甘粕正彦は勇者部顧問である (三代目盲打ちテイク)
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甘粕正彦は讃州中学体育教師である

 讃州中学勇者部は人々が喜ぶことを勇んでやる部活動。そんな勇者部最大の活動であるところの幼稚園での交流会の日。

 勇者部謹製の演劇は最終幕を迎えていた。すなわち魔王(勇者部顧問)と勇者役である少女結城友奈(ゆうきゆうな)の最終対決である。

 

「おまえの愛を俺に見せろォ――――神々の黄昏(ラグナロォォォク)ッッ!」

 

 そう叫ぶ勇者部顧問。そこにナレーションが告げられる。

 

「あらゆる地域のあらゆる神々を——しかも主神級ばかり混ぜ合わせた形容不可能な混沌だった。本来、敵対関係どころか何の繋がりもない者同士を甘粕はその驚異的な意思で無理矢理に従え、争わせている。

 ここに現れた神の最終戦争はデタラメ極まりない代物。それだけにどうしようもできはしない。

 果たして勇者はどうするのでしょうか」

 

 東郷美森(とうごうみもり)のナレーションと共に演劇部と勇者部顧問が用意した物凄くクオリティの高い背景装置が切り替わる。

 犬吠埼樹(いぬぼうざきいつき)が音楽を流し、その音楽は場に最高の盛り上がりを与える。

 

 神々の黄昏が如く世界の滅びを想起させる。全世界規模の破壊。まさしく正しく魔王が生み出した最高にして馬鹿げた一撃。

 

 それに対して阿頼耶識役など数多の役を兼任していた犬吠埼風(いぬぼうざきふう)が勇者に告げるのだ。魔王を殺す為の力をやろうと。

 

「絶体絶命だよ! 応援してあげて!」

 

 そこに入る東郷のナレーション。

 

「がんばれー!」

 

 幼稚園児たちの応援が飛ぶ。劇は進む。

 

「お断りだ」

 

 友奈がそう言う。力などいらないと。それだけでなく、今、この状況に置いて対応することのできる自らの力すらも投げ捨てたのだ。

 人類を思い、人類を滅ぼす選択をした馬鹿とそれを止めるために力を捨てた馬鹿がここにいた。

 

 友奈は神々の奔流の中に身を投じる。どうあがこうとも人間如きでは進むことすら出来ない暴風の中を少女は確かに進んでいた。

 

「夢に頼っている限り、おまえの勇気は超えられないッ!」

「――――!」

 

 それだけの力を得るために使った時間も、努力も何もかもを捨てた。それは生半可なことではなく、同時にだからこそ魔王を超えることができるのだ。

 

「世の行く末を憂うなら、自分の力でどうにかしてみろォォッ!」

 

 最後の一撃が放たれた。

 

「これで間違いではないのだろう」

「ああ」

「ならばよし。悔いもなし! 認めよう、俺の負けだ」

 

 辛気臭く死を迎える趣味などなく、人は泣きながら生まれる以上、死は豪笑を以て閉じるべきだと決めている。そんな男は再び場面を想起しながら笑みをつくる。

 魔王のくせになんて楽しそうな笑みなのだろう。

 

「俺の宝と、未来をどうか守ってくれ。

 おまえにならすべてを託せる。万歳、万歳、おおおぉぉォッ、万歳ァィ!」

 

 

 こうして劇は終わり、客席は大歓声に包まれ、めでたく幕は降りた。いや、本当勇者より魔王の方が楽しそうな劇である。

 そんな魔王を演じた男、勇者部顧問はとても楽しそうであった。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 讃州中学で最も有名な先生と言ったらおそらく生徒に聞けば皆が皆一様に体育教師の名を答える。男子からは途轍もない絶大の信頼と人気を得ており、女子からもおおむね慕われている名物先生だ。

 そんな男、体育教師甘粕正彦の授業は体操着に着替える休み時間から始まっている。

 

 今日の順番である男子生徒たちを目の前に体育教師の証たる熱血の赤ジャージを身にまとい、大外套の如く棚引く上着を肩に掛けて、帽子をかぶった男は竹刀を手にして今日も今日とて男はその謎理論を振りかざすのだ。

 

「我らがぽらいぞ(女子更衣室)は目の前だ。思春期の男であるならば、覗くことこそが健全である。そこに異論はないな?」

「はい、先生!」

 

 男子生徒一同、誰からも異論が上がらない。ちなみに覗きは週によって男子が覗くか女子が覗くか変わる。

 

「結構」

「でも、先生。それPTAに止められたんじゃ? 校長先生にも言われてたような」

「その程度問題ない。壁が高ければ高いほど、燃えるというものだろう。

 犯罪? 笑止! 男の熱いリビドーを抑え込み、牙を抜き無害な草食系が尊ばれる世の中など間違っている。そんなものは男ではない。俺は断じて認めん。男ならば、女子更衣室を覗く気概を俺に見せろォォ!」

 

 男であるならば覗け。女は見られても恥ずかしくないよう美しくなれ。それでこそ人は輝く。

 無論、そんなことが普遍的な事実であると述べるつもりは断じてない。だが、甘粕という男にとっては事実であった。見るのならばみられる覚悟もまた当然ある。

 

 ようは覚悟の問題なのだ。見られたくないなどというのは甘えである。常に見られていると意識し、己を磨くことことが肝要であるのだ。

 常に、己を磨き上を目指す。諦めず夢に向かうように。それこそが人。我も人、彼も人。己はやっている。ならば、相手もそうだろう。

 

 もちろん、それは女子たちも同じで故にありとあらゆる手を使って防衛するように言っている。そのための武力も教え込んでいる。その守りはまさに鉄壁。壊されるべき女子更衣室の扉は鋼鉄の防火扉と同等になっている。

 だが、それでも覗く。窓からなど笑止。男ならば正面から女子更衣室に乱入くらいして見せろ。それでこそ男ではないのか。

 

 そして、女であるならばそれでもつつしみを忘れずにしかし、その磨き上げた肉体を晒して見せるが良い。その分壁は高いだろう。

 だが、壁が高ければ高いほど燃えるではないか。それでこそ健全。女の着替えを前にして己の牙を抑え込むなど不健全である。

 

 だからこそ、行くのだ。PTAがどれほど役に立つというのか。あれらほど害悪なものはありはしない。ゆえに、それの言葉などこの男は聞くはずがない。

 むしろこれをするようにしてから男子も女子も自分磨きに余念がなく、容姿、運動能力が学業共に大幅な上昇をしているとあれば彼を辞めさせようとする声も黙殺できる。

 

 さらに生徒からも慕われているのであればたとえPTAだろうとも生徒の署名のおかげでどうしようもできないというほどだ。

 しかもこいつ生徒指導部長である。

 

「諦めなければ夢は必ず叶う! 行くぞ、我らが楽園(ぱらいぞ)はすぐそこだ!」

『おおおお』

 

 とまあ、そんなこんなで男子生徒共に女子更衣室へ向けて突撃を敢行する。その瞬間、開くのはその直前と部屋の扉。

 待ち伏せ。そこから飛び出したの1人の少女。赤い髪をした体操着の少女はその拳を振り上げている。

 

「よく来た、結城友奈。まず来るのはお前だと思っていたよ」

「勇者パンチ!」

 

 無論相対するのはこの男である。一番槍上等。己の背を見てついてくるが良い雄々しい男たちよとでも言わんばかりに先頭を走る甘粕だ。

 もちろん女子相手加減はするがそれでも本気である。竹刀は使わないもののあの手この手で彼女を倒そうとする。

 

 それでも結城友奈はそれに追従する。対した才能である。もちろん甘粕が教え込んだ武術もあるが、元々武術が得意だったのでそれが更に伸びているわけだ。

 

「良いぞ、だが俺の相手ばかりしていていいのかね?」

「大丈夫です! 東郷さんがいますから」

「ほう」

 

 確かに女子更衣室の前に車いすで腕組みしているのは黒色の長髪の少女だ。

 

「さあ、来るなら来なさい」

「これが俺の自慢の拳だあああああああ!」

 

 とそんな声と共に向かってきた男子どもを器用に車いすだというのに投げ飛ばしているではないか。合気道を教え込んでいたので相手の力を利用してのそれだが、車いすでやるとは流石としか言いようがない。

 もちろんできるようにしたのは甘粕なのだが。

 

「なるほど、確かにあれは突破できん。だが、それで諦めるほど男子は諦めが良くはない。諦めなければ夢は必ず叶うと信じているのだ」

 

 まあ、そんなことをしている間にチャイムがなって授業時間。あれほどやる気満々だった男どもも即座に撤収し運動場へ出る。

 女子たちも同じくだ。

 

「では、授業を始める。今日は――」

 

 そして授業が始まる。今日も今日とて、甘粕節は健在。限界ギリギリのギリギリまで身体を酷使する体育と言うなの修業とも言うべき授業。

 しかし、二年目となる彼らの中に脱落者はいない。車いすの東郷は一年目なのだが初回以降は普通についてきている。

 むしろ余裕なくらいだ。

 

 甘粕はそれを見ながらお前たちならやれる、諦めるな。諦めなければ必ずできると大声を張り続けていた。これを一日続けられるのだから、こいつの喉はどうなっているのだろうか。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そんな体育の授業も佳境。その時、甘粕の携帯が鳴り響くとともに全ての時が止まる。

 

「来たな。やはり、我が勇者部が当たりであったか」

 

 全てが結界に覆われていく。光に包まれ、樹海と呼ばれる空間が創界される。神樹の創界が成る。そこにいるのは甘粕を含めて四人。友奈、東郷、風、樹。

 風以外は何が何だかわからないと言った表情をしている。ある程度の説明はされたようではあるものの半信半疑、信じられないと言ったところか。

 

「甘粕先生! 大丈夫先生も大赦の人間よ」

「説明ご苦労、風。さて、諸君。生憎と説明している時間はない。あれを見ると良い」

 

 現れる化け物(バーテックス)

 

「今すぐ、あれと戦うかどうか決めるが良い。何、強制などはしない。お前たち自身で決めると良い。俺はお前たちの選択を尊重しよう。ああそれと、勇者システムについては聞いたな?」

 

 頷く三人。

 

「あんなものは使う必要はない」

「え?」

「護国の為を思い立ち上がるのであるならば、自らの力で立ち上がらないでどうする。真に勇者であるならば、他人から貰った力で戦うなどもってのほかだ。

 力がない? あんな化け物と戦えない? なぜそこで諦める。やる前から諦めてどうするのだ。やってみなければわからないだろう。

 諦めるな。諦めなければなんとかなる。勇者部五箇条を忘れたか」

 

 一つ、仁義八行を尊ぶ

 一つ、夢を諦めない

 一つ、できないじゃない、やるんだよ

 一つ、護国の大志を忘れない

 一つ、なせば大抵なんとかなる

 

 甘粕と勇者部一同によって定めた五箇条である。

 

「勇者の力など必要ない。己の力で守ってこそ勇者である。なに、信じられないのならば括目して見るが良い。人の手本となるのが教師の務めだ」

 

 そういう甘粕が羽織っていたジャージを放り投げた瞬間、姿が変わる。それは変身ではなくただの早着替え。それによって軍装へと変わり、竹刀は軍刀となっている。

 大外套を翻し、勇者(馬鹿)は向かってくるバーテックスに立ちふさがった。

 

 そして、数日後、そこには勇者システムに頼らずバーテックスを蹂躙する勇者部と甘粕の姿があったとかなかったとか。

 




一応、甘粕の設定では本編グランドルート後の甘粕なので夢の力は使わずに自分の力だけでなんとかする超勇者スタイル。
たぶんワンパンマン化してます。あいつの意思力ならそれくらい行く気がしないでもない。

まあ、一発ネタです。思いついただけです。
リアル忙しすぎて息抜きしたかったんです。



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柊聖十郎は讃州中学歴史教師である

勇者部がほとんど出てこないただのセージが歴史を教えるだけの話。

ただの息抜きのネタです。


 讃州中学。他の中学校ともあまり変わらぬ中学校。休み時間ともなれば仲の良い友達やその他のクラスに遊びに行って前の授業で何があっただとか話に行くのが大半だろう。

 あるいは、移動教室の為に教室を移動しているのかもしれない。もしくは、体育の授業ということもあって女子更衣室か男子更衣室に覗きに行こうと戦っているか普通に着替えているのかもしれない。

 

 だが、この時間の三年生のとあるクラスは見るからにそれから外れて異様であった。誰も彼もが机に座って鬼気迫る表情で教科書を読んでは蛍光ペンで線を引いたり、ノートをとっている。

 これが受験であるからだというのならばまだ話はわかるが生憎と現在はまだ五月。進級してから一ヶ月とはいえどもさほど経っていない。

 

 だからこそまだ受験という空気を意識しているはずもなく、現に他のクラスは二年や一年生と同じく休み時間を大いに謳歌している。

 だが、このクラスだけは違った。普段は大雑把であまり真面目そうに見えない犬吠埼風(いぬぼうざきふう)ですら机にかじりついている。

 

 それもこれもこれから行われる授業に関係がある。その授業とは歴史だった。今、歴史なんぞ覚えるだけだろうと思った者は当然いるだろう。

 だが、それを今からこの教室にやってくるだろう歴史教師に言ってはならない。なぜならば、そんなことを言えな塵屑のように恐ろしいことになるからだ。

 

 現に、最初の授業で彼はこう言った。

 

『良いか、屑ども。甚だ不本意ではあるが、今日から俺がお前たちに歴史を教える。まず最初に言っておくが今、歴史なんぞ暗記教科などと思った馬鹿ども、お前たちは留年だ。

 これから貴様らに教えるのは歴史ではない。人間についてだ。愚図でもわかるように言ってやる。お前らの祖先についてだ。

 歴史を形成してきた人について俺は貴様らに教える。つまり、俺がお前らに課すのは論文だ。暗記していればいいなどと思わないことだ』

 

 などとこんなことを言ったのだ。そうこれからのこの教室を訪れる歴史教師に限っては歴史は暗記科目ではないのだ。

 しかも、予習前提で進める。というか、高校の授業で行うようなことは全て予習の範囲内。彼が教えるのは、その範囲内の人が何を考えて、何を思い、何をしたのか。

 

 教科書では一行程度でしかかかれない事柄の裏にあるそれぞれの時代のさまざまな人の動き、考えや背景。それについて時間一杯に語る。

 そして、最後に小論文を課す。自分なりに考察して見せろということ。ゆえに、中間試験などなくこの全てが成績の指標となる。

 

 まったくもって油断などできないし、油断している奴から落ちていく。だからこそ、その教師は嫌われていた。この学園でも一位二位を争う嫌われようだ。

 そんな男の名は柊聖十郎(ひいらぎせいじゅうろう)。黒いシャツ、黒のネクタイ、白いスーツという一見すればアレな恰好をしているがそれがとても似合っているのだ。

 

 どこか幽鬼のようにも思える容貌から見るだけで他者を不安にさせるようなそんな男。言動も性格も俺様であり、教師をしていることすら不可解。

 そんな教師が今日も教室へと入ってきた。ペンの音が止む。一斉に、

 

「さて、始めるぞ。今日は、大正の英雄柊四四八についてだ――」

 

 本来ならば起きていただろう大戦を止めた大英雄の話。いつもの如く、一切他者を考えないスピードで話が始まった。

 

「では、稀代の英雄柊四四八についてだ。知ってのとおり彼について扱っている歴史書は多く在れどその全てが正しいとは思えないことばかりだ」

 

 彼の時代は動乱の時代であったがゆえに資料は少ない。それでも少ない資料をつなぎ合わせて歴史は今の時代まで繋がっているし、過去は残っている。

 しかも、大戦を回避した稀代の英雄。当時の諸外国からはまさに怪物扱い。そのおかげで色々と恨まれたりもしただろうが、今もこうして四国が残っているのは彼の影響も大いにあるだろう。

 

 つまり、諦めず彼のように立ち向かった結果が今の生存なのだ。

 

「彼が何を考えて、何を行ったのかを知るには甘粕事件を知ることが肝要だ」

 

 そして授業も佳境を過ぎる頃に、小論文が課される。

 

 

「終わりだ。さっさと小論文を提出しろ屑ども」

 

 そう言って、彼は回収した小論文を数え、ぱらぱらと一瞥してから返却した。

 

「ふん、一ヶ月だが少しはマシになったか。まあ、屑が塵に変わった程度だがな。特に犬吠埼」

「は、はい!」

「貴様がどんぐりの背比べでは一番マシだ。あとは読むに値しない。せいぜい次はもっとましになっておくことだ」

 

 そう言って聖十郎は教室をあとにしたのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 柊聖十郎は図書館に特別な教員室を持っている。図書館の蔵書管理という名目で彼の研究室がここにあるのだ。図書館の隣に併設された扉をくぐれば彼の領域。

 ここに入ろうなどと言う猛者は早々いない。ある三年生を除いて積極的に入ろうとする奴はいないだろう。

 

「柊先生いますか? はいります」

「真奈瀬か。俺は言ったはずだぞ。入るのならばまずはノックをしろとな」

「昼休みは短いので」

 

 聞こえるように舌打ちして見せるが彼女は一向に気にした様子がない。

 

「それで、今日は何の用だ?」

「いや、私の友達がわかないところがあるらしくて」

「ふん、また仲介か。貴様も暇だな。そんな暇があるのならば少しは勉強をしたらどうだ。ミジンコ並みからゾウリムシ並みになれるかもしれんぞ」

「それより教えてくれるのか?」

「ならばさっさと本人を呼んで来い。俺とて暇ではない」

 

 じゃあ、呼んでくるぜー、と言って一人の女生徒を真奈瀬は連れてくる。おどおどとした様子の気の弱そうな女生徒だ。

 

「あ、あの、えっと」

「さっさとわからないところを言え屑。俺は暇でない」

「は、はひゃい! えっと、えっとここなんですけど」

「ここか。まったく、この程度もわからんとは。貴様のちっぽけな役に立たない脳みそでもわかるように説明してやるから一回で納得しろ。それ以降は知らん」

 

 そう言って聖十郎はホワイトボードを利用して説明を始めた。それはとてもわかりやすく、言外にこの程度でなければわからんだろう屑め、と言われているような気がしたもののわかりやすいことに変わりはなく無事女生徒は半泣きになりながらも理解して帰って行った。

 それと入れ替わるように入ってきたのは赤色の髪の少女。結城友奈。

 

「柊せんせー!」

「結城か。うるさいぞ。ここは図書館でもある。最低限のルールも守れない塵屑か、貴様は」

「あ、すみません!」

「それで、今日は何だ」

「勇者部の活動で、猫探しをしてるんですけど知りませんか?」

 

 そう言って友奈が取り出すのはネコの写真である。

 

「知らん、と言いたいところだがこの猫だけは昨日校庭で見た」

「本当ですか!」

「ええい、近い!」

「あ、すみません」

「本当だ。昨日からうるさいことこの上ない。そろそろ処分しようと思っていたところだ。さっさと連れていけ」

「はーいっ!」

 

 元気よく飛び出して行った友奈。

 さて、そうしてようやく静かになった昼休み。愛妻からの手作り弁当に箸をつけようとした瞬間に再び訪れる来客。

 

「セージ、我が親友よ。一緒に飯を食べようではないか!」

 

 それは赤いジャージを着た体育教師甘粕正彦であった。

 

「ええい、甘粕貴様、許可なく入るなと言っているだろう!」

「俺とお前の仲だろう。小さいことを言うな。今日は俺も弁当なのだ」

「貴様が弁当をつくることなど想像できんな」

「俺とて毎食惣菜や学食というばかりではない。コンビニ弁当も良いが、やはり手作りに勝るものはないのだ。手間暇かけ愛情を注ぐからこそ手作り料理はたとえそれが不味かろうともうまいのだ。そういうわけだ、セージ、ここは親友らしくおかずの交換と洒落込もうではないか」

「なぜ、俺が貴様の弁当とおかずを交換せねばならん子供か貴様は」

 

 しかし、甘粕に道理は通じない。この男に道理を説くことすら間違っている。なにせ、この男は道理を飛び越えて自らが新たな道理となるようなそんな男だからだ。

 ゆえに、この男がやると言ったのならばそれは実行されるのだ。有言実行。今まで実行しなかった言はない。言葉にしたならばこの男はその全てを実行した。

 

「ふむ、やはりお前の妻の弁当は美味い。これもまたお前への愛が成せるものだろう」

「くだらん。……それで、甘粕。貴様がここに来たということは、この前バーテックスと戦ったのだろう」

「ああ、戦ったさ。お前には悪いがセージ、お前が作った勇者システムは使わなかった」

「懸命だな」

 

 自らがこの時の為に作ったものを使わなかったと言われたにしてはあっさりした反応を聖十郎は返す。そもそもそれが良いとはどういうことなのか。

 

「当然だ。俺が設計したものを神樹が奪っていた紛い物だ。効率よく供物を提供させるためのシステムにすぎん。あんなもの反吐が出る」

 

 満開すれば散るのは道理。だが、それでは意味がない。

 

「護国の為に神を利用するのが、利用されては本末転倒だろう」

 

 古の神祇省を母体とした大赦の大元の理念としてはそれだ。神を利用して護国を成す。勇者システムを用いれば確かに神の力を得ることはできるが、その代わりに代償を払わねばならない。

 無論、それが望むものであればよいが、その実態は強奪だ。使用者が望む、望まないに限らわず全てを奪っていく。そして、生かし続けるのだ。

 

 生き地獄の逆さ磔。少なくとも柊聖十郎が創ろうとしたものではないし、それでは利用されているようなものだ。

 そもそもこの状況こそが神の創りだしたものを思えばなんとも茶番でしかない。

 

「然り。俺の愛しの男のように。神に縋るなど認めない。ああ、認めんとも。それによって輝きが奪われるなど断じて否だ。俺は認めん、俺はその輝きをこそ愛でていたいのだ。そのために俺はここに立っている」

「フンッ、貴様の考えなど知るか甘粕。せいぜい世界が滅びないように苦心することだ」

「任せろセージ、俺と勇者部が全てを守ってやる」

 

 その瞬間、世界は停止し神樹の創界が成る。樹海と呼ばれる創界。現れるバーテックス。

 勇者部は今日も戦う。

 




またも息抜き。
今度はセージの同姓同名のそっくりさんが讃州中学で歴史を教えているだけの話です。

ただのネタでした。



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壇狩摩は讃州中学地理教師である

 四国のどこか。そこは大赦と呼ばれる組織の本部。大仏堂に寝殿造りの屋敷。風水的にここはもっともすぐれた所謂パワースポットだ。

 そこから出てくるのは一人の男であった。大赦首領。そう呼ばれている男。青の羽織りを羽織った男だ。髪は黒の混じった白と言うべきか、なんというべきか微妙。

 

 そんな男――壇狩摩はとても面倒そうに大仏堂から出てくる。

 

「よいよ、たいぎぃこって」

 

 からんころんとげたを鳴らして石畳を歩く。煙管を吹かせば漂う紫煙。まったくもって面倒くさい。そう言っている。

 なにせ、ついに始まったのだ。一ヶ月半前に。

 

「こっちはこっちでたいぎぃちゅうのに、大将は本当好き勝手やりおる。困ったもんじゃ。のう、そうは思わんかいな。なあ煮干し娘と完璧超人」

「煮干し娘いうな!」

「…………」

 

 突如として虚空から現れる少女と男。三好夏凛と三好春信。この大赦における彼の部下であり、勇者候補であった少女とその兄だ。

 少女の場合は、今も勇者であるが二人の付けた面がそれよりもまずこの男の部下であることを印象付ける。

 

 即ち大獅子と小獅子の面。両面で対となっている面であり二つあって一つの面である。これをつけているということは、この者らが五穀豊穣の祈りと鬼払いの役割にあることを示す。

 

「なんじゃい。今はオフっちゅう奴よ。たいぎぃことは全部奴ら任せ。俺らはこれから大将んところ乗り込んで大暴れよ」

「ああもう、昨日は静観してるって言ったじゃない!」

「思い立ったら吉日よ。今いかんでいつ行くんなら!」

「……聞かなくてもわかるけど、一応、理由を聞いておこうかしら」

「そんなもんあるわきゃあないわ。言うなら反射神経よ」

「あー、やっぱり。手続きとかどうするのよ」

「問題ないのう。というか、PTAからいい加減、お前さんを学校に通わせろとうるさいんじゃ」

 

 だから問題はない。その中学校がたまたま大将たる甘粕正彦のいる学校で、たまたま勇者たちがそこにいた。ただそれだけのことである。

 つまり? 考えてなかった。とりあえず行くだけ行ってみるつもりだったが、お膳立ては全部出来ていた。

 

「はああああ」

 

 夏凜が深い溜め息をつく。

 

「ほうれ、行くぞ煮干し娘。お前の初陣じゃ。盛大に決めて奴らのど肝ぬいたれや。完璧超人はここで老害共のお守りでもしてろや」

 

 春信は頷いて反対方向へ。溜め息をついた夏凜は狩摩についで階段を下りていく。

 

「さあて、どの目が出るか。まあ、俺らも楽しむとしようや。なあ、煮干し娘」

「煮干し娘言うな」

「ほうれ来たぞ、行けや小獅子。お前の戦の真を奴に見せて来いや!」

「わかったわよ。やってやろうじゃない!」

 

 創界が成る。樹海と呼ばれる神樹の創界。現れる六体のバーテックス。十二の星座に二十九の駒を加えた四十一のうちの六体。倒された五体を考えれば、十一体めまでの登場だった。

 

「さあて、手伝っちゃるよ。こんな何もない陰気くさい創界なんぞ糞喰らえじゃ。砂でもぶっかけてみるんが吉よ! さあ、行けや煮干し娘、誰にも邪魔はさせんからのお!」

「あんたが邪魔よ!」

 

 二刀を携えて獅子面の少女は疾走する。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「え、なに、これ」

「樹海のはず、ですよね甘粕先生」

「何か超嵐なんですけど」

「お姉ちゃんでもわからないの?」

 

 意気揚々とバーテックスを殴り倒しに行くために樹海へとやって来た勇者部と甘粕。しかし、そこはいつもの不可思議空間ではなかった。

 いや、樹海自体が不思議空間なのだが、いつもと様子が違ったのだ。少なくとも穏やかさがあったあの空間は今や大しけの嵐。

 

 何が起きているのか、勇者部の面々にはわからない。五回の戦闘のうちこんなことは一度もなかったからだ。ただ甘粕だけは何が起きているのか把握しているようであった。

 

「まったくやることなすこと読めん男だ。いいや、あの男に対して読むなどという行為こそが無駄であったな」

「甘粕先生。先生はこの状況について知っているんですか?」

 

 東郷が問う。

 

「ああ、知っているが。あいつのやることに間違いはない。そう奴が信じているならば俺もまたその意志を尊重しよう。あれもまた己を信じている男だ」

「なるほど」

「え、東郷さんわかったの?!」

「ええ、つまり甘粕先生の知り合いがなにかやらかしたらしいわ」

「凄いよ! 東郷さん! 甘粕先生の言葉だけでそこまでわかるなんて! 甘粕先生に言われたら気合いで立てるようにもなっちゃったし」

 

 そう東郷は何か気合いで立てるようになった。記憶は相変わらずであるが、なんか立てるようになった。気合いと根性は凄い。

 

「みんな、あれを見て!」

 

 その時、風が声をあげる。そちらを見れば、六体のバーテックス。本当は十二体だったのだが、どこぞの馬鹿が何かに砂をかけたり、どこぞの馬鹿が諦めないと奮起しまくったのを阿頼耶が感じ取って増産されたようだ。

 数が増えたからと言ってもバーゲンセールはないだろう。

 

「今日は六体だね」

「いいえ、違うわ。あれを見て」

「え?」

 

 友奈たちが見たのは切り刻まれていくバーテックスだった。二本の刀だけを手にした能面の少女がバーテックスを一刀両断していくのだ。

 あれが甘粕が言っていた勇者システムなのかとも思ったが違う。あれは気合いと根性と思いの力で限界振り切った勇者部と同じだ。

 

 なにせ、同じ分類の人間がここにはたくさんいるのだ。だからこそ、分かる。同類の匂いと言う奴を。何せその大元は此方にいて、いつも会っているのだから。

 というか実は讃州中学の全校生徒が限界をぶっちぎっているらしく、全員が創界に入れるとか入れないとか噂があったりする。

 

 そんな少女は次々にバーテックスを倒してく。たった一人だというのに六体を相手に臆することもなく真っ直ぐに。

 それはおそらくはこの嵐のおかげもあるだろう。この嵐。どう見てもあの少女に良いように働いている。少女にバーテックスが攻撃を仕掛けようとしたら嵐が強まり風がバーテックスを吹き飛ばす。

 

 しかし、六体、一体減って五体を一人で相手にするのを見ているほど勇者部は薄情ではない。

 

「行こう、みんな!」

 

 そう少女を助けに加勢しに行こう、そう言って飛び出して行こうとした瞬間。

 

「やめろや、萎えろうがそんなは。あんなの初陣よ。なら、最後まで見てやるんが華ちゅうもんじゃろ。 タタリ狩りは俺らの領分よ。分かったら、分際知って亀になっちょれ。勇者部のヒヨッコども」

 

 どこにいたのか。突如として生じた巨大な仏像の上にいる男。羽織りを纏った男は煙管を吹かしながらそんなことを言う。

 

「だって、一人で戦ってるんだよ!」

「これでも俺らはタタリ狩りの専門家よ。その中でもあいつはそれだけは飛びぬけちょる。もう一回言うぞ。そこで亀になっちょれ」

 

 それでも助けに行こうとする友奈の前に降り注ぐ氷塊。嵐を操作し氷塊を生み出して攻撃してきたのだ。つまり、この嵐はこの男の術によるもの。

 この空間においてこの男に逆らう事などできないということ。見ているしかない。だが、それも問題はなかった。もうすでに戦いは決着したからだ。

 

 六体の最期の一体が消え失せる。

 

「ふう」

「さあて、それじゃあやろうや小獅子。お前が気にしちょった勇者部のヒヨッコ共の戦の真、聞き出して来いや。それでお前の眼鏡に叶わんならここで殺してしまえ!」

 

 男が大手を広げる。

 

「相変わらず型にはめるのが好きな男だ。良いだろう。勇者部諸君! 俺たちの戦の真を奴に見せてやるのだ! だからこそ、嵌ってやろうお前の急段に!」

 

 本来ならば複雑な条件を必要とする術。しかし、この場に限りこの男がいる限りその条件は達成される。

 

三国相伝(さんごくそうでん)陰陽輨轄(いんようかんかつ)簠簋内伝(ほきないでん)

 ――急段・顕象――

 軍法持用(ぐんほうじよう)金烏玉兎(きんうぎょくと)釈迦ノ掌(しゃかまんだら)!」

「ああああ、このあほおおおおおおお!?」

 

 男が行った愚行に少女が叫びをあげるももう遅い。この急段、簡単に言うと相手も自身も含めて将棋の駒に当てはめて強化や弱体化を行う。

 割り当てられた駒は少女が獅子、友奈が桂馬、東郷も桂馬、風が銀将、樹が横行。

 

 勇者部の面々は樹以外が軒並み弱体化したことになる。更に言えばその駒が動ける方向しか攻撃することが出来ず更に言えば、感覚すらも制限される。

 つまり、友奈と東郷は前こそ見えるもののそれ以外が見えない。ただし突進、前に進むという行為においては他の追随を許さない状態となった。空間すら超えて攻撃が届くのである。

 

 風は銀将。前と斜め後ろは見ることができるがそれだけでほとんど性能は普段と変わりがない。この中で唯一良い駒をもらった樹は前と横を見ることができる。横はどのような距離でも攻撃が届く。

 

「な、なに、これ」

「動きが、制限されます」

「ちょっ、なんかおかしい」

「て、手が増えたみたいです」

 

 困惑する勇者部一同。それも当然だろう。こんなものわかっていなければ、いやわかっていたところで困惑、混乱は免れない。

 そこに超強化された相手。それがしかも人と戦え? 意味がわからない。だが、それでも立ちふさがるのであれば立ち向かう。

 

 恐怖からではない。いつもそうやっている甘粕を尊敬し、それに倣ってだ。如何に困難な状況だろうと諦めない。

 だからこそ、勇者部は構えを取った――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 それから翌日。結局、あのあと戦いはあった。何があったかというととにかく凄まじいものであったとだけ言っておこう。

 空間を飛んでくるバーテックスすらいちげきで粉砕する拳だとか、一刀両断する二刀の一撃を絡め取った糸だとか。

 

 まあ、いつも通りの勇者部クオリティが炸裂してなんとか引き分けに持ち込んだのだ。そういうわけでけっこうくたくたな勇者部であったが学校はおろそかにできない。

 特に風は歴史の授業だ。眠りでもしたら柊聖十郎に何を言われるかわかったものではないのに比べたらまだ友奈たちはマシだと言える。

 

「おはよう、諸君!」

 

 眠いが聞けば起きる甘粕ボイスによって友奈覚醒。

 

「今日は転校生を紹介しよう。はいりたまえ」

 

 入ってくるツインテールの少女。友奈と東郷は気が付いた。あれが昨日の少女であると。

 

「三好夏凛ですよろしく」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そして、一年の樹の教室。

 

「えー、担任の先生が産休になったので臨時の新しい地理の先生が決ます」

 

 そんな教頭の声と共に一人の男が入ってくる。

 

「お前らに担任で地理を教える壇狩摩じゃ。よろしくな」

 

 讃州中学は今日も平和である。

 




狩摩さんが暴走したんで更新してみました。

さて、壇狩摩登場。広島弁難しいなり。あくまで息抜きなんで戦闘描写カット。これは楽しい楽しい讃州中学の日常を描く話です。

さて、ゆゆゆキャラの中で一番好きな夏凜ちゃん登場ですが、設定が変わっていますね。

まあ、それはさておき、どうしてこうなった。狩摩の急段の駒、ダイスで決めたんです。夏凜は一撃で獅子だして、噴き出しました。
軒並み敵を弱体化させつつ味方を強化した狩摩、何かとり憑いてるんじゃね? と思っちゃいました。

次回の予定は未定です。


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■■■■は讃州中学英語教師である

 音楽の授業。授業と言う形態をとっている以上、芸術科目と呼ばれる非常に採点しにくい授業であってもそこには試験というものが存在している。

 往々にして音楽の授業であればその形態はだいたい三つくらいだろう。一つは筆記。これは酷く珍しい部類であると言えるが、ないわけではない。

 

 酷く珍しいがこれは比較的楽だと言える。少なくとも才能差というものが出ることがないからだ。では、残り二つはなんだろうか。

 それはわかりやすい、歌を歌うか、楽器を弾くかだ。音楽の授業の試験形態として大体多いのは歌を歌うだろう。

 

 必要なものは自分だけというコストの安さと手軽さで、音楽性という最も音楽的な資質をはかることに適したものはないだろう。

 それは楽器もそうではあるが、まあここでは割愛しておこう。少なくとも讃州中学の音楽の授業における試験と言えばこの時は歌であったから。

 

 歌。いわば声を出すこと。それは、大抵の人間が可能な事ではあるが、そこにははっきりと優劣がある。声の良さ、音感、リズム感――そう言った歌を構成する諸々の要素をうまく組み合わせることができるか。

 それによってはっきりと優劣が出る。声の良さは遺伝という不変であり代えがたいものでもあるから、あまり考慮には入らないが、その他のことには明確に才能差が出る。

 

 当然だ。芸術は数学や理科、社会、あるいは国語のようにやれば必ず結果がでるというものではないのだから。もし誰もがやれば結果がでるのならばこの世は芸術家で溢れているだろう。

 しかし、往々にしてプロフェッショナルと呼ばれる専門家たちは一握りの人間だけだ。それが表すことはすなわち、芸術には才能がいるということ。

 

 中学校の音楽の授業で何を、と思うだろうか。もちろん、中学校の授業程度で才能云々の話をすることはズレているのだろう。

 しかし、それは第三者の考えだ。当事者として考えてほしい。音楽室の中で前に立たされ級友たちが見ている中、聞いている中で歌うのだ。

 

 まさに吊し上げの逆さ磔だ。それが歌がうまいならば良いだろう。声がいいならば多少下手でも聞けるだろう。しかし、もし下手だったら? 歌いたくないのではなかろうか。

 少なくとも、大抵の人間はそう思う。そう思ないのは甘粕のような強心臓を持った馬鹿くらいのものだ。大抵の人間は下手だと歌いたくないと思う。

 

 更に言えば、引っ込み思案、あまり前に出ないような部類の人間ならばそれは顕著になる。それをみっともないと笑うだろうか。

 彼らは自分に自信がない。なぜならば自分が優れた人間だと思えないからだ。それは生来の性質でもあるだろうし、環境ともいえる。

 

 そして、犬吠埼樹は自分がそういう人間であると知っている。歌の試験があったから特にそれを意識させられた。

 彼女の結果から言おうか。最悪の一言だ。教室にならぶいくつもの二つの視線。それが自分を見ている。それだけで自分は駄目なのだと言われていると思ってしまうのだ。

 

 自分に自信がないから悪い方へ、悪い方へと考えてしまう。そして、そんな状態で歌えばまともに歌えるわけもない。

 別に歌の才能がないなどと言わない。1人で歌えばそれなりに歌えるのだから、あとは勇気だけだろう。それは甘粕先生にも言われているし勇者部のみんなにも言われている。

 

 勇者部。そう今日もまた樹が所属するコミュニティでは、音楽の試験の惨敗を聞いて練習をしようと言ってきた。

 そう提案するのはいつも東郷先輩。彼女がまずそう提案する。歌えないのは人前。仲間内でもそれは機能する。だからこそ、それに反対意見を出すのは自分。

 

 言い争いというわけではないが、その場は混沌とする。どうにかして提案を挿げ替えたい自分と東郷さんの間で。

 そこに入ってくるのが姉の風だ。混乱している場を仲裁して、まとめてそれを友奈さんに回す。幾分かは暴投気味のパスだが、信頼の証だろう。

 

 受け取った友奈さんが最終的にいいよね、と言えば樹としては頷かずにはいられない。一種のお約束であり、儀式ともいえる。

 カラオケに行く前は大体こんな感じだ。

 

 そう友奈さん。彼女だ。勇者部の部長は風だが、おそらく中心と言えば彼女。特に甘粕先生がこの讃州中学に来てからは特に。

 そして、バーテックスとの戦いに身を投じ初めてからは特にだ。

 

 才能という面では風が飛び抜けている。妹という色眼鏡抜きにしてもまぎれもない天才だ。少し手を抜く癖があるが、それを抜きにして天稟という意味ではおそらくはこの勇者部で彼女に敵う者はいない。

 勇者の資質という意味では友奈さん。彼女はどこか特別だ。勇者の資格。おそらく、本物の。それを持っている。

 

 東郷さんの場合は彼女は少し前まで車いすだった。けれど、ふと立てるようになった。曰く、気合いと根性と護国の精神。

 まあ、それはいい。甘粕先生が来てから讃州中学ではその手の話題には事欠かない。トレーニングのしすぎて禿て最強になった男の子だとか、存在自体がレアキャラで不可思議な力で様々な事件を引き起こすだとか。

 

 そんな類のこと。彼女の本質はその頭脳。ITに通じ、状況を俯瞰し全てにおいて最適の解を出せる知性。それは、さながら盤面を見通す棋士のよう。

 いわば、参謀だ。勇者部において、この現状において様々な考察をしていることを知っている。

 

 それから夏凜さん。彼女は立場から何から何までが特殊。曰く鬼面衆小獅子。長く厳しい訓練を積んだタタリ殺しの専門家。

 つまりは勇者部の先達にあたり、バーテックスなどについて詳しい。その実力は勇者部でも目を見張るほどのものがある。

 

 みんな特別な何かを持っている。では、自分は? 自分はどうだろうか。一歳年下の自分。昔は病弱で、姉には心配ばかりかけてきた。

 自分は弱い。そう、どうしようもなく弱いのだ。そして、何もない。

 

 夏凜さんと始めて戦った時、自分があの狩摩先生の技に嵌った際、少しだけ良い駒が振られたのはそういうことだ。

 つまり、脅威にならない。そう言われたような気がした。説明を聞いて、あれがまったくの運だとかそういうものだと理解してもその考えは変わらない。

 

 なぜならば、彼の授業を聞いていれば、いいや彼と接していてわかったから。狩摩先生はそういうところを外さない。

 だからこそ、確信を得たのだ。自分は弱い。どうして勇者部としてバーテックスと戦っているのかわからない。

 

「…………」

 

 音楽の授業で最悪で、タロット占いで最悪で。少し悪い方へ考えすぎていると樹は自覚するが止めることはできない。

 何せ、この手の問題は終わりがない。自分でどうにかしなければどうしようもないし、常に付きまとう問題でもあるからだ。

 

 劣等感に焦燥感、そこから生じる承認欲求。それは勇者部ではどうこうすることは出来ず、甘粕先生は認めてくれるかもしれないが、あれは誰にでもそうだ。

 唯一無二が欲しい。そう思う。なにせ、それだけは自分にはないものだから。

 

「…………ふぅ」

 

 だから、少し溜め息を吐く。夕暮れ時。そろそろ帰らなければ風が心配するだろう。河原の階段に座って考え事。

 いつものように長く考えすぎて、やはり答えという奴はでない。本当に、最悪が重なると駄目だ。ぱんぱん、と頬を軽く叩いて気持ちを入れ替える。

 

「よし」

 

 いつも通りの自分。そうでなければ姉に悪い。そう切り替えて、帰ろうとした直前のことだった。

 

「うーん、これは奇遇だねえ、樹ちゃん」

 

 男の声に振り返る。いつの間にそこにいたのか、そこにいたのは良く知る人物。讃州中学の教師。神野明影先生。

 英語の先生で、日本人のくせに金髪のその人はとても楽しそうに寄ってきた。

 

 同級生はこの先生のことを嫌う人が多い。曰く気持ち悪いだとか。確かに、気持ち悪いだろう。何を考えているのか読めないし、授業に関係ない時に出会えば人の心を覗いているんじゃないかと思うほど的確に心を抉ってくるようなことを言うのだ。

 それにあの三年の歴史教師である柊聖十郎と関係があるんじゃないのか? などと下世話かつ失礼な噂もある。その手の女子は歓喜しているらしいが、あの二人の組み合わせほど悪いものはない。

 

 ゆえに大半の生徒からは嫌われていると言っていい。だが、

 

「神野先生、こんにちは」

「はーい、こーんにーちはーあはは」

 

 そう、だが樹としてはそれほど嫌な先生ではなかった。どこか、そうどこかシンパシーとでもいうのだろうか共感のようなものを感じるのだ。

 この人を形成している核のようなものと。意味がわからないが、そういうことで樹は彼を嫌うことができないでいる。

 

「今日も良い天気だねえー。いつきちゃん、パンツ何色?」

「セクハラです」

「あはは、ごめんねー。先生、ついいっちゃうんだぁ」

 

 まあ、好きでもない。

 

「まあ、こんなところで会ったのも何かの縁だし奢るよ。うどんでも食べない?」

「お姉ちゃんがご飯用意してくれてるから」

「オーウ、それは失敬。ふむ、なら途中まで一緒に行こうか。この辺は物騒だし、変質者が出るって噂だからねえ」

 

 それはあなたじゃないのか? とは言わない。言ったところでこの先生は気にしないだろうし、どうせ断ってもついてくるのだ。

 ならば、了承しておいた方が幾分かは主導権が握りやすいだろう。そういうわけで二人で帰ることに。事案発生と取られかねないがどういうわけか周りに人はいない。

 

 それは断じて何か異常が起きているというわけではなくて単純に人通りがないというだけのこと。そこらへんの家にはきちんと夕飯時の人の気配がある。

 

「さて、それで何を悩んでいたのかなぁいつきちゃーんは」

「は?」

 

 不意に、そう不意に神野先生はそう言った。

 

「だからぁ、何か悩んでるんだろ? この僕にはぜぇーんぶお見通しなのさ」

「…………」

「沈黙は肯定だよ樹ちゃん。まあ、話してくれなくてもいいんだけどね。その手の問題は大抵根が深いから」

 

 訳知り顔で、訳知り声で神野先生はそういう。何がわかるというのだろうか。この人ほど、そういう問題から遠そうな人はいないというのに。

 

「僕の大事な人の話だけどねえ。僕は弱い、僕は弱い、って言ってた人がいるんだよ」

 

 それは、まるで今の自分みたいで、

 

「その人はどうなったんですか?」

 

 ついそう聞いていた。

 

「死んだよ」

「え?」

 

 そう軽く、気軽に神野先生は言った。特に悲しみを感じさせるようでもなく、

 

「腹を切って自殺さ。彼には強い姉がいて、彼はその姉の事が好きだったんだ。ライクじゃないラヴだよ。きひひ。だから、自殺しちゃたのさ。このままじゃ自分は姉を恨んでしまうからってねえ」

「…………」

 

 自分と似た境遇の人の話を聞いて、多少思うことはあった。それがあまりに他人とは思えなくて。

 

「だから、僕は心配になっちゃったんだよ。君が、そうなるんじゃないかってねえ」

「それは……」

 

 ないとは言い切れるだろうか。断言できないのがまた自分の駄目なところなのだろう。自分は弱いから。

 

「もしものときは、僕の所に来ればいい」

 

 そんな自分に彼は悪魔のように囁くのだ。こちらに来い。そうすれば楽になるのだと。望みを果たせるし強くなれるのだと。

 そう言って――

 

「何をしているのだ神野」

「ああ、甘粕せんせ、ちょぉーっと教師らしいことをしていただけですよ」

 

 甘粕正彦が現れた。

 

「ならば、あまり良くないことを吹き込むのは感心ないな」

「はーい」

「樹よ。早く帰ると良い」

「は、はい」

 

 なんだろう。悪くないのになんだか悪いことをしたような気になってしまった。ともかく神野先生は何を言いたかったのか。

 樹はわからないまま帰路につく。その時だった、

 

「見つけた――お前、俺の役に立て」

 

 出会ったのだ、どうしようもなく人不安にさせる、男の子と。




はい、というわけで樹ファンの皆様ごめんなさい。あと遅れてごめんなさい。

友奈が四四八、東郷さんが歩美、風が水希。風の妹である樹は必然的にノブ枠だったのでした。

ええ、マジごめんなさい。反省してます。

まったく話進んでない上に悪魔が悪魔の囁きしててちょっとやばい敵側の奴が出てきただけです。

さて、それはさておきとあえず万仙陣はエンディングを見ました。まだコンプリートしてないのですが一週目は終了しました。
感想は活動報告の方にあります。

そのテンションで書いてるのでこうなりました。大丈夫、後半覚醒する万仙仕様のノブだから。その証拠に相方が最後の方で出てきたので。

次回はどうなるかわかりませんが、引き続き読んでいただけるなら幸いです。
おそくなるでしょうが、ではまた次回。


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東郷美森は知の犬士である

 今、教室は熱い熱気に包まれていた。これは別段何か今日イベントが起きているというわけではない。今ここに歴史的な一戦が始まろうとしていたからに他ならない。

 舞台に上がる主役たちは二人。男と女。年上と年下。先生と生徒。互いの属性が尽く反転しているかのような二人の対局が始まろうとしているのだ。

 

 曰く、数日前から始まった勝負。最初は誰も気にしていなかった。その勝負の特異性を知るまでは。もったいぶるのをやめよう。

 やっている勝負は有体に言えば将棋だ。

 

――将棋。

 

 それは誰もが知っている二人で行う盤上遊戯だ。ルールは知らなくとも、互いの駒を動かしてそれを取り合い、王を取った方が勝ち。

 まあ、その程度のルールくらいはご存じだと思う。これを先生と生徒がやっていたところで特に気にするまでもないだろう。

 

 とりあわけ、話題になるようなことではない。先生の方は新任の為あまり話題性にないうえに、多少嫌われ気味だ。

 ゆえに、彼のおかげでこの場が盛り上がっているというわけではない。

 

 では、女の方が原因だろうかと言うと否と言わざるを得ないだろう。確かに今まで車いすであったのがいきなり立ち上がったのだから多少は話題になるがそれくらいこの讃州中学ではありふれている。

 生身で月に行った禿だとか、禁止されているのにいつの間にか水着コンテストを引き起こすクラスメート、飼育小屋の兎――フォーモリアが二足歩行しただとかがあるのだから車いすのやつがいきなり立つくらいなどあまり話題にもならない。

 

 そういうわけで、この場においての原因は別にある。そうそれは例えば将棋盤だ。本来は縦横9マスずつに区切られた将棋盤を使うが、ここにおかれた将棋盤は縦横15マスずつに区切られており巨大。

 そして、駒の数が異常だ。駒数130枚。普通には見たことも知らないような駒もある。ルールは将棋と同じはずが別のゲームにしか見えない。

 

 だからこそ、興味を引かれた。定期的に行われるこの勝負があると知った。だからこそ、応援して見たくなった。

 つまりはそういうことだ。この異常な将棋をしている奴らを見てみたい。そう思った結果、この状況が顕象した。

 

 ああ、答えをさらそう。つまりはこうだ。大将棋。そう呼ばれるものの勝負を皆が見に来ていると言う事。壇狩摩と東郷美森の勝負を見に来ているというわけだ。

 

「さあて、よいよたいぎぃことになっちょるが、今日もやるんかデカイ嬢ちゃん」

「セクハラですよ狩摩先生」

「ギャハハ、すまんのぅ。じゃあ、嬢ちゃんがデカイことは誰もが認めちょる。それを褒めて何が悪いんなら」

「それ褒めてないですよ。訴えましょうか」

「おう、やってみい。俺の裏ァ誰もとれんからのう。PTAじゃろうが教育委員会じゃろうが、この壇狩摩の裏は誰もとれん」

 

 大仰に大手を振って。教師らしからぬ羽織りに和装を翻して。まあ、言葉を弄するのはもうエエじゃろう。そう言外に言う。

 さっさ始めようや。周り(ギャラリー)が待ちくたびれちょる。そう言っている。ゆえに、まずは一手、先行は東郷。

 

 パチン、と音を立ててまずは歩を動かす。

 

「ハッ、んじゃあ俺もこれで行こうかのう」

 

 そう言って彼もまた同じように駒を動かす。そのうち筋は定石通りと言った感じだ。なぜ、ただの中学生が大将棋の定石を知っているかはともかくとして、今変則的なうち回しをしているのは東郷の方。

 定石を崩すには定石が有効なのは知っているが、壇狩摩相手に少々足りないことはここ数日の対局で身に染みている。

 

 どうして始まったのかわからないし、どうして続いているのかもわからない勝負であるが、まあ勝負は勝負。何事も本気でかかる。

 それが甘粕正彦の教えだ。だからこそ、東郷は本気で狩摩に勝ちに行く。のらりくらい躱されて引き分けに終わらせるのはこれで最後だ。

 

 しかしだ、同時に思うのはここ数日狩摩と接してきて、この男がこんな型にはまったことをするのかということだ。

 

 

(いいえ、考えるのは後)

 

 まずは集中しなければ。ここを乗り切る。最初の難関。一手さき、二手先。あるいは十手先の未来すら読んで東郷は駒を動かしていく。

 その動きは狙いを付けたスナイパーのように正確に狩摩を抉って行く。戦況を見る限りは東郷が有利か。しかし、東郷は油断できないと油断を斬り伏せる。

 

 むしろここからが正念場だ。

 

「ひひ、しかしまあデカイ嬢ちゃんもうまぁなったのう。最初なんぞ生娘のようにおたおたしておったのが昨日のようじゃわい」

「それセクハラですよ。狩摩先生」

「おうおう、それはお前がセクハラしたくなるくらい魅力的っちゅうこっちゃ」

「それは当然です」

 

 何せ磨いている。甘粕理論。気合いと根性。そして、見られることを意識して磨き続けている。それは他の女子にも言える。

 

「そうかい。ならぁ大将がここに来た意味があるっちゅうこっちゃ。まあ、今日はここまでよ」

 

 そのようだ。

 

「そいじゃあ、次はまた今度っちゅうこっちゃ。楽しかったでじゃあのうデカイ嬢ちゃん。今度はその胸もませてもらうからのうがはははは」

 

 最後までセクハラして狩摩は帰って行った。

 

「まったく」

「お疲れ東郷さん」

「ありがとう友奈ちゃん」

 

 集中していたせいで汗をかいた。そんな彼女に友奈がタオルを渡してくれる。

 

「でも、なんで狩摩先生将棋の勝負なんて言ってきたんだろうね」

「さあ? でも楽しいし」

「え、楽しいのあれ」

 

 はた目には全然そうは見えないのだが。また、ルールが複雑すぎて友奈には一切理解できないのだが。

 

「面白い。ゲームは何でも。友奈ちゃんも今度やってみる? 意外に嵌っちゃうかも」

「ええ! そ、それはちょっと」

 

 いつもなら快諾するがそれはどちらかと言えば身体を動かす系に限る。そう彼女はどちらかと言えば甘粕と同じ側の人間だ。

 つまり馬鹿である。だからこそ、東郷は自分が必要な人間だと理解している。どちらかと言えば勇者部自体がその色が強い。

 

 脳筋、とまではいかないが大抵やる気と根性でどうにかなるが横行しているのが現状だ。まあ、一番やる気と根性で不可能を可能にしてしまった女が何を言うんだという話だが。

 自分の役割は理解している。八犬士で言えば知の犬士だ。いわば参謀。考えるのが仕事だ。だからこそその手の技能は持ち合わせているし、それも得意だ。

 

 今の関心はこの現状について。みんなはバーテックスを倒せばいいと思っているが、どうにもそれについては知られていない何かがある。

 甘粕ですら語っていない何か。まずはそこを知るべきだろう。この戦いを終わらせるにはそれが一番だ。そして、勇者システムについて。

 

 甘粕が使わなくてもいいといったそれ。しかし、大赦と呼ばれる組織には伝わっているシステム。それについても調べを進めているが状況は芳しくない。

 そろそろ独学では限界がある。ならば、少しばかり聞きに行くのも良いだろう。世界の真実。これは知らなければいけない。

 

 どういうわけか、自分の中の何かが、そう叫んでいるのだ。

 だからこそ、東郷は部室に行く友奈に謝って狩摩を追った。

 

「狩摩先生」

「ん? なんじゃデッカイの。その胸、揉ませる気にでもなったか」

「状況によっては」

「そうかい。で? なんじゃい、何が聞きたいんなら」

 

 東郷の言葉に狩摩はそう返した。お前が何かを聞きたいことくらいわかっている。そうでないと追ってこないだろうと。

 見透かされているが、ここで引くわけにもいかない。そもそも悪いことなどないのだから、さっさと聞いてしまおう。

 

「先生、あの壁の向こうはどうなっているんですか」

「…………」

 

 一瞬、狩摩は黙り、そして笑い出した。

 

「ハッ! おうおうおう! こりゃあ、傑作じゃのう! やっぱりつながっちょる。こりゃあ、あいつが気に掛けるのもわかるでのう。

 よいでよ。教えちゃる。たいぎぃがまぁお前の頼みじゃ、あれを止めんかったのは俺も同罪じゃけえのう。まあ、悪いとはこっぽっちもおもっちょらんが」

 

 そう言いながら、ついてきぃや。そう狩摩は言う。知りたければ。しかし、知って後悔しても良いのならば。

 

「はい」

 

 行こう。全てを知っても乗り越えて見せる。それが甘粕正彦の教えで東郷美森の真だ。簡単な術法がなる。一瞬にして東郷と狩摩は移動していた。

 そこは四国を囲む壁の上。

 

「さて、戻るんならここが分水嶺よ。ここから先に踏み出せば最後、お前は戻れん。知ったことをなかったことにはできんからのう。それでも真実が知りたいんか?」

「ええ、知りたいです」

「知ってどないするんなら。世の中ァなあ知らんでいいこともたくさんある。まあ、これでも教師やっちょる身やし。生徒いじめる気はさらさらないんよ。だから、あまり見ることはおすすめせん」

 

 普段から生徒いじめまくっている先生が何を言っているのかと思う。

 

「行きます」

「そうかい、ならまあ、覚悟して行けや。なぁに骨は拾っちゃる」

 

 そう言って前へと足を踏み出した。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そして、東郷の意識はそこで一瞬だが途切れる。それは別段壁を越えただからとか一線を越えただからとかそういうことではない。

 そこにあるものを直視してまったからだ。それを直視して正気でいられぬ者などいない。ゆえに、東郷も例外ではなく、しかし、彼女であったからこそ踏みとどまった。

 

 そして、その心眼は全てを理解する。解法などなくともわかる夢の波動。それを正確に東郷は見抜く。なぜならば己は知の犬士だから。

 

 無限の中核で冒瀆の言辞を吐きちらして沸きかえる。最下の混沌の最後の無定形の暗影。

 すなわち時を超越した想像もおよばぬ無明の房室で、下劣な太鼓のくぐもった狂おしき連打と、呪われたフルートのかぼそき単調な音色の只中、餓えて齧りつづける。

 

 ああ、それは盲目白痴の夢の王。かつて第四が奏でた夢でなく、それは第五の夢――真なる盲目にして白痴の阿頼耶。

 

 ここは混沌。ありとあらゆるものを内包する混沌。四象に広がる万仙の陣があるわけでもない。いいや、あるいはあるのかもしれない。

 ここには全てがあり、全てがない。もしくは、一なのかもしれないし、全なのかもしれない。だがいえることは全てはこいつが始めたことである。

 

 それら全てを見て、

 

「うぐっ」

 

 東郷は吐いた。

 

「大丈夫かァ、デッカイ嬢ちゃん。馬鹿正直に、全部見る阿呆がいるかい。こういうんは、あれじゃエロ本の袋とじを隙間からこっそりみるんと同じ感じで見なあかんのよ」

「あ、あれ、は」

「なんじゃい。ツッコミ返す気力もなしかいな。まあ、見たならわかるじゃろうが赤子よあれは。じゃけぇ厄介なんじゃ」

 

 赤子ゆえに理屈は通じない。赤子ゆえに道理は通じない。赤子ゆえに因果なんて関係ない。なぜならば赤子はもっとも単純な生き物ゆえに。

 そして、だからこそ最初から外れていたからこそ面倒に過ぎるのだ。善悪が意味をなさず意味をなすのは欲。そう、食べたい、寝たいなどの欲求だ。

 

 ただそれだけで協力は成る。誰も逃れることはできない。悟った盧生とて人。ないと騙る欲求もなくしたわけではないゆえに逃れられない。だからこそ嵌まる。

 食事をすれば幸せだ。欲求が満たされることは幸せだろう? そして、満たされたならば寝る。赤子は満たされたら寝る。ならばお前ら眠れ満たされているだろう。

 

 つまり睡眠とは満たされたことの証明。だから眠れ。下劣な太鼓と精神をかきむしるフルートの音を聞きながら。

 ゆえに嵌まれば眠り続ける永遠に。寝た子を起こすなよ。お前ら無粋だぞ。満たされているのだから、眠らせておけよ。

 

 そうして、眷属として泡沫の夢を見て産み出されるはバーテックス。そういうことだ。それを彼女の心眼は理解した。しかし、理解したとして、それに耐えられるかどうかは別問題。

 現に処理が追いつかず吐いている。

 

「やれやれ、戻るぞ」

 

 そう言って東郷を抱えて壁の中へと戻る。もちろん、胸を揉むとかそういうことは忘れない狩摩だが、それに抵抗するだけの力が東郷には残されていない。

 あれは抵抗するだとかそういうものではないのだ。あれはそういうものではない。ゆえに、甘粕だろうとも嵌る。

 

 むしろ、盧生であり正道、王道を希求するがゆえに嵌るのだ。盧生であっても嵌る混沌。ゆえに、この状況は生まれているのだと理解した。

 

「まあ、前向きに考えぇ。なにせ俺らの大将がぎりぎりで繋いだ状況よ。甘粕ならば、あるいはお前らならぁ。どうにかなる、そう思うとるんじゃ」

 

 しかし、東郷は聞いてはいなかった。世界の秘密。全ては混沌の中。神樹とは、つまるところ防波堤であり勇者とは供物である。

 熱に浮かされたように燃える脳内の中で、一つの真実がその首をもたげた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「フン、それに気が付いたところでどうしようというのだ?」

 

 それに気が付いたところで、真実を知ったところで。

 

 お前らそれに意味なんてないんだよ。

 

「だから邪魔をするな。俺は負けん。勝負に負けて勝った? 阿呆か。ああ、盧生を目指したところで意味はない。ああ、それには同意だ。だが、逆十字として負けたら意味がないどころの話ではなく終わっているだろうが」

 

 お前の自負はそこにあったのだろうが。救われたから万事よし? 痴れ者が、己の矜持を捨てて生きて何が楽しいと言うのだ。

 お前ら、阿呆か。己が己でなければ意味がないだろうが。冠? ああ、いらんし興味もない。

 

 だが、己は逆十字である。いらんし興味もない冠ではあるが、そこだけは生まれながらの真実であり真の己だ。

 そこに在るのは確かな誇りだ。そうお前らの大好きな柊四四八に言わせれば継いできたという誇りがある。

 

「だからこそ、俺は負けん。同じ轍は踏まんぞ三代目。四代目逆十字が、今度こそ完全なる勝利を刻んでやる」

 

 ああ、生きたお前は素晴らしい。だが、それだけだ。負けている。致命的に。道具に救われるなどあってはならんことだ。

 だが、目的を遂げたという意味においてはお前は俺などよりも数段格上なのだろうよ。

 

 だからこそ、お前を逆十字とは認めんよ。病魔? 良いではないか。それこそが、俺らが俺らである証だろうよ。

 易きに逃げるなよ。ここで戦っていればいいだろうが。病魔があってもお前ら、俺に勝てないのだ。

 

 それがわかるだろうが。それをぐちぐち情けない。生きたい? だからどうしたよ。生きているだろうが。

 生きれるだろうが。それをお前ら、盧生でなければだとか、眷属になればいいだとか。

 

 ああ、馬鹿か貴様ら。

 

「空気が旨い? いまもうまいだろうが。身体が軽い? 身体なんぞ最初から軽いわ。お前らがお前ら自身に枷を嵌めていただけだろうが。お前ら愚図共が出来なかった勝利を飾ってやるよ」

 

 見ているがいい老人共。俺が逆十字。そこに偽りはない。それこそが真。ゆえに、お前ら全員俺の役に立て。

 

 暗い暗い深淵で、男は哄笑をあげるのだ。そして、それを見つめる対の目が一つ。ああ、お前は何を言っているのだ。

 意味が分からんぞ。だが、面白そうだ。見せてくれよ。

 

 何もわからん何も知らん。だが、なんか面白そうだ。だから見せろよその夢を。泡沫の果てでお前の音色を奏でてくれよ。

 

 混沌が回る、回る。ああ、何もない混沌ゆえに全てはここにあるのだ。

 




万仙陣クリアの熱が引かない為、更新できました。いつまで続くかは不明。

前回から勇者部の掘り下げ作業を行っております。東郷さん、世界の真実を狩摩に見せられるの巻。
狩摩さん、それ終盤にやることでしょ、お前なに序盤に見せちゃってるのよ。

東郷さんは知の犬士なので、役割的には狩摩がらみが多かったりするんですよね。

夏凜ちゃんは役割的には野枝、石神だとかとかそのあたりなんですが、相方になるキャラがいないのでさてどうするか検討中。まあ神祇省にいるので大概苦労人ポジ。

風の相方はまだ出てない万仙キャラ。クリアした人は風が水希ポジだというわけでわかる人にはわかるはず。
本当は別の話をやりたかったのですが、そいつを出すにはもう少し時間をかけた方がいいかなと思ったのでこちらの話を先にやりました。
万仙クリアしてない人にはかなりネタバレな人が登場しますし。

なので、次は友奈になるのかなあ。久々の甘粕登場になるのか。まあ、未定です。
ではまた次回。


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第■盧生は讃州中学見習い武術教師である

 武術の授業というものがある。それについて説明するまでもないだろうが、まず断っておくとそれは体育の延長線上ではない。

 戦真館學園と呼ばれた古い軍学校からの傍流の傍流ではあるものの少なからずその流れを持つ讃州中学には今でも、いいや今だからこそ武術の授業というものがある。

 

 これは体育の延長線上などではなく本当の武術を学ばせるための時間。いわば、殺しの術を学ばせる時間。語弊を生まないように言っておくとこれは別段暗殺者だとか殺人鬼を生み出す為のものではない。

 殺しの術とは語弊があるが、平たく言えば護身術でつまるところ授業の目的とはこうだ。

 

――我も人、彼も人、ゆえに対等。

 

 だからこそ、人と向き合う為の武術を学ぶ。それがこの武術の授業の理念だ。また、健全なる魂は健全なる精神と肉体に宿るとも言う。

 体育もそうだが、精神というのは体育で培うよりは武術の精神を学んだ方が早い。我も人、彼も人。これを学ぶならば武術が一番。

 

 つまりはそういうこと。そして、この手の授業を担当するのは通常体育教師である。つまりは甘粕正彦だ。一年から三年まで授業時間が被らないように理事長の辰宮百合香によって組み上げられたカリキュラムに従ってそれは行われる。

 だが、当然無理もある。甘粕とて人。当然だ。超人、馬鹿、魔王、勇者だとか色々と言われるこの馬鹿であるが、それでも人なのだ。

 

 だからこそ当然できないことはある。それは例えば、同じ時間に同時に別の場所に出現するだとかだ。物理的に無理なことはできない。

 まさか、気合いで分身するわけにもいかないし、我も人、彼も人。授業とて人と相対するのであれば、分身などで代用などもってのほかと甘粕は考えているのだ。

 

 だから、百合香は少し考えた。此れは少し、効率が悪いのではないのか? と。確かに今は問題なく回ってはいるが、彼にも無理はあるだろう。

 一応、この四国、それから大赦にまつわる諸々のことは知古であるところ壇狩摩から聞いている。それに甘粕が関わっていることは承知のことだ。

 

 だからこそ、これからもこのカリキュラムで行くのは無理がある。もちろん、彼は諦めんというだろうが、そう言う問題ではない。

 人類存亡をかけているのだから。もしこれであの男がなにかやらかしたのなら、この状況を辛うじて創りだしてくれた英雄である柊四四八に申し訳が立たない。

 

「悩ましいですね。こうもうまくいかないとは」

「だははは、何やら悩んどるようじゃのう。お嬢」

「狩摩殿、頼みますから理事長室に窓から侵入するのはやめてください」

「細かいことは気にすんなら。それで? 何をこまっとるんじゃお嬢。お嬢らしくないでよ。お嬢の話なら聞くんもやぶさかやないで」

 

 この男がそういうのは非常に珍しい。まあ、反射神経で生きている男だ。助言など期待できないし、話したところでこの男は頼りにならない。

 だが、まあ話すのも良いだろう。頼りの金将ももうここにはいないのだ。失って初めて大切さがわかる。本当、身に染みるとはこのこと。

 

「これのことです」

「ん? なんや、武術の授業のことかいな。こりゃぁ大将の受け持ちのはずやろ。今更何を悩んどるなら」

「バーテックスですよ」

「あんなは大将の敵やないで、勇者部にうちの子獅子もやりよる。別に気にするまでもないが、そういうことやないんやろなぁお嬢。つまりじゃ、少しでも生存確率あげよ思うとったらカリキュラムがやばいことになってると、そういうことじゃろお嬢」

「ええ、有体に言えば」

 

 その言葉に狩摩は腹を抱えて大笑いする。

 

「はっ!よいよ、お嬢も教育者らしくなってきたぁないかい! 幽雫の坊主がみたら涙流して腹斬るでこれは! かははははは! おうおうおう重力坊主がやったことも無駄じゃあなかったっちゅうこっちゃ!」

「あなたに言われたくありませんよ狩摩殿」

「それはすまんなァお嬢。それならいい手があるでよォ。まあ、これがどういう手になるんか俺もよォわからんし、なんであんながここにおるんかも不明じゃが」

「? 何を言っているのです」

「そら、特大の死神よ。ああ、お嬢は会ったこたぁなかったかのう。まあ、それも諸々含めていい機会っちゅうやつなんやろ。俺もまあ、そういう気分じゃし、武術教えるんならこれが適任よ」

 

 つまりそれはどうにかできるということなのだろうか? いいや、この男を信用してはいけないだろう。ただ、気分でいえば、任せてみてもいいと思っているのだ。

 なにせ、盲打ちだ。何を考えているかはわからないが、盤面不敗を謳うこの男がまかり間違っても指し間違えるなどということはない。

 

 それは経験からわかっている。

 

「では、狩摩殿にお任せします」

「任しときィ! 泥船に乗ったつもりでなあはははははは!」

 

 そう言って窓から出ていく狩摩。

 

「まったく信用なりませんね」

 

 とそう言っていると狩摩が出ていくのと入れ違いに、

 

「すみません! ここにあの馬鹿来てませんか!」

 

 三好夏凛が入ってくる。

 

「ええ、先ほど出ていきましたよ。そこの窓から」

「ありがとうございます!」

 

 そう言って夏凜は百合香が指した窓から飛び出して行った。すると、

 

「おうおう、まったくこないな簡単なカラクリにも気づかんとはまったくあれじゃのう。あいつも」

「普通窓から出て言ったと言われれば下に行くと思いますものね。上には行かないでしょう」

「それじゃあ、行ってくるわお嬢。泥船言うたが、惚れた女の手前無様晒すんはないわ、信じてまっとれい極上の武術講師、連れてきちゃるけんなあわははは!」

 

 何を言っているのか。まあ、さっさと行ってください。と手で狩摩を促して狩摩は悠々と正面から出て行った。やれやれである。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

 

 この状況は何だ、と思う前にまずは自分とは何かから考え始める。突然の意識の断絶。それは認識している。ゆえに、まずは己と言う装置の機能を確認する。

 損なわれた機能はないか、記憶、身体全てに問題がないかをまずは確かめていく。それは未知の状況に対する逃避などでなく至極真っ当な、どのような状況だろうとも死ぬまで生きる為の確認だった。

 

「…………」

 

 さて、そこまで確認してここはどこだ。見覚えのある土地ではない。少なくとも邯鄲の夢の中で見た未来ではあるのだろうが、自分がここにいる理由はなんだ。

 最後の記憶もあいまい。まさか、自分がやられるとは思っていない。これは自惚れなどでなく客観的な事実だ。眷属がいて、あの柊四四八がいた。

 

 ならばこそ、自分が死ぬということはまずもってありえない。盧生とはそういうものだ。少なくとも、常人に害せる存在でもないだろう。

 だからこそ不可解なのだ。この現状が。

 

「で、それに答えるのはお前ということか? カルマ」

「おうおう、そういうこっちゃ。久しいのう。それとも初めましてなんかのう。まあ、どってでもええわ」

「さて、顔を合わせたのが初めてかどうかはわかりかねるな。この私がどの時間からここに来ているのかも不明なゆえ、そこらへんは勘弁してもらいたい」

「俺もそこは気にしちょらん。気にするだけ無駄っちゅう奴よ。なあに、神だろうが仏じゃろうが天魔じゃろうが、壇狩摩の裏は絶対取れんでの。問題はないじゃろ」

「ほう、聞きしに勝るとはこのことか」

 

 そう豪奢な金髪の女は笑う。絶世の美女、とはまあそれは主観の話だから言わないにしても一般的にみて女は美人の部類に入る。

 豪奢な金髪もそうだし、軍装の上からのスタイルはかなり良さげだとわかるだろう。だが、狩摩をしてこの女に抱くはずのものを抱かない。

 

 それは言ってしまえば情欲の類。そう簡単に言うと性欲。女ならば羨ましいなどと思う程度には素晴らしい容姿を見せつけられれば男として反応するのが普通。

 しかし、これにはそういう気分はいっさい浮かばない。これは機械だから。人間である前にそういう装置であるということ。

 

 まあ、柊四四八との出会いによって凄まじく人間になっているのだが、それでもこう思わずにはいられないわけだ。

 

「おうおう、知ってもろうとるんなら男冥利に尽きるでの」

「ああ、アユミからはこっちくんな変態、その他の面々からはこっちくんな馬鹿と聞いている。会ったらとりあえず殴れとな」

「かはは、こらァ一本取られたのォ。なんじゃい、あのちんまいのはまァだ、胸揉んだことおこっちょるんか。器が小さいのう。おお、だから胸もちんまいんか、そりゃしゃーぁないわ」

 

 一人で何やら大爆笑している狩摩。それでも内容は女に聞こえている。

 

「ふむ、確かにこれは女の敵という奴だな。しかし、困った、私はもう人は殺さんと決めているのでな、お前に対して私が出来るのはこれくらいだ」

 

 そう言って女は拳を握る。そして、振りぬいた。

 此れだけ見てその武術が完成されたことはわかる。さて、普通ならば笑って受けるところではある。だが、この一撃に関しては別。

 

 解法などの夢を使わずともあの存在感が勝手にそのヤバさを伝える。凄まじいまでの戟法性能による拳。当たれば木端微塵だろう。

 だからこそ、狩摩は死ぬ気で避けていた。死ぬ気といっても、適当なのことにかわりはなく、また相手にも当てる気自体はなかったので何とか躱すことができた。

 

「む、外したか。良し、動くなカルマ。次は当てる」

「おうおう、人は殺さん言ってなかったかいな」

「ああ、人は殺さん。つまりこれはアマカス的な殴ってわからせる教育という奴だ」

「それに戟法使うんわ卑怯じゃて。俺はもう夢もなんも使えんのじゃからなあ。神樹の創界でもなけりゃ、俺は夢が使えんのよ」

 

 それを聞いてとりあえずは女は夢を引っ込めた。

 

「神樹、なんだそれは。この現状と関係があるのか」

「あるとしたらそれよ。俺も詳しいことは知らんし、まったく腑抜けた神祇の大赦は役に立たん老害で苦労ばかりじゃが、樹海ゆう創界の中なら俺らは夢を使える。まあ、あれはだいぶ卑怯な抜け技じゃがのう」

 

 本来ならば夢は使えない。柊四四八の眷属として彼が夢を捨てた時から夢は使えない。だからこそ、この前のアレこそが例外。

 

「なるほど、ならば私はお前たちを助けるべきなのだろうな。人は少なくともこの状況ならばそうするのが理屈に乗っ取っているというものだろう」

「相変わらず理屈から入る奴じゃが、まあそういうことよ」

「……では、カルマ私は何をすれば良い。見ての通り私に出来ることなど少ないが」

「なァに、単純よ。うまくいきゃァお前さんの願いも叶うじゃろうて」

「ほう」

 

 ならば是非もない。噂に聞く盲打ちの一手。乗るな乗るななと散々言われてきたが、乗ってみるのも一興というものだろう。

 

「良いだろう。この私、第三盧生クリームヒルト・ヘルヘイム・レーヴェンシュタインが手をかそう。それで? 具体的には何をすれば良い」

「やる気満々で良いことじゃ。まあ、まずは形からよ。これに着替えりィ。安心せい、サイズはあっとる」

「む、そうか。では着替えるとしよう」

 

 それで着替えたのは道着と呼ばれるような代物だった。

 

「ふむ、ドーギという奴だな。武術の修練に使う衣服であったか。邯鄲でこれに似たものは見たことがあるが、それで? これを着せてどうしようと言うのか? まさか、今更武術の修練をしろというわけはあるまい」

「おうよ。お前さんに必要とは思えんしのう。この状況に関係しとってなァ。まあ、俺らが表だって動けんのよ。だから、お前さんには教師になってもらうっちゅうわけよ」

「ふむ、委細承知した。つまり、私は学童に武術を教えろというわけだな」

 

 そうして、この日讃州中学に新しい武術の教師が着任した。

 




さあ、回れ回れ、万仙陣。

というわけで、ちょっとクリアブースト掛けました。今回は風の掘り下げの為の準備回。
予定では次回辺りに風の掘り下げでもやろうかなと。
まあ、風がどれだけやれるかとか、そういった実力的な意味合いですけど。
というわけで、次回は久しぶりの戦闘描写でもやってみようかと。
まあ、いつになるかはわからないのですが。明日か明後日かもしれないし、更に先かもしれません。

甘粕が主人公なのに出番が少ない? 主人公の出番が少ない作品ってあるよね……すみません、私が単にヘルに浮気中なだけです。
もうちょいしたら出ると思います。

では、そういうことで。皆さまも万仙陣を回しましょう。



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犬吠埼風は勇者部部長である

 先日、新しい武術の先生が讃州中学にやって来た。突然の全校集会と言う、辰宮理事長の気まぐれがが起きて何事かと言えば新しい武術の先生の紹介。

 そこに現れた女は、見る者全てを圧倒したと言っていい。豪奢な金髪に磨き上げられた鋼の肉体。しかし、犬吠埼風を含めて女子生徒はこの女に感じるべきものを感じなかったのだ。

 

 武術の新しい先生クリームヒルト・ヘルヘイム・レーヴェンシュタインは美人である。客観的に見てかなり整った顔立ちをしているし、スタイルも鍛えているのだから相当良い。

 女としてはだいぶ羨ましいと思うだろう容姿をしているのだ。だが、この女に対して、羨ましいなどとは誰一人として思わなかった。

 

 それは明らかにおかしい。容姿の優れた者。例えば理事長である辰宮百合香を見れば女ならば誰もが羨ましいと思う。クリームヒルトの容姿もそれに近い。

 だが、どう見ても女子生徒は羨ましいとは思えなかった。その理由を犬吠埼風は看過していた。それは勘のようなものであったし、ある意味で似た者同士だからこそ看過できたこと。

 

 クリームヒルトは機械だ。一つの機能を有した機械。機能美という面において美しさを感じることができるだろうが、甚だ不出来な機械ゆえに誰も彼女を羨ましいとは思わない。

 そんな彼女の初の授業が今から行われる。動きやすい恰好で。授業としては甘粕先生の方が良いという声もあるが、とりあえずはお手並み拝見というのがおおよその意見。

 

 風もまたそれは同じで、様子見だ。

 

「揃っているな。授業を始める」

 

 無駄なく、クリームヒルトはそう言って授業を始めた。といってもまずは当然のこと。全校生徒の前で自己紹介はしたものの改めて自己紹介をする。

 

「クリームヒルト・ヘルヘイム・レーヴェンシュタイン。長いので気軽にヘルと呼んでくれ。親しい者からはそう呼ばれていた。

 さて、まずは私について色々と思う事もあるだろうから、質問と言いたいがこれはそういう授業ではないだろう」

 

 確かに色々と気になることはある。壁の向こうの世界は滅んでいるのだから、外国人なんているはずがないだとか。

 まあ、気合いで生き残っていたのだと言われればそれで納得できるのだが。

 

 それは置いておこう。確かに、今はそういう授業ではない。改めて聞きたいことがあれば職員室に行けばいいのだ。

 今重要なのは、

 

「私の実力だろう。お前たちを教えるに足る実力を持っているのか。その一点に尽きる。アマカスの方がいいと言う声もあるだろうが、なにそういう奴らを私色に染め上げるのは慣れている。

 だから、そうだな。まずは誰かと戦って実力を見せよう。それが一番早い」

 

 なるほど至言だ。風はそう思う。なにせ、この三年は一年間甘粕の授業を受けてきた猛者共なのだ。今更新しい先生が来たとしてそれがなんなのだという奴もいる。

 だからこそ、認めるだけの力を示すというのは良い判断だ。まあ、多少脳筋じみていることは三年生たちも自覚しているが、重要な事でもある。

 

 自分たちが習うならば至高を目指せる先生が良い。互いに高めあえる先生というのは貴重だ。特に武術では。だからこそ、クリームヒルトがそうであるのか知る必要があるのだ。

 

「我ながら脳筋じみてるわー」

 

 そんなことを考えながら自嘲気味につぶやく。そんな間にクリームヒルトが対戦相手を決めたようだった。

 

「では、お前と戦おうフウ」

「え」

 

 まさか、ここで自分の名が呼ばれるとは思ってもいなかった。自分よりも成績はいいやつはいるのだ。それなのになぜ自分を選んだのか。

 しかし、その思考はそこで遮られる。投げられた木刀を咄嗟に受け取って、目の前に放たれた斬撃に合わせるという反射のおかげで。

 

 戦いは既に始まっている。クリームヒルトは言外にそう言っているのだ。戦おうと言ったその瞬間に始まっていた。

 ゆえに、考えるな動け。風の思考は即座に切り替わる。日常モードからこのところ出来上がりつつあった戦闘モードへ。

 

 それはつまり、他への遊びを失くすという行為だ。手を抜く癖もなく、本気を出すということに他ならない。大赦にて学んだ、甘粕によって更に洗練させられた技を出すということ。

 だからこそ、防御した時より反撃は流れるように行われる。重く、何よりも鋭い殺しの斬撃。天稟の心眼がクリームヒルトを見抜いていく。

 

 なんだこのメスゴリラ。例えるならばそれだ。技術を持ったメスゴリラ。力なんて本当に女かと思うほど。それだけ道着の下に隠した筋肉の密度は凄まじく、どれほどの時をかけて修練したのかその技は一直線の死へと向かう死神の技だ。

 学生に向けるようなものではない。そう断じて。だからこそ、己を選んだのだろうか。それは考えるべきことではなかったが的を射ている。

 

 クリームヒルトとしては勇者部の実力を見てみたかったというものもあるが、どこか自分とあの少女に似ているこの少女に対して少しばかり興味があった。

 ただ、それだけだ。何かあれば甘粕が止めるだろう。最初の授業ということもあって甘粕も見に来ている。ならば、自らは進軍あるのみ。

 

「くっ――」

 

 当然のように弾き返される。というか、身体が宙に浮かされるという感覚は初体験だ。規格外の力。本当に人間かと思うもののこれくらいはやるのだろう。

 なにせ、あの甘粕と同類だ、これは。思想、思考、それらは違うのだろうがどうしようもなく同類の匂い。放たれる斬撃、放つ斬撃で迎え撃ち、感じるのはそういうこと。

 

「いいぞ。心を入れ替えたアマカスの教育というのもなかなか馬鹿にはできんらしいな」

 

 ならば、もう少し本気を出すか。言外にそう聞こえた。

 

 

「――っ!」

 

 こっちはいっぱいいっぱいだっての。そう言いたかったが、そうは言いたくない。勇者部部長として、あるいは甘粕に教えを受けた身として。

 やられっぱなしは趣味ではない。だからこそ、

 

「ほう」

 

 クリームヒルトの感心の一声。弾ける剣閃。補強された木刀同士が奏でる木音の調べ。もし真剣での打ち合いならば火花でも散っているだろう光景。

 それに生徒たちは固唾をのんで見守っている。そうしなければならない。邪魔は許されない。これは2人舞台。クリームヒルトと風の。

 

 ならばこそ己らはこれを目に焼き付けろ。学ぶが良い。これはそういうものだ。武術の授業。武術とは常に見て、模倣して学ぶこと。

 だからこそ、どのようなものでも見て学べばいい。私にできるのはこれくらいだ。そう不器用な女がそう言っているようだった。

 

 そんな戦いは綺麗だ。綺羅綺羅しい。そう表現できるだろう。見えない火花が見えるようだし、まるで真剣でも打ち合っているかのようにも見える。

 しかし、当事者にとってそんなことは一切思えるほど余裕はない。

 

「見事だ、フウ。試合とはいえ私とここまでやれるのはおまえで二人目だ」

「そりゃ、どうもっ!」

 

 片や楽しそうに笑い、片や苦しそうな表情。力量差が圧倒的な中で切り結んだ回数は数百を既に超えている。人間の範疇で言えばそろそろ腕なりなんなりがしびれてくる頃だ。

 なにせ、相手は既知外の暴威を振るっているのだ。ゴリラと斬り合いをしているようなもの。ゆえに、人間である風はその暴威を一身に受ければただでは済まない。

 

 ならばなぜ今なお打ち合えているのか。それは単純に風の技量が凄まじいというわけではない。技量で言えば彼女よりも上はいくらでもこの讃州中学にはいるだろう。

 しかし、それでもなお打ち合えているのは彼女が今も学習しているからだ。圧倒的な圧の中で目をそらさずにその暴威を見て、学んで己の血肉として昇華させ受け流す。

 

 単純に言えばそういうことだ。だからこそ、今も加速度的に試合の苛烈さは増していく。無拍子で放たれた刺突。それを首だけの回避で躱し放つは下から上への逆袈裟斬り。

 加減なく放たれたそれだが、クリームヒルトは笑みのままその斬撃を素手で受け止める。それを理解した瞬間、風は木刀を手離していた。

 

 そうしなければここで終わっていた。数瞬前まで頭の会った位置をクリームヒルトの剛腕が通り過ぎていく。その圧力が凄まじい。

 

「良く躱した。普通ならば、武器に固執する。なにせ、人は弱いからな」

「そうしたらやられるでしょうに」

「そうだ。まあ、試合だからできることだな」

 

 いや、あんたは多分実戦でもこれくらいできるだろう。そんな感じがする。

 

「しかし、武器がないぞどうするフウ?」

「素手でもやれますよ」

 

 まあ、幾分かは厳しいがある意味で武器を使うよりは出来る。なにせ、武器で叩いたところでダメージは通らないだろう。

 だからこそ、通すには少しばかり特殊な技を使う必要がある。例えば、

 

「こんなのとかね!」

 

 地面を蹴った。その速度は尋常ではなく、周りが一瞬見失うほど。縮地と呼ばれる歩行技術。踏み込みと共に懐へと入る。

 そして、放つのは鎧通し、発剄とも呼ばれる類の衝撃貫通打法。軽く握った拳をインパクトの瞬間握り込み、衝撃を抉り込む。

 

 内臓破壊の技。内臓は鍛えられない。如何に筋肉を鍛えようとも内臓だけは鍛えようがない。ゆえに、これは有効な攻撃。

 しかし、

 

「ふむ、だいたいわかった」

 

 風の拳を腹筋にめり込ませながらクリームヒルトは何事もなかったかのように話を続けていた。手ごたえはあった。会心のそれだ。

 だが、まったく効いていないのだろう。此処まで来るとその規格外さに呆れを通り越して、ああ、やっぱり甘粕先生の同類なのだと納得する。

 

 ここまでくれば、彼女を認めることに異論はない。もとより認める認めないの話ではなかったが、それはそれ。

 

「参りました」

「うむ、こちらもなかなかどうして楽しかったぞ。今日はここまで終わりだ」

 

 無駄なくそう言ってクリームヒルトの初授業はそうやって終わった。

 

「…………」

 

 風は己の拳を見ている。負けたのだ。さて、そこに付随する感覚としては悔しいとかそういうものであるが、同時に理解したことがある。

 あれは死神。そして、自分もまた死神。死を呼ぶ存在だと。両親をバーテックスに殺された時、あの時自分もそこにいた。

 

 自分が原因だったのか、あるいは別の何かか。まあ、それはいい。今は、勇者部。大赦のお役目だったとはいえど、彼らを巻き込んでしまった。

 甘粕先生のおかげで問題は全くないがそれでも負い目はある。自分が集めなければ、彼女らは死の危険を冒してまで戦う必要はなかったのだから。

 

「悩むこともあるだろう。だが、答えは決まっている」

 

 不意にクリームヒルトがそんなことを言った。まるで見透かしているかのように。

 

「…………」

 

 そう決まっている。何があろうとも自分は守るのだ。妹を、そしてみんなを。

 

「ヘル先生、ありがとうございました」

 

 そのために死ねと言われたならば喜んで死のう。皆の為に。それくらいしか自分に価値はないのだから。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「どうだったかね、教職というものは」

 

 授業が終わったところで、甘粕がクリームヒルトへと話しかける。

 

「ああ、なんというべきかな」

「中々どうして堂に入っていたではないか」

「まあ、これでも盧生だ。邯鄲では一通りのことは経験している。理屈はわかっているつもりだよ」

 

 そこに至るエネルギーは相変わらず感じることはできないが。

 

「しかし、アマカス、色々と聞きたいがなぜ我々は夢が使えない」

 

 狩摩との邂逅の時より夢が使えない。いいや、正確に言えば阿頼耶に接続すらできない。いいや、正確には何かに妨害されている感覚がある。

 

「それは俺も同じだ。だが、夢など必要あるまい」

 

 いいや、甘粕の場合はもうお前暴走すんなよ、いいか、絶対だからなやめろよ。フリじゃないぞ! という阿頼耶の拒否である。

 つまりついやりすぎちゃうから阿頼耶からストップがかかったのだ。一人の個人が阿頼耶凌駕して人類滅ぼすなど阿頼耶としては認められないのである。

 

 その上、まあた何かやらかしそうで戦々恐々としているのだ。

 

「まあ、それについては同意するよ」

 

 夢など必要ない。邯鄲を制覇した誇りだけがあればいい。柊四四八の言葉だ。

 

「おそらく夢が使えんのは神樹のせいだろうよ。あれの侵食を抑えるのには、夢という概念自体封じねばならんからな」

「それは外への防御でもあるし、我々への対策でもある、か。まったく首をしめたいのか、人を守りたいのか判断がつかんな」

 

 神樹。あれはいったいなんだ。それは盧生ですらわからない。あの神祇省の狩摩ですらわかっていない。あれの発生によって、この四国は守られている。

 関わっているのは柊四四八か。なぜならば、ここにいない盧生は彼くらいだから。第四がいても役に立たない上にあれは二度と出ては来れない。

 

 しかし、彼の思想からあれは遠い。そして、それは甘粕ともクリームヒルトの思想からも遠い。

 人を犠牲にして守る未来などあってたまるものか。その点に関して二人の意見は一致していると言っていい。

 

 それが我々ならばいいのだ。覚悟を持った大人ならばいいのだ。だが、無垢な少女たちであってはならない。

 ましてや供物などと呼ばれるものが勇者であって良いはずがないだろう。

 

「大赦と言ったか。あれはどうなのだ」

 

 まともな組織とは思えないが。

 

「大赦に所属してみたりはしたが、あれは駄目だ」

 

 もとより甘粕好みの集団ではないが、組織として終わっている。子供を戦わせるなどもってのほかだろう。

 しかし、それ以外にないのだからと人を供物にするシステムなど言語道断。だからこそ、甘粕は彼ら、彼女らを少しでも生き残らせるために教師となった。

 

「なあに、心配はいらん。この俺がなんとかしてやろう。それが、柊四四八へ向ける俺の愛だ」

「…………お前は、あの後のお前か」

 

 柊四四八に敗北した。ゆえに、己は彼に従おう。敗者が勝者に従うのは昔からの決まりだ。人を信じるのには勇気がいる。

 だが、だからこそ甘粕は勇気を示した。柊四四八がやったように。愛と勇気の人間賛歌。お前たちの輝きを俺は見守ろう。

 

 その背で語って託せるように。

 

 それがこの世界を救う事だと信じているのだ。

 

「俺らは所詮は過去の人間だ。この時代の事はこの時代の人間に任せる」

 

 そのための手助けは先人としてしよう。だからこそ、夢など必要ないのだよ。

 そう甘粕は言った。日が傾きかけた時分。今日もまた創界は成り、バーテックスは現れる。それでも世界には希望がある。

 

 勇者がここにはいるのだから――。

 

「行くぞ勇者部諸君!」

『はい』

 

 今日もまた甘粕は行く勇者部と共に――。




回れよ回れ、万仙陣。

長瀬メダルコンプリートしたので更新。
とりあえずルート的には静乃と晶を終了させました。まだまだ先は長いですが頑張ります。

とりあえず風の中に新たにエイコー成分が発見されました。水希プラス栄光とかアレだ面倒くさい以外の何ものでもないです。

クリームちゃんこれで良いかな? まあ、メスゴリラにかわりはないのですが、書いているうちにあれだ中の人の別キャラに思えてきてやばかったw。どちらも脳筋系列ですし。

まあ、それはさておき、甘粕たちが夢を使えない理由らしきものを出しました。
夢使えなくても問題はないのだけれど、完全に神樹敵対してますよねえ、これ。
セージからも成果奪ってますし。

まあ、頑張れ神樹。第五盧生共々やられないことを祈ってるよ。
次回は、夏凜ちゃんかな。また甘粕の出番が削られていくが真打は遅れて登場といいますし、もう少し待って。
というわけで、苦労人になってしまった夏凜ちゃんとお嬢の絡みかなあ。

まあ未定です。


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三好夏凛は苦労人である

 山中を駆ける影が一つある。二刀を手にした少女。戦装束である黒衣装に身を包んだ黒の獅子が森を疾走している。

 長い裾を持つ戦装束を枝などの障害物の多い山中でいささかもひっかけることなく走る姿は、まさに熟練者と言わざるを得ないだろう。

 

 三好夏凛。獅子の面を与えられた二対一つの鬼面衆の一人。本来ならば讃州中学に通うことになってここには来ないと思っていたのだが、どうやら日課と言うのは恐ろしい。

 そうついこの場所に来てしまったのだ。それも戦装束で。まったく、早く新生活に慣れなければならないというのにこの体たらくだ。

 

 だが、三好夏凛は仕様がないと思う。自分はそう器用な方ではない。術法に関しても兄の方が上だし、武術にしても総合的に見れば兄の方が上だ。

 しかし局地的に見れば自分の方が優れているところがある。気功術であったりそれの短期的な瞬間出力であったりだ。

 

 いわば特化型なのだ。嵌れば強い。万能型には及ばないが、一芸だけは負けないという自負がある。何度も言うが、自分はそう器用でないと自覚している。

 器用であったならばこんなところには来ないだろうし、壇狩摩などという男の下で働いてもいない。だからこそ、自分は不器用なのだ。

 

 完璧な兄がいてまあ、思うことがないとは言わない。しかし、それでも自分は自分である。卑下することなくそう言える。

 なぜならば、この胸には確かに柊四四八の言葉があるからだ。だからこそ、自分は器用でないと認め、完璧になれないと認めてただ一つの極致を目指している。

 

 特化型はこうも取れる、万能型が届かない極致へ行ける人間だと。だからこそ、己は磨き続けるのだ。嫌な事は多い。

 特に今走っているこの場所にはあまり良い思い出はない。だがそれでも走ることは止めない。

 

「――っ!」

 

 放たれた拳を片手の一刀で受ける。しかし、安心はできない。反撃には転じずそのまま防御を選択。突如として飛来する剣雨に対して迎撃。

 片手の一刀は直ぐに後ろへと振るう。軽い手ごたえそれでも防いだという実感。跳躍して距離を取り仕切り直す。

 

 現れる三種面。曰く、怪士、夜叉、泥眼。夏凜の先達であり、鬼面衆の中においておそらくはもっとも高い実力の持ち主たち。

 しかし、狩摩に言わせれば腑抜けどもであり、名折れだとか。狩摩にくっついているとこのところ夏凜もそう思うようになってきた。ただし、そんな余計な思考は命取りだ。

 

 その意識の隙間を奴らは見逃さない。特に、泥眼は。ゆえに、意識の死角、視界の死角。この両点を突いてくる。そう馬鹿正直に。

 

「盲打ちの相手してると、正直な奴ほどやりやすい奴はいないのよ!」

 

 自らの死角は把握済み。意識の死角だとしても身体は勝手に動く。そうなるだけの訓練はして来ている。ゆえに、死角に向けて蹴りを放つ。

 前を向いたまま放った鋭い蹴りは不可視状態の泥眼を捉える。無論、一つにかかればもう二つが来る。正面から怪士。

 

 その武術の完成度は凄まじい。歴代怪士は常に武術において優れている。他に優れたものはないだけに、そこは夏凜に通ずるものがあった。

 だが、夏凜が純粋に己を伸ばそうとしているのに対し、そこにあるのは妄執だけだ。護国、護国、護国。曰く、怪士は完成された武術を振るえなかった者がなるという。

 

 だからこそ、そこに宿るのは正道にありながら邪道。ゆえに殺しの技と化すわけだが、

 

「いい加減わかってるのよ!」

 

 身体の門を開く。煉り込んだ気を全身に流す。訪れるのは身体強化という結果。その瞬間出力は、常態の怪士を遥かに上回る。

 ゆえに、一撃、この一撃においてのみ怪士の拳を破壊するほどの威力をたたき出す。二枚を抜いて、あとは一枚。

 

「で、そうくるでしょうねえ!!」

 

 剣雨が振る。多くの暗器、暗器、暗器。もう面倒なほどに降り注ぐ暗器。だが、その全ては軽い。暗殺の技であるからこそ、軽い。

 手数において確かに夏凜を遥かに凌駕しているが、重要な部分以外は喰らえばいい。問題ない。手数が多いということはそれだけ軽いということなのだから。

 

 だからこそ、やせ我慢で突っ込む。我慢ならば慣れている。狩摩を相手にすれば忍耐力としていやでもついてくる。

 そうだとしてあいつに感謝するのは大いに間違っているので絶対に感謝などしない。せいぜい菓子折りでも投げつけるくらいだ。もちろん特大に不味い奴を。

 

 剣雨を抜ければ剣山が来るも気功術でごり押す。痛いところは我慢。とにかく我慢して、突っ込む。そして、二刀の一撃を叩き込んだ。

 

「ふぅ」

 

 深く息を吐く。終わった。まったく朝からこんなことになるとは、早くここに通う癖を直さないといけない。

 

「帰ろう」

 

 休みだからと言っていつまでも山の中で過ごすわけにはいかないだろう。狩摩がいる家に帰ると言うのは甚だ不本意だが帰らないわけにはいかない。とりあえず、運動用の私服に着替えて夏凜は山中を降りる。

 しかし、その足取りは重い。別段、傷がどうだとかそういうわけではない。傷は気功術でとっくの昔に直しているし、そこまで深刻なことになるほど酷いものではない。

 

 だが足取りは重い。狩摩がいる家。そうそれだけで世界が滅んでも良いくらい嫌なのだ。なにせ、狩摩は四六時中何を考えているかわからないし、隙あらばセクハラしてくる。

 理屈ではなく完全な反射神経で動いているので、考えが読めないのだ。だから行動も読めない。いい加減慣れたが、狭いマンションの一室でやられると被害度が修業場の屋敷とは比べものにならない。

 

 ここ数週間は我慢も出来たがそろそろ限界だ。だからこそ、本当に帰りたくない為に足が重い。

 

「あら、三好さんではありませんか」

「――理事長先生、こんにちは」

 

 黒塗りのリムジンが彼女の脇に止まる。そんなものに乗っている人物を一人しか夏凜は知らない。辰宮百合香しか。

 讃州中学の理事長であり、この四国でも有数の名家のお嬢様だ。それでいて大赦や狩摩本人の所属である神祇省とも交流のある人である。貴族の血が流れているのか放たれる気品は余人とは比べものにならない。

 

 容姿もまさに令嬢と言った風で、しかも夏凜からしたらスポンサーだとか株主だとかそう言ったものになる。だから必然的に頭が下がる。

 

「はい、こんにちは。ですが、そんなに畏まらず。今日は休日です。休日まで学校のように接してもらわなくて結構ですよ」

「そういうわけにもいきません」

「そうですか。ああ、そうでしたね。あなたは狩摩殿の部下ですものね」

「…………」

 

 そう言われると肯定したくない。しかし、肯定しないわけにもいかない。この人を前にしたら嘘などついてはいけないだろう。

 そんな微妙な間を百合香は感じとったのか納得したように言う。

 

「ふふ、やはり嫌われているようですね狩摩殿。あれでも一応いいところがあるのですよ」

 

 悪いところの方がはるかに多いですけれど、とも百合香は言う。その点に置いては激しく同意するが、流石に肯定するのはやめておく。

 上司をこき下ろす部下などあまり良いものではないから。ただ、内心では激しく同意している。そんな内心を見透かしたように、

 

「あなたも大変なようですね。振り回されてばかりでしょう」

「…………いえ、そんなことは」

「本心を言ってくださっても良いのに。ああ、そういうわけにもいきませんか。あなたの立場では。わかります。私にもそういう部下がおりましたから。わかったのは彼がいなくなってからでしたが。

 ――そうです、三好さん。お時間は御座いますか? ここでわたくしたちが会ったのも何かの縁。色々とお話もしたいですし朝食を共に致しませんか?」

 

 それは願ってもないことだった。あの狩摩と顔つき合わせて食事をしなくて済むのならばなんだっていい。しかし、立場が違いすぎる自分がいいのだろうか。

 

「よろしいのですか?」

 

 一応、確認しておく。返ってくる答えは半ば予想通りのものだった。

 

「よろしいですよ。先も言いましたが、休日まで立場を持ち出すこともないでしょう。休日とは休んでいい日なのですから立場など考えずに休みましょう」

 

 だから一緒にどうです? と百合香は夏凜を誘う。

 

「わかりました。ご相伴にあずからせていただきます」

「ええ、ではどうぞ乗ってください。狩摩殿にはこちらから連絡をしておきます。一応は、あなたの保護者ということになっていますからね」

 

 別に連絡しなくてもいいだろうに、と夏凜は思う。いつも夏凜は朝食は自分の分しか用意しない。狩摩(あれ)が他人の分の朝食を用意するなど想像できないし、何より朝食を用意している姿すら夏凜は見たことがない。

 だというのに朝食時にその見たくもない顔を晒して朝食を食べているのだ。だから問題はないだろう。だから言われるがままにリムジンに乗った。

 

 リムジンに乗るとふわりと香るのは百合香の香水だろか。強すぎるわけでもなく、かといって弱弱しいというわけでもない。

 どこかせつなげな華の匂い。男ならばくらりと来ること間違いない匂い。しかし、それは決して甘ったるくない。良い匂いだ。

 

 更に座席もふわふわだ。気を抜けば沈んでしまうのではないかとすら思う。本当に生きる世界が違う。そう思った。

 それを自覚するととたんに緊張してくる。タタリなどを相手にするほうがまだましなんじゃないだろうかと、すら思ってしまう。窓越しではなく直に対面してみて夏凜はそう思った。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 しかし、当の百合香はそれに気が付かないようだ。

 

「い、いえ」

「そうですか? 何かあれば言ってください。大抵のものは揃っているらしいですから。あと敬語も外してもらって構いません」

「ですが……」

「良いのですよ。わたくしごときに敬語など使わなくても」

「…………」

 

 本来ならばそういうわけにもいかないだ、本人がいうのならば良いだろう。そもそも夏凜としては早々敬語で話すのはあまり得意な方ではない。

 どちらかと言えば目上だろうが素で行く方だ。何度もいうが、自分はそう器用な方ではない。だから人に合わせて対応を変えると言うのは不得意。

 

「では、御言葉に甘えて」

 

 だから、ここはその言葉に甘えさせてもらおう。

 

「はい、では、しばらくお待ちください」

 

 辰宮邸。そこはまさしく屋敷だった。大正浪漫を感じさせる邸宅。見る者を圧倒させかねない青い血(ブルーブラッド)の気品が流れ出しているかのよう。

 そんな屋敷の中に招かれる。執事だとかそういうのが迎えてくれるのだろうか。大方の余人と同じ予想を夏凜もしてみるが、予想に反して執事が出てくることはなかった。

 

 というかこの家は人の気配に乏しい。まるで百合香一人しか人が住んでいないかのようにも思えてしまう。事実、廊下を歩いていても誰ともすれ違わない。

 窓から中庭を見下ろしてみてもそこには人影はないのだ。

 

「こちらです」

 

 そして、案内されたのは食堂。まず夏凜は驚いた。広い、小説だとかに出てくる貴族の屋敷の食堂そのままだ。しかし、驚いたのはそれではない。

 

「な、なんで、あんたがここにいるのよ!」

「だはははは! なんじゃい! おまァも来たんか! お嬢も人が悪いのう。まったく驚いちょるやないかい。可哀想に」

 

 何やら食堂の席に座って大爆笑の狩摩がそこにいた。離れるために誘いに乗ったのに既に回り込んでいるとはどういうことだ。

 そして、可哀想とかどの口が言っている。

 

「狩摩殿ほど人が悪くないとは自負しておりますが、確かにこれは少しいじわるでしたね」

 

 どうやら百合香が関わっているらしい

 

「いやいやいやいやいや!」

 

 いじわるで済ませてもらってはこまる。もはや逃げることはできないし、ここで逃げるのは百合香の顔を潰すことになるのだろう。

 つまりだ、あそこで声をかけられた時点で自分は嵌められていたのだという事実に今初めて、思い至った。

 

「申し訳ありません三好さん。今日は定例会でしたので、狩摩殿を呼んでいたことをすっかり忘れておりました」

「そ、そう」

「なんじゃい、せっかくのお嬢のお誘いじゃぞ。もっと嬉しそうにしたらどうなら」

 

 誰のせいでこんな顔になっていると思っているんだ。しかも狩摩だけではない。

 

「三好夏凛か。勇者部に入部したのであったな。顧問としてはまだ挨拶していなかったからな。今しておこう。甘粕正彦。知ってのとおり、勇者部の顧問である」

「…………」

 

 甘粕正彦までがいつもの恰好で座っている。

 

「では、私か。全校集会であいさつしたがじかに合うのはこれが初めてだな。クリームヒルト・ヘルヘイム・レーヴェンシュタインだ。気軽にヘルと呼んでくれ」

「…………」

 

 更にはクリームヒルトまでいるのだ。

 

「あははは、こぉれはまた、かわいこちゃんだねぇ。盲打ちもまったく良い御身分だねえ。あー、うらやましー」

「なんじゃい、じゅすへる。うらやましいんか? 残念じゃが、こいつはやれんでよ。俺の遊び道具じゃ」

「誰が遊び道具よ!」

「べ、別にうらやましくなんかないんだからねー! あははは」

 

 神野明影は相変わらず楽しそうに嗤うばかり。確実に思ってもないことを言っている。

 

「…………」

 

 がりがりと胃が削られていくのを感じる夏凜。

 

「おい、貴様らふざけた茶番を見せに来たというのなら俺は帰るぞ」

 

 更に人の神経を逆なでしてくる柊聖十郎までここにはいた。

 

「あーん、まってよセェェジィィ。君がいなくなったら僕はどぉやって夏凜ちゃんとお話すればいいんだい。ほら、僕ってさぁ、人見知りだしぃ?」

「お前が人見知りだと。ハッ、ふざけたことを抜かすなよ。貴様ほど無遠慮な奴は他に知らん。毎日人の家に上がり込んで勝手に飯を食っていく奴などな」

「えーん、夏凜ちゃーん、セージがいじめるよーあはは」

「――ってこっちくんな、抱き着いてくんな! 胸を揉むなこの変態!」

「あらあら、三好さんもすぐに馴染んで何よりです」

「これを馴染んでいるというのか。なるほどヨシヤの言っていた意味を少し理解したかもしれん」

 

 それを見ているのはクリームヒルトだ。せめて助けろ。お前、たぶんここだと一番まともだから。しかし、夏凜のそんな願いは届かない。

 

「仲が睦まじいことは良いことだ。友情万歳!」

 

 お前はお前で喝采してるんじゃない!

 

「あはははは! こりゃァ、傑作じゃ。お嬢もよォやるのォ。俺にはまねできんでよ。そして、じゅすへる、そいつのちっぱい揉んで大きくしたれや」

 

 そして、そこで大笑いしている盲打ち。神野は元気にハーイと返事。いい加減にしろ殴るぞ。

 

「だぁ、かぁ、らぁ! 私の話を聞けえええ!」

 

 結局、全員が止まったのは朝食が運ばれてきた時だった。

 




回れ回れ、万仙陣。

いやあ、後半のギャグを書いているのはとても楽しかった。とてもとても楽しかった。相対的にごめんね夏凜ちゃんと謝らなければならないけれど、楽しかったよ。

万仙陣やって一番の変化がお嬢の株が爆上がりしたことです。万仙やってからお嬢が可愛く見えてしかたがない。しかもかなり動かしやすい。
八命陣では面倒くさい女でしかなかったので、あの一面が見れたのは私にとって大きなプラスでした。

神野は…………うん、まあ、一途神野さんは一途だから、これ浮気じゃないからね。もしかしたら綺麗な方かもしれないし。
ああ、でもたぶん容姿的には綺麗な方なんだよなぁ……。うわぁ。

次回も夏凜ちゃんかなぁ、ここで終わらせるのはアレだと思うし、何のための定例会かくらいはやっておいた方がいいだろうし。
少しばかりこの四国に対する説明とかバーテックスに対しての説明しておいた方がいいかもしれないし。
その裏で、なんとか十字さんを動かして樹ちゃんと絡ませようかな。

ただし、予定は未定。では、そういうわけでまた次回。
リアルも忙しいですし、そろそろ万仙ブーストきれそうなので遅くなるかも、ただし予定は未定です。


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これは単なる職員会議である

 辰宮邸での朝食。ああ、それはとても素晴らしいものである。普段食べているものがなんなのかと思えるほどだ。

 だが、味がまったく感じられない。狩摩と神野に挟まれ対面には柊聖十郎。こんな中で食事など出来はしない。

 

 それなのに、

 

「三好さん、食が進んでいないようですがどうぞ遠慮せずに。育ち盛りの娘さんなのですから、たくさん食べて下さい」

 

 と、百合香がしきりにこちらに気を遣ってくる。それに乗じて、

 

「そうそう流石に摘まめるくらいはないとねぇ」

「おうおう、そう言うなやじゅすへる。こんなは俺が壺中天に放り込んで修業させちょる。こんなは他の奴らより数年分、年いっちょるんじゃ。

 背はでこうなったが、それ以外は変わらずよ。風呂あがり隠れて豊胸体操しちょるが変わってないんじゃ! つまりのう――」

「あぁ、可哀想に。もう成長する余地なしなんだね! でもダイジョーブ! なぜなら、貧乳は希少価値のあるステータスなんだ。

 彼らもそんな君が好きなのさ。ねえ? みんな。おいおい無視するなよ、君らに言ってるんだよ。これを見てる君らに。

 貧乳は、素晴らしいだろ? 正直になれよ」

 

 狩摩と神野が好き勝手良い始める。狩摩マジ黙れ、てか、隠れてたのになぜ知っている。人払いの結界まで張っていたんだぞ。

 それから神野は誰に向けて言っているんだ。明後日の方向を見て喋るな気持ち悪い。

 

「あらあら、三好さんは胸の大きさで悩んでいるのかしら。大丈夫です。殿方は、女を胸の大きさでは判断いたしませんよ。

 もしそういう殿方がいたら踏んでやれば良いのです。まあ、私は踏まれる方が良いのですが」

 

 いやいや、聞いていませんそんなこと。というかいい加減胸から離れろ。

 

「諦めるな! 三好夏凜。諦めなければ夢は必ず叶う! それに小さいなどと卑下することはない。どのような胸であれ、男のリビドーは胸であればたぎるのだ!

 貧乳だから、たたない? そんな奴は男ではない。小さくとも良い。お前の身体は美しい。ようは全体的なバランスなのだ」

 

 その点、お前バランスがよく美しい。恥ずかしげもなく言い切る甘粕。お前はいったい何を言っているんだよ甘粕正彦。

 確かにその賞賛は良いものなのだろう。女としては褒められるのは悪い気はしない。しかしだ、夏凜としてはそれを素直に受け取ることが出来ない。

 

 主な原因は左右に座っている馬鹿どものせいだろう。良いからこいつらを止めてほしい。

 

「しかしな、それでも気になるというのが女というものだアマカス。私はまったく頓着したことはないが、アキラの胸は確かに他の女たちから羨ましいと思われていたぞ。ただの脂肪の塊だろうに」

 

 そこに加わるクリームヒルト。止める気はないらしい。

 

「いやいやいやー、ただの脂肪の塊だなんて、それは違うよ。胸には、男の夢が詰まっているのさ! ねぇ、セェェジ」

「知るか。胸など下らん」

「ロリ巨乳の奥さんもらってる人に言われてもねぇ。説得力ないよセージ。ほら、きっとそこらへんの奴らも皆頷いているところだよ。それとも何かい? 尻派かいセージ? うーん、僕としてはそっちでもいいんだけどさあ――」

「知るかよ。あれが勝手になついてきただけだ」

「もう、照れちゃって。僕知ってんだからね! カレンダーに結婚記念日がかかれてることをさあ」

「それは剛蔵の奴が勝手に書いているだけだ。俺には関係ない。

 貴様もだ。自分の胸が小さいことを一々他人に気取られるな面倒だ。そういうのは俺のいないところでしていろ」

「だから、違うってんでしょ! 話を聞きなさいよ!」

 

 結局、朝食が終わるまで夏凜はまともに味を感じれなかったし、それほど食べることもできなかった。早く終われと思う。どうしてこんなところにいるのか真面目に考え始めた頃。

 ようやく真面目に話し合いが始まる。議題は、報告とバーテックスと神樹を含めた今後についてだ。百合香が議長としてまずはとばかりに狩摩へ。

 

「まあいつもの報告会なのですが一つ。狩摩殿あなたまた(・・)、東郷の娘さんに外を見せましたね」

「さぁてなァ。見せたかもしれんし、見せてないかもしれん。よォ覚えてないでな」

「まったく、そのせいで彼女、体調を悪くされて欠席しているようですよ。これで二度目。また、壁を破壊されたらどうするのです」

「知るかいな。決めるのは、あのデカイ嬢ちゃんよ。またァやるんなら、それまでっちゅうことよ。まァ、そうなると今度こそ終わりやろうがなァ。かはははは」

 

 おいちょっと待てと夏凜は言いたい。東郷については話を聞いている。勇者システムを使った三人の勇者についても夏凜は狩摩から強制的に話を聞かされているのだ。

 だからこそ、その結末を知っている。その中で東郷は壁を破壊したと狩摩から聞いている。それで一度大変な事になったとも。

 

 それがまた起こるかもしれないと? 

 

「ならんよ。心配には及ばん。東郷美森ならば大丈夫と俺は信じている。ああ、わかるとも。信じることは恐ろしい、怖い。だが、だからこそ俺たちは勇気を出すのだ。

 信じよう。それこそが俺が愛しの男に殴られて知った一つの真だ。ああ、今でも殴りつけてやりたいと思う。だが、それでは柊四四八に申し訳が立たん」

 

 だが、それは起きないと甘粕は断じる。信じてみよう。そう彼は言ったのだ。

 

「私はそれについては知らないが、アマカスがこういうのならば信じても良いだろう。知ってのとおり私は理屈から入る女だからな。あのアマカスが、殴りつけるよりも信じるというのだ。それならば信じても良い。そう思うわけだ」

「そうだねえ。主がこうまで言うんだから、ダイジョーブなんじゃなーい? ねえ、セージ」

「フン、貴様らの懸念など知るか。過去の人間同士勝手にやっていろ。まったく役に立たん奴らめ。どうせなら、柊四四八本人が出てくれば良いものを。そうすれば、奴の謎に包まれた半生を知れたのだ」

 

 その言葉に神野は総じて楽しそうに笑みを深めるのであった。ああ、なんだ、良いじゃないかとでも言わんばかりに。

 

「ふむ、ならば私が答えても良いぞセージ。お前が知りたいのは謎に包まれた満州でのヨシヤの足跡だろう。差し障りない部分であれば話しても良い」

「馬鹿を抜かすな。貴様が答えたところで貴様の主観だろうが。歴史なんぞに興味はない。俺が興味深いのは大戦を回避したと言う柊四四八の思考だ。狂人が何を考えていたのかだ。貴様に聞いたところで何の意味がある」

「なーるほど、セージはあれなんだね。結局、柊四四八に会いたいわけなんだ」

「なぜそうなる。頭でも湧いてるのか貴様。ああ、湧いていたな」

「はいはい、みなさん楽しそうなところ恐縮ですけれど、話が進まないのでそろそろやめて下さいな。ほら、三好さんが楽しくなさそうですよ。ここは年長者らしく、みんなで楽しめる話題にしましょう」

 

 はいはい、やめやめと手を叩いてこの話題を終わらせる百合香。話題に出された夏凜はと言えば、そのままいないものとして扱ってくれればよかったのにと思うばかりだ。

 

「そうじゃのォ。うちの子が可哀想じゃけェ。もっと楽しげな話しようや」

「どの口が言ってるのよ狩摩」

 

 とりあえず、それについてはふざけるなといいたい。

 

「あら、それなら辰宮の子になります? 狩摩殿の家よりは良い思いが出来ると思いますよ?」

「それはないでよお嬢。流石にお嬢でもこいつはやれんでよ」

「あら、それならもっときちんと保護者らしいことをしたらどうです? ほらどうします? 辰宮の子になっちゃいます?」

 

 心底楽しそうに百合香は言う。それにどう答えていいか夏凜が答えあぐねていると、

 

「ハーイ、それならぼぉくも参戦しまーす!」

「いや、あんたのところは絶対ないわ」

 

 即答である。

 

「わーん、セージエモン! 夏凜ちゃんがツレないよぉおおおあははは!」

「ええい、気色悪い声で抱き着いてくるな!」

「ふむ、ならば俺の所に来るが良い」

「私のところでもいいぞ」

 

 いや、なんだこの流れは。そう思っていると、発言した全員が神野を引きはがしている、まだ発言していない聖十郎の方を見る。何かを期待したような。

 

「ん? おい、なんだ愚図ども」

「あーあー、これだからセージは」

「まったく相変わらずじゃのう。ノリっちゅうもんを理解しちょらん」

「まあ、それについては柊殿ですから仕方ないでしょう。おそらく、四四八さんもこの場では絶対にフリには乗りませんよ」

「ふむ、セージ。俺は思うのだ。お前はもう少し、場の空気と言うもの読むべきだとな」

「それについてはアマカスお前もだろう」

「おい、なにそろいもそろって意味がわからないことを言っている」

 

 いい加減本題に入れよ。絶対零度の視線を受けてそれらにまったく頓着しない者どもがとりあえず席に戻る。

 

「はい、それでは本題に入りましょう。バーテックスへの対策はこれまで通り心苦しいですが勇者部の方々に任せるとして甘粕殿は顧問としていつも通り指導を。結城さんの出来次第第五の打倒も視野に入れましょう」

「ふむ、それならば問題あるまいよ。なあ、セージ」

「知るかよ。だが、そうだ。順序が肝要だ。貴様らが好き勝手やらなければそれなりにうまくいくだろう。いいや、この俺が携わっているのだ。巧くいかないはずがないだろう」

 

 だが、不測の事態というものはいついかなる時も起こりうる。だからこそ、下手なことはするなと釘を刺していく。

 特にそこの盲打ちは下手なことはするなよ。ただでさえ神樹が介入して面倒なことになっている勇者システムに砂かけるような真似は絶対にするなよ、と釘を刺しておく。

 

「なんぞ、酷い言われようじゃのう! 勇者システムにはもう(・・)さわらん。釘を刺されんでもわかっちょる」

「……どうだか」

 

 ぼそりと夏凜が言う。

 

「なんぞ言いたいことでもあるんか小獅子。言いたいことがあるなら言ってみィ」

「じゃあ、死んでくれる」

「おうおうこれは辛辣じゃのう! ツンデレっちゅうやつか!」

「違うわよ!」

 

 とりあえず一人大爆笑の盲打ちは放っておいて、

 

「ともかくヘル殿が来た以外に現状にかわりはないということで良いですね。全体的に見て、こちらの戦力が上がったことなりますが、さてこれがどういうことになるのか」

「何、心配せずとも俺と勇者部でどうにかしよう」

「はい、生徒を戦わせるなど心苦しいですが、まあなってしまったものはしょうがないですのでやれるだけやってください」

 

 そういうわけでなんかあまり話しが進んでないような気がする職員会議は終わりを告げた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 深夜。そっと家を抜け出した樹は、海岸に来ていた。そこが待ち合わせ場所だと聞いていたから。

 

「やあ、来てくれたんだ」

「うん」

 

 そこにいたのは、ただそこにいるだけで全てを不安にさせる人。ある意味で相当レベルに差があるものの同種である樹には良くわかる。

 彼が生とはまったくもって逆の場所にいる人物であるということを。だからこそ、少しだけ親近感がある。昔の自分は病弱であったから。

 

「えっと、それでわたしに用って?」

「君は有名な勇者部の一員なんだんだろ? だから、助けてほしいのさ」

「えっと」

 

 それは依頼ということで良いのだろうか。ならば、なぜこんな深夜に? 昼間に部室に来ればよろこんで姉や友奈さんが対応するだろう。

 だというのに、こうやって深夜に樹だけ呼び出して話をするということはそれ相応にまずいことなのだろうか。樹は馬鹿ではない。だからこそ、そんな予感を感じ取った。

 

「そんなに警戒しないで欲しいな。俺としては、切実な問題なんだよ」

「そうなの?」

「ああ、切実だよ」

 

 だから、助けてほしいんだよ。とまったく心のこもっていない言葉が告げられる。同種であるがゆえに少しばかり理解できる。

 この男がまったくと言ってよいほど助けてほしいなどと思っていないことを。どちらかと言えば人間に相対しているような感覚ではないだろう。

 

 これは道具と話している、まるでそんな感覚を男は抱いているに違いなかった。助けてくれ(俺の役に立て)

 

「…………どうしてわたしなの?」

 

 勇者部にはもっと頼りになる人たちがいるではないかと。姉もそう、友奈もそう、東郷もそう。最近は言ったばかりの夏凜だってそうだろう。

 おそらくは、何もできない自分に何を頼むと言うのか。

 

「君にしかできないことさ。そうでなければ呼び出さない。俺がそんな手間をかけると思っているのかい?」

 

 ほとんど初対面であるが、そうは思えない。

 

「だからさ、協力してくれよ(いいから俺の役に立て)。君しかいないんだよ」

「……わかった」

 

 けれど、樹はうなずいた。初めて、誰かに必要とされたから。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ああ、何だ。何も知らないし、わからない。

 

 だから、お前らは何をしているんだ。

 

 まったく幸福そうじゃない。

 

 満たされている。だから眠っている。だというのに、お前らなんで起きているんだ。

 

 満たされてくれよ。

 

 俺は、お前で、お前らは俺で。だから、お前ら満たされろ。全て満たされろ。眠れ、眠れ。

 

 寝た子を起こすなよ。

 

 満たしてやるから眠ろう。

 

 抱けよ。お前の望むものを満たしてやる。

 

 だから満たされたら、眠ろう。幸せに。

 

 

 深淵で、混沌が渦巻いている。ここには何もない。あるいは全てがある。ここは全ての中心。世界は全て泡沫の夢ならば。

 寝た子を起こすな。眠り続けろ。

 世界の中心で、下劣な太鼓と呪われそうなフルートの音が響くゆりかごでただただ眠り続けるのだ。

 




そろそろ更新がとまりそうです。ブースト終了のお知らせ。ふぅ、よくやったよね私と言いたい。ああ、そうだろうね、私が思うんだからそうだ[阿片スパー。

というわけで今回は職員会議です。こんな職員会議絶対嫌だけど。
で、最後に樹ちゃんが誰かと逢っていたようです。いったい何十字なんだ。

とりあえず万仙陣はちゃくちゃくとコンプリートへの道を突き進んでおります。

次回は、友奈の話でもやろうかと思いますが予定は未定です。
なにかあれば感想でお願いします。
では、また次回


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甘粕正彦は勇者である

「いってきまーす!」

 

 早朝、ジャージ姿でひとしきり柔軟を行った友奈は早朝ランニングへと出発した。朝、まだ日が登ったばかりの涼しい時分。

 朝の空気は車の通りが少ないことでとても住んでいて気持ちがいい。海辺を行けば潮風と波の音を聞きながらのランニングとなる。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 家から海岸までの長いコースを走る。10kmほどの距離を走る。最初はもっと短い距離であったがランニングを初めて既に五年が経っている。

 武術を両親に習って体力をつける為に始めたことであるが、もう生活の一部となっている為長い距離を走っても苦にはならない。

 

 健全なる魂は健全なる肉体と精神に宿るというから、身体は鍛えなければならない。そうすればいざと言うとき身体が動く。

 勇者部としてバーテックスと戦うお役目もそう。大事な戦いだからこそこうやってコツコツと身体を鍛えるのが大事なのだ。

 

 勇者。そう憧れてきたもの。今の友奈はそれだ。世界を救う勇者。だからこそ、半端なことはしたくない。だからこそ、お役目が始まってからもランニングは欠かさない。

 それはこの変わらない日常が大事と再認識するためでもある。そうやって走っているその途上で樹と合流する。身体が弱いのでまずは健康の為にという理由で友奈が誘ったのだ。

 

「おはよう、樹ちゃん!」

「おはようございます友奈さん」

「うん、今日も元気に走ろう!」

 

 今では二人で朝走るのが日課だ。近頃は東郷も誘うおうかと思っている友奈なのだが体調を崩しているらしく学校を休んでいる。

 今日はそのままお見舞いに行くつもりだった。

 

「はあ、はあ、はあ、ふぅ」

 

 いつものコースを走り終えて折り返し地点。樹と共に友奈は息を整える。インターバル。ここで友奈は武術の型を反復する。

 甘粕先生に習ったことをもそうだし、何よりも反復は大事だ。この積み重ねが真の勇者になることに繋がると信じている。

 

 いつか世界を救うのだ。この世界をバーテックスの脅威のない世界にする。それが彼女の願い(イノリ)。勇者として世界を救う。

 

「はああ!」

 

 一際強く拳を前に出す。海が割れる。上がる歓声の中で、

 

――ハッ。

 

「ん?」

 

 友奈は誰かの哄笑を聞いたような気がした。その願いがさも笑えるからつい噴き出してしまったとでもいうような。

 

「樹ちゃん、今、誰かの笑い声が聞こえなかった?」

「そうですか? わたしには何も」

「んー?」

 

 なんだったんだろう。しかし、考えてもわからないから続きをやろうとして構えたところで、携帯の樹海警報が鳴り響いた。

 神樹の創界がなる。樹海が創界され、世界は停止する。さあ、勇者よ戦うが良い。そう言っているかのように。そして、化け物が現れる。

 

 残り全てのバーテックス。都合三十の化け物が壁を越えて創界へと侵入してきた。

 

「最終決戦ってわけ?」

「そうみたいですね」

 

 一先ず合流した勇者部一同。体調不良だった東郷もそこにはいる。

 

「大丈夫? 東郷さん」

「うん、大丈夫だよ友奈ちゃん」

「そっか。駄目そうなら言ってね」

「うん、ちゃんと言うよ」

 

 気丈に笑顔をつくる東郷。それが友奈には無理をしているものだとわかるが何も言わない。ちゃんと言うと言ってくれたのだから。

 言ってくれるのを待つ。まずは、目の前の敵を倒すこと。手始めに世界を救うのだ。

 

「樹も、大群だけど大丈夫? 危なそうなら下がってていいわよ」

「う、うん、大丈夫」

「まっ、危なそうなら素人は全員下がってなさいよ。あれくらい私一人で十分よ」

 

 夏凜含めて勢ぞろいの勇者部一同。彼らがいると言うことは馬鹿(勇者)どもいるということである。

 

「そろっているな」

 

 お馴染みの大外套を翻して立つ甘粕。その横にいるのは軍装に身を包んだクリームヒルト。

 

「やけに多いな。いつもこうなのか? アマカス」

「今日は大盤振る舞いという奴らしい。今日も今日とて、勇者としての役目を果たさなければならん。敵の数は多い。だが諦めるな。あの程度の試練。我々ならば突破できないはずがないのだ。

 この世界に存在する数多の守るのだ。それは、お前たちにしか出来んことだ。行くぞ諸君!」

『オー!』

 

 全員が一斉に飛び出す。最終決戦。これが最後だと信じて。

 

 まず飛び出したのはクリームヒルト。夢は使っていないが、鍛え上げられた肉体と意志の力は何よりも強く彼女という存在の強さを体現している。

 ゆえに、誰よりも強く、誰よりも速く。彼女は敵へと駆けるのだ。

 

「では、一番槍を頂くとしよう。武人の誉だが、さて盛大に行く方がいいのかな」

 

 一撃。剛腕が唸る。剣など使わん。これで十分。そういうように目の前に現れたバーテックスをなぐりつける。その衝撃にバーテックスの身体がへこみ反対側から飛び出すのは御霊であった。

 

「ほう、あれが弱点か」

 

 ゆえに再びもう一度拳を振るう。風切音と共に拳圧が大地を抉り御霊を粉々に粉砕せしめる。それだけに飽き足らず周りのバーテックスもまとめて吹き飛ばしてしまう。

 

「ああ、お前はまったく素晴らしい女だ。俺も無様は見せられん。行くぞ」

 

 軍刀を振るう。斬撃が走る。ただの一撃のうちに十度の斬撃を重ねて放つ。刹那のうちに細切れになるバーテックス。御霊ごと全てを斬り裂いて再生すらさせない。

 

「さあ、行け乙女たちよ。俺はお前たちの輝きを愛している。だからこそ、ここはお前たちの舞台だ」

 

 さあ、行けよ勇者たち。お前たちの輝きを見せてくれ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「はい――!」

 

 そんな甘粕の要望に応えるのはやはりこの少女だった。甘粕から貰った戦装束のインバネスを翻し、疾走する勇者一人。

 

「必殺――勇者・パァアアアンチ!!」

 

 握りしめた拳を更に強く握る。己の信念のままに勇者として、その一撃を放つ。重く、何より強く。己の一撃は勇者の一撃である。

 轟音と共に響く破裂音。ただの一撃でバーテックスが倒されたことを物語る。その一撃は大地を割り、海を裂いてバーテックスを薙ぎ払う。

 

 見晒せ、これが勇者部の結城友奈の輝きだ。

 

「友奈後ろ!」

「へ?」

 

 風の叫びに振り返る友奈。そこに現れるバーテックス。攻撃態勢。次の瞬間には攻撃が放たれる。防御は間に合わない。

 だが、彼女に攻撃が届くことはない。バーテックスが地面へとめり込む。

 

「もう、やっぱり友奈ちゃんは危なっかしいな」

「東郷さん!」

 

 放たれた弾丸がバーテックスにめり込んでいた。真実に押しつぶされそうになった。だけど、今は戦おう。そして、無事に終わったら友奈に話を聞いてもらおう。

 だから、今は――、

 

「二人で行こう友奈ちゃん」

「うん、行こう東郷さん!」

 

 手をつないで向かってくる相手に蹴りを放つ。消し飛ぶバーテックス。

 

「おおおおお!!」

「やああああ!!」

 

 二人で敵に立ち向かう。怖い、恐ろしい。意志の力によって人の限界を超えても感じることがある。それは恐怖。

 敵に立ち向かうのは怖い。自分たちが負けてしまえば全てが終わるのだから、そう思うのは当然で、何より敵を倒すという行為自体に恐怖が伴う。

 

 でも、そんな恐怖に負けはしない。立ち向かうのだ。勇気を持って。選ばれたからじゃない。自分で決めた。勇者になりたいと思ったからここにいる。

 頑張れる。皆の為に。誰かのために。怖いけど、怖くない。大丈夫。勇者だから。

 

「頑張ろうじゃない、頑張る。無理じゃないやる。夢は諦めなければ絶対に叶う。私は、結城友奈。讃州中学勇者部所属の勇者だああ!」

 

 啖呵と共に放たれる拳はバーテックスを破壊する。その姿はまさに勇者。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「はあああ!!」

 

 大剣を振るう。身の丈以上もある大剣を風は自分の手足のように振るっている。振り回されることなく無駄なく。

 その斬撃は精巧だ。無駄がなくただの一撃で御霊を斬り裂く。まさに暴風。流麗な太刀筋ながら荒れ狂う暴風が如くその大剣は敵を刈り取る。

 

 時に強く、時に敵の力を利用して変幻自在に振るわれる大剣はまさに死神の鎌だ。振れれば最後、命もろとも刈り取られる。

 それでいて、妹の心配すら彼女にはできてしまう。

 

「樹、大丈夫?!」

「う、うん、大丈夫だよお姉ちゃん!」

 

 傍らで戦う樹。彼女が扱うのは鋼糸。束ねられた鋼の糸。さながらそれは蜘蛛の巣のように張り巡らされ一種の結界を創りだしている。

 触れれば最後切り裂かれる死の結界。いつもならば友奈や東郷、風の影に隠れていた彼女が今は前に出ていた。そして、その技を振るっている。

 

 風はそんな妹の姿に変化を感じ取っていた。何かあったのだろう。自信がついたようだ。自分から前に出て自分からことを成している。

 それは紛れもない成長。だからこそ姉としては嬉しいと思う反面、どこか寂しくもある。ああ、あの子は大人になったんだなと思ってしまう。

 

「あとで、理由聞かないと。よし、家族会議ね!」

 

 とりあえずは前向きにそう言いながら向かってくるバーテックスを斬り伏せていく。そうしながら全体を俯瞰する。

 やばいところに援護をいれつつ、更に別の場所へとバーテックスを攪乱して全体へと散らしていく。全員で生き残る。

 

 そのために一人に敵が集中しないように攪乱し弾き飛ばし、盤面整理していく。本来ならば東郷がこの手の作業を得意であるが風もできないことはない。

 そうやって盤面を整理して勝利への道筋を創るのだ。

 

「みんなでまたうどん食べるんだ。だから、みんな死なないでよ!」

 

 わかってる。皆の声が聞こえた気がした。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 小獅子が駆ける。勇者部最後の駒が今、樹海を駆ける。二刀を手に、黒の戦装束を翻してそして柏手一つ手印を結ぶ。

 

(オン)

 

 唱えられる咒。

 

九天応元雷声普化天尊(きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん)

 

 災い、邪を退かせる咒が唱えられる。それと共に二刀に宿る輝き。災厄払いの咒によって破魔を成す。ゆえに、この一刀お前らには致死だぞ。

 タタリ殺しの獅子が行く。ただそれだけに特化した獅子が二刀を振るう。特化型は万能型には叶わない。だが、特化型は万能型が届かない極致へと行ける。

 

 嵌れば勝てる。だからこそ、嵌った今、彼女は誰よりも強い。何より、タタリを殺すことに関して彼女は万能にして完璧な兄を超える。

 慣れない咒まで紡いで出した結果は、当然のように完全だ。

 

「これくらいできないで、何が勇者よ!」

 

 振るわれた一刀がするりと入る。柄まで通れば燃焼するかのようにバーテックスが燃え尽きた。

 

「大赦狩摩組鬼面衆小獅子三好夏凛! 推して参る!!」

 

 見晒せ、これが私の実力だ。

 斬撃が飛ぶ。二刀が高速で振るわれる。両の手であるいは足までも用いて自在に振るわれる。たったの一瞬で細切れにされたバーテックスを突っ切りながらただ前へと夏凜は駆けていく。

 

 負けない。誰にも。

 

「次いいい!!」

 

 二刀の斬撃が斬り裂く。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 粗方の敵を片付けると敵にも変化が起きた。それは一つへと集まって行く。原始への回帰のような光景。残りのバーテックス十体が瞬く間の間に解けて混ざり合っていく。

 それを東郷の目は見ぬいている。混沌。ああ、だからこそ一つになるのだろう。

 

「合体するみたいです!」

「合体!? ずるい私も合体したい!」

「いや、友奈、そういう場合じゃないから」

「ほんと、馬鹿ね」

「あはは……」

 

 合体したバーテックスが現れる。それは巨大な竜。九つの頭を持つ竜。激震が勇者部を襲う。その激震を喰らえば勇者部とてただでは済まないだろう。

 

「みんな私の後ろに!」

 

 だからこそ前にでるのは風だった。この状況で、大剣という得物。盾にも出来るほどに巨大な大剣だ。咒が刻まれているおかげで大きさも変えられる。

 最大の大きさにすれば防げるかもしれない。いいや、防いで見せる。何としてでも。だからこそ、皆が何を言おうとも前に出る。

 

「私はどうなっても良いから、必ず皆を守――」

 

 ゆえに、ああ、そんなことを言うなよ。

 

 ふわりとその頭に優しく手を置いて。

 

 安心するが良い。絶望などありはしない。鬱など無理に決まっているだろう。なぜならばここに勇者(馬鹿)がいるのだから。

 

「安心すると良い風。愛おしい勇者部の皆の輝きを俺は守りたいと切に願っている。だからこそ、ああ、激震だろうが俺がなんとかしてみせよう」

 

 お前のその意志だけ賞賛しよう。なぜならば、俺はお前たちを愛しているのだ。ああ、きっとお前たちは俺がいなくとも危機を乗り越えるだろう。

 そう信じている。だからこそ、見ていると良い。これがお前たちに教える最後の授業だ。

 

 固く握りしめた拳をそのままに甘粕は激震へと歩を進める。人として、夢など使わんし、もとより使う気もない。

 あるのは邯鄲を制覇したという誇りだけ在ればいい。それが真。だからこそ、己もまたお前に倣うのだ。

 

「柊四四八、お前の背とはまた違うかもしれんが、俺は俺の背で皆を導いてみよう。それが、お前に捧げる俺の愛であり、出来の悪い生徒である俺がお前(先生)に示す試験結果だ」

 

 握りしめた拳を振りぬく。激震とぶつかる。そして、全てが白に染まった。

 




回れ回れ万仙陣。

友奈回かと思ったら最終決戦になってた。何を言ってるかわからなねえが、そういうこともあるでしょう。
ここは万仙陣ですから(阿片スパー

はい、というわけでバーテックス三十体投入の最終決戦仕様ですがまだまだ続きますよ。ここからが本番かもしれませんし。
なんか、最後に激震はなった九頭竜がいたような気がしますが気のせいでしょう。

最終決戦はアラヤを流しながらお読みください。

感想欄が何やら阿片窟になりつつありますが、まあみなさん幸福っぽいので良しとしましょう。
私も幸福です(阿片スパー)。

次回は未定。とりあえず海回の予定でございます。
では、また次回。


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夏だ、海だ、水着だ、勇者部だ

 燦々と輝く太陽のもと、波音満ちる浜辺はまさにリゾート。世の中の喧噪なんぞ忘れて楽しめと言わんばかりに広がる青い海。

 そこにいるのは勇者部一同。もちろん全員水着である。大赦の計らいによりそれぞれのイメージカラーの水着を支給された水着を着て海にバカンスに来ていた。

 

「うみだー!」

 

 もう我慢できないとばかりに海へ突撃する友奈。浜辺に足跡を残し最後の踏み込みでクレーターを穿ちながら海へとダイブしていった。

 天高くまで伸びる水柱を叩き上げながら友奈は海中へ。そして、

 

「ぷはっ! みんなー、たのしいよー!」

 

 海面に出てきてぶんぶんと手を振っている。加減してないから雲が引きちぎれるとかしているが、まあご愛嬌だろう。

 海を割る美少女とかそういうテレビ取材とかでいくらか友奈の奇行は放送されているので今更驚くような海水浴客たちはいない。

 

「もう、友奈ちゃんしっかり準備運動しないと危ないよ」

 

 むしろ彼らの注目はこっちだろう。中学生とは思えない発育の東郷の御胸様である。男ならば誰でもその双丘を見れば視線を外すことができなくなるだろう。

 それの持ち主がまた美少女なのだからもう視線を向けることを止められない。だが、何を恥じることがあるのだ。男たちは皆、テレビに出ていたとある名物教師の言葉を思い出していた。

 

 エロいのはいけないこと? 阿呆か。そんなものは男の牙をもぐ発言だ。そんなものに惑わされるな男子諸君。お前たちが真なる益荒男であるならば己が欲望を封じ込めようとするな。

 草食系? 馬鹿かよ。そんなものは男を型に嵌めようとする女の妄言にすぎない。女は見られるからこそ輝くのだ。ゆえに、男子よ見るが良い。

 

 その視線にさらされることで女は自らを磨き美しくなる。お前たちもそうだ。見たいならばまず見られて恥ずかしくない肉体を誇るが良い。

 見るならばみられる覚悟をしろ。片方の覚悟など笑止。お前に女を見る資格はない。見たいのならば己を磨くのだ。

 

 そんな言葉。ゆえに、この海水浴場においてみっともない男子などおらず誰も彼もが益荒男だ。欲望の牙を研ぎ澄まし、女が眉唾ものの肉体を誇っている。

 だからこそ、女もまた同じく己の肉体を誇示するのだ。何を恥じる必要がある。己は美しい。そのために磨いてきた。

 

 恥ずかしいはずがないだろう。誰かの為に磨いた? お前たちに見せびらかせる為のものではない? ああ、そうだろう。

 だが、男なのだ。やめられん。だからこそ、そんな男の欲望すら呑み込む大きな器を持つこと。それこそが女の真に在るべき姿だろう。

 

 つまり、東郷は己の肉体を惜し気もなく晒しているし、男たちは遠慮なく視ているし見られている。しかし、そこによこしまなものはない。

 盗撮? ありえない。ナンパ? 軟弱物め。真なる益荒男ならば己の目に焼き付けろ。脳裏に刻みこめ。常に雄々しく男らしくお前たち自身を誇示するのだ。

 

「ぐぬぬぬ」

 

 そんな東郷の様子をぐぬぬと見つめる女一人。三好夏凜その人である。健康的な競泳水着とも言うべき水着に身を包んでいる。そんな自分というものに自信がある。鍛え上げた肉体はすらりとしていて無駄なく引き締まっている。

 バランスという意味合いにおいて同年代を越えているし、とある修行法により先行した年月による同年代よりも高い身長が合わさればまさにモデルと言っても差し支えないだろう。

 

 しかしだ、とある部分はつつましい。東郷に圧倒的に負けている。それが羨ましくないと言えば嘘だ。自分にないものを言っても仕方がなく。

 そうとうにどうしようもない部類のことではあれど、気にせずにはいられない。それが女と言う生き物であるのだ。

 

 そんな彼女であるが、無論そういうものが好きな部類の人種はいるから一定層の支持を受けているし逆にそのつつましさから女の視線も多い。

 それは決して馬鹿にしたようなものではなく姐御と慕うような感じのような奴である。所謂ヅカという奴だろう。

 

「はっはっは、まったくあんたら最高!」

 

 そんな彼女らの様子をさらに後ろからパラソルの下で見るのは風である。一歩引いて全体を俯瞰して面白いと笑っている。そんな彼女も中々に視線を集めているのだが、そんなもにまったく頓着した様子はなく。

 

「あーやっぱこの安っぽい感じがいいわー」

 

 海の家で買ってきた数々の定番メニューに手を付けては良いわーと言いながら食べている。女が食べ切るのは無理に思えるような量がみるみるうちの彼女の胃の中に入って行く。

 それがまたおいしそうに食べるものだからそれを見た奴らは全員海の家へ突撃していっていた。誰かがおいしそうに食べていればお腹がすく。

 

 ゆえに、海の家フル回転。もう何度も諦めそうになった。だが、そのたびにある男の言葉が脳裏によぎるのだ。

諦めるな。諦めなければ夢は叶う。

 諦めればそこで全てが終わるのだ。だからこそ、前に進む限り輝きが失せることはない。だからこそ、店長は諦めず立ち向かう。

 

 まあ、そんな店長の奮闘は置いておいて勇者部最後の一人樹はというと、

 

「あち、あっちち!?」

 

 熱せられた砂浜に足をついてその熱さにやられて海へと走っていた。甘粕理論をインストールしている三人と訓練している夏凜と違って樹は身体強度という意味で劣るゆえにこの熱さが苦になるのだ。

 

「ふぅ」

 

 波打ち際に座り込んで一安心。綺麗な海に足を付けて波を楽しむ。

 

「おー、樹ちゃーん、競争しよー!」

 

 そこに友奈がやってくる。どうも泳ぎで勝負することになったらしい。樹もそこに参加することになっていた。

 

「いい機会ね。誰が一番か見せてやるわよ!」

「負けないからね! 行こっ、樹ちゃん」

「うん!」

 

 というわけでオリンピック選手も目を剥くようなスピードで泳ぐ三人。東郷はと言うと、その間に砂で城を作っていた。原寸大の高松城。そう原寸大である。

 そのあまりのハイクオリティに海水浴客が驚いていた。

 

「ふぅ、いまいちですね」

 

 本物とあまり変わらない出来だと言うのに東郷からしたらいまいちらしい。これでいまいちとかどうなるのだろうか。

 

「勝ったー!」

「はあ、二番」

「ぐぬぬぬあああ、もう一回よ!」

「フフン、何度やっても負けないからね!」

 

 そういうわけで二回戦開幕。

 

「いやー、まさか大赦からこんなお礼が来るとはねえ」

「はい?」

 

 風が城壁の作り直しを行っている東郷の下で呟く。

 

「今朝、全部のバーテックス倒したらいきなりここでしょ? 驚いたわー」

「それで満喫してるんですから、思惑に乗りすぎじゃないですか?」

「それよ、それ。東郷、どう思う?」

「甘粕先生たちが消えたことですか?」

 

 最後の戦いのあと、甘粕正彦以下讃州中学教員が消えた。夏凜に言わせればあの時辰宮邸にいた聖十郎を抜かした全ての人間が消えたのだ。

 

「そ、まああの人たちのことだから大丈夫だとは思うんだけど」

 

 何かありそうでならない。だからこそ、東郷に聞いている。こういうことが相談できるのは彼女だから。どちらかと言えば大赦側の人間である夏凜だが、信用できるだろう。

 あれも朝のうちに訝しんでいたから。だからこそ、この事態がどうなっているのかをまずは探る必要があるだろう。

 

 満喫していたのは素であるが、そういうことも裏で考えていた。

 

「そうですね。関係があるとすれば神樹様でしょう」

「あー、やっぱり?」

「先輩も思ってたんですか?」

「うん、なんとなくねー。ヘル先生に聞いたんだけどね、盧生っていうのらしいのよあの人。あの甘粕先生もだよ。本当はもっとすごいことが出来るらしいのよ」

 

 だけど、出来ない。それは神樹が封じているから。

 

「だから、そうじゃないのかってね」

「そうですか……そうですね、おそらく何らかの事態が動いているのでしょう」

 

 思い浮かぶのはあの混沌だ。おそらく甘粕たちもそれについて動いている。

 

「まあ、今は楽しみましょう。せっかくの機会を無駄にしては損ってもんよ」

「そうですね」

「部長ー、何の話ですかー?」

「なんでもないよー。それより、次は私も混ぜろー!」

 

 はい、三回戦突入。

 

「…………」

 

 それを眺める東郷。

 

「私、諦めません。信じてくれたあなたの為に。だから、私は……」

「東郷さんも行こうよー!」

「うん、今いく!」

 

 とりあえず、今は、楽しもう。この日常にまた戻ってくるために。

 そうして日が暮れるまで勇者部なのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 さあ、遊んだあとは食事である。豪勢の限りを尽くし、料理人の腕を尽くした豪華料理がテーブルに並ぶ。全て食べていいのだ、いいや食せ。そう言わんばかりの高級料理の数々。

 

「蟹だよ東郷さん!」

「友奈ちゃん、はしゃぎ過ぎだよ。蟹くらいで」

「ええー、蟹って早々食べられるものじゃん!」

「え? 甘粕先生に頼んだら結構とって来てくれるよ」

「ええ!?」

 

 網を持って素潜りして取って来るらしい。何をやっているんだ甘粕。てか、なんで頼んだ東郷。

 

「まあ、蟹くらいじゃはしゃがないわね」

「ええ、夏凜ちゃんも!?」

「これでも大赦じゃ狩摩ってかなり上の方だったらしいのよね」

 

 だから、高級料理は食べたことがあるとかなんとか。大赦では夏凜は結構大事にされていたらしい。大事にしてなかったのはあの狩摩くらいで。

 マインドとタイムのルーム的な壺で数年間も修業させられたりした。

 

「今思い出してもムカついてきたああ」

 

 そんな夏凜らと、

 

「うっひょおおお蟹よ蟹! 見てよ樹、蟹よ!」

「わ、わかってるからお姉ちゃん、ちょっと落ち着いて」

 

 何やらテンション天元突破して蟹蟹言っている風。そんな姉の様子に樹、苦笑気味に呆れている。

 

「見てください、あれが女子力皆無の女子というものです」

「何よ東郷、良いじゃない、庶民にゃ蟹は早々食べられないものなのよ。ねえ、樹」

「これは、さすがにフォローできないかも」

「そんなぁああ!?」

 

 樹に見捨てられて泣き崩れる風。

 

「まあまあ、とりあえず食べようよ。私お腹すいちゃった」

「友奈ちゃんの言うとおりですね。さあ、先輩食べましょう」

「うおおおおおおん――、そうねー、はい、それじゃあ、手を合わせていただきます」

『いただきます』

「おりゃあ、蟹いただきー!」

 

 いただきますした瞬間に蟹に手を伸ばす風。しかし、それを遮る手がある。

 

「友奈!」

「先輩、先輩でも」

「いいわよ! 来なさい、蟹は渡さないわ!」

 

 蟹争奪戦勃発。

 

「お姉ちゃん……」

 

 妹呆れ気味。

 

「お、これ美味しい」

「夏凜さん、食べ方が汚いですよ」

「東郷が綺麗すぎるのよ。それに、私そういうの習ったことないし、てか狩摩と一緒に住んでたら、早く食べないとあいつにとられるのよ」

 

 だから、汚くても確実にたくさん食べられるようなはし使いになるし食べ方になったという。しかし、東郷はそんな理由で許しはしない。

 

「駄目です。さあ、矯正しましょう」

 

 怖い顔の東郷。夏凜は思わず後ずさりなんとか逃げようとしたが逃げ切れず矯正訓練開始。

 

「はむ、美味しい」

 

 樹は一人で満喫中。放置された蟹を一人で食べている。

 

「あー、樹何一人で蟹食べてるの!」

「樹ちゃん!?」

「仲良く食べようよ、ね、お姉ちゃん」

 

 はい、その一言で陥落。三人で仲良く食べることに。というか蟹はまだあるので別に争う必要はなかった。しかし、なぜだかやらねばならない。そういう風に思ったのだ。

 そして、食事のあとは風呂である。裸の付き合い。万歳。東郷の戦闘力の高さが再認識され、相対的に夏凜の残念さだったりが際立ったりした。 

 

「よーし、んじゃあ、寝るわよー。まあ、まだ寝ないんだけど。さて、何しようか」

 

 布団を引いて頭突き合わせてすること。決まっているコイバナである。

 

「恋バナ。はーい、今気になる人がいる人ー」

「…………」

 

 おずおずと手をあげる樹ちゃん。勇者部に電流走る。

 

「ええええ!?」

「お赤飯、お赤飯です!」

「樹、まさか、うぅ、樹に先越されたぁあああ」

「うわ、なにこの阿鼻叫喚」

 

 そして、その直後のリアクションが凄まじかった。友奈はひたすら驚き、東郷はお赤飯を用意せよとお祝いモード。風は覚悟していたはずなのに、泣き崩れ、夏凜はその様子にドン引きである。

 

「てか、思ったけど私らの周りって男いなくない!」

 

 さて、落ち着いたところで樹へ追及するもかたくなに言わないので風が話題を変えるべくそんなことを言う。

 

「ええと、甘粕先生に、狩摩先生でしょ、神野先生に、柊先生は既婚者だから除いてってこれくらい?」

「なんで全員先生なんでしょう」

「…………」

 

 深刻な男日照りに沈黙の勇者部。まともな男が一人もいないのがまた何とも言えないことに気が付いてしまった。しかも全員教員。

 

「そう言えば、私狩摩先生に胸揉まれたんでした」

「な、ん……だと」

 

 友奈の顔が劇画になった。阿鼻叫喚の恋バナは続いていく。そして、最終的に東郷の怖い話に突入し風がひたすら怖がって終了した。

 

 そして、満たされて眠りについた……――これは誰の夢?

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 夏だ、海だ、水着だ。つまりは、普通のバカンス。普通が良かったのだろう? 

 

 こういう普通に友達と楽しむなんてのを求めていたのだろう? ほら、満たしてやったぞ、その欲求。だから、満たされたのなら眠れよ。

 寝た子は起こすな。満たされているのだ。起こすなよ、幸せに眠っているのだから。

 

 満たされ眠ってくれよ。幸せだろう。

 俺はお前で、お前は俺で。全ては俺で、俺は全てで。だから、満たされろ。満たされて安らかに眠らせてくれ。

 

――終段、顕象

 




というわけでサービス回。ほら、こういうのが好きなのだろう。良い良い、愛いなお前ら。そのまま痴れていればいい。幸せだろう?

回れ、回れ万仙陣。はい、第四の真似終了。

え? サービス回なのにどこか不穏だって? はて、どこが不穏なのだろうか(阿片スパー)。ほうら、みんな大好きサービス回ですよ。

さて、恋バナで気が付いたが、この作品の勇者部の周りにいる男って甘粕、狩摩、神野、セージくらいか。まともな男がいねえ。
恋バナできるはずもねえ。

さて次回は、友奈と東郷の夜会話。樹となんちゃら十字さんの夜会話かな。流石にそろそろ更新遅くなるかも。
そして、終わりも見えてくる頃。どうか最後まで皆さま万仙陣を回してください。感想だけが励みです。

では、また次回。


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文化祭の出し物決めて、うどんを食べて

「よぉーっし、それじゃあ、今年の文化祭の出し物について決めましょう」

 

 風が文化祭の出し物! とでかでかと黒板に議題を書く。そのあとは、全て東郷に書記をまかせるため、脇へとどいてさてどうしようかっと切り出す。

 

「去年はなにやったっけ?」

「ええと、なんだっけ?」

 

 うーん、と頭を捻る友奈。そこに甘粕が乱入した。扉を盛大に開け放ち、

 

「やあ、諸君!」

 

 堂々と中へと入る。

 

「全員そろっているようで結構結構。では、さっそく会議に入ろうではないか」

 

 東郷が黒板に議題を書いていく。もちろん、議題は文化祭の出し物についてだ。

 

「夏凜ちゃんは文化祭とかしたことある?」

「あるわけないじゃない」

 

 友奈は夏凜に聞いてみると、まあ当然の答えが返ってくる。大赦が所有する山の中であの狩摩と共に朝から昼まで訓練である。

 まったくもって地獄の日々だ。なにせ、あの狩摩と四六時中一緒なのだ。そりゃもう、イライラさせられっぱなしだった。

 

 それに、先輩方も厄介だったのだ。特に怪士面とか夜叉面とか、泥眼面だとか。特に狩摩の肝入りらしい三人が四六時中襲ってくるのだ。

 トイレ中だろうが、風呂の中だろうが関係なく。常在戦場とか大概にしろと言わんばかりの苛烈さで襲ってきた。

 

 本当、地獄の日々だった。まあ今も地獄の日々だ。なにせあの狩摩と二人暮らしだ。三人の鬼面衆と顔を合わせなくてよいのは良いのだが、家にいれば四六時中狩摩と顔を合わせなければならないと言う拷問の日々。

 

「思い出しただけでも腹立ってきた。まあ、いいけど今は普通だし」

 

 でも、絶対殴ってやる。そう夏凜は心に誓いながら、とりあえずは議題へと取り組む。悲しいかな下っ端精神は上官の命令には従順になってしまうのだ。

 

「で、決まらないなら、去年のを参考にすべきじゃないの?」

「ふむ、もっともだ三好夏凛」

「ええと、去年はなにやったっけ?」

 

 去年は色々と大変だったと思う。まだ甘粕が讃州中学に来たばかりの頃で、まだあのノリについていくのがやっとの頃だった。

 甘粕が来て連鎖的にそんなことを思い出していく。

 

「ええと、メイド喫茶!」

 

 確か喫茶店であることは間違いない。それも普通じゃない喫茶店だった。だからそんなことを友奈は言った。

 

「違うわよー、スチュワーデス喫茶。確か、スチュワーデスの園って名前じゃなかったっけ?」

 

 友奈と同じく去年の事を思い出しながら風がそういう。そう言えばそうだったと勇者部の面々がしみじみと思い出しながら微妙な顔をする。

 また、樹も思い出して顔を背けている。なぜか部外者だった自分までまきこまれたのだ。それでスチュワーデスの恰好をさせられて給仕をさせられた。

 

 未だにあれは黒歴史である。

 

「いやあーあれは楽しかったよねー」

 

 しかし、風からすれば楽しかったの一言で済むらしい。なんて胆力なのだろうか。

 

「うむ、あれは素晴らしいものであった。男のリビドーを刺激する良いものであった。だからとて、今年も同じことをするわけにはいかん。

 常に進歩せねばならないのだ。それが、先人たちへの手向けである。さて、そういうわけだ。今年は何をやる」

「だとすると去年みたいな出店は除くかな」

 

 出店はどうやったって似たり寄ったりになってしまうのだ。去年のスチュワーデスの園の売り上げが凄まじかったので今年はそういうところを真似する奴が出てくるだろうから同じことをやっても埋もれてしまう。

 そんなことは甘粕が認めない。やるならば一番を目指せ。その努力こそがもっとも価値のあるものだ。そして、前年度で優れたものを出したのだ。ならばそれを超えんでどうする。

 

「賛成。わたしはもうあんなかっこうやりたくないよお姉ちゃん」

「それじゃあ、何をしましょうか」

「うーん」

 

 そこで振り出しに戻ってしまうのだ。何か盛大な事をやりたいが、それが浮かばない。なにせ、勇者部は無駄に高スペックだ。いいや、廃スペックと言ってもいい。

 甘粕先生の指導を一年受け続け、その中でも最も彼の理論になじんだ猛者共がここにはいる。更に今回はYAMASODATIの夏凜が加入して戦力は無駄に高い。

 

 だからこそ、色々と出来るだけに迷うのだ。出店系を除くとなるとあとは必然的にパフォーマンス系になる。

 

「ダンスとか?」

「確かに、夏凜もいるからかなりハイクオリティなのが出来そうね」

 

 どっかの山奥で修行していたらしい夏凜の運動能力はあの友奈に迫るほどだ。

 

「神楽なら踊れるわよ」

「へえ、意外」

「魂鎮めの奴ね。まあ、苦手だけど」

「文化祭でやるもんじゃないわね」

 

 文化祭が厳かな儀式になってしまう。神樹様に捧げるという名目でやれば案外受けるかもしれないが、それだけだろう。

 受けない。それが全てだ。受けるものをやる。盛大に。特に風は今年が最後だ。だから、より盛大なものにしてやりたい。

 

 そう思うのは当然で、

 

「演劇とかどうかな?」

「ほほう、演劇。いいねえ」

 

 東郷が演劇と、黒板に書く。

 

「いつもやってますから出来ないことはないと思います」

「んじゃー、演劇で良い人ー」

 

 満場一致で可決。

 

「よしよぉし、んじゃあ内容を決めていきましょ」

 

 勇者部で演劇と言えば内容は決まっているも同然だった。

 

「柊四四八!」

「はーい、いつも通りワンパターン、だけど学校ではやったことないし、良いんじゃないかしら。東郷はどう思う?」

「そうですね。演劇部の力は借りられないのでアレンジはいると思いますがいいんじゃないですか? または、あれです。柊四四八の甘粕事件、その後とか」

「おお、それは面白そう!」

「幸い、詳しそうな人がいますし」

 

 全員の視線が夏凜に向く。

 

「な、なによ」

 

 全員に見つめらてたじろぐ夏凜。全員が知っている。この山育ちが古くから続く大赦にまつわる家系であり、柊四四八というかつての英雄に凄まじいまでの憧れを持っているということを。

 今更、と思うなかれこの四国が今も残っているのは彼のおかげとも言われているのだ。神世紀元年にその姿が目撃されただとか言われている。

 

 だからこそ、英霊として今でも祀られているわけで。彼女の家はそういうのに詳しい家なわけで。寝物語に聞かされ続けていたので憧れまくっているのである。

 

「夏凜ちゃーん、柊四四八に詳しかったよね」

「ま、まあね」

「ふっふっふ、観念なさいな。あんたの初恋が柊四四八だってことはみんなにばれてるのよ」

「や、な、なんで知ってんのよ!」

「え、マジで」

「うぐっ」

 

 冗談だったのにないわー、とか思ってると、

 

「わかるよ夏凜ちゃん!」

 

 わかる奴がいた。当然友奈である。

 

「ああ、俺もわかるぞ」

 

 そして、甘粕であった。友奈はまだしもなんで甘粕の初恋が柊四四八なんだよ。まさか、あっち系なのか。

 

「それは、気になります」

「いや、東郷、あんたのキャラじゃないでしょ」

「凄い気になる」

「樹まで!?」

 

 ホモが嫌いな女子はいません。いや、知らないけど。

 

「はいはい、ストップストップ。ここで脱線してたら進まないでしょうが。とりあえず、内容については私と夏凜で詰めいくから誰が主役やるかだけは決めましょ」

 

 とりあえず風が止めて、別の話し合いを進めていく。甘粕も絶賛参加する気満々な上に、誰かに電話までかけている。一体何を準備すると言うのだろうか。

 話し合いは脱線に脱線を重ねたりしながら、楽しくそう、とても楽しく。違和感すら感じるほどに楽しい――、

 

「じゃあ、今日はこれくらいにしましょ。うどん食べて帰ろー」

 

 ほーい、と全員でうどんを食べに行く。甘粕はまだ仕事があるのでそこで分かれて全員はいつものうどん屋へ。

 

「ぬお、なんじゃい。お前ら来たんか」

「うげ」

 

 そこにいたのは狩摩だった。

 

「なんじゃい、煮干し娘。保護者に向ってその反応。傷つくのォだはははは」

「あ、夏凜のお義父さんこんにちはー」

「おーう、勇者部のジャリども。今日もうどんか。かははは、太るで、まあ、男は少しくらいふっくらした女の方が好みじゃし、特に煮干し娘はもう少し胸をでこうせんと男にモテんでよ。たんまりくってけえや」

「関係ないでしょ!」

「そうですよ。女の価値は胸ではなく女子力です」

 

 東郷がそう言うが、説得力皆無である。

 

「そうよ。女子力よ」

 

 いや、うどんを女子力とか何を言ってるんだこいつは、という問題ではあるがとりあえずうどんを注文して食らう。食らう、食らう。

 

「かあー、おかわりー」

「本当、先輩の食べてるのを見るとお腹いっぱいになるよねえ」

 

 むしろどこにそんだけの量が入っているんだと言いたい。それなのに胸はそこまで大きくなっていないし。一体どこに行っているのだろうか。

 

「いいじゃないの、ようやく懸念事項が終わったんだし」

 

 演劇はこれからが忙しいし、脚本を書くことになっているので夏凜と共にこれからが大変だ。

 

「まっ、任せときなさいよ。ちゃーんと、私がやってやろうじゃないの」

「なんじゃい、文化祭なにかやるんか」

「演劇よ。そうだ、狩摩。あんた、柊四四八の資料持ってたでしょ。貸して」

「お前から頼みごとたァ珍しいのう。ええよええよ。つれない娘からの珍しい頼みじゃ、用意しちゃろう」

 

 かははは、と笑いながら電話をかける狩摩。大赦からでも取り寄せるのだろうか。まあ、なんにせよ資料が集まるのはいい。

 未だわからないことは多い柊四四八の半生であるが、これに対する一つの回答を用意することになるのだ。過去最大の脚本作業と演劇になるだろう。

 

 いいやするのだ。困難は多いが試練と壁は大きいほど燃えると言うもの。

 

「まあ、ほどほどにせい。人生ほどほど適当にやればどうとでもなる」

「それはあんただけでしょうが」

「かははは、そりゃァ知らんわい。お前も真面目に生き過ぎよ。もっと自由にやってみたらどうなら」

「あんたには絶対ならない」

「可愛くない娘じゃ。まあええわ。珍しいお前の頼みごとじゃ。さて、ついでにおごっちゃろう」

 

 そう言って狩摩が札を数枚渡して席を立つ。

 

「そいじゃあ、まあ、しっかりやりいィ。俺が出来るんはこれくらいじゃ。まったく、よいよたいぎぃことになりよってからに。

 抜け出すんは骨じゃぞ。うちの小獅子の方はまったく生娘じみた妄想しちょるし。たいぎぃのう。あとは大将に任せるわ」

 

 そして、そんなわけのわからないことを捨て台詞にからんころんと下駄を鳴らして去って行った。

 

「なんだったんだろうね」

「さあ、まっ、ただ飯になったのはラッキーだったわ。これだけは感謝ね」

「あんな奴に感謝しなくていいわよ」

 

 あとで絶対に後悔する。そういう夏凜の言葉にそりゃそうかも、とか笑いながら楽しい食事を終えて皆が帰路についた。

 

「はあ、おなかいっぱい」

「まさか万札が五枚もあるなんて思わなかったよね、お姉ちゃん」

「ふとっぱらよねー」

 

 それ全部使ってうどん食べた風も風である。

 

「……樹ー、今、楽しい?」

「いきなりどうしたのお姉ちゃん?」

 

 少し聞きたくなったのだ。今日はとても楽しかったから。妹はどうだったのだろうと、当然のように思っただけだ。

 いつも自分が彼女を引っ張って引っ張りまわしていたり、我慢させてきたとも思うし少しだけ聞きたくなったのだ。

 

「うん、楽しかったよ」

「そっか……」

 

 それは良かった。世は事も無し。万事何事もなく、世界は回り続けている。

 

「なら、良かったわ。文化祭成功させましょ」

「うん、がんばろうねお姉ちゃん!」

 

 きっと盛大なものになるだろう。主役はいつも通り友奈。きっと彼女なら熱演してくれるだろう。今から楽しみだ。

 中学最後の文化祭。盛大なものになればいい。楽しい日々がいつまでも続くように祈りを載せて。それはいつも祈っていたことだから。

 

「よおおし、脚本考えるぞー!」

「無理しないでねお姉ちゃん」

 

 走りたくなったので走って視たりして、吐きそうになったがまあ楽しいから良いか。そうとても楽しかった。とてもとても楽しかった。

 そうして、一日はおわりを告げて布団に入って眠る。満たされたままに。

 

 満たされて眠りについた……――これは誰の夢?

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 文化祭の出し物、うどん、楽しい楽しい勇者部の活動。勇者部としてみんなで楽しく過ごせていればよかったのだろう?

 

 外れていればよかったのだろう? みんなを巻き込みたくなかったのだろう? ほら、満たしてやったぞ、その欲求。だから、満たされたのなら眠れよ。

 寝た子は起こすな。満たされているのだ。起こすなよ、幸せに眠っているのだから。

 

 満たされ眠ってくれよ。幸せだろう。

 俺はお前で、お前は俺で。全ては俺で、俺は全てで。だから、満たされろ。満たされて安らかに眠らせてくれ。

 

――終段、顕象

 




夜会話でもしようと思ったらまったく別なことになったでござる。ああ、でも幸せだから良いか(阿片スパー)。

回れ、回れよ万仙の陣。
眠れ、眠れよ混沌。
捧げろ、助けてやろうな神樹です。

捧げろよ、力をやるぞ。いい加減供物プリーズ by神樹

さて、次回以降はあと二人分と、なんちゃら十字さんと樹ちゃんの奴か。
甘粕方式の執筆なので時間かかるかも。というか、休み終了なのでかかります。
ゆったりお待ちください。では、また次回。


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それは勇者と罪人で――捧げろお前ら

「そん、な……」

 

 勇者は死んだ。誰がそれを言った? そんなことは関係なく、今、結城友奈の前に広がっていることが事実だ。全てが終わった。

 勇者は死んだ。誰が語る? そんなことに関係なく、勇者部は友奈を残して倒れた。顧問の先生もまた、それは同じく。信じられない事象? それを信じろ。

 

 目の前にあるのが事実だ。さあ、どうする敵は健在だ。バーテックスは未だ、そこにある。お前に力が足りなかったから。

 だからこそ、貸してやろう。お前は勇者だろう。そう何かが囁く。勇者にしてやろう。まだ、お前が諦めていないのなら。

 

「諦めないよ」

 

 諦めない。例え、先の見えない暗闇の中だろうと、前へ進む意志がわずかでもあるのなら、少しでも前に進んでいるのならば、勇者が敗北することなど断じてない。

 頼りになる先生はいない。だが、その背は確かに語ったのだ。次は自分たちの番。例え、自分一人でも全てを救って見せろと。

 

「だから、私は、勇者になる」

 

 顕現する勇者システム。誰かが嗤ている。滑稽かな、滑稽かな。だが、そんなものは知らない。勇者になるために勇者システムを使う。

 それが自分の意志と信じながら(・・・・・)

 

「行こう」

 

 戦う意思を胸に。スマートフォンに存在する、入れた覚えのない(・・・・・・・・)アプリを使用する。自らの身体が変わる。

 それは神樹に捧げられる勇者になると言う変質。変容する、変質する。桜の輝きが天を貫いて黒の戦装束は桜の勇者装束へと変わる。

 

「はあああああ!!」

 

 全ての力が上がる。かける、駆ける。バーテックスへと。

 

「勇者パアァァアンチ――!!」

 

 衝撃波が世界を砕く。だが、激震のバーテックスは未だ健在。殴る、殴る。痛い、ああ痛い。どうして、こんなにも痛いのか。

 

「けど! みんなのためなら頑張れる!」

 

 それが本当に己の意志と信じながら。揺蕩う何かが嗤う、嗤う。聳え立つ何かが嗤う、笑う。喝采せよ、喝采せよ。

 これが、勇者の誕生だ。咲き誇れよ勇者よ。お前の価値は、ただそれだけだ。

 

「――あ」

 

 何かが、弾ける。それは弾けては成らぬ一線で、満開への――。更なる力に友奈が手をかけようとした瞬間、

 

「はい、カーット!」

 

 世界の時が全て止まる。

 

「あーあー、まったくもぅ、これだから君は厄介なんだよ。なに、逡巡もなく勇者に成ろうとしてるかなぁ、君は。違和感に気が付いているんだろうまったく」

 

 友奈も何もかもが停止して、その中で一人が音を散らす。それはながら天からの声のようで。完全なる善性が天から降りてきたかのように。

 保険をかけておいて正解だったなあ、とそいつは笑う。シンノヒカリ。ある意味で、そして、シンノカゲリでもあった何かが。

 

 つまりは、神野明影と呼ばれた人物がそこにいた。

 

「僕の役割はこれでいいんですよねぇ主。でないと、あっちに有利になるし、あっちもあっちで面倒くさいし。まあ、それは盲打ちに任せるとして。僕はこっち。ハーイ、カットカットーシーン巻き戻してー」

 

 世界がまるでビデオの巻戻しのように戻って行く。

 

「何を驚いているんだい。これくらいは簡単さ。僕の主を舐めないでもらおうか。なんせ、僕を気合いと根性で召喚しちゃったんだからねえ。これでも、神祇省に第八等って呼ばれたこともあるし、何より気合いと根性をインストールされた僕なら、これくらいは可能だよ。

 どの道、二つの夢が重なり合って鬩ぎ合いしてる限り、盧生だろうとこの僕に勝てるわけないだけどねぇ! あはははは」

 

 夢の中で最も混沌に近い者が嗤う。嗤わせるなよ、混沌としての経歴は僕の方が長いんだから、先輩を立てろよ後輩。

 そう言うように彼は、夢を操って行く。作るのは道。これから先へ進むための。すっかりと歪になってしまった世界への。

 

 そして、その中心にいる少女をしっかりとその胸に抱きながら神野明影はみずからの身体を砕きながら、歩く。

 

「やれやれ、まったく僕がこうまでするなんて結構なことだよ。感謝してよね。本当なら、水希以外をお姫様だっこなんてしたくないんだよ」

 

 そう自分の胸で眠っている友奈(希望)に言いながら、神野は零れていく自らをそのままにただ前へと光の中へと彼女を届けるために進むのであった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 かちゃり、がちゃり。これは何の音だ。自分が動くたびに鳴る、金属音。東郷は思い出す。それは自らを縛る鎖であると。

 眼を開けば暗闇だった。何もない。何もない。座牢。本来ならば即身仏の修行用の場所だろう。つまりは、ここは神樹への供物を創る場だった。

 

 罪人のように繋がれて、東郷はここに在る。ここが居場所。本当にいるべき場所。自らの犯した罪は、それほどまでに大きいはずなのだ。

 だが、そう知の犬士に自らを称する少女は気が付いていた。というより、混沌を一度見て……いいや、二度見て、更に神樹に一度自らを捧げている勇者であるからこそ、彼女は気が付いた。

 

「ああ、これは、夢なのね」

 

 全ては泡沫の夢。お前らの望みを叶えてやろう。満たされたら眠れ。今も頭に響く声がある。望みをかなえてやるぞ、だから満たされた眠れ。

 そう言っている。あるいは、供物を捧げろ。そうしたら救ってやろう。力を貸してやろう。もう一つの声が響いている。

 

「…………」

 

 全ての状況が、東郷の中で組み合わさって行く。そして、一つの結論へと至った時、そいつは現れた。

 

「よォやっと気が付きおったか」

「狩摩、先生……」

「そうよ、俺よ。まあ、こんなもお前がつくっちょるもんに合わせとるだけじゃがのう」

「…………」

 

 わかっている。どういうことになっているのかも全て。

 

「その調子やと全部気がついちょるみたいやし、説明せんでもいいか。あまり時間がないでの」

「ええ、わかっています」

 

 全ての始まりは、自分だと言う事。何をやったのか、あの時に全て思い出している。二度目に混沌を狩摩に見せられた時から。

 事の始まりは変わらない。勇者として東郷がある二人の友人と活動していた頃にさかのぼるが元凶、原因は変わらない。

 

 あの時は違う名であったし、甘粕も狩摩も、そんな存在はどこにもいなかった。いるのは柊聖十郎の役割を与えられた大赦の人間。そして、東郷美森。

 それが元凶のキャストであり、罪人だ。

 

「しかし、ここまでやっておいて、おかしいと気がつかんかったんかのう。犬吠埼風以外に歴史の授業を受けた覚えは、誰もないじゃろ」

「…………」

 

 ない。そして、それに違和感すら抱かなかった。いいや、抱かないようにしていただけ。風にだけ歴史の授業があったのは、彼女は影響されやすいから、むしろ知っている方が夢が回るから。

 ただし他のメンバーは違う。気が付くとか気が付かないとかの問題じゃない。知らないでほしいと思ったのかもしれない。特に友奈には。

 

「知られちゃ困るっちゅうことよ。知られたら甘粕、俺、お嬢、じゅすへるの違和感に気が付かれてしまうからの。何より自分の醜さが分かるっちゅうもんじゃけェのう」

 

 気が付かれれば夢が綻ぶ。過去の人間が現代によみがえる? 讃州中学で教師をして大赦に関わり、自分たちに関わり世界の命運の為に戦う?

 そんな都合のいい話があってたまるかい。そう狩摩は言う。まったく第四の時となんら変わらん。たいぎぃのう。狩摩はそうぼやく。

 

「まあ、大将が出て来んのも当然じゃわ。大将もスパルタじゃが、殴りつけるのは甘粕の方じゃ。じゃけェ、甘粕が出てきたっちゅうことよ。ただし、奴は盧生よ。如何に盧生じゃろうが、望み通りの存在を出すんは無理っちゅうこっちゃ。だから、お前は忘れたことにして、全てをやり直しとったんじゃからの」

 

 そう全て忘れたことにして、神樹にすらその記憶を捧げてやり直していた。そのせいで、友人は勇者システムに存在する満開という力を用いてバーテックスの大群を戦う羽目になり、21度もの満開を経て、その結果散った。

 華は咲けば散る。当然の理屈として、神樹に供物をささげたのだ。自らの肉体と感覚、都合21種のそれを。もはや、人の形はしているが、生きているのが不思議なくらいの憐れな姿となっている。

 

 それでも死ねない。神樹へも供物だから。神樹様が生かすのだ。そして、それは、自らの罪。

 

「全ての原因はまあ、アレじゃ、俺の役割におった奴よ。無駄な正義のある奴での。この現状をどうにかしたいと動いた。

 その結果、お前は壁をぶち壊した。まったく傑作じゃのゥ。こがァなことになっちょるんじゃから」

 

 結果、神樹は半分が飲み込まれ、夢と現実が混ざり合った。神樹が悪い、そう思ったからこその蛮行。その結果が、今の現状。

 それが一年前。だから、甘粕の赴任時期もその頃だ。

 

「時系列がおかしい? そらおかしいじゃろうて、なにせ全てが夢なんじゃからァ。まあ、現実でもあったよ。なにせ、呼ばれたのが甘粕じゃ。その時点で、全てが現実になってしもうた。

 その上、供物捧げて神樹にまでやり直しを望むもんやからややこしゅうなってしもうたんよ」

 

 夢の中で、やり直したい。そう願ったのだ。まあ、甘粕のおかげで全部現実になってしまっていた、そういうわけだ。

 友人たちと過ごした時間は決して嘘ではない。

 

「……それじゃあ、ヘル先生は?」

 

 では、そこに関係ないあとから登場したヘルはどうなのだ?

 

「あれは、お前を俺が外に連れて行ってしもうたから生じた解れから出て来たっちゅうこっちゃ。俺もそのあたりすっかり忘れちょったがのうがははは、いやあ、まさか本当に出てくるとは思っちょらんけぇのう! 流石は俺じゃ」

 

 うははははは、と笑う狩摩。

 

「まあ、こんな夢に巻き込まれちょるんは甘粕のせいじゃけえのう」

「え?」

 

 あの時、激震をふせぐためにちょーっとテンション上がって力を入れ過ぎてしまったのだ。そして、その結果、壁がぶっ壊れた。

 

「つまり、やらかしてしもうたんよ。あの阿呆は」

 

 東郷は絶句した。

 

「まあ、おかげでどうにかなりそうじゃし、あとはお前次第じゃ」

 

 このままで終わらすのか。向き合うのか。

 

「しっかり考えて決めェや」

 

 時間はまだあるのだから。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 全て、ああ何が起きたのだろうか。樹は何もわからなかった。ただ気が付いたら浜辺にいた。どうしてここにいるかなんて考えることはなかった。

 そういうものなのだろう。あの男の子と会うときは大抵こんな感じだったから、おそらくは今日もいるはずだった。

 

 人を見下して嗤う男の子。ただそこにいるだけで全てを不安にさせる男の子は、

 

「時が来た、樹、俺の役に立てよ」

「うん、良いよ」

 

 初めて自分を必要としてくれた勇者部以外の人。きっと、自分はただの道具なのだろう。それで、彼は放ってはおけないのだ。

 自分とどこか似たような芯を持つから。

 

 きっと彼は死にかけだ。死にそうで、死にそうで、それでも生きている。強い意志だけで、全てを凌駕して生きているのだ。

 生きることに嘘も真もない。誰の言葉か。それでも、彼は生きる。そのためならば何もかもを利用するし、お前ら利用されろ。

 

 傲岸不遜に彼はそういうのだ。そんなヤツに関わるとどうやっても不幸になるだろう。風に知られれば必ず止めらえるのは目に見えている。

 それでも、

 

「わたし、あなたのことが好きだから」

 

 過ごした時間は短い。それでも、そう思えるから。そして、それを口にした瞬間、彼は嗤った。

 

「俺を愛したな、俺を尊いと思ったな。ああ、そうだろうよ。お前らはそうなのだろうよ」

 

 曰く、盧生とかいう精神破綻者どもはそのふざけた口で彼を――逆十字を愛していると言うし、尊敬しているし、救いたいと思っている。

 そこに悪感情はなく玻璃爛宮は通じない。嵌らないのだ。盧生になりたと言いながら嵌らない。重大な欠陥だろう。

 

 それを克服した三代目。お前は、勝者になった。ああ、実に尊い勝利だ。だが、負けてるんだよ。お前ら逆十字をなんだと思っているのだ。

 奪えよ、それが俺たちだろうが。

 

 ゆえに、救いなどいらぬ。お前ら全員、供物になれよ。神樹に捧げられる――。

 

「勇者システム――墜滅の逆さ磔」

 

 尊ぶ者、愛する者、お前ら全員俺を愛しているのだろう? ならば捧げられろよ。これはそういう夢。本来ならば使えないはずのそれが、誰かが砂をぶっかけてくれたおかげで使える。

 

「―――――」

 

 そして、樹は消え失せた。

 

「ははっはっはあ? ――――」

 

 だからこそ、その異常さに男は気が付いた。むしろ、今までなぜ気が付かなかったとでもいうように。自分はなんだ(・・・)?。

 

「…………」

 

 なぜこんなところにいるのだろう。早く帰らなければ。そう単純な思考でそう思って、逆十字の冠を被っていた誰かは、そこから去っていった。

 そして、笑う、笑う、笑う、神の樹――。

 

 良いぞ、供物を寄越せ、その代わりに救ってやるよ。そう言う風に。

 




うぼああ、やったぜ、やってやったぜ。というわけで、出来たよ。眠い。

これがとりあえず最終前です。
夢と裏話と真相。
やっぱり今回も夢だったよ。

そして、神樹様進撃の供物奪取。「樹」という属性の近い樹ちゃんが供物として取り込まれました。
そういうわけで。逆十字なんていないんだよ! やっと言えたー! やべえ深夜のテンションでおかしくなってる落ち着こう(阿片スパー)。

三代目のおかげで救われちゃったんだよ。
というわけで東郷さんがあれでした。

そして、やっぱり甘粕はやらかしてたよ。
これより最終局面。次回をゆっくりお待ち下さい。


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馬鹿どもはやっぱり教師である

「やれやれ、これは、私への痛烈な皮肉なのでしょうか」

 

 パリン、と何かが割れるようにいいや、するりと香気が入り込んでくる。それは脳を支配する甘い甘い華の香り。

 腐った死体に咲く華の香り。甘い、甘い、甘い。傾城を成す香。今や、自在にそれを使えるようになった彼女は、過去最大の威力を発揮する。

 

 今こそ、許可しよう夢の許可を。甘粕正彦が満天下に謳い上げる声が響く。前座でいつまでも遊んでいる暇はない。

 魔王はここにいるのだから。ゆえに、お前らたたき起こして来い。殴りつけねばわからぬのならそうするしかあるまい。

 

 柊四四八への義理立てはもう既に済ませた。やはり、俺は俺なのだ。

 

「まったく、殿方と言うのはいつもいつも」

 

 そう文句を言いながらも笑みを崩さない辰宮百合香。もはや、自らの夢の残滓は消えかけている。既に、ここに招いた本人が全てに気が付いたために夢が綻んでいるのだろう。

 最後に残るのは盧生のみ。所詮、自分は夢だ。だからこそ、最後の役目というものがある。一応は、少しの間であるが自分の生徒だった存在に教師として教えを授けねばならない。

 

「ああ、まったく私のキャラではありませんね」

 

 宗冬がみたら何と言うでしょう。あるいは、あの人ならばなんというのでしょう。とても楽しそうに百合香はそう言いながら、生娘らしい夢を描いた三好夏凜の世界に己の夢を広げた彼女はついにその言葉を口にした。

 

「三好さん以外、消えてください(・・・・・・・)

 

 夢が駆動する。ただの一言。天上の青い血の言葉に平民は服して従うが良い。そんな高圧的なものではなく、ただ優しいお願い。

 されどそこに存在するのは絶対の命令だった。誰も彼もがその夢には逆らえない。なぜならば、これは急段。己の性質を飲みこんだ辰宮百合香の急段であるから。

 

 彼女は自然体でいるだけで、誰も彼もが彼女に従ってしまう。ゆえに、協力強制とは単純に百合香に従いたいと思い、彼女がそれを許可すること。それだけで良い。

 能力は変わらずとも、その規模、強制力が数段増した。破段だから対抗できたからこれもだとかそういうことはもう言えない。

 

 ゆえに、夢を守るため異形共が現れる。幸せなのだから、邪魔をするなよ。してくれるなよ。三好夏凜(こいつ)は俺で、俺は三好夏凜(こいつ)なのだから眠らせてくれよ。

 

「ああ、なんとも浅ましい。大の男が乙女などと、まったく。どきなさい(・・・・・)

 

 しかし、それは無意味だ。真の意味で己の性質を飲み干して、受け入れてどうにかしようとした百合香にこの程度、無意味なのだ。

 

「見つけましたよ」

「え、あれ? みんなは?」

「いませんよ。ここには、あなた以外にいません三好さん。さて、良い夢は見れましたか?」

「え、あ?」

「理解したくありませんか? ええ、わかります。わかりますよその気持ち。私だってそうでした。ええ、理解したくはありませんでしたし、何より理解できませんでした。

 ですが、今ならばわかるのですよ。私が如何に愚かな女で、どうしようもないことを願っていたということを。まったく馬鹿な女です。答えは直ぐ近くにあったというのに。だからこそ――」

 

 パァン、と頬を叩く音が響く。百合香が夏凜の頬を打った音だった。戟法も乗っていない、ただのそれで三好夏凜は地面に倒れることになる。

 重さが違うのだ。思いの。それを教えてくれたのは、もう会ってはくれないけれど、その教えは胸にある。

 

「いい加減目を覚ましなさい。普通が良かったと私も願ったこともありましたし、どうしようもないこともあります。ですが、それでもそれを飲みこんで人は生きねばならないのです。

 ああ、まったく自分の言葉が自分に突き刺さるなんて、最悪です。良いですか三好夏凛さん。この私がここまでしているのですからさっさと目を覚ましてください。

 それとも、私ではなく狩摩殿に殴られたかったですか? 揺り起こして欲しかったとか? 本当は狩摩殿が大好きなんですもんね。早く起きないと狩摩殿が馬鹿にしにきますよ」

 

 まあ、もう馬鹿にしているんですけどね、とは言わない。

 

「冗談! あんなやつなんて大っ嫌いよ! って、え――?」

 

 その言葉で夏凜は立ち上がる。そして、気が付いた。

 

「本当、狩摩殿は嫌われすぎです」

 

 そう言いながら辰宮百合香の残滓は消えていく。やるべきことはやった、あとはあなたたちがやりなさい。そう言い残して。

 

「…………」

 

 夏凜は気が付いた。全てが夢だったのだと。

 

「まったく、都合のいい夢を見せてくれたわね。いいえ、ある意味で現実なんでしょうけど」

 

 創界を成して、そこで欲求を満たす。解法の透で深層心理の欲求を読み取って、それを叶えるのだ。あのまま夢が進めば自分は狩摩と結婚とかそっち方面に跳ぶ可能性すらあった。

 まったく怖気が走る。

 

「よくもやってくれたわね。あんまり三好夏凜を舐めるんじゃないわよ!」

 

 あとは気合いと根性。それがあればなんとかできる。それを教えてくれあいつの為にも。あいつらの為にも。

 

「大赦狩摩組鬼面衆小獅子、いいえ――勇者部所属三好夏凜!! あんたら、あんまり貧乳貧乳馬鹿にしてんじゃなないわよおおおおおお!!」

 

 気合いと根性で創界をぶち破った。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

 

 東郷は自らに向き合っていた。

 

「やり直そう。なかったことにして」

 

 それが幸せだよ、捧げて、やり直して、責めてもらおう。私が犯した罪を責められたい。許されたい。幸せになって眠ろうよ。

 いいや、捧げようよ。二つの夢がまじりあって歪に築き上げたもう一人の自分がそこにはいる。

 

 それを見て狩摩は紫煙を吐き出して面倒くさそうに言う。

 

「よいよ、たいぎぃ、女じゃ。愛嬌もありゃあ、器量もある。大和撫子言う奴よ。なのにたいぎぃ女じゃ。男日照りも頷けるのォ。ほうれ、手伝っちゃるから、さっさと決めェ。

 三国相伝(さんごくそうでん)陰陽輨轄(いんようかんかつ)簠簋内伝(ほきないでん)

 ――急段・顕象――

 軍法持用(ぐんほうじよう)金烏玉兎(きんうぎょくと)釈迦ノ掌(しゃかまんだら)!」

 

 東郷に割り振られた駒は香者。もう一人の東郷に割り振られたのは奔王。大将棋においては最強の駒と言っても良い駒。

 大駒と小駒が振られた。それは紛れもない狩摩からの手向けであり、最大級の嫌がらせに思えた。いいや、何も考えていない男の事だ、全て偶然に過ぎない。

 

「ほうれ、やるだけのことはしてやったぞ。あとは好きにやれや」

 

 そこから先はお前がやれや。鎖を外されて、自由になった東郷。その手にあるのは、ライフル。自らの武器であり、神樹の勇者である時から使っている得物。

 ゆえに、扱えないということはなく、むしろ手になじむ。だからこそ、二人は同時に動いた。しかし、その結果には違いが如実に現れる。

 

 奔王を振られたもう一人の東郷は全ての能力が上がっている状態に対し、何ら制限がない。しかし、香車を振られてしまった東郷(自分)は違う。

 前にしか進めない上に、視界も前にしかない。ゆえに、

 

「ああああああああああ」

 

 縦横無尽に放たれる弾丸を捉えることができない。前に突進する。ただ、それだけのことは出来る。正面だけならばどこまでも攻撃は届く。

 しかし、奔王には届かない。

 

「くぅうう」

 

 でも、倒れない。東郷は倒れない。痛みを受けて、己の弱さ己の醜さを感じる。

 いやだ、いやだ、いやだ。現実は厳しい。己がやったことは世界を滅ぼすこと。だからこそ、やり直しを願ったし、責められて許されたいと思った。

 

 だが、現実は違った。もし、夢でやり直しをしなかったのならば、己は全てを忘れたまま、生きていただろう。勇者だから誰にも責められずに。

 友人の犠牲の上で平和が成り立ったという事実に背を向けて、己は友人たちと楽しく過ごすのだ。ああ、なんて醜い。

 

 しかし、それは楽だ。幸せだ。幸福だろう。だからこそ、己はそんな夢を混沌に描かせて、自らの記憶を捧げてまで敵を排してやり直しを開始した。

 もう一人の東郷が言う。

 

「そのままが良い」

「うん」

「今のまま、みんなと過ごすのが幸せでしょう」

「うん」

 

 縦横無尽に駆け回り、奔王が猛攻を仕掛けるされど東郷は倒れない。なぜならば、自分だから。どうやって攻撃するかわかる。例え、前しか見えないならば前に進み続ければいい。

 銃弾は縦横無尽に攻め立てる。しかし、それがどうした。前に進み、包囲全てが分からぬとも前だけわかればあとは勘で全ての銃弾を迎撃してみせる。

 

 己なのだ。どうやって攻撃してくるかわかるに決まっている。わからなければ嘘だ。

 

「だから、このまま眠りましょう。幸せな夢が見れる。あなたは私、私はあなた。全ては私で、私は全て」

「うん」

 

 だから、眠れ。眠れよ、寝た子を起こすなよ。俺は眠りたいんだ。

 

 圧倒的な夢の波動。それは眠りたいと泣き喚く子供の泣き声。

 

「でも、それじゃだめ」

 

 全てを思い出した。事実から目を背けるのはもう終わり。なぜならば、あの人の教えが今も胸にあるから。もう諦めるのは終わりにしよう。

 甘粕正彦が教えてくれた戦の真は確かにこの胸にあるのだ。

 

「だから、もう一人の私、逃げるのはもうやめにしましょう」

 

 (イクサ)(マコト)(アマタ)(イノリ)に顕現する。

 

 それを教えてくれた先生に無様は見せられない。決めたのだ。己の醜さも、己の弱さもそのままで歩いて行こう。

 諦めない。諦めなければ夢は必ず叶うから。後悔はある、謝っても許されない罪がある。だからこそ、自分は前に進むのだ。

 

 進まなければならない。そして、この夢を終わらせるのだ。自分の手で。それが自分が出来ることだから。

 

「だから、貴女も一緒に行きましょう」

 

 割れる創界。行こう。ここから先にきっと希望はある――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

干キ萎ミ病ミ枯セ(かわきしぼみやみこやせ)盈チ乾ルガ如、沈ミ臥セ(みちひるがごと、しずみこやせ)

 

 急段(きゅうだん)顕象(けんしょう)――

 

 生死之縛(しょうししばく)玻璃爛宮逆サ磔(はりらんきゅうさかさはりつけ )

 

 病みが世界を蹂躙する。輝きを寄越せ。気持が悪い夢だ。そう柊聖十郎は断じながら歩いていた。その様は酷く億劫そうでありやる気が一切感じられなかった。

 

「ああ、なぜこの俺がこのようなことをせねばならん。まったく手のかかる生徒(ガキ)だ」

 

 燃える、燃える逆さ磔が蹂躙する。全ての者を夢を砕きながらそれは全てを蹂躙していた。彼に対して悪感情を抱けば最後、急段に嵌る。

 ゆえに、この夢の四国において誰もが玻璃爛宮から逃れられはしない。嫌だ、嫌だ、と泣きわめき夢を壊すなと怒る異形のバーテックスも関係なく全てを蹂躙して聖十郎は一人の生徒の所に向かっていた。

 

 出来の悪い奴らの中で一人だけマシだった奴だ。まあ、それも全ては夢であり現の出来事であり彼にとってはまったく知らないことでもあるのだ。

 

「おい、起きろ犬吠埼(くず)

 

 深夜に窓から堂々と侵入した聖十郎は幸せそうに眠る風に足を乗っける。勿論靴は履いている。

 

「いだ、あだっだだあだだだあああ!?」

「さっさと目を覚ませ。俺は、あいつらのように優しくはないぞ。起きるまで待つなどするものか。たたき起こす。もし、これで起きないと言うのなら」

 

 聖十郎の手に熱が圧縮されていく。高エネルギーが集まり、それはおそらくは熱線として照射されるのだろう。事実、それは照射された。

 だが、それが風を貫くことはない。咄嗟に転がり、聖十郎の足の下から脱出し跳ねるように飛び起きて、ベランダから飛び降りたのだ。

 

 半ば反射的行動。勇者部としてバーテックスと戦ったが為に鍛え上げられた肉体は健在。ゆえに、それはもっとも大きな差異だ。

 なぜならば、犬吠埼風が見ていた夢は、勇者部が外れた世界だから。

 

「柊、先生。ってことは、やっぱりそういうことなんですね」 

「ふん、話が早くて助かるとでも俺が言うと思ったか。そもそも貴様は気が付いていながら夢を見ているから俺が出る羽目になったのだ。この屑が」

「あはは、酷い言われ様だけど、否定できない」

 

 なぜならば自分は気が付いていながら気がついていないふりをしていたのだから。こんな幸せな夢なんてありえない。

 自分がまきこんだのだ。それをなかったことになんてできない。それはしてはいけない。それは甘粕正彦から教えられたことだ。

 

 我も人、彼も人。だからこそ、自分から顔を背けてはいけない。負い目があるからって目を背けるのは駄目だと甘粕正彦から学んでいる。

 だから、いい加減目を覚ませよ。たたき起こしに来た柊聖十郎はそう言う。

 

「それと、お前、死にやすいことを自覚しろ」

「…………」

「自己を過大評価している馬鹿は見ていて度し難いが、自己を過小評価している貴様も見ていて気分が悪くなる。俺を見習えよ屑」

 

 あまり見習いたくないとは言えないが、言いたいことはわかる。ようは、きちんと自分を評価しろということだ。

 

「まったく、俺にここまでさせたのだ。貴様、これで二度寝したり、負けましたなどと言ってみろ。磔にしてやるからな」

「はい、ありがとうございます柊先生」

「ふん、どうしてそこで礼が出来るのか知らんが勝手にしろ。まったく、女というのは恵理子も含めて度し難い奴らばかりだ」

 

 特に剛蔵。貴様、なぜ、こんな夢の中にまで出てくる。なぜ、こんなところで貴様の相手までせねばならん。そんなこと思いながら聖十郎はこの場から消え失せた。

 

「…………」

 

 残った風はぱちんと頬を叩いて。

 

「あいたたた」

 

 強くたたきすぎた。

 

「よっし。うん、いい夢は見れたし、起きないとね。私が寝てたらみんなに何言われるかわかったもんじゃないし」

 

 気合いと根性。愛と勇気を胸に。

 

「いっちょ、行きますか!」

 

 柊先生にあそこまでさせたのだ。これで失敗でもしようものなら後が怖い。怖すぎる。だから、必死に彼女は創界を崩す為の行動を開始した。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

 

 樹はどこかわからぬ場所にいた。いいや、わかる神樹の中だ。供物として捧げられて、自分はここに来た。それが自分に出来る唯一のことであるとわかっていたから。

 では、ここで何をするのか。己は核の中にいる。神樹を構成する盧生、その存在が核として持っている者の中に。

 

 ここには捧げられたものが全てある。ゆえに、ここは神聖な場所であり、気分が悪い場所でもある。だが、しかし、だからこそここに来る必要があったのだ。

 甘粕正彦の授業をまだあまり受けておらず、まだ染まり切っていない自分が。樹は看過していたのだ。逆十字の裏にある神樹の存在を。

 

 供物を寄越せ救ってやるよ。だからこそ、己はここに来た。なぜならば、ここには彼がいるのだ。

 

「君は、どうしてここに?」

 

 インバネスを翻し、戦の真を身に纏う英雄――柊四四八。彼が居なければ神樹は混沌を止められなかった。そして、それゆえにここから動けなくなってしまったのだ。

 出るためには、楔がいる。糸が、いる。そして、そのための樹。

 

「私は、勇者部の犬吠埼樹です」

 

 己は弱い。だから、考えた。弱いからこそ、何か出来ることがあるのではないのかと。いつまでもいつまでも、姉に頼ってはいられない。みんなに頼ってはいられない。

 そんな時にやって来た、誘い。飛びついた。確かに承認欲求の為でもあった。否定はしない。自分は弱いから、堂々とみんなのためだって言うのは無理だから。

 

 だから、自分の為だと言って、彼女はここに来たのだ。そして、誰かに認められて初めて気が付いた。自分は姉に認められていればそれで良かったのだと。

 いつまでもついていこう。遅くなったけれど、きちんとついていく。最後まで。だから一歩を踏み出した。

 

「勇者部五箇条」

 

 一つ、仁義八行を尊ぶ

 一つ、夢を諦めない

 一つ、できないじゃない、やるんだよ

 一つ、護国の大志を忘れない

 一つ、なせば大抵なんとかなる

 

 大丈夫覚えている。こんな簡単なことを忘れるはずがない。今までみんなに迷惑をかけた分。しっかりとやらないと

 

「行きましょう。大丈夫です。気合いと根性でどうにかなります」

 

 今、いくよ、みんな。

 

 その思いが、道を作る。道理も理屈も関係なく。愛と勇気と、気合いと根性は、全ての不可能を可能とするのだ。

 




おらああ、急段顕象!! 深夜テンション執筆!!!

てなわけでも、またもやってやりましたぞ。最終回まであと二話予定! 予定は未定。

やっぱり馬鹿どもはやはり教師だったようです。そして、狩摩、お前はまたかあああ! なんで奔王と香車なんだよおおおお。
展開的に凄いあってたけどさあああ。

もうあとは勢いとノリと甘粕理論で行きます。四四八さんいたよ! 深夜テンションってすごい(阿片スパー)

はい、落ち着きました。ごめんなさい。そういうわけで、みなさま目覚めました回。優しい教師たちが生徒を起こしに来たようです(白目)。

教師陣の専用BGMを流しながら読むと良いかも?

では、また次回。


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甘粕正彦は魔王である、結城友奈は勇者である

「うっ、ぅぁ――」

 

 目覚めは最悪だった。けれど、そこにあるのは嫌悪感ではなく、むしろ誰かに助けられてしまったという感覚。何が起きたのか。

 幸せな夢を見ていた、そんな気がする。結城友奈として、何かが違う夢を。決して望んではいけない夢を見ていたような気がする。

 

「目が覚めたか」

「ヘル、先生、いったい何が――みんな!」

 

 そこには剣を地面に突き立てたクリームヒルトがいる。彼女が創界を成している。小さい、彼女の力考えれば信じられないくらいにありえないほどに小さい創界。

 周りを見渡せば、今だ樹海。そして、周りには風、東郷、夏凜が倒れていた。樹はいない、いったい、何が起きたのか。

 

「アマカスだよ。まったく、これがノリに任せてやらかすということか。私がいなかったらどうするつもりだったのだろうな奴は」

「え?」

「はははははは!」

 

 

 そこにいるのは甘粕正彦だった。大外套を翻し、口角をあげて笑みを作り、天に向けて大手をあげて笑う男。纏っている空気、全て知っている。

 だが、今の彼は何かが違っている。友奈たち側から致命的にはみ出して、違うものになっているかのよう。ああ、そうなのだ。

 

 友奈にはわかった。彼は、

 

「魔王……」

「そうだ。人間変わるものだと思ったが、根の部分は変わらんらしい。だが、奴のおかげで、あれもまた型に嵌めたのだよ」

 

 第五の夢は欲求を満たすこと。満たされて眠ること。万仙の陣と同じく、普遍的な欲求を抱くことをすれば最後、全ての者はその夢に嵌ってしまう。

 人間として当然のことであるから。そして、それ以外に夢の持ち主たる第五盧生が知らないからだ。それは盲目にして白痴の神を生み出した。

 

 創作神話の神々。ああ、かつての万仙と同じく。しかして、こちらは=でつなげた中華風というわけではなく、まさしく真の混沌。

 それは真に赤子なのだ。父親に迫害され、母親に愛を受けた赤子。最初から外れていたゆえに何も知らないがゆえに、全てを知っているという矛盾したナニカ。

 

 この全ての事態は神世紀の始まりにまでさかのぼる。邯鄲の法を復活させようとした大赦の源流の存在による邯鄲の実践。

 それに選ばれた女がいた。その胎の中に子を宿しながら。赤子は夢の中で生まれた。そこで愛と悪性。邯鄲の夢でそのどちらもを体験することになる。

 

 それは生まれながらに夢を手繰る者となった。数万年を赤子のままで過ごした何も知らぬ、何もわからぬ第五の盧生。そう、単純な欲求しかなかったゆえにそれは普遍的な夢を持った。

 満たされたら眠くなる。なんて幸せなんだ。だから、みんなも満たされよう。満たされて、満たされて、皆で眠ろう。

 

 第六天魔である第五の夢がここに夢の侵食を開始した。殴りつけることすらできない。それは、赤子だから。赤子は育まねばならぬ。殴るのではなく守らねばならぬ。

 だからこそ、眷属は多く、その質、まさに最強。

 

「だが、今の奴は魔王だ。アマカスの欲求を叶える為に出てきたは良いが、その結果」

 

 甘粕正彦に取り込まれることとなった。俺は人類を救う魔王になりたいのだ。お前がいては意味がない。だが、お前がいなければ意味がない。

 ゆえに、俺はお前だ。お前は俺だ。ならば、俺たちは一つだ、そうだろう。そんな甘粕の流言にまんまと載せられてしまったのである。

 

 何も知らない赤子だからこそともいえる。流されやすい。あるいは甘粕の気迫に押されたか。

 

「俺は、お前で、全てはお前で」

 

 一は、全にして、全は一。だからこそ、あれは甘粕正彦でありながら第五盧生でもある。

 

「殴りやすくなったとはこのことだが、まったくそこで厄介な事象が生じている」

「それは先生が魔王になってしまったからですね」

「東郷さん!」

 

 目覚めた東郷がそう言う。

 

「魔王は勇者に打倒されないといけない。だから勇者が必要となる。そして、その勇者とは第五盧生による真に勇者になりたいという欲求のもとに顕現した存在じゃないといけないの」

「なら簡単だよ! 私が勇者になる」

「何言ってんのよチンチクリン。勇者は私よ」

 

 そこに夏凜が目を覚ましてそう言う。

 

「夏凜ちゃん! 良かった目が覚めたんだ」

「この私がいつまでも眠ってるわけないでしょ」

「あんな可愛らしい夢見といてよくいうわー」

 

 夏凜に対してその背後から風がニヤリとした様子で言う。

 

「な、なんでしってんのよ!」

「え、うそ、マジで」

「くぅうう!」

 

 またも引っかかった。いいや、これは夢だったのだろうか。まあ、どちらでも良い。これで勇者部は後一人。光が舞い降りて象を結ぶ。

 それは樹と、そしてもう一人。

 

「樹ちゃんに、柊四四八さん!?」

 

 甘粕に見せられた彼の写真そのままの姿で柊四四八がそこにいた。

 

「まったく無茶苦茶だ! 神樹の創界を殴って超えるとか無茶し過ぎだろ」

「甘粕先生の神々の黄昏に夢を捨てて突っ込んでいった人に言われたくありません」

「い、いや、あれは一応理屈もあったんだぞ」

 

 しかし、先ほどの一撃にはまったく理屈などなかった。まったく甘粕、お前の生徒はお前と同じで無茶苦茶だな。そう四四八はあきれ果てる。

 

「しかし、君おかげで俺もこうして外に出ることができたヘル。久しぶりだな」

「ああ、ヨシヤ。久しいな。第六盧生の中はどうだった」

「退屈だったよ。まあ、彼女のおかげでこうして出てくることができたんだがな。これで、あの盲打ちの言った通りになるんだろう」

 

 第六盧生、神樹。第五盧生の双子であり、それに対抗するために大赦が生み出そうとした者のなれの果て。あれは自らを神と定義した。不可能はなく全てを救う。ただし、そのためには代償が必要である。

 供物と言ってもいい。それが支払われれば、お前たちの望みを叶えて幸せにしてやろう。あれはそういう盧生であり、自らを供物と捧げた第二盧生によって、今の四国はある。

 

 いいや、そうするしかなかったのだ。四四八たちがこの時代に顕象した時には既に混沌が世界を飲みこもうとしていたのだから。

 ゆえに、その盧生に賭けるしかなかった。終段で殴りつけることもできず、赤子は育むものであるからこそ攻撃できないのだ。

 

 選択は防戦以外になにもなく、あれをどうにか出来るようにするまで人柱となる。そうすることを柊四四八は選んだ。

 無論、勝算のない賭けではなかった。この時代の盲打ちが策を弄したのだ。まったくそれが東郷による壁破壊につながり、第六盧生を第五盧生に侵食させて合一させてしまうという正直意味不明なものであったのだが。

 

 それによって、あれは今甘粕に取り込まれている。自らという代償を支払って第五盧生と同一になっているわけだ。

 まあ、それでも第六の意思も、第五の意思も全て無視して自らの真の欲求である魔王として君臨し、人々の輝きを永劫見守りたいというそれにしたがって行動しているあたりもうどうなってんだこれ状態。

 

 散々策を弄したのに、もう“あいつ”1人で良いんじゃねと思うくらいだ。

 

「しかし、出てきても俺に出来ることはない。ああ、なった甘粕を打倒できるのは真に己が勇者でありたいと望む者たちだけだ」

 

 それは第二盧生(四四八)でも、第三盧生(クリームヒルト)でも無理だ。なぜならば、彼らの望み、欲求とそれ即ち、自らが盧生として描いた夢そのものであるから。

 あの甘粕を打倒するという夢ではない。だからこそ、ここから先は勇者部の舞台だ。

 

「お前たちは、甘粕の生徒なんだったな。どうやら先生がお前たちの成長を見たがっているらしい。痛烈に殴ってきてやれ。お前の背中をみて、私たちはこれくらい成長したんだと見せつけてやってこい」

『もちろん!』

「ならば、これを送ろう、私からのささやかな贈り物だ」

 

 創形する武器と戦装束。それは甘粕の用意した黒ではなく、それぞれが好む色の勇者装束。もはや古き戦の真を見に纏うよりは今の形に則した方がいいだろう。

 クリームヒルトなりの選別だった。そして、彼女が創界を解く。始まる、夢の侵食。

 

「行くわよ、皆!」

『おう――!』

 

 勇者部が飛び出した。

 

「来たな、良いぞ。お前たちの輝きを俺に見せてくれ」

 

 ゆえに、まずは小手調べと行こうではないか。天高く手を掲げてこの男はまず叫ぶのだ。

 

「リトルボォォォイ!」

 

 創形される今の日本に生きる者ならば知らぬ者などいない最も有名な核兵器。所謂広島原爆。それは第二次大戦において、使用され日本国に多大な傷跡を残した兵器。アメリカが開発したウラン型原子爆弾。

 上空約600mで爆発してなお焼失面積13,200,000m²、死者118,661人、負傷者82,807人、全焼全壊計61,820棟の被害をもたらした爆弾だ。

 

「そんなもん、だすなっちゅうのおおお!!」

 

 その威力を知る風は、誰よりも先に駆けた。地を割るほどに踏み込み、創形された大剣の腹でボールでも打つように振るう。

 創形された武具は彼女の意思に従ってその大きさを変える。身の丈を大いに超えて巨大な大剣は上空で爆裂しようとしていた核爆弾を捉え、渾身で吹き飛ばし大気圏外まで飛んで行く。

 

「ヘル先生!!」

「任されよう。この惑星を死の星にはさせんよ」

 

 無論、その他の衝撃波などは全てクリームヒルトが防御する。夢を使える盧生として。

 

「良いぞ、流石は俺の教え子たちだ、ならばこれはどうだ!」

 

 次も耐えきってくれよ。

 

「神鳴る裁きよ、降れい雷ィ――ロッズ・フロォム・ゴォォォッド!!!」

 

 大気圏外にて召喚されていた彼の軍勢が一斉に牙を剥く。降り注ぐ天の光。それらすべてが破壊をもたらす最悪の兵器だ。

 

 その名の通り、それは神の杖である。アメリカ軍が核兵器に代わる戦略兵器として計画している事実上の軍事衛星であり、タングステン・チタン・ウランからなる全長6.1m、直径30cm、重量100kgの合金の金属棒に小型推進ロケットを取り付け、高度1,000kmの低軌道上に配備された宇宙プラットホームから発射し、地上へ投下するというもの。

 単純な効果範囲や放射能による汚染を考えれば先のリトルボーイの方が被害は上だろうが、直上から放たれ、視認など到底不可能な速度で迫るそれを防げる者などいはなしない。威力もまたしかりだ。星が協力する一撃。

 

 つまりは、星の一撃に他ならないそれ。

 

「気合いと根性おおおおおおお、三好夏凜の実力、しかとその眼に焼き付けろおおお、そしてどっかで見てる狩摩は、死ねええええええええええ!!!!」

 

 二刀を翻し、赤き獅子が疾走する。強靭な脚力で大気を蹴りながら上空で勇者部に降り注ぐ全ての神の杖の一撃を叩き斬る。

 両の手で足りぬのならば足を使って、それでも足りぬのならば口すらも使って、あるいは咒すらも重ねて、己の持てる全ての技量を尽くして突き進む勇者部の盾となる。

 

「見たか、これが勇者部三好夏凜の実力だあ!!」

 

 ああ、見たとも、素晴らしい。やはり、お前たちは。だからこそ、これはどうだ。

 

「勇者であるならば魔性退治と洒落込めよ。古今、それがおまえたちの武勇伝になるのだ!

 

 終段、顕象

 

 海原に住まう者(フォーモリア)()血塗れの三日月(クロウ・クルワッハ)!!」

 

 

 月をも呑みこむ暴食の太陽さながらの巨体を有する黒龍。その破滅的な咆哮と龍震は大地ではなく生命の魂を揺り動かして粉砕する。

 そうして天空に顕現するバロールの魔眼と魔神の軍勢。

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。私、ちゃんと出来るから!」

 

 死を紡ぐ糸が走る――。軍勢を包み込む糸の結界。そして、開こうとする瞳を縛り上げて、粉砕していく。気合いと根性。

 終段による召喚された神すらも樹の糸は斬り裂いていく。全ては気合いと根性。そして何よりも甘粕正彦が望み、結城友奈が望んだ勇者たちである。

 

 ゆえに、この結果は必然。だからこそ、口角が上がって行くのだ。甘粕も友奈も。ああ、良いぞ、お前たちの輝きは素晴らしい。

 

「ああ、素晴らしい。愛しているぞ、勇者部諸君。お前たちの輝きは俺の愛しの男と比べても遜色なしだ。いいや、比べるなどおこがましい。ああ、どちらの輝きも俺は等しく愛しているのだ!」

 

 ここで落ちてくれるなよ。

 

「やがて夜が明け闇が晴れ、おまえの心を照らすまで、我が言葉を灯火として抱くがいい

 

 ―――終段顕象

 

 出い黎明、光輝を運べ―――明けの明星ォ!」

 

 完全善性の魔性が現れる。それは、平和なときに英語を習っていた先生に他ならない。だが、

 

「教師を越えるのは、生徒の務め。謹んでお受けします」

 

 光り輝く聖性を纏った最高位の大天使。純白に、清らかに、天上の愛と正義を謳いあげる絶対的善的存在。

 羽の一枚一枚からレーザーの如く迸る数千条の烈光、流星、神火の乱舞は正しく愛と正義の顕現であり、世界の汚濁を浄化し焼き尽くす。

 

 そんな未来を予測して、東郷は動いた。ライフルを構えて、全ての羽を撃ち落とす。連射できる装備ではない。だが、夢の武装はそれすらも可能とする。

 一発も放たせず、東郷は最後の道を創りだした。

 

「行って友奈ちゃん!」

「行きなさい友奈!」

「失敗したらぶん殴るわよ友奈!」

「友奈さん!」

「だい、じょーぶ!!」

 

 みんながここにいる。だから、大丈夫。拳を握る。あとはただ一人、魔王を打倒するのみ。ここに少女は真に勇者となった。

 ゆえに、この男は万来の喝采を惜しまない。魔王であるからこそ、勇者の登場ことを歓迎せなばならないからだ。

 

 ゆえに、

 

「おまえの愛を俺に見せろォ――――神々の黄昏(ラグナロォォォク)ッッ!」

 

 数千の神々を一瞬のうちに召喚し、それらを戦わせて放つ最終奥義とも言うべきもの。お前たちの輝きは素晴らしい。

 これを防げねば世界が滅ぶぞ。大丈夫だ、きっとお前は防いでくれる。極限の期待から放たれる一撃。

 

「はい! 防ぎます!」

 

 愚直に真っ直ぐに結城友奈は突き進んだ。

 

「おおおおお!!!」

 

 鬨の声をあげて、拳を振るうのだ。神々の一撃と、友奈の一撃がぶつかり合う。天地開闢にも似た破壊の衝撃を友奈の拳は貫いた。

 勇者だから。勇者はこんなところでは負けない。だからこそ、完璧な形でその一撃を吹き飛ばす。それは盧生にもでき得ぬことであり、今の特異な状況だからこそ成し遂げられたこと。

 

「ああ、そうだ。お前ならばと信じていたよ結城友奈。さあ、始めよう。物語の最終幕とは常に、勇者と魔王の一騎打ちが王道というものだろう」

「はい! 負けませんよ」

「俺もだ。さあ、こい勇者よ!」

「行くぞ、魔王! 勇者パァァアァンチ!!!」

 

 そして――。

 




おそくなると言ったな、あれは嘘だ(キリッ)。てなわけで、夜中のテンションで前話と共に途中まで書いていたものを、家に帰ってから勢いのままに書き上げました。

理屈? そんなもん気合いと根性で吹き飛ばせ。気合いと根性があれば何でもできる。この世界は甘粕のせいでそういう世界になってます。

というわけで、みんな大好き最終決戦。アラヤを流しながらお楽しみください。最後、勇者部を勇者の恰好させました。
それは甘粕が与えた戦装束からの衣装変更で甘粕からの卒業を意味してます。とか言ってみる。

一応の解説のようなもの。

第五盧生赤子だから殴れないどうしよう。言葉も効かないしやべえぞ。娘とかいない上に両親死んでるからどうしようもない。
それに関しては盲打ちがなんかやったみたい。第五盧生と第六盧生を混ぜ合わせたって。おい、なにしてんだお前。

で? 混ぜ合わせたらどうなるの? 
両方の夢が他者の欲求を叶えて幸せにするという部類の夢だったので二つの夢が相乗して駆動するので夢の強度が上がる。

じゃあ、なんでなぜ今までそうならなかったの?
柊四四八が神樹の中でふんばってたから。樹ちゃんが歯の間に挟まった魚の小骨的四四八を取りだしたので完全に合一。

樹ちゃん取り込んじゃったのは、神樹に甘粕が供物やらなかったからです。通常の勇者システムを使っていれば神樹もこんなことはしなかったので実は、地味に自滅。……ざまぁ!

ちなみに狩摩の細工により樹が勇者システムを利用して神樹に捧げられた際に、全ての情報が彼女に流れ込みました。
それは神樹の情報を流れ込ませただけなのですが、此れがなかったら樹ちゃん動かなかったかもしれないので地味にナイスプレーの狩摩。

もう本当盲打ちってやつらは。まあ、そんなわけで完全合一しちゃった。神樹さらば。そして、ざまぁ!

それにより超魔王甘粕が誕生。ただし、第五盧生がいると真の魔王になれなくね? という甘粕の不満により第五盧生と甘粕が超融合しちゃった。しかも主導権甘粕。赤子では甘粕には勝てなかったよ。

魔王は勇者ありきなので勇者を望む。さらに勇者になることを望む友奈がいたことで欲求と言う名の願いである二つが合意したことになり、第五と第六の二つの夢による超勇者部爆誕。
そして、最終決戦というノリでした。

ここまで面倒な事なったのは、第五盧生が出てきたときに、第六盧生まで発生させちゃったこと。二人が双子だった故に、どちらか片方を倒しても片方が残っている限り片方が残ると言う謎のあれが発動してしまったのです。

てか、両方が両方の無意識下の眷属になってたということです。
つまり、四四八たちが行動する前に色々と行動起こしちゃった大赦が全ての原因。

まあ、最終的に気合いと根性で全て説明できます。

そして、エピローグを二分遅れくらいで同時投稿してます。


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終段、顕象――それはきっと魔王(勇者)の物語

連続更新!


 全てが終わった。世界はかくて事も無し。全てが元通り。神樹もなく、世界はあるべき流れに戻った。といっても、四国以外が滅びていることには変わりはないが、壁は消えた。

 世界は復興を始めようとしていたのだ。混乱があった。始めこそ、混乱に次ぐ混乱であった。なにせ、滅んでいたという世界にはまだ生き残っている人たちがいたからだ。

 

 なんでも、他の盧生たちが動いていただとか、眷属がどうとか。東郷さんが予想を立てていたけど本当のところはわからない。

 でも、きっと大丈夫。だって世界は救われたんだから。

 

 四国の混乱は、残っていた大赦を夏凜ちゃんが物凄い手腕でまとめ上げて、神樹様のお告げとして世界が平和になったことを告げたらあっというまにおさまって復興が始まった。

 勇者部は、勇者部としてしっかりと働いた。色々と規格外らしい私たちは、みんなから重宝されたよ。そんな感じに一ヶ月とか二か月とか過ぎて、次第にいつも通りの日常が戻ってきた。

 

 ええと、ここで先生たちについて話した方がいいかな。辰宮理事長先生、狩摩先生、柊先生、神野先生、甘粕先生、ヘル先生、柊四四八さんは、あの騒動のあとみんないなくなってしまった。

 いっぱいお話したかったんだけどなあ。四四八さんと。

 

 東郷さんが言うにはみんな夢の存在で本当は過去の人だったんだって。だから、全部終わったら消えてしまった。けれど、みんなが先生たちのことを忘れちゃったわけじゃない。

 夢だったけど、あれは現実でもあったから。詳し事はわかんないけど、そういうことなんだって。東郷さんが言ってたから間違いないよ。

 

 それじゃあ、私たちについて。

 

 あの時、四四八さんを連れてきた樹ちゃんはなんだか吹っ切れたみたい。この前なんか、歌のオーディションに受かったとかで歌手を目指すみたい。

 風先輩なんて、それ聞いて号泣していたほど。それと、なんだか気になる人ができたみたいで、よく一人で男の子と出かけているみたい。

 

――いいなぁ、とか思っちゃったり。

 

 風先輩なんか、樹は私のだー、樹が欲しいなら私を倒せって言って息巻いてるみたいだけど、そのうち倒されるんじゃないかな。

 どこか偉そうなところはあるみたいだけど、いい人みたいだし。私は会ったことないんだけどね。そのうち合わせてくれるかなぁ。

 

 そうそう風先輩は最近凄い。なんでも、本気を出したのさっ、とかキメ顔で言っているけど、本当に凄い。三年生の中で一番だって。

 でも、樹ちゃんを追っかけるのに労力のほとんどを費やしているとか。うどんを食べるのも変わらず。みんなで一緒に食べてるよ。

 

――高校もさくっと決めちゃってください先輩!

 

 夏凜ちゃんは、言った通り大赦に行ってたけどすぐに勇者部に戻ってきた。狩摩とは違うのよ! っていうのが口癖。

 なんでも、鬼面衆の人たちに全部押し付けてきちゃったらしい。それくらいできるでしょって、行っていたし何よりお兄さんに任せたから問題ないとか。

 

 それからはすっかり肩の荷が下りたのか夏凜ちゃんは普通の学生生活を謳歌してる。山育ちだから、学業とか遅れてたり、作法とかが駄目らしいんだけど東郷さんが矯正してる。

 東郷さんのしごきは厳しいらしくて大変そうだけど、夏凜ちゃんはなんだか楽しそう。

 

――よかったね、夏凜ちゃん。

 

 東郷さんは、なんでもあのあと友達に謝りに行ったらしい。少しの間落ち込んでたみたいだけど、ちゃんと仲直りできたんだって。

 神樹様も消えて、供物になってたものはみんな帰ってきたからそれが全部元通りになったら改めて紹介してくれる手はずになってる。

 

 どんな人なのか会うのが楽しみだな。あとはいつも通りスパルタで夏凜ちゃんの矯正をやっていたり、時々あの狩摩先生とやっていた大将棋を一人でやっているのを見かけるかな。

 眼鏡をかけて難しい本を読みながら一人で打っている。狩摩先生にはまだ勝てないかなって言ってたっけ。私も時々やってみるけど、覚えるだけで大変。

 

――今度はきちんと、覚えるからね、東郷さん。

 

 そして、私は相変わらず勇者部で勇者やってます。甘粕先生を倒したのは私だから、あの人に恥じない勇者になろうって思った。

 結城友奈は甘粕正彦が倒されるに値した勇者なんだって胸を張って言えるように。それが私があの人に出来ることだと思うから。

 

 確かに先生たちがいなくなって寂しいと思うことはあるよ。うん、今だって時々そう思っちゃう。だけど、そんなんじゃ甘粕先生に合わせる顔がないよね。

 だから、元気に今日も勇者活動! そうそう、勇者部は文化祭で劇をやることになった。今日がその公演日。

 

「おおぅ、なんかめっちゃ人入ってるんだけど」

 

 風先輩がそっと会場を見て驚いている。

 

「おお、やったね東郷さん!」

「ええ、宣伝した甲斐があったね」

「うぅ、緊張してきた」

「大丈夫よ、樹、この私がいるんだからね。でもなんで、私が盲打ちの役なのよ」

 

 それは満場一致で決まったことだから仕方がないよね。

 

「まあいいわ、ここまで来たらやるしかないし。行くわよ、勇者部ファイトー!」

『オー!』

 

 円陣を組んで、腕をあげて、そうして司会の人が演目を読み上げる。

 

「続きましては勇者部による演劇です。演目は、終段、顕象――それはきっと勇者の物語です」

 

 そうして劇は始まる。そして、最後の場面。

 

「お前たちの輝きを私に見せてくれ!」

 

 これはあの人の物語。魔王で、勇者な甘粕正彦の物語。

 

 万雷の拍手を受けて、私たちの劇は幕を閉じた。その時、先生の笑顔を私は見たような気がした――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「良かったじゃないか」

 

 そう柊四四八が言う。

 

「良い子たちだ。彼女たちなら大丈夫だろう」

 

 クリームヒルトが言った。

 

「フッ、無論、信じているとも。俺の教え子たちだ。無様なことなどするはずがない。そう信じている」

 

 信じることは怖い、だからこそ信じることは尊いのだ。劇を見た甘粕正彦はそう言って席を立ちあがる。友奈と目があった気がしたが、笑顔を返してやった。

 

「さて、帰るか。まったく、盧生の力はもう使わないつもりだったんだがな」

「たまにはいいだろう。私たちは私たちで大変なんだ。これはいい息抜きになった」

「では、またどこかで会おう。俺はいつでも、人の世を救うためにどこへでも行く」

「ほどほどにしろよな。お前はやりすぎる」

「そうだ。この前など」

「はっはっは、覚えておこう」

 

 今日も、盧生は行く。己の描いた夢の為に――。

 

「お前たちの輝きを俺に見せろォ! 終段顕象!!」

 

 どこかの世界で今日も甘粕は戦う。確かに見た輝きを胸に――。

 




おつかれさまでした。というわけでこれにて甘粕正彦は勇者部顧問であるはハッピーエンドで完結です。
短期集中連載っぽくなりましたが、お付き合いいただきありがとうございました。

本当、こんな駄文小説を最後まで読んでいただきありがとうございます。皆さまの感想を読むたびニヤニヤして喜んでました。
リアルでは近くに戦神館やっている人がいないのでそう深い話ができないので、皆さまと感想で戦神館の話が出来て私的にはとても嬉しく楽しかったです。

また、甘粕が暴れるようなことがあればよろしくお願いします。


で、ちょっとした妄想。エピローグの東郷さんの将棋は万仙の歩美の将棋やってるCGを東郷さんにして眼鏡かけて将棋している感じです。
あとエピローグ後に終段やってる甘粕はその胸に勇者部と撮った集合写真を忍ばせてるとかそんな裏設定とか妄想があったり。


ここから先はぶっちゃけ話。

まずこの小説を始めようと思った理由が、ゆゆゆ見た瞬間から甘粕好みだなと思ってていつかやりたいなと思っていたところに万仙陣が来てこれはやるしかないと思って一発ネタのつもりでやったんですけど、意外にも反響があってみんな甘粕が好きなんだなと思いながら連載に踏み切りました。

そこからセージを追加して狩摩も放り込んで、そのころは実はまだこんな最後はまったく構想してませんでしたので、ただのネタだしこんなもんかなと思いながらやってました。
で、万仙陣をプレイして、これだと思って第五盧生を構想。その時、クリームちゃんに惚れ込んで出そうと思ったけどまだ早いかなと思って東郷さんの話をしました。

この時、実は、まったく東郷が夢を紡いだこととか考えてなくて後でその展開にしようと思って、考えてたら狩摩が言った通り、全てが嵌ってたんですよね。
本当、考えてなかったので気が付いた時、作者のくせにマジかって驚いて。しかもその全てに狩摩がかかわってたんですよね。

狩摩は勝手に動くので、作者でもどう動くかわかりません。これだから盲打ちは。

まあ、そんな感じでこの作品は、今回で終わりになりました。色々とありそうですが、ともかく終われたのは皆さまのおかげです。
感想のおかげで更新も捗りました。途中感想欄が阿片窟になっていたりと、とても楽しませていただきました。

特にクーマン様はこの作品を推薦までしていただいていたようで、今更ですがありがとうございます。上手い文章に笑わせてもらったりしました。ありがとうございます。

さて、最後に、何か絶望的な世界観を持った二次創作が書けそうな作品ってないですかね。
気が乗れば甘粕をどこかに出張させようかなと思ってますので教えてもらえると嬉しいです。
まあ、書くとは言ってないんですが。原作もってないかもしれませんし。

戦神館クロスオーバーのネタだと
まどマギにTSセージ(南天ではない)を送り込み、神野ちゃんと甘粕ちゃんという友達とともにQべぇたちを蹂躙するネタがあったりなかったり。
ノゲノラの世界に空白じゃなくて狩摩送り込んでみたりとか。
血界戦線に甘粕をぶっこんで世界を崩壊させたりネタはいくらかあります。

ネタがあるだけでまったく何も考えてないんですけどね。
さて、長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
ではでは。


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盧生四人は希望である

柊四四八は勇者部顧問であるを盧生ユニット盧生フォーに変えたバージョン。



 神世紀298年日本国四国、樹海炎上。

 

 大きくのちの流れを変えた事件と言われるようになる焔の底。ここに確かに地獄が存在していた。

 

「――――」

 

 火の粉が、世界を赤で染め上げている。

 それは、恐怖と絶望。

 ただ二つ。この世界にしか存在しない誰にも理解されない阿鼻叫喚が煮詰まった魔女の窯。

 むせかえるような肺をを焼く熱波の臭いに、彼女はようやく目の前の事実を理解し始めた。

 

「うそ、でしょ……なんで、こんなことに……」

 

 絞り出した呟きは爆ぜる焔の音に紛れて消えた。

 燃えているのは樹海と呼ばれる神樹が作る結界に存在する木々。そして、それは現実をも侵食してすべてを破滅へと導こうとしている。悪魔の拍手のようにばちばちと音を鳴らして、耐えがたい瘴気をあたり一面に充満させていく。

 高熱が皮膚を炙るかのように全身を焼いていた。

 

 生の息吹が、此処には微塵も存在しない。ここには焔だけがあった。

 

 熱い、痛い、苦しい――殺して(タスケテ)。目の前に広がった絶望からの解放だけを願う。こんな苦界(ゲンジツ)からの解放を願う。現在進行形で深度を増す火傷は、膿んだように四肢を犯し、それは肉体だけでなく精神すらも蝕んでいく。

 だがそれすらも、刻まれた数々の傷に比べれば微々たるものという事実がより絶望を煽っていた。

 

 創傷裂傷死傷殺傷、端的に言って満身創痍。身体を守る精霊の加護はもはや機能を失い、勇者装束はズタボロといっても差し支えない。

 まぎれもなく瀕死の姿だ。内臓も壊滅的とあればいよいよもって致命的というものだろう。その上、足が一切動かないことを思えば、もはや致命的を通り越して死んでいるといってもいい。

 

 意識を保つことさえ限界に近い。発狂寸前の激痛が身体を襲っているというのに、死ねないし発狂すらできないのはわずかに残った精霊のなせる業であった。

 それでももはや子犬にでもじゃれつかれようものならばばらばらに砕け散りそうなほど。むしろ半端な守りの分苦痛だけが全身を襲う。

 

 目の前に広がる大空間。さながら恒星の如き焔が存在するそこには、人類の敵が数百を超えて、数千、いや数万は存在してその全てが彼女の破滅をいつくしんでいるかのように錯覚して。

 頭がやられてしまったのか、そうとしか思えないのは現実があまりにも魔的なものだからだ。

 ならばこそこう祈らずにはいられない。

 

「お願い、――、します――」

 

 正気を失った人間らしく、(アラヤ)へ向かって懇願する。

 自らの身体を抱きかかえて彼女は震えながら天を仰いだ。

 ただ一心に、哀切を込めて慈悲を乞う。

 

「お願い、します、神、樹さ、ま。たすけて、こんな、はずじゃ、なかった。こんなはずじゃ。なんでも捧げるから、お願い、します。終わらせて、助けて」

 

 お役目を全うし守ると誓った。自分のすべてをなげうってでも構わないと信じていたし、実際そうしていた。

 そしてそのために大切な友達が、自分がただの捧げられた供物でしかないことを知ってしまった。何もかもを犠牲にして戦った褒美がこれか。それが真実であるのならば、何を迷う必要がある。

 

 こんな世界滅んでしまえ。

 

 自らが招いた結果。文字通りの意味で滅びかけていた世界を滅ぼさんと守るための力を振るって、守るための壁を破壊したのだ。

 むろん、そうするために葛藤はあった。だが、何よりも友達は重い。自分だけならばまだ良かったのかもしれない。だが、お役目のために散った友がいた。

 その覚悟に報いるために守ろうとした。その結果が、全ては助からず、全ては終わっていて、全てはもはや手遅れというどうしようもない事実であったのだ。

 ならばもはやこうする以外に方法などないではないか。生き地獄。ああ、そうともこの世は地獄だ。ならばこそお前たちも道連れとして何が悪い。

 

 そしてそれはすべて間違いだった。

 行動の結果、生じたのはもう一人の友の犠牲とそれですら止められない破滅だった。こうなるはずじゃなかった。そう思ってももはや手遅れも手遅れ。

 起こした行動は覆らず友に苦痛を強いるだけの結果。そして、全ての滅びに直面して鷲尾須美は我に返ったのだ。

 

 ゆえに願うは救済。恥も外聞もなく懇願する。心臓を抉り出しても構わない。この状況が好転するのであれば神でも悪魔でもいい。ただ一心不乱に奇跡を乞う。

 

 だってこのままだともう終わりだ。すべてが滅ぶ。

 根性や勇気でどうこうできる領域など、とうの昔に超えている。

 悲劇の幕は上がったままだ。

 出てしまった結果を覆したいというのなら、あとはもう奇跡に縋るしかない。

 

「お願いします――神樹(カミサマ)

 

 ゆえに、光よ降り注げ。

 今まで人類を守ってきた神樹様、お願いします、どうか、救ってください。

 神樹様、神樹様、神樹様――自らの招いた結果にただただ涙を流しながら、鷲尾須美というちっぽけな勇者は天を仰いで絶叫するのだ。

 

「唵 呼嚧呼嚧 戰馱利 摩橙祇 娑婆訶」

「干キ萎ミ病ミ枯セ。盈チ乾ルガ如、沈ミ臥セ」

 

 よってそれは、純粋であるがゆえに特大の凶兆を呼び寄せる。

 即ち、事態は一向に好転の兆しを見せず。

 地獄を作り出した廃神(ヘイキ)の手でここからさらに破滅的な絶望を演じるのだった。

 

 まず訪れたのは、全てを破壊する激震だった。

 

 それが届いた端から破壊というより消滅が巻き起こる。

 九つ龍の咢と縦横無尽に伸びる手足、空に浮かぶ逆の十字架から円状に広がる破壊と狂気の病魔。全ての衝撃が狂乱した死の到来を告げている。

 

 とぐろ巻く狂乱――動くだけで激震が巻き起こり、ただそれだけでそこにある全てがはかなく砂と化して消え失せる。

 

 奪い去る病魔――羨ましいぞ、ヨコセヨコセヨコセ。すべてが奪われ代わりに悪質な病魔が押し付けられる。

 

 降り注ぐ樹海の残骸。結界の外でも尋常ならざる破壊がまき散らされ死体が木っ端のように舞うのが鷲尾須美には見えていた。

 綺羅綺羅しい樹海の欠片に混じって血と内臓と肉片の混合物がまきちらされ、それらを浴びながら悠々と領域を侵食していく二体の廃神。

 ありったけの災禍を纏う人類を滅ぼすためだけに顕象させられた廃神が、己の性能を見せつけながら再び姿を現した。

 

「ああ…………」

 

 だからそれらを目にした途端、鷲尾は希望を捨て去った。

 もう終わりだ。至極自然な道理としてここで死ぬし人類は滅ぶのだと理解する。いや、そもそもこんなものからどうして守り切れると思っていたのかとすら思う。

 あがく気力はもとよりない。訪れる死をただひたすらに待つ。もはやそれだけしか彼女に残されたものはない。

 

 友はこれに挑み、塵のように打ち捨てられた。都合二十を超える満開の果て、身体機能のことごとくを喪失し、敗北の海に沈んだ。

 

 滅びの運命からは逃れられない。

 

 廃神の進撃を止められる者はいない。勇者は敗北した。三人の勇者は、1人の勇者が招いた事態によって敗北したのだ。

 ゆえに滅びは必定。

 神々が定めたままに死に絶えろ人類。

 

 二体の廃神が己に与えられた役割のままに全てを破滅させようとしたその時。

 

「――救ってやろう。おまえたちすべて、」

 

 鳴り響いた靴の音は、まさしく勇者(盧生)が奏でる響きだった。

 ここに、ようやく奇跡(馬鹿)が舞い降りる。

 

「あな、た、は」

 

 この世界に刻まれた数々の人的損失、痛み、そして絶望。

 まさしく今は歴史が途絶えようとする空隙。

 封神を終えた真なる勇者が、ここに今顕象する。

 かつて世界を飲み込まんとした男は、今、世界の危機に立ち上がった。

 

「そんな顔をするなよ。笑ってくれよ。我が父のように、母のように。

 おまえたちは幸せになるべきだ」

 

 そこに立っていたのは第四盧生。かつて世界を幸せ(滅び)に叩き込んだ男が、今再び、世界のために立ち上がる。

 

人皆七竅有りて(ひとみな しちきょう ありて)以って視聴食息す(もってしちょう しょくしょうす)此れ独り有ること無し(これひとりあることなし)

 

 変化は如実だ。

 まず起きたのは全ての崩壊が消え失せた。甚大な被害、その全てがなかったことになった。

 精神すら侵食するほどの重度の火傷が消え失せた。

 全身に広がっていた傷が消えている。

 何が起きたのか。それを考える前に、目の前にありえないことが起きていた。

 

「みん、な――」

 

 死んだはずの彼女が、身を犠牲にした彼女が、目の前に眠っていた。

 生きている。五体満足で、全てがまるで何事もなかったかのように。

 夢だろうこんなものは。自分が望んだとおりのことが起きるなんてありえない。そんな(理想)あるはずがない。

 だというのに、目の前のすべてはまぎれもない現実だった。

 

 ――好きに夢を思い描け。そのときおまえは、おまえの中で世界の勝者だ。

 ――俺はおまえの幸せを、いつ如何なるときも祈っている。

 

 原因を直感する。それは現れた男。それだ。笑みを浮かべた白髪の男。奇妙な風体の男だ。鷲尾の幸せを願う言葉が確かに聞こえた。

 

「太極より両儀に別れ、四象に広がれ万仙の陣――」

 

 声と共に巨大な何かが来る。

 

 それは見てはならないもの。混沌そのもの。

 

「――終段・顕象――」

 

 地の底より、来たりおる。

 

鴻鈞道人(こう・きん・どう・じィィン)

 

 かつて一度は離反し、その身ともの滅んだ神格が今再び顕象する。

 否、それとは異なる。悪性としての混沌の要素が抜けて、ここに至は真なる鴻鈞道人。

 最上位の神仙すら意のままにする丹の持ち主にして、霊宝天尊、元始天尊、道徳天尊の師であるとも言われた神仙。

 しかし、これは封神演義に代表される創作であり、本来は神仙ですらないものだ。元来、彼らの師となるような格上の神仙は、本来道教の中に存在しない。

 だが、万民から多くの支持を受けた架空の神仙はその存在をあってほしいと願う普遍無意識の海にて存在を肯定された。

 ゆえに、鴻鈞道人は二次創作でありながら、そのままの神格を有している。

 

「救ってやろう。おまえたち全て。わかっている、娘よ」

 

 封神を終えた神仙は、第八等廃神すらかすむほどに強大な力を有している。

 ただ一度、腕を振るい神仙の意を放てば二体の廃神は消え失せる。

 

 だが、世界はそれを認めない。

 さらなる廃神を呼び起こす。

 

「Ураааааааа!!」

 

 現れる超獣帝国。莫大な力を秘めた巨大なる人がその姿をさらけ出す。

 それだけではない。

 

「あんめいえぞまりあ。おおおおおおお、ぐろおおりああああす!」

 

 蝿声が生じ、黒い雪が形を成す。正しく悪魔として顕象した蝿声が今そこに悪夢を振りまくのだ。

 

「あ、ぁああ」

 

 絶望はまだ終わっていないというのか。

 まだ絶望が来るというのか。

 

「あきらめたら、そこで終わりだ。諦めるな。どうしてそこで諦める。さあ、立て、発起しろ。もし、自分で立てんというのなら、心を鬼にして俺はおまえを殴ろう。

 さあ、謳わせてくれ、人間賛歌を喉が枯れ果てるほどに。信じているのだ。人間が、この程度で終わるはずがないと」

 

 軍靴と男の声とともに、顕象した廃神はそれこそ木っ端のように消し飛んだ。

 何も特別なことをしたわけではない。単純に殴りつけたそれだけだ。それだけで強大な廃神を男は砕いたのだ。

 単純に言えば余波でぶっ飛ばした。それだけである。本来は別の意図があったのだが、どうやら盛大に手が滑ってしまったようだ。

 だが、男は気にしない。

 

「さあ、宣言通りに来た。おまえたちの輝きを見せてくれ」

 

 男は宣言した通りにやってきた。

 そうとも人間の輝きが失せようとするのならば、その輝きをこそ愛する男が黙っているはずがない。

 大外套を翻し、不遜な笑みを浮かべて。

 

「そして、謳わせてくれ、俺におまえたちを讃える人間賛歌を!」

 

 豪笑でもって戦場を支配する男。

 そんな男に対して呆れたように女が現れていた。

 

「まったく、飛びだして行きすぎだろう。順番では私だと思ったんだがな」

「これはこれは済まないことをした第三盧生殿。正直我慢ならなかったものでな」

「おまえに言っても無駄なのは知っている。なら――」

 

 綺麗な女だった。豪奢な金髪に翡翠の瞳。感じる気品は貴族というものそのものだろう。それも古い武力をもって貴族とした頃の。

 それでいて第一音のみをかなで続ける機械だ。鋭利な。

 そんな女は、新たに生じた四体の廃神に向けて自らの権能を開放する。

 

富は滅び(Deyr fé,) 親しき者は死に絶え(deyja frændr) いずれは己も死に至る(deyr sjalfr it sama)

 

 終段顕象(Dags ansuz)――

 

 高き者の箴言(Hávamál)

 

 ただそれだけで廃神は死に絶えた。

 苦しむことなく安らかに。

 

 さあ、雑魚は払ったぞ、そろそろ来たらどうだ真打。

 

 そう言わんばかりに場を譲る2人の盧生。

 

「まったく。おまえらはいつもやりすぎなんだよ」

 

 さらにもう一つ。軍靴とともに男が現れる。

 

 汚れ一つないインバネスを翻す軍装の男。

 自らを指標とする輝きの男がついに来た。

 

 その男こそ近代、最も新しき英雄として称えられた人物。 

 

「柊、四四八……」

 

 今ここに、英雄がその姿を顕象させていた――。

 

 これより四人の盧生による最終決戦が始まる。

 絶望は終わった。

 これより先にあるのは未来だけだ。

 確かな未来が、約束された。

 これより先に勇者など現れない。

 なぜならば世界は救われるのだから。

 

「行くぞおまえら」

「「「応――!!」」」

 

 四人の盧生が、絶望を希望に変えた。

 




ふと思いついて書いたもの。私の誕生日記念。

絶望なんてなかった。

とりあえずいったんこれにて終了。
今後また何か思いついたら投稿します。
予定しているのがいくつかありますが、なかなかかけないのでかけたらあげていく感じにします。

では。


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