心を穿つ俺が居る (トーマフ・イーシャ)
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自分以外を傷つけることを是とした比企谷八幡
俺は、間違えたのだろうか。
修学旅行で海老名さんに嘘の告白をした、あの時。俺のとった行動は間違ったとは自分では思わない。戸部はもう海老名さんに告白する直前だった。だから嘘の告白で海老名さんに誰とも付き合わう気がないと宣言させた。時間も労力もかからない、あの場では最適解だったと自分でも思う。
だが、葉山、雪ノ下、由比ヶ浜は否定した。嫌いだと言った。やめてほしいと言った。どうすれば良かったのだろうか。あの土壇場で、他の何が出来たのだろうか。考えても分からない。
例えどんな理由があろうとも自分を傷つけてはいけない。何故ならそれを見て傷つく人がいるから。平塚先生はそう言った。飴細工のように甘ったるく壊れやすい考え方だと思った。見た目だけが綺麗な、しかしそれだけの毒にも薬にもならぬ考え。まあ、何となく理解できる。誰だって自分が大切だ。自分が第一だ。だから自分が傷つくのが嫌だから俺に傷ついてほしくないのだろう。
俺も、自分が傷つくのは嫌だ。働きたくはないし、俺や俺の行動を否定されたり暴言や陰口を言われればストレスもたまる。だが、今まで俺は奉仕部とは依頼を解決するために不利益を被ったり傷を引き受けたりしてでも解決に尽力するような、そんな部活だと思っていた。だから林間学校も、文化祭も、修学旅行も、他人に言わせれば"傷ついている"とも受けとれる行いによって解決、あるいは解消してきた。それで不利益を被っても、傷ついても、仕方がないと、必要なんだと、それが求められているのだと思っていた。
しかし、奉仕部顧問である平塚先生も奉仕部部長である雪ノ下も俺の行いを否定した。つまり、俺の考えていた奉仕部のイメージと異なっていたということだ。奉仕部員が誰も傷つくことも良しとせず、ただ依頼解決のために動いて、自身の不利益になるようなことはせず、結果は依頼人の責任にする。だから雪ノ下は由比ヶ浜の依頼のときに『あくまで奉仕部は手助けするだけで願いが叶うかは依頼人次第』なんて予防線を張っていたのか。ならば俺が間違っていた。修学旅行では、『俺たちは戸部が告白に成功するように裏でいろいろやっていたから告白に失敗したのはお前に責任がある』というスタンスでいれば良かったのだ。
なら俺も奉仕部に所属させられている身としてはそのスタンスでいるべきなのだろうか。だが、そんな生ぬるいスタンスではいつか必ずトラブルになるだろう。そして間違いなく、その時に矛先が向くのは俺だ。俺が望まなくともそうなるのは小さい時から経験している。いつだって、どこだって、悪いのは俺になる。
なら、どうすれば良いのか。いつか沈むと分かった船に乗り続けるほどあそこに思い入れもない。なら決まっている。脱出するしかない。奉仕部を退部する。これしかないだろう。
しかし、退部届を出して終わり、でもない。あの船には決して脱出をさせない亡霊がいる。暴力と権力によって縛り付ける、独神がそこにはいる。まずはその亡霊をどうにかしなければ。
修学旅行を終えて最初の登校日の昼休み。俺は職員室にいる平塚先生のもとを訪れた。
「部活を辞めたい、だと?」
「ええ、そうです。もうすぐ受験なんで、勉強に集中したいなと」
律儀に本音を話しても通るまい。建前で良い。
「しかしまだ君は二年生だろ?受験のために部活を辞めるのは早いのではないかね?」
「好きでやっていることならまだしも強制で入れられた部活で勉強時間が削られるのはちょっと……」
「君が更生するまで退部は認められない」
「更生って、あそこにいても俺は変わりませんよ」
「……奉仕部でいろいろな人と出会って来て、それを切り捨てる気なのか?それを無駄だと?」
来た。ここだ。
「今まで出会いを不意にしてきた先生に言われても……」
「衝撃の、ファーストブリットぉぉ!」
「ごふっ!」
平塚先生の拳が俺の腹に突き刺さる。膝が折れて床でうずくまる。
「とにかく、退部は認められない。私が退部を認めるのは、私自身が更生したと判断したときだ」
うずくまった状態で俺はほくそ笑む。計画通り。
「……来たのね」
「あぁ、まあな」
放課後、俺は部室で雪ノ下の冷たい視線を浴びていた。俺も冷たい視線を雪ノ下に浴びせているつもりだが、反応しない。きっと、羨望や嫉妬のような熱い視線は浴びなれているようだが、失望や嘲笑のような冷たい視線を浴びたことはないのだろう。俺と逆だな。
泥の船の船長にさせられた雪ノ下。俺が辞めることでこれからの責任はすべて雪ノ下のものになる。しかし雪ノ下は乗っているのは泥の船であることに気づいていない。いや、雪ノ下ならそれを知っても自分なら運転出来ると思うのだろう。哀れを通り越して滑稽だ。
数回言葉を交わすと、部室にノックが鳴り響く。入って来たのは、平塚先生、城廻先輩、そして一色と名乗った一年生。話を聞くと、無理矢理生徒会役員選挙に立候補させられたが、一色の担任が立候補を取り消させてくれないので、奉仕部でどうにか生徒会長にならないようにして欲しいとのこと。
「教師も生徒もロクな奴がいないなこの学校には……」
俺の発言で全員に睨まれる。だが事実なのでなんとも思わない。
話を進めていて、俺は応援演説で不信任となる案を思いつき、提案した。だが否定した雪ノ下の迷いを俺は見逃さなかった。やはり俺が傷つくことで自分が傷つくのが嫌なようだ。
「すぐに結論は出ないようだな」
平塚先生が仕切っているが、こんなものを生徒に解決させようとしている時点で失笑ものだ。平塚先生が奉仕部を作ったのはこうやって仕事と責任を押し付けるためではないかと思えてしまう。
「いや、思いついた」
俺の発言に全員が耳を傾ける。
「先生、選挙で不信任になり、生徒会役員が決まっておらず、再度選挙を行う場合、一度不信任になった生徒がもう一度立候補することは可能ですか?」
「いや、それは出来ない。選挙規約には明記されてないが、生徒会役員に不適切な生徒は立候補出来ないという選挙規約は存在する。つまり、不信任になると不適切な生徒として扱うことにしている」
「している……つまり可能だと」
「比企谷……私は出来ないと説明したのだが」
「再度選挙を行うとなった場合、立候補者がいなかったら、不信任の生徒が立候補する可能性はその言い方だと否定できませんが」
「それは……確かに、立候補者が誰もいなかった場合、不信任の生徒の立候補を止める選挙規約はないが……」
「間違いなくそうなりますね。不信任で落選しても立候補者がいなければ学校側は再び一色を立候補させる。絶対に」
「……」
全員が押し黙っている。
「これで分かった、一色が選挙に落ちたところでなにも変わらないということだ。二回目、三回目があるだけだ」
「なら、一体どうしたら良いんですかっ!」
「比企谷くん、何か案があるのでしょう?早く言いなさい」
ああ、案があるよ。一色は生徒会長にならず、代役を立てる必要もない方法が。
「簡単だよ。一色の担任を訴訟すればいい。生徒会役員選挙にいじめによって立候補されたことを認識しているにも関わらず一色にパワハラとも取れる断れないような言い方で立候補の取り下げをさせなかった。だから訴えた。こうすれば一色の担任は消えて、一色は立候補の取り下げが出来る」
全員が絶句している。
「比企谷……そんなことをしていいと思っているのか!?教師を消すだと?いい加減にしろ!」
「そんなことをしていいなんて言う相手が違うでしょう。それは一色を立候補させたいじめる側の人間と取り下げをさせなかった一色の担任に言うべきだ。そして一色の立候補を取り下げさせるべきだ。それが出来ないから、こんな手段を使うことになったんでしょう?」
「ヒッキー!そんなひどいことしちゃダメだよ!」
「ひどいこと?だからそれは一色の担任だろ。一色の担任がひどいことをしたから、訴えるんだろうが。そのための裁判所だろ」
「そんな、先生を訴えるなんて、出来ませんよ……先輩、それしかないんですか……?」
「なら脅しで終わらせればいい。脅しで取り下げてくれるなら訴える必要もないだろ。もしそれでも取り下げないなら裁判所へ行け」
「比企谷くん、脅しが通用すると思うのかしら?一色さんは実際に訴訟したくはないでしょうけど脅しだけで通るとは思えないわ。だからその案は却下よ」
「どうしてそう思う?」
「立候補を取り下げないと訴えるなんて生徒に言われて誰が信じると思うの?」
「なら前例があれば良いんだろ?」
「前例……?以前にこの学校でいじめに対する訴訟が行われたなんて聞いたことがないわ」
「何言ってんだ。そこにいるじゃないか。平塚先生が」
「私!?私はそんな経験ないぞ!?」
ここまで言ってまだ理解できないのか?昼休みにしっかりとフラグを立てたじゃないか。
「違いますよ。俺が、今から、平塚先生を、訴訟すればいいんじゃないですか」
そのために昼休みに平塚先生に殴られたのだ。そのときのことはしっかりと録音している。証拠としては十分だろう。
「比企谷あああ!!!」
平塚先生の拳がまた俺の腹にめり込む。
「ぐふっ、ごほっ、……で、腹が立ったからまた殴ったと。今のも録音してますから、証拠がまた一つ増えましたね」
「……やめろ、すまなかった。今後暴力は振るわないと誓う。だからそれを……」
「一色、俺がこれを使って平塚先生を訴訟する。その後、お前は担任を脅してこい。つい最近に前例があり、尚且つ実際に訴訟した俺がバックにいると知れば、いくらその担任の頭がお花畑でも本気だと思うだろ」
「待ちなさい、それをさせるわけにはいかないわ」
「何故だ?俺は教師から暴力を振るわれた被害者だ。訴訟する権利はあると思うが」
「それは……先生も暴力は振るわないと誓っているでしょう。なら、訴える必要なないのではないかしら?」
「信用するとでも?俺が?平塚先生を?」
「……」
「比企谷……私は、そこまで信用がないのか……?」
「普段のストレスを俺に暴力という形でぶつける人にあるとでも?」
「ヒッキー!どうして、こんな……ヒッキーはこんなことする人じゃないよ!ヒッキーはもっと優しい人だったはずだよ!?それなのに、どうして……」
「だから言っているだろこれは正当な権利に基づいてやっていることだと。もっと優しい人だった……?優しい人は、訴訟してはいけないのか?訴訟することは、悪いことなのか?」
「だって、平塚先生がいなくなったら、この部活はどうなるの!?」
「顧問がいなくなれば廃部だろうな。だが、それを気にして俺に暴力を振るわれ続けろと言うのか?」
「それは……でも!」
「雪ノ下も、由比ヶ浜も、俺が傷つくのは嫌だと言った。だから、俺はそれをやめるよ。俺は俺を傷つけず、俺以外の人間を傷つける方法をとることにしたよ」
「そんなの、認められるわけがないでしょう!」
「何も出来ないお前らに言われても説得力がないぞ。お前らは何も出来ず、しかし俺のやることの否定はする。だから俺が変わるしかないんだよ。これがその結果だ。俺が、俺でも依頼人でもない人間を傷つけて依頼を達成する。これが新しい奉仕部だな」
「そんなことはないわ。この依頼だって、比企谷くんの方法を使わずとも、解決して見せるわ」
「……なにか勘違いしていないか?」
「え?」
「もう訴訟することは確定事項だ。というかもう訴状は出すように弁護士に伝えている。この依頼に関係なく、訴訟はする。あとは一色がどうするかだ。一色がこれを利用して一色の担任を脅すなら協力はしてやるが、他の案があるならそうすればいいだけの話だ。お前らがこれを否定するなら、俺にはもう何も出来ないよ。じゃあな、俺はこの部を辞めるよ。まあ、部活そのものがなくなるだろうがな。一色、俺は2-Fに所属しているから相談があるなら乗る。まあ、あとは一色の担任を脅すだけだ。俺よりお前のほうがそういうの得意そうだし、録音しとけくらいしか言えることはないと思うがな」
俺は部室を立ち去る。後ろで何か騒いでいるが、何を言われても聞く気もない。ただ、立ち去るだけだ。
「比企谷くん!」
後ろを振り返ると、城廻先輩が走ってきた。そういえばこの人俺が訴訟する話をしてから全然喋ってなかったな。
「……なんですか」
「どうして、あんなことを……?」
「それはさっき説明してきたはずですが」
「じゃあ、どうして外部の人間がいる状況で話したの……?」
「……それは、どうせ今日か明日にでも言うつもりでしたから……」
「……もしかして、一色さんのため?」
「……」
「今日の雪ノ下さんを見ていて思ったの。文化祭の時と雰囲気が似てた。恐らく君がいないと雪ノ下さんは文化祭と同じことをする気がしたの。そうなれば一色さんは苦しむことになると思う。だから君は……」
「……違います。結果的に一色の依頼の解決に繋がっただけです」
「文化祭の時、屋上であったことは聞いたよ。私は最低って言っちゃったけど、あなたはあなたなりの考えがあってあんなことをした。そうでしょ?そして今回もそう」
「それも言いましたよね。俺が傷つくのはやめた。これからは他人を傷つけることにすると。これがその第一歩ですよ」
「文化祭のことは否定しないんだね。それに、一色さんを救おうとしたことも」
「……」
「文化祭で君がしたことが間違っているのかどうかなんてそこにいなかった私には分からないし、言う権利もない。今回の一色さんのことも、脅しが成功すればある意味ではすべてが丸く収まる。比企谷くんが訴訟するのも、間違っているとは思わない。一色さんの件と訴訟の件は別問題だから。だから、これだけは言わせて」
そこで城廻先輩は溜めるように間を開けて、
「ありがとう」
そう言ってくれた。思えば、初めて奉仕部の活動で礼を言われた気がする。
「別に、依頼をこなしただけです。礼がほしかったんじゃないですから」
「それでも、ありがとう。依頼を引き受けてくれて。依頼を解決してくれて、ありがとう」
俺はそれ以上何も言わず、その場を立ち去る。城廻先輩の言葉が胸に温かく浸透する。今まで奉仕部で活動してきて、一番温かいと、いて良かったと思ったのが、退部後とは、皮肉なものだ。
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ぼっちの少女とリア充の王
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『あ、もしもし小町ちゃん?』
『あー結衣さーんどうもいつも兄がお世話になっております小町ですーどうしました?』
『あのね、来週、小学校の林間学校があるんだけどね、奉仕部で参加することになってね!それで、ヒッキーと、もしよかったら小町ちゃんも参加してほしいんだ』
『あーごめんなさいその日は家族旅行で九州に行くんですよー三泊四日で。もちろん兄も。ですのでちょーっと厳しいかなって』
『あ、そうなんだ』
『はい、だからごめんなさい行けそうにないですー』
『うん、ありがとうね』
『いえいえ、ちゃんと兄にお土産買わせますんで待っていて下さい!』
『じゃあねー』
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雪乃「そう、比企谷くんは旅行で来ないのね」
結衣「うん、ぴったりかぶっちゃってるみたいで」
彩加「八幡こないんだ……残念だね」
静「そうか、それなら仕方がない。我々四人で行くとするか」
優美子「あ、ユイじゃーん」
結衣「あ、優美子……どうして?」
隼人「奉仕活動で内申点加担してもらえるって聞いてね」
結衣「え、合宿じゃないの?」
優美子「あーしらはただでキャンプできるつーから来たんだけど」
戸部「だべ?いーやーただとかやばいっしょー」
姫菜「わたしは葉山君と戸部君がキャンプすると聞いてhshs」
静「ふむ、まあおおむねあっているしよかろう。みんなの言った通りだ。では、さっそく行こうか」
オリエンテーリングと称して私、鶴見留美を含む五人は山の中を歩いている。いや、正確には四人と一人か。同じ班には所属していても私と他の四人には明確な壁のようなものがある。四人は楽しそうに話しながら、ときおり後ろにいる私をみてはクスクスと笑っている。別にあの四人の中に入りたいとはもう思わない。けど、こうやってクスクス笑われるのは嫌だ。その哀れなものを見るかのような視線が、私に聞こえないように、それでいて何かを話していることを知らしめるかのように開いた口が、どうしようもなく格下であると、惨めな存在であると教えられてしまうから。
「じゃあ、ここのだけ手伝うよ。でも、他のみんなには内緒な?」
ボーっと歩いていたらいつの間にか男の人がいた。最初の集会で挨拶していた人だ。名前は確か……葉山、だっけ。ボランティアで林間学校の手伝いに来た高校生だっけ?あの集会の後、みんなあの人かっこいいとか何とか言ってた。私はその会話には入っていないけど、女子からは人気があるみたい。
葉山さんが来てくれたことにみんな嬉しそうにしている。私には関係ないけど。
と、金髪の人や胸が大きい人たちの中に、黒髪の女の人がいた。おそらく、葉山さんもグループで行動していて、そのグループの他のメンバーなんだろう。けど、その黒髪の人は一人だった。あの人を見るのは初めてだけど、何となく感じる。一歩引いて歩くような、そんな感じ。分かる。私も、一人だから。
「チェックポイント、見つかった?」
葉山さんに急に話しかけられた。さっきまでみんなと話していたから、こっちに来ると思ってなかった。
「……いいえ」
「そっか、じゃあみんなで探そう。名前は?」
みんな?さっきまでみんなと一緒にいたじゃない。どうして私を?
そのあと、私は背中を押されてみんなのところまで連れていかれた。みんなの顔は笑っていたが、感じる。来るな、消えろ、と。言葉にしなくても、顔に出さなくても、分かる。みんなは私がいないかのように葉山さんと喋っていてこちらを見ない。葉山さんはみんなと楽しく喋っていて、こちらを見ていない。どうしてあんなことをしたの?なにがしたかったの?
私は首に紐でかけられたデジカメをなでる。お母さんが、みんなでとってきなさいと言って渡してきた。お母さんは、私の今について知らない。話していない。でも、写真がなかったら、きっとお母さんは気づいてしまう。怒られるのだろうか。お母さんも惨めなものを見るかのような視線を送ってくるのだろうか。それを考えると、怖い。でも、みんなと写真を撮るなんて出来るはずがない。
だから、そっと後ろに戻る。もとの場所に。みんながいないところに。
「カレー、好き?」
夕食のカレーを作っていたらまた葉山さんに話しかけられた。まあ私は何もしていない、というか何もさせてもらえないんだけど。私が何かに触ろうとすると、みんな持っていかれちゃったから。
私が葉山さんに話しかけられているのを見て、みんながこっちを向く。そして感じる。来るな、消えろと。私はこれだけ感じるのに、このずっと笑顔の人は何も感じないのだろうか。
「……別に、カレーに興味ないし」
だから、逃げることしかできない。留まっても、みんなが私を排除しようとするだけだから。少し離れてから後ろを見ると、みんなと、あと胸の大きい人が楽しそうに笑っている。私はやっぱり邪魔なんだ。二回も続けば、あの人も気が付いたと思う。
と、歩く先にさっきの一人の女の人がいた。雪ノ下と名乗った人は、中学生になれば……という私の期待をあっけなくうち破った。
「中学校でも、……こういうふうになっちゃうのかなぁ」
私の口から嗚咽が漏れる。やっぱり、嫌だよ。惨めなのは。惨めにされるのは。惨めだと思われるのは。
結衣「大丈夫、かな……」
静「ふむ、何か心配事かね」
隼人「まあ、ちょっと孤立しちゃってる生徒がいたので……」
優美子「ねー、可哀想だよねー」
戸部「そんな子がいたん?うっわ、ホントそーだべ!一人とかマッジかわいそーだし!」
静「それで、君たちはどうしたい?」
結衣「それは……」
隼人「出来れば、可能な範囲でなんとかしてあげたいと思います」
雪乃「あなたには無理よ。そうだったでしょう?」
隼人「そう、だったかもな。……でも、今は違う」
雪乃「どうかしらね」
静「雪ノ下、君は?」
雪乃「私は……、彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を持って解決に努めます」
・・・
雪乃「いろいろな案が出たけれど、どれも有用とは言い難いわね」
彩加「ごめんなさい、全然役に立てそうにないや」
隼人「……やっぱり、みんなで仲良くできる方法を考えないと根本解決にならないか」
雪乃「そんなことは不可能よ。ひとかけらの可能性もありはしないわ」
戸部「いやーそんなことやってみねーと分かんねーべ!ナイスアイディ~ア!」
雪乃「だから、そんなこと」
優美子「あんたさー、ならほかになにかあんの?」
雪乃「それは……」
隼人「優美子、いいんだ。でもやっぱり、みんなには仲良くなってほしいし、それが一番幸せだと思う。だから、他に良い案がないなら俺はこの方法を貫くよ」
優美子「隼人……」
雪乃「………………比企谷くん、あならならどう動くのかしら?」
翌日、朝食を食べ、部屋に戻ると誰もいなかった。この状況を少し嬉しがっているというのは変わっているのだろうか。なんにせよ、ちょっと気分がいい。持ってきた本でも読んでいよう。でも、先生が来たらきっと面倒なことになるからちょっと怖いけど。
しばらくすると、やっぱり先生が来た。先生は、こんな時に一人で本を読んでいるのが大層不服らしく、私を部屋から追い出した。部屋を出て、外へと向かう。さて、どうしようか。とりあえずしばらくして先生がいなくなったら部屋に戻って本でもとってきてどこか誰かに見つかりにくい木陰の下にでも行こうかな。
「あれ、留美ちゃん?」
外を当てもなく歩いていると、葉山さんがいた。正直、会いたくない。でも、変なことをしてそれがみんなの耳に入ればと考えると、身震いしてしまった。
「……なに」
「みんなは、どうしたの?いっしょじゃないの?」
「朝食を食べて部屋に戻ると誰もいなかった」
「そっか、はぐれちゃったんだね。俺、みんながいるところを知っているから、良かったら、案内しようか?それとも、みんなを呼んでこようか?」
絶対にやめて。
「ううん、一人で大丈夫」
「遠慮しなくて大丈夫だよ!さあ、おいで」
葉山さんが手を伸ばしてくる。この手を握れば、間違いなく連れていかれる。
「ごめんなさい、ちょっとトイレ」
そう言い残して私はその場を離れる。後ろで名前を呼ばれるが、振り向かない。気分はまさに馬車から逃げたドナドナ(子牛)の気分。逃げないと、馬車の運転手が追ってくる。
雪乃「それで、どうするの?」
隼人「留美ちゃんがみんなと話すしかない、のかもな。そういう場所をもうけてさ」
結衣「でも、それだと、たぶん留美ちゃんがみんなに責められちゃうよ……」
隼人「じゃあ、一人ずつ話し合えば」
姫菜「同じだよ」
雪乃「あなたの案は駄目よ。もう黙っていなさい」
優美子「だからさー、ならあんたが案をだせって言ってるの」
雪乃「それは……」
戸部「でもさー、このままじゃ何にも出来ないまま終わっちまうっていうかさー、ここは隼人君の策に乗っかってみないべ?」
雪乃「あなた、さっきの話を聞いていなかったのかしら」
戸部「いやいや、でもさー、多少危険なことでもやってみないと出来ないことってあるって言うべ。ハイリスクハイリターンってやつ?」
優美子「あーしも戸部に賛成だし。隼人ならなんとかしてくれるっしょ」
雪乃「あなたたち、これは失敗できないのよ。そんな不確かな意見に賛同は出来ないわ」
彩加「そ、そうだよ!失敗したら大変なことになるよ!他の案があるはずだよ!」
隼人「雪ノ下さん、戸塚、言ったはずだ。他に良い案がないなら俺はこの方法を貫くと。肝試しでみんなが集まるときに俺はこの方法を実行する。先生にも現状を知ってもらいたいし、みんな良い子たちだからきっと仲良くなれるはずだ。もし、他に良い案がないなら、口を出さないでもらいたい」
結衣「…………ヒッキーならどうするのかな?いつもみたいにひねくれた方法を思いつくのかな」
肝試しのために、みんながスタート地点に集められている。当然、班のみんなと固まって一緒にいる。今までは少し離れていることが出来たが、こうやって狭い一カ所に集められると、離れられない。
「鶴見、あんた、朝、何してたの?」
急に話しかけられた。どうして?今まで話すことなんてなかったのに。林間学校で話すのははじめてかもしれない。
「え?あっちこっち歩いてたけど」
「じゃあ、なんでお兄さんと話していたの?なにを話していたの?」
言われて、今朝、葉山さんに会ったことを思い出す。見られていたみたい。
「あんたさーお兄さんに気に掛けてもらって、調子乗ってんじゃないの?」
「いや、そんなこと」
みんなから口々に悪口を言われる。お高くとまってるとか可愛いから調子乗ってるとかびっち?とか言われた。思わず涙が出そうになる。それを必死にこらえる。見られないようにうつむく。どうして?私が何をしたの?私だって話しかけられるのが嫌だった。なんで葉山さんはあんなことしたの?なんで私がこんなことをいわれなくちゃならないの?
「みんな、静かに。これから、肝試しなんだけど、その前にボランティアのお兄さんからお話があるそうよ」
首を上げる。その前には、葉山さん。みんなが黄色い歓声を上げている。葉山さんがこっちを見ている。先生もこっちを見ている。すごく嫌な予感がする。
「みんな、話がある。鶴見留美ちゃんのことだ」
背筋が凍りつく。うまく息が出来ない。みんながこっちを見てる。その視線に込められているのは、哀れみでもない、明確な敵意のようなものを感じる。
「留美ちゃんはみんなからのけものにされている。留美ちゃんはそれで悲しい思いをしている。この林間学校で見ていて気がついたよ」
やめて、もうやめて。苦しい。痛いよ。怖いよ。
「鶴見さん、本当なの?」
先生が問いかけてくる。先生も、私を恨んでいるの?私には、誰も味方がいないの?
先生が手を握って葉山さんの隣まで連れてくる。ああ、生贄にささげられる少女の気持ちって、こんな感じなのかな。私、食べられちゃうのかな。
「みんな!みんなは仲間だ!友達だ!家族だ!それなのに、こんなことをしてるのを見ると、俺は悲しいと思う」
みんなこっちを見てる。明らかに異物を見る目だ。肩に葉山さんの手が置かれる。まるで、生贄を縛り付けるための鎖に思えた。足がすくんで、動けない。
「みんな!留美ちゃんと仲良くしてあげてほしい。これが、俺が出来る精一杯のことだ。どうか、お願いだ」
みんなが声を上げる。先生はハンカチで涙を拭っている。葉山さんが誇らしげな顔で立っている。きっと、先生と葉山さんにはそう映っているのだろうか。
私、映画でこんな光景を見たことがある。どこかのジャングルの奥で行われる儀式みたい。私が生贄で、先生と葉山さんが祭祀で、そしてみんなが私を食べようとする獣。
もう、駄目。今すぐここからいなくなりたい。このみんながいる場所から、あの学校から、……この世界から。
「イヤアアアアアア!!!」
肩に置かれていた葉山さんの手を振りのけて私は走る。もう、嫌。これ以上、こんな思いしたくない。
林に入って、それでも走り続ける。転んで、ドロドロになって、それでも、はいつくばってでも、あそこから逃げる。
どのくらい走ったのだろう。いつの間にか森とも言うべき場所にいた。誰もいない、どころか明かりの一つすら見えない。私がどこから来たのかも、どこに行けばいいのかも分からない。
「あうっ」
また転んでしまった。手が思わず何かを掴んでしまう。その手には、長くて太い木の枝。先が鋭く尖っていて、まるで錐だ。
「あはっ」
口から笑い声が零れる。私が行く方向が分かった。木の枝を握りしめて喉へと向ける。手が震える。怖い。けど、こんなこと、さっき体験したことに比べたら何でもない。
痛い、のかな。でも、きっと大丈夫。今までずっと我慢してきたんだから。最後くらい、我慢できるはず。
「あはははははははははははははははははははははははははははは!!!」
バイバイ。みんな。私、みんなと入れて、とっても不幸せだったよ。
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比企谷八幡は手札を作る
俺は、手札を持っていない。
林間学校にて、俺はそれを痛感していた。あの時、俺は依頼を解消した。確かに、俺にはあの方法しか思いつかなかったし、それはあの場にいた全員がそうだった。だが、俺は解消しか出来なかった。俺が持つ手札は、人の悪意を読み取って利用する頭脳と、社会的立場への執着心のなさ。その二つだけだ。
だから、俺は手札を増やすことにした。もう、手札がこれしかなかったなんて言わないために。もっとよりよく立ち回るために。他人も、自分も、傷つけないために。
「うち、実行委員長やることになったけどさ、こう自身がないっていうか……。だから、助けてほしいんだ」
先日、文実で実行委員長に立候補した女。相模は奉仕部に訪れて依頼をしてきた。雪ノ下は依頼を受けないものだと思った。
「そう……。なら、構わないわ」
だから、依頼を引き受けるとは思っていなかった。事故のことで何か思うところがあるのだろうか。だが、こんな状態でこんな複雑な依頼が達成できる気がしない。だから俺は手札を作る。とりあえず最初は弱くてもいい、少しずつ、数を増やしていく。
「なあ、それってつまり、『実行委員長をサポートして文化祭を成功に導く』ということでいいのか?」
「はぁ?アンタ何?」
「いいから、答えろ」
「べ、別にそれであってるしー」
「雪ノ下も『実行委員長をサポートして文化祭を成功に導く』ということでいいのか?」
「え、ええ、構わないわ」
「じゃ、よろしくねー」
相模連中は部室から去っていった。俺はボイスレコーダーを取り出して録音を終了する。とりあえずこれが初めて作った俺の手札だ。
「文化祭を最大限、楽しむためには、クラスのほうも大事だと思います。予定も順調にクリアしてるし、少し仕事のペースを落とす、っていうのはどうですか?」
あの女やりやがった。陽乃さんに何を影響されたのは知らんが、そんなサボりの大義名分を与えるようなことをすれば今までのバッファなんざ一瞬で食いつぶされてしまう。だが、俺にそれを止める権限なんてないし、雪ノ下の声も陽乃さんに消されてしまい届かない。やはり相模では駄目だ。何か手を打たなければ。
数日後、俺はある書類を作成していた。それを平塚先生のもとへ持っていく。
「比企谷……私にこれをどうしろと?」
「目を通していただいてサインしていただければいいかと」
「ふむ……。確かにこれを作ることは間違っていないのかもしれない。だが、彼女のことも考えてやれないか。彼女なりに一所懸命に頑張っているのに、この書類は彼女を信頼していないことがありありと伝わってくるぞ」
「信頼していませんよ。だからこれを作ったんです。それで、許可をいただけますか?」
「……ふむ、構わない。厚木先生にはあとでこちらから説明しておくよ。ただ、そうやって信頼していないことを晒すのは敵を作ることを知っておくように」
「ええ、重々承知してますよ」
俺を誰だと思っている。信頼や信用なんてものはいつも切り捨てられてきた人間だぞ。さて、次は城廻先輩だ。
「城廻先輩、この書類にサインして頂けませんか?」
「これは……?」
「詳しくは、ご自身でご査収して頂いたほうがよろしいかと」
城廻先輩はむむむーと唸りながら俺の持ってきた書類を読んでいる。不思議だ。これをそこいらの女子がやったらあざとクソビッチとか思うけど城廻先輩だと似合っていて腹が立たない。
「うん、読ませてもらったよ。これ、平塚先生のサインがあるってことは平塚先生は許可したということだよね?」
「ええ」
「そうなんだ。一つ聞かせて貰っていいかな?」
「なんです?」
「どうしてこれを?そんなに相模さんが不安?信用できない?君の目から見て、相模さんはこれが必要だと思うくらいダメなのかな?」
そうです。その通りです。不安です。信用できません。そう言うことは簡単だ。しかし、俺はこの先輩にその言葉を言うことが望ましいとは思えない。何故なら、城廻先輩は生徒会として実行委員長である相模を精一杯サポートしている。なのでその言葉は城廻先輩たちにも当てはまる。俺から見て、サポートを行っている城廻先輩は上からの物言いで失礼だがかなり優秀だと思う。もちろん他の生徒会メンバーも。だが、相模はそれをはるかに上回るダメさを持っている。
それに、文実の中で最も権力を持つのは相模だ。そしてそれを知ってか知らずか自身に都合のいいように振り回している。より自分が楽を出来るように、より自分に人望が集まるように。それを生徒会は止めることが出来なかった。雪ノ下も。だから抑止力が必要なのだ。
「いえ、万が一に備えて、ですよ」
「万が一?」
「ええ。これを使わないほうがいいのは分かっています。ただ、手札を増やしたいだけです。それで、この書類を了承してもらえますでしょうか?」
「うん、それが分かっているなら安心だよ。サインしておくね」
「ありがとうございます」
さて、最後は相模のサインだ。
「雪ノ下。これを相模にサインさせてくれないか」
「これは……?」
「見ての通りだ。相談しなかったことは悪いと思っているが、すでに平塚先生と城廻先輩の認可は貰っている。あとは相模のサインだけだ」
「……いえ、これを否定するわけではないのだけれど、少し驚いてね」
「驚く?」
「あなたがこういう手回しや裏工作、予防線のようなことをするのが少し意外だっただけよ」
「そうだな。初めての試みだ」
「あなたも変わったのね」
「こういうセコイ手を使うようになるのはお前としてはいいのか?」
「まあ、必ずしも褒められる行為ではないのかもしれないけど、それでも今回は必要になるのかもしれないわね」
相模の依頼を受けた時と若干態度が違っている。頭が落ち着いたのか、文実の仕事に追われてて余裕がないのか、それとも……。
「……お前、大丈夫か?」
「……大丈夫、なんでもないわ。とりあえず、この書類は預からせてもらうわ」
雪ノ下は作業に戻っていった。やはりおかしい。いつもの雪ノ下とは違う気がする。というよりは例え誰であっても普通、大丈夫か?などと聞かれて本当に大丈夫ならその質問の意図に疑問を持つ。大丈夫なんて答える奴は大丈夫じゃない。ソースは俺。母ちゃんに『学校、大丈夫?』って聞かれて『うん、大丈夫……』としか答えられないような学校生活送ってきたから。まあ、雪ノ下は業務で疲れているだけかもしれないし、大丈夫だろ。
「……二F担当者。企画書が出ていないのだけれど。今日中に提出なのだけれど、大丈夫なのかしら」
「……大丈夫です」
大至急教室へと向かう。いや大丈夫じゃないわ。
企画書を書くため由比ヶ浜とともに会議室に戻ろうとしたころ、葉山のかほりを嗅ぎつけた相模が会議室へと向かった。
会議室に入った相模が葉山と世間話をしようと近づくと、葉山をマークしていた雪ノ下が相模をスクリーン。そして相模に書類をパス。思わず『リバンッ!』って叫んじゃうところだった。いや、シュートしてないけど。
相模の手に書類の束が渡される。そして一番上に例の書類。それを相模は決済印をポン。え、押しちゃうの?読んだの?あなたにとって大事な書類だよ?
「相模さん、その書類はサインをお願い」
すると相模はボールペンでさらりとサイン。いいの?絶対もめると思っていたのに。いや、こっちとしては助かるんだけど。
雪ノ下が倒れた翌日。スローガンの変更で俺はやってしまった。俺はあの方法が最善策だと思うが、新しく作った手札では何も出来なかった。だから、あんなことを言うしかなかった。結果的に文実は回りだしたが、平塚先生の目を、雪ノ下の目を直視することが出来なかった。俺も、少し心がざわつくような感触を得た。他人に言わせればこれが心に傷を負ったということなんだろう。小さいころから経験していて、慣れてしまったこの感覚。でも、慣れてもいいのだろうか。これが回避したくて、手札を作ることを決めたのではなかったのか。
文化祭当日、終了直前、相模が集計結果を持ったまま逃げたことを告げられる
「比企谷くん、私は時間を稼ぐわ。だからお願い。相模さんを連れてきてちょうだい」
最後の最後にとんでもない仕事を持ってきたものだ。だが、やらねばなるまい。副実行委員長として、奉仕部部長として、上司の命令には逆らえないからな。
「雪ノ下、城廻先輩。俺が以前作成してサインを貰った書類を覚えていますか」
雪ノ下と城廻先輩の顔に一瞬、動揺が走る。が、すぐに俺の真意を理解してくれたようで覚悟を決めた顔になってくれる。
「ええ」
「うん、大丈夫。すべて理解してるよ」
俺は走り出す。新しい手札とともに。
俺は屋上へと向かう。途中、材木座と川崎の協力を得て、相模が屋上にいることを悟った。俺には手札がないなんて言いながら、材木座と川崎という手札があるんじゃないか。
屋上にいた相模にエンディングセレモニーが始まるから戻るように促すが、戻るつもりはないようだ。と、そこに現れたのは相模の取り巻きと、葉山。生まれながらにして俺と違って多くの強い手札を持つ人間。人脈、知能、運動能力、金、親の力、人望、容姿。俺とは全く違う人間だ。
だが、葉山であってもこの事態を解決できないようだ。このままではエンディングセレモニーが始まってしまう。その時、思いついた。俺を敵として、葉山を正義のヒーローにして相模を説得する術を。だが、この方法はやめると誓ったのだ。
このために俺は手札を作ると誓ったのだ。俺が終わらせよう。俺が新しく作った手札で。
俺は携帯を取り出す。
「もしもし、城廻先輩?集計結果を入手しました」
相模さんの友達と相模さんを探していると屋上に向かうのを見たという目撃者を見つけた。俺たちは屋上へと走る。
屋上には、相模さんと、ヒキタニくんがいた。俺たちは相模さんの説得を行うが、来てくれない。このままでは、エンディングセレモニーに間に合わない。どうすれば……。
「もしもし、城廻先輩?集計結果を入手しました。一位が……」
ヒキタニくんがどこかに電話している。お前も相模さんを説得するのを手伝ってくれよ!
「ええ、ええ、そうです。無理でした」
無理だって!?待ってくれ!あと少しなんだ、諦めるな!
「ですので、予定通り、雪ノ下を実行委員長としてエンディングセレモニーの進行をお願いします」
待ってくれ!どうしてだ!なぜだ!お前も、説得するためにここに来たんじゃないのか!?
ヒキタニくんは、相模のほうを向いて、告げる。
「副実行委員長・雪ノ下雪乃及び生徒会長・城廻めぐりの代理として通達させてもらう。相模南にリコールを行う。現時点を以て相模南は実行委員長を辞退。そして新たに雪ノ下雪乃を実行委員長として文化祭の運営を行うものとする」
……どういうことだ?リコール?なんのことだ?
「どういうことだ比企谷」
自分でも分かるほどに冷たい声が出た。
「なぜ彼女がリコールされる?その必要がある?」
「……度重なる職務怠慢及びエンディングセレモニー直前の職務放棄。これにより彼女が実行委員長では文化祭の運営に支障が出ると判断した。そのためにこのような処置をとることになった」
ああ、それは十分納得できる。だがそれではダメだろ?みんなで力を合わせてこその文化祭だろ?
「リコールとはなんだ。そんなシステムは文実には存在しないはずだが」
比企谷は、胸ポケットから一枚の書類を出して渡してくる。何かの書類のコピーのようだ。平塚先生と城廻先輩、相模さんのサインが書かれている。そこには、
一、実行委員長、相模南の運営によって文化祭の運営が困難であると副実行委員長、雪ノ下雪乃及び生徒会長、城廻めぐり両名が判断した場合、その時点を以て相模南は実行委員長を辞退し、雪ノ下雪乃を実行委員長として文化祭の運営を行うものとする。
なんだこの書類は。どうしてこんなものが。だが、そこには相模さんのサイン。適用は、可能だ。
「うちこんなの知らない、知らない!」
相模さんが錯乱している。知らない?紛れもなく相模さん自身のサインが書かれているのに?
比企谷が立ち去ろうとしている。とっさに胸倉をつかんで壁にぶつける。
「ガハッ!」
「比企谷……どういうつもりだ?」
「今告げた通りだが」
手がわなわなと震える。必死に抑えないと殴ってしまいそうだ。
「葉山くん、そんなやつほっといて、いこ?」
相模さんの友達が相模さんを連れてここから立ち去るように促す。戸が閉まる前に、比企谷に一言だけ告げる。
「どうして、お前はそんなやり方に変えたんだ……?」
返答を聞く前に屋上を去る。急がなければ。
「『もしもし、城廻先輩?今相模がそちらに向かいました。時間が間に合えば、相模を実行委員長として進行をお願いします、では』……録音終了、っと。それにしても、俺が敵になる方法で思い描いた結末と結果が同じになってしまったな。ならいいや。あとは、自己防衛するだけだな。そのための手札は、手中にあるのだから……ハハッ」
数日後、俺は生徒指導室に呼び出された。生徒指導室には、葉山と相模、その取り巻きがいた。俺が生徒指導室に入ると、相模がニヤニヤした目でこちらを見てたが、葉山が「相模さん、大丈夫?」と顔を覗き込むと目に涙を浮かべて辛そうな顔をする。まったく、役者並の演技だぜ。
あの時屋上であったことは相模によってあっという間に広まった。なんでも、ある男子が実行委員長の相模に「使えない」だの「役立たず」だの「実行委員長失格」だのと言った暴言を吐いたとか。おそらくそれが今回呼び出された原因だろう。
しばらくして生徒指導室の戸が開き、平塚先生、厚木先生の文実担当教師ペアと校長だか教頭だかのお偉いさんが入ってきた。
ああ、平塚先生が悲しそうな目をしてこっちを見てるよ。文化祭終了後、傷つくのがどうこうとか説教されたからな。あの時と同じ目だ。
俺は四角形に並べられた机の西側の席に、葉山たちは東側の席に、先生たちは窓を背後にして南に座る。
席に着くと、さっそく教頭が口を開いた。
「さて、君たちを呼んだのは他でもない、文化祭でのことだ。校内でも噂になっている。そこにいる比企谷くんが相模さんに向かって暴言を吐いたのだとか。相模さん、本当かね」
「ハイ……あの時、屋上にいたうちにあんなひどいこと……うぅ」
顔に手を当てる相模。大した大根役者だよ。先生からも葉山からも見えていないだろうが口が笑ってるぜ。仮面で覆い隠し切れてないぞ。
「では、比企谷くん、本当かね」
「いえ」
「な、アンタ!あんなこと言っておいてそんなこというの!?アタシらも聞いてたんだかんね!サイテー」
相模の取り巻きがなんか言ってる。
「つまり、比企谷は嘘をついているというのかね?」
「そうです!」
「葉山くんもその場にいたのだったね。どうなんだ?」
「ええと、その…………はい」
おおう、葉山。その場の空気に合わせてしまったな。俺に向けられたその目は済まないと語っている。いや、俺も本当に悪いと思うよ。葉山がその場にいなければお前もとばっちりを食らう必要なんてなかったのに、そこのアホのせいで巻き込まれちまったんだかな。
だから、俺も目で伝える。済まない、悪かったと。俺はこれから俺を守るよ。そしてお前を俺は守らない。そこの相模とともに沈んでろ。
「相模、俺はどんなことを言った?どんなことを言ったと言いふらしまわったんだ?」
「はあ?『使えない』だの『役立たず』だの『実行委員長失格』だの言ってたし!」
「先生、噂では俺はなんと言ったと聞いてますか?」
「まったく同じだ。違うのかい?」
「俺はそんなことは言っていませんが」
「はぁ!?アンタ、エンディングセレモニーの前にうちに言ったこと、忘れたとは言わせないし!」
俺はボイスレコーダーを取り出して再生する。
『エンディングセレモニーが始まるから戻れ』
『別にうちがやらなくてもいいんじゃないの』
相模らが驚愕している。先生方が眉をひそめる。平塚先生が目を見開いている。ここから先は、俺のターンだ。
屋上であったことをすべて再生し、葉山に問う。
「これは相模が言ったエンディングセレモニーの前にあったことを録音したものです。葉山、事実との差異はあったか?事実と違う点はなかったか?過不足は?これはエンディングセレモニーの前に屋上であったことだけを含んでいるか?逆に、これ以外に屋上でのやり取りがあったか?」
「……いや、差異も過不足もないよ。相模さんも、そうだよね」
「……確かにあのときあったことだけど、それが何?アンタはうちにひどいこといったことは変わりないし!」
「認めるんだな。先生方もこれが証拠として認めて頂けますか?」
「ああ、認めよう。そのボイスレコーダーは証拠能力として十分であることを」
「なら、反論を。おかしくないですか?俺がいつ『使えない』だの『役立たず』だの『実行委員長失格』だのと発言しましたか?そんなこと一言も言っていないじゃないですか。相模はエンディングセレモニー前に屋上で言われたと言っています。だが、俺はそんな発言をしていないことはこの録音から分かるでしょう。暴言を吐いたところを都合よくカットしていないことは葉山たちが証言している。つまり、嘘をついているのは俺ではなく、そこの四人だ」
「な……!」
「……」
相模とその取り巻きは絶句し、葉山はうつむいて何も話さない。
「つまり、相模さんが嘘をついていると。事実かね、相模さん」
校長が問いかける。相模がわなわな震えている。
「……いや、アイツは言いました。うちに職務怠慢だの職務放棄だの勝手なことを。それはうちを『使えない』だの『役立たず』だの『実行委員長失格』と言ったことと同じでしょ?」
おっと、まだ食らい付くか。まあこれは想定内だ。面白くなってきたじゃないか。
俺は相模のサインが入っている例の書類を提示して反論する。
「相模を実行委員長として文化祭の運営を続けるのは困難であることは明白だった。だからこそ副実行委員長、雪ノ下雪乃及び生徒会長、城廻めぐり両名は相模のリコールを承認した。俺はそれを相模に伝え、葉山に理由の説明を求められたので説明しただけです」
「だからって、あんな言い方……」
「言い方?あれはただの業務連絡だ。要点だけを事務的に説明しただけだ。俺としてはこれ以上なく簡潔に、短く、分かりやすく、端的に話したつもりなんだが」
「なぜ比企谷はリコールをした?結果的にエンディングセレモニーは滞りなく相模さんによって進行したじゃないか」
「それは結果論だ。あの状況で相模によって絶対に進行出来ると誰が断言できる?少なくとも俺はそうは思わなかった。それに、滞りなく?エンディングセレモニー開始は遅れたじゃないか。雪ノ下たちが時間を繋いでくれたから外部の人間からはそう感じただけだろ」
平塚先生がこちらを見ている。どう読み取ればいいのか、うれしそうな、安心したような、それでいて怒りと失望のようなものを感じる。
「で、先生方はどうですか?」
「ふむ……。比企谷くんの言い分を認めよう。解散とする」
「ちょっと!うちが心に傷を負ったのに学校はなんもしてくれないわけ!?」
「君のその心の傷はただの勘違いだ。比企谷くんの言葉を悪意ある受け止め方をしたからだ。それより、君には処分を与える。なんでも、君は職務怠慢と職務放棄を行っていたようじゃないか。そのことについて、レポートでも提出してもらおうか。君たちも、虚偽の証言をしたことと事実無根の噂を流したことについてね。これでも優しいほうだと思いたまえ」
判決は出たようだな。弁護士葉山も不正が暴かれ刑を受けてしまった。俺は帰るとするか。せっかくだし、半紙に『勝訴』と書いて走ろうかな。
「なんで!?アンタにうちは依頼したのに!奉仕部にうちをサポートするように依頼したのに!」
俺はもう一つのボイスレコーダーを再生する。
『なあ、それってつまり、『実行委員長をサポートして文化祭を成功に導く』ということでいいのか?』
再生を終えた後に告げる。
「俺が依頼を受けたのは実行委員長のサポートだ。特定の個人を示していない。例え実行委員長が変わろうと奉仕部は実行委員長をサポートする。それはそちらも承諾していると思っていたが?それと、これ以上俺や奉仕部について根も葉もない噂をばらまくなら、こちらも名誉棄損で訴える用意は出来ている。ここであったことはすべて録音しているので、そのつもりで」
俺は生徒指導室を後にした。
こうして、八幡は手札を手に入れました。自分を傷付けず、相模に矛先を向けるための手札をね。
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川崎さんの七転八倒物語
ギャグ度高めでお送りします。でもギャグだけで済まないのが私クオリティ。短めです。原作で書かれていたところはカットしてるので2巻を手元に置いて読むといいかも。なんて不親切設計。でもみんななら原作の内容は一字一句間違えずに覚えてるよね!
1.川崎さん、教室でパンツ見られた上に色をばらされる
~教室~
静「川崎沙希、君も重役出勤かね」
沙希(……ねむっ。そういや今朝も何も食べてないからお腹すいたな……)
八幡「……黒のレース、だと?」
沙希(!!!……見られた……?別にちらって見られてしまうくらいならどうでもいいけど、そうやって地面に寝っ転がってまじまじと見られるのはちょっと……でもなんか露骨に反応するのもバカみたいだし……)
静「黒のレースだと?川崎、この学校の校則を知っているか?校則には、学校内外を問わず生徒は公序良俗に反しない服装であること、というのがある。君のその黒のレースも場合によっては校則違反になる可能性があるぞ。具体的な基準があるわけではないので私は何もしないが、他の先生が知れば校則違反として指導が入る可能性がある。無理に、とは言わないが考えておいたほうがいい。年相応の……なんだ?白とかそういうのにしておいたほうがだな……」
沙希(……やめてよ何か恥ずかしい)
沙希「……バカじゃないの?」
沙希(……逃げよ)
2.川崎さん、猫アレルギーなのに猫トラップに引っかかる
~川崎沙希の通学路のある道路~
カマクラ「ニャー」
雪乃「にゃー」
八幡「……何してんのお前」
雪乃「何が?」
八幡「いやお前今猫に話しかけ……川崎が来たぞ!雪ノ下、とりあえず一時退避だ」
雪乃「ええ、分かったわ」
沙希(はあ……今日もバイトか……やっぱり体に堪えるな……)
カマクラ「ニャー」
沙希「あ、猫……」
カマクラ「ニャー」シュバッ
沙希(……え、ちょっとあの猫こっち飛んできてな)ボフッ
沙希「ああああちょっと離れへクチ、ゲホ、コホ、ズルズルちょっと、ダメ、クシュ、まって、あたし、猫アレルギーなのに、クシュン!」
八幡「おい、どういうことだ」
雪乃「……彼女は猫アレルギーだったみたいね」
沙希「ハックシュン!!!」
3.川崎さん、バイトあるから急いでいるのに先生に捕まる
~廊下~
沙希(バイトの時間勘違いしてて教室に残りすぎた。結構ギリギリか。急ご)
静「川崎、待ちたまえ」
沙希(……時間ないのに)
沙希「……なんか用ですか?」
静「川崎、最近家に帰るのが遅いらしいな。朝方になるまで帰らないらしいじゃないか。いったい、どこで何をしているんだ?」
沙希(……これはすごく長引きそうだ)
沙希「誰から聞いたんですか?」
静「クライアントの情報を明かすわけにはいかないな。それより、質問に答えたまえ」
沙希(大志……?いや、高校の先生に身内のことを話せるようなコネなんてあの子は持ってない……はず)
沙希「別に。どこでもいいじゃないですか。それで誰かに迷惑かけたわけじゃなし」
静「これからかけることになるかもしれないだろ。君は仮にも高校生だ。補導でもされてみろ。ご両親も私も警察に呼ばれることになる」
沙希(まだ続くのか……流石に厳しいな……)
静「君は親の気持ちを考えたことがないのか?」
沙希(親の気持ちって……気持ちだけじゃ食べていけないっての。てか……)
沙希「親の気持ちなんて知らない。ていうか、先生も親になったことないからわかんないはずだし。そういうの、結婚して親になってから言えば?」
静「ぐはぁ!」
沙希(あたしの将来より自分の将来心配しなよ……。じゃあ、急がないと)
厚木「コラーー!そこの女子生徒!平塚先生になんて口の利き方だ!ちょっと来い!説教してやる!一時間やそこらで帰れると思うなよ!」
沙希(……バイト先に遅刻するって電話しなきゃ)
4.川崎さん、理不尽にリア充の王と炎の女王に絡まれる
~学校、駐輪所~
隼人「お疲れ、眠そうだね」
沙希(誰?……ああ、確か同じクラスの葉山だっけ?何それ、あたしがいつも寝ていることへの皮肉?)
隼人「バイトかなんか?あんまり根詰めないほうがいいよ?」
沙希(確かこいつ、弁護士の息子だっけ。金持ちか。バイトするあたしの気持ちなんてわかりゃしないでしょ)
沙希「お気遣いどーも。じゃあ、帰るから」
隼人「あのさ……」
沙希(あ?)
隼人「そんなに強がらなくても、いいんじゃないのか?」
沙希(何言ってんのこいつ?強がる?バイトがってこと?)
沙希「……あ、そういうのいらないんで」
優美子「ちょっとあんた。何調子乗ってんの?」
沙希「あ?」
隼人「優美子?どうしてここに?」
優美子「偶然通りかかっただけだし。それよりあんた。隼人が心配して声かけてるのに、その言い方、何?」
沙希「……アホくさ」
隼人「俺は大丈夫だよ。川崎さんも、たまたま今日、気が立っていただけだから。ここは俺に免じて二人とも収めてくれないか?」
優美子「隼人……」///
沙希(なにこれ)
5.川崎さん、バイト先に強襲される
~ホテル・ロイヤルオークラ~
八幡「川崎」
沙希(……誰だったっけ)
沙希「申し訳ございません。どちら様でしたでしょうか?」
雪乃「捜したわ、川崎沙希さん」
沙希「雪ノ下……」
沙希(県議会議員の娘。金持ちのお嬢様ってやつか。見てるだけで腹が立つ)
沙希「あんたらがここ最近あたしの周りでうろうろしてた訳?随分と暇人なのね。それで、何の用?」
八幡「お前、最近家帰んの遅いんだってな。このバイトのせいだよな?弟、心配してたぞ」
沙希「で、バイトやめろと?見ず知らずの人間に言われてやめるとでも?」
雪乃「やめる理由ならあるわ」
沙希(腕時計……気付いていたのか)
雪乃「一〇時四〇分……。労働基準法って知っているかしら?一八歳未満は一〇時以降のアルバイトが許可されていないのよ。あなた、年齢詐称しているわね」
沙希「……だったら?どうだっていうの?それを暴露する気?」
沙希(なるほど、お嬢様は悪いことをしているのが気に入らないからわざわざバイト先まで来たってわけ?悪いけど、あたしはやめないよ。こうでもしないと、お金が足りないからね)
??「川崎さん?」
沙希「て、店長?」
店長「ちょっと、話、聞かせて貰っていいかな?」
沙希「……はい」
~事務室~
店長「それで、さっきの話、本当なの?」
沙希「……はい」
店長「君の事情は知ってる。お金に困っていることも。それでも、ああやって他のお客さんがいる前で言われると、お店としても困るわけ」
沙希「……はい」
店長「だから、済まないけど、辞めて貰うことになる。高校生を深夜に働かせてるなんて知られるわけにも行かないから」
沙希「……はい、今までありがとうございました」
店長「……済まない」
沙希「いえ、年齢詐称をしていたのはあたしですから」
沙希(そう、店長は悪くない。あたしの責任だ)
~外~
沙希(……さて、新しいバイト捜さないと)
6.川崎さん、弟の気持ちと錬金術を知る
~マック~
八幡・雪乃・結衣「……」
沙希「またあんたたち?」
沙希(まだ付きまとう気?うんざりだ。またバイトを辞めさせる気?)
大志「姉ちゃん……」
沙希「大志……、あんたこんな時間に何してんの」
沙希(大志まで使ってあたしを貶めたいの雪ノ下?)
八幡「川崎、なんでお前が働いてたか、金が必要だったか当ててやろう」
・・・
雪乃「そういうことね」
沙希「なるほど、すべてお見通しってわけ。なら分かったでしょ。あたしには金が必要なの。だからバイトは続けるよ」
小町「あのー、ちょっといいですかねー?」
・・・
大志「……まぁ、俺もそんな感じ」
沙希(……そう、あんたも思うとこがあったんだね。悪かった)
八幡「川崎。お前さ、スカラシップって知ってる?」
7.川崎さん、バイトやめて勉強したけど学力が足りずスカラシップ取れない
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雪乃と葉山の修学旅行パーフェクトシナリオ
「私、とべっちに好意を抱かれていると思うの」
修学旅行の数日前、この日初めて部室を訪れた海老名さんは私たちにすべてを打ち明けてくれた。
「私、聞いちゃったんだ。とべっちが修学旅行で私に告白するって。でも、それに答えることは出来ないの。別に他に好きな人がいるとかじゃないし、とべっちが嫌いという訳でもないんだけど、それでも、告白を受けることは出来ないんだ。例え誰かと付き合ってもうまくいきっこないもん。私、腐ってるから」
悲しそうな、でも無理に笑おうとするような顔で海老名さんは続ける。
「それに、告白を受け入れても拒絶しても私たちのグループは崩壊すると思う。けど、あのグループは壊したくないんだ。ああやって私を受け入れてくれたみんなを悲しませたくないし、壊したくもない。私にとって、あそこはすごく大事な場所なんだ」
彼女は苦しんでいた。きっと、これを打ち明けることにも多大な葛藤の末に決断したんだと思う。
「だから、奉仕部に依頼させてください。戸部君の告白をさせないようにしてほしいの。諦めさせるか、妨害するか。そういった形でグループの崩壊を回避してください。こんな身勝手で我儘な依頼だけど、どうか引き受けてもらえませんか?」
彼女の言葉を脳内で反芻させ、私は言葉を紡ぐ。比企谷くんも由比ヶ浜さんも真剣な表情でこちらを見ている。
「分かりました。引き受けましょう」
「ゆきのん!」
由比ヶ浜さんが抱き着いてくる。暑苦しい。けど、必ずしも嫌じゃない。
「雪ノ下さん、ありがとう」
「依頼を引き受けた以上、全力で解決に尽力するわ。それで、幾つか聞かせて貰っていいかしら。まず、このことを知っているのは私たち以外にいるのかしら?」
「うん、グループの男子はとべっちが私を好きなことはみんな知っていると思う。そしてみんなは告白成功のためにいろいろしてるみたい。優美子は知らないと思うけど、うすうす感づいていると思う。あと、葉山くんにも同じことを相談したね」
「葉山に?なら、葉山が戸部を説得してくれているんじゃないのか?」
「そうだと良いんだけど、いろいろと心配だからね」
おそらく葉山くんは何も出来ないと思う。あの男は優しいだけ。他人にも、自分にも。だから、自身はその影響力で他人の意見を簡単に捻じ曲げてしまうけど、それなりに芯のある人の意見を曲げるほど何かを言うことは出来ない。せいぜい、『やめといた方がいい』なんて言い方が精一杯だろう。
でも、比企谷くんが会話に参加するのは少し意外ではあった。彼なら『そんな程度で壊れる関係なら所詮その程度の関係だろう』なんて言って何もしなさそうだと思っていたが。
「そう、なら次は修学旅行の班について……」
海老名さんと話し合いを続けていると、教室に再びノックが響く。
「ごめんなさい由比ヶ浜さん、来客者に少し外で待ってもらうように言ってもらえないかしら。ああ、比企谷くんはここにいてくれるかしら。戸を開けていきなりそんな腐った目を見てしまったら依頼者が心に傷を負ってしまうわ」
「俺の目はPTSDを誘発するくらいにやばいのかよ」
「ま、まあ、とりあえず様子を見てくるね」
席を立った由比ヶ浜さんは戸を引く。すると、耳障りな声が聞こえてくる。林間学校で聞いたことのある、あの声。
「ここが葉山くんおすすめの奉仕部ってやつ~?」
たしか、戸部くんだったか。だが、ここに海老名さんがいることを知られるのはあまり望ましくないのかもしれない。
「比企谷くん、私が海老名さんを帰すから、あなたは彼らをどこか遠くに連れて行ってくれないかしら?」
「おう、分かった」
比企谷くんも由比ヶ浜さんとともに彼らの相手をする。最初はやいのやいのと騒いでいたが、由比ヶ浜さんたちと一緒にどこかに行ってしまった。
「海老名さん、今のうちに逃げてちょうだい。何かあれば奉仕部専用メールアドレスにメールを頂戴」
「ありがとう、雪ノ下さん。比企谷くんたちにも伝えておいて。それじゃあ、失礼するね」
海老名さんは足早に立ち去っていった。私は由比ヶ浜さんに戻ってくるように連絡する。
「なにか御用かしら?」
海老名さんの退室後、葉山くん、戸部くんと他二名が入ってくる。しかし葉山くんは戸部くんを連れてきてどうするつもりなのかしら。恐らく、告白に関することであることは間違いないと思う。けれど、彼がここに連れてくることが理解出来ない。
話を進めると、やはり海老名さんに告白するようで、必ず失敗しないようにそのサポートを依頼したいとのこと。正直、奉仕部として持ってくる依頼として間違っているという気がする。「必ず失敗しないように」というのは奉仕部のスタンスとして間違っている。奉仕部はあくまで手助けを行い自立を促すだけで、核となる部分は自分自身で決め、自分自身で行わなければならない。自立とは、そういうものであるべきだ。戸部くんはこの部を何でも屋程度にしか理解していないだろう。葉山くん、紹介する以上はそのあたりを説明してもらわないと困るわね。それに、私たちに恋愛相談など、出来ない。こればかりは経験と適正の問題だ。恋愛の相談に乗れるほど私は詳しくないのだから。
由比ヶ浜さんは先ほどの話を聞いていたからか苦笑いで戸部くんに「いやー姫菜はガード高そうだし……」とか「告白に失敗したら気まずくなったりしちゃうし……」などとあきらめるように説得しているが戸部くんは考えを変えるつもりはないらしい。
比企谷くんは苦々しげな表情で戸部くんと葉山くんを見ている。比企谷くんも私と同じように葉山くんの行動に思うところがあるのだろう。
葉山くんは相変わらず仮面みたいな笑顔を張り付けている。その仮面の下には、いったいどんな顔をしているのかしら。
その後、比企谷くんも自身の過去の思い出を使って告白を止めようとするが、葉山くんに遮られてしまう。なぜ止めるのだろうか。理解出来ない。海老名さんから話を聞いているのであれば、比企谷くんの話を続けさせて少しでも戸部くんが告白しようとする思いを削ったほうが都合がいいだろうに。疑問はまだ氷解する気配はない。氷の核は今だに凍りついてその全貌を見ることはまだ出来ない。
「じゃあ、俺は部活あるから、悪いけど後は頼むな。依頼のこと、戸部のこと、よろしく頼む。……戸部もあんまり遅くなるなよ」
まるで私たちが依頼を引き受けたかのような発言。戸部くんが「隼人くん……ありがとう!」と友情ごっこみたいなことをしている。
「葉山くん、他に話しておくべきことはないかしら?修学旅行までもう日がないのだし、もしかしたら今後、他の依頼人が来たりしてあなたが話すべきことがあっても伝えられない可能性があるわ。だから、私たちに伝えるべきことがあるなら先に伺うわ。何なら、他の」
「……いや、ないけど」
そのまま連れの二人とともに立ち去ろうとする葉山くんを見て疑問は氷解しつつある。少しずつ氷の中から姿を現しているそれは怒りと軽蔑、そして少しばかりの諦めだった。諦め……私はこの男にまだ期待でもしていたのだろうか。
「……そう」
比企谷くんも横で険しい顔をしている。あなたも気づいたようね。
「待ちなさい。葉山くん、少し話があるので残ってもらえるかしら。由比ヶ浜さん、申し訳ないのだけれど、他の三人を外に連れ出してくれないかしら出来れば、ここでの会話が聞こえないくらい遠いところまで、ね」
「え?ああ、うん」
恐らく葉山くんの考えに気付いていないであろう由比ヶ浜さんに他の三人と外に出るように促す。この話は由比ヶ浜さんには聞かせられないわ。
「それで、話って何かな?この後、部活があるから早くしてもらえないかな?」
相変わらず気持ち悪い仮面を張り付けているわね。その仮面の下のあなたはきっと真っ黒な笑顔だったでしょうね。
「そんなことを言う余地があるとでも?むしろ由比ヶ浜さんたちに聞かせないようにしたことに感謝してもらいたいわね」
「……なんのことだ?」
「あなたたちが来る前、海老名さんがここに来ていたわ。告白には答えられない、けど断るとグループが崩壊するからどうにかしてほしいとね」
葉山くんは一瞬だけだが苦々しい表情を浮かべる。
「姫菜が……そうか」
「そうか、だと?海老名さんはお前にも同じことを相談していたと言っていたぞ?それなのになぜお前は戸部をここに連れてきた?」
「……そりゃ俺からも協力を仰ぎたくて」
「だから、なぜ戸部くんを連れてきたのかしら?というか、あなた、戸部くんの恋路を応援しているのかしら?海老名さんの気持ちを知っているにも関わらず?海老名さんが告白を受けるつもりがないことはあなたも知っているはずよ」
「……それは」
分からない。なぜこの男が奉仕部に来たのか。なぜ結果を知っているにも関わらず戸部くんの応援を続けるのか。失敗すると分かっているのに……?
失敗?
「あなた、まさか……」
思わず比企谷くんを見る。私と同じ考えに至ったのか比企谷くんも戦慄している。疑問はすべて氷解した。
「ああ、そういうことかよクソッたれが。ある意味さすがは弁護士の息子と言いたくなるぜ」
「なんの……ことだ?」
「とぼけるなよ。お前、戸部の告白が失敗することは分かってるはずだ。それでも戸部にこの部活を紹介した。失敗すると分かっていながらなぜ依頼を持ってきたのか。それは……」
比企谷くんが一瞬言いよどむ。ここから先は部長である私の仕事よ。私が言わせてもらう。私が、彼に引導を渡すわ。
「あなたは告白が失敗したときの責任を奉仕部に押し付けたかったのね」
葉山くんの仮面が剥がれて顔がゆがむ。私、あなたの仮面は嫌いだったけど、そんな素顔を見せられるなら仮面を被っていてほしかったわ。
「あなたは告白を成功させたい戸部くんと告白を受けたくはないけどグループの空気を壊したくない海老名さん両方から相談されて板挟みの状態だった。このままでは戸部は海老名さんに告白し、海老名さんはそれを拒絶。結果、グループは気まずくなって解散。しかしあなたは相談を受けたにも関わらず解答を出すことがまだ出来ていなかった」
「ち、違う。俺は」
「だからあなたは思いついた。解答が分からないのなら問題を他人に押し付ける手段を。そのために戸部くんに奉仕部へ告白のサポートの依頼をするように仕向けた。これで奉仕部が依頼を引き受けて、その状態で戸部くんが告白に失敗したら、責任は私たち奉仕部が背負うことになる」
「……」
「そうなればあなたは万々歳ね。本来あなたが負うハズの責任は奉仕部が背負うことになる。あなたは奉仕部のせいにして適当に戸部くんを宥めていればいいんだから」
「…………そのあたりのことは、後で相談しようと」
「お前、部室を立ち去る前に雪ノ下が話す事はないかと言ったの、覚えているだろ?だったらなぜ、その時に相談しなかったんだ。俺はてっきり戸部たちを帰した後に海老名さんから聞いたことを相談するつもりだと思っていたのに、お前、先に帰ろうとしてたじゃねぇか」
葉山くんは肩を震わせている。あなたは変わったわね。幼いころは、あなたなりに私を助けようとしてくれたのに。私個人よりもみんなを守ろうとするあなたの行動は結果的には逆効果でしかなかったけれど、それでも私のために動いてくれていたわ。
けど、今のあなたは見ていられないわ。あなたは昔のようにみんなを守ってすらいない。みんなから見られるあなた自身しか守っていないじゃない。
「なあ、どうしてこんなことを?俺はお前は常に正論に縛られるような人間だと思っていたんだが」
比企谷くんと葉山くんが話し始める。
「そんなつもりじゃなかったんだけどな」
まるで万引きをした小学生みたいな言い分ね。
「で?こんなもんで保たれる上っ面の関係で楽しく出来るのか?俺には理解出来ん」
「そうかな……。俺は、これが上っ面だなんて思ってない。今の俺にとっては今あるこの環境がすべてだよ」
その中に私も比企谷くんも奉仕部も入っていなかったようね。
「いや、上っ面だろ。じゃあ戸部はどうなる。あいつだって結構真剣じゃねぇか。あいつのことは考えてやらねぇのかよ」
「何度か諦めるようには言ったんだ。今の戸部に姫菜が心を開くとは思えないから。……それでも先のことはわからない。だから、あいつに結論を急いでほしくなかったんだ」
あなたもそれなりにやってきたようね。それでも戸部くんの決心を変えることは叶わなかったから責任を移転するためにここに来たわけね。けど、それで私たちがあなたの責任を肩代わりする理由にはならないわ。
「得ることよりも失わないことが大事なものだってあるだろう」
「勝手な言い分だな。それはお前の都合でしかない」
「ならっ!……なら、君はどうなんだ。君なら、どうする」
その発言を聞いて私は彼の真意に気付いた。そして彼の行動が、言動が、どうしようもなく私の心を揺さぶる。なぜなら、その様が、かつての文化祭での私に酷似している。自身のキャパを上回る依頼を受け、そのツケを比企谷くんに傷という形で支払わせた私に。こうして見ていて、初めて思い知ったわ。ああ、あの時の私は、こんなにも愚かだったのね、と。
「そう、あなたは比企谷くんのあのやり方を使わせたいわけね」
「雪ノ下?」
やはりこの男には私が引導を渡さなければならないようね。文化祭終盤、屋上で、あなたは何も出来ず、比企谷くんが傷を負うことで依頼を解決させた。比企谷くんが傷を負った要因は私が最も大きいわ。あの時、姉さんを追いかけるあまり周囲も依頼も文実も奉仕部も、そして比企谷くんと由比ヶ浜さんさえも二の次にして私は暴走した。その結果、私は比企谷くんに傷を負わせてしまった。こんなことはもう繰り返さない。もう、比企谷くんに傷を負わせない。その役目は、部長である私のものよ。奉仕部で発生した傷も責任も、私が全て負うべきだわ。
「比企谷くん、これより先は私が引き継ぐわ」
「雪ノ下さん?」
ああ、葉山くん。あなたは私と同じ。姉さんの後を追って文化祭を引っ掻き回して文実に多大な迷惑を与えた私。自身のキャパを超える相談を断ることもなく引き受けた挙句、責任を奉仕部に擦り付けようとした葉山くん。どちらも自分では手に負えなくなって、それでもそれを認めず、比企谷くんに甘えて、頼って、期待して、傷つけ、そして否定することしか出来ないクズよ。クズの相手はクズがするべきだわ。
「あなたは具体的な方法は分からないけど比企谷くんが傷を負うことでこの依頼を解消させようとしているのね。それがあなたの真の目的。いや、予備プランとでも呼びましょうか。その方法は、追い込まれて土壇場の状態でしか使用できない。文化祭終盤の屋上がそうだったようにね。だから、多くは言わずに戸部くんに依頼をさせた。何も出来ず、あるいはさせず、戸部くんが告白するまでのタイムリミットが近づき、あなたたちのグループも奉仕部も追い込まれた状況を演出するために。それで比企谷くんがその方法を取って、成功すれば比企谷くん以外にダメージなんて発生しないから誰にとってもトゥルーエンド。失敗したり実行できなければ奉仕部の責任として処理されてあなただけはノーダメージ。最高のシナリオね。つばを吐きたくなるくらいだわ」
ホント、つばを吐きたくなるわ。同じことを文化祭で比企谷くんにさせた、自分自身に。
「これで分かったでしょう?あなたのクズさが。醜悪さが。卑怯さが。姑息さが。戸部くんの依頼を引き受けるにしても引き受けないにしても、あなたは有害因子でしかないわ。それが分かったなら、ここから立ち去りなさい。そして二度とここに現れないで」
葉山くんは何も言わず、その場を後にする。部室を出て、戸を閉めるために振り返ったことでチラリと見えた葉山くんの顔。その、憤怒と恥辱に塗れた顔。私はその顔を一生忘れないわ。あれは私。だからその顔を、この気持ちを心に刻みつける。文化祭と同じことをしないように。もう、比企谷くんを傷つけないために。
葉山くんが立ち去った部室で、私は比企谷くんと二人きりになった。今、どれだけ私は彼に謝罪したいと思っているのだろう。謝りたいと思っているのだろう。気を抜けば、きっと私は彼の胸に飛び込んで泣きわめきながら延々と謝り続けることだろう。
だが、そんなことはただの自己満足だ。謝罪したい、許しを請いたいという自分勝手な気持ち。だから、私が今とるべき行動は、この依頼を彼の方法を使わずに解決すること。それだけだ。
「比企谷くん」
「お、おう、何だ?雪ノ下」
「文化祭であなたが行った方法。あの方法なら、今回の依頼、どうする?」
「え?えっと、そうだな。戸部が告白する直前に俺が変わりに告白するとか、かな」
「どんなふうに?」
「え?その、今言うのか?」
「ええ」
「……『ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください』」
「……」///
「あの、なんか返してくれませんかね?」
「あ、いえ、ごめんなさい」
「なんか調子狂うな……」
「それで、その告白の後はどうするのかしら?」
「俺の予定では、海老名さんに『ごめんなさい、今は誰とも付き合うつもりはないの』と言わせる。そうすれば戸部は海老名さんが誰とも付き合うつもりはないことを知ることになる。そうすれば、告白なんてしないだろ。これで解消ってわけだ」
「そう、ならそれを別の人に言わせましょう」
「別の人?」
「由比ヶ浜さんよ。この後、戸部くんにはとりあえず調査をすると言って依頼を受けるかどうかの返答を保留するわ。翌日、由比ヶ浜さんに好きな人がいるのかとかどんな人に告白されたいとかそういったことを海老名さんに聞かせる。戸部くんに会話が聞こえる、けど海老名さんたちが何も知らなければ戸部くんたちを認識出来無さそうな距離でね。その時に海老名さんに『誰から告白されても付き合うつもりはない』と宣言させればいいのよ。あらかじめメールで連絡しておけば大丈夫よ。こうすれば修学旅行に行く前に告白を封じれると思う。一応、修学旅行中は二人きりにさせないなどの対策を行うくらいは必要だと思うのだけれど」
「なるほど。流石、雪ノ下。俺の話から数秒でよくそんな完璧なシナリオを思いついたな。しかし、お前がそういう嘘や裏工作をするなんて思いもしなかったよ。変わったな」
「そうかしら。自分では自覚がないのだけれど」
「まあいいや。それで行くなら戸部たちを部室に戻す前に先に由比ヶ浜に話しておく必要があるな」
「そうね。なら比企谷くん。お願いするわ。由比ヶ浜さんを部室に戻して、あなたが由比ヶ浜さんの代わりに戸部くんたちを見ていてくれるかしら。終わったら連絡するわ」
「連絡するって、お前、俺の連絡先知らねえだろ……あ、由比ヶ浜経由でってことか」
いつもと変わらない会話。でも、彼は私を変わったと評価した。初めてあったとき、比企谷くんは変わることを否定した。もし、比企谷くんが今、私が変わったことを許容してくれるのなら、もう少しだけ変わっても、踏み込んでみても許してくれるかしら?
「そうね。なら、比企谷くん。私と連絡先を交換しましょうか?」
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結衣「あたしだって、ヒッキーを守りたい」
ヒッキーに同情はやめろと言われた。
それからあたしはヒッキーから逃げるように部活を休んだ。
あたしはそんなつもりはなかった。けど、職場見学でヒッキーにそう言われた。あたしはヒッキーのことが好き。だからヒッキーといっしょにいたい。ヒッキーにはあたしを好きになってほしい。ヒッキーに選ばれたい。だから……といっちゃうと下心で男の人に接する嫌な女みたいだけど、それでも、同情で優しくしてるんじゃない。でも、ヒッキーはそんなあたしを拒絶した。あたしは間違ってるの?ヒッキーに優しくするのは、ダメなの?どうして、あたしの気持ちを知ってくれないの?どうして、同情なんかじゃないって、分かってくれないの?
東京わんにゃんショーで、ヒッキーとゆきのんがデートしてた。
その時は、逃げるようにして帰るしかなかった。家にまっすぐ帰って、ベッドに寝そべったら、涙が零れてきた。ヒッキーがあたしを選んでくれなかったことが悲しかった。ゆきのんに負けたことが悔しかった。そして何よりも、友達のゆきのんとヒッキーが結ばれたことをすなおに祝福出来ない自分が嫌だった。
月曜日、部室へと向かう。あたしがいなくなれば、ヒッキーとゆきのんはこの部室に二人きり。あたしは空気を読んで、消えるべきなんじゃないかとずっと思ってる。でも、ヒッキーといっしょにいたいって気持ちは本物。でも、ゆきのんのことも大切。あたしは、どうするべきなの?
けど、あたしは空気を読むしか出来ない。だから、あたしは自分の気持ちを隠して、ヒッキーとゆきのんを祝福する。そして、消える。そうしないと、あたしじゃないから。空気を読まないあたしなんて、あたしじゃない。
「じゃけぇ、勝負そのものをなかったことにするか、我が確実に勝てるもので勝負したいんじゃ。だからそういう秘密道具を出してよ、ハチえもん」
部室にいきなりやってきた中二はヒッキーに縋り付きながらキモイこと言ってる。いや、言ってる意味ぜんぜん分かんないんだけれど、キモイのは分かる。
「悪いが断る。今回のは明らかにお前に原因があるだろ。刺される覚悟がないなら煽んな」
「はん、平社員の八幡に決定権などないことはすでに分かっておるわ!雪ノ下部長、奉仕部などと片腹痛い。目の前の人間一人救えずになにが奉仕か。本当は救うことなど出来ぬのだろう?綺麗ごとを並べ立てるだけでなく、行動で我に示してみろ!」
「あ、材木座、バカ……」
「…………そう、では証明してあげましょう」
ヒッキーと中二がガタガタ震えてる。キモイ。ていうか、結局依頼引き受けるの?ヒッキー断るって言ってたのに?
後にして思えばこのとき、もし仮にヒッキーが、『彼女なんていない』、『誰とも付き合っていない』……なんてことでも漏らしていればもう少し優しい未来が訪れたのかもしれない。もしそんなことでも漏らしてたら、もう少しあたしはゆきのんたちを信じれたのかな。誤解は解けていたのかな。元に戻るきっかけがあったのかな。
「じゃ、行くか……」
あたしたちは遊戯部部室の前に立っている。
「……お前は、どうする?」
ヒッキーがあたしを気に掛けてくれている。すごく嬉しい。けど、あたしはこれを受け入れてはダメなんじゃないかって思う。だって、ヒッキーは……。
「行く、けど……ねえ、ヒッキーってゆきのんと……」
付き合ってるの?とは聞けなかった。だって、それを聞いて、はいって言われたら、あたし泣いちゃいそうだから。
「俺と雪ノ下がどうかしたのか?」
「……ううん、なんでもない。行こ」
だからあたしはこの気持ちを心の奥底に閉じ込めておかないといけない。吹きださないように。吹きだしたら、ヒッキーもゆきのんもきっと、その、困ると思うから。
だから、私は空気を読んで何も言わない。
遊戯部部室の中には本や箱が大量に積み上げられてて、その奥に二人の男子生徒がいた。上履きの色からして、一年生。
話を進めた結果、一年生たちとダブル大富豪なるゲームをすることになった。二人ペアで大富豪をするみたい。となると、この四人でペアを二つ作るには……
「ゆ、ゆきのん一緒に……」
「何かしら由比ヶ浜さん」
いや、ヒッキーとゆきのんは付き合ってるんだから、この二人がペアを組むべきだと思う。空気を読むなら、そうするべきだと思う。あたしはゆきのんとペアになりたかったけど、我慢しないと。
「ゆ、ゆきのんは、ヒッキーとペアを組んだらいいと思うし!あたしは、その、中二とペアを組むから!」
「ふうおおおおおええええ!!?八幡、これ、フラグちゃうん?我、いつのまにフラグ立ててたん!?」
中二がなんかキモイこと言ってる。正直、あたしも中二と組みたくはないけど、友達として、ゆきのんとヒッキーのことを応援するべきだと思う。辛いけど。ゆきのんとヒッキーが仲良くなっていくのを見てるのも、中二と組むのも。
「……由比ヶ浜さん?その男に脅されているのかしら?」
「ヒィ!我、そんな、女子を脅すとか、してないし!」
「材木座がパニックになりすぎて由比ヶ浜の口調が移ってんじゃねえか……。あれだ、俺と材木座が組むよ。そんで雪ノ下と由比ヶ浜がペアを組む方が自然だろ」
「まあ、それが自然よね。私、比企谷くんの思考を読むとか嫌だもの」
「お前、しょっちゅう俺の心読むけどな」
「八幡!我、八幡にもフラグ立てたん?八幡も攻略対象キャラなのえ!?」
「それどこの方言だよ……」
ヒッキーに気を使わせちゃった。二人は付き合ってるのに、あたしのせいで……。
「いやー秦野くん、負けちゃったねー。しまったー」
「そうだなー。相模くん。油断してしまったー」
一回目のゲーム。あたしたちは遊戯部ペアに勝った。けど遊戯部の人たちはなんか楽しそう。なんで?
「困ったね」
「困ったな」
「「だって、負けたら服を脱がなきゃいけないんだから」」
遊戯部の二人はベストをしゅっと脱いでしまった。
「なっ!?何よそのルールっ!」
あたしは遊戯部の二人に猛こーぎする。けど、全く取り合ってくれない。
「ゆきのん、もう帰ろうよ、付き合うのアホらしいし……」
「そう?私は構わないけれど。勝てばいいのだし。それに勝負する以上、リスクは当然だわ」
あたしは驚いた。ゆきのんがこういうのに付き合うことが。服を脱がされるのが怖くないの?ヒッキーと付き合ってるんだから、女の子が付き合っている男の人以外の男の人に肌を見せるようなそういうことするべきじゃないと思うのに。
「問題ないわ。このゲーム、ローカルルールの多さ――」
ゆきのんが良く分からないことを言ってる。ヒッキーに視線を送るも、お手上げみたいな顔されて何も言わない。ちょっと苦々しい表情をしてるけど、どうしようもないみたい。
「さあ!はよう!はよう始めようではないか!」
中二がせかしてる。もうすでに脱衣ルールを認める空気になっていた。こうなったらあたしには何も出来ない。あたしは、空気を読んで合わせることしか出来ないような、そういう人間だから。
第五戦目。ヒッキーはもうパンツ一枚だけ。
「よし……。絶対に、勝つ……」
「ぷひゅるー!パンツいっちょの人がなんかかっこつけてゆー!」
ヒッキーの発言に中二が爆笑する。見渡すと、遊戯部の二人も笑うのをこらえてる。ゆきのんも肩をぷるぷる震えている……。
なんでゆきのんがぷるぷるしてるの?付き合ってる相手がパンツ一枚になって恥ずかしがってるのに、なんで彼女のゆきのんは笑ってるの?というか、例え付き合ってなくてもゆきのんが笑うのはおかしくない?
「誰のせいでこんなことになってると思ってんの……?」
思わず口から声が漏れる。ヒッキー以外のみんなが肩を震わせながらこちらを見る。あたしだって、肩が震える。でも、笑うのを堪えているからじゃない。怒るのを堪えてるから震えてる。
「由比ヶ浜さん……どうしたのかしら?……くくっ」
「誰のせいでヒッキーがこんなことになってるのって言ってるの!」
思わず、叫んでしまう。目から涙が零れてくる。でも、止まらない。心の奥底に閉じ込めていた何かが吹きだしてしまう。ゆきのんへの暗い気持ちが。
みんなが笑いをこらえるのをやめて驚いた表情でこっちを見る。
「誰のせいって、それは、負けた比企谷くんに決まって……」
「全部ゆきのんのせいじゃん!」
「……面白いことを言うわね。私のせい?」
「そうじゃん!ゆきのんが勝手に脱衣ルールを受け入れたのが原因じゃん!あたしが止めたのに聞かないで、ヒッキーの意見も聞かないで勝手に進めて、全部ゆきのんのせいじゃん!」
「それは違うわ。ゲームマスターは遊戯部の彼らよ。つまり、ルールを決めるのは私ではなく彼ら。脱衣ルールの有無を確認していなかった私たちに非があるわ」
「でも、意見する権利くらいあったはず」
「それは違うわ。ゲームが開始された時点で……」
「それに、ゆきのんはこの依頼を勝手に受けた。ヒッキーが一度止めたのに、中二に乗せられて、勝手に」
「あんな奉仕部を侮辱するような言い方をされて私に黙っていろと言いたいの?」
「そうだよ。ゆきのんの負けず嫌いのせいで、依頼を受ける羽目になったんだよ?ヒッキーもあたしも巻き添えになって。奉仕部で受けないほうがいい依頼を。そのゆきのんの勝手な発言のせいで、ヒッキーがこんな目にあってるんだよ?それを見てゆきのんは笑ってる。遊戯部の二人が笑うのは分かる。中二が笑うのも分かる。奉仕部じゃないから。でも、ゆきのんは違う。ヒッキーが断った依頼をゆきのんが勝手に受けて、あたしが反対した脱衣ルールをゆきのんがやめさせないから、ヒッキーはああして服を脱いだ。それなのに、ゆきのんは笑うんだ」
「おい、由比ヶ浜。俺が負けたからこうなったんであって、俺は別に……」
「ヒッキーは黙ってて。ヒッキーはああして気を使ってくれてるけど、ゆきのんは笑うんだね。ゆきのんの……けーそつ?な行動でこんなことになってるのに。最低だよ、ゆきのん」
「由比ヶ浜さん、違うわ」
「何が違うの?もしあたしが中二と組んでたら、今のヒッキーみたいに下着だけになってたのはあたしかもしれないんだよ?ヒッキーが下着だけになってみんな笑ってるけど、あたしがああなってもゆきのんは笑うの?」
「そんなわけないでしょう!私が由比ヶ浜さんを笑うなんて、そんなことするはずがないじゃない」
「ならヒッキーのことは笑ってもいいの?」
「!!!」
「ヒッキー、帰ろう。こんな依頼、あたしたちまでやる必要ないよ」
ヒッキーは何も言わない。けど、みんなはやいやい言ってくる。
「八幡!我を見捨てるのか!」
「ヒッキーは最初から断ったし。ヒッキーに纏わりつかないでよ、キモイ。依頼を引き受けたゆきのんに纏わりつけし」
「ちょっと先輩方?仲間割れは終わりましたか?次に行ってもいいですか?」
「うん、終わったよ。それじゃ、あたしたちは帰るね」
「ちょっと待ってください。ペアが解散するってことはゲームは先輩方の負けってことでいいんですよね」
「しらないし。ゆきのんと中二がペアを組んで続けてればいいし」
改めてヒッキーに向き合う。
「ヒッキー、行こう。中二が変な依頼持ち込んで、ゆきのんが勝手に受けたんだから、あたしたちまで巻き込まる必要ないよ。きっと、ゆきのんはゲームの実力も体にも自身あるからいいんだろうけど、あたしはそこまで頭にも体にも自身ないからさ」
あたしは立ち上がり、ヒッキーの手を取って部室を出ようとする。けど、ヒッキーはそこから動かない。
「俺は、その」
「……ヒッキーはここに残るつもり?」
「まあ、依頼受けちまったし、ほっとけないだろ、ざいも」
「ゆきのんが?ゆきのんと付き合ってるから?」
「え?」
「ゆきのんとヒッキーが付き合ってるから、心配だから、ここに残るの?」
「いや俺と雪ノ下は付き合ってなんか……」
「ヒッキー。ゆきのんはダメだよ。きっとまたこうやって一人で暴走する。ヒッキーは優しいから、きっとヒッキーが一人でゆきのんを傷つけないように何とかしようとするんだと思う。それじゃダメ。だから、あたしじゃダメ?」
「おま、それ……」
「行こう、ヒッキー」
あたしはヒッキーの腕を無理やり引っ張って衝立の後ろまで連れてきて、ヒッキーに制服を渡す。着替えながらヒッキーはゆきのんたちに聞こえないくらい小さな声で話しかけてくる。
「どうしてあんなことをした」
「ヒッキーは笑われていいの?」
「別に。笑われることくらい慣れてる」
「そうなんだ。あたしは嫌。ヒッキーが笑われるのが」
着替え終わったヒッキーとともに部室をでる。後ろで何か言ってるが、もう知らない。バイバイ、ゆきのん。あなたはいつかヒッキーを傷つける。今回みたいに、勝手に暴走して。だから、あたしがヒッキーを守るよ。
遊戯部部室の帰り道、ヒッキーが話しかけてくる。
「……雪ノ下は、あれでいいのか?雪ノ下は、お前の誕生日を心から祝おうと、よりを戻そうと……」
「いいの。ゆきのんはヒッキーを笑った。あたしの好きな人を笑った。だから知らない」
「……由比ヶ浜は優しいな。だが、それは同情か?俺が由比ヶ浜の犬を助けて入院して、ぼっちになったからか?それはやめろと……」
「違うよ。あたしがヒッキーが好きだからだよ」
「……罰ゲームか?」
「違う、違うよ。……でも、今はそれでいい。それでいいんだ」
「そうか……そういってくれると、助かる」
ヒッキーはあたしの気持ちを同情と言った。ぼっちになったのがあたしのせいだから、そうやって優しくしているのだと。それは違う。あたしはヒッキーのことが好き。だから優しくしたいし、守りたいの。ヒッキーはきっとすぐにそれを信じないと思う。だから、例え誤解されても、拒絶されても、それでもあたしは、ヒッキーに優しくするよ。同情ではなく、そうしたいから。あたしがヒッキーに優しくしたいから、ヒッキーに優しくするんだ。
そのために、もう友達じゃなくなったゆきのんから、あたしはヒッキーを奪うよ。
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――彼と彼女の告白は誰にも届かない(笑)。
だから、自分で自分を評価する。例え誰からも評価されなくても、自分はちゃんとやった、あるいはやらなかったのだと評価する。そうでないと、誰も自分の仕事を肯定してくれないから。
なにそれ、俺が働いたら俺を評価する人間って必然的に俺しかいなくなるじゃん。やっぱり専業主夫が正しい選択なんだなっておもいました。――比企谷八幡
「やけに非協力的だな」
修学旅行最後の夕食後、俺と葉山は川べりにて話をしていた。
「そんなつもりじゃなかったんだけどな」
「で?こんなもんで保たれる上っ面の関係で楽しく出来るのか?俺には理解出来ん」
「そうかな……。俺は、これが上っ面だなんて思ってない。今の俺にとっては今あるこの環境がすべてだよ」
「勝手な言い分だな。それはお前の都合でしかない」
本当に勝手だ。どいつもこいつも。
戸部は自分の評価もわきまえないで告白を成功させろと言った。葉山はその告白が絶対に成功しないことが分かっているにも関わらず戸部を奉仕部に紹介した上にそのことを今の今まで黙っていた。海老名さんは素直に話せばいいものを男同士の絡みがみたいとか本来の依頼を歪曲させた分かりにくい言い方で依頼してきた。
だから俺たち奉仕部は今までずっと「戸部の告白を成功させる」というスタンスで動く羽目になった。由比ヶ浜は二人きりにさせようと修学旅行中ずっと気を回していたし、雪ノ下は女性に好かれる京都の名所を調べてもらった。それをお前らは無駄にした。
「……なら、君はどうなんだ。君ならどうする」
はぁ、俺からすれば戸部も海老名さんも、お前らのグループもどうでもいいんだが。
だがお前らはグループが解散すれば俺たち奉仕部のせいにするんだろ?依頼内容は意図的な説明不足状態。奉仕部以外の協力者は皆無。報酬はない。失敗時の責任だけは多大。
全く、なんて無理難題だよ。とんだブラック案件だぜ。
「……はぁ、やればいいんだろ。お前には出来ないことをやってやるよ。だからもう邪魔すんじゃねえよ無能が」
俺はその場を後にした。だが、言葉と態度とは裏腹に、俺の口はにやついていた。理不尽な仕事を振られて面白がっているなんて、社蓄を通り越してワーカーホリックだな。
面白れぇ、俺のやり方で解決してやるよ。
灯篭が足元を照らしている竹林にて、俺たちは待機していた。
戸部はまっすぐ立って、海老名さんが来るのを待っている。葉山が陰鬱な顔で戸部を見ている。そのよこには大岡と大和がいる。由比ヶ浜がハラハラした顔できょろきょろしている。雪ノ下が冷めた目で戸部を見ている。
俺は戸部と少し会話をした後、雪ノ下たちのところへと戻る。
「ヒッキー、いいとこあるじゃん」
「どういう風の吹き回し?」
二人とも少し笑いながら言う。
「そういうじゃないんだよマジで。このままだと戸部は振られる」
「そうかもしれないわね」
「そう、だね……」
『そうだね』じゃねーよ!と叫びたくなったが、堪える。彼女たちはまだこの依頼の真相に気付いていない。だが、今更話したところでどうにかなるものではない。
「一応、丸く収める方法はある」
「どんな方法?」
俺は自信にみなぎった声を出す。あの時、チェーンメール撲滅のために葉山に解決方法を伝えたあの時と同じ気持ちだ。土壇場で導き出したこの依頼の回答は完璧だ。顔には出さないが、心のなかでほくそ笑む。
「任せろ」
俺が言えることはそれだけだ。あとは俺の出した回答を見ているだけでいい。
海老名さんが来た。戸部がしどろもどろになりながらも告白しようとしている。今こそが最大の好機だ。俺は茂みの影から飛び出した。自身に満ちた足取りで戸部たちのほうへ向かい、
「ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください」
目の前にいる海老名さんは目を丸くする。
戸部も、今は俺の横にいるからよく顔が見えないが、きっと同じように驚いているのだろう。
俺?自分でもよく分かる。口がこれでもかとニヤついているだろう。これでも、かなり堪えているんだぜ?そうしてないと、でかい声で高笑いでも上げてしまいそうになりそうだ。
「ごめんなさい。今は誰とも付き合う気がないの。誰に告白されても絶対に付き合う気はないよ。話終わりなら私、もう行くね」
海老名さんは立ち去って行った。
「だとよ」
俺は固まっていた戸部へと振り返る。声をかけると、戸部は混乱しているかのようにあたりをきょろきょろしたり髪をかき上げたり、ないわー、と連呼したりしていた。
海老名さんの姿が見えなくなると、葉山連中がやってきた。どいつもこいつも笑顔で戸部を洗礼している。何がそんなに面白いんだか。まあ、俺も笑っているんだが。
「ヒキタニくん、わりぃけど、俺負けねぇから」
ニカっとした笑顔で俺を指さすと、戸部たちは歩き去っていく。いや、俺は別に海老名さんと仲良くしたいとか思ってないんですけどね、ええ。
戸部たちは行ってしまい、俺と葉山だけがここにいる。
「すまない」
「ホントだぜ。お前らがブラック案件持ち込んだおかげでこんな夜遅くまで時間外労働させられたんだぞ」
「いや、そういうことを言いたいんじゃなくて……」
「まあ、いいんじゃね?……俺の、くふっ、完璧な作戦によって、……フフッ、お前らのお望み通りの結果になったんだし」
もう笑うのが我慢できなくなってきているんだが。
「君はそういうやり方しか、知らないんだとわかっていたのに。……すまない」
「ははっ、そのやり方を依頼したのはお前だろ?別にお前に言われても俺は気持ち悪いとしか思わんが、礼の一つくらいもらってもいいとおもうんだけどな~」
「ああ、すまない」
「俺はどうでもいいけど、雪ノ下と由比ヶ浜には謝罪しろよな。お前らが虚偽の依頼をしたせいで、雪ノ下も由比ヶ浜も、無駄に働かされたんだぞ」
「……分かったよ」
葉山は立ち去っていった。あ、今言いに行かないんだ?
葉山たちは立ち去って、あたりには俺一人だけになった。
「くふっ」
口から息が漏れる。
「ふふっ、ふひっ」
一人になったことで、歯止めが聞かなくなっていく。
「くふっ、ふふ、はは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」
依頼人の誰もが面倒くさいことをしてくれたおかげで、とんでもないブラック案件となってしまった今回の依頼。誰もが依頼を正確に把握できているとは言えない状況で、完璧とも言える回答を導き出し、実行した。葉山と海老名さんのグループを壊したくないという依頼、戸部の告白に失敗したくないという依頼の達成条件を見事に達成した。まさに完璧。パーフェクトアンサー。これで笑いがこみあげないわけがないだろ?
ほんとマジでウケるわー、マジウケるわー。べー。
高笑いしていると、後ろで人の気配を感じた。っべー。雪ノ下と由比ヶ浜の存在を忘れて高笑いしちゃった。いやんこれ黒歴史ー。恥ずかしー。
咳払いでごまかしながらも雪ノ下たちの元へと歩いていく。
「おつかれー」
「……う、うん、ヒッキーおつかれー」
由比ヶ浜が苦笑いをしている。まあ、戸部の告白を支援していた奉仕部の人間が、いきなり告白の邪魔したんだからな。そりゃ、戸惑うわな。
「比企谷くん」
凛とした声が響く。その声色はいつもよりも少し冷たい。
「ああ、勝手なことしてすまなかったな。とりあえず、詳しいことは修学旅行が終わってからおいおい説明していくから……」
「……あなたのやり方、嫌いだわ」
「……なんだ雪ノ下。今日は優しいな。いつもならやり方どころか存在そのものを否定してるのに」
「そうでなくて、その、うまく説明できなくて、もどかしいのだけれど……。あなたのそういうやり方、とても嫌い」
「ゆきのん……」
雪ノ下は冷たい声を発した。こりゃ怒ってるな。情報共有が出来てなかったからな。報連相、とっても大事。
「あ、あたしたちも、戻ろっか」
由比ヶ浜が帰るのを促す。無理しているときの声だ。俺たち三人は素直にその声に従って元来た道を引き返す。
「いやー、あの作戦はダメだったねー。確かに驚いたし、姫菜もタイミングのがしちゃってたけどさ」
「そうか?完璧だったろ?全員の依頼は綺麗に達成したし」
「けど、うん。結構びっくりだった。一瞬本気かと思っちゃったもん」
「俺が?誰かに?愛の告白?そんなもんは中学で卒業したからな。もうするわけねーだろ」
「だよね。あはは……」
「そうだろ。ははは」
竹林に由比ヶ浜のから笑いと俺の笑い声が響いている。
「でも」
さっきまで散発的な会話が続いていたが、由比ヶ浜は言葉を切った。
「でもさ、……こういうのは、もう、なしね」
……なぜそんな辛そうな笑い方をする?これ以上なく完璧な結果だっただろ?
「あれが一番効率がよかった、それだけだろ」
「違うよ」
「違うわ」
俺の言葉に雪ノ下と由比ヶ浜は同時に返答する。
「効率とか、そういうことじゃないよ……」
「確かに、このままだと戸部くんは海老名さんに振られて、葉山くんのグループは消滅していたのかもしれない。あなたがしたことは、結果的には成功だったのかもしれないのでしょう……」
「けど、けどさ……人の気持ち、もっと考えてよ……。……なんで、いろんなことがわかるのに、それがわかんないの?」
由比ヶ浜の顔が笑顔でごまかせないくらい悲痛に歪み、俺のブレザーを掴む手は、強かった。
雪ノ下は手を胸元でぐっと握りしめ、俺の顔を睨みつけている。
二人は見るからに辛そうだ。それの原因はもちろん……。
え、なんで?訳分かんないんですけど?なんで?
こうなった原因を頭をフル動員して考える。俺たちは戸部と海老名さんから依頼を受けた。そして修学旅行での葉山の一連の行動から海老名さんの真意を知ったのが数時間前。で、エセ告白をして、現在に至る。
雪ノ下と由比ヶ浜は海老名さんの真意を知らない。だから、修学旅行が始まる前から戸部の告白が成功するように一生懸命にやってきた。俺がやったことは、それをすべてぶち壊したようなものだ。なるほど、確かに、腹が立つのも理解出来る。これだけお膳立てして、告白が失敗するどころか訳の分からん結果に終わったんだからな。
え~なにそれ~俺悪くないじゃん。いや確かに情報共有出来てなかった俺に非があるともいえなくも無きにしも非ずかもしんなくないけどさ~いや悪いのか悪くないのかどっちだよ。
まいっか。葉山が謝罪に来るだろうし、そんときにでも誤解を解いておけばいいか。
俺は二人に告げる。
「悪かったな。告白を成功させるために裏でいろいろやってくれていたのに、急遽、予定を変更することになって。そのせいでお前ら二人が真剣にやってくれたことを無駄にしちまって。そのあたりの原因なんかは葉山も含めて学校に帰ってから説明するから、今日はもう帰ろうぜ。ホテルを抜け出してここに来てんだから、見つかったら先生にどやされるぞ」
京都駅。一人、京都の街並みを見つめながら新幹線を待っていると、海老名さんが来た。
「はろはろ~、お待たせしちゃった?」
今回の、奉仕部への依頼人の一人だ。
「お礼、言っておこうと思って」
「ほう、そいつは殊勝な心掛けだこと。葉山なんかすまないしか言わねえのに。それに、相談されたことは解決していない」
「表向きはね。でも、理解してたでしょ?」
「ああ。ホント、なんで素直に言ってくれないんですかねぇ?最初から全部言ってればこんなドタバタしたスケジュールにはならなかったろうに」
「あはは、ごめんね。それと、ありがとう」
「雪ノ下と由比ヶ浜にも謝っとけよ。今回の依頼のせいで二人とも無駄に働かされたんだからな。残業代は出ないけどお客様の声と笑顔があれば十分です!をあいつらは体現させられてるんだからな」
「……そうだね。二人には悪いことしちゃったな」
海老名さんの張り付いたような笑顔に少しの陰りが見える。
「私、ヒキタニくんとならうまく付き合えるかもね」
「冗談でもやめてくれ。あんまり適当なこと言われるとうっかり惚れそうになる」
俺も海老名さんも吹きだしてしまう。
「そうやって、どうでもいいと思っている人間には素直になるとこは嫌いじゃない」
「俺はいつだって素直だよ。社会が捻くれているんだよ。そして俺もそんな自分が大好きだ」
「私だって、こういう心にもないことすぱっと言えちゃうとこ嫌いじゃない」
え、嘘やったんか~い。なんでやね~ん。それにしても俺のエセ関西弁ひでぇな。
「私ね、今の自分とか、自分の周りとかも好きなんだよ」
海老名さんは言葉を切る。そして、俺に告げる。
「だから、私は自分が嫌い」
海老名さんは去っていった。
今回の依頼はどいつもこいつも半端な物言いで奉仕部をさんざん引っ掻きまわされた。なんならグループの壊滅を回避することよりもグループの壊滅の責任を奉仕部へ押し付けることが目標であるかのように。そんな中、雪ノ下と由比ヶ浜は持てるだけの最大限のパフォーマンスを出して戸部の告白を支援した。報酬が出るわけでもないのに、依頼の達成をただ、目指して。彼女たちは、ある意味で誰よりも純粋だったのだ。
そして俺は土壇場のその時・・・・!圧倒的閃きっ・・・・・・・!!によって見事に回避出来たわけだ。あの作戦を思いついた瞬間は電流走る・・・!!と心がざわ……ざわ……した。実行して成功したときは高笑いを上げてしまったし、今でもその時を思い出すと、笑いがこみあげてくる。だが、俺の閃きがなければ戸部は告白、失敗する。そしてグループはいずれ消滅。そしてその責任は奉仕部へ行くわけだ。
俺が告白でやった作戦は自分でも素晴らしいと思う。笑いがこみ上げてくる。口から息が漏れる。口角が上がる。
なら、俺が居なければ?二人なら、依頼の真意に気付けたか?由比ヶ浜なら?無理だろうな。頭が悪いとか以前に由比ヶ浜は葉山たちを信頼している。疑いをかけたりはしないだろう。雪ノ下なら?やはり気付けないだろう。雪ノ下はそもそも葉山グループと接点がなさすぎる。それまでは林間学校で少し話した時と、あとは由比ヶ浜経由の話程度の知識しかないだろうし、修学旅行中はクラスが異なるので会うことすら少ないだろう。
となると、雪ノ下と由比ヶ浜は最後まで告白を成功させるために行動し続けただろう。だが、この告白は失敗することが確定している。さながら、途中で切れている線路を走る電車のように。いくら雪ノ下と由比ヶ浜が電車を整備してレールの点検をしても、線路がない以上は、必ず脱線する。そしてその責任は、整備を怠ったと、雪ノ下と由比ヶ浜にのしかかるわけだ。
――なんだよそれ、笑えねぇよ……。
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つまり、一色いろはとは新しいツンデレの形なのである。
いろは「ありがとうございますー!」
八幡「誕生日記念SSも沢山投稿されてたな」
いろは「それなんですけど、わたしは言いたいことがあるんです!投稿してくれるのはありがたいですけどなんでみんなはちいろなんですか?わたしは本編では葉山先輩が好きってことになってるんですからはやいろがあってもいいじゃないですかー?」
八幡「仕方ないだろ……。はやいろが存在しない。それはなぜか。それには三つの要素が存在するのである」
いろは「なんですか急に……キモいですよ……それで?なんなんですか?」
八幡「キモいとか言うな……一つ目の要素はSSだということだ。別に必ずしも本編と設定を合わせる必要なんてないからな。書きたいものを書いた。その結果がこれだったってことだ」
いろは「なるほど」
八幡「二つ目に、あれだ。一色が人気があるからだろ」
いろは「なんですか口説いてるんですかこんなところで急に言われても心の準備もムードもないので今はまだ無理です」
八幡「お、おう。脈絡なく急にぶっ込んできたな。対応に困るわ」
いろは「それで、もう一つはなんですか?わたしのSSが投稿される理由は分かりましたけど、それじゃ葉山先輩がわたしの相手じゃない理由が分からないですよ」
八幡「ああ、簡単だ。おまえと逆なだけだ」
いろは「逆?」
八幡「ああ。葉山が人気ないからだろ。つまり、はやいろに需要がないんだよ」
「俺は、本物が欲しい」
クリスマスイベントの会合が休みであることを先輩に伝えるために奉仕部の扉をまさにノックしようとしたわたしは、その言葉を聞いた。いや、聞いてしまったと言うべきか。
思わずノックしようとした手を下げて、数歩後ろへと下がる。そのあと、雪ノ下先輩が部室から出てきて、わたしに気付くことなく走り去り、階段を上がっていった。
事体がうまく飲み込めないで呆けていると、遅れて先輩たちが出てきた。
「あ、先輩……あー、あの声かけようと思ったんですけど……」
どういう状況なのかは理解出来ないけど、何かあったことと、切羽詰まっていることは理解出来た。
「いろはちゃん?ごめん、また後でね」
由比ヶ浜先輩が断りを入れて、走り去ろうとする。
「せ、先輩、今日会合休みですから!それを言いに……。あ、あと、」
「ああ、わかった」
「話、最後まで聞いてくださいよ……。雪ノ下先輩なら上です!上!」
「悪い。助かる」
混乱している状態だったけど、どうにかそれだけは伝えることが出来た。先輩たちは今度こそ走り去っていった。
本物……。本物って、なんだろう。もちろん辞書通りの意味ではないことくらい分かる。先輩は、それを欲していた。あんな、扉越しでも分かるくらい嗚咽交じりの声で吐露するくらいに。
わたしは先輩のことをそこまで詳しいわけではない。むしろ、利用するのに必要な情報以外は、知ろうともしなかったくらいだ。捻くれていて、変なところで真面目だったり不真面目だったり。知ってることなんて、そんなくらいのことでしかない。それでも、かなり意外だった。なんというか、キャラに合っていない。
あの先輩がそこまで欲している本物。では、わたしはどうなのだろうか。
先輩は、わたしのことをあざといといった。言われた時は面白くなかったけど、今なら納得がいく。
自分のステータスのことを一番に考えて、男子に愛想を振り撒き、女子と仲良くしたり水面下で対立したり、いろいろ計算してやってきた。
葉山先輩のことも、結局はステータスの向上が理由だ。確かに、イケメンで運動も勉強もできてクラスどころか学校の人気者。わたしだって女の子だ。そんな人間とお付き合い出来ればって考えたこともある。少しくらい、憧れたりもする。けど、本気で好きかと聞かれると、はいとは言えない。やっぱり、そんなスゴイ人と付き合っているわたしってスゴイ。そう思われたいから、ステータスを向上させたいからという理由が一番だと思う。
きっと、それって本物じゃない。良く分かんないけど、本物って、もっと、こう、……。
ああ!もう、分かんない!なんなの本物って!それってそんなにいいものなの!?
……先輩は、雪ノ下先輩のところに着いたかな。本物を手に入れたのかな。先輩のくせにわたしが持っていない本物を持っているなんて、なんか生意気。
……あんなこと言われたらわたしだって、本物が欲しくなるに決まってるじゃないですか!わたしだって、踏み込んでやるんだから!
わたしは今、ディズティニーランドで葉山先輩とパレードを見ている。周囲には多くの人が騒いでいるのに、耳には葉山先輩が白い息を吐く小さな音しか聞こえない。葉山先輩以外のものがフィルターでもかかっているかのようにぼやけている。まるでここにはわたしと葉山先輩しかいないみたい。
「……葉山先輩」
「ん?なに?」
今日、わたしは踏み込む。葉山先輩と、本物になりたいから。
「わたし、葉山先輩のことが好きです……わたしと、付き合ってください……」
「…………ごめん」
ひくっと、わたしの喉がなった。
「……どうしてですか?三浦先輩がいるから?……それとも、雪ノ下先輩?」
「…………すまない」
本物へと伸ばした手は、あっけなく払いのけられてしまった。
「……や、やだなぁ。冗談ですよ。そ、それじゃあ、わ、わたし、ちょっと用事を思い出したんで、失礼しますね」
わたしは、嗚咽交じりの声で何とかそれだけを言いきると、逃げた。だって、どうしたらいいか分かんないんだもん。
「はー……。駄目でしたねー……」
わたしと先輩以外誰もいないモノレールの車内で、私は呟く。
「……いや、お前、今行っても駄目なことくらいわかってたろ」
確かにその通りだ。けど……。
「……だって、しょうがないじゃないですか。盛り上がっちゃんたから」
「意外だな、お前はそういう場の雰囲気とかに振り回されない奴だと思ってたぞ」
……確かに、あの時の私は、結構先走っちゃったけど、先輩にはなんか言われたくない。全く、誰のせいでこんなことになったと思っているんですか。
「……わたしも、本物が欲しくなったんです」
先輩が顔を赤くして額を手で押さえている。わたしは、そんな先輩を見て、にやにやと少し意地の悪い顔をしていると思う。
「だから、今日踏み出そうって思ったんです」
まあ、その結果、踏み崩してしまったわけだけど。でも、なぜかそんなに辛くないし、思ってたより気が楽だ。
「その、なに。あれだな、気にすんなよ。お前が悪いわけじゃないし」
なんか急に慰められた。そのためか少し頭が落ち着いた気がする。
恐らく告白してからずっとハイだったんだと思う。頭が落ち着くと、告白したこと、そしてモノレールでの会話が頭をフラッシュバックしてきた。なにこれ!?なんかすごく恥ずかしいんですけど!
「なんですか傷心につけ込んで口説いてるんですかごめんなさいまだちょっと無理です」
思わず早口になってしまう。
「ていうか、まだ終わってませんし。むしろ、これこそ葉山先輩への有効な攻め方です。みんなわたしに同情するし、周囲も遠慮するじゃないですかー?」
「すごいな、お前」
口から嗚咽が漏れ、鼻を啜ってしまう。告白が失敗して悔しい。わたしが選ばれなかったことが悔しい。そのはず。だけどなによりもこうやって先輩に愚痴って、言い訳して、強がって、慰めてもらってるのが一番悔しいし、惨めだし、そして嬉しい。
それでも、わたしは、涙をこらえて、先輩に顔を近づけて、耳元で囁いた。
「責任、とってくださいね」
そして、精一杯の小悪魔フェイスで微笑んだ。
家に帰って、お風呂に入って、パジャマに着替えて、布団に入る。
「ああ」
まくらに思いっきり顔を埋めて、わたしはうめいた。
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!」
すっごく恥ずかしい!なにこれ!わたし、どうなってたの!?なにしたの!
モノレールで先輩にいろいろ言っちゃって、泣いちゃって、挙句の果てには『なんですか傷心につけ込んで口説いてるんですかごめんなさいまだちょっと無理です』って……。
まだちょっと無理?まだ?それって、つまり、今はともかく、いずれは……。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
まくらに顔を埋めたままベッドの上を転がる。わたし、恥ずかしさで死んじゃうんじゃないの!?
ごろごろして、ちょっと落ち着いて来たら、ここである疑問が生まれた。
今思うと、葉山先輩に振られたことはそれなりにショックだったけど、今はそんなに気にならない。というより、先輩のほうが気になる。
考え直すと、葉山先輩に告白したのって、葉山先輩と本物になりたかったというより、本物にするなら葉山先輩のほうが都合がよかったから、そう思える。葉山先輩が本物だったらいいなって、そんな感じの気持ち。そんなわたしの気持ちって、本物じゃない気がする。
なら、本物って?つまり、ステータスとか都合とか関係なく、わたしが好きな人が本物?都合がいい人を本物にするんじゃなくて、本物だと本心から思える人こそが、本物なの?……じゃあ、わたしにとっての本物の人ってなに?わたしの好きな人って、誰?
思い浮かべたのは、捻くれていて、目が腐っていて、それでいて、わたしを助けてくれて、わたしが頼っている、あの人の顔。
さっきまでベッドの上をごろごろしていたのが、ぎったんばったんとベッドの足が悲鳴を上げるぐらい飛び跳ねてしまう。
わたしは、先輩のことが好き。わたしは、先輩と一緒に、本物を見つけたい……。
それを自覚すると、さっきまで暴風雨が吹き荒れていたわたしの心の中に、満たすような安心感が生まれた。さっきまでボルテージが上がっていたわたしの頭は、ぬるま湯をかけられたかのようにゆっくりとクールダウンしていき、ついにはその日の稼働を諦めて眠ってしまった。
『えっと、これ集められた理由ってなんですかねー』
『わたし的に、しょぼいのってやっぱちょっといやかなーって』
『なんで二人ともああいうこと言っちゃいますかねー、雰囲気最悪ですよー。このイベントなくなるかと思ったじゃないですかー』
明日になってみると、案外わたしは変わってなかった。少なくとも、他人から見れば。葉山先輩を狙ってるアピールはまだ続けているし、奉仕部の先輩たちはこきつか……協力してもらってる。
雪ノ下先輩はなんだか棘が抜けたように見える。由比ヶ浜先輩は笑顔に無理をしているような不自然さがなくなった。
二人とも、女性のわたしから見てもかなり魅力的になったと思う。やっぱり、先輩が心中を吐露したことが二人に何かしらの心情の変化を生み出したのだろう。実際に心情が変化したわたしがいうのだから、間違いない。
それでも、わたしだって、先輩と本物になりたい。わたしだって、二人には負けないんですからね!!!
こうして、クリスマスイベントは、無事、問題もなく幕を下ろした。
葉山先輩と雪ノ下先輩が付き合っているらしい。
新学期。教室に入ると、口々にわたしにそれを伝えてくる。ひっきりなしに噂を流す口はニヤついている。なに?わたしが葉山先輩に選ばれなかったことがそんなに嬉しいの?
わたしがまだ葉山先輩が好きアピールを続けるのは、生徒会長として今までのステータスを維持するためと、そこらの男子からの告白を諦めさせるためである。
生徒会長である以上、ある程度の人望は必要だと思う。わたしが葉山先輩に振られたとかぼっちのさえない先輩と付き合ってるとか、そういうスキャンダルはあまり望ましくない。不本意だが、葉山先輩と近しいというのは、それだけである程度のステータスとなるのだ。
わたしが葉山先輩を狙っているのを男子が知っているというのは、面倒な告白を回避するためにもなかなか便利だ。葉山先輩より自分が上回っているなんて思ってる男子なんて少ない。だから、男子には『あの先輩にはかなわない』と思わせることが出来る。まあ、明らかに劣っているくせにプライドだけは高い男子がいないわけじゃないけど。
そんなわけで、いつも通りに適当に会話を合わせたり、無駄に葉山先輩を狙ってる他の女子を牽制したりと、いつも通りの可愛い可愛い小悪魔いろはちゃんで過ごした。
「おめでとうございますー」
放課後、奉仕部では雪ノ下先輩の誕生日のお祝いをしていた……。わたしに黙って先輩とパーティーだなんて。お二人がた、抜け駆けはこのいろはちゃんが許しませんよー!
「ていうか、わたしも初詣呼んでくださいよー」
ホントですよ!このわたしをのけ者にするなんて、先輩のくせに、生意気!
「なんでお前を呼ばなきゃいけないんだよ」
「だって、初詣みんなで行ったんですよねー?なら、当然葉山先輩も」
あ、いつもの癖でつい葉山先輩のこと聞いちゃった。
「いや、あいつとは一緒じゃないから……」
「ですよねー。じゃあ、やっぱりいいです」
やっぱりっていうか、最初からそんなに興味はなかったけどね。
「あ、そういえば」
一つ気になることがあったんだった。
「雪ノ下先輩って葉山先輩と付き合っていたんですかー?」
「はい?」
雪ノ下先輩が首をかしげる。その反応だと、噂は事実無根みたい。出来れば、事実だったらいろいろと都合がよかったんですけどねー。ほら、競争率的な意味で。あ、でも、葉山先輩を狙ってた有象無象が今度は先輩に群がるかも!それはダメ!ダメったらダメ!……そんなことあるわけないか。
「まあ、その、なんだ。良かったな、一色。葉山はまだフリーだぞ」
先輩がなんかわたしをフォローしてくれた。いや、今となっては葉山先輩なんてどうでもいいんですけど。それより、先輩がフリーなのかどうかのほうが気になります!
「まあ、そうですねー」
わたしは適当に返事を返しておいた。
放課後。わたしはまたしても部室を訪れていた。
「まぁ、先輩ですしねー」
「で、なんでまたいるわけ?」
先輩ヒドッ!こんなに可愛い可愛い後輩が来ているのに、そんな扱いするなんて!わたしの心が荒廃しちゃいます!後輩だけに!
……いまのはないよね。うん。
「今日はちゃんと相談があってきたんです」
「生徒会の手伝いならもうしないぞ」
即答されてしまった。わたし、そんな風に思われてるの?ちょっとショック。
「……そうですか」
チッ。今日は生徒会のみんなは帰ってるから、二人っきりになれるチャンスだったのに。
まあいいや。さっさと相談して、それから先輩を生徒会室に連行しよっと。
「なーんかですね、葉山先輩にちょっかい掛けるの結構増えてるみたいなんですよ」
「ちょっかいって?」
「まあ、ぶっちゃけ告るとか。そこまではいかなくても、確認だけして、アピールみたいな」
いや、本音としては葉山先輩がちょっかい掛けられても、告白されても、その結果誰かと付き合ったりしてもさして興味はないんだけど。でも、告白したりアピールしたりしたことをいちいちわたしに聞こえるように教室で話すのはうっとおしくて仕方がない。
先輩がたは、みんな頭の上にクエスチョンマークを出している。どうやら、確認とかアピールなんかがよく分からないみたいだ。ふむ。ではこの小悪魔いろはちゃんが実践してみせましょうか。
わたしは咳払いして、体を先輩へと向けて、告げる。
「先輩……。今付き合ってる人って、……いますか?」
先輩の顔がみるみると赤くなっていく。
「いない、けど……」
……………………///
「ほら、こんな感じですよ、こんな感じ!」
あああああああああああああああああああああわたしのバカー!!!照れくささに負けてるんじゃないですよー!そのまま黙ってればよかったのに!
でも、先輩が今はフリーだって分かったし、結果オーライってことで。
「まあ、その、あれだ。そういうのは葉山だけにしろよな。軽々しくするもんじゃないと思うぞ、うん」
「…………当たり前ですよ」
葉山先輩の名前が先輩の口から出てきて、さっきまで浮ついていたわたしの心は少し沈んだ。
会議室にて、わたしは先輩を待ってる。進路相談会の準備を行うためだ。
会議室の扉がノックされた。わたしはどーぞーと招き入れた。振り返ると、そこには先輩がいた。
「あ、先輩!」
おそいですよ!なんて文句でも言おうとすると、後ろに奉仕部の先輩がたがいるのが見えた。
「と、お二人ともありがとうございます!」
別に来なくてよかったんですけどねー。なんて思いつつも深々と一礼してしまう。わたしもなんだかんだでビジネスウーマンぶりが身に付いた気がする。え、社畜?やだなぁそんなわけないじゃないですかー。
進路相談会の準備は順調に続いていたが、なんか雪ノ下先輩のお姉さんが現れて、そこからあの噂についての話になる。なんだかんだで、みんな噂大好きですね。
もうすぐ進路相談会が始まる。そんなわけで先輩がたには退室してもらう。
「じゃ、一色。俺たち戻るわ」
「はい、ありがとうございました!」
「あ、それと……」
「はい?」
「葉山の噂については事実無根だ。両方から話を聞いた俺が断言する。それと、葉山の進路のほうも噂のほうも、奉仕部でどうにかするから」
「……………………………………………………………………………………そうですか」
それだけ言い残すと、先輩は会議室を後にした。
会議室は賑やかになっていくのに、なぜかとても静かで空虚に感じられた。
葉山先輩と関わっていることは、素晴らしいステータスである。そう思っていた。いや、今でもそう思っている。あんな優良物件、そうそう落ちてない。
けど、葉山先輩とはちがう先輩を好きになった。葉山先輩を高級マンションとするなら、その先輩は木造の小さなアパート。お世辞にも優良物件とは言えないかもしれない。けど、そこには高級マンションのエアコンから機械的に流れる温風とはちがうぬくもりがある。わたしは、その本物のぬくもりが欲しいんだ。
先輩はきっと、『一色いろはは葉山隼人が好き』だと思っているのだろう。だから、いくら好意を向けても、先輩は相手にはしてくれない。それどころか、わたしが葉山先輩に近づけるようにいろいろと考えて行動してくれている。
あれだけ欲しかった葉山先輩というステータス。それが今では邪魔なレッテルだ。そのレッテルが剥がれないかぎり、私は先輩の本物になることは出来ない。
けど、今更『葉山先輩のことなんて好きじゃない』なんて言えない。恥ずかしいのもあるけど、それ以上に今まで先輩がわたしと葉山先輩をくっつけるために動いてくれていたことを否定する気がしたし、なんとなくだけど先輩はそうやって男を乗り換える女とかそういうのが好きじゃなさそう。それに、わたしのステータスが下がれば生徒会長としての人望が下がるかもしれない。可能性は低いが、その結果リコールなんてことになればわたしは奉仕部へ行くための大義名分を失ってしまう。
……どうしたらいいんだろう。
先輩たちのスタートを見送った後、わたしたち生徒会は表彰式の準備を始めた。本来は表彰式なんてプログラムはこの学校のマラソン大会には存在しない。けど、わたしは自ら司会進行を引き受けてまで実施した。
最初、生徒会でこの企画を立案したとき、わたし以外の生徒会役員はわたしに訝しげな視線を送ってきた。ホント失礼な人たち。まあ、わたしが自分からイベントを企画し、司会進行をするなんて意外だったのだろう。けど、わたしが『確かに生徒会主導で表彰式をすることになったら生徒会役員はマラソンには参加出来ませんねー』なんていったらあっさり表彰式に賛同してくれた。
音響機器の整備をしたり、表彰によくつかうあの数字が書かれた階段みたいなやつを用意している。ホント、なんでマラソンなんてするんですかねー?こんな冬に寒い格好で生徒を走らせて学校は何がしたいんですかねー?まあ、わたしは走ってないんですけどね。
やっぱり表彰式を企画して正解だったと思う。走らなくてすんだし、こうやって他人から見えるところで作業していればうらでサボってるとか言われる心配もないし。
……ただ、一つだけ失念していたことがあった。こういうときにいつも出てくるあの人の存在を忘れていたことだ。
~折り返し地点~
『あの噂、気にしてるのか』
『はぁ?いや、そうじゃなくてだな……。ただ、まぁ、なに、なんだ。……なんか』
『ぷっ、ははははは』
『……何がおかしい』
『いや、悪い。そのことについてなら心配ない。ちゃんと終息させる』
『あー、そうなってくれると助かる。部室がピリついてるとたまらんからな』
~折り返し地点~
ゴールの公園で待っていると、ランナーが帰ってきた。トップは、もちろん葉山先輩。
葉山先輩はそのままトップでゴールした。
「やあ、いろは。おつかれ」
「葉山先輩お疲れ様ですー!一位なんてすごいですねー!」
いつも通り、無駄に甘ったるい声を出して葉山先輩をねぎらう。もう手馴れたものだ。
「あとで表彰式と、そこでインタビューをするんでコメントを考えておいてくださいねー!じゃあ、わたしはこれで!」
「ああ、がんばってくれ」
必要事項だけ伝えておいて、あとは仕事を言い訳にして葉山先輩のいる場所から離れる。なんかこれ、仕事の出来るビジネスウーマンというより、仕事に逃げる独り身の女みたいじゃない?
生徒の七割近くがマラソンをゴールし終えた。先輩はまだ帰ってきていない。
「表彰式、始めませんか?」
わたしは、副会長とこそこそ話す。
「え?全員がゴールしてないだろ?全員がゴールしてからのほうが……」
「だからですよ。すでにゴールした生徒は待ちくたびれていますし、どうせ全員ゴールしないとマラソン大会そのものは終わらないじゃないですか。だったら、今表彰式をやっておくべきだと思うんです。全員がそろってから表彰式を始めたらそれだけマラソン大会が終わるのが遅くなるじゃないですか。本来、このマラソン大会に表彰式はないのに、生徒会で無理言ってやってるんですから、表彰式で時間が延びるのはあんまり望ましいとは思えないんですよね」
「……そうなのかな?」
副会長は納得がいっていないような、よく分かっていないようなそんな顔を浮かべながらも承諾してくれた。
ホントは、先輩に見られたくないから。わたしが、葉山先輩と表彰式の檀上にいるのを。先輩がゴールする前になんとか終わらせたい。
「ではー。結果発表もすんだところですのでー、優勝者のコメントをいただきたいと思いまーす!」
表彰式も大詰め。このコメントをもらったら終わり。わたしは、葉山先輩を檀上に上げる。
……と思ったら、視界のすみに今ゴールした先輩が見えた。あちゃー間に合わなかったみたいですねー。葉山先輩へマイクを渡すところは先輩には見られたくなかったですねー。まぁ、月桂樹の冠を渡すシーンを見られなかっただけよかったんじゃないですかねー。……なんて心の中で自分を茶化してでもしてないとやってられない。
「葉山先輩、おめでとうございますー!わたし、もう絶対勝つと思ってましたよー」
わたし、なんかもうやけくそになってない?
「ありがとう」
「では、コメントをどうぞ」
わたしはマイクを葉山先輩に渡して檀上から降りる。
生徒から拍手と歓声、そしてHA・YA・TOコールが巻き起こる。なにこれ怖い。あと、戸部先輩がうるさい。
葉山先輩がはにかんだような笑顔で手を振って歓声を鎮める。
「途中ちょっとやばそうな場面もあったんですけど、良きライバルと皆さんの応援のおかげで最後まで駆け抜けられました。ありがとうございます」
うわっ、ザ・テンプレ。でも、それをサラッと言えるのがすごい。なにがすごいって、もう、ね。
葉山先輩が一旦間を置き、その笑顔の中に少しの真剣さを含みながら告げる。
「特に優美子と、いろは……、ありがとう」
「はぁ?」
あ、やば。声に出ちゃった。いや、でも、仕方ないじゃん!あんなこと言われたら、そりゃそんな反応もしちゃうって!
生徒がざわついている。わたしのさっきの発言はマイクには入ってないから後ろのほうまでは聞こえてないかもしれないけど、前のほうの生徒はもしかしたら聞いてたかもしれない。
わたしは副会長からもう一つのマイクを受け取り、取り繕うように小さく咳払いして、
「はい。ありがとうございますー。というわけで、優勝者の葉山隼人さんでしたー。はい、はくしゅー。……二位以下は別にいらないですよねー?」
思わず焦ってしまって余計な失言を重ねてしまうが、無理矢理ごまかして進行を続ける。
そんなこんなで無事、マラソン大会を終えることが出来た。
マラソン大会が終わり、生徒はぞろぞろと帰っていく。生徒会役員は会場となった公園で後始末をしていた。『生徒会ってぜんぜん仕事してないよねー』とかいうやつ!今のわたしを見ろー!仕事してるとこ見てないくせに仕事してないとか言うなー!
「いろは、お疲れ」
「あ、葉山先輩。お疲れ様ですー」
一瞥して適当に挨拶し、わたしは作業に戻る。
わたしは今、音響機材の後ろで『あやとりでもしてたの?』ってくらいにぐっちゃぐちゃに絡まっているコードに悪戦苦闘している。手袋を外して中腰での作業はなかなか堪える。あー……こんなことなら……、
「表彰式なんてするんじゃなかったなー……」
思わず呟いてしまう。いや、マラソンはしてないけど。
「…………なあ、いろは」
「?……なんですか?」
コードを引っ張りながら、わたしは葉山先輩を見ずに言葉を返す。
「その……済まなかった」
「何がですか?」
「いや、その……表彰式のコメントのことなんだが……」
珍しく葉山先輩が言葉を濁している。
「ああ、済みませんでした。わたしが途中で変なこと言っちゃって」
「いや、こっちこそ急に名前だして悪かったね。びっくりさせたかな?」
「まあ、びっくりっていうか、普通に引きましたけどね」
あの時はホントに引いた。何ですかあの青春ドラマみたいなセリフ!わたしと同じくあのセリフを言われた三浦先輩は照れくさそうにもじもじしている。三浦先輩は葉山先輩が好きなことが一目で分かる。本来、あの葉山先輩にあんなセリフを言われたら誰だってあんな感じになるんだろうなって思う。
もっとも、何もなければ。だが。
わたしは葉山先輩に好きだと告白した。そして、葉山先輩はわたしをフッた。拒絶した。そのことについて、今更恨んだりとか蒸し返したりとかそんなことは考えていない。
だけど、あのセリフはなに?まるで『いろはは俺のことが好きなんだろ』とでも言わんばかりのセリフ。かつてわたしの気持ちを知って、それでもわたしをフッておいて、そのセリフ?
ジゴロとか女心が分かるとかそんないいものじゃない。わたしの気持ちを知っておいて、フッて、あんな思わせぶりなセリフ。完全に女心を弄んでいるようにしか思えない。
「……嫌だったかな?済まない」
「嫌っていうか、普通にセクハラですよねー」
「セクハラ……そんなつもりはなかったんだけどな」
何となく分かる。葉山先輩ならあんなセリフを言っても様になるのだろう。あのときのセリフには自信がみなぎっていた。
人、ましてや女子から敵意なんて向けられることなんてなかったと思う。顔よし性格よし家柄よしで女子なら誰もが葉山先輩を好きになるのだろう。女子からの告白も何度も経験してるだろうし、まさか葉山先輩自身も『自分が女子にはモテない』なんて思っていないと思う。例えいくら謙遜していても。でも……。
コードをいじりながらあたりを見渡すと、ちらちらとわたしたちを見ている生徒が見える。表彰式であんなことがあったんだ。わたしと葉山先輩の関係を邪推して気になって見にきたとかそんなところだろう。
……これは使えるかもしれない。
「葉山先輩」
「なにかな?」
「わたしは葉山先輩に好きだと告白しました。そしてフラれました」
「……ごめん」
「いえ、そのことに関してはどうでもいいんですよ。けどね、女の子がみんな葉山先輩が好きだと思わないほうがいいと思いますよ」
「……そんなことは、思っていないよ」
「なら、どうしてあんなことを言ったんですか?」
「俺は、本心からいろはに感謝を言おうと思って」
あんなことをサラッとやって受け入れられるなんて葉山先輩くらいだろう。あの先輩が同じことをしても気持ち悪がられるだけだと思う。だからああいうことをする。
だって、やめてなんて言われたことがないのだろうから。例え嫌でも、民衆はその嫌という感情を出すことさえ許されないだろうから。
そりゃあ、好きな人にあんなサプライズされたら嬉しいかもしれないけどさ。好きじゃない人からされても、ね?気持ち悪いだけ。
「嘘ですよね?なにか思惑があったんじゃないんですか?葉山先輩は自分の影響力を理解していますよね?だったら、あんな晒し者にするようなことしませんよね?」
「…………………………噂を終息させたかったんだ」
「つまり自分に女の影が噂されて、それを終息させるために別の女の影をちらつかせた、と」
「ちが、そんなつもりは」
「つまり葉山先輩は利用していたわけですか。わたしの心を」
悪戦苦闘の結果すっきりとしたコードを束ねて、立ち上がり、葉山先輩の方へと振り向く。わたしはそこで言葉を区切って、そしてお得意の小悪魔的笑顔で告げる。
「一度フッておいて、それでも葉山先輩に甘くて優しい言葉を投げられてまた葉山先輩にしっぽを振るような、わたしがそんな安い女だと思わないでください」
葉山先輩と、わたしたちの会話を聞いていたギャラリーの息をのむ声が聞こえた気がした。
葉山先輩はわたしを使って噂の終息をしようとした。雪ノ下先輩ではない別の女の存在をアピールすることによって。きっと、葉山先輩が二股三股とか、女をとっかえひっかえしてるとか、そういう負の噂は流れないで、わたしが葉山先輩と仲がいいとかそういう噂で雪ノ下先輩との噂が塗りつぶされるのだろう。わたしとしてはたまったものじゃない。だって、あの先輩が振り向いてくれないから。だったら、別の噂を追加してあげますよ。葉山先輩は一色いろはの恋心を弄んで利用したっていう、噂をね。
葉山先輩の存在というステータス兼レッテル。貼っていても剥がしてもわたしへのダメージは大きい。ならどうすればいいか。葉山先輩の存在そのものの価値を下げ、そしてそれを剥がす行為に価値が生まれるようにすればいいのだ。葉山先輩は『女心を弄んで利用する男』、わたしは『そんな男と決別したいい女』。
葉山先輩のその笑顔、噂を聞いた人はどう思いますかね?その甘い笑顔の裏はどんなに黒いのかってみんな思うんじゃないんですかね?
「あ、せんぱーい!こっちです!」
葉山先輩の後ろのほうに、副会長と何かを話している先輩の姿が見えた。わたしに気付いた先輩はよろよろとこっちに歩いてくる。
「遅いですよ先輩!じゃ、このスピーカーをお願いします。わたしじゃ持ち上げることも出来なくて」
「いきなり呼びつけておいて生徒会の仕事押し付けるなよ……。てか、俺、マラソンで転んでケガしてんだけど」
「なんですか慰めてほしいんですかごめんなさいここでは人目があるんでまだ無理です」
「……なんだ、人目がなければ慰めてくれんのかよ」
「そ、そんなわけないじゃないですか!先輩キモイですよ!いいからちゃっちゃと運んでください!わたしはコードを運ばないといけないんで!」
「へいへい……葉山とはもういいのか」
「いえ、もう大丈夫です!むしろ次はないくらいに」
「待ってくれいろは!俺は、あの言葉は、そんなつもりじゃ……」
なんですか邪魔しないで下さいよかまって欲しいんですかごめんなさいもうぜったい無理です。
「先輩、行きますよ!」
「ちょ、ま、スピーカー、重っ」
先輩がスピーカーを持ち上げると、よたよたと危なっかしい足つきで歩いてくる。葉山先輩は去っていった。スピーカーを危なげに運ぶ先輩のゆっくりな足取りに合わせて歩きながら、誓う。
わたしは、先輩と一緒に本物を手に入れるんだから!例え二人ぼっちになっても、諦める気なんてないんだから!
「一色さーん!」
先生の一人が大声を出して一色を呼んでいる。あ、一人って大勢いる先生の一人って意味だから!独り身って意味じゃないから!
「あ、はい!すぐ行きます!それじゃ先輩、ちょっと行ってきますね。あ!先に帰ったりしちゃ駄目ですからね!」
それを言い残すと、一色は走って行ってしまった。
「……元気なやつだな」
まあ、あいつはマラソンには参加していなかったから有り余っているのも分からんでもないが。
先生たちと生徒会役員全員でテントの撤去をしている。さっきまでちらほらをいた生徒はもう帰ったようだ。手があいているのは俺と……。
「やあ、ヒキタニくん」
こいつだけだ。
「葉山……。お前何してんだ?生徒会でもないんだからさっさと帰ったほうがいいんじゃないのか?」
「君だって生徒会に所属していないのに残っているじゃないか」
「俺は一色に残れと命令されたからいるだけだ」
「……そうか」
「そういえばお前、さっき一色に『そんなつもりじゃなかった』って言おうとしてただろ」
「ああ、そうだな。表彰式でしたことがセクハラだと言われちゃってね。そんなつもりは――」
「そんな言葉で自分を正当化するのはやめろ」
「正当化なんて、俺はそんなつもりは――」
「だからやめろと言ってるんだよ。修学旅行でも、折本といたときに雪ノ下たちを呼んだ時もお前はそう言ったよな?そして、今回も」
「だからなんなんだ」
「やっぱり俺はお前が嫌いだよ。俺の考えとはどこまでも反発しているからな」
「反発って、なにが……」
「人の心や感情を利用して何かをするなら、その後何が起こるかを予測しなければ駄目だ。俺は今までそうしてきた。俺がしたことでどうなるかはある程度予測していた。それでも、動く必要があったから動いた。だが、お前は考えなしに動いて、そんな言葉で失敗を誤魔化して、反省もせず、繰り返した。気にいらない。俺と似た手段を軽々しくつかっているのがな」
「そんなことはない!ちゃんと考えた。反省もした。それでも俺は、……」
「ろくに考えずに動いて失敗したと。お前、一色がどうなるか予測出来なかったのか?あいつは女子受けはあまりよくないのに、あんなことをすれば一色は嫉妬で女子からさらにハブられる可能性もあったぞ」
「ッ!」
「俺は一色がお前を追いかけているくらいがいい構造だと思っていたよ。けど、それで一色が傷つくなら俺も黙っていないぞ。お前に一色は任せられない」
俺は言葉を切って、告げる。
「だから、あいつの騎士は、お前じゃなくて俺の役目だ。俺が、一色を守るんだ」
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真っ当な思考と正しい思考
雪ノ下雪乃は口だけで行動することはない。
由比ヶ浜結衣は恋愛脳を拗らせている。
平塚静は暴力と権力を振り回す。
葉山隼人は性善説の理想論しか持てない。
SSを読んでたらこんなことみんな知っている。いつだって、何度だって、そういったSSは投稿されてる。この作品のテーマは”間違っている”。誤解を提示されている以上、あとからその誤解を発見、指摘、糾弾、訂正、完解、暴露、修正、改竄することなんて簡単。問題はどう見せるか。
だから、ごめんなさい。今回は、ただただ間違いを指摘するだけのような、そんな話。
俺は、平塚先生に連行され、奉仕部とかいう生徒のお悩み相談を行っているらしい部活に叩きこまれた。そこにいたこの部に所属していると思われる女と言い合いになり、話はどんどんおかしな方向に進み……
静「なら、これから君たちの下に悩める子羊を導く。彼らを君たちなりに救ってみたまえ。自らの正義を証明するのは己の行動のみ!自らの正しさを示すために勝負するんだ。だが、ただ勝負しても面白くない。君たちにもメリットを用意しよう。勝ったほうが負けたほうになんでも命令できる、という権利をやろう。勝負の裁定は私が下す。基準はもちろん私の独断と偏見だ。どうだ?やるか?」
八幡「はぁ?やるわけないじゃないですか」
静「なんだ?勝つ自信がないのか?勝てば女子への命令権だぞ?それともあれか?君は女子に興味がないのか?」
八幡「いや当たり前でしょう。独断と偏見で裁定するって言われてどこから勝つ自信が出るんですか」
雪乃「あら、勝つ前から諦めて逃げるのね。それなら、誰が見ても明らかなくらいの結果を出せばいいのではなくて?相手が自ら負けを認めるくらいに叩き潰せば勝敗は明白でしょうに」
八幡「……そんなに威張って恥ずかしくないのか?」
雪乃「あら、それは私があなたに勝てるはずがないとでもいいたいのかしら。さっきと言っていることが真逆ね」
八幡「いや違うだろ。この勝負、雪ノ下が勝つに決まってんだろ。むしろ雪ノ下が負けたらお前、失笑ものだぞ」
雪乃「……私が優秀かどうかはともかく、あなたこそ恥ずかしくないのかしら。負ける前から負けを認めるなら、勝てるように努力するのが当然でしょう。そればかりか自分の弱さを公言してハードルを下げようとするなんて」
八幡「いや違うだろ。ここは生徒が悩みを相談する部活で、お前はその部員で、俺は今までこの部の存在すら知らなかった人間だぜ?」
雪乃「だからなんだというのかしら」
八幡「まだ分からねえのか?つまりこの勝負は、例えるならラーメン店の店員と客のどちらがうまいラーメンを作れるか競うようなもんだろ。奉仕部に所属している、つまりラーメンの作り方もノウハウも知っている雪ノ下と全く知識がない俺が勝負だって?おまけに最終的な勝敗を判定するのはいわば奉仕部顧問……要はこのラーメン屋の店長の独断と偏見。
確かにお前なら勝って当然だろ。なんせプロと素人が勝負して、その判定はプロの身内の人間がするんだからな。お前、恥ずかしくないの?負けて当然?当たり前だろ。何も知らない素人と戦って勝って嬉しいのか?」
雪乃「それなら、努力して勝てるようになればいいでしょう。多少のハンデがあるからって、負けを認める理由にはならないわ」
八幡「そのセリフはハンデを持ってる人間がいうことじゃないと思うがな。あと、平塚先生に導かれた生徒の悩みを解決してその結果を見るってことは、あれだろ?俺や雪ノ下が作ったラーメンを客に食わせるってことだろ?ラーメンなら金を払って、生徒なら深刻な悩みを抱えてきているのに、提供する側がこんな裏で素人が関わってるとか客で遊んでるって知ったら、俺ならこんなところ二度と来ないな。今時異物混入ですらネットで大々的に叩かれてるんだぞ?俺みたいな素人が関わって問題起こしたらどうするんだ?俺は下手に関与出来ないだろ」
静「安心したまえ、この奉仕部は発足してから日が浅い。つまり、それほどノウハウもたまってはいない。今はそういったことを少しずつ模索している段階だ。だから、君にも十分勝機はあるぞ」
俺は憤りを感じた。いや、真実怒ったと言ってもいい。
八幡「つまり、あれですか。こんなノウハウも経験も実績もろくにないような浅い部活で俺を更生させようとしたってことですか?」
雪乃「まあ、確かにこんな腐った目を持った男の更生なんて奇怪な依頼は初めてね」
八幡「……ふざけんなよ。そんな部活に拘束されて更生?そんなもん、安心出来るわけねえだろ。こっちはお前の上司に無理矢理連行されたんだぞ?」
雪乃「安心出来ない?なめられたものね。あなたを更生させるなんてことを私が出来ないとでも?」
八幡「実績がないからそう判断しているだけだ」
静「確かに、奉仕部にはまだ実績がないかもしれない。だが、何事も最初は実績もノウハウもないだろう。経験を積んでいってこそそういったものは生まれるのだろう?」
八幡「……だからって俺をサンプルにでもする気ですか?こっちとしてはたまったもんじゃねぇよ。これだったら、こんな何にもない訳の分からんところじゃなくて素直に実績もノウハウもある適切なカウンセリング施設に行くわ!」
俺は奉仕部室を出た。
後日、奉仕部があるから総武高校のスクールカウンセラーは不要だという意見が上がったのは別の話。
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奉仕部はITを駆使して依頼者に最高のソリューションを提供します。
集計方式→自己解釈
集計体制→原作遵守
そんな話
~文化祭三日前・午後六時、○○視点、会議室にて~
『雪ノ下、優秀賞と地域賞の集計・掲示用フォーマット表計算ファイルが読み込めないんだが』
『あら、そうなの?では比企谷くん、新しい表計算ファイルを作成してもらえないかしら』
『……また仕事が増えた……』
『とりあえず今日の雑務は終了しましょう。それは当日までに間に合えばそれでいいでしょうし』
~文化祭三日前・午後九時、比企谷視点、比企谷家にて~
カタカタ
(う~む。フォーマットは完成したがこれじゃあ集計には不便だよな……。合計値くらいは自動で計算するようにしておくか?)
カタカタカタカタ
(集計しやすいようにマクロを組み込んだボタンをつけて……。いや、印刷したときにボタンも一緒に印刷されるのはまずいな……。印刷時に非表示にするか?)
カタカタカタカタ
(ふむ。発表用と掲示用と参加者への配布用の三種は形式が異なるほうがいいのか?なら別シートに枠だけ作ってそこに書き込む形に……)
カタカタカタカタ
(確か集計は複数の人間が入れ代わり立ち代わりでするんだっけ?なら改ざんを検出する機能と時間ごとに戻せるようにバックアップ作成機能を作るべきか?)
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
(……気づけば深夜二時。集計効率化用のボタンとフォーマットごとの印刷機能、挙句の果てには暗号化と時間ごとに指定フォルダへ自動バックアップの生成、さらには集計結果をクラウドストレージへ自動アップロードする機能まで付いた最強の集計フォーマットが完成してしまった。俺はVBAについての知識なんて齧るほどしかなかったのに、深夜のテンションでおかしくなったとかそんな言葉では片づけることの出来ない恐ろしい片鱗を感じたぜ。とりあえずこれで完成でいいだろ)
(……完成を自覚したら急に眠くなってきた……)
…………zzZ
~文化祭二日目・午後一時、相模視点、会議室にて~
パソコンに表示されている集計表の下にあるボタンをクリックすると、会議室にあるプリンタが耳障りな音を立てながら集計結果を印刷を始める。
優秀賞・地域賞の投票結果の集計が終わり、それを発表・掲示するためにわざわざうちが雑用まがいのことをしている。
気にいらない。何もかもが。うちが実行委員長で、奉仕部とかいうところに依頼してあの雪ノ下さんを副実行委員長にした。そこまではよかった。
雪ノ下さんはうちが仕切っていた会議に茶々をいれて最後には進行の役まで奪ったり、本来うちが振り分けようとしていた仕事を勝手に振り分けたり、うちが提案した”クラスの出し物を重視する”という提案をあとになって却下された。
これじゃあまるでうちが無能みたいに見られるし。おかげで予想以上に仕事は押し付けられ、だけど前に立ってする仕事はみんな雪ノ下さんが勝手に仕切るからうちが仕事していないみたいに見られる。しかもあいつはうちがいない間に葉山くんと喋ったりしてる。マジありえない。
印刷が完了したプリントを手に取る。賞の集計結果が印刷されている。今まで雪ノ下さんのおこぼれのような仕事しかしていない。それだって、雪ノ下さんがうちに仕事をさせるためにわざとこぼしているようなもの。そんな誰でも出来る雑用を、うちは押し付けられた。
プリントを折ってポケットに入れる。パソコンのマウスを握り、パソコンをシャットダウンさせる。上書き保存がどうとか出て終了出来なかったから電源ボタンを長押しして強制的にパソコンを落とした。
うちがいなくたって、文実は動く。うちがなにもしなくても、文化祭は進行する。うちが消えたって、誰も…………。
うちは会議室を出る。でも、このままじゃ面白くない。気にいらない。トボトボと歩きながら、どこかへと向かって歩く。
葉山くんなら、うちを見つけてくれて、お姫様にでもしてくれるのかな……?
~文化祭二日目・午後四時、比企谷視点、体育館舞台裏にて~
校内に放送が鳴り響いている。携帯には、相模を知らないかというメールが届いている。ああ……仕事のメールは見たくないのに……。
もうすぐエンディングセレモニーが始まるので舞台裏へと向かうと、雪ノ下たちが楽器を取り出してチューニングしていた。
「おい、なにかあったのか?」
「文実へ一斉送信メールに書いてあったと思うのだけれど、相模さんがいないのよ。集計結果は相模さんしか持っていないからエンディングセレモニーを始められなくてね。それで私たちがバンドで時間を稼ぐ間に事情を知っている人たちに相模さんを探し出して、連れてきてもらおうと思ってね」
「……なるほど」
「あなた、まさか一斉送信のメールが届いていない……ああ、ごめんなさい。あなたのメールアドレスなんて知りようがないものね。メーリングリストに登録されるハズがないものね」
「……悪かったな」
いや、届いてると思いますけどね?仕事のメールを見たくなかったからつい放置しちゃっただけだからね?いやどちらにしても悪いの俺だわ。
「比企谷くん、相模さんの捜索、お願いできないかな?本来なら私も捜索に向かうべきなんだけど、私はキーボードとしてバンドに参加するの。だから、お願い」
「比企谷くん、私からもお願いするわ」
城廻先輩と雪ノ下が頭を下げる。
「集計結果って、会議室のパソコンには残っていないんですか?」
「それが、相模さんが集計した分は保存されてなくて」
「プリンタが使われていたから集計結果は印刷されていたはずよ。つまり、集計結果は相模さんがもっているはず」
「印刷されたなら、集計結果はあるぞ」
何を言っているのか分からないとでもいう顔をしている二人を尻目に、俺はスマートフォンからクラウドストレージサービスのアプリを立ち上げ、二人に画面を見せる。そこには、
「集計……結果?」
「……どうしてあなたが持っているの?」
「集計用フォーマットにそういうプログラムを仕込んでいただけだ。印刷するなら、会議室のパソコンの×××××××というフォルダにバックアップがある。印刷時には自動的にバックアップを作成するようになっているからそこに最新のデータがあるはずだ」
「あなた、こんなことをしていたのね……」
「作ってたら面白くなってきて、つい、な。こんなとこで生きてくるとは思ってなかったが」
「そう……。城廻先輩、相模さんが帰ってきたらそのまま、帰ってこなければここにあるデータを使用してエンディングセレモニーを開始しましょう。司会は私がするわ」
「……うん、そうだね」
当面の問題は回避したのに、城廻先輩の表情はさほど浮かない。やはり城廻先輩は相模のことが気がかりなのだろう。実行委員長になったからには、最後までさせてやりたいという思いが。
何が悪いかと聞かれればキリがないが、この場で問題になっている原因を一つ上げるのなら集計作業の体制だ。入れ代わり立ち代わりで、尚且つ一人で作業をするというのは、不正行為をしてくださいと言っているようなものだ。集計を複数名で行っていれば相互に抑止力が働くだろうが、相模はその時一人だった。だから逃げられた。だから集計結果を知る人間は誰もいない。
だが、当然ながら集計作業をするのは生徒だ。文化祭の最中に長時間拘束されるのは不本意だろうし、他の作業も存在するため必要以上の人手が使われるのは望ましくはない。
人手は割けないが不正行為は避けたい。体制は変えられない。ならばどうするべきか。不正が出来ない、あるいはリカバリが出来るシステムを作るべきなのだ。だからこそこの”最強の集計用フォーマット”なのである。
……いやこの”最強の集計用フォーマット”が生きてきたのはホントに偶然なんですけどね。自分で作っておいてあれだけどまさか実際に使うとは思ってもいませんでしたよ、ええ。
「ゆきのん!隼人くんのバンドが終わったみたいだよ!」
葉山たちがなだれ込むようにして舞台裏へと飛び込んできた。
「すまない、俺はこのまま相模さんの捜索に向かう。優美子、あとは頼んだ」
それだけを言い残して葉山は走って行ってしまった。
「それで?俺も行くべきなのか?」
「……相模さんがエンディングセレモニーに出るべきではあるのだけれど、集計結果が手元にある以上、必ずしも相模さんを連れてくる必要はなくなった……のかしら」
「ゆきのん!……あたし、その、ヒッキーにあたしたちのバンドを聞いてほしいんだ。だから、その、ダメ……?」
「由比ヶ浜さん……。そうね、比企谷くん。あなたは相模さん捜索に加わる必要はないわ。集計結果を適当な紙に書きだしてちょうだい。それが終われば、あなたの仕事は終了よ。お疲れ様。……ああ、そもそも誰にも顔を覚えられていない比企谷くんだものね。仮に見つけて声をかけたとしても不審者と間違えられてしまうから相模さんの捜索は出来ないわね」
「オイ、なんで思い出したかのように罵倒をつけたしたんだ。まぁ、俺も働きたくはないし、行かなくていいんなら……」
「ゆきのん!」
由比ヶ浜が雪ノ下に抱き着く。あなたたちこれから舞台に立つっていうのにイチャイチャとは、余裕がありますね。
「……それと、その、ヒッキー……」
「ん?」
「その、もしよかったら、あたしたちの、バンド、見てほしいな~……って」
由比ヶ浜がうつむきながら、そして顔を赤くしながら言ってきた。
「……本来なら仕事を言い訳にして断るんだろうが……、その、俺の仕事は上司の計らいでなくなって手持ち無沙汰になったわけだし?こうやって御膳立てされてるわけだし……」
俺がぶつぶつ言ってると、由比ヶ浜は顔を近づけてきた。視界いっぱいに由比ヶ浜の顔が広がる。ズズィっと近づかれ、なんかいい匂いがする。
「それで!?見るの!?見ないの!?」
「…………仕事が終わったら見させて頂きましゅ……」
噛んでしまった。
「由比ヶ浜さん、時間よ。行きましょう」
「あ……うん!ヒッキー、ぜったいに見に来てよね!」
由比ヶ浜たちは舞台へと行ってしまった。さて、とりあえず……。
「集計結果、書き出すか……」
舞台裏にある小さな机の上。誰も見ていない小さな小さな俺の正念場だ。
~文化祭二日目・午後四時七分、葉山視点、屋上にて~
「ここにいたのか……。捜したよ」
屋上にて、俺と相模さんの友達二人は相模さんを発見した。
「葉山くん……。それに、二人とも……」
他の人に連絡しても間に合わないだろう。俺たち三人で間に合わせなければならない。
「連絡取れなくて心配したよ。いろいろ聞いて回って、一年の子が階段上っていくのを見かけたって言うからさ」
大丈夫だ。相模さんもきっと分かってくれる。落ち着くんだ。
「ごめん、でも……」
「早く戻ろう?みんな待っているから。ね?」
「そうだよ!」
「心配してるんだから」
相模さんはこちらの言葉には反応を示してはくれているが、まだ足を動かすつもりはないようだ。
「でも、今さらうちが戻っても……」
「そんなことないよ、みんな待っているんだから」
「一緒に行こ?」
思わず腕時計をチラリと見てしまう。本当に、これ以上は無理だ。
「そうだよ。相模さんのために、みんなも頑張ってるからさ」
「けど、みんなに迷惑かけちゃったから合わせる顔が……」
相模さんの目には涙がたまり、声に嗚咽が混じる。
「大丈夫だから、戻ろう」
「うち、最低……」
まだダメなのか……。どうすれば、どんな言葉を君は望んでいるんだ?
「そんなことない!相模さんは最低なんかじゃない!君は今までずっと頑張ってきたんだ!だから、もう少し、あと少しだけ、頑張ろう?今まで頑張ってきたみんなのためにも、さ」
「葉山くん、葉山くん……うわあああああああああん!!!!!!!」
相模さんは俺に抱き着き、大声で泣き出した。
……相模さんをエンディングセレモニーまでに連れ戻すのは失敗したようだ。こうやって泣きつかれては、どんな言葉を投げかけても耳には入らないだろう。こうやって抱き着かれては、手を引っ張って屋上から移動することも出来ない。
すまない、雪ノ下さん。相模さんを連れ戻すことは出来なかったよ。
~文化祭二日目・午後四時八分、比企谷視点、体育館にて~
集計結果を二分で書き出した俺は、文実という立場を利用してスポットライトの隣から舞台を眺めていた。ななめ上というお世辞にもいいポジションとは言い難い場所だが、舞台の上にいる雪ノ下と由比ヶ浜、そして城廻先輩と何故か一緒に舞台に立っている陽乃さんと平塚先生の顔はしっかりと見ることが出来る。
熱気も光も視線も一手に引き受け、輝いている舞台。かつての俺ならばこの光景を嫌悪していただろう。眩しいステージなど自分とは無縁だと思うだろう。だが、今は。
俺は舞台に向けて手を伸ばす。歌っていた由比ヶ浜がこちらに気付いて一瞬目を見開いたが、すぐに真剣な、それでいて楽しそうな顔になって再び前を向く。
ここからでは決して物理的に手が届くことはないが、俺は手を伸ばす。かつて俺が憧れ、諦めた光景。だが、今なら手が届きそうな気がする。
だから俺は手を伸ばす。いつか、どこかで、あの二人とともに、きっと……。
~文化祭二日目・午後四時二十分、葉山視点、体育館にて~
俺は屋上でようやく泣き止んだ相模さんたちとともに体育館に戻ってきた。
舞台の上には雪ノ下さんが立っている。
『では、続きまして地域賞の発表に移りたいと思います』
……やはり、間に合わなかったようだ。
みんなは前に密集していて、出口に近い俺たちの周囲には誰もいなかったが、俺や相模さんに気付く人は誰もいない。
エンディングセレモニーはどんどん進行していく。本来なら最も前に立つべき相模さんを置いて、先へと進む。
相模さんはただ舞台を眺めている。相模さんの友人二人はどうしていいか分からずにオロオロしている。俺は、ただ俯いて手を固く握ることしか出来なかった。
相模さんの手に握られた集計結果がプリントされた紙が相模さんの手を滑り落ちた。
~文化祭二日目・午後四時四十分、比企谷視点、体育館にて~
エンディングセレモニーは恙なく進行し、問題なく終了した。
「お疲れ様でした。皆さんのご協力のお蔭で無事、文化祭を終えることが出来ました。ありがとうございました」
「お疲れ様でしたっ!!!」
片付けがある程度終わり、雪ノ下の締めの一言で解散した。生徒たちはハイタッチやハグを交わしている。
「お疲れ様!」
「お疲れ様っす」
城廻先輩がこちらに気付いて歩み寄ってきた。
「比企谷くん、エンディングセレモニーが開催出来たのも君のファインプレーのおかげだよ!ありがとう!」
「いえ、たまたまです」
「相模さんに最後までさせてあげられなかったのはちょっと心残りなんだけど、それでも、最後に最高の文化祭が出来た。本当によかった。ありがとう」
結局、相模は現れなかった。片付けにも現れず、連絡は取れないままだ。それでも、対外的には問題なく進んだ。それでよかったのだろう。
城廻先輩はじゃあね、と言い残して去っていった。
「お疲れ様」
「ああ、お疲れ様」
「あなたのおかげで無事終えることは出来たわ。あなたはMVPよ。誇ってもいいわ」
「MVPなのに誰からも祝福されないな……」
「あら、私だけでは不満かしら?」
「……ありがとよ」
いつの間にか横には雪ノ下がいた。俺たちはきゃいきゃいしている生徒たちを背に、出口へと向かう。
「あ、ヒッキー!終わったんだ!」
出口付近には由比ヶ浜が立っていた。
「由比ヶ浜、どうしてここに?」
「うん、ヒッキーとゆきのんを待ってたんだ!お疲れ様!」
「わざわざそんな……。クラスのほうはいいのかしら。あなたも、クラスの打ち上げがあるのではなくて?」
「まだ開始までちょっと時間あったから一旦抜けてきたんだ!」
「ま、そういうもんか。由比ヶ浜もお疲れさん。舞台、結構よかったと思うぜ」
「ありがとうヒッキー!あたし、すっごい緊張したけどすっごく楽しかった~!ねぇ、ゆきのん、ヒッキー、来年の文化祭なんだけど、奉仕部でバンドしない!?」
「慎んで遠慮させて頂きま……、いや、まあ、結論を出すのは来年になってからでいいだろ」
「……?あなた、珍しいわね。いつもならこういうことはすぐに断るのに」
「まあ、なんだ。来年の話なんだから別に今決めなくてもいいだろ。鬼に笑われるぞ」
「……なんで鬼?でも、まあ、そうだよね。来年だってあるんだし、時間だってたっぷりあるし」
「ええ、そうね。まだ時間はあるんだもの」
俺たち三人は並んで体育館を後にする。俺たちは三人だけだが、その他大勢ときゃいきゃいしてるよりよほど心地よい。いつまでもこいつらと一緒にいたいと思う。俺たちはなることが出来るんじゃないだろうか。
綺麗で、美しくて、誰もが求めている、けれどそれは遠く彼方にあるような、そんな”本物”に……。
~文化祭二日目・午後四時四十分、葉山視点、二-F教室にて~
「隼人~お疲れ~」
「葉山くんのバンドすっごくかっこよかったよ~」
「そうそう!なんかキラキラしてた~」
「葉山くんすげーわ!聞いててなんか心が震えた!」
「そうそう!隼人くん、横で演奏してて分かるんだけどさ、みんなを引っ張ってくっつーかさ」
教室に顔を出すとまだ片付けをしているみんなが残っていた。
「ありがとう。それより、早く教室を片づけてしまうか。このあとは打ち上げだろ?」
エンディングセレモニー中、相模さんはいつのまにかどこかへ行ってしまった。教室にいるかと思ったがあては外れたようだ。
「そういや、雪ノ下さんのバンドもすごかったべー!なんつーか、きらびやかっつーか!」
「そうなのか」
「あれ?隼人くん見てない感じ?そういやエンディングセレモニーの時も見てない気が」
「あ、ああ。相模さんを探しててちょっと、ね」
「相模さん?そういえばエンディングセレモニーで司会してなかったよね?」
「ここにもいないし、どしたん?」
「探してるんだが見つからなくてね」
「あれじゃね?エンディングセレモニーが嫌で逃げたとか!」
「あ~あるある!開会式でカミカミだったし!」
「なんか目立ちたくて委員長に立候補したとかって話だし~」
「…………」
相模さんを探しに行くか。
~文化祭一日後・午前八時二十分、相模視点、二-F教室にて~
変化を感じた。
登校してからというもの、うちが話しかけるとみんな言葉を濁しながらうちから離れていく。離れたところでうちに聞こえないようにこそこそ話している。避けられてる。
なんで!?こうならないように今まで立ち回ってきたのに!?
今までクラスの二番目だったけど、あのうざい金髪ギャルと取って代わって一番上に立ってやろうとしたのに!?そのために文化祭で活躍して、頂点に立つはずだったのに!それが今では周りには誰もいなくなって……、
『うち、最低……』
そんなわけがない!うちが最底辺だなんて、そんな……。
うちの視界にいるのは、あいつ。うちと同じ文実になっておきながらよく分かんないことしかしてなかったあいつ。
「相模さん、ちょっといい?」
話しかけてきたのは葉山くんだった。やっぱり、うちはまだ……!
「ここじゃ話しにくいし、ちょっと移動しないか?」
~文化祭一日後・午前八時三十分、葉山視点、二-F教室にて~
誰もいない階段の踊り場で俺は相模さんに伝える。相模さんがエンディングセレモニーで逃げたとか文実でも雪ノ下さんの背中にくっついてばかりだったとか、そういった噂を。
相模さんはそのことに納得がいかないようだったが、事実であるところも多いのか押し黙っている。
「それで、君は、その……、奉仕部に依頼したのか……?」
「うん……」
そうか……。なら……。
「放課後、奉仕部部室に行かないか?」
「え?」
雪ノ下さん。今日、俺は君と対峙するよ。確かに、彼女の行動は褒められた行為なのではないかもしれない。失敗したかもしれない。けど、それでも、彼女が潰れる理由にはならない。失敗したなら、やり直せばいい。たとえ失敗しても次に挑戦できる機会を失う理由にはならない。
ただ、もし彼女が次に踏み出せなくなるなら、彼女の次をみんなが邪魔するなら、俺は……。
~文化祭一日後・午後四時四十分、比企谷視点、奉仕部部室にて~
紅茶の香りが漂う部室、久しぶりに三人が揃った。一度は離散の危機に陥った文化祭も終わり、ようやく落ち着いた放課後が過ごせそう……と思っていた。
「どうしてうちをサポートしなかったし!」
何故か相模と葉山が部室に来ていた。
「サポートに関しては十分にしていたでしょう。むしろあなたより仕事をさせられていたのよ?」
「雪ノ下さん、彼女は奉仕部に依頼をしたのだろう?なら経緯がどうであれアフターケアまでサポートしてあげる必要があるんじゃないのかな?」
「あなたは部外者でしょう。なぜ出張ってきているのかしら?」
「あんた、葉山くんに何を……」
「いいんだ。それより話を進めよう。彼女は確かに失敗したのかもしれない。だからといって、次に挑戦する機会が失われていい理由にはならない」
なるほど、葉山は相模の噂を解消したくてここに来たわけか。今朝から相模のことは少し耳にした。ぼっちな俺でも初日から聞いたんだ。裏では相当に出回っているのだろう。我を否定し、和を重んじる葉山のことだ。噂によって相模が孤立するのが気にいらないんだろう。
「あはは……、確かに、噂は、結構流れてるけどさ……」
「由比ヶ浜さん、耳を貸す必要はないわ。それで、私たちに何をさせたいのかしら。噂を消してほしいのかしら」
「そうだ。彼女が排他されている今の環境を直してもらいたい」
「逃げたのは彼女よ。彼女は文化祭から逃げ、それを揶揄されたから撤回してもらいたいというのはなかなか無様な話なのではないかしら。奉仕部は魚を与えるのではなく魚の取り方を教えるのよ。その魚の取り方が辛くて逃げられたからといって、追いかける理由にはならないわ」
「それは……」
まあ、そうだろう。失敗したときの尻拭いまで奉仕部に押し付けられてはたまったものではない。失敗は、自分で受け止めるべきだ。失敗しても次がある、なんてよく言うが、その次が貰えないことを他人のせいにしている人間が同じ失敗をしないと誰が思う?
相模は失敗した。それだけだ。それすら自分で落とし込めないでどうする?周りの人間がやいやい言ったところでなにかあるわけがない。
「話は聞かせてもらった」
奉仕部の部室の扉が開かれ、平塚先生が入ってきた。
「平塚先生……なぜここに?」
「比企谷に用があってきたのだが……、それよりも先に決めるべきことがありそうだな」
平塚先生は相模と葉山を一瞥し、話を続ける。
「相模に奉仕部へ行くように行ったのは私だが、こんなことになっているとはな……。大きな違いがある君たちなら互いにいい影響を与えると思ったのだがな」
「それで……、平塚先生は何か?」
「ああ、まず雪ノ下。今回の依頼は”相模をサポートして文化祭を成功させる”ということだったよな?」
「……ええ、そうですが?」
「相模も、間違いないか?」
「えっ、あ、はい」
「ふむ、さきほど雪ノ下は噂への対処について、奉仕部の理念とは異なると言ったな?」
「ええ、確かにそう言いました」
「しかし、依頼内容を見る限り、最初に理念を破ったのは奉仕部側ではないか?相模のサポートとなると、これは魚そのものを与えるやり方だ。君は飢えている人間に半端に魚を与えた。そして再び飢えだした相模を放置している」
「それは……」
「理念を守るというのであれば、軽率な依頼を受けるべきではなかった。文化祭を失敗したのは相模かもしれんが、相模の依頼に失敗したのは奉仕部だ。それを理解せずただ依頼人を否定しているようでは駄目だ」
平塚先生はそこで言葉を区切り、告げる。
「奉仕部は一週間の部活停止処分とする。頭を冷やしたまえ」
平塚先生の言葉に俺も、雪ノ下も、由比ヶ浜も目を見開いていた。そんな、やっと、やっと戻ろうとしていたのに、そんなことって……。
「相模、機会が欲しいならやろう。もうすぐ体育祭がある。君がいかなる理由で文化祭実行委員長に立候補したのかは知らないが、もし、もう一度立ち上がろうというのであれば、私は君を推薦しよう。ただし、自分一人で立候補した前回とは違い、私が推薦するということを忘れないように」
「……先生、その」
「まあ、こんなことをいきなり言われても戸惑うだろう。今すぐでなくてもいいから、近いうちに答えを聞かせてくれ。それと比企谷、学校の生徒と有志団体の情報をネット上にアップしたことについて話がある。午後五時に職員室まで来るように」
平塚先生はそう言い残して去っていった。
「じゃ、じゃあうちはこれで。行こ、葉山くん?」
「あ、ああ」
相模と葉山も去っていった。
秋特有の肌寒いすきま風が体を冷やしていく。
静まり返った部室で、最初に口を開いたのは俺だった。
「……済まない、俺が相模捜索に当たっていれば、あるいは……」
「比企谷くん、どういうつもりかしら?あの時、比企谷くんに指示をしたのは私よ?この一件はすべて上司であり奉仕部部長である私の責任よ。私の判断ミスであり、当然ながら私が責任を負うべきだわ」
「で、でもさ、ヒッキーに見てもらいたいからってゆきのんにお願いしたの、あたしじゃん。ゆきのんはあたしの我儘を聞いてくれただけだし、悪いのはあたしなんだよ……」
俺たちは互いに泥をかぶり合うことしか出来なかった。お互いにお互いを認め合って、自分を傷つけて、差し出して、割を食って、お互いを擁護し、敬愛し、尊重する。これはきっと、本物なのだろう。そしてその美しさはきっと……、
破調の美、だ。
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短編集カタクリズム
過度な期待はしないで下さい。
あと、妄想力を最大にして、このあとの展開を各自想像して、
笑えよ。
1.まいごのまいごの雪乃ちゃん
大きく変化した風が髪を無遠慮に撫で回す。
臨海部に位置する総武高校では、昼過ぎになると特殊な潮風が発生する。最も、昼休みはいつも部室で食事を取っているため、こうして静かに体感するのはこれが初めてかもしれないが。
昼休み、私は戸塚くんの依頼を引き受け、テニスの訓練を行うことになった。その最中、戸塚くんは怪我をしたため私は保健室に救急箱を取りに行った。そう、保健室に。私は保健室に向かったのだ。保健室にまっすぐ向かって、救急箱を受け取って、まっすぐテニスコートまで帰るだけだった。
なら、なぜ、私は、
校舎の屋上にいるのかしら?
おかしいわね……。確か保健室は一般的に利便性を考慮して一階にあるはずなのだけれど……。ちょっと道を間違えてしまったようね。保健室を探しに行かないと。
「ゆきのん!」
私が引き返そうとすると、由比ヶ浜さんが屋上に来た。彼女は息を荒げて必死な形相だった。
「由比ヶ浜さん、どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだし!……とにかく、ゆきのん、やっとみつけた……。それより来て!」
「ちょ、ちょっと由比ヶ浜さん」
由比ヶ浜さんは私の手を引いて屋上を出る。由比ヶ浜さんの様子から切迫した状況なのは理解出来なくもないが事態がうまく飲み込めない。
「由比ヶ浜さん、待って、状況を説明してもらってもいいかしら?」
「な、なんか優美子たちとヒッキーがどっちがコートを使うかでテニス勝負することになったんだけど、負けそうになってて、……それでお願い!テニス勝負にゆきのんが出てほしいの!」
……なるほど、私がいないうちに随分と愉快で勝手なことになっているようね。
「あたしが抜けてからゆきのんを探すまで大分時間かかっちゃったから急がないと……」
由比ヶ浜さんが私の手を引きながら必死に言葉を紡ぐ。なぜか彼女の中では私がテニス勝負に参加することは確定事項のようだ。
……まったく、救急箱を取りに行っている間のことは由比ヶ浜さんに後を頼んだというのに、それすら出来ないどころかこんな厄介事まで持ち込んでくるなんて。
校舎を移動中にチラリと見えたテニスコートの真ん中で、見知った男が地面に頭をつけているのは見間違いだと信じたい。
2.愛することは狂うことである
「サンキュー!愛してるぜ川崎!」
文化祭終了間近、教室に残っていた川崎から相模の居場所に関する情報を聞き出した俺は川崎に礼を告げて屋上へと向かおうとした。
「な!あ、ま、待って!」
が、川崎に腕を掴まれてしまった。振りほどこうとしてもガッシリと掴まれて振りほどくことが出来ない。
「あ?すまんが俺、今急いで……」
怪訝な顔をして振り返ると、川崎は顔を真っ赤にして俯いていて、表情が見えない。
「あ、あのっ!」
川崎が顔を上げる。顔を真っ赤にしながらも真剣な表情でこちらを見ている。
「な、なんだよ……」
「その、アタシも、その、アンタのことが好きだ!愛してる!」
……ふぁ?
「か、川崎さん?急に何を……」
俺は、それ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。
俺の口は、彼女のそれによって塞がれたからだ。
その出来事が一瞬だったかも永遠だったかも分からなくなるくらいにすでに俺の脳はオーバーヒート状態だった。
「これが、ファーストキス……えへへ」
顔を真っ赤にしてモジモジしながら唇を指でなでる川崎は、いつもの仏頂面とのギャップもあってかとても可愛らしかった。
突然の出来事に呆然としていた俺に気付いた川崎は、急にアタフタとしだした。
「も、もしかしてキスは嫌だったか……?そ、それともアタシのことホントは好きじゃなかったりとか……?」
赤かった顔を今度は青くしてうろたえる川崎。恐らく彼女は本気だ。これがラブレターかなにかで呼び出されての告白なら罰ゲームかなにかだと思うだろうが、俺が勝手に口走った発言に彼女は答えてくれた。本気で愛してくれていると言ってくれた。そんな彼女に、俺は……、
「そんなことはない。俺は川崎を愛してる」
今度は俺から彼女の体を抱きしめ、彼女の唇を奪う。川崎は最初は驚きに目を見開いていたが、しばらくすると目を閉じて俺に身を委ねてくれた。
今度は自分でも分かるくらい長い時間、互いに抱きしめあってキスをした。
もう、文化祭も相模もどうでもよかった。ただただ、川崎の唇の甘酸っぱさを、川崎の髪から発せられる甘い香りを、川崎の体の柔らかさを堪能することしか出来なかった。
3.俺ガイルSS史上最もくだらない告白回避手段
私は一人、竹林の中を歩く。細い道の先には、とべっちが緊張の面持ちで立っているのが見える。
歩みを止めることは許されない。例えその先に何が待っていても、今、止まることは出来ない。
そして、とべっちの前に立つ。
「あの……」
「うん……」
きっと、とべっちはここで私に告白するのだろう。私にそれを止める手段はない。
「俺さ、その」
「…………」
駄目だったんだね。ヒキタニくん。私の真意が伝わっているのかどうかは分からないけど、失敗だったね。でも、仕方ないよね。こんな身内の問題で自分勝手なこと、他人に解決してもらおうだなんて、図々しかったかな。
「あ、あのさ……」
私、あのグループにいれて、とっても楽しかったよ。こんな私を受け入れてくれて。あんなの、初めてだったよ。だから、私には不相応だったんだと思う。だとしても、いや、だからこそ、例え私がいなくなってもあのグループには消えてほしくなかった。
これが今まで甘い汁を飲み続けた私に対する罰だというのなら、どうか、私以外の人を裁かないでほしかったな。
「君たち、そんなところで何をしている」
驚いて振り返ると、そこには平塚先生が立っていた。
「君たちがホテルから出ていくところを見たという生徒から教師陣に連絡があったよ。もうホテル外出禁止時間だ。早くホテルに戻りたまえ」
「は、はい。すみません。じゃあね、とべっち。私、ホテルに戻るから」
「ちょ、海老名さーん!?」
突然の乱入者に戸惑うとべっちを置いて私は走り出す。そうすることしか出来なかった。
「べー。そりゃないってー」
「なんだ。私がここに来たことがそんなに不満か?ならついでに反省文でも書くか?」
「いやーそりゃないですってー……はぁ……」
ごめんねとべっち。
「はろはろ~、お待たせしちゃった?」
修学旅行最終日、京都駅の屋上で私はヒキタニくんと合流した。土産物屋に人が集中しているからか、ここは人が疎らだ。
「お礼、言っておこうと思って」
「別に言わなくていい。相談されたことについちゃ解決してない」
「あの場に平塚先生に来るように仕向けたのって、ヒキタニくんでしょ?」
「……」
ヒキタニくんは沈黙を持って私の答え合わせに答えてくれた。
「今回はありがとう。助かっちゃった」
「別に対したことはしていない。いつも通り、空気を読まないで台無しにして、問題を先送りにしただけだ」
「そうだね」
ヒキタニくんは先送りにしてくれただけ。それでも、グループの崩壊は回避出来た。今回はそれでよかったんだと思う。
「海老名さん!」
突然、後ろから名前を呼ばれ、振り返ると、そこにはとべっちがいた。
「えっと、何かな」
緊張の面持ちのとべっちは私に告げる。
「……あのときは言えなかったけど、その、俺、ずっと前から海老名さんのこと、好きでした!俺と付き合ってください!」
問題が送られた先は、随分と近い未来だったみたい。
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ぼっちとカメラと剣豪将軍
八幡「あー、すまん、材木座。作者の力量不足の関係で俺視点なんだわ」
義輝「ひでぶっ」
我にとって、これはターニングポイントなのではないだろうか。
タブレットPCでPhotoshopを立ち上げ、教科書片手に必死に使い方を学びながらも来たる日への覚悟を固める。
小学校の林間学校への泊りがけでの手伝い。我としてはコミケだってあるし暑いし行きたくはない。しかし、しかしである。我はもう高校生である。このまま年を重ねれば、小学生と関わる機会なんてものはますます減っていくだろう。むしろ、この機会が最後かもしれない。
小学校と合法的に触れ合える数少ない機会である。これを見逃すわけにはいかないであろう!我はこの貴重な機会を最大限生かさなければならない。そのために一眼レフのデジカメとタブレットPC、そしてPhotoshop使用権を購入したのだ!言っておくが、小説の参考資料になればと思ったから買ったのだ。あくまで、自然や風景を撮影することが目的であって、決して小学生を盗撮しようとか、そんなことぜったいにないんだからね!
「材木座は?」
「……誰?」
小町の謀略によって千葉駅のバスロータリーまで連行された俺は、いつものメンバに材木座がいないことに気付いた。あちゃー材木座さんさっそく仕分けられちゃったかー。
「八幡!」
いきなり名前を呼ばれ、思わず戸塚のほうを見る。戸塚は『僕じゃないよ』とでも言いたげに頭と胸の前に出した両手をワタワタと振っている。とつかわいい。
となると俺を八幡と呼ぶ人間は……。
あたりを見回すとどたどたと走ってくる男が……。
……来ちゃったかー来ちゃいましたかー。
相変わらずのコートと指貫きグローブをつけ、なんか軍人が好みそうなミリタリーカラーのデカい鞄を持ち、ふしゅるると肩で唸るような息をしている太った男、材木座を見ているとこっちまで暑くなってくる。
「我、参上!」
やたらいい声でポーズを決めながらの一声にもう俺のライフがゴリゴリと削られていく気になるよ……。雪ノ下たちももう見向きもしてないよ……。
「ふむ、全員がそろったようだな。では行くか」
平塚先生に言われ、俺たちはワンボックスカーに乗り込む。ワンボックスカーは七人乗りで、運転席、助手席。最後尾に三席、間に二席。
雪ノ下と由比ヶ浜はもう一緒に座る気でいるようだ。となると、男二人と戸塚で最後尾に座って小町を助手席に座らせるのが自然だろうか。最後尾に、戸塚と男二人。大事なので二回言った。決して男三人ではない。
「比企谷は助手席だ」
「え、ちょ、なんで!?」
乗り込もうとした俺を掴んで引きずる平塚先生。こういう男を(物理的に)振り回すところが結婚できない理由なんだと思います。
待て、となると最後尾に座るのは……。
「材木座くん、どうしたの?乗らないの?じゃあ僕、先に乗るね」
「中二さん早く乗ってくださ~い、小町が乗れないじゃないですか」
「ちょ、ちょっと待たれい!」
材木座が戸塚と小町のサンドイッチで約束された勝利の剣じゃねーか!そんなのって、あんまりだよ……。
だが、俺の抗議が通ることもなくワンボックスカーは進みだす。車内で平塚先生の話に適当に相槌を打ちながらも俺は後ろに広がっているであろう彼の地を思い、憂う。俺の手には届かなかったすべて遠き理想郷が、俺のすぐ後ろに……。
「戸塚さん、夏休みって何して過ごしてます?」
「部活かなぁ。ぼくテニスやってるんだよ。材木座くんはどう過ごしてたの?」
「わ、我!?我は、主に小説を書いておったな、うむ」
あの野郎俺の天使たちと喋ってんじゃねーよ!ぶっ殺すぞ!
「比企谷くん後ろを向かないでくれるかしら」
「あたしたちのことジロジロ見るとか、ヒッキーマジキモい!」
「比企谷……酔うぞ。前を向いてろ」
……すいません。
千葉村についた俺たちは、葉山たちと合流し、小学生への挨拶を済ませ、オリエンテーリング補佐として山の中を歩きまわっている。
やはりというか葉山は小学生にも大人気で、小学生のグループと遭遇しては話しかけられていた。それは大凡想定していたが、もう一人、こいつが小学生に話しかけられていたのは意外だった。
「すいませーん、写真撮ってくださーい」
「あいや任せたまえ!」
「こっちもお願いしますー」
いつの間に用意していたのか、一眼レフのゴツいカメラを持った材木座が小学生を撮影している。俺らから見るとすれ違う小学生を盗撮しているようで犯罪臭が凄まじいが、ゴツいカメラを持ち、体格が大きく(太く)、コートを羽織っている材木座は、小学生から見ると『カメラマンのおっちゃん』に見えるのだろうか。すれ違うたびに小学生から写真撮影を求められている。
材木座も小学生に……というか人にここまで話しかけられるなんて初めてではないだろうか。最初は戸惑っていた材木座も、今ではすっかりカメラマン気取りだ。だからな、材木座。嬉しいのは分かる。だが、小学生をにやけながら撮影するのはやめたほうがいいぞ。小学校の先生に見つかって通報されても知らんからな。
「写真撮ってくださーい」
そしてまたカメラマン材木座にお声がかかる。そちらを見ると、すでに小学生の四人が並んでピースをしている。いや、写真撮ってもお前らの手元には来ないからな。あいつの資料(意味深)になるだけだから。
「もう一人は?」
並んでいる小学生を見て葉山が声を発する。恐らく俺も材木座も、仲良く並んでいる小学生たちも、そして葉山自身も気付いているだろう。一人、写真に写らないように道のわきで所在なさげに立っている女の子の存在に。
「おいで。一緒に写真を撮らないか?」
葉山はその小学生に手を差し伸べ、あまつさえ一緒に写真を撮らないかと言いだした。横で雪ノ下の溜息が聞こえた。
「はい、ピーナッツ!」
カシャリ。という音が響いた。材木座は写真を撮った。四人の状態で。
「ありがとーございましたー」
そして、小学生はキャイキャイと山道を歩き出す。
「ごめんなさい。私もいかないと」
葉山が手を差し伸べていた少女も四人の後を追って走り出した。
少女は四人に追いつき、しかし横には並ばず数歩後ろについて歩き出したのを見て、俺と雪ノ下は思わず安堵の息をついた。
「材木座くん。どうして彼女がいないのに写真を撮ったんだい?」
葉山は笑顔だ。しかし言葉には若干の怒気が込められているのが分かる。
「ふん。我は資料集めのために撮影をしておるのだ。小学生を喜ばせるために写真を撮っておるのではないわ!」
「ハァ?アンタ隼人にケンカ売ってんの?」
「ヒィ!」
材木座は三浦の言葉にビビってしまっている。が、材木座の真意は分かる。俺も、そして雪ノ下も。そして材木座がいなければ葉山は何をして、結果どうなっていたかもおおよそ想像はつく。
「まあまあ優美子。落ち着いて。材木座くんも優美子は本気で怒っているわけじゃないから落ち着いて。大丈夫。それで、次は出来れなみんな一緒に撮ってやってほしいな」
「……」
落ち着くのはどっちなんだか。
「……別に。カレーに興味ないし」
葉山はまたしても先ほどの少女に話しかけ、少女は撤退してきた。葉山は少し困ったような寂しげな笑顔を浮かべていたが、すぐにいつもの笑顔になって小学生に話しかけ始める。
少女が撤退先として選んだのは人目の少ない場所。つまり、俺や雪ノ下がいるところである。
「ふひゅううう。しんどい~。我はもうだめだ。ここは我に任せて先に行け~」
何故か材木座までやってきた。さっきまであちこちでカメラマンとして小学生の写真を撮っていたが、ただでさえ暑いのに小学生のパワフルさと火の暑さでばてたのだろう。コート脱げばいいのに。というか、先に行けと言いつつこっちに来るってどういうことなの?
「名前」
「あ?名前がなんだよ」
「名前聞いてんの。普通さっきので伝わるでしょ」
「……人に名前を尋ねるときはまず自分から名乗るものよ」
「ヒィ!」
……材木座。お前、雪ノ下にビビりすぎだろ。今のはお前に言ったわけではないぞ。
「……鶴見留美」
「私は雪ノ下雪乃。そこのは、……ヒキ、ヒキガ、ヒキガエルくん、だったかしら」
「比企谷八幡だ」
「我も名乗らせてもらおう!我は剣豪将軍、ざいも」
「お遊戯はよそでやってもらえるかしら」
「はぐぅ!」
雪ノ下にバッサリ斬られた材木座は切り捨てられてしまった。となると、さっきのヒキガエル呼ばわりは冗談ではなくガチでやっていた可能性が出てきたぞ。
「剣豪……さん?かわった名前」
「……おお、女児よ。我を剣豪将軍と呼んでくれるのか。そなたはまるで天使のようだ……」
材木座の言葉に留美がどうリアクションしていいのか分からないのか、若干困っている素振りを見せる。
「……なんか、そっちの三人は違う感じがする。あのへんの人たちと」
材木座とのファーストコンタクトという衝撃から回復した留美は、少し悲しそうな顔を浮かべた。
「当然であろう!我をそんじょそこらの量産型と一緒にしてもらっては困るな!」
「この二人はただの欠陥機だから参考にしないほうがいいわよ。鶴見さん」
「欠陥機!欠陥機で何が悪い!いつだって欠陥機には秘められた力と過去が存在するのだあ!我にぴったりではないか!」
「そうだな。ぴったりだな。秘められた力がいまだに小説にでないところとかな」
「八幡!?貴様、我を裏切ったなぁ!」
「ふふっ。変なの」
横で留美は笑っていた。
「なんか、そっちのそれは面白いね。あっちはバカやってるようにしか見えないのに」
「楽しいぞ。お前も早くボッチライフが楽しめるようになるといいな」
「そうだね。……もう行かないと。じゃあね」
留美はそう言い残して去っていった。何度も名残り惜しそうにこちらをチラチラと見ながら。
「ふぅ……」
夕食を食べ終えた俺たちはその場でまったりとしていた。材木座も腹をさすりながら満足そうに息をはく。そりゃカレー三杯も食べりゃ満腹だろうよ。
「大丈夫、かな……」
何が、と問うまでもない。留美のことだろう。彼女と接した材木座も渋い顔をしている。
「それで、君たちはどうしたい?」
平塚先生に問われて、みなが一様に黙る。いじめられること、ハブられることが良くないことはみんな理解している。なんとかしたほうがいいことも分かっている。だが、口には出さない。何とかすると明言はしない。なぜなら、それを言えば、何もかもを押し付けられてしまうから。
「俺は……」
重々しい沈黙を破ったのは葉山だった。
「できれば、可能な範囲でなんとかしてあげたいと思います」
葉山らしい一言だった。優しい一言だった。成功しても失敗しても『なんとかしようとした』の一言で済ますことが出来るような、そんな言葉。
「あなたでは無理よ。そうだったでしょう?」
雪ノ下はその言葉で以て葉山の言葉を引き裂いた。
「雪ノ下、君は?」
「私は……彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を持って解決に努めます」
「ゆきのん、あの子さ、言いたくても言えないんじゃないかな」
「そう……なのかしら」
「雪ノ下の結論に反対の者はいるかね?」
留美を救うという方向で話はトントン拍子で進んでいく。空気は完全に『留美を絶対に救う』という方向で。だが、彼、材木座とて思うところはあるのだろう。小さな声で話しかけてくる。
「のう八幡よ。結局のところ、留美嬢はどうするのだ?救うのか救わないのか我には分からんぞ」
空気読めよ……と言いたくもなったが材木座の意見もごもっともだ。結局のところ、葉山の『助けてやりたい』という考えから、雪ノ下の『助けを求めるのなら絶対に助ける』という考えに変わっただけで、問題は解決していない。本質的にはさして変わっていないのだから。
「反対があれば意見しても構わんよ」
平塚先生が材木座に問いかける。授業以外でも多少の付き合いがある俺であれば、平塚先生が怒っていないことは分かるのだが、材木座にそれを求めるのは荷が重かったようで「なんでもないです……」縮こまってしまう。
「よろしい。では、どうしたらいいか、君たちで考えてみたまえ。私は寝る」
平塚先生はあくびをし、そのまま立ち去っていった。
「ちょっと、ユイー?」
「……あなたは、どちらの味方なのかしらね」
ルミルミ救出のための話し合いは、すでに昏迷しているどころか『ルミルミよりもこいつらをどうにかしたほうがいいんじゃね?』ってくらいひどい有様となっている。
「紅茶美味しいなぁ、戸塚。そういえば材木座は今頃どうしているかなぁ、元気でやっているかなぁ」
「八幡、現実見ようよ……」
「おーい?我、ここにいますよー?」
男三人……、おっと間違えた。男二人と戸塚が三人集まったところであれをどうにか出来るわけがない。
「のう八幡よ。八幡は小学生のとき、こういうイベントではどうしておった?」
「あ?そうだな……まぁさして今の俺や留美の現状と変わらんだろ。三歩後ろを歩いてただけだ。何か言ったところで何も変わらんからな。当時は気にしてなかったと言えば嘘になるが、今は何とも思わん」
「……八幡は、自分がぼっちだと親はいつから知っていた?」
材木座の質問の意図が良く分からんが、真剣なのは表情から伝わってきた。
「……さぁ?よく分からん。気付いたら知られていたな」
「そうか……」
そう言って材木座は自前のデカいカメラを撫でる。ぼっちには色々ある。俺のようなぼっちがいるように、材木座のようなぼっちもいる。そして、雪ノ下や留美にも同じように違う存在だ。苦労はしていてもそのベクトルは俺と材木座ではまた違うのだろう。
結局、結論は出ないまま今日を終えた。
翌日、キャンプファイアーの準備を終えた俺と材木座は、河原で女性陣の水着姿を眺めていると、脇の小道から足音が聞こえた。
気配のあるほうを見れば、見覚えのある少女がいる。鶴見留美だ。
「よっ」
「おお、留美嬢ではないか!」
「留美嬢……?」
材木座のセリフに首をかしげている留美。甘いな。材木座のセリフの真意を詮索するのは素人だな。この材木座検定3級の俺にはまだまだ及ばないぜ!ちなみにこれ以上知ると気持ち悪くなるので3級止まりでいい。
その後、由比ヶ浜が雪ノ下を連れてこっちに来る。どうしてリア充ってのは一人で行動出来ないんでしょうね……。
その後、由比ヶ浜たちを加えて話は進んだ。
「んー……確かに、みんなと仲良くってやっぱりしんどいときもあるし、だから、留美ちゃんもそう考えれば……」
由比ヶ浜の結論に、留美は難色を示す。
「うん……。でも、お母さんは納得しない。いつも友達と仲良くしてるかって聞いてくるし、林間学校もたくさん写真撮ってきなさいって、デジカメ……」
留美はデジカメを握りながら力なく微笑む。その辛そうな顔で紡ぐ言葉に答えたのは、雪ノ下や由比ヶ浜でも、まして俺でもなかった。
「あいや分かった!我に任せておけ!」
材木座だ。留美と同じようにゴツいカメラを握りしめ、力強い言葉で宣言した。
「……あなたに何が出来るのかしら」
雪ノ下が材木座に訝しげな視線を送る。確かに、どちらかというと依頼者側として奉仕部に面倒事をいつも持ってくるようなヤツだ。声には自信がこもっていたが、正直なところ、こいつに何か出来る気がしない。
「我に任せておけ……。さて、急ぐぞ留美嬢!時は有限なのだぁ!」
材木座は、あっけにとられる留美の手を引いて河原を離れてどこかへと向かう。材木座の背中からは自信がひしひしと感じられるが、幼女の手を引いて山へと入るあいつの姿は、犯罪臭がプンプンする。
……大丈夫か?あいつには作戦があるようだが、その作戦を始める前に警察に捕まるんじゃね?
「腕もう少し上に……そのまま笑って、はい!」
「ヒッキー……あれ、なに?」
「……比企谷くん、彼は何をしているのかしら?」
心配になった俺たちは留美を連れ出した材木座を追いかけた。ペンションのような建物が並ぶこの場所で、材木座は留美を白い壁の前に立たせてポーズを指定して写真を撮っていた。
「……材木座、まさかお前、犯罪を起こして林間学校を中止にしようと……」
「我がそんなことをするわけがなかろう!」
ぼそっと呟いた俺の声が聞こえていたようだ。
「中二マジキモイ!留美ちゃん大丈夫だった?何もされてない?」
「犯罪は良くないわ。待っていなさい。小学生を脅かす存在はすぐに抹消するから」
「ヒィ!ま、待つでござる!これにはある作戦があってだな……」
「なんだよその作戦ってのは。早く言え」
「ほむん、いきなりネタバレしては面白くなかろう!」
「やはり人に言うのを憚るような内容なのね。通報するのが得策でしょう」
「待って待って説明するから!」
材木座はタブレットPCを取り出し、カメラからSDカードを抜き取って挿入する。タブレットの画面には小学生の写真と先ほどの留美一人の写真が入っていた。
「やはり通報……」
「待ってくださいお願い致します」
口調が安定しなくなりつつある材木座は、幾つかのソフトを立ち上げて操作をしている。
「ほむぅ、とりあえずこんなものかな」
五分ほどすると、材木座はPCの画面を俺たちに見せてきた。
そこには、5人の少女が写っていた。どの少女も見覚えがある。4人はオリエンテーリングの時に見かけた少女。もう一人は目の前にいる留美だ。
即興で作ったからか、留美の周囲は多少は不自然で白い隙間のようなものが残っている。だが、それをのぞけば、仲良く笑っている集合写真に見えなくもない。
「なにこの写真……」
「なに、先ほど撮った写真と昨日撮って回っていた写真をフォトショで合成したまでよ。最も、もう少し時間があれば合成だと分からんくらいに編集してみせよう!」
さっきまで自慢げに話している材木座だったが、一変して真剣な顔で留美に話しだす。
「のう、お主。親に自分が友達がいないことを知られるのはつらいか?」
「……うん」
「ならそれを誤魔化せるよう、我が写真を作ろう。これを持って帰れば親御さんにもばれないであろう」
「財津くん……だったかしら?それはただの逃げよ。親に誤魔化しているだけにすぎないわ」
「それで何が悪い」
今まで雪ノ下の言葉にびくびくしていたとは思えないくらいはっきりとした返答だった。
「八幡もそうだが、お主らは強い。クラスの有象無象から、あるいは親からどう思われようと気にしないでいられるのだからな。だがかつての我は違う。親に友達がいないと思われることが怖かった。教室でいないもの扱いされることよりもはるかにな」
材木座はタブレットPCを操作しながら思いを語る。
「だから、我は逃げても嘘をつくのもいいのだと思う。もし留美嬢がクラスの奴らや親に立ち向かうというのであればこれは必要ないのであろうし、その方が望ましいのだろう。だが、もしかつての我のようにそれが出来ないのであれば、これを使ってほしい」
「剣豪さん……」
タブレットPCとカメラを鞄にしまい、材木座は背を向ける。
「八幡よ。写真は十分撮れたので我は戻る。留美嬢よ。写真が欲しければ我のところに来ればやろう。もし、八幡がこんな誤魔化しでなく、本当の意味で救える手段があるのなら。あとは頼む。彼女を救ってやってくれ」
そう言って、材木座は立ち去った。恐らく撮った写真を編集するためだろう。
だがな、材木座。お前は幾つか間違っているよ。俺は強くなんてないし、親にばれるのは俺だって嫌だ。それに、少なくとも俺にとっては逃げることはダメだとは思わない。
そしてなにより、
「剣豪さん……」
カメラを撫でながら安堵したような息をつく留美。彼女は不安だったのだろう。親に自分がぼっちであるということが露呈するという恐怖。それは今後過ごすことになるであろうぼっち生活よりも切迫した悩みだっただろう。
だからな、材木座。
彼女の顔を見て、それでもまだ彼女が救われていないなんて俺は思わないよ。
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負けず嫌いも初志貫徹も彼女だけの特権ではないのです。
絆がブッチーン!
奉仕部ボカーン!
八幡「そして誰もいなくなった」
いや、そういうのいいから。飽きたから。知ってっから。
「それではこうしよう。これから君たちの下に悩める子羊を導く。彼らを君たちなりに救ってみたまえ。そしてお互いの正しさを存分に証明するがいい。どちらが人に奉仕できるか!?ガンダムファイト・レディー・ゴー!!」
奉仕部に連れてこられた俺は、そこにいた雪ノ下と口論になった。そこを平塚先生に見られ、何故か勝負することになった。
「勝負の裁定は私が下す。基準はもちろん私の独断と偏見だ。あまり意識せず、適当に適切に妥当に頑張りたまえ」
言いたいことを告げたとばかりに平塚先生は教室を後にした。そして、雪ノ下も何も言うことなく帰っていった。教室には俺一人が残された。
勝者の特典である『命令権』には興味がない。けれど、自分を完璧だと言わんばかりの振る舞いをするあの女の鼻をあかすくらいはしてやりたい。あんな嫌味な女に何もかも劣っていると思われるのも面白くない。
どうやら、柄でもなく俺は『勝ちたい』らしい。クラスのちゃらちゃらした奴らに『俺、あいつらよりよっぽど頭がいいし』と脳内で勝手に見下すのではなく、明白に勝負の場で誰かに勝利したいようだ。
相手は学校一の才女。相手にとって不足どころか過剰もいいところだ。それでも、むざむざ両手を上げてギブアップなんてもうごめんだ。ジャイアントキリングに挑戦するのも悪くない。
それにしても、平塚先生の『独断と偏見』、ね……。学校の先生に気に入られるなんて、どうしていいか分からんな……。
「今回は……少し危険な橋を渡ったな。一歩間違えれば問題になっていたかもしれない」
小学生の林間学校の帰り、平塚先生に車内でそんなことを言われた。
「はぁ、すいません」
「別に責めてはいない。そうせざるを得なかったのだろう。むしろ時間もない中でよくやったと思っているよ」
そうせざるを得なかった、と言われると引っかかるものはある。小学生に対してあんなやり方、最善策だとは言えない。それでもやったのは、それしか浮かばなかったからだ。
その後、雪ノ下と由比ヶ浜に1ポイント、そして俺の増加ポイントはゼロだと告げられた。その評価は『独断と偏見』らしい理屈だったが、今回は俺の敗北のようだ。
まあ、平塚先生が俺にポイントを振りたくないのは理解出来る。平塚先生が言ったように、あんなやり方で一歩間違えれば問題になっていた。その時に責任を取るのは当然平塚先生だ。俺ら高校生の監督責任を担っている平塚先生が、俺らが起こした問題の尻拭いをするのだ。
そうなれば、被害を被るのは誰か。汚らしいとはいえ友情に傷をつけられた小学生。そんなことをする生徒を林間学校に連れてきた総武高校。小学校側も小学生の親も無関心で済ませるなんて出来ないだろう。そしてその矛先は平塚先生へと向くわけだ。
「……すいませんでした」
「ん?」
思わず口から謝罪の言葉が漏れてしまう。
こうなるかもしれないことをした俺がポイントを貰えるだなんて、ありえない。
次は、もっと小さくしなければ。さもなくば、平塚先生に気に入られることもなく、ポイントも夢のまた夢だ。
「何といえばいいのかな……。スローガン決めのときといい、相模の一件といい、結果的に君の尽力は大きかったように思う。あれで文実は機能し始めたし、相模のスケープゴートにもなった」
文化祭のエンディングセレモニー終了後、俺は平塚先生にそんなことを言われた。
「だが、素直に褒める気にはなれない」
スローガンの一件と屋上の一件。俺がとった行動は本質的には同一だ。俺を絶対の敵と定義させることで歯車を回した。前回の林間学校と比べれば、傷つく人間なんて少ないものだと思った。
だが、平塚先生はお気に召さなかったようだ。
確かに、スローガン決めで俺が言ったことも、屋上で相模に言ったことも暴言だ。不快に思う奴もいただろうし、相模は俺を憎悪しただろう。
林間学校に比べれば可愛いものだが、これだって一歩間違えれば問題になっていただろう。そして、責任は今回も『文実監督である』平塚先生(と厚木)だ。
まだ、まだ足りないようだ。いや、多いというべきか。
「……あなたのやり方、嫌いだわ」
修学旅行。京都のある竹林の道にて、俺は雪ノ下にそう言われた。
確かに、戸部の想いは伝わらなかったし、恋が成就することもなかった。戸部の依頼は達成出来なかった。
また、海老名さんも、俺みたいな奴に告白されるのは不快だったかもしれない。依頼は達成できても、後味の悪さはぬぐえないかもしれない。
だが、これだけだ。100点の結果を求められても無理だ。ベストではなくともベターとしてはこれで十分だろう。
今回は平塚先生への影響なんてない。修学旅行で、ある男子が女子に告白し、フラれた。それだけだ。それに、葉山が戸部を連れてきた以上、平塚先生は依頼があったことをよく知らないかもしれないし、他人の恋愛を毛嫌いしているあの平塚先生が勝負の一つに入れるとも思えない。
だから、どうなろうとさしたる意味も興味もない。
だが、これがダメだと言うのなら。
これ以上、どこを削ればいいのだろうか。
勝利というには、まだ遠い。
「……来たのね」
「ああ、まあな」
修学旅行を終え、こうして何でもない平日がまた始まった。部室には、すでに雪ノ下と由比ヶ浜が来ており、沈黙が包んでいる。
「あ、そういえば結構みんな普通だったね。その、えっと……みんな……」
由比ヶ浜が経過報告なのか雑談なのか分からない会話を始めている。
「……そうだな。見てる限りじゃなんともなさそうだったな」
「……そう。なら、良いのだけれど」
「あたしたちも普通に……、うん……」
普通。由比ヶ浜が言っているのは葉山グループではなく、修学旅行以降に変質した奉仕部のことを指しているのだろう。
……ここは俺たちにとってどういう場所だっただろうか。平塚先生にここに無理矢理連れてこられ、雪ノ下と出会い、勝負することになった。そして、俺がここに来てから最初の依頼人である由比ヶ浜が入部し、その後も色々な人間が訪れた。
「普通、ね。……そう、それがあなたにとっての普通なのね」
普通、かどうかはともかく、この沈黙と空気がどうなのかと言われれば……。
「……ああ」
普通……というか正常だ。むしろ推奨と言ってもいい。俺たちの関係とはそういうもののはずだ。仲良しグループになり得るはずがない。敵対して当然だ。そうすべきなのだ。
なぜなら、そういう風にここを定義したのは他でもなく……。
コンコン、とノックが響いた。俺が招き入れると、平塚先生が教室へと入ってきた。
「何かあったのかね?」
俺たちの現状を見て平塚先生が問いてきた。
「いや、何もありませんよ」
「改めたほうがいいかな」
「まぁそれでも構わないですけど」
けど、どの道変わりませんよ、と言外に含めた。なぜなら、ようやく正常に戻ったのだから。
その後、入ってきためぐり先輩と一色とかいう生徒が入ってきた。本題に入るか。
……何とも頭の悪い話だ。
一色のクラスメイトが結託して一色を生徒会長選挙に出馬。一色はやりたくないけど取り下げることも出来ず、困り果てた挙句にここまで来たと。
とはいえいきなり言われても案など出るはずもなく、平塚先生がめぐり先輩と一色を先に帰した。教室には顧問含む奉仕部メンバーだけが残っている。
「今のところ、勝敗はどうなっていますか」
それは俺も気になっていたところだ。どうやら俺だけが未だにそのことを引っ張っていたわけではないようなので少し安心した。
「勝敗?」
対照的に平塚先生は目を瞬かせている。……忘れてただろこの人。
「ど、どうだったかな~。ま、まぁ協力して事に当たる場合が多かったからな~。うむ。みんなよくやっている感じだな。うん」
「……」
「……」
雪ノ下は冷たい表情を崩すことなく平塚先生に視線を送る。最も、それは俺も同じだが。
俺にとって、この勝敗というのは奉仕部に所属する理由そのものと言ってもいい。そこを曖昧にされては俺はここにいる意味はない。
「私の独断と偏見を基準にするのなら……」
現在の評価を聞いた雪ノ下は答える。
「……つまり、勝負はまだついていないと。なら、私と彼が同じやり方をとる必要はないですね」
「まぁ、そうだな。お互い無理して合わせたって意味ないしな」
俺は最初から今までずっとそのていでやってきてたけどな。
でも、今回は徹頭徹尾合わせる必要もつもりもないようだ。その方が俺だってやりやすい。
だらだら続けるのももう飽きた。ここいらで一つ、決着をつけようではないか。
求められるのは100点満点。それと誰が見ても明白で、それこそ平塚先生の独断と偏見すらもひっくりかえせないほどの勝敗。圧倒的な差。
……さて、俺はどう動こうか?
「雪ノ下、お前自分が立候補するつもりなのか」
「……ええ」
「え?」
葉山と折本、そして……あと一人と遊びという名のナニカに付き合わされた翌日のことだった。
平塚先生に『雪ノ下が生徒会長選に立候補する』と聞かされた俺は、由比ヶ浜と一緒に奉仕部にいた雪ノ下に話をしに来た。
「だからお前がやるのか」
「客観的に考えて、私がやるのが最善だと思うわ。一色さん相手でも問題なく勝てると思う。それに私が一人でやるのなら誰かと足並みをそろえる必要もない。他の役員もモチベーションは高いでしょうからこれまでの行事とは違ってスムーズに、効率よく進められるはずよ。……それに、私はやっても構わないもの」
……ほう。
「そっか……。ゆきのんは、そうするんだ……」
「まだ、何か?」
「……いや、確認がしたかっただけだ」
俺は部室を立ち去る。途中、葉山だかにすれ違った気もしたがさして気にもならない。
そうだ。確認がしたかっただけだ。雪ノ下の手段がどういうものか。どういった理由でそれをするのか。それを。
「その……一緒に帰らない?」
雪ノ下が生徒会長選に立候補すると決めた日の放課後。由比ヶ浜が昇降口でそんなことを言ってきた。
「俺は自転車だ。それに家の方向が違う」
「うん。だから、……そこまで」
由比ヶ浜はどこかを指さしてそんなことを言った。俺はそれを承諾し、自転車を取りに行き、由比ヶ浜と一緒に通用口を抜ける。
ふらりふらりと、お互いに遠回りになる道のりを歩く。一緒に帰るのも結局は話したいこと、聞きたいことを解消するための口実だ。
「ゆきのんさ、出るんだね。選挙」
「ああ」
「……あたしも、あたしもやってみようと思うの」
「は?」
やる。このタイミングでタバコやクスリの話でもあるまい。彼女は、生徒会長選に出る、と言いたいのだろう。
「あたしさ、なんもないから。できることも、やれることもなーんもないんだなって。だから、逆にそういうのもありかなー、とか」
「逆に……って」
「それだけじゃない。ゆきのんが生徒会長になったらさ、たぶん仕事に集中するんだろうなって。そしたら、今までの誰よりもすごい生徒会長になって、学校のためにもなって……。でも、たぶんこの部活はなくなっちゃうよね」
「別になくなったりはしないだろ」
「なくなっちゃうよ。文化祭の時だって体育祭の時だって、ゆきのん、一つのことに集中するの、ヒッキーだって知ってるじゃん」
言いたいことは伝わった。雪ノ下がいなくなればこの部はなくなると。部の規定人数とか生徒会と部活の両立とかそういうのではなく、雪ノ下の性格から考えて、この部がなくなる。だから自分が生徒会長になれば奉仕部は残るのだと。そう言いたいのだろう。
「あたしね」
由比ヶ浜の手段とそれを行うだけの理由、根拠を聞くことが出来た。ならば……。
「……あたし、この部活、好きなの」
「あ、悪い由比ヶ浜。俺帰りこっちだから。じゃあな」
俺は自転車にまたがる。
これ以上の会話は蛇足だ。得るべきものはすでに得た。そしてもう得られるものは何もない。
帰宅した俺は、そのまま自分の部屋のベッドに寝転がる。
林間学校では、他の人から出た意見なんて参考にすらならず、検討の価値もないゴミカスなものばかりだったから、自分の意見が他者の手直しの必要ないくらい最適に思えた。
文化祭当日、エンディングセレモニー前では、本当に土壇場だった。後で考えれば他の方法が出てくるかもしれないが、あの時、あの瞬間に代替案を思い付けたかと聞かれれば、否だ。
修学旅行のあの夜では、戸部以外の誰も、最後まで思いを理解することが出来なかった。海老名さんの腐臭のする依頼の真意も、戸部を奉仕部に連れてきておきながら奉仕部の邪魔をする葉山も、間際まで理解出来なかった。いっそあの時に理解しなかった方が楽だったとすら思えてくる。
そして、今回。
雪ノ下の手段は聞いた。由比ヶ浜の想いと手段も聞いた。俺が最初に提案してくれた計画は、相応の根拠をもとに否定してもらえた。これら検討に値する手段のサンプルが存在する。
生徒会長選当日までまだ猶予がある。残り数分というわけではない。案を考え、メリットをデメリットをまとめ、理論武装し、なんなら相談することすら十分に可能なだけの時間がある。
今回の依頼内容は明白。一色の現状も、立場も、何を懸念しているのかもある程度知れた。依頼者三名が詳らかに語って質疑応答出来たために問題点もステークホルダの存在も知ることが出来た。
すべてではないが、カードは揃った。では、じっくり考えようではないか。完璧を実現するやり方を。最終目標は、……。
そして、俺は、SNSの「一色いろは応援アカウント」でリツイートされたものを印刷されたものを手に、告げる。
「葉山が応援する雪ノ下、三浦が応援する由比ヶ浜、あの二人に勝ってみたくないか?」
そして、
「先輩に乗せられてあげます」
こうして、交渉は成立した。一色は明白な動機を以て生徒会長になるために生徒会長選に出馬する。
「わざわざ呼び出すなんて珍しい真似をするのね」
「いや、俺たちの結論と結果を出そうと思ってな」
しばらく行くことのなかった部室には、雪ノ下と由比ヶ浜がすでに椅子についていた。心なしか所在なさげにしている。二人はお互いに生徒会長選に出る以上、今は敵対関係状態だからだろう。
「私たちの、結論と結果……?」
「ああ。最初に話していたように、今回はバラバラにやったからな。結論の共有と結果の認識が必要だと思ってな」
「そう、なら言わせてもらうわ。私が生徒会長になって、一色さんの依頼は達成する。これが最善手よ」
「……あたしも、同じ」
雪ノ下も由比ヶ浜も決意は変わらないようだ。
「まあ、必要ないんだがな」
俺は「一色いろは応援アカウント」の存在を説明する。そして、雪ノ下たちが落選する可能性を示唆し、一色が本人の意志で信任選挙に出ること、すでに依頼は解決したことを説明する。
「つまり、お前らが生徒会長選に出る意味はなくなったわけだ」
結論を述べると、由比ヶ浜が安堵の息をついた。
「よかった……、じゃあ、解決だ……」
そして、黙っていた雪ノ下も言葉を発する。
「わかるものとばかり、思っていたのね……」
やっと。
あるいは、思いがけない形で。
「雪ノ下の想い」という、最後のカードを手に入れた。
「―平塚先生と城廻先輩に、報告してくるわ」
「あ、あたしたちも」
「一人で十分よ。……もし説明が長引いて、怒りが遅いようなら先に帰ってもらっても構わないわ。鍵はこちらで――」
「いや、必要ない。それにまだ話は終わっていない」
「あなた、何を言って……」
「……ヒッキー?」
「言っただろう?結論と結果を出すと。まだ結論しか出ていないぞ」
「一色さんの依頼は解決したのならこれ以上話すことなんて……」
おいおい雪ノ下さんよ。お前が、最初に、自分から、言いだしたことじゃないか。しっかり決めておかないと、こういう機会はそうないからな。うやむやにされては困るな。
コンコンというノックの音が響いた。ちょうどいいタイミングで来たようだ。
「どうぞ」
がらっと威勢よく扉が開け放たれる。予想通り、そこには平塚先生がいた。
平塚先生は部室に入ってきて、窓際の壁によりかかると、そこでようやく口を開いた。
「さて、比企谷。勝敗を決めてほしいとのことだったな」
「ええ。まずは依頼の結果の報告を。一色は生徒会長選に出て、生徒会長になってもいいと承諾しました。これは脅しでもなければ騙しでもありません。彼女はメリットとデメリットを理解し、彼女の意志で決めました。ですので依頼は解決しました」
「ふむ、雪ノ下、由比ヶ浜。それで間違っていないか?」
「……私たちも先ほど同じことを聞かされました。ですので真偽については図りかねます」
「あ、あたしも……」
平塚先生は俺たちの言葉を反芻するかのように頭上を仰ぐ。
「ふむ。となると今回は比企谷一人の功績となるかな。なら、今回の依頼については比企谷のポイントということであれば構わないかな?」
「……ええ。それで構わないかと」
「う、うん……あたしもそれで」
「……………………………………足りませんね」
「え?」
引くつもりはない。譲るつもりもない。そんな結果で終わらせるつもりもない。
今は、他の誰でもない俺のターンだ。さあ、決着をつけようじゃないか。
「ポイントどころの話じゃない。こんな勝負、俺の勝ちでコールドゲームでしょう。勝敗は入れ替わるようには思えないくらい大差があると思うんです」
「ヒッ、……キー?」
「つまり、君は、自分のやり方が雪ノ下たちのやり方にはるかに勝ると。そう言いたいのか?」
「ええ。勿論。ではお互いのやり方について説明しましょうか。雪ノ下と由比ヶ浜は生徒会長になりたくないという一色の依頼を聞き、自分が立候補するという方法を提示した。対して俺は一色に生徒会長になることを勧め、一色は生徒会長になることにした」
「……ええ。そうね」
俺の説明に雪ノ下たちが同意する。
「なら二人のやり方はどうなんですか?ここは『飢えた人間に魚を与えるのではなく魚の取り方を教える』場所でしょう?選挙に出ることになったけど生徒会長になりたくないと言った一色のために、なら自分が生徒会長になるという方法は、奉仕部としてはどうなんでしょうね?」
「それは!……他の解決方法なんて」
「一色は生徒会長になるのが嫌だったんじゃない。信任投票が嫌だった。勝って当然の戦いが嫌だった。一色を生徒会長選に出馬させた女子の思い通りになるのが嫌だった。お前らはヒアリングもせず、一色のことを何も知らないで安直に『他の生徒会長を立候補させる』という方法を実行しようとした。ここまで言えば分かるか?彼女はお前らに選挙に負けるのも嫌なんだよ」
俺はSNSのリツイートが印刷されたものを手でひらひらとさせながら話を続ける。分析も理論武装のための時間もあった。まだ終わらないぞ。
「あと、雪ノ下はなんて言ったっけ?『客観的に考えて、私がやるのが最善だと思うわ。一色さん相手でも問題なく勝てると思う』だったか?ついには依頼者を見下し始めたか。一色を格下といい、自分には及ばない存在だと。お前からすればそれが事実かもしれんが、人を救う者としてその態度はどうなんだ?最も、これを見てそれでもなお自分が勝つ、自分が一色より優れていると絶対の自信があるなら改める必要もないのだろうが」
まあ、実際に三分の一が本当に一色側についている保証はこの紙から証明することは出来ないのだが。
「……なら、あなたのやり方はどうなの」
「俺のやり方?」
雪ノ下の問いに思わず食い気味に答えてしまった。勿論それに対する回答だって用意している。
「生徒会長をやりたくない一色を説得して応援して、一色がやる気になってくれた。完璧だとは思わないか?まるで一色の担任の妄言が実現したみたいじゃないか。誰も傷ついていない。一色は生徒会長選から逃げない道を自分から選んだ。自分の後釜がやる気のある人間だから城廻先輩だって安心出来るだろう。一色の担任もあれだけ一色を推薦していたんだ。これで他の人間が生徒会長になって顔に泥を塗るようなことにはならない。信任投票だけなら『学校の仕事』の量も少ないから先生も楽だろ。ほら、完璧じゃないか。必ず誰かを傷付けていたあの時と違うんだよ。少しずつ小さく、少なくして、それが今回の結果だ」
それまでの自分のやり方の悪いところを認識し、必要以上にその点について今までと今回の差を説明する。こう説明すると進歩したように感じるのは俺自身だけではないはずだ。
「そう言えば、お前。さっき面白いことを言っていたな。『わかるものとばかり、思っていたのね……』ねぇ……。なあ、雪ノ下。お前、生徒会長になりたかったのか?」
「……それがどうしたのかしら。私が生徒会長になりたがっていたところで、何か問題があるのかしら」
「大有りだろ。なんだ、お前は一色の依頼にかこつけて自分の欲望を満たそうとしていたのか。一色の依頼を解決するためではなく、自分が生徒会長をやりたいという理由のために今回の依頼を受けていたのか。そんな人間に悩みを依頼してしまう一色も災難だったろうに」
「ヒッキー!ゆきのんは、そんなつもりじゃ……」
「由比ヶ浜も似たようなもんだろ。雪ノ下がいなくなったら部活がなくなるからなんて理由で、能力も足りず、誰かからの助けを前提に生徒会長になるだなんて」
俺も『奉仕部の』勝負に勝つためにこの依頼を、この解決方法をやってるんだから五十歩百歩だが、わざわざそれを言う必要もない。スポーツの試合じゃ相手のファウルに審判が気付かなければ指摘するが、自分のファウルが指摘されなければ無視するのは普通だからな。
「さて、平塚先生。俺が思うに雪ノ下も由比ヶ浜も依頼者の悩みを聞き、救うという行為を行う人間に値しないでしょう。なんせ他者を見下し、依頼者を理解せず、救うように見せかけて自分の欲望を優先させているのですから。それでもまだ続けるというのであれば、これは平塚先生の言う『正しさ』や『自らの正義』なんかじゃない。悪だ」
「しかしだな比企谷。結論を出すにはまだ早いんじゃないか?彼女も人だ。間違えることもあるだろう。そこで改め、直していくことが大切なんじゃないか?」
「ええ。それは勿論。俺も平塚先生にそんなことを言われましたね。良かったな雪ノ下。お前も、『いつも見下していた俺』と同じだったんだな」
「……ッ」
「ヒッキー!」
「でも、まあ一度勝敗を決めておいたほうがいいんじゃないんですかね。雪ノ下も由比ヶ浜もここがお互いの正しさを証明するための決闘場で、俺たちがお互いの正しさを証明するために戦うグラディエーターであることを理解していない。最初に、平塚先生がそう定義したというのに。由比ヶ浜は性格上、あるいは入ったタイミングの関係で仕方なくもないですが、雪ノ下はヒドイ。なんせ、今回の依頼の最初に『意見が割れてもなんら問題ない』だの『同じやり方を取る必要はない』なんて言った。にも関わらず『わかるものとばかり、思っていたのね……』なんて、まるで俺たちが雪ノ下を理解して勝ちを譲らなかったことに疑問を感じているみたいなこと言ってるんで」
雪ノ下も由比ヶ浜も動けないでいるようだ。平塚先生だけが、冷静に『独断と偏見』によって審議しているのだろうか、瞑目している。
「……ふむ」
勝負の結果が、出る。
「比企谷の言い分を認めよう。勝者は、比企谷とする」
俺と、雪ノ下、由比ヶ浜の顔が三様に歪む。俺のそれは愉悦だが、彼女たちのそれは、どういう心境を表しているのだろうか。俺が敗北していたなら、勝利を目指して戦い、それでいてなお負けたことに対する悔しさに顔を歪めていただろう。
「ありがとうございます」
「正直なところを言えば、今、勝敗を決めるのは本意ではなかった。勝者は君たちで誰もが理解、賞賛されてほしかった以上、こうして彼女たちと線を引いてしまうのは望ましくなかった。だが、比企谷の努力と進歩によって、今までの誰かが傷付く方法を改善し、そして0にしたことは認める。それが君の勝因だ」
「……はぁ」
「……あぁ、そうだ。比企谷、君には命令権があるぞ」
ああ、そう言えばそんなのがあったな。あれには興味がないからすっかり忘れていた。まあ、使えるというのであれば使わせて頂こうではないか。
「じゃあ、俺からの命令は――――」
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