モンスターハンター ~漆黒の意志~ (鷹幸)
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第1話 大海と蒼天 Double Blue
今回は、前作の続編ということで……
よろしくお願いします。
目の前に広がるのは、母なる大海、すべてを包み込まんとする蒼天。
そのふたつの青は、果てなき世界の広大さを物語っているように感じられる。
そして、その海に面する、大きな港があった。大小さまざまな帆船が波に揺られており、陸地ではたくさんの人やものが行き交っている。
「ここが……〝タンジアの港〟!」
潮の香りを
彼女はハンターだ。この世界でいうハンターとは、人間よりもはるかに強大な存在である「モンスター」を狩ることを生業とする者のことだ。彼らは、道具や知恵を駆使してモンスターを狩猟することで、人類の繁栄を目指し、自然との調和を図る役割を持つ。
15歳の少女の名は、ソラである。黒髪セミショート、前髪ぱっつん、くりっとした目が特徴的だ。身長は高くない(標準的なアイルーの約1・3匹分)。【ユクモノ弓】、【ユクモノシリーズ】を装備している。
そしてソラは、旅を始めたばかりのハンターだ。少しまえに、彼女の故郷・ユクモ村を発ったばかりである。ハンター歴は1年を過ぎたくらいで、まだまだ新米ではあるが、ジンオウガの狩猟経験もある。
「活気に溢れてて、いいところだな」
ソラの隣でそう呟くのは、レオンという18歳の少年だ。
「こんなに大きな港は、初めて見るわね……」
レオンの足元で腕を組む黒のアイルー、ナナ。彼女はレオンのオトモアイルーで、【どんぐりネコシリーズ】の装備に、大きなブーメランで武装している。
そんな三人組が到着したのは、〝タンジアの港〟という巨大な港だ。
タンジアの港――交易の中継地として栄える港であり、数多の海の男たちが集うことから、『船乗りのオアシス』とも呼ばれている。そのほかにも、商人やハンターたちが多数行き交い、とても活気のある場所だ。クエストカウンターやハンターズギルド公認の三ツ星レストラン「シー・タンジニャ」がある広場、高い水準の技術力を有する工房のほか、土産から役立つアイテムまで幅広い商品を販売する多種多様な店が並んでいる。
彼らが現在いるのは、タンジアの港南部の、港エリアである。
「……でも、あまり寒くないね、ここ。冬が近いのに」
ソラが、レオンの顔を見上げて言った。
「割と南の方だからな。温暖な気候なんだよ」
「……ってことは、ずっと南に行けばどんどん暑くなって、灼熱地獄になるってこと?」
「いや、その逆。行き過ぎれば、極寒の氷の大地しか広がっていない。北もそうだけど」
「ふうん……、なんだか不思議だね、世界って」
「世界には、多様な気候・風土・文化があるんだ。世界は一つだけど、見せる姿は場所によって大きく異なる。それが、おもしろいところだよ」
「うん……。わたしも、いろいろと勉強になりそうだよ」
ソラは、うーん、と躰を伸ばした。ここまでの移動で、かなり疲れているというのもある。
「ここ、温泉ってないのかな? ちょっとゆっくりしたいよ」
「それは……さすがに無いだろ」
「うーん、ま、そうだよね……」
あはは、とソラは苦笑いに似た笑みを浮かべた。
彼女の故郷・ユクモ村には良質の温泉があった。それに浸かれば、一日の疲れはほんの数瞬で吹き飛び、癒されるのだが……。今まで恵まれた環境にいたせいか、温泉が無いと少し残念な気持ちが表れてくる。それほど、温泉は偉大なものだった。
「なら、食事はどうだ?」レオンが提案する。「ユクモ村を出てから、あまりロクなものを食べてなかっただろ?」
「そう言われてみれば……そうだね。うん……なんだか、急にお腹が空いてきちゃったよ」
「おう。ここまで巨大な港なら、食事場もあるだろうし」
「《シー・タンジニャ》というレストランがあるそうね」
いつの間にか側から消えていつの間にか戻ってきていたナナは、パンフレットのようなものを目の前で広げていた。それには、タンジアの港を簡略的に書いた図に、施設情報などが余すところなくギッシリと書かれている。
「……しー・たんじにゃ?」ソラが聞き返す。
「えぇ。この先の広場にあるそうよ。なんでも、ギルド公認の三ツ星レストランだとか……」
「わぁ、すごく高級そう……」
「でも、リーズナブルな値段の料理から、最上級の料理までを取り揃えてるみたい」
「なら大丈夫だな。……行こうか」
海岸沿いに、彼らは進んだ。少し歩くと、タンジアの港中部、商業エリアに着く。貿易の要所だけあって、モノや人で溢れている。横に並んで歩くのも邪魔になりそうだったので、レオン、ソラ、ナナという順に縦一列で進んだ。
すれ違う人は、肌の色もさまざま、顔もさまざま。人間も竜人族もアイルーも入り交じっている。これだけ大勢いれば、知り合いの一人や二人に会ってもおかしくなさそうだ。
(もしかして、姉貴もここに来てたりして……)
レオンはそう思ったが、首を振った。あまり会いたくはない。別に、姉のことが嫌いというわけではない。絡みが面倒なだけなのだ。
「どうしたの? レオン」ソラがレオンの背後から声を掛ける。
「いや、なんでもないよ。ただ、こうも人がいると……、知り合いがいても――」
レオンは、急に足を止めた。
「わっ!?」
ソラの額が、レオンの背中にぶつかった。防具なので、とても硬い。
「ったぁ……。急に立ち止らないでよ……」
「――」
レオンは何も言わない。ただ、何かを一点に見つめている。
「……まったく、どうしたっていうのよ?」ナナは呆れ顔で肩をすくめた。
「あ……」
レオンがやっと口を開いた。
「あいつ……、もしかして……」
その瞳が捉えていたのは、ある男の姿だった。
タンジアの港編、始まりますか?
――いえ、始まりません。
えっ?
――はい。
そ、そうなんですか……。
――そうです。
では、具体的にはどういう……?
――それにはお答えできません。
無能ですね。
――誠に遺憾です。
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第2話 その男 He is … ?
タンジアの港にやってきたレオンが見つけたのは……
レオンの視線の先にいるその男は、ブロンドの髪色に、蒼い眼をしていた。歳はレオンと同じくらい。身長はレオンより頭一つ分小さい。身に纏っているのは、ハンター専用の防具。それは、黒を基調としたもので、甲殻といった硬い部位を使用せず、機動力を重視した作りになっているものだ。【ナルガクルガ】というモンスターの素材から作られた漆黒の装備、【ナルガシリーズ】である。
レオンは、人々の合間を縫うようにして、男に近づいた。
「おい……」
そして、距離1メートルに差し掛かった辺りで正面から声をかける。
「お前、ルークだよな……!?」
ルークと呼ばれた男の視線が、レオンに留まった。しかし、すぐに目を逸らす。
「……人違いだ」
彼は、小さな声で呟くように言った。
「何だよ……、オレのこと忘れたのか? レオンだよ」
「……だから、人違いだと言っているだろ」
突き放すように言うと、男はぷいとそっぽを向く。そのまま、彼は人ごみの中に消えていった。
「……」口をぽかんと開けたまま、レオンは立ち尽くす。
「ねぇねぇ、今の、知ってる人なの?」
レオンを追いかけてきたソラが、彼の隣で訊いた。
「たぶん、あいつに間違いないと思うんだけどな……。別人なのか?」
「ねぇってば」
「あ、あぁ……、うん。さっきの奴……オレの友人に似てたんだ」
「へぇ。レオン、友達いたんだ?」
「なんだよ、いなかったと思ってるのか?」
「ううん、冗談を言ってみただけだよ」ソラは唇の隙間から、舌を少しだけ覗かせた。「それに、レオンは優しいし、友達がいなわけないもん」
「お、おう……」『優しい』という言葉に、照れくささを滲ませるレオンである。
「それで、人違いだったんだ?」
「いや、あいつで間違いないはずなんだ……」
目が合ったとき、彼の瞳の奥が少し揺れたような気がしたのだ。彼は、レオンのことを覚えているに違いない。
しかし……。
あの態度は何だったのだろう。まるで、避けられているような……。
「ま、いいや……。とりあえず、メシだ、メシ」
口ではそう言いつつも、内心では気にかかっていた。
*
タンジアの港、北部。
酒場エリアとも称されるこの場所には、大きな広場がある。ここには、ハンターが依頼を受注するためのクエストカウンター、レストラン《シー・タンジニャ》が構えており、奥には狩猟船の船着き場があった。そして、広場はハンターたちで埋め尽くされている。
「わっ」
広場に辿り着くなり、ソラは驚きの声を上げた。彼女が見たことのない武器や防具を装備している者がたくさんいたからだ。
「これ……みんなハンターだよね?」
「あぁ。世界中からハンターが集まってるんだ」
甲冑のような防具に、異国風の防具。ゴツゴツしたもの、軽快なもの、奇抜なものなど……。目に入るものすべてが新鮮だ。武器もさまざま。ぱっと見ただけでは、それがどの武器種に分類されるのか分からないものもたくさんある。
自分の見ていた世界は、ほんの一部に過ぎなかったということを、ソラは思い知った。
「レストラン《シー・タンジニャ》は……、あぁ、あれか」
レオンは、海に面した一角を指差した。
巨大な、とんがり帽子のような形の鍋を中心に、そのレストランは展開されていた。広場に面した側には、カウンター席が用意されている。レストラン南側の階段を上がると、海を臨むようにしてテーブルとイスが設置されていて、そこで潮風を受けながら食事ができるという粋な計らいが施されていた。
「どうする? どこで食べる?」レオンが訊く。
「えー、どこでもいいよー」
ソラは、広場のハンターたちに目を奪われているようだった。
「……なら、せっかくだし上に行こうか」
「はーい」
彼らは、階段を上がって高台に足を踏み入れた。撫ぜるような心地よい風が吹いている。この場所は人気なのか、たくさんのハンターがテーブルを占拠していた。彼らは、一つだけ空いていた席を見つけると、テーブルの側のイスに腰掛けた。
テーブルの上には、メニューの書かれた紙が、石の重しの下に置かれていた。
メニューには、
《豪華》
タンジア鍋
紅蓮鯛の尾頭付き
《おすすめ》
はじけイワシのアンチョビサンド
たてがみマグロ海鮮丼
《人気》
こんがり肉G
ラギアテール
《お手頃》
ロイヤルチーズバーガー
極上タンジアチップス
《世界の味》
ガーグァの丸焼き
黄金米炒飯
《肉のオトモ》
ミックスサラダ
…
などとあり、それぞれの隣には価格が表示されていた。手頃なものからちょっと冒険的なものまで、種類も価格もバラエティに富んでいる。
「何、頼む?」
「んー、そうだね……」
たくさんのメニューがある。この中から一つを選べというのは、なかなかの時間がかかりそうだ。
「おすすめとか、人気のメニューあたりがいいかも」
ソラの提案に、レオンは
「それがいいな。なら、オレは『たてがみマグロ海鮮丼』」
「わたしは、『こんがり肉G』を食べてみたいなぁ」
「あたしは『はじけイワシのアンチョビサンド』で」
注文が決まったので、レオンは青いバンダナをしたアイルーに声を掛けた。このレストランは、少人数のアイルーで回されているようなので、シェフ兼ウェイターである。
「ご注文を承りますニャ」
アイルーが手にメモを持ってそう言ったので、レオンは三人分の注文を告げた。
「……ニャ。では、お飲み物はどういたしましょうかニャ? タンジアビールなどがおすすめでございますがニャ」
「うん……」レオンは、ソラをチラッと見てから、アイルーの方を向いた。「なら、『炎熟マンゴージュース』で」
「お三方、同じでよろしいですかニャ?」
「それでいいよな?」レオンはが訊くと、ソラとナナは首を縦に振った。
「承りましたニャ。合計で、2500
レオンは、ポーチから紙幣と硬貨を取り出して、それを渡した。
「ちょうど、いただきますニャ。お時間、少々お待ちいただくことになりますがよろしいでしょうかニャ?」
「あぁ、問題ないよ」
「では、失礼致しますニャ」
ウェイターアイルーは頭を下げて、厨房(?)へ向かっていった。
「ねぇ。さっき、なんでわたしの方を一瞬見たの?」ソラがレオンを質す。
「いや、酒は飲まないだろうなぁ、って」
「……。まぁ、飲んでも問題はないけどねっ」
果たしてそうだろうか……とレオンは思った。彼女には前科がある。いや、あれは、あのときたまたまそうなっただけで……。
「……? どうしたの?」ソラがレオンの顔を覗き込む。
「あっ、いや、なんでもないよ。ま、絶景の海を見ながら飲むものは何でもいいだろうな」
「そうだねっ」
彼らは、潮風の吹いてくる方向に視線をやった。陽の光を反射して美しく輝く
彼女の前科については、前作の第5話をご覧ください。
温泉では、ついつい、あんなことやこんなことになってしま……コホン、何でもありません。
いや、何でもありませんったら!
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第3話 行き先→? Where do you wanna go to?
十分ほどして、注文した料理が運ばれてきた。
「お待たせしましたニャ。こちら、『たてがみマグロ海鮮丼』、『こんがり肉G』、『はじけイワシのアンチョビサンド』、お飲み物の『炎熟マンゴージュース』でございますニャ」
料理名と共に、空腹のハンターたちの前に食事が置かれる。それらは、視覚情報だけで香ばしさが伝わってくるようなものばかりだった。
「それでは、ごゆっくりどうぞニャ。追加注文は大歓迎でございますニャ」
そう言い残して、ウェイターアイルーは客の波に消えた。レストランは大繁盛である。
「よし。じゃ、いただくか」
「そうだねっ。いただきまーすっ」
「いただきます」
レオンは海鮮丼を、ソラは肉を、ナナはサンドウィッチを口に運ぶ。
「おぉ、新鮮な海の幸が口いっぱいに広がっていいな」
「香ばしさと肉の弾力、それにスパイシーな味付けが相まって、これ以上ない最高級のこんがり肉だってことを演出してるみたい……」
「悪くないわね」
そして、それぞれがコメントを残す。客を唸らせる料理を提供できるあたり、さすがは三ツ星レストラン。その名に恥じない。
「……このあと、どうする?」
食事の途中で、レオンがそう訊いた。
「そうだね……」ソラは、骨付き肉を手に持ったまま考え込んだ。「ちょっと、港を回ったりしてみたいかな。珍しいもの……っていうか、目につくもの全部が珍しいんだけどね、いろいろ見て回りたい」
「そうか……。うん、そうだな……それがいい」
せっかく来たのだから、見て回るほかに手はない。これでこそ、旅である。
「それで、別に、一緒じゃなくてもいいよな?」
「え?……あぁ、うん、大丈夫だよ。レオンは何かするの?」
「ちょっと、な」
ソラは少し眉を上げたが、すぐに「……そっか」とだけ呟いた。
「じゃ、あとで落ち合う場所を決めておこう」
「んー、だったら、この広場でいいんじゃないかな? 一番わかりやすいと思うし」
「まぁ……半端なところじゃわかりにくいし、そうだな、ここにしよう」
彼らは頷きあってから、食事を再開した。
*
腹ごしらえを済ませたあと、レオンは、ソラ・ナナの二人と別れてタンジアの港を散策することにした。
しかし、ただ、ぶらりぶらりとするわけではない。
(ルーク……、あいつを捜そう)
さっきすれ違った男は、ルークで間違いないのだ。雰囲気こそ変わっていたものの、顔つきや容姿はほとんど変わっていない。
酒場エリアに行こうとしてすれ違ったので、彼は今、港エリアあたりにいるはずだ。
レオンは、南方へと足を速めた。
タンジアの港は、本当に賑わっている。今までに訪れた場所の何倍、いや何十倍もの人がいるのではないか。レオンにはそう思えた。
数分後、タンジアの港・南部に到着した。
南部は港エリアとなっていて、大小さまざまな漁船や交易船、旅客船が桟橋の側に停泊している。そのほとんどは帆船だ。ところどころに、ボートのようなものもあった。
漁船からは、船員が箱を持って降りてきている。中身は魚だろう。離れていても、魚類特有の匂いが漂ってくる。レオンの嗅覚は鋭いので、間近で嗅いでいるかのような感覚を覚える。
交易船には、背の高い竜人族の男性が乗っているのが見えた。胴着に袴、背中に長い太刀を背負っている。彼もハンターなのだろうか……、とレオンは考えた。そして、竜人族の彼は、隣にいるアイルーと大声で笑い合っていた。
旅客船は帆を畳んでいて、まだ出航の気配は見せていない。いつ出航してどこへ向かうのか、レオンはあとで聞いておこうと思った。
今の目的は、ルークを捜すことである。
レオンは、港をぐるぐると回った。船の甲板も確認した。
しかし、影すら見当たらない。もう、彼はここにいないのか……。
「仕方ないか……」
溜め息混じりに、彼の口からそんな言葉が洩れた。
会っていろいろ話をしたいと思っていたのだが、それは叶わなかった。もしかしたら、本当に人違いだったのかもしれない。
レオンは、元来た道を引き返し、酒場エリアへと歩いた。
少しゆっくり歩いて戻ったので、十分ちょっとで広場に着いた。
ソラたちは、まだ買い物をしていることだろう。まだ時間がありそうだったので、今度は、広場周辺を見てみることにした。
まず、クエストカウンター。一般人や王政からハンターズギルドに集められたモンスターの「狩猟」依頼を、ハンターに紹介する場所である。
クエストカウンターには普通、ギルドガールと呼ばれる受付嬢がいる。ここタンジアの港も例外でなく、水兵の姿をしたギルドガールが三人、クエストカウンターに立っていた。それぞれ、青、赤、白を基調とした服装だ。
地方によってギルドガールの服装は異なっており、レオンが以前訪れていたユクモ村のギルドガールは着物だった。
タンジアの港のギルドガールは人気らしく、ハンターの男たちが彼女らの周りに集っていた。あの中に、依頼を受けようとする者が何人いるのだろうか……。
(どこかへ狩猟しに行ってもいいんだけどな……。次は、どこに行こう……?)
そんな思案にふけていると、
「レオーン!」
声がして、レオンは振り返った。ソラが、ナナと肩を並べて向かってきているのが見える。彼女らは、手にいろいろなものを持っていた。
「ただいまっ!」
「あぁ、おかえり」
「いろいろと買ってきちゃったぁ」
「何を買ったんだ?」
「んーと、食べ物がほとんど」
「……ソラ、なんか最近、タイガに似てきてないか?」
「え? そう?」
「食欲旺盛なところというか……、なんだか、似てきてる気がするよ」
「そうなのかなぁ……、全然わかんないや」ソラは首を傾げる。
「それで、ほかには何を?」
レオンが訊くと、ナナがポーチをごそごそと探って何かを取り出した。
「これ。【
「おっ。そりゃありがたい」
汗臭いのが強敵のレオンにとっては、消臭玉は強力なアイテムだ。そこのところ、ナナはよく理解している。よきオトモアイルーだ。なんだかんだで、ナナもレオンのことを考えている。
「それで、レオンはさっきまで何してたの?」今度はソラが訊いた。
「あぁ……。あいつを……、捜そうと思ったんだけどな、いなかったよ」
「ここ広いし、見逃しちゃったんじゃない?」
「ま……、もういいんだ」
レオンが首を振ると、ソラは少し悲しそうな顔で、「そう……」と少しうつむいた。
「それでさ、ソラは、どこか行きたいところはある?」
「え? どこかって?」ソラは顔を上げる。
「次の目的地だよ。タンジアの港からなら、世界中どこへでも行けるからね」
「あ、そっか……」ソラは、少し唸った。「んー……。もうちょっとここにいてもいいかもしれないけど……」
ソラは、指を唇に当てている。彼女が考えるときのポーズだ。
少し経って、彼女の口が動いた。
「……じゃあ、レオンの故郷なんてどう?」
タイガというのは、ユクモ村にいたときのソラのオトモアイルーです。
若葉トラの毛並みに、食欲旺盛なアイルーでした……(過去形だからって、死んだわけではないです)。
そういえば、前作よりも1話を短め(2000字程度)にしたんですけど、どうなのでしょうか。
これで亀更新になったら悲惨ですが……(フラグかな?)。
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第4話 そして、海へ Let’s Go!
「……オレの? 故郷?」
レオンは、少し驚いた様子で訊き返した。
「うん。レオンの故郷のこと、ちょっと気になってたし……」上目遣いでレオンを見つめながら、ソラは続ける。「それに、レオンだって、たまには帰ってみるのもいいんじゃないかな?」
「……そうだな」
旅に出て2年。レオンは一度も、故郷へ帰っていない。
帰る気が無いといえば、そうではない。帰りたくない気持ちや、目的を達成するまで帰らないといった理由も無い。
つまり、故郷に帰ることも選択肢の一つなのだ。
(これも、旅の一環ってことでいいかな)
彼はそう結論づけ、「じゃあ、帰ってみるか」と呟いた。
「決まりだね!」ソラは、親指を立てた右手をレオンに向けた。「えっと、たしか……、火山地方? だっけ?」
「あぁ。火山峡谷地帯の『アルバ村』だ」
「へぇ……。レオンの故郷、アルバ村っていうんだ?」
「あれ、言ってなかった?」
「うん。言ってなかったと思うよ」
「……そうだったかな」レオンはこめかみに指を当てて唸ったが、「ま、それはいいや」と息をついた。
「それで? いつ、ここを出発するのかしら?」ナナが問う。
「あぁ、うん……。早ければ今日でもいいけど……」レオンは、ソラに言葉を向けた。「どうする?」
「んー、思い立ったが吉日、だよね? まえにレオンが言ってたの」
「……そんなこと言ったっけな」
「うん。そんな感じのことは言ってた」
「そ、そうか……」
ソラの記憶力に、レオンは目を見張った。よく憶えているものだ。彼自身、そんなことを言った記憶は残っていない。
「それじゃ……、早速行ってみるか?」
「行こう!」
「よし……。さっきの港から火山地方行きの旅客船が出てるはずだから、それに乗って行こうか」
*
十分して、彼らは港エリアに到着した。たくさんの船が、穏やかな波に揺られている。
「どれに乗るの?」ソラが訊く。
「たしか、これだ。この帆船」
30メートルほどの木製の帆船を、レオンは指差した。高く立ち並んだ3本のマストには、畳まれた白い布が取り付けられている。
「出航は今日の夕方で、明日の昼頃に、火山地方の港に到着するらしい。そこからは荷車で移動だな」
「まだ、ちょっと時間はあるんだね」
「でも、早いに越したことはないさ」
彼らは、桟橋と船との間に掛けられた渡り板の上を歩く。歩くたび、板がギシギシという音を立てていたが、とくに問題なく渡り終えた。
「わたし、こんな大きな船に乗るのは初めてだよ」甲板に足を踏み入れてすぐ、ソラが言った。
「船酔いはしないか?」ソラの後ろからついてきていたレオンが訊く。
「わかんないけど……、たぶん、大丈夫かな」
「ま……、嵐の中でも進まない限りは心配ないだろう」
言ってからレオンは、甲板の上を見回した。人の数はまばらだ。乗客たちは船の中に入っているのかもしれないが、そもそも、火山地方へ向かおうという人は少ない。地質学者やモンスターの生態研究家などが行くくらいだろう。
ゆっくりと見回していると、レオンの視点が一つに定まった。
漆黒の装備を纏ったルークが、手すりに腕を掛けて海を見ている。防具の色にそぐわないブロンドの髪の毛が、風に靡いていた。
「あ。あの人って、さっきレオンが捜してた人じゃない?」ソラが口を開く。
「あぁ……。あいつ……、この船に乗ってたのか」
「もっかい話しかけるチャンスだよ」
「だな」
レオンはうなずくと、ルークの元へ歩いてゆく。
「ルーク――」
そして、背後から声を掛けた。だが、彼は反応しない。じっと、遠くの海を見つめている。
「この船に乗ってるってことはさ、お前も、村に帰るのか?」
「……」
「お前、いったいどうしたんだよ」
レオンがルークの肩に手を掛ける。と、その瞬間、その手はルークに弾かれてしまった。
「……キミには関係のないことだ。ほっといてくれ」
「ルーク……」
レオンは、宙に止まったままだった腕を下げて、「ふぅ」と息をつくと、踵を返してソラとナナのもとへ帰った。
「何、あいつ……。本当にレオンの友達なの?」
少し悲しげにうつむくレオンに、ソラはそう言葉を掛けた。
「……あぁ。まぁ、ルークにもいろいろあるんだろう」
背後のルークを、レオンは
「とりあえず、船の中に入ろう」
甲板の中央に設けられたドアを開けると、下へと続く階段があった。それを降りると、長い廊下が続いていて、その両側に部屋への扉がたくさんあった。
「ニャニャッ。船室をご利用でございますかニャ?」
階段を降りてすぐの場所に、白い服を着たアイルーがいた。船員アイルーなのだろう。
「あぁ」レオンはうなずく。
「お三方は、同じ部屋でよろしいでございますかニャ?」
「いいよな?」ソラとナナに向かって、レオンが訊いた。
「うん。別に気にしないよ」
「あたしも」
「では、こちらへどうぞですニャ」
アイルーは、木の廊下を歩いていく。三人は、彼の後についていった。
少し歩いてから、アイルーは右手側の部屋のドアを開けた。
「こちらですニャ」
案内された船室は、寝泊りするには十分な広さがあった。大きなベッドが二つ。アイルー用のベッドも二つ用意されていた。つまり、ここはハンターのための部屋だろう。
「目的地はどちらでございますかニャ?」
「火山地方の……グリース港だな」
「それでは、そちらに到着次第、お伝えに参りますニャ。宿泊代は、降りるときに頂ますニャ。では、ごゆっくりどうぞ」
船員アイルーはそう告げると、部屋のドアを閉めた。
レオンたちは、荷物を床に置くと、それぞれのベッドの上に腰を下ろした。ベッドが揺れている。ここは既に海の上なのだ。
「あっ、ここから外が見えるんだ」
ソラは、部屋の海側にある小さな窓を覗いている。碧い海に太陽光が反射して、まぶしく輝いていた。
「海を見るんなら、上の甲板のほうがいいかもしれないな」とレオン。
「それもそうだね……。うん、そうしよう! 風も気持ちいいだろうし!」
「じゃ、決まりだな」
跳ねるように立ち上がると、彼らは船室を出て、甲板へ出た。ルークの姿は、既にない。
船は未だに動いてないが、船員がマストの上に登っているので、出航の兆しは確認できる。
爽やかな潮風を感じて、ソラは両腕を大きく伸ばした。
「うーん……、気持ちいいなぁー……」
軽く目を細めると、彼女は一言、「泳ぎたいなぁ」と呟いた。
「……ソラは、泳げるのか?」
レオンが訊くと、ソラは「うん」とうなずく。
「ユクモ農場の側に大きな河があったよね? よく泳いでたんだ、あそこで。……裸になってリクと泳いでたなぁー……なつかしいや」
リクというのは、彼女の弟の名前だ。
「それで、レオンは? 泳げるの?」
「あぁ。泳げるよ、姉貴に鍛えられたからな」そう言ってから、レオンの顔に陰りが現れた。
「……あの極寒の海での修行は、本当に身が凍りつくような思いをした……」
「え……。極寒の海でって……す、すごいね」
「今思えば、とんでもないことだったよ」
「でも、そのおかげで、レオンは躰が丈夫なんだよね」
「……まぁな」
鼻息を軽く洩らして、彼はそう答える。
そして、夕刻になり、帆を下ろした船は、橙に染まった海へと進んでいった。
ソラ「よく泳いでたんだ、あそこで。……裸になってリクと泳いでたなぁー……なつかしいや」
レオン(裸だと!?)
彼は脳内でそれを想像したに違いありません。だって、男だもの。
というわけで次回、レオンの故郷へ。
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第5話 ただいま、 What is the Lios Valley?
彼らが目指す先、アルバ村への到着は目前に迫っていた……
アルバ村――。
火山地方の火山峡谷地帯に位置する、人口数百の村である。百年ほどまえにやってきた移民が開拓した村で、鉄工業や武器製作を主な産業としている。時期によっては、風向の影響で火山灰が多く降り積もるため、農業はさほど盛んでない。
村の後ろには崖のような山がそびえ、三方が高い岩壁で囲まれている。村は、大通りを中心に、石造りやレンガ造りの家が軒を連ねていた。その多くは鍛冶職人や武器職人の家である。
「へぇ……、そんな村なんだ」
「うん。鉄とか、ほかの金属の精錬技術もかなり高いから、上質な鋼材を求めてやってくる商人なんかもたくさんいるんだ」
「じゃあ、わたしも良い武器を作ってもらおうかな~」
「でも、高くつくぞ」
「えっ。どれくらい?」
「昨日の飯が、一年間毎日食べられるくらいじゃないかな」
「それなら、ご飯食べるほうを選ぶかなぁ……」
「……ホント、最近タイガに似てきてるよな」
「食べ盛りなんだよ……、きっと!」
「ま、悪いことじゃないとは思うけど」
地面の起伏に合わせて揺れる荷車の上で、ソラとレオンは会話を展開していた。彼らは、アプトノスという草食竜が
「もうすぐ着く?」ソラが訊いた。
「あぁ」レオンはうなずく。「十分ちょっとだろう」
「……そっか。それにしても、なんだか寒くなってきたね」ソラは、二の腕の辺りをさすった。
「そうだな……、けっこう北の方まで来たしな。寒いなら、オレの荷物の中にコートがあるから、それを
「でも、あとちょっとだから大丈夫」
荷車は、落葉樹と常緑樹の交じった林を抜けた。遠くに、噴煙を噴き出す黒い火山が見える。天高く舞い上がる灰は、火山上空を覆い尽くしていた。
ソラは、赤い溶岩が噴き出るような火山を想像していたが、今見えているものはそうではなかった。しかし、山の中腹は仄かに赤く光っている。あそこに、灼熱の地獄が待ち構えているのだろう。
しばらく走って、荷車の震動が収まった。到着したようだ。
「ここ?」ソラはレオンをうかがう。
「あぁ、そうだ。降りよう」
レオン、ナナ、ソラの順に、荷台から降りて土を踏む。
「ホント、久しぶりに帰ってきたなぁ……」
「そうね……」
レオンとナナは村の門の前に立ち、しみじみとした表情をにじませている。彼らの視線の先には、聞いていた通りの村があった。
「ここが……、レオンの故郷!」二人の横に立つと、ソラは声を弾ませた。
「2年くらいじゃ、とくに何も変わらないよなぁ……」
はは、と軽い笑いを飛ばして、レオンは村へ入ろうとする。ナナ、ソラも後に続く。
石づくりの村の門に、モンスターの頭部らしきものが飾られていたのにソラは気づく。……剥製だろうか。刺々しい黒と赤の鱗が、頭の後ろに向かって生えている。ガラス玉のような蒼い目は、それがまだ生きているかのような錯覚を起こさせるものだった。
「ねぇ……、これって、リオレウス……?」
「うん。リオレウスだ」
リオレウス。
別称を【火竜】という、大型の「飛竜種」だ。赤い甲殻に身を包み、大きな翼で、空を舞う。飛竜リオスの雄の個体であり、雌の個体はリオレイアと呼ばれる。
「飛竜種」というのは、モンスターを分類する上での名称の一つ。ほかにも、猫によく似たアイルーは「獣人種」、荷車を牽いていたアプトノスは「草食種」に分けられる。「飛竜種」は、前脚が翼になっており、飛行する能力のあるモンスターを指す(中には、飛行能力がほとんどない種も存在する)。
そんな飛竜種のリオレウスであるが、その体内には〝火炎袋〟と呼ばれる内臓器官があり、ここで作りだされた炎の塊を吐き出して外敵を攻撃するという特徴を持つ。これが、リオレウスの別名が〝火竜〟たる
その王者の首が、アルバ村の門には飾られていた。
「なんで、こんなの飾ってるの?」ソラが訊く。
「うん……、何て言えばいいのかな」レオンは腕を組むんだ。「……そう、ここは『リオス・ヴァレー』に近いからだよ」
「……りおす・ばれー?」ソラは首をかしげる。
「あぁ。『火竜の谷』とも呼ばれる場所だ。文字通り、火竜――つまり、リオレウスやリオレイアが集ってくる場所なんだ」
「そこ、けっこう近いの?」
「近いよ」
「えっと、それだと……、この村も襲われたりするんじゃ……?」
「そう。ご先祖様がここに移住してきた当時は、そんなことがあったらしい。それで、その火竜を退けたのが、そのときの
「そうなんだ……」
「ま、村の書物庫に行けば、その当時の資料なんかが残ってるよ。興味があるなら、あとで見に行くか?」
「うん。そうする!」
「よし。……でも、まずは村長に挨拶に行こうか」
ソラはうなずく。ナナは、口を大きく開けてあくびをした。
そして、彼らはアルバ村の門をくぐった。
*
――彼らが村へ到着して数分後。
漆黒を身に纏った男が、荷車から降り立った。
彼は、門の前に立つと、空を仰いで、宙に語り掛ける。
「……ただいま、僕の故郷」
ついにアルバ村へ到着です。
ちなみに、村名は
そういえば……、CAPCOMから『モンスターハンター ストーリーズ』が発表されていたようですね。
モンハンがRPGに……。
レーティングとかどうなるんでしょうねぇ
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第6話 へっ!? I’m just …!
村長の家は、村の一番奥にあった。石造りで、村のどの家とも比べものにならないくらいに、大きい。さすがは村長の家、といったところだ。
木板のドアに掲げられた金属製のドアノックを、レオンは三回叩いた。返事はなかったが、中で物音がしたので、気づいているはずだ。
「村長って、どんな人なんだろう……?」ソラは、レオンの顔を見上げた。
「ま、見れば分かるよ」
ドアが開いた。
白髪に、髭をたくさん生やした、いかにも「長老」であるかのような男性が顔を出す。身長も、レオンと同じくらいだ。
「村長、ご無沙汰しておりました」レオンは一礼する。
「お……?」
村長は少しだけ顎を引くと、レオンを見つめる。
「おぉ、レオンか。いや……、少し見違えたぞ」
「オレ、そんなに変わりましたか?」
「む、雰囲気は少し変わったようにも見えるがな……。それにしても、久しいの!」村長は、にっこりとほほ笑む。
「村長は、お変わりないようですね」
「まだまだ若いからの!!」
はっはっは、と村長は高らかに笑った。そのあと、視線が下に移る。
「……おっと、そちらのお嬢さんは?」
「あ、はじめまして」ソラはお辞儀をした。「わたし、ソラっていいます。ユクモ村から来ました」
「私は、ライナス・グリフィン。ここアルバ村の村長をしておるよ。そうか、ユクモ村から……。遠路はるばる、こんな
「いえ、素敵な土地だと思います。火山が近いっていうから木とかないのかなーって思ってたんですけど、緑もたくさんあっていいところですね!」
「うむ……、それはよかった。む、立ち話もなんじゃろうし、中に入らんか?」
「いいんですか?」レオンが身を乗り出す。
「何を遠慮する必要があるか。来る者拒まず、さあ、入ってこい」
村長は身を翻し、スタスタと家の中へと戻っていく。
「すごくいい人だね、村長さん」とソラ。
「うん。みんなから慕われるのには、理由がちゃんとあるんだよな……」
「あたしの存在には、気づいてくれたのかしら……」ナナはぼそりと呟いた。
家に入ると、暖炉のある大きな広間があった。木製の大きなテーブル、それを挟むようにソファがある。
「そこに座りなさい」
さきにソファに座っていた村長は、向かいのソファを指差した。テーブルには、水の入ったグラスが三つ置かれている。
レオンはレウスシリーズを装備しているので、ソファには座らず、近くにあった木の椅子に腰を据えた。ソラは、ソファに座った。
「……む、レオン、旅はどうじゃったかな?」村長は、レオンに視線をやる。
「そりゃ、楽しいですよ。自分の知らなかった世界を切り拓いていくワクワクと緊張感……。子どものときの……あの、見るものすべてが新鮮だったような感じがまだ体感できるのはいいですね」
「たしかに。童心を忘れぬことは、良き人生を送ることにもつながる。心はいつまでも若く! 躰は老いていくが……これは、仕方のないことだの」村長は、髭をいじりながら深くうなずく。
「でも、旅はまだ続けていくつもりです」
「うむ、それが良い。私も村長でなければ、世界を回ってみたいものだがの……」
「一緒に行きますか?」レオンは歯を見せた。
「む……、迷うところだの……」村長は唸る。「この際、村長を引退してしまおうかい!」
「それは、村の人が困りそうですけど……」
「はっはっは! それもそうじゃの!」
村長は笑ってから、ソラに視線を注いだ。
「して、ソラお嬢は、レオンの婚約者かね?」
「「へっ!?」」
瞬間、ソラとレオンの声が重なる。
「え? え、え、えぇっと、そ、それは……?」
「村長! ソラはただの旅の仲間だよ!」
二人とも、声が裏返っている。突然の言葉に、彼らは困惑せざるを得ない。
「む……? 何を焦っておるのだ。冗談が通じぬ奴らじゃのぉ?」
村長は、子どものような無邪気な笑顔を見せる。その輝く瞳は、子どもと同じものだった。童心を忘れていなさすぎである。
「そ、村長……からかわないでくださいよ」
レオンが呆れて溜め息をつくのを見て、村長は声を出して笑った。
「すまんすまん! いやぁ、ついつい……」
「ついついでそんな言葉が出てくるものなんですか……」
「出てくるもんじゃよ。……とまぁ、そんなことよりも、旅の土産話でも聞かせてもらおうかの」
「そうですね、どこから話しましょうか……。じゃあ、オレが水没り――」
レオンが言いかけて、ドアの開く音がした。
「む……?」
「?」
部屋にいた全員の視線が、音のした方向に向けられた。そして、ドアの閉まる音がして、足音が近づいてくる。
人影が姿を現す。
「村ちょ――」
影の動きがピタリと止まった。
「あっ!」
レオンの目が開かれる。
彼らの見据える先に立っていたのは……
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第7話 あなたは? A Girl
「レーオーン!」
「ふぐっ!?」
大きな声が部屋中に響いたときには、レオンの視界は真っ暗になっていた。
「帰ってきてたんやね!」
そんな声だけが、レオンの耳に聞こえていた。いや、それだけではない。何か独特な匂いと感触が、彼の嗅覚と触覚を刺激していた。
だが、何も言葉を発することができない。
それもそのはず、柔らかい何かが顔面に押し付けられているからだ。
彼には、何をどうすることもできない……。
「あっ!」
少しして、レオンの視界に光が戻ると同時に、躰から何かが離れるのを感じた。
「ごめんな!」
淡いグリーンのロングヘアの少女が、彼の目の前で手を合わせていた。背の低い彼女は、煤で黒く汚れた服を着ている。
「……ったく、元気なのは相変わらずだな」
眉を下げながら、レオンは吐き捨てるように言う。焦げたような匂いが鼻をつき、彼は少し顔を歪めた。
「やって、嬉しかったんやもん……。めっちゃ久しぶりに
上目遣いで少女が言う。彼女は、嬉しさのあまり、正面からレオンに抱き付いていたということらしい。そのせいで、レオンの顔に服の汚れが転写されていた。
「……ねぇ、レオン、この子は?」
ソラが、怪訝な表情を浮かべてレオンに訊いた。
「あ、あぁ。こいつは……」
「ウチは、サラ・リーヴィス!」サラは、長い髪を振り払った。
「……うん。サラっていうんだ」
「レオン、この子は誰なん?」今度は、サラがレオンに訊いた。
「えっと、この子は……」
「わたしはソラ。ユクモ村出身だよ」
「……うん、ソラっていうんだ」
「ふーん、ソラっていうねんな」サラは、唇を突き出す。「歳いくつなん?」
「え? じゅ、15だけど……」
「あ。じゃあ、タメやんな! よろしく!」
「あ……、うん、よろしく」
サラがすっと右手を差し出してきたので、ソラも微かに戸惑いながら右手を出し、二人は握手を交わした。このときソラは、サラの手にマメが出来ていることに気付いた。しかし、そのことについて口にしようとは思わなかった。
「そういやレオンは、なんで帰ってきたん? 旅やめたん?」
「たまには帰ってみるのもいいかと思ってな……。旅は、まだ続けるつもりだよ」
「また会えんくなるんか……」
サラがうつむいて悲しそうな顔を見せたとき、
「……む、サラよ」
「何か……私に用があったのではないかの?」
「あっ、村長」サラは顔を上げた。「用なんてあらへんで」
「むっ!?」
「なんかね、この近く通ったら、この家に入らなあかんて思ったねん。ただそれだけのことや」
「……む、まぁそうか。なら良い……こともないのぉ?」
「ごめんて、村長。怒らんといて?」
「む、結果的にレオンと会えたから別によかろう」
「せやせや! さっすが村長、分かってはるわ」
サラは、一杯の笑顔を村長に手向けた。村長は少し呆れ顔だったが。
「そうだ。サラ、仕事は大丈夫なのか?」レオンが訊いた。
「せやねぇ……、ま、一通りのことはできるようになっとるし、簡単な武器くらいなら直せるようになったで」
「そっちもそっちで成長してるんだな」
「にゃはは、ウチを見くびってもらったら困るで!」
「サラって、武器職人なの?」今度はソラが訊いた。
「せや。まだまだ見習いやけど……、ハンターの武器とか防具とか、ほかにもいろいろ作れるで!」
「へぇ……」
同い年の少女が「職人」であることを知って、ソラは驚く。どうしても、「職人」には男のイメージが強く付きまとうからだ。
そういえば……、とソラは思い出す。さっき握手したときのマメは、工具を持ったときにできたものではないのだろうか。
「でもほんま、久々やなぁ……」
サラは、椅子に座ったレオンの背後から手を回して抱き付いた。そして、うっとりした表情を浮かべながら彼の髪に顔をうずめる。少女の温度が、レオンの躰に伝う。
レオンはとくに嫌そうな顔はしていない。むしろ、少し微笑んでいるようにも見えた。
「ほんで、レオンはこれからどないするん?」
「そうだな……。とりあえず、ゆっくりするとしか決めてない。オレの旅はいつでも気まぐれだから、どうなるか分からないかな」
「そ……」
サラが、レオンの胸の前で両手を強く握った。
「む……、いいの、私にも抱き付いてほしいものだの」村長が髭を撫でながらぼやく。
しかし、サラはレオンに接触したまま微塵にも動かなかった。
「無視かの……寂しいの……」
何かしらの反応は見せてほしかった、としょんぼりするロリコンエロ
ソラはというと、わずかだが眉間に皺を寄せて、触れ合う二人を見ていた。
――またドアが開く音がした。それに反応したのか、サラはレオンからぱっと離れる。そして全員が、ドアの方向を注視した。
「じいちゃん……」
少しして現れたのは、ルークだった。
「……!」
レオンたちの姿を捉えたルークが、わずかに目を見開いた。
「ルーク……!」レオンは思わず名を呼ぶ。
すると、ルークはすかさず視線を逸らした。
「……なんだ、客人がいたのか」彼は回れ右をした。「じゃあ、僕は失礼するよ」
「おい、待てよ!」レオンは椅子から立ち上がる。その反動で、椅子が音を立てて倒れた。
しかし、ルークは背中を向けて歩き出す。その動作は、とても静かなものだった。
「待ちなさい」
村長の声が、彼の背中に突き刺さる。そして、彼は歩みを止めた。だが、振り返りはしない。
「なぜ出ていくのだ? 友人たちがいるではないか」
村長の問いのあと、数瞬の間があった。
「……僕がいれば邪魔になる。人に迷惑はかけたくないので、僕は外に出ておく。ただ、それだけのこと」
「ルーク……、見ん間に、随分と人が変わったようだの」村長は溜め息混じりにそう言った。
「僕は、出てもいいですか」
「……ならん。ここにいなさい」
鼻息を洩らす微音がして、ルークは振り返った。しかし、レオンとは頑なに視線を合わせない。そして、彼は壁にもたれかかり、腕を組んだ。
村長は軽く目を閉じ、レオンとサラは立ち上がったまま動かない。ソラも、息を殺すようにして座っている。
……静寂だけが、その場を支配していた。
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第8話 そんなこと Two Boys
しばらくぶりの再会にも関わらず、その場には陰険なムードが漂っていた……
「さてと……。ルークよ、おかえり」
重苦しい空気の中、村長がそう告げた。それに答えるように、ルークはとても小さくうなずいた。彼の視線は、さきほどからずっと床板に張り付いている。
「……して、何の話をしておったかの。そうそう、旅の話じゃの……」
村長は、不可視の重圧を
しかし、誰も話さない。
気まずい空気が流れている。
この中で一番つらいのはソラだろう。何せ、彼女がこの中で唯一の部外者だからだ。
(何だろう、この空気……)
なぜ、こうなったのか。
まず彼女は、状況を整理しようと試みる。
アルバ村へ到着し、村長の家を訪れる。すると、レオンの知り合いであるサラとルークが立て続けに現れる……。
状況は、ごく単純なもの。
でも、レオンとルークの間にある不穏な関係が、事態を深刻なものへと塗り替えてしまっている。
いったい、何があったというのか……。できることなら、今ここで、その問題を解決してほしい。
「何も話すことがないなら、僕はこれで」
ルークは、もたれかけていた壁から離れる。そして素早く、レオンたちに背を背けた。
「待て、ルーク」
レオンが再び呼び止める。
ルークは足を止めた。
「……なんだ? レオン」
ルークが、初めてレオンの名を呼んだ。会話をしようとする意思がある、ということだ。
「どうして……オレを無視しようとしたんだ」
「そんなこと、君には関係ない」ルークは即答する。
「なぁ……怒ってるのか?」
「……怒っているわけじゃない」
「じゃあ、何だよ。喋れるんなら、言葉で伝えてくれよ」
ルークは大きく息を吐く。連動して、肩も大きく動いた。
「……無視をしたのは悪かったよ、謝る」
「答えになってないぞ」
「ふ……君は変わらないな」
ルークは振り返った。口元には、微かに笑みが滲んでいる。だが、目は笑っていなかった。
「別に、無視をしたくて無視をしたわけじゃない。僕はね、君と関わりたくなかっただけなんだ」
「?」レオンは眉をひそめた。
「ま、君には関係ないことだから。これ以上は聞かないでくれ」
「……どういうことなんだよ」
レオンが訊くと、ルークは黙り込んだ。
「ルーク……どないしたん?」サラが口を開いた。
「どうもしてないさ」ルークは鼻を鳴らした。「さてと。これ以上、話すことはないよね」
そう言い残して、彼は家から出ていった。
ドアが閉まる音がしてから、レオンは倒れた椅子を元に戻した。
「あいつ……。どういう意味なんだ……」
「ううむ……、孫が迷惑をかけてすまんの」村長は、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「あ、いえ。……また詳しく聞いてみます」レオンは、愛想笑いのような笑みを返した。
「あの……」ソラが手を挙げた。「ルーク……さんは、村長のお孫さんだったんですか?」
「いかにも」
なるほど。だから、彼がこの家に入ってきたときに、「じいちゃん」と言いかけたのか。と、ソラは納得する。
「まったく、旅に出て久々に帰ってきたというのに、困った奴だの」
「ルークも旅に?」レオンが反応する。
「む、レオンが旅に出たあと、ルークの奴も旅に出おったのだ。……いや、正確には家出をしたというべきか」
「家出?」
「あ、いや。最初、ちょっと家出をしての。すぐに戻ってきたんだが、そのあと急に、『旅に出る』といってどこかへ行ってしまったのだ」
「……そんなことがあったんですね」
「理由は知らんがの」そう言って、村長はグラスの水を飲んだ。
「……じゃあ、村長。そろそろお
「む、そうか。なら、またいつでも来なさい。私は待っとるよ」村長はうんうんとうなずく。
「じゃ、ソラ。行こうか」
「あ、うん」ソラはソファから腰を上げる。「村長、お邪魔しました」
「ウチも付いてっていい?」サラが、レオンの手を握った。
「まぁ、別に問題ないけど」
「いぇい!」
「では、村長」レオンは村長に深く一礼をした。そして、ソラ、サラと共に、入ってきたドアへ向かって歩く。
「――ちょっと、あたしのこと忘れてない?」
「あれ?」レオンは、はっとしたように振り向いた。「ナナいたのか?」
「失礼ね。ずっといたわよ」ナナは牙を剥き出してレオンを睨んだ。
「ごめん。会話に入ってきてなかったから……」
「……ま、あたしが会話に入ったところで話すことなんてなかったからいいんだけど」ナナは肩をすくめてから、大欠伸をした。
そして、レオン、ソラ、サラ、ナナは村長の家から出た。
*
「――」
村長は、グラスの水を飲み干して、それをテーブルに置いた。
「ルーク。そこにいるのであろう?」
「ふふ……。バレてたか」
ルークが、村長の前に姿を現す。その動作は、波を立てずに水面を滑るように静かだった。
「裏口から、物音も立てずに入ってくるとはの」
「〝隠密〟行動のスキルは十分に身に付けたからね」
「……む。とりあえず、お前からはいろいろと話を聞かねばならんの」
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第9話 子と親、親と子 I’m Home.
「にしても、村の様子はちっとも変わらないな」
アルバ村を練り歩く中で、レオンがつぶやいた。彼の右隣には緑髪のサラが、左隣には旅仲間のソラがいる。彼の後ろからは、オトモアイルーのナナがトコトコと付いてきている。
「そんな、すぐ変わるもんでもないやろ」レオンにぴったりとくっついているサラが言う。
「まぁ、そうだけど……。2年も経てば変わるところもあるだろ?」
「そんなんより、これからどうするん?」
「……」レオンは小さく鼻息を洩らす。「そうだな、家に帰るか」
「あれ、まだ帰ってなかったん?」
「さきに、村長に挨拶しておこうと思ったんだよ」
「レオンらしいっていうか……真面目やなぁ」
「そうかな。オレは普通だと思ってるんだけど」
「でも、そういうとこ悪くないと思うで!」
「なんだよ、急に……」レオンは少し照れくさそうな様子だ。「とにかく、帰るか。ソラはいいよな?」
「あ、うん。大丈夫」ソラはうなずいた。
「久々の我が家か……母さん、びっくりするかな」
レオンが歩調を上げたので、女性陣も負けじと速力を上げた。
(レオンのお母さんって、どんな人なんだろう……)
歩いている途中、ソラはそのことをずっと考えていた。
*
「ここだ」
レオンの家は、村の端の方にあった。石造りで、大きさは他の民家と大した差がない。この村では標準的な部類の家だった。
自分の家なので、レオンはノックをせずにドアを開ける。
「どなた?」という声が聞こえる。母の声だ。
「ただいま」
レオンは、奥にいる母に聞こえるくらい声で言った。
「……レオン?」
そんな呟きを洩らしながら、一人の女性が姿を現した。長い黒髪、高い身長。そして、若くて美人だった。顔立ちは、レオンやレオンの姉に似ている気がしなくもない(親子だもの)。彼女こそが、レオンの母親である。
「ただいま、母さん」
レオンが微笑んでみせると、母の表情がぱぁっと明るくなった。
「まぁ。久しぶり!」
母は、正面からレオンに抱き付いた。
「ちょっと母さん!」
あまりに突然のことに、レオンは高い声を上げた。女性に抱き付かれるのは、本日二度目のことである。
「ごめんね、嬉しくってつい……。もう、ずっと連絡も寄越してなかったのに、急に帰ってくるから……」母は、レオンから離れた。
「ごめんごめん」
「でも、ホントに久しぶりねぇ。……あら、旅はやめたの?」
「いや、たまたま帰ってきただけ。いつになるかは分からないけど、また旅に出ていくつもり」
「あら……、そう。母さん寂しいから、いつでも顔を見せに帰ってきてもいいのよ」
「なら、母さんも一緒に行く?」
「ふふ。それは遠慮しておくわ。私は、ここでお留守番っ」
母の視線が、レオンから逸れた。彼女の目に、二人の少女の姿が映る。
「あっ、サラちゃんも一緒なのね。……あら、そちらの子は?」
母は、レオンを一瞥してから、ソラに視線を戻した。
「彼女は、旅仲間のソラ。ユクモ村から、ここまで一緒に来たんだ」
「は、初めまして。ソラです」ソラはぺこりと頭を下げる。
「初めまして。私はレオンの母で、ユキっていうの。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします!」
ユキが手を差し出したので、ソラは彼女と握手した。
「んもう、可愛い子を二人も引き連れて……」ユキは、レオンを睨むように見た。「まったく、あんたはどうしちゃったんだい?」
「どうもしてない。たまたまだよ、たまたま」
「そういえば、ナナちゃんは? 一緒じゃないの?」
「ここにいるみゃぁー」
ナナが、ソラの足元からひょっこりと姿を見せる。
「あら、そんなところにいたのね。気づかなかったわ」
「あたしは大丈夫みゃ」
「そっか。うん、みんな元気そうで何より!」ユキは、何度かうなずいた。「そう、ずっとこんなところにいるのも何だし、入って入って」
「そうだな。ゆっくりしよう」
「おっじゃましまーす」
「……お邪魔しまーす」
レオンが手招きして、サラとソラ、最後にナナが家に入る。ドアを閉めたあと、レオンは母に話しかけた。
「そういえば、親父は帰ってきたりしてるのか?」
「えぇ。たまーに、顔だけ見せに帰ってくるのよ。事前に何も言わず、ふらっとね」
「そうか……」
「なぁに? まだお父さんに会ってないの?」
「あぁ。まだ会えてない。姉貴には会ったけど」
「リザに? あー、リザには長いこと会ってないわねぇ。どうだった? 元気そうだった?」
「そりゃもう、元気なんて言葉じゃ表せられないほど元気だよ」
「ほーう。さっすが私の娘だ」
「おかげで、いい迷惑だよ」レオンはむくれたような口調で返す。
「なんでよ? 元気なのはいいじゃない?」
「弟の身に危害が及ぶような元気は、いい元気とは言えないと思うんだ」
「へぇ。あんたたちは今も仲がいいのねー」
「オレはあんまり好きじゃないんだけどな……」
「あっ。今度帰ってきたとき、そのこと言っといてあげるよ」
「いや、会うのが好きじゃないってことで、姉貴自体が嫌いなわけじゃない」
「お姉ちゃんのこと大好きなのはいいじゃない! いいわね、
「どうしてそう拡大解釈するかなぁ……」
どうも、姉と母が似ていて困る。でも、親子だから仕方ないか、とレオンは溜め息をついた。
レオンの姉は、前作に登場しております(確か22話だったはず)。
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第10話 なら、いいじゃない How are you?
木製の
「ソラちゃんは、ユクモ村出身って言ってたわよね」
レオンの母、ユキが水の入ったコップをソラの前に置きながら言った。
「はい、そうです」
「いいところよね。温泉もあって」
「はい……。正直に言うと、温泉が恋しいです」
「ふふ。この村にも温泉はあるから、ゆっくりするといいわ」
「温泉があるんですか?」
「火山が近いから、地熱で温められた水が湧き出ているところがあるの」
「へぇ……」
「行きたかったら案内してあげるわ。ちょっと硫黄臭いのを我慢することになるけど……」
「はい。そのときはよろしくお願いします」
「よかったらウチが案内するけど、どう?」サラが横から口を挟んだ。
「じゃ、そうしようかなぁ。よろしく、サラ」
「任しとき! 夕方くらいでええ?」
「うん」
「……せっかく帰ってきたけど、やることがないんだよなぁ」
「ゆっくりしといたらええやん。別に、何かせなあかんいうことないんやろ?」
「でも、躰が
「うん。いろんなとこ回ってみたいし、ついてくよ」
「今から行くん?」
「……いや、今日はもう行かないことにするよ。ちょっと疲れたし」
そう言うと、レオンは椅子から立ち上がり、
「ソラも、普段着に着替えておけばいいよ」
「あ、うん。そうするー」
ソラが席を立つと、椅子の側にいたナナがソラを見上げた。
「なら、こっちの部屋を使うといいわ」
「ナナちゃん、ありがとー」
「ここには獣がいるからね」
ふふん、と不敵な笑みを浮かべて、ナナはソラと共に奥の部屋へと入っていった。
「獣ってどんな意味なんやろ……」
「さぁ。あいつ、時々変なこと言うからな……」
「変なこと? なんやそれ」
「別に、深い意味は無いのかもしれないけどな」
「ナナちゃんとは上手くやれてるの?」
突然、母が口を開く。突拍子な質問だったので、レオンは「えっ?」と間の抜けたような声を上げた。
「ほらぁ、最初のほうは全っ然なついてくれてなかったじゃない」
「あぁ……そうだったかな」腕の防具を外し終えたレオンは、いったん頭を掻いてから、胴を外し始めた。
「今はどうなの?」
「うん……、まだまだ、って感じだけど」
「レオンも苦労してるのね。ふふ」
「でも、頼りになるオトモだよ。姉貴に鍛えられただけはあるかな」
「なら、いいじゃない」
そう言うと、母は目を細めた。
*
「遅いなぁ」
すべての防具を外し終え、普段着に着替えたレオンが別室のドアを見ながら呟いた。その部屋ではソラが防具を外しているのだが、それにしては時間がかかりすぎている。
「女の子は、何かと時間がかかるものよ」
ユキがそう言ったとき、部屋のドアが開いて、ソラが姿を現した。
「やっほー」
出てきたソラは着物姿でなく、Tシャツにスカートというラフな格好だった。
「あれ? そんな服持ってたのか?」レオンが驚きのために訊く。
「うん。タンジアの港にあったから買ってみたんだ」
ソラは躰を一回転させた。遠心力で、スカートの裾がふぁっと広がる。
「こういうの着るのは初めてなんだけど……どうかな? 似合ってるかな?」
服装一つ違っても、普段とは変わった印象を受けるから不思議なものだ、とレオンは思う。しかし、感想を求められるとなると、言葉が見つからない。
「あぁ……、似合ってる……んじゃないかな?」
「……もしかして、似合ってないのかな」
ソラが表情を陰らせたので、レオンは慌てて「あ、いや、そんなことは……」と、取り繕うように言った。
「レオンには、センスがないからそんなこと分からないのよ」ナナが言葉を尖らせる。
「ふふ、似合ってるわよ」
「似合うてるで!」
ユキとサラは、笑顔を手向けながらうんうんとうなずいている。
「ありがと!」
ソラは笑みをこぼして、大きく頷いた。
何とかフォローしてもらえたので、レオンはふぅ、と一息ついた。
――そのときである。窓の外を、誰かが通りかかるのに彼は気づいた。その姿を捉えたのは一瞬だったが、レオンにはそれが誰だかすぐに分かった。
「おい……、ルーク!」
木枠の窓をばんっと勢いよく開けて、レオンはルークに向かって叫んだ。歩いていたルークは立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「……あぁ」ルークは鼻息を洩らした。「なんだ、君か」
「どうした? どこかに行くのか?」
「うん……、ま、そんなところかな」
ルークの反応がいい。レオンは少し嬉しくなった。
「で、どこに行くんだよ?」
その問いに、ルークは片方の眉を吊り上げた。数瞬の間のあと、彼が言葉を発する。
「そんなことより、君はゆっくりしてるといいよ。折角、家に帰ってきてるんだからね」
「まぁ……」レオンは家の中をチラっと見た。「そうしようとしてるところだけど」
「なら、ごゆっくり。じゃあ、僕はこれで」
「え? あ……、あぁ」
ルークはレオンに背を向けると、スタスタと歩いて行ってしまった。レオンはただ、彼の背中を目で追うことだけしかできない。
「どこ行くんやろな?」窓を閉めたレオンに向かって、サラが言った。
「まさか、もうどこかへ行くってのか……?」
「それにしては早すぎないかな?」ソラが口を出す。
「だよな……。だとしたら、火山にでも行ったか」
「なんでレオン、そんなにルークに執着しとるんや?」サラが身を乗り出して訊く。
「えっ?」
レオンは目を丸くさせて聞き返す。なぜそう思われているのか理解できなかったからだ。
「なんか、ルークのことばっか気にかけとるみたいなんやもん」
「あぁ……そうなのかな」
自覚は無かったが、思い返せば、ルークのことをずっと気にしていたのかもしれなかった。さっきの村長の話を聞いて、ルークに一体何があったのか気になっているのも事実である。
「もしかして……彼のことが好きなの?」ユキが口角を上げた。
「はっ?」レオンは顔の前で素早く手を振る。「それはないない」
「男でも……悪くはないと思うわよ」ユキは親指を立てて、それをレオンに向けて押し出す。
「だから……そんなんじゃないって」
つくづく面倒な母だ。
レオンは、微かな吐息と共に、瞼を静かに閉じた。
あっち系の展開はありませんので。
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