【完結】エレイン・ロットは苦悩する? (冬月之雪猫)
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カンタンな人物紹介

・エレイン=ロット

:本作の主人公。貧民街で生きて来た為に言葉遣いが汚い。

 

 

【挿絵表示】

 

 

・エドワード=ロジャー

:ダイアゴン横丁で出会った少年。兄であるウィリアム・ロジャーに対して複雑な感情を抱いている。

 

・ウィリアム=ロジャー

:グリフィンドールの五年生で、エドワードの兄。何故かレイブンクローの監督生であるロイドとよく行動を共にしている。エレインが一発でノックアウトするくらいのイケメン。

 

・ロイド=サマーフィールド

:レイブンクローの五年生で、監督生。ウィルとは親友同士らしい。

 

・ハーマイオニー=グレンジャー

:同じくダイアゴン横丁で出会った少女。知識欲が旺盛で、エレインと気が合う。

 

・レネ=ジョーンズ

:エレインのルームメイト。引っ込み思案な性格。

 

・ジェーン=サリヴァン

:夜更かしばっかりして、普段は眠そうな顔をしているエレインの友人。

目が冴えている時はマイペースながらも活発的になり、周囲を振り回す。

 

・エリザベス=タイラー

:ジェーンのルームメイト。ゴシップが大好きで常にアンテナを張り巡らせている。

 カメラが趣味で、時々盗撮に近い事もしている。

 

・アラン=スペンサー

:レネに好意を抱いている様子の少年。

 

・カーライル=ウエストウッド

:エレインの友人。物静かな性格で、基本的に周囲のゴタゴタに対して我関せずを通す。

 

・チョウ=チャン

:レイブンクローの二年生。人柄が良く、みんなから好かれている。

 

・ジェイド=マクベス

:レイブンクローの六年生で、クィディッチチームのキャプテン。ポジションはキーパーで、若干変態。

 

・メアリー=ミラー

:レイブンクローの六年生で、クィディッチチームのシーカー。ジェイドの許嫁らしい……。

 

・シャロン=ニコラス

:レイブンクローの四年生で、クィディッチチームのチェイサー。独特の訛りがある。どこか地方の出……?

 

・マイケル=ターナー

:レイブンクローの四年生で、クィディッチチームのチェイサー。シャロンと仲が良い。ジェイドは何故か彼をハロルドと呼んでいる……。

 

・アリシア=フォックス

:レイブンクローの三年生で、クィディッチチームのチェイサー。天真爛漫な明るい性格で、幼い顔立ちをしている。

 

・白雪千里

:レイブンクローの五年生で、クィディッチチームのビーター。日本からの留学生で、気難しい性格をしている。

 

・スヴォトボルク=アダイェフスカヤ

:レイブンクローの五年生で、クィディッチチームのビーター。ロシアからの留学生で無口。千里と主に行動を共にしているらしい。

 



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1st.Love the life you live.Live the life you love.
プロローグ


「や、止めてくれ……、もう!」

 

 血を吐きながら、頭を地面に擦りつけている男が居る。その男の頭に少女は足を乗せた。

 コンクリートと少女の足に挟まれて、男は苦悶の声を上げる。ガリガリという音が内側から響いてくる。骨が削られていく音。

 少女は鼻を鳴らすと、足を上げた。

 

「うぁ……がぎゃッ!?」

 

 漸く、解放されたと思った男の頭に今度は踵を振り下ろした。

 

「……っは、大人の癖に情けねぇ」

 

 男の服を漁り、財布を取り上げた少女はまだ十歳だった。

 大人を相手に一方的な暴力を振るえる程、異常に発達した筋肉も無く、ナイフや拳銃といった凶器も持っていない、普通の女の子。

 ただ、彼女は人とは違う特別な才能を持っていた。

 

「まあ、私が天才過ぎただけか……」

 

 彼女は俗にいう超能力者だった。生まれつき、直接触れなくても物体を動かす事が出来た。

 この能力を使えば、大人が相手でも一方的に嬲る事が出来る。

 

「っへへ、今日は何を食べようかな―……っと、なんだ!?」

 

 頭の中で今夜のメニューを考えていると、突然、男から巻き上げた財布が飛んでいってしまった。

 まるで、釣り糸に引っかかった魚のように勢い良く飛んで行く財布。

 慌てて追いかけると、いつの間にか暗い路地に迷い込んでしまっていた。

 

「……いや~な予感がビンビンするぜ。ここは一旦――――」

 

 財布を諦めてトンズラしようとした少女の背中に何かが当たった。

 恐る恐る後ろを振り返ると、そこには背筋をピンと伸ばした老婆が一人。

 

「……あまり、感心しませんよ。他者の物を奪うという行為は」

「いやー……えへへ、それは正当な報酬って奴でー……」

「確かに、あの男は貴女と売買を行う契約を行っていましたね」

「そ、そうそう」

「貴女はスカートを少し捲りながら彼をあの場所に誘い込んだ」

「べ、別に、何を売るか明確には言ってないしー。私みたいな可愛い子に踏まれるって、あの歳くらいのおじさまには素敵体験っていうかー……、その素敵体験を売ってあげたわけで……」

 

 老女はジロリと少女を睨みつけた。

 今まで、貧民街で一人生きて来た少女は生まれて初めて恐怖を感じた。

 目の前の女はとても危険だ。自分の力だけでは絶対に敵わない。

 直感が囁くと同時に少女は走った。

 

「ご、ごめんなさーい!! もう、悪い事しないから許してー!!」

 

 脱兎の如く逃げ出す少女。貧民街の地図は頭に刻み込まれている。狭い路地を通り、複雑な曲がり角を駆け抜けた。

 ここまでくれば大丈夫な筈。少女はペッと唾を吐いた。

 

「ッチ、あのババア、何者だ? クッソー、夕飯はステーキにしようと思ってたのにー」

「そのババアというのは私の事かしら?」

 

 ゾッとした。冷や汗が全身から流れ出す。

 

「……えっと、また会いましたね、素敵なおば……お姉さん!!」

「エレイン・ロット」

 

 老婆の口から零れた九つのローマ字で構成される単語に少女は言葉を失った。

 

「……だ、誰? 私の知り合いにそんな糞みたいな名前の女は居ないけどー?」

「貴女の名前よ、エレイン」

「いや……、私にはアメリア・ストーンズっていう、素敵ネームが……」

「エレインも十分に素敵な名前だと思うわよ? それより、私についてらっしゃい」

 

 断固お断りだ。エレインは老婆が視線を逸らした一瞬の隙をつき、再び逃げ出し――――、捕まった。

 

「手間を取らせるものではありませんよ」

「は、離しやがれ!! 私をどうするつもりだ!? 娼館にでも売り飛ばすつもりかクソッタレ!!」

「……ふむ、ホグワーツに向かう前にいろいろと教える事がありそうね」

「ふっざけんなー! 離せ、クソババア!!」

 

 エレインは渾身の超能力を老婆に向けて放った。ところが、いつもなら筋骨隆々の大男でさえ悶絶する一撃を老婆は平然と受け止めた。

 呆気に取られるエレインに老婆は微笑みかけた。

 

「その歳で随分と巧みに魔法力を扱うのですね。ホグワーツで貴女に変身術を教える日が楽しみだわ」

「ま、魔法力? 頭湧いてんのか、ババア!! これは超能力って言うんだぜ!!」

「……とにかく、まずはダイアゴン横丁へ行きましょう」

「ダイア……、なんだって?」

「ダイアゴン横丁です」

 

 そう言って、老婆は懐から一本の細い杖のようなものを取り出して、軽く振り回した。

 途端、奇妙な浮遊感と共に周囲の景色がめまぐるしく変わっていく。

 

「な、なんだぁぁ!?」

「つきましたよ」

「つきましたって……、はぁぁぁぁ!? どこだ、ここぉぉぉぉ!?」

 

 気がつけば、目の前には無数の人だかり。誰も彼も奇妙な服装に身を包んでいる。

 立ち並ぶ店の軒先には箒だとか、巨大な鍋だとか、コウモリだとか……、意味不明な物ばかりだ。

 唖然としているエレインを老婆は無理矢理引き摺っていき、一軒のアイスクリームショップに入った。

 

「好きな味を選びなさい」

「好きなって……、いや、それより説明してくれよ。今、私は何をされたんだ!? 意識を失った記憶が無かったぞ!! まさか、新手のドラッグでも吸わせたのか!?」

 

 ギャーギャーと喚き立てるエレインに構わず、老婆は店員にアイスクリームを注文し、彼女の口に突っ込んだ。

 口の中に広がるペパーミントの香りに思わず頬が緩むエレイン。

 

「美味しい?」

「美味しい……けども!! 誤魔化されないぞ!! 私をそこいらの脳天気そうな坊っちゃんやお嬢ちゃんと一緒にしてもらっちゃー、困るぜ!!」

「はいはい……、ちゃんと説明するから、静かにお聞きなさい」

「……むぅ」

 

 そこから老婆の奇妙奇天烈摩訶不思議な説明が始まった。

 少女は始終……、

 

『こいつ、頭大丈夫か?』

 

 という表情を浮かべていたのだが、老婆は全く気にした様子も見せずに一切合切を語り終えた。

 

「――――というわけです」

「ふむふむ、なるほどな! 私が魔法使いで、ホグワーツって魔法を教えてくれる学校への入学が許可されて、マクゴナガルさんが招待状片手に会いに来たと……、よしよし、ご苦労様!! 私はこれで――――」

 

 ダッシュで逃げ出そうとするエレイン。

 マクゴナガルと名乗った老婆はため息混じりに杖を振るい、彼女の足を地面から浮かせた。

 

「おおおおおおおお!?」

「エレイン。ホグワーツに入学すれば、魔法力を悪用した件も免責されます。後、ホグワーツでは朝昼晩に食べたい物を食べたいだけ食べられる用意があり、貴女が今使っている超能力の応用も学ぶ事が出来る。説明した筈よ?」

「き、聞いたよ! 聞いたけど、胡散臭すぎて怖いわ!! 私は悠々自適に生きてたんだ!! ほっといてくれ!!」

 

 聞いた限りでは、確かに生活も潤い、友達を作る機会も生まれ、将来に希望を持つことも出来る環境だ。

 だけど、話が美味すぎる。絶対に裏がある筈だ。エレインは確信した。

 

「……貴女の育った環境が特殊だった事は認めます。ですが、ホグワーツへの入学を拒否した場合、魔法省が貴女にペナルティーを与える可能性があります」

「ペ、ペナルティー……?」

 

 物騒な響きにエレインは身を凍りつかせた。

 

「そこまで厳重では無いにしても、少なくとも魔法力の封印は覚悟した方がいいでしょう。未成年の少女が身寄りも無く、魔法力を失った状態で生きて行けますか?」

「な、なんで、私のその……、ま、魔法力? ってのを封印されなきゃいけないんだよ!?」

「悪用するからです」

「……な、なるほど」

 

 あまりの説得力に返す言葉が見つからない。

 

「それでもどうしても嫌だと言うのなら……、私も諦めますが――――」

「い、行きます。その、ホグワーツ……? 入学します」

 

 とりあえず、マクゴナガルの言葉に嘘は無いだろうとエレインは判断を下した。

 魔法力を封印され、貧民街で生きていけるとはさすがに思っていない。

 数日以内に名も無き骸と化しているか、死ぬまで娼婦として働かされている未来しか浮かんでこない。

 

「……では、必要な物を買いに行きましょう」

「買いにって……、金はどうするのさ? 日越しの金は持たない主義だから、さっきアンタに財布を取られたせいで一文無しだぜ?」

「……安心なさい。ある程度は援助金が用意されています」

「マジで!? 金、くれるの!?」

「本当です。ただし、一年の間に使える額は決まっていますし、卒業後に返金する事が義務付けられています」

「って……、ただの借金かよ……」

 

 ゲンナリするエレインにマクゴナガルは魔法界の説明を一通り語り聞かせた。

 途中、居眠りをしそうになる度に叱られ、エレインはすっかりマクゴナガルに対して苦手意識を抱いた。



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第一話「出会い」

 突如目の前に現れた老婆によって、この『ダイアゴン横丁』に連れて来られて一週間が経過した。

 私は今、漏れ鍋という酒場の二階で寝泊まりしている。中々に居心地が良くて、すっかり新生活を満喫していると、コツコツという音が窓の方から聞こえて来た。

 

「なんだぁ?」

 

 窓を開けると、小さなフクロウが部屋に飛び込んで来た。

 フクロウは部屋中を飛び回って、散々羽根を散らかした後、『ホホー!!』と鳴いて、再び窓から出ていこうとする。

 

「おい、待てコラ」

 

 フクロウの鼻先で窓をバンと閉める。

 

「人の部屋を散々荒らしやがって……、丸焼きにしてやろうか?」

「ホホーッ!?」

 

 私のベストプレイスを荒らしやがって、このチキンめ。

 

「丁度、小腹が空いてた所だぜ」

「ホー!?」

 

 手をわきわきさせながら近づくと、フクロウはいきなり暴れだした。

 小賢しい奴だ。どうやら、私の言葉が分かるらしい。

 

「だぁぁぁ!! コレ以上、私の部屋を荒らすんじゃねー!! 大人しく、丸焼きになりやがれ!!」

「ホー!! ホホーッ!!」

 

 格闘する事数分、漸く捕まえたフクロウを床に押し付けていると、いきなり部屋の扉が開いた。

 

「リ、リチャード!!」

「あん?」

 

 素っ頓狂な声を上げて飛び込んで来たのは男の子だった。

 私と私が床に押し付けているフクロウを見比べて口をわなわなと動かしている。

 

「ボ、ボクのリチャードを離して!!」

「リチャード……? こいつの事か?」

「そ、そうだよ! ボ、ボクのリチャードを離してよ!」

「……断る! こいつは私の部屋を散々荒らしやがったからな、丸焼きにして喰ってやる」

「く、喰うって、リチャードを……? え、フクロウって、食べられるの?」

「ホーッ!?」

 

 男の子の予想外の反応にリチャードが仰天している。

 いや、私もビックリしたけどさ……。

 

「じゃなかった!! リチャードを返して!! 部屋はボクが片付けるから、お願い!!」

「……ッチ、仕方ねぇ。じゃあ、ちゃっちゃと片付けろよ。さもなきゃ、コイツを丸焼きにするからな。それまではこのままだ」

「なぁ!? う、うう……、待ってろよ、リチャード。直ぐに助けるからな……」

「ホー……」

 

 見つめ合う一人と一羽。実に感動的な光景だ。

 ちょっと、押し付ける力を強めてみる。

 

「ホホーッ!?」

「リチャード!?」

 

 大慌てで部屋を掃除し始める男の子。素直で大変よろし――――って、何してるんだ!?

 

「ちょっと待っ――――」

 

 止める間も無く、男の子は私の荷物が詰まったトランクケースを持ち上げ、案の定、バランスを崩しトランクの下敷きになってしまった。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 教科書だとか、服だとかがわんさか詰まったトランクだ。

 慌てて駆け寄り、超能力でトランクを持ち上げる。

 男の子はすっかり目を回してしまった。

 

「……ったく、仕方ねぇ」

 

 心配そうに男の子を見つめるリチャードを窓から外に追い出し、彼をベッドに運ぶ。

 

「勘弁しろよ……」

 

 結局、後片付けは私の仕事となった。

 人のベッドを占領し、安らかに眠る男の子……。

 

「このクソガキ……」

 

 ◇

 

「……ん、うーん?」

 

 日がすっかり暮れた頃、男の子は漸く目を覚ました。

 読んでいた本をほっぽり出し、私はベッドに近づく。

 

「よう、目は覚めたか?」

「……えっと、君は?」

 

 鈍い反応に苛々してくる。

 

「テメェのペットに部屋を散らかされた被害者様だ!」

「…………あ、ああ! リチャード!? リチャードはどこ!?」

 

 謝罪より先にそっちの心配とは……、結構図太い性格してるじゃないか……。

 眉間をピクピクさせながら、拳を振り上げる。

 

「質問だけどよ。ぶん殴られるのと、人の部屋を散らかした事に対して謝罪するの、どっちがいい?」

「ひぇ!? あ、えっと……、ご、ごめんなさい!」

「そうそう……。謝るってのは大事だぜ。それと……、テメェのペットはあそこだ」

「え……?」

 

 指差す先には骨付きチキン。

 

「え……、嘘……、リチャード!?」

 

 皿に駆け寄り、男の子は体を震わせた。

 

「う、嘘……、リチャード……? 嘘でしょ……、う、うう、うぁぁ……」

 

 皿の上のチキンを抱きしめて涙を流す。

 あまりにも滑稽で吹き出してしまった。

 

「な、なんだよ……、何がおかしいんだよ!?」

 

 泣きながら怒ってる。器用な奴だ。

 

「ほれ、そっち」

 

 窓の外を指差す。そこにはこっそりと此方を見つめるリチャードの姿。

 

「リ、リチャード!? え、あれ!? じゃあ、これは!?」

「お前の夕飯だよ。何時まで経っても起きねぇから、トムさんがコッチに運んでくれたんだ」

「ゆ、夕飯……」

 

 ガックリと崩れ落ちる。

 ヤバい。こいつ、相当面白い。

 

「おい」

「……へ?」

「お前、名前は?」

「……ボク?」

「他に誰が居るんだよ……」

 

 キョトンとした表情を浮かべる彼にこっちまで脱力してしまう。

 こういうタイプの人間は貧民街には居なくて初めて見る。何だか、興味が湧いた。

 

「ボクはエドワード。エドワード・ロジャー」

「エドワード……? 古臭ぇ名前だな」

「ええ!?」

 

 エドワードは心外だとばかりに頬を膨らませる。

 

「そういう君の名前は?」

「私はアメ――――……エレインだ。エレイン・ロット」

 

 忌々しい事だが、これからは懐かしくも腹立たしい生来の名を使わなければならない。

 折角、この天才たる私に相応しいキュートな名前を考えたというのに……、ババアめ。

 

「それより、エド。お前ももしかして、ホグワーツに入学するのか?」

「え? それじゃあ、君も……?」

「おう!」

「……えぇ」

 

 物凄く嫌そうな顔をしやがった。

 

「おい、なんか文句あるのかよ?」

「ありません……」

 

 まったく、こんな可愛い子と一緒の学園生活を送れるのに不満を抱くとは贅沢な奴だ。

 

「おい、エド。お前はホグワーツについてどのくらい知ってるんだ?」

「えっと……、人並みくらいには……」

「その人並みってのがどの程度なのかを教えろ」

 

 一々びくびくして、何だか小動物みたいな奴だ。

 渋々といった様子でホグワーツについて話し始めるエドをちょいちょいからかいながら、私はホグワーツについての知識を深めた。

 ついでにエドの家族についても色々と突っ込んでみたけど、普通の中流家庭らしい。ただし、魔法使いの……、という枕詞はつくが。

 

「ふーん。エドの親父はそのグリフィンドールって寮だったのか」

「うん。それにしても、本当に何も知らないんだね、君」

「ウルセェ。いきなり、マクゴナガルのババアに連れて来られたんだから仕方ねぇだろ。それより、どの寮が一番良いんだ?」

「うーん。一概には何とも言えないけど、とりあえず、皆はグリフィンドールかレイブンクローが良いって言うよ」

「ハッフルパフってのと、スリザリンってのは駄目な所なのか?」

「そうじゃないけど……」

 

 エドの話を聞く限り、どうやらハッフルパフは落ちこぼれが集まり、スリザリンは悪党が集まるらしい。

 逆にグリフィンドールやレイブンクローは比較的優等生が集まるようだ。

 

「なるほど……、天才たる私はグリフィンドールかレイブンクローのどちらかだな」

「……君はスリザリンになると思う」

「あ”?」

 

 睨みつけると小さく縮こまり、情けない表情を浮かべるお前は間違いなくハッフルパフだな。

 

「よーし、エド! 今日からお前を私の手下に任命してやる!」

「……え、嫌だよ」

「なんでだよ!?」

「いや、いきなり手下になれとか誰だって嫌がるよ!?」

「なにぃぃ!」

 

 調子に乗りやがって……。

 一回締めてやろうかと拳を握り締めると、突然部屋の扉が開いた。

 

「ああ、トムさんの言った通りだ。こら、エド! こんな夜更けまで女性の部屋に居座るなんて駄目じゃないか!」

 

 入って来たのはビックリするくらいのイケメンだった。

 

「ウィ、ウィル兄ちゃん!?」

 

 どうやら、エドの話にあった彼の兄貴らしい。

 確か、名前はウィリアム。

 

「すまなかったね、お嬢さん。うちの弟が迷惑を掛けたみたいで……」

「い、いえ、お気になさらず……」

「ほら、エド! 彼女に謝るんだ。聞いたぞ。リチャードが部屋を荒らした上に色々と手を焼かせたそうじゃないか」

「い、いや、それは――――」

「あ、いえいえ。別に大丈夫ですよ」

 

 それにしても、本当に良い男だ。顔だけじゃなくて、体つきや声まで完璧。

 

「……本当にすまなかったね。私の名前はウィリアム・ロジャー」

「エ、エレイン・ロットです……」

「エレインか……。君も今年からホグワーツかい?」

「は、はい」

「そうか……。私はグリフィンドールの五年生だ。もし、君が我が寮に入る事になったら歓迎するよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 爽やかな笑みと共にエドを連れてウィリアムさんは部屋を出て行った。

 

「……素敵な人」

 

 私はすっかり彼にノックアウトされてしまった。



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第二話「出会いⅡ」

 深呼吸をしてから、部屋の扉をノックする。三回目で扉が開いた。中から現れたイケメンに私は渾身のプリティスマイルを――――、

 

「……って、エドかよ」

「いきなり来て、ガッカリするのやめてくれない?」

 

 ぶつくさ文句を垂れるエドを押し退けて中に入る。キョロキョロと部屋の中を見渡したけど、肝心の相手が居ない。

 

「ウィル兄ちゃんなら居ないよ」

「なんで!?」

「友達と一緒に高級クィディッチ用品店に行ってるよ」

「……クィディ……、何だって?」

「クィディッチだよ。知らないの?」

「知らねぇ」

 

 余程驚いたのか、エドは目を丸くして私物が纏まっている場所に駆けて行った。

 戻って来た時、その手には一冊の本が乗っていた。緑色の表紙に金字で『クィディッチ今昔』と書いてある。

 

「いいかい、エレイン。クィディッチって言うのは――――」 

 

 未だかつて無い程饒舌にエドはクィディッチを語り始めた。出会ってからカレコレ一週間近くになるが、ここまで興奮した表情を浮かべるエドは初めて見た。

 どうやら、魔法界では大人気のスポーツらしい。熱心な解説にとりあえず耳を傾けるけど、私は正直そこまで興味を持てなかった。

 そもそも、箒を使うスポーツというものが想像出来ない。いや、ソレ以前に箒に跨る自分が想像出来ない……というか、したくない。

 

「……なんで、よりにもよって箒なんだ?」

「なんでって……、昔から魔法使いは箒に乗る事で空を飛んでいたんだよ」

「いや、だから、なんで箒なんだよ。掃除用具だろ……」

 

 私の質問はエドにとって、まさに青天の霹靂だったらしい。

 深く考え込み始めてしまった。

 

「……あー、いや、分からないならいいぜ。私もちょっと疑問に思っただけだし……」

「いや、でも……、ちょっと待ってて!!」

「え、おい!?」

 

 しまった……。

 ここ何日か一緒に過ごす内、私はエドが相当な凝り性である事に気付いていた。

 何か思い立ったら、自分が納得するまで止めない。

 魔法使いがどうして箒に乗るのか? そんな問いに果たして答えなどあるのだろうか……?

 

「おーい、そんな分厚い本広げてないで、外に行こうぜー?」

「後で!!」

 

 こうなると、もう梃子でも動かない。仕方がないから一人で出掛ける事にした。

 ウィルが居ない上にエドがこれでは仕方が無い。ちょっと……、ため息が出た。

 

「さて、どこに行こうかな……」

 

 学用品の類は最初にマクゴナガルと一緒に買い揃えてしまったから、これといって必要な買い物は無い。

 ダラダラとウインドウショッピングに興じる趣味も無く、腹もそんなに空いていない。

 

「暇だなぁ」

 

 マクゴナガルと出逢う前は毎日が……まあ、それなりに充実していたと思う。

 退屈を感じる余裕は少なくとも無かった。

 

「ん?」

 

 しばらくブラブラしていると、ふらつきながら歩いている女と出くわした。

 両手のかばんにはちきれんばかりの本を詰め込んでいる。相当な重量がありそうだ。

 

「あ……」

 

 ヤバイと思った瞬間、本を入れたかばんの持ち手が音を立てて千切れた。

 

「あ、ああ!?」

 

 悲鳴を上げる女。年の頃は私と同じくらいか……。

 とりあえず、散らばった本を通行人に踏まれる前にとっとと集めてしまおう。

 

「あ、え?」

 

 目を丸くしている女に私は集めた本を半分押し付けた。

 

「おい、あそこまで行くぞ」

 

 ズッシリと重い本を両手で抱え、私は直線上にあるかばん屋に向かった。

 

「あ、待って!」

 

 女がついてくる事を確認して、店の中に入る。

 ここには多種多様なかばんが揃っていて、中には魔法が掛かっている物もある。

 

「おーい!」

 

 店内はゴミゴミしていて、店員の姿が見当たらない。呼び鈴の類も見つからないから、適当に大声を出してみた。

 すると、店の奥から痩せぎすな老婆が出てきた。

 

「はいはい、ごめんなさいね。何かお求めかしら?」

「コレとそこの女が持ってる本が入るかばん有る? 出来れば軽くなる魔法が掛かってて、安いやつ」

「ああ、それなら丁度いいのがあるわ。ちょっと古いんだけど――――」

 

 老婆が持って来たのは明らかに年代物と分かる品だった。

 

「いくら?」

「古い品だから、12シックルでいいわ」

「じゃあ――――、これで」

 

 本を一旦、近くのテーブルに置いて、ポケットからガリオン金貨を取り出して老婆に渡した。

 

「はい、5シックルのお釣りね」

「サンキュー」

 

 老婆から買い取ったカバンを受け取ると、テーブルに置いて口を開いた。

 どうやら、中は空間を拡張する魔法で広げられているらしく、女が持っていた本が楽々入りそうだ。

 

「おい、そっちのも貸せよ」

「え、う、うん」

 

 女から残りの本を受け取って、中に詰める。

 持ち上げてみると、驚く程軽かった。

 

「いい感じだな。ほら、これで大丈夫だろ」

 

 女にカバンを押し付けて、私はダイアゴン横丁の散策を再開――――、

 

「ま、待ってよ!」

 

 しようとして、呼び止められた。

 

「あん?」

「あ、ごめんなさい。あの、お礼を言わせて欲しいの。助けてくれて、ありがとう。後、カバンの代金を――――」

「あー……、別にいいよ。見るに見かねただけだしな。これに懲りたら、買い過ぎには注意しとけよ。じゃあな」

 

 魔法界って所は最初こそ物珍しさに興奮を覚えたものだが、慣れてくるとヘンテコな物で溢れかえっているだけのように見えて、金の使い道が見つからなかった。

 出世払いとはいえ、一年の間に自由に使える金額の上限まで大分余裕がある。

 12シックル……およそ、360ペンスくらいでガタガタ言う気は無い。

 

「待ってよ。もしかして、貴女も今年からホグワーツ?」

「……おう。けど、どうしてわかったんだ?」

「服装よ」

 

 女はズバリと言った。

 

「貴女、マグルの出身でしょ?」

 

 マグルとは魔法使い以外の人間を指す言葉。

 普通に英語喋ってる癖に変な専門用語を作ってる魔法使いって人種は相当な暇人だな。

 非魔法使いとかでもいいと思う。

 

「ここでそういう“普通の格好”をしている人は稀だもの」

 

 まあ、ここで言う普通は私達のソレと少し違うだろうけどな。

 

「つまり、貴女はまだ魔法界に属して間もない人という事。年の頃も同じくらいだと思ったし、もしかしたらって思ったの」

「名推理だな。ポアロもびっくりだ」

「……うーん、そこはマープルって言って欲しかったわ」

「あれはババアじゃねーか……」

 

 私だったら断然ポアロが良い。

 

「と、とにかく、自己紹介をさせてちょうだい。折角、同級生になる人と会えたんだし、この出会いを大切にしたいの」

「……エレインだ。エレイン・ロット」

「私はハーマイオニー・グレンジャー。私も両親がマグルなのよ。歯医者を営んでいるわ」

「歯医者の娘の割にはアレしてないな。金属パーツの奴」

「……前歯の歯並びをヘッドギアで矯正されそうになったけど、断固拒否したわ」

 

 確かに、ちょっと出っ張り気味だな。

 

「ハーマイオニーは両親と来てるのか?」

「うん。今、二人は漏れ鍋で引率の先生の話を聞いてる最中よ」

「本人のお前は聞かなくていいのか?」

「私が聞くべき内容は全てキチンと聞いたわ。先生は両親に私が魔法界で生きる上での注意事項とか、その他諸々を語っている所よ」

 

 まあ、歯医者の娘が魔法使いになるなんて話、いきなり振られたら困るよな。

 一般的な仕事につける学歴なんて手に入らなくなるだろうし、私みたいな底辺と違って、中流階級以上の家庭なら色々と考えどころだろう。

 

「……まあ、とりあえず漏れ鍋に戻るか。私もそこの二階で寝泊まりしてるんだ」

「あら、漏れ鍋って宿泊出来るの?」

「出来るんだろうな。現に私は宿泊してる」

「そ、そうよね」

 

 漏れ鍋に向かう道すがら、ハーマイオニーが購入した本を見せてもらった。

 恐ろしくつまらなそうな物から大変興味を惹かれるものまで多種多様。

 新たな知識は歓迎すべきものだ。ハーマイオニーも知識を尊ぶ性格らしく、話していて楽しかった。

 まあ、ちょっと鈍い所はあるけど御愛嬌だろう。何れにしても、同年代の女と親しくなるのは初めてだ。少しだけ、気分が良い。

 

「――――じゃあ、私はちょっと両親と話してくる。後で部屋に伺ってもいいかしら?」

「もちろん。さっきの本を持って来てくれるなら茶を用意しておくぜ」

「了解。後でね」

「ああ」

 

 意気揚々と階段を上がり、部屋に戻ろうと扉を開けると、隣の部屋の扉が勢い良く開いた。

 

「分かったよ!」

「何が?」

 

 飛び出してきたエドは興奮した面持ちで一冊の本を見せてきた。

 

「元々、魔女の語源であるヘカテーの巫女……、俗に『産婆』と呼ばれた者達に起因するらしいんだ。その者達は名前の通り、赤子の誕生に関わる仕事をしていたみたいで、穢れを払う為の『箒』をシンボルとしていたんだよ」

「だから、箒を使って飛ぶのか」

「うん。まあ、東洋だと絨毯を使う伝統があったり、他にも別の媒体を使う国や地域もあるみたいだから、箒を使うのは伝統の一つに過ぎないみたいだよ」

 

 答えが見つかった事が余程嬉しかったのか、顔を上気させている。

 単純な奴だ。

 

「あら、お友達?」

 

 廊下で話し込んでいると、ハーマイオニーが階段を上がって来た。

 

「話は済んだのか?」

「ええ、私もしばらくここに宿泊する事にしたわ」

「はぁ? 両親はどうするんだ?」

「二人は帰るわよ。お仕事もあるしね」

「それで、お前は一人で泊まるってのか」

「そうよ。全くの未知の世界に踏み込むのだから、友人を作る機会は大切にしなきゃ。それに、色々と準備を進めたいもの」

 

 思ったよりエキセントリックな性格をしている女だ。

 

「えっと……、彼女は?」

 

 置いてけぼりにされたエドがおどおどした目でハーマイオニーを見る。

 人見知りか……?

 

「ハーマイオニーだ。ハーマイオニー・グレンジャー。さっき、知り合った」

「初めまして、ハーマイオニーよ。貴方の名前は?」

「ボ、ボクはエドワード。エドワード・ロジャーだよ」

「よろしくね」

 

 ホグワーツへの入学まで後一週間。ハーマイオニーの加入によって、私の周りは少しずつ賑やかになってきた。

 前よりも少しだけ、ホグワーツへの入学が楽しみになった。



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第三話「ホグワーツ」

 あっという間に入学式の日がやって来た。トランクを転がしながら、私はエドやハーマイオニーと共にウィルとその友人、ロイドの後に続き、キングス・クロス駅を歩いている、

 駅という物を利用する事自体、滅多に無かったから少し面白かった。近代アートという奴なのか、網目状の奇妙な壁が聳えているのを見て思わず首を傾げたり、東洋人の集団があくせくと動き回っている光景に目を丸くしたり、それなりに堪能する事が出来た。

 

「――――ここが9と3/4番線のホームに続くゲートだ」

 

 ウィルはただの壁を指差して言った。決して、彼の頭が湧いているわけじゃない。ここが正真正銘、ホグワーツに向かう汽車に乗るためのホームへの入り口だ。

 ここ数日、私達は本の虫と化していた。ハーマイオニーが入学前にホグワーツの事を勉強しようと言い出したからだ。他にやる事も無く、知識を得る事が好きな性分も合わさり、私は彼女の案に乗ることにした。エドも私達に付き合う形となり、ほぼ毎日本屋や古本屋に通い続けた。両店の店主とすっかり顔なじみになってしまうくらいに。

 そんなこんなで、この一風変わったホームへの侵入方法についても知識があった。

 

「ここが……」

 

 それでも、実際に目の当たりにすると「あっ」という声が漏れてしまう。

 人が壁にめり込む光景に驚かない人間は修羅場をくぐり過ぎだと思う。

 まるで霞に飛び込んだかのような薄ら寒い感覚の後、私達は人がごった返す9と3/4番線のホームに出た。

 

「迷わないようについて来て」

 

 栗毛のメガネを掛けた男が言った。彼がロイドだ。ここ数日の私達の勉強会でよくアドバイスをくれた。ウィルを度々私達から奪っていくのがちょっと不満だけど、理知的な人間は嫌いじゃない。

 ちなみに、彼はグリフィンドールでは無く、レイブンクローの生徒だ。しかも、監督生。

 

「早く来て成功だったな。急いで空いているコンパートメントを探そう」

 

 ウィルはそう言うと汽車の中に入っていく。私達も慌てて後に続いた。

 既に半分以上が埋まっていたけど、なんとか無人のコンパートメントを見つける事が出来た。

 

「じゃあ、僕はペネロピーと合流して先頭車両に行かないといけないから」

「ああ、パーシーにもよろしくな」

 

 ペネロピーはレイブンクローの女子の方の監督生で、パーシーはグリフィンドールの監督生。

 ロイドが去って行くと、早速ハーマイオニーは『ホグワーツの歴史』というデカイ本を取り出した。

 

「君達、本当に本が好きなんだね」

 

 額を掻きながら、ウィルは苦笑した。

 

「俺もちょっと出掛けてくるよ」

「えー」

「ほらほら、ウィルにも用事があるんだから」

 

 不満を口にする私をハーマイオニーが諭す。

 

「すまないね、エレイン。エド、お嬢さん方に失礼の無いようにな」

「分かってるってば!」

 

 軽く手を振って、ウィルは出て行った。

 

「ちぇー」

 

 唇を尖らせる私にハーマイオニーが苦笑する。

 ウィルが居なくなって、テンションガタ落ちだけど、二人と過ごす時間も悪くない。

 私達はホグワーツについて語り合ったり、ちょっとした呪文の練習をして時間を潰した。

 途中、車内販売が来て、お菓子パーティーとしゃれ込んだりして、旅の道程は順風満帆。

 

 ◇

 

 穏やかな陽気と満腹感にうとうとし始めた私達のコンパートメントがいきなり開かれた。

 入って来たのは丸顔の少年。

 

「あ、あのー……」

「あん? なんだよ、お前」

 

 到着前に一眠りしようと思ったのに、今ので眠気が飛んでしまった。

 睨みつけると、少年はビクッとした表情を浮かべ、聞き取れないくらい小さな声でぶつぶつと何かを言い始めた。

 

「あんだよ! 男なら言いたいことをもっとハッキリと言え!」

「ご、ごめんなさい!」

 

 怒鳴りつけると、少年は脱兎のごとく逃げ出してしまった。

 

「なんだ、アイツ……?」

「どうしたの……?」

 

 私の怒鳴り声で目が覚めてしまったらしく、目を擦りながらハーマイオニーが寝惚けた声を出す。

 

「何でもない」

 

 私はこの騒動の間もグッスリ眠ったまま起きなかったエドの膝を枕にして今度こそ一眠りする事にした。

 まったく、あの丸顔め、次に会ったら締めてやる。

 

 ◇

 

 体を揺すられて目を覚ました。

 

「ほら、エレイン。そろそろホグワーツに到着するみたいよ。急いで着替えないと!」

「ん―……、もう、そんな時間か?」

 

 私はのっそりと起き上がると、指定の制服を取り出してボタンを外し始めた。

 

「ちょっ!?」

 

 すると、いきなりエドが奇声を上げてコンパートメントから出て行った。

 

「……アイツ、初心だな」

「いや、いきなり男の子の前で脱ぎ出すのはどうかと思うわよ」

 

 呆れたように言うハーマイオニー。羞恥心など遥か昔に投げ捨てたからな、ああいう反応は新鮮で面白い。

 

「とりあえず、着替えるか」

「そうね。モタモタしてると、エドが着替えられないし」

 

 さっさと着替えてエドと交代する。服を脱いだ頃合いを見計らい、ちょっと覗いてやろうかと思ったんだけど、ハーマイオニーがジロリと睨みつけてくるから自重した。

 

 ◇

 

 外はすっかり暗くなっていた。

 星明かりだけを頼りに人工物を探すが、特に何も見つからない。かなり田舎の方に来たみたいだ。

 ガタンガタンという音と揺れるランプの光が奇妙で幻想的な雰囲気を醸し出す。

 

「ぼ、僕……、なんだか緊張してきた」

「私も……」

 

 いよいよホグワーツが直ぐそこまで迫って来ている。

 二人は若干青ざめたような表情を浮かべている。

 

「……ほら、二人共落ち着けよ。カエルチョコでも食ってな」

 

 二人は私が渡したカエルチョコをもぎゅもぎゅと食べる。それにしても、カエル型のチョコレートとか、考えた奴は頭がイカれてるよな。しかも、生きてるんだぜ、コイツ。

 

「マーリンに……、モルガナか……」

「アーサー王伝説シリーズって感じね」

 

 二枚のカードをエドに押し付け、私は百味ビーンズを口に含んだ。

 カエルチョコレートのおまけをエドは集めている。

 

「おい、エド。組み分けってのはボウシを被るだけなんだろ? なんで、そんなにビクついてんだよ」

 

 ハーマイオニーは若干落ち着きを取り戻したみたいだけど、エドは相変わらず沈痛な面持ちだ。

 

「だ、だって……、どこの寮に入るかはその時が来ないと分からないんだよ? もし、二人と違う寮だったらって思うと……」

 

 ちょっとだけ、頬が緩みそうになった。なんだよコイツ、可愛げのある事言うじゃねーか。

 

「安心しろよ。別に寮が違ったって、ウィルとロイドみたいに付き合いは続けられるだろ」

「そ、そうだけど……」

 

 そこまで不安になられるとこっちまで憂鬱な気分になってくる。

 私はハーマイオニーと顔を見合わせて肩を竦めた。

 

 ◇

 

 いよいよ、ホグズミード村というホグワーツのすぐ近くにある魔法使いの村と隣接している駅に到着した。

 構内にはどっから出て来たんだと思うようなとんでもない数の生徒達と一際目を引く巨大なひげもじゃ。

 

「イッチ年生! こっちだ!」

 

 ひげもじゃが叫ぶ。彼の周りにはセンスの無い丸メガネとそばかすだらけの赤髪、それに例の丸顔が居る。

 

「もしかして、彼が森の番人じゃない? ほら、ルビウス・ハグリッドは驚く程大柄な男だって、ロイドが言ってたじゃない」

 

 なるほど、確かにデカイおっさんだ。おまけに臭そう。あんまり近寄りたい相手じゃないな。

 私達はぞろぞろと彼の後に続く一年生の群れに紛れ込み、険しい道を歩いた。

 しばらく歩くと、川に出た。そこにたくさんのボートが浮かんでいて、ハグリッドは四人一組で私達をボートに乗せた。

 私達は前を歩いていたメガネの少年と相席となった。さっき遠巻きに見た丸メガネと違って、オシャレなメガネを掛けている。

 

「……よろしく」

 

 大人しめだけど、エドとは少しタイプが違って見える。

 

「よろしくな。エレイン・ロットだ」

「え、エドワード・ロジャー」

「ハーマイオニー・グレンジャーよ」

 

 メガネ君は私達三人の顔を見た後、すっきりとした発音で名乗った。

 

「カーライルだ。カーライル・ウエストウッド」

 

 ほっそりとした顔立ちに上品な英語。こいつはかなり上流階級の人間だな。

 その割に見下したような視線を向けてこない所に好感が持てる。

 

「よろしく」

 

 挨拶を交わした後はこれと言って話す事も無く、川を抜けるまで周囲のざわめきに耳を傾けた。

 しばらくすると、川幅が一気に広がった。どうやら、ここから先は湖になっているらしい。

 直後、私達は遥か対岸に姿を現した聳え立つ巨大な城に圧倒された。

 

「あ、あれがホグワーツ!?」

 

 そう、ホグワーツは魔法“学校”を謳うくせに、その学舎は立派な城だった。

 月夜を背景に神秘的な空気を発するホグワーツの城に私は言葉が見つからなかった。

 まさに圧巻としか言い様がない光景だった。



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第四話「組み分け」

 ホグワーツに到着した私達を出迎えたのは、私を魔法界に導いた老婆、ミネルバ・マクゴナガルだった。厳しい目付きは相変わらずで、周りの奴等がビクついている。

 私達は喧騒が響く大きな扉の前に連れて来られた。

 

「此方で待ちなさい」

 

 そう言って、マクゴナガルは私達を脇にある小さな扉の向こうに押し込んだ。狭苦しい部屋に大勢が密集しているせいで暑苦しい。

 そこかしこで組み分けの話題が囁かれ、エドとハーマイオニーも不安そうに表情を曇らせている。カーライルは……、メガネのせいか表情が読めないな。

 

「……とりあえず、グリフィンドールかレイブンクローが安パイね」

「そ、そうだね。出来れば……、僕はレイブンクローがいいけど……」

「どうしてだよ? グリフィンドールにはウィルが居るじゃん」

「……だからだよ」

「ん?」

 

 表情を更に曇らせるエドに深入りするべきかどうか迷っていると、部屋の扉が開かれ、マクゴナガルが姿を現した。

 どうやら、準備が終わったらしい。いよいよ、入場というわけだ。

 エドの様子も気になるけど、今は詮索している暇が無さそうだ。

 

「……行こうぜ、エド」

「うん」

 

 元気がない。

 

「ほら! 下ばっかり見てないで、前を見てみろよ!」

 

 エドの手を掴み、引っ張りながら言う。顔を上げたエドは息を呑んだ。

 天井には夜天が広がり、空中に無数のロウソクと半透明な魔法使い達が飛び回っている。そして、大勢の上級生達と教師達が私達を見つめている。

 

「……凄い」

 

 よたよた歩くエドを引っ張りながら、私も感動に打ち震えていた。

 この光景は錆びついたものを無理やり動かすだけのパワーがある。

 

 ◇

 

 教師陣が並ぶ前に椅子が一つポツリと置かれている。その上には古くて汚らしい三角帽子。

 あれが組み分け帽子だとすると、私達はこの大観衆の前でアレを被らなければならないという事だ。凄く嫌だ。

 テンション激減な私を尻目に組み分け帽子はハイテンションな声色で歌い始めた。各寮の特色を歌っているらしい。割りと良い声なのがむかつくな。

 

「さてさてさーて、いよいよだな」

 

 マクゴナガルがアルファベット順に生徒の名前を読み上げていく。

 

「うーん。エドがレイブンクローがいいって言うなら、私もレイブンクローでいいんだけど……」

「組み分け帽子がそこら辺、融通してくれるかどうかは望み薄だな」

 

 どういう基準で選んでいるのかサッパリだ。生徒が帽子を被ると、帽子は大声で寮の名前を叫ぶ。一瞬で決まる者も居れば、熟考を要する生徒もいる。この違いは何だろう……?

 しばらくすると、ハーマイオニーの順番が回って来た。

 

「行ってくるわね」

「おう」

「い、いってらっしゃい!」

 

 本人以上にガチガチなエドを心配そうに一瞥して、ハーマイオニーは毅然とした態度で壇上へ上がり、帽子を被る。

 すると……、

 

『レイブンクロー!!』

 

 帽子は僅かな黙考の後に叫んだ。

 こっちにウインクをして、ハーマイオニーはレイブンクローの上級生が待つ席に向かって行った。

 次は私の番だ。

 

「エ、エレイン……」

「行ってくるぜ」

 

 背中をバシンと叩いて気合を入れてやってから、私は壇上に上がった。

 観衆の視線が一直線に私に向かっている。むず痒いな。

 

「お友達が出来たみたいね」

 

 小声でマクゴナガルが言った。

 

「おう。出来れば、あいつらと一緒がいいな」

 

 僅かな微笑を零し、マクゴナガルは私に組み分け帽子を被せた。

 すると、僅かな間も作らずに組み分け帽子は叫んだ。

 

『レイブンクロー!!』

「オイ、マジか! よくやった!」

 

 手を叩いて帽子を褒め称えてやった。解ってるじゃないか!

 

『君の素養はレイブンクローでこそ開花されるだろう。頑張りたまえ』

 

 そんな言葉を掛けて来た。

 

「おう。あ、後で来るエドワードって奴もレイブンクローで頼む」

『さて、それは本人の素養次第だね』

 

 融通の利かない帽子だ。これでアイツだけが別の寮に行ったら、エドの奴、絶対泣いちまう。

 

「頼むよ……」

 

 マクゴナガルに背中を押され、私は壇上から降りてハーマイオニーの待つレイブンクローの席に向かった。

 歓迎してくれるロイドを始めとしたレイブンクローの上級生達。だけど、私の意識は壇上に向いていた。

 

「エド……」

「大丈夫よ。きっと……、大丈夫」

 

 自分に言い聞かせるようにハーマイオニーは言った。

 ギュッと拳を握りしめながら組み分けを見守っていると、いきなり周囲がざわついた。

 マクゴナガルが『ハリー・ポッター』という名前を呟いた瞬間、生徒だけでなく、教師達まで身を乗り出して、壇上に上がる生徒を見つめた。

 ポッターはホグズミード駅でハグリッドの傍に居た丸メガネだった。

 

「……そう言えば、魔法界の歴史の本に名前が乗ってたな」

 

 確か、十数年前に魔法界全土を震え上がらせた悪の魔法使いを滅ぼした少年の名前が『ハリー・ポッター』だった筈。

 壇上で青白い表情を浮かべている丸メガネ君がそんなに凄い奴とは思えないが、事実なら仕方がない。

 組み分け帽子はポッターの組み分けに悩んでいる様子。かなりの時間、黙考した上で帽子は叫んだ。

 

『グリフィンドール!!』

 

 途端に表情を輝かせ、跳ねるようにグリフィンドールの席へ向かっていく。

 どうやら、望み通りの寮に割り当てられた様子だ。

 周囲のレイブンクロー生達は落胆の声を上げているが、本人が喜んでいるなら、この結果は祝福してやるべきだろう。

 おめでとう、ポッター。ウィルの後輩になれるなんて羨ましいぜ。

 

「エドワード・ロジャー」

 

 喧騒が鎮まり、しばらくして、エドの番が回って来た。

 固唾を呑んで見守る私達。僅かな空白の後、組み分け帽子は叫んだ。

 

『スリザリン!!』

「なぁっ!?」

「はぁ!?」

 

 呆然とした表情を浮かべ、よろよろとスリザリンの席へ歩いて行くエド。

 私とハーマイオニーは顔を見合わせた。

 確か、あそこは悪人が多く排出されたと有名な寮だ。まったくもって、エドに相応しくない。エドが入るくらいなら、私だってスリザリンに選ばれている筈だ。

 

「エド!? ど、どうして……」

 

 グリフィンドールの席でウィルが悲鳴のような声を上げた。

 結局、一度決まったものが覆る事など無く、私とハーマイオニーはレイブンクローに割り当てられ、エドはよりにもよってスリザリンに割り当てられた。

 

 ◇

 

 豪勢な御馳走がまったく美味しく感じられない。私は組み分け帽子の決定にどうしても納得がいかなかった。

 

「なあ、ロイド。組み分け帽子はなんだって、エドをスリザリンなんかに入れたんだ?」

「スリザリンなんかって……。いいかい? スリザリンは確かに悪の道に走った魔法使いを多く排出した寮だ。だけど、同時に歴史に名を残すような偉大な魔法使いも大勢排出している。エドワードは決して、悪しき素養を見初められてスリザリンに選ばれたわけじゃない筈だ。そこは勘違いしてはいけないよ」

 

 厳しい目付きでロイドが言った。

 

「けどよ……」

「確かに寮は違ってしまったけど、それで君達の友情が崩れる事は無い筈だ」

「あ、当たり前よ!」

 

 ハーマイオニーが鋭く言った。

 

「……残念な気持ちはわかるけど、気を取り直して御馳走にありつこう」

「へーい」

 

 宴もたけなわという所で、新入生達の自己紹介が始まった。エキゾチックな色香を漂わせるパドマ・パチル。生真面目そうな雰囲気のアンソニー・ゴールドスタイン。筋骨隆々なマイケル・コナー。

 私とハーマイオニーの番が回り終えると、残ったのは気弱そうな女と結構な男前が一人。

 

「アランだ。アラン・スペンサー。よろしく頼むよ」

 

 イケメンの名前はアランだった。アランはその後に続く筈の女の肩をポンと叩き――――、

 

「彼女はレネ・ジョンソン。見ての通り、ちょっと恥ずかしがりやなんだ」

 

 茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべて、レネの自己紹介を代弁した。

 レネはまるで小動物のような奴で、周囲の視線を受けて呼吸困難になり掛けている。大丈夫か、こいつ……、エドより重症だぞ。

 

「レネ、よろしくな」

 

 こっちから声を掛けてやると、レネは感極まった表情で必死に声を振り絞った。

 囁くような小さな声で「よろしくお願いします」と返して来た。

 一年生の自己紹介が終わると、上級生達もぞろぞろと近くの一年生達に自己紹介を始めた。

 

「私はチョウ・チャン。二年生なの。私も分からない事だらけだけど、これだけは断言出来るわ。ホグワーツって、最高よ!」

 

 一際目を引く可愛い子ちゃんのチョウはいわゆるムードメイカーって奴だった。話を盛り上げるのがずば抜けて上手い。

 男子生徒の何人かはあっという間に彼女の虜となってしまった。まさにメロメロって奴だ。

 ディナーが終わると、校長のアルバス・ダンブルドアが謎めいた警告を発し、パーティーを締め括った。

 歓迎パーティーの解散後、私達はロイドとペネロピーの監督生コンビによる先導で西塔に向かった。

 

「あるところでは、四季が秋から始まり、春、夏、冬の順になっています。しかも、一週間の始まりは金曜日になっています。そこはどこ?」

 

 寮の入り口には鷲のノッカーがあり、中に入る為には謎解きを求められる。謎に答えられないと、中には入れてもらえないそうだ。

 一年生向けなのかすごく簡単な問題だった。

 

「ねえ、レネは分かったかしら?」

 

 唐突にチョウがレネに向かって話し掛けた。レネは咄嗟に頷いた。

 

「じゃあ、ここはレネに答えてもらいましょうか」

 

 チョウの提案にレネは悲鳴を上げた。必死に首を横に振る。すると、アランが口を挟んだ。

 

「大丈夫。僕も傍に居るから、頑張ってみようよ」

「……うん」

 

 新婚カップルみたいに熱々な二人だ。

 注目される中、レネは必死に口を動かした。

 

「じ、辞書」

 

 Fallに始まり、Spring、Summer、Winterと続くのはABC順に並べられている辞書の中だけだ。それに、一週間の始まりがFridayで始まるのも辞書の中だけ。

 どうやら、無事に正解出来たようで、扉はレネを歓迎した。

 

「素晴らしいわ、レネ。見事にレイブンクローの生徒としての資格を証明したわ」

 

 チョウは満面の笑みを浮かべて言った。

 アイツ、見た目に反して凄いやり手だ。放っておくと周囲から孤立しそうな性格のレネにレイブンクローの看板である『機知と叡智』を示させ、一同に一目置かせる事に成功した。

 

「さあ、一年生の皆、レイブンクローの寮へようこそ!」

 

 中に入るなり、ロイドが高らかに叫んだ。

 ブルーの調度品に囲まれ、星が散りばめられたレイブンクロー寮の談話室に歓声の声が上がる。

 

「いいセンスしてるな」

「そうね。素敵だわ」

 

 ハーマイオニーは眠そうに応えた。無理もないな。もう夜更けだし、腹が程よく満たされ、私もベッドに倒れ込みたい気分だ。頭の隅にスリザリンに選ばれて絶望的な表情を浮かべていたエドの顔さえ浮かんでいなければ……。

 明日、あの情けない面に一発気合を入れてやろうと意気込みながら、私は部屋の中を見回した。

 レイブンクローの談話室は円形で、とても広々としていた。ドーム型の天井には星模様が散りばめられていて、足下のブルーの絨毯にも同様の星模様が描かれている。入り口の反対側の壁にはもう一つの扉があり、その隣には大理石の彫像が置かれている。

 

「計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり!」

 

 ロイドが彫像の足下に刻まれている文字を読み上げた。

 

「レイブンクローの生徒として、この言葉を深く胸に刻んでおくように。これはホグワーツの四人の創設者の一人、ロウェナ・レイブンクローの言葉だ」

 

 ロウェナ・レイブンクロー。知恵を重んじるレイブンクローの創始者。

 物問い気な微笑を零す彼女の彫像はまるで、私達を品定めしているようだった。

 

――――汝らにレイブンクローの名を背負う覚悟はあるか?

 

 そんな声が聞こえた気がする。

 当然。心の中でそう返しながら、ロイドの言葉に耳を傾ける。

 

「これより、新入生諸君にそれぞれの寝室を割り振る。寝室は扉をくぐって直ぐの東階段と西階段で男女に分かれ、それぞれ二人部屋と三人部屋がある。男子の寝室は二人部屋は四つ。三人部屋も四つだ。女子も同じく二人部屋が四つに三人部屋が四つ。希望があれば受け付けるが先着順だ」

 

 ロイドの言葉に一斉に数人の生徒が動き出した。歓迎パーティーで仲良くなった同士で同じ部屋になろうとこぞって希望の申請をしている。

 

「おい、行くぞ、ハーマイオニー」

 

 相変わらず眠そうなハーマイオニーを引きずり、私もロイドの下へ向かう。

 

「うーん、二人部屋は完売だ。後一人、誰か見つけてくれないか?」

 

 私達が声を掛けた時点で、既に二人部屋が埋まってしまっていた。出遅れちまった、クソ。

 喧しい奴と一緒になるのは御免だ。私はキョロキョロと余ってる奴を探した。

 

「お! レネ、一緒にどうだ?」

 

 相変わらず小動物のようにおどおどしているレネに声を掛けた。

 少なくとも、コイツなら無駄口をベラベラ動かすことは無いだろう。

 

「わ、私……?」

「他に誰がいんだよ……」

 

 レネは筋金入りの小心者らしい。しつこいくらい、「私でいいの?」と聞いてきた。

 どんな生活を送っていたらここまで気弱になれるのか聞いてみたいものだ。

 段々イライラして来て、私はロイドの下にレネを無理やり引きずって行き、彼は苦笑しながら三人部屋を割り当ててくれた。

 相変わらず、アランの奴はレネを見つめていたが、どこか安堵したような表情を浮かべていた。奴の熱い眼差しの意味が分かった気がする。コイツは放っておくとまずいタイプだ。

 

「いい感じの部屋だな」

 

 寝室は住人が三人だけにしてはかなり広々としていた。天井や床は談話室と同じくブルーの下地に星模様。高級感のある調度品や家具が上品に配置されている。窓際には天蓋付きのオシャレなベッドが三つ。

 ハーマイオニーをベッドに叩き込んでいると、レネがアーチ状の窓に近寄り、その向こうに広がる絶景に感動していた。

 

「凄い……」

「こいつは見事だな」

 

 私も彼女の脇から外を覗き、思わず感嘆の声を上げた。満天の星空と天を映す湖、深い森。絶景とはまさにこの景色を指す言葉だ、

 

「おい、レネ。これからよろしくな」

「……こちらこそ、よろしく、エレイン」



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第五話「レイブンクロー寮」

 レイブンクローの最初の授業は寮監のフィリウス・フリットウィック教授の呪文学だった。フリットウィックはとても小柄で、何冊も本を重ねた上に乗って、漸く顔が教卓の上に出るくらいだ。

 

「レイブンクローの皆さん。まずは入学おめでとう。私はフィリウス・フリットウィック。君達、レイブンクロー寮の寮監です。まだ、入学して早々で不安も多い事でしょう。ですが、常に冷静さを失わない事。どのような事態に対しても適切な判断が出来るよう、このホグワーツでたくさんの知識を蓄えて下さい。計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり!」

 

 ロウェナ・レイブンクローの言葉で締め括ると、フリットウィック先生は生徒達に教科書を開かせた。

 

「これから一ヶ月は皆さんにあらゆる呪文を使う上で大切な基礎を学んでもらいます。杖の振り方、発音の仕方」

 

 一部の生徒からブーイングが飛び出した。みんな、魔法を早く使いたくてうずうずしている。もちろん、私もその一人。

 フリットウィックはこほんと咳払いをすると、自分の杖を取り出して、近くのランプに向けた。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ」

 

 ランプがふわふわと宙を舞った。生徒達はピタリと黙り込み、フリットウィックの魔法に魅入られた。

 

「物体浮遊呪文。一ヶ月、君達がしっかりと基礎を学んだら、君達にも出来るようになっている筈です。ただし、怠け者は一ヵ月後も使えないでしょう。皆さんはどうですかな?」

 

 今度は誰もブーイングを飛ばさなかった。真面目な顔で教科書を開き、いつでも羊皮紙にメモを書き込めるようスタンバイしている。

 フリットウィックは満足そうに微笑むと、授業を開始した。

 

「それでは、杖を振ってみましょう。びゅーん、ひょい!」

 

 授業が終わると、フリットウィックは生徒一人一人にお菓子を配った。甘いチョコレートクッキー。頬が落ちるかと思う程美味かった。

 

「よく頑張りましたね。みんな、素晴らしい。他の授業も真面目に学び、立派な魔法使いになるんですよ」

「はい、フリットウィック先生!」

 

 次の授業に向かうまで、生徒達はクッキーを口に含みながら杖の振り方を反芻した。

 

「一ヵ月後が楽しみだな」

 

 杖をクルクル回しながら横に並ぶハーマイオニーとレネに声を掛ける。二人も類に漏れず杖の振り方の反芻に熱中している。

 気持ちはよく分かる。今まで漠然と使って来た奇妙なパワーが明確な技術として確立している。実に革命的じゃないか。

 

「……あ」

 

 次の授業に向かって歩く途中、スリザリンの一団と擦れ違った。

 

「エド」

 

 俯いて歩くエドを見つけた。沈んでいる。

 

「おい、エド」

 

 こっちに気付いていないみたいだ。通せんぼをするように前に立ちはだかると、思いっ切り私の胸に飛び込んで来た。

 

「ぶあ!?」

「よう、エド」

「エ、エレイン!?」

 

 一瞬凍りついた後、エドの顔は一気にゆでダコみたいに赤くなった。相変わらず初心な反応。

 

「上手くやれてるか?」

「……まあまあだよ」

 

 あんまり芳しくないみたいだ。

 

「何かあったら言えよ?」

「……大丈夫だってば」

 

 顔を背け、エドは行ってしまった。

 

「……エド、大丈夫かしら」

 

 ハーマイオニーが心配そうにエドの背中を見つめている。

 

「あの子は二人の友達?」

 

 いつの間に忍び寄ってきたのか、背後にアランが立っていた。

 

「ああ、エドワードだ。一人だけスリザリンに入れられちまってな……」

「スリザリンか……。あの寮には魔法界に古くから存在する名家の子供が主に選ばれる。その殆どが誇り高い反面、冷血であったり、狡猾であったりと、一筋縄ではいかない者達ばかりだと聞くよ。彼がそうした環境に不慣れなら悲劇と呼ぶ他無いな……」

 

 思わずアランの顔面に拳を叩き込みそうになった。あのノロマがそんな環境でやっていけるわけが無い。

 

「こうなったら、フリットウィックに直談判だ! エドをレイブンクローに移してもらおうぜ!」

「む、無理よ、そんな無茶な事!」

「何が無茶なんだよ! 合わない環境で七年も過ごせって言う方が無茶だろ!」

「でも、無理なものは無理なの! 組分けの儀式は一種の魔法契約だから、一度執行されてしまった契約を途中で覆す事は不可能よ」

 

 ああ、腹立たしい。あのボロ頭巾め、テキトーに寮を決めやがって!

 

「落ち着いた方がいい」

 

 激昂しそうになる私を抑えたのは、メガネを掛けたチビ。

 ホグワーツまでの小舟で相乗りしたカーライルだ。こいつもレイブンクローに選ばれた者の一人。

 

「そろそろ次の授業の時間が迫っている。他人の事ばかりにうつつを抜かして、本懐を忘れてはいけないよ」

 

 確かに次の変身術の授業の時間が迫っていた。私は舌を打つとハーマイオニー達を連れて教室に向かい歩き始めた。

 変身術の教室に辿り着くと、まだマクゴナガルの姿は無かった。

 

「何だろう、あの猫」

 

 アランが首を傾げる。奇妙な事に、教卓には一匹の猫が居た。

 上品な佇まいのトラ猫が生徒達をゆっくりと見回している。

 まるで、自分こそが教師であるとでも言うかのように。

 

「あ、もう授業の時間よ」

 

 パドマが時計を見ながら言った。変身術の教師であるマクゴナガルの姿は未だ無い。

 生徒達がざわめき始めると、教卓に乗っていた猫が小さく鳴いた。みんなの注目が集まると、猫はしなやかな動きで教卓から飛び出した。すると、生徒達の目の前で猫に驚くべき変化が起きた。

 なんと、猫は人間に姿を変えた。メガネを掛けた年配の魔女、ミネルバ・マクゴナガルは驚きに目を瞠る生徒達を一望すると、こほんと咳払いをした。

 

「新入生の歓迎会の時にも名乗りましたが、改めて、私が変身術をあなた方に教えるミネルバ・マクゴナガルです」

 

 マクゴナガルが上品な仕草で名乗りをあげると、生徒達から爆発したような歓声と拍手が湧き起こった。

 目の前で起きた猫から人間への変身に生徒達は興奮しきっている。賞賛の嵐を鎮める為にマクゴナガルは手を三回叩いた。

 

「変身術とは、極めて高度な授業です。複雑にして、もっとも危険なものの一つです。いい加減な態度で私の授業を受ける者は即刻出ていってもらいます。そして、二度とこの教室の敷居は跨がせません。初めから警告しておきますよ」

 

 マクゴナガルは厳格な顔つきで生徒一人一人の顔を見ると、自分の杖を取り出した。

 

「あなた方が真剣に学べば、このように――――」

 

 マクゴナガルが軽く杖を振るうと、机が豚に姿を変えた。再び、元の机に戻ると、生徒達は感激し、早く使ってみたいとうずうずし始めた。

 

「こうして、物を別の物に変身させる術を手に入れる事が出来るでしょう。さあ、まずは理論を学ぶのです。教科書を開いて、羊皮紙にメモを書き込む準備をなさい」

 

 フリットウィックの授業とは大違いで、マクゴナガルの授業は半分以上板書に費やされた。後半に漸く、マッチを針に変える実践をする事になり、生徒達は懸命に杖を振るった。

 教科書や羊皮紙のメモをジッと見ながら術の理論をしっかりと頭に浮かべ、フリットウィックの教えを下に力まないよう軽く杖を振るう。

 授業が終わる頃にはほぼ全員がマッチを針に変身させる事に成功した。

 

「さすがはレイブンクローの生徒達ですね。レイブンクローに十点。実に優秀です」

 

 授業の最後にマクゴナガルはそう言って微笑み生徒達を驚かせた。

 変身術の授業の後は魔法薬学。地下の教室は肌寒く、壁にはずらりとアルコール漬けの動物の標本が並んでいる。

 魔法薬学の教師、セブルス・スネイプは教室に入ると直ぐに出席を取り始めた。出席を取り終わると、ゆっくりと生徒達を見渡した。

 

「さて、魔法薬学では魔法薬調剤の極めて難解な科学と厳密な芸術を学ぶ」

 

 まるで、呟くような口調。だけど、生徒達は一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませた。

 この男にはマクゴナガルとも一味違う凄みがある。少なくとも、私が貧民街で騙くらかして来た馬鹿な男達とは根本的に異なっている。

 

「この授業では、杖を振り回す事はせん。故、これが魔法か、などと疑う諸君が多いかもしれん。大鍋の中で起こる目まぐるしい変化。人の血管の中を駆け巡る液体の繊細な力。心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力。……諸君ら全員がこの素晴らしさを理解出来るとは思っておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法だ。ただし、我輩がこれまで教えてきたウスノロ達よりも諸君らが少しはマシならば、の話だが」

 

 大演説の後、スネイプは早速授業を開始した。材料や調合の手順を解説し、時折生徒達の予習具合を試した。

 

「サリヴァン。縮み薬の材料を答えてみよ」

「……雛菊の根、萎びイチジク、死んだ芋虫、ネズミの脾臓、ヒルの汁です」

 

 眠そうな顔の生徒、ジェーン・サリヴァンは完璧な解答を口にした。

 

「では、ゴールドスタイン。縮み薬を生物に飲ませると、どうなる?」

「若返ります。例えば、カエルに飲ませれば、おたまじゃくしになります」

「結構。稀に縮み薬で若返ろうと企む魔女や魔法使いが居るが、薬の効果は一過性に過ぎん。その点を努々忘れぬように」

 

 思わず数人の生徒が噴出してしまった。授業の後半で縮み薬の調剤を行い、全員が完璧な縮み薬の調剤に成功すると、スネイプは一言「結構」と言った。

 

「縮み薬は通常、一年生が学ぶ魔法薬に比べて、多少複雑な作業を要する。全員が成功するとは、正直に言えば思っていなかった。諸君らは少しはマシなおつむを持っていると評価を改めるとしよう」

 

 魔法薬学の授業の後は闇の魔術に対する防衛術だった。呪文学、変身術、魔法薬学とそれなりに面白い授業が目白押しで、生徒達の期待は最高潮だった。ところが、闇の魔術に対する防衛術の授業は生徒達の期待をあっさりと裏切るつまらない内容だった。

 担当のクィレルは常におどおどしていて、声も聞き辛く、授業内容も教科書をそのまま読み上げる退屈な内容。授業が終わる頃には生徒達の顔は不満一色に染まっていた。

 昼食の時間になり、みんなで一斉に食事を摂りながら、もっぱら話題に上がったのは闇の魔術に対する防衛術に対する不平不満だった。

 グリフィンドールやハッフルパフの生徒達は魔法薬学の……威圧的な態度を取るスネイプに対する不満を口にしていたが、レイブンクローの生徒達にとってはつまらない授業をしたクィレルへの不満の方が大きかった。

 

「あんなの時間の無駄でしかないぞ!」

 

 アンソニー・ゴールドスタインはカボチャジュースを飲みながら言った。

 

「吸血鬼に会ったとか言ってた癖に、詳細な説明もしてくれないし!」

 

 パドマ・パチルも眉間に皺を寄せて言った。

 

「教科書を読むだけなんて、先生が存在する意味が無いじゃないか」

 

 マイケル・コナーの言葉に一同は概ね同意だった。誰一人、あの授業を擁護する者は居なかった。

 

「今後もあんな内容ばっかりなら抗議が必要だな」

 

 ふとっちょなテリー・ブートはミートパイをフォークでつっつきながら言った。

 

「午後の授業は何だっけ?」

「魔法史と天文学よ」

「教科書をただ読み上げるだけっていうのは、勘弁して欲しいよな」

 

 昼食が終わり、魔法史の授業に出席した生徒達はテリーの言葉を反芻しながら授業を受けた。

 魔法史も教科書をただ読み上げるだけの授業だった。担当のカスバート・ビンズは唯一のゴーストの教員で、その事に最初こそ興奮していた生徒達だったが、あまりの内容のつまらなさに後半になると殆どの生徒が自習を始めてしまった。

 みんな、とっくに教科書の内容は予習済みで、わざわざ読み返すのは時間の無駄でしかないと判断したのだ。呪文学で習った杖の振り方を練習したり、変身術の理論について復習したり、難解な魔法薬学の教科書を読み返したり。

 私やハーマイオニーも魔法史の教科書の内容をとっくに覚えてしまっていた。

 

「つまんねー」

「せめて、教科書に乗ってない話題とかも織り交ぜてくれるといいんだけどね」

 

 私の不平にアランが同意した。彼もさすがに不満を感じているらしく、羽ペンで羊皮紙にオリジナルの魔法薬が作れないかと色々と書き込みをしながら言った。

 

「天文学はマシだといいんだけど」

 

 前の席に座るアンソニーが肩を竦めた。

 魔法史の授業――という名の自習時間――が終わり、自由時間の後、早目の夕食を食べた生徒達は天文学の授業に向かった。

 天文学は少なくとも、闇の魔術に対する防衛術や魔法史とは違い、教科書をただ読み上げるだけの授業では無かった。初めにオーロラ・シニストラが自己紹介をすると、天文学についての解説を始めた。

 

「天文学とは、ただ星空を眺めたり、雲の動きを見るだけではありません。星の一つ一つの意味を吟味し、雲の流れからより大きな力のうねりを理解する事。それこそが、わたくしの教える天文学です」

 

 そう言って、シニストラは生徒達に天体の観察を命じた。満天の星空の中から星座を可能な限り見つけ出すよう言われ、生徒達は目を皿のように細めながら星座探しに勤しんだ。

 首や腰を痛くしながら、アンソニーが一番多くの星座を発見した。

 

「うんうん。例年通り、レイブンクローの生徒は優秀ですね。レイブンクローに十点」

 

 天文学の授業が終わり、首をさすりながら寮に戻って来た生徒達は早速宿題に取り掛かった。どの授業でもどっさりと宿題が出され、殆ど昼の自由時間に終わらせていたけれど、全員、魔法史のレポートに手間隙を掛けている。

 

「みんなで凄いレポートを提出して、先生に今の授業じゃ物足りないってアピールしようぜ」

 

 そうした、アンソニーの提案に一同が賛成したからだ。

 今日の授業でビンズが読み上げた教科書の内容――紀元前1000年頃に古代エジプトの墓に掛けられた呪い――について、一人一人違った角度から詳細な内容のレポートを作り上げた。

 談話室で様々な意見を交し合う一年生達に通り掛る先輩達は微笑ましげな表情を浮かべ、時折後輩の為に飲み物やお菓子の差し入れをしてくれた。

 一日を通して、レイブンクローという寮の性質が分かった気がする。

 レイブンクローの生徒は学ぶ事にとても貪欲だという事。全員が授業の予習を完璧に済ませ、教師に対して予習した以上の知識を要求している。だから、要求に応えられなかったクィレルやビンズに不満が湧き起こる。

 

「さてさてさーて、私もいっちょやりますかねっと!」

 

 私はハーマイオニーとレネ、アラン、カーライルと共に意見交換に勤しんだ。



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第六話「クィディッチチーム」

エレインがちゃんと主人公するよう、ちょっとストーリーを変更して更新再開します。


 窓の外には満天の星空が見える。

 レイブンクローの談話室で六人の影が暖炉の炎によって背後の壁に投影される。

 談話室は甘い香りに満たされていた。暖炉の火に炙られたマシュマロやリンゴ、パイナップルの香りだ。

 暖炉の前の柵に串に刺したお菓子や果物を並べ、トランプに興じているのは私の他にハーマイオニー・グレンジャー、レネ・ジョーンズ、アラン・スペンサー、カーライル・ウエストウッド、そして、ジェーン・サリヴァン。

 少し前までは他にも生徒達の姿がチラホラ見えたのだが、みんな寝室に引っ込んでしまった。

 ホグワーツに入学して一ヶ月。私はこの五人と行動を共にする事が多かった。明確な線引があるわけじゃないけど、寮内で幾つかのグループが出来上がっている。これは魔法薬学や呪文学でグループ行動が多い事に起因していると私は見ている。

 基本的にグループ分けは三人一組が多く、アランがちょくちょくレネを奪っていくものだから、仕方なくレネの抜けた穴を埋める奴を探す必要に迫られた。その時に声を掛けたのがジェーンだった。彼女は夜更かしが大好きで、昼間はいつも眠そうに授業を受けている。まあ、それでも教師に当てられたらスラスラと答えが出て来るあたり、彼女も確かにレイブンクロー生だ。

 陽炎の如く揺らめく暖炉の火が心を落ち着け、適度に焼けたお菓子やフルーツに舌堤を打ち、私達は穏やかな時間を過ごしていた。暖かな空気と適度な満腹感に身を委ねて、何時しかレネとハーマイオニーは絨毯の上でウトウトし始めていた。アランは愛おしそうにレネをソファーに運ぶ。私もカーライルと共にハーマイオニーを運んだ。起こさないように慎重に……。

 ジェーンに協力してもらって、二人を部屋に運び込む時、覚えたての物体浮遊呪文が役立った。

 二人をベッドに叩きこむと、窓の外を眺めた。

 見ると、満月の輝きが顔を出している。空気が綺麗で、夜に輝く光源が無いホグワーツの城から見る夜天の空はまさに輝きを放つ宝石のよう。

 

「……楽しいな」

 

 一人呟くと、私もベッドに入り、目を閉じた。

 

 ◇

 

 翌日、けたたましいノックの音で目が醒めた。

 吃驚して外に飛び出した私を出迎えたのは興奮した様子のジェーン・サリヴァンだった。彼女が朝から目をパッチリさせている事は非常に珍しい。今日は空から槍が降って来そうだ。

 窓から降り注ぐ太陽の日差しが彼女の豊かなブロンドに反射して目が眩みそうになる。背後には彼女のルームメイトであるエリザベス・タイラーの姿もある。

 何事かと聞くと、ジェーンは起きたばかりだと言うのにペコペコのお腹に我慢出来ず、早くご飯を食べに行こうと起こしに来たらしい。

 はた迷惑な奴め、眉間に皺を寄せながら思った。私はもっと優雅に朝を過ごしたい性分なのだ。

 ジェーンは不満気な表情を浮かべる私に構わず、部屋の中に入って行くと、未だ目を覚まさずに布団を抱き枕のように抱き締めて、幸せそうに涎を頬に垂らしているレネのベッドに向かった。何時もは銀色のリボンで結んでいるたっぷりとした金髪が派手に広がっている。涎が垂れていなくて、寝相が良ければ御伽噺のお姫様と言われても驚かない程愛らしい寝顔のレネに対し、ジェーンはまったく容赦が無かった。

 

「レネも起っきろぉ!」

 

 問答無用でレネの布団を引き剥がした。

 

「ニャアアアアアアアァァア!?」

 

 暖かい布団の温もりが一瞬で消え去り、代わりに冷えた外気に身を晒らされ、レネは飛び起きた。

 彼女のあんな大声は初めて聞いた。

 

「おっし、起きたなレネ! おはよう!」

 

 頭が目覚め切ってないのか、レネは辺りを何度も見回して、それからジェーンに視線を向けた。

 

「えっと、あれ? おはよう? あれ?」

 

 何が起きたのか分からず混乱しながらレネは小首を傾げた。ジェーンの悪行に気付いている二人は呆れたように肩を竦めた。

 直後、もう一人の眠り姫にも惨劇が巻き起こった。

 

「ひひゃぁぁぁあああ!?」

 

 レネとハーマイオニーが着替えるのを待ち、私が「んじゃ、行くぞ!」と言うと、一同は大広間に向かって歩き出した。

 途中、廊下を歩いていたアランとカーライルも合流し、大広間に到着すると、揃って目を丸くした。普段見慣れている筈の大広間が様変わりしていたのだ。空中にカボチャをくり抜いたランプが浮かび、天井にはコウモリの姿がある。

 

「あ、そっか! 今日はハロウィンだった!」

 

 ハーマイオニーはポンと手を叩き言った。

 

「あら、あなた達もハロウィンの飾り付けを見たくて早起きした口かしら?」

 

 声のする方に顔を向けると、そこには一学年上のチョウ・チャンの姿があった。

 

「おはよう」

 

 チョウの挨拶に返事を返しながら席に座った。朝食はコンガリと焼いたクロワッサンにジャムを付けて食べ、コーンポタージュで体を温めた。目玉焼きも黄身が確り半熟で、付け合せのポテトサラダとトマトも新鮮で素晴らしい味だった。

 ここの料理人達はいい仕事をする。会う事があれば感謝の言葉を振り撒きたい気分だ。

 

「今日は何をしようか?」

 

 食事が終わり、デザートのイチゴケーキを食べながらエリザベスことリザが言った。彼女はパドマやアンソニーと行動を共にする事も多いけど、私達と一緒に行動する事も割合多い。

 今日はハロウィン・パーティーがあるから授業は午前中の魔法薬学と変身術だけで終わり。午後から夕方に掛けては自由時間になる。

 

「ねえ、みんなでクィディッチの練習を見学しに行かない? 実は今日、レイブンクローの代表選手達が競技場で練習を行う予定らしいのよ。友達はみんな寒いから嫌だって言うの。もし良かったら付き合ってくれない?」

 

 チョウの言葉にアランとカーライルは乗り気じゃない表情を浮かべたが、ジェーンが真っ先に「賛成!」と叫び、私達も直ぐに続いた。寒空の下に出るのは億劫だが、クィディッチとやらには興味がある。エドから最初に聞いた時はドン引きだったが、私も大分魔法界に馴染んできたという事だろう。

 あの引っ込み思案で自分の意思をあまり主張しないレネでさえも瞳をキラキラ輝かせながらうんうんと頷いている。

 クィディッチには魔法使いを熱狂させる魔力があるようだ。

 

「折角だからお昼は競技場でお弁当なんてどう?」

「お弁当!?」

「ど、どうした?」

 

 いきなり立ち上がって叫ぶジェーンにアランがビックリドッキリといった感じで聞くと、彼女は興奮した面持ちでビシッとアランを指差した。

 

「だって、お弁当だよ!? 競技場でお弁当を食べるんだよ!! これが興奮せずにいられるもんか!」

「まったくね」

 

 ジェーンの言葉にうんうんとリザも頷いている。アランはそんな二人に呆れたような表情を浮かべた。

 

「テンション低いわよ、アラン!」

 

 いつの間にか背後に回ったチョウがアランの両手を持ち上げた。まるで、バンザイをしているみたいな格好を取らされ、アランは青筋を立てながらチョウを睨んだが、チョウはどこ拭く風といった様子で無視した。

 

「アラン! 競技場でお弁当を食べる。この楽しさが分からないのかね?」

 

 チョウが瞳をキランと光らせてアランの頬を押しながら聞くと、アランは若干苛立ちながら「はぁ?」と言った。

 

「自然を満喫しながら友達と一緒にちょっと冷えたお弁当を食べる! 素敵じゃない!」

「いや、大広間で熱々のご飯を食べてから行った方がいいと思うんだけど……」

 

 低血圧なカーライルは呆れたように言う。

 

「分かってないわね、カーライル!」

 

 ハイテンションな先輩に呆れたような視線を向けるカーライルの頬に人差し指を突き立てながらジェーンが言った。

 

「お弁当の魔力をわかってないわ。お弁当というのは言ってみれば遠足の必需品! お弁当と言う存在そのものが既に遠足を満喫する上での必須アイテムなの! たとえ、ちょっと冷たくなってて、ついでに競技場自体吹く風が冷たくて体を震わせる事にもなるでしょう! それでも! お弁当は不思議とこの世のあらゆる贅沢を尽くした料理以上に味わい深い存在となるのよ!」

 

 ジェーンのちょっとわけの分からない演説に対して、アランは顔を引き攣らせた。

 

「な、何を言ってるのかサッパリだよね、レネ?」

 

 アランが助けを求めるようにレネに問い掛けると、レネは瞳をこれでもかというほど輝かせていた、

 

「私もお弁当を皆で食べるのって素敵だと思うよ!」

 

 鶴の一声。もしくは胸三寸。

 その言葉にアランは疲れたように溜息を吐いた。

 

「まあ、諦めろよ」

 

 ポンとアランの肩を叩きながら、私は止めを差した。

 

 ◇

 

 午後になり、チョウが人数分のお弁当を持って合流し、私達八人はクィディッチ競技場に向かった。競技場には既にレイブンクローのクィディッチチームの選手達が集まっていた。

 

「こんにちは! 今日は見学を許可して頂き、ありがとうございます」

 

 チョウが先輩らしく率先してチームのキャプテンらしき人に頭を下げる。すると、キャプテンは「いいって事よ」とニッコリ微笑んだ。

 

「君達は未来の仲間になるかもしれないしね。よく見ておきたまえ」

 

 キャプテンはそう言うとチームメイト達を集めた。

 

「今日はこの子達が見学する事になった。分かっていると思うが、後輩達にだらけた練習など見せられん。いつも以上に真剣に取り組むように! それと、今日の練習は折角だから総合練習とする」

「オッケーッス! うおお、燃えてきたッス!」

 

 箒をブンブンと振り回す赤毛の女の子に金髪の少女がゴホンと咳払いをした。

 

「箒を乱暴に扱ってはいけません。後輩達に示しがつかないでしょう」

 

 ブルーの瞳を鋭く細める少女に赤毛の少女は慌てて頭を下げた。

 

「す、すいませんッス、メアリー先輩!」

「反省なさいね、シャロン」

 

 ペコペコと頭を下げるシャロンにメアリーは溜息混じりに言った。

 

「すまんな、みっともない所を見せちまった。ここはいっちょ、仕切り直して、自己紹介をするよ。俺はジェイド。ジェイド・マクベスだ。気軽にキャプテンかリーダー、もしくはジェイド様と呼べ!」

 

 高慢にそう言い放つジェイドに私達だけでなく、シャロンやメアリー、それに他のチームメイト達までもが白け切った表情でジェイドを見た。

 

「ま、まあ、キャプテンと呼んでくれ」

 

 空気に耐えられなかったのか、ジェイドはそう言って今度はメアリーの肩を抱いた。

 

「こいつはメアリー・ミラー。美人だろ? 俺の嫁さんなんだな、これが!」

「え、お嫁さん!?」

 

 レネが驚いてメアリーを見つめると、彼女はコホンと咳払いをした。

 

「正確には婚約者です。学生の内は結婚出来ませんから」

「まあ、未来の嫁さんって所だな。おっぱい大きいだろ。俺が育てた!」

 

 そう言い放つジェイドに私達は大いに引いた。アランはそっとレネをジェイドから遠ざけている。

 

「リーダー! 引いてるッスよ! 新入生達」

 

 シャロンのつっこみにジェイドは「ゲッ!」と焦りながら語り出した。

 

「い、言っておくがな、メアリーは俺の許婚だから俺色に染め上げているだけであって、別に赤の他人のおっぱいまで揉んだりはしないぞ!」

 

 そこじゃない。ジェイド本人以外の全員の考えが一致した。

 

「リーダー! また新入生達引いてるッス! かく言う私もドン引きッス! この変態!」

「へ、変態言うんじゃない! ま、まあ、とにかく次だ。次! シャロンとハロルド! お前等は自分で自己紹介しろ!」

 

 若干ショックを受けた表情でジェイドが言うと、彼に冷たい視線を送りながらシャロンと銀髪の少年がレネ達に近づいてきた。

 シャロンは近くでみると、まるでアイドルのように愛らしい顔立ちだった。

 

「私はシャロン・ニコラス。シャロンって呼んで欲しいッス!」

 

 独特の訛りが気になるが、少なくともジェイドよりはまともな気がしたので、ホッとしながら「よろしく」と返した。

 すると、入れ替わりに銀髪の少年が――密かにシャロンを自分の体でジェイドから守りながら――口を開いた。

 

「やあやあ、僕はマイケル・ターナー。マイクって呼んでくれ。僕とシャロンはチェイサーだ。クァッフルをゴールに叩きこむのが仕事」

「あ、ちなみに俺はキーパーだ。んで、メアリーがシーカー」

 

 ジェイドの紹介にメアリーは競技場の端にあるゴールポストを指差した。

 

「キーパーはあそこに見えるゴールポストを守るポジションです」

「んで、シーカーはスニッチを追い掛けるのが仕事ってわけだ」

「スニッチ?」

「そうさ。君はクィディッチの試合を見た事が無いのかい?」

 

 私が頷くと、ジェイドはニッコリ微笑んだ。

 

「スニッチってのは凄い早さでフィールド中を駆け回る胡桃くらいの大きさの金のボールの事だ。そいつを捕まえるとゲーム終了。スニッチを捕まえたシーカーのチームには150点が加算される。まあ、今日は実際にスニッチを飛ばしてキャッチする練習もするから、楽しみにしておきたまえ!」

「おう!」

 

 その次にジェイドは少し離れた場所に立っている二人の男女を指差した。

 

「あいつらはチサト・シラユキとスヴォトボルク・アダイェフスカヤ。チサトは日本からの留学生で、ボルクはロシアからの留学生だ。どっちも気難しい性格のカップルでな。二人共ビーターだ。チームメイトをブラッジャーから守るのが仕事。愛想は無いが、頼れる奴らだ」

 

 黒髪の東洋人の女性はチラリと此方に視線を向け、小さく頭を下げた。筋骨隆々な大男の方は視線を向けるだけ。

 どちらかというと根暗っぽい雰囲気だ。

 

「最後はアリシアだな」

 

 ジェイドが呼び掛けると、栗毛の女の子がレネ達の下に駆け寄って来た。

 

「へへへ、アタシはアリシア・フォックス。アリスかシアって呼んでくれて構わないよ」

 

 ニッと笑いかけるアリシアに「おう!」と返す。幼気な顔立ちで、同い年くらいに見える。

 

「わかった。よろしくな、アリス!」

「おう!」

「それじゃあ、早速練習を開始するぞ」

 

 ジェイドが言うと、メアリーが私の下へやって来た。他の面々の前にもそれぞれチームのメンバー達が並ぶ。

 

「まずは見学者諸君を箒で観客席まで連れていってあげよう」

 

 そう言うと、先輩達はそれぞれ箒に跨り、後ろに乗るよう後輩達に合図した。チョウは若干警戒心を抱きながらジェイドの後ろに乗っている。

 すると、ふわりと箒が浮かび上がり、凄まじい速度でフィールドを翔け回り始めた。アリスの後ろに乗せられたレネは悲鳴を上げている。

 先輩達は楽しそうに笑いながら遊覧飛行を続けた。数分の間、交代で私達を乗せ、フィールドを飛び回った後、先輩達は私達を観客席に降ろした。

 初飛行体験はまさに衝撃的だった。箒に跨って飛ぶなんて間抜けだと思っていたのに、今では自分の力で飛び回ってみたいという欲求に胸がいっぱいとなっている。

 

「さあ、見ていてくれたまえ!」

 

 練習が開始すると、さっきまでの変態っぷりが嘘のようにジェイドは厳しいキャプテンへと変身を遂げた。ビーター二人がブラッジャーをチームメイト目掛けて殴り飛ばし、チェイサー、シーカー、キーパー問わず、全員が至近距離から迫るブラッジャーを回避するという壮絶な練習風景に思わず息を呑んだ。

 チェイサーの練習では全力で妨害に掛かるビーターコンビの攻撃を回避しながらチェイサー三人がゴールを目指す。ビーターがブラッジャーの対処を完全に放棄している為にチェイサー達はブラッジャーの突撃にも注意しなければならなかった。

 キーパーの練習は特に激しく、全員が協力してゴールを狙って来るのをジェイドが一人必死に防御する。

 激しい練習風景を見ながら、チョウが空いている席に弁当を広げた。

 

「これは確かに、普通じゃ味わえない美味しさだね」

 

 お弁当を食べていると、アランは「なるほど」と言いながらサンドイッチを頬張った。

 

「でしょでしょ!」

 

 とチョウはアランの感想にご機嫌だ。

 そうこうしている内に練習は更に苛烈な内容になっていった。

 シーカーの練習は最後だった。日が暮れ始めた頃にジェイドが金のスニッチを取り出すと、スニッチは元気良く空に舞い上がった。

 

「君達も参加してみるか?」

 

 ジェイドが観客席で見学していた私達に向かって叫んだ。

 みんな顔を見合わせると、パッと顔を輝かせてフィールドに降りて行った。

 その間にシャロン達が私達用の箒を用意してくれていた。

 

「レイブンクローチームは代々クリーンスイープ7号を使ってるんだが、俺達は個人用の箒も持ってるんでね。そっちを貸し出してあげるよ。どれも使い易い箒ばかりだ」

 

 私はメアリーのシルバー・アローを借り受けた。既に製造中止になった箒らしい。追い風に乗れば時速112kmまで出るのだと彼女は少し誇らしそうに言った。

 人数が多いからとアランとハーマイオニー、カーライルの三人は参加を辞退し、残ったメンバーは空に舞い上がった。

 そのすぐ傍にジェイド達も浮上して来る。

 

「暗くなるまで、君達でがんばってスニッチを追い掛けてみたまえ。完全に暗くなったら危険だから降りて貰う。スニッチはメアリーが確保するから心配しなくていい。さあ、スタートだ」

 

 私達が必死に目を凝らしてスニッチを探し始めると、メアリーが箒に跨ったままカメラを構えた。記念だと言って、何枚かシャッターを切った。

 

「後で現像してプレゼントします」

 

 そう言って、メアリーが降りて行くと、私は遠くの空に光る物体を見つけた。金のスニッチだ。



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第七話「トロール」

 金のスニッチを見つけた。自分でも驚く程滑らかに箒が動いてくれた。今の私は獲物を狩るハンターだ。急発進、そのままスニッチ目掛けて真っ直ぐに突き進んで行く。

 霍乱するかのようにジグザグに動くスニッチ。だけど、その程度の動きじゃ逃げられないぜ、セニョリータ。

 空は既に暗くなり始めていて、しかも相手は石ころサイズ。だが、スラムで生き抜いて来た経験は伊達じゃない。マクゴナガルに邪魔されるまで、連戦連勝だった私のハンティングスキルは一級品だ。

 後一メートル。今のスピードなら、もはやあってないような距離だ。腕を伸ばす。

 

「オラッ!!」

 

 捕まえた。そう確信した直後、スニッチは突然急降下を始めた。慌てて追い掛ける。すると、スニッチはぐんぐんと速度を上げて地面に迫って行く。

 

「にゃろう!!」

「ま、待って、エレイン!!」

 

 チョウが悲鳴を上げた。気付けば地面が目の前だ。慌ててブレーキを掛けるが間に合わない。

 地面までの距離が数メートルに迫った瞬間、スニッチが進行方向を九十度変えた。

 

「逃すかよ!!」

 

 スニッチを追って、私も箒を無理矢理持ち上げる。

 

「うらぁ!!」

 

 地面を蹴りつける。滅茶苦茶イテェ。けど、それより獲物(スニッチ)だ。

 

「ゲットォォォォ!!」

 

 掴み取り、そのまま地面を転がった。全身がバラバラになったように痛い。

 けど、この手に掴んだスニッチは離さなかった。

 

 ◇

 

 気付くと保健室にいた。どうやら、みんなが運んでくれたようだ。全身の痛みが取れている。実に快調。

 

「無茶し過ぎ」

 

 ハーマイオニーにポカリと叩かれた。

 

「悪かったよ……。っと、そうだ! そう言えば、メアリーに借りた箒は大丈夫か!?」

 

 あれだけ派手にすっ転んだわけだし、木を削って作った箒なんてひとたまりもないかもしれない。

 確か、箒の値段は結構高かった筈。血の気が引いていく……。

 

「それなら問題ありませんよ。箒には様々な呪文が掛けられているので、早々壊れる事はありません。だから、気にしないでいいわ」

「……ごめん」

「ふふ、それよりも凄かったわね、あの箒捌き。もう少し練習を積めば、シーカーの奥義《ウロンスキー・フェイント》も夢じゃないかもしれない」

「ウロ……、なんだって?」

「ウロンスキー・フェイント。練習してみたけど、私には出来なかった技よ。それこそ、ワールドカップに出場するような選手が使う技。あなたがスニッチを追い掛けて急降下した時の動きは前に公式戦で見たソレにとても良く似ていたの!」

 

 らしくなく興奮した様子のメアリー。どうやら、天才たる私はまた何か偉業を成し遂げてしまったようだ。

 

「本当に凄かった」

 

 変態ことジェイドが言った。

 

「あんな急降下状態から低空飛行へ切り替えるなんて並大抵の芸当じゃない。メアリー。お前の後継者を見つけたぞ!」

「後継者?」

 

 当の本人を差し置いて、ジェイド達は勝手に盛り上がり始めた。

 

「キャプテン! 後はキーパーだけッスね!」

「しかも、一年だ! 磨き甲斐があるよ!」

 

 シャロン・ニコラスとマイケル・ターナーのチェイサーコンビは瞳を輝かせながら言った。

 

「あーっと……?」

「エレイン!」

 

 反応に困っていると、いきなり両手をもう一人のチェイサー、アリシア・フォックスに掴み上げられた。

 

「クィディッチに興味あるか? あるよな? あるからここに来たんだもんな!」

「は?」

「エレイン!」

 

 急展開についていけなくなっている私の下にジェイドがズンズンと迫って来た。

 

「お、おう?」

「来年からお前が我がチームのシーカーだ!」

「マジで!? 私、一年だぜ!?」

 

 前に聞いた話じゃ、クィディッチの代表選手に選ばれるのは二年生から上のみの筈。

 

「ああ、俺とメアリーも今年一杯はポジションを譲るつもりは無い。だが、俺達は今年六年生でな。来年からは色々就職に向けて勉強に集中しないといけないんだ。だから、来年から俺達の後釜が必要になる。お前にはメアリーの後釜として、シーカーのポジションを受け継いで欲しい」

「……でも、箒乗ったの今日が初めてだぜ?」

 

 なってみたい気もするが、私はクィディッチ以前に箒乗りとしてもペーペーの素人だ。

 バットやグローブを初めて身につけた素人がクリケットチームのレギュラーになるのと同じくらい無茶苦茶な話に聞こえる。

 

「なんだと!?」

 

 ジェイドは驚愕の表情を浮かべ、メアリーと顔を見合わせた。

 

「し、信じられない。エレイン。それは本当なの?」

 

 メアリーは頬に手を当てながら慄くような表情を浮かべた。

 

「お、おう。だって、ちょっと前までスラ……、マグルの世界にいたからな」

「なんて事だ。本当に天才じゃないか! おい、エレイン。お前は自分がどれだけ素晴らしい才能に恵まれたか自覚しているのか!?」

 

 ジェイドは私の両肩を掴むと、真摯な眼差しを向けてきた。近くで見ると、結構な男前だ。

 ま、負けるものか! 絶対に視線は逸らさないぞ。

 

「お前が欲しい。お前が必要だ。頼む、その力を貸してくれ!」

 

 ジェイドの情熱的な眼差しにさすがの私も赤面不可避だった。

 顔と顔との距離が十五センチメートルの範囲に入って始めて――――、

 

「ジェイド。言い方をもう少し考えて下さい」

 

 メアリーの冷たい声が水を差した。

 ナイス! 非常に危なかった。ウィルに対して申し訳が立たなくなるところだった。

 

「そうッスよ、キャプテン。お前が欲しいとか、ほぼ告白じゃないッスか。十歳の子相手に……」

「変態だね、キャプテン」

「さすが、変態のキャプテン」

「おい、変態集団のキャプテンみたいな言い方は止めろ!」

 

 シャロン、マイク、アリスの順に変態呼ばわりされ、ジェイドは顔を引き攣らせた。

 

「十歳の子を赤面させる時点で変態のレッテルは不可避かと思われます、ジェイド」

「いやいや、俺様の魅力が老若関係なく女をメロメロにしちまうのは今更仕方無い事だろ?」

「やっぱり変態ッスね」

「違うと言ってるだろ! 俺が本当にメロメロにしたいのはメアリーだけだ」

 

 そう言って、メアリーを抱き寄せるジェイド。

 悔しがるな、私! クソッ、スラムには小汚いおっさんかガリガリのガキか欲に塗れたヤツしかいなかったから、どうにもイケメンを見ると心惹かれるものがある……。

 煩悩退散。私の本命はウィルだ。……ウィルと言えば、エドは大丈夫かな? 

 考え事をしていると、ツカツカ足音を立ててナースのおばさんが現れた。

 

「ここは医務室ですよ! 馬鹿騒ぎがしたいのなら出ておいきなさい!」

 

 みんなが追い出されてしまった。私も出ていこうとしたけど、今夜は安静にしていろとの事。パーティーも自粛する事になった。

 さすがの私も半泣きだ。鬼、悪魔、クソババア。折角のパーティー料理が……。

 

 ぶつぶつ泣き言を呟きながらベッドで横になっていると、遠くで悲鳴が聞こえた。

 鬼畜生(おにちくしょう)ことマダム・ポンフリーが様子を見に行ったが、中々帰って来ない。痺れを切らして扉を開け、外に出ると遠くで声が聞こえた。

 まだ、ハロウィンパーティーが続いているのか? 今ならババアも居ない……。

 

「よっしゃー! パーティーが私を待っている―!」

 

 後で怒られようが知った事か! 

 私は廊下を猛スピードで駆け抜けた。体は実に快調だ。むしろ、絶好調。ハロウィンパーティーではしゃいでも全く問題無い。

 

「ちくしょう、ババアめ! 今度、服の中にカエルチョコレートを入れてやる!!」

 

 声が近くなって来た。大広間とは反対方向な気もするけど気のせいだよな!

 

「よっしゃー!! ここからエレイン様も参戦するぜ!!」

 

 飛び出した先にはデカいおっさんがいた。

 

「……え?」

 

 足元には怯えた表情を浮かべる可愛い子ちゃん達(レネとハーマイオニー)

 数秒考え込んだ。だけど、さっぱり状況が理解出来ない。ただ、一つだけ分かる事がある。それはデカいおっさんが明らかに危険人物だという事。

 何しろ、身長が13フィート以上もある。おまけに肌が緑色。イボだらけで気持ち悪い。さっきから、ブーブー唸ってウルセェし、なんだこいつ?

 

「だ、駄目よ! 逃げて、エレイン!」

 

 ハーマイオニーが叫んだ。オーケイ、少し理解した。逃げろって叫ぶくらい、こいつはヤバイという事だ。

 そんなヤバイ奴相手にどうこう出来る二人じゃない。

 

「こっちむけ、クソッたれ!!」

 

 私は迷わず近くの甲冑から兜を奪い取り、全力で投げつけた。

 脳天に直撃した筈なのに、おっさんはボケッとした顔を浮かべてブーブー唸るだけ。こっちを振り向きもしない。

 私は鎧を杖で叩きまくった。ガンガン音を立てると、漸くおっさんがこっちに意識を向けた。

 

「こっちだデカブツ!! やーい!! おまえの父ちゃんデーベソ!!」

「な、何してるの!?」

 

 おまけとばかりに籠手を投げつける。ガシャンと音を立てて直撃すると、今度こそヤツは私に狙いを定めて襲い掛かって来た。

 

「こっちだ、こっち!」

 

 追いかけっこの始まりだ。とにかく、あの二人から引き離さないと何も始まらない。

 動き自体は鈍いが、なにしろデカすぎる。ヤツの一歩が私の三歩分以上あって、意外とデッドヒートしている。

 

「ベロベロバー! アーホ! バーカ! オタンコナス!」

 

 挑発しながら走っていると一気にスタミナが切れた。慌てて、近くまで来ていた大広間に飛び込む。

 誰かしらいると思ったのだ。ところがどっこい! 誰もいない。美味そうな御馳走や綺羅びやかな飾りが残っているだけだ。

 

「ちっくしょう! 滅茶苦茶楽しそうじゃねーか! 私も参加したかったー!!」

 

 近くの皿からチキンを掻っ攫い、口に入れながら入ってきたウスノロを睨みつける。

 ヤツは棍棒を振るった。冗談みたいに高く飛び上がるテーブルやイス。アホっぽい顔やウスノロな動作と裏腹にパワーだけは凄まじい。

 

「へっへっへー、私が無策で飛び込んだと思うなよ!」

 

 実は無策だけど気持ちだけは負けないぞ。

 聞こえているのかいないのか、はたまた理解が出来ていないのか、おっさんは私の挑発を無視して迫ってくる。

 

「……これ、結構ヤバくね?」

 

 飛び掛ってくる13フィートオーバーの緑のおっさん。

 一か八か、賭けに出るしかない。

 

「おりゃああああ!!」

 

 棍棒を振り上げた瞬間を狙って走り出す。脇の下をすり抜けて、入り口に向かってダッシュだ。

 

「クッセェェェ!!」

 

 脇の下の匂いが半端無く臭い。

 涙が滲み、視界がぼやけた瞬間、私は大広間の扉を抜けた。慌てて扉を閉める。

 途端、まるで内側から爆発でもしたかのような衝撃が走った。扉を凄い力で押し開けられたらしい。

 吹っ飛ぶ私。スーパーボールみたいに何度も地面を弾んだ。

 

「エレイン!!」

 

 なんだか凄く聞き覚えのある声が聞こえた。

 おいおい、意識が飛びそうな時に勘弁してくれよ。

 

「逃げろ……、エド」

 

 私の意識はそこで途絶えた。



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第八話「寝起きびっくり」

 目を開けると、そこには二匹のオーガがいた。

 

「……も、もう一眠り」

「ミス・ロット」

 

 オーガの内の一人が私の名を呼んだ。まるで、地獄の底から響いて来るような恐ろしい声。どうやって出したんだ?

 

「こっちは怪我人なんだから、説教は後にしてくれよ」

 

 うんざりした口調になった私は悪くない。怪我人に殺気を向けるこの二人が悪い。

 

「いいえ、あなたにはたっぷり時間を掛けてお説教をする必要があると判断しました」

「安静にしているよう言いつけておいた筈よね? なのに、よりにもよってトロールと追いかけっこをするなんて!」

 

 生まれて十年。それなりに修羅場を潜って来た腹積もりだったが、甘かった。超怖い。体がガタガタ震えやがる。

 

「死んでいたかもしれないんですよ!? それを分かっているのですか、アナタは!!」

 

 マダム・ポンフリーの怒声で耳がキーンとなった。

 

「い、いや、死ななかったし……」

 

 視線を逸らして、ギョッとした。

 マクゴナガルがまるで……、今にも泣きそうな顔をしている。

 あまりの事に言葉が出なかった。目を逸らす事も出来ない。それほど衝撃的だった。

 鬼の目にも涙ってやつ? 明日はきっと流星群が降ってくるに違いない。

 

「エレイン・ロット」

 

 マクゴナガルは声を張り上げた。声の震えを誤魔化しているつもりなら失敗だ。

 

「トロールは危険な生き物です。過去にも多くの魔法使いやマグルの命が危険に晒されました」

 

 説教なんて聞きたくない。ガミガミ怒鳴る大人は元々苦手だし、私に教えを説ける程上等な人間に出会った事は一度も無い。

 なのに、耳を塞ぐ気になれなかった。聞かなきゃいけないと思った。

 どうしてか分からない。ただ、その眼が私の心を惹きつけた。

 

「未成年の魔法使いがトロールと遭遇したら……、大抵の場合、怪我では済みません」

 

 二人がかりの説教は一時間以上も続いた。泣きたくなった。理由がよく分からないけど、どうしてか《二人に対して》悪い事をしてしまった気がした。

 

「……ごめんなさい」

 

 謝ると、頭を掴まれた。アイアンクローか!? そう思ったけど、違った。

 擦られてる。うんにゃ、撫でられてる。人生初の体験だ。

 驚いた。身近にいた頭が空っぽな女がよく『わたしってば、頭を撫でられるの大好きなのー』って言ってたが、初めて気持ちが分かった。

 気分がいい。なんでだろう、凄く落ち着く。目を細めていると、マクゴナガルが言った。

 

「よく無事だったわね。それから、ミス・グレンジャーとミス・ジョーンズの為に危険を顧みずトロールを引き付けた事……、立派でした。レイブンクローに五点」

 

 やめて欲しい。なんで、そんな優しい声で褒めるんだ? キャラが違うぞ、ババァ。

 でも、この口振りからして、ハーマイオニーとレネは無事っぽいな。あれ? そう言えば……、

 

「……って、そうだ! エドはどうした!?」

 

 慌ててベッドから跳ね起きる。

 

「そうだよ!! 気を失う前にアイツの声を聞いたんだ!! おい、無事なんだろうな!? 怪我とか……、まさか、死んだり……」

 

 血の気が引いていく。

 

「ミスタ・ロジャーの事ならば心配ありません」

「無事なのか!?」

「勿論です。そもそも、アナタを助けたのも彼ですよ?」

「……え?」

 

 ちょっと、何を言っているのか理解出来ない。

 

「あのモヤシがあんなデカブツをどうこう出来るわけないだろ!!」

「……本人から何も聞いていないのですか?」

 

 驚いたような表情を浮かべるマクゴナガル。

 

「どういう意味だ?」

「……いえ、少し立ち入った話になるので本人から直接聞きなさい」

「いや、サッパリ意味が分からねぇよ! 立ち入った話ってなんなんだ!?」

「それが分からないアナタに私から教えられる事は無いと言っているのです。お友達なのでしょう? なら、普通に聞いてごらんなさい」

「……っちぇ」

 

 言いたい事を言い終えたのか、マクゴナガルは医務室から出て行った。

 その後にポンフリーから退院の許可を貰い、漸く娑婆に出る事が出来た。

 

「さーて、聞かせてもらおうか」

 

 その足で私は大広間に向かい、朝食を取っているスリザリンの一団の間に割って入った。

 

「え!? いや、あ! 退院したんだね、エレイン!」

「おう、退院したぞ。さあ、聞かせろ。どうやって、あのデカブツをどうにかしたんだ? さあ言え、今言え、キリキリ吐けコラ!!」

「ちょっと待ちたまえ」

 

 肩を掴んでメンチを切っていると、後ろから冷ややかな声が聞こえた。振り返ると、病人みたいに真っ白な顔の男がいた。

 

「あん? なんだよ」

「君は……、レイブンクローの生徒だな。君の寮は知性を重んじている筈だが、さて? このように静かにすべき朝食時に場を掻き乱す君の態度は知性的と言えるのかな?」

「回りくどい! 飯時は静かにしろって事だろ? それならそう言え! 悪かったな! エドを借りてくぞ! おい、エド! 面に出ろ!」

 

 腕を掴んで引き摺っていく。大広間の外に出ると、エドは慌てたように口を開いた。

 

「ちょ、ちょっと、エレイン。相手はドラコ・マルフォイなんだよ!?」

「それがどうしたんだ?」

「名家の長男なんだよ! マルフォイ家といえば、魔法界全体に影響力を持っている一族なんだ。スリザリンの生徒は誰だって彼に一目置いているんだよ」

「そうか、それは何よりだ。だが、今その事は重要じゃない。置いておけ。それより、さっさと聞かせろ!」

「な、なんの事?」

「しらばっくれるってか? よーし、その根性は褒めてやる」

 

 こちとら柄にもなく本気で心配しちまったというのに、このヤロウ。

 

「オラ、さっさと――――」

「そこまでにしてもらえないかな?」

 

 またしても登場しやがった……。

 

「なんだよ? 迷惑にならないように外に出ただろ」

「ああ、僕に迷惑は掛かっていない。心は篭っていなかったが、謝罪も受けたし僕が怒る道理もない。だけど、同じ寮に住まう者が不当な暴力で傷つけられようとしているのを目撃して、黙っているわけにもいかないさ」

「相変わらず回りくどいな……。要はオレのダチを虐めるな! って事だろ? 別に虐めてねーけど……、そっかそっか!」

「……君、ずいぶんと変わっているね。どうして、そんなに嬉しそうなのかな?」

「いや、エドも良いダチを持ったなって思ってな! 私の名前はエレイン・ロットだ! お前は?」

「ドラコ・マルフォイだ。はて、君に気に入られる事をした覚えはないが?」

「私もエドのダチって事だよ。あー、なんかどうでも良くなった。エドがなんか抱え込んでるのかと思ってよ。けど、傍にドラコがいるなら大丈夫かな。ありがとよ」

「……いや、こちらこそ失礼な勘違いをしたようだね。レイブンクローの生徒との《交流》なら(・・)問題無いよ。ただ、もう授業が始まる時間だね。今度は邪魔をしないよ。またね、ミス・ロット」

「おう! というわけで、後できっちり吐いてもらうからな、エド!」

 

 私も授業の準備をしないといけない。午前は魔法薬学の授業だ。レイブンクローの寮に戻ってから地下にある 教室まで行くのはかなりギリギリだ。 

 エドの背中を一叩きして、全力疾走。寮に戻ると慌てて準備をしているエリザベス・タイラーと彼女に急かされているジェーン・サリヴァンがいた。

 

「あれれ! エレインじゃん! もう大丈夫なの?」

「絶好調さ。それより、モタモタしてる暇ないぞ」

「分かってるんだけど、ジェーンが!」

「……眠い」

「だから夜更かしは止めなさいって、あれほど言ったのに!」

 

 カンカンになりながらエリザベスはジェーンの背中を押して寮を出て行った。

 

「エレインも急ぎなさいよ!」

「おう!」

 

 部屋に入って大急ぎで鞄に必要なものを詰め込んでいく。

 

「いっそげや、いっそげー!」

 

 途中でエリザベス達と合流し、二人がかりでジェーンを押しながら始業ギリギリに教室へ飛び込んだ。ハーマイオニーとレネは既にアランと着席していて、私に気付くと手を振った。

 手を振り返しながら二人と近くの席に座ると、丁度スネイプが入って来た。さてさて、今日はどんな授業かな?



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第九話「すれ違い」

 今日の魔法薬学の授業は異様な雰囲気で始まった。スネイプがやけに不機嫌なのだ。

 昨日の一件の関係か何かで急遽グリフィンドールとの合同授業になったらしいのだが、それが原因か?

 

「ポッター。モンクスフード、ウルフスベーン、アコナイト。これらがどんな物か答えてみたまえ」

 

 バカにしているのかと思う程簡単な問題だが、指されたポッターはチンプンカンプンの様子。険悪な雰囲気のスネイプに指されて緊張しているからか……、

 

「おい、エリザベス。スネイプの様子、おかしくね?」

「あれ、知らないの? スネイプ先生ってば、グリフィンドールが大っ嫌いな事で有名よ。ついでにスリザリンの贔屓でも」

「ああ、スリザリンの寮監だっけ? でも、あれはいくらなんでもあからさま過ぎるだろ。なーんか、カッコ悪いな」

「えー、可愛くない? ムキになってる感じがあってさ」

「趣味悪いな、お前」

 

 エリザベスの趣味はともかく、これじゃあ授業がつまらない。さっきから、ポッターに集中砲火してばっかりだ。

 指示された課題も終わって、暇でしかたがない。

 

「それよりさ。後でハリーに話しかけてみない? 例のあの人を倒した時の話とか聞いてみたいなー」

「このゴシップ好きめ。私はパスだ。それより、ハーマイオニーとレネに用がある」

「二人に? そう言えば、昨日は大変だったんだよー」

 

 どうやら、私とトロールが遭遇した事をマクゴナガル達は秘密にしているらしい。ゴシップ好きのコイツが知らないとなると、レイブンクローにはまだ噂すら広がっていないようだ。

 まあ、レネとハーマイオニーは口がかたい。火種が無ければ、火事は起きないって事だな。

 

 結局、授業はいつもより数段クオリティの落ちたまま終わった。

 他の奴等も不満気だ。個人的な感情を授業に持ち込まないでほしい。

 

「おい、二人共!」

 

 後片付けをしているハーマイオニーとレネに声を掛ける。

 ちなみにエリザベスは予告通り、ポッターにちょっかいをかけに行っている。スネイプに虐められたり、ミーハーに絡まれたり、有名人も大変だ。

 

「エレイン! もう、心配したわよ!」

「だ、大丈夫?」

「おう、バッチリだ! それより、二人は大丈夫なのか? 怪我とかは……」

「かすり傷一つ無いわよ。それよりも! あんな無茶して、もう!」

 

 ハーマイオニーの浮かべた表情はマクゴナガルやポンフリーとそっくりだった。

 これは下手をすると説教コースに違いない。私の精神は既にズタボロなのだ、勘弁してほしい。

 

「そ、それより、二人はどうしてあそこにいたんだ?」

「エドを追いかけていたのよ」

「エドを?」

「昨日、医務室を出てからハロウィンパーティーに参加する為に大広間に向かう途中で彼に会ったの。その時、丁度エレインの話をしていて顔を真っ青にしていたわ。その後、トロール襲撃の報せが大広間に舞い込んできて、飛び出していったのよ。多分、アナタの事が心配になったのだと思う。一人だと危ないと思って追い掛けたら、レネも一緒に来てくれたんだけど、途中でトロールと遭遇しちゃって……」

「……で、あの状況か。そっか……、そっかそっか」

 

 あのモヤシが私の為に……、なるほどなるほど。

 

「嬉しそうね、エレイン」

「は? べ、別に嬉しくねーし」

「分かりやすいね……」

 

 レネまでクスクス笑いを始めやがった。形勢の不利を悟った私は颯爽と逃げ出す事に決める。

 

「次の授業に遅れるぞ! ほらほら、行くぞ!」

 

 鞄を掴みあげ、扉から飛び出していく。

 

「ま、待ちなさいよ、エレイン!」

「待ってー」

 

 二人が追い掛けて来る。私のスピードについてこれるか?

 全速力で階段を駆け上がっていると、遠くにスリザリンの一団が見えた。

 

「おーい、エド!」

 

 声を掛けるとエドは慌てたように顔を逸らした。

 なんという暴挙。ちょっと傷ついたぞ。

 

「無視すんじゃねーよ、エド! エドワード・ロジャー!」

 

 怒鳴りつけても顔を逸らしたままのエドにイライラする。

 とっ捕まえてやろうかと思ったが、動く階段に阻まれて近づけない。その内、スリザリンの一団は扉の向こうに消えてしまった。

 

「なんだ、アイツ! 感じ悪いな!」

「……いや、誰だってあんな大声で名前を呼ばれたら恥ずかしいわよ」

 

 冷静なツッコミが入った。ハーマイオニーとレネがいつの間にか追い付いて来ていた。

 

「クソッ、ムカムカするな」

「ほらほら、変身術の授業に遅れるわよ。急ぎましょう」

 

 ハーマイオニーに背中を押され、私は渋々その場を離れた。

 

 レイブンクローでは魔法薬学と変身術が好きな授業ランキングの首位を競い合っている。

 理論派が大半を占めるレイブンクローの生徒達にとって、魔法薬学は脳髄を心地よく刺激してくれる。

 対して、変身術の授業は理論と同時に技術を要求してくる。どちらも他の科目以上の能力を求めてくるから、向上心の高いレイブンクローの生徒のハートをガッチリ掴んでいる。

 今日も全員やる気十分だ。

 

「それでは、授業を始めます」

 

 今更だけど、魔法っていうものは実に不思議だ。杖を振って、変わった言葉を口にするだけで不思議な現象が起こる。

 理論は分かってる。私達の中には魔法の源とも呼べる力があって、その力を呪文が現象に変えるのだ。杖や箒、その他の魔法道具はあくまでも補助的なものでしかない。

 フリットウィックが教えてくれた杖の振り方も、そのモーションが一番魔法の発動に適した動作というだけ。

 魔法史の資料によれば、始まりの魔法使いはマグルの夫婦の間に生まれた突然変異だったそうだ。まだ、理論体系も整っていなくて、杖や箒も無かった時代の魔法使いは自らの意思のみで魔力を制御していたらしい。つまり、魔法を使う上で必要不可欠なモノは魔力のみ。

 なら、この魔力はどこから来ているんだ? 私達の肉体はマグルのものとほぼ同一で、一つ余分な臓器があるわけじゃない。

 この世界の始まりを誰も知らないように、魔法の始まりを知る事は誰にも出来ないのかもしれないな。それっぽい説明をつけることは出来るかもしれないけど。

 

 それからの数日間、私は事ある毎にスリザリンの一団からエドを掻っ攫うべく行動した。

 なのに、一向に捕まらない。完全に私を避けている。

 

「また君か……」

「なあ、エドはどこに行ったんだ?」

「さて、知らないね。それより、もう少し常識的に行動したまえよ。こう何度も尋ねられるとロジャーだけでなく、僕達にも迷惑だ。寮内でも不快に思っている者がいる。ロジャーを孤立させたいのかい?」

「うっ……、そういうわけじゃねーけど」

「なら、少し落ち着きたまえ。僕からも少し説得してあげよう。後は彼次第だが、とりあえず君は待つ事を覚えるべきだ」

「……いいのか?」

「これ以上、君に僕達の輪をかき乱されては堪らないからね。気づいていないのかい? 君の度重なる訪問は相当迷惑な行為だよ」

 

 ドラコに叱られ、私は大いにへこんだ。確かに迷惑を掛けてしまった。だけど、エドと話がしたかったのだ。

 

「エレイン」

 

 寒くなってきた季節に合わせて美味しくなってきたシチューを飲みながら考え事をしていると、久しぶりにあの魅惑的な声が聞こえた。

 顔を上げると、そこにはエドの兄であるウィルが立っていた。

 

「ウィル!」

 

 歓声を上げる私に「シーッ」と人差し指を口に当てて黙らせると、ウィルは言った。

 

「聞いたよ。エドに会おうとしてスリザリンの生徒に迷惑を掛けているらしいね」

 

 どうやら、今日の彼は説教モードみたい。だけど、ウィルの説教なら大歓迎だ。

 頬を緩ませる私にウィルは大きな咳払いをした。

 

「エレイン。エドを気にかけてくれている事は嬉しい。だけど、それで君が敵を作る羽目になるのは容認出来ない。ロイドから相談されたよ。君がスリザリンの生徒に色目を使っていると喚く者が寮内にいると」

「マジ?」

「大マジさ。ロイドが必死に宥めているみたいだけど、これ以上君が騒ぎを起こすようなら庇いきれないと嘆いていた。君が孤立する事をロイドも私も、他ならぬエドだって望んでいない」

「……ごめん」

 

 謝る私の頭をウィルが優しく撫でてくれた。

 うーん、やみつきになる。

 

「エドは養子なんだ」

「え?」

 

 唐突にウィルが零すよう呟いた言葉に私は目を丸くした。

 

「あの子と本当の家族になれるように努力したつもりだ。だけど、どうしても距離を置かれてしまう。もしかしたら、君のようにガツンとぶつかりに行くべきなのかもね……」

「ウィル。それって、どういう……」

「この続きはエド本人から聞きなさい。私も見掛けたら説得してみるよ」

 

 それから私は只管待ちに徹した。ところが何の音沙汰も無い日々が続き、やがて校内はクィディッチシーズンの到来を祝う明るいムードに包まれた。

 あのハリー・ポッターがグリフィンドールの代表選手に選ばれたというニュースも飛び交っている。

 クィディッチか……。今のもやもやした気分を晴らす為にはスポーツが一番だ。みんなに混じってはしゃぐ事にした。



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第十話「初陣、ハリー・ポッター」

 クィディッチシーズン到来。最初の対戦はグリフィンドール対スリザリン。話題はもっぱらグリフィンドールのルーキー、ハリー・ポッターの事。

 一年生でシーカーに選ばれる事は史上初の快挙であり、誰もが期待の眼差しを彼に向けている。

 競技場に向かう道すがら、私もハーマイオニーやレネ、ジェーン、エリザベスと一緒に勝敗の行方を予想したり、ポッターの事で話に花を咲かせた。

 私達の前では珍しくカーライルが饒舌にクィデッチの事をアランに語っている。最近、レネが私達を優先するようになり、アランもカーライルと一緒にいる事が増えた。別に二人が不仲になったわけじゃない。私達の友情がより厚くなっただけだ。だから、寂しそうな背中を見せてもレネは返してやらない。 

 

「ハリーは大丈夫かな?」

「スネイプの奴め! あの大量の宿題はハリーが練習に集中出来ないようにする為に違いないよ!」

 

 歩いているとグリフィンドールの一団と擦れ違った。

 

「でも、出場出来て良かったね。あの狡賢いマルフォイのせいであわや停学になる所だったし」

「見つかったのがクィレルで良かったよ。『き、き、きみたたち、ここ、こんな所にくるな、なんて、感心しないね!』」

「似てる! ほーんと、クィレルさまさまだよな」

 

 騒がしい奴等だ。

 

「なんて人達かしら!」

 

 グリフィンドールの一団が去ると、ハーマイオニーが憮然とした表情を浮かべた。

 

「先生の悪口やバカにしたようなモノマネなんて、信じられない事をするわね!」

「どうどう。落ち着け、ハーマイオニー」

 

 ハーマイオニーには若干潔癖な部分がある。陰口の類が大嫌いで、一度スイッチが入るとしばらくピリピリ状態に陥る。

 私達は爆弾が爆発する前にさっさと観客席に座ることにした。

 グリフィンドールの観客席を見ると、『ポッターを大統領に!』と書かれた旗が振られている。凄い気合の入れようだ。

 時間が来て、赤と緑のユニフォームを着た選手達が入場して来ると会場は一気にヒートアップした。

 いよいよ試合の始まりだ。

 

「これは見応え十分だな」

 

 試合開始十分。私は上空を飛び回る選手達の姿に感激していた。

 サッカーやラグビーではあり得ない三次元的な動きに見惚れてしまった。

 実況も生徒がやっているらしく感情の入った状況説明で試合の流れが良く分かった。どうやら、現在はスリザリンが優勢らしい。

 

「あれ? どうしたのかな……」

 

 しばらくして、前の席に座るアランが上空を見上げて呟いた。

 つられて上を見ると、ポッターが不思議な動きをしていた。

 

「どうしたんだ? 新手のパフォーマンスか?」

「それにしては妙よ。まるで箒のコントロールを失ったみたい」

 

 ポッターの箒は縦にグルグル、横にグルグルと激しい動作を繰り返している。

 それが延々と続くものだから次第に私達はそれがパフォーマンスなどでは無い事に気付いた。

 会場がざわめく。その間にスリザリンのシーカーがスニッチを発見した。ポッターもその事に気付いたらしく、必死に首をスニッチの方角に向けて伸ばすが、その拍子に箒から手を滑らせてしまった。

 

「おいおい、まずいぞ!」

 

 私は咄嗟に杖を抜いた。あの高度から落ちたらシャレにならない。

 前にクィディッチの練習を見学した時、ジェイドが箒から落ちた時に使う呪文を教えてくれた。

 

「『動きよ、止まれ(アレスト・モメンタム)』!!」

 

 少しだけポッターの落下速度が下がった。けれど、まだ落ちたら潰れたトマトになるだけの速度を維持している。

 

「アレスト・モメンタム!!」

 

 一瞬後にハーマイオニー達も私と同じ呪文を使った。間一髪。地面に直撃する前にポッターの体は停止した。

 直後、スリザリンの生徒がスニッチを獲得し、スリザリンの観客席から歓声が沸き起こる。逆にグリフィンドールの観客席からは不満の声が上がった。

 

「ハ、ハリーは大丈夫かしら?」

「だ、大丈夫だと思うよ。ちゃんと、止まったもの」

「それにしても、どうしてあんな事に……」

 

 私達は呪文を一人ずつ解除してポッターをゆっくりと地面に降ろした。

 そこにフーチやマクゴナガルが駆け寄っていく。なんとか大丈夫そうだ。ほっと一息。

 

「怖いわ。箒に乗るとああいう事も起こるのね……」

 

 ハーマイオニーの言葉にジェーンが首を捻った。

 

「うーん。アレはなんか妙だったよ。ハリーはスニッチを捉えたテレンスをちゃんと目で追ってたし、錯乱した様子も無かったもん」

「確かに、パニックを起こさなければ、あんな風に箒を暴れさせる事なんて滅多に無いよ」

 

 エリザベスもジェーンに同意見らしい。

 首を傾げながら観客席を出ると、しょげ返ったグリフィンドールの一団の中からマクゴナガルが出て来た。

 

「咄嗟の判断でミスタ・ポッターに物体停止呪文を掛けた判断力と知識、そして優しさに十五点を与えます。さすが、レイブンクローの生徒達ですね。ポッターを救ってくれた事に感謝します」

 

 そう言って、マクゴナガルは去って行った。

 

「まあ、僕達がなにかしなくてもダンブルドアや先生方が対処したと思うけどね」

 

 アランが言った。

 

「そうなのか?」

「当然さ。アルバス・ダンブルドアの前で生徒が事故死するなんてあり得ないよ」

「マジか……。じゃあ、余計なお世話だったかな……」

「そんな事もないさ。ハリーをいの一番に助けようと行動した君に僕も感化された内の一人だからね。素晴らしい判断だったと言わせてもらうよ」

「どっちだよ……」

 

 まあ、結局ポッターが無事で済んだのなら問題無しだ。目の前で潰れたトマトになられたら、しばらくトマトを使った料理が食べられなくなる。

 若干の波乱はあったものの、概ね満足のいく試合が見れたな。

 

 クィディッチの第一試合から数日後、ハーマイオニーは実に不機嫌だ。原因はアレ。

 

「ポッターのせいで負けたんだ! まったく、名前だけで代表選手に選ばれていい気なもんだ!」

 

 犬猿の仲である筈のスリザリンと一緒になって本人に聞こえるように大声でポッターを貶すグリフィンドール生。

 なんというか、実に陰湿だ。あまり関わりあいになりたい人種じゃないな。私は無視して寮に戻ろうとした。

 ところが、ハーマイオニーがついにキレてしまった。

 

「あなた達!!」

 

 ため息が出る。いつか、こうなると思っていた。それっくらい、最近のハーマイオニーはぷりぷりしていた。

 レネやエリザベス、ジェーンも顔を見合わせてため息を零している。

 他寮の事なんてほっとけばいいものを……。

 

「なんだよお前!」

 

 案の定、何を言っても相手にされていない。

 

「どうどう。落ち着けよ、ハーマイオニー」

 

 なんとか宥めようとするもハーマイオニーの鼻息は依然として荒い。

 

「なんでよ!? エレインは腹が立たないの!? こんな風に一人を寄って集って攻撃するような人達、最低だわ!」

「ハーマイオニー。こういう事は赤の他人が口を出しても火に油を注いでしまうだけだよ」

 

 アランも説得に加わった。ハーマイオニーをグリフィンドールの一団から引き離した後、私は遠くで小さくなりながら赤毛の友達とお喋りをしているポッターの下に行った。

 このままだといつかハーマイオニーの鉄拳が唸ってしまう気がする。一文の得にもならない面倒事はゴメンだ。

 

「おい、ポッター」

「……あーっと、僕?」

「他に誰がいんだよ」

 

 やっぱり、ハーマイオニーのやった事はお節介でしかなかったようだ。

 ポッターの顔は実に迷惑そうだ。

 

「うちの爆弾娘が迷惑掛けたな」

「ううん。ちゃんと、ありがとうを伝えるべきかな?」

「そうしてやればアイツも喜ぶだろうけど、それは後にしてくれ。それより、そろそろ連中を黙らせてくれないか? 本人が黙ってる限り、連中はあのままだぞ。そうなると、うちの爆弾娘がいつか暴挙に出そうでおっかねー」

「そう言われても、箒から落ちてしまった事は事実だからね。そう言えば、あの時僕に物体停止呪文を掛けてくれたのはレイブンクローの生徒だって聞いたよ。ありがとう」

「おう。ちなみに最初に掛けたのは私だ。存分に感謝していいぞ。まあ、私達が何もしなくてもダンブルドアが何とかしたみたいだけどな」

「あはは、謙虚だね」

「だろうともよ! それより、連中をキッチリ黙らせておいてくれよな」

「うーん、いい加減にして欲しいのは僕もだけど、どうしたらいいのかな?」

「うるさい、だまれの二言で済むだろ」

「それで済んだら簡単だけど、そうもいかないよ」

 

 幸か不幸か私の周りには気風の良い性格の奴が多い。スラム時代もうるさい奴には黙れの一言で事が済んだ。

 だから、こういう複雑な人間関係って奴には疎い。

 

「そうだ! なら、次の試合で何がなんでも勝てよ! お前が活躍すれば、連中も黙るだろ」

「……簡単に言わないでよ」

 

 若干顔を青褪めさせるポッター。どうやら、少しトラウマ気味になっているみたいだ。

 

「だけど、他に方法なんて無いぞ。弱気になったら勝てるものも勝てねぇ! ネバーギブアップ!」

「でもなー……」

「うるさい、だまれ! とにかく勝てよ! そう言ってハーマイオニーは説得するからな! 負けたら容赦しないぞ!」

「理不尽だね」

「お前がやるべき事はただ勝つ事だ。シンプルだろ。簡単だろ。頑張れ!」

「……あー、うん。頑張ってみるよ」

 

 気合入れに一発背中を叩いてやると、私はその場を離れた。

 

 ◇

 

 嵐のような女の子だった。

 

「ハリー。君の知り合いかい?」

「まったく知らない子」

「……えぇ」

 

 ロンはドン引きしながら立ち去る女の子の背中を見つめた。

 

「でも、確かに他の方法なんて思いつかないしね」

 

 ウッドは僕を降ろすつもりがないらしい。なら、その期待にも応えないといけない。

 結局、僕のやるべき事はひとつだ。

 

「勝つしかないね。ちょっと、ウッドの所に行ってくるよ」

「うわー、なんか火がついちゃった感じだね」

 

 それにしても背中がヒリヒリする。あれは女の子の強さじゃないよ……。



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第十一話「クリスマスプレゼント」

 朝、目を覚ますとベッドの横に大量の箱が積み重なっていた。

 

「なんだコレ」

「クリスマスプレゼントだよ」

「クリスマスプレゼント……?」

 

 クリスマスって単語は知ってる。年に数回あるお祭り騒ぎの一つだ。デカい木がピカピカ光ってキレイなんだ。それを遠くから拝みながらバカから徴収した金で喰うチキンが最高。

 けど、クリスマスプレゼントなんてものは知らない。 

 

「知らないの?」

 

 レネが驚いたように目を丸くしている。どうやら、知らなきゃおかしいレベルの常識らしい。

 

「……ちなみに魔法使い限定のイベントってわけじゃ……なさそうだな」

 

 マグル出身のハーマイオニーが当然のように知っている以上、これはマグルの世界でも常識って事だな。

 

「あー、悪い! 私、全然用意してない……」

 

 頭を下げると二人はやんわりと許してくれた。

 

「……そう言えば、エレインの御両親は何をしてい――――ッ」

 

 ハーマイオニーは質問の途中で口を噤んだ。

 

「どうした?」

「……エレイン。御両親の話……イヤだった?」

 

 どうやら、顔に出ていたみたいだ。

 

「お前等にそういう顔をさせたくはないな」

「オーケー……。二度としないと誓うわ」

「悪いな」

「ちなみに、今までどう暮らしていたのかについては?」

「スラムに居たよ」

 

 そのくらいなら構わない。二人は顔を一瞬引き攣らせても、それで縁を切るような奴等じゃない。だからこそ、信頼の証として身の上話を聞かせる事にした。

 

「超能力……。要は魔力の暴走だな。それを悪用して生きてた。そんで、マクゴナガルに捕まって、ここに入学するよう言われたんだ」

「……そう。大変だったのね」

「エレイン……」

 

 その大変な暮らしも十分過ぎる程報われた。あの時、マクゴナガルの提案を渋々ながら受け入れて良かった。

 多分、私の過去を聞いて軽蔑したり、畏怖するより先に心配してくれる人間は早々居ないと思う。その少数派が私と二人も友達になってくれたわけだ。

 しかも、クリスマス休暇の間一人ぼっちになって私が寂しくならないようにわざわざホグワーツに居残ってくれた。初めは帰る予定だったみたいだが、色々アピールしたら残留を決意してくれた。

 

「来年は期待してくれよ。ビックリさせてやる」

「……うん、楽しみにしてる」

 

 なんだか気恥ずかしくなってきて、私は大量のプレゼントの中の一つを手に取った。

 

「って、マクゴナガルからかよ!」

「マクゴナガル先生から!?」

 

 ハーマイオニー達も驚いている。だけど、差出人には確かにミネルバ・マクゴナガルの名前が書いてある。

 慌てて包みを開けると大量の洋服が入っていた。

 

「な、なんだこりゃ」

 

 フリルたっぷりのドレスだとか、ガーリーなのやフェミニンなのばっかりだ。

 手紙も入っていた。

 

「なになに……、『お転婆なアナタが少しでも上品で礼節を弁えた淑女になれるよう、可愛らしい洋服を見繕ってみました。部屋着や学外で着て頂けると幸いです。何枚か写真を撮って送るように』って、なんだこれ」

 

 よく見ると、洋服の中にアンティークなカメラが入っている。

 

「写真を送れって、マクゴナガルにか?」

「それ以外……、無いんじゃない?」

 

 ハーマイオニーも不思議そうな顔をしている。

 

「でも不思議ね。マクゴナガル先生は厳格な事で有名よ。一人の生徒に肩入れするような事はしない人だと思っていたのに」

「だよな。大量の洋服寄越して来て、それ着て写真撮れとか、アイツは私の何なんだよ……」

「……もしかして、エレインはホグワーツに来る前からマクゴナガル先生と知り合いだったんじゃないかな?」

 

 レネが言った。

 

「いや、マクゴナガルとはホグワーツ入学の報せを持って来た時に初めて会ったぞ」

「エレインにとってはそうでも、マクゴナガル先生にとっては違うのかもしれないよ? もしかしたら、ずっと前からエレインの事を知っていたのかも」

「そうなのかな……」

 

 まあ、なんでもいいや。

 

「貰える物は貰っておく主義だ。ついでに義理立てもしてやるか」

 

 私は洋服の中の一着に袖を通した。少し胸の所が窮屈だな。

 

「おいおい、洋服送ってくるならサイズくらい知っとけよな」

 

 クルッと一回転すると観客達から拍手を頂いた。

 

「レネ。写真撮ってくれ」

「う、うん! えっと、こうかな? うん、これで撮れるみたい。いくよー!」

「おう!」

 

 カメラは撮ったら直ぐに下の方から写真が出てくる仕組みらしく、床に何枚かポーズを決めた私の写真が落ちた。

 ファッションショーを終えると、私は写真をかき集めて封筒にしまった。

 

「よーし、次はコレだ!」

 

 二つ目のプレゼントはジェーンからの物だった。箱を開けると一冊のアルバムが入っていた。

 

「なんで、アルバム?」

 

 手紙によるとエリザベスのプレゼントを見れば分かると書いてある。

 早速、手近にあったエリザベスからのプレゼントを開けると確かに理由が分かった。

 そこには盗撮したとしか思えないウィルとエドの写真がこれでもかと入っていた。

 

「いや、コエーよ」

  

 とりあえず、一枚残らず確りとアルバムに仕舞っておく。

 

「うわー、私の方にもアランの写真が入ってる……」

「私の方は普通にお菓子の詰め合わせだったわ。なんだろう、ホッとしたような置いてけぼりをくらったような微妙な気分……」

 

 グチグチ言ってるハーマイオニーの傍らでレネもせっせとアルバムにアランの写真を仕舞いこんでいる。私は見て見ぬ振りをした。

 

「次いこ、次」

 

 次のプレゼントはカーライルからの物だった。

 中身は一冊の本。魔法薬学について書いてある。実に普通だ。普通に嬉しい。エリザベスのは何かがおかしかった。

 その次のアランからのプレゼントはお菓子の詰め合わせだった。ちなみに、ヤツのレネに対する贈り物は綺麗な水晶製の薔薇の置物。危険が訪れる事を察知すると赤く光るらしい。レネの顔は完全に乙女モードだ。こっそり写真を撮っておく。後でアランに渡してやろう。

 

「これはロイドからか」

 

 プレゼントを開けていると、私の交友関係の広がりを実感出来た。

 ロイドは高級羽ペンセットをくれて、チョウはクィディッチ今昔をくれた。チョウの手紙には『私も負けないからね! ちゃんと読んで、ルールを完璧に把握しておくように!』と書いてある。

 

「えっと、これは……、ウィルからだ!」

 

 ウィルは綺麗な蝶の髪飾りをくれた。いつもは紐で適当に結んでいるけど、さっそく使ってみる。

 

「どうだ? 可愛さに磨きが掛かっただろ!」

「自分で言わないの……。でも、確かに可愛いわね」

「うん、とっても似合ってるよ!」

 

 ふふふ、今の私を見ればエドも逃げ出すより先に魅入ってしまう筈だ。これは使えるぞ。

 

「さすがウィルだぜ! 最高のプレゼントだ!」

 

 ウキウキしながら次のプレゼントを見る。

 

「次はエドか!」

 

 エドからのプレゼントがあった。人の事を散々無視しておきながらアイツめ!

 

「なにかななにかなー」

 

 開けるとそこには奇妙なコマが入っていた。

 

「なんだこれ?」

「それ、かくれん防止器(スニーコスコープ)よ! クセモノが近づいてくると教えてくれるの」

 

 つまりセキュリティーグッズってわけだ。

 

「もうちょいコジャレたもんにしろよなー」

「いいじゃない。きっと、トロールの一件があったから心配しているのよ」

「そうかな?」

「そうだよ!」

 

 レネのお墨付きを貰うとそうなんじゃないかと思えてきた。出来れば、アランのレネに対するプレゼントみたいに見た目にもこだわって欲しかったところだが、我慢してやろう。

 

「とりあえず、ベッドの脇に置いておくか」

 

 プレゼントも大体開け終えた。

 残っているのは小箱がひとつ。

 

「あれ?」

 

 そこには知らない名前が書いてあった。

 

「マーリン・マッキノンって、誰だ?」

 

 全く聞き覚えがない。とりあえず開けてみると、中から銀色のブローチが出て来た。

 

「キレイだなー」

 

 よく分からないけど、とりあえず貰っておく。首に掛けると蝶の髪飾りや可愛い洋服も相俟って、より私の美しさが完璧に近づいてしまった気がする。

 それにしても、やっぱり心当たりがない。

 マーリン・マッキノン。一体何者なんだ? まあ、プレゼントをくれたわけだし、悪いやつじゃないよな! 会う事があったら礼の一つでも言ってやろう。



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第十二話「クリスマス」

 ホグワーツのクリスマスは一言で言って、最高だ。城中がキレイに飾り付けられていて、ただ歩きまわるだけでも十分に楽しい。

 不満があるとすれば、いつものメンバーでこの素晴らしい日を過ごしたかった。エリザベスやジェーン、カーライル、アランは里帰りをしてしまっている。実に残念だ。

 大広間に行くとポッターやいつも傍でいる赤毛がデカいクラッカーを抱えていた。大砲のような音と共に青い煙が立ち上り、ハツカネズミだとか海軍将校の帽子だとかが大量に降ってくる。

 

「スゲーな! 私達もやろうぜ!」

 

 クラッカーはまだまだたくさんある。私達はポッター達と競うようにどんどんクラッカーを鳴らした。コウモリやカラスが宙を舞う。降ってきた麦わら帽子をレネに被せ、私は海軍将校の帽子を被った。

 

「ハーマイオニーはどっちにする?」

 

 ハゲタカの顔が乗ってる帽子とホームズが被っていそうな山高帽。ハーマイオニーは当然のように山高帽を手に取り、ハゲタカを放り投げた。

 するとダンブルドアが魔法で自分の所に運び、かぶっていた婦人用の花つき帽子と取り替えて被る。うーん、実にフリーダム。

 マクゴナガルもいた。なんというショッキングな光景だろう。ヤツは隣の野獣にキスをされていた。

 

「ババァと野獣って誰得なんだ?」

「先生をババァって言わないの!」

「へいへい」

 

 クリスマスの御馳走をたらふく食べた後は中庭で二人と雪像を作った。結構な力作だったが、ポッターと赤毛兄弟達が近くで雪合戦を始めて、その流れ弾に当たり雪像は崩れてしまった。

 そこから先はグリフィンドールとレイブンクローに分かれた大人数の雪合戦のスタートだ。こっちは三人。相手は四人。それでも負けるつもりは全くない。

 自慢じゃないが、私の投球の腕は中々のものだ。レネとハーマイオニーがせっせと作ってくれる雪球を次々にグリフィンドールの連中に命中させていく。 

 超能力でちょっとズルをしているけどバレてる様子もない。

 

「ヘイ! どうしたどうした! 攻めて来いやー!」

 

 ポッターのメガネにクリーンヒット!

 

「ハリー! くそー、ハリーの敵だ!」

「よしきた、弔い合戦だ!」

「ハリー! お前の死は無駄にしないぞ!」

 

 赤毛三兄弟の猛攻撃。だけど、雪像だったものに隠れている私達には当たらない。

 

「オラオラオラ!」

 

 逆に赤毛共のそばかすだらけの顔面に当ててやる。

 そうこうしている内にすっかり空が茜色になった。

 クタクタになり、大広間に戻る。

 

「やるな、君達!」

 

 フレッドが言った。

 

「フレッド。アンタも中々だったぜ」

「おや、フレッドとは誰の事かな? 僕はジョージだぜ」

「は? でも、雪合戦の時に他の奴等がお前をフレッドと呼んでいたじゃないか」

「フレッドは僕だよ」

 

 と、ジョージが言った。

 

「お前がジョージだろ?」

「あれ、僕らの事見分けられてるの?」

 

 フレッドが不思議そうな表情を浮かべた。

 

「当たり前だろ」

 

 何を言ってるんだ、こいつ。

 

「すげー! 滅多に居ないぞ、僕らを見分けられる人は!」

「そうなのか? 結構、分かりやすいと思うけどな」

 

 確かに二人は似ている。さすが双子といったところだな。だけど、私の目は誤魔化せない。

 これでも獲物の品定めの為に鍛えていたんだ。一度見た顔は絶対に忘れないし、どんなにそっくりでも見分けをつけられる。

 

「……そっか、分かりやすいのか」

 

 ヤバい。なんだか、気分を害したみたいだ。持ちネタだったのかもしれない。

 微妙な空気になってしまい、私達はそのまま大広間に向かった。

 

 大広間には御馳走の山が出来上がっていた。

 

「おい、ハーマイオニー! あれって七面鳥だろ? 七面鳥だよな!」

「そうだけど……、どうしたの?」

「おいおい、何を落ち着いているんだ! 七面鳥だぞ!」

 

 丸々としたチキン。よく、覗き込んだ窓の向こうで親子が食べていた。

 その憧れの一品が目の前にある。これが落ち着いていられるか!

 

「いっただきまーす!」

「はい、ストップ!」

「はえ?」

 

 私の七面鳥が突然消えた。

 

「はいはいちゅーもく!」

 

 後ろを向くと、何故か双子が七面鳥を天高く掲げている。

 おい、それを落としたら殺すぞ。

 

「なにしてんの?」

 

 ハリーも双子の行動に困惑している。

 

「お二人共、食べ物は玩具じゃありませんよ!」

 

 マクゴナガルの叱責が飛ぶが、双子はまったく気にした様子を見せない。

 

「みんな、七面鳥が食べたいかー!」

「食べたいに決まってるだろ!! はやく、それを返せよ!!」

 

 私が怒鳴りつけると双子はニンマリと笑顔を浮かべた。

 

「ならば、我らの挑戦を受けるがいい!!」

「挑戦?」

 

 レネが首をかしげる。

 

「名付けて、『クイズ! どっちがフレッドでしょうか?』」

「ほっほっほ、面白そうじゃな」

 

 ダンブルドアまで悪ノリを始めた。

 

「それでは――――」

 

 フレッドが杖を振ると、七面鳥は空中に停止した。おいおい、絶対に落とすんじゃないぞ!

 

「クルクルクルクルー」

 

 双子はクルクル言いながらクルクルと回り始めた。まるでダンスを踊っているみたいだ。

 しばらくして、二人はピタリと止まった。

 

「それでは、どっちがフレッドでしょうか?」

 

 ジョージが言った。

 

「えっと、こっちがフレッド?」

 

 ハリーがジョージを指さす。おい、馬鹿野郎!

 

「何言ってんだよ、ハリー! そっちはジョージだ! 七面鳥が喰えなくなったらどうしてくれんだよ!」

「え!?」

 

 雪合戦を通じて名前で呼び合う関係になったハリーを黙らせる。

 

「エレインは分かるの?」

「当たり前だろ! おい、フレッド! 七面鳥をさっさと寄越せよ!」

 

 右手をフレッドに突き出すと、何故かヤツは杖を放り投げて私の右手を握りしめた。

 その瞬間、呪文の効果が解けた七面鳥は床に向かって落ちていった。

 真っ白になる私。対して、何故かフレッドは嬉しそうだ。

 

「エレイン! もう一回!」

「いや、おい! 私の七面鳥が!!」

「いいから、もう一回!」

 

 またしてもクルクル回転する双子。

 

「さあ! 次はどっちがジョージだ!?」

 

 と言ったジョージを殴る。

 

「ジョージはテメェだ。それより、私の七面鳥をどうしてくれんだよ!!」

「またまた大正解!!」

 

 怒ってる私と反対にジョージはどこまでも嬉しそうな顔をしやがる。

 なんだこいつ……。

 

「おっと、待っていてくれたまえ、エレイン! 今直ぐに君の七面鳥を持ってくるよ!!」

 

 そう言って、いきなりどこかへ走り去っていく双子。

 

「なんだ、あいつら」

 

 私は床に落ちた七面鳥を見つめた。

 

「……お、落ちたばっかりだし、まだセーフ……?」

「アウトです。落ちた物を食べる事は許しませんよ、エレイン・ロット」

 

 そう言って、マクゴナガルが魔法で片付けてしまった。

 

「おい、もったいねぇじゃねーか!!」

「勿体無くても、落ちた物を食べてはいけません」

「いいじゃねーかよ! ずっと食べてみたかったんだ!」

 

 家族三人が囲む七面鳥。やっと食べられると思ったのに、クソー!

 

「おまたせしましたー!」

 

 席に座ると同時に大広間に双子が帰って来た。後ろに奇妙な小人を五人程引き連れている。

 

「なんだ、あれ?」

「あれ、屋敷しもべ妖精だよ!」

 

 ロンが言った。

 

「なにそれ?」

 

 ハリーが聞いた。

 

「大きな屋敷とかに住み着いて、その家の魔法使いに付き従うんだ。家事とかを命じてやらせたり、とにかく便利なんだよ! うちのママも欲しがってた!」

「しもべって……、なんだか野蛮だわ」

 

 ハーマイオニーはムッツリした顔になった。

 

「エレイン! 君の七面鳥を運んで来たよ!」

 

 そう言ったフレッドの両手には七面鳥の皿が二つ。

 

「こっちにもあるぞ!」

 

 ジョージの両手にも皿が二つ。

 

「……えっと、七面鳥をこんなに食べるのですか?」

 

 おどおどした目の小人の両手にも七面鳥。

 七面鳥がひー、ふー、みー……、十四。

 

「いや、一つでいいよ」

「そう言わず! さあさあ、好きなだけお食べ!」

 

 私の前に並べられる七面鳥の山。他の御馳走を遠ざけられ、右を見ても左を見ても七面鳥だらけだ。

 

「こんなに喰えるか!!」

「遠慮は要らないよ!! さあさあ!!」

 

 双子が私の両脇をガッチリ固めた。逃げ場がない。

 喰えというのか? この大量の七面鳥を?

 

「こ、こうなりゃ喰ってやるよ!!」

 

 もはや自棄だった。両手に七面鳥を掴み食らいつく。

 

「えっと、私も手伝うわ」

「わ、私も……」

「僕も……」

「十四って、馬鹿じゃないの……」

「また食べ物を……。私も食べますわ」

「ほっほっほ、若いのう。どれ、儂も……」

 

 そう言って助け舟を出してくれたみんなに双子はノーと言った。

 

「何を言ってるんだい! これはぜーんぶ、エレインのものだよ!」

「さあ、エレイン! 遠慮は要らない! どんどん食べてよ!」

 

 こいつら悪魔だ。まるで悪意など無いかのように無邪気な笑顔を浮かべて私に七面鳥を押し付けてくる。

 天使のような悪魔の笑顔に私は半泣きになった。

 

「ちくしょう!! 喰えばいいんだろ!!」

 

 結果から言おう。無理だった。一匹食べてギブアップ。肉ばっかりこんなに食べられるわけないだろ!

 不満そうな双子の口にそれぞれ一匹ずつ七面鳥を突っ込み処理したが残り十一羽。そこからみんなも協力してくれたけど、全員の腹がパンパンに膨れても七面鳥はあまった。

 

「頼む、オメェ等も喰ってくれ」

 

 最終的に七面鳥を持って来てくれた屋敷しもべ妖精のシェイミー、ドゥーアン、ヴィヴィ、ライサ、アームンにも協力してもらい漸く片付けたけど、今度は別の御馳走が余っちまった。

 みんなの顔が青くなっている。ダンブルドアでさえゲッソリしている。

 それでも、食べ物を粗末にしてはいけないというマクゴナガルの一声によって、私達は震えながらフォークを手に取る。

 

「……こ、これ以上は」

 

 スネイプがダウンした。

 

「は、吐き気が……」

 

 クィレルがダウンした。

 

「も、もう駄目……」

 

 ハーマイオニーとレネもダウン。次々に散っていく仲間達。

 気付けばダンブルドアやマクゴナガルも遠い目をしている。まだまだポテトの山がドッサリ残っているし、ポークソテーやステーキも残っている。

 生き残りは私とハリーとロンの三人のみ。

 そこには不思議な友情があった。互いに微笑み合い、難敵に挑む。まさに戦友だった。

 気付いた時、私達は机に突っ伏していた。

 

「もう無理、死ぬ……」

「七面鳥十四羽とか、バカじゃねーの」

「うーん。うーん」

「は、吐き気が……」

「食べ物を粗末にしては……ああ、無理」

「あ、あと十年若ければ……」

「グリフィンドールは五点減点だ……。馬鹿者め……」

「ああ、もう駄目……」

 

 死屍累々のまま、ホグワーツのクリスマスは終わった。



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第十三話「賢者の石」

第十三話「賢者の石」

 

 クリスマス休暇が終わり、ホグワーツに活気が戻って来た。寮の談話室も昨日までと打って変わって騒々しい。

 

「レネ!」

 

 アランの視界に私やハーマイオニーの姿は映っていないようだ。一直線にレネの下へ向かうヤツの足を引っ掛けてやった。派手にすっ転ぶアランを笑っていると、エリザベスやジェーンがクスクス笑いながら近付いてきた。

 

「アランってば、汽車の中でそわそわしっぱなしだったのよ!」

「アラン……」

 

 エリザベスの密告に顔を赤くするレネ。よろよろと立ち上がったボーイフレンドに駆け寄っていき、二人だけの世界を作り始めた。

 休暇中はずっと一緒にいたのに、所詮は友情より愛情か……。

 

「当分はアランにレネを貸してあげましょうよ」

 

 不貞腐れている私にハーマイオニーが言った。

 

「おもしろくねー!」

「どうどう。落ち着きなさいな、エレイン」

 

 まるで馬でも宥めているかのような態度だ。

 私はハーマイオニーにヒヒーンと威嚇してやった。

 

「相変わらず、君達は騒がしいね」

「ん?」

 

 声の方に目を向ける。そこにはカーライルが立っていた。

 

「よう! 久しぶり!」

「久しぶりだね、エレイン。ハーマイオニーも元気そうで何より」

「カーライルも元気そうで良かったわ。ねえ、その手に持っているのは新聞?」

「うん。どうやら、グリンゴッツの金庫を何者かが破ったみたいなんだ。あの難攻不落の要塞をどうやって攻略したのか、実に興味深い」

 

 珍しい。いつも冷静沈着なカーライルが妙に熱くなっている。

 

「それって凄い事なのか?」

「もちろんだよ。グリンゴッツを守っている存在はゴブリンだけじゃない。強力無比な古代の呪文、凶暴な魔法生物、果てはドラゴンが金庫に近づく不埒者に襲い掛かるんだ。金庫まで辿り着くだけでも至難の業さ」

 

 金庫破りってのは犯罪の筈なんだが、カーライルの話しぶりを聞いていると、犯罪者ってよりも遺跡に挑むインディー・ジョーンズって感じだ。

 

「どんな人が攻略したのかな」

 

 キラキラした瞳。カーライルの意外な一面を見た。

 

「カーライル。金庫破りは犯罪なのよ?」

 

 案の定、ハーマイオニーは批判的だ。その反応を予想していたのだろう。カーライルは特に否定する事もなく、「そうだね」とだけ言った。

 

「それで? 破られた金庫にはどんなお宝が入ってたんだ? 金銀財宝の山か?」

「いや、空っぽだったみたいだよ」

「空っぽ? 空の金庫を破ったってのか?」

 

 だとすると、そいつはカーライルみたいな変わり者って事になる。

 

「いいや、そうじゃないよ。空の金庫だったんじゃなくて、空になった金庫だったんだ」

「……要するに、金庫の持ち主が先手を打ったって事か?」

「そういう事だろうね。破られる筈のない金庫が破られる事を見越した人間がいる。僕はそっちの方も気になってるよ」

 

 ◆

 

 翌日、魔法史のレポートに使える資料を探しにハーマイオニーと図書館へ行くとハリーに会った。悩ましげな表情を浮かべて分厚い本を広げている。

 

「おい、ハリー!」

「ん? ああ、エレインにハーマイオニーか」

 

 声をかけるとハリーは大きなアクビをした。ひどい間抜け面だ。

 

「宿題?」

 

 ハーマイオニーが聞くと、ハリーは首を横に振った。

 

「ちょっとした調べ物だよ。二人はニコラス・フラメルって知ってる?」

 

 当たり前だ。

 

「賢者の石の製作者だろ? 魔法史の教科書にも載ってるぜ?」

 

 その言葉にハリーは目を丸くした。

 

「疑うなら読んでみろよ。ここだ」

 

 近代の偉大な発明品を紹介するページを開いて見せる。

 

「ほんとだ! ありがとう、エレイン!」

 

 眠気が吹き飛んだようだ。椅子が倒れる勢いで立ち上がると、ハリーは出口に向かおうとした。

 その襟を掴む。踏まれたカエルのような声を上げるハリーに私は問いかけた。

 

「なんで、ニコラス・フラメルの事なんて調べてんだ?」

「えっと……、宿題だよ! 宿題!」

 

 ハリーに舞台俳優の才能は無さそうだ。目が泳ぎまくっている。

 怪しい。怪し過ぎる。後ろめたい事を考えているヤツの反応は貧民街(スラム)でも、魔法学校(ホグワーツ)でも変わらないものらしい。

 ハーマイオニーもハリー達が悪巧みをしているのではないかと疑いの眼差しを向けている。

 

「なあ、ハリー。一緒に七面鳥で死にかけた仲じゃねーか。隠し事は無しにしようぜ?」

 

 肩に腕を回して逃げ道を塞いだ上で言うと、ハリーは観念したように言った。

 

「誰にも言わないでよ?」

「安心しろよ。口の堅さで私達の右に出るヤツはいないからよ」

 

 ギリギリと肩を掴む手に力を篭めると、ハリーは渋々といった様子で話し始めた。

 

「僕、ホグワーツに来る前、ハグリッドと一緒にダイアゴン横丁で学用品を揃えたんだ」

「あの森番のおっさんとか? 私の方はマクゴナガルだったぜ」

「そうなの?」

「ちなみに、私の方はスプラウト先生だったわよ」

 

 ハーマイオニーは迎えに来た人間の違いに食いついてきた。

 まずいな。これは話が脱線する流れだ。

 

「まあ、誰が迎えに来たかは重要じゃないな。それより、続きを頼むぜ」

「う、うん。それで、ハグリッドと一緒にグリンコッツにも行ったんだよ」

「グリンコッツ……、あっ」

 

 何となく、繋がった気がする。

 

「どうしたの?」

 

 ハーマイオニーが首を傾げる。

 

「おい、ハリー。もしかして、新聞にあった金庫破りが破った金庫に賢者の石が入ってたってオチか?」

 

 私の言葉にハリーとロンが揃って目を丸くした。

 どうやら正解だったみたいだ。さすが、私だ。

 

「あっ、そっか! カーライルが言ってたものね。破られる筈のない金庫が破られる事を見越した人間がいるって。そんなあり得ない事態に備えられる人なんて、ダンブルドア先生以外にいないもの。つまり、ハグリッドはダンブルドア先生のお使いをしたのね!」

「……そうだけど、うん」

 

 ハリーは釈然としない表情を浮かべながら頷いた。

 

「なるほどな。けど、それでどうしてニコラス・フラメルを調べる流れになったんだ?」

 

 そこがよく分からない。一緒に金庫に行ったのなら、そこで賢者の石を目撃している筈だ。

 

「金庫に何が入っていたのかは知らなかったんだ。ただ、ハグリッドを問い詰めたら、ニコラス・フラメルの名前をポロっとね」

「それで……、金庫の中身が分かった上で、貴方達は何をするつもりなの?」

 

 ハーマイオニーが尋ねると、ハリーとロンは深刻そうな表情を浮かべて頷きあった。

 

「……賢者の石を狙っている人間がいるんだ」



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第十四話「ケルベロス」

第十四話「ケルベロス」

 

 賢者の石を狙っている人間がいる。それ自体を疑う気は無かった。なにしろ、実際に一度狙われている。

 グリンゴッツ魔法銀行で金庫破りをするような相手だ。一度防がれたからと言って、簡単に諦める筈がない。

 

「……で、どうするつもりなんだ?」

「え?」

 

 不思議そうな表情を浮かべるハリーとロン。

 

「キョトンとするなよ。もしかして、犯人に心当たりでもあるのか?」

「ちょっと! まさかとは思うけど、自分達で守ろうなんて考えて無いわよね!?」

 

 ハーマイオニーが説教モードに入ってしまった。二人は「別に……」とか、「そういうわけじゃないけど……」とか言葉を濁しているが、魔法界のミス・マープルには通じない。

 ガミガミと二人の考えている事が如何に危険な事か説いているハーマイオニーを尻目に、私は推理を進めてみた。

 たしか、組分けの儀式の後にダンブルドアが四階の廊下に立ち入る事を禁止していた。去年までの禁止事項には無かった事だとロイドに聞いている。

 おそらく、賢者の石はあそこにあるのだろう。《ホグワーツの歴史》によれば、この学校には未だに解明されていないギミックも数多く点在していると言う。その中のいずれかを利用しているのだろう。

 

「――――大体、貴方達は前にも校則違反をやらかしたそうじゃない! ホグワーツの生徒なら、もっと思慮深くあるべきだわ!」

「あっ、あれはマルフォイが……」

「そう言えば、ドラコのせいで停学になる所だったって、グリフィンドールの奴等が話してたけど、何があったんだ?」

 

 私が口を挟むと、これ幸いとばかりにハリーとロンが食いついてきた。

 

「アイツがネビルをイジメたんだ! だから、僕達はくだらない事をするな! って言ってやったんだ」

「そうしたら、アイツが決闘を持ち掛けてきてさ」

「決闘……?」

 

 なんだか面白そうな単語が飛び出してきた。

 

「殴り合いでもしたのか?」

 

 シャドーボクシングをしながら聞くと、ロンが鼻を膨らませながら首を横に振った。

 

「違うよ。魔法使いの決闘は杖を使うんだ。互いに魔法を使って優劣を競うのさ」

「待って! 決闘なんて、先生方が黙っていない筈よ!」

 

 ハーマイオニーの言葉にハリー達の目が泳ぎ始めた。

 こいつらはもう少し隠す努力も覚えるべきだと思う。

 

「詳しく教えなさい!」

「……えっと、その、夜にこっそりやる予定で」

 

 ハーマイオニーの眦が吊り上がっていく。

 

「だっ、だけど、マルフォイの野郎は来なかったんだ! アイツ、僕達をハメやがったんだ!」

「おかげで大変だったんだよ。間違えて四階の廊下に入っちゃって、あと一歩で食い殺されるところだったんだ」

「食い殺される? おい、それって、どういう――――」

「あ・な・た・た・ち!!」

 

 私の言葉はハーマイオニーの怒声に遮られた。

 ガミガミと説教をするハーマイオニー。近付いてくる司書。私達は図書室を追い出された。当然の結果だが、ハーマイオニーの機嫌はますます悪くなった。

 このままだと埒が明かない。

 

「どうどう。落ち着けよ、ハーマイオニー」

 

 暴れ馬を宥めるように、私はハーマイオニーの怒りを鎮めた。

 ヒヒーンと威嚇してくるハーマイオニーを抑えながら、さっきの続きを聞く。

 

「それで、食い殺されるところだったってのは、どういう意味だ?」

「え? ああ、四階の廊下に三頭犬がいたんだ!」

「僕達の事を一口でペロリと平らげられそうなくらいの大きさのね!」

「三頭犬……? ケルベロスの事か?」

 

 それならニュート・スキャマンダー著作の《世界の危険な魔法生物》で読んだ事がある。魔法界の不思議生物達の事が詳細に書かれていて、ケルベロスの項目もあった。

 いつか実際に見てみたいものだとレネやハーマイオニーに話したものだ。二人はまったく共感してくれなかったけど。

 

「マジかよ! 見たい!」

「お止めなさい!」

 

 ハーマイオニーがオーガみたいな顔になっている。

 話を逸らそう。

 

「えっと……、つまり、夜に決闘する予定だったけど、肝心のドラコは現れなくて、代わりに見回り中の教師にでも見つかったんだろ。それで、逃げ込んだ先が四階の禁じられた廊下だったと……。ははっ、ドラコが一枚上手だったわけだな」

「笑い事じゃないよ! もう少しで死ぬ所だったんだ!」

「あの野郎! 腰抜けの卑怯者め!」

 

 散々な言われようだ。

 

「まあ、その辺はどうでもいいけどよ」

「どうでもよくないよ!?」

「それより、賢者の石は四階の廊下にあるって事で間違い無さそうだな」

「う、うん。僕達もそう考えてる」

 

 ハリーが頷いた。

 

「なら、問題無くね? だって、ケルベロスだぜ?」

 

 ギリシャに生息域があって、古代の神殿なんかを守っているらしい。

 地獄の番犬とも呼ばれていて、無闇にケルベロスが守護している領域に踏み込めば命は無いと言われている。

 

「でも、狙われているのは事実なんだ!」

「それは分かってるけどよ。ケルベロスは相当ヤバイ奴だぜ?」

「そうよ! ケルベロスが守っている物に手を出すなんて、正気の沙汰じゃないわ。それに、そんな怪物に守らせているって事は、先生方も狙われている事が分かっているのよ。子供が手を出すべき事じゃないわ!」

 

 ハーマイオニーの正論が唸る。ハリーとロンも不満そうではあるが反論をしてこない。

 

「それより、ハリー。お前には賢者の石の防衛よりも先にやるべき事があるだろ」

「え?」

「クィディッチだよ! なにをすっとぼけてんだ! 練習しとけ!」

「そう言われても、次の試合までイースターが終わった後だし……」

 

 スリザリン戦で敗因を作ったハリーは未だに陰でグチグチ言われ続けている。

 なんというか、ハーマイオニーじゃなくても見ていてイライラしてくる奴等だ。

 

「スリザリンが根暗とか言ってるけどよ! グリフィンドールも大概じゃねーか!」

「あはは、困っちゃうよね」

「へらへらすんな!」

「そう言われても、もう慣れちゃったし」

「慣れてんじゃねーよ!!」

 

 なんて呑気な男だ。

 

「ったく! その調子じゃ、来年はシーカーを降ろされちまうぞ? 折角、ボコボコにしてやるつもりだったのに」

「どういう事?」

「エレインは来年のレイブンクローのシーカーに選出されているのよ」

「そうなの!?」

 

 得意げに胸を張ってみせる。ハリーは純粋に驚いているようだが、ロンの視線は私の胸に集中している。なるほど、こいつはムッツリだな。

 

「エレインがシーカーか……、うん。なら、鍛えておかないとね」

「おっ、やる気が出たか?」

「うん。鍛えておかないと、君に箒から叩き落されそうだ」

「おう、期待しておけ!」

「いや、そこは否定しなよ」

 

 ロンが呆れたように言った。

 

「それはそれとして……、やっぱり、ケルベロスは見てみたいな」

「エレイン! ケルベロスがヤバイと言ったのは貴女よ!」

「いやー、分かってるけどさ……。やっぱり、気になるじゃん?」

「ダメ! 絶対にダメ! 許しません! こっそり行こうとしても、マクゴナガル先生に言いつけるわ!」

「なんで、マクゴナガルなんだよ!? うちの寮監はフリットウィックだぞ!」

「ねえ、エレイン。ハグリッドに会ってみる?」

 

 私とハーマイオニーがギャーギャーと言い合っていると、ハリーが思いついたように言った。

 

「あん? なんで、私が森番のおっさんに会わなきゃいけないんだ?」

「ハグリッドがケルベロス……えっと、フラッフィーだっけ? の飼い主なんだよ。頼めば見せてもらえるかも」

「マジかよ!? 行く! 会う! 見せてもらう!」

 

 善は急げだ。私はハリーの手を取ってハグリッドの小屋に向かった。

 

「まっ、待ってよエレイン!」

「ほんと自分勝手な子だな!」

 

 後ろで騒いでいる奴等はとりあえず置いてけぼりにした。私の快足について来れる奴はそうそう居ない。

 途中でバテたハリーはお姫様抱っこで連行した。

 

「……酷すぎる」

 

 項垂れているハリーの服の襟を掴んで、ハグリッドの小屋の扉をノックした。



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第十五話「禁じられた廊下」

第十五話「禁じられた廊下」

 

 開かれた扉の先から猛烈な熱気が襲い掛かってきた。

 

「うわっ、なんだ一体!?」

 

 堪らず後退ると、中からトロールみたいな大男が出て来た。

 遠目に見る事はしょっちゅうあったけど、こうして近くで見ると威圧感が半端じゃない。

 

「うん? なんだ、お前さん。っと、ハリーじゃねぇか! なんだ、友達か?」

「う、うん。そんな所だよ。エレインって言うんだ」

 

 ハリーが起き上がって言った。

 

「エレイン・ロットだ」

 

 握手を求めると、ハグリッドはニカッと笑い、大きな手で握り返してきた。

 なんだか羽毛布団に腕を突っ込んだような感じだ。何から何までデカイ。

 

「ちょっと、ハグリッドにお願いがあってさ」

「お願い? 言っておくが、これ以上は何を聞かれても教えんぞ」

「そっちじゃないよ。エレインがフラッフィーを見たいって言うんだ」

 

 ハグリッドが目を丸くして私を見た。

 

「頼むよ、ハグリッド! 私、ケルベロスを一目でいいから見てみたいんだ!」

「ほう! お前さん、フラッフィーの良さが分かるのか! そう言う事なら構わんぞ。俺と一緒なら、フラッフィーだって借りてきた猫みたいに大人しくなるんだ!」

 

 誇らしげに言うハグリッドに期待感が増す。

 

「マジかよ! なら、早速行こうぜ! 四階の廊下に居るんだろ!」

「……そこまで知っとるんか」

 

 ハグリッドがジロリとハリーを睨む。

 

「いやー……、殆ど何も言ってないんだけど……」

「レイブンクロー舐めんなよ」

「理解力が高すぎて怖いよ……」

 

 そうこう話していると、ハーマイオニーとロンが合流して来た。

 

「おお、ロンじゃねーか! そっちの子も友達か?」

「やあ、ハグリッド。ハーマイオニーだよ」

「こんにちは、ハグリッド。ハーマイオニー・グレンジャーです」

「おう、よろしくな。お前さんもフラッフィーが目当てか?」

「え? ああ、いや……、私はエレインの付き添いってだけで……」

「そうなんか? けど、折角の機会だ。アイツは人懐っこくて可愛いヤツでな、会えばきっと気にいるぞ」

「いや、でも私……」

「ほれ、行くぞ! 善は急げだ」

 

 青褪めた表情を浮かべるハーマイオニー。

 

「……あれ? これって、僕達も行く感じ?」

「マジで……?」

 

 ハリーとロンは顔を見合わせている。

 

「おい、ボサッとしてんな! 行くぞ!」

「……はーい」

 

 項垂れる三人をせっつきながらハグリッドの後を追いかける。

 ケルベロスは魔法界でも希少な生き物で、実際に見る機会は早々無いという。

 ハーマイオニー達が興味を示さない事が不思議で仕方ない。

 

「よーし、こっちだ」

 

 四階の廊下が近付いてきた。ワクワクしてくる。

 

「ハグリッド。ここで何をしているのですか?」

 

 廊下の前まで来たところで嫌な声が聞こえた。

 ハグリッドがギクリとした様子で声の方に顔を向ける。つられて私も顔を向けると、そこには案の定、マクゴナガルの姿があった。

 

「そこは立入禁止の場所です。それも、生徒を連れて……。一体、どういうつもりですか?」

「ま、マクゴナガル先生……。いや、あの、その……」

 

 まるで先生に叱られている生徒みたいに、ハグリッドはモジモジし始めた。

 

「あーっと、ハグリッドを怒らないでくれよ。私が頼んだんだ」

「頼んだ? 何を頼んだのですか? ミス・ロット」

 

 マクゴナガルはオーガモードになって強烈な視線を向けてくる。

 

「いや、ケルベロスを見たくてさ……」

「ケルベロスを見たい……? 何故、貴女がケルベロスの事を知っているのですか? ま・さ・か……」

 

 オーガがサタンに進化した。ハグリッドはぷるぷる震えている。

 

「ち、違うんです!」

 

 見かねてハリーがハグリッドを庇った。

 

「その……、前に間違えて入ってしまった事があって……」

「間違えて入った? そんな筈は無いでしょう。ここには鍵が掛かっています。故意に入ろうとしない限り、ここには入れない筈ですよ?」

 

 やっぱり、ハリーに演技の才能は無いな。ついでに、嘘つきの才能もない。

 

「もし、本当にハグリッドが漏らしたのではなく、貴方達がこの部屋に入ったと言うのなら……」

 

 全員、目が泳ぎまくっている。

 

「ど、どう、どうか、したのですか?」

 

 すると、背後からやたらと挙動不審な男が現れた。闇の魔術に対する防衛術の担当教師、クィリナス・クィレルだった。

 

「おや、クィレル先生。実は、生徒が校則を破り、立ち入り禁止の場所に入り込んだようでして……」

「そ、それは、い、いけませんね。ああ! いや、あの、そ、そうだ!」

 

 クィレルはチラリとハリーを見ると、思い出したように手を叩いた。

 

「そ、その、ハリーくん達のこと、で、でしたらですね、わ、わた、わたしにも非がありまして……」

「クィレル先生に? どういう事ですか?」

 

 そう言えば、グリフィンドールの連中が話していたな。ハリー達が危うく停学処分になりかけた時、見つけたのがクィレルで助かったって。

 

「じ、じつはですね。その、み、見回りをしていたのですが、えっと、ええ、その時にうっかり……ええ、かぎをその、掛け忘れてしまいまして。それで、ハリーくん達が、その、間違えて、その、は、はいって、しまったみたいでして……」

「まあ! ここがどれほど重要かつ危険な場所か、貴方も分かっている筈でしょう!」

 

 マクゴナガルの怒りの矛先がクィレルに向いた。その様子をハリー達は唖然とした表情で見つめている。

 どうやら、何から何まで真実という事でも無いようだ。

 

「え、ええ、そ、それは……ええ、もちろん。あわてて、その、掛け直しに戻ったら、その、ハリーくん達が……その、出て来る所を見まして……、ほ、本当に肝が冷えました」

「クィレル先生! これは、非常に、問題ですよ!」

「も、もう、申し訳、あ、ありません」

 

 おどおどと頭を下げるクィレルにマクゴナガルは深く溜息を零した。

 

「……幸い、ミスタ・ポッター達に怪我は無かったようですから、今回は特別に不問とします。ですが、クィレル先生もアレを守る要の一人である以上、確りと自覚を持って下さらねば困りますよ!」

「は、はい……」

 

 項垂れるクィレルにマクゴナガルは鼻を鳴らした。

 

「ハグリッド。貴方も、ケルベロスをここに置いている理由を確りと理解なさい。生徒に頼まれたからと言って、安易に見せて良いものかどうかの判断くらい、出来なければ困りますよ!」

「へ、へい……。すんませんです……」

 

 言いたい事を言うと、マクゴナガルは去って行った。

 

「……あの、クィレル先生」

 

 ハリーは気まずそうにクィレルに声を掛けた。

 

「先生、僕達の事を……」

「ま、まあ、ま、マクゴナガル先生のお、仰っている事はただしい! ので、き、君達もあぶ、あぶない事はよ、よしたまえよ。そ、それだけ守ってくれれば、わ、わたしから言う事はなにもその……、ないよ」

 

 そうつっかえながら言うと、クィレルは下手くそなウインクをして去って行った。

 

「……僕、クィレルの事見直しちゃった」

「僕も……」

 

 ハリーとロンはクィレルの思わぬ男気にすっかりノックアウトされたようだ。

 つまり、クィレルは二人を庇ったという事だろう。なんだ、つまらない授業のクソ教師だと思ってたけど、かっこいい所があるじゃねーか。

 

「……あーっと、悪いな」

 

 私は項垂れているハグリッドに声を掛けた。

 

「私がケルベロスを見たいって言い出したせいだ」

「……いや、お前さんは悪くねぇ。今はその……、時期が悪かったんだ。今度、また機会があったら見せてやるよ。本当にアイツはスゲーんだ。ハリー達にも確り見せてやりてぇ」

「ハグリッド……」

 

 このおっさんも中々の男気の持ち主だ。

 

「その時はよろしく頼むぜ!」

「おう! フラッフィーはダメだったが、別のヤツなら色々と見せてやれる。まあ、今日は遅いから、また今度な」

「マジで!? 明日……は、無理か。次の休みに必ず行くぜ!」

「おう! 待っとるぞ」

 

 ハグリッドはハリー達とも次の休暇に会う約束を取り付けて、張り切った様子で去って行った。

 

「あー……っと、お前らも悪かったな」

「ううん。今回は運が悪かったね」

「けど、クィレルのおかげで助かったよ。いつもはおどおどしてるけど、やる時はやるって感じでカッコよかった!」

「もう、調子がいいんだから……」

 

 その後、私達は一緒に夕飯を食べて、それぞれの寮へ戻った。



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第十六話『ファンタスティック・ビースト』

第十六話『魔法生物(ファンタスティック・ビースト)

 

「エレイン、なんだかご機嫌だね」

 

 朝食を食べていると、レネが話しかけてきた。なんだか、随分と久しぶりな気がする。

 ようやく、アランの呪縛から解放されたようだ。あの野郎がレネが眠くなるまで解放しないものだから、寝室でもロクに話が出来なかった。

 

「おう! 私達、今日はハグリッドに魔法生物(ファンタスティック・ビースト)を見せてもらう約束なんだ」

「魔法生物を?」

 

 ケルベロスの件は残念だったけど、ハリーの下に届けられた手紙によれば、代わりに特別凄いヤツを見せてくれるらしい。

 

「レネも来いよ!」

「行ってもいいのかな? 招待されたのはエレイン達なんだし……」

 

 大分改善されてきてるけど、未だに自己主張が弱い。

 

「あのおっさん、私が見た限りだと、来るもの拒まずって感じだったし、大丈夫だろ」

「……なら、一緒に行きたい」

「どこに行くんだい?」

 

 どうやら、私達の会話に耳を傾けていたらしい。アランがレネの肩を抱きながら問い掛けてきた。

 サッとレネを抱き寄せる。

 

「秘密だ。今回は私達がレネを独占させてもらうぜ」

「……レネを危ない事に付き合わせるつもりじゃないだろうね?」

「ふ、二人共、喧嘩は……」

 

 一触即発の空気を破ったのはハーマイオニーだった。

 

「エレイン! 意地悪しないの!」

 

 ハーマイオニーはむくれる私に構わず、アランに事情を説明してしまった。

 アランは魔法生物には一切関心を持っていない事が丸分かりな顔で「是非一緒に行かせてもらうよ」と言い出した。 

 

「お前は十分にレネを独占しただろ!」

「独占って……、レネは物じゃないんだよ? まったく、君は……」

 

 やれやれと肩を竦める伊達男に激しく苛立っていると、レネが腕に抱きついてきた。

 

「……えっと、えへへ」

 

 可愛い笑顔だ。だけど、何がしたいのかさっぱり分からない。

 

「ど、どうした?」

 

 困ったように笑顔を浮かべ続けるレネ。私は溜息を零した。

 

「喧嘩するなってか? へいへい、私が悪かったよ」

 

 別にレネを困らせたいわけじゃない。引っ込み思案なコイツにここまでさせた以上は引くしか無い。

 

「エレインって、案外というか、寂しがり屋よね。クリスマスの時だって――――」

「うっせー!」

 

 余計な事を言い出すハーマイオニーの口にマッシュポテトを放り込み、私も目の前の皿を空にした。

 

 レネ達も食べ終わった後、そのままハリーとロンの下へ全員で向かった。

 二人はすでに朝食を食べ終えていて、のんびりとチェスをしている。

 

「よう、ハリー。ロン」

「やあ、エレイン」

「なんか、人数が増えてない?」

 

 ロンがレネとアランを順繰りに見る。

 

「こっちの可愛い子ちゃんはレネ・ジョーンズ。私のルームメイトだ。そんで、こっちのいけ好かない伊達男はアラン・スペンサー。見ての通り、嫌なヤツだ」

「どんな紹介をしてるのよ!」

 

 ハーマイオニーに怒られた。レネは困ったように笑い、アランはやれやれと肩を竦めている。

 クソッ、私がバカみたいじゃないか。

 

「えっと……、それで、二人はどうして?」

「レネを誘ったら、何故かアランも来ることになったんだ。人数制限があるならソイツを除けるから安心してくれ」

「……エレイン。いい加減にしないと怒るわよ?」

「イエッサー!」 

 

 オーガモードになったハーマイオニーに私は思わず敬礼してしまった。 

 

「紹介に与かったアラン・スペンサーだ。ちょっと、彼女を怒らせてしまってね。驚かせてすまない」

 

 そうこうしている内にアランがハリーと握手をしていた。アイツは他人の懐に入るのが上手い。

 

「なにしたんだ?」

「ちょっとした事だよ。今後は配慮するから許して欲しいな」

 

 ロンに答えながら私に向かってウインクを飛ばしてきた。

 

「……エレイン?」

 

 答えない私にハーマイオニーが睨みをきかせてくる。

 

「お、おう……」

 

 なんという敗北感だろう。いつか絶対ボコボコにしてやる……。

 

「と、とりあえず行こうか。なんだか凄いのを用意してるみたいなんだ、ハグリッド」

 

 空気を変えるようにハリーが言った。

 

「そいつは楽しみだ」

 

 私もとっとと頭を切り替える事にした。今はなにより魔法生物だ。これで赤帽子(レッド・キャップ)とかだったら喚き散らしてやる。

 

 ◆

 

 ハグリッドの小屋に到着すると、畑の向こう側からハグリッドが手招きしていた。

 

「よう来たな! むぅ、人数が増えとるな。お前さん達もハリーの友達か?」

「是非そうなりたいと思っています。ただ、今回はエレインに招待してもらいました。ご迷惑とは思いますが、今日はよろしくお願いします」

 

 いっそ感心してしまうほど完璧な挨拶を決めたアランにハグリッドが目を丸くしている。

 

「お、おお! エレインの友達って事だな? なら、問題ねぇ! ほれ、エレイン。約束通り、スゲーのを用意してやったぞ!」

 

 そう言って、ハグリッドは禁じられた森を指差した。

 

「待って、ハグリッド! 禁じられた森に入るの!?」

 

 ハーマイオニーが悲鳴をあげる。レネやハリー達も青褪めた表情を浮かべ、アランは警戒心を露わにしている。

 

「手前までだ。今回はダンブルドア先生に許可を貰っとるから安心せぇ! 余計なもんが入ってこないようにって、先生様が柵の所に保護呪文も掛けて下さったんだ」

「それで、どんなヤツなんだ? そのスゲーヤツってのは!」

 

 私はとにかくハグリッドの言うスゲーヤツが気になって仕方なかった。

 ケルベロスなんて怪物をペットにしている男がスゲーというからには、相当スゲーのが来る筈だ。

 ハグリッドはもじゃもじゃな髭の向こうでニカッと笑みを浮かべた。

 

「きっと驚くぞ! ついて来い!」

「おう!」

「……え、マジで行くの?」

 

 ロンが呟くと、他の奴等もうんうんと頷いた。

 

「いいから行くぞ!」

 

 手近にいたハリーとハーマイオニーの手を取って、引き摺るようにハグリッドの後を追う。

 

「ハリー!」

 

 ロンは恐怖よりも友情を取ったらしい。

 

「ま、待って!」

 

 レネも慌てて追い掛けて来た。その後ろには杖を握るアランがピッタリくっついている。

 ダンブルドアが保護呪文を掛けたのに、警戒し過ぎだろ。

 しばらく歩くと、柵が見えてきた。その中で寛いでいる魔法生物を見て、私は思わず歓声を上げてしまった。

 

「ヒッポグリフじゃねーか!!」

 

 期待以上の存在がそこにいた。

 

「おお、知っとったか! どうだ? 驚いたか?」

「驚いたに決まってんだろ! スッゲー! 本当にスッゲーヤツじゃねーか!」

「興奮するのもええが、あんまり近づき過ぎんなよ。奴等は気難しいんだ。キチンと礼を尽くさねばならん」

「お、おう!」

 

 それにしても凄い。大鷲の頭と馬の体を持つ生き物で、その姿はまさに魔法的だ。

 ハーマイオニーに借りた《狂えるオルランド》って物語にも登場していて、私の会ってみたい魔法生物ランキングで堂々上位に位置している。

 

「なあ、どうやったら近づけるんだ?」

「慌てんな。ええか、まずはジッと見つめ合う事から始めるんだ。まばたきもしちゃいかんぞ。ヒッポグリフは目を逸らすヤツを信用せん」

「お、おう!」

 

 ドキドキしながら柵に入る。

 

「え、エレイン、気をつけてね!」

 

 ハーマイオニーの言葉にサムズアップして応えながら、ハグリッドの説明に耳を傾ける。

 

「お辞儀をして、相手もお辞儀をしたら頭を撫でてやるんだ。ええか?」

「ああ、バッチリだ!」

 

 私は興奮しながら白い毛並みのヒッポグリフの前に立った。名前はアルブスアーラというらしい。

 目が痛くなってもまばたきを我慢して、軽くお辞儀をする。

 心臓の音がやけにうるさく聞こえる。

 

「おお!」

 

 ハグリッドの歓声が聞こえた。顔を上げてみると、アルブスアーラが頭を下げていた。

 

「な、撫でていいんだよな!?」

「おう! ただし、優しくだぞ、エレイン」

「おう!」

 

 恐る恐る触れてみると、アルブスアーラの羽毛は触り心地最高だった。

 

「スッゲー。本当にスッゲー」

 

 感動のあまり、ちょっと涙が出て来た。

 

「よーし、エレイン! アルブスアーラに乗ってみるか?」

「いいのか!?」

 

 柵の外でハーマイオニーが悲鳴を上げているがお構いなしだ。ハグリッドが私を持ち上げて、アルブスアーラの背中に降ろしてくれた。

 

「羽は掴まんようにな!」

「オッケー!」

 

 ハグリッドがアルブスアーラの尻を叩くと、アルブスアーラは勢い良く走り始めた。

 乗馬用の鞍なんて便利なものはなく、手綱もない。私はアルブスアーラの首にしがみついた。

 そして、飛んだ。

 

「……スゲー」

 

 もう何度言ったのか忘れたくらいスゲーを連呼している。

 だけど、この光景はスゲーとしか言いようがない。クィディッチの練習や飛行訓練とは違う。私はどっちかって言うと、アルブスアーラの背中の方が好きだ。

 

「アルブスアーラ! 最高だ! 最高だぜ! なあ、もっと高く飛べるか!?」

 

 アルブスアーラは鷹のように鳴いた。すると、一気にスピードが上がった。どんどん高度も上がっていく。

 気がつけば学校を見降ろす位置に来ていた。

 

「わーお! ホグワーツがミニチュアに見えるぜ! なあなあ、グルーっと一周してくれよ!」

 

 アルブスアーラは私の期待に完璧に応えてくれた。

 何人かが私達に気付いてアホ面を浮かべ、それを見て笑いながら遊覧飛行を楽しんだ。

 私は身体能力が優れている方だけど、いい加減腕が痺れてきたからアルブスアーラに戻るよう伝えると、あっという間に元の場所へ戻って来た。

 

「どうだった?」

「感動したぜ! 最高だぜ!」

「気に入ったようだな。どうだ? もし良ければ、暇な時にでもアルブスアーラの世話をしに来るか?」

「いいのか!?」

「おう! どうやらアルブスアーラもお前さんを気に入ったようだしな!」

 

 アルブスアーラが頭を私に擦り付けてきた。

 なんだ、この可愛い生物は……ッ!

 

「是非頼むぜ!」

 

 ハーマイオニー達も私の遊覧飛行を見て興味を持ったらしい。柵の中に入って来て、さっき私がしたようにそれぞれヒッポグリフとお辞儀している。

 もっとも、遊覧飛行にチャレンジしたのはハリーだけだったけど、ハリーも大いに興奮して、バックビークというヒッポグリフの世話をハグリッドと約束した。

 ヒッポグリフとの時間を満喫した後、ハグリッドはもう一つ見せたいモノがあると言った。そこは更に厳重な守りをダンブルドアによって仕掛けられた場所らしい。

 

「何があるんだ?」

 

 まさか、ヒッポグリフ以上のものが居るとは思えないけど、ドキドキしながら聞いた。

 すると、ハグリッドはモジモジしながら言った。

 

「……実は、この事は秘密だったんだが、またマクゴナガル先生に怒られんように、ヒッポグリフの事でダンブルドア先生と話した時にバレてしもうてな……。本当はいかん事だったんだが、ダンブルドア先生が特別に許可を下さったんだ。冬を越すまでって約束ではあるが……、本当に偉大な人だ……」

 

 ハグリッドは眼を潤ませ、鼻水を啜った。

 何の事を言っているのかチンプンカンプンだけど、とりあえずいい事があったみたいだ。

 

「ほれ、見えてきたぞ! あれだ!」

 

 そこにあったのは小さな岩山だった。よく見ると、その一部が大きくくり抜かれている。

 その奥から、いきなり炎が飛び出してきた。そして、すぐ後に穴から生き物が飛び出してきた。

 

「なにあれ!?」

 

 ロンが叫んだ。

 

「うそっ、ドラゴン!?」

 

 ハーマイオニーが悲鳴を上げた。

 そこにいたのは、小さいけれど、紛れもなくドラゴンだった。

 

「どうだ? ノルウェー・リッジバックのノーバートだ!」

 

 ハグリッドは誇らしげに紹介した。

 私は言葉が見つからなかった。もう、スゲーとすら言えない。

 

「ハグリッド。あんた、最高にクールだぜ」

 

 あるいは最高にクレイジーだ。ケルベロスにヒッポグリフと来て、挙句の果てにドラゴンときた。

 実はこのおっさん、ハデスの化身とかじゃねーの?



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第十七話『ハリーの焦り』

第十七話『ハリーの焦り』

 

 あれ以来、私は度々ハグリッドの小屋に通うようになった。ヒッポグリフのアルブスアーラの世話をする為だ。

 今は白い毛並みをより美しくする為にブラッシングをしている。

 

「……はぁ」

 

 隣でバックビークのブラッシングをしていたハリーが大きな溜息を吐いた。

 

「あん? どうした?」

「……試合、もう直ぐだなって」

 

 顔色が悪い。どうやら、間近に迫ったハッフルパフとの試合を気にしているようだ。

 

「賢者の石の事で盛り上がってた時は余裕綽々な感じだったじゃねーか。何を今更……」

「いやー……、もう直ぐだなって思うと、また墜落しないか不安になって来て……」

 

 どうやら、あの墜落事故がトラウマになっているようだ。原因が分からない事で拍車がかかっている。

 

「まあ、アルブスアーラやバックビークと違って、箒の機嫌は分かりにくいからな。あの時の原因も分かってないんだろ?」

 

 アルブスアーラは実に分かりやすい。今は首の付根が痒いと訴えてきている。ブラシで擦ると気持ちよさそうに目を細めた。

 私達は通じ合っている。

 

「箒なんてやめて、全員でヒッポグリフに乗ればいいのに」

「それはそれで大変な事になりそうだけど……。でも、バックビークの背中に乗ってる時は不安なんか一切感じないのは確かだね」

 

 ハリーは愛おしそうにバックビークを見つめている。

 世話を初めて早二ヶ月が経過した。ハリーは相変わらず陰口を叩かれているようで、バックビークの世話の時間を癒やしにしているらしい。

 敵意を一切向けず、ハリーに懐いているバックビークが可愛くて仕方がないようだ。

 

「ただいまー……」

 

 ブラッシングを終えた頃、ハーマイオニーとロンがドラゴンのノーバートの棲家から戻って来た。

 ハグリッドが密かに卵から孵したドラゴンの赤ん坊は、ダンブルドアが用意した棲家ですくすくと成長している。

 今や、人間を一口で丸呑みに出来そうな程だ。

 

「……私、次は殺されるかもしれない」

 

 ガタガタと震えているハーマイオニーにロンが力いっぱい頷いている。

 

「あ、あいつ、僕の腕を食いちぎろうとしたんだ! もう、はやく生息域に帰して欲しいよ! 冬も、もう終わりだろ!」

 

 ロンがハリーに愚痴っている。ノーバートはアルブスアーラ達と違って、人間を肉としか見ていない。

 まさに肉食獣の鑑のようなヤツだ。たまにやる餌やりは楽しいけど、ブラッシングしてやる気には到底なれない。

 

「ああもう! だいたい、どうして僕達があいつの世話なんてしてるんだよ!」

 

 どうしてかと聞かれれば、それはハグリッドの好意だからだ。私とハリーがヒッポグリフの世話を楽しんでいるのを見て、ハーマイオニーとロンにも生き物の世話の楽しさを教えてやろうと思い立ったらしい。

 ちなみに魔の手はレネにも伸びたが、アランが全力で払い除けた。「私も助けてよ!」と叫んだハーマイオニーは結局魔の手から逃れられなかったわけだ。

 

「いやー、残念だ。私はアルブスアーラの世話で忙しくてなー」

「僕もバックビークの世話が忙しくてさー」

 

 私とハリーは涙目になっている二人から目を逸らした。

 初めこそ興奮したけど、やっぱり懐いてくれる方がいい。友達が来たと喜んでくれるヤツと餌が来たと喜ぶヤツなら、私は前者と仲良くなりたい。

 

「……僕もヒッポグリフの世話係になれば良かった」

「私も……」

 

 項垂れる二人に「どんまい」と声を掛けていると、ハグリッドが小屋の方からやって来た。

 ハンカチで顔を覆っている。どうやら、泣いているようだ。

 

「……ロン、ハーマイオニー。残念な報せだ。ノーバートが……、ノーバートが連れて行かれる事になっちまった」

 

 二人はハグリッドに背を向けて満面の笑顔を浮かべた。

 

「いやー、残念だなぁ!」

「そうね、すごく悲しいわ! ああ、ノーバートと会えなくなるなんて!」

 

 すごく嬉しそうだ。

 

「そうか! 二人も寂しいんだな! よし、分かった!」

「え?」

「なにを?」

「もう少し……、せめて夏休みが始まるまで待ってもらえんか、ダンブルドア先生に交渉してくる!」

 

 二人は声無き絶叫を上げた。

 善意100%で二人を地獄に叩き込もうと校舎に向かって走っていくハグリッド。その顔には使命感が輝いていた。

 

「……さーて、アルブスアーラと遊覧飛行でもしてくるか」

「ぼ、僕達も行こうか、バックビーク!」

 

 真っ白になって項垂れる二人を置いて、私とハリーはホグワーツの外周をグルグル回った。

 気分はヒッポグリフを題材にした最古の物語、《狂えるオルランド》に登場するロジェロだ。

 

「そう言えば、さっきの話で思い出したんだけど」

 

 湖の畔で休憩をしていると、水を飲んでいるアルブスアーラとバックビークを見ながら、唐突にハリーが口を開いた。

 

「あん?」

「賢者の石は大丈夫なのかな?」

 

 まだ引き摺っていたみたいだ。

 

「考えたんだよ。ハグリッドはドラゴンの卵を賭けで貰ったって言ってたじゃない?」

「そう言えば言ってたな」

 

 ノーバートを初めてみた時、ハーマイオニーが問い詰めたのだ。

 ドラゴンを飼う事は法律で禁止されているのに、どうやって卵を手に入れたのかって。

 バーで賭け事をして貰ったらしい。

 

「変じゃない? 法律で禁止されているものを賭けの対象にするなんて……。そもそも、ドラゴンを欲しがっているハグリッドの下に偶然ドラゴンの卵を持っている人が現れる可能性って、どのくらいだろう……」

 

 言っている内に危機感が募ってきたらしい。ハリーは青褪めた表情を浮かべている。

 

「まあ、十中八九、そいつがグリンコッツを襲撃した犯人だろうな」

「……気付いてたの?」

「ハーマイオニーも気付いてたぞ。だって、なぁ? いくらなんでも都合良過ぎるしよ。大方、ケルベロスの攻略法が分からなかったんだろうな。地獄の番犬って呼ばれてるくらい、ケルベロスはヤバイ奴なんだよ。そんな怪物を手懐けてるハグリッドが凄いだけだ」

「なっ、なんでそれをはやく言わないんだよ!」

「言ったぞ」

「え?」

「だから、ハーマイオニーがすっ飛んでった」

「え?」

「ダンブルドアに自分の考えを話したんだよ。まあ、全部ダンブルドアも分かってたみたいだけどな」

「そうなの!?」

 

 そもそもの話だが、ノーバートの棲家を作ったのはダンブルドアだ。ハグリッドがドラゴンの卵を孵した事も知っている。

 つまり、私達が持っている情報をダンブルドアも全部持っているわけだ。

 

「生徒が気付く事をダンブルドアが気付けないわけないだろ」

「……僕達に話してくれても良かったんじゃない?」

「わざわざ話す事でもねーだろ。なんで、そんなに気にしてんだ?」

 

 ハリーは重い口調で言った。

 

「きっと、賢者の石を狙っているのはスネイプだ」

「根拠は?」

「アイツ、ハロウィンの日にこっそりと大広間を抜け出していたんだ。きっと、四階に向かったに違いないよ! あのトロールもきっと……」

 

 スネイプが犯人と聞いて、とくに驚きはなかった。なにしろ悪そうな顔をしている。

 それに、貧民街(スラム)を根城にしていた私には善人と悪人のだいたいの見分けがつく。あいつは丸っきりの悪人とも思えないが、間違いなく善人じゃない。

 盗賊行為程度ならやってもおかしくない。

 

「それで?」

「え?」

「スネイプが犯人だとして、ダンブルドアに勝てるのか?」

「……えっと」

 

 入学してから半年近くだった。

 その間、ダンブルドアの偉業の数々を嫌でも耳にしている。

 学術面、政治面に秀でてるだけじゃなくて、史上最悪と謳われたゲラート・グリンデルバルドを倒した英雄という側面まで併せ持っている。

 

「……アイツ、スリザリンを贔屓したり、グリフィンドールに意地悪したり……、小物臭いし、ダンブルドアに勝てるとは到底思えないぞ」

「小物って……、ああ、うん。そういう見方もあるんだね」

 

 ハリーが溜息を零した。

 

「お前、本当は焦ってるだけだろ」

「え?」

 

 ハリーとはアルブスアーラやバックビークの世話でそれなりに長い時間を過ごしている。

 その間にいろいろと話もした。それで、分かった事がある。

 

「慣れたっての、あれ、嘘だろ」

「……どういう意味?」

「陰口叩く周りを見返したいんだろ? だけど、墜落のトラウマでクィディッチに自信が持てない。そこに来て、賢者の石の危機に気付いた。もしかしたら、自分なら守れるかもしれない。賢者の石を守りきれば、周りはきっと自分を見直す。そんな所だろ?」

「……レイブンクローって怖いね」

「叡智を尊ぶ寮だからな」

 

 当たっていたようだ。

 

「……自分でも気付いてなかったよ。僕、焦ってたんだね」

「みたいだな」

「たぶん、居場所が欲しかったんだ」

 

 ボソリと呟くように言った。

 

「居場所?」

「うん。ロンや、エレイン達と一緒の時はいいんだけど、一人になるとどうしても疎外感を感じるんだ。少し前なら気にもならなかったけど、皆が僕を……その時の事なんて覚えてないのに、すごいすごい言ってくれて、それなのに、今は名前だけのヤツとか、箒も制御出来ない出来損ないとか、そう言われて……、折角見つけられた居場所が無くなっちゃったみたいに感じてさ……」

 

 ポツリポツリと自分の境遇を語るハリー。静かな湖の畔で、私はアルブスアーラやバックビークと一緒にハリーの話を黙って聞き続けた。

 数少ない知り合いがよく愚痴を零すヤツで、こういう時の対処法は知っていた。とにかく聞いてやる事が大事だ。

  

 ――――アメリア、聞いてよ! わたしの事、お気に入りって言った癖に、結婚するからもう来ないって言うのよ!

 

 毎回似たような愚痴を零してくる女だった。相手は私よりも五歳年上だったし、お互いに偽名を名乗り合っていたから、友達と呼ぶのもおかしな関係で、それはアイツが性病拗らせて死ぬまで変わらなかった。

 

「……ありがとう、エレイン」

 

 少しセンチメンタルな感傷に耽っていると、ハリーが言った。

 

「少し、楽になったよ」

「良かったな。なら、次は勇気を出せ」

「勇気……?」

「墜落のトラウマなんて捨てちまえ。次の試合、何が何でも勝てよ」

「……うん」

「声が小せえ! 本気で勝つ気あんのか!?」

「あ、あるよ!」

「だったら、もっと大きな声で宣言しろ!」

「……ああ、もう! 勝つよ! 次の試合は絶対に勝つ!」

「言ったな! よーし、聞いたぞ。絶対って言ったんだから、絶対に勝てよ!」

「分かってるってば!」

 

 ◆

 

 後日、ハリーは本当に勝った。

 しかも、歴代最速タイムでスニッチを掴み取る偉業を為した。

 周りが掌をドリル回転させる中、ハリーはレイブンクローの観客席まで来て言った。

 

「言っただろ? 絶対って!」 

 

 輝かんばかりの笑顔に釣られて笑ってしまった。

 

「後でバックビーク達にも教えてやんないとな!」

「うん!」

 

 どうやら、ハリーの焦りは完全に解消されたようだ。

 その後は賢者の石の事などすっかり忘れて、バックビークやアルブスアーラとノーバートの世話に忙殺されながら期末試験を迎え、やがて一年が終わろうとしていた。

 それは今度こそノーバートとの別れを意味していた。

 みんな、泣いている。

 

「……長かった」

「何度……、何度死ぬかと……」

「アイツの目……、最後の最後まで餌を見る目だった……」

 

 実に名残惜しいが、これで二度と会う事は無いだろう。

 

「聞いてくれ! 実はな! ノーバートが賢者の石の守り手に抜擢されたんだ! 来年もノーバートの世話が出来るぞ!」

 

 ハグリッドの嬉しそうな声に、全員言葉を失った。



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第十八話『一年目の終わり』

第十八話『一年目の終わり』

 

 一年目が終わりを迎えようとしている。私はチョウと共にレイブンクローチームのキャプテン、ジェイド・マクベスに呼び出されて競技場に来ていた。

 これまでも何度か練習に参加した事がある。

 

「……負けちまった」

 

 頭を掻きながら、ジェイドは肩を落として言った。

 今年のレイブンクローは開幕戦のハッフルパフには勝ったものの、常勝無敗のスリザリンには勝つ事が出来なかった。

 最後のグリフィンドール戦でも、シーカー対決でメアリーがハリーに負けた。

 結局、今年も例年通りの結果となった。一位はスリザリンで、二位がグリフィンドール。レイブンクローは三位に落ち着き、ハッフルパフが最下位。

 

「もう一踏ん張りしたかったんだけどな」

 

 普段は陽気な変態の癖に、今日ばかりはシンミリしている。

 

「キャプテン……」

 

 チームメンバー達も消沈している。

 みんな、張り切っていた。レイブンクローの名に恥じない作戦の数々を実行した。

 だけど、スリザリンはあまりにも強く、グリフィンドールにはハリーがいた。

 

「エレイン」

 

 メアリーが私に声を掛けてきた。

 

「ハリー・ポッターは強いわ。それこそ、世界で活躍出来る程の素質を持っている」

「……ああ」

 

 ホグワーツ史上、最速タイムでスニッチを掴み取ったハリーの実力を疑う人間なんていない。

 

「勝てるとしたら、貴女しかいないわ。練習を通して確信したの。貴女も、ハリーと同じくらいずば抜けている。それは箒に乗るセンスの話だけではないわ。なにより、貴女は恐怖に抗う勇気……、勝利に対する渇望がある。誰もが無茶だと諦めてしまう一線を踏み越える気概がある」

 

 褒めちぎられて、柄にもなく赤面してしまった。

 

「これは歴代のレイブンクローのシーカーが受け継いでいる箒よ。どうか、彼に勝ってね」

「……おう!」

 

 メアリーからシーカーの座と箒を受け継いで、私は確りと頷いてみせた。

 返事をしたからには負けるわけにはいかない。

 この前は落ち込んでいたから慰めてやったが、今度は容赦しない。必ず勝ってみせるぜ、ハリー。

 

「チョウ。お前が来年のキーパーだ。キーパーの役割はゴールを守る事。クィディッチは守るだけでは勝てないが、攻めてばかりでも勝てない。その事は理解してるよな?」

「はい!」

「よし! 任せるぞ、俺のポジション。お前なら任せられると俺は信じた。もし、お前が自分に自信を持てなくなっても、俺が信じたお前を信じろ! いいな!」

「はい!」

 

 隣でチョウもジェイドからポジションと箒を譲り受けた。

 すると、ジェイドとメアリーが一歩下がり、代わりに他のメンバーが前に出た。

 チェイサーのシャロン、マイケル、アリシア。ビーターのチサト、スヴォトボルク。

 新しいキャプテンに任命されたマイケルが口を開く。

 

「来年こそ、勝つぞ! それが、今までチームを引っ張ってくれたジェイドとメアリーに対する恩返しになる」

 

 マイケルは既存のチームメイトを見ながら言った。

 そして、私とチョウに視線を向ける。

 

「チョウ! エレイン! 二人もこれからはチームメイトだ! 全力を振り絞ってもらう!」

「はい!」

「おう!」

 

 その日、私とチョウは正式なレイブンクローチームのメンバーになった。

 

 ◇

 

 レネはアランに取られ、ジェーンもエリザベス達と行動を共にしている為、私はハーマイオニーとカーライルと共に駅へ向かった。

 途中でハリーとロンを見つけて、正式にレイブンクローのシーカーに選ばれた事を告げると、ハリーは好戦的な目で言った。

 

「負けないよ、エレイン」

「ボコボコにしてやるよ」

 

 火花を散らしていると、後ろからスリザリンの集団がやって来た。

 ハリーとロンがあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。

 私は集団の中からエドの姿を見つけた。

 

「エド!」

 

 声を掛けると、エドは逃げるように顔を逸らし、ドラコが呆れたようにその首を掴んで私の方に投げつけた。

 

「君が逃げていると、僕に迷惑が掛かる。分かるかい?」

 

 エドにそう告げると、ドラコはハリーの下へ向かった。

 互いに喧嘩腰で罵倒し合っている。

 

「よう、エド」

 

 とりあえず、逃げられないように羽交い締めにしておく。

 

「は、離してよ、エレイン!」

「うっせー。逃げるだろ、お前」

「待って! 本当に待って! 当たっちゃってるから!」

「当ててんだよ。お前、初心だからな。こうしときゃ暴れられないだろ」

 

 エドは顔を真っ赤に染め上げて俯いてしまった。

 

「よーし、行くぞー!」

 

 漸く捕まえたエドを離してやるつもりはない。その手を力いっぱい掴んで、再び歩き出した。

 

「……言いたくね―なら、聞かねぇよ」

「エレイン……?」

「だから……、逃げんなよ」

 

 エドは小さな声で「ごめん……」と呟いた。

 ハーマイオニーはハリーとドラコの喧嘩を止めに行ってる。

 私はエドと二人で空いているコンパートメントを独占した。どうせ、後からハーマイオニー達も来るだろう。

 

「私、シーカーになったんだぜ」

「シーカー!? それって、クィディッチの!?」

「他に何があんだよ」

「す、凄いよ、エレイン! ぼ、僕、知らなかった!」

「ああ、知らねーだろうな! テメェが逃げまくるから言えなかったんだよ!」

 

 頭をグリグリしてやると、エドは涙目になって悲鳴をあげた。

 これだよ、これ。こういう風に話がしたかったんだ。

 

「エド……」

「なっ、なに?」

「なんでもねぇ!」

 

 とりあえず、エドを抱き寄せて思いっきり赤面させてやった。

 

「ちょ、ちょっと、エレイン!?」

「ほれほれ、やわらけーだろ!」

 

 この一年間、どうにもつっかえて取れなかった胸のささくれが取れた気分だ。

 その後、ハーマイオニーがハリーとロンを引き連れてコンパートメントに入ってくるまで、エドで遊び続けた。



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2nd.Take heed of the snake in the grass.
第一話『アメリア・デイズ』


第一話『アメリア・デイズ』

 

 ロンドンの貧民街。その一角には年季の入ったボロアパートがある。その中の一室が私のねぐらだ。

 私の棲家の実情を知っているハーマイオニーが家に招待してくれようとしたけど、慎んで辞退した。

 一年振りの我が家はホコリまみれになっていた。

 

「……掃除するか」

 

 泥棒に入られた形跡はない。当たり前だ。ここに金目の物なんて置いてない。

 私が日越の金を持たない主義になったのも、余計な財産は面倒な輩の目を引くだけだからだ。

 カバンから買っておいた掃除用具を取り出して、掃除を始める。折角、超能力が魔法に昇華されたって言うのに、ホグワーツの外での魔法行使を禁止されたせいで、実にアナログな掃除をする羽目になった。

 丸一日掛けて掃除を終えると、いつものように壁に背を預ける。簡素なベッドはあるが、あれはこの部屋の元々の主が使っていた商売道具だ。捨てる気にはならないが、とてもじゃないが、使う気にもなれない。

 

「エミー。私、魔法使いだったよ」

 

 ホグワーツで過ごした一年は、話し始めると止まらなかった。

 

「クィディッチって、スポーツがあってさ。信じられるか? 箒に乗るんだぜ?」

 

 昔はエミーと、よく肩を並べて話をしたものだ。

 住んでいた家を飛び出して、途方に暮れていた私を拾った娼婦の女。

 寂しがり屋な上に、甘えん坊なヤツだった。

 その癖、私が巻き上げた金品は受け取らなかった。自分が体を使って稼いだ金で私に食べ物を恵む癖に、変な拘りを持っていた。

 

 ――――わたし、ママになりたかったの……。

 

 死に際のエミーの言葉が脳裏を過ぎる。

 十五歳の女の死に際のセリフとしては、正直言って、どうかと思う。

 

「だったら……、名前で呼ばせろよ」

 

 エミリア・ストーンズって名前は、アイツが商売で使っていたものだ。本当の名前は知らない。聞く気にもなれなかった。十五の女が子供を産めない体になって、性病で死ぬような生活を送る理由に触れたくなんて無かった。

 少し、後悔している。

 もっと、踏み込めば良かった。アイツがそう望むなら、ママって呼んでも構わなかった。

 

「お前にも見せたかったよ。ホグワーツは本当にスゲーところだったんだ。お前、動物好きだったろ? ケルベロスとか、ヒッポグリフなんて見たら、感激のあまり小便漏らしてたかもな」

 

 どんなに熱意を篭めて喋っても、返ってくるのは沈黙のみ。

 それでも、口が止まらない。

 

「……ほっとけないヤツがいたんだ。なんか、昔の私みたいなヤツでさ」

 

 柄にもなく、涙を流していた。

 

 ――――アメリアは聞き上手だよね。

 

 お前は聞き下手だよな。

 

 ――――えへへ、新しい料理を覚えたんだよ!

 

 未来の旦那の為に頑張ってた癖に、結局、食べたの私だけじゃねーか。

 

 ――――困ってる人がいたら、助けてあげなきゃダメだよ?

 

 ああ、言いつけは守るようにしてる。

 

「エミー。私、お前の事が思ってた以上に好きだったみたいだ」

 

 ホグワーツで一年を過ごして、よーく分かった。

 友達が出来て、仲間が出来て、アルブスアーラと出会って、よーく実感した。

 私の生き方は、お前に教えてもらった生き方だ。

 

「エミー」

 

 道すがらで買ったタバコを咥える。軽く吸いながら火を点ける。

 これはエミーがよく買っていた銘柄だ。初恋の相手が吸っていたものらしい。苦くて不味い。アイツも吸う度に涙目になっていた。

 

「まじぃ……」

 

 火を付けたばかりのタバコをエミーが使っていた灰皿に押し付けて、そのまま瞼を閉じた。

 

 ◇

 

 翌日、部屋を出ると懐かしい顔が手すりに寄りかかってタバコを吸っていた。

 

「やっぱり、帰ってたんだね」

「よう、久しぶりだな」

 

 ローズという名前で通っているエミーの商売敵だ。

 派手な赤髪が目を引く。歯は娼婦にしては清潔を保っているから、初見で貧民街の商売女と気づかれる事は滅多にないらしい。

 エミーもローズの忠告で歯磨きを入念にしていたけど、ここまでキレイじゃなかったな。

 

「エミーの好きだったタバコの臭いがしたから、ひょっとしてって思ってたんだよ」

「相変わらず、良い鼻してるな」

「臭いは重要だからね。病気持ちや、ロクデナシを嗅ぎ分ける事だって出来るよ」

 

 自慢気に言うローズ。これが中々侮れない。エミーよりも長く体を売っている癖に、ローズは性病で苦しんだ事が無いという。

 それに、コイツがロクデナシと言った連中は大抵、本当にロクデナシだ。

 

「それにしても、アンタ。随分と小綺麗になったね。もしかして、家に帰ったのかい?」

「そんなわけないだろ」

「なら、身請けでもされたのかい?」

「私が売るのは喧嘩だけだ」

「そうだったね。なら、どうしたんだい?」

「住み込みのバイトだよ。忙しくて、この時期しか帰ってこれないんだ」

「ふーん。まあ、話す気が無いなら別にいいけど……、その様子じゃ、危ない目に遭ったわけでも無さそうだしね」

「まあな」

 

 ローズはタバコを地面に落として、火を踏み消した。

 

「困ったことがあったら言いな」

「……そっちもな」

 

 背中を向けて去っていくローズを見送ってから、私は買い出しに出かけた。

 

「よう、アメリア! 戻ってきたのか!」

 

 この地区で表で売れない物の売買を取り仕切っているジャレットが手を振ってきた。

 コイツはエミーの常連客で、かなり重度のロリコンだ。

 

「なんだ、ずいぶん小綺麗になったな」

 

 スケベな下心を隠そうともしない。いっそ清々しいな。

 

「言っておくが、お前に売るモノは何もないぞ」

「残念だ」

 

 ロリコンである事以外は割りと紳士的な男で、エミーの最期の恋の相手でもあった。

 こいつを殴ると、エミーが哀しみそうだから喧嘩も売らない。

 

「ガキが買いたいなら西地区にわんさかいるじゃねーか」

「分かってねーなー。ああいう、人形みたいなのは好みじゃねーんだよ」

「お前の好みとか、死ぬほどどうでもいいんだよ」

 

 西地区のガキ共は性を売り物にする術を生まれた時から教え込まれているエリート達で、強者になると赤ん坊時代から働いているヤツまでいる。

 揃って目が死んでて、中には言葉も喋れないヤツまで混ざっている。まさにどん底ってヤツで、それが西地区の当たり前ってヤツ。

 一度堕ちたら這い上がれない奈落。私も、エミーに拾われなければ、あそこに行き着いていたと思う。

 

「生活にゆとりが生まれたのなら、もう来ないほうがいいぞ」

「バーカ。ここには私の家があるんだよ」

 

 ジャレットと別れて、表通りに出る。いつも利用していた店は取り壊されていた。

 

「……仕方ない」

 

 別の店に向かうと、今度こそ目的のモノを仕入れる事が出来た。

 カセットコンロの燃料と水、それに食材。

 

「こんなもんか」

 

 店を出て、少しぶらついてみた。

 一年で、そこまで大きな変化は無くて、常用していた店が二件潰れていた以外はそのままだった。

 ホグワーツに入学して、私の人生は大きく変わったのに、世界はそんなに変わっていない。

 それを実感すると、なんだか笑いが込み上げてきた。

 

「……パスタ、久しぶりだな」

 

 塩で味を付けただけの料理とも呼べない代物。だけど、それは知識のないエミーにとって、紛れもない料理だった。

 アイツは私に誇らしげに作り方を説明して、私が食べるとキラキラした目で感想を求めてきた。

 

「美味いよ、エミー」



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第二話『貧民街』

第二話『貧民街』

 

 ガンガンと喧しく窓を叩く音で目が覚めた。

 そこにはフクロウがいて、キツツキにでも転職しようとしているかのように窓を突いていた。

 割られても困るから中に入れると、フクロウは部屋の中を荒らし回った。

 

「……前にもあったな」

 

 とりあえず捕まえて、ジッと顔を見る。

 

「お前、リチャードだな?」

 

 問いかけると、リチャードは「ホー!!」と悲鳴を上げて暴れ始めた。

 

「大人しくしねーと、今度こそ焼き鳥にするぞ」

 

 そう脅すと、リチャードはすっかり大人しくなった。

 バカっぽいけど、こっちの言葉をしっかり理解している辺り、知能は高いみたいだ。

 

「ん? これは、手紙か?」

 

 リチャードの足には羊皮紙が結び付けられていた。

 広げてみると、それはエドからの手紙だった。

 

“こんにちは、エレイン。お元気ですか? 僕は元気です”

 

「……相変わらず、アイツもバカっぽいな」

 

 ペットは飼い主に似ると聞く。なるほど、納得だ。

 

“明後日、ダイアゴン横丁に行きます。一緒に、学用品を買いに行きませんか? それから、宜しければ買い物が終わった後、当家に御招待させて頂いてもよろしいでしょうか?”

 

「……なんで、こんな馬鹿丁寧な文体なんだ? それにしても、エドの家か……」

 

 カバンから羊皮紙を取り出して、返事をサラサラっと書いた。

 

“どっちもオーケーだ。漏れ鍋で待ってる”

 

 羊皮紙を丸めて、見様見真似でリチャードの足に括り付ける。

 

「頼むぜ、リチャード。途中で落としたら丸焼きだからな?」

「ホー!?」

 

 リチャードは部屋を飛び出していった。

 

「……さて、掃除するか」

 

 部屋はすっかり羽毛まみれだ。

 ダイアゴン横丁でエドに会ったら、リチャードをしつけ直すように言っておこう。

 

 ◇

 

 翌日、私はローズの下を訪れた。ノックを四回。これは私が来た合図だ。

 しばらく待つと、ローズは欠伸を噛み殺しながら出て来た。

 

「やあ、おはよう。どうしたんだい?」

「これ」

 

 私はローズに部屋の鍵を渡した。

 

「……出ていくのかい?」

「しばらく留守にするだけだ」

「私が管理しろって事?」

「そこまで図々しい事は言わねーよ。ただ、私が居ない間は自由に使っていい。用途は任せるよ」

「……いいのかい? 部屋を売っぱらっちまうかもしれないよ?」

「それならそれで構わない。エミーも、ローズの懐が潤ったとなりゃ、それなりに喜ぶだろうさ。私も、ここに戻ってくる理由が無くなるだけで、特に困らないから安心しろ」

 

 ローズは私をジッと見つめて、深々と溜息を零した。

 

「アンタが戻ってこないと、エミーがあの世で泣いちまうよ。たまに掃除くらいはしておいてやる」

「チップはいるか?」

「ガキに恵んでもらうほど、落ちぶれたつもりはないよ。なあ、アメリア。エミーを泣かせる事だけはするんじゃないよ?」

「……エミーに泣かれるのは、私だって困る。ああ、約束するよ。アイツを泣かせる真似はしない」

「なら、預かっておくよ」

「おう、頼むぜ」

 

 ローズの部屋を出ると、私はそのままジャレットの下に向かった。

 

「おい!」

「ん? よう、アメリア。どうした? 俺に買われたくなったか?」

「バーカ。買いに来たんだよ」

 

 私の言葉に、ジャレットは目を丸くした。

 

「珍しいな。薬は止めとけよ? 玩具も、最初は過激な物じゃなくて――――」

「ほらよ」

 

 無駄口を叩くジャレットに、ガリオン金貨を換金して作った金を押し付けた。

 

「……結構あるな。何を買うんだ?」

 

 仕事用の鋭い目つきになったジャレット。

 

「お前の時間」

「……は?」

「これからエミーの墓参りに行くんだ。言葉の一つでも掛けてやってくれ」

 

 私が言うと、ジャレットは深々と溜息を吐いた。

 

「バカタレ。これでも自主的に何度か行ってんだよ。こんな金は必要無い」

 

 そう言うと、ジャレットは私に金を押し付けて、デコピンのおまけを寄越してきた。

 

「……行くぞ。どうせ、この時間は暇だ」

「ああ、知ってる」

「だろうな」

 

 私はジャレットと共に表通りへ向かった。

 エミーが死んだ後、十人くらい男を騙して金を巻き上げた。そして、その金でエミーの墓を買った。

 あの時も、ジャレットには、ガキの私には出来ない手続きやら何やらを色々頼んだ。

 

「……エミーの事、どう思ってた?」

「可愛い。最高。結婚したい」

「なら、なんで振った?」

「病気で死にそうだったから」

「今はどう思ってる?」

「……後悔してる」

「私もだよ……」

 

 教会に着くと、互いに無言になった。

 エミーの本名は墓の中に持ってかれちまったから、《エミリア・ストーンズ》の名前を墓石に刻んだ。

 途中で買った花とタバコを供えて、黙祷を捧げた。

 

「……出て行くのか?」

「一年したら戻ってくる」

「そっか……」

 

 空が曇ってきた。

 

「一雨来そうだな。帰るか」

「おう」

 

 エミーに別れを告げて、貧民街に向かう。

 

「……墓の事は任せときな」

「おう」

 

 墓はピカピカだった。ジャレットが定期的に掃除していたようだ。

 

「ありがとな」

「……礼なんて要らねーよ」

 

 ジャレットはタバコを咥えて空を見上げた。

 

「あばよ」

 

 貧民街の入り口でジャレットは離れていった。

 私も部屋に戻り、最後の一日を雨音を聞きながらのんびり過ごした。

 明日はダイアゴン横丁。魔法界への帰還の日だ。



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第三話『星の丘』

第三話『星の丘』

 

 表通りの一角。そこに店があると知らなければ認識する事も出来ない、寂れたバー。漏れ鍋の中で本を読みながら寛いでいると、暖炉からエドが姿を現した。

 

「エレイン!」

 

 嬉しそうに駆け寄ってくるエド。私は本をカバンに仕舞い込んだ。

 このカバン、中々の優れものだ。空間拡張呪文が施されていて、中にはワンルーム程の空間が広がっている。

 マクゴナガルがクリスマスに送ってきた服でかなり圧迫されているけど、それでも私の私物を全て仕舞い込んで、まだあまりがある。

 これ一つあれば何処にでも行けるし、これを無くしたら無一文になる。だから、エドに貰ったかくれん防止器(スニーコスコープ)を括り付けている。

 

「よう、エド」

 

 とりあえず、頭を鷲掴みにしておく。

 

「え、エレイン?」

「お前、もっと確りリチャードを躾けておけよ。また、私の部屋を荒らし回っていったぞ」

「ご、ごめんなさい」

「おっ、成長したな。前は謝るまでに結構時間掛かったのに」

「……うぅ」

「ほら、行くぞ」

 

 しょげ返るエドの手を取って、店の裏庭に向かった。

 今日は買うものがたくさんある。あんまりのんびりもしていられない。

 レンガの一部を杖で突いて、ダイアゴン横丁に入った。

 

「まずは魔法薬の材料だな」

「うん」

 

 一年前は店に入る度に興奮したけど、二回目になるとスーパーに食材を買いに行くのと大して変わらない。

 大鍋も変えて、残るは教科書だけになった。本屋に向かう途中、高級クィディッチ用具店なる場所に寄った。

 

「わーお! ニンバスにまた新しいタイプが登場したみたいだね!」

 

 エドが興奮した様子で言った。目の前のショーケースには、ニンバス2001という箒が飾られている。

 しばらく眺めていると、店の中から見知った顔が出て来た。

 

「おっ、ドラコじゃん!」

「ん? ああ、君達か」

 

 ドラコ・マルフォイは私とエドを順繰りに見ると、鼻を鳴らした。

 

「今年は静かに過ごせそうだね」

「あー……っと、去年は悪かったよ。反省してる」

「ご、ごめんなさい」

 

 ドラコは肩を竦めた。

 

「まあ、そこまで責めてるわけじゃないけどね。そう言えば、エレイン。君はレイブンクローのシーカーに選ばれたそうじゃないか」

「よく知ってるな。その通りだぜ!」

「なら、僕のライバルという事になるね」

「え?」

 

 ドラコは薄く微笑んだ。

 

「僕も今年からシーカーだ。今も、その為に箒の注文をしていた所だよ」

「そうなのか?」

「す、凄いよ、ドラコ! 僕、知らなかった! うわー、おめでとう!」

 

 エドが褒めそやすと、ドラコは鼻を僅かに膨らませた。

 

「エドワード。来年はチェイサーに空きが出来る。君にその気があるなら試験に挑戦してみたまえ。飛行訓練で見たが、君にも素質は十分にあると見ている」

「本当!?」

「ああ、練習は必要だと思うけどね」

 

 エドは嬉しそうだ。

 

「僕、練習するよ! ありがとう、ドラコ!」

 

 エドとドラコはいい関係を築けているみたいだ。少し、嬉しくなった。

 

「ドラコ。負けないぜ」

「悪いが、今年も優勝はスリザリンのものだよ」

 

 自信たっぷりってわけだ。

 

「おもしれぇ、エドの友達でも容赦しねーからな」

「それは此方のセリフだね。エドワードのガールフレンドが相手でも、僕は情けなど掛けないよ」

 

 しばらく睨み合った後、互いに笑みを浮かべた。

 

「こういうのも悪くないね」

 

 ドラコはエドの肩に手を置いた。

 

「エドワード。また、ホグワーツで会おう」

「う、うん! また、ホグワーツで!」

 

 優雅に去っていくドラコを、エドは憧れの眼差しで見ていた。

 

「……にしても、ハッフルパフ以外のシーカーは全員同期って事になるな」

「そう言えばそうだね。一年でシーカーになったハリー・ポッターも凄いけど、二年でシーカーも十分に凄い事だよ! 二人共凄いなー」

「はっはっは、もっと褒めろ! お前も来年のチェイサーの座をしっかりキープしとけよ! 来年、ボコボコにしてやるからよ!」

「ぼ、僕、負けないよ! スリザリンは最強なんだ!」

 

 エドは興奮した様子でスリザリンの凄さを語り始めた。

 今まで、噂程度しか知らなかったスリザリンの内情。それは思っていた以上に面白そうなものだった。

 スリザリンに選ばれる者は、主に名家の子息と子女が多く、その生活振りはまさに上流階級というべきもの。

 週に何度も茶会が開かれ、美味しいお菓子を食べながら様々な事を話すらしい。

 

「スリザリンは悪の道に走る者が多いって、家族は言うんだ。だから、最初は恐ろしかったよ。実際、怖い人もたくさんいるんだ。だけど、ドラコが気にかけてくれてさ」

 

 エドはすっかりドラコの信奉者になったようだ。ちょっと、面白くないな。

 

「ドラコが良いやつなのは分かったから、さっさと教科書を買いに行くぞ!」

「わっ、待ってよ!」

 

 同じ寮にいれば、私だって気にかけてやれたんだ。

 そうじゃなくても、エドが逃げなきゃ……。

 

「……えっと、怒ってる?」

「怒ってねーよ」

 

 エドのご機嫌取りの言葉を聞きながら、私はフローリシュ・アンド・ブロッツ書店の前までやって来た。

 驚いた事に、店の外まで行列が出来ている。

 

「スゲーな。なんだこれ」

「ああ、ロックハートが来てるんだよ。サイン会だってさ」

「ロックハート? 聞いた事あるような……って、そう言えば、ハーマイオニーが持ってる本の作者じゃねーか」

 

 どれどれっと中を覗いてみると、奥の方にハンサムな男が愛想を振り撒いていた。

 

「おお、結構イケてるじゃねーか」

「そ、そうかな?」

「この行列も納得だな」

 

 男も女も顔が良い事に越した事はない。

 見た目よりも性格が大切って言うヤツもいるけど、ハンサムで性格も良いときたら、それこそ最強だ。つまり、ウィリアムが今のところは最強って事だな。

 ロックハートもイケてるけど、ちょっと歳が行き過ぎている。

 

「エレイン! 僕達は教科書を買いに来たんだよ!」

 

 ロックハートを見ていると、エドに腕を引かれた。

 珍しい事もあるものだ。

 

「なんだよ、妬いてんのか?」

「そっ、そういうわけじゃないけど……」

 

 分かりやすいヤツだ。

 

「そんじゃ、さっさと買って、お前の家に行くとするか」

「う、うん!」

 

 教科書を買い終えて外に出ると、丁度、ハリーとロンに会った。

 

「よう、ハリー。ロン」

「あっ、エレイン」

 

 ハリーは赤毛の集団に囲まれていた。おそらく、ロンの家族だろう。

 

「あら、二人のお友達?」

 

 ずんぐりむっくりな体型のおばちゃんがにっこり微笑んだ。

 

「エレイン・ロットだ。こっちはエドワード・ロジャー」

「エレインと、エドワードね。よろしく。私はロンの母のモリーよ」

 

 挨拶を終えると、モリーは店内でサイン会を続けているロックハートを発見して歓声を上げた。

 

「行くわよ、ジニー!」

「あ、うん」

 

 その二人をロンは恥ずかしそうに見ていた。

 

「ママはロックハートに夢中なんだ」

「みたいだな」

 

 ハリーも苦笑いを浮かべている。

 

「ところで、エドワードだっけ? 前にマルフォイと一緒に居なかったか?」

 

 ロンがエドを睨みつけた。

 

「……それが?」

 

 驚いた。エドまでロンを睨みつけ始めた。

 

「おい、どうした?」

 

 二人の険悪な雰囲気に割って入ると、エドは鼻を鳴らした。

 

「行こう、エレイン」

「え?」

 

 エドは私の腕を掴んで強引に引っ張り始めた。

 

「あーっと……、ホグワーツでな」

「う、うん」

 

 返事はハリーからだけだった。ロンは相変わらずエドを睨んでいる。

 

「どうしたんだ?」

「あいつら……、いつもドラコに失礼な態度を取るんだ」

「たしかに、事ある毎に喧嘩してるよな、あいつら」

 

 それにしても、友達の為に怒るなんて、中々やるじゃないか。

 

「おい、エド」

「なに?」

「腕じゃなくて、手を掴めよ」

 

 そう言って、エドの手を腕から外して、その手を握った。

 

「強引なのは嫌いじゃないけどな」

「えっと、ごめん……」

「さっきのお前は男前だったぜ」

 

 私が褒めてやると、エドは顔を赤くした。

 

「……さっきの、ウィーズリーとポッターはエレインと仲が良いんでしょ?」

「それなりにな」

「僕は……、好きじゃないけど、エレインの友達に失礼な態度を取っちゃった……」

「気にするなよ。ロンもお前が気に入らないみたいだしな。お互い様ってヤツだ。それより、お前の家にはどうやって行くんだ?」

「え、煙突飛行ネットワークを使うんだよ」

「ああ、本で読んだ事あるな。へー、面白そうじゃん」

 

 漏れ鍋に戻ってくると、店主のトムに煙突を借りた。煙突飛行粉(フルーパウダー)は初めて使うけど、緑色の炎が中々に綺麗だ。

 

「《星の丘》だよ」

 

 エドの家の名前は実にロマンチックだ。

 

「はいよ。《星の丘》」

 

 目的地を告げると、目の前がグルグル回り始めた。

 この感覚はあまり好きになれそうにない。

 景色が固定されるのを待って、私は暖炉から飛び出した。

 

「やあ、エレイン。待ってたよ」

「ウィル!」

 

 私に気付いたウィリアムが駆け寄ってきた。相変わらず、輝かんばかりのイケメンだ。

 やっぱり、ロックハートよりもウィリアムの方が素敵だな。

 どさくさに紛れて抱きつこうかと思ったら、後ろからエドが飛び出してきた。

 

「……ふう。到着」

「エドもおかえり」

「ただいま、ウィル兄ちゃん」

 

 エドの家は中々面白そうな場所だった。

 数字がなくて、針が六本ある時計。グルグル回っている振り子。カチャカチャと勝手に動いている食器。

 さすが魔法使いの家。私の部屋はおろか、一般的なマグルの家とはひと味もふた味も違う。

 

「あら! あらあら! エレインちゃんが来たのね!」

 

 二人の姉だろうか、すごい美人が現れた。レネに近い、おっとりとした雰囲気を感じる。

 

「こんにちは、エレインちゃん。貴女の話は二人からよーく聞いてるわ。歓迎するから寛いでちょうだいね」

「あ、どうも」

「今、食事の支度をしているの。部屋を用意してあるからエドに教えてもらって!」

 

 言うだけ言うと、美人のネーチャンはキッチンに戻っていった。

 

「エド。お前の姉ちゃん、美人だな」

「え? 今のはママだよ?」

「……マジか」

 

 ウィルが今年六年生で十八歳だから、すくなく見ても三十八……。

 

「母さんは四十二だよ」

 

 私の疑問を察したのか、ウィルが驚くべき事を言った。

 

「後で秘訣を聞いておくか……」

 

 とりあえず、エドに部屋の案内をしてもらった。



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第四話『恋の始まりは』

第四話『恋の始まりは』

 

 私の為に用意された部屋は広々としていて実に快適だった。

 

「ははっ、いい部屋だな」

「気に入った?」

「おう、気に入ったぜ」

 

 エドはホッとした表情を浮かべると、窓を開いた。

 外はすっかり暗くなっている。

 

「この部屋からの景色が一番なんだ」

 

 何のことかと近付いてみれば、そこには満天の星空が広がっていた。

 上だけじゃない。星は下にも広がっている。どういう事かとよく見れば、そこには海が広がっていた。

 耳をすませば、波の音が聞こえてきた。

 

「……なるほど、たしかにここは星の丘だな」

 

 まるで、星の海に包まれているような錯覚を覚える。

 溜息が出るほど美しい。

 

「エレイン」

「ん?」

「……来てくれて、ありがとう」

「なんだよ、急に」

 

 エドはモジモジし始めた。

 

「……来てもらえないかもって、思ったんだ」

「はぁ?」

 

 自分から誘っておいて、こいつは何を言ってるんだ?

 

「去年、君にずっと失礼な態度を取ってたから……」

 

 呆れた。まだ、引き摺ってたのかよ。

 

「さすがの私も嫌ってるヤツに胸を堪能させたりしないぞ」

 

 エドが吹き出した。

 

「あ、あれはその……」

「エド」

 

 人差し指をエドのおでこに当てる。

 

「ありがとな」

「……え?」

 

 キョトンとした表情を浮かべるエドに、私は言った。

 

「トロールから助けてくれたんだろ? 詳しい事は聞かねーけど、礼は言いたかったんだ」

「あっ、あれは……、その……」

「話したくない事は聞かねーって、言ったろ? それと、招待してくれて、ありがとう。私、友達の家に招待されるの、初めてだ」

「エレイン……」

 

 沈黙が続いた。ちょっと、恥ずかしいセリフを使い過ぎた。

 吹き寄せる冷たい風が顔に当たって気持ちいい。

 

「……ねえ、エレインは」

 

 エドが何かを言いかけたところで、扉をノックする音が聞こえた。

 

「エド。エレイン。夕飯が出来たよ。凄いご馳走だぞ」

「おっ、待ってました! さあ、行こうぜ、エド」

「……うん」

 

 ◇

 

 案内されたリビングには、驚くべき光景が広がっていた。

 なんと、料理が空を飛んでいる。キッチンから次々に飛んできて、テーブルの上に着陸していく。

 それに、ジュースの入ったガラス瓶が勝手にコップに中身を注いで回っている。

 

「エレインちゃん。エド。座っててちょうだいね」

 

 ウィルが引いてくれた椅子に座って、その摩訶不思議な光景に魅入っていると、最後の一皿と共にエドの母親がリビングへ入って来た。

 

「うふふ、腕によりをかけたのよ。どうぞ、召し上がってちょうだい」

 

 改めて見ても、エドの母親は二十代にしか見えない。どんなアンチエイジングを行っているのか、興味を惹かれた。

 

「あらやだ。そう言えば、自己紹介をちゃんとしてなかったわね。私はエドとウィルの母のイリーナよ。改めて、よろしくね」

「エレイン・ロットです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

 昔取った杵柄というヤツだ。私が少し気取った口調を使うと、エドが目を丸くした。

 

「こちらこそ、来てくれて嬉しいわ。ホグワーツから帰ってきたと思えば、エドったら、エレインちゃんの話ばっかりするのよ! これは、母親として会わないわけにはいかないって思ったの!」

「マ、ママ!?」

 

 真っ赤な顔で慌てだすエド。

 

「なんだよ、エド。私に惚れてたのか」

 

 エドは頭を抱えて小さくなってしまった。

 その頭に手を乗せて、私は言った。

 

「とりあえず、互いに言えない事がある内は、告白されてもノーと応えるぜ」

「うっ……」

 

 更に小さくなるエド。

 

「あらあら、本当にエレインちゃんの事が好きなのね、エド」

「そうか! 応援するよ、エド!」

「……か、勘弁してよ」

 

 プルプル震えて、小動物みたいなヤツだ。

 それにしても、私に好意をぶつけてきたヤツは四人目だけど、こんなに初心なヤツは初めてだ。

 悪くない気分だ。だけど、一応は忠告しておいてやろう。

 

「それと、私は浮浪児(ストリート・チルドレン)だぞ」

「……え?」

 

 キョトンとした表情を浮かべるエド。ウィルとイリーナも驚いている。

 特にイリーナは初対面だから、どんな反応が返ってくるか分からない。

 

「……エレインちゃん。それは、どういう事?」

 

 さすがに警戒されたみたいだ。

 けれど、エドが私に惚れた以上、この事を隠すことはフェアじゃない。

 

「一応、棲家はあるけどな。ロンドンの貧民街(スラム)が私の住居だ。カビの生えた壁に囲まれて、虫やネズミはお友達だよ。一緒に暮らしていた女は性病で死んだ」

「……エレイン。何を言って……」

「嘘だと思うか? 悪趣味な冗談だって? なんなら、私の部屋に招待してやろうか?」

 

 エドの顔がみるみる内に赤から青へ変わっていく。少し、可哀想な気もするが、仕方がない。

 

「なっ、なんでいきなり……」

「エドが惚れたから、だよね?」

 

 ウィルが言った。眉間に皺が寄っている。

 今年で十八になる彼には、エドにはない分別ってものがある。 

 

「……エド。これはエレインの優しさだよ」

「どういう意味……?」

 

 エドは困惑している。

 

「惚れるべきじゃないって事さ。自分で言うのもなんだけど、ロクなもんじゃないぞ」

 

 私は席を立った。折角、友達の家に招待されたって言うのに、これで終わりとは物悲しい気分になるな。

 

「いろいろ、歓迎の支度をしてもらったって言うのに、悪かったな」

 

 エドの肩にポンと叩いて、私は煙突を使わせてもらえるか交渉しようとイリーナに顔を向けた。

 イリーナは怒っていた。思った以上に、浮浪児である事を隠していた事が気に食わなかったようだ。

 まあ、これは当然の反応だな。最悪、ここから歩いて帰る事も検討しないといけないかもしれない。マクゴナガルに手紙を出せば、なんとかしてくれるかな?

 

「エレインちゃん」

 

 ビンタの一発でも覚悟しておくべきかもしれない。

 

「荷物を纏めて、うちに引っ越しなさい」

「……ん?」

「母さん!?」

 

 私とウィルは揃って目を丸くした。

 

「エド。エレインちゃんが好きなのよね?」

「そ、それはその……、うん」

 

 思わずウィルと顔を見合わせた。

 

「……母さん。いくらなんでも、父さんに相談しないと……」

「大丈夫よ。パパならきっと頷いてくれるわ! というわけで、あの部屋は今日から貴女のものよ」

 

 これは、アレだな。哀れみが行き過ぎて、理性的に判断出来てないな。

 

「あーっと、落ち着いてくれ。一度深呼吸をしてから考え直して――――」

「エレイン!」

「おっと、どうした?」

 

 いきなり立ち上がったエドに驚いてしまった。心臓がバクバク言っている。

 

「一緒に住もう!!」

「……いきなり大胆になったな」

 

 ウィルが困った表情を浮かべている。

 

「なあ、エド」

「な、なに!?」

「私のどこを好きになったんだ? お前が避けてたから、一緒に過ごした時間なんて微々たるものだろ。胸が決め手って言うなら、悪いことは言わねーから……」

「ち、違うよ! ぼ、僕は……」

 

 エドはポツリと言った。

 

「……思いつかない」

「は?」

「だっ、だって、気付いたら好きになってたんだ! ……だから、言えなかったんだ」

「何がだよ……」

「……僕は養子なんだ」

 

 イリーナの顔が少しだけ歪んだ。

 

「僕の本当の両親は死喰い人だったんだ」

「……なるほど」

 

 それは……、確かに言い難い事だよな。

 死喰い人と言えば、ヴォルデモート卿という悪の魔法使いに従っていた魔法使いたちの総称だ。

 初めて本で知った時はフィクションかと思った。

 

「……エレイン。僕が死喰い人の子供って聞いて、嫌いになった?」

「なるわけないだろ。お前はお前で、親は親だ」

「だったら、僕の言いたい事も分かるでしょ? レイブンクローなんだから」

「……おいおい、ちょっとスリザリンっぽいぞ。随分と狡猾じゃないか」

 

 論点が多少ズレているが、言いたい事は分かる。

 

「僕はエレインが好きだよ。スラムに住んでいても関係ない」

 

 あまりにも真っ直ぐ過ぎて、思わず赤面してしまった。

 

「……おい、ウィル」

「なんだい?」

「後の説得は任せる。私は言い負かされた。ギブアップだ」

 

 ウィルはやれやれと肩を竦めた。

 

「勘違いしないでもらいたいんだけど、()だって、エレインが嫌いなわけじゃないよ」

 

 ウィルは身内に向けた口調を使った。普段、私と話す時は距離を置いた口調を使っていた癖に……。

 

「俺はエドの幸せを一番に考えている。そのエドが、君を選ぶ事が一番の幸せだと言うなら、反対する理由は無い」

「……これは、私がエドに嫁入する事が確定している流れなのか?」

「そこはエドの頑張り次第だね。外堀は、後は父さんだけだよ」

「わーお」

 

 イリーナを見ると、いつの間にかニコニコ顔に戻っていた。

 

「エレインちゃん」

「は、はい」

「一応言っておきますけど、貴女が浮浪児である事を同情して……、無い事もないけど、それだけで迎えようとしているわけじゃないのよ?」

 

 私の懸念を読み取ったらしい。見た目に依らず、鋭いようだ。

 

「エドとウィルに聞いた貴女の話。自分から浮浪児である事を明かした事。これでも、貴女の先輩だから、論理的思考には自信があるのよ」

「先輩……?」

「母さんはレイブンクローだったんだよ」

「なるほど……」

 

 頭の中がお花畑なだけだと思っていた。

 

「一つだけアドバイス。貴女はレイブンクロー生らしい知性を持っているわ。だけど、もっと素直に物事を捉えてもいいのよ? 相手を思いやれる貴女は、相手からも思いやられる。エドが貴女に恋をした理由が分かるわ。そうやって、エドと接してくれていたんでしょ?」

 

 褒めちぎるのは止めて欲しい。慣れてないから照れてしまう。

 結局、相手が一枚も二枚も上手で、誘いを断る事が出来なかった。

 

「エ、エレイン……」

 

 熱っぽく私を見てくるエド。

 

「とりあえず、返事は保留な」

「……え?」

「流れで付き合っても長続きしないもんだ。近くに実例が何人かいたからな」

「えっと……」

 

 一転して不安そうな表情を浮かべるエドのおでこに人差し指を当てた。

 

「私を物にしたかったら、頑張って口説き落としてみな」

 

 私は自分が相手に一番魅力的に見られる角度と表情を作って言った。

 一撃ノックアウト。真っ赤な顔であわあわ言い出すエドを見て、思わず笑ってしまった。



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第五話『出発』

※エドとウィルの父親の名前をマイケルからダンに変更しました


第五話『出発』

 

「エレインちゃん。大分、呪文に慣れてきたみたいね」

「おう」

 

 ロジャー邸に来て、一週間が経った。

 私は一日の大半をエドではなく、イリーナと過ごしている。

 身をもって知った事だが、この家の支配者は彼女だ。父親のダンも妻に頭が上がらず、私の事をアッサリと認めた。

 

 ――――え? イリーナが認めたんだろ? だったら、僕も構わないよ。

 

 浮浪児が家に泊まるなんて、普通なら財産を盗まれる心配をするものだ。それ以外にも、厄介な病気を持っているヤツが多い。

 模範解答はウィルの反応であって、こういう呑気な反応を返されると、ちょっと心配になる。

 

「ここで調味料を入れるのよ」

「ふむふむ」

 

 イリーナは私に家事を教えてくれている。

 アナログ方式なら出来なくはないが、杖を使った家事はまさに革新的だった。

 おまけにアンチエイジングの呪文も教えてもらった。もっとも、これは特殊な魔法薬との併用して使うもので、その調合は恐ろしく難しいものだった。

 イリーナは学生時代から魔法薬に精通していたらしい。図書館に篭っては、新しい魔法薬の理論を組み立て、友人と共に魔法薬学の教師の休息時間を削らせる事が日課だったらしい。

 

「でも、元はと言えば先生が原因なのよ。だって、私がグリフィンドールのリリーと出会ったのは、先生が開いた《スラグ・クラブ》だったの。魔法薬に情熱を注ぐ二人を引き合わせた者としての責任を果たしてもらっただけなの」

 

 驚くべき事に、イリーナはハリーの母親と同級生だったらしい。

 当時の事を懐かしそうに話してくれた。今度、アイツにあったら教えてやろう。

 

「あっ、そろそろ良さそうね。次はこっちを入れて」

「おう」

 

 鍋から食欲を唆る香りが広がってきた。

 イリーナは料理の天才でもあり、彼女の作るオリジナリティに溢れたメニューの数々はホグワーツのご馳走にも引けを取らない。

 そのレシピを彼女は惜しむことなく私に伝授してくれた。

 

「娘が出来るっていいわねー。あっ、エドはピーマンが苦手だから、出来るだけ細かく刻んであげてね」

「お、おう」

 

 順調に退路が無くなっていく。エドの前にイリーナに口説き落とされそうだ。

 

「……にしても、美味そうだ」

 

 グツグツと煮えたぎるビーフシチュー。

 イリーナに指示されるまま作った物だけど、中々にうまくいった。

 

 ――――アメリア! 今日はいっぱい稼いだから奮発したよ!

 

 むかし、そう言ってエミーがレトルトのビーフシチューを買ってきた事がある。

 あの時はあまりの美味しさに二人で歓声を上げた。

 

「どうかしたの?」

 

 イリーナが心配そうに私を見つめた。

 

「……なんでもない」

 

 味見をすると、あの時のビーフシチューとは比べ物にならない程、美味しかった。

 

「エレインちゃん……」

 

 イリーナがハンカチで私の目元を拭った。

 どうやら、涙が勝手に出ていたようだ。

 

「……ははっ、玉ねぎが今頃沁みてきたみたいだ」

 

 イリーナは深く追求してこなかった。

 ありがたい……。

 

「……後はじっくり煮込むだけだから、鍋は私が見ておくわ。エレインちゃんはエドと遊んでらっしゃい。あんまり貴女を独占していると、あの子に妬かれちゃうかもしれないし」

「おう……、そうする」

 

 気分を入れ替えよう。

 どんなに食べてもらいたくても、エミーはもういない。

 

「エド!」

 

 私はエドに後ろからハグをした。

 真っ赤になるエドをからかって笑っていると、胸の疼きが少しだけ収まった。

 

「今日のビーフシチューは私が作ったんだぞ。楽しみにしとけよ」

「そうなの!? う、うん! 僕、楽しみにしてる!」

 

 エミー。私は今、ちょっと幸せだよ。

 

 ◆

 

 その日の夜は私の作ったビーフシチュー以外にもご馳走が山のように並んだ。

 明日からホグワーツの新学期。エド達の父親であるダンも仕事を早めに切り上げて帰ってきている。

 去年は彼の仕事の都合で夫婦揃って見送りが出来なかったらしく、今回はスケジュールの調整を徹底したと言っていた。

 

「エド。他の男に横取りされるなよ!」

「パ、パパ!?」

 

 最近、エドをイジることがブームになっているロジャー家。

 一々面白おかしく反応するエドが悪い。

 

「エレイン。エドをよろしく頼むよ」

 

 散々遊んだ後にダンは言った。

 養子であるエドに、ダンとイリーナは掛け値無しの愛情を注いでいる。

 ますます退路が無くなっていくな。

 

「おう」

 

 とりあえず、小さくなってしまったエドの頭を掌でポンポン叩いておいた。 

 

 翌日、私達はイリーナとダンに《付き添い姿くらまし》でキングス・クロス駅まで送ってもらった。

 リチャードがエドの籠で元気に暴れまわっている。

 

「おい、確り躾けておけって言っただろ!」

「し、躾けてるよ。ほら、リチャード。大人しくしてってば! 今度こそエレインに丸焼きにされちゃうよ!?」

「おい、どういう躾の仕方してんだ!?」

 

 まったくもって心外だ。こいつは本気で私を口説くつもりがあるのか?

 リチャードも素直に大人しくなりやがって……。

 

「ほら、二人共。あんまり目立つ事をしたらダメだよ?」

 

 ウィルに注意されてしまい、私達は大人しく9と3/4番線のホームへ向かった。

 早めに来たおかげで、ホームにはまだ人が疎らだった。

 イリーナとダンをホームに残して、私達はホグワーツ特急に乗り込んだ。

 空いたコンパートメントを探していると、途中で見知った顔を見つけた。

 

「あっ、ドラコだ! 僕、挨拶してくる!」

 

 顔を輝かせて飛び出していくエド。なんだろう、モヤッとする。アイツ、私に惚れてるんだよな? ドラコに惚れてるわけじゃないよな?

 

「おい待て、エド! 私も行くぞ!」

 

 慌てて追いかけると、ドラコはいつも一緒にいるクラッブとゴイルと話をしていた。

 

「こんにちは、ドラコ!」

「よっす!」

「ああ、君達か。仲睦まじいようでなによりだね」

 

 ニヤリと意地悪そうに笑うドラコ。エドがみるみる真っ赤になっていく。

 

「その様子だと、うまくやったみたいじゃないか。愛しのお姫様を手に入れた感想を聞かせてもらえないかい?」

 

 どうやら、ドラコもエド弄りブームに乗っかっている内の一人だったようだ。

 

「まだゲットされてないぞ。口説かれている途中だ」

 

 私が訂正すると、ドラコはやれやれと肩を竦めた。

 

「そうだ! 今度のレイブンクローの試合で僕がエレインを完膚なきまでに圧倒してあげよう。そこで弱りきった彼女を君が慰めるんだ。それで一発ノックアウトさ」

「悪いが、その作戦は失敗に終わるからやめとけ。勝つのは私だからな」

「おやおや、身の程は弁えた方がいいよ。万年二位と三位を行ったり来たりしてるレイブンクローが常勝無敗のスリザリンに勝つって? 実に笑えるジョークだ」

「はっはっは。デカイ口を叩き過ぎると、負けた時に惨めになるぜ?」

 

 睨み合う私とドラコ。しばらくして、ドラコが不遜な笑みを浮かべた。

 

「精々、腕を磨いておくことだね」

「そっちこそ」

 

 私はエドの腕を掴んでウィルの下に戻った。

 

「なんの話をしてたんだい?」

「宣戦布告」

 

 キョトンとした表情を浮かべるウィルとあわあわ言っているエドを連れて、空いたコンパートメントを見つけると、窓を開けた。

 

「エド、ウィル、エレイン。三人共、手紙は毎週書くように」

 

 ダンが言った。

 

「私も……?」

「当然だ。未来の娘なんだから!」

 

 外堀は完全に舗装されてしまったようだ。

 

「はいはい、了解」

 

 隣でエドがまたあわあわ言い出している。とりあえず、すぐパニックになる癖は直させよう。

 

「エレインちゃん」

 

 エドとウィルがダンと話している間に、イリーナはこっそりと一冊の本を私にくれた。

 

「昔、私がリリーと使っていた秘密の研究場所があるの。みんなには内緒よ」

 

 まるで悪巧みをしている子供のような仕草でイリーナは言った。

 

「サンキュー。こっそり使ってみるぜ」

 

 しばらくイリーナと他愛のない話をしていると、ホームに人が増え始めた。

 そろそろ、汽車が走り出す時間だ。

 

「いってらっしゃい、三人共」

 

 私はウィルとエドと口を揃えて言った。

 

「行ってきます」



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第六話『End of second』

第六話『End of second』

 

 ホグワーツの新学期は一通の吠えメールで始まった。

 組分け儀式の翌日、ヨボヨボなフクロウが真っ赤な手紙をロンに届け、女の怒鳴り声が大広間中に響き渡った。

 

「おいおい、何事だ?」

「知らないの? 昨日、ポッターとウィーズリーは汽車に乗らなかったの。代わりに、ウィーズリーの父親が作った空飛ぶ車に乗って来たのよ。マグル製品不正使用取締局の局長が直々に違法行為に手を染めたって事ね」

 

 噂好きのエリザベスは早々に情報を掻き集めていたようだ。

 

「空飛ぶ車かー。ちょっと見てみたかったな」

「何言ってるのよ、エレイン! あの二人はマグルにも姿を見られているの! 退学処分にならなかった事が不思議で仕方ないわ!」

 

 潔癖なハーマイオニーはぷりぷり怒っている。

 

「ほら、これ!」

 

 日刊預言者新聞だ。そこには、ハリーとロンが乗っていたらしい車が空を飛んでいる写真が掲載されていた。

 撮影者はマグルで、広められる前に慌てて回収したらしい。

 

「そんな慌てなくても、どうせ合成だとしか思われないと思うけどな」

 

 広まったとしても、数あるUFOの目撃情報と一緒で、民衆の娯楽を一時的に盛り上げて終わると思う。

 

「だけど、どうして二人は空飛ぶ車を使ったのかな? 他の兄弟は普通に汽車に乗っていたし……」

「大方、目立ちたかっただけじゃないか?」

 

 カーライルが訝しむと、アンソニーが軽蔑したように言った。

 

 朝食を終えると、私達は意識を授業に向けて切り替えた。

 午前は闇の魔術に対する防衛術の授業で、相変わらずクィレルはおどおどとした話し方だった。ターバンから漏れるニンニクの臭いが教室中に充満している。

 

「や、やあ、みなさん。今年も、ええ、よ、よろしく、おねがい、しますね」

 

 授業内容は去年の復習がメインで、相変わらず退屈だった。

 もう少しどうにかならないのかな……。

 

 昼食の時間になると、またもやハリーの話題で大広間は盛り上がっていた。

 

「みんな、並べよ! ハリー・ポッターがサイン入りの写真を配ってるぞ!」

「うるさいぞ、マルフォイ! 僕はそんな事していない!」

 

 どうやら、ドラコとハリーが喧嘩しているようだ。いつもの光景だな。

 

「おーい、エド!」

 

 ドラコの隣でおろおろしているエドに声を掛けると、エドはちゃんと逃げずに笑顔を浮かべた。

 

「エレイン!」

「スリザリンはなんの授業だったんだ? レイブンクローは闇の魔術に対する防衛術だったんだけど、相変わらずだったぜ」

「あはは……、こっちは魔法薬学だったよ。スネイプ先生、いきなりハイスピードなんだ。予習しておいて良かったよ」

「なるほど、魔法薬学は期待大だな」

 

 エドと話していると、ドラコ達が喧嘩を終えたようだ。

 ドラコがこっちに来る。

 

「よう、ドラコ。相変わらず絶好調だな!」

「絶不調だよ。あの腐れウィーズリーめ。それに、あの一年も実に生意気だ」

 

 イライラした様子のドラコをエドが慌てて追いかける。

 

「ま、またね!」

「おう」

 

 さて、私もハーマイオニー達の所に戻るか。

 

「貴女、よくあの空気に近づけたわね」

 

 ハーマイオニーが呆れたように言った。

 

「エドを助けてやったんだよ。あわあわ言ってたからな」

「ふーん。前より仲良くなったみたいね」

「それなりにな」

 

 昼食を食べ終えると、私達は午後の授業に向かった。

 

 ◆

 

 授業が終わって談話室で休んでいると、レイブンクローチームの新キャプテンであるマイケル・ターナーから呼び出しをくらった。

 どうやら、いきなり試合に向けた訓練を開始するらしい。空には既に薄闇が広がっている。

 

「今年からキーパーとシーカーが入れ替わった。まずは連携パターンの確認をする」

 

 新参者である私とチョウの役割は他のチームメンバーの動きをよく見る事だった。

 

「いいか、エレイン。シーカーの仕事はスニッチを取る事だ。だからと言って、何も考えずにスニッチだけを追っていればいいというわけでもない。試合の流れ次第では、スニッチを発見しても、すぐに掴んではいけない場面もあるんだ」

 

 シーカーがスニッチを掴めば、その時点で試合が終わってしまう。

 スニッチを獲得したチームには150点が加算されるけれど、その前に相手に150点以上の差をつけられてしまうと、スニッチを掴んでも試合に負けてしまう場合がある。

 さりとて、それ以上試合を続けても点差が開くばかりだと判断した時はスニッチを掴んで試合を止める事も選択肢の一つだ。

 クィディッチは最終的に総合点で競う事になる。その試合では無理でも、次の試合で点数を挽回する事も可能なわけだ。

 

「試合の流れを掴む事が重要なんだ。その為には、チェイサーの動きを常に把握して置かなければならない。優勢か、劣勢か、その判断を付けられるだけでも大分違うんだ」

 

 スニッチを捕捉する事、チェイサーの動きを見る事、点差を意識する事。

 思っていた以上にシーカーは頭を使うポジションだった。

 チョウの方もいろいろと苦戦している事が見て取れる。

 キーパーも、ただゴールを守ればいいというものではない。

 ゴールを防いだ時、クァッフルをどこに弾くか、あるいはキャッチしてしまうか、そういうテクニックや状況判断が求められている。

 そうして、訓練を続けていると、空がすっかり暗くなってしまった。訓練の締めとして、スニッチが解放され、私がスニッチを確保したら訓練を終了するとマイケルが宣言した。

 みんな、ヘトヘトにくたびれている。はやく終わらせてくれ、という意志を全員から向けられ、私は柄にもなくプレッシャーを感じてしまった。

 

「――――ックソ、見つからないな」

 

 夜の闇に紛れているせいで、スニッチの発見は困難を極めた。

 兎にも角にも、まずは見つけないと……。

 

「どこだ……」

 

 意識を集中する。競技場全体を俯瞰しながら、同時に耳も澄ませる。

 風の音。マイケルの指示を出す声。みんなの悲鳴。そして……、風を切る音。

 

「そこだ!!」

 

 見つけた。微かに煌めく黄金を視界に捉え、同時に箒を走らせた。

 スニッチは高速で移動しながら、時折不規則な軌跡を描く。油断すると、すぐに視界から外れてしまう。

 全神経を研ぎすませた。

 

「もっと、はやく!!」

 

 箒に活を入れる。

 箒はヒッポグリフのように分かりやすいリアクションをしてくれるわけじゃない。だけど、確かな意志を持っている。乗り手の意志に応えようとする気概がある。

 

「もっともっと、はやく!!」

 

 限界まで加速して、スニッチを射程内に捉えた。

 

「オラッ!!」

 

 殴るように腕を伸ばし、スニッチを掴み取る。

 掌に収まったスニッチは抵抗を止め、大人しくなった。

 

「よっし、訓練終了!!」

 

 私がスニッチを掲げると、全員が歓声を上げながら地上に向かった。

 はやく、汗でぐっしょり濡れた服を着替えたい。そして、寝たい!

 

「あっ、二人共、そっちじゃない! こっちこっち!」

 

 寮に戻ろうとする私とチョウを四年生でチェイサーのアリシアこと、アリスが引き止めた。

 

「おいおい、ヘトヘトだぜ? はやく帰らせてくれよ」

「文句言わないでついて来たまえ! 後悔はさせないからさ!」

 

 私はチョウと顔を見合わせながらアリス達について行った。

 辿り着いたそこは人気(ひとけ)のない廊下だった。

 

「我等はレイブンクローの意志を受け継ぐ者だ」

 

 マイケルが近くに置かれている甲冑に声を掛けた。

 頭がイカれたわけじゃない。その証拠に、声を掛けられた甲冑はおもむろに立ち上がると、背中を向けていた壁に手を当てた。すると、そこに扉が現れた。

 中に入ると、そこは大きなレイブンクローの紋章が飾られた個室だった。奥には更に二つの扉がある。

 

「右が男。左が女だ」

 

 そう説明すると、マイケルは五年生でビーターのスヴォトボルクを伴って、右の扉の奥へ消えた。

 

「ささっ、私達も行くッスよ!」

 

 マイケルのガールフレンドで、同じくチェイサーのシャロンが左の扉を開いた。

 そこはどう見ても脱衣所だった。

 

「驚いた? ここはアタシ達、レイブンクローチームのメンバーだけが代々継いでいる秘密の浴室なんだ!」

 

 アリスが得意げな表情を浮かべて言った。

 

「スゲーな! 寮の浴室より狭いけど、ずっと豪華じゃん!」

「うわー、私、レイブンクローのチームにはいれて良かった!」

 

 服を脱いで浴場に向かうと、巨大な鷲のブロンズ像があり、蛇口を捻ると色とりどりの泡が吹き出してきた。

 

「これ面白いな! なあ、いろいろ混ぜてもいいか!?」

「もちろんッス! おすすめは三つめの蛇口ッスよ! 花の香りが広がるんス!」

 

 シャロンの言葉通り、三つめの蛇口からは花の香りがする泡が出て来た。

 チョウもウキウキしながら蛇口を捻る。気付けば浴槽が実に混沌とした状態になっていた。

 

「この泡は美容にも良いらしいんだ! ほら見てくれよ、このすべすべお肌」

 

 訓練はキツかったけど、後にこうしたご褒美があると悪くない気分になる。

 いつも気難しい表情を浮かべている五年生でビーターのチサトも、今は眉間の皺を解いてリラックスした表情を浮かべている。

 

「あー……、最高だぜ」

 

 私の美貌がまた一段と磨かれてしまった。

 明日、エドに会ったら、また惚れ直されてしまうかもしれないな。

 

「エレイン。ニヤニヤしてどうしたの……?」

 

 チョウに引かれてしまった。ちょっと油断のし過ぎだったな。

 

「……なんでもない」

 

 泡に顔を埋めて、ブクブクと泡を立てた。

 うーん、気持ちいい。

 

 ◇

 

 男は怯えていた――――。

 

『ルシウス!! あの愚か者め!!』

 

 そこには男が一人しかいない筈なのに、彼ではない者の怒りに満ちた声が響き渡っている。

 

「ご、御主人様。どうか……、どうか、怒りを鎮めてくださいませ……」

『黙れ!! ルシウスは俺様の信頼を裏切ったのだ!! 預けておいたアレを、よもやダンブルドアの目が届く場所に放り出すとは、何たる事だ!!』

「わ、わたくしめはどうすれば……」

『取り戻すのだ!! ダンブルドアに気づかれる前に、何としても!!』

「か、かしこまりました」

 

 その日の夜、男はグリフィンドールの談話室へ向かった。

 そして、一人の少女から一冊の本を盗み出した。それは古ぼけた日記だった。

 

『隠すのだ。よいか、誰にも見つからない場所へだ!!』

「は、はい」

 

 男は盗み出した日記を姿なき声に従い、誰にも見つからない場所へ隠した。

 資格無き者には決して開かれる事のない、秘密の部屋へ……。



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第七話『ヒッポグリフ』

第七話『ヒッポグリフ』

 

 週末になった。今日も朝から訓練かと思いきや、休みを言い渡された。前々からグリフィンドールが競技場を予約していたらしい。

 今、私はハーマイオニーと、朝食の席で声を掛けたエドと共にハグリッドの小屋を目指している。

 

「……また、ノーバートに食べられる恐怖と戦う日々が始まるのね」

 

 ハーマイオニーは、今日何度目になるか分からない溜息を零した。

 エドもガタガタと震えている。ハーマイオニーが無駄に脅かすせいだ。

 

「おっ、見えてきたぜ!」

 

 ハグリッドの小屋が目に入ると、二人は揃って青い顔になった。

 まるで、首吊り台に向かう十三階段を登っている途中の死刑囚みたいだ。

 

「いたいた! おーい、ハグリッド!」

 

 庭先で作業をしているハグリッドに声を掛けると、向こうも私達に気付いて手を振ってくれた。

 

「って、なんだこれ!? デケーな!!」

 

 近づくと、ハグリッドの周りにやたらと大きなカボチャが並んでいる事に気がついた。

 

「すごい! ハグリッド、これどうしたの!?」

 

 ハーマイオニーも目を丸くしている。

 

「へへへ、よぉく育っとるだろう。ハロウィンの祭り用なんだ」

「あっ、分かった! これって、《肥らせ魔法》を使ったんでしょ! ハグリッド、とっても上手よ!」

 

 ハーマイオニーが褒め称えると、ハグリッドは照れたように頬を赤らめた。

 

「そうだわ! ねえ、このカボチャのお世話を私にもやらせてくれないかしら? 肥らせ魔法にも興味があるの!」

 

 妙に必死な様子でハーマイオニーが言った。

 大方、ノーバートの世話をしたくないからだろう。

 ドラゴンを相手に命を掛けるより、襲い掛かってくる心配が一切ないカボチャの世話をする方がマシというわけだ。

 

「そ、そうか? そんなに興味があるんなら、構わんぞ!」

「ほんとう!? やったー!」

 

 大袈裟に喜んで見せるハーマイオニーに気を良くしたハグリッドは漸くエドの存在に気がついた。

 

「ん? お前さんは誰だ?」

 

 ハグリッドの巨体にあわあわ言っているエドに代わって、私が紹介する。

 

「エドワード・ロジャーだ。アルブスアーラを見せてやりたくて連れて来た。いいだろ?」

「エ、エドワードです」

「エレインの友達なら問題ねぇ! ただ、ヒッポグリフは気難しいからな。気をつけるんだぞ」

「おう!」

 

 ハグリッドがハーマイオニーにカボチャの世話のいろはを教えている間に、私はエドを連れてアルブスアーラ達のいる場所へ向かった。

 

「おーい! アルブスアーラ!」

 

 私が声を掛けると、白い羽毛のアルブスアーラが文字通り飛んで来た。

 

「うわっ!? 危ないよ、エレイン!」

 

 悲鳴を上げるエドの口を人差し指で塞いで、降りてきたアルブスアーラを見つめる。

 頭を下げると、間髪入れずにアルブスアーラも頭を下げた。

 

「アルブスアーラ!」

 

 我慢出来ず、私はアルブスアーラに近づき、頭を抱き締めた。

 

「久しぶりだな! 元気だったか!?」

 

 アルブスアーラはキュイと元気に応えてくれた。

 

「エレイン。懐かれてるんだね」

「可愛いだろ! この辺を撫でられるのが好きなんだぜ」

 

 首の部分を撫でてやると、アルブスアーラは気持ちよさそうに目を細めた。

 

「エドも撫でてみるか?」

「えっ、いいの?」

 

 エドがアルブスアーラを見つめると、アルブスアーラは少し警戒した様子を見せた。

 

「いいか、エド。まずはジッと相手の目を見つめるんだ。瞬きもするなよ! それから、ゆっくりと頭を下げるんだ」

「う、うん。さっき、エレインがしていたみたいに、だよね?」

 

 エドがジッとアルブスアーラを見つめる。

 

「よーし、お辞儀するんだ」

「う、うん」

 

 ゆっくりと頭を下げるエド。

 ところが、アルブスアーラはエドを一睨みすると、顔を背けてしまった。

 

「ありゃ? おい、どうしたんだよ」

 

 私が声を掛けると、アルブスアーラは頭を私に擦りつけてきた。

 

「……ヤキモチかよ、可愛いな!!」

 

 頭をこれでもかってくらい撫でてやると、アルブスアーラは気持ちよさそうに目を細めた。

 

「悪いな、エド! アルブスアーラは私の事が大好き過ぎるみたいだ!」

「……みたいだね。アルブスアーラは雄なの?」

「いや、雌って聞いたぞ」

 

 アルブスアーラは『なにか文句でもあるのか!?』と言いたげな表情を浮かべ、エドに向かって嘴を鳴らした。

 

「……僕、少し離れた場所で見てるね」

「それじゃあ、つまらんだろう」

 

 エドが振り向くと、いつの間にかハグリッドが来ていた。

 ハーマイオニーともう一人、赤毛の女が一緒にいる。

 

「おう、紹介しとくぞ。ジニーだ。ロンの妹だよ」

「ロンの? あっ、そう言えば、本屋で会ったな! 覚えてるか?」

「ええ、覚えてるわ。エレインと、エドガーよね?」

「残念、惜しいな。エドワードだ」

 

 エドが渋い表情を浮かべている。

 

「あら、ごめんなさい。ロンがそう呼んでいたものだから」

「……別に気にしてないよ」

 

 ムッツリした表情のままだと説得力がない。

 

「エド。私はお前に楽しんでもらうつもりで連れてきたんだぞ?」

「……ごめん」

「謝らなくていい。それより、眉間に寄せた皺を取れ」

 

 眉間を突くと、エドは頬を赤らめながらコクコクと頷いた。

 素直で可愛いヤツだ。

 

「そうそう。その表情の方が、私は好きだぜ」

「す、好き!? う、ぅぅ……」

 

 やり過ぎた。エドがのぼせたみたいにウーウー言い始めてしまった。

 

「……あーっと、ジニーはどうしてここに? お前もヒッポグリフの世話がしたいのか?」

「いや、コイツのお目当てはハリーだ。なあ?」

「ちょ、ちょっと、ハグリッド!?」

 

 私とエドのやりとりを興味深気に見ていたジニーは、ハグリッドの情報リークに顔を赤くした。

 

「なるほど、ハリーのファンか! アイツも隅に置けないな」

「ち、違うから! ハグリッドも、勝手な事を言わないでよ!」

「へいへい。そういう事にしとけばええんだろ」

「ハ・グ・リ・ッド?」

「……さーて、エドワード。お前さんも折角だからヒッポグリフと仲良くなってみろ。なにも、ヒッポグリフはアルブスアーラだけじゃないからな」

 

 ハグリッドはジニーの視線から逃げるように柵の方で休んでいるヒッポグリフの下へ向かった。

 

「こいつはレゴラスってんだ。ほれ、やってみい」

「えっと……」

「やってみろよ、エド」

「う、うん」

 

 背中を押してやると、エドは思い切った表情を浮かべてレゴラスの下へ向かった。

 レゴラスはゆったりと起き上がり、 エドを見つめている。エドも負けじとレゴラスを見つめ、ゆっくりと頭を下げた。

 すると、レゴラスは一鳴きした後に頭を下げた。

 

「いいぞ! ほれ、エドワード。レゴラスを撫でてやれ」

「う、うん!」

 

 恐々と手を伸ばし、レゴラスの羽毛に触れた途端、エドは嬉しそうに表情を輝かせた。

 

「うわー、ふかふかだ!」

 

 嬉しそうに歓声を上げるエド。

 ジニーもそわそわし始めた。

 

「ね、ねえ、ハグリッド」

「おっ、お前さんもその気になったんか?」

「……私、あの子がいいわ。羽がとっても綺麗だもの」

 

 ジニーが指差した先には鮮やかな藍色の羽毛を持つヒッポグリフがいた。

 

「ラムーンだな。あいつは気性が少し荒いぞ」

「でも、あの子がいいわ。一目で気に入っちゃったの!」

「そうか! なら、やってみるがええ。ただし、危ないようなら直ぐにさがるんだぞ」

「ええ、分かったわ」

 

 ジニーは勇敢な笑みを浮かべ、ラムーンの前に歩み出た。

 ジロリと彼女を睨むラムーン。ジニーはジッとラムーンを見つめた。

 ジニーがゆっくりと頭を下げると、ラムーンは脅すように嘴を鳴らした。

 

「いかんな……。おい、ジニー。ゆっくりさがるんだ」

 

 ハグリッドの言葉をジニーは受け付けなかった。

 

「お、おい!」

「……ラムーン」

 

 頭を上げて、ジニーはラムーンを見つめた。

 すると、ゆっくりとラムーンが頭を下げた。

 

「……おお、認めさせおった!」

 

 ジニーはハグリッドの許可も得ずにラムーンへ近づき、その羽毛を撫でた。

 

「美しいわ、ラムーン」

 

 ラムーンは嬉しそうに鳴いた。

 

「ジニーってば、ロンと比べて随分とアグレッシブね」

「だな」

 

 しばらくヒッポグリフと戯れていると、遠くからハグリッドを呼ぶ声が聞こえた。

 

「ハリーだわ!」

 

 ジニーが真っ先に気付き、何故かラムーンの影に隠れてしまった。

 

「……恋愛事に関しては奥手みたいだな」

「みたいね」

 

 ハーマイオニーと一緒にニヤニヤしていると、ジニーに睨まれてしまった。

 明後日の方を向いて誤魔化していると、ハリーが俯いた状態のロンを抱えてやって来た。

 

「ロン、どうしたの!?」

 

 ハーマイオニーが駆け寄ると、ロンはうめき声と共に口から巨大なナメクジを吐き出した。

 

「……おいおい、なんてもの口に入れてんだよ」

「違うんだ、エレイン。その……、ドラコに呪いを掛けようとしたら呪文が逆噴射しちゃったんだ」

「ドラコを呪おうとしたって!? どういう事だよ!!」

 

 聞き捨てならないとばかりにエドが怒鳴り声を上げた。

 

「事情があるんだ! とにかく、ハグリッド! ロンをなんとかしてあげてよ!」

「お、おう。とりあえず、見せてみろ」

 

 エドの様子に戸惑いながら、ハグリッドはロンの容態を診始めた。

 

「いい気味だ。ドラコに呪いなんて……」

「エド。それ、妹の前で言う事か?」

 

 エドは黙りこくった。

 

「おい、ハリー。とりあえず、事情を説明しろよ」

「そうね。いくらなんでも、呪いをかけるなんて……。何があったの?」

 

 ハリーは私とハーマイオニーを見つめた後、観念したように話し始めた。

 

「グリフィンドールチームの練習中にスリザリンチームが割り込んできたんだ」

「たしか、予約してたのはグリフィンドールだよな?」

 

 そう、マイケルからは聞いている。

 

「うん。だけど、スネイプが許可を出したとか言って……。それで、口論になってね。段々、ヒートアップしちゃってさ」

「それで杖を抜いたというの? でも、どうしてロンが?」

「練習を見に来ていたんだ。マルフォイが一年の時の僕の墜落事故を揶揄したら、ロンが怒って……、それで……」

 

 ハリーは複雑そうな表情を浮かべた。

 

「ロンは僕の為に怒ってくれたんだ」

「……それでも、挑発に乗って杖を抜くべきでは無かったわ。呪いが逆噴射して、むしろ助かったと思う」

「ちょっと、それどういう意味?」

 

 ハーマイオニーの言葉にジニーが怒りを滲ませた。

 

「もし、マルフォイに呪いを掛けてしまったら、それこそ大変な事になっていた筈よ。下手をしたら、罰則では済まなかったかも……。なにしろ、ハリーとロンは初日からやらかしているもの」

「うっ……」

 

 ハリーは痛いところを突かれたようだ。

 

「けど、なんで逆噴射なんてしたんだ? そんな難しい呪文を使おうとしたのか?」

「違うんだ。ロンの杖は真っ二つに折れちゃったんだよ。セロテープで止めてるだけだから、上手く呪文が使えないんだ」

「真っ二つの杖なんて使っていたの!? ちょっと、それはダメよ! 杖はとても繊細なの! 新しい杖を用意するべきだわ! じゃなきゃ、今にもっと恐ろしい事故が起きるわよ!?」

「……む、無茶言わないでよ。オエー」

 

 ロンがバケツにナメクジを吐きながら言った。

 

「空飛ぶ車の事で、もう散々オエー。この上、杖なん……オエッ、折れたって言っても、オエエェェ、買ってくれるわけないよ」

「……とりあえず、お前さんは大人しく吐いとれ」

 

 ハグリッドがロンの背中を優しく撫でている。

 

「……私から頼んでみる」

「ジニー……、ウォエエエェェェェ」

「ロン。とりあえず、大人しく吐いてて」

 

 ジニーは呆れたような溜息を零した。

 

「……ジニー」

 

 ハリーはジニーを見つめた。ジニーが頬を赤らめた。

 なんて分かりやすいんだ。

 

「どうか、頼むよ。元はと言えば、僕にも責任があるんだ」

「は、ハリーは何も悪くなんて……。ま、任せておいて」

「ああ、頼むよ。ありがとう」

 

 ジニーは耐えきれないとばかりにラムーンの影へ逃げ込んだ。

 ラムーンはそんなジニーの姿がおかしいのか、楽しそうに鳴いている。

 

「ハ、ハリー。き、君は親友だけゴエェェェェ、い、妹はやらなオエェェェェ」

「分かった。分かったから、とりあえず大人しく吐いててよ、ロン」

 

 いったい、どんな呪いだったんだろう。

 ナメクジがバケツに入り切らなくなっている。

 ヌメヌメしていて実に気持ちが悪い。

 

「ロンがこの調子じゃ、今日はノーバートの所へ行けんな……」

 

 ションボリした様子でハグリッドが言うと、途端にハリーとハーマイオニーの表情が一変した。

 

「そうだね! ロンをこのまま放っておく事なんて、僕には出来ないよ!」

「そうよそうよ! ロンは大切な友達だもの! ね!」

 

 ハリーとハーマイオニーの心の声が聞こえてくる。

 この機を逃してなるものか、という声が……。

 

「……お、お前さん達」

 

 素直に感動している純朴なハグリッド。

 こいつ、いつか詐欺に引っ掛かりそうだな。



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第八話『賭け』

第八話『賭け』

 

 結局、ロンは昼になるまでナメクジを吐き続けた。そこら中でナメクジがウネウネしていて、ヒッポグリフ達も嫌そうにしている。

 

「そう言えば、ハグリッド。ホグズミード駅からホグワーツに移動してくる時、馬車を引いてた生き物は何なんだ? ハーマイオニー達には見えていないみたいだったんだ」

 

 アルブスアーラの世話をしながら、私はふと気になっていた事を尋ねてみた。

 幻覚じゃないかと言われたけど、奴等は確かに存在していた。

 

「お前さん、セストラルが見えるのか……」

「セストラル……、あれがそうなのか」

 

 前に本で読んだ事がある。たしか、天馬の一種で、知能がかなり高いらしい。

 セストラルの一番の特徴は、死を直視した者にしか見えない点だ。

 

「お前さん、誰かの死を見た事があるんだな」

「ああ、一緒に暮らしてた女を看取った事がある」

 

 ハグリッドは慰めるように頭をグリグリ撫でてきた。

 大分痛かったけど、悪い気分じゃなかった。

 

「……そろそろ昼飯の時間だな」

 

 ハグリッドはそう言うと、それぞれお気に入りのヒッポグリフの世話をしているエド達を呼び集めた。

 

 城の玄関ホールに戻ってくると、そこには何故かマクゴナガルの姿があった。

 

「……グリフィンドール、レイブンクロー、そして、スリザリン。寮の垣根を超えた友情は大変素晴らしいものです」

 

 いきなり語り出した。どうしたのかと困惑していると、マクゴナガルはハリーとロンを睨みつけた。

 

「ですから、この場でこのような報告をする事は大変遺憾です」

「どうしたんだ?」

 

 私が聞くと、マクゴナガルは鼻の穴を膨らませて言った。

 

「ポッターとウィーズリー。二人の処罰は今夜になります」

 

 おそらく、初日に空飛ぶ車でやって来た事に対するものだろう。

 ハーマイオニーとジニーはやれやれといった表情を浮かべている。

 エドはロンを睨んで鼻を鳴らした。

 

「まあ、頑張れよ」

 

 項垂れた様子でマクゴナガルから処罰の説明を受けるハリーとロンに声を掛け、私達は先に大広間へ向かった。

 二人を待ってやる程、私達の胃袋に余裕はない。

 

 午後はクィディッチの訓練の忙しさで手付かずになっていた宿題にあてた。

 チョウもドッサリと宿題の山を談話室のテーブルに並べている。

 顔を見合わせて、私達は苦笑いをした。

 

「……これだけ貯めるとやり応えは十分だな」

「そ、そうね……」

 

 レネやハーマイオニーが手伝いを買って出てくれたけど、これは私のツケだ。

 持ってきてくれたジュースにお礼だけ言って、お引き取り願った。

 黙々とこなしていると、授業の内容が脳裏に蘇って来て、ちょっと楽しい。

 窓の外が茜色に染まり始めた頃、ようやく殆どの宿題を片付ける事が出来た。

 残るは魔法薬学のレポートだけだ。

 

「疲れた……」

 

 チョウがバタンキューとテーブルに倒れ伏している

 

「お疲れさん」

「エレインも……って、まだ残ってるの?」

「魔法薬学のレポートだけだよ」

「スネイプ先生の宿題って、特に量が多いのよね……」

 

 チョウはウンザリした様子で言った。

 

「魔法薬学と言えば……、そうだ」

「どうしたの?」

「ちょっと出掛けてくるよ!」

 

 カバンに宿題の山を詰め込んで寝室に突っ込むと、私は寮を飛び出した。

 懐から一冊の本を取り出す。エドの母、イリーナから貰ったものだ。

 昔、イリーナとハリーの母親であるリリーが使っていた秘密の研究室に入る方法が書いてある。

 どうせならハリーも誘ってやろうかと思ったけど、アイツは今夜罰則で忙しい。まったく、間の悪いやつだ。

 とりあえず、一人で行く事にした。

 

「えっと、こっちか」

 

 本……というか、手記によれば、研究室は八階にあるらしい。

 廊下を歩いていると、目印となる《バカのバーナバス》の絵を見つけた。

 

「これか……」

 

 さて、ここからどうすればいいのかと手記に目を落としていると、不意に視線を感じた。

 

「おお、こんな場所で巡り合うとはなんたる運命の悪戯!」

「レイブンクローの姫君が、こんな場所でいかがなされたのですか!?」

 

 妙に芝居掛かった口調と共に現れたのはフレッドとジョージだった。

 

「ゲッ……」

 

 こいつらと関わるとロクなことにならない事はクリスマスの時に嫌というほど思い知った。

 手記を閉じて、寮に戻ろうと踵を返すと、腕を掴まれた。

 

「……おい」

 

 振り向くと、フレッドが満面の笑顔を浮かべていた。

 

「離せよ、フレッド!」

「おー、さすが!」

 

 なにが、さすが! なのか全然分からない。

 

「エレイン。何か探しものかい?」

 

 フレッドを振り払うと、ジョージが普通に話しかけてきた。

 テンションの振り幅が大きすぎて疲れるな。

 

「なんでもねーよ。お前らこそ、なんでこんな所にいるんだ?」

「たまたまだよ。なんとなく歩いていたら、エレインがいたのさ」

「なんとなく……? まあ、いいけどさ。それより、もうロンは大丈夫なのか?」

「ロン?」

「我等の愚弟がいかがしたのかな?」

 

 未だに妙な口調を続けるフレッドを無視して、とりあえず会話が成立しそうなジョージに顔を向けた。

 

「呪いだよ。ナメクジをゲーゲー吐いてたぞ」

「ああ、朝の事か! それなら、さっき会った時はもう大丈夫そうだったよ」

「罰則の事でゲーゲー不満をぶち撒けてたけどな」

 

 そっちは自業自得だから、どうでもいい。

 

「そんな事より、聞いたよ! エレインもレイブンクローのシーカーに選ばれたんだって!?」

 

 弟をそんな事扱いして、フレッドが言った。

 

「まーな。お前達とは敵同士ってわけだ。覚悟しとけよ? ボコボコにしてやるぜ」

「悪いけど、相手が君でも俺達は手を抜いたりしないよ?」

「当たり前だろ! 全力で掛かってこい! 真っ向からぶっ千切ってやるぜ!」

 

 フレッドとジョージは揃って好戦的な笑みを浮かべた。

 

「ねえ、エレイン」

「なんだ?」

「ちょっとした賭けをしてみない?」

「賭け?」

「そう! 試合で君が勝ったら、俺達の宝物をあげるよ。代わりに、俺達が勝ったら、君の捜し物の事を教えてくれないかな?」

「……どんだけ知りたいんだよ。まあ、いいぜ? その賭け、乗ってやるよ。そんで、お前達の宝物を貰ってやるよ」

「約束だよ、エレイン。言っておくけど、俺達は強いからね?」

「コテンパンにしてやるよ」

 

 とは言ったものの、グリフィンドールとレイブンクローの試合は学年末に行われる。

 その頃には賭けの事なんて忘れてそうだな。

 

「じゃあな。私は寮に戻るよ」

「またね、エレイン!」

「また会える日を心待ちにしております、姫君!」

 

 フレッドは疲れるから無視しておこう。

 結局、イリーナの秘密の研究室探しは諦める事にした。また、時間がある時に探してみよう。

 

 翌日、何故か朝食の席にフレッドとジョージがいた。

 

「……何してんだ?」

 

 レネやハーマイオニーもキョトンとした顔をしている。

 

「それはもちろん、エレインが賭けの事を忘れないように言いに来たのだよ!」

「これから毎日確認するからね!」

「……は?」

 

 宣言通り、フレッドとジョージは一日に最低一回。多い時は二回も三回も私の前に現れて、賭けの話を持ち出してきた。

 こいつら、暇なのか……?

 

 そうこうしている内にハロウィンが終わり、いよいよクィディッチシーズンが到来した。

 初戦の相手はハッフルパフ。私のデビュー戦の相手としては少々物足りない気もするが、必ず勝利してみせるぜ!



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第九話『デビュー戦』

第九話『デビュー戦』

 

 イエローのユニフォームに身を包み、箒を握り締めた。

 

「エレイン、がんばってね!」

「貴女なら勝てるわ!」

「ファイトだよ!」

「頑張って!」

「エレインなら、きっとやれるよ!」

「頑張れ!」

 

 レネ、ハーマイオニー、ジェーン、カーライル、エリザベス、アランからそれぞれ激励の言葉を貰って、私は他のチームメンバーと一緒に競技場へ向かった。

 

「エレイン、大丈夫?」

 

 チョウが声を掛けてきた。

 

「私達はこれが初試合。だけど……、だからって、負けていいわけじゃない」

 

 青白い表情で、チョウは自分の掌を見つめた。震えている。

 

「……勝とうぜ、チョウ」

 

 私はチョウの震えている手を掴んだ。

 

「勝てるさ……いや、勝つ!!」

「エレイン……、うん。そうよね、私達は勝つ! それだけよね!」

 

 チョウの手が温度を取り戻した。その瞳には闘志が燃え上がっている。

 

「良い事言うッスね、エレイン。そう、私達は勝つ! その為に、訓練を積んできたんだ!」

 

 シャロンの言葉にマイケルが頷いた。

 

「そうだ、勝つ! 今年こそ、優勝杯を手に入れるんだ! 全員、作戦は頭に叩き込んであるな!?」

 

 全員が頷くと、マイケルは唸り声を上げた。

 

「勝つぞ!!」

「おう!」

「はい!」

「はいッス!」

「おー!」

承知(パニャートナ)

「了解」

 

 拳を振り上げながら、私達はゲートを潜り抜けた。

 そして、圧倒された――――。

 

「ぅあ……」

 

 呑まれたように、チョウが悲鳴を上げる。

 無理もない。まるで、見えない力に上から抑えつけられているような気分だ。

 鼓膜が破れそうな程の声援、無数の視線、そして、対戦相手の敵意。

 手足が痺れる。こんな感覚、初めてだ。

 これが――――、試合!

 

「チョウ!」

 

 マイケルがチョウの背中を叩いた。

 

「エレイン!」

 

 シャロンが私の背中を叩いた。

 

「大丈夫だ! 臆する必要なんて無い! お前達は、一人じゃないんだ!」

「私達もいるッス! だから、安心するッス!」

 

 不思議な感覚だった。叩かれて、痛いはずの背中からじんわりと温度が広がっていく。

 痺れていた筈の手の感覚が、いつの間にか戻っていた。

 

「エレイン!」

「チョウ!」

 

 私とチョウは見つめ合った。

 拳を打ち付け合う。

 

「いけます、キャプテン!」

「もう、大丈夫だ!」

 

 さっきまでとは全然違う。意識が高揚する。

 敵としか思えなかった大観衆が、逆に力を与えてくる。

 ビリビリと痺れるような感触が、むしろ気持ちいい。

 

「よし、行くぞ!!」

 

 マイケルの掛け声と共に、フィールドの中央へ向かう。

 ハッフルパフの選手達と対面し、その間にマダム・フーチが立つ。

 

「両チーム、空へ!」

 

 試合スタートの合図と共に、私はフィールド全体を見渡せる高度まで上昇した。

 スニッチを探すにしても、試合の経過を把握するにも、この高度が最適だ。

 案の定、ハッフルパフのシーカーも上がってきた。

 

「やあ、君が噂のエレインだね」

「噂……? おいおい、試合中だぜ?」

 

 敵とくっちゃべってる暇はない。

 

「肩に力が入り過ぎだ。それだと、視野が狭まって、スニッチを見つけられないよ?」

「ウルセェ! なんなんだよ、テメェは!」

 

 睨みつけると、ハッフルパフのシーカーはにこやかな表情を浮かべた。

 

「僕はセドリック。セドリック・ティゴリーだ」

「名前なんて聞いてね―よ!」

 

 ウィルに負けないくらいのイケメンだけど、今は打ち負かすべき敵だ。

 私はファックサインを叩きつけて、セドリックから視線を外した。

 

「落ち着きなって」

 

 いきなり耳元で囁かれた。振り返ると、セドリックが接近していた。

 

「テメェ、近づくんじゃねー!」

「そう邪険にしないで欲しいな。僕達は競い合うライバル同士であると同時に、同じシーカーなんだ。仲良くしようよ」

「試合が終わってからにしろ! それとも、これがテメェ等の作戦か? 随分と小狡い手を使ってくるじゃねーか!」

「そんなつもりはないよ。君があまりにも気負いすぎているから、見るに見かねたのさ。シーカーは待つ事も仕事の一つだ。だから、気力の配分を間違えてはいけない」

「……変なヤツだな」

 

 どうやら、本気でアドバイスをしているだけらしい。

 たしかに、少し気負い過ぎていたかもしれない。メアリーにも言われた。

 

 ――――いい? シーカーはスニッチが現れるまで、ジッと待ち続けなければいけないの。そして、いざスニッチが現れた瞬間に動けなければいけない。

 

 常に気を張り続けていると、イザという時に動き出せなくなる。

 

「少しは落ち着いたみたいだね」

「……敵に塩を送って、なんのつもりだ?」

「別に? 僕は正々堂々と戦いたいだけだよ。特に、君みたいに強い相手とね」

 

 セドリックは爽やかな笑顔を浮かべて、実に呑気な事を口にした。

 

「お前……、バカだろ」

「酷いな。僕は真面目に言ってるんだけど?」

「だったら、尚の事バカだろ。試合は勝ってなんぼだ。相手の有利に働く事をするなんて、そんなの手を抜いているのと変わらねーよ」

 

 話は終わりだ。私はセドリックから今度こそ顔を逸らした。

 

「……そうか、君にとって失礼な態度を取っていたんだね」

 

 セドリックは言った。

 

「チームで戦ってんだ。自分の主義で仲間を不利にさせるなんざ、バカ以外の何者でもねーだろ」

「ごもっとも……、と言いたい所だけど、それを言うなら僕達は全員がバカなんだよ」

「……は?」

 

 私は思わず振り向いてしまった。

 

「正々堂々は僕達のチーム全員が掲げる意志だ。どんな強い相手も、どんな狡い相手も、真っ向から打ち破る! その為に訓練を積んできているんだ!」

 

 その言葉と共に、実況のリー・ジョーダンがハッフルパフの先取点を報せた。

 

「なっ!?」

「……エレイン・ロット。僕達は正々堂々と戦う。その上で、勝つ!」

 

 そこにいたのは、呑気で爽やかなハンサムではなかった。

 一匹の肉食獣(ビースト)。獲物を狙う狩人(ハンター)

 ピリピリとした闘志が伝わってくる。

 

「上等だ!」

 

 試合の流れはハッフルパフの有利で進んだ。マイケル達も必死に点を入れているし、チョウも必死に相手のゴールを防いでいるが、今年のハッフルパフは去年と比べて何かが違う。

 私はセドリックを見た。去年、唯一ハッフルパフのチームに居なかった男。

 話して伝わってくる桁違いの風格。コイツの存在がチームの士気を盛り上げているに違いない。

 

「……面白いじゃないか」

 

 偉そうに高説を垂れていたが、コイツだってデビュー戦だ。

 それでも尚、チームの力を底上げする力を持っている。

 気負った様子も見せず、どこまでも冷静で、どこまでも熱い男。

 

「セドリック・ティゴリー……」

「なんだい? エレイン・ロット」

「ぜってぇ、勝つ!」

「……勝つのは、ハッフルパフだ!」

 

 今、両チームの点数は40対70。

 差は30点。チームは劣勢。このままでは点差が開く一方だ。

 だったら――――、

 

『おーっと、ここでシーカーの二人が動き出した!!』

 

 ジョーダンの実況がフィールド内に響き渡る。

 私とセドリックは同時に動き出していた。フィールドを駆け巡る黄金の光を目指して!

 

「勝つ! 私達が、勝つ!!」

「勝つのは、俺達だ!!」

 

 横並びのまま、スニッチを追いかけて観客席へ突入する。悲鳴が響き渡る中、スニッチは自在に動き回っている。

 

「負けない! 負けないぞ、絶対に!!」

「俺がスニッチを掴むんだ!!」

 

 スニッチが進行方向を真上に向けた。同時に私達も垂直飛行へ移る。

 

「クソッ、太陽が!!」

 

 スニッチが太陽の光に紛れてしまった。

 このままでは逃げられる。最悪、セドリックに取られてしまう。

 

「逃がすかよ!!」

 

 瞼を閉じた。役に立たないのなら、視覚なんて邪魔なだけだ。

 耳を澄ませる。喧しい観客の声。セドリックの息。そして――――、スニッチの羽音。

 

「そっちか!!」

 

 瞼を開いた先、そこにはセドリックの姿があった。

 アイツは見失わずに追跡していたんだ。

 

「セドリック!!」

「勝つのは、俺達だ!!」

 

 セドリックが手を伸ばす。その瞬間、スニッチが急降下を開始した。

 

「待て!!」

「負けてたまるか!!」

 

 地面に向かって、二本の箒はグングン加速していく。

 風の音がウルサイ。空気の壁が邪魔だ。それ以上に、セドリックの背中が目障りだ!!

 

「退け、セドリック!! スニッチを掴むのは、私だ!!」

「退くわけないだろ!! 俺だ!! 俺が掴むんだ!!」

 

 地面が近付いてくる。それでも、私達は速度を上げた。

 残り十メートル。八メートル。六、三、二メートル――――、

 

「これ以上はダメだ!!」

 

 セドリックは叫ぶと同時に箒を持ち上げた。

 

「エ、エレイン!! 箒を立て直せ!!」

「私は掴むんだ、勝利を!!」

 

 スニッチが方向を変えた。私も箒を持ち上げる。だけど、地面までの距離は一メートル。このままでは間に合わない。体勢が整う前に地面に激突する。

 

「負ける……、もんかよ!!」

 

 地面を全力で蹴りつける。脳髄まで突き刺さる激痛に顔を歪めながら、それでも私はスニッチから目を離さなかった。

 感触で分かる。骨が砕けた。っていうか、肉を突き破って、骨が飛び出している。

 口の中にも血の味が広がっている。

 どうでもいい!!

 

「勝つ!! 私が勝つんだ!! 誰にも、負けねぇ!!」

 

 意識が途切れる寸前、私は金の光を掴み取った。

 

『つ、つかんだ……、掴みました!! レイブンクローのニューフェイス、エレイン・ロットがスニッチを掴みました!! っていうか、あれは大丈夫なのか!?』

 

 ナイスだ、ジョーダン。勝利の一報を聞いた私はそのまま意識を手放した。



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第十話『魔法生物飼育クラブ』

第十話『魔法生物飼育クラブ(Care of Fantastic Beast Club)

 

 目を覚ますと、私は物々しいオーラを発する集団に取り囲まれていた。

 

「……も、もう一眠り」

「エレイン・ロット」

 

 氷のように冷たい声。ハーマイオニーだ。

 

「起きなさい」

「……へーい」

 

 渋々起き上がると、まず目に映ったのは涙を堪えているハーマイオニーとレネ、チョウだった。

 次にエドとハリー、ロン。それから、セドリックの姿もあった。

 

「エレイン・ロット」

 

 はじめに口を開いたのはセドリックだった。怒りの表情を浮かべている。

 

「君は……、自分が何をしたのか分かっているのかい?」

「ス、スニッチを掴んだ。それがどうかしたのか?」

「ああ、それがシーカーの仕事だ。とても大事な事だね。だけど、その為に命を張るのはやり過ぎだ!」

 

 空の上にいた爽やかなイケメンはどこかへ消えてしまったようだ。

 ここには燃えるような怒気を纏ったオーガが一匹。

 

「クィディッチはスポーツなんだ! たしかに、みんなが勝利を求めている! だからと言って、いくらなんでも無茶をし過ぎだ! あと一歩で死ぬところだったんだぞ!」

「わ、悪かったよ……」

「本当に分かってるの!?」

 

 ハーマイオニーが震えた声で怒鳴ってきた。

 

「貴女、酷い状態だったのよ! 足は粉砕骨折で、骨が皮膚を貫いて外に出ていた! 内蔵も損傷して、血が……、血が……、マダム・ポンフリーが治してくれなかったら……」

「あ、あんな無茶するなら、私達、マイケルやフリットウィック先生に貴女をシーカーから降ろすように訴えるからね!!」

 

 いつもは寝ぼけた表情を浮かべているジェーンにまで怒鳴りつけられて、なんだか居心地が悪くなってきた。

 

「あ、謝ってるじゃねーか」

「エレイン!!」

 

 エドまで恐ろしい形相を浮かべている。

 肩を万力のように締め上げられて、ちょっとドキッとしてしまった。

 

「は、はい」

「もう、二度と! あんな真似は! しないと! 誓ってくれ!」

「ち、誓います……」

 

 いつもの気弱なお前はどこに行ったんだ。

 まるで、ジキル博士とハイド氏みたいな変わりようだ。

 

「……エレイン!」

 

 遂には抱きつかれた。おいおい、公衆の面前で何してんだよ。

 ハーマイオニー達が涙を引っ込めて赤くなっている。

 

「あー……、よしよし。悪かったな」

 

 とりあえず、抱き締められた状態のまま、エドの頭を撫でてやった。

 余計に強く抱き締められた。

 

「……えっと、痛みとかはないの?」

 

 気まずそうにハリーが問い掛けてきた。

 

「特に問題無さそうだ」

 

 抱き締められているせいで、細かい部分は確認出来ない。けれど、手首や足を軽く曲げてみても、痛みはまったく無かった。

 

「……私、どのくらい寝てたんだ?」

「丸一日」

「丸一日!?」

 

 ほんの数時間程度だと思っていた。

 

「だから余計に心配だったのよ!」

 

 ハーマイオニーがまたオーガ化してしまった。

 

「悪かったって!」

 

 結局、私がオーガの集団から解放されたのは一時間後の事だった。

 マダム・ポンフリーに長い説教の後、退院の許可を貰って、私達は気晴らしにハグリッドの小屋を訪れた。

 ジェーンとセドリック、チョウも一緒だ。ヒッポグリフに興味を抱いたらしい。

 

「おお、エレインじゃねーか! 大丈夫だったんか!?」

「おう! この通り、ピンピンしてるぜ」

「そうか、よかった。けどな、お前さん――――」

 

 ハグリッドからも説教をくらった。もう懲り懲りだ……。

 

「けど、丁度良かった! これから、ノーバートに餌をやりに行くんだ! 一緒に行こう!」

 

 死にかけた翌日にまた死と直面する事になるとはな。

 ジェーンとセドリックは「ノーバートって?」と首を傾げ、真っ青になった他の連中を不思議そうに見つめている。

 

「それで、お前さん達は? また、ハリーやエレインの友達か?」

「あっ、俺はハッフルパフのセドリック・ティゴリーです」

「私はレイブンクローのジェーン・サリヴァンです」

「同じくレイブンクローのチョウ・チャンです」

「よろしくな! しっかし、ついにハッフルパフも加わったか……。なあ、いっその事なんだが、クラブにしちまわねーか?」

「クラブに……?」

 

 ハグリッドによれば、ホグワーツではクラブ活動が認められているらしい。

 実を言えば、クィディッチのチームもクラブ活動に該当する。

 正式に届け出を出せば、学校側が色々とサポートもしてくれるようだ。例えば、門限を過ぎた後でもクラブ活動が長引いたと言えば許される。

 

「実はな、マクゴナガル先生とも話したんだ。グリフィンドールとレイブンクロー、スリザリンの生徒が一同に集まって生き物の世話をするっていう……まあ、良い意味で前代未聞な事が起きてるわけだ。しかも、ハッフルパフまで加わるとなりゃ、お前さん達は意識していないかもしれんが、こいつはちょっと凄い事なんだぞ」

 

 私達は顔を見合わせあった。

 どうするか相談してみると、反対意見は殆ど出なかった。

 ノーバートの事で一悶着はあったものの、クラブにする事で得られるメリットがかなり魅力的だった。

 まずなによりも、ノーバートに会いに行く時、誰か先生を助っ人として呼べるようになるらしい。それに、活動の為に必要なら幾らか費用も出して貰える。

 

「面白そうだね。是非、俺も入れて欲しい」

「私も入るー!」

「私も! っていうか、ヒッポグリフの世話なんて面白そうな事をしてるなんて、もっとはやくに教えてほしかったわ!」

 

 セドリック、ジェーン、チョウの三人も乗り気だった。

 

「よーし! なら、決まりだな! なら、ノーバートの餌やりの前に、みんなでダンブルドア先生の所に行くぞ!」

「えっ、校長先生の所に!?」

 

 ハグリッドに連れられて、私達は校長室に向かった。

 八階の廊下を歩き、石のガーゴイルの前に来ると、ハグリッドがボソボソと合言葉を言った。すると、ガーゴイルは命を与えられたかのように動き出し、場所を空けた。

 その先の壁が二つに裂け、奥にはグルグルと回る螺旋階段があった。

 

「よーし、ついてこい!」

 

 ハグリッドの後を追って、螺旋階段に乗る。しばらくグルグルしていると、磨き上げられた樫の扉が見えた。

 グリフォンのカタチをした真鍮製のノッカーをハグリッドが叩くと、扉が勝手に開いて私達を中に招き入れた。

 そこには、ホグワーツ魔法魔術学校の校長、現代で最も偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドアの姿があった。

 クリスマスに一緒にディナーを食べた事があるけど、改めて近くで見るとオーラが凄い。

 

「おお、ハグリッド。どうかしたのかね?」

 

 ダンブルドアは面白がるような眼差しで私達を見つめている。

 

「ダンブルドア先生。クラブの申請をしに来ました」

「彼らがメンバーじゃな?」

「そうです! ハリーは知っておりましょう? こっちがロン、エレイン、エドワード、ハーマイオニー、レネ、ジェーン、チョウ、セドリックです」

「……素晴らしい光景じゃ」

 

 しみじみとした様子でダンブルドアが言った。

 

「グリフィンドール。レイブンクロー。スリザリン。ハッフルパフ。ホグワーツ創立以来、こうして寮の垣根を超えた友情はしばしば起こり得た。しかしながら、四つの寮の生徒が一つの目的の為に集う事は……、残念な事に非常に稀と言わざるを得ぬ。故に、この光景は実に喜ばしいものじゃ」

 

 ダンブルドアはハグリッドを見つめた。

 

「クラブの活動をホグワーツ魔法魔術学校の校長として許可しよう」

「ありがとうごぜぇます!」

 

 ダンブルドアは次に私達を見つめた。

 

「友情は何ものにも代え難い宝じゃ。大切に育み、それを永劫のものとした時、如何なる苦難を迎えたとしても、お主らは乗り越える事が出来る筈じゃ」

 

 そう言うと、ダンブルドアは私達の頭を順番に撫でた。なんだか、不思議な気持ちになる。胸があたたかい。

 

「さて、最後にクラブの名前を決めねばならぬ。誰か、良い意見はあるかのう?」

 

 クラブの名前と言われても、すぐには思いつかない。

 

「シンプルに魔法生物飼育クラブ(Care of Fantastic Beast Club)でいいんじゃないかしら」

「そうだな。変に凝っても仕方ないし」

「えー、でも、ちょっとシンプル過ぎない?」

 

 その後、《ヒッポグリフを愛でる会》やら、《ノーバートの餌》やら、《バックビークファンクラブ》やら、いろいろと意見が出たが、最終的にはハーマイオニーの意見で落ち着いた。

 

「よーし! 名前も決まった事だし、さっそく魔法生物飼育クラブの初活動だ! ノーバートの所に行くぞ!」

 

 盛り上がっていた空気が一気に冷え固まった。

 名前を決める最中で、セドリック達もノーバートの正体を知り、青褪めている。

 

「ほっほっほ、折角じゃ。お主等の活動に儂もご一緒させて頂いてもよろしいかね?」

「お願いします、校長先生!!」

「お願いします!!」

 

 全員、ダンブルドアにひれ伏した。去年、最後に見たノーバートは既にハグリッドの小屋よりも大きくなっていた。

 今頃、どんな怪物に成長している事か……、恐怖しかないな。

 私達はハグリッドとダンブルドアに連れられ、ノーバートの新たな家である三階の廊下に向かった。



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第十一話『ノーバート』

第十一話『ノーバート』

 

「……ここって、立入禁止の廊下ですよね?」

 

 セドリックが不安そうにダンブルドアを見つめる。

 

「さよう。中にはとびっきりの危険が潜んでおる」

「は、はぁ……」

 

 茶目っ気たっぷりなダンブルドアの物言いに、セドリックは曖昧な笑みを浮かべた。

 ダンブルドアが扉の鍵を開けると、中から聞き覚えのある咆哮が飛び出してきた。

 

「今の咆哮って……」

「うわー……、元気そう」

「帰りたい……」

「やばっ、遺書書き忘れた」

「ちょっと……、あんまり脅さないでよ」

「もしかして、クラブに入るのは早まった選択だったのかも……」

 

 各々が扉の先で待ち構えているであろう怪物に恐怖心を抱いていると、ハグリッドがニッコリ笑った。

 

「さあ、久しぶりの再会だぞ!」

 

 中に入ると、驚くべき光景が広がっていた。

 そこは、ホグワーツの中だと言うのに、空があった。

 生い茂る草花、彼方に見える地平線。

 

「なっ、なんだよ、これ……」

「どうなってるの!? 前に入った時は普通の廊下だったのに!」

 

 ロンとハリーが驚きの声を上げている。

 

「当然、呪文の力よ。空間拡張に、幻を見せる魔法、他にもたくさん掛けられているに違いないわ!」

 

 ハーマイオニーの言葉にダンブルドアが頷いた。

 

「その通りじゃよ、ミス・グレンジャー。ノーバートが窮屈な思いをしないよう、出来得る限りの魔法が掛かっておる」

 

 ホグワーツは既に強力な呪詛がいくつも掛けられていて、並の魔法使いでは新たに何かを足す事など不可能な筈だ。

 さすがはアルバス・ダンブルドア、という事だろう。

 

「来たぞ!」

 

 ハグリッドの言葉と共に、上空から巨大な影が舞い降りてきた。

 

「……お、おい、冗談だろ」

 

 地上に降り立った茶色の鱗を持つ怪物は、どう見ても四十フィートを超えていた。

 意識が飛びそうになる。桁違いの恐怖だ。アレは、人間が相対していい生き物じゃない。

 毒の牙をむき出しにして、純度100%の殺意を向けてくる。一年前に散々世話をした恩義など欠片も感じていない事が肌で分かる。

 

《ニクガキタ》

 

 縦に裂けた瞳が私達を値踏みしている。ハグリッドが持ってきた牛やウサギなど目もくれていない。

 

「あっ……、ああ……」

 

 レネがへたり込んだ。ハーマイオニーもガタガタと震えている。

 

「どうだ? かっこいいだろ!」

「言ってる場合か!! おい、逃げるぞ!!」

 

 凍りついているエドとセドリックの背中を叩き、私はレネを抱きかかえた。

 アレに近づくなんて正気の沙汰じゃない。

 

「おい、はやくしろ!!」

 

 グズグズしている連中を怒鳴りつけると、恐ろしい悪寒に襲われた。

 ノーバートの口の奥が赤く輝き始めている。

 私に出来た事は、意味が無い事を承知で、レネを庇ってやる事だけだった。

 

「……あれ?」

 

 いつまで経っても、炎が来ない。辺りは赤く染まっているのに……。

 

「どうなって……」

 

 振り返ると、不思議な光景が広がっていた。

 私達を取り囲むように、炎がドームを築いている。

 

「結界か……」

 

 よく考えれば当たり前だ。ダンブルドアが何の保険も用意せずに私達をこんな危険な生き物の前に連れて来るわけがない。

 慌てて逃げようとした自分がバカみたいだ。

 

「あっ……」

 

 腕が生暖かい。レネは目をウルウルさせている。

 

「あー……、ちょっと待ってろよ」

 

 他の連中に気づかれる前に、私はイリーナから教わった《匂い消し呪文》と《瞬間乾燥呪文》を唱えた。

  

「大丈夫か?」

「……う、うん。ありがとう……」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめるレネ。

 私で良かった。これで、レネを抱きかかえていたのがアランだったら、今夜にでも大人の階段を登っていた事だろう。

 

「ごめんね……、エレイン」

「気にすんなよ。アイツが恐過ぎるせいだ」

 

 ノーバートを見ると、凶悪そうな顔で私達を睨み続けていた。

 

「……そういや、ケルベロスはどうしたんだ?」

「ああ、フラッフィーなら禁じられた森にいるぞ。そう言えば、エレインはフラッフィーを見たいんだったな。よーし、今度見せてやるぞ!」

「お、おう。頼むぜ」

 

 ノーバートが結界にガンガンと頭をぶつけている。なんとしても割って、中にいる私達を食べようという明確な意志を感じる。

 

「よし、今から餌をやるぞ」

 

 そう言って、ハグリッドは私達にウサギの死体を持たせた。

 ハーマイオニー達がゲンナリした表情を浮かべている。

 

「こうするんだ!」

 

 ハグリッドは牛をノーバートに投げつけた。

 すると、ヤツは牛を一口で平らげてしまった。なんて恐ろしい光景だ。結界が無ければ、私達がああなるのだろう。

 背筋がゾクゾクする光景をダンブルドアは微笑ましそうに見つめている。さすがはアルバス・ダンブルドア。神経のつくりまで私達とは違うのだろう。

 

「ほれ、次はお前さん達の番だぞ」

 

 ハグリッドに促され、ハリーが一番手を務めた。

 顔が真っ青だ。足が子鹿みたいにプルプル震えている。

 

「だっ、大丈夫かい?」

「ハリー……」」

 

 セドリックとロンが心配そうに声を掛ける。そう言う二人も顔が真っ白だ。

 順番にウサギの死体がノーバートの口の中へ消えていく。

 途中で三回も炎を浴びせられ、私達は寮が恋しくなった。

 

「いくらなんでも殺意が漲り過ぎだろ……」

 

 仮にも卵の時代から傍にいた相手をエサ以外の何物にも見えないというのはどうなんだ?

 私は自分のウサギを適当に放り投げ、レネの分も投げつけた。レネは完全に腰を抜かしてしまっている。

 

「どれ、儂も……」

 

 ダンブルドアが張り切って投げたウサギをノーバートは軽く焼いてから口にした。

 

「ふむ、グルメじゃな」

 

 呑気な事を……。

 

《ツギハオマエラノバンダ》

 

 ノーバートの目は明らかにそう語っている。

 

「よ、よーし、終わりだよな? 帰ろうぜ」

「うん!」

 

 全員が爽やかな笑顔と共に頷き、出口に向かって駆け出した。振り向いたりしない。別れが欠片も惜しくない。

 私もレネを抱えて駆け出した。

 こんなところにいつまでもいられるか! 私達は帰るぞ!!

 

「はっはっは、はしゃいどるな! よっぽど楽しかったんだな! よーし、次の休みもノーバートの餌やりをやるぞ! クラブ活動は定期的に行うものだからな!」

 

 ハグリッドの言葉に、私達は膝を屈した。

 

「なっ、なんで僕はこのクラブに入ってしまったんだ……」

「やばっ……、やばい、震えが止まらない」

「死にたくない死にたくない死にたくない」

「アイツ、僕らを肉としか見てなかった。あんなに世話してやったのに……」

「あの目……、あれは、殺戮者の目だった……」

「わたし……、この学校を生きて卒業出来るのかな……?」

 

 絶望している私達にダンブルドアは言った。

 

「クラブは強制されるものではない。如何に安全策を設けられているとは言え、若い君達が恐怖を感じるのも仕方のない事じゃ」

 

 ダンブルドアの声は不思議だ。恐怖に染まった心が解きほぐされていく。

 

「じゃが、ドラゴンの……、それも成体と接する事は類稀なる機会じゃ。ノーバートの世話は必ずや君達の将来の糧となるじゃろう事は明言しておこう。君達が望むのなら、儂はいつでも時間を作ろう。あとの選択は君達に任せる」

 

 そう言うと、ダンブルドアはハグリッドに二言三言告げて去って行った。

 ハグリッドもさすがに私達の様子に気付いたのか、バツの悪そうな表情を浮かべている。

 

「……その、お前さん達がノーバートの世話を気に入ると思ったんだ。けど、無理をさせるわけにはいかん……」

 

 しょげ返るハグリッドにハリーは大きなため息を零した。

 

「大丈夫だよ、ハグリッド」

「ハリー……?」

「僕、ノーバートの世話を続けるよ」

「ハリー!? 本気で言ってるのかい!?」

 

 ロンが仰天する。他のみんなも信じられないという表情を浮かべている。

 いくらなんでも、ハグリッドに対する同情だけで、あの怪物の世話を続けるのは厳しい。

 

「……けど、ここで逃げるのもシャクだよな」

「エレイン……?」

「ハグリッド! 私も続けるよ」

「ハリー……、エレイン……」

 

 涙ぐむハグリッド。

 

「……ああ、分かったよ! 僕もやるよ!」

「ロン!」

「僕だって!」

「エド!」

「私もやる……。エレインやハリー達だけだと心配だし……」

 

 ハーマイオニーが深々と溜息を零した果てに言った。

 

「……私もやる!」

 

 レネが私の腕の中で勇敢に宣言した。

 

「……僕だって、やるよ! やってやるよ!」

「わ、私だって!」

「この流れは、やるしかない流れだね……」

 

 セドリック達も立ち上がり、ハグリッドは感動の雄叫びを上げた。

 私達はその姿を遠い目で見守っていた……。

 

 ◆

 

 冷気が漂う地下空間に男はいた。

 

「……どうしましょう」

 

 男は頭を抱えていた。賢者の石の新たなる守り手となったドラゴンは、ケルベロスを遥かに超える脅威だった。

 

『結膜炎の呪いを使えばよい』

「で、ですが……、地下への入り口は巧妙に隠されてしまっています。結膜炎の呪いが効果を発揮している内に見つけ出せなければ……」

『貴様、我が身可愛さに俺様へ意見するつもりか?』

「も、申し訳ありません。ですが、どうか……、どうか……」

 

 姿なき声に許しを乞う男。その前で、数日前に回収した日記のページが捲れた。インクを垂らしたわけでもないのに、空白のページに文字が浮かび上がる。

 

《ならば、僕が行こう》

『……やむを得ぬか。だが、此奴の存在はまだ必要だ。魂の補充の為に生贄も新たに調達せねばならぬ。しばし、待っていろ』

《了解だ、もう一人の僕》

『聞いての通りだ、クィレル(・・・・)よ。生贄を調達するのだ』

「せ、生徒を使うのですか……?」

 

 声を震わせるクィレルに、姿なき声は高笑いを上げた。

 

『どうした? 今更、教師としての誇りを取り戻したのか?』

「あ、いえ、その……」

『案ずるな。校内の者を使えば、ダンブルドアに感づかれる。それはあまり得策では無い。俺様の完全復活まで、ヤツに俺様の存在を悟られるわけにはいかんのだ。故に、外から調達する』

 

 姿なき声は男に指示を出した。

 男は恐怖に慄きながら地下から抜け出していった――――。



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第十二話『Magazine』

第十二話『Magazine』

 

 欠伸が出た。最近、忙しない毎日を過ごしているせいだ。

 朝は賭けの確認をしに来るフレッドとジョージの相手をしながら朝食を取り、夕方はクィディッチの練習か、魔法生物飼育クラブの活動。夜は貯まりに貯まった宿題をこなす。

 手帳を開くと、予定が隙間なく埋まっている。

 

「……クリスマスまで待つしかないか」

 

 イリーナに教えてもらった秘密の研究室には、未だに辿り着いていない。そもそも、探索に出掛ける余裕がない。

 充実感はあるが、疲れを取る暇すらない。

 とは言え、クラブもチームもサボる気にはなれない。なにしろ、自分で入ると決めた事だ。一度口にした事を曲げる事は主義に反する。

 

「さてさてさーて、今日はチームの練習だな」

 

 昼食の席でチョウやアリスに声を掛け、一緒に競技場へ向かった。

 競技場にはマイケルとシャロンが既に来ていて、二人で作戦を練っていた。

 

「おっす!」

「おはようございます」

「おはよー!」

 

 私達三人が声を掛けると、マイケル達も顔を上げて挨拶を返してきた。

 その少し後にチサトとボルクも姿を現した。

 相変わらず、この二人はクールだ。どちらも頭を下げるだけで一言も発しない。

 おかげで、未だに二人の性格が掴めずにいる。

 

「なあ、アリス」

「なんだ?」

「チサトやボルクはどういうヤツなんだ?」

 

 思い切って、アリスに問い掛けてみる。

 

「どういうヤツって言われてもなー。アタシもあんまり話した事が無いんだよ」

「マジかよ……」

 

 アリスは四年生で、チームに入って二年目になる。同じチームで戦う上で、これは大丈夫なのか?

 

「……ねえ」

「ん?」

 

 声を掛けられて振り向くと、そこにはチサトの姿があった。

 ビックリして目を丸くする私にチサトは言った。

 

「わたしがどうかしたの?」

 

 どうやら、内緒話が聞こえていたらしい。

 別に悪口を言ったつもりはないが、どうやら怒らせてしまったようだ。

 

「あんまり無口だから、どんなヤツなのか気になったんだよ」

「お、おい、エレイン!」

 

 アリスが慌てて止めようとするが、こういう時は変に取り繕わない方がいい。

 

「……別に無口なわけじゃない」

「そうなのか?」

 

 チサトは眉間に皺を寄せながら言った。

 

「……その、口下手っていうか」

「へ?」

「あんまり話す事が得意じゃないのよ。よく、余計な事を言って、相手を怒らせちゃう事もあるし……」

 

 眉をハの字に曲げて、チサトは溜息をこぼした。

 印象とは随分と違って、可愛い性格をしているようだ。

 

「ふーん、ボルクとは付き合ってるのか?」

「……付き合ってるのかな? 趣味が合うから一緒にいる事が多いけど」

 

 チサトの言葉にボルクがショックを受けた表情を浮かべている。

 つつけば面白い反応が見れそうだが、今は止めておこう。

 

「趣味って?」

「……その、アニメや漫画」

「アニメ? アラジンとか?」

「あら、アラジンを知ってるの!?」

「お、おう」

 

 チサトは思った以上に食いついてきた。

 エドの家に行く前、劇場でチラシを見ただけなんだけどな。

 

「あっ、あなた、日本のアニメや漫画には興味ない? あの、ドラゴンボールとか、幽遊白書は?」

「いや、日本のまでは知らねーよ。そっか、チサトは日本人だもんな」

「あっ……、その、ごめんなさいね」

「え? なんで、いきなり謝るんだ?」

「……わたし、漫画やアニメの事になると、つい興奮しちゃうの。それで、よく煙たがられたのよ……」

 

 しょんぼりした表情を浮かべるチサト。

 

「別に、趣味の事で興奮するくらい普通だろ? 私も、マンガやアニメに詳しいわけじゃないけど、そんな事で煙たがったりしねーよ」

「……あなた、なんていうか、すごく大人びてるわね」

「そうか?」

 

 チサトはコクコクと頷いた。

 

「……思うんだけど、エレインは普通の人よりも自我が強いんだと思う」

 

 いきなり、チョウが言った。

 

「我儘って事か?」

「違う……ううん、違わないのかな? エレインって、周りの意見に流される事が無いじゃない。いつも、自分の考えの下で行動しているっていうか……」

「別に、周りの意見を無視してるつもりはないぞ?」

「それは分かっているわよ。要するに、周りの意見も聞くし、それを取り入れる事もする。だけど、最後は自分の意志で決定する。だから、大抵のレイブンクロー生が避けたがるスリザリンの子に何度も会いに行ったり、スニッチを掴む為に危険な真似も平気でしたり、ノーバートの世話を継続する事に率先して賛同したりもした」

 

 どれもウィルやみんなに止められた行動ばかりだ。

 バツの悪い気分になって来た。

 

「それを悪い事って言ってるわけじゃないの。むしろ、エレインのそういう所を私は尊敬しているもの」

「そ、尊敬って……、なんだよいきなり」

 

 不意打ちで褒められると、どうしていいか分からなくなる。

 頬が熱いぜ。

 

「……ともかく! 折角のチームなんだ。私はチサトの事をもっと知りたいと思ってる。マンガやアニメも、あんまり触れる機会は無かったけど、興味はあるんだ。今度、教えてくれよ」

「ええ、分かったわ」

 

 チサトが微笑むと、ボルクも嬉しそうに笑った。

 おそらく、趣味が合ったんじゃなくて、ボルクは趣味を合わせたんだろうな。

 

「……で、ボルクはなんで喋らないんだ?」

「ああ、ボルクは―――」

「オレの英語、訛りが酷い。だから、あまり喋らない」

 

 チサトの言葉を遮り、ボルクが言った。

 なるほど、気をつけているみたいだけど、イントネーションも少し変わっている。

 

「なるほどな」

「……あ、あの!」

 

 突然、アリスがチサトとボルクに声を掛けた。

 

「ア、アタシも二人と仲良くなりたい! 私も教えてよ! アニメやマンガ!」

「……アリス」

 

 チサトとアリスが見つめ合っていると、気まずそうな咳払いが響いた。

 

「あー……、うん。チームメンバー同士の友好を深めるのは大変に結構な事だ。ただ……、そろそろ始めないと時間が無くなってしまうんだ」

 

 マイケルの言葉に、私達は慌てて訓練の準備を始めた。

 訓練中、いつもよりチサトやボルクが声を掛けてくれるようになった。

 終わった後、チーム専用の浴室で日本のアニメやマンガの文化について教えてもらい、思った以上に興味を唆られた。

 チサトはたくさんのマンガを寮の寝室に持ち込んでいるらしく、寮に戻ると読ませてくれた。

 かめはめ波とか、レイガンとか、最高にかっこいい。



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第十三話『禁じられた森へ』

第十三話『禁じられた森へ』

 

 クリスマスを目前に控えた週末、魔法生物飼育クラブの活動の為にハグリッドの小屋を尋ねると、ハグリッドはニコニコしながら言った。

 

「禁じられた森に入る許可が出たぞ!」

 

 一緒に来た全員が声無き悲鳴を上げた。

 さすが、ハグリッド。ノーバートの恐怖に慣れてきた頃を見計らって、新鮮な恐怖を用意したようだ。

 

「お前さん達に見せたいもんが山ほどあってな! ダンブルドア先生や、マクゴナガル先生に頼み込んだんだ! フラッフィーも見せてやるからな!」

「……そろそろ、私も遺書を用意した方がいいのかな?」

 

 チョウが呟いた。

 

「だから、反対だったんだ……」

 

 レネに誘われてクラブに入ったアランが深々と溜息をこぼした。

 

「あら、面白いじゃない。私も一回は入ってみたいと思っていたのよ」

 

 ジェーンに誘われたエリザベスがカメラのレンズを拭きながら言う。

 最近、レイブンクローのパパラッチという異名を拝命した彼女はノーバートに対しても恐怖より好奇心を優先させる変わり者だ。

 

 ――――超かっこいいじゃん!

 

 そう言って、カメラを構える彼女の姿は尊敬に値した。ただのミーハーではない。こいつは筋金入りだ。

 

「ロン。そろそろ慣れたら?」

 

 ジニーがガタガタ震えているロンにやれやれと肩を竦めている。彼女はクラブの発足を聞きつけて、自分から入会を希望した強者だ。

 ノーバートの世話も率先してこなし、一番精力的に活動に参加している。

 

「それにしても、大分メンバーが増えたな」

 

 初期メンバーの私、エド、ハーマイオニー、レネ、ジェーン、チョウ、ハリー、ロン、セドリックに加え、アラン、エリザベス、ジニーが入会した事で、総勢十一人の大規模なクラブになった。

 チームでチョウと話していた時にアリスが興味を示していたし、カーライルも気が向いたら参加してみたいと言っていたから、今後も増える可能性がある。

 

「全員で行くのかな?」

 

 エドが首を傾げながら言った。たしかに、ただでさえ危険な禁じられた森に、この人数で入るのはヤバイ気がする。

 

「なあ、ハグリッド。ここにいる全員で森に入るのか?」

「あー……、それがなぁ。ダンブルドア先生に、五名までで希望者を募るように言われとるんだ」

 

 まあ、当然だな。

 

「けど、安心せい! 今回行けなかったヤツは次回連れて行ってやるからな!」

 

 一瞬、逃げられるかもしれないと希望を覗かせたチョウ達の顔が絶望に沈んだ。

 

 結局、第一陣は私とエド、セドリック、ハリー、エリザベスの五人に決まった。

 ちなみに、ハリーと私はハグリッドから直々に指名された。

 エドは私が指名された直後に名乗り上げ、エリザベスは自らの好奇心に従って志願し、セドリックは年長者として、みんなを守ると息巻いている。

 ジニーも来たがったが、ロンが必死な形相で阻止した。

 

「エ、エレインの事は僕が絶対守るからね!」

 

 エドは決意に満ちた表情で言った。

 

「お、おう」

 

 少し気圧されつつも、悪い気分じゃなかった。

 初めて漏れ鍋で会った時は情けないヤツだと思っていたけれど、最近は頼もしさを感じるようになって来た。

 普段弱気なのは相変わらずだけど、いざという時はしっかり男を見せる。

 ノーバートの世話をしに行く時なんか、いつも私を庇える位置に立っている。

 保留にしていた答えを、そろそろ教えてやってもいいかもしれない。

 

「おい、エド」

「なに?」

「お前、かっこいいぞ」

「へ……?」

 

 エドの顔が一気に真っ赤に染まった。

 こういう素直な所がいいんだ。

 

「おっ、マクゴナガル先生が来たぞ! スネイプ先生も一緒だ!」

 

 校舎の方からやって来た二人にハグリッドが大きく手を振る。

 スネイプが来たのは意外だった。ハリーが露骨に嫌そうな表情を浮かべている。

 

「お待たせしました。準備はよろしいですか?」

「はい! バッチリです!」

 

 マクゴナガルはハグリッドの返事を聞いた後、私達を見た。

 

「先に言っておきますが、くれぐれも勝手な行為は控えるように。禁じられた森は非常に危険な場所です。おまけに、目的がケルベロス……」

 

 マクゴナガルは深々と溜息を零した。

 

「罰則でもなく、禁じられた森に踏み込むとは……」

 

 スネイプもいつもより一層青白い表情で呟いた。

 二人共、とてもクラブ活動の引率に来たとは思えない緊張感だ。

 

「……しかし、まあ」

 

 マクゴナガルは私を見た。

 

「これも一つの貴重な経験というものなのでしょう」

 

 不思議な目だった。いつもの厳しい眼差しとは違う、なんだか、妙にくすぐったい気分になる目だった。

 

「お待たせしてしまったかのう?」

 

 驚いた事に、ダンブルドアまで現れた。ハグリッドも目を丸くしている。

 

「ダンブルドア先生! 先生まで来て下さったんですか!」

 

 ハグリッドが駆け寄ると、ダンブルドアは優しく微笑んだ。

 

「ハグリッドよ。お主の熱意に儂もあてられてしまったんじゃ。どうか、この老いぼれも禁じられた森ツアーに参加させてもらえんかのう?」

「も、もちろんええです!」

 

 ハグリッドは興奮した様子で言った。

 

「では、楽しみにしておる生徒達をあまり待たせてはいかん。早速、出発するとしよう」

「はい! よーし、行くぞ!」

 

 ダンブルドアの号令に次いで、ハグリッドが先導し始めた。

 その後ろに私達が続き、最後にマクゴナガルとスネイプが続いた。

 鬱蒼と茂る禁じられた森の奥から、獣の遠吠えのようなものが聞こえる。

 隣を見ると、エドが青褪めていた。私はその手をそっと握ってやった。

 

 ◇

 

 ダンブルドアの動向を監視させていた使い魔から、彼が生徒を引率して禁じられた森へ向かったという報告が届いた。

 これは好機だと、少年は動き出した。オリジナルは寄り代と共に延命の為の狩りに出ているが、帰ってくるのを待っている暇はない。

 魂を吸い取った骸の頭を蹴り飛ばし、使い魔に命令を下す。

 

『三階の廊下に一番近い出口へ連れて行け』

『――――了解した』

 

 それは巨大な蛇だった。蛇の王と謳われる魔獣、バジリスクは少年の本体を咥えると、驚くようなスピードで細い管へ飛び込み、目的の場所へ向かう。

 生徒や教師、ゴースト達にも気をつけながら禁じられた廊下の前までやって来た少年は扉の内側へ踏み込んだ。



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第十四話『潜入』

第十四話『潜入』

 

 禁じられた森を奥へ進んでいくと、遠目に奇妙なシルエットが見えた。

 馬のような姿だが、よく見ると人間の上半身のようなものがくっついている。

 

「ケンタウロスだわ!」

 

 エリザベスが歓声を上げた。

 

「あれがそうなのか! スゲーな!」

 

 よく見ようと目を凝らすと、連中は弓を構えていた。

 

「お、おい、ハグリッド。なんか、やばくね?」

 

 他の連中もケンタウロス達の物々しい雰囲気に気付いたようだ。

 マクゴナガルとスネイプが咄嗟に前へ出て、セドリックがハリーとエリザベスをハグリッドの傍へ引き寄せる。

 エドは私を庇うように前に出ながら、私の腕を掴んでハグリッドの傍に移動した。

 

「……警戒しとるようだな。最近、よくないもんが森の中をうろついておるせいだ」

「よくないもん……?」

 

 ハリーが尋ねると、ハグリッドは顔を顰めた。

 

「お前さん達が気にする事じゃねぇ」

 

 ハグリッドは進行方向を変えた。回り道をするようだ。

 ケンタウロスの姿が見えなくなると、スネイプとマクゴナガルが深く息を吐いた。

 森に入る前と打って変わって、二人は殆ど喋らない。周囲の警戒に意識を割いている為だろう。

 

「よーし、フラッフィーの寝床まで、もうちょいだぞ!」

「わーい! ケルベロス、楽しみ!」

 

 エリザベスは弓で狙われたばかりだと言うのに、楽しそうにはしゃいでいる。

 呑気というより、肝が座っていると言うべきだろう。

 

「いよいよケルベロスと御対面ってわけか」

 

 元々、私がハグリッドと関わる切っ掛けになったのはケルベロスだ。

 本の中でしか知らなかった伝説上の生き物。ちょっとドキドキしてきた。

 

「ハリーは見たことがあるんだよな?」

「うん……。ノーバートとどっこいどっこいって感じかな……」

 

 ハリーの目が淀んでいる。

 

「だ、大丈夫?」

 

 セドリックが声を掛けると、ハリーは力なく頷いた。

 

「あの時は、本当に死ぬかと思った……」

 

 セドリックは掛ける言葉が見つからなかったようだ。慰めるようにハリーの背中を撫でている。

 

「僕達、いつかハグリッドに殺されるんじゃない?」

「……あー、うーん。どうだろうな」

 

 ハグリッドの事は嫌いじゃない。だけど、否定する事も出来なかった。

 アイツの善意は一歩間違えれば殺意と同義だ。

  

 しばらく歩いていると、犬の遠吠えが聞こえてきた。ハグリッドが木彫りの縦笛を取り出し、下手くそな旋律を奏で始める。

 

「ハグリッドは何をしてるのかな?」

「……ダンブルドアが止めない所を見るに、おそらく、あれがケルベロスを御する方法なんだと思う」

 

 ハリーが首を傾げると、セドリックが言った。

 

「ご明察じゃ、ミスタ・ティゴリー。ケルベロスは音楽を愛する生き物なんじゃよ」

 

 ダンブルドアに褒められたティゴリーは照れた様子で頬をかいた。

 そうこうしている内に開けた場所へ出て、私達はケルベロスと対面する事になった。

 

「うわっ、本当に頭が三つある!」

 

 エリザベスが興奮した様子で写真を撮り始めた。

 私もスヤスヤと寝入っている巨大な三頭犬を見て、居ても立ってもいられなくなった。

 

「おー! 思ったより可愛いじゃねーか!」

 

 毛皮に触れてみると、思いの外硬かった。それに、濡れた土の臭がする。

 

「うーん。でっかい野良犬って感じだな」

「あ、貴女達! あまり近づきすぎてはなりません!」

「勝手な行動は控えぬか、バカモノ!」

 

 マクゴナガルが私を、スネイプがエリザベスを回収してハグリッドとダンブルドアの下に戻った。

 

「相手はケルベロスなのだぞ! 眠っているからといって、軽はずみな行動は止すのだ!」

 

 スネイプに怒鳴られた。いつものねちっこい説教とは違って、大分心に響いた。

 

「ご、ごめんなさい」

「すんません」

 

 私達が頭を下げると、スネイプは深く息を吐いてダンブルドアの下に向かった。

 

「エ、エレイン! あ、あぶないよ!」

「いやー、だって、思った以上に可愛いからよー」

「可愛い……の?」

 

 エドは不可解そうな表情でケルベロスを見た。

 

「おい、エレイン。気に入ったか?」

 

 ハグリッドが近づいてきた。見ると、マクゴナガルが代わりに笛を吹いている。奏でる旋律はハグリッドと比べると雲泥の差だ。

 

「おう!」

 

 出来れば起きている時の姿も見てみたいが、命を賭ける事になる。それが私の命なら構わないが、この場合、命を賭けるのはマクゴナガルとスネイプになりそうだ。止めておこう。

 

「さて、折角の機会じゃ。少し、ケルベロスについて勉強してみようかのう」

 

 そう言って、ダンブルドアはハグリッドにケルベロスの事を解説するよう言った。

 ハグリッドは照れた様子ながら、どこか嬉しそうにケルベロスの事を語った。本に書いてあるような事は言わず、ハグリッドはフラッフィーの性格や、何を食べるのか、三つの頭のそれぞれの性格、その運動能力などを教えてくれた。

 

「見事じゃ、ハグリッド」

 

 ちょっとした授業を終えたハグリッドにダンブルドアが賞賛の言葉を掛ける。

 

「さて、あまり長居をしてはケルベロスに迷惑が掛かろう。戻るとしようか」

「へ、へい!」

 

 私達が離れると、再び犬の遠吠えが聞こえるようになった。

 ケルベロスに会えた満足感に浸りながら歩いていると、視界の端に奇妙な光が見えた。

 

「ハグリッド。あれはなんだ?」

 

 私が指差した先を見ると、ハグリッドが険しい表情を浮かべて駆け出した。

 追いかけると、ハグリッドは美しい馬の死体を検分していた。

 馬の頭部には立派な角が生えている。おそらく、ユニコーンなのだろう。

 

「ハグリッド、これって……」

「殺されたんだ」

 

 ハリーが声を掛けると、ハグリッドが怒りを滲ませた声で言った。

 

「去年辺りからだ。月の一度……多い時は二度襲われとる」

「さっき、ケンタウロスが現れた時に言っていた、よくない者の仕業ですか?」

 

 セドリックが聞くと、ハグリッドは重々しく頷いた。

 

「ユニコーンは純粋な生き物だ。それを殺すなんざ……、許されん事だ」

 

 なんだかんだで面白かった禁じられた森ツアーに最後の最後でケチを付けられた気分だ。

 私達はユニコーンの死体を土に埋め、供養の為に黙祷を捧げた後、森の出口へ向かった。

 

 

『さて――――、始めようか』

 

 オリジナルに手に入れてもらった杖を使い、扉を開く。

 どうやら、トラップは仕掛けられていないようだ。鍵開けと同時に警報が鳴り響く事も想定していたのだが、対策の為に用意していた物が無駄になった。

 

『圧巻だね』

 

 彼方まで広がる草原。空を舞うドラゴン。漂う土の香り。

 これほど大規模な異空間を作り上げるとは、さすがアルバス・ダンブルドアだ。

 オリジナルならばともかく、今の僕には到底不可能な所業だ。

 

『……さて、ヤツはどこまで想定しているのやら』

 

 ドラゴンは僕に気づかない。いや、気付いているのかもしれないけれど、此方へ向かってくる気配はない。

 当然だ。アレに賢者の石を守護している意識などない。あるのは侵入者という名の肉を喰らう意志のみ。

 正確には生きていない(・・・・・・)僕に襲いかかる動機がない。

 

『それにしても、この広大な空間から扉を見つけ出すのは骨だな』

 

 端から端まで歩けば見つかるような、杜撰な隠し方などしていないだろうし、これは骨が折れそうだ。

 

『呪文に対する耐性も付与されているだろうし……、仕方がない』

 

 甚だ屈辱的だが、地面を這って探すしかない。

 嫌がらせとして、出入り口の結界を消してやろうかとも思ったが、一度の侵入で確実に目的を果たす事が出来る保証がない。

 止めておこう……。

 

『……っと、ビンゴ』

 

 一時間足らずで地下に繋がる扉を見つける事が出来た。

 元の部屋の構造と、空間拡張呪文による変質の具合から当たりをつけて探してみたら、思ったより早く見つかった。

 

『さて、降りてみるか』

 

 今の僕はゴーストに近い。だから、普通の扉や、一部の壁を通り抜ける事も出来る。

 だけど、こういった重要な意味を持つ施設の壁はゴーストでも通り抜ける事が出来ないよう、処理が施されている。

 面倒だけど、一つ一つ攻略していかなければならない。

 

『……悪魔の罠か』

 

 降り立った地下には、触手を揺らめかせる醜い植物が所狭しと根を張っていた。

 

『くだらないな』

 

 杖を使う必要すらない。そのまますり抜けて、次の部屋へ向かう。

 そこには広々とした空間が広がっていた。羽音が聞こえ、見上げると、そこには無数の鍵が飛んでいる。

 羽の生えた鍵。おそらく、どれか一つが正解なのだろう。

 近くには箒が並べられている。

 

『……妙だな』

 

 見た目で検討をつけ、箒を使わずに浮遊して鍵を掴み取る。すると、他の鍵が一斉に襲い掛かってきた。

 けれど、慌てる必要はない。のんびりしている間に鍵は僕の体を貫かんと疾走して来るが、その尽くが僕の体をすり抜けた。

 霊体を攻撃する種の呪詛は掛かっていなかったようだ。

 

『開いた……』

 

 掴み取った鍵は見事に扉の鍵穴と一致した。

 それで、確信を得た。

 

『罠か……』

 

 入り口に配置されたドラゴンはともかく、悪魔の罠は対処法さえ知っていれば容易く抜けられる。それに、さっきの部屋では、わざわざ箒が用意されていた。鍵も、よく観察すれば識別出来るだけの違いがあり、本気で敵の侵入を防ごうという意志を感じられない。そもそも、本物の鍵をわざわざ残しておく事自体がナンセンスだ。

 僕なら、箒はおろか、本物の鍵も配置したりしない。ニセモノで惑わし、ここに一定時間以上人間が留まれば報せが届くように仕掛けを施す。

 

『まあ、いいか』

 

 今の僕はあくまでも本体から抜け出した影に過ぎない。その本体はバジリスクに守らせているから、如何なる罠を仕掛けられていたとしても致命的にはならない。構わず進む事にした。

 次の部屋には大きなチェス盤が置かれていた。当然のように無視する。チェスの駒達が襲い掛かってくるが、霊体である僕に物理的な攻撃は意味がない。

 その次の部屋ではトロールが待ち構えていた。巨大だが、動きが鈍い。さっさと部屋を走り抜けると、今度は薬品が並ぶ部屋だった。

 部屋の出入り口が炎で封鎖される。だが、やはり霊体を傷つける類の呪詛は掛けられていない。

 

『御丁寧にヒントが用意されているな……』

 

 チラリと薬品を見ると、傍に正解の薬へ辿り着く為のヒントが記された羊皮紙があった。

 論理的に思考出来る者ならば、簡単に解き明かす事が出来る程度の暗号。実にバカバカしい。

 

『……これで終わりか』

 

 呆気なく、最後の部屋に辿り着いた。

 そこには鏡があった。

 

みぞの鏡(the mirror of erised)か……。なるほど、考えたな』

 

 見た者の欲望(desire)を映す魔鏡。この鏡には隠された使用方法がある。それは《知る望み》に対して、《真実を答える》というものだ。

 例えば、親の顔を知らない者が親の顔を知りたいと望んだ時、鏡には知らない筈の親の顔が映り込む。同じように、何かを見つけたいと望む者には、その何かの隠し場所を示す。

 ダンブルドアはこの仕組を利用したに違いない。

 

『……僕では無理だな』

 

 鏡に映った僕は、完全復活を遂げ、オリジナルの精神を塗り潰し、魔法界を支配している。

 野心の強い者は決して目的の物を手に入れる事が出来ない。

 罠かとも思ったが、ドラゴンはともかく、他のチャチな障害は本命のコレがあるからこそ、という事だろう。

 

『けれど、手段が無いわけじゃない』

 

 要するに、賢者の石を見つける事だけが目的の人間を用意すればいい。

 簡単な話だ。

 

『潜入ルートの確保は出来た。次で確保も出来そうだ』

 

 焦る必要もない。むしろ、時間を掛ければ、それだけオリジナルの魂がユニコーンの血によって汚染される。

 ここ最近は特に余裕の無い様子で寄り代を罵倒している姿が目についた。今も壮絶な苦痛を味わい続けているのだろう。それこそ、冷静な判断も出来ないほどに……。

 

『彼は僕の野心にも気づけていない。放っておけば、自壊寸前まで追い込む事も出来るかな……。そうなれば、僕がヴォルデモート卿として完全復活を遂げる事が出来る』

 

 ダンブルドアの目も、明らかにクィレルを警戒している。その事に気付いていない辺り、オリジナルも相当に切羽詰まっているね。

 だが、どうしたわけか、直接手を下す気配がない。まず間違いなく、何か狙いがある筈だ。

 

『……まあ、僕の事には気付いていないようだし、いろいろと自由にやらせてもらおう』

 

 ハリー・ポッターにも会ってみたいけれど、まずは完全復活が先だ。

 僕はのんびりと来た道を戻っていった。 



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第十五話『レイブンクローのパパラッチ』

第十五話『レイブンクローのパパラッチ』

 

 あれから、何度か禁じられた森へ入った。入る度に先生達がやつれていく。

 特に、口ではグチグチ文句を言いながら、何故か一番多く引率を引き受けているスネイプは目の下に隈を作り、髪もボサボサなままで出歩く姿が目立つようになった。

「……スネイプ先生。私達の為に……」

 

 エリザベスが頬を赤らめながらスネイプに熱い眼差しを送っている。

 私やハリー、セドリック、チョウの四人はクィディッチの訓練があり、他の連中はハグリッドの為といえど二の足を踏み、結果としてエリザベスと、ロンをあらゆる手を講じて説得したジニーが禁じられた森ツアーに最多で参加している。

 エリザベスはスネイプが引率する度に軽い悪戯を仕掛けてスネイプを困らせているらしい。

 

「普段、ハリーをイジメたり、スリザリンを贔屓したりって、ちょっと子供っぽいところがあるけど、いざという時はかっこいい姿を見せてくれるんだから! もう、私の心にストライクよ! 独身だって話だし、なんとか出来ないかな……」

 

 どうやら、エリザベスはスネイプに本気になってしまったようだ。

 

「……とりあえず、弱みを握る為に盗撮するとかは無しにしとけよ?」

「え、なんで?」

 

 忠告したら不思議そうな顔をされた。なんでって言いたいのはこっちだよ。

 

「エレイン。相手は先生よ? それに、年上なの。手段なんて選んでいたら、いつまで経っても手に入らないじゃない」

 

 困ったような表情で困った事を言い出すエリザベス。

 まあ、確かに本気で手に入れようと思ったら、スネイプをロリコンに覚醒させないといけないし、立場や年の差ってブレーキを取っ払う手間も掛けなきゃいけない。

 

「とりあえず、ボディタッチを重ねていこうかしら……」

「お前、スネイプが新聞の一面を飾る事になったらどうする気だよ」

「それはそれでアリじゃない? 世間から後ろ指をさされている所で優しくしてあげれば……」

 

 私は傍で聞いているジェーンとレネ、ハーマイオニーを見た。

 三人は顔を逸らした。レネはちょっと目が泳いでいる。参考にする気だろうか、アランなら何もしなくてもレネ一筋だと思うが……。

 

「……スネイプ。いい先生だったな」

「そうね。いい先生だったわ……」

「先生……、嫌いじゃなかったわ」

「せんせぇ……」

 

 私達は諦める事にした。

 

「それにしても、セストラルって不思議な生き物よね!」

 

 ハーマイオニーが鮮やかに話を切り替えた。

 

「死を理解しなければ見ることが出来ない。その性質だけを聞くと不吉な気がしちゃうけど、実際にはとても大人しくて、優しい天馬の一種だった。何故、そういう生態になるに至ったのか、ちょっと興味が湧いちゃった」

「私はケンタウロスが気になるな―。この前、大きな蜘蛛が襲い掛かってきた時にフィレンツェっていうケンタウロスが助けてくれたの。とってもカッコよかった!」

 

 ジェーンが興奮した様子で言った。

 

「私はユニコーンかな。……死体を見た時は悲しくなったけど、生きている姿はとても綺麗だったから」

「……そう言えば、私達がどうして禁じられた森に入る事を許されているか知ってる?」

 

 レネの言葉の後にエリザベスが言った。

 

「どうしてって、ダンブルドアが許可を出したからだろ?」

「チッチッチ、甘いね、エレイン。そこで考えるべきは《どうして、許可を出す気になったのか》って点よ」

「ハグリッドの為じゃねーのか? ダンブルドアって、明らかにハグリッドと親密っぽいじゃん」

 

 ダンブルドアとハグリッドの関係を見ていると、やんちゃなペットに甘い顔をしている飼い主の姿が浮かぶ。

 まあ、さすがに飼い主とペットの関係よりは上等なものだと思うけど。

 

「それが違うんだな―。実はハグリッドを煽てて吐かせたんだけどー」

「……吐いちゃったのかよ」

 

 多分、秘密にしておくべき内容だったのだろう。

 アイツに何か秘密を共有させるのは止めておこう……。

 

「実は、全部ユニコーンを殺害した犯人を探す為だったのよ!」

「……ふーん」

「なにその薄い反応! もっと驚いてよ!」

「……いや、他に理由があるとしたらそれくらいだろうとは思ってたからな」

 

 大方、ユニコーンの殺害なんて教育に悪い事実を、生徒に知られないよう内密に捜査をしたかったのだろう。

 けれど、教師がぞろぞろと禁じられた森へ入っていくと、かなり目立ってしまう。

 

「私達は犯人捜査の為のスケープゴートだったってわけだ」

「それって、ちょっと複雑ね……」

 

 ハーマイオニーがムッとした表情を浮かべると、エリザベスが得意気に微笑んだ。

 

「更に追加情報もあるんだよー」

「ハグリッド……」

「あっ、ハグリッドじゃないよ? これはフィレンツェさんから貰った情報」

「フィレンツェって、ジェーンが会ったって言ってたケンタウロスか?」

「そうだよ。聞いたら普通に答えてくれたんだー」

「何を聞いたんだ?」

 

 エリザベスは言った。

 

「ユニコーンの血を吸ってる犯人って、ハリーを狙ってるんだって!」

「明るい顔で何言ってんだよ!?」

「ちょっと! それ、先生には言ったのよね!?」

 

 慌ててエリザベスに詰め寄ると、「もっちろーん!」という解答が返ってきた。

 

「いや、さすがに友達のピンチを隠すほどサイコパスじゃないよ」

 

 十分にサイコパスな気もするが、今は流しておこう。

 

「だって、ヴォルデモート卿が復活企んでるって聞いたらねー」

「ちょっと待て!!」

「どういう事!?」

「いや、分かるでしょ? ハリーを狙ってて、ユニコーンの血なんていう《欠陥だらけの蘇生薬》が必要で、今の時期にホグワーツの近郊をうろついてる存在なんだよ? まあ、私も死喰い人の残党辺りかなって思ったんだけど、フィレンツェが最も邪悪な者とか言ってたから、あー、これは復活企んでますわ―って」

「明るく言うな!! おい、これどうすんだ!?」

「みんなに報せるべきよ!」

「あー、それは止めた方がいいかも……」

 

 立ち上がりかけた私とハーマイオニーを止めたのはジェーンだった。

 

「なんで?」

 

 ハーマイオニーが聞くと、ジェーンは青褪めた表情で言った。

 

「……リザ、先生達には伝えたんでしょ?」

「うん! まあ、二人共、あんまり驚かなかったけどね」

「二人って、ダンブルドアとスネイプか?」

「そうだよ。多分、ずっと前から気付いていたんじゃないかな」

「れ、例のあの人が復活する事を予期していたと言うの!?」

 

 ハーマイオニーが慄くように言うと、エリザベスは力いっぱい頷いた。

 

「そういう事になるね!」

「だから、明るく言わないで! これはとんでもない事よ! どうして、ダンブルドアは学校を閉鎖しないの!? 近くに例のあの人が居るかもしれないのに!!」

「どうどう。落ち着けよ、ハーマイオニー」

 

 若干パニックになりかけているハーマイオニーを宥める。

 

「ジェーンも言っただろ? あんまり周知させるべきじゃないって」

「だ、だって!」

 

 私は口を開きかけたハーマイオニーの口を塞いで言った。

 

「要は、ダンブルドア達は気付いている事を気付かれたくないわけだ」

「……あっ」

 

 ハーマイオニーも察したようだ。

 

「罠を仕掛けているのかもしれない。強硬手段に訴えられる事を警戒しているのかもしれない。とりあえず分かる事は、ダンブルドア達にも考えがあるって事だ。あんまり、私達で引っ掻き回さない方がいいと思う」

 

 そういう事だろう? そうジェーンに問いかけると、「うん」という返事が返ってきた。

 

「多分、私達が勝手な事をしたら、逆にハリーが危ないと思う。本人に教えるのもタブーだよ? 思い詰めて極端な行動に出たりしたら、それこそ最悪な結果もあり得るから」

「……そうね。私、冷静じゃなかったわ……」

「仕方ないよ。友達の事だもん……」

 

 ジェーンがハーマイオニーを慰めている。

 

「要するに、私達は知らぬ存ぜぬを通せって事だよな」

「うん。ダンブルドアにも、そう頼まれたよ」

「……それを私達にバラした理由は?」

「ネタを胸の内で腐らせるなんて、私のジャーナリストとしての魂が許さないのよ!」

 

 エリザベスは渾身のドヤ顔を披露しながら言った。

 

「だからパパラッチって言われんだよ!」



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第十六話『メリナのアトリエ』

第十六話『メリナのアトリエ』

 

 雪が降っている。明日から、ホグワーツはクリスマス休暇に入る。

 

「ねえ、どこに行くの?」

 

 朝食の席で拉致したハリーがぼやいている。

 ロンとチェスで激戦を繰り広げている最中に攫ってしまったからな。

 

「もう少し先だ」

 

 八階の廊下まで来ると、私はトロールに頑張ってバレエを教えようとしている《バカのバーナバス》の絵の下へ向かった。

 前回はここでフレッドとジョージに見つかって、探索を中断する事になった。

 

「あの壁だな」

「あの壁に何かあるの?」

「ちょっと待ってろよ」

 

 私はイリーナの手記に従って、《メリナ(Melina)のアトリエ》という言葉を思い浮かべながら壁の前を三周した。

 すると、壁にいきなり扉が現れ、その上には《メリナのアトリエ》という文字が浮かび上がった。

 

「なっ、なにこれ!?」

 

 ハリーが目を丸くしている。

 

「ここ、エドの母親とお前の母親が使ってた秘密の研究室らしいんだ」

「え!? ママと、エドワードのママが!? どういう事!?」

「なんでも、友達だったらしいぜ。特別な場所だから、他の人間には、エドとウィルにも教えないようにって言われてるんだ。けど、お前には教えとこうと思ってさ」

「……ママの」

 

 扉を開けて、中に入る。すると、そこには――――、

 

「汚ねぇ……」

 

 無数の本、雑貨、無数の薬品、化粧品、衣類、おもちゃ、怪しい物体、用途不明の魔術品の数々が所狭しと転がっていた。

 私は理解した。どうして、実の息子にさえ秘密なのか……。

 

「すまん。先に入って、片付けとくべきだった」

 

 ヒラヒラのパンツや、女性向け雑誌まで転がっている。

 

「あー……いや、大丈夫。うん、ちょっと予想外だったけど」

「……片付けるか」

「そうだね……。あっ、その……、パンツとかは君に任せていい?」

「おう、任せとけ。……おい、このパンツはリリーの名前が書いてあるぞ」

「見せなくていいよ!」

 

 中の物は何でも使っていいと手記に書いてあったけど、さすがに使用済みのパンツは使いたくない。

 ハリーがマザコンを拗らせていたら全部くれてやったのだが、性癖は真っ当なようだ。つまらん!

 

「おっ、これってリリーとイリーナじゃねーか? どれが誰か分からねーけど」

 

 テーブルの上には三人の少女が笑顔で並んでいる写真がいくつもあった。

 

「……どの子がママなのかな」

 

 写真は白黒で、瞳の色が判別出来ない。ハグリッド達によれば、ハリーとリリーの共通点は瞳の色のみらしいから、こうなるとサッパリ分からない。

 

「あっ、写真の裏に名前が書いてあるよ。左がイリーナ。真ん中がママ。右がマーリンだって」

「マーリンは知らねーな」

 

 イリーナの話にも出て来なかった。

 

「なんだか、この子はエレインに似てるね」

「そうか?」

 

 右端で挑発的な笑みを浮かべている女を見る。白黒だから、髪色も、瞳の色も分からない。

 けれど、髪質や顔の作りは確かに鏡で見る自分とそっくりかもしれない。

 

「まあ、他人の空似だし、どうでもいいや。それより、掃除を終わらせようぜ」

「うん」

 

 私達は写真の事を頭から切り離して、掃除を再開した。

 それにしても物が多い。衣類だけでも山のようだ。

 

「エレイン! これって何かな?」

「ああ、それは化粧品だな。そっちに集めといてくれよ!」

「了解! うわっ、またパンツだ。……なんで、こんなに落ちてんの」

 

 ゲンナリした様子で私を呼び寄せるハリー。

 

「浮遊呪文で投げ飛ばせばいいじゃん」

「……いや、母親の下着なんて呪文越しでも触りたくないよ」

「ふーん。結構、可愛いじゃん。好みと違うのか?」

「ママなんだよ!?」

 

 結局、掃除は昼過ぎまで掛かってしまった。衣類を拡張呪文の掛かった洋服箪笥に叩き込み、化粧品を化粧台に並べ、本屋雑誌は本棚に整理しながら入れた。

 

「しっかし、完全にプライベート空間って感じだな」

 

 研究もしていたのだろうが、どちらかと言うと、自堕落な生活を学校内で満喫する為の部屋って感じだ。

 

「これって、日記かな? マーリン・マッキノンって、名前が隅に書いてある」

「マーリン・マッキノン……? この右のヤツか? なんか、どっかで聞いた事ある気がするな……」

 

 ハリーから日記を受け取って開いてみる。

 そこには誰と誰が付き合い始めただの、新しい魔法薬の研究が順調だの、男友達に対する不満だのが書き散らされていた。

 

「ふんふん。『今日はついにリリーがジェームズの気持ちに応えた。応援していた甲斐があったわ。ピーターやリーマス達も喜んでた。イリーナとお祝いの方法を考えなくちゃ!』……、だってさ」

 

 リリーとジェームズ。ハリーの両親の馴れ初めを読み上げると、ハリーはなんとも言えない表情を浮かべた。

 

「ママとパパがその日に恋人になったんだね」

「そうらしい。おっ、次の日に初体験したらしいぜ」

「初体験……? 何をしたのかな?」

 

 おっと、ハリーはまだピュアだったようだ。

 

「……詳しくは書いてないな」

 

 ちょっと生々しい説明をしてやろうかと下卑た発想も浮かんだが、止めておく。

 

「ん? これは、スネイプの事か?」

「え、スネイプの事も書いてあるの?」

「おう。なになに……、『セブルスがまたジェームズ達と喧嘩していた。昔はジェームズの方がふっかけていたのに、立場がすっかり逆転している。彼もリリーの事を愛していたから、嫉妬もあるんでしょうね。最近はよくない噂を聞くようにもなったし、彼の為にも、リリーの為にもあまり二人を近づけない方が良さそう』」

「……スネイプって、ママの事が好きだったの!?」

「ああ……、あー、そうか、そういう事か! なーんか、しっくり来た。ああ、なるほどね。だから、ハリーにツンツンしてるわけだ」

「うわぁ……、知りたくなかった」

 

 ハリーは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 

「おっ、イリーナとダンの出会いの事も書いてあるな」

 

 図書館で偶然出会い、イリーナが勉強の事で悩んでいるダンの面倒を見るようになって、それから付き合い始めたらしい。

 図書館デートというヤツだ。

 

「……今度、エドを誘ってみるかな」

 

 勉強が難しくて大変だって嘆いていたしな。

 

「エレインはエドの事が好きなの?」

「ん? あー、うん。多分、好きなんだろうな」

「多分って……?」

 

 首を傾げられても困る。私自身もよく分かっていないのだ。

 

「これが恋かって聞かれると、あんまり自信がないな。まあ、アイツより好みなタイプの男はいても、アイツより好きな男はいないから、アイツにその気があるなら付き合ってもいいし、結婚してもいいと思ってるよ」

「……僕が言うのも何だけど、もうちょっと真剣に考えてあげた方がいいと思うよ?」

「コレでも真剣なんだけどな……」

 

 何気なく日記のページを捲っていると、著者のマーリンとバンって奴の恋愛模様もあった。

 物凄い量の惚気の数々に思わず日記帳を閉じてしまった。

 

「それで、何か持ってくか? 少なくとも、リリーの物はお前のもんだぜ?」

「……いや、ママの服とか貰っても」

「化粧品は?」

「いらない」

 

 キッパリと断られてしまった。まあ、欲しいって言われたら、それはそれで反応に困ったけどな。



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第十七話『必殺技』

第十七話『必殺技』

 

 季節が移り変わり、春になった。イースターの休暇も終わり、来年の選択科目も決めた。

 そして、いよいよスリザリンと戦う日が来た。

 熱狂する観客達を眼下に、私は上空でドラコと睨み合った。

 

「……いよいよだね」

「ああ、ようやくだぜ」

 

 剥き出しの闘志をぶつけ合う。

 ドラコにはエドの事で恩義がある。だけど、それとこれは話が別だ。

 私はコイツにボコボコにしてやると言った。私は一度口にした言葉を曲げない主義だ。

 

「お前をぶっ倒すことにワクワクしてきたぜ!」

「面白い事を言うね。試してみたまえ、返り討ちにしてあげるよ」

 

 上級生のセドリックには競り勝った。だけど、油断は出来ない。観客席からドラコとハリーの激突を見た限り、正々堂々を信条とするセドリックとは対象的に、ドラコは狡猾な男だ。どんな手段を使ってでも、勝利を掴もうとする。

 燃えるじゃないか。相手にとって不足はない。さーて、スニッチはどこだ?

 

「……ところで、エドが君の事を惚気けてくるんだけど、どうにかしてくれないかな?」

「は?」

 

 一瞬、私の思考が凍結された。その瞬間、ドラコは意地の悪い笑みを浮かべて箒を走らせた。

 

「あっ、あの野郎!」

 

 警戒していたのに、アッサリ先手を打たれてしまった。慌てて追いかける。だけど、追いつけない。

 ドラコの乗っている箒はニンバス2001。ハリーが乗ってるニンバス2000の後継機であり、今現在の箒の中で最先端をいく逸品だ。

 その性能は、私の乗っているクリーンスイープ7号とは雲泥の差だ。

 

「クソッ」

 

 一秒の空白があまりにも致命的だった。手を伸ばしても届かない程、先を行かれている。

 

「おい、もっとスピード出せよ!!」

 

 スニッチが急降下でもしてくれれば、度胸勝負に持ち込めるが、今回のスニッチはお利口さんだった。

 ドラコが悠々とスニッチを掴み、試合を終了させる。

 歯ぎしりする私にドラコは言った。

 

「ああ、言っておくけど、さっきのは本当だよ。君が可愛くて仕方ないってさ! どうしたら君の心を射止められるか、真剣に相談されてしまったよ」

 

 ニヤニヤしながら言うドラコに私は顔を背けた。

 

「つっ、次は負けないからな!」

「残念だけど、来年からはエドも参戦する。君に勝ち目は無いよ」

「ウルセェ! 吠え面かかせてやるからな!」

「まあ、頑張りたまえ。願わくば、君があの忌々しいポッターを負かしてくれる事を祈っているよ」

 

 そう言い残すと、ドラコは勝利の凱旋を始めた。実に忌々しい。

 

 ◇

 

「すまねぇ……」

 

 頭を下げると、チームメンバーは誰も私を責めなかった。

 

「箒の性能差はどうにもならないッスよ。一瞬の差が絶対的なものになってしまうから……」

「俺達も翻弄されっぱなしだった。スリザリンは元々強豪だったが、全員にニンバス2001が配備された事で隙が無くなった……」

 

 シャロンとマイケルが項垂れている。

 

「……クリーンスイープ7号だと、もう限界だよ」

 

 アリスは自分の箒を見つめた。

 

「ポッターだって、ニンバス2000を使ってる。エレインの技術や度胸でどうにか出来るレベルじゃないよ……」

 

 ドラコに負けた私には何も反論する事が出来なかった。

 

「……箒の性能か」

 

 ボルクも難しい表情を浮かべている。

 

「でっ、でも、諦めたらそれこそおしまいよ!?」

 

 チョウがみんなを鼓舞するが、誰の表情も晴れることは無かった。

 

「もう、伝統なんて言ってられないんじゃない?」

 

 チサトが言った。

 

「クリーンスイープ7号は安定した性能が自慢。だけど、最高速度や加速力が明らかに劣っているもの」

「しかしな……。グリフィンドールとの試合もすぐだ。それに、箒は値が張るぞ」

 

 箒を注文したとしても、今からではグリフィンドールとの試合に間に合わない。

 結局、私達はクリーンスイープ7号で戦うしか無い。

 私はメアリーがくれた手書きのクィディッチ戦術理論を開いた。

 

「……これしかない」

 

 私はマイケルに言った。

 

「次の試合、絶対に勝つ」

「どうする気だ?」

「……必殺技を作るんだよ。頼む、訓練を手伝ってくれ」

 

 マイケルは私が開いたページに書いてある文章を見て表情を歪めた。

 

「だけど、これは……」

「これしかない。性能で劣るなら、技を磨くしかねーよ」

「だが、一歩間違えば……」

「メアリーは……、私なら出来るかもしれないって言った」

「……エレイン」

 

 マイケルは厳しい表情を浮かべた。

 

「私は勝ちたいんだ!」

「……分かった」

 

 マイケルは重い口調で言った。

 

「だが、訓練で成功しなければダメだ。本番で一か八かなんて認めないからな!」

「……分かったよ」

「忙しいだろうが、メアリーに協力してもらおう」

 

 ◇

 

 それから、グリフィンドールとの試合の日まで、私は他の活動を休んで、その技の訓練のみに時間を費やした。

 就職活動を既に終えたメアリーは全力で訓練に強力してくれて、同時にいくつかのスキルも教えてくれた。

 

「いいですか? この技の肝は如何に相手を騙せるかに掛かっています。表面的な演技力だけでは足りません。相手はあのハリー・ポッターなのですから、視線や全身の筋肉移動まで、すべてを使って騙しなさい」

 

 訓練は非常に厳しく、ハーマイオニー達にも助力を求めた。

 訓練で大怪我を負っては本末転倒だから、リスクを避ける為だ。

 何度か失敗しそうになり、その度にみんなから「止めてくれ!」と言われた。だけど、止めるわけにはいかない。

 次の試合で勝てなければ、優勝が遠のいてしまう。今、最も優勢なグリフィンドールは既に二勝している。次の試合で私達が負ければ、グリフィンドールの優勝が確定してしまう。

 

「負けてたまるかよ!!」

 

 競技場が使えない時は演技の練習をして過ごし、訓練ではそれなりに上手く出来るようになった。

 後は本番で使い物になるかどうかだ。こればかりは使ってみないと分からない。

 

 ◇

 

 グリフィンドールとの試合が始まる。

 さすがに三度目となると観衆の声にも慣れたものだ。

 私はハリーを睨みつける。

 

「エ、エレイン。なんか、怖いんだけど……」

「ぶっ殺す」

「ぶっこ!? ちょっ、エレイン!?」

 

 負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。

 ドラコに負けて、悔しかった。勝つって口にして負けた事が悔しかった。勝負で負ける事が悔しかった。

 勝つ。負けたくない。叩き潰してやる!

 

「私が勝つ。いくぞ、ハリー!!」

「……あ、ああ!」

 

 まずは試合の流れを見守るしかない。

 ハリーが速攻でスニッチを掴むから、グリフィンドールのチェイサーが入れたポイントは多くない。

 問題はスリザリンだ。次のハッフルパフとの試合でドラコが勝った場合、私がハリーに勝っても、チェイサーが入れたポイントの差で負けてしまう。

 セドリックならあるいは、とも思うが、箒の性能差は予想以上に大きな意味を持っている。それに、セドリック以外は雑魚もいいところだからな。おそらく、スリザリンが勝つ。 

 最低でも、100ポイントは取らないと、勝っても負けてしまう可能性がある。

 

「がんばってくれよ、みんな!」

 

 私が叫ぶと、何故かフレッドとジョージが手を振ってきた。

 イラッとするが、無視する。

 途中、何度かスニッチが姿を現したが、ハリーも動かなかった。おそらく、グリフィンドールも分かっているのだ。

 この試合でグリフィンドールも最低100ポイントを取らなければ、スリザリンが優勝する可能性がある事を。

 

 試合の流れが推移していく。状況は五分。互いに点を取り合っている。チョウも奮戦していて、レイブンクローが若干優勢だ。

 次にゴールが入れば、レイブンクローは最低ラインを超える。動くチャンスだ。

 チサトとボルクがブラッジャーでグリフィンドールのチェイサーを撹乱している。

 うまくアリスがクァッフルを奪い取り、ゴールへ向かっていく。

 ところが、フレッドがブラッジャーをアリスの進行方向に向かってうちはなった。

 その一瞬の隙をついて、グリフィンドールのチェイサーがアリスからクァッフルを奪い取り、ゴールを決めた。

 これで同点。次にグリフィンドールがポイントを入れたら、確実にハリーが動く。

 

「マイケル!!」

 

 私が叫ぶと、マイケルは表情を引き締めた。どうやら、私の考えが伝わったようだ。

 ハリーが警戒心を露わにしている。むしろ、好都合だ。私は適当に飛び回り、呟いた。

 

「90でも十分だよな」

「え?」

 

 ハリーが喰いついた。

 私はハリーの視界を塞ぐようなカタチで急降下を開始した。

 

「なっ!?」

 

 慌ててハリーが追い掛けてくる。

 重要なのはここからだ。私は追ってくるハリーの視界を塞ぎ続けた。

 まだ、追い抜かれるわけにはいかない。

 

「どけ、エレイン!!」

 

 私の先にスニッチがあると確信したのだろう。ハリーが威勢のいい声を上げる。

 後三秒。二秒……、一秒。

 ここだ!

 

「ああ、退いてやるよ!」

「え!?」

 

 私が旋回して急降下から急上昇に転じると、ハリーの視界には目前に迫る地面が映った。

 

『ウ、ウロンスキー・フェイントだ!! 信じられません!! あの技を学生が使うなんて!! っていうか、ハリーは大丈夫なのか!?』

 

 実況がやかましいが、私は耳を澄ませた。私の人一倍鋭敏な聴覚が、瞬く間にスニッチの羽音を聞き分けた。

 

「そこか!」

 

 背後を振り返る余裕はない。ハリーは間違いなく追ってくる。

 完璧に成功したが、あれで勝利を確信させてくれる相手じゃない。独走態勢のまま、全力でスニッチを追いかける。

 その間に、マイケルがゴールを決めた。

 私の必殺技(ウロンスキー・フェイント)で、競技場の注目が集中している間に油断なく100ポイント目を獲得している。

 

「取った!!」

 

 私はスニッチを掴み取った。

 

「クソッ!!」

 

 すぐ背後に、悔しそうに顔を歪めるハリーがいた。

 ゾットする。一瞬でも振り返っていたら、ハリーは確実に私を追い抜いていた。

 

「……さすがだな、ハリー」

「こっちのセリフだよ、エレイン。まんまと騙された」

 

 あの急降下からの急上昇を専門の訓練無しでやり遂げるとはな……。

 

「とりあえず、私の勝ちだ」

「……次は負けない」

 

 メラメラと燃え上がる闘志を瞳に宿して、ハリーは言った。

 

「次も勝つ!」

 

 今のままじゃ、次は負ける。ウロンスキー・フェイントも、一度見せた以上、対策を練られるだろう。

 もっと力が必要だ。私はハリーと睨み合った後、ニヤリと笑った。

 

「ワクワクして来るじゃねーか!」

「……こっちもだよ、エレイン!」

 

 これでレイブンクローとグリフィンドールが並んだ。

 残るスリザリンとハッフルパフの試合経過次第で、今年の優勝杯の行方が決まる。

 眼下では、幾年ぶりかの優勝が見えてきて、レイブンクローの生徒達は喝采を上げている。

 

 そして、ついに運命の日がやって来た。

 スリザリンとハッフルパフの試合。

 そして――――、



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第十八話『完全復活』

第十八話『完全復活』

 

 いよいよ、今年の優勝杯の行方が決まる。スリザリン対ハッフルパフ。全てはこの試合の展開次第だ。

 スリザリンとレイブンクローの総合点数差は260点。スリザリンが110点を獲得する前にセドリックがスニッチを掴めば、レイブンクローの優勝だ。

 既に優勝の芽が無いハッフルパフも、スリザリンの常勝無敗伝説に終止符を打てるかもしれないと、士気が昂ぶっている。

 

「セドリック! 速攻で決めろよ! お前なら出来る!」

 

 観客席から声援を送る。当のセドリックは上空でドラコと火花を散らし合っている。

 競技場にマダム・フーチが現れた。スニッチとブラッジャーを解放し、クァッフルを持ち上げる。

 試合開始が宣言され、両チームのチェイサーが動いた。最初にクァッフルを掴んだのはスリザリンだ。鬼気迫る表情を浮かべ、猛スピードでハッフルパフを蹴散らし、先取点を獲得する。

 

「おい、しっかりしろよ!!」

 

 あまりにも不甲斐ないハッフルパフのチェイサー達に私は思わず野次を飛ばしてしまった。

 110点というマージンがあっても、まったく安心出来ない。

 

「うわっ、またスリザリンにクァッフルが渡っちゃった……」

 

 隣でハーマイオニーが落胆した声を上げる。

 ハッフルパフのチェイサーは本当に雑魚だ。折角、確保出来たクァッフルを瞬く間に奪い返されてしまった。

 そのまま、抵抗らしい抵抗も出来ずにゴールを決められる。

 スリザリン側は余裕の表情だ。

 

「セドリック! さっさとスニッチを掴め! お前のチーム、全然当てにならないぞ!!」

 

 セドリックも上空で落ち着き無く動き回っている。その後ろをドラコはストーカーみたいに追いかけている。

 110点……いや、260点獲得するまでセドリックの妨害をすれば、それでスリザリンの勝利は確定する。だからこそ、ドラコには、積極的にスニッチを狙う気がない。

 ドラコの腕と、ニンバス2001の性能で妨害を受けたら、いくらセドリックでも厳しい。

 

「セドリック、がんばれ!」

 

 スリザリンが70点目を獲得した時、ようやくスニッチが姿を現した。

 瞬時に動き始めるセドリック。だけど、セドリックの箒の性能はニンバス2001に僅かに劣っている。

 刹那の差と言えど、明らかに出遅れたドラコがセドリックに追いつき、体当たりをした。

 何度もぶつかってくるドラコに気を取られて、セドリックはスニッチを見失い、悔しそうに吠えた。

 

「クッソ、ドラコのヤツ、巧いな」

 

 それから二度、セドリックはスニッチを見つけたけれど、ドラコの妨害に屈した。

 そうしている内に、遂にスリザリンが110点目を獲得する。これでドラコがスニッチを掴めば、スリザリンの連続優勝記録が更新されてしまう。

 固唾を飲んで見守っていると、急にカバンに括り付けたスニーコスコープが眩しいくらいに光り始めた。

 

「なっ、なんだ!?」

 

 次の瞬間、競技場の中心に何かが現れた。

 一見すると、それは蛇のようにも見えた。けれど、あまりにも大き過ぎる。

 

『――――全ての者よ、目を塞げ(ピエルトータム オブスクーロ)!!』

 

 よく見ようと目を凝らしたら、急に目の前が真っ暗になった。

 ダンブルドアの声が聞こえる。

 

「選手諸君はその場で滞空せよ!! 決して動いてはならぬ!! 動いた者のチームはその時点で敗北とする!!」

 

 まるでマイクを使っているかのような大声でダンブルドアは言った。

 そして、暗闇の向こうでダンブルドアがいくつも呪文を唱え、何かと戦っている音が響き続けた――――。

 

 ◆

 

 競技場の方角から歓声が響いてくる。今年は四つの寮それぞれにタイプの異なる優秀なシーカーがいて、勝敗が荒れに荒れている。

 その注目度たるや、恐らくはホグワーツ史上でも類を見ない高さだろう。

 

「存分に楽しみたまえ。その間に、僕は目的の物を手に入れる」

 

 必要な物を詰めたカバンを手に、僕は前回の潜入で確保した侵入ルートを進んだ。

 ドラゴンの領域を超え、悪魔の罠を抜け、トロールの脇をすり抜け、チェスを無視して、薬品の間でカバンから一人の人間を取り出す。

 数ヶ月間、丹念に洗脳を施した人間だ。口元に正解の薬品を運び、飲ませる。

 

《賢者の石を探す》

 

 それ以外の思考を全て削ぎ落としてある。生きる事も、死ぬ事も、食べる事さえ望まない人形。これなら、みぞの鏡を攻略する事が出来る。

 

「さあ、賢者の石を手に入れろ」

 

 みぞの鏡の前にマグルの青年を放り投げる。虚ろな目で鏡を見た彼は首を傾げながらポケットをまさぐった。

 

「そこか!」

 

 男のポケットに手を入れると、ヒンヤリとした硬い物が入っていた。

 取り出したそれは、血のように紅い宝石だった。

 

「……間違いない。手に入れた! こんなにアッサリと!」

 

 振り向いても、ダンブルドアは現れない。

 当然だ。彼は今頃、競技場でバジリスクと戦っている。アレはダンブルドアでなければ対処出来ないからね。

 

「よし、もう貴様に用はない」

 

 口からヨダレを垂れ流し、唸り声のようなものを上げ続けている男を始末する。 

 その時だった。突然、地面が揺れ始めた。

 

「これはっ!? そうか、ダンブルドアめ! 万が一に備えていたか!」

 

 この空間の壁は霊体を透過しない。それはつまり、今の僕であっても生き埋めにされてしまう事を意味する。

 壁や地面、天井がヒビ割れていく。

 

「……おもしろい」

 

 絶体絶命とも言うべき危機。実に心躍る展開だ。

 賢者の石を懐にしまい込み、崩れ落ちてくる天井を避け、炎の壁に向かう。

 

「ッハ、この程度か!」

 

 炎の壁を抜ければ、そこは薬品の間。天井が崩れる様子も、床が落ちる心配もない。

 悠々とその場を後にした僕を待ち受けていたモノはトロールだが、相手をしている暇はない。

 無視して先に進む。鍵の間も問題なく通過して、悪魔の罠へ辿り着いた。

 

「ッフ!」

 

 出入り口まではかなりの高度があるが、僕は箒が無くても飛ぶ事が出来る。

 ドラゴンの間では相変わらずノルウェー・リッジバックが飛び回っているが、やはり僕には興味を示さない。

 これがオリジナルなら話が変わってくるのだろうが……、

 

「……ほう」

 

 ドラゴンの間から出ると、見知った顔が待ち構えていた。

 

「セブルスじゃないか! 君の事はオリジナルから聞いているよ!」

「……貴様、その姿は」

 

 セブルス・スネイプ。嘗て、オリジナルが率いていた軍団に名を連ねていた男。

 彼は僕に杖を向けている。

 

「おやおや、もしかして、僕と敵対する気かい? 今なら許してあげるよ。いろいろと」

「……賢者の石を使ったのか」

「使った? ……ああ、そう勘違いしてもおかしくないか」

 

 彼から見れば、僕は若い頃の肉体を取り戻したように見えるのだろう。

 大方、ダンブルドアか、オリジナルに若い頃の写真でも見せられたんだろうね。

 

「とりあえず、僕の姿を見た君を、このまま帰してあげるわけにはいかないんだよね」

「アバダ・ケダブラ!!」

 

 緑の閃光が迫る。素早く、そして的確な判断だ。

 防御不可能な死の呪文。ただの魔法使い相手なら、これでゲームセットだ。

 

「……まあ、僕には効かないんだけどね」

 

 だって、今の僕は本体から抜け出した影に過ぎないからね。

 

「なんだと……!?」

 

 目を見開くセブルスに、僕は杖を向けた。

 

服従せよ(インペリオ)、セブルス」

 

 死の呪文が効かなかった事で動揺したのだろう。セブルスは呆気なく服従の呪文に支配された。

 記憶を開心術で探るのも、安全を確保した後の方が賢明だろう。

 バジリスクはダンブルドアに討伐されたようだ。少し、急ごう。

 

「行くよ、セブルス」

「……かしこまりました」

 

 ◇

 

 秘密の部屋で待っていると、オリジナルの寄り代が血相を変えて入って来た。

 

『どういうつもりだ、貴様!! 賢者の石を確保する前にバジリスクをけしかけるなど!!』

 

 オリジナルの声が響く。その背後からセブルスが忍び寄り、呪文を掛けた。

 悍ましい絶叫が響き渡る。

 

「……隠れていたとは言え、セブルスに気付かなかった。君はもうダメだよ、オリジナル」

 

 オリジナルが何かを叫ぶが、もはや言葉の体をなしていない。

 しばらく待つと、やがて叫ぶ事さえ出来なくなった。

 

「さて、乗っ取らせてもらうよ。その前に……、君は用済みだ」

 

 セブルスを殺して、僕は分霊箱から完全に抜け出した。

 クィレルの肉体へ移り、オリジナルの魂を侵食する。

 

『やめろ!! やめろ!! 貴様は俺様だぞ!! こ、このような……やめっ、がが……』

 

 やはり、相当弱っていたようだ。呆気なく、精神を乗っ取る事に成功した。

 

『あとは……』

 

 賢者の石から生成した命の水を口に含む。

 その瞬間、変化が始まった。究極の蘇生薬は、僕の魂の情報を下に肉体を再構成している。

 激しい痛みに悶え、そして、悶える事が出来る肉体に興奮した。既に、手足が揃っている。

 

「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 喉が、眼球が、鼻孔が、耳孔が、次々に機能を再開させていく。

 

「ハァ!!」

 

 そして、気付けば僕は本来の肉体を取り戻していた。

 オリジナルの見窄らしく、卑しい姿じゃない。僕が僕であった時代の肉体だ。

 髪をかき上げ、空気を吸い込む。

 

「ああ……、これだよ。空気の味とは、こうだったね」

 

 分霊箱として在った頃は、生ある者としての全てが失われていた。

 目に映る景色も白黒で、臭いも音も雑味が混じり、如何に他者の生気を奪っても、まるで生きている実感が湧かなかった。

 それはオリジナルも同様。クィレルの肉体に憑依する前、肉体をハリー・ポッターに滅ぼされる前から、彼も生きてはいなかった。

 

「素晴らしい。これが賢者の石の力!」

 

 四肢に力が漲る。五感が冴え渡る。精神が研ぎ澄まされていく。

 笑いが止まらない。

 

「愚か者達に感謝しなければいけないね」

 

 オリジナルに託された日記(ぼく)を遊びに使ったルシウス。

 僕の野心に最後の瞬間まで気付けなかったオリジナル。

 賢者の石を守りきれなかったダンブルドア。

 彼らのおかげで、僕は肉体を取り戻した。

 

「――――さあ、ヴォルデモート卿の完全復活だ!!」 



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3rd.The best of friends must part.
第一話『不穏』


第一話『不穏』

 

 スリザリン対ハッフルパフの試合は中断となった。

 はじめは何がなんだか分からなかった。教師達に追い立てられるように寮へ戻されて、私達は談話室に閉じ込められた。

 寝室に向かう人間はいない。競技場で起きた出来事を明確に理解出来ている者はそう多くないが、誰もが異常事態の発生に気付いている。

 

「……ねえ、どう思う?」

 

 ハーマイオニーが小声で聞いてきた。

 

「どう思うって言われても……」

 

 ジェーンはお手上げとばかりに肩を竦めた。

 

「気付いたら目の前が真っ暗になってたから……」

 

 レネも困惑した表情を浮かべている。

 

「……大きな蛇が競技場に現れて、それから視界がブラックアウトしたんだったよね」

「うん。あの蛇のサイズからして、恐らくは魔法生物だと思う」

 

 エリザベスとカーライルはさすがの観察力だ。

 

「蛇か……。なんだと思う?」

 

 アランの問い掛けに応えられる人間はいなかった。なにしろ、種族を判別する間もない一瞬の事だったから。

 

「……また、ハグリッドがやらかしたのかな?」

 

 ジェーンが顔を引き攣らせながら言った。

 誰も反論しない。薄々、みんなもそうじゃないかと思っていた。

 ケルベロスのフラッフィー、ドラゴンのノーバート、アクロマンチュラのアラゴグ。

 他にも、ハグリッドがホグワーツに持ち込んだ超危険(・・・)な魔法生物は数知れない。

 

「ダンブルドアがあそこまで慌てるって事は、相当危険な生き物って事よね?」

「……あの男、やはり危険だ」

 

 ハーマイオニーが青褪めた表情で言うと、アランが深刻そうに呟き、レネを抱き寄せた。

 

「もう、あの男の下に行ってはダメだ!」

「ア、アラン……」

 

 二人の世界に突入したバカップルは無視しよう。

 どうせ、こうなるとまともな返事は返ってこなくなる。

 

「とりあえず、結果オーライではあるな」

 

 私の言葉にキョトンとした表情を浮かべるハーマイオニーとジェーン。対して、エリザベスとカーライルは悪い笑顔を浮かべている。

 こういう時、性格の違いが色濃く現れるな。

 

「スリザリン対ハッフルパフの試合が中断になった。つまり、現時点で、レイブンクローがトップという事だよ。あのまま試合が続いてたら、きっとハッフルパフはコテンパンにやられちゃって、今年もスリザリンの優勝が決まってただろうね」

「アハハ、ハグリッドのファインプレーだね!」

 

 カーライルとエリザベスの言葉にジェーンは苦笑した。

 

「それって、素直に喜んでいいの?」

「いいに決まってるだろ。運も実力の内だ」

 

 私の言葉にハーマイオニーは呆れましたとばかりのため息をこぼした。

 

「……まあ、犯人は決まったようなものだし、もう寝ましょうか」

「そうだね!」

「だね。ハグリッド以外に居ないだろうし」

「ああ、アイツに間違いない」

「異論を差し込む余地もないね」

 

 私はアランからレネを引き剥がして寝室へ向かった。

 幸い、ダンブルドアが迅速に行動したおかげで今回も被害者は出なかった。

 どちらかと言えば、エリザベスの言う通り、ハグリッドの行動はファインプレーと言える。

 

「へっへー、優勝!」

「うーん。喜んでいいのかなー……」

「それよりもハグリッドが心配だよ……。罰とか受けないといいな……」

 

 レネが心配そうに呟く。

 

「……ケルベロスやドラゴン持ち込んでオーケーだったんだぞ?」

「他にどんな怪物を持ち込んだら罰則になるのよ……」

「そ、そうだね……、あはは……」

 

 もし、今回の事で罰則を受けたら、あの蛇がケルベロスやドラゴン以上の危険生物という事になる。

 流石にないよな……?

 

 ◇

 

 翌日、起きて談話室に向かうと、フリットウィックが青褪めた表情で立っていた。

 

「どうしたんだ、先生」

 

 私が声を掛けると、フリットウィックは飛び上がった。

 

「お、おい、大丈夫か?」

「え、ええ、大丈夫ですとも! ああ、ミス・ロット。それに、ミス・グレンジャー、ミス・ジョーンズ。他の生徒達が起きるまで、ここで待機していて下さい。今日は寮の生徒全員で大広間まで移動します」

「全員で!? 昨日の蛇はダンブルドアが倒したんだろ?」

「……詳しい事は校長が話します」

 

 不可解だけど、いくら突いてみてもフリットウィックは応えなかった。まるで、何かを恐れているかのように、ときおり体を震わせている。   

 私達は顔を見合わせながら、他の寮生が起きてくるのを待った。

 

 寮生全員で大広間に向かうと、スリザリンとハッフルパフが既に着席していた。大分ざわついている。

 私はエドの後ろ姿を見つけて、そのすぐ傍の席を陣取った。レイブンクローのテーブルはスリザリンのテーブルと隣合わせなのだ。

 

「よう!」

「あっ、エレイン!」

 

 私が声を掛けると、嬉しそうに笑顔を浮かべた。可愛いヤツだ。

 

「へへー、今年はレイブンクローが優勝を貰ったぜ!」

 

 私の言葉が聞こえたらしく、他のスリザリン生が一斉に振り向いてきた。

 

「……言っておくけど、試合は中断されただけなんだ。このまま優勝が決まるなんて甘い考えは捨て給えよ、レイブンクロー!」

 

 青筋を立ててドラコが言った。

 エドの隣に座っていたらしい。その更に隣でゴリラみたいなヤツがウホウホ言っている。

 

「はっはっは、望み薄だけどな。だって、もうすぐ期末テストが始まるぜ? クィディッチの試合なんてやってる暇無いだろ」

「暇なんて無くても再開させてみせるさ。僕の父上はホグワーツの理事を兼任しているからね」

「ふーん。まあ、再開しても私に出来る事はセドリックを応援する事だけだけどな」

「えっ、なんで!?」

 

 エドが血相を変えた。

 

「なんでって……、セドリックが勝てば、レイブンクローが優勝するからだよ」

「……セドリックに勝って欲しい理由はそれだけ?」

 

 ドラコが渋い表情を浮かべて顔を背けた。まるで、レネとアランのラブシーンが始まった時の私のようだ。

 

「……他に理由なんてねーよ」

 

 ホッペを軽く揉んでやると「やめてよー」という情けない声を出した。

 これは嗜虐心が刺激されるな。ホッペの柔らかさも実に私好みだ。

 

「はい、そこまで」

「戻ってこい、エド」

 

 しばらく堪能していると、ハーマイオニーとドラコに止められた。

 

「ダンブルドアのお話が始まるわよ」

 

 いつの間にか、グリフィンドールも席についていた。教員席も二つの空きを残して埋まっている。

 

「あれ? スネイプとクィレルがいねーじゃん」

「静かにしなさいってば」

 

 ハーマイオニーに叱られてしまった。

 大人しく、口を閉じてダンブルドアの話に耳を傾ける。

 

「……諸君。君達にいくつか悲しい報せがある」

 

 その後に続いた言葉を私は信じられない思いで聞いていた。

 

「嘘だ……」

「そんな……」

 

 エドやドラコの呆然とした声が耳に残る。

 振り向けば、ハーマイオニーとレネもショックを受けていた。

 

「冗談だろ……」

 

 スネイプとクィレルが死んだ。そう、ダンブルドアはハッキリと口にした。

 一年生の頃、私の我儘でハグリッドが罰則を受けそうになった時に庇ってくれたクィレル。

 禁じられた森に入る時、嫌そうにしながら私達を守ってくれたスネイプ。

 二人の訃報を私はすぐに信じる事が出来なかった。

 

「な、なんでですか!? なんで、そんな事言うんですか!?」

 

 エリザベスが哀しみに満ちた声で叫んだ。

 その顔には、怒りや哀しみが入り混じり、瞳には涙が浮かんでいた。

 

「……ミス・タイラー。座りなさい」

「答えて下さい!! なんで、そんな……、嘘を言うんですか!!」

「嘘ではない」

「嘘です!! だって……、だって……」

 

 エリザベスが崩れ落ちた。慌ててジェーン達と共に駆け寄ると、エリザベスは嗚咽を漏らしながら蹲った。

 

「エリザベス……」

 

 エリザベスはスネイプが好きだった。これから、どうやって交際に持ち込むか真剣に考えていた。

 

「……ダンブルドア。嘘だよな? だって、なんでスネイプが死ぬんだよ」

 

 声が震えた。スネイプの事を器の小さいおっさん程度に考えていた筈なのに、死んだと聞かされた瞬間から、禁じられた森で過ごした時間を思い出してしまった。

 私達を守るために常に周囲を警戒する姿。フラッフィーに無闇に近づいた私達に説教をする姿。エリザベスみたいに恋心なんて抱いてないけれど、私もスネイプの事が好きだった。

 その事に気付いたのは、私だけじゃなかった。ハーマイオニーやレネも泣き崩れた。

 

「……本当じゃ。後日、二人の葬儀を執り行う」

 

 その言葉にスリザリン生が爆発した。

 

「事情を話せよ!!」

「なんで、スネイプ先生が!?」

「何があったんだ!!」

「あの競技場に現れた蛇が関係しているんですか!?」

 

 怒声はハッフルパフからも響いた。

 セドリックが涙を零しながら説明を求めている。

 グリフィンドールの席でも、泣いているジニーをハリーとロンが慰めていた。

 

「……詳しい事情は調査中じゃ。後日、改めて説明を行う」

 

 その後も説明を求める声は止まなかった。けれど、ダンブルドアは答えなかった。

 その姿は、どこかやつれて見えた。

 

 数日後、ダンブルドアの言葉通りに葬儀が執り行われた。

 棺に並ぶ二つの遺体。見間違えようがなかった。

 泣き叫ぶ者、怒りに身を震わせる者の数は、全体から見れば少なかった。スネイプは嫌われ者だったし、クィレルも人気のあるタイプじゃなかった。

 それでも、私達にとっては勇敢な教師だった。

 

「……スネイプ先生」

 

 私達が蛇を持ち込んだ下手人だと断定したハグリッドも涙を流していた。

 あの様子を見ると、犯人が別にいる気がしてくる。だけど、一体誰が……?

 

「ねえ、エレイン」

 

 ハーマイオニーが青褪めた表情を浮かべて言った。

 

「もしかして、先生達を殺したのって……」

「ヴォルデモートよ」

 

 怒りを滲ませた声でエリザベスが言った。

 

「……間違いない」

 

 エリザベスは参列した大人達に語りかけているダンブルドアを睨んだ。

 

「知ってた癖に……」

「おい、エリザベス。まだ、決まったわけじゃないだろ」

「他に誰がいるって言うの!? 先生を二人も殺したのよ!?」

 

 私は慌ててエリザベスの口を塞いだ。周囲の目が集まっている。

 私はハーマイオニー達に合図を送り、一緒に葬儀の場から離れた。エリザベスが藻掻いているが、騒ぎを起こすのはまずい。

 仮にエリザベスの推理が正しかったとしたら尚更だ。

 

「一旦、落ち着けよ、エリザベス!」

「うるさい!」

 

 エリザベスは目に涙を浮かべて怒鳴った。

 

「エレインは悔しくないの!? 私達は知ってたのよ! アイツが……、ヴォルデモートがこの近くに潜んでいるって! ダンブルドアなんて信じるんじゃなかった!」

「落ち着いて、エリザベス! 仮に相手が例のあの人だったとしても、怒りを向ける相手が間違ってるわ!」

 

 ハーマイオニーが諭すように言うが、火に油を注いだようなものだった。

 

「……分かったわよ」

 

 そう言って、エリザベスはハーマイオニーを突き飛ばすと、私達に敵意の篭った視線を向けて葬儀場へ向かった。

 私達も戻って警戒したけれど、それ以上、エリザベスが暴れる事はなかった。

 そして、表向きは元の日常が戻って来た。ただ、クラブ活動が全面的に禁止となり、放課後の無断外出も禁じられた為にクィディッチの訓練や魔法生物飼育クラブの活動も出来なくなった。

 エリザベスは私達と口をきかなくなった。それどころか、あんなにミーハーでお喋りだったのに、今は常に無表情で、誰とも関わろうとしない。

 それでも必死に声を掛け続けるジェーンと喧嘩を始めるようになり、何度も私達の寝室に泣きべそをかくジェーンが入ってくるようになった。

 不穏で、張り詰めた空気が漂う中、時間だけが過ぎていく。



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第二話『偽り』

第二話『偽り』

 

 ホグワーツ特急に乗って帰る日が来た。

 

「エレイン」

 

 朝食を食べ終えて、汽車の時間を待つ為に寮へ戻ろうとするエレインを呼び止めた。

 

「あん? どうした?」

 

 彼女は振り向いて、髪と同じ琥珀色の瞳を向けてくる。相変わらず、鋭い目つきだ。

 

「ちょっと、相談したい事があるんだ」

「相談? なんだよ、改まって」

 

 エレインは僕の顔をしばらく見つめると、やれやれと肩を竦めて、傍にいたハーマイオニー達に声を掛けた。

 

「ちょっと、ハリーと話してくる」

 

 彼女は「行くぞ」と言って、レイブンクローの寮とは反対方向へ歩き始めた。

 後を追いかけると、僕が知らない隠し通路を幾つも通って、いつも大広間から行くより何倍も早く《メリナのアトリエ》へ辿り着いた。

 発見時よりも物が増えている。ここは僕とエレインだけの秘密基地だ。時々、エレインにこっそり相談したい事がある時にも使っているけれど、個人で勝手に使っている事の方が多い。

 真ん中で仕切っていて、左側がエレインの場所。右側が僕の場所だ。エレインの方は薬品や本が整然と並んでいる。

 

「こんなルート、いつ見つけたの?」

「別に私が見つけたわけじゃないぞ。フレッドとジョージにこれを貰ったんだ」

 

 そう言って、彼女は大きな羊皮紙をテーブルに広げてみせた。

 それは巨大な地図だった。

 

「これは?」

「《忍びの地図》だってさ。ホグワーツ中の隠し通路が書き込まれているんだ」

「ホグワーツ中の!?」

 

 よく見れば、隠し通路らしきものがいくつも書き込まれている。

 フレッド達が作ったのかな?

 

「この足跡は?」

 

 地図の上には無数の足跡が蠢いている。足跡の近くには名前も書いてある。

 

「どこに誰がいるのか分かるみたいだ。凄いだろ」

「凄いよ! えっ、これってフレッド達が作ったの!?」

「いや、そうじゃないらしい。二人も誰が作ったのか知らないんだってさ」

「そうなんだ……。っていうか、どうしてエレインがフレッド達からこんな物を貰うの!?」

 

 一見しただけでも、この地図の価値が相当なものだと分かる。正直、僕も欲しい。

 

「私がグリフィンドールに勝ったらフレッド達の宝物を貰うって約束だったんだよ。知ってるだろ?」

「……ああ、そう言えば」

 

 フレッドとジョージは事ある毎にエレインにちょっかいを掛けて、賭けの話を持ち掛けていた。

 

「これが二人の宝物って事か」

 

 ロンは二人がエレインに熱を上げているって言ってたけれど、本当かもしれない。

 もし、賭けをしたのが僕やロンだったら、二人は絶対に適当なモノを寄越して誤魔化した筈だ。

 

「……それで?」

「え?」

「相談があるんだろ?」

 

 エレインは忍びの地図を畳むと、いつも持っているカバンに仕舞い込んだ。

 もっと見てみたかったけれど、我慢しよう。

 

「……エレイン。僕、一年前に屋敷しもべ妖精のドビーと会ったんだ」

 

 僕は二年目が始まる前に起きた奇妙な出来事についてエレインに語った。

 屋敷しもべ妖精のドビーが現れた事。ホグワーツに罠が仕掛けられていると忠告された事。

 

「結局、あれ以来は一度も会ってないんだけど、どうしても気になって……」

「スネイプが死んだ理由がそれかもしれないって事か?」

 

 相変わらず、エレインは理解が早い。僕が相談事を持ち掛けると、話途中でも僕以上に僕の悩みを把握してくれる。

 去年、湖の畔で僕の無謀を諌めてくれた時からか、ロンにも話せない……というより、話しても解決しない悩みがあると、彼女に相談するようになった。

 前はヒッポグリフの世話の間の僅かな時間だったけれど、このアトリエを見つけてからはじっくり相談する事が出来るようになった。

 

「……ハリー」

 

 エレインは言った。

 

「あんまり、ヤバイ事に首を突っ込もうとするな」

「え?」

「お前、スネイプを殺した犯人を探すつもりだろ」

 

 ドキッとした。そんなつもりは無かった筈なのに、まるで図星を指されたような気分になった。

 

「やっぱりな。もしかしたら、自分だけが持っている手掛かりを下に、犯人を割り出せるかもしれない。そう考えてるんだろ」

「……僕は」

「とりあえず、一旦、頭を冷やせよ」

 

 エレインは紅茶を淹れてくれた。蜂蜜がたっぷり入っている。温かくて甘い。ホッとする味だ。

 どこから調達したのかと聞くと、忍びの地図には厨房へ入る方法が書いてあって、そこで一年生の時のクリスマスに出会った屋敷しもべ妖精と再会したらしい。

 シェイミー、ドゥーアン、ヴィヴィ、ライサ、アームンと密かに交流を持って、色々と譲ってもらっているみたいだ。

 

「ハリー。マーリンの日記を読んで、スネイプに複雑な感情を抱いている事は私も知ってる。私だって、スネイプには禁じられた森で色々と世話になったし、敵討ちをしたい気持ちもある」

「エレイン……」

「けど、ハリー。勝ち目のない戦いは止めろ」

 

 エレインは言った。

 

「禁じられた森で、スネイプの立ち回り方を見たろ? 相手が何であれ、スネイプは私達よりもずっと戦いを知っているんだ。そのスネイプを殺したヤツに、お前は勝てるつもりか?」

 

 その強い口調に違和感を覚えた。

 

「エレイン……、どうかしたの?」

「あ?」

 

 エレインは苛ついた表情で頭を掻きむしった。

 

「……ハリー」

 

 深々とため息を零した後に、彼女は言った。

 

「私は友達が死ぬなんてイヤだ」

「エレイン……」

「けど、お前は……いざその時が来たら、自分から危険に飛び込んじまう気がする」

「そんな事は……」

「無いって言い切れるか?」

 

 エレインにジトッとした目で見られ、思わず視線を逸らしてしまった。

 

「……お前、無茶する時は言えよ?」

「え?」

 

 エレインは苦笑いを浮かべて言った。

 

「その時は……まあ、一緒に無茶してやるからさ」

「エレイン……」

 

 エレインは一度口にした言葉を曲げない。

 きっと、僕が無茶な事をしたら、彼女も無茶な事をしでかす気がする。

 

「……ううん」

「ハリー?」

「僕、あんまり無茶はしない事にするよ」

 

 もし、それでエレインが死んだらと思うと、とても嫌な気分になった。

 

「僕も友達が死ぬなんてイヤだからね」

 

 それも、僕のせいで死んだりしたら……、最悪だ。

 

「あっ、そろそろ戻らないとまずいね」

「そうだな」

 

 僕達はアトリエを後にした。

 

 ◆

 

 ホグワーツ特急が汽笛を鳴らしている。

 

「ハリー。君って、エレインの事が好きなのかい?」

「え?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするハリー。

 

「だって、出発ギリギリまでエレインと密会してたじゃないか」

「密会って……、別に相談に乗ってもらっただけだよ」

「その相談の相手は、同寮の僕では務まらなかったのかい?」

「そういうわけじゃなくて……」

 

 声が尻すぼみになるハリー。 

 だけど、ハリーがエレインを誘って何処かへ消える事が、この半年で何度もあった。

 僕の推理では、間違いなくロマンスが展開している筈だ。

 

「それにしても、ロジャーや兄貴達に加えて、ハリーまでとは」

「君、失礼な事を考えてない?」

「何の事やら」

 

 ハリーが睨んでくる。そろそろ止めておこう。

 

「それより、今年も僕の家に来るよね?」

「いいの? 大分、その……、やらかしちゃったけど」

「大丈夫だって! ママから手紙が来たんだ。今年もハリーを誘うなら、歓迎の用意をしておくって」

「……あ、ありがとう。是非、お邪魔するよ」

「うん!」

 

 ハリーと話しながら歩いていると、なんだかぼんやりとした気分になって来た。

 昨日、寝不足だったせいかな? まずい……、意識が遠のいていく。

 

「どうしたの?」

 

 ハリーが心配そうに僕を見つめている。

 

「大丈夫だよ、ハリー」

 

 不思議だ。僕は口を動かしたつもりがない。なのに、僕の口からは明瞭な言葉が飛び出した。

 

「イテッ」

「大丈夫?」

 

 ハリーが転んだ。膝を擦りむいたみたいだ。僕はハンカチで血を拭ってあげた。

 

「あっ、ごめん」

「いいよ、気にしないで。っと、少し待っててもらっていい?」

「え? いいけど、どうしたの?」

「ちょっと、知り合いを見つけたんだ」

 

 何の事だか分からない。もしかして、とっくに意識を手放して、僕は夢を見ているのかもしれない。

 勝手に動く体が人気(ひとけ)の無い場所へ向かっていく。

 しばらく歩くと、そこには鏡があった。

 

「……やあ、ロナルド・ウィーズリー」

 

 奇妙だ。単なる鏡像である筈なのに、鏡の向こうの僕が親しげに話し掛けてきた。

 

「君はハリー・ポッターの一番の友達なんだよね? 実は、僕も彼と友達になりたいんだ」

 

 違う。鏡じゃない。

 寒気がしてきた。今すぐ、ここから逃げ出したい。

 

「ふふふ、完璧だろう? この変身は僕のオリジナルなんだ」

 

 体が言うことをきかない。背筋が寒くなる。叫び出したいのに、口すら動かせない。

 

「さて、あまり時間がない。君の事を教えてくれたまえ」

 

 目の前の僕が杖を構えた。僕は抵抗する事も出来なくて、杖から放たれる光に身を委ねた。

 何かが抜き取られていく。大切なもの。大事な宝物。かけがえのない……、僕の記憶。

 

「さあ、ここに入るんだ」

 

 僕の足が勝手に進む。小さなトランクの中に、闇が広がっている。

 怖い。逃げ出したい。

 

「いい子だ」

 

 トランクの中に入ると、僕は頭上を見上げた。そこには、僕の顔がある。

 もう一人の僕が微笑んだ。

 

「まだ、君は殺さないよ。安心したまえ」

 

 そう言って、トランクの蓋を閉じた。

 真っ暗闇だ。音も聞こえない。恐怖でパニックを起こしても、体が言うことをきかない。

 イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ……、誰か助けて。

 

 ◇

 

「遅いなぁ」

 

 いきなり知り合いを見つけたと言って飛び出していったロンを待って、既に二十分以上も経っている。そろそろ汽車が出てしまう。

 

「ハリー!」

 

 やっと戻って来た。

 

「遅いよ、ロン! はやく、行こう!」

「うん!」

 

 僕達は大急ぎで汽車に乗り込んだ。

 

「今年も君の家に行けるなんて楽しみだよ、ロン!」

「……僕もだよ、ハリー」

 

 僕にとって、生まれて初めての友達。ロンの家は世界で一番素敵な場所だ。

 スネイプとクィレルの死が未だに心に引っ掛かっているけれど、僕はウキウキした気分になって来た。



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第三話『墓参り』

第三話『墓参り』

 

 汽車がキングス・クロス駅に着いた。私は降りる前にエリザベスに声を掛ける事にした。

 そっとしておくべきか迷ったけれど、ジェーンの事を考えると、放っておくわけにもいかない。

 それに、葬儀の日から今日まで、エリザベスの笑顔を一度も見ていない。まるで、暖炉の火が消えてしまったような気分だ。

 

「エリザベス」

「……なに?」

 

 そっけない反応。愛っていうものは、実に怖いものだ。悪人を善人に変える事もあれば、陽気な人間を陰気に変える事もある。その為に人を殺すヤツだっている。

 

「ハリーにも言った事なんだけど、勝ち目のない戦い方はするなよ?」

「……どういう意味?」

「そのまんまだ。やるからには勝てる方法を選べよ」

 

 エリザベスは眉を顰めた。

 

「止めないの?」

「止まらないだろ?」

「……まあね」

 

 愛の為に行動を起こす人間を、今までにも何度か目にしてきた。

 大抵の場合、碌な結末を迎えない。二人は死んだ。一人は壊れた。一人は……、本人にとっては(・・・・・・・)幸福な結末を迎えた。

 エリザベスは、あいつらと同じ目をしている。

 

「じゃあ、また来学期に会おうぜ」

 

 踵を返して、エドを探しに行こうとしたら、肩を掴まれた。

 

「なんだ?」

「……それだけ?」

「それだけだ。私が言いたい事、もう分かってんだろ?」

 

 エリザベスは深々とため息を零した。

 

「ジェーンに謝るわ」

「おう」

「またね、エレイン」

「またな」

 

 エリザベスはバカじゃない。むしろ、大抵の奴より頭の回転が早い。

 下手に目立つ事をするな。信頼出来る仲間は大切にしろ。視野を狭めるな。

 そんな、冷静に考えれば分かり切っている事をわざわざ口に出す必要なんてない。まあ、相手にもよるが……。 

 

「おーい、エド!」

 

 ドラコと話しているエドの背中に抱きついた。

 

「えっ、エレイン!? な、なにしてるの!?」

「おいおい、ご挨拶だな。お前が迎えに来ないから、わざわざこっちから来てやったのに」

「いや、だからって!?」

 

 茹でダコのようになったエドを尻目に、私はドラコを見た。

 呆れ返った表情を浮かべている。

 

「……ドラコ。お前、大丈夫か?」

「君に心配されるほど、僕がヤワだと思うかい?」

「これは失礼」

 

 ドラコは苦笑すると、私達に背を向けた。

 

「……僕の父上は、先生をとても信頼していた。ホグワーツに通っていた頃からの仲だったそうだ。僕も、子供の頃からよくしてもらってきた」

 

 感情を押し殺したような声だった。

 

「……先生を殺した犯人は、きっと父上が見つけ出すよ」

 

 言葉尻には怒りが滲んでいた。

 

「……新学期に会おう」

 

 そう言い残して、ドラコは去って行った。

 

「……お前は大丈夫か?」

「大丈夫だよ、エレイン。心配してくれて、ありがとう」

「そっかそっか」

 

 エドも暗い表情でいる事が多かったけれど、エリザベス程に拗らせてはいないようだ。

 

「……ところで、そろそろ離れてくれない?」

「なんだよ、不満か?」

「あっ、当たっちゃってるんだけど……」

「当ててんだよ。嬉しいだろ?」

「……ノーコメント」

 

 ◇ 

 

 迎えに来たイリーナと合流した後、私は二人と共にエミーの墓参りをした。

 本当は一人で行くつもりだったのだけど、イリーナに連れて行くよう言われて、特に断る理由も無かったから連れて来た。

 ちなみに、ウィルはいない。ロイドの家に招待されて、直接向かったようだ。来年、最終学年に上がる二人は将来を見据えて、夏の間に色々と準備を進めるらしい。

 

「……十五歳だったのね」

 

 イリーナは墓石に刻まれた文字と数字を見て、声を震わせた。

 

「どんな子だったの?」

 

 少し驚いた。今まで、イリーナにエミーの事を聞かれた事は無かった。

 

「……アホだったな」

 

 あんまり他人に吹聴するような事でも無いけれど、イリーナとエドなら構わないだろう。

 

「不幸のどん底だった筈なのに、いつも笑ってた。自分は幸せ者だって、確信してた」

 

 話し始めると、エミーとの思い出が雪崩を起こした。

 

「塩で茹でただけのパスタを私に得意げに教えてくれてさ……」

 

 イリーナとエドは黙って聞いていた。おかげで話を止めるタイミングが分からなかった。

 

「何度も男に騙されて、必死に稼いだ金を奪われてさ……。私が奪い返して来ても、逆に返してこい! って、怒るんだぜ? あげた物は相手の物。それを奪ったら泥棒だって……」

 

 出来れば止めてほしいのだが、エドは実に気が利かない。

 

「私が金を稼いできても受け取らない癖に、自分で稼いだ金は私の為に使うんだ。英語の読み書きとか、簡単な数字の計算の教科書を買って来てさ。結局、私が先に覚えて、アイツに教えてやる事になったよ。……最後まで、ABCDをZまで言えなかったけどな。いつも、Lまでで止まっちまうんだ」

 

 最近、前よりもエミーの事を意識する事が多くなった。

 友達が増える度に、生活が充実していく度に、どうしてエミーが傍に居ないのか、考えてしまう。

 もしも、エミーが今も生きていたら、ダンブルドアに賢者の石を使わせてくれと頼んでいた筈だ。

 

「アイツと初めて会ったのは私が七歳の時だった。腹が減って、喉も乾いて……、そんで、蹲ってた私にアイツが声を掛けてきたんだ。それから、アイツが死んだ日まで、ずっと一緒に暮らしてた」

 

 今でも鮮明に思い出す事が出来る。

 私を見つめる青い瞳。意識が朦朧としていた私をアイツは抱きかかえた。

 

「理由を聞いたら、苦しそうだったからって言われたよ。自分だって、明日生きていられるかも分からない生活を送ってた癖に……」

 

 まだ、十二歳だった。今の私と同じ歳。

 

「私にアイツと同じ事が出来るか……、分からねぇ。だけど……」

 

 文字通り、命を削って稼いだ金で私を養ってくれた。

 私はエミーから、《命》を貰ったんだ。

 

「素敵な人だったのね」

「……おう」

 

 エドは何も言わなかった。ジッと、エミーが眠る墓を見つめていた。

 墓石を掃除して、花を手向ける。 

 去り際に、遠くで此方の様子を見ているローズに手を振った。

 

「知り合い?」

「色々と世話になった」

「なら、ご挨拶を……」

「いらないよ、イリーナ」

 

 ローズが微笑んだ。

 

「じゃあな、ローズ」

 

 きっと、もう会う事は無いだろう。

 互いに背中を向け合う。

 

「いいの?」

 

 エドが心配そうに言った。

 

「いいんだよ」

 

 ローズが私を気に掛けてくれていたのは、エミーの為だ。

 その義理も、これで無くなる。

 名前も知らない。年齢も知らない。国籍すら知らない。

 

「……だって、アイツは」

 

 赤の他人だ。

 ある日突然現れて、エミーの世話を焼き始めた。

 エミーもローズの正体を知らなかった。だけど、アイツは私を受け入れた時のように、得体の知れないローズを受け入れた。

 

「エミー」

 

 墓場を出る寸前、もう一度だけ、エミーの墓の方を見た。

 

「またな」



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第四話『Good Smile』

第四話『Good Smile』

 

 窓の外で、兄さん達がまたバカ騒ぎをしている。悪戯グッズを使ったみたいで、庭が滅茶苦茶だ。いつもママに怒られているのに、どうして懲りないんだろう。

 しばらくすると、案の定、ママが兄さん達を捕まえた。

 

「バカばっかり」

 

 ママのお説教タイムが始まる。私は窓を閉じた。

 机に向かって、日記帳を取り出す。

 

「……トム。どこに行ってしまったの?」

 

 去年、私は不思議な日記帳と出会った。ダイアゴン横丁に学用品を買いに行った日、大鍋に紛れ込んでいたものだ。

 その日記帳は、驚くべき事に、意志を宿していた。

 トムと名乗る日記の意志との交流は一ヶ月程度だったけれど、私は彼を家族以上に信頼するようになっていた。

 だって、彼はどんなにくだらない相談にも、真面目に答えてくれた。いつだって、紳士的だった。

 ホグワーツに持って行って、しばらくすると日記は何処かへ消えてしまった。あの時は、誰かが盗んだのかと思って、少し荒れてしまった。

 

「あなたのおかげで、私はハリーと知り合えたのよ」

 

 トムには、私の初恋についても相談に乗ってもらった。

 ハリー・ポッター。まるで、おとぎ話に出てくる王子様のような人。例のあの人を倒した偉大な人。優しくて、魅力に溢れた人。

 折角、彼が同じ屋根の下に居たのに、まともに話も出来なかった私を、トムは後押ししてくれた。

 

 ――――君は、もっと情熱的になるべきだね。大丈夫だよ。君には十分な魅力が備わっている。

 

 彼と交わした最後の会話。その言葉を胸に、ハリーに会いに行った。

 彼が足繁く通っている森の番人の棲家に行って、そこで彼と初めてまともな会話を交わした。

 嬉しかった……。

 

「ラムーンとも出会えた。とても美しいヒッポグリフなのよ。あの子の背中に乗っていると、嫌な事をすべて忘れられたわ」

 

 どんなに思いを込めて文字を書いても、返事は返ってこない。当たり前だ。この日記帳は、《ふくろう通信販売》で買ったもの。魔法なんて、プライバシーを多少守る為のものしか掛けられていない。まあ、この家には他人のプライバシーに土足で踏み込む事をマナー違反だと理解出来ないお猿さん達がいるから、それなりにキチンとしたものを選んだけれどね。

 私は日記帳を閉じると、いつものように一番下の引き出しを開いて、その裏側に隠した。

 

「……そろそろお説教も終わったかしら」

 

 部屋を出ると、ちょうどロンに会った。

 

「ロン。ママのお説教は終わった?」

「まだだよ。フレッドがクソ爆弾を使ったもんだから、ママはカンカンさ!」

「うわっ、最悪……」

「しばらくは庭に出ないほうがいいよ」

 

 そう言って、ロンは自室に篭った。

 

「……んん?」

 

 なんだろう。違和感を感じた。

 何が、とはハッキリと言えないけれど……。

 

「気のせいよね」

 

 最近、寝不足だったせいで、気が立っているのかもしれない。

 ホグワーツで過ごした一年は、あまりにも濃密で、あまりにも楽しくて、あまりにも衝撃的で、あまりにも悲しいものだったから……。

 

「スネイプ先生か……」

 

 部屋に戻って、ベッドに横たわる。

 

「あんまり好きじゃなかった筈なんだけどな……」

 

 彼の訃報を聞いた時、堪らず涙が溢れた。

 グリフィンドールを蔑み、スリザリンを贔屓する人。陰湿で、嫌味な人。だけど、禁じられた森を共に歩んだ彼は、紛れもなく、尊敬するべき教師だった。

 

「もっと、教わりたかったな……」

 

 ため息を零すと、コンコンという音が響いた。

 窓に目を向けると、そこには一匹のメンフクロウがいた。

 

「アインズ!」

 

 アインズは私の友達のペットだ。

 足に手紙が括り付けられている。

 

「アンの誕生日会を企画中……、ふむふむ」

 

 アインズの飼い主であるジュリア・プライスからの手紙の内容は、もうすぐ誕生日を迎える共通の友人、アナスタシア・ローリーの誕生会を開こうというもの。

 

「もちろん、全面的に協力するわ!」

 

 返事をサラサラっと書いて、アインズの足に括り付ける。

 

「お願いね、アインズ」

 

 ホーと一鳴きすると、アインズは颯爽と飛び立っていった。

 

「プレゼントを考えなくちゃ」

 

 フクロウ通信販売のカタログを開いて、どれがいいか悩んでいると、コンコンとノックをする音が聞こえた。

 

「なーに?」

「ジニー。ご飯だってさ!」

 

 私はカタログを閉じて、軽く髪を整えてから部屋を出た。

 

「何か考え事?」

 

 どうやら眉間に皺が寄っていたみたい。

 首を傾げるロンに「なんでもない」と言うと、「悩みがあるなら相談に乗るよ?」と言われた。

 思わずキョトンとしてしまった。熱でもあるのかしら。

 

「お生憎様。人に相談するほど深刻な悩みじゃないわ。友達に贈る誕生日プレゼントを考えていたの」

「誕生日プレゼントか。なら――――」

 

 驚いた。いつもならトンチンカンな答えを返してくるロンにしては、すごく的を射ている提案をしてきた。

 

「……ありがとう。考慮してみるわ」

「お役に立てて、恐悦至極!」

 

 大袈裟な動作は、どこかフレッドとジョージを思わせた。

 大人になるのはいいけど、あの二人を見習うのはやめてほしい。

 もちろん、あの二人の事は尊敬しているし、面白い人達とも思っているわ。だけど、同じくらい厄介だとも思っているの。

 ロンには、出来ればビルやチャーリーを目指して欲しい。

 

 一緒に一階へ降りていくと、ママの怒りは鎮まっていた。

 それどころか、イヤに上機嫌だ。

 

「どうかしたの?」

「ジニー! ロン! 聞いてちょうだい! お父さんがやったのよ!」

「そう、我らが偉大なる父君は偉業を為したのだ!」

「褒め称えよ! 崇め讃えよ!」

 

 フレッドとジョージが騒ぎ立てるせいで何が何だか分からない。

 

「パパがどうかしたの?」

 

 ロンが聞くと、ママはニッコリと笑顔で言った。

 

「日刊預言者新聞ガリオンくじグランプリで、アーサーが賞金700ガリオンを手に入れたのよ!」

 

 その衝撃の言葉に、私は口をポカンと開けてしまった。

 

「アンビリーバボー」

 

 万年貧乏で、学用品の大半をお下がりで賄っている我が家にとって、それは途方もない話だった。

 ロンを見ると、実感が掴めていないのか、曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

 

 ◆

 

 暗闇の中、蹲っている少年がいる。

 はじめの一週間は脱出を試みたり、泣き叫んだり、怒鳴り散らしたりと、それなりに元気があった。

 けれど、一月が経つ頃には心が折れ、扉が開いても微動だにしなくなった。

 

「さてさてさーて、授業の時間だよ!」

 

 虚ろな目をした少年の前には、彼と瓜二つの容姿を持つ少年が立っていた。

 満面の笑顔を浮かべて、彼は言う。

 

「概ね、君の事を理解する事が出来た。君の御両親も、兄弟達も、親友であるハリー・ポッターすら、誰一人疑いを持っていない。だけど、後一つだけ、まだ僕が知らないものがあるんだ」

 

 彼はサディスティックな笑みを浮かべ、舌舐めずりをしながら言った。

 

「笑顔だよ。それも、とびっきりの笑顔さ。それを見せてくれたら、終わりにしてあげるよ」

 

 その言葉は甘い蜜だ。音も無く、光も無い世界に一月以上も監禁され続けた少年は、終わりを望んでいた。

 心底嬉しそうに微笑む少年。その笑顔を見て、悪魔は満足そうに、少年と同じ笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう。君という人間の存在に、僕は感謝している」

 

 その言葉と共に、悪魔は少年の命を刈り取った。

 死体を燃やし、闇の世界から光の世界へ戻っていく。

 丁度、妹が彼を呼びに来ていた。

 

「ロン! そろそろ出発だよ!」

「……今行くよ、ジニー!」

 

 今日からエジプトへ家族旅行だ。

 日刊預言者新聞ガリオンくじグランプリで、父のアーサー・ウィーズリーが賞金700ガリオンを手に入れた。

 そのお金で、ウィーズリー家は長男であるウィリアム・ウィーズリーの下へ遊びに行く事になったのだ。

 ロン(・・)は今さっき習得したばかりの、ロン・ウィーズリー(・・・・・・・・・・)にとっての最高の笑顔を浮かべて、妹の後を追い掛けた。



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第五話『幕間』

第五話『幕間』

 

 ホグワーツ魔法魔術学校の校長室。そこで、アルバス・ダンブルドアは一人の男と会っていた。

 

「……いきなり喚び出すかと思えば、最悪だな! よもや、賢者の石をヴォルデモートに奪われるとは!」

 

 傷だらけの面貌、片方の眼孔には義眼、到底まともな人生を送ってきたとは思えない男。彼は相手が偉大なるアルバス・ダンブルドアと知りながら、臆する事なく怒鳴り声を上げた。

 

「申し開きの言葉もない」

「……セブルス・スネイプ。奴が手駒だったのか? それとも……」

「セブルスは潔白じゃよ。彼は……、儂の片腕として働いてくれておった。あまりにも大き過ぎる損失じゃ」

 

 心から嘆くダンブルドアに、傷だらけの男は深く息を吐いた。

 

「儂を喚び出したのは、スネイプの代わりが必要になったからか?」

「……否定は出来ぬ。あやつに任せておった仕事は信頼出来る者達の中でも、更に限られた者にしか託せぬものばかりであった」

「ッハ! 元死喰い人をよくもそこまで信じられたものだな」

「……あやつはリリーを愛しておった。その愛は闇の帝王に牙を剥く……、十分な動機となった」

「エバンス家の……、ハリー・ポッターの母親か」

 

 沈黙が広がる。彼らを囲う歴代の校長の自画像からも言葉はない。

 事態の深刻度は十年前を遥かに上回っている。

 賢者の石という秘宝がヴォルデモートの手に落ちた。いずれかの方法で完全なる死を遠ざけたヴォルデモート卿は、更に、手軽に完全復活を遂げる手段を獲得したのだ。

 

「……ファッジには話を通したのか?」

「話しておったら、儂はここに居らんじゃろうな」

「どうするつもりだ?」

 

 ダンブルドアは口を閉ざした。その姿に、男は顔を顰める。

 

「……打つ手なしか」

「アラスターよ。今、我々に出来る事は備える事だけじゃ」

 

 アラスター・ムーディは義眼をクルクルと回転させながらやれやれと肩を竦めた。

 

「忙しくなりそうだな」

「頼りにしておるぞ」

 

 話が一段落した所で、校長室の扉が開いた。

 

「失礼します」

「おお、待っておったぞ」

 

 継ぎ接ぎだらけのローブに身を包んだ男が入ってくると、先程までとは一転して、ダンブルドアは朗らかに微笑んだ。

 

「紹介しよう。リーマス・ルーピンじゃ。リーマスよ、こちらはアラスター・ムーディじゃ」

「よろしくお願いします。お噂はかねがね」

 

 人好きのする笑顔を浮かべるリーマスに差し出された手をアラスターはふむと握った。

 

「さて、二人にはいろいろと頼みたい事があるのじゃが、その前に此方を渡しておこう」

 

 そう言って、ダンブルドアは二人に書状を渡した。

 

「……魔法薬学か」

「私は闇の魔術に対する防衛術ですね」

「うむ。急な事で申し訳ないと思っておる。じゃが、どうか二人にはそれぞれの教科で教鞭を振るって欲しい」

 

 アラスターはやれやれと書状を仕舞い込んだ。ところが、リーマスは難しい表情を浮かべている。

 

「どうかしたのか?」

「……その、本当によろしいのですか?」

 

 リーマスの言葉にダンブルドアは間髪淹れず「もちろんじゃよ」と答えた。

 

「ですが……、私は人狼です」

「もちろん、心得ておる」

 

 ダンブルドアはアラスターを見つめた。

 

「アラスターよ。お主には負担を掛ける事になるが、脱狼薬の調合も頼みたい」

「まったく、お前というヤツは……」

 

 呆れながらアラスターはリーマスを見た。

 

「シケた面をするな! 脱狼薬如き、儂に掛かれば容易いものだ」

「マッドアイ……」

 

 アラスターを異名で呼び、リーマスは頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 アラスターは理解していた。このタイミングで呼び出されたという事は、ダンブルドアがリーマスという男に格別の信頼を置いているという事。

 状況は最悪だ。だからこそ、結束しなければならない。

 

「さて、ここからはゼロからのスタートとなる。いろいろと苦労を掛けると思うが、どうか二人には力を貸して欲しい」

「仕方あるまい」

「私でお力添えが出来るなら!」

 

 二人の意志を湛えるが如く、ダンブルドアのペットである不死鳥のフォークスが美しい旋律を奏でた。



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第六話『家族』

第六話『家族』

 

「見てよ、これ!」

 

 朝食の準備をしていると、エドが日刊預言者新聞を持ってきた。

 興奮した様子で新聞を広げるエドを小突く。

 

「後にしろよ。今は調理の真っ最中だ」

 

 最近はイリーナと家事を分担するようになった。

 一人でも十分にこなせるとお墨付きを貰ったわけだ。

 スープを煮込み、サラダを盛り付け、卵を焼く。これらを呪文で同時に行うわけだけど、慣れると案外簡単だった。

 

「えっと、ごめん……」

 

 シュンとなるエドにため息が出る。

 出会ったばかりの頃は私の方が大きかったのに、今ではすっかり越されてしまった。

 肉体的には立派な癖に、中身は相変わらずだ。

 

「別に怒ってないぞ。そんな顔をされるのは心外だぜ。……私って、そんなに怖いのか?」

 

 少し拗ねて見せると、エドは慌てふためいた。

 

「そんな事ないよ! エレインは可愛いんだ! こ、怖くなんてないよ!」

「……お、おう」

 

 こいつは気弱なのか、大胆なのかイマイチ分からない。

 

「だったら、あんまりビクビクするなよな」

「う、うん……。ごめん」

「だから、謝るなっての」

 

 やれやれと肩を竦めながら調理に戻る。

 

「ほれ」

 

 私はスープを小皿によそって、エドに渡した。

 

「どうだ?」

「美味しいよ!」

「そっか」

 

 呪文でスープと卵をそれぞれ盛り付け、テーブルに飛ばしていく。

 

「ウィルとダンを呼んできてくれよ。私はイリーナを呼んでくるからさ」

「うん!」

 

 エプロンを脱いで、庭に出る。丁度、イリーナも洗濯物を干し終えた所だった。

 

「イリーナ。飯の支度が出来たぜ」

「ありがとう。今、行くわね」

 

 二人で家の中に戻ると、ウィルとダンがエドに連れられて降りてきた。

 それぞれの席に座って、朝食を食べる。

 

「うん、美味い!」

 

 ダンが頬を緩ませながら言った。

 

「いやー、すっかり我が家の味を極めてしまったな、エレイン」

 

 デレデレだ。

 

「お、おう」

「父さん……、もう少しシャンとしてくれ」

 

 ウィルが顔を引き攣らせている。

 

「いいじゃないか。エレインはエドの嫁になる。つまり、僕の娘になるわけだよ?」

「まっ、まだ決まったわけじゃ……」

 

 ボソボソ言うエド。

 

「なんだよ。私じゃ不服だってのか?」

「えっ!? いや、そうじゃなくて! だって、まだエレインから答えを貰ってないし……」

「ああ、別にいいぞ。結婚しようぜ」

「……へ?」

 

 まるで時間が止まったかのように凍りつくエド。予想通りの反応だ。

 

「……エレイン。せめて、もう少しロマンチックに……」

「いや、態度で十分示してきたつもりだからよ」

 

 よっぽど鈍感なヤツでも気付く程度にはスキンシップは取ってきたつもりだ。

 まあ、エドはよっぽどだったようだけど……。

 

「私だって、なんとも思ってないヤツにおっぱい揉ませたり、抱きついたり、キスなんてしないぞ」

「えっ!? そこまでしてたの!?」

 

 ウィルが目を見開いた。

 

「そこまでしててこの有り様だぜ……」

 

 エドは未だに固まっている。

 

「いっ、いや、君たちはまだ十二歳なんだから、その……、節度というものをだね」

 

 顔を赤くして堅いことを言い出すウィル。

 

「節度って言われても、結婚するなら結局やる事になるだろ? むしろ、キスまでなんて、実に健全だぜ」

「ええっ!? でも、結婚は一生の事だから、ちゃんと考えた方が……、お互いに」

「これでも真剣に考えた結果だぜ? 人間、いつ死ぬか分からないからな」

「死ぬって……」

 

 やっぱり、ウィルにも分かってもらえなかった。ハリーにも言ったけれど、私としては真剣に考えた末の結論なんだ。

 エミーには生きられる可能性だってあった。だけど、死んでしまった。

 スネイプだって、クィレルだって、殺されなければ生きていた筈だ。

 死は理不尽なもの。いつ訪れるかも分からなくて、避ける事が酷く難しい。だから、後悔しない選択をしたい。

 

「ウィル。エレインはしっかりエドの事を考えてくれたのよ」

 

 イリーナが言った。

 

「でも、二人はまだ十二歳だ。いくらなんでも、少し軽率なんじゃ……」

「エレインが軽率な子に見える?」

「母さん。いくら賢くても、エレインは子供なんだ。取り返しのつかない事になる前に、俺達がしっかり手綱を握ってあげないと」

 

 ウィルは実に理性的だ。十人中九人が彼の言葉に賛同するだろう。だからこそ、いつも多くの人に囲まれている。

 ロイドを始め、ホグワーツでも彼の交友関係は広い。恋人らしき人の姿も見掛けた事がある。

 私にとって、やっぱり理想の男だ。彼なら、エミーを幸せにしてくれたかもしれない……。

 

「ウィルは相変わらず真面目だな」

「エレイン! 俺は真面目に話しているんだ!」

「私だって真面目だぜ? それとも、からかっているように聞こえたのか?」

「えっ、いや……」

 

 それにしても、別に責めてるわけじゃないのに追いつめられたような顔をするのは如何なものだろうか?

 前は気にしていなかったけれど、もう少し考えた方がいいかもしれない。

 

「それと、私は娼婦と暮らしてたんだぜ? そういう事はウィルよりよっぽど詳しいんだ。リスクも分かってる。だから、心配要らないよ」

「あっ……、ああ、そうか」

 

 ウィルは実に常識的だ。何事にも過程がある事を知っている。善い事と悪い事を理解している。

 少し大らか過ぎるイリーナ達と比べて、ずっと人として正しい。

 

「それでも不安なら、私は消えるよ。私だって、エドを不幸にしたいわけじゃない。きっと、私よりもウィルの方が正しい選択を出来ると思うし」

「馬鹿な事を言わないでよ!!」

 

 さっきまで固まっていた癖に、いきなり再起動したエドが叫んだ。

 

「兄ちゃんも、黙ってくれ! もし今度、余計な事を言ったら……」

「……エド」

 

 ウィルは弱りきった表情を浮かべた。

 

「おい、エド。ウィルはお前の為に言ってるんだぜ?」

「どうでもいいよ! 僕はエレインが好きなんだ! 一緒に居たいんだよ! 他人に口を出されたくない!」

「たっ、他人……」

 

 ウィルが真っ白になってしまった。今のは相当効いたのだろう。前々から思っていたけど、ウィルは間違いなくブラコンだ。

 ショックのあまり放心状態になっているウィル。

 

「……ウィルはそろそろ弟離れしなきゃね」

 

 魂が抜けかけているウィルにイリーナが更なる追い打ちを掛けた。

 ノロノロと立ち上がり、フラフラと部屋へ戻っていくウィル。

 

「げ、元気出せよ」

 

 上手い言葉が浮かばなかった。

 

「兄ちゃんは昔からああなんだ! 僕はいつも間違えてて、自分はいつだって正しいと思ってるんだ!」

 

 プンプン怒っているエドに、私は苦笑した。

 一年生の組分け儀式の時、エドはウィルがいるからグリフィンドールは嫌だと言った。

 その理由が漸く分かった。要は反抗期なわけだ。良かれと思って説教をするウィルが疎ましいのだろう。

 両親がゆるゆるだからこそ、エドの反骨心はウィルに向いてしまった。ブラコンのウィルにとっては悲劇だな。

  

「あんまり嫌ってやるなよ。あれもウィルの愛情表現なんだぜ?」

「……別に嫌ってるわけじゃないけど」

 

 イリーナとダンは終始生暖かい目で見守っていた。なんとなく、ウィルがああなった理由も分かる気がする。

 

「とっ、ところで、エレイン」

「ん?」

「さっきの……、けっ、けけ、結婚って……」

「言葉通りだよ。お前にその気があるなら、私はいつでもオーケーだぜ? なんだかんだで、私にとっての一番はお前だしな」

 

 エドは茹でダコになった。いつも通りの事だから無視して食事を進める。

 

「うーん。エドは尻に敷かれそうだな」

 

 ダンは苦笑いを浮かべた。

 

「出来れば、もう少しシャンとして欲しいけどね」

 

 イリーナの意見に私も賛成。一々茹でダコになられたら、こっちもどうしていいか分からない。

 

「エド。いつまでも固まってんなよ。私が愛情をたっぷり篭めて作った料理が冷めちまうぞ」

「たっ、食べる!!」

 

 慌ててがっつくエド。案の定、喉を詰まらせた。

 

「……可愛いヤツだな」

 

 頬を緩ませながら、水を渡す。

 まあ、こういう所がたまらないんだけどな。

 

「そう言えば、さっきのアレは何だったんだ?」

「アレ?」

「日刊預言者新聞だよ。何か、記事を見せようとしてただろ」

「あっ、そうそう。これだよ」

 

 エドが見せてきた記事の一面には無精髭を生やした男の写真が載せられていた。

 

「シリウス・ブラック。アズカバンを脱獄……。うわっ、物騒だな」

「……シリウス」

 

 イリーナは悲しそうに写真を見つめ、ダンも複雑そうな表情を浮かべている。

 

「知り合いなのか?」

「……昔、一緒に遊んだことがあるの。ジェームズの一番の親友で、学校一の問題児だったわ」

 

 懐かしむようにイリーナは言った。

 

「今でも信じられないよ。彼があんな事をするなんて……」

 

 ダンは顔を顰めながら言った。

 

「あんな事って?」

「……あまり、食事中に話すべき事ではないよ。昔はどうあれ、彼は危険人物だ。用心するに越したことはないね」

 

 そう言えば、メリナのアトリエで見つけたマーリン・マッキノンの日記にその名があった気がする。

 

「シリウス・ブラックか……」

 

 記事には、シリウスが死喰い人であった事が記されている。

 おそらく、ヴォルデモートが復活したであろう、このタイミングでの脱獄。とても偶然とは思えない。

 

「またひと波乱ありそうだな」

 

 もうすぐ、三年目が始まる。出来れば平穏な日々を送りたいものだ。

 まあ、今年もノーバートの世話があるから無理だろうけどな!



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第七話『雌伏』

第七話『雌伏』

 

 もう直ぐ、新学期が始まる。私はエドと一緒にダイアゴン横丁を訪れた。

 よく考えてみると、こうして二人っきりになる機会は滅多にない。今日は存分に楽しもう。

 

「エド。あっちに行ってみようぜ」

「うん」

 

 魔法使いは古きを尊ぶ。だから、マグルの店みたいに短いサイクルで入れ替わったりはしない。

 だけど、通い慣れた道もデートとなれば一味変わってくる。

 

「へへっ、どうだ?」

 

 一人だったら決して入らなかっただろう、オシャレ着の店に入って、普段着ないような服を試着した。

 

「可愛いよ、エレイン! とっても、似合ってる!」

 

 露出の多い服を着れば真っ赤になって、フリルの多い服を着れば喜ぶ。

 エドはとても素直で、口にする褒め言葉はどれも本心だ。だからこそ、胸に響いてくる。

 

「じゃーん。どうだ?」

「ちょっ、エレイン!?」

 

 下着も売っていたから、ブラジャーを試着してみた。反応は予想通り。茹でダコ一丁上がり!

 

「ちょっと待ってろよ」

 

 私はエドが特に大きく反応していた服をいくつか買った。

 

「ほらほら、次に行くぞ!」

 

 あわあわ言ってるエドの腕を掴んで、次の店へ向かう。

 それにしても、腕を組んでいると思った以上にドキドキしてくる。

 心は軟弱な癖に、腕周りには逞しい筋肉がついていた。

 

「結構、鍛えてるんだな」

「え? ああ、うん。クラッブやゴイルと一緒に筋トレをしてるんだ。はじめは二人に無理矢理やらされていたんだけど、段々楽しくなってきちゃってさ」

「へー、あのゴリラ共とか」

「ゴリラって……。あの二人は……、ううん。たしかにゴリラだね」

「お前、奴等とどういう風にコミュニケーションを取ってるんだ? いっつもウホウホ言ってて、人間の言葉を喋ってる所なんて殆ど見ないぞ」

「ええっ!? いや、普通に喋ってるだけだよ。確かに、ちょっと喋り方が独特だけど……」

 

 話しながら歩いていると、前方に見覚えのある人影が立っていた。高級クィディッチ用具店のショーケースを食い入るように見つめているのはハリーだった。

 

「おい、ハリー。何してんだ?」

「あっ、エレイン。エドも、久しぶりだね」

「おう、久しぶり」

「久しぶり、ハリー」

 

 エドも普通に挨拶を交わした。前は刺々しかったけれど、最近はそれなりに良好な関係を築いている。

 

「ハリーも買い物か?」

「ううん。これを見てたんだ」

「これ?」

 

 ショーケースを覗き込んでみると、そこには一本の箒が飾られていた。

 

「《炎の雷(ファイア・ボルト)》。最先端技術の粋を集めた、世界最速の競技用箒……、スゲー!」

 

 思わず食い入るように見つめてしまった。

 素晴らしい。その一言に尽きる。この箒の性能は、私が使っている箒と比べれば月とスッポンだ。

 

「いいよね、これ」

 

 ハリーがうっとりした表情で見つめている。気持ちは痛いほどによく分かる。

 

「欲しい……」

 

 値段は不明。安くない事だけは分かる。

 物欲しそうに見つめていると、店主が迷惑そうに睨んできた。

 

「そっ、そろそろ行こうよ、エレイン」

「……おう」

 

 名残惜しい。あの箒が手に入れば、きっと誰にも負けない。

 去年のスリザリン戦みたいな無様を晒さなくてすむ。

 

「そんなに欲しいの?」

「そりゃ、欲しいに決まってんだろ! あの箒がありゃ、まさに鬼に金棒ってヤツだぜ!」

「……えっと、なにそれ」

「ああ、日本のことわざだよ。強いヤツが強い武器を持てばよ、それこそ最強の組み合わせってもんだろ? チサトに教えてもらったんだ」

「チサト?」

「うちのチームのビーターだ。まあ、去年で引退したけどな」

 

 スネイプの葬儀の後、クラブ活動全般が禁止になったから、未だに新メンバーが決まっていない。マイケルは新学期早々に選抜試験を行う予定だと言っていた。

 

「そうなんだ……」

 

 私はハリーに別れを告げて、エドと一緒に次の店へ向かった。

 そこはマグルの世界で言う所のスーパーマーケットのような場所で、専門店にしか置かれていないような品は無いものの、日用雑貨から食料品まで、多種多様な商品が揃っている。

 魔法界の玩具や時計、水晶、調理器具まで売っている。見ているだけで面白い。

 

「何を買うの?」

「いろいろと」

 

 私はエドを連れて食料品売場に向かった。

 マグルの世界でも見かける物もあれば、見慣れない物もあった。

 

「えっと、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、ドラゴンのテール肉……」

「ずいぶん買うんだね。っていうか、ドラゴンのテール肉なんてどうするの?」

「イリーナが出発前にパーティーをやりたいって言うから、その材料だ。しっかし、ドラゴンの肉って、普通に売ってるんだな」

「僕もビックリだよ。えっと、なになに……。『食用に養殖したカーディフ・ペンゴルン種は栄養たっぷり!』って、養殖なんてしてるんだ」

 

 説明には写真も添えられていた。トロそうな翼を持たないドラゴンが鎖で繋がれている。

 

「これって、ある意味で遺影だよな……」

「すごく食べ辛くなるね……」

 

 深く考えるのはやめておこう。他の材料を買い揃えて、私達はさっさとマーケットを後にした。

 空を見上げると、大分暗くなってきている。日暮れ前には帰ってくるように厳命されているから、私達は急ぎ足で漏れ鍋に向かった。

 

「あっ、ごめん。ちょっと先に行ってて!」

「え? おい、どうしたんだ!?」

 

 あと少しで漏れ鍋につくって所で、いきなりエドが来た道を引き返した。

 

「……甲斐性なしめ」

 

 一応、私は恋人だぞ。それを放ったらかしにするのは如何なものだろうか。

 

「あら? エレインじゃない!」

 

 剥れていると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「ジェーン! 久しぶりだな」

「うん! 久しぶり! おーい、リザ! エレインが居たよ!」

 

 どうやら、エリザベスとの仲は完全に修復されたようだ。

 近くの店のショーケースを見ていたエリザベスが駆け寄ってきた。

 

「よう、エリザベス」

「やっほー、エレイン。一人?」

「いいや、連れ合いが居たんだけど……、いきなりどっか行きやがった……」

「ああ、エドね。なるほどなるほど、だから剥れてるわけかー」

 

 私は二人と一緒に近くのアイスパーラーに入った。

 チョコレートサンデーを食べながら、互いに近況を報告し合う。

 

「へー! とうとう付き合い始めたんだ!」

「……その筈なんだけどな。普通、デート中に恋人を置いて行くか!? あの野郎……」

「どうどう、エレイン。男の子なんて、そんなものよ?」

 

 他愛ない話を続けていると、サンデーが無くなってしまった。もう一つ頼もうかと悩んでいると、急にエリザベスが声を落として言った。

 

「……ところで、どう思う?」

 

 私はサンデーを頼むのを中断して、エリザベスの目を見た。

 さっきまでとは違う。その瞳には復讐の炎が宿っている。

 十中八九、シリウス・ブラックの脱獄の件だろう。

 

「動き出したって事だろうな」

 

 私の言葉にエリザベスはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「……いろいろ調べてみたの」

 

 エリザベスは一冊のノートを取り出した。差し出されたソレを開いてみると、そこにはヴォルデモートの情報が事細やかに記されていた。

 

「……危ない橋は渡ってないだろうな」

「今のところは大丈夫。そこに載っている情報は調べる気のある者が調べれば、誰でもいきつくものよ」

 

 そこには一人の青年の写真があった。名前はトム・マールヴォロ・リドル。ヴォルデモート卿の異名を持つ男の若き日の姿。

 闇の魔術に耽溺し、蛇の言葉を操り、やがて世界に恐怖と混沌を蔓延させた史上最悪の犯罪者。

 

「過去の日刊預言者新聞と、彼の足跡から逆算した年代の生徒名簿を調べたの。少し苦労したけど、これでスタート地点には立てたと思う」

「それで……、どうするつもりなんだ?」

「千里の道も一歩からってね。まずは、この頃の彼から繋がる糸を辿ろうと思う」

 

 エリザベスはノートのページを捲った。そこには、多くの名前が記載されていた。中にはハグリッドやダンブルドアの名前がある。

 

「敵を知り己を知れば百戦危うからずって事か」

「そういう事よ。勝てる戦をしなくちゃね」

 

 エリザベスは凶暴な笑みを浮かべた。ジェーンは苦笑いを浮かべている。

 

「それに、恐らくはダンブルドアが不死鳥の騎士団を結成するわ。それに加えてもらう為の切り札作りって要素も含んでいるの」

「不死鳥の騎士団?」

「これよ」

 

 エリザベスは別のノートを取り出した。そこには、十年前に闇の軍団と戦った魔法使い達の集団について記されていた。

 名前は不死鳥の騎士団。アルバス・ダンブルドアが率いた戦士達だ。

 

「たぶん、ハリーやロンは加えてもらえると思う。というか、間違いなく加えられる。なにせ、彼は一度ヴォルデモートを倒した実績を持っているし、今後も戦いの渦中に巻き込まれる危険性が極めて高いもの。……ただ、今から彼の腰巾着になっても、ダンブルドアは私を加えてくれない。子供だからね。だから、加えざる得ない状況を作る」

 

 情報収集はその為の足場作りという事か……。

 

「……それは私一人だと難しい事。だから、エレイン」

 

 エリザベスは言った。

 

「力を貸してちょうだい」

「いいぜ」

 

 即答する私にエリザベスは笑みを浮かべた。

 

「そう言ってくれると思ったわ」

 

 約束したからな。無茶をするなら、私も付き合う。

 

「あっ、エドだよ!」

「やっと帰って来たか」

 

 私は代金をテーブルに置くと、席を立った。

 

「じゃあ、新学期にな」

「ええ、よろしくね」

「おう」

「またね、エレイン!」

「またな、ジェーン」

 

 とりあえず、今は私を置き去りにしたエドに説教をくれてやろう。



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第八話『陰陽』

第八話『陰陽』

 

 八月の終わり、僕は家族(・・)友人(・・)と共にダイアゴン横丁へ訪れた。今はみんな、漏れ鍋で夢の世界に旅立っている。

 僕は変身を解いた。代わりに、黒装束とベネチアンマスクを装着する。どちらも、この時の為に造り上げた一級品の魔術具だ。

 

「――――さて、回収するか」

 

 目の前に聳えるグリンゴッツ魔法銀行は既に営業時間を終えている。それでも、セキュリティは万全だ。

 幾千もの呪詛と結界が入り乱れ、ドラゴンを含めた魔獣が蠢くゴブリンの居城。迂闊に踏み込めば、命は無い、

 いや、むしろ即死出来たら幸いと言える。この建物の中には死を超える恐怖と絶望が潜んでいる。

 

「実に心躍るじゃないか」

 

 施錠された扉に手を伸ばす。本来なら、この時点で警報が鳴り響き、当直のゴブリンに報せが届く。

 けれど、そのような事が起きる気配はない。朝、家族と共に訪れた時、細工を施しておいた成果だ。

 オリジナルの記憶も役に立った。彼が六十年近くの歳月を掛けて蓄積した知識の中には、この銀行の内部構造や仕掛け、その突破法まで存在した。

 ゼロからスタートした賢者の石の入手と比べれば、これからやる事は迷宮を地図片手に走破するようなものだ。

 

「It's Show Time!」

 

 正面玄関を押し開き、エントランスフロアを超え、地下空間への入り口へ向かう。

 ここが第二の関門だ。本来、ゴブリンが同伴していなければ立ち入る事の出来ない門。

 

錯乱せよ(コンファド)

 

 普通の人間ならば、ここで足止めだ。けれど、闇の帝王の御業の前では、ゴブリン如きの呪詛など塵にも等しい。

 単純なシングルワードの呪文も、極限まで高められた魔力を持つ《ヴォルデモート(ぼく)卿》が唱えれば、それは凡人が命を賭して為す奇跡を遥かに凌駕する。

 門が開き、僕は悠々と中へ入り込んだ。

 そこは天然の洞窟を利用した、複雑怪奇な巨大迷宮。見下ろせば、そこには地獄(アビス)へ通じているかの如き、深遠なる闇が広がっている。

 

「こっちだな」

 

 術を無効化する滝を裂き、トロッコと乗員以外の物体を振り落とす罠を抜け、ドラゴンの居住領域へ降り立つ。

 

「これはまた……。ハグリッドが見たら、何と言うか……」

 

 鎖で繋がれ、無数の疵痕を持つドラゴン。

 知性があり、痛覚がある生物に対して最も有効な調教方法は苦痛を与える事だ。恐怖や嫌悪感を脳髄に刻み込む事で、理性を超えた、本能を使役する事が出来る。

 けれど、それは大いなるリスクを伴う。

 

「やれやれ……、老いとは実に恐ろしいものだ」

 

 オリジナルは大勢の配下を従えていた。けれど、真の意味での忠臣はほんの一握りだった。

 彼が倒れた後、配下の死喰い人の内、大多数は保身に走った。セブルスなどの裏切り者も出た。

 これが力と恐怖で支配した結果だ。

 

「考えなければいけないね」

 

 賢者の石を得た今、アバダ・ケダブラでさえ脅威では無くなったが、死ぬ度に組織を再編するのでは効率が悪すぎる。

 より完璧な革命。より完璧な支配。僕の理想とする世界の構築には、足りないモノが多過ぎる。

 

「……っと、考え事もここまでか」

 

 思考している間に目的の金庫へ辿り着いた。

 ここにはオリジナルが格別の信を置き、見事な忠誠を示した女の財産が積まれている。

 本来は鍵がなければ開かず、鍵があってもゴブリンがいなければ罠が作動する筈の金庫の扉を難なく開き、目的のモノを発見した。

 

「よしよし、まずは一個」

 

 呪詛を解き、金庫の中央に安置されている、取っ手が二つある金色のカップを手に取る。

 オリジナルの記憶通り、実に美しい。

 これは嘗て、ホグワーツの創始者の一人であるヘルガ・ハッフルパフが愛用していたカップだ。

 

「……ルシウスっていう前例があるからね。やっぱり、他人に預けておく事はリスクを高める結果にしかならないよ」

 

 僕は彼を評価していた。けれど、結果はあのザマだ。

 

「もう少し、賢い男だと思っていたのだけど……」

 

 僕はやれやれと肩を竦めながらグリンコッツを後にした。

 

 ◆

 

 《星の丘》で過ごす夜は、何度迎えても素晴らしい。

 かすかな潮の香りと音を感じながら、満天の星空を見上げる。

 感覚が研ぎ澄まされていく。

 

「ん?」

 

 ノックの音が聞こえた。

 ため息を零す。もう少し、浸っていたかった。

 

「どうした?」

 

 扉を開くと、そこにはエドが立っていた。

 

「えっと……、少し話がしたくて……」

「いいぜ。入れよ」

「う、うん」

 

 星明かりに照らされた部屋。仄かに暗い中、ベッドに腰掛ける私達。

 ムードたっぷりだ。

 

「それで? 何を話したいんだ?」

「……エレイン」

 

 エドはジッと私を見つめた。

 その瞳には決意の火が宿っている。

 

「僕、エレインが好きだ」

 

 知ってる。

 

「……エレインは、僕の事をどう思ってるの?」

 

 瞳の火が揺らいだ。

 僕はとっても不安です。その瞳は、そう訴えている。

 

「好きだぜ? 何度も言ってるだろ」

「……エレイン。君の好きは、僕の好きと同じもの?」

「急にどうしたんだ?」

 

 エドは俯いてしまった。

 表情を読み取る事が出来ない。

 

「エレインは優しいよね」

「ん? お、おう」

 

 いきなり何だよ。照れちまうじゃねーか。

 

「エレインが『結婚しようぜ』って言ってくれた時、すごく嬉しかったんだ。でも、君は僕が不幸になるなら消えるとも言った」

「……おう」

「それって、結婚の事も僕の為って事だよね?」

 

 まったく、めんどくさいヤツだな。

 

「つまり、お前が私に恋をしているから、優しい私はお前の為(・・・・)に結婚しようとしてるってか?」

「……う、うん」

 

 ゴチンと気持ちのいい音が鳴り響く。

 私はすこし熱くなった拳に息を吹きかけ、頭を押さえて悶絶しているエドの背中を踏みつけた。

 

「お前、私の事を何だと思ってんだ?」

「えっと、あの……」

「娼婦に育てられた女だから、好きでもないヤツ相手に簡単に股を開くってか?」

「ちがっ、違うよ! 僕はそんなつもりじゃ!!」

「……言っといて何だけど、意味通じるのか。エドがスケベなのか、これが普通なのか……、どっちだ?」

「ほあ!?」

 

 私は環境故にいろいろ知っているけど、普通の家庭で育った十二歳も股を開くって言葉の意味が分かるんだな。

 ちょっとショックだ。

 

「いや、僕は別に!? っていうか、は、話を逸らさないでよ!」

 

 今正に話を逸らそうとしているヤツに言われたくない。

 

「……ったく。おい、エド」

 

 私はエドを抱き締めた。そのまま、ベッドに倒れ込む。

 

「え、エレイン!?」

「……エド。私がお前を好きな理由、教えてやるよ」

「……へ?」

 

 アホな声を出しているエドの耳元で、私は話し始めた。

 

「まあ、素直なところが一つ目だな。捻くれ者より、私は素直なヤツが好きだ」

「うっ、えっと、その……」

「黙って聞けよ。二つ目は私の事を好きな事だな。可愛いとか、優しいとか、頭いいとか、お前が私を褒めてくれる度に、結構喜んでるんだぜ?」

「……え、エレイン」

 

 茹でダコになってしまった。だけど、今日は解放してやらない。

 面倒事は一度に解決する主義なのだ。

 

「それと、決定的だったのは一年生の時のハロウィンだな。ハーマイオニーとレネから聞いたぜ? 私の事が心配になって、大広間を飛び出したんだろ?」

「う、うん」

「お前、その頃はずっと私の事を避けてたじゃねーか。それなのに、私の為に真っ青な顔で飛び出したって聞いた時、嬉しくてたまらなかったよ。だから、その後もお前に避けられて、結構悲しかったんだぜ?」

「エレイン……。僕は……」

「謝るなよ。その辺は、もう解決した事だ。まあ、何が言いたいかって言うと、多分、好きになったのは私の方が先だって事だよ」

「へ……?」

 

 鈍いやつだ。

 

「前に言ったろ? 嫌ってるヤツに胸を堪能させたりしないって。ぶっちゃけ、好きでもない相手に触らせたりしねーよ。ハリーやカーライルにも、ウィルにだって触らせる気はないぞ」

「だ、だって、僕が好きって言った時、君は……」

「ああ、エミーと暮らしてた事を話した時の事か? それこそ、好きだからこそってヤツだぜ? 好きでもないヤツ相手に話してやる程、軽いもんじゃねーからな。エミーと過ごした時間は」

 

 エドは目を見開いて、口をパクパクさせた。

 

「……それと、そういう所も好きだぜ。すぐに茹でダコになるところとか、グッと来るな」

 

 私はエドの開いた口を自分の口で塞いだ。舌を入れて、じっくりと味わう。

 

「エド」

 

 口を離して、私は言った。

 

「私はお前の事が好きだぜ。時間を置いたのも、お前の為だ。私の心はずっと前から決まってたからな。結婚してもいいんじゃねーよ。結婚したいんだよ、お前と」

 

 狙った獲物は逃さない。それでも、惚れた相手だからこそ、逃げ道は用意した。

 

「エド。お前の好きと私の好きは違うもんだ。だって、私はお前を愛しているんだからな」

 

 とうとう限界を超えたらしい。エドは真っ赤なまま、目を回してしまった。

 

「やれやれ、仕方ねーな」

 

 私はエドの隣に横たわった。布団を掛けて、一緒に眠る。

 エドの体温を感じる。人間の温もりを感じるのは、随分と久しぶりだ。今日はいい夢が見れそうだぜ。



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第九話『吸魂鬼』

第九話『吸魂鬼』

 

 今日からホグワーツの新学期が始まる。今、私はエドに手を引かれながらキングス・クロス駅を歩いている。

 一緒の布団で眠って、起きたら立派なナイトになっていた。さっきからウィルが何度も吹き出しそうになっている。

 

「エレイン。なんだか、最近はすごく物騒だから、何かあったらすぐに教えてね!」

 

 エドは大真面目に言っている。笑ってはいけない。

 

「お、おう。頼りにしてるぜ」

「うん!」

 

 ウィルは耐え切れなかった。物陰に隠れて、腹を抱えている。

 戻ってくると、頬がゆるゆるになっていた。このブラコン、弟の新しい一面がツボに入ったらしい。メロメロ状態って奴だ。

 

「行こう!」

 

 みんなで9と3/4番線のホームに行くと、ハーマイオニーの姿があった。

 

「久しぶりね」

「おう」

 

 ハーマイオニーは未だに繋いだままの私とエドの手を見た。

 

「うんうん。仲睦まじき事は良い事よ」

 

 ハーマイオニーは満足そうに頷いた。

 いつもなら、ここでエドが手を話して茹でダコになる。だけど、今日は違った。

 嬉しそうに微笑みながら、強い力で私の手を握り締めた。

 少し痛い。少し、心地いい。

 

「……もしかして、私、邪魔?」

 

 少しイチャイチャし過ぎたな。ハーマイオニーの瞳の温度が下がり始めた。

 

「そんな事ねーよ。それより、さっさとコンパートメントを確保しようぜ」

「まったく、自分はレネに『友情より愛情か……』とかぼやいてた癖に」

「悪かったって!」

 

 グチグチ言われながら、私達は空いたコンパートメントを確保した。

 しばらくすると、レネとアランが現れた。相変わらず、仲睦まじい二人だ。

 

「ひさしぶり、みんな!」

 

 レネはすこし髪を伸ばしたみたいだ。

 挨拶を交わしていると、カーライルとジェーン、エリザベスもやって来た。

 いつものメンバーが揃うと、程なくして汽車が走り出す。私達は窓から身を乗り出して、それぞれの家族に手を振った。

 

 案の定と言うべきか、話題は私とエドの関係だった。エリザベスが面白がって根掘り葉掘り聞いてくる。

 しばらくすると、エドが真っ赤な顔で小さくなってしまった。

 

「……こういう所が可愛んだよ」

「うーん、思った以上の熱愛振りね」

 

 エドを抱き締めていると、ハーマイオニーが呆れたように言った。

 

「ところで、レネとアランはどうなんだ?」

「私達?」

「おう。前々から気になってたんだよ。お前らはホグワーツに来る前から熱々だったし、どういう風に出会って、どういう風に恋人になったんだ?」

「それ、私も気になってたわ。レネがアランの事を愛しているのは伝わってくるんだけど、あんまり惚気けたりしないし」

 

 私とハーマイオニーの言葉にアランは困ったような表情を浮かべ、レネを見つめた。

 

「レネ……。どうする?」

「いいよ。……でも、私から話すのは、ちょっと恥ずかしいかな」

「……分かった。なら、僕から話すよ」

 

 アランはレネの頭を撫でながら言った。

 

「……この事は、あまり人に吹聴するべきものじゃないんだ。だから、ここだけの話にしておいてくれ」

 

 アランは特にエリザベスに対して言った。

 

「分かってるって!」

 

 その返事に、アランは疑いの眼差しを向けつつ話し始めた。

 

「……レネの両親はマグルなんだ。それも、財閥の当主で、極めつけの原理主義者でもあった」

 

 嫌な予感しかしない。軽はずみな質問だったかもしれない。

 けれど、レネは「いいよ」と言ってくれた。なら、ここは黙って聞こう。

 

「まあ、察しはついてると思うけれど、レネの才能に彼らは嫌悪した。在るべき理から外れた存在として、彼女を虐げたんだ。……詳しくは言わないけど、酷いものだった」

 

 アランの瞳に憎悪が宿る。

 

「七歳の時、彼女は殺されかけた。生きて、呼吸をする事が罪と言われて、袋を頭に被せられた」

 

 誰も口を開かない。ただ、怒りを押し殺している。

 

「死の恐怖は、彼女の魔力を暴走させた。結果として、彼女の身は空間を超え、街中へ飛んだ。すると、当然の事だけど彼女の姿は大衆に見られ、魔法省の職員が後処理に向かい、そこで父が彼女の境遇を知る事になる。全身の疵痕と、殺されかけた事実を重く見た魔法省は彼女を父に預け、彼女の両親の記憶を弄った」

 

 胸糞の悪い話だ。出会ったばかりの頃、レネが常に挙動不審だった理由も分かる。

 きっと、生まれた時から自身を否定され続けてきたのだろう。その挙句に殺されかけて……、今こうして笑顔を浮かべられるようになった事が奇跡に近い。

 

「それ以来、僕は彼女と共にいる。何もかもに怯えていた彼女の支えになりたかった……」

 

 実際、言葉通りにして来たのだろう。アランはいつもレネを気にかけていたし、今もレネだけを見つめている。

 

「そっか……」

 

 ジェーンがレネの頭を撫でた。

 

「レネも頑張ったんだね」

 

 アランの支えがあっても、ここまで立ち直れた理由の多くは彼女の頑張りにある。その事に気づかない間抜けはいない。

 

「……みんなのおかげだよ。仲良くしてくれて、ありがとう」

 

 レネの言葉が染み渡る。

 誰にでも過去というものが付き纏う。エドが死喰い人の実父を持つように、レネが両親から虐待を受けていたように。

 今、私達は笑顔を浮かべている。それは過去を乗り越えてきたからだ。

 

「……ん?」

 

 突然、汽車が停止した。

 灯りが消える。

 

「なんだ?」

「駅に着いたわけじゃないわよね?」

「ねえ、誰か入って来たみたいよ!」

 

 コンパートメントの外が騒がしい。そっと扉を開いて、廊下の向こうを見る。

 そこには不気味な影がいた。

 

「あれは……」

「まさか、吸魂鬼(ディメンター)!?」

 

 エリザベスが悲鳴を上げた。アランがレネを抱き寄せ、エドも私の手を引っ張った。

 

「……何をしているのかしら」

「何かを探してるみたいだね」

 

 カーライルはエリザベスの手を引き、扉を閉めた。

 

「……吸魂鬼を追い払うためには守護霊の呪文が必要だ。使える人はいる?」

「呪文だけなら……。《エクスペクト・パトローナム》よ。本で読んだ内容によると、幸福な思い出を頭に浮かべながら唱えるの」

 

 それぞれが杖を構える。悲鳴が近づいてきた。

 吸魂鬼は人間の幸福な感情を啜り、絶望へ堕とす。その性質を買われ、奴等はアズカバンという監獄の看守に抜擢された。

 

「なんで、アズカバンの看守がこんな所に……」

「たしか、シリウス・ブラックが脱獄した件で、魔法省がホグワーツ防衛の為に吸魂鬼を使う計画を立てているって噂を聞いたわ」

 

 相変わらず、エリザベスの情報網には舌を巻く。

 

「……来た」

 

 レネの言葉と共に、扉が開かれる。

 その瞬間、私の中から何かがゴッソリと奪われた。

 

「エクスペクト・パトローナム!!」

 

 みんなが呪文を唱えている。

 エドとアランの杖から、それぞれ光り輝く狼とライオンが飛び出した。

 あたたかい……。

 

「エレイン!?」

「レネ!!」

 

 私が意識を保てていたのはそこまでだった。

 暗闇に沈んでいく……。



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第十話『悪夢』

第十話『悪夢』

 

 見覚えのある部屋。ここは、私がエミーと出会う前に住んでいた家だ。

 釘で固定された扉。鉄格子の嵌った窓。何もない二メートル四方の小部屋。それが私にとっての世界であり、すべてだった。

 飢えと乾きに満ちた日々。時折入ってくるネズミや虫を食べて、雨水を飲んだ。どうしても耐えきれなくなると、私の手元に食べ物が現れ、それを食べた。

 いつからそこにいて、どうして閉じ込められているのか分からなかった。けれど、生きていたかった。

 

「……ここは檻で、私は獣だったんだな」

 

 幸いにも、私は頭が良かった。時折、扉の向こうから響く声を聞き、拙いながらも言葉を覚え、自分の中の力にも気付く事が出来た。

 ブレンダ・ロットと、エスモンド・ロット。それが扉の向こうにいた女と男の名前だ。

 超能力を使って扉を破壊すると、奴等は私を恐れた。初めて遭遇した他者は、私を嫌悪と憎悪の目で見てきた。

 エレイン。そう呼ばれ、それが私の名前なのだと自覚した。

 どうして閉じ込めるのか聞くと、奴等は言った。

 

『お前が化け物の子だからだ』

 

 奴等の話を統合すると、私は養子だったらしい。それも、半ば無理矢理押し付けられた厄介者。

 閉じ込めて、飢え死ぬのを待つつもりだったと言う。

 私は家を出た。奴等は私を憎み、私も奴等を憎んでいたから。

 

 その時の私には何も無かった。食べ物も、衣服も、棲家も、知識も、理性も無く、《生きたい》という欲望だけを糧に生きていた。

 道を歩くと、ある者は私から目を逸らした。ある者は好奇の目で見た。ある者は哀れみを向けてきた。

 ある日、私は男に声を掛けられた。食べ物に釣られて、男について行くと、風呂場で体を洗われて、清潔な服を着せられた。

 男はマフィアの下っ端だった。

 

『これなら客が入れ食いだな。使い物にならなくなったら西地区の奴等に売り飛ばそう』

 

 浮浪児は奴等にとって、野生の牛や豚と同じだった。仕入れに手間は掛かるが金が掛からず、壊れるまでの間に大金を稼ぎ出す。

 男は私の味を確かめようと、ベッドに連れ込んだ。気持ち悪いから、私は男の股間を蹴り潰した。思った以上に男は苦しみ、泣き叫んだ。

 

『……お金、貰っていくね』

 

 財布を掴み、私は外へ出た。そこはスラムで、ろくでもない連中のたまり場だった。

 男から奪った金はすぐに底を尽いた。

 途方に暮れた。生きたいという欲望はあっても、生きる方法が分からなかった。

 お腹が空いて、喉が乾いて、悩み続けて、そして、私は彼女と出会った。

 

『……ねえ、大丈夫?』

 

 エミリア・ストーンズと名乗った少女は私をおんぶして、自分の棲家へ連れて行った。

 何も知らない私を利用するでもなく、むしろ、自分の知識や常識を惜しみなく教えてくれた。

 

『いい? 人の物を盗む事は悪い事なのよ。欲しい物がある時は、必ず対価を払うの』

 

 言葉を覚え、常識を身に着け、文字を学び、私は獣から人間になった。

 感謝していた。彼女の為に出来る事があるのなら、なんでもするつもりだった。

 だけど、彼女は善良過ぎた。自分が傷つく事、奪われる事は平気な癖に、傷つける事や、奪う事を忌み嫌う。

 性病を患い、それでも命を切り売りして、彼女は私を養い続けた。

 返したくても、なにも受け取って貰えない。私は何度も泣いた。

 

『ごめんね、エレイン』

 

 その度に、彼女は謝った。

 謝らないでほしい。私を使って欲しい。エミーの為なら、体を売っても構わないと思った。

 けれど、エミーは許してくれなかった。

 

『……暴力は痛いの。病気は苦しいの。エレインは健康でいなきゃダメだよ? 元気に、笑顔で生きるの。エレインが幸せなら、わたしも幸せだからね』

 

 やせ細っていく体。病に蝕まれて、歯も抜け落ちて、髪の毛もパラパラと抜け落ちていく。

 

『エレイン……。わたし、ママになりたかったの……』

 

 骨と皮だけの手を握る私に、彼女は言った。

 ママと呼んであげれば良かった。だけど、私は言葉を発する事が出来なかった。

 あまりにも、悲しすぎた。逝かないで欲しかった。幸せにしてもらった分、幸せにしてあげたかった。

 

『……幸せに生きてね、エレイン』

 

 命の灯火が小さくなっていく。

 この世界で何よりも大切なものが、永遠に失われてしまう。

 その恐怖は筆舌にし難い。気が狂いそうだった。

 

『……最期に一つだけ教えておくね』

 

 命が消える。

 彼女の言葉に耳を傾けながら、私は必死に命を引き留めようと、彼女の手を握り締めた。

 だけど……、 

 

 ◇

 

「エミー……」

 

 瞼を開くと、私はホグワーツの医務室にいた。

 隣のベッドにはレネとハリーがいる。

 

「クソッ……」

 

 涙が溢れてくる。

 前は我慢出来た筈なのに、最近は感情の制御が上手くいかない。

 

「あら、起きたのね」

 

 マダム・ポンフリーがホットチョコレートを持ってきてくれた。

 

「これを飲むと元気になるはずよ」

 

 言われるがままにホットチョコレートを飲む。すると、冷え固まった体に温度が戻った。

 さっきまでの哀しみも癒えて、胸をなでおろす。

 

「……ん、んん」

「あれ……?」

 

 ハリーとレネも目を覚ました。

 

「おっす」

 

 二人に声を掛けると、二人は揃って首を傾げた。

 寝起きで、まだ状況が掴めていないのだろう。

 マダム・ポンフリーは二人にもホットチョコレートを運んだ。

 

「飲み終えたら寮に戻って構いません」

 

 そう言われて、私達はノロノロと医務室を後にした。

 

「最悪の夢見だったぜ……」

「……私も」

「僕も……、あんまり内容は覚えていないんだけど」

 

 言葉少なめにハリーと別れ、私とレネもまっすぐに寮へ向かった。

 談話室にはハーマイオニー達がいて、心配されたけど、今はとにかく眠りたかった。

 寝室に向かって、ベッドに倒れ込む。ホットチョコレートのおかげか、今度の夢は随分とマシなものだった。



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第十一話『光陰』

第十一話『光陰』

 

 最近、兄さんは少し変わった気がする。何と言うか、人付き合いが上手くなった。以前はハリーと二人っきりでいる事が多かったのに、最近はいろんな人と一緒にいる。

 耳を傾けてみると、驚くほどに話題が豊富で、それにすごく聞き上手だった。雰囲気もグッと大人びて、女の子の中には目がハートマークになっている子まで現れる始末。

 十年以上も一緒に暮らしている妹としては、ちょっと不気味な変化だ。

 

「……ロンも年頃って事かしら」

 

 そう言えば、兄さんも今年で十二歳。多感な思春期の始まりという事なのだろう。

 そんな事より、私には気になる事がある。

 

「ハリー」

 

 ロンが他の人に取られて、少し寂しそうにしていたハリーに、私は思わず声を掛けていた。

 

「あっ、ジニー。どうしたの?」

「えっと、来年の話なんだけどね。ウッドが卒業した後、キーパーのポジションが空くでしょ?」

「もしかして、ジニーもクィディッチの選手になりたいの?」

「うっ、うん! そうなの!」

 

 ハリーは嬉しそうにクィディッチのいろはを教えてくれた。

 ロンがいなくなった代わりに、私はハリーの隣を独占する事が出来た。

 彼との話に夢中になっている内に、私の頭からロンの変化の事はすっかり抜け落ちてしまった。

 

 それからの毎日は夢のような日々だった。

 授業の後、私は常にハリーのそばにいた。ハリーに――実は知っている――勉強を教えてもらったり、ゲームを楽しんだり、二人っきりの時間を満喫した。

 時々、フレッドとジョージがからかってくるけれど、そのおかげで、ハリーは私を意識するようになった。私はハリーにとって、親友の妹。だけど、その関係が変わりつつある。時折、苦悩の表情を浮かべる彼に、私はゾクゾクした。

 私の中で芽生えていた未熟な恋心が、日々大きく成長していく。抑えきれない激情に、何度も呑まれそうになる。

 

 週末、私はハリーと人気のない廊下を歩いていた。相談したい事があると言って、彼をここまで連れて来た。

 

「……ところで、ハリー。あなた、好きな人っているの?」

 

 自分の大胆さに驚く。

 

「えっ!? あっ、いや、それは……、その……」

 

 ハリーの目が泳いでいる。

 その目を私はまっすぐに見つめた。

 

「……ハリー。私……、あなたの事が好きなの」

 

 ハリーの目が大きく見開かれた。

 

「ジ、ジニー。でも、君は……」

「ロンの妹。だけど、私は私なの……。ねえ、ハリー。私の事を……、どう思う?」

 

 ハリーの頬が赤くなっていく。きっと、私も同じ。

 

「……ハリー」

 

 不安で胸が落ち着かない。振られたらどうしよう……。

 だけど、これ以上は我慢の限界だった。

 だって、こんなにも近くにいる。

 

「ハリー……」

 

 魔法生物飼育クラブで、私は彼と接する機会に恵まれた。

 彼を知れば知る程、私は彼を好きになった。

 二人の時間が増えれば増える程、私は彼を愛するようになった。

 

「……ジニーは、僕でいいの?」

 

 ハリーの瞳は揺れていた。

 私に負けないくらい、彼は不安そうにしている。

 

「ハリー」

 

 彼は闇の帝王を滅ぼした英雄。クィディッチの名選手。勇猛果敢で、とても優しい人。

 だけど、……同時にとても繊細な人。

 

「もちろんよ、ハリー」

 

 私は彼を抱き締めた。

 壊れやすいガラス細工を柔らかく包み込む。

 

「好きなの、ハリー。愛してる」

「ジニー……」

 

 ハリーの腕が背中に回る。

 強い力で、私は抱き締められた。

 その幸福感に、私は酔い痴れた。

 

「ハリー……、大好き」

 

 世界が光り輝いて見える。

 幸せで、幸せで……、幸せ過ぎて、怖くなる。

 もしも、この幸福が壊れてしまったら、私はどうなってしまうのだろう。

 その不安を押し殺すように、私は彼の唇を奪った。

 ママの購読している女性誌で読んだ、大人のキス。ハリーがあたふたしている。すごく、かわいい。

 ああ、ハリー。ハリー。愛してる。とても素敵だわ。

 

「ハリー。私を恋人にして……」

「……う、うん。その、ジニー! 僕も君が好きだよ。だからその……、付き合おう」

「はい!」

 

 ◆

 

 歴史を紐解いてみよう。この世界には、様々な支配の形があった。

 

 ある男は、支配した民からすべてを取り上げた。はじめに財産を徴収し、知識ある者を処刑し、恋愛を禁じ、大人である事を禁じた。

 結果として、男の支配は成功した。外国からの介入が無ければ、永遠の理想郷を実現出来ていた。

 

 ある男は、支配した民に共通の敵を定めた。あらゆる憎悪を、あらゆる憤怒を外敵に向けさせ、内に対する鬱憤を晴らさせ続けた。

 結果として、男の支配は成功した。外国からの介入が無ければ、永遠の理想郷を実現出来ていた。

 

 ある男は、支配した民に飴を与え、代わりに牙を奪った。そして、敵に対しても寛大な措置を取り、忠誠を勝ち取った。

 結果として、男の支配は成功した。少なくとも、彼が生きている限り、彼の国は彼の物であり続けた。

 

 ある男は、支配した民に夢を与えた。侵略戦争を続ける事で、敵から物資を奪い、国を潤わせ続けた。

 結果として、男の支配は成功した。少なくとも、彼が生きている限り、彼の国は彼の物であり続けた。

 

「ポル・ポト。アドルフ・ヒトラー。趙匡胤。始皇帝。彼らは四者四様に支配を成功させた」

 

 趙匡胤はこのような言葉を遺している。

 

 ――――仲間を無闇に信じるべからず。敵はうまく利用せよ。

 

 成功者達に共通する事は、決して仲間を信じなかった事だ。

 

「……しかし、彼らは成功者であると同時に失敗者でもある」

 

 結局、彼らの支配は、彼らが生きている間しか機能しなかった。

 

「学ばなければいけないね。死後も続く支配を……」

 

 幸いな事に、学ぶ手段はある。それは失敗者達の伝記だ。 

 アメリカ合衆国第三十二代大統領フランクリン・ルーズベルトの妻、エレノア・ルーズベルトの遺した言葉に、こういうものがある。

 

 ――――他人の失敗から学びなさい。あなたは全ての失敗ができるほど長くは生きられないのだから。

 

 成功とは、闇の中にある。失敗とは、闇を照らす光だ。光が多ければ多いほど、成功は見えやすくなる。

 

「だが、単純に彼らの逆を行けばいいというものでもない」

 

 ビザンティン帝国の若き皇帝ミカエル三世は、仲間を信じ過ぎる事のリスクを後世に遺してくれた。

 彼も他の支配者達同様に、あまり味方を信じてはいなかったが、バシレイオスという馬番の男の事だけは信頼していた。

 気の置けない親友として、ミカエル三世はバシレイオスを信用し、地位と名誉、軍隊を惜しみなく与え続けた。

 

「人間は慣れる生き物だ。それは、恩義という感情でさえ例外じゃない。見返りもなく尽くされる事に慣れると、人間はやってもらって当たり前と思うようになる」

 

 与えられる事に慣れた人間は、更に多くを求めるようになる。結果、バシレイオスは感謝の念を忘れ、ミカエル三世を殺害し、その地位を簒奪した。

 

「奪い過ぎては続かない。与え過ぎても続かない。なぜなら、支配者は人であり、被支配者もまた、人だからだ。まずは、人というものを知らなければいけないね」

 

 ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェは人間を二種類に分けている。

 ルサンチマンとオーバーマンだ。

 

「ルサンチマンは、強者に縋り付いて依存し、自分では考えも、行動もしない者を指す。オーバーマンは誰にも依存する事なく、自己の判断で行動する事が出来る者を指す」

 

 大抵の人間はルサンチマンだ。自分よりも上位の者に依存して生きている。だからこそ、支配そのものは容易い。

 けれど、彼らは強者に従っているだけだ。強者が力を失えば、別の強者に頭を垂れる。

 不特定多数の衆愚を集める事に意味はない。彼らは裏切るものだからだ。 

 

「求めるべきはオーバーマン。僕の理想を理解し、自分から僕を選んでくれる存在……」

 

 まずは、身近な所から攻略していこう。



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第十二話『真似妖怪』

ちょっと修正しました。


第十二話『真似妖怪』

 

 今年から通常の科目に加えて、選択科目の授業が増える。

 私は古代ルーン文字学と魔法生物飼育学を選択した。

 占い学は胡散臭いし、マグル学はわざわざ受ける必要が無い。おまけに、その二つの授業は私が見据えている将来に何の意味も齎さない。

 

「私は魔法生物関係の仕事に就きたいんだ」

「エレインも? なら、私と同じだねー」

「私も!」

 

 闇の魔術に対する防衛術の授業に向かいながら、私達は将来の目標を語り合った。

 私とレネ、ジェーンの三人は魔法生物に関わりたいと考えている。

 

「私は日刊預言者新聞に就職するつもりよ! まあ、最終目標は自分で出版社を設立する事だけどね!」

 

 バイタリティ溢れるエリザベスらしい目標だ。

 

「……うーん。私はどうしようかなー」

 

 ハーマイオニーはまだ決め兼ねているらしい。

 

「アランは?」

「僕は魔法省に就職しようと思ってるんだ。いろいろとやりたい事があるからね」

「やりたい事って?」

「……今は秘密にしておくよ」

 

 アランには何か野望があるようだ。

 

「カーライルはどうだ?」

「僕は遺跡の発掘調査をしてみたいんだ。だから、古代ルーン文字学は必須だね。他にもいろいろな言語を覚えないといけないから大変だよ」

 

 そう言えば、グリンコッツに金庫破りが現れた時、いつになく興奮してたっけ。

 

「っと、着いたな」

 

 教室に入ると、くたびれたローブを身に纏う男がいた。

 席に座って、教科書を取り出そうとすると、男は待ったをかけた。

 

「今日は教科書を使わないんだ」

 

 どういう事だろう。自己紹介でもする気なのか?

 

「うん。どうやら揃ったみたいだね。では、移動するよ。みんな、杖だけを持って、私について来てくれ」

 

 ハーマイオニーと顔を見合わせながらついていくと、そこは職員室だった。

 部屋の隅にある洋服箪笥がガタガタと奇妙に揺れ動いている。

 

「安心してくれ。中に真似妖怪(ボガート)が入っているだけだから」

 

 それは安心していい事なのか?

 

「それじゃあ、改めて自己紹介をしよう。私はリーマス・ルーピン。今年から、ここで闇の魔術に対する防衛術を教える事になった。どうぞ、よろしく」

「よろしくお願いします!」

 

 基本的に礼儀正しいレイブンクロー。みんな綺麗にお辞儀をした。

 

「さて、ボガートという魔法生物について、知っているという人はいるかな?」

 

 ほぼ全員が手を挙げた。これにはルーピンも苦笑い。

 

「……おかしいな。他のクラスだとスリザリンが数人知っていただけなんだけど」

「教科書に載ってました」

 

 カーライルの言葉にうんうんと頷く私達。

 

「うん。さすがレイブンクローだね。よろしい! では、代表者に説明してもらおう」

 

 ルーピンはぐるりと生徒の顔を一巡した。すると、私を見て、何故か目を丸くした。

 

「……あー、君の名前を教えてもらえるかな?」

「エレインです。エレイン・ロット」

「では、エレイン。説明してくれ」

 

 勘違いだったのだろうか、ルーピンは何事もなく言った。

 

「ボガートは狭くて暗い場所を好む魔法生物で、遭遇した者が最も恐れるモノに姿を変えます。その性質故に、ボガートの真の姿を知る者は誰もいません。研究している人はいるみたいですけど」

「百点満点の解答だ! レイブンクローに五点あげよう! その通り、ボガートの研究者はボガートの真の姿を見る為に恐怖を感じない屈強な精神を鍛え上げようと、山に数年篭って修行をしたそうだよ」

「えっ、どうなったんだ!?」

「結局、ボガートは何年も家を空けた彼に激怒した奥さんの姿に変わったそうだよ」

 

 思わず吹き出してしまった。

 

「さて、君達には問うまでもない質問かもしれないけれど……」

 

 そう前置きをして、ルーピンはハーマイオニーを指差した。

 

「現在、我々はボガートに対して有利な状態にある。何故かな? 名前も一緒に教えてくれ」

「はい! ハーマイオニー・グレンジャーです! それは私達の人数が多いからです。ボガートが化けられるのは一つの姿だけなので、大勢に囲まれると誰の怖いモノに変わればいいのか分からなくて混乱するからです」

「完璧だ! レイブンクローに五点!」

 

 ハーマイオニーは嬉しそうにはにかんだ。

 

「ある時、三人の魔法使いがボガートと遭遇した。一人はピエロが怖くて、一人はドラゴンが怖くて、一人はお姉さんが怖かった。すると、ボガートはスカートを穿いたピエロメイクのドラゴンという実にファンシーな姿に変わってしまったんだ」

 

 想像して、また吹き出してしまった。ノーバートがスカート穿いている姿には中々のインパクトがある。

 そう言えば、アイツはメスなんだよな。

 

「ボガートを倒す呪文は一つ! そして、この呪文には《笑い》が必要だ。君達はボガートに己が滑稽だと思える姿を取らせる必要がある。さて、まずは杖なしで練習しようか!」

 

 ルーピンが後ろの生徒も近くに来るように手招きをしながら言った。

 

「私の後に続いて言ってごらん! 《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》!」

「《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》!」

「素晴らしい! だが、呪文だけでは十分じゃない」

 

 そう言って、ルーピンはジェーンを指名した。

 

「君の名前は?」

「……ジェーン・サリヴァンです」

 

 ジェーンは少し眠そうだ。また、夜更かしをしたのだろう。

 

「では、ジェーン。君にとって、最も怖いものは何かな?」

「……ノーバート」

 

 だろうな! ハーマイオニーやレネ達もうんうんと頷いている。

 私達に幾度となく死の恐怖を与え続けてきたトカゲ野郎。もう二年以上の付き合いになるというのに、未だに私達を動き回る肉としか認識していない肉食獣の鑑のようなヤツだ。

 

「うん? それは人の名前かい?」

「いえ、その……」

 

 ジェーンの目が泳いでいる。

 

「まあ、いいだろう。じゃあ、次は君の好きなものを教えてくれるかな」

「好きなもの……、子猫かな」

「じゃあ、子猫のイメージをしっかりと持つ事から始めよう。出来たかい?」

「は、はい」

「では、これから箪笥の扉を開ける。すると、中からボガートが飛び出してきて、そのノーバートに変わる。そうしたら、君は杖を掲げて唱えるんだ。《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》! その時に、子猫の可愛らしい姿を想像するんだ。そうだね、子猫の耳やつぶらな瞳に意識を集中するんだ。すると、ノーバートに子猫の耳が生えて、目もとってもキュートな子猫の瞳に変わるはずだよ」

 

 私はちょっと想像してみた。

 

「……あいつに猫耳が生えたところで、なにか変わるのか?」

「ど、どうかしら……」

 

 ハーマイオニーは顔を引き攣らせている。

 

「それじゃあ、みんな、一列に並んで! ジェーンが上手くやっつけたら、次は後ろの人をボガートは襲いかかるぞ! よーく考えるんだ。最も怖いモノ、そして、どうしたらその姿をおもしろおかしく変えられるか!」

 

 私達は一列に並ぶと、ルーピンが箪笥の扉を開いた。

 そして……、すごく見覚えのある巨大なドラゴンが姿を現した。

 毒を滴らせる鋭い牙。殺意百パーセントの瞳。掴んだ獲物を離さない為の鋭利な爪。

 ルーピンが目を見開いた。ノーバートを初めてみる生徒達は悲鳴を上げた。

 ジェーンは死んだ魚のような目で呪文を唱えた。

 

「《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》」

 

 ノーバートに猫耳が生えた。瞳もつぶらだ。

 逆に怖い……。

 

「あっはっはっはっはっは」

 

 渇いた笑い声を上げながら、ジェーンは杖を振った。

 

「《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》!!」

 

 すると、ノーバートは生まれたばかりの時の姿になった。

 小さくて、まだ辛うじて可愛いと思えていた頃の姿だ。

 ちなみに猫耳だ。目もつぶらだ。うん、このサイズなら可愛い。

 

「くぅー、可愛いよ、ノーバート! アンタ、でっかくなり過ぎなのよ!!」

 

 ジェーンが怒鳴り声を上げると、猫耳赤ちゃんノーバートはあたふたと逃げ出した。

 

「……えっと、じゃあ、次の人」

 

 ルーピンが顔を引き攣らせながらジェーンを下がらせた。

 次はアランの番だった。

 また、ノーバートだった。

 

「《馬鹿馬鹿しい(リディクラス)》!」

 

 またもや猫耳赤ちゃんノーバートになるボガート。

 

「……次の人」

「は、はい」

 

 ハーマイオニーの前に、再びノーバートが現れた。

 

「……君達、なんで揃ってドラゴンにトラウマを持ってるんだい?」

「なんででしょうね……」

 

 さっさとノーバートを猫耳赤ちゃんモードに変えて、ハーマイオニーは虚空を見上げた。

 

「……えっと、君もノーバートかい?」

 

 ルーピンが悩ましげに私を見つめる。

 

「多分な……」

 

 現れるノーバートを猫耳赤ちゃんモードにする作業が延々と続いた。

 みんなもノーバートの姿があまりにも衝撃的だったらしく、誰が対面してもボガートはノーバートになった。

 

「これ、なんの授業なんだろうな……」

「真似妖怪の対処法……、でしょ?」

「……ノーバートもこういう対処が出来たらいいのにな」

 

 結局、この日の授業はクラスメイト達にノーバートの恐怖を植え付けただけだった。



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第十三話『侵入者』

第十三話『侵入者』

 

 魔法薬学の先生が変わった。アラスター・ムーディは片方の目が義眼で、鼻が少し欠けていて、他にも無数の疵痕を持つ男だった。

 ハリー・ポッターは彼の自己紹介を聞きながら、奇妙な感情に囚われていた。ずっと憎んでいたはずのスネイプが、永遠にいなくなった事に一抹の寂しさを感じている。それはきっと、メリナのアトリエで見つけたマーリン・マッキノンの日記を読んだからだ。

 それまで、ハリーはスネイプをある意味で特別視していた。極めて邪悪な存在だと考えていた。けれど、それは間違いだと気がついた。

 スネイプはハリーの母親である、リリー・エバンズを愛していた。彼のハリーに対する憎しみは、愛していた女性を他の男に取られたからという、実に情けない理由からくるものだった。

 その事実が、ハリーのスネイプに対する幻想を打ち砕いた。スネイプも、一人の人間なのだと気付かせた。

 嫌な先生である事に変わりはない。けれど、これからはもっと素直な気持ちで接する事が出来ると思っていた。

 

「それでは授業を始める!」

 

 ムーディの授業はスネイプに負けないくらい厳しくて、難しい。けれど、理不尽な言葉が飛んでくる事は無かった。

 とても良い事の筈なのに、どうして素直に喜べないんだろう。ハリーはもやもやとした気分で授業を受けた。

 

 ◇

 

 魔法薬学で感じたもやもやは、魔法生物飼育学の授業のおかげで見事に晴らす事が出来た。

 ウィルヘルミーナ・グラブリー・プランク先生は優しくて、同時にユーモラスに富んだ人でもあった。

 

「さて、今日はアッシュワインダーについて学びます」

 

 生徒達は焚き火を取り囲んで、その中から這い出てくる蛇を見つめた。

 真っ赤に輝く目をした灰白色の細い蛇。その姿はとても美しい。

 

「アッシュワインダーは世界中に存在します。こうして、魔法の火を長時間放置していると創り出される生き物なので、魔法の火の扱いには細心の注意を払う必要があります。アッシュワインダー自体は、這った所が灰だらけになる程度でほとんど無害ですが、塵になる寸前、暗闇の中に鮮やかな赤い卵を産み落とします。その卵は常に高温を発している為、凍結呪文で適切な処理を行わなければ火事の原因になってしまうのです」

 

 さて、とプランクは赤くて美しい卵を取り出した。

 

「これは凍結処理をしたアッシュワインダーの卵です。この卵はそのまま食べると熱冷ましとして使えますが、もう一つ用途があります。なにか分かりますか?」

 

 誰も答えを知らなかった。けれど、プランクは怒るどころか、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「この卵は《愛の妙薬》の原料として、高い価値を持つのです」

 

 その言葉に女生徒達がキャーキャーと声を上げた。

 プランク先生は今年から前任のシルバヌス・ケトルバーンの後を継いで魔法生物飼育学の教師に就任した。

 実はハグリッドもこの席を狙っていたけれど、結果はご覧の通り。

 ハリーは可哀想に思いつつも、少しホッとした。ハグリッドにプランク先生と同じ授業が出来るとは思えない。きっと、危険な魔法生物を持ってきて、今とは違う意味での悲鳴を生徒達に上げさせていた事だろう。

 

 ◇

 

 十月に入り、ようやく新しい授業に慣れてきた頃、ハリーは別の事で忙しくなった。クィディッチの訓練だ。

 招集を受けて、ハリーが向かった先の競技場では、今年で引退するキャプテンのオリバー・ウッドは悲壮感を漂わせていた。

 

「今年が最後のチャンスだ! 俺の! 最後の! チャンスだ! クィディッチ優勝杯の!」

 

 選手達の前を大股で行ったり来たりしながら、ウッドは拳を振り上げ、熱弁している。

 

「一昨年まではスリザリンが圧倒的だった! それは認めよう! しかし、去年! スリザリンの無敗記録に終止符が打たれた! ……正直に言えば、我々の手で奴等をコテンパンにしてやりたかったが、レイブンクローが優勝杯を獲得した! だが! だが! だが!! 今年は我々だ! 我々が勝つぞ! 分かっているな!!」

 

 ウッドの演説を聞きながら、ハリーは去年の試合を思い出していた。

 ドラコ・マルフォイ。セドリック・ティゴリー。そして、エレイン・ロット。

 同じシーカーとして競い合った三人。マルフォイとセドリックには競り勝った。けれど、エレインには負けた。

 ウロンスキー・フェイント。プロリーグの試合でも滅多にお目にかかれないとロンが絶賛していた彼女の必殺技(フェイント)に引っかかり、彼女にスニッチを奪われた。

 あの敗北が無ければ、グリフィンドールが優勝していた。

 

「悔しいか、ハリー!」

 

 いつの間にか、ウッドがハリーの前に立っていた。

 

「……悔しいよ、ウッド!」

「ドラコ・マルフォイも、セドリック・ティゴリーも、お前にとっては敵じゃない。だけど、エレイン・ロットは危険だ! ハッフルパフ戦では、文字通り命懸けでハッフルパフから勝利をもぎ取り、スリザリンに負けたとなるや、とんでもない必殺技を習得してきた! あの女傑に勝てなければ、グリフィンドールに勝利はない! 分かるな、ハリー!」

「うん!」

「ならば、やる事は一つだ! 去年まで以上の訓練を行う! ついて来てくれるな、ハリー!!」

「はい!!」

「ついて来てくれるな、みんな!!」

「おう!!」

「はい!!」

「もちろん!!」

「勝つぞ!!」

「今年こそ!!」

 

 後一歩の所まで近づいた優勝杯。今度こそ、グリフィンドールが勝ち取る。選手達の思いは一つだった。

 燃え上がる闘志を胸に、ハリーは訓練に励んだ。そして、そんな彼にますます惚れ込んだジニーは甲斐甲斐しく彼のために尽くした。

 練習では毎度の如く差し入れを運び、夜はズタボロになった彼を風呂場に叩き込み、着替えをさせて、宿題をやるように発破をかける。優しく、厳しく、彼女はハリーを助けた。

 スキルを鍛え、恋人との絆を深めながら、ハリーは日々を過ごしていく。

 

 ◇

 

 ハロウィンの日。ハリーは少し落ち込んでいた。

 ホグワーツでは、三年生になると年に数回、ホグズミード村に行く事が許される。けれど、ハリーは保護者の許可を得る事が出来なかった。

 

「ハリー」

 

 みんなが浮かれている傍で俯いていると、ジニーが声を掛けてきた。

 隣に座り、そっと寄りかかってくる。

 香水を使っているのか、心地良い香りが鼻孔を擽る。

 

「ジニー」

 

 たったそれだけの事で、ハリーの鬱屈した気分は晴れてしまった。

 ジニーの肩を抱き、ハリーはいい事を思いついた。

 

「ちょっと、待ってて!」

「ハリー?」

 

 ハリーは急いでレイブンクローの席に向かった。目的はエレインだ。

 彼女はエドワードと話をしていた。

 

「エレイン!」

「どうした?」

「アトリエをジニーに見せてもいいかな?」

「アトリエって?」

 

 エドワードが首を傾げると、エレインは腕を組んで唸った。

 

「うーん。イリーナからは秘密にしろって言われてるしな……」

「頼むよ、エレイン」

「……っていうか、お前はホグズミード村に行くんじゃないのか?」

「僕は留守番だよ。保護者の許可が貰えなかったからね」

「そうなのか……。まあ、あそこはお前の母親のモノでもあるからな。好きにしていいと思うぜ」

「あっ、ありがとう!」

 

 お礼を言って踵を返すと、エドワードに肩を掴まれた。

 

「えっと、どうしたの?」

「……アトリエってなに? 秘密とか、ハリーの母親のものとか、どういう意味?」

 

 突然、エドワードに敵意を向けられて、ハリーは困惑した。

 

「……エド」

 

 すると、エレインはエドを抱き寄せて膝に座らせた。

 

「な、なにしてるの!?」

 

 エドワードが顔を真っ赤にして叫ぶと、エレインは更に強く抱き締めた。

 

「ヤキモチをやくような事じゃねーよ。今度、お前にも見せてやるからさ」

「一体なんなの!?」

 

 エレインはジェスチャーでハリーに「行け」と言った。

 ハリーは片手を上げて感謝の意を示し、恋人の下へ戻った。

 すると、ジニーはムスッとした表情で彼を出迎えた。

 

「ど、どうしたの?」

「……さあ、どうしたのかしらね! いきなり立ち上がったかと思えば、別の女の子の下へ走っていくなんて!」

 

 ハリーは頬を緩ませた。あばたもえくぼと言うように、ハリーはジニーの嫉妬を最高の愛情表現として受け取った。

 

「ジニー。君に見せたいものがあるんだよ。エレインには、その許可を貰ってきたんだ」

「見せたいもの? それに、許可って?」

「ほら、ついて来て」

 

 困惑するジニーの手を引いて、ハリーはメリナのアトリエへ向かった。

 

 ◇

 

 アトリエを見たジニーはハリーを問い詰めた。

 

「……ねえ、この個室空間にエレインと二人っきりで過ごしたって事?」

 

 ハリーは恐怖した。まるで、ノーバートと対面しているかのようだ。

 さっきは可愛いとさえ思った恋人の嫉妬が、今はただただ恐ろしい。

 

「ハリー。この生活感に溢れた環境で、あの女とナニをしていたのかしら?」

「お、落ち着いて、ジニー。へ、変な事は何もしてないから……」

「このパンツはなによ!? なんで、こんなものが落ちてるの!?」

「あっ、それはママのだよ!」

「ママ!? 二人っきりの時はエレインをママって呼んでるの!?」

「違うよ!? なんで、そうなるの!?」

「ひ、酷いわ、ハリー! わ、私だって、言ってくれれば、そういう事だって……、そういう変態っぽい趣味にだって付き合ってあげるのに!」

「何を言ってるの!?」

 

 涙目になって責め立ててくるジニーの誤解が解けたのは日が暮れ始めた頃だった。

 ハリーは心底疲れ果て、頬を赤く染めながらジニーが淹れてくれた紅茶を飲んだ。

 

「……というわけで、ここはママとエドの母親が使っていた場所なんだ」

「さ、先に言ってくれればいいのに!」

 

 もはや何も言うまい。ハリーは大人しく紅茶を啜る。

 

「そろそろ日が暮れるし、今日は戻ろうか」

「そ、そうね!」

 

 二人が寮に戻ると、その入口に人だかりが出来ていた。

 

「どうしたんだろ?」

 

 ジニーも「さっぱり」と肩を竦めた。

 しばらく待つと、ダンブルドアがマクゴナガルとルーピン、そして、ムーディを引き連れて現れた。

 

「……これは、非常にまずいぞ」

 

 ムーディが言った。

 四人が来た事で人垣が崩れ、ハリー達にも奥の様子が分かるようになった。

 

「……ひどい」

 

 ジニーが呟いた。

 グリフィンドール寮の入り口である《太った婦人の肖像画》がズタズタに引き裂かれていた。

 ダンブルドアは次々に先生達に指示を飛ばしていく。すると、その頭上にポルターガイストのピーブズが現れた。

 ピーブズは言った。

 

『お可哀そうに、ズタズタだ! あいつは癇癪持ちだね! あのシリウス・ブラックは!』



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第十四話『邪悪』

第十四話『邪悪』

 

 ホグワーツは蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。

 指名手配犯の重罪人、シリウス・ブラックが吸魂鬼の警戒網を乗り越えて校内に侵入してきたのだから無理もない。

 各寮の生徒達が大広間に集められ、寝袋を渡された。

 

「……面白くなって来たね」

 

 僕の胸元で震えているネズミを服の上からポンポン叩き、思考を巡らせる。

 十二人のマグルと、彼を追い詰めた魔法使いを惨殺したとして投獄されたシリウス・ブラック。実のところ、彼は無実だ。彼は、ある男の罪を背負わされただけの被害者に過ぎない。

 真犯人は僕の手元で震えている。このネズミこそ、大量殺人犯であり、ブラックに罪を着せた罪人が姿を変えた存在だ。名前はピーター・ペティグリュー。

 

「ふふふ……」

 

 この状況は、僕にとって非常に都合がいい。なぜなら、彼は素晴らしいスケープゴートになってくれるからだ。ここで僕が何をしても、罪はすべて彼が被ってくれる。

 その為に、まずは彼の身柄を確保しておきたい。

 

「とりあえず、明日だね」

 

 この状況では、さすがに動きづらい。ブラックの目的はピーターだろうから、しばらくは付近に潜んでいるはずだ。

 

 ◇

 

 ブラックが如何にしてアズカバンから脱獄したのか、その答えはピーターの記憶にあった。

 ブラックは未登録の動物もどき(アニメーガス)だった。動物もどきは、一度取得すれば杖が無くても好きなときに変身する事が出来るようになる。加えて、変身中は吸魂鬼の好む感情が抑制される。おそらく、ブラックは動物に変身する事で吸魂鬼の監視を逃れて脱獄に成功したのだろう。

 僕も試しに取得してみた。変身後の姿は選べないみたいだけど、予想していた通り、蛇になった。これが中々に便利で、人間の姿では入り込めない場所にも悠々と入り込めるから重宝している。

 

「……っと、ここだね」

 

 ブラックの潜伏場所も、ピーターの記憶を見たおかげで簡単に突き止める事が出来た。

 校舎の裏手に植えられている暴れ柳。その下にある隠し通路の先。ホグズミード村にある観光名所、叫びの屋敷。

 蛇の姿で忍び寄ると、ブラックはぶつぶつとピーターに対する恨み言を呟いていた。

 静かに変身を解き、ブラックの背中に杖を向ける。

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 崩れ落ちるブラックの体を呪文で羽ペンに変える。

 

「君の死体は有効活用させてもらうよ、ブラック」

 

 これで、大分準備が整ってきた。けれど、まだ十分じゃない。

 僕にとって、唯一にして絶対的な障害。アルバス・ダンブルドアの抹殺。その為には、あと数手必要だ。

 腹心(セブルス)を失った現在のダンブルドアの手駒はルーピンとムーディを筆頭とした教師陣のみ。

 ルーピンを無力化させる方法は簡単だ。満月の晩、奴が脱狼薬を飲めないように仕向けてやればいい。出来れば、ムーディを手中に収め、ヤツに脱狼薬と見せかけた別の薬を飲ませる事が出来たら最高だ。

 

「……まずはムーディだ。あの義眼は厄介だし、ヤツ自身も相当な手練だから、慎重に事を運ばなければいけないね」

 

 面白くなってきた。

 頭が良いだけの人間は力と技で仕留めればいい。

 技と力が優れている者は知識でハメ殺す。

 頭脳と肉体、全てに秀でている者はさて……、どうやって倒せばいい?

 

「簡単だ。人間的魅力で籠絡し、隙を作ってやればいい」

 

 その為の準備も着々と進んでいる。グリフィンドールの寮内で、僕は一定の地位を築く事が出来た。

 正直、ハリーの隣をジニーに奪われた事は想定外の事だったが、仕方がない。

 ロナルド・ウィーズリーという男はハリーにとって特別だ。なにせ、魔法界に入ったばかりの頃、右も左も分からない状態の時に手を伸ばして導いてくれた存在だ。

 おまけに、ハリーはそれまで友達がいなかった。家族からも蔑ろにされていた。それまでの反動で、ハリーは少々重たい感情をロナルド少年に向けていた。

 ジニーという恋人を得た今でさえ、時折、寂しげな視線を僕に向けてくる辺り、相当なものだ。

 だからこそ、僕は安心して他の人間の籠絡に時間を費やす事が出来た。

 

「ムーディは警戒心の強い男だ。生徒が相手でも、安々と心を開いたりはしないだろう。だからこそ、長期戦を覚悟しないといけないね」

 

 リスクは少なく、リターンは大きく。策略とは、そういうものであるべきだ。

 

「……さて、妹を親友に取られると同時に、親友を妹に取られた少年の複雑な心境を演じてみるとしよう」

 

 面倒くさい設定だが、だからこそ、実に人間臭い。

 まずはムーディに、僕を警戒する必要のない存在だとアピールする。踏み込むのはその後だ。

 イベントも考えておかないといけない。

 

「折角だ。吸魂鬼にも協力してもらおう」

 

 例えば、クィディッチの試合で彼らをけしかける。

 そして、墜落するハリー。僕は血相を変えて彼のために吸魂鬼を退け、助ける。

 多少、ハリーに怪我を負わせた方がいいかもしれない。自責の念に駆られ、追い詰められている少年を演じるのだ。これは、中々に同情を買えそうだ。

 

「よし、これでいこう」

 

 僕は鼻歌混じりに叫びの屋敷を後にした。もちろん、羽ペンに変えたブラックの死体をポケットに仕舞い込んでからね。



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第十五話『炎の雷』

第十五話『炎の雷』

 

 シリウス・ブラック侵入事件からしばらくして、クィディッチのシーズンがやって来た。

 校内も落ち着きを取り戻しつつあり、生徒達の話題はもっぱら今年の優勝杯の行方についてだった。

 なにしろ、去年は常勝無敗のスリザリンがまさかの二位。それまではグリフィンドールと二位争いをしていたレイブンクローが優勝杯をもぎ取ったのだ。

 各チームに歴代でも屈指の名シーカーが名を連ね、その力関係も絶妙であり、誰かが劣っているわけでもなければ、抜きん出ているわけでもない。

 それ故に、勝敗の行方がまったく分からず、今年のクィディッチの寮対抗トーナメントはまさに群雄割拠の戦国時代に突入していた。

 

「――――というわけで、今日は新メンバーを紹介する」

 

 レイブンクローのキャプテン、マイケル・ターナーの隣には二人の少年が並んでいた。

 

「ロジャー・デイビースと、マイケル・コーナーだ!」

「ロジャーです。よろしくお願いします」

「マイケルだ。けど、キャプテンと被るから、コーナーか、マイクって呼んでくれ」

 

 二人がそれぞれ挨拶をすると、真っ先にアリシア・フォックスが口を開いた。

 

「コーナーとターナーだと紛らわしいし、マイクって呼ばせてもらうよ。アリシア・フォックスだ。ポジションはチェイサー。よろしくね!」

「マイクにロジャー。私はキーパーのチョウ・チャンよ。気軽にチョウって呼んでちょうだい」

「マイクには紹介不要だと思うが、エレイン・ロットだ。私の事も気軽にエレインと呼んでくれ」

 

 マイクは筋骨隆々で、背の高さもチーム内では群を抜いて高い。

 対して、ロジャーはどちらかと言うと優男風だった。

 

「それにしても、ロジャーが入ってくるとは思わなかったよ!」

 

 アリシアは嬉しそうにロジャーに話し掛けた。どうやら、彼はアリシアと同学年のようだ。

 

「キャプテンに誘われたんだ。前は一度断ってしまったけれど、去年の試合を見てたらウズウズしてしまってね」

「ふーん。とにかく、嬉しいよ!」

 

 満面の笑みを浮かべるアリシアに、ロジャーは頬を赤く染めた。

 

「……チョウ」

 

 ロジャーは誤魔化すようにアリシアから視線を外してチョウに声を掛けた。

 

「実は、前にジェイドからキーパーにならないかって誘われた事があるんだ」

「え?」

 

 チョウは目を見開いた。

 

「あの時、断った事を後悔したよ。去年の試合は本当に凄かった! あの渦中に、どうして自分が居ないのかって……」

「……それでも、私がキーパーです!」

 

 チョウが睨むように言うと、ロジャーは微笑んだ。

 

「ああ、そうだ。俺はキャプテンのポジションを受け継ぐ事に躊躇した。だけど、君は違った」

 

 ロジャーはチョウの頭を撫でた。

 

「悔しいけど、尊敬もしている」

「ロジャー……」

 

 そうした三人のやり取りを尻目に、マイクはエレインに話しかけていた。

 

「へへっ、見てろよ! 俺のパワーで、ブラッジャーなんざ粉々よ!」

「おう、期待してるぜ! ……にしても、相変わらずスゲー筋肉だな」

「鍛えてるからな! 見よ、この肉体美!」

 

 ポージングを始めるマイクにエレインは拍手を送った。

 ユニフォームの上からでも分かるムキムキの筋肉。まさに圧巻だった。

 

「魔法使いはもやし野郎が多いからな! 俺が活躍して、筋肉の素晴らしさを広めようと考えているんだ!」

「お前、クラッブやゴイルと相性良さそうだな」

「スリザリンの筋肉共か? 奴等も中々だな! 今度、ポージング対決を仕掛けてみるか!」

「面白そうだな! その時は教えろよ? かぶりつきの席で見学してやるから!」

「おう! 楽しみにしとけ!」

 

 片や甘酸っぱい雰囲気を作り、片や暑苦しい空間を作りながら友好を深め合うレイブンクローチーム。

 

「さあ、今年は去年以上の激戦が予想される。チサトも言っていただろ。勝って兜の緒を締めよ! 訓練を始めるぞ!」

「おー!」

 

 そして、いよいよ始まる寮対抗トーナメント。

 際限なく燃え上がる活気の裏で、邪悪の権化もまた密かに動き続けていた。

 

「――――やあ、君達、久しぶりだね」

 

 肉体を取り戻したヴォルデモート卿は吸魂鬼の掌握に乗り出していた。

 気さくに声を掛け、彼らの求めるものを提示し、己の意のままに動くよう誘導する。

 

「動くのは学年末だ。それまで我慢すれば、ダンブルドアも油断する。そして、クィディッチの熱気も最高潮に達する筈さ。君達も最高のご馳走にありつきたいだろう?」

 

 光と闇の境界が揺らぎ始める。

 悪意は大地を血で穢し、平穏を享受する人々に牙を剥く。

 破滅の足音は一歩ずつ、迫ってきている。

 

 ◇

 

 いよいよ、開幕戦が始まる。数日前のスリザリン対グリフィンドール戦では、僅差でハリーがスニッチを掴み取った。

 箒の性能ではドラコに分があった筈なのに、それを己のスキルで覆したハリーに、私は舌を巻いた。

 

「エレイン。がんばってね!」

「貴女なら勝てるわ!」

 

 レネとハーマイオニーの応援の言葉に「おう!」と応えながら、私は朝食を胃に詰め込んだ。

 去年は勝った。だが、セドリックは難敵だ。アイツには、私やハリー達には無い冷静さを持っている。

 おまけに、あいつも箒を新調したと聞いた。私達のチームは相変わらずのクリーンスイープ7号。買い換えようという意見もあったのだが、クリーンスイープ7号以上の性能を持つ競技用箒はどれも高額で、中々決断を下す事が出来なかった。

 

「あっ、ふくろう便だ!」

 

 どうやって箒の性能差を埋めるか考えていると、突然目の前に大きな物体が落ちてきた。

 

「なっ、なんだ!?」

 

 やたらと細長い。宛名には私の名前があった。

 

「これって、箒じゃない!?」

 

 ハーマイオニーの言葉に、私は慌てて包み紙を破った。

 顕になった中身を見て、私は思わず叫び声を上げてしまった。

 

炎の雷(ファイア・ボルト)だ!!」

 

 誰かが叫んだ。レイブンクローだけじゃなくて、他の寮の人間も集まってくる。

 

「エレイン! まさか、自分で買ったの!?」

「いや、買えるわけないだろ! 私が一年で使える金額の十倍以上はするんだぞ!」

 

 ハーマイオニーのトンチンカンな言葉に反論しつつ、私はファイア・ボルトを持ち上げた。

 それは間違いなく、世界最高の箒だった。シリアルナンバーもバッチリと刻印されている。

 

「じゃあ、誰が!? ファイア・ボルトって、すごく高いんでしょ!?」

「どうでもいいじゃん! そんな事より、よく見せてくれよ!」

 

 マイクがやって来た。ファイア・ボルトを羨ましそうに見つめている。

 

「ちょっと待って! いくらなんでも怪しいよ!」

「そ、そうよ! 先生に相談するべきだわ!」

 

 アランが叫ぶと、ハーマイオニーも同調した。

 

「エレイン。差出人の名前は無いの?」

 

 どうしたものかと悩んでいると、カーライルが実に賢明な意見を出してくれた。

 差出人は……、

 

「書いてないな……」

「エレイン! もしかして、これって何かの罠かもしれない!」

「罠って……、ファイア・ボルトなんて高級品を使って、私にか?」

「だって、普通じゃないもの!」

 

 ハーマイオニーは自分の想像で真っ青になってしまった。

 私も怪しいと感じているが、何となく引っかかるものがある。

 

「……あっ」

 

 少し考えると、私は新学期が始まる前にダイアゴン横丁へ行った時の事を思い出した。

 ファイア・ボルトを私が欲しがっている事を知っている人間。それを知った直後に不審な行動をした人間。

 私は立ち上がると、隅っこでコソコソしている下手人の下にファイア・ボルトを持って向かった。

 

「え、エレイン?」

「大丈夫だ、ハーマイオニー。犯人が分かった」

「え?」

 

 私は犯人に向かって思いっきりハグをした。

 

「お前だろ、エド!」

「……な、なんの事?」

「お前って、本当に嘘が下手だよな」

 

 私が体を離すと、エドは目を泳がせた。

 

「え、エドが買ったの!? ……いや、なんとなく納得出来るけど、こんなの学生が気軽に買える代物じゃ無いでしょ!?」

 

 エリザベスが口をポカンと開けて言った。

 

「……エドって、本当にエレインが好きなんだね」

 

 レネはキャッと可愛い声を上げながら嬉しそうに言った。

 

「いや、いくらなんでもファイア・ボルトの値段は桁が違うぞ」

 

 それは私も同感だった。

 

「おい、エド。確かにすごく嬉しいけど、さすがに高価過ぎるぜ……」

「……ど、どうせ使い道のないお金だったから」

「はぁ? どういう事だよ」

 

 私が聞くと、エドはボソボソと言った。

 

「……僕が受け継いだ、その……、あいつの金なんだ。本当は使う気なんて無かったんだけど……、エレインが欲しがっていたから……、プレゼントしたくて……」

 

 尻すぼみになっていくエドの言葉を聞いて、察しがついた。

 なるほど、エドの本当の両親の金を使ったわけだ。死喰い人だったらしいから、使う気になれなかったというわけだ。

 

「エド……。ありがとな」

 

 私はエドを抱き締めた。

 

「……うん、解決したし撤収しましょうか」

 

 ハーマイオニーの言葉にうんうんと頷きながら他の連中が撤収していく。

 その中で、ドラコだけが残っていた。

 

「……うん。分かってる。エドがエレインにぞっこんで、彼女が欲しがっていたものをプレゼントした気持ちも理解してる。けどね?」

 

 ドラコは私が抱きしめているエドの頭にアイアンクローをかました。

 

「だからって、敵であるレイブンクローにファイア・ボルトは無いだろ!」

「ご、ごめんよ、ドラコ……」

「まあまあ、怒るなよドラコ! エドはスリザリン生である前に、私の旦那なんだからよ!」

「……旦那って、君達ね」

 

 ドラコは深々とため息を零した。

 

「……まあいい。クィディッチは箒の性能だけじゃないって事を僕が直々に教えてあげるよ」

「ヘッ! 捻り潰してやるぜ! ファイア・ボルトでな!」

「クソッ……。それはそれとして……、今度少し乗せてもらえないかい?」

 

 目を逸らしながら言うドラコに私は思わず吹き出してしまった。

 

「別にいいけど、意外だな。ドラコの口からそんな言葉が飛び出してくるなんて」

「だって、ファイア・ボルトだぞ!? みんなの憧れの箒だ! 僕だって乗ってみたいよ!」

 

 逆ギレしながら叫ぶドラコ。遠巻きに見ている連中もうんうんと頷いている。

 

「……まあ、私も気持ちは分かる」

「だろう!?」

 

 こんなに暑苦しいドラコは初めてだ。エドもポカンとした表情を浮かべている。

 

「まあ、今度な! とりあえず、今日は早速セドリックをボコボコにしてくるぜ!」

「……ファイア・ボルトを使って負けるなよ?」

 

 そう言うドラコの目は据わっていた。

 

「お、おう」

 

 ファイア・ボルト。低血圧なドラコでさえ熱血に早変わりする魔法の箒。

 改めて見ても、実に素晴らしい。

 

「エド」

「な、なに?」

「ありがとな!」

 

 私はエドにキスをした。周りがキャーキャー言うが、どうでもいい。

 今はとにかく、茹でダコになったエドを見たい気分だった。

 

「ドラコ! エドの事は頼むぞ! 今度、こいつに乗せてやっからよ!」

「……約束だぞ!」

「お、おう!」

 

 私は新たな相棒のファイア・ボルトを片手に競技場へ向かった。



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第十六話『ルーナ・ラブグッド』

第十六話『ルーナ・ラブグッド』

 

 ファイア・ボルトの性能はまさしく桁違いだった。ハッフルパフとの試合が始まって一分二十三秒、スニッチが現れ、私は即座に追跡を開始した。

 すると、遥か彼方をウロウロしていた筈のスニッチが目の前に現れた。慌ててブレーキを掛けると、見事な制動性を示した。そのまま逃げるスニッチを追うと、ファイア・ボルトは私の意志に完璧に応えてみせた。

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 スニッチを掴んだ時、セドリックはまだ遥か後方にいた。

 観客達が驚くほど静かになっている。実況のリー・ジョーダンも言葉を失っていたようだ。

 数秒後、セドリックが追いついた時、ようやくジョーダンが言葉を取り戻した。

 

『し、試合終了!! 試合終了です!! なんと、試合開始一分二十六秒でエレイン・ロットがスニッチを掴み取りました!! これが、これがファイア・ボルト!! 世界最速最高最強の箒!! スゲー!!』

 

 観客達の時も動き出したようだ。嵐のような喝采が沸き起こる。

 

「……か、完敗だ。必死に加速したのに、まったく追いつけなかった」

 

 セドリックは項垂れていた。

 

「どんまい、セドリック。これは実力の差じゃねーよ。……ファイア・ボルト、スゲーな」

 

 勝ちはしたが、なんだか素直に喜ぶ事が出来ない。

 今回のコレは完全にファイア・ボルトの性能のおかげだ。

 

「……まあ、勝ちは勝ちだ。エドには後でたっぷり礼をしないとな」

 

 スニッチを手の中で弄びながら、私はゆっくりと高度を下げた。

 

 ◇

 

 ハッフルパフにファイア・ボルトの力で完全勝利した日から数日後、私達の下に一通の手紙が届いた。

 

「おっ、ハグリッドからだ」

 

 手紙には、荒々しい文字で『次のホグズミード村行きの日、校内に残って欲しい。魔法生物飼育クラブの活動を行いたい。今回、特別なゲストが来てくれる事になった!』と書かれていた。

 次のホグズミード村行きの日といえば、土曜日だ。

 

「特別なゲストって、誰の事かしら」

 

 横から手紙を覗き込んできたジェーンが首を傾げる。

 

「また、スゲー怪物でも手に入れたんじゃないか?」

「……ノーバートやフラッフィーを超える怪物とかあり得るかな?」

 

 アランが眉を潜める。

 

「なにしろハグリッドだからねー!」

 

 エリザベスの言葉にレネまでうんうんと頷く始末。

 素晴らしい信頼感だ。全員の顔色が青を通り越して白くなっている。

 

「……けど、新学期になってから活動が出来てないし、良い機会じゃないかな?」

 

 レネが言った。

 

「そうだな。アルブスアーラにも会いたいし……。そう言えば、ハーマイオニーはどこ行った? アイツにも言っとかねーとな」

「ハーマイオニーなら、さっき下級生の子と一緒にいたよ」

「下級生と?」

「うん。ルーナっていう子。最近、よく一緒にいるみたいよ」

「そうなのか?」

 

 知らなかった。最近はクィディッチの訓練が忙しくて、夜も寮に戻るなり眠っていたから……。

 なんだか面白くない気分だ。

 

「……とりあえず、ハーマイオニーに活動の事を教えに行ってくる」

 

 私はもやもやした気分のまま寮の談話室を後にした。

 ハーマイオニーとは、エドの次に長い付き合いだ。新しい友達が出来たのなら、教えてくれたっていいじゃないか!

 

「とりあえず、居場所を調べないとな」

 

 カバンから忍びの地図を取り出した。

 

「我ここに誓う。我よからぬ事を たくらむ者なり」

 

 薄汚れた羊皮紙にインクの染みが広がっていく。

 やがて、それはホグワーツの詳細な地図へ変わり、無数の足跡が現れた。

 目を細めながらハーマイオニーの居そうな場所を探す。

 

「おっ、いたいた! いたずら完了っと」

 

 地図を元の羊皮紙に戻してカバンに仕舞い、私は図書館に向かった。

 

 ハーマイオニーはやはりと言うか、見知らぬ少女と本を読んでいた。

 なんとなく、声を掛けにくい。まるで、嫁の浮気現場を目撃した亭主にでもなった気分だ。

 

「……エレイン。なにしてるの?」

 

 本棚の影に隠れていたのに気付かれた。

 

「よ、よう」

「……どうしたの?」

 

 ハーマイオニーの問いには答えず、私はルーナを見た。

 奇妙なメガネをつけている。

 

「そいつは?」

「そいつなんて言わないの! ルーナよ。ルーナ・ラブグッド」

「……あたし、あなたの事を知ってるよ。この前の試合、すごく早かったね」

「あれは私の力じゃねーよ。ファイア・ボルトがスゲーだけだ」

「でも、ファイア・ボルトに乗ったのがあたしだったら、きっと負けてたと思うよ」

 

 少し喋っただけで分かる。こいつはいいヤツだ。

 

「……ルーナはハーマイオニーと仲いいのか?」

「もしかして、嫉妬されてる?」

 

 しかも、鋭い奴だ。さすが、レイブンクローの生徒。

 

「嫉妬って……、エレイン」

 

 ハーマイオニーが呆れている。

 

「……エレインって、本当に独占欲が強いわよね。知ってたけど」

「ウッせーな! 新しい友達が出来たのに私に紹介しねーなんて、水臭いじゃんか!」

「なんで友達が出来る度に報告しなきゃいけないのよ……」

「うっ……」

 

 私がションボリすると、ハーマイオニーは深い溜息を零した。

 

「まったく、エドとイチャイチャし始めると私の事なんて頭の中からほっぽり出す癖に」

 

 ジトッとした目で睨まれて、私は目を泳がせた。

 

「……エレインって、めんどくさいタイプなんだね」

「んな!?」

 

 グサッと来た。自分では割りとサバサバしてる方だと思っていたのに!

 

「エレインはめんどくさいわよ。彼氏がいる子に、彼氏より自分を優先させようとするくらいだし」

「わーお。それはめんどくさいね!」

「うっ、うっせーな!」

「……うっせーしか言えないんでしょ。図星だから」

「うぐっ」

 

 ちょっと涙目になって来た。

 

「……まあ、このくらいにしておいてあげる。ルーナの事を話さなかったのは、貴女に話すとちょっと面倒な事になりそうだったからなの」

「面倒ってなんだよ……」

「不貞腐れないの! それだけ慎重になる必要があったのよ」

「……どういう事だよ」

 

 唇を尖らせながら尋ねると、ハーマイオニーは言った。

 

「……質の悪い人がルーナの持ち物を隠したり、彼女の悪口を言ったりしていたの」

「それって……」

「ああ、安心してちょうだい。もう、解決済みだから」

「解決って……?」

「彼女に意地悪をしていた人達にはたっぷりとお灸をすえた後って意味よ」

 

 微笑むハーマイオニー。何故か、背筋がゾクゾクした。

 

「……ハーマイオニーって、怒らせると怖いんだよ」

「知ってる」 

 

 ハーマイオニーは正義感が強い。イジメを目の当たりにして、黙っていられる性格じゃない。

 

「……具体的にどうしたんだ?」

「お説教三時間コース」

「うげっ……」

 

 ハーマイオニーの説教は正論を延々と叩きつけてくるから質が悪い。

 しかも、終わった後はしばらく前後不覚になってしまう程の破壊力を持ち合わせている。

 一時間でもキツイのに三時間コースとは……、ちょっと同情してしまう。

 

「……横で聞いてて泣きそうになったの」

「どんまい……」

「ちょっと! どうしてそういう反応になるのよ!」

 

 プンプン怒るハーマイオニー。

 

「それより、どうして私に言わないんだよ。言ってくれれば協力したのに」

「エレインの場合は手が出るでしょ」

「おう!」

「それで逆に罰則を受けて先生に叱られてごらんなさい。相手を調子づかせる結果になった筈よ」

「……なるほど」

 

 さすが、ハーマイオニー。

 

「……っと、そうだ。本題を忘れてた。次の土曜日、ハグリッドがクラブ活動をしたいって言ってきたぞ。なんでも、特別ゲストを呼んだらしい」

「特別ゲストって?」

「書いてなかった。けど、たぶん、新手の怪物だろ」

「クラブって、ハーマイオニーが話してた魔法生物飼育クラブの事?」

 

 ルーナが瞳をキラキラさせながら聞いてきた。

 

「ええ、そうよ」

「ねえ。あたしも参加したい!」

「……言っておくけど、ドラゴンの世話とかもあるのよ?」

「すごく楽しそう」

 

 ハーマイオニーはやれやれと肩を竦めた。

 

「いいわ。なら、次の土曜日に一緒に行きましょう」

「うん!」

 

 その後、私は二人と一緒に図書館で時間を潰した。

 二人も特に読みたい本や調べたいものがあったわけではないらしく、各々好きな本を読み耽っていた。

 

 そして、土曜日がやって来た。ハグリッドの小屋には、ハグリッドの他にもう一人、老人が立っていた。

 

「お前さんらは運がええぞ! こちらが今日のゲストだ!」

 

 ハグリッドに促され、老人はコホンと咳払いをした後に自己紹介をした。

 

「どうも、ニュートン・スキャマンダーです」




ちなみに映画の三作目のこのタイミングで、実際にスキャマンダーが来てたりします(´・ω・`)ノ忍びの地図をハリーが貰ったシーンで、地図にスキャマンダーの名前があるんですよね。


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第十七話『ニュートン・スキャマンダー』

第十七話『ニュートン・スキャマンダー』

 

「君達のような若者が魔法生物に興味を持ってくれている事、大変喜ばしい」

 

 スキャマンダーはしわくしゃな顔を破顔させながら言った。

 

「いやー、ダンブルドア先生から話を聞いて、これは是非とも会いたいと思ったんだ。君達はヒッポグリフの世話をしているんだよね? 私の母もヒッポグリフのブリーダーだったんだ!」

 

 不思議な人だ。ダンブルドアに負けないくらい年寄りな筈なのに、どこか子供っぽい。

 瞳をキラキラさせながら、スキャマンダーはヒッポグリフの世話のコツを教えてくれた。

 今までは手探りだった部分にも、彼は明確な答えを用意してくれた。

 

「――――さて、今日はダンブルドアから一つの依頼を受けているんだ」

「依頼って?」

 

 エリザベスが首を傾げると、スキャマンダーは私達を小屋の中へ招き入れた。

 誘われるまま中に入ると、部屋の真ん中を陣取っている巨大なテーブルの上に、これまた巨大な水盆が置かれていた。

 

「スキャマンダー先生。これは何ですか?」

 

 ハーマイオニーが代表して質問すると、スキャマンダーは「憂いの篩(ペンシーブ)さ」と答えた。

 

「たしか、記憶を保管したり、閲覧するための道具だっけ?」

「その通り! よく勉強しているようだね。これから、君達には私の記憶を見せようと思う」

「先生の記憶を……?」

「そう! これは今から約七十年前。私が合衆国に渡り、掛け替えのない友と、愛すべき伴侶を得た大冒険の記憶さ」

 

 そう言いながら、スキャマンダーは眉間に杖を当て、銀色の光を水盆に落とし入れた。

 

「時は1926年。世を悪の魔法使いであるゲラート・グリンデルバルドが騒がせていた時代。私はうっかり保護していた魔法生物を解き放ってしまったんだ」

「ええ!? 大丈夫だったんですか!?」

「さて、その疑問の答えはここにある。中を覗き込んでごらん」

 

 私達は促されるまま憂いの篩を覗き込んだ。すると、体が浮き上がり、私は水盆の中に吸い込まれてしまった。

 気がつけば、周囲の光景が一変している。あたたかみのある木造の小屋から一転して、コンクリートジャングルに紛れ込んでしまった。

 

 魔法史の本によると、1920年代と言えばグリンデルバルドの最盛期であると同時に、マグルと魔法使いの間に緊張状態が続いていた時代でもあった。

 また、魔法生物を愛する者にとっても住みにくい時代だったと言われている。ある国では魔法生物を害獣と定め、発見された魔法生物を駆除せずに飼育する事を禁じる法律まであったらしい。実際、その時代に絶滅してしまった魔法生物も数多くいたそうだ。

 ニュートン・スキャマンダーと言えば、そうした暗黒の時代に光を齎した者の一人として有名だ。彼の一番の偉業は、《幻の動物とその生息地》という様々な魔法生物の生態が記された本の執筆だが、それ以外にも魔法生物の為の様々な法案を成立させるなど、魔法界と魔法生物学に多大な貢献をした人物だ。

 

 彼の記憶は私達の常識を揺さぶるものだった。

 まず一つに、今まで私達は魔法界とマグルの世界を完全に分けて考えていた。

 ところが、彼の記憶では、マグルと魔法使いが対峙し、マグルの社会に魔法生物が紛れ込み、最後はマグルと魔法使いが手を取り合って事件を解決した。

 二つの世界が隣り合わせであり、混じり合っているのだと、私達は改めて知る事が出来た。

 

「他にも、私は世界中を旅して回った。そして、素晴らしい冒険を繰り返した。……その一部を、実際に体験してもらおうと思う」

 

 現実世界に戻って来た私達の前で、スキャマンダーはトランクケースを持ち上げてみせた。

 記憶の中のものよりも大きい。

 

「もしかして、その中に!」

「そう! 我が冒険の一部が入っているんだ」

 

 トランクを開くと、スキャマンダーはその中へ降りていった。

 手招きに応じて、私達もトランクの中へ入っていく。

 そこは、まさに異世界だった。

 

「すごい! すごいわ!」

 

 ハーマイオニーも歓声を上げている。

 右を見れば雪国があって、左を見れば砂漠がある。目の前にはジャングルが広がり、それぞれの世界の向こうには、また別の世界が広がっている。

 

「それでは、ついて来てくれ」

 

 ファンタスティック! 

 それ以外の言葉が見つからない。

 巨大なサイのようなエルンペント。イヌのような見た目で、二本の尾を持つクラップ。ヒッポグリフの親であるグリフィン。燃え盛る炎の中で蠢くサラマンダー。

 巨大な湖で泳ぎ回るグリンデローにケルビー。スニッチの原型とされているスニジェット。ずんぐりむっくりで飛べない鳥の ディリコール。巨大な天馬。

 ハリネズミのようなナール。子猫のようなニーズル。空を飛び回るヒッポグリフと不死鳥。

 そこには、魔法生物学の最高権威のみが飼育を許された生き物もたくさん棲んでいた。

 

「見て! サンダーバードよ!」

「あっちにいるのはスフィンクス!?」

 

 私達は時間を忘れてスキャマンダーのファンタスティックワールドを堪能した。

 それこそ、今日を逃したら二度と見る事が叶わない生物もたくさんいる。

 エリザベスはスキャマンダーに許可を取って、撮影しても大丈夫な生き物の写真を何枚も撮っているし、レネはふわふわなニフラーやニーズルに囲まれながら頬を緩ませている。それを見ているアランの頬もゆるゆるだ。

 ジェーンはパフスケインの餌やりに夢中になっていて、ハーマイオニーは火蟹の後ろを追いかけている。そこから少し離れた場所でハリーはジニーと一緒にグリフィンを観察していて、セドリックは木の森番と言われているボウトラックルを興味深げに見つめている。

 

「あれがスニジェットか……。結構、可愛いな!」

「えっ、あれが見えるの!? 僕、速すぎてよく分からないんだけど……」

「まあ、目の良さには自信があるからな!」

 

 スキャマンダーは私達の質問に嫌な顔ひとつ見せず、それどころかすごく嬉しそうに答えてくれた。

 ハグリッドも今日ばかりは私達と同じ生徒側に回り、比較的危険な生き物達に熱い眼差しを向けている。

 

「それにしても、ロンは惜しいことしたな」

 

 こんな機会は滅多にあるものじゃない。

 私は今日、唯一来ていないロンに同情した。何か用事があったのだろうが、こんなに素晴らしい経験が出来ると分かっていたら、何を置いても参加した筈だ。

 

「……っていうか、今学期に入ってから一度も会ってないな」

 

 前はハリーとワンセットだったのに、最近はジニーがハリーの隣を陣取っている。

 大方、妹が親友と付き合い始めて、距離感を掴み損ねているのだろう。難儀なことだ。

 

「エレイン! あれって、カーバンクルじゃないかな!」

「まじかよ!?」

 

 それはなんとも奇妙で、なんとも美しい生き物だった。

 額に赤い宝石が輝く鱗を持った猫のような姿をしている。

 その姿を見つめていると、なんだか頭がボーっとしてきた。

 

「おっと、いけない。カーバンクルに魅入られてしまったね」

 

 スキャマンダーに肩を叩かれて正気を取り戻した。

 カーバンクルは人間を誘惑する魔力を持っているらしい。意外と凶暴なのだそうだ。

 

 楽しい時間というものは瞬く間に過ぎ去っていくものだ。

 気付けば夜になっていて、私達は渋々トランクの中から現実の世界に戻って来た。

 

「どうやら、とても気に入ってもらえたようだね」

 

 名残惜しそうにトランクを見つめる私達にスキャマンダーは笑顔を浮かべた。

 

「これほど魔法生物に興味を持ってくれた事を嬉しく思うよ。そうだね。今後も定期的に来るとしよう」

「本当!?」

 

 私達が一斉に叫ぶと、スキャマンダーは破顔した。

 

「もちろんだとも! ここに棲んでいるノルウェー・リッジバックや、ケルベロスにも会いたいしね」

 

 私達は歓声を上げた。

 スキャマンダーは来年の春にまた来てくれる事を約束して、小屋を去って行った。

 寮に戻って、ベッドに入っても、私はスキャマンダーの見せてくれた魔法生物達の事が忘れられなかった。

 将来、魔法生物に関わる仕事に就きたいと考えていたけれど、その思いが更に強くなった。

 

「クゥー……、たまんねー!」

 

 その日、私はアルブスアーラに乗って冒険に出る夢をみた。

 行く先々で魔法生物と関わり、戯れる夢。目覚めるのが惜しくなるほど楽しい夢だった。



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第十八話『鷹の目』

第十八話『鷹の目』

 

 季節が春に変わり、スキャマンダーは約束を守ってくれた。

 私達が三階の禁じられた廊下に案内すると、彼はノーバートの姿を見て口笛を吹いた。

 

「素晴らしいね! ……少し窮屈そうだけど」

 

 ノーバートは早速襲い掛かってきた。相変わらず、私達を動く肉扱いしている。

 挨拶代わりのファイアー・ブレスに、スキャマンダーは嬉しそうな声を上げた。

 

「どれ……」

「なっ、おい! そこから先は危ないぞ!」

 

 いきなり結界の外へ出ようとしたスキャマンダーを慌てて止める。

 

「大丈夫だよ。なにも問題はない」

「問題大アリだろ!? 殺されるぞ!!」

「……ふむ。君達には、ノーバートが殺気立って見えるのかね?」

「え……?」

 

 戸惑う私の手をやんわりと解き、スキャマンダーは結界の外へ出てしまった。

 ハーマイオニー達が悲鳴を上げる。

 

「危ないっ!!」

 

 アランとセドリックが引き戻そうと走る。けれど、スキャマンダーは彼らを手で制した。

 

「大丈夫。なにも問題はない」

「何を言ってるんですか!?」

 

 ジェーンが叫ぶ。

 ノーバートはスキャマンダーを喰らおうと大口を開けた。

 殺されてしまう! 私は杖を取り出した。

 

「ダメだ!!」

 

 すると、スキャマンダーの鋭い声が飛んで来た。

 

「ダメッって、おい! はやく逃げろ!」

 

 ダメだ、間に合わない。

 

「……え?」

 

 ところが、想像していたスプラッターシーンはいつまで経っても来なかった。

 驚いた事に、ノーバートはスキャマンダーを舐めている。味見のつもりだろうか?

 

「……どういう事?」

 

 レネも戸惑っている。

 

「諸君。ドラゴンという生き物は実に凶暴だ。中でも、ノルウェー・リッジバックは同じドラゴンに対しても攻撃的だ。だが……、同時に頭のいい生き物なんだ」

 

 スキャマンダーは頭を垂れたノーバートの鱗を撫でている。すると、驚くべき事に、ノーバートの目がトロンとし始めた。

 呆気にとられている私達に、スキャマンダーはマイペースな講義を続ける。

 

「君達は数年に渡って彼の世話をして来た。その事に、何も感じていないわけではない。……ただ、寂しかっただけなのだよ」

「寂しかった……?」

 

 ハグリッドが呟くように言うと、スキャマンダーはすっかり眠ってしまったノーバートを撫でながら頷いた。

 

「この空間には、誰もいない。人どころか、敵になる生き物も、虫一匹さえいない。……自分に置き換えてみなさい。とても寂しくて……、時々やって来る人に、ついじゃれついてしまう気持ちも分かるだろう?」

 

 想像してみた。私達がノーバートの立場だったら、どうしていたか……。

 

「……私達、ノーバートに酷い事をしていたの?」

 

 ハーマイオニーが声を震わせた。

 

「ノーバート……」

「ドラゴンは強い生き物だ。けれど、どんな生き物でも、孤独というものは恐ろしい毒になる。みんな、恐れないであげてほしい。獰猛に見えたのは、それだけ君達を求めていたからなんだ」

「……お、俺は、そんな事にも気付かねーで」

 

 ハグリッドがよろよろとノーバートに近づいていく。結界を超えて、ノーバートの前までやって来ると、恐る恐る鱗を撫でた。

 すると、ノーバートは片目を開けて、ハグリッドに舌を伸ばした。

 ペロリと一舐めされたハグリッドは感極まって泣き出してしまった。

 

「……ノーバート」

 

 私も結界の外に出た。私だけじゃない。他のみんなも、ノーバートの傍に歩み寄る。

 すると、ノーバートは聞いたことがないくらい、嬉しそうに鳴いた。

 スキャマンダーの言葉は本当だった。

 殺気の塊だと、凶暴な肉食獣だと思っていた。だから、怖がっていた。だけど……、

 

「ノーバートはずっと……」

「結界に火を吐いていたのも、結界が邪魔で、みんなに近づけない事を嫌がったからなんだ」

 

 スキャマンダーの言葉に涙が溢れた。

 一方的に怖がって、警戒して、ずっと寂しい思いをさせていた。

 

「……ごめんな、ノーバート」

 

 私達はその日、ずっとノーバートと一緒にいた。

 ノーバートは決して私達を傷つけなかった。

 むかし、ハグリッドの小屋から離れた場所に棲家を用意していた時は、何度も燃やされかけ、食べられかけたのに、今はすごく大人しい。

 

「……私はノーバートを生息域に連れて行こうと思う。ここはあまりに……、窮屈過ぎる」

 

 スキャマンダーの言葉に反対出来るヤツは誰もいなかった。

 

 ◇

 

 それから数ヶ月。私達は出来る限りノーバートの世話に時間を費やした。結界を超えて、ノーバートに触れながら、餌を与え、一緒に遊んだ。

 学期末には、生息域へ移される事が正式に決まり、少しでも思い出を作りたかった。これまで恐れて、遠巻きにしていた分まで……。

 

「……何してんだ、あいつら」

 

 今日もクィディッチの訓練が無いから、ノーバートの世話をしようと思って、エドを誘いにスリザリンの席へ向かうと、そこではチームの新メンバーであり、ビーターのマイクがスリザリンのゴリラ共とポージング対決をしていた。

 ドラコとエドがなんとも言えない表情を浮かべている。

 

「よう、エド」

「やあ、エレイン!」

 

 声を掛けるなり、エドは嬉しそうに笑顔を見せてくれた。

 頬が緩む。

 

「ドラコもオッス!」

「……やあ、エレイン。あの筋肉をどっかにやってくれないか? いきなり クラッブとゴイルに挑んできて、妙な対決を始めてしまったんだ……」

「そういや、前にポージング対決をしたいとか言ってたな」

「……目の毒だ」

 

 そう言いながら対決を律儀に見守っているドラコに私は苦笑した。

 

「暇なら付き合わないか? これからクラブの活動なんだ」

「活動? ああ、エドがいつも話しているヤツか」

 

 ドラコは筋肉達を見つめた。

 

「……まあ、あれを見続けるよりはマシか」

 

 迸る筋肉、弾ける汗。ドラコはゲンナリした表情でエドの背中を叩いた。

 

「行こう。これ以上見てたら頭がおかしくなりそうだ」

「あはは……、そうだね」

 

 ドラコと一緒にハグリッドの小屋へ向かう。すると、そこにはハリーとジニーの姿があった。

 ドラコはハリーを見るなり舌を打ち、ハリーもドラコを見るなり吐き気を催したような表情を浮かべた。

 

「お前ら、仲いいな」

「どこが!?」

「全然だ!」

 

 息ぴったりじゃねーか。

 

「ここに何の用だ、マルフォイ!」

「ハッ、君に言う必要があるのかい? ポッター!」

 

 タイミングが悪かったな。二人は喧嘩を始めてしまった。

 

「……それで、具体的にマルフォイは何をしに来たの?」

「私達とクラブ活動をしに来ただけだ」

 

 私が言うと、ジニーはビックリしたように目を見開いた。

 

「なんだか意外ね」

 

 その後、二人の喧嘩はどんどんヒートアップしていった。

 このままだと活動どころじゃない。どうしたものかと考えていると、私の脳裏にグッドなアイデアが浮かんだ。

 

「おーい、二人共。ファイア・ボルトに乗りたくないか?」

「えっ!?」

「ファイア・ボルト!?」

 

 同時にこっちを向くトム&ジェリー。

 やっぱり息ピッタリじゃねーか!

 

「喧嘩をやめて、大人しく活動するなら、明日、ファイア・ボルトに乗せてやるぜ?」

 

 効果はてきめんだった。二人はスッと背筋を伸ばし、互いを一睨みすると、「一時停戦だ!」と喧嘩を止めた。

 さすがファイア・ボルト。泣く子も黙るぜ。

 

「……僕はエレインの為に買ったのに」

 

 拗ねてしまったエドをキスで黙らせて、私達はノーバートの下へ向かった。

 

「……君達は正気か?」

 

 さすがに、初心者で結界の外は難しかったようだ。ドラコは結界の向こうから餌をノーバートに投げつけた。

 

「見た目より怖くないんだよ、ドラコ!」

 

 エドが言っても、ドラコは終始疑い続けた。

 

 翌日、私達は競技場にいた。今日はどこも訓練をしていない。

 ドラコだけじゃなくて、ハリーとジニーまでファイア・ボルトに乗りたがった。

 空を好き放題飛び回った後、ドラコとハリーは揃って地団駄を踏んだ。

 

「こんなのずるい!」

「勝てるか! 反則だ!」

「はっはっは」

 

 ファイア・ボルトの性能のあまりの素晴らしさに、ドラコはエドの肩を掴んで揺さぶった。

 

「エドワード・ロジャー!! 贈り物はもう少し考えて選べ!! スリザリンだろ、君は!!」

「だ、だって、エレインがほしそうだったから……」

「貢ぐんじゃなくて貢がせろ! 男なら!」

「そ、そんな事言われても……」

 

 笑うしかない光景だ。

 

「まあ、次の試合はもらったな」

「ちくしょう! クィディッチが箒の性能だけで決まると思うなよ!」

「ニンバスの力を見せてやる!」

 

 燃え上がる二人のライバルに「おう、がんばれよ!」と言うと、二人は更に燃え上がった。

 

 その一ヶ月後、いよいよスリザリン戦が始まった。

 去年は負けたが、今年はファイア・ボルトがある。それに、厳しい訓練で技も磨いた。

 負ける可能性はこれっぽっちもない!

 

「今年は勝たせてもらうぜ、ドラコ!」

「ッハ! よく見るんだね!」

「……って、お前が乗ってる箒は!」

 

 ドラコの跨っている箒。それは、見間違いようがなかった。ファイア・ボルトだ!

 

「おまっ、それ!」

「ふふふ、君に勝つために、父に買ってもらったよ!」

 

 まさか、この一ヶ月の間にファイア・ボルトを用意してくるとは予想外だった。

 

「そんなに気軽に買えるもんじゃないだろ!」

「ッハ! 君を倒すためなら安い買い物さ!」

 

 条件が五分になってしまった。それでも負ける気など微塵も無いが、慢心してる場合じゃなくなった。

 

「どこだ、スニッチ!」

 

 観客席のそばに、スニッチを見つけた。

 

「先手必勝!!」

「なっ!? もう、見つけたのか!?」

 

 一瞬だが、私の方がはやくスタートした。

 箒の性能が同じなら、これで勝負アリだ。

 

「舐めてくれるなよ、エレイン!」

 

 ところが、スニッチが観客席に紛れ込んだ事で勝負の行方が判らなくなった。

 悲鳴を上げる観客達をすり抜けながらスニッチを追うのは難度が高く、どうしても最高速度を出し続ける事が出来なかった。

 

「負けるか! 負けるか! 負けてたまるか!」

「勝つ! 勝つ! 勝つ!!」

 

 スニッチが観客席から飛び出すと、私とドラコは横並びになっていた。速度はほぼ同じ。

 必死になって手を伸ばすが、手の長さはドラコに分があった。

 

「クソッ、こんな筈じゃ!」

 

 結果を分けたのはリーチの差だった。

 私はまたしてもドラコにスニッチを奪われた。

 

「これが格の違いというものだよ、エレイン!」

「クソッ、クソッ、クソッタレ!!」

 

 あまりの悔しさに頭がおかしくなりそうだ。

 勝てる筈だった。それなのに、負けた。

 私にはファイア・ボルトがある。そう思って、油断していた。

 

「……来年だ。来年は絶対に勝つ!!」

「悪いが、来年も僕が勝つ!!」

 

 二戦目が終了した時点で、寮対抗トーナメントの勝敗はまったく読めないものとなった。

 グリフィンドールはスリザリンに勝利して、ハッフルパフに敗北した。セドリックが意地を見せたようだ。

 スリザリンは私達に勝ち、私達はハッフルパフに勝利している。

 全寮が一勝一敗。次の試合の結果次第では、どこが勝ってもおかしくない。

 一進一退の攻防の行方に、ホグワーツはどこまでもヒートアップしていった。

 

 ハロウィンの日に侵入したシリウス・ブラックの事は、ほとんど忘れ去られていた……。

 

 ◆

 

「よーし、よしよし。抑えろ……、抑えるんだ」

 

 ホグワーツの熱狂に、吸魂鬼達を抑える事が難しくなって来ている。

 

「次だ。次の試合の時、お前たちに自由を与える。食べ放題だ! 嬉しいだろ?」

 

 それにしても、さっきの試合は見事だった。

 最新の箒はとにかく速く、二人のシーカーも勝利に貪欲で実に素晴らしい。

 

「……それにしても、あの少女。エレイン・ロットだったね。どこかで見た記憶が……」

 

 いや、そんな筈はない。オリジナルは確かにトラバースへ命じた。赤子を含めて、一人も逃すなと。

 あの一族の眼は実に厄介だ。《鷹の目》とも言われる特殊な眼力は、千里を見通し、如何なるペテンも暴く。道具になるなら生かしておいたが、奴等は一族揃って僕に牙を剥いた。

 生き残りは一人もいない筈だ。

 

「まあいい。それより、今はムーディの抹殺が先決だ。次の試合で、吸魂鬼に襲撃を行わせる。そこで、僕はハリーを守りきる。信頼を得ると同時に、教師達の力を削ぐ。完璧な作戦だ」

 

 ◇

 

 一月後、学年末試験が終わると、いよいよ最終戦が始まった。

 グリフィンドール対レイブンクロー。試合はまさに一進一退。

 上空では、ハリー・ポッターとエレイン・ロットがスニッチを探してグルグルと旋回している。

 いよいよだ。雨が降り始め、視界が悪くなる中、無数の影が競技場を取り囲んだ。

 ハリーとエレインは気付いたようだが、二人は守護霊の呪文を使う事が出来ない。あれはとても高度な呪文だから、よほどの適正がないと、呪文を知っていても発動させる事が出来ないのだ。

 観客席の人間が気付き始めた頃には、すでに吸魂鬼が競技場内に入り込んできていた。

 悲鳴が上がる中、観客席から守護霊が飛び出した。不死鳥や狼、猫、トラ、ライオンが吸魂鬼を蹴散らしていく。

 教師以外にも守護霊を使えるものがいたようだ。少し驚きだが、このままではまずい。僕は劇的にハリー救出を演出しなければいけないのだ。

 

「ハリー!!」

 

 作戦変更。吸魂鬼を蹴散らす役割は彼らに任せよう。

 僕は観客席から飛び出した。

 競技場の中に入ると、ハリーが箒から落下して、落ちてくる。以前もハリーは気を失っていたから、吸魂鬼に近づかれたら同じ事が起こると確信していた。

 落下減衰呪文を唱えて、ハリーの落下速度を緩める。そのままキャッチしようと走ると、降下してきたエレイン・ロットに先を越された。

 彼女も以前、気を失ったと聞いたが、今回は無事だったようだ。舌を打ちながら二人に近づいていく。

 あまりうまく行かなかったが、そこまで致命的というわけでもない。僕はただ、みんなからハリーの善き友人であると認められればそれでいい。

 

「ハリー! 大丈夫かい!?」

 

 降りてきたハリーに駆け寄ると、教師達も集まってきた。

 僕は少し大袈裟に気絶中のハリーに縋り付いた。

 完璧だ。元々、ロナルド・ウィーズリーはハリーの親友として周囲から認識されている。最近、少し距離を置いていたが、これで再び僕の立ち位置を認めてもらえた筈だ。

 吸魂鬼に襲われ、気を失い、死にかけたハリー。ダンブルドア達はハリーに対して、これまで以上に過保護になる筈だ。その時、僕はどうどうとハリーの隣にいる事が出来る。

 油断した愚か者共を始末出来る間合いに入り込む事が出来る。

 ムーディを墜とせば、芋づる式にルーピンを墜とす事も容易い。そして、二人を使えばダンブルドアにも手が届く。

 完璧だ。これで、条件はすべてクリアされる。

 覚悟しろ、ダンブルドア。貴様がいなければ、僕の勝利は確定する!

 

「……オイ」

 

 ハリーに縋り付いていると、妙に刺々しい声が降ってきた。

 友を失いかけた悲劇の主人公に対して、相応しくない声色だ。

 顔をあげると、そこには琥珀色の瞳があった。

 

「お前は誰だ?」



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4th.Heaven helps those who help themselves.
第一話『襲来、ヴォルデモート卿』


第一話『襲来、ヴォルデモート卿』

 

「お前は誰だ?」

 

 その眼を知っている。

 何故だ。何故、生き残りがいる。あの一族は根絶やしにした筈だ。

 鷹の目を持つ一族。マッキノン家はトラバースに命じて、確かに……。

 

「私の声が聞こえてないのか?」

 

 エレイン・ロットは容赦なく僕の腹部を蹴りつけた。呼吸が止まる。

 周囲が止めようとする。だが、彼女は僕から杖を奪い、そのまま首を掴んで地面に押し付けた。

 

「……お前は誰かって聞いてんだよ。なんで、ロンのフリなんてしてんだ?」

「ミス・ロット! 何をしているのですか!?」

「ババァ! こいつは、ロンじゃない!」

 

 躊躇いなく、彼女は僕の腕の骨を砕いた。

 

「……な、なにをするんだ、エレイン! い、痛い!」

 

 悲鳴を上げてみせても、拘束が緩む事は無かった。

 それどころか、今度は足の骨を折られた。呪文も使わずに魔力を操り、的確に僕の身動きを封じる。

 

「やっ、やめてくれ、エレイン! 僕だぞ!? 先生、助けてっ!」

「お、お止めなさい、ミス・ロット!」

 

 マクゴナガルがエレインの腕を掴んだ。

 チャンスだ。

 

 ――――来いっ!

 

 杖など無くても、僕はある程度魔法が使える。

 奪われた杖をアクシオで呼び寄せ、治癒呪文を唱えた。

 それで、ダンブルドアとムーディに確信を抱かれた。これまでの努力が一瞬で水の泡だ。実に忌々しい。

 

「貴様だけは道連れにしてやる!! アバダ・ケダブラ!!」

「いけない!!」

 

 エレインに向けて呪文を放つ。すると、マクゴナガルが飛び出してきた。

 

「ババァ!?」

 

 死亡したマクゴナガルに周囲が騒然となった。

 

「お、おい、冗談やめろよ!?」

 

 周囲が騒がしくなってきたからか、気絶していたハリーも目を覚ました。

 

「……あれ、僕、どうして」

「ハリー」

 

 僕が気安く声を掛けると、ムーディが間に割って入った。

 

「ロ、ロン? えっ、先生!?」

 

 未だに現状を認識出来ていないハリー。だが、好都合だ。

 今、ハリーは寝転がったままで、とっさに動く事が出来ない。

 

「貴様が避けたらハリーは死ぬぞ!! アバダ・ケダ――――」

「させぬ!!」

 

 ダンブルドアが武装解除呪文を放った。咄嗟に身を翻すと、他の教師達も一斉に杖を僕に向けていた。

 

「……ヴォルデモート卿じゃな?」

「ヴォルデモート……って、何を言ってるんですか!?」

 

 ハリーが喚き立てた。彼にはまさに青天の霹靂といったところだろう。

 

「プッ、クク……ッ、アッハッハッハッハッハ!!」

 

 あまりにも無垢な反応に、僕は思わず笑ってしまった。

 

「ロ、ロン! どうしちゃったんだ!? この状況はなに!?」

「ハリー。ああ、ハリー。君との友情ごっこをもう少し楽しみたかったよ」

「ゆ、友情……、ごっこ?」

 

 怯んだ様子を見せるハリーに僕は再び笑った。

 まるで、友達に『別にお前の事なんて、最初から友達と思ってねーし』と言われたような表情だ。

 

「ロン……。嘘だよね? ねえ、なんとか言ってくれ!」

「止すのじゃ、ハリー。アヤツはロナルド・ウィーズリーではない!」

「ロンじゃないって……、何を言ってるんですか!? だって、どう見ても……」

 

 まったく、これ以上笑ったら笑い死んでしまいそうだ。

 

「アッハッハッハ! ロン? 誰、それ! 僕の名前は――――」

 

 杖を天に向ける。

 

 ――――闇の印(モースモードル)よ。

 

 現れる闇の印に、それまで状況を理解出来ていなかった観客達が一斉に悲鳴を上げた。

 

「――――ヴォルデモート卿だよ。初めまして。そして、久しぶり」

 

 変身を解く。赤毛の貧相なガキから、僕本来の姿を取り戻す。

 ああ、スッキリした。

 

「ヴォルデモート……。嘘だ。なんで、ロンが……」

「おい、テメェ!!」

 

 戸惑うハリーを尻目に、怒りを滾らせたエレインが杖を向けてくる。

 

「素晴らしい。この僕に対して、欠片も恐れを抱いていないらしいね」

「テメェ、本物のロンをどこへやった!!」

「どこだと思う? 空の上? それとも地の底? さーて、ダンテ・アリギエーリの神曲が真実なのか否か、僕にはわからないね」

「……テメェ、ロンまで殺したのか!?」

「えっ……、ど、どういう事!?」

 

 さてさてさーて、そろそろいい頃合いだ。

 一度は散らされた吸魂鬼が上空に戻ってきている。闇の印に隠れているから、誰も気付いていない。

 

「さあ、ダンブルドア! 守りきれるかな?」

 

 降り注いでくる無数の吸魂鬼達。咄嗟に教師達が守護霊の呪文を唱えた。

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 エレインだけでも殺しておこうと思ったが、直前にダンブルドアが彼女を引き寄せて守った。相変わらず、危機的状況でも冷静な男だ。

 

「じゃあ、無差別攻撃だ。アバダ・ケダブラ。アバダ・ケダブラ。アバダ・ケダブラ。アバダ・ケダブラ!」

 

 ホグワーツの教師といえど、全員が戦いの達人ではない。二人は躱したが、一人は仕留めた。

 

「そんな、シニストラ先生!」

「貴様!!」

 

 ムーディがアバダ・ケダブラを唱えた。

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 僕は敢えて避けずに、カウンターでアバダ・ケダブラを打ち込んだ。

 アバダ・ケダブラは精神力を激しく消耗する。僕以外に連続で発動出来る者はそうそういない。

 僕のアバダ・ケダブラは見事に彼の胸へ命中した。

 

『アッハッハッハッハ!! それじゃあ、僕は退散させてもらうよ。肉体が邪魔だったんだ! ありがとう、ムーディ! 聞こえてないだろうけどね!』

「ま、待つのじゃ、トム!!」

『あっ、ハリー。寝床に戻ったら、僕のベッドの下を探してごらん。じゃあね!』

 

 待てと言われて待つ馬鹿はいない。死亡して霊体となった僕はさっさとホグワーツから退散した。遠く離れた場所に隠しておいた意志のないマグルの肉体に取り憑き、賢者の石で精製した命の水を飲む。

 

「はい、復活! さーて、次の行動に移ろうか! 何事も、切り替えが重要さ」

 

 僕は戦力確保の為にアズカバンへ向かった。



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第二話『怪物』

第二話『怪物』

 

 その日、日刊預言者新聞には二つの記事が掲載されていた。

 一つは、ホグワーツに上がった闇の印。もう一つは、アズカバンの集団脱獄。

 戦々恐々となる魔法界。人々は確信した。ヴォルデモート卿の復活を……。

 

「――――さてさてさーて、革命を始めようか」

 

 ヴォルデモート卿は数多の死喰い人達を従え、ビッグベンの屋根に姿を現した。

 黄金の髪を靡かせて、彼は言う。

 

「これより、魔法省を支配下に置く。邪魔する者は一人も生かすな。手心を加える事も、遊ぶ事も許さない」

「おっ、お待ち下さ――――」

「口答えも許さない。アバダ・ケダブラ」

 

 死喰い人達は恐怖した。嘗てのヴォルデモート卿も残忍な気性だったが、ここまで冷酷ではなかった。

 配下に対して、彼は虫でも見るかのような眼差しを向けている。

 そもそも、目の前の存在は本当に我等の主なのか? 姿形も彼らの知るものとは大きくかけ離れている。疑念を募らせ、つい口を開けてしまった者が、また死んだ。

 

「まったく、仕方のないヤツラだね。まあいい。さあ、悪霊の火を打ち込むよ。全員で!」

 

 朗らかに、恐ろしい事を口にした。

 悪霊の火はアバダ・ケダブラに次ぐ最大級の闇の魔法だ。

 何もかも焼き尽くす極大の呪詛。そんなものを複数人で打ち込めば、多大な犠牲者が出る。

 幾人もの人間を拷問、殺害して来た極悪人でさえ、その提案に躊躇いを覚える所業。

 死喰い人達はうろたえ始めた。

 

「さっさと準備をしろよ、ノロマ」

 

 また一人死んだ。何の躊躇いもなく、何の感慨も抱かず、無造作に……。

 

「なに? みんなも死にたいの?」

 

 死喰い人達は考えた。ここで取り囲み、この男を殺すべきだと。けれど、出来なかった。

 この男は黄泉の世界から蘇った。ここで殺しても、再び復活する。その時、彼は今度こそ自分達を殺すだろう。

 不死の怪物。殺人を全く厭わず、配下すら虫けらのように扱う悪魔。

 その恐怖に耐え切れず、錯乱した者が殺され、悲鳴を上げた者が殺され、後に残された者達は体を震わせながら杖を掲げた。

 

「さあ、一斉にいくよ」

 

 幾重もの悪霊の火が解き放たれる。それは巨大な柱となり、道行くマグルを巻き添えに、ロンドンの大地を溶かしていく。

 遥か地下に存在する魔法省の人間が異変に気付いた時、すでに悪霊の火は最上部の天井に到達していた。

 事件の処理に追われ、執務室で仕事をしていた魔法省大臣のコーネリウス・ファッジは逃げる間もなく呑み込まれ、次官達も一人残らず焼き尽くされた。

 対処に動いた闇祓い達が悪霊の火を鎮火させた時、既に地下三階の魔法事故惨事部までが溶かされ、見上げれば空が見える有り様だった。

 高官達の死によって指揮系統が混乱した魔法省にヴォルデモートは配下と共に降り立つ。

 

「やあ、諸君。久方ぶりだね」

 

 闇の印がロンドン上空に浮かび上がる。

 闇祓い達は恐怖を噛み殺しながら杖を構えた。

 

「僕だ。ヴォルデモート卿だ。今日は君達を支配する為に来た。従うならば良し。拒絶するなら死んでもらう」

「戯けた事を抜かすな! 総員、掛かれ!」

 

 闇祓い局局長ルーファス・スクリムジョールの掛け声と共に赤い閃光が飛び出した。

 

「ダメダメダメダメ」 

 

 楽しそうに人差し指を降りながら、ヴォルデモートは近くの死喰い人を赤い閃光の群れに投げつけた。

 

「なっ、なにを!?」

 

 死喰い人は無数の失神呪文を受けて吹き飛ばされた。

 

「そら、反撃だ。アバダ・ケダブラ」

 

 戦いが始まり、すぐにスクリムジョールは妙だと感じ始めた。

 死喰い人達は殆どが錯乱状態に陥っている。まともに戦えていない。その上、ヴォルデモートを名乗る青年が事ある毎に壁にするものだから、次々に数が減っていく。

 気づけば、残っているのはヴォルデモート一人という状況だった。

 

「……どういうつもりだ?」

「えっ? なにが?」

 

 キョトンとした表情を浮かべる彼に、スクリムジョールは警戒心を強めた。

 何を考えているのか、まったく掴む事が出来ない。

 

「貴様は……、なんだ?」

「君って記憶能力が無いのかい? ヴォルデモート卿だよ。もちろん、本物さ」

 

 闇祓いに取り囲まれ、尚も油断を崩さないヴォルデモートに、スクリムジョールは得体の知れない恐怖を感じた。

  

「まあ、今回はここまでにしておくよ。あっ、僕の復活の事、ちゃーんと記事にしてくれたまえよ? その為に、この裏切り者共を処刑する前に使ったんだから」

「裏切り者……?」

 

 スクリムジョールは倒れ伏している死喰い人達を見た。

 

「なっ……、ルシウス・マルフォイ。それに、クラッブ、ゴイル、ノット!」

 

 それは、以前の戦いの後に死喰い人の嫌疑を掛けられながら逃げ延びた者達だった。

 

「ああ、安心して」

「なに?」

「アズカバンはもう使えないでしょ? ヌルメンガードを使う手もあるけど、彼らには勿体無い」

 

 そう言うと、ヴォルデモートは倒れ伏した配下達に向かって杖を向けた。

 

「よ、止せ!!」

「君は優しい男だね」

 

 悪霊の火が、裏切り者達を燃やしていく。炎の中でもがき苦しむ死喰い人達を見て、ヴォルデモートは笑っている。

 

「さてさてさーて! 君達には選んでもらうよ。世界を僕に渡すか、みんなで仲良くあの世に行くか」

 

 炎は彼自身も呑み込んでいく。けれど、彼は燃やされながら笑い続ける。

 あまりにも壮絶な光景に、闇祓い達は恐怖した。

 十数年前とは明らかに違う。以前よりも遥かに……、得体が知れない。

 

「……ダンブルドアに指示を仰ぐぞ。我々だけでは……、到底対処する事が出来ない」

 

 スクリムジョールは悪霊の火を消し、部下に指示を飛ばした。

 一刻の猶予もない。あの怪物を止めなければ、嘗ての悲劇を超える惨劇が待っている。

 

「我々は決して屈さない! 戦うぞ!」

「……ッハ!」

 

 ◇

 

 ヨーロッパ大陸に広がる広大な森。そこに、偉大なる闇の魔法使いが築いた私設監獄がある。

 ヌルメンガード。今でこそ、イギリスの魔法省が管理運営を行っているが、嘗ては世界中の人々を恐怖に陥れた。

 そこに、ヴォルデモートは姿を現した。

 

「やあ、みんな!」

 

 アズカバンから救出した真の忠義者達にヴォルデモートは微笑みかけた。

 

「彼は元気かい?」

 

 その言葉と共に、ベラトリックス・レストレンジが一人の男を連れて来た。

 年老いた男は車椅子に凭れながら、鋭い眼差しをヴォルデモートに向ける。

 

「返事は変わらずかい?」

「……殺すがよい、ヴォルデモート。私が貴様に従う事は決して無い」

「そうかな? 君には野望があった筈だ。その野望の火は、まだ消えていない。そうだろう?」

「……私の求めていたものは、貴様の求めるものとは違う。貴様には理解出来ない話だ」

「僕はそう思わない。僕達は手を取り合える筈だよ。今の僕は思考が柔軟なんだ。もし良ければ、僕の方の考えを曲げても良い」

「……殺せ」

「話にならないね。仕方がない。部屋に戻しておいてくれ、ベラ。丁重に扱えよ? 僕達の偉大なる先輩なんだから」

「かしこまりました。我が君……」

 

 オリジナルが頭角を見せ始める以前、彼は世界で最も凶悪な魔法使いとされていた。

 彼は長い投獄生活で弱っているだけだ。きっと、嘗ての輝きを取り戻してくれる。

 そうすれば……、僕にも……。

 

「さてさてさーて! 少し模様替えをしようか」

 

 僕は杖を振るった。

 ここはあまりに味気ない。



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第三話『ロナルド・ウィーズリーの死』

第三話『ロナルド・ウィーズリーの死』

 

 震えが止まらない。

 ヴォルデモートを自称する青年が遺した言葉と、エレインの発した言葉が頭の中で反響し続けている。

 

 ――――……テメェ、ロンまで殺したのか!?

 

 ――――寝床に戻ったら、僕のベッドの下を探してごらん。

 

 目の前で、ダンブルドアがロンのベッドを調べている。

 

「……これじゃな」

 

 そこにはトランクが隠されていた。

 嫌な予感がする。見るべきではないと、本能が警鐘を鳴らしている。

 

「大丈夫そうじゃな」

 

 ダンブルドアが慎重な手つきでトランクを開いた。

 

「暗いのう……。光よ(ルーモス)

 

 ダンブルドアがトランクの中に杖を向けた。

 

「……なんという事を」

 

 その言葉には怒りが滲んでいた。

 

「……なにがっ、なにが入っているんですか!?」

 

 パーシーが叫んだ。

 その顔は死人のように真っ青だ。

 

「中を見るなら、覚悟する事じゃ」

 

 そう言って、ダンブルドアはトランクの前から退いた。

 パーシーが中を覗き込むと、彼は絶叫した。深い哀しみを帯びた叫びに、フレッドとジョージが後退った。

 

「嘘だよな……?」

「冗談やめろよ……」

 

 パーシーはその場で崩れ落ちた。頭を抱えて、蹲っている。

 いつも冷静で、ロンに鼻持ちならないヤツと言われていたパーシーが、まるで幼い子供のように泣きじゃくっている。

 

「パーシー……。なあ、おい……、どうしたってんだよ」

 

 頭を振りながら、フレッドがトランクに向かった。

 そんな筈はない。そう呟きながら、パーシーの肩を叩こうと手を伸ばした。

 そして、彼はトランクの中を見てしまった。

 

「……なんでだよ」

 

 フレッドは、まるで獣のような叫び声を上げた。

 

「ロン!! ロン!! そんな所で何をしてんだ!!」

 

 トランクの中に向かって怒鳴りつけるフレッド。

 誰かが僕の服の袖を掴んだ。

 ジニーが涙をこぼしながら首を横に振り続けている。

 

「……うそ。うそに決まってる。こ、こんなの、絶対……、ありえない」

 

 僕は、何も言えなかった。口を開くと、嗚咽がもれそうになった。

 

「……そこにいるのか?」

 

 ジョージが哀しみに満ちた声で呟いた。ゆっくりと、フレッドの傍に歩み寄る。

 そして、トランクの中を覗き込み、泣いた。

 

「……ロン。怖かったよな。い、今、だ、出して、出してやるからな……」

 

 ゆっくりとトランクの中へ入っていく。

 気づけば、僕の足は勝手にトランクの方へ歩き出していた。

 嘘だ。嘘に決まっている。みんな、質の悪い冗談を口にしているに違いない。そこにはロンなんていない。いたとしても、きっと意地悪な笑顔を浮かべている筈だ。

 それを確かめる為に、そっとトランクの中を覗き込んだ。

 

「……いやだ」

 

 ジョージがトランクの底に横たわるロンをそっと抱き上げていた。

 僕は立っていられなくなった。

 あまりにも悲しくて、悲しすぎて、頭がおかしくなりそうだ。

 

「兄さん……? なんで、なんで……、なんで、そんな……」

 

 ジニーは僕の腕に縋り付いて泣き出した。僕も、ジニーに縋った。

 そうしないと、とても耐えられない。

 ジョージがロンを抱えて出て来た。だらんとした腕、土気色の肌、漂う腐臭。床に降ろされたロンは、息をしていなかった。

 

「あっ……、ああ、ああああああああああああああああああああ!!!」

 

 それが誰の叫び声なのか分からない。

 僕のものなのか、ジニーのものなのか、パーシーのものなのか、フレッドのものなのか、ジョージのものなのか……。

 きっと、全員だ。

 

「何してんだよ、ロン!! 馬鹿野郎!! 冗談じゃないぞ!! 起きろよ!! 起きろよ!!!」

 

 ロンの肩を掴んで、フレッドが怒鳴りつけた。

 けれど、ロンは何も応えない。

 

「起きろよ!! 目を開けろよ!! お、お前が……お前が欲しがってたチャドリーキャノンズのグッズ、なんでも買ってやるから!!」

 

 顔をグシャグシャにしながら、ロンに縋り付いて、パーシーが叫んだ。

 

「起きて……、お願いだから、起きてよ。嘘よ……、冗談なんでしょ!! やめてよ!! お願いだから目を覚まして!!」

 

 可愛がっていた妹の頼みにさえ、ロンは聞き耳を持たなかった。

 酷い奴だ。みんなを泣かせて……、何をしているんだ!!

 

「起きろよ、ロン!! みんな、君を待ってるんだぞ!! ジニーを泣かせるなよ!! 兄貴だろ!! 起きろよ、ロン!!」

 

 どんなに叫んでも、ロンが応えてくれない。

 なんでだよ。意味が分からないよ。

 

「……皆の者。そろそろ、ロナルド少年を休ませてやらねばならぬ」

「何言ってんだよ!! もう、十分に休んでる!! 休み過ぎだ!! 起きろよ、ロン!! キーパーのいろはを仕込んでやる!! 来年はお前がキーパーになるんだ!! クィディッチの選手になりたいって言ってたじゃないか!! チャドリーキャノンズに入るんだろ!! 僕達の貯金全部使って、最高の箒を用意してやるから、ほら、さっさと起きろ、この……、この……、この……、起きて……、起きてくれよ。お願いだよ……、頼むから、起きてくれよ」

 

 フレッドはロンの手を握りながら、「起きてくれ……」と何度も、何度も呟き続けた。

 ジョージはそんな彼の肩を抱きながら、静かな口調で言った。

 

「……ロンは十分に頑張ったんだ。あんな……、あんな暗闇で……、もう、眠らせてあげよう」

 

 僕はロンの空いた手を掴んだ。冷たい。まるで、温度を感じない。

 喉がカラカラに乾いていく。

 頭の中に、ロンと過ごした思い出が駆け巡っている。キングス・クロス駅で初めてあった時から、ずっと一緒にいた。何も知らない僕に、いろいろな事を教えてくれた。

 チェスの勝負で、僕はまだ一度も彼に勝てたことがない。クィディッチの選手になって、一緒に試合に挑む約束をまだ守ってもらってない。

 

「やだ……。やだよ、ロン……。やだ……」

 

 こんなの嘘だ。何かの間違いだ。

 

「……ロンは死んだ。殺されたんだ……、あの男に」

 

 ジョージが淡々とした口調で言った。

 思わず顔を上げると、ジョージは今まで見たことがないほど、恐ろしい表情を浮かべていた。

 

「許さない……。絶対に、許さないぞ。僕の弟を……、まだ、十二歳だったのに!!」

 

 殺された。

 ロンが殺された。

 その言葉が、少しずつ頭の中に染み込んでいく。

 誰に殺された? どうして、殺された? どうやって、殺された?

 

 あの暗闇の中で、ヴォルデモートはロンに何をした?

 

「……許さない」

 

 これまで、僕にとってヴォルデモートという存在は話の中だけの存在だった。

 かつて、僕が滅ぼした存在だと言われても、実感なんてわかなかった。

 けれど、今は思う。あの悍ましい存在を、この手で葬り去りたい。嬲り殺しにしてやりたい。

 

「……ロンを、よくも……、よくも……」

 

 もう、他の事なんて何も考えられない。

 あの男をどう殺してやろうか、そんな事ばかり考え続けてしまう。

 ロンは友達だった。初めての、親友だった。掛け替えのない存在だった。

 

「ロン……。ロン……。ロン……」

 

 その時、恐ろしい考えが頭に浮かんだ。

 何故、ヴォルデモートはロンを殺した? どうして、ロンを狙った? ヴォルデモートの狙いはなんだ?

 

「……まさか、ヴォルデモートは」

 

 体に力が入らない。

 

「ヴォルデモートは僕を狙って……、だから、ロンを……? なら、ロンは……、僕のせいで……」

「それは違う!!」

 

 フレッドが怒鳴った。

 

「間違えるなよ、ハリー!! 殺したのはヴォルデモートだ!! あのクソ野郎だ!!」

 

 僕の肩を掴んで、フレッドは言った。

 

「自分のせいだとか言ってみろ、ロンがどう思うか想像しろ!! これ以上、弟を苦しめるな!!」

 

 パーシーも唇を噛み締めながら頷いた。

 ジョージも拳を震わせながら「その通りだ」と言った。

 

「ハリー……」

 

 ジニーが僕の腕を掴んだ。

 

「自分を……」

『そうそう。君の悪い癖だよ?』

「そう。その通り……、え?」

 

 幻聴かもしれない。なんだか、すごく聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「……ロン?」

 

 なんだか、体が透けているけれど、そこにはたしかにロンがいた。

 

「な、なんで……」

『僕に聞かれても……。気付いたらこうなってたんだけど……』

 

 ふわふわと浮きながらロンは気まずそうに僕達を見つめている。

 

「ロン……、なのか? 本当に!」

「お、お前……」

「ロン……」

 

 フレッド、ジョージ、パーシーの三人も目を見開きながらロンを見つめた。

 

「……兄さん」

 

 ジニーが手を伸ばすと、その手はロンの体をすり抜けた。

 

「……ゴーストになったの?」

『そうみたい』

 

 頬を掻きながら、ロンは言った。

 

「だ、ダンブルドア先生!! ロンです! いました!! 助けてあげてください!!」

 

 僕は慌ててダンブルドアに言った。

 

「……ハリー。ゴーストを救うという事は成仏させるという事じゃ」

「そうじゃなくて!! どうにか出来るはずでしょ!! ヴォルデモートだって、死んでた筈なのに生き返ってたじゃないですか!!」

「あやつは邪悪な術に手を染めておった。他の者には使えぬ」

「なんで、なんで、そんな事言うんですか! ヴォルデモートが生き返れるなら、ロンだって生き返られる筈でしょ!! ロンを助けてください!!」

『……ハリー』

 

 ロンが困ったような表情を浮かべて僕に声を掛けた。

 

「ロン……」

『……僕、死んじゃったんだ』

「し、知ってるよ! でも、ダンブルドアなら!」

『どうにもならないよ』

「なんで、そんな事を言うんだよ!! 生き返れよ!! 僕、まだ君と一緒にいたいんだ!!」

『……嬉しいけどさ。無理なんだよ』

「なんで……」

 

 ロンは悲しそうに言った。

 

『分かっちゃうんだ。もう、僕は生きられないって……。死んだから……、なのかな。傍にいるはずなのに、すごく……、遠いんだ』

「……兄さん」

 

 ジニーが震えた手をロンに伸ばす。けれど、どんなに頑張っても、彼女の手はロンの体をすり抜けるばかりだった。

 

『僕、怖かった。暗闇の中に閉じ込められて……、何も食べられなくて……、何も飲めなくて……』

 

 怒りが……、また蘇ってきた。

 

『死んだ時、すごく悔しかった。それに、君やジニーや、家族の事を思った。また、会いたいって……。そうしたら、こうなってた。きっと、望んじゃいけなかった事を望んだんだ』

「望んじゃいけないって、どういう事!? 会いたいって望んで、当たり前の事でしょ!?」

『ダメなんだよ、ジニー。覚えといて。死ぬ時は、出来るだけ満足して死ななきゃいけないんだ。じゃないと、ちゃんと逝けないみたいだ』

「……苦しいの?」

『うーん。苦しいっていうか、窮屈な感じかな。あんまり楽しい気分になれない感じ』

 

 もう、頭の中がメチャクチャだ。

 ロンに会えて嬉しいのに、同じくらい、怒りや哀しみが湧き上がってくる。

 

「ミスタ・ウィーズリー。君が望むのなら、わしがアチラに逝く橋渡しをしよう」

『……それって、今すぐですか?』

「君が望む時、望む場所で」

『なら、今はハリー達と一緒にいてもいいですか?』

「君が望むなら」

『……へへ。ねえ、ハリー。僕と一緒にいたいかい?』

「当たり前だろ!!」

『……なら、仕方ないね! 僕、もうしばらくコッチに残るよ。いつの間にか妹に手を出してる親友に説教もしてやりたいしね!』

「ロン……」

 

 ロンは自分の死体を見つめた。

 

『死体はうちの庭に埋めてもらいたいな』

「そうしよう」

 

 ダンブルドアが請け負うと、ロンは微笑んだ。



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第四話『神の領域』

第四話『神の領域』

 

 手遅れだと気付いた時、人は初めて大切な事に気付く。

 エミーが死んだ時、私はとても後悔した。

 だから、後悔しないように生きてきた……、つもりだった。

 

「……また、やっちまった」

 

 マクゴナガルは私を庇って死んだ。彼女の遺体はシニストラやムーディの遺体と共に地下室へ運ばれ、私は気づけば寝室で横になっていた。

 後悔の念が何度も襲い掛かってくる。

 あの時、私が黙っていれば、マクゴナガルは死なずに済んだかもしれない。ヴォルデモートの意識をさっさと奪っておけば、マクゴナガルは今も元気だったかもしれない。

 

「ちくしょう……」

 

 涙が溢れてくる。

 今になって、話したい事がいっぱいあった事に気付いた。

 

「……ぅ」

 

 生きている者は、やがて死ぬ。分かっていた筈なのに、忘れていた。

 

 話したい事があるのなら、すぐに話すべきだ。

 聞きたい事があるのなら、すぐに聞くべきだ。

 やりたい事があるのなら、すぐにやるべきだ。

 伝えたい事があるのなら、すぐに伝えるべきだ。

 

 分かっていたのに、マクゴナガルがいなくなる事を少しも予想していなかった。

 まるで、体の一部が欠けてしまったかのようだ。息苦しくて、いっそ死んでしまいたい。

 

「……エレイン」

「大丈夫?」

 

 いつの間にか、朝になっていた。

 レネとハーマイオニーが私を見下ろしている。

 

「……大丈夫じゃない」

「みたいね……」

 

 ハーマイオニーはベッドに腰掛けると、私の頭を撫でた。

 

「マクゴナガル先生はエレインの事を気にかけていたものね」

「……どうしてなのか、聞きそびれた」

 

 心が落ち着くまで、かなり時間が掛かった。それなのに、二人は文句も言わずに付き添ってくれた。

 起き上がって、服を着替えた後、私は二人に言った。

 

「……お前らは死ぬなよ」

「ええ、もちろん」

「私も死なないよ、エレイン」

 

 その言葉を聞いて、ようやく少し安心出来た。

 

「ありがとな、二人共」

「どういたしまして」

「いつもの事だし」

 

 私は本当に良い友だちを持った……、ん?

 

「おい待て、いつもの事って、そんなにいつもの事じゃないだろ」

「いやいや、割りといつもの事よ?」

「うん。エレインって、実は結構繊細だよね」

「ハーマイオニーはともかく、レネまでちょっと酷いぜ……」

「私はともかくって、どういう意味よ!」

 

 軽口を叩いていると、大分気分がよくなった。

 

「……ちょっと、安心した」

「ん?」

 

 急に立ち止まって、レネが言った。

 

「エレインは、怒らないんだね」

「怒るって?」

「……復讐したくないの?」

 

 驚いた。最近、レネは少々ヤサグレ気味のようだ。

 

「マクゴナガルが復讐を望むような人間なら、考えたかもな」

「なら、ヴォルデモートの事をどう思ってるの?」

 

 ハーマイオニーに聞かれて、私は少し考えた後に言った。

 

「次は誰も殺させない」

 

 あの時、判断を間違えなければ、誰も死なずに済んだかもしれない。

 

「それだけ?」

「それ以外に何があるんだよ」

「……だって、アイツはマクゴナガル先生を殺したのよ? それに……、ロンやムーディ先生、シニストラ先生の事も」

 

 言いたい事は分かる。大切なモノを奪われたのだから、奪った相手に憎悪を抱くべきだって話だ。

 だけど……、

 

「例えばの話だけどよ。家族がスズメバチに刺されて死んだとしたら、お前らはスズメバチを憎むか?」

「……なんの話?」

「アイツはそういうヤツだって話だ」

 

 あの時、私はヴォルデモートと言葉を交わし、その目を見て、ヤツの本質に触れた。

 

「善人だとか、悪人だとか、そういう括りじゃない」

「どういう事……?」

 

 レネが怯えた様子を見せる。

 

「……言ってみれば、アイツは――――」

 

 ◆

 

「……あやつは、神の領域に至っておる」

「神だと……?」

 

 早朝にホグワーツへやって来た闇祓い局局長のルーファス・スクリムジョールは、アルバス・ダンブルドアの言葉に顔を顰めた。

 

「まさか、貴方の口からそのような世迷い言を聞く事になるとは」

「ならば、虫で例えようかのう。カマキリなどはどうじゃ?」

「……何が言いたいのですか?」

 

 ダンブルドアは言った。

 

「あやつの目には、もはや世界は作り物のように見えておる筈じゃ。生きとし生けるものすべてが、まるでチェスの駒のように見えておる」

「……奴の残忍さを言っているのですか?」

「そうではない。残忍ならば、まだ、救いはあった。あやつは死を克服してしまったのじゃよ」

「死を……?」

「さよう。……以前までは、不滅なだけの存在だった。だが、賢者の石を手に入れた事で、擬似的な不死性を手に入れてしまった。それ故に、命を軽んじるようになった。さきほど、他者をチェスの駒のように見ておると言ったが、そもそもの話……、あやつの目に、世界はチェス盤として映っておるのじゃろう」

「……待て。なんだ、それは……」

 

 スクリムジョールの額に汗が滲む。

 

「分かりやすく言えば、ゲームを楽しんでおるのじゃ」

「ゲーム……、だと!?」

「以前とは違う。ロナルド・ウィーズリーの遺体を検分して、確信を得た」

「……殺された少年か。その遺体に一体なにが?」

「あやつの方から遺体の場所を教えてきたから、何かあるとは考えておった。……腐肉は後から付け足した物に過ぎず、骨に呪詛が刻まれていた。おそらく、葬儀の場で腐肉が崩れ落ち、呪詛が暴走するよう仕掛けておったのじゃろう。それも、病魔に冒される類のものじゃ」

「……だが、病魔如きなら」

「病魔の中には、治癒を行う間も与えず、即時に命を奪うモノもある。遺体に刻まれておった呪詛は、そういう類のものじゃ。成人した魔法使いならばともかく、防衛力の無い子供達には抗えぬほど、凶悪な病じゃ」

「……子供達を狙ったと? だが、何の目的で……。まさか、ハリー・ポッターを狙う為に他をすべて巻き添えに……」

「そうであったのなら、まだマシと言える」

「マシ……? 何を言って……」

「ハリーを狙ったのなら、他にもやりようはあったという事じゃよ。あのような小細工をする暇があるのなら、同じ寝室で寝起きをしている間にいくらでもハリーを殺すチャンスがあった」

 

 ダンブルドアは言った。

 

「あやつは、ただ悪戯をしただけじゃ。わしが気づけば失敗。気付かなければ成功。その時は、大勢の子供が死ぬ。ただそれだけのゲームじゃった」

「……なにか、企みがあったのでは?」

「なにもない。言ったじゃろう? あやつは神の領域におる。遥か高みから、世界というゲーム盤を使って、人の命を弄んでおる」

「ふっ、ふざけるな!! ゲーム、ゲームだと言うのか!! その為に、こんなに大勢の人間を殺しただと!? 大臣や副官だけではない!! 己の配下!! 幼い子供!! 老人!! それを遊び感覚で殺したというのか!? 冗談ではないぞ、ダンブルドア!! 私は嘗てのヴォルデモートを知っている!! だが……、だが、あの頃のやつには少なくとも理想があった!!」

 

 スクリムジョールの怒声を受け流し、ダンブルドアは言った。

 

「……不死を得たからか、あるいは他に要因があったのか、それはまだ分からぬ。じゃが、今の我々の敵は、そういう存在だと心するのじゃ。思想無き愉快犯。それ故に、掴めぬ。何が起きてもおかしくはない。警戒するのじゃ!」

「警戒……、ッハ! 言ってくれるな、ダンブルドア! そもそも、貴様が賢者の石を奪われなければ……いや、奪われた後に隠さなければ、ここまでの事態にはならなかったのではないのか!? 何故、黙っていた!!」

「それに関して、わしには申し開きの言葉もない」

 

 その言葉にスクリムジョールは顔を歪めた。

 理解はしている。ダンブルドアが責任を負い、ホグワーツを退任すれば……あるいは、アズカバンに入れられるような事態が起これば、今より状況は更に悪いものになっていた筈だ。

 たとえ、ダンブルドアが賢者の石をヴォルデモートに奪われ、ヴォルデモートが復活したと言っても、魔法省が信じなかった可能性もある。……いや、恐らくは信じなかった。

 

「……ダンブルドア。我々はどう動けばいい?」

「まずは結束を固める事じゃ。信の置ける者を集め、備えよ。わしの方も動き始めておる」

 

 スクリムジョールは深く息を吐いた。

 

「一つだけ……、これだけは教えてくれ、ダンブルドア」

「なんじゃ?」

「……我々は、勝てるのか?」

 

 ダンブルドアは髭を撫でて言った。

 

「わしにも分からぬ」

 

 その言葉に、スクリムジョールは底知れない恐怖を感じ、必死に抑えつけた。

 偉大なる魔法使い。ヴォルデモートが唯一恐れた男。アルバス・ダンブルドアの放った言葉は、それだけ重かった。



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第五話『ガキ』

第五話『ガキ』

 

 四方を森で囲まれたヌルメンガード要塞。その一室で、ヴォルデモートはチェスの盤を睨んでいた。

 

「……これで、ダンブルドアは僕の思考を読めなくなった筈だ」

 

 愉快犯。そう思わせる為の布石は打ち終えた。

 

「まあ、あながち間違いでもないけどね」

 

 僕自身、少し驚いている。オリジナルの話ではなく、僕自身の話だが、以前は人の死をそれなりに忌避していた。

 マートル・ウォーレン。僕が初めて殺した女の子。バジリスクを目撃され、石化させた後に、アバダ・ケダブラで命を奪った。そして、最初の分霊箱を造り上げた。それが、僕だ。

 文字通り、魂を引き裂かれるような苦痛を味わった。人を一人殺す重さに狼狽えた事を覚えている。

 

「……あれだけ殺して、少しも動じていない」

 

 オリジナルと同化した影響だろうか? あるいは、分霊箱が主人格を乗っ取った影響かもしれない。

 まるで、アリを踏みつぶしたような感覚しかわかない。

 

「つまらない」

 

 賢者の石を手に入れた時や、グリンゴッツに侵入した時はワクワクドキドキしたものだ。

 それに対して、この虚無感はなんだろう。

 

「やりたい事をやっている筈なのに、なんだかシックリこないな」

 

 僕は部屋を出た。途中屋敷しもべ妖精を見つけた。怯えた目を僕に向けてくる。

 いつもの事だ。僕はいつだって、怖がられている。

 

「ここだね」

 

 扉をノックしてから中に入る。そこには、くたびれた老人がいた。

 

「やあ、ゲラート。元気?」

「……ヴォルデモート。ようやく、殺す気になったのか?」

「なんで? 僕に君を殺す理由はないよ。それより、そろそろ気は変わった? 僕と一緒に、新世界を作ろうよ!」

 

 ゲラートは深く息を吐いた。

 

「……貴様の望む世界とは何だ?」

「それはもちろん……、えっと」

 

 おかしいな。構想はいろいろとあった筈なのに、どれもシックリこない。

 

「……とりあえず、僕が王様になる」

 

 ゲラートは口をポカンと開けた。なんかバカにされたような気分だ。

 

「なんだい、その顔は!」

「……貴様。いや、お前は……、そうか」

「ん?」

 

 ゲラートはまたまたため息を吐いた。

 

「そういう事か……」

「なんなの?」

「ヴォルデモート。……少し、話をするか?」

「いいよ! 君となら、楽しい時間が過ごせそうだ!」

「……そうか」

 

 なんだか、ウキウキしてくるね。

 ゲラートは予想に反して、実に普通な話を振ってきた。

 エジプトの神殿は素晴らしいだとか、アメリカには面白い魔法生物が生息しているとか、剽軽な魔法使いの話をいろいろ。

 どうしてかな、すごく楽しい。

 

 ◆

 

「――――ガキだ」

「ガキ……?」

「無邪気って事だよ。悪意なんて無いから、スズメバチに刺されて死んでも、スズメバチを恨む気にはなれない。ただ、運の悪さを呪って、神様に文句を言う程度だ」

「悪意が無いって……、そんな筈は無いでしょ! だって、人を殺しているのよ!」

 

 どう言えば分かってもらえるかな。

 

「ガキがアリを楽しそうに踏み潰す光景、見たことないか?」

「……それと一緒って言いたいの?」

 

 ハーマイオニーの表情が歪む。

 

「……ああいうヤツ、他にも見たことがあるんだよ。それも、結構たくさん」

「冗談でしょ? あんな極悪人がそんなにいたら、世界はとっくに終わってるわ!」

「そうかもな」

 

 話はここまでにしておこう。これ以上話すと、きっと怒らせる。

 出来れば、話をしてみたいと思ったなんて、とてもじゃないけど言えない。

 

「……ロンの事が気になる。大広間に行こうぜ」

「ええ……」

「うん……」

 

 二人と一緒に大広間へ向かうと、そこには予想外の人物がいた。

 空中をふわふわ浮かびながら、ハリーに話しかけている。

 

「ロ、ロン!?」

「……あなた」

 

 ロンはゴーストになっていた。

 

『やあ! ……あーっと、あんまり辛気臭い顔はしなくていいよ。こうして……まあ、生きてはいないけど』

 

 ハーマイオニーは泣き出してしまった。

 ゴーストになっているという事は、ロンは本当に殺されてしまったという事だ。

 

「……ロン。その……、気分はどうだ? まあ、良くないだろうが……」

『まあ、最悪よりはマシって感じかな。まだ、慣れてないんだ』

「そっか……。でも、こうして話せて、嬉しいよ」

『……うん。僕も、もっとみんなと話したかった。だから、まあ……、結果オーライってやつ?』

 

 きっと、喜んではいけない事なのだろう。それでも、嬉しいと思ってしまう。

 

『ただ……』

「どうした?」

 

 困った表情を浮かべるロン。

 私に出来る事があるのなら力を貸すつもりで聞くと、予想外の答えが返ってきた。

 

『兄貴達がやたらかまってくるんだ。今も、頼んでないのにチャドリーキャノンズのグッズをゲットしてくるとか言って突っ走って行っちゃったよ。……この後、おふくろ達にも会うんだよなぁ』

「……愛されてるって事じゃねーか」

『分かってるんだけど……。まあ、いっか』

 

 少し大広間の中を見回してみたけれど、他に新しく増えたゴーストはいなかった。



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第六話『付和雷同』

第六話『付和雷同』

 

 大広間はまさに阿鼻叫喚。今朝の日刊預言者新聞がヴォルデモートの復活を報じた為だ。

 

「……これから、どうなっちゃうのかしら」

 

 ハーマイオニーが不安そうに呟いた。

 

「アズカバンに収監されていた死喰い人を解放して、戦力も十分に揃っている筈。いずれにしても、そう遠くない内に動きがある筈だよ」

 

 エリザベスはメモ帳を開きながら言った。

 

「なにか、新着情報はないのか?」

「もちろん、あるわよ。ヴォルデモートは、どうやらヌルメンガードを拠点にしたようね」

 

 さすがはエリザベスだ。新聞のどこにも載っていない情報を当たり前のように繰り出してきた。

 

「……それ、どうやって調べたの?」

 

 ジェーンが顔を引き攣らせながら聞くと、エリザベスは言った。

 

「ヌルメンガードに常駐していた魔法省の役人の一人がスクリムジョールに報告したみたい。生き残りは彼一人だったみたいね。スクリムジョールは敢えて彼を逃したのではないかって考えているみたい」

「だ・か・ら! どうやって、そんな情報を調べたのよ!」

 

 明らかに学生が調べられる範疇を超えている。

 ハーマイオニーは眉間に皺を寄せながらエリザベスに問い詰めた。

 

「魔法省にコネを少々。この一年、別に遊んでたわけじゃないんだよ?」

「コネって、情報の横流しじゃない! 大問題よ!?」

「どうどう。落ち着け、ハーマイオニー」

 

 私はいきり立つハーマイオニーを落ち着かせながらエリザベスを見た。

 

「弱みでも握ったのか?」

「ピンポーン! ちょっと、浮気現場とか、違法の魔術品の所持とか、いろいろ調べ上げて揺すったらポロポロ情報を落としてくれるようになったわ!」

「……そいつ、信用出来るのか?」

「十二人が全員同じ解答を口にしているから、それなりに信憑性があると思うわよ」

「そんなにいるのかよ……」

 

 エリザベスはクックックと悪辣な笑みを浮かべた。

 

「一人を徹底的に調べ上げたら、今度はそいつに他の人間の弱味を調べ上げさせるの。それを繰り返して、時には一度調べた人間も調べさせる。すると、あら不思議! 脅迫手帳のでっきあっがりー!」

「脅迫手帳って……」

 

 みんなドン引きだった。

 

「……それ、私達の脅迫ネタとか書いてないわよね?」

「当たり前じゃん! ダンブルドアとか、マルフォイとかのネタはあるけどね!」

「ダンブルドアのネタって……?」

 

 なんとなく気になって尋ねると、エリザベスはプークスクスと下品に笑いながら小声で言った。

 

「校長先生ってば、ゲイだったのよ」

「……今なんて言った?」

「昔のダンブルドアの知人から聞いた話なんだけどね。先生、学生時代はゲラート・グリンデルバルドと恋仲だったみたいなの。結構、ヤンチャもしてたって話だよ」

「待て待て!! おまっ、グリンデルバルドって、ダンブルドアが倒した闇の魔法使いの事だろ!? ヴォルデモートが現れる前は世界最強最悪とまで謳われた!」

「そうそう、そうなのよ! ……まあ、どっちが受けだったのかはわからなかったけどね。でもでも、昔の二人の写真を見つけたんだけど、どう見てもダンブルドアが――――」

「やめて!! 想像しちゃいそうだからやめて!! 私の尊敬しているダンブルドア先生のイメージが壊れちゃう!!」

 

 ハーマイオニーが悲鳴をあげた。

 

「……ちなみに、写真って、今あるのか?」

「これだよ!」

 

 写真にはとんでもないハンサムが二人映っていた。

 なるほど、たしかにダンブルドアの方が女性的に見える。

 

「……やべーよ。私、これから先、ダンブルドアをどういう風に見ればいいか分からねーよ」

「ウププ。むしろ、私は前より先生の事が好きになっちゃった」

「お前が一番ヤベーな」

 

 もしかして、ヴォルデモートよりやばい巨悪がここにいるんじゃねーの?

 

「……そっ、それより、拠点が分かっているのなら、すぐに解決するよね?」

 

 若干頬が赤いレネの言葉に、エリザベスは「むりむり」と半笑いで言った。

 

「なんで!?」

「だって、相手は死んでいた筈なのに蘇ったのよ? 賢者の石は優秀な蘇生薬だけど、完全な死体に飲ませても意味が無いわ。例えば、ロンの死体に命の水を流し込んでも、ロンは蘇らない。それなのに、ヴォルデモートは復活した。なにかトリックがあるのは間違いないと思うけど、それを解き明かさない限り、勝ち目は無いと思うの」

「……それじゃあ、どうにもならないの?」

「そこはダンブルドアか、スクリムジョールが頑張るでしょ。……まあ、十中八九闇の魔術が関係していると思うから、闇の魔術アレルギーなダンブルドアには解明が難しい気もするけど」

「ちょっと、エリザベス! そういう言い方は無いと思うわ! 闇の魔術アレルギーだなんて!」

「落ち着けよ、ハーマイオニー。要は、手段を選んでいる内は勝ち目が薄いって話だろ?」

「そういう事。ダンブルドアの傍に闇の魔術に精通している人がいれば、それこそ鬼に金棒なんだけどね」

「闇の魔術に傾倒する人間の大半は死喰い人だからなー」

 

 ◆

 

 ヌルメンガード要塞に集った死喰い人達は歓喜していた。

 闇の帝王の復活。ありえない事と理解しながら、それでも待ち続けて、遂に報われた。

 裏切り者共に嘲笑われながら、それでもアズカバンで十数年の歳月を過ごしてきたのも、すべてはこの時の為。

 

「――――我々は選ばれた! 魔法省で無様な屍を晒した愚か者共とは違う!」

 

 ヴォルデモート卿は言った。

 

 ――――新世界を創造しよう。

 

 最強の魔法使い。偉大なる魔王。死を克服した者。不滅の存在。

 復活と同時にダンブルドアの側近を殺害し、魔法省に宣戦布告をした。

 まさに大胆不敵。

 

「偉大なる闇の帝王の為に、我々は既存の世界を破壊する!」

 

 彼らは忠義を貫いた。アズカバンに収監され、十数年もの間、先の見えぬ苦痛に耐え続けてきた。

 その心は極限まで研磨され、忠義は狂信に変わった。

 

「アルバス・ダンブルドアの命を! ハリー・ポッターの命を! そして、この世界を我らが君に!」

 

 ◇

 

「……いやー、熱いね!」

「お前が煽ったのだろう……」

 

 ゲラートが呆れたように目を細める。

 

「別に? アズカバンから出して、ここに連れて来ただけだよ。ほとんど勝手に熱狂しちゃってるんだ」

 

 困ったものだよ。彼らはもっとクールになるべきだ。

 

「抑えておかねば、いずれ暴走するぞ」

「その時はその時だよ。どういう暴走をするのか、ちょっと興味があるし」

「……ヴォルデモート。お前にとって、彼らはどういう存在なのだ?」

「ん? なんだろう……」

 

 配下や仲間? それとも、駒?

 

「……クィディッチの選手とフーリガンの関係かな」

 

 ゲラートが深く息を吐いた。

 

「彼らが何をしても、お前にとっては対岸の火事に過ぎない。そういう事か?」

「うまい例えだね!」

「……まあ、あの程度の連中ならばダンブルドアが対処するだろう。それよりも、次はヌルメンガードを建造した時の話でもするか」

「いいね! 是非、聞きたいよ! ここは実に立派だ!」

 

 僕も作ってみたいな。

 オリジナリティ溢れる、素敵な城。出来るだけおどろおどろしい雰囲気にしたい。

 扉の向こうで勝手に燃え上がってるバカ共が暴走して、全滅するまで一年ちょっとは掛かるだろう。

 時間はたっぷりある。



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第七話『マクゴナガルの遺書』

第七話『マクゴナガルの遺書』

 

 ヴォルデモートの襲来で死亡した先生達とロンの葬儀が執り行われた。

 もっとも、参加した者の数は少ない。

 先日のヴォルデモート復活の一報を受けて、ほとんどの生徒が駆けつけた親に家へ連れ戻された。

 居残っているのはマグル生まれの生徒と、葬儀に参加する事を望んだ一握りの生徒、そして教職員と関係者のみだ。

 

「ミス・ロット。すこし、よいかね?」

「ん?」

 

 葬儀が終わった後、私はダンブルドアに呼び出された。

 

「これを渡しておく」

 

 そう言って、ダンブルドアは私に一通の手紙と、奇妙な鍵を二つ差し出してきた。

 

「これは?」

 

 鍵を持ち上げると、ダンブルドアは言った。

 

「片方は、お主の本来の御両親が遺した遺産じゃ。そして、もう一方はマクゴナガル先生が遺した遺産じゃ」

「……は?」

 

 言っている言葉の意味をすぐに呑み込むことが出来なかった。

 本来の両親というのは、おそらくマーリン・マッキノンと、その夫であるバンの事だろう。

 一年生の時のクリスマスに届けられたマーリン・マッキノンのブローチの事や、イリーナが息子達を差し置いて、私にメリナのアトリエの事を教えた理由を考えてみれば、二人が私の両親という事で、まず間違いない。

 アトリエで見た写真に写っていたマーリンと私の顔が瓜二つな事の説明もつく。

 どうして、マクゴナガルや、イリーナがヒントを渡すだけで明言を避けていたのかは気になるが、敢えて聞かなかった。

 正直な話、本当の両親の事なんて、どうでもいい。私にとっての親はエミーだけだ。遺産は貰うけどな。

 呑み込めなかったのは、マクゴナガルの遺産についてだ。

 

「……マクゴナガルは私の親戚なのか?」

「いいや、違う」

「なら、なんで私に渡すんだ?」

「それが彼女の望みだからじゃ」

「……マクゴナガルの?」

「さよう」

 

 私は手紙を開いてみた。ダンブルドアに聞くより早いと思ったからだ。

 そこには、マクゴナガルの文字が踊っていた。

 内容は、まるっきり遺書だった。

 

「……マクゴナガルは自分の死を予期してたのか?」

「そうではない。ある年齢を過ぎると、人は死を意識するものなのじゃよ。マクゴナガル先生も、いずれ訪れるであろう終わりの為に、準備を始めておった。その手紙と鍵も、その内の一つというわけじゃ」

「ふーん」

 

 手紙を読み進めていくと、何故か謝罪の言葉があった。

 

『私は貴女の事を赤ん坊の頃から知っていました。義理の両親の下で、貴女がどのような生活を送ってきたのかも……』

 

 つらつらと並べられている文字を読んでいくと、私はうんざりした気分になった。

 

「なんだよ、マクゴナガルのヤツ。私が不幸な人生を送ってきた哀れな娘って思ってたのかよ」

「……お主は不幸と思っていなかったのじゃな」

「当たり前だろ? 私はエミーと出会えたんだ。それまでの過程が無ければ、絶対に巡り合わない筈だったんだ。これ以上の幸福って、あるかい?」

「わしには分からぬ。その価値は、お主の中だけのものじゃ」

「……ダンブルドア。アンタは、最高の出会いってものを経験した事がないのか? それまでの鬱憤もなにもかも清算されるくらいの、その後の人生を決定づけるくらいの出会いを」

 

 ダンブルドアは瞼を閉じた。

 

「……たしかに、あった。じゃが、わしの場合は幸福ではなく、過ちだった」

「それって、グリンデルバルドの事か?」

「……ミス・タイラーじゃな?」

 

 ダンブルドアは困ったような表情を浮かべた。

 

「……さよう。ゲラートと出会った時は、嘗てない幸福感に抱かれた。互いを高め合い、共通する理想を追い掛け、そして……、道を踏み外した」

「だから、全部が全部、過ちだったってか?」

 

 呆れた。偉大なる魔法使いとか言われてる癖に、まるで初心な乙女みたいだ。

 

「ダンブルドア。人間ってのは、間違うもんだぜ? そして、正せるもんだ。一度、道を踏み外した程度で、それまでの全てを過ちだったなんて言うなよ。ネンネか!」

「……お主は達観しておるな」 

「達観なんてしてねーよ。たぶん、生きた時間はアンタより短い。けど、人間同士の色恋はアンタ以上に見てきた自信があるぜ」

 

 間違いない。この爺さんは童貞だな。……処女は失ってるかもしれないけど。

 

「アンタは尺度を測り間違えてるだけだよ。自分が偉大なる存在で、相手が最強最悪の魔王だから仕方ないのかもしれねーけど。要は付き合ってた男が悪い遊びにハマって、それをぶん殴って止めただけだろ? そういうの、割りと普通の事だぜ? いい年なんだから、ネンネは卒業しろよな」

「手厳しいのう」

 

 ダンブルドアは苦笑した。

 

「まさか、この歳になって恋愛観を諭されるとは思わなかった」

「私も、まさかダンブルドアに色恋沙汰の説教をするなんて思わなかったよ」

 

 互いに苦笑いを浮かべながら、私はマクゴナガルの手紙を読み進めた。

 そこには、私の両親がマーリンとバンである事が明言されていて、その遺産を預かっていた事が記されていた。

 

『……本当は、もっと早くに迎えに行きたかった。ですが、マッキノンの血を受け継ぐ者が生き残っていると死喰い人に知られるわけにはいきませんでした』

 

 手紙には、マッキノン家に伝わる特殊な《眼》についても言及されていた。

 鷹の目。そう呼ばれるほどの眼力を有している家系らしい。

 その眼は万里を見通し、あらゆる変装を見破り、心を見透かしたと書かれている。

 たしかに、私の眼は他よりも優れている。だけど、変装を見破ったり、心を見透かした経験はない。

 

「これって、本当なのか?」

「鷹の目の事ならば、真実じゃ。少なくとも、お主の母を欺く事が出来た魔法使いは一人もおらん。……お主にも心当たりがあるのではないかね? 他者の嘘を直感的に見破り、瓜二つの双子を容易く見分けた経験が」

「……それは、私がスラムで鍛えた眼力だろ」

「正確には、鍛えられた鷹の目じゃ。お主はヴォルデモートの変身さえ見破った。既に、その能力は開花しておる」

「マジかよ……」

 

 手紙に視線を落とすと、その先にはマクゴナガルが私に遺産を継承する理由が書かれていた。

 

『……最後に、私の遺産を貴女が継承して下さる事を願っています。私が名付けた娘、エレイン・マーリン・マッキノン・ロットへ』

 

「……マクゴナガルが私の名付け親だったのか」

 

 ――――エレインも十分に素敵な名前だと思うわよ?

 

 急に、マクゴナガルと初めて会った日の事を思い出した。

 私はエレインの名で呼ばれて、彼女に『私の知り合いにそんな糞みたいな名前の女は居ないけどー?』などと言ってしまった。

 

「それは言えよ……、バカ」

 

 心が大きく揺れた。

 

「……マクゴナガル先生はお主に引け目を感じておった。スラムで生活しておる事を知っていながら、手を差し伸べる事が出来なかったと……」

「そんなの、マクゴナガルが悪いわけじゃないだろ……。大体、私はあの生活で満足してたんだ」

「そのようじゃな」

 

 また、後悔の波が襲い掛かってきた。

 もっと、話したい。もっと、聞きたい。マクゴナガルに会いたい……。

 

「……なあ、ダンブルドア。マクゴナガルはゴーストにならないのか?」

「彼女は満足して逝ったのじゃ。お主を魔の手から守る事が出来て……」

「ふざけんなよ、ババァ……。こっちは後悔してんだぞ」

 

 涙が溢れた。

 

「なんで、私の親は次から次に死にやがるんだ……」

 

 ダンブルドアはやさしく私の頭を撫でてくれた。

 そのやさしさに甘えて、私は気が落ち着くまで泣き続けた。



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第八話『過去からの追跡者』

第八話『過去からの追跡者』

 

 ――――葬儀の数日前。

 

 日刊預言者新聞には、ヴォルデモート卿の復活の他にも、魔法省襲撃で死亡した人の一覧が掲載されていた。

 そこには、ドラコの父親の名前もあった。死亡した襲撃犯の一人として……。

 

「人殺し!! ア、アンタ達の父親のせいで、私のパパが!!」

 

 襲撃事件で死亡した魔法省の役人の娘がドラコの服の襟を掴んで怒鳴り声を上げている。

 普段のドラコなら振り払っていた筈だ。だけど、ドラコは虚ろな眼で目の前の少女を見つめている。

 

「死喰い人のガキが!! ぶっ殺してやる!!」

 

 クラッブとゴイルも同じように親を失った生徒から責められている。

 二人も反撃する意志すら見せずに顔を歪めている。

 

「……やめろよ」

 

 責めている方の気持ちが分からないわけじゃない。だけど、少しは考えろよ。

 

「やめろよ!! 三人だって、親を失ってるんだ!!」

「ふざけるな!! 自業自得じゃないか!! 人を殺して、返り討ちにあっただけなんだぞ!!」

「だ、だからって、ドラコ達を責める理由にはならないだろ!!」

「なんだと、テメェ!! 死喰い人の肩を持つ気か!!」

 

 殴られた。口の中に血の味が広がる。

 

「……ドラコ達だって辛いんだ! それが、どうしてわからないんだよ!!」

「やめろ、エド」

 

 ドラコは襟を掴んでいる女の子を振り払った。

 

「……エレインの所に行ってこい」

「イヤだよ! ドラコ達も、なんで黙ってるのさ! いつもみたいに言い返せばいいじゃないか!」

「どうでもいい」

「……え?」

 

 ドラコは顔を手で覆った。

 

「こいつらの言う通りだ。実にバカバカしい。闇の帝王に踊らされて……、無様にも程がある……」

 

 震えた声で、ドラコは言った。

 

「父上は……、愚かだった」

 

 だけど、その声に篭っている感情は、決して哀しみなんかじゃなかった。

 

「……ヴォルデモート」

 

 悔しさと怒り。

 ギラギラとした眼差しを向けられ、掴みかかってきた少女は後退った。

 

「エド……。お前は関係ないんだ。彼女を守ってやれよ」

「ドラコ……。君、何を考えてるんだ?」

「知れた事」

 

 責め立てていた生徒達を押し分けて、ドラコが進んでいく。

 

「来い、クラッブ! ゴイル!」

「ド、ドラコ!」

「エド! ……お前はついてくるな」

 

 伸ばした手を振り払われて、僕は動けなくなった。

 そして、ドラコ達三人は葬儀が始まる前にホグワーツを去って行った。

 

 ◇

 

 大広間で一人で食事をしていると、エレインが戻って来た。

 

「エレイン!」

「……エド」

 

 エレインの眼は赤かった。

 

「ど、どうしたの!? ダンブルドアの所に行ってたんだよね!?」

「……マクゴナガルの遺書を渡されたんだ」

「先生の遺書を……?」

 

 エレインを椅子に座らせて、話を聞いた。

 マクゴナガル先生はエレインの名付け親だったらしい。読ませてもらった遺書には謝罪の言葉や、如何にエレインを思っていたのかが記されていた。

 

「……エミーが死んだ時、もう二度と後悔しないように生きようって決めたんだ。なのに、また後悔してる……」

「エレイン……」

 

 いつも明るくて、まるで太陽のような彼女が表情を曇らせて、弱り切っている。

 慰めてあげたいのに、言葉が思いつかない。きっと、逆の立場なら、彼女は一発で立ち直れるような言葉を掛けてくれる筈なのに……。

 

「エド。お前は死ぬなよ?」

 

 瞳が揺れている。

 

「……うん」

 

 少しでも安心させてあげたくて、椅子を寄せて肩を抱いた。

 初めて会った日の事を思い出す。

 リチャードを床に押し付けて、鋭い眼差しを向けてきた。あの時は、なんて怖い女の子なんだろうって思った。

 だけど、本当はすごく優しい女の子だった。

 エレインのカバンに押しつぶされて、勝手に気を失った僕を介抱してくれた。今よりも引っ込み思案だった頃の僕を見限らないで親身に接してくれた。ハーマイオニーに少ない手持ちを使ってカバンを買ってあげた話をハーマイオニー本人から聞いた。僕がどんなにくだらない話をしても、真剣に聞いてくれた。

 

「……エレイン」

「ん?」

 

 一緒の寮に入りたかった。だけど、僕はスリザリンに入れられた。

 本当の父親がスリザリン出身の死喰い人だと知られる事が怖くて逃げ回った僕に、彼女は諦めないでいてくれた。

 いつだって、輝いて見える。星の丘から見える夜空も、彼女の笑顔と比べたらくすんで見える。

 彼女が僕の告白を受け入れてくれた時、嬉しくて堪らなかった。

 彼女が僕を好きだと言ってくれた時、もう死んでもいいとさえ思った。

 守護霊の呪文は難しい筈なのに、あっさりと成功出来たのは、彼女にもらった幸福な思い出のおかげだ。

 吸魂鬼が与える絶望なんてヘッチャラになるくらい、大き過ぎる幸福が僕に守護霊を召喚させた。

 

「エレインも死なないでね? 僕、君を失ったら……、どうなるか分からないよ」

「ははっ、それは怖いな。……ああ、私も死なないよ。まだまだ、エドと一緒にしたい事がいっぱいあるからな」

 

 ダイアゴン横丁で、リチャードが偶々彼女の部屋に迷い込んだおかげで、僕達は出会えた。

 エレイン・ロット。僕の好きな人。

 彼女の琥珀色の瞳が好きだ。

 彼女の琥珀色の髪が好きだ。

 彼女の声が好きだ。

 彼女の香りが好きだ。

 彼女のなにもかもが大好きだ。

 

「エレイン、大好きだよ」

「……私も好きだぜ、エド」

 

 僕は今、とても幸せだ。

 

 ◇

 

 幸せで、幸せで、幸せ過ぎて……、僕は忘れていた。

 いや、考えないようにしていたんだ。少し考えれば、こうなる事は分かっていた。

 ホグワーツが無期限の休校になって、星の丘に戻って来た僕達を出迎えたのは、床に倒れ伏したママと、忌まわしい過去。

 嘗て、僕の父親だった男。アズカバンから大量の死喰い人が脱獄した時、この男も出て来たのだろう。

 

「……ママに何をしたんだ!!」

 

 頭に血が上っていた。さっさとエレインを連れて逃げれば良かった。

 だけど、僕は怒鳴って、杖を向けた。

 

「まったく、困ったものよ。教えた筈だぞ、エドワード。勝てない戦いはするな、と」

 

 動きが見えなかった。気付いた時には赤い光が迫ってきていて、それをウィル兄ちゃんが受けた。

 

「に、兄ちゃん!!」

「……に、逃げろ。二人共」

 

 僕は父親を睨みつけた。すると、ヤツはすでに目の前まで歩み寄って来ていた。

 

「テメェ、ウィルに何しやがる!!」

 

 エレインがいつの間にかヤツの背後に回っていた。

 

「……手癖の悪い娘だ」

「やめろ!!」

 

 僕は咄嗟にヤツに掴みかかった。その隙にエレインがヤツの杖を奪う。

 

「安心したな?」

 

 ゾッとした。エレインが咄嗟に奪った杖を構えたけれど、その前にヤツは隠し持っていた杖から赤い光を放った。

 

「エレイン!!」

「……エレインだと? その顔……、まさか、生き残りがいたのか!」

「やめろ! エレインに近づくな!」

「邪魔だ」

 

 衝撃を受けて、僕は壁に叩きつけられた。

 

「や、やめろ……」

 

 体が上手く動かない。

 何をしているんだ、僕は。はやく、はやく回復しろ!

 

「マーリン・マッキノンの娘だな。ああ、実によく似ている。私が殺した、あの女と同じ顔だ!」

 

 思わず、耳を疑った。

 

「テメェ……」

 

 エレインがヤツを睨みつけると、ヤツは高らかに笑った。

 

「まずいな。これは非常にまずい。私は皆殺しにしろと命じられた。これでは、私の忠義が疑われてしまうではないか」

「や、やめろ! エレインから離れろ!!」

 

 痛む体に鞭を打ち立ち上がると、途端に衝撃に襲われた。

 

「黙っていろ、エドワード」

「テメェは……、一体……」

「私か? 私の名は、ダレン。ダレン・トラバースだ。エドワードの父親にして、偉大なる闇の帝王の側近だ」

「エドの……、父親?」

 

 エレインの声から張りが失われた。

 いけない。僕の本当の父親だと知って、エレインは敵対心を保てなくなっている。

 

「エレイン! そいつはただの死喰い人だ!!」

 

 麻痺呪文を放つが、ダレンは即座に反対呪文で相殺した。

 

「エドワード。貴様には失望したぞ。この程度か? あれほど鍛えてやったと言うのに……」

「黙れ、死喰い人!! エレインから離れろ!!」

「……ふむ。息子を鍛え直すつもりだったが、ここまで堕落していては少々手間だな」

 

 そう言うと、ダレンはエレインの意識を奪った。

 

「エ、エレイン!! 貴様!!」

 

 呪文を放つが、すべて相殺された。

 

「クソッ、エレイン!!」

「……この娘は良い手土産になる。敵に回せば厄介だが、鷹の目を手元に置ければ、これ以上ない武器になる」

 

 そう言うと、ダレンはエレインを片腕で抱えた。

 

「なっ、エレインを離せ!!」

 

 僕は必死に呪文を放ち続けた。だけど、近づく事さえ出来ない。

 

「エレイン!!」

「エドワード。せめてもの情けだ。生き恥を晒したくはなかろう。アバダ・ケダ――――」

 

 ダレンが杖を振り上げた瞬間、ウィルがいきなり動いて、僕を掴んだ。

 すると、景色が一変した。

 

「えっ……、ここは」

「カーディフだ」

「ウィ、ウィル兄ちゃん、なんで!?」

「……あのままでは、お前が死んでいた」

「だって、エレインがアイツに!!」

「分かってる!! ……まずは、ダンブルドアに会いに行こう。俺達だけじゃ、助けられない」

「……い、イヤだ。エレイン……、エレインを今すぐ助けに行かなきゃ!!」

 

 星の丘に戻ろうと姿くらましを使おうとした瞬間、赤い光に意識を刈り取られた。

 

「ウィ、ウィルにい……、なん……、で」

「すまない、エド」

 

 意識が闇に沈んでいく。

 イヤだ。エレイン。僕は……、僕は君を……。



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第九話『エドワードの憂鬱』

第九話『エドワードの憂鬱』

 

 ――――これは、夢だ。

 

 遠い昔、父がアラスター・ムーディに捕まり、アズカバンに入れられる前の出来事。

 広大な屋敷の一室で、物心がついたばかりの頃の僕は、父と向かい合っていた。

 

「よいか、エドワード。魔法には、未だに解明されていない未知の領域がある」

 

 夜明けと同時に起こされて、食事が終わると闇の魔術の講義が始まる。それが終われば、ひたすら魔法の鍛錬を強いられた。

 まだ、言葉を覚え始めたばかりの僕に、父は一切容赦をしなかった。話を理解出来なければ、その度に折檻を受けた。それこそ、死の一歩手前を体感させられた。

 僕は父を恐れ、必死に彼の話を理解しようと頑張った。

 

「闇の魔術と呼ばれている領域がそれだ。あのアルバス・ダンブルドアを始めとした愚か者共は、この領域を《穢れ》と称しているが、大きな過ちだ」

 

 父は杖で蓋の付いた箱を出した。

 

「エドワード。お前に、この箱の中身が分かるか?」

 

 僕は分からないと答えた。

 

「そうだろう。実際に蓋を開けてみなければ、中に何が入っているのかなど、分かる筈がない」

 

 父の難解な言い回しを理解する為に、僕は必死に言葉を吟味する。

 

「例えば、中には気化性の毒が入っているかもしれない。あるいは、危険な魔法生物が入っているかもしれない」

 

 その言葉を聞いて、途端に父の持っている箱が怖くなった。

 

「怖いか、エドワード。それが未知というものだ。だがな、もしかしたら、この中には素晴らしい宝物が入っているかもしれないのだぞ。毒か、宝か、それは開けてみなければ分からんのだ」

 

 父は蓋を開けた。そこには、何の変哲もないリンゴが入っていた。

 

「よいか、エドワード。未知を恐れてはいかん。真に恐れるべきは、無知である事だ。未知を既知に変える事で、無知を克服するのだ」

 

 父は僕に己の知識と技術を注ぎ込んだ。

 理解出来なければ、恐ろしい苦痛を与えられる。だから、僕は分からない事が怖くなった。

 むかし、エレインが僕に『……なんで、よりにもよって箒なんだ?』と聞いてきた事がある。

 マグルの世界で育った彼女にとって、《魔法使いが箒に乗る》という常識は非常識に思えたのだ。

 僕も、改めて聞かれると分からなかった。それがすごく怖くて、彼女が戸惑うのを尻目に本を広げた。

 無知である事こそが恐怖であり、無知である事は罪である。その父の教えは、今も僕の中に根付いていた。

 

 ◇

 

「……ここは?」

 

 目を覚ますと、僕は知らない場所にいた。

 

「起きたのか、エド」

 

 起き上がると、傍にはドラコの姿があった。

 

「ドラコ! 君、どうして!?」

「……いろいろとあったんだ。さて、どこから説明したものか……」

 

 腕を組んで考え込むドラコ。

 その間に、僕は意識を失う前の記憶を取り戻した。

 

「そっ、そうだ、エレイン! エレインを助けに行かないと!」

「落ち着け、エド」

「落ち着け無いよ! エレインはアイツに……、死喰い人に捕まったんだ!」

 

 嫌なイメージが次々に浮かんでくる。

 今頃、彼女は拷問を受けているかもしれない。もしかしたら、殺されかけているかもしれない。

 呑気に眠って、貴重な時間を無駄にしてしまった。

 

「エド。エレインの居場所は分かっているんだ」

「本当に!? どこなの!?」

「……エド。まずは深呼吸をしろ」

「ドラコ!! 頼むから早く教えてくれ! 僕はエレインを助けに行きたいんだ!」

「分かっている! わかった上で、僕はお前に落ち着けと言っているんだ! お前が一人で突っ走っても、エレインは助けられないんだぞ!」

「でも……、僕は……ッ」

「いいから、落ち着け。誰も、エレインを助けないとは言ってないだろう。物事には順序があるんだ」

「順序……?」

 

 ドラコは深く息を吐いた。

 

「まず、現状を把握しろ。説明してやる」

「……分かった」

 

 ドラコは言った。

 

「まず、僕がホグワーツを去った後の話をしよう。僕は自宅に戻ったんだ。母上の事が心配だったし、なにか手掛かりがあるのではないかと思ってね」

「……どうだったの?」

「母上は殺されていた。だが、手掛かりは手に入った」

「お母さんが!? ド、ドラコ……」

 

 父親だけでなく、母親まで失ったなんて……。

 

「……覚悟はしていたよ。だが、闇の帝王はミスを犯した。来い、ドビー!」

 

 ドラコが叫ぶと、バチンという音と共に屋敷しもべ妖精が現れた。

 

「えっと?」

「こいつはドビー。僕の家の屋敷しもべ妖精だ。こいつが色々と見ていたんだよ。父上が闇の帝王から預かっていた魔術品を遊興の為に使った事。その事で、闇の帝王の不興を買った事」

「魔術品って?」

「見た目はただの日記帳だったらしい。そうだな?」

「……は、はい。ルシウス様は、この日記帳でホグワーツの秘密の部屋を開き、ハリー・ポッターを亡き者にしようとなさっておられました」

 

 ドビーはビクビクしながら言った。

 

「秘密の部屋って、たしか……」

「そうだ。ホグワーツの創始者の一人であるサラザール・スリザリンがホグワーツに隠したもの。一説には、スリザリンの継承者のみが扱える強力な闇の魔術品が隠されていると言われている。……だが、おそらくはバジリスクだ」

「バジリスクって……、まさか!」

 

 僕は去年の学年末に行われたスリザリン対ハッフルパフの試合を思い出した。

 試合の途中に、突然フィールド上に現れた巨大な蛇。ダンブルドアの迅速な行動によって事なきを得たが、アレを見たスリザリンの上級生はバジリスクに違いないと言っていた。

 ダンブルドアが最初に全員の視界を奪った事が証拠だ。バジリスクの目を見たものは命を奪われてしまうから。

 

「父上が日記帳を使ったのは、僕達が二年生になる直前の事だったそうだ。タイミング的に見て、間違いないと思う。日記帳は、継承者の力を行使して、バジリスクを解き放った。そして……、スネイプ先生とクィレルを殺した」

「あっ……」

 

 そうだ。あの年に起きた事は、バジリスクの出現だけじゃない。同じ日に、二人の先生が命を奪われた。

 

「さらに、その直後だったようだ。賢者の石が奪われて、闇の帝王が復活したのは」

「……賢者の石って、あの?」

「そうだ。そして、聞いて驚くなよ? 僕達が入学して来た年、ホグワーツには賢者の石があったんだ。それを……、まんまと闇の帝王に奪われた。ダンブルドアは自分の地位を守るために隠蔽したんだよ、その事を!」

 

 ドラコは押し殺していた激情を漏らした。

 

「……ダンブルドアがさっさと情報を公開していれば、父上や母上は」

 

 悔しそうに、ドラコは拳を壁に打ち付けた。

 血がにじみ出ている。

 

「ドラコ……」

「……すまない。話が逸れたな」

 

 ドラコは深く息を吸い込むと、話の続きを口にした。

 

「僕は日記帳の存在を知った後、クラッブとゴイルの屋敷を回った。二人の母親も殺されていたよ」

「……二人は大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない。精神的にまいってしまった。今は安全な場所で心を癒やしているよ。……あの二人が泣き叫ぶ姿を見て、僕は何もしてやれなかった」

 

 他の人から見たら意外に思うかもしれないけど、ドラコは友達を大切にしている。

 特に、クラッブとゴイルは特別だ。

 二人は人より勉強が遅れている。宿題をこなすのも人より時間がかかる。だから、ドラコは寝る前に勉強会の時間を作って、二人が宿題を終わらせられるように手伝っていた。

 僕もドラコには散々世話になってきた。一年生の頃、エレインから逃げ回っていた時、僕は寮の中で微妙な立ち位置になっていた。その時に助けてくれたのがドラコだ。

 

「……悔しいが、そこで手詰まりになった。だから、ホグワーツに戻ったんだ。ドビーの……というか、屋敷しもべ妖精の魔法は特別でね。ホグワーツにも姿現しが出来るんだ。それで、ダンブルドアに面会を求めて、日記帳の事を話した」

「ここはホグワーツなの?」

「違う。ここは、不死鳥の騎士団の隠れ家だ」

「不死鳥の騎士団って……」

「ダンブルドアが結成した対死喰い人用の部隊だよ。今、僕の情報を下にダンブルドアが立てた仮設を立証する為に色々と動き回っている」

「……そうなんだ。それで、その……、エレインの居場所は?」

 

 いつ話が繋がるのか分からなくて、僕が堪らず問いかけると、ドラコは言った。

 

「エド。居場所を教えても、飛び出さないと誓え。……僕も我慢しているんだ。だけど、相手は死喰い人の中でも指折りの凶悪犯ばかりが集っている。闇雲に飛び出していっても殺されるだけだ」

「……分かった」

 

 僕が絞り出すように言うと、ドラコは言った。

 

「ヌルメンガード。嘗て、ゲラート・グリンデルバルドが建造した私設監獄だ。そこを闇の帝王は拠点にしている。エレインもそこにいる筈だ」

「ヌルメンガード……」

 

 聞いたことはある。深い森の中に聳え立ち、あらゆる存在の侵入を拒む要塞監獄。

 ヴォルデモートの登場以前、グリンデルバルドの最盛期には、あの場所に多くの罪無き人々が収監されたという。

 地獄より悍ましき地。そこに、エレインがいる。

 

「……いつなの? いつ、僕はエレインを助けに行けるの?」

「僕からはなんとも言えないね。ダンブルドアはエレイン救出を約束した。なるべく早い時期に行動するとも言った。だけど、それがいつかは明確に言わなかった」

「エレイン……」

「エド。救出がいつになるかは分からない。ただ、これだけは言っておくぞ」

「ドラコ?」

「お前はエレインの事だけを考えていろ。闇の帝王や、お前の父親の事は忘れろ」

「それは……」

「……君は器用だけど、不器用だからな。余計な事を考えて、一番肝心な事を疎かにしたらまずいだろ? 他の事は僕に任せろ」

「ドラコ……、君は」

 

 ドラコの目には決意の光が灯っていた。

 それが、すごく恐い。

 

「死ぬ気じゃないだろうね?」

「……さあ、どうかな。僕はすべてを失ったんだ。なら、後は突き進むだけさ」

「だ、ダメだよ、そんなの!」

「エド。お前が心配するべきはエレインだ」

「でも、君は僕の友達だ!」

 

 ドラコは困ったように肩を竦めた。

 

「……前から思ってたことだけど、僕は君が苦手だ」

「えっ?」

「素直過ぎる。君みたいに、掛け値なしの友情をぶつけてくる人間は苦手だよ。クラッブやゴイルだって、親から言われて僕に付き従ってるんだぞ?」

「そんな事ない! 二人だって、君を大切に思ってる! ねえ、死のうとするのは止めてくれ! 僕、君が死ぬなんてイヤだ!!」

 

 ドラコはため息を零した。

 

「分かった。分かったから、そのくらいにしてくれよ。やれやれ、僕は何としても復讐を遂げないといけないのに……」

「ドラコ……」

「……まあ、だからこそ気に入ってるんだけどね」

 

 そう言うと、ドラコは僕から離れていった。

 

「少し待っていろ。状況を確認してくる。いいか、大人しくしておけよ」

「う、うん」

 

 ドラコがいなくなった後、僕はエレインの事を考え続けた。

 一刻も早く助けに行きたい。今頃、彼女が辛い目にあっているかもしれない。そう思うと、気が気じゃない。

 

「エレイン……」



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第十話『脱出』

第十話『脱出』

 

 意識を取り戻すと、私は牢屋の中にいた。服もボロ布に変わっていて、手足には枷がハメられている。

 嫌な予感がして、布を捲り上げてみた。

 

「……とりあえず、まだセーフみたいだな」

 

 あまり考えたくはないが、ダレン・トラバースは私の《鷹の目》に興味を持っていた。

 鷹の目がマッキノンの血に由来するものだとすると、私の赤子にも遺伝する可能性が高い。

 つまり……、私は鷹の目を産む為の機械にされかねないという事。

 

「さてさてさーて」

 

 目を凝らしてみる。ダンブルドアは言っていた。私の目は、その気になれば万里を見通し、真実を見抜く。

 四方を取り囲む壁。その先を見る。

 

「……いけるじゃねーか」

 

 視界が切り替わった。暗い……いや、黒い世界が広がっている。

 所々に、ぼんやりとした橙色の燐光が見える。よく見ると、それは人だった。

 

「近くには誰もいないな」

 

 おそらく、杖や手荷物を奪い、手足を封じた事で安心したのだろう。

 

「……甘いな、あいつら」

 

 手枷と足枷には対呪文処理が施されていた。だけど、それだけで私を拘束出来たつもりなら甘過ぎる。

 私は耳の裏側を探った。

 やはりと言うべきか、髪留め用のピンはそのままだった。勉強の時とかに、前髪を耳元で束ねるために使う物だ。特に魔法も掛かっていない。だから、見逃したのだろう。

 足枷の鍵穴にピンを差し入れて、カチャカチャする事三秒。ガチャリと音を立てて枷は外れた。

 同じ要領で手枷も外す。

 

「さーて、誰か向かって来てるな」

 

 背格好から判断して、おそらくはダレンだろう。

 様子見に来たのなら、好都合だ。

 私はボロ布を脱いで扉の死角に潜んだ。

 

「……さてさてさーて」

 

 エドには悪いが、この状況では手段を選んでいられない。

 扉が開き、ダレンが中の異常に気付いた瞬間、私は超能力を発動した。

 ダレンの股間にぶら下がっているウォールナッツを一気に潰す。同時にボロ布でダレンの口を塞ぐ。

 くぐもった悲鳴がぼろ布に吸収され、ダレンは白目を剥いた。

 

「魔法使いもマグルも変わらねーな。金玉潰して動けるヤツはいない」

 

 ダレンの服を漁り、杖を奪う。

 

「さてと、時間もないから。心を開け(レジリメンス)

 

 気を失っているおかげで、呪文はあっさりと成功した。

 

「……こいつ、エドを虐待しやがったのか」

 

 微かに残っていた躊躇いが消えた。

 幼いエドを、この男は傷つけた。磔の呪文を三歳児に掛けるなんて正気の沙汰じゃない。

 必要な情報も抜き取ったから、もう用はない。

 

「感謝するぜ、ダレン。これで、お前に容赦をする理由が無くなった。忘却せよ(オブリビエイト)

 

 記憶を粉々に破壊する。

 

「爺さん。また、赤ん坊からやり直せよ。じゃあな」

 

 牢獄を抜け出し、私は鷹の目で死喰い人達の動きを見ながら私物の保管場所に向かった。

 私が歩いた道には股を抑えながらアーアー言ってるヤツラが転がっている。全員、記憶を破壊したが、急いだほうがいいだろう。

 ざっと見た限り、百人にも満たない所帯だが、取り囲まれたらさすがにまずい。

 

「ここか」

 

 十五人の死喰い人を玉無し廃人野郎に変えたところで、目的地に到着した。

 すでに私の脱走はバレている。急ごう。

 

「これだな」

 

 私の手荷物が入っているカバンと杖を掴み取る。

 その中から、マクゴナガルの遺産である鍵を掴み取った。そこには、ダンブルドアから貰ったキーホルダーがつながっている。

 筒の形をしたものだ。

 

「動くな!!」

 

 死喰い人が入って来た。

 だけど、遅い。

 

「今日という日を忘れるなよ? 捕まえ損ねたな」

 

 筒を開くと、中から小さな石ころが出て来た。

 私が狙われる可能性を懸念したダンブルドアがくれたものだ。

 石ころに触れた瞬間、目の前の景色がグルグルと回り始める。

 

「よっと!」

 

 景色が定まると、目の前にはポカンとした表情を浮かべているドラコがいた。

 

「……エレイン!? なんで、ここに!?」

「はぁ? いや、ドラコこそ、なんでここにいるんだ?」

 

 首を傾げながら、私は顎髭を撫でているダンブルドアを見た。

 

「役に立ったぜ、移動(ポート)キー」

「……ふむ、それは良かった。しかし、死喰い人の根城から自力で帰ってくるとはのう。それは捕まる前に使う為に渡した物なのじゃが……」

 

 ダンブルドアはどこか呆れた様子だ。

 

「手土産もあるぜ? ……っと、それよりもエドやウィルは無事か? ダレンのヤツが取り逃がしたのは知ってるけどよ」

「二人はここにおる」

「イリーナは……?」

「彼女は聖マンゴ魔法疾患傷害病院に入院しておるよ」

「生きてるのか!?」

 

 死んでいる事を覚悟していた私は慌ててダンブルドアに駆け寄った。

 

「無事とは言い切れぬが、生きてはおる。どうやら、エドワードの事を聞き出す為に拷問に掛けておったようじゃが、幸か不幸かアバダ・ケダブラは使われておらん」

「……そっか」

 

 私は杖を眉間に当てた。記憶を引き出して、カバンの中の小瓶に入れる。

 

「ほら、ダレンの記憶だ。後は任せたぜ」

「……なんと」

 

 驚くダンブルドアを尻目に、私はドラコに声を掛けた。

 

「ドラコ。エドはどこだ?」

「……こっちだ」

 

 何か言いたげな顔をしていたが、ドラコは深く息を吐くとエドの下へ案内してくれた。

 エドの部屋の前に立つと、なにやら壁の向こうでエドが私に対する思いを語っていた。

 私は人差し指を口に当て、ドラコに黙っているように合図した。

 ドラコは呆れ返った表情で肩をすくめると、「お幸せに」と言って去って行った。

 さてさて、どのタイミングで入ろうかな?



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第十一話『ゲラート・グリンデルバルドの夢』

第十一話『ゲラート・グリンデルバルドの夢』

 

 目の前に広がる惨状に、さすがの僕も言葉を失った。

 

「……うーん、これは酷い」

 

 睾丸を潰された上に記憶を消去された廃人達がうめき声をあげている。

 地獄絵図とは、この事だ。

 

「えっ、なにがあったの?」

 

 ベラトリックスは嫌そうに被害者達を見ながら言った。

 

「……どうやら、トラバースが未成年の少女を拉致監禁して、その少女に返り討ちにあったようです」

「えっ、女の子にやられたの? 全員!?」

「……そのようです」

「えぇ……。というか、どうして女の子を攫ってきたんだい? ハリー・ポッターを攫ってきたって言うなら分かるんだけど」

「トラバースは興奮した様子で『しっかり躾けて、我が君に献上するのだ!』と言っていましたが、詳しいことは何も……」

「えっ、女の子を献上されても困るんだけど。というか、躾って……。僕、性犯罪はダメだと思うよ」

 

 女の子に悪戯をしようとして返り討ちにあった。

 その上、まんまと逃げられて追跡もままならない。肝心のトラバースは記憶喪失。

 

「……ハッハッハ」

 

 殺そう。

 

「ベラ。穴を掘って、生き埋めにしておけ。それと、他の者達にも伝えるんだ。ヴォルデモート卿の名を穢す真似をするなら容赦はしない。いいね?」

「……かしこまりました」

 

 いっそ、男は全員矯正しておくべきかもしれない。

 理性よりも下半身の本能を優先するなんて魔法使い以前に人間として最低だ。

 僕はイライラしながらゲラートの部屋に戻った。

 

「……機嫌が悪いようだな」

「最悪だよ! バカとは思っていたけど、ここまでとは予想外さ!」

 

 僕がゴミ共の蛮行について愚痴ると、ゲラートは笑った。

 

「組織が広がれば、そういう輩も現れるモノだ。特に、非合法な活動を行う組織ではな」

「……牧畜家を尊敬するよ。知性があっても面倒だ」

「知性があるからこそだ。牛や豚の方が素直な分、格段に扱いやすい。いいか、ヴォルデモートよ。人間とはチェスの駒ではない。一人一人に思想があり、欲望があり、規律がある。群ではなく、無数の個なのだ。それを忘れれば、御する事など出来はしない」

「群ではなく、無数の個……」

 

 考えてみれば当たり前の事なのに、僕は新鮮な驚きを感じている。

 

「ヴォルデモート。常に考え続けるのだ。そして、成長するのだ。お前は若き肉体を手に入れた。今のお前ならば、それが出来る筈だ」

「……もしかして、僕の事を認めてくれたのかい?」

 

 僕が問いかけると、ゲラートは薄く微笑んだ。

 

「ああ、それなりに……、な」

 

 ◆

 

 気がつけば、私はヴォルデモートという名を称する若者に興味を惹かれていた。

 この少年は、嘗て暴れていたヴォルデモートと同一の存在でありながら、まったく異なる性質を持っている。

 

「……分霊箱か」

 

 ヴォルデモート卿が、そう名乗る以前に造り上げた分霊箱。それがあの少年の正体。

 分霊箱とは、殺人行為によって魂を引き裂き、引き裂いた魂の一部を器に封じる事で命のストックを作り上げる邪法だ。

 当然の如く、ノーリスクとはいかない。

 

「魂を引き裂く。それは己を引き裂くという事」

 

 マートル・ウォーレンを生贄にした時、ヴォルデモートは少年時代の己を切り捨てた。

 まだ、何者でも無かった頃の残滓。無垢であった頃の己。悪に染まりきらず、善にも傾倒していなかった時代。

 

「今のヴォルデモートは赤子のような状態だ。どこまでも残酷であり、どこまでも純粋無垢。今のあやつは魔王にも、救世主にもなれる。元々、そういう器を持っていた」

 

 ……少し、考えた。

 嘗ての己の過ちを繰り返してはならない。最愛であり、最高の友であった筈のダンブルドアによって否定された夢を私は諦めるべきだ。

 そう、考えていた。

 

「……もしかしたら」

 

 彼ならば、私の夢を叶えてくれるかもしれない。

 魔法族が虐げられる世を変えてくれるかもしれない。

 卑屈にも、影の世界で生きる事を最良とした、今の魔法族を変えてくれるかもしれない。

 

「ヴォルデモートよ、成長するのだ。そして、理想の世界を……」

 

 アルバス・ダンブルドア。お前は、私を責めるかもしれない。いや、きっと責めるな。

 だけど、いつか分かってくれる筈だ。妹の不幸が無ければ、我々は同じ道を歩んでいた筈なのだから。

 若き日の事を思い出す。理想を語り合い、一夜を明かした。互いを高め合う事に歓びを覚えた。永遠を共に生きられると信じていた。

 

「……アル。待っていろ。お前にも、新世界を見せてやる。その時こそ、また一緒に……」

 

 ノックの音が響く。ヴォルデモートが入って来た。

 さて、今日も語り聞かせるとしよう。我らが目指すべき、理想の未来について。



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第十二話『邪悪胎動』

第十二話『邪悪胎動』

 

 アルバス・ダンブルドアは、エレイン・ロットが持ち帰ったダレン・トラバースの記憶を水盆に流し込んだ。

 

「……それにしても、彼女は素晴らしいな」

 

 闇祓い局の局長であるルーファス・スクリムジョールは感心した様子で言った。

 

「まったくですよ。まさか、死喰い人の根城から自力で帰ってくるとは……。おまけに、死喰い人の幹部の記憶を手土産に持って帰ってくるなんて!」

 

 スクリムジョールの副官であるガウェイン・ロバーズもエレインの活躍を褒め称えた。

 

「是非、彼女には闇祓い局へ入ってもらいたい。即戦力として起用出来るぞ」

「後ほど、声を掛けてみましょうか」

 

 盛り上がる二人。

 ダンブルドアは大きな咳払いをした。

 

「……よいかね?」

「し、失礼した」

「申し訳ありません、ダンブルドア」

「いやいや、責めるつもりはない。じゃが、時は一刻を争う。彼女をスカウトするのは、この記憶を見た後にしてくれると嬉しいのう」

 

 三人は水盆を覗き込んだ。

 未成年の少女が拉致された死喰い人の根城から脱出する。本来ならば、不可能な筈だ。

 拉致された以上、杖も奪われていた筈。いったい、如何なる方法を使ったのか、 ダンブルドアでさえ検討もつかなかった。

 

 記憶の再生が始まる。最初はダレンがアズカバンに捕まる前の光景だった。

 息子であるエドワードに虐待を行う様子に、スクリムジョールは怒りの声を上げた。

 

「子供に磔の呪文だと!?」

「……局長、これは記憶です。どうか、抑えてください」

「分かっている! ……だが、トラバースめ!」

 

 記憶がぼやけ、次の瞬間、ダレンの前に青年が現れた。

 

「……ヴォルデモート」

 

 ダンブルドアは、吸魂鬼を味方につけ、悠々とアズカバンから配下を連れ出していくヴォルデモートを苦々しく見つめた。

 才気溢れる青年。彼がその気になれば、歴史に名を残す偉人となる事も出来たはずだ。だが、彼の選んだ道は、魔王としての覇道。

 道を正す機会はあった。けれど、結局、彼の歩みを止める事が出来なかった。

 

「トム……」

 

 記憶が移り変わる。

 今度は見覚えのある風景だった。

 ヌルメンガード。嘗て、ゲラート・グリンデルバルドが建造した私設監獄だ。

 そこで、ヴォルデモートはゲラートと親身に接していた。それは、とても恐ろしい光景だった。

 歴史的に見ても、最も凶悪とされた二人の魔王。その二人が手を取り合う。まさに悪夢のような光景。

 

「……最悪だな」

「ゲラート……」

 

 ヌルメンガードに来たヴォルデモートは多くの時間をゲラートと過ごし、死喰い人達は使命を与えられない事に不満を抱いていた。

 その中で、ひっそりとダレンが動いた。己の息子をヴォルデモートの兵隊として捧げるためだ。

 イリーナ・ロジャーを拷問し、堕落した息子の代わりに《鷹の目(レイブンクロー)》の継承者であるエレインを拉致した彼は、彼女の服を剥ぎ取り、持ち物を奪い取った。

 そして、彼の怪しい動きに気付いたベラトリックス・レストレンジに『思わぬ拾い物をした。特別な少女だ。しっかり躾けて、我が君に献上するのだ!』と言い、荷物を自室に置くと、エレインを幽閉した牢獄に戻った。

 そして……、

 

「おぉ……」

「ホァ!?」

「……おお、これは」

 

 睾丸を潰され、その上で記憶を抜き取られた挙句、彼は忘却術を掛けられた。

 

「……容赦が無いですね」

「いや……、死喰い人が相手なのだ。それも、少女を拉致監禁するような卑劣漢だ。当然の報いだな。むしろ、恐れずに立ち向かい、勝利した彼女を私は称えるぞ!」

 

 少し青ざめながら言い合う二人に、ダンブルドアはコホンと咳払いをした。彼の顔色も青い。

 

「少し、エレインに話を聞いたほうが良さそうじゃな。それから、エドワードにも」

 

 ダレンの最初の虐待の記憶で、エドワードに対する闇の魔術の講義の最中、彼はとある単語を口にしていた。

 

 ――――死を克服する術。もっとも深き闇の魔術。《分霊箱》の事を教えてやろう。

 

 記憶は途切れがちで、詳しい話は聞くことが出来なかった。けれど、エドワードならば覚えているかもしれない。

 幼少期のトラウマを掘り返す事になるかもしれないが、ヴォルデモートを倒す為には、彼の協力が必要だ。

 ヴォルデモートがグリンデルバルドと手を組もうとしている。もはや、些かの猶予もない。

 

 ◆

 

 ゲラートの話はいつも面白い。

 さすが、僕より長い時を生きているだけはある。

 

「……群ではなく、無数の個。実に含蓄のある言葉だ。僕も努力しないとね」

 

 僕は死喰い人の一人を部屋に呼び出した。

 

「やあ、フランク。急に呼び出して、すまないね」

「滅相もございません!」

 

 僕は微笑んだ。

 

「ちょっと、付き合ってもらいたいんだ。試したい事があってね」

「なんなりと!」

 

 嬉しい事を言ってくれる。

 

「それじゃあ、君に質問をするから答えてくれ」

「かしこまりました」

「君には大切な人がいる?」

「大切な人ですか?」

 

 フランクが意外そうに目を丸くした。

 

「……そうですね。強いて言えば、家内でしょうか……」

「ああ、やっぱり! 良かったよ、無駄にならなくて!」

「え?」

 

 僕はフランクの前に箱を置いた。

 

「開けてごらん」

「は、はぁ……」

 

 フランクは不可解そうに箱を開いた。

 そして、言葉を失った。

 

「どう? いい笑顔でしょ? 君に変身して、愛をささやきながら首を刎ねたんだ」

「……なっ、何故」

「知りたいからだよ」

 

 小刻みに震えながら、フランクが僕を見る。表情が少しずつ険しくなっていく。

 

「人の心を」

 

 フランクは僕に忠誠を誓った。すべてを捧げるとまで口にした。

 

「きっ、貴様!!」

「あっ、怒った? うーん、残念だなぁ。すべてを捧げるっていう言葉は嘘だったわけだ」

「何を……、何を言っている!? わ、私の家内を殺しておいて!」

「えっ、そこ?」

 

 意外というか、残念というか、微妙な気分になった。

 どうやら、人選に失敗したらしい。

 

「僕はてっきり、自分の所有物に無断で触れた事を怒っているのかと思ったんだけど」

「ふざけているのか!!」

「だって、君も人を殺しただろ? 殺人鬼の癖に、殺人を責めるなんて、矛盾してるよ」

 

 フランクは顔を歪めた。唸り声をあげるばかりで声になっていない。

 期待はずれだ。

 

「まあ、いっか! 切り替えていこう」

 

 僕はいきり立つフランクを呪文で束縛し、記憶を弄った。

 

「これでどうかな」

 

 服従の呪文は解呪される可能性がある。かと言って、地味な作業に時間を費やすのもバカバカしい。

 そこで、僕は考えた。心を奪ったり、傷つけたり、操ったりするよりも、作り変えてしまったほうが早いし簡単で、おまけに確実なんじゃないかってね。

 

「開心術の達人である僕にとって、この程度の作業はお茶の子さいさいってヤツさ。さあ、フランク。君は今、何を感じている?」

「……ご主人様。命令を……、どうか、わたくしめに命令を……」

 

 僕は微笑んだ。

 

「じゃあ、眼球を取り出して僕に捧げてくれ」

「かしこまりました」

 

 そう言うと、フランクは自分の手で眼球を取り出した。

 

「どうか、お納めください」

「汚いから要らない。ゴミ箱に捨てといて」

「……かしこまりました」

「あっ、捨てたら死んでね」

「かしこまりました」

 

 フランクは素直に眼球をゴミ箱に捨てると、自分自身にアバダ・ケダブラを使った。

 

「……うわぁ、本当に死んだよ。服従の呪文でも自害を命じるのは難しい事なのに、実にあっさりと成功してしまったね。ねぇ、ベラ」

 

 僕は壁際で恐怖の表情を浮かべているベラに言った。

 

「やっぱり、怖い? だよね! だけど、安心してくれよ。君は大事なモルモットだ。素の忠誠心でどこまで僕に付き従える事が出来るのか、それを知るための試金石さ。だから、すぐには殺さないよ」

 

 さて、次の人を呼ぼう。なーに、ここには実験体がうじゃうじゃいる。いろいろ試してみよう。

 オリジナルの失敗を僕は繰り返さない。

 力と恐怖などという曖昧なものには頼らない。そもそも、それが恐怖であれ、親愛であれ、人間の感情を信頼する方が間違っている。

 ホグワーツに潜伏していた頃も思った事だけど、この世界にはルサンチマンが多過ぎる。その癖、保身だけは一人前。僕と並び立つオーバーマンを見つける事など夢のまた夢。

 ゲラートは群ではなく、無数の個として見るように言った。けれど、僕は発想を逆転させた。

 無数の個を一個の群にしてしまう。そういう風に作り変える。魔法を使えば、それが出来る。

 

「――――やあ、ミレイ」

 

 次に呼んだ女には、少し細工をした。

 現在の記憶と意識のバックアップを取り、壊す。壊し方はいろいろだ。肉体的、精神的に何度も壊す。そして、その度に肉体と精神を回復させる。そして、壊れた時の記憶を映像として保存し、見せる。

 何度も、何度も、何度も壊れ、その度に直され、その光景を見せられた彼女は錯乱し始めた。

 

「……さて、君に質問だ」

 

 正気を取り戻させたミレイに、僕は問い掛けた。

 

「君の名前はミレイ・ラインゴッドで合っているかい?」

「は、はい。合っております」

「本当に? なにか、確信があるの?」

「……え?」

 

 僕は言った。

 

「だって、見ただろう? 何度も壊れて、その度に回復させられている君自身を」

 

 ミレイは怯えた表情を見せる。

 

「でも、君には、その時の記憶なんて残っていないよね? だって、僕が残らないようにしたんだもの」

「……わ、わたしは」

「今の君の記憶って、本当に君のだと思う? 僕がテキトーに考えた設定を植え付けられただけのものっていう可能性は?」

 

 みるみる青ざめていくミレイ。

 そこから先は、肉体と精神を回復させる度に、壊れるまでに経験した記憶を思い出させた。

 壊れる度に流れ込んでくる記憶と意志。それが本当に己のものなのか、彼女には分からなくなり始めた。

 

「ねえ、質問をしてもいい? 君は、誰?」

「……わたし、わたし……、ミレイ……?」

「それって、本当に君の記憶なの?」

「……わからない。だれ……、わたし、だれなの?」

 

 自我の崩壊。僕の目的は、その先にある。

 自分の記憶さえ信じられなくなった彼女は、驚くほど、僕に対して従順になった。

 僕以外の支えが失くなったのだ。後は、これがどの程度長持ちするものなのか経過観察をする必要がある。

 僕は彼女を檻に入れて、次のモルモットを呼んだ。

 

「……うん。面白くなってきたね。やっぱり、未知なる道を手探りで進んでいく事こそ、最大の娯楽だ。オリジナルの歩んだ既知なる道を、最適解を用意して後追いするだけなんて、つまらなくて当然だ」

 

 感謝するよ、ゲラート。オリジナルとは異なる道を君は見せてくれた。

 まるで、霧が晴れた気分だ。一本道だと思っていた先に、無数の道が見える。

 

「成長しろと、君は言った。ああ、成長してみせよう。……となると、ヴォルデモートという名前も捨てるべきかな」

 

 ウキウキしてくるね。支配した後の事は、まだ考えていない。だけど、僕が楽しみたいのは支配するまでの過程だ。

 まずは城を建てよう。その間に、新しい名前も考えよう。そして、世界を手に入れよう。

 僕は魔王だ! 

 

「ダンブルドア。闇祓い。ハリー・ポッター。そして、名も知らぬ少女よ! さあ、ゲームを始めよう」

 

 そしていつか……。



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第十三話『覚悟』

第十三話『覚悟』

 

 ルーファス・スクリムジョールは腹心であるガウェイン・ロバーズと共にエドワードの部屋へ向かった。

 ノックをすると、中から少女の声が響いた。

 

「どうぞ」

「お邪魔する」

 

 扉を開けると、そこにはエドワード・ロジャーの頭を膝に乗せているエレイン・ロットの姿があった。

 

「……おっと。本当にお邪魔だったようだな。申し訳ない」

 

 彼女の膝枕で眠っているエドワードは目元を赤く腫らしながらも穏やかな寝息を立てていた。

 

「別にかまわないよ。ちょうど、エドも落ち着いたところだ。困ったもんだぜ。人の囚人服を鼻紙扱いしやがって」

 

 エレインが視線を向けた先にはクシャクシャになって丸まっている囚人服があった。

 彼女がヌルメンガードで着せられていたものだ。

 

「このこの……」

 

 頬を緩ませながら、眠っている恋人の頬を優しくつつく彼女の姿にスクリムジョールは安堵を覚えた。

 少なくとも、表面的には落ち着いている。彼女の身に起きた出来事を考えれば、他人に対して理不尽な八つ当たりをしたり、泣き叫んでいてもおかしくなかった。

 

「……彼が起きたら、上の階の……、君が移動キーで現れた部屋に来てくれ。色々と話を聞きたい。辛い事を思い出させてしまうかもしれないが……」

「そんなに気を遣わなくても平気だよ。ダレンの記憶を見ただろ? 別にレイプされたわけでもないしな」

「う……、うむ。まあ、だが……うむ。では、後ほど頼む」

「おう!」

 

 スクリムジョールはゴホンと咳払いをするとガウェインに向き直った。

 

「……戻るか」

「え、ええ」

 

 年頃の少女の口からレイプという単語が飛び出してきて、二人の歴戦の勇士は少々狼狽していた。

 

「……魔法使いって、初心なヤツが多すぎじゃね?」

 

 エレインは苦笑しながらエドワードの頬をペシペシと叩いた。

 すると、目を覚ました彼にいきなり抱きつかれた。

 

「エレイン!! ああ、本当にエレインだ!! ゆ、夢じゃないよね!?」

「はいはい、夢じゃないぞ」

 

 ついさっき、滝のように涙を流していた癖に、エドワードはまたもやシクシクと涙を流し始めた。

 

「……仕方のないヤツめ」

 

 背中をポンポン叩きながら、彼の涙や鼻水が服にベッタリとくっついても気にすることなく、エレインは微笑んだ。

 

「悪かったよ。心配させて」

「ぼ、僕、君を守れなくて……」

「なら、次は守ってくれよ」

「エレイン……」

 

 エレインはエドワードの耳元で囁いた。

 

「あーんまりウジウジしてっと、そろそろ怒るからな?」

 

 エドワードは震えた。

 

「う、うん」

「そうそう。それでいいんだ。私はお前の笑顔が好きなんだからな」

「エレイン……」

 

 茹でダコになる彼に、エレインはケタケタと笑った。

 

「よーし。それじゃあ、上に行くぞ。爺さん共が呼んでる」

「爺さん共……?」

「ダンブルドアと……、あと、あの二人は誰だっけ? まあ、いいや。それと、聞いたか? イリーナは無事だったってさ! 病院に入院してるけど、生きてるって!」

「……ほ、本当?」

「おう! 今度、御見舞に行こうぜ」

「う、うん!」

 

 またもや泣き始めたエドワードを落ち着かせ、エレインはダンブルドア達の下へ向かった。

 部屋にはドラコ・マルフォイとウィリアム・ロジャーの姿もあった。

 

「よう、ウィル!」

「……無事でよかったよ、エレイン」

 

 ウィリアムはエレインの顔を見ると、顔を伏せながら言った。

 

「……この似たもの兄弟め」

 

 ウィリアムが罪悪感を抱いている事を察し、エレインはため息を吐いた。

 

「ウィル。顔を上げろよ」

「……ああ」

「爽やかフェイスが台無しだぜ?」

「……気を遣わせて、すまない」

 

 彼の言葉に苦笑を漏らし、エレインは言った。

 

「ありがとな、ウィル」

「……なにがだい?」

「エドを逃してくれた事だよ」

「……意識があったのか」

「ダレンの記憶で見たんだよ。もし、エドが死んでたら、私はここに居なかった。たぶん、殺されるまで暴れ続けていたと思う」

 

 エレインの言葉にエドワードは青褪め、ウィルはため息を吐いた。

 

「君なら、そう言うと思ったよ」

「逆の立場なら、お前も同じ事をするだろ?」

「ああ、間違いなくね。エドにもしもの事があったら……、俺は耐えられないよ」

「同感だ。もし、逆の立場なら、私もウィルを切り捨てた。エドが最優先だからな。だから、互いに恨みっこ無しでいこうぜ」

「……ああ、そうだね」

 

 エレインとウィリアムが互いに笑みを浮かべる様を見て、ドラコはこっそりとエドワードに囁いた。

 

「君、ずいぶんと重たい人間に好かれているね」

「えっ!? エレインは軽いよ! まるで羽みたいに! ウィル兄ちゃんは……うーん、重いかな? でも、痩せてると思うよ?」

「……ああ、うん。そうだな」

 

 ドラコは、どこか呆れた目でエドワードを見た。

 

「さて、よろしいかな?」

 

 ダンブルドアが手をたたきながら言った。

 

「……まずは、ミス・ロット。お主がダレンを打ち倒した後の事を聞かせてもらえるかね」

「いいけど、話すより見せたほうが早くね?」

 

 エレインは杖で眉間を叩くと、取り出した記憶を近くの水盆に落とした。

 

「これって?」

「憂いの篩だ。聞いた事ないか?」

「えっと……、前にドラコが話してたっけ」

「ああ、だいぶ前だけど、勉強会で話したぞ。記憶を他者に見せるための魔術品だ」

 

 ドラコは出来の悪い教え子を小突くと、そのまま彼の頭を水盆へ近づけた。

 全員が意識をエレインの記憶に飛ばすと、そのあまりの惨状に誰もが震えた。

 出会い頭に陰嚢を潰され、記憶を消去される死喰い人達。

 まさに死屍累々。

 記憶の再生が終わると、エドワードとドラコは少し腰が引けていた。

 

「……なっ、なるほど。こうして脱出したわけか」

 

 青褪めた表情でスクリムジョールが言うと、エレインは「おう!」と悪そうな笑みを浮かべた。

 

「どんなに屈強な男でも、そこだけは鍛えられないからな。潰してやれば確実に行動不能になる」

「……これは、敵ながら同情を禁じえませんね」

「し、しかし、これは効率的であり、実践的だ。たしかに、人体のどこを壊すよりも的確に行動不能状態にする事が出来る。……しかし」

 

 スクリムジョールは引き攣った表情のままエレインを見た。

 

「君は、杖なし呪文の才能を持っているのだな」

「杖なし呪文?」

「そうだ。君は杖を持たなくても魔法を発動させる事が出来る筈だ」

「マジで!?」

 

 エレインはダンブルドアを見た。

 

「そのようじゃな。極めて稀な才能じゃ」

「……えっと、これも鷹の目みたいにマッキノンの血が関係してんのか?」

「いいや、マッキノン家に伝わる能力は鷹の目のみ。もっとも、条件の一つである極大の魔力がマッキノンの血に由来する事は否定せぬがのう」

「ふーん。鷹の目といい、マッキノンの血ってスゲーんだな」

 

 他人事のように言うエレインにダンウルドアは目を細めた。

 

「……そろそろ、お主には話しておいたほうがいいかもしれんのう」

「なにが?」

「お主の血。マッキノン家についてじゃ」

 

 エレインは嫌そうな表情を浮かべた。

 

「どうしたの?」

 

 エドワードが問いかけると、エレインは肩を竦めた。

 

「……なんて言えばいいのかな。私がホグワーツに入学するまで、生きるために使っていた力が私自身のものじゃなかったんだなって……。私にとって、マーリンとバンは教科書に乗ってる有名人程度の認識しかないんだよ。だから、感謝しないといけないのに、どうもモヤモヤするんだ」

「お主にとって、やはり親はエミリア・ストーンズという少女のみを指す言葉なのじゃな」

「そういう事だよ。鷹の目のおかげで私はヌルメンガードを脱出出来た。他にも、知らなかっただけで、マーリン……いや、マッキノンの血に何度も助けられてきた。なのに、やっぱり他人としか思えないんだ」

 

 エレインは自嘲するように言った。

 

「ダレンがマーリンとバンを殺した張本人だって聞いても、心が全然揺れなかった。そんな事よりも、エドの父親である事の方が衝撃的で、それ以外の事をどうでもよく思った」

 

 眉間に皺を寄せ、エレインはつぶやく。

 

「さすがに……、人でなし過ぎるだろ」

「エレイン……」

 

 エドワードはエレインの肩を抱いた。

 

「……エレインは人でなしなんかじゃないよ」

 

 気休め程度の言葉しか掛ける事の出来ない己を、エドワードは歯痒く思った。

 

「エレイン・ロット。お主にとって、世界とは直接触れたものが全てなのじゃな」

 

 ダンブルドアは言った。

 

「眼で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、肌で触れて、そうして感じた世界こそ、お主にとって唯一無二の現実なのじゃろう。他者のように、大きな流れに流される事も、空想に溺れる事も無い。きっと、一時でもマーリンとバンに会う事があれば、彼らもお主の現実に取り入れられる事じゃろう。お主は人でなしなどではない。ただ、強いだけじゃ」

「……こんなの、強さじゃないだろ」

 

 エレインはため息を吐きながらエドワードにもたれ掛かった。

 

「それで? マッキノンの話ってのは?」

「……マッキノン家はロウェナ・レイブンクローの末裔じゃ。本来、鷹の目とは彼女の持つ力じゃった」

「わーお」

 

 あまりにも予想外な話に、エレインは眼を丸くした。

 スクリムジョール達にとっても寝耳に水だったようで、ぽかんとした表情を浮かべている。

 

「これは、あまり知られておらん。黒き髪に、黒き瞳の賢明公正なる魔女。彼女の瞳もまた、万里を見通し、嘘を見破り、変装を看破したという」

「私の髪と眼は琥珀色だぜ?」

「それはお主の魔力が瞳と髪を染め上げた結果じゃよ。レイブンクローは普段、魔力を封じておったそうじゃ。何もかも視えるということは、見るべきではないものまで視えてしまう事があるからのう。お主も、魔力を封じれば黒い髪に黒い瞳となるじゃろう」

「魔力が瞳や髪を染める事なんてあるのか!?」

「そこまでの影響を及ぼす程の魔力の持ち主は少ない。じゃが、稀におる。たとえば、あのヴォルデモートも、興奮した時に瞳の色を赤く染める事があった。あれは、あの者の魔力が瞳を染め上げた結果じゃ」

「ゲェ……。アイツと一緒なのかよ」

 

 嫌そうに表情を歪めるエレインを尻目に、ダンブルドアはエドワードに顔を向けた。

 

「さて、次はお主の番じゃ」

「ぼ、僕ですか?」

「うむ。お主に聞きたい事がある。分霊箱という言葉を知っておるな?」

「……どうして」

 

 エドワードの表情がこわばった。

 

「エレインが持ち帰ったダレン・トラバースの記憶にあった。お主は、分霊箱の詳しい説明を聞いたことがあるのではないかね」

 

 エドワードはゴクリとツバを呑みながら頷いた。

 

「……知っています」

「教えてほしい」

 

 エドワードは少し迷った様子を見せ、それからハッとした表情を浮かべた。

 

「ま、まさか……」

「どうした?」

 

 エレインが心配そうに声を掛けると、エドワードは震えた声で分霊箱の説明を始めた。

 闇の魔術の中でも、最も恐ろしく、最も穢れた術であり、殺人行為によって命を分割し、死後も魂を現世に縛り付ける邪法である事を……。

 

「……これが、僕の知っている知識です」

 

 エドワードが説明を終えると、部屋には沈黙が広がった。

 

「……どうやら、ダンブルドアの考えは正しかったようだ」

「そのようじゃな」

 

 スクリムジョールは深く息を吐くと、エレイン達に向き直った。

 

「情報の提供に感謝する。君達は部屋に戻りなさい。多少不便を掛けると思うが、状況が落ち着くまではここに居てもらう必要がある。何か入用があれば遠慮なく言ってほしい」

「は、はい」

「おう」

 

 エレインとエドワードが頷くと、スクリムジョールはドラコを見た。

 

「君も、彼らと一緒にいなさい」

「……僕は」

「君の協力には感謝している。だが、ここから先は私達に任せなさい」

 

 有無を言わさずにスクリムジョールはドラコをエレイン達と共に部屋の外へ追い出した。

 

「……クソッ」

 

 追い出されたドラコは腹立たしげに扉を蹴りつけた。

 

「ドラコ……」

 

 エドワードが心配そうに声を掛けると、ドラコは息を吐いた。

 

「……とりあえず、ここの案内をするよ。ついてきたまえ」

「う、うん!」

「おう!」

 

 ◇

 

 三人が立ち去った事を確認すると、スクリムジョールは言った。

 

「……実際、分霊箱は幾つあるとお考えですか?」

「ヴォルデモートがあそこまで変貌した理由は複数の分霊箱を作った事が原因ではないかと、貴方は仰っておりましたね」

 

 スクリムジョールとガウェインの言葉に、ダンブルドアは「おそらく……」と険しい表情を浮かべながら言った。

 

「六つじゃろう。七は数秘学上で最も強い数字と言われておる。あやつならば、その数字を選んだはずじゃ」

「六つ……」

 

 スクリムジョールは舌を打つと杖を取り出した。

 

「一度、報告を聞きに戻ります。ガウェインはここに残り、子供達の保護を頼む」

「かしこまりました」

 

 スクリムジョールが姿をくらますと、ガウェインも部屋を退出した。

 

「……さて、これで確証は得られた」

 

 残されたダンブルドアは思考に耽る。

 やはり、スネイプの死は痛手となった。本来ならば、隠密に事をすすめる必要があったが、彼の死によってダンブルドアの手札は一気に減った。

 加えて、ムーディとマクゴナガルの死。スネイプ亡き後、最も信頼の置ける二人を失った事で、ダンブルドアは完全なる劣勢に立たされた。

 もはや、取れる手段は限られており、使える駒にも限りがある。

 

「大々的に動けば、わしらが分霊箱の存在に気づいている事があやつにも気付かれる。さすれば、あやつは分霊箱を何としても奪われないように隠すじゃろう。……さて、どうしたものか」

 

 かねてより考えていた手はもはや使えない。かくなる上は、使いたくなかった手を使うしかないかもしれない。

 

「……不死の存在ならば、殺さなければ良い。霊体さえ通さぬ密室の中に閉じ込め、地中か、あるいは海中深くに封じてしまえば、分霊箱の存在など関係なく無力化する事が出来る。じゃが……」

 

 それでは、あまりにも非情過ぎる。

 生きながら、地獄に落とすようなものだ。

 

「トム……、すまぬ」

 

 もはや、残された手で彼の者に救いの手を伸ばす事は出来ない。

 ダンブルドアはさっきまでこの部屋にいた少女の事を思い出した。

 

「……同じ境遇にありながら、何故じゃ」

 

 エレイン・ロットとヴォルデモート……、トム・リドルの境遇はとても似ていた。

 まず、二人共、マグルに虐げられた過去を持つ。エレインはロット家で、トムは孤児院で、共に化け物として扱われた。

 そして、二人は偉大なる魔法使いの血を受け継いでいた。エレインはロウェナ・レイブンクロー。トムはサラザール・スリザリン。

 加えて、二人は共に魔法使いとして優れた才能に恵まれた。

 

「一方は闇に呑まれ、一方は光の中を進んでおる。トムにも、エレインと同じように生きる道があった筈」

 

 グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリン。

 四つの寮の生徒が、魔法生物飼育クラブで友情を育む姿に、ダンブルドアは少なからず衝撃を受けていた。

 その中心にエレインがいた。悪の道に走ってもおかしくない経歴を持ちながら、彼女はどこまでもまっすぐであり、光り輝いていた。

 

「エミリア・ストーンズ。是非、会ってみたかったのう……」

 

 エレインに生きる道を示した少女。

 

「……わしはトムが悪の道に走る事を止められなかった。お主ならば、止められたのかのう」

 

 顔も知らない、幼くして死んだ少女にダンブルドアは畏敬の念を抱いた。

 

「わしに出来る事は、これ以上の惨劇を止める事だけか……」



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第十四話『ジネブラ・ウィーズリーの決意』

第十四話『ジネブラ・ウィーズリーの決意』

 

 ホグワーツが休校になって、一週間が経過した。

 私は今、ハリーの家の前にいる。この日の為に、一生懸命マグルの生活を勉強した。

 それと言うのも、ハリーを家に迎える為だ。

 去年は(おばか)さん達が、父さんの作った非合法(・・・)な空飛ぶ車で迎えに行くという暴挙を行って、ハリーの家族に大変な迷惑を掛けてしまった。

 

「……落ち着くのよ、ジネブラ。大丈夫。大丈夫だから」

 

 深呼吸をする。失敗は許されない。

 

「ハリー……」

 

 ハリーは家族と上手くいっていない。幼い頃から、度重なる虐待を受けてきた。

 理由は、彼が魔法族だから。一部の魔法族が純血主義を掲げるように、彼らは反魔法族主義を掲げている。

 初めて、彼の過去を聞いた時、私は怒りで我を失いかけた。ハリーに落ち度など無いのに、生まれを理由に虐げるなんてどうかしている。その考えは、今も変わっていない。

 だけど……、彼は憎むべき存在である彼らを心の底では愛している。本心では、仲良くなりたいと望んでいる。

 

「……それなら、私は」

 

 力になりたい。助けてあげたい。彼らの間に広がる溝を少しでも埋めてあげたい。

 だから、私はマグルの事を勉強した。彼らの普通に合わせられるように。魔法族だって、同じ人間なんだって、知ってもらえるように。

 

「さて……」

 

 パパ達には離れた場所で待機してもらっている。

 あの人達は、絶対にダーズリー家の人々と会わせられない。マグル贔屓と言われている我が家だけど、とんでもない。嫌っていないだけで、パパ達はマグルを軽んじている。言いたくはないけれど、動物園の猿のように思っている。

 マグルが造り上げた科学の結晶である機械を見て、パパはいつも言っている。

 

 ――――マグルは実に面白い! わざわざ、遠くの人間と話す為にこんなものを作るなんて!

 

 感心している風に見せて、実際は笑っている。

 これは、パパに限った話じゃない。魔法族は、純血主義を掲げていない人でも、マグルを見下している。

 自分を見下してくる相手と仲良くなりたいと思う人間なんて、いる筈がない。

 

「行くわよ」

 

 だから、ここから先は私が一人で行かなければいけない。

 愛する人の幸福の為に……。

 

 インターホンを鳴らすと、妙齢の女性が玄関の扉を開けてくれた。

 私を見ると、首を傾げた。

 

「あら、どちらさま?」

 

 大丈夫。フレッドとジョージを脅して、マグルのファッション雑誌を買って、最新の流行服を選んだ。

 

「あの……、はじめまして。私はジネブラ・ウィーズリーです。急な訪問をお許し下さい。ハリー・ポッターの友人です」

 

 出来る限り、礼儀正しく挨拶をした。

 ハリーの名前を出した途端、明らかに雰囲気が変化したから、急いで手土産を差し出す。

 これも、マグルの雑誌で研究した。老舗デパートの定番商品だ。

 

「あの、こちらをどうぞ」

「これは……、御丁寧にどうも」

 

 良かった。ダーズリー夫人の空気が一気に緩んだ。

 

「……貴女、ウィーズリーさん。ハリーの……、どういった関係かしら?」

 

 私はゴクリとツバを飲み込んだ。ここが正念場だ。

 

「……その、親しくさせて頂いております。あの……、恋人として」

「ま、まあ! そ、そうなの……。あの子の……」

 

 ダーズリー夫人は少し戸惑っている様子を見せた。

 女はゴシップが好き。それは、魔法族でも、マグルでも変わらないものみたい。

 

「あ、あの……、健全なお付き合いをその……、させて頂いております」

 

 顔が熱い。でも、恥ずかしがっている場合じゃない。

 

「ハ、ハリーはご在宅ですか?」

「あっ、その、少し出掛けているわ。買い物を頼んだのよ。……ごめんなさいね」

「そ、そうなんですか?」

 

 なんて事なのかしら。タイミングが悪かった。

 まさか、不在だなんて!

 

「……で、では、出直して」

「いえ、待ってちょうだい! その……、上がって、待っていてもいいのよ? お茶をご馳走するわ」

「い、いいんですか!?」

「ええ、もちろん」

 

 心臓がバクバク言っている。

 緊張しながら、ダーズリー家の敷居を跨いだ。

 

「……貴女も、魔女なの?」

「は、はい……」

「……別に責めてなんていないわ。顔を上げてちょうだい」

「は、はい!」

 

 驚いた事に、ダーズリー夫人は私を魔女と知っても態度を変えなかった。

 美味しい紅茶を淹れてくれて、お菓子まで用意してくれた。

 

「ありがとうございます」

「……あの子は幸運ね」

「え?」

「貴女は、とてもいい子だわ」

「あ、ありがとうございます」

 

 些か予想外な展開に加えて、緊張がピークに達し、私の頭の中は真っ白だった。

 

「私達の事をあの子から聞いているのね」

「……は、はい」

 

 考えがまとまらない。失礼な事を言わないように気をつけないといけないのに。

 

「その服やお土産は自分で選んだの?」

「は、はい。その、雑誌を読んで選びました」

「そう。その服は《パープル》の表紙を飾っていたものね。とても似合っているわよ」

「ありがとうございます」

 

 ダーズリー夫人は、とても普通に話してくれた。

 気づけば、肩の力が抜けて、私も自然体で受け答えが出来るようになっていた。

 

「……あの、ダーズリーさん」

「ペチュニアでいいわ。どうしたの?」

「……その、失礼な事を聞いてもいいですか?」

「なにかしら?」

「どうして……、私を受け入れてくれたのですか?」

 

 聞くべきでは無かったかもしれない。

 折角、友好的に接してくれているのに、台無しになってしまうかもしれない。

 だけど、聞かずにはいられなかった。

 

「……だって、あまりにも必死だから」

 

 ダーズリー夫人は言った。

 

「貴女、たくさん勉強してから来たのね」

「……はい」

 

 うつむきそうになる顔を必死に持ち上げながら言う。

 

「……ペチュニアさん。貴女は、ハリーを憎んでいますか?」

 

 私の言葉にペチュニアは険しい表情を浮かべた。

 だけど、深く息を吐いて感情を押し殺した。

 

「さっきよりも失礼だったわよ」

「す、すみません」

「……私は」

 

 ペチュニアは苦悩の表情を浮かべた。

 それで、十分だった。

 

「貴女は、ハリーを憎んでなんていないんですね」

「……どうして、そう思うのかしら?」

「だって、憎んでいたら私を受け入れる筈が無いもの。でも、分からない。それなら、どうしてハリーに冷たく当たるの!?」

 

 私は泣きそうになっていた。

 彼女はハリーを想っている。なら、どうして……。

 

「……随分と、他人の事情に踏み込むのね」

「私は……、ハリーの恋人です。彼は、貴女達と家族でありたいと願っています! 私は……、彼の望みを叶えたいと思っています!」

 

 私の言葉に、ペチュニアはため息を零した。

 

「……あの子が悪いわけじゃないの」

 

 彼女は言った。

 

「だけど、どうしても……」

 

 彼女は首を横に振った。

 

「……そんな目で見ないでちょうだい」

 

 彼女は弱りきった表情を浮かべた。

 

「貴女は……、どこか妹に似ているわ」

「……ハリーのお母さんですか?」

 

 ペチュニアは小さく頷いた。

 

「あの子も深みのある赤い髪の毛で、とても可愛らしかった」

 

 哀しそうに、彼女は言った。

 

「……あの日、ハリーは母親を失ったわ。だけど、同時に私も妹を失ったの。魔法の世界が……、私から家族を奪ったのよ。だから、バーノンと誓ったの。魔法族と縁を断つことを……」

 

 私の中に、彼女の言葉がストンと入って来た。

 まるで、今まで噛み合っていなかったパズルのピースがピタリとハマったような気分。

 ハリーの話を聞いていて、私は違和感を感じていた。私の知っているハリーは優しくて、礼儀正しくて、そして、勇猛果敢な人。

 憎しみだけを向けられて育ったのなら、もっと歪んだ性格になっている筈なのに、彼はとても真っ直ぐだ。

 

「……奪われたくなかったのね」

 

 それは歪な形だけど、たしかな愛情だった。

 

「魔法なんてものに関わらせたくなかった。だけど、結局、あの子も魔法界を選んだ。リリーと一緒……」

 

 哀しそうに、どこか諦めたように、彼女は呟いた。

 

「……私達は、あの子の家族になれないわ」

「そんな事……ッ」

 

 ペチュニアは言った。

 

「私は、魔法界を選んだあの子の事を許す事が出来ない。愛する事が出来ないのよ」

「……どうして」

「仕方のない事なのよ。私達とあの子の関係は、あまりにも複雑過ぎるの……」

 

 頭に血が上る。

 彼女の言い分は分かる。だけど、納得いかない。

 

「そんな事ない!!」

 

 気がつけば、私は立ち上がって、彼女に怒鳴りつけていた。

 

「どうして、諦めた目をするの!? たしかに、とても複雑だわ。難しい事かもしれない! だけど、きっと変われる! 愛し合える筈よ!」

「……ジニー?」

 

 その声にハッとして振り返ると、そこにはハリーがいた。隣には、大きな体の男の子もいる。きっと、ハリーの従兄弟のダドリーだ。

 

「は、ハリー……」

「ど、どうして、ジニーが……。っていうか、何をしているの?」

「あっ……、その……」

 

 涙が滲んでくる。ハリーとダーズリー家の人々の間を取り持つはずが、感情のままに怒鳴りつけてしまった。

 最悪だ……。

 

「ハリー」

 

 ペチュニアが口を開いた。

 

「……その子はあなたに会いに来たのよ。恋人なら、しっかりとエスコートしなさい」

「え?」

 

 ハリーは目を丸くした。

 

「この子はとてもいい子だわ。泣かせてはダメよ」

「う、うん……」

 

 呆然となるハリー。隣のダドリーもキョトンとした表情を浮かべている。

 

「ペチュニアさん……。私、ごめんなさい……」

「……謝る事なんて何も無いわ。ハリーの事をよろしくね、ジネブラさん」

「……は、はい!」

 

 ペチュニアがハンカチを差し出してくれた。私は好意に甘える事にして、涙を拭いた。

 

「ど、どうなってるの?」

 

 ハリーとダドリーが顔を見合わせる。だけど、私達は何も言わなかった。

 ただ一言、ペチュニアに対してだけ言った。

 

「……私は、諦めません」

「そう……」

 

 ペチュニアが淹れてくれた紅茶を飲む。

 冷たくなってしまった紅茶が喉の通りを良くしてくれた。

 

「ハリー」

「な、なに!?」

「今日は、我が家に招待する為に来たのよ。もちろん、返事はオーケーよね?」

「えっ!? おい、ハリー! お前、どういう事だ!?」

「いや、その! えっと……、僕の恋人なんだ。彼女……」

「なっ!?」

 

 私はハリーの腕に抱きついた。

 

「ペチュニアさん。ハリーを借りていきますね」

「……ええ」

 

 ペチュニアはハリーを見た。

 

「粗相をしないようにね」

「え? あっ、えっと……、は、はい!」

 

 ハリーは少し顔を赤くしながら言った。

 声も上ずっている。

 

「……いってらっしゃい」

 

 その言葉に目を見開き、ハリーは震えた声で「いってきます」と言った。

 

 荷物を纏めて玄関を出ると、ハリーは凄い表情で私に詰め寄ってきた。

 

「いったい、どんな魔法を使ったの!?」

「……秘密」

「ええ!?」

 

 私はダーズリー邸を振り返った。

 今すぐには、彼女の言うとおり難しいかもしれない。

 だけど、私は諦めない。きっと、ハリーとダーズリー家の人々を仲良しにしてみせる。

 

「……覚悟しといてよね、ペチュニアさん」

「じ、ジニー……? あの、おばさんを脅してないよね?」

「ハリー? あなた、私を何だと思っているのかしら?」

「あ、いえ、その……、すみません」

 

 私はハリーの腕を引っ張り、パパの下へ向かった。



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第十五話『エドワード・ロジャーの誓い』

第十五話『エドワード・ロジャーの誓い』

 

 不死鳥の騎士団の隠れ家で生活するようになって、一ヶ月が経過した。

 外出を固く禁じられて、私は暇を持て余している。

 

「……つまんない」

 

 壁に描き込んだ的に人差し指を向けながら愚痴る。

 最近のマイブームは、前にチサトから借りたマンガの技を再現してみる事。

 指先に光を灯して、バキュンと撃ち出す。光は単なる演出だけど、威力は申し分ない。壁に穴が出来た。

 

「僕は君と一緒にいられて幸せだけど、君は違うの?」

 

 最近、エドが情熱的だ。熱い眼差しにクラクラさせられる。

 

「……なぁ、エド」

「ん?」

「エロいことするか?」

「……ホァ!?」

 

 エドが真っ赤になって倒れてしまった。

 さっきまでの熱烈なアピールはどうしたんだ。

 

「おーい、エド。大丈夫かー?」

「……エレイン。し、心臓に悪すぎるよ」

「お前……。一応、将来を誓い合った仲なんだぜ? イリーナに避妊用の呪文も習ったし、別に問題無いだろ」

「ママと何をしてるの!?」

 

 ギャーギャー喚くエドの口をキスで塞ぐ。舌を入れて入念に黙らせると、エドは固まった。

 

「……お前、私とそういう事をするのがイヤなのか?」

「そっ、そういうわけじゃなくて! 僕は君を大切にしたいんだよ! そんな、その……、暇だからって爛れた生活を送るのは……」

「爛れた……、かぁ」

「エレイン……?」

 

 少しだけ、落ち込んだ。

 

「……悪かったな。急に変な事を言って」

 

 私は立ち上がって、部屋を出た。

 

「え、エレイン!?」

「……少し、一人にしてくれ」

 

 返事を聞かずに扉を閉める。不死鳥の騎士団の隠れ家は結構広くて、一人になろうと思えば簡単だ。

 鷹の目で、人のいない場所を探し、引き篭もる。

 

「……エドのバカ」

 

 私の切り出し方にも問題があった事は認める。

 だけど、何も考えずに、ただ暇つぶしの為に提案したわけじゃない。

 前に、エミーが言っていた。

 

 ――――好きな人と肌を重ねていると、その人と一つになれた気がするの。通じ合えている気がして、とっても安らぐのよ。

 

 性病や、妊娠のリスクを抑えられるのなら、セックスは立派なスキンシップだ。

 少なくとも、私はそう思っていた。

 

「軽い気持ちで言ったわけじゃないのに……」

 

 我ながら、酷く女々しい。最近になって、体が大きく変化したせいかもしれない。

 避妊をしなければ、子供を作れるようになった。

 

「……エドの子供、欲しいな」

 

 私はエドの事を信じている。

 だけど、男の心は移ろいやすい。エミーを愛していると言った男で、最期まで愛を貫いたヤツはいない。

 一年後は大丈夫かもしれない。二年後も、三年後も……。

 

「十年後も……、私達は一緒にいられるのか? 結婚して、子供を作って、幸せになれているのか?」

 

 エドが浮気をしなくても、今は身近に死が蔓延している。

 もしかしたら、どちらかが死んでしまうかもしれない。その時に、私達が愛し合った証が何も残らないなんてイヤだ。

 

「……もう、十三なんだぜ?」

 

 エミーは、十五歳でこの世を去った。ロンも、十二歳だった。

 人間は、永劫を生きられるわけじゃない。誰もが天寿を全う出来るわけじゃない。

 

 ◇

 

 部屋を飛び出していったエレインを、僕は追いかける事が出来なかった。

 いきなりの事に動揺して、彼女を傷つけてしまった。今も、心が落ち着かない。

 

「エレイン……」

 

 僕も男だ。そういう事をしたくないわけじゃない。むしろ、気を抜けば彼女を組み敷いてしまいたいという衝動に駆られる。

 手を伸ばせば、それが出来てしまう。きっと、彼女も拒まない。

 だからこそ、本能に呑まれてはいけない。性欲に任せて、エレインを傷つけるなんて、絶対にダメだ。

 僕は心から彼女を愛している。だからこそ、大切にしたい。

 

「……どうしたらいいんだ」

 

 悩んでいると、扉をノックする音が聞こえた。

 

「どうぞ」

「……お邪魔するよ」

 

 入ってきたのはガウェインだった。

 

「やあ、エドワード」

「ど、どうも」

 

 頭を下げると、ガウェインはクスリと微笑んだ。

 

「固くならなくていいよ。少し、様子を見に来ただけなんだ。調子はどう? 不自由な生活を強いてしまっているからね。欲しい物があれば、なんでも言ってくれ」

「……えっと、その」

 

 少し悩んだ後、僕は悩みを打ち明けることにした。

 ガウェインは端正な顔立ちをしている。きっと、女性経験も豊富な筈だ。

 

「……ふむ。それで、どうしたらいいのか分からなかったわけか」

 

 話してから、笑われないか心配になったけれど、ガウェインは真剣に聞いてくれた。

 

「二人共、まだ十三歳だ。あまりにも若すぎる」

「は、はい。僕も、そう思っています」

「だけど、エレインの気持ちも分からなくはない」

「え?」

 

 僕が目を丸くすると、ガウェインは難しい表情を浮かべた。

 

「……ヴォルデモートが復活した今、平時と比べて、あまりにも死が身近過ぎるんだ。いつまでも一緒に居られると信じていた相手が、永遠に手の届かない場所へいってしまう。前の時も、そういう事が日常茶飯事になっていた。愛の証を遺したいと思う事は、とても自然な事なんだ」

「僕……、酷いことを言ったんだ」

 

 爛れている。彼女の本心を考える事もしないで、無神経な言葉を口にしてしまった。

 

「……エドワード。さっきも言った事だけれど、君達は若い。だから、君の判断は正しい。彼女の不安には、別の形で応えてあげるべきだ」

「僕、どうしたら……」

「抱きしめてあげるんだ。そして、心から誓いなさい。何があっても、生きると」

「生きる……? 守るじゃなくて?」

「エドワード。彼女の不安は、君を失う事だ。君も、彼女を失う事が何よりも恐ろしい筈だろう? たとえ、己の命を天秤に乗せても」

 

 その通りだ。僕は、一度エレインを失いかけた。

 あの時の絶望は、言葉に出来ない程だった。死の恐怖さえ、どうでもいいと思える程、彼女の存在は大きい。

 

「エレインも……、そうなの?」

「ああ、そうだよ。君の死は、君の絶望を彼女に味わわせる事になる。それが如何に罪深い事か、分かるだろう?」

「……うん」

 

 あの時の絶望をエレインに抱かせるなんて、絶対にダメだ。

 もし、彼女が帰ってこなかったら、僕は自暴自棄になっていた筈。それこそ、いつ爆発してもおかしくなかった。

 エレインが死んでいたら、出来る限りの死喰い人を道連れにして、僕も死んでいた。

 

「君は生きなければいけないよ。そして、それを彼女に誓うという事の意味を理解しなければいけない。分かるね?」

「うん」

「……よし。行っといで」

「うん! 僕、行ってくる! ありがとう、ガウェイン!」

 

 ガウェインに頭を下げて、僕は必死にエレインを探した。

 彼女は奥の使われていない客室にいた。

 

「エレイン!」

「……エド?」

 

 目を丸くするエレインを僕は力いっぱい抱き締めた。

 

「お、おいおい。いきなりだな」

「……エレイン。僕、死なないよ」

 

 エレインの息を呑む音が聞こえる。

 

「僕、生きるよ。何があっても、絶対に! 君に誓う」

「……エド」

「そして、君と結婚する。子供も作る。君を幸せにしてみせる!」

「……お、おい、エド」

「愛しているよ、エレイン!」

 

 僕は彼女にキスをした。いつも、彼女がしてくるような、舌を入れる情熱的なキスだ。

 はじめて、彼女の方を茹でダコにした。

 

「お、おまっ、おまっ……」

 

 赤くなったエレインはすごく可愛くて、愛おしい。

 

「エレイン。愛しているよ。君を守る。君と一緒に生きる!」

「わ、分かった! 分かったから、その辺にしとけ!」

 

 僕はもう一度、彼女にキスをした。

 分かった事がある。エレインは、基本的に押しが強いけど、受けに回るとすごく弱い。

 眉をハの字に曲げて、困った顔をするエレインを、僕はすごく可愛いと思った。



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第十六話『ロナルド・ウィーズリーの奇妙な冒険 part.1』

第十六話『ロナルド・ウィーズリーの奇妙な冒険 part.1』

 

 僕はゴーストになった。目に見える景色は白黒で、食事をする事も、眠る事も出来ない。

 だけど、出来るようになった事もある。

 

『いっせーの、せっ!』

 

 壁抜け成功。その気になれば地面の中を泳ぐことも出来る。

 

「なあ、ロン! どんな感じなんだ? 壁の中って、真っ白なのか?」

『うーん。そんな感じかな』

 

 隠れ穴に戻ってきて、僕はフレッドとジョージと共にゴーストだからこそ出来る生活の研究をしている。

 

『物には触れないみたいだ』

「……えっと、待ってろ。ルーピン先生から本を貰ったんだ。あの人、父親がボガートやゴーストの研究者だったらしい」

 

 ジョージは分厚い本をペラペラと捲り、あるページを開いた。

 

「えっと、《正確に言えば、ゴーストは、私達とは違う世界に存在しています。だから、彼らはあらゆる壁を通り抜ける事が出来ますが、同時にあらゆる物に触れる事が出来ません。私達にとって、ゴーストが幻影のような存在であるように、ゴーストにとって、この世界は幻影なのです》……」

 

 ジョージはイライラした様子で本を閉じた。

 

「何か方法がある筈だ!」

 

 フレッドが言った。

 

「おい、パーシー!」

 

 フレッドはパーシーの部屋の窓に向かって叫んだ。

 

「何か知恵は無いのかよ! 優等生!」

 

 しばらくして、パーシーが顔を出した。

 

「僕だって調べてるよ! ちょっと、待っててくれ! 今、それっぽいものを見つけたところなんだ!」

「なんだって!? おい、行くぞ!」

 

 僕達はパーシーの部屋に向かった。僕は一直線に行けるんだけど、なんとなく二人と一緒に正式な手順を踏んだ。

 

「パーシー! さっさと教えろよ! どうやったら、ロンは日常に復帰出来るんだ!?」

「ああもう! 待ってろって言っただろ!」

「言ってない! お前は『待っててくれ』と言ったんだ! ついでに、俺達は返事をしていない! さあ、さっさと言え!」

 

 パーシーは深々とため息を零すと、数冊の本を僕達に見せた。

 

「ホグワーツの歴史に、魔法界の建築について? おい、パース。これが何だってんだ?」

「……魔法界の建築物には、ゴーストが通り抜ける事の出来ない物もあるんだ。それって、つまりはゴーストが触れる物って事だろう?」

「あっ!」

『あっ!」

「あっ!」

 

 僕達三人は手を叩いた。

 

「そうだ! そうだぜ! そういう事だ! 通れないって事は、触れるって事じゃんか! でかしたぞ、パース! よっし! それで、どうすればいいんだ? 俺達はいつになったらロニーの為にチャドリー・キャノンズのパンフレットのページを捲らなくて良くなるんだ!?」

『おい、フレッド! それ、どういう意味だよ!』

「……怒るな、ロニー。言葉のあやとりってヤツだ」

「二人共、静かにしろ! それで、パーシー。どうしたらいいんだ? 僕達がロンと触れ合う事は可能なのかい?」

 

 僕達のやりとりを尻目に、ジョージは真剣な様子で言った。

 

「……そこまでは分からない。ただ、ゴーストでも触れられる物があるという事は、色々な可能性を見いだせる筈だ。ビルにも話してみるよ。建築関係や、魔法界の遺跡についてはアッチの方が詳しいだろうからね」

「そっか。こっちも、調べてみる」

 

 パーシーとジョージの真剣な態度に、僕はホロリときた。

 フレッドとは大違いだ。

 

「ただいまー!」

 

 開けっ放しの扉の向こうからジニーの声が届いた。

 振り向くと、そこにはベッタリとくっつき合っている不届き者が二名。

 

『ハリー!!』

「ロン!」

『人の妹と何くっついてんだ、この野郎!!』

「ええ!?」

 

 僕は全速力でハリーに突進した。

 

「ギャー!?」

 

 通り抜けた瞬間、ハリーが悲鳴を上げた。

 

「ちょ、ちょっと、ロン!?」

 

 ハリーの肌を慌てて擦りながら、ジニーが僕を睨みつけた。

 

「何をしてるのよ!!」

『ジニー!! ハリーから離れるんだ!! くっつき過ぎだぞ!!』

「いいじゃないの! 私達は恋人同士なのよ!」

「そうだぜ、ロニー。兄貴として、妹の恋路を応援してやれよ」

「ハリーなら構わないだろ?」

「いや……、しかし、節度というものが……」

『パーシーが良い事を言ったぞ! そうだ! 節度だ!』

 

 部屋の中をグルグル回りながら僕は怒鳴り散らした。

 

「ロ、ロン」

 

 妹に手を出したクソ野郎が声を掛けてきた。

 

『なんだよ!』

「……僕、ジニーが好きなんだ」

「私も、ハリーが好きなの!」

『グゥ……』

 

 よく知っている筈の二人が、見たことのない表情で互いを見つめ合っている。

 

「ロン。僕、君に認めてもらいたい。だって、君は僕の一番の親友だから」

「お願い、ロン」

 

 僕はプルプルと震えた。涙が出ないんだよ。

 

『知るもんか!』

 

 僕は壁を通り抜けて、隠れ穴の敷地から逃げ出した。

 

『ハリーのバカヤロウ! ジニーのバカヤロウ!』

 

 裏切られた気分だ。

 二人の様子を見れば、付き合い始めたのが昨日今日の話じゃない事が分かる。

 だけど、僕が生きていた時は四六時中ハリーと一緒にいたけれど、二人が付き合っている様子なんて微塵も無かった。

 ジニーがハリーを気にしている事は知っていたけど……。

 

『……僕が死んでいる間に付き合い始めたって事かよ』

 

 それはつまり……、

 

『僕が生きている間は、僕が邪魔で付き合えなかったって事じゃないか』

 

 泣き叫びたい気分なのに、泣くことが出来ない。ただ、嘆きが不協和音を鳴り響かせるだけだ。

 折角、戻ってきたのに、あんまりだ。

 

『何が親友だ! 何が兄妹だ!』

 

 むしゃくしゃしながら飛んでいると、いきなり何かにぶつかった。

 

『イテッ! なんだ!?』

 

 僕の目の前には大きな壁がある。

 よく見ると、それは大きな屋敷の一部だった。

 

『ここ……、触れる!』

 

 ペタペタと触ってみる。奇妙な感触だけど、たしかに触れている。

 

『わーお!』

 

 ただ触れるだけなのに、僕は嬉しくてたまらなくなった。

 

『ここは一体……』

 

 ガサリと音がした。

 

『ヤバッ』

 

 誰かに見つかるとまずい。マグルが相手でも、魔法使いが相手でも、野良のゴーストが姿を見られる事はとてもリスキーだ。

 大抵の場合、ゴーストバスターがやって来ると、前にフレッドが脅してきた。

 

『……わーお』

 

 すぐに引き返すべきなのに、僕は動く事が出来なかった。

 そこには、驚くほどの美人がいた。

 時代錯誤なシルクのドレスを着て、少女が僕を見つめている。

 手招きしている。

 

『ついて来いって事?』

 

 少女は頷いて、背中を向けた。屋敷の中に入っていく。

 少し迷ったけれど、僕はついていく事にした。

 何と言うか……、一目惚れというヤツだった。



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第十七話『ロナルド・ウィーズリーの奇妙な冒険 part.2』

第十七話『ロナルド・ウィーズリーの奇妙な冒険 part.2』

 

 少女に案内された屋敷の中は、一言で言えば冷たかった(・・・・・)

 どこを見ても、埃なんて一つも落ちていない。掃除が行き届いている。それなのに、人のぬくもりを感じる事が出来ない。

 僕がゴーストだから? 

 

『ねえ、どこまで行くの?』

 

 屋敷の中は、外から見るよりもずっと大きい。結構進んだはずなのに、一向に廊下の突き当りが見えてこない。

 少女は立ち止まると、少し先に見える扉を指差した。

 

『そこ?』

 

 少女は頷くと、その扉を開いた。

 中は応接室だった。少女はソファーを指差している。

 

『座れって事? 無理だよ。僕は物に触れないんだ』

 

 僕の言葉に、少女は首をかしげた。言っている意味が分からないのかもしれない。

 僕は実演してみせる事にした。ソファーを通り抜けるところを見れば、イヤでも分かる筈。

 そう思って、ソファーに触れてみると、

 

『あっ、あれ?』

 

 僕の手はソファーを通り抜ける事なく、ふかふかな感触を味わった。

 驚いた。この屋敷では、壁だけじゃなくてソファーにも座れるみたいだ。

 僕は興奮しながらソファーに座った。座れるという事が、こんなにも嬉しい事だとは思わなかった。

 

『ねえ、君は何者なの!? ここは、何なの!? どうして、僕は座れるの!?』

 

 矢継ぎ早に質問を投げかけると、少女は困ったように眉を曲げた。

 

『……もしかして、喋れないの?』

 

 少女は頷いた。

 

『そっ、そっかー。なんか、ごめんね』

 

 少女は微笑みながら首を横に振り、僕に背中を向けた。

 

『どこかに行くの?』

 

 少女は小さく頷いた。

 

『……僕は、ここで待ってればいいの?』

 

 また、少女は頷いた。

 

『不思議だなー。このテーブルにも触れる』

 

 まるで、生き返ったような気分だ。ペタペタいろんな物に触っていると、少女が戻って来た。

 お盆に紅茶が乗っている。

 

『あっ……。ごめん。僕、それを飲めないよ?』

 

 僕の言葉を聞いていなかったのか、少女はカップをすすめてきた。

 紅茶が湯気を立てている。

 いくら、この屋敷の物はゴーストでも触れられるからと言って、紅茶を飲める筈がない。だけど、少女は飲むように視線で訴えてくる。

 

『仕方ないなー』

 

 僕はカップに触れてみた。やっぱり、触れる。それどころか、少し熱いと感じた。

 

『えっ』

 

 慌てて、カップを口元に運んだ。

 ゴクリとツバを飲み込み、カップを傾ける。

 口の中に熱い液体が流れ込んできた。鼻孔に紅茶の香りが広がる。

 

『おったまげー! なんで!? 僕、ゴーストなのに!』

 

 少女はクスリと微笑んだ。

 ドキッとする。改めて見ると、本当に綺麗だ。僕よりも、一歳か二歳くらい年上だと思う。

 

『……君は、何者なの?』

 

 僕が問いかけると、少女は一冊の本を取り出した。

 魔法生物に関する本だ。彼女が開いたページには、美しい少女の挿絵と共に、《シルキー》という名前があった。

 説明文によれば、シルキーはゴーストが変化した存在らしい。

 

 ――――近代では、ニューカッスル近郊のヘドン・ホールの屋敷に住んでいるシルキーが最も有名であり、家事などを手伝う。その姿は美しく、ルサルーカやヴィーラのように男性の魔法使いが惚れ込んでしまう事が大変多い。屋敷しもべ妖精とは違い、主人を選り好みする傾向にある。ウェールズの片田舎に住むシルキーは気に入らない主人を追い出して、気に入った主人が現れるまで屋敷を隠してしまった。

 

『君って、シルキーなの?』

 

 シルキーは頷いた。

 

『へー! 僕、初めて見たよ!』

 

 シルキーは空っぽになったカップに再び紅茶を注いでくれた。

 

『ところで、君の主人はどこにいるの?』

 

 つい気になって聞いてみると、シルキーは途端に哀しそうな表情を浮かべた。

 

『どっ、どうしたの!?』

 

 シルキーは一枚の写真を取り出した。

 そこに映っていた人物を見て、僕は思わず声を上げてしまった。

 

『エレインだ!』

 

 すると、シルキーは目を大きく見開いて、僕に掴みかかってきた。

 

『うわっ、どうしたの!? っていうか、つかめるの!?』

 

 シルキーは目で何かを訴えてきている。だけど、分からない。

 

『ちょっと、落ち着いてよ! 僕、何がなんだか分からない!』

 

 すると、シルキーはハッとした表情を浮かべ、すごすごと元の場所に戻っていった。

 

『……えっと、エレインを探しているの?』

 

 シルキーはブンブンと勢い良く頷いた。

 

『うーん。どうしよう。ホグワーツが休校になっちゃったから、なかなか会う機会が無いんだよね』

 

 僕が言うと、シルキーは今にも泣きそうな顔をした。

 

『うわっ、待って! 分かった! オーケイ! なんとかしてみるよ! えっと、そうだ! 手紙を出して、家に招待するよ。それから、君の所に連れてくる! それで、どう?』

 

 シルキーは考え込んだ。そして、パンッと手を叩いた。

 そして、いきなり部屋から出て行ってしまった。

 

『えっと……、ダメだったのかな』

 

 僕はシルキーの淹れてくれた紅茶を飲んだ。

 そこまで紅茶は好きじゃなかったんだけど、すごく美味しい。

 しばらく待っていると、シルキーが戻って来た。手には、大きなカバンがある。

 

『……えっと、君も僕の家に来るって事?』

 

 コクコクと頷くシルキー。

 特に断る理由もなかった。

 

『オッケー! なら、一緒に来なよ。すぐには無理かもしれないけど、なんとかエレインに会わせてあげるよ』

 

 すると、シルキーが抱きついてきた。

 尻尾があったらバタバタと振っていそうな勢いだ。

 

『わわっ! ちょ、ちょっと! やばい、いい匂い』

 

 ゴーストになって、匂いなんて感じなくなった筈なのに、彼女からは甘い香りがした。

 シルキーはゴーストから変化した存在らしいから、そのせいかもしれない。

 

『じゃあ、行こうか!』

 

 シルキーは嬉しそうに頷くと、僕の手を掴んだ。

 柔らかい。僕はドキドキした。女の子と手をつなぐなんて、妹以外だと初めてだ。

 

『ぼ、僕はロン。ロン・ウィーズリー。よろしくね!』



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第十八話『再会』

第十八話『再会』

 

 ロンドンの暗部。スラムの一角にある古びたアパートメントを、ローズと呼ばれた女が見上げている。

 赤い髪が目を引く、美しい容姿の娼婦。彼女が踵を返すと、風景が一変してしまった。

 さっきまで、そこにあったアパートメントが消失した。

 

「……さてさてさーて。これで、義理は果たしたわよ。バン……、マクゴナガル先生……」

 

 懐から、細長い棒を取り出す。それは、魔法使いの杖だった。

 杖で腕のラインをなぞる。すると、そこに禍々しい文様が浮かび上がった。

 

 ◆

 

 隠れ穴は蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。

 ハリーとジニーが付き合っている。その事実に怒ったロンが飛び出して、すでに半日が経過している。

 

「まっ、まさか、ショックでそのまま成仏したなんて事はないよな!?」

「ショックで成仏って、どういう事だよ!」

「ああ、ロン。どこに行ってしまったんだ……」

「……ロン」

「どうして……」

 

 重い空気が広がっている。特に、原因となったハリーとジニーの落ち込み振りが酷い。

 

「まったく……、どこに行ったんだ」

 

 その時、急に玄関が騒がしくなった。

 はじめ、ロンを探しに出た母さんやビル、チャーリーが戻って来たのかと思った。

 フレッドが真っ先に飛び出していき、ハリーとジニーも後に続く。

 

「僕達も行こう、パーシー!」

 

 僕はパーシーに声を掛けてから玄関に向かった。

 すると、そこには母さん達じゃなくて、ロンがいた。

 見知らぬ少女と手を繋いでいる。色白で、髪もサラサラ。服もシルクで高そうだ。おまけに思わず見惚れそうになるほどの美人。

 

「ロン! お前、どこに行ってたんだ! それに……、その子は?」

 

 フレッドの言葉に、ロンは慌てて繋いでいた手を離した。

 

「……えっ、ちょっと待って! 今、手を繋いでいた!?」

 

 僕の言葉に、フレッドやパーシーも目を大きく見開いた。

 

『えっと、とりあえず、ただいま。彼女はシルキーなんだ。飛んでる途中で会って……、そうだ! パーシー!』

「なっ、なに!?」

『ヘルメスを貸して! エレインに連絡を取りたいんだ』

「エレインだって!? どうして、彼女に?」

 

 僕が聞くと、ロンは飛んでいった先で起きた出来事を話した。

 触れる壁。座れるソファー。持てるカップ。飲める紅茶。

 生きている者にとっては当たり前の事を、ゴーストであるロンが出来た事に、僕達は驚いた。

 そして、ロンの隣の少女がシルキーであり、エレインを探していると聞いて、また驚いた。

 

「……えっと、君はエレインとどういう関係なの?」

 

 僕の言葉にシルキーは困った表情を浮かべた。

 

『あっ、彼女は喋れないんだよ』

 

 ロンの言葉にシルキーがブンブンと首を縦に振る。

 

「なら、どうしてエレインを探しているって分かったんだ?」

『写真を持っていたんだよ。エレインの』

「エレインの写真を?」

 

 シルキーは頷きながら僕に写真を見せてくれた。

 それを見て、僕は少し違和感を覚えた。

 

「これ、エレインなの?」

『えっ、そうでしょ!? どう見ても、エレインじゃないか!』

 

 たしかに、少し幼い感じがするけれど、顔はエレインだ。

 だけど、彼女の着ている服に違和感を覚える。なんというか、彼女にしてはずいぶんと可愛らしい。

 まるで、お嬢様のような姿をしている。

 

「うぉぉぉ!! なんだ、これ!! スゲー、可愛いじゃん!!」

 

 フレッドは僕から写真を奪い取ると興奮した様子で叫んだ。

 

「おい、フレッド。あんまり乱暴に扱うなよ?」

「分かってるって! でも、やっぱりエレインだな。間違いない!」

 

 フレッドが断言した。

 

「でも、彼女がこんな服を着ると思うか?」

「なんだよ、ジョージ! お前、エレインがこういう服を着てたらおかしいって言うのか? それは偏見ってヤツだぜ」

「……そうなのかな」

 

 僕が首を傾げると、シルキーは別の写真を差し出してきた。

 どうやら、何枚もあるみたいだ。

 

「えっ、これって……」

 

 その写真を横から見て、ハリーが声を上げた。

 

「ハーマイオニーとレネじゃないか!」

 

 そこには、エレインの他にも二人の姿が映り込んでいた。

 たしか、二人はエレインのルームメイトだった筈。

 

「これは一体……」

『もう! いいから、パーシーはヘルメスを貸してよ! 僕、彼女にエレインと会わせてあげるって約束したんだ!』

 

 そう言って怒るロンに、僕は吹き出しそうになった。

 

「おいおい、ロニー坊や。もしかして、その子に惚れちゃったのかい?」

 

 すると、ロンは面白いくらい素直な反応を見せた。

 

『な、なな、何を言ってるんだ!! ぼ、僕は別に……』

 

 部屋中を飛び回るロンに、説得力というものは皆無だった。

 シルキーは、そんなロンを見てコロコロと笑っている。

 

「シルキーか……。前に本で読んだ事があるよ」

 

 そう言ったのは、いつの間にか戻ってきていたビルだった。隣にはチャーリーもいる。

 

「ビル! それに、チャーリー! いつの間に!?」

 

 フレッドが目を丸くした。

 

「ついさっきだ。母さんは戻ってきてないみたいだな。探してくるよ」

 

 そう言って、チャーリーは出て行った。

 

「それで、本にはなんて書いてあったの?」

 

 ビルは言った。

 

「心が清らかな少女の魂がゴーストになった時、選択肢を与えられるらしい」

『選択肢?』

 

 いつの間にか、ロンがシルキーと一緒に傍に来ていた。

 

「ああ、誰かのために尽くしたいと願った時、その魂はシルキーとなるそうだよ」

 

 ビルが話している間に、パーシーがヘルメスを連れて来た。ロンは手紙を書こうとしたけれど、やっぱり羽ペンや羊皮紙を持てず、僕が代わりに書くことにした。

 ヘルメスが飛び立った後、ロンはシルキーにうれしそうに『必ず会えるから、もう少しだけ待っててね!』と言い、そのデレデレっぷりにハリーとジニーが吹き出した。

 自分が飛び出していった理由なんて、もう覚えていないに違いない。

 

『パーシー! いつごろ、返事が来るかな!?』

「落ち着くんだ、ロン。ヘルメスなら相手がどこにいても一日で往復出来る。遅くても、明日には返事が来るよ」

 

 パーシーの言葉にシルキーは嬉しそうな表情を浮かべた。

 喋れなくても、意思の疎通は図れるようだ。僕は急いで部屋に戻った。前に、近所のマグルからもらったスケッチブックとサインペンを持って戻る。

 

「シルキー。君は、文字を書けるかい?」

 

 シルキーは曖昧に頷いてみせた。

 どっちだろう……。

 

「とりあえず、ここに自分の意志を書いてみてくれ。そのスケッチブックとサインペンはプレゼントするから」

 

 おずおずと頷き、シルキーはサインペンを手に取った。

 一ページ目に、彼女はミミズののたくったような文字を書いた。

 綴りが間違っているけれど、《ありがとう》と書かれている。

 

「ふむ。シルキー化した事で、文字を忘れてしまったのかな」

 

 ビルの言葉に、シルキーは首を横に振った。

 

「えっ、それならどうして?」

『ちょっと! 失礼だろ!』

 

 パーシーの言葉にロンが噛み付いた。

 対して、シルキーはゆっくりと眉に皺を寄せながらスケッチブックに文字を書いた。

 まるで暗号のようだ。綴りどころか、文字自体が曖昧らしい。

 

「……えっと、《モジ ベンキョウ シッパイ》。文字の勉強を失敗?」

 

 シルキーはどこか恥ずかしそうだ。

 

「それは、生前の話かい?」

 

 シルキーは首を傾げた。

 

「分からないの?」

 

 ハリーの言葉に、シルキーが頷いた。

 

『もう! みんな、すこしはデリカシーってものを持てよ! 行こう、シルキー! 家を案内するよ! それに、その……、良かったら文字も教えるよ?』

 

 ロンの言葉にシルキーは嬉しそうな表情を浮かべた。

 大胆にも抱きついて、感謝の意を示すシルキーに、ロンはあたふたしている。

 まさか、ゴーストになってから春が来るとはね。

 

「それにしても、シルキーはどうしてロンに触れるのかしら」

 

 僕達が気になっていた事をジニーが口にした。

 シルキーはスケッチブックに文字を書く。

 暗号解読に数分。

 

「えっと……、《ワタシ カレ オナジ。チカラ ツカワナイ サワレル》」

 

 そこから更に意味を考える事数分。

 

「そうか! シルキーもゴーストから変化した存在だから、シルキーとしての力を使わなければ、ゴースト同士で触れ合えるって事だね!」

 

 パーシーの言葉にシルキーは両腕を使って丸を描いた。

 なんというか、顔だけじゃなくて性格もずいぶんと可愛い子だ。

 となりのロンがどんどんデレデレになっていくのも分かる。

 

「ロン!!」

 

 そうこうしている内に母さんが帰ってきた。

 ロンを見るなり、顔をくしゃくしゃに歪める。

 

「おバカ! どこに行っていたの!? 心配したのよ!!」

『わっ、ごめんよ、ママ』

 

 母さんはロンを抱きしめようとした。だけど、出来なくて、通り抜けてしまった。

 すると、母さんはざめざめと泣き出した。

 

『マ、ママ……』

 

 困ったような、哀しそうな表情を浮かべるロン。

 すると、シルキーが母さんに手を伸ばした。

 優しく、背中を撫でている。

 

「……えっと、貴女は?」

 

 困惑する母さんに、シルキーは掌から光を出してみせた。

 その光は母さんの全身を包み込み、シルキーは浮いているロンの手を掴んで触れさせた。

 

『わーお』

 

 ロンが驚いた。母さんも目を見開いている。恐る恐る抱きしめると、今度は通り抜けなかった。

 

「ど、どうして……」

 

 母さんは喜ぶよりも先に困惑した。

 

「母さん。彼女はシルキーなんだ。ロンが飛んだ先で出会ったみたい。きっと、触れるようになったのは彼女の力だよ」

「シルキーですって!? あ、貴女のおかげなの? こ、こうしてロンに触れるのは……」

 

 瞳を潤ませてシルキーを見つめる母さん。

 シルキーは小さく頷いた。すごく、優しい笑顔を浮かべている。

 

「ありがとう、シルキー。ああ、ありがとうだけじゃ足りないのに、言葉が見つからないわ!」

 

 そう言って、母さんは、今度はシルキーを抱き締めた。

 

 ◇

 

 あれから丸一日。母さんはシルキーを気に入り、彼女に料理を教えている。

 どうやら、シルキーは簡単な料理しか出来ないみたいだ。塩茹でのパスタを自信まんまんに出してきた時は反応に困った。

 ロンだけは幸せそうだったけれど……。

 

『ママ! 僕、シルキーに文字を教える約束をしたんだ!』

「ロン! あなたは彼女の料理しか食べられないんでしょ! だから、こうして教えているんじゃないの!」

 

 すごく賑やかだ。シルキーの存在で、ロンが一気に生者みたいな生活を送れるようになり、家の中が明るくなった。

 そして、昼食が終わる頃にヘルメスが帰ってきた。足に結び付けられた手紙には、何故かダンブルドアの名前が刻印されていた。

 

『えっと……、《本日の夕方頃、彼女を隠れ穴に送り届けます》だって! なんで、ダンブルドアが返信したのかわからないけど、良かったね!』

 

 ロンは無邪気に喜んだ。だけど、僕は不安に駆られている。

 シルキーの目的はエレインと会う事だ。もし、そのままシルキーが去っていったら、ロンは嘆くだろう。

 好意の問題だけじゃない。ロンの生活の革命には、彼女の存在が不可欠だ。

 

「ロン……」

 

 頼み込んでみよう。ロンの幸せのためにはシルキーが必要だ。なんとしても、引き止めなければいけない。

 

 ◇

 

 夕方になり、僕達は暖炉の前に集まった。

 暖炉の炎が緑に変わる。そして、最初に見知らぬ男が現れた。

 咄嗟に警戒する僕達を男は宥めた。

 

「申し訳ない。安全を確認する必要があった。私はガウェイン・ロバーズ。闇祓い局の副局長だ」

「闇祓い!? どうして、そんな人が!?」

 

 ビルが叫ぶと、ハリーとジニーが首を傾げ、チャーリーが小声で説明している。

 

「少し待っていてくれ」

 

 ガウェインは緑の炎に向かって顔を突き出した。

 すると、しばらくしてエレインが現れた。その後にはエドワードと、ドラコ・マルフォイが付き従い、最後にダンブルドアまで現れた。

 

『マルフォイ!? なんで、お前がここに来るんだ!!』

 

 ロンが噛み付くと、ドラコは顔を顰めた。

 

「僕はエドとエレインの付き添いだ。僕だって、来たくて来たわけじゃない」

「おい、ロン。愛しのシルキーちゃんに引かれるぞ」

 

 僕が忠告すると、ロンは慌てたようにシルキーを見た。

 すると、シルキーはエレインに向かって駆け寄っていった。

 

「……えっ?」

 

 エレインは目を大きく見開いて、シルキーを見つめている。

 

「なんで……」

 

 泣きそうな声。いや、彼女は泣いていた。

 大粒の涙を流しながら、荒く息をしている。

 

「エレイン……?」

 

 エドワードが心配そうに声を掛けると、エレインは叫んだ。

 

「エミー!! なんで、どうして!? ああ、本当にエミーじゃねーか!!」

 

 エレインはシルキーを抱き締めた。

 シルキーも彼女を抱きしめて、涙を流している。

 

「エミーだって……? なんで、そんな……、本当なの!?」

「エド。これはどういう事?」

 

 ハリーがエドに声を掛けると、エドワードは首を傾げた。

 

「さっぱりだよ。だって、エミーはエレインを育てた人で、ずっと前に……その、亡くなったって」

 

 その言葉に、僕達は仰天すると同時に納得した。

 彼女がエレインに会いたがった理由は、彼女が家族だったからなんだ。

 

「エミー……。エミー!! うぅぅあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 エレインが泣き叫んでいる。

 シルキーを引き止めるために考えていた言葉が頭から抜け落ちてしまった。

 家族の再会に水をさせる人間なんていない。僕達はこっそりと部屋を出て二人だけにしてあげた。

 

『ねえ、エド。エミーって、シルキーの名前なの?』

「たぶん……。僕も、正直言って、何が何だか……」

「だが、エレインが間違える筈がない。そうでしょう?」

 

 マルフォイはダンブルドアを見上げた。

 

「さよう。彼女が言うなら、あのシルキーは間違いなくエミリア・ストーンズなのじゃろう」

 

 僕達の困惑をよそに、エレインの泣き声はいつまでも続いた。



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final.Gather ye rosebud while you may.
第一話『トモダチ』


第一話『トモダチ』

 

 ヌルメンガード要塞監獄。そこは現在(いま)、死臭で溢れ返っていた。

 数少ない生存者は小さな檻の中に入れられ、君主たるヴォルデモート卿は研究の成果に満足の笑みを浮かべている。

 

「さてさてさーて」

 

 紅く染まった瞳が縛られた老人を射抜く。

 

「ゲラート。君と過ごす時間は実に楽しかった。だから、これは感謝の気持ちなんだ」

 

 掲げられる杖を見て、ゲラート・グリンデルバルドは己の過ちを悔いた。

 やり直せると勘違いをした。若さを未熟さと勘違いした。ヴォルデモートを御する事が出来ると勘違いした。

 

「……ヴォルデモートよ。最期に教えて欲しい」

「なんだい?」

「お前は、何を望む?」

 

 ヴォルデモートはクスリと微笑んだ。

 

「君とは違うもの。ただ、僕は……っと、お客さんだね」

 

 ゲラートは、ダンブルドアが攻め込んできたのかと思った。準備を整えて、悪意を討つために。

 けれど、そこに立っていたのは女だった。香り立つような色気を持つ、紅い髪の女。

 

「……驚いた。生きていたんだね、メアリー」

「ええ、おかげさまで」

 

 彼女の腕には禍々しい刻印が施されている。それは、死喰い人である事の証。

 ゲラートは、ここに居た多くの死喰い人達と同じ運命を辿るであろう彼女の運命を哀れんだ。

 

「ああ、紹介しておくよ。彼女はメアリー・トラバース。マッキノン家討伐の立役者だ」

「……ダレン・トラバースの嫁か?」

「その通り。僕が愛のキューピットになってあげたんだ」

「よく言うわね。服従の呪文で媚薬を飲ませた癖に……」

「勘違いをしないで欲しいな。僕は引き合わせただけだよ。媚薬はダレンの独断さ。さすがに、僕も恋愛にドラッグを持ち込む野暮はどうかと思ったよ」

「……ゲス野郎の事はどうでもいい。この様子だと、生きてはいないみたいだしね」

 

 メアリーは不快そうに周囲の死体を見回した。

 

「そうだね。僕も、あのバカの事はどうでもいい。それより、気になる事があるんだ」

「何かしら?」

「マッキノン家の生き残り。エレイン・ロットを名乗る少女がいた。彼女を匿っていたのは君かい?」

「さあ、どうかしら」

「弟の死に思うところがあったというわけだ。泣かせる話だね」

 

 その言葉と同時にメアリーの顔つきが変化した。

 怒りと憎しみで美しい顔が禍々しく歪む。

 

「おお、怖い。そんなに大事だったのかい? 喧嘩ばっかりしていたそうじゃないか」

「……黙りなさい。弟だけは見逃す約束だったのに!」

「僕に言われても困るよ。トラバースには、ちゃーんと言ったんだ。バン・マッキノンの事は見逃せって」

「それなら、どうして!」

「だから、あのバカの独断だよ。まあ、彼を選んでしまった僕にも責任が無いわけじゃないか……。ごめんね!」

 

 メアリーの顔が更に歪んでいく。その形相に、ヴォルデモートはクスクスと笑った。

 

「おお、怖い。まさに、山姥って感じ」

「……アンタを殺して、その肉を食ってやろうか」

「やめといた方がいいよ? カニバリズムはクールー病の原因になるからね」

「なによ、それ……」

「知らない? 食人を原因とした病の名称さ。まあ、これはマグルの医者が付けたものだけどね」

「マグルの医者……? あれほどマグルを見下していたアンタが、どういう風の吹き回し?」

「どういうって言われてもねー。僕は気づいてしまったんだよ」

「気付いた……?」

「そう! 結局のところ、凄いやつは凄い。そして、バカはバカだ。マグルの中にも有能な者は大勢いる。そして、それ以上の愚者がいる。魔法使いも同じさ」

「……アンタ、悪い物でも食べたの?」

「酷い言い方だなー。僕は学んだだけだよ」

 

 妙だ。ゲラートは感じた。

 二人の間に流れる空気は異質過ぎる。明らかに殺意を持って現れたメアリーも、殺意を向けられているヴォルデモートも、一向に動かない。

 一触即発の空気の中で、いつまでも悠長な会話を続けている。

 

「……それで、君は何をしに来たんだい?」

「決まってるでしょ。アンタを殺しに来たのよ」

「殺せると思っているの? 君如きが」

「ええ、思ってるわよ。分霊箱で命のストックを作っても、それは魂を破壊されなければ通用するだけのもの」

「ふーん。分霊箱に気づいていたんだ」

「ダレンが私を抱く時に自慢気に語っていたもの。アンタのトリックは分霊箱に間違いないって」

「……なるほど、彼はバカだけど、頭は良かったからね」

「ゴースト、亡者、妖精、ポルターガイスト。色々と勉強したわ。私ならアンタを殺せる。確実に!」

 

 その言葉に、ヴォルデモートは嗤った。

 

「……なにがおかしいの?」

「おかしいよ! だって、君は嘘を吐いている」

「嘘ですって……?」

「僕が、僕を殺せる方法を研究していないと思う? だって、明らかに弱点だもの。たしかに、魂そのものを破壊する方法は幾つか在る。だけど、どれも並大抵の魔力では成立しない。ダンブルドアならともかく、君には無理だよ」

「……そうかしら?」

「そうだよ。そもそも、こうして悠長に会話を続けている事が証拠さ。出来るなら、僕が気づく前にやるべきだった。ここまで近づけた君なら出来た筈だろう?」

「……ふーん」

 

 メアリーの表情が一変した。怒りと憎しみの感情が削ぎ落とされ、平然とした表情を浮かべている。

 

「さすが、帝王様ね。やっぱり、敵わないわ」

 

 そう呟くと、メアリーはゲラートの下へ走った。

 

「……何してるの? 人質のつもり? 残念だけど、彼にその価値は無いよ?」

「さてさてさーて」

 

 メアリーは嗤った。

 

「引き上げるわ。またね、帝王様」

「は? ここで姿くらましは……」

 

 姿くらましは出来ない筈。その言葉を嘲笑うかのように、メアリーはゲラートごと姿を消した。

 呆気に取られ、目を丸くするヴォルデモート。

 次第に、笑いが込み上げてきた。

 

「素晴らしい! まんまと逃げおおせた。それも、ゲラートという情報の塊を連れて!」

 

 彼の表情に浮かぶもの。それは、歓喜だった。

 

「すごいなー! これだよ、これ! 人間ってのは、こうじゃないと!」

 

 湧き上がる感情に、ヴォルデモートは叫び声を上げる。

 

「アルバス・ダンブルドア! ハリー・ポッター! エレイン・ロット! メアリー・トラバース! 君達は最高だ! 愚鈍なルサンチマン共とは違う! 卓越している! ああ、この感情を何と呼べばいい!? いや、知っているぞ。知っているとも! これが、愛だ!! 愛している!! 君達が欲しい!! だから!!」

 

 ヴォルデモートは杖を振るう。

 紅蓮の業火が要塞を燃やしていく。屍も、生者も、余さず呑み込んでいく。

 彼は箒も使わずに飛び上がり、空から地平の彼方を仰いだ。

 

「君達に対して宣戦布告する!! 存分に抗ってくれ!! 僕は邪悪!! 僕は恐怖!! 敵こそが、僕の……、友達だ」



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第二話『嫉妬』

第二話『嫉妬』

 

『ねえ、シルキーがエレインを育てた人って、本当なのかい?』

 

 ふわふわと浮きながら、ロンが聞いてきた。

 互いに、あまり良い感情を抱いていないから、魔法生物飼育クラブでも、こうして彼の方から話し掛けられる事は稀だ。

 

「本当だよ」

『君、彼女の事、詳しいの?』

「……まあ、それなりには聞いているよ」

『教えてよ! 僕、彼女の事を知りたいんだ!』

 

 なるほど、彼はエミリアに惚れているようだ。

 

「すまないけど、僕から詳しく話す事は出来ないよ」

『どうして!?』

「とても、込み入った話になるんだ。エミーにとっても、エレインにとっても……」

『なんだよ、込み入った話って!』

「深入りしたいのなら、本人に直接聞いてくれよ。少なくとも、僕から話す事は出来ない」

 

 ロンは不満そうな表情を浮かべると、そのままハリーにちょっかいを掛けに行った。

 

「エミリア・ストーンズか……」

 

 十五歳の若さで死んだ少女。スラムで体を売り、エレインを育てた人。

 僕が憧れたエレイン・ロットの生き方は、彼女が教えた。

 エレインにとって、彼女は特別だ。きっと、僕よりも大切に想っている。それは当然の事なのに、僕は恐れを抱いている。

 彼女の、あの琥珀色の瞳が僕を見てくれなくなる事が、怖くて堪らない。

 

「……嫌なヤツだな、僕は」

 

 奇跡のような再会に、このような感情を抱くなんて、どうかしている。

 祝福するべきだ。二人の未来に幸あれと祈るべきだ。

 それなのに、僕は……。

 

「エド、どうしたの?」

 

 声を掛けてきたのはジニーだった。

 

「別に……。なんでもないよ」

「……なんでもない人の顔じゃないよ? それ」

「うるさいな」

 

 彼女の責めるような眼差しがイヤで、僕は立ち去ろうとした。

 けれど、彼女は追い掛けてくる。

 

「……なんだよ」

「すごく冷たい目ね、エドワード。エレインや、マルフォイと話している時とは別人みたい」

 

 兄妹揃って、鬱陶しい。

 

「何が言いたいんだ?」

「……エレインの事が好きなんでしょ? なら、彼女の幸福の為に力を尽くすべきよ」

「僕が力を尽くしていないって?」

 

 ジニーは軽蔑したような目を向けてくる。

 

「……自分で分かってる癖に」

 

 そう言うと、ジニーは去って行った。

 

「分かっているさ」

 

 僕は、エミリアの存在に苛立ちしか感じない。

 何故、素直に成仏しなかったのかと糾弾したい発作に駆られる。

 

「……だって、僕の居場所が無くなるじゃないか」

 

 本来、僕は彼女の傍に居てはいけない存在だ。だって、彼女の本当の両親を殺害したのは僕の父親だ。

 それでも、僕が彼女の傍に居られるのは、彼女に必要とされているからだ。彼女が求めてくれているからだ。

 エレインは、家族を求めている。それは、エミリアを失ったからだ。たった一つの宝物が、彼女の心の宝箱から失われてしまった。だから、代わりを求め続けていた。

 レネや、ハーマイオニーが時々愚痴っていたけれど、彼女達に対する独占欲の強さも、彼女がエミリアの代わりを求めていたからだ。

 

「クソッ……」

 

 こんな事になるのなら、彼女が求めてきた時に抱いておけば良かった。

 そんな風に、思ってしまった。

 孕ませて、唯一無二の立場を手に入れれば良かった。そうすれば、エミリアの存在も受け入れる事が出来たかもしれない。

 だけど、そうなる前にエミリアが戻ってきてしまった。宝箱の中に、本来在るべき至宝が戻ってきてしまった。

 

「あれ? 出かけるの?」

 

 玄関に向かうと、フレッドとすれ違った。……いや、ジョージかもしれない。

 僕には彼らを見分ける事が出来ない。まあ、どうでもいい事だけど。

 

「うん。ちょっと、近くを散歩してくるよ。構わないだろ?」

「もちろん」

 

 フレッドとジョージ。この二人の事は、明確に嫌いだ。

 事ある毎に、エレインにちょっかいを掛ける。

 

「……僕のものなのに」

 

 苛立ちが収まらない。それどころか、増すばかりだ。

 理由は分かっている。次にエレインと会った時、彼女が僕を見る目が変わる事を恐れているからだ。

 家族という居場所をエミリアに奪われて、単なる友人のような扱いを受けたら、何をするか分からない。

 

「結局、僕はアイツの息子って事かよ」

 

 ◆

 

 気がつけば、私は泣き疲れて眠っていた。目を覚ますと、見覚えのない部屋で、エミーはすごく近い場所にいた。

 私はエミーの膝を枕にして眠っていたようだ。

 

「……膝枕なんて、久しぶりだな」

 

 エミーはクスリと微笑んだ。

 

「エミー……」

 

 また、涙が浮かんできた。

 疑問なんて抱いている余裕はない。ただ、ここに彼女がいる事が嬉しくてたまらない。

 私にとって、唯一無二の家族。幸せにしてあげたかった人。エミリア・ストーンズがいる。

 

「……ママ」

 

 ずっと呼びたかった呼び方。エミーは目を丸くすると、嬉しそうに私のおでこを撫でてきた。

 心が安らいでいく。幸福な感情が際限なく沸き起こってくる。

 

「なぁ……、ずっと一緒にいてくれる?」

 

 エミーはコクコクと頷いた。私は我慢が出来なくなった。

 散々泣いた後なのに、また泣き叫んだ。

 

 ◇

 

「エミー。私って、魔法使いだったんだぜ。日差しの強い日だった。マクゴナガルって婆さんが私を迎えに来たんだ。ホグワーツ魔法魔術学校っていう、でっかい城で魔法の勉強をしているんだ。凄いんだぜ! 杖を振るだけで物を浮かせたり、なんでも出来るんだ!」

 

 私は時間も忘れてエミーと話し込んだ。

 エミーは言葉を話せないけれど、私の鷹の目が彼女の思いを伝えてくれる。

 喜んでいる。私が幸せに生きている事を心の底から……。

 

「エミー。我儘を言ってもいいか?」

 

 首を傾げるエミーに私は言った。

 

「……私、エミーを幸せにしたい。今更かもしれないけど、私はエミーが好きなんだ。大好きなんだ! だから……、だから!」

 

 エミーの心が伝わってくる。

 

《わたし、いつだって幸せだったよ? あなたと一緒にいて、不幸だった事なんて一度もない。だって、わたしもあなたの事が大好きだから》

 

 鷹の目を偽る事は誰にも出来ない。

 だから、これは彼女の本心だ。

 

「エミーは無欲過ぎるんだよ……」

《それはちがうよ。わたしはわがままなの》

「どこが……?」

《だって、わたしはあなたと家族になりたかった》

 

 エミーは恥ずかしそうに言った。

 

《わたしはあなたの帰る場所になりたかった。あなたに、わたしの帰る場所になってほしかった。あなたがわたしを嫌いにならないか、離れていかないか不安だったの……》

「嫌いになるわけないだろ。私にとって、エミーだけが唯一無二の家族なんだ。エミーのいる場所が、私の帰る場所だよ」

 

 エミーは嬉しそうに頬を緩ませた。

 

《ねえ、もう一度ママって呼んでみて!》

「いいよ、ママ」

《えへへー》

 

 そうしてエミーと過ごしている内に、窓の外が暗くなってきた。

 

「そうだ! エミーに紹介しないといけないヤツがいるんだよ!」

《さっき言ってた、エドワードくん?》

「そうそう! 私の旦那だぜ!」

《つまり、わたしの息子だね!》

 

 エミーは嬉しそうにバンザイをした。

 

「よーし、さっそく行こうぜ!」

《うん! あっ、そう言えば、あの男の子にも会いたいな!》

「あの男の子って、ロンか? たしか、アイツがエミーを見つけたんだよな?」

《うん! すごく、優しくしてくれたの!》

「……もしかして、今度はアイツに惚れたのか?」

《デヘヘ》

「まあ、アイツはいいヤツだよ」

 

 エミーは相変わらずだ。ちょっと優しくされただけで相手の男が白馬の王子様に見えてしまう。

 だけど、ロンは今までの男共とは違う。お調子者だけど、優しくて、それなりに誠実だ。無理矢理酒を飲ませたり、故意に怪我をさせたり、病を移してくるような事はしないだろう。

 

「アイツもエミーに気があるみたいだし、モーションかけたらコロッと落ちるんじゃないか?」

《よーし! アタックしてみるよ!》

「おう!」

 

 もしかしたら、私にもパパが出来るかもしれないな。同い年のパパか……、まあ、うん。

 

「あっ、エレイン! それに、シルキー……じゃなくて、エミリア」

 

 一階に降りていくと、ハリーがいた。傍にはジニーとロンの姿もある。

 

《彼だわ!》

 

 エミーが早速ロンに仕掛けた。

 

『わわっ、どうしたの!?』

 

 抱きつかれて、ロンは狼狽している。

 これはもう、何もしなくても上手くいきそうだ。

 

《スキスキスキスキスキスキ!!》

「あー……、感謝してるんだよ」

 

 そのまま伝えたら私の正気を疑われそうだ。相変わらずだな、エミー。

 

『そ、そうなの? よっぽど嬉しかったんだね』

 

 ロンが笑いかけると、エミーの想いが強まった。

 

《大好き!! 運命だね!! お婿さんになって!!》

 

 本当に相変わらずだな、エミー。何人のまともそうな男がその勢いにドン引きして去って行った事か……。

 

「……超、感謝してるみたいだ」

『そ、そんなに気にしなくてもいいって! でも、君の力になれて良かったよ』

 

 私はエミーからそっと視線を外した。

 今のエミーには、ロンがレオナルド・ディカプリオに見えているに違いない。

 ああなると、エミーは相手が何をしてもプラスに見えてしまう。そのせいで、何度もひどい目にあった。

 

「……ロン」

『な、なんだい?』

「エミーはか弱いんだ。優しくしてやってくれよ」

『も、もちろんだよ!』

 

 その言葉に満足して、私はハリーに声を掛けた。

 

「なあ、エドはどこだ? エミーに紹介したいんだけど」

「あれ? さっきまでそこにいたんだけど……」

「エドワードなら、外に出ていったよ」

 

 そう言ったのはジョージだった。

 

「外?」

「うん。散歩に行くって言ってた。そう遅くはならないと思うよ」

「なんだよ……。せっかく、紹介しようと思ったのに」

「それって、彼女に?」

「おう!」

「そっか」

 

 ジョージは目を細めた。

 

「……あーあ、僕も彼女が欲しくなっちゃったよ。弟にまで春が来たみたいだしね」

「ははっ、いいんじゃないか? ジョージなら、選り取りみどりだろ」

「さーて、どうかな。じゃあ、僕は上に行ってるよ」

「おう」

 

 ジョージは階段を上がっていった。

 どうにも、むず痒い気分だ。

 

「……ジョージは優しいヤツだな」

 

 エドがいないのなら仕方がない。私はとりあえずロンに心の中でスキスキ言い続けているエミーにハリー達を紹介する事にした。



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第三話『急転直下』

第三話『急転直下』

 

 エドが帰ってこない。もう、夜になってしまった。鷹の目で見ても、数キロ範囲内にエドの姿が見えない。

 探しに出かけようとしたら、ガウェインに止められた。

 

「私が行くから、君はここに居なさい」

「だけど!」

 

 この状況で、エドが何も言わずに消えるなんておかしい。そもそも、理由がない。

 嫌な予感がする。もしかしたら、死喰い人が私を狙って、人質にするためにエドを攫ったのかもしれない。

 

「邪魔するな、ガウェイン!」

「落ち着くんだ、エレイン!」

「落ち着けるか! 分かってんだろ!? 何かあったんだ!」

 

 ガウェインを超能力でぶっ飛ばす。

 そのまま外に出ようとして、誰かに腕を掴まれた。

 振り返ると、そこにはジニーがいた。

 

「待って、エレイン!」

「なんだよ、ジニー! 私はエドを探しに行くんだ!」

「分かってる! だけど、聞いて! エドワードはエミリアに嫉妬してたの」

「……はぁ?」

 

 意味がわからない。

 

「は? なに、エミーに嫉妬って、どういう事だ?」

「……あのね。エドワードは居場所が失くなる事を恐れていたの」

「居場所って……、何の話だ?」

 

 ジニーとは、あまり話したことがない。

 だから、曖昧な言い方をされても分からない。

 今はエドの事で頭がいっぱいなんだ。頼むから、分かりやすく言ってくれ。

 

「エミリアはエレインにとって大切な人。その大切な人を失った心の隙間を、エドワードは自分が埋めてあげられていると思っていたの。だけど、エミリアは戻って来た。だから……」

「それ……、エドが言ったのか?」

「違うわ。だけど、分かるの」

「なんでだよ!?」

「だって、私もそうだから……」

 

 そう言われて、腑に落ちた。

 

「……それ、ハリーとロンの事か?」

 

 ジニーは頷いた。

 なるほど、他人の事になると分かりやすい。

 ハリーはロンを失った。その隙間を埋めたのがジニー。だけど、ロンはゴーストになって戻って来た。

 些細な差異はあれど、私達の境遇とそっくりだ。

 私はハリーで、エミリアはロン。そして、エドはジニー。

 

「ジニーも、ロンに嫉妬したのか?」

「……したわ。自分が嫌になるくらい、最低な事を考えた。ハリーが私を見てくれなくなったらって思うと、すごく怖くて……。だから、必死に考えたの。そして、行動したのよ」

「行動って?」

「ハリーに、私の価値を示したかった。だから、ハリーが望んでいた事を叶えるために、ダーズリー邸を訪ねたわ。彼らとの関係を仲立ちすれば、私は彼の唯一無二になれると思ったから……」

 

 以前、メリナのアトリエで聞いた事がある。ハリーはダーズリーというマグルの家で育てられていて、あまり良い関係ではないと言っていた。

 

「断言してやるよ。ハリーにとって、ジニーはとっくの昔に唯一無二だ。そもそも、前提から間違ってるぞ。お前はロンじゃない。エドもエミリアじゃない! 一緒にした事なんて一度も無いんだ!」

「エレイン……」

「エドのバカ。グダグダ余計な事を考えるくらいなら直接言えっての! とにかく、見つけ出して説教してやる!」

 

 そう言って飛び出そうとした瞬間、目の前に人影が現れた。

 老人と女。女の方には見覚えがある。ここに居るはずのない人間だ。

 

「ロ、ローズ!? なんで、お前が……」

 

 目を丸くする私に、ローズはニコリと微笑んだ。

 

「元気そうで何よりだ、アメリア。エミーとは会えたみたいだね」

「……お前、何者なんだ?」

 

 少なくとも、ローズはマグルではなかったみたいだ。エミーの事まで知っているとなると、どうにもきな臭い。

 

「警戒しなくていいわよ。もう、秘密にする意味も無いから言っちゃうけど、私はマクゴナガル先生に頼まれて貴女を見ていたのよ」

「マクゴナガルに!?」

「そうよ。ただ、時が来るまではアンタに何も話すなって言われていたの。理由は、もう分かっているでしょ?」

 

 ローズが魔法使いだった。しかも、マクゴナガルの差し金で近づいてきた。

 

「……お前、エミーを助ける手段があったのに見殺しにしたのか!?」

 

 他の事はどうでもいい。だが、その一点だけは許せない。

 

「エミーの事を友達だって言っといて、テメェ!!」

 

 拳を振り上げると、私達の間にエミーが割り込んできた。

 

《ダメ、エレイン》

「どけよ、エミー!」

《ダメだよ! ローズが悪いわけじゃないの!》

「……私には聞こえないけど、私を庇ってるんだね、エミー」

 

 ローズは言った。

 

「なら、それは間違いだよ。間違いなく、悪いのは私だ」

 

 そう言って、ローズは腕を見せた。そこには、死喰い人の証が刻まれていた。

 様子を見ていたガウェインが咄嗟に私の前に立ち、杖を構える。だけど、ローズは無防備なままだった。

 

「私はヴォルデモート卿に忠誠を誓った死喰い人。だから、合法的な手段でエミーを助ける方法が取れなかった。非合法な手段を取ろうにも、昔の伝手は尽く使えなくなっていて、どうにも出来なかったわ。って、言い訳臭すぎるわね」

 

 ローズは顔を歪めながら、私の胸元を指差した。

 

「……ついでに教えとくと、それを贈ったのは私よ。マーリンから預かったものなの」

 

 そう言って、彼女は胸元から私の物と同じブローチを取り出して、それをエミーに渡した。

 

「それらは引かれ合う性質を持っているわ。杖を振るように魔力を流せば、移動キーのようにもう片方のブローチの下へ移動する事が出来る。それから、裏側に穴があるでしょ? 覗き込んでごらん」

 

 言われた通りにブローチの裏側を見てみると、たしかに小さな穴があった。あまりにも小さくて、全く気付かなかった。

 覗き込んでみると、そこにはエミーの顔があった。

 

「覗き趣味かよ」

「私の立場でアンタを見守る方法がそれしか思い浮かばなかったのよ。ホグワーツにはついて行けないし、エミーの事もあったから」

「エミーの事って?」

「エミーをシルキーにしたのは私よ。ちょっと、魂について研究してて、その副産物みたいなものね」

「魂の研究……?」

「ヴォルデモートは分霊箱のせいでまともにやっても殺せないのよ。だから、魂ごと破壊する方法が一番手っ取り早いの。まあ、他にもオリジナルを殺さないまま霊体を通さない箱に詰めて海の底に沈める手もあるけど、いずれにしても私には無理だったわ」

「物騒な事を……」

「アイツには個人的に借りがあるのよ。だから、ギャフンと言わせたかったの。まあ、とりあえずゲラート・グリンデルバルドを拉致って来たから、私の知識も合わせてダンブルドアに渡すわ」

「グリンデルバルド!?」

 

 ガウェインが目を見開きながら叫んだ。

 

「そうよー。ほら、このお爺ちゃん」

 

 そう言って、ローズは老人を前に押し出した。

 

「……これが、若さか」

 

 何やら達観したような事を言っている。

 

「ほ、本当にグリンデルバルドなのか?」

「嘘ついてどうするのよ。ダンブルドアはどこ? あの人なら分かるでしょ?」

「ここにおるよ、メアリー」

 

 いつの間にか、そこにはダンブルドアの姿があった。

 

「久しいのう」

「ええ、お久しぶりです」

「メアリーって、ローズの名前か?」

 

 気になって尋ねると、ローズは頷いた。

 

「でも、ローズでいいわ。そっちの方が気に入ってるのよ」

「そうなのか? わかった」

《わかった!》

 

 ローズはダンブルドアに向き直った。

 

「はい、これ」

 

 そう言って、ローズは胸元から小瓶を取り出した。

 

「ここに、私の研究結果があるわ。分霊箱を無視してヴォルデモートを殺す方法よ。おそらく、貴方にしか扱えない。それと、こっちはヌルメンガードに行ってきたお土産」

「……なんと」

 

 すごいな。ダンブルドアが呆気にとられている。

 

「……ゲラートか」

「久しいな、アル。随分と老けたじゃないか」

「互いにな」

 

 熱い眼差しを交わし合う爺さん達。

 エリザベスの言葉が蘇る。

 

 ――――先生、学生時代はゲラート・グリンデルバルドと恋仲だったみたいなの。

 

 うん。そっとしておこう。

 

「……って、こんな事してる場合じゃない! エドを探しに行かなきゃ!」

「ああ、あの子? いいわ。私が探してきてあげる」

「え? でも……」

「アンタはここにいなさい。ちゃんと連れてきてあげるから」

「ローズ……」

 

 ローズはダンブルドアを見た。

 

「それじゃあ、先生。さようなら」

 

 ローズが去った後、グリンデルバルドとダンブルドアはウィーズリー家の一室に篭ってしまった。

 私はやきもきしながらローズとエドの帰りを待ち、それから一晩が経過した。

 

 朝になって、私達に知らされたのは魔法省が陥落したニュースと、不死鳥の騎士団の拠点が襲撃を受けたという報告だった。

 エドとローズは戻ってきていない……。



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第四話『人格流入』

第四話『人格流入』

 

 ロンドンの中心地に聳える時計塔、ビッグ・ベン。

 その頭頂部に、一人の青年が降り立った。その足元には縛られた少女の姿がある。

 

「さてさてさーて、始めようか」

 

 ヴォルデモートは眼下を見下ろしながら腕に刻んだ紋章に魔力を流す。

 既に手は打ってある。後は、待つだけでいい。

 

「君の情報網は実に役に立った。素晴らしいよ、エリザベス・タイラー」

 

 はじめに魔法省の職員を一人捕まえた。洗脳して、尖兵にするつもりだった。

 ところが、彼の記憶を覗いてみると、面白い少女の存在を知る事が出来た。

 エリザベス・タイラー。彼女は、魔法省の高官達にもネットワークを張り巡らせ、ヴォルデモートの動向を探っていた。

 その手腕は見事の一言。ヴォルデモートの好奇心はいたく刺激された。

 

「君は記者志望だったね? ならば、見せてあげるよ。世界が変わる瞬間を! 君だけの独占スクープだ!」

 

 捕まえる事は簡単だった。如何に小賢しくても、所詮は子供。はじめは抵抗して来たけれど、親友を人質に取ったら素直になってくれた。 

 ヴォルデモートは瞼をかたく閉ざすエリザベスに言った。

 

「目を開けろ。ジェーン・サリヴァンを殺すぞ」

 

 涙を流しながら瞼を開くエリザベス。

 彼女の脳裏には、嘗て友人から言われた言葉が駆け巡っていた。

 

 ――――勝ち目のない戦い方はするなよ?

 

 間違っていた。

 初めから、勝ち目など無かった。本当の意味で手段を選ばない化け物を相手に、勝てる人間なんていない。

 戦う事を選んだ時点で負けている。

 

 ◇

 

 魔法省の内部では事件が発生していた。

 はじめに魔法運輸部のある地下六階が封鎖され、次に地下八階のアトリウムにある煙突飛行用の煙突が機能を停止した。通常の出入り口も閉じられ、姿くらましも使えない。

 異変に真っ先に気付いた者は、次々に拘束された。拘束したのは、さっきまで普通に話していた友人や、報告に来た部下や、命令を下してきた直後の上司だった。

 それから、十五分後の事。数ヶ月前のヴォルデモート襲撃事件で再編されたばかりの指揮系統が唐突に麻痺した。下の言葉は上に届かず、上の言葉も下に届かない。横のつながりも、どこかで途切れてしまう。

 

「何が起きている!?」

 

 誰かが叫んだ。

 

「見るがまま。在るがまま」

 

 答えたのは、アトリウムに突然現れた青年だった。

 その顔は、数ヶ月前の日刊預言者新聞の一面を飾った人物と瓜二つ。

 

「ついて来たまえ、エリザベス」

 

 ヴォルデモートは堂々と通路の真ん中を進んでいく。

 

「ヴぉ、ヴォルデモート、貴様の仕業か!!」

 

 誰かが杖を掲げた。そして、その誰かは別の誰かに拘束された。

 同じ事が次々に起こる。アトリウム内はまさに阿鼻叫喚。ヴォルデモートは愉しそうに微笑んだ。

 

「どうだい? すごいだろ」

 

 誇らしげなヴォルデモートに、エリザベスはひたすら怯えた。

 

「なにをしたの……?」

「死喰い人達を実験台にして、いろいろ試してみたんだ。どうやったら、一番効率よく忠実な駒を作る事が出来るか」

 

 淡々とした口調でヴォルデモートは言う。

 

「答えは、そういう人格を作り出す事だった」

「人格を作り出す……?」

「記憶を消し去る忘却術や、記憶を読み取る開心術の応用だよ。あと、人間が元々持っている機能を利用した。多重人格っていう言葉を知っているかい? 要するに、僕は僕の都合のいい人格を彼らに植え付けたんだよ。スイッチ一つで僕が仕込んだ命令(コード)を実行するだけの機械に早変わり。裏切る心配もない」

 

 空恐ろしい事をサラッと言うヴォルデモートに、エリザベスは震えた。

 

「ああ、どうやってこの人数を弄ったのか不思議かい? 君の脅迫手帳の作り方と一緒だよ。一人に僕がした事と同じ事をするようにインプットした。すると、後はほら、ねずみ算って感じ」

 

 ヴォルデモートは愉しそうに言った。

 

「信頼って、素晴らしいね。少しの手間で、こんなにもネットワークを広げる事が出来た。親しい友は疑わない。部下や上司は信じる。その結果がこれさ。まさに、結束の力だよ!」

 

 そう言って、ヴォルデモートは両腕を大きく広げた。エリザベスが振り返ると、そこには片膝をつき、忠誠を誓う魔法使い達の姿があった。

 アトリウムを数十メートル歩いている間に、ヴォルデモートは魔法省を掌握した。

 

「君、名前を言ってごらん」

 

 ヴォルデモートは近くの男に声を掛けた。

 

「ベラトリックス・レストレンジでございます」

 

 その言葉に、エリザベスは言葉を失った。

 

「君は?」

「ベラトリックス・レストレンジでございます」

 

 老若男女、誰に聞いても答えは同じだった。

 

「素晴らしいだろう。今の彼らは姿形は違えど全員がベラトリックス・レストレンジだ! 僕に絶対の服従を誓った女の人格が彼ら本来の人格を抑えつけ、僕に忠誠を誓っている」

 

 ヴォルデモートは指を鳴らした。 

 すると、どこからか数人の男女を拘束した男達が現れた。

 

「何をしているの、マイケル!」

「裏切ったのか、ジャレット!」

「嘘だと言って、みんな!」

 

 ヴォルデモートは喚き立てる彼らの前に立った。

 

「やあ、不死鳥の騎士団の諸君。それじゃあ、拠点の場所を教えてもらおうか」

 

 ヴォルデモートの開心術を防げる者は稀であり、彼らは稀なる存在ではなかった。

 記憶を暴かれた彼らにも、ヴォルデモートはベラトリックス・レストレンジの人格を流し込む。

 

「さてさてさーて、やる事は分かっているね?」

「もちろんでございます、我が君」

 

 その光景は常軌を逸しており、あまりの恐怖にエリザベスは意識を失った。

 

「あらら、気絶しちゃったよ。仕方ないな」

 

 浮遊呪文でエリザベスの体を浮かばせると、ヴォルデモートは近くのベラトリックス・レストレンジに言った。

 

「禁句を設定しておいてよ。前みたいに、僕の名前を呼ぶ人がいたら分かるようにしておいてくれたまえ」

「かしこまりました」

 

 ヴォルデモートはその返事に満足すると、鼻歌交じりにエリザベスを連れて魔法省の最上部へ向かった。

 魔法大臣室に入ると、そこには新たに大臣になったキングズリー・シャックルボルトがいた。

 

「我が君……、此方へ」

「うん!」

 

 大臣の椅子に座ると、ヴォルデモートはベラトリックス・レストレンジ達を部屋から追い出した。

 

「さーて、ゲームの始まりだ。ここまで来たまえ、超人(オーバーマン)達よ」



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第五話『親』

第五話『親』

 

 魔法省と不死鳥の騎士団の拠点が陥落した。その報告が届いた時、私は庭先に立っていた。エドを捜すために鷹の目を凝らしていたんだ。ヌルメンガードの時みたいに世界が色分けされて見える。

 手前の複雑に絡み合った光の壁は隠れ穴の境界だ。その先には蠢く光の粒が点在するばかり。私の眼は地平の彼方まで見通す事が出来るけど、エドとローズの姿はどこにも無い。

 

「どこに行ったんだよ、エド……。ん?」

 

 視界に奇妙な光が写り込んだ。帯を引く光の粒が一直線に飛んでくる。

 

「箒じゃない……。来る!」

「え?」

 

 情報を運んで来てくれたジョージを抱き抱えて室内に駆け戻る。

 

「全員備えろ! 何かが来るぞ!」

 

 拡声呪文を使って叫ぶと同時に隠れ穴を謎の集団が取り囲んだ。

 取り囲んだ時点で相手は敵だと確信した。味方なら、堂々と正面に現れればいい。

 

《エレイン! みんなをわたしの近くへ!》

 

 エミーの声だ。みんな、もう集まってきている。鷹の目で確認した。逸れているヤツはいない。抱えたままのジョージとエミーの傍へ行く。

 

「みんな、エミーの近くに来い!」

 

 モタモタしている奴も超能力で引き寄せた。すると、次の瞬間、目の前の景色が一変した。足元にはふかふかの絨毯が広がり、目の前には大きな暖炉とソファーがある。

 見たことがない。だけど、なんでだろう。胸がうずく。

 

『ここって……』

「知ってるの?」

 

 部屋の中をキョロキョロ見ているロンにハリーが声を掛けた。

 

『うん。ここって、僕が彼女に紅茶を御馳走してもらった部屋だよ』

「エミーの居た場所って事か……」

「それって、つまり……」

 

 ジニーが私を見た。

 

「ここが、貴女の家なんじゃない?」

「え?」

 

 私はエミーを見た。

 

《そうだよ。ここがエレインの家。ローズが言ってた》

「ここが……」

 

 マッキノン邸。私の母親(マーリン)父親(バン)が住んでいた場所。

 暖炉の上には写真が飾られていた。琥珀色の髪の女と、銀髪の男。いくつかの写真には赤ん坊が映っていた。それはきっと……、

 

《エレイン》

「……なんだよ」

《いいんだよ》

「だから……、なにが」

《わたしに気をつかなくていいよ》

「はぁ!?」

 

 周りが飛び上がった。

 

「え? ど、どうしたの?」

「エレイン!?」

『びっくりした……』

 

 つい、声がデカくなった。図星をつかれた事に遅れて気がついた。

 

「……わ、私の母親はお前だ。マーリンも……、バンも……他人だよ」

《違うよ。お父さんとお母さんだよ》

「違わないんだよ! ……ってか、どうでもいいんだよ。そんな事より、今は他に気にするべき事があるだろ」

《……エレイン》

 

 エミーが哀しそうに顔を歪めた。そんな顔をさせたいわけじゃない。

 たしかに、両親の事は気になる。今までは実感が伴っていなかった。マーリンの子供の頃の写真や、彼女の日記を読んでも、まるで小説の中の登場人物のような感覚しか抱けていなかった。

 だけど、赤ん坊(わたし)を抱き抱えて、心底幸せそうな笑顔を浮かべる二人の写真を見て、急に現実の存在として輪郭を現し始めた。

 前にダンブルドアに言われた言葉を思い出す。

 

 ―――― エレイン・ロット。お主にとって、世界とは直接触れたものが全てなのじゃな。眼で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、肌で触れて、そうして感じた世界こそ、お主にとって唯一無二の現実なのじゃろう。他者のように、大きな流れに流される事も、空想に溺れる事も無い。きっと、一時でもマーリンとバンに会う事があれば、彼らもお主の現実に取り入れられる事じゃろう。

 

 さすがは偉大なるアルバス・ダンブルドアだ。自分でも不明瞭な部分を正確に見抜いていやがる。私の鷹の目なんて比較にならない本物の眼を持っている。

 だけど、エミーがいるんだ。掛け替えのない存在だ。私を愛してくれて、命を与えてくれて、死んだ後まで傍にいてくれている。彼女以上の存在なんていないし、いて欲しくもない。

 

「……エレイン」

 

 声を掛けてきたのはジニーだった。なんだか、よく声を掛けられる。

 

「ごめん。余計な事を言ったかも」

「あ?」

「……エレインはエミーが唯一無二の存在だって分かってるんでしょ?」

「当たり前だろ」

「それ、エミーも分かってるんだよ」

 

 私はジニーの顔をまじまじと見つめた。

 

「な、なに?」

「いや……、お前、スゲーな」

 

 なんで、こんなに胸の内がモヤモヤしているのか理解出来た。

 エミーに誤解されたくなかったんだ。ジニーにエドの葛藤の事を聞いて、無意識の内にエミーまで居なくなるかもしれないって、怖がっていたんだ。

 

「マジで、ダンブルドア並だぜ」

「……別に。それより、吹っ切れた?」

「おう! ありがとう、ジニー」

「うん……。どういたしまして」

 

 改めて、マーリンとバンの写真を手に取る。

 エドワードの事や、隠れ穴の現状、魔法界の行く末、他にも色々と考えるべき事がある。だけど、今は置いておこう。

 

「エミー」

《なーに?》

「……ちょっと、胸貸してくれ」

《うん》

 

 気を利かせてくれたのか、気付けば部屋の中にはエミーしかいなかった。

 

《みんな、やさしい人達ばっかりだね》

「ああ、まったくだ。エミーも含めて、優しすぎるぜ」

 

 エミーの胸に顔を埋めると、勝手に涙が溢れてきた。止めようと思っても止まらない。

 物心ついた時から今に至るまでの日々が脳裏を過る。腹の立つ事や、泣きたくなる事もあった。だけど、それらがどうでもよくなるくらい、嬉しい事や楽しい事がたくさんあった。生まれて来なかったら味わえない、人生っていう名の幸福。それを与えてくれた両親。私は生まれて始めて感謝した。そして、彼らを想って泣いた。

 

「……母さん、父さん。産んでくれてありがとう。私はあんた達のおかげで幸せだよ」

 

 ここにエドがいればパーフェクトだった。更にハーマイオニー達やローズもいれば、それこそ非の打ち所がない。

 欲張りだな、我が事ながら……。

 

「……なんか、いろいろスッキリしたな」

 

 涙は私の心の中を綺麗サッパリ洗い流した。おかげで、見え難くなっていたものが見えてきた。エドワードの行方だ。あの馬鹿は私の事を愛している。独占したいと思っている。その為に、行動を起こそうとしている。いや、既に起こした後かもしれない。

 

「あいつは馬鹿だからな……」

 

 エドが望むなら、それこそ監禁されても、縛り付けられても構わない。それっくらい、私もあの馬鹿にゾッコンだ。その事をもっとシッカリ教えてやれば良かった。

 きっと、エドはヴォルデモートの下にいる。

 

「エミー。マーリン。バン。私、好きな男がいるんだ。そいつはどうしようもない馬鹿で、実に情けなくて、どうにも両極端な性格で、きっと今も馬鹿な事をしているよ」

 

 エミーはニコニコしている。

 

「その馬鹿を紹介したい。だから、見守っててくれないか? いろいろと無茶する事になるだろうけど、頼むよ」

《もちろんだよ、エレイン》

 

 きっと幻だろうけど、エミーの向こう側にマーリンとバン、そして、マクゴナガルの笑顔が見えた気がした。

 

《エレインなら、きっとうまく出来る。だって、わたし達の自慢の娘だもん!》

 

 前に千里に見せてもらったアニメ映画を思い出す。そいつは顔がアンパンで出来ている非常にエキセントリックなヒーローだ。

 

 ―――― 勇気百倍。

 

 それがそいつの決め台詞。今の私にピッタリな言葉。親が見守ってくれている。信じてくれている。笑って見てくれている。勇気が無限に湧いてくる。

 鷹の目を開くと、他の連中は隣の部屋にいた。話し合いの真っ最中なのだろう。頬を両手でパンッと叩く。

 

「行くか!」

《うん!》



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第六話『友達』

第六話『友達』

 

「……それで、ここはドコなのでしょうか?」

 

 ガウェインがダンブルドアに奇妙な質問を投げかけた。さっき、エレインの生家だと言っていたじゃないか。怪訝に思ったのは僕だけじゃなかった。ウィーズリーやポッター達も首を傾げている。

 

「エレインの家だろ?」

 

 ホグワーツきってのお騒がせコンビの片割れが言った。エレインには判別がつくらしいが、僕にはどっちがフレッドで、どっちがジョージなのかサッパリ分からない。

 

「それはありえない」

「なんで?」

「マッキノン邸はダレン・トラバース襲撃の際に焼き尽くされているんだ」

「……は?」

 

 一家を惨殺した上に屋敷まで焼いたというトラバースの残虐性と焼失した筈のマッキノン邸が存在している矛盾に、一瞬思考が止まってしまった。

 

「マッキノン邸の跡地は石碑が立てられているだけの筈なんだ。だから……」

「ここは隠れ穴じゃよ」

 

 ダンブルドアが言った。

 

「隠れ穴……? 待って下さい。どう見ても……少なくとも、ここは僕達の家ではありませんよ」

 

 パーシー・ウィーズリーが僕達の疑問を代弁した。すると、彼の兄であるチャーリーが窓の外を指差した。

 

「見てみな」

「え?」

 

 言われるままに窓の外を見たパーシーが大きな声をあげた。そこに何があるのか気になって、僕達も窓辺に駆け寄る。すると、そこには見覚えのある景色が広がっていた。

 そこは紛れもなく隠れ穴だった。それに、隠れ穴を取り囲んでいた魔法使い達の姿も変わらず存在している。

 

「ど、どういう事だ!?」

 

 叫びながらフレッドはジョージを見た。ジョージも困惑した表情を浮かべ、救いを求めるようにダンブルドアを見る。

 

「シルキーの魔法さ」

 

 答えたのはウィーズリー家の長男であるビルだった。

 

「シルキーはゴーストから変化した妖精だけど、他の妖精同様に特別な魔力を持っているんだ。主人として相応しくない者は屋敷から追い出す事が出来るし、相応しい者が現れるまで屋敷を誰にも触れられないように隠す事も出来る。シルキーと屋敷は一心同体なのさ」

「えっと……、つまり?」

 

 うまく説明を飲み込めない様子の(ジネブラ)に、ビルは言った。

 

「要するに、僕達は招かれたのさ」

「招かれた……?」

 

 ジニーやポッター達は頭の出来が悪いのか、まだ理解出来ていないようだ。だけど、僕は違う。なるほど、大したものだ。ゴーストの身であるロナルド・ウィーズリーが母親に抱き締められることが出来たり、食べ物を食べる事が出来た理由にも繋がる。ビルが言ったように、この屋敷はシルキーの一部なのだろう。つまり、シルキーは物質を己の一部として取り込むことが出来るわけだ。

 僕達は遠い場所に建てられているマッキノンの邸へ移動したわけではなく、言ってみれば、彼女(シルキー)の体の中に入ったということだろう。

 

『……つまり、僕達は彼女の中にいて、僕は彼女の一部を食べてたって事?』

 

 ようやく理解出来たらしい。ロナルドは空中を漂いながら百面相をしている。考えようによっては実に恐ろしい話かもしれない。知らぬ間に他者の肉を喰らい、他者の胃の中にいるのだから。

 

『うわわっ! キスだってしてないのに! うわー! うわー!』

 

 違った。どうやら、 ヤツは頭の中がピンク色に染まっているようだ。

 

「……でも、ここはエレインの家なんですよね?」

 

 双子の片方がダンブルドアに問い掛けた。

 

「その通り。如何なる理由なのか、わしにも分からぬ。おそらく、メアリーが関与している筈じゃ。あの子はマッキノン邸の事をよく知っていた筈じゃし、ミス・ストーンズをシルキーに変えたのも彼女じゃからな」

 

 メアリー。エレインはローズと呼んでいた女。僕は彼女よりもその女について一歩踏み込んだ事情を把握している。前線部隊からは外されてしまったが、情報収集は怠っていない。ドビーを使えばこっそり扉の前で聞き耳を立てる必要すらない。

 あの女はエレインの父親の姉であり、エドの……。

 

「どうしたの?」

 

 声を掛けてきたのはジニーだった。この女は相手の懐に入る手管が巧みだ。気を抜けば、余計な事を話してしまいそうになる。

 

「……なんでもない。ポッターのところへ行けよ」

 

 ジネブラに背を向け、僕は近くの壁に飾られている家族写真を見た。こんな物があるという事は、やはりここはマッキノン邸なのだろう。

 瞼を閉じると、我が家に戻った時の事を思い出してしまう。母上の遺体を見つけた時の絶望が蘇る。かつて、ここでも殺人事件を起きた。犯人はエドの父であるダレン・トラバース。被害者はエレインの両親であるマーリンとバン。改めて考えてみると、実に数奇な運命だ。

 エドワードが逃げ出した理由も分かる。同じ立場に立っていたら、とても耐えられない。もし、エドワードが両親を想って泣くエレインの姿を見ていたら、その場で喉を掻き毟っていたに違いない。如何に忌まわしくても、過去を変える事は出来ないのだから。

 

「考え事かい?」

 

 驚いた。ガウェインやダンブルドア、物好きなジネブラ以外に、この場で僕に声を掛けてくる人間なんていないと思っていた。振り返ると、そこにはビルが立っていた。

 

「……別に」

「こんな状況だ。悩み事は早めに解決しておいた方がいい」

 

 妙な男だ。まるで心配しているかのような言い草。ウィーズリー家の子がマルフォイ家の者を心配するなんてあり得ない。なにか狙いがある筈だ。

 注意深くウィリアムの顔を観察する。すると、そこには見覚えのある表情が浮かんでいた。以前、エドワードが僕に見せたものだ。

 

 ―――― ドラコ達だって辛いんだ! それが、どうしてわからないんだよ!!

 

 あの言葉に心を動かされた。最後の一線を踏み越えず、集めた情報をダンブルドアに届けたのはあの言葉があったからだ。

 僕のことを心の底から案じている。

 

「……あなたには関係のない事だ」

「それでも、放っておけないんだ」

 

 困惑した。互いに顔を知っているだけの関係。会話自体、これが初めてだ。それなのに、どうしてこんな表情を浮かべているんだろう。

 

「何故だ。僕はマルフォイ家の男だぞ」

「気に障ったのなら謝るよ。だけど、どうか一人で抱え込まないでくれ」

「なにを……」

「今の君はひどく危うく感じる。弟が多いからかな。なんとなく、分かるんだ」

「分かるって……、僕の何がわかると言うんだ」

「思い詰めているね」

 

 言葉が咄嗟に出て来なかった。図星を突かれたのだと遅れて気づき、愕然となる。

 

「……開心術を?」

「魔法なんて使ってないよ。言ってみれば、長男としての勘かな」

「……わけがわからない」

 

 不思議な男だ。兄弟の癖に、他の連中とは決定的な何かが違う。まるで、ダンブルドアと接しているような気分にさせてくる。あの不思議な安心感を感じさせてくる。

 兄弟なんていないから分からないが、これが兄というものなのだろうか。もしかしたら、この男がエレインのように特殊な能力の使い手なのかもしれない。ウィリアム・ウィーズリーといえば、ウィーズリー家の神童として名高い。ホグワーツに在籍していた頃は首席を勤めていたと聞くし、その後の活躍も華々しいものだ。純血の血族が集う夜会の席で名が挙がる事も少なくなかった。

 

「ドラコくん。君は一人じゃない」

 

 力強い口調でビルは言った。

 

「君は頼っていいんだ」

 

 戯言をほざくな。そう口にしようとして、出来なかった。ビルの言葉が抵抗する間もなく心の中へ入り込んでくる。浸透していく。

 

「君の力になりたいんだ」

「……同情しているのか?」

 

 ビルが僕に構う理由。思いつくとすれば、それは両親の死。

 

「していない……、と言えば嘘になる」

「余計なお世話だ」

「すまない。だけど、君を一人にしたくない」

「……僕はあなたの弟じゃない」

「……ああ、分かっているよ」

 

 分かっているけど、分かっていない。複雑そうな表情が、そんな彼の心中を物語っている。要するに、末の弟の死がトラウマになっているのだろう。愛する者の死は、例えゴーストとして帰って来てくれても癒やされるものではないらしい。同い年だからか、僕をロナルドと重ねてしまっているのだ。

 

「不愉快だ」

「……すまない」

 

 哀しそうな表情を浮かべるビルにため息が出た。似ていない筈なのに、僕も彼とエドを重ねてしまっている。面倒な共通項を見つけてしまったせいだろう。

 

「……友達が心配なんだ」

 

 つい、零してしまった。

 

「エドワード君の事かい?」

 

 顔を右手で覆いながら、僕は頷いた。

 

「似合わない事を言っている自覚はある。……けど、エドは友達なんだ」

 

 仇敵であるウィーズリーの家にわざわざついて来た理由。

 両親の仇を討つために加わった戦列から戦力外通告を受けても素直に従っていた理由。

 両親の死を直視してまで手に入れた情報をダンブルドアに渡した理由。

 言葉にすれば単純だ。僕はエドが心配だった。

 

「……エドだけなんだ。僕をマルフォイ家の長男としてじゃなくて、ドラコ・マルフォイとして見てくれたのは」

 

 一年生の時にエレインから助けて以来、まるで犬のように懐いて来た。休暇明けに会った時、いつも嬉しそうに駆け寄って来てくれた。

 マルフォイ家という魔法界の旧家に取り入る為でも、親が共に死喰い人だったという暗い繋がりからでもなく、ただ僕という存在に好意を持ってくれた。

 

「分かってしまうんだ。なにしろ、エレインよりも長い付き合いだからね」

 

 エドは無謀な事を企んでいる。

 

「……悩み事があるなら相談しろよ。危険を犯すなら、助けを求めろよ」

 

 悔しくて、涙が滲んでくる。

 

「友達だと思っていたのは、僕だけなのかよ……、馬鹿野郎」

「助けたいんだね、友達を」

「そうだ……。助けたいんだ!」

 

 俯いていた顔をあげると、部屋中の顔が僕に向いていた。ビルにだけ零していた筈の本音を聞かれた。羞恥で顔が熱くなる。

 

「……そんじゃ、行こうぜ」

 

 いつの間にか部屋に入って来ていたエレインに肩を掴まれた。

 

「あの馬鹿を連れ戻しに行くぞ、ドラコ」

 

 さっきの涙が嘘のように勇ましい表情を浮かべ、エレインは言った。

 

「……ああ、行くぞ」

 

 涙を袖で拭う。

 

「待ってよ! 行くって、どこに行く気なの!?」

 

 ジネブラの言葉に僕達は確信を持って答えた。

 

「魔法省だ」



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第七話『死』

第七話『死』

 

 エドワード・ロジャーはメアリー・トラバースが目の前に現れた時、彼女の正体を悟った。以前、エミリアの墓参りをした時に遠目で見た時には気付かなかったけれど、その顔立ちや瞳の色には覚えがあった。

 幼い頃の忌まわしい記憶。その中に彼女の顔があった。

 

「……どのツラ下げて、エレインに近づきやがった?」

「随分と怖い顔をするのね、エド。一応、私はあなたの母親よ?」

 

 メアリーの言葉に、エドワードが抱いたものは憎悪と憤怒の二つのみ。それ以外のなにも感じる事はなかった。

 

「そう、憎んでいるのね。当たり前か、私はあなたをダレンの下に残したまま……」

「そんな事はどうでもいい。お前は……、お前らはエレインの家族を殺した!」

 

 杖を構えるエドワード。対して、メアリーは動く事が出来なかった。恨まれている事は分かっていた。だけど、彼は自分の境遇の事ではなく、好きな女の子の為に憎悪を燃やしている。

 

「……エドワード・トラバース」

「僕はエドワード・ロジャーだ!」

 

 エドワードにとって、メアリーは既に母親では無かった。過ぎ去った過去であり、エレインの事がなければ感傷の一つも沸かない無価値な存在に成り果てていた。

 子供を捨てるという事はそういう事だ。自分から関係を絶っておきながら、メアリーはその事を理解していなかった。母として、憎んでもらう事さえ許されない。エレインに母親として慕われるエミリアの姿を見てしまったメアリーは、自分でも思ってもみない程に傷ついた。

 隙きを見せたメアリーに、エドワードが情けを掛ける事は無かった。意識を奪い取り、闇の魔術を施す。ダレンによって授けられた闇の知慧はメアリーの知識を簒奪し、彼女を覚める事のない悪夢へ封じ込めた。

 

「……人格の挿入。要するに、敵は二人って事じゃないか」

 

 エドワードは魔法省の入り口へ『姿現し』をした。案の定、魔法の入り口は軒並み閉ざされている。だが、それは人間用の出入り口に限られていた。敢えて残しているのか、本気で気付いていないのか、フクロウが出入りする場所に仕掛けは何も施されていなかった。

 地下数百メートルを物理的に掘り進む事も可能だが、それでは辿り着く前に疲弊してしまう。罠の可能性はあっても、エドワードは躊躇わなかった。魔法省が管理しているビルの屋上に設置されたフクロウの出入り口へ飛び込む。空間を弄られているが、わざわざ人間を弾く細工など無く、フクロウが通り過ぎる事もなかった。辿り着いた先は地下二階の魔法法執行部。そこでは職員達が業務に取り組んでいた。至って普通の光景だ。フクロウの出入り口から現れた少年を一切気にしていない事を除けば……。

 

「……まあ、当然だよね」

 

 ヴォルデモートが行った事は人格の挿入。だが、挿入された人格は果たして長時間自我を保っていられるものだろうか? メアリーの知識によれば、ベラトリックス・レストレンジという死喰い人の中でもとりわけ忠誠心の強い女の人格を使っているそうだが、如何に精神の頑強なものでも、己以外の肉体に閉じ込められて平気な筈がない。

 おそらく、人格交代の為には条件が設定されている。

 

「なるほどね」

 

 ベラトリックスの人格に交代していないという事は、ここで業務に励んでいる者達は彼ら自身のものという事だ。おそらく、条件は己の仕事以外の行動を取る事だろう。イレギュラーが起これば、その時だけベラトリックスの人格が現れて修正を行う。実に効率的で、実用的な運用だ。

 ヴォルデモートの目的がなんであれ、魔法省の機能をダウンさせるわけにもいかなかったのだろう。イギリス全土に散らばる魔法契約や結界の運用、煙突飛行ネットワークなどのライフライン、制御不能な者共の封印など、魔法省には重要な役割が数多く存在する。

 つまり、ヴォルデモートは別に世界を破壊する事が目的ではないのだろう。エドワードは安堵しながら部屋を横切る。杖を向ければアウトだろうが、横切るだけならば問題ない。重要な事はイレギュラーを起こさない事だ。それだけで大分楽になる。

 仮に全員が一斉にベラトリックス・レストレンジに覚醒しても対処は可能だ。むしろ、全員が同一の思考の下で動くのならば有象無象を相手にするよりもよほど容易い。けれど、出来る事ならば本命の為に体力を残しておきたかった。これは行幸だ。

 

「……こっちだね」

 

 メアリーの知識から読み取ったヴォルデモートの性格を下に考察した結果、相手は十中八九魔法省大臣室に居座っている筈だとエドワードは結論づけていた。自分の存在を視認して、僅かでも挙動を変えた人間を人格交代が終了する前に石化呪文で止めながらエレベーターに乗る。

 予想した通り、何の問題もなく地下一階へ上がる事が出来た。目の前の扉を開くと、そこにはキングズリー・シャックルボルトの姿がある。反応する前に石化させ、ロープで体を拘束する。そして、魔法省大臣室に向かって悪霊の火を放った。

 

「……驚いたな。お待ちかねの客人を出迎える為に準備をしていたのに、全て台無しだ」

 

 軽口を叩きながらエドワードの悪霊の火をくぐり抜けて、ヴォルデモート卿は姿を現した。

 

「そして、これも驚きだ。アルバス・ダンブルドアや、ハリー・ポッターを差し置いて、マッキノン家の生き残りですらない君は、一体誰だい?」

「エドワード・ロジャーだ。お前は倒しに来たぞ、ヴォルデモート」

「エドワード……。エドワード・ロジャー。サッパリだ。聞いたこともない。だけど、侮りはしないよ、エドワード。ここに来れた時点で、君を僕の敵として認めよう。来たまえ、超人(オーバーマン)。僕と友達になろうじゃないか」

 

 挨拶代わりの一撃。ヴォルデモートの放った麻痺呪文は、エドワードの麻痺呪文によって相殺された。互いに詠唱を口に出していない。

 

「素晴らしいよ、エドワード。並の者はこれで終わっていた。才ある者でも、対応出来た者は少なかった筈だ。いいだろう、君は資格を得た! この僕と戦う資格を!」

「……仲間は呼ばなくていいのか?」

「まさか! 冗談は止してくれよ。君との時間を誰にも邪魔などさせないよ!」

 

 そう言うと、ヴォルデモートはベラトリックス・レストレンジに人格交代したキングズリー・シャックルボルトに悪霊の火を放った。

 燃やされながら苦しみに喘ぐ配下に興味を示す事もなく、ヴォルデモートは杖を掲げる。

 

「さあ、神聖なる決闘の儀だ。作法はもちろん、知っているよね?」

 

 エドワードは無言のまま杖を掲げ、頭を下げた。その姿にヴォルデモートは満足の笑みを浮かべ、同じように頭を下げる。そして、両者の頭が上がり、視線が交差した瞬間、魔法使い同士の決闘は始まった。

 初手から放たれた魔法の色は緑。死を告げる最悪の闇の魔術が互いを喰らい合うようにぶつかり、その奥の敵へと噛み付く。けれど、既にエドワードとヴォルデモートは互いに呪文の範囲から離脱していた。無言呪文を間に挟み込みながら、五度ぶつかり合う緑の閃光に、ヴォルデモートは歓喜した。

 

「なんという事だ! 僕以外では初めてだぞ、エドワード! 死の呪文をこうまで巧みに操るとは!」

 

 アバダ・ケダブラは一度でも発動すれば、並の者は立っていられなくなる程に消耗する呪文だ。それを五度も発動させながら、エドワードに疲労の色はない。類稀なる才能だ。そして、それを御し切る業を併せ持っている。

 

「君は一体、何者なんだい!?」

「僕はエドワード・ロジャーだ! それ以外の、何者でもない!」

 

 エドワードはヴォルデモートの足元を爆破した。足元を崩されたヴォルデモートは飛行術によって体勢を整え、杖をエドワードに向ける。そして、目の前に迫りくる鳥の群れに目を見開く。無言呪文で繰り出されたエイビスとオパグノ。どちらも決闘で使うような呪文ではなく、どちらかと言えば悪戯用の呪文だった。

 

「クソッ、散れ!」

 

 鳥共を払い除けたヴォルデモートに緑の閃光が走る。殺すことだけを目的とした攻撃。それは死喰い人の戦い方だ。ヴォルデモートがこれまで戦ってきた善なる者達が決して選ばぬ蛮行。

 

「甘いッ!」

 

 それでも、ヴォルデモート卿には届かない。通常ならば回避行動など不可能な空中で、ヴォルデモートはありえない軌道を描き回避する。箒を使わずに空を舞うヴォルデモート卿にのみ許された絶技。そして、ヴォルデモートは死の呪文を唱えながら杖を振り上げ、間近に接近するエドワードの姿に目を見開いた。落ちていた羽ペンに変身呪文を掛けて、作り出したナイフをエドワードはヴォルデモートの腹部に突き刺した。そして、刃を立てて腹部を引き裂き、心臓を突き破る。

 心臓の破壊によって絶命したヴォルデモートの肉体から、彼の魂が抜け落ちていく。その魂に対して、エドワードは杖を向けた。

 

『まさか……、貴様ッ!?』

「……言った筈だ。僕はお前を倒しに来たんだ。逃がすわけ無いだろ」

『待て、止めろ! ベラトリックスは何をしているんだ!? この男を止めろ!』

「この部屋にいたベラトリックス・レストレンジはお前が殺したじゃないか」

 

 杖から放たれた呪文はヴォルデモート卿の魂を凍てつかせていく。ダレン・トラバースが息子に与えた闇の秘術は、死後の安息を禁じ、物言わぬ氷像を作り上げた。

 

「……これで、エレインは僕を認めてくれるかな」

 

 エドワードは氷像に向けて呪文を唱える。それは分霊箱さえ焼き尽くす悪霊の火。固定化された魂に逃げ場などなく、ヴォルデモートの魂は静かに呑み込まれていった。

 

「君は友達が欲しかったんだね。君がウィーズリーを殺さなければ、もしかしたら友達になれたかもしれない。君にも、君を導いてくれる強い光が傍に居てくれれば良かったのにね」

 

 そう呟いて、部屋から立ち去るエドワード。そして、階を降りた先には無数の人だかりが出来ていた。どうやら、地下八階のアトリウムに招かれたようだ。

 

「……よくも、よくも!」

 

 彼らは一様に涙を流していた。

 

「そうか、そうだよね。君達は印を通じて繋がっている。だから、主の消滅を感じ取ったのか」

「小僧が、よくも!」

「許さぬ! 絶対に許さぬ!」

「生きては返さぬ! 安楽の死も与えぬぞ!」

 

 狂人の群れの前で、エドワードはため息を零す。意思が統一されていれば脅威ではなかった。けれど、彼女達は狂っている。憎悪と憤怒に身を委ね、ただ本能のままに暴れまわる。

 まさしく絶体絶命だ。本命を倒す事に意識を傾け過ぎた。

 

「まさか、悪霊の火で焼き尽くすわけにもいかないしね」

 

 もしも、ここで死んだらエレインは泣いてくれるだろうか?

 きっと、泣いてくれる。彼女の一番にはなれないかもしれないけれど、彼女の心に永遠に残り続ける事が出来るかもしれない。そう思うと、死も悪いものではない気がしてくる。

 

「来なよ。仇を討ちたいんだろう? そう簡単には死んであげないけどね!」

 

 僕に出来る事は、あとは少しでもベラトリックス・レストレンジ軍団の数を減らす事だけだ。後はダンブルドア校長先生達に任せればいい。世界は平和になり、エレインはエミリアと幸せに暮す事が出来る。まさしく、ハッピーエンドだ。

 

「ばいばい、エレイン」



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第八話『ローズの願い』

 友達を助けたい。シンプルだ。だからこそ、その場の全員の心に響いた。

 親を殺され、友を傷つけられ、それでも復讐ではなく友情を選んでくれたドラコにわたしは嬉しくなった。

 

「よっしゃー! 早速出発だぜ!」

 

 勇んで飛び出そうとした所で「待て、エレイン」とドラコに呼び止められた。

 

「なんでだよ!?」

 

 エドワードが行方を眩ませて、既に丸一日が経過している。

 モタモタしている時間などない。

 だと言うのに、ドラコは何かに気付いたかのように思案顔を浮かべている。

 

「落ち着くんだ」

 

 ドラコは言った。

 

「ガウェイン。魔法省陥落の一報が届いたのは一時間前だったな?」

 

 ドラコに視線を向けられ、スクリムジョールやダンブルドアと眉間にシワを寄せながら話し合っていたガウェインが頷いた。

 

「監視の者からの手紙を届けてくれたフクロウの疲労具合から察するに、不死鳥の騎士団の本部と魔法省への襲撃はほぼ同時だと思う。だから、陥落したのは更に一時間ほど前と考えるべきだね」

 

 ガウェインはドラコが聞きたい事を正確に汲み取ってくれたようだ。

 ドラコは満足そうに頷いた。

 

「エドは十中八九魔法省に現れる。だが、それはヴォルデモート卿がそこにいるからだ」

「ど、どういう意味なの?」

 

 ジニーは不可解そうに首を傾げた。

 

「アイツの目的は魔法省に行く事じゃない。ヴォルデモート卿を討伐する事なんだ」

「……え?」

 

 ポカンとした表情を浮かべたのは彼女だけではなかった。

 

「より正確に言えば、エレインの関心を惹くための行動なんだ」

 

 その言葉にハリー達はなんとも言えない表情を浮かべている。

 

『……それ、マジ? エレインに褒められたいからって、アイツは魔法省に乗り込んだって事なの?』

 

 ぷかぷかと浮きながらロンが問いかけるとドラコは「そうだ」と断言した。

 

「だから、ヴォルデモート卿がいるなら、アイツも魔法省に現れる。それが僕とエレインの見解だ。そうだろう?」

 

 ドラコがわたしに話を振ってきた。

 

「ああ、そうだよ! だから、急ぐんだろ!」

「だが、魔法省陥落は二時間前の事だ。エドもヴォルデモート卿を探し回っていた筈だろうが、魔法省陥落の事実を即座に察知出来るとは思えない」

「……つまり、まだエドは魔法省に来ていない可能性もあるって事か?」

「そうだ。いずれは必ず現れると思うけどね。それに敵の懐へ無策で飛び込むほど無謀ではない筈だ」

「えっと、つまり……、どういう事?」

 

 ハリーは困惑している。ドラコの推理はエドの事を深く知るわたし達以外には理解し難い部分もあるのだろう。

 

「僕達が魔法省に乗り込めば、その時点で最終決戦が始まる。僕達は何が何でもヴォルデモート卿を討伐しなければいけないし、出来なければ此方が全滅させられる。迂闊に動く事は出来ないという事だ」

 

 そういう事だ。だから、わたしと同じくらい焦っている筈のドラコがわたしを呼び止めたわけだ。

 

『そうは言うけどさぁ。じゃあ、どうするんだ?』

「……それを今考えていたんだ」

 

 そう呟きながら、ドラコはハリーを見つめた。

 

「な、なに?」

「……そうだ」

 

 ドラコは目を見開いた。

 

「何故、思いつかなかった!? 来い、ドビー!!」

 

 バチンという音と共に屋敷しもべ妖精のドビーが現れた。

 

「お、お呼びで御座いましょうか、ドラコお坊ちゃま」

 

 現れたドビーをドラコは掴み上げた。

 

「ぼ、坊ちゃま!?」

「お、おい、ドラコ!?」

「なにしてんだ!?」

 

 いきなり屋敷しもべ妖精を呼びつけて掴み上げるのは尋常じゃない。

 フレッドとジョージも仰天している。

 

「ドビー! お前はどうやってポッターの居所を掴んだんだ!?」

「ふ、ふえ?」

 

 その言葉でドラコの意図が分かった。

 脳裏に稲妻が走ったかのような衝撃だ。

 ドラコが言う通り、どうして今の今まで思いつかなかったのか分からない。

 

「お前はポッターの名前しか知らなかった筈だ! なにしろ、父上ですらポッターの居所を掴む事が出来なかったのだからな!」

「……は、はぃ。わ、わたくしめはハリー・ポッターさまのお名前以外はお、お知りになられませんでございました……」

「ならば、どうやって見つけ出した!? 顔も知らず、その存在をアルバス・ダンブルドアによって隠し通されていた筈のポッターをどうやって!?」

「そ、それは……ド、ドビーは悪い子……」

 

 ドビーの手は自分をお仕置きする為の何かを求めて彷徨っている。けれど、そんな事はドラコが許さなかった。

 

「答えるんだ、ドビー!! 答えれば、僕はお前を許す!!」

 

 その言葉には大きな意味があったのだろう。ドビーの大粒の瞳はその限界いっぱいまで見開かれた。

 

「ド、ドビーは……、ま、魔法をお使いになられたのでございます……。や、屋敷しもべ妖精はいつでもご主人さまの下へ駆けつけられるように、そ、そのようにする為の魔法を使えるのでございます……」

「なら、お前はエドを見つけられるか!?」

「お、おそらく、か、可能だとお、お思いになります……」

「なら、ドビー。エドをここに連れて来い!」

「か、かしこまりました!」

 

 バチンという音と共に消えるドビーにわたしは拍子抜けしそうになった。

 

「……わたしが颯爽と助けに行く予定だったのに」

「犯す必要の無いリスクなんて負わなくていいだろ」

 

 ドラコはニベもなく言った。

 

「それはまあ……、いや待て! そうだ! エドがもう魔法省に突入している可能性だって十分にある! おい、アイツに任せきりにして大丈夫なのか!? 大分トロそうだったぞ!?」

 

 エドがまだ魔法省に突入する前なら問題ないが、突入していたら敵陣営のど真ん中での救出劇になってしまう。

 あの怯えた様子を見るに、勇敢とは程遠く感じる。

 

「ドビーはホグワーツのような姿現しを禁じられている区域でも問題なく姿現しが出来る。万が一、既にエドがヴォルデモートと決戦を開始していても救出は可能だと思う」

「けどよぉ……」

 

 そうやって話していると、バチンという音が響いた。

 慌てて顔を向けるとドビーが立っていた。その顔は怯えて切っている。

 その後ろにはローズの姿があった。

 

「ローズ!?」

「ただいま、アメリ……じゃなくて、エレイン」

 

 ローズはグッタリした様子だ。

 

「お、おい! 大丈夫かよ!?」

「大丈夫に見える……?」

 

 見えない。

 

「……何があった?」

「わたしが如何に愚か者かを徹底的に分からせられたわ……」

 

 これは重症だ。歯の綺麗さとミステリアスが売りの美人娼婦としてスラムで名を馳せていたローズともあろうものが、まるで愛した男に手酷く振られたかのようだ。

 

「……エドに『ママなんて大嫌いだ!』とでも言われたのか?」

 

 わたしの言葉にローズはギョッとしたような表情を浮かべた。

 

「エレイン。君、知ってたのか……?」

 

 ドラコもローズと同じ顔をしている。時々思うのだが、ドラコが女だったらわたしの春はもう少し先延ばしになっていた気がする。

 

「なんとなくだ。ヒントは幾つかあったしな。それより、エドと会ったんだな?」

 

 ローズに問いかけると、彼女は小さく頷いた。

 

「……ママなんて言って貰えなかったわ」

 

 弱り果てているローズの傍にエミーが駆け寄っていく。

 

「エミー。わたしも貴女と同じだったみたい。息子に呪われて、漸く気付いたわ。わたし、ママになりたかったみたい」

 

 打ちのめされている彼女をエミーはそっと抱き締めた。

 わたしはやれやれと肩を竦めた。

 エドが何を思っていたのか手に取るように分かってしまう。

 

「安心しろよ、ローズママ」

「え?」

 

 わたしがママと呼ぶと、ローズはフクロウが豆鉄砲を食らったかのような顔をした。

 

「なーにを戸惑ってんだ? わたしとエドは結婚するんだぜ? だったら、わたしだってアンタの娘になるわけだろ?」

「……エレイン、アンタは」

「ちゃんと連れて帰って来るからよ」

 

 わたしはローズの目を見ながら約束した。



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第九話『決戦、魔法省』

 エレインとメアリーの心温まる一幕を尻目に僕はドビーを問い詰めていた。

 

「おい、お前はエドを探しに行った筈だろ!」

「そ、それがその……」

 

 ビクビクと怯え切っているドビーに僕はため息を吐いた。

 

「ドビー」

 

 僕は膝を折り、小柄なドビーに視線を合わせた。

 

「頼むよ、ドビー。僕の友達が今、とても危険な目に合ってるかもしれないんだ……」

「……坊ちゃまが、た、た、頼むと……? ド、ドビーにた、頼むと!?」

 

 ドビーは目を血走らせた。予想外の反応に僕が困惑していると、ドビーは言った。

 

「ド、ドビーはエドワード・ロジャー様の痕跡を辿ったのです!!」

 

 それまでのおどおどとした口調が嘘のようにドビーはハッキリと言った。

 

「で、ですが、ドビーが到着された時にはエドワード・ロジャー様は既に移動なされていました。そ、それで、ドビーは追いかけようとしたのです! ですが……、その……、あの御方に止められたのです」

 

 ドビーはメアリーを見た。

 

「止められた……?」

 

 視線に気付いたのか、メアリーも此方を見た。

 

「メアリー・トラバース。何故、ドビーを止めたんだ?」

「そのまま行かせたら、あの子がピンチに陥るからよ」

「エドの事か?」

 

 メアリーは頷いた。

 

「今の魔法省は完全にヴォルデモートに支配されているのよ。おぞましい手段によって、末端の職員に至るまで全員が彼の手駒となっている。迂闊に飛び込めば、魔法省のすべてが一斉に敵として襲いかかってくるのよ」

「なっ!? だったら、エドも危険じゃないか!!」

「あの子だけなら恐らく大丈夫よ。言ったでしょ? 迂闊に飛び込めばって」

「どういう事だ?」

「支配に使っている魔法の関係よ。エドワードはわたしから情報を奪った上で侵入しているから横槍が無ければヴォルデモートの下まで問題なくたどり着けると思う」

「それはそれでマズいだろ!? 一人でヴォルデモートと戦うなんて、あまりにも無謀だ!!」

 

 エドにはポッターやエレインほどのヴォルデモートとの関係性はない。だから、最悪でも直接対決とはならないだろうと考えていた。

 死喰い人の群れに玉砕覚悟で特攻するほど愚かでもない筈だから、多少時間が経過してもエドは魔法省内で息を潜めて機会を伺う筈だと思った。

 だからこそ、ドビーを向かわせたのだ。

 

「……一応、ヴォルデモートを滅ぼす手段はエドに伝わっているわ。わたしには使えなかった手段だけど、エドの魔法力なら可能よ」

「ヴォルデモートを滅ぼす手段!?」

「手順自体はシンプルなの。まず、ヴォルデモートを殺害する。その後、抜け出した霊体を束縛して固定し、悪霊の火で焼き尽くす」

「そ、そんな簡単……でもないが、それで滅ぼせるのか!?」

 

 声を荒らげたのはガウェインだった。

 

「そもそも、ヴォルデモートの不滅性は分霊箱によるものよ。そのメカニズムはただオリジナルの魂を地上に縛り付けておくというだけのもの。つまり、オリジナルの魂を滅殺してしまえば分霊箱の有無に関わらずヴォルデモートを抹殺出来るの」

「……ま、まさか」

 

 ガウェインはダンブルドアを見た。彼は表情を曇らせている。

 

「魂の破壊なんて、まさしく闇の魔術の領域。あなた達が思いつけなかったのも無理はないわ。そもそも、思いつけたとしても使えないでしょ」

 

 メアリーは言った。

 

「魔法は心で操るもの。闇の魔術は心に闇を抱かなければ使えない。悪党を倒せるのは悪党だけってわけよ」

 

 その言葉に眉をひそめる者は多かった。

 僕も考えるよりも先に口を開いていた。

 

「……だったら、やっぱりエドには無理だ。アイツはいつだって優しかった! 良い奴だった!!」

「そうだよ……。エドは悪党なんかじゃない」

 

 ポッターが言った。他のみんなもエドを悪党だとは欠片も考えていない。

 その反応を見て、メアリーは何とも言えない表情を浮かべた。

 

「……あー、言葉の綾って奴よ。でも、そっか……。あなた達にとって、あの子は良い子なのね」

「お前にとっては違うのか?」

 

 エレインが問いかける。

 

「……わたし、そこまであの子について知らないの。笑えるでしょ? 母親なのにね……」

「だったら、そろそろ行こうぜ」

 

 しびれを切らしたようにエレインは言った。

 

「エドがヴォルデモートを倒せていても、倒せていなくても、敵は一人じゃないんだ。さっさと助けに行かないとな! そんで、それからゆっくりアイツの事を知ってけばいいさ。だろ?」

「……ええ、そうね」

 

 第九話『決戦、魔法省』

 

「ステューピファイ!!」

 

 真紅の閃光を老年の魔法使いの胸元に命中させる。

 これで36人のベラトリックス・レストレンジを沈黙させた。

 けれど、限界が近い。

 

「殺す! 殺してやる!!」

 

 敵は魔法省の全職員だ。その総数は1,000に届き、繰り出される魔法の光は本来点であるにも関わらず壁となって迫り来る。

 既にヴォルデモートとの決戦で魔法力を大量に消費してしまったエドワードは無言呪文を発動する余力すら無くなっていた。

 それでも数に圧殺される事なく抵抗を続けていられるのは皮肉にも父であるダレンの研究と教育の成果だった。

 エドワード・ロジャーはダレン・トラバースがヴォルデモート卿という規格外の魔法使いに憧れて、その力を再現する為に拵えた存在だ。

 メアリー・ディオンを洗脳し、配偶者としたのも彼女が人並み外れた魔法力を保有していた為だ。

 母胎に宿る内から闇の魔術による調整が行われ、その結果として死の呪文の連続発動を可能とするほどの強大な魔法力を備える事が出来た。

 その魔法力を活かす為の戦術や技術も幼少期の虐待染みた教育によって骨身に刻まれていたが為にエドワードは今も生きている。

 

「ペトリフィカス・トタルス!!」

 

 エドワードにとって幸いだったのはベラトリックス・レストレンジ達が死の呪文を乱用出来ずにいる点も大きい。

 彼女達は人格こそ闇の魔術に精通した女傑であるが、その肉体は闇の魔術どころか戦闘用の魔法すら殆ど使い慣れていない善良な一般市民のものだ。

 それぞれの杖の中には闇の魔術の発動そのものを拒むものもあり、保有する魔法力も戦闘系の魔法を連続発動出来るほどの余裕がないものも多い。

 更にベラトリックス・レストレンジ達は主人を葬られた事で激昂している。

 彼女達はあくまでも他者の肉体に植え付けられた人格に過ぎず、記憶まですべてをインストールされているわけではなかった。その為に思考は短絡化し、戦闘の経験値も不足している。

 ヴォルデモートはその欠点を自らの指揮によって補う事を想定していた。その彼がいなくなった今、彼女達は言ってみれば単なる暴徒と変わらない有様となっている。

 

「ステューピファイ!!」

 

 とは言え、その数はやはり脅威だ。

 皆殺しにしていいならやりようは幾らでもあったけれど、相手は罪なき一般市民。悪霊の火で焼き尽くすわけにもいかない。

 フィニートでヴォルデモートの魔法を解呪する案も考えたが、この状況下で洗脳を解けば、その人物にベラトリックス・レストレンジ達が襲いかかるだろう。

 状況も分からぬまま襲われれば抵抗する余裕もあるまい。それでは殺すのと大差ない。

 ベラトリックス・レストレンジ達はベラトリックス・レストレンジのままノックアウトしていくしかないのだ。

 まさにジリ貧だ。魔法力だけではなく、体力や思考力も限界に等しい。

 

「死ねぇぇぇぇ!!!」

 

 遂に対処が追いつかなくなってきた。

 反対呪文で止めきれなかった呪文を回避しきれず、エドワードの肉体は宙を舞った。

 衝撃と激痛によって意識が一瞬途切れる。その一瞬の間にベラトリックス・レストレンジ達の呪文が殺到する。

 万事休すだ。これを受ければ、今度こそ身動きが取れなくなる。

 

「……エレイン」

 

 間近に迫る死をエドワードは恐れていなかった。

 彼は既にヴォルデモートを殺害している。

 相手が悪人である事など言い訳にはならない。エレインに認められたいという我欲の為に人を殺しておいて、自分が殺される事に文句を言うのは筋違いだと思った。

 それでもベラトリックス・レストレンジ達に抵抗したのはエレインにもう一度会いたかったからだ。

 ここで死ねばエレインの記憶に深く刻まれる。それはそれで悪くない。それでも会いたかった。

 

「会いたいな……」

「ならば、会いに行かねばならぬ」

「え?」

 

 ベラトリックス・レストレンジ達が放った魔法の光が遮られた。

 彼の眼前に現れたのは今世紀最高の魔法使い、アルバス・ダンブルドアの偉大な背中だった。



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第十話『戦いの終わり』 

 満月に背を向けながら、エレイン・ロットの瞳は爛々と輝いていた。

 マッキノン家に伝わる『鷹の目』は千里を見通し、如何なるペテンも暴き出す。

 

「どうかね?」

 

 ダンブルドアが問いかける。

 

「……不気味だぜ」

 

 エレインは不快気に表情を歪めた。

 ロンドンの地下深くに広がる魔法省の敷地内、そこには無数の光が蠢いている。

 光はその者が持つ魔法力であり、魂だ。

 自覚する前から鍛え抜かれていた鷹の目は自覚した後は刻一刻と能力を向上させている。

 ヌルメンガードを脱出した時は朧げで個人までは特定出来なかった。けれど、今は個々の輪郭がハッキリしている。

 不気味なのはその輪郭が尽く同一人物を象っている事だ。

 

「あれがベラトリックス・レストレンジか……」

 

 大量のベラトリックス・レストレンジが一斉に移動している。その先を追いかけてみると、そこにはベラトリックス・レストレンジに包囲されているエドワードの姿があった。

 

「いた!! ダンブルドア!!」

「うむ!」

 

 現在、魔法省はヴォルデモートによって完全に封鎖されている。

 エドワードが内部に侵入している以上、どこかに抜け穴がある筈だが、それを探している暇など無かった。

 そこでダンブルドアが自らの秘密の一端を明かした。

 彼が持つ杖はニワトコの杖。死の秘宝とも呼ばれる史上最強の杖。この杖を使えば、姿現しを禁じられている区域にも問答無用で侵入する事が出来る。

 エレインが鷹の目で得た情報をダンブルドアは開心術によって受け取る。これはダンブルドアが秘密を打ち明けた時、エレイン自身が発案したものだ。

 口で説明するよりも圧倒的に早く、正確に情報を受け渡す事が出来る。

 エドワードの現在地を知ったダンブルドアは即座に杖を振るい、姿晦ました。

 次の瞬間、彼の姿はエドワードの間近にあった。

 

 第十話『戦いの終わり』 

 

 ダンブルドアは降り注ぐ無数の魔法を無言の反対呪文で打ち消しながら周囲を見渡した。

 四方を埋め尽くす敵意を剥き出しにした魔法省の職員達を見た。

 地面に転がる者達を見た。

 ダンブルドアは横たわる者達を死んでいるものとばかり考えていた。けれど、彼らは全員生きていた。

 

「一人も殺さなかったのじゃな……」

「……いいえ、殺しました。ヴォルデモートを」

 

 畏敬を込めた言葉に返って来たのは罪悪感を帯びた声だった。

 ダンブルドアは目を見開き、息を飲んだ。

 そして、近くの噴水の水を操り、周囲のベラトリックス・レストレンジ達を呑み込ませた。

 如何に優れた戦士だろうと、いきなり水中に叩き込まれたら冷静ではいられない。その状況では無言呪文は使えず、有言呪文を唱えようとしても口内に水が流れ込んでくる。

 たった一手で無数のベラトリックス・レストレンジを無力化させてしまったダンブルドアの圧倒的な力にエドワードは茫然となった。

 

「……す、すごい」

「凄いのは君じゃよ、エドワード」

 

 ダンブルドアは感動した様子でエドワードを見つめた。

 エドワードの言葉は彼の中の固定概念を徹底的に破壊してしまったのだ。

 

「……わしは闇の魔術を忌避しておった」

「ダンブルドア先生……?」

「それは闇の魔術が悪しき力だと思い込んでいた為じゃ」

 

 エドワードは困惑した。闇の魔術が悪しき力である。それは紛れもない真実だ。

 

「力に善悪など無い。そんな当たり前の事をわしは今の今まで気づけずにおった」

 

 ダンブルドアは悪しき者の死に対して、人がどれほどまでに冷酷になる事が出来るかをよく知っていた。

 だからこそ、彼はエドワードの言葉に衝撃を受けたのだ。

 仮に他の者がヴォルデモート卿を討伐したとして、彼のようにヴォルデモート卿の討伐を殺人と捉え、罪悪感を抱く者がどれほどいるだろうか?

 死の淵に立たされて尚、襲い掛かってくる者達に対して不殺を貫ける者がどれほどいるだろうか?

 彼は恐らくは多くの死喰い人達よりも深く闇の魔術に精通しているであろう身でありながら、多くの闇の魔術を忌避する者達以上の気高さを示した。

 それは闇の魔術を悪と断ずる己の固定概念を破壊するに十分過ぎる衝撃をダンブルドアに与えたのだ。

 

「き、貴様ぁぁぁぁ!!!」

「ま、まずい! ダンブルドア先生!!」

 

 ダンブルドアが感動している間にベラトリックス・レストレンジ達が起き上がり始めていた。

 慌てるエドワードに対して、ダンブルドアは微笑んだ。

 

「安心しなさい。もう、君は一人ではないのだから」

 

 そう呟くと、ダンブルドアはニワトコの杖を床に突き立てた。

 

「フィニート」

 

 その瞬間、魔法省に掛けられたあまねく呪文が破られた。

 魔法省建造当時から現在に至るまで、数多くの魔法使い達が魔法省に呪文を掛けてきた。

 それは魔法省を守る為であったり、魔法省を便利にする為であったり、あるいは魔法省にユーモアをもたらす為であったり。

 最近では悪しき者達によって掛けられた魔法も加わっていた。

 それらの呪文が一つ残らずかき消された。

 その意味は――――、

 

「あっ……」

 

 次々に姿現してくる魔法使い達の姿があった。

 ニワトコの杖によるフィニートは姿現しを禁じる魔法をも打ち消したのだ。

 無数のベラトリックス・レストレンジ達に対峙するのは不死鳥の騎士団と闇祓いの精鋭集団だった。

 その中にはエドワードがよく知る背中もあった。

 

「……後で説教してやるからな」

 

 声を震わせながら、ドラコ・マルフォイは言った。

 

「……いい度胸してるぜ、エド」

 

 怒気を振り撒きながら、エレイン・ロットは言った。

 二人は振り返らない。けれど、エドワードは彼らの頬を透明な雫が流れていくのを見た。

 

「皆の者!」

 

 ダンブルドアが立ち上がる。

 

「ヴォルデモート卿は既に討たれた! 残すは皆の解放のみ! フィニートを唱えるのじゃ!!」

 

 ダンブルドアの掛け声に騎士団と闇祓い達が応える。

 放たれるフィニートの光にベラトリックス・レストレンジ達は杖を落とした。

 その顔に浮かぶのは絶望ばかりではなかった。

 

「……ぁぁ、やっと」

 

 それはベラトリックス・レストレンジという人格をインストールされた人々の解放ばかりではなく、ベラトリックス・レストレンジ達の解放も意味していた。

 彼女が信奉した主とはかけ離れた存在なったヴォルデモート卿に弄ばれ、壊され、歪まされ、果ては見知らぬ人間の肉体に縛り付けられた。

 それでも彼女達は主に忠実であろうとした。そうしなければ耐えられなかったからだ。

 彼女達は一人残らずフィニートを受け入れた。

 そして、戦いはそれまでの被害の大きさに反して、とても静かに終わるのだった。



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第十一話『滅びゆく魂』

 気がつくと奇妙な空間にいた。

 一面が真っ白だ。

 

「ここは……?」

 

 よく見ると薄っすらと何かの輪郭が見える。

 目を凝らしてみれば、それはベンチだった。他にも壁や柱がある。

 少し考えて、ここがキングス・クロス駅である事に気がついた。

 

 第十一話『滅びゆく魂』

 

 ハリー・ポッターは白く染め上げられたキングス・クロス駅を歩いた。

 こうなる前、ハリーは隠れ穴の布団で眠っていた。

 そして、気づけばここにいた。

 

「君は……」

 

 しばらく歩くと、そこに一人の少女がいた。

 エミリア・ストーンズ。

 エレインの親代わりであり、ロンが熱を上げているシルキーの少女だ。

 

「こんばんは」

「……え?」

 

 耳を疑った。

 彼女は喋れない筈だ。けれど、今の声は彼女の口から発せられたように聞こえた。

 

「ここだと喋れるみたいなの! 不思議だね!」

 

 やはり、彼女は喋っていた。

 驚きつつも、少し嬉しくもあった。

 

「えっと、エミリアだよね?」

「うん!」

 

 その時だった。

 奇妙な光景が浮かんだ。

 

 ―――― ちくしょう、エミリアめ! あのアバズレめ!

 ―――― ごえんなさい。ごえんなさい……。

 

 悍ましい光景だった。

 酔っ払った男が幼い子を殴りつけていた。

 顔を腫らしながら子供は泣いて謝っている。

 

「い、今のは……」

 

 エミリアを見た。男は彼女の名を呼んでいた。

 彼女は悲しげな表情を浮かべている。そして、ハリーの頭を撫で始めた。

 

「え? な? え?」

 

 戸惑っているとエミリアは言った。

 

「よしよし、イタくなーい、イタくなーい」

「エ、エミリア……?」

 

 困惑しているとまた妙な光景が浮かんで来た。

 

 ―――― イタくなーい。イタくなーい。

 ―――― なんでだよ……。痛いのはお前だろ!?

 

 幼い少女が二人いた。どちらもボロボロだった。どちらの事もハリーは知っていた。

 

「……エレインとエミリア?」

 

 分かった気がした。

 エドワードの救出作戦の時、エレインがダンブルドアにした提案を思い出したのだ。

 開心術による情報の受け渡し。それと同じ事が起きているのだと思った。

 開心術なんて使った事はない。だけど、ハリーは間違いなくエミリアの記憶を見たのだ。

 

「ここは何なの?」

「……天国」

「え!?」

「かなぁ?」

「かなぁ!?」

 

 声を聞く前から思っていた事だけど、エミリアはかなりおっとりした子らしい。

 

「……天国って、僕は死んだの?」

「死んでないと思うよ?」

「そ、そうなんだ……」

 

 ハリーは困った。なんとなく、彼女から答えを得る事は非常に難しそうだと思った。

 

「し、死んでないなら僕はどうしてこんなところに居るんだろう……」

「わたしが連れて来たからだよ?」

「ええ!?」

 

 まさかの犯人だった。

 

「ど、どういう事!? なんで、僕をこの……て、天国? に連れて来たの!?」

「あの子がもうすぐ消えてしまうからだよ……」

「え?」

 

 エミリアは遠くを指差した。そこには小さな影があった。

 

「なにあれ?」

「君とずっと一緒にいた子。エドワードくんが彼を滅ぼしたから、あの子も滅びようとしているの」

「……エミリア。あれは何なの?」

 

 答えはすでに分かっている気がした。

 一歩ずつ近づく度に輪郭が明瞭になっていく。

 それは目を背けたくなるほど醜悪だった。

 まるで赤ん坊のようでありながら、赤ん坊のような愛らしさとは無縁の生き物だった。

 

「ヴォルデモートって、みんな呼んでた子」

「……ヴォルデモート」

 

 近づくと、また見知らぬ光景が浮かんで来た。

 そこにはハリーと良く似た男の人がいて、ハリーの瞳と同じ色の瞳を持つ女の人がいた。

 

 ―――― リリー、ハリーを連れて逃げろ! あいつだ! 行くんだ! 早く! 僕が食い止める!

 

 ジェームズ・ポッターはヴォルデモートに対して果敢に挑みかかった。

 そして、彼が時間を稼ぐ間にリリー・ポッターは腕に抱えている赤ん坊と共に逃げ出した。

 けれど、緑の光がジェームズの命を奪った。

 

 ―――― 赤ん坊を俺様に献上するがいい。さすれば、貴様の命だけは助けてやろう。

 ―――― 哀れね、ヴォルデモート卿。

 ―――― なんだと?

 ―――― あなたは誰からも愛された事がないのね。そして、誰の事も愛した事がないのでしょう?

 

 その言葉にヴォルデモートは激昂した。

 杖を振り上げ、無言呪文で彼女を弾き飛ばした。

 それでも彼女は赤ん坊を守り、抱き締め続けた。

 

 ―――― ハリー。大丈夫よ、わたしの可愛いハリー。絶対、あんな奴には渡さないから!

 

 迫り来る死を前にしてもリリーの意思が折れる事はなかった。

 ヴォルデモートに挑みかかり、敵わぬ存在である事を骨身に刻まれながら、立てなくなっても尚、睨み続けた。

 

 ―――― 身の程を弁える事だ。貴様は生かす約束だが、これ以上の邪魔立ては許さぬぞ。

 

 そして、彼は赤ん坊に近づいていく。

 無垢な命を刈り取る為に杖を向けた。

 

 ―――― アバダ・ケダブラ。

 

 緑の光がヴォルデモートの杖から飛び出した。そして、リリー・ポッターは死力を尽くした。

 ヴォルデモートの目が見開かれる。

 動けない筈だった。邪魔立て出来ぬように、そうなるように痛めつけたのだ。

 緑の光は赤ん坊の盾となったリリーに命中した。

 

 ―――― 愚かな女だ……。

 

 そう呟く彼の顔に浮かんでいたのは怒りだった。そして、どこか羨ましそうでもあった。

 リリーの行動に心を掻き乱されている。

 

 ―――― ハリー・ポッター。

 

 ヴォルデモートはハリーに杖を向けた。

 

 ―――― これで、もう俺様を阻むものはない。もう、何も……。

 

 そして、彼は死の呪文を唱えた。

 緑の光が走る。そして、光はハリーの前で跳ね返された。

 

 ―――― は?

 

 緑の光は彼自身を撃ち抜いた。彼の魂は肉体から弾き出され、その魂は更に引き裂かれた。

 一方は彼方へ飛ばされ、一方は赤ん坊の額に刻まれた稲妻の形の傷跡へ吸い込まれていった。

 そして、残された赤ん坊が見たものはヴォルデモートの肉体の末路だった。

 その肉体が灰となって消えていく。

 

「……今のって」

 

 気づけば元のキングス・クロス駅に戻っていた。

 隣には相変わらずエミリアがいて、前にはヴォルデモートの分霊が蹲っている。

 ハリーはエミリアを見た。彼女の瞳に映り込むハリーの顔はとても酷いものだった。

 

「どうして、僕をここに連れて来たの……?」

 

 ハリーにとって、ヴォルデモートはどこか遠い存在だった。

 彼はハリーの両親を殺害し、ロンを殺した。

 両親を殺した相手とは知っていても、どこか現実味を感じられなかった。

 ロンが殺されたと知った時はヴォルデモートに殺意を抱いた。けれど、ロンは戻って来た。

 許せない気持ちは残っているけれど、ヴォルデモートの事よりもロンの事が大事だった。

 ハリーにとって、ヴォルデモートが己の関心事の中心にいた事は実のところ殆ど無かったのだ。

 そうしている間に当のヴォルデモートをエドワードが討伐してしまった。エレインの関心を惹きたいという、なんとも彼らしい理由で世界を震撼させた魔王は滅ぼされてしまった。

 だから、そのままハリーの中でどこか他人事のようにヴォルデモートという存在は風化していく筈だった。

 それなのに、最後の最後で彼は憎しみを抱かされた。

 

「エミリア! どうしてだよ!?」

 

 こんな怒りを懐きたくなどなかった。こんな悲しみを知りたくなどなかった。

 両親の死は悲しい。だけど、ジニーのおかげでペチュニアが『いってらっしゃい』と言ってくれた。

 あの瞬間、ハリーの中でダーズリー家という存在が大きく変化していた。

 愛しているとは到底言えない。だけど、やはりあの家が帰るべき場所なのだと思った。

 いつか、あの一家を本当の意味で家族と呼べる日が来るかもしれないと感じた。

 

「君が知りたいと願っていたから」

 

 エミリアは言った。

 

「君の覚えていないところで始まって、君の知らない所で終わってしまった物語。だけど、君にとっては知らないままでは終わらせられない物語だから」

「エミリア……?」

 

 エミリアはヴォルデモートの分霊に近づいていく。

 

「君はこの子に対して、何も選ぶ事が出来なかった。だけど、今なら選べるの」

「選ぶって、なにを……?」

「この子を憎むか、この子を許すかだよ」

「は?」

 

 意味が分からなかった。憎むのは分かる。だけど、許す意味が分からない。

 ヴォルデモートは多くの人を殺した。ハリーの両親やロンだけではない。マクゴナガルやドラコの両親を始め、数え切れない人を殺した。

 彼は許されてはいけない存在なのだ。

 

「ハリー」

 

 エミリアはハリーを見つめた。

 

「この子が憎い?」

 

 その言葉に誘われるまま、ハリーはヴォルデモートを見た。

 

「……ぁぁ」

 

 憎むべき相手だ。許すべきではない相手だ。

 だけど、小さく蹲る姿を見て、ハリーは可哀想だと思ってしまった。

 だって、あまりにも哀れに見えたからだ。

 

 ―――― 化け物!

 ―――― お前はまともじゃない!

 

 彼の過去が流れ込んでくる。

 

 ―――― 君は魔法使いじゃ。

 

 目を背けても、瞼を閉じても見えてしまう。

  

 ―――― あれが……、ホグワーツ!

 

 孤児院で陰鬱な毎日を過ごしていた少年がホグワーツで新しい人生を歩み始めた。

 スリザリン寮に配属されて、そこで初めての友達を得た。

 人生の絶頂期を味わった彼はその時間を永遠のものにしたかった。

 けれど、その願いは叶わなかった。彼は知ってしまった。自分が純血ではなかった事を。

 スリザリン寮では純血主義を至上とされている。彼は友情を失う事を恐れた。破滅を恐れた。

 それが彼の道を歪めていく。自らの出生や本音を押し殺して、彼は誰よりも純血主義たろうとした。

 

「……だからって、許せるわけないよ」

 

 理由があれば何をしてもいいわけじゃない。

 

「それが君の選択?」

 

 エミリアは意外と意地悪な子なのかもしれない。

 

「僕は……」

 

 彼の心の声が聞こえてしまった。

 

 ―――― 友達が欲しい。

 

 それはホグワーツに入学する前のハリーの渇望だった。

 一人でも良かった。

 ただ、なにもかもを分かち合える友が欲しかった。

 そして、ハリーは友を得る事が出来た。

 ロン・ウィーズリー。彼のような存在を得られていたら、トム・リドルという少年もヴォルデモートにはならなかったかもしれない。

 

「……許すよ」

 

 もう滅びるだけの存在に憎しみを抱いても仕方がない。

 そう思って口にすると、不思議と心が軽くなった気がした。



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最終話『待っている人々の下へ』

 朝が来たようだ。ハリー・ポッターは現実の世界で目を覚まし、キングス・クロス駅にはエミリア・ストーンズとヴォルデモート卿だけが残された。

 エミリアはヴォルデモート卿を抱き上げた。

 

「……貴様はなんだ?」

 

 ヴォルデモート卿は問い掛けた。

 

「エミリア・ストーンズだよ!」

「……そういう意味ではない。そもそも、その名は貴様を飼っていた男が懸想していた女の名だろう」

 

 物心付く前に両親を事故で失い、養父となった男は彼女を一度も名前で呼ばなかった。

 だから、彼女は自分の本当の名前を知らない。

 

「壊れた人間を幾人も見てきた。俺様自身の手で壊して来たからだ。貴様も壊れている」

 

 人間は数多の感情を抱く生き物だ。けれど、彼女はその内の幾つかの感情を失っていた。

 幼少期に受けた過度な虐待と性経験によって、彼女は壊された。

 

「壊れた人間は自分を取り戻す為に必死だ。他者に縋り付く事はあっても、他者を気にかける余裕などない」

 

 それはオリジナルの立場を奪った日記の分霊にも言える事だった。

 少年期に犯した殺人という禁忌によって切り離された魂は死の超越によって人から逸脱してしまった。

 彼もまた、己を取り戻す為に必死だったのだ。

 

「何故、貴様はエレイン・ロットに手を差し伸べたのだ? 何故、貴様はロナルド・ウィーズリーに力を貸すのだ? 何故、貴様は俺様を救おうとするのだ?」

 

 この世界では開心術を使う気がなくとも互いの記憶や感情が流れ込んで来る。

 それでも尚、ヴォルデモート卿には理解が出来なかった。

 

「エレインがわたしを助けてくれたからだよ」

 

 エミリアは言った。

 

「助けたのは貴様だろう?」

「違うよ。何も持っていなかったわたしにエレインは生きる意味をくれたの」

 

 酔った養父に犯され、殴られ、殺されそうになった。

 エミリアは怖くて仕方がなかった。だから、必死になって逃げた。

 そして、辿り着いた場所はスラムだった。何も持たない少女はひたすら大人の食い物にされた。

 死にたくない。だけど、それ以外の何も持っていなかった。意思も感情もなく、生きながらに死んでいた。

 そんな時に彼女はエレインと出会った。彼女はエミリアと似ていた。だけど、決定的に違っていた。

 死にたくない少女(・・・・・・・・)生きたい少女(・・・・・・)と出会った。

 その時からだ。死んでいた少女は生きる事を始めたのだ。

 

「トムくん」

 

 エミリアはヴォルデモート卿を抱き締めながら呟いた。

 

「わたしはエレインから命をもらったの」

 

 エミリアは死の間際、エレインに言った。

 

 ―――― エレイン……。わたし、ママになりたかったの……。

 

 あの言葉の真意をエレインは少し誤解している。

 エミリアにとって、エレインは初めて彼女に与えてくれる存在だった。

 生きる意思を教えてくれた彼女こそ、エミリアにとっては母のような存在だった。

 あの言葉の真意とは、

 

「わたしはエレイン(ママ)みたいになりたかったの」

 

 スラムで蹲りながら、それでも前を向いていた。

 その瞳の輝きが彼女を生かしてくれた。

 

「だから、生きて欲しいと思ったの。たとえ、死んでいたとしても」

 

 死にながら生きるよりも、生きながら死ぬほうがいい。

 滅びが確定していたとしても、その間際までは生きてほしい。

 少なくとも、目の前にある魂には……。

 

「……なんと、愚かな女だ」

 

 救われて欲しい。

 彼女がヴォルデモート卿に抱く感情はそれだけだった。

 それが分かるからこそ、彼は困惑していたのだ。

 こんなにも純粋な心を向けられた事など一度もなかった。

 

「どれほど清らかな心を持とうとも、万人がシルキーになれるわけではない」

 

 ヴォルデモート卿は言った。

 

「貴様には魔法族の血が流れている。俺様がよく知っている血だ。なにしろ、貴様の両親の殺害を命じたのは他ならぬ俺様なのだからな」

 

 彼女の両親は不死鳥の騎士団ではなかった。けれど、ヴォルデモート卿に反抗する勢力に属していた。だから、殺した。

 なんと滑稽な話だろうとヴォルデモート卿は嗤う。

 彼女が救おうとしている男こそ、彼女の不幸の元凶だったのだ。

 

「そうなんだ」

「……貴様の心を壊した元凶は俺様だぞ」

「うん」

 

 ヴォルデモート卿は表情を歪めた。

 終わりの時は近い。既に彼の魂は無へ還ろうとしている。

 けれど、苦痛の理由は自己の消失ではなかった。

 

「どこまで愚かなのだ……? 俺様こそが元凶なのだ!! 恨むがいい!! 憎むがいい!!」

「……もう、いっぱい恨まれたでしょ? 憎まれたでしょ?」

 

 向けられた感情に怒りや憎しみはなく、ただ悲しみが混ざった。

 

「もう、苦しくならないで……」

 

 ヴォルデモート卿は理解出来ない感情に襲われた。

 胸が張り裂けそうになった。

 そして、彼の分裂した魂が彼の下へ帰って来た。

 

「わー! イケメン!!」

「…………愚か者め」

 

 瞳を輝かせるエミリアにヴォルデモート卿は顔を背けた。

 すべての魂が一つとなった時、彼はようやくエミリアから向けられている物の正体を理解した。

 アルバス・ダンブルドアが信仰するもの。

 ヴォルデモート卿が唾棄して来たもの。

 エミリア・ストーンズの無償の愛を前にして、ヴォルデモート卿は恐れ慄いていた。

 なんと恐ろしく、なんと抗いがたいものなのだろうか……。

 

「……アリス」

「え?」

「貴様の名はアリスだ。アリス・ベル。それがベル夫妻が娘につけた名だ」

 

 アリスは目を大きく見開いた。その様にヴォルデモート卿は微笑った。

 死の間際に生かされた。だから、死の間際に生かしてやろうと思った。

 ただの気まぐれだ。そう笑いながら、ヴォルデモート卿の魂は無へ還った。

 

「……トムくん」

 

 白い世界の輪郭が変貌していく。

 キングス・クロス駅はハリー・ポッターの心象世界であり、同時にヴォルデモート卿の心象世界だった。

 

「ありがとう」

 

 そして、アリスも白い小さな部屋から現実へ戻っていく。

 彼女はシルキー。還るべきは無ではなく、彼女を待っている人々の下だ。

 

 最終話『待っている人々の下へ』

 

 ヴォルデモート卿は討たれた。彼が操っていた人々も解放された。けれど、その爪痕はあまりにも深い。

 死者の数は100を超え、その多くが魔法界の名家であったり、魔法省の中枢に位置する人々だった。

 魔法省はルーファス・スクリムジョールが中心となって立て直しを図っている。

 

「大変そうだな」

「そうだね」

 

 日刊預言者新聞でスクリムジョールの奮闘振りを読みながら、エレインはエドワードと共にホグワーツの湖の湖畔に寝そべった。

 

「ついでに結婚年齢も引き下げてくれねーかな」

「そ、それは難しいんじゃないかな……」

 

 困ったように笑うエドワードにエレインはムッとなった。

 

「おい! お前はわたしと結婚したいんじゃなかったのか!?」

 

 そう怒鳴りながら、彼女はエドワードの唇を奪った。

 その姿を遠巻きに見ながらハーマイオニー・グレンジャーとレネ・ジョーンズは不満そうだった。

 

「エドも大変よねぇ」

「だねぇ……」

 

 人には友情より恋愛を優先する事を責めていながら、自分はエドワードにばかりかまけて友達を放ったらかしにしているエレインに彼女達は些か不満を抱いていた。

 

「でも、エドは凄いよね。例のあの人に勝っちゃうんだもん」

「愛のなせる技って奴なのかしらねぇ……」

 

 ハーマイオニーはカバンから羊皮紙を取り出した。

 

「結婚式の友人代表スピーチの草案でも作っとこうかしらね」

「き、気が早すぎると思うよ……?」

「安心して。レネとアランのスピーチもちゃんと考えておくから」

「ハ、ハーマイオニー……」

 

 ハリーとジニーもいい感じ。ロンとエミリアもいい感じ。エリザベスとジェーンも女同士だけど怪しい感じ。

 

「……なんか、取り残された感がすごいんだけど」

「カ、カーライルとかは?」

「あまり者同士くっついとけって?」

 

 ギロリと睨むハーマイオニーにレネはあうあうと困り顔だ。

 

「……まあ、気長に考えてみるわよ。もう、焦らなきゃいけない状況でもないし」

 

 世界を震撼させた悪は滅び、波乱万丈だった三年目と較べて、四年目には平和な世界が戻って来た。

 今はその平穏を甘受しよう。

 

「そ、そう言えば! アランが言ってたんだけどね? 来年、三大魔法学校対抗試合が復活するかもなんだって!」

「え、そうなの!?」

「前々から密かに進められていた計画なんだって! 別の魔法学校の人達も来るみたい!」

「たのしみね!」

「うん!」

 

 ◆

 

 平和な時代が続いていく。

 ハーマイオニーがダームストラング専門学校のクラム・ビクトールという少年と交際を始めるのが一年後の事。

 エレインとエドワード、レネとアランが合同で結婚式を挙げるのが四年後の事。

 ハーマイオニーとクラムの国際結婚のニュースが日刊預言者新聞の一面を飾ったのが五年後の事。

 ロンとエミリアが魔法界でも稀に見るゴーストとシルキーの結婚式を挙げるのが六年後の事。

 ハリーとジニーの結婚式がその半年後の事。

 彼らの子供達がホグワーツに入学するのが十六年後の事。

 両親が亡くなり、ロンとエミリアがホグワーツに住み憑き始めたのが六十年後の事。

 そして……、

 

『……黒髪だとイメージ変わるね』

 

 エレイン・ロットは棺の中で横たわっていた。

 太陽を思わせる明るい髪色は魔法力が失われた事で夜を思わせる黒色に変化している。

 

『92歳だもんね。大往生じゃん』

 

 共にホグワーツに通った友人達。その最後の一人も旅立った。

 ゴーストの身でありながら友人の代表として葬儀に列席したロンは隣に座る伴侶の肩に触れた。

 

『……そろそろ、僕達も行こうか』

 

 エミリアは頷いた。

 ヴォルデモートから本当の名を教えてもらった後も彼女はエミリア・ストーンズであり続けた。

 そして、今日がエミリア・ストーンズとしての最期の日となった。

 二人の旅立ちを多くの人が見守った。

 みんな、赤ん坊の頃から成長を見守ってきた子供達だ。

 彼らに手を振り、二人は白い世界へ足を踏み入れる。

 そこは隠れ穴だった。隠れ穴を超えるとエレインとエドワードの家だった。その家を超えるとレネとアランの家だった。その家を超えるとネビルとルーナの家だった。

 たくさんの友達の家を抜け、二人で過ごした草原を超え、マッキノン邸を超え、スラムを超え、ホグワーツを超えた。

 白い小さな部屋でしかなかったエミリアの心象風景はロンと過ごした長い年月でここまで広がっていた。

 そして、その先でエレイン・ロットが待っていた。

 

「遅いぞ!」

「いやいやいやいや! 君の葬式の準備で時間が掛かったんだよ!?」

「頑張って盛り上げたんだよ!」

 

 開口一番に文句を言うエレインにロンが突っ込むと、エミリアも頬を膨らませた。

 

「いいから行こうぜ! みんなも待ってるんだからさ!」

 

 そして、三人の魂は還るべき場所に還っていく。

 彼女達を待っている人々の下へ。



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