ユウシャの心得 (4月の桜もち)
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おきなさい・・・ おきなさい・・・ わたしのかわいい・・・
その一、悪は滅ぼせ。


なろうの方で投稿しているものです。
気に入った方はそちらもどうぞ。


そこには暗がりと静寂しかなかった。

少なくとも少女の目の届く位置に形あるものは存在しなかった。

 

少女は下を見下ろしてみた。足が見えた。その上に腰があって、胸があって、手があった。

頭の方に手伸ばしてみると少し丸めの顔に触れた。少女はこの空間に『自分』と言う形あるものを確認した。

 

少女は目を閉じた。そこには相も変わらず辛気臭い闇があったが自分の姿は見えなかった。

少女は急に不安になり、その体を抱きしめるがその肌は冷たく、とても自分のものとは思えなかった。腕に力を込める程違和感はどんどん膨らんでいき、少女は膝を抱え込んでうずくまってしまった。暗闇が質量を持って少女を押しつぶそうとしているかのように思え、その重圧に負けそうになった時、

少女は目の前に真っ白なものがあるのに気づいた。

 

それはこの暗がりの中で、目眩がするほど鮮烈に、少女の瞳に映された。

少女がその輝きに目を奪われていると、頭上から

 

「もう少しだよ。それまで待ってて」

 

と、包み込むような優しい声が降り注ぎ、少女の肩に手が置かれ、

 

 

トンッ

 

 

突き飛ばされた。

 

前方から圧力を受けた体は、抗うことなく背中から落ちて行く。

少女の後ろ側に地面はなく、少女の足は体を支えることを放棄し、主人もろとも木から落ちるリンゴの様に空に舞った。

 

少女は突然の出来事に反応することもできず、だらしなく手足を投げ出し目を見開いたまま、底があるかも知れない真っ暗闇の中に沈んでいく。

 

 

だれ? なんで? どうして?

 

 

単純な疑問が少女の思考を占め、誰が答える訳もない問いかけをしながらも体はどんどん加速していき少女は−−−−−−−−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。そこは生まれてからずっと過ごしてきた、少女の部屋だった。

春の柔らかな日差しが部屋を温め、窓の外では小鳥が朝の訪れを知らせていた。

上体を起こし、伸びをする。強張った体が音を立てながら解れていく。

その心地良さの余韻に浸っていた少女の耳に、

 

「朝よー。起きなさーい」

 

母の声だ。

おっとりとした、母性を感じさせる声が階段の下から響いた。

 

「優子ー?」

「はーい!」

 

少女---優子はベッドから足を下ろし、急いでパジャマを脱ぐ。がさごそと部屋を衣服の山を漁り、お目当てのセーラー服を引っ張り出す。袖を通し、スカートを穿く。去年より随分と体にフィットするようになったようだ。

 

「おはよー、お母さん!お父さん!」

「お早う」

「おはよー優子」

「うー。国語の教科書どこやったっけ」

「遅刻しちゃうわよー?」

「あーもう!どこに行ったのー!」

「だから何度も言っているだろう。準備は昨日のうちにしておけと」

 

いつもの風景。いつもの会話。

優しい母と尊敬する父。

愛しい日常。

優子の生きる世界だった。




若輩者ですがどうぞよろしくお願い致します。
感想、ご指摘、常時受け付けております。


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ねぇねぇ しってる? きょうはねぇ・・・
その二、武器は装備しなければ意味が無いぞ!


前回のあらすじ


なんか真っ黒なところで真っ白な奴に突き飛ばされる夢見たぞ!誰だアイツ!


「行って来まーす!」

「はーい。いってらっしゃい」

 

つまずきながら靴を履き優子は学校に向かった。

暖かな風が頬を撫でる。

寝癖のついた髪を抑えながら、使い始めて1年経った、少し錆の浮いた自転車にまたがる。

優子の通う学校は家からそう遠くない場所にあるのだが、如何せん時間が時間なので、あらん限りの力を込めてペダルを漕ぐ。

 

「優子ちゃん、おはよう」

「おはよっ!おばあちゃん!」

「ほんとに明るくなったねぇ、昔とは大違いだ」

「えー、そんなことないよぅ」

 

2軒隣に住む老婆との会話。そんなことをしている間に時間はどんどん過ぎていくのだが、老婆の言葉を無視するようなことは無かった。そもそも無視をするという選択肢が存在しなかった。

優子はこの街が大好きだ。自分の生まれ育ったこの街。そこに住む人々。全てが優子にとって大切なものだった。

 

 

カチッ、カチッ、

 

「あと2分・・・」

 

家を出てから10分弱、ようやく学校の正門につく。

 

「ハァッ・・・ハァ・・せぇんせー、おはようございまぁーす」

「おう。おはよう、内原。今日もギリギリだな」

 

どうやら常習犯のようである。

 

「ぜぇーんぜん、あと二分あるならヨユーですよ、ヨユー」

 

反省していないようだ。

 

「正確には、あと1分と25秒なんだけどな」

「嘘っ!間に合えー!」

「ははっ!朝から笑わせてくれるなー内原は」

「そうですね」

「うわっ!いつからいた、ってかお前も早くいけ!」

 

バァーン!

教室の扉が壊れそうな勢いで開いた。

 

「ハッ・・ハッ・・・」

「お、おはよう・・・優子・・」

「おはよう・・・美佳ちゃん」

「はよっす。今日は遅刻しなかったみたいだな」

「今日も、だよ・・・剛太くん」

 

クラスメイトの橘 美佳と金本 剛太。

美佳はおっちょこちょいの優子の保護者的存在で、剛太はいつも人を笑わせようと突拍子もないことをするクラスのお調子者だ。二人は優子のかけがえのない友達だった。

 

「あ、そういえばさー今日って特別な日らしいよ」

「なんだ?なんかの記念日か?」

「えー、でもカレンダーには何も書いてなかったよ?」

「舞姫さんがさー、今日はとんでもない事が起こるって」

「舞姫さんって隣のクラスの?」

「そう、でさーー」

 

キーン コーン カーン コーン

 

「やべ、俺席戻るわ」

「私も。じゃね、優子」

「うん、じゃねー」

「うーい、みんな揃ってるかー、SHR始めるぞー」

「起立、気を付け、礼、着席」

「じゃあ、出席確認するぞー」

 

担任の教師が間延びした声で生徒一人一人の名前を呼ぶ。

 

「富谷ー」

「はーい」

「内藤ー」

「おーい、内藤ー?何だまたアイツ休みかー?全く、もう二年生だぞ。いつまでも一年生気分じゃイカンなー」

 

その後は一人の欠席もなく、教師の話は日課の確認に進む。

 

「えー今日はー」

 

その時だった。

 

 

きゃぁああーーーーーー!!

 

不意に教室に響き渡る悲鳴。あとに続く争うような乱暴な音。

どう考えても虫が入ってきたレベルのものではなく、もっと恐ろしい、尋常ならざることが起こっているに違いなかった。

朝の眠たげな雰囲気が緊迫感溢れるものに塗り替わる。

 

「何!?なんかあったの!?」

「やべぇってこれ!どうしたんだ!?」

 

 

「落ち着けみんな!俺が見てくる!戻ってくるまでここを動くな!」

 

教師がそういったのも束の間、後ろの壁にみるみる亀裂が入り、

 

 

ドガシャーン!

 

 

わざわざ教師の手を煩わせる必要もないとばかりに、この騒動の元凶が顔を出す。

それは大きく筋肉質な体に一枚の布を巻きつけただけの格好をした巨人だった。

特異な点を上げるとしたら、体に対して小さすぎる頭についている、充血して真っ赤になった大きな大きな一つの目。

その姿はまるでゲームやマンガで出てくるサイクロプスそのもので−−−−−−−−

 

 

グゥウオオオオオオオォオオオオオオ!!

 

 

突如として現れた次元を超えた存在に呆然としていた生徒達も、獣を思わせる野太い雄叫びに一気に現実に引き戻された。

 

「きゃあぁぁああああ!!いやぁああああ!」

「うわぁあああぁああああ!」

 

先程までは教師の体面を保っていた男も今度ばかりは自分の事だけで精一杯だった。

襲い来る巨体から逃げ惑う生徒。しかし混乱状態では思うように動けない。

 

「おい!邪魔だ退けろ!」

「お前の方が邪魔なんだよ!」

 

廊下はすでに秩序を失った人の群れがひしめき合っていた。その波にもまれながらも比較的小柄な優子はなんとかおしくら饅頭状態を抜けだした。

 

「はっ、は!なんなのあれ!?」

 

兎にも角にもこの場所から離れようとがむしゃらに足を動かす。

 

「ど、どどどうすれば!どうすればいいの!?は!とにかく遠くに行こう!」

 

優子は単純だった。

 

「ええーと、ここから遠いのは・・・屋上だ!」

 

単純な上に馬鹿だった。

ダダダダダダダンッ!ガシャーン!

屋上の扉を乱暴に開ける。

 

「ふん!・・・よし!」

 

首を左右に向ける。ついでに上下にも動かしてみた。

抜けるような青空の下、ビクビクしながら首の運動をする姿は実に滑稽だった。

 

「はぁー・・・なんなのよぅ・・・」

 

先程と同じような疑問を持ちながら腰を下ろす。

 

「美佳ちゃん、剛太くん、はぐれちゃったなぁ・・・」

 

日陰の少し湿った地面に手をついた時、指先に何かが触れた。

 

「ん?」

 

疑問に思いながら視線を下にやると、

 

 

目が合った。

 

「ひっ、ひぃいいい!?」

 

日陰に光る2つの目がこちらをじぃっと見つめていた。

後退る優子にその瞳の持ち主がゆっくりと近づく。

日陰から日の当たる所に移ると、ハッキリと姿を見ることができた。

まず目立つのは子どもと見間違う低身長。いや、実際子供なのかもしれないが、いくつものシワが刻まれた醜悪な顔がその可能性を否定していた。

ジリジリと近づいてくる背を丸めた緑色の体。大きさで言えば優子のほうが一回り大きいのだが、もともと臆病な性格の上、混乱しきった頭ではこれと戦おうなどと言う考えは出てこなかった。

 

ドン

 

とうとう背中が壁に付いてしまった。コンクリートの壁の冷たさが服を通して伝わってくる。

 

「いや・・・来ないでぇ・・」

 

涙目で訴えるものの相手はまるで聞く耳を持たず、石で作ったナイフを手の中でくるくると回す。

 

一歩、二人の距離が縮まる。まるで焦らすかのようにゆっくりと。

 

二歩、普通の人間ならば手の届く距離。しかし、二人には少し物足りない。

 

三歩、もうすぐだ。すぐに彼女の柔らかな髪に触れられる。嬉しさに舌なめずりをしながら、ナイフを逆手に持つ。

 

四歩、もう目と鼻の先だ。高鳴る胸の鼓動を感じながらナイフを振り上げそして、振り下ろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうとした手が誰かに止められた。

苛立ちを隠そうともせず邪魔者を睨みつける。逆光で顔が見えない。この無神経野郎・・・

 

「内藤くん・・?」




本編は毎週月曜日くらいに投稿しようかな。


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その三、旅は道連れ世は情け。

前回のあらすじ


無理だわー、モンスターとかまじムリだわー。
絶体絶命だわー。


チラリとこちらを見やる。その琥珀色の冷えた瞳に込められた感情を読み解くことは優子にはできなかった。

 

背の高い影が手首を捻る。すると、それに合わせて小人の腕も捻られる。

あたり前に曲がる方向とは逆の力を受けて、細い腕にビリッとした痛みが走った。

たまらずナイフを落とし逃れようと首を振ると、いきなり視界に地面が迫ってきた。

足払いを食らった小さな体は、いとも簡単に転がされ、起き上がろうと頭を上げると、微塵の容赦もなく鼻先に靴が叩きこまれる。

踏み潰された顔は前よりも醜く整形されており、自尊心を傷つけられた小人そのまま気を失ってしまった。

 

 

「うわぁ・・・」

 

あまりにも手慣れた動作に感心していた優子は改めて内藤を見る。

内藤 剣也は学校に蔓延る噂の通りの鼻つまみ者、いわゆる不良少年だった。

 

ガッシリとした体躯、襟足の長いオールバックの黒髪、釣り上がった眼と引き結ばれた口元、手首から少し顔を出した何かの紋様のようなもの。

その全てが鋭く、触れれば切れてしまいそうな雰囲気を持っていた。

 

コツコツと靴を地面に打ちつけながら獲物を仕留めた狩人がこちらに近づいてくる。

 

「おい。」

「はっ、はひぃ!」

「お前・・・」

 

ガッと頭を掴まれ顔を覗き込まれる。

限りなくゼロに近い距離にまで近づき、何かを確かめるようにまじまじと見つめる。

親しくもない男に無言でこんなことをされては優子もたまったものではない。

 

「あ、あのぅ・・・」

「行くぞ」

「は?えっ!?」

 

腕を引っ張られ強引に立たせられる。

遠慮の無い強さだったので前につんのめって倒れそうになるが、剣也の逞しい腕は難なくそれを受け止め、手を繋いだまま歩き出した。

 

「ちょっ!ちょっと待って!行くってどこに!?」

 

優子の言葉を無視してどんどん歩を進める。何か目的の場所があるのか、剣也の足取りに迷いは微塵も感じられなかった。

屋上から下へ降り、現在二階の西側階段。優子のクラスのすぐ隣。最初に騒ぎが起きたところに最も近いところだ。

 

「内藤くん!?」

「うるせぇな、さっさと足動かせ」

 

ビクッと体を震わす優子を気にもとめず、件の教室の扉に手を掛ける。

ガラガラと音を立てて開いた戸の先に見えたのはある女生徒の後姿。

 

毛先が切り揃えられた烏の濡れ羽色の長い髪。

その美しい髪の持ち主が凛とした声で何かを呟く。

 

「・・・時空を司りし神の創り給うた厳粛なる門よ

、与えられし命に従い彼の者をここに召喚せよ!」

 

彼女の唇から放たれる言葉に答えるように教室中に光が舞う。それらはだんだんと収束していき、光り輝く門を形造っていく。

 

「我、舞姫 斎の名の下答えよ、汝の名はアベル・カサルティス!」

 

斎という少女が何者かの名前を呼んだ時、固く閉ざされた門の扉がゆっくり開く。

 

三人が見守る中から現れたのは金糸の髪と萌える若葉色の瞳を持った、一人の少年だった。

 

少年は扉から一歩出て肩を回す。

 

「はぁあー、やっとこっちに来れた。疲れたよ」

「おつかれのとこ悪いけど、休んでいる暇なんか無いわ。もう異変は起こっているんだもの」

 

二人は向き合い言葉を交わす。

 

「ところで後ろの二人は誰だい?」

 

少年が少女の後ろを指差しながら疑問を口にする。

少年の指に釣られて少女が振り返り、眉根を寄せる。

どうやら今まで優子、剣也の存在に気付いていなかったようだ。

 

「貴方達何者?」

「えと、私はー」

「人に尋ねるより自分が名乗るのが先じゃねぇか?」

 

剣也が敵意も顕に低い声で返す。

質問に答えなかったのが気に食わなかったのか、斎がぶっきらぼうに言葉を吐く。

 

「先に質問をしたのは此方よ。質問に質問で返すなんて馬鹿なことしないで頂戴」

「んだとテメェ・・・」

「まぁまぁ、落ち着いて二人共!斎も挑発するようなこと言わないの!」

 

険悪な雰囲気の二人を少年が宥める。

フンと鼻を鳴らしそっぽを向く少女の代わりに、少年の方から自己紹介をする。

 

「ごめんね、いきなりでびっくりしたでしょ。

ボクの名前はアベル・カサルティス。こっちの女の子は舞姫 斎だよ。君達の名前は?」

 

にこやかな顔で尋ねるアベルに、釣られてにへらと笑いながら答える。

 

「私は内原 優子だよ。こっちの人は内藤 剣也くんってーー」

 

言い終わらないうちに、剣也が優子の頭を殴る。

 

「痛った!何すんの!?」

 

目に涙を浮かべながら訴える優子に冷ややかな視線を送りながら怒気を孕んだ声で言う。

 

「こんなわけわからん連中に名乗るバカがいるか」

「わけわからなく無いよ!アベルくんと舞姫さんだよ!」

「名前なんか知るか!こんなところでこんなことしてりゃあまともじゃない奴だってすぐにわかるだろ!」

 

あまりの剣幕で声を荒らげる剣也に面食らって思考が停止している優子。

 

「はは、彼の言うとおりだ。この状況でボク達ほど怪しい人物は他にいないだろうね」

 

苦笑いをしながら、アベルが自分達について語る。

 

「ボク達はこの世界の人間じゃない。違う世界から来たんだ」

 

「私は違うわよ」

 

不機嫌な声で斎が訂正する。

 

「ああ、ごめんごめん。斎の祖先とボクは、だね」

「あ!だからそんな服着てるんだぁ」

 

少しズレた観点から納得する優子。

 

「簡単に信じてしまうのね」

 

その単純さに呆れた表情を見せる。

と、斎が何かに気付いたようだ。

 

「アレは・・・」

「どしたの?・・・もしかして、この子?」

 

ヒソヒソと話をする二人。

優子は首を傾げ、剣也は疑うような表情だ。

 

少し時間があって、何かを決めたのかアベルが頷き、こちらに顔を向け、質問をする。

 

「キミ達ここに来るまでに魔物を見た?」

「魔物?」

 

優子はここに来るまでのことを思い出し、顔を青ざめさせる。

どんどん顔色が悪くなっていく優子を見て、

 

「どうやら見てきたみたいだね」

「ねぇ!あれってなんなの!アベルくん達はなにか知ってるの!?」

 

少々ヒステリックな声で問う。

 

「知ってるも何も、あれはボクの世界のものだからね」




昨日寝落ちしてしまた。やっちまったんだぜ。


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その四、パーティー編成は慎重に。

前回のあらすじ


なんか女の子が一人でめっちゃ厨二臭いこと叫んだら男の子が出てきたよ!不思議だね!


「ええ!?じゃあ、こんな事になってるのはアベルくんたちのせい!?」

「うーん・・まぁそうなんだよなぁ」

 

困った表情を浮かべながら言い訳をする。

 

「ボクがこちらの世界に来るために色々したんだけど、その時に世界を別ける境界みたいなのがもろくなっちゃって。でも、このままにしていたらいずれ同じようなことが起こっていただろうから、うーん、えーと」

 

「ここからは私が説明するわ」

 

今まで聞き役に徹していた斎が説明役を引き受ける。

 

「あちらの世界―コルヴェトリアで、ある予兆が起きた。それは地を揺るがし、湖を枯れさせ、人々を混乱させたわ」

 

「い、一体何が・・・?」

 

優子はゴクリと喉を鳴らしながら真剣な表情で聞いている。

 

「魔王が目覚めようとしているのよ」

 

魔王、と言う言葉に窓の外を眺めていた剣也が反応する。優子達の方に首を向け、聞き耳を立てる。

優子は昔に流行った子供向けのアニメに出てきた、角を生やしマントを着ているおじさんを想像していた。

 

「貴方の考えているものとは違うと思うのだけれど」

「舞姫さん考えていることわかるの!?」

「・・・はぁ、本当に貴方なんかで良いのかしら」

「キミがそう言ったんだろ。自分に自信を持ちなよ」

 

アベルが何かを促すように斎の瞳を覗く。

 

「・・・アベルを喚んだのは他でもない、貴方を迎えに来させる為よ」

「私?何で?」

 

それにしても優子はさっきから質問しかしてない。

 

「貴方が唯一魔王に対抗できる存在だからよ」

 

口を半開きにしてアホ丸出しの顔を見つめながら、

殆ど投げやりな気持ちで言葉を吐く。

 

「ある占いで魔王を打ち倒す事の出来る勇者の力を持った少女がいると出たのよ。それが貴方」

 

斎の発言の後、待ってましたと言わんばかりにアベルが続ける。

 

「だからボクは迎えに来たんだ。勇者の力を受け継いでいる少女、その力で世界を救ってもらうために。いきなりこんな事言われても迷惑だろうけど、どうかボク達に力を貸して欲しいんだ!」

 

「わかった!私が世界を救えばいいんだね!」

 

世界の命運を託された小柄な少女が叫ぶ。

間髪入れずに了承の意を示した少女に異世界の事情を知る二人は目を丸くする。

 

「貴方ちゃんと考えてものを言っているの?世界を救うなんて、並大抵のことではないのよ?」

「でも、困っている人がいるんでしょ?なら私やるよ!」

 

呆れてものが言えなかった。馬鹿者とはこいう人のことを言うのね・・・

 

「そう・・・じゃあ、これから一緒に宜しくね」

「歓迎するよ!優子!」

 

 

その時、校舎が何らかの衝撃によって揺さぶられる。

 

 

「おおっ、と、大丈夫みんな?」

「・・・魔物が暴れているみたいね」

「そうだった!魔物いるんだった!」

「どこまでバカなんだお前は・・・」

 

ぐらつく教室の床で足を踏ん張りながら会話をする。

 

「説明は後にしたほうが良かったわね。まずはアレを片付けなくては」

「そうだね。さぁ行こう優子!」

 

アベルが壁に寄り掛かっていた優子に手を伸ばすと、

「うん!」

 

その手を取りながら、満面の笑みで答える。

歩き出した二人の後を斎と剣也が追うが、

 

「あら、貴方はついて来なくても良いのよ」

 

上を見上げながら斎が不機嫌そうな剣也に言う。

 

「何でだ」

「貴方には力を感じないもの。邪魔だわ」

 

黒髪の二人の間に火花が散る。

 

「剣也くんはとっても強いんだよ!」

 

先程目の当たりにした剣也の能力を自分のことのように語る優子。

 

「それでもただの人間である事に変わりは無い。彼を連れて行く気は無いわ」

 

うーん、と唸り考えたアベル。

 

「彼をここに一人置いていくのも危険だし一緒に付いて来ても良いんじゃないかな」

 

考え抜いて、優子の言葉を手助けする。

2人に反論された斎は深い溜息を吐き、

 

「・・・わかったわ、ただしあまり出しゃばらないで頂戴ね」

 

了承した。了承せざるを得なかった。

 

「よし!パーティ結成だ!」

 

ここに一組の勇者パーティーが誕生した。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

グゥウウォオォォォォオオオオ!!

 

 

「優子!後ろ!」

「クソッ!間に合え!」

「何をしているの!早くそこから退きなさい!」

「優子ーーー!」

「私、私は―・・・」



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その五、セーブはこまめに。

前回のあらすじ


やっと仲間ができたよ!これでボッチなんかじゃないやい!


所変わって現在第1校舎1階、職員室前。

優子達一行は体育館へ向かおうとしていた。

 

「ね、ねぇホントに行くの?」

「ホントだよ。じゃなきゃ落ち着いて話もできないじゃないか」

「このくらいで怖気づいてどうするの?これからまだ色々なものと戦わなくてはならないのに」

 

体育館へ行く目的は1つ。最初に現れたあの大きな目を持ったサイクロプスを倒す為だ。

 

「でもでもぉ!怖いんだもん!」

「お前には力があるんだろ。どうにかなるんじゃねぇのか?」

「人事だと思ってぇ!」

 

勇者の力を持っているとはいえ、優子はこれまで喧嘩もしたことがない、健全な女子高生だった。

 

「グズっても仕方ないよ。ほら!ついた!」

「静かだね・・・もういなくなっちゃったんじゃない?」

「そんな訳ないじゃないの。それにこの臭い・・・

最悪だわ」

 

体育館は静まり返っていたが、サイクロプスの体臭だろうか、鼻が曲がりそうな臭いが扉から漏れだしていた。

 

「本当に不快だわ。早く倒してしまいましょう」

 

斎が細い腕を体育館の扉に伸ばすとその手をアベルが掴んだ。

 

「お願いだから早まらないで!相手はサイクロプス、こちらは4人、その内の2人はド素人。その上魔法の使いにくい世界に来ているんだ。勝率は決して高くはないよ」

 

目を覗き込みながら必死に説得をする。

自分が苛立っていた事を自覚したのか、少し顔を赤らめながら素直に手を引く斎。

 

「わかったわ。これからどうする?」

「こうする」

 

アベルが魔法陣のようなものが描かれた紙を取り出し、扉に貼る。そして小声で何かを呟くと、スゥーと扉が透け、サイクロプスの居座る体育館の中身が丸見えになった。

 

「わ!わ!なになにどうなってるの!?」

 

目を輝かせながら優子が興奮した様子で問い掛ける。

 

「簡単な透視の魔術だよ。あらかじめ陣を紙に描いておくことで比較的簡単に発動できるんだ」

 

得意げに語る魔術士の少年を尻目に、

 

「視えた所で対策が無けりゃあ、何の得にもなんねぇ」

 

剣也がぽつりと呟いた。

 

「何の力も持たないウドの大木が何か言っているわね」

 

しっかりと言葉を拾った斎が毒を混ぜた言葉を吐く。

そしてまた2人の間に火花が散る。どうやらこの2人の相性は最悪のようだ。

 

「もう!いい加減大人になってよ!斎、いつもはそんなキャラじゃないでしょ!」

 

アベルがどうにか冷静にさせようとするが、

 

「貴方に私の何が解るって言うの?」

 

だんだん話が違う方向にシフトしてきた。

 

「みんな落ち着いてってば!ほら!あそこみて!何かあるよ!」

 

体育館のど真ん中にあぐらをかいて座る、四メートル程の怪物から右上の方向、2階ギャラリーを指差して話題を変えようと必死になる。

 

「うーん、と、白と黒の布が・・・あれ、制服・・・?って、美佳ちゃん!?」

 

自分で指差しておいて勝手に驚いている優子。騒がしいことこの上ない。

それはさて置き、美佳は大変ピンチのようである。ギョロリとした大きな1つ目から逃れるように身を丸くし、震えている。

 

「どどどどうしよう!助けなくちゃ!」

 

友達のピンチに完全に混乱して、先程のアベルの言葉を無視し、体育館の扉に手をかけようとする。

 

「ちょっと!さっきのやりとり見てたでしょ!おんなじ事何度もさせないで!」

 

流石のアベルもキレ気味に叫ぶ。

こんなことをしていては埒が明かない。

そろそろ話を進めたいので、扉の前に座り込み、会議をする。

 

「みんないいかい?ボク達の目標はあのサイクロプスを倒す事。その際あそこに居る、えーと」

「美佳ちゃんだよ!」

「そう、美佳も救出する」

 

斎と背中合わせになっている剣也が不貞腐れて言葉を挟む。

 

「面倒くせぇな、女なんか放っとけば良いだろ」

 

その言葉にびっくりした優子はすぐさま反論する。

 

「だめ!美佳ちゃんは私の大切な友達なんだから!」

「私としても見逃せないわ。あの子の音楽の才能を潰すのは勿体無いもの」

 

思いがけない所から助けが入った優子はきらきらと目を輝かせて斎と目配せをする。そして剣也を真正面から見据えた。

 

「チッ、わあーったよ」

 

女子2人からのきらきら攻撃を食らったしまっては反論する気も失せてしまう。ガリガリと頭を掻いてそっぽを向いてしまった。

 

話のかたがついた頃を見計らってアベルが作戦を伝える。

 

「それで、作戦はこうだ。まずボクが光の魔術でヤツの目潰しをする。その内に中に入って死角に隠れる。キミ達は美佳の所に行って待機。斎の召喚の準備が出来るまでボクが時間稼ぎをし、斎の召喚獣でヤツの息の根を止める。カンタンでしょ?」

 

作戦は単純至極。

しかし剣也は納得いかないようで、

 

「正面切ってやり合りゃあ良いじゃねぇか。何なら俺がやってやるぜ」

 

流石は不良。魔物とのタイマンを望んでいるようだ。

 

「貴方って本当に凡愚ね。武器も持たないでどうやって戦うというの?」

 

男の子の粋がる態度を理解出来無い斎はただただ責めるような言葉を放つ。

 

ムッとした表情をしながらも殴りかからないのは不良の美意識に反するからだろう。

 

「武器ならある」

 

しかも今回は斎の言葉を予想して対策を練っていたようだ。

少し離れたところにある体育倉庫に歩いて行って、何かを手にして戻ってきた。

 

「そ、それって、バット?」

 

野球部が練習で使っているものだろうか、へこみのある黒い体の得物をブオンと振った。

 

「ふふふ、笑わせてくれるわね。そんな物で対抗できるのかしら?」

 

自信満々で持って来たのに、馬鹿にしたような態度を取られてあからさまに期限が悪くなった。

 

「うーん・・・無いよりはマシ、かな。でも願わくば使う場面がない事を祈るよ」

 

苦笑いをしながらアベルが言う。根っからの苦労人である。

さてと、これで前準備は整った。

いざ、1つ目の怪物との勝負だ。

 

「じゃあ、いくよ」

 

アベルが目を閉じ呪文を唱える。すると体育館の中に白い光球が生まれた。

サイクロプスが先程まで存在しなかった物体に疑問を持ちながら近づき、タネを暴いてやろうと顔を近づけると、

 

ピカッ

 

光球が弾け、体育館中が光で白く染め上げられた。

 

「いまだ!」

 

扉を開け、全員中に転がり込む。

目の奥にガラスの破片を埋め込まれたような痛みにのたうち回る巨体から距離を取りながら各々場所につく。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

カンカンカンカンッ

 

「ヒッ!」

 

いきなり大量の光が頭にぶち撒けられたと思ったら、今度は何かが階段を登ってきている。

 

(ああ・・・もうダメだあたし死んじゃうんだ、あんなわけわかんない奴に殺されて食べられちゃうんだ、まだピチピチの女子高生なのに、まだパパにお別れ言ってないのに・・・)

 

若く生涯を閉じることを憂いて辞世の句でも詠もうかと思っていた時、

 

「美佳ちゃあん!」

 

何かが聞こえた。それは仲のいいクラスメイトの声に思えた。

 

(ああ、優子の声だ何かもう懐かしいなこれが走馬灯って言うんだろうな・・・)

 

「美佳ちゃーーん!」

 

ゆっさゆっさと体を揺さぶられる感覚と友に肩に小さな掌で掴まれたような熱が広がった。

 

(グフッ・・・最近の走馬灯ってのはすごいな、感覚まで付いてくるのか。お得だなあ・・・)

 

「美佳ちゃんてば!」

「さっさと起きろこのデブ」

 

聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 

「・・・あんだとコノヤロー!」

「良かった!生きてたよ美佳ちゃん!」

 

前を見ればアホ面。もとい、優子の丸い顔がこちらを見つめていた。

その後ろにクラスの不良男が居る気がするが無視しよう。

 

「優子?なんで・・・」

「助けに来たんだよ!美佳ちゃんの事!」

「あ、あたしの事?あんたが?」

 

信じられなかった。臆病でいつもあたしの後ろに隠れていた、あの優子が?

ああ、涙が出てきた。まるで我が子の成長した姿を見たみたいだな。パパもこんな気持ちだったのかな?

なんか不良が苛ついた顔でこっちを見ている気がするが、幻覚だ。

 

「ありがと、優子・・・、でもアイツがいる限りあんたも危険なんじゃあ・・・」

 

顔を左下に向けてみるとあのハゲ頭の憎らしい怪物の姿が見えた。

しかし、なにか様子がおかしい。

 

「何あれ・・・鳥?」

 

色とりどりの光が飛び交う。よく観察してみるとそれは鳥のような形をしているようだった。

赤の鳥は怪物の足の間を通り抜け、青の鳥は目を突き、黄色の鳥はこれみよがしに悠々と旋回し、その姿を怪物に見せつける。

怪物はうるさいハエを捕まえてやろうと手を伸ばすがその巨体故素早い動きができずに空を掴む。

 

「アベルくんかな」

「アベル?なに?人の名前?」

「うーんと、アベルくんて言うのはね」

「くっちゃべってる暇なんかねぇぞ」

 

バットのグリップを握りながら剣也が言う。

 

「チッ、やりづれぇ・・・」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

(・・・上手くやってるみたいね)

 

召喚獣を呼び出す為の詠唱をしながら斎が考える。

 

(これなら早く終わらせられそうだわ)

 

瞳を閉じて集中しようとした時、目の前に光の玉が飛んで来るのが見えた。

 

「・・・ッ!?」

 

サッと猫のような身のこなしで避けて、飛んできた物体を見る。

 

(これ、アベルの鳥じゃないの!)

 

首を振りアベルの方を見る。目立つ金色の髪をした少年は肩で息をし、随分消耗している様子だった。

 

(アベルは元々保有魔力が低い・・・それにこちらに来たばかりで体が慣れていないんだわ)

 

唇を噛む。考えが甘かった。日常に慣れきった者の考えなど、この程度なのだ。

 

(お願いだからもうちょっと保って頂戴。もう直ぐだから・・・)

 

祈りを込めながら口を動かす。唇から溢れる言葉には冷気が宿っていた。

 

 

「ん・・・?」

「どしたの?剣也くん。」

「あの野郎・・・」

 

剣也が見ているものは鳥達の動き。いや、もう鳥と言っていいのかも判らない程形がぼやけ、統率を失った動きをしていた。

 

「なんなの・・・?」

「アベルの野郎が疲れてきてやがる。まだあの毒舌女の準備も終わってねぇみたいなのによ」

「え!うそっ、どうしよう!」

「だからなんなのよあれは・・・」

 

美佳が疲れ切った様子でぼやく。

焦点の合わなくなってきた双眸を下に降ろすと先程からちらついていたものがピタッとなくなり、やっと目を休ませることが出来るようになった。

 

いや、おかしい。動いているものが無くなることはあってはならないのだ。

 

少し顔を上げ、体育館の中央に視線を移すと、

 

見つめられていた。

人間の頭程もある大きな単眼がこちらをヒタと見据えていた。

 

「ヒッ!優子・・!」

 

いつの間にか優子に頼っている自分がいた。しかし、そんなことを気にしている場合ではない。

 

「なに、美佳ちゃ・・・」

 

ガアアァァァアアアァア!!!

 

今まで散々バカにされて腹を立てていた怪物が標的を見つけ、ゴツゴツとした醜い手に持っている棍棒で殴りかかってきた。

 

「ひょえっ・・・きゅあああ!!」

「グッ・・・」

 

運良く直撃を避けた優子達2人だが、代わりにもろに怪力から繰り出される打撃を受けた足場が崩れ、2人諸共落ちていく。

 

「・・・!優子!」

 

落ちないギリギリの際まで進み、優子の落ちた先を覗き込む。

 

「う・・・大丈夫?」

「うるせぇ・・・」

 

多少の切り傷、擦り傷を負ったものの、重症ではなかったようだ。

 

「・・・下がってろ」

 

大きい怪我が無くて良かったと喜ぶ暇などありはしなかった。

目の前に飛び込んできたのは太い足。上を見あげると怒り狂った1つの目があった。

 

グルルルルル・・・!

 

「この図体ばっかりデカイ木偶の坊が・・・」

 

木偶の坊と呼ばれた脅威は棍棒を横薙ぎに払う。

 

「避けて!剣也くん!」

 

後ろから聞こえる声を聞きながら剣也は、

 

「が、はぁッ・・・!」

 

とてつもない力がかかっていたはずの棍棒をその身で受け止めた。

持っていたバットは何の役目も果たさず足元に転がる。

 

「!どうして!?避けられたはずなのに!」

 

棍棒が当たる直前にこちらを見ていたのを優子は知っていた。そのくらい暇があれば避けることもできただろう。その場合、棍棒は華奢な優子の体を砕く事になるのだが。

優子は疑問に思っていた。あったばかりのこの少年がなぜ身を挺してまで助けてくれたのか。

 

「ぐ・・・お前に死なれちゃ、困るんだよ・・・」

 

相手の棍棒をしっかりと抱え込みながら瀕死の少年は言う。

 

「お前には、まだまだやってもらわなくちゃあ、ならねぇ事が沢山、あるからな。だから・・・」

 

ゼイゼイと息を吐きながら言葉を紡ぐ。

グッと棍棒を掴み吐いた言葉はーーー

 

「やれ!斎!」

 

「・・・凍てつく吐息で全てを閉じよ!グリアメイア!」

 

斎の声が光の帯となり陣を描く。その陣から這い出てきたのは透き通る体をしたスカーフ代わりに冷気を纏う貴婦人のような姿だった。

 

「・・・!」

 

ギャラリーの上からヒンヤリとした空気に身震いしつつ出てきたものを凝視する。それは美佳の理解を超えるほど美しく、この上ないほど魅了した。

 

「あれが、舞姫さんの?」

 

優子の吐く息が白く凍る。件の貴婦人は優雅な動作で腕を醜男の方に向けると、冷気が集まり氷の矢が生成された。そしてそれを・・・

 

冷たく鋭利なものに串刺しにされる未来を予想したサイクロプスは棍棒を手放し、横に逃げた。

貴婦人がゆっくりと後を追う。

 

「剣也くん!」

 

優子が負傷した剣也のもとに駆け寄る。

 

「ぐっ、ふ・・・ああ・」

 

人智を超えた力がをもろに受けた剣也は床にうずくまり息も絶え絶えの状態。

 

「怪我は・・・ないか・・?」

「!?私は大丈夫だよ・・・それより剣也くんが・・・」

「死にゃあしねぇよ・・・守るって決めたからな、今度こそ・・・」

「今度・・?」

「優子!大丈夫なの!?」

 

ハッと気を取り直した美佳が上段から安否の確認をする。

 

「私は大丈夫っ!でも剣也くんが!」

「なんかあっちもヤバイみたいだよ!」

 

美佳はステージ側、アベル達がいる方を指し示す。

舞台袖では斎がアベルの介抱をしていた。

 

「アベルくん!」

 

その声に反応したのか、貴婦人と一緒に踊っていたとても紳士とは言えない怪物が舞台袖に目を付ける。そこからの動きは迅速で、貴婦人から背を向け走りだした。

踊りを中断された貴婦人は大量の矢を作り出したがこのまま放つと主人である少女に当たってしまうと判断し、撃つに撃てないとオロオロしていた。

 

「どうすれば・・・。わ、私が、やるしかない、やるしかないんだ!」

 

意を決した勇者の少女はドカドカと足音を立てる怪物に向かって走りだすが、

 

「あ痛っ!」

 

もう少しで追いつくという所で足がもつれて転んでしまった。

所詮ただの女子高生がどうにか出来るわけもないのである。

アベルが苦しげに呻き、顔を上げるがその距離では何もすることが出来ない。

ほら、音に気付いた神話上の存在が腕を振り上げ、

 

グゥウウォオォォォォオオオオ!!

 

「優子!後ろ!」

「クソッ!間に合え!」

「何をしているの!早くそこから退きなさい!」

「優子ーーー!」

「私、私は―・・・」

 

キーーー・・・ン

 

(大丈夫、心配しないで。だって君は・・・)

 

「(勇者なんだ!)」

 

優子の手元に光が集まる。

それは美しい装飾のついた剣になり、優子の手に収まった。

 

「あれは・・・」

「もしかして勇者の剣!?失われたハズなのに!」

 

いよいよ勇者らしくなってきた優子がキッとサイクロプスを睨む。その真っ直ぐな瞳に射抜かれた1つ目は身動きすることすら出来なかった。

 

「はああぁあああ!」

 

剣を手にした優子が勢い良くサイクロプスに突進する!

ずべっしゃああああ!

 

思い切り転んだ。パンツまで見えた。

 

「はあああああああ!?」

「なんだって!?」

「同じボケは何度も通用しないから!優子!」

 

口々にエセ勇者を非難する。

 

「だって、だってぇ!」

 

格好を付けた反動で恥ずかしさのあまり泣き出しそうになる優子。その茶番からいち早く抜け出したのは、一番愚鈍なはずのサイクロプスだった。

 

グウウッォオォォオ!

 

その声でやっとこさ正気に戻った斎が自らの下僕の名を呼ぶ。

 

「グリアメイア!」

 

主人の声が自分の名を呼んだことに嬉しさを爆発させながら、彼の氷の貴婦人が局地的な吹雪を起こす。

 

グゥウルルゥウアアアァァァア!

 

吹雪に目をやられたサイクロプスが叫ぶ。

 

「くっ、イケるかな!?」

 

アベルも負けじと服の内側から紙を取り出し、呪文を唱える。

 

「優子!サイクロプスの弱点はあの大きな目だ!」

「目!?目をどうするの!?」

「どうするって剣でどうにかするしかないでしょ!ああもう、そのまま構えてて!」

 

凍える寒さの中、奇妙な踊りを繰り出すサイクロプスの足元に、どこからともなく縄が巻き付く。サイクロプスは縄に足を取られそのまま頭から転び・・・

 

グサァッ!

 

「よし、ビンゴ!」

 

優子の構えていた剣に深々と突き刺され、絶命した。

サイクロプスの体からは体液がドクドクと止めどなく流れでて、

 

「いやあああああああ!?」

 

優子の制服をびっしょりと濡らした。

 

こうして優子達の長い長い1日が終わろうとしていた。




初めての本格的な戦闘ですよ!少し長いかな。


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その六、Aボタン連打でイベントを見逃す。

前回のあらすじ


サイクロプスと戦ったよ!めっちゃ怖かった!


「うぅ、ベトベトだよぅ」

 

ベッタリと肌に張り付く不快感に顔をしかめながら優子が泣く。

 

「大丈夫かい?」

「ただのかすり傷だ」

 

男子2人は傷の手当をしている。

 

「あれ、なんか煙出てない?」

 

美佳の指し示す1つ目の死骸からは煙がもくもくと出ている。

 

「生命活動が停止してこの世界に存在し続けるエネルギーが無くなったんじゃないかな」

 

すでに巨体に一部が灰になり、サラサラと風に流れていた。

 

「ん?なんか出てきたよ?」

 

おっかなびっくり見ていた優子が言う通り、サイクロプスの灰から薄ぼんやりと光る物体が出てきた。それはふよふよと蛍のような動きで優子に近づく。

 

「う、わ、わわ!」

 

良く分からない物体から逃げる優子。しかし、光る物体も後を追う。

 

「優子、止まりなさい。それを貴方の中に取り込むのよ」

「こ、これを?なんで?」

 

頼りない動きだが確かに優子のみを追っている。ツッと右に避けるとその物体も右に逸れる。

 

「それは勇者の一部、貴方の力となるものよ」

 

斎の説明を半分も理解していない優子がとりあえず動きを止める。対象の動きに追いついた物体がゆっくりと優子の肌に触れる。そして溶けこむようにして優子の中に消えてしまった。

 

「わぁーー・・・」

「どう?何か感じる?」

 

勇者の力を取り込んだ優子がホワンとした表情を浮かべる。

 

「うん、なんか力がみなぎってくる!」

 

そう言って嬉しそうにはしゃぐ。その姿を見て微笑ましそうにしていた美佳が、はっとして現状についてもっともな疑問を放つ。

 

「ねぇ、さっきからあんたら普通にしてるけど、これって異常だよね?」

 

突然現れた怪物、光る鳥、それに異形の貴婦人まで出てくればそれはもう異常としか言いようがない。

 

「ああ、ごめんね。これにはワケがあって・・・」

 

 

「うおおぉおぉおおおおおぁぁぁあああ!!」

 

叫び声と共に扉の向こうから現れたのは、坊主頭の少年。

 

「ご、剛太!」

 

優子の友達、金本 剛太である。

 

「美佳!優子!お前らこんな所に!ってこんなことしてる場合じゃねぇ!みんな逃げろ!」

 

声を張り上げて注意を促す剛太の後ろから屋上にいた、小柄なモンスターが襲いかかる

 

「!?

うわああああぁぁあああ!」

 

 

「グリアメイア!」

 

小柄な魔物はあともう少しで少年の柔らかい肉に鋭い爪を突き立てることができるという所で、貴婦人の冷気に当てられて氷漬けの醜いオブジェとなってしまった。

 

「まだ雑魚が残っているようね。グリアメイア、少し遊んで来なさい」

 

斎が命じると麗しい姿を翻して氷の貴婦人は体育館の外に駆けて行った。

 

「行った・・・?何なんだよあれ」

 

ぺたりと尻もちをつきながら剛太がうわ言のようにつぶやいた。

 

「ごめん。一人ひとりに説明してる暇がない。キミ達に今の起こっている事を説明するから、皆に伝えておいてくれるかな?」

 

アベルが人の良さそうな笑顔で、未だ現状を理解していない2人に説明をした。

 

「魔王だとか勇者だとか、そんなもの信じろっていうの?」

「キミ達が体験してきたとおりだ。実際に今起こっていることなんだよ」

 

幽霊がいるなんて夜中のテレビで見ても鼻で笑えるが自分の目の前に現れたら信じるほかない。

 

「・・・わかった。みんなに伝えておく」

「ん。じゃあボク達は優子の家に行こう」

「私の家?」

 

こんなに?の似合う娘がいるだろうか。

いや、いない。

 

「そうよ。それとも一生会えないかも知れない親に挨拶しないで良いのかしら」

 

「!?やだ!」

 

今朝挨拶したばかりだが、あれは学校に行く為の挨拶であって、今生の別れをしていたわけではない。優子の学校はそこまでの覚悟はいらないところだ。

 

「そう。なら早くしましょう。優子の家についたらその場で門を喚び出すわ」

 

斎が踵を返すと艷やかな黒髪がふわりと広がった。

 

「・・・行くのか?優子」

 

尻を払って立ち上がる剛太が、優子の覚悟を確かめる。

 

「うん・・・待ってる人達がいるんだもん。」

 

少しだけ勇者としての自覚を持った優子は最初のような考えなしではなく、確かな思いを持って応えた。

 

「わかった。・・・でもね、優子。これだけは約束して。」

 

美佳と剛太が優子の肩を掴み、しっかりと目を覗き込みながら話す。

 

「絶対に戻ってきて、俺たちに異世界の話をすること!いいな?」

 

おっちょこちょいで、おバカ、おまけに天然の、小さな友人が知らない間に成長していた事を嬉しく思う。

 

「うん!」

 

満面の笑みで小指を突き出す。美佳と剛太は顔を見合わせ、指を絡める。

 

「「「ゆびきりげーんまーん、うっそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!」」」

 

古来より伝わる約束の儀式。

1つも間違えることなくやり終えた優子達はとても満足そうな顔をしていた。

 

「終わった?もう行かないと」

 

既に外へ向かっていた3人が優子を待つ。

 

「うん。それじゃあ、美佳ちゃん、剛太くん、またね!」

「またな!」

「頑張りなさいよ優子!」

 

大きく手を振る。優子も振り返って手を上げる。きっとこの少女は帰ってくるだろう。自分の生まれたこの町に。私達の世界に。




忘れてた!
セーフ!


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その七、案外最初にもらうアイテムが重要だったりする。

前回のあらすじ


服がベトベトだよ!でもわりかしすぐ乾いた!


「だからどうして貴方まで付いてくるのよ」

 

高校入学以来通い続けている、学校から優子の家への帰り道。いつもと違うのは3人の同行者がいる事だ。

 

「俺はこいつから離れるわけにはいかねぇんだよ。黙ってろ、日本人形」

 

橋の上から川を眺める。ずっと遠くの方で魚が跳ねて波紋が広がった。

 

「・・・呪ってやるわ」

「おう、やってみろ」

 

妖気を漂わせた瞳で見つめる斎とそれを真正面から睨み返す剣也。

 

「もう、二人とも仲良くしてよ!」

 

とうとう堪忍袋の緒が切れた優子が2人を怒鳴りつける。

 

「そうだよ。これから長く旅を共にする仲間なんだから」

 

どう、どうとなだめすかし、手綱を握ろうとするアベル。

 

「貴方、彼を連れていく気なの!?」

 

先ほどの言葉が引っかかったようで、目をまん丸くさせた斎がアベルに詰め寄る。

 

「彼は力を持っていないのよ?そんな彼を魔物の蔓延る世界に連れて行ったらどうなるかなんて火を見るより明らかだわ。どうかしているとしか思えない」

 

剣也が無力なただの人間である為、連れて行くのに反対しているようだ。

魔王を倒す為には足手まといだと言外に言う。

 

「んだとテメェ・・・」

「そうやってすぐ頭に血が昇る短気さも不必要だわ」

額に浮かぶ血管が弾けそうになっているのを見て、慌てて喧嘩を止めようとする。

 

「止めてってば2人とも!」

 

駆け寄った優子の右手が触れた瞬間、眩い光が剣也の体を包み込む。

 

「ッ!なんだ!?」

 

その光は徐々に手の方へ収束していき、何かを形作っていく。その光が散った時、黒曜石の輝きを放つ大剣が剣也の手に握られていた。

 

「・・・!この剣は!」

「勇者の、力・・・?」

 

信じられないとでも言うような目で優子を見つめる3人。

 

「??・・・えっと、これで剣也くんも一緒に行けるのかな?」

 

当の本人は困り顔でにへらと笑っている。

 

「・・・こんなに直ぐ力が使えるようになるだなんて」

 

この力がある事は疑問でないのなら、いずれ使えるようになる事は知っていたようだ。

 

「これでカレはキミの言う、力の無い人間ではなくなった。一緒にいても何も問題ないよね?」

 

ニッコリと微笑みながら言う。可愛い顔してずるい事をするものだ。

 

「わかったわ。私達の旅に同行することを認めましょう。だからそれを早く仕舞って頂戴。こんな町中では邪魔だわ」

 

斎の言うそれとは剣也の握る大剣の事だ。

はぁ、と溜息をつく斎が早くに老けてしまわないか心配なところである。

 

「良かったね、剣也。仕舞うことはできるかい?」

「ああ」

 

夜の様に底無しの黒さを誇る大剣がシュンとどこかへ消える。

 

「よし。ちょっと急ごうか。予定より時間が押してる」

 

一件落着と、休んでいる暇もなく歩き続ける。

 

 

しばらく歩いた頃、機能的なデザインの家が見えてきた。

 

「あ、あれが私のお家だよ!」

 

優子が駆け出し、皆はゆっくりと後を追う。

扉の前に立ち、ドアノブに手を掛ける優子が何故か偉そうに友人を招き入れる。

 

「ふふん。ようこそ我が家へいらっしゃいました。歓迎いたしましょう」

 

扉を開けると、掃除の行き届いた温かい配色の玄関が客人を迎え入れた。

 

「へぇー、中はこうなっているんだね!」

「あら、綺麗じゃない」

「・・・お邪魔します」

「どうぞどうぞー!」

 

靴を脱いで並べる。差し出されたスリッパに履き替えて優子に促されるままリビングに通されると、1人の女性が紅茶を片手にテレビを見ていた。

 

「おかあさーん、ただいまー」

「あらぁ、おかえりなさい優子」

 

にこやかに娘を迎える。

まだ学校にいるべき時間なのだが気にしないのだろうか。

 

「あら?そちらは優子のお友達かしら?」

 

優子の後ろのほうを見て言う。にっこりと微笑みかけられた2人はそのままにっこりと微笑み返した。剣也は顔を赤くして明日の方を見ていた。

 

「うん!そうだよ!えっとね、この人が舞姫さんで、こっちが剣也くん。で、こっちはーー」

 

「はじめまして、アベル・カサルティスと申します。今日はアナタ達にお話があって来ました」

 

このボンヤリとした母娘にイニシアチブを取られないように、優子の紹介よりも早く自ら名乗り上げる。

 

「あらぁ、外国人さんかしら?綺麗な目ねぇ」

 

本題そっちのけで物珍しさに目を細める。やっぱり少しずれているのである。

 

「・・・できればお話は一度で済ませたいので全員一緒に話したいのですけど、他のご家族は?」

「聡さんならお仕事よー。帰るのは8時くらいかしらね?」

 

今の時刻は午前10時を回ったところである。それまで待てるほどの時間は残されていなかった。

 

「仕方ないわね。お母様だけに話しましょう」

 

アベルがそうだね、と口を開きかけた時、ガチャ、と後の扉が開いた。

一番近い所にいる剣也が素早い動きで、入ろうとしてくるものを組み伏せた。

 

「っ痛!誰だ!」

 

壁に押し当てられているのは眼鏡を掛けた知的な男性、この家の主である内原聡だった。

丁度いいタイミングで帰ってきた。なんともご都合展開である。

 

「お父さん!?大学はどうしたの?」

「優子!?お前こそどうしたっ、てそれどころじゃない!痛い!」

「あわわ、剣也くん!この人は私のお父さん、怪しい人じゃないよ!」

 

優子の弁明により束縛が解かれ事無きを得る。

痛む腕をさすりながら不良風の少年を睨んだ。その表情のまま優子の前に行き、尋問を始める。

 

「・・・一体これはどういう事だ」

 

学校に居ない事、この場にいる怪しげな人物達の事、その人物達と知り合いであるような事、全てに対しての説明を求める。

 

「えっとね、これは、そのぅ・・・」

 

説明するのが苦手な優子は言葉を続けることができずにモゴモゴと口の中で言葉を噛んでしまう。

 

「ボクから説明させて頂きます」

 

見た事が無いような刺繍の施された服を着た少年が前に出てきた。

こんな怪しげな奴とどんな関係があるんだ優子・・・

「奥様には先程名乗らせていただきましたが、ボクの名前はアベル・カサルティス。一応、優子の友人です。こっちの女の子が舞姫 斎。向こうにいるのが内藤 剣也です」

「名前はいい。なんの用があってきた」

 

名乗ったからと言ってこの不審な少年に心を開けるわけもない。その屈託の無い笑顔に妻と娘は騙されたかもしれんが、私はそう簡単にはいかんぞ。

 

「じゃあ、手短に説明しましょう。ボク達の事と優子の事、この世界の行く末について」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「つまり優子は勇者として異世界に行き、魔王を倒す必要がある、と」

 

ソファーに深く座り、背もたれに寄りかかる。

目頭を押さえ、揉み解し、必死に頭の整理をする。

 

「あらぁ、かっこいいじゃない」

 

手を合わせて喜ぶ妻は全く当てにならない。

 

「そんな夢物語みたいな事ある訳無い、と言いたいが・・・」

 

聡は今しがた掛かって来た電話の内容を思い出した。かけてきた相手は優子の通う高校の教師で、学校に化け物が出たこと、カメラで確認したところどうも優子を主として数人の生徒で倒したらしいこと、優子が校内にいないといった旨のことを述べた。

優子は家に居る、どこにも怪我はしていないが今すぐ戻らせることは出来そうにないことを伝え、聡は電話を切った。

 

「目撃者がいるなら否定はできないな」

「まだ足りないなら今ここで証拠を見せることもできますよ」

 

金髪の少年が服の中に手を入れて何かを取り出そうとするが、

 

「いや、遠慮しておく。・・・優子、こっちに来なさい。英恵、お前もだ」

 

断って娘と妻を呼んだ。

 

「うん」

「はぁい」

「君達はここで待っていてくれるか。少し話をしてきたい」

 

そう言って内原1家は隣の部屋に消える。

 

 

 

「わかってくれるかなぁ、アノ人」

 

父と母という存在に馴染みの無いアベルは少し不安そうな顔で扉を見つめる。

 

「きっともうわかってるんじゃないかしら。お別れを言っているだけだと思うわ」

 

英恵から出された紅茶を飲みながら斎が言う。

 

「そうか、ならボク達はボク達でやれる事をしておこう。剣也、陣描くの手伝って」

 

「・・・ふん」

 

壁に寄りかかる剣也が窓から差し込む光に目を細めた。

 

 

 

「優子」

「なぁに、お父さん」

「怖くは、無いか」

「私1人だったら怖かったかも。でも、みんながいるからへっちゃらだよ」

「覚悟を決めているんだな」

「もちろん。だって私勇者だもん」

「・・・立派になったな。怖いと言ったら無理にでも辞めさせるつもりだったが」

「駄目よ。この子はもう子供じゃないわ。あの頃とは違うの」

「あの頃って?」

「優子、あなた昔はほんとに手の掛かる子だったのよ。お友達とすぐ喧嘩するし、ものは壊すし、なんだか訳のわからない事ばっかり言って。その時の顔ってきたらもう・・・」

「だがいつの間にか大人しくなって、いつの間にか大人になってしまった。もう私達が口を出す必要もない」

「行って来なさい、優子。何かあったら帰ってきてもいいから」

「私達は何時でもお前の帰りを待っている」

「ありがとう、お父さん、お母さん・・・」

 

 

ガチャ、

 

「あ、どうでした?」

 

テレビに夢中になっていたアベルが顔を上げて扉から出てきた3人に聞く。

 

「優子の好きなようにさせる。だが、見送りぐらいさせてくれ」

 

娘の肩に手を掛けて少年を見ようとしたが部屋の方が気になった。何だこの模様。

 

「モチロンですよ。」

 

爽やかな笑顔のこの少年が憎い。

 

「あ、これは水で簡単に消えるので安心してください。優子、早速だけどこっちに来て」

 

「うん。お父さん、お母さん」

「何?優子」

「私ね、お母さん達の子供に生まれて良かったよ」

「ああ、私達もお前が生まれて来てくれて良かった」

「優子は私達の幸せそのものなのよ」

 

「・・・空間転移ポイント安定。いつでも行けるよ」

 

「泣くな、優子。世界を救う勇者がそれでどうする」

「ぅ・・・うん、わかった。それじゃあお父さん、お母さん、行ってきます」

「行ってらっしゃい。優子」

「きちんと役目を果たすんだぞ」

 

「・・・世界を繋ぐ門となれ!」

 

視界が光に包まれる。

優子がこの世界で最後に見たのは、暖かい部屋に佇む愛しい両親の微笑みだった。




うっへぇ
嘘ばっかりついてごめんなさい。短編はもう少しか掛かりそうです。


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さぁ! ゆうしゃよ! たびだつのじゃ!
その八、チュートリアルで疲れきる。


前回のあらすじ


おとーさん!おかーさん!行ってきます!


優子が目を開け、この世界ーーーコルヴェトーリアで最初に見たのは、普通ではありえないサイズの怪鳥が自分を食べようと口を大きく開けている姿だった。

 

「きゃああああぁぁぁあ!?」

 

優子の体がすっぽりと入りそうな口を更に拡げ、今まさに餌を飲み込まんとしていた時に、

 

ぎょええぇぇぇええ!!?

 

目の前に立ち塞がっていたものがドサッと倒れ、視界一面に眩しい太陽が飛び込んで来た。

 

「おい」

 

かざした手の隙間から声のした方を見やる。

太陽を背に、人間サイズだが大きな影がこちらを向いていた。その足元のに横たわる怪鳥が体から黒い大剣を生やしていたので、自分を助けてくれたその人物が剣也であることがわかった。

 

「怪我はあるか」

「ううん、大丈夫。はぁーびっくりした!ありがとうね」

 

「おーい!」

 

背後から優子達を呼ぶ声がする。振り向いてみるとやはりアベル&斎だった。

 

「ゴメン!ちょっとポイントずれちゃった!ケガは無い?」

 

少しも謝る気のない声音で駆け寄って来る。

 

「少し時間が遅かったようね。もう少し早ければ全員同じ所で安全に運べたのだけれど」

 

完璧に出来なかったのが悔しいのか、斎は少し膨れっ面だ。

 

「あ、コレ剣也が倒したのかい?結構強いはずなんだけど」

 

そんなことは露知らず、草原に生息する生物に近寄る。怪鳥に触れるとバサバサとした手触りの体から熱が失われつつあった。

 

「うん、みんな揃ったし近くの村に行こうか。これを手土産にしてね!」

 

大きな怪鳥の体をいくつかのパーツに分けて持っていく。

 

草原を歩く一行の間を爽やかな風がすり拔ける。サワサワと揺れる草がとても涼やかで、肌を焼く日差しの熱さを忘れさせてくれる。優子の世界の季節は春だったのでこんなに太陽が照りつけることは無かった。どうやら少し時間の流れが違うようだ。

 

途中、草原のただ中にポツリと淋しげな黒い山があった。

あれは何だと優子は聞いてみたがアベルと斎は言葉を濁すばかりではっきりと応えない。もとよりあまり興味のなかった優子はふーんと鼻を鳴らし、最後にひと目ちらりと見て、もう振り返ることは無かった。

剣也のみが、何か懐かしむような、悲しむような瞳で何度も小さくなっていく山を振り返っていた。

 

やがて日が落ち、あたりが茜色に染まる頃、先頭を歩くアベルが立ち止まり前方を指差した。

 

「これから行く所は始まりの村、ノルルーグ。勇者が生まれたとされている村だよ。ほら、見えてきた」

 

細い指の先には可愛らしい形の家々が並ぶ集落があった。その中の1つの家の前には小さな看板。

 

〘 勇者様の産まれた村 〙

〘 〙

〘 ノルルーグにようこそ!〙

 

まるで王道のRPGゲームの中に入り込んだかのような感覚に優子は打ち震える。

 

「うわぁ!すごーい!本当に違う世界なんだ!」

「気持ち悪い声出すんじゃねぇ」

 

思わず叫びだしてしまった優子から距離を取り、悪態をつく剣也。その声に反応したのか、痩せた土の畑で農作業をしていた老人が顔を上げて驚嘆の声を出す。

 

「おお!お前さん達もしや!」

「ただいま、勇者を連れて戻って参りました」

 

アベルがお辞儀をしながら述べる。

それを聞いた老人は持っていた農具を放り出し、目に涙を浮かべる。

 

「おぉ、なんと!遂に来られたのか!」

 

そしてアベルの背後に居る3人をじっくりと見比べて、

 

「あなたが勇者様なのですね!」

 

と剣也の手を取って激しく上下に振る。

 

「ああ!生きているうちにお会いできるとは!こんなに立派な体をしておる!流石は勇者様だ!」

 

「触んじゃねぇクソじじい」

 

当人は手を握る老人を振り払って心底嫌そうな顔をする。

 

「おお、老いぼれが失礼をいたしました。此度の勇者様はちと気難しいようだ」

 

頭に手を当ててペコペコとお辞儀をする。ポジティブシンキング老人のようである。

 

「貴方、ご老人は大事に扱うものよ」

「うるせぇ、あっちが悪いんだろ」

 

たしなめる斎にうっとおしそうに言葉を返す剣也。

2人のやりとりを視界の隅に収めながらアベルが謝罪と訂正を入れてぼやんとしていた優子を引っ張ってくる。

 

「ゴメンねおじいさん、この人は勇者じゃないよ。ホンモノの勇者はコッチ!」

 

引っ張られた優子はピシッと直立不動の姿勢をとった。

 

「この子がホンモノの勇者様、異世界から来た優子だよ!」

 

老人は目を丸くして優子を見つめる。

 

「・・・まっさかぁ、こんな小さい女の子が勇者様なわけ無かろう」

「本当だって。それより村長に会わせてよ。挨拶しないと」

 

あまりにも小さくか弱そうな勇者に疑惑色の目を向けながら、とりあえず村長の判断に任せようと家に向かう。

 

「むーん。わかった、付いて来い」

 

背を向けた老人に付いて行くと、他の家より一回り大きい家の前に着いた。

 

「村長ー、勇者様が参りましたぞ」

 

木製の飾り気の無いドアをコンコンと叩くと中から中年の女性が顔を出した。

 

「あんれま、ロイさんこの人達が?」

「そう、そう。このちっこい子が勇者様のようだ」

 

女性も目を丸くして上ずった声で聞き返す。

 

「ほんとに?この子が勇者様なのかい?」

「そうですよ」

「ほーぅ、こんな小さい子がねぇ」

 

当の優子は先程から小さいと言われ続け、少しムッとしているようだ。

 

「大丈夫だよ優子。キミはれっきとした勇者なんだから。自信を持って!」

 

膨れっ面の優子を小声で元気付ける。

 

「立ち話も何だしお入んなさいな」

 

そう言って女性は勇者一行を家へ招き入れようとする。

 

「あ、コレさっきとれたエポルニスの肉です。」

 

そう言えば、と思い出したアベルが手に持った袋を開けて、中の肉を女性に見せる。

 

「あんれま、こんな御馳走頂いちゃっていいのかしら」

「どうぞどうぞ。良かったらロイさんもどうですか?」

 

皆の分を合わせるとかなりの数になるので、ロイ老人にもお裾分けしようとする。

 

「じゃあ、遠慮無く。ありがとな、ワシはこれで帰らせてもらおう」

「はい、ありがとうございました」

 

受け取って背を向ける老人に声を掛けて家の中に入る。

 

「旦那様、アベル君が勇者様を連れて参りましたよ」

 

ドアから少し進んだ所に大きな部屋があった。その真ん中にはどっしりとした机と椅子が構えており、そこには顔に深い皺を刻んではいるが鋭い眼光を持った村長らしき人物がいた。その人物は優子達が入って来るやいなや立ち上がり、腕を広げてにこやかに歓迎の意を示す。

 

「おお、これは勇者様。よくぞいらして下さいました。儂が村長のダニエル・ファーレンですじゃ」

「は、はじめまして!内原 優子です!」

 

勇者と1発で認められた優子は先程までの膨れっ面はどこへやら、嬉しそうに大きな声で自己紹介をした。

 

「元気があってよろしいですなぁ」

 

ほっほっほっと、いかにもな笑い方をして次にアベルの方を見た。

 

「コッチの女の子が斎。太陽の国の姫巫女の末裔です。コッチは剣也。あちらの世界の人間ですがなかなか腕が立ちます」

 

アベルが斎と剣也の紹介をする。村長は全員をじっくりと見定める。

 

「ほぅ、姫巫女の・・・とするとそちらの男性は王国1の剣士の役と言ったところですかな」

 

村長の言葉の意味がわからない優子に耳元で斎が囁く。

 

「これは後で説明するわ。今は集中なさい」

 

そっと耳打ちされた時にふわりと香り椿の甘い匂いがした。やはり美人は良いにほいがするものだ。

 

「村長、優子は既にネーディフ洞窟にいたサイクロプスを打ち倒し、その体に勇者様の剣と力を宿しています」

 

優子のこれまでの戦歴を並べると何だか物凄く強いような気がするが、ただただ為すがままになっていただけである。

 

「なんと!あの怪物を!・・・なんとも頼りがいがありますのう」

 

実際に見ていない村長は信じてしまったようだ。

村長の青い目が優子を捉える。歳に似合わず青年のような瞳は優子の内側まで見透かそうとしているようだった。

 

「勇者様」

「ははい!」

 

さっきまでと雰囲気の違う村長を前に蛇に睨まれたカエルのような気持ちで返事をする。

 

「この世界を・・・ここで生きるすべての人間の命をあなたに託しても・・・よろしいですかな?」

 

アベルのお願いよりも何倍も重く、祈りにも近い言葉にはさすがの優子も逡巡した。

 

しかし、

 

「・・・私は勇者です。この名にかけて絶対に救ってみせます」

 

とてもいつもの優子とは思えない凛々しい表情と声で答える。

その声色の変化に、後ろにいた3人もびっくりして優子の方に視線が集まった。

 

「うむ、覚悟も十分なようじゃの。では、こちらに来たばかりでお疲れでしょう。部屋を用意しました、今日はどうかごゆるりとお休み下さい。何かご入用であればそこにいる使用人のマグダにお申し付けください。マグダ、案内を」

 

1人納得した村長はマグダに客人の案内を申し付ける。

 

「はい旦那様。こちらでございますよ、皆様」

 

しっかりとした肉付きの背中に付いて歩き出す優子をちょっと訝しみながら3人もあとに続く。

 

「頼みますぞ。優子殿」

 

1つ、部屋を出た勇者に向かって呟いた。

 

「ここです」

 

オーク製の重い扉を開ける。

すると、中から小さな光る物体が急に飛び出してきた。

 

「きゃああ!?」

 

驚く優子にぶつかりそれは静止した。

 

「なになに!?」

 

ドクドクと心臓が早鐘を打つのを胸に手を当てて抑えつける。そうしていると黄色っぽい生物が喋りかけてきた。

 

「ねえ!勇者さまは誰!?」

 

その生物はおよそ8歳位の少年だった。

勇者が来ると聞いて待っていたのだろうか、もしかしたら世界を救う勇者を驚かしてやろうと部屋に隠れていたのかも知れない。そんな事を考えつきそうなやんちゃそうな顔つきをしていた。

結果的に件の勇者は狙い通りに動いてしまったのだが。

 

「あ!もしかしてそこのでっかいにぃちゃん!?」

 

剣也の顔を指差し、喚く。

剣也は既に怒りが頂点に達しようとしている。それをアベルと斎の2人がかりで抑えていた。

 

「こら!テオドーア坊ちゃん!人を指差してはいけませんし、その人は勇者様ではありませんよ!」

 

テオドーア、この家に住む住人の1人であろう。

マグダに怒られてもめげることなく勇者を割り出そうと問い詰める。

 

「じゃあ、だれなんだよ!」

 

プンスコと口を尖らせ他の3人を見やる。

 

「えと、一応私だよ?」

 

優子がおずおずと手を上げるが、

 

「ええ?まっさかあ。ねえちゃんが勇者さまなわけないじゃん」

 

やはり優子は“らしくない”ようだ。テオドーアはその深い青色の目で優子を上から下まで舐るように見ている。

 

「ほそいし、ちっこいし、何よりも女の子が勇者さまになれるわけないじゃん!」

 

今まで言われてこなかったことをハッキリといわれて、今度は優子が押さえつけられることになった。

 

「おにいちゃん、勇者さま来たの?」

 

テオドーアの小さな背中にある、薄暗い空間から幼い少女の声が聞こえた。

それは可愛らしい洋服を着たお下げの少女で、扉の奥からひょっこりと顔を出した。

 

「んま!パトリシアお嬢様までそんな所に!勇者様はとってもお疲れなんですよ!さぁ、2人共こっちに来なさい!」

 

駄々をこねる子供に言う事を聞かせるのは至難の業である。テオドーアのようなやんちゃ坊主ではなおさらだ。

 

「やだやだあ!勇者さまとお話するんだい!」

 

胸の下の所で抱き着いてくる茶色の混じった金髪の少年と、薄墨色の奥から羨ましそうにしている少女に戸惑いながら顔だけをマグダへ向けて優子は言う。

 

「大丈夫ですよ、あんまり疲れてないし。ちょっとだけお話させて貰えませんか?」

 

優子から坊っちゃんを取り外す事に苦戦していたマグダも本人がそう言うのであればと諦め顔でテオドーアにかけた手を引いた。

 

「・・・まあ、勇者様がそう言うんなら仕方ありませんね。2人共、迷惑掛けちゃいけませんよ。お夕飯の準備が出来ましたら呼びますから、それまでお休みくださいね」

 

テオドーアに睨みを効かせて女中は廊下を歩いて行った。

 

「早く早く、こっちだよ!」

 

邪魔者がいなくなったと大喜びの少年は、優子の腕を取りぐいぐいと引っ張って部屋の中に連れ込む。一番後ろの剣也まで入った所で扉は閉められた。

薄暗い闇の中、マッチを擦る音がして備え付けのロウソクに明かりが灯された。

 

「で、勇者さまはだれなんだ?」

 

引っ張ってきたは良いが未だに誰が勇者なのか判明していない。

 

「だから私が・・・」

 

人差し指を立てて説明しようとした優子を退けて、剣也が1言テオドーアに向けて言った。

 

「こいつが勇者だ」

 

長身でガタイの良い、恐らくこの中で一番強いだろうと思われる人物の口から言われれば信じてしまうのが人情だ。

テオドーアは剣也にビビりながらも優子を勇者だと認識して興奮気味に言葉を紡ぐ。

 

「勇者さま!おれ、テオドーアってんだ!おれ、ずっと勇者さまにあこがれてて、そんでさっきロイじいちゃんが勇者さまが来たってんだからここで待ってたんだ!びっくりしただろ!おれ、ほんとにずっと、ずうっと!勇者さまに会って、そんでもっていっしょに魔王をたおすたびに出ようってずうぅっと思ってたんだ!」

 

言葉が聞き取りづらいが、勇者に憧れている気持ちが嘘ではないことは、これでもかという程伝わってきた。

 

「もう、おにいちゃんたら。ごめんなさい、勇者さま。おにいちゃん、いつまでたっても子供っぽいんだから」

 

パトリシアは兄に呆れたように溜息をつくが、気を取り直して優子達に真っ直ぐ向き直り、しっかりとした口調で自己紹介をする。

 

「はじめまして。勇者さま。わたしはパトリシア・ファーレンといいます。本日はごそくろういただき、たいへんきょうしゅくにございます」

 

どこで聞いたのか大人が使うような言葉を話し、ペコリと頭を下げる。

 

「ご丁寧にありがとうございます。パトリシアちゃん。私は内原 優子と申します」

 

つられて優子も頭を下げる。それを見てパトリシアはもう一度頭を下げる。そして優子も頭を下げる。2人のお辞儀合戦に終止符を打ったのは若干のけ者にされていたテオドーアだった。

 

「なあなあ!勇者さまはなんで勇者さまなんだ?」

 

ロウソクの頼りない光でもわかるくらいキラキラとした目をしながら問いかけてくる。

何故かは自分でもよくわかっていない優子は苦笑いをするしかない。

 

「それはね。このお姉ちゃんが勇者の力を宿しているからなんだよ」

 

作中屈指の説明キャラ、アベルがその本領を発揮する。

 

「はじめまして、ボクの名前はアベル・カサルティス。アベルで良いよ。所でキミ達、世界で一番有名な伝説は知ってるかい?」

 

子供番組のお兄さんのように優しく子供達に語りかける。

 

「知ってるよ!この前おじいちゃんにお話してもらったもん」

 

これまた子供番組の従順な子供のように首が取れてしまいそうな程激しく振る。

 

「そうか。じゃあ、魔王との戦いで魂だけになった勇者がどこに消えたかはわかるかい?」

 

テオドーアは首を傾げ、目は明後日の方を向いて考えたが答えは出なかったようだ。

 

「わかんないや。どこに行ったの?」

 

答えを求められ、少しだけ得意になったアベルがニヤリと笑いながら言う。

 

「違う世界に行ったのさ」

 

夜寝る前には話してくれなかった物語の続きを聞き、驚愕の色を浮かべる兄妹。

次の瞬間には興奮の色に塗り替わっていた。

 

「すげええぇえ!どうやって行ったんだ!?」

 

握り拳を作り、ブンブンと振ってアベルに期待の目を向ける。

 

「ふふふ、知りたいかい?」

「知りたい知りたい知りたーい!」

 

大人しいパトリシアまでもが、お下げを揺らし大興奮。

 

「それはね・・・」

 

ゴクリと喉を鳴らし、じっと見つめる。

たっぷりと焦らしたあと、口を通して出たものはーーー

 

「ボクにもわかんないや」

 

盛大なボケだった。

 

「はあぁあ!?」

 

兄妹は愕然とする。テオドーアに至っては顎が床についてしまいそうなほどだ。

 

「あはは、ゴメンゴメン。でも大事なのはそこじゃなくて世界を渡った勇者の力が、さっき言った通り優子にある事だから」

 

ペチペチと叩いて来る兄妹の攻撃を笑顔で避けながらそんな事をぬかした。

 

「じゃあさ、あっちの世界はどんな感じなんだ?」

 

先程のショックもすぐに忘れて新たな疑問を口にする。

子供は?に貪欲だ。

 

「そうだね、それはコッチのお姉ちゃん達に話してもらおうか」

 

完全に蚊帳の外になっていた斎に手を向け語り部を託す。

 

「貴方、無茶振りが過ぎるわよ」

「イイじゃないか。あんまり話さないとイザという時舌噛むよ」

 

頭を突き合わせてこそこそと会話する。その間も子供達が斎の話をわくわくしながら待っていた。

やがて斎が下に目を向け1つ咳払いをし、話し始める。

 

「私の名前は舞姫 斎よ。好きな様に呼びなさい。そうね、此方の世界とはだいぶ違うわ」

 

そう話し始めた斎の話が終わった後でも少年少女の好奇心は薄れることも無く勇者一行を質問攻めにした。

 

 

やがて窓の外が月の清らかな光に照らされた頃、扉をノックする音が部屋に響いた。

 

「皆様、お夕飯の準備が出来ましたよ」

 

マグダによって取り払われた境から食欲をそそる何とも言いがたい香りが漂ってきた。

 

「うっわあ!いいにおい!」

 

鼻をひくひくとさせながら匂いの元へ吸い寄せられるように向かう。

優子達は来た時と同じようにマグダの背中についていく。

 

「はいどうぞお好きな席に座ってくださいな。」

 

白いクロスが掛けられた大きな長方形のテーブルには、持ってきた怪鳥の肉だろうか、表面を強火でカリカリと香ばしく焼いたものや、艶やかに光る照り焼きを色彩豊かなサラダの上に乗せ、たっぷりソースをかけたもの等が所狭しと並んでいた。

そのどれもがお祝いの日に出る様なご馳走の匂いを放っているのである。

 

各々が席につき、目の前の料理から立ち昇る暖かな湯気を聞香する。皆まだかまだかと待ち構え、どこからかきゅるると音が聞こえた。

 

「頂いたエポルニスの肉を使わせてもらいましたのよ。たあんとお食べになってくださいな」

 

エプロンで手を拭きながらマグダが勧める。

 

「それでは皆様。今日このご馳走を頂けることを神に感謝し、今後を生き抜くための糧といたしましょう」

 

村長の前口上が終わり、食事に手を付ける。久し振りの豪勢な料理に子供達は大興奮。

優子、剣也、斎の3人は手を合わせ、いただきますと小さく呟いてから磨き抜かれた銀色の匙を持つ。

 

まず優子が手を付けたのは一際目を引くサラダに乗った照り焼きだった。柔らかな胸肉はすんなりとフォークを受け入れ、優子の口へ運ばれる。

 

「・・・美味しい!」

 

口に入れた瞬間、トロリとしたタレが主張をはじめる。パンチの効いた濃厚なタレは噛み締めた肉から出る汁によく絡み、ひと通り口内を駆け回ったあとふわりとした甘みに引きつられ食道に落ちる。その淀みない滑らかな動きは、まるでクスリと笑いを誘う演劇の一部を見ているようだった。

 

「私が腕によりをかけて作りましたからね」

 

エポルニスの肉は大変美味なものだが、ただ調理しただけではこの深い味わいは出せないだろう。マグダには自慢するだけの腕が確かにある。

 

「洋食も良いわね・・・」

 

そう呟く斎が食べているのは乳白色の冷製スープ。おそらくじゃがいものような物を使っているのであろう。よく裏ごしされている滑らかな食感は、冷たいという事も相まって夏の夜の気怠い体に気持ちいい。

 

「時に勇者様、これからはどうするおつもりですかな?」

「もひっ?」

 

突然降りかかってきた村長の言葉に、硬く焼いた黒いパンをスープに浸し口いっぱいに頬張っていた優子は言葉を返すことができなかった。

 

「えーっと、ボクとしてはまずネーディフ洞窟の様子を見に行きたいです」

 

代わりにサラダを食べていたアベルが答える。

 

「うむ。確かに魔物を倒したとはいえあそこはまだ悪い気が充満しておるからのう。怖くて近寄れんわい」

 

赤いワインの注がれたグラスを口に運びながらうんうんと頷く村長。

 

「なら、その悪い気は私が祓っておきましょうか」

 

お気に入りの料理を見つけてご機嫌の斎が自ら申し出た。

と、そこで会話の流れを見計らっていたテオドーアがフォークを握り締めながら言葉を発した。

 

「なあなあ、おれもついていっていい?」

 

美味しい料理もこの言葉をスルーさせることはできなかったようだ。皆匙を持つ手を止め、テオドーアの方を注視する。

 

「何言ってんですか坊ちゃん!あんな危ないとこに行かせるわけないでしょうが!」

 

マグダが青筋を立てながら叫ぶ。それほどまでにあの場所は恐れられているようだ。

 

「えー、危なくなんかないよ。おれ前にも行ったことあるし」

「お、おにいちゃん!それは!」

 

2人の言葉に目玉が一人旅に出そうなほど驚く。

 

「なんですって!?」

 

ダンッと木製の黒いテーブルをあかぎれた手で力いっぱい叩く。

 

「落ち着きなさいマグダ。テオドーア、どう言う事か説明しなさい。」

 

テーブルの端から静かながらも威厳を持った声が響く。賑やかだった食卓も、今ではしいんと静まり返ってしまった。

 

「テオドーア」

「わ、わかったよ。はなすから・・・」

 

やんちゃ坊主もこれには無茶をできない。怯えた表情で訥々と話し始めた。

右手からは力が抜け、フォークが床に落ちる音が響いた。

 

「この前村の外でみんなとあそんでた時、おれのにもつがちっこいまものに取られちゃって、追いかけたらネーディフどうくつに入ってくのが見えたんだ」

 

ビクビクと村長の様子を伺いながらその日の事を思い出し、説明する。

 

「ふむ。パトリシア、お前さんも一緒にいたのか?」

 

怯える赤毛の少女は青ざめた顔で頷く。少女にとって村長は優しく、暖かく、それでいて恐ろしい存在であった。

 

「で、キミ達はそれを追いかけて洞窟にはいった、と」

 

今度は兄である少年が人形のようにコクコクと首をふる。

墨染めの窓の外でワオンと何かが鳴いた。

 

「うん・・・そんでおれ、そいつをさがして一番おくまで行ったんだ。ついて来なくていいって言ったんだけど、パトリシアもついてきて・・・」

「だって、おにいちゃんだけじゃしんぱいだったんだもん」

 

パトリシアの目には既になみなみと塩味の液体が注がれていた。

 

「ふむ、確か奥には結界が施されている筈じゃが・・・」

「結界?」

 

聞きなれない言葉をオウムのように繰り返す言葉を聞く優子。

村長の代わりにアベルが答えた。

 

「洞窟の最深部には先代の勇者の仲間、剣士が頑丈な結界を張ったんだ。その中には魔王の体の一部が箱に入って封印されている筈だよ」

 

随分昔の話だけどね、と付け加えて後は子供達を叱って話は終わる筈だった。

しかし、

 

「でも、あの箱、何も入ってやしなかったよ」

 

2つ目の爆弾が無知で無謀な少年によって投下された。

 

「開けたのか!?あの箱を!」

 

流石の村長もこの言葉には冷静ではいられない。

 

魔物の王が入っているとされる箱。すべての人間が幼い頃に何度も何度も聞かされる話だ。

『その箱には絶対に触れてはならない』と。

 

「なんてことじゃ・・・!」

 

好奇心旺盛なこの少年にはベッドの横で読む話など何の戒めにもならなかったようだ。

 

「それは本当の話かしら?」

 

持っていたスプーンをゆっくりと置き、ひやりとした瞳でテオドーアを見据える斎。

 

「う、うん」

「そう、そうね」

 

唇に手を当て思いに沈む斎。同じように何か考えているアベル。

この少年の言っている事、それが本当の事なら確認せねばなるまい。

 

「ヨシ、わかった。明日、キミ達も洞窟に連れて行ってあげるよ。」

「ほんとう!?」

 

椅子をガタガタと揺らしながら喜ぶテオドーアと目を丸くする大人達。

 

「正気ですか!あんな所に連れていくなど!」

「それは儂も賛成しかねますぞ」

 

口々に反対の意見を述べるが、アベルは涼しい顔だ。

 

「しかし、今の洞窟の状態を一番良く知っているのはこの子達です。ボクもあの洞窟には1度しか入ったことがありませんし」

「この子達に危険が及ばないように細心の注意を払うわ。そこの辺りは心配しないで頂戴」

 

大人達の言葉に反論する2人。子供達は既に勝ったも同然としたり顔。

後の2人は我関せずと料理を食べ続けている。優子はまるっこいカリカリの揚げ物が気に入ったようで、意地汚く離れた皿に載っているものを狙っている。

 

「じいちゃんごめんなさい、かってなことして。でもおれら勇者さまの力になりたいんだ。だからおねがい!」

 

計算高く上目遣いで懇願する。妹としては恥ずかしい限りだが、今は洞窟に行きたい気持ちのほうが優っている。

 

おにいちゃんGJ。

 

「うむむ・・・本当に危ない事はしないのですな?」

「もちろん」

「むー・・・テオドーア、パトリシア。勇者様に迷惑が掛かるようなことをするのではないぞ」

 

その言葉の後、お手本のような喜色満面の体を披露したテオドーアと遂に耐え切れなくなったパトリシアが夜遅くに大きな声で泣き出したのを機に、こちらの世界1日目の騒がしい夕食はお開きとなる。

 




後書き
ながぁいよ。
いきなり躓いて文章が書けなくなってましたwww
なので少し休んで、勉強をして、そんでもって採掘基地防衛してたりしましたwwww
真面目にやりまーす。


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その九、説明書はしっかり保存しよう。[上]

前回のあらすじ


ご飯食べたよ!美味しかった!明日の朝ごはんは何かな!


もう夜も遅い時間だったので、子供達は寝ぼけ眼で自分達の部屋へ戻った。

優子達もマグダに淹れてもらったお茶を持って部屋へ向かった。

 

「優子。そこ、危ないわよ」

「わ、かってる、よ?」

 

トレイを持ってすべてのカップを運んでいるのは優子。

なかなかに危なっかしい光景である。

廊下でフラフラとしながらもオーク製の扉の前に無事ついた。

今度は何かが飛び出してきても大丈夫なようにと優子は一歩下がる。

 

「あ、ボクが開けるよ。」

「ありが、と。アベ、べべべべ!っと!・・・セーフ、ありがとアベルくん」

 

ろうそくに火を着けトレイをテーブルに置いて、みんな好きなように座る。

斎は丸椅子に足を揃えて座っていたし、アベルと優子はベッドに腰掛けていた。剣也だけは警戒するように全員の位置が見えるドア横の壁に背を預けていた。

 

「これって砂糖入れないの?」

「どっちでもいいけどボクは入れないほうが好きだな」

 

とろみのある、黄色と緑の中間の澄んだ色をした熱いお茶を無駄に高い位置からカップの中に落としてみた。

 

「あちっ!」

「バカじゃないのか?」

 

注ぎ終わったら、陶器の白いカップを顔に近づけて香りを楽しむ。

 

「わぁ・・・なんて言うんだろう・・・すごく不思議な匂い」

「コルン茶と言うんだ。この地方の特産品だよ。爽やかな香りがするだろう?飲んでみて、びっくりするよ」

 

アベルがニコニコしながら見つめてくるのでカップに口を付けて少し傾けた。

するとどうだろう。こんなにも爽やかな香りを発しているのに味は濃厚で複雑。舌に染みわたる深い苦味があるかと思えば、吹き抜ける風のような酸味が攫っていき、喉元を通れば甘みが手を振る。飲んだ瞬間、余りの情報の多さに目が白黒としてしまった。こんなにも五感を揺さぶられるお茶を飲んだのは初めて・・・

 

「あれ?私このお茶飲んだことある」

 

ではなかったようだ。

 

「え!?待って待って、何これ恥ずかしい。びっくりするよ、とか、ごめん!今すぐ忘れて!」

 

なんだかすごく顔を赤くしているアベル。対して右上の方を見て、記憶を探っている優子。

 

(おかしい。あんな名前のお茶は聞いたことがないし、元の世界では中々味わえないものだわ)

 

腕を組んで何やら思案顔の斎。

剣也は注がれたお茶に手を伸ばすこともなく、そっぽを向いていた。

 

「貴方、このお茶どこで飲んだのかしら?」

「どこだろう・・・?わかんない、かも」

 

うーんと唸る優子の隣でのぼせたような頭を抱えていたアベルが震える声で呟く。

 

「・・・勇者の、先代の勇者の記憶があるのかも」

 

ピクリ、と話に耳を傾けていた剣也の眉が動いた。

 

「あの1つ目野郎を倒した時か」

 

斎は剣也の言葉を聞いて考えた。そして、憶測でしかないけれど、と話し始めた。

 

「サイクロプスのいた洞窟に封印されていたのは魔王の体、そして勇者の魂よ。サイクロプスを倒した時に出てきた、あの光は勇者の魂。力と、そして記憶も受け継いだのね。」

 

唸っていた優子がいつの間にか静かになり、遠くを見るような目でゆるゆると頷く。

 

「今考えると・・・なんだろう、ここに来たことがあるような・・・なんて言うんだっけ、デジャブ?」

「それは物に対して?人に対して?」

「うーん・・・どっちかなぁ・・・・」

 

色々と優子を質問攻めしても良いのだが優子が可哀想なのと、まどろっこしいのが嫌いな人がいるので簡単な質問で終わらせる。

 

「他に覚えていることはあるか」

 

優子の方を向かずに剣也が喋った。

 

「うーん・・・あ、えっと、名前かな?1つだけ、

はっきりと覚えてる単語がある」

「それは何?」

「・・・リオ」

 

斎とアベルの2人は顔を見つめ合った。さっきの仮説はどうやら間違ってはいないようだ。

 

「貴方、元の世界でその名前のものを見た、もしくは会った事があるかしら?」

「ないよ?・・・うん、ないよ」

 

確定だ。

 

「リオというのは多分、人の名前だよ」

 

多分、と言いながら確信を持ちその人物について語る。

 

「その人は先代の勇者の最初の仲間、凄腕の剣士だ。勇者とはさっきも言った通り、最初に仲間になった仲だから強く記憶に残っているんだろう」

 

さっきまでの赤面も冷めて、話し終わったあとは腕を組んで考えだした。

 

「優子、これからも勇者の魂を取り戻していけば、記憶が蘇っていくかもしれないわ。最初は混乱するでしょうけど、私達にしっかりと説明して頂戴。何か使える情報があるかもしれないわ」

 

アベルがあの状態になると話ができないことを知っていた斎が優子に言い聞かせた。素直な優子は全て話すと約束した。

 

「うん、やっぱりわからないよね。さっきの事を含め、優子達は知らないことが多い。今は時間があるから少し勉強しようか」

 

考える事を終えたアベルが優子ににっこりと話しかけるが、優子の方は勉強という単語に反応し咄嗟に首を振る。

 

「話を聞くだけよ。難しい計算をするわけではないし、今わからなくても後から体験して理解していく事だわ」

 

斎にそう諭されて、聞く態勢に入る。・・・しかし暗に勉強ができないと斎に言われ、腹が立たないのであろうか。

 

「まず何から説明しようか」

「私と貴方の事からでいいんじゃないかしら」

 

椅子に座っていた斎も、半分ほど中身の残ったカップを持って優子の隣に移動した。

 

「勇者の伝説では国一番の剣士、太陽の国の魔術士、月の姫巫女を仲間にして、魔王に挑んだとされているわ。私の家系はどうやらその姫巫女を起源としているようよ」

「斎は召喚術が使えるんだ。・・・なんて言ったらいいかな?うーんと、そう、精霊みたいなものと契約をして呼び出すんだよ」

「あの綺麗な氷の女の人とか?」

「グリアメイアね。・・・他にもウォークトゥムやダンキュイト、色々いるわ」

「1人の人間がこんなにも多くのものと契約しているのは異例の事なんだ」

「へぇ~!舞姫さん、すごいんだ」

「止して頂戴。あ、あと私の事は斎で良いわ」

「うん!斎ちゃん」

 

なんだかほんわかとした時間が流れている。剣也以外はニコニコ笑顔でお茶を継ぎ足しながら会話していた。

 

 




ハーメルンて絵載せられるんでしたっけ?今描いているんですけども、載せられたら載せようと思います。


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その十、説明書はしっかり保存しよう。[中]

前回のあらすじ


あのお茶飲んだことあるよ!マジだって!



「アベルくんはどんな事ができるの?」

 

首を傾げた優子が上目遣いに聞いてくる。

 

「ボク?前にも言ったけどボクは魔術士だよ」

「アベルくんも太陽の国の魔術士の子孫だったりするの?」

「うーん、違うと思うよ。ボクは親がいないからはっきりとは言えないけど」

「あ・・・ごめんね、嫌だった?」

「んー、別にいいよ?気にしてないし」

 

本当に気にしていない風でお茶を飲んでいるが、こちらとしては少しだけやりにくかったりする。しかし、斎は元から聞き及んでいたのか全く怯まずに話を進める。

 

「じゃあ、魔術について説明しましょうか」

「そうだね。一度見せたけど、もう一度ちゃんと説明させてもらうよ」

 

優子の方を向いてニヤリと笑ってみせる。

 

「斎ちゃんのは魔術と違うの?」

「ん、いい質問だね。はっきりと違うよ。どちらかと言うと魔術と言うのは科学に近いものだからね」

 

ウォッホンと、大げさに咳払いをしてから優子の世界には無かった超常の力について語り始める。

 

「斎の召喚術は精霊と契約し喚び出すもの、その為には膨大な魔力が必要なんだ。中には血筋なんかが関係してくるものもいる。

一方、魔術はいくつかの論理式を組み合わせ、超常的な現象を生み出すものだ。さっき説明したものと比べ、元々の素質がなくても努力すればある程度までは誰でも使える」

「じゃあ、じゃあさ、私も使えるようになる?」

 

誰でも、という言葉にない胸を膨らませ、期待の目でアベルを見つめる。しかしその相手は少し顔を逸らしながら難しいだろうね、と言う。

 

「魔術というものは、現象が起こる原因、過程、結果のうち、原因と過程を論理式の中に組み込む事で成立するんだ。しかし、ボク達の使っている魔術とキミ達の使う言語は相性が悪くて、互いに喰い合ってしまって話にならない。今からボク達の言語を学ぶのは大変だろうし、残念だけど望みは薄いね」

 

アベルが話し始めた割と最初の段階で理解することを諦め、最後の部分だけ聞いて自分にはできないと悟り、しゅんとしてカップの中に視線を落とした。

それを見たアベルと斎は、慌てて必死のフォローを身振り手振りを交えながら始める。

 

「ほ、ほら!キミには勇者の力があるじゃないか!ボク達も持ってない特別な力だよ!」

「そうよ、貴方には役目があって、その為に力が与えられたのだから。自信を持ちなさい」

 

やんや、やんやと持て囃されて、優子は立ち直り、しゃっきりと背筋を伸ばす。そう、優子は単純なのだ。

皆様、お忘れなきよう。

 

「そっか、そうだよね。私勇者だもん!魔術が使えなくたって大丈夫だもん!」

「その意気だよ優子!それでこそ勇者だ!」

 

ドアの隣に佇み空気と化している剣也は面白くなさそうな顔でふんっと鼻を鳴らす。

 

「そう言えばさ、勇者の剣ってどうして出てきたんだろう?」

「えと、あの真っ白で綺麗な剣の事?」

「そうそう、優子はアレをどうやって出したの?」

 

細やかで美しい、しかし厭らしさを感じさせない意匠が施された真っ白な刃を持つ剣。優子の手に握られ、サイクロプスの目玉を串刺しにしたあの剣だ。

 

「あれ、あれはねー・・・なんか、頭の中?に男の人?の声みたいなのが聞こえてきてね、わぁー!ってなったら出てきた」

 

なんとも確信のない、ふわりとした文章である。それでもあの時はどうにかなっていたのだから勇者とは凄いものである。

 

「うーん・・・全然わからないや。男の声も気になるし」

「当てにならないわね。・・・剣と言えば貴方も同じ様なものを扱ってたわね」

 

斎がドアの方に視線を向ける。少しの間ぼー、と意識を遠くへ飛ばしていた剣也は話が飲み込めず、2、3秒程無言で斎を見つめてから問いかけた。

 

「何の話だ」

「話ぐらい参加しなさい。その調子だといつか大事な事を聞き逃すわよ」

 

もうこの2人は離した方がいいかもしれない、アベルをは一瞬本気でそう思った。が、そんな訳にもいかないので仲介役を買って出る。

 

「待って、待って2人とも!本題はソコじゃないでしょ。ホラ、斎!ちゃんと言いたかった事言って!」

 

むむむ、と唇を尖らせるがそこはオトナな斎。グッと飲み込んで、剣也に謝罪の言葉をかける。

 

「・・・ごめんなさい。優子の出した勇者の剣と貴方の剣が同じようなものだと思ったの。その剣、今出せるかしら?」

 

女の子に素直に謝られて悪い気がしない剣也は、壁から背中を離し、腕を前に伸ばすと目を瞑り集中した。すると、剣也の手からスルスルとゴツい大剣が形作られていった。

 

「わぁ、かっこいいなぁ~。・・・あれ?その力って、私だけのものじゃないの!?」

「コレは勇者の力で分け与えられたものだよ。先代の勇者はその右手で触れたものに自分の力を与える事ができたらしい」

「あ、剣を出す事が勇者の力じゃないんだ」

 

剣を出す程度の力しか持たないと言うのは寂しすぎるので、優子にはもう少し頑張ってもらわねばならない。

 

「少し、見てもいいかしら?」

 

アベルと斎が空になったカップを置き、剣也に近づく。剣也は2人に見やすいように剣を上げる。

顔を近づけてまじまじと観察してみると滑らかな刃が斎の顔を寸分違わず映し出す。

 

「綺麗ね・・・切れ味も良いようだし、剣としては最高の出来のものだわ」

「そうだね、でもこれってホントに剣なのかな?」

 

アベルが剣の腹に手を添えて口の中で何かを呟くとパーッと魔法陣が剣を中心にして広がっていく。

ベッドに腰掛けていた優子もその光につられて二人の後ろ姿に近づく。

 

「どういう事なの?これって剣じゃないの?」

「もうちょっと待って・・・ハイ終わり」

 

剣から手を離すと展開していた魔法陣も収束されていき、最後には見えなくなってしまった。

 

「フムフム、わかったよ。こういう事だったんだね」

 

顎に手を添えて一人で納得しているアベル。

そんな事やっても読者の皆さんは納得できないので早速説明タイムと参りまSHOW。

 

「これは思念体だよ。ホンモノの剣じゃない」

 

優子はまたハテナった。アベルの話は小難しくて優子の頭では理解しきれないようだ。

 

「最初ボクはコレを実際に存在しているものとして見ていた。でも、違ったんだ。コレは黒曜石で出来た大剣なんかじゃなくて、剣也の思念、思いや願望が具現化したものだったんだよ」

 

近くで見て、触れて、石の冷たさや鋭い切れ味まで感じる事ができるのに実物ではない、ありえない話だがこのコルヴェトーリアと言う世界ではできる事らしい。

 

「成程、それなら勇者の剣も説明できそうね。優子、ちょっと出してみてくれないかしら?」

「え、え?えーと、どうやって?んー、どうやってやるんだっけ?」

 

どうやら出し方を忘れてしまったらしい。あの時は必死だったからね。

 

「剣也く〜ん」

 

泣きっ面の勇者様。お供の剣士に剣の出し方を教わる。

 

「うるせぇな。・・・イメージすんだよ、目ぇ閉じて、しっかりとグリップを握っている感触をな。次に目ぇ開けた時には・・・もうそこにあるはずだ。お前の剣が」

 

長く喋った剣也は疲れてしまったのか剣を戻し、再び壁に背を付け、不動の体制になってしまった。

 

「むー・・・分かんないよぅ。どうしよう」

 

確かに今の説明では、逆上がりのできない子供に回ることを意識すればできるよ、と、言っているようなものだ。意識しろと言っても、回る感覚を知らない者にはさっぱり分からない。

 

「とりあえず挑戦してみれば?」

「むふーん・・・分かった」

 

目を閉じて、集中する。そうするとだんだん感覚が研ぎ澄まされて、自分の心臓の鼓動が耳に響く。

優子は想像する。あの時握った、手によく馴染むグリップの感触を。初めて触ったはずなのにずっと身近にあったような暖かい感覚を。

 

「・・・出来てるじゃない」

 

目を開けると優子の手には、柔らかな光を纏った真っ直ぐな剣が握られていた。

 

「やぁったぁ!できたよ、見て見て!ねぇ見て!」

 

逆上がりができるようになるには理詰めで考えるより、とにかくやってみる事が大切なのだ。一度でできなくても、ふとした瞬間に体が浮き上がり、気づいた時には1回転している。

初めて回る感覚を味わった子供は、嬉しそうに周りの人間に報告をする。

 

「流石だね!よし、じゃあちょっと触らせてもらうよ」




おひさ。
すみません、こんなに時間開いちゃって。やると決めたからには、最後まで書き切ります!
「小説家になろう」さんの方の更新を優先しています!少しでも早く続きが読みたい方はそちらの方にお越しください!


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