夢を掴む、その瞬間まで・・・ (成龍525)
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はじめに

ドンズバ!、にじファン、小説家になろう、から移転してきました。
成龍と申します。
まだこちらに来て日は浅いですが、どうか宜しくお願い致します!


 こちらの作品は主に『実況パワフルプロ野球9』とそのシリーズを元に自分が執筆している二次創作作品です。

 

本作品はフィクションであり作品内の登場登場人物や企業・団体などは実在のものとは関係ありません。

(原作がパワプロのため実名球団とかは出てきますが……)

 

 

まだまだ拙い文章ではありますが、以前から自分とこの作品を知って下さっている方も、初めて知って下さった方も温かな目で見守って頂ければ幸いです。



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登場人物紹介

追々更新していく予定です。


※本編の進行状況により内容の追加や修正をしていきます。

(☆印はサクセスキャラ)

 

・矢野 武(やの たける)

・出身校 恋恋高校

主人公。中学の途中から同ポジションの先輩との兼ね合いから、強肩巧守を買われてセカンドへと転向する。

思わぬ形で恋恋高校に入学することになり、全てが手探りの状態で甲子園を目指す。

性格はとにかく野球一筋! 思慮深いが肝心なとこで鈍感。

 

 

 

・猪狩 鈴(いかり りん)

・出身校 あかつき大学附属中学校(3話現在)

ヒロイン。あかつき大学附属高校に入学し早々野球部一軍へと昇格した天才・猪狩守の妹。

現在あかつき大学附属中学3年の猪狩進の双子の姉でもある。

兄や弟と同じく野球センスはずば抜けて高く、所属している軟式野球部では3番・ショートとして野球部の中心的存在となっている。

しかし、そんな彼女には誰にも知られたくない秘密が……

性格はどこまでも一途で頑張り屋。

 

 

☆早川 あおい(はやかわ あおい)

・出身校 恋恋高校

”女性初のプロ野球選手になる”を胸に、野球一筋で生きてきた野球少女。

中学時代は男子に混じって野球をしていて、その実力は同年代の男子にも引けを取らなかったほど。

それを可能にしていたのは、160前後の低い身長も合わさった彼女独特のアンダースロー。

加えて安定したコントロール。

そして”変化球”。

複雑な、それでいてある種の矛盾とも言える思いを抱きながら、あおいは恋恋高校へと進学する――。

性格は短気で怒りっぽく勝気ではあるが、女の子らしい一面もちゃんと持ち合わせている。

 

 

☆矢部 明雄(やべ あきお)

・出身校 恋恋高校

瓶底のような分厚い眼鏡がトレードマークで、語尾が「やんす」と色んな意味で特徴溢れる矢野のクラスメイト。

野球の実力は打撃面ではイマイチぱっとしないものの、快足を活かしたプレイには光るものがある。

その果敢なプレイは時にチームの起爆剤に成り得ることも……?

性格は面倒くさがりなところが玉に瑕ではあるが、反面、義理人情には割と厚い。

また、無類のアニメ好きである。

 

・山田 亮(やまだ りょう)

・出身校 恋恋高校

リトル、シニアと野球経験があり、経験乏しい人材が集まる恋恋において頼れる野球人。

本来ならば強豪校や名門校から声が掛かってもおかしくない実力の持ち主。

しかし、とある理由と山田本人の思いもあって、自宅から比較的近いこともあり恋恋へ進学する。

性格は寡黙で感情もほとんど表情に表すこともないが、その心の内には矢野にも勝るとも劣らない野球への情熱を秘めている。

 

・村沢 雪乃(むらさわ ゆきの)

・出身校 恋恋高校

実家が剣道道場で祖父が道場主、父親がその道場の師範。

そんな剣道一家の一人娘であり、雪乃自身も幼少の頃より剣道に励んでいて現時点で三段を有している。

しかし段位取得審査の受審には年齢などの制限があるため三段で止まったままだが、雪乃本来の実力は一つ上の四段クラスに匹敵する――と父親や祖父も認めている。

恋恋入学時、当然の如く剣道部から入部の誘いがあったが、ある理由によりそれを固辞。

まだ部活でもない野球同好会を選んだのは、その理由に適うという考えから。

性格は天然なところが少なからずありマイペース。

その和みオーラからチーム内の癒し担当のマスコット的存在に、気付いたらなっていた。

 

・宮間 綜司(みやま そうじ)

・出身校 恋恋高校

名家、所謂いいとこの”おぼっちゃん”。

生まれつきの病弱体質で、そのせいか身長も160あるかないかで体重も50前後と軽い。

小柄であり身軽ということから割と走るのが早い。

――が、それは短い距離限定の話。体力の絶対値が相当低いためすぐバテる。

また生まれも育ちも名家なため、この若さで既にジェントルマン精神の持ち主。

性格は大人しく控えめ、気が弱い。

 

・津村 庸二(つむら ようじ)

・出身校 恋恋高校

はるかが同好会に引き入れた新入生最後の男子。

長身と甘いマスクの持ち主で、同級生の女子達からの評判は高い。

津村自身かなり積極的に女性と交流する方だからか、常に色恋の話は絶えない。

どちらかと言うと、女性の方が一方的に津村へ好意を寄せる、もしくはその言動で勘違いしているケースの方が多かったりするのだが――。

また、意外にも学年トップクラスの学力の持ち主なのだが、本人がそのことを口外しないため、その事実を同好会内で知る者はいない。

その頭脳は本業であるキャッチャーでのプレイ、リード、配球の組み立て等に遺憾無く発揮されるだろう。

性格はお調子者ではあるが洞察力が鋭く、周囲への配慮は人一倍欠かさない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第1話 ~出会い~

一先ずテストも兼ねて1話目更新!
ちなみに、一応縦書きを意識して書いてたりしますが…
本人の技量不足により変に見えるかもしれません……


「おふくろ、行ってくるよ!」

 

4月も何日か過ぎた今日この日。おふくろの忘れ物がなんたらという毎度の小言に背中を押されて、矢野は玄関を勢いよく出た。

そして、そのまま今日から通うことになる”恋恋高校”へと駆けていった。

 

今日は初日ということもあり、矢野達1年生はお昼過ぎに放課後となった。

「で、矢部君…あのことだけど、大丈夫、だよね?」 

「さて、見たい番組があるでやんすから…おいらはこれで失礼するで…」

やんすを言い終える前に、矢野の手は逃げ出そうとした矢部の肩をがしっと掴んだ。

「は、離すでやんす!おいらにはガンターの熱い戦いを見守るという大事な使命がっ!!」

「ガンダーは横に置いといて…いいの?さっきも喜んでたし、女子にぃ……」

その言葉に矢部のメガネは微かに、それでいて敏感に反応した。

「モ、モ…モテモテっ!!」

しばらく悶絶していた矢部は微妙にズレたメガネをかけ直し――

「まったく、しょうがないでやんすね~…つき合うでやんす」

「そうこなくっちゃっ!!」

顔がゆるみまくりの矢部を連れ、教室から出た二人は職員室へと向かった。

しかし……

職員室のドアは空しい音と共に閉まることとなる。

「失礼しました…」

「やっぱりダメでやんす…」

沈む二人の口から漏れるのは弱音とため息ばかり……

一通り落ち込んだ矢野はやっと立ち直りをみせる。

「ここで落ち込んでも仕方ないっ! こうなったら理事長に直接!!」

そう意気込み、矢部の腕を掴んで強制連行。

後日、職員室周辺で”やんす~ッ”という怪しい悲鳴が響いていたと噂になった――

 

 そして、二人が理事長室のある別棟に通じる渡り廊下を歩いていた時のこと。

「短いはずの渡り廊下が長く感じるでやんす」 

「まあまあ、もう少しで終わりそうだよ?」

そんなやり取りをしていた、その時。

「うわっ!?」 

「きゃっ!?」

理事長室のある方から飛び出してきた誰かとぶつかった矢野は軽く後ろに飛ばされる。

しかし、誰かは派手に吹き飛ばされて地面に尻餅をついていた。

「いたたぁ~! もぅ、どこ見て歩いてるの!? 怪我でもしたらどうすんのよっ!!」

スカートの尻餅をついた部分を軽く両手ではたいたその誰かは、発した言葉と同様に表情は険しかった。

「ご、ごめん……よそ見してたのはこっちだし、悪かったよ」

「わ、わかればいいのっ……ボクの方こそごめんね」

その誰かは矢野の素直な謝罪の心にはにかみ出す。

かと思うと何やら辺りを、今度は切なそうな表情で見渡していた。

「ん? どうかしたの? そんなにキョロキョロと」

「うん、たぶんさっきぶつかった時だと思うんだけど……大事なもの落としちゃったみたいなの」

凄く肩を落とした誰かの様子を察して、矢野もその誰かの大事な何かを探すのを手伝うことに。

少しの間探していると、矢野は何かを見つけたのか不意に大声を上げる。

「これって……キミの探してたのってこれのこと?」

それを拾い上げて誰かに差し出した。

「う、うん…あ、ありがとう……」

見つかったはずなのに誰かはまた切なそうな瞳に戻る。

「えっと…グローブを持っているってことは、キミももしかして野球するの?」

「そ、それはぁ…離せば長くなっちゃうんだけど…」

誰かの胸の内を知ってか知らずか、矢野は気になっていたことを誰かに尋ねてみた。

その誰かの説明によると、小学校の頃から男の子と混じってリトルで野球をやっていた――

ということらしい。

 

それを聞いて何かを閃いた表情に変わった矢野。

「ちょうどよかった! 俺達と野球やらないかい? 経験者なら大歓迎だよ!?」

野球のこととなると熱くなるその癖で、矢野は誰かへともの凄い勢いで詰めよった。

「え? 野球って、そもそもうちの学校に野球部なんかないよ??」 

「それがある……というより、今から作りに行くんでやんす」

矢部のその言葉で更に頭上のクエスチョンマークを増やしていく誰か。

「先生達に頼んでもダメだったから、今度は直接理事長にお願いしに行くんだ」

「あっそういうことね…うぅ~ん、どうしようかな……」

誰かはしばらく考えていたが……

「うん、わかった! ボクで良ければ入ったげるよ!?」

弾ける笑顔でそう答えた。

「じゃあ、これからよろしくね? え、えぇっと……」

そこまできて、何故か矢野は言葉に詰まってしまう。

「あっ……」

握手をしようとした瞬間、お互い今まで誰かも知らずにいたことに今になって気付いたのだ。

「そういえば、自己紹介まだだっけ。俺は矢野武、よろしく!」 

「ボクはあおい、早川あおい! こちらこそよろしくねっ!?」

がっちりと握手を交わす二人。

「で、おいらが矢っ」

「あっ、メガネくんね? よろしくっ」

自己紹介を遮られた矢部は、一人沈んでいた。

「グスっおいらはどうせメガネでやんすよ……」

 

こうして、あおいの綺麗な緑髪のおさげが風ではたはた揺れるのを見ながら、三人は理事長室へ。

 

しかし、現実というのはそう上手くはいかないもので――

「……それにしても、いないもんでやんすねぇ」

「そだね…もっともボク達三人だけで同好会としての許可をもらえただけでも奇跡に近いし、この上さらに部員になってくれる人がすぐに見つかったら……それはそれで逆に怖いか、な?」

生徒用玄関でボヤく二人の気持ちも仕方のないものだった。

そもそも恋恋は今年から男女共学になった元有名女子高。

男子生徒は今年入学した新入生しかいなかったのだ。

「同じ新入生の一年の男子がどこにも見あたらないのもある意味奇跡な感じも……でも! 先輩達ももうすぐ部活の時間、ということは…?」

矢野は矢部に視線を移す。

「先輩達の部活を見学しに、他の男子が動くかも…っ…てことでやんすか?」

「ナイスアイディアじゃんっ! 矢野君冴えてるね!?」

二人の言葉に笑顔で頷く矢野。

あおいの賛同を得た二人は早速部活巡りに行こうとした。だが……

「あっ……ちょっと待って?」

「「???」」

突然のあおいの一言に矢野と矢部は何事かと目を見開く。

「今思ったんだけどさ…ボクがやるってことは、別に女の子でもいいんだよね!? だったらボク別行動で女の子の方でも探そうか?」

「確かに、言われてみたら……うん、分かった! じゃあ1時間後の4時半、ここに集合ってことで」

腕時計の文字盤を指差す矢野にあおいは笑顔で応えてみせた。

「オッケーっ! じゃあそっちは任せるね!?」

あおいはウインクを合図にしてその場を後にした。

「じゃあ、こっちも行きますかっ」

あおいを見送った二人も、彼女とは逆の方へと駆け出す。

 

「矢野君また明日ねー」

「でやんすっ」

そして、時間いっぱい校内を回っていた三人だったが、結局見つからず。

今日のところは同好会員集めは解散に。

二人と別れた矢野は、朝日に照らされながら来た道を、今度は沈みかけた夕日の背を追うようにして家路につくのだった。

 

しばらく歩き、河川敷の堤防をいつもと変わらず穏やかに流れる羽和川(ぱわがわ)を横目で見ながらさらに歩みを進めていく。

自宅のすぐ横までたどり着いた矢野だったが……

川とは反対側の、堤防下にある自宅の方へは降りずに、何故か堤防を挟んで自宅のすぐ横にある河川敷へと降りていく。

 

矢野は降りた先でがちゃ、ガチャッ、と音を鳴らしながら何かを動かそうとしていた。

「しっかし、親父には感謝だけど……」

手元からは不規則な起動音。

「この動き始めの悪さはどうにかならないのか?」

そうボヤキながら矢野が懸命に動かしていたのは、中学に上がった時に息子のためにと矢野の父が壊れて捨てられていたバッティングマシンを改造、一定の間隔でノックもしてくれるものだった。

「後は、ここをこうしてそれをああして…この辺を叩けば……」

……ウイィィーン!!

こんなことは日常茶飯事だという風に、慣れた手つきでマシンのある部分を一発叩き、見事に起動。

「さてと、コイツも動いたことだし……日課の自主トレ始めますかっ」

気合いを入れた矢野は父作のノックマシンにボールを10球セットして、マシンから約15m離れた辺りで身構えた。

矢野が守備を磨くために独自に考えた”近距離ノック”がマシンから放たれたボールを合図に始まった。

 

――それから20分ほど後。

河川敷にはまだ捕球音が心地よく響いていた。

矢野はまだマシンによるノックを受けていたのだ。

「っし! 次のでラスト!!」

このセットの9球目を捕球した矢野は、そのボールを素早く一塁に見立てたネットへと送球。

10球目に備えて一呼吸置いて身構える。

 

そして、10球目――

 

その時、すぐ上の堤防を一人の少女が歩いていた。

「今日は思ってたより早く終わったし、下に降りて自主トレでもしていこうかなぁ……あれ? 何んだろ、この音」

その少女はその場で河川敷に視線を下ろし、音の正体を探す。

「え? マシンで近距離ノックっ!?」その光景に少女は驚くほかなかった。

次の瞬間――

「っ! とんでもないとこにボールがっ!!」

捨てられていたものを修繕改造したマシン、放たれるボールの軌道も元々ランダム。

だったのだが、今回の軌道は明らかに異常で堤防の方へと上がっていくものだった。

堤防の下、河川敷にいた矢野は慌てて振り向いてボールの行方を追う。

「ひ、人が!? 危ないっ!!!」

「えっ!?」

少女は叫んでいる矢野と向かってくるボールを視界に捉える。

そして……

堤防からも心地よい音が、鳴った。

「捕っ…た??」

その少女はとっさに持っていたバッグの中に右手を突っ込み。

そのまま中で右手へグローブをはめてバッグからその右手を引き抜きながら体の中心に……

ボールは綺麗にその少女のグローブに納まっていたのだ。

「ご、ごめん!怪我は?大丈夫だった??」

「ハ、ハイ!大丈夫ですっ」

矢野は急いで少女の下へ駆け寄る。

その声と心配そうな表情を見て、少女の心臓が不意に鼓動を早め出した。

「ほっ…よかったぁ……それよりもさ、グローブ持っててあの身のこなし、もしかして……野球やってたり、する?」

よく見ると少女はショートカットで学校帰りなのか制服姿だった。

「え、えぇっと…まあ、多少は」

そう答えた少女は捕ったボールを矢野へと手渡す。

その手は緊張からか、少し震えていた。

ボールから離れた手は震えが止まらないまま今度はスカートをギュッと掴んでいる。

視線を矢野へと移せないままの少女だったが、勇気を振り絞り自分の気持ちをぶつけてみた。

「あ、あのっ! 毎日ここで練習して……るん、ですか!?」

「え? そうだなぁ……この時間って決まってはないけれど、ほぼ毎日かな? でもどうして?」

妙に焦っていた気持ちを矢野に悟られまいと、少女はなるべく平然を装い会話を続けていく。

「私もたまにここで自主トレとかしてたんですけど、今まで一度も会ったりしてないなと…」

「ちょっと前までは中学で野球部あったから、季節にもよるけど…だいたい6時半前後かな?」

でも今は、野球部としての活動がないから今の時間にやってたんだ…と照れくさそうに頭に手をやりながら、そう答えた。

それを聞いた少女は頬を薄紅色に染めながら、意を決して……

「ま、毎日その時間なんですよねっ!? よよよろしければっあぁ明日! 練習ご一緒してもいいぃですか!!?」

(わわ私、初めて会った人になんてことをっ)

言い終えた少女はまた視線を地面に落とし、薄紅色だった頬もまた、今度は耳まで真っ赤に染め直していく。

「えっ? そうだなあ、野球部が明日明後日でまともに活動できる状態でもないし…うん、かまわないよ!」

「いいい、いいんですか? 本当に!? ありがとうございますっ!!」

真っ赤だった顔が、矢野の言葉を聞いてあっという間に笑顔に変わり、気がつくと少女は矢野の右手をグローブをしたままの両手で握り、上下にブンブンとさせていた。

 

少女はおもむろに自分の手と一緒に上下していた腕時計に視線を移す。

「あぁ! もうこんな時間に……」

矢野の右手から両手を離した少女は、右手にはめていたグローブを急いでバッグへと入れた。

「す、すみません! もう帰らなくちゃいけないので、また明日来ますね!?」

そう言い残して、少女は去っていった。まるで、桜吹雪舞わせる春風のように……

 

「また、明日……か」

矢野はしばらく右手を見つめていた。

 

 

 矢野から別れ河川敷から走ってきた少女は、息を弾ませながらゆっくりと自宅の玄関を開ける。

(まだ父さん帰ってきてない、よかったぁ、間に合った)

ゆっくりと開け、ゆっくりと閉める。

「あれ、今帰ったの?」

しかし、突然背後からの声に、聞こえるはずのない声に少女は驚き振り向いた。

「……はぁ~、脅かさないでよもぅ」

声の主は少女と同じ位の背丈の少年だった。

「ゴメン……でも僕より早く家に帰ってなかった?」

「しぃぃ~、声が大きいっ……父さんが急に帰って来たらどうするのよっ」

口元に人差し指をあてて少年を牽制する少女。

「……っ!?」

少年と話していた少女であったが、少年の後方から視線を感じ言葉を失う。

「あら、お父さんがどうかしたの?」

「か、母さん」

少女の母はいつからなのか、リビングのドアの前で微笑んでいた。

「な、なんでもないよ??」

「うふふ、何かあったかはあえて聞かないけれど……あんまり遅くまで無理しちゃダメよ? みんな心配しているのだから」

少女は苦笑いしながら「はぁ~い」と短く答えたが、内心では――

(ふぅ、怒られるかと思ったよ……)

と思っていたことだろう。

 

その夜、少女の顔から笑顔が消えることはなかった。

 




ここまで読んで下さった皆様ありがとうございましたっ!
あおいちゃんや矢部君といった原作キャラ(以降サクセスキャラ)を”そのキャラらしく”書けているか少し不安でありますが……
自分らしく”そのキャラらしさ”を表現していけたらなと思います。

次話の更新時期は未定。
ですが、なるべく早く更新できるように頑張ります!

あっ、感想などありましたら気兼ねなく書いて下さると、作者の自分も喜びます♪


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☆選手能力☆

タイトルの通り、登場人物の能力をパワプロ風に表記していきます。


※主要人物の能力は物語の進行に合わせて加筆・修正していきます。

※サクセスキャラ等はゲーム開始時のを参考にしております。

(見方によっては入学時なのに多少高めなところもあると思いますが、そこはご容赦頂ければ幸いです)

※他校の人物も時間見つけて更新出来たらいいなと。

 

~恋恋高校~

 

【高校入学時】

 

・矢野武 右投右打 セカンド 一年生

ミFパE足E肩D守D回E弾道2 

 

☆矢部明雄 右投右打 外野 一年生

ミFパF足D肩F守F回F弾道2 

 

☆早川あおい 右投右打 ピッチャー 一年生

ミGパG足F肩D守E回F弾道2

126キロ コDスF カーブ1シンカー1 

 

・山田亮 右投両打 ??? 一年生 

ミDパD足E肩E守E回F弾道1 

 

・村沢雪乃 右投左打 ??? 一年生

ミGパC足G肩G守F回G弾道3 

 

・宮間綜司 右投右打 ??? 一年生

ミFパG足D肩G守G回F弾道1 

 

・津村庸二 右投右打 キャッチャー 一年生

ミGパF足F肩D守D回F弾道2 

 

 

 

 

~あかつき大学附属高校~

 

【矢野一年目・七月現在】

 

☆一ノ瀬塔哉 左投左打 ピッチャー 三年生

ミEパA足C肩B守C回C弾道4

142キロ コAスC シュート3スクリュー3カーブ4スライダー2

 

☆二宮瑞穂 右投右打 キャッチャー 二年生

ミBパB足D肩A守C回C弾道3

 

☆三本松一 右投左打 ファースト 二年生

ミGパA足F肩E守E回E弾道4

 

☆四条賢二 右投右打 セカンド 二年生

ミFパD足C肩C守C回C弾道2

 

☆五十嵐権三 右投右打 サード 二年生

ミGパB足E肩A守D回D弾道4

 

☆六本木優希 右投右打 ショート 二年生

ミEパE足C肩C守A回A弾道2

 

☆七井=アレフト 右投左打 レフト 二年生

ミCパA足E肩E守CE回E弾道4

 

☆八嶋中 右投右打 センター 二年生

ミEパD足A肩C守C回C弾道3

 

☆九十九宇宙 右投右打 ライト 二年生

ミCパE足C肩B守C回C弾道3

 

☆猪狩守 左投左打 ピッチャー 一年生

 

ミFパC足C肩B守C回F弾道4

145キロ コDスC スライダー3カーブ2

 

~そよ風高校~

 

☆阿畑やすし 右投右打 ピッチャー 三年生

 

ミEパD足D肩D守C回C弾道3

140キロ コDスB カーブ3フォーク2アバタボール7号4シュート2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~中学生・あかつき大学附属中学校~

 

【矢野一年目・女子軟式野球大会終了後】

 

・猪狩鈴 左投左打 ショート 三年生

ミBパF足D肩D守C回D弾道1

 

・夜野月代 左投左打 ピッチャー(サブ、外野) 三年生

ミEパF足F肩E守F回E弾道2

123キロ コEスE チェンジアップ2

 

・千石真央 右投右打 ピッチャー 一年生

 

120キロ コDスE スライダー1高速シュート2

 

・千石澪央 右投右打 ピッチャー 一年生

ミGパF足F肩E守G回G弾道1

125キロ コEスE カーブ2(特殊条件下のみスクリュー1)

 

 

~パワフル中学校~

 

・猛多梢 右投右打 外野 一年生

ミDパF足F肩F守F回G弾道1

 

・遠藤藍 右投右打 外野 一年生

ミEパG足F肩G守G回F弾道1

 

・天道焔 右投左打 ファースト 一年生

ミFパE足G肩G守G回G弾道2

 

・皇凰花 右投右打 ピッチャー 一年生

ミGパG足G肩F守G回F弾道1

116キロ コEスF スライダー1カーブ1

 

 

~はやぶさ中学校~

 

 

・白鳥つばき 左投左打 ピッチャー 一年生

ミGパG足G肩F守G回F弾道1

102キロ コCスF スクリュー2スクリュー1

 

・織星天子 右投両打 セカンド 一年生

ミCパG足F肩F守F回F弾道1

 

・蓬莱かぐや 右投左打 ピッチャー 一年生 

ミGパG足G肩F守F回F弾道1

96キロ コDスE スローシュート1ドロップ3

 

・雨宿玉水 左投左打 ピッチャー 一年生

ミGパG足G肩F守G回F弾道1

95キロ コEスE スローカーブ2

 

 

 

 

~プロ選手~

※こちらでは主に物語上に登場したり話題に上がったプロ選手達を書いていきます。

※サクセスキャラは一応シリーズ毎にデータ取ったり調べたりしたものを参考に、プロ在籍年数を考慮して一部変えてはいます。でもほぼ変わらないかも。

 

☆福家花男 右投右打 サード(サブ、ファースト)

ミCパA足E肩B守D回D弾道4

 

☆古葉良己 右投両打 ファースト(サブ、ショート・サード)

ミBパC足C肩C守D回A弾道3

 

☆神下怜斗 右投右打 ピッチャー

ミGパG足D肩D守D回D弾道1

143キロ コCスC スライダー1シンカー6

 

☆橋森重矢 右投右打 サード

ミGパA足C肩C守F回E弾道4

 

・日向那偉輝 左投左打 ファースト

ミAパC足C肩B守A回B弾道2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、作者は主にパワプロ(パワメジャは1と2、2009)シリーズしかプレイ出来ておらずパワポタは4のみ。

ポケに至っては未だにプレイ出来てなかったりします……orz

なので今後未プレイ作品からもサクセスキャラ等が登場してきますが、自分なりに能力や人物としての特徴、関連イベント等を調べたりして”そのキャラらしさ”を出していけたらと考えています。

 

あと、今の時点では特殊能力等を意図的に表記していないんですが、もし今後そこも見てみたいといった感想・要望があったらもしかしたら表記するかもしれません。←何故表記していない(出来ない)のかは、オリジナルキャラの方にあって色々考えるところもあり…というのが理由です(>_<)

 



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第2話 ~部員集まる? そして、再会……~

2話目更新です!
段々と部員、まだ正式な部ではないですが…が集まってきました。
オリキャラ率が高いのは、この作品においてはある意味いで仕様(ぇ)

そして、矢野は遂に運命的な出会いを果たしますっ。



次の日もまた何事もなく放課後を迎え、その知らせはやって来た。

勢いよくドアを開ける音と甲高い声が賑やかな教室中に響き渡る。

「矢野君っ、大変だよ!」

今日もこれから部員探しをしようかと話していた矢部と矢野は驚くようにして、同時にドアの方を見た。

「あっ、あおいちゃんどうしたの? そんなに慌てて」

相当な勢いで走って来たのだろうか。

肩で息をするあおいの髪は、女の子らしからぬ激しい乱れ方をしていた。

「はぁ、はぁ……二人共っ、早くグラウンドに来て? た、大変な…のっ」

絶え絶えの息で何かを伝えようとしていたあおいだったが、発した言葉も一緒に途切れていて何が大変なのか聞いてる方にしてみたらさっぱり分からず。

だが、辛うじて“早くグラウンドに行こう”ということだけは理解出来た二人は、あおいに導かれるままグラウンドへと急いだ――

 

三人は大変な何かが待っている現場へと到着。

矢野達へ知らせるべく往復で走っていたあおいは、言葉を口にする気力も失っていた。

肩が上下する度、一緒に上下する指先で何とかある方を指差す。

「こ、これって……」

「でやんす……」

矢野と矢部、二人が熱い視線を送るその先には、人が――

人が三人立っていた。

尚も驚きのあまり声を出せないでいた二人と言葉を出す気力すらない一人。

「あの張り紙を見たのだが……入部してもいいか?」

真ん中の一番背が高い生徒がそんな三人の状態をよそにそう尋ねる。

「そ、そりゃもうっ、即OKだよ! ただ、正確にはまだ部じゃなくて同好会だけど……それでも大丈夫かな?」

グラウンドで待っていた三人はお互いに見合ったが、三人とも迷うことなく頷きその意思を改めて確認。

「野球ができるなら……それで構わない」

と真ん中の生徒がまたぼそっと呟く。

「よっし! そうと決まれば、まずは自己紹介しようか」

矢野はさっきから話していた真ん中の生徒に手で「君からっ」と合図を出した。

「オレは山田亮(やまだ りょう)、一応リトルと中学で野球していた……ポジションはずっとサードをやっていた、よろしく頼む」

茶色い短めの髪で腕を組みながら渋い声の山田。

「わ、わたしは村沢雪乃(むらさわ ゆきの)と申しますっ!野球はやったことありませんが、剣道を少々…ぉ、女の子もやっていたみたいだったのと、とある理由があって来ましたっ! お願いします!!」

少しおどおどしたところはあるものの、大和撫子思わせる長い黒髪の女生徒は雪乃。

「僕は宮間綜司(みやま そうじ)といいます。普通よりは足は速いと思います……僕も野球経験がありませんが、体も人と比べると弱い方なので野球で鍛えたいと思って来ました! これからお願いします」

三人の中で一番背が低く、というよりはむしろこの場にいる全員の中で一番小柄で深緑の髪を持つ宮間と――

以上の個性ある三名が恋恋野球同好会にめでたく入会した。

 

そして、矢野、矢部、あおいも自己紹介を軽く済まし、これで一先ず同好会は六人集まったことになる。

矢野らは中学三年間苦楽を共にしたユニホームに、山田らは恋恋高校指定の体操着に袖を通し同好会としての初の活動が始まりを告げた。

「さてっと、今日は野球道具がない人もいるし、軽くランニングしたあとストレッチをやって、宮間と雪乃ちゃんがどれだけ動けるか見て終わりにするよ?」

ある者は期待に満ちた瞳で、またある者は不安そうに頷く。

「んじゃ、ランニングぅー!!」

矢野の号令を合図に、六人は一斉に駆け出した。

陸上部や他の運動部が活動している中、一周400mはあるグラウンドを軽めのペースで5周。

ラスト1周の残す所あと50m程のところで、矢野の提案により今出せうる限りのペースでダッシュすることとなり――

さすがは野球経験者と言うべきか、トップでゴールしたのは矢部。

次点に矢野、山田、あおいと続き、あおいの数秒後に辛そうな表情を浮かべながらも賢明に走りきった雪乃がゴールする。

「村沢さんっ、ナイスファイトだね!」

「はぁ、はぁ、あ、ありがとうござい、ます。は…走るのは、苦手で……」

爽やかな汗を額に滲ませる笑顔のあおいに出迎えられ、雪乃もそれに気力を振りしぼって応えた。

そして最後となった宮間はというと、400m半ば程で力尽きたのか、息も絶え絶えとなり自信ある足の速さを出せないまま最下位。

「……短距離、の方が…自信、あるのですが」

一目見ただけだと女の子に見えなくもない宮間は、ある意味その華奢な容姿通りの持久力の持ち主らしい。

それから軽めのストレッチをして――

野球未経験である雪乃と宮間ために矢野らは道具を貸し、二人に素振りとキャッチボールを教え始めた。

「うーん、村沢さんちょっと力みすぎかもしれない」

「そう、ですか? 竹刀とは長さも重さも違うから感覚がなかなか掴めなくって……難しいです」

竹刀はバットと比べると握りこぶし二つ分ほど長く、実剣ならともかく竹刀となるとバットよりも軽い。

その違いからくる雪乃のぎこちないスイングはバットを振る、というよりバットに振り回されている、そんな感じであった。

それでも微かに垣間見せる閃きの如きスイングの軌跡で、周囲を驚かせたりもした。

「だが、たまに現れるあの鋭さ……剣道でいう、胴打ちとかいうやつの動きか? あれは素直に凄いと思う」

「え? あ、あぁれはたまたま出ただけでっ、その、あの……無意識にやってました」

山田に誉められたからか、いや誰かに素直に誉められたからなのだろう。

雪のような白い肌を一瞬のうちに赤く色づかせて、雪乃はすっかり動きを止めてしまった。

「はぁ…はぁ…僕なんかは10回、振るだけでも息を切らして……しま、います」

「宮間はまず基礎体力作りから、かな?」

その後のキャッチボールでも山田を除く二人の動きは試されていき――

雪乃は剣道をやっていたからなのか、野球としての動作はまだ鈍いものの、制球ミスのボールにも時折ではあるが果敢な反応をみせていた。

「村沢さん、大丈夫大丈夫―っ、初めてでその動きならこれから次第だよー?」

細くしなやかな指先から放たれたボールはひょろひょろ弧を描き、ワンバウンドで相手となるあおいの下へ。

「あ、それと! 村沢さーんっ、ボクのことはあおいでいいよー? 名字だとなんだか照れくさくってさー」

「……はやか、じゃなくって! あおい、ちゃんっ、でいいですか?」

額に感じる爽やかな春風のような、屈託のない笑顔であおいは頷き、雪乃もまたはにかむ。

「それでしたら私のことも雪乃、で大丈夫ですよー? 学年も変わらないわけですしー」

“オッケー! ”と言わんばかりにあおいは頭上に両手で大きな丸を作ってみせる。

その後も二人の間では白球と、賑やかな声が交わされていた。

一方の宮間、地肩も弱かったのか山田とのキャッチボールでも15m前後投げられれば良い方だった。

「何はともあれ、三人も入ってくれて少し安心したでやんすっ」

「うん、俺もそう思うよー!」

 

(しばらくは雪乃ちゃんと宮間、この二人の特訓……かな)

 

そう矢部とのキャッチボール中に心の内で一人思う矢野であった。

 

 こうしてこの日も未経験者に合わせて4時半を少し過ぎた頃に終わり、今日ここに集った六人はそれぞれの家路へとつく。

みんなと別れた矢野は日課の自主トレをするべく、いつもの河川敷へ急ぐのだった。

昨日、数奇な縁がきっかけで出会った少女が待っているであろう約束の場所、河川敷へと――

 

ランニングも兼ねて学校から走ってきた矢野はいつもより早く河川敷に着いた。

 急いで下へと降りた矢野は辺りを見渡す。

 

「えっと、さすがにまだ来て…あっ」

視界の中のいつも休憩に使っているベンチに……

少女は、いた…………

「こ、こんにちは!」

緊張していたのか、裏返りそうな声でそう答えた少女も、矢野を見つけてベンチから跳ねるようにして立ち上がる。

「やぁ! 待っててくれてたみたいだけど……もしかして、随分待たせちゃったかな」

「そそ、それほど待ってないですよ!? 私も5分くらい前に来たので…」

照れるようにはにかんだ少女は、矢野が昨日見た制服姿ではなく長袖のトレーナーにスパッツの出で立ちだった。

「そっか、じゃあこれからどうしようか?」

「そ、そうですね……素振りを軽く、というのはどう、ですか?」

若干考え込むような様子を見せた少女ではあったが、一つの提案を自信無さげに矢野へと告げる。

「えっと……じゃあ素振りから!」

少女の少し首を傾げながらの「ですか?」に矢野は思わずドキッ! として――

何も考えないまま矢野は即答してしまう。

 

そうして二人は適度な距離で隣合いながら素振りを始めた。

 

それから10分程時は経ち――

何本素振りしただろうか。

最初こそ二人で声に出してカウントしていたが、あまりに集中していたからかそれも途中からなくなり、とにかくこの10分間、黙々と素振りをしていた。

そんな中、矢野は突然素振りを止めた。

 

「……」

 

そして、少女の素振りに見入る。

「……? どうかしたんですか?? 私の素振り、変、でした?」

「えっ? あ、いやぁ、あまりにも綺麗なフォームだなあって…俺とはえらい違いだなあってね」

ほらね? と言うように矢野は一つ素振ってみせた。

「そんなことありませんよ、力強いスイングでしたし」

「まぁ、そう言ってもらえると素直に嬉しいんだけど……うちの野球部は野球初めてって人達もいてさ、いつの間に決まったとはいえ一応キャプテンだから」

 

そう言うと、矢野はおもむろにバットを空高く――

まるで剣を天へ掲げて何かを誓う剣士のように、両手でバットを頭上へと持ち上げるのだった。

 




果たして謎の少女の正体は一体……!?

第3話で明らかに、なるかもしれません。

今回初登場の山田、雪乃、宮間と、主人公である矢野の現時点での能力を後で更新したいと思います!


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第3話 ~夕陽と月の光に照らされて・前編~

3話目にして前編……

そして、この小説をお気に入りにして下さった皆様、本当にありがとうございましたーっ☆
時には更新が遅れてしまうこともあるとは思いますが、これからもどうか宜しくお願い致します。



 茜空――。

茜空へと真っ直ぐに掲げられたバットはその光を浴び、バットそのものが輝きを放っているようだった。

金属という冷たく無機質な存在が、矢野と少女の瞳には何故か神秘的に見えた。

「だから……キャプテンとして、チームの打撃を引っぱりたくて、ね」

そんな優しくも力強い矢野の思いに背中を押してもらった少女は、勇気を振り絞ってそれに応える。

「もしも、ですが、嫌でなければ私で、よければ……教えますよ?」

そう言った少女の頬は夕陽が射しているからなのか紅く染まっていた。

「本当に!? じゃあ、お願いするよ!」

「ホントですか? ありがとうございますっ」

少女の申し出を矢野は快く受け入れ、そんな矢野の笑顔につられて頷きながらもはにかむ少女。

「えぇっと、それではどういうバッティングをしたいですか?………例えば、ですね」

少女は軽く何やら考えていたが、その表情の変化から何か閃いたことは矢野にも伝わってきた。

「例えばですね? 一発に賭けるパワータイプか――それとも、どんな形であれヒットにするアベレージタイプか……とか」

矢野よりも頭一つ分ほど小柄な少女は、身振り手振りを交えて懸命に説明していく。

「うーん、パワータイプかなぁ。今のウチの打撃じゃあ繋がりにくいだろうし、それに――」

きょとんとした様子で言葉の続きを待っていた少女に、矢野は照れ笑いを浮かべつつこう応えた。

「それに、長打の方がチャンスが多くなるかもだし…一応キャプテンらしく、ね」

「パワータイプ、ですか…………もう一回素振りしてみてくれませんか?」

 

 矢野は言われる通り、素振りを一振りしてみせた。

左足を上げながら腰を捻り、その捻りによって溜められたパワーを捻りを戻していくことで一気に解放。

そのパワーをバットの一点に伝えるようにして振り抜く――!!

 

「……」

地面を捉えていた足元から舞い上がる砂煙。

その多さがこのワンスイングが荒削りながらも力強い、ということを物語っていた。

「こんな感じでいいかな?」

スイング前のあどけなさは今はなく、今の少女の眼差しは真剣そのもの。

「まずはですね……左足はそんなに上げずに、脇をもう少し締めて、それと軸足がしっかりしてないみたいなので体重をかけて安定させます」

少女の真剣な説明は尚も続く。

「それから、腰の捻りに合わせて自然な感じで左足を地面に落としながらスイング――するんですけど、分かります?」

 

論より証拠、百聞は一見にしかず。

そう思った少女は実際にスイングしてみせる。

「……っえ!?」

その瞬間、矢野は言葉を失ってしまった。

短い時間であっても先ほどまで見入ってたからだろうか。

今のスイングが“少女本来のフォームではないかもしれない”と――

何の確証もなかったが、矢野はそう感じたのだ。

それでも今のスイングも流れるような動作だったことには変わりはなく、ただただ驚くばかり。

 

「ふむふむ、こう、かな?」

先ほどの少女のスイングを見た矢野は、その動作を真似て改めて素振ってみた。

ゆっくりと数回スイング、その一回一回に少女は気付いた点などをアドバイスしていく。

「あっ、そこはですね……」

 

 少女のアドバイスをもらい素振る、ということがしばらくの間続き……

「これでラスト!」

最後の一振り。

明らかにアドバイス前のスイングより鋭さが増していて、今度は少女の方が言葉を失った。

「ダメ、だった?」

少女は沈黙したまま視線を地面へ落としたが、すぐに矢野へと視線を戻す。

「ううん、違うんです……私って説明下手らしく、今まで教えても1回で理解してくれた人っていなくって…でも、今回は1回で理解してもらえて、嬉しくて……」

「それって、よくなった! てことだよね!?」

矢野の溢れる喜びに少女はまた俯くも、頷く仕草はどこか朗らかでもあった。

「それじゃ、休憩にしようかっ」

少女の心情を察したのか、矢野は少女の肩をぽんっ、と軽く叩き――

少女の歩くペースに合わせて最初にいたベンチの方へと向かった。

 

お互い何を語るでもなく微妙な間隔でベンチに座っていた二人。

しばらくそうしていると、何かに気付いたのか矢野は不意に声を上げ立ち上がる。

「あっ!」

「どどっ、どうしたんですか? 突然」

何事かと丸くなった目で少女は、人一人分の空いたスペースの向こう側で鼻の頭を恥ずかしげに掻く矢野を見上げた。

「ごめん急にっ……今思い出したんだけど、まだだったよね? 自己紹介」

少女の表情が一変する。

「あっ! そう言われてみれば」

 

(でも、それって――の――だって分かってしまうんじゃ……)

知られたくはない何かがあるのか、俯く少女の気持ちは複雑だった。

 

そんな少女の気持ちをよそに始まる自己紹介。

「まずは俺からね? 俺は矢野武、今更あれだけど、よろしく!」

対照的な明るい笑顔で名乗り、握手しようと少女へと右手を差し出す矢野。

「わ、私は猪狩……猪狩鈴(いかり りん)、です」

俯いたまま小声で自己紹介した少女もおずおずと右手を差し出そうとした、その時――!

矢野の動きが止まる。

「猪狩、猪狩…………猪狩鈴、って! まさか“あの”、猪狩鈴ちゃん!?」

「まさかって…私のこと、知ってるんですか??」

少女こと猪狩鈴にとって、矢野の反応は意外なものだった。

「あかつき大附属中学校の女子軟式野球部で、しかも打撃のエースの猪狩鈴ちゃんでしょ?」

自分の予想していた反応とはまるで――まるで逆な反応だったから。

「……エースだなんて、違いますよ」

鈴は反射的に落ち着いた風に答えるも、頭の中はもう混乱状態。

しかし目の前の少女が猪狩鈴だと知って矢野の興奮は治まるとごろか加速していく。

「エースだよ! だって今までの全試合、全打席ヒットなんだよ!? 男だって不可能に限りなく近いことなんだよ!?」

「全部? 私そんなに打ってたのかなぁ……」

 

“全打席安打”――。

矢野が思わず興奮した理由。それが目の前の少女、猪狩鈴が今も継続中の記録。

いや、伝説だった。

出場した試合、そして敬遠や死四球等を除く全ての打席においてヒットを放っていた。

その事実が意味するものは、つまり――打率1.00。

 

「確かに三振した記憶はないですけど、でもどうしてそんなに私のこと詳しいんです?」

二人は昨日が初対面なのだから、鈴の疑問ももっともと言えばもっとも。

だかその疑問は続く矢野の言葉であっさりと解決してしまう。

「スポーツ新聞とか野球の雑誌だよっ」

「新、聞? 雑、誌?? 私が載っていたってこと、ですか?」

「君が初めて新聞の記事になった時に、こんなに凄い女の子がいたんだって思ったよ」

疑問は解決したものの、鈴は相変わらず今の状況を整理出来ず、その一方で矢野は気分を高揚させていた。

「その時からずっと応援してたんだ。でもまさか本当に会えるなんて――」

憧れの鈴が自分の目の前にいる、その嬉しさのあまり思わず身を鈴の方へと乗り出していた矢野。

「ちょっと恥ずかしいですけれど、でも、嬉しいです! 今まで私は誰かにずっと本気の応援をしてもらえてたんだなって」

鈴の口元に久しぶりの笑顔が戻ってきていた。

「もちろんっ、これからも応援してるよっ!」

そう本人の目の前で高らかに宣言した矢野の手は、無意識に鈴の手を取っていた。

「ぇ……」

矢野のまめで固くなったがっしりした手から、鈴へと矢野の鼓動の高鳴りや体温が伝わってくる。

せっかく笑顔に戻った鈴。

――ではあったが、湯気が立ちそうなくらいその顔を真っ赤に染めて固まってしまった。

 

鈴の心臓が波打つ。

ドキ、ドキっ……

 

「あぁ!そうだっ、今日よかったら家で夕ご飯食べてってよ!色々聞きたいこととかあるしっ」

しかし、興奮最高潮の矢野に最早鈴の都合を考える配慮は、なくなっていた。

「ご迷惑、じゃないですか?」

嬉しくも、それでいてやはり気恥ずかしそうに言葉を返す鈴。

「大丈夫さ! 鈴ちゃんの活躍は親父やお袋も知ってるし!」

鈴は少し考えたものの「……じゃあ、矢野さんのお言葉に甘えて、お邪魔しても大丈夫ですか?」

「もちろんさっ!!」

 

 

 あまりにも突然な出来事に鈴は驚きながらも、どこか矢野に惹かれるところもあって――

後片づけを済ませた二人は、堤防を挟んで反対側にある矢野の家へと向かった。

 




さて、早々に少女の正体が明かされた訳ではありますが……
「打率1.00なんて到底不可能」なこと(調べてみたら過去のプロ選手に何人か特殊な例としていました)だとは思うけれど、これはパワプロ、そして小説なのでその辺りは気にせず楽しく読んで頂ければ幸いです。



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第4話 ~夕陽と月の光に照らされて・後編~

☆4話目☆
静かな時間の流れを表現するって難しい……

ほのぼのした雰囲気が出せていたら良いなと思います。



  風格がある訳でもない、古びた木製の戸がガラガラッと音を立てる。

 

「ただいま~」

「お、お邪魔します……」

二人の声だけが玄関先に響く。

矢野はいつも通りに、鈴は恐縮した感じで中へと入っていった。

玄関も、そして居間へと続く廊下も静かだったが、矢野は居間の襖の取っ手に手を添えた。

襖を開けた、その瞬間――。

「あら武、おかえり――ん? ところで、後ろの子、誰なんだい?」

矢野と矢野の母親が鉢合わせする形となった。

そして静寂の時を破ったのは、矢野の母親。

綺麗な姿勢であるが、まだどこかぎこちないお辞儀で鈴は応える。

「あ、あの……猪狩鈴といいます」

「まぁ! あなたが猪狩さん!? あなたの記事を見る度に喜んでいたのよ? うちの息子がっ」

ぺこりと頭を下げる仕草の可愛さに、あどけなさが残る表情に矢野の母親の興奮のスイッチが入ってしまった。

「ちょっ! お袋!?」

このままで母親の長話が続いてしまう――!

そう、第六感的なもので感じ取った矢野は慌てて二人の間に割って入る。

「まったくなんだい? 騒々しいわねぇ、これからが本題だっていうのにねぇ。私は矢野陽子、あなたは……鈴ちゃん、でいいのかしら」

「あっ、はい」

母親・陽子の穏やかな笑顔に、鈴は思わず首を縦に振って答えてしまう。

「じゃあ、鈴ちゃん、もうそれなりの時間だしうちで晩ご飯食べていきなさいな? いつも多めに作ってるから量的なことなら大丈夫だからっ」

「ハイっ! よろしくお願いします!」

鈴の嬉しそうな受け答えに陽子も満足したのか、着ていた割烹着の紐を締め直しながら台所へと消えていった。

 

(まったく、騒々しいのはどっちだよ……にしてもやっぱり俺の母親か、考えることまで同じとは)

親子の思考が似てるって怖い。

そんな風に思いながら母陽子の居る台所にげんなりとした視線を向ける矢野であった。

 

包丁のリズミカルな音が響いてくる中、居間に取り残された二人は、ほんの少しお互いを意識したが……。

「このまま立ってるのもなんだし、座ろうか」

「そう、ですね」

居間の丁度真ん中辺りにある大きめなちゃぶ台の近くに二人は座る。

沈黙の時間。

だけどどこか和やかな時間が二人を包んでいた。

「――でさ、バッティングのことなんだけどっ」

「はい?」

唐突な質問にきょとんとする鈴。

そんな鈴に気づいたのか気づいていないのか……。

矢野は矢継ぎ早に言葉を続けた。

「さっき河川敷で教えてもらった、ミートする瞬間の左足なんだけど――」

二人の背後の襖が矢野の言葉を遮るかのように開かれる。

「そろそろメシの時間だなぁ……てっ、武帰ってたのか」

そこから現れたのは矢野の父親だった。

「おんやー? そちらのお嬢ちゃんは、友達か? お前にしちゃあ珍しい」

「か、か彼女は~っ」

突然の父親登場により矢野はテンパる。

そんな矢野を余所に鈴は緊張しながらも名前を名乗り、母・陽子の時と同じく、今度は座布団に座ったままお辞儀をした。

「あ、あのっ、私は猪狩鈴といいます」

「おぉ! あんたが噂の鈴ちゃんだったか!! 武の奴から聞いてるぞ? 凄い活躍だそうじゃないかっ!」 

仕事から帰ってきたばかりなのか、額から溢れる爽やかな汗をタオルで拭いながら鈴のことをまじまじと見つめる矢野の父親。

「だが本人がこんなに可愛らしいとは知らんかったが? ガハハッ」

「いえ、そんな大したことないです、はい……」

矢野景雄と名乗った矢野の父親の高笑いに思わず恐縮してしまう鈴だった。

 

 ふと、鈴は柱に掛けてある時計を見上げる。

「あっ! ……あのぅ、電話貸して、いただけませんか?」

「ん、大丈夫だよ? 電話は玄関上がったすぐのところにあるよ」

家族が心配しているかもしれないから――。

そう事情を説明した鈴は電話を借りに一旦玄関の方へと行き、慣れた手つきで自宅の電話番号を入力していく。

 

トゥルルルルル――。

 

「あ、母さん? 鈴だけど、電話するの遅れてごめんね?」

数回の呼び出し音の後に電話に出たのは、どうやら鈴の母親だった。

「実は、急に友達のお家で夜ご馳走になることになって……うん、ちゃんとお礼言うね? ……分かった、帰りは気をつけるっ。うん、じゃあ切るね?」

話し終え受話器を置く鈴はどこか晴れやか。

その表情だけでも母親の返答が良いものだったと分かるほどであった。

「ほっ……父さんまだ帰ってなかった! 帰ってたら絶対大目玉だもん」

一瞬だけ身震いを覚える鈴だったが、これからやって来るであろう一時に心躍らせながら居間へと急ぐ。

 

 居間へと続く襖の前、そこはもう既に別世界のようだった。

「わっ……いい匂い~っ」

今まで経験したことのない食欲をそそられる香りに、無意識にお腹にさすりながら襖を開けた。

「あら電話はもう済んだ?」

「はい、事情を説明して遅くなるって伝えましたっ」

待ちきれなかったのか、言うなり鈴は素早くもといた座布団の上へと滑り込んだ。

「凄いです……っ。私、こんなに美味しそうなご飯久しぶりですっ!」

大きめのちゃぶ台の上に並べられたものに自然と瞳は輝く。

そこに並べられていたのは白く輝くご飯に美味しそうな香りを纏う湯気を立ち上らせる味噌汁。

鮒の佃煮や沢庵漬け等がそこに彩りを加えていた。

「そうかい? たまーにこんな大きい焼き魚か肉か、うちではこれが普通だよ、ガッハハハ!!」

目の前の皿に乗せられていた鯖の塩焼きを箸で持ち上げて豪快に笑う景雄。

「そこは威張って言うことじゃない気が……」

半ば諦めているように矢野はため息を漏らすしかなかった。

「はいっ、これは鈴ちゃんの分! ご飯ならまだあるから、おかわりしたい時は遠慮なく言ってね?」

「ハイ!」

どこか上機嫌な陽子からご飯がよそわれた茶碗を、鈴はその小さな手で受け取り……。

全員にご飯が行き渡ったのを確認し各自箸を手にした。

「いただきま~す!」

矢野一家にほんのちょっと遅れて鈴も「いただきます」と照れ臭そうに呟いた。

 

 白いご飯を口に運ぶ。

今度は音を立てないように豆腐とわかめが入ったお味噌汁をすする。

大根おろしがまるで雪のようにふんわりと乗せられていた鯖の塩焼きにも自然と箸が伸びた。

「んんっ……美味しい!!」

そう一言呟いた。かと思うと、そこからは黙々と箸を進めていく鈴なのであった――。

 

食後、暫く他愛もない話題で盛り上がっていたが、もうこの時間が来てしまった。

「暗くなって色々と危ないからな、武! しっかり送ってってやんな?」

別れの時間。

「またいつか来てちょうだいね!? 鈴ちゃんにあんなに美味しそうに食べてもらって、お母さん嬉しいんだからっ」

「ったく、言われなくてもそのつもりだっての」

陽子と景雄の言葉を背に二人は堤防へと続く階段を上っていく。

そして帰り道、気付けば二人は隣り合って歩いていた。

「矢野さん、改めてご馳走様でした! 美味しかったです、ホントに――」

「そっか、そう言ってもらえると俺も嬉しい、というか一番喜んでたのはお袋か」

笑顔であり、それでいてどこか切ない雰囲気を漂わせていた鈴。

そんな笑顔を多少は気にはなったものの、自分の気のせいだと思い矢野も笑顔で応えた。

堤防を歩く二人を照らすように輝く夜空の月。

「にしてもさ、鈴ちゃんがあんなに食べるとは思わなかったよ」

「…………育ち盛り、ですから」

鈴の頬は青く白い月明かりとは反対に、少し前までその空にあった夕陽の色のように赤く染まっていく。

恥ずかしそうに答える鈴の様子に、矢野照れ臭くなったのか、それ以降二人は何を話すでもなく。

鈴の行く方へと、ただ、ただ歩いていった――。

 

しばらく、そんな空気が続いていた。

そして近くの公園が見えてきた頃。

「矢野さん……一緒の練習、とっても……楽しかったです」

「うん? 俺もだよ」

前を向いて立ち止まったままの鈴に矢野はそう答えた。

「お願いが、あるんです」

 

(勇気、出さなきゃっ――!)

 

矢野の隣にいた鈴は軽くスキップするようにして二歩三歩前に出る。

「これからもあそこで……練習しませんか?」

「え? 憧れの鈴ちゃんと一緒に練習できるんだもの、俺には断る理由なんてないけれど、でも、どうして俺なんかと?」

夜空を見上げながらそれを聞いていた鈴は、そのまま深呼吸を一つして――。

「凄く嬉しかったんです。矢野さんとああして笑いながら練習できて、あんなにご両親にも優しくしてもらって……毎日があんなに楽しかったらいいなぁって」

「……鈴ちゃん」

矢野はそれ以上言葉を出せないでいた。

 

 何故なら……。

 

「今日一日だけど、矢野さんといて、分かったんです……矢野さんといると楽しい! 矢野さんといると、どんなに辛くても苦しくっても元気になれる! 頑張れるって!!」

月明かりのスポットライトに照らされながらくるりと振り返った鈴が――。

淡く、白く、神秘的に見えたからだ。

「鈴ちゃんにそんな風に言ってもらえて、俺も嬉しいよっ」

鈴の真剣な眼差しを矢野の真っ直ぐな瞳が見つめ返す。

「こんな俺でも誰かのために、元気の源になれてるのなら……」

自然と両手に力が込められていく。

「よーし! 俺の方は相変わらず部活の時間短いし、鈴ちゃんさえよければ……雨の日以外は可能な限り毎日やろうか!!」

「ハイっ!!」

さっきまでの真剣な空気はどこえやら。

今ここにあるのは、暗闇にも負けずに光り、弾ける二人の笑顔だった。

 

そんな笑顔も一先ず落ち着いた頃。

「矢野さん、私はここまでで大丈夫ですよ? 私の家、この公園の向こう側なので、公園を抜ければすぐなんです」

「本当に大丈夫? 夜の公園は危険だったりするし」

その答えは鈴にとっては複雑なものだった。

「だ、大丈夫ですって! 一気に走り抜ければ問題ないですからっ」

(矢野さんごめんなさいっ! その気持ちは凄く嬉しいけれど、このまま最後まで一緒にいると……私の家を見て、あの人の妹だってばれちゃうよ~っ)

言えない本心を心に抱えていたから。

「んー……分かった! 俺このまま公園の入り口でしばらく待ってるから、何かに巻き込まれそうになったら大声で叫んでね? 助けに行くからさ」

「本当にすみません、じゃあ、明日もまたよろしくお願いしますっ! また明日!」

そう言って鈴は薄暗い公園へと消えていった。

矢野は鈴が見えなくなるまでずっと見送っていた。

「また、明日、かぁ~。何だか夢みたいだ、あの鈴ちゃんと出会えただけじゃなく、これからも一緒に練習できるなんてっ」

 

その後、10分ぐらいその場にいた矢野。

あれ以来何事もなかったので、一応公園の中をランニングがてら見てまわり――。

それでも結局何もなかったから、そのままランニングしながら家路を急ぐのだった。

 




深夜クオリティすぎてすみません…(汗)
誤字や表現ミス、文章構成が多々あったので気付ける限り修正してみました><

読んで下さっている皆さん、本当にありがとうございます!
そして、新たにこの小説をお気に入り登録して下さった皆様方にもありがとうございます!

これから年末で色々と忙しくなり更新ペースは落ちるかと思われますが、長い目で待って頂ければ幸いです。


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第5話 ~遂に集まる!? そして、新たなる約束~

5話目ですっ。
ちょっと離れていたら前書きにしていたルビの試し入力に残骸に気付けず……><



矢野と鈴。

 

 二人が出会ってから20日ほど経ち――。

その間二人の河川敷での練習はほぼ毎日行われていた。

 

そして、そんな4月の終わり頃。

放課後のグラウンドの片隅で、風切り音が十重二十重(たえはたえ)に響き合っていた。

恋恋高校野球同好会のメンバー達が素振りをしていたのだ。

「いやぁ、雪乃ちゃん大分スイングが良くなってきたねっ」

「そ、そうでしょうか……まだ、あまり自信がありません」

やはり剣道はバッティングと何か相通ずるものがあるのか……。

雪乃のバッティングのキレは同好会の中で台頭してきていた。

しかし、自然体で謙遜する辺りが実に雪乃らしい。

「ほんと、ほんとっ、もうボクなんかよりバッティングいいんじゃない? って思うもの」

矢野とあおい、二人に絶賛された雪乃。

その雪のように白い頬を赤らめて、その場で固まってしまった。

「いえいえ、村沢さん本当に上達してますよ。僕よりもちゃんとバット振れてますし」

おそらく同好会一非力な宮間も、雪乃の稀に見せる鋭い一閃を評価し、一方で憧れてもいた。

「雪乃もそうだけどさ、ボク達の野球も1つのチームとして様になってきたと思わない? 矢野君」

「うん、確かにっ」

あおいがそう思うのももっともだろう。

実際、山田達三人が加わり本格的な練習も出来るようになったのが大きかった。

だか、一番の要因はお互いに教え合い、お互いに学び合うことだったに違いない。

雪乃がこの短期間であれだけの成長を見せた理由。

あおいが打撃投手として雪乃に打ちやすいように投げていたこと――。

余程気になったのか山田もバッティングについてレクチャーしていたこと――。

 

 いずれにせよ、野球未経験者の雪乃と宮間の現在があるのは、他ならぬ全員の温かい協力があったからこそ。

 

全体での素振り練習が終わりに差し掛かり、軽く何気ない会話を交えながら流していた。

矢野とあおいも隣同士とあってか言葉を交わしていたのだが――。

話していくうちにその内容が段々と世知辛い方向へとシフトしていく。

「それよりもさ、一つ切実な問題が……」

「あぁ、アレのことかぁ。ボクが一番困ってる……」

二人はお互いの顔を見合わせて――。

 

「「キャッチャーっ!」」

発せられた二人の切実なる願いはハーモニーを奏でるが如くタイミングが同時だった。

 

「まさか、来年まで校舎の壁相手に投球練習ってことはない、よね」

ふとっ、あおいは“いつもの女房役”の壁にやるせない視線を移す。

この同好会には決定的な存在が欠けていて。

そう、それはチームにとっての扇の要。

キャッチャーという存在が……。

「それにしても、はるかちゃん遅くない?」

「そうだね、もう結構時間経ってるし、体弱いんだから無理しないでって言っておいたのになぁ」

 

はるか――というのは、あおいの中学からの親友である”七瀬はるか”のことである。

はるかは山田達が加わってから数日の後、あおいの薦めでマネージャーとして入会した。

だが、二人が心配するようにはるかは生まれつき病弱な体質で、少し無理をすると倒れてしまうこともあるのだが……。

「あおいはみんなと少しでも多く練習しなくちゃ! 会員の勧誘は私が代わりにやったげるから! それと、マネージャーいないなら私がやってあげるっ」

と、持ち前の責任感の強さと面倒見の良い性格もあって、今は野球同好会のマネージャーとして頑張ってくれている。

 

 そして、今日も部員勧誘に奔走している。

そのはずなのだが――帰ってこない。

あおいと矢野の心配がそろそろピークに達しそうになった。

その矢先――。

「あっ! 来たじゃん、はるか」

「みたい、だね……って、誰かと一緒みたいだよ?」

あおいの視線の先を矢野も追ってみると、確かにはるかがこちらへと向かって来るのが見えた。

はるかの隣をスタイリッシュな眼鏡を掛けた見知らぬ男子が、しかもやたらと爽やかそうな男子が歩いていた。

「あっ、あおい、矢野さんもいいところに」

「どうかしたの? はるかちゃん」

はるかはそのセリフを待っていましたとばかりに、普段から絶えない笑顔がより一層深まっていく。

「実は……この方が野球同好会に入ってくれるそうです」

そう言って隣の赤毛の男子に自己紹介を促したのが、まずかったのかもしれない。

「只今この麗しいお嬢さんからご紹介賜りました、津村庸二というものです」

津村と名乗った長身の男子は爽やかに笑みをこぼし、その口元から覗く白い歯は光っていた。

「よろしく頼むぜっ!」

あまりに歯の浮くような台詞と態度を連発され、そういうのに慣れていないはるかは恥ずかしさを周りに悟られまいと俯いてしまう。

それとは対照的に、親友にちょっかいだしたりしないだろうか――。

そんな思いからあおいは白けた視線を津村に送っていた。

「まっ、こんなオレでよければ一緒に野球やらせてくれ!」

最初こそ紳士的に見えた津村、だが、中々どうしてその内面は随分と気さくそうであった。

「あ、ちなみに、オレ中学までキャッチャーやってたから、そこんとこヨロシクぅ!」

 

「「き、キャッチャーキタアァァぁー!!!!」」

 

二人の心の叫びがまたしても、そして今度は学校中に響き渡る。

「なに? もしかして、オレむっちゃ歓迎されてる??」

あおいと矢野の切実なる願いが、叶った瞬間だった――。

 

 キャッチャーを切望していたところにキャッチャー経験者現る。

あまりのタイミングの良さににあおい達は絶叫のあと言葉を失った。

興奮冷めやらぬ頭で辛うじて理性を保ち、念願叶ったその先の、悲願に矢野は思いを巡らせてみる。

「ってことはだよ? 夏の大会に出れるんじゃない!?」

「そ、そう言われればっ!あと二人いたら――」

半ば諦めかけていた大会出場、それが叶うかもしれない。

そんな二人の期待する気持ちがヒートアップ――!

が、しかし、あおいと矢野の期待とは裏腹にはるかは何故か気落ちしているようだった。

「二人共、残念ですけど……今年は無理、かもしれません」

 

「「えぇっ!??」」

 

二人は耳を疑った。

周囲からは他の運動部の掛け声が聞こえてくる中、この空間だけが無音。

「この津村さんで、校内の男子……最後なんです…」

目の前で潤んでいくはるかの悲しそうな瞳を目の当たりにしても、その言葉を信じれないでいた。

はるかの申し訳なさそうな表情に、津村を含め、二人はこれが現実なのかと思う他なかった……。

 

それでも何とか立ち直った矢野達。

他のメンバーにも津村を紹介し、そのまま津村が加わった七人で練習を再開した。

 

 しかし、一難去ってまた一難、野球同好会に再び“嵐”が舞い降りる――――。

 

「さてと、これから下々の者達がいるところに行って何をしようかしら」

 

“金色の嵐”が――!

 

「あら? あれは………っ!!」

目標に狙いを定めて速度を上げた。

進行方向には、野球同好会が使っているプレハブ小屋。

その陰でボール磨きをしているはるかがいた。

「ふぅ、私って駄目だなぁ」

ふと、ブラシを持った右手を止め、半分汚れが残っているボールと、自分の白く華奢な手をじっと見つめる。

硬球の外皮は土や泥が付きやすい上に、水分を含んだ時は重くなったりもする。

赤い縫い糸周辺の汚れを取るのも一苦労。

「たったこれだけの作業で疲れるなんて、あおい達の方がもっともっと大変なのに……うんっ」

自身を奮い立たせようと、背中まである少し明るめの栗色の髪を左右に振り乱し――。

あおい達の努力の汗と、夢の欠片が詰まったボールを握る左手に力を込め、作業を再開した。

 

そして、“金色の嵐”は献身的に作業するはるかの後ろで停滞し、ほくそ笑む。

「ふふふ、お似合いですわね、七瀬さん?」

「はい? どうして私の名前を知って――」

はるかは突然声をかけられたことよりも、面識のない人が自分の名前を知っていたことの方に驚いて後ろを振り返る。

「な、なんですって!? このわたくしが貴女のことを知っているというのに、肝心の貴女がわたくしのことを知らない?? きいぃぃーっ!」

「いったい何のことです?」

“嵐”は狙った標的へと絡み付く

「この際、貴女が覚えていようがいまいが関係ありませんわっ!」

握りこぶしを作り、“嵐”は更に続けた。

「入学早々の学力テスト! 貴女は何位だったか覚えてますの!?」

「え?」

予期せぬ質問に、はるかは困惑して言葉の続きが出てこない。

その様子が気に障ったのか、“嵐”の勢力が一気に強まっていく。

「貴女が一位! そして、わたくしがまさかの二位ですわっ! ……二位!ああ、なんて嫌な響きっ!!」

 

「あなたは――もしかしたら、倉橋彩乃、さん?」

 

荒れ狂う“嵐”を余所に、やっとの思いで疑問の答えを導き出せたはるか。

「そうですわ! わたくしがその倉橋彩乃ですわ!!」

“金色の嵐”こと倉橋彩乃は、フンっ! と、ふんぞり返り、高圧的な態度のまま言い放った。

ああでもない.。こうでもないと、はるかへの一方的な怒りを次々と吐き出していく。

 

親友が今大変な事態に陥っている。

そうとも知らず、休憩時間になったあおいが――。

「はぁ~、喉渇いちゃった」

はるかがボール磨きをしているであろうプレハブ小屋へと向かっていた。

 

「…………ですわっ!」

「…………うぅ」

 

 誰がどう見ても彩乃のワンサイドにしか見えない二人のやり取りは、未だ継続中。

丁度そんな現場に、幸か不幸か、あおいは出くわしてしまった。

「はる――って! キミ、何はるか泣かせてるの!?」

長年の付き合いから、はるかの後姿を一目見ただけで親友の心境を察知し、傍へと駆け寄るあおい。

「ちょっと! はるかが嫌がってるじゃない!」

「あおいぃ~……」

ビクビクと震えているはるかの前にあおいは、庇うような形で彩乃との間に割って入った。

しかし、怒りに身を任せている彩乃を止めること敵わず――。

「貴女には関係ないことですわ、そこをおどきなさいっ!」

「だ、誰がっ、だいたい! はるかがキミに何かしたの!?」

後ろに隠れているはるかに手を出させまい。

内心ではビビっていたあおいも、その一心で彩乃の高圧的な態度に正面から食らいついていく。

「これは二人の問題、貴女に話しても無駄で……あら?」

何かに気付いたのか、彩乃の勢いは急に弱まった。

――かのように見えたが、その一瞬後、いやらしく高笑い。

「思い出しましたわ♪ 貴女、女子なのに男子と一緒になって野球をやっている早川あおいさん、ですわね?」

「そ、そう…だけど??」

笑顔をこそ纏っていたが、彩乃の高圧的な態度は変わらず。

寧ろ強まっているようにも見えた。

「なら、わたくしをあまり馬鹿にしないほうがいいですわよ? こんな同好会、すぐにでも潰せるんですから」

「はぁ!? キミにそんな権限あんの??」

言ってはいけないことを一言を――。

微塵も悪びれることなく口にした彩乃に、あおいは少しキレ気味に聞き返した。

「あら、それができるんですのよ? 理事長に可愛い孫娘がお願いすれば、あっという間ですわ。おーほほほっ!」

 

「「ま、ご…娘ぇ!??」」

 

 はるかとあおいは息ぴったりに驚き、目を見開いて目の前の事実を認識しようと必死だった。

あの優しい理事長の孫娘が、よもや目の前にいる“超わがまま娘”だったのかと……。

 

 彩乃の高笑いは遠くまで聞こえそうな音量で発せられていた。

事実、その笑い声は離れた場所で練習していた矢野や矢部の耳にまで届くほどだった。

「おかしいでやんすね、あおいちゃんやはるかちゃんって、あんな趣味の悪い笑い方しないでやんすよねぇ」

「確かに、何かあったのかな……とりあえず俺達も行ってみよう!」

二人は練習の手を止めてプレハブ小屋へ急行した。

 

「くぅ、ほとんど言いがかりに近いのに、何も言い返せないなんて――っ」

「あおい、ここは我慢しよ? 本当に同好会潰されたら何にもならないよ……」

今すぐにでも噛みつきそうなあおい。

それをはるかが小声で必死になだめていた。

「あっ、二人とも! さっきの笑い声、向こうまで聞こえてきたけど、何かあった?」

「矢野君いいところにっ、ちょっとこっち来てよーー!」

救世主現る。もう限界! と、ばかりにあおいは両手を激しく振りながら助けを求める。

まるで状況が掴めていない矢野と矢部に、あおいは今までのことをかいつまんで説明した。

 

「えぇ~っ!?? 同好会を潰すだって??」

 

こうしちゃいられないと、息を荒げながら彩乃へ駆け寄る矢野。

「えっと、倉橋さん? いきなりそれはないんじゃないかな!?」

「え…あの、その……」

 

(ど、どうしてっ)

 

今までの高圧的な彩乃はどこにいったのか――。

矢野が詰め寄った途端に急に大人しくなってしまう。

「あ、え、ここれはっ………っ」

 

(何故、貴方がっ)

 

 言葉に詰まった彩乃は、火照る顔を両手で覆い隠しながら、凄い勢いでどこかへ走り去っていった。

「あれ? 俺、何か悪いこと言っちゃったのかなぁ」

突然の幕引きに困惑した矢野は帽子越しに頭を掻き。

「もぅ! 何なのぉー!?」

あおいも頬を子供のように膨らませて、やり場のない怒りを爆発させていた。

 

――そして、あてもなく逃げていた彩乃の足はようやく止まる。

「はぁ、はぁ……」

無我夢中で走っていたからだろう、肩で息をするしかできなくなっていた。

「どうして、あのお方がっ……矢野様がっ! あのような同好会に……あれでは、あの同好会を迂闊には潰せませんわ」

 

(ああ、矢野様……わたくし、一体どうしたら)

 

 何かとんでもない勘違いをしている彩乃。

その胸には、ただ悶々とした想いだけが膨らんでいた。

 

倉橋彩乃――。

出来たばかりの野球同好会は、学園一わがままな相手に目を付けられてしまった。

 

 一難も二難、三難も乗り越え、あの彩乃からも一先ず解放されたあおい達は、その後も練習を少し続けていた。

そして矢野はその練習が終わってから、鈴に会うため“いつも”の河川敷へと急ぐ。

矢野が到着すると既に鈴は待っていて、二人はすぐにこの日の合同自主トレを始めた。

 

今日の自主トレも終わり――。

休憩がてらいつものベンチに腰をかけて少し雑談をしていた。

「えぇ~っ!? じゃあ、矢野さんのいる高校は来年の新入生が来るまで試合できないんですか?」

「うん、男子はもういないなし……女子に当たってみても誰もやりたいっては言ってくれないし」

そう言い終えると、矢野はがっくりと肩を落としてしまう。

「そうだったんですか……」

矢野の沈んだ気持ちが伝わったのか、掛ける言葉も見つけられないでいた鈴もしゅんする。

「でもまぁ、なんとか練習できるだけの人数が揃っただけでもよかったよ」

そんな唯一の希望に支えられ、何より自分のことのように話を聞いてくれる鈴に元気を貰い、矢野の気持ちも上向いていく。

その後も取り止めのない話に花を咲かせていた二人。

「ところで鈴ちゃん?」

「はい?」

 

そしてこの話題も、そのうちの一つだった……。

 

「鈴ちゃんの中学最後の大会っていつからだっけ」

「えっと、たぶん二ヶ月以上先……七月の中旬頃だったと思いますけど、どうしてです?」

鈴は何故自分の中学校最後の大会のことを? そんな風に思った。

“最後”というだけであって、“特に何かあるわけでもない”のにと……。

この一瞬ではそう思った。

「あ、いやね、俺の方は大会ないでしょ? 時間もあることだしさ、俺でよかったら鈴ちゃんの応援に行こうかなって」

しかし、矢野の声に耳を傾けているうちに、“あること”を思い出す。

特に今まで意識したことなどなかった、“あること”を。

「お、応援に? 矢野さんが、私のために?」

 

応援に――。

 

その言葉の意味を理解した瞬間、天まで昇りそうな気持ちを抑えて鈴は言葉を紡ぐ。

「き、来てくれるんですか!? 私の応援に??」

「もちろん! 鈴ちゃんと一緒に練習出来て、俺も入学時に比べたら随分上手く野球できるようになったから、そのお礼も兼ねて、ね?」

あまりの嬉しさに、鈴はベンチに座ったままで横滑りするように矢野へと無意識のうちに近づいていた。

「本当に……来てくれるんですよね!?」

 

(もし…もし、そうだったら…)

 

 出会ってから今まで二人の間に空いていた一人分のスペース。

だが、今この時は、この瞬間だけはそのスペースは埋まっていた。

「おう! 漢に二言はないぜっ!」

勇気を与えてくれそうな矢野の満面な笑顔と。

「よ~~しっ、じゃあ、私頑張りますね!? 三年間全打席ヒット――必ず!」

見る者が元気になるような鈴の屈託のない笑顔が。

「絶対に、達成してみせます! 見ていてくださいね!!?」

隣り合っていた。

 

(矢野さんが見てて、応援してくれたら……きっと!)

 

 そう宣言した鈴の瞳はまっすぐに――。

ただ、まっすぐに矢野を見つめていた。

「それじゃ、俺と鈴ちゃんとの約束だっ!」

「ハイっ!!」

出された小指と小指が、優しく、そして力強く絡まっていく。

 

 暮れなずむ空の下。

二人の小指は、そっと、それでいて力強く結ばれた。

切れることのない、二人の運命という名の絆のように。

 




倉橋彩乃とはるかちゃん、どちらも好きなキャラなので”二人らしさ”が出せていたら嬉しいなと。
さて、津村も加わり大会出場!!
とは流石に行かず、やはり1年目からは大会無理でしたっ(汗)

そして暫く更新ない中お気に入りにして下さった方々、評価して下さった方々。
本当にありがとうございます!
お話はまだまだ続く、寧ろかなり長いので温かく見守ってもらえたら幸いです。


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第6話~約束の日、その裏で~

えーと……かなり間が空いてしまった更新となりました!
続きを楽しみに待っていて下さっていて方々、本当に申し訳ないです(泣)

さて、今回はパワプロ9でおなじみ?の”あのキャラ”が初登場となるお話の予定ですっ。


 空はすっかり夏模様の、日に日に暑さを感じるようになってきた7月中旬のとある土曜日。

午後から恋恋野球同好会は活動を始めることになっていたのだが……。

 

「へぇ~、じゃあ矢野君は……鈴ちゃん、だっけ? その娘の応援に今から行くんだ?」

「うん、俺が最近野球上手くなってきてたのは、鈴ちゃんに教えてもらってたから」

お昼にはまだちょっと早い運動場の前、来ているのは今のところ、あおいと矢野だけだった。

「だからそのお礼も兼ねてってことで、それに今日が最終戦でもあるしねっ」

 

 今日は矢野と鈴、二人が交わした約束の集大成の日――。

そう、鈴の中学校生活最後の大会がある日。

 

 矢野は大会が始まってからずっと、一戦も欠かすことなく球場に足を運び声援を送っていたのだ。

「確かにっ! この二、三ヶ月で矢野君ずいぶんと成長したって感じだもん」

「ははっ、ほんと自分自身でも驚くくらいだよ」

軽く笑いながら語り合う二人。だが、話しているうちにあおいの様子が変わっていく。

「でも、ちゃんとどの球場でやるのか調べたのぉ?」

「へ?」

狐につままれたように唖然とする矢野へ、茶目っ気たっぷりにあおいはささやいた。

「キャプテンだけど、たまにポカるからね、や・の・く・ん・はっ♪」

最後の言葉だけ妙にいたずらっぽく、更にキュートなウインクのサービス付き。

「うっ、そこら辺は大丈夫だよっ、家出てくる時にも確認したし…………」

痛いところをこれ以上突かれる前にと――。

「それじゃ、そろそろ行ってくるよ! 悪いけど、後は頼んだよ!?」

「あ、逃げたな……」

わざとらしく慌てた風に腕時計に目をやり、あおいに同好会のことを任せて走り去っていく矢野であった。

 

 去り行く矢野を、その姿が見えなくなるまでずっと見つめていたあおい。

「はぁ~――――行っちゃった」

大きなため息をつきながら、どうしていいか分からず無意識に自分のおさげに手をやる。

どうしていいいか分からず……そう、このため息の理由すら今のあおい自身気付いてはいなかった。

「毎日のように二人だけで自主トレできる、かぁ。鈴ちゃん……」

 

 ちょっと羨ましいかも――。

 

 そう想い、はっとする。

「って! 何考えてんだろボクったら……だいたいっ! ボクだって毎日学校でも野球でも一緒じゃないっ」

相当恥ずかしいことを想ってしまった、口走ってしまったあおいのおさげが左右にブンブン揺れる。

それぐらい首を振って急上昇した顔の火照りをとろうと必死になっていた。

あおいの気持ちを察してくれたのか、陽の温もりを纏った風が優しくあおいを包み込んでいく。

ほんの少しの間、吹く風に体と、そして心を委ね――。

「――――うん! さてとっ、練習練習ーっ!!」

顔の火照りも丁度和らぎ、さぁ練習だ! と運動場への入り口にあおいは手をかけた。

「と、そう言ってはみたものの、同好会は人数が揃わないとここの鍵、使えないんだよねぇ………」

力無くぼやいて、その次の瞬間「あっ、そうだ♪」

何かを閃いたのか、あおいは目の前の入れない運動場を諦め、思い描いた場所へと駆けていく。

 

 軽やかな足取りでやって来た目的の場所。

ここは……ソフトボール部のグラウンド。

「うんっ、誰か来るまでここでストレッチとかやってよっと♪」

辿り着いた先であおいはストレッチを一人で始めることにした。

無論、ここの使用許可など得ているはずもないのだが――。

 

 あおいがストレッチを開始してから数分後。

そんな事情を何一つ知らない何者かがソフトボール部のグラウンドへ入ってこようとしていた。

「さて、今日はどのメニューでいこうかしら……ん?」

その何者かは視界に普段いるはずのない“異質な存在”を捉え、何やらぶつぶつと呟き出す。

(先輩達含めたって私よりも早く来るやつなんてウチの部にはいないはず………一体、誰?)

“異質な存在”が何なのかを確認。気配を殺してゆっくりと忍び寄り――。

 

「――ちょっとアンタ! 誰の許可があってここ使ってるのよ!?」

 

 突然背後から大声で咎められたことにびっくりしたあおい。

「えっ? あ……」

「……」

無言の威圧が視線と共にあおいに突き刺さり、あおいはそれ以上の言葉を発せられないでいた。

それでも何とか声をださなくちゃ――その一心で喉元でつっかえていた言葉を絞り出す。

「……ゴメン。でも、人数が揃うまで向こう使えなくって…」

いつも使っていた練習場の方を指差して、自分の事情を説明しようとする。

「ふーん、だからって人様のとこ無断で使っていいとでも?」

「そ、それは…そう、だけど……」

取り付く島もない。とは正にこのことか、しどろもどろのあおいを更に睨み付ける。

尚も睨んでくる突然の来訪者のことを、あおいは俯きながらも上目で見てその姿を視界に入れてみる。

「……」

膝にはサポーター、半ズボンの下にはスパッツ、胸元にはピンク色の文字で“恋恋”。

更に視線を上げてみると、バイザーを被り、そして白いハチマキを額に巻いていた。

あおいが目撃したのは紛れもない――。

正真正銘の恋恋高校ソフトボール部のユニホームを着た、燃えるような赤い髪の女の子だった。

 

 その来訪者はずっと無言のままであったが、何かに気付くとハッとした様子で言葉を再び発した。

「アンタ、もしかして早川あおいかしら?」

「そう、だけど…」

以前の倉橋彩乃の件もあり、そんなに自分の存在が目立つのだろうか? そう思いながら少し警戒気味に答える。

「へぇ、アンタが早川……悪いことは言わないわ、女の子で野球は止めといた方がいいわよ?」

あおいとそう大差ない背丈の来訪者、だが威圧感すら漂わせる腕組み姿勢で言い放つ。

しかし、あおいにはそれが面白くなかった。

何より会うなり自分にとって禁句に等しい言葉を浴びせられ、さすがにカチンときたのだろう。

「ムッ、どうして初対面のキミにそこまで言われなくちゃいけないの!?」

頭に血が上り、一転して来訪者に詰め寄らんばかりの勢いで思いをぶつける。

「それに出来るか出来ないかは、やってみないと分かんないじゃない!」

「――そう、こっちは親切心で言ってあげたのに。何を言ってもムダみたいね」

来訪者はあおいに背を向けゆっくり、だが、しっかりとした足取りで歩き出した。

10mをちょっと過ぎた辺りで立ち止まり、右肩に掛けてあったエナメル製のスポーツバッグを無造作に下に置く。そしてそのバッグの中からおもむろに黄色い球体を取り出しあおいの方に向き直る来訪者。

「しょうがない、実力行使――させてもらうわ!」

仁王立ちに近い状態から一瞬で前屈みになり、黄色い球体を持った右腕を背中側へと大きく持ち上げる。

 

「え!? ちょっ、ちょっと待ってよ!!」

「問答無用! この球、捕れるかしら!?」

 

その言葉と同時に右腕は枷が外れたかのように、下に弧を描きながら加速。右腕の動きに合わせて左足で大きく前方へステップを踏んでいく。ステップが生み出した勢いも加わり右腕は頭上をも越え、風車の如く一回転した後、黄色い閃光が走った――。

 

「――っ」

「……」

咄嗟に出した左手に鋭い痛みを感じるも、それでもあおいはその痛みに負けじと声を荒げる。

「ちょっと! いきなりなにするのよ!? 危ないじゃないっ」

(何今の……浮き上がって、きた?)

未だ痺れる左手には黄色い球体――ソフトボールに用いられる公式球が握られていた。

「捕った……ですって?」

野球では見ることのない独特な投球フォーム、ウインドミル投法から放たれた球。

腕の振りの加速、ステップの勢い、幾つものエネルギーを乗せたその“浮き上がる”一球を捕られた。

その目の前の事実に目を見開いて驚く来訪者。

「……アンタの逃げなかった勇気に免じて、特別に今日のところは見逃してあげるわ? アンタんとこの仲間が来るまで使ってても構わないから」

まだ少し納得いかなさそうな感じの来訪者だったが、スポーツバックを拾い上げ「じゃあ」と、短い言葉を残して、額に巻いたハチマキをなびかせながら去っていく――。

 

(早川、次はこうはいかないから。私は、野球を――)

 

「もぅ! なんなのよいったいーーーーっ」

結局最後まで敵視されていた意味もわからないいまま無言で見送ったあおい。

であったが、今さっき起こった事について冷静に考えれば考えるほどわけが分からなくなり、思わず叫ぶ。

思いの丈は青々とした空の彼方へと消えていった。

 




はいっ、”あのキャラ”とは、あのキャラのことです!
ゲームやっていた方はもう何となく(というか確実に)誰か気付いたかもしれません。
彼女の正体は近々明かされるので、それまで謎は謎のままに!(笑)

で、次回からは10話目にしてやっと試合回となります。
野球経験ほとんどない作者なので、かなーりあやしい展開となってるかもですが…
頑張って書き上げたいと思います!!


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第7話~伝説の、その先へ~

大変長らくお待たせしてしまいましたあああ><。
楽しみにしていて下さった皆様、本当にごめんなさいでした。

リアルで色々あって、今もまだそれが解決したわけではないけれど……
何とか復活しましたです、はい!

そして、ついにやってきた初めての試合描写!!
自分では魅せ場を絞って書いたつもりですが、何故か予想を遙かに超える文量になってしまった(汗)

そんなこんなで読むの凄く大変かと思いますが……!


では、どうぞ!!!!


「うんっ、やっと着いた!」

 

 自分が立ち去った後に起こった一波乱のことなどつゆ知らず、あおいの心配を余所にようやく目的地へと辿り着いた矢野。

その眼前に広がるのは頑張市(がんばるし)、その市が管理・運営している市民球場であった。

余談だが、矢野達の住む羽和古町(ぱわふるちょう)もこの頑張市内にあったりする。

 

 そう、頑張市民球場――。

 

 それは、つい昨年まではこの地区の高校野球や、社会人野球の大会がある時以外はあまり使用される機会の無かった場所。

だったのだが――今年からは少し事情が違っていた。

この球場はとあるプロ野球団のホームグラウンドに選ばれたのである。

昨年末、以前から報道等で危惧されていたプロ野球の人気低迷を打破するべく、NPB(日本野球機構)は試験的に球団数を増やす。という荒療治に打って出た。

セ・リーグに頑張パワフルズ、パ・リーグにはたんぽぽカイザースをそれぞれ、野球愛を胸に抱く地元企業数社がNPBからの支援を受け運営していくという形で今シーズンから新規参入。

そのうちのパワフルズがこの頑張市民球場を試合等で使用するため、必然的に昨年に比べれば使用率が高くなるからだ。

 

 そんなプロ球団の本拠地の球場を目の前にした矢野は、試合が始まる前だというのに高まる胸の鼓動を押さえられずにいた。

しかし、それは何も矢野一人に限った話ではない。

球場の周りで談笑している人達も、矢野と共に球場内へと入っていく人達も皆、心躍らせていた。

「凄いな……プロも使う球場なのに、超満員だよ、こりゃ」

場内は更に熱気に溢れ、その熱気たるや、パワフルズの試合のそれにどこか似ていて――。

あかつきの名を冠する中学校の試合だからなのか、それとも鈴が出る試合だからか、空席を探し出すにも一苦労。

そして人混みの中に空席を求めた矢野、少ししてやっとの思いで見つけた一席に腰を下ろす。

無意識のうちに張り詰めていた肩を撫で下ろしホッと一息、それから視線をグラウンドへと向けてみた。

「おっ、ちょうどよかった! 今からちょうどあかつき中のシートノックかっ」

矢野が座ったのは一塁側の内野席、その真正面にあるベンチにあかつき中学女子軟式野球部が入っていた。

ベンチ前に選手達が整列したところで、『後攻あかつき大学附属中学校、シートノックを始めてください』という場内アナウンスが流れ、それを合図に控えメンバーも含めた全選手がグラウンドへと勢いよく駆けていく。

 

 それぞれのポジションの守備位置に散り、まずは内野手間でのボール回し。

キャッチャーから始まりファースト、セカンドからショート、次にサードそしてピッチャーへと。

それを毎回違う順序で数回行い、その捕球から送球の一連の動作は、矢野から見てもおおよそ中学生らしからぬ滑らかさと精度を誇っていた。

「……そこらの同い年の男子よりも動きがいいかも、しれない」

続いて監督と思しき女性が、帽子からのぞかせる黒髪をなびかせ、木製のノックバットを振るっていく。

丁度良い高さにトスアップしたボールを力みのない水平なスイングで内野手陣へ、アッパー気味にも関わらずゆったりとした綺麗なスイングで外野陣へ、次々と行われていくノック――。

 

 この監督にしてこの野球部あり。

部員達の実力の高さは、監督の無駄のない一つ一つの動作、そこからもうかがい知ることが出来た。

流石はあかつきの名を冠した中学校、恐るべし――である。

 

 あかつきとパワフル、その両校の全生徒からなる応援団の声援と吹奏楽部が奏でる音色。

それらが織り重なって作られる試合直前の独特な場の雰囲気、その中においても鈴の存在はこのシートノックにおいても一際輝いていた。

「やっぱり凄いなぁ鈴ちゃんは……あんなノック、硬式の男子でも厳しい打球ばかりだ」

少なくとも矢野の目には、右投げのショートに負けていない。

いや、むしろ勝っている――そんな風にさえ映っていたのだ。

矢野が感心しているうちに『あかつき大学附属中学校、タイムアップです』と、流れてくる場内アナウンス

がシートノックの終わりを告げる。

 

「ラスト! キャッチャーフライ、いくよ!!」

 

 それを受けあかつき中学の監督は、シートノックの仕上げと言わんばかりに自身の真上へ……。

つまりは本塁上空へと、見事としか言いようのない打球を上げ、素早く落下点へ入ったキャッチャーもフライを危なげなく捕球。

こうしてあかつき中学の七分間のシートノックは終了した。

 

 続いて入れ替わりでパワフル中学のシートノックが始まり、今度は三塁側の観客席がどっと沸いた。

その声援に後押しもあってパワフル中野球部ははつらつと白球を追っていく。

あかつき中学と比べると一連の動きから手強そうな雰囲気は特に感じられなかった。

だが、強いて言えば手堅い。そういう意味ではここまで勝ち残ってきただけの確かな実力があるのだろう。

ミスらしいミスも無いままに、こちらも七分間経ちタイムアップとなり――。

 

 両校がベンチに戻ってから暫く、準備が調った両野球部は本塁前に整列。

「「よろしくお願いしますっ!!」」、

お互いにそう挨拶を交わして、一方はフィールドへ。また一方は三塁側ベンチへと、勇ましい足取りでそれぞれの向かうべき場所に駆けていった。

そして、あかつきナインが各ポジションの定位置についたのを確認し、再び場内アナウンスが流れ出す。

 

『1回の表を守りますあかつき大学附属中学校、守備位置の紹介でございます……ピッチャー千石さん』

アナウンスの中、のびのびと投球練習をしている千石というピッチャー、矢野は鈴から以前にこの女の子について話してくれたことを投球を眺めながら思い出していた。

「あの娘かな……鈴ちゃんが凄い一年生の投手が同じ野球部にいるんです! って言ってたうちの一人、千石澪央ちゃんかぁ」

千石澪央(せんごく みお)。その時の話によると――一年生の中では一つも二つも飛び抜けた、文字通り次元が違う実力の持ち主らしい。

彼女が背負っている“11”の背番号と、準決勝での先発はその期待の表れなのだろう。

 

 尚もアナウンスが続く――。

 

 そして、アナウンスが丁度鈴のところに差し掛かるころ。

まだプレイボールも告げられていないというのに、今日一番の歓声が球場全体から沸き起こっていた。

 

『ショート、猪狩さん』

 

 鈴の名前がコールされたその瞬間、球場全体から……

そう、一塁側も三塁側もない、そこかしこから上がる鈴への声援に球場内が包まれていたのだ。

三年間全打席ヒット達成。その瞬間が見れるかもしれない、それ故の大観衆、大声援なのだろう。

当の本人はというと、真剣な眼差しで自分の右手にはめられたグローブをただ一心に見つめていた。

そんな鈴を、矢野もまた真っ直ぐに見つめていた。

 

(矢野さんと約束したから……だから、絶対に打たなくちゃ…!)

(鈴ちゃん頑張れっ、鈴ちゃんなら絶対打てるよ!)

 

 アナウンス木霊する中、二人の思いと願いがゆっくりと、そして確かに交差していく。

だが、周囲の音は一切耳に入ってこなかった。

まるで、ほんの一瞬、僅かな間二人が二人だけの静寂の世界にいるかのように……。

 

 

「プレイボールっ!!」

 

主審が試合開始を告げたその時、矢野と鈴の世界に一斉に音という音がなだれ込んでくる。

熱戦を予感させるサイレントと、数多の歓声と、そして――。

キャッチャーミットを打つ、心地のいい音。

「――っ、ストラーイクッ!」

あかつき中学の先発である澪央が投じた初球は、二人が我に返った時には既にミットへと到達していた。

「凄い……中学一年でこのストレート」

あおいのとはまた違った、それでいてより地面近くから力強く白球を放つアンダースロー。

しかもこれで115キロ前後は優に出ていたのだから、矢野が驚くのも無理もない。

そのままの勢いでパワフル中の先頭打者である鈴木を三振に仕留めた澪央。

午後の日差しに照らされて輝く少しハネ気味な黒髪を手で整えつつ、マウンド上で軽くガッツポーズをとっていた。

 パワフル中学、二番目の打者は猛多梢(もうだ こずえ)、ここまで打率3割半ばほどと今大会当たっている右打者の一人。

そんな梢に対し澪央は内角高め、内角低めへとストレートを走らせ2ストライク。

早くも追い込み、3ストライク目を取ろうと矢継ぎ早に澪央が放ったのは……。

「絶好球! ……え!?」

自信に満ち溢れたスイング。しかし、力強く振り抜かれた梢のバットは何故か空を切る。

ど真ん中へのストレート、梢がそう判断し、事実ストレートと大差ない速度でボールは向かってきていた。

それでも梢が三振に倒れた理由、それはこの球種がストレートなどではなく、“カーブだった”からである。

しかもただのカーブではなく、打者手前で大きく減速して鋭く曲がり落ちる。魔球と言っても過言ではないレベルのものだった。

そして、盛大に空振った梢は悔しそうな表情を浮かべ、こう呟きながらベンチへと戻っていった。

「あんな神懸かり的な変化するカーブ、初めて見た……」と――。

 

 チーム内でも屈指の好打率を誇る梢がいとも簡単に三振する姿と、あの神懸かったカーブをネクストバッターズサークルで目撃していたのは遠藤藍(えんどう あい)

先ほどの梢とは同期の一年生で、打率でいえば梢には及ばないもののミートの巧さを買われてスタメン入りを果たしていた。

「どどどどーしよ……梢ちゃんが打てなかったのに私が打てるわけ……」

打席内でも戦々恐々としていた藍の様子を察したあかつき中のバッテリー、二人が考えていた藍に対する次なる一球は一致。

 

(ミート力に定評があるこの娘、澪央のあのカーブ見て完全に動揺してる。なら……)

(初球はこれ、ですね)

 

 背筋をぴんっと張ったノーワインドアップのポジション、そこから投球モーションに入り力強く振られた右腕は地面近くを通っていく。

親指に弾かれるようにして放たれたその球は右打者である藍の胸元付近目掛けて直進。次の瞬間、凄まじいブレーキが掛かり曲がりながら落ちていく――。

その刹那、グラウンドに響く鈍い打球音。

「あわわわわっ」

幸か不幸か……藍は錯乱状態に陥りながらも持ち前のミート力でバットにあのカーブを当て、しかも無意識のうちに打球をショート後方落としポテンヒットにしていた。

際どい当たりだったとはいえ、懸命に一塁を駆け抜けた藍はセーフになる。とこの試合を観ている人々の多くが思ったに違いない。

しかし――。

 

「ア、アウト!!」

(鈴ちゃんっ、ナイスフィールディング!)

 

 目の前に広がる結果は違っていた。

あまりの出来事に矢野は言葉を出せずにいたのだが……。

ダイレクトキャッチは難しいと判断した鈴は打球の落下地点に三塁側から回り込み、勢い無く転がる打球を左手で捕球。そこから前方に数歩ステップしながら、外野手のようなレーザービームを繰り出し藍をアウトにしていたのだ。

「鈴先輩ありがとうございます! 助かりましたっ」

「澪央ちゃんこそナイスピッチング!」

拍手と歓声が巻き起こる中、パワフル中学の初回の攻撃を見事に封じ込めた澪央。後ろから駆け寄り笑顔で声を掛けてくれた鈴と、そして他のチームメイトと共に喜々としてベンチへと戻っていく。

 

 瞬く間に1回の表が終了し、その裏あかつき中学の攻撃。

場内アナウンスによるパワフル中の投球練習中に行われていた守備位置の紹介が終了し、あかつき中の先頭打者が左の打席内でマウンドの小柄なピッチャーを見据える。

『1回の裏あかつき大学附属中学校の攻撃は、1番センター、八代さん、背番号8』

対するパワフル中学の先発は皇凰花(すめらぎ おうか)。こちらも澪緒と同じく一年生。

燃えるような闘志が宿っていそうな赤毛の凰花、キャッチャーのサインに納得いったのか、一つ小さく頷き、両腕を大きく上げ振りかぶる。

前方に踏み出した左足の着地から少し遅れて、体のほぼ真横から右腕を鞭のようにしならせていった。

打席からは見えにくい位置、そこからリリースされたボールは外角低めでストライクゾーンからボール一個分外れている。

だが、ストレートよりも低速だったボールに掛かっていたのは、通常よりも緩めのスライド回転。

八代は一瞬ピクッと反応したものの、微妙なコースだったためにスイングしかけた腕を止めた。

「ボール!」

「……外れた!?」

主審の判定はボール。この試合での第1球だったとはいえ、コーナーに遅めのスライダーを決めきれずにちょっと自身で納得いかない感じの凰花。

軽く快晴の空を仰ぎ、一呼吸おいた後、今度は内角真ん中のストライクゾーン縦ラインギリギリへのストレートを投じた。

しかし、八代は十分に引きつけてからヒッティングし、流れに逆らわずに飛ばされた打球はといえばレフトの頭上を越え、80m少し手前に設けられていた防球フェンスに直撃。

その間に八代はレフトの守備の乱れもあって、二塁へと到達していた。

 

 ランナーを二塁に置き、次のバッターは綾小路。セカンドとして鈴と二遊間のコンビを組んでいる。

そんな彼女に対する真ん中高めへの初球、ストレートに体ごとぶつかっていくような感じで果敢にバント。

ここは手堅く送りバント――かと思いきや、一塁へのベースカバーで手薄になっていたセカンドの定位置辺りに転がした綾小路は、インパクトの瞬間既に走り出していた。

バントと同時に一歩目を踏み出していたこと、それを見ていた八代も三塁へ進塁するスタートを切っていたこと。それにより二人ともセーフという結果に。

 

「初打席でツーベースヒット、そしてドラッグバント、マジかよ……二人とも来年ウチに入学してくれないかな」

只今絶賛部員不足中のため練習試合すらままならない、切実な現状を嘆く矢野の思いが不意に口をつく。

そんな矢野の心からのぼやきを余所に球場中が一斉に盛り上がり始めた。

 

「ガンバ、ガンバりーーんっ! ガンバ、ガンバ、りーーーんっ!!」

 

あかつき中学の応援団はもとより、一般観客からも次々と声が上がっていた。

その全ては、ただ一人のために――。

グラウンド上のとある選手のために――。

この先制点を得る大事な場面で打席に立つ、夢を掴もうと頑張っている一人の少女のために。

「おっ、鈴ちゃんだ! 頑張れーっ鈴ちゃーん!!」

矢野もまた周りの声援に負けないように精一杯声を張り上げた。

「……あっ!」

左打席に立っていた鈴は聞き慣れた声を耳にし、チラリと一塁側の観客席に目を向けてみた。

 

(やっぱり矢野さんだ! 来て、くれたんだ……!)

 

 絶対に打ってみせる。

矢野の存在に気付き一瞬安堵の表情を浮かべる鈴だったが、すぐまた真剣な眼差しに戻る。

むしろ鈴の集中力は矢野の応援を受けて高まっていく――それを鈴本人も感じていた。

自然とグリップを握る手にも力が入る、力がみなぎっていく。

「ヒット1本で先制点……正直、ランナーいる場面でこの人を相手にしたくないけれど…」

凰花がそう思ってしまうのも無理もない。

中学三年間ここまでの通算打率1.00。つまりは鈴が打席に入れば良くて四球、悪くてヒット、そのどちらか。得点圏にランナーがいようものなら最悪の場合、失点すらも覚悟しなければならないのだから……ピッチャーにとってこういう場面では最も対峙したくないバッターと言えよう。

 

様々な声や音が反響する中、鈴と凰花の周囲だけ静寂な時が流れゆく――――。

 

暫くしてキャッチャーとの意思疎通を終えた凰花が、鈴に立て続けに投じてきたのは外角高め、内角低め、それぞれのコーナーギリギリへのストレートとカーブだった。

そして外角低めにスライダーを投じるも、いずれも僅かに外れてカウントはノーストライクスリーボール。

どうやら鈴へは際どいコースで攻め、勝負は次のバッターでする。あわよくば打ち損じを狙う作戦らしい。

(初回だし、思ったほど微妙なコントロールが効いてないかも……なら次は――)

ここまでの3球、いや、正確には前のバッターである八代への2球をベンチから、綾小路への1球をネクストバッターズサークルからずっと観察していたのを含めると6球。それらの投球内容から冷静に次の相手バッテリーの配球を考えていく。

鈴は再びバットを構え直し、サインの確認のために前屈みになっていた凰花もセットアップポジションの姿勢へと完全に移行。お互いの覚悟は決まった。

 初回とは思えぬ緊迫感と緊張感、この試合が準決勝だということを差し引いても余りある重圧が二人にのし掛かる。

そして勝負の時――。

凰花は自らの右腕を力の限り振るい、しならせ、渾身の一球をミット目掛けて放った。

その一球こそが凰花の持ち球であり、鈴にとっての待ち球。そう――。

 

「スライダー、きたっ!!」

 

 ストライクゾーンからボールゾーンへ、鈴の懐に食い込ませるようにして迫ってくる遅めのスライダー。

しかし、パワフル中学のバッテリーの意に反してスライダーの変化は小さく、それを鈴は見逃すはずもなかった。逆らわず弾くようにして右中間へ綺麗に打ち返していく。

この一打で八代は無事帰還、綾小路も鈴が打った瞬間にヒットコースだと判断し一塁から快足を飛ばして本塁に滑り込み、こちらもギリギリのタイミングでセーフとなった。

0対2、鈴の一振りによりあかつき中学は先制点を上げることに成功。

 

「ナイスバッティンっ!!」

「矢野さん……えへへ」

鈴が先制点を上げたことであかつき中学の応援団や吹奏楽部からの声援、そして球場全体から一斉に歓声が沸き上がる。その大音量に負けじと矢野も身を乗り出して鈴へ大きく手を振ってみせた。

今が試合中だということもあり、鈴は矢野へ視線を移すも誰にも気付かれないようにして軽く照れ笑いを浮かべた。

矢野にしかその意味が伝わらない、そんな照れ笑いを――。

 

 この流れに乗って一気にパワフル中学を突き放したいあかつき中学。

が、続く4番草薙と5番山田、そして6番レイが共に凰花の気迫のこもった投球の前に沈黙。

三人連続で内野ゴロに倒れてしまう。

こうして初回の、長い攻撃が終わった。

 

 以降、両校の一歩も引かない、譲らない攻防がこの超満員の球場で繰り広げられていくことになる。

 

 そんな拮抗した試合が動き出したのは6回、その流れを掴んだのはパワフル中学の方だった。

あかつき中学はここまでに鈴が打ったのを含め何本がヒットぱ出ていたものの、打線が繋がらず。パワフル中学の先発凰花にゴロとフライの山を築かされていた。

鈴以外に唯一奮闘していたのは一年生にして先発を任されていた澪央。5回終わって打者16人に対して2被安打4奪三振1四球と、4回までは毎回打者三人でパワフル中学の攻撃をシャットダウンしていた。

しかし、スタミナが切れてきた終盤6回表、澪央に訪れていたのは今日初めてのピンチ。

パワフル中学の8番ショート磯野、9番凰花に連続して四球を与えてしまっていたのだ。

三巡目の打席となる一番鈴木からなんとか三振を奪うも、尚もワンナウトランナー一塁、二塁。

そしてこの場面で迎えるバッターは、初打席こそ三振を喫するもここまで澪央から2安打している梢。

 

「あの神懸かりカーブ見た時は戦意失っちゃったけど……疲労状態の今なら、打てる!」

「カーブ曲がらなくなってきてるし、私には他に変化球ないし、でもここで打たれるわけには……いかない!」

 

 ストレートも、得意のカーブも制球定まらないままボールカウントばかりが増えていく――。

初めは力強かった投球フォームも今では疲労と、何より目の前のバッターを抑えなければという焦りで乱れ、たった今放った一球にも勢いが無かった。

「もらったーっ!」

当然そんなボールでは梢を抑えられるはずもなく、梢の放った打球はセンター前に落ち、その間にセカンドランナー磯野がホームに帰ってきて1対2。

打たれた、失点してしまったショックから澪央はマウンド上で何やら小声で呟き始めていた。

 

(点を取られてしまった、どうしよう……どうしよう、どうしたらいいの…?)

 

 一打同点の芽も出てきたパワフル中学、次のバッターは藍。今日はショートへのゴロに併殺と、全くいいところ無し。

そんな藍ならば今の澪央でも抑えられる、と考えたあかつき中学は澪緒にここを任せた。のだが――。

肝心の澪央の様子が何やらおかしい。纏っている雰囲気みたいなものが微妙に変わっていく。

「澪央ちゃん? まさか、また…?」

後方でショートを守っていた鈴もどうやらその変化に気付いたらしい。

「あたしにこの場面、抑えられるのかなぁ……」

先ほどまであった焦りは感じられない。けれどもそれとはまた別の何か、怯えのようなものが澪央の中に広がっていく。

その変化は投球という形でバッターの藍にも伝わってくるほど大きいものであり、投げられた数球からは疲労も感じられなくなっていたが、勢いが無い。というよりかどこか頼りない。

「……あれ? なにこれ、球筋が前の二打席とはまるで違う??」

球筋が違う――そう、まるで違うピッチャーと対戦しているような、そんな感じを藍は感じていた。

直前まで乱れていた制球力は戻り、現に藍は何気に追い込まれていて、今の内角真ん中へのストレートでツーストライク。

そして次の一球に、鈴が気付いた、藍が感じた変化の片鱗が現れる。

「ちょ、え? なにこれ、シンカー??」

内角寄りの真ん中から沈み込んでくるシンカー――いや、落ちてくるスクリュー、と言った方が正しいかもしれない。澪央はここまで投げてこなかった、投げられるはずのなかったスクリューをこの土壇場で放ったのだ。

右投げピッチャーの利き手側に変化してきたことから藍はシンカーだと勘違いしたのだが、この一球に無我夢中で出したバットの先端が当たってしまう。

一度あったことは二度目も有り得る、とはよく言ったもの……藍の放った打球は偶然にも右中間へ落ち、セカンドランナーの凰花が果敢な走塁で本塁を落とし、梢も三塁へ。

パワフル中学、藍のラッキーヒットで試合終盤にしてようやくあかつき中学に追いついた。

 

 同点にされた上にランナー一塁、三塁で迎えるバッターは4番の天道焔(てんどう ほむら)――。

彼女もまた一年生であるのだが、長打力が光る打撃センスを持っている。そのため前の試合の最中に負傷した同じポジションの三年生に代わり急遽4番に座ることになり、今日はヒット1本放っている。

 

「タイム!」

 

 この局面に堪らずあかつき中学の監督はタイムを掛け、静かに澪央に歩み寄る。

今の一撃でいつもの雰囲気に戻っていた澪央の右肩に監督は優しく手を添え、こう告げた。

「澪央、ここまでよく抑えてくれたね。後はベンチでゆっくり休みなさい」

「かあっ――か、監督、すみませんでした……」

言いかけた言葉をつぐみ、それでも何とか言葉を繋いだ澪央は監督と共にベンチへと戻っていった。

 

『あかつき大学附属中学校、投手の交代をお伝えします――千石さんに代わりまして、夜野さん』

場内アナウンスが流れる中、マウンドに上がったのは三年生の夜野月代(よるの つくよ)だった。

月代が数球の投球練習を終えるとあかつき中学の内野陣が集まってきて、各々思い思いのエールを月代に伝えていく。

「澪央ちゃんが作ってくれたこの試合、絶対勝とう? 大丈夫っ、つっきーなら後続を抑えられるよ!」

「うん、ありがとう……! いかりんも後ろお願いねっ」

そう力強く、勇気に満ちた笑顔で語り掛けてくるのは意外にも鈴であった。

というのも、月代は鈴がこの野球部に入部してから初めてできた親友であり、今では“つっきー”“いかりん”と互いに愛称で呼び合うほどの仲良しだったりする。

 

(ここは抑えてみせる。いかりんやみんなのために、絶対に――!)

左対左となる勝負、普通に考えれば明らかにバッターの方が不利で、この焔も例外ではなかった。月代の信念のこもったボールが次々とミットに収まっていく。

それでも焔は粘ってカウントツーツー。

そして月代が投げたのは外角低めへのチェンジアップ、それを焔は詰まりながらもセンターに打ち上げる。

打球に勢いはなかったが、パワフル中学にとってそれで十分だった。

月代の思いが勝り、焔の実力がそれに及ばず、だが野球は最後まで何が起こるか分からない。

これによりパワフル中学は勝ち越し点を得た。

 

 野球は時として残酷な一面をのぞかせる。どんなに力や技術で勝っていても、思いや気持ちがこめられていても、それが結果に結びつかないこともある。

でもだからこそ、最後まで何が起こるか予測出来ないからこそ選手達は頑張れるのだろう。目の前の一球、一投一打に己の全てをぶつけて、その先に待っているものを信じて――。

 

 月代は悔しかった。後輩が守っていたものを守り通せず、親友の期待に応えられず。だからこそ思いっきり左腕を振るった。この目の前のバッターを打ち取るために。

勝ち越し点を許してしまったものの、その後月代は6回最後のアウトをピッチャーゴロで取った。

最終回もバッター三人できっちり終わらせた。

そして、力投終えてベンチに戻ってきた月代は一言「ごめん……」と。

でも、そんな月代を咎める者は誰一人としていなく、それどころか見渡してみると周りは皆笑顔だった。

 

「月代先輩がダメなら私はもっとダメです。もとはと言えば私が招いてしまったピンチでしたし……」

「そうだよつっきー! 澪央ちゃんやつっきーの力があったから1点差で済んだんだよ?」

 

 周りからも月代を励ます声が上がる、月代の頬からは幾筋もの光の雫。

目をまともに開けられなくなっていた月代のその隣で、鈴はバットを手に取り立ち上がる。

「つっきー、私次の打席も必ず打ってみせるから」

一つ深く深呼吸して、周りを見渡すようにして鈴は言葉を続ける。

「みんなもお願い、私に力を貸してほしいの……!」

勇気と力強さと、そして何より優しさ溢れる眼差しに、ベンチに居る全員が頷いた。

ここからが本当の反撃なんだと……。

 

そして7回裏、あかつき中学最後の攻撃が始まった。

 

 先頭バッターである那須はピッチャーゴロに倒れはしたが、疲れの色を隠せない凰花から6球も粘ってみせた。続く月代もピッチングでの悔しさを晴らさんばかりに変化しなくなっていた遅めのスライダーを一、二塁間へ弾き返す。9番音山も繋ぐ意識を持ってファーストの頭を越えるヒットを放った。

ここでパワフル中学はあかつき中学の追撃の勢いを止めたいと、先発の凰花を三年の田村と交代。

しかし、それでも今のあかつき中学の勢いは止められず……打順が一回りして1番八代、交代したばかりのピッチャーの初球をためらうことなく打ち抜きセンター前ヒット。だが2番の綾小路は三振に倒れてしまう。

 

 ツーアウト、満塁。

ヒットが出れば同点、当たりによっては逆転サヨナラも有り得るこの場面。、

一塁側ベンチと球場全体から、今日一番の声援を受けた一人のバッターが打席へと入る。

 

『3番ショート、猪狩さん――』

 

 

チームメイト達と、この試合を観ている全ての期待をその小さな背中に背負い、左打席に立つ鈴。

先ほどまで沸いていた観客席が静まり返り、吹奏楽部の応援曲と応援団の声だけが鳴り響いていた。

「鈴ちゃん……」

矢野もこの球場を包んでいる言いようのない雰囲気に呑まれ、それ以上の声を出せないでいた。きっと、誰しもがそうなのだろう。

そんな一種独特な緊張感の中で、鈴はマウンド上のピッチャーだけを見据えていた。

 

(打つ……つっきーが流した涙と、矢野さんとの約束のためにも!!)

 

 目を閉じ、親友と、大切な人のことを思う。そして深呼吸――。

次に目を開けた時、鈴の雰囲気が変わっていた。

曇りの、迷いのない瞳で真っ直ぐに見据えられたピッチャーの田村はたじろぎ、投げる。

しかし抑えてやろうという意志に欠けたボールは田村の意識とは関係なく、鈴から逃げるようにして自らストライクゾーンから逃げていた。

スリーボール。田村や彼女をリードするキャッチャー花澤に敬遠する気がないわけではない。

確かに、四球かヒットか……それしか選択肢がないほどのバッターを相手にするよりも、次の打者を打ち取る方がずっとリスクは低い。

だが、最終回で満塁。押し出せば同点という事実がその判断を迷わせる。

そんな迷いを持ったまま、田村は投げた。なるべく低めに、けれどボールにはならない程度のコースへ。

田村の、パワフル中学そのものの迷いを内包した球に、球威はない。それどころか思い描いていたコース

よりも上に球はいっていた。

 

明らかな失投だった――。

鈴の気迫と球場の雰囲気に呑まれた球を、鈴は振り抜いた。

金属音と共に全ランナーは力の限り走り出す。月代が帰り同点、そして音山も本塁に飛び込み、サヨナラ。

 

「ゲームセット!!」

 

逆転勝利のヒットを決めた鈴は、二塁上でさっきまでの張り詰めていた表情から一転、笑顔を弾けさせチームメイト達の下へと駆け寄った。もちろん月代の下へは真っ先に。

そして、両校の選手達は本塁前へ整列。

 

「「ありがとうございましたっ!!」」

 

そう言って頭を下げ、歩み寄り、お互いに握手を交わし、それぞれの健闘を称えていた。

パワフル中学が三塁側に帰っていき、あかつき中学もまた応援団に勝利の報告をしてベンチへ戻っていく。

試合の終わりを見届けた矢野もホッと一息。

「今なら鈴ちゃんに会えるかな、ひとまず下に降りるか」

激戦の中、チームを引っ張り頑張っていた鈴に会いに行くべく、矢野は席を立ちベンチ裏の通路へと急いだ。

 

 ベンチ裏まで来てみると、そこは意外と静かだった。ついさっきまで白熱した戦いが行われていた同じ球場内とはとても思えない。

鈴を探すため近辺を少し歩いていると、どこからか声がしたような気がして、矢野は声のした方を振り向いてみた。

「矢野さ~ん! こっちです、こっち!」

そう言って大きく手を振りながら駆け寄ってくるのは、やはり鈴だった。

試合直後だからか、額にはまだ汗が輝いていた。

「はぁはぁ、矢野さん、見に来てくれてたんですねっ」

「それはそうだよ、何てったって鈴ちゃんと約束したから! 球場に応援しに行くって」

顔の前で右手の親指を立てて、グッドのサインを鈴に送る矢野。

「……ぷっ、あははっ、矢野さんその笑顔反則ですーっ……あ、おかしくて矢野さんまともに見れないっ」

矢野は大真面目に決めたポーズだったのだが、思いの外鈴の笑いのツボにクリーンヒットしたようでお腹を抱えて笑い出す。

「何だか俺もおかしくなってきたかもしれない……はははははっ」

鈴のあまりの笑いっぷりに触発され、人の行き来が未だまばらなベンチ裏の通路で笑い合う二人。

 

 暫く笑っていると、ベンチ側の方から誰かがやって来るような気配を感じた鈴は、笑いつつも片目で気配のする方に視線を移す。

すると曲がり角から顔を覗かせたのは、鈴の見覚えある二人だった。

「あ、いましたよ月代先輩っ、それにしてもよく鈴先輩のいるところ分かりましたね?」

「それは私といかりんは付き合い長いからね。後は直感かな。ね、いかりん?」

矢野もそれとなく見てみるとその二人はあかつき中学のユニホームを着ていた。

「つっきーに、それに澪央ちゃん、どうしたの? 二人して」

「どうしたもこうしたも、休憩少し挟んですぐ決勝なのに気付いたらいなくなってたから」

「心配になって探しにきた、ですよね、月代先輩?」

一人この場の状況を理解しきれていない矢野へ、鈴は二人を紹介していく。

「そういえば私のチームメイトに会うのは初めてでしたもんね……こっちは今日先発してた千石澪央ちゃんっ。たまに別人かと思うくらい雰囲気変わってしまう時もあるんですが、実力は確かなのでウチの次期エース候補の一人だったりするんです」

と、何故だか嬉しそうに話している鈴。その話は尚も続く。

「それと、澪緒ちゃんにはウチの野球部に双子のお姉さんがいて、その娘にはよくスライダーやシュート打ちの特訓付き合ってもらってたんですよ」

きっと可愛い後輩達なんだなと矢野は感じ取った。

「そっか、君が前鈴ちゃんが話していた澪央ちゃんだったのか。俺は矢野武、よろしくっ」

「ど、どうもです。今日はたまたま向かい風だったのでカーブがよく変化してくれただけで……」

少し照れながら謙遜する澪緒は、出されていた矢野の手を握り返し握手。

だが、矢野は澪央について何かが引っかかるようで、顎の下に手をやりしばし思考を巡らす。

 

「せんごく、千石……ん? 千石?? ……あーーーーーっ!!」

 

「どど、とうしたんですか? 澪央ちゃんがどうかしたんです?」

いきなりの大声に少しびっくりした鈴だったが、その驚きぶりが普通ではなかったためその理由を聞いてみた。

「ご、ごめん、いきなり叫んじゃって……あのさ、確かあかつき高校の監督の名前って千石さん、だったような気がするんですけど……もしかして、関係者?」

「ああ、そのことでしたか。それでしたら関係者も関係者、千石忠は私達の父ですよ?」

「ちなみに、あかつき中学の女子軟式野球部の監督は澪央ちゃんのお母さんだったりして」

澪央の口から驚きの新事実が矢野に告げられ、鈴が付け加えた補足説明にも矢野は目をぱちくり。

「あのサングラスの監督が澪央ちゃんの……あの節はどうもお世話になりまして」

「え、どの節ですか?」

そう言って軽くお辞儀をした矢野だったが、澪央にはその意味がさっぱり。真面目に受け応えてしまった。

「ごめんごめん、いやね? ちょっと前のことを思い出してただけだよ」

矢野は少し前のことを話そうとしたが、鈴達との話の腰を折るのもあれだからと、それ以上それについて話すのを止めた。

 

「あのー、私は放置ですかー――」

 

「……つっきー、ごめん。澪央ちゃんとのやり取りがおもしろくてつい、ね」

完全に忘れ去られていたことに拗ねる月代に手のひらを合わせて謝る鈴。

このまま鈴を困らせるわけにもいかないかなと、月代は自ら自己紹介を始めた。

「えっと、私は夜野月代です。いかりんとは中学入ってすぐ仲良くなったんです」

「入ってすぐ、か。それじゃあ俺よりも鈴ちゃんのこと詳しいんだね」

その問いに若干不敵な笑みを浮かべたように矢野には見えたが、親しみやすい笑顔で月代は語る。

「それはもうっ、いかりんのあんなことや、そんなことも!」

「つ、つっきー! そそそれは今どうだっていいことじゃない!?」

鈴は顔を真っ赤にして月代の話を遮ろうと必死に両腕を振り回して抗議の意思表明。

「冗談よ、じょ・う・だ・ん♪――って、それよりも、時間!」

「そういえば私達、鈴先輩を呼び戻しに来たんでした」

そんな折り、本来の目的を思い出した二人、途端に言動が忙しないものに。

「一応いかりんには時間の件伝えたし……私達は一旦戻ろうか」

月代は何かに気付いたのか、鈴に意味深なウインクを残し、来た方へと澪央を引っ張っていった。

 

 通路に取り残された鈴と矢野。

「楽しそうな二人だったね」

「はい、つっきーはあんな感じだから初対面だと誤解されやすいですけど、根は優しい娘なんです」

先ほどまで賑やかな空間だったが、また元の静けさを取り戻していたことに何故だか苦笑いしたくなった。

「そういえば鈴ちゃん、これから決勝戦があるんだよね。大丈夫?」

矢野が心配している理由、それは同じ日に準決勝と決勝があることへの体力的疲労のことだった。

「ウチがシード校ということもあるんですが、雨とかで日程延びてたりして。疲れてないって言ったら嘘になっちゃいますけど……でも」

そこで一旦言葉を句切った鈴は、矢野を見つめる。

その眼差しは試合中のそれと同じく真剣そのもので――矢野もそんな鈴の瞳をただ見つめ返すことしか出来なかった。

矢野の目を見据えて鈴は言葉を紡いでいく。

「でも、矢野さんが観ていてくれたら私……だからもう一試合、観ていてくれますか?」

「もちろんっ、俺最後まで応援してるから! だから、頑張れ鈴ちゃん! でも、あまり気負わないで」

矢野はそう言うと無意識のうちにガッツポーズをとっていた。

その言葉を矢野から聞けたことが、鈴は何より嬉しかったのだろう。励まされたのだろう。

瞳が潤みそうになりながら小さく頷いた。

「矢野さん、ありがとうございます! もうベンチに戻ってお昼食べなきゃです。じゃあ、いってきますっ」

「うん、いってらっしゃい!!」

 

 鈴はその胸を勇気で満たし、頬をほころばせながらベンチの方へと駆けていく。

(矢野さんとの約束、絶対に守ってみせます……絶対に!)

 

 矢野も強く、そして優しい笑顔で決戦へと赴く鈴を見送ったのだった。

 




――はい!

ここまで読んで下さった全ての方々、ほんっっっとうに!ありがとうございました♪

今回試合を書くにあたって関連映像や資料を色々調べたので、臨場感とか出せてたら嬉しいですっ。

そして、割と前回から間開けてしまったにも関わらず、評価やお気に入りして下った皆様方、重ね重ねではありますが、ありがとうございました!!

これからも消えずに頑張っていきたいと思います☆


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第8話 ~伝説の、終わりに~

…………

………………!


皆様お久しぶりですっ><。

まったく、前回の更新からどれだけ止まってたのか……
5ヶ月弱の間全く更新出来ずにいたこと、続きを楽しみに待っていて下さってた方々には本当に申し訳ありませんでした。

いつまでもモヤモヤはしてられないし、誰も望んではいないと思うから…
これからはもう少し更新早めに出来るように頑張ります!


ちょっと長くなってますが、お楽しみ下さい♪(※≧∀≦※)/


 燦々と照り輝く午後の日差しが、頑張市民球場を更に熱くしてた。

グラウンド整備の一環で内野に撒かれた水もその光を受けて煌めいている。

 

「んー、もうそろそろか」

 

あかつき中学が勝利を収めた準決勝から時は少し経ち、今は午後十五時。

鈴達もその間に遅めの昼食を摂り、来るべき決戦に備えて体を休めていた。

電光掲示板の時計をぼんやりと眺めながら矢野もまたその時を待っていたのだが、周囲を見渡すと再び慌ただしく動き出し始めたことから実感が湧いてくる。

決戦の幕開けはもうすぐなのだと――。

その実感は間違ってはいなかった。

 

『後攻はやぶさ中学校、シートノックを始めてください』

 

 そんな場内アナウンスが聞こえ、それを合図に三塁側のベンチから出てきた深緑色のユニホームに身を包んだ選手達がシートノックを受けていく。

矢野の目の前で粛々とシートノックを進めていくはやぶさ中学は女子軟式野球に昔から力を入れていた、いわゆる古豪。

捕球姿勢にしても、その後の各塁への送球にしても、動作の一つ一つがあかつき中学と同等か、もしくはそれ以上か。

シートノックのみでは打撃面の事まで矢野は窺い知る由もなかったが、今年もその歴史に裏付けられた実力を遺憾なく発揮してここまで勝ち上がってきていたのは紛れもない事実だった。

瞬く間に七分が過ぎていく。続くあかつき中学のシートノックも終わり、いよいよ――。

 

 両校揃っての挨拶も終わり、はやぶさ中学側の守備位置の紹介が超満員の球場に響いていく。

それを真剣な面持ちで聞いていた矢野。

だが、視線をマウンドに移すと矢野はそこに立つ少女を思わず凝視してしまった。

「それにしてもあのピッチャー、えらい小柄だ。小学生、じゃないよな……?」

 

『ピッチャー白鳥さん』

 

 矢野が驚きを隠せなかった理由、それは白鳥という先発を任されていたピッチャーが“あまりにも”背が低過ぎる。というものだった。

中学生の女子生徒の平均身長といえば、一年生だと大体が150cm前後であることが多かったりするのだが、この白鳥はその平均身長を明らかに下回っていたのだ。

156cm前後ある鈴に比べて頭二つ以上の差が見て取れることから、120cmない可能性もある。

加えて全体的に丸みのある容姿と幼い顔立ち、そこから矢野も小学生と見間違ってしまったのだろう。

どんな競技にせよ背丈の高さには色々な利点があるとされ、野球も例外ではない。

それ故にこの起用には何かがある。

そう考える矢野であったが今はただ、プレイボールの瞬間をじっと待つのみだった。

 

 三年間全打席ヒット、鈴がその大記録を達成出来るかどうか。

全てはこの一戦で決まる。

鈴と矢野、二人の絆に交わされた前人未踏の打率1.00達成の約束。

当事者である二人は元より、この頑張市民球場全体を準決勝の時には無かった張り詰めた空気が流れていた。

両校の吹奏楽部が奏でる音色、観客席から沸く声援、そよぐ風、降り注ぐ陽の光――。

その一つ一つが矢野の、そして鈴の体に重く響いてくる。

言い知れぬプレッシャーに負けまいと精神を研ぎ澄ませ、まずは1打席目を待つ。

 

(俺よりも鈴ちゃんの方が緊張してるはず。俺が、みんなが付いてるから、きっと大丈夫……!)

(試合でこんなに緊張するの、初めてだ。でも、きっと大丈夫……!)

 

 しかし、思いのほか鈴の初打席はすぐやってくることとなる。

 

「ストライクスリー! バッターアウト!」

 

 どうしたことか、あかつき中学の1番八代、2番綾小路があの背丈の低いピッチャーに初回、初打席だったとはいえ成す術無く倒されていたのだ。

「天下のあかつき中学というからどのていどかと思うたが――なんじゃ、手応えのない」

マウンド上で尊大な態度を露わにする白鳥。

キャッチャーから返ってきたボールを見つめ、ついたため息もどこか失望感を纏っていた。

一方、ネクストバッターズサークルから左打席へと向かう鈴は神妙な面持ち。

しかし、そんな白鳥の態度も鈴の登場に再び引き締まっていく。

(ふむ、このバッターの雰囲気、やはり他と違うな)

(……この娘の投球、近くで見ると思っていた以上にやっかいかも)

白鳥はキャッチャーのサインを確認し、少しの沈黙の後頷いた。

そしてバットを構えて静かに待つ鈴を視界に捉えながら白鳥は、背筋をぴんっと張ったノーワインドアップのポジション、どこかで見たことあるような投球モーションで左腕をしならせる。

指先から放たれたボールは浮き上がるようにして、いや、寧ろ浮き上がりながら内角高め目掛け直進。

球速も速いというより遅い、105キロ出ているかというところ。

だが、超低身長のアンダースローから放たれたそれはまるで矢の如く鋭く、鈴の胸元付近に突き刺さった。

 

「ストライク!」

(何これ……今まで見てきたどのストレートとも軌道が違う!?)

 

 キャッチャーが構えた内角高めのミットに乾いた音と共に収まる白球。

それを見て両校の声援乱れ響く中、白鳥はマウンド上で不敵な笑みをこぼしていた。

「動かず見たか。あの内角高め、初めて見たものは空振りするか、思わずのけ反ってしまうかのどちらか……流石は、と言うべきかのう」

白鳥が鈴に対して投じた初球はストライクゾーンの縦のラインにギリギリ決まる、内角高め。

だが、それは単なる内角高めではなく低身長を逆手に取った、限りなく地面に近いところからバッターを射抜くような感じで向かってくるものだった。

それに加えて左対左。

左対右でも十分に威力を発揮することは出来るが、この組み合わせがこのコースへの一球の威力を何倍にも高めていたのだ。

事実、先頭打者であり左バッターでもあった八代もこの内角高めにやられていた。

結果的にはカウントを一つ取られはしたものの、初球で白鳥の特徴を掴めたのは鈴にとって大きなプラス材料となる。

ならばと白鳥、今度こそ打ち取るつもりで次なる一球を放った。渾身の一球を。

肩口ほどある藤色の髪を風に舞わせながらリリースされたボールはその直後からふわっと浮き上がるような変化を見せ、かと思った次の瞬間――。

「難しい変化だけど、これなら打て……え?」

ボールの到達点を予測してバットを外角高めへ出そうとした鈴。だが、急に減速し始めたボールは予想を超えた落ち方で、気付けば真ん中付近まで落ちてきていた。

(ダメ! これ当ててしまったら引っかけてしまう……!)

このタイミングではバッティング動作は止めることは出来ない。

鈴は反射的にボールの変化に合わせるようにして、無意識のうちにミートポイントを調整していたのだ。

その正確な調整力で今までどんなピッチャーの、どんなボールでもヒットにしてきた、打率1.00を守り続けてきた鈴ならではの長所だ。

 

「ストライク、ツー!」

「あ、危なかった……」

(なんと、あの瞬間でバットの軌道を自力で変えたと言うのか?)

 

 しかしながらこういう場面では逆に、それは短所にも成り得る。

スイングを止められず、そのまま振っていれば間違いなく詰まらされていただろう。

バッターはいつ如何なる時でもボールにバットを当てたい、即ちヒットを打ちたいという心理が働くもの。

それ故にバッターにとって“意図的に”空振る、しかも確実に当たるスイングを途中で軌道修正して自ら空振る行為は動作的にも難しいし、まして心理的にも非常に辛いものだが、鈴はそれを一瞬の判断の下やってのけた。

この下手に当ててしまえば打ち取られてしまうボールへの柔軟な対応力もまた、鈴のずば抜けたバッティングセンスから培われてきたものと言える。

「“これ”も効かぬとは……」

「こんな変化するボール、真央ちゃん澪央ちゃん以外で見たことない。次気を付けないと、だね」

準決勝で澪央が見せた、あの神懸かり的なカーブに引けをとらない変化を見せた変化球。

白鳥が“これ”と言っていた変化球、それはスクリューだった――。

だが、白鳥のスクリューは他よりも基本となる変化の量も大きく、低い身長から生まれるリリースポイントの低さも合わさって相当打ちづらい魔球と呼んでも遜色ないものになっていた。

 カウントだけ見れば白鳥が鈴をたったの2球で追い込んでいたが、実際に追い込まれていたのは鈴ではなく白鳥本人――相手は三年間全ての打席でヒットを打ってきたバッター、その事実が白鳥にも例外なくプレッシャーを与えていたのである。

言い知れぬ重圧の中、瞳を閉じ、深呼吸。

そして、白鳥は腹を決める。

 

(――ふぅ、試合は始まったばかり。ランナーがいるわけでもない。ならば、じゃ)

ワインドアップポジションから投球モーションに入り、下半身で溜めた力を腰、肩、左腕へと順々に伝えていき、放たれた3球目。

「あれこれ考え込まず目の前の相手にただ、ぶつかるのみ……!」

内角低め、丁度膝よりも上付近の高さのところに向かってくる。

鈴が軌道を予測しスイングしようとした、その瞬間――。

「うっ、やっぱりここで変化してくる! でも……打ってみせる!」

2球目の時と同じく落ち始め、だが、その時よりも変化が小さい。

見逃せばボールになるかならないか、際どいコース。それでも鈴は絶対に打つ! という強い信念で向かってくるスクリューをギリギリのところまで引きつけ、高く打ち上げないよう慎重にバットを振り抜いていった。

 

「――――っ」

 

 打球はサードの頭上をふわりと越していき、鈴は打った時の体勢の崩れを利用して、一塁への一歩目をいつもより早めに踏み出していたため危なげなく一塁へ到達。

恐らく2球目の規格外なスクリューが白鳥の決め球だったのだろう。

それを踏まえた上ではやぶさ中学のバッテリーは3球目に普通のスクリューを選び、変化量の違いで打ち損じを狙ったのだが、鈴はそれにも対応してみせた。

「しかたない……にしても、悔しいのう…」

紅色の瞳で一塁側をちらっと見た白鳥は相手が悪かったのだと、苦笑いを浮かべるしかなかった。

それでも1番、2番を手玉に取っていた白鳥は続く4番草薙を三振に仕留め、スリーアウト。

鈴には打たれてしまったが、初回3奪三振と上々な立ち上がりで裏の攻撃に勢いをつけることに成功した。

 

 その1回裏、一塁側の内野席で矢野も見守るあかつき中学の守備。

マウンドには両耳の前で髪を黄色いリボンで結った、黒髪の女の子が投球練習を行っていた。

「決勝戦の先発は……あの娘がひょっとして、千石真央ちゃん?」

背番号は“10”、澪央と瓜二つな投球フォームと雰囲気が凄く似ていたこと。そこから矢野は彼女が澪央の双子の姉なのではと思った。

が、その答えはすぐに出ることとなる。

 

「千石さーん! 後ろは私たちが守るからーっ」

「そうそう、それに真央ちゃんの実力は確かだから、普段通りに落ち着いていけば大丈夫だよー?」

「せ、先輩方――、それに鈴先輩まで……ハイッ!!」

 

 あかつきナイン、そして鈴に励まされた千石真央(せんごく まお)。正直なところ本当はかなり緊張していて心臓が張り裂けてしまいそうなほど脈打っていた。

しかし、それも仕方のないこと。真央はまだ一年生であり、ましてや決勝戦の先発である。

如何に他の一年生達とは次元の違う実力の持ち主だったとしても、心は同年代のそれと変わらず、三年生の部員達の勇退が懸かったこの試合で緊張するな、というのが無理な話。

チームメイトの声援に背中を優しく、そして力強く押してもらった真央は潤む瞳を拭い、既に左打席に入っていたはやぶさ中学の先頭バッター佐渡を見据えた。

 

(澪央と月代先輩が……みんなが繋いで私に託してくれたこの試合、絶対に守り通してみせる!)

そう自身に言い聞かせて、きっかけとなる1球目を地面すれすれから投げ込む真央。

指先から離れたボールは澪央のストレートより若干遅く、だが、同年代の女の子と比べれば十分スピードは出ていた。

だが佐渡もここまで勝ち上がってきたチームの1番バッター、真央のボールが速いといっても三年生である佐渡にしてみればかえって打ちごろでしかない。

「ふふ、悪いけど打たせてもらうよっ」

低めいっぱいに走ってくるボールへインパクトしようとしたその刹那、ボールは突如として動きを見せる。

佐渡の手元で鋭く外角へ逃げていく変化球、シュート。

スイングを止めることも、軌道を変えることも出来ずにいた佐渡のバットはボールを捉えてしまう。

意図したポイントで当てることが出来なかった打球は虚しく三塁線へ転がっていき、佐渡はサードゴロ。

 真央は2番鹿島に対しても低めのスライダーをバットの先端に引っかけさせ、ファーストゴロとし、これでツーアウト。初回のはやぶさ中学の攻撃を早くも抑え込もうとしていた。

 

「澪央ちゃんも凄かったけど、真央ちゃんも凄い……! あのシュート、高校でも十分通用するレベルだっ」

 

 矢野が驚き感心した真央、彼女の次なる相手がネクストバッターズサークルからゆっくりと歩いてくる。

 

(わぁ、綺麗―……)

打席に視線を移した真央は、目の前にした相手の容姿に思わず息を呑んでしまった。

 

『3番セカンド、織星さん』

 

 真央が思わず見とれてしまった理由、それはバッターである織星の瞳にあった。

彼女の瞳は左右で色が違っていたのだ。

左が緑色で右が水色、いわゆるオッドアイ。初めて見るそれを真央は神秘的に感じてしまったのだろう。

オッドアイの学術的名称は虹彩異色症(こうさいいしょくしょう)、“症”と表記されているがそれは単に“左右の瞳の色が違う状態”を表す言葉であって、必ずしも何らかの疾病を当人が抱えているという意味ではない。

この織星もそう。事実、彼女の持つオッドアイも先天的な遺伝、つまりは生まれつきによるもの。

「綺麗……だけど、今は試合に集中しなきゃ――!」

キャッチャーから出されているサインを確認し、全身を躍動させて力のこもったフォームで投げていく真央。

ストレート、スライダー、シュートと次々テンポよく投げ込んでいくが、織星は見逃すものは見逃しカットするべきものはカットしていった。

何が見えているのか、その神秘的な瞳が何を捉えたのか。それは天子にしか分からない。

端から見れば、天子には“普通の人には見えないもの”が見えているように感じていたことだろう。

それほどまでに天子は真央に球数を投げさせ、粘りに粘っていた。

 

(なるほど、スライダーにはホップがかかってるのか。これだもの先輩達が打ち損じてしまうわけね……)

 

 先輩達――そう、織星こと織星天子(おりぼし てんこ)もまた真央らと同じく一年生。

そんな天子が一年生でありながらスタメン入りし、3番を任されているのにはそれなりの理由があった。

どんなボールの変化にも反応し粘る技術、粘ることで自ら生き延びる確率もヒットにする確率も高くなる。

それが直接的な理由なのだが、それを可能にしているのは彼女のオッドアイ。

神秘的な瞳の裏に何か秘密があるのかもしれない。が、同じチームの人間をはじめ天子本人でさえその秘密の謎を把握し切れていないのが現状である。

故に眼力とでも、瞳力とでも表現するべきだろうか――。

天子はその力のお陰か、小学四年生から始めた野球で公式試合の場では一度も三振したことはない。

だが通算三振数が0なだけであって、打ち損じる時や打ち取られることは普通にある。

もっとも、同世代で猪狩鈴が輝きを放っていたために注目されることは少ないが、天子も間違いなく優れた素質の持ち主だと言えよう。

 

 一体何球粘っただろうか、今もこうして真央が繰り出す一つとして同じ変化のないシュート全てを、天子はカットしていた。

同じ種類のはずなのにその変化はまるで生き物の如く多彩。

ボールの握りの深さ、指先や縫い目のちょっとした加減で巧みに変化を生み出していたのを天子には文字通り“見えていた”ため、真央の投球にただただ驚くばかり。

真央もまた自身のシュートを交えたピッチングが思ったように天子には通用せず、相手への賞賛と自身への焦りが混ざった複雑な気持ちになっていた。

 

(粘れるとこまで粘りたいけど、初回でツーアウトだしなあ……)

(後の回のこと考えると、早く決着つけないとダメ……だよねっ)

 

 割と前からフルカウントになっていたこともあり、そろそろ一番自信のあるシュートで自分を仕留めにくる、そう天子も予測していた。

体を柔らかく捻り下から右腕を振り抜いた真央。天子の瞳に映っていたのは、やはりシュートの握り。

低めいっぱいを突こうと投げられたボールは内角低めへと迫ってくる。

スピードはストレートと大差無い。そのスピードを維持したまま天子の手元で真横に、鋭くホップ気味に曲がっていき――――。

 

「ボール、フォアボール!」

「――外れた!?」

 

 ボールは右打席で構えていた天子の膝元、ストライクゾーンからボール半個分外れたところに着弾。

スイングしかけた天子だったが、放たれたボールに今日一番の回転が掛かっていたのが見えたために振るのを止めていた。

天子の観察と読み通りボールは外れ、これでツーアウトながらランナー一塁。

とても悔しがる真央を横目に一塁へと天子は軽く駆けていく。

 

(正直危なかった……けど、いつも荒れ球上等!の超速球派の誰かさん相手に練習してるからなぁ。制球いい分こっちのが見きわめやすくて助かったよ)

 そんな意味深なことを内心思いつつ一塁ベースを踏む天子であった。

 

「鈴先輩ほどじゃないけど、織星さん――あのミート力と選球眼、次からが本当の勝負…」

 

 鈴とはまた違った、それでいてよく似た天子に競り負けてしまった真央は次のバッターが打席に入るまでの間、気落ちしていた。

しかし、次のバッター4番の百道と向き合おうとしていた真央に気落ちは見られない。

それどころか天子に四球を与えてしまったのが悔しく、その思いが真央のピッチングに力を与えていった。

天子が散々粘ったシュートを主体にして攻めていき、百道をあっという間に三振。

「千石さん、あの3番バッター手強かったねっ」

「ナイス真央ちゃん!」

「あ、ありがとうございますっ!」

悔しさは、まだあった。

けれども初回を無事に乗り越えられた今、その悔しさは小さくなっていた。

自分の力だけじゃない、みんなの力があったからこそ無得点に抑えることができたのだから。

真央にとってその事実は大きく、それは確かな自信へと繋がっていく。

 

 

 両校にとっての短くも濃い初回はこれで終了した。

 

 

 いざ勝負の蓋を開けてみれば両校の実力は非常に高いレベルで拮抗していた。

ここまであかつき中学が掴んできた勢いと、はやぶさ中学が築いてきた伝統は、ほぼ互角。

投打のキーマンが両校にいたこともそれに拍車を掛けていた。

白鳥は魔球レベルのスクリューを武器にあかつき打線を翻弄、三振を決めるべきところで決め打たせるところは打たせ、唯一ヒットらしいヒットを打っていたのは鈴のみ。

その鈴ですらスクリューに苦しめられ、三遊間へ内野安打を放つのがやっとだった。

一方の真央も左右の変化球を駆使してコーナーや低めを果敢に狙っていき、好球必打のはやぶさ打線をテンポよく打ち取っていた。

 

 そして、4回の裏、はやぶさ側のベンチは何やら賑わいを見せていた。

 

「わらわはもうつかれたー。次の回で交代させぃ、交代ぃ!」

 

 そんなとんでもないことを叫んでいる、自分のことを“わらわ”と呼んでいるのは、ここまではやぶさ中学のマウンドを力の限り守ってきていた白鳥。

「これつばき、そんなわがまま言うものではないぞ? 今の打順は5番から始まっておる、お主の番まで回れば監督もそこで代打を送ってくれるはずじゃ」

白鳥つばき(しらとり つばき)――それが白鳥の名前であるが、そのつばきを窘めているのも同じく一年生のピッチャー、蓬莱かぐや(ほうらい かぐや)だった。

かぐやは前髪を短く切り揃えていて、勾玉のように眉頭が大きく短い古風な眉、口調も若干古めかしいと、つばき同様和の雰囲気を感じさせる女の子である。

すると今度はつばきとかぐやが隣り合って座っているベンチ、その後ろ側のベンチから意志の強い二人とは正反対の弱々しい声が聞こえてきた。

「でも、実際すごいよね、つばきちゃんは。あのあかつき中学を完璧に抑えてるんだから」

「ん、玉水か。いやー、それほどでもあるがな」

まんざらでもない様子で照れるつばき、駄々をこねるつばきを一発で静めさせた弱々しい声の主は雨宿玉水(あまやどり たまみ)

天子の隣に座っていた彼女もまたつばきやかぐやと同期のピッチャーで、実はこの三人、現はやぶさ中学女子軟式野球部の三枚看板のピッチャーである。

実際、今大会もこの三人いずれかが先発し、残る二人のどちらかがリリーフ。もしくは一つの試合で三人で継投という形ではやぶさ中学はこの決勝まで勝ち上がってきていた。

 

「でもあれだよねー、準決勝ではアンタ投げたし、たまがリリーフってことはないんじゃない?」

「ふむ、それに玉水、お主が登板すると必ず――」

「必ず?」

 

 今も試合の真っ直中、にも拘わらず歴史と伝統あるはやぶさ中学のベンチの雰囲気は明るい。

それは偏につばき達、台頭著しい力ある一年生の存在が大きいのだろう。

「必ずといっていいほど雨を降らすからな、この大事な決勝戦でそれは困る。というわけだ」

「あかつき側が今日ダブルヘッダーになったのもある意味、たまの雨女っぷりが影響してるかもだし、ね」

彼女達の肩にも他のチームメイトと同様のプレッシャーがのし掛かっている、それでもプレッシャーに負けずに普段通りにいられる。

「うっ、それは確かに……確かにわたしが登板したら雨が降り出して、その雨が酷くなって他校の試合が何試合か順延になったりしてたけど……最終回だけだったら大丈夫、かも?」

そういったことがチーム全体が普段通りの実力を出し切れていることに繋がっていた。

 

 他愛ないやり取りに、ベンチ内に居る全ての仲間の顔が思わずほころぶ。

「おいお前達! 今は仮にも試合中だ、笑いたいのならこの試合勝利で終わらせてからにしろっ」

監督ただ一人を除いては――。

 

 そうこうしている間に5回の表、結局つばきはこの回裏の攻撃が自分からだということで続投となった。

 

(この回、何とかして持ちこたえねばな……)

 

 ここまでのつばきは打者18人に対して被安打3、奪三振4、四球3、失点0。

鈴に全打席でヒットを打たれはしたものの、鈴以外には7番那須が放ったショートへのヒットのみ。

四球に関しても低めや際どいコースでの勝負が多かったため、寧ろ3つは少ないと言える。

70球は投げてきたつばきのスタミナもそろそろ尽きかけていた。

それでも何とか余力を振り絞り先頭バッター真央を三振に切って取り、後続の八代には四球、綾小路をキャッチャーフライで打ち取ることに成功。

ここで鈴を迎え、つばきは果敢に挑むも3球目の胸元に甘く入ってしまったスクリューをライト前に運ばれてしまう。

ツーアウトランナー一、二塁。鈴が繋いだあかつき待望の先制点を上げるチャンスがやってきた。

が、4番草薙がつばき渾身の高めへのストレートに詰まらされファーストゴロという結果に。

 

「わらわはつかれたーっ、もう一歩も歩けぬー。誰かわらわをおんぶせい! おんぶー」

「はいはい、それならワタシの背中を貸したげるよ」

 

 我が儘で世間一般の感覚に疎いところが玉に瑕ではあるが、ここまであかつき打線を封じ込めてきたつばきのその力は本物。

セカンドの定位置から駆けてきた天子もそれが“つばきらしさ”なのだと解っていたからその尊大な物言いにも笑顔で応え、マウンドの、つばきの横で屈んだ。

「おおー、ならば天子の背を借りるとするか」

天子の背に力の抜けきった全身を預け、安堵の表情を浮かべるつばき。

「近所のチビ達と遊んでいると、たまにこうやっておぶって帰ることとかあるからね。それにつばきは軽いし背負ったうちに入らないから、気兼ねなくおぶさってていいんだよ?」

「そうかそうか――ってコラッ、わらわをそこらの子供と一緒にするでないわー!」

試合も終盤に差し掛かり、より高らかな応援の声が舞い飛んでいた。

背中越しにつばきからの抗議を受けながら天子とはやぶさナインは、自分達のベンチへと疲れを感じさせない軽やかな足取りで戻っていった。

 

 一方、あかつき側のベンチもこの終盤、勝利を掴むために動きを見せる

準決勝でリリーフ登板をした月代。彼女はこの決勝戦ではチームで数少ない対左要員として8番ライトとして出場していた。

しかし、はやぶさ中学の先発つばきが予想を上回るほどの力投を見せている。

そのため肝心の月代はというと……自分のバッティング全くさせてもらえず結果も散々だった。

そして真央もまた、先発としての役割を十分過ぎるほど果たしていたことから、このまま最後まで真央に投げきってもらいたい。というのが監督やチーム全体の思い。

それに伴って真央の疲れを極力少なくするために、5回の裏は真央と月代の守備位置を交替し月代が代わりに投げる――正確には月代がマウンドに上がり、レフトのレイがライトに移り、空いたレフトに真央が入ることとなる。

 

そんな勝敗を決することになるかもしれない思い切った作戦を、あかつき中学は敢行することにした。

 

「夜野、頼むよ? この回しっかり抑えられれば真央も後2イニング抑えやすくなるから」

「もちろんです! 可愛い後輩のためですもの、この回きっちり決めてきますよっ」

 

 この決断は監督にとっても辛いものだったのだろう。

監督である前に双子の、真央の母親でもある。

目の前にいる大切な部員が、我が子が疲れの色を隠せないでいる様子に、これ以上無理をさせたくない。そう思った。

だが、辛いことに今のあかつき中学にはこの局面を打破出来る実力を持っているピッチャーは、真央だけ。真央に劣らぬ実力を持っているものが仮に居るとすれば、それは妹の澪央なのだろうが……澪央も既に準決勝で6回弱投げている。

まともに投げられる余力と実力を考えれば、あとは月代しか居なかったのだ。

 

 母としての優しさか……それとも監督としての責務か……

その葛藤に答えを出せないまま、今はただ、月代の左腕に希望を託すほかなかった。

 

 マウンドに上がる月代は目を閉じ、ゆっくりと息を吐きながら自身に言い聞かせるように小さく呟く。

 

(回の始まり――ランナーのいないこの状況なら、大丈夫。いける……!)

 

 目を開け、視界に捉えたのは5回を投げきったつばきの代打として打席に立っているのは藤波だった。

少し間を開けた後、月代の左腕は唸りを上げる。

 

「ストライーク!」

 

 ミットを打つ心地よい音は、今の月代の調子が良いことを物語っていた。

終盤であり今まで好投していたピッチャーのところでの代打、それらが藤波の体を重くしていたとはいえ、月代の投じたボールのキレはバットを出すことが出来なかったほど。

そのまま間髪入れずに投げ、きっちり3球で藤波を三振に打ち取った。

「つっきーナイスピッチング! 打たれても私達みんなでボール止めるから、気負わず勝負に集中だよーっ」

「ふふっ、ありがとう♪ でもまぁ、打たれるつもりもないから、安心してもらっても大丈夫だけどねー」

自分の後ろを守ってくれる鈴達の思い、そして観客席から伝わってくる声援に背中を押してもらった月代のピッチングは更に力強さを増していく。

スリークォーターから繰り出されるストレートは澪央よりも少し遅く、得意のチェンジアップもまた真央の投げるレベルの高い変化球と比べれば至って普通であった。

それでも、上位打線に戻ったはやぶさ打線は月代のボールを捉えることが出来ない。

思いのこもった一球、また一球と那須のミットに収まっていき――。

気付けば三者連続三振。あっという間にはやぶさ中学の攻撃を終わらせた。

 

 女子軟式野球大会、決勝戦も残すところ後2回。

まもなくこの熱戦の雌雄が決する、何よりも鈴の三年間全打席ヒットという伝説的な記録がもうすぐ達成される。鈴や矢野はもちろん、チームメイトやつばき達はやぶさ中学側も、観客の一人一人に至るまで。

球場全体がプロ野球の試合でも滅多にお目に掛かれない、期待や不安の入り交じった、独特な緊迫感に満ち溢れていた。

 その雰囲気が災いしたのか、6回表あかつき中学の中軸である山田はこの回からつばきの代わりに投げているかぐや、その幻惑の投球術の前に敢えなくサードゴロに倒れてしまう。

続くレイにも山田に対して投げていた、リリース直後から大きく弧を描きながら超低速で曲がり落ちるドロップを主体に攻めていった。

しかしながらそのドロップの変化量、つばきのあのスクリューよりも縦方向への落ち幅が広く、厳しいコースを突かなければいけない局面も相まってボールカウントが先行。結局レイを一塁へと歩かせてしまうこととなる。

 7番那須もピッチャーフライに倒れ、ツーアウトランナー一塁。

 

(左投げのつばきの後に右投げの我、さぞ打ちづらかろう?)

(くっ、なんなのこのピッチャー……100キロも出てないっていうのに何でこんなに打ちづらいの!?)

 

 打席には前の回に限定登板した月代が立っていた。

山田や那須が苦戦していたドロップに月代は何とか反応して粘り、見極めようとする。

一般的な考えでは遅い球は打ちやすく、芯で捉えやすいと言われることもあるが、つばきといい、かぐやといい、彼女らの遅球はとにかく打ちづらい代物だった。

つばきはリリースポイントが地面スレスレの左投げアンダー、かぐやは元からクイックモーションの効いた右のサイドスロー。そしてそれぞれがウイニングショットと呼べる強力な変化球を持っている。

例え球速そのものが遅くとも、それらの要素が複雑且つ精密に絡み合いバッターを翻弄していく。

 

「――っ、お願いだから当たって!?」

 

 フルカウントまで粘り、いや、追い込まれた月代。

自分がアウトになればあかつき中学に残された攻撃は、延長含めなければラストの7回のみ。

それ故に空振ることだけは絶対にしたくない――その一心でインステップ気味に投じられた遅めのシュートに食らい付き、必死の思いでバットを振り抜いた。

外角へのシュートを無理矢理に近い形で打ち返し、しかし打球は詰まったお陰で右中間の丁度いいところへ落下していく。

誰もがこの一打がヒットになる、そう思った。

月代も観客席から聞こえてくる盛り上がりで自身が放った打球がヒットだと、そう思っていた。

だが、一塁を回ろうとしたその時、月代は我が目を疑う光景を目にする。

「……アウト! スリーアウトチェンジ!!」

はやぶさ中学のセンター瀬川が右中間の地面に倒れ込み、震える左手を力強く天に掲げ、そのグローブにはしっかりとボールが握られていた。

タイミング的には誰もがヒットになるという打球を、瀬川は懸命に走り、必死に左手を伸ばし、最後まで諦めないその姿勢がこのファインプレーを生んだのだ。

少しの間事態を飲み込めずに立ち尽くしていた月代だったが、まだ終わったわけじゃない――。

そう思い、落ち込むのを止め再び心に希望をを灯しながらベンチへと戻っていく。

 

 両校一歩も譲らず、正に決勝戦と呼ぶに相応しい一戦。

ここまでの展開に球場全体が沸き、その一方で固唾を呑み……

フィールドで繰り広げられている静と動、その攻防を見つめていた。 

 

「…………やばいな」

 

 先ほどのファインプレーで流れを掴んだのか、矢野も見守る中ではやぶさ中学にこの試合初のチャンスが到来してしまう。

6回裏の先頭バッター、天子が数球見た後ボールゾーンから内角低めのコーナーに際どく入ってくる真央のスライダーをその瞳で“見抜き”、狙い打ち。

十分に引き付けてから打ち返した打球は綺麗な放物線を描いていく。

柵越え弾にはならなかったもののライト側の防球フェンス手前まで飛び、結果はツーベースヒット。

打った天子は滑り込んだ時に付いたユニホームの土を払い、三塁側の観客席から届けられる祝福の音楽に清々しい笑顔こぼれるガッツポーズで応えた。

真央はそこからはやぶさ打線相手に苦しい投球を強いられていく。

一人一人のバッターとの対戦で球数を多く投げさせられ、精神的にも追い込まれていく真央。

4番5番との勝負でアウトを一つ奪ったものの四球も絡んで、状況もワンナウト1、3塁とあかつき中学にとってもはやぶさ中学にとってもここが正にターニングポイント。

 

(外野へのフライでも得点あるし、もちろんスクイズの可能性も十分有り得る……)

(ピンチだけど一塁にランナーいるってことはゲッツーのチャンスも、あるってこと。だよね……)

 

 この場面で起こり得る状況を思いつくだけイメージしていくあかつきバッテリー。

はやぶさ中学側には犠牲フライか、スクイズか、エンドランという選択肢もあった。

逆にあかつき中学側としては一番はもちろん、残る2つのアウトを三振で取ることだが、最低でも内野ゴロに打ち取れればゲッツーという可能性がある。

そこであかつき中学は内外野を前進させゲッツーシフトを敷きつつ、同時に犠牲フライを警戒する方法を選んだ。

もちろん長打も視野に入れなければいけないのだが、今日の真央は外野へはほとんどフライすら打たれていない。

そのことから監督は敢えて長打は無いと判断し、守備シフトの指示を出していく。

 そして6番星風はその守備シフトもあってか外野越えの打球を意識してスイングしているように見えた。

 

 だが、勝負とは常にどう動くか予測しにくいもの。

ツーストライクと追い込まれた星風は今までの打ち気の姿勢から一転――。

 

「す、スクイズ!?」

 

 今日ヒットを1本も放っていない、そんな星風が低めに投げられたストレートに対してバットを寝かせ、三塁線へと打球を転がす。

「サード!」

三塁にいた天子はスクイズの構えを確認した瞬間、ホームへのスタートを既に切っていた。

「――ホームは、踏ませないっ」

幸か不幸か、絶妙な位置へ転がっていた打球を素手で掴んだ山田はすかさずホームへと送球。

頭から滑り込むようにしてホームへ突入した天子を、那須は城を守る城壁のようにブロックの姿勢で迎え撃った。

「……」

「…………」

両校の吹奏楽部が奏でる音楽以外、音が止まった無音の世界。

那須が、天子が、そして球場中がクロスプレイに対しての主審のジャッチをじっと待つ。

 

「――セーフ! セーーーフ!!」

 

 主審が両腕を真横に広げジャッチを伝えた、その瞬間、割れんばかりの歓声が三塁側から沸き立つ。

ことごとくスコアボートに0を刻んできた両校。だが、遂に均衡が破れ、0対1。

終盤のこの土壇場で、あかつき中学の失点を許してしまった瞬間である。

 

「タイム!」

 

 タイムを取ったのはあかつき中学、ベンチから出てきたのは監督ではなく伝令を任された澪央だった。

俯く真央の正面で立ち止まった澪央は心配そうな表情を浮かべていた。

「姉さん……大丈夫? かあ……監督はもし無理だったらちゃんと言いなさい。って言ってた」

「…………じゃない」

「え?」

喉元から絞るようにして声を出そうとする真央。

姉さんは何かを訴えたいのかもしれない――双子故だろうか、澪央は何故だかそう思えた。

澪央は言葉の続きを少しの間黙って待っていると、真央はゆっくりと語り始める。

「……無理じゃないって、監督にはそう伝えてほしいの」

「姉さんはそれで、いいの?」

しっかりとした口調で真央は更に続けていく。

 

月代が1イニング引き受けてくれて、だから体力的には大丈夫だということ。そもそも澪央は準決勝の疲れがあったり、月代もリリーフや1イニング登板したのにはスタミナ不足という理由があったこと。

そして、そういうチーム状況の中、余力がある自分がここで投げなければ万が一延長戦に突入した時に一体誰が投げるのか? ということを。

何よりも自身の手で作ってしまったピンチを、この手で何とかしたかったことを。

 

それを聞いた澪央は「やっぱりねえ」という風に、諦めに近い納得をするしかなかった。

「澪央ちゃん、大丈夫だよ。監督もきっと真央ちゃんがそう言うだろうって思って澪央ちゃんに伝令任せたんだと私は思うし」

いつの間にか真央の傍に居て二人の話を聞いていて、二人に優しく合いの手を入れてくれた鈴。

「それにほらっ、つっきー見てみてよ。きっとつっきーも同じ気持ちだよ?」

「月代、先輩――!」

鈴に促されハッとして振り返ってみると、ライトの方で笑顔で手を振る月代がいた。

この距離だ、月代にはマウンド上で何を話しているのか知る由もない。でも知らなくとも話の意図はきっと理解していたに違いない、同じピッチャーとして。

それ故の笑顔だったのだろう。

「……じゃあ私は戻るね? 姉さん、ファイト!!」

「うん、ありがとう……!」

今にも大粒の涙が目からこぼれ落ちそうになりながらも、精一杯の笑顔で真央は頷く。

その真央の意志の強さを確認出来た澪央と鈴はそれぞれの、戻るべき場所へと戻っていった。

 

(母さん、澪央、鈴先輩に月代先輩。みんなありがとう! 私、絶対投げきってみせる!)

 

 プレイが再開され、ワンナウト1、2塁。尚もピンチが続くマウンドには真央。

だがしかし、タイムが掛かる前までとは明らかに真央を取りまく雰囲気が変わっていた。

キャッチャーミット目掛けて投じられるボールには力強さがある。

そして真央の表情は晴れやかとしていて、終盤まで投げ続けてきたとは思えないほど元気に見え投球フォームにも躍動感があった。

「っトライーーク! バッタアウト!」

真央にとっての生命線であるシュートにも勢いが戻り、7番瀬川は手も足も出せずに三振。

 続く8番比嘉に対しても勢いそのまま、一心不乱に右腕を振っていく。

内角にシュート、外角にスライダーをコースいっぱいに投げ込んでいった。

ただでさえ真央の変化球は同世代離れしているのに、そこへ左右や高低差が織り交ぜられようものなら、例え鈴クラスのバッターであったとしても捉えることは容易ではない。

 追い込んでからの3球目、胸元くらいの高さ目掛けて真央が放ったのは、シュート。

「うっ、曲がる前に打てれば!」

真央のシュートはストレートとスピードがほぼ同じで、バッターの手元で急に変化する相当厄介な代物。であるならば対処法は……激しく変化する前に打つ。

そう思っていた比嘉は打席に入る際、いつもより立ち位置を前にしていた。

しかし、そんな小手先の対応だけではこのシュートをちゃんと捉えることは出来なかった。

打球は力無く三遊間へ飛んでいく。

 

「後ろには……行かせないよ!」

 

 前進守備で普段よりもホーム寄りに位置していた鈴は打球にすかさず反応。

横を通り過ぎようとしていた打球を軽くステップを踏みながらグローブに収め、三塁側に倒れそうになるそのままの体勢で左脇の僅かな隙間から綾小路へグラブトス。

鈴の好守備により一塁のランナーはフォースアウト、トスを受けたセカンド綾小路も一塁へと送球してバッターランナーもアウトとなる。ゲッツー成功の瞬間だった。

 一塁側の観客席から惜しみない拍手が鈴や、真央、そしてあかつき中学の全選手へと送られ、あかつきナインはその拍手を背にベンチへと戻っていく。

 

「さっすがいかりんっ、同年代の女の子であんなグラブトス出来るのいかりんだけなんじゃない」

「そ、そうかなあ。私はただ無我夢中で……でも、御堂先輩だって普通にやってたよ?」

「御堂先輩って凄く野球が上手いOBの方で、確か鈴先輩が尊敬するプレイヤーなんですよねっ」

二人の先輩に挟まれる形でベンチまでの道中を真央は歩いて行った。

 

 真央の力投と、鈴の好守備。

もちろんチーム全体の活躍あってこそだったが、二人の懸命な姿勢がこの大喝采に繋がり、はやぶさ中学に傾きかけた流れを一気に引き寄せた。

残るは最終回のみ、この回で全てが決する。

女子軟式野球大会の優勝、そして――。

鈴の三年間全打席ヒット――。

 

 ベンチへと戻ったあかつきナイン。

監督の呼びかけで控え選手を含めた全部員がベンチ前に集まり、円陣を組む。

「揃ったね? 苦しい戦いになったけど、みんなよくここまで頑張ってくれた。ありがとう」

険しさの中にも温もりを感じさせる、母としての表情が重苦しく漂っている空気を薄めてくれていた。

一緒に円陣の輪の中に加わっていた監督は一人一人の顔をゆっくり瞳へ焼き付け、力強く声を上げる。

「――泣いても笑ってもこれが最後、いや最後の回にしよう! よしっ、いつもの“アレ”いくよ!」

お互いの顔を見合いながら頷き、そして鈴の「せーーーのっ」を合図に全員で叫んだ。

 

「「あかつき中――! ファイ、オーーーーっ!!」」

 

 傾きかけた日の光でうっすらと空が色付く午後十七時過ぎ――。

その色は時間と共に濃くなっていき、後どれくらいで鈴と矢野が約束を交わした空の色になるのだろうか。

 

全ての思いがぶつかる、激動の最終回が始まろうとしていた。

 




ということで、はい!
約17ページも費やしたのに最終回入り切らなかったですっ(爆)

最初の頃のを読んで頂いてた方は記憶にあるかもしれませんが、この回は元々短いお話でした。
しかも試合のシーンなんかはかなり駆け足で。
ちよっと思うところあり、今後のために少し内容を追加しようとしたら……この結果!(長さ!)

さて、両校に一年生が多く登場しているのは伏線だからです←
個人的には遅球タイプのピッチャーは好きです!!(誰も聞いてない)


そしてここまで読んで下さった皆様方にお知らせがございます!

挿絵を追加予定です!!
ちょっと描くのに時間掛かりそうなので厳密にいつとは明言できないですが…
まず手始めに表紙絵から描こうかなと。
その後登場人物のプロフィール画、各話のワンシーンなどを随時描いていきたいです。
(というか、挿絵の画像のアップロードの仕方解らないのですが……どうやってやるんでしょ)

でも作者の画力がアレなので、期待しないで待っていてもらえたら幸いです。


ではではっ、ありがとうございましたー(※^▽^)ノシ


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第9話~涙の、その先に~

皆様こんばんは!
前回から二週間弱経ってしまいましたけど、やっと更新することができましたーっ(≧∀≦)
いやはや、休みの日ならともかくも仕事終わってからだと本当に捗りませんね…orz
しかしそんな泣き言言ってる余裕は自分にはおそらくないので、なるべく毎日、例え一文のみになったとしても書く! というのを少し習慣づけねばなと。


さてさて、いよいよ決勝戦も残すところ後僅か……!
今回は試合よりもそれ以外のとこに力入れたので(試合のところを手抜きした訳では決してないですが)、そちらも楽しみに読んで頂ければ幸いです><。

では、始まります!


 超満員の観客が、その全ての人達が見守るような視線を送っていたのはただ一点。

ネクストバッターズサークルで静かに佇んでいた一人のバッターへと注がれていた。

そして、静寂と喧噪、相反するその二つが時を刻む中、決意と勇気を胸にゆっくりと打席へと向かっていく。

 

『3番ショート、猪狩さん』

 

 7回表、ワンナウトランナー一二塁。

ヒットが出れば良くて同点、悪くても次のバッターへ満塁チャンスを繋げられるこの場面、マウンドを護る者にとっては一番対峙したくないバッターがそこには居た。

 

 そう、打席に入るのは三年間の通算打率1.00の――猪狩鈴。

 

 この回の先頭バッターである真央がかぐやの幻惑の投球術に意地で食らい付き、その打球はマウンド上のかぐやを強襲。

懸命に捕ろうとしたもののグローブの先で弾いてしまい、結局その弾かれた打球はセカンドを守る天子の後方へ落ちるラッキーヒットとなった。

打順は一巡し1番八代、彼女もまたチームの1番バッターとして、三年生としての責任を果たすべく詰まらされる可能性が大きくあるかぐや独特のドロップ。

それではなく外角へと逃げていく遅めのシュートに狙い球を定め、何球か後のシュートをイメージ通りにライト前へと打ち返してみせた。

 続く綾小路、ノーアウトということもあり得意のバントでランナー達を送ろうとしたが、内角高めのボールゾーンから懐をえぐるようにして入ってくるドロップには当てられず。

ツーストライクと追い込まれヒッティングを余儀なくされた綾小路は100キロにも達していないストレート、いや、それよりも遅い変化球を見せられていたためか、ストレートも数値以上に速く感じていたに違いない。

その結果、自身のリズムやタイミングが崩され、バットは虚しくも空を切ってしまう。

 

 この一打同点、勝ち越しすらも狙える、第4打席。

おそらく鈴にとって延長戦でもない限り、これが中学野球での最後の打席となるのだろう。

あかつき中学の全選手、一塁側の応援団、そしてこの球場に居る全ての人達が――。

何よりも矢野や鈴本人もこの打席が最後だと、そう思っていた。

放つであろうヒットが勝利を呼び込むものになると、確信に似た何かを感じていた。

 

(――うん、大丈夫! 矢野さんが応援してくれているんだもん……絶対に、打てるっ!!)

(……鈴ちゃん、頑張れっ!!)

 

 鈴はかぐやとの勝負に集中していた。と言えば嘘になるのかもしれない。

優勝――三年間全打席ヒット――そして、矢野との約束。

そのどれもがこの打席で決まるのだから、色んなものが心の中で渦巻いていく。

今まで誰一人として受けたことのないような、言葉では到底言い表せないプレッシャーを、その小さな背中に背負って打席に立っていた鈴。

そのプレッシャーはかぐやが投げる度に増していき、更に重く鈴の体と心に重く、重くのし掛かっていく。

すると今まで鈴の打席に大声援を送り続けていた応援団にも、声援や拍手を送っていてくれていた観客達にもそれは伝わっていった。

当然、矢野にもそれは伝わっていて、だがしかしこの球場内の誰よりも鈴の感じているプレッシャーそのものを矢野は感じていたのだった。

 

 それ故にこの瞬間を見守っていた全ての人達は、固唾と言葉を呑み込んで。

 ただ、ただひたすら、祈ることしかできない――――。

 

 

「いつもより慎重に見てる……」

そうぽつりと呟いた矢野は静寂に支配された空間で、鈴へ届くようにと強く念じながら心の中で鈴を応援するしか出来なかった。

 

 

――――そして、フルカウントになってもまだ決着は付かず。

左右高低に投げ分けて緩急すらも自由に操ってくるかぐやのピッチング。

鈴は感覚を極限まで研ぎ澄ませて、並のバッターでは掠らせることも困難な際どいコースへのドロップなどにも反応し、決まれば間違いなくアウトという一球を何度となくカットしていた。

 

 だが、長く続いていたこの第4打席も間もなく終焉の時。

はやぶさ中学のバッテリーも、あかつき中学側のベンチも、鈴も、次の一球に全てを込める。

そう心を決めていた。

 

(流石にやるではないか。が、勝つのは……我らじゃ!)

(ウチらにはあまり余力は残されていない。だから猪狩、頼んだよ?)

(矢野さん、私……打ってみせます!)

(鈴ちゃん、俺……打てるって信じる!)

 

 それぞれが、それぞれの想いを胸に秘め――。

 勝利を掴み取るめに、そして約束を果たすために。

 今、思い描いた未来へと向かうために動き出す。

 

 打席とマウンド上、二人の視線が交差する。

かぐやの曇りのない瞳の中の鈴は、静かにバットを構えていた。

鈴の真っ直ぐな瞳の中のかぐやは、クイックモーションで投球を開始していく。

 だが、素早い動作であるはずが鈴にはその動きがゆっくりに見えていた。

まるで映像をスロー再生しているようだった。

左足が地面を離れ、背中の方へとしならせた右腕はいっぱいまで引き絞られた弦のよう、やがて左足は力強く地面を捉え、足のつま先から順々に伝えられてきたエネルギーは右腕へ。

そして振り抜かれる右腕から一閃が放たれていく。

 鈴の瞳に意志のこもったボールが勢いよく迫ってきた。

迫り来るボールに合わせて体を捻り、捻りながらも体の軸は真っ直ぐに保ったまま、右足を振り子のようにして前へと踏み込んでいく。

空気を斬るようにしてスイングしたバットがボールを捉え、体全体を使って生み出された捻りの力により押し返されたボールは空へ――。

 

 渾身のピッチングであり、魂のスイングだった。

 

 金属音を残してセンター方向へと飛んでいく打球、鈴を含めた全ランナーは打球を確認した直後監督の指示通りにスタートを切っていた。

打球は失速し始め、センターの頭上を越えたところに落ちていく。

センターの瀬川は懸命に追い掛け手を伸ばすが、届かない。

このままではヒットになる――そう一瞬のうちに判断を下した瀬川、天然芝の地面を蹴り左腕を伸ばしながら落下地点へと飛び込んでいった。

 

「「落ちるなあぁーーーーっ!!」」

 

 無音の世界で疾走する鈴と見守る矢野、二人は同じ言葉を無意識のうちに叫んでいた。

真央が三塁を回り、八代も二塁ベースを蹴り……。

 

 

「わあああああーーーーっ!!」

 

 無音だった世界に音が響き渡る。

歓声とも、悲鳴とも言えない。

そんな音が――。

 かぐやの渾身のドロップ、それを打ち返した鈴の打球はセンター瀬川の体を張ったファインプレーに阻まれてしまったのだ。

捕った瀬川はすかさずフォローに来たライトの比嘉へグラブトス、比嘉は一瞬の判断の下セカンドへ送球。

観客席から聞こえていた声の異変に気付いた真央も慌てて二塁へ戻ろうとしたが間に合わず、八代も到底一塁への帰塁は間に合わない。

あっという間の出来事だった。

 

「り、鈴ちゃんはっ!?」

 

 どよめき立つ観客席の中で矢野は慌てて鈴の姿を探す。

鈴は一二塁間で動けないでいた。セカンドベースを見つめたまま。

膝から崩れ落ち、立ち上がれずにいた。

「鈴先輩……ナイスバッティングでしたっ…!」

「やっぱ凄いよ、鈴は。ワタシらだけじゃどうにもしてあげられない重圧背負ってたのにさ…でも、ありがとう」

駆け寄ってきた真央や八代に励まされ、支えられるようにしてようやく立ち上がることが出来た鈴。

しかし二人の言葉に小さく頷いてはいたが、まだ俯いたまま、そのまま真央に手を引かれるようにして本塁前の列に加わった。

 

「「ありがとうございました!!」」

 

 両校の選手達は挨拶を終え、それぞれのベンチへと帰っていく。

一方で笑顔弾け、もう一方では涙溢れさせながら――。

 

 試合結果のアナウンスだけが虚しく、切なく木霊する。

矢野の周りでは落ち込む人、苦笑いを浮かべる人、呆気に取られる人、色んな感情が溢れていた。

三年間全打席ヒット、打率1.00という偉業がたったの一本、最後の一本アウトになっただけで達成されない。

その事実が人々の心に影を落とし、球場内には熱気を醒ますかのように涼しい風が吹き抜けていく。

「鈴ちゃん、まだ俯いたままだった……下に、下に降りなきゃ!」

風の冷たさのせいなのか、それとも目の前の残酷な現実を受け止めるのが怖かったからか、全身の震えを止めれないでいた矢野。

目にした鈴も同じように震えていた。それがどうしても心配になり、前回と同じくあかつき中学側の、一塁側のベンチ裏通路へと気付けば走っていた。

 

 階段を駆け下り、曲がり角を過ぎ、通路に入る。

準決勝が終わった時よりも人はいた。まだ閉会式が行われる前だったが、大方鈴へのインタビュー待ちなのだろう。

だか、今の矢野には周囲に見える人達を気にしている余裕はなかった。

一心不乱に走り抜け、そのまま通路の奥へ――。

そして、鈴は前回と同じ場所にいた。背を向けたまま、俯いたまま、壁に力無くもたれかかっていた。

「はぁ、はぁ……鈴、ちゃん……」

全力で走ってきた荒い息の中、矢野は言葉を懸命に絞り出す。

「――!?」

その言葉に、聞き覚えのある声に、一瞬ビクッとなりながらも振り向いた鈴は――。

泣いていた。

頬を伝う幾筋もの跡が鈴がどれだけ涙を流していたか物語っている。

きっと、セカンドベースを見つめていたあの時からずっと泣いていたのかもしれない。

「や、矢野――さん……!」

ほんの僅かな間、二人の間に流れる沈黙。

それとは対照的に矢野の後ろ側が少しずつ賑わっていく。

震える唇で矢野の名前を口にし、その後掠れた声で何かを呟くように鈴は叫んだ。

「ご、めん、なさい…ごめん、なさい……ごめんなさいっ!!」

「りっ――」

矢野の言葉を聞き終える前に矢野の横を駆け抜け、どこかへ去っていく。

光る雫をその場に残して。

 

「きっと、きっとあの、約束のせいだ」

 

 その時に見た鈴の顔が矢野の心に一瞬にして刻まれる。

痛いほどに、苦しいほどに、今まで一度も見たことのない鈴の涙が矢野の心の奥底まで染みていく。

「ちく、しょう……ちくしょうッ!」

通路に取り残された矢野は唇を噛み、両拳を痛々しい音が鳴るくらい強く握っていた。

「……なんで今まで気がついてやれなかったんだ!!」

近くの壁を握った右手の側面で殴りつけた。

痛みなど感じなかった――いや、感じなかったのではない、心の痛みがそれを上回っていただけだった。

そして矢野は体を反転させて走り出した。

何も考えずに駆け出していた。

鈴がどこに行ったのか、分からないままに。

だが、矢野は感じていた。

 

「きっと……あそこだ!!」

 確信めいた直感を信じ、矢野は頑張市民球場を後にする。

 

 

 

 

 一体、どれだけの距離を走って来たのだろうか――。

無我夢中で球場から飛び出してきた鈴は、気付けば“いつものあの場所”へと来ていた。

淡く茜色に染まる空を一人ぽつんと見つめていた。

空を見つめていたのか、そこを流れていく雲を見ていたのか。

もう、それすら鈴自身には分からなかった。

見るもの全てが涙目で霞んでいたから――。

ならばと鈴は無理矢理耳を澄ましてみた。

唯一聞こえてくるのは水の音、静かに流れる川のせせらぎ。

だが、今の鈴にはその音が、怖く感じて仕方がなかった。

鈴の楽しかった思い出の中でも聞こえていた音だったから――。

 

 そして、鈴は瞳に映る空も、耳に伝わる水の音も、鼻に届く草花の香りも、肌に触れる風も、口の中が渇いていく味も、大好きになっていた人への想いも。

全ての感覚を……閉じた。

 

――閉じる寸前だった。

 

「はぁ、はぁ、やっぱりここに……来てたんだ」

閉じようとしたその瞬間、背中越しに何かを感じて閉じることができなかった。

温かくて優しい、懐かしい声が鈴の閉じかけていた感覚を呼び戻していく。

その声が誰のものなのか、振り返らなくても鈴には分かっていた。

それ故に今はその声が温かければ温かいほど、優しければ優しいほど辛かった。

辛すぎるのと、これ以上近くにいたら大好きな人を傷付けてしまうからと……。

 

 声の主は矢野だった。

あれから我を忘れて走り続けていた矢野は、自宅近くの河川敷へと何とか辿り着いていた。

自分達が初めて巡り逢えたこの場所に鈴はきっと来ている、そう感じていたのだ。

背中越しに矢野の存在を感じる、決勝戦の前まではそれはとても嬉しいことだった。

しかし、今は無限の勇気を与えてくれていたその存在の近くに自分は居てはいけない。

そう思いこの場から逃げ出そうと横に飛び出そうとした、その瞬間――。

「待ってくれ鈴ちゃん! 俺の、俺の話を聞いてよっ!!」

飛び出そうとしたがその言葉が背中に突き刺さり、結局は振り返ることも出来ずに立ち尽くす形となってしまった。

 しばらく無言の時が続いたが、震える心と唇を必死の思いで鈴は動かしていく。

「矢野、さん……私、私――約束、守れなかった」

それが鈴の精一杯の言葉だった。

尚も背を向けたままの鈴、その表情は見えない。

矢野はその小さな背から鈴の悲しみや絶望を感じ、一瞬ではあったが目を伏せてしまう。

だが次の瞬間、再び視線を上げ真っ直ぐ鈴を見つめ、今度は矢野が思いを口にした。

「そうかも、そうかもしれないけど……最後の瞬間もあれだけ頑張ったじゃないか! だから、俺との約束で悲しまないでっ!?」

「――矢野さんの、矢野さんのせいじゃ……ないよ!!」

大好きな人の、矢野からのその言葉に鈴は思わず反応してしまい、大声でそれを否定した。

「俺のせいじゃないって、そう言ってくれて嬉しいよ……でも、でもやっぱり俺のせいなんだッ!!」

矢野は浅く早く息を吸い込み、更に言葉を続ける。

「俺は、俺はあの約束以外にも鈴ちゃんにいっぱい、プレッシャーを与えてしまってたんだと思う。出会ってから鈴ちゃんだって分かった時、ずっと注目してた、憧れてたって……そんなことばかり言って、だから鈴ちゃんはそんな俺のためにずっと、憧れの存在じゃなきゃいけないって!」

 

 いつもの河川敷に吹く一陣の風。

その風に掻き消され、堤防を歩いていた人達には矢野の言葉は聞こえない。

でも、鈴には矢野の想いがはっきりと聞こえていた。

 

「ぁぁ……っ」

 

 心がズキンとした。

 全部、当たっていた。

 それだけに、何も言えなかった――。

 

「鈴ちゃんと一緒に今までここで練習できたこと、俺……もの凄く楽しかった! だから、俺のためにしてくれた約束で――俺の鈴ちゃんを想う気持ちで、鈴ちゃんを縛りたくないんだっ!!」

そう言い切ると矢野は、それっきり言葉を発することはなかった。

きっと、鈴の答えを待っていたのだろう。

それが今自分に出来る唯一のことだと、そう思ったから。

 

「………」

鈴は長く――静かに深呼吸した。

そして、何故だか今まで重く感じていた唇を、今度は少し柔らかく動かせそうだった。

「矢野さん、約束を守れなかった、こんな私だけど……期待を裏切ってしまった私だけど、もう一度矢野さんのこと……見てもかまいませんか?」

 何故だろうか、鈴は不思議な感覚に包まれていた。

あんなに暗く沈んでいた気持ちが、矢野の声を聞くだけで何てことのない問題に変わっていく。

「うん、構わないとも! 俺も、その……鈴ちゃんの顔を見ながらじゃないと話しづらいし、さ」

 

 あぁ、そうか。

初めて矢野とここで練習した時と、今同じ気持ちを感じているんだ……。

矢野と居ると楽しい! 矢野と居ると、どんなに辛くても苦しくっても、元気になれる! 頑張れると。

そう、鈴は思い、胸いっぱいにその想いを抱きしめる。

 

 その想いと共に、鈴はゆっくりと振り返った。

「矢野、さん? どうしてそんなに笑顔で……怒って、ないんですか??」

すると、そこにはいつも通りの矢野が居て、いつも通りの笑顔もそこにはあった。

少しぐらいは怒ってるかもしれない。

そういう杞憂があっただけに矢野のその笑顔が、鈴の全てを照らしてくれていた。

そんな感じさえした。

「怒る理由なんてないよ。裏切られたって失望もしてないよっ」

「それって……じゃあ――」

今まで止むことのなかった鈴の涙も、矢野の優しい温もりを受けて今はもう止んでいた。

「うん、ただの思い過ごしっ。……でも、そうなっちゃったのには俺にも責任あるんだし、おあいこだと思うんだけど、それじゃあダメ、かな?」

それを聞いた鈴は今までずっと突っ張っていた肩をそっと、撫で下ろす。

「ほんとうに……ごめんなさいっ!」

そして自分の中で何かが吹っ切れた気がした。

「約束守れなかったこと。それと矢野さんを、信じきれなかったこと」

 

 全ては矢野の言う通りだった。

 矢野の気持ちが嬉しくて、ずっと憧れの存在でいたかった。

 最後の最後で思いもよらない結果になって、どこか怖くなっていた。

 約束を果たすことが出来ず、憧れの存在で無くなってしまったのではないかと――。

 

「鈴ちゃん」

鈴の名前を呼んだ矢野の表情はやっぱり、いつもと変わらない笑顔。

その笑顔につられて鈴も笑顔になっていく。

 お互い笑顔で何も言葉を交わすことなく向き合っていた二人。

時が少し流れ、今度は鈴から話し始める。

どうしても矢野に聞いてみたいことが鈴にはあったからだ。

「矢野さん、私は今日で中学の野球は引退しちゃいますけど、また一緒に……ここで練習できますか?」

初めて二人が出逢ったあの日、その夜に交わした絆から二人の全てが始まった。

「喜んでっ、こちらこそお願いするよ! ウチの野球部、来年まで時間に余裕あるからねっ」

あの日、月の光の下で交わった二人の未来。

今日改めて、茜色の空の下で重なっていく。

 

「んじゃ、明日からまた頑張ろー!!」

「ハイ! お願いしますっ!!」

 

 どちらからともなく小指を差し出していた。

 矢野と鈴、二人の小指が絡み合い、その接点を夕陽が淡く照らし出す。

 一度は解けかけた絆が今再び固く、そして優しく結ばれていく。

 もう解けることのない――いや、解けることがないようにと。

 

 短いけれど、小さいけれど。

 矢野との練習の時間が一番の幸せ。

 小さくても、短くても幸せな時間。

 出来ることならば、ずっとそうしていたい。

 しかし、鈴という存在には“ずっと”はないかもしれない。

 

 それどころか、後どれくらい――――。

 でも、今はただ矢野との時間を大切にしたい。

 そう強く、鈴は願わずにはいられなかった。

 




はい!
野球のルールって難しいですね(;~;)
実はこのあかつき側の最終回攻撃、鈴ちゃんの打撃結果がお話内と変わらなくとも同点のチャンスがあった……と、ルール調べてたら気付きました←気付いたというよりは、その可能性もあるかもしれない、ぐらいの程度です。

ワンナウト一二塁での二塁の”塁の占有権”は、二塁ランナーの真央ちゃんに実はあり、一塁ランナーの八代さんが一塁に送球されるか直接タッチされてアウトになる前に真央ちゃんがそのままホームを踏み、且つはやぶさ中学側がそれに対してアピールアウトにしないと、実は得点として認められる。

――らしいのですが、そういう解釈で合ってるのでしょうか。
ちょっと自信ない。

それが野球をプレイする者であれば、高校生ともなれば大抵知っている。らしいので(驚
野球出来る人は素直に凄いなって思います!

自分の小説内に対する野球論は…
現実:理想が4:6くらいなのかな? って思うので、野球経験者から見て自分の野球論、及び描写はどこかずれてるのかもしれませんが、そこはどうかご容赦して頂ければと……


さてさて、今回で一先ず大きな流れの一部の区切りとなりましたので、次回からはまた気持ち新たに頑張りたいです!


最後となりましたが、継続して読んで下さっている皆様方、本当にありがとうございますっ。
そして、最近読み始めて下さった、評価をして下さった方々もありがとうございますっ!
これからも何卒、このマイペース小説をお願い致します(*´∀`*)ノ

尚、そろそろ表紙絵や挿絵の作成もしたいと思いますので、次回の更新はちょっと遅れるかもしれないです><

その前に画像のアップロードの仕方が説明読んでも分かりません…!(←今ここ)


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第10話~幸せな一時~

まずは1ヶ月更新出来ずにいたこと、すみませんでした…!
執筆を進めていた途中、ちょっと気になったことがあったので調べ物して、その中で更に今後の展開に関わるものを精査していたら色々と考え無ければいけない箇所がちらほら出てきまして(汗)
それらを一旦整理して、再構築して、後々の展開とも矛盾無いか考えていたらこんな時間に。゜(゜´Д`゜)゜。

ともあれ! そのお陰でエピソードの編集や追加もやれそうだったのでそれは大きな収穫でしたっ。


では、今回はこの小説内の世界観や設定を少し紐解くため説明回となっております。
ので多少読みにくい感じになっているかも……

ではでは、始まります♪


 伝説的な熱戦が幕を下ろしたその次の週、ここにあったのはいつもと変わらぬ風景。

お昼時とあって恋恋高校にも穏やかで賑やかな時間が流れていた。

そしてとある一角の空き教室でも他とは違った、だがそこにも確かにいつも通りの時が刻まれていた。

 

「でさ!? ボクのこと見るなり……悪いことは言わないわ、女の子で野球は止めといた方がいいわよ? ――って言ってきたのっ!」

「あ、あおい行儀悪いよ? 食べるか話すか、どっちかにした方が……聞いてないか…」

「それに、ボクめがけて突然ソフトボールを思いっきり投げてきたのよっ! もー思い出しただけでも腹立つぅーー!!」

 

 何やら憎悪に満ちた愚痴を盛大にこぼしていたあおい、そのすぐ横に座って若干呆れながらもその様子を心配そうに見つめていたのははるか。

二人だけではなく、この空き教室には矢野をはじめ野球同好会全員が集まっていて一緒に昼食を摂っていた。

 あおいが思わず身振り手振りで話さずにいれなかったこと、それは二日前の女子軟式野球大会決勝戦があった日。矢野と別れてからあった一連の出来事についてだった。

余程その出来事が腹立たしかったのだろうか、せっかく自分で手作りしてきた放つ色彩個性的な――いや、彩り豊かな弁当を事の顛末を力説しながらがっついていく。

 

「なるほど、ソフトボール部のグラウンドでねぇ」

 

ひとまず適度なところで相槌を打ちながら話を聞いていた矢野だったが、あおいの言う来訪者改め襲撃者のことがどうしても気になっていた。

母陽子お手製の鮭弁当をつまみながら、矢野は色々と思考を巡らせていく。

すると、メインである焼き鮭を何度か口に運んでいるうちに矢野の考えは何かに辿り着いた。

「ソフトボールねぇ……あぁ! もしかしてその人って、ハチマキしてなかった?」

「へっ? してたけど、どうしてそんな見てないと分からないこと矢野君が知ってんのよっ」

その場に居合わせた者にしか知り得ない情報、それを矢野は知っている。

あおいにはそれが不思議でしかたなく、荒々しく動かしていた箸を思わず止めてしまった。

が、その次の瞬間、やはり怒りの感情の方が勝っていたのか正面に座っている矢野へと鋭い視線を飛ばし始める。

 

 ソフトボール。このキーワードから導き出された一つの推測。

 

「ちょっ、あおいちゃん怖いって! ……と、そうだった。きっと高木幸子さん、って人じゃないかな」

「高木、幸子……?」

あおいの問い掛けにゆっくりと頷いた矢野は更に幸子について語っていく。

「そう、高木幸子(たかぎ さちこ)さん。校内じゃ結構有名な人だよ? ソフト部に入部して早々、エースで4番になった新入生だって。でも、実は幸子さんも中学まで野球やってたらしいんだけど……何かがあって今は野球を毛嫌いしてるって噂も聞いたりするけども」

 高木幸子、一年生にしてエースで4番。

それがあの日あおいを襲撃した者の正体だったのでは? と矢野は言う。

「へぇ~、だから野球やってるボクのことも気にくわなくって……」

襲撃者の正体を知ったあおい。

「って、と・に・か・くっ!! その高木さんがっ――」

一旦はその評判に関心しかけたが、ヒートアップした感情がそう簡単に静まるはずも無く。

ああでもない、こうでもないと矢野達への愚痴はまだまだ続きそうな勢いである。

 

 あおいの愚痴大会がこのまま休み時間いっぱい続くのかと思いきや、話題はいつしかプロ野球の事へとシフトしていった。

きっかけは津村の宮間の間で交わされたこの会話。

 

「っにしても昨日のパワフルズ、あの試合はシビレたねぇ~。皆もそう思わんかい?」

「あっ、昨日のパワフルズ対ジャイアンツの一戦でしたか、あれは凄かったですよね!」

「だろん? 宮間っちもそう思っただろう?」

 

 女子軟式野球大会があったためホーム球場を使用出来ずに、暫くアウェー戦を余儀なくされていたパワフルズ。

しかし敵地でもなんのその、順調に勝ち星を上げていた。

そのパワフルズは昨日、ようやくホームへ戻ってきての対ジャイアンツ戦。三連戦の初日だった。

ジャイアンツと言えばセ・リーグを代表する球団と言っても過言ではなく、実力や人気なども国内屈指のものを誇っていた。

普通に考えれば生まれ立ての球団が、歴史もあり力もある球団と互角に戦えるはずもない。

「オレも観ていたが、あのサード……橋森選手は技術が高いだけじゃない、意志の強さも並々ならぬものを感じた」

「いやいやいや、やっぱファーストの古葉選手だってっ。あの渋い活躍ぶりがたまらんのよ」

だが、昨日も勝っていたパワフルズにはそんな常識では計れない強さを持っていた。

事実、前半戦が終わりペナントレースを折り返す現時点で7球団中3位とAクラス。

それを可能にしていたのが、産声を上げたばかりの球団とは思えないほど前評判の良い戦力にあった。

 新規参入球団とあって、パワフルズに支配下登録されている選手の多くが昨シーズン終了後、自由契約となり球団のトライアウトを受け、合格した者達だった。

実際、今まで所属していた球団から事実上の戦力外通告を受けた選手の集まりで結成された球団だったなら、現在の順位に到達することすら奇跡に近かっただろう。

では、何故Aクラス入りという奇跡を起こせているのか。

そこにはトライアウト以外でこのパワフルズに来た者達の存在が大きく関わっていた。

 

パワフルズ勝利への推進剤、原動力となっている存在。

 

他球団で主力選手としてプレイしていた彼らだったが、プロ野球人気復活を願って新たに創設されることになった2球団、そのうちの1つであるパワフルズが自らの地元である頑張市にホームを構える。

それを知った時、地元の球団は自らの力をもって支えたい。その一心で集まった者達がいたのだ。

そう、“自らの意志で移籍してきた者達”。

 

「うんっ、ボクも古葉選手は凄いと思う! けど、同じピッチャーとしてボクはやっぱり神下選手かな」

「わたしはどの選手がどうとかっていうのは詳しくないですけど、福家選手の打撃は凄いなと思いました」

 

 津村達が各々に挙げた四人、彼らは皆頑張市出身の選手であり地元へ強い思いを持っていた。

 本塁打王のタイトルを獲得したこともある頼れる4番、福家花男(ふくや はなお)

プロ歴22年のベテランだが、積み重ねてきた猛打賞180回の数字が物語るその球界屈指と賞された匠の打撃はまだまだ健在な古葉良己(こば よしき)

 140キロ半ばの速球と持ち球であるシンカーを武器に打者を翻弄、その実力と端正な顔立ちから女性ファンも多い神下怜斗(かみした れいと)

 そしてエース神下とは好対照の、常に全力プレーが信条の『熱血フルスイング』の異名を持つ若きチームリーダー橋森重矢(はしもり しげや)

 

 この四人こそが前評判の高さの要因であり、今のパワフルズに必要不可欠な人材でもある。

またパワフルズに既存球団にも勝るとも劣らない勢いをも与え、球団創立一年目にして早くもパワフルズに黄金時代とも言える好調期を、彼ら四人はもたらしているのかもしれない。

 

「ホント地元にプロ球団出来ただけでも嬉しいのに、活躍してると更に嬉しさひとしおだよねー」

「だねっ。だけど、パワフルズの好調ぶり見てるとさ、逆に……」

あおいと共に地元球団の快進撃を喜ぶ矢野であったが、その顔は何故か冴えない。

途中で歯切れ悪く途切れた言葉が矢野の心境を如実に表してるようだった。

そして再び開かれた口から、その理由が語られていく。

「カイザースの低迷っぷりは……何だかいたたまれない気がするのは、俺だけかな」

「パワフルズと同じ創設一年目の球団ですし、ある意味こちらの方が成績としては普通なのかもですが……」

先ほどまで朗らかだったはるかですら“カイザース”という名前を聞いただけで落ち込んでしまった。

あおいや矢部、この場に居る全員が同じ気持ちを抱いていた。

 

 武を示し頂点に立つ者、皇帝(カイザー)――。

そんな貴い名を戴くチームの正式名称は“たんぽぽカイザース”。

このチームもまた今シーズンから新規参入を果たした、パ・リーグ7番目の球団である。

だが、矢野達が揃えて肩を落としているように球団としての戦力は高くない。

寧ろセ、パ両リーグの中でダントツに低いと言ってしまっても誰もが納得してしまうほど。

 球団の新規参入が決まり支配下登録の選手を募っていた時、実はカイザースにはあまり選手達が集まってこなかった。

地元でそれなりに経営力があった株式会社パワフルが中心となり共同運営されることになったパワフルズの方へ、トライアウト組等が集中して集まってきていたのが理由の一つと言われている。

そしてその理由を作ってしまった大きな要因も共同運営に携わる企業側にあった。

カイザースはパワフルズと違い特に主だった企業は関わっておらず、個々の経営力も少し劣っていたがそこを企業数で補っていたのだ。

それ故に球場や練習設備にも差が生まれ、その差がそのまま選手層の差に出た形、と言えるだろうか。

 それはリーグ優勝も十分に狙える位置にいるパワフルズに対して、今シーズン6位に10ゲーム差付けられている事実からもうかがい知ることが出来ると言えよう。

皇帝の名は伊達か酔狂か、はたまた球団関係者達の切なる願いが込められたものなのか。

とは言え、球団が創設されて数ヶ月、その結論を出すのはまだまだ時期尚早なのかましれない。

 

「でもさ、確かに弱いけど、その中にあって“あの選手”の活躍は凄いねっ」

「あぁ、“あの選手”かー、そりゃまあプロ二年目とはとても思えん能力だし、オレも素直に凄いと思うぜ」

「でやんすね!」

 手作りの卵焼き“のようなもの”を食べながらとある選手に思いを馳せるあおい。

共感する津村と相槌を打つ矢部。

「……その選手も確か、この近所が地元だったか」

「わたしの記憶違いでなければ、その方は確かパワフル高校出身、でしたよね?」

隣り合って座っていた山田と雪乃もその選手のことを知っている感じだった。

根っからの野球人である山田はともかく、野球を始めたばかりの雪乃ですら知っている選手。

「そうそうパワ高出身の日向那偉輝(ひゅうが だいき)選手♪ 同じ県内にあかつきがいたせいで甲子園出場経験ないけど、実力は本物だと思うのっ」

「うん、俺もそう思う! けど、プロ入り二年目であの成績の凄い選手を何でカイザースがトレード出来たのか――それが不思議でしょうがないけどね」

 

 

 あおい達が語る日向という選手はカイザースへの移籍前、プロ入り初めてのシーズンに130試合以上出場していて、打率.289、本塁打数21本、安打数120本、盗塁26個――。

走攻守三拍子揃っていた日向は、ファーストでありながら打撃のみならず巧守での見せ場も多く、盗塁にも果敢に挑み、見事その年の新人王に輝いている。

更にはゴールデングラブ、ベストナインもダブル受賞。

 それだけの逸材を如何にしてカイザースはトレード成立させれたのか、それは未だに多くのメディアが興味を寄せている事柄でもあるのだが――。

 

 日向那偉輝(ひゅうが だいき)

それがあおい達が話題にしていた選手の名前であり、実力ある選手がほぼ皆無の弱小カイザースにおいて獅子奮迅、孤軍奮闘していた選手の名前でもあった。

 ちなみに日向は移籍後となる今シーズン、全ての試合にスタメンとしてフル出場している。

 

 

 その日向は二年前のドラフトで1位入団。

中性的な柔らかい顔立ち、穏和で争い事を好まない人柄で女性ファンからの人気は特に高い。

新人離れした能力と経歴、人気を持つ日向だったが、あおいの言う通り甲子園出場経験はない。

日向自身は現在のプロでの活躍から見ても分かる通り、当時から優れた能力の持ち主であった。

だがそれ以上に他のチームメイトがあまりにも小粒過ぎ、チームとしての実力が低かったからだ。

 そして、出場出来なかったもう一つの理由はやはりあかつき――。

当時から甲子園常連校だったあかつきには自然と有能な選手達が県内外から集まり、あかつきに入れなかった県内の者は他県の高校に進学し甲子園への活路を見出していく。

その結果、県内に、とりわけあかつきがあるこの地区には有力な選手は数少なくなってしまい、その数少ない選手達もまたそれぞれ違う高校へと分散。

県内に“あかつき一強”という特殊な現象を作り出していた。

 当時のパワフル高校も正にその“あかつき一強”の波に呑まれる形となり、日向という逸材がいても地方予選を制するには至らなかったのである。

もっとも、今現在も県内においてあかつきの覇道を阻める高校は存在していないに等しいのだが……。

 

 暫く地元の超新星について昼食を楽しみながら語り合っていた、恋恋野球同好会一同。

「――でさ、今思ったんだけどさ」

「へ? なにを?」

「今のあかつきに日向選手の最後の甲子園行きを阻止した、当時のピッチャーってまだいたよね?」

「あっ……」

すると話題は何かと名前が挙がっていたあかつきへと移っていく。

今までずっと日向について話をしていたが急に、それも真逆の話方向へと舵を切った矢野に初めは呆気に取られたあおい。

しかし、この地区に日向以外にもとんでもない選手がいたことを、矢野の言葉で思い出した。

「……そう言えばいたっけ。しかも今は三年生でエースでキャプテン、間違いなく県内最強のサウスポー」

「ピッチャーとしてはもちろん、バッターとしての実力もある要注意人物、一ノ瀬塔哉(いちのせ とうや)さん」

 二人が口々に語り、その並はずれた彼の野球センスにただただ脱帽するばかり。

 名前は一ノ瀬塔哉、彼が今の“あかつき一強”を背負って立つ男。

そして、今やプロとしての活躍を重ねている日向を高校時代、唯一苦しめた男でもある。

 

 

「一ノ瀬さんと日向選手が直接対決したのは確か――」

弁当に添えられていた沢庵漬けを食べながら、矢野は過去を振り返り始めた。

 ――今から二年前、矢野達がまだ中学二年生の頃。

当時から地区、県内の絶対王者としてその名を全国まで轟かせていたあかつき大学附属高校。

この年の新入生の中に一ノ瀬の姿があった。

 一ノ瀬は前年十月に行われていた野球部のセレクションにて投打両方でトップの成績を叩き出し、入部直後に行われた一軍適性試験でも新入生の中でただ一人レギュラー格相手に勝利。

結果、新入生としては異例の一軍昇格をこの時期に果たしていた。

 五月に行われた春季都道府県大会、一ノ瀬はリリーフエースに抜擢され千石監督の期待に応える好投。

続く春季地区大会においても少し前まで中学生だったとは思えないほどの球速と変化球、抜群のコントロールで活躍している。

 この二大会、あかつきとパワフル高校の直接対決はあった。

しかし、良くも悪くもな意味で特筆出来る戦力を持っていなかったパワフル高校は点を取れず。

チームを引っ張ってきていた日向のみがあかつき投手陣を終始攻め立てる展開となっていた。

もちろん実戦経験を多く積む目的で一ノ瀬も終盤にマウンドへ上がっていたが、いずれも日向と相対する前に試合は終了。二人の直接対決は夏へと持ち越しとなる。

 

 迎えた日向にとっての高校生活最後の夏――。

 

更に成長を遂げた日向と、その存在により今まで以上にチームが一つにまとまっていたパワフル高校は、当たると十中八九負けていた因縁の相手とも言えるあかつきと当たることもなく、トーナメントを順当に勝ち進んでいた。

 連勝の勢いに乗り、遂に決勝戦までコマを進め、あかつき対パワフル高校。

この日も一ノ瀬はベンチで自分の出番が来る終盤を、試合を見つめながら待っていた。

だが、一ノ瀬の表情は見る見るうちに曇っていく。

パワフル高校は初回から繋ぐ打撃を意識し、始まってからさほど時間が経過していないうちにチャンスの場面を作り上げ、4番日向。

決して先発していたエースの調子が悪かったわけではない。

それでも、日向を中心として強い結束力を持つこの時のパワフル高校を象徴していたかのように日向のバットは閃き、先制点をもぎ取ることに成功。

勢いは収まるどころか増していき、追加点も数点入り、2回も保たずに絶対王者あかつきのエースは降板を余儀なくされる。

 この予想外の展開に千石監督は若干焦りつつも、今大会一番安定感のあった一ノ瀬にスイッチ。

千石監督の采配は的中した。

完全に勢いづいていたパワフル高校の打線を多彩な変化球で封じ込め、一番気を付けなければいけない日向に対しても精密なコントロールで勝負を挑み、以後彼の全ての打席も凡打で打ち取っていった。

 誰もがあかつきの不敗神話崩壊を意識していたが一ノ瀬の登板で一変。

勢い負けしていた打線も一年生の好投に奮起して、少しずつだが着実に点を返していった。

そして最終回、あかつきは逆転に成功し逆にパワフル高校は崖っぷちに立たされる。

超ロングリリーフとなっしまった一ノ瀬だったが、対日向のことを考えた千石監督の意向と本人の意思によりそのまま最後まで投げ切ることに。

 一ノ瀬の鬼気迫るピッチングがパワフル高校を精神的に追い込み、残るアウトは3つという場面で先頭バッターは4番日向。

点差は1点、日向が打たなければ物理的にパワフル高校の逆転の芽は潰えることとなるだろう。

見つめ合い、譲れぬ想いを確認し合う日向と一ノ瀬。

時が満ち、一ノ瀬は左腕をしならせ、日向はバットを唸らせていった。

そんな勝負が暫く続き、とうに限界を超えていた二人だったが、この勝負を制したのは日向だった。

ぎりぎりのところで勝負に勝った日向。しかし試合に勝ったのはあかつきの方。

ライトへのスリーベースヒットを放った日向の後続が一ノ瀬からマウンドを託されたピッチャーを打てず、犠牲フライも打てず二者連続三振に倒れてしまったからだ。

 

 甲子園行きを懸けた夏季都道府県大会決勝戦、そして二人が高校時代に対峙した最初で最後の試合。

力投した一ノ瀬に助けられる形で辛くも勝利を収めたあかつき。

その一方で日向の最後の夏はここで終わりを迎えることとなった。

 これは少し後の話になるが、この年の八月末から九月初めに掛けて行われた十八歳以下による世界野球選手権大会に一ノ瀬、そして日向も選ばれ共に戦っていたため厳密に言えばこの大会が日向にとって最後の夏となるのだが……それはまた別のお話――。

 

 

 お昼時で賑わっていた校舎の一角にある空き教室。

気付けば室内に居た全員が矢野の話に耳を傾けていた。

「要注意人物と言ってもでやんす、来年の春まで試合はおろか大会にすら出れないおいら達にとっては……要注意でもなんでもないでやんすがねー」

「ねぇ矢部くん? どうしてそう人の話の腰を折るかなあ……まぁ、事実だけど…」

だが、矢部の空気の読めない一言で日向と一ノ瀬、二人の活躍劇の話はここで一旦終えることに。

 そこからはまたそれぞれが思い思いに他愛ない話で盛り上がり、教室内には八人の楽しげな笑い声が溢れていく。

その笑い声は窓から入ってくる午後の日差しのように明るく、温もりあるものだった。

今繰り広げられているこの光景が彼らの日常。

いつからだろうか、気付いた頃にはもう全員揃ってこうしてお昼時を一緒に過ごすようになっていたのだ。

「はるかちゃんが同好会のマネージャーになってもう三ヶ月は経つんだよね? 急にあれだけど、ボール磨きとかいつもありがとうっ」

「いえいえ、お礼を言っていただけるほどのことはまはだ出来てません……」

 矢野からの突然のお礼ににこやかな笑みで応えるはるか、言葉が途中で詰まり視線を落とす。

「は、はるか……ちゃん?」

「私、皆さんのように体丈夫じゃないですけど、むしろよく倒れたりして人よりも体弱いですけど……」

俯いたまま、それでもはるかはゆっくりと、自分の気持ちを言葉にしていった。

「こんな私でも、あおいや皆さんのお役に立ちたかったから……だからこんな不甲斐ない私ですが、これからもマネージャーとしてよろしくお願いいたします」

「うん! こちらこそホントよろしくだよっ」

言い切る頃には俯いていた瞳も前を向き、いつもの見た者が癒される笑顔がそこにはあった。

はるかの隣に座っていたあおいも「うんうん♪」とにこやかに頷いている。

あおいだけではない、津村も宮間も雪乃も、あのいつも寡黙な山田もみんな、もらい笑顔。

 

「でもね? はるか、マネージャーやってくれてるのは凄く嬉しいし助かるけどさ、ほとほどに頑張ってよね?」

「そこは心配いらないよ。私の体の限界は私がよく分かってるもの」

 

 今はまだ正式な部活動ではない野球同好会。

それだけに練習出来る時間も限られ、普通であればそれはそのままチームワークの善し悪しに直接関わってくるのだろう。

だが、矢野達の場合は少し様子が違っていた。

「長い付き合いのボクから見たら無茶してる時もあるから、無理な時は無理ってちゃんといいなよ?」

「うん、ありがとうっ。と言うかそういうあおいだって私から見たらかなり無茶なこと、よくしてるけどね」

授業間の短い休み時間、そして長い昼休み。

彼らにとってはこの時間もチームワークを育める大切な時間。

「え、えへへーー……そう、だっけ?」

(うっ、は、はるかってば、ホントいつも痛いとこ突くなぁ)

 それぞれが心に持つ点、その一つ一つがこうやって“信頼”という名の絆の糸で結ばれていくのだろう。

厳しい練習を共に乗り越えていく、ただそれだけでは得ることが難しい本物の信頼関係。

彼らはその尊き信頼関係を自然体のまま紡いでいく。

 

「――いっただき~っ♪」

「あぁ! ちょっとそれ私の卵焼きー! ……もー、しょうがないなぁ」

 

 今日も明日も、そのまた明日も、流れていく時の中で。

 それぞれの良いところ、悪いところ、その全てを肌で感じ取りながら。

 笑い、泣き、そして時には本音をぶつけ合って。

 ――こうして今日も野球同好会の面々は何気なくも、幸せな一時を満喫していくのだった。

 




……はい!
ここまで読んで下さりありがとうございましたー(≧∀≦)ノシ

分かる方はもう既に分かっていたとは思いますが、4話前にあおいちゃんを襲撃した人物の正体が今回明かされました。
そう、さっちー?こと高木の幸子さん!!
と、割とさくっと正体バレてしまった幸子さん…。

そして今回は遂にパワプロ的な要素(人物など)が登場コジロー!!←
その流れから今回は主に新規参入球団2チームについて触れました。
パワ10では元々両方セ・リーグ+パにキャットとやんきーも存在してましたが、こちらでは諸事情(主に作者の←)により新規参入は2チームということにしております。
まあ、パワフルズがいきなり黄金期っていうのはちょっとやりすぎた感が否めませんが(^0^;)
そして、今回のを更新しようとしたらパワスタの方でまさかの橋森&神下選手追加!!
これにはタイミングの良さ?に思わずビビってしまいました。

パワフルズについてはこれくらいにして、次はカイザース!
こちらはパワフルズ以上に作者の都合が色々と詰まっていたry…
話はズレますが、自分はパワ10やってた当時、猪狩カイザースになる前はチームのオーナーがたんぽぽ製作所だと”勝手に”思っていました←たんぽぽ製作所はパワ99のサクセスで選べる企業です。

――お話戻しましてっ(>_<)
プロ球界にスポット当てているパワフルズとは対照的にカイザースは所属しているとある一人の選手にスポットを当てています。
日向選手、彼は本文にもあったように現在あかつきのエースにしてキャプテン・当時一年生だった一ノ瀬さんと真剣勝負した間柄。
今後もこの二人は何かと出てくる予定なので、彼らの存在を忘れないでいて下されば幸いですヾ(^v^)k

そして明るい展開だった今回でしたが次回は……。
それは次回のお楽しみということで(爆)

では今回はこれにて!


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第11話~迫り来る不安~

大変、大変、大っ変お待たせ致しましたああああああ(;.;)
約三ヶ月ちょっとの間更新出来ずすみませんでした(あれ? 毎回ここに同じようなこと書いてるような……orz)
今回の回はちょっと大切な伏線の含む内容だったのであれこれ考えたりしてて、それプラス文章や台詞が場面に適切なのかどうか……そういうのが気になり出すと一切筆が進まなくなり画面と睨めっこしたまま一文も書けずに一日終わった。なんてことが多々ありまして(汗焦)

予定では十月半ばくらいに更新したかったのですが、取りあえず年内に更新出来たことだけが救いです。

そしてそんな更新のない中でお気に入りにして下さった皆様方、本っ当にありがとうございました!(≧∀≦)ノシ
止まり出すと中々這い上がってこれない豆腐メンタルな作者ではありますが、これからも長い目で見守って頂けたらと思います。
もうほんと感謝感謝です!
同じく1点でも評価して下さった皆様方もありがとうございました(*^-^*)


さて、今回ですが鈴ちゃんのお家事情とか兄弟や両親と色々と出てきます。
しかも三ヶ月分の何か?が詰まっているのか文量も普段の約3倍となっており……!
というか書き終わって気付いた頃にはそうなってました(爆)
40×40の17ページとか、長すぎて読むの大変じゃないかが心配です…。


それでは今回もどうぞ良しなにーーーっ(*'▽'*)←日本語おかしい……


 午後の授業も終わり、月曜日の放課後。

野球同好会の練習も終え全員が帰るのを見送り、一足遅れで学校を後にした矢野。

練習で程良く温まった体を維持する目的も込めて軽く走り出した。

走り続けて暫く、自宅まであと少しとなったところで矢野は視線を落とす。

羽和川(ぱわがわ)に沿うようにして広がる河川敷を見渡してみるとそこに見慣れた人影を見つけ、堤防の階段を一気に駆け下りた。

 

「鈴ちゃんこんにちは!」

「……あ、矢野さんこんにちはーっ」

 

 いつもの場所、いつもの時間。

呼び声に気付き振り返ってみると矢野は笑顔、それにつられて自然と鈴も頬がほころぶ。

いつもと変わらず鈴はそこに居たのだ。

季節はもう夏、半袖のシャツにスパッツという動き安さを重視した服装で、矢野が学校での練習を終えて来るのを待ちながらストレッチをこなしていたところだった。

土曜日にあった女子軟式野球大会決勝戦のあと、この河川敷でお互いに本当の気持ちをぶつけ合い、受け止め合った矢野と鈴。

憧れや期待、思い――。

気付かぬうちにそれらが二人の心を縛り、知らぬ間に誤解も生んでいた。

すれ違いかけた二つの心がもう一度重なり解れかけた絆は、更に強く固く結び直された。

そして前日の日曜日、二人の日課となっていた合同自主トレも気持ち新たに再開されていたのだ。

 

「ストレッチ、そろそろ終わりそうな感じ?」

「です。あとちょっとなのでもう少しだけ待っていてくださいねっ」

 

 鈴がこの河川敷に着いてからすぐにストレッチを行っていたからか、既にその工程は最後の方。

隣で持つ矢野と雑談しながら残りの工程を終えていく。

「――――これでよしっと! 矢野さん準備オッケーですよ?」

「それじゃあ時間も時間だし、もう始めよっか」

「はい!」

スパッツに付いた草を手で払いながら元気に立ち上がった鈴に、頷く矢野も明るく応えた。

太陽はまだ空にあり、地平線に沈むのも時間的にはもう少し先のこと。

だが、自分の父親は時間に厳しい性格であり別段な理由が無い限り父親よりも先に帰ってなくてはいけない……。

そんな家庭事情を矢野も鈴から聞いて知っていたため、二人は今日も早速自主トレを開始した。

 

 暫くの間続くノックマシン相手の守備練習。

一つとして同じ打球は飛んでこない、速さであったり角度であったり、バウンドもその都度違う。

ランダムに射出されていくボールで一歩目を踏み出す方向や捕球の入り方、捕球しながら目的の塁に送球する際の動きのチェック等々――。

一つ一つの動作の精度を高めるのがこの練習の目的だ。

左利きでありながら同年代の男子と比べみても飛び抜けて高い守備力とセンスを持つ鈴、そして元々中学の頃から肩の強さと巧い守備が持ち味だった矢野。

守備に人一倍の心得がある二人だからこそ見えてくる、お互いの良い部分苦手な部分。

この練習に限らずそうやってお互いに実力を高め合っていく、これが二人の日常なのである。

出逢ってからずっと続いてきた、一度は崩れかけたりもしたがそれでもこうして今も続けられている。

時間にすれば一日1時間あるかないか。

それでも鈴と矢野にとってこの短い時間でのやり取りは掛け替えのない、大切な日常なのだろう。

 

 そんな充実した本日の合同自主トレも終わり、二人は休憩がてらいつものベンチへ腰を下ろすことにした。

汗が滲む額をそっと撫でていく夏の爽やかな風がどこか優しい。

茜色に色付いていく空の下、隣り合って他愛のない会話に花を咲かせていた二人。

どちらからともなく、気付けば言葉を発し、その隣で柔らかな笑みで応えていた。

「――で、結局はるかちゃんの卵焼きを強奪してしまったんだよ」

「ふふっ、矢野さん達のお昼ってなんだか賑やかなんですねえ」

今回も自然と会話の流れが生まれていく。

「放課後の練習中にも色々話があってさ、今でもこの地区は“あかつき一強”でしょ? だけど、今のあかつきはたぶん歴代最強。だから仮に今の俺達が戦えてもきっと歯が立たないんだよなあって、ちょっとみんなして落ち込んだり…」

「ですねぇ、確かに今のあかつき――一ノ瀬さんを筆頭にした選ばれし九人(ロイヤルナイン)は実力も連携プレーの精度の高さも全国トップクラスって評判ですし……」

そして二人はため息を付きながら徐々に染まっていく茜色の空を仰いだ。

 羽和川の流れる音が河川敷を包み込む。

練習で火照った体が、“あかつき一強”の話題で落ち込む気持ちと共に冷えていく。

一瞬の沈黙の後、漂いだした重苦しい雰囲気を察した矢野は何かを思い出したかのように鈴へと語り掛けた。

「あっ、でも流石に敵わない! ってただ嘆いているつもりもないんだけどね」

「……え? といいますと?」

突然矢野の声に勇ましさが戻ってきたことに驚いた鈴は咄嗟に聞き返してしまった。

「うん、その実力差を少しでも埋めるために近いうち合宿でもしようかなと」

「え、え……えぇーーーー!?」

合宿という言葉を耳にした鈴、思わず声を上げて目をぱちくり。

「ちょっ――り、鈴ちゃん? 急にどうしたの?」

言った本人である矢野も予想もしていなかった鈴の反応に逆に戸惑いを隠せないでいた。

すると今度は鈴がその胸の内を切なそうにぽつりと呟く。

「でも、合宿ですか……。じゃあその間、ここでの練習はお休みってことですよ、ね……」

「本当にごめんね? 今日急に決まったことだったから、鈴ちゃんに教えたくても教えられなくってさ」

そう謝った矢野は一先ず、合宿が急遽決まってしまった経緯を鈴に説明することにした。

 

 

 それは今日の放課後。同好会での活動中の出来事――。

丁度練習メニュー間に短い休憩を取っていた時のことだった。

 

「皆さんお疲れ様です、冷たい麦茶でもいかがですか?」

「サンキューはるか、ボクもう喉からっからだよ~」

「俺も麦茶いただこうかな」

 

 練習場の片隅、比較的大きな木の木陰で涼を取る矢野達。

熱中性対策として塩が少し入っている麦茶はほんのりしょっぱい。

故に一気に飲み干すことは難しいが、一口ごとにはるかの気遣いが身体に染み入ってくるようだった。

「麦茶に塩って正直最初は飲みにくかったけど、慣れればこれはこれでいいかもっ」

「初めの頃は適切な分量掴めずに皆さんには申し訳ないことをしてしまいましが、そう行って頂けると嬉しいです」

本格的に暑さや日射しが増してからの試行錯誤だと周りに迷惑を掛けてしまう。

その思いからはるかはマネージャーとして少し前から色々と動いていたのだ。

塩入り麦茶もその取り組みの一つであり、他にもスライスしたレモンを蜂蜜に漬けたものを作ってみたりもしていた。

野球同好会の面々が健やかに活動出来る、気持ちに余裕も持てる。

夏場のマネージャー業は一年の中で一番多忙を極める、だからこそみんなが練習に気兼ねなく打ち込めているのは正にはるかの内助の功あってこそなのだろう。

 そんなはるかが用意してくれた塩入り麦茶を全員が木陰に座りながら飲み、しばし憩いの時が流れていく。

身体と心を潤していく中、お昼時のような取り留めのない会話が生まれては消えを繰り返していた。

それでもやっぱり日々野球に励む彼ら。

気付けばまた野球の事を誰からともなく話していた。

「――でもねー、いくら一ノ瀬さんが来年には卒業してるからって言ってもあかつき自体が要注意な存在なのは変わらないと思うの」

「それはそうでやんすが……あおいちゃん、おいらがお昼に言ったことまだ気にしてるんでやんすか?」

「まあね、来年どのみち戦うこと考えたらさ、今のボク達のままじゃまず敵わないかなって」

図らずも話題はまたもあかつきについてだった。

思えばあおいが口にした思いが事の発端だったのだろう。

野球同好会一人一人の実力はこの三ヶ月で確かに高まっていた。

野球経験すらなかった雪乃や宮間の二人が“野球としての動作”を一通り出来るようになっている、そのことからもそれが窺える。

経験者でもあるあおい達もそんな二人と共に今一度基礎を見つめ直し、結果それがワンランク上の技術を身につける糸口となっていた。

 

「確かに……」

 

 とは言えやはり、それでもあかつきとの実力に差があることが事実なのは変わらず――。

ぽつりと力無く呟く矢野に感化され、その場に居た全員のテンションは急降下。

他の運動部から発せられる活力ある掛け声、吹奏楽部が奏でる楽しげな音色。

そしてまだ下校していないその他の生徒達の笑い声が風に乗り、練習場へと流れ込んでくる。

 

「合宿……」

 

 ――そんな時だった。

重苦しい空気が漂い始めたこの場に“合宿”という言葉が突然舞い降りたのは。

「村沢、今合宿、と言ったか?」

「は、はい。私の実家の剣術道場でも長期休暇中に門下生さん達と一週間ほどやってますし、それで私達もどうかなと」

野球の神様から御託宣を授かったのは雪乃であった。

来週になれば大抵の高校は夏休みの期間に入る。夏休みともなれば活動に熱心な部活動なら合宿も執り行われる可能性は高いだろう。

事実、県内敵無しのあかつきの野球部でも合宿は毎年行われていて、もはや伝統化していると言っても過言ではない。

「まっ来年の事を考えると、同好会であるオレ達は特にやった方がいいかもしれんのぅ」

「僕達に絶対的に足りてないのは経験とそれを養うための時間なのは確かですから、僕もそう思います」

恋恋高校のスタート地点は元々他校よりもかなり後の方。

そんな中で他校との実力差をこれ以上広げさせない、。少しでも追い付きたい。

「レベルアップと言えば合宿は定番中の定番! 更にチームのみんなと親睦を深める意味でも絶対必要でやんす! おいらも賛成でやんすよっ」

「私も合宿は良いお考えだと思います。それにたまに環境変えると練習の効率上がるって聞きますし」

そのためには何をするべきか――。

雪乃の提案した夏休み中の合宿案に次々と賛成の声が上がり、矢野も何かを決意したかのように全員の顔を見渡していく。

 

「みんなが賛成なら、来週にはウチも丁度夏休み始まるし……行こうか合宿に!」

「オッケーっ、それで具体的にはいつ頃やるの?」

「うーん、八月入ってからすぐの方がいいと思うけど、みんなどうかな」

 

 そう尋ねる矢野の瞳の中で全員が頷き、快諾の意志を示していた。

八月、全国の高校球児達が憧れを抱き目指すべき目標の終着点――夏の甲子園が幕を開ける月。

各地から集まった強者達が互いに鎬を削り合う、夢舞台の裏で矢野達もまた自分たちの戦いを始めよう。その決意の表れだった。

気持ち新たに練習場へと戻っていく彼らの背中に満ちていたのは、明日への希望。

誰よりも強く、どこよりも逞しく――。

 

 

 

 これが合宿が決まった瞬間とその経緯である。

 

 

「……って! 最終決定下したの矢野さんじゃないですか~!! もぅっ」

「ほんとごめん、その場の雰囲気でつい…………」

 

 事の成り行きを目の当たりにした鈴は思わず心の叫びを外へと漏らしてしまった。

とは言え、それも仕方のないことなのだろう。

合宿を提案したのが他の人であったとしても、決断を下しのは他でもない今鈴の隣に居る矢野なのだから。

キャプテンという立場上だから――そう頭では理解しているはずなのにそこに追い付けない心。

本当は「寂しい」と、そう言いたかった。

しかし鈴も合宿の有用性は知っている。それだけに切ないのだ。

「で、でも!まだ先のことだよ?合宿始めるのは八月に入ってからだしっ」

「……」

尚も無言でむくれていた鈴に矢野は更に説明していく。

「そ、それにその合宿は二週で終わるから! 八月の後半からはまたここで鈴ちゃんと練習できるから!」

「…………」

矢野の必死な訴えが伝わったのか、地面を悶々と見つめていた鈴の表情は少しずつ元の穏やかさを取り戻していった。

そして次の瞬間、穏やかさを通り越した歓喜が鈴の全身から弾け出す。

 

「じゃあ八月まではいつも通りできるんですよね! 八月の後半からは大丈夫なんですよねっ!?」

 

 徐々に声のトーンは高くなり、興奮のあまり矢野の方へとずいっと身を乗り出していた鈴。

二人の間に空間はほとんど無くお互いの鼻先がぶつかってしまいそうなくらいまで鈴は近付いていた。

ほんの僅かな時間――。

だが、二人にしてみればもっと長く感じられたであろう時間の中で目と目が合う。

「り、鈴ちゃんち近いってっっ」

「はうっ!? ご、ごめんなさいいぃ」

 

(わわわ私ったら、また……)

 

 慌てる矢野の一言でようやく鈴は我に返った。

凄い速さで飛び退いたものの頭からは湯気が上がりそうになり、恥ずかしい気持ちでいっぱい。

それこそ耳まで赤く染まるほど、それほどまでに鈴は自分がしてしまったことにドギマギしていたのだった――。

 それでも鈴は慌ててすぐ別の話題にシフト。

鈴の照れ隠しの甲斐もあり矢野の動揺も、鈴の興奮もいつの間にか和らいでいた。

空の茜色、川のせせらぎ、風の感触、各家庭から漂い来る夕ご飯の香り。

そして口の中に広がる甘酸っぱさ。

取り留めの無い二人の会話はもう少し続き、その間中、鈴はこの幸せな一時を五感いっぱいに感じ取っていくのだった。

 

 しかし、今の鈴には知る由も無かった。

幸せの後に何が待っているのかを――。

幸と不幸は紙一重、時と場合によってはそれらが一遍にやって来るものであると言うことを――――。

 

 

 矢野と別れたいつもの帰り道。

河川敷での一連の出来事を振り返りながら鈴は歩いていた。

またこうして矢野と一緒に野球を出来ている喜びを噛みしめながら。

そして図らずも矢野とゼロ距離で見つめ合うことになってしまったことを照れ臭く思いながら。

この余韻を少しでも長く感じていたかった。だが鈴にはそう出来ない事情もあったためもどかしさに背中を押される形で家路を急いだ。

 

 公園を抜けて暫く、鈴は豪勢な造りの門をくぐりそこからまた歩き始める。

広い敷地内を縦断している真っ直ぐに伸びた煉瓦造りの道。

さながら大豪邸――決してそれが言い過ぎではないほどの所に鈴は住んでいたのだ。

鈴自身がこの事を今まで話題にしてこなかったこともあるが、今も矢野は特に鈴がどういう所に住んでいるのか疑問に思ったことは無い。

無論、鈴があの様々な業種の企業を傘下に持つ猪狩コンチェルン、その社長である猪狩茂の一人娘――であるという事実は知るはずも無いのが現状だった。

 大抵の人は見れば憧れを抱くであろう景観、そんな景色であっても毎日それを目にしている鈴にしてみれば逆にその煌びやかさが味気なかった。

と言うよりは鈴は自分の住んでいる家を好きになれないでいた。

認めたくない現実を突き付けられている、そんな気がしているからなのだろう。

矢野に出逢ってからは殊更その思いが強くなっていて、一緒の時間が楽しいものだからこそ余計にそう感じてしまっているのかもしれない。

 家族のことが嫌いだとかそういう理由ではないのだが、敷地内にいくつもの施設が入っているこの“豪華過ぎる”佇まいが少しばかり苦手なのである。

 

「うんっ、今日も無事父さんよりも早く帰れたっ」

 

 長い煉瓦造りの道も渡り終え、安堵の表情を浮かべながら腕時計で時刻を確認し、鈴は玄関を開けた。

だが中に入った瞬間、その表情は一気に曇っていく。

『――ああ、新規参入は今更無理だろう』

 普段であればまだ誰も家には帰ってきてない時間帯、例外があったとしてもそのほとんどが父親以外の家族が早く帰って来ていたケースだった。

そして今、リビングから聞こえてくるのは父親、つまりは猪狩茂(いかり しげる)の声。

誰かと仕事関連の電話でもしているのか、その声はいつにも増して威厳に満ちていた

『――だからこそだ、オーナーとしての力が脆弱な内に動く必要があるのだ』

血の気が引いていくのを感じ、その場で鈴は竦んでしまう。

(――どうして今日に限ってみんな、父さんまで、どうして……!?)

俯く鈴が見たのは滅多に揃う事が無い家族全員の靴、綺麗に横一列に並んでいた。

父親の靴もそこにはあった。

『――それにこの球団には彼が居る。彼は若い上に実力も一流で性格も良い好青年だ、これだけのスター性を持った選手はそうはいない』

今見つかったら間違えなくただでは済まない……。

それはただ単純に父親よりも遅く帰って来たから。それも理由としてあったがそれ以上の理由が鈴にはあっのだ。

(で、でも父さんが電話中の今だったら……今部屋に行けば――!)

そう思うものの体が強張って動かない、震えが止まらなくて動かせない。

まるで時間がゆっくり進んでいるような、いや、いっそのことゆっくり進んでいて欲しい。そう願った。

『――そう考えると、彼が居るうちならば球団一つとは言え安いものだとは思わんかね? とにかくプラン通りに事を運んでおくようにな』

ゆっくりと、しかし刻一刻と着実に過ぎていく時間の中で、鈴は必死に体を動かそうともがく。

 どれだけもがいていただろうか、時間の感覚無くなり掛けたその時、ようやく強張りが引いていくのを感じた鈴。

今しかないと言わんばかりに履いていた靴を一気に脱ぎ、やっと一歩踏み出せた鈴はそのまま自分の部屋がある二階へと繋がる階段を目指す。

リビングのドアの前を何とか通り過ぎ、階段まであとちょっと。

階段にさえ辿り着ければ――――。

 

「誰か居るのか?」

 

 そんな時だった。

電話を終えた茂は突然の物音に気付き、廊下の様子を見にリビングから出てきたのだ。

「と、父さん――っ」

「鈴だったか」

最悪なタイミングで鉢合わせしてしまった二人。

普段とそう変わらない雰囲気で茂は我が娘を見据えていた。

が、鈴には何となく分かっていた。父親が見つめていたのは自分自身ではなく右肩に掛けていたエナメル製のスポーツバッグとバットケースだったという事を。

その視線が何を意味していたのかも。

(まさか矢野さんとの自主トレ、ばれてないよね……この事知ってるのは母さんだけだもん)

 

「……鈴、丁度お前に話があったのだ。こっちへ来なさい」

 

 話――この言葉に一抹の不安を抱き、鈴はおずおずと茂の一足遅れでリビングへと入っていく。

リビングへ入ると既にいつも座っている革張りの薄茶色のソファーに茂が腰を下ろしていた。

大画面のテレビから流れてくる夕方のスポーツニュースの声、にも拘わらずリビング内を満たしていたのは静けさ。壁に掛けられていた時計が刻む時の音だけが響いていた。

そんな静寂の中、鈴は俯きながらも視線だけで父親の様子を窺ってみる。

やはり内心怒っているのだろうか――。

「鈴、最近河川敷で野球しているそうだな。偶然通りがかったお前の同級生の親御さんから聞いた……本当か?」

淡々と言葉を紡いでいたが、鈴にしてみればそれが逆に怖かった。

「……う、うん」

物腰こそいつも通り、しかし見つめてくる目のギラギラとした眼光に鈴は思わず返事をしてしまう。

 

 遂に茂に、一番知られたくない存在に矢野との秘密の自主トレが知れてしまった。

それと同時に少しホッとした鈴。

この事を知っているのは自分と母だけ。秘密がバレてしまったのは別な経路からであり、そして母はちゃんと秘密を守ってくれていた。

その事実だけが今鈴の支えになっていたのだが――。

「野球……分かっているのか!? お前の体は他とは違うのだ、軟式も――」

茂は淡々とした態度を一変させ更に言葉を荒らげ我が娘へ己の思いをぶつけていく。

「軟式も周りの子達とお前とは明らかにレベルが違うから、全力でプレーすることもないだろうとやることを許したに過ぎんのだぞ!」

親心なのだろう。

そうだと解っていた、頭ではそうだと理解していても茂の思いは容赦なく鈴の胸に突き刺さっていく。

「それは違う! 父さんは何も分かってないよっ、私はいつだって全力でプレーしてた!」

しかし心は受け入れることが出来ず、もう我慢の限界だった。

「軟式も私がやりたいからやってたし今だって野球は私がやりたいって思ったからやってるのっ!!」

無意識に握り締められた鈴の両拳。

今度は鈴が自分の気持ちを吐露するも茂はそれを意に介すことなく、更に返した。

「いいや、野球は男のスポーツだ。守や進ならばともかく、女のお前では無理だと言っているのだ! それにお前の……」

が、何故かそこまで言いかけて言葉を呑み込んだ茂。

違う、呑み込んだのではなく言葉を詰まらせた。という方が正しいのかもしれない。

ほんの一瞬二人の間に訪れる沈黙。

苦しい表情で視線を逸らす鈴だったが茂が何故続く言葉を口にするのを躊躇したのか。その理由も、本来続くはずだった言葉が告げる“事実”が何だったのかも鈴は知っていた。

知っているからこそ余計に悲しく、そして“その事実”を何があっても認めたくはなかった。

そう涙で滲んだ銭葵(マロウ)色の瞳が訴えているようだった。

 

「どうして……どうして分かってくれないのよ!? 私の体のことは、私が一番よく知ってる!」

 

 そんな沈黙の空気を先に破ったのは茂ではなく鈴の悲痛の叫び。

普段の鈴からは想像もつかない激しい剣幕は更に続く。

「それに軟式の時だって河川敷で野球してる時だって全然平気だった! なのに、どうして……今更ダメだなんて言うのよ?!」

言い終えた鈴の頬を伝っていったのは一筋の光。

「……それは今だけだ、続けていれば悪化するに決まっている」

鈴の思いを、気持ちを目の当たりにした茂、娘をここまで追い込んだのは他ならぬ自分自身。そこから来る罪悪感から茂はゆっくりとその瞼を閉じる。

だが、それでもやはり茂は己の思いを曲げる気にはどうしてもなれなかった。

これが娘のためなのだと――そう強く信じたい。

その決意の下、茂は再び目を見開き先ほど口にすることが出来ないでいた言葉の続きを鈴に告げることにした。

「お前の体は他と違って無理は命に関わるかもしれんのだ。だからもう河川敷に行ってはならん、いいな?」

「……」

鈴に突き付けられる“事実”、そして絶望感。

 

「……もういい」

 

 絶望感に体が震えているからなのだろうか、鈴の口元もまた震えていた。

それでも鈴は自身の胸の内にある想いを支えにし、最後に勇気を振り絞って茂に抗おうとする。

「父さんなんかに私の気持ち解んないよ! 分かろうともしてないんだから!!」

「鈴っ――!」

 そう言い残して鈴は形振り構わず踵を返し走り出した。

リビングのドアを乱暴に開けて駆け込むはずだった階段へと向かう。

「あら、鈴どうしっ」

リビングから出る時丁度入ってこようとしていた母、猪狩静(いかり しずか)とぶつかりそうになるが咄嗟にかわし、そのまま脇を走り抜けた。

 母親の慌てた顔が一瞬視界に入ってくる。が今は立ち止まることも出来ずに一段、また一段と階段を上っていく鈴。

涙を舞わせながら踊り場に差し掛かると、上段の方から人影が下りてくる。

「あっ、姉さん? ……え? もしかして、泣いてたのかな」

下りて来ていたのは鈴と同じあかつき大学附属中学校に通っている弟の猪狩進(いかり すすむ)であった。

鈴にとって双子の弟である進もまたあかつき中学の野球部に所属しているが来週開催される中学最後の大会、その結果を待たずしてあかつきから直々にオファーの声が掛かる程の実力者である。

猛スピードで迫り来る鈴が涙を流していたことに気付くも、事情を聞こうとする前に鈴は既に横切って行った後だった。

 階段も残すところ後少しとなり、登り切れば二階にある自分の部屋とも目と鼻の先。

最後の段から足を踏み出し鈴はやっとの思いで二階に辿り着いた。

二階は階段へと続く通路を挟んで左右に広い造りになっていて、それぞれの方向に幾つも部屋がある構造。

主に左側には茂の書斎と夫婦の寝室、右側には子供達一人一人の自室等があった。

鈴が右側へ行こうとした、その時だった。

 

「きゃあっ」

「痛っ」

 

 誰かと不意にぶつかり両者共に軽く後方へと飛ばされてしまう。

「おい鈴危ないじゃないか、球界の未来が託されている僕の左腕が怪我でもしたら――?」

「に、にいさっ――――!」

ぶつかった相手を確認した鈴は何かを言いかけた、けれどもこのまま立ち止まってもいられない。

そう思い鈴は再び加速した。

猪狩家長男にして鈴の兄、中学時代に進とバッテリーを組んだ試合で完全試合を達成したこともある自他共に認める次期あかつきエース最有力候補、猪狩守(いかり まもる)

そんな猪狩の苦言を振り切って自分の部屋を目指す。

 

(鈴のやつ……そうか、きっと父さんか)

 

 真っ直ぐな廊下を全力で走り、自分の部屋はもう目前。

靴を脱いですぐ部屋に向かおうとしていたから鈴の足下はいつも履いてたスリッパではなく靴下のまま、そのため途中で何度か滑りそうになりながらここまで必死に走ってきていた。

そして何とか辿り着いた部屋のドアを開け、中に入り、制服の入っているスポーツバッグもバットケースも教科書やノートの入っている鞄も無造作に地面へ放り、そのままの勢いで鈴はベッドへと潜り込む。

 薄手のブランケットとはいえ中は暗かった。薄暗闇の中、今まで抑えていたつもりだった、それでも止めることが出来ないでいた涙が堰を切って溢れ出す。

ぼつっ、ぽつっ、と大きな粒となって溢れ出してくる。

「ううぅ……何で分かってくれないの?」

父の言っていることは大概いつも正しかった。

「どうしていつも、私の意志でやりたいこと……選ばせてくれないのよ!」

 

 いつもそうだった。周りの子と違う我が子の事を人一倍心配し、時には度を超すほどの過保護で娘を守ってきていた父。

他の子供達が普通にこなしていた物事であっても父の許し無くばさせてもらえない。

鈴がまだ小さかった頃、当時リトルリーグで活躍していた兄と弟の影響を受け二人と一緒にこっそりキャッチボールや素振りをしていたら激しく怒られたということもあった。

無論、中学生になった鈴が野球をやりたい! そう言い出した時も例外ではなく、当然の如く茂に猛反対された。だが静達が懸命に説得してくれたお陰もあり、何より兄や弟にも勝るとも劣らない野球センスを持つ鈴であれば“女子軟式”なら大丈夫だろうという結論に落ち着いていたのである。

そういう経緯(いきさつ)があったからこそ河川敷での事だけは鈴も納得出来なかったのだろう。

 

 一方、鈴が居なくなったリビングでは――。

 

「――それはそうですけれど、あまりに言い方が酷すぎではないですか?」

「酷いも何もこれが現実であり、鈴にとっても一番の選択なのだ」

 入れ違いで出ていった鈴の様子が気になった静は夫である茂にその経緯を訊いていたところだった。

静には心当たりがあったのだ。ほんの一瞬しか見ることが出来なかったが鈴がバットケース等を肩から掛けていたことから、きっと“あの事”だと、そう直感的に思ったからだ。

「茂さんと同じで私も無理させないことが一番なのはよく分かっています。けれど河川敷に行ってはいけないと決めつけてしまうのはどうなのでしょう……」

「行けばまたやりたくなる、そうさせないようにするのもまた親の務め。しかし静、その様子だと以前から鈴が河川敷で何をしていたのか知っていたのか?」

伏し目がちに小さく頷く静を見て茂の表情が厳しいものへと変わり、語気も強まっていった。

知っていたのなら何故、止めさせなかったのか。大事になってからでは遅いのだと。

「……」

茂をなるべく刺激しないよう、怒らせないよう静は今まで訊いていたつもりだった。

だが大切な一人娘のこととなると言動が盲進しがちな茂に対し、普段穏やかな物腰の静も思わず反論してしまう。

「例え私達にとってこの選択肢が一番であっても、だからと言って鈴にとってもそうだとは限らないはずです」

言葉を発する度に切なさも込み上げてくる、それでも静は話すことを止めない。

「鈴はもう年頃です、一人の女の子なんですよ? 今は一番繊細な時期なんです」

「だから何だと言うのだ。鈴を守り、鈴の未来も守ってやれたならその先にある無数の選択肢を鈴自身に選ばせてやれるかもしれんのだぞ?」

しかし、鈴の時と同じく我意に介せずといった感じの茂――。

 

「……もういいです、私が鈴から直接本当の気持ちを聞いてきます」

「既に決まったことだ。行かんでいい!」

 

 そう言い残し、茂の怒声を背に受けて静はリビングから出ていった。

ドアを閉めその場で立ち止まる。鈴と同じ銭葵(マロウ)色の瞳は少し潤んでいた。

夫の思いと娘の想い、最愛なる二人がぶつかり合わなければいけなかったこの現状があまりに悲しく。

どちらの言い分も理解出来るから、それ故に溢れる涙だった。

が、母親である自分が涙を湛えたままではいけない。

そう思い右手の甲で涙を拭いていく。

 再び階段への一歩を踏み出していた静の瞳には涙はもう無い。

涙の代わりにその両目を満たしていたのは強い意志と、娘への愛であった。

 

 そして二階、鈴ははまだ泣き止めず未だブランケットの中。

涙で濡れるシーツの跡が悲しみの大きさを表しているようだった。

薄暗く、静かな部屋に鈴のむせび泣く音が虚しく響いていた。

どうしたらいいのか分からない、そんな時――コン、コン。

不意に部屋のドアがノックされる。穏やかな音だ。

「…………」

それきりノックの音は聞こえてこない。

鈴も応えることはしなかった。いや、応えることが出来なかった。

こんなに穏やかな雰囲気を持つ者はこの猪狩家にただ一人であり、その事実を知っていたのと今の鈴に応えるだけの余裕が心になかったからだろう。

 

「鈴? 母さんだけれど入っても……いい?」

 

 そう、この穏やかさは鈴の母親である静のもの。

穏やかで、そして優しくて、だかそれさえも今の鈴には怖くて。だから鈴は返事をしなかった。

「……じゃあ、入りますよ?」

少し待ってみても無言のまま、静は仕方なく一言断りを入れてからドアを開ける。

 部屋の中は薄暗かった。

極力音を立てないようにドアを閉めた静が目をやったのは窓の外。

沈み行く夕陽の赤と空の青とが混じり合い、独特の色味の世界が空のキャンパスに描かれていた。

夜のとばりも間もなく下りる頃。

「ほら、りぃん? 顔ぐらいお布団から出しなさいな。そのままだと話しづらいでしょ?」

いつもの声、優しい声で鈴へと語り掛けながら明かりを点けカーテンを閉めていく静。

それでも尚、鈴は体を抱え込むように丸めて黙るほかなかった。

静も小さく一つ息をつき、再び鈴へと語り掛けていく。

「怒りにきたわけではないのですから、安心なさいな♪」

「――ほ……と?」

「ん、なに?」

本当は静の耳には聞こえていたのだろうが、少し悪戯っぽく鈴に聞き返してみた。

心なしか鈴の籠もっているブランケットが微かに動いた。薄手の生地越しに感じた光が鈴の心にも光をもたらしているのかもしれない。

「……ほんと?」

「ふふっ、ほんとうです」

そして鈴は柔らかな声に導かれるようにしてゆっくりとその重たくなった体を動かしていった。

母の優しさにはやはり敵わなかった鈴、ブランケットを纏ったままゆっくりと体を起こしていくとベッドの上にブランケットの山が出来ていく。

その山のてっぺん付近の隙間から声のする方を確認しようと、鈴は顔だけ出してみた。

「あらあら、そんなに泣いてしまって。茂さんに何を言われたのか敢えては訊かないけれど――」

鈴が視界に捉えた静はベッドの端に腰掛けていて、二人の距離は手を伸ばせばお互い触れられるくらい。

すると静はおもむろに左手を伸ばし掌を鈴の額へと軽く添えて、頬笑みながらこう囁いた。

「泣きたい時は涙を我慢してはだめ。気が済むまで泣くのも大切だと、母さんはそう思いますよ?」

「母さん……」

温もりが、伝わってくる。

 

「……う、うわああぁあぁぁあああぁーーーーっ!!」

 

 たった今の今まで枯れそうな勢いで涙を流していた鈴であったが静の言葉と温もりがきっかけとなり、更に激しくそして悲しく泣き出した。

大きな雫で一粒ずつ零れていたのが、まるで滝のように流れ落ちていく。

少しだけ鈴の傍へと近付いた静は額に添えていた左手を、今度は鈴の後頭部へ回し優しくゆっくりと撫でていく。幼い子供をあやすように――。

 どれだけ時が経っただろうか、長かったのか短かったのか。それすら鈴には分からなかった。

静の腕の中、母親の優しさに抱かれながら思いっ切り泣いた鈴。

今は涙もほぼ止まり、乱れていた呼吸も正常な状態に戻りつつあった。

それを静も気付いていたようで、少し待ってから鈴に話し掛けてみた。

「どう? 少しは楽になった?」

「…うん」

静の問い掛けに鈴は微かに首を縦に振り、この様子なら大丈夫そうだと静は思ったことだろう。

「よかった♪ 母さんも少し安心しました。それで、鈴がよかったらでいいのだけど……」

そこまで言うと一旦言葉を句切り、深呼吸を一つ。

そして頬笑みを絶やさずに、それでいて真剣な眼差しでこう続けた。

「母さんに教えてもらえないかしら? 涙を流したくなった、その想いを」

「……うん」

 

 母にだったら、矢野とのことを知っている母になら――話せる気がした。

 

「父さんが、私の体のこともあるからって……河川敷にもう、行くなって…」

静がリビングに入ろうとする前に一体何があったのか、掻い摘んで説明していく。

しかし、自分の口から改めて語ることは予想以上に辛く、せっかく治まりかけていた涙が瞳の奥から込み上げてきそうだった。

それでも鈴は懸命に静へと伝えていった。

一通り聞き終え静もその時の鈴の気持ちを察して項垂れてしまう。

そんな静であったがその悲しみの中で一つ感じたことがあったのだろうか、沈んだ視線を鈴へと戻していく。

「だけどそれだけが理由じゃない。そうでしょう?」

「う、うん。河川敷に行けないと一緒に野球の練習ができない……練習出来ないと、会えなくなっちゃうかもしれないの…あの人と」

そう、河川敷は鈴と矢野が出逢った場所であり、二人にとってそこはかけがえのない場所。

言わば矢野との唯一の接点。

今の鈴が矢野に会うことの出来る理由が“河川敷での合同自主トレ”しか無いのだと、鈴は思っていた。

「でも、それだったら何もそこで野球をしなくても、そこに行くだけでも会えるんじゃないかしら?」

それしか矢野に会いに行く方法がない。一種の思い込みを鈴はしているのではないか……そう静は先ほどの話の中で感じていたのだ。

「――違うのっ!」

茂の時と同じく静の問い掛けは至極御もっとも。

そうと分かっていても今回もやっぱり自分の気持ちを曲げない鈴。

全身で否定するように言葉と共に凄い勢いで立ち上がる、その勢いは纏っていたブランケットは跳ね除けるほどだった。

「違う、違うの……ただ会えるだけじゃダメなの!一緒にっ――一緒に野球できなきゃ、意味ないのっ!!」

だったのだが……。

 

「つまり、好きなのね?野球も、その人のことも」

「すっ、すすすす好きだなんてっ――どどどどうして分かったの!?!?」

 

 思いもかけない静の指摘、全く心の準備の出来ていなかったところへの指摘だったため鈴は慌て出す。

それもそのはず、矢野とのやり取りや河川敷での自主トレのことは静に話こそすれど鈴自身の想いは今まで口にしたことが無く、それ故に急に慌てていたのだ。

母の一言に図星を突かれ頭の中が真っ白になっていく。それとは対照的に頬は真っ赤に染まっていく。

その様子を見て静の表情は自然と和らいでいた。

「ふふっ、ただの女のカン、かしら♪ それに私は鈴の母さんですよ? 顔と仕草を見れば大抵のことは分かります」

「……はぁ、母さんには敵わないや」

言葉の最後を飾ったのは茶目っ気たっぷりなウインク。

そんな静の柔和な雰囲気に当てられてさっきまでの鈴の勢いはどこへやら、全身から力が抜けていき鈴はベッドの上に座り込んでしまった。

 鈴が逃げ込んだ時には暗かった部屋も、今はすっかり明るくなった。

明かりが点いたから、もちろんそれも要因の一つではあるが一番の要因はきっと静だろう。

その存在が鈴を癒し、温め、そして包み込んでくれたからこそ絶望の底で倒れそうなりながらも今苦笑いしていられる。だからこそ素直になれる。

これが母の優しさなんだ。鈴はそれを全身で噛み締めていた。

「うん、だからね? 好きな人と好きなことをしたいなって……初めてなんだよ? こんな気持ちになったの」

「それは分かるけれど……鈴、あなたは――」

あの時、鈴がリビングで茂に伝えられなかったことを静に打ち明けてみた。

すると静もあの時の茂のように言葉を詰まらせてしまった。

そして鈴には静が何故言葉を詰まらせ応えることを躊躇したのか。その理由も、続く言葉が何だったのかも分かっていた。

何故ならば静と茂が言おうとしていたことは同じ内容だったから。

「私にはもう、十年後――もしかしたら数年後の未来だってないかもしれない。だからね? だからこそ」

それを承知の上で尚、鈴は語り続ける。

「ワガママ言ってるのも分かってる、家族に心配かけてるってことも知ってる………」

静を真っ直ぐに見つめる鈴、静もまた真っ直ぐに見つめ返してくれていた。

「いつまであるのか分からない時間だからこそ……その時間を自分の意志で生きたいの!!」

「……」

その瞳は矢野と約束を交わした時と同じ、あの夜空の下で矢野を見つめていた時と全く同じものだった。

自らの意志で選び未来へと歩んでいこう。そんな強さが溢れる銭葵(マロウ)色の瞳。

 言葉を詰まらせはしたものの、静は鈴の言葉ちゃんと耳を傾けていた。

心からの素直な言葉を、黙って聞いてくれていた。

「…………はぁ、分かりました」

そして鈴が決意して気持ちを語ってくれたように、静もまたとある決心をする。

「鈴のその瞳に母さん負けました。けれど、今のその気持ちとその瞳、忘れてはだめですよ? 母さんは鈴を信じます」

それは静にとって、母親という立場にとってとても難しく、辛い決断だった。

茂が言っていたように鈴の“体”のことを考えたならこの決断は間違ったものなのかもしれない。

しかし鈴の“心”を思うならばきっとこの決断は間違ってはいない。

「ほ、ほんとっ!? あっ、でも父さんは……」

迷いがないと言えばそれは嘘になる、決断した今でも迷いが消えることは無かった。

「茂さんには時間を掛けて母さんからも話してあげます。けれど最終的に茂さんを納得させることが出来るのは、鈴と……その瞳だということも忘れてはだめ、ですからね♪」

色んな問題に直面したその時、選択し立ち向かい、乗り越えていくのは他ならぬ鈴自身だから。

だからせめて、鈴が困っている時は隣に居てあげよう。大丈夫だと頬笑もう。

それが鈴の、大切な一人娘の支えになるのだと自ら信じて。

鈴を見つめる静の瞳はとても温かだ。

優しさ、そして同時に厳しさもその中に込めて。

鈴もそれは感じていた。

 

「うんっ、母さんありがとう! 母さんのことも大好きだよっ♪」

「あらあら♪」

 

 鈴はもう泣いてはいなかった。

母の胸の中へと飛び込み、そこにあったのは笑顔。

母と娘、とてもよく似た二つの笑顔。

いっぱいの温もりに抱かれ、優しく頭を撫でられて。

もう暫く静の胸の中でこうしていたいと――。

そう思った。

 




ここまで読んで下さり誠にありがとうございます!
鈴ちゃんの秘密が少しずつ語られた今回ですが肝心なところが明らかになるのはまだ先になります。

そして猪狩ママンこと静さん、自分の作品内では原作と大分性格等が違っております。
と言うのも、この小説の構想を練っていた時が丁度パワプロ8~9が出ていた頃で、その頃は当然ゲームの方に静さんは登場していませんでした。
で10が発売した時にまさかの登場!
しかも性格も自分が考えてたのと違っていて……でも自分で設定していた静さんのが個人的にしっくりきてたので思い切って原作無視してオリジナル設定のままにしてたりします。

しかし、あれですね。
文章ってちゃんと考え出すと難しいですね。
一文一文の印象もそうですが全体的に見た時にまた違った印象になりバランスも変わって見えたり。
その折り合いをつけていくのが今回特に大変でした><。
しかもこれだけ1話の中に文章が続く話内のどこかで同じ表現してたり言葉使ってたり……。
もっともっと精進せねばです!


ではでは今回はこれにてですっ。
読んで下さった皆様も良いお年を~(≧∀≦)ノシ


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第12話~日が昇らぬ暁~

皆様、おばんでございます!
前回更新が去年の大晦日――orz
こんな超絶遅筆な作者でほんとごめんなさい。゜(゜´Д`゜)゜。
この更新を機に、これから執筆活動頑張っていきます!

さてさて、今回はちょっと外伝的なお話?になっております。
舞台も恋恋ではありません←タイトルでバレそうですが…。

かなりの長い期間を掛けて書いたものなのでところどころ文体がおかしくなっていたり、途中で書き方が分からなくなってしまったりと色々あったので読みにくくなっているかもしれないです><

ではっ、文量少し多めですがごゆるりとお読み下さいませ(*^o^*)


 合宿の日程も無事に決まった七月下旬、矢野達は合宿に備えて日々の練習に精を出していた。

煌めく太陽の下、一心不乱に白球を追っていく。

大会に出場出来ない思いを、悔しさを胸に秘め練習に打ち込んでいた矢野達。

人数不足の問題が無ければ恋恋高校も出場出来たであろう夏の甲子園行きの切符を懸けた予選大会――いわゆる夏季都道府県大会である。

矢野達が夏休みに入って数日が経った今日、その大会は佳境を迎えようとしていた。

 

 夏季県大会決勝戦。

 

 勝った方が甲子園へと進むことが許されるこの試合、矢野達が練習に汗を流している丁度その頃、頑張市民球場にて執り行われていたのだ。

ここまで勝ち上がってきているのは安定感ある投手陣を有しているそよ風高校、エースは三年生の阿畑やすし。

変化球を得意としている阿畑の最大の武器は独自に編み出したナックル、その変化は既にプロの域に達していると言われるほどに千変万化。

 そんなそよ風高校に対するは言わずと知れた県内最強校、あかつき大学附属高校。

絶対エースの一ノ瀬塔哉を筆頭とする選ばれし九人(ロイヤルナイン)が居る今のあかつきは間違いなく歴代最強メンバーと言えよう。

 

 故にこの試合を見守っているほぼ全ての人はこう思っていたに違いない。

決勝戦もあかつきが勝利を収めるだろうと。

だが、彼らの中に不安材料が全く無かったのかと言えば――。

 

「ボール、フォアボール!」

 

 そう言う訳でもなかった。

今の“あかつき一強”を象徴する存在、一ノ瀬塔哉。彼だけが本来の実力を未だ出し切れていなかったのである。

実力を十二分に発揮している一ノ瀬はまず失点しない。

それこそ甲子園常連校レベルであっても容易に得点を望めない、それほどの実力を持っていた。

一ノ瀬が入学したその年、あかつきは夏季選手権ベスト4、春のセンバツは準優勝。二年目の夏はベスト8、春は優勝。

あかつきのここ二年間の大会成績からも、幾度もマウンドに立っていたのが一ノ瀬だったことから彼が優れたピッチャーだということが窺い知れるだろう。

 しかし、今マウンド上に居る一ノ瀬は少なくとも圧倒的な威圧感を纏ってはいなかった。

寧ろどこか焦っているようにも見えた。

試合も既に中盤に差し掛かっていて五回表、この回の先頭打者から連続で四球を出してしまいノーアウトながらも満塁という、あかつきにとって本日三度目のピンチをその焦りから招いてしまう。

本来の一ノ瀬であれば精密機械と称される抜群のコントロールで四球はおろかヒットすら滅多に出さないはずなのだが、今日はここまでで既に5被安打9四球2失点――。

完投出来るだけのスタミナは十分に持ち合わせていたものの打ち込まれ、自らの手でランナーを何度も出してしまった一ノ瀬の息は既に上がりかけていた。

肩で息をする一ノ瀬は額から滴る汗で滲む目を軽く手で吹き、キャッチャーの出すサインを確認しようとした、その時――。

 

「……タイムお願いします」

「タイム!」

 

 一ノ瀬の乱調を見ていられなくなっのか、自らタイムを申告してマウンドへと駆け寄ってきたのはあかつきのキャッチャーだった。

赤い髪をキャッチャーヘルメットから覗かせて目の前の一ノ瀬を心配そうに見つめるあかつきの正捕手、二宮瑞穂(にのみや みずほ)

「一ノ瀬さん、まだ本調子出せそうにないっすか?」

「……ちょっとキツイ、かな」

お互いそよ風側に見えないようミットとグローブで口もとを覆い隠しながら言葉を交わしていく。

が、懸命に抑え込もうとも一ノ瀬の異変は隠せない。

女房役である二宮にもそれは伝わっていた。

「やっぱりまだ――」

と言うより寧ろ二宮はその異変の原因が何なのか、乱調の理由がどこにあるのか。それを知っていた。

 

「――まだあの時のことを?」

「かも……しれないな」

 

 二宮が“まだ”と何度も口にしたのには理由がある。

実は一ノ瀬のこの乱調は今急に始まったものではない。もっと前からのものだった。

特に酷かったのは春季県大会、その頃の状態は今よりもずっと酷かったのだ。

一ノ瀬の真骨頂とも言える狙ったところに寸分違わず投げることが出来るコントロール。そのコントロールがベースにあるからこそ真価を発揮出来る多彩且つ高レベルな変化球。

だがある日を境に投げてもコーナーに決められない、これまでほぼすっぽ抜けたことのない変化球も失投するようになった。

 一ノ瀬と二宮、球場全体からの声援が立ち上っていく空を見上げ、それぞれ思い出す。

調子を崩すきっかけとなった“あの日”のことを。

そして“あの日”から続く今日までのことを――。

 

(――巴)

 

 

 今から三ヶ月ほど前、春季県大会が目前まで迫ってきていたこの日。

この日も穏やかで清々しく晴れた、とても野球日和な日だった。

 

「巴……」

 

 しかし、頑張市内にある総合病院のとある一室、その室内の空気だけがそんな空模様とは対照的に重苦しく沈んでいた。

病室前に書かれていたこの部屋の患者名は“一ノ瀬巴(いちのせ ともえ)”。

一ノ瀬――あかつきの絶対エースと同じ苗字であるが、それは偶然でも何でもない。

そう、この病室に居る患者というのは一ノ瀬塔哉の妹なのである。

 兄である一ノ瀬は部活を特別に早退させてもらい入院中の妹、巴のお見舞いにこの総合病院へと来ていたのだが、この時二人の間には和やかな雰囲気など存在していなかった。

「どれだけここで苦しい思いしてるかなんて……誰もわかってくれないじゃない!」

「そ、それは誤解だ巴! 誰もそんな事思っちゃいないさっ」

ベッドの上で上体を起こしていた巴は何故か激昂していた。

そのすぐ横で慌てる一ノ瀬、マウンド上であっても普段であっても冷静で、余裕を常に持てていた一ノ瀬からすればそれは異例な事態。

何故一ノ瀬がそこまで取り乱さなければいけなかったのか――。

「それにだ、昔ならともかく今の医学ではちゃんと治せるんだぞ?」

「治ったってまた別の病気にかかるだけ、なら……治す意味なんてあるの!?」

そこには巴の過去が関係していた。

これまで巴は生まれつきの病弱体質から幾つもの病を患い、その度に入院と治療、そして退院を繰り返していた。

更に治療のために服薬していた薬の副作用や様々な合併症等も相まって、巴は自身の人生の大半を病院内で過ごすしかなかったのだ。

 そして巴もまた、そこまで実の兄に怒りを露わにさせたのは何故なのか。

 

「――兄さんも知ってるでしょ? 私の結核は他とは違う、治療も難しいんだってこと」

「……」

 

 自嘲とも、諦めとも取れる、先程とはトーンの違う声で巴はそう話し、一ノ瀬の表情も曇っていく。

巴自ら口にしたように巴は現在、結核を患っている。

しかも多剤耐性結核という世間一般で言われているような結核とは少し違うものだった。

一ノ瀬が新三年生として春のセンバツに出場していた頃、体の具合が芳しくないと診察を受けていた巴は結核だと診断され入院することになった。

その時はまだ結核だったが、入院後程なくして結核菌に抗結核薬が効かなくなる多剤耐性結核へと悪化してしまったのだった。

 一ノ瀬の言うように医学の発展した現代ならば結核は治療率八割と治せる可能性は昔に比べれば高いと言える。

しかし、巴の患っている多剤耐性結核の場合は治療率は五割程まで落ち、結核菌に抗結核薬への耐性が付いてしまうえばしまうほど治療は困難になり、最悪の場合もあるとも言われている。

その昔この病がまだ“労咳”と呼ばれていた時代では、人々はそれを近付くだけで伝染する不治の病、死病と恐れ忌むべき存在としていた。

勿論、これらは当時の間違った知識による若干誤った認識ではあるのだが――。

幕末の世を儚くも力強く駆けた天才剣士や、国の行く末を憂えた英傑もこの結核が元で命を散らしている。

 

「確かにそうだが……諦めない限り希望はあ――」

「諦めるな? 希望はある!? そんな言葉もう聞き飽きた!」

 

 一ノ瀬から贈られたものなのだろう、巴は手元に置いてあった花束をぎゅっと掴み叫んだ。

次の瞬間、巴の言葉と共に投げつけられた花束は一ノ瀬の左肩に当たり床へと落ちていく。

埃一つ無い清潔感ある白い床に散らばっていった色とりどりの花。

巴が投げたのは正確には一ノ瀬なりの気遣いの込められたフラワーアレンジメントだった。

花瓶が置いてない病室もあることと、水やりなど負担にならないようにと、一ノ瀬は巴が今まで様々な病で入院していた時はその度に馴染みのある野咲青果店にフラワーアレンジメントを作ってもらい、それを持ってお見舞いに来ていた。

そんな今回アレンジに用いた白や黄色やオレンジのガーベラと、青とピンクの薔薇が一ノ瀬の足下に哀しく横たわる。

視線を落とす一ノ瀬の瞳も切なさで溢れていた。

「この狭い病室だけがわたしにとっての世界、ずっとここで……」

周囲の時間がゆっくり流れていく、その感覚の中で一ノ瀬は俯くことしか出来ない。

巴も言葉に詰まり、ほんの一瞬目を伏せた。

そして窓の外に視線を移し、ゆっくりと、淡々とした口調で言葉を結んでいった。

「――ずっとここで生きていかなきゃいけない、どんなに頑張ったってわたしの世界には絶望しかないんだ…」

「…………巴」

時間だけが刻々と空しく過ぎていく。

それきり会話もないまま、二人の視線も交わることはなかった。

 

「……もう面会時間も終わりそうだし、兄さんそろそろ帰るよ」

 

 一ノ瀬は精一杯の笑顔でそう言って入ってきたドアの方へと踵を廻らせる。

その笑顔が届かなくとも、最後くらいは明るい雰囲気を残していってやりたい。

また一人にさせてしまう巴のためにと、そう思って一ノ瀬は退室した。

 廊下へ出ると深いため息を一つつき、気持ちを整えていく一ノ瀬。

「一ノ瀬さん、何かあったんすか……?」

「あ、う、うん大丈夫、何もなかったし妹は元気だったよ」

 病室を出て最初に声を掛けてきたのは二宮だった。

彼もまた一ノ瀬に誘われる形で総合病院を訪れていて、一ノ瀬の招きがあれば中に入るつもりであったが室内の雰囲気を察してずっと通路の方で待っていたのだ。

二宮の問いに笑って答えた一ノ瀬だったが、二宮にはそれが空元気だと解った。

「――すまないな瑞穂、ボクから誘っておいて」

「オレはオレの意思でここに来たんですから気にしないで下さい」

だからこそ一ノ瀬のその思いを無駄にはしたくない。

待っている間に病室から二人の会話が聞こえてきていたこともあったのだが、普段からバッテリーを組んでいる二宮だからこそ一ノ瀬が見せないようにしている哀しみを感じ取ったのだろう。

「時間もまだあることですし、これからバッティングセンターでも行きましょうか」

「そうだな、大会も近いし……よし、行くか!」

 哀しみの原因については深く触れずに次の目的を示して、そちらに誘導していく。

一ノ瀬の気が少しでも紛れるのならばそれでいいと二宮は思い、二人は病室の前から離れることにした。

 一ノ瀬が閉め忘れていたのか、ドアに少し隙間があったため二宮は通り際に横目で中を窺った。

 

(まったく、実の兄に酷い言い様だったが――これは一ノ瀬さんの家庭の問題だしな)

 

 無表情のまま外を見つめている巴と、そして自分の隣に居る空元気の一ノ瀬。

二人の事が気懸かりでも、二宮は部外者が立ち入ってはいけない問題なのだとその思いをこの時は抑え、一ノ瀬と共にその場を後にすることに。

 一方、小さな世界に独りぼっちになってしまった巴はまだ窓の外を見つめていた。

鬱屈した思いをぶつけるように、晴れ渡る空をきつく睨んだ。

 

(晴れの日なんて……嫌いだ)

 

 窓の外に広がる自由な世界を最初のうちは睨んでいた、だが兄に激しく当たってしまった事が今更になって心を締め付けてくる。

気付けば尖りが消えた力無い眼差しでぼんやりと外を眺めていた。

色白な頬に伝う一筋の悲しみの雫。手元に零れ落ちた、その時――。

「……?」

雫が弾ける音で、手や毛布に落ちた音とは明らかに違う、本来は聞こえるはずのないその音で我に返る。

そして、ゆっくりと手元を見てみた巴は更に驚いた。

「こ、これって兄さんからの……」

そこにあったのは一枚のメッセージカード、涙は“巴へ”の文字の上に落ちていた。

恐らくガーベラと薔薇のアレンジメントに添えられていたカードだろう。

一ノ瀬にそれを投げつけようと持ち上げた時に手元に落ちてきたのかもしれない。

震えだした指先を懸命に動かし、二つ折りになっていたカードを開いていく。

 

「――――ばかだよ、ほんとに…兄さんも、わたしも……うぅ」

 

 カードの中に書かれていた一ノ瀬からのメッセージを読み終えた巴の両目からまた熱いものが込み上げてきた。

自分の意志では止められず、止めどなく涙が溢れ、ぽろぽろと零れていく。

胸の前で両手に包まれていたカードはくしゃくしゃになってしまったが、巴はそれでもカードを手放そうとはしなかった。

一ノ瀬が伝えたかったこと、それを知り、涙声になりながら巴は口にした。

「ありがとう」と――。

 

 その頃バッティングセンターへ向かっていた一ノ瀬は、自分の思いがこの時既に巴へと伝わっていたことを知る由もなかった。

 

 

 その日を境に一ノ瀬は周囲に巴のことを話さなくなった。

これまで周囲にシスターコンプレックスじゃないかと言われてしまうほど一ノ瀬は巴のことを話していたが、それがぴたりと止んでしまったのである。

時を同じくして極度のスランプに陥ることとなった一ノ瀬。

開催を迎えた春季県大会は一ノ瀬にとって苦戦を強いられるものとなった。

140キロこそ出ていたもののストレートの球威は落ち、針の穴を通すコントロールは影を潜め、多彩な変化球は精細を欠き、その豹変したピッチングは最早別人。

それでも、そんな状態でもエースナンバー“1”を背負い一ノ瀬は投げ続けた。

一ノ瀬が打ち込まれたり追い込まれるような展開になった時は二年程前の一ノ瀬と同じく、入部して早々に一軍入りを果たしていた猪狩守がリリーフ登板という形を取り、一年とは思えない並外れたピッチングで好救援。

一ノ瀬の粘投、猪狩の快投、そして歴代最強メンバーの攻守に渡る援護もありこの春季県大会をあかつきは無事制する事が出来たのだった。

更に少し間を置いて開催された春季地区大会、こちらもベスト4と結果を残している。

 春季地区大会も終わり、一ノ瀬達三年生にとって残るは夏の大会のみ。

後一ヶ月ほどもすれば夏季県大会、刻一刻と大会開催の日が迫ってきていたが一ノ瀬はまだスランプから抜け出す糸口すら見つけられないでいた。

 

 

 そして、とうとう夏季県大会が、一ノ瀬にとっての最後の夏が始まり――。

スランプ真っ直中の一ノ瀬であったがその背に背負っていたのはやはり背番号“1”。

不調から未だ抜け出せていない、そう分かってはいたがあかつき野球部の監督である千石忠(せんごく ただし)は一ノ瀬の本当の実力と部員全員が慕うその人望を信じ、敢えてエースナンバー“1”を一ノ瀬に託したのである。

 調子を崩し始めた三ヶ月ほど前に比べれば復調の兆しを見せていた。

猪狩に助けられ、メンバーに支えれらながらも初戦、続く第二回戦も無失点では切り抜けられなかったが何とか勝ち進んでいった。

 そうして“あかつき一強”は勝利を重ねていき、決勝戦前日となる休暇日の早朝。

この日あかつき野球部は翌日の決勝戦に備え、一軍のみであるが専用グラウンドにて朝から最終調整する予定となっていた。

とは言え千石監督も流石に鬼ではない。お昼前には終了する予定の軽めの調整だった。

主力メンバーということもあったが一ノ瀬や二宮、他の選ばれし九人(ロイヤルナイン)達はそれ以外の一軍部員達よりも早めにグラウンドに入りストレッチを既に始めていた。

「オレ達高校球児にとっては怪我は大敵! 入念にストレッチはやらんとな」

「それは分かるけどさー、ちょっとやり過ぎなんじゃない?」

親子程の体格差でペアを組み体をほぐしていく二人。

大柄でとても高校生には見えないが、ストレッチの重要性を説いているのは五十嵐権三(いがらし ごんぞう)。一方、呆れ顔で話を聞いている小柄な部員は八嶋中(やじま あたる)

「何を言う! それでは40歳になってもベストパフォーマンスを出せる選手に――」

「まーた始まったよ、五十嵐の長話……」

「あの武蔵雷蔵選手のような選手にはなれんぞっ」

最早反論することすら面倒臭いかのように八嶋は目を細め、まるで機械になったかのように無言でストレッチを行っていった。

 

 しかし、五十嵐がそこまで口うるさく語ってしまう武蔵雷蔵(むさし らいぞう)という選手。実はとんでもない存在だったりする。

四十歳にして超一流プレイヤー、それが武蔵雷蔵。

プロ選手としての実働年齢や実年齢、色んな要素が絡むので全ての選手に当てはまるものではないが、大抵は三十代前半からベテランと呼ばれるプロ野球界。

その世界に於いて四十代ともなればいつ引退していてもおかしくなく、例え現役であっても当に全盛期の能力は色褪せ一軍で活躍するのに人の何倍も、何十倍も努力しなければならない年齢。

だが、武蔵は違った。齢四十にして現役、一年間スタメンであり続け、成績も落ち込む時はあれどシーズン終わってみれば打率は3割を超え本塁打は20本前後、打点も90以上の成績を毎年のようにキープしていた。

この年齢で毎年当たり前のように高い成績を残し必ずと言っていいほどオールスターにも選ばれている。

最早ここまで来れば鉄人である。

 加えて武蔵は優勝請負人という異名も持っていた。

優勝請負人――それは優勝の二文字をチームへともたらす存在。

ここ数年は武蔵本人の希望で単年契約となっていて同じ球団に二年在籍したことはない。そして武蔵の居た球団はその年必ずリーグ制覇を果たしていたことから、巷では“優勝請負人”と呼ばれ畏怖の念を抱かれている。

正しく誰もが認める超一流プレイヤーと言えよう。

 因みに武蔵雷蔵という一風変わった名前が本名なのか、単なる登録名なのか、その真相については誰も知らない。

気にはなっても誰も実名を追求しない、出来ないのは武蔵の非の打ち所のない成績と彼が非常に寡黙な性格のためだろう。

何より同じチームの者で合っても近寄り難い雰囲気が武蔵にはあるのだ。

それ故に、武蔵の詳細についてはごく一握りの球界関係者しか知る者はいないだろうと専らの噂である。

 

 ――と、五十嵐は八嶋へ憧れの武蔵について“いつものように”熱弁したのだった。

 

「全く、五十嵐もあの熱く語る癖が無ければ本当に良いヤツなんだがなあ」

「オレもそう思ウ、ああいうの玉に瑕って言うネ」

 そんな二人を尻目に黙々とストレッチをしていたのはあかつきが誇る主砲二門だった。

身長こそ五十嵐より若干低いががっちりとした体格を持つ三本松一(さんぼんまつ はじめ)

日に焼けた肌の三本松とは対照的に色白で一見細身だが筋肉質な体型をしているのはアメリカ人と日本人のハーフである七井=アレフト。

三本松と七井はあかつきの打線の主軸を担うパワーの持ち主、同じスラッガーとしてライバル心をお互いに持っていた。

二人共チーム内で1、2を争うほどのスラッガーだが三本松は力の、七井は技のバッティングを信条としていた。

バッティングスタイルは真逆な二人でも、ライバルとして、また良き友として日々切磋琢磨出来る竹馬の仲。それが三本松と七井である。

「そういえば六本木の姿が見えないガ……」

「ああ、六本木なら病院らしい。間に合えば顔を出すと昨日言ってたからな」

七井が気に掛けていた六本木というのは、ショートを守っている六本木優希(ろっぽんぎ ゆうき)のことだった。

エリート揃いの選ばれし九人(ロイヤルナイン)、その中でも六本木は守備の名手と言われるほどで、事実その抽ん出たフィールディング能力は九人の中でもトップレベル。

また線が細く丸みのある輪郭と中性的な顔立ちで校内の男子女子問わずに人気も高い。

ただ、本人曰く虚弱体質であるため今回のように通院等の理由で練習に遅れて来たり早退したり、場合によっては休んだりすることもたまにあるとか。

 

 そして二宮はといえば――。

こちらもペアを組んでストレッチをこなしていた。

「二宮、ちょっとええか?」

「ん? どうかしたか九十九」

二宮と共にいるのは九十九宇宙(つくも そら)

得意分野に於いてはそれぞれ突出した能力を持ち、その他の能力も一般的な選手の平均を上回っている選手が多くいる選ばれし九人(ロイヤルナイン)だが、九十九は少し特異な存在だった。

突き抜けた能力というのは特に無いが、その代わりに全ての能力が一般選手の平均レベルを大きく上回る形で纏まっている。言ってしまえば弱点らしい弱点が無いという事。

「一ノ瀬さんホンマに大丈夫かいな? オレら来る前からずっとああなんやろ?」

「大丈夫――じゃないな。たぶんずっと休んでない感じだな、あれ」

そんな九十九が指差しながら、心配そうな視線を向けるその先には一ノ瀬の姿。

神妙な面持ちで走っていた。レフトからライトの間、外野ポール間を黙々と走っていた。

九十九にも雰囲気から察するところがあったが二宮は既に勘付いてた。

絶対的エースのスランプの訳に、一ノ瀬の辛そうな表情の理由に。

 

(それしか、考えられねえよな……)

 

 と、二宮が思った瞬間、一軍専用グラウンドの入り口から人影が出てきた。

「――みんな集まってくれ! これから特別ミーティングを始めるぞ!」

人影が発した声にグラウンドでストレッチをしていた六人はその下へと駆け寄っていく。

「ん? 六本木はまだ来てないようだが、仕方ないな。この八人でやろう」

「オー、分かったネ」

「もうそんな時間かいな」

「おいら頭で考えるのは苦手だけど…勝つためには必要だよね」

ある者は口々に答え、またある者は無言で頷き意思を示した。

「一ノ瀬さんは――まいったな、オレの声が聞こえなかったんだろうか」

「みたいだな、四条先に行っててくれ。一ノ瀬さんはオレが呼んでくる」

二宮がそう告げた、人影の正体は選ばれし九人(ロイヤルナイン)の一人、四条賢二(よじょう けんじ)だった。

四条はその冷静沈着な頭脳と、高い情報分析能力を千石監督に評価されて二年生でありながら副キャプテンに就いている。

選手としても九十九に次ぐバランスタイプであり、堅実な守備は先輩後輩問わずにお手本とされるほどである。

「すまない、そうしてくれると助かるよ」

そう銀縁眼鏡を光らせながら言った四条は他の五人を連れて、一軍専用グラウンドの出入り口通路の一角にあるミーティングルームへと歩いていった。

そして外野ポール間をただひたすらに走り続けていた一ノ瀬を何とか呼び止めた二宮、疲れよりも焦りに表情を曇らせていた一ノ瀬を心配しつつも二人はミーティングルームへ向かうのだった。

 

 明日の決勝戦についてのミーティングが終わり、六本木や他の一軍メンバーも合流して行われた最終調整は予定通りにお昼を前に無事終了。

各自思い思いに汗を流したその表情は爽やかなものだった。

ただ一人、一ノ瀬だけを除いて――。

 解散となり手早く支度を済ませ帰宅する者、仲の良い数人で町に繰り出す者。

それぞれの方法で鋭気を養おうとしているその中で、一ノ瀬は一人ロッカールームで考え込んでいた。

その様子を二宮はミットの手入れをしながら見守っていたがそれももう限界だった。

(ダメだ、このままオレが考え込んでても事態は良くならねえ……!)

呼び掛けたが反応が薄く、せっかくの勢いが空回りしてしまった二宮、一方の一ノ瀬、そんな決意など知る由も無いからか不思議そうな視線を送っていた。

呆気に取られた表情を見ているうちに「はぁ……」と、二宮の口からため息が漏れる。

気を取り直して二宮は一ノ瀬に気取られないように言葉を繋げた。

「一ノ瀬さん、明日決勝戦なのを承知の上でお願いがあります」

「お、お願い? いつになく畏まってるな瑞穂」

普段であっても一ノ瀬に対しては尊敬の念を抱いて接することが多い二宮だったが、今の雰囲気はそれに真剣さが加わったもの。

二宮は困惑気味な一ノ瀬を見据えて更に続けた。

「オレ、明日の対戦校のエース打ち崩せるか不安で、だから……」

勿論、バッティングに不安があるというのは嘘である。

いや、確かに多少の不安はあるが本題は別にあるのだ。

「だからこれから一緒にバッティングセンター行ってオレに指導してくれませんか?」

「……なんだか突拍子もないけど、瑞穂がここまでするのも何か訳があるんだろう」

そう、二宮にはそうまでして一ノ瀬と二人きりになりたい訳があった。

「オレでよければ付き合うよ」

「ほ、本当っすか!? あ、ありがとうございますっ」

その理由はまだ言えない、そう思いながらも二宮は深々と頭を下げる。

既に室内には二人だけ、二宮達は戸締まりをしてロッカールームを後にするのだった。

 

 こうして一ノ瀬と二宮は学校近くにある行き付けの“豊夢(ほうむ)バッティングセンター”へとやって来た。

ここはよくある町の小さなバッティングセンター、ではあるが一風変わったところがある。

常連客の間では“豊夢センター”の愛称で親しまれていて、取り揃えているマシンはアーム式とホイール式が主。

タイミングの取りやすいアーム式はストレートのみ、逆にタイミングの取りにくさはあるがホイール式はサイドやアンダーの球筋も再現出来て変化球も投げられる。

球速設定も70キロから130キロと、子供から大人まで幅広く楽しむことが出来るようになっている。

――と、ここまでは一般的なバッティングセンターと同じ感じなのだが本題はここから。

それらのピッチングマシンに加えて全国的にまだ認知度の低いエアー式のピッチングマシン、それがここ豊夢センターにはあるのだ。

このエアー式、最近開発されたばかりで知名度は高くないが性能は寧ろ高い。

アーム式やホイール式に比べて格段にコントロールが良くなっていて暴投も殆ど無く、機種にもよるが球速や高低内外角の調整も簡単、ボールの縫い目による変化も人が投げるのと同じくなるように工夫され、様々な変化球にも対応していてナックル等も投げられたりする。

またゴロやフライ、ライン際の際どい打球も再現出来たりとノックマシンとしても優秀。

加えてエアーで打ち出す仕組み上消費電力も少なくメンテナンスのし易さ、金属的な疲労やホイール等の可動部分もほぼ無いためにマシン自体の耐久性も高くとっても経済的。

球給時なども事故が起きにくいと、正にマシンを使う側マシンを使って練習する側、両者にとって夢のようなマシンなのである。

欠点があるとすれば高低内外角の調整機能がある最高級品になると二百万円前後になることぐらいだが、長期間メンテナンスフリーで大丈夫な事とコストパフォーマンスを考えるとやはりアーム式やホイール式よりも一歩も二歩も先を行っているのは否めない。

 

「それで瑞穂、今日はやはりエアー式の方にするのかい?」

「ええ、明日のために少しでもナックルに慣れておきたいですからね」

 

 話をしながら二人はセンター内の通路を歩いていく。

エアー式のピッチングマシンのあるケージの前に辿り着くと中で既に先客がバットを振るっていた。

「ちっ、今日に限って先客がいるとはついてね――ん?」

ここまで来て待たされるのかと面倒臭がるように頭を掻いた二宮。だったのだが、バットを振るう人物を見た瞬間、出かけた言葉を噤んでしまう。

「なんだ六本木か」

「――――え?一ノ瀬さんに……それと二宮さん?」

二宮と一ノ瀬の目の前でシャープなスイングを見せていたのは同じく選ばれし九人(ロイヤルナイン)の六本木優希。

幸いあと1、2球で終わるところだったらしく、安打性の当たりを最後に出して六本木はケージの外へと出てきた。

「たく、それはこっちの台詞だぜ、お前こそ何故ここにいるんだよ」

二宮のその問いに六本木は頬笑みながら理由を話した。

今日行われた一軍のみの最終調整に始まりから参加出来なかったこと、結果何だか不完全燃焼で終わってしまったこと。

そういう経緯があって自分が納得出来るまでここで打ち込みしていたのだという。

「けどよ、六本木は一体を何を打ってたんだ? お前にしちゃあ珍しくフォーム崩されてただろ」

「流石はあかつきの正捕手、よく見てたね。打ってたのは――」

六本木は右手をひらひらさせながら前に出しつつ徐々に下げていくような、そんなジェスチャーで答えていく。

「……もしかしてナックルかい?」

「ご明察です」

どうやら六本木も特別ミーティングで説明のあった明日の対戦校のエースが操るナックルを警戒しなければと思ったらしく、この近辺で唯一ナックルを投げることが出来るピッチングマシンがある、ここ豊夢センターを練習の場に選んだらしい。

「ふむ、二宮もナックル対策したいらしいし……六本木もまだ帰らないようなら一緒にどうだろう?」

「僕なんかでよければご一緒しますよ」

「明日は決勝戦だ、あんまり無理して倒れたりしないようにな」

 同じ場所に来て同じ目的を持っているのなら一緒にやった方が効率的。

(……まぁ、入院通院歴長い六本木なら別に居ても構わなねえか)

一ノ瀬の提案に六本木は柔らかな笑顔で頷き、二宮はここに来た当初の目的を考えると釈然としないところもあったが六本木なら大丈夫だろうと頷いた。

 

 それから二宮と六本木の二人はあかつきの中でもトップクラスのバッティングセンスを誇る一ノ瀬から指導を受けながら打席に入りマシンと対峙していく。

マシンから放たれる予測不能な軌道を描くナックルを、的確で解りやすい指導を受けながら打ち続けること暫く……。

 六本木は少し前から練習していたこともあり、それなりの確率でナックルを捉えられるようになっていた。

そして今ケージの中に入りナックルを打っていたのは二宮だ。

ケージの外からパン、パンッという手の叩く音が二宮の耳に届く。

「よしっ、もうこの辺でいいだろう。瑞穂も大分ナックルの感覚を掴めんたんじゃないかな」

「一ノ瀬さんありがとうございました!」

通路に立っていた一ノ瀬に深々と頭を下げる二宮。

通路を挟み反対側にあるベンチに腰掛けていた六本木も、ケージの前に立っていた一ノ瀬も笑顔で二宮を見つめていた。

二宮も六本木も何とかナックル打ちのコツを掴めたようである。

「二人共、何か飲むかい? おごるよ」

「遠慮するのも悪い気がするのでいただきます」

「オレもゴチになります」

爽やかな汗を流しながら一ノ瀬の後を付いていく二人、少しすると自動販売機が数台置いてある休憩スペースに着いた。

 

「特にリクエストが無ければオレと同じのにするけど――」

 

 そう訊かれた二宮と六本木は温かな視線を返すことで了承の意を伝えた。

一ノ瀬は宣言通りアクエリエットというスポーツ飲料のボタンを三回押した。

自動販売機から取り出した500ミリリットルのアルミ缶を二宮達に手渡し、三人はベンチに体を預けて一斉にプルタブを開けそのまま勢いよく飲んでいく。

グレープフルーツを薄めたような酸味と、程良い甘みが運動した後の体にじんわりと浸透していくようだった。

 缶の容量の残り半分を切ったところで飲むペースを落とし、残りを雑談しながら飲むことにした三人。

「一ノ瀬さんって打ちますよね。それこそ本当にピッチャーにしとくの勿体ないくらいに」

「そうそうっ、ここの最高飛距離の記録保持者も何気に一ノ瀬さんですしね」

二人が口々に言うように、一ノ瀬はバッティングに於いても並々ならぬ実力を持っていた。県内でも屈指の打線を有しているあかつき、特に二宮や九十九、更には三本松や七井といった他校であれば確実に4番であろうパワーや技術に優れたバッター達がいる中で4番を務める程である。

その実力は豊夢センター内の最高飛距離の記録143メートルという、一般の高校球児のそれを大きく上回っている数字にも現れていた。

「おいおい、そんなに誉めたって二本目は無いぞ?」

 一見すると和やかな雰囲気でのやり取りが続いていく。

二宮が気に掛けていた一ノ瀬もロッカールームで見せていた重苦しい表情ではなく、今は穏やかな笑みを浮かべていた。

だが、それが心からの笑顔ではないと二宮は感じ取っていた。

“あの日”見た、空元気な笑顔と同じ表情をしていたから――。

 それ故に二宮はこの瞬間、意を決する。そして決断する。

 

 訊くなら今しかないと。

 

「ん? どうした瑞穂、渋い顔して」

「……」

 他の利用客の話し声、打球音が響く中、二宮は一ノ瀬を無言で見つめていた。

この沈黙は二宮の決意の現れ、やがて重々しく口が開かれる。

「単刀直入に訊きます」

「……」

二宮の畏まった態度に今度は一ノ瀬が沈黙するしかなかった。

一呼吸の後、この三ヶ月間あかつき野球部の誰もが訊こうとした、けれども結局誰一人として触れることが出来ないでいたスランプの原因を訊いた。

「一ノ瀬さんの不調の原因、そこには妹さんとの事が絡んでいるんじゃないですか?」

俯くこともせず、ただ真っ直ぐに訊いていた一ノ瀬。“あの日”を思い出すかのように両目をそっと閉じていく。

「まぁ……そういうことになるのかな。自分自身でもよく分からないけど」

そう言葉を紡いだ一ノ瀬、ゆっくりと目を開けるもその視線は地面に向けられていた。

二宮もある程度は予想していたが、いざ本人の口からそれを認めるような発言を目の前でされると困惑の色を隠せないでいた。

「なるほど、巴ちゃんかぁ、また“いつものアレ”出ちゃったのかな」

「いつもの、アレ? って、何故六本木が一ノ瀬さんの妹さんのこと詳しそうなんだよっ」

 すると今度は六本木から思ってもみなかった言葉が飛び出す。

あまりに唐突で、予想外な発言に二宮も思わず聞き返してしまった。

呆気に取られた二宮に笑顔を返し、六本木は二宮の疑問に答えていく。

「僕は数年前から中学卒業するまでの間入院してた、というのは知ってるよね?」

そして、そのまま続ける。

その数年間、六本木が入院していたのは巴と同じ総合病院。病院での生活は幼い頃から心臓の病で度々入院していたがそれでも巴の方が長く、時には同じ病室になることもありその時は色んな話をお互いにしていたという。

兄である一ノ瀬がお見舞いに来ると大抵は喜び、笑い声の絶えない会話を交わしていたが、一旦激情してしまうと周囲に、例えそれが家族であっても実の兄であっても手が付けられないほど当たり散らしてしまう。

そうなってしまう本当の理由がどこにあるのか――巴以外に知る者はいないのだとか。

 

(……つまりは癇癪(かんしゃく)持ちってことか)

 

 六本木は知っていることを話し、一ノ瀬が所々付け足していき、二宮はそれを黙って最後まで聴いていた。

 聴き終えた後、一つの結論を出し二宮は決心する。

「一ノ瀬さん今日は答えにくい事を訊いたりしてすみませんでした。六本木も参考になる情報ありがとな?」

「いや、家族の事とはいえここ数ヶ月みんなに迷惑掛けてしまってるからね……瑞穂がオレ達兄妹の事を心配してくれていた、その気持ちだけで嬉しいよ」

「巴ちゃん、誤解されやすいところもあるけど本当は優しい娘だよ?」

六本木の“優しい娘”に頷きながら苦笑する一ノ瀬、その表情はその通りだと言いたそうでもあった。

「さてと、そろそろ帰ろうか」

 休憩スペースに来てからどれだけ話していただろうか。

備え付けられている掛け時計を見るとその短針は既に“3”を指していた。

「もう15時過ぎてたのか――全く気付きませんでしたよ」

「明日は決勝戦ですし、真っ直ぐ帰ってゆっくり休みましょうか」

 その六本木の言葉をきっかけとして豊夢センターを後にし、各々の帰路へと就くのだった。

だが――。

 

(若干面倒だが……しょうがなえ、他ならない一ノ瀬さんのためだ!)

 

 二宮だけは違っていた。

ただ一人、決意を胸に自宅とは反対の方向へ歩いていく。

 




――はい!

今回はあかつき回でございました(・∀・)
そして、都合により次回に続きます←
原作のゲーム(パワ11)の方にも一ノ瀬さんの妹さんおりましたが、この作品では二宮さんとの出逢いを自分なりに考えてみました。
二人はこれからどうなっていくのか……次回をお楽しみに♪

因みに、あかつきレギュラー陣の名称ですが、もうあれ、厨二病全開なネーミングでどうもすいません(^0^;)
どこかでかっこいい名称を見たことあり、自分も考えてみたい! と作ってみたらこうなった件←


えー、なんか本当に脈絡のない後書きとなってしまいました。
ここまで読んで下さった皆様方、ありがとうございました!!
次回の更新もなるべく早くしたいと思います。


~ちょっとした余談~
書けなかった時期にパワプロ2013をやっていた作者はこちらです!
サクセスシナリオも今月で出揃いましたね。(しみじみ)
んが! パワプロオールスターなのにロイヤルナインがいないでやんす!!
阿畑っち絡みで九十九さん、は分かるのですが…一ノ瀬さんはおろか六本木さんまでいないとか(困惑)
仕方ないのでちまちま再現してますが、一ノ瀬さんはハードル高杉(;.;)
せめてパワターだけでも追加してもらえないかしら…。
てか、涼風くんいるなら黒珠くん星空くんもですね(以下略

でも、ちーちゃん可愛い!
ソフト部と野球部掛け持ち、夢が広がる設定ですね☆
いつかちーちゃんをこの夢つかに登場させたいものです!!

ではでは、心の叫びでした^.^;


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第13話~日出ずる暁~

大変長らくお待たせ致しました! とだけでは言い表せないほど長い期間の無更新状態、本当にすみませんでした(>_<)
その期間については後日活動報告の方で簡単に綴れたらと考えてはいますが、前回から約5年半振りの更新。しかも前後編の後編なのにここまで間が空いてしまいました…

さて、今回はあかつきvsそよ風が遂に決着――!
前回とあわせて相当長くなってしまいましたが読んだ後、一人でも多くの方を楽しい気持ちに出来たらいいなと思います(*^^*)


一ノ瀬や六本木が自宅へと向かって歩いていた中、二宮はその足は自宅とはまるで別方向へ。

しかも普段使わない頑張市郊外へと向かうバスへと乗り、移動し始める。

ぼんやりと、けれども明確な意志を宿した瞳で流れ行く景色を眺め、その少し後。

とある停留所でバスを降り、そこから暫く歩いていくと二宮の眼前に真っ白い大きな建物が姿を現した。

「……まさか、またここに来ることになるとはな」

 小さくそう呟きながら二宮が静かに睨んだのは、建物の入り口に掲げられている“頑張総合病院”の文字。

ため息を一つつき、二宮は自然と重くなる足取りでその厳かな門を潜っていった。

 中に入りエントランスホールにもなっている待合室を真っ直ぐ、診察を待っている人や椅子に座って休んでいる入院中の人達を尻目に受付カウンターへ歩いていく。

「こんにちは、今日はどのようなご用件でしたでしょうか」

「あっ、えぇと、少し前に電話でお見舞いの予約をした二宮瑞穂といいます」

カウンター前に着くと受付の女性看護士からにこやかな笑顔でそう尋ねられた。

二宮が面会の予約をした日と患者名を告げると受付の看護士は手元のパソコンを操作し、何やら調べていく。

「――――さんの病室は東側にある別棟の110号室ですね、それと面会時間は30分以内となっております」

「分かりました、ありがとうございます」

軽く会釈をしてその場を離れた二宮は東側の別棟へと移動していく。

何回か階段を上り、汚れ一つない通路を進む二宮だったが、二宮は一体誰のお見舞いに来たのか。

 

『一ノ瀬巴』

 

 ようやく辿り着いた病室の前には一ノ瀬の妹、巴の名前。

正確に言えば目的は他にあるのだが、一ノ瀬巴のお見舞いに来た二宮。

そう、数日前から決勝戦前日の最終調整後にここを訪れようと考えていたのだ。

だが一ノ瀬本人からスランプの原因を聞き出せないまま行っても仕方ない。自分の憶測だけで動いて事を余計に拗らせてしまうのも本末転倒。

最後の決心をするべく一ノ瀬を豊夢センターへと誘い、その場に六本木が居合わせてしまったのは予想外でもあったが――無事に一ノ瀬が抱えていた思いを訊くことが出来て今ここに至っている。

 色々と頭の中で思考を巡らせ、目的を成した時のことをイメージして病室へと続くドアをノックした。

沈黙が続くが暫くして「……どうぞ」と巴の声。

ほんの一瞬天を仰ぎ、二宮はドアをゆっくり開けていった。

そして三ヶ月前の“あの日”、入ることすら出来なかった室内へと一歩を踏み出していく。

中に入ると巴は居た。

ベッドの上で上体を起こし、窓の外の景色を力無く見つめていた。

近付いてくる聞き覚えのない足音に巴は視線だけドアの方へ向ける。が、視界に入ってきた人物を見るや否や見る見るうちにその表情を険しいものに変えていく。

「兄さんと同じユニホーム……?」

「急にすまねえな、三ヶ月前にも一度ここには来てるんだが……会うのは今日が初めてだったな、オレは二宮瑞穂。あかつきでキャッチャーやってる」

面会に来るなんて誰からも聞いてない、そんな雰囲気を巴は出していた。

その様子を気にする風も無く二宮は言葉を紡いでいく。

「今の状態から察するに、大方周りの話とか大して注意して聞いてないだろアンタ」

「――は? 兄さんの相方かなにか知らないけど初対面でいきなりその言い方は失礼なんじゃないですか!?」

「面会時間は30分しかない、だから手短に言う……アンタのその態度、もう少し何とかして欲しいんだが」

いつになく喧嘩腰で、試合に臨む時の戦闘態勢のような目で半ば癇癪を起こしかけていた巴を見据えた。

その射抜くような視線と共に、睨んでくる巴に更に続けた。

「あの日、アンタを見舞いに来た一ノ瀬さんをアンタは傷付け、拒絶した。それが例え何かの行き違いがあってのことだったとしてもそれは紛れもない事実」

「……っ」

「その日以来、一ノ瀬さんはずっと不調に陥ったままだ。明日が予選の決勝戦だという今この瞬間もずっと苦しんでる」

巴はそれ以上何も言い返せなかった。兄が調子を崩したまま苦しんでいることを、その兄の姿を病室にあるテレビであかつきの試合を観て巴は知っていたから。

それでも尚、巴の澄んだ青空のような瞳はきつく二宮を睨んだまま。

が、次の瞬間、二宮は思いも寄らない行動に出た。

 

「だから、頼む! 一ノ瀬さんを助けてやってくれねえか」

「ちょ、いきなりそんなことされても――」

 

 勢いよく、そして深々と二宮は頭を下げる。

二宮がお見舞いに来ること自体巴にとっては予想外の出来事で、予期せぬ展開の連続。どう対応したらいいのかを考える間も無いくらいに困惑していた。

頭を下げたまま、二宮は何度も何度も「頼む」と言う、声を絞り出していくように。

巴もまた整理が全く追い付いていない頭で必死に言葉を紡いでいく。

「なんで……今日初めて会った赤の他人の頼みをわ、わたしが聞かなくちゃいけないのっ」

「……ああ、そうだよ。オレは赤の他人だよ、でもな」

頭はまだ下げたまま、その体勢のままゆっくりと、そして二宮ははっきりと自分の思いを告げていった。

「でもな、オレにとっても一ノ瀬さんは尊敬出来る人で、その人が苦しんでいるならオレも力になりてえんだ」

「わ、わたし兄さんのこと尊敬なんてしてないし! そそれにっ、兄さんが本調子になれないの、全部わたしが悪いみたいに言わないでくれますか!?」

本当は自分のせいだと分かっていた。

けれどもその事実を解りたくなかった。認めたくなかった。

しかし、苦し紛れに出たそれらの言葉は巴の気持ちとは裏腹なもの。

 巴が言い終えた後、二宮は下げたままの頭を静かに上げていく。

見開かれた目は今までよりも鋭く、眉間に皺が出来る程きつく巴を睨め付けていた。

そして一歩、また一歩と巴に近付いていき、すぐ隣まで来た次の瞬間。

 

――――パシッ!

 

「……え」

乾いた音が部屋中に響き渡った。

その音と同時に、ほぼ反射的に左手で頬を押さえていた巴。

頬から伝わって来るのは軽く痺れるような痛みだった。

「ぶたれた? わたしが? 誰にも……兄さんにだってぶたれたことないのに――!」

そう、巴はぶたれたのだ。

さっきの言葉が本心からのものではない、そのことは二宮にも伝わっていたのだが、我慢出来ない何かがあったのか右手で巴の左頬をぶっていた。

澄んだ空色のような瞳に薄く涙を湛えていた巴を見つめる二宮、その両目にあったのは怒りでもなければ嫌悪でもなかった。

「どんな経緯であれ原因を作ってしまったのがアンタなら、その原因を取り除くことが出来るのもアンタだけ……そうじゃないか?」

そこにあったもの、それは――優しさ。

己の過ちを、兄への気持ちを認めたくても認められないでいた、苦しむ巴の心にも届く優しさだった。

「一ノ瀬さん、こうなる前までは毎日のようにアンタのこと話してたよ」

「わたしの、こと?」

「ああ――妹は歌うのが上手くてね、お見舞いに行った時に妹が歌ってくれると癒されるんだ。今日を精一杯生きている妹の歌声を聴いてるとオレも今日を精一杯頑張らなくちゃって思える。――って、三ヶ月前も嬉しそうに話してた」

「兄、さん……うぅ、ひっく……」

今まで誰も自分がどんな態度を取ろうときつく注意されたり、手を上げられたこともなかった巴。それだけに二宮の厳しさが、優しさが嬉しかったのかもしれない。

「う、うわあぁぁっ――」

巴は泣いた、声にもならない声を上げながら。多剤耐性結核になってからは誰にも見せることのなかった涙を、自分の弱さを今二宮の前で溢れさせていった。

二宮は黙って目を閉じ、巴が落ち着きを取り戻すまで待つことにした。

 

 数分経ち、巴も落ち着き涙が止んできた頃、二宮は再び目を開けると――。

「……」

目の前の巴と目が合うも、潤んだ瞳ではばつが悪かったのか、慌てて視線を窓の外へと逸らされてしまった。

頭を掻きながら苦笑いを浮かべる二宮、するとベッド脇の着替え等が入っているであろうナイトテーブルの上、そこに置いてある“あるもの”に気付く。

「ふぅん、アンタもやっぱり好きなんだな、野球」

「――あ、え? それは、その……て、あっ、ちょっと!」

そこにあったのは“あの日”一ノ瀬が巴のために持ってきた薔薇とガーベラのアレンジメントと、一冊のスコアブックだった。

スコアブックを手に取ろうとした二宮を止めようと巴も慌てて両手を伸ばす、しかし間に合わず。

その動揺ぶりは、リボンで一本結びしてあった背中まである淡い藤色の髪の乱れようにも表れてしまうほど。気付けばその目にはもう涙はなかった。

「普通本人の許可なくそういうの見ます!? 信じられないっ」

「何そんなに怒ってんだか……ほー、一応書き方知ってんだな」

 強い意志が戻った瞳で睨む巴、その視線をものともせず二宮はページを捲っていく。

二宮の予想通り巴が書いたであろうこのスコア、その中身は野球のルールを詳しく知っていなければ書けないような内容ばかり。

ここまで事細かに書くには野球が好きでなければ無理だと、そう二宮は思った

それと同時に二宮は奇妙な感覚に囚われて、表情が少しずつ真剣なものに変わっていく。

5番バッターの打撃成績、ピッチャーの持ち球や配球、様々な内容に見覚えがあったのだ。

「これ、ひょっとして……」

「……」

一つ一つの記入を確認していくように見ていき、次のページを捲ったその時。

「間違いない、今の大会のスコア――ん?」

栞代わりに準決勝のスコアのページに挟めてあったのは一枚のカードだった。

二つ折りにしてあるカードの表面には何か文字が書かれていた感じであったが、何かに濡れたのか滲んでいて読めない。

「それはダメ!!」

巴が突然そう叫び、凄い速さで二宮が手に取ろうとしたカードを奪っていった。

「な、なんだ? ……まあいい、このスコア、オレらの試合のだろ」

「べ、別にあかつきの為に書いたんじゃないからっ。に、兄さんの為に書い――あっ……」

大事そうにカードを両手で包みながら反論した巴であったが、いざ我に返ってみると口走った言葉があまりに恥ずかしく、赤面したまま俯いてしまう。

巴は自分の胸の内にある気持ちをついつい暴露してしまったのである。

「フッ、やっぱり好きなんじゃねえか。野球も、そして兄さんのこともよ」

俯いたまま何やら小声で否定する巴に二宮は軽く謝り、見ていたスコアブックを巴の膝の上に静かに置いた。

そしてそのまま続けた。

「オレは今アンタを苦しめている病気が何なのか詳しくは分からないし、アンタと一ノ瀬さんがどんな兄妹だったかも知らないが……どっちも信じてみればいいじゃねえか。野球も、その野球に直向きな兄さんも」

「……や、野球と、兄さん?」

温かな笑みで頷く二宮、まだ耳まで真っ赤な巴だっだがその表情はどこか呆気に取られた風でもあり。

「ああ、だから今すぐにとは言わねえ。すぐに癇癪起こすような態度を改めて、一ノ瀬さんと仲直りしてやってくれ、頼む」

また、どこか嬉しそうでもあり。

「うん、今まで謝る機会なかったけど、兄さんが次お見舞いに来てくれたら……謝ってみる。癇癪は今更直せないかもしれないけれど」

てへっと舌をちょんと出し、はにかみながら巴は頷いた。そして二宮に約束した。

自分が好きな兄を、兄が好きな野球を。何よりも明日をもう一度信じてみようと。

「でもまあ、その誰彼構わず噛み付くことが出来る気概、オレはそんなに嫌いじゃねえ。寧ろ好きだぜ」

「――――っ!? あ、ああアンタじゃない! わたしには巴って名前がちゃんとあるっ」

「それはすまなかった、ア、じゃないな。と……巴」

今まで絶望しか感じられなかったこの閉ざされた世界、独りぼっちだった小さな世界。

でもこの世界は実際は小さくもなければ独りぼっちでもなかった。

巴の歩んできた人生、数々の病との長く険しい果て無き闘いの日々に疲れ果て、自ら世界の扉を閉ざしていたのかもしれない。

実の家族であっても寄せ付けようとせず、殻に閉じこもり、そうすればいつかはこの苦しみから逃れることが出来るかもしれない。

全ては自身の思い過ごしだったのかもしれない。

しかしそう気付いた時には既に自分ではどうすることも出来なくなっていた。

扉の鍵を見つけられず、殻の破り方も忘れてしまい、本当の絶望の意味を知ったその時、二宮が現れた。

鍵の見つからない扉をこじ開けてくれた。

殻を外側から破ってくれた。

絶望の淵にいた自分を二宮が助けてくれた。

今日初めて出逢った、たかだか二十分足らずしか一緒に居れていないが――。

この不思議な巡り合わせで出逢った二宮に対して、巴の心は本人の知らないところで淡く色付いていくのだった。

 

 アンタから巴と呼ぶことにした二宮は、巴から色んな話を聞かされた。

“あの日”、一ノ瀬と衝突してしまったのは長い病院生活の中でストレスが溜まっていたのも理由の一つだが、晴れ渡る空が気に障りつい癇癪を起こしてしまった事。

そもそも雨の日ならば野球部が早く終わることもあるため一ノ瀬がお見舞いに来ることもあるものの、晴れの日は十中八九練習があるのでお見舞いに来ることも滅多に無いから好きではなかった事。

雨の日だと体調も落ち着いていて、お見舞いに来た兄が歌を聴きたいと言っても雨音で周囲を気にすることなく歌うことが出来るから雨の日は好きだった事。

 本当に色んな話をしてくれた。

 

そして面会時間も残り数分。

「今日はお見舞いに来てくれて、ありがとう」

「まあ、なんだ……一ノ瀬さんを助けたかっただけだ、気にするな」

この二人の時間はそろそろ終わりを告げる――。

そのことを心のどこかで感じていたのだろう、巴の瞳は雨上がりの空にあるような艶やかさを纏っているようだった。

話し始めた頃の険しい表情や射抜くような視線は、もうどこにも無い。

「本当に兄さんを救う為に来てくれたんだとしても、わたしはわたしで救われた」

時折笑みを零しながら、しおらしげに語っていく。

二宮もその変化に戸惑いながら黙って相槌を打っていた。

「わたしの考え方を変えてくれた約束はきっと守る、だから――」

そこで一旦言葉を区切った巴、深く息を吸い二宮を真っ直ぐ見据えた。

「だから、その……瑞穂くん。わたしからもお願いしていい、かな?」

「そうだな、突拍子も無いことじゃなければ聞いてやってもいい」

よくよく考えてみればここまで巴に一度も名前どころか、苗字すら呼ばれてなかったことに気付いた二宮は若干はにかみながらそう言って頷く。

「ありがとう――春の県大会も地区大会も、ここ最近兄さんマウンド上で勝利の瞬間を迎えることはなかったでしょ? 先発しても途中で崩れて猪狩くんと交代になってたから最後まで投げられなくて……だから明日の決勝戦、兄さんに勝利の瞬間をマウンドで迎えさせてあげてほしいの」

何も言わず黙って巴の願いを最後まで聴いていた二宮。

「……なんだ、そんなことか」

「そ、そんなことって…! わたしは真剣に話して――」

その呆気ない反応に巴は憤慨しかけ、噛み付かんばかりの勢いで二宮に迫った。

だが二宮はそんな巴を右手を前に出して制し、更に話を続ける。

「心配いらねえよ、一ノ瀬さんは明日完投する。勿論、勝利投手としてな」

最後に「信じな」と付け足し、そして力強く二宮は笑ってみせた。

いつもの巴なら、少なくとも三十分ほど前の巴だったならそのまま噛み付いていただろう。

だが今の巴は恥ずかしそうに頬笑み返していた。

自然体の巴がそこにはあった。

そんなやり取りをしていくうちに打ち解けた感のある巴に、二宮は気になっていたことを最後にと訊いてみることにした。

「そうだ、結局のところあのカードは何だったんだ?」

「これ? これはね、兄さんが“あの日”わたしに贈ってくれたお花のアレンジメントに添えられていたの」

そう言って巴はずっと両手で包んでいたカードを二宮に手渡した。

渡されたカードを開いて二宮は中身を読み始め、何度も読み返してカードの内容を覚えていた巴はその隣で(そら)んじていく。

 

『巴へ――このアレンジメントに使われている花だけど、巴の好きな花言葉と、そして野咲青果店さんのアドバイスからフラワーセラピーの効能もあるそうだから、それを考慮してガーベラと薔薇にしてみたよ。

希望は絶対あるから、巴の夢も絶対叶うから、だから大丈夫!

それと巴の澄んだ空色の瞳、兄さんは好きだ。どんなに苦しい練習でもどんなに厳しい試合の局面でも、空を見上げれば巴を想うことが出来たから、今まで頑張ってこれた。

空を見てると巴の歌声が聞こえてくる、そんな気がするから。

また巴の歌、聴きたいな――』

 

 兄から妹へ、思いの丈が綴られていたカードの中身を読み終えた二宮。そしてはにかみながらも諳んじていた巴。

ほんの一時、二人の視線は交わり、次の瞬間そよ風が二人の頬を優しく撫でていく。

見ると窓が少しだけ開いていた。そこから吹き込んできたのだろう。

二宮と巴は窓の向こう側に広がる広い、とても広い夏の空を見て笑った。

どちらからともなく、自然と込み上げてくる晴れやかな気持ちを空へと還すように笑い合うのだった――――。

 

 

「…………まさか瑞穂に読まれるとは思わなかったよ。というより、よく巴と話せたね」

 

 ベンチに戻って来るなり一ノ瀬は隣に座っていた二宮に対し、開口一番にそう言った。

五回の表、自らの連続四球で招いていたノーアウト満塁のピンチ、語り掛けてきた一ノ瀬の表情は今までそんなピンチに身を置いていた者のとは思えないほど軽やかで、どこか気恥ずかしそうで。

それもそのはずだった。

5番、6番、7番とそよ風打線の中軸から下位を三者連続。三ヶ月前に調子を崩す前までは一試合で最低でも5つ前後は三振を奪っていた一ノ瀬だったが、今日の決勝戦では四回終わったところで僅か1つ。

それがここに来て、しかもノーアウト満塁という大きなプレッシャーが掛かる場面での三者連続三振、嬉しくないわけがない。

だが、心の奥まで根を張り巡らせていた、三ヶ月の間一度も脱することが出来なかった不調が何故今になって急に復活の兆しを見せ始めたのか――。

「正直、門前払いも覚悟してたんですがね……話せば解ってくれる娘で助かりました」

そこにもやはり、一ノ瀬巴の存在があった。

1点差を追う中盤でのノーアウト満塁という絶望感漂う場面、一ノ瀬と二宮それぞれが“あの日”を思い出していた時、目の前の現状を見るに見兼ねた二宮は昨日の事を一ノ瀬に話していたのだ。

六本木と三人で汗を流した豊夢センター。そこで一ノ瀬達と別れた後、実は一人で頑張総合病院に行っていた事。

そして巴と会い自分の願いを告げた事やお互いに気持ちをぶつけ合った事。

思いも伝わったことで巴は本来の穏やかさを取り戻すことも出来、だからこそ“兄に勝利の瞬間をマウンド上で迎えさせて欲しい”という約束を託された事も。

その真実を知ったことで一ノ瀬は己が心の足枷となっていた不調の根を、自らの意志で払い除け、この大ピンチを本来の力を発揮して切り抜けていたのだった。

「瑞穂、結局兄妹揃ってお前に助けられたよ。本当にありがとう」

「よして下さいよテレ臭い。それよりも! 勝ちましょう! 妹さんの為にも何が何でも」

(ようやく――いつもの一ノ瀬さん、だな)

「ああ、そうだな!」

レガースのベルトを緩めながら一ノ瀬に本来の明るさが戻ってきたのを確信した二宮。

一ノ瀬もまた次の攻撃に備えてバットを手に取り、力強くそう応えた。

 

五回の裏、1点を追うあかつき。

この回の先頭打者は8番六本木。

前の打席ではそよ風のエース阿畑が駆使する彼独特のナックル“アバタボール”を攻略出来ず、セカンドゴロに倒れていた。

ここまであかつきは十六人打席に入ったが散々たる結果で、ヒットは二回に二宮が放った得点にも絡んでいるセンター方向へのツーベースヒットのみ。

 しかし、ベンチで六本木の素振りを見ていた一ノ瀬と二宮は同じことを考えていた。

六本木は豊夢センターで一緒にナックル打ちを特訓していた。だから大丈夫と。

そんなことを二人して考えていると、誰かの気配を感じ一ノ瀬達は同時に気配のする方に顔を向けた。

「あのピンチ、よく抑えてくれたな一ノ瀬」

「か、監督ありがとうございますっ」

そこに現れたのは渋いサングラスを掛けたがっちりとした体格の持ち主、あかつき野球部の監督である千石忠その人だった。

「一ノ瀬、続投難しいようならこの打席、猪狩を代打に送ってそのまま継投してもらうが……どうだ、まだいけそうか?」

ここまでの投球内容は決して良いとは言えない、寧ろいつ交代の指示が出されてもおかしくない状況だったのだが、問い掛けてくる千石監督の表情は何故か穏やか。

「――本来試合には私情を挟むべきではないのですが、いけます。投げさせて下さい!」

「監督っ、オレからもお願いします!!」

そう言って頭を深々と下げる二人に、千石監督は更に語っていく。

「ふっ、やはりそう言ってくると思ったよ。実はな――」

千石監督の口から語られていくのは、今バッターとしてそよ風のエース阿畑と対峙している六本木の言葉だった。

打席に入る前に六本木は千石監督にこう伝えていたのだという――「今の一ノ瀬さんなら最後まできっちり抑えてくれますよ」と。

六本木の気の利いた激励を知ったバッテリー両者は決意を更に固くする。

その様子に安堵のため息を浅く漏らす千石監督。

 改めて千石監督へ一礼し、一ノ瀬は手早く支度を済ませ腰を上げた。

ネクストバッターズサークルへと向かおうとしたその時だった。

「一ノ瀬さん」

「ん、どうした?」

呼び止めた声の主は猪狩守。

先程の千石監督とのやり取りを聞いていたのだろう、グローブもボールも持たず完全な手ぶら状態。

「流石の僕でも投げる気満々のエースがいるのにマウンドに立てませんよ」

手ぶらの状態、つまりは代打やリリーフ継投で交代する意志は自分には無いと、そう意志表示を猪狩なりに示した結果であった。

一ノ瀬はグラウンドに片足を上げ、そして柔らかく頬笑み頷く。

「猪狩ありがとう、甲子園はオレ一人じゃ投げられないからな、期待しているよ」

「もちろん、そのつもりです。僕の目標は世界一のピッチャーですからね」

こんなところでは負けられない。

既に甲子園優勝をも視野に入れた、ともすれば皮肉たっぷりな言動にも聞こえてしまうが、一ノ瀬にはちゃんと伝わっていた。

“あかつき一強”を背負う絶対的エースである一ノ瀬だからこそ感じ取っていた。

猪狩はそれを言うだけの実力を持ち合わせているがそれ以上に努力も継続している、それ故に他者にも厳しいが自身にはもっと厳しいと。

そんな猪狩なりの励まし方なのだと――。

 自分にはこんなにも頼もしい後輩がいる、甲子園を制し野球部を引退した後、エースナンバーを託せる者がいる。

とても少し前まで不調に苦しんでいた者の心理とは思えないが。

そんなことを考えながらネクストバッターズサークルへと一ノ瀬は向かっていった。

 

『9番、ピッチャー一ノ瀬君』

 

 程なくして一ノ瀬の本日二度目の打席がやってきた。

前のバッターである六本木はアバタボール攻略に苦しみながらもカットで粘り、内角高めに甘く入ってきたアバタボールを打ち、ノーアウトランナー一塁。

豊夢センターでの特訓が活きている、ならば自分も打てる。

「――ストライク!」

(くっ、ここまでかなりナックルを投げ続けているのにこの変化か……)

そう思っていたが、現実はそう甘くはなかった。

確かに豊夢センターでナックル打ちの特訓をした、しかし一ノ瀬は二宮と六本木を指導していたこともあり二人に比べれば打ち込みの絶対数が少ない。

加えてピッチング同様バッティングも三ヶ月前の“あの日”から調子を落としていた。

如何にその不調が内面から来ていたものであり、今はその不調から脱していたとはいえ、感覚的な部分はまだ勘が戻りきっていないのだ。

ましてや相手は県内屈指の変化球を武器に持つ阿畑、アバタボールだけでも厄介だがシュートやカーブ、フォークまで織り交ぜられたら三本松や七井であっても容易に打てるものではなかった。

(むっふふっ、後は追い込んでアバタボール7号でアウト1ついただきや!)

(今のオレではやはり打ち崩せない……なら取る道は一つ、か)

 そこからテンポ良く投げていく阿畑だったが外角高めへのシュートはカットされ、内角低めコーナーギリギリのカーブ、そしてフォークは低めに外れてカウントツーツー。

一ノ瀬は横目でちらっとベンチを見る、しかし千石監督からのサインは出ていない。

出ていないどころか両エースの戦いを見守るようにただ黙って両腕を組み、じっとグラウンドを見つめていた。

視線をマウンド上の阿畑へ戻した一ノ瀬はバットを構え直す。

ファーストランナーの六本木もベンチと打席の様子を察したのかリードの距離を僅かに広げていく。

一呼吸の後、阿畑はノーワインドアップのモーションで左足で地面を踏み込んでいった。

「これで――終いや!」

気合いの言葉と共に放たれたほぼ無回転のボールは内角低め、ストライクゾーンの縦ラインをギリギリ割るか割らないか。そんなかなり際どいコースへと向かっていく。

球速はせいぜい110キロの中ほど、この程度の球速であればあかつき打線もここまで打ち倦ねることはなかったのだが、ミットに近付くにつれてその揺らめきを増していく選ばれし九人(ロイヤルナイン)ですら完璧に打ち取ってきた魔球――それがアバタボール。

 

「……ここだ!」

「な? なんやて!?」

 

 その一瞬に球場全体がどよめいた。誰もが打つと、一ノ瀬はヒッティングすると、そう思っていたただけに皆驚きを隠せないでいたのだろう。

試合中盤、1点ビハインド、ノーアウトランナー一塁、得点チャンスを簡単には作れそうにもないピッチャー。それでも“あかつき一強”を背負っている一ノ瀬塔哉ならばバットを振る、そう思っていた。

事実、一ノ瀬はあかつきの得点力ある打線と自身のその高い打力も相まって、高校生になってからのほぼ全ての打席でバットを振るっている。

しかし、今この試合を観ている人々の目に流れ込んでくる現実は違っていた。

勢い弱く土の上を転がっていくボール、二塁に向けて全力疾走する六本木。

誰もが予想もしていない現実――いや、恐らく千石監督と六本木だけは一ノ瀬の意図を酌んでいたのかもしれない。

エースで4番としてあかつきを牽引してきていたあの一ノ瀬がランナーを送るためにバンドをしたのだ。今の今まで不調で苦しんでいた自分が勝利の為に成せる事、それは安全な形でランナーを進塁させることなのだと。

 他の高校ならば作戦の一つとして十分に有り得る手段も、今のあかつきでは有り得るはずのない一ノ瀬の思いの込められた送りバントでワンナウトランナー二塁。

アウトカウントをそよ風に一つ献上してしまったがこれで得点圏にランナーを置くことが出来た。打順も丁度一回りして三巡目へと突入していく。

ここで右打席に入るのは選ばれし九人(ロイヤルナイン)の一人、八嶋であった。

チーム一の俊足バッターである八嶋はここまで2三振と結果は振るってないが、放つ雰囲気はどこか飄々としていた。

一ノ瀬が身を削って作ってくれたチャンスを更に広げたい。

その一心で八嶋もまた初球に対してバットを寝かしていく、阿畑の投じた低めの外側へ外れていくアバタボールにバットを押し当てていき、自身も一塁へ向けて加速していった。

フォロースルーを終えた阿畑は慌てて一塁側へ転がっていくボールを右手で掴むが――。

「セーフっ、セーフ!」

「ギリギリ間に合ったーーーー!!」

「な、なんちゅー足しとんねん……」

ファーストへ送球するも間に合わず、結果六本木も三塁を陥れることに成功していた。

アウトカウントはそのままでランナー一塁、三塁、犠牲フライでも1点入る場面。

県内の絶対王者たるあかつきがこの絶好の得点チャンスを見逃すはずもなかった。

続く二番の四条、一ノ瀬の時とは違って千石監督から早々にスクイズの指示が飛ぶ。

四条はこれを完遂、あかつきがようやく同点に追い付くことが出来た瞬間だった。

 だが、この回のあかつきの追撃もここまで。

四条のスクイズによりツーアウトなった後は3番の七井が三振に倒れてしまいここで五回裏の攻撃は終了となる。

 

 そして六回表、ここから一ノ瀬は調子をどんどん上げていった。

「よし、一ノ瀬このまま最後まで頼むぞ」

「はい! もうこれ以上点を取らせはしませんよ」

復活の兆しを見せた前の回の三者連続三振、それを更に六者連続三振へ伸ばす快投を見る者全てに見せつけた。多彩且つ高レベルな変化球を寸分違わぬコントロールで狙ったところへ決めていったのだ。

今ここに在るのは正しく、三ヶ月前までマウンド上に在った一ノ瀬塔哉本来の姿。

そして県内最強サウスポー、絶対王者あかつきのエースの姿だった。

(フッ……これだと僕の出る幕はないみたいだね)

その雄姿はベンチで見ていた次代のエースの心にもしっかりと刻み込まれたことだろう。

 

更に七回のあかつきの攻撃、ここでも一ノ瀬のプレイは躍動していた。

第2打席でセカンドの頭上を越すヒットを放っていた六本木、この回も先頭打者だったがボール球をきっちりと見極めて四球を選び出塁。

ノーアウトランナー一塁――。

ここで迎えるバッターは9番、少し前にも同じような場面で打席に入った一ノ瀬である。

今日ここまでの一ノ瀬は三振と送りバントによる犠打と全く打てていない。

マウンド上の阿畑も一ノ瀬に打たれるイメージは抱いていなかった。

(何かしらの理由あっての前打席のバントなんやろ……なら痛打はないと思いたいわ)

そう思い、そして一応の用心としてアバタボールを初球から連発――が、その用心が裏目に出てしまうことになる。

一球毎に一ノ瀬の鈍っていた打撃の勘は冴えていき、その結果そよ風側の思惑に反してボールカウントの方が先行、一転して不利な立場に立たされてしまう。

仕方なく他の球種で一ノ瀬を打ち取ることをそよ風バッテリーは決めたが、あかつきでもトップクラスのバッティングセンスの持ち主である一ノ瀬にとっては寧ろその決断は好機でしかなかった。

阿畑が投じた7球目。

外角低め、コーナーを突くようにしてリリースされたボールが走ってくる。

「くっ、届いてくれ――!」

「打ち損じてくれればワイの勝ちや!!」

どうせフルカウント、最悪歩かせてもいいという気持ちで際どいところにシュートを投げ込んできた阿畑。

一ノ瀬は左打席から可能な限り腕を目一杯伸ばしてバットを振り切っていった。

ほぼ同時に快音が頑張市民球場内を駆け巡る。

流し打ちの形で打ち返された打球は緩やかに放物線を描きながらレフト方向へ。レフト中山は打球の落下点を見定めながら一歩、また一歩と少しずつ後退していく。

だが、頭上に差し出された中山のグローブに打球が収まる感覚はいつまで経ってもやってくることはなかった。

次の瞬間――。

 

「わああああああぁーーーっ!」

 

 球場全体から、取りわけあかつきの応援団が集まっている一塁側内野席からどっと歓声が沸き出した。

「んなアホな……」

打球の飛んでいった方向を呆然と見つめていた阿畑を尻目に六本木が、一ノ瀬がダイヤモンドを一周してホームへと還ってくる。

 一時は負け越し、何とか同点まで追い付いたあかつきは終盤となる七回裏、遂に勝ち越し。ツーランホームランを放ってみせたのは一ノ瀬だった。

この一打は仲間のため、自分のため、そして何より巴のために。その一ノ瀬の強き思いが引き寄せた奇跡だったのかもしれない。

 一ノ瀬の放った一発により逆に2点差を追う形となってしまったそよ風だったが、本来の実力を取り戻した一ノ瀬は最早敵なし。

八回表の先頭打者は5番嵐田からと打順的にも悪くはなかった、しかし正確無比なコントロールの前に手も足も出せず嵐田は三球三振。続く6番の松風も多彩な変化球に翻弄されて三球三振に倒れ、三者連続三振は免れたものの7番風祭は一転してストレート主体のピッチングに押されショートゴロ。

瞬く間にスリーアウト、反撃の狼煙を上げる暇さえ与えてもらえなかった。

一方、あかつきにはその裏の攻撃で勝利をぐっと引き寄せる一振りが飛び出す。

今日2打数2安打1四球と打撃好調の二宮によるセンター方向へのソロホームラン。

貴重な1点を追加、スコアは2対5と最終回を前にして戦局は大きく動き始めた。

 

 決勝戦もいよいよ大詰めとなり、9回表。

そして、マウンドに立っているのは“あかつき一強”を背負う者、一ノ瀬塔哉。

夏の日差し、力の限りの声援とそれぞれの思い、それらが重なり合って今日一番の熱気となり球場全体を包み込んでいた。

その熱気の中、もう後のないそよ風は阿畑の号令でベンチ前に円陣を組んでいく。

「ワイのせいでこないな苦しい展開になってもうて……ホンマすまん」

申し訳なさそうな表情で言葉を絞り出していく阿畑。

しかし、仲間達の顔を見渡していくうちに阿畑の表情も少しずつ緩み出す。

「……って、みんななんちゅー顔しとるんや、せっかくのシリアスな雰囲気台無しやん」

「何言ってるんですか、阿畑さんのお陰で僕達ここまでこれたんですよ?」

「阿畑さん以外が投げてたらもっと打たれてたと思います」

「そもそも個人的に決着つけたいヤツがいるからあかつき戦はワイが投げる! って言ってたの阿畑じゃなかった?」

暫しの沈黙――。

「あ、言われてみればそうやな。アハハハ……はぁ」

一年や二年、そして同学年の仲間からも率直な励ましを受け、嬉しいやらこそばゆいやら。

ボケた後に希にやってくるスベった感覚、それに似た感覚を抱きながら阿畑はエースとして、キャプテンとしてチームをまとめる最後の言葉を発していく。

「せやな、暗い気持ちで戦ってたら結果まで暗くなってまう。だから、最後までワイらの野球をしようや!」

「「オーーーーっ!!」」

 

 決意が固まったそよ風、打席には8番中山。

キャッチャーズボックスにしっかりと腰を落とし構えた二宮は横目で中山を確認し、マウンド上の一ノ瀬は二宮のミットだけを見据えていた。

(今の一ノ瀬さんなら下位打線が相手でも万が一は有り得ない、勝てる――!)

(残るアウトはあと3つ……巴、待っていてくれ)

そして気持ちを新たにした一ノ瀬はセットポジションからワインドアップモーションへと移行し、左腕をしならせていく。

「ストライク!」

中山への初球は内角高め、コースに決まった140キロ前後のストレートからは球威が衰えている様子は見られない。

最終回、しかも五回までで9つの四球を出してる分球数は必然的に多くなっていて疲労も蓄積しいるはず、にも拘わらずこの球威である。

それはきっと妹の願いに応えてやりたい――そんな兄の想いが既に限界を超えているはずの一ノ瀬の心と体を支えているのだろう。

 中山の見逃し三振からワンナウトとなりバッターは9番阿畑。

「諦めたらそこでゲームセットや、ワイは諦めへんでー!」

一ノ瀬ほどではないにしろ阿畑もバッティング能力は高く、調子が良ければ打線の中軸を担えるだけの打撃力を持っていたりする。

「……」

――が、追い込まれてからの主審が下した判定はストライク。

阿畑は結局一球もバットに当てることなく三振、無言のままベンチへと帰っていった。

これでツーアウト、随分と長く感じられた決勝戦も残すところあと僅か。

「あとひっとり! あとひっとり!! あとひっとり! あとひっとり!!」

一塁側の内野席、あかつき全校生徒と応援団によるあと一人コールが球場全体に鳴り響く。

マウンド上の一ノ瀬にも、キャッチャーズボックスにいた二宮にも、ここに居る誰もが球場内の空気の振動を全身で感じ取っていた。

 

「すみません、タイムお願いします」

「――タイム!」

 

 徐に腰を上げた二宮は主審にタイムを申告、あと一人コールの中マウンドへと駆けていく。

「ん? どうした瑞穂」

「あ、いや、特に何もないんですけど……何となく」

お互いミットとグローブで口もとを覆い隠しながら言葉を交わしていく。

五回の表、あの大ピンチの時と同じ光景。

しかしあの時とは状況も違い、二人は笑っていた。

「そうか、最後まで気を遣わせてしまったな」

「いえ――それじゃあオレ戻ります、と言ってもまたすぐ来ることになりますがね」

「ああ、期待して待ってるよ」

にこやかな雰囲気のまま短い会話は終わり戻っていく二宮を一ノ瀬はただ黙って見守っていた。二宮の足取りと一ノ瀬の眼差し、そこにはもう迷いなど存在していないようだった。在るのは勝利への確信のみ。

戻った二宮はキャッチャーズボックスに入り直し、一ノ瀬はバッターへと向き直る。

プレイが再開されツーアウトランナー無し。

バッターは一巡して5打席目、1番、左の速水。

一ノ瀬は二宮が出したサインに対して首を横に振ることなく、ミット目掛けて投げ込んでいった。

1球目、外角低め外れていくスライダー、空振りでストライク。

2球目、真ん中高めラインギリギリにストレート、見逃してツーストライク。

「あと一球! あと一球!! あと一球! あと一球!!」

そして、何事も起こらなければ次の一球で全てが決する、この試合の行く末を見守っている全ての人達はそう感じていた。

一ノ瀬もそう、この三ヶ月間一度も味わっていなかったその瞬間がすぐ目の前まで来ているのだから誰よりもそれを強く深く感じていたことだろう。

(巴、見ていてくれ)

少しの間青く澄み渡る空を眺めていた一ノ瀬、閉じていた目を開けた。

左手で握っているボールを更に力強く握り、ワインドアップモーションを起こしていく。

リリースする左腕を意識しながら肩を回転させていき投球軸を捉え、前方に出されていく右足。

一瞬遅れて左腕がしなり、指先から放たれた白い軌跡がミット目掛けて走っていった――。

 

 

 ――――開けていた窓から病室へと吹き込んでくる柔らかい風。

 

『決まったあああーっ、決勝戦を制したのはやはりあかつき! そして最後まで重圧のマウンドを守り通したのは一ノ瀬! 復活を遂げた左腕が甲子園への切符を掴み取りましたあああーっ!!』

 

 個室に備え付けられていたテレビから興奮を隠しきれない地元テレビ局のアナウンサーと解説者の声が響いてくる。

ベッドの上で起こしていた上半身はその瞬間、小刻みに震え出した。

「兄さん、やった、ね……!」

メッセージカードを胸の前で両手で抱きながら、顔をくしゃくしゃにしながら巴は泣いていた。嬉し涙を流していた。

(瑞穂、くんも…約束、守ってくれてありがとう――)

涙で喉が詰まりそうになりながらも呟いた。

おめでとう――と。

ありがとう――と。

そう何度も何度も呟いた。

 巴の膝の上にはスコアブック、ページは開いたままだった。

ページの日付は今日、書かれていたのは夏季県大会決勝戦。

巴がテレビを観ながら書いていたのだろう、テレビで知り得ることが出来る内容を可能な限り、事細かに記されていた。

――3打数3安打1打点1四球、本塁打1本。

自分に明日への勇気を与えてくれた、考え方を変えてくれた二宮の打撃成績もしっかりと書かれていた。

そして一ノ瀬塔哉、つまり兄の投球内容に至っては一球一球コースや球種、打たれた方向やどんな打球だったのかまで本当に詳しく。

だが、最終回だけ空白のままだった。

巴もまたこの試合を始まりからずっと観てきていた。

立ち上がりからの不調も、五回表のノーアウト満塁からの好投も全部。

兄の全てを見てきたからこそ、感じていたからこそ最終回での一ノ瀬が抱いていたものも巴には伝わってきていた。

だからこそスコアを書くことすら忘れ、最後の一球である内角低め、バッターの腰の高さほどからストライクゾーンへと入ってくるカーブ。

その一球を固唾を呑んで見守っていたのだろう。

 

 窓の隙間から流れてくるそよ風が真ん中で分けてある巴の淡い藤色の前髪をそっと揺らしていく。

ふと視線を窓の方へ向けた。

「わたしも約束守らなきゃ……ちゃんと、謝れるかな」

巴の澄んだ青空のような瞳に映っていたのは果てしなくどこまでも広がっている夏の空。

とても清々しい、太陽が輝く青く澄んだ空だった。

 




――はい!

このあかつき外伝の前後編はパワ11の日本代表編で少し語られた一ノ瀬兄妹と二宮さんを何故そうなったのかを含めてしっかり描きたかったので、ここまで何とか書き切れてホッとしております(^ー^;A
因みに、前回後書きにて『あかつきレギュラー陣の名称ですが、もうあれ、厨二病全開なネーミング~』と書きましたが……その数年後のパワプロアプリにてあかつきシナリオが追加された際、公式が全開フルスロットルだった(主に十傑ネーミング)ので、それを目撃した時に自分は「選ばれし九人、よし浮いてない!(そしてあかつきフルメンバーのパワターも出揃った!)」とか思ったとか何とか(笑)

~ちょっとした?余談~
前回の後書き時に2013最後のシナリオ、ラグナロク分校が来たー! と盛り上がっておりましたが、時というのは無情なもので……前回~今回までの年月で2016,2018と発売され、更には予定通りなら今年7月に2020発売となりますね!\(^o^)/
そしてこの5年半弱の間でアプリ経由(実際はヒーローズや2016,2018のサクセスでの新規キャラもいますが、人数的にはほぼほぼアプリから、かなと)ではあっても新キャラもの凄く増えていてそれがまた魅力的なキャラばかりなので彼・彼女達も長い目で見て自分の小説内で出せたらいいなー、と今色々考え中です(出せたとしてまだまだ先の先かもですが…)


次話についてはまたいつ更新出来るかは不明ではありますがなるべく年を跨いだり、など無いように頑張りたいと思います!
後書き含め、ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございました!!(*^O^*)


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