ハイスクールD&D 転輪世界のバハムート (生ハムメロン)
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旧校舎のディアボロス
プロローグ


ルビ周りを大幅に編集。あと転移直後あたりの描写を加筆修正(4/11)


 龍司祭(ドラゴンプリースト)は儀式を中断して振り返った。

 誰も入れぬようにしていた祭殿に入り込む気配、それも儀式を続けていればそのまま死を迎えていたような強力な気配を感じたからだ。

 祭殿の入り口には男がいた。

 白金に輝く籠手を嵌め、同じく白金に輝く兜に覆われた顔は表情が窺えない。しかし、体には防具らしきものは身につけておらず、簡素な衣服のみ。

 龍司祭は男を知っていた。非実体の霊体をも切り裂く鉤爪の伸びた白金の籠手は、白金竜(バハムート)武僧(モンク)の為に創りし聖遺物"鉤爪の籠手"(ガントレット・オヴ・ザ・タロン)

 "白金の兜"(プラティナム・ヘルム)はバハムートが7体の金竜の配偶者に与えたと謂われ、着用者に"竜の感知能力"(ドラゴン・センス)を与える能力を持った聖遺物。鎧がなくともその驚異的な察知力で攻撃を躱しきり、否攻撃が当たっても魔術による力場の鎧で防ぐ竜の血を引く魔術師(ソーサラー)。魔術を拳に込めて戦う姿から敵味方問わず男の二つ名は知れ渡っていた。

 

「――"白金竜の魔拳"(フィスト・オヴ・バハムート)

 

 そして龍司祭は、男の敵だった。

 

万色竜(ティアマト)の召喚は阻止させて貰う」

 

 轟く雷鳴に見合わぬ若い声だった。そんな下らぬ事をふと思いながら、龍司祭はメイスを構えた。自分は神官としての技量はあれど武については然程磨いていない。護衛を全て屠ってきたのだ、恐らく自分では目の前の男には勝てないだろう。しかし仕える神たるティアマトの宿敵、バハムートの強力な信徒をこのままにしておいたのでは教団の不利益となる。ならば、この身を賭してでも奴をこの世界から消し去る。そう決意して龍司祭は男に向かっていった。

 

◇◇◇

 

 フェイ――"白金竜の魔拳"(フィスト・オヴ・バハムート)と呼ばれる男――は目を覚ました。辺りを見回すが見覚えのある景色ではない。それどころか、見覚えのないものも大量にある。

 ここは町中だろうか、樹木が生えている付近は土だが、少し離れると石畳に覆われている。道と思わしき場所は石畳ですらない。素材は石と思われるが、土のようにならされている。

 道沿いには街灯らしき物はあるが、火を灯している様子はなく、(ライト)の呪文の効果がより近い。――思いたくはなかったが確信する。

 ここはこれまで師匠と二人旅をしてきたどの場所とも異なり、そして異質だ。別の国という以前に、別の次元界なのだろう。

 ティアマトを祀る教団の祭殿にいた自分がなぜこんな所にいるのか?

 その答えは簡単だった。ティアマトの龍司祭が死の間際に作り出した次元の裂け目に放り出されたのだ。ここは自分の居た次元界ではない、しかも今の自分に戻る手段はない。目の眩みそうな現実にフェイは頭を抱え込みたくなるが、こんな事でいちいち落ち込んでいては冒険者は務まらない。気を取り直して装備の確認をする事にした。

 鉤爪の籠手は装着している。衣服類も無事。秘術呪文構成要素ポーチも多少の損失はあるかもしれないが大体の内容は揃っている。ヒューワードの便利な背負い袋(ヒューワード・ハンディ・ハヴァサック)も無事。……これを無くしていたら不便では済まなかった可能性もあるので本当に良かった。

 安心して頭を掻き上げる。そこでふと気付いた。白金の兜が無い。

 背負い袋から手鏡を取り出して確認すると、そこには兜で覆われた顔ではなく短く刈った黒髪、そして竜の血の顕われか猫目状の金の瞳を持った、美形と言うよりも精悍と表現されがちなフェイの素顔が映されていた。

 白金の兜が外れていること自体は不思議では無い。あの全てを吸い出す次元の裂け目に巻き込まれたのだ。その時に外れて行方が判らなくなることもあるだろう。しかし――

 

「なんで"竜の感知能力"が発揮されたままなんだ?」

 

思わず声に出してしまっていた。すると周囲には誰も居ないのに返答が来た。

 

『それは我が答えよう、我が末裔(すえ)よ』

「!?――誰だっ!」

辺りを見回すが誰も居ない。"竜の感知能力"にも捉えられない。

『我はお前の身に付けている籠手の中に居る』

「鉤爪の籠手の中に?――鉤爪の籠手が知性あるアイテムだなんて聞いた事がない……いや、そもそも数が少ない聖遺物(レリック)だから有名ではなかっただけなのか……?」

『我はそのようには創ってはおらぬ。鉤爪の籠手はあくまでモンクの能力を高め霊を討つ為のもの。本来知性などは存在しない』

「しかしお前は喋って……っこの気配っ。――失礼しました、我が神(バハムート)よ」

 

 フェイは一瞬訝しんだが、籠手に宿る神性に気付き跪いて礼を取った。

 

『ようやく気がついたか未熟者め。だが我はバハムートの本体の意識ではない。鉤爪の籠手に籠められた神力の残滓、それと融合した白金の兜の神力が結びついて目覚めた意識。バハムートに限りなく近くはあるが七つの層なす天界山(セレスティア)にいる本体との同期はされておらぬし、神格も持たぬ化身(アヴァター)とも呼べぬ存在よ』

「白金の兜が融合したですって?」

 

 そんなバカな。驚くフェイに対して、鉤爪の籠手の中にいるバハムートの意識は語り続ける。

 

『然り。この次元界に放り出されるまでの間に聖遺物同士が結びついてしまったのだろう。だが面白い事に鉤爪の籠手の特性と白金の兜の特性のみならず、聖遺物自体の神力が増したおかげで新たな特性を宿したようだ』

「新たな特性とは?」

 

 尋ねるとバハムートは楽しげに語った。

 

『我が末裔フェイよ、お前が拳に魔術を籠めて敵を討つが如く、我が吐息(ブレス)の力をこの籠手に籠められるようになったぞ。日に左右の籠手一度ずつのチャージだがな』

我が神(バハムート)のブレスというと……冷気(コールド)ガス化(ガシアス)分解(ディスインテグレート)ですか」

 

 バハムートは強力な吹雪の(コールド)ブレス、暫くの間朦朧かつガス化させて無力化する(ガシアス・フォーム)ブレス、対象を分解して消滅させるレーザーの如き(ディスインテグレート)ブレスをそれぞれ用いると謳われている。

 

『然り。威力も本来の物よりも大分劣る上に、対象も1体のみとなるがな。それに……』「それに?」

『……いや、これは必要な時に告げよう。この意識は神として全てを見通せるわけではないのでな』

 

 とても気になるが自分の仕える神(バハムート)がそういうなら神託があるまでは待つしかない。代わりにフェイはもう一つ気になっていた事を尋ねることにした。

 

「了解しました。それで私はこのまま鉤爪の籠手を使い続けても良いのでしょうか?」

『扱える者が扱うのが正しい。……聖遺物が統合されて神器(アーティファクト)と化す……か。なかなかに面白い現象だ』

「神器!?」

 

 神器はフェイの居た世界では下級の神器ですら既に製法が失われた、あるいは神々やそれに匹敵する者にしか作製することが出来ない程強力な伝説の秘宝。上級の神器となると唯一無二の力を持ち、神々ですら意図して作製は出来ず、破壊することも困難だという。この籠手がそんな代物になったのだとしたら、尚更自分が持つのに相応しいのか……。

 

『お主にしか扱えぬと言ったのだ。そんな事で一々悩んでいるのをナティントラパ(お主の師匠)が知ったらどうなるかな』

「……はい」

 

 呆れたかのようなバハムートの言葉に、フェイは師匠が烈火の如く怒る様を想像して顔色を青くして頷く……が、突然顔を上げると明後日の方向に駆け出した。血の、争いの匂いを感じたからだ。"竜の感知能力"を持ち、モンクでもあるフェイの感覚は研ぎ澄まされている。常人なら無意識に遠ざかる(意志セーヴに失敗する)結界を軽く突き抜けて、匂いの元を辿っていけば……血溜りの中に倒れている少年、そしてその脇に立つ背に黒き翼を生やした禍々しい気配を出す女がそこにいた。




D&D知らない人向け
白金竜:バハムート
 善竜(メタリックドラゴン)を統べる神様。
 弱者を助け、圧政を覆す弱きものの味方。武闘派正義。
 バハムートがドラゴンになった元凶がコイツ。(イメージが広まったのはコイツを元に幻獣王を設定したFFのせい)
 ハイスクールDXDのバハムート(魚)とは別の存在。

万色竜:ティアマト
 悪竜(クロマティックドラゴン)を統べる神様。
 赤緑青黒白の5色のドラゴンの首をもつ多頭竜の神。
 征服、強欲を教義としている。
 天魔の業龍とは別の存在。

手鏡
 自分の顔よりも、ダンジョン内で曲がり角の先を確認したりの用途が多い。


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1話

ルビ周りを少々修正(4/12)


「あら? なんで人間が結界の中に――」

 

 フェイは女を無視して、倒れ伏す少年を介抱する。しかし――既に致命傷を負って命が喪われようとしている。少年は武装をしていなかった。モンクのように鍛えられてもいなかった。――自衛の手段を持たぬ者。

現在自分の持つ手段では少年を救えないと悟ったフェイは、黒翼の女を睨み付ける。

 

「お前がやったのか?」

「だったらどうしたというの?……へぇ、あなたも神器(セイクリッド・ギア)を持っているのね。だったらついでに死んで貰いましょうか」

 

 そう告げると女は右手に光の槍を作り出した。

 神器(セイクリッド・ギア)神器(アーティファクト)のことか?この少年がそれを持っていたのか?いや、それよりも。

女の言っている事が何を指しているのか判らないが、ハッキリと判っている事がある。目の前の女は、悪で、敵だ。ならば……闘う!

 

「やる気なの?人間如きが堕天使に勝てると思っているのかしら」

 

 構えを取ったフェイを見て女は嗤うが……。

 

堕天使(エリニュス)……やはり悪魔(デヴィル)か」

「はぁ!? 悪魔!? この堕天使レイナーレ様を悪魔なんかと一緒にしないで頂戴!」

 

 フェイが淡々と漏らした反応に、何故か激高する堕天使レイナーレ。堕ちたエンジェル(エリニュス)悪魔(デヴィル)だろうに。と考えるが、ここは異世界だったと思い直す。この世界では悪魔と堕天使の扱いが違うのだろうか。

 

「人間如きが馬鹿にしてっ、死ねっ!」

 

 レイナーレが投擲した光の槍を体の位置をずらすだけで躱し、一歩を踏み込む。その直後にはレイナーレの腹にフェイの肘が突き刺さっていた。モンクとして鍛え上げられた機動力は、瞬時に彼我の距離を詰める。俯いたレイナーレの顔をそのまま籠手でかち上げ、逆の籠手の鉤爪を抉り込もうとしたが、躱され距離を取られる。

 

「くっ、人間のくせにやるわね。教会の送り込んできた勢力かしら。……ここは一旦引かせて貰うわ」

「待てっ」

「私に構っていていいのかしら?怖い怖い悪魔がやってくるわよ?」

 

 レイナーレが指さす方向には魔方陣が形成され、何者かが顕われようとしていた。死を迎える少年を放って堕天使を追い続ける訳にもいかず、フェイはレイナーレが飛び去っていくのを見送るしかなかった。

 

◇◇◇

 

「この子は貴方が?」

 

 魔方陣から顕現した赤髪の少女――堕天使の話が本当なら悪魔だろう――は開口一番にそう言った。

 

「いや、堕天使レイナーレとか名乗っていた黒翼の女だろう。俺自身のその場面は見ていないから確かとは言えないが。……それで悪魔が何をしにここへ来た?」

 

 隠す意味も無いので素直に答える。だが、この悪魔が何をするのかを確認しなければならない。

 

「この子を救いによ」

「魂と引き替えにか?」

 

 悪魔の答えに皮肉で返す。すると悪魔は柳眉を逆立てキッパリと言い放った。

 

「私達、すくなくともグレモリーはそんな事はしないわ。それに私が来たのはこの子が願ったから。私はその願いに応えるだけよ。それとも貴方がこの子を救えるの?」

 

 痛いところを突いてくる。確かにフェイでは現状少年を救えない。だからといって悪魔に委ねていいのか……と考えた所で先ほどの堕天使とのやりとりを思い出した。まだこの世界の悪魔、そして堕天使がどのような存在なのか判っていないのだ。それを知る事も必要だろう。それに……目の前の悪魔は自分の世界の悪魔とは少し違う。そう思ったのもある。

 

「……判った。少年を救ってやってくれ。ただし、俺も立ち会わせてくれ。もし少年を堕落させようというのなら……」

「いいでしょう。私は後ろ暗い事をするつもりはないわ。まあ、例え貴方が気に入らなくても手を出す事は出来ないでしょうけど。自己紹介が遅れたわね。私はリアス・グレモリー、この街の管轄者よ。それで貴方は何者なの?」

「フェイ。バハムートのモンク」

「バハムート!?」

 

 フェイが答えるとリアスは何故か驚いた顔をしている。同名の知り合いでもいるのだろうか。

 

「アンタの知っているバハムートとは別の存在だと思うが」

「……ふぅん、ねえ。この子を救った後でまた詳しく聞かせて欲しいのだけれど構わない?」

 

 白金竜(バハムート)の威光を語る分には否はない。それにこの世界の事を詳しく知る必要があった為、フェイはこの話に乗る事にした。

 

「構わない、俺からも色々と聞きたい話もあるしな」

 

 そうして少年を救った――悪魔に転生させるという手段しか取れなかった事実がフェイとしては忸怩たるものがあるが――後、リアスの元で話し合いを行った。

 

◇◇◇

 

 フェイが語ったのは白金竜(バハムート)という神について。善の竜を統べる神、弱き者の庇護者であり悪を打ち倒す白金の竜。自分がその信徒でありモンクとして修行を積んでいる事。バハムートの宿敵である悪の竜の神、万色竜(ティアマト)の龍司祭との戦闘の結果、次元の裂け目に飲み込まれてここに来たこと等である。大分驚いていたようだがこの世界では珍しいのだろうか。

 

 リアス側からは、この世界には悪魔、天使、堕天使の勢力があり、この三勢力による三つ巴の戦争があったこと、それらの存在は一般の人間は知らないこと、リアスの兄の眷属であるバハムートの事などが語られた。魚かよ、と籠手の中のバハムートが愚痴った事は信仰上聞かなかった事にした。その上でそのバハムートの籠手の事も伝えられた。この世界では神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれる物に相当するそうだ。意志によって着脱が出来るようなのでやってみたら出来た。便利な物である。なお、知性ある(インテリジェンス)神器があるか判らないので、バハムートの意識の事は黙っている。

 

「アンタ達が俺の世界の悪魔(デヴィル)堕天使(エリニュス)と異なるのは判った。アンタ達が弱者を堕落させたり、虐げようとしない限りは種族だけで判断はしないと約束する」

「納得して貰えたなら嬉しいわ。それで貴方も私の眷属にならない?」

「それはない」

 

 単純に敵視しないと言っても、実際悪魔になるのは別だ。リアスの誘いには断りを入れる。

 

「そうしたら貴方はこれからどうするの?」

「……」

 

 正直に言えば当てはない。しばらくの間なら所持品と呪文でどうにかなるが、元の世界に帰還する手段もない為、いつまでもそうしている訳にもいかない。この世界での常識も持ち合わせていない為、人々に紛れて行くのも難しいかもしれない。そんな事を悩んでいると、リアスが思いがけない提案をしてきた。

 

「取引をしましょう。私が提供出来るのはこの街での身分と常識、そして生活基盤」

「――望みはなんだ?」

 

 要求を聞き、フェイはリアスの取引を呑む事にした。

 




兵藤一誠はn度死ぬっ!

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。


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2話

ルビ周りを少々修正(4/12)


「アメリカから転校して来ました、飛龍(フェイ・ロン)です。日本語は多少出来ますが日本に来たのは初めてなので常識外れの行動を取るかもしれません。その時は直していきたいので遠慮無く指摘して下さい。よろしくお願いします」

 

 フェイがなんでこんな挨拶をしているのか。発端はリアスだった。

 

◇◇◇

 

「ここの常識を身につけるなら学校に通うのが一番ね。というわけでフェイ、貴方は駒王学園に通いなさい」

 

 何が『というわけで』なのだろうか。そんな表情を読んだのかリアスは楽しそうに続ける。

 

「学校は子供達がある程度世間に出ても不自由しないような常識を身に付けさせる一面を持つ施設よ、ここの常識を持たない貴方には丁度良いわ。それに駒王学園ならグレモリー家の融通が利くし。本当は小学校からの方がいいんだけどね」

 

 小学校とは6~10歳前後の子供が通う場所らしい。流石にそんな場所に混ぜるのは勘弁して欲しい。駒王学園の生徒は自分と比較的同年代中心らしいからまだマシか、とフェイは自分を無理矢理納得させた。

 

「勉強とかも1からやって貰う必要があるから1年生ね。あ、それと外国からの転校生にしましょう。それなら多少変わったことをしても文化の違いで通用するでしょう。それから――」

 

 リアスは楽しそうに"設定"――学園でつかう仮名や大体の受け答え内容まで――を細かく決められていく。楽しんでやがるなコイツ。

 

◇◇◇

 

 言語会話(タンズ)の呪文の効果はこの世界でも問題なく発揮しているようだ。同級生との受け答えにも問題はなかった。フェイのような者は珍しいのか色々と質問を受けるが、先だってリアスと決めた"設定"通りに答えていく。初日はつつがなく終了した……筈だった。

 リアスに用意して貰った住居に引き上げようとしたフェイの席に、一人の女生徒がやって来た。特徴的な白髪。フェイのクラスメイトで恐らく――

 

「塔城さん……で良かったか?」

「……はい。リアス部長に呼ばれているので一緒に来て下さい」

 

 関係者だろうな、今日の間コチラを観察しているようだったし。フェイは塔城に了承の旨を伝えると、案内をする彼女について行く。

 

「オカルト研究部で良かったか? リアスの部活は」

「はい。……飛君は部長とどんな関係なんですか?」

 

 リアスを呼び捨てにした為か軽く睨まれて詮索される。所属する組織の長を軽んじるような態度は彼女の部下の前でするものではないかと軽く反省する。そもそもオカルト研究部に所属するのもリアスの要望の一つだったから、尊重しなければならないか。

 

「ああっと、昨日会ったばかり……かな」

「冗談ですよね?」

 

 正直に答えたらまた睨まれた。実際昨日今日会ったばかりでこれだけ手配をしているリアス・グレモリーの影響力は相当大きいのだろう。通常なら信じられないのも無理は無い。少々気まずい雰囲気のまま、オカルト研究部の部室に到着する。

 

「失礼します」

「失礼します」

 

 扉をノックし塔城と連れだって中に入ると、オカルト研究部の中では3名の先輩(悪魔)が待っていた。

 

「ようこそ、フェイ。私たちオカルト研究部は貴方を歓迎するわ。それから――気付いていると思うけど今の部員は全員私の眷属よ」

「あらあら部長ったら。初めまして、3年性、姫島朱乃ですわ。いちおう副部長も務めております、以後お見知りおきを。それとこれでも悪魔ですわ。」

 リアスの紹介を受けて、軽く微笑みながら長い黒髪を纏めた落ち着いた雰囲気の少女が挨拶をしてくる。続けて顔立ちの整った金髪の男子生徒が挨拶をする。

 

「木場悠斗、2年生です。動ける男手は僕一人だったから君が来てくれて嬉しいよ。あ、あと悪魔です、よろしく」

「1年の塔城小猫です。クラスメイトですが改めてよろしくです。……悪魔です。」

「そして、私が彼らの主であり、悪魔でもあるグレモリー家のリアス・グレモリーよ。家の爵位は公爵。よろしくね、フェイ」

 

 続いて一緒に部室に入ってきた塔城が先輩達に並び、挨拶をしてきた。最後にリアスの堂々たる挨拶。それを受けてフェイも挨拶を返してみるが……

 

「1年に編入しました飛龍です。人間です」

 

 ……少々気まずい。そういえばこの部員達にはどこまで事情を話して良いのだろうか。

 

「部長、どこまで話していいんですかね?」

「言ったでしょう?私の眷属しか居ないと。貴方に不都合がなければどこまででも構わないわよ」

「……わかりました。では改めまして。本名はただのフェイなのでフェイと呼んで下さい。自分は悪魔ではありませんが堕天使などの超常の存在と闘う能力は持っています。悪魔としての仕事の手伝いは出来ませんが、そちら側で助力するよう部長に頼まれていますのでよろしくお願いします」

 

 まあ異次元界の事そのものや、異次元界の竜神とはいえ、わざわざ悪魔相手に神の信徒と名乗ることもないだろ。ここに呼ばれている時点である程度あちら側の存在だとは思っていたのだろうが、人間の戦闘要員だとは思っていなかったらしい。リアス以外の者が三者三様の驚きを見せている。

 

「フェイ君は何を使って闘うんですか?」

 

 3人を代表したのか塔城が尋ねてくる。

 

「素手格闘、及び魔法ってところだ」

「あら、フェイも魔法を使えるの?」

 

 リアスが口を挟んできた。言ってなかったかな? モンクとしか言ってなかったかもしれない。

 

「俺は竜の血を引いているので。魔術師(ソーサラー)でもあるんですよ。尤も遠距離で呪文の撃ち合いをするよりも、拳に呪文を纏わせたりして近距離で闘う方が得意ですが」

「……本当に人間ですか?」

 

 本当に人間だよ。塔城の突っ込みに心の中で返す。前の世界(大いなる転輪)の身の回りには師匠を始め人外かギリギリ人間(人外と紙一重)しか居なかった気もするが。

 

「思った以上に拾いものだったかしらね?」

 

 リアスの言葉にフェイが肩を竦めるのを見て、姫島があらあらと笑う。穏やかな時間がながれる中、ふと気付いたのでリアスに尋ねてみる。

 

「そういえば昨日助けた少年はどうなったんですか?悪魔転生させたんですよね?」

「ああ、イッセー?この学園に通ってるわよ。元々この学園の生徒なのよ」

「兵藤一誠君、2年生ですわ。彼は転生したばかりなのもあって、過度に接触せずに様子見中です。しばらくすればオカルト研究部の新入部員としてやってくる筈ですわ」

 

 兵藤一誠というのか。そして先輩か。姫島が言った兵藤の現状にとりあえず納得する。彼の生前は知る由もないが、悪魔になったら何か変わるのだろうか。とりあえず知っているか?と隣に座った塔城に目線で問いかけてみる。

 

「……転生前からあまり良い評判を聞かない人です」

「まあ、大分個性的かな」

 

 木場のフォローがあまりフォローになってない気もするが、これは悪魔に転生した人間の素行の参考にするなって事だろうか。兵藤の件も含め、しばらく様子見か、とフェイは結論づけた。

 

 ――数日もしないうちに兵藤一誠の学校での評判はフェイの知るところになった訳だが。

 




次で一誠とフェイの初対面です。

感想・批評などありましたらよろしくお願いします。


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3話

ルビ周りを少々修正(4/12)


 ある日、通常通り登校してきたフェイはなにやら校門付近が騒がしいことに気付く。近付いて聞いてみると、2年の変態三人組とよばれる先輩の1人――というか例の兵藤――とリアスが同伴登校したとかなんとか。馬鹿馬鹿しい――途端に興味を失ったフェイは、そのまま教室へと向かうのだった。

 

 放課後になるとフェイはいつも通り塔城と一緒に部室へと向かう。部室に入ると姫島だけが中に居た。いや、他にも誰かが部屋の奥で水を使っている音がする。

 

「失礼します、姫島先輩と……」

「うふふ、部長が奥でシャワーを浴びているのですよ」

 

 部室にシャワーなんてものもあるのか。しかしここに来てまで入らなくてもいいだろうに。表情に出ていたのか姫島は説明をした。

 

「昨日シャワーも浴びずに兵藤くんの家に泊まったみたいですからね」

「ああ、同伴登校したとかなんとか……」

「……いやらしいです」

 

 塔城は何故俺を睨むのか。フェイには理解出来なかった。

 

「それでその兵藤先輩はまだ部活には誘わないので?」

「今日悠斗君が連れてくることになっているわ」

「成る程……」

 

 面と向かって話すのは初めてになるか……評判はアレだが実際はどんな人物だろうか。

 

「さて、そろそろ部長の着替えを用意しますわね」

 

 そう言って姫島がシャワー室を仕切るカーテンの向こうへ消えていくのとほぼ同時に部室の外から声がかけられる。

 

「部長、連れてきました」

「ええ、入って頂戴」

 

 木場の声だ、丁度兵藤を連れてきたらしい。カーテン向こうからの部長の返事に、木場と茶髪の少年が入ってくる。間違いなくあの時の少年だ。兵藤は入ってくると部室内を見回している。まあこんな偽装を含めて魔術的な装飾に塗れた部屋などそうそう見る経験などないから珍しいのだろう。部室のソファに座る塔城を見て顔を輝かせ、その隣に座るフェイの顔を見てわずかに顔を顰める兵藤。わかりやすいな、おい。フェイは内心で突っ込みを入れる。

 

 兵藤が小猫達の様子を見ているのを察して、木場が兵藤の紹介を行う。

 

「こちら、兵藤一誠くん」

「……」

「どうも」

「あ、どうも」

 

 塔城が無言で頭を下げるだけだったので、フェイもきちんとした紹介はまた後でするだろうと考え挨拶だけにしておく。兵藤も同様に返してきた。それから間もなく、キュという音とともに水の流れる音が止まり、カーテンの向こうから会話が聞こえてくる。

 

「部長、これを」

「ありがとう、朱乃」

 

 兵藤がそれを聞いてか何かを連想したのか、非常にだらしないとしか形容出来ない表情をする。

 

「……いやらしい顔」

 

 塔城がポソリと呟き、アレと一緒にされたのかとフェイは苦虫を噛み潰したような表情を作る。

 

「……ああじゃなかったので安心してください」

 

 そんなフォローをする位なら最初から言うな、と返す事も出来ないフェイであった。

 

 リアスと姫島が出てくると、お茶の準備をしてから兵藤に対する説明が始まった。悪魔のこと、天使、堕天使との関係。それから兵藤を襲った堕天使のこと。なんでも兵藤に神器が宿っている為、所有者を潰す事を目的として襲ったらしい。兵藤の仮の彼女に扮してまで。

 これまでの状況でいえば、一番フェイの知るデヴィルに近いのは堕天使であるが、悪魔自身の語る内容なのである程度は差し引いて考える。

 話の流れは兵藤の持つ神器に移っていく。神器は一番強い何かを強く思い浮かべ、その姿を真似る事で発現しやすくなるらしい。

 それを受けて兵藤がドラグ・ソボールの空孫悟(そらまごさとる)なる者の真似をしているようだが……あれは気弾の真似事かとフェイは推察した。

 どうやら空孫悟は修行を積んだモンクの中でも特に気の扱いに特化した者が得意とする気弾の使い手らしい。

 

「ドラゴン波!」

 

 兵藤がかけ声とともにポーズを取ると、その左手が発光し、光がやむとともに赤い籠手が装着されていた。

 フェイはその籠手を見て息を呑んだ。籠手の中に眠る強大な竜の気配。それを竜の末裔であり、バハムートの信徒であるフェイは見逃す事はなかった。

 

『なかなか面白い奴が眠っているようだな』

 

 白金竜の籠手の中のバハムートがフェイだけに語りかけてくる。

 

『あの中に眠っている竜……神格、あるいはそれに近い存在だろう。あの籠手とその所有者、注意しておけ』

 

 バハムートの助言を、フェイは深く胸に刻み込んだ。

 

「その神器所有者を消す為にあなたは狙われ、殺された。そして私はあなたの命を救う事を選んだ――悪魔としてね」

「それじゃあ……」

 フェイはその問答を苦々しい思いで聞いていた。だが彼を救う手段を持たぬ者が口を挟める話では無い。

 

「イッセー、あなたは私、リアス・グレモリーの眷属として生まれ変わったわ。私の下僕の悪魔として」

 

 その瞬間、バッという音とともにリアスとリアスの眷属達の背からコウモリのような翼が生える。それに呼応してか、兵藤の背からも同様の翼。まあ悪魔の翼はこんなもんだよな……と1人翼を生やしていないフェイは眺めていた。兵藤もそれが気になったようで、フェイの背中を注視している。

 

「じゃあ改めて紹介するわね。フェイ」

 

 それを察したリアスがフェイの名を呼ぶ。

 

「1年生、飛龍です。見ての通り俺だけは悪魔じゃなくて人間です。当然眷属でもないのですが諸般の事情でこの部活に加わっています。よろしくお願いします」

 

 フェイの紹介が終わると木場が兵藤に向けてスマイルを送る。

 

「僕は木場祐斗。兵藤一誠くんと同じ2年生ってことはわかっているよね。えーと、僕は悪魔です。よろしく」

「……1年生。……塔城小猫です。よろしくお願いします。……悪魔です」

 

 塔城が小さく頭を下げる。

 

「3年生、姫島朱乃ですわ。いちおう、研究部の副部長も兼任しております。今後ともよろしくおねがいしますわ、うふふ」

「そして、私が彼らの主であり、悪魔でもあるグレモリー家のリアス・グレモリーよ。家の爵位は公爵。よろしくね、イッセー」

 

 姫島の礼儀正しい挨拶、リアスの挨拶が続いた所でフェイは思った。オチ担当にならなくてよかったと。

 

◇◇◇

 

「二度と教会に近付いちゃだめよ」

 

 兵藤一誠がオカルト研究部に所属してからしばらくたったある日、兵藤はリアスに叱られていた。

 

「教会は私たち悪魔にとって敵地。踏み込めば神側と悪魔側の間で問題になるわ。今回は向こうも道に迷ったシスターを送った厚意として受け止めてくれたみたいだけど、本来なら即座に光の槍が飛んで来たかもしれなかったのよ」

 

 リアスの注意に青ざめる兵藤。フェイはこの会話から悪魔と神との関係を考えていた。これまでの活動を見ても、あまりフェイの常識上でのデヴィルらしくない悪魔と言えるリアス達。それでも神――こちらでは善の神に相当するだろうか――の勢力は天敵としている。そういった意味では、バハムートのモンクである自分を懐に収めているのは度量が広いのか無謀なのか。だがフェイは彼らの事を自らの神(バハムート)の敵とは思えなくなっていた。――彼らはあまりにも人間臭すぎる。また籠手の中のバハムートも同様に未だ様子を見る事を助言していた。

 だとすれば、この世界の神とはどのような勢力なのか。フェイはそれが気になっていた。

 

「あらあら、お説教はすみました?」

 

 どうやらリアスの説教が終わったようだ。姫島がリアスに声をかけた。

 

「朱乃、どうかしたの?」

 

 リアスの問いに姫島が顔を少し曇らせて答える。

 

「討伐の依頼が大公から届きました」




次回、チュートリアル悪魔ことバイサーさん登場です。

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。


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4話

ルビ周りを少々修正(4/12)


 ――はぐれ悪魔。リアスのような爵位持ちの悪魔の下僕として悪魔になった物が、主を裏切り、または主殺しをすることで自由の身になる事がある。その動機は概ね弱き人間から悪魔となった事で得られた力に酔い、その力を思うが儘に扱いたいといった物。

 そして、そうやって自由を得られたはぐれ悪魔の大部分はその力をろくでもない方向へと向ける。

 今回大公とやらから来た依頼もまた、そういったはぐれ悪魔がリアスの活動領域内へと逃げ込んだ為、討伐せよ――といった内容。

 

 深夜、オカルト研究部の面々は廃屋となった小屋が遠目に見える茂みに潜んでいた。

 誰一人明かりは持っていない。悪魔は暗闇を見通す事が出来るからだ。

 

「フェイ君は明かりなしでも大丈夫ですか?」

「ああ……生まれつき暗視能力は備わっているからな」

「本当に人間なんですか?」

 

 いつも通りの塔城の辛辣な言葉。

 本当に人間だよ。フェイは心の中で何度となく繰り返した突っ込みを入れる。

 フェイもまた、竜の血を引いている(ドラコニック・クリーチャー)為暗視能力が備わっているのだった。尤も、神器の能力として暗視以上の感知能力を得ているのだが。

 

「血の臭い……」

 

 塔城が呟き、制服の袖で鼻を覆う。フェイでも気付かない位なので塔城の嗅覚は相当強いのだろう。

 

「イッセー、いい機会だから悪魔としての戦いを経験しなさい」

「マ、マジっすか!? お、俺、戦力にならないと思いますけど!」

 

 リアスの振りに狼狽える兵藤。まあ戦闘を経験した事がない一般の若者にいきなり戦闘に向かえといっても、ろくな働きは出来ないだろう。今回の場合リアスが狙っているのは――

 

「戦力外でも戦闘を体験するだけで経験になる、ですか」

「その通りよ、フェイ。イッセー、今日は私たち悪魔の戦闘をよく見ておきなさい。……そうね、ついでに下僕の特性を説明してあげるわ」

「下僕の特性? 説明?」

 怪訝な顔の兵藤。フェイも下僕の特性という物に興味を覚える。

 

「主となる悪魔は下僕となる存在に特性を授けるの。……そうね、頃合いだし、悪魔の歴史も含めて説明しましょう」

 

 先輩達曰く――大昔、悪魔、堕天使、神率いる天使の軍勢は三つ巴の大戦争を行った。永久と呼べる程長い期間に大量の戦力を注ぎ込んだが決着がつかず、軍勢が疲弊しきった数百年前に、勝利者もいないまま戦争は終結した。

 戦争でどの勢力も大半の戦力を失い、当然悪魔側も二十、三十もの軍団を抱えていた爵位持ちの大悪魔すらも、軍団を維持出来なくなるほど大量の部下を喪う事となった。

 しかし、戦争が終結しても、堕天使や天使とは未だ睨み合いが続いている為、下手に軍団再編の隙も見せられない。

 そこで悪魔が採用したのが、『悪魔の駒』(イーヴィル・ピース)を使った、少数精鋭制度。

 

 人間界のボードゲーム『チェス』の特性を下僕となる悪魔に取り入れた。転生して悪魔になるような者は人間が一番多いからという皮肉も込めて。

 主となる悪魔を『王』(キング)として、『女王』(クイーン)『騎士』(ナイト)『戦車』(ルーク)『僧侶』(ビショップ)『兵士』(ポーン)の5つの特性を創りだし、大勢の軍団に分け与える力を少数の部下の特性の強化に収束した。

 

 この制度が悪魔の間で流行し、駒自慢から駒の実力を競うようになり、元の『チェス』のようなゲームを下僕を持った上級悪魔同士で行うように発展していった。それが『レーティングゲーム』と呼ばれている。

 また、このゲームが流行したおかげで、駒の強さ、ゲームの強さが悪魔としての地位、爵位につながる程にもなった為に、悪魔の間では『駒集め』と称して優秀な人間を自分の手駒にする事も流行りだした。優秀な手駒は悪魔のステータスになる為に。

 

 この世界の悪魔もまた面倒な事になっているのだな、というのが率直なフェイの感想だった。

 

 また、リアスはまだ成熟していない悪魔の為、公式には『レーティングゲーム』には参加出来ないらしい。その為、リアスや、姫島達古参の眷属もゲームの参加経験はないとのこと。

 

 「部長、俺の駒や特性ってなんですか?」

 

 兵藤が自分に割り当てられた特性について質問しているが……間が悪い。お目当(はぐれ悪魔)が殺気を振りまいて近付いて来ている。

 

「そうね――イッセーは」

 

 リアスも気付いて途中で言葉を止める。

 

「不味そうな臭いがするぞ? でも美味そうな臭いもするぞ? 甘いのかな? 苦いのかな?」

 

 地に底から聞こえてくるような低い声音。

 

「はぐれ悪魔バイサー。あなたを消滅しにきたわ」

 

 リアスが一切臆さず話す。

 

 ケタケタケタケタケタケタケタケタ……。

 異様な笑い声が辺りに響く。

 姿を現したのは、裸の女性の上半身と巨大な四足獣の下半身、そして自在に動く蛇の尻尾を持った異形の怪物だった。

 16フィート(5メートル)を超えるほどの超大型の怪物は両手にそれぞれ槍のような武器を構えている。

 あの怪物は半人半馬の人怪(ケンタウロス)よりは半人半蜘蛛の異形(ドライダー)を彷彿とする異様さだ。

 

「主のもとを逃げ、己の欲求を満たすだけに暴れ回るのは万死に値するわ。グレモリー公爵の名において、あなたを消し飛ばしてあげる!」

「こざかしぃぃぃ、小娘ごときがぁぁぁ。その紅の髪のように、お前の身を鮮血で染め上げてやるわぁぁぁ!」

 

 理性を失いかけているように見えて案外口が回るようだ。フェイが感心しているとリアスが鼻で笑う。

 

「雑魚ほど洒落の効いたセリフを吐くものね。祐斗!」

「はい!」

 

 リアスの指示で木場が飛び出していく。加速(ヘイスト)の呪文がかかっているかの如き素速さにフェイは舌を巻く。

 なるほど、これが悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の恩恵なのか? その答えはリアスからもたらされた。

 

「イッセー、さっきの続きをレクチャーするわ」

 

 リアスが兵藤に向かって言う。

 

「祐斗の役割は『騎士』特性はスピード。『騎士』となった者は速度が増すの」

 

 やはりそうか。加速(ヘイスト)の呪文と同質の強化がされるのか、さらにヘイストが上乗せ出来るのかが気になる所だが……どちらにせよ常時ヘイスト紛いの状態なのは強力だ。フェイは木場の動きを見ながら考察する。

 バイサーが両手の槍で木場を狙うが、あの程度の腕では木場の動きは捉えられない。

 

「そして祐斗の最大の武器は剣」

 

 木場が一度足を止めると手にした長剣を抜き、木場の動きを捉えられないバイサーの右腕、左腕、と切り離していく。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ」

 

 腕を切り離されたバイサーがおぞましい悲鳴を上げ、傷口から血が噴き出す。

 

「これが祐斗の力。目では捉えきれない速力と、達人級の剣捌き。ふたつが合わさる事で、あの子は最速のナイトとなれるの」

 

 悲鳴を上げ続けるバイサーの足元に塔城が入り込んでいく。

 

「次は小猫。あの子は『戦車』。戦車の特性は――」

「小虫めぇぇぇぇぇ」

 

 バイサーの巨大な足が塔城を踏みつけようとするが……なるほど、体格に見合わぬ筋力を持たせているわけか。

 フェイは沈みきっていないバイサーの足を見て判断する。

 

「『戦車』の特性はシンプル。バカげた力。そして、屈強なまでの防御力。あんな悪魔の踏みつけ程度では無駄よ。小猫を沈められないわ」

 

 塔城はバイサーの足を完全に押しのけると、跳躍して腹の辺りに鋭く拳を打ち込む。

 

 ドドンッ!

 バイサーの巨体が大きく後ろへと弾かれる。

 

 フェイはその様子を見て、惜しいな、と考えていた。『戦車』の特性による強化は確かに強力だ。だが、同じ素手格闘を武器とする武僧(モンク)だからこそ判る。彼女はまだ体を使い切れていない。『戦車』の強化と素手打撃の技術が合わさればどれだけ強力な一撃となるのか……。

 

「最後に朱乃ね」

「はい、部長。あらあら、どうしようかしら」

 

 姫島がうふふと笑いながら、塔城の一撃で倒れ込んでいるバイサーの元へと歩み出す。

 

「朱乃は|『女王』。私の次に強い最強の者。『兵士』、『騎士』、『僧侶』、『戦車』、全ての力を兼ね備えた無敵の副部長よ」

 

 大盤振る舞いだな。おい。フェイが内心で突っ込みを入れている間に、姫島はバイサーに向け不敵な笑みを浮かべる。

 

「あらあら。まだ元気みたいですね? それなら、これはどうでしょうか?」

 

 姫島が天に向かって手をかざすと、天空が光り輝き、バイサーへと雷が落ちる。

 

「ガガガッガガガッガガガガガッッ!」

 

 落雷(コール・ライトニング)……いや、轟雷(コール・ライトニング・ストーム)位の威力がありそうな雷だ。

 バイサーは所々炭化し、煙を上げている。

 

「あらあら。まだ元気そうね? まだまだいけそうですわね」

 

 再び雷がバイサーを襲う。

 

「ギャァァァァァァァッ!」

 

 バイサーが断末魔に近い悲鳴を上げるにも関わらず、姫島は三度雷を落とす。バイサーに嘲笑を浴びせながら。

 

「朱乃は魔力を使った攻撃が得意なの。雷や氷、炎などの自然現象を魔力で起こす力ね。そして何よりも彼女は究極のSよ」

 

 つまり自らの趣味でいたぶっているということか。

 

「普段、あんなに優しいけれど、一旦戦闘となれば相手が敗北を認めても自分の興奮が収まるまで決して手を止めないわ」

「いや、止めてもらう」

 

 フェイは口を挟む。

 

「フェイ!?」

「いかに敵といえど、殺さずに嬲るというのは見ていられない。倒すなら一思いに倒せ」

 

 例え無力な民を襲う怪物だからといって、さらに力を持つ者が嬲ってよい道理はない。

 その信念の元に口を挟んだフェイに対し、リアスと姫島が睨み付けてくる。

 

「悪魔の戦い方は判った。こんどは俺の戦いを見せる」

 

 それを無視してフェイは自らに加速(ヘイスト)の呪文を発動し、バイサーに突っ込んでいく。

 

「速いっ!」

 

 木場が叫ぶ。機動力では追随を許さないモンクがヘイストで強化をしたのだ。悪魔相手といえど容易く速度で負ける気は無い。

 瞬時にバイサーの元へとたどり着き、拳を連続で突き入れる。右、左、右、左、右、強力な打撃(マイティ・ワロップ)の呪文による強化でその一撃一撃が30フィート(9メートル)を超える巨人が殴ったかの如き衝撃と破壊力をもたらしている。

 

「……人間……ですか?」

 

 何度となく繰り返された塔城の呟き。しかしフェイは内心でもそれに突っ込む余裕はない。それ程にフェイは頭に来ていた。人間臭い悪魔だからと油断をしていた。元の世界の悪魔(デヴィル)とは異なろうが、フェイとは相容れない性質もあるだろう。それを見落としていた。だが今はそれを追求している場合ではない。

 

 そして、フェイは神器を発動した。

 

 『Charge(チャージ) Disintegrate(ディスインテグレート)

 

 左手の籠手が青い光の輝きを帯び、フェイはその輝く籠手を瀕死のバイサーへと突き入れた。

 

 『Blast(ブラスト)!』

 

 青い光の輝きがバイサーを包み、塵よりも細かく分解していく。間もなくバイサーはこの世から塵も残さず消滅した。

 

「フェイ、あなた……その力は……」

 

 青ざめた顔で問いかけてくるリアスにフェイは答える。

 

「これがバハムートの分解のブレス(ディスインテグレート)の力だ。この神器はそれを再現できるようだな」

 

 場合によってはこれをお前に向けるぞ、そんな警告も含めて。




 やや朱乃(の性癖)に対するアンチと受け取られかねない表現が入ってしまっていると思います。
 作者もどちらかといえばSなのですが、白金竜の教えと真っ向からかち合う形になったので、今回のようになりました。
 アンチタグつけた方がいいかな?

 感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。


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5話

ほぼフェイの状況説明回。

ルビ周りを少々修正(4/12)


 オカルト研究部部室。

 

「改めて話を聞かなくちゃならないわね」

 

 そんなリアスの言葉からグレモリー眷属、そしてフェイが集まっている。

 

「前に言った事と大差はないと思いますが」

 

 頭を冷やした為、ぞんざいになっていたフェイの態度も元に戻っていた。

 

「全てを言っていた訳ではないでしょう? とりあえず私が知りたいのは、バイサーを消滅させた力について」

「……なぜその力を気にするのです?」

 

 リアスの問いに理由を求めるフェイ。フェイとしてはバハムートのブレス能力の再現(先ほど言った事)がほぼ全てであるが、だからといって無意味に繰り返す必要もない。

 

「私の持つ『滅びの力』に酷似しているからよ。バアル家の血を引いていなければ使えないその力を、なぜ貴方は使えるの?」

 

 ああ、これは結構面倒臭い問題だな。フェイは悟った。実の所分解(ディスインテグレート)については、フェイの世界では上級の魔法使いなら使える者も多い良く知られた呪文と同様の効果なのだ。もっともバハムートの分解のブレスは呪文などとは比べるまでもなく強力だが。血筋に限られた(特別な)能力を、誰でも使える(よくある)能力と言われたら良い気はするまい。

 

 フェイはバハムートの能力についてのみ説明することにした。

 

「まず前提として、俺はここの悪魔が敵対している神とは異なる神を信仰しています。それは良いですか?」

「ええ、バハムートだったわね」

 

 リアスが頷く。木場のフェイを見る眼が少し鋭くなったのが少々気になるが先を進める。

 

「バハムートは白金に輝く鱗を持つ、善なるドラゴンの神です。そしてバハムートのブレスは三種類のブレスを吹き分けると謂われています。まず円錐状の吹雪(コールド)のブレス」

「前にも聞いてはいたけど、ドラゴンの神というだけでもとんでもないわね」

「……氷雪龍(ブリザード・ドラゴン)のようなものですか」

 

 リアスが溜息をつき、塔城がポツリと漏らす。

 

「それから、吸った相手を朦朧とさせた上でその身体をガスのように変化させてしまう(ガシアス・フォーム)、円錐型の渦巻く霧状のブレス」

「あらあら、それで相手を無力化させるのかしら」

「あまり喰らいたくない効果ですね」

 

 姫島がブレスの本質を見抜き、木場がそれに頷き、感想を述べる。

 

「最後が触れた物全てを分解して消滅させる(ディスインテグレイト)ビーム状のブレス。俺の持つ神器《セイクリッド・ギア》はこれらのブレスの効果を装填(チャージ)して、拳撃に上乗せ出来る能力を持つようです」

「ではバイサーを消滅させたのは」

「はい、分解の吐息の効果(ディスインテグレート)を装填して殴ったからです」

 

 リアスの質問にフェイが正直に答えると、リアスは疲れたような表情で頭を抑え、天を仰いだ。

 

「なんなの、その神器。新種の神滅具(ロンギヌス)と言われてもおかしくないわよ」

「フェイはなんでそんな物を持ってるんだよ? 」

 

 兵藤が尋ねてくるが、兵藤の神器(セイクリッド・ギア)に眠る存在も大概だとは思う。それだけの代物だというのに、所有者本人は気付いていないのだろうか。

 フェイはとりあえず質問に答える。

 

「俺は元々バハムートに纏わる聖遺物(レリック)を複数所持していました。それらが一つの器に納まった為に、神器として変質したのだと思われます。なぜそうなったのかは俺にもわかりません」

 

 わからない、というのは事実ではあった。ただ、異世界の神性を帯びた聖遺物がこの地の世界法則(システム)に侵入した際に、異物として弾かれるかわりに神器という形に適合した(押し込められた)のではないか、というのがこの世界で短いながらも生活してきたフェイとバハムートの推察である。

 

「しかし、それだと困ったことになりませんか? 他の神話勢力が介入して来たと取られかねないと思いますわ」

「他の神話勢力?」

 

 姫島が懸念を表に出す。フェイはその姫島の言葉で気になる単語があったので確認を入れるが、答えたのはリアスだった。

 

「ええ、この世界には様々な神話の勢力があり、影響力を持っている地域が異なるの。この駒王町はグレモリー家が管理する地となっているけれど、元々の国土としては日本。日本神話の神々の勢力の管轄地を借り受けている形と言えばいいかしらね。だから悪魔、天使、堕天使陣営に限らず、他の神話勢力からの介入は好しとしていない……のだけれど、フェイの場合は正直微妙なのよね」

「……微妙というと?」

 

 塔城が首を傾げてリアスに聞き返す。フェイには理由の想像はついていた。だから――

 

「どの神話勢力を見たところで、『バハムート』という『ドラゴン』の神は存在しないのよね。むしろ『バハムート』の名前だけならお兄様の眷属にいる神獣だわ」

「つまりこの世界における神ではない、ということです」

 

 リアスの説明を引き継ぐ。この際なのでリアス以外にはまだ説明していなかった、フェイがこの世界に飛ばされてきた経緯を説明しておく。皆一様に驚いてはいるが、案外アッサリと受け入れられたようだ。

 

「……異世界人とは、驚きです」

「あらあら、変わった魔法を使っていたのはそういった事情でしたのね」

「あの身のこなしはそれだけ実戦経験が豊富だったということだね、僕も精進しないと」

「それでお前の師匠はカワイイのか!? どうなんだ!?」

 

 一人だけ何かが違う気がする、というか師匠の性別など話してはいない筈なんだが。師匠は雌ではあるけれど。

 

「えーと、ドラゴンが人化した時の容姿なんていくらでも変えられるので……。それに師弟関係に性別は関係ないでしょう?」

 

 フェイは何故かバハムートが溜息をつく気配を感じたが無視する事にした。そして、皆に言っておかなければならない事があったので、それを告げる。

 

「それと一つだけ。俺はバハムートの信徒でその教えに従っています。その教えは『悪と戦い得るときは常に戦え、してまた他人を助けて彼らが自力で悪に抗しうるようにせよ』。この世界の悪魔を悪と断ずるまではいかないですし、止めろとまでも言いません。しかし、また俺の目の前で敵だとしても弱き者を嬲ることがあるならば、俺はまた介入するでしょう」

 

 この意思表明でこの集まりから離れることになるかもしれない。それでも、信条として弱き者を助ける事を掲げている者が、敵を嬲る姿を見せてはいけない、容認してはいけないと考え、フェイはそれを宣言するのだった。

 

 フェイの宣言を受けてリアスが溜息を一つしてから確認する。

 

「……ふぅ、朱乃……いい?」

「仕方ありませんわね、多少は考慮しますわ」

 

 姫島も苦笑しながらそれを受け入れるのであった。




次回神父登場。

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6話

ルビ周りを少々修正(4/12)


 この世界での悪魔の契約は大分機能化されているようだ。使い魔が『欲』を持つ者に召喚術式を組み込んだチラシを配り、それを受け取った者が願いを込めて召喚する事で初めて『顧客』となる。

 召喚された悪魔は『顧客』の願いの聴取り調査を行い、願いの内容に応じて要求する報酬を提示する。提示した以上に報酬を要求することもない。

 報酬が支払えなければ破談となるが、破談とならぬように代案などを提供するのも悪魔の手腕である。

 なるほど、とフェイは感心する。やっている事は元の世界で冒険者に依頼を出し、報酬の払うのと変わらない。あとは気になるのは悪魔に依頼を繰り返すと自動的に地獄に行く仕組みになってしまうのか。

 元の世界でのデヴィルは売魂契約により対象を堕落させ死後の魂を刈り取るが……。

 

 フェイはオカルト研究部に滞在する傍らで、契約が破談しては『顧客』の評価は高いという兵藤の様子を見て、この世界の悪魔の活動がどのように行われているのかに興味を覚え、兵藤の仕事に同行する事にした。

 兵藤が魔方陣による転移が出来ないため、直接『顧客』の元へ向かうのも都合が良かった。

 

「なんで……自転車より……速いん、だよ……」

「鍛えてますから」

 

 自転車のハンドルに寄り掛かり、息も絶え絶えの兵藤が涼しげな顔をした徒歩のフェイに漏らす。

 自転車も便利な道具のようだが、早足で時速18マイル(28キロメートル)、疾走すれば時速36マイル(56キロメートル)を出せるモンクの機動力と競うのが間違いなのだ。……少し大人げなかったと反省はしている。

 

 兵藤と共に『顧客』の家に入ろうした時に、フェイは屋内の異常を察する。

 玄関も半ば開かれたままとなっている。『悪魔』を迎え入れる為……でもなさそうだと判断。

 

「兵藤先輩、先に行きます。先輩は合図したら後から来て下さい」

 

 それだけを伝え、フェイは気配を殺して玄関から入り込む。玄関を入った時点で気付く程の濃厚な血の臭い。これでは住人は無事では済むまい。"竜の感知能力(ドラゴン・センス)"は廊下を進んだ先の居間、血の臭いの発生源に何者かが居る事を知らせている。他の気配は感じない為、そのまま居間へと進む事にする。

 居間に入って目に付いたのは死体。それも上下を逆に磔にされた男の死体。痛めつけられて殺されたのか、体中に傷がつけられ臓物も溢れ出ている。そんな悪趣味なオブジェを作り出したのは……

 

「おやおや、この家の家族かな? 不法侵入者かな? でもでもコレを見て涼しい顔をしてるだなんて()()()だったりするのかな!?」

 

 おそらく年の頃は十代であろう白髪の少年だった。聖印(ホーリー・シンボル)を下げているということは聖職者か。

 

「これはお前がやったのか?」

「イエスイエス、だって悪魔召喚の常習犯みたいだしー、殺すしかないっしょ」

 

 少年のその回答で男の正体を判断する。

 

悪魔祓い(エクソシスト)か」

「イエスイエスイエース! あっ、申し遅れちゃいましたかね。俺のお名前はフリード・セルゼン。とある悪魔祓い組織に所属している末端でございますですよ。別に俺が名乗ったからって名乗り返さなくていいよ。おまえさんがどこの誰であろうと、ぶっ殺しちゃえば関係ないもんね。俺の脳のメモリに余計な名前を記録したくないしさ。だからおとなしくぶっ殺されてちょ。ま、最初は痛いかもしれないけど、すぐに泣ける程快感になるからさ。死ぬ前に新たなMの扉を開こうZE!」

 

 見境いなしか! だが悪魔と敵対している勢力の者は確定。そしてコイツの勢力は……力を持たぬ者を平気で惨殺する連中。ならば相対するには十分だ。

 フェイが構えを取ったとき、後ろから狼狽した声が聞こえてきた。

 

「な、なんだよ、これ……。フェイ、どうなってんだ?」

 

 兵藤だ、合図をしてからと伝えたのにもう来てしまったのか。

 

「んっん~? あれあれ~? これはこれは悪魔くんではあーりませんかー」

 

 兵藤を見て悪魔祓いの口角が釣り上がる。とても嫌な予感がする。

 

「そっちの黒髪のキミは人間みたいだけど、悪魔くんとお友達みたいだし、悪魔崇拝者けってーい! 悪魔とお友達なんて人間として最低レベルのクズだってこと理解してますぅ? まあ何を言ってもぶっ殺すんだけどNE! あ、元々ぶっ殺すつもりだったから変わんないか♪」

「人間が人間を殺すってのはどうなんだよ! おまえらが殺すのは悪魔だけじゃないのか?」

 

 兵藤が悪魔祓いに対して喚くが、この街はよほど平和だったのだろう。人間を殺すのは、人間である事も多い。欲や憎しみばかりでなく、善の道を歩いている者とて身を守る為に人間を殺さざるを得ない状況も多々あるのだ。

 そんな兵藤を悪魔祓いは嗤う。

 

「ハハハ、笑える~。悪魔の分際で俺に説教ですか? ナイスジョーク! お笑いの賞も取れますですよ。 いいかよく聞けクソ悪魔。悪魔だって人間の欲を糧に生きてるじゃねぇか。悪魔に頼るってのは人間として終わった証拠なんですよ。エンドですよエンド。だから俺が殺してあげたんですよ。俺ってば悪魔と悪魔に魅入られた人間をぶち殺して生活してるんで。お仕事なんですよ、お仕事。オーケイ? ま、問答してるカロリーも惜しいので、さっさとぶっ殺されてちょ!」

 

 悪魔祓いが懐から刀身のない剣の柄と、あれは銃という武器だったかを取り出す。

 ブィン、音と共に柄のみの剣から光の刀身が生まれる。あれは元の刀身こそないが太陽剣(サン・ブレード)のようなものか。恐らく悪魔の類いにはより効果があるのだろう。ならばそれが振るわれるより先に。

 

「おおっと! さっすが悪魔崇拝者、こっちから仕掛ける前に襲ってくるなんで卑怯だねぇ。一方的にやられなさいっての!」

「言われてただやられる間抜けがいるか」

 

 鉤爪を出して右から掬い上げるように斬りかかり、左手の籠手で光の剣の斬撃を弾く。バックステップで鉤爪を避けられたので、一歩詰めてからの右の裏拳。手応えなし。

 

「ぐっ」

 

 その声は悪魔祓いではなく兵藤の物だった。悪魔祓いが左手に握っている拳銃から煙が出ている。拳銃の向く先は……兵藤。

 

「ちっ、貴様!」

「おおっと、この拳銃は連発出来ちゃうからね、あんまり近付くと悪魔くんから先に殺っちゃうよ? こんなふうにねっ」

「ぐあぁぁっ」

 

 兵藤の呻き声、また撃たれたのだろう。フェイから距離を取る悪魔祓い、フェイはまず兵藤への射線を封じるように動く。

 

「どうよ! 光の弾丸を放つエクソシスト特製の祓魔弾は! 銃声音なんて発しません。光の弾ですからねぃ。達してしまいそうな快感が俺とキミを襲うだろ?」

 

 異常快楽者め! フェイが悪魔祓いの隙を伺っていたときに横から声がかけられた。

 

「やめてください!」

 

 女性の声。悪魔祓いが視線だけそちらに向ける。フェイもそちらを確認する。

 金髪の若い修道女がそこに居た。

 

「アーシア」

 

 兵藤が声をかける。以前助けたという教会の関係者だろうか。そして悪魔祓いも声をかける。

 

「おんや、助手のアーシアちゃんじゃあーりませんか。どうしたの? 結界は張り終わったのかなかな?」

「! い、いやぁっ」

 

 修道女が部屋の遺体を見て悲鳴を上げる。こういった活動するとは教えられていなかったのか。

 

「かわいい悲鳴ありがとうございます! そっか、アーシアちゃんはこの手の死体は初めてですかねぇ。ならなら、よーくご覧なさいな。悪魔なんぞに魅入られちゃったクズ人間さんにはこうやって死んで貰うんですからねぇ」

「そ……そんな……! フリード神父、その人は……」

 

 青ざめて後ずさる修道女、その視線が兵藤を捉え驚きに目を見開く。

 

「人? 違う違う。コイツはクソったれ悪魔くんだよ。わからなかったのかなかな?」

「――っ、イッセーさんが……悪魔……?」

 

 驚きに言葉を詰まらせる修道女、悪魔祓いはその様子を見て愉快そうに嗤う。

 

「なになに? キミら知り合い? これは驚き大革命。悪魔とシスターの許されざる恋とか? マジ? 駄ー目だよ、アーシアちゃーん。悪魔と人間は相容れません! 特に教会関係者なんてね! その上俺らは神にすら見放された異端の集まりですぜ? 俺もアーシアたんも堕天使さまの加護がないと生きていけない半端物なんですぞぉ?

 

 教会の中では異端者ということか。フェイは目の前の悪魔祓いが異端だということに少し安心する。しかし、修道女も異端というのはどういった理由だろうか。

 

「フリード神父、お願いです。この方達を許して下さい。見逃して下さい」

「おいおい、マジですか? アーシアたん、何言っちゃってるかわかってんの?」

 

 涙目で悪魔祓いに訴える修道女――アーシア。それを険しい顔で問いただす悪魔祓い。

 アーシアと悪魔祓いの態度の違いに驚くフェイだったが、同時にアーシアが危険な行動をしているのも理解し、その対応の準備をする。

 

「もう嫌です……。悪魔に魅入られたからといって人間を裁いたり、悪魔を殺したりなんて、そんなの間違ってます」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!? バッカこいてんじゃねぇよ、クソアマが! 悪魔はクソだって教会で習っただろうが! お前、頭にウジでも湧いてんじゃねぇのか!?」

 

 アーシアの訴えを憤怒の表情で切り捨てるフリード。

 

「悪魔にだっていい人はいます!」

「いねぇよ、バァァァァァァカ!」

「わ、私もこの前まではそう思っていました……。でも、イッセーさんはいい人です。悪魔だってわかってもそれは変わりません。やっぱり人を殺すなんて許されません! こんな、こんなの主が許すわけがありません!」

 

 恐怖に怯えた顔で、それでも悪魔祓いに物言いをするアーシアに、フェイは聖戦士(パラディン)の如き高潔さを感じていた。この娘を見捨ててはいけない。

 

 バキッ!

 アーシアを殴ろうとした悪魔祓いにフェイの跳び蹴りが突き刺さり、吹き飛んだ。

 

「大丈夫か?」

「は、はい……」

 

 驚いた顔でフェイを見るアーシア。

 

「兵藤先輩を看てやってくれ」

「あ、はい。イッセーさん!」

 

 フェイが声をかけるとアーシアはハッと我に返り兵藤の元へと駆けていく。

 

「おー、痛てててて。悪魔崇拝者くんも不意打ちとは卑怯なりよ。さっすが悪魔くんとツルむだけのことはありますなぁ」

「黙れ、快楽殺人者」

 

 フェイと悪魔祓いが間合いを計っていると悪魔祓いの足元から光が走る。青い光は徐々に魔方陣を形作っていく。

 

「おっと、これは何事?」

 

 悪魔祓いが飛び退くと、魔方陣は光輝き、魔方陣から悪魔達が飛び出してくる。

 

「フェイ君、兵藤君、助けにきたよ」

 

 木場がスマイルを送ってくる。

 

「あらあら、これは大変ですわね」

「……神父」

 

 姫島と塔城。そして――

 

「イッセー、ゴメンなさいね。まさか、この依頼主の元に『はぐれ悪魔祓い』が来るなんて計算外だったの。フェイが居るから大丈夫だとは思ったんだけど……」

「……すみません」

 

 リアスが兵藤に謝るのを見て、フェイもまたリアスに謝る。そのフェイの様子から兵藤を見てリアスは目を細めた。

 

「……イッセー、怪我をしたの?」

「あ、すみません……。そ、その、撃たれちゃって……」

「初めて銃と相対したので庇いきれませんでした、すみません」

 

 リアスは冷淡な表情を悪魔祓いへと向ける。

 

「私のかわいい下僕をかわいがってくれたみたいね?」

 

 底冷えするような低い声。

 

「はいはい。かわいがってあげましたよぉ。本当は全身ザクザクと切り刻む予定でござんしたがねぇ。っていうか悪魔崇拝者くん足癖悪すぎでしょ。なんでおとなしく刻まれてくれませんかねぇ」

 

 軽口をたたく悪魔祓いに、リアスが魔力弾を発射する。悪魔祓いは軽く避けて、背後の家具が消し飛ぶ。

 

「私は、私の下僕を傷つける輩を絶対に許さないことにしているの。特にあなたのような下品極まりない物に自分の所有物が傷つけられることは本当に我慢できないわ」

 

 空気さえ凍りそうな冷徹な迫力。だが所有物扱いはどうなんだ? とフェイは思うが、空気を読んで発言はしなかった。

 殺気が部屋を包み、リアスの周囲に魔力が集結していく。そこに水を差したのは姫島だった。

 

「! 部長、この家に堕天使らしき者達が複数近付いていますわ。このままではこちらが不利になります」

 

 リアスが悪魔祓いをひと睨みする。

 

「朱乃、イッセーを回収しだい、本拠地に帰還するわ。ジャンプの用意を」

「はい」

 

 リアスの指示に姫島が呪文の詠唱を始める。そこで兵藤が叫んだ。

 

「部長!この子も一緒に!」

 

 アーシアを助けたいのだろう。フェイもそれには同意するが――

 

「無理よ。魔方陣を移動出来るのは悪魔だけ。しかもこの魔方陣は私の眷属しかジャンプ出来ないわ」

「つまり俺が残るので安心して下さい、兵藤先輩」

 

 フェイの言葉に兵藤が驚いた顔をする。……のはともかくリアスや姫島まで驚くのはフェイも勝手に眷属の悪魔に含めていたのだろうか。

 

「そ、そうね。気をつけてね、フェイ」

 

 バツの悪そうな顔で言われてもあまり嬉しくはない。

 フェイもアーシアの側に寄って呪文の詠唱を開始する。

 

「逃がすかって!」

 

 悪魔祓いが切り込んで来るが、塔城が大きなソファを持ち上げて投げつける。それを光の剣で薙ぎ払う間に魔方陣が輝き、リアス達の姿が消える。

 

「じゃあ、俺たちも」

「ど、どうやって逃げるんです?」

 

 慌てて問いかけるアーシアに笑って答える。

 

「こうやってさ……イセリアルの扉よ、我らを彼の場所に運び給え」

 

 瞬間移動(テレポート)の呪文が完成し、フェイとアーシアの姿は掻き消えた。

 

「んなっ、魔方陣もなしに転移するとか悪魔崇拝者くん実は悪魔なわけ!?」

 

 一人残された悪魔祓いの叫びは惨劇の居間に虚しく響いた。




思ったより分量が増えてしまいました。精進せねば。


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7話

ルビ周りを少々修正(4/12)


「ただいまっと」

 

 声と共に、オカルト研究部部室に顕われるフェイ、そしてアーシア。

 リアスを初めとしたグレモリー眷属は驚きの表情で迎える。

 

「お、おかえり、なさい」

「ああ、ついでだったのでシスター・アーシアも連れてきましたが構わないですか?」

 

 ようやく言葉を発したリアスに、事後承認を迫るフェイ。

 

「構うわけないじゃないか! ねぇ、部長!」

 

 喜色満面の兵藤。しかし、他の面々はあまり良い顔をしていない。それもそうだろう、とフェイは考える。

 堕天使の勢力の一員と思われる修道女(アーシア)を、そう懐に置きたくはないだろう。だが、堕天使側の彼女の扱いもあまり良いとは思えない。そして悪魔祓いとの会話からすると、教会側からは放逐済みだ。

 ならばあのまま残していても、彼女の為にはならなかったと思われる。これで悪魔連中が彼女を厭い放り出すならば、一緒に出て行けば良い、と判断していた。彼女を見捨てる選択はない。

 

「……そうね。まずは彼女の事情を聞きましょうか。あなたはあそこに何をしに来ていたの?」

「フリード神父に連れられて、あの場所に結界を張るからと……」

 

 頭を抱えながらも気を取り直したリアスの問いに小さく縮こまりながら答えるアーシア。

 

「なるほど……、あなたは堕天使の庇護下にあるって認識はあるわよね? そもそもなぜ教会から外れて堕天使の庇護を……」

「いててっ、あっすみません」

「あらあら。どうやらあの神父に力を与えた堕天使の光力が濃いのでしょうね。なかなか取りきれませんわ」

 

 リアスが問い詰めていた途中で、悪魔祓いの拳銃から受けた傷の治療を姫島にされていた兵藤が呻きを漏らして謝罪する。

 それを見たアーシアが一瞬唇を噛むと、決意した表情で兵藤の元へと近付いた。

 

「すみません、少しよろしいですか」

 

 そう言うと、屈み込んで兵藤の銃創に手のひらを当てる。暖かみを感じる緑色の光が兵藤の足を照らしていく。

 

「これでどうでしょうか」

「お、おお! すげぇ、もう治った!」

 

 アーシアが確認を取ると、兵藤は足を動かし問題ない事をアピールする。

 それを見たリアスが愕然として呟く。

 

「『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』……」

「はい……、私が教会から追放されたのも、この力が切っ掛けです」

 

 生まれてすぐに両親に捨てられ教会兼孤児院で育てられた信仰篤き少女。

 その少女が8つの頃に癒やしの力に目覚め、負傷した子犬の怪我を癒やしたところをカトリック教会の関係にみつけられた所で少女の運命が変わる。

 少女はカトリック教会の本部へと連れて行かれ、治癒の力を宿した「聖女」として担ぎ上げられる。

 訪れた信者に対して加護と称して癒やしの力を振るう、それは教会の利益はもちろん、少女としても人の役に立つという喜びがあり、不満はなかった。

 ある時少女はたまたま自分の近くに現れた傷ついた悪魔を治療してしまう。

 悪魔といえども怪我をして苦しんでいる存在を見過ごせなかったから。

 彼女はそれだけ心優しい少女だったのだろう。

 しかし、それを見た教会関係者、そしてその報告を見た司祭は驚愕した。

 治癒の力を持つ者は少なくない。しかし、悪魔を治療するような力は規格外だった。治癒の力は神の加護を受けた者の特権で、悪魔と堕天使には効果の無いのが常識だったのだ。

 過去にもそのような者が居なかった訳ではない。しかし、その力は「魔女」として恐れられていた。

 聖女として崇められた少女は、今度は魔女として恐れられ、異端として追放された。

 行き場を無くした少女は極東にある「はぐれ悪魔祓い」の組織に拾われた。それが今までに至る事。

 

 アーシアは、過去を語る内に涙を流しながら、時折嗚咽に詰まりながらも語り続けた。

 

 聖女として居る時も孤独だった。皆がやさしく、大事にしてくれるがそれだけだった。

 心許せる友達も居なかった。皆が大事にしていたのは「治癒」という力。有り体に言えば治癒の道具(ヒーリングアイテム)扱いだった。

 魔女とされた時も孤独だった。誰も助けてはくれなかった。神は助けてくれなかった。教会で庇ってくれる人は一人もいなかった。味方は誰も居なかった。

 

 経歴とは関係のない、そんな感情まで絞り出すように語った。

 

「……きっと、私の祈りが足りなかったんです。ほら、私抜けている所がありますから」

 

 アーシアはそう言って笑いながら涙を拭った。

 

「これも主の試練なんです。私が全然駄目なシスターなので、こうやって修行を与えてくれているんです。いまは我慢の時なんです」

 

 笑いながら、それでも自分に言い聞かせるようにアーシアは言う。

 フェイは心の中で舌打ちをする。今までの内容で既に怒り心頭であった。だが、その怒りのぶつけどころがなかった。

 彼女を追放した司祭を、組織を殴って回ればいいのか? そんな訳はない。なにより復讐などを望むような少女ではないだろう。「魔女」認定を訂正させればいいのか? それも難しい。ただ訂正された所で、民衆に刷り込まれた負の認識を変えるのは大抵の事ではない。無論、将来的にそうなるようにしなければならないが。

 ならば、今の彼女の助けとなるべきだ。

 フェイが見回すと大なり小なり他の面々も思うところはあるようだ。

 特に木場がかなりの憎悪の感情を押し殺しているのを感じる。教会絡みでなにかあったのだろうか。

 

「お友達もいつかたくさん出来ると思ってますよ。私、夢があるんです。お友達と一緒にお花を買ったり、本を買ったりして……お喋りして……」

 

 アーシアは涙を溢れさせていた。普通の少女ならば当たり前にしているような事を夢に掲げて。

 

「アーシア、俺が友達になってやる」

 

 兵藤がアーシアの手を取って宣言する。

 

「あ、悪魔だけど大丈夫。アーシアの命なんて取らないし、代価もいらない! 気軽に遊びたいだけ俺を呼べばいい! あー、携帯の番号も教えてやるからさ」

「……どうしてですか?」

 

 携帯を取り出した兵藤にアーシアが問いかける。

 

「どうしてもこうしてもあるもんか! 友達になりたいってのに理由なんているかよ! あ、アーシアが嫌だっていうなら……仕方ない……けど……」

 

 途中で勢いが萎む兵藤。そこはもうちょっと頑張れ。

 

「……それは悪魔としての契約ですか?」

「そんなんじゃない! 俺とアーシアは本当の友達になるんだ! 契約とかそんなのは抜きで、話したいときに話して、遊びたい時に遊んで! そうだ、買い物にも付き合うよ! 花だろうが本だろうが何度でも買いに行こう! な?」

 

 真っ直ぐに訴えかける兵藤に、口元を抑えながら再び涙を溢れ出させるアーシア。しかし、今度は哀しみの涙ではない。

 

「……花や本は兵藤先輩じゃない方がいいと思いますけど」

 

 塔城が空気を読まない。

 

「小猫ちゃんそりゃないぜ」

「……私なら付き合いますので」

「あらあら、私もお付き合いしますわよ」

 

 情けない声を上げる兵藤に塔城が返し、姫島がそれに乗る。

 

「兵藤君だけが友達になるわけじゃないってことだよ」

「そういうことですね」

 

 更に木場とフェイが続くと、アーシアは戸惑いながら問いかける。

 

「……私と、友達になってくれるんですか?」

「ああ、これからもよろしくな、アーシア」

 

 兵藤が代表して答えると、他の面子も頷き、アーシアは泣き笑いの表情を浮かべた。

 そこにリアスの言葉が響く。

 

「さて、事情はわかったけれど、これからどうするかね。堕天使はアーシアの治癒の力が目当てだったのでしょう。だとしたら今後も狙われる恐れはあるわ」

「だったらどうするっていうんですか?」

 

 尋ねる兵藤にリアスは笑みを浮かべて答える。

 

「アーシアさん。あなた、私の眷属(悪魔)にならない?」

 

 まさに、悪魔の誘いだった。

 




悪魔でもなんでも不死者(アンデッド)以外なら構わず治す治療(キュア)系呪文が一般的だった世界のフェイも空気読んでなにも言いませんでした。

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8話

ルビ周りを少々修正(4/12)


「アーシアさん。あなた、私の眷属(悪魔)にならない?」

「すみません、私は……信仰を捨てる事は出来ません」

 

 悪魔からの誘いに、アーシアはノーと答えた。

 信仰する神が違えど、フェイも同じ事を答えたのだ。当然と言えば当然である。

 もっとも、アーシアがイエスと答えたとしても、フェイはそれを否定する気はなかった。

 己を害する者に抗う力を持つ事自体は、一概に否定は出来ない。

 フェイは既に力を持ち、アーシアが力を持たざる者だった。それが悪に抗する為に力を望む事の何を非難できようか。非難するとしたら、力を得た後の振る舞いが間違っている時のみだ。

 

「とはいえ、このまま放っておいてもまた堕天使に狙われるだけでしょうね」

「俺が護ります!」

 

 リアスの懸念に兵藤が威勢の良い事を言う。悪魔になってから日が浅いためか、本来の性質であるのか、種族に囚われずにこういった事が言えるのは好ましいと考え、フェイも手助けをする。

 

「兵藤先輩が悪魔である事が問題なら、シスター・アーシアと同じ人間の俺もつきますが」

「ハァ……まったく貴方達は」

 

 そんなフェイ達を見てリアスは苦笑する。

 

「まあいいわ。そうしたらフェイと同じようにこの学園に入って貰って、オカルト研究部に所属して貰いましょうか。それなら何かあっても眷属かフェイが近くに居るでしょう。教会には戻せないし当面の住むところは……」

 

 と今後の予定を考えていたリアスが悪戯っぽい表情を浮かべる。フェイの経験上これは碌な事を考えていないと察しが付いた。

 

「アーシアさん、あなたはどこに住みたい? イッセーの家? フェイの家?」

 

 だからと言ってフェイが止める術を覚えているわけではない。しかし男の家の二択とは悪趣味な。

 

「あ、わ、私はご迷惑でなければどこでも」

 

 兵藤の顔をチラリと見てから顔を少し赤くして答えるアーシア。リアスの表情を見なくとも決まったような物だとフェイは察した。

 

「決まりね。イッセー、ちゃんと送り迎えするようにね。必要だったらご両親もまた()()するから」

「ええっ!? 俺んチに決まったんすか!?」

 

 察してなかった兵藤は驚きの声を上げるが、それよりも説得と言った時の言葉の響きと、またという単語が気になるが触れないほうがいいのだろうか。

 

「そういえば()()はどうするんですか? いつまでも厳戒態勢ともいかないでしょうに」

 

 それよりも見えている障害を放置している事が気になったフェイは、この機会に質問をする。

 

「堕天使全体を敵には回せないわ、下手に殺せば戦争再発だもの。教会(あそこ)にいるグループの独断であれば気にすることもないのだけど」

「では連中の裏を取ってくればいいんですね? なら取ってきます」

 

 リアスの回答からフェイは迅速に行動に移した。

 

◇◇◇

 

 駒王町の廃教会、その地下に堕天使達が儀式に用いる為に作り出した空間があった。そこではアーシアから神器を抜き出す儀式の為の準備をしている。あとは神器(アーシア)を揃えるのみ。それを確認したレイナーレが悪魔達が囲いだした神器を獲得するために出撃しようとする、その矢先にそれは起こった。

 

 レイナーレも見覚えのある、黒髪の若い人間が突然はぐれ悪魔祓い達が待機している場所の中心に出現する。

 人間が呪文を唱えると、人間を中心に炎の爆発が巻き起こり、周囲にいた悪魔祓いが吹き飛ばされる。自爆かと思えば人間は無傷で立っており、対峙した中で無事だった悪魔祓い達が恐怖に怯え、恐慌を起こしているものまで現れている。

 そんな馬鹿な。はぐれ悪魔祓い達は堕天使から見れば雑魚に過ぎないといえど、戦闘経験は豊富な者達。

 あの程度で怯む筈はない。一体何が起こっているのか。レイナーレが判断に迷っている内に、致命的な魔方陣が儀式の間に描かれようとしていた。

 

◇◇◇

 

 堕天使達は特殊な神器(トワイライト・ヒーリング)を手に入れて手柄を立てるため、上司には無断でこの場所に来ている。教会の地下に儀式の間を作り上げて、アーシアから神器を抜き出す儀式の準備をしている。堕天使は全部で4体。リーダー格が兵藤の彼女に扮した堕天使レイナーレ。教会は堕天使の領地ではなくうちすれてられた廃教会を利用しているだけなどの情報を、不可視化(インヴィジビリティ)の呪文を駆使して調べ上げたフェイに対し、あなたは忍者かと突っ込んだリアスであったが、情報が揃ってからの決断は早かった。

 

 相手が行動を起こす直前に鼻面を叩く、と決められた作戦。正面からは兵藤、木場、塔城が向かい出口を抑える。リアスと姫島はアーシアの護衛と同時に、別働隊の堕天使がいればそれを叩く。そしてフェイはテレポートを利用して敵本陣への強襲。

 全てが順調に進んでいる。フェイは儀式の間に出現すると同時に上級火焔爆砕(グレーター・ファイアー・バースト)――自分を中心とした炎の爆発を起こす呪文――を発動して周囲の悪魔祓いを吹き飛ばす。同時に今や神器と同化した聖遺物"白金の兜"の効果、"畏怖すべき存在"が発動する。真竜なら皆持ち得ている、対峙するだけで相手に圧力を与え、心弱き者は恐怖に怯え、恐慌に至らせる圧倒的な存在感により、対峙している悪魔祓いは己を噛み砕く竜の顎を、己を切り裂く鋭い爪を、全身を粉砕する丸太のような尾の一撃を幻視したであろう。大部分が恐怖に駆られ無力化されていた。

 あとは残りを潰すのみといった所で、魔方陣が描かれ、リアス・グレモリーが登場する。

 

「早かったですね」

「ええ、潰すだけだったし、アーシアは朱乃に任せているわ。それに、うちの眷属()がお世話になったお礼は直接したいもの」

 

 問いかけるフェイに、どす黒いオーラを出して答えるリアス。

 

「温情ではないですが、精々苦しめずにお願いします」

 

 それだけを言い残してフェイは残存戦力の掃討に移る。

 その段階になって初めて愕然としてたレイナーレが口を開いた。

 

「ば、馬鹿な……。たかが人間風情がここまで。……でも甘いわね。私に協調する堕天使はいくらでも居るのよ。彼らが来れば――」

「来ないわよ」

 

 レイナーレの言葉に、懐から3枚の黒い羽根を出しながら否定するリアス。レイナーレはその羽根をみて驚愕する。

 

「そ、それはっ!」

「アーシアを探させていたんでしょ? 私はコレを片付けてから来たの。ああ、それとあなたが上に内緒で動いてるのも全て判っているから、安心して消えて頂戴」

 

 何処までも逃げ道を塞いでいくリアス。

 

「くっ、こんな所で殺される訳にはっ。私は力を得てあの方に愛されるのよ!」

 

 レイナーレが隙をついて部屋の出口へ逃げようとするが、出口は既に塞がっていた――兵藤によって。

 

「……夕麻ちゃん」

「イッセーくん! 助けて! あの悪魔に殺されてしまうの!」

 

 兵藤に懇願をするレイナーレ。あれが恋人としての貌だったのだろうか。だが、無駄だ。

 

「そんな顔やめろよ……。夕麻ちゃんの顔で、そんな事いうのやめろよ」

「くっ、下級悪魔の分際でっ!」

 

 レイナーレが光の槍を作り出す。

 

「……初めての彼女だったんだ」

「えぇ、見ていてとても初々しかったわ。女を知らない男はからかいがいがあったわ」

「……大事にしようと思ったんだ」

「うふふ、大事にしてくれたわね。私が困ったら即座にフォローしてくれて。でも、わざとやっていたのよ?」

「……初デート、念入りにプラン考えたよ。絶対にいいデートにしようと思ったから」

「そうね! とても王道なデートだったわ! おかげでとっても退屈だった!」

「……夕麻ちゃん」

「あなたを夕暮れに殺そうと思ったからその名前にしたのよ、素敵でしょ?」

「……俺を殺したのはまだいいんだ。よくないけど」

「あら、だったら恨まれる筋合いはないんじゃないの?」

「……だけど、アーシアを殺そうとした! 神器を抜かれたら、そいつは死ぬんだろ!?」

「そうね、神器を持っていたのが不幸でしかないわね」

 

 兵藤の感情がだんだんと高まっていくのを感じる。リアスはこの問答を敢えてさせているのは何故か。

 フェイは残りの悪魔祓いを掃除しながら考える。

 

「……あんなに優しくていい子が! なんで神器を持っているだけで狙われなくちゃいけないんだ!」

「『聖母の微笑み』は至高の癒しの力なのよ! あれを手に入れれば、私はあの方達に愛して頂ける資格を手に入れられるのよ!」

「それだけの為にあの子を犠牲にしようとしたのかっ!」

「私にはそれが全てよ! さあ、黙ってそこを通しなさい!」

「ふざけるなぁっっっ!」

 

 兵藤の咆哮に、その左腕の籠手(セイクリッド・ギア)が応えた。

 

Dragon(ドラゴン) Booster(ブースター)!!』

 

 甲に嵌められた宝玉が輝きを放ち、籠手に紋様が浮かぶ。フェイは兵藤の神器の奥底に眠る竜の力が引き出されつつあるのを感じる。リアスはこれを狙っていたのか。

 

Boost(ブースト)!』

「ああ……神様……じゃないな。魔王様かな、俺悪魔だし」

 

 兵藤の神器に力が集まっていく。レイナーレはそれを阻止するべく光の槍を投げようとするが。

 

「た、たかが『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』で力を倍にした所でっ……くっ、何よこの力、中級……いや上級悪魔!?」

 

 フェイが攻撃の隙に放った気おくれ(ヘジテイト)の呪文の効果で、兵藤がよほど強大な存在に見えたのだろう、光の槍を取り落としそうになり攻撃のタイミングを逃す。

 神でも魔王でもなくて悪いが竜の同胞として少しばかりの手助けを。

 

Boost(ブースト)!』

「俺にあのクソ堕天使をぶん殴らせてくれよっ」

 

 さらに力が倍加し、兵藤はレイナーレへと歩み寄る。

 

「くっ、さっきのは気のせいのようね、下級悪魔如きがっ」

「ぐぅぅぅっっっ」

 

 レイナーレの光の槍が兵藤の足へと突き刺さる、だが兵藤の足は止まらない。

 

「なぁ、神器さん。目の前のコイツを殴り飛ばす力はあるんだろうな? じゃあ、ぶっ飛ばそうぜ」

Explosion(エクスプロージョン)

 

 兵藤が神器に語りかけると、その籠手の宝玉がより一層と輝きを増し、兵藤の力が増していく。

 

「……ありえない。何よ、これ。どうして、こんなことが。その神器は持ち主の力を倍にする『龍の手』でしょ? ……なんで。あ、ありえないわ。どうして私の力を超えているの? この魔力の波動は上級クラス、さっきのは見間違いじゃ……?」

 

 ヘジテイトの呪文の効果とは違う、本当に発揮されている力でレイナーレは気圧されている。

 あのような存在が眠る神器がありふれた存在である筈がないのだ。それを見抜けていない時点で、レイナーレの実力は嵩がしれている。

 

「吹き飛べっ、クソ天使っ」

「私は、至高のっ」

 

 籠手の力が収束された兵藤の拳が、レイナーレの顔面へと突き刺さる。レイナーレは拳の一撃で吹き飛び、壁に叩き付けられた。

 

「ざまーみろ…………さよなら、夕麻ちゃん」

 

 兵藤が倒れたレイナーレに吐き捨てた後、ポツリ、と呟いた。

 




行殺堕天使組。

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エピローグ

今回はやや短めです。


「イッセーさーん! 皆さーん」

 

 レイナーレにとどめを刺して教会の建物を出ると、敷地の外から姫島とアーシアが手を振りながらやってくるのが見えた。

 

「ああっ、イッセーさん怪我をしたんですか!? 直ぐに治しますね!」

 

 アーシアは兵藤が負傷しているのを見て取ると、慌てて駆け寄って神器による手当を始めた。

 兵藤に甲斐甲斐しく世話をするアーシアをフェイが眺めていると、横合いから声をかけられる。

 

「イッセーくん、イッセーくん。キミ、素敵な能力持っていたんだね。更に興味津々なり。キミ、俺的に殺したい悪魔ランキングトップ5入りだからヨロシク。次に出会ったら、ロマンチックな殺し合いしようぜっ!」

 

 フェイに向けてではなかったようだ。いつかの白髪の悪魔祓いが兵藤に向かって宣戦布告する。

 

「あ、そっちの悪魔信奉者くんも他人事だと思ってるんじゃねぇよぉ? キミなんて俺的に殺したい人間堂々のトップなんだからさぁ。次は殺しちゃうぞ♪」

 

 苦笑していたフェイにも矛先を向けると、意味不明な捨て台詞を残して悪魔祓いは去って行った。逃げ足はずいぶんと速い。

 

「じゃあね! バイバーイ! みんな、歯ぁ磨けよ!」

 

 兵藤は溜息をひとつ着くと、左腕を振ってリアスに質問した。

 

「ふぅ、なんなんだアイツ。……そうだ、部長。この神器ってなんなんですかね? 『龍の手』とは違うんですか?」

「ふふっ、いい質問ね、イッセー。ここに赤い龍の紋章が浮かんでいるでしょう?」

 

 と、リアスは兵藤の神器に浮かんだ紋様を指さす。

 

「これはね、この神器が『赤龍帝の籠手』(ブーステッド・ギア)である証拠。言い伝え通りなら人間界の時間で十秒ごとに持ち主の力を倍にしていく能力。最初の力が一しかなくても十秒ごとに力が倍になっていけば、いずれ上級悪魔や堕天使の幹部クラスの力にもなるわ。そして極めれば神すらも屠れる」

「神すらも屠れる……」

 

 リアスの説明に、兵藤は感嘆の声を漏らす。実際大した能力だ、とフェイも感心する。

 しかし、赤龍帝の籠手とは大層な名前だ。その名前に肖るならば、神器に変質してしまったフェイ自身の籠手は『白金竜の籠手』(チャージド・ギア)とでも呼ぼうか、などと余計な事も考えながら。

 

「その力から、これはただの神器ではなく、至高の神器、『神滅具』(ロンギヌス)とも呼ばれているわ。あなたを下僕にした私の判断は正しかったみたいね」

 

 リアスは微笑みながら兵藤の頬を撫でる。そこでフェイが少し首を傾げる。リアスが下僕にしようと思わなければ、兵藤は助からなかったのかと。しかし結果としてリアスが見捨てた訳ではないから今更口出ししない方が良いかと思い直し、黙っておく事にする。

 

「『紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)』と呼ばれる私と『赤龍帝の籠手』、紅と赤で相性バッチリね。イッセー、あなたは誰にも負けない最強の『兵士』を目指しなさい。あなたなら出来るはず。だって私の可愛い下僕なのですもの」

 

 リアスにそう告げられ感極まっている兵藤に対し、リアスが顔を近づけ額に口づけをする。

 

「これはお祝い。強くなりなさい」

 

 兵藤の顔が一気に赤くなり……側にいたアーシアの笑顔が引きつるのをフェイは見ていた。

 フェイが肩を竦めてその場を離れようとしたら裾を引かれ立ち止まる。見下ろすと塔城が居た。

 

「バハムートは()金の竜でしたよね?」

「そうだ。白金の鱗を持つ気高き竜の神だ」

 

 フェイが塔城の質問に回答をすると、満足げに頷いて去っていった。なんだったのだろう。

 ――塔城にははぐれ悪魔(バイサー)との一戦以来、時折格闘技術の手解きをしている。

 今回は実戦での姿をフェイが見る機会はなかったが、もう少し本格的に教えようかとも考える。フェイ自身が修行中の身の為、弟子というのも烏滸がましい想いもあり程々にしていたが、今回のような多数相手に戦う事があるのなら実力を付けるにこした事はない。

 それから今日の戦い。フェイは歩きながら『赤龍帝の籠手』について考える。神をも屠る程の『神滅具』。まだ目覚めてはいない。だが、必ず目覚める為の何かが起こるに違いない。その何かはやはり戦いの中で――とフェイは予感していた。

『白金竜の籠手』を持ったフェイとの巡り合わせも含め、運命はどう転がってゆくのだろうか。

 

 振り返るとじゃれあう兵藤、リアス、アーシアの姿が見える。

 フェイは小さく微笑んだ。それももう少し先の話か。

 

 




次から焼き鳥編。

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戦闘校舎のフェニックス
プロローグ


焼き鳥編開始


 アーシアを迎えてからしばらく後の部活動で、兵藤が思い出したかのようにフェイに問いかけた。

 

「そういえばフェイってさ、元々いた世界が違うんだよな?」

「そうですが、それが何か?」

 

 質問の意図がわからず質問を返すフェイ。

 

「いや、俺ら悪魔は『音声言語』翻訳能力があるから気がつかなかったけどさ、アーシアが日本語で苦労しているから」

「成る程。俺は同じく会話を翻訳出来る言語会話(タンズ)の呪文を永続化(パーマネンシィ)しているので。ああ、先に言っておきますがタンズの呪文は2時間ちょっとしか保たないし、そう何度もかけられるものでもなく、パーマネンシィは他人にかけたタンズには効果がないので、アーシア先輩には使えませんよ」

 

 アーシアは兵藤と同い年の為兵藤と同じクラスに編入されたが、言葉の壁で苦労しているようだ。

 兵藤の言いたい事はわかったが、無理な物は無理と先に言っておく。フェイの呪文は一日に使用出来る回数が限られているので、あまり日常生活で使い切るわけにもいかない。人間である事を選んだアーシアが不自由しているのも心苦しくはあるが、自助努力というのも必要だ。

 

「そうか、そりゃ残念だな。しかし呪文ってすげぇな」

「悪魔が呪文なしでそのまま同じ能力持ってるじゃないですか」

 

 兵藤とフェイは軽口を叩き合う。本来ならここでリアスが「悪魔になれば言葉も不自由しないわよ」とでもアーシアを勧誘する所だが、フェイはリアスがやけに大人しいことに気付く。

 最近時折このように心ここにあらずといった様相になるが、原因については判らないままだった。

 

 しかし、それから数日後に原因が判明することになる。

 

 ◇◇◇

 

 いつものように旧校舎の部室へと向かう塔城とフェイ。

 旧校舎に入った時点で、フェイが立ち止まったので、塔城は首を傾げて尋ねる。

 

「……どうかしたんですか?」

「いや、なんでもない」

 

 気にするな、といった風に手を振り部室への歩みを再開する。

 フェイは部室に強力な何者かが居る事に気付きはしたが、戦闘の気配はないので気にしないことにした。

 ノックをしてから部室に入ると、機嫌の悪さを隠そうともしないリアス、笑顔ではあるが底冷えした雰囲気を漂わせる姫島、そして見知らぬ銀髪のメイド――フェイが先ほど気付いた強力な気配の持ち主――が待ち受けていた。

 

「……人間風情が……いえ、失礼しました。私はグレモリー家にお仕えするグレイフィアと申します」

「フェイです」

 

 メイドが嫌みを放とうとするが、すぐさま態度を変えて挨拶をしてくる。

 フェイも応じて挨拶を返す。なるほど、強力な気配は伊達ではない。フェイが既に一撃加えられる間合いだという事に気付く実力はあるようだ。

 面倒事の気配を感じたフェイが部屋の隅の席に腰掛けると、塔城も続いてその隣の椅子に座る。

 

「グレイフィア、彼が"あの"フェイよ」

 

 不機嫌な表情のままリアスが補足する。

 

「……納得しました」

 

 リアスは一体なにをグレイフィアに吹き込んだのだろうか。

 会話のないまま暫く待っていると、残りの2年生組がやってくる。

 

「まいったね」

 

 部屋に入るなり重苦しい空気に木場が呟く。グレイフィアもアーシアを一瞥するが、今度は何も言わない。

 一瞥されたアーシアは不安な表情を作るが、兵藤が頭を撫で落ち着かせながらそれぞれ席に着く。

 

「全員揃ったわね。では、部活をする前に少し話があるの」

「お嬢様、私がお話しましょうか?」

 

 グレイフィアの申し出にリアスが手を振っていなす。

 

「実はね――」

 

 リアスがそう口を開いた時、部室の部屋の魔方陣が光を放つ。

 魔方陣に描かれていた紋様が変化し、別の紋様となる。これはグレモリー家以外の悪魔が来るということか。

 

「フェニックス――」

 

 木場がそう漏らす。フェニックス――フェイの世界ではポイニクスとも呼ばれる神の使者たる炎の不死鳥だが、バハムートと同じく同名の別存在だろうか。

 魔方陣が輝きを増し、中から人影が顕われる。同時に炎が巻き起こり、室内を熱気に包む。

 魔方陣から顕われた人影が腕を横に薙ぐと、炎が吹き散らされて姿が露わになる。

 

「ふぅ、人間界は久しぶりだ」

 

 そう呟いたのがフェニックス――赤いスーツをラフに着こなした二十代であろう青年だった。

 青年は室内を見回し、視界にリアスを捉えると口元をにやけさせた。

 

「愛しのリアス。会いに来たぜ」

 

 声をかけられたリアスは半眼で見つめるままで歓迎しているようにはとても見えない。

 その様子でフェイは最近のリアスの態度の原因に察しがついた。

 ――要は政略結婚ということか。王族や貴族が望む相手と婚姻する事は少ない。国同士の関係、あるいは国内の勢力関係により『都合の良い相手』と結婚せざるを得ない場合も多々あるからだ。

 愛する相手と婚姻するのではなく、婚姻した相手を愛するのだ。とはどこの貴族が言った言葉だったろうか。

 立場のある身分になればなる程、自由は少ない。公爵家の跡継ぎならば尚更。

 

「さて、リアス。さっそくだが式の会場を見に行こう。日取りも決まっているんだ、早め早めがいい」

 

 そう言って腕を掴むフェニックス。もうそこまで話が進んでいたのか。フェイは内心で驚く。

 

「……離してちょうだい、ライザー」

 

 手を振り払うリアス。その声音といい表情といい、完全に怒っている。しかしフェニックスはただ苦笑するのみだった。

 

「おい、あんた。部長に対して失礼だぞ。つーか、女の子にその態度はどうよ?」

 

 怒りに燃える兵藤がフェニックスに対して注意をする。方向性は違えど人の事は言えない気もするが。

 言われたフェニックスは不機嫌な顔になって答える。

 

「あ? 誰、お前?」

「俺はリアス・グレモリー様の眷属悪魔! 『兵士』の兵藤一誠だ!」

「ふーん、あっそ」

 

 問われた兵藤が名乗りを上げるが、特に興味なさそうに流すフェニックス。だったら何故聞いたのか。

 

「つーか、あんた誰だよ」

 

 兵藤の問いかけにフェニックスが驚いた顔を見せる。

 

「……あら? リアス、俺のこと、下僕に話してないのか? つーか、俺を知らない奴がいるのか? 転生者? それにしたってよ」

「話す必要がないから話していないだけよ」

「あらら、相変わらず手厳しいねぇ」

 

 目元を引きつらせながら苦笑するフェニックス。そこでグレイフィアが口を出した。

 

「この方はライザー・フェニックスさま。純血の上級悪魔であり、古い家柄を持つフェニックス家のご三男であらせられます」

 

 その紹介にフェイは遠い目をする。神聖なるポイニクスも世界変われば名門悪魔か、と。

 続くグレイフィアの言葉は、フェイの予想通りの内容であった。

 

「そして、グレモリー家次期当主の婿殿でもあらせられます。リアスお嬢様とご婚約されておられるのです」

「えええええええええええええっっ!!」

 

 兵藤が絶叫する。予想出来ていなかったのか、予想したくなかったのか。いや、よそう。

 




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1話

「いやー、リアスの『女王』が淹れてくれたお茶は美味しい物だな」

「痛み入りますわ」

 

 ライザーが給仕をした姫島のお茶を褒める。姫島も表面上笑ってはいるが、いつもの口癖もないため、本意ではないのだろう。

 ソファに座るリアスの隣につき、軽々しく肩を抱くライザー。何度となく手を振り払われても、肩や手や髪を触っている。よくリアスは我慢しているものだ。

 そんなリアスの様子を見ながら兵藤は怒りと哀しみが混ざった百面相をしていたが、最終的に涎を垂らした非常にだらしない顔に納まる。あ、これは……。

 

「あ、あの、イッセーさん。何か楽しい事ありました?」

「……卑猥な妄想禁止」

 

 フェイが危惧した通りに塔城が突っ込みを入れるが、アーシアは……。フェイはもう気にしない事にした。

 木場が兵藤にハンカチを差しだそうとするが、その前にアーシアが自身のハンカチで兵藤の顔を拭うのだった。

 

「そろそろお茶の時間ですから、お菓子の事を考えて涎が出ちゃったんですね」

 

 フェイはもう気にしないと決めている。そんな中でリアスの声が響く。

 

「いい加減にしてちょうだい!」

 

 結局爆発したか。リアスが感情のままに言い放つ。

 

「ライザー! 以前にも言ったはずよ! 私はあなたと結婚なんてしないわ!」

「ああ、以前にも聞いたよ。 だが、リアス、そういうわけにはいかないだろう? キミのところの御家事情は意外と切羽詰まっていると思うんだが?」

「余計なお世話だわ! 私が次期当主である以上、婿の相手は自分で決めるつもりよ! 父も兄も一族の者も急ぎすぎだわ! 当初の話では、私が人間界の大学を出るまでは自由にさせてくれるはずだった!」

「その通りだ。キミは基本的に自由だよ。大学に行ってもいいし、下僕も好きにしたらいい。だが、キミのお父様もサーゼクス様も心配なんだよ。御家断絶が怖いのさ。ただでさえ、先の戦争で大勢の純血悪魔が亡くなった。戦争を脱したとはいえ、堕天使、神陣営とは拮抗状態。連中とのくだらない小競り合いで純血悪魔の跡取を亡くして御家断絶なんて例もないわけじゃない。純血であり、上級悪魔の御家同士がくっつくのはこれからの情勢を考えれば当然だ。純血の上級悪魔。その新生児が貴重な事くらいキミだって知っているだろう?」

 

 結局の所は政略結婚である。兵藤のような人間から転生したものではなく、生まれつきの純血悪魔。その名門の血を絶やさぬようにすること。リアスの家は二人兄妹で兄は魔王となった為に家督を継がず、リアスが次期当主となり婿を迎えるしかないこと。ライザーは家督に関わらないフェニックス家の三男であるため婿養子に都合が良いこと。よくある構図である。

 純血主義自体も、フェイの世界においても迫害される事もある混血種族(ハーフブラッド)の話と思えば判らなくもないのだが……。

 

「私は家を潰さないわ。婿養子だって迎え入れるつもりよ」

 

 リアスのその言葉を聞き、ライザーは満面の笑みを浮かべる。

 

「おおっ、さすがはリアス。じゃあ、さっそく俺と――」

「でも、あなたとは結婚しないわ、ライザー。私は私が良しと決めた者と結婚する。古い家柄の悪魔だって、それくらいの選択の自由はあるわ」

 

 ライザーの言葉を遮って宣言するリアスに、舌打ちをして機嫌を悪くするライザー。

 

「……俺もな、リアス。フェニックス家の看板を背負った悪魔なんだよ。この名前に泥を塗られるわけにもいかないんだ。だから――」

 

 ライザーの周囲を炎が駆け巡る。

 

「俺はキミの下僕を全て燃やし尽くしてでもキミを冥界に連れ帰るぞ」

 

 殺気と敵意が部屋を支配する。

 リアスは紅い魔力を全身から発し始め、ライザーも炎を身に纏う。

 フェイもまた音声省略した呪文をいつでも放てる準備をする。

 そこに割って入ったのはグレイフィアだった。

 

「お嬢様、ライザー様、落ち着いて下さい。これ以上やるなら私も黙って見ているわけにもいかなくなります。私はサーゼクス様の名誉のためにも遠慮などしないつもりです」

 

 静かに迫力のある言葉をグレイフィアが口にすると、リアスは魔力を抑え、ライザーも炎を落ち着かせた。

 

「……最強の『女王』と称されるあなたにそんなことを言われたら、俺もさすがに怖いよ。バケモノ揃いと評判のサーゼクス様の眷属とは絶対に相対したくないからな」

 

 リアスとライザーの戦意がなくなった事を確認するとグレイフィアが言う。

 

「こうなることは旦那様もサーゼクス様もフェニックス家の方々も承知でした。正直申し上げますと今回が最後の話し合いの場だったのです。話し合いで決着が付かない場合のことを皆様方は予測し、最終手段を用意してあります」

「最終手段? どういうこと、グレイフィア?」

 

 リアスの質問にグレイフィアが答える。

 

「お嬢様、ご自分の意志を押し通すのでしたら、ライザー様と『レーティングゲーム』にて決着を付けるのは如何でしょうか?」

「――っ!!」

 

 ――『レーティングゲーム』上級の悪魔達がチェスに準えて揃えた下僕と共に戦うゲームだったか。

 しかし、リアスはまだ成熟していない為参加出来ないはずだったが……。

 フェイの疑問はすぐに解消された。

 

「お嬢様もご存じの通り、常識な『レーティングゲーム』は成熟した悪魔しか参加出来ません。しかし、非公式の純血悪魔同士のゲームならば、半人前の悪魔でも参加出来ます。こういった場合の多くが――」

「身内同士、御家同士のいがみ合いよね」

 

 グレイフィアの言葉に嘆息してリアスが続ける。

 

「私が拒否した場合も考えてゲームで婚約を決めようってわけね。……どこまで私の人生を弄れば気が済むのかしら」

 

 リアスがいらついたように吐き捨てると、グレイフィアが問いかけた。

 

「では、お嬢様はゲームも拒否すると?」

「いえ、こんな良い機会はないわ。いいわよ。ゲームで決着を付けましょう。ライザー」

 

 リアスの挑戦にライザーは口元をにやけさせて答える。

 

「俺は構わない。ただ、俺は成熟しているし、公式のゲームも何度かやっている。今の所勝ち星の方が多い。それでもやろうってのか?」

「やるわ! ライザー、あなたを消し飛ばしてあげる!」

 

 ライザーの挑発にリアスも勝ち気な笑みを浮かべて返す。

 

「承知いたしました。お二人のご意思は私グレイフィアが確認させて頂きました。立会人として、私がこのゲームの指揮を執らせていただきますが、よろしいですね?」

「ええ」

「ああ」

 

 グレイフィアの確認に頷く二人。

 

「わかりました。ご両家の皆様にも私からお伝えします」

 

 そう言ってグレイフィアは頭を下げた。

 

「なあ、リアス。まさが、ここに居る面子がキミの下僕なのか?」

「二人程違うけどね、だとしたらどうなの?」

 

 リアスが答える。

 

「これじゃ、話にならないんじゃないか? キミの『女王』である『雷の巫女』ぐらいしか俺のかわいい下僕に対抗できそうにないな」

 

 そういいながらライザーが指を鳴らすと、魔方陣が光り出し続々と人影が出現する。

 

「これが俺のかわいい下僕達だ」

 

 そう言い放つライザーの周囲を、十五名もの眷属悪魔が固めていた。

 十五名、チェスの駒数からいって眷属に出来る最大人数か。

 そして、眷属悪魔はそれぞれ特徴的な格好をしているが――

 

「お、おい、リアス。なんでこの下僕くん、俺を見て大号泣してるんだ?」

 

 涙を流す兵藤にかなり引きながらライザーはリアスに問いかける。問われたリアスも困り顔で額に手を当てながら答える。

 

「その子の夢がハーレムなの。きっと、ライザーの下僕悪魔達を見て感動したんだと思うわ」

 

 そう、ライザーの眷属は全員顔立ちの良い――語る者が語れば各属性取り揃えていると語る――女性悪魔だった。

 フェイとしては正直ライザーにも兵藤にもドン引きである。

 

「きもーい」

「ライザーさまー、このヒト、気持ち悪ーい」

 

 ライザーの眷属も汚物を見るような目で兵藤を見ていた。

 ライザーはそんな眷属の身体を撫でながら慰める。

 

「そう言うな、かわいいおまえたち。上流階級の者を羨望の眼差しで見てくるのが下賤な輩の常さ。あいつらに俺とおまえたちが熱々な所を見せつけてやろう」

 

 そう言いながら眷属の一人と濃厚なキスを交わすライザー。

 その様子を呆れて見ているリアスを見ながら、人前でそんな事を平気でやらかすからリアスが嫌がるんじゃないのか、などとフェイは思う。

 もし師匠がこの場に居たらこの時点でライザーの顔面に拳が叩き込まれているな、とも。

 

「お前じゃ一生こんなことは出来まい。下級悪魔くん」

「俺が思っている事そのまんま言うな! ちくしょう! ブーステッド・ギア!」

 

 思っていたのか、そもそもそんな事で『神滅具』を発動するな、などフェイが突っ込み切れない程のセリフを吐いて激高する兵藤。

 その左手には赤い籠手が出現する。本当に発動しやがった。

 

「おまえみたいな女ったらしと部長は不釣り合いだ!」

「は? お前そんな俺みたいになりたいんだろう?」

 

 物申す兵藤に対して呆れたように答えるライザー。正論である。

 

「う、うるせぇ。部長の事は別だ! そんなんじゃ部長と結婚しても他の女の子とイチャつくんだろ!」

「英雄色を好む。人間界のことわざだったよな? 良い言葉じゃないか。それに部下とのスキンシップは必要だぜ? お前もリアスに可愛がってもらってるだろ?」

 

 痛いところを突かれて喚く兵藤に対し、余裕のライザー。舌戦はやや兵藤不利か。

 

「何が英雄だ! 火の鳥フェニックス? 笑わせるな焼き鳥野郎!」

「焼き鳥!? この下級悪魔がぁぁぁっ! 調子こくんじゃねぇぞ!」

 

 兵藤の焼き鳥発言に逆鱗に触れた様子で激高するライザー。

 しかしそろそろ危ないか、とフェイは事態の進展を危惧する。

 

「ゲームなんて関係ねぇ! 俺がこの場で全員倒してやらぁっ!」

Boost(ブースト)!!』

「ミラ。やれ」

「はい、ライザーさま」

 

 ライザーに殴りかかろうとする兵藤に対し、ライザーの指示で小柄な眷属悪魔が立ちはだかる。

 長い棍をクルクルと器用に回した後に構えを取り――兵藤の一撃で棍を取り落とし驚いた表情をしている。

 ライザーは一瞬驚いた後――

 

「てめぇっっ、何をしやがった!」

 

 フェイに怒鳴りつけた。ただのボンボンではなかったか、隠れて気おくれ(ヘジテイト)の呪文を発動していたのに気付いた事に感心するフェイ。

 もしフェイが邪魔をしなければ兵藤にカウンターが決まっていた事だろう。

 

「わざわざ手の内を明かす程親切ではないのでね」

 

 肩を竦めるフェイにライザーが更に噛み付く。

 

「てめぇ、人間だな! 人間風情がなんでこんな所にいやがる!?」

「その人間風情のやった事も見抜けぬ悪魔風情が何を仰いますか」

 

 ライザーの問いにフェイは挑発で返す。思わぬ所で都合の良い展開になった。

 フェイは『レーティングゲーム』の話が出た時から、ゲームに絡む切っ掛けを狙っていたのだった。

 このままでは人間であるフェイはリアスを手助け出来ずに終わってしまうのだから。

 

「ちっ、言うじゃねぇか人間! だったらお前もゲームにリアス陣営で参加しろよ、そこでぶち殺してやる。ついでにもう一人も参加させろよ。どうせ非公式の身内戦なんだしよ。どうだ、リアス?」

「…………彼らが望むのなら私は構わないわ。グレイフィアの意見は?」

 

 フェイの思惑通りゲームへの参加を持ちかけるライザー。リアスはフェイが狙ってやった(・・・・・・)事に気付き、フェイを半眼で睨んだ後に了承する。

 

「一応ご両家に確認は取りますが……恐らく許可されるかと」

「なら決まりだな。……そうだな、リアス。ゲームは十日後でどうだ? 今すぐでもいいが、それじゃあ面白くなさそうだ」

 

 ライザーが頷くと、何かを思いついたように顎に手を置き、リアスに提案する。

 

「……私にハンデをくれるっていうの?」

「ま、そうだな。現状あまりにも戦力が違う。十日もあればここに居る連中も少しはマシになるだろうし、戦力も増やせるかもな。お情けを貰って屈辱か? だが自分の感情だけで勝てるほど『レーティングゲーム』は甘くないぞ。下僕の力を引き出せなければ即敗北だ。いかに才能があろうと、いかに強かろうと、本来の実力を発揮できぬまま初戦で負ける奴らも何度も見てきたぞ。ましてやキミは初めてのゲームに臨むんだ、経験者の助言は聞いておくべきだな」

 

 ライザーの言葉をリアスは黙って聞いている。ライザーも挑発的であり強者の驕りも垣間見えるが、根はそんなに悪い奴でもないのかもしれない。

 ライザーが手を下に向けると魔方陣が輝き出す。

 

「リアス、次はゲームで会おう」

 

 そう言い残して、ライザーと眷属悪魔は魔方陣の光の中へ消えていった。

 





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D&Dあまり知らない人向け

不死鳥(ポイニクス)

 "火の鳥"とも呼ばれる霊鳥。
 実は(火)属性クリーチャーじゃないので、[火]に対する完全耐性も、[冷気]に対する脆弱性もない。(通常の(火)属性クリーチャーは持っている特徴)
 傷を殆ど癒やす大治癒(ヒール)や死んだ者を転生させる転生(リインカーネイト)などの回復系の疑似呪文能力を使いこなし、
 自らが死にそうになったら、盛大に自爆して周囲を炎上させた上で復活する能力を持つ。


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2話

バハムート様は見てる


「ひーひー……」

 

 フェイの少し前を歩く兵藤が、声に出しながらふらついている。その背には巨大な背負い袋。さらに大量の荷物が追加されている。

 ライザー・フェニックスとのゲームが決まった翌日、オカルト研究部の面々は強化合宿と称して山地にある別荘を目指して山を登っていた。

 

 そして山を登る顔ぶれは、『持つ者』(荷物持ち)『持たざる者』(身軽な女性)に別れていた。

 

「……大丈夫ですか?」

「普段これだけ負荷をかける事はなかったから身軽にこそ動けんが、この程度ならな。これも修行のうちだ」

 

 女性の中で唯一『持つ者』である塔城が、兵藤以上の荷物を持ちながらもとくに疲れも見せずに隣を歩く『持つ者』フェイに声をかけると、塔城と同程度の荷物を持つフェイも特に疲労の様子もなく返す。

 『戦車』として筋力が強化されている塔城はもとより、モンクとして修行を積んでいるフェイもそれなりの筋力は備えている。

 本来ならヒューワードの背負い袋(ヒューワーズ・ハンディ・ハヴァサック)異空間の物入れ袋(バッグ・オヴ・ホールディング)を持つフェイは例え全員分の荷物を入れても袋一枚分の重量で運べるのだが、修行の為とリアスに利用を禁止された。それ一枚頂戴とも言われたが、丁重に断った。

 

「ほら、イッセー。早くなさい」

 

 兵藤の更に前を歩く『持たざる者』リアスが兵藤に檄を飛ばす。

 

「……あの、私も手伝いますから」

「いいのよ、イッセーはあのぐらいこなさないと強くなれないわ」

 

 『持たざる者』アーシアが見かねて兵藤を助けようとするがリアスが止める。

 まあ、そうする位なら最初からバッグ・オヴ・ホールディングを禁止しないわな、とフェイは後ろから見ていた。

 

「部長、山菜を摘んできました。夜の食材にしましょう」

 

 やはり涼しげな顔で『持つ者』木場が軽快にフェイや兵藤を追い越し、リアスに声をかけて通り過ぎてゆく。

 兵藤と同じだけの荷物を持ちながら大分余裕を見せ、探索を行うとは……木場は野伏(レンジャー)に近い修養を積んでいるのだろう。

 

「……行きましょう」

 

 木場に軽々と追い抜かれた為か、塔城がフェイにペースを上げようと促す。

 フェイも頷いてペースを上げ、兵藤に声をかけ追い抜いていく。

 

「お先に」

 

 その直後、兵藤が気力を振り絞って山道を駆けてフェイと塔城を追い抜き――力尽きた。

 この部活には負けず嫌いが多い。

 

 ◇◇◇

 

 合宿では修行内容で複数のグループに分かれて修行することになった。アーシアはいざという時の救護班である。

 フェイはこの際に塔城、そして兵藤に自身の持つ格闘技術を入り口だけでも教えようと思い、木場も巻き込んで近接戦闘の修行を申し入れた。リアスと姫島はそれぞれ自らの魔力操作を磨くことにしている。

 

「とりあえず今回教える技術は、塔城と兵藤先輩には役立つと思います。特に塔城もある程度実戦経験を積んで、自分のスタイルとして殴りやすい形で殴っているように見えていますが、運動エネルギーが拳に充分に乗り切っていない為、筋力任せになっている面があります。兵藤先輩もまた格闘については素人なので、神器による増幅エネルギー頼りになっています。今回教えるのは増幅の開始時の威力を1から2、3へと引き上げる技術と思って下さい。もちろん直ぐに確実な成果が出るわけではないので、長期間反復しての修行になりますが」

 

 フェイの説明に兵藤が質問を上げる。

 

「実際にどれ位変わるもんなんだ?」

「個人差はありますが、多少の具体例を見せましょう」

 

 フェイは兵藤の質問に頷き、修行の場に用意していた3メートル程の岩山の側に立つ。

 

「まずこれが格闘を修めていない一般人の『手打ち』です」

 

 フェイは白金竜の籠手を出して、わざと腕だけで岩山に拳を打ち込む。

 岩山の表面にガツンと籠手が当たり(3ダメージ)、それで終わった。

 

「次に拳に充分に全身からのエネルギーが乗り切っている場合の『素手打撃』です」

 

 フェイは全力で拳の一撃を岩山に打ち込む。

 轟音を立て、岩山に小規模なクレーターが発生する(20ダメージ)、パラパラと砕けた岩山の破片がこぼれ落ちた。

 

「おお、すげぇ」

「……でもこれ位なら」

 

 兵藤は素直に感嘆を漏らし、塔城は自分はもっと激しい一撃を繰り出せると主張する。

 

「それで、次が呪文で強化した『手打ち』。兵藤先輩がこれに近くて、塔城はこれよりもう少しマシって状態かな」

「…………」

 

 フェイの言葉に多少気分を害した様子を見せる塔城だったが、黙って様子を見ている。

 フェイは抑止していた上級魔法の牙(グレーター・マジック・ファング)を再稼働した上で、自らに上級強力な打撃(グレーター・マイティ・ワロップ)の呪文を発動し、クレーターの隣に腕だけで拳を打ち込む。

 再び轟音を立て、岩山に先ほどよりやや小さなクレーターが発生した(17ダメージ)

 

「これは完全な『手打ち』なので、塔城はもう少し威力を出せると思う。最後がこの強化が乗っている状態での全力での一撃です」

 

 塔城にフォローを行いながら、フェイは少し隣に立ち位置をずらし、岩山に全力で拳を打ち込む。

 

 岩山が粉々に吹き飛んだ(101ダメージ)

 

「すげぇ」

「これほどとは……」

「……参りました」

 

 兵藤、木場、塔城がそれぞれ感嘆の声を上げる。

 

「重要なのは修行を積んだ人間の全力が、魔法で強化した者の『手打ち』と大差ない事ではなく、修行を積んだ者が魔法の強化を得た時の破壊力だ。開始地点の威力が大きければ大きいほど、全力のエネルギーが伝わった時の威力が比例して高まるということを覚えていて欲しい」

 

 最後にそれだけを伝え、これ以上格闘講釈に木場を巻き込むのも悪いので、型稽古や実践的な応用は二人組に分かれた時に行う事にする。

 

 ◇◇◇

 

「……私は、強くなれるでしょうか」

 

 フェイが塔城と二人組になり、型稽古をしているときに、塔城がフェイに問いかけてきた。

 

「強くするさ。我が神(バハムート)に誓って」

「バハムートに誓って?」

 

 微笑みながら答えたフェイに対して、さらに塔城が問いかける。

 

「ああ、バハムートの教えはな。ただ脅威となる悪を倒すだけだと、自分が居なくなった後にまた新たな脅威が表れた時にどうしようもない。だから倒す事も大事だが、それよりも弱者を庇護して逃げ方や、情報や、戦い方を教えて脅威に対抗出来るようにすることを優先しろってものなんだ。信徒の大多数がドラゴンという強力な力の持ち主だからこその教えかもしれないけどな」

 

 フェイの説明に塔城が複雑な顔をして頷く。

 

「塔城を弱者って言うつもりもないけどな。……ただ、見てて勿体ないって思ったから」

「……勿体ない……」

 

 塔城はフェイの言葉を反復すると、少し顔を赤くして言葉を紡ぐ。

 

「……色々教わるのなら……師匠、って呼んでいいですか?」

「俺もまだ弟子を取れる程修行を積んじゃいないけどな。だが、教えるのは確かだからまあ…………構わない」

 

 フェイが許可を出すのに大分逡巡したのは、お前にはまだ早い、という師匠の声を幻聴したからである。

 ただ、後に再会した師匠が、信じて異世界に送り出した(※送り出してはいない)弟子が勝手に孫弟子を作ってるなんて、と激怒するのもまた遙か将来(さき)におけるフェイの災難であったりはする。

 

「……では師匠、私の事は塔城ではなく、小猫と呼んで下さい。……他人行儀なので」

「ああ、わかった」

 

 顔を赤くして言い出す小猫に対して淡々と答えるフェイ。

 白金竜の籠手の中のバハムートは、そこは名前を呼び返すものだろうが、フェイには後で説教だなと少し呆れた。




参考ダメージ
 ※【筋力】【敏捷力】ボーナスを除いた最大ダメージ

 コルトM1911A1拳銃 12ダメージ
 ブローニングM2重機関銃 24ダメージ
 ダイナマイト 18ダメージ
 

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D&D知らない人向け

ヒューワードの背負い袋(ヒューワーズ・ハンディ・ハヴァサック)
 魔術師ヒューワードさんが発明した便利アイテム。
 見た目は通常の背負い袋だが、主要部分と両脇のポーチはそれぞれ異空間が広がっていて、ポーチがそれぞれ見た目状は1リットル程の容量だが、実際には2立方フィート(57リットル)の容量を持ち、主要部分は8立方フィート(約227リットル)の容量を持つ。
 重量もポーチがそれぞれ20ポンド(約9Kg)、主要部分が80ポンド(約36Kg)までの制限があるが、どれだけ入れても背負い袋の重量の5ポンド(約2.3Kg)のままである。
 また、主要部分とポーチは特定の物を取り出そうと思ったときに対象の物が常に手前に来る仕組みとなっており、前をみたまま取り出したい物を取り出せる、冒険者で持っていない物はまず居ないと言える程の便利アイテムである。

異空間の物入れ袋(バッグ・オヴ・ホールディング)
 ヒューワーズ・ハンディ・ハヴァサックと同様に中に異空間が広がっているずた袋。
 制限内までならどれだけ入れても袋の重量のまま。

 フェイの持っている物は、70立方フィート(約1982リットル)の容量で重量が500ポンド(約226Kg)まで格納でき、袋の重量が25ポンド(約11Kg)のもの。




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3話

 二人組を交代して、フェイと木場との組み合わせになった。

 木場はある程度戦闘スタイルが完成しているため、フェイとの模擬戦を中心に行うことにした。

 お互いに素早い相手との対戦を視野にいれた、躱し、捌き、当てる為の訓練。

 フェイは木場の動きに内心舌を巻いていた。

 

「まったく、一撃一撃が岩山を吹き飛ばす威力なんだから怖い物だね」

「そう言って一撃も入れさせていないじゃないですか」

 

 剣と拳のリーチ差を上手く利用してなかなか懐に入れさせず、懐に入っても直ぐに捌いて位置を離す。

 フェイも模擬戦としての手加減はあるにせよ、その身のこなしや立ち回り、位置取りはただ素早いだけでなく、戦術を持って組み立てられており、一線級の活劇剣士(スワッシュバックラー)を相手取っている感覚に襲われる。

 お互いに少しの隙でも鋭い一撃が突き込まれる為、それを捌かざるを得ない事で機会を逃す。その繰り返しであった。

 

「フェイ君だって絶対に避けられない一撃を組み立ててもアッサリと躱すじゃないか」

「あんな避け方そうそう何度も出来るものですか」

 

 激しく位置を入れ替えながらも軽口を叩きあう木場とフェイ。

 まだキチンと見てはないが全く素人の兵藤の事を考えると、グレモリー眷属の中では近接戦闘は木場が一番上手か、とフェイは判断する。

 呪文の補助なしでは木場ほどは動けないだろうが、小猫もそれに近いところまで行ってくれれば……などと考えていると、隙を突いた木場にフェイは一撃を貰ってしまった。

 

「隙ありってね。模擬戦中に考え事かい?」

「あー、すみません。失礼しました」

 

 丁度良い区切りだったので二人は休憩を行うことにした。

 

「それでフェイ君は何の考え事をしていたんだい?」

 

 タオルで汗を拭いながら爽やかに木場が問いかける。

 

「先輩との訓練中に余計な事を考えていて失礼しました。小猫を木場先輩の動きについていけるようにするにはどうしようかと考えていました」

 

 フェイは対決中に目の前の相手以外の事を考えるという失礼なことをしてしまったので、再度謝罪をする。

 

「それは構わないんだけど……そうか、まだ実際はそれ位の力の開きがあるんだね」

 

 木場が言っているのは小猫と木場ではなく、木場とフェイの事である。

 互角に競り合っているように見えて、フェイは余計な事を考えながらでも多少の隙にしかならない。

 その隙を突けた木場は見事ではあるが、まだそれだけフェイが余裕を残しているということである。

 

「それにしても……小猫ちゃんとは大分親しくなったみたいだね?」

「同じ徒手格闘を基本とする者同士ですからね、一応弟子みたいな扱いになりました」

「へぇ……」

 

 木場はフェイから意外な事実を聞くがそれ以上掘り下げない事にした。下手に掘り返すと普段は無表情な小猫(後輩)が顔を真っ赤にして怒りそうだ。

 

◇◇◇

 

 フェイと兵藤の二人組になったとき、フェイは兵藤の動きをみて、まずは体捌きを含めた捌きの技術を中心に鍛える事にした。なぜなら――

 

「兵藤先輩の神器の話を聞く限りだと、倍加中に攻撃を貰うとリセットされてしまうようなので、倍加中に攻撃を喰らわないような位置取りや捌き方を中心に磨いた方が良いと思います。もちろん基本の拳撃の威力底上げとなる型稽古も用意していますが」

「そうだよな、いくら倍加を溜めてても途中でリセットされたらやり直しだもんな」

 

 フェイの説明にふむふむと頷く兵藤だったが。

 

「ただ……捌きは基本の動きを覚えるのはもちろん、実戦の上でどう使うかの応用が重要となります。模擬戦も激しくいきますのでよろしくお願いします」

「お、お手柔らかに頼むぜ」

 

 続くフェイの言葉に顔を引きつらせて答える。

 結局の所、合宿期間中フェイと兵藤の模擬戦の時間において、兵藤の悲鳴が途絶える事はほぼなかった。 

 理由として、兵藤の実戦での成長が著しく、そのセンスにフェイも驚く程だったこと。そして、その成長にフェイも楽しくなり模擬戦に気合いが入り更に激しく(スパルタに)なっていったが故の事であった。

 

◇◇◇

 

「うぉぉぉ! 美味ぇぇぇ! マジ美味い!」

 

 兵藤が目の前の料理を掻き込んでは雄叫びを上げる。

 フェイ達は一日目の修行を終え、夕食の時間を迎えていた。食卓にはリアスが捕ってきた猪を使った肉料理、リアスが釣ってきた魚を使った料理、その他山菜や野菜を使った様々な料理が並べられていた。

 ――道理で修行中リアスの姿をあまり見かけなかったわけだ、とフェイは納得する。

 

「あらあら、おかわりもありますから沢山食べて下さいね」

 

 料理をしたのは姫島のようだ。それにしても人数の割には量が多すぎる気もするが……などと考えていたフェイであったが、隣に座る音も立てずにもの凄い勢いで料理を消滅させている存在(小猫)を見た時点で考えるのをやめた。

 しかし確かに料理は美味い。フェイも旅生活が長いため、保存食以外にも現地調達として獣を狩って調理することも多かった。しかしこれほど美味しく調理された獣肉を食べたことなどなかったのだ。

 

「朱乃さん最高っス! 嫁に欲しいくらいです!」

「うふふ、困ってしまいますね」

 

 兵藤が感激して姫島に求婚紛いの言葉を紡ぎ、姫島も満更でもないような態度を取る。

 微笑ましい光景である。――兵藤の隣で沈むアーシアの存在がなければ。

 

「……私もスープを作ったんですよ」

 

 悲しそうに呟いたアーシアに気付いた兵藤は慌てて目の前のスープを飲み干し、感想を言った。

 

「美味いぞ、アーシア! 最高だ! もう一杯くれ!」

「本当ですか! 嬉しいです! ……これで私もイッセーさんの……」

 

 泣いた(アーシア)がもう笑った、全くもって微笑ましい光景である。などとフェイが眺めていると、袖を引かれたので視線を落とす。

 小猫が料理の乗った皿をフェイに差し出していた。猪肉を挽いて焼いた(ハンバーグ)料理のようだ。

 

「ああ、ありがとう。香草が効いていてなかなか美味いな」

 

 感想を述べると小猫は頷いて自分の目の前の料理の消滅作業に移った。

 

「あらあら、そのハンバーグは小猫ちゃんが捏ねるのを手伝ってくれたのですわよ」

 

 そうなのかとフェイが頷いて小猫を見ると、小猫は少々顔を上気させながら黙々と食事を続けていた。

 フェイは小猫の食事の邪魔をしないように、小猫の頭を軽く撫でて感謝の意を示し、食事を再開した。

 

「さて、イッセー。今日一日修行してみてどうだったかしら?」

 

 食事の一段落したリアスが、お茶を飲みながら兵藤に尋ねる。

 

「……アーシアを別とすれば、俺が一番弱かったです」

「そうね、それは確実ね」

 

 箸を置き、悔しそうに兵藤が漏らす。そしてリアスはそれを肯定した。

 

「朱乃、祐斗、小猫はゲームの経験こそないけど、実戦経験が豊富だから感じを掴めば戦えるでしょう。フェイも今更言うまでもないわね。イッセーとアーシアは実戦経験が皆無に等しいわ、ましてやアーシアは人間だしね。それでもアーシアの回復能力、イッセーのブーステッド・ギアは無視できない。相手もそれは理解している筈。最低でも相手から逃げられるだけの能力が欲しいわ。特に前線に立つイッセーはね」

 

 諭すように言うリアスに兵藤は質問する。

 

「逃げるって、そんなに難しいんですか?」

「背を向けて逃げようものなら、飛び道具があれば撃って下さいというようなもの。逃げるより追うのが速ければ背中から斬られる。要は相手から有効な攻撃を貰わずに攻撃範囲、延いては索敵範囲から逃れるのが『逃げる』という技術です」

「フェイの言う通りよ。逃げる事自体は戦術のひとつ。状況が悪ければ一端退いて体勢を立て直すのも立派な戦い方。けれど無策に逃げればただ相手に隙を与えるだけ。イッセーとアーシアには逃げ時も教えないといけないわ。もちろん面と向かって戦う術も教えるから覚悟なさい」

 

 兵藤の質問にフェイが口を挟み、リアスが補足する。

 兵藤とアーシアはそれぞれ神妙な顔をして頷いた。

 

「さて、食事を終えたらお風呂に入りましょうか。ここのは温泉だから素敵なのよ」

 

 そうリアスが口にした途端、神妙だった兵藤の顔が一瞬で崩れた。

 

「僕は覗かないよ、イッセーくん」

「俺もです」

 

 機先を制するように釘を刺す木場にフェイは乗っておいた。

 

「バッカ! おまえらな!」

「あら、イッセー。私たちの入浴を覗きたいの?」

 

 ムキになる兵藤にかけたリアスの言葉で、全員の注目が兵藤に向かう。

 リアスは小さく笑い――これは何か碌でもない事を企んでいる表情だ――兵藤に声をかけた。

 

「なら、一緒に入る? 私は構わないわ」

 

 戸惑っていた兵藤が凍りついた(フリーズした)

 

「朱乃はどう?」

「イッセーくんなら構いませんわ。殿方のお背中も流してみたいですわね」

 

 尋ねるリアスに姫島はなんでもないように答える。本当にそれでいいのか。やはり悪魔か。

 リアスは更にアーシアにも尋ねる。

 

「アーシアは? 愛しのイッセーが相手なら大丈夫よね?」

 

 結果は見えていたようなものだったが、アーシアもまた顔を赤面させながらも小さく頷く。

 

「最後に小猫はどう?」

「……嫌です」

 

 小猫は指で×を作りながら否定する。それが一般的な対応だろうな、などとフェイが思っていると、リアスは何か企んでいる表情のままで更に問いかける。

 

「そう、じゃあ小猫だけ別にフェイと――」

「むむ、無理です!」

 

 リアスが全て言う前に顔を赤く染めながら腕を大きく交差させて即答する小猫。

 そこまで嫌なのかと苦笑しながらもフェイはリアスを窘める。

 

「俺だったらいいって訳でもないでしょうが。あまり弄らないでやって下さいよ」

 

 リアスがそんな事を言うからこうやって小猫から恨みがましい視線で見られるのだ。

 なぜか他の女性陣は呆れたような顔をしていたが、フェイには理由がわからなかった。

 

「まあ、それじゃなしね。残念、イッセー」

 

 リアスの言葉でこの世の全てが終わったかのように打ちひしがれて膝をつく兵藤。

 そこに木場が爽やかに声をかける。

 

「イッセーくん、僕と裸のつきあいをしよう。背中、流すよ」

「うっせぇぇぇぇ、マジ殺すぞ木場ぁぁぁぁぁ」

 

 兵藤の慟哭が夜の山中に響き渡った。

 

 




合宿編は次回で終わらせる予定

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。


D&D知らない人向けの今更感溢れるおまけ

武僧(モンク)
 フェイの職のひとつ
 基本職の一つ。前衛職のわりに攻撃の命中率が攻撃支援職並という部分が最大の欠点。
 成長するに応じて素手打撃の能力が向上していき、最終的にはライフル銃なみの威力の拳撃を誇る。
 他にも成長していけば高速移動や回避能力は言うに及ばず、身体操作を極めることにより毒を無効化したり、病気を無効化したり、精神修養を高める事で呪文を無効化したりするようになる変態職でもある。
 その他、次元を跳躍したり霊体化したり年を取らなくなったりと人間離れをしていくが、最終的には天使や悪魔と同格の来訪者となり人という分類からも外れる。
 
魔術師(ソーサラー)

 フェイの職の一つ。
 基本職の一つで、後衛魔法職。竜や悪魔の血を引いており、その血に流れる才能により呪文が使えるようになった者。
 ある意味ではDXD世界の悪魔や魔術師に近い。
 他の魔法職と比べ、呪文の使用回数は多いが習得できる呪文の数が限られるのが特徴。

野伏(レンジャー)

 基本職の一つ。二刀流もしくは弓術を得意とする前衛系の軽戦士。
 また、野外活動も得意。

活劇剣士(スワッシュバックラー)

 基本職の一つ。素速さと機転を重んじる前衛系の軽戦士。
 優雅に相手の攻撃を躱し、その隙に一刺しするのが特徴的な戦闘スタイル。


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4話

今回はやや長め。分けても良かったかも。


 修行二日目。

 午前中の時間は主に座学の時間が用意されていた。

 この世界の裏の常識を知らない兵藤、アーシア、フェイなどにその知識を授ける事になっている。

 

「フェイくん、僕ら悪魔の仇敵たる神が率いる天使。その天使の最高位の名前は? さらにそのメンバーは?」

 

 一通りの知識を教え込んだ後に、確認テストのように木場がフェイに問いかける。

 

「『熾天使(セラフ)』。 メンバーはミカエル、ラファエル、ガブリエル……あとはウリエルか」

「正解」

 

 天使の名前は天人(セレスチャル)と良く似ている。『熾天使』は元の世界でいう天人の模範(セレスチャル・パラゴン)のようなものという認識をフェイはしている。

 セレスチャルのように善性の塊であるのならばフェイとしては問題はないのだが、実際に見るまでは判断出来ない。

 

 フェイの回答に頷いた木場は、続けて兵藤に問いかける。

 

「イッセーくんには僕らの王、『魔王(サタン)』さま。四大魔王さまを答えて貰おうかな」

「それなら任せとけ! いずれ出世してお会いする予定だ! バッチリ覚えてるぜ! ルシファー様、ベルゼブブ様、アスモデウス様! そして憧れの女性悪魔であらせられるレヴィアタン様!」

「正解」

「絶対レヴィアタン様に会ってみせるぜ!」

 

 兵藤は煩悩絡みだと各方面で性能が上がるようだ。

 それにしてもアスモデウスか……。

 フェイが苦笑しているのを目敏く見つけた木場が訊ねた。

 

「フェイくん、『魔王』さまがどうかしたかい?」

「いや、元の世界の悪魔の大公(アークデヴィル)にも同じ名前の者がいたな、と思い出しただけです」

「へぇ、フェイの世界の悪魔か、どんなのか教えてくれよ」

 

 フェイの答えに兵藤が興味を持って、デヴィルの事を問いかけた。

 

「ではまず俺の世界の悪魔――デヴィルの概念ですが、デヴィルは肉体的外観を与えられた『悪』の抽象概念と言える存在です。人間などと同じような肉体構造を持つ者もいますが、生物としてあるべき生理的欲求はないに等しく、例えば連中の生命維持の手段は、虐げられた魂を取り巻く負のエネルギーとなります」

「それだけ聞くと私たちとは大分違うようね。負のエネルギーというのは?」

 

 そこまでの説明を聞いてリアスが嘆息する。

 

「要は苦しみ、恨み、絶望、そういったモノを己の力に変えているわけです。そしてデヴィルはその為に人間を堕落させ、地獄へと呼び込みます。売魂契約というものがありますが、デヴィルは人間の欲を叶える代わりに、魂を求めるというのが一般的な手段ですね。それに比べれば事前に代償がどうなるか、と提示しているこちらの悪魔は良心的と言えます」

「流石にそんなのと一緒にされたくはないわね」

 

 若干気分を害したかのように吐き捨てるリアス。フェイとしてもその気持ちはわからないでもない。この世界の悪魔(リアス達)は随分と人間味が溢れている、デヴィルなどと一緒にされて嬉しいものはいないだろう。

 

「そしてアークデヴィルについてですが、俺の世界で悪魔が居るのは九層地獄(バートル)と呼ばれる九層に分かれた地獄です。各層それぞれを治める大公が居て、第一層アヴェルヌスの大公ベル、第二層ディスの大公ディスパテル、第三層ミナウロスの大公マモン、第四層プレゲドスの大公フィアーナとその父ベリアル、第五層ステュギュアの大公レヴィストゥス、第六層マーレボルジェの大公グラシア、第七層マラドミニの大公バールゼブル、第八層カニアの大公メフィストフェレス、第九層ネッソスの主にして九層地獄の王アスモデウス。これらが地獄の九大君主と呼ばれる存在になります」

「なるほど、アスモデウス様と同じ名前の方と、ベルゼブブ様の別の呼び名(バールゼブル)の方が居るんだね」

「それに72柱のベリアル、番外の悪魔たるメフィストフェレス、マモンの名前まであるのね。これも偶然の一致なのかしら」

 

 フェイの説明に木場が頷き、リアスが首を傾げる。

 

「なんらかの影響はあるのかもしれませんね、俺が今ここに居るように。そうそうポイニクス――フェニックスも元の世界に居ましたよ。あちらのは神聖なる炎の不死鳥なので悪魔とは違いますが」

「へぇ、それはほぼ同じなのね。フェイ、こちらの世界にもフェニックスという名前の聖獣はいるわ。命を司りし火の鳥」

 

 フェイの補足にリアスが興味を示して反応する。ポイニクスは生来の能力として次元を渡る事が出来る。

 もしかしたら聖獣のフェニックスは同じ存在なのかもな、などとフェイが考えていると、リアスの表情が引き締められる。

 

「人間達は聖獣のフェニックスと区別するために悪魔のフェニックスを『フェネクス』と呼ぶようだけど、聖獣と称されるフェニックスとライザーの一族は能力的にほぼ一緒――つまり不死身ということになるわ」

「最強じゃないっすか! 不死身とか無敵すぎる!」

 

 リアスの説明に兵藤が思わず驚きの声を上げる。

 

「そうよ。ほとんど無敵ね。攻撃してもすぐに再生して傷を癒やし、業火の一撃は骨すら残さない。ライザーの公式な『レーティングゲーム』の戦績は八勝二敗。でもこの二敗は懇意にしている家系への配慮でわざと負けただけ、実質全勝みたいなものよ」

「ふむ……倒す方法はないのですか?」

 

 フェイはリアスの説明を聞きながら腕を組みリアスに訊ねた。

 

「ないこともないわ。倒す方法は二つ、圧倒的な力で押し通すか、起き上がる度に何度も潰して心を折るか。前者では神クラスの力が必要、後者は相手の精神が尽きるまでスタミナを保つこと。身体は再生して不死身でも、心や精神までは不死身じゃないところを衝くしかないわ。神みたいに一撃で相手の肉体も精神も奪い去る力があれば一番楽なんでしょうけどね」

「なるほど。ところでポイニクスは例外的に異なるものの、火に結びつきの強い連中は概ね冷気に弱いものですが、そちらはどうですか?」

 

 ポイニクスは炎を扱うが火のクリーチャーではない為、炎の耐性もないかわりに冷気の弱点もない。耐性と弱点の有無を知る事は、戦闘において重要な要素のひとつである。

 

「通常よりもダメージは与えられるでしょうね、一撃で全て凍らせる位の事が出来れば『レーティングゲーム』でのリタイア状態にも出来るわ。でもレヴィアタン様ほどの氷結魔法を使えるならともかく、生半可な冷気じゃ再生されるだけで焼け石に水よ――もしかして出来るの?」

「可能性はありますが……俺がライザーを撃破するのは出来ればしない方がいいですね。姫島先輩は無理ですか?」

 

 リアスの問いかけにフェイは嘆息しながら答え、姫島に話を振る。

 

「私の氷結魔法では流石に無理ですわね。何故フェイくんでは駄目なのです?」

「そうだよ、なんでフェイでは駄目なんだよ!?」

 

 姫島と兵藤が続けざまにフェイに問い詰める。それに答えたのはリアスだった。

 

「――そうね、フェイはやめた方がいいでしょう。いい、皆。フェイはライザーの気紛れにより参加が認められた人間(・・)よ。ゲームの参加自体に今更文句を付ける方々はいないでしょう、でもそれはフェイが人間だから悪魔に対して大したことが出来るわけないという驕りがあるからこそ。名門であるフェニックス家の息子であり、『レーティングゲーム』最強とも言われている上級悪魔がたかが人間(・・・・・)に倒された等という話が広まったりしたら、名門の悪魔はどう反応するでしょうね?」

「……でも、参加が認められているのにそれじゃ……」

 

 表情に陰を作ったリアスの説明に小猫が悔しそうに呟く。フェイはその小猫の頭に慰めるように手を置き、リアスに告げる。

 

「悪魔だから……というよりは貴族だからという問題なんでしょうがね。俺だって参加する以上、黙って見過ごす気はないですから、最後の最後にはライザーも倒しにいきますよ」

「ふふ、そうならないように私たちも頑張らなくちゃね、小猫?」

「……はい!」

 

 リアスの言葉に小猫も力強く頷いた。

 

 その後、三陣営の残る一角、堕天使とその組織、代表格についての説明――組織を作って神器を研究し、「神の子」である神器所有者を見張り、殺すか仲間に引き入れていることなど――や、アーシアによる悪魔対策の講義などが行われ、アーシアとフェイは悪魔にとって劇薬と言われる聖水をある程度所持しておくことが決められた。

 その際にフェイも悪魔対策の技術があるかと問われたが、残念ながらアーシアと異なり武と魔術に重きをおいていたフェイには神の秘蹟(信仰呪文)を扱う能力はないのだった。

 

 午後の修行も順調に進み、合宿の二日目が終わった。

 

 ◇◇◇

 

「ブーステッド・ギアを使いなさい。イッセー」

 

 合宿三日目、修行を始める前にリアスが兵藤に告げる。

 合宿が始まってから今日まで、兵藤は神器の利用が禁止されていた。

 神器の何を兵藤に見せるのか、フェイはその事を考えていた。

 

「相手は祐斗でいいわね」

「はい」

 

 リアスに促され木場が兵藤の前に進み出る。

 

「イッセー、模擬戦を開始する前に神器を発動させなさい。……そうね、発動から二分後に戦闘開始よ」

 

 神器を発動させてから二分後……つまり十三回の倍加済の状態での戦闘か。

 

「ブースト!」

Boost(ブースト)!!』

 

 兵藤が赤龍帝の籠手を出現させ、掛け声をかける。それに応じて神器が音声を発し、十秒経過するごとに倍加の通知が鳴り響く。

 

「ストップ」

 

 リアスの指示に兵藤が頷く。

 

「いくぞ、ブーステッド・ギア!」

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 兵藤の掛け声と共に神器で倍加されていた力が、兵藤自身に行き渡っていく。

 

「その状態でイッセーは祐斗と手合わせしてみて頂戴。祐斗、よろしく頼むわね」

「はい、部長」

 

 リアスの指示で木場が構えを取り、兵藤もまた構える。

 

「では、二人とも初めて頂戴」

 

 リアスの宣言と同時に木場が動き出す。フェイントをかけつつ大きく横に移動する動き、兵藤は木場を一瞬見失ったことだろう。兵藤が木場を捕捉しなおすまでに一気に距離を詰めた木場は、勢いのまま木刀を突き入れる。

 

「っ!」

 

 両腕を交差させて木刀を防ぐ兵藤に対し、木場は驚きで一瞬足を止める。未熟者め、フェイは内心毒づく。

 兵藤の筋力、構え方ならば本来ならば防御を弾き飛ばして一撃を加えられただろう、しかし今は強化されている最中だ。強化は想定外にせよ、敵の目前で驚きで足を止めてどうするのだ。

 案の定、兵藤の反撃の一撃が繰り出される。それを木場は上空へ跳び上がる事で躱した。

 兵藤は再び木場を見失ったのだろう、左右、そして振り返って背後を確認、最後に上を見上げたところで木場の一撃が兵藤の頭を打った。

 

「痛っ……」

 

 兵藤はそれだけ言って、木場の着地際を狙って蹴りを放つがそれも躱される。

 フェイは驚いた。強化されているにせよ、綺麗に頭部に決まった一撃が痛いだけですむのか。木場にしても魔力で強化をしているだろうその木刀が折れかけている。俺が相手をしたかった、いや後でそうするか。などとフェイがとりとめも無い事を考えていると、リアスが兵藤に声をかける。

 

「イッセー! 魔力の一撃を撃ってみなさい! 魔力の塊を出すとき、自分が一番イメージしやすい形で撃つの!」

 

 その言葉に兵藤は片手を目の前に持ってくる。その手のひらに魔力が集中していくが米粒ほどの大きさの塊でしかない。しかし、手を木場に突き出し、魔力の塊が兵藤を離れた瞬間、米粒が巨岩へと変化する。

 しかし直線に飛ぶだけの魔力の塊は簡単に木場に躱され、隣の山に着弾してその山を消し飛ばした。

 倍加を重ねればこれほどまでに力を引き出すのか、恐ろしい、そして面白い。フェイは思わず顔を緩めさせた。

 

Reset(リセット)

 

 その合図とともに、兵藤に巡っていた魔力が霧散していく。

 

「そこまでよ」

 

 リアスの言葉で模擬戦は終了した。

 

「二人ともお疲れ様。さて、感想を聞こうかしら。祐斗はどうだった?」

 

 リアスの問いかけに木場が答える。

 

「はい。正直驚きました。最初の一撃で決めるつもりだったんですが、イッセーくんのガードを崩せませんでした。打ち破る気まんまんでいたんですけどね。二撃目は上からの振り下ろしで頭部を狙い、打ち倒そうとしましたが――」

 

 木場はそう言って折れかけた木刀を皆の前で振り

 

「この結果です。このまま続けたら僕は得物を失って逃げ回るしかなかったですね」

 

 と続ける。リアスは頷くと兵藤に声をかける。

 

「ありがとう、祐斗。そういうことらしいわ、イッセー。あなたは私に『自分は一番弱く、才能もない』と言ったわね?」

「は、はい」

 

 リアスの言葉に頷く兵藤。そんな事を言っていたのか。フェイが見る限りでは兵藤は格闘の才能は充分あると思っている。型稽古の覚えはともかく、模擬戦を行ったときの状況に対応するセンスは見事なものだ。今現在力が足りないのは、偏に経験が足りないだけに過ぎない。

 

「それは半分正解。ブーステッド・ギアを発動していないあなたは弱いわ。けれど籠手の力を使うあなたは次元が変わる」

 

 リアスが消し飛んだ山を指さす。

 

「あの一撃は上級悪魔クラス。あれが当たれば大抵の者は消し飛ぶわ」

 

 驚く兵藤に対して、さらにリアスが続けて言った。

 

「基礎を鍛えたあなたの体は、莫大に増加していく神器の力を蓄える事の出来る器となったわ。現時点でも力の受け皿として相当なもの。前から言っているでしょう? あなたは基礎能力を鍛えれば最強になっていくの。始まりの力が高ければ高いほど増大していく力も大きいのよ」

「……師匠が言った通りですね」

 

 リアスの解説に、拳撃の基礎の話と同じだと小猫が頷く。

 

「あなたはゲームの要。イッセーの攻撃力が状況を大きく左右するの。あなた一人で戦うのなら、力の倍加中は隙だらけで怖いでしょうね。けど、勝負はチーム戦であなたをフォローする味方がいる。私たちを信じなさい。そうすれば、イッセーも私たちも強くなれる」

 

 リアスが自信満々に言葉を続ける。

 

「相手がフェニックスだろうと関係ないわ。リアス・グレモリーとその眷属悪魔……いえ、フェイとアーシアも含めたオカルト研究部がどれだけ強いのか、彼らに思い知らせてやるのよ!」

『はい!』

 

 全員が力強く返事をする。フェイもまた、余計な横やりが入らない程度に、しかしできる限りの事はしようと心に決めていた。

 

 そして山籠り修行の合宿は順調に進み、無事終わりを告げて、決戦当日を迎えるのだった。




合宿編終了、次はゲーム開始。

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。

D&D知らない人向けムダ知識

天人の模範(セレスチャル・パラゴン)
 肉体的外観を与えられた『善』の抽象概念と言える天人(セレスチャル)のなかでも強力な存在。
 特定の神の使徒というよりも、特定の組織や職業の守護者であったり、彼らの概念の理想を広める為に選択した特定個人の守護者であることが多い。

 例えばパラゴンの中でもセレスチャル七人組は布告官と使者の守護者バレイキーエル(バラキエル)慈悲を与えしもの(善なる暗殺者)ドミーエル、予言者と預言者の守護者エラセイオル、聖なるヌーディスト(禁欲主義者)もとい武僧(モンク)の守護者ピスティス・ソフィーア、聖戦士(パラディン)の守護者レイジーエル、守護者の守護者シーアルティール、無辜なる魂(水子や生贄の子供の魂)の守護者ザフキーエルといった構成。
 なおバレイキーエルさんはやっぱり放電がメイン武器。話題が出ていたら今の朱乃さんだと多分檄おこ。


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5話

 決戦当日深夜、『レーティングゲーム』に臨むオカルト研究部の面々は旧校舎の部室へと集まっていた。

 修道女の衣装を身に纏ったアーシア、貫頭衣を身に付けたフェイを除き、みな学生服の姿である。

 小猫は椅子に座り、本を読んでいる。その手にはオープンフィンガーグローブ――『掴む』事も重視した格闘用の籠手を嵌めていた。木場は手甲と脛当を装備し、剣を壁に立てかけたその隣に寄り掛かっている。兵藤とアーシアは椅子に座り、時が来るのを静かに待ち受けていた。

 フェイは直接床に座り、瞑想を行っている。

 そして、リアスと姫島はソファに腰掛け優雅に茶を嗜んでいた。

 

 開始時間が迫った頃、魔方陣が輝きを放ちグレイフィアが表れる。

 

「皆さん、準備はお済みになられましたか? 開始十分前です」

 

 グレイフィアがそう確認すると、各々が立ち上がり、最終的な装備の確認を行う。

 

「開始時間になりましたら、ここの魔方陣から戦闘フィールドへと転送されます。場所は異空間に作られた戦闘用の世界。そこではどんな派手な事をしても問題ありません。使い捨ての空間なので思う存分にどうぞ」

「競技用にわざわざ疑似次元界を作り出すとは贅沢なものだな」

 

 グレイフィアの説明にフェイが思わず呟く。

 

「フェイ様は人間でありながら色々な事をご存じなようですね」

「同じような事を出来る人間も知っていますので。貴女の知っているモノが人間の全てではありませんよ」

 

 揶揄したグレイフィアに対するフェイの答えに、表情を硬くしながらもグレイフィアは頷いた。

 

「そういえば部長。フェイとアーシアはどの枠に入るんですか?」

「そうね……グレイフィア、余っている駒の枠ならどこに入れてもいいのよね?」

 

 兵藤の問いかけにリアスは更にグレイフィアに確認を取る。

 

「はい、ルール自体は公平にするために、既に消費した駒の枠に入れる事は出来ません」

「それならアーシアは『僧侶』で確定。残る駒は『騎士』か『戦車』だけれど――」

「……『戦車』がいいと思います」

 

 グレイフィアの答えに二人の役割を検討するリアスだったがそこに小猫が主張をした。

 そしてフェイもまたその小猫の主張を支持した。

 

「実際に眷属になってない以上、俺にとって駒の役割は形式に過ぎません。その上で『戦車』としての攻撃力を見せつつ、実際には強化されていない防御力もあると思わせた方が得策でしょう。まあ見抜かれても大して影響のないブラフですが」

「なるほど、判ったわ。じゃあフェイが『戦車』でアーシアが『僧侶』ね」

 

 フェイの説明に納得したリアスは小猫の提案を通す事にした。

 

「あれ? そういえば部長。アーシアが『僧侶』はいいとしても、もう一つ『僧侶』の駒はあるんじゃないですか?」

 

 兵藤がリアスに疑問を投げかけた途端、フェイ、兵藤、アーシア以外は口を閉ざし、思い空気が支配することになった。

 

「もう一人、すでに『僧侶』の子がいるんだけどね。残念ながら今回は参加出来ないの。いずれこの話をするときも来るでしょう」

 

 それだけ言ってリアスも口を閉ざす。

 思い空気が場をしめるなか、グレイフィアが切り出すように口を開く。

 

「今回の『レーティング・ゲーム』は両家の皆様も中継のフィールドでの戦闘をご覧になります」

 

 婚約を決める勝負なのだ、内容も重視はされるのだろう。

 

「さらに魔王ルシファー様も今回の一見を拝見されておられます。それをお忘れ無きように」

「お兄様が? ……そう、お兄様が直接みられるのね」

 

 ルシファー――サーゼクス・ルシファー。グレモリー家を出たリアスの兄か。

 調べた限りでは魔王ルシファーの地位を継いだ『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』と呼ばれる最強の魔王。

 果たしてどの様な人物なのか、余計なモノはなるべく見せない方が良いのかもしれない、とフェイは警戒する。

 

「そろそろ時間になります、皆様魔方陣のほうへ」

 

 グレイフィアに促され、一同は魔方陣へと移動する。

 

「なお、一度あちらに移動しますと、終了するまで魔方陣での転移は不可能になります」

 

 グレイフィアのその言葉と共に、魔方陣の紋様がグレモリーでもフェニックスでもない形に変化して輝きを放ち、オカルト研究部一同を転移させた。

 

 ◇◇◇

 

 転移先はオカルト研究部の部室だった。

 グレイフィアの姿が見えず、兵藤とアーシアが戸惑っている。

 

「学園丸々の複製(コピー)ですか、本当に贅沢な使い方ですね」

「用意される戦場は色々あるけど、大体こんなものよ。気にしない事ね」

 

 フェイが現在居る場所に気付き、『ゲーム』にしては贅沢な魔法の使い方に嘆息してリアスに訊ねると、リアスもまた苦笑しながら答えるのだった。

 

『皆様、このたびグレモリー家、フェニックス家の「レーティングゲーム」の審判役を担う事になりました、グレモリー家の使用人グレイフィアでございます』

 

 唐突に校内のスピーカーからグレイフィアの声が聞こえてくる。

 

『我が主、サーゼクス・ルシファーの名のもと、両家の戦いを見守らせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します。早速ですが、今回の舞台はリアス様とライザー様のご意見を参考にして、リアス様が通う人間界の学舎「駒王学園」のレプリカを異空間にご用意いたしました』

 

 こういった事象に慣れていない兵藤とアーシアはグレイフィアの言葉に驚いているようだった。

 

『両陣営、転移された先が「本陣」でございます。リアス様の陣営が旧校舎のオカルト研究部の部室、ライザー様の陣営が新校舎の生徒会室がそれぞれ「本陣」となっております。「兵士」の方は「プロモーション」する際、相手の「本陣」の周囲まで赴いて下さい』

 

 プロモーション――チェスにおける『兵士』のみが行える特殊能力で、相手の本陣に攻め入った『兵士』が『王』以外の駒に変化出来るというもの。当然『レーティングゲーム』でも同様の使用となっており、『兵士』が『女王』並の強化を得る事も可能である。その為には敵の本陣まで攻め入らなければならないが……。

 重要なのはリアス側の『兵士』が兵藤一人で、ライザー側には八人の『兵士』が居るということである。

 討ち漏らしがあれば、敵の『女王』を増やす結果となってしまう。

 

「全員、この通信機器を耳に付けて下さい」

 

 姫島がイヤホンマイク型の通信機器を配る。戦闘中はこれで味方同士の連絡をするというものだろう。

 フェイは感慨にふける。科学技術というのも便利なものだな。テレパシー結合(テレパシック・ボンド)の呪文を使わずとも、こんな小さな道具を使うだけで意思疎通を行えるのだから。

 

『開始のお時間となりました。なお、このゲームの制限時間は人間界の夜明けまで。それではゲームスタートです。

 

 キンコンカンコーン。

 グレイフィアの宣言と共に、学園のチャイムが鳴り響き、『レーティングゲーム』が始まった。

 

 ◇◇◇

 

 フェイは複雑な気分でソレを眺めていた。

 序盤を有利に進めるための罠を、木場、小猫と共に仕掛けて戻ってきた時の事だ。

 リアスが兵藤を膝枕しており、それをアーシアが頬を膨らませて涙目で見ている。

 戦闘開始前になにをやっているんだコイツらは。そう思い口を開こうとした所で――

 

「……何をしているんですか?」

 

 フェイが訊く前に小猫が訊ねた。

 

「『プロモーション』の封印を解いているのよ。イッセーの悪魔としての力が未成熟すぎたから、『兵士』としての機能を制限して、『女王』になれないようにしていたの。修行で力をつけたから、少しだけ解放しているのよ」

「なるほど」

 

 理屈には納得したが、涙目のアーシアはどうしたものか。まあ、兵藤に任せればいいか。

 フェイはフォローをするのを諦めた。

 




感想・指摘などありましたらよろしくおねがいします。


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6話

「解体しまーす♪」

 

 物騒な内容を口にしながら、それぞれ鎖鋸(チェーンソー)を手にした双子の『兵士』がフェイに襲いかかる。

 

「にゃ」

「にゃにゃ」

 

 同時に二人の獣人の『兵士』も時間差でフェイに攻撃を仕掛ける。

 まずは人間であるフェイに集中攻撃を仕掛けて頭数を減らす作戦か。

 小猫は同じ『戦車』の格闘家、兵藤は以前から因縁のある棍使いの『兵士』と対峙している。

 フェイは敵の人数が少なければこの場は二人に任せて遊撃に移るつもりだったが、この人数ではそうもいかない。

 

 戦場は体育館。旧校舎と新校舎に繋がる重要な拠点だった。

 

 

 フェイは振り下ろされた鎖鋸の腹を叩き、軌道を反らす。鎖鋸はフェイの懐に飛び込んできた獣人に当たるかと思われたがギリギリで躱される。

 

「うぉっと、危ないにゃ」

「あ、ニィごめーん」

 

 ニィと呼ばれた獣人が抗議を上げると、双子の片割れが手を止めずに謝る。

 その間にもフェイはもう一人の双子と獣人の攻撃を躱し、防いでいた。

 ライザーの眷属は実戦経験が豊富なだけあり、双子のコンビネーションだけでなく、獣人を含めた4人の連携もこの上なく厄介だった。

 まずは牙を折るか。フェイはそう判断し、横薙ぎにしてきた鎖鋸の付け根を全力で殴り飛ばし、背後から袈裟斬りにしてきたもう一人の鎖鋸の腹に回し蹴りを入れる。

 鎖鋸は煙を噴いて動きを止め、もしくは刀身が折れ曲がり鎖の回転が止まった。

 

「あー、チェーンソーがぁぁ」

「ムカつくぅぅぅ」

 

 己の武器を破壊された双子は悪態を吐きながら予備武器(サブウェポン)らしき鉈を取り出すが、鎖鋸よりはずっと相手をしやすい。

 鉈と拳の乱舞をかいくぐりながら、フェイが仲間の二人を確認する。

 膝をつく『戦車』と油断なく構える小猫。小猫は戦況を優勢に進めていた。

 兵藤もまた特訓の成果か相手の棍を巧くいなし、捌いており、着実に倍加(ブースト)を稼いでいた。

 

「いくぜ、俺の神器くん!」

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

 掛け声と共に兵藤が攻勢へと転じる。

 突き出された棍を叩き折り、武器を失った棍使いを突き飛ばす。

 

「キャッ!」

 

 棍使いが悲鳴を上げて転がっていく。

 フェイはその悲鳴を聞いて僅かに隙の出来た獣人の胸に掌底を叩き込む(朦朧化打撃)

 

「カハッ!」

 

 息が詰まり僅かの間行動出来なくなった獣人をフェイが蹴り飛ばし、更に双子の片割れを昏倒させた所で兵藤の援護が入った。

 

「よくもお姉ちゃんを! きゃあっ!」

「にゃっ!?」

 

 フェイと相対しながらでは倍加の溜まった兵藤の素速さに対応できず、後ろから攻撃を喰らって吹き飛ぶ双子の妹とニィと呼ばれていた獣人。

 

「よくもやってくれたにゃ」

「もう! こんな男に負けたらライザー様に怒られちゃうわ!」

 

 兵藤に殴られた二人が頭を振りながら立ち上がり、棍使いも武器を失いながらも素手で構えを見せる。

 

「くらえ! 俺の新必殺技! 『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』ッ」

 

 パチン! 兵藤が叫ぶと同時に指を鳴らす。すると、兵藤に殴られた三人――棍使い、獣人、双子の妹の衣服が下着ごと弾け飛んだ。

 少女の白い裸体が露わになる。

 そして兵藤の鼻から音を立てて鼻血が吹き出した。

 

「イ、イヤァァァァァァッ」

 

 体育館中に女性の悲鳴が響き渡る。身を隠す物を失った三人は隠すべき箇所を手で隠し蹲ってしまう。

 

「アハハハハ! どうだ、見たか! これが俺の技だ! その名も『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』! 俺は脳内で女の子の服を消し飛ばすイメージだけを延々と、延々と妄想し続けたんだよ! 魔力の才能を全て女の子を裸にする為だけに使った!」

 

 鼻血を垂らしながら勝ち誇る兵藤。

 呆れていた。フェイはただ呆れていた。

 合宿中の魔力修行を直接見る事はなかったが、陰でなにやらやっているのは気付いていた。

 しかし、こんな事を修行していたとは……。

 

「最低! 女の敵!」

「けだもの! 性欲の権化!」

「変態!」

 

 被害に遭った者も、遭わなかった者も異口同音に兵藤を責め立てる。

 フェイにはそれを庇う気は起きてこなかった。

 

「……見損ないました」

 

 小猫がポツリと呟いた所で、リアスから連絡が入った。

 

『イッセー、小猫、フェイ。聞こえる? 朱乃の準備が整ったわ! 作戦通りにお願いね!』

 

「了解」

 

 フェイは小猫、兵藤と互いに視線を合わせ、頷く。

 三人は一斉に体育館の中央口へと走り出す。

 

「逃げる気! ここは重要拠点なのに!」

 

 唯一まともに動けるライザー眷属の『戦車』が叫ぶ。

 その答えはフェイ達が体育館を飛び出た時に示される。一瞬の閃光、その後に巨大な雷撃が体育館に降り注いだ。

 轟音の後に雷撃が収まると、体育館の構造物が消失していた。

 

撃破(テイク)

 

 その上空では姫島がにこやかに笑っていた。

 

『ライザー・フェニックス様の「兵士」五名、「戦車」一名、戦闘不能』

 

 放送設備からグレイフィアの声が響く。

 『雷の巫女』姫島朱乃。末恐ろしい雷撃の使い手だ。フェイは姫島の力を甘く見ていた事を反省する。

 

「やったね、小猫ちゃん……なんだよフェイ」

 

 兵藤が小猫の肩を叩こうとするその腕をフェイは掴んでいた。

 

「いや、なんというか……」

「ありがとうございます、師匠。……イッセー先輩は触れないで下さい」

 

 フェイが腕を掴んだ理由を察した兵藤が慌てて弁解する。

 

「ア、アハハハ、大丈夫だよ。俺、味方には使わないから」

「……それでも最低な技です」

 

 小猫は兵藤をジト目で睨み付けている。

 フェイは作戦の手筈通りにこの場を離れようとしていた。

 移動速度の速いフェイが先に木場と合流するのだ。

 その時、フェイは殺気を感じ振り返った。

 

「まずい! 小猫!」

 

 その視線の先では遠く先にいる小猫の直ぐ近くで爆発が発生しようとしていた。

 

 ◇◇◇

 

 危機的状況にある時、時間が遅く感じる。小猫はそんな事を本で読んだ事があった。

 そして、今まさにその状況にあると実感している。

 

「まずい! 小猫!」

 

 フェイの声に、小猫は自らの側で爆発が起ころうとしているのに気付く。

 小猫の意識は爆発源の熱量がどんどん増しているのを感知しているのに、身体は鉛の様に重くしか反応しない。

 これでは逃げる事も防ぐ事も出来ない。まるで確定している処刑の瞬間を先送りにされているような拷問だ。

 固定化されている視界には、兵藤が振り返り小猫の元に向かおうとしているのがスローモーションで映る。

 おそらく間に合わないだろうが、それでも助けに来ようとしている姿に、先ほどは少し言い過ぎたかと反省する。

 そして声をかけた小猫の師匠自身は、声をかけたその場で立ち止まっていた。

 あの距離では間に合わない、無駄に動く事もない合理的な判断だろう。それでも小猫は少し悲しくなった。

 師匠は物語の英雄(ヒーロー)とはいかないか、と。

 目に映る光景が悲しくなってきたので小猫は目を閉じる。

 そして爆音が聞こえてきた。小猫の遙か遠くで(・・・・・・・・)

 

 小猫が恐る恐る目を開けると、小猫に背を向け遠く離れた兵藤と、その先にいる煤煙を上げているフェイの姿があった。

 小猫は慌ててフェイに駆け寄る。息も切れるほど全力で駆け寄る。

 

「な、なんで……」

 

 声をかけた小猫にフェイはニヤリと笑って答えた。

 

「キャスリング……ってね」

 

 ◇◇◇

 

「『戦車』同士で何を言ってるんですか、バカじゃないですか」

 

 涙を流しながら小猫はフェイを罵倒する。

 フェイはその罵倒を受けながらも安堵していた。

 小猫を庇うには遠すぎる距離だったので、無理矢理素速さ(セレリティ)無害な位置交換(ビナイン・トランスポジション)の呪文を併用して瞬時にして小猫とフェイの位置を入れ替えた。

 しかし、セレリティの反動で無防備な状態(幻惑状態)で爆発の直撃を受けてしまい、かなりのダメージを負ってしまったのだ。

 それでもフェイは不敵に笑う。

 

「間に合って良かった」

 

 落ち着かせる様に小柄な小猫の頭に手を置く。

 

「で、でも、その怪我じゃあ」

「待ってろ、今アーシアを……」

 

 フェイの負った怪我を気遣う小猫と、治療役のアーシアを呼びに行こうとする兵藤。

 しかし――

 

撃破(テイク)

「――してねぇよ!」

 

 横からかけられた謎の声に、応答するフェイ。その傷は徐々に塞がっていく。

 

「何!?」

 

 フェイの再生に驚く声の主。それは上空に居る魔導師のローブを被った女性――ライザーの『女王』だった。

 

「あいにく拳法を極めると気を操作して自己治癒能力を高める事が出来てね。この程度の傷なら癒やせるんだよ!」

 

 強がるフェイであったが半分嘘だった。確かに傷を治癒する事が出来るが現状では表面の傷を癒やす事が精々。内部の傷は残り身体を動かすと痛みは走る。それでも小猫や敵を誤魔化すには充分だった。

 

「くっ、貴方本当に人間なの!? まあいいわ、死ぬまで爆破させれば良いだけの話!」

 

 再度フェイに腕を向ける『女王』に姫島が割って入る。

 

「あらあら。貴方のお相手は私がしますわ。ライザー・フェニックス様の『女王』ユーベルーナさん。『爆弾王妃(ボム・クイーン)』とお呼びすれば良いのかしら?」

「その二つ名はセンスがなくて好きではないわ、『雷の巫女』さん。あなたと戦ってみたかった」

 

 ユーベルーナのその言葉に、姫島は加虐的な笑いを作ると、フェイ達を振り返って告げる。

 

「三人とも祐斗くんの所へ向かいなさい。ここは私が引き受けますから」

 

 フェイは頷いていち早く木場の居る運動場へと駆け出した。

 続けて兵藤と小猫もフェイを追って駆け出す。

 その背後では激しい爆音と雷鳴が鳴り響いていた。

 

 ――戦いは中盤戦へとさしかかる。

 

 

 




フェイの居る影響でお二人ほど少しお早くご退場。

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。



D&D知らない人向けムダ知識

素速さ(セレリティ)
 通常D&Dは自分の手番が来るまで行動を行えないのだが、他人の行動に割り込んで無理矢理自分の行動を作り出せる禁手(バランスブレイカー)呪文
 その代わり使うと本来の次の手番が終わるまで一切行動出来ない幻惑状態に陥る。


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7話

『ライザー・フェニックス様の「兵士」一名リタイヤ』

 

 フェイ達が移動している間に木場が倒したのだろう、グレイフィアによる校内放送が流れる。

 木場の待つ運動場に到着すると、木場は体育用具の倉庫の物陰に潜んでいた。

 

「状況はどうですか?」

 

 木場と同様に陰に身を隠しフェイが訊ねる。

 

「既に知っていると思うけど見回りの『兵士』を一人。ここを仕切っているのは『騎士』『戦車』『僧侶』が一名ずつの合計三名。体育館側が潰されたから厳重なのはわかるけど、残りの戦力がどこに居るかだね」

「引き出せませんでしたか」

 

 木場の言葉にフェイが頷く。

 

「まだ他にも近くにいるとは思うんだけどね、『兵士』に仕掛けた時もなにもしてこなかった。むしろ『兵士』を使って僕の攻撃を見ている感じだったかな。犠牲(サクリファイス)が好きな戦法のようだね、ライザー・フェニックスの陣営は。自分が不死身ってことと、下僕の人数が多いからこそできる戦法なんだろうけど」

 

 木場は軽く笑いながら言うが、目は笑っていない。

 

「どうする? こっちだって四人いるんだ。……行くか?」

 

 兵藤が硬い表情で訊ねてくる。それを察した木場がにこやかに訊ねる。

 

「緊張しているかい?」

「あ、当たり前だ! こちとら戦闘経験なんか無いに等しいんだぞ。それでいきなり本番なんだ。戦闘経験豊富なお前らと比べたら雑魚も同然だろ」

 

 そう声を荒げる兵藤に、木場は片手を上げてみせる。

 

「ほら」

 

 ――その手は微かに震えていた。

 

「イッセーくんは僕を戦闘経験豊富だと言ってくれる。確かにそれは事実だ。でもそれははぐれ悪魔狩りでのこと。本気の悪魔同士の戦い――レーティングゲームに参加するのは初めてなんだ。特例といっても、僕らも相手も本気で戦う。いずれ正式なゲームにも参加していく、今日はそのファーストゲームなんだ。身内のみとはいえ観客もいる。これは部長の眷属悪魔としてのすべてをぶつける勝負なんだ。無様な真似は見せられないと、歓喜と共に恐怖も感じている。僕はこの手の震えを忘れたくない。この戦場の張り詰めた空気も、この手を震わせる緊張も、恐怖も、すべて感じ取って自分の糧にするんだ。お互いに強くなろう、イッセーくん」

「んじゃ、女子が見て興奮するようなコンビネーションでも展開してやるか!」

 

 木場の覚悟を感じ取った兵藤が、茶化すように言う。

 

「ハハハ! 僕が『攻め』でいいのかな?」

「バカ! 『攻め』なら俺だ! って違う! 死ねイケメン!」

 

 木場と兵藤が軽口を叩き合う、兵藤の緊張も大分ほぐれたようだ。

 その様子を横から見ていたフェイは、呆れたような顔をして見ている小猫に気付き、髪をくしゃくしゃと乱すように頭を撫でてやった。

 乱れた髪を慌てて直しながら不満げに、しかし若干嬉しそうに小猫はフェイを見上げた。

 その時、大音声の女性の叫びが運動場に響き渡る。

 

「私はライザー様に使える『騎士』カーラマイン! こそこそと腹の探り合いをするのも飽きた! リアス・グレモリーの『騎士』よ、いざ尋常に剣を交えようではないか!」 

 

 フェイ達が見ると、野球部のグラウンドのただ中に甲冑を着た女性の騎士だ堂々と立っている。

 まさに脳筋、だが好ましい、とフェイは笑う。

 同様に木場もまた笑みを浮かべる。

 

「名乗られてしまったら、『騎士』として、剣士として、隠れているわけにもいかないね」

 

 そう呟いて木場は物陰から出ると、騎士の待つ野球部のグラウンドへと歩みを進める。

 

「では、正面突破といきましょうか」

 

 フェイもまた兵藤と小猫に声をかけて木場に続いていく。

 

「僕はリアス・グレモリーの眷属、『騎士』木場祐斗」

「俺は『戦車』フェイ」

 

 木場とフェイが名乗りを上げた。遅れてやってきた兵藤と小猫もまたそれに習う。

 

「俺は『兵士』の兵藤一誠だ!」

「……『戦車』塔城小猫」

 

 女騎士――カーラマインはそれを聞いて嬉しそうに笑った。

 

「リアス・グレモリーの眷属悪魔にお前達のような戦士がいることを嬉しく思うぞ。堂々と真正面から出てくるなど正気の沙汰ではないからな! だが私はお前達のようなバカが大好きだ。 ――さて、やるか」

 

 そう言ってカーラマインは剣を鞘から抜き放つ。木場もまた剣を抜き身にしていく。

 

「『騎士』同士の戦い――待ち望んでいたよ。じゃあ始めようか、尋常じゃ無い斬り合いを!」

「ハハハッ、よく言った! グレモリーの騎士よっ!」

 

 高速で激突する両者。剣と剣とが踊り合い、ぶつかり合う。

 速度を強化された『騎士』同士の高速の剣戟が始まった。

 

 フェイはそれを横目にみながら、あらぬ方へと声をかける。

 

「それじゃ、俺らもやろうか」

 

 そこには顔を半分仮面で隠した女性と貴族が着るようなドレスを纏った少女――ライザーの『戦車』と『僧侶』が居た。

 

「元からそのつもり、だけどさ。 私一人で相手をするからそっちの『兵士』と『戦車』のお嬢さんの三人で来ればいいよ」

「そっちの『僧侶』は参加しないのか?」

 

 仮面の『戦車』の言葉に疑問を持ち、フェイが問いかける。

 『戦車』も自分の腕を恃みにしているのだろうが、『僧侶』は見ているだけなのか。

 フェイの問いかけに仮面の『戦車』は困り顔になって答えた。

 

「あー、気にしないでくれ。あの子は特殊だから。今回の戦いもほとんど観戦してるだけだ」

「な、なんだ、そりゃ!」

 

 『戦車』の言葉に兵藤が困惑の声を上げる。

 

「彼女は――いや、あの方はレイヴェル・フェニックス。ライザー様の実の妹君だ。特別な方法でライザーさまの眷属悪魔とされているが、ね」

 

 悪魔は妹まで下僕にするのか、いやデヴィルならそれもあり得るだろうが。

 『戦車』の説明に困惑するフェイに、当の『僧侶』――レイヴェルがにこやかに手を振る。

 

「ライザーさま曰く、『妹をハーレムに入れるのは世間的にも意義がある。ほら、近親相姦っての? 憧れたり羨ましがる奴多いじゃん? まあ、俺は妹萌えじゃないからカタチとしての眷属悪魔ってことで』だそうだ」

 

 『戦車』の言葉にフェイは呆れる。

 種族によっては近親婚による血の強化もないではないが、この言い振りでは悪魔としても一般的ではない類いの行いなのだろう。フェイは妹であるレイヴェルに問いかける。

 

「君はそれでいいのか?」

「――私としても不本意ですが仕方ありませんの。だから積極的に参戦する気はありませんわ」

 

 溜息をつくレイヴェルに、この妹はまだまともかと安心するフェイ。

 しかしそれならば対応は――

 

「兵藤先輩、小猫。『戦車』は抑えるから先に」

 

 二人にそう告げるとフェイは『戦車』に攻撃を仕掛けた。

 フェイの意を汲んだ兵藤と小猫が新校舎へと向かうが、レイヴェルに止める様子は無い。

 

「ハハハッ、ああ説明されたらそう来るだろうね。だが『戦車』と名乗っているがキミは人間だろう? 『戦車』のお嬢さんじゃなくて良かったのかい?」

「俺の方が足が速いのでね、それに侮っていたから負けたは言い訳にならないぞ?」

 

 『戦車』の挑発にフェイは不敵に笑って返す。

 

「――上等! 私は『戦車』イザベラ。痛い目にあって泣くなよ!」

 

 イザベラはそう言うと、フェイから少し距離を取り身体を揺らしながら怪しげな動きをする。

 折り曲げ、横に振っていた腕が鞭のようにしなりながらフェイの死角から打撃を加える。

 

「……面白い拳技だな」

 

 フェイは薄く笑いながらその攻撃を捌いていた。不意に混ぜられた蹴りを防ぎながら反撃を試みるが、躱される。

 この世界の格闘の技術も面白い進化を遂げているものだ、そう思いながらもこの奇妙な戦型への対策を考える。

 フェイも先ほどの爆発の影響で、僅かに動きが鈍っていた。

 拳と拳の応酬は互いに捌き、防ぎあい決定打にかけるままに展開していく。

 

「防御してもこれほど響く拳撃とはね、キミは本当に人間かい?」

「最初から言っているだろう、人間と思って侮ったら痛い目を見ると」

 

 フェイが攻めあぐねている原因は先ほどの爆発による怪我もあるが、大きくは観客の存在である。

 もはや多少目立つことは仕方が無いが、完全に味方と言えない悪魔にまだ()を見せるわけにもいかない。

 そのことが、フェイが大規模な呪文を使う事を躊躇わせている。

 フェイとイザベラが拳を交わしている隣では、木場とカーラマインの決闘が続いていた。

 カーラマインの炎を纏った剣の一撃に、木場の神器――光喰剣(ホーリー・イレイザー)という名の闇の剣の刀身が吹き飛ばされる。

 

「残念だが、貴様の神器(闇の剣)は私の剣の炎に照らされて消え去るだけのようだな」

 

 武器を失った木場。だが臆す様子もなく、逆に不敵な笑みを見せる。

 

「では、僕もこう返そうかな。残念だね。僕の神器はこれで全てではないんだ」

「戯れ言を。グレモリー家の『騎士』よ、剣士として無様な真似を――」

「――凍えよ」

 

 木場は低く唸ると、刀身をなくした木場の剣に冷気が纏わり付いていき、ついには氷の刀身と化した。

 

炎凍剣(フレイム・デリート)この剣の前では、いかなる炎も消え失せる」

 

 闇の剣のみではなく属性剣使いか。イザベラと戦いながら木場の様子も見ていたフェイは推察する。

 おそらくは、特定の剣を持っているのではなく属性を持った剣を創り出す能力。何種類の属性まで扱えるのかは不明だが。

 

「バカな! 神器を二つ有するとでもいうのか!」

 

 焦りから炎の剣を横薙ぎに放つカーラマイン。しかし木場が剣で受けた途端その炎は凍てつき刀身が粉々に砕け散った。

 カーラマインは刀身を失った剣を投げ捨てると、腰に差していた短剣を抜き、天にかざして叫ぶ。

 

「我ら誇り高きフェニックス眷属は炎と風と命を司る! 炎の旋風、受けてみよ!」

 

 カーラマインと木場を中心とした炎の嵐が巻き起こる。

 

「くっ、場所を考えろっ! カーラマイン!」

 

 炎の旋風の余波を受けて、イザベラは顔を守りながら騎士に叫ぶ。

 熱風を受けて、木場の氷の刀身が次第に融け落ちていく。

 

「それで僕らを蒸し焼きにでもするつもりか……。だけど」

 

 木場は刀身を失った剣を再び突き出す。

 

「――止まれ」

 

 円状の特殊な刃もった刀身を持つ木場の剣。その円の中心に旋風が吸い込まれていく。

 

風凪剣(リプレッション・カーム)、一度の戦闘で二本以上も魔剣を出したのは久々だよ」

 

 木場がそう言い捨てる。

 属性剣使い――フェイの推察は当たらずとも遠からずだった。木場の正しき神器の名前は『魔剣創造(ソード・バース)』任意に魔剣を創り出す神器。

 木場が手のひらを向けると、グラウンドから様々な形状、刀身を持った剣が飛び出してくる。

 木場は勝負に臨もうとしていた。それを見てフェイも覚悟を決める。

 

「イザベラ。あんたの所の『騎士』の考え、俺は嫌いじゃない。だから俺も謳おう」

 

 フェイはそうイザベラに宣言する。

 

「誇り高きバハムートは、冷気と風と智恵を司る。フェニックスの眷属よ、北風の主の暴風、受けてみよ!」

 

 フェイは冷気放射(コーン・オヴ・コールド)の呪文を完成させ、右腕を突き出す。

 突き出された右腕から強烈な冷気が放射され、冷気の暴風がイザベラを呑み込んでいく。

 

「ぐっ、こっこれは!? こんな能力を隠し持っていたのかっ!」

 

 放射された冷気に凍り付いたイザベラの体が、光に包まれて透き通り消えていった。

 フェイが隣の戦場を見やると、木場もまたカーラマインを倒した所だった。

 

『ライザー・フェニックス様の『戦車』一名、『騎士』一名リタイヤ』

 

 間もなくグレイフィアの事務的な音声が戦場に響く。

 

「これで俺たちは通して貰えるのかな?」

 

 フェイはレイヴェルに声をかけるが――

 

「ええ――と、言いたい所でしたが、そうもいかなくなりましたわ。氷結使い」

 

 レイヴェルはフェイを睨み付ける。

 

「フェニックス家の誇りにかけて、氷結使いが怖いから見逃したと思われては困るのです」

 

 やらかした――フェイが気付いたのはそのレイヴェルの言葉を聞いた時だった。

 貴族とは誇り高いものである。そして逃げる事は手段であれど、恐ろしいから逃げ出すという選択は真っ当な貴族にはないのだ。

 イザベラを倒すときに冷気の呪文を使用したのが、フェイの失策であった。

 

「フェニックスは炎の不死鳥。貴方程度の氷結魔法では私を凍てつかせることなど出来ない事を証明してみせます!」

 

 レイヴェルの全身から炎が吹き上がる。

 フェイならば彼女一人なら置き去りにして先に進む事も出来た。しかしフェイはその相手をする事を決めた。

 木場に先に進むよう目配せをして、構えを取る。

 

 北風の主(バハムート)の信徒と、炎の不死鳥(フェニックス)の一族の直接対決がここに始まった。

 




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8話

 フェイの放った冷気放射(コーン・オヴ・コールド)の吹雪がレイヴェルを襲う。

 だが、レイヴェルの表面が凍てついただけで、燃え上がるレイヴェルの炎で元通りの状態となってしまう。

 

「どうしましたの? その程度の冷気が限界なのでしたら、大人しく降参したら如何でしょうか。先に行った方達には残りの眷属が当たっていますわ。それに――」

 

 そういってレイヴェルは新校舎の上空を見上げる。

 そこには黒い羽根を生やした紅髪の人影と、炎の羽根を生やした人影――リアスとライザーとが対峙していた。

 

「お兄様がリアス様と直接対決するようですしね」

「だったら尚更応援に行かないとな」

 

 レイヴェルの言葉に軽口で応えるフェイ。

 レイヴェルは呆れたかのように、諭す様にフェイに語りかける。

 

「何をやっても無駄だとは思いませんの? この勝負は最初からリアス様には勝ち目はありませんわ。不死身ってそれくらいあなた方にとって絶望的なのですわよ」

「無駄かどうかは――」

 

 その時だった。

 

『リアス・グレモリー様の「女王」一名リタイヤ』

 

 無情な現実を告げるグレイフィアの通達が流れたのは。

 

「あら、あなた方の『女王』は敗退してしまいましたわね。残りはどれだけ減るかしら」

「まずはそちらの戦力が減る事を考えた方がいいんじゃないのか?」

 

 レイヴェルの言葉に挑発で返しながらもフェイは戦力を計算する。

 姫島が倒されたが相手も無傷というわけではないだろう、フェイの所に来るのなら問題はないが、先行組に行かれると困るか。

 先行組と相対しているのは残りの『僧侶』、『騎士』、『兵士』二名。小猫と木場と兵藤ならまだ勝負になる相手だ。しかしそこに『女王』が加わるのは不味い。ここも早く終わらせないと。

 

「ふふ……私たちの『女王』が手負いだと思っていませんか?」

「そう言うってことは何か仕掛けがあるんだろうな」

 

 レイヴェルの言葉に反応すると、大分調子に乗っているのだろう、レイヴェルは懐から小瓶を取り出した。

 

「――フェニックスの涙。聞いた事あります? これはそれ。私たちフェニックスの涙はいかなる傷をも癒やすんですのよ」

「……要は治癒の水薬(ポーション・オヴ・ヒール)ってか。埒外にも程があるな」

 

 レイヴェルの小瓶の説明に、渋面を作るフェイ。フェイの世界でも傷をほぼ完全に癒やす治癒(ヒール)のような高レベルの治療呪文の水薬(ポーション)など存在はしなかった。フェイの常識でもとんでもない代物である。

 

「ルールに記載されている以上、卑怯とは仰らないでくださいまし。もっとも強力すぎてゲームに参加する二名までしか持てないと規制されてしまっておりますが。今回の所持者は私と『女王』ですわよ」

 

 勝ち誇ったように喋るレイヴェル。なるほど、『女王』の疲弊は期待出来ない、と。

 割り込むかのようにグレイフィアの戦況放送が流れる。

 

『ライザー・フェニックス様の「騎士」一名、「僧侶」一名、「兵士」二名リタイヤ』

『リアス・グレモリー様の「騎士」一名、「戦車」一名リタイヤ』

 

「――小猫っ」

「先に行った方々も健闘したようですわね。でも後はあなたの他は『兵士』が残るのみ。『僧侶』の方はほぼ戦力にはならないのでしょう? こちらは万全な『女王』が残っておりますわ」

 

 思わず呟いたフェイに、畳み掛けるようにレイヴェルが話しかけてくる。

 

「もう諦めたら如何ですか?」

「言っただろう。無駄かどうかはやってみなければわからないと。最大火力を叩き込んで、キミをリタイヤさせられれば、それはライザーにも通用するということだ。だから――」

 

 レイヴェルには笑って返しながら、腰のポーチに両手を突っ込む。取り出したのはそれぞれ小瓶。

 

「やれるだけのことはやってみるさ!」

 

 両手の小瓶を握り潰し、両拳が瓶の中身に塗れる。

 

「ま、まさかそれは聖水っ」

「悪魔には人間ならではの対処があるってね」

 

 驚くレイヴェルに不敵に笑うフェイ。

 

「しかし、その拳を当てられるとは思わない事ね」

 

 レイヴェルがそういいながら炎を吹き出し、炎の奔流がフェイを襲う。

 しかし、フェイはその炎のただ中を突っ切ってレイヴェルに直進していく。

 

「なっ、なぜ炎に焼かれないの!?」

 

 レイヴェルは無傷で炎を突き抜けるフェイに驚愕する。

 

 火エネルギーへの完全耐性(エナジー・イミュニティ・ファイア)の呪文を予めかけていたフェイは、炎に焼かれる事が一切なくなっていた。『女王』ユーベルーナの爆撃ですら、ダメージを受けたのは爆炎ではなく、爆風からのみである。それがなければあの時点でリタイヤしていたかもしれない。

 レイヴェルの不意を突くために、あえて炎は避けてきていたのだ。

 驚愕しているレイヴェルに聖水塗れの一撃を叩き込む。

 

「うぐっ、ですがこの程度でっ――」

 

 再生をする前に連打、連打。フェイはモンクとして短時間に素早い連撃を行う修行を積んでいる。

 残り二撃。

 フェイは右手に冷凍光線(ポーラー・レイ)の呪文を準備する。本来ならビームの様に相手に放つ光線呪文だが、そのエネルギーを拳に纏わせ、拳撃と共に解放する。――拳と魔を極めたフェイの奥義『光線拳』。

 そして左手では籠手が機械音を発生させた。

 

 『Charge(チャージ)Cold(コールド)

 

 バハムートの冷気のブレスの力が籠手に装填(チャージ)される。

 

 そしてその両手が、レイヴェルに叩き込まれた。

 

「そ、んな……」

 

 美しい少女の氷像ができあがり、そして光と共に薄まり消滅していく。

 

『ライザー・フェニックス様の「僧侶」一名、リタイヤ』

 

 ただ一人フェイが立つグラウンドに、グレイフィアの通達が響き渡った。

 

 さて、行かなければ。フェイが新校舎へ足を向けた途端、無情なる通告がフェイの耳を貫いた。

 

『リアス・グレモリー様、投了(リザイン)につき、ライザー・フェニックス様の勝利でゲームを終了いたします』

 

 ◇◇◇

 

「……負けましたわ」

 

 レイヴェルがフェイに声をかけてきたのは、ゲーム終了後、校舎裏で落ち込む小猫を宥めていた時の事だった。

 

「キミの勝ちさ。キミは俺を足止めし、俺は足止めされた。その結果部長を助けるのに間に合わなかった」

 

 フェイはレイヴェルの方を見ずに答える。小猫は何かを言いたげに、それでも言えないもどかしさを抱えてフェイを見上げている。

 

「それでも……貴方は私を倒しましたわ。間に合ったならもしかしたら――」

「戦場にもし(if)はない。あるのは結果だけだ」

 

 今度はレイヴェルに向き直って、答える。

 レイヴェルはやや唇を噛み、少しばかり目を閉じた後フェイに訊ねた。

 

「お兄様とリアス様の婚約パーティーにはいらっしゃいますの?」

「……あいにくいけないだろうな」

 

 フェイが答えると、レイヴェルより先に小猫が驚いてフェイに食い掛かる。

 

「な、なんでですか!?」

「落ち着け、小猫。こう見えても俺はただの人間でね。冥界の悪魔の貴族のパーティー会場に乗り込めるような立場じゃないんだよ」

 

 縋り付く小猫にそう言い含めると、小猫は悲しそうに俯き、レイヴェルは呆れたような視線をフェイに送る。

 

「本当に人間なんですの? ゲーム内容からはとても信じられないのですが」

「本当に人間だよ……。だからまあ、パーティーに参加は出来ないが、ちょっとした余興の準備の手伝いはさせて貰うよ」

 

 普段から言われる言葉にうんざりしたように答えた後、悪戯っぽい笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「余興ですが、なんでしょう?」

「……私も聞いてないです」

「まあ、当日のお楽しみということで。それでキミは何しにここに?」

 

 レイヴェルと小猫が訊ねてくるが、内容はぼかすフェイ。逆にレイヴェルの目的を尋ねる。

 

「キミではなく、レイヴェルですわ。レイヴェルと呼んで下さって結構。まあ、私を倒した殿方に挨拶に来ただけです。パーティーで会う事はないようで残念ですわね。それではごきげんよう」

「じゃあレイヴェル。また直接会う事があるかはわかららないが、余興は楽しみに」

 

 レイヴェルは優雅に一礼して立ち去っていく。フェイはその背に声をかけた。

 レイヴェルも振り返らずに声だけでそれに返答する。

 

「ええ、どの様な催しかは知りませんが楽しみにさせて頂きますわ」

 

 レイヴェルが立ち去った後、何故か不満そうな小猫がフェイを睨んでいた。

 

 ◇◇◇

 

 リアスの婚約パーティー当日、フェイは兵藤が目覚めるのを待っていた。

 兵藤の側には何故かグレイフィアの姿もある。

 

「目覚めたみたいですね」

 

 上体を起こした兵藤にグレイフィアが声をかける。

 

「グレイフィアさん! 勝負はどうなったんですか? 部長は!?」

「勝負はライザー様の勝利です。リアスお嬢様が投了されました」

 

 フェイも投了までの流れは聞いていた。兵藤が赤龍帝の籠手の新たな能力『譲渡』を目覚めさせ、木場の力を借りてライザーの眷属を一掃したものの、『女王』の不意討ちで木場と小猫が倒れた。

 兵藤は『女王』を倒し、ライザーとの直接戦闘に入るが、力及ばずながらも無茶をする兵藤の命と引き替えにするような形でリアスが投了をする結果となったのだ。

 兵藤は責任を人一倍感じている事だろう。

 

「現在、お嬢様とライザー様の婚約パーティーが行われています。グレモリー家が用意した冥界の会場です」

「……木場たちは?」

 

 グレイフィアの説明に質問を返しながら周囲を見回す兵藤と目が合ったので、フェイは片手を上げて挨拶する。

 

「お嬢様にお付き添いになられております。会場にいない関係者は一誠様だけです」

「え? フェイもここにいるだろ?」

 

 兵藤は戸惑いながらグレイフィアに問いかける。

 

「フェイ様、アーシア様は人間であるため、元より招待はされておりません。……冥界の空気は人間には毒ですから」

「そういう事です。アーシア先輩もここに居るんですが、今は替えのタオルを取りにいっています」

 

 本来の事情を多少誤魔化して説明するグレイフィアにフェイが補足する。

 

「……納得されていませんか?」

 

 グレイフィアが兵藤に尋ねる。

 

「ええ。勝負が着いたとしても俺は納得できません」

「リアスお嬢様はお家の決定に従いました。勝負の結果を反故にするのはただの我儘ですよ?」

「わかってます! わかってはいるんです! それでも――」

 

 グレイフィアも意地が悪い。判っていながらもあえてこんな質問をするのだから。

 葛藤する兵藤を見て、グレイフィアは小さく笑った。

 

「あなたは本当に面白い方ですね。長年色々な悪魔を見てきましたが、あなたのように感情を丸出しにして、思った通りに駆け抜ける方は初めてです。私の主、サーゼクス様もあなたの活躍を他の場所で見ていて、『面白い』と仰っていました」

 

 グレイフィアはそう言うと懐から一枚の札を取り出して兵藤に差し出した。

 

「この魔方陣は、リアスお嬢様の婚約パーティー会場へ転移できるものです」

 

 戸惑う兵藤にさらにグレイフィアは言葉を続ける。

 

「『妹を助けたいのなら、会場に殴り込んできなさい』、サーゼクス様のお言葉です。その紙の裏側にも魔方陣があります。お嬢様を奪還した際にお使い下さい。必ずお役に立つと思います」

 

 グレイフィアは札を兵藤に手渡すと部屋を後にした。

 入れ替わりにアーシアが部屋へと飛び込んでくる。

 

「イッセーさん!」

 

 アーシアが兵藤の胸に飛びつく。

 

「よかった、本当に良かったです。治療をしても二日間も眠ったままで……もう目を覚ましてくれないんじゃないかって……」

 

 そう言ってアーシアは兵藤の胸で泣き出した。

 

「アーシア、聞いてくれ。俺はこれから部長のもとへ行く」

 

 アーシアは覚悟していたかのように兵藤の次の言葉を待つ。

 

「部長を取り戻しに行く。問題ないよ、会場に行くルートは手に入れたから」

「私も――」

「アーシア先輩」

 

 アーシアの発言に被せて、釘を刺すようにフェイが呼びかける。

 フェイはアーシアにこの事(・・・)を事前に予測して話をしていた。その場合にどうするのかも。

 残念ながら人間であるアーシアは、今回の場において足手まといにしかならない。

 この時程、アーシアは自分が人間である事を悔やんだ事はなかった。

 フェイの呼びかけで落ち着きを取り戻したアーシアが兵藤に言う。

 

「一つだけ、約束して下さい」

「約束?」

「必ず、部長さんと帰ってきて下さい」

 

 アーシアは笑顔で兵藤に約束を求めた。

 

「ああ、もちろんだ」

 

 兵藤が頷くと、アーシアはうれしそうに微笑んだ。

 

「そうだ、アーシア。頼みがあるんだけど――」

 

 兵藤がアーシアに頼み事をして、アーシアは自室へと戻っていく。

 その段階でフェイが兵藤に声をかける。

 

「それじゃあ、俺の番ですかね」

「ああ、フェイもありがとうな。フェイの話はなんだ?」

 

 訊ねる兵藤に笑顔で返すフェイ。

 

「一つ目は、先輩が部長を連れ戻さないと死ぬ呪いをかけようかと」

「おいおい、物騒だな。まぁ、死なねぇけどな!」

 

 フェイの軽口に驚きながらもニヤリと笑う兵藤。

 そしてフェイは兵藤に呪文を発動する。

 

「それからもう一つ、これは俺からじゃないんですが――」

『目覚めているのだろう? 赤い小僧』

 

 出現させたフェイの籠手からバハムートの声が発せられた。

 

「! これは!?」

 

 驚く兵藤をよそに、赤龍帝の籠手も出現し言葉を返した。

 

『白金のオヤジか……アンタなんでこの世界の神器に納まっているんだ?』

 




ドライグさんは大戦よりはるか昔の若龍だった頃にヤンチャしてて痛い目にあったとかそんな過去。


感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。



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エピローグ

「ここにいる上級悪魔の皆さん! それと部長のお兄さんの魔王様! 俺は駒王学園オカルト研究部の兵藤一誠です! 部長のリアス・グレモリーさまを取り戻しに来ました!」

 

 パーティー会場に乱入してきたリアスの『兵士』。

 彼は堂々と、リアス・グレモリーを取り戻しに来たと宣言した。

 レイヴェルはフェイ(あの人)の言っていた余興とはこの事だったのかと納得する。

 望まぬ結婚式で真に愛する人が花嫁を奪いに来る、創作では人気のあるシチュエーションだ。

 身内がやられるのはたまったものではないが。

 衛兵達を他のリアスの眷属達が抑えている間に、『兵士』はライザーの前に進み出て宣言する。

 

「部長――リアス・グレモリーさまの処女は俺のもんだっ!」

 

 言うに事を欠いてそれを主張するのか。レイヴェルは『兵士』に半ば呆れる。

 身内や関係者が困惑するなか、一人の男性が歩み出る。

 

「私が用意した余興ですよ」

 

 紅髪の魔王――サーゼクス・ルシファー。彼がこの騒動の首謀者だった。

 サーゼクス曰く――『レーティングゲーム』未経験のリアスと経験豊富なライザーとの勝負では分が悪すぎた。

 その点も鑑みて、催し物を一つ追加しようという提案。

 それは赤龍帝の神器を持った『兵士』とレイヴェルの兄との対決。

 即ち、ドラゴンとフェニックスの対決を再び行おうというのだ。

 そして、その提案は受け入れられた。リアスの『兵士』が勝利した場合には、リアスを連れ帰るという代価を含めて。

 

 ◇◇◇

 

 その勝負は十秒で決着が着いた。

 『兵士』は『女王』へと『プロモーション』して、神器が輝きを放つ。

 

Welsh(ウェルシュ) Dragon(ドラゴン) over(オーバー) booster(ブースター)!!!』

 

 『兵士』の全身を覆う深紅のオーラが、龍の姿を模した鎧へと変わっていく。

 禁手(バランスブレイカー)赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)』――それが『兵士』が解放した力の呼び名だった。

 『兵士』――赤龍帝とライザーは互角に殴り合う。いや、赤龍帝はダメージを受けずに優勢に進めていた。

 たまらずライザーは業火を出現させ、赤龍帝を包むが――全く効いていない。

 赤龍帝に触れる直前に炎の勢いが急激に萎む様は、レイヴェルには見覚えがあった。

 余興の手伝いをする――レイヴェルはその言葉を思い出していた。

 

「……ここには来なくとも、やる事はやっていますのね」

 

 レイヴェルは寂しそうに呟く。もうレイヴェルには勝負の結果が予感できていた。

 

 禁手の代償としてドラゴン化した左手に十字架を持ち、ライザーに叩き付ける。

 『倍加』した力を聖水に譲渡して、その中身をライザーにぶちまける。

 赤龍帝は少なくない代償を払い、あらゆる手段を駆使してライザーを圧倒した。

 

 しかし、このままフェイ(あの人)達の思惑通りになるのも面白くない。

 レイヴェルは精一杯の意趣返しとして、どうしようもない馬鹿者だが、憎めない兄を庇うため、戦場へと駆け出した。

 

 ◇◇◇

 

 無事、兵藤がリアスを連れ戻してからしばらく経ったある日、朝のSHRの時間に教師と共に入ってきた人物に、フェイは目を疑った。

 

「本日より編入致しましたレイヴェル・フェニックスですわ。み、皆様よろしくお願いします」

 

 硬い表情で挨拶をするレイヴェル。

 貴族のようにカールした金髪とそれに違わず令嬢らしき佇まいを持った転入生に、男女問わずクラスが湧く。

 そんな歓迎の雰囲気を、レイヴェルは戸惑いながら居心地が悪そうにしている。

 案の定休み時間にはクラスメイトに取り囲まれていた。

 

「フェニックスさんて珍しい名字だね、かっこいいわ」

「……えーと」

「フェニックスさん、教科書はもうあるの?」

「あ、あの……」

 

 対応に苦慮したレイヴェルが縋るようにフェイに視線を向ける。

 仕方がないな、とフェイは立ち上がってレイヴェルの席に近付くとクラスメイトに告げる。

 

「レイヴェルと俺は親同士が向こうの国での知り合いなんだよ、だから日本に来たときにこの学園に編入してきたんだ」

 

 嘘も方便である。話を合わせるように目配せをするとレイヴェルもそれに応じた。

 

「そ、そうなんですわ。そうだ、フェイさん。校内の案内をお願いできますか?」

「ああ、勿論だとも」

 

 レイヴェルはこの囲いを抜け出す口実を思いついたとフェイに頼み、フェイもそれを承諾した。

 案内という口実で周囲の人から離れた所で、フェイはレイヴェルに訊ねた。

 

「それで、これは一体?」

 

 フェイはレイヴェルがこの学園に来る事など全く聞いていなかった。

 

「その……私もまだまだ未熟だという事に気付きまして、見聞を広めようかと思いまして」

「なるほどな、それで今までと違う環境に身を置いたわけか」

 

 レイヴェルの説明にフェイも頷く。

 

「それと……今度は貴方にも勝ってみせますから!」

「ああ、楽しみにしている」

 

 フェイに指を突きつけて宣言するレイヴェルに、フェイも笑いながら答える。

 そして、レイヴェルは少し気恥ずかしそうにフェイに頼み事をした。

 

「つきましては……その。私転校が初めてでして……ど、どう皆さんと接してよいのかわからなくて……。わ、私、悪魔ですし、人間の方々との話題が見つからなくて……。その――」

 

 レイヴェルの言いたい事を察したフェイは快く頷く。

 

「ああ、俺で良ければ力になるし、そういった話題なら小猫も――」

「……ヘタレ焼き鳥姫」

 

 二人に付いてきており、不満げに話を聞いていた小猫がレイヴェルに毒を吐く。

 

「……」

 

 レイヴェルの動作が止まり、こめかみに青筋が浮かび上がる。

 

「い、いまなんと?」

「……ヘタレ」

 

 問い直したレイヴェルに再び毒突く小猫。

 レイヴェルも柳眉を逆立てて言い返す。

 

「あ、あなたね! フェニックスの息女たる私にそのような物言いを……」

「……そんな物言いだからいざという時にヘタレるんじゃないの? その程度の軽い気持ちで師匠の手を煩わせるなんて……この世間知らずの焼き鳥姫」

「むむむむむ、こ、この猫又は……!」

「……焼き鳥」

 

 辛辣な突っ込みを入れることも多々あるが、これほど感情を出す小猫も珍しい。

 禍々しいオーラを放って対峙する二人の背後に、フェイは白い大虎と、朱い霊鳥の姿を幻視した。

 

 




焼き鳥編終了。
微妙に異なるフラグによりレイヴェルさんが原作より大分早めに駒王学園入りしました。

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。

追記
 活動報告にヒロインのについて少しだけ書いています。


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月光校庭のエクスカリバー
プロローグ


 カキーン。

 晴れ渡る青空に響く快音。金属バットでボールを打つ音だ。

 旧校舎裏手に存在する広々とした空き地にて、オカルト研究部の面々は野球の練習をしていた。

 レクリエーションという理由でもなく、ただ野球技術の向上を目的として。

 

「来週は駒王学園球技大会よ。部活対抗戦で負けるわけにはいかないわ」

 

 リアスの言葉が何故野球かを物語っていた。

 もっとも、球技大会ではどの種目を行うのは開催当日に決定される。

 競技に人数が足りない場合は開催側(生徒会)から補充要員まで用意されるのだ。

 その為、オカルト研究部は日替わりでメジャーな球技の練習を一通り行っていた。

 勿論どの球技も一朝一夕で身につくものでもないが、基本的なルールを体で覚える分には悪魔達ならば充分だった。

 ただ一人を除いて。

 

「はわっ! あぅあぅあぅああぁぁぁ……」

 

 イレギュラーバウンドでもなんでもないただのゴロを慌てて処理しようとしてトンネルしたアーシア(右翼八番)が悲鳴を上げる。

 残念ながらアーシアは運動神経には恵まれていなかった。

 素早くアーシアの後ろに回っていたフェイ(二番中堅)がボールを拾い小猫(四番捕手)へと投げ返す。

 フェイはその足の速さから外野のほぼ全域を担当させられていた。小猫は強肩と物理的守備力により不動の捕手である。

 

「ショート!」

 

 ショートフライを打ち上げたリアス(五番投手)の鋭い声が響く。

 しかし呼びかけられた木場(一番遊撃)は棒立ちのまま反応を見せず、打ち上げられたボールはその頭部に直撃する。

 

「木場! シャキッとしろよ!」

 

 兵藤(六番一塁)が怒鳴りつけてからようやく反応を見せた木場が兵藤に顔を向ける。その顔はいかにも覇気のないものだった。

 

「……ああ、すみません。ボーっとしてました」

 

 それだけ言うと緩慢に下に落ちたボールを拾いリアスへ投げ返し、リアスも溜息をつきながらボールを受ける。

 

「祐斗、どうしたの? 最近ずっと気が抜けた様子であなたらしくないわよ?」

「すみません」

 

 リアスの指摘に素直に謝る木場だったが、その顔は曇ったままだった。

 結局野球の練習が終わる頃になっても、木場が元に戻る事はなかった。

 

「木場さまはどうしてしまったのでしょうか。あの時からですわよね」

 

 旧校舎へ戻る途中、フェイの隣に並んで歩くレイヴェル(九番三塁)が気遣わしげに漏らす。

 あの時――旧校舎の大掛かりな清掃の為、部室ではなく兵藤の部屋で活動を行った時の事である。

 その時は兵藤の母親が兵藤が幼い頃のアルバムを持ち出してきて皆に披露したのだった。

 フェイも写真という物の珍しさもあって最初は混じっていたが、リアスとアーシアの食い付きッぷりに引いて、部屋の隅で他の物が見終わった写真を眺めているだけだった。同じように小猫やレイヴェルも他の者よりは興味が薄かったのだろう、メインの輪からはあぶれてフェイの隣で流れてきた写真を眺めていた。

 喧嘩をする割にはよく一緒に居る二人は、やはりフェイを挟んで悪態を吐き合っていたが、フェイがそれを宥めて居る時にそれは起こった。

 

 ◇◇◇

 

「――これ、見覚えは?」

 

 普段とは違う低い声音で兵藤に尋ねる木場。その指さす先には一枚の写真があった。

 

「ううん、何分ガキの時過ぎて覚えてねぇんだよなぁ。多分これ昔引っ越した幼馴染みの親御さんだと思うんだけど」

 

 あとからフェイが見たその写真には、兵藤と、その幼馴染みらしき少年と、その父親が写っている。

 

「こんな事もあるんだね、思いもかけない場所で見かけるなんて……」

 

 苦笑する木場。だがその目は一点を憎々しげに見つめていた。

 それは父親の抱えた一本の古ぼけた西洋剣。しかし写真越しでもフェイにはその聖性が判別できた。

 それは――

 

「これは聖剣だよ」

 

 吐き捨てるように呟く木場。そして、その時から木場の様子がおかしくなったのであった。

 

 ◇◇◇

 

「今までの教会や聖職者、特に聖剣に対する態度を考えれば、聖剣絡みで何かあったんだろうけどな……」

 

 写真越しとはいえ本物の『聖剣』を見た事で抑えていた思いが噴出したのであろう。しかし――

 

「当人から事情を話し出さない限りはまだ詮索するべきじゃないな」

 

 フェイがそう言ってレイヴェルの肩を叩くと、レイヴェルは不承不承ながらも頷いた。

 それに、とフェイは考える。その視線の先にはいつの間にか近くに来ていた小猫がいた。

 恐らく木場の事情を知っているであろう、しかし軽々と話せない葛藤を抱えている姿にフェイも思案を深める。

 

 ◇◇◇

 

 翌日、昼休みになってフェイは小猫とレイヴェルを伴って旧校舎の部室へと向かう。

 部室には一年生以外の全員が既に揃っていた。それに加えて二人の男女。

 女はフェイにも見覚えがあった。駒王学園の生徒会長、三年生の支取蒼那。

 もう一人の付添らしい男には見覚えがなかったが、宿す魔力で二人とも悪魔だと判断する。

 

「生徒会長がなぜここに? 部長の実家絡みの話ですか?」

 

 婉曲的に悪魔絡みの話かとリアスに訊ねる。それに口を挟んできたのは訪問者の男だった。

 

「あれ、お前人間っぽいのに悪魔だってわかるんだな? 兵藤とは大違いだ」

「サジ、リアスから聞いているけど彼はちょっと事情が違うのよ。……フェイくんでしたね。この学園の生徒会長を務めています、支取蒼那です。本来の名前はソーナ・シトリー、リアスと同じくシトリー家の次期当主になります」

 

 サジと呼ばれた男を窘めて、支取蒼那――シトリーが挨拶をしてくる。グレモリーの息がかかっている学園の生徒会長の為か、フェイの事情はどこまでかは不明だが伝わっているようだった。

 

「フェイです。どこまで部長から話が伝わっているかわかりませんが、一応ただの人間です」

「魔法使いの、がつくけどね」

 

 フェイの挨拶にリアスが補足してくる。この程度しか話していないということか。

 

「へぇ、魔法使いなんて本当にいるんだな! 悪魔もいるんだからおかしくないか。俺は匙元士郎。二年生で会長の『兵士』だ。兵藤達にはもう言ったが、平和な学園生活を送れているのは、会長や俺たちシトリー眷属が日中動き回っているからこそなんだ。感謝を強要するつもりもないけど、覚えていてくれてもバチは当たらないぜ」

 

 匙の言い振りから、恐らくはオカルト研究部と同じように、生徒会はシトリーの眷属で固められており、学園内での悪魔絡みの問題も生徒会が対処している、という事だろうとフェイは判断し、匙に頭を下げる。

 

「いえ、人々の為に尽力してくれている方々に感謝を示すのは当然のことです。ありがとうございます。」

「おお、お前いい奴だな!」

 

 そんなフェイの態度に屈託なく笑う匙。煩悩が絡まない時の兵藤と同じく匙もまた気の良い男のようだ、とその時のフェイは思っていた。――後で本質は兵藤と同類と知るまでは。

 

「ルーキー紹介はこんな所かしらね。もっともアーシアとフェイは勿論、レイヴェルも私の眷属になった訳ではないのだけれど」

 

 そうリアスが切り出すと、シトリーも出されていた茶を一口飲んでから訥々と語り出した。

 

「さて、と。ではそちらも揃ったようですので言っておく事があります。私はこの学園を愛しています。生徒会の活動もやり甲斐のあるものだと思っています。ですから、学園の平和を乱す者は人間であろうと悪魔であろうと許しません。それはフェイくんやアーシアさん、サジであっても、この場にいる者でも、リアスでも同様のことです」

 

 人間であるフェイ達や生徒会である匙が特別に名前を挙げられただけで、新しく学園に入った者全てに向けられる言葉だったのだろう。

 それだけシトリーがこの学園を愛しているということか。フェイは神妙に頷いた。

 

「それでは私たちはこれで失礼します。お昼休みに片付けたい書類がありますから」

 

 そう言ってシトリーは立ち上がり、場を離れようとする。

 

「会長――いえ、ソーナ・シトリーさん……さま。これからもよろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

 

 兵藤が改めてシトリーに挨拶をする。グレモリー眷属として主と同等の上級悪魔への礼節というものだろう。

 続いたアーシアはただそれに釣られただけか。

 フェイとレイヴェルもそれぞれ新参者として挨拶を行うと、シトリーも微笑みそれに返した。

 

「リアス、球技大会が楽しみね」

「えぇ、本当に」

 

 シトリーとリアスが笑顔で言葉を交わし、シトリーと匙は足早に部室を後にした。

 

「イッセー、レイヴェル。匙くんと仲良くね。他の生徒会メンバーともいずれは改めて悪魔として出会うでしょうけど、同じ学舎で過ごす者同士、ケンカはだめよ?」

「はい!」

 

 シトリー達を見送ったリアスが微笑みながら言うと、勢いよく返事をする兵藤。

 なぜ兵藤とレイヴェルだけが注意されたのかは考えるまでもなかった。

 




朱乃さんは三番打者で二塁手です。

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1話

 ドッジボール。

 それが球技大会当日に決定した、部活対抗戦の種目だった。

 

「ふふ、勝ったわ」

 

 リアスは不敵な笑みを浮かべている。

 それもそうだろう。チームワークを強く要求される他の競技と異なり、ドッジボールはボールを捕れて、相手を討てる一人が居ればほぼ勝利出来ると言っても良い。

 そしてオカルト研究部にはそういった人材には事欠かなかった。

 堅牢な守備力と、豪腕による必殺を望める『戦車』の小猫、器用に躱し、討つ事の出来る『騎士』の木場、何事もそつなくこなすことの出来る『女王』の姫島。

 フェイにしても正面からくる物なら矢でも手斧でも投げ槍でも、掴んで即座に投げ返す程の技量の持ち主だ、ボール程度は造作もない事である。

 

「狙え! 兵藤を狙うんだ!」

「うおおおぉぉっ! てめぇらふざけんなぁぁっ!」

 

 実際に試合が始まってみると、相手は何故か兵藤を集中して攻撃している。

 恐らく女子には攻撃をし辛いのだろう。また木場は女子に人気があるため、攻撃すると非難を受けかねない。

 フェイもまた一年の中では人気がある方な為同様の理由。

 従って、『変態三人組』と悪名の高い兵藤が狙われるのは必然であった。

 

「イッセー死ねぇぇっ」

「アーシアちゃんのブルマ最高っ! イッセーは死ねっ!」

「お願い! 兵藤を倒して! リアスお姉様と朱乃お姉様の為に!」

「僕の前に出てくるからこうなるんだっ!」

「アーシアさんの正常なる世界の為にっ!」

 

 殺気剥き出しの攻撃を回避していく兵藤。どれだけ恨みを買っているのか。

 また、フェイは別の部分でドッジボールに興味が湧いた。

 ドッジ(回避)ボールとは良くいったものだ。敵の攻撃を避けるだけでなく、その後の外野の攻撃にまで気を配らなければならない。ボールを捌く事は当然許されず、完全に避けるか、ボールを受け止めるかの二つしか生存の手段がない。

 捕球を完全に禁止して四方からの攻撃に対し、捌きが減点、直撃が大減点という形で回避の修行が行えるか、ボールを増やしても面白いかもしれない、などとフェイは考える。良くも悪くもフェイもまたある意味修行バカ(脳筋)であった。

 

「イッセーにボールが集中しているわ、これは戦術的には『犠牲』って所かしらね! これはチャンスよ!」

 

 兵藤が回避に専念しているうちに、逸れた球を小猫やフェイが受けて仕留めていく、盤石の体勢が出来上がっていた。

 

「死ねぇぇぇっ、ロリコンは俺だけでいいんだぁぁっ! ぬわーっっ!」

 

 意味不明な事を言ってきてフェイを狙って来た者に対しては、投球直後の体勢が不十分な時に反撃をするだけで充分仕留められた。

 そして何故か小猫が静かに怒っていた。

 

「……二重の意味で許せません」

 

 何をそんなに怒っているのか、突然の怒りに疑問に思うフェイ。

 単純にフェイが狙われた事とロリコン呼ばわりで間接的に自分が馬鹿にされたと受け止めたからだとはフェイには知る由もなかった。

 

「くそっ、恨まれてもいいっ。俺はイケメンを倒すっ!」

 

 突如木場に撃ち出されるボール。普段の木場ならば軽く躱すところだったが、現在の木場は反応も見せずに棒立ちしているだけだった。

 

「何をボーッとしてやがるんだ!」

 

 木場を庇う位置に入る兵藤。そのまま胸の辺りに構えた手にボールが納まるかと思いきや、ボールは急激に落下する。

 その軌道はフェイには見覚えがあった。野球の練習中に見たフォークボールという球種の軌道だ。そういえば今回の対戦相手は野球部だった。

 そしてボールは立ちすくみ状態の兵藤の急所(股間)攻撃に成功した。

 

「ほうぁぁぁっ」

 

 声にならない声を出して膝から崩れ落ち悶絶する兵藤。慌てて駆け寄ったリアスが兵藤を抱き抱える。

 

「ぶ、部長……。た、玉が……、俺の……」

「ボールならあるわ! よく確保してくれたわね、イッセー。大丈夫よ、仇は取ってあげるわ!」

 

 息も絶え絶えの兵藤に、力強く返すリアス。だがそうじゃない。

 

「あらあら、部長。そちらではなくて、違うボールが大変な事になっているようですわよ?」

 

 フェイが言い出す前に姫島がリアスに訂正した。その言葉を受けてリアスは青ざめて絶句する。

 

「なんてこと! アーシア、ちょっとお願い。こんなことで不能になられても困るわ!」

「は、はい。イッセーさんどこか怪我をされたんですか?」

 

 リアスは既に駆け寄って来ていたアーシアに声をかける。アーシアも即座に怪我の有無を聞き返す。

 

「ええ、どうやら大事なところをね。悪いのだけど物陰で回復してくれないかしら」

「大事なところ? よくわかりませんがわかりました!」

 

 リアスの曖昧だが的確な言葉に、十分な理解は出来ずとも頷くアーシア。

 素直なのは良い事だが、年齢の割には純真すぎやしないだろうか。端で見ているフェイはそんな事を心配する。

 リアスはフェイと小猫を見比べた後、小猫に声をかけた。

 

「小猫、人の見えない所までイッセーを連れて行ってあげてね」

「……了解」

 

 おそらく残す戦力でフェイを残した方が良いと判断をしたのだろう。また、それを察したであろう小猫も不承不承頷き、物陰へ兵藤を引き摺って行き、アーシアもそれについて行く。

 

「さて、と。私の可愛いイッセーをやった輩を退治しましょうか!」

 

 リアスは黒いオーラを出しながら薄く笑う。リアスの逆鱗に触れた野球部は、然程時間も経たずに壊滅した。

 勿論競技上での話である。

 

『オカルト研究部の勝利です』

 

 勝利を告げる放送が会場一帯へと流れた。これで途中退場した兵藤達にも伝わるだろうとフェイも安堵した。

 

 ◇◇◇

 

 ザァザァと雨が降っている。球技大会が終わった後に降り出した雨だ。

 競技中に降り出さなかった事には感謝すべきだろう。

 窓を叩く雨音の中、乾いた音が響く。

 パン!

 木場が、リアスに頬を張られていた。

 

「どう? 少しは目が覚めたかしら?」

 

 リアスは冷たい視線で木場を睨め付けている。

 部活動対抗戦はオカルト研究部が優勝した。

 チーム一丸になっての勝利……と言いたい所だったが、足を引っ張る者が一名居た。

 それはアーシア――ではなく木場。

 野球部との試合後にリアスに何度注意されようと、その後もずっと同じように気の抜けた調子だった。

 実際に今もリアスに頬を張られていてもその無表情を崩さない。

 誰がどう見てもおかしい、それが現在の木場だった。

 突然木場はにこやかな笑顔になり、言い出す。

 

「もういいですか? 球技大会も終わって球技の練習もしなくていいでしょうし、夜の活動まで休ませて貰っていいですよね? 少し疲れましたので普段の部活は休ませて下さい。昼間は申し訳ございませんでした。どうにも調子が悪かったようです」

 

 あからさまに張付けたような笑顔ととってつけたような言い訳。

 それを聞いた兵藤が木場に問いかける。

 

「木場、マジで最近お前変だぞ?」

「キミには関係ないよ」

 

 兵藤の質問もバッサリと切って捨てる木場。

 

「俺だって心配しちまうよ」

「心配? 誰が誰をだい? 基本、利己的なのが悪魔の生き方だろう? まあ、今回は主に従わなかった僕が悪かったと思っているよ」

 

 なおも食い下がる兵藤に木場は冷笑を浮かべて返す。

 そういう問題ではないだろう、とフェイが口を挟む前に木場が口を開く。

 

「思い出したんだよ、イッセーくん。僕は何のために戦っているかという基本的な事をね……」

 

 そう呟く木場の眼の奥底に潜むモノに、フェイは見覚えがあった。

 それは元の世界で幾度となく目にした存在が宿す眼だった。理不尽に何もかも奪われた者、取り戻す事は出来ない物を奪われ、それでも相手に牙を突き立てようとする者――復讐者(アヴェンジャー)

 

「僕は復讐の為に生きている。聖剣エクスカリバー――それを破壊するのが僕の生きる意味だ」

 

 続く木場の言葉は、フェイの予想を裏付けるものだった。

 復讐者――それが木場が仮面で覆い隠していた素顔なのか。

 木場はそのまま外へと歩み出て、傘も差さずに雨の中へと消えていった。

 




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2話

「聖剣計画……ですか」

 

 フェイはリアスの言葉を反駁する。

 

「そう、祐斗はその計画の生き残りなの」

 

 リアスはフェイの言葉に頷く。

 木場が出て行った後、残ったメンバーにリアスは木場の事情について説明を始めるのだった。

 聖剣計画――数年前までキリスト教内で聖剣エクスカリバーを扱える者を育成する計画が存在していた。

 聖剣は対悪魔としては最大の武器であり、神器ですら並ぶ物は存在しない。

 ただし、聖剣にはそれを扱う為の特別な素養を必要としていた。

 そして木場は聖剣――なかでもエクスカリバーに適応する為の人為的な養成を受けていた者の一人だった。

 しかし、木場を含めて同時期に養成された者達は誰一人としてエクスカリバーに適応する事が出来なかった。

 聖剣計画を主導していた教会関係者は木場を含めて聖剣に適応出来なかった物達を『不良品』として処分する事を決定、養成を受けていた者達の大部分は『聖剣に適応出来なかった』ただそれだけの理由で殺されていった。

 木場も当然殺されかけたが、瀕死の所で偶然リアスに助けられ悪魔に転生して生き延びたのだった。

 

「あの子は瀕死の状態でも強烈な復讐を誓っていたわ。せっかく転生したのだから悪魔としての生を有意義に使って貰いたかったのだけどね。祐斗の持つ剣の才能は、聖剣だけにこだわるのはもったいないわ」

 

 皆が押し黙った部屋に、リアスの声が響く。

 

「あの子は忘れられなかったのね。聖剣を、聖剣に関わった者達を、教会の者達を――」

 

 嘆息するようにリアスは言う。

 だがそれも仕方がないだろう。自分だけではなく、仲間までもが実験動物(モルモット)扱いとして打ち捨てられたのだ。

 事情を聞いてしまえば、教会や神父に対する嫌悪も、聖剣に対する憎悪も納得がいくものだった。

 今まで抑えていた感情が、写真越しの『聖剣』を見ることで噴出したのであろう。

 

「このままにしておくのですか?」

 

 フェイはリアスに訊ねる。

 

「しばらくは見守るわ。いまはぶり返した聖剣への思いで頭が一杯でしょうから。普段のあの子に戻ってくれるといいんだけど」

「それでは手遅れになると思いますがね」

 

 額を抑えながらも答えるリアスに、フェイは現実を叩き付ける。

 

「今の木場先輩は既に冷静な状態ではありません。復讐心に目が曇っているとも言えます。皆を巻き込みたくないという感情もあるのでしょうが、復讐者は得てして自分の力で復讐しようと望む物です。感情に捕らわれすぎた復讐者の行き先は――返り討ちという自爆。少なくとも聖剣は単身でどうこうなる代物ではないのでしょう?」

「そんなまさか!」

 

 フェイの指摘にリアスは頭を振って否定する。

 

「木場先輩がまだリアス部長達を頼っていれば話は別だったのですが、先ほどの様子を見る限りでは単独で動くとしか思えません。――見守るが見殺すになりかねない段階ですよ、今は」

「ならどうすればいいというの!」

 

 フェイの淡々とした説明に、リアスは声を荒げて問う。

 

「グレモリーとしての姿勢を見せるべきだと思いますよ。木場先輩がやろうとしている事に、グレモリー、及びグレモリー眷属としてどう対応するのか。対応次第では木場先輩が『はぐれ』になりかねない選択でもありますが、少なくとも傍観は悪手だと思います」

「……わかったわ。ごめんなさいね、フェイ。私も少し頭を冷やさなければならないわね」

 

 頭に血が上っていたリアスも少し落ち着いてフェイに答えた。そしてリアスが更に問いを重ねる。

 

「ねぇ、フェイ。グレモリー眷属ではない、貴方はどう思うの?」

「異教徒の俺が言うのもなんですが、殉教ではなく犠牲を強いるようなものが『聖』剣である筈もなし、木場先輩に協力して破壊してしまえばいいんじゃないですか?」

「本当に軽く言うわね、そんな事をすれば大きくみれば悪魔の世界に影響を与えるかもしれないのよ?」

 

 フェイの回答に、呆れながらも答えるリアス。

 

「その悪魔の世界の影響を恐れて眷属を見捨てるのがグレモリーというのならばそれで構いませんよ。俺は無関係なので勝手に手伝いますが」

 

 リアスの言葉に挑発的に返すフェイ。

 そのフェイの言葉にリアスは深く深く溜息をついて漏らす。

 

「……私の負けね。どうせフェイだけでなくイッセー達も勝手に動いたんでしょうし、そういう子よね? あなた達は。ならまずは祐斗とも話をしないといけないわ」

 

 そういえば、と兵藤が一枚の写真を取り出しリアスに差し出す。それは例の『聖剣』が写っている写真だった。

 

「木場がおかしくなった切っ掛けってこの写真っぽいんですけど」

 

 リアスはその写真を受け取り、一目見ると眉をひそめる。

 どうやら兵藤の家での一幕は、兵藤の過去の写真に夢中になっていたリアスとアーシアは気付いていなかったようだ。

 

「イッセー、あなたは親族に教会と関わりがある人が居るの?」

「いえ、身内にはいません。ただ、俺が幼い頃に近所に住んでいた子がクリスチャンだったみたいです」

 

 そう、とリアスは真顔になって頷く。

 

「十年以上前にはこの街にも聖剣があったのね――では、この男性が聖剣使い。なるほど、私の前任悪魔が消滅させられたと聞くけど、これなら説明も……でも――」

 

 リアスがそのまま深く考え込むが、すぐに頭を振って皆に向き直る。

 

「フェイ、貴方の言う通りね。この街にはすでに聖剣との縁が出来ている。いつ新たな聖剣が現われるとも限らない。祐斗を放っておいたら目も当てられないことになったかもしれないわ。ありがとう」

「その言葉は木場先輩の件が一段落してから頂きますよ」

 

 リアスの感謝にフェイは笑いながら答える。

 ――新たな聖剣が現われたのは、その翌日であった。

 

 ◇◇◇

 

 放課後、旧校舎のオカルト研究部部室に部員達が集まる。――加えてシトリーが同席する。

 

「さて、今日の活動でソーナが来ているのには理由があるの。昨日、解散した後にソーナから連絡があってね。球技大会中に、教会関係者から接触があったらしいの。それで――」

「先方の話では、この街を縄張りとしているリアス・グレモリーと交渉がしたいとのことです。教会関係者は女性の二人組。そして――彼女達は『聖剣』を所持しているようです」

 

 リアスの言葉をシトリーが引き継ぐようにして説明する。聖剣の話を木場としようとした矢先にこれである。

 案の定、木場の目に暗い炎が宿り、感情を抑えつけるような声でリアスに訊ねる。

 

「――部長はその話を受けるのですか? 教会関係者はいつ来るのですか?」

 

 最近の事情を知らぬシトリーは木場の態度に驚き、リアスは溜息をついて木場に答えた。

 

「来るのはこの後よ――その前に祐斗にも話しておく事があるわ。祐斗、常々言っている事だけれど、グレモリーは愛情深い一族なのよ。私は決して眷属を見捨てたりはしないわ。――たとえ聖剣を敵に回そうと(・・・・・・・・・)

「っ――部長、それは……」

 

 リアスの言葉に、戸惑う木場。

 

「ふふっ、人に言われて改めて気付く有様だけれどね。祐斗、貴方は私たちを信じなさい、頼りなさい。私たちは巻き込まれる事を苦にはしないわ。だから勝手に一人で抱え込まないで頂戴。貴方は私の下僕なのだから」

「リアス、あなたは……」

 

 リアスの言葉に、木場よりもシトリーが衝撃を受けて呆れていた。悪魔の世界の事情はそれなりに複雑なのだろう。

 しかしリアスはその事情よりも木場を優先した。

 

「祐斗、貴方の望む事を主として叶える努力はするわ。だから祐斗も私に協力して欲しいの、お願い出来るかしら」

「ずるいですね、部長。そう言われたら僕には何も言えませんよ」

 

 リアスの訴えに木場は苦笑して答える。その目の奥の復讐心は消えては居ないが、最近の顔に出ていた険は薄まったようだ。

 

「ソーナ、ごめんなさいね。身内の話にまで付き合わせちゃって」

「いいのよ、リアス。聞かなかった事にしてあげるから小西屋のトッピング全部盛りね」

「うっ、それとこれとは……はぁ、仕方ないわね。それで手を打ちましょう」

 

 内輪事情を謝るリアスに、対価としてうどん屋を奢りを要求するシトリー。リアスは躊躇したものの、溜息をつきながら了承するのだった。

 友人同士の微笑ましいやりとりに見えなくもないが、残念な感じが伴うのはなぜだろう。などと傍観していたフェイが視線を感じて下を向くとやはりフェイの右隣に座っていた小猫がフェイを見上げていた。

 

「……私も小西屋の全部盛り食べたいです」

「わ、私もっ」

「……焼き鳥娘は真似しないで」

 

 連れて行けということか。

 小猫のストレートな要求にフェイの左隣に座っていたレイヴェルまで続き、フェイを挟んで二人は睨み合う。

 後でな、という意味を込めてフェイが二人の頭を手の平でポンと軽く叩くと二人は一端矛を収めた。

 そんな三人のやり取りを微笑みながら見ていたリアスに、シトリーは席を立ち上がりながら声をかける。

 

「それじゃ、リアス。『お客様』を連れてくるわね」

「ええ、お願いねソーナ。――祐斗もね」

「はい、もう大丈夫です」

 

 リアスが部屋を立ち去るシトリー、そして木場に声をかけると木場もまた、もう落ち着いたとばかりに頷いた。

 それからしばらくして兵藤が思い出したかのようにリアスに言い出す。

 

「そうだった。部長に言っとかなきゃいけない事があったんだった」

「あっ、そうでしたね」

「それは今話さないといけないこと?」

 アーシアもそれに同意するが、『来客』が近い事を思い出させるように確認するリアス。

 

「その教会関係者なんですけど――」

 

 そう兵藤が言いかけたときに、『来客』を伴いシトリーが入ってくる。

 

「リアス、『お客様』をお連れしました」

「失礼します。あっ、イッセー君昨日ぶり(・・・・)だね!」

 

 入ってきた『来客』(教会関係者)の片割れが、そんな事を言い出した。

 




評価に色がついたと思ったら一気にお気に入りに入れてくれる方が増えて、驚くと同時に励みになりました。
まだまだ精進して行きますのでこれからもよろしくお願いします。

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3話

いつもよりやや長め。切り所難しい。


「失礼します。あっ、イッセー君昨日ぶり(・・・・)だね!」

 

 教会関係者のその言葉に真っ先にリアスが反応する。

 

「イッセー、どういうこと?」

「あ、いや。それがこの前見せた写真の幼馴染みが彼女で、昨日俺んちに来てたんですよ」

 

 リアスが問いただすと、兵藤がへどもどしながら答える。

 

「そういう事はもっと早く――いえ、この話は後にしましょう」

 

 リアスは眉間に皺を寄せながら兵藤を詰問しようとするが、状況を思い出して思い留まり教会関係者へと向き直る。

 

「私がこの街を担当しているリアス・グレモリーよ。貴女たちの素性と用件を改めて聞かせて頂戴」

「カトリック教会のゼノヴィアだ」

「私は紫藤イリナ、プロテスタント教会の使いです」

 

 リアスが自己紹介を行うと、教会関係者の二人もそれぞれ名乗りをあげる。

 兵藤の幼馴染みである栗毛のツインテールの明るい雰囲気の女性――紫藤イリナと、青髪に緑のメッシュが入った目つきの鋭い女性――ゼノヴィア。

 フェイはこれまでに学んだ情報として、同じ神を信奉しているが宗派の異なる勢力がいくつも存在するということを知った。――それ自体はフェイの世界での宗教にもままある話だが。

 その中でも最大手といえる、カトリックとプロテスタントそれぞれが人員を出し合っているようだ。

 紫藤イリナがゼノヴィアに視線を向け、頷いた後に話を切り出す。

 

「先日、カトリック教会本部ヴァチカン及び、プロテスタント側、正教会側で保管、管理されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」

 

 事務的な紫藤の説明に驚く一同。また、フェイはエクスカリバーという単語に不安を覚える。まさに木場と因縁の深い聖剣ではないか。

 案の定木場は紫藤達を睨み付けている。

 しかし、先ほどのリアスとの話が功を奏したのかフェイが危惧した程には感情に支配されてはいないようだ。

 兵藤はフェイとはまた別の疑問を呈しているようだ。あの顔は――

 

「聖剣エクスカリバーそのものは現存していないわ」

 

 兵藤が口に出す前にリアスが答える。

 

「ゴメンなさいね、私の下僕に悪魔になりたての子がいるから、エクスカリバーの説明込みで話を進めてもいいかしら?」

 

 続けてリアスが紫藤に申し出る。兵藤のみならず、言外にこの世界の裏の事情に明るくないフェイやアーシアも含めているのだろう。フェイはリアスに感謝の念を抱く。

 紫藤もその申し出に頷いて兵藤に説明を行う。

 

「イッセーくん、エクスカリバーは大昔の戦争で折れたの」

 

 ――唯一無二の聖剣であったエクスカリバーは大昔の戦争で四散した。

 しかし、教会の勢力はその破片を集め、それらの破片を核として錬金術であらたな聖剣を創り上げた。

 七本創られた聖剣は教会勢力の各宗派で管理されるようになった。

 そのうちの一降りがカトリック教会が管理し、現在ゼノヴィアが所持している『破壊の聖剣』(エクスカリバー・デストラクション)

 その長剣は普段は魔術装飾の施された布によって封印されており、扱いが危険な事を伺わせる。

 そして――。

 紫藤が、懐から長い紐状の束を取り出す。

 その紐は自ずから動き出し形を変えていき、ついにはカタナに似た片手半剣(日本刀)へと化した。

 

「私の方は『擬態の聖剣』(エクスカリバー・ミミック)。こんな風にカタチを自在に出来るから持ち運びにすっごく便利なの。このようにエクスカリバーはそれぞれ特殊な力を有しているわ。こちらはプロテスタント側が管理しているわ」

 

 紫藤が自慢げに言う。『破壊の聖剣』も『擬態の聖剣』も恐らくこの世界の悪魔にとっては脅威なのだろう。

 フェイの持つ聖遺物である『白金竜の籠手』がデヴィル程にはこの世界の悪魔に対する力を持っていない事を考えると、逆もまた然りなのだろうが。

 

「イリナ……悪魔にわざわざエクスカリバーの能力を喋る必要もないだろう」

「あら、ゼノヴィア。いくら悪魔だからといっても信頼関係を築かなければ、この場では仕方ないでしょう? それに私の剣の能力を知られた所で、この悪魔の皆さんに後れを取る事なんてないわ」

 

 自信満々に紫藤が言うが、信頼関係を築きに来たのならば後半部分は身内のみで言った方が良かったのではないのだろうか。フェイが内心で突っ込むと、小猫がフェイを見上げて同意とばかりに親指を立てた。

 

「……それで、奪われたエクスカリバーがどうしてこんな極東の国の地方都市に関係があるのかしら?」

 

 紫藤の言動を一顧だにせず、リアスが訊ねる。その問いに答えたのはゼノヴィアだった。

 

「カトリック教会の本部に残っているエクスカリバーは私のを含めて二本だった。プロテスタント、正教会も同様に二本ずつ。残る一本は神、堕天使、悪魔の三つ巴の戦争の折に行方不明。そのうち各陣営にあるエクスカリバーが一本ずつ奪われた。奪った連中は日本に逃れ、この地に持ち込んだって話さ」

 

 リアスはそれを聞いて額に手を当てながら溜息をつく。

 

「私の縄張りは出来事は豊富ね。それでエクスカリバーを奪ったのは何者か判明しているの?」

「奪ったのは『神の子を見張る者(グリゴリ)』だよ。奪った主な連中も把握している、グリゴリの幹部コカビエルだ」

 

 問いに対するゼノヴィアの言葉に、リアスは目を見開く。

 

「堕天使の組織に聖剣を奪われたの? 失態どころではないわね。……それにしてもコカビエルね。古の戦いより生き残る堕天使の幹部。聖書にも記された者の名前が出るとはね」

 

 そう言ってリアスは苦笑する。

 

「私たちも先日よりこの街に神父――エクソシストを秘密裏に潜り込ませていたがことごとく始末されている。私たちの依頼――いや、注文とは私たちと堕天使のエクスカリバー争奪の戦いにこの街に巣食う悪魔が一切介入してこないこと――つまり、そちらに今回の事件に関わるなと言いに来た」

 

 リアスはゼノヴィアの物言いに明らかに気分を害したように眉をつり上げる。

 フェイが口を開いたのはその時だった。

 

「なぁ、ひとつ聞いてもいいかな?」

「なんだお前は――悪魔ではないものがなぜこの場にいる?」

 

 フェイの問いに胡散臭げにフェイを見るゼノヴィア。

 

「俺はフェイ。あんたらの言うところの異なる神を信じる『異教徒』って奴でリアス・グレモリーとは協力関係にある、それで質問いいかな?」

「ちっ、異教徒だと? 質問とはなんだ?」

 

 フェイの自己紹介に舌打ちを持って応じるゼノヴィア。そこにフェイが質問を続けた。

 

「アンタ達は随分と偉そうに押しつけてきたがな。――少なくともお願いしに来た態度ではないよな? それに対して断る。こちらでエクスカリバーは破壊するので戦力をこの街に送り込むのは敵対行為と見做す、と返答した場合はどうするのか聞きたい」

 

 それを聞いたゼノヴィアから殺気が溢れ出る。しかしそれを紫藤が押しとどめる。

 

「言い方が悪かったのは謝るわ。私たちとしては悪魔が堕天使と協調して貰いたくないだけ。こちらの戦力は私たち二人だけだからそこは大目に見て貰えると助かるのだけど」

「二人だけで堕天使の幹部からエクスカリバーを奪還するの? 無謀ね、死ぬつもり?」

 

 紫藤の言葉にリアスが呆れたように問いかける。

 その問いに紫藤もゼノヴィアも決意の眼差しで答える。

 

「そうよ」

「私もイリナと同意見だが、できる限り死にたくはないな」

「――っ! 死ぬ覚悟で日本に来たというの? 相変わらずあなた達の信仰は常軌を逸しているのね」

 

 フェイはリアスの言葉を複雑な気持ちで聞いていた。殉教という精神はフェイ自身にもある。

 バハムートの信仰は守護者の信仰でもあり、信仰の為というよりもその結果として人々を護る為ならば命を賭した戦いに臨むこともあるのだ。

 

「我々の信仰をバカにしないで頂戴、リアス・グレモリー。ねえ、ゼノヴィア」

「まあね。それに教会は堕天使に利用される位なら、エクスカリバーが全て消滅しても構わないと決定した。私たちの役目は最低でもエクスカリバーを堕天使の手から無くすことだ。その為ならば死んでも構わない。無論、ただで死ぬ気もないけどね」

 

 そう言ってゼノヴィアは不敵に笑う。

 

「たいした自信ね、秘密兵器でもあるのかしら?」

「ご想像にお任せするよ」

 

 そう言った後リアスとゼノヴィアが見合ったところで再びフェイが声をかける。

 

「もう一つ聞かせてくれ。彼女――アーシア・アルジェントを知っているか?」

 

 その問いを発したフェイ以外の誰もが息を呑んだ。名前を挙げられたアーシアも含めて。

 

「――兵藤一誠の家で出会った時もしやと思ったが……やはり『魔女』アーシア・アルジェントだったか」

 

 ゼノヴィアの言葉にアーシアがビクリと肩を震わせる。

 

「あなたが一時期内部で噂になっていた『魔女』になった元『聖女』さん? 悪魔や堕天使をも癒やす能力を持っていたらしいわね? 追放され、どこかに流れたとは聞いていたけど、悪魔と一緒に居るとは思わなかったわ」

「あ……あの、私は……」

 

 いきなり俎上に載せられ戸惑うアーシア。

 

「安心して。ここで見たことは上には伝えないから。『聖女』アーシアの周囲にいた方々が現状を知ってもショックを受けるだけでしょうしね」

「…………」

 

 紫藤の言葉に色々な感情が入り交じった表情でアーシアは押し黙った。

 

「それにしても、『聖女』と呼ばれていた者が堕ちたものだな。悪魔にはなっていないようだが、まだ我らの神を信じているか?」

「ゼノヴィア、悪魔と一緒に行動するような者が主を信仰しているはずがないでしょう?」

 

 呆れたように紫藤はゼノヴィアを窘める。ゼノヴィアはそれに対し目を細めて答えた。

 

「いや、その子から信仰の匂い――香りがする。抽象的かもしれんが私はそういうのに敏感でね。背信行為をする者でも罪の意識を感じながら、信仰心を忘れない者がいる。その子からはそれと同じモノを感じる」

 

 ゼノヴィアの言葉に紫藤が興味を示してアーシアをまじまじと見る。

 

「そうなの? アーシアさんは教会を出たその身でも主を信じているのかしら?」

「――っ。私は信仰を捨ててはいません! 今のこの境遇は主の下さった試練だと思っています」

 

 紫藤の言葉に、アーシアは真剣に訴え出る。しかしゼノヴィアがそれを聞き、布に包まれた聖剣をアーシアに突き出す。

 

「そうか、それならば今すぐ私たちに斬られると良い。悪魔と行動を共にする罪深き行いも我らの神ならば慈悲の手を差し伸べてくれるはずだ。神の名の下に――」

「くだらん」

 

 ゼノヴィアの宣言に横から口を出したのはフェイだった。

 

「なんだと? 貴様今なんといった?」

「くだらんからくだらんと言ったのだ。背信行為を行った? 傷ついた者を癒やすことが背信なのか。悪魔にすら分け隔てなく慈悲と愛情を注ぐのが背信なのか。彼女がいつ『聖女』となることを望んだ。勝手に『聖女』と祭り上げ、都合が悪くなれば『魔女』と切り捨てる。お前達などよりもよほどアーシア先輩の方が慈愛に満ちた振る舞いをしているがね」

 

 問い返すゼノヴィアにフェイは言葉を叩き付ける。

 

「異教徒め、我らが神を愚弄するか!?」

「神を愚弄しているのは、させているのはお前達だ。――信仰において神は神であるから尊ばれるのではない。神の啓示を受けた司祭や信徒の振る舞いが正しいからこそ、その啓示をもたらした神が尊ばれるのだ。神職者もまた然り。神が善き神と尊ばれるのか、悪しき神と怖れられるのかは、信徒であるお前の振る舞い次第と心得よ。これは俺が師から賜った言葉だが、お前達でも同様だろう。お前達の神の評判はお前達次第なんだよ」

 

 ゼノヴィアは激高してフェイに詰め寄るが、そのままフェイは言葉を紡ぐ。

 もっともこの世界の神とは違って、フェイの世界の神は直接介入して来かねないがそこは黙っておく。

 

「俺も異教徒とはいえ信仰者だ。信仰そのものを否定する事は決してない。だが、信仰に慮って心なき行いを見過ごす事も決してない。仲間に手を出すというのなら、口も手も出させてもらう」

 

 フェイはそれだけ言うとリアスに向き直って宣言する。

 

「今の会話でハッキリとしました。俺はリアス部長の判断に関わらず、この街に入ったエクスカリバーの破壊へと動きます。それと部長の判断次第では木場先輩を借りることになりますがいいですよね?」

 

 その言葉と共にフェイが木場を見ると、木場も苦笑しながら頷いた。

 

「キミから言われるとは思わなかったけど、それは僕からもお願いしたいね」

「待ちなさい、二人とも」

 

 リアスが慌てて二人を止める。

 

「まだ私がどうするとも言っていないでしょう? 祐斗はさっき私が言った言葉を忘れていないわよね? それと貴方が行動を起こせと言ったんじゃないの、フェイ」

 

 リアスが呆れたように木場とフェイに声をかけると、改めて紫藤とゼノヴィアに宣言する。

 

「お聞きの通りよ。グレモリー眷属、及び協力者はこの街のエクスカリバーの破壊を行います。教会の上は消滅させても良いという判断ですもの、止めはしないわよね? あなた達の活動は認めるし、協力するかどうかも任せます。ただ私たちも動く、それだけはこの場で告げておきます」

 

 リアスの言葉にあっけにとられたようなゼノヴィア。

 

「聖剣エクスカリバー相手にあなた達悪魔がどうにか出来ると思っているの?」

 

 心底驚いたように訊ねる紫藤にフェイが不敵に笑って答える。

 

「なら、試してみるか?」




聖遺物(D&D)はD&Dの設定的に考えると悪魔にも効いてもおかしくはないんですが、そこは多少ヤラカシも入ってます。
まあこの世界の悪魔が悪属性とは限らないよね!
あと場面が長くなり過ぎて一誠の出番にしわ寄せが。

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4話

 球技大会で野球を練習した空き地にて、フェイは紫藤、ゼノヴィアと対峙している。

 二人は体を覆っていた白いローブを脱ぎ、戦闘用の衣装を露わにしていた。

 

「コチラは二人居るが、どちらとやるんだい? それとももう一人追加するか?」

 

 余裕の表情でゼノヴィアが訊く。そこに木場がフェイの隣に進み出た。

 

「それなら、僕が相手になろうか」

「……キミは?」

 

 剣を携え殺気が滲み出る木場にゼノヴィアが問いかける。

 

「キミ達の先輩だよ。――失敗だったそうだけどね」

「『先輩』ね……。リアス・グレモリーの眷属の力も試してみたかったんだ、私の相手はキミでいいかな?」

 

 木場の言葉にゼノヴィアが思案し、提案する。木場もそれに頷いた。

 

「じゃあ、私の相手は異教徒のあなた――確かフェイくんでしたね。ああ、主よ! 邪教を信じる者との対峙にて主は何を教えてくださろうというのかしら! 久しぶりに帰ってきた故郷の地で! 懐かしのお友達は悪魔と成り果てていた過酷な運命! その仲間には『魔女』や異教徒までたむろしてる! ああ、時の流れはなんて残酷なのかしら! でも、それを乗り越えることで私は一歩、また一歩と真の信仰に進めるはずなのよ! さあ、フェイくん! 私がこのエクスカリバーで主の愛を刻みつけてあげます! アーメン!」

 

 紫藤が涙ながらに捲し立てて日本刀と化した聖剣の切っ先をフェイに向ける。

 言われた当のフェイは困惑して兵藤を見るも、兵藤もわけがわからないとばかりに頭を振った。

 リアスと姫島、そして同席していたシトリーが苦笑しながら、戦場となる広場に対して外界に影響を与えないよう結界を張る。

 

「それでは、始め!」

 

 リアスの合図と共に、木場が魔剣を創り出し、フェイもまた『白金竜の籠手』を顕現させる。

 

「……! 聖遺物の気配!? いや、それとは少し違うか。しかし見覚えのない神器だが」

 

 フェイの籠手を見たゼノヴィアが呟く。

 

「元は我が神の聖遺物であり、ここにおいて神器と成ってしまったモノだ。ある意味では新しい神器かもな」

「神器と成ったとは異な事を言う。異教の神の聖遺物が神器になるなどあるはずもない!」

「別に神器に拘る気もないから、神器じゃないならそれでもいいけどな」

 

 ゼノヴィアに対するフェイの言葉に、ゼノヴィアは言葉を荒げて切り捨てるが、フェイはどこ吹く風という態度で返す。

 

「フェイ君だけに気を取られていると、怪我では済まなくなるよ!」

 

 その横合いから木場が斬りかかり、魔剣と聖剣が鎬を削る。

 

「『魔剣創造』――か。『魔女』の持つ『聖母の微笑』を含めて我々からは異端視されている神器だ。悪魔になったのも必然かもな」

「僕の力は無念の中で殺されていった同志の恨みが生み出したものでもある! 聖剣の為に数々の犠牲を生み出しながらも平然と聖人面で聖剣を振るっているキミ達に言われる筋合いはない!」

 

 ゼノヴィアの言葉に、木場は激しい言葉で返す。その眼は憎しみを宿しつつも、冷静さを残していた。

 今ならば暴走する事もないだろう。そうフェイが考えていると紫藤が斬りかかってきた。

 

「フェイくん、こちらもいくよ!」

 

 振り下ろされる聖剣の腹を殴って軌道を逸らす。フェイは以前の『レーティングゲーム』の時のように、武器破壊を狙ってその聖剣を殴りつけていた。

 数度の攻防でその目論見は成功して、紫藤の持つ聖剣が音を立てて半ばから折れる。しかし――

 

「甘い! 私の『擬態の聖剣』は変幻自在よ!」

 

 すぐさま折れた刀身同士が融合し元の形を取り戻してしまう。

 この機会に一本でも折っておければ良かったが、聖剣の破壊には手間がかかりそうだ。あとは切り札とも言える『分解』が通用するか否か。フェイはそんな感想を持ちながら紫藤の持つ聖剣の変化を見届けていた。

 

 フェイと紫藤の戦いの横で、木場は二振りの魔剣を創り出していた。二刀の構え。やはり木場はレンジャーと同様の修練を積んでいるとフェイは確信する。

 

「燃え尽きろ! そして凍り付け! 『炎燃剣』(フレア・ブランド)! 『氷空剣』(フリーズ・ミスト)!」

 

 業火の魔剣、そして霧氷の魔剣。二振りの魔剣を振るい、神速の動きで連撃を放つ木場。

 

「『騎士』の軽やかな動き、そして炎と氷の魔剣か。だがまだ――」

 

 ゼノヴィアは無数の斬撃を最小限の動きで躱し、受け流す。

 

「甘い!」

 

 反撃でゼノヴィアが聖剣を一撃振るうと、それを受けた木場の二振りの魔剣が粉々に砕け散る。

 

「――っ!」

 

 一撃で魔剣を破壊され木場は絶句する。

 

「我が剣は破壊の権化。我が一撃は無敵なり。我が剣に適う者なし!」

 

 ゼノヴィアが聖剣を天に翳したかと思うと、そのまま地面に振り下ろす。

 轟音を立て、地響きと土煙が巻き起こる。

 風が土煙を流し去った時、そこにあったのは大きなクレーターだった。

 

「これが私のエクスカリバーだ。有象無象の全てを破壊する『破壊の聖剣』の名は伊達じゃない」

 

 木場はその光景を見て苦笑する。

 

「……真のエクスカリバーでなくてもこの破壊力。七本全部消滅させるのは至難の道――たしかに一人じゃ無理だったかもね」

 

 木場はそう呟いた後に続ける。

 

「だけど有り難いことに協力してくれる主や仲間がいる。彼らに無様な姿は見せられないんだ」

 

 木場は再び二刀の魔剣を創りだす。その刀身はやや短く――

 

「ちっ、投擲を混ぜてくるか、厄介なっ」

 

 『騎士』の特性である速度を最大限利用し、相手を動かす(・・・)為の投擲を織り交ぜた攪乱。

 木場らしい戦術的な動きが発揮されている。あちらは問題ないか。

 紫藤はといえば服についた土を払いながら悪態をついていた。

 

「もう! ゼノヴィアったら、突然地面を壊すんだもの! 土だらけよ!」

 

 フェイは素早く紫藤に接近し足払いを仕掛けるが、バックステップで躱される。

 応戦とばかりに振り下ろされた聖剣をやはり殴りつけようとするフェイ。

 だが、その刀身は突然ぐにゃりと形を変える。紫藤が『擬態の聖剣』の能力で変形させたのだ。

 

「毎度同じような攻撃が通用すると――ッ!?」

 

 紫藤はこれで武器破壊攻撃を空振りさせてその隙をつく心算だったが、フェイの攻撃もまたフェイントだった。

 拳は本来の聖剣を殴る寸前で止められ、本命の一撃を紫藤に繰り出す。

 速かったのはフェイだった。

 

「ぐっ」

 

 拳が直撃をして後ずさる紫藤。そのまま反撃に移ろうとするが、めまいを感じてそのまま立ちすくむ。

 その隙にフェイの追撃を貰い、今度は明らかに体が重くなっていくのを感じる。

 

「――これはっ!! 一体何をッ!?」

「こちらは相手にわざわざ種明かしする程人が良くも、相手を舐めてもいないのでね」

 

 問いかける紫藤だったが、あっさりとはねのけるフェイ。

 実際にはめまい光線(レイ・オヴ・ディジネス)や、うすのろ光線(レイ・オヴ・クラムジネス)の呪文を『光線拳』で直接拳に込めて叩き込んだ為である。

 当たってしまえば十全に効果を発揮するが、躱されたら終わりの光線呪文を直接拳に込め、当たるまで繰り返せるフェイの『光線拳』は、元の世界でもこの場でも猛威を振るっていた。

 そして、本来の動きを封じられた紫藤はついには聖剣を蹴り飛ばされて手から離される。

 

「勝負あり、でいいか?」

「……不本意だけれど仕方ないわ。これは呪いかなにかの類いかしら。アーシア・アルジェントよりもキミの方がよっぽど危険な『魔女』(ウィッチ)ね」

 

 当たらずとも遠からずではある。キリスト教における『魔女』は男性も含まれるらしいが、本来はフェイ達ソーサラーのように魔術の素質を持った者を指すのだろう。特にソーサラーは竜か悪魔(デヴィル)の血を引いていなければ目覚めないと言われているのだから。

 時を同じくして木場とゼノヴィアも勝負が着いたようだ。

 

「いくら破壊力があろうと、当たらなければどうということはない」

「……私の負けだ」

 

 ゼノヴィアの一撃をかいくぐり、ゼノヴィアの喉元に魔剣を突きつけた木場の姿があった。

 

 ◇◇◇

 

「先ほども言った通り、あなた達の活動を妨害はしませんが、私たちも手出しを行うわ。ああ、協力したければ申し出ても構わないわよ?」

 

 フェイ達二人が勝利したことに機嫌良く語るリアス。

 それとは対象的に悔しげに俯く紫藤とゼノヴィア。

 

「ああ……、最低限エクスカリバーが破壊されるのであれば仕方ない」

 

 ゼノヴィアがそう言った後、木場の方を向く。

 

「『先輩』と言ったな……『聖剣計画』の被験者で処分を免れたものが居るかもしれないと聞いてはいたが、まさかキミか?」

 

 ゼノヴィアのその言葉に紫藤が驚き、木場は静かに頷いた。

 

「……ならば、エクスカリバーや教会に恨みを持っているのもおかしくはない、か」

 

 木場を見たゼノヴィアは嘆息する。

 

「でもあの計画のおかげで聖剣使いの研究は飛躍的に伸びたわ。だからこそ、私やゼノヴィアみたいな聖剣と呼応出来る使い手が誕生したの」

「だからといって、計画失敗と断じて被験者のほぼ全員を始末するのが許されると思っているのか?」

 

 言い訳がましく語る紫藤を睨み付ける木場。紫藤も反論の言葉に窮している。

 

「その事件は私たちの中でも最大級に嫌悪されたものだ。処分を決定した当時の計画責任者は、信仰に問題があるとして異端認定され、教会を追放された。今では堕天使側にいるらしいがね」

「堕天使側に? その者の名は?」

 

 ゼノヴィアの語る内容に木場が興味を示して訊ねる。

 

「――バルパー・ガリレイ。『皆殺しの大司教』と呼ばれた男だ」

 

 木場がその名を聞くと、しばし瞑目してから口を開いた。

 

「今回はそいつが裏に居るかもしれないね。――昨日、エクスカリバーを持った者に襲撃されたよ。その際にそちら側の者と思われる神父を一人殺害していた」

 

 木場の言葉にその場にいた全員が驚く。

 

「すみません、部長。来客がなければあの後報告するつもりだったんですが」

 

 報告が後れた事をリアスに木場が謝罪した。

 

「いいのよ、祐斗。それでそいつは何者かはわかるの?」

 

 リアスが驚きながらも頷いて先を促すと、木場は紫藤とゼノヴィアに向き直って訊ねる。

 

「相手はフリード・セルゼン、この名に覚えは?」

 

 木場の言葉に紫藤とゼノヴィアが共に眼を細める。フェイもまた聞き覚えのある名だった。

 堕天使レイナーレの下で動いていた悪魔祓いがたしかその名だった。

 

「……なるほど、奴が聖剣を」

「フリード・セルゼン。元ヴァチカン法王庁直属のエクソシスト。僅か十三歳でエクソシストになった天才で悪魔や魔獣を次々と滅していく功績は大きかったわ」

「だが、奴はやりすぎたんだ。同胞すらも手にかけたんだからね。フリードには信仰心などというモノが最初からなく、あったのはバケモノに対する敵対意識と殺意。そして異常なまでの戦闘執着。異端の烙印を押されるのも時間の問題だった」

 

 表情を険しくして語る紫藤とゼノヴィア。

 

「我々の聖剣を奪って同胞を手にかけていたのがあのフリードとはね。処理班が処理しきれなかったツケが私たちにまわってきたか」

 

 ゼノヴィアが忌々しそうに吐き捨てる。

 

「まあいい、情報は有り難く頂いた。上に悪魔と協調していると思われるのも困るので私たちはそろそろお暇させて貰おう」

「じゃあそういうことで。イッセーくん、悪魔として裁いて欲しくなったらいつでも言ってね、アーメン♪」

 

 そう言って紫藤とゼノヴィアは場を離れていった。

 二人の聖職者が立ち去った後に第三者として立ち会っていたシトリーがリアスに告げる。

 

「聖剣の破壊――事情が事情とはいえ大それたことを考えるものね、リアス。ただ、夜の管理を任せているからとグレモリーばかりに負担させるのもシトリーとして見過ごすわけにはいかないわ。サジを協力者兼連絡係として送るけどいいかしら? 本当は椿姫を送りたいところですけれど残念ながら手が離せないのよ」

「――兼監視役かしら。有り難く使わせて貰うわ」

 

 シトリーの言葉にリアスは微笑みながら答えた。

 




感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。


D&D知らない人向けムダ知識

めまい光線(レイ・オヴ・ディジネス)
 命中すると相手をめまい状態にする光線を放つ呪文。
 めまい状態になると、標準アクションか、移動アクションのどちらかしか行えず、全ラウンドアクションを行えなくなる。
 標準アクション:1回の攻撃や、通常の呪文の発動など。
 移動アクション:主に移動や、それと同等の時間を使う行動(物を拾う、扉をあける)
 全ラウンドアクション:全力攻撃(複数回攻撃)や突撃、全ラウンドかかる呪文の発動、二倍移動や疾走など。

うすのろ光線(レイ・オヴ・クラムジネス)
 命中すると相手の敏捷力を大きく減衰させる光線を放つ呪文。
 
光線呪文は当たらなければどうということはないし、光線そらし(レイ・デフレクション)という対抗呪文もあるが、それらを一切無視して無理矢理当てに行く『光線拳』はわりとえぐい。



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5話

 翌日、フェイ達は分散して街で手がかりを捜索していた。

 探査系の占術呪文が使えれば話は早かったのだが、魂に結びついた呪文しか使えないため、習得呪文のレパートリーに限られるソーサラーのフェイは占術系呪文はほぼ体得していなかった。

 また、なまじ占術呪文に長ける師匠と共に旅をしていた為、自身では呪文の巻物(マジック・スクロール)すらも用意していなかったのが悔やまれる。――あったとしても、現状では補充出来ないので気軽には使えないが。

 

「師匠のあの魔術を纏った拳、私にも出来ますか?」

 

 分散の班決めにおいてフェイとの班を強く希望した小猫がフェイに訊ねる。

 

「そうだな……悪魔として魔力は使えるのだから、いずれは可能になるかもしれないが……その前に基礎(モンク)の修練をもっと積まなければな。基礎の修行はまだまだ続けるぞ。それに――っ」

 

 師匠であるフェイと同じ道(魔術の拳士)を進もうと言い出してくる小猫もなかなか可愛いものだ。ただ、小猫には何か他に秘めている力があるのではないか、などとフェイが考えていると脇腹に一撃を貰う。

 

「どうした? レイヴェル」

 

 見ると不満げなもう一人の同行者――やはり強く班入りを希望したレイヴェルが不満げな顔をしていた。

 師匠との会話を邪魔された小猫がムッとした顔をする。

 

「いいえ、なんでもありませんわ。それよりフェイさまの緻密な魔法のコントロールは見習うべきものがありますわね」

「いや、俺の技は主に体術と組み合わせるのに特化した物だからな、レイヴェルが扱うような魔術にはあまり向かない。緻密な呪文の操作(呪文修正特技)であれば、ソーサラーの俺よりも賢者(ウィザード)がより得意なんだが……そんな都合の良い教師はいないしなぁ」

 

 ウィザード――その身に流れる血の力をもって呪文を扱うソーサラーと異なり、秘術の(ことわり)をひたすら学習し、理論によって呪文を発動することを身につけた魔法使い。呪文の構造をだれよりも理解する彼らならば、容易く呪文を望む形に修正して発動出来る。そのような呪文の操作はフェイ達ソーサラーも不可能ではないが、苦手であった。フェイの技は発動した呪文を無理やり気と織り交ぜて拳に纏わせているようなものなのだ。

 

「まあ、俺の教えられる範囲であれば、レイヴェルに向いた魔術の操作もいくらかは教えるが――っ」

 

 フェイは足を踏まれた。見ると隣を歩いていた小猫だった。普段の無表情ながらも不満が見て取れる。

 

「すみません、人を避けようとしてつい」

 

 人を避けたにしては大分勢いよく足を振り下ろして来た気がするが、フェイはそれ以上深く追求しないことにした。こういった時に追及するのはよくないと身をもって知っていた。

 しかし、小猫とレイヴェルが揃うとこのような諍いが多い。仲が悪いのか……と思えばよく二人で行動を共にしているのを見るからわからない。

 女の事はよくわからないな、フェイは内心肩を竦める。

 その様子を籠手の中から感じていたバハムートは思う。

 これまで修行の邪魔という建前のもとに悪い虫(他の女)を寄せ付けなかった為、女心を解さない現在のフェイを作り上げた師匠の罪は重い、と。

 

「フェイさま、あれを……」

 

 そんな事をしているうちに、レイヴェルがある一点を指し示す。

 そこには――。

 

「えー、迷える子羊にお恵みを~」

「どうか、天の父に代わって哀れな私たちにお慈悲をぉぉぉ」

 

 路頭で托鉢を行っている二人の白ローブ。紫藤とゼノヴィアの姿があった。

 彼女らは清貧を旨とする修道僧だったのか、前に会った様子ではとてもそうは思えなかったが。

 

「念の為に聞いておくが、何をやっているんだアンタ達は?」

 

 放っておくのも問題なので、フェイは二人に声をかける。

 

「おお、神の思し召しか!」

「この際異教徒でもなんでもいいわ! どうかお慈悲を!」

 

 フェイに声をかけられると顔を輝かせて反応する二人。

 よくよく話を聞いてみると、紫藤がフェイの目からもあからさまな偽物であろう宗教画を手に入れるために活動資金を全て注ぎ込んでしまい、一日の糧すらもままならなくなってしまったらしい。

 フェイの世界の神官(クレリック)は当たり前の様に水と食料の創造(クリエイト・フード・アンド・ウォーター)や、英雄達の饗宴(ヒーローズ・フィースト)といった呪文で食料を用意出来るが、ここではそうでもないようだ。それとも単純に修練(レベル)が足りないだけなのか。

 試しに食事を奢ろうかと提案したら、アッサリとついてきた。悪魔や異教徒に対する感情よりも食欲を優先したようだ。

 同行していた小猫とレイヴェルはとても不満げではあったが、神の教え以前にフェイの性格として、困窮しているものを無視することは出来ない。

 

 ◇◇◇

 

「うまい! 日本の食事は美味いぞ!」

「うんうん! これよ! これが故郷の味なのよ!」

 

 宗教画の飾られているチェーン店のファミリーレストランで、小猫もかくやというほど勢いよく食事を掻き込んでいく聖職者二人。

 これを日本の食事と言っていいのだろうか、それにしても悪魔でなくともよく食べるな、とフェイは呆れて見ていた。

 

「師匠、お金……大丈夫ですか?」

「ああ、食事代程度なら心配いらんよ」

 

 小猫が心配そうに訊ねてくるが、気にするなと手を振る。そもそも小猫も普段は食事をたかりに来る側だった筈なのだが。

 フェイは金銭的には不自由していない。元の世界では人助けの旅が主で、遺跡探索などはほぼしなかった為、通常の冒険者と比べても資産は少ないほうではある。しかし装備の更新に金をかける必要もなく、本人も清貧とは言わずとも無駄金を使わない性質であり、多少の資産の蓄積はある。

 もっとも余剰な資産を寄付するという行いもあまりせずに貯めていたのは、財宝を貯めこむ本能を持つ真竜(ドラゴン)である師匠の影響も大きい。

 

「ふぅー、落ち着いた。異教徒に救われるとは世も末だな」

 

 一息ついたゼノヴィアが漏らす。

 フェイとしても恩を着せるつもりはないが、奢られておきながらここまで言われるといっそ清々しい。

 

「はふぅー、ご馳走様でした。ああ、主よ。心優しき異教徒達に感謝を」

 

 紫藤はそう言って胸で十字を切る。彼女の祈りによって小猫とレイヴェルが顔をしかめ頭痛を抑えるように頭に手を当てる。

 どうやら聖印を掲げられるに近いダメージを受けたようだ。

 

「あー、ごめんなさい。つい十字を切ってしまったわ。あなたは平気なのね?」

「そりゃ人間だからな」

 

 軽いノリで紫藤が謝ってくる。

 悪魔と行動を共にしては居るが人間であるフェイにはなんのダメージもない。

 

「で、私たちと接触した理由は?」

 

 先ほどとは一転して真顔になった紫藤が切り出してくる。

 

「アンタ達を見つけたのは偶然で、探していたわけでなく、食事を奢ったのも単にみかねただけだ。だが――」

 

 フェイはまず彼女達に対して特に含む所のないことを示す。実際に偶然であったのは事実だ。

 

「食事の恩を、というなら協力する気はないか? 悪魔とではなく、人間である俺個人とで」

「なんだと? ……ふむ」

 

 フェイの提案にゼノヴィアは一蹴せずに少し考え込む。

 

「ちょっと、ゼノヴィア。まさか異教徒と共闘する気?」

 

 そんなゼノヴィアに対して紫藤が咎めるように問いただす。

 

「私としては、アリと思っているよ。正直言えば私たちだけで聖剣三本の回収とコカビエルの戦闘まで行うのは辛いものがある。なにも悪魔と手を組むわけじゃなし、異教徒と言うならば私とイリナも異教徒みたいなものだろう?」

「一言に異教徒と言っても主を信じる者とそうでない者じゃ意味が変わってくるでしょ!」

 

 多神教――というよりも、実際に多数の神が明確に存在することを知るフェイとしては唯一神を信奉するゼノヴィア達の心情を完全に推し量ることはできない。だが明確に敵対しないまでも味方ともいえないような神の信徒との協力すると考えれば紫藤の意見もわからないでもない。

 

「まあイリナの意見ももっともだ。そうだな――」

 

 ゼノヴィアはそういって手帳を取り出すとペンを走らせ、ページを千切ってよこした。

 

「表立って共闘というわけにもいかないが情報交換程度はかまわないだろう? 連絡先は教えておく、何かあったら連絡をくれ」

 

 そのページにはゼノヴィアの携帯番号らしき数字が書かれていた。

 

「わかった。こちらも連絡先は渡しておこう」

「ではそういうことで、食事の礼はいつかしよう」

「食事ありがとうね、フェイくん。また奢ってね! 異教徒でもフェイくんの奢りならアリだと主もお許しくださるはずだわ! そう、ご飯までならOKなのよ!」

 フェイの連絡先を受け取り、ゼノヴィアと相変わらずな調子の紫藤は去っていった。

 

「師匠、なんで協力しようなんていいだしたんですか?」

「そうですわ、あの教会が悪魔と協力するだなんてありえませんわ」

 

 小猫とレイヴェルが口々に不満を漏らす。

 

「まあ、あの姿を見て放っておくわけにもいかなかったしな。それはそれとして考えがなかったわけじゃない。少し疑問に思っていたことがあってね」

「……疑問ですか?」

 

 フェイの言葉に小猫が首を傾げる。

 

「聖剣を奪った堕天使たちは、聖剣三本で足りるのかなってことさ」

「フェイさまは堕天使があの二人を標的にすると言いたいのですか?」

 

 小猫に対するフェイの答えにレイヴェルが確認を行い、フェイがそれに頷く。

 

「恐らくは、だけどな。教会がわざわざエクスカリバー使いの二人を派遣したのも、実力だけでなく炙り出す事も含めて決めた……というのは考えすぎかな?」

「フェイさまのお考えはわかりましたが、それでしたらあのまま二人を行かせたのはよろしくなかったのでは?」

「……ああ、だから」

 

 フェイの言葉にさらに質問を重ねるレイヴェルと、納得したように頷く小猫。

 

「小猫さんはなにかご存知なのですか?」

「……焼き鳥姫には関係ないです」

「ぐぬぬ」

「こらこら」

 

 隙あらば険悪な雰囲気をかもし出す二人を軽く小突くと、フェイはレイヴェルに言った。

 

「あの二人が食事している間に、小猫には部長や木場先輩に居場所を連絡しておいて貰ったんだよ。今頃どちらかの班がついているはず」

 

 捜索班はフェイ達一年生組の他、木場、兵藤、匙の二年男子組、リアス、姫島、アーシアの女子組にそれぞれわかれている。フェイがゼノヴィア達を相手にしている間に、小猫に各班のまとめ役に連絡をして貰っていた。

 それを聞いたレイヴェルはなぜ自分に頼らなかったとばかりにフェイを睨んで言う。

 

「抜け目がありませんこと」

「見つけた手がかりは有効に活用しないとな。――しかし、俺もまだまだ未熟だ」

 

 師匠の占術に頼りきりにならず、占術も自分の力として磨いていれば既に堕天使の拠点も暴けていただろうに。

 フェイが反省の想いを口にすると、小猫とレイヴェルは驚愕の表情を浮かべていた。

 




冒険者において相手の居場所や現在の様子まで見通してしまう占術はマジチート。
なお、フェイが占術を磨こうとするとその分戦闘力が落ちるので、役割分担としては本来はこれで良かったのです。

イリナはプロテスタント側ですが、一般のプロテスタントは行わないらしい十字を切る動作、イギリスに渡ったという情報から、英国国教会(英国聖公会)のロウ・チャーチ系かなーと判断してます。

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6話

 ゼノヴィア達が襲われた。――セノヴィア達の監視を担当していた木場から連絡が入り、急行したフェイを待っていたのは傷つき倒れた紫藤の姿だった。

 辛うじて生きてはいる。だが全身傷だらけで瀕死の状態であり、フェイと同じ頃に駆けつけてきたアーシアが必死に神器による手当てを始める。

 

「ゼノヴィア――何が起こった?」

 

 フェイは厳しい顔をして立っているゼノヴィアに尋ねる。ゼノヴィアも紫藤ほどではないが傷を負っていた。

 

「最初はフリード・セルゼン、そしてエクスカリバーの試用も兼ねていたのだろう、バルパー・ガリレイもいた。そちらの木場くん達の加勢もあり――」

 

 一旦言葉を区切り、ゼノヴィアはお前が何かしたのだろうと言いたげにフェイを睨むが、すぐに溜息をついて後を続ける。

 

「いや、やめておこう。助けられたのは事実だしな。――それで加勢により優勢に事を進められたが、その場で逃走を図られて、後を追おうとしたときに不意打ちを貰ったのだ」

 

 ゼノヴィアが悔しそうに洩らす。

 

「紫藤がやられたのは不意打ちでか」

 

 フェイが確認をするとゼノヴィアは頷く。

 

「まさかコカビエル本人が出てくるとはな。――それでまずイリナがやられてしまった。フリードもその時に逆襲に転じて来ていて、なんとかイリナを回収して逃げ延びた……というのが実際の所だ。残念ながらイリナの聖剣は奪われてしまったよ」

「命を拾っただけでも良しとすべきだな、生きてさえいれば反撃は可能だ」

 

 敗戦の状況を淡々と述べるゼノヴィアに、フェイはそう声をかけながら紫藤の様子を見に行く。

 紫藤はアーシアの治療により表面の傷は塞がりつつある。だがまだまだ安静が必要なようだ。

 

「そうだ……な」

 

 かみ締めるように頷くゼノヴィア。そんなゼノヴィアと同様に浅手の傷を負っている木場がリアスに報告する。

 

「部長、コカビエルが伝言を残していきました。――『俺達はまた三勢力入り混じった戦争を始める。手始めにお前の主の縄張りたる駒王学園を中心として暴れさせてもらう。止められるものなら来るがいい』だそうです」

「――っ! 舐められたものねっ!」

 

 あからさまな挑発。――だが無視することは出来ない。

 木場が伝えるコカビエルの言葉に、リアスが静かに怒りを見せる。

 

「匙くん、ソーナにはこのことは?」

「報告済みっす。会長達は学園の結界を強化するそうです」

 

 リアスが匙に尋ねると、匙が真剣な表情で答える。

 学園の結界の強化、つまりは学園外へ被害を出さないようにする為の結界。

 シトリー達も学園が戦場になることは覚悟の上の事。

 

「部長、魔王様に増援を要請しますわよ」

「朱乃、その必要はないわ!」

 

 姫島の言葉を突っぱねるリアス。しかし、姫島が珍しく怒りをみせて詰め寄る。

 

「リアス、あなたがサーゼクス様にご迷惑をおかけしたくないのはわかるわ。あの御家騒動の後で、あなたの根城で起こっていることですものね。けれど、堕天使の幹部が来たなら話は別よ。あなた個人で解決出来るというの?」

「――やってみせるわよ」

 

 姫島の説得になおもリアスは抗弁をする。

 

「部長、あなたのプライドとこの街とどちらが大事なんですか? 俺はコカビエル本人と直接対峙していないから強さはわかりません。ですが、負けたらこの街――いや、世界を巻き込む戦争の火種となりかねないのでしょう? 確実に勝てる根拠があるならともかく、勝負がわからない状態で増援(バックアップ)が用意できるのにしないというのなら、管理者であるあなたの怠慢ですよ」

「……」

「要請、いたしますわ。ありがとう、フェイくん」

 

 幾多の戦いを経験したフェイの言葉に黙り込むリアス。

 コカビエルはこの街を中心として暴れるといっていた、放置したら被害は多少では済まないだろう。

 増援の望めない背水の戦いもあるが、今はその時ではない。

 姫島はフェイに礼を言い、魔王側――おそらくグレイフィアへと連絡を取り始めた。

 

「……それでは学園に急ぐわよ」

 

 結局兄である魔王に頼る事になってしまった為か、悔しげなリアスがそう皆に告げると、横から声がかかる。

 

「まって、私も連れて行って……」

 

 アーシアに治療されていた紫藤が呻く様に言った。アーシアの神器により大方の傷は塞がっている、しかし到底戦場に立てる様子ではない。

 

「イリナ、気持ちはわかるがその様子では無理だ。聖剣も奪われてしまっただろう?」

 

 ゼノヴィアが諭すように言う。フェイはしばし思案した後、レイヴェルを見た。

 

「アレはわが家の収入源と言える程高価なのですわよ?」

「それ位なら俺が出すから頼む」

 

 半目でフェイを睨むレイヴェルに対し、頼み込むフェイ。レイヴェルは溜息をついて答えた。

 

「フェイさまなら普通に出せそうですから嫌になりますわね」

 

 出せなければ色々と条件を付けられたものを、とブツブツと呟きながらレイヴェルは小瓶を取り出し、イリナに振り掛ける。

 

「――! 傷が治って体力まで戻ってきた!」

 

 紫藤が勢い良く立ち上がる。

 

「――フェニックスの涙。いかなる傷も体力も癒すフェニックス家の霊薬ですわ。感謝するなら教会の人間にも慈悲を示したフェイさまにすることね」

 

 なお不満げに言うレイヴェルだったがフェイが感謝とばかりに頭をなでると顔を紅潮させてあさっての方を向く。

 その顔がにやけているのを小猫は見逃さなかった。

 

「……覚えてなさい、焼き鳥姫」

 

 何度目とも数え切れない小競り合いがまた勃発した。

 そんなささやかな争いを横目に見ながらゼノヴィアがフェイに感謝を述べ、紫藤に向き直る。

 

「イリナを助けてくれて有難い――だが、聖剣もないのでは足手まといになるだけだろう? 大人しく待っていたらどうだ?」

「ゼノヴィアにはアレ(・・)があるんだからエクスカリバー貸しなさいよ!」

「バカっ! アレ(・・)の事を軽々しく言う奴があるか!」

 

 ゼノヴィアと紫藤は言い争いを始める。恐らくはゼノヴィアが誤魔化した秘密兵器に関わる話だろう。

 フェイはその二人の争いを仲裁するように声をかける。

 

「武器ならないこともない」

 

 フェイは背負い袋から一振りの長剣を抜き出した。ゼノヴィア達は明らかに背負い袋に入らない長さの剣が抜き出された事に驚きの表情を見せる。

 フェイが抜き出した十字を象った鍔を持った長剣は多少の魔力を秘めてはいるがそれだけだった。

 

「――その剣は?」

 

 ゼノヴィアの問いには答えず、フェイは長剣を紫藤に差し出す。

 

「この剣を持ってみてくれ」

 

 ただそれだけを言うフェイに対し、武器を失っていた紫藤は黙ってその剣の柄を掴み取る。

 すると紫藤の掴んだ長剣から凄まじい聖性と魔力が溢れ出し、輝きを放ち始めた。

 

『降魔の聖剣』(ホーリィ・アヴェンジャー)、聖剣の適正なども関係なく、仕える神も関係なく、ただただ善に仕える信仰深き聖戦士(パラディン)の手でのみ真の力を発揮する聖剣だ」

 

 フェイは感慨深げに言う。『降魔の聖剣』はフェイが前の世界で偶然入手したものだ。フェイ自身に扱うことは出来ず、さりとて簡単に換金が出来ないほど貴重な一振り。加えてフェイはそれほど金銭を求めていなかった為、必要とするものが現れるまで所持しておくことにした品だった。

 特定の神に関わる聖遺物ではないため、この世界のパラディンでも扱えるようなのが救いだった。

 ――そもそも紫藤の言動からパラディンではないかと疑ったフェイの直感も正しかったと言える。

 

「こんな凄いものを戴けるなんて――」

「堕天使を倒すまで貸すだけだ」

 

 どさくさに紛れて頂戴しようとする紫藤にフェイが釘を刺す。

 

「この『降魔の聖剣』は所有者を敵の魔術からある程度守り、また場にかかっている魔術を打ち消す力(範囲型グレーター・ディスペル・マジック)も持っている。その効果がどれだけ強力かは使い手の力量に関わってくるが」

 

 精々有効に使ってくれ。紫藤にはそう言いおいてフェイはリアスに移動を促す。

 当のリアスはフェイをジト目で見ていた。

 

「あなたからは次々にとんでもないものが出てくるわね。まだ何か隠していることはないかしら?」

「さて、ね」

 

 リアスの言葉に、フェイはとぼけるように肩を竦めた。

 




レイヴェルの参加が早まった影響で、イリナが即復活しました。
勿論この復活にも今後の展開的な意味はあります。

『降魔の聖剣』(ホーリィ・アヴェンジャー)『太陽剣』(サン・ブレード)か迷いましたが、やっぱ聖剣だよねということでパラディン垂涎の『降魔の聖剣』に。

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。

D&D知らない人向けムダ知識

聖戦士(パラディン)

 基本職のひとつ。
 善を成すための慈悲の心、秩序を守る強い意志、悪を討ち負かす力を備えた信仰の戦士。
 ただし特定の神に帰依する必要はなく、正しき道に専心していればそれで良いとされる。――勿論各寺院でもパラディンの帰依は歓迎されるが。
 また、パラディンたれという神の声を聞かなければパラディンになることもないある意味電波――ゲフンゲフン。
 その辺を含めてイリナにはあっているかなと思いました。
 

『降魔の聖剣』(ホーリィ・アヴェンジャー)
 妖精が嫌うとされる冷たい鉄で作られた長剣。
 普通の戦士が持つと+2冷たい鉄製ロングソードだが、パラディンが握ると+5ホーリィ冷たい鉄製ロングソードへと変化する。
 また使用者と隣接する者に呪文抵抗能力を与え、1ラウンドに1回標準アクションとして範囲型上級魔法解呪(グレーター・ディスペル・マジック)を使用できる。
 その際の呪文抵抗や魔法解呪の強度はパラディンレベルに依存する。
 なお魔法の武器の強化段階は通常+5が最高。

『太陽剣』(サン・ブレード)
 外見や威力はバスタード・ソードだが、重量や扱いやすさはショート・ソードと同様の輝く黄金の剣。
 バスタード・ソードとしても、ショート・ソードとしても扱える。
 通常は+2バスタード・ソードだが、悪のクリーチャーに対しては+4バスタード・ソードとして働き、さらにアンデッドには2倍のダメージを与える。
 また頭上に掲げて打ち振るうことで、上空に小さな太陽光を放つ球体を作り出すことが出来る。当然、太陽光に弱いクリーチャーはそれでダメージを負う。
 


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7話

 駒王学園を目と鼻の先にした公園。そこでシトリーはリアスたちを待ち受けていた。

 シトリー以外の眷属は学園の周囲で結界の維持に努めているという。匙もまたその応援へと向かった。

 

「この結果は被害を最小限に食い止めるためのものです。正直に言って、コカビエルが本気を出せば、学園はおろかこの街そのものが崩壊します。更に言えば、すでにコカビエルはその準備に入っている模様です。校庭で力を解放しつつあるコカビエルの姿を私の下僕が捉えています」

 

 シトリーは淡々と状況を説明する。

 

「攻撃を少しでも抑えるために、私と眷属はそれぞれの位置について結界の維持に専念します。――学園が傷つくのは耐え難いものですが、堕天使の幹部を相手取る以上、覚悟しなければならないでしょうね」

 

 そう言うとシトリーはコカビエルが居るであろう学園の方を睨みつける。

 

「ありがとう、ソーナ。後は私達がなんとかするわ――少なくともお兄様には増援を要請しています」

「――リアス! その決断に感謝するわ。私のお姉さまは増援を要請するにはちょっと……ね」

 

 リアスの言葉に驚きながらも感謝の言葉を述べ、転じて申し訳なさそうな表情を作るシトリー。

 リアスは全てわかっているとばかりに同情の表情を浮かべ、シトリーの肩を叩いた。

 

「朱乃、お兄様の増援が来るまではどれ位かかるの?」

「部長、ソーナ様。サーゼクス様の加勢が到着するのは一時間後だそうですわ」

 

 リアスの確認を受けて姫島が報告する。

 リアスとシトリーはその報告を聞いてそれぞれ頷いた。

 

「わかりました。私達生徒会は一時間の間はシトリー眷属の名にかけて結界を張り続けてみせます」

「皆聞いたわね。私達はオフェンスよ。結界内の学園に飛び込んでコカビエルの注意を引くわ。倒せればそれで良し、無理でも一時間の時間を稼ぐのよ。これは演習(ゲーム)ではなく実戦よ! それでも死ぬことは許さない! 生きて帰ってあの学園に通うわよ、皆!」

『はい!』

 シトリーの決意、リアスの鼓舞を聞いて一同は力強く返事をした。

 

 ◇◇◇

 

 フェイ達は正門から学園へと侵入していく。――フェイの不可視球(インヴィジビリティ・スフィアー)の呪文によって全員が透明化して。

 

「本当に大丈夫なんだろうな、これは?」

「他の連中からは姿が見えなくなっている。それよりもあまり大声はだすなよ、隠すのは姿だけだ」

 

 呪文を受けている者同士は互いの姿が視えている為か、なお疑わしげなゼノヴィアにフェイは念を押す。

 

「それと、あまり俺から離れすぎるな。効果範囲から離れれば姿が見えるようになってしまうからな」

 

 そんなフェイの言葉に好都合と身を寄せ、よりフェイとの距離を縮める小猫とレイヴェルだった。

 フェイとしては正直動き辛くなるだけだったが、戦闘状態に入るまでは半ば諦めていた。

 そうして校庭に差し掛かったときに、異常な光景が現れた。

 校庭の中央に四本の聖剣が神々しい光を放ち中に浮いている。またその聖剣を中心として校庭全体に魔方陣が描かれている。

 また、魔方陣の中には初老の男の姿。

 

「バルパー・ガリレイ……っ」

 

 木場が憎しみを込めて小さくはき捨てる。

 バルパー・ガリレイ――聖剣計画の責任者。今回の聖剣を集めて『何か』を行おうとしているのもこのバルパーでよいのだろう。

 魔方陣が発動している様子はなく、聖剣から少しずつ力が流れている様子から、聖剣に『何か』をする魔方陣ではなく、聖剣の力で発動する魔方陣だとフェイは推察する。

 ならば――その前に潰すのみ。決断したフェイは前準備として周囲の戦力を確認する。

 奥に33フィート(10メートル)を超えるほどの三つ首の魔獣が二体――いや、三体。そして、バルパーのそばには悪魔祓い――フリード・セルゼンが控えている。

 更に上空には宙に浮かせた椅子に腰掛け下界を見下ろす黒い十枚羽根の堕天使――コカビエルの姿があった。

 

「あの魔獣は?」

 

 フェイが小声で確認する。

 

「ケルベロス――地獄の番犬の異名を持つ有名な魔物よ。その首はそれぞれの判断で動き、地獄の業火を吐き出すわ」

「――なるほど」

 

 ならば――とフェイはまず小猫を見る。

 フェイの愛弟子はその意図を察して、一人で一匹を担当できると無言で頷いた。ケルベロスの能力から判断して、今の自分なら優勢に戦えると判断していた。

 フェイは続いてレイヴェルに視線を移す。

 レイヴェルもまた頷く。レイヴェルにとってその首が吐く炎は脅威ですらない。鋭い牙や爪すらも、不死身のフェニックスを滅ぼすには程遠い。倒せるかはともかくとして、負ける筈のない相手だった。

 

「では、小猫、レイヴェル、姫島先輩がそれぞれケルベロスを一体ずつ、部長は遠距離攻撃による三人のフォロー。アーシア先輩は負傷を負ったメンバーの回復。兵藤先輩は手筈通りに――」

 

 事前に決めた手筈通り、兵藤は倍化を譲渡することによる後方支援(バックアップ)

 兵藤の現在可能な譲渡の回数は最大限まで倍化した状態を三度。その後は直接支援に入って貰うことになる。

 バルパーとフリードには木場とゼノヴィアが担当する。

 

「――コカビエルはまず俺で足止めをします。担当が終わり次第加勢に」

 

 最後にフェイは口早にそれだけを伝えながら、集団炎エネルギーへの抵抗力(マス・レジスト・エナジー・ファイア)の呪文による補助を全員にかける。なぜならば――

 

「子鼠どもが潜んできているようだな。いい加減姿を見せたらどうだ?」

 

 コカビエルに気づかれた事に、フェイが気づいたからだ。

 

「では手筈通りにいくわよっ」

 

 リアスの号令と共に全員が一斉に駆け出して、姿を現す。――いや、フェイのみは気付かれているのは承知で姿を隠したまま、飛行(フライ)の呪文を使ってコカビエルに直進する。

 そして最初に行動を起こすのは――紫藤だった。

 イリナが『降魔の聖剣』を頭上高く掲げて叫ぶ。

 

「主よお力をお貸しください。聖剣よ、邪悪な儀式を鎮めたまえ!」

 

 紫藤は『降魔の聖剣』の特性――魔方陣の中心への魔法解呪を祈りによって発動させる。

 生憎と魔方陣の儀式を解呪するには至らなかったが、宙に浮いていた四本の聖剣が次々に地面へと落ちる。

 聖剣に対して行われていた何らかの儀式――魔方陣とは別のものを強制終了させることが出来たようだ。

 

「ばっ、バカなっ!? これは一体!?」

 

 バルパーが困惑して叫びをあげる。

 

「バルパー! どうなっている!?」

 

 見下ろしていた下界に起きた状況にコカビエルも驚き、バルパーに意識をそらした次の瞬間――

 フェイはコカビエルの鼻面に拳を叩き込んだ。

 

「ぐぉぉぉぉっ」

 

 腰掛けていた椅子から盛大に吹き飛ぶコカビエル。

 

「どうした、堕天使。下界の光景は呻くほど眩しかったか?」

 

 そんなコカビエルに、空中に静止するフェイが挑発する。

 

「き、貴様っ人間かっ。こそこそと隠れた人間風情が、俺を直接殴るだとっ!?」

 

 殴られたことよりも、その相手が人間であった事に驚くコカビエル。

 

「どいつもこいつも……人間をあまり舐めるなよ」

 

 フェイはそれに対して獰猛な笑いで答えた。

 元の世界は幻想に溢れていて、それに対抗する人型生物も大勢居た。

 この世界も幻想に溢れている。ならば――対抗出来る人間も居ないはずはない。

 現に人間のままで聖剣を扱う紫藤やゼノヴィアのような者もいる。

 特殊な『神器』を扱うアーシアのような者もいる。

 だからフェイは思う。この世界の幻想は、人間を舐めすぎていると。

 ならばフェイがこの世界に現れた意味は――使命は人間の力をこの世界の幻想に示す事だと、今この時は確信していた。

 




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D&D知らない人向けムダ知識

不可視球(インヴィジビリティ・スフィアー)
 呪文の受け手を中心に半径10フィート(約3メートル)以内のクリーチャー全員を不可視にする場を作り出す。
 ただし音や匂いまでは隠すことは出来ない。
 不可視になったクリーチャーが効果範囲から出るか攻撃を行うと目に見えるようになる。
 効果範囲は受け手と共に移動し、受け手自身が攻撃を行った場合は不可視になった全員が目に見えるようになる。
 呪文が発動した後や一度見えるようになってから効果範囲に入っても不可視にはならない。
 また呪文が作用している者同士はお互いの姿は見える。


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8話

いつもよりやや長め。
ペース配分難しい。


 連続して放たれる火球を小猫は縫うように走りながらかわし、跳躍する。

 まさに火球を放とうとしたケルベロスの中央の頭の顎をアッパー気味に突き上げて無理やり口を閉じさせると、出口を閉ざされた火球が口内で爆発を起こす。

 そのまま空中で体を回転させ顳顬(こめかみ)に回し蹴りを叩き込み、その反動で勢いを付けて右の頭へと襲い掛かる小猫。

 小猫が地上に着地したときには、右の頭が力を失って首を垂れていた。

 僅かな時間で右と中央の頭を殺されたケルベロスは、それでも残る左頭で唸りを上げて小猫を威嚇する。

 小胆な者ならばそれだけで竦みあがりそうな地獄の番犬の威嚇を受けて、小猫はそれでも表情を変えずにケルベロスを見返す。

 

「……この程度の相手に時間をかけていたら、師匠に申し訳が立たないです。――それに」

 

 小猫は隣の戦場を一瞬だけ確認する。焼き鳥姫(レイヴェル)とケルベロスの戦い。

 同じ魔獣を相手取っている彼女(レイヴェル)には負けたくなかった。

 故に小猫は突き進む。目の前の魔獣(ケルベロス)を倒すために。

 

 ――そして、レイヴェルもまた同じ想いを抱えていた。

 ケルベロスの複数の頭から連続して放たれる火球。避ける素振りさえ見せずにレイヴェルはそのまま受ける。

 しかし、微動たりともしない。

 

「温い……この程度の温さで地獄の番犬とは笑わせてくれますわ。――本物の悪魔の炎、喰らわせて差し上げましょう」

 

 レイヴェルの全身から炎が吹き上がり、ケルベロスを包み込んでいく。

 ケルベロスは怯んで後ずさっていくが、炎は逃がすことなくケルベロスを焦がしていく。

 そう、こんな程度の敵にてこずっている様では、到底あの人(・・・)を見返す事など出来やしない。

 ――いや、違う。見返すのではなく、レイヴェルは同じ位置に立ちたいのだ。隣の戦場で拳を振るっているあの猫又(小猫)のように。

 最初はただの人間だと思っていた。不死身のフェニックスが負ける筈がないと。だが、あの時完全に負けた――負けてしまったのだ。その後の赤龍帝と兄との戦闘でも、彼が影で何かをしていたのがレイヴェルには判った。気になっていくばかりだった。

 だから、あの人の隣に立つのだ。誰よりも先に。

 想いで炎がより強く燃え盛る。ケルベロスを燃やし尽くして隣を見たレイヴェルの目に映ったのは、ケルベロスを打ち倒した小猫の姿だった。――勝負はまだ終わらない。

 

 ◇◇◇

 

 儀式を強制的に解除されたバルパーが紫藤に叫ぶ。

 

「おいっ、貴様っ。一体何をしたっ!? その剣は何だっ!? まさか私の見知らぬ聖剣だとでも言うのかっ!」

「これは『降魔の聖剣』よ。私も知らなかったけど、貴方も知らなかったのね。この聖剣は魔術を打ち消す力を秘めているみたいよ? さっきのもソレ」

 

 焦りすら見せるバルパーの叫びに、紫藤はあっけらかんと答えた。

 バルパーはその答えにますますヒートアップする。

 

「バカなっ。そんな未知の聖剣の資質など持っている者がいる筈がないっ!」

「残念! この聖剣は資質など関係ないの! ただ神を愛し、深く信仰する神の戦士であれば誰だって使える! そんな聖剣みたいよ? ああ! 神の愛は深く、そして広いのよ! アーメン!」

「何……だと……!?」

 

 喚くバルパーにフェイが聞いていたら突っ込みどころの満載の言葉を並べる紫藤。

 しかし、その言葉でバルパーは衝撃を受けて押し黙る。

 そのバルパーに向かって進み出る者がいた。――木場だった。

 

「聖剣一本にバカみたいに取り乱して……滑稽だね。――それは僕も同じか。だが、喪われた同志たちは滑稽では終わらせない」

 

 そう自嘲しながら、木場がバルパーに魔剣を突きつける。その瞳に憎悪を宿しながら。

 

「バルパー・ガリレイ。僕は『聖剣計画』の生き残り――いや、実際はあの時死に、悪魔となって生き延びている」

「……あの計画の生き残りか。数奇なものだな、このような極東で顔を合わせることになるとは。縁があるのかもな、くくく」

 

 淡々と告げる木場の言葉を聞き、落ち着きを取り戻したバルパーが薄く笑いながら答えた。

 

「――私はな、聖剣が好きなのだよ。聖剣を愛している――夢に見るほどに。幼少の頃、エクスカリバーの伝記に心を躍らせたからなのだろうな。だからこそ、自分に聖剣使いの適性が無いと知ったときは――絶望だった」

 

 突如バルパーが語りだす。木場は訝しげにそれに耳を傾ける。

 

「自分では使えないからこそ、使えるものに憧れを抱いた。そしてその思いは高まり――人工的にでも聖剣を扱えるものを創り出す研究に没頭する程にまでなった。そして完成した。――キミ達のお陰でね」

「なに? 完成? 失敗作だと断じて僕達を処分したのはお前じゃないか!」

 

 バルパーの語る内容に木場は詰るように反発した。

 しかし、バルパーは首を横に振って言葉を続ける。

 

「聖剣を扱うのに必要な因子があることを発見した私は、その因子の数値で適性を調べたのだ。案の定被験者の少年少女、ほぼ全員に因子はあったが、どれもこれもエクスカリバーを扱う数値には満たなかった。そこで私は一つの結論に至った。『数値が足りないのならば、因子だけを抽出して集めることはできないものか?』――とな」

「――なるほど」

「まさか、聖剣使いの祝福を受けた時に入れられたのは」

 

 バルパーの言葉で真相に気付き、忌々しそうに歯噛みするゼノヴィアと青ざめる紫藤。

 

「そうだ、聖剣使い達よ。持っている者から因子を抜き取り、結晶を創り出したのだ。こんな風にな」

 

 バルパーは光り輝く球体を懐から取り出す。その輝きはエクスカリバーのどことなく輝きに似ていた。

 

「これにより聖剣使いの研究は飛躍的に向上した。だというのに教会の連中は私だけを異端として排除したのだ。研究資料はきちんと奪ってな。貴殿らを見るに私の研究は誰かに引き継がれているのだな。ミカエルめ! あれだけ私を断罪しておきながら結局私の研究を使うのではないか! まあ、あの天使のことだ。被験者を殺してまで因子を抜き出すようなことまではしておるまい。そこだけは私よりも人道的と言えるかもな。くくくっ」

 

 バルパーは愉快そうに笑う。対照的に木場の表情が怒りに染まっていく。

 

「――同志達を殺して因子を抜き出したのか?」

 

 木場が殺気の篭もった声音で静かに訊ねた。

 

「そうだ。この球体はそのときのものだぞ? 他にも三つ程あったのだがフリード達に使ってしまってな。これが最後の一つだ」

「ヒャハハハ! 俺以外の奴らは体が因子に呑まれて死んじまったけどなぁっ! うーん、そう考えると俺ってやっぱりスペシャルだねぃ」

 

 バルパーが答えるとフリードが嗤う。

 

「……バルパー・ガリレイ。自分の研究、その欲望のためにどれだけの命をもてあそんだんだ……」

 

 木場は静かに怒りを燃やす。その怒りが魔力となって、全身を覆うまでになっていた。

 

「ふん、それだけ言うのならば、この因子の結晶なんぞ貴様にくれてやる。環境が整えばあとは量産できる段階まで研究は進んでいるのだ」

 

 そう言ってバルパーは因子の結晶を放り投げる。結晶はコロコロと地面を転がり、木場の足に当たって止まった。

 その間にもバルパーは語り続けていた。

 

「まずはこの街をコカビエルと共に破壊しよう。その後は世界中の伝説の聖剣をかき集めようではないか。そうしたら、ミカエルとヴァチカンに戦争を仕掛けてくれる。私を断罪した愚かな天使と信徒どもに、私の研究の成果を見せ付けてくれる!」

「そのようなことなどさせるものか!」

 

 ゼノヴィアが聖剣を構えてバルパーに向かって叫ぶ。

 だがゼノヴィアの前にフリードが立ちはだかる。

 

「まーったく。せっかく聖剣が統合されてスゥパーエックスなカリバーちゃんになる予定だったのにさぁ。なんで邪魔しちゃうわけ? ってかキミ達教会の人でしょ? なんで悪魔と一緒に行動してんの? もっしかしてアーシアたんみたいに追放されちゃったの? ねぇねぇ、どんな気持ち?」

 

 小馬鹿にするような態度のフリードに、ゼノヴィアと紫藤は無言で構えを取る。

 木場は足元に転がってきていた結晶を拾い上げていた。

 哀しそうな顔で、懐かしい思いを込めて、愛おしいモノのように結晶を撫でていた。

 

「……皆……」

 

 喪われた仲間への想いで、木場は涙を流す。

 その時に、結晶が淡く光り始め、その光が徐々に広がっていく。

 光に照らされた校庭の地面から、次々と光が浮き上がり人のカタチを作り始める。

 そして人のカタチはいつしか木場を囲み、青白い光で出来た少年少女の姿となった。

 ――それは木場がかつて喪った同志たちの魂。

 

「皆! 僕は……僕は! ずっと……ずっと思っていたんだ。僕だけが生きていていいのかって。僕よりも夢を持った子がいて、僕よりもずっと生きたがっていた子がいて、その中で僕だけがのうのうと平和な暮らしをしていていいのかって……」

 

 木場の慟哭に答えるように一人の少年の魂が木場に近寄り、微笑みながら何かを語りかける。

 それは音として言葉になることはなかったが、木場には伝わっていた。

 

『僕達のことはもういい。キミだけでも生きてくれ』

 

 木場は双眸から涙を流し続ける。

 

 のこりの少年少女も木場を囲みながら、口を開く。リズミカルに、歌うように。

 木場もまたそれに合わせて涙を流しながら声を出して歌い始めた。

 

「――聖歌」

 

 それを聞いた紫藤が呟く。

 木場と魂の少年少女は聖歌を歌いながら、まるで幼子のように無垢な笑顔に包まれていた。

 

 一人では駄目だった。誰一人として聖剣を扱う因子が足りなかった。それでも皆が集まれば。

 たとえ神がいなくとも僕達の心は――

 

「――ひとつだ」 

 

 木場は同志達を想いを共にする。

 淡く光る少年少女の魂たちが、それぞれ天へと昇っていき、ひとつの大きな輝く光となって木場のもとへと舞い降りる。

 

「――僕は剣になる。部長や仲間達の剣となる! 同志達の力と共に! 魔剣創造ッ!」

 

 魔剣を創り出す魔力と、輝く光が渾然一体となり、融合していく。

 聖なる力と魔なる力が交じり合い、一体となった剣が創り出される。

 この時木場は、禁手へと至った。

 ――禁手(バランス・ブレイカー)『双覇の聖魔剣』(ソード・オブ・ビトレイヤー)。聖と魔を有する剣。

 木場が目にも止まらぬ速度でフリードめがけて駆け出し、斬り付ける。

 フリードも『天閃の聖剣』(エクスカリバー・ラピッドリィ)で強化された速度で対応し、聖魔剣の一撃を受け止める。

 だが――

 

「本家本元の聖剣を凌駕するってのかよ! その駄剣が!」

 

 聖魔剣は聖なる力で『天閃の聖剣』に食い込み、魔なる力でその聖性を相殺して打ち砕く。

 本家本元といえど、砕かれ打ち直された聖剣(エクスカリバー)だったからこそ、である。

 しかし、聖剣一本を破壊するために注ぎ込んだ力も尋常ではなく、木場も消耗している。

 

「くそっくそっ、くっそっ! ふざけんじゃぁねぇよぉ! だがこっちにはまだ聖剣は三本残ってるぜぇ、一本破壊するだけで随分大変そうだけど、全部行けるのかなぁ?」

 

 聖剣を破壊され、悪態をつきながらも次の聖剣を抜き出すフリード。今は両手にそれぞれ『擬態の聖剣』と刀身の見えない『透明の聖剣』(エクスカリバー・トランスペアレンシー)を携えていた。

 

「ふむ、ならば『先輩』達に敬意を表して、私も奥の手を抜くとしよう」

 

 ゼノヴィアがそう言うと、右手に構えていた『破壊の聖剣』を左手に持ち替え、空いた右手を宙に広げる。

 

「ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ、わが声に耳を傾けてくれ」

 

 ゼノヴィアが唱えると右手の先の空間が歪み出す。ゼノヴィアは躊躇うことなくその空間に右手を突き入れる。

 空間の先を無造作に探り、そして手ごたえを感じるとソレを掴み、次元の狭間から一気に引き出す。

 フェイが見ていれば影界に物を隠す影界の物入れ(シャドウ・キャッシュ)の呪文か、類似した魔法効果だと判断したであろう。

 引き出されたのは一本の強力な聖なるオーラを纏った聖剣。

 

「この刃に宿りしセイントの御名において、我は解放する――デュランダル!」

「デュランダルだって!?」

「そんなバカな! 私の研究でもデュランダルを扱える段階まではまだ達していないというのに!」

 

 ゼノヴィアが抜き出した聖剣に驚く木場とバルパー。

 

「それはそうだろう。ヴァチカンの研究もまだ人工のデュランダル使いを生み出すには至っていない」

「では何故だ!」

「人工でなければ天然というだけだ。私は生まれつきデュランダルを扱えるのさ」

 

 ゼノヴィアの言葉にバルパーは絶句する。

 

「さて、デュランダルは触れた物はなんでも切り刻む私の言うこともろくに聞かない暴君でね。危険だから普段は異空間に隔離している程だ。――フリード・セルゼン。お前のお陰で久々に本気でデュランダルが振るえそうだ。一太刀で死んでくれるなよ?」

 

 そう言ってゼノヴィアはエクスカリバーとデュランダルを構える。聖剣の二刀流。

 同じく聖剣を二刀流にしているフリードは叫ぶ。

 

「そんなのアリかよぉぉ! そんな設定いらねぇんだよ、くそビッチがぁっっ!」

 

 フリードの振るう『擬態の聖剣』が形をかえてうねり、ゼノヴィアに襲い掛かる。

 だが、ゼノヴィアの振るうデュランダルの一撃で、聖剣は粉々に打ち砕かれる。

 

「ふっ、所詮は折れた聖剣か。デュランダルには役不足だったようだな」

 

 ゼノヴィアはつまらなそうに嘆息する。

 フリードが次の聖剣を抜く間を与えず、木場が距離を詰めて追撃を放つ。

 咄嗟に残った『透明の聖剣』を掲げて防御するフリードだったが――。

 バキン。

 音を立てて見えない聖剣が砕け散り、そのままの勢いで木場はフリードを斬り払った。

 

「せ、聖魔剣だと……。あり得ない、相反する二つの属性が交じり合う事などある筈がないのだ……」

 

 フリードが斃れ、後がないというのにバルパーは驚愕の表情でブツブツと呟く。

 木場がバルパーに歩み寄り、剣を向けようとした時に、ハッしたように顔を上げてバルパーは叫ぶ。

 

「そうか! わかったぞ! 相反する属性の象徴。それらを司る存在のバランスが崩れているならば! つまり魔王だけでなく――」

 

 バルパーがそう言いかけた時、大きな音を立て――コカビエルが墜落した。




そういえば『降魔の聖剣』(ホーリィ・アヴェンジャー)ですが、呪文の打ち消し(ディスペル・マジック)や、呪文抵抗などの能力、そして直訳すると聖なる復讐者である英名を考えると、『抗魔の聖剣』の変換ミスじゃないかなぁとか思う今日この頃。
魔を降ろすのとホーリィがイメージとして直結しないのですよね。
4版でも『降魔の聖剣』だからやっぱ違うかな?

追記:指摘を受けたので訂正。『降魔』は魔を降すとか魔を降伏させるという意のようですね。

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。


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エピローグ

どちらかというと9話+エピローグって感じですが。


「どいつもこいつも……人間をあまり舐めるなよ」

 

 コカビエルの鼻先を殴り飛ばした人間――フェイが獰猛に笑う。

 

「人間ごときがふざけるなっ!」

 

 コカビエルは激昂し、フェイへの反撃に移る。

 右手に光の槍を創り出し、フェイへと投擲するがフェイはそのまま躱してコカビエルの懐に潜り込み、更に一撃を加える。

 膂力は明らかにコカビエルの方が上だ、だがそれでも構わずに吹けば飛ぶような人間が接近戦を挑んできている。

 何を考えている、コカビエルはフェイの思考を推し量ろうとするが、考えは霞のように靄がかかって上手く纏まらない。

 戦闘中に考えることではなかった、相手が正面から来るのならば、正面から叩き潰せばよい。

 単純明快な思考。だがその一方でなにかがおかしい――コカビエルの直感はそう叫ぶ。

 コカビエルは与り知らぬことだが、紫藤との試合でフェイが使用していた弱体化(デバフ)系光線呪文の数々。

 それを今回もフェイは『光線拳』に織り交ぜて使用していた。

 だが、愚鈍化光線(レイ・オヴ・ストゥピディティ)により低下した論理的思考能力は、コカビエルが直感した事に対する明確な答えを用意することが出来なかった。

 故にコカビエルは、おかしいと思いつつも本来の能力を奪われたままフェイと拳を交え、地に叩き落される事になる。

 

 ◇◇◇

 

 墜ちたコカビエルを追ってフェイが地面に降り立つと、他の戦場もあらかた決着がついているようだった。

 小猫とレイヴェルは単独でケルベロスを倒しきり、姫島も兵藤の倍化により強化された雷撃でケルベロスを消し飛ばしていた。

 そして、木場もまた新たな力に目覚め、聖と魔が融合した新たな剣を手にしており、ゼノヴィアも新たな聖剣(デュランダル)を手にし、紫藤も『降魔の聖剣』を上手く使いこなしている。

 反して相手はケルベロスを全て失い、フリードは倒れ、聖剣もほぼ砕かれ、コカビエルは地に墜とされた。

 勝負はほぼついたとも言える。

 

「まだ、やるのか?」

 

 フェイがコカビエルに問いかける。

 

「ハハハッ、そうだな。貴様らを少し舐めていたのかもしれん。だが、そうだな。魔王の妹の首くらいは貰っていこうか――そうすれば魔王も動くだろう。わが望みは闘争、戦争の再開だ! 神は死んだ! 四大魔王も死んだ! ならばわれら堕天使が退く理由がどこにある! アザゼルの野郎は戦争で多数の部下を失ったせいか、『戦争は二度と起こさない』などと日和りやがった。あのまま続ければ俺達が勝てていた戦争をだ! 一度振り上げた拳を降ろす等耐え難い、全く持って耐えがたい! だから作ってやるのだよ、戦争の理由をな!」

 

 思考力の低下したコカビエルは、感情のままに激情を吐き出す。

 その内容を聞き逃せなかった者たちが居た。

 

「まてっ、神がどうしたとっ!?」

 

 ゼノヴィアが驚愕しながらもコカビエルに聞き返す。

 そしてバルパーが狂喜する。

 

「そうだ、思った通りだ! 魔王は死んだ! 神も死んでいた! ならば聖魔の象徴のバランスが崩れ、相反する聖魔剣などというものが生まれたのも不思議ではない!」

「嘘よ! 主がもういないだなんて!」

「まさか、そんな……それでは私たちに与えられる愛は……」

 

 自分の推測が正しかったと捲くし立てるバルパー、自らの信仰の拠り所を失って衝撃を受けるアーシアと紫藤。

 

「そうだ。神の守護も、愛ももはや存在しないのだ。ミカエルは神の代わりとして天使と人間をよくまとめている。神が遺した『システム』が存在しているからこそ、神への祈りも祝福も悪魔祓いもある程度働きはする。

――神が居た頃と比べれば格段に見捨てられる信徒が増えているがな。貴様らこそ、それでもまだ神の為に戦うのか?」

 

 コカビエルの言葉に、涙を流してくずおれるアーシアと紫藤。ゼノヴィアもまた、ギリギリで気を保っている状態である。

 神とは無関係――いや敵対状態であった悪魔達ですら、ショックですぐには動けないでいる。

 

「それがどうした」

 

 だからこそ、そこで声を上げたのはフェイだった。

 

「神は死んだ――それがどうした。神だって死ぬことはある。神の奇跡に賜れぬこともあるだろう。だが、それがなんだ。お前達は奇跡に縋る為に信仰していたのか? 神は死んでも、神の教えが消えるわけでは――ない!」

 

 異教徒であり、また多神の世界において神が死ぬという逸話も幾度となく聞いているフェイだからこそ、そんな言葉を吐いた。

 実際にフェイの仕える神バハムートを生み出した竜の創造神イオは、神話において始原者(プライモーティアル)との戦争で始原者の王に殺されたとも言われている。

 だがそれで竜の創造神イオに対する畏敬や信仰が失われたわけではない。

 

「コカビエル! 貴様が戦乱を巻き起こし、弱き人々に害をなそうと言うのならば! 俺は竜神(バハムート)の名において貴様を滅する!」

 

 ふざけるなと叫びたかった。要らぬ戦乱を巻き起こそうとするコカビエルも、研究の名において弱き者を苦しめるバルパー・ガリレイのような者たちも、信仰に殉じていれば人を傷つけても良いと思っている連中も。

 激情がフェイの身を焦がす。だが、思考を止めることはない。

 

『そうだ。想いは神器の力となる。激情を燃やせ。だが、冷静さは失うな。さすれば我は汝の清浄なる両の(かいな)に更なる力を授けよう』

 

 バハムートの声が聞こえ、『白金竜の籠手』が輝きを増す。

 

Dragon(ドラゴン) Charger(チャージャー) Second(セカンド) Liberation(リベレーション)!!』

 

 音と共に『白金竜の籠手』の籠手が変質していく。

 白金に輝く籠手に、力を持った宝玉がいくつも嵌め込まれている。一つは今までも利用していたバハムートのブレスを装填(チャージ)する為の宝玉。

 そして神器の新たな使い方が、フェイの脳裏に浮かんでくる。

 

「小猫、行くぞ!」

 

 フェイはいつの間にか隣に立っていた小猫に声をかけ、コカビエルに突撃(チャージ)を始めた。

 小猫も頷いてフェイに追随する。

 フェイは呪文の魔力を拳に纏わせる秘術の打撃で拳を強化、小猫も同様に魔力を拳に纏わせる。

 師弟は連携でコカビエルを崩そうとするが、コカビエルも最後の意地を見せて二人を踏み込ませない。

 ――そこに駄目押しが入った。

 

「小猫ちゃん! フェイ! 行けぇーっっ!」

Transfer(トランスファー)!!』

 

 兵藤の声と共に、限界まで倍化された力がフェイと小猫に譲渡される。

 譲渡の力により動きの増した師弟はコカビエルを挟撃し、連打の嵐でコカビエルに膝をつかせた。

 

「くそっ、こんな所でっ。オレはまだ戦場に立って――」

 

 最後の一撃――。

 

「止めだっ」

「はいっ」

 

Charge(チャージ)Disintegrate(ディスインテグレイト)

 

 青白く輝く分解の力が籠手に宿る。――それだけではなく。

 

Commission(コミッション) Disintegrate(ディスインテグレイト)

 

 ――第二の委託(チャージ)能力。分解の力を小猫に委託し、小猫の両手も輝き始める。

 コカビエルの両側から止めの一撃として放たれた輝く二つの拳。

 その拳を同時に喰らい、一瞬の輝きを放ってコカビエルは消滅した。

 

「……やりました」

 

 大きく息を吐く小猫。だが、フェイは油断をせずに上空を見上げる。

 

「……まだだ」

「――フフフ、気付いていたか。面白い」

 

 フェイの見上げた上空から、声が聞こえてくる。

 同時に、その上空から白い閃光が地面へと落ち、衝突する直前で停止する。

 そこには八枚の光の翼を生やした白き全身鎧に身を包んだ者の姿があった。

 

「……『白い龍』(バニシング・ドラゴン)

 

 その全身鎧を見たバルパーが、そう呟いた。

 

「コカビエルを消滅させるか。……貴様は何者だ?」

 

 白き全身鎧――『白い龍』はそのバルパーを無視してフェイに問いかける。

 

「答える義理はなさそうだが?」

「そうか、ならば力ずくでも聞き出そうか……」

 

 フェイが惚けると、なぜか嬉しそうに『白い龍』は構えを見せる。

 

『やめておけ、白いの』

 

 横から声をかけたのは、兵藤の籠手に宿る『赤い龍』(ウェルシュ・ドラゴン)ドライグだった。

 

『起きていたのか、赤いの』

 

 その声に応じるように『白い龍』の全身鎧の宝玉が輝き、声を返す。

 

『まあな。久々に出会ってなんだが、今はやめておけよ、白いの』

『理由を聞こうか? 赤いの』

 

 フェイと『白い龍』を宿す全身鎧が睨み合う中、赤と白の龍は会話を始める。

 その会話にバハムートまでもが混じり始めた。

 

『これがお前の語っていた宿敵か、小僧』

『――っ! コイツは何だ!? ドライグ!』

『クククッ、流石のお前も驚いたか、アルビオン。この白金の親父は昔ヤンチャしていた時に出会った龍の神さ』

 

 口を挟んだバハムートに驚愕する『白い龍』――アルビオン。

 ドライグは楽しそうな声音でバハムートを紹介する。

 

『神だと!? ――そんなもの(他神話の神)が封じられている神器などが存在していたというのか……。しかし、それならばコカビエルを征したのも納得出来る。見知らぬ神話の神よ、名を聞いても?』

『バハムートだ』

『バハムートか、覚えたぞ。――ヴァーリ、今はいたずらに戦うときではない、お前の仕事を忘れるなよ?』

 

 ヴァーリと呼びかけられた『白い龍』の全身鎧は舌打ちして構えを解き、リアスに語りかけた。

 

「チッ、仕方が無いな。俺は堕天使総督の使いでコカビエルらを回収しに来た。――コカビエルはお前達が消滅させてしまったがな。バルパーとフリードは回収させてもらうぞ」

 

 ヴァーリはそう言うと同時にバルパーの腹に拳を突き入れる。バルパーはアッサリと気絶した。

 

「待て、ソイツをどうするつもりだ?」

 

 そのまま担いで行こうとするヴァーリを、フェイは呼び止める。

 

「コイツらは堕天使の管理下だったからな、色々と話を聞いたあと然るべき処罰を設ける。異論はあるか?」

「……いや」

 

 筋の通った話ではあった。フェイはリアスの方も確認するが、仕方が無いといった表情で首を縦に振ったので、そのまま回収させる事にする。

 フリードとバルパーを両肩に担いだヴァーリは、立ち去る前に兵藤の方に声をかける。

 

「よぉ、宿敵くん。今のままだとまだまだ俺の相手にはならない。もう少し強くなっておけよ」

「! どういうことだ!?」

「そのうちに嫌でもわかるさ」

 

 戸惑う兵藤にそれだけを言い残し、ヴァーリは白き閃光となってこの場を去って行った。

 

 ◇◇◇

 

 コカビエルの撃破から数日。いつものように三人で部室に顔をだす一年生組。

 そこに見慣れぬ二人の姿があった。

 

「やあ」

「お邪魔してまーす」

 

 駒王学園の制服を身に纏ったゼノヴィアと紫藤だった。

 

「どういうことですか?」

 

 おそらくコレ(・・)をねじ込んだであろうリアスに問いかける。だが、それに答えたのはゼノヴィアだった。

 

「教会を追放されてしまってね。神が死んだとも聞いていた事だし破れかぶれで悪魔に転生した。私は素早さよりも一撃の破壊力が身上だからな、『戦車』だそうだ。リアス・グレモリーの眷属となったことで、駒王学園の二年生に編入してオカルト研究部の所属になった。エクスカリバーは全部まとめてヴァチカンへと送り返している。他に質問は?」

 

 既に話を聞いていたらしい兵藤が溜息をつく。何かあったのだろうか。――と思えば兵藤の隣にいるアーシアの気配が違っていることに気付く。

 ――まさか。

 

「アーシアも悪魔に転生したのよ。ちなみに『僧侶』よ」

 

 驚くフェイにリアスが説明する。

 

「私もまだ主の事は信仰はしていますが、主が既にお亡くなりになっているのなら、悪魔になってイッセーさんの力になりたいと思いまして」

 

 アーシアの言葉にフェイも納得する。確かに人間のままでは兵藤の力となれる機会は少ない。前の『レーティングゲーム』も事情が事情だったので特例として参加出来ただけだ。

 眷属悪魔ともなれば大手を振って世話になっている兵藤やリアスの力となれる、そう考えたのだろう。

 フェイはゼノヴィアの隣にいる紫藤にも目を向ける。

 

「……紫藤さんも同じですか?」

「私は……ちょっと違うかな。悪魔にはならなかったの」

 

 確かに紫藤からは悪魔の気配はしなかった。だがフェイはどことなく嫌な予感がする。

 見ればゼノヴィアも苦笑している。

 

「教会を追放されたのはゼノヴィアと同じなんだけどね。――だから」

 

 紫藤が言葉を連ねる度に、フェイの嫌な予感はますます強くなって行く。

 ――そして、その予感は的中する。

 

「私、紫藤イリナは竜の神(バハムート)に改宗します!」。

 




手はきれいに、心は熱く、頭は冷静に的なアレ。

神話周りの設定はD&Dの3.5版に4版を少し混ぜています。

活動報告にフェイの設定の話をちょっとだけ書いてます。
設定そのままというよりは設定の裏話的なものなので、読まなくても全く問題ないです。


感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。

愚鈍化光線(レイ・オヴ・ストゥピディティ)
 命中すると相手の知力を減衰させる光線を放つ呪文。


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停止教室のヴァンパイア
プロローグ


ギャー君&駒王会談編開始


「冗談じゃないわ!」

 

 深夜のオカルト研究部部室で、怒りを隠そうともせずにリアスは吐き捨てる。その怒りの原因はリアスの膝に頭を乗せている兵藤――正確には兵藤に絡んできた者にあった。

 エクスカリバー事件――コカビエルの起こした事件(こと)は悪魔、天使、堕天使全ての陣営を巻き込み、その関係に影響を及ぼした。その結果として、各陣営のトップが一同に集まって今後の関係についての会談を行おうという方針が決まり、その会場として大元の事件の発生地である駒王町が選ばれた――のだが。

 堕天使の最高責任者である総督アザゼルが、素性を隠して駒王町に侵入し、のうのうと兵藤の悪魔家業の顧客として契約をしていたという。

 兵藤に並々ならぬ執着を見せるリアスがそれを聞いて怒髪天を衝くのも無理からぬ事であった。

 

「アザゼルは神器に強い興味を持つと聞くわ、イッセーが『赤龍帝の籠手』を持っているから接触してきたのね。 全く、私のかわいいイッセーにまで手を出そうだなんて、万死に値するわ!」

 

 リアスは兵藤の頭を撫でながら憤慨する。兵藤も困った表情をしているので、怒るか撫でるかどちらかにしたほうが良いのではないだろうか。アーシアも膨れていることだし、などとフェイが内心思っていると、リアスは悩ましげに言葉を続ける。

 

「しかし、どうしたものかしらね。相手が堕天使総督となると、下手に接することも出来ないし……相手の動きがわからないから動きづらいことこの上ないわね」

 

 リアスは考え込む。フェイもまた対策を考える。コカビエルにインヴィジビリティ・スフィアーが見破られた事を考えれば、アザゼルにも通じないと考えておいた方が良いだろう。気配を殺すとしても、暗殺者(アサシン)盗賊(ローグ)程に専門の動きを覚えているわけでもない。試すには失敗した場合のリスク(関係悪化)が大きすぎる。

 準備できる呪文の選択肢が豊富な賢者(ウィザード)神官(クレリック)が居れば話は別なのだろうが、やはり占術や念視を持たぬフェイ単身ではこのような場合の対応能力に欠けているのであった。

 仲間を頼ろうにも他の悪魔達も類似の能力を持たないのは確認済みである。

 

「アザゼルは昔からああいう男なんだよ。リアス」

 

 横から声をかけられたのはその時だった。

 声の主は紅髪の男性。リアスの眷属でも古株である姫島、木場、小猫、リアスの眷属ではないがレイヴェルが即座に跪く。

 その動作だけでも男性の正体は見て取れた。もっとも、グレイフィアを伴いやってきている時点でフェイには推測がついたが。

 首を傾げて対応が遅れているのは眷属悪魔でも新人であるゼノヴィアとアーシア。そしてリアスに膝枕されていた兵藤。フェイと紫藤イリナはそもそも悪魔ではないので跪く必要はない。

 紅髪の男性――現魔王『サーゼクス・ルシファー』の突然の来訪はリアスも知るところではなかったらしい。

 

「お、お兄様!?」

「いてっ」

 

 リアスも驚いて立ち上がった為、兵藤は床に頭をしたたかにぶつける。

 アーシアが慌てて神器で兵藤の治療を行うのを横目に見ながら、フェイは魔王の様子を伺った。

 

「アザゼルは先日のコカビエルのような真似はしないよ。悪戯くらいはするだろうけどね。しかし、総督殿も予定よりも随分と早い来日だ」

 

 魔王は朗らかにそんな言葉を紡ぐ。頭の衝撃が癒えた兵藤が慌てて他の先輩達に倣って跪き、それを見たアーシアも兵藤の真似をする。

 

「今日はプライベートで来ているんだ。皆もくつろいでくれたまえ」

 

 そう言って魔王は気にするな、と片手をあげる。悪魔達はその言葉に従い、立ち上がって各々の席に着いた。

 当初から動きがなかったのは、フェイと紫藤、そしてゼノヴィアだけである。

 フェイの気にする事ではないが、ゼノヴィアはそれでいいのだろうか。

 

「それにしてもこの部屋は殺風景だね、我が妹よ。年頃の娘達が集まるにしても、魔方陣だらけというのはね」

 

 魔王は部屋を見渡しながら苦笑する。

 

「お兄様、ど、どうしてここへ?」

 

 突然現れた魔王の意図が掴めず、リアスは怪訝そうに訊ねる。

 当の魔王は懐から一枚のプリントを取り出して、リアスに見せた。

 

「授業参観が近いだろう? 私も参加しようと思っていてね。妹の勉学に励む姿を間近に見れる観れるこの機会を楽しみにしていたんだ」

 

 言われたリアスはサッと顔を青褪めさせる。

 

「ぐ、グレイフィア……」

「学園からの報告はグレモリー眷族のスケジュールを任されている私に届きますので。無論、主に報告しない理由もありません」

 

 リアスに声を掛けられたグレイフィアは、淡々と魔王に情報を渡した事実を告げる。

 それを聞き、リアスは深く嘆息する。

 そんなリアスを慰めるように魔王は朗らかに言った。

 

「安心しなさい、ちゃんと父上もお越しになられる」

 

 それが逆効果であることは、その言葉を聞いたリアスの表情が物語っていた。

 だが、魔王が持ち込んだ爆弾はそれだけではなかった。

 

「まあ、実のところはそれだけじゃないんだ。三竦みの会談をこの学園で行おうと思っていてね、その下見も兼ねているんだよ」

「――っ! 本当にここでやるのですか!?」

 

 魔王の言葉にリアスは驚き問い返す。

 

「ああ、この学園とは色々と縁があるようでね。私の妹であるおまえと、伝説の赤龍帝、聖魔剣使い、聖剣デュランダル使い、竜神の信徒の魔法使いと聖剣使い、フェニックス家の娘に、魔王セラフォルー・レヴィアタンの妹までもが所属し、コカビエルと『白い龍』白龍皇が襲来してきた。偶然と片付けるには多すぎる。様々な力が入り混じり、うねりとなっている。そのうねりを加速度的に増しているのは、兵藤一誠くん――伝説の赤龍帝、そしてフェイくん、異界の魔術師であるキミだ。今回はキミと話すのも目的の一つだったんだよ」

 

 魔王がリアスに説明し、最後にフェイへと声をかける。

 

「……俺と、ですか」

「ああ、コカビエルを消滅させた立役者として、今度の会議で説明を聞く事になるのは理解しているだろう? そこで今のうちに聞いておくことがある。 ――キミは、どういった立場で会議に参加するんだい?」

 

 会議に参加する立場、要は悪魔陣営の同盟者(一員)として参加するのか、という事だろう。

 リアス達は当たり前のようにフェイがその立場で参加するだろうと思っている。わざわざそれを問うてくるのは、流石は魔王かとフェイは感心するばかりだ。

 

「そうですね……。俺は部長――リアス様には世話になっているし、グレモリー眷属とも親しくさせて頂いています。しかし、それは個人的な交友に過ぎず、悪魔陣営になった覚えはありません」

 

 フェイの言葉に部屋に居た大部分の者は驚きの顔を見せる。

 だが、魔王はその答えを予測していたとばかりに笑みを深めて、さらにフェイに問う。

 

「ならば、どういった立ち位置で話をするつもりかな?」

「決まっています――俺はあくまで弱き者、ここで言うならば人間の味方です。弱者を虐げる者達であれば、悪魔であろうと、天使や堕天使であろうとも拳を向けましょう」

「相手が弱者を慮れるもの達であったらどうかな?」

「そういった相手ならば、悪魔であろうと、天使や堕天使であろうと、俺個人は手を取り合う努力をしますよ」

 

 キッパリとしたフェイの回答を聞いて、魔王は朗らかに笑う。

 

「いや、聞いていた通りだ(・・・・・・・・)。だからこそ――なんだろうね。フェイくん、キミにいくつか提案があるのだがどうだろうか?」

「――まずは内容を聞きましょう」

 

 魔王の提案に、フェイは訝しみながらも先を促す。

 

「ひとつは三竦みの会議に第四勢力『人間』の代表として参加すること。そしてもう一つが――フェイくん、キミは『レーティングゲーム』に参加する気はあるかい?」

「――どういうことです?」

 

 魔王の思わぬ言葉にフェイは聞き返した。

 前者はまだわかるし、フェイとしても人間を守る立場からの意見を出せるのならば望ましい。だが、後者は――。

 

「お兄さま、『レーティングゲーム』に参加するには悪魔でなければならないのではないですか?」

 

 リアスがフェイの考えを代弁する。

 

「そこなんだ、リアス。実は今度の会議では平和的な協定を結ぶことが内々で決まっている。その際に、各陣営は他陣営に何かしらの便宜を図ることになっている。悪魔陣営の場合は『悪魔の駒』の技術の供与だ」

 

 リアスに対して魔王が説明をする。そこまで聞けばフェイにも事情は飲み込めてきた。

 

「――つまり、『人間』陣営である俺達にもその技術が供与されると?」

 

 フェイの問いに魔王は頷きで返した。

 

「当初は技術だけ供与して、あとは各陣営の開発に任せるつもりだったんだけどね。スポンサー(・・・・・)が互換性を強く望んだ為、規格を統一する事にしたんだ。つまり『悪魔の駒』と同様、チェスの駒の形にね。そして、規格を統一したことにより、『レーティング・ゲーム』の交流戦のアイデアも出てきた。フェイくんにはそのテストケースとして参加して貰おうってことさ」

 

 なるほど、とフェイは魔王の言葉に頷く。『人間』陣営の実力を見せること自体は悪いことではない。

 他の陣営は人間を軽んじている様子が少なからず見られる、それを見直させる機会があるのならば、やってみるべきだろう。

 

「わかりました、その話を受けましょう」

「駒自体は協力者(・・・)も得られたのでほぼ完成している。近いうちに提供できると思うよ」

 

 フェイは魔王の提案を受けることにした。しかし、なぜか魔王の言葉を聞いてから嫌な予感が止まらずにいた。




スポンサーの横槍の結果、『御使い』のシステムもトランプベースからチェスへと変更されたりします。

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。


D&D知らない人向けムダ知識

賢者(ウィザード)
 基本職のひとつ。
 呪文書に書いてある呪文を丸暗記して呪文を扱う勉強家。
 呪文書に呪文を書き足すだけで使用できる呪文のレパートリーが増えるので、ソーサラーと比べて呪文の戦略の幅が広い。
 反面、ウィザードはあらかじめ時間をかけて準備した呪文しか使用出来ないため、呪文選択を誤ると一気に戦力外に陥ることも有り得る。

神官(クレリック)
 基本職のひとつ。
 神に仕える信徒。神より賜る奇跡を呪文として扱う。
 賢者と同様に事前に神から託される呪文を選択して準備しておく必要があるが、選択できる呪文は、自分の実力が足りていれば全ての呪文を選択出来る。

盗賊(ローグ)
 基本職のひとつ。
 鍵空け、罠解除を得意とするダンジョン探索の専門家。
 悪のローグの場合は、名前の通りの行いをするものもいる。
 戦闘面では、相手の背後に忍び寄り強力な一撃を加える急所攻撃(バックスタブ)を得意とする。

暗殺者(アサシン)
 上級職のひとつ。
 悪専門の職で、ローグの上位互換と言える。
 毒の扱いや、アサシン専用呪文を覚え、相手の一撃で殺してしまう致死攻撃を扱えるようになる。


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1話

「いち、に。いち、に」

 兵藤の声にあわせてバタバタと足を動かすアーシア。兵藤がアーシアの手を持ってバタ足を練習させている。

 現在地は、駒王学園のプール。オカルト研究部の面々はプール掃除と引き換えに、プール開きの最初の利用者となる権利を得たのであった。

 そしてリアスは兵藤とフェイに泳げない部員の練習相手を命じた。

 対象者は今兵藤が練習相手をしているアーシア。

 そして今フェイが相手をしているのが――

 

「よし、端についたぞ――おっと」

 

 フェイに手を引かれてバタ足でプールの端まで泳ぎきった小猫が、勢い余ってフェイに抱きつくような体勢となる。

 

「とりあえずは最初の目標達成だな」

 

 そう言ってフェイが小猫の頭を撫でると満更でもなさそうに小猫は目を細める。

 しかし、小猫にとっての幸せの時間が長く続くことは無かった。

 

「いつまでやってるんですか! 交代ですわよ!」

 

 三人目の金槌である所のレイヴェルが横から割り込んできた。

 

「焼き鳥が水に入ってどうするの、邪魔をしないで」

「猫だって泳ぐ必要ないでしょうに!」

 

 フェイが相変わらずの仲な二人に苦笑していると、レイヴェルの相手をしていたイリナが声をかけて来た。

 

師匠(マスター)、小猫ちゃんの相手ばかりだとレイヴェルちゃん爆発しちゃいますよー、もうしてるけど」

 

 改宗を宣言してからイリナはフェイの事をマスターと呼ぶようになっていた。小猫のような拳技の師ではなくバハムートの信徒としての導師(メンター)

 ただ、フェイとしてはイリナにそう呼ばれる事には心苦しい想いもあった。

 バハムートに改宗をするという意思は尊重し、一度は返された『降魔の聖剣』を再びイリナに託しはした。

 だが、再びイリナが手にした『降魔の聖剣』が聖なる輝きを放つことは無かった。

 神官(クレリック)聖戦士(パラディン)のような、神の加護と直結している者において、改宗とは軽い行いではない。

 事実イリナは改宗をすることで、本来持つパラディンとしての神の恩寵を全て失っていた。その為に『降魔の聖剣』が輝きを見せることも無い。

 本来であれば、バハムートのクレリックが贖罪(アトーンメント)の呪文――イリナの元の宗教(キリスト教)で言えば洗礼に近い――で改宗を受け入れる事によってバハムートの加護を得て本来の力を取り戻すのだが、生憎とフェイは一介のモンクでありそのような真似は出来ない。

 イリナはそれでも構わないと笑ってはいるが、フェイとしてはバハムートの教義を教える事しか出来ずにマスターと呼ばれる事には心苦しさを覚えている。

 だが、そんなフェイだからこそイリナはあっけらかんと笑ってフェイをマスターと呼ぶのだった。

 

「はーい、じゃあ小猫ちゃん交代ねー」

 

 考え込むフェイをよそに、鳥猫の争いにグイグイと入り込んで小猫を連れ出すイリナ。

 憮然とした表情をしながらも、小猫はおとなしくイリナに引かれていった。

 フェイはその光景を微笑しながら見送り、レイヴェルに向き直る。

 

「よし、じゃあ今度は俺が相手をしようか」

「絶対にあの猫又より早く泳げるようになってやりますわ!」

「その意気だ、じゃあ始めよう」

 

 レイヴェルの意気込みにフェイは頷き、レイヴェルの手をとった。

 フェイは相変わらずの修行バカ(脳筋)である。

 

 ◇◇◇

 

 プールから校庭へと歩きながら、うぼぁーと疲れ果てたように兵藤は溜息にならない溜息をついていた。

 その原因となった兵藤を巡るリアスと姫島の争い。さらにはゼノヴィアやアーシアにまで迫られる兵藤を思い出しながら笑っていたフェイだったが、その脇で他人の事言えないよねとイリナが笑っていたのは気付いていなかった。

 とぼとぼと歩く兵藤が足を止める。その視線の先には、校門の付近に佇む人影があった。

 銀髪の少年が学園の校舎を見上げている。顔立ちの整った少年が校舎を見上げ、夏の日差しに銀髪が輝く光景は幻想的な絵画のようだと兵藤は感じていた。

 だが、フェイは兵藤のそれとは違う感想と態度を示す。

 フェイの竜の感知能力は少年が持っているモノを感知していた。

 白金竜の籠手を出現させ、構えを取る。

 

『白い龍』(バニシング・ドラゴン)――ヴァーリと言ったか?」

 

 フェイが発した言葉の内容に驚き、身構える兵藤達。

 そしてヴァーリは笑みを浮かべてその言葉に返す。

 

「へぇ、神器も出していないのに気付くとはね。改めて自己紹介をしておこうか。俺はヴァーリ。白龍皇――『白い龍』だ。今度は何者なのか聞かせて貰ってもいいかな?」

「ああ、俺はフェイだ。バハムートの信徒。そうだな、そちらの言い方にあわせるなら『白金の龍』(プラティナム・ドラゴン)とでもしておくか。――それで何をしに来た?」

 

 ヴァーリの自己紹介にあわせて、フェイも名乗りを上げながらもヴァーリの目的を訊ねる。

 

「そうだな。例えば――いや、やめておこう。残念ながら今日は戦いに来たわけじゃないんだ」

 

 ヴァーリは噴出したフェイの殺気に肩を竦めると、言い訳のように並べ立てた。

 

「アザゼルの付き添いでこちらに来ていてね、退屈しのぎに先日訪れた学び舎を見に来ただけさ。まあ、俺もやることが多いからこの辺りで去っておくよ」

 

 ヴァーリはそう言って踵を返して立ち去ろうとするが、ふと足を止めてリアスに向かって言葉を放った。

 

「そうだ、リアス・グレモリー。――『二天龍』(にてんりゅう)と称されたドラゴン。『赤い龍』(ウェルシュ・ドラゴン)と『白い龍』。過去に関わってきたものは碌な生き方をしていないが――あなたはどうだろうな?」

「――っ。そうね……でも今回は未知の『白金の龍』もいるから、どうなるかはわからないわよ?」

 

 ヴァーリの言葉に一瞬言葉を詰まらせるリアスだったが、すぐさま立ち直って不敵に笑う。

 

「なるほど、確かにね。コカビエルの事といい本当に興味は尽きないな、フェイよ。赤龍帝――兵藤一誠もまだまだ弱いが貴重な存在だ。せいぜい大事に育てることだな、リアス・グレモリー」

 

 それだけを言い残して、ヴァーリは去っていく。後にはただ、緊張が残されていた。

 

 ◇◇◇

 

 授業参観――学園の生徒が授業を受ける姿をその保護者が観に来るというリアスが心底嫌がっていた学園の行事。

 兵藤もあまり良い反応はしていなかったが、オカルト研究部の一年生組は参観に来るような保護者もいない為か、平穏無事でそのときを迎えようとしていた――レイヴェルを除いて。

 

「もう、気乗りしませんわ」

 

 母親が参観に来るらしいレイヴェルだけが憂鬱そうに溜息をついている。

 さすがの小猫もこの時にまでからかうことはしていない。

 

「まあ、観に来てくれるだけいいじゃないか、子を想う証拠さ」

 

 気楽に言ってのけるフェイを、レイヴェルは恨みがましい目で見上げる。

 

「自分は関係ないからってそんな他人事のように。フェイさまも一遍私の立場におかれればよいのですわ」

 

 無茶なことをいうな、と笑って宥めたところでいよいよ授業が始まろうとしていた。

 開け放たれた教室後方の扉から、続々と保護者が入ってくる。

 一際目立つ高貴な雰囲気を纏った金髪の若き女性。顔立ちがどことなくレイヴェルと似ており、恐らくレイヴェルの母親なのだろう、と教室の誰もが推測出来た。

 レイヴェルの母親には同行者がいた。

 やはり高貴な雰囲気を纏い、煌く金髪をツインテールに纏めて勝気な表情をした、中学生程度の年齢であろう少女。やはり教室の誰もがレイヴェルの妹なのだろうと推測した。――二人を除いて。

 

「……お母様――と?」

「げぇっ」 

 

 母親に同行する見覚えの無い少女に首を傾げるレイヴェルと、ここに居る筈のない存在を目にして慄くフェイ。

 レイヴェルと小猫は目を疑った。

 今までどのような存在を相手にしてきても、フェイがここまで狼狽える事などなかったのだ。

 なぜ、こんな授業参観などで――。

 

「し、師匠――なぜ、ここに……」

 

 フェイはただ、小さく呻くのみだった。

 フェイの元居た世界にはこのような言葉がある。

 

『見た目に騙されるな。力強い老人や幼女がいたら、そいつはドラゴンだ』。




幼女か老人の姿を好むのは概ね金竜か銀竜ですが、弱き者の姿で人を試しているのでしょうね。

D&Dからのキャラ二人目です。
色々改変してほぼオリキャラと化していますが、一応は公式に出ているNPCです。
(ドラコノミコンのサンプルドラゴンを公式NPCと呼ぶならば)

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。


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2話

「説明」

 

 授業参観が終わり、恐る恐る師匠の元へ近づいたフェイに対し、師匠――黄金竜(ゴールドドラゴン)ナティントラパはただ一言だけを静かに放った。

 表情は穏やかだが、ナティントラパと付き合いの長いフェイは、彼女が今まででも最大限に怒っていることを察している。

 

「ええと――とりあえず場所を変えましょう」

 

 二人のやり取りに教室中の視線が集まっていた。ナティントラパは教室を見回してふむ、と頷きフェイの案内を促す。

 教室を離れていこうとする二人に対して、フェニックス夫人は穏やかに声をかけた。

 

「それではナティさん、また後で(・・・・)

 

 フェイはやはり知り合いになっていたのかと疑問を抱くが、深く考える前に師匠の圧力に圧され、足を速めるのだった。

 

 ◇◇◇

 

 人気のない屋上へと場所を移し、フェイとナティントラパが向かい合う。

 

「さて、何から話しましょうか――」

 

 フェイが切り出す内容を考えていると、ナティントラパは出口の方へとツカツカと歩いていく。

 

「そうね……まずはコレ(・・)についてから聞きましょうか」

 

 ナティントラパが校内へと通じる扉を勢い良く開けると、聞き耳の為に扉に身を寄せていた人物が屋上へとまろび出てくる。

 

「小猫!」

 

 師匠(フェイ)の様子を気にした小猫がフェイ達の様子を伺っていたのだった。

 

「フェイ。この子はアンタにとってどんな関係なの?」

 

 目を離していたうちに案の定悪い虫がついていた、と内心歯噛みしながら小猫を睨むナティントラパ。

 小猫はナティントラパの圧力を受けながらも、怯まずに睨み返している。

 小猫もフェイとの鍛錬や堕天使の幹部との戦闘を通じて、多少の圧力には屈しない胆力を身につけていた。

 

「ああっと。弟子になります――拳術の」

 

 フェイの言葉にナティントラパはピクリと眉を動かすが、そのまま小猫を睨み続ける。

 小猫も正体不明の人物には負けられないとばかりに必死で食い下がる。

 そのままお見合い状態がしばらく続いたところで、ナティントラパは嘆息して表情を和らげた。

 悪い虫はこれだけではない事もナティントラパは知っていた。ここで意地を張っていても仕方が無い、と思い直す。

 

「私はナティントラパ。長ければナティとでも呼べばいい。フェイの師匠という立場になるけど、私は拳は使わない。バハムートの神官(クレリック)で、フェイの宗教での師になるわ」

 

 ナティントラパ――ナティの言葉に小猫は驚きで目を丸くした後、真顔に戻って自己紹介を始めた。

 

「搭城小猫です。師匠――フェイさんに拳技を教わっています」

「そう、ひとまずよろしく。――この世界(ここ)から直ぐに連れ戻そうとまではしないからそこまで警戒しないでもいいわよ」

 

 丁重な態度を取りながらも警戒を崩さない小猫に、ナティは苦笑しながら告げる。

 小猫が緊張を解くのを見届けてからナティはフェイに向き直ると、一転して圧力をフェイにぶつける。

 

空白の心(マインド・ブランク)は欠かしていないようね、フェイ?」

「はい、常在戦場。いつ不意を討たれるとも限りませんから習慣となっています」

 

 空白の心(マインド・ブランク)――精神操作系の呪文からの完全な防護を備える呪文である。精神抵抗力に自信のあるモンクとはいえ、喰らったら一度で無力化されるような精神操作呪文への備えは欠かした事がなかった。

 

「でも『レーティングゲーム』の時は外した?」

「はい、念視系の効果で観戦されるのが事前に判っていましたので。不審に思われないためにも使わないでいました」

 

 なぜナティが『レーティングゲーム』の事を知っているのか。疑問に思いながらもフェイは素直に答える。

 マインド・ブランクには精神操作からの防護の他、もう一つの効力がある。それが念視からの防御。

 遠視の姿見や、水晶球を通して遠隔地からフェイの姿を見ようとしても、マインド・ブランクの効果中にあった場合は、姿が映らないのだ。

 

「改めて聞くけど、『レーティングゲーム』が始まるまで、マインド・ブランクを欠かさなかったのよね?」

「はい――あっ」

 

 念を押すようなナティの質問の意図に気付いたフェイの顔がサッと青褪める。

 

現実の大渦巻(リアリティ・メイルストロム)に呑まれたまま、念視にも映らないアンタを探すのは本っ当に骨が折れたわ」

「……すみません」

 

 裏を返せばそれだけ必死になって探したという事でもあるが、己の失態に恐縮するばかりのフェイはそんなナティの真意に気付くこともなかった。

 

「こちらの『レーティングゲーム』に参加する為にアンタがマインド・ブランクを切ったお陰でようやく手がかりを掴めてこの世界にやって来られたのよ。その時に魔王さん達と知り合いになってね」

 

 そう語るナティの言葉で、だからフェニックス夫人と共に来たのかとフェイは半ば納得した。

 そのフェイにバハムートが内から『白金竜の籠手』を現出させろと指示を出してくる。

 フェイはその指示に従い、『白金竜の籠手』を現出させる。

 

『久しいな、ナティントラパよ』

 

 バハムートの化身(アヴァタール)に直接救われたこともあるナティは、直ぐに籠手の中に眠る力の正体に気付き跪く。

 

「バハムート様、そのようなモノに化身をお封じに?」

『意図して封じたわけではない、この世界に来ることにより我に纏わる聖遺物が複数融合した結果、集められた神力の中で覚醒した意識よ。思考は限りなく本体に近いが、本体と同期(リンク)はされておらぬ故に化身とも呼べぬ』

 

 しかしナティはバハムートの言葉に感動して涙すら流していた。

 

「フェイ。教義の体現(正義の味方)はまだしも、拳術と魔術にかまけて信仰の秘蹟には熱心でなかったアンタがよくぞここまで!」

 

 なにやら誤解されている気もするが、フェイが口を挟める雰囲気でもなかった。

 

『ナティントラパよ。我の宿る籠手を焦点具として、交神(コミューン)を発動するのだ』

「はっ」

 

 ナティはバハムートの言葉に即座に頷き、コミューンの呪文の準備を始める。

 聖水を『白金竜の籠手』へと振りかけ、香を焚き、時間をかけて詠唱を行う。

 10分ほどの儀式の時間が過ぎた後に、ナティが『白金竜の籠手』に触れて呪文を完成させると、籠手が一際輝き始めた。

 輝きが収まった時、バハムートが再び籠手から声を発する。

 

交神(コミューン)により本体との経路(パス)が繋がれ、我と本体の情報が共有された。フェイ、そしてナティントラパよ。これよりこの世界において、我が言葉はバハムート自身の言葉と思え」

「はい!」

 

 フェイとナティは深々と頭を下げる。小猫は横でその光景を興味深そうに眺めていた。

 

 ◇◇◇

 

 折角だから学園を案内しろとのナティの言葉により、フェイと小猫はナティに学園を案内していた。

 その途中の廊下で随分と人の流れが滞っている。丁度人垣の外側に兵藤やリアス達といったオカルト研究部の上級生組が居たので、フェイはそちらに近づいた。

 リアスはなぜだか無表情で固まっているので、兵藤に声を掛ける。

 

「兵藤先輩、どうしたんです? これは」

「おお、フェイか。あれをどう思う?」

 

 声を掛けられた兵藤は、フェイに視線を向けることなく人だかりの中心を指し示す。

 人垣の向こうには魔法の王笏(マジック・ロッド)と思わしき意匠の杖を器用に振り回し、臍が出んばかりに丈が短い上衣(チュニック)や、下着が見えそうな程短いスカートといった華やかな衣装でポーズを決めている少女がいた。

 

「魔法使い……ですかね?」

「あら、あれは……。まあ、魔法使いね」

 

 意匠としては変わってはいるが、フェイの世界ではあのような格好もそう珍しくは無い。特に鎧を身に着けない魔術師達ならば。

 見て感じた通りを口にしたフェイにナティもなにやら含みは見せるが同意する。

 

「あれ? 普通に見えるのか……ってかその美少女誰だよ!?」

「人間ではあまり見ませんが、エルフの魔術師などは割とあんな感じに露出した衣装が多いですよ? あとこちらは俺の師匠のナティントラパ様です」

 

 フェイとナティの会話でやっとフェイの方に目を向けた兵藤が、ナティを見て驚く。

 フェイは簡潔にナティを紹介した。

 

「ファンタジーすげぇーっ! ってかフェイの師匠ってどういうことだ? どう見てもフェイより年下だろ!?」

「いや、師匠は実際は俺よりもよんっ!! ……まあ少々(・・)年上です」

 

 兵藤の言葉に、フェイが真実を告げようとしたが、直前に悪寒が発したので、慌てて言葉を言い換える。

 言い換えた言葉は許容範囲(セーフ)だったようだ。

 

「ナティントラパよ。フェイが世話になっているわね。長ければナティって呼んでくれていいわよ」

「あっハイ。俺は兵藤一誠っす」

 

 フェイすらも怯えさせる程の殺気を出した元のナティは澄ました顔で自己紹介する。兵藤も驚きながらもそれに応じる。

 そんな事をしているうちに、生徒会の一員である匙が現れ、人だかりを散らし始めた。

 

「オラオラ、解散だ、解散! 通行の邪魔だし、公開授業の日にこんな所で騒ぎを起こすんじゃねぇよ!」

 

 匙やその仲間の生徒会役員達に人垣は散らされ、残ったのは匙たち生徒会とオカルト研究部とその関係者、そして謎の魔術師のみであった。

 

「あんたもこんな所でそんな格好しないでくれよ。もしかして生徒の家族ですか? だとしても場所にあった格好をして下さいよ」

「だってこれが私の正装だもーん☆」

 

 匙が疲れたように魔術師の少女に告げるが、馬耳東風の少女。

 匙は悔しげに奥歯を軋ませる。

 

「いい加減にしなさいよ、セラフォルー」

「あら、ナティちゃんも来てたのね☆」

 

 少女と既に知り合いであったらしいナティが少女――セラフォルーに声をかける。セラフォルー? 聞き覚えのある名前にフェイは首を傾げた。

 

「現四大魔王のお一人、レヴィアタン様よ」

 

 フェイの疑問に補足するように、硬直から再起動したリアスが説明した。

 

「セラフォルーさま、お久しぶりです」

「あら、リアスちゃん☆ 元気にしてましたか?」

 

 リアスの挨拶にセラフォルーは可愛らしく問いかける。

 

「は、はい。お陰さまで。今日はソーナの授業参観ですか?」

「そうだよ☆ ソーナちゃんったら、酷いのよ。今日の事を黙ってて! サーゼクスちゃんから聞かないで今日を逃したら、ショックで天界に攻め込むところだったんだから☆」

 

 どうやら魔王サーゼクスは影で戦争の危機を回避したらしい。

 

「イッセー、ご挨拶なさい」

「フェイ、挨拶」

 

 リアスとナティがそれぞれに挨拶を促す。

 

「は、はじめまして。兵藤一誠です。リアス・グレモリー様の下僕で『兵士』をやってます!」

「フェイです。ナティントラパ様の弟子になります」

「はじめまして☆ 私は魔王セラフォルー・レヴィアタンです☆ 気軽に『レヴィアたん』って呼んでね☆」

 

 どう反応したものか。軽すぎる魔王にフェイと兵藤は揃って乾いた笑いを漏らした。

 するとセラフォルーはフェイとの距離を僅かに縮めて笑いかける。

 

「貴方がフェイくんよね。フェニックスを倒す程の氷結魔法の使い手」

 

 フェイは緊張で生唾を飲み込む。確かセラフォルーは強力な氷結魔法の使い手だという話だ。

 それで競争意識を持たれていたとすれば……。

 

「それにバハムートの信徒。……知ってる? こちらではバハムートは深海の光魚と言われる神獣だってこと☆」

「ええ……サーゼクス様の眷属だとか」

 

 セラフォルーの話の意図が読めず、ただ頷くフェイ。

 

「バハムートはね、こちらの神話ではベヒーモスと同一視される事があってね、ベヒーモスはレヴィアタンと一対の関係といわれることもあるんだよ☆」

 

 そう言いながらもセラフォルーはさらに距離を縮めてフェイの腕を取り、フェイの耳元で囁く。

 

「私、同じ氷結使いのバハムート君に興味出てきちゃたな☆」

「いいかげんにっ」

「離れて下さいっ」

 

 そんなフェイとセラフォルーの間にナティと小猫が入り込み、力ずくで引き剥がした。

 『戦車』と竜の怪力の前には魔王といえども抵抗は出来ない。

 

「何事ですか? サジ、問題は速やかに解決しなさいといつも――!?」

 

 シトリーが現れたのはそんな時だった。匙に説教を始めようとしたが、セラフォルーを目にして絶句する。

 

「ソーナちゃん見ーつけた☆」

 

 セラフォルーがアッサリとフェイから離れ、嬉しそうにシトリーに抱きついていく。

 シトリーの後からやってきたサーゼクスが暢気にセラフォルーに声を掛けた。

 

「ああ、セラフォルーか。キミもここに来ていたんだな」

 

 その更に後ろにはサーゼクスと似たような紅毛の男性――おそらくはリアスの父と、フェニックス夫人、レイヴェルの姿があった。

 

「ふむ、ナティ君はフェイ君ともう会ったんだね。丁度良いから紹介しようか。キミの扱う駒を作成した時の協力者(・・・)スポンサー(・・・・・)だよ」

 

 サーゼクスはそう言って、ナティ(協力者)フェニックス夫人(スポンサー)をそれぞれ示した。

 




気がついたら日間ランキングに入っていました。
いつも読んで下さっている方、評価を下さった方ありがとうございます!

初めて読んで下さった方は気に入って下さったらこれからよろしくお願いします。

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。


D&D知らない人向けムダ知識

交神(コミューン)
 本来は神格あるいはその代理人と交信してYes/Noで答えられる質問をする呪文。
 神の力の及ぶ限りで正しい回答を貰える。
 質問できる回数は術者レベル回。


現実の大渦巻(リアリティ・メイルストロム)
 現実そのものに一時的な穴を穿ち、その中に固定されていない物や生きているクリーチャーを吸い込んで、外の次元へと送ってしまう呪文。
 この作品の冒頭でドラゴンプリーストが命を賭して使った呪文。秘術呪文のはずなのに。


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3話

今回は大分長めです。


 フェイ達は関係者が揃ったので丁度良いというサーゼクスに請われ、オカルト研究部部室へと場所を移していた。

 リアスの父は移動中に出会った兵藤の父母と語る為に案内に木場をつけて行動を別とした。

 シトリーは公衆の面前でセラフォルーに構われる羞恥からその場を逃げ出し、セラフォルーはその(シトリー)を追っていった。その為、部室に移動したのはサーゼクスと共に行動していたフェニックス母娘。そしてフェイ、ナティ、小猫の師弟。その他に丁度セラフォルーが作った人だかりの場に居合わせていたリアス、姫島、兵藤、アーシア、イリナだった。

 

「サーゼクス様、まず私からよろしいかしら?」

「ええ、お願いします」

 

 部室に皆が腰を落ち着けた所でフェニックス夫人が口を開き、サーゼクスも鷹揚に頷いた。

 

「レイヴェルの母でございます。レイヴェルがお世話になっておりますわ。本当は学園を取り仕切っているリアスさん達にはもっと早くにご挨拶に伺う筈でしたが、遅れてしまって申し訳ありませんわね」

「いいえ、そんなことありませんわ、おばさま。本来ならここに来るのも難しかったでしょうに」

 

 フェニックス夫人が恐縮して謝るも、リアスは労わるようにそれをとどめた。

 ライザーとの婚約騒ぎはあまり尾を引いていないようだ、とその様子を見てフェイは判断する。

 

「それからフェイさん」

「――っ! はい、なんでしょう」

 

 余計な事を考えていたのが見抜かれたのか、突然話を振られて慌てるフェイ。

 そんなフェイを見ながらフェニックス夫人は微笑みながら言葉を継いだ。

 

「貴方はレイヴェルと同学年で同じクラスと聞きます。レイヴェルはまだまだ世間知らずです、人間界で変なムシがつかないよう、傍にいることが出来る貴方に守って貰えないでしょうか?」

 

 フェニックス夫人の言葉にナティは、お前の娘が変なムシそのものだと言わんばかりの渋面を作り、小猫も顔を引きつらせる。

 そんな二人の心中を知らないフェイは、力強く頷いて答えた。

 

「俺の力の及ぶ限りは必ず。レイヴェルはお任せ下さい!」

 

 そのフェイの言葉にフェニックス夫人は顔を輝かせ、レイヴェルが顔を赤く染める。その陰でナティと小猫は二人してそっと溜息を漏らす。

 

「感謝致しますわ。……レイヴェル。あなたのすべきことはわかっていますね? リアスさんを立て、諸先輩方の言うことをよく聞き、同輩――フェイさん達との仲を深めなさい。フェニックス家としてその名を汚さぬよう励むのですよ?」

「もちろんですわ、お母さま!」

 

 滔々と諭すフェニックス夫人の言葉に、レイヴェルは赤面しながらも気合をいれて頷いた。

 

「最後にフェイさん。私達フェニックス家も駒の研究に資金提供した以上、内情は理解しています。その上でですが――娘はライザーとトレードした為、私の眷属『僧侶』となっておりますわ。実質フリーの立場となっております、そのことをお忘れなく」

 

 フェイでもフェニックス夫人が何を言わんとしているのかは察する事が出来た。フェイがこれから手にする『駒』に関わる話だ。小猫はトレードという単語に一瞬顔を輝かせた後一転して表情を暗く沈める。レイヴェルは頬を紅潮させたままだ。

 だが、その空気に冷や水を投げかける者がいた。

 

「まあ、ソレ(・・)を決めるのもこの話をしてからだと思うけど?」

 

 ナティは不満げに、だが冷静に問題点を指摘する。

 

「私の協力で作成した、『竜神の駒』(ドラゴン・ピース)。悪魔の魔力の代わりに、竜の魔力と竜神(バハムート)の加護が力のベースとなっている代物よ。『悪魔の駒』のように種族が変わるようなことはないけれど、バハムートを敬いもしない者に託すわけにはいかないわね」

 

 ナティの言葉に一同が沈黙する。――いや、真っ先に声を上げたものがいた。

 

「はい! 私は既にバハムートに改宗したので問題ありません!」

 

 イリナが元気良く手を上げる。ナティは一瞬呆気に取られるも、コイツが居たかと苦々しげな表情を作る。

 

「たしか貴方はバハムートに改宗して力を失ったパラディンだったわね。後で贖罪(アトーンメント)の儀式をするから私の所に来なさい。――他の者は?」

 

 ナティの問いかけにしばしの沈黙。そこにバハムートが声をかける。

 

『ナティントラパよ。汝とフェイはこの次元界における『御使い』(ヘラルド)とする。そして『竜神の駒』を持つモノ達は同じくこの物質界における我が『眷属』(アライズ)とする。弱者を助ける我が教義を尊重し、『眷属』となれる者であれば我は認めよう』

 

 バハムートの語る『御使い』とは、神格が物質界――一般的に肉体を持った生物が生きる世界――に介入するときに遣わす者を指す。バハムートの場合、一般的にはオールド(老成した)以上の年齢段階に達した黄金竜(ゴールドドラゴン)が選ばれる。人間であるフェイや、まだヤングアダルト(成人したての小娘)であるナティには過分の扱いとも言える。

 また、『眷属』とは特定の招請呪文(プレイナー・アライ)に応えて神が遣わす者である。

 

「招請呪文に応じた『眷属』は返礼と引き換えに奉仕を提供する契約を行う。返礼が見合わなかったり、望まぬ内容の奉仕をする必要はないわ」

 

 ナティはバハムートの『御使い』と選ばれた事に感動を覚えながらも、『眷属』に必要な説明を行う。

 信仰呪文に詳しくなかったフェイはなるほど、と納得する。これはまるで――

 

「私達の悪魔の契約と変わらないのね」

 

 リアスも感心したかのように声を漏らす。

 

「わ、私はフェイさまの信じるバハムートさまの教義を尊重できますわ!」

 

 レイヴェルが高らかに声を上げ、もとより純血どころか悪魔ですらない人間への想いを後押ししていたその母も後押しするように頷く。

 

「……私もそれなら構わないわ」

 

 仕方ないとばかりにナティが頷いたところで、サーゼクスが小ぶりのケースを差し出し、中を開けてみせる。

 

「話が纏まったようで良かった。丁度『竜神の駒』の現物が出来上がって届いた所なんだよ」

 

 ケースの中には白金に輝くチェスの駒が一揃い並べられていた。

 

「それじゃあ、フェイが『竜王』(ドラゴンキング)、私が『竜女王』(ドラゴンクイーン)ね」

「ちょっと待って下さい、師匠は俺より強いのだから、配下になど出来ないのでは?」

 

 ナティが仕切りだした所で、慌ててフェイが口を挟む。師匠を配下にするなど畏れ多いことだ。

 

「バカね、フェイ。その為にわざわざ私が開発に協力したんでしょうが。それに『人間』勢力の代表となるには、アンタじゃなきゃ駄目なのよ。他に異論は?」

「「あります!」」

 

 フェイが『竜王』は当然だが、『竜女王』はお前じゃないとばかりにレイヴェルとイリナが口を挟んだ。

 その結果、実力でお互いの座を争うことになり――ナティが『竜女王』、イリナが『竜騎士』(ドラゴンナイト)、レイヴェルが『竜僧侶』(ドラゴンビショップ)へと決まる。

 イリナはもとより、火に完全耐性を持つ黄金竜(ナティ)火の鳥(レイヴェル)が挑むのは少々無謀であった。

 その間、小猫はずっと浮かない顔をしており、リアスもそれをみて悩ましげに思案していた。

 

 ◇◇◇

 

 翌日の放課後、オカルト研究部の部員にナティを加えた面々は、旧校舎一階にある「開かずの教室」とされていた部屋の前に集まっていた。

 厳重に封鎖されており、内側も覗くことも適わぬこの部屋の中に、グレモリー眷属のもう一人の『僧侶』が居るらしい。

 これまで能力が危険視されてリアス・グレモリーには御しきれぬとこの部屋に封印されていたのだが、先日のライザー・フェニックスとの『ゲーム』や、コカビエルの撃破といった実績が評価されて封印を解く事が許されたのだ。

 

「一日中ここに住んでいるのよ。一応深夜には外に出ることも許されているんだけど……中にいる子自身が拒否しているのよ」

 

 魔術による刻印の施された扉に向かって腕を突き出し、魔方陣を展開しながら――魔術による封印を解いているのだろう――リアスが説明する。

 

「引きこもりなんすか?」

 

 兵藤が驚いたように問い返すと、リアスは溜息を吐きながら頷いた。

 

「そんな状態では封印が解けても外に出ようとしないのでは?」

「だからといって、ずっとこのままという訳にもいかないわ」

 

 疑問に思ったフェイがリアスに訊ねるが、リアスは困り顔をしながら首を横に振った。

 

「それに外に出ないとはいえ、パソコンを通じて外の人と接して眷属一番の稼ぎ頭にまでなっているのだから、なんとかなるとは思いますわ」

 

 姫島もそれに補足をする。そんな事を話しているうちに、リアスは扉の封印を解いたようだ。刻印の消えた扉に手をかけた。

 

「さあ、扉を開けるわよ」

 

 そういってリアスが扉を開けると――。

 

「イヤァァァァァッ!」

 

 扉の奥から絶叫が響く。リアスと姫島は全く動じずに溜息を吐くと、二人で部屋へと入っていった。

 

「ごきげんよう、元気そうでなによりだわ」

「ななな、何事ですかぁ?」

 

 部屋の奥の会話がフェイ達の耳に届く。

 

「あらあら、封印が解けたのですよ。お外に出ても良いのです。さあ、私達と一緒にお外に出ましょう?」

「やぁでぇすぅぅ! ここがいいですぅぅぅ! お外になんか出たくありませぇぇん!」

 

 優しく語り掛ける姫島の声。だが、『僧侶』の反応は拒絶だった。

 兵藤とアーシアが顔を見合わせて、部屋の中へと入っていく。木場や小猫達もそれに続いたので、フェイも同じく部屋に入ることにした。

 部屋の内装は女性らしく装飾されていて、部屋の隅にはひとつの棺桶。寝具が見当たらないので棺桶(ソレ)が代わりなのだろう。となれば――

 

吸血鬼(ヴァンパイア)、かしらね」

「アンデッドには見えませんが」

「眷属なんだから悪魔に転生してるんじゃないの?」

「なるほど」

 

 リアスや姫島と共に居る、金髪をした駒王学園の女性徒を見ながら、フェイとナティは小声で会話する。

 

「おおっ、うちの『僧侶』はまたしても外国の女の子ですかっ!」

 

 フェイ達をよそに、兵藤が興奮して喝采を上げた。だが、リアスは兵藤に向かって首を横に振る。

 

「イッセー。この子は見た目は女の子だけれど、紛れも無く男の子よ」

 

 リアスの言葉に兵藤は固まる。『僧侶』は女装趣味があるらしい。

 『僧侶』曰く――女の子の服の方がかわいいから。部屋の内装といい、大分少女趣味を持った少年のようだ。

 見た目も美少女に見えていたため、仲間に美少女が増えたと歓喜していた兵藤の落胆は凄まじかった。

 『僧侶』はそんな兵藤やフェイ達を指してリアスに訊ねる。

 

「ところで、この方達は誰ですか?」

「あなたがここに居る間に増えた眷属――と協力者の部員よ。『兵士』の兵藤一誠、『戦車』のゼノヴィア、あなたと同じ『僧侶』のアーシア・アルジェント。それから『竜王』のフェイ、『竜女王』のナティントラパ、『竜騎士』の紫藤イリナ、『竜僧侶』のレイヴェル・フェニックス。フェイ達は悪魔ではなく竜神の眷属という形になるわ」

 

 それぞれがよろしくと挨拶をするが、『僧侶』はパニックに陥るだけだった。

 

「ひぃぃぃっ! 人増えすぎぃぃぃっ!」

 

 リアスはそんな『僧侶』を落ち着かせるように優しく肩に手を置き、言い含める。

 

「お願いだから外に出ましょう? ね? もう封印されている必要はないのよ?」

「嫌ですぅ! お外怖い! 僕なんか外に出て行っても迷惑かけるだけなんだぁぁぁ!」

 

 だが、リアスの言葉もむなしく『僧侶』は泣き喚くだけだった。

 兵藤がそんな『僧侶』にツカツカと歩み寄り、強引に腕を引こうとする。

 

「ほら、部長も外に出ろって言ってるだろ――」

 

 その時だった。『僧侶』が悲鳴と共に輝きを放ち、兵藤――のみならずフェイとナティ、そして『僧侶』自身を除く全員が静止した。

 

呪文抵抗(レジスト)したわね」

「はい」

 

 呪文抵抗――ドラゴンが種族として保有しており、モンクが修行の末に手に入れる呪文に対する防御能力により『僧侶』の何らかの能力を防いだのだ。

 

呪縛(トランスフィクス)でしょうか?」

「単純な麻痺にも見えないわね。範囲型のかりそめの停滞(テンポラル・ステイシス)?」

 

 指定した条件を満たすまで人を麻痺状態にするトランスフィクスに似た擬似呪文能力か、相手の時間を停止させるテンポラル・ステイシスに似た擬似呪文能力なのか。

 フェイとナティがそのように確認しあっていると、『僧侶』が怯えたように悲鳴を上げて棺桶の中に逃げ込む。

 

「なんで停まらないんですかぁぁぁぁ」

「なんでと言われてもねぇ」

 

 ナティが困ったように声をかけるが、『僧侶』は怯えるばかりで外に出てこようともしない。

 どうしたものか、魔法解呪(ディスペル・マジック)を試してみるか? などとフェイとナティが話していると、静止していた兵藤達が動き始めた。

 

「あれ?」

「おかしいです、何か今……」

「……何かされたのは確かみたいだね」

「あれっ、あの子がいないよ?」

「瞬間移動能力でしょうか?」

 

 兵藤やアーシア、ゼノヴィア、イリナ、レイヴェルが驚きの声を上げるが、それ以外の昔からリアスの眷属で居たものは驚いていない。

 やはり、今のモノが制御できずに封印されたという『僧侶』の能力なのだろうとフェイは考える。

 持続時間があるようだが範囲型の時間停止――確かに恐ろしい能力である。

 

「あの子はそこの棺桶の中ですよ」

「そう、貴方の感知能力は凄いわね」

 

 フェイが『僧侶』の居場所を教えると、リアスは溜息を吐きながら棺桶を開けようとする。

 

「いやだぁぁぁ。停まらないその人達怖いですぅぅぅ」

 

 棺桶の中から聞こえてくる声にリアスは首をかしげながらフェイの方を見る。

 

「俺と師匠は呪文抵抗能力でその子の能力を防ぎました。時間停止能力に見えましたが実際はどのような能力なんです?」

 

 フェイの言葉にリアスを含めて当事者(フェイとナティ)を除く全員が驚きを見せる。

 

「――その子は興奮すると、視界に映した全ての物体の時間を一定の間停止することが出来る神器を持っているのですわ」

 

 姫島が補足する。対象、視界内の全て。思った以上の威力にフェイ達も驚く。

 

「なんでもありね、神器ってのは」

「私としてはあなた達の方が驚きだわ」

 

 ナティの言葉には溜息をもって返すリアス。

 

「つまり神器を制御出来ない為に今まで封印されていたと?」

 

 フェイが確認をするとリアスは『僧侶』が隠れる棺桶を優しく撫でながら頷くと、フェイ達全員に向けて言った。

 

「この子はギャスパー・ヴラディ。私の眷属『僧侶』で、一応は駒王学園の一年生なの。――それから、転生する前は人間とヴァンパイアとのハーフよ」。




Q.なんでわざわざ『竜~』ってつけたの?
A.『竜兵士』(ドラゴンポーン)にしたかっただけです。なおドラゴンボーンはフェイの世界に種族としている模様。

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。

D&D知らない人向けムダ知識

呪縛(トランスフィクス)
 精神的に相手の体を麻痺させる場を作りだす呪文。
 発動時に場の中にいても、後から場に入っても作用する。
 効果を受けた者は術者が指定した条件を満たすか呪文の持続時間が終了するまで麻痺して動くことが出来ない。
 条件は「夜中に日の光がさすまでここにいる」などあり得ない条件でもよい。
 
かりそめの停滞(テンポラル・ステイシス)
 接触した相手の時間を停止させ、活動停止状態にする呪文。
 停止したものは歳も取らず、いかなる外的要因からの被害をうけることもない。
 持続時間は永続で、魔法解呪(ディスペル・マジック)解放(フリーダム)の呪文でこの呪文の効果が取り除かれるまで持続する。


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4話

 『停止世界の邪眼』(フォービトゥン・バロール・ビュー)、それがギャスパーの持つ神器の名前である。

 視界内の相手の時間を停止させるその強力な効果を無意識に発動してしまう事、そしてギャスパー自身が無意識にでも神器の力を増していくほどの才に溢れ、やがてはそのまま『禁手』に至ると目された事が、ギャスパーが封印措置を取られた理由だった。

 しかし、兵藤と木場という二人の『禁手』に至る眷属を持ち、コカビエルを倒したリアスが悪魔の上層部に評価され、今回の封印解除へと繋がる。

 

「しかし、そんな強力な神器を持っていて、本人も吸血鬼として力を持っているのによく『僧侶』の駒ひとつで済みましたね」

 

 リアスの説明を聞いていた兵藤が感心したように漏らす。リアスはその言葉を聞いて中空より一冊の本を取り出し、パラパラと捲って目当ての頁を見つけると兵藤達にその内容を掲げて見せた。

 

『変異の駒』(ミューテーション・ピース)よ」

「ミューテーション……なんです、それ?」

 

 リアスの言葉に兵藤が質問を投げかける。それに答えたのは木場だった。

 

「通常の『悪魔の駒』と違い、明らかに駒を複数使うであろう転生体でも、駒ひとつで転生させるような特異な現象を起こす駒のことだよ。『悪魔の駒』のシステムを作り出した時に生まれた突然変異(イレギュラー)……バグの類らしいんだけど、それも一興ということで残してあるんだ。上位悪魔のうち、だいたい十人に一人くらいは持っているんじゃないかな?」

 

 木場の言葉に兵藤がなるほどと頷き、フェイはまさかとナティの方を見る。

 ナティはニヤリと笑ってフェイに返した。

 

「フェイ、アンタの想像の通りよ。私が登録出来る『変異の駒』を作るのには骨が折れたわ」

「わざわざそこまでする必要もなかったでしょうに」

 

 フェイが溜息を漏らし、ナティもそんなフェイを見て溜息を漏らす。

 その様子を籠手の内から感じながら、師匠の心弟子知らず。だが、ある意味そのように育てたナティントラパの自業自得だなとバハムートは思うのであった。

 

「そういえば、こいつ血は吸わないんですか? 吸血鬼なんですよね?」

 

 思い出したかのように兵藤が尋ねる。

 

「ハーフだからそこまで血に餓えているわけではないわ。十日に一度でも輸血用の血液を補充すれば大丈夫。もともと血を飲むのは苦手みたいだけど」

「血生臭いの嫌ですぅぅぅ。レバーも嫌いですぅぅぅ」

 

 リアスの説明にギャスパーも泣き言を言う。

 フェイの知る吸血鬼(ヴァンパイア)は常に悪の不死者(アンデッド)で、傷を癒す為の吸血や愉しみの捕食はするが、生命維持に必ずしも吸血が必要なわけではない。元の世界の常識はある程度捨てたほうが良いだろう、と改めて実感するフェイであった。

 

「とりあえず、私と朱乃は三竦みのトップ会談の会場の打ち合わせをしてくるから。イッセー、アーシア、小猫、ゼノヴィア、貴方達は私が戻るまでの間だけでもギャスパーの教育をお願いね。祐斗はお兄様があなたの禁手について詳しく知りたいらしいからついてきて。フェイは私達と一緒に来てもらうつもりだけどあとの子は――」

「そうね、私は同席しましょう。イリナとレイヴェルはグレモリー眷属と一緒に、そっちのヴァンパイアの子の面倒を見ていて」

「わかりました」

「了解しましたわ」

 

 リアスが言いかけた所でナティが後の言葉を継いで仕切り、イリナとレイヴェルもそれに頷いた。

 フェイとしてもナティの意見は聞きたかったので都合が良い。

 イリナとレイヴェルにこの場の事を託して、フェイとナティはリアス達と共に、サーゼクスの元へと向かった。

 

 ◇◇◇

 

龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)の聖剣、ねぇ」

「ああ、天界側からの贈物として打診があったよ。兵藤一誠くん――赤龍帝が今後白龍皇や龍王などと戦う可能性もあるだろうし、その足しにとね。勿論悪魔である一誠くんにも使えるような調整が必要なわけだけど。……不快に思ったならすまないね」

 

 龍殺しの聖剣『アスカロン』を兵藤に贈るという話を聞いて漏らしたナティの言葉に、サーゼクスは補足をしながらも軽く謝る。

 ドラゴンが目の前に居るのに龍殺しの聖剣の話などして、という配慮だ。

 だが、ナティはそうではないと首を振る。

 

「ああ、誤解させたかもしれないわね。そういった意味じゃないわ。ただ――そういうのはウチにも欲しいってだけね」

「キミ達にも必要なのかな?」

 

 ナティの言葉に、サーゼクスは意外そうに訊ねる。

 

「『人間』陣営や竜として、というよりもバハムートの信徒としてね。ドラゴンの最大の敵は、ドラゴンなのよ。善竜の神(バハムート)の宿敵もやはり悪竜の神――ティアマトってわけ」

 

 フェイの元の世界で言っても、バハムートの信徒が最大の悪竜殺し(イーヴィル・ドラゴン・スレイヤー)である。バハムートの加護を得た者達は得てして悪竜を滅する力を手にする。例えばバハムートの聖なる守り手(セイクリッドウォーダー・オヴ・バハムート)であるナティも、悪竜に対する強力な一撃の加護を賜っている。

 場合によってはイリナも将来そのような加護を賜ることもあるだろう。それ程までに悪竜との激しい闘争が存在しているのだ。

 竜に対する強力な手段があれば、欲しいと思うのは無理からぬことである。

 

「その辺りはミカエルに打診しておこう、元より『人間』陣営には何を贈るかを考えていたようだしね。――それにしてもティアマトか。こちらの天魔の業龍(ティアマット)とは喧嘩しないで貰えると助かるがね、アジュカの『盟友』なんだ」

「同名存在ってわけね。別に名前が同じだけで敵視なんかしないわよ。そもそも同名だけで言えば、我が神はあなたの眷属と同じ名前なんだけど?」

「それもそうだったね」

 

 サーゼクスの頼みにナティは呆れたように答え、サーゼクスはその答えに苦笑する。

 

「それでこちらからは――『人間』勢力として出すには微妙だけど、私達の世界の魔法の道具(マジック・アイテム)かしらね。勢力に合わせて適当なものを選んでおくわ」

「そうですね、俺の持っている分も師匠は把握しているでしょうし、お願いします」

 

 施されるばかりでは『人間』という勢力を代表する意味がない。対等な関係を主張する為にも対価を用意しようとフェイは考えていたが、ドラゴンであるナティも同じ考えなのがフェイには少々意外だった。

 もっとも、ナティがそう考えるのも全てフェイの為という個人的理由ではあるが、フェイ自身がそれに気付いていないのであった。

 

「ああ、もしかしたらセラフォルーから要望があるかもしれないが、そのときは検討してあげてくれ。キミ達の出すものはきっと彼女好みだからね」

「はいはい、考えておくわ」

 

 サーゼクスとナティの会話を聞きながらフェイはあの魔法使いの衣装を纏った明るい魔王を思い出す。なるほど、彼女が好みそうな品はフェイの所持品だけでも心当たりはある。

 そんな事を考えていると、ナティに横目で睨まれていた。

 

「フェイ、アンタは余計なことしなくていいからね。これ以上人数増えても困るし」

「……? はぁ、わかりました」

 

 ナティの言葉に首を傾げながらもフェイは頷く。

 サーゼクスはその様子をにこやかに笑いながら見ていた。

 途中でリアスがギャスパーの様子を見に行くと退席したが、サーゼクスは姫島と『アスカロン』の調整の段取りや、木場の聖魔剣について悪魔側から他陣営に提供するよう相談を行い、フェイ達も会談で明かす情報の相談や、今後の『レーティングゲーム』参加の調整などに明け暮れた。

 

 そして、三勢力――いや、『人間』を含めた四勢力の会談の日が訪れる。




感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。

D&D知らない人向けムダ知識

バハムートの聖なる守り手(セイクリッドウォーダー・オヴ・バハムート)
 ドラゴン用上級職
 ドラゴンが生来持つ秘術呪文(魔術)の能力が無くなる代わりに、同等の信仰呪文(神の秘蹟)の能力を得る。
 また、敵を威圧すると同時に味方を鼓舞するオーラや、自分や味方を守るバリアを張る能力など、まさに守り手といった能力に目覚めていく。
 バハムートの眷属らしく、悪竜を討つ一撃の能力も備える。
 


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5話

大分間隔が空いてしまいました、申し訳ない。


 会談当日、開始時間が間近に迫った深夜、 オカルト研究部部室にオカルト研究部の面々――グレモリー眷属と、バハムートの眷属達が集っていた。

 会談の会場は新校舎にある職員会議室。既に学園全体が強力な結界で覆われ、学園内外への出入りが出来なくなっている。

 その上、その結界を囲むように天使、堕天使、悪魔の軍勢が集結していた。

 それぞれの軍勢は一触即発の空気をしていた、とは様子を伺ってきた木場の弁だ。

 

「――さて、行くわよ」

 

 リアスの言葉に部員は一同に頷く。

 ただ、その中に一人だけ欠けている者が居た。――ギャスパー・ヴラディ。

 リアスは部室の片隅に置かれているダンボール箱に声を掛ける。

 

「ごめんなさいね、ギャスパー。今日の会談は大事なものだから、時間停止の神器を使いこなせていないあなたを参加させることは出来ないの」

 

 ギャスパーはダンボール箱の中に隠れていた。ダンボール箱は部室におけるギャスパーの棺桶のような役割を果たしているのである。

 

「ギャスパー、ここでおとなしくしていろよ。携帯ゲーム機を置いていくからそれで遊んでいいし、お菓子も用意してるからそれも食っていい。それに紙袋(・・)もあるから寂しくなったら存分に使え」

「はぃぃぃ」

 

 兵藤がギャスパーの世話を色々と焼きながら指示をすると、ギャスパーも涙目になりながらもコクコクと頷く。

 兵藤は後輩の面倒見が良いと感心すると同時に、紙袋を何に使うのだろうかと疑問に思うフェイ。

 

「紙袋なんて何につかうのよ?」

 

 フェイが尋ねる前にナティが口を開いた。

 

「ああ、頭からかぶるんだよ。なんか気に入ってるみたいで」

「はぁ? なにそれ?」

 

 兵藤の答えにナティが聞き返している内に、ダンボール箱から顔を出したギャスパーが実際に紙袋を頭からかぶってみせた。

 紙袋は覆面のように頭全体を覆い、目の部分に開けられた穴からギャスパーの赤い眼が輝きをみせる。

 

「どうですかぁ?」

「うわぁ……」

 

 嬉々として訊ねるギャスパーに対して、言葉も出ないナティ。

 兵藤はそりゃそうだと苦笑しながらも、ギャスパーのフォローをする。

 

「まあ、吸血鬼としてハクを付けたいみたいでさ。俺はある意味凄いと思うし、あまり突っ込まないでやってくれよ」

「……確かにある意味凄いとは思うけどね」

 

 ナティは呆れたように溜息を吐く。横で見ていたフェイもこれ以上触れないのが人情と判断し、微妙な気分のまま部室を後にするのだった。

 

 ◇◇◇

 

 一行が会場へと足を踏み入れたとき、会談の主だった参加者は既に揃っていた。

 悪魔側の席にはサーゼクスとレヴィアタン。また、グレイフィアが給仕の役割を担っている。

 天使側の席には金色の十二枚の翼を持った男性の天使と、白色の羽の女性の天使。

 そして堕天使の席には黒い十二枚の翼を持った男性の堕天使と「白い龍」ヴァーリが座っていた。

 

「私の妹と、その眷属だ」

 

 サーゼクスがまずリアスを指し示して紹介した。

 リアスとグレモリー眷属達が一様に会釈をする。

 

「先日のコカビエル襲撃では彼女達が活躍してくれた」

「報告は受けています。改めて御礼を申し上げます」

 

 サーゼクスの言葉に男性の天使が頷き、リアスに礼の言葉を告げる。

 リアスは再度会釈をするばかりだ。

 

「俺のところのコカビエルが迷惑をかけて悪かったな」

 

 堕天使が悪びれた様子も見せずに軽く謝った。

 リアスは会釈もせずに口元を引きつらせる。

 

「そこの席に座りなさい」

 

 サーゼクスが指示を出し、悪魔側の壁際にある席にリアス達が移動する。

 そこには既にシトリーが席についていた。リアス達はシトリーに並ぶように席についていく。

 だが、フェイ達バハムートの眷属はいまだ元の場所に残ったままだった。

 

「さて、次にフェイ君とその仲間達。――『人間』の代表だ」

 

 サーゼクスの紹介にフェイ達が会釈をする。

 

「天使の長を務めております、ミカエルです。コカビエルを直接倒したのはあなただそうですね。――たしかにあなたは(・・・・)人間のようだ」

 

 男性の天使――ミカエルが懐かしいものを見るかのように頷く。

 イリナが気まずそうに佇んでいるが、ミカエルは優しい目でイリナを見て微笑んだ後、視線をフェイに戻した。

 イリナの事は今この時に話す内容ではないということだろう。

 

「堕天使総督アザゼルだ。先日はお前と聖魔剣使い目当てに会いに行ったんだが、会えなくて残念だったぜ。――昔はお前みたいな奴も少なからず居たんだがな」

 

 そんな事を言い出したのが堕天使――アザゼルだった。

 確かにフェイとナティがサーゼクス達と会談の打ち合わせを行った時に、ギャスパーの訓練を行っていた兵藤達の所へアザゼルが姿を現したと聞いている。

 

「キミ達は人間勢力の席へ」

 

 そんなアザゼルを制すようにサーゼクスはフェイ達に指示を出す。

 堕天使の対面に当たる人間勢力の代表の席にフェイとナティが並び、その後ろの席にイリナとレイヴェルが着く。

 

「さて、これで全員が揃ったわけだが、会談の前提条件をひとつ確認しておく。ここにいる者達は、最重要禁則事項である『神の不在』を認知している」

 

 サーゼクスは一旦言葉を区切り、会議室を見渡すが当然ながら異議を上げるものはいない。

 

「ではその前提で話を進める。最初の議題だが――」

「――当然、『人間』陣営の話だよな?」

 

 サーゼクスの司会に割り込むようにアザゼルが口を挟み、フェイをみてニヤリと笑った。

 

「私としてもその話をまず聞きたいところです。『人間』陣営の代表として参加するという話だけは事前に聞いていましたが、内情までは伺っていないのです。――そもそも、人間たちを導くのが我らの使命だと考えておりましたので、寝耳に水の話ではあります」

 

 更にミカエルが言葉を継ぐ。

 口を挟まれた側のサーゼクスは僅かに逡巡するが、ひとまず頷く。

 

「そうだな、私も構わない。フェイ君もそれでいいね?」

 

 サーゼクスの問いかけにフェイは頷き、立ち上がる。

 

「改めまして、フェイです。まず我々の立場について最初に言っておくことがあります。我々はバハムートという異界の神の信徒となります」

「……異界、の神ですか」

 

 最初に告げたフェイの言葉に対して、ミカエルが動揺を抑えて確認する。

 

「ええ。この世界のどこにも『バハムート』という神はいません。神の勢力も存在しません。強いて言えば、ここにいる者達が勢力の全てです」

「……つまり、他神話勢力の干渉ではないと?」

「干渉といえば干渉になるでしょう。ですがそれが必要だと感じたからこそ、人間としてこの場に立つ判断をしました」

 

 ミカエルの問いかけに、毅然とした態度でフェイは答える。

 その答えを聞いたミカエルは険しい顔をして長い溜息を吐く。

 

「なぜ、それが必要だと感じたのか聞いてもよろしいですか?」

 

 恐らくは答えがわかっているであろうミカエルの問いかけ。

 フェイは迷うことなくそれに答える。

 

「どの陣営も、決して人間の味方とは言えないからです」

 

 まずその一言を発してから、フェイはミカエルへと言葉を投げかける。

 

「あなた方は人間を導くのが使命と言いました。だが、それは信徒に対してだけではないですか? 敬虔な信徒もまた、異教徒や異端と一方的に断じた相手に容易く剣を向ける。だがあなた方の神の信徒だけが人間ではないでしょう。この街に限っても宗教を持たぬ人間は大勢居る」

「正直にいえば神の不在というのはことのほか影響が大きいのです。神ならぬ我々には力も限られ、救済出来るものは限られてしまいます。しかし、あなたもバハムートなる神の信徒というならば同じではないですか?」

 

 ミカエルは苦々しく頷いて答えながらも、フェイに質問を投げ返す。

 

「確かに我々の力も万能とはいえず、手の届くところに限りがあることは認めます。ですが、バハムートの教義はまず救う対象は信徒ではありません(・・・・・・・・・)。バハムートはドラゴンの神で、主な信徒はドラゴンが大半です。司祭ともなれば尚更にドラゴンが中心となっており、私自身も人間ですが竜の血を引く魔術師としての力を持っています。バハムートの教義はドラゴン等の力を持ったものに脅かされる弱者を助け、対抗できる知恵や力を付けさせることが主軸となります。我々は手の届く範囲は信教の区別なく救う、それゆえに『人間』の代表としてこの席につきました」

 

 フェイは臆すことなく朗々と教義を諳んじ、ミカエルはその内容に感嘆を漏らす。

 

「そのような教えの神もいるのですね。……フェイさん、あなたのお隣の女性はドラゴンなのでしょう? そのような存在すらも従えているあなたの力、疑いの余地はありませんね。――あなた達ならイリナを安心して任せられるかもしれません」

 

 師匠(ナティ)を従えているというミカエルの言葉に、この場で訂正するわけにもいかず内心冷や汗を流すフェイ――実際のところは何も心配する必要はないのだが。

 しかし、後半のミカエルの言葉に疑問を覚え、そのまま疑問を口に出す。

 

「イリナのことを心配しているご様子ですが、それならばなぜ異端として追放されたのですか?」

「そうですね、今この場でなら話しても良いでしょう。これはイリナとゼノヴィアだけでなく、アーシア・アルジェントにも関わる話です」

 

 フェイの言葉にミカエルは真剣な表情を作り、訥々と語りだした。

 

 ――曰く、神が消滅した後、加護と慈悲と奇跡を司る『システム』だけが残った。神はこの『システム』を作り上げ、それを用いて地上に奇跡をもたらしていたのだった。悪魔祓いや十字架などの聖具へもたらす効果も『システム』の恩恵だという。それならばフェイの持つ聖遺物がこの世界の悪魔にあまり効果がないという点も頷ける。

 似たような関係でありながらも、そもそもの天使と悪魔の概念が違うのだ。

 そして『システム』はそれを作り上げた神以外が扱うことは困難を極めた。ミカエルを始めとした熾天使達が『システム』を運用しているが、神ほどには加護も慈悲も行き届かなくなっていた。

 また、アーシアのような神の敵となるような堕天使や悪魔までをも癒すような神器の持ち主や、イリナやゼノヴィアのような上級天使以外で神の不在を知るような者は、『システム』の根幹たる信仰を揺らがせ、『システム』に大きな影響を及ぼしてしまう問題があった。

 そのためにアーシア達は異端とされ、教会から追放されたのだ。

 

 教会としても苦渋の決断だったと、ミカエルはアーシアとゼノヴィア、イリナに対して頭を下げる。

 だが三人とも今の生活が幸せだと、笑ってそれを赦すのだった。




SEをやっている自分としては『システム』の話は身につまされるものがあります。
きっと仕様書とかも一切残ってなかったんでしょうね。

『聖母の微笑』=ウィルスに感染した記憶装置扱い 
ゼノヴィア(イリナ)=管理者権限がないけどバックドア知っちゃった人

的な理解。

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。



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6話

さらに間隔が空いてしまいました。次はもっと早く提供できるよう頑張ります。


 フェイはアザゼルへと向き直り質問を投げかける。

 

「堕天使は、神器を研究していると聞いています。そして、神器を持つ人間を危険視して後顧の憂いを断とうと殺している場面にも私は出くわしています。これについては堕天使総督から何か意見はありますか?」

「まあ、事実だな。俺たち堕天使は、害悪になるかもしれない神器保有者を始末しているのは確かだ。組織としては当然の判断だと思っている。将来、外敵となるかもしれない者を事前に察知できたら始末したくなるものだ」

 

 アザゼルはフェイの問いかけにやや真剣な態度で答えた。

 

「つまり……人間を潜在的な敵とみなしているわけですね。我々もみすみす同胞を殺されるわけにはいかない。このままなら将来確実に外敵になりますが、始末しに来ますか?」

「クハハッやっぱり面白ぇな、お前さん。だが神器を扱いきれない者はどうする? 例えば『停止世界の邪眼』のような力を持つ者を放置は出来ないだろう?」

 

 アザゼルの答えにフェイは更に問いかけを重ねるが、アザゼルは笑いを漏らし別の問いをもって返す。

 フェイは真っ向からその問いに答える。

 

「扱う知識が足りないなら教えれば良い、力が足りないのならば鍛えれば良い。暴走するのならば神器を封じるという手段もあります。少なくとも、事前に始末するという選択は我々にはない。勿論神器を用いて悪事を働くというのならば、罪には罰を与えて然るべきだとも考えていますが」

「そりゃそうだな、秩序がなければ暴走するだけだ。無論そんなものがなくても高潔な奴は居るだろう、だがそうでない者も大勢居る。そういった連中をどう御するかだが……しばらくはお手並み拝見といかせてもらうぜ。配下の連中にもよく言っておく――俺ら堕天使は人間陣営の代表を認めよう!」

 

 フェイの答えにアザゼルはニヤリと笑うと、高らかに宣言した。

 

「私達の問題は『はぐれ悪魔』……かな?」

 

 フェイとアザゼルのやりとりを黙って聞いていたサーゼクスが口を開いた。

 サーゼクスの言葉にフェイは頷きながらも言葉を加える。

 

「そうですね……ただ、他の陣営もそうですが、それに加えてあまりにも人間を舐めすぎている(・・・・・・・)と感じていますが、ね」

「舐めすぎている……か」

 

 フェイの言葉を反芻するサーゼクス。

 

「『人間風情』という言葉を俺はここに来てから何度となく耳にしました。堕天使からも、悪魔からも」

 

 続けてフェイが言った内容に心当たりがあったグレイフィアは気まずげに視線を外し、まさに兄がそのような言動をしていたレイヴェルはフェイの後ろで小さくなる。

 

「つまり、その程度の存在としか思われていないという事でしょう。グレモリーやシトリーは人間の生活に混じり比較的友好な立場でいますが、全ての悪魔が同じようには見えません。だからまず、見下している顔を同じ高さに向けさせます。――そのように貴方は画策しているのでしょう?」

「さて、どうだろうね」

 

 続けてフェイが確認するようにサーゼクスに問いかけると、サーゼクスは微笑みながらはぐらかす。

 

「ともあれ『はぐれ悪魔』については我々としても問題視している。この先も対策を講じていくと約束しよう。人間陣営の代表は我々から持ちかけた話だから、否やはないね」

「天使側も人間陣営の代表を認めましょう。彼を信じようと思います」

 

 サーゼクスの言葉に続けて、ミカエルが頷き追従する。

 

「さて、最初の議題である人間陣営の話については皆の理解を得られたと思う。今後の話にはその前提で会話に加わってもらう。それでは次の議題だが――」

 

 サーゼクスが司会役として議題の進展をコントロールする。ミカエルはあえて口を挟むことも無く、アザゼルは元より進行を任せている部分もある。そしてフェイにも特別に口を出すような理由はなかった為、順調に議題が進んでいく。

 そして議題の焦点がコカビエルの顛末へと移り、リアスが立ち上がり一部始終の説明を行った。

 

「――以上が私、リアス・グレモリーとその眷属悪魔、そして協力者が関与した事件の報告となります」

「事件の協力者としてその内容を保証します」

 

 リアスが全てを言い終えると、フェイもそこに一言を加える。

 サーゼクスはリアスに頷くと着席するよう促し、リアスもそれを受けて着席した。

 

「さて、アザゼル。堕天使総督としてこの報告に対する意見を聞きたいのだが」

 

 サーゼクスがアザゼルに問いかけると、アザゼルは不敵な笑みを漏らして答える。

 

「先日の事件は堕天使の中枢組織『神の子を見張る者』(グリゴリ)の幹部コカビエルが総督の俺や他の幹部に黙って、単独で起こしたものだ。そして今の報告の通りコカビエルは倒されたし、それ以外の連中は『白龍皇』が処理を行った。その辺りは事前に転送した資料に全部書いてある筈だぜ」

 

 アザゼルの言葉を受けて、サーゼクスが再び問いかける。

 

「ひとつ訊きたいのだがね、アザゼル。ここ数十年で神器の所有者をかき集めているのはなぜだ? 最初は人間達を集めて戦力増強を図っているのだと思っていたのだが……」

「ええ、天界か悪魔に戦争を仕掛けるのではと危惧していました。『白い龍』を手に入れたと聞いた時は警戒したものですが、戦争を仕掛ける素振りすら見せなかった」

 

 サーゼクスの言葉を継いでミカエルもまた補足した。

 その二人の言葉を聞いてアザゼルは苦笑して答える。

 

「神器研究のためさ。なんだったら一部研究資料をお前ら――特に人間陣営に送ろうか? 少しは暴走するような神器も減るだろう。それに今更戦争をしようだなんて思わねぇよ、俺は今の世界に十分満足している。部下にも『人間の政治に手を出すな』と強く言い渡しているんだ。――まあ、一部の部下が暴走した事についてはなにも言い訳できないがね」

 

 アザゼルは一旦言葉を区切ると周囲を見渡した。

 

「それにこれ以上こそこそ研究するのも性に合わないとも思っていたんだ。わざわざ人間陣営なんてのも立てる位だ、お前らも最初からそのつもりなんだろう? だったら手っ取り早く和平の話を進めようぜ」

 

 アザゼルのその言葉に一同――特に悪魔と天使の面々が驚きに包まれる。

 

「私も最初からその予定でしたが、あなたから言い出すとは思いませんでしたよ」

 

 驚きから立ち直ったミカエルが微笑みながら言う。

 

「我々も同意見だ。戦争は我らも望むべきものではない。――次の戦争を行おうものなら悪魔は滅びるだろうね」

 

 サーゼクスの言葉にアザゼルも頷く。

 

「そう、戦争なんて始まった日には三陣営は共倒れに終わる。人間陣営だって今の戦力では巻き込まれて散々な影響を受けて、世界ごと終わりに向かうだろう。だから俺らはもう戦争を起こせない」

 

 アザゼルの言葉に、フェイはしばし思案をしてから口を開いた。

 

「それでもコカビエルは戦争を起こそうとしていた。彼が特別だとは思いたいが、全員が全員上層部の意向に従うわけでもないでしょう。その危険性はないのですか?」

「……まあ、正直全くないとは言えねぇよ。これは堕天使陣営に限らず、全ての陣営で起こりうる問題だ。現状に不満を抱えている連中はどこにだっている、人間だって例外じゃない――お前は俺らが人間を舐めていると言ったがな、俺らにとってもそうではない(・・・・・・)連中も確かにいるんだ」

 

 フェイはアザゼルの返した言葉に引っかかりを覚え、更に問い詰めようとしたその時――時間が停止されかけたのを感じた。

 だが、呪文抵抗によりフェイに対する効果は打ち消される。

 フェイは即座に周囲を確認する。ナティはフェイと同様に呪文抵抗能力がある為に無事、イリナは咄嗟に『降魔の聖剣』を構えた為、隣にいたレイヴェル共々聖剣の呪文抵抗能力に護られた。他の陣営も首脳陣は無事だが、グレモリー眷属のうち小猫、アーシア、姫島、加えてシトリーは時間停止の巻き添えを喰らったようであった。

 上位存在は当たり前のように呪文抵抗を持っているモノであるため、この結果も概ね納得出来る。

 それ以外の者も動ける者はなんらかの要因で抵抗能力を得ているのだろう。

 フェイは停止した小猫の様子を確認しながらリアスに訊ねる。

 

「これは『停止世界の邪眼』の暴走ですかね?」

「ええ、そうだと思うけどここまで広範囲に発動するなんて……」

「おそらく禁手化したのさ。力を譲渡できる神器か魔術なりを使ってな」

 

 会議室の窓から外を確認していたアザゼルが口を挟んでくる。

 

「魔術?」

「見ろよ、あの連中を」

 

 フェイがアザゼルの示す方角を確認すると、黒いローブを来た魔術師然とした連中が校庭や空中を埋め尽くし、フェイ達の方へも魔術による攻撃を加えようとしているが、全て結界で防がれている。

 

「いわゆる魔法使いって連中だな。ま、お前さんには今更魔法を解説する必要もないだろうが、一人一人が中級悪魔クラスの実力は持ってそうな連中だ」

「アレが人間側で不満を抱えた者ということですか……」

 

 先ほど訊ねようとした事が、現実として襲い掛かって来てしまったことに軽い頭痛を覚えながらも、フェイは襲撃者について考える。

 力を持つ者(三陣営)の抑え付けに対する人間の反発というならば、ある意味ではフェイの立場に近いとも言える。彼らの主張を聞けば協調まで持っていくことは出来るかもしれない。

 だが、現状として奇襲に近い形で襲ってきているのならば、その前に暴発を叩く必要はあるだろう。

 人間の力を示す必要はあるが、それが無秩序な存在であってはいけない。

 そこまで考えて、フェイはナティに提案する。

 

「あれが人間の暴動だというのならば、俺らで抑える必要があります。まずは時間停止の神器を抑えに行きましょう」

 

 ナティはフェイの言葉に少し考え込むと、頷いて指示を出そうとするが、そこにリアスが横から口を挟んできた。

 

「待って。ギャスパーの救出には私が行くわ。ギャスパーは私の下僕、私が責任を持って奪い返します」

 

 そのリアスの言葉にサーゼクスがふっと笑う。

 

「リアスならそう言うと思っていたよ。――しかし、どうやって旧校舎まで行く? この新校舎の外は魔術師だらけで、魔方陣による転移も魔術で抑えられているだろう」

「――っ!」

 

 サーゼクスの冷静な指摘にリアスが口ごもる。

 そこでフェイが口を開いた。

 

「俺にいくつか試せる手段があります」。

 




「私にいい考えがある」は自重しました。

感想・指摘などあればよろしくお願いします。



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7話

「俺にいくつか試せる手段があります」

 

 フェイの言葉に会議室にいる主だった面々が顔を向ける。

 

「どんな手段か聞いてもいいかな?」

 

 サーゼクスが代表して問いかけると、フェイは人差し指を立てながら答える。

 

「まず第一の手段。俺の持つ瞬間移動(テレポート)の呪文。魔方陣を用いた転移とは作用が異なっている為、防御がなされていない可能性があります」

 

 続けてフェイは二本目の指を立てる。

 

「第二の手段。呪文の巻物(スペル・スクロール)から、エーテル化(イセリアルネス)を発動する。――この呪文は対象を不可視かつ実体を持たないエーテル(幽体)状態と化します。壁も床も無視して移動できるので、敵を避けて目的地まで進めるのではないかと」

 

 更に三本目。

 

「第三の手段。魔術による封鎖が『レーティングゲーム』で転移を禁じられているのと似た技術を用いられているという前提での話ですが、『竜戦車』の駒とキャスリングが出来るならばその制限も無視できるはずです。ただ、キャスリングでは俺個人での転移になるだろう事を考えると、挙げた順番に試すのが良いかと思います」

 

 フェイの挙げた三つの提案にサーゼクスは少し考え込むと、フェイに訊ねた。

 

「『竜神の駒』は旧校舎に置いてあるのかい?」

「いえ、俺自身が所持しています。――ですが、オカルト研究部の部室に今すぐ置くことは可能です」

 

 フェイは一旦首を振って否定するものの、不敵な笑みを浮かべて18インチ(約46センチ)程の鉄の輪を取り出して見せた。

 リアスはその鉄の輪を見てアッと声を上げる。

 

「それはフェイが伝令用にって部室に置いていた鉄の輪よね」

 

 フェイはリアスに頷いて答えた。

 

「ええ、これは環状門(リング・ゲーツ)。これと対となる鉄の輪をオカルト研究部の部室に置いてあります。そしてこの鉄の輪にくぐらせた物は、対となる輪から出現する。一日に100ポンド(約45Kg)までの制限はありますが、大きさと重量をクリア出来ればどんなものでも転送できます。これ自身の動作は確認しています」

 

 フェイの説明にアザゼルが感心すると同時に疑問の声を上げる。

 

「おいおい、そんな便利なモンがあるのかよ。神器じゃねぇよな? そんなの聞いた事ないぜ」

「俺の世界のマジック・アイテムですよ。詳細はまた後で。――それで、まずテレポートを試そうと思うのですが」

 

 フェイはアザゼルに答えながらも一旦言葉を切り、悪魔陣営の席を確認する。そちらにはナティとイリナが移動していた。

 そしてイリナの『降魔の聖剣』の魔法解呪の能力によって小猫達の時間停止が解除され、動き出していることを確認する。

 

「テレポートを試みる要員は、グレモリー眷属と師――ナティを除いたバハムート眷属という事で」

 

 思わずナティの事を師匠と言い掛けたが、睨まれたので即座に訂正する。眷属のリーダーたるフェイが公の場で配下を師匠などと呼ぶなというのがナティの主張だ。フェイ自身は恐れ多いと考えているが、ナティは断固としてその主張を曲げない。

 ナティ自身としてもフェイの意識改善に好都合な状況であると考えているという事実は、フェイには与り知らぬ事である。

 フェイ自身の魔力はグレモリー眷属とナティを含めたバハムート眷属を転移させる余裕はあるのだが、あえてナティを外した。その理由は――

 

「ま、それが妥当ね。私はこの外で一仕事してくるわ。――本来の姿でね」

 

 ナティが笑いながらフェイの言葉に答える。

 本来の姿――全長55フィート(16メートル)を超える金竜として外の魔術師の制圧を期待されている事を、ナティは理解していた。

 実際に人間の姿でいるよりも遥かに強く、そして畏怖を与えられる。また、相手の筋力を奪う弱体化のブレスにより、なるべく殺さずに制圧することも出来る。この状況に適した選択であった。

 フェイはグレモリー眷属とナティを除くバハムートを集め、互いに触れさせる。

 フェイ自身もレイヴェルとイリナの手を取って、テレポートの呪文を発動する。しかし――

 

「――失敗ね」

 

 ナティの言葉が結果を語っていた。

 テレポートの呪文自体が発動しなかったのだ。フェイの予想に反して、テレポートの呪文に対する防御も作用していたらしい。

 

「仕方ありませんね、では第二の手段を――」

「いや、キャスリングによる転移にしよう」

 

 フェイが速やかに次の手段に切り替えようとしたところで、サーゼクスが提案する。

 

「呪文の巻物は補充が難しいのだろう? 確かにキャスリングで単身乗り込むのは無謀だが、私の魔力方式でキャスリングを複数人転移可能に出来るはずだ。どうかな、グレイフィア?」

「そうですね。この場では簡易術式でしか補正出来ないので、王であるフェイ様ともうお一方なら……」

「ならば私が!」

 

 サーゼクスの言葉にグレイフィアも補足をする。それを受けてリアスが声を上げた。

 だが、サーゼクスが静かに嗜める。

 

「リアス、フェイ君もキミも王だ。眷属を放って王だけが二人で行くのはあまり薦められないね」

「でもギャスパーは私の眷属なんです!」

 

 兄であるサーゼクスの言葉にも、リアスは強く反発する。

 

「だったら俺が――」

「リアス様! サーゼクス様!」

 

 兵藤が声を上げようとしたところで、小猫の叫びがそれに被さる。

 

「お願いがあります!」

 

 これまでになく強い語調で真剣な小猫の言葉に、サーゼクスもリアスも小猫の方に向き直る。

 

「リアス様、サーゼクス様。私はサーゼクス様に命を救われ、リアス様に心を救われました。その恩に背くことになることを承知でお願いします。私を……トレードして下さい」

 

 その小猫の言葉に、グレモリー眷属の面々は一様に驚く――深く溜息をついたリアスを除いて。

 リアスは小猫がいつかこの言葉を言い出すことを薄々感じ取っていた。レイヴェルがトレードをしたという話を聞いたときの反応、そして常々見せるフェイへの態度。まだ先の事だと思ってはいたが、このタイミングで切り出すとは――いや、このタイミングだからこそなのかもしれない。少なくとも今トレードをすることで、リアスにとって利はあるのだ。

 リアスは逡巡するが、意を決して小猫に語りかける。

 

「いい、小猫。グレモリーの一族は眷属を愛し大事にする一族なのよ。だから、眷属の心を殺したまま主人面をして君臨などしていられないわ。私はあなたの想いを尊重する……でもあなたは私の大事な家族のままよ。辛くなったらいつでも戻ってきなさい」

 

 優しく抱きしめながら語りかけるリアスの言葉に、小猫はポロポロと涙を流しながら頷く。

 感動的ともいえる場面に、水を差すものが一名。

 

受け入れ側(フェイ)の確認もなしで話を進めないでよ! ――まあ、どうせ結果は見えてるけど」

 

 投げやりに吐き捨てたナティの言葉に、リアスと小猫は慌ててフェイの方を伺う。

 

「本当にいいんだな?」

 

 フェイが小猫に問いかけると小猫は無言のまま頷き、リアスもまた頷きながらその判断を肯定する答えを返す。

 

「ええ、小猫自身が望み、その相手にも問題がないのならば、私は主として小猫の判断を尊重するわ。……ただ、小猫を泣かすような扱いをしたら許さないわよ」

「――承知しました」

 

 リアスの脅しともとれる言葉にフェイは真摯な態度で首肯した。

 

 ◇◇◇

 

「ではキャスリングするのは私と――」

「はい! 今度こそ俺が!」

 

 『竜戦車』(ドラゴン・ルーク)の駒とのトレードで手にした未使用の『戦車』の駒を手にしながらリアスがグレモリー眷属の方を向くと、兵藤が威勢よく手を上げた。

 サーゼクスは兵藤に目を向けるが、そのままアザゼルに向き直る。

 

「アザゼル。神器の力を一定時間自由に扱える研究をしているという噂だったが、『赤龍帝の籠手』の制御は可能か?」

「ほう……」

 

 アザゼルはサーゼクスの言葉に感嘆を漏らすと考え込む。そしてすぐさま懐を探ると、腕輪を二つ取り出して兵藤に放った。

 

「おい、赤龍帝。こいつを持っていけ」

「俺は兵藤一誠だ! ――これはなんだよ?」

 

 兵藤は腕輪を受け取るとアザゼルに問いかける。

 

「そいつは神器の力をある程度抑え、制御しやすくする腕輪だ。ひとつは例のハーフヴァンパイアに付けてやれ、少しは制御しやすくなるだろう。もうひとつはおまえ自身がはめろ。短時間なら対価を支払わずに禁手化できるはずだ」

「すげぇ、こんなモノまであるのかよ……」

 

 アザゼルの説明に驚く兵藤。アザゼルは更に説明を続ける。

 

「実際に禁手化するのは最後の手段にしておけよ。禁手化したら体力か魔力を激しく消耗させるはずだが、ソイツはその消耗までは調整してくれん。……よく覚えておけよ、今のお前は普通の人間(・・・・・)に毛が生えた程度の悪魔だ。いかに神器が強大でも宿主が役立たずなら弱点となる。――その自覚を持って神器を真に使いこなせるようになれ」

「ああ、わかってる」

 

 アザゼルの言葉を受けて、兵藤は神妙な顔をして頷いた。

 

「さて、キャスリングの調整にはもう少しかかりそうだし、私はそろそろ出て陽動でもしておきましょうか」

「ヴァーリ、お前も行ってこい」

 

 キャスリングの拡張術式の調整を行っているリアス達を横目にナティが陽動を申し出ると、アザゼルもまたヴァーリに陽動を命じた。

 

「問題になっている神器持ちとテロリストを旧校舎ごとまとめて吹き飛ばしたほうが早いんじゃないのか?」

 

 だが、ヴァーリは事も無げに危険な発言を行う。

 

「相手は魔王の身内なんだ、和平を結ぼうって時にそれはやめろ。どうしようも無くなったときの最後の手段として考えてはおくがな」

「やれやれ、了解」

 

 嗜める様でいてその手段自体は放棄していないアザゼルの言葉に、ヴァーリは溜息を吐きながらも同意すると、背中に光の翼を展開させた。

 

「――禁手化(バランス・ブレイク)

Vanishing(バニシング) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!!!』

 

 ヴァーリが呟くと、音声と共にヴァーリの体を真っ白なオーラが覆う。白い光がやんだとき、ヴァーリの体は白い輝きを放つ全身鎧(フル・プレート)に包まれていた。

 

「それが話に聞いていた『白い龍』の禁手化ね。――じゃあ私も行きましょうか。『白い龍』や『赤い龍』にとっては小娘にしか過ぎないでしょうけどね」

 

 ナティはそう言い置くと会議室の窓際に近づくと窓を開放し、一気に外に飛び出した。

 ナティの全身が見る見ると変化していき、巨大な竜の姿へと変貌する。

 真の姿を既に知っていたフェイと、ある程度見抜いていた上層部を除き、残った面々はその変貌に呆気にとられれ、ヴァーリは笑い出す。

 

「ハハハッ、やっぱり面白いな。あのドラゴンも、それを従えるアンタも。今のところ宿命のライバルくんよりもよっぽど興味深い存在だぜ」

 

 ヴァーリはフェイにそれだけを言うと、ナティに続いて上空へと飛び出していった。

 外に出た二人の行動は対照的ともいえるものだった。

 ナティは高速で上空を過ぎ去りざまの弱体化ブレスや呪文により殺すことなく戦力を着実に削いでいき、周囲を囲まれた際には尾による一掃攻撃により敵を打ち払っていく。

 ヴァーリはナティとは正反対に集中砲火にも構わずに敵の群れへと突っ込んで行き、大質量の波動弾を放って敵を消滅させていく。

 まさに人間に対する姿勢(スタンス)の違いが如実に現れた二人の戦闘の姿であった。

 だが、二人がどれだけ敵を無力化し、消滅させていっても次から次へと魔方陣が展開して増援が送り込まれてきていた。

 

「アザゼル。もしやとは思うが連中に心当たりは?」

 

 その光景を見ていたサーゼクスがアザゼルに問いかける。

 

「――ない、とは言えねぇな。さっきも言っただろう? 俺たちは戦争を望まない。だが、そうでない連中もいるんだ」

「では?」

 

 アザゼルの答えにミカエルが先を促す。

 

「――『禍の団』(カオス・ブリゲード)。この名前がわかったのは最近だが、うちの副総督シェムハザがそれ以前からも不審な動きをする集団として目をつけていたのさ。そいつらは三大勢力の危険分子を集めている。さらに――」

 

 アザゼルは一旦言葉を区切ってフェイを見る。

 

「禁手に至った神器持ちの人間もな。『神滅具』持ちも何人か確認している」

「その者達の目的は?」

 

 ミカエルがアザゼルに訊ねる。

 

「破壊と混乱。連中はこの世界の平和が気に入らないのさ。単純な話だろう? ――要は最大限に性質の悪いテロリストだ。組織の頭は『赤い龍』と『白い龍』の他に強大で凶悪なドラゴンだよ」

 

 そのアザゼルの言葉に、三陣営の上層部の面々が息を呑む。

 

「……そうか、彼が動いたというのか。『無限の龍神』(ウロボロス・ドラゴン)オーフィス。この世界が出来上がった時から最強の座に君臨し続ける、神が恐れたドラゴン……」

 

 サーゼクスが表情を硬くする。だが、フェイにとってはその言葉は他とは異なる意味としてもたらされた。

 『無限の龍神』オーフィスがアザゼルやサーゼクスの言う通りの存在なのならば、フェイ――いや、バハムートの信徒にとって、宿敵とも呼べる存在である。

 世界に混沌と破壊をもたらす、ティアマトと同類の存在なのならば――。

 

『そう、オーフィスが「禍の団」のトップです』

 

 突如割り込んできた声と共に、会議室の中央に魔方陣が展開される。

 

「そうか、今回の黒幕は――」

「そんな、まさか――」

 

 サーゼクスはその文様を見て舌打ちし、セラフォルーは驚きに動きを固めた。

 

「グレイフィア、リアスとイッセーくんを早く飛ばせ」

 

 サーゼクスがそう指示をすると、グレイフィアは兵藤とリアスの二人を部屋の隅へと移動させ、『キャスリング』の魔方陣を展開させた。

 

「お嬢様、ご武運を」

「ちょっと、お兄様、グレイフィア――」

 

 リアスは全ての言葉を発しきる前に、魔方陣の光に包まれ消えていく。

 そして会議室中央の魔方陣からは一人の女性が現れていた。

 

「――カテレア・レヴィアタン」

 

 サーゼクスが女性の名を苦々しげに吐き捨てた。

 




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D&D知らない人向けムダ知識

環状門(リング・ゲーツ)
 二つ一組の鉄の輪。
 使用するにはどちらも同じ次元界にあって、互いに100マイル(約160Km)以内の距離にある必要がある。
 一方の輪に入れたものはもう一方の輪から出てくるが、一日に100ポンド(約45Kg)までの制限がある。
 ただし、一部を出してまた戻す分は制限重量に入らない。
 この道具を使うと、アイテムはおろか、伝言や攻撃ですら瞬時に転送出来る。
 頭だけ出して周囲を見回したり、輪に向けて呪文をぶっ放して転送させたりと幅広い使い方が出来る。
 わかる人だけわかる説明をすれば出現しっぱなしで持ち運びが出来るスキマ。


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8話

大変お待たせしました。



「御機嫌よう、現魔王(・・・)のサーゼクス殿」

 

 不敵な物言いで魔方陣から現れた女性――カテレア・レヴィアタンがサーゼクスに挨拶をする。

 フェイもカテレアの事は悪魔界隈の情報を調査した際に名前だけ知っていた。先代――魔王が世襲だった頃のレヴィアタンの血を引く旧魔王(・・・)の一族。

 『赤い龍』『白い龍』との戦いで旧四大魔王が滅び、新たな魔王を打ち立てて今後の悪魔の行く末を決めようとした際に、最後まで徹底抗戦を唱えていたのが旧魔王の一族だった。

 だが、長き戦争により戦力が疲弊し、種の存続すらも危ぶまれた悪魔が選択したのは、サーゼクス達穏健派を魔王とした新政権の樹立と、タカ派の旧魔王軍の一門の左遷――冥界の隅への追放だった。

 穏健派ならばこそ主張が異なるだけの旧魔王派への厳しい処断は出来なかったのだろうし、もしフェイ達が同じ立場でもそれは同じだったろう。だが、旧魔王派の不満は燻り続けていた――そして目の届かぬことをいいことに陰ながら力を蓄え、機を伺っていたのだろう。

 現にカテレア・レヴィアタンは挑戦的な笑みを浮かべてサーゼクスに言い放つ。

 

「旧魔王派の者達はほとんどが『禍の団』に協力することを決めました」

「新旧魔王の確執が本格的になったわけか。悪魔も大変なもんだ」

 

 カテレアの言葉にアザゼルは他人事のように笑う。

 

「それは言葉通りの内容と受け取っていいのだな?」

 

 問いかけるサーゼクスに対して、カテレアは慇懃に頷く。

 

「サーゼクス、その通りです。今回の攻撃も我々が受け持っております」

「――クーデター、か。……カテレア、何故だ?」

 

 カテレアの回答にサーゼクスは呟くと改めて問いかける。

 

「サーゼクス、今日の会談とはまさに逆の結論に至っただけです。神と先代魔王が居ないのならば、この世界を変革すべきだと私たちは結論付けました」

 

 カテレアは理屈をつけて説明しているが、恐らく本音は異なるだろうとフェイは考える。

 旧魔王派のおかれている現状、そこに至ったまでの流れを考えれば、ある程度はフェイにも推測出来た。

 それほどまでにこの世界の悪魔は人間臭く……、そして穏健派の人は良すぎたというだけの話だ。

 

「……どうだかな」

「なんですか、人間」

 

 言葉を口に出したフェイにカテレアが視線を向ける。

 

「神と先代魔王が居なければ……なんてものは建前だろう。変革などと聞こえの良いことを言うが、結局は自分たちの思い通りにならない世界を打ち壊して、自分たちの思い通りにしようというだけだろう――そんな連中をごまんと見てきた」

「なっ、我等の理想を馬鹿にするのかっ」

 

 フェイの言葉にカテレアが気色ばむ。

 

「俺はそれを理想とは呼ばない。――欲望だ。なまじ実権を握っていた旧魔王派が実権を奪われたものだから、本来持っていた正当な権利(・・・・・・・・・・・・)を取り戻そうとする。それだけの話だろう? だが――たとえそれがアンタ達の正義だとしても、暴力を持って征服するそのやり方を、俺は、バハムートは認めない!」

「ちっ、たかが人間が偉そうにっ! 正当なるレヴィアタンの血族である私が魔王となるべきなのですっ! その邪魔をするなっ!」

 

 フェイはカテレアに向かって静かに断言する。

 それを受けたカテレアはフェイを憎々しげに睨み付ける。

 そんなカテレアをセラフォルーは悲しげに見つめ、アザゼルは本音が出たなとニヤリと笑った。

 

「ベヒーモスとバハムートは元は同一……でしたか」

 

 フェイはカテレアを向いたままセラフォルーに話しかける。

 

「え? 確かに前そう言ったけど……」

 

 フェイの発言の意図が掴めず、戸惑いながらセラフォルーは答える。

 

「ならば……レヴィアタンの対となる存在、ベヒーモスの代わりとして、俺が彼女の相手をします。よろしいですね」

 

 続くフェイの言葉はセラフォルーのみならず、首脳陣全員に向けたものだった。

 同時に構えを取り、白金竜の篭手を顕現させる。

 

「フェイ君……」

「おお、そいつが噂の神器か。後でじっくり見せてもらいたいもんだぜ」

 

 セラフォルーはフェイの言葉に涙ぐみ、アザゼルは顕現された白金竜の篭手を見て軽口を叩く。

 

「……カテレア、降るつもりはないのだな?」

 

 サーゼクスが最後の確認といった風情でカテレアにたずねると、カテレアは首を横に振って答える。

 

「ええ、サーゼクス。あなたは良い魔王でしたが、最高の魔王ではありませんでした。私達は最高の魔王を目指します」

「……残念だ」

 

 カテレアの答えに、サーゼクスは本当に残念そうな表情を浮かべる。

 その様子を横目に、突如アザゼルが会議室の窓に手を向けると、窓際全域を吹き飛ばした。

 

「お前ら、こんな中でやる気か? 外でやれ、外で。それとも俺ら全員相手にして勝てる自信があるのかね?」

 

 挑発するようなアザゼルの言葉に、カテレアは舌打ちすると上空へと飛び出していく。

 

「小猫、イリナ、レイヴェル。お前達は外の魔術師を無力化してくれ。自らの安全を第一にな」

 

 フェイは残る仲間にそれだけ指示を出すと、カテレアの後を追って上空へと飛び出そうとするが、そこに声がかかる。

 

「フェイ君、カテレアちゃんをお願い……」

 

 普段と異なり力なく消え入りそうなセラフォルーの言葉に、フェイはセラフォルーを安心させるように頷くとナティから譲り受けた不死鳥の外套(ポイニクス・クローク)を纏い上空へと飛び出していく。

 カテレアは上空でフェイを待ち受けていた。

 

「人間の魔術師風情が私に勝てるとでも?」

「やってみなければわからないさ。それに――俺は人間の魔術師で、バハムートの拳士だ!」

 

 強敵に対するフェイの戦術は大抵同じである。弱体化(デバフ)の光線呪文を拳に込めて、攻撃と同時に相手の力を着実に削いでいく。

 代わり映えしないと言えばそれまでだが、それだけ有効な戦術でもある。この時もまた同様の戦術を取っていた。

 モンクの機動力をもってカテレアの攻撃を躱しながら肉薄して、何度目かの連打を叩き込む。

 カテレアは全周囲に魔力攻撃を放ちながら距離を取り、苦痛に顔をゆがめる。

 

「攻撃と共に相手の力を削ぐ……白龍皇と似たような技を使うのですね。人間と侮っている余裕はないようです。――ならば」

 

 カテレアは懐から魔法の水薬(ポーション)のような小瓶を取り出す。――だが、その小瓶の中身はポーションなどではなく、小さな黒い蛇のようなものだった。カテレアはそのまま小さな蛇を呑み込むと――カテレアに秘められた魔力が極大に膨れ上がっていった。

 

「――っ! 何をしたっ」

「ふふっ、世界変革の為に無限の力を有するドラゴン――オーフィスの力を借りただけです。これで現魔王――忌々しいセラフォルー達とも、ミカエルやアザゼルとも戦える。――それに」

 

 カテレアは膨れ上がった魔力を使って巨大な魔方陣を描き出した。

 

「私達旧魔王派は、惰弱な悪魔とは違って『悪魔の駒』などに頼ってはいません。『女王』や『騎士』などといった下僕も存在しません――ですが、眷属は存在するのですよ」

 

 カテレアの描いた魔方陣から、徐々に巨大な生物が姿を現そうとしている。

 ――まずい。フェイはそう直観する。その生物に見覚えがあるわけではない。だが、現れようとしている姿、それはフェイは知識としては知っているものだった。

 

「所詮肩書きではないセラフォルーは持たない、レヴィアタンの血族だからこそ持つレヴィアタンの仔。さあ、暴れなさい――タラスク!」

 

 タラスク――フェイの世界では唯一無二の怪物。頑丈かつ反射性が高く、あらゆる遠隔攻撃呪文を反射する甲羅を持ち、生半可な攻撃ではそもそもダメージすらも与える事が出来ず、それが通じても傷を負わすことは出来ない(非致傷ダメージとなる)、更には即死呪文や分解呪文ですらも息の根を止めることが出来ない再生能力。一度出現すれば巣に帰り休眠するまで街や国ごと喰らい尽くすと言われる最悪の魔獣。

 殺すためには、神の奇跡に等しい力が必要となる。

 なぜ、そのタラスクがこんな所にいるのか、なぜカテレアが自由に操れているのか、疑問は尽きないがフェイが理解出来ることはただ一つだった。

 今のフェイだけでは奴を倒すことは適わないということ。――だが、希望もある。

 確かにフェイだけでは適わない――だが人間は本来単独で戦うものではない。

 

「よう、バハムート。大変そうだな」

 

 気づくとフェイの脇にはアザゼルがやって来ていた。

 堕天使総督――タラスクの防御を貫く可能性を持った神話級の存在。

 そして、異変を察知したナティやヴァーリがこちらへ向かってくるのも感じる。

 この事態に対処するため、フェイはアザゼルに声をかけた。

 

「ええ、大変ですよ、本当に。このままでは結界の外にまで戦火が広がります。力を貸して頂ければ助かりますが」

 

 フェイの言葉にアザゼルは鷹揚に頷く。

 

「ま、言っただろう? これでも俺は平和を望んでいるんだぜ? 早速の陣営を超えた協力体制と行こうじゃないか――ま、そうだな。見返りはお前さんの神器をじっくり研究させて貰えればいいぜ?」

 

 アザゼルはそう笑うと、懐から短剣(ダガー)を抜き出し切っ先をカテレアとタラスクに向ける。

 

「それは?」

 

 フェイの問いかけにアザゼルは笑みを深めながら答える。

 

「俺は神器マニア過ぎてな、こうして自分で制作することもある。レプリカを作ったりもしてな。ほとんどは役に立たない屑モノだが、たまにこうして使えるモンが出来上がるんだよ。こうしてみると神器を開発した神は凄いもんだ。俺が唯一尊敬出来る所だ。――だが、まだ『神滅具』だの『禁手』だのといった世界の均衡を崩すほどの『バグ』を残したまま死んじまうんだから甘いもんだぜ」

 

 アザゼルの口ぶりからすれば、手にした短剣はアザゼル自身が開発した神器なのだろう。フェイが密かに感嘆していると、横から声がかかる。

 

「安心なさい。私達の造る新世界では、神器なんてものは存在しない。そんな物がなくても世界は機能します。――いずれは北欧のオーディンにも動いてもらい、世界を変動させなくてはなりません」

 

 カテレアだった。その言葉にアザゼルは苦々しげに笑うと、吐き捨てるように言う。

 

「ますます反吐が出るような目的だな。余所の神話体系にまでちょっかいを出させて、全てをオーディンに掻っ攫われるつもりかよ。馬鹿かてめぇら!? ――だが、それよりもな。俺の楽しみの邪魔を、するんじゃねぇよっ!」

 

 アザゼルの持つダガーが形を変えて、分解しながら光を噴き出していく。

 

禁手化(バランス・ブレイク)……ッ!」

 

 アザゼルの言葉と共に一瞬の閃光が迸り、光が収まった時にはアザゼルの全身は黄金に輝くフル・プレート(全身鎧)に包まれていた。

 ヴァーリと同じようにどこかドラゴンを彷彿させるようなデザインの黄金の鎧。その背から十二枚の黒翼が展開されている。

 

「『白い龍』や他のドラゴン系神器を研究して造った、俺の傑作人工神器だ。『堕天龍の閃光槍』(ダウン・フォール・ドラゴン・スピア)、それの擬似的な禁手状態――『堕天龍(ダウン・フォール・ドラゴン)の鎧』(・アナザー・アーマー)だ」

 

 フェイとアザゼルは頷きあい、白金と黄金、二人の龍はタラスクへと突進していった。

 




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D&D知らない人向け無駄知識

不死鳥の外套(ポイニクス・クローク)
 不死鳥の王権(レガリア・オブ・ザ・ポイニクス)と呼ばれる一連の宝具の一つ。
 良質な黄金の鎖で編まれた外套で、黄金製の羽と極小のルビーで装飾されている。
 だが、黄金製でありながら布のように軽く感じ、絹のように風に流れる。
 これを装着していると完璧な飛行機動性かつ地上移動速度で飛行出来る。
 高レベルモンクが装着するととても酷い。


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エピローグ

相変わらずお待たせしています。


 タラスクの鋭い牙が並んだ顎が、フェイの身体を捉えて噛み砕く――かに見えた。

 だが、その身体は血を流すこともなく霧散する。――フェイの鏡像(ミラー・イメージ)の呪文により作り出された虚像である。

 実体を持たぬ虚像を攻撃させることで、タラスクの噛み付きをやり過ごそうとするフェイだったが、その狙い通りにはいかなかった。

 タラスクは虚像を噛み砕いた勢いのまま、ガチガチと歯を鳴らしながらも他の虚像へと喰らいついて行く。

 勢いの止まらぬ(薙ぎ払い強化を持つ)タラスクは虚像を次々に消滅させながらついにはフェイを捉えた。

 

「ちっ、ミラー・イメージの効果は低いか。だがっ」

 

 タラスクがフェイの身体をしっかりと捉え、浅くはない噛み傷を残す。本来ならばここで食い千切られるか、そのまま丸呑みにされる所であるが、フェイもまたこのような巨大な敵――主に悪のドラゴンだが――との戦闘経験が豊富な歴戦の戦士である。普段から準備している水の心(ハート・オヴ・ウォーター)の呪文の特殊効果を起動し、強靭な顎からするりと抜け出す(フリーダム・オヴ・ムーヴメント効果を得る)

 だが、タラスクの攻撃は終わらない。続けざまに鋭い槍のような角がフェイを突き刺さんと振るわれる。フェイは身体を捻り、辛うじて回避をするが、体勢が崩れたところに轟音を立てながらタラスクの巨大な腕が振り下ろされる。

 タラスクの爪はそれでも躱そうとしたフェイの身体を掠め、深い爪痕を残していく。

 身体を切り裂かれて一瞬動きの止まったフェイを打ち据える為、タラスクの太い尾がうなりを上げてフェイに襲い掛かる。

 端から見ればフェイの身体はタラスクの尾に吹き飛ばされたかに見えたが、その尾はフェイの身体をすり抜けるように通過していった。

 ――上級明滅(グレーター・ブリンク)。タラスクとの戦闘に入る際にフェイが発動しておいた呪文である。その効果として、フェイの身体は物質界とエーテル界を行き来して明滅しているように見える。攻撃を受けたときにその身体が幽体化している(エーテル界にある)時は通常の物理攻撃を無効化出来るのだ。グレーター・ブリンクならば意識をすれば明滅のタイミングを操作出来る為、防御に徹すればタラスクの攻撃を完全に躱す事も出来たのだがフェイはあえてそれをしなかった。タラスクの攻撃の隙を窺う為だ。

 同時にフェイがタラスクの注意を引く形になり、後方からはそれぞれナティとアザゼルが攻撃を始めていた。

 神代の(エピック級)英雄にも並ぶ金竜の神官と堕天使の総督はタラスクに傷を与えぬまでも攻撃を無効化させずにダメージを蓄積させている。フェイもそれに続いて攻撃を仕掛ける。

 

「シッ!」

 

 一呼吸でタラスクの懐へと潜り込むと、フェイは連続で拳を叩き込む。その拳はタラスクの強靭な外皮が存在しないものかのようにゾブリと沈み込むと、タラスクの身体を直接殴りつけていった。

 いかに強靭な外皮に包まれようとも幽鬼の打撃(レイス・ストライク)――武器を幽鬼(レイス)の如く幽体化させて相手の纏う鎧や外皮を無視して直接相手に攻撃を加える呪文――を用いれば、その巨体は良い的となるだけである。

 長期戦は明らかに不利……そう悟っていたフェイは持てる力(リソース)――各種呪文や白金竜の篭手や光線拳などの技――を総動員して全力でタラスクの体力を奪いにいく。

 そして、それはフェイだけではなくナティやアザゼルも同じであった。

 三人の全力攻撃の末にタラスクは地に倒れ付す。だが、これで終わりではないことをフェイは知っていた。

 

「師匠!」

 

 フェイは鋭くナティに声をかける。

 

「わかってるわよ! それから師匠と呼ぶなっ! アタシがまだ奇跡(ミラクル)を使える程熟達してないのは知ってるわよね?」

 

 ナティはそう苦笑――竜の姿では判別し辛いが――しながらも、懐から一つの指輪を取り出して指輪に願いを込める。

 

三つの願いの指輪(リング・オヴ・スリー・ウィッシュズ)よ! 我が願い(ウィッシュ)を叶え給え! かの魔獣に永遠の死を!」

 

 倒れ伏しても僅かに身動ぎをしていたタラスクの動きが完全に止まる。

 御伽噺に出てくる魔神(ジン)が扱う願いを叶える秘術の力、あるいはナティのようなクレリックが修行を積んだ末に扱えるようになる奇跡の力のみがあのタラスクに真の死をもたらすという。そして、その願いの力を行使する魔法の指輪の力により、ナティはタラスクに永遠の死を与えたのだった。

 

「ば、馬鹿なっ」

「さあ、次は何を出すんだ?」

 

 切り札とも言えたタラスクを破られた為か、呆然と声を発するカテレア。

 フェイはタラスクから負った決して浅くはない傷を表面だけでも癒しながら不敵に笑う――が。

 

「なら、こんなのはどうだ」

「何っ!? ぐぁっ!」

 

 唐突にフェイの背後から魔力弾が襲い掛かる。不意を衝かれた形のフェイはまともにその攻撃を喰らってしまう。

 その魔力弾の主は――ヴァーリ。

 受けた衝撃に朦朧としながらも、フェイは納得していた。――そういえばこの場に駆けつけていながらもタラスク戦には参加していなかったな、と。

 

「……この状況下で叛旗かよ、ヴァーリ」

「ああ、そうだよアザゼル」

 

 アザゼルが苦々しく吐き捨てると、ヴァーリは微かに笑いながらも答える。

 だが、そこにカテレアが苛立たしげにヴァーリに声をかけた。

 

「白龍皇! もう少し早く動けなかったのですか! お陰で私のタラスクが!」

「悪いな、カテレア。連中の戦い方を観ておきたかったんでね。その代わりと言ってはなんだが、一人は戦闘不能だ」

 

 タラスクと協調しなかったのは――例えタラスクの側が協調するほどの知性がなくとも――戦略としては明らかに悪手、にもかかわらず傍観に徹したのはひとえにそれで終わってはつまらないというヴァーリの性格故だった。

 

「……お前がそれほどまでだったとはな。何時からだ? 何時からそちら側になった?」

「別に『禍の団』の一員にまでなったつもりはない、あくまで協力者さ。――誘いを受けたのはコカビエルの件でバルパーやフリードを回収した帰りさ、こちらの方が面白そうだったんでな。『アースガルズと戦ってみないか?』なんて魅力的なオファーだろう? お前は戦争嫌いだからそんな場を用意すらしないだろうしな」

 

 アザゼルはヴァーリの答えに溜息を吐く。

 

「俺はお前に『強くなれ』とは言った。だが、それと同時に『世界を滅ぼす要因は作るな』とも言ったはずだ」

「俺は永遠に戦い続けられればいいだけだ、そんなのは関係ない」

 

 永遠に戦いが繰り広げられるといわれる英雄界イスガルドや、地獄の戦場アケロンの存在を知ったら真っ先に喰い付きそうな発言である。――否、話を聞く限りでは『アースガルズ』の存在がイスガルドに程近いのかもしれない。そんな事をフェイは考える。

 

「――そうか。確かにお前は出会った時から今日まで強い者との戦いを求めていたからな」

「今回の下準備と情報提供は白龍皇からですからね。彼の本質を理解していながら放置するからこのような事になるのですよ。――こうして自分の首を絞めることになりましたね」

 

 カテレアが諭すような形で勝ち誇りながらアザゼルを嘲笑する。

 

「まあ、仕方ねぇよな。自分のケツは自分で拭くとしますかね」

「ええ、それでお願いしますよ。――俺はアレ(・・)の事を頼まれたのでね」

 

 ぼやくアザゼルにフェイが横から声を掛ける。

 

「おいおい、もう大丈夫なのかよ?」

「何っ、あの攻撃が直撃すれば浅手では済まないはずだっ」

 

 フェイの言葉にアザゼルに加え、ヴァーリまでもが驚きを見せた。

 五体満足(・・・・)のフェイは言葉も軽くアザゼルに答えた。

 

「ええ、お陰さまで暫くは黙っていましたが、戦えるまで戻りました」

 

 全ては陰ながら大治癒(ヒール)の呪文をかけてくれていたナティのお陰である。その治療呪文により、深手を負っていたフェイが無傷にまで回復していた。

 

「アンタ達がこちらから目を離して会話に夢中になっていたからね」

 

 ナティが悪戯っぽく――竜の姿では判別し辛いが――笑う。

 

「下手すりゃ『聖母の微笑』よりもやばい回復力だな」

「なんてこと。あの竜は回復の魔術まで使えるのですか!?」

 

 アザゼルもカテレアも驚きを隠せない。そんななか、笑い出したのが一名。

 

「フハハハッ、やはりお前らを相手にした方が面白いなっ! こっちに来て正解だったよ!」

 

 ヴァーリである。だが、フェイはそんなヴァーリを意にも介さずにアザゼルに話しかける。

 

「先ほども言ったように、俺がレヴィアタンの相手をします。自分の部下の責任はご自分で」

「ああ、わかってるさ! ヴァーリ! 聞いての通りだ。お前の相手は俺だ!」

「フフッ、アンタの人工神器ともやりあってみたかったんだ! 丁度良い!」

 

 フェイの言葉にアザゼルが頷きを返し、アザゼルはヴァーリの方へと向かっていく。

 黄金の鎧に包まれたアザゼルと白銀の鎧に包まれたヴァーリは、高速で移動しながらの空中戦へと移っていった。

 残るはフェイとナティ、そして敵方であるカテレア・レヴィアタン。

 

「さて、俺も約束(・・)通り、バハムートの信徒としてレヴィアタン、アンタの相手をしよう。……師匠は見ていて下さい」

「……仕方ないわね」

 

 フェイの言葉に、ナティは非常に気に入らない展開が頭を過ぎりつつも不承不承頷くしかなかった。

 

「……数人がかりとはいえ、あのタラスクを倒す力は侮るわけにはいきませんね。ですが私も無限の力を有するドラゴンから力を借りているのです。今の私ならたとえミカエルだろうとサーゼクスだろうと相手に出来る! そう、私は偉大なる真のレヴィアタンの血を引く者! カテレア・レヴィアタン! 貴方ごとき人間などに遅れは取らない!」

『ならばこの者はバハムートの血を引く者だ。木っ端悪魔になど引けは取るまいよ』

 

 フェイ達の様子にカテレアが吼え、バハムートが茶々を入れる。

 バハムートの言葉にフェイもカテレアも一瞬驚くが、そのまま互いに向かって突進し、激突した。

 決着は一瞬。――フェイは無傷で、カテレアは攻撃してきた腕が千切れ飛んでいた。

 歴然とした実力差。だが――

 

「――ただではやられません」

 

 カテレアが自身に魔術の文様を浮かび上がらせながらも残る腕を触手のように変化させて、フェイの腕に巻きつけようとする――が、触手はフェイの腕を捉えられず、スルリと滑るだけだった。――まだ、あらゆる拘束から身を守る移動の自由(フリーダム・オヴ・ムーヴメント)の効果時間内だったのだ。

 

「そ、そんなっ」

 

 魔術文様からすれば、拘束と同時に自爆する心算だったのだろう。その目論見が外れて驚くカテレア。

 その隙にフェイがカテレアの懐に潜り込むと、一撃を加えた。

 分解(ディスインテグレイト)の力が籠もった白金竜の篭手の一撃。

 自爆をする前に、カテレアは消滅した。

 

 かくして反乱の首謀者は死に、協力者であった白竜皇もアザゼル及びギャスパーを救出した兵藤により撃退された。

 その際、兵藤は新たな力に覚醒したらしい――その切欠がリアスの胸の話というのは非常に彼らしいというべきか、フェイは苦笑するしかなかったが。

 そして襲撃によって中断された会談が再開され、悪魔、天使、堕天使、そして人間の四陣営による和平協定が成されるのであった。

 この協定は舞台となった学園の名を取り、『駒王協定』と称させることとなる。

 

 ◇◇◇

 

「てなわけで、今日からこのオカルト研究部の顧問をすることとなった。アザゼル先生もしくは総督と呼べ」

「同じくオカルト研究部の副顧問だよ☆ レヴィアたんって呼んでね☆」

 

 着崩したスーツ姿のアザゼル、そしていつもの格好(魔法少女)のセラフォルーがオカルト研究部の部室にいた。

 

「あのセラフォルー様……どうしてここに……?」

 

 額を押さえながら問いかけるリアスに、セラフォルーはにこやかに笑いながら答えた。

 

「聞いての通りだよ☆ ソーナちゃんにお願いしたんだっ☆」

「ま、補足するとだな、サーゼクスに頼んだんだよ。『禍の団』の対策だとか、赤龍帝だとか、未成熟な神器使いだとかが見てらんなくてな。ついでにレーティングゲーム周りの監督もしてやる」

 

 セラフォルーの言葉を継いで語るアザゼルに、リアスが重ねて問いかける。

 

「……セラフォルー様もですか?」

「そうだよっ☆ それに生徒会にはガブリエルちゃんも来てるんだよ、平和協定とかレーティングゲームの研究の一環でねっ☆ それでリアスちゃんの所だけ監督がつくのもなんだから、私はフェイ君のチームの監督だよっ☆」

 

 その言葉にナティと同じように頭を抱えながら、リアスは三度目の質問を行う。

 

「それならソーナの所の顧問にはならなかったのですか?」

「ソーナちゃんが必死になって断るんだから、お姉ちゃん悲しいなっ☆ まあ、天使側で男が来てたらなんとしてもソーナちゃんの方に行ったけどね☆ ……それにガブリエルちゃんをこっちに来させるのも危険だし」

 

 リアスの問いにセラフォルーは陽気に答えるが、最後の言葉だけは小さくボソリと呟いただけだった。

 その言葉を聞き逃さなかったナティはますます頭を抱え、小猫やレイヴェルも複雑な表情を浮かべる。

 そんな仲間達の内心に気付く事はなく、フェイは束の間の平和を噛み締めていた。

 




次からは一応合宿編。
中身はそれなりに変わる予定。

感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。


D&D知らない人向け無駄知識

鏡像(ミラー・イメージ)
 術者と見分けがつかず全く同じ動きをする虚像を作り出す呪文。
 攻撃の矛先を逸らす為の防御呪文だが、タラスクのように《薙ぎ払い強化》(攻撃した相手を倒したら、即座に間合い内の別の目標に攻撃できる特技)を持っているような相手だと、結局本体に当たるまで攻撃を続けられる。

上級明滅(グレーター・ブリンク)
 明滅(ブリンク)の上級呪文。
 ブリンクは肉体を物質界とエーテル界にランダムなタイミングで交互に移動させ、物理的な攻撃を回避させたり、攻撃のタイミングを悟らせないようにする呪文。
 ただし術者が移動のタイミングを選べないので、攻撃が来た時に丁度当たってしまうこともある。
 上級版は集中さえすれば、タイミングを自由に操れる。

水の心(ハート・オヴ・ウォーター)
 本来は術者に水中呼吸能力と水中移動速度を与える長時間持続呪文。
 それに加えて持続時間を極端に短くする特殊能力を起動することにより、移動の自由(フリーダム・オヴ・ムーヴメント)の効果を得ることが出来る。
 また、シリーズ呪文として土の心(ハート・オヴ・アース)風の心(ハート・オヴ・エア)火の心(ハート・オヴ・ファイアー)があり、それらの呪文の効果を同時に受けていると、クリティカルヒット、及び急所攻撃に対する防御能力を得る。
 なお名前は似ているが石の心臓(ハート・オヴ・ストーン)は全く別系統の呪文である。

移動の自由(フリーダム・オヴ・ムーヴメント)
 通常なら移動を阻害するような呪文や効果の影響下(減速の呪文や、麻痺などを含む)でも通常通りに移動が出来るようになる。
 また、組み付きへの抵抗の試みや、抑え込みや組み付きから逃れようとする場合、拘束から逃れる時の<脱出術>判定が自動成功するようになる。
 水中呼吸を与えることはないが、水中でも自在に動けるようになる。

 

 


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冥界合宿のヘルキャット
プロローグ


お久しぶりです。
大分間が空いてしまって申し訳ないです。

合宿編開始……といいつつもあまり合宿にならない模様。


「お前ら、冥界に合宿に行くぞ」

「冥界に合宿?」

 

 唐突なアザゼルの発言に、フェイは思わず問い返した。

 駒王学園が夏季休暇に入ってまもなく、フェイをはじめとしたバハムートの眷属はオカルト研究部の部室に召集を受け集合した矢先の出来事である。

 部室にはオカルト研究部の顧問(アザゼル)副顧問(セラフォルー)が待ち受けていたが、部長(リアス)達グレモリー眷属の姿はない。――フェイ達はその理由を知っていたが。

 グレモリー眷属は、兵藤やゼノヴィア、アーシアといった新しい眷族の為、使い魔を確保するべく出かけている。フェイ達も誘われたのだが、生憎とバハムートの眷属の中では元々悪魔として使い魔を持っている者(レイヴェルと小猫)悪魔でも魔術師でもない者(ナティとイリナ)しかおらず、唯一魔術師であるフェイ自身は――といえば、使い魔の契約術式を別の目的に扱っている為、魔術師として使い魔を得ることは出来ない。つまり、新たな使い魔が必要な者がいない為に同行はしなかったのであった。

 フェイがそんな事を思い返していると、セラフォルーが明るく口を開く。

 

「リアスちゃん達も夏休みには里帰りで毎年冥界に行ってるんだけどね☆ そのついでに修行をしようってことだよ☆」

「付け加えると今年はお前らにも冥界で参加して欲しい行事(イベント)があるんだよ。具体的に言えばレーティングゲーム参加者の顔合わせみたいなもんだ。参加するんだろ? お前らも」

 

 セラフォルーの言葉にアザゼルが補足をする。

 アザゼル達の言葉に、フェイは暫し考え込むが、その様子を見たアザゼルがニヤケながら声を掛けた。

 

「なんだなんだ、芳しくねぇ反応だな。夏休みにやることでもあったか? 眷属引き連れてお出かけ(デート)か?」

「なっ、なにを――」

「それもいいのだけれど、違うわ」

 

 アザゼルの言葉に気色ばむレイヴェルを手振りのみで制し、ナティが呆れたよう首を横に振りながらに口を開いた。

 

「先の襲撃の情報収集が済んだから、休みの間にこちらから仕掛けようと思っていたのよ」

「……そいつは初耳だな。っていうか襲撃してきた魔術師の中でも情報を持っていたような連中はヴァーリの奴がキッチリ消して行ったみたいだったが、討ち漏らしでもあったのか?」

 

 ナティの言葉にアザゼルは驚きを見せるが、直ぐに立ち直ると人の悪い笑みを浮かべて問いかける。

 

「そりゃ貴方達は顧問といいながら今まで碌に居なかったじゃない。……戦後処理をしてたのもわかるけどね。それで、質問の方の答えとしては残念ながら討ち漏らしはなし。――ただ、不幸にも(・・・・)姿を残した死体があったくらいね」

 

 フェイ達が元いた世界では、死は必ずしも終焉を意味するわけではない。当たり前のように蘇生(リザレクション)の呪文などによる復活の手段が存在するのだ。――その上で、死体が残るということは様々な可能性を意味する。

 死体が残っていれば、より低級な死者の復活(レイズ・デッド)の呪文による蘇生が行える。死霊術士の手に死体が渡ればアンデッド創造(クリエイト・アンデッド)の材料にされるだろう。

 そして、死体の持つ記憶から情報を引き出す死者との会話(スピーク・ウィズ・デッド)といった呪文も存在する。

 ナティはまさに死体から情報を引き出すことで襲撃者――『禍の団』の情報を断片ながら取得していた。

 そして断片さえ掴んでしまえば――

 

「『禍の団』には旧魔王派、人間の英雄の子孫が集まる英雄派、それから魔術師の派閥がいくらかあるみたいね。流石に旧魔王派を視ることは出来なかったけど、英雄派と魔術師の主だった連中、それから白龍皇の動向までは把握してるわ」

 

 ――念視(スクライング)をはじめとする占術により居場所や周辺の状況まで丸裸にすることが出来る。

 

「俺達はこの中では特に人間の旗頭となりうる英雄派を抑えられれば、と思っています。彼らの性質次第ですが、可能なら取り込めれば、とも」

「『禍の団』に加担といっても、三陣営に振り回される頃と、『人間』陣営が出来た今とじゃ状況も違うでしょうしね。まあ視た限りじゃあまり期待出来ないけど」

 

 フェイとナティが続けざまに語った内容に、アザゼルとセラフォルーが驚きを見せ、続けざまにナティに問いかけた。

 

「おいおい、お前らそんなことまで調べられんのかよ……悪いがヴァーリの情報は俺にも教えてくれや。アイツのことは俺の方で対処せにゃならん」

「ねぇねぇ、ナティちゃんのそれ、私にも出来るかな☆」

「白龍皇は今チームで行動していて美猴と呼ばれる猿の妖怪、黒歌と呼ばれる猫又、アーサーという人間の戦士、ルフェイという魔術師が周囲にいるまでは把握しているわ。動向や詳しい情報は後で話しましょう……セラフォルーの方は無理よ。私のは秘術呪文(魔術)ではなく信仰呪文(奇跡)だもの」

「えー、残念……じゃあフェイ君は?」

 

 ナティのつれない返答にセラフォルーは落胆を見せるが、めげずにフェイの腕に絡みつきながら尋ねる。

 しかし、フェイも肩をすくめながら首を横に振って答えた。

 

「生憎俺はそういった占術関連は殆ど扱えません。基本的に戦闘時の呪文か、防御関連の呪文、僅かに移動系の呪文を扱える程度なので」

「んー、残念☆ 色々と手取り足取り教わりたかったのにな☆」

「残・念・で・し・たっ」

 

 ナティが力任せにフェイの腕に絡みつくセラフォルーを引き剥がすと、レイヴェルがその間に入り込んで威嚇する。

 ナティは内心、悪魔の名門貴族でありながら堂々と魔王に牙を剥く同志であり好敵手の姿に感心するが、同時にこういった場面で一番に割り込んできそうだった眷族(小猫)の動きがないことが気になった。

 様子を見ると当の小猫は、青褪めた顔をしてその場に立ち尽くしていた。まさか、そんな、といった小さな呟きがその口から漏れ出している。

 後で話を聞いてやるか、それともフェイに聞かせるか。ナティはそんな事を考えながら、今は小猫に触れない事にする。

 ――少なくとも、魔王や堕天使総督のいる場で話す内容ではなさそうだ。

 しかし、ナティの思惑とは裏腹に動いたものがいた。他ならぬフェイが小猫の頭を優しく撫でると、ただ頷きかける。

 フェイ自身とて何もわかっていないだろうに、そうするだけで小猫は落ち着きを取り戻し、顔を赤らめながらフェイの後ろへと張り付いた。

 ――ナティは無性に腹が立った。フェイをそのように育てた(・・・・・・・)のはナティ自身だ。それを理解しているから尚更に。

 

「――まあいいわ、とにかくその行事(イベント)には合わせてあげるけど、それ以外はこっちの都合で通すわよ」

 

 だから――アザゼルに向かって八つ当たり気味に吐き捨てたのも、(フェイ)を差し置いて答えたのも仕方のないことである。

 

 ◇◇◇

 

「――白龍皇と共に居る黒歌という猫又は、私の姉さまです」

 

 小猫はそう話を切り出した。

 フェイが暮らしているマンションの自室で、フェイと小猫は二人で向かい合っている。

 冥界行きの話をした帰りにフェイが声を掛けた形ではあるが、小猫自身も訊かれることは予想していたのだろう、覚悟を決めた表情で顔を少し赤らめながらもフェイに従った。

 フェイの部屋に辿り着き、もてなしの茶を飲んで一息ついた後の第一声である。

 

 フェイはそのまま続きを待つ。 

 

「私と姉さまは、小さな頃からずっと一緒に過ごしてきました。父さまも母さまも私が小さい頃になくなってしまい、頼れるのは姉さまだけ……いえ、あの頃はお互いに助け合って生きていました。その日暮らしの生活でしたけど、なんとか支えあって過ごしていけた。そう思っていました。それが、ある時姉さまが上級悪魔の目に留まって、眷属として誘われました。その時の主さまは私も姉さまと暮らせるように、と手を差し伸べてくれて。私はその時、これから姉さまと幸せに暮らしていける……そう思っていたのに……」

 

 湯のみを両手に包むように持ちながら、小猫は訥々と語っていく。

 ナティが念視した黒歌は、かなりの力を持った悪魔らしいが……姉妹に何があったというのか。

 フェイは黙したまま小猫が続きを語るのを待っていた。

 

「私も姉さまも猫魈という種族の猫又です。猫魈は仙術をも使いこなすと言われ……事実転生悪魔となった姉さまは仙術の力を目覚めさせ、急速に成長しました。――その力が主さますら上回るほどに。そして、その力に溺れた姉さまは、主さまを殺して『はぐれ悪魔』になりました。でも姉さまはその追撃部隊の悉くを撃退して、その姿を隠します」

 

 ――私には見向きもせずに。小猫はその言葉を押し殺した。事情を話すとはいっても、その事実を自分の口から語るには、まだ勇気が足りていなかった。姉に捨てられてから、グレモリーに救われるまでの事は思い出したくもない。それでも話すべきことは話さなければ、と小猫は声を絞り出す。

 フェイはそれを止めるでもなく、ただ静かに耳を傾けていた。

 

「本来なら、私も危険と見做されたのですが、そこを救ってくださったのがサーゼクス様でした。そしてリアス様が私を眷属として迎えてくれたんです」

 

 フェイは瞑目した。まさに小猫にとって、サーゼクスやリアスは恩人なのであろう。バハムートの眷属となったことも様々な葛藤があったと思われ、リアスが『戦車』の駒を使い切っていなければ――キャスリングの余裕があったならば――思い切ることもなかったであろう。

 小猫がした選択は、それだけ重要なことだったのだと、心を引き締める。

 

「姉さまの痕跡を知るのもそれ以来です。SS級のはぐれ悪魔として冥界指名手配されていますから、名前を聞くことはありましたが――私は、私は姉さまみたいになりたくない。あんな風に人を不幸にする黒い力を振るって……でも、私にも同じ血が流れていて……」

 

 小猫は涙を溢しながら語り続ける。

 フェイは唯一つだけ、小猫に訊ねた。

 

「小猫はどうしたい?」

「っ――わ、私は。姉さまを止めたい! 止めるだけの力が欲しい! でもあの力はっ――!?」

 

 半ば泣き叫ぶ形となった小猫を軽く抱きかかえるようにしながら頭を撫で、フェイは小猫に囁いた。

 

「任せておけ。足りない力は貸してやる。未熟な力は鍛えてやる。それに――仙術。気の力を扱うことなら俺だって専門だ」

 

 小猫はしばらく、顔をフェイに体に埋めながら嗚咽を漏らしていた。

 

 ◇◇◇

 

「――俺達は白龍皇の対処を先に行います」

「おいおい、いきなり方針が変わったな」

 

 冥界行きの話をした翌日のフェイの宣言に困惑するアザゼル。

 しかし、小猫の話を聞いた以上、後回しにするつもりはフェイにはなかった。

 勿論、ナティやレイヴェル、イリナもそれに賛同した。

 

「事情が変わりましたので。……すみませんが、白龍皇達の因縁は譲ってもらいます」

「……仕方ねぇな。まあ、昨日の様子を考えりゃ、事情は察せんでもない」

 

 溜息を吐きながらアザゼルは頷いた。

 

「まあ、奴のやらかしたことを考えりゃ死んでも仕方ねぇんだが、出来れば――」

「可能な限りは。――勿論、見過ごす事で他の者に被害が出るならば別ですが」

 

 アザゼルの言葉を遮るようにしてフェイは言う。総督(指導者)の立場であまり私情を挟ませてはいけない。

 ――フェイの言えた話ではないのだが。

 

「――悪いな」

 

 アザゼルは苦笑しながらその言葉を告げた。




感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。

活動報告にヒロインのについて少しだけ書いています。


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1話

遅くなって申し訳ありません。

2/7
投稿したものを読み直したらガブリエルの霊圧が消えていたので少し改稿。


 フェイと小猫は正面から向かい合って構える。本格的に拳の修行をするようになってから何度となく行ってきた型稽古。拳を突き、そして引くまでの全身の動かし方を意識する。

 本来ならばこの修行を繰り返すことで身体を通る力の流れを理解し、無意識にも気を錬って拳に載せる事が出来るようになるのだが、小猫は一向に気の扱いが向上しなかった。

 ――それも当然の話だ。小猫は元々気の扱いの素養があり、意識的に気を扱わないように自ら封じていたのだ。

 ならば、その意識の封印から解き放たなければならない。

 ともすれば敵を圧倒的に破壊する気の力に呑まれる事を恐れているのが封印の原因だが、恐れそのものを取り除くつもりはない。むしろ恐れる事自体は必要だ――それが過剰でなければ。

 大きすぎる力を適度に恐れ、制御できる範囲で慎重に取り扱う。その為には――

 頭の中では小猫の指導方針を考えながらも、流れるようなフェイの動きは崩れない。長年の修練の賜物である。

 だが、考えのほうは纏まらない。拳にしても秘術にしても実践から身に着けていく習うより慣れろがフェイの本分なのだ。理論を固めるのは賢者(ウィザード)の領分である。

 

「――それならば習うより慣れろ(俺の本分通り)と行くか」

「師匠?」

 

 考えを決めたフェイの呟きに、小猫が首を傾げた。

 

 ◇◇◇

 

「……んっ……」

 

 身体を通り抜ける暖かい(モノ)に、小猫は思わず声を漏らして身じろぎをする。

 小猫の右手は師匠(フェイ)の左手と指を絡める形でしっかりと握られ――いわゆる恋人繋ぎであることも少なからず小猫の感情を昂ぶらせている――フェイから暖かな気が流れ込んでいく。

 気は小猫の身体を巡り、小猫のの左手からやはりしっかりと繋がれたフェイの右手へと流れ出ていく。

 気そのものに慣れさせる――それがフェイの最初の目的だった。

 手と手を密着させて気が流れやすい状態を作り出し、あえて気を流し込み、吸い出す。

 そうすることで気が循環し、小猫に気の流れを意識させるのだ。

 

「どうだ? 俺の気が流れるのは恐ろしいか?」

「……いいえ」

 

 フェイの問いかけに小猫はフルフルと首を振る。

 身体を流れるフェイの気を恐ろしいと思うことはなかった。

 気が流れ込む高揚感と、気が流れ出る喪失感に小猫は薄く額に汗を浮かべながらも、フェイの行うことを受け入れていた。

 

「……流れ出る気に、自分の気を加えてみろ」

 

 小猫の様子を窺いながらも、フェイが新たな指示を加える。

 本来ならば今まで気を扱えなかった小猫に対して無茶な注文である。しかし、小猫自身が意図して気を抑えこんでいた事と、フェイの気にさらされ続けることで気に対する抵抗感が薄れていた事で、小猫は僅かではあるが、自らの気をフェイへと流し込んでいき――その直後に膝から崩れそうになるのをフェイに支えられる。

 

「……んんっ……これはっ……」

 

 小猫は驚きと共に溜息を吐く。

 自らの気を放出した喪失感ではなく、流した気がフェイの気と交じり合い、循環して自らへ戻ってきたときの快感で力が入らなくなったのだ。

 気の混合――フェイがこれを意識していたわけではないが、この世界の道教では一種の房中術と呼ばれるものである。

 元々は男女の睦事の中で行われ、互いの気を循環させることで気を高め、身体を健やかな状態へと保つ術であり、気の操作に優れたフェイは手を繋ぐだけでそれを再現させていた。

 

 しばらく気の循環を続け、小猫がある程度気を扱えるようになったと判断したところで、フェイは気の訓練を次の段階へと進める。

 フェイの行ったことは、小猫の左手から受け取る筈の気を塞き止める、ただそれだけだった。

 しかし変わらずフェイの左手から小猫へは気が流し込まれ、塞き止められた気は小猫から流れ出ることなく溜め込まれていく。

 

「……っ! し、師匠……、む、無理……ですっ……」

 

 体内で高まる気の圧力に、小猫は悲鳴を上げる。だが、無情にもフェイはそれに答えることなく気の注入を続けていく。

 小猫はそれでもしばらく耐え続けたが、膨れ上がる気に中てられ意識が朦朧とし始めた矢先、塞き止められていた気が流れ始める。

 破裂寸前ともいえた体内の圧力が抜けていくことに小猫は安堵するが、フェイの課す試練はこれで終わりではなかった。

 今度はフェイから小猫に対する気の注入が行われず、ただフェイに気を奪われるだけとなったのだ。

 抜け出ていく力に小猫は恐怖を覚えるが、今までの試練を思い返してじっと我慢をする。

 今度は小猫自身がそろそろ危ないと思った程度の段階で気の注入が再開された。

 しばらく気の循環が続けられ、気の総量が落ち着いた所でフェイが絡めていた手を解き、小猫から一歩離れる。

 小猫は離れていく師匠(フェイ)の手に名残惜しさを感じつつも、脱力から膝をついて荒く息を吐く。

 気がつけば全身に汗をかいていた。小猫と対照的に涼しげな顔のフェイは、地面に座り込み息を整えている小猫に手を差し伸べながら声を掛ける。

 

「――すこし乱暴な手段になってすまなかった。だが、己がどの程度まで気を扱えるのか、どれだけの気を消費してしまったら危険なのかは実感できたと思う。それに――最初に比べれば気にも慣れたろう?」

 

 小猫はその言葉に恨みがましくフェイを見上げ、無言で頷くとその手を取った。

 フェイはそのまま小猫を引き起こすと、優しくその頭を撫でる。

 

「よく頑張ったな。――あと一つ謝っておこう」

「…………何をですか?」

 

 小猫を頭を撫でられながら嬉しそうに目を細め、続くフェイの言葉に問いを投げかけた。

 

「気について専門だ――などと偉そうなことは言ったがな。俺の扱うのは『闘気』の類で、『仙気』――つまり気を術に変化させるものではない。基本的な気の操作の後は、そちらしか教えられんということだ」

 

 フェイの言葉に、訝しげだった小猫の顔がなんだそんなことかとばかりに綻び、キッパリと告げる。

 

「十分です。師匠は拳の師匠なんですから」

「そうか」

 

 フェイもその言葉に笑みを漏らしながら頷いた。

 

 ◇◇◇

 

 冥界へはひとまずレヴィアタンの案内で魔王領へと赴くこととなった。

 駒王町の駅に密かに作られている秘密の階層から、レヴィアタンの実家であるシトリー家の所有する列車に便乗する形で魔王領へと向かう。

 グレモリー家の列車を有するグレモリー眷族は同席しておらず、シトリー領を通る際にシトリー眷族とも別れるが、交流の為に同じ車両で過ごしていた。

 フェイ、ナティ、セラフォルー、ガブリエル、そしてシトリーという上位陣は固まってボックス席の一角に位置取り、眷族同士の交流を後押しする。

 フェイはこの世界のに来たばかりの時も馬車よりもずっと速く大量に物を運ぶ自動車や列車といった代物にも驚いていたが、それが次元界すらも移動出来るという悪魔の技術に内心舌を巻いていた。

 もしフェイの世界のデヴィル達がこのような技術を持っていて、大量に出現するようなことがあったらと考えると恐ろしい。

 そんなフェイの考えをよそに、セラフォルーが明るく告げる。

 

「私とガブリエルちゃんとフェイくんは魔王領についたらサーゼクスちゃん達と、打ち合わせだからね☆」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 ガブリエルが穏やかに頷く。

 勢力間のバランス調整、及びレーティングゲームの仕組みを学ぶ為にシトリー眷属と行動を共にしているガブリエルも、一旦は会合の為にフェイ達と同行することとなっていた。

 また、同様の理由でグレモリー眷属についてるアザゼルもリアス達と別れて魔王領へと移動する手筈となっている。

 会合の内容は今後の勢力間の調整、及び『禍の団』への対応だ。

 『禍の団』のヴァーリ達への対応を宣言しているフェイ達もそこで色々と話すことがある。

 その中でナティが当然のようにセラフォルーに告げる。

 

「当然私も同席するわよ、セラフォルーとサーゼクスがいるなら各陣営一人である必要もないでしょうし」

「むむむ」

 

 睨み合う二人を横目に見ながら、シトリーが溜息をつく。

 

「それにしても、魔王様達と打ち合わせですか……リアスが眷族にもしていない人間をオカルト研究部に引き入れた時は心配しましたが、コカビエルの時といい、あの会談の時といい、貴方には驚かされてばかりです。——私の夢の励みにもなりました」

「夢、ですか。差し支えなければどのような?」

 

 フェイは自分の事が励みになるというシトリーの夢に興味を覚えて質問した。

 シトリーはフェイの質問に困ったような笑みを浮かべながら口を開く。

 

「これはフェイ、貴方にも少し関わる話ですが——恐らく貴方が参加するレーティングゲームは一筋縄ではいかないでしょう」

「それは、俺が人間だからですね?」

 

  シトリーはフェイの確認に頷き、言葉を続ける。

 

「貴方も少しは聞いているかも知れませんが、今やレーティングゲームは悪魔間の力関係や立場を定める重要な指標となっています。しかし、その門戸が開かれているのは、実質上級悪魔のみ。レーティングゲームに必要な教育をする学校がありますが、そこに入れるのは上級悪魔の子弟のみなんです。レーティングゲームという制度がありながらも、下級悪魔や転生悪魔にはその立場を覆す力も機会も与えられていないのが現状です」

 

 憂いを帯びたシトリーの語り口に、フェイにもその夢が見えてきた。

 確認するように尋ねる。

 

「……それを、変えたいと?」

「その通りです。私の夢は下級悪魔や転生悪魔でも通えるレーティングゲームの学校を作ること。力があっても生まれの為に不遇な環境にある者に機会を与えたいのです」

 

 シトリーの夢は相当困難なものだとフェイは推測する。

 ある意味で既得権益がある状態で、それを失う事を恐れるものは多い。また、フェニックスの一件が示すように、純血の悪魔は保守的な者も多いようだ。そんな状態であえて事を為すというのは、元々持っている益が少なく冒険に走ることが容易い者か、体制が変化しようが確固たる地位を保てる実力がある者か……。

 だが、名門の君主(プリンス)たるシトリー家の跡継ぎでありながら、レーティングゲームにデビューもしていない若手たるソーナ・シトリーはそのどちらでもない。

 ならば、純粋に立場の弱きものに機会を与えたいという無私の精神といえよう。

 そう考えるとフェイは自然と笑みを浮かべていた。

 

「個人的に言えば、とても好ましい夢です。……いや、俺個人の考えだけではなく――」

私たち(バハムート)の教義としても好ましいわね」

 

 フェイに続けてセラフォルーと睨み合っていた筈のナティが口を挟む。その相手のセラフォルーは誇らしげにうんうんと頷いていた。

 ガブリエルは少し困ったような微笑を浮かべているが特に口を挟むことはなかった。

 

「バハムートの教義は悪を倒すことともう一つ、力なき民に強力な悪と立ち向かう知恵と力を()()()()()こと。社会的に下の立場の者に力をつける機会を与えるというのは、とても良い考えよ」

「俺達で力になれる事があれば言ってください」

 

 フェイとナティのその言葉に、シトリーは一瞬呆気に取られながらも、すぐに微笑みながら首肯した。

 

「ええ、そのときはお願いしますね……ってお姉さま! 急に抱きつかないでください!」

 

 セラフォルーは満面の笑みでシトリーに抱きつき、妹の抗議を受けながらも放そうとしない。

 そのまま抱きしめ続け、諦めたシトリーが大人しくなったところでフェイ達に語りかけた。

 

「照れなくてもいいじゃない☆ ……ありがとうね、フェイくん、ナティちゃん。貴方達がそう言ってくれるだけでも助かる」

「……お姉さま」

 

 普段はあまりないセラフォルーの真面目な語り口にシトリーも感極まった様子で呟く。

 だが――

 

「でもでも、いくらフェイくんでもソーナちゃんはあげないんだからねっ☆」

「お姉さまっ! いきなり何を言い出すんですかっ!?」

 

 続くセラフォルーの言葉に、シトリーは顔を真っ赤にして姉を怒鳴りつけるのだった。

 

 

 




感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。

対ヴァーリの話は次回に少しだけ触れます。


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2話

遅くなって申し訳ありません。
次話はもっと早くお見せできるようにします。


「それで、彼らは仕掛けてくると?」

「まずは偵察といった所でしょう。本格的に仕掛けてくるのはもう少し先――恐らくは『レーティングゲーム』の本番が始まる頃と見ています。ただ――」

 

 サーゼクスの問いかけに、淡々とフェイは答える。

 魔王領へと足を運んだフェイ達は、サーゼクス、そしてリアス達と一旦別れたアザゼルと合流し、今後についての打ち合わせの場を設けていた。

 既にナティの占術により『禍の団』の大まかな動向は掴めている。ヴァーリ達についても『禍の団』の特殊部隊として半ば独立して動いていること。今現在は悪魔達に対する動きを潜めていることなどの現状は探っていた。

 

「しばらくは動きがないと見ていますが、特に白龍皇達の動向は定期的に探るつもりです。そして、動き次第ではこちらから仕掛けることも検討します」

「それは、どういったつもりの発言なのかな?」

 

 フェイのやや過激とも言える発言にサーゼクスが眉を潜めて問い返す。

 

「可能な限り()()()捕らえようと考えているので、彼らが単独行動をするようなら徐々に切り崩していく方針です。逆に頼みがあるのですが――」

「捕らえた彼らの処遇かい? そうだね、君達が()()を持つというのならば僕は構わない」

 

 フェイの答えから頼みごとの内容を察したサーゼクスが先回りするように答える。責任――捕らえたヴァーリ達が問題を起こした場合の責任をフェイが取るという条件を付けて。その言葉は鷹揚に見えて、さすが魔王と呼ばれるだけの威圧も含まれていた。

 

「私もフェイ君がそう考えるなら構わないよっ☆ あ、でもでも問題起こした時の(ペナルティ)は覚悟してねっ☆」

 

 セラフォルーの言葉も軽いように見えてなお、フェイにすら薄ら寒いものを感じさせ、ナティの顔を顰めさせた。

 彼女もやはり魔王なのだとフェイも改めて気を引き締める。――余談であるが、ナティが顔を顰めたのは別の理由である。

 

「そうですね、あなた方は彼らに更生の機会を与えるつもりなのでしょう。無条件の赦しは彼らの為にもならないとは思いますが、あなた方のやり方を学ばせていただきましょう」

 

 そう語るのは天界陣営から来ているガブリエルである。天界陣営は信じる神が異なるとはいえ、フェイ達とどこか考えが通じるところもあるのか、フェイ達の意図を推察出来ていた。

 そして、ヴァーリ個人に対して思うところのあるアザゼルが反対意見を出すはずもなかった。

 

「俺はまあどうこう言える立場じゃねぇわな。――任せるぜ。 ……ところで、グレモリーの眷属は冥界にいる間に俺が修行の面倒を見るつもりだが、お前さんたちはどうするつもりだ?」

「こちらはこちらで考えがあるわ。暫く留守にするけど、『禍の団』のこともあるし定期的に様子を見に来るけどね」

 

 アザゼルの問いかけには、ナティが含み笑いをしながら答える。そのナティの回答に真っ先に驚きの声を上げたのはセラフォルーだった。

 

「ええっ! 聞いてないよっ! フェイ君たちは私のところで過ごすんじゃないのっ?」

「そんな決定はしていないというか、フェニックスの所との話もついていないでしょうが。……まあ、様子を見に来たときにはフェニックスの所と交互に顔を出させるわよ」

 

 ナティが呆れた顔をしながらセラフォルーに返す。実際冥界での滞在先としてはセラフォルーとフェニックス家が共に名乗りを上げたものの、どちらにするかという話は決まっていなかった。

 元よりフェイとナティは冥界での行事(イベント)以外の期間は()()をしようと考えていたため、決めなかったとも言える。

 

「ナティちゃん達だけ独占するのずるいよ☆」

「どうせアンタはしばらく()()()()()が忙しいでしょ。魔王様の手を煩わせないようにしてやってるのよ」

 

 セラフォルーが頬を膨らませながら今一緊張感のない声を漏らすが、ナティはそれを適当にあしらう。

 サーゼクスはその様子を微笑みながら眺めていたが、フェイに向き直って声を掛けた。

 

「さて、事前に伝えていた通り、フェイ君たちには明日行われるレーティングゲーム前の若手悪魔の集まりに顔を出してもらうことになる。フェイ君達もレーティングゲーム参加者となるわけだからね。それで、若手悪魔の王達には慣例として今後の目標を聞かせて貰う事になるんだが……フェイ君には人間の代表(ゲスト)として悪魔の重鎮達と共にそれを聞く側か、参加者として語る側の選択を用意してある。どちらが良いかな?」

「当然参加者で」

 

 フェイにとっては悩むまでもないことであった。魔王や堕天使の代表(アザゼル)、天使の代表《ガブリエル》が並ぶ中で、人間の代表がその席に着かないというのもおかしな話ではあるが、もとより降って沸いたような立場だ。

 魔王たちはともかく他の悪魔の重鎮達は良い顔はするまい。ならば、参加者側から実力で認めさせるだけの話である。その為にレーティングゲームの参加も承諾したのだ。

 フェイがナティに視線を送ると、ナティもセラフォルーとの言い争いを止めてうんうんと頷いていた。

 

 ◇◇◇

 

「言ったはずだ。最後通告だと」

 

 低い男の声が大広間に響き渡る。

 冥界に到着した翌日、フェイが参加者達の集合場所である大広間へ足を運んだのは、声を発した男――黒い短髪の筋肉質の男性悪魔――が緑髪で全身に刺青(タトゥー)を入れた男性悪魔を殴り飛ばした時だった。

 刺青悪魔の眷属と思われる連中がいきり立ち、筋肉悪魔へと敵意を向ける。だが――

 

「まずは主を介抱しろ。これから行事が始まろうとしている中、お前達が俺に剣を向けた所で何一つの得もないぞ」

 

 筋肉悪魔の言葉で刺青悪魔の眷属達は殴り飛ばされた主のもとへと駆けていく。

 続けて筋肉悪魔が刺青悪魔の傍にいた眼鏡の女性悪魔に声を掛けると、眼鏡悪魔はフェイと入れ違いに広間を後にする。自然、眼鏡悪魔を見送るようにしていた筋肉悪魔とフェイの視線が交錯した。

 

「む、おまえは……」

「フェイ!」

 

 訝しむ筋肉悪魔と、既に大広間にいたリアスの呼びかける声が重なる。

 

「フェイ……なるほど。おまえが人間の代表という奴か」

 

 リアスの声に得心した様子で筋肉悪魔は頷くと、フェイのもとへと歩みを進めた。

 フェイもまた無言で筋肉悪魔のもとへと歩み寄っていく。

 そして、二人は同時に歩みを止める。互いが歩みを止めて出来た()に、筋肉悪魔は口角を上げながら構えを取った。

 同様にフェイも構えを取り、そのまま筋肉悪魔と相対する。

 

「フェイ? サイラオーグ? 一体どうしたっていうのよ!?」

 

 戸惑うリアスが声を掛けても、相対した二人は構えながら向き合い続ける。

 

「フェイ様はいったいどうなさいましたの?」

「しっ、少し黙ってて」

 

 レイヴェルが戸惑いながら小声で小猫に尋ねるが、小猫は二人を注視したまま視線を逸らさず、レイヴェルを黙らせる。

 ある程度拳の修行を積んだ小猫には、二人の僅かな動きから想定されるその先の攻防が朧げながら視えていた。

 だが、実際にはほぼ動きがないため、その他の大部分の者にとっては理解の出来ない行動である。

 周囲の奇異の視線を浴びながらも二人は相対を続け、四半刻を過ぎたあたりでフェイが表情を緩め構えを解く。

 遅れてリアスにサイラオーグと呼ばれた筋肉悪魔が構えを解いた。

 

「参りました」

 

 一礼し、声を発したのはフェイだった。

 

「俺もまだまだ修行が足りない。いや、これほどまでに修行されている悪魔がいるとは思いもしなかった傲慢さを恥じ入るしかありません」

 

 そう続けたフェイの言葉に、サイラオーグも苦笑しながら答える。

 

「フェイ、おまえは魔術師と聞いている。それでこれだけの修練を積んでいるのだ、本来は魔術と格闘を合わせた型なのだろう。それならばこんな形では実力は測りきれんさ。……意外とこんな行事も参加してみるものだな、少しゲームが楽しみになってきた。――申し遅れたが、俺はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主だ」

「人間の魔術師、バハムートの信徒フェイです」

 

 フェイとサイラオーグは改めて挨拶と共に握手を交わす。

 その様子を見ていたリアスが、胸を撫で下ろして二人に声を掛ける。

 

「フェイ! サイラオーグ! 貴方達はいったいなんなの!? あまり驚かせないで頂戴!」

「あまり声を荒げるものじゃない、リアス。それとすまんな、一目見て()()()ようだから試したくなった。まあ、フェイも同じ事を考えたようだからお互い様だ」

 

 サイラオーグは半ば怒鳴るような形となったリアスを窘めながら、悪びれた様子もなく謝った。

 続けてフェイもリアスに頭を下げる。

 

「すみません、拳士の性分とでも思ってください。しかし、失礼ながら悪魔もなかにもこれだけの修行を積まれている方がいるのは驚きました」

「……仕方ないわね。サイラオーグは悪魔としては一風変わっているかもしれないけれど、その実力はフェイが感じたとおりよ。若手悪魔のナンバー1と言われているわ。ついでに言えば、私の母方の従兄弟にあたる関係よ」

 

 リアスは謝っておきながらも反省の色の見えないサイラオーグとフェイに苦笑をしながら、フェイに語りかけた。

 フェイはその内容を受けて、軽く考え込む。

 純粋なモンクとしての実力は相手(サイラオーグ)が上、さらにバアルの家系ということは、リアスと同様に滅びの魔力を継いでいるということになる。悪魔として魔力を扱うことも考えると自身(フェイ)の上位互換とも言える相手だ。

 だが、まだ情報収集は行っていない。この先の戦い方を検討するにも材料が足りない――。

 そこまで考えると、フェイは情報収集をするまで一旦分析を棚上げにすることにした。

 一方のサイラオーグは鷹揚に周囲を見渡すと、ふむと頷く。

 

「すこし()()に気を取られていた間に大分片付いたようだな。アガレスも戻っているようだし、初顔合わせの眷属もいる。改めて若手同士で挨拶でも交わすとしようか」

 

 フェイの知る事ではないが、サイラオーグをよく知るものからみれば大分機嫌が良さそうに彼が声をかけると、フェイとサイラオーグの対峙を遠巻きに見ていた面々が二人の側へと集まっていき、用意されていた席へと着いていく。

 その中にはリアスやフェイの後に到着していたシトリー達に加えて、先ほど退出していった眼鏡悪魔も含まれていたが、サイラオーグに殴り飛ばされた刺青悪魔とその眷属は含まれていなかった。

 悪魔達は眷属を後ろに控えさせ、主のみ席に着くような形を取っていた為、フェイもナティの無言の圧力に圧されるような形で独り席に着き、王同士の挨拶が始まった。

 

 最初に口を開いたのは、先ほど一度広間から退出していった眼鏡悪魔だった。

 

「私はシーグヴァイラ・アガレス。大公アガレス家の次期当主です。――先ほどは見苦しいところを見せました」

 

 眼鏡悪魔ことアガレスが挨拶の後にそう一言加えて軽く頭を下げる。

 先ほどサイラオーグが刺青悪魔を殴り飛ばした騒動に関わっているのだろうとフェイは推測する。

 それを裏付けるかのように、フェイがこの広間に来る前に到着していたリアスが慰めるように首を振った。

 

「あれはグラシャラボラスから絡んできたのでしょう? あまり気にしすぎないことね。私はリアス・グレモリー。公爵グレモリー家の次期当主です」

「俺はサイラオーグ・バアル。大王、バアル家の次期当主だ。――もう過ぎた事だ、リアスの言う通り気にするな」

 

 リアスに続けてサイラオーグが名乗りを上げると共にアガレスに一言をかけると、アガレスもまたそれに頷く。

 

「僕はディオドラ・アスタロト。アスタロト家の次期当主です。皆さんよろしく」

 

 アガレスが一息つくのを待っていたかのように、フェイよりも先に到着していた悪魔のうち、騒ぎに加わっていなかった様子の少年の悪魔が口を開いた。

 その様子を見ていたフェイは、密かに警戒度を引き上げていた。

 柔和な雰囲気を保つアスタロトだが、微かに獲物を見定める気配も感じる。余人はほぼ気づかないような微かな気配ではある。フェイもそれが師匠(ナティ)眷属(イリナ)に向いていなければ気づかなかったかもしれない。

 無害な外面に覆い隠された悪意というフェイの世界のデヴィルに近い性質(モノ)を感じたフェイは、他の悪魔とは別の意味で気を付けなければならないと、内心で考える。

 

「私はソーナ・シトリー。シトリー家の次期当主です。よろしくお願いします」

 

 フェイがアスタロトを警戒しているうちに、シトリーが挨拶を行った為、フェイもそれに続くように挨拶を始めた。

 

「俺はフェイ、人間の魔術師です。悪魔や天使、堕天使達との会合上では当面の人間代表という扱いになっています。今回はレーティングゲームにも参加する為、同席させてもらっています」

 

 先ほどのサイラオーグとの対峙の際に人間であることを名乗っていた為か、驚きは少ない。

 微かに後ろに控える眷属同士でのどよめきが見受けられるが、その王達は落ち着いたものである。

 

「煩い奴が退場していて丁度良かったかもしれんな。だが、フェイを人間と甘く見ていると痛い目をみるやもしれんぞ」

 

 サイラオーグがそう言って薄く笑みを浮かべた。その言葉に、むしろ甘く見てもらっていた方が後々楽ではあったとフェイが苦笑を返すが、フェイの事を知らないアスタロトとアガレスはサイラオーグの言葉をあまり重要とは受け止めていない様子であった。

 その後も当たり障りのない範囲での互いの近況や、レーティングゲームに参加する残りの一人――サイラオーグが殴り飛ばした刺青悪魔がゼファードル・グラシャラボラスといい、お家騒動により次期当主が変わったばかりの者であることなどの情報を交換を行う。しばらくすると、廊下へとつながる扉が開かれ、使用人が広間へと入ってきて参加者たちに一礼するとこう告げた。

 

「皆様、大変長らくお待ちいただきました。魔王様方並びに冥界重鎮の皆様方、堕天使と天界の代表様方がお待ちです」




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3話

長らく更新出来ずに申し訳ありませんでした。


「ハハハハハハハハッ!」

 

 レーティングゲーム参加者達、そして悪魔、天使、堕天使の代表達が居並ぶ会場に、魔界の重鎮達の笑い声が響き渡る。

 一通りの式典を執り行い、サーゼクスが挨拶の締めにと各参加者に今後の目標と意気込みを問いかけた。

 その問いかけにサイラオーグやリアスが答え、続けてシトリーが答えた直後の事だった。

 シトリーの目標は既にフェイが聞いていたように、下級悪魔や転生悪魔でも通えるレーティングゲームの学校を作ること。

 それを聞いた魔界の重鎮達の反応は、フェイが危惧した通りのものだった。

 それは無理だ、滑稽だなどと、口々に嘲笑の言葉を並べ立てる重鎮達。

 しかしシトリーはそんな嘲笑にも正面から相対し、本気であると高らかに宣言する。

 だが――

 

「ソーナ・シトリー殿。いくら悪魔の世界が変革に迫られているとはいえ、変えて良いものと変えるべきではないものがありるのですぞ。転生悪魔、下級悪魔は上級悪魔に仕えその才能を見出されるという伝統を、旧家の誇りを、そのような養成施設で汚されては困りますな」

 

 重鎮は諭すような言葉をシトリーに投げかける。

 

「なんで会長の――ソーナさまの夢を馬鹿にするんスか!? 俺達は本気で――」

「口を慎しみたまえ。 全く……下僕の躾がなっておりませんな、ソーナ殿?」

「……申し訳ございません。後で言って聞かせます」

 

 その言葉にシトリーの眷属である匙が反発するが、その行為もシトリーに頭を下げさせる結果となるだけだった。

 

「会長! どうしてですか! 俺達の夢を馬鹿にされて、どうして黙っていられるんですか!」

「サジ。お黙りなさい。今、この場で私は将来の目標を語っただけ。()()()()そのような態度を取る場ではないのです。」

 

 それでも匙はシトリーに食い下がるが、当のシトリーに諌められ口を閉ざした。

 

「――確かに、滑稽ではあるか」

 

 そこで投げかけられた言葉には、魔界の重鎮達、そしてシトリー本人も顔色を変えて発言者を振り返った。

 当の発言者――フェイは涼しげな顔で注目を集め、その隣のナティは軽く頭を抱えていた。

 

「どういうお積りですか?」

 

 目を細めたシトリーがフェイに問いかける。

 問われたフェイは肩をすくめて答えた。

 

「言ったとおりの意味だ。伝統、誇りと取り繕った所で、格下と見ていた者達に知恵や力をつけられて追い落とされるのが余程恐ろしいと見える。それが非常に滑稽だな、と」

「貴様――人間の代表だったな。人間風情が我々を滑稽だと!?」

 

 フェイの言葉を受けて重鎮達が色めき立つ。

 

「ああ、滑稽だとも。真に力を持った()()という自負があるのなら、()()の者たちがいくら力をつけようが実力で跳ね除ける位の気位が欲しいものだ。実際俺は特例としてフェニックスとのレーティング戦に参加したことがあるが、フェニックス――ライザー・フェニックスは貴族としての傲慢さこそあれど、リアス・グレモリーに訓練期間を与えるなど、上位の者としての気位は感じられた。ただ()()として生まれたということに胡坐をかいている連中と違ってな。そもそも――既に悪魔だけの『レーティングゲーム』は終わろうとしている。こうして俺がここに並んでいるのが然り、そしてそちらに天使や堕天使がいるのがまた然り。なにも今の秩序を完全に捨てて全ての者の相手をしろと言う訳ではない。例えば下級悪魔だけでゲームを行い、そこで勝ち残った者だけが上級へと挑戦できる形でもいいだろう。下級の者にも機会は与えられるべきだ。――それでもまだ与えられただけの立場にしがみ付こうというのか?」

「人間めっ、言わせておけばっ!」

「そこまで」

 

 フェイの挑発交じりの言葉に激昂した悪魔達が、荒々しく立ち上がろうとする。

 だが……たった一言。サーゼクスがたった一言を発しただけで、場は静まり返った。

 

「フェイくん。事実ではあっても流石にその言い方はどうかな。それ以上は見過ごせなくなってくるよ」

 

 穏やかに語るサーゼクスだが、その言葉を受けるフェイは途方もない圧力を感じ取っていた。

 

「――だが、彼の言っている事もまた間違ってはいない。『悪魔の駒』は既に他陣営との技術交換を始めており、彼は人間でありながら『眷属』を持つ『レーティングゲーム』参加者の一人だ。そしてこの先天使陣営、堕天使陣営の『駒』所有者達と交流戦を行っていくという計画がある。技術は既に悪魔のみならず広がっているのだ。『レーティングゲーム』を上級悪魔のものとも言えなくなっているのではないかな?」

 

 続けて発せられたサーゼクスの言葉に、悪魔の重鎮達は何も反論できずに黙り込んでしまう。

 技術を広めた当の本人であるサーゼクスが良く言ったものだ。とフェイが内心で考えていると、サーゼクスの矛先は更にフェイへと向けられた。

 

「とはいえ、だ。フェイくんの言葉は流石に挑発的に過ぎた。ならば、それだけの言葉を吐くだけのモノをみせてもらわないとね」

 

 それだけを言うとサーゼクスはニヤリと笑い、続ける。

 

「サイラオーグ、君程の実力者になってしまうと人間相手は歯ごたえがないかな?」

「いえ、この上なき相手です」

 

 サーゼクスの言葉に、待っていたとばかりにサイラオーグが頷いた。

 

 

 ◇◇◇

 

「まったく、フェイは落ち着いているようでいつもとんでもない事をするんだから!」

 

 リアスがため息を漏らす。

 顔合わせの式典は波乱を残しつつも終了し、フェイ達はオカルト研究部の面々と合流していた。

 

「それでサイラオーグ様との戦いは想定通りかな?」

「少々出来過ぎですがね」

 

 苦笑する木場の問いかけに、フェイは頷きを返す。

 

「呆れた! じゃあ、あの言動は狙ってやっていたの!?」

「ええ、アレだけ大言壮語を吐けば実力を見せてみろ、位にはなるかと」

「全く、放っておいてもいずれ『レーティングゲーム』は出来たというのに」

 

 開いた口が塞がらない様子のリアスに、フェイはしれっと答えた。

 ナティもリアスと同じように呆れを顔に出してはいるものの、あの場面であのような言動を行った理由も含めて察している為、諦め混じりに嗜めるのみだ。

 

「いくらシトリーの為とはいえ、あそこまで言ってしまえば他の悪魔の風当たりも強くなるでしょうに」

「だからこそ、ですよ。本気で闘って実力を見せないと、人間はいつまでも舐められたままです」

 

 フェイの言葉にもう手が付けられないとばかりにナティは肩を竦め、他のバハムート眷属達に声をかける。

 

「アンタ達も引き返すなら今のうちよ。フェイに着いて行くととこの調子で地獄の底まで付き合わされるかもしれないわ」

「師匠が行くならどこへだろうとお供します」

「悪魔なら地獄の底なんて軽いものですわ。もっとも天界の頂であってもフェイ様がいるなら構いませんわ」

導師(メンター)ナティ、そんな問いかけ今更すぎますよー」

 

 ――当然、引き返すなどと答えるものは居なかったのだが。

 

「それで、私たちはグレモリー領に戻って合宿、皆の戦力強化をするけど、あなた達はどうするの?」

 

 リアスがフェイへと問いかける。

 あの式典の際に、デビュー前の非公式戦としてフェイ達バハムート眷属とサイラオーグ眷属とのゲームが定められた他、グレモリー眷属とシトリー眷属のカードも打診された。リアス、及びシトリーはそれに諾と答え、それぞれのゲームは二十日程先に行われる事となった。

 リアス達グレモリー眷属も、非公式戦とはいえ間近にゲームが迫ることとなり、その準備に追われることとなる。

 オカルト研究会の副顧問であるセラフォルーはこの場には居ない。魔王としての政務に忙殺されている身だ。

 そして顧問という立場を持つアザゼルがフェイが答える前に口を挟んだ。

 

「会議で言っていた通りでいいんだよな? グレモリーの面倒は俺が見る。お前等はお前等で何かやるんだろ?」

 

 フェイはアザゼルの言葉に頷きを返す。

 そしてサーゼクス達にこの先の予定を告げた時には居なかったグレモリー眷属達にも、フェイはこの先の予定を告げた。

 

「俺達はしばらく()()()()に戻ります」

 

 ◇◇◇

 

「うわー、月が二つある! 本当に別世界だー!」

「全く……子供じゃあるまいし、そこまではしゃがなくてもよろしいでしょうに……」

 

 フェイ達の元居た星であるオアースに着いた途端、はしゃぎ出したイリナとそれを嗜めるレイヴェル。

 当のレイヴェルも未知の光景に刺激を受けていたのだが、小猫が済まし顔でフェイの傍に控えていた為、己の矜持をかけて我慢していたのであった。

 そして小猫の内心もまたレイヴェルと同様で、どちらが先に好奇心に負けるかの我慢大会の様相を見せていた。

 

 そんな無益な争いに終止符を打ったのは、世話が焼けるとため息を吐いたナティであった。

 

「アンタ達は飽きないわねぇ……、全く。さて、各自で伸ばすべき分野や内容が違うから一箇所にまとまって仲良く修行というわけにはいかないわよ。 ――特にレイヴェル。貴方は『僧侶』として魔術の腕を伸ばす必要があるわけだけれど、貴方の魔術は悪魔としての本質といえるもの。()()()()()しっかりとこちらの魔術理論を学んで貰うわ。そこは前から言ってあったわね?」

「――ええ、一時的とはいえ皆様と離れるのは心細くありますが、役目は果たしますわ」

 

 ナティの宣言と確認に、レイヴェルが頷きを返す。

 レイヴェルが悪魔として備える呪文行使能力は、悪魔としての血統から大いに影響を受けるフェイと同様のソーサラーに近いものである。

 その為フェニックスの一族であるレイヴェルが扱う魔法も、炎の属性に大幅に偏っている。

 フェイとナティは長所のみを磨くか、それとも出来る事を増やすか……と検討した結果、究極の魔道師(アルティメット・メイガス)への道を見出した。

 元より持っている魔法の才能に加えて、魔術理論を高いレベルで修めなければ成り立たぬ非常に困難な道である。

 才能と努力。どちらかで挫折することがあれば、確実に中途半端な魔術師で終わってしまう。

 そんな道を示したのにも関わらず、レイヴェルは躊躇うことなくその道を選択した。

 

「ここで立ち止まってしまう位なら、最初からフェイさまに従わず無難な道を進みますわ」

 

 レイヴェルは気丈にもそう嘯く。フェイもレイヴェルのその心の強さを信じていた。

 だからこそ、元の世界で伝手のある賢者(ウィザード)に一時的とはいえレイヴェルを預ける決心もついた。

 

「フェイは今更アタシが見れるような所もないわ。――正しく言えば、真面目に修行する部分では――だけど」

 

 ナティの棘の混じった言葉に、フェイは申し訳なさそうに頭を掻く。

 

「そんな態度を見せるくらいならもうちょっと――まあいいわ。そんな訳でフェイは自分の修行は自分で面倒見ること」

 

 フェイの態度に頬を膨らせながらもナティは淡々と告げる。

 そして渋々ながらも後の言葉を続けた。

 

「……あとは小猫もフェイが面倒みること」

 

 フェイと小猫の得意分野を考えれば当然ではあるのだが、感情が納得しないレイヴェルは小猫を横目で睨む。

 小猫もそれを敏感に感じ取り、挑発するかのようにフフンと胸を張るのだが――

 

「フンッ、胸をお張りになるには少々盛りが足りないのではなくて?」

「……っ!? この焼き鳥っ! それを言ったら戦争っ!」

 

 ――結局いつもの口論の切欠となるだけであった。

 

「はいっ、導師ナティ。私は?」

 

 鳥猫の口論はいつものことと軽く受け流したイリナがナティに手を上げて質問する。

 

「貴方は私と一緒に行動よ。バハムートのパラディンとして相応しくなるよう、徹底的に鍛え上げてやるわ。ゲームまでにレッドドラゴンを一対一で倒せる位にはなってもらうわよ」

「…………あ、あの……ちょっとハード過ぎませんかね……?」

 

 事も無げに告げられたナティの回答にイリナの遠足気分は吹き飛び一気に蒼褪める。

 

「安心しなさい。死なないように――いえ、死んでも大丈夫なように私が一緒なんだから」

「ま、マスター……助け……」

 

 フォローをするようで追い討ちをかけるナティの言葉に、イリナは縋るようにフェイの方を見るが――フェイは黙って首を横に振るのみだった。

 




感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。

D&D知らない人向け無駄知識

惑星オアース。
 大いなる転輪世界に存在するフェイ達の故郷の星。
 地球とほぼ同じ大きさで、環境も近いが魔法的特性が強い。
 オアースの自転周期は24時間丁度。
 オアースの太陽であるリガの公転周期は364日で、1年は地球よりやや短い。
 またルナとセレネという二つの月が存在するがこれらは衛星ではなく、
 リガも含めてオアースを中心に公転している惑星(恒星)である。
 科学的におかしい? 神の力は偉大。






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4話

 フェイとサイラオーグ、そしてリアスとシトリーとのゲームが五日後に迫った頃、冥界では魔王主催の親睦パーティーが開催されていた。

 フェイ達は一時的に冥界を離れる事により不参加を表明していた――が、パーティー会場から程近い森の中に、一人佇む小猫の姿があった。

 

「久しぶりじゃない?」

 

 その小猫に声をかけたのは、黒い猫耳を生やした和服の女性――小猫の姉である黒歌だった。

 

「……ええ、そうですね」

 

 この場で姉と出会うことは想定されていた。だが、実際に姉を目の当たりにして生じた動揺は少なくない。

 それでも動揺を押さえ込んで言葉を返す小猫。

 

「やっと悪魔の懐から飛び出したと思えば人間の飼い猫になっている白音が、なんでここにいるのか。お姉ちゃんは不思議だにゃー」

「……そこまで知っていましたか」

 

 言葉の割には訝しむ気配もない黒歌の言葉に、白音という本名を呼ばれた小猫も驚きもせずに返す。

 実際黒歌はヴァーリと行動を共にしている事が判明している為、小猫が人間陣営に居ること、悪魔や他陣営と協調路線をとっていることが伝えられていても不思議ではない。

 黒歌の言った飼い猫という表現は、ある意味では挑発であったのかもしれないが、小猫にはまるで通じていなかった。

 黒歌が知る由も無いが、小猫はむしろ飼い猫でも構わないとすら思っていた。

 

「ふぅん……なんで知っているのかとか聞かないのかにゃー? そこらへんは陰でこそこそ覗いている人の入知恵かにゃ?」

 

 まるで手応えの無い小猫に、黒歌は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、右手の二本の指で黒歌の右手側の茂みを指し示し、左手の一本の指でさらに逆側を指し示した。

 その指の指し示した先には――

 

「全く、随分と勘が鋭いようね」

「もしかして私のせいだったり……?」

 

 黒歌が指し示した右手の先の茂みからはナティとイリナが姿を現した。

 見事に潜伏場所と数を指し示されたので、隠れているよりも対処がし易いと判断してのことだ。

 

「ちっ、やっぱり猫は好きませんわ」

 

 左手側からも同様にレイヴェルが姿を現した。

 悪魔としての魔法の素養のお陰か、常人では考えられない速度で不可視化(インヴィジビリティ)の呪文まで覚えたレイヴェルではあるが、折角の呪文が通じていない事に悪態を吐く。

 

「フフン、幾ら魔法で隠蔽しようが、気の流れまでは誤魔化せないにゃ。さてさて、こうなると待ち伏せされてたって考えた方がいいのかしら。 まあ、それはそれで白音を連れて帰るいい機会ね♪ 余分な連中には死んでもらうにゃん♪」

 

 黒歌がそう言った途端、場を取り巻く空気が切り替わる。

 ナティはそれでも落ち着いたまま感想を述べる。

 

「へぇ……ご丁寧に結界なんて張れるのね? でもこの場を隔離するだけ? 敵を弱体化(デバフ)するなり、自分を強化(バフ)するなりすればいいのに。そもそも貴方だけで私達に勝つつもりなの?」

「ハッ、私だけでも負ける気はしないにゃ。とはいえ使えるものは使うにゃん♪」

「――ったく、俺っちも非番なんだがねぃ」

 

 

 ナティの言葉を黒歌が鼻で笑うと、黒歌の背後から一人の男がぼやきながら姿を現す。

 

「ま、喧嘩は嫌いじゃあねぇけど……弱い者虐めしてもつまらんだけだぜぃ」

「その節穴を持った猿は、美猴だったかしら。遊び相手位はしてあげるわよ?」

 

 あくまで気乗りしないように吐き捨てる男――美猴に対し、挑発するように笑うナティ。

 

「おうおうおう、吼えるねぃお嬢ちゃん。じゃあ一つ忠告してくぜぃ。敵を囲んで叩くのは理に叶っちゃいるがな――」

 

 ナティの挑発にもおざなりに返す美猴。指を一つ立てるとナティに話しかけ、次の瞬間その姿が消えた。

 

「後衛まで前に出ちゃいかんで――ぐぁっ!?」

 

 目にも留まらぬ速さでレイヴェルに襲い掛かった美猴だったが、突然殴られたかのようにナティの方に弾き飛ばされる。

 そして何もなかった筈の空間から、フェイの姿が現れた。

 

「こちらも一つ忠告だ。油断大敵、とな」

「んなっ、おかしな気の流れなんて全く感じなかったにゃ!?」

 

 フェイが殴り飛ばした美猴に声をかけるが、反応したのは黒歌だった。

 黒歌が自信を持っていた気の流れを読む力でも、フェイの存在は認識出来ていなかった為だ。

 フェイはそんな黒歌を見て不敵に笑う。

 

「仙術を使う小猫の姉だったな。生憎と気を扱うのはお前等の専売特許ではない。気を止めれば不自然な気の空白で気付かれる。だから――自然の気の流れと一体化しただけだ」

「ば、馬鹿にゃ!? そこまで綻びもなく自然と一体化するなんて私でも出来ない高等技術だにゃん。それこそ仙人でなければ……」

「っつぅ、痛てて、なかなかキッツイ一発貰っちまったぜぃ」

 

 黒歌の言葉は、美猴の上げた声で遮られる。

 

「だが貰った感じ、仙人とよく似ているが違う。なにもんだ、お前ぇ?」

「ヴァーリから聞いていないのか?」

 

 美猴の誰何にフェイは質問で返した。どこまでヴァーリから情報を得ているのかを探る為だ。

 

「お前さん、性格悪いって言われない? まっ、聞いてるがねぃ……人間を代表してる魔術師だろ?」

「ふーん、となるとコイツが白音の飼い主か。じゃあコイツを殺せば白音を連れて帰れるにゃん♪」

 

 あくまで軽いノリの美猴と黒歌だったが、師匠(フェイ)を殺すとまでの発言が出てくるに至って、小猫の我慢も限界に達した。――早い話がブチ切れた。

 

「師匠を殺すだなんてさせません! 貴方は私が倒します!」

「ハッ、どこまでも人間に尻尾を振ろうっての? 使えそうだから連れ帰る気で居たけど、いい加減自分の立場をわからせてやる必要がありそうね!」

「悪いが――小猫一人で戦わせるつもりもないぞ」

 

 黒歌に相対する小猫。更にフェイとレイヴェルまでもが小猫に加勢する。

 

「やれやれ、俺っちもあっちに参加していいかい?」

「冗談! 見逃すわけないでしょう?」

 

 黒歌を取り巻く三人を横目に見ながら軽口を叩く美猴に、ナティがピシャリと言い放つ。

 

「だってあっちの方が面白そうだぜぃ」

「あっ、そんなこと言ったら……」

「あら、だったらこっちも面白くしてあげるわよ」

「あちゃー、天界山(セレスティア)におわすバハムート様。どうか竜神が僕にご加護を。本当にお願いします!」

 

 懲りずに言い募る美猴に対してイリナが咎めるように言いかけるが、それよりも早くナティが底意地の悪い笑みを浮かべた。

 それを見たイリナが思わず天を仰ぎ祈りを捧げる。

 その祈りが届いたのか否か、ナティの姿が変化していく。

 

「こっちも本気で相手をしてあげるから、根性みせなさいよ!」

「へっ、ドラゴンだったか! 面白れぇっ!」

 

 山をも越える大きさの竜と化したナティの姿に、美猴もまた深く笑みを浮かべた。

 大きく翼を広げて上空へと飛び立つ金竜と、それを追う形で美猴も――

 

「觔斗雲っ」

 

 足元から金色の雲を出現させ、ナティを追う。

 そして、イリナもナティが唱えた飛行(フライ)の呪文の影響下にあることに気付くに至って、祈りが届かなかったことを認識する。

 

「イリナ、貴方は私の手伝い(フォロー)よ!」

「うぇぇ、やっぱりー」

 

 信心深く、そして方向性に問題はあれど正義感の強いイリナの後ろ向きな姿勢には深い理由があった。

 ――主にナティに連れられて強制修行をさせられた時の心的外傷(トラウマ)にも近いものであるのだが……。

 

 ◇◇◇

 

「私も舐められたものにゃん。たった三人で私をどうこうできるとでも思ってるのかしら」

 

 黒歌がそう言うと同時、黒歌の全身から薄い霧が立ち上る。

 視界を遮る覆い隠す霧(オブスキュアリングミスト)の呪文ほどの濃い霧ではないが、それは一瞬でフェイと小猫を包み込んだ。

 フェイはその一瞬で霧の正体を看破する。

 

「……毒か」

「ご名答♪ 悪魔や妖怪にだけ効く毒霧にゃん。アンタが平気なのは人間だから? でもアンタが平気でも白音は――」

 

 フェイの指摘にも楽しそうに笑う黒歌。

 その黒歌が指差す先に居るはずの小猫は――表情を変えることなく構えを黒歌に向けたままだった。

 

「……私がどうかしましたか?」

「!? なんで白音にも効いてないにゃん!?」

 

 その姿に初めて動揺を見せる黒歌。その黒歌に向けてフェイは笑う。

 

「お前と別れた頃の小猫は知らないが……いつまでもそのままの小猫だと思うなよ」

 

 フェイの故郷(オアース)での修行の間、フェイは小猫に拳技と供に気の扱い方を叩き込んできた。

 小猫は気と身体操作を極める事による毒に対する完全抵抗(金剛身)も当然身に付けている。

 しかしながら後衛であるレイヴェルはそのような技を修めてはいなかったが――

 

「フェニックスの一族である私にちゃちな毒が効くとは思いませんが、念のため」

 

 レイヴェルが呪文を唱えると、突風が吹き出し霧を吹き散らしていく。

 魔術師修行で得た成果の一つである、爆風(ガスト・オヴ・ウィンド)の呪文だ。

 レイヴェルは魔法による火力は悪魔生来の魔法で満たされる分、新たに覚える呪文は戦場に影響を与える呪文や、その対抗呪文を中心に選んできた。

 その選択が功を奏した形となったのだ。

 

「ちっ、ちょっとまずいにゃん」

 

 ガスト・オヴ・ウィンドの風により霧が吹き散らされると、そこには()()の黒歌がそれぞれフェイ達を睨み付けた。

 

「フェイさま! 鏡像(ミラー・イメージ)上級幻像(メジャー・イメージ)の類の虚像ですわ!」

 

 レイヴェルはその姿を見ただけで、効果を判断してフェイに進言する。

 あちらで預けていただけあって、レイヴェルも大分魔術に対する知識が深くなってきたな。

 自身が優れたソーサラーであるフェイも同様の判断はしていたのだが、レイヴェルの成長に思わず笑みを浮かべた。

 

「何を笑っているにゃん!」

 

 様々な黒歌が異口同音にフェイを詰る。

 それに対するフェイの返答は、近づいて殴る。ただそれだけだった。

 

「ぐっ、なっ、なんで!?」

 

 朦朧化打撃(急所を打つ一撃)により黒歌の意識が遠のいた隙に、小猫が黒歌を完全に押さえ込んで捕らえていた。

 フェイは身動きの取れない黒歌の耳元に囁く。

 

「――なんで本体がわかったのか、か? 生憎、どんな幻術も竜の眼はごまかせんよ」

 

 微妙に嘘である。ナティなどの真竜(トゥルードラゴン)は確かに60フィート(18.2メートル)以内の存在を感知する非視覚的感知能力を備えているが、人間であるフェイの力ではない。

 あくまで神器と化した『白金竜の籠手』により与えられている力である。

 その上あくまで位置が判るだけで姿が見えるわけではないのだが――、正確な情報を与えてやる必要もなかった。

 

「あとは大師匠達ですね」

 

 小猫は姉を捕らえたというのに、無表情でナティ達の動向を伺う。

 いや――無表情は姉を捕らえたからこそか。

 

「よくやったな」

 

 フェイは黒歌を拘束すると、それまで黒歌を押さえ込んでいた小猫の頭を撫でた。

 小猫は嬉しそうに目を細める。その様子をジト目で見ていたレイヴェルの頭も同様に撫でてやる。

 

「レイヴェルもちゃんと学んだ成果が出ていたな」

「もうっ、フェイさまったら折角整えたのにっ」

 

 レイヴェルは乱暴に撫でられて髪が乱れる事に口では文句を言うが、その表情は口に出した言葉とは相反するものだった。

 

 ◇◇◇

 

「てぇぇぇいっ!」

 

 気合と共に空中を突進するイリナ。

 

「はっ、甘い甘いっ」

 

 イリナの剣を手にした棒で迎え撃つ美猴。

 二合、三合と降魔の聖剣と如意棒とが打ち合わされていく。

 全力を込めて切りかかっているイリナに対し、まだまだ余裕を見せる美猴。

 

「やばっ、このぉっ」

「おおっと、残念!」

 

 そのうちに焦ったのか、イリナが力任せに剣を振り上げる。

 美猴は余裕たっぷりにそれを避けると、如意棒を打ち下ろしてイリナを下方へと叩き落すのだった。

 ――だが次の瞬間、美猴達が打ち合っていた空間を巨大な尻尾が薙いでいき、見事に美猴を打ち付ける。

 

「がっ、味方ごとっ!?」

「ギリギリセーフッ!」

 

 イリナは剣を振り上げてその反動により距離を取ろうとしたのだが、結果オーライである。

 ふと、イリナの脳裏に修行中で似たような状況になった時の会話が頭を過ぎった。

 その時もギリギリ躱す事に成功したのだったが――

 

 ◇◇◇

 

「導師ナティ、私まで巻き添えにする気ですか!」

「あの程度避けられない未熟者だったらタイミングを身体で覚えなさい。死んでも治してあげるから!」

 

 ギリギリでナティ尾の一掃を避けたイリナが抗議の声を上げるも、ナティは取り合わずに次の戦場へと突入する。

 修行中の戦場においては、ナティは頼もしい味方でありながら最も油断ならぬ敵でもあった。

 勿論そのお陰で色々身に付いたこともある。――主に竜種(ナティ)の攻撃に対する対処だが。

 死地においてイリナは急速に、そして着実にバハムートの戦士としての経験を積んでいった。

 

 ◇◇◇

 

 美猴を打ち付けたナティの攻撃は修行時と比べればまだまだ手緩いことを思い返して身震いする。

 修行だからこそ、撤退しても構わないギリギリの難易度で攻めてきたのである。

 修行中に命を落とさずに済んだのはひとえにバハムートの加護があったのだといえよう。

 イリナの焦り、そして当初の消極的な姿勢はこのナティの超絶スパルタが原因だった。

 

「こうなったら残りのお休みはマスターのご褒美がないと割に合わないわ」

 

 イリナはそう呟くと、美猴へ追撃する為に飛翔した。

 

 




感想・指摘などありましたらよろしくお願いします。

D&D知らない人向けムダ知識


究極の魔道師(アルティメット・メイガス)
 呪文をあらかじめ準備する必要のあるウィザード系の秘術呪文使いと、呪文を臨機応変に使用できるソーサラー系の秘術呪文使いの複合職。
 高レベル呪文の習得速度は専門の各職に劣るが、ウィザードの呪文選択の幅広さとソーサラーの対応能力を兼ね備え、同レベルの呪文の威力そのものは専門職にも見劣りしない。
 当作品では悪魔生来の魔法はソーサラーに似た呪文発動能力と見做して、レイヴェルをウィザードと悪魔双方の魔法を扱える究極の魔道師として扱っている。

飛行(フライ)
 持続時間が分単位の短時間飛行呪文。
 その分、時間単位で持続する長距離飛行呪文と比べて飛行速度が速い。

覆い隠す霧(オブスキュアリングミスト)
 魔法的に視線を隠す濃密な霧を発生させる呪文。
 5フィート(1.5メートル)も離れるとハッキリと視認する事が出来ず、それより遠いと完全に霧に視線を遮られてしまう。

 この呪文により発生した霧は強い風により吹き散らされる。
 また霧は炎により焼き尽くす事も出来るが、レイヴェルがそれをしなかったのは呪文を使ってみせる為である。

爆風(ガスト・オヴ・ウィンド)
 強風を作り出す呪文。小型以下の生物は風に飛ばされるし、人間サイズでも風に逆らって移動することは困難となる。

鏡像(ミラー・イメージ)
 術者とそっくりな幻を作り出す呪文。
 範囲攻撃を受けてもそっくりなリアクションをする為、見破られないが直接攻撃を受けると幻は霧散する。
 自分の傍にしか幻を置けない為、敵の攻撃逸らし用のダミーとして使用される。

上級幻像(メジャー・イメージ)
 音、匂い、温度すら発する幻を作り出す呪文。
 ミラー・イメージと異なり、効果範囲内であれば術者の思ったとおりに幻を動かせ、範囲自体も広い。
 直接攻撃を受けた場合、術者が適切なリアクションを取らせないと、現実との矛盾により幻は霧散する。






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