態でした。もちろん、ブウは封印されたままです。ある程度の衝撃は問題ないとわかったので、地中深くに埋めた後で厳重に封印処置を施すことが出来ましたよ」
「そうですか……」
今の爆発で魔人ブウが復活してしまったなどということになったら目も当てられないが、界王神様によるとどうやらそれは杞憂だったようだ。
安堵するピッコロさんと疲れ切ったキビトさんの表情が、どこか中間管理職員みたいに見えたのは内緒だ。
「カカロット、いつまで話している。さっさと続きを始めるぞ」
「ああ、これで思いっきりやれるな!」
そして心配の要因を作った二人はと言うとさっさと意識を切り替え、お互いに構えを取って戦闘を再開しようとする。
流石は純粋な戦闘民族と言ったところか。彼らにとっては見も知らぬ魔人がどうこうよりも、目先のライバルとの対決の方が大事のようだ。
「お待ちなさい」
今にもぶつかり合おうとする二人に対して、界王神様が制止の声を掛ける。
真剣勝負に水を差すような形になってしまったが、今回ばかりは仕方が無い。二人の戦いを止めるだけの正当な理由があるのだから。
「貴方達は強すぎる。本気同士でぶつかっては地球への被害が大きく、地中に封印したブウにも影響が及びかねません」
それでも「魔人ブウのことなどどうでもいい!」とでも言いたげなベジータの強烈な視線を受けて頬を引きつらせながら、界王神様が人差し指を立てて提案する。
「ここは一つ、私が貴方達に戦いの場所を用意しましょう。皆さんを、界王神界に招待します」
「カイオウシンカイ?」
「私達……今住んでいるのは私とキビトだけですが、遠い宇宙の果てにある界王神の聖域です」
界王神界――本気同士で戦うのならば、界王神様の母星で戦ってくれと言ったのである。
それは大界王星みたいな星をイメージすると、何となく想像出来る気がする。名前の響き的に大界王星よりも頑丈なのだろうから、それならば超サイヤ人2同士の戦いでも耐えられるだろう。
界王神様の世界ということは当然私達人間が簡単に足を踏み入れて良い世界ではないのだと想像出来るが、提案した界王神様の顔は至って晴れやかだった。
魔人ブウという長年苦しんでいた悩みを解決したことで、心にゆとりが生まれたのだろう。
「いいんか? 悟飯達は頑張ったみたいだけど、オラ達は何もしてねぇぞ?」
「ふふ、楽しみにしていたゲームを台無しにしてしまったお詫びですよ。では、キビト」
「……わかりました。地球の戦士達よ、私に触れてくれ」
キビトさんの指示に従い、悟空さんとベジータが彼の肩を掴む。成り行きで私達も掴まり、全員がキビトさんの身体に触れた状態になると、キビトさんが「カイカイ」と何かの呪文を唱えた。
その呪文がキビトさんによる大規模な「瞬間移動」の呪文であることに気付いたのは、私達の目に映る視界が地球の岩場地帯から、一瞬にして見たことのない美しい自然の景色へと変わった時だった。
――神秘的。この景色を簡潔に言い表すと、何よりもその言葉が当てはまるだろう。
神様より偉い界王様より偉い大界王様よりも偉い界王神様の聖域――決してその名前に負けていない綺麗で秀麗な世界が、そこに広がっていた。
「この界王神界なら、余程のことがない限り壊れることはありません。その上、ここではこの世とあの世の両方の空気が混ざっているので、あの世と同じように戦うことが出来ますよ」
「本当か? ってことは、こっちに居るうちはこの世に居られる時間も減らねぇってことか」
「はい。なので、時間を気にせず戦ってください」
この世でもあの世でも界王界でもない。そんな世界で死者である悟空さんと生者であるベジータを戦わせる、界王神様の粋な気遣いだった。
私としても、時間を気にせず二人の戦いを特等席で観戦出来るのは嬉しい。ここには居ない悟天達には、後で謝っておいた方がいいかもしれないけどね。
「何から何まですまねぇな。サンキュー界王神様」
「……礼は言わんぞ」
色々と障害はあったが、そうしてようやく、今度こそ二人の激突が始まった。
超サイヤ人2になった二人が最大まで「気」を引き上げ、環境への被害を度外視してぶつかり合う。
邪魔にならないように離れた距離で応援しながら、私達はそんな二人の戦いを眺めていた。
「なんて奴らだ……二人とも、あの時の悟飯……いや、それ以上の強さだ」
「ずっと修行してましたからね。でも、ベジータさん凄いですね……七年前の差をここまで埋めるなんて」
超サイヤ人2同士の戦いは一進一退。私から見ればほとんど互角に見えるが、悟飯とピッコロさんの目にもそう見えるようだ。
確かにこれは、物凄い。特にベジータの強さは、三年前に私と戦った時よりも全てにおいて遥かに上回っていた。
「戦えば戦うほど強くなる、か……」
何度打ちのめされても熱く立ち上がり、またぶつかってくる。敗れても敗れても決して折れないプライドが、ベジータというサイヤ人の強さなのだろう。
私の家族を奪い、今も我が物顔で生きている彼のことはやっぱり許せないけれど……彼のそんな強い生き方に関しては、一人の人間として心から尊敬出来ると思った。
「全くの互角なんてな……おめえはオラ以上に修行してたんだな!」
「まだだ……! 俺の本領はこんなもんじゃないぞ!」
「オラだって、まだこっからだ!」
激化する戦いに界王神界の大地が揺れ、ぶつかり合う拳が衝撃波となって数十キロメートル先に立つ私達の髪を靡かせる。
それは、いつか来る終わりが勿体ないと思うほどに、素晴らしい戦いで。
ただ強いだけではなく、純粋だった。
悟空さんとベジータの二人はどこまでも純粋にこの戦いを楽しんでおり――そこに、憎しみは無かった。
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新生の「N」 【前編】
戦いが終わった後、さしもの悟空とベジータと言えどどちらも疲労の色を隠せなかったが、その表情は晴れやかなものだった。
お互いのライバルと気が済むまで戦えたことで、心の淀みも綺麗さっぱり拭い去ることが出来たのである。
戦いの結末を言えば、孫悟空の勝利に終わった。超サイヤ人2同士の戦闘ではほとんど差は無かったものの、悟空が真の力を解放し「
追いついたと思えばまた突き放す。悟空の底なしの戦闘力を再び目にしたことで、ベジータはそのコンプレックスをさらに刺激される――かと思いきや、今回の彼がそうならなかったのは誰にとっても意外な結末だったと言えよう。
それは決して、超サイヤ人3という次元の違いを前に戦意を喪失したわけではない。
決して、プライドを折られたわけではない。
悟空と戦っている間に、ベジータはなんとなくわかった気がしたのだ。
何故天才である筈の自分が、どれだけ努力しても悟空に勝てないのか。
始めは守りたいものがあるからだと思っていたが……きっとそれもまた、強さの秘訣の一つなのだろう。現にベジータはかつては見向きもしなかった自分の家族を「守りたい」と思ったその時から、それまでとは明らかに違った力の伸びを感じている。守りたいものの存在が、ベジータに得体の知れない力をもたらしてくれたのだ。
だがそれ以外にもカカロット――孫悟空という男には、ベジータには無いものがあった。
ベジータはこれまで、自分の思い通りにする為に、楽しみの為に、敵を殺す為に、そしてプライドの為に戦ってきた。
しかし悟空は、決して勝つ為に戦っているのではない。絶対に負けない為に、極限まで極め続けて戦っているのだ。
だからかつてベジータを見逃した時のように、敵の命を奪うことに拘りはしなかった。
――戦いが大好きで優しいサイヤ人だからこそ、孫悟空という男は限界なしに強くなれるのだ。
今一度全力で戦ったことで、ベジータはそのことがわかった気がした。
だからこそ、ベジータは自分の意志で決めることが出来たのだ。もうカカロットの後を追い掛けるのはやめようと。
もちろん、悟空を超えることを諦めたわけではない。しかしそれよりもベジータは、純粋に自分の限界を極め続けることを考えるように決めたのだ。
「カカロット……俺もなってやるぞ、超サイヤ人3に」
「ああ、また戦おうぜベジータ」
ベジータは過去の悪行故に、死後の世界で悟空と再会することはないだろう。ベジータ自身もそのことには感づいているが、あえて誰も、何も言わなかった。
宿命のライバル二人の戦いは、そうして完結したのである。
一同がキビトの瞬間移動によって地球に帰還したのは、天下一武道会が終わって数時間以上もの時間が経過してからのことだった。
既に日は沈んでおり、詰めかけた大勢の観客達もそれぞれの帰路についている。
ビーデルから魔人ブウの話を聞いたことでチチらが心配そうに息子達の帰りを待っている中で、一同は何食わぬ顔で、全員で帰還を果たしたのである。
「界王神様、本当にこの剣、僕が貰っちゃっていいんですか?」
「ええ。あのまま界王神界に残しておいても仕方ありませんからね。Zソードが貴方を選んだのですから、貴方が持っていた方がご先祖様も喜びます」
「ありがとうございます!」
「それ振ってれば、いい修行になるんじゃねぇか?」
「そうですね。凄く重いですし……僕も、お父さんみたいに頑張ります」
選ばれし者にしか封印を解くことが出来ないと界王神界に伝えられる伝説の剣、「Zソード」を引き抜いた悟飯がそれを土産に持ち帰ったりということがあったものの、彼らにとってはそう大した問題ではない。
待っていたチチ達から見れば戦いで胴着がボロボロになった悟空とベジータ以外は至って無事な様子であり、その二人に関しても戦いで受けたダメージはキビトに回復させてもらっている為、クリリンら「気」を読める者達にはすぐにわかった。
魔人ブウとやらの脅威は、既に消え去ったのだと。
「悟空さ! 悟飯!」
「みんな、大丈夫そうだな。その様子だと」
彼らの帰りを待っていた仲間達が一斉に駆け寄ると、界王神とキビトの二人はその様子を微笑ましげに眺めながら界王神界へと帰っていった。
魔導師バビディ、魔人ブウという脅威が去った以上、宇宙の管理者たる自分達がいつまでもこの星に長居しているのはまずいと……彼らなりの善意であった。
去る二人を見送った後で礼を言い、ネオンはチチ達と共に帰りを待っていた一人の少女の元へと向かった。
「ネオン……」
「約束は果たしたよ」
「……ありがとう。貴方も無事だったのね」
「後は、君の番だ」
「えっ?」
弟や、幼い友人のトランクス達に温かく迎えられている悟飯の姿を一瞥した後で、ネオンはやり切った表情でビーデルに言った。
「彼のこと、後はよろしくね」
「……言われなくてもそのつもりよ」
魔導師バビディとの戦いで彼を連れて帰ってくるという約束は、無事に果たすことが出来た。
そしてそのネオンが、今度は彼女に約束させる。
自分があの世に帰ってからのこと――我ながら酷い押しつけだとネオン自身も内心では苦笑しているが、ビーデルはその頼みを快く引き受けてくれた。
その返事に満足し、ネオンは微笑む。
まだあの世に帰るまで大分時間は残っているが、もはやこの世でやり残したことはほとんど残っていないと言えた。
「ネオンお姉ちゃんも、おかえり!」
「うん、ただいま。悟天、大会は残念だったね」
「うん……あと少しだったのに、トランクス君に勝てなかった……」
「勝負は時の運だから、仕方ないよ。悟天はよく頑張った。あんなに強いなんてびっくりしたよ」
「えへへ、僕もっと強くなるよ! トランクス君や兄ちゃんや、お父さんより!」
「ふふ、頑張れ。君ならなれるさ。うん、私もそう思う」
子犬のように駆け寄ってきた悟天に対して腰を下ろして目線を合わせると、ネオンがその頭を撫でながら言う。
無邪気という言葉がよく似合う彼の姿を見ていると、亡くなった弟のことを思い出す。それによって何度か悲しみを蘇らせることはあったが、いつも同時に、それ以上に癒されるのだ。
そしてこの時のネオンの心は、彼女自身が思っている以上に彼の無邪気さに救われていた。
「今回は負けちゃったけど、悟天は頑張ったからね。約束したおもちゃをあげるよ」
「本当!?」
試合に勝ったら、私があの世から持ってきたおもちゃをあげる。少年の部が始まる前に悟天と交わした約束だが、ネオンはそのことを一言一句しっかりと覚えていた。
悟天は惜しくもベジータの息子であるトランクスとの戦いに負けてしまったが、それでも彼がこの日の為に頑張ってきたことは見ていればわかった。だからこそ、これはご褒美として――否。
(ご褒美と言うよりも、これは私のことを覚えてくれたお礼だね)
建前上は頑張った悟天へのご褒美だが、実際には自分の心をその無邪気さで救ってくれたお礼だった。
そして彼に対する感謝の気持ちとして表すのに何が一番良いのか選んだ結果が、自分があの世で作ってきた一つのおもちゃだった。
「占いババ様」
「わかっておる。ほれ」
ネオンが占いババの方を向くと、占いババが即座にその意図を察する。
すると占いババが頭に被っていた大きな三角帽子を外し、その中から白く丸い物体が飛び出してきた。
それを見た悟天が「うわあっ!」と、声を上げて驚き、それ以外の者達も同様に驚いた。その反応を見たネオンがしたり顔で笑い、サプライズの成功に一人喜んだ。
「ギルルルル! ゴテン、アイタカッタ!」
「うわ!? 喋った?」
「それが、約束のおもちゃだよ。空を飛んだり言葉を聞いたり話したり、身の回りの手伝いとかも出来るけど……どうかな?」
「お姉ちゃんが作ったの? すごい! ありがとー!」
球体上の白い装甲に、丸い形の一つ目。
装甲の内側から飛び出した細い手足は収納可能で、自在に飛行することも出来る。
それは、ネオンがツフル人の王が持つ知識と技術力を用いて作り出した、七歳の子供に与えるにはあまりにも豪華なおもちゃだった。
「ペットロボットね? でも、推進力も無しで空を飛べるなんて……よく出来てるわねーあのロボット」
「いえ、ああ見えて構造は単純ですよ。私一人でも一日あれば作れましたし……多分、ブルマさんなら簡単に同じ物を作れるんじゃないかと」
「貴方一人で作ったの? 惜しいわね~、うちで働いてほしいぐらいだわ」
「あはは……恐縮です」
「ギルルル!」と発声しながら元気に悟天の周りを飛び回るロボットの姿を眺めながら、科学者のブルマが関心げに呟く。世界有数の科学者である彼女の目にも留めてもらって、ネオンは光栄な気分だった。
「名前はなんて言うの?」
「ギルル、ナマエ、マダナイ」
「その子はまだ生まれたてで、名前をつけていないんだ。悟天が何かつけてあげて」
「うーん……じゃあ、ギル! ギルギル言うからギルって呼ぶね!」
「ギルルル、リョウカイ! ギル、ナマエ、キマッタ! ギルルルル!」
球体上の白いロボット、ネオンの与えたおもちゃの名前は「ギル」に決まったようだ。
新しいご主人様に命名されて、ペットロボット改めギルは嬉しそうだ。悟天もまた嬉しそうにはしゃぎ回り、周りの者達もその光景を微笑ましそうに眺めていた。
自分のプレゼントが気に入ってもらえたようで、ネオンにはそれが何よりも嬉しかった。
その後、悟空の瞬間移動によって移動を行い、カプセルコーポレーションのブルマ邸にて身内によるパーティーが開かれた。
悟空があの世から帰ってくると聞いてから、ブルマの両親らが気を効かせて準備していたのである。
ブルマ一族の財力によって開かれたパーティーは一般家庭のそれと比べるにはあまりに豪華であったが、一日限りで帰ってきた悟空の為とあらば資金を惜しむことはなく、腕利きの料理人達が出す料理が次々に出されてはサイヤ人達の胃袋に消えていった。
それはパーティの主役たる悟空だけではなく、誰もがこのパーティーを楽しんでいた。
「カカロット、貴様ぁっ! 俺が楽しみにしていた寿司を!」
「ん? だって残ってたじゃねぇか」
「俺は一番食べたい物は最後に残しておく主義なんだ! くそったれぇ!」
「ああっ! おめえ、オラのチャーシューを!」
「ふはははは! 食べ物の恨みは恐ろしいのだぁ!」
それは、コンプレックスが解消されたことによって一つあか抜けたベジータが、戦闘とは別のことでライバルと競い始めたり、
「とんでえええゆっきたあああああいいいいいいYOIYOIYOI!」
「よっ、クリリン! 宇宙一ィ!」
「お上手ですわぁ……」
「独特な歌い方じゃなぁ」
「はしゃぎすぎだ。馬鹿……」
純粋な地球人最強の男が、カラオケによってその美声を披露したり、
「ギルル!」
「プールだ!」
「それえええっ!」
まだ遊び足りない子供達がロボットと共に邸内の温水プールに飛び込んだりと、各々に充実した時間を送っていた。
それが落ち着けば、悟空を中心にした仲間達によるかつての思い出話で盛り上がったりもした。
悟空がパオズ山でブルマと出会ってから始まったドラゴンボール探しの冒険や、天下一武道会での戦いの日々。多くの戦いや出会いがそこにあり、ここに集まった誰もが生涯忘れることの出来ない思い出だろう。
大人達から語られる濃密な出来事に、まだその頃には生まれていない悟飯やネオン達も興味を引かれ、食い入るように話を聞いていた。
「あっ、そう言えば今日の天下一武道会は誰が優勝したんだ? やっぱり18号か?」
「いや、ミスター・サタンだよ。あいつだけがバトルロワイヤルで残ったんだ」
「本当か!? あいつ、本当はすっげー強かったのか?」
「いや、てんで弱かったよ。でも優勝を譲れば優勝賞金の二倍くれるって言うもんだから、俺と18号で一緒に負けてやったんだ。なっ」
「……私はお前達とは違って、金さえ手に入ればどうでもいいんだよ」
「ヤムチャは?」
「クリリンにやられた。くそっ、あとちょっとだったんだけどなぁ」
「ヤムチャさんの新技、俺、危うくやられるところでしたよ~、これも18号との修行のおかげだな!」
「ばーか……」
和やかな談笑は夜遅くまで続き、幸せなパーティーの時間はあっという間に過ぎ去っていった。
夜が明けて朝が来れば、悟空は程なくしてあの世に帰らなければならない。しかしこれだけ充実した一日ならば、皆満足して彼を見送ることが出来るだろうと――ネオンは一同の様子を眺めながら、目を細めた。
そして時刻は深夜十二時を回り、日付は今日から明日へと変わった。
泊まり掛けのパーティーが終わり、ブルマさんから借りたベッドの横で眠る悟天達子供組が寝静まったのを見届けた後、私は個室を出て彼と――パーティーの後片付けを終えて戻ってきた悟飯と対面した。
「すみません、悟天達の面倒を見てもらっちゃって」
「なに、寧ろ嬉しいよ。私、こう見えて子供好きなんだ」
「知ってます。よく懐いてますもんね、悟天。ネオンさんみたいなお姉さんが欲しかったってよく言ってましたよ」
「はは、私も悟天が弟なら最高だね」
こんな真夜中でも眠くならないのは、きっと私が死人だからという理由だけではないだろう。
こうして彼と向き合っていると、それがよくわかるような気がする。
「……ねえ、悟飯。今からちょっと、付き合ってくれないかな? 君と一緒に行きたい場所があるんだ」
「いいですよ。僕も外に出たい気分でしたし」
「ごめんね、いつもはもう寝る時間でしょ?」
「今日ぐらい大丈夫ですよ。夜更かししちゃっても」
「なんか悟飯、前より砕けた感じになったね」
「そうですか? うーん、確かにそうかも」
今この場に居るのは、彼と私だけだ。
今回のパーティーには悟飯がビーデルさんもどうかって誘っていたけれど、彼女は「私はパパと話したいことがあるから」って言って断った。
……でも、なんとなくわかる。本当にそれも彼女がパーティーに参加しなかった理由の一つだったんだろうけど、彼女は多分、私に気を遣ってくれたんだ。
私の時間は少ないから、だから今だけは、私と悟飯の傍から離れてくれたのだろう。
彼女の優しさと器の大きさに、私は感謝する。
――そして私は、そんな彼女の気遣いを無駄にしないことに決めた。
デート、と言うには味気なさすぎるけど、私は彼を誘って数分程度の夜空の旅を楽しんだ。
彼に教わったこの舞空術は、私にとって大切な宝物の一つだ。そんな宝物で彼と共に空を飛べる喜びは大きく、幸福な時間だった。
そして私達は、目的地へと着陸する。
私の……かつて故郷だった場所へと。
グラウンド・ゼロ――サイヤ人のナッパによって滅ぼされた、かつて大勢の人が住む都だった場所。
満月に照らされた爆心地にたった一つだけ聳え立っている墓石の前に降り立つと、私はそこに添えられた一束の花束を見つけた。
「花、添えておいてくれたんだ……」
「はい。だって、寂しそうじゃないですか」
「……ありがと、悟飯」
花はまだ真新しく、最近添えられたばかりの物だということがわかる。それは今でも彼がここへお参りに来ていることの証拠でもあり、私には嬉しかった。
この墓の下にはもう、誰も居ない。だけど、みんなが生きていた証にはなる。
そう思ったから、私はあの時この墓を建てたんだ。死んだ人達が一番辛いのは、遺された者に忘れられることだと思ったから。
墓に向かってしばし黙祷を捧げた後、私は隣に立っている悟飯に訊ねた。
「ねえ悟飯。あの時、最後に私が言った言葉だけど……覚えてる?」
「え? えっと……「偉い学者さんになりなよ」でしたっけ」
「そっちじゃなくて、その前の言葉だよ。私は君に向かって、自分が死ぬことを平気だって言った。この一時だけでも私は、とっても幸せだからって」
「……覚えていますよ。でもネオンさんは、本当に……」
「うん、少し嘘ついてた。ごめんね」
――それは、あの世で悟空さんに指摘されてから、ずっと彼に謝りたいと思っていたことだ。
「あの時の私は、本当は生きたかったんだ。辛いことばかりだったけど……幸せなこともあるってわかっちゃったから」
私自身、自分の本心がどこにあるのかわかっていなかった。
だけど、何よりも大切な友達に余計な心配を掛けるのが嫌だった。だから私は、そう言うことで彼の心と自分の心を守ろうとしたのだ。
「でもあの世で悟空さんに会って、あっさり見抜かれちゃったよ」
「やっぱり、僕に心配かけたくなかったんですよね……ありがとう。それを聞けて、安心しました」
「安心?」
「やっぱり、生きていた方が楽しいじゃないですか。死ぬのは悲しいですよ」
「…………」
どんなことがあったとしても、死ぬことが幸せで、救いだなんて思えない……その言葉は彼のお父さん、悟空さんと同じ意見だった。
やっぱり、この親子は似ている。そして、どこまでも真っ直ぐだと思った。
「……無理してたのかな、私は」
あの時から家族という存在に飢えていた私には、余計に彼らのことが眩しく見えてしまう。
それと対比して、自分の心の醜さに嫌悪感を抱くのだ。
だけど……それでも、そんな私にも、譲れないものはあった。
「でもね、悟飯」
「……?」
「あの時、幸せだったのは本当だよ」
今度は心から、本心を曝け出した笑みを浮かべて、私は悟飯に言った。
死んだことが幸せだったとは思わない。けれど、私があの時、傍に居てくれたのが彼で幸せだったという気持ちに偽りはなかった。
その気持ちを伝えると、悟飯がなんだか照れくさそうに鼻先を掻き、数拍の間を置いて言った。
「ネオンさん……どうにかして、君を生き返らせます。ベビーが生き返っても、僕が何とかします。だから……」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
今の私を見て、彼ならばそう言うだろうと思っていた。
彼は優しいから……私が本当は生きたかったなんて言えば、どうにかして生き返らせようと頑張ってしまうだろうと。
……でも、違う。違うんだ、悟飯。
私がこの気持ちを君に伝えたのは、この世に生き返りたかったからなんかじゃない。
「私はもうすぐ、生まれ変わる」
彼を連れてこの故郷を訪れたのは……全て、それが理由だった。
「生まれ、変わる……?」
説明を求めるように復唱する悟飯に、私が話す。
「死んだ人間が閻魔様の元で、天国に行く魂と地獄に行く魂に分けられるっていうのは知っているよね? その後、天国に行った魂は天国で楽しい生活を送ってから、地獄に行った魂は地獄で苦しい目に遭ってから、魂を浄化されて新しい命に生まれ変わる仕組みになっているんだ」
生まれ変わる――それはつまり、転生だ。
今ここに居る私が、新しい命としてこの世に生まれ変わるということ。
最初は、もっと先延ばしにしようと思っていた。いつか悟飯が寿命を終えるまで、私はあの世で彼のことを待っているつもりだった。
だけど、そんな気持ちはこの一日ですっかり無くなっていた。あの時抱いた彼とまた空を飛ぶという夢は、今日ここで叶えることが出来たのだから……。
「もちろん、浄化されれば前の記憶なんかも綺麗さっぱりなくなる。場合によって魂の強さだけは引き継がれるかもしれないけど、元の人格なんかは何も残らない。輪廻転生って言葉があるように、この世とあの世はそんな関係で成り立っているんだ」
「でもお父さんが言ってましたけど、お父さんとネオンさんは、大界王星ってところでずっと修行出来るんでしょう? だったら……!」
「ずっと修行したいって言えば、そうさせてくれるかもしれないね……でも、もういいんだ」
記憶も人格も無くなる。それが怖くて、いつまでも天国に居続ける魂ももちろん居る。地獄は期間が過ぎれば強制的に転生させられるけど、天国の方はその辺り自由に出来ているらしい。
私の処遇はまだ天国と地獄のどちらに行くのか決まっていないけど、天国に行くのならすぐにでも転生を選ぶつもりだ。
天国で楽しむ必要がないほどに、今の私は満たされているから。
「一日、この世に帰って、君とまた会えた。君と話せて、また一緒に空を飛べた。ネオンは満足です」
だから、私は笑った。
作り笑いなんかじゃない。今度は本当に幸せな気分で、笑顔を浮かべることが出来たのだ。
「本当に……そうなんですか?」
「うん、後悔はないよ。いや、一つだけ」
悟飯に問い掛けられると、一つだけ、この世でしておきたかったことに思い当たった。
そんな私は彼との間合いを瞬時に詰め――その頬に口づけした。
……うん、スッキリした。
「っ!? ええっ!?」
「ははは! 隙だらけだからそうなるんだー! そんなんじゃ、ビーデルさんを泣かせちゃうよ!」
「え……だってネオンさん、ええっ!?」
しばしの硬直の後、驚きの声を上げて狼狽える悟飯の姿に私が腹を抱えて笑う。
どうやら彼は、今になって私の想いに気づいたようだ。それは今まで私が上手く隠せていたってことなのか、はては彼が鈍感だったからなのかはわからない。
死人がこんなことをするのは、間違いなく悪いことだろう。下手をすれば、この世に生きている彼の心を永久に縛りかねないのだから。……だけど、彼は強い人間だ。
私の英雄、孫悟飯は死人に心を縛られるような柔な人間じゃない。私だってそう信じているからこそ、こんな大胆な行動を起こせたんだ。うん、我ながら無責任な自己弁護である。
「……と、これでもう思い残すことは何も無くなったわけだ」
「す、すみません! 僕、そういうのよくわからなくて……全く気づきませんでした」
「それでいいよ、悟飯。ううん、それが私にとっても幸せなんだと思う。君は私にとって最高のヒーローで、最高の友達だった」
「……ネオンさんのことは、ずっと忘れません」
赤らんだ顔の熱さを程よく冷やしてくれる夜風が、今は心地良い。おかげで私も、気恥ずかしさはあっても冷静な心を見失わずに済んだ。
自分からやらかしておいて何を言っているんだとは思うが、生まれ変わることを決めた以上、私はこの期に及んで彼と友達より上の関係になろうだなんて考えていない。
今のキスは、自分の気持ちに整理をつけたかったからだ。何一つ思い残すことがなく、綺麗に生まれ変わる為に。
「新しく生まれてくる私がどうなるのか……それは私にもわからない。何年後に生まれて、男の子なのか女の子なのか……そもそも人間じゃないかもしれないし、地球の生き物ですらないかもしれない」
そして私は、最後に彼に一つだけ頼みごとをすることにした。
実行するかしないかは彼次第で、別に実行しなかったからと言っても恨むことも悲しむこともない頼みを。
「だけど……もしどこかで私の生まれ変わりを見つけた時、ほんの少しでも気に掛けてあげると嬉しい」
「……わかりました。約束します。きっと、貴方を見つけます」
力強い言葉に、私は頷きを返す。
それにしても、駄目だな私は。今度は心から笑って別れようと思ったのに……どうにも、涙腺が緩んでしまう。
「ありがとう。私は……君と居て楽しかった。君のことが、ずっと大好きだった」
だから、これで時間切れだ。
占いババ様の力でこの世に居られる時間はまだ残っている。だけど、これ以上居たらまた未練が出来てしまう。
……だから、今度こそ最後。
「また逢う日まで……さよなら、悟飯」
笑いながらも零れてきた涙を拭った後、私は最後の言葉を告げた。
「さようなら……また逢いましょう。ネオンさん」
彼から返ってきた言葉に頷き、私の存在はこの場所から――この世界から消えた。
――そして、十年の時が流れた。
予定よりも長くなったので、前後編に分けました。次回こそが最終話になります。
十年の空白期はもちろん超とは違う流れになっていますが、それもまた次回に。
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新生の「N」 【後編】(終)
地球の十年間は激動の日々だった。
――その日、あの世では地獄の魂の邪念達が「ジャネンバ」という史上最悪の怪物を生み出した。
そしてそのジャネンバは手始めとばかりにあの世を管理する閻魔大王の力を館ごと結界で封じ込め、明確な悪意によってあの世とこの世の秩序を崩壊させたのである。
ジャネンバの力によってこの世とあの世の境界が曖昧になった結果、地獄の魂達が一斉に肉体を取り戻し、この世の地球へと姿を現した。
かつて死んだ筈の悪人達は、その暴虐によって地球中の人々を苦しめた。そして生き返った悪人の中にはフリーザやセル、ボージャック一味らの存在もあり、地上にかつてない混乱を巻き起こしたのである。
Z戦士達はこれに対し、各々が混乱を収めるべく対処に当たった。
フリーザには悟天とトランクスのチビコンビが勝利をあげ、セルにはベジータが雪辱を果たし、ボージャックやその一味は悟飯が再び葬り去った。時を同じくしてあの世では四人の界王と大界王の働きによって閻魔大王が力を取り戻し、事態は終息に向かったかに思えた。
――しかし、本当の悪夢はここからだった。
生き返った悪人達と戦士達の戦いは意図せずして地球上に膨大なエネルギーを撒き散らし、地下に厳重に封印されていた筈の魔人ブウの玉を再び地上へと掘り起こしてしまったのである。
その事実に気づいた地球の戦士達や界王神界から再び駆けつけてきた界王神が早急に対処に当たろうとしたが、時は僅かに遅かった。
数多の妨害に遭いながら、やっとの思いで玉の在り処まで到着した一同を待っていたのは、封印が完全に解かれてしまった魔人ブウと……地獄からフリーザ達と同様に蘇っていた魔導師バビディの姿であった。
復活した魔人ブウは、誰もの想像を絶する強さだった。
セルやボージャック、ネオンベビーさえも遥かに凌ぐ強大な力で戦士達を蹂躙していく魔人ブウ。
最初の犠牲者は、ベジータだった。
あまりにも次元が違いすぎる強さを前に、ベジータは己の命を捨ててブウに挑んだ。
最後に「さらばだブルマ、トランクス、そしてカカロット……」と言い残し、壮絶な光の中に消えていくベジータの姿は決して悪逆非道なサイヤ人の王子などではなく、この世に生きる一人の父親のものだった。
生まれて初めて自分以外の者の為に戦い、そんな彼が放った自爆という最後の攻撃は魔導師バビディの存在を跡形も無く消し去り、一度は魔人ブウの肉体をも吹き飛ばした。
しかし、それでもブウは死ななかった。魔人ブウの肉体は肉片から完全に再生してしまい、その無邪気な恐怖を力なき人々へと撒き散らしていったのである。
――そこから先は、死闘と死闘の連続だった。
魔人ブウと心を通わせ、本当の意味で人々の救世主になったミスター・サタン。
悪しき人間の弾丸によって分かれてしまった、二人の魔人ブウ。
Zソードの封印から解き放たれた老界王神と、その力によって潜在能力を限界以上まで引き出された孫悟飯。
解放された力によって悪のブウを圧倒していく悟飯。無邪気なブウを吸収した悪のブウは、そんな悟飯の究極パワーに対して苦肉の策として悟天やトランクスやピッコロと地球の強力な戦士達を次々と吸収していったが、それでもなお悟飯がブウを上回っていた。
しかし、ブウを追い詰めた悟飯の前に、それまで沈黙を守っていたジャネンバが姿を現したのである。
そして魔人ブウとジャネンバ――本来出会う筈の無い二人の巨悪が対峙したその時、最強最悪の敵が生まれた。
ブウがジャネンバを吸収し、ジャネンバは最初からそれを求めていたようにブウに取り込まれたのである。
ジャネンバを吸収したブウにはもはや理性と呼べるものが存在せず、ただひたすらに邪悪であった。その力は悟飯でさえもまるで歯が立たず、宇宙の命運はもはやこれまでかと思われたその時――彼が復活を果たした。
誰もが待ち焦がれていた孫悟空が、この世に蘇ったのである。
ドラゴンボールを使ったのではない。老界王神がその命を譲り渡すことによって、悟空を蘇らせたのである。その手に宇宙最後の希望、「ポタラ」を託して。
目には目を。
合体には合体を。
ポタラが親子二人の耳へと装着されたその瞬間、孫悟空と孫悟飯――二人の力が溶け合った、奇跡の合体戦士が誕生した。
名も無き地球育ちのサイヤ人――全ての銀河に轟き渡る力を持った合体戦士を前に、ブウは完膚なきまでに叩きのめされていく。
そんなブウは、起死回生の手段として合体戦士の吸収に打って出た。そして合体戦士はまんまとブウの策にやられてしまった――かに思えたが、それこそが合体戦士の策略だった。
彼はわざとブウの体内に取り込まれることによって、吸収された悟天達を救出しようとしたのである。
目論見通りブウの体内に侵入すると、そこに発生していた奇妙な空気によって二人の合体が解除され、それぞれの存在が悟空と悟飯に戻った。
そしてブウの体内で悟天達を見つけた二人は即座に皆を引きはがすと、続いてブウの弱体化を狙って同じくブウの体内で眠っていた無邪気な魔人ブウとジャネンバの二人を引きはがすことに成功した。
――その瞬間、二つの異変が起こった。
一つはブウの肉体の変化だ。悪のブウに取り込まれていた無邪気なブウを引きはがしたことによって、ブウは本来の姿である純粋な魔人ブウへと回帰したのである。
そして、もう一つの異変――悟飯が引きはがしたブウの中のジャネンバがこの時を待っていたとばかりに開眼し、瞬間移動のように一瞬にして悟飯を何処かへと連れ去ったのである。
予期せぬ事態によって一人になってしまった悟空は、悟天達を抱えながらブウの体内から脱出し、ブウの変化を見届けた。
そして純粋に戻ったブウは何の躊躇いもなく地に向けて気弾を放ち、地球を粉々に吹き飛ばしたのだ。
今まさに爆発しようとする地球に急いでキビトが瞬間移動で救出に向かったが、助けることが出来たのは悟空と、運よくその場に居合わせていたミスター・サタンとデンデと一匹の子犬だけだった。
――その後、魔人ブウとの戦いは、界王神界へと舞台を移した。
超サイヤ人3孫悟空対純粋魔人ブウの戦い。純粋な者同士による全人類の命運を賭けた戦いの一つには、あの世で閻魔大王から肉体を与えられていたベジータや、ブウの口から吐き出された無邪気なブウも参戦した。
しかし、純粋ブウは強く、悟空の超サイヤ人3を持ってしても彼を消し去ることが出来なかった。
長期戦になればなるほどこちらだけが消耗していく。そんな絶望的な状況の中、最後の手段としてベジータが導き出したのが、ナメック星のドラゴンボールによって地球と地球人を蘇らせてからの特大の超元気玉だった。
地球人達の元気とあの世のパワーを集めて完成させた超元気玉は魔人ブウの力と拮抗し、最後はドラゴンボールへの願いが決め手となって彼らの戦いを終わらせた。
「おめえはすげぇよ……よく頑張った。たった一人で、何度も姿を変えて……いい加減やになっちまうくらいによ」
超サイヤ人化した姿で元気玉を押し込みながら、悟空はブウに対して言った。
今度はいい奴になって生まれ変われよ、と。
一対一で勝負したいと、オラももっと腕を上げて待っている――と。
「またな!」
そして悟空の超元気玉は文字通り、ブウの身体を細胞一つ残さず完全に消し去ったのである。
多くの人々の尽力によって、遂に魔人ブウは滅びた。しかし何と言っても、この戦いの救世主はミスター・サタンであろう。
ベジータと悟空の言葉では何度呼び掛けても地球人達は元気をくれなかったが、サタンの呼び掛け一つによって全ての民が応えてくれたのだ。サタンが居なければ、元気玉は完成しなかった。そして無邪気なブウが味方をしてくれることもなかっただろう。
力は自分達よりもずっと弱いが、彼は間違いなく世界チャンピオンであると――その場に居る誰もが、彼の働きを認めていた。
――そして、同じ頃。
もう一つの戦いが、終わろうとしていた。
対峙する存在は孫悟飯とジャネンバの二人のみ。
そこは、あの世の果てとも言える、地獄の最も深い領域にあった。本来であればあの世の魂しか入れない場所に、ジャネンバが瞬間移動で悟飯を連れ去ったのである。
その場所で二人は、空前絶後の超決戦を繰り広げていた。
――お互いに、呪いを込めた憎悪の叫びを上げながら。
「サイヤジン! サイヤジン!! サイヤジィィィンッ!!」
「この気っ……まさか……!」
この世界に連れてこられてから初めて聞いたジャネンバの声は、その全てが怨嗟の込められた言葉だった。
それは存在その物が負の感情の塊と言っても良いほどで……常人であれば、向かい合っただけでも失神してしまうほどおぞましい憎悪に溢れていた。
「ナゼオマエハイキテイルンダッ!? オレタチハコンナニモクルシンデイルノ二……! ナゼオマエハアアアアアアアアアッ!!」
「貴様……!」
その声は、一人の人間ではない。ジャネンバの姿をしてはいるが、その言葉には大勢の人間の声が混ざっていた。
だがその内の一人の声を、悟飯は知っていた。
それはサイヤ人の存在を最後まで憎み、大切な友達を死なせる原因を作った忌むべき敵――
「ベビー……! 貴様が全ての元凶だったのかっ!」
ジャネンバ――地獄の魂達の邪念によって生まれた彼の媒体となったのは、かつて彼が地獄に叩き落したツフル人だったのだ。
通りでセルやフリーザが蘇ってもコイツだけは居なかったわけだと、悟飯はその正体を知って納得する。
同時に悟飯は、その心にかつてないほどの激しい憎しみを抱いた。
「だったら、何度でも殺してやる! 貴様だけは俺が!!」
「コノ……サルヤロウガアアアアアアッッ!!」
激しい怒りに染まった悟飯は内なる力をさらに増幅させると、狂ったように叫び続けるジャネンバを一気に圧倒し、徹底的に殴打を浴びせていく。
「お前がっ! お前なんかの為に! あの人はっ!!」
全てはコイツのせいだ。コイツさえ居なければ、あの少女が苦しむことはなかったのだと……彼女と死に分かれてから既にぶつけようのなかった感情を、悟飯は盛大に爆発させた。
今まで無意識に抑え込んでいた感情の爆発によって、悟飯の力は無限と言っても良いほどに跳ね上がっていく。
ジャネンバ――その正体であるベビーに対して、心から膨れ上がっていく憎悪は留まることを知らなかった。
「ずっとあの人と居たくせに、お前は何も学ばなかったのか!? 何年経っても! お前は憎むことしか出来ないのかっ!!」
「グウ……ッ!」
「何が猿野郎だ! お前は猿以下だよ……! ただのクズ野郎だッ!」
潜在能力を老界王神に引き出された上に激しい怒りに染まった悟飯の力は、既に完全にジャネンバを超えていた。
その力はあまりにも強大すぎるが故に、悟飯自身ですら制御が出来ていなかった。
故に、この時の悟飯は完全に暴走していた。ジャネンバの憎悪に呼応するように膨れ上がっていく憎悪には、もはや際限が無い。
悟飯はジャネンバをその力で制圧すると、あまりにも過剰な暴力で一方的に叩きのめしながら叫んだ。
――その時である。
深い憎しみに染まり、もはやジャネンバと同じ次元にまで心が堕ちかけていた悟飯の頭に、一人の少女の声が響いた。
「――っ!」
それは、鈴が奏でる音のような一人の少女の声だった。
周りを見てもジャネンバ以外の者は誰も居らず、もしかしたら異常な精神状態がもたらした彼の幻聴だったのかもしれない。
しかし悟飯はその声が聴こえた瞬間、それまでに感じていた異常な憎しみからハッと我に返った。
この世にもあの世にも居ない筈の少女の声が、彼を憎しみの戦士から穏やかな心を持つ優しい英雄へと引き戻したのである。
「ネオンさん……」
悟飯は先までの自分を恥じる。
静かに目を閉じて、かつて心を通わせたあの少女との別れを思い出す。
そして悟飯は、今度は殺意とは違う眼差しでジャネンバの姿を見つめ直した。
「……今度こそ、ヒーローになるよ。あの時、君がそう言ってくれたように」
――そして悟飯は、自らの手でこの因縁を終わらせた。
悟飯が放った最後の拳が突き刺さった瞬間、ジャネンバの姿は朧のように掻き消え、その中から彼がずっと憎んでいた存在――ベビーの姿が見えた。
一瞬だけ見えたベビーの姿は泣き腫らしたように弱々しく、最後に魂の形となって消えていく姿には憐れみさえ抱くほどだった。
「ベビー……お前も生まれ変われ。もう二度と、地獄なんかに落ちるんじゃないぞ」
彼の犯した罪は、決して許されるものではない。しかし感情の部分で、願わくば彼もまたいい奴になって生まれ変わってほしいと思う自分も居た。
それはベビーだけではない。フリーザやセル達だってそうだ。
いつか生まれ変わる彼らとも殺し合い以外で話し合うことが出来たらと……キビトが迎えに来るまで悟飯は一人、そんな感傷に浸っていた。
――それが、この十年の間に起こった中で最も大きな戦いである。
その他にもこの地球にはしばしば事件が起こることがあったが、今となってはどれも戦士達の働きによって解決しており、至って平和な時間を過ごすことが出来ていた。
自分達の手によって取り戻したこの平和の中で、悟飯は遂に学者になるという夢を叶えた。
成人し、結婚もした。ビーデルという、生涯を添い遂げる最高のパートナーを得た。
結婚してから、程なくして子供も生まれた。名前はパン。目に入れても痛くないほどに愛しい、ビーデルとの間に産まれた最愛の娘だ。
パンの性格は母に似たのだろう。好奇心旺盛で活発な子であり、祖父である悟空とは積極的に修行を行ったりしている。悟空も悟空で初孫が可愛くて仕方がないようで、好んで彼女の面倒を見てくれていた。
《お待たせしました! それでは天下一武道会、一回戦を始めます!》
そしてこの日は、パンが初めて出場する天下一武道会の日だった。
その出場者の中にはパンだけではなく、悟空と悟天、トランクスにベジータの名前もある。
悟空いわくどうやらこの大会には魔人ブウの生まれ変わりが出場しているらしく、悟空は元々それが目当てで出場を決めたらしい。
しかし悟空ほど魔人ブウに執着を持っているわけではない悟飯は、あくまでもこの日は父親として、娘の試合を応援する為に会場を訪れていた。
「始まるわね……どうしよう、私まで緊張してきちゃった。パンちゃん、大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。パンのことは、父さんも今うちで一番根性あるって言ってたし」
ミスター・サタンの親族とその友人達ということもあってか、この大会の観戦に訪れた悟飯達は特別席から武舞台を眺めていた。その中には悟飯と妻ビーデルの他にも母チチやピッコロ、ブルマとその長女ブラの親子二人、クリリンと18号の夫妻、亀仙人やウーロンにヤムチャ等と言った馴染みの姿も見える。
昔とは変わっている者も、変わっていない者も、悟飯は久しぶりに彼らと会ったが、変化は人ぞれぞれだった。
「おっ、第一試合からいきなりパンちゃんの出番か」
「相手も可哀想になぁ」
地球最強の武道家達が揃う豪華な顔ぶれが見守る中で、天下一武道会の第一回戦、第一試合が始まる。
十年以上前からも変わらず司会を務めているサングラスの中年が壇上に上がると、今しがた戦うことになる選手達の名を読み上げた。
《第一試合はパン選手対ノエン選手! なんと驚くなかれ、両者とも年齢は一桁! そしてパン選手は、あのミスター・サタンのお孫さんなのです!》
パンのことが紹介されると、会場が一気に沸き立つ。筋骨隆々な武道家達が集う過酷な予選を勝ち抜いた、僅か四歳の天才少女だ。ミスター・サタンの孫というネームバリューもあってか、会場に詰めかけた多くの観客達が彼女を応援し、激しい声援が起こった。
しかし悟飯には、同時に読み上げられた彼女の対戦相手の名前がどこか引っ掛かった。司会が言うには、そちらもまた一桁の年齢の選手らしかった。
《一方! ノエン選手は巷で話題の天才少年拳士! 若干九歳にして猛血虎氏とのエキシビジョンマッチを制したと言われている噂の実力を、どのように披露してくれるのでしょうか!》
観客席から生暖かい声援を送られながら、パンが照れた表情で武舞台へと上がっていく。
そんな彼女とは対照的に対戦相手の少年は自身に送られる声援に少々眉をしかめ、不遜にも鬱陶しそうな表情を浮かべていた。
「巷で話題ですって。チチさん知ってる?」
「いや、全く知らねぇべ」
司会と観客達の反応によるとどうやらパンの対戦相手は幼いながらも無名というわけではないらしく、それなりに名前が売れているようだ。しかしこの場に居る者の中には、その「ノエン」という少年のことを知る者は一人も居なかった。
世界チャンピオンであるミスター・サタンのことをセルゲームまで一同が知らなかったように、彼らは基本的に、俗世間で有名な武道家に対しては興味が薄いのである。
「まだ子供なのに、パンちゃんが相手じゃ心が折れちゃいそうだな。天才とか言われてたら余計にさ」
一桁の年齢でこの舞台に立っていることは、予選のレベルが低いとは言え賞賛に足ることだ。しかし、今回は相手が悪かったとしか言いようが無い。パンはまだ四歳児とは言え、サイヤ人の血を引く悟飯の娘なのだ。実力の差は歴然であると、この場に居る誰もが考えていたであろうことをクリリンが同情的に呟く。
しかしこの時の悟飯には、上手く言葉には出来ないが何かが違うように思えた。
(なんだろう……? あのノエンって子……何か……)
悟飯が少年の名前を聞き、その姿を一目見た時から感じた――奇妙な引っ掛かりであった。
「ノエン……のえん……」
名前を連呼しながら、悟飯はじっくりと少年の姿を眺める。
九歳の子供としては至って普通の体型をしており、少し大きめの胴着を身に纏っているところからすると寧ろ実年齢以上に小柄な方にも見える小さな少年だ。
肌の色は武道をやっている者とは思えない色白さであり、顔立ちは幼いながらも整っていると言えよう。
顔を見ると目つきが幼子にしては凛々しく、瞳の色が空のような青色であることまではわかったが、髪の毛に関しては頭部を覆う大きめのターバンに隠れており、悟飯の居る場所からでは見た目の特徴がわかり辛かった。
そんな少年の姿を見つめてぶつぶつと呟きながら、悟飯は思考を重ねていく。
「ノエン……アルファベットにするとNOEN……NOEN? 待てよ……これって、反対にしたら……ネオン……ッ!?」
――そして、真実にたどり着く。
「悟飯君、急に立ち上がってどうしたの?」
「あっ、いや、なんでもないよ。……そうか、そうだったのか……」
そこに思い至った途端に、悟飯の心に引っ掛かっていたものは綺麗さっぱりなくなった。
そして堪えきれないほどの喜びに、思わず頬を緩ませる。偶然の一致である可能性はあるが、真実は慌てずともすぐにわかるだろう。
今から始まるパンと彼の戦いが、存分にそれを教えてくれる筈だ。
《それでは第一試合、始めてくださーい!》
試合開始のゴングが鳴り響くと同時に、パンと少年ノエンが武舞台を駆け抜ける。
瞬間、ズシンッ!と、およそ子供の拳が衝突したものとは思えない衝撃音が会場全体へと響き渡った。
観客一同が呆気に取られているのを他所に、幼い二人の武道家は目にも止まらぬスピードで激しい攻防を繰り広げた。
「お、おい……嘘だろ?」
「あの子、パンちゃんと互角じゃないか!」
パンの動きに余裕で着いていく少年の姿を見て、悟飯はやはり思った通りだと彼の正体を確信する。
……いや、正確には彼ではなく彼女か。激化していく戦いの中でパンが祖父譲りの「かめはめ波」を放った瞬間、悟飯は別の意味で少年の正体を知った。
パンのかめはめ波の衝撃がノエンのターバンを破き、それによって少年の
ウェーブの掛かったその髪の長さは腰に届くほどもあり、はっきりと見えた少年の素顔はどこからどう見ても少女にしか見えなかった。
この広い世界には、たくさんの強い人間達が居る。
そんな人間の数ほどワクワクする戦いがあるのだと、パンは物心ついた頃から祖父の悟空に教わっていた。
そしてこの時のパンは、まさにその「ワクワク」を感じていた。
戦いが楽しい。パンは今、その心に溢れてくる興奮を抑えることが出来なかった。元より彼女には抑える気も無い。幼き武道家のパンはこの試合をただ純粋に、全力で楽しんでいた。
パンにとって自分と実力が近い者との戦いはこれが初めてであり、故に今、彼女はかつてないほどに心が躍っていた。
自身が本気で放ったかめはめ波を受けながらもダメージ一つない姿で煙から出てきた少年――もとい
「うっそー! わたしのかめはめ波、ぜんぜんきいてない!」
祖父から教わったかめはめ波は、今のパンが放てる最強の技だ。その威力は彼女の身内の人間達ほどではないが、それでも決して低いとは言えない威力の筈だった。
現にその一撃を受けた少女――ノエンはパンの四歳児らしからぬ強さに、それまでのポーカーフェイスを崩して驚きの表情を浮かべていた。
「驚いた……キミ、ちっこいのに凄いパワーだね」
「むう……そっちだってちいさいでしょ!」
「ムッ……なんかボク、キミのことあんまり好きじゃないや」
「ええ!? ひどーい! なんで?」
「さあ? なんでだろう」
自身の対戦相手であるこのノエンという少女とは戦いが始まってから初めて言葉を交わしたが、不思議なことにこの時のパンにはそんな気はしなかった。
それは決して、前にどこかで会ったことがあるというわけではない。元々パンが人懐っこい性格であることも理由の一つだが、なんとなく彼女には戦闘中に会話が出来るほどの親しみやすさを感じたのである。
「まあ、そんなことはどうでもいいか。パンちゃんって言ったね? そろそろボクは本気を出すけど、泣かないでよ」
「なかないよ! でも、ノエンって女の子だったんだね!」
「ん……? ああ、あれ被ってたから男の子に見えたのかな。別に隠してたわけじゃないんだけど」
そう言って、ノエンが会話を切り上げる。そして、パンも顔つきを変えた。
集中力と身に纏う「気」を一層引き上げた二人は、それぞれの流派に沿った構えを取り――
「いくよ!」
「こっちだってぇ!」
――再び、ぶつかり合う。
それは、そう遠くない未来……共にこの地球を守り、時に良きライバルとして切磋琢磨することになる二人の少女が初めて出会い、初めて拳を交えた記念すべき日となった。
二人の力強い技と技がぶつかり合う度に、会場からは次世代の戦士の登場を祝福しているかのような歓声が沸き上がっていく。
「どっちも頑張れー!」
妻のビーデルと共に、悟飯もまた身を乗り出してそんな二人の戦いを応援する。
そして悟飯は、どこかできっとこの戦いを見ていると信じている「彼女」に対して、喜びと感謝の思いを込めてこの言葉を贈った。
「……おかえりなさい」
――いつか新しく生まれてくる彼女を、時を経てこうして見つけることが出来た。
かつて心魅かれた眩しい笑顔が、悟飯の脳裏に浮かんでは消えていく。だがそれは決して、寂しくはなかった。
魂は形を変えて、彼女は再び生まれてきた。
果てない闇から飛び出して、彼女は新しい命としてこの世に帰ってきたのだ。
だから。
――新生した彼女の帰還を、孫悟飯は安らぎの中で祝福した。
僕たちは天使になれなかった
【
ここまで読んでいただいた読者の皆様に感謝を。
これで番外編は完結となります。この番外編をIFと取るか、続編として取るかは読者の皆様にお任せします。
このIFを書く前に、最初は今回ダイジェスト的に出てきた「ベビージャネンバ編」を連載しようかと思いましたが、私の力量でそれを書こうとするとまた長編になりすぎてエターな目に遭ってしまうと思ったので断念しました。
DB二次は初めてで、オリキャラに関しても自分で書いておいて結構無理のある設定だと思いましたが、書いている方としては最後まで楽しく書くことが出来ました。これも原作の偉大さ所以です。
本作で今後の投下があるとすれば、小ネタや一話完結の短編になるかと思います。ネオンの話は私の中ではやりきっていると思っているので、生まれ変わりのノエンの話とかZ戦士視点の話とか、オリキャラ紹介とかを書くかもしれません。
ここまでお付き合いしていただき、ありがとうございました。
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小ネタ
もしもシリーズ 「ゼノバースの場合」
トキトキ都――それは時空の中心部に位置する、「時間の流れ」その物を管理している世界である。
管理と言っても、別段特別なことをしているわけではない。過去と現在、そして未来。そう言った時間の流れは「何もしなければ」平穏に流れていくものであり、彼らトキトキ都で働く「タイムパトロール」の存在は本来なくてもいい筈のものであった。
しかしこの広大な宇宙の中には、時間の流れに介入する術を持った生物の存在がある。
それは元々その種族に備わっている特殊能力であったり、「タイムマシン」と言った超技術であったりと実に多種多様である。
このトキトキ都で働いている「タイムパトロール」の役目は、そう言った力を持つ者達が時間の流れに介入した場合に発生する、「時空の歪み」を封じ込めることにあった。
……要するに、「歴史を変えるのは犯罪なんだぞ!」ということだ。
昔、小さい頃に読ませてもらった青い猫型ロボットが出てくる漫画とかをイメージすると、彼らの役目は実にわかりやすい。
さて、ここからが重要だ。
時間の中心にあるこのトキトキ都――そこで働くタイムパトロールの一人が、ある日「第七宇宙」の時間の流れの中でとてつもなく大きな異常を発見したのである。
その異常とは、「歴史の改変」。明らかに外部犯の仕業であるとわかる、極めて恐ろしい異常の発生だった。
具体的に言うと本来平和だった筈の「地球」が、ことごとく壊滅してしまう歴史に変えられてしまっていたのだ。
もちろんその改変は時間の流れを管理するタイムパトロールにとっても、この宇宙全体の平和の為にも許されることではない。
『強い人を……俺と一緒に時空を超えて戦ってくれる強い人を連れて来てほしい!』
時空全体の危機とも言えるこの問題に立ち上がったのは、この異常を最初に発見したタイムパトロールの一員――トランクスだった。
トランクスは自分が介入することの出来る限られた時空の世界から「ドラゴンボール」を集め、呼び出した神龍に対して一心にそう願う。
そうしてこの戦いに協力してもらう戦士として「ボク」が召還に応じ、このトキトキ都に呼び出されたのである。
世界は摩訶不思議と言うけれど、この期に及んではつくづくその通りだとボクは思った。
「……だけど驚いたな。神龍に呼ばれたと思ったらトランクスが居て、だけどボクの知ってるトランクスじゃなくて、そのトランクスじゃないトランクスにいきなり勝負を挑まれるんだから」
「まず最初に、貴方の実力を知りたかったので……すみません」
「謝らないでよ。少し混乱したけど、後の説明で事情は大体わかったし」
トランクスの願いによってこのトキトキ都に召還されたボクがまず最初に行った――と言うよりも行わされたことは、彼と対峙しての一対一の真剣勝負だった。
歪んだ時空を元に戻す為に訪れるであろう苛烈な戦いにボクが使えるかどうか、要するにそれは実技試験だった。期待通りでも期待以下でも、呼び出した戦士の実力を早めに知っておくのは確かに大事なことだと思う。
だけど突然、知り合いに顔が似ている人がいきなり剣を持って斬りかかってきたら、強い人だろうと弱い人だろうと誰でもビビると思う。
まあそんな会遇をしたボクとトランクスじゃないトランクスだけれど、ボクもそんなことでブツクサネチネチ文句を言うつもりはなかった。寧ろ戦いがあるならバッチ来いって感じだし、ボクだってそう思ったから神龍の呼び出しに応じたわけだしね。
「それで、トランクスじゃないトランクスから見てボクの力はどうだった? 合格? 不合格? ボクとしてはこんな機会滅多に無いし、是非貴方にお供したいけど」
「試すようなことをしてすみません。もちろん、合格です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「……調子狂うなぁ。トランクスなのに、すっごい真面目じゃん……」
「え?」
トランクスじゃないトランクス……いや、トランクス
トランクスさんはそんなボクの無礼を笑って許すと、少々困った顔で訊ねてきた。
「あの、そろそろ貴方の名前を教えてほしいんですが……」
「ん……? トランクスさんはそっちの世界で、そっちのボクと会ったことないの?」
「色々あって、俺の居た世界と貴方の居た世界では違う歴史を辿っているんです」
「へぇ~、ってことは同じ地球でも、色々違ったりするんだ」
「……恐らく、俺の居た世界には貴方は存在していないでしょう」
「ってことはもしかして、ボクってオンリーワン?」
「はぁ……」
このトランクスさんとトランクス社長の性格が大分違うように、辿ってきた歴史が違えば住む人も変わってくる。それは、当たり前と言えば当たり前なことだ。時空とか次元とかなんだかスケールが大きな話だけど……それも今更か。全くもう、世界は広くて面白い。
トランクスさんの語る多元世界についての話は中々興味深いけれど……それを聞く前にはまず、自己紹介が先だ。一戦やり合った後に名前を名乗るって言うのも変だけど、ボクは改めて名乗った。
「ボクはノエン。歳は13で、種族は地球人。好きな食べ物はニンジンと白米で、嫌いな食べ物はベジタブル。あと菜っ葉が嫌い、大っ嫌い。あとはえっと……お父さんと師匠が鶴仙流の武道家で、面白い技が使えるよ。超能力とかも使えたり。ボクも教えてもらった。趣味は読書とスポーツで……ああそう! 髪が白いのは地毛だけど、若白髪とかじゃないからね。それと理想の人は宇宙一強い学者な友達のお父さんで、えっと、えっと……」
「そ、その辺りでどうか……」
「あ、ここまで話さなくても良かった?」
「……はい。というか、ほとんど聞き取れなかったと言うか……名前は、ノエンさんで合ってますね?」
「うん。ボクが生まれた時、お父さんとお母さんの頭にふわっと浮かんだんだって。良い名前でしょ?」
「ノエンさんはとても、喋ることが好きなんですね」
「うん! だけど興奮するとすぐ早口になっちゃうんだって」
「そ、そうですか。……大丈夫かなぁ……」
自己紹介とか自己PRとか、そういうものは将来凄く大切になるって、ボクの尊敬している宇宙一強い学者さんも言ってた。だけどボクの場合は頭の中で整理する前に口に出したりするから、そういう癖は良くないとも言われていたり。
ボクは結構、他の誰かと喋ることが好きだ。人と言葉を交わし合うことは心を繋ぐこと。言葉を交わしてわかり合うのは難しいけど、それが出来た時はとても気持ちがいい。それと同じぐらい、拳で殴り合うことも好きだけどね。
……あ、そう言えば言い忘れてた。
「あ、それとボク、こう見えても女だから」
「えっ」
「まあ、そんなことはどうでもいっか。それよりボクの前には絶対にベジタブルや菜っ葉を出さないでくださいお願いします」
男だろうが女だろうがそんなのは重要な情報じゃないけど、この恰好をしていると初対面の人にはなんでかわかりにくいらしいのでこの際に一応報告しておく。これから一緒に戦っていく仲間に、つまらないことで誤解されるのも嫌だからね。
こっちとしては別に男装ってつもりはないんだけど、この一人称のせいもあってかよく間違えられる。初めてパンに会った時も最初は男だと思われていたみたいだし、半年前なんかはボクを男だと思っていたブラちゃんが意を決して告白してきて……ああ、あれはお互い本当に、悲しい事件だった。
トランクスさんの驚いている様子を見ると彼もボクのことを今まで男だと思っていたようなので、早めに誤解が解けて良き哉良き哉。
――掴みどころのない少年、というのが彼もとい彼女を召還したトランクスが抱いた、彼女への第一印象である。
華奢な身体の中に感じる、静かだが確かに揺らめいている大きな「力」。後に彼女自身は地球人だと名乗っていたが、彼女から感じる力の種類はトランクスの知る地球人戦士たるクリリンやヤムチャとはどこか根本的に違うように思えた。
彼女を見た瞬間、トランクスはその力の正体を一刻も早く知りたくなった――いや、恐れを抱いたのだ。
彼女の「気」は至って澄んだものであり、悪人の放つそれではない。にも関わらず、トランクスはほんの僅かだが、その脳裏に危険を感じたのである。
それが彼の中にあるサイヤ人としての「生存本能」が、彼女の存在に対して一瞬だけ警報を鳴らしたのだという事実であることを――この時のトランクスには知る由もない。
尤も一瞬を過ぎた後にはそんな感覚は消え去っており、言葉も交わせばトランクスは彼女に対する危険意識はとうになくなっている。
お互いの自己紹介を終えた後、このトキトキ都の支配者である「時の界王神」の元へ向かう道中で、彼女は暇な時間を埋めるように自分語りを始めた。その内容はトランクスにとっては彼がタイムマシンで歴史を変えた世界の未来の話でもあり、実に感慨深く、興味深い話であった。
「魔人ブウにジャネンバ、ベビー……どれも、俺の居た世界には出てきませんでしたね」
「そんなところも色々違うんだね。じゃあトランクスさんの世界はその頃、どんな感じだったんですか?」
「俺の居た世界だと、その頃は……」
彼女の住む世界の歴史には、トランクスの知らない未知の敵との遭遇があったとのことだ。魔人ブウやベビーという巨悪の存在はこのトキトキ都で仕事をするようになってから知ったが、ジャネンバという存在のことはこの時までは聞いたこともなかった。
それもまた、住む世界が違えば辿ってきた歴史も違うという相違点である。しかしそれでも、ところどころには全く変わらないものもあり……それが良いものであれば、トランクスには面白いと感じた。
「その頃は……人造人間を相手に、悟飯さんが活躍していましたね」
「おおー! さっすが悟飯さん! そっちでもカッコいいんだねぇ」
トランクスはかつて、絶望の未来を生きていた。
トランクスにはもはや、二度と取り戻せない過去がある。
だがそれでも、トランクスは自分が今生きているこの時間を誇りに思っていた。
失ったものを取り戻したいと思ったことは何度もあったが、いい意味で割り切れるようになったのだ。
壮絶な人生経験から生まれた強い正義感を持つ彼にとって、始めこそ半ば強制されたものではあれど、タイムパトロールという仕事はまさに天職であった。
しかしこのノエンという少女、話を聞くにどうにも自分の親世代の人間のことが好きらしい。
特に孫悟飯の活躍に関しては、自分がまだ生まれていない頃であろうともお構いなしにウキウキとした笑顔で語ってくれた。
トランクスは彼女の話に対して、まるで弟の自慢話に付き合う歳の離れた兄のように微笑みながら相槌を打つ。その最中、トランクスは彼女の姿を今一度見据えてみた。
彼女が今身に纏っているのは砂漠の旅人が着ているような飾り気のない簡素な服であり、頭部にはピッコロを彷彿する白いターバンによって白銀の頭髪の半分が隠されている。そんな装いであったが、彼女の顔立ちや風格と言った見た目はまるで研ぎ澄まされた宝剣のように凛々しく、そのせいか実年齢よりも少々大人っぽく見える。13歳と聞けばその若さに驚くが、話してみれば確かに、彼女は歳相応の幼さを持ったあどけない性格をしているようだった。
本当に……この見た目と性格を見ただけでは、とてもではないが信じられない。
どこまで本気だったのかわからないが――彼女の力が、
――そして、始まる!
「私は時の界王神。貴方の活躍に……ちょっと不安だけど期待しているわ」
――蠢く陰謀!
「フフフ、暗黒魔界の復活も近いわ……」
「力を……もっと強い力を……!」
――改変された歴史!
「なんだこれは……生き残ったナッパとラディッツが超サイヤ人に……?」
――予期せぬ事態!
「こちらノエンこちらノエン、応答せよー……あっ、つながった。ごめんトランクスさん、なんかタイムマシン壊れてそっち戻れないんだけど」
《な、なんだって!?》
――偉人達との共闘!
「うん? 誰だおめえ?」
「おおっ、若い……って言うほどあんまり変わってないか。援護しますよ、悟空さん、ピッコロさん!」
「チッ……少しは出来るようだが俺達の足を引っ張るなよ」
「ピッコロさんも相変わらず……よっし! 燃えてきた!」
「カカロット! 三人で掛かってこようが無駄だ! 死んでしまえー!」
――幼き日の
「あれぇ? お姉ちゃん、誰……?」
「か……カワイイ!!」
――明かされる父と母!
「え……じゃあもしかして、ノエンさんの両親って……」
「そう……天津飯とランチ。似てないでしょ?」
――激突する帝王!
「一部以外のサイヤ人を滅ぼしてくれてありがとね。でも、お前は要らない」
「ほざけ……! 地球人ごとき、一瞬で木っ端微塵にしてやるぞ!」
――帝王一家、降臨!
「弟よ、手を貸してやろう」
「クウラ兄さん……!」
「だが勘違いするな。猿共と地球人なんぞに同じ一族がやられることを、この俺のプライドが許さんだけだ」
「息子よ、わしも居るぞ」
「パパ……!」
――混沌の人造人間!
「人造人間13号、14号、15号、16号、17号、18号、19号、20号だと?」
「おいトランクス! 数多すぎじゃねぇか!?」
「どういうことなんだこれは……一体、何人と戦えばいいんだ……」
――現れるサイヤ人の生き残り!
「パラガスでございます」
「ブロリーです……」
――伝説の超サイヤ人、覚醒!
「カカロット、まずお前から血祭りにあげてやる」
「カカロットじゃねぇ! オラ孫悟空だぁ!」
「貴様が伝説の超サイヤ人なら! 俺様は伝説の超スーパーサイヤ人だ!」
――セルゲーム、場外乱闘!
「悟飯さんの邪魔をするなアアアアアアッッ!!」
《な、なんてデタラメな……》
「なんだこの娘っ……この俺が押されているだと……!?」
「ミラ、ここは撤退よ!」
――魔人、増殖!
「ブウ!」
「ブウ!」
「ブウ!」
「おめえ……それはちょっとズリィんじゃねぇか?」
「いいんだもーん!」
「ちょっと可愛いかも……」
――破壊神、激昂!
「たったそれだけのことで破壊するの? 何が神だよ、フリーザとやってること変わんないクズじゃないか」
「……なんだい? 可愛げのない娘だね」
「おい! なにしてやがる白髪ァ! そんなことよりそのプリンを渡せぇぇ!」
「はい、ブウさん、どうぞ」
「ブウー! お前、いい奴」
「かんっぜんにキレたぞおおおおおっっ!!」
――フュージョン、承認!
「……フュージョンするぞカカロット」
「ベジータ……!」
「時間は、ボクが稼ぐ……!」
――二人の
「破壊の神を舐めちゃいけないよ、お嬢ちゃん」
「お前こそ、人を舐めんな」
「なに?」
「その通りだ」
――神々も驚く、復活のフュージョン!
「俺は悟空でもベジータでもない……俺は貴様を倒す者だ!」
「……少しは楽しめそうだ」
――黒幕!!
「破壊神の力を取り込み、今こそ私は真の魔神となったァ!」
「おやおやビルス様……暴食の貴方が食べられてお亡くなりとは皮肉なことで」
「おい、勝手に殺すな」
――神と人間、魔神の時空決戦!
「おい自称破壊神! コイツを倒したら次はお前だからな!」
「ほんっとに生意気な嬢ちゃんだ」
「ガキが……私を見くびるなァ!」
――親子気功砲、発動!
「娘よっ! 父が叶えられなかった夢を叶えろ!」
「はああああああっ!!」
時空の戦士の思いが一つになった時、奇跡は起きる。
それは時間を巡る少女の物語――。
「……来てやったよ、ベビー」
――魂の救済、運命の再会。
「俺は……俺はベビーだ! ツフル王の魂なぞ捨てた……一人のベビーだ!」
「いこう……前世のボク。そして、おかえり」
生と死。
破壊と創造。
時間と空間。
少女は時間を越えて、本当の強さを手に入れることが出来るのか!?
【ドラゴンボールNT 時空まるごと超決戦!!】
多分、始まりませんが小ネタ的に続くかもしれません。
ある意味自重していたネオンと違って、ノエンは結構自由に場を引っ掻き回すタイプだったり。端的に言うとウザキャラ。悪人じゃないけどウザキャラ。生まれ変わっても相変わらず悟飯スキーですが、危ない感情は一切ありませんがウザキャラです。
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もしもシリーズ 「前世との対面」
時間の流れに、大きな異変が生じた。
近頃から何者かに歴史を改変される事態が頻繁に起こっていたのだが、今回のそれはとびきり大きな異変だった。
時はエイジ761年、10月12日。
出来事は、サイヤ人の生き残りであるラディッツが地球に襲来。孫悟空が初めてピッコロと手を組み、ラディッツと戦うものの敗北。悟空とピッコロは死亡し、地球人類はラディッツによって絶滅する――。
……そのように、一目見て歴史上ではありえないとわかる出来事が、時を司る「終わりと始まりの書」には記されていた。
この時点で地球人類が全滅してしまえば、当然後の未来も変わってしまう。その先は時間の流れそのものの崩壊へとつながるだろう。故に時間の管理者である時の界王神とトランクスは異変の始まりであるエイジ761年の地球へと、この日ドラゴンボールによって召喚したノエンを向かわせたのである。
それが、数十分前のことだ。
水晶球越しに二人が見つめる戦場では、既に彼女による歴史の修正が終わろうとしていた。
「意外と地味ね、あの子のやり方」
その状況を水晶球越しに眺めながら、時の界王神が彼女――ノエンの仕事ぶりを一言に評する。
どうにも辛辣な物言いではあったが、それはこの仕事においては褒め言葉に当たった。
「時の界王神様、それは……」
「ええ、いいのよ地味で。タイムパトロールの仕事は歴史の秩序を守ること。だからタイムパトローラー自身が歴史を変えないように、出来るだけ謙虚に、地味に立ち回ってもらった方が後々が楽になるわ。ちょっと頭悪そうだったけど、よくわかっているじゃないあの子」
タイムパトロール隊員が気をつけなければならないのは、歴史の修正を行った筈が自分自身の介入によって本来の歴史が大きく乖離されてしまうことだ。かつてトランクスが絶望の未来を変えようと20年前の時代を訪れた際、本来孫悟空が倒す筈だったフリーザ親子を斬り捨ててしまったことによって生じたバタフライエフェクトのように、未来から来た人間の行動は一つ一つが歴史に変化をもたらしてしまう。
今回の場合、ノエンという新たなタイムパトロール隊員に与えられた役割は、あくまでも「ラディッツの一人勝ち」という形で捻じ曲がってしまった歴史を、「悟空とラディッツが共倒れになる」という本来の結果へと導くことにあった。
……悟空も共に死ななければならないという条件は、初陣の彼女にとってはややハードな任務だったかもしれないが。
その彼女は今、エイジ761年の時代にてその任務を見事に成し遂げていた。
水晶球越しに映る戦場にはピッコロの魔貫光殺砲が悟空ごとラディッツの胸を撃ち抜いている光景が広がっており――それはまさしく、彼らが辿るべき正しい歴史の姿だった。
《つまんないな……》
その瞬間、ボソッと通信端末から聴こえてきた彼女の声に、トランクスが苦笑を浮かべる。
この歴史の改変作業において、悟空とピッコロがタッグを組んでラディッツと戦っている間、彼女の姿は最後まで戦いの場に現れなかったのだ。
彼女がこの場に直々に介入し、三対一でラディッツで戦うという対応も出来たのだろう。しかしこの場において、その必要は一切無かったのだ。
改変された歴史では魔貫光殺砲が直撃する瞬間、ラディッツが悟空の拘束から抜け出し、悟空だけが魔貫光殺砲に貫かれるという歴史になっていた。
そしてそれは、彼女が駆けつけたこの世界においても同様に実行されようとしていた。
悟空が後ろからラディッツを羽交い絞めにし、ピッコロが魔貫光殺砲を放つ。それまで静かに崖の裏で気を隠しながら待機していた彼女が動いたのは、その瞬間だけだった。
彼女がパッと右手を振り上げた瞬間、悟空の拘束から逃れようとしたラディッツの動きが止まった。
そしてピッコロの魔貫光殺砲は本来の歴史通りラディッツと悟空の胸を貫き、二人を絶命させたのである。
その時、彼女が何をしたのか――彼女と会って最初に手合わせをしたトランクスにはわかった。
「便利な力を使えるじゃない。まるで東の界王神のようね、貴方の超能力」
《でも地味じゃん。これやっぱり地味だよ。ボクも悟空さん達と一緒に戦いたかったなぁ……》
超能力――それが、今の彼女による不可視の攻撃の正体である。
その力を知らぬ間に受けたことによって、悟空の手から抜け出そうとしていたラディッツの動きは見事に封じ込められたのだ。
これで、無事目標は達成というわけだ。この時代の戦士達に姿すら見せないまま任務を遂行させたのはタイムパトロール隊員としては最上の結果であり、手放しに褒められることではあった。しかし彼女の方からすると、かなり不満だったようだ。
憧れの人間が目の前で戦っているのに、自分は陰から超能力でアシストするだけ……それは確かに、時の界王神と彼女が言うように「地味」な行動だったからである。
「はは……でもこの時点の戦いには、表立ってノエンさんが出なくて良かったと思いますよ」
《なんでさ?》
「ラディッツはもちろんですが、悟空さんもまだ超サイヤ人になっていない時代ですから、俺の時のように貴方の存在が知られることで何か悪影響があるかもしれませんし」
「まあ、この時代での貴方は明らかにオーバースペックだものね。三人で戦ったら、ラディッツだけが死にそうだし……」
《気を抑えて戦えばいいじゃん》
「出来るの? 自分で直接戦っておきながら、孫悟空を見殺しに」
《あっ、それ無理》
「でしょうね」
彼女が直接介入した場合における混乱は、容易に想像出来る。
彼女が訪れたこのエイジ761年では、Z戦士にとってラディッツこそが最強の存在として認識されているのだ。この時代の後に現れるベジータやフリーザ、人造人間のような強敵を知るトランクスにとってはラディッツなど取るに足らない戦闘力に過ぎないが、この時代のZ戦士にとっては脅威そのものなのである。
そんな時代に、いきなり超サイヤ人級の戦闘力を持つ彼女が現れでもすれば……彼女自身が自重しない限り、とんでもなく目立ってしまうだろう。あくまでも歴史の秩序を守ることが使命であるタイムパトロールにとって、それは望むところではなかった。
「今のノエンさんの行動で、巻物の中身は本来の歴史に戻りました。タイムマシンに乗って、こちらに戻ってきてください」
《はーい》
一先ず一つ目の歴史を修正することが出来た。彼女の存在は誰にも知られていない為、この戦いで生まれた「書物の切れ端」の数も最小限に抑えられた。
書物の切れ端――即ち「歴史の残滓」を取り除く為の戦いを「パラレルクエスト」と呼ぶのだが、彼女が戻ってきたらそのことについて教える必要があるだろう。
中間管理職的な立場に居るトランクスには、やらなければならないことが山積みだ。
そんな彼が今後のことを考えながら巻物を書庫に収めていると、彼女から再び通信が入ってきた。
《……ねえトランクスさん》
「どうかしましたか?」
眉間にしわを寄せながら、端末越しにこちらを見つめる白銀の少女。もしや先の戦闘に対して不満をぶつけようとしているのかとトランクスが身構えるが、彼女が直後に言い放ったのは全く持って想定外な言葉だった。
《タイムマシン……動かないんだけど》
こんにちは、ボクノエン。
トキトキ都に来て、初めての仕事が終わった。と言ってもほんの一瞬だけ超能力でロン毛のおじさんの動きを止めるだけで済んじゃう仕事だったんだけど……これがまあ張り切った割には地味な仕事だったよ。
しかし生き返るってわかってても、悟空さんが死ぬところを見るのは本当に胸糞悪いなぁ。あの人達が戦っている間、何度飛び出そうと思ったことか。
……まあ、今回はたまたまそういう仕事だったんだと思おう、うん。次こそはもっと本格的に介入して、若い悟空さんや悟飯さん達と一緒に戦う機会があるだろうと楽観的に推測してみる。
――で、そんなことを考えて悟空さんの死から気を紛らわせながらさっさとタイムマシンに乗り込んでいくと、ここで緊急事態発生。
タイムマシンが不良品でした。
ここに来るまでは普通に動いていたんだけど、トキトキ都に戻ろうとするとうんともすんとも言いやしない。
割と結構あるんだよなこういうの。ボクが入ろうとした時だけ自動ドアが開かなくなったり、シャワーを浴びている時に急にお湯が出なくなって冷水が掛かってきたり……何だろう、無機物に嫌われてるのかなボク。
そんなことを考えながら割とブルーな気持ちで地面にのの字を書いていると、トランクスさんからの指示が降りてきた。
いわく、迎えのタイムパトロール隊員が来るまでそこで待っててと。ただその迎えのタイムマシンも、今は全部出払っているから時間が掛かるかもと言う通達だった。
トランクスさんは申し訳なさそうだったけど……まあ彼は何も悪くないし責める気なんか全く無い。寧ろこの状況――ナイスなんじゃないかとボクは考えた。
「じゃあ迎えが来るまで探検してくるね!」
《え? ちょっとノエンさ……》
ピッと、うっかり通信を切ってしまう。うん、うっかりだから仕方ないよね。
さーてさて、お待ちかねの探検タイムだ。まさにタイムトラベル! せっかく過去の世界に来たんだから、色々観光とかしたいよねーってところだ。
もちろん、歴史を変えるようなことをするつもりは無い。ボクはこう見えて、結構自制心があるんだ。
「いやっほー!」
気分は上々。元気百倍。でも神様とかに気づかれないように気の量を調整しながら、ボクは荒野から飛び立った。
そんなに回れる時間は無いから、行くところを決めておこうか。よし、ここからだと東の都が近いし、まずはあそこに行ってみよう!
……って言うかあの都、気のせいかボクの時代より大分広いな。昔の方が町が広いなんて変なのと思いながら、ボクは眼下に広がる都へと降りていった。
街の中は――なんか思ったより昔って感じがしなかった。
いつだったかお母さんが言ってたような気がするけど、結構前から都の科学技術とか頭打ちになっていたんだなぁってことがわかった。カプセルコーポレーションだけ技術のインフレが凄いけど、この時代の東の都に関してはボクの時代と変わり映えが無いように感じた。
でもはっきりと違うとわかるのは、街が妙に広いってところだ。ボクの時代には草原になっていた場所には普通に大きな街並みが広がっていて、人々が普通に生活していた。
至って普通な都で、至って普通な街。だけど何故だか、不思議とここに居ると懐かしい気分になった。ボクは森の中で生まれた正真正銘の田舎娘なんだけど、不思議なことだ。
そんなボクが適当にぶらぶらと街中を散歩していると、何かどこからか騒がしい声が聴こえてきた。
「オラ手を上げて金出しな! このガキがどうなってもいいのか!?」
……サタンシティではよくある、しょうもない事件の発生である。
「うわっ、またこれか」
だけど、これは酷い。
今まで行く先々で強盗事件の現場に出くわすのはパンちゃんのせいだと思っていたけど、疫病神はボクの方だったのではないかと疑った。
野次馬気分で覗き込んでみると、そこはどこかの飲食店だった。そしてその中では何度も見たことがある強盗事件が勃発していた。
ボクの時代でも割と見る光景だったけれど、何十年も前の時代でも都の治安の悪さは変わらないらしい。悲しいやら情けないやら、何とも複雑な気分だ。
しかしこの強盗、かなり酷いタイプのだった。
何せ、その腕に小さな女の子を人質に取って店主を脅迫しているのだから質が悪い。
女の子も可哀想に涙を流して……だけど泣き喚かないのは偉いと思った。恐怖でそれが出来ないのかもしれないけど、ボクにはその姿が何となく彼女なりに強盗犯を刺激しないように頑張っているように見えた。
他のお客さん達はやっぱり自分の身を守るのに精一杯だから、身を屈めて沈黙を守っている。この場に居て叫んでいるのは強盗犯以外には女の子のお父さんっぽい男の人と、お母さんっぽい人に抱きしめられている弟っぽい男の子の二人だけだった。
二人はネオンを放せと――女の子の名前を叫んで解放を呼び掛けていた。
「気持ち悪いなぁ……」
「ん? なんだてめぇ!」
あまりにも不憫なあの女の子と家族を見て、気づいたら店の中に乗り込んでいる自分が居た。
当然その動きには強盗犯も気づいており、店に入ってきたボクに持っている鉄砲を向けてきた。
「君さ、誰のおかげでそんなことが出来ると思ってるんだよ? せっかく平和に暮らせるのに、なんでわざわざ自分から平和を壊すのさ」
「ああ? なに言ってんだてめぇ」
「しかもやることが強盗って言うのがしょぼいよね。世界征服とかなら逆に感心するけど」
こんな単独犯、放っておいても警察がなんとかしてくれるだろうけど見過ごすのも気分が嫌だった。
だから、ボクがこの事件を預かることにした。これぐらいなら、大して歴史も乱れないだろうからね。
「おしおき」
そうと決まれば、早速強盗犯から鉄砲を奪ってやった。ピシュンと人質の女の子を解放させてあげた後、ゆっくり近づいて、サスッて感じに。びっくりした強盗犯が一発銃弾を撃ち込んできたけど、受け止めてしまえば何ともない。当たっても痛くないけど、跳ね返ったのが周りの人に当たったら危ないしね。
「ひ、ひいいいぃィィッ!?」
人質どころか鉄砲まで強引に奪われた強盗犯は、その頃にはすっかり腰を抜かしていた。
人を指差して化け物って……ああ、こりゃあパンちゃんに彼氏が出来ないのもわかる気がする。まあボクの場合は興味も無いし、こんな男に怯えられようと気にしないけどね。
「……なんだい、みっともない声を上げて。人質の子の方がよっぽど強いじゃないか」
解放してあげた女の子の方は、彼女のお父さんが抱きしめてくれていた。まったくこんなしょうもない男に恐怖を植え付けられて、あの家族も可哀想だ。
「ボクとお話ししようよおじさん、ほら、銃撃っちゃうよ? さっきみんなにさせていたみたいにバンザイしてよバンザーイ」
「ヒッ……!」
奪った鉄砲を向けながら、ボクは強盗犯に呼び掛ける。
ここのみんなに怖い思いをさせたんだから、同じぐらい怖い思いをしてもらうのが筋だとボクは思う。
「なんちゃって……って気絶してるよこの人」
正直、ボクは彼に踏み込んで話したかった。どういう心境でこんなことをしたのかとか、盗んだ金で何をするつもりだったのかとか。
悪人って言っても色々居るからね。ボクの両親だって昔はワルだったって言ってたし、話を聞いて彼のことを知ればボクにも何か出来るんじゃないかって思った。
……まあ、鉄砲を向けたらすぐに白目を剥いて気絶したんだけどね。そんな度胸なら最初からこんなことするなよって思うのは間違いじゃないと思う。
そんなこんなで強盗事件は未遂に終わり、後から来た警察には強盗犯は自分の行為に怯えて勝手に気絶したとか言って適当に誤魔化しておいた。
それと、人質の女の子とその家族からは凄いお礼を言われた。本来の歴史だったらどうなっていたのか知らないけど……ボクのやったことで救われたんならこっちも素直に嬉しい。
その後、言葉だけではと高い料理をご馳走してもらった。ニンジン料理とご飯の組み合わせは本当に素晴らしい。素性を聞かれてボクが武者修行中の旅人だと誤魔化しておくと、親切にも家にまで招待されてしまった。中々フレンドリーな一家なようで、ボクもそういうのは好きだった。
なんかお父さんの方が武闘マニアだったみたいで、旅の話とか色々と聞かれた。流石に実名は出せなかったけどボクもノリノリで話をしていると、娘さんのネオンちゃんも興味を持ったらしい。
「……どうしたら、お兄ちゃんみたいに強くなれるの?」
ふとネオンちゃんからそんなことを聞かれた。純粋な目に込められた純粋な質問だ。でも純粋な分どう返せばいいか困る質問だった。
しかし小さい子から受ける尊敬の眼差しというのは、何とも新鮮で心地良い。一人っ子で弟とか妹とか居ないから、なんか新しい世界が広がりそうな気がした。
「ボクもまだまだだよ。この世界にはボクよりずっと強い人がたくさん居て……たくさん居るからかな、やっぱり」
「?」
「自分より強い人に鍛えてもらったり教えてもらったら、強くなれると思うよ。一番大事なのは強くなりたいって気持ちかな? いや、強くなって誰かを守りたいって思うことなのかも……」
「どういうこと?」
「友情、勇気……そう、愛だ! 愛が人を強くするんだ! うん、これがすっきりする」
「あい?」
「哀じゃなくて愛。夢中になれるものがあれば、誰でもきっと強くなれるよ。あとネオンちゃん、ボクお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんだから。……本当はボクの方が随分年下だけど」
「愛……」
武道マニアのお父さんにおっとりしたお母さん、真面目な長女に可愛い盛りの長男。それはごくごく一般的な家庭だったけれど、何か他人な気がしないほど馴染みやすい家族だった。
歴史への影響があるからあれだけど、ボクも自分の名前くらいは名乗っても良いんじゃないかと迷ったけど……あまり詮索されなかったからまあいっか。
そんな感じにだべり合いながら、ボクはネオンちゃん達と一緒にまったり過ごした。
予定していたよりもくつろぎすぎてしまったが、夜になりネオンちゃん達の家族と別れる頃になって、丁度トランクスさんから迎えのタイムパトロール隊員がこっちに来ると言う連絡が来た。
これで、この時代とはさようならということだ。数時間程度ではあったけど、いざ去るとなると少し名残惜しい。
《迎えが来るまで、どこに居たんですか?》
「ん……東の都。ちょっとブラブラしたけど、それだけだよ」
《ならいいんですが……この時代の悟飯さん達に会いに行っていたんじゃないかと心配しました》
「あ! そういうのもあったか!」
《ノエンさん……》
「冗談冗談。悟飯さん達には次の時代で会うかもだし、今はいいよ」
迎えのタイムパトロール隊員が乗ってきたタイムマシンにボクは自分の乗ってきたタイムマシンを連結させ、操縦席に座って待機する。彼のタイムマシンに引っ張ってもらう形である。
トランクスさんと喋りながら彼の発進を待っていると、とうとうその時は来た。
「……幸せそうな家族だったなぁ……」
タイムマシンが宙に浮かび上がる中、ボクはこの時代で出会った家族のことを思う。
平凡だけど、温かくて良い家族だった。もし機会があって許可も出たら、また会いたいなと思った。
特にネオンちゃん。あの子は絶対ボクに似て美人に育つ。うん、どことなく小さい頃のボクに似てたし、間違いない。
『またねー! お姉ちゃん!』
いつか大きくなったあの子と会う日を想像しながら、ボクの乗るタイムマシンはエイジ761年の地球を飛び去った――。
一年後、あの街が二人のサイヤ人によって消されたのだと知ったのは、ボクが次の仕事でナッパと戦った時のことだった。
ナッパ「粉々にしてやる、あの街のようにな!」
ノエン「東の都のことかー!!」
というやり取りがあったかもしれません。
因みにオリキャラの戦闘力の序列は
ネオンベビー>ネオン(超化)≧ノエン>ネオン(通常)>メタルベビー単体という感じです。
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もしもシリーズ 「パラレルワールドの場合」
あんなに怒ったのは、生まれて初めてなんじゃないかと思う。
しかしこれは本当に……心に来る。あの時代のベジータさんも、地球を攻めに来るような人だから非道な人間だっていうのはわかっていた。
だけど、ボクの知っている人が――言葉を交わして仲良くなった人が死んでしまったのは、とても悲しい。
――東の都は、ナッパというサイヤ人に滅ぼされた。そこに居る住民も……ネオンちゃん達も、みんな死んでいたのだ。
トランクスさんの話によれば、諸々の事情から彼らがドラゴンボールで生き返ることはなかったのだそうだ。
だけどそれは元々の歴史通りに起こったことだから、ボクにはもう手を出すことは出来なかった。仮にあそこで東の都の人達が死なないように歴史を改変したとしても、それは時間の秩序を乱すことになり――ボク自身がタイムパトロールの敵になってしまうだろう。
「……でも、なんだかなぁ」
先ほどボクが行ってきたのは、改変されたエイジ762年の11月3日。二人のサイヤ人、ベジータさんとナッパが地球に来た時代だ。そこでナッパと対峙したボクは、彼によって東の都が破壊された事実を知ってしまった。
――その時、ボクは頭の中が真っ白になった。
ボクは激しい怒りに任せて拳を振るい、ナッパを倒した。
そうして任務を終えて、トキトキ都に帰ったボクは精神的に疲労困憊だった。
タイムパトロール隊員が、歴史の大元を壊すようなことをしてはいけない。だからボクには、あの子達を救うことが出来なかった。
始めは単に強い奴と戦えるからって喜んで引き受けた仕事だけど……今回の仕事でボクは、タイムパトロール隊員の辛さがわかったような気がする。
「ねえ、トランクスさん」
「ノエンさん?」
そんな悔しい一日が終わった後、今日はトランクスさんがボクに気を遣って休暇を与えてくれた。
せっかくだし、その好意に甘えてトキトキ都内をぶらついてくるのも良かったけど……結局、大した気分転換にはならなかったのでボクはトランクスさんの働いている「刻蔵庫」へとお邪魔することにした。
「歴史の改変っていうのはさ、パラレルワールドが出来ることもあるんだよね?」
「パラレルワールドですか……ええ、確かにどの時間軸にも多くの分岐点があるので、何らかの拍子に未来が枝分かれすることはありますが……」
「面白いことを話しているじゃない」
「時の界王神様?」
開口一番に切り出したボクの質問に、トランクスさんがすぐに答えを返してくれる。
「パラレルワールド」というのは、ある出来事がきっかけで時空から分岐して、それに並行して存在する別の世界のことだ。並行世界だとか並行宇宙だとか、並行時空と呼ばれたりすると、昔悟飯さんから聞いたことがある。
ボクはそのことについて、彼に相談があった。すると丁度その場に居合わせていた時の界王神様が、脚色を入れて「パラレルワールド」について詳しく説明してくれた。
「歴史の改変っていうのは、大抵の場合はパラレルクエストで辻褄を合わせたりして一本道に戻るんだけど、この前のあれみたいに酷い改変があった場合には、タイムパトロールからの大掛かりな修正が必要になる。それはわかるわね?」
「うん、今ボク達がやっているのは、その「大掛かりな修正」って奴でしょ?」
「そうよ。でも、それが必要のない改変っていうのが中にはあるの。「もう一つの歴史」としてその時間軸から独立した時空――修正の必要がない改変世界。それが、ここで言う「パラレルワールド」よ。
貴方の居た世界の「孫悟空が心臓病で死なない歴史」みたいなのはわかりやすいわね。あの世界では孫悟空が死なないことの方が正しい歴史になっているから、修正する必要がないのよ」
「ああ、だからタイムパトロールは、トランクスさんが変えた過去は元に戻さないんだ。戻されたら困るけど」
基本的に歴史の改変は重罪扱いになるのだが、例外的に無罪放免として認められるケースがある。その一つが、「世界そのものがパラレルワールドに分岐した場合」なのだそうだ。
この場合は元々の世界の歴史が歪むわけじゃないから、時の界王神様達が危惧しているような時空のバランスが捻じ曲がる恐れもないらしい。
小難しいことはよくわからないけど、ボクとしては「パラレルワールド」が実在することさえわかれば十分だった。
……これで、本題に入れる。
「じゃあさ! 東の都が滅ぼされずに済んだパラレルワールドっていうのはないかな?」
前振りをしてみたけど、ボクがトランクスさんと時の界王神様に聞きたかったのはそのことだ。
この世にはたくさんの分岐点があって、何らかの拍子にパラレルワールドが生まれることがある。
だったら何かがきっかけになって、あの町の人達が救われる世界があってもいいんじゃないかと……ボクはそんな、気休めみたいな救いを求めていた。
「さあ、あるんじゃない?」
「あれ、意外とあっけない」
そして意外にも、時の界王神様はあっけらかんと肯定してくれた。
いわく、パラレルワールドが自然発生するきっかけなんていうのはそれはもう宇宙中無数に存在している為、一個人にとって都合の良い世界があったところで驚くに値しないのだとか。
時の界王神様の言葉に少し拍子抜けすると、言った傍からトランクスさんが一冊の巻物を棚の中から抜き取ってくれた。
「……多分、これじゃないでしょうか? 俺も昨日見つけたばかりで、にわかには信じられませんでしたが……ノエンさんの言っていた「ネオン」という人物が中心になっている巻物は、ここに何冊かありました」
「本当っ!?」
時を司る巻物――「終わりと始まりの書」。
今しがたトランクスさんが抜き取ったのは、時の界王神様が説明してくれた「パラレルワールド」の歴史の一つが書き記されている巻物だった。
難しい顔をしながら巻物の中身を確認するトランクスさんに、ボクは逸る思いで詰め寄った。
「ねえ! その巻物見せてくれない? あの家族が生きていたら、どうなっていたのか知りたいんだ」
「それは……」
パラレルワールド――それは、この世界における「もしも」の可能性だ。もちろんそれを見たところで現実に失った命はドラゴンボールでも使わなきゃ戻らないし、根本的な解決にもならない。だけどボクはそれを承知の上で、あの子の生きている未来を見てみたかった。
会話をしたということもあるけど、ボクにはどうしてもネオンちゃん達のことが、赤の他人には思えなかったのだ。
必死に詰め寄るボクの頼みを受けて、トランクスはこの場の最高責任者である時の界王神様の許可を伺う。
時の界王神様は肩をすくめると、くすりと笑いながら言った。
「個人のプライベートに踏み込む時はちゃんと節度を守ること。それさえ守れば、私からは何も言わないわ」
「やった! 流石時の界王神様! 宇宙一美人で話のわかる理想のレディだね!」
「ふふん、本当のこと言ってくれるじゃない。お礼に手料理を食べさせてあげるわ」
話のわかる素敵な神様に、ボクは喜びに跳び上がりながら礼を言う。
しかし時の界王神様は、最後に釘を刺すように忠告してきた。
「ただ、貴方にとって都合の良いパラレルワールドがあったからって、正史では東の都が滅びている事実は変わらないわ。それだけは忘れないで」
「……うん、わかってる。だけど、あの子達が犠牲にならずに済んだ世界があるなら嬉しい。だって、どう頑張っても死んでしまう未来なんて寂しいじゃない」
「……俺にも、その気持ちはわかります」
目当てのパラレルワールドが見つかったところで、あそこで失った命が戻ってくるわけではない。ボクが見ようとしている巻物は、広げてみたところで自己満足にしかならないだろう。
ただ、それでもボクは知りたかった。あの家族が……特にネオンちゃんがあれから順調に成長していった可能性の未来を。
ボクって、思っていたより情に厚かったのかな? 自分でもこの気持ちがとても意外に感じる。
だけど、あの子が幸せになる姿を見てみたくて、ボクは昨夜中々寝付けなかったぐらいだ。
晴れて閲覧の許可を貰ったボクはトランクスさんから巻物を受け取り、適当な机の上に広げる。
そしてボクはその中身を、食い入るように読み上げた。
「どれどれ……」
するとほどなくして、紙面の上にその巻物に記されている出来事が、まるで映画のワンシーンのように浮かび上がってきた。これが巻物――「終わりと始まりの書」の特徴だ。
「え……?」
浮かび上がってきたその映像に、ボクは困惑の声を上げる。
だってさ、これって……どういうことだよ?
『大切なものは全部奪われた! 君達サイヤ人が何もかも壊したんだっ!!』
――その巻物に載っていたのは、何故かボクと同じ色の髪に染まっているネオンちゃんの姿と……彼女と対峙している少年時代の悟飯さんだった。
――ああ、なるほど、そういうことか。
ボクはこの巻物に載っていたパラレルワールドの出来事を見終わった後、妙に納得してしまった。
ネオン――そして、ベビー。地球人の女の子と、ツフル人が生み出した怪物。
お互いが一つの存在へと同化し、お互いの感情を溶け込ませた二人は、反発し合いながらサイヤ人への復讐に臨み……戦いの最後はベビーが死に、ネオンが一人の女の子に戻るという結果に終わった。
悟飯さんが、彼らの苦しみを終わらせてくれたのだ。
しかし戦いの後でネオンはベビーの後を追って昇天し、悟飯さんは後悔の叫びを上げてそんな彼女を見送った。
それから三年後――ネオンは悟空さんと一緒に一日だけこの世に戻ってきて、魔導師バビディが起こした騒動に巻き込まれる。
そして、魔人ブウ――ブウさんの復活を未然に阻止し、戦いは無事大団円を迎えた。
その後、二人の為に開かれた宴会が終わった後、ネオンは最後の夜に自分の故郷へと悟飯さんを連れていき……三年前に死に別れた時には言えなかったことを伝え、思い残すことが無くなった彼女は満足してあの世に帰ったのだ。
あの世に帰ったネオンは大界王星での修行をやめて、魂の転生を行うことを大界王様に報告した。
そんな彼女の決意に、大界王様が粋な計らいを見せて彼女を天国へと送り飛ばした。ジェット機で。
そして彼女は亡くなった家族全員と十一年ぶりに再会し、この世で自分が体験した思い出話を楽しそうに語った。
……不覚にも、ボクはその場面に泣いてしまった。
全てを語り終えたネオンは、家族と一緒に閻魔様の元へ向かい、魂の転生を行った。
しかしその直後、ある大事件が発生する。それこそが、ボクが前に何度か聞いたことがある「ジャネンバ事件」の始まりだった。
ジャネンバ事件ではブウさんが復活したり、ジャネンバの正体がベビーの怨念だったりとそれはもう悲惨な出来事の連続だった。
しかし、最後は悟飯さんや生き返った悟空さん達の活躍により、事件は戦士達の勝利で幕を下ろした。
――それから数日後、地球に「ノエン」が生まれた。
その魂はまさしく、かつて存在していたネオンの物と同じだったという――。
……それが、この巻物に記されていた歴史の大まかな内容だった。
「ボクの誕生秘話なんか聞いてないよトランクスさぁん!」
「す、すみません! 俺もその巻物は初めて見ました……」
「何だよこれ……! 何だよこれぇ……」
少し、取り乱してしまったけどこんなボクのことを責めないでほしい。
いやだって、まさか。本当に、まさかだよ。
――他人の気がしないと思っていた女の子は、前世の自分でした。
あの子達が生き残っているパラレルワールドを探していた筈が、思いも寄らない衝撃の新事実にたどり着いてしまった。そもそもこれ、あの子達が生き残っている世界じゃないし……話が違うじゃないかトランクスさん!
それどころかこの巻物、気のせいじゃなければ――
「……ボク達の世界だよね、これ」
ジャネンバの存在と言い、ボクの存在と言い……巻物に載っていたのは、まさしくボク達の世界の歴史だった。
ジャネンバのこととかブウさんのこととかセルのこととかいっぱい話してくれたのに、ここに載っているネオンちゃんのことは誰もボクに教えてくれなかったのは、悟飯さん達がボクに気を遣ってくれたからなのかなぁ……。これを見てしまったのは、なんだか悪いことをした気分だった。
……自分の知らない自分の世界の歴史を見て、色々と思うことはある。それが自分の前世の話なら、尚更だ。それはなんかこう、どう表現したらいいかわからない感覚だった。
ただ、結局死んでしまったとは言えネオンちゃんが最後に家族のところへ行けたこと。そして悟飯さんと出会い、気持ちを伝えて綺麗に別れることが出来たことは、悲劇的な終わりの中でも確かな救いだったのかもしれない。……本当のことは、あの子自身にしかわからないのだけど。
だけど本当に、あの子は満足だったのかな?
ネオンちゃんはいつの日かまた悟飯と出会うことを夢に見て、その魂でボクを産んだ。ボクにとって彼女は前世の自分に当たる存在だけど、言ってみればもう一人のお母さんとも言える立場だ。十四歳になったネオンちゃんの姿は、お母さんよりボクに似ていたし。
あの子が転生の間際に何を見て、何を為すことをボクに望んでいたのか……それはわからないけど、何となく察することは出来る。だけど、ボクはノエンで、ネオンはネオンだ。ボクとあの子は魂が同じなだけで、全くの別人だ。
だからボクの性格も、好みも、戦い方も戦闘力もボク自身の物だ。あの子の影響は、少しはあったのかもしれないけど。
だからこれを見たからと言って、ボクは前世の自分に引き摺られて生きる気は無い。きっとネオンちゃんも、それで良いと思っていた筈だ。
だけど……
「諦めんなよ、前世のボク……ボクだったらビーデルさんに渡さないぞ、絶対!」
綺麗な逝き方だ。ボクも将来死ぬ時が来たら、ああいう感じで逝けたら幸せだと思う。
だけど、いくらなんでも自分で決めて逝くには早すぎるんじゃないかって、ボクは思う。
彼女の魂で生まれたボクが言うのもなんだけど、ネオンちゃんはまだまだ若い人間だった。もっと自由に、好き勝手に生きて良かった筈だ。それこそ地球にはドラゴンボールなんて素晴らしいものがあるんだから、リスクを背負ってでも生き返る方法はあったんだ。
あの子の弟みたいに、あの子よりもずっと幼い頃に死んでしまった不幸な人間はたくさん居る。
……だけどボクには、あの子の不器用さがどうにもスッキリしない。
「ねえ、トランクスさん!」
「ハイッ!」
「このパラレルワールドからさらに分かれて、「ネオンちゃんが寿命までちゃんと生きた世界」とかないかな? 出来れば、悟飯さんとゴールしているパターンで」
「……パラレルに関係する書物は、この段にあります。ご自由にどうぞ」
「ありがとう」
彼女は綺麗に別れた。
彼女は心から満足して生まれ変わった。
だけど、その終わり方が本当に最善の形だったとは――ボクには思えない。まあボクの勝手な解釈だけどね。
もちろん、あの子がちゃんと自分で、心から望んだことだっていうのはわかっている。彼女の魂で生まれたボクに、彼女の選択に文句を言う資格も無いだろう。
だけど……だけどだ。無数にあるパラレルワールドの中で、一つぐらいもっとあの子に都合の良い世界があってもいいんじゃないかと思うのだ。
トランクスさんに教えてもらった棚の段を漁ってみると、何時間か掛けてボクは目当ての巻物をようやく見つけることが出来た。
……残念ながらナッパに東の都が焼き払われた歴史は変わっていなかったけれど、ネオンちゃんにとってはボク達の世界よりも都合の良いパラレルワールドが一つだけあったのだ。
だけどそれ……ものすっごいハチャメチャな世界だった。
まず、ベビーが良い奴だった。
もう一度言おう。ベビーが良い奴だった。
……もうこの人、ベビー様って言っても良いんじゃないかってぐらいカッコ良い生き物だったのだ。
その世界のベビーはツフル王の怨念に従いながらも地球人の女の子の為に涙を流せるような奴で。
地球や宿主のネオンちゃんのことを守る為に、悟空さん達と協力してフリーザやそのお兄さん達と戦ったりしていて。
復讐を望まないネオンちゃんの気持ちも、ちゃんと理解していて。
……だけどやっぱり、自分の存在意義を守る為には、サイヤ人のことを許しておけなくて。
その世界のベビーは、自分の使命と感情の間で何度も葛藤していた優しい怪物だったのだ。
ぶっちゃけると、そんな彼の姿には少し惚れちゃった。
そのぐらい、その世界のベビーは良い奴だったのだ。多分この世界は、「もしもベビーが良い奴だったら」という無茶苦茶なイレギュラーから分岐した珍しいパラレルワールドなのだろう。
さて、あんまり綺麗なベビーについて語りすぎると肝心なところが置いてけぼりになりそうだから、今はここまでにしておこう。
しかしそんなパラレルワールドの歴史でも、ネオンちゃんと同化したベビーが復讐の為に悟飯さん達と戦う出来事は起こっていた。
ただ、その戦いの結末は、ボク達の世界とは違うものだった。
ネオンちゃんもベビーも、二人ともあの世に逝くことはなく――二人とも生きて、ツフルの怨念を断ち切るという形で幕を下ろしたのだ。
そんなトゥルーエンドの決め手になったのは悟飯さん達の懸命な説得と、ベビーの心にある確かな「愛情」の存在だった。
ツフル王の呪縛から解き放たれ、自分の意志で宿主と分離した彼は、ネオンちゃんと悟飯さんに向かってこう言った。
『お前達が俺に、人の心を教えてくれた。憎しみしか知らなかった俺に、「愛情」という感情を教えてくれた。この俺に、優しさを与えてくれた』
『ネオン、そして孫悟飯……俺は、お前たちのおかげで大切なものを得ることが出来た。……礼を言う』
『二度と会うことはないだろうが、最後に一度だけ言っておこう。……幸せになれよ、お前たち』
今から話すのはそんな、ボク達の世界ではあり得なかった綺麗なベビーのおかげでたどり着いた、
その世界では17歳に成長したネオンがこの世に生き永らえ、愛する人々との日常を謳歌していた。
一個人のプライベートは覗くなって時の界王神様には言われたけど、ボクはあえてその一幕を語ろう。
ボクの前世に当たる女の子が、生きて「彼」と共に歩んだ歴史の一幕を。
あっ、ブラックコーヒーはここに置いておくね。
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IF もしもベビーが良い奴だったら
前 編
【パラレルワールド・パターンB 地球 年表】
エイジ728
ベジータ王率いるサイヤ人と、ツフル王率いるツフル人が全面戦争に突入。
追い詰められたツフル人は、残された科学力で寄生型生物ベビーを開発。これにツフル王の遺伝子を移植し、ドクター・ライチーと共に宇宙へ放つ。
戦争はサイヤ人が勝利。惑星プラントは惑星ベジータと改名され、サイヤ人は宇宙進出を開始。
エイジ729
漂流していたベビーとライチーの宇宙船にエンジントラブルが発生し、ベビーの入ったカプセルが行方不明になる。
エイジ737
カカロット誕生。ブロリー誕生。
サイヤ人がカナッサ星とミート星を制圧。
フリーザに対してベジータ王が反乱を起こすものの返り討ちに遭い、死亡。
フリーザ、惑星ベジータを消滅させる。
カカロット、惑星ベジータを脱出。
ブロリー、超サイヤ人に覚醒しパラガスと共に脱出。
9月某日
カカロット、地球に到着。孫悟飯に拾われ「孫悟空」と名づけられる。
エイジ738
孫悟空、頭を強打しサイヤ人特有の凶暴性が消える。
エイジ749
9月1日 - 9月9日
悟空とブルマが出会い、ドラゴンボール探しの旅が始まる。
悟空とブルマ、亀仙人、ウーロン、ヤムチャ等と出会う。
冒険の果てに七つのドラゴンボールが揃い、神龍が出現。ウーロンがギャルのパンティーを貰い、ピラフ一味の世界征服の願いが阻止される。
9月10日
銀行強盗を行い逃亡していたランチ、悟空とクリリンに助けられ、カメハウスへ行く。
悟空とクリリンが亀仙人に弟子入りする。
エイジ750
5月7日
第21回天下一武道会開催。激闘の果てにジャッキー・チュンが優勝する。
5月8日
レッドリボン軍のマッスルタワーが、悟空により壊滅する。
5月12日
悟空が桃白白を倒し、レッドリボン軍本部を壊滅させる。
エイジ753
第22回天下一武道会開催。天津飯が優勝を果たす。
5月7日 - 5月9日
ピッコロ大魔王の封印が解かれる。ピッコロ大魔王の手下達が武道家狩りを行う。
亀仙人、魔封波によるピッコロ大魔王の封印に失敗して死亡し、餃子がピッコロ大魔王に殺される。
ピッコロ大魔王が国王の座を奪い取る。
悟空、ピッコロ大魔王を倒し、直後にマジュニア誕生。
悟空、神の神殿へ行き、神龍が蘇える。ピッコロ大魔王一味に殺された者が生き返る。
悟空、神様の下で修行を開始。
エイジ756
5月7日
第23回天下一武道会開催。マジュニアを倒し孫悟空が初優勝。悟空がチチと婚約。
同日、ネオンが誕生。
5月8日
パラガス、ブロリーに制御装置を着けようとするものの思い止まる。
ブロリー、カカロットに似たサイヤ人の生き残りであるターレスと戦い、勝利。暴走の苛烈さが収まり、取り戻した理性がパラガスとの親子愛に目覚める。
エイジ757
孫悟飯、ビーデル誕生。
エイジ761
10月8日
行方不明になっていたベビーのカプセルが地球に漂着。
ベビー、本来の力の1%にも満たない不完全の状態で覚醒。本能のままに孫悟空と交戦し、敗北する。
10月12日
ラディッツが地球に襲来。悟空、ピッコロと手を組みラディッツを倒すも、悟空も共に死亡する。
ベジータとナッパ、地球へ向かう。
10月13日
ネオン、森林で迷子になり、木陰で孫悟空との戦いの傷を癒していたベビーと対面する。以後、ネオンはベビーの手当ての為頻繁に顔を合わせるようになる。
エイジ762
4月29日
悟空、蛇の道から界王星に到着し、修行を開始。
ベビー、ネオンとの交流を経て人間の感情を理解する。
11月2日
悟空、ドラゴンボールにより蘇生。
11月3日
ベジータとナッパ、地球に到着する。
ナッパの強襲により東の都が壊滅。ネオンが致命傷を負うものの、ベビーが機転を利かせ、自らの寄生能力によってネオンに生命維持措置を施す。肉体は回復したが衰弱していたネオンの精神は休眠し、植物状態に。ベビーが主人格となる。
サイヤ人の攻撃を受けヤムチャ、餃子、天津飯、ピッコロが戦死。ピッコロと一心同体の神様も死亡し、ドラゴンボールが消滅する。
ネオンに寄生したベビーが戦線に加わり、ナッパを倒す。戦闘後、ネオンベビーは戦線を離脱する。
遅れて来た悟空がベジータと交戦。激闘の末ベジータは重傷を負い、撤退する。
11月14日
神様の宇宙船の改造が完了。ブルマと治療の終わった悟飯、クリリンがナメック星に向けて出発する。
12月18日
ブルマ達とベジータ、ナメック星に到着。
悟空、カプセルコーポレーションでネオンに寄生したベビーと再会。ベビーはナメック星のドラゴンボールを使い、休眠中のネオンの精神を癒すことを条件に、共同戦線を結ぶ。
12月24日
悟空とネオンベビー、ナメック星に到着する。
悟空がリクーム、バータを倒す。
ネオンベビーがギニューと交戦。ボディーチェンジを無効化すると本体のパワーまでも吸収し、ギニューを倒す。
ピッコロ、ナメック星のドラゴンボールによって生き返り、二つ目の願いでナメック星へ移動。ネイルと同化。
ピッコロと合流した悟空達がフリーザと戦闘開始。
ベジータ、フリーザに心臓を撃ち抜かれ死亡。
ネオン、微かに残った精神でベビーを庇い、死亡。
ベビー、激しい怒りによって本来の力が解放される。
ベビー、悟空と合体し、白銀色の戦士となった悟空ベビーがフリーザと激闘を繰り広げる。
界王の機転により、ネオンやベジータ等フリーザ一味に殺された者が、地球のドラゴンボールにより生き返る。
ナメック星のドラゴンボールの三つ目の願いで、ナメック星に居る悟空ベビーとフリーザ以外の全員が地球へ強制転移される。
最長老がムーリをナメック星の次期最長老に指名し、寿命により死亡。
爆発寸前のナメック星では悟空ベビーがフリーザを倒し、悟空の制止を振り切ったベビーがフリーザにとどめを刺す。フリーザ死亡。
悟空とベビーは宇宙船で脱出し、消息不明になる。
エイジ763
ネオン、幼くして天涯孤独の身になったことを哀れんだチチに招かれ、孫家で暮らすようになる。
歳が近いこともあり、共に暮らしている中で悟飯と打ち解けていく。
5月3日
ナメック星のドラゴンボールによりヤムチャ、天津飯、餃子が生き返る。
9月10日
ナメック星のドラゴンボールにより行方不明になっていたベビーと悟空が地球へ帰還する。
ネオン、ベビーと再会し、孫家を離れてベビーと共に東の都の跡地で暮らし始める。
ナメック星人が新たな星に移住する。
10月某日
クウラ一派が地球へ襲来。
悟空、仲間を傷つけられ、地球を滅茶苦茶にされた怒りによって超サイヤ人に初覚醒。クウラを圧倒し、太陽へと吹き飛ばす。
某月某日
セルが乗ったタイムマシンが到着し、セルは地下に潜る。
宇宙に漂流していたクウラがビッグゲテスターと接触。メタルクウラとして蘇る。
エイジ764
メタルクウラ、ビッグゲテスターと共に地球へ襲来。
悟空とメタルクウラが交戦。無限に増殖するメタルクウラの謎を解明したベビーが、悟飯達と共にビッグゲテスター内部へと侵入し、ビッグゲテスターのエネルギーを根こそぎ吸収する。
メタルクウラ、壊滅。ビッグゲテスターのエネルギーを吸収したことによって自壊の恐れがあったベビーは、ネオンの提案によりネオンに寄生することで自壊を防ぐ。
ネオンの負担を減らす為にベビーが極限まで自らのエネルギーを封じ込めたことにより、ネオンベビーは戦闘能力を失う。
メタルクウラ本体、悟空にとどめを刺され死亡。
8月某日
コルド大王が地球へ襲来するものの、未来から来たトランクスに倒され死亡する。
悟空、トランクスとの会話で三年後の未来に恐ろしい二人組が二組――人造人間17号と18号、伝説の超サイヤ人ブロリーとパラガスが現れることを知らされる。
悟空、トランクスから心臓病の特効薬を受け取る。
某月某日
戦士達がそれぞれ人造人間と伝説の超サイヤ人に備えて修行を開始。
ベジータ、自分への怒りで超サイヤ人に覚醒。
エイジ766
現代トランクス誕生。
エイジ767
5月12日
人造人間が出現。悟空が心臓病で倒れる。
ドクター・ゲロ、人造人間17号と18号に殺害される。
セルが出現する。
ピッコロと地球の神が融合する。
5月15日
ベジータとトランクスが、精神と時の部屋に入る。
悟空の心臓病が完治する。
5月16日
ベジータ、トランクスと入れ替わりに、悟空と悟飯が精神と時の部屋に入る。
セルが17号、18号を吸収し、完全体に進化する。
5月17日
伝説の超サイヤ人ブロリーとパラガスが、共に地球へ襲来。
ブロリー、地球で最も強い気を追ってセルと対面、交戦に入る。
セル死亡。
パラガス、地球のどこかに居るベジータを誘き出す為にテレビ局に乱入し、地獄に行っても見られない殺戮ショー「ブロリーゲーム」を行うことを全世界に告知する。
5月19日
ネオンとベビー、パラガスとブロリーと対面し、「復讐」について語り合う。
5月26日
ブロリーゲームが始まる。
悟空、ブロリーの一撃から地球を庇い、死亡。
悟飯、超サイヤ人2に覚醒。ブロリーを倒す。
しかしとどめは刺さず、彼らと同様にサイヤ人に恨みを抱いているネオンとベビーの生き方を語り、復讐の無意味さを説く。
パラガス、ブロリーと共に二人用のポッドに乗り込み宇宙へと脱出。
世間には、ミスター・サタンがブロリーを倒したと報道される。
5月27日
悟空の葬式が行われる。
トランクスが未来へ帰る。悟飯も同行し、未来のブロリーを倒す。
某月某日
孫悟天誕生。
エイジ771
4月1日
地球の神デンデの成長によって、ドラゴンボールがパワーアップする。それによって、蘇生の一年制限が解除される。
ネオン、ドラゴンボールに願い、エイジ762年の11月3日に殺された人間を悪人を除いて生き返らせる。
東の都に住んでいたかつての住民達が生き返り、ネオンが家族にベビーを紹介する。
4月3日
ドクター・ミュー率いるツフル人の生き残りが帝国を作り上げ、地球へ襲来。ベビーとベビーの器であるネオンを新たなツフル王として迎え入れる。
ベビー、ツフルの科学力により真の力に目覚める。ネオンと同化し、ビッグゲテスターから取り込んだエネルギーを制御出来るようになったことでメタルベビーへと進化する。
ネオンベビー、自身に課せられた使命に葛藤しながらも、東の都とネオンの命を守る為にドクター・ミューの企てたサイヤ人絶滅計画に従い、ベジータを倒す。
ネオンベビー、幼い悟天とトランクスの命を狙うものの悟飯に阻止される。
ドクター・ミュー率いるツフル軍はピッコロ達の活躍により崩壊するが、ミューが死の間際にハッチヒャックを生み出し、地球は窮地に陥る。
ネオンベビー、悟飯の説得によりツフル軍を離反。ハッチヒャックを自らの手で葬り、ベビーはネオンと分離。自分探しのために宇宙へと旅立ち、ツフルの怨念に終止符を打った。
4月4日
ネオン、ベビーとの同化で得たツフルの知恵を利用し、「ツフルコーポレーション」を立ち上げる。以後、ツフルコーポレーションは東の都復興の象徴となる。
エイジ774
4月7日
悟飯がオレンジスターハイスクールに編入する。
――
――――
――――――
地球で最も大きな企業は? と問えば、大抵の人間は「カプセルコーポレーション」と答えるだろう。
人々の生活の中には今や誰もが愛用している「ホイポイカプセル」が組み込まれているように、カプセルコーポレーションはその突出した技術によって数々の業績を打ち立てていた。
そんなカプセルコーポレーションの本社が構えられている西の都はこの地球で最も栄えている都市と言っても過言ではなく、街を行き交う人々は常に賑わっていた。
西の都にカプセルコーポレーションあり、と――その存在は、まさに数十年前から続いている西の都発展の象徴とも言えるだろう。
東の都にもまた、そう言った町を象徴する大企業の存在があった。
企業の名は、「ツフルコーポレーション」。
起業したのは、たった三年前のことである。しかしこの会社がその三年間で叩き出してきた業績はまさに桁違いのものであり、今やこの会社は人々に無視出来ない存在感を放っていた。
ツフルコーポレーションでは日常用品はもちろん、乗用車や玩具にコンピューターゲームの製作、アミューズメントパークの経営、さらには宇宙船及びスペースコロニーの建造までもが推し進められている。そのどれもが大半の企業のそれを凌駕しており、カプセルコーポレーションと同様に、時代の最先端を行く大企業として世に君臨していた。
そんな彗星のように現れては爆発的な業績を上げ、人々の生活に浸透しているこの会社だが……さらに驚くべきは社長の若さであろう。
社長の名はネオン。齢は十七歳で、普通ならばハイスクールに通っている年齢だ。
彼女は若干十四歳の身でツフルコーポレーションを起業すると、従来の常識を覆す革新的な技術によって自身の会社を最大手企業にまで伸し上げてみせた。それも、たった三年でだ。そんな彼女のことを多くの人々は稀代の天才として認識しており、東の都の人々などは救都の英雄と持て囃していた。
――しかし、当の本人からしてみれば、それはまっとうな評価ではない。
それは、自身への謙遜や自信の無さから来る卑下した感情ではない。
自分がこの会社で為してきたことが自分の才覚によるものではないことを、彼女は他の誰よりも理解していたからだ。
ツフルコーポレーションは、確かに従来の数世代先を行く性能の宇宙船や乗用車、ロボットの開発を行っている。しかし、その開発に至るに当たって活用されたのは彼女自身の頭脳ではなく――かつて、彼女と共に生きていた「友」のものだった。
宇宙最高峰の科学技術を持っていたプラント星、そこに住まうツフル人の王――その知恵を宿した人工寄生生命体、ベビー。
彼との同化が、かつては普通の少女だった彼女に膨大な知恵をもたらしてくれた。彼女の持つ知恵の全ては、彼から受けた「貰い物」に過ぎなかったのだ。
これは、そんな「貰い物」を本来の歴史とは違った方向へ生かすことになった少女の物語。
本来ならばあり得なかった「心優しき復讐鬼」によって生まれた、もしもの物語である――。
ツフルコーポレーション本社のビルでは都内外から集まってきた多数の会社員達が働いており、社長であるネオンもまたこの日も作業に勤しんでいた。朝から働き詰めて早六時間、時計を見れば既に昼の十二時を回っており、胃の中は少々空腹感に苛まれていた。
「社長、そろそろ休憩しませんか? とっくに昼休みの時間過ぎてますよ」
ここまで休憩も無しに仕事に没頭してきたネオンであるが、そんな社長の様子を見かねてか同室で書類整理に勤しんでいた秘書が彼女にそう進言する。
秘書としてはもっと早くに言い出したかっただろうに、社長を置いて自分だけ休むわけにはいかないという気遣いか。自分より大分年上の秘書に気を遣わせてしまったことに申し訳なく思いながら、ネオンは自作したツフル製PCを操作する手を休めた。
「……そうですね。すみません、バイオレットさん。わざわざ私のペースに付き合わせてしまって」
「まあ、今に始まったことではありませんし。それより私達もお昼にしましょう。コールしておきますね」
「ありがとう」
かつてベビーと同化したことによって強化されているこの身体は、普通の人間よりも遥かに頑丈で燃費も良い。その為に労働効率は常人の何百、何千倍も優れていると言っても過言ではないが……付き合わされる他の社員達はそうではないのだ。ツフルの技術を贅沢に使って作り出したサポートメカなども社内には多々あるが、それでもネオンのペースに着いていける社員などは、選りすぐりのエリートたるこの秘書を含めても皆無であった。
「……本当に、いつもありがとう。バイオレットさんが居なかったら、きっとこの町もここまで復興出来ませんでした」
「お礼は受け取りますが、復興という段階はとっくに過ぎているのでは? 巷では東の都は未来都市とか呼ばれていますよ」
「まだまだこれからだよ。この町も、私達も。もっともっと、人々から愛される町にならなくちゃ……」
デスクから離れ、ネオンは窓際に寄って眼下に広がる町並みを見下ろす。
港に商業区、居住区に遊園地やスタジアムと言った施設を一望出来るこの景色は控えめに言っても絶景であったが、彼女はまだこの景色に満足はしていない。
何故ならば彼女が目指しているのは現状のさらに先にある――地球とツフルの文明が融合した、最高の町環境なのだから。
――ここは、東の都。
二人のサイヤ人に襲われ、辺り一面が焦土と化したのも既に十一年前のことだ。しかしその傷痕は今やどこにもなく、町の中央部には復興の象徴とも言える「ツフルシティ」が広がっていた。
この町にそんな名前を付けたのは、一体誰だったろうか。
……三年前のことを懐かしいと思うほどに、ネオンにはかつての出来事が酷く昔のことのように感じていた。
「眩しい向上心ね。貴方の下で働いていると、つくづく昔の自分が馬鹿馬鹿しくなるって言うか」
「レッドリボン軍、ですか」
「そう、なんであんな無駄な時間過ごしちゃったかなってさ。あんなに忠誠してたのに、忠誠していた男の願いは世界征服じゃなくて「身長を伸ばしたい」だったのよ? あれを知った時、さっさと脱走してホントに良かったわ」
「はは……」
一度は滅ぼされ、何もかもが消えてしまったこの町。
しかし今は、ドラゴンボールとネオンのかつての仲間――悟飯達のおかげでこうして活気に溢れた町並みを取り戻している。
ドラゴンボールによって、かつて殺された人々はその当時の姿のままこの世に蘇ることが出来た。かく言うここに居るバイオレットという女性もその一人だ。
ただ、元に戻ったのはサイヤ人に殺された人々の命であって、破壊された東の都の町は崩壊した状態のままだった。
そこでネオンは自分の手で町を復興させることを決意し、「ツフルコーポレーション」を立ち上げたのが三年前のことだ。
壊された建物を元に戻すには、意外にもさほどの時間は掛からなかった。何故ならば町の復興にはネオンだけではなく、生き返った住民達や悟飯達Z戦士までも協力してくれたからだ。
特に、悟飯達の協力は非常に大きかった。人間を超えた力を持つ彼らには当然ながら重機など必要なく、自らの手足で何万人分もの肉体労働を可能にしていた。孫一家の母であるチチなどは夫が働かないことについて嘆いていたが、彼らが本気で働けば町にどれほどの失業者が溢れ返るかわからないというのがネオンの笑えない想像だ。それほどまでに、彼らの労働力は桁外れだったのだ。
もちろん、頭脳労働はそうもいかなかったが、そちらはベビーの知恵を持ったネオンや町の大人達が協力してくれた。それ以外にも宇宙有数の頭脳を持つタコみたいな科学者が協力してくれたりと、復興は予想以上に捗ったものだ。
今となっては復興した町は元の東の都の活性ぶりを超えて、さらなる発展を遂げた未来都市と化した始末である。現状に満足しているわけではないネオンにとっても、活性化した町の光景は素直に喜ばしかった。
起業当時のことを振り返っているのだろうか、社長秘書のバイオレットが休憩用のソファーにもたれ掛かりながら、しみじみと言った。
「今でもつくづく思うものよ……こんな経歴の女を、よくもまあ手元に置いてくれたもんだって」
「過去の経歴を言ったら、私だって似たようなものですから。それに、同じ町で生まれた貴方なら、絶対に裏切らないと思いましたし」
「……眩しいね、社長は。ピュアと言うか、何と言うか……」
バイオレットはかつて、地球最強最悪の軍隊として名を馳せていたレッドリボン軍に所属していた身である。
しかしレッドリボン軍はかの孫悟空の活躍によって壊滅し、バイオレットはその際に脱出し生き永らえた、言わばはぐれ者の身だ。
普通ならば、そんな者を手元に置いておくことはこれから発展していこうと言う会社の為にはならないだろう。しかしネオンはそんな彼女を自らの秘書として雇い、入社させた。
それは彼女がとても優秀な人間で……かつ、同じ東の都出身の者として裏切りの可能性が低いと感じていたからだ。実際、彼女はレッドリボン軍に居た頃に持っていた野心などは軍が壊滅した頃から、とっくの昔に捨てていると語っていたものである。
遅めの昼休みに入った二人の元に、バイオレットが呼んだ用務の者が昼食の弁当を運んできた。
サバの味噌煮弁当――大企業の社長が食べる物としては少々質素ではあったが味の方に申し分はなく、ネオンにとっては家庭的な温かみを感じる良い一品であった。
そんな昼食をテーブルの上で頂きながら、ふとバイオレットが思い出したように言った。
「ああそうそう、社長宛てにお届け物が来てましたよ。ご家族の方から、新しいお洋服ですって」
「またですか……」
「余計な物と一緒に処分されなくて良かったですね」
ネオン宛てのお届け物――名義はネオンの両親からのものだそうだ。
今回は両親からの品物であったが、ネオン宛てに何かが輸送されることはそう珍しいことではない。特に大企業の若社長という立場もあってかコネクションを求めて縁談を求める輩の数は多く、下心見え見えの指輪や宝石と言った高価な品物を贈られることもしばしばある。そう言った物は丁重に贈り返すか、社員達の気遣いによってネオンの手元へ届く前に処分されるかの二択であったが……厳しい検問を通ってネオンの元に来るのは、最近となっては家族や友人からの贈り物ぐらいなものであった。
しかし気のせいでなければその贈り物、週に二回か三回は贈られてきているようにネオンには思えた。その中身はどれも流行りの洋服や服飾品など、このビルに住み込みで働いている年中スーツ姿のネオンには縁の無い品々であった。
そんな品々を頻繁に贈ってくる両親の真意は、娘にもっと女の子らしく着飾ってほしいという願いか、それとも自分達が親らしく娘に構ってあげたいからか……恐らくは、両方だろう。
そのことには気づいているのだが、上手く甘えることが出来ない。それが、ネオンの不器用な性分であった。
「私から言うのもなんですけど、もっと家に居る時間を増やした方がいいんじゃないですか? 絶対寂しがっていますよ、ご両親」
「……そうだね。今日は家に帰ることにします」
思えばここ数か月、まともに実家に帰っていなかったものだ。
家族も同じ東の都に住んでいるのだから、ネオンが会おうとさえ思えば簡単に会えるだろう。しかしそれ以上に最近のネオンは仕事に付きっ切りになることが多く……好きでやっているからこそ質が悪いと言うべきか、中々仕事で帰らない娘のことを両親は心配しているようだった。
家族に要らぬ心配を掛けることは、ネオンにとっても本位ではない。
三年前、新たな神様であるデンデの成長と共にパワーアップしたドラゴンボールの力で、東の都の人々は全員生き返った。
その時のネオンは、人目もはばからず喜びに涙したものだ。もう二度と、会えないと思っていたから。
十一年前にこの世を去り、三年前に生き返ったネオンの家族。彼らと昔のように穏やかな日々を過ごすことも、思えば選択肢の一つだったのだろう。
しかしネオンは、こうして自分で会社を立ち上げ、一企業の社長として表舞台に上がることを決意した。
ツフルの名を冠する企業によってその名を広め、その技術を世界へと刻み込んでいくことは、かつて共に空白の八年を生き、共に戦った「友」へのネオンなりの恩返しだったのだ。
(ベビー……今君は、どうしてる?)
歳相応に着飾ることをしなくなったのは、宇宙に旅立った「友」への無意識的な負い目だったのかもしれない。尤も彼が今ここに居たら、そんなものは要らんと笑い飛ばしていたかもしれないが。
最大の友にしてもう一人の家族である彼の存在を脳裏に過らせながら、昼食を終えたネオンはバイオレットが「家族からの贈り物」と言っていた紙袋を開け、その中身を両手に広げた。
「これは……」
「あら、可愛いじゃない。中々良いセンスしているわね、社長のご両親」
「……元ファッションモデルなんですよ、お母さんが。昔はよく、着せ替えさせられてたっけ……」
ネオンの好きな空色をした、いかにも女の子らしいヒラヒラしたミニスカートである。
紙袋の中にはそれと組み合わせることを前提にしたようなデザインの衣類が収まっており、丁寧にも上下の下着まで揃っていた。そちらの色や形状は黙秘させてもらうが、どれも娘に綺麗に着飾ってほしいと願う、両親の親心が見える品々だった。
「でも、ミニスカートか……今の私には、ちょっと抵抗があります」
「なーに言ってるんですか。社長なんかまだ十代のピチピチギャルなんですから、色々着飾らないと損ですって。せっかくいい素材持っているんだからさ」
「ピチピチギャルって……古いですね、バイオレットさん」
「おだまり」
履いてみれば、このスカートの長さは膝上15センチというところだろうか。昔はこう言った可愛らしい物をよく身に着けていたものだが、今のネオンは自分の脚や肌を露出することに少々抵抗があった。
と言うのも、数年前まで異星人と戦ったり殺し合ったりしていた自分に、このような少女らしいファッションは似合わないと思っているからだ。
バイオレットからはそんなことはないとお世辞を貰ったりもしたが、やはりネオンとしてはあまり気が乗らなかった。
「それを着て会いに行ってみたら、あの孫悟飯だってイチコロですよ」
「……なんで、そこで悟飯が出てくるんですか」
「初々しい顔しちゃって。この期に及んで白々しいことで」
「……からかわないでください」
唐突に出てきた友人の話に、ネオンは一瞬だけ言葉が詰まる。
孫悟飯――ネオンにとってその存在は、言葉に語り尽くせないほど大きなものだ。
自分を救い、自分を導いてくれた心優しき英雄――数多の悪から地球を守った、本当の英雄。
彼はその身体能力を全力で発揮してこの町の復興にも尽力してくれた為、バイオレット含む町民達は皆、彼とは接点があった。特にバイオレットからしてみればかつて自分が所属していたレッドリボン軍を滅ぼした少年の息子だと知り、因果を感じていたようだがそれはまた別の話である。
「実際、そろそろあの子にも会ってきた方が良いんじゃないんですか? しばらく会ってないんでしょう?」
ネオンは自身の家族と同様に、彼とはしばらくの間会っていない。
具体的に言えば、丸一年ほど会っていなかった。その理由は単純で、ネオンは会社の仕事で忙しく、悟飯は高校受験の準備で忙しかったからだ。そんなこんなでしばらく会っていなかったら、気が付けば一年が過ぎていたというのが二人の関係だった。
「じれったい、ホントじれったい」
……とは、そんな二人の関係を指したバイオレットの言葉である。
その言葉の意味にあえて踏み込まなかったネオンは、苦し紛れの微笑を返しながら言った。
「私には仕事があるし、彼も今年から高校生。もう前みたいに、気軽に会える関係じゃありませんよ」
「その点瞬間移動って便利よね。あれがあれば休憩時間にだって会えるんだもの。人の目を盗むのも簡単よね」
「っ……それは彼の邪魔になりますって」
「邪魔扱いなんてされたことないくせに。チチさんなんてこの間、ネオンさんはいつ会いに来るだって私の方にまでせがんできたわよ?」
「うっ……」
「真面目なのは、社長のいいところだと思いますけどね」
丸一年会わなかったのはやむを得ない事情があったからだというネオンの言い分に対し、バイオレットがニヤニヤと頬を緩めながら反論する。
ネオンの言い分を体の良い言い訳だと論破した上で、彼女の今後の動向を何か期待しているような素振りだった。それはバイオレット以外の大人達にも言えることだが、彼女らは何故か積極的に自分と彼を引き合わせようとしているのだ。その際には皆、決まって今のバイオレットのようなにやけ顔を浮かべているものだ。
「社長みたいな人のこと、世間的には真面目系ヘタレって言うみたいですよ」
「へ、ヘタレ……」
しかし丸一年会わなかった上での再会には、ネオンの方にもスケジュールの問題や心の準備と言うものがある。彼女らの要求を素直に受けないのは、ネオンとしてはれっきとした理由があってのことだった。
しかし……ヘタレ呼ばわりには物凄く思い当たる部分があり、ネオンは床に突っ伏しそうになった。
「まっ、華の十代をどう生きるかは自由ですけど、悔いのないようにした方が良いと思いますよ」
「……悔いのないように、ですか」
「私のは今にして思えば悔いだらけの十代だったけど、貴方はあと三年もあるんですから。私も社長の真面目なところは好きですが、あんまり大人しくしていると高校の女子高生に悟飯君取られますよ? あの子、絶対モテるだろうし」
「……彼が誰を選んでも、誰に選ばれても……結局は彼の気持ち次第ですよ」
「それはそうだ」
時にこの秘書は、自分よりも豊富な人生経験に裏打ちされた深い言葉を言ってくるから油断ならない。彼女としてはそこまでの気は無いのかもしれないが、ネオンの心には彼女の言葉が妙に引っ掛かった。
その引っ掛かりを紛らわすように、ネオンの手は衣類の入っている紙袋のさらに奥へと向かっていく。すると、その指先に衣類ではない別の感触が伝わってきた。
「ん……これ……」
それは、一枚の紙きれだった。
掴んで取り出してみると、その面には「ツフルランド ペア招待券」などと、見覚えのあるプリントが施されていた。
「あら、遊園地のペアチケットじゃないですか。しかもうちの系列の……社長ならチケットなんてなくても顔パスで入れるのに、律儀なご家族ですね」
「……お節介なんですよ、うちの両親は。大人料金だから、高かっただろうに……」
「それだけ愛されているってことです。それでそれで、社長は誰を誘うんですか?」
「誰って言われても……」
ツフルランドとは、今年度の始まりにオープンしたツフルコーポレーションが経営しているアミューズメントパークである。施設の中には定番のジェットコースターや観覧車は当然として、これもツフルの科学技術をふんだんにあしらった、「宇宙一の遊園地」を目指して作られた数々のアトラクションが至るところに配置されている。
このツフルコーポレーションにとっては収入源の一つであり、「子供好き」という個人的な事情もあってか社長のネオンが直々に企画し、最も気合いを入れて生み出した施設でもあった。
その評判は施設のオープン以来すこぶる好調であり、入場者の数が後を絶たず、今はやむを得ず入場制限も設けているほどだ。
そんな遊園地の経営者とも言えるのがネオンの立場であったが、当のネオン自身がこの遊園地に入場したことは一度も無かった。おそらくはそんな自分に対してまた気を効かせてくれたのだろうと、ネオンはこれを贈り物の中に封入した家族の気遣いに苦笑するばかりだった。
しかしこのチケットを見た瞬間、バイオレットの方は違う方に目が向いている様子だった。
「バイオレットさん、なんだか楽しそうですね」
「それはもう、おばさんこういうの大好きなの。ラブコメの波動を感じるからねぇ」
「……少し、意外です」
「結婚すると、他人の色恋沙汰が楽しく見えるものよ。社長のは特にね」
バイオレットは遊園地のことよりもネオンがこのペアチケットを誰と使うかの方が気になっているようで、普段の凛とした印象とは違った快活な笑みを浮かべていた。
レッドリボン軍に居たという経歴から想像出来る通り、彼女の性格は一般的な女性よりも苛烈で男勝りであり、ネオンとしては巷の女子高生のように他人の色恋沙汰に関心を寄せるタイプではないと思っていただけにこの反応は少々意外だった。
「こちらとしては貴方のことは、歳の離れた妹というか、娘みたいに思っていますからね。そんな身内がどんな男を引っ提げてくるのか、興味があるのは当然でしょう?」
「理屈はわかりますが……私には無理ですよ、このチケットを使うのは」
ネオンはこの仕事において秘書として、幾度となく自分を助けてくれる彼女のことを姉のように慕っていただけに、彼女からも家族のように思われていた事実を今初めて知って不覚にも泣きそうになったが、やはりこの人は他人の色恋にニヤニヤしたいだけだと気づき、その涙を引っ込める。
しかし悲しいかな、実際問題ネオンはこのチケットを自分の為に使用する気はなかった。
したくとも、ツフルコーポレーションの社長という立場に就いている以上、遊園地に遊びに行っている暇はないと考えていたのだ。
「私には行ける時間が……」
「あるでしょ。っていうか、この際私が時間を作りましょう」
「え……」
時間が無い――そう続けようとした言葉を、バイオレットが遮る。
ショートカットに切り揃えられた紫色の髪に、苛烈な印象を与える凛とした眼差し。先までの笑みを引き締めた彼女は、真剣その物の表情でネオンを見据えていた。
「一日ぐらい、私が代わってあげますから、社長はどうか好きな人とゆっくりしていってください」
「バイオレットさん……」
それはバイオレットの、ネオンに向けた気遣いであった。
秘書という立場からこの会社で誰よりも長く彼女の仕事ぶりを見てきたバイオレットは、彼女の努力を誰よりも知っているつもりだった。
ベビーとかいう奴から、人を超えた力を貰った。
ベビーとかいう奴から、人を超えた知恵を貰った。
しかし彼女は、ネオンはまだ十七歳の小娘に過ぎないのだ。
本当ならば彼女もまた、孫悟飯と共に学校に通っていれば良かった。
身内贔屓になるが、彼女の容姿は非常に整っている。高校にでも通えば男共は放っておかないだろうし、本人の気質も合わされば充実した学校生活を送れた筈だ。
しかし彼女は、そんな可能性を自分の手で捨てた。一度死んだ自分達を生き返らせ、東の都の復興にも尽力し、この会社を立ち上げ、手に入れた力の全てを社会貢献と町の発展に尽くした人生を送っている。
――生き急ぎすぎだと、バイオレットは思った。
ツフルの文明を歴史に刻み込むだの、ベビーへの恩返しだの、いつだったか彼女はそんなことを孫悟飯に語っていたのを聞いたことがある。しかし、それにしたって彼女はまだ若いのだ。
町の復興や発展など、自分達大人に任せておけばそれで良かった。
彼女の才覚ならば、今行っていることとて二十代後半や三十代から始めても遅くはなかったと思っている。
起業以来異常な業績を叩き出しているツフルコーポレーションは、たった三年で今やカプセルコーポレーションと双璧を為す大手企業へとなりつつある。その異常すぎる発展のペースには金儲けの喜びと同時に、近い内に大きなしっぺ返しを受けるのではないかと気が気でなかったのである。
特に、彼女の体調が心配だった。いかに丈夫な身体を持っているとは言え、彼女のオーバーワークが祟って病気にでもなればと思うと、バイオレットには目も当てられなかった。
「社長が全然休んでいないこと……いくらなんでも頑張りすぎだって、私もそうですけどうちの社員はみんな気にしているんです」
今は自分が秘書に就いているからこうして休憩時間なども挟むことが出来ているが、そのうち年単位で飲まず食わずの超労働をしかねないのがこの社長だ。
年々雰囲気が大人っぽく変わり、元々凛々しかった顔立ちには若い頃の自分にも劣らない気品が漂い始めている。しかしそんな社長の目の下には、彼女の睡眠不足を象徴するクマがあった。
ビルに住み込みで暮らしていることを良いことに、徹底的なサービス残業を行っていた良い証拠だ。そんな彼女の姿を、バイオレットは姉貴分として咎めずには居られなかった。
「そんなクマなんか作って……せっかくの顔が台無しじゃないですか」
「……そんなに、酷い?」
「ええ。いくら身体が丈夫だからって、ちゃんと睡眠は取らないと駄目です」
彼女と出会ってから二年になるが、バイオレットは既に彼女の人物像をおおよそ把握出来ていた。
一言で言うと、彼女は「不器用」に尽きる。
自分の人生に明確な目標を持ち、その為に全力で突き進もうとしているのは良い。しかし突き進んでいる最中には絶対に寄り道をすることがなく、仮にもっと楽な道を見つけたとしても決して立ち寄ろうとしない。
どこまでも直線的な人生を理想としている節があり、それは一見純粋な在り方にも見えたが……バイオレットにはそんな彼女が損をしているように見えた。
価値観の押し付けになってしまうかもしれないが、バイオレットには彼女のしたがっている人生に面白みを感じなかったのである。
「確かに、私達は貴方のその頑張りのおかげで生き返ることが出来ました」
少なくとも、十代の人生など回り道寄り道をしてなんぼだと――盗んだバイクで走り出すどころではない経歴を持つバイオレットは思っていた。
そして、何よりも。
「社長のおかげで私達の故郷は……東の都は、ここまで大きな町になりました」
だから、と――バイオレットは彼女に忠誠を置き、その幸福を心から願っていたのだ。
「あまり背負わないでください。貴方の家族はもちろん、私も心配します」
「……すみません……」
「ええ、反省してください」
ツフルコーポレーション社員の全員を代表して言った、バイオレットの切なる思いだった。
全く自分もぬるい人間になったもんだと、バイオレットはかつての自分では考えられない心境の変化に苦笑を浮かべる。
秘書の心配に申し訳なさそうな表情をする彼女の顔はとても大企業の社長とは思えない頼りないものだったが、そんな社長だからこそ味方で居たいものだとバイオレットは思った。
そしてバイオレットはそんな彼女の表情に良いことを思いついたとばかりに、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「罰として社長は、近いうちに休みを取って、悟飯君を誘ってデートに行くこと! でなければ許しません」
「だから、なんで悟飯が……」
「貴方だって、会いたいでしょう?」
「そ、それは……だってさぁ……」
この不器用で、妙な部分で臆病な社長には……このぐらい無茶苦茶な理屈で押し通すのが丁度良い。
彼女の方も先ほどの説教が効いたのか、取り繕った反論の言葉もどこか弱々しかった。
「……わかりました。わかりましたよ……っ」
「よろしい」
そして観念したようにネオンは苦笑し、バイオレットは心の中でガッツポーズを取る。
バイオレットさんには敵わないよ……と呆れたように呟くネオンだが、バイオレットも伊達に三十年以上生きていないのだ。
彼女が如何に優れた能力を持っていようとも、バイオレットからしてみればまだまだ子供だった。
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後 編
セルとの戦い。
ブロリーとの戦い。
そして、ツフル帝国との戦い。
地球を陥れようとする数々の危機を乗り越えた今、世界は未だかつてないほどに平和な日々を過ごしていた。そんな今、戦士達は各々の帰る場所に戻り、修行や仕事、育児などの時間をそれぞれのペースで過ごしている。
高校生になった孫悟飯もまた、その一人である。
――この時、本来の歴史であれば彼は勉強に精を出した結果学力が向上した半面日々の修行が疎かになり、少年時代より戦闘力を下げてしまう筈だった。
しかし、歴史のズレはこの時の彼の戦闘力にも大きな影響を与えていた。
彼がそれまでに過ごしてきた人生の中にネオンという少女が居たこと。
七年前の戦い以外にも、ツフル帝国との戦闘があったこと。
それによって、彼の考え方や家内の考え方にも変化が生じていたのだ。
そしてその中でも際立っていたのが、悟飯に対するチチの教育方針が変わったことだった。
『……悟飯。勉強も大事だが、修行もちゃんとするだよ?』
それはツフル帝国との戦いが終わり、東の都の復興に概ねの目途が立った頃のことである。
弟の悟天が寝静まった夜中の九時頃、悟飯はその時勉強机と向かい合っていた。
そんな彼の居る部屋に唐突に入ってきたチチが開口一番にそう言った瞬間、悟飯は驚きのあまり鉛筆を落としたものだ。
あの教育ママのチチが、悟飯ちゃんの勉強の邪魔をするなとよく父や祖父を叱っていた母が――修行をしろと言ったのである。
それは悟飯が今まで、見たことの無い母の姿だった。
『散々勉強しろって言っておいて今更なんだって思うかもしれねぇが、真面目な話だ』
手のひらを返したような自らの発言に自嘲の笑みを浮かべた後、チチは真剣な表情で悟飯と向き合う。
そして彼女は、息子に対してある質問を投げかけた。
『悟飯、おめえは、もしもネオンさんが危険な目に遭ったらどうするだ?』
『え? そりゃ助けに行きますけど?』
何の脈略も無くネオンの話が出てきたことに不思議がりながらも、悟飯は即応して質問に答える。
ネオンに限らずとも、孫悟飯は自分の知っている誰かが危険な目に遭えば必ず駆けつけるだろう。それが今まで、彼が見てきた父親の背中が教えてくれた正義の一つでもあるからだ。
悟飯がそう答えることをチチは予測していたのであろう。満足そうに頷いた後、続けて質問を投げかけた。
『だったら悟飯は、ピッコロさんとネオンさんが同時に違う場所で危険な目に遭っていたら、どっちを先に助けに行くだ?』
良くも悪くも思い切りの良い性格のチチにしては、珍しく意地悪な質問であった。
しかし、物の例えとしては非常にわかりやすいものだった。実際にその状況になってみなければはっきりとは言い切れないが、似たような状況に陥ったことはこれまでに何度かあったからだ。悟飯はその脳裏に、再びこの地球にセルやブロリーと言った強敵が同時に出現した状況を想像しながら、数拍の間を空けて答えた。
『……うーん、そうなると、やっぱりネオンさんから助けなくちゃかなぁ……』
『よし! さすがオラの子だ』
チチが引き合いに出した二人は、悟飯にとってどちらも大切な人間だ。どちらか片方を切り捨てる選択肢など始めから持ち合わせていないが、自分の身体が一つしかないことがわからないほど今の悟飯は無鉄砲でも子供でもない。
故に悟飯は、戦士としての信頼感の違いからネオンを先に助けることを選んだのである。
『もちろんどっちも助けに行きますけど、ピッコロさんなら少しくらい遅れても大丈夫でしょうし』
二人の命を天秤にかけて、片方を優先しようだなどという傲慢は持ち合わせていない。ネオンを先に助けるとは言ったが、それはピッコロの命よりも彼女の命を優先するということではなかった。
ピッコロの強さは、戦闘力や精神的な面でも悟飯が誰よりも理解している。だからこそ、そう言った状況になればネオンを助けた後で駆けつけても間に合うだろうという「信頼」に基づいた上での発言だった。
もちろんネオンのことを信頼していないというわけではないが、彼女はピッコロのような生粋の戦士ではない。彼女もそれなりの戦闘力を持ってはいるのだが、悟飯としては何故か自分が助けに行かなくても大丈夫だろうという楽観的な感情を抱けない――そんな「危うさ」を感じていたのだ。
――要するに、「何となく放っておけないな」という感情を抱いていたのである。
そのことをチチに話すと、彼女もやはり同じことを考えていたらしい。
『今のあの子には、ちゃんと家族が居るだ。だども、一番あの子の支えになっていたベビーさんはもう居ねぇ。だから、もしまた戦いとかであの子が危険な目に遭ったら、守ってやれるのはおめえしか居ねぇだよ』
『……うん』
ネオンとベビーは、本当に良いコンビだった。
お互いに足りない部分を補い合っていて。お互いがお互いを相棒として、パートナーとして支え合っていた。とっくの昔から、二人の関係は人間と寄生生物の関係ではなくなっていたのだ。
しかし、今やベビーは宇宙に旅立ち、ネオンは東の都に残った。今のネオンの周りには家族は居ても相棒が居らず、それが彼女の「危うさ」に繋がっているのだろうと悟飯は思った。
だからこそ、彼女の相棒のまで自分が彼女を守ってあげなければならないのだと――チチの言い分は、悟飯にとってもはっきりと理解出来るものだった。
『だどもオラは、おめぇの身に何かあったら嫌だ。……だから、おめぇには強いままで居てほしいだよ』
しかし悟飯の母親であるチチには、その感情に加えて悟飯の身を案ずる気持ちがのしかかっていた。
たとえ悟飯が成長し、どれほど大人に近づいていこうと――チチにとってはいつだって、自分の息子がこの地球よりも大事な存在であることに変わりはない。
『我が儘なおっかあですまねぇな……オラがこの話をしたのはな。もしそういう時になっておめぇがネオンさんを助けに行っても、その時におめぇが弱かったら話になんねぇと思ったからだ』
『それは、そうですけど……でもお母さん、今までそんなこと言わなかったじゃないですか。昔なんてお父さんやクリリンさんがピンチになっても、僕の身体の方が大事だって言ってましたよね?』
『それは今だって変わんねぇよ。オラは今でも、地球の未来よりおめぇの勉強の方が大事だって思っているだ』
傍から聞いていればそれは一見我が儘にも思えようが、チチは今も昔も、一貫して息子の将来を第一に考えている。
そしてだからこそ彼女には、悟飯もネオンも健康に、無事に生きてほしかったのだ。
『勉強して頭が良くなれば、平和になった時代で一番幸せに暮らしてけるって思った。だども、オラ最近思うだよ……。世界はぜんっぜん平和になんねぇ! これじゃ頭が良くなっても幸せになれねぇんじゃねぇか?ってな』
『は、はは……でも今度こそ平和ですよ。多分……』
『……昨日なんて、将来結婚したおめえ達がとんでもねぇ化けもんに殺される夢を見ただ……オラその夢のことが、気になってしょうがねぇ』
世界はいつの日も戦いばかりで、強敵を倒して今度こそはと思っていた矢先には、さらに強い敵が現れる始末だ。
ピッコロの次はサイヤ人、サイヤ人の次はフリーザ、フリーザの次はクウラ、クウラの次は人造人間だ伝説の超サイヤ人だの怒涛の強敵ラッシュだ。……そして直近の敵には、自分が娘のように可愛がっていた少女とその相棒と来た。これにはさしものチチとは言えど、心が揺れずには居られなかった。
『……おめぇが幸せになんなら、オラはもうしつこく勉強しろだなんて言わねぇよ。ただ、あそこでこうしていれば良かっただとか、勉強より大切なもんを無くして、ずっと後悔するような人生にはしねぇでくれ』
学者になることやその為の勉強は、あくまでも息子が幸せな将来を送る為の手段に過ぎない。だからこそ、勉強の為に幸せな将来を失うようなことはあってはならないと思った。
そう思わせるだけの戦いの日々が、この世界にはあったのだ。
『わかりました』
感受性の高い悟飯はそんな母親の胸中を悟り、固い決意をその目に宿した。
とは言っても、悟飯が将来目指すものが偉い学者であることに変わりはない。勉強も好きでやっていることであり、今までも母親の命令でやらされていると思ったことは一度も無い。
そして今回の話も、悟飯は母親に言われたからそうするのではない。
彼もまた父親と同じように、いつだって頑固なまでの信念を持って、行動に当たっていたのだ。
『守りますよ、ネオンさんもみんなのことも。もちろん、お母さんと悟天のことも』
『馬鹿言っちゃいけねぇ。オラは自分の身は自分で守るだ。おめえはネオンさんと悟天のことだけ守ってればええ』
『いや、それはちょっと……』
自分だけで何もかもを守り通せると思うほど、悟飯は傲慢ではない。
しかし悟飯は周りの人間が大好きだ。人間だけでなく、自然や動物達も同じだ。そんな大好きなものを守る為ならば、元々好きではない戦いにだって身を投じることが出来た。
(地球は、僕が守るんだ……そうでしょう? お父さん)
父が守ってくれた、この地球の平和。自分達は、その平和を譲ってもらっているのだと悟飯は思う。
故にその父に地球の平和を託された今の悟飯が掲げている将来の夢は、非常に強欲なものとなっていた。
それは「一流の学者になり、一流の戦士になる」ことだ。
頭脳と肉体の両方を鍛えるというのは本来遊び盛りである子供の身分にはあまりに酷な目標であったが、悟飯はその生活に悲鳴を上げたことは最後まで無かった。
その両立ぶりと言えば修行もそれなりに行うことを望んだチチとしても全くの想定外と言えるほどで、自分の言葉が息子の生き方を強制させてしまったのではないかと真面目に悩んでしまうほどであった。
しかし幼子の頃に恐竜とサバイバルさせられたこともある悟飯としてはその程度の生活はさして苦にならず、慣れてしまえば案外気に入ってしまっていた。
元々戦いは好きではない悟飯だが、父親から受けた影響か、身体を動かすことは好きだったのだ。
修行は勉強の気分転換に、勉強は修行の休憩タイムとして案外ノリノリで打ち込んでおり、戦闘力も学力も、伸びることはあれど衰えるようなことはなかった。
その生活の代償を言えば、彼の中でそれ以外の時間がほぼ消えてしまったことか。
特にパオズ山から遠出する時間などは、最初の二年こそたまに東の都に行って復興作業を手伝うこともあったが、高校入学をする一年前からはそれも無くなってしまっていた。と言うのも、弟の悟天がひょんなことから超サイヤ人に覚醒した為、その力の使い方を指導してあげたりとそれまでより一層忙しくなったのも理由の一つだった。
それが母親のチチにとって一番の誤算であったことは、言うまでもない。
彼女からしてみたら将来義娘になるかもしれない少女を守らせる為に悟飯にあのようなことを言ったのだが、その為に悟飯の生活が忙しくなり、二人を引き合わせる時間がめっきりと減ってしまったのでは本末転倒もいいところである。
悟飯もまた父親に似て時間の感覚がルーズであり、丸一年会っていないことに関しても「え? もう一年経ってたんですか!?」と彼からしてみればそんなに長いこと会っていなかったという自覚すら無かったのである。
「……悟飯は駄目なところまで似てしまっただな。なあ、悟空さ?」
年々成長するに連れて父親に似てきたと思っていたが、そのように女を無自覚に待たせるところは昔の父親そっくりだ。
自分の場合は一年どころか七年も待たされたものだが、最終的には結婚に行きつき円満な夫婦生活を送ることが出来た。
だから彼らも、まあなるようになるのではないかとチチは思っている。
成り行きから一緒に暮らしたこともあり、チチは真面目な性格のネオンのことを気に入っていた。彼女とは今でも時々会って話をすることがあり、彼女の秘書ともじれったい思いを抱いている者同士気が合い、仲良くお茶をする関係である。
チチの息子への愛情は海よりも深い。
故に成長するに従って近づいてくる息子の一人立ちに関しても年々寂しさと戦っている始末だが、悟飯が見も知らぬ町娘などに取られてしまうぐらいなら、いっそ自分がよく知っている真面目な少女とくっついてもらった方がチチ的には嬉しかったのだ。大企業の社長という社会的なステータスもグッドである。
――しかし、一番重要なのは二人の気持ちだ。
こればかりは外野が騒ぎ立てても仕方がなく、母親と言えど歯がゆい思いをしながら温かく見守ることしか出来ない。
平和になった地球の青い空の下、今日もチチはパオズ山の自宅で次男坊の面倒を見ながら家事を行う。
そうしているとやがて空が茜色に染まり、学校に行っていた長男が雲のマシンに乗って帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりー!」
出迎えに勢いよく次男坊の悟天が駆けつけ、長男の悟飯がそれを嬉しそうに受け止める。そんな微笑ましい兄弟の様子を夫にも見せてやりたかったと思いながら、母親のチチが柔和な笑みを浮かべる。
そんな彼女の笑みが驚愕に変わったのは次の瞬間、悟飯が言い放った衝撃の一言だった。
「あ、母さん。今日の帰り道に、ネオンさんと会ったんですけど……」
「本当か!?」
「は、はい……それで明後日の休みに遊園地に行かないかって誘われたんですけど、行ってもいいですか?」
「行け! 全力で行け! こうしちゃいられねぇ! 着てくものを用意しておかねぇと!」
「あれ、母さん?」
「遊園地? 兄ちゃんいいなー」
今時デートの話を母親に報告する高校生など珍しいものだが、普段通りの落ち着いた表情を見る限り悟飯の方には自分が初デートをするという意識はやはり無いらしい。
しかし、これは大事件だ。奇跡的に三年も続いてきた平和な地球で起こった、チチからしてみればフリーザの兄だの伝説の超サイヤ人だのよりもよっぽど恐ろしい緊急事態であった。
「誘われたんだな悟飯!? おめえを誘ったんだなあのネオンさんが!」
「え、ええ……ネオンさんからこんな手紙を渡されて……。詳しいことは話す前にさっさと帰っちゃいましたけど、顔も赤かったし風邪気味だったのかなぁ……?」
「……ああ、もうあの子は本当にしょうがねぇだ!」
あの奥手極まりない娘が……ネオンが悟飯をデートに誘った――。
あまりにも衝撃的な事実に、チチは身体中の血液が沸騰しそうな感覚を覚えた。
しかし実際に会ってデートに誘いながら、手紙を渡したらさっさと帰ってしまうのはいただけない。あの子そこまでヘタレだったかなと、予想以上の奥手ぶりにはチチからしてみれば呆れが半分、喜ばしさが半分といった感情だ。
……まあ、まかりなりにも無事に誘えた上で悟飯も行く気な様子なので、初めてとしては及第点と言ったところか。そんなお節介な親心にも似た感情を抱きながら、ネオンに申し訳ないと思いながらもチチは悟飯から彼女が渡したと言う手紙の中身を拝見した。
【 1.日時
エイジ774 4月13日(土) 9:00~17:00
2.場所
ツフルランド
3・集合場所
東の都 ベビー公園 ベビー像前
4・移動方法
徒歩推奨(瞬間移動や舞空術、筋斗雲は目立つので人通りのない場所まで)
5・注意事項
(1)当日は混雑が予想される
(2)服装は常識的な格好で(武道着は×)
(3)施設の機材は破壊しないこと
(4)弁当等、昼食の用意は不要
(5)チケットはネオンが用意(手ぶらで可) 】
「……ネオンさん、こんなラブレターはねぇべ……」
真面目な彼女のこと、悟飯に宛てた手紙もそこまでくだけた文体ではないだろうとは思っていたが、中身は想像以上に堅苦しいものだった。なんだろうコレは……少なくともデートに誘う為の手紙に書くのとは少し違う、違う気がする。色々と規格外な悟飯の為に注意事項まで丁寧に書いてあったのには好感が持てるが、それにしたって書き方というものがあるのではないかとチチは思った。
……まあ、こんな風にでも書かなければあの不器用な少女のことだ。デートの一つにも誘えなかったのだろうことは容易に想像出来た。
しかしそれでも。
彼女の想いが成就することを、チチは彼女とかつての自分を重ね合わせながら祈った。
東の都 ベビー公園。そこはかつて、二人のサイヤ人の宇宙船が降り立った場所だった。
サイヤ人の一人、ナッパの攻撃によって町は爆発に飲まれ、唯一の生き残りであるネオンを除いて皆が死んでいった。
その後、幼き日のネオンがベビーと共に、グラウンド・ゼロとなった場所に町民達の墓を作った。
そして彼らが生き返るまでの七年間、ネオンとベビーはその墓を守る為に墓の傍に建てた仮設の屋敷で暮らし続けた。
そしてドラゴンボールのパワーアップにより彼らが生き返った後、ネオンはもはや守る必要の無くなった墓を除き、その代わりとして平和への祈りを込めた「石像」を建て、ツフルコーポレーションの財力と町民達の協力を得て公園を作ったのである。
それが、このベビー公園の成り立ち。広場の中心に建っている石像――「ベビー像」の成り立ちだった。
公園にはネオンが幼少の頃に撒いた種によって今ではそこら中に草木が生い茂っており、石像の周りには虹のアーチを描く噴水の姿がある。
広場にはジョギングコースや子供達が屋外で遊ぶ為の遊戯スペースが確保されており、このベビー像においては都内の程良い目印にもなっている為、カップルの待ち合わせ場所に使われることも多いと――そんな情報をバイオレットから聞いたネオンは、丁度目的地である「ツフルランド」に近いこともあり、ここを集合場所に選んだのである。
日時は4月13日の土曜日。時刻は朝の九時前。バイオレットの気遣いからしばらくぶりの休暇を貰ったネオンは、忙しない思いで石像の周りを右往左往していた。
その感情は、まさに緊張の一言。
地球を襲う巨悪との対峙や会社での重要な会議の前よりも、この時のネオンは明らかに緊張していた。その緊張の程はと言うと、彼女が久しぶりに会社の外に出たことに興味を持ち、声を掛けようとした知人達が彼女のあまりにもあんまりな様子に掛ける言葉を失い、いつになく煌びやかな格好をしている彼女を見て、「あっ、これデートだわ。そっと見守ってやろ」と色々察して撤退していくほどの緊張ぶりであった。
都の復興の象徴であるツフルコーポレーションの社長にしてドラゴンボールに願い自分達を生き返らせてくれたネオンの存在は、東の都の人々にとってはまさに命の恩人であり、事実を知る者達は皆一様に感謝の気持ちを抱いていたのだ。
故にこの広場に集まっていた人々は、初デートの緊張に固まっている彼女に対して大いに気を遣ってくれていた。
具体的に言うとあえて干渉は避けて遠巻きに見守ることに徹し、有名人であるネオンの存在に気づいてサインや握手などを求めて近づいてきた都外からの観光客達をそれとなく退けてくれるぐらいには、ネオンは周りの人間に恵まれていたのである。
普段のネオンならばそんな彼らの気遣いに気づいて礼の一つでも言っていたところなのだろうが、生憎今のネオンは緊張の余り周りの様子に気づける状態ではなかった。
その心を支配しているのは、不安や怯えから来る緊張だけだ。
服装にどこかおかしいところはないか、だとか。
目の下のクマはちゃんと取れているか、だとか。
服や髪の毛にゴミは付いていないか、だとか。
周りから真面目だと言われる性格が災いし、ネオンの心は完全に余裕を失っていたのである。それはそれで微笑ましいものだと周りから見守る何人かの住民達からは思われていたのだが、それはまた別の話である。
待ち合わせの時刻まで残り僅か。彼はちゃんと来てくれるだろうか?
書面を渡す時、何か無性に恥ずかしくなって撤退してしまったのはネオンにとっても大きな誤算だった。
彼とは一緒に住んでいた時期もあり、彼が五歳の頃には一緒に釜風呂に入ったこともある。丸一年時間が空いたとは言え、そんな彼と会うのにあそこまで緊張するとは思わなかったものだ。そして、今この時も。
(身長、随分伸びてたな……私もそこそこ伸びたと思ってたけど、やっぱり男の子はたくましくなるなぁ……)
一年ぶりに会った彼は、以前の彼よりも大きく、大人っぽくなっていた。まるで彼の亡き父親の孫悟空のように、成長したその姿には頼もしさを感じたものだ。
対する自分は身長は一年前より伸びているが、大人っぽくなったかどうかに関しては今一つ自信が無い。こと女性らしさに関しては皆無だとすら思っており、胸部の装甲が薄いこともそれなりに気していた。
そんな自分が、普段着ていない女性らしく着飾った衣服を身に纏っていて、今もこんな格好変ではないかと不安がっている。
それ故の焦り。それ故の緊張である。試着した際にはバイオレットや家族からのお墨付きも貰っているが、どうにも身内贔屓なのではないかという疑いが捨てきれなかった。
(うう……っ……ベビーお願い、力を貸して……)
神様仏様ベビー様と、ネオンは祈りを込めてベビー像を見上げた。三年前に宇宙へ旅立った相棒、ベビーの姿を象ったその石像は、ネオンが彫刻家に依頼して作らせたものである。
彼がここに居た証を残したかった。今のこの町があるのも彼が居たからなのだと、その証を形にしておきたかったのだ。
しかしよもや、そんな「友」の石像が自分の初デートの待ち合わせ場所に使うことになるとは思いも寄らなかったものだ。
今のこんな自分を見たら、彼は何と言うだろうか。笑うだろうか、呆れるだろうか、それとも励ましてくれるだろうか……。
『知らん。お前の好きにしろ』
……ああ、彼ならきっとそう言うだろう。いつも寂しそうで不器用だったけれど、優しくて、いつでも自分の味方で居てくれた、あの心優しき復讐鬼ならば――。
「あ、いたいた。おーい、ネオンさーん!」
「ひょわっっ!?」
そんな風に感傷に浸ることで緊張を和らげようとしたネオンだが、不意を打つように掛けられた待ち人の声に跳び上がるように驚き、自分でもどこから出て来たのかわからない素っ頓狂な声が出てしまった。
「ごごごごご悟飯? や、やあ、おっすおっす!」
「どうも、おはようございます。何だか待たせちゃったみたいですね」
「そそそそ、そんなことないヨ!? う、うん、会えて嬉しいよ。ないすとぅーみとぅー!」
「どうしたんですかネオンさん? なんかおかしいですよ?」
「えっ? や、やっぱりおかしいかなこの服……」
「いや、服装は似合ってると思いますけど」
「本当!?」
「あ、うん……」
ツフルの恩恵を得て地球人の域を超えた脳細胞を駆使し、ネオンは物凄いペースで素数を数えて気を鎮めようとする。
落ち着けネオン、悟飯引いてるじゃないか。いつも通りにやれば大丈夫だ落ち着け、一昨年までは普通に会って普通に喋ってた関係なんだから大丈夫大丈夫。
そう自身に何度も語りかけ、深呼吸を行うことでネオンは少しずつ緊張が解れていくのを自覚する。彼から服装に変なところはないと言われたのも大きかったのだろう。
まるでちょっと夢見がちな恋する乙女みたいだな……と自分のあまりの醜態に呆れながら、ネオンは再度彼の――孫悟飯の目を見つめた。
「その目……」
「うん?」
純粋な心を表しているような、綺麗に澄んだ黒い瞳。まるで物語のヒーローのように安心させてくれるその色が、ネオンは好きだった。
ただその左目の、目蓋から左頬に掛けた部位には――
「まだ、治さないんだね」
――かつての戦いで痛々しく刻まれた、大きな傷跡があった。
「これを消すとあの時の悔しさも忘れちゃって、修行もしなくなっちゃうかもしれないと思うと治す気がしないんだ」
「そう……」
「でも今は痛くないし、腕もありますから! ネオンさんも気にしないでください」
「……ありがとう、悟飯」
三年前――ベビーとの戦いで彼は左目と左腕を失う重傷を負った。仙豆やドラゴンボールの力で今は五体満足の状態であったが、傷跡を残した彼の姿にはネオンもまた、無関係では居られなかった。
彼は優しいから全て許してくれた。しかし、ネオンはその優しさにいつまでも甘えている自分が許せなかった。
丸一年会わなかった本当の理由は、もしかしたらそんな罪悪感なのかもしれない。
「行こうか、悟飯!」
「はい!」
ならばせめて、この一日はほんの少しでも……そんな彼に対する恩返しをしよう。そう思ったネオンの心には、既に緊張の色は無かった。
彼の手を自然に引きながら、少女は自らの会社が作り上げた夢の国へと向かっていく。
――それは恋する乙女と鈍感な少年が送る、どこにでもある平凡な一日だった。
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「それで、その後はどうなったの?」
魔神ドミグラとの戦いが終わって元の世界に帰ったノエンは、トキトキ都の刻蔵庫で見たパラレルワールドの出来事を語り終える。
場所は東の都の跡地、一人の少女が作った墓の前。まるで、そこに眠っている誰かに報告するように話していたノエンだが、当然ながら石は何も返さない。
その代わりに同行していた青年、孫悟天の反応は常に大きかった。
聞けば彼はネオンという少女のことを姉のように慕い、もしかしたら初恋だったかもしれないとまで言っていた。それは少し、この修行馬鹿の青年にしては意外な新事実だった。
「教えなーい!」
「え? なんで!? そこからが本番じゃないかー!」
自分の前世の墓参りという奇妙な体験をしているノエンに同行していた彼は、恐らくノエンの土産話に誰よりも興味を示していた。
……意外にも悟飯の方は「そういう世界」もあることを知って喜んでいたが、深く言及してくることはなかった。
彼は知っているからだ。その必要が無いことを。彼にとっては既に、多くを聞く必要が無かったのである。
聞かなくてもはっきりと理解してくれる――その点で言えば彼はまさに格好いい大人で、反対に悟天はまだまだ子供な気がすると思うノエン十四歳だった。
「大体そっちの想像通りだよ。不器用な女の子が空回りしながらてんやわんやいちゃいちゃこらこら、なんだかんだでデートは成功して、二人はハッピーエンドというわけだ」
実のところ、ノエンはそれ以上のパラレルの記録は流し読み程度に留めていた。
書物を読んでいる内に、ネオンとあの世界の悟飯に申し訳ないと思ったのだ。ノエンからしてみれば彼女が完全勝利で終わる世界もあったという事実を確認出来れば、それだけで十分だったのも理由の一つである。
「こっちのベビーも良い奴だったら、あの人も生きてたのかな……」
「そうなると、ボクはここには居ないけどね」
「ありゃ……それはそれで嫌だな……じゃあ、君とネオンさんがどっちも居る世界なんてのは無かった?」
「あー……一応さっきのがそうかも」
「え?」
「さっき話した世界のことだよ」
土産話を花束と一緒にこの墓に持ってきたのは、自分の前世へのお礼と励ましのつもりでもある。聞く方によっては当てつけみたいになってしまうかもしれないが、しかし彼女ならきっと喜んでくれるだろうとノエンも悟天も思い、悟飯もそう言っていた。
パラレルワールド――それは無限の可能性だ。ネオンやノエンに関わらず、この世に生きる全ての人間には必ず「もしも」の世界がある。
「ちなみにあの世界での悟天はデート好きなチャラオに育ってて、修行もしなくなってたからすっかり微妙な強さになってたよ」
「うへぇ……自分事だからわかる気がして嫌だなぁ」
「あれ、案外意外でもない感じ?」
「まあ僕が修行を頑張るようになったのは元々ネオンさん絡みのことで、兄ちゃんとの喧嘩に勝ちたいと思ったからだしね」
「えっなにそれ初耳なんだけど」
「僕が子供の頃、兄ちゃんがビーデルさんと結婚するって言った時、お姉ちゃんのことは忘れたのかってぶち切れてね……思えばあれが、最初で最後の兄弟喧嘩だったなぁ」
「物騒だなぁ……」
「ハハ……もうしないよ」
悟空にも悟飯にも悟天にもトランクスにもピッコロにもクリリンにもベジータにも、当然ながらもしもの世界がある。
しかし、忘れてはならないのは自分が生きている世界はたった一つしかないということだ。他所の世界の歴史がどうだろうと、この世界に何かが起こるわけではない。
ただ――
(せめて安心して眠ってくれ……まあ、今更、貴方には必要ないだろうけどね)
少女の墓に祈りを込めて、少女の来世となった少女が黙祷を捧げる。
今ここにある平和な世界を見れば、きっと彼女も満足だろうし余計な心配は要らないだろう。
もしもの世界はこれで終わり。ここからは自分の世界――自分達で作り出す歴史の時間だ。
「よーし気分が乗ってきた! 悟天、デートしようぜ!」
「いきなりだね君は! しかも道着でデートとか、君はちょっとネオンさんを見習った方がいいんじゃないか?」
「ボクは真面目でもないしヘタレでもないからね! ネオンはネオン、ノエンはノエンさ」
あの世界でネオンが悟飯の手を引いたように、ノエンは悟天の手を引き、澄み渡る空へと飛び出していった――。
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エイジ777
悟飯がオレンジスターハイスクールを卒業。
エイジ778
4月13日
悟飯とネオン、結婚。
5月7日
第26回天下一武道会開催。ミスター・サタン優勝。ミスター・ブウ準優勝。
11月3日
悟飯とネオンの第一子、ノエン誕生。
エイジ779
悟飯とネオンの第ニ子、パン誕生。
エイジ780
ベビー、帰還。
【番外編 ~もしもベビーが良い奴だったら~ 完】
恐らく本作の小ネタや番外編はこれで終了になるかと思います。ここまでお付き合いいただきありがとうございましたm(__)m
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