超兵器これくしょん (rahotu)
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設定

以前載せて消した登場人物紹介です。

作者のメモ帳代わりにですので、本編には余り関係ありません。


超兵器これくしょん設定

 

主人公

焙煎武衛流我(ヴァイセンヴェルガー)

 

男性 二十代前半 黒髪青目 身長180㎝位中肉体質 日本系にしては高い。

 

元の世界で日本に帰化した北欧系と日本人とのハーフ。

名前は艦これ世界で適当に決めた当て字で本名はまんまヴァイセンヴェルガー。

艦娘との適正で最低ランクを記録した為後方勤務に配属されるが、戦況の悪化により提督として徴用された。

艦娘建造の際超兵器ヴィルベルヴィントを建造してしまい、以来元の世界への帰還を可能にする究極超兵器建造の為、手付かずの南極資源を求め航海を続けている。

戦術、戦略能力共に光るものは無いが、彼の物資補給管理運営能力があってこそスキラズブニルは運用出来ていると言っても過言ではなく、鎮守府にとって欠かすことが出来ない人材でもある。

なおコーヒーはインスタント派。

好きなものは黒字の帳簿

嫌いなものは最近の資材状況

最近の悩みは書類に名前を書く際、やたら面倒なのと絶対に読めない事。あと抜け毛が気になるお年頃。

 

 

ヴィルベルヴィント

 

超高速巡洋戦艦 超兵器艦娘 銀髪ストレートロング金目 身長2mほどのスレンダー巨乳 犬耳狼属性もち?かも

 

焙煎によって建造された最初の超兵器。超兵器である事に誇りを持っており、前世で幾多の戦場を駆け巡った経験から戦術能力もひとかど。戦術では経験から導き出される堅実な戦いが持ち味。(つまりアニメ艦これのながもんポジ)その為、焙煎からは実質的な指揮官を任されている。

艤装イメージはクロスボーンガンダム。推進方式は水流ジェットと艤装背面のロケットブースター及びX軸線上に並ぶ補助ブースターとの併用により、驚異的な速度を叩き出す。横須賀での演習後ブースターを推力偏向ノズルに変更、背面ロケットブースターに可動式テールフィンを増設し個々の加速を組み合わせる事で旋回性能を優先した改装を施している。

好きなコーヒーはアインシュペイナー。

趣味は足湯

嫌いなもの輸送船と呼ばれること

最近の悩みは足回りの調整で過敏に反応してしまう事。

 

 

シュトゥルムヴィント

 

超高速巡洋戦艦 超兵器艦娘 身長ヴィルベルヴィントと同じくらい こっちの方が豊満 闘犬属性もち?

 

焙煎により建造された二番目の超兵器。あらゆる面でヴィルベルヴィントを上回る超兵器であり、戦術家肌のヴィルベルヴィントに比べ性能に任せた戦い方を好む。ヴィルベルヴィントを姉と慕ってはいるが正確にはヴィルベルヴィント型二番艦ではなく、シュトゥルムヴィント型超高速戦艦であり、その関係は艦娘に例えれば扶桑型と伊勢型のようなもの。

兎に角突っ込む傾向にあるので、焙煎はヴィルベルヴィントと組ませる事で手綱を握っている。

艤装は姉と同じくX字型。こちらは脚部にもロケットブースターがあり、加速性を重視している。更に電磁推進との組み合わせにより達成した高速性能は『最速の水上艦』との異名を持つ。

コーヒーはブラック派。

好きなことは戦って勝利を得ること

嫌いなものアメリカ野郎

最近の悩みは蜂を駆除する方法とさらなる速度の追求。

 

 

 

ヴィントシュトース

 

超高速巡洋艦 超兵器艦娘 青髪ショート青目 身長170㎝位 トランジスタグラマー

猟犬かつシスコン属性もち?

 

超兵器機関を通常艦艇にも搭載した試験的意味合いが強い超高速艦。速度以外特筆するものは無いが、原子力動力である事が最大の強み。超兵器機関特有のノイズを出さずに運用出来、かつ長期間無補給での活動を可能としている。この特性から焙煎は専ら単艦で敵地深く潜入し情報を収集や敵艦の追跡任務などに用いヴィルベルヴィントの戦術立案に重宝している。

同型艦種以下の相手には無類の強さを発揮し、万が一の場合は自分で考え動く事ができる大変使いがいのある超兵器であるが。しかし少々シスコンのケがあり姉と長期間一緒にいないと不機嫌になるのが玉に瑕。

艤装はY字型、両足に魚雷発射管と踵部分に小型のロケットブースターが付いている。背中に艦橋と煙突を背負っており、その周囲に各種対空砲とミサイルが配置されている。

濃く入れたコーヒーにシロップと砂糖にミルクも加えて甘くする派。

好きなことは姉と一緒にいることとその様子を克明に記した日記を書くこと。

嫌いなことは姉と離れること

最近の悩みは本編での活躍が無いこと、もっと姉と仲良くしたいこと。

 

 

 

アルウス

 

超巨大高速空母 超兵器艦娘 金髪縦巻きロール緑目 身長190㎝超 グラマラスボディ 成金田舎貴族お嬢様属性もち? あとドイツ嫌い

 

性格容姿イメージ共に映画風と共に去りぬのスカーレット・オハラがモデル。

よくヴィルベルヴィント達を馬鹿にしたり挑発するのは、成金貴族が本物の貴族に対する僻みの様なもの。

いつも手に持っている日傘は、防御重力場と電磁防壁を組み合わせたもので耐弾耐熱耐爆耐レーザーUVカット仕様。持っている理由は日焼けを防ぐため。

戦い方は兎に角物量で押す、撃ってから当たれと神に祈るアメリカンスタイル。艤装は一応飛行場棲姫みたいなものだが付いているが、本来の艤装はスカートの中に隠してあるらしい。

コーヒーはアメリカン。

好きなことは兎に角撃ちまくること

嫌いな言葉は節約

最近の悩みはドレスが重くて暑いこと。イメチェン志望

 

 

 

ドレッドノート

 

超巨大高速潜水艦 超兵器艦娘 金髪お下げの碧眼 身長180㎝ 着痩せるタイプ 実は寂しがり屋の恥ずかしがり屋だけど名前のせいで周囲が誤解してしまう属性もち?

 

イギリスで生まれた潜水艦型超兵器。イメージ的にはドイツだろと思うが、そこは如何なのか?

寡黙で必要なこと以外喋ら無いと思われているが、実は恥ずかしがり屋なだけ。

普段着ているイギリス海軍の軍服の下に本当の姿を隠しているが、その理由は余りに強調し過ぎる部分があるから。

水中からの雷撃、浮上後の砲撃にミサイルとトリッキーな戦い方が魅力。でも艦娘形態では恥ずかしい衣装を見られたくない為、直ぐに潜行してしまう。

艤装は本人の希望により伏せさせて頂く。

好きなコーヒーは寒い日に飲むカフェモカ。

好きなことは読書

嫌いなことは舵(お尻)を触られること。

最近の悩みは改修で服のバルジ部分がキツくなってきた事。

 

 

スキズブラズニル

 

艦娘? 黒髪黒目 身長230㎝ とにかくデカイ 超兵器怖い小動物系属性もち?

 

シベリア東岸に建国されたウィルキアという国で建造が計画されていた巨大ドック艦。焙煎によって再現された当初は艦娘のいない巨大な船であった。しかし超兵器アルウスを建造した事がきっかけで艦娘として目覚める。目覚めた時彼女には焙煎とはまた別の超兵器がいた世界の記憶があり、超兵器に対する恐怖と自身の身体が超兵器建造に作り変えられていると知り艦内に引き籠ってしまう。以後妖精さんたち協力の元艦内でNEET生活を謳歌していたが、減るはずのない燃料やありえない量の鋼材が減っていた事からギンバイがバレ、家探しの結果見つかってしまう。なお超兵器達は何となく彼女の存在に気づいてはいたが、その恐怖の眼差しから放っておいた経緯がある。

戦わないし戦えないが多分作中一番のチート。艤装は普段は小さな箱になっているが、必要に応じて各種工具やドックや施設を展開する事ができる。名前の元となった神話同様の能力であり、小鎮守府と称される設備をほこる。

イメージとしてはメタルウルフカオスのコンテナ背負ってる感じ、多分素敵なパーティーやローストチキン、穴あきチーズなんかにしない方。

普段の航行イメージはフェルゼンかガルガンティア、幾つもの機能を持った船の集合体であり建造入渠開発施設から各種福利厚生施設、食料生産プラントなど今尚その規模を拡大中である。つまり敵の懐に国ごと殴り込めるような物、ぶっちゃけこいついれば深海棲艦相手に勝てると思うのだが…

好きなコーヒーはキャラメルマキアートに蜂蜜、チョコレートソースとクリームを足したもの。

好きな言葉は働きたくないでござる

苦手なものは超兵器怖い、社畜乙

最近の悩みは腹部装甲の肥大化による焙煎がだした食事制限命令及び強制ダイエット。

 

 

デュアルクレイター

 

超巨大双胴強襲揚陸艦 超兵器艦娘 炎の様な赤毛 茶目

身長180㎝以上 アマゾネス体型で火山の名に相応しいお山が二つ 情熱的?かも

 

キスカ島救出の為に作られた超兵器。その名の通り諸島などに迅速に兵力を送り込む為艦内に無数の小型艇を搭載し、二つの巨大な楼閣を思わせる艦橋による高い通信・指揮管制能力から旗艦から揚陸指揮まで何でもこなせる万能艦。自身の戦闘能力も高く、近接戦闘では相手を圧倒する圧倒的火力と搭載している小型艇水雷艇とのコンビネーションは非常に強力。

性格は至って単純明快、殴って勝つ、相手を圧倒して勝つ、兎に角相手を全部殴り倒せばいいと言う脳筋。

以外にも信心深いが、「火力は戦場の神」なる謎の宗教を広めるなど矢張り超兵器は何処か性格がおかしい。

非常に薄着で肌の露出が激しい、割れた腹筋と丸出しのお臍がキュート。

艤装のイメージは背中から肩にかけて艦橋が突き出し、大型ヘリポートを背負っている。ヘリポートの下腰の辺りに小型艇のハッチがあり、此処から魚雷艇や揚陸艦を繰り出す。腕や腿に武装が搭載され、正面への火力は「火山」の名に相応しい。

 

好きなのはコーヒーでは無くビール。

趣味はボディビル

嫌いなものはケツを追いかけられる事。(気が強いオンナは…

最近の悩みは薄着なので南極の寒さに耐えられるかどうか(厚着すると言う発想は無い)

 

 

アルティメイトストーム

 

超巨大ホバー戦艦 超兵器艦娘 黒髪ショートヘアー 赤眼

身長175㎝位 生意気巨乳 考え無しのアホの子属性もち?かも

 

キスカ島救出の為に建造された2隻目の超兵器。ホバー戦艦と言う特異な艦種からか海上からそのまま揚陸し内陸部に奇襲を仕掛けるなどのトリッキーさが売り。しかし当の本人がアレな為ホバー機能を精々、「障害物を乗り越えるのに便利」としか思っておらず若干宝の持ち腐れ気味。

言葉の最後に「だぜ」と付ければキャラ立て出来ると考えているなどやっぱり残念な子。

艤装は背中に二つの巨大なプロペラを背負い、主砲を一基ずつ両腕に装備している。両肩には巨大なミサイル発射装置を備え、弾幕を形成するAGSが放射線状に背中から広がっている。

 

好きなコーヒーはココア。本人曰くコーヒーは大人になってからだそうだ

趣味は兎に角色々。そして大概何かやっては他の誰かに迷惑をかける。

嫌いなものは「う〜ん、何だろうだぜ」

最近の悩みはどうやって皆の前で艦長のカツラを取るか。

 

 

アルケオプテリクス

 

超巨大爆撃機

 

アメリカ空軍

 

超兵器艦娘

 

身長190㎝チョイ かなりのグラマラスボディ プラチナブロンドのショート 碧眼 猛禽類系

 

アメリカ陸軍航空隊風の軍服、艤装は脚部のストライカーユニット部分と背中の主翼部分に分かれている(つまり穿いて…) 一体どこのスピード狂なんだ…

 

元はアルウスに搭載予定であったが、その余りにも巨大になったため計画を断念し、陸上機としてて運用された。

航空機系超兵器と言う事もあり、他の超兵器達とは一歩離れた位置に自らを置いている。

基本的に唯我独尊、直情型エリートであるが空軍のモットーである「仲間を決して見捨てない」により意外にも情が深い。

祭り事には積極的に参加するタイプ。

アルウスとは前述の事もありお互い意識している。

今後二人の共闘もあるかも?

好きなことは空を飛ぶ事、シビアな面もあるが案外ロマンチスト

苦手なものは無人機、「機体は所詮消耗品、パイロットが生きていれば大勝利。けれど血の通わない機械にはそれが無い」とは本人の談。

お腹(弾薬庫)を触られるのはNG、下手すると爆発する(色んな意味で)。

 

 

 

 

播磨

 

超巨大双胴戦艦 超兵器艦娘 黒髪黒目 身長210㎝ 大艦爆乳ボディ はんなり都言葉属性

 

焙煎が来るべき南方海域攻略作戦に備え横須賀で建造を進めていた本格的超兵器戦艦。しかし建造途中に深海棲艦の重爆撃機の大部隊による空襲に遭い、艤装の途中で爆撃されるもそこで謎の起動を起こし自慢の主砲で見事撃退。事件後なぜ超兵器機関に火が付いていなかった播磨が動けたのかは謎である。

艤装イメージは双胴戦艦と日本系戦艦の集大成と言う事もあり、扶桑型〜大和型迄の艤装を組み合わせたかの様な姿。単純ながら全方向に対し必ず10門以上もの火力を向けられるなど純粋な火力では艦隊で最強。戦艦ながら対空兵装も充実しており元の世界では一度に100機もの航空機を撃墜している。しかもこれに妖精さんがおふざけで作った100㎝砲を2門装備する事でパーフェクト播磨になる(シルエットはまんまJ・ミラージュ)。

好きなコーヒーは無くて新茶、そこは焙じ茶じゃなくていいのか…

好きな言葉は艦隊決戦

嫌いな事は航空攻撃

最近の悩みはある誘いに乗るかどうか、どっちにつくのが面白いか検討中。

 

 

 



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超兵器始動編
1話


某海域、其処では深海棲艦の大規模な侵攻艦隊とそれを迎え撃たんとする艦娘の迎撃艦隊とに分かれ互いに砲火をまじえている。

 

41㎝砲の轟音が轟き、海面下には魚雷が幾つもの軌跡を描き、艦載機が互いに相手より優位に立とうと激しいドックファイトを繰り広げる。

 

「主砲斉射後水雷戦隊により雷撃に移る」

 

迎撃艦隊旗艦長門が提督の指示を伝える。

 

「艦載機のカバー急いで、ここから先一機も通すな‼︎」

 

空母赤城、加賀から発艦した艦載機がエアカバーの範囲を広げんと編隊を組み果敢に攻撃を仕掛けんと深海棲艦に襲い掛かる。

 

「本隊の斉射後爆炎に紛れ接近、雷撃を仕掛けます」

 

水雷戦隊旗艦神通の指示で麾下の軽巡、駆逐艦の機関が唸りを上げ敵艦隊に肉迫する。

 

水雷戦隊が単縦陣を組みその頭上を砲弾が飛び越え深海棲艦の周辺に着弾、水柱と爆炎を陰に敵の左側面に回り込む。

 

「雷撃用意‼︎ギリギリまで引き付けてから撃て」

 

軽巡川内が駆逐艦に檄を飛ばし、距離を詰める。

 

敵の駆逐艦イ級が迫り来る脅威に気付き迎撃を試みるが既に距離は詰まっている。

 

「撃てぇ‼︎」

 

放たれた酸素魚雷が飢えた狼の如く襲い掛かる。

 

回避する間も無く魚雷は深海棲艦の右翼を潰乱させ陣形を乱す。

 

「敵の陣形は崩れた、一気に突き崩せ!」

 

この数時間後、突入した長門以下戦艦戦隊によって深海棲艦は撃滅された。

 

しかし、翌日には再び同規模の深海棲艦が出現し防衛ラインはまた一歩後退する事となった。

 

 

 

 

 

その半日前、ある1人の男が鎮守府の門をくぐる。

 

その足取りは重く進む青年は新たに提督となった新米将校である。

 

「ハァ、なんで俺提督何かになってんだろ?」

 

そうぼやく彼こと焙煎少佐は実はこことは全く異なる世界の出身所謂転生者である。

 

彼は気が付いたら何故かこの世界に迷い込んでおり、保護者も親友も戸籍も彼を知る者がいない世界で途方にくれ生きる事を強いられた彼は、経歴一切不問の海軍の門を叩く事になったのは単純に飯が食えるからだ。

 

折しも棄民政策による行政の混乱により戸籍の消失と海軍の要求する人材が兎に角数を求めていた時代、焙煎が紛れ込む隙間は幾らでもあった。

 

この世界は焙煎がいた世界と違い深海棲艦という脅威とそれに対抗する手段艦娘が存在し、人類の存亡を賭けた戦争の真っ最中であり、必然死にたく無い焙煎が士官学校で選んだのは主計課に戦史課、補給課。

 

殆どが艦娘を指揮する提督を目指し戦術課を選択する中焙煎は一人資料室に籠るだけで良かった。

 

士官学校に入るとまず艦娘との相性を図るテストで高い順にS〜Dにランクされ高いほど多くの艦娘を一度に出撃させられ能力を引き出しやすいとされ、殆どが最低でもCを出す中焙煎は最低のDランク。

 

Dでは良くても艦娘一隻を指揮するのが精一杯であり艦隊を組むなど到底無理な話である。

 

必然焙煎は後方勤務に回され、暫く輸送関係の事務処理に追われたが安全な本土勤務は望んでいた事だ。

 

あの時までは良かったと焙煎は振り返る。

 

だが戦況の悪化は目まぐるしく遂に今まで提督に登用していなかった者まで前線に出さざる終えないほど海軍は追い詰められ、焙煎は嫌が応なく戦場に駆り出されることとなったのだ。

 

 

 

 

着任の挨拶も早々に、焙煎は工廠へと案内され指揮する艦娘は自分で建造する様に言われた。

 

理由を聞けば、現在建造済みの艦娘で任務に就いていないものは無く新任の提督は持っている支給された資源で新たに建造する様にと指示を出されたらしい。

 

「全く手切れ金を早速使う羽目になるとはな、先が思いやられるよ」

 

焙煎が支給された資源は各種400ずつバケツにバーナーは無し、普通はある程度の数を建造し残りを補給と入渠に当てるが焙煎が運用出来る艦娘は一隻のみ。

 

必然数を揃えて盾にすることも出来ないため質に拘るしかない。

 

「なら方法は一つ」

 

焙煎は在ろう事か最低限の資源を残して全てを建造に投入した。

 

「最低でも重巡、最悪レア艦娘なら取引のしようもある」

 

焙煎が考えたのは単艦で強力な力を持つ艦娘を建造し、自身の生存率を上げると共に彼と同じ様な境遇の提督と連合を組む事であった。

 

周囲を見る限り彼と同じ様な境遇の提督は大半が基本に忠実な駆逐艦艦娘の建造を行い良くても軽巡クラスの艦娘が一、二隻、これでは捨て石にすらならない。

 

だからお互い連合を組み協力する事で戦力の強化と最終的には相互扶助組織として形にすることを目論んでいた。

 

「その為には周囲を納得させる為の力、つまり強い艦娘をモノにし俺が連中を掌握する。後は上手いことやって資源や戦果の分配がかりにでもなれば御の字だ」

 

だからこそ焙煎は祈る様な気持ちで建造完了時間を見た、一時間半で重巡は確定だが…

 

建造完了まで『11:59:59』

 

まさかの半日、一瞬見間違いかと思ったが時間は変わらず。

 

「まずいまずいまずいまずいまずい」

 

戦況は逼迫している、いつ出撃命令がくるか分からない状況で半日の建造時間は大きなロスだ。

 

既に建造完了した提督達が離れ始め人も疎らになっている。

 

「一体何なんだよこれは⁈兎に角待つしかないのか」

 

焙煎は半日の間悶々として工廠の周りをウロウロしているしかなく、焙煎が自分以外の提督が再度出現した深海棲艦の足止めに向かい全滅したのを聞いたのは既に夜半を過ぎたころだった。

 

 

 

「超高速巡洋戦艦ヴィルベルヴィントだ。疾風怒濤の活躍を見せてやる」

 

風に靡く銀髪と鋭い眼つきにしなやかな体躯をした銀狼を思わせる艦娘が工廠から出てきた。

 

既に時刻は深夜を過ぎ周囲に人影はない。

 

「まさか⁈何で超兵器がここに」

 

超兵器、それは焙煎がいた世界では兵器の頂点に立つ破壊の化身。

その力は大陸を割り、天変地異を引き起こし、万の艦隊をたった一隻で沈め平行世界にまで侵略する究極の兵器。

 

嘗て世界を二分した列強は挙って超兵器の開発に国力を注ぎ連合、枢軸に分かれ世界の覇権を巡り戦い南極の新独立国家が全ての超兵器を破壊する事で漸く戦いは終わり平和が訪れたのだ。

 

その超兵器がいま艦娘となって焙煎の目の前にいる。

 

「本当にお前はそうなのか?あの戦争で世界を焼き尽くした鋼鉄の悪魔達」

 

「そうだ、枢軸同盟ドイツ第三帝国大西洋艦隊所属で今はお前の艦娘と言うことになるな」

 

どうやら本当らしい、嘘であって欲しかったがこれはとんでもないジョーカーを引いてしまった。

 

これから一体どうすれば…いや、待てよ。これはひょっとするととんでもない奇貨になるかもしれない。

 

「…ヴィルベルヴィント、お前は俺の艦娘と言ったな?なら性能が知りたい、見せてくれないか」

 

「いいだろう」

 

《超高速巡洋戦艦ヴィルベルヴィント》

 

速力80ノット

装甲防御対38㎝砲防御

兵装35.6㎝三連装砲四基

  7連装魚雷発射管六基

  12㎝30連装墳進砲多数

  40㎜バルカン砲

  新型対潜ロケット

 

超兵器としては平凡だがこの世界ではこいつは圧倒的な性能を持っている。

 

「これは…もしかしたら行けるいや確実に行ける。ヴィルベルヴィント‼︎」

 

「なんだ」

 

「お前は最高だ‼︎今までウジウジ悩んでたのが馬鹿らしい」

 

「そうか」

 

「俺とお前なら確実に生き残れる、だから俺をお前に乗せてくれ」

 

「何だかわからないが、私は私を使ってくれるならば何でもいいが、いいだろう。今日からお前は私の艦長だ」

 



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2話

月に照らされた海原を一隻の戦艦が進んでいる。

 

速度にして70ノット以上、最速の駆逐艦である島風が40ノットに比べ二倍近い速力でもって進んでいくその姿は、見るものを圧倒する光景であった。

 

「流石は超兵器だ70ノットも出して揺れ一つ無いとは」

 

ヴィルベルヴィントの艦橋で艦長席に座っている焙煎は、周囲を見つつそう漏らした。

 

「元々が超高速戦闘を目的としているからな、安定性は折り紙つきだ」

 

隣に立つヴィルベルヴィントは立ったまま腕を組み船を操っている。

 

艦娘は艤装と呼ばれる兵装を装備することで、単身海上に立ち戦闘する事も出来るが、ヴィルベルヴィントの様に船そのものを召喚し(この詳しい原理は分かっていないが一部提督らは艦娘は九十九神ではないかというオカルトじみた説を唱える者もいる)これをいとも容易く操って見せるのだ。

 

「これでもまだ全力じゃないんだろ?全く超兵器はとんでもない代物だな」

 

「だが、今やその全ては艦長、お前が握っている。期待しているぞ」

 

あの後、俺とヴィルベルヴィントは夜陰に紛鎮守府を出航した。超兵器の存在が上層部に露見すれば面倒ごとは免れない。

 

最悪いいように使われて使い潰されるか、或いは実験動物扱いかのどちらかだ。

 

それを避けるためにも俺とヴィルベルヴィントは、誰にも知られることなくかつ安全な場所に隠れる必要があった。

 

提督なんかになる前まで後方勤務時代に扱った資料の中に幾つかの破棄された鎮守府の場所が記されており、当面はそこを拠点にするつもりだ。

 

70ノットもの速力で進んだため、夜が明ける前に目的地に到着した俺たちは早速施設の探索を明日に回し、本日の寝床はヴィルベルヴィントの艦内で就寝した。

 

朝になり、ドックに入った俺たちは施設自体の探索を行ったが、破棄は随分前だがまだ生きている設備もあり当分の住処は確保出来た。

 

「艦長、こいつは何だ?」

 

施設の確認を終え、一息ついていた時ヴィルベルヴィントが片手で摘む様にして何かを持ってきた。

 

そいつは三頭身のデフォルメした人の姿をしており、おとなしくヴィルベルヴィントに摘まれていた。

 

「そいつは、多分妖精だな」

 

「妖精?」

 

「そう妖精だ、然しこの施設は大分前に破棄されて人も艦娘いないのに妖精が居るとは」

 

俺は不思議そうに妖精を見つめるヴィルベルヴィントに説明した。

 

曰く艦娘と共に現れ共にある存在、新しい艦娘の建造や改修、補給に修理、資材の加工等艦娘にとってなくてはならない存在…らしい。

 

「らしい?」

 

「いや、まあ、要は不思議生物その二だ」

 

因みにその一は深海棲艦だ。

 

「兎に角妖精がいると何かと便利だ。適当に資材を与えて仕事をやらせてみよう」

 

俺は持ってきた資材をから当分用もないボーキサイトを渡し仕事を頼んでみた。

 

「これで必要最低限の施設機能の回復を頼む、当分はヴィルベルヴィント一隻だけだから生活面を重点的にやって欲しい。足りなければここにある余った資材を使ってくれて構わないから、人間一人にヴィルベルヴィント一人よろしく頼む」

 

妖精さんはこくりと頷きボーキサイトを持って何処かへと消えていった。

 

「さて後のことは妖精さんに任せて俺たちは出航の準備に掛かろう」

 

 

 

 

施設を妖精さんに任せ俺とヴィルベルヴィントは海原を進んでいく。

 

俺たちの拠点となる施設は主要航路から外れた場所にあり、深海悽艦出現後艦娘が装備するレーダー機器類以外人工衛星やレーダーが無用の長物となって久しい今、昼間から出航しても俺たちの存在が露見する可能性は限りなく小さい。

 

「さて艦長、針路は何処だ?このまま前線に殴りこむか」

 

「お前の力であればそれも可能だが、同時に上の連中に目をつけられる羽目になる。当面は一匹狼ゴッコだな」

 

狼ゴッコ、その単語で何かを察したのかヴィルベルヴィントはニヤリと歯を見せながら笑みを浮かべた。

 

その容貌は牙をむく狼を思わせ、その頼もしい姿に俺も自然と口元が釣り上がる。

 

「で、獣道は」

 

「幾つか算段は付いている。後は海の神様の機嫌次第だ」

 

俺たちは前線のさらに奥、深海悽艦が支配する海域へと進んでいき、暫くするとヴィルベルヴィントのレーダーに反応があった。

 

水上機を積んでいないヴィルベルヴィントの索敵はほぼレーダー頼みだが、そこは超兵器性能は段違いだ。

 

「艦長、早速獲物を見つけたぞ。数は6隻、反応からして船体の大きさだな」

 

通常深海悽艦はよっぽどの理由がない限り所謂人形形態をとるが今回は船体で航行している、つまりはデカイ図体でいる理由がある。

 

「早速獲物を見つけたか、幸先がいい俺たちの初陣には相応しい相手だな。機関最大全速でも敵艦隊を強襲する」

 

「jawofl」

 

ヴィルベルヴィントの機関が唸りをあげぐんぐん速力を増していく、巡航速度70ノットから90ノットまで増速し獲物に近づいていく。

 

レーダー上の敵は未だ動きを見せずその間こちらはグングンと近づき主砲の射程に収めつつある。

 

ヴィルベルヴィントの主砲が旋回し砲口が狙いを定めた。

 

「艦長、目標に照準した。いつでもいけるぞ」

 

「護衛の船から先ずやれ、足の遅い奴は後でいい」

 

ヴィルベルヴィントは無言で頷き右手を敵方に向けた。

 

「feuel!」

 

水平線ギリギリのラインからの砲撃は楕円を描き敵艦隊の至近に弾着する。

 

漸くこちらを見つけたかマヌケな敵は船体から人形に戻る前にヴィルベルヴィントに接近され二度目の砲撃で一隻が撃沈、一隻は大破しすれ違いざまの雷撃であえなく撃沈。

 

敵輸送船も逃げようとするがヴィルベルヴィントの足から逃げられるわけなく三隻を撃沈、一隻を拿捕する事に成功した。

 

「案外呆気なかったな」

 

「最初期の超兵器とは言え侮って貰っては困る」

 

ヴィルベルヴィントは当然の結果だとばかりに頷き艦橋の窓から停船する敵輸送船を見た。

 

「でこいつをどうする?中身は始末したがこのまま曳航して戻るのか」

 

拿捕した輸送船にヴィルベルヴィントは単身乗り込み、彼女と同じ様に船を操っていた深海悽艦を始末し輸送船は海に浮かぶ鉄くずと化していた。

 

「そうだな、あれの中身も確認したが中々の資材量だったな、戻って施設の改修に充てよう」

 

「了解した、が毎回こうでは効率が著しく悪いな」

 

「その辺についても考えないとな、まあ今は帰るとしよう」

 

こうして俺たち初出撃は終わり、施設に戻ったところ俺たちは妖精さんの力をまざまざと思い知らされた。

 

いつの間にか増えていた妖精さんによって施設は完璧に修繕され、居住設備も整い簡易的な執務室まで整えられていた。

 

破棄された鎮守府は妖精さん達の手によって僅か1日足らずで整備されこれ以降俺たちは妖精もヴィルベルヴィントに乗せ出撃するようになった。

 

妖精さんの手によって拿捕した輸送船を送り届けてもらう、或いはヴィルベルヴィントに積替資材の備蓄は急激に伸びていった。

 

 



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3話

俺とヴィルベルヴィントが深海棲艦相手の通商破壊の真似事をして3週間が経った。

 

その間施設は今やかつての完璧な姿を取り戻し、倉庫には通商破壊で得た大量の資源が山積みとなって保管されている。

 

超兵器であるヴィルベルヴィントは心臓部である超兵器機関によって燃料の心配はなく、半永久的に動くことができかつ、今まで殆ど被弾をしてこなかったので鋼材にも余裕がある。

 

唯一砲弾類の消耗は補給しなくてはならないが、資材さえあれば砲弾だろうがミサイルだろうが補充がきくのは有難かった。

 

今の所使い道のないボーキサイトだがヴィルベルヴィントは水上機を載せることができず、精々施設周辺の哨戒用に作った何機か以外航空戦力はなかった。

 

「ここまでは上手く行った、が問題はここからだ」

 

施設が破棄される前、執務室として使われていた場所と同じところで、日々の報告やお偉方向けの偽装書類を作っていた俺は今後の展望をすと頭の中に浮かべた。

 

現在戦力はヴィルベルヴィント一隻のみ、施設自体の防衛力が低いから実質ヴィルベルヴィントが通商破壊破に出ている間はここは丸裸同然、防衛用の艦娘を呼ぼうにも俺の提督適正ではヴィルベルヴィント一隻が限界。

 

仮にヴィルベルヴィントがいない時に敵が来たら無抵抗でここを更地にされるだろう、そうならない為にも施設自体の防衛力を上げる必要があるのだが…

 

「ダメだ、如何しても資質というファクターがクリア出来ない」

 

ヴィルベルヴィント曰く「俺がいた世界と今の世界は俺を通して繋がっているらしい」だからヴィルベルヴィントを呼び出すことが出来たが、通常の艦娘が一隻運用出来るのが精々の適正で超兵器をもう一隻など自殺行為でしかない。

 

最悪深海棲艦などでは無く、呼び出した超兵器によって世界が滅びかねない。

 

「せめて施設が移動できればな、いや待てよ…確かあっちでウィルキアとかいうシベリア沿岸の国で超巨大ドック艦の建造計画があったな」

 

前の世界の記憶を頼りに焙煎はあるアイディアを思いつく。

 

「そうスキズブラズニルこいつを建造出来れば」

 

早速意気揚々と執務室を飛び出し、妖精さんに巨大ドック艦の建造を高速建造材込みで命じた後、執務室にきたヴィルベルヴィントが一言、

 

「そもそも超兵器は艦娘適正など関係ないぞ?知らなかったのか」

 

こうして俺は新たな超兵器の建造を行い、我が艦隊に二隻の超兵器が加わることとなった。

 

なおドック艦だけでも建造に要した資材は、3週間かけて集めた資材の大半を消費為尽くし、新たに重巡、戦艦レシピで二回まわしたことで元の貧乏生活に戻ったことを追記しておく。

 

 

 

 

 

 

「超高速重巡洋艦 蒼き突風ヴィントシュトース、重巡だからとて侮るなかれ」

 

「超高速巡洋戦艦シュトゥルムヴィントだ。烈風の名伊達ではないことを見せてやろう」

 

蒼い髪を短く束ねたスリムな体型のヴィントシュトース、ヴィルベルヴィントと同じ銀髪で何処と無く顔が似ているスレンダー美人シュトゥルムヴィント。

 

前の世界では二隻共速度を重視した超兵器であり、ヴィントシュトースは速力60ノット兵装は20.3㎝砲に魚雷、20㎜バルカン砲、12㎝30連装墳進砲、多目的ロケット、シュトゥルムヴィントは速度140ノット以上と兵装はヴィルベルヴィントの強化型であり水上艦最速の異名を持つ。

 

新たに加わった二隻を加え旋風、突風、烈風の風の名を持つ計3隻の超兵器が揃い、施設の規模に比べ戦力は過剰なまでになっている。

 

「俺が君たちの艦長?となる焙煎だ。これからよろしく頼む」

 

「歓迎するぞ、二人とも」

 

「このヴィントシュトース、ヴィルベルヴィント姉様、シュトゥルムヴィント姉様の為にも力を尽くします」

 

「姉の手前、無様な姿は見せられないな」

 

二人の様子に俺は満足しつつ、ヴィルベルヴィントに施設の案内を任せ俺は次の方針を練り上げていく。

 

水上戦力としては申し分ない今、暫くは一隻を通商破壊にもう一隻は施設周辺の哨戒に当たらせ一隻を休養に充てるローテーションで通商破壊が出来る。

 

それで資材を貯めつつもドック艦の建造完了と共にオーストラリア大陸、そして南極を目指す。

 

前の世界、南極の新独立国は豊富な資源による豊かな国力とレアメタン合金を生み出した、この世界では深海棲艦の脅威で碌に開発出来ていない今、南極資源は取り放題だ。

 

何も今のように通商破壊で資源を得るリスクを冒すことなく、安全に安定しているし最も重要な事は俺以外の人間がいないつまりヴィルベルヴィント達超兵器の存在がバレる可能性は限りなくゼロに等しくなる。

 

この世界での俺の目的は第一に生存、次に元の世界への帰還だ。

 

ヴィルベルヴィントの話では前の世界嘗ての列強達は超兵器の力を持って平行世界の侵略まで考えていたらしい。

 

そして実際に平行世界へ飛び立てる究極超兵器も完成し、後一歩のところで新独立国の艦隊に敗れその野望はついえたかに見えた。

 

俺の狙いはその究極超兵器をなんとか建造し、おそらく保有しているであろう平行世界への跳躍装置をもって元の世界に帰還する事だ。

 

その為には途方も無い資材が必要であり、到底今のままでは達成する事は不可能に近い、だがここでもし仮に南極の手付かずの資源をそっくりそのまま得る事が出来れば、俺の願いは叶うかも知れない。

 

よしんば無理だとしても、超兵器の力と南極の資源が有れば戦争が終わるまで引き籠って居られる。

 

この時の俺は後から振り返ればトンデモ無い楽天主義だったのかもしれない、俺がこの世界に突然来たように世界はいつだって予想だにしないことが起きるのだ。

 

 

 

 

南方海域最前線の鎮守府では絶望的な防衛戦を強いられていた。

 

全く減ることのない深海棲艦の侵攻艦隊の波状攻撃の前にジリジリと前線は後退し、代わりに前線で戦い続ける艦娘達の疲労はとうに限界を超え、傷ついた体を癒す間も無く出撃する日々。

 

度重なる海戦で消費される資材と艦娘の入渠は海軍兵站を悪化させ、遠征要員が昼夜の別なく出撃し、それが更に要員の疲弊と補給効率の低下を引き起こし全体の破綻をきたしつつあった。

 

しかし、焙煎が行った通商破壊の結果深海棲艦側は少なくない戦力を輸送船団につけねばならず、前線に掛ける圧力は低下しヴィントシュトース、シュトゥルムヴィントが活動する様になると侵攻作戦そのものが頓挫し前線からは目に見える形で敵の脅威が減り、一息付ける猶予を与えていた。

 

前線では提督、艦娘の交代と入渠整備が急ピッチで行われその間哨戒網の隙を突き一個艦隊相当の深海棲艦が浸透していた事に気付いたのは相当後の事であった。

 

 

 

 

「山城、砲戦よ大丈夫?」

 

「扶桑姉様、山城行けます」

 

扶桑型戦艦扶桑、山城が自慢の火力である35.6㎝砲を発射し、浸透してきた深海棲艦の周辺に水柱が立つ。

 

扶桑、山城、率いる遊撃艦隊が深海棲艦の浸透した艦隊を発見したのは殆ど偶然であった。

 

遊撃艦隊の主な任務は輸送船団の護衛である、航空戦艦と航空巡洋艦が主力となり艦載機による広範囲の索敵と、対潜攻撃能力、戦艦の火力はこの方法の採用以来欠かせない要素であり、特に扶桑型は鈍足故護衛対象と足並みを揃えやすく、数多くの任務をこなすベテラン戦艦であった。

 

輸送船団を前線まで無事送り届け帰路に着いていた彼女達たが、海上に発生したスコールを避ける為、本来の航路をずれた先で偶然にも深海棲艦の艦隊と遭遇したのが切っ掛けであった。

 

この深海棲艦は用意周到に準備され、外洋で数度の補給を経て前線を大きく迂回してきたのだ。

 

その目的は昨今深海棲艦を悩ませる謎の通商破壊艦隊とその拠点の調査であり、可能であればこれを捕捉撃滅する任務を与えられていた。

 

派遣された艦隊はflagshipクラスの空母ヲ級一隻、戦艦ル級二隻他は全てéliteクラスで占められる機動艦隊であり、到底扶桑達が敵う相手ではなかった。

 

その為、まず真っ先に急を知らせる艦載機を鎮守府へと飛ばした扶桑等は勇敢にも敵艦隊に同航戦を仕掛け、味方が到着するまでの時間を稼ごうとしていた。

 

「艦載機は敵空母に攻撃を集中、私と山城とで戦艦の相手は引き受けます」

 

「最上、駆逐艦達の指揮を預けるから敵の頭を抑えて。足を止めるだけでいいわ、決して撃沈しようだなんて思わないこと時間を稼ぐことを優先で」

 

山城の指示に最上は頷き、手を振って後続の駆逐艦達についてくるように示す。

 

扶桑、山城に敵の注意が向いている隙を突き、最大戦速で敵艦隊の進路を塞ぐように進んだ最上達は、丁度T字の形になり扶桑等を合わせるとL字陣形をとって相手を押し込める形になった。

 

このL字の内側は理想的な十字砲火の中にあるとも言え、足りない火力を機動力とで補い自身よりも有力な相手を戦うのに適していると言える。

 

深海棲艦と激しい砲火を交えつつも、一時的に優位な状況を作り出しつつあり、敵艦隊の周辺には無数の水柱が立ち昇った。

 

しかし当初こそ艦載機による着弾観測と試作41㎝三連装砲による先制攻撃で優位に立ったかに見えたが、じきにヲ級から艦載機が上がるようになると制空権を喪失し、今度は逆に敵艦隊か、の着弾観測を受けるようになってしまい、更にル級達が扶桑達の相手をしている間残った戦力を最上達へ叩きつけその圧力を前に数で劣る最上等は苦戦を強いられてた。

 

「くそ、数が多すぎる。山城航空支援まだ‼︎」

 

その間にも敵次々に迫り、最上も必死に応戦するも徐々に回避に専念しなければならなくなっていた。

 

「こっちも敵の艦載機の相手で手一杯よ、やっぱり空母擬きの航空戦艦じゃガチの正規空母相手の制空争いは土台無理か」

 

「諦めないで山城、敵に少しでも損害を与えるの。そうすれば後続の味方が敵を仕留めてくれるはずだから」

 

既に艦載機を失い、全身傷だらけで中破判定を受けながらも必死に砲火を吐き出し続け、最後まで諦めないよう味方を励ます。

 

「ははは、これじゃまるであの時と同じだ」

 

最上は飛行甲板に被弾し、艦載機が使用できないなか軽口を叩く。

 

「あの時って、ここには時雨も満潮もいないわよ」

 

「うふふ、山城たらこんな時でも時雨なのね。帰ったらきっと時雨が喜ぶわ」

 

「な⁈姉様、私がお慕いしているのは「まあまあ、山城が時雨のこと満更でもないのみんな知ってるし」っ〜///」

 

ほぼ絶望的な状況下の中、彼女達は不健全な絶望的や諦めとは無縁であった。

 

彼女達は不敵に笑みを浮かべ、しかしこの状態に決して酔っているわけでなく熾烈な戦いに身を投じていく。

 

 

 

シュトゥルムヴィントは施設周辺海域で哨戒を行いながら暇そうにしていた。

 

それは焙煎に建造されてから何時もの事であり、今日も何事もなく終わるはずであった…

 

 

「ん?レーダーに反応。しかもこれは艦娘と深海棲艦のものだな」

 

レーダー上に映し出された数個の光点の反応が見慣れた深海棲艦のものと艦娘であると断定したシュトゥルムヴィントは焙煎へと通信を繋いだ。

 

「こちらシュトゥルムヴィント、現在深海棲艦に追撃されている艦娘をレーダー上に捕捉。敵は戦艦、空母を含む機動艦隊と推定、指示をこう」

 

シュトゥルムヴィントからの通信を執務室で聞いた焙煎は厄介ごとが来たと顔を顰めた。

 

「針路はどうだ?」

 

「真っ直ぐこちらに逃げてきているな。少なくともあと三十分もしない内にこちらと接触する」

 

この時シュトゥルムヴィントが発見したのは最上率いる駆逐艦艦隊であり、扶桑、山城が大破炎上し深海棲艦の圧力に抗しきれず撤退を判断し近くにある破棄された施設に逃げ込もうとし追撃を受けていた。

 

深海棲艦側は最上等を追撃しつつも、情報収集から同じく施設が作戦目標の公算が高くそれを目指し進んでいた。

 

「分かった、引き続き状況を監視。動きがあったら知らせろ」

 

一方、そんな事情を知らない焙煎は介入する気は更々ないが、万が一に備え通商破壊破壊に出ているヴィルベルヴィントを呼び戻し待機しているヴィントシュトースに何時でも出撃できるよう指示を出した。

 

その後焙煎は執務室の机の上で手を組み、顎を乗せて渋面を作る。

 

このままでは遅かれ早かれ我々の存在に気づく者が出る、なら艦娘諸共口封じか?

 

そう焙煎は考えるが、首を振ってその考えを消す。

 

いや、短絡的思考に陥ってはダメだ。この状態おそらく追われている艦隊は輸送船団を護衛する遊撃艦隊だとすると、あそこは航空戦艦が配備されている。

なら既に近場の鎮守府に艦載機から連絡が入っているはずで、救援の艦隊も向かってきているとするとここで纏めて沈めても今度は別の所から追求がくるに違いない。

 

焙煎は手元の通信機を手に取りシュトゥルムヴィントに通信を繋いだ。

 

「シュトゥルムヴィント、最悪我々の存在が露見する可能性もある。この際積極的な交戦を許す」

 

「良いのか?」

 

「ああ、面倒ごとに関わらないようにしてきたが、向こうから来たのなら分からせてやるさ。一体誰に喧嘩を売ったのかを」

 

「了解した、やるからには容赦はしないぞ私は」

 

「構わん。思いっきりやれ」

 

思えば彼女達にとって長らく不本意な戦いを強いていたのかもしれない。その鬱憤を少しでも晴らすことができればいいとさえ思う。

 

海上ではシュトゥルムヴィントが長い銀髪をかき上げ超兵器機関に火を入れエンジンが唸り声を上げる。

 

超兵器機関から漏れ出すエネルギーが海面を波立たせ、艤装の脚甲部分に装備されたロケットエンジンに火がつきシュトゥルムヴィントの体を前に飛ばし、速力にして140ノットまで瞬時に加速し海面を疾走する。

 

 

 

深海棲艦に追撃されて武装の大半を失った最上は、それでも脚は止めることなく必死に前に進み続ける。

 

艤装からは黒煙が立ち込め、後に続く駆逐艦達も皆大なり小なり同じ状態であり顔には煤がこびりついていた。

 

「あともう少しで」

 

皆その気持ちは同じであった、もし仮に深海棲艦が本気で攻撃を仕掛けたらとうの昔に全員が捕捉され轟沈しているはずであったが、深海棲艦側が適度に痛めつけて自分たちの本命を釣りだそうとする思惑で手を抜いていたからこそ彼女達はまだ深海の仲間入りをしていなかった。

 

「最上さん前から何か来ます⁉︎」

 

1人の駆逐艦艦娘が前方を指差し、もしや回り込まれ最上は万事休すかと思ったが、その相手は猛烈な速度で最上達とすれ違い後方の深海棲艦に攻撃を仕掛けた。

 

その際起きた波飛沫をたっぷり浴びた彼女達が、僅かな視界の中で見た相手は艦娘の姿をしていた。

 

「助けてくれるのか?」

 

「いやでもたった一隻で」

 

口々な疑問を浮かべる艦娘達を尻目にシュトゥルムヴィントは機動艦隊に単身切り込む。

 

「gutentag、深海棲艦」

 

38㎝三連装砲が火を噴き、42門の魚雷が獲物を目掛けて海に飛び込む。

 

新たな敵にを迎え撃つ深海棲艦は次々に砲火を放つが、シュトゥルムヴィントの圧倒な速度に照準が付かず、あっさりと躱されてしまう。

 

あまりの性能の差に驚愕する間に砲撃と雷撃を受け混乱する敵艦隊の中央に突入したシュトゥルムヴィントは全方位に向けロケット弾を発射し、瞬きする間もなく敵艦隊をすり抜ける。

 

この一回の交差で旗艦ヲ級を庇い戦艦タ級2隻が轟沈、他のéliteクラスも砲撃、雷撃、止めのロケット攻撃で運が良くても航行不能、他は大なり小なりタ級の後を追うこととなった。

 

何とか轟沈を免れたヲ級も不利を承知で艦載機を発艦させようとするも、駄目出しとばかりに艦尾からのロケット弾が直撃、頭部を吹き飛ばされ再び深海へと戻って行った。

 

 

 

「何なんですかあれは」

 

そう問われた最上とて答える術を知らない、ただ分かった事はあの力を自分たちに向けられれば、例え万全の状態で扶桑、山城達がいても目の前の深海棲艦と同じ運命を辿る未来しか無い。

 

そうこうするうちに自分たちの目の前にきた謎の艦娘に思わず身構えるが、相手は全く歯牙にも掛けない様子で、

 

「艦長から入渠が必要なら案内するときている。あと曳行が必要な船がいたら遠慮なく言ってくれとのことだ」

 

そう言った相手は背を向け自分たちを先導し始める。

 

「最上さん、どうします?」

 

どうするも何も、こんな体ではどうすることもできまい。

 

私は大人しく従うようにと指示を出し、相手について行くしかなかった。

 



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4話

最上達を保護した俺は全員を有無を言わさず入渠させた。

 

無論質問を封じ込めその間に彼女らが納得する言い訳をでっち上げる為でもあるが、それ以前にあまりに酷い姿にまず何よりも治療が優先と考えたからだ。

 

「甘いと思うか?ヴィルベルヴィント」

 

戻って補給を済ませたヴィルベルヴィントに俺はそう言う。

 

超兵器として生まれた彼女達ならばよりドライで俺とは違った考えを持っていると思ったからだ。

 

「見捨てろ、口封じに沈めろ、とでも言うと思ったか?それは人間たちの思考だ、兵器たる我々は唯指示に従うまでだ」

 

「そうか、ありがとうヴィルベルヴィント」

 

俺はヴィルベルヴィントの気遣いに感謝すると同時にもっとしっかりしなければと気を引き締めないと。

 

今回の件は不意の遭遇戦を考えていなかった俺のミスであり、最悪ここは壊滅していたかもしれないと思うとゾッとしない。

 

 

 

 

 

 

 

最上達は施設にたどり着くなり全員が強制的に入渠させられた。

 

その際一切の説明もなしに有無を言わさずだったが、あちこちでホッと一息つく同僚の姿を見ると、ここの提督は案外いい人なのかもと思い始めていた。

 

「あの艦娘、一体何なんだろう」

 

あの艦娘とは無論自分たちを助けてくれた艦娘の事だ。

 

あの自分達とはまるで違う原理で動いているとばかりに見せた圧倒的な戦闘力。

 

たったの一隻が一交差で自分達を追い詰めた機動艦隊を全て沈めるなど自分か知るどの艦娘も出来ない諸行である。

 

「軍の新兵器?でもそんな噂聞かないし」

 

普段の任務からして輸送船団の護衛という一見地味な任務をしているが、これでもこの手の情報は艦娘達は敏い。

 

そうでなくとも重巡青葉が発行する青葉新聞なるネットワークには目を通している最上は、彼女の情報は内容がどうであれ制度と手の広さは確かだと信じている。

 

それでも知らないとなると余程の機密か何かか?

 

もしかしたら自分達は深海棲艦から逃れるために虎の巣穴に入り込んでしまったのかもしれない。

 

そう思うと最上は気が気でなかったが、入渠中の身ではどうすることもできないので今は回復に専念する事にした。

 

「ま、あとは成るように成るさ」

 

そう言って最上はしばしの休息を取ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「日独共同の秘匿研究施設でありますか」

 

入渠を終え執務室に案内された最上はこの施設の責任者と名乗る焙煎少佐にそう説明された。

 

「そうだ、君たちを助けた艦娘の名はシュトゥルムヴィント。我々はこの放棄された施設で新兵器の実験を行っていたのだ」

 

「新兵器の実験ですか」

 

「そうだ、これが完成した暁には今の戦況をひっくり返せる程のものだ」

 

それは、と呟いて最上は確かにそうだと同意した。

 

自分たちの目の前で起きた出来事は十分に納得させるだけの材料がある、しかしそれでも腑に落ちない点が幾つかある。

 

「君が疑問に思うことも当然だ?」

 

こちらの心を見透かしたように焙煎少佐はそう言う。

 

「こうして君に説明しているのも半ば私の好意によるところが大きい」

 

と態とらしく恩に着せようとする態度で相手は続ける。

 

「今前線では苦しい戦況に人も艦娘も疲弊していると聞く。そんな中で先ほど君達が見たものはきっと前線で戦う者全員の希望となるはずだ」

 

「それをなぜ私に?秘密の実験なのでしょう」

 

「確かに、たが先の戦いで恐らく深海棲艦はなんらかの方法でこちらの存在を嗅ぎつけたのだろう。でなければ機動艦隊などこんな僻地には送らん」

 

「まあ、私としては一体どこでその情報を知ったか気になるのだが」

 

君はどうだと問われ最上は暗に相手が自分たちの中に裏切り者がいると告げていると悟った。

 

そんな考え馬鹿馬鹿しいと本来なら考えるが、以前深海棲艦が自分たちが使う暗号を解析して逆に利用する事件があり、以来海軍は情報管理に神経質になっていると聞く。

 

そんな中で本当に情報を漏らすようなことが出来るのか、よしんばできたとして何のメリットがある?

 

こちらの表情を見て自嘲気味に笑った焙煎少佐は口を開いて、

 

「唯の下らん妄想だと笑ってくれても構わんよ。たがね、君達と違って人間は感情で動くしとんでもない愚かな真似もする。この計画に反対の者はいるのだよ、まあ誰しも得体の知れない新兵器など使いたがらないからな」

 

「全く下らん権力闘争だよ、お陰で我々は此処を放棄せざるをえなくなった」

 

「此処を放棄するのですか、では一体何処へ」

 

「それは、流石にこれ以上は言えんな、私も全てを知る立場の人間ではないのだ、だが分かってほしい我々は君たちの敵ではない。来るべきその日がきたら共に戦うこともあるかもしれん、その時まで互いに壮健であろう」

 

話は終わったとばかりに一方的に無言の退出を促し、最上は釈然としない気持ちを抱きながら敬礼を交わし執務室から退出した。

 

 

 

 

 

最上が退出した後我ながら苦しい言い訳だと焙煎は自嘲気味に笑った。

 

「なかなか様になっていたぞ艦長」

 

執務室の扉の陰で控えていたヴィルベルヴィントはそう言って俺を労ってくれる。

 

「いやいや、よしてくれ。今思いっきり恥ずかしい気分なんだ。全く自己嫌悪で死にそうだよ」

 

「だがその場しのぎにしては上出来だ、既に妖精からの報告でスキズブラズニルの出航準備は整っている。後は艦長が乗り込むだけだ」

 

俺は最上達が入渠している間に唯言い訳を考えていたわけでなは無く、次の手も用意させていた。

 

スキズブラズニルはその船体の80パーセントを完成させ、後は航行しながら建造する事にした。

 

巨大なドック艦であるスキズブラズニルだからこそできる芸当であり、実はもう一つ隠し球を用意している。

 

「では善は急げだ、後は手筈通り頼む」

 

「了解した艦長」

 

 

 

 

 

全員の修理が完了した最上達は慌ただしい施設から出航させ、焙煎は外洋で待機するスキズブラズニルに乗り込みひとまず北を目指す。

 

これは最上そして深海棲艦から針路誤魔化すための使い古された手だが、少しでも追跡をかわすための苦肉の策でもあった。

 

「艦長、ヴィントシュトースが護衛から戻ってきたぞ」

 

護衛兼監視に付けたヴィントシュトースが艦隊に合流したことをヴィルベルヴィントが告げる。

 

彼女には別名で施設の完全破壊も命じていた。

 

施設の各所には積み込めなかった砲弾類を各所に仕掛け、重巡の火力でも破壊できるようなっている。

 

「分かった、針路は暫くそのまま。施設が見えなくなってから針路を南に変更、深海棲艦の領海を突っ切ってオーストラリアを目指す」

 

巨大なドック艦であるスキズブラズニルを中心に三角形を描くように陣形を組み俺たちは外洋を進んで行く。

 

速力にして20ノットにも満たない低速でのゆったりとした航海に、ヴィルベルヴィントの速力に慣れてしまった俺は大分物足りなさを感じつつも船は進んでいく。

 

巨大なドック艦は各所に資材を積み込み、施設から移った妖精さん達が彼方此方で動き回りながら作業に勤しんでいる。

 

この広い太平洋で早々敵に見つかるわけはないと考えていた俺は、暫くゆっくりできるなと考えていたが先行するヴィルベルヴィントから敵の艦隊を発見したとの報告で迎撃の指示を出す。

 

「ヴィルベルヴィント、敵の方位と数は?」

 

「艦隊の前面に戦艦を中心とした三個艦隊程陣取っている。明らかに待ち伏せされた様子だ」

 

「クソ、南に行くと読まれたか。空母を沈めたから大丈夫かと思ったが潜水艦にでも追跡されたか?」

 

「艦長、此方ヴィントシュトースです。ソナー、レーダー共に敵影は確認できませんでした」

 

追跡は受けていない、なら純粋に偶然か?いや、相手は未知の敵深海棲艦だこちらの思いもしない手で動きを知ったのかもしれない。

 

「ヴィントシュトースはそのまま対空対潜監視を続行。ヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントは先行して前方の脅威を打ち払え」

 

敵襲の警報が鳴り響きそれまで作業に勤しんでいた妖精さん達が各所の対空砲座や配置につき戦闘態勢を整えていく。

 

ヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントは速力の差からシュトゥルムヴィントが先行する形で敵艦隊に突撃し砲火を交える。

 

「艦長スキズブラズニル左舷より新たに敵の増援を確認。重巡リ級2、雷巡チ級3、軽巡ホ級6、駆逐艦イ級12からなる水雷艦隊です」

 

「やってくれるな、正面の敵の殲滅には時間がかかる。ヴィントシュトースは無理をせず敵を迎撃、ヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントは敵の殲滅を急げ」

 

これで敵の全戦力は5個艦隊相当、全くこんな大兵力を迷うことなく投入出来る物量が羨ましい。

 

「状況としては最悪に近いな、スキズブラズニルの守りが一切ないから今襲われたらひとたまりも無い」

 

俺は妖精さん達に対空監視を特に厳にするよう命じた、相手はこちらの分断を図ったのなら次は間違いなく本命が来るはず、ならそれは…

 

「レーダーに敵機を捕捉‼︎数は凡そ60機」

 

航空機による強襲、俺は対空砲火による迎撃を命じるとともにこの間にも建造に取り掛かっている妖精さん達に通信を繋ぐ。

 

「私だ、建造中の船は完成後すぐに出せるようしてくれ。このまま道連れは気の毒だからな」

 

さて、艦長と言えども戦えるわけではない、後は彼女達超兵器と妖精さん達の頑張りにかかっている。

 

俺はスキズブラズニルの艦橋で祈るような気持ちで建造中の時間を示すメーターを見続ける以外なかった。

 

 

 

 

 

深海棲艦が何故これ程までに焙煎達の行動を予測できたのか?

 

それは先の戦いで唯一味方と合流出来た空母ヲ級の艦載機が後詰の艦隊と合流出来たからだ。

 

そこから得た情報から後詰めの艦隊は焙煎達を第一級の脅威と認識し、付近の艦隊を集結させ討伐艦隊を編成。

 

更に艦娘側を潜水艦が追跡しその通信を傍受し焙煎達が北に向かったと知ると今度は北方海域の艦隊にも協力を要請し南北からの包囲網を敷き、また焙煎達が施設を放棄する際巨大な船を伴っているとの情報も得るとこれの破壊を主要目標と定め、深海棲艦は行動を開始した。

 

深海棲艦が艦娘より勝るのは何も数だけではない、情報の収集解析伝達速度とその範囲の違いがこと目標が定まると最適な答えを導き出す機械じみた能力を発揮するのだ。

 

地球規模での海洋封鎖と電波障害を引き起こす彼女達が仮にその能力をより戦略的に運用した場合、とっくに人類は白旗を上げていることだろう。

 

スキズブラズニルを襲う艦載機を発艦させた空母ヲ級4隻を含む機動艦隊は続けざまに第二次、第三次攻撃隊を発艦させ。

 

各所の対空砲座が火を噴き、必死の抵抗を続ける中次々と爆弾が魚雷が投下され各所に火が上がる。

 

執拗な機銃掃射が船体を舐め、巨大故満足な回避行動を行えない相手に面白い様に攻撃が命中していく。

 

ドック艦の特性上余り武装を積んでいない事も災いして、なけなしの対空砲座を潰され抵抗する手段を失いつつあった中、焙煎だけが希望を失ってはいなかった。

 

建造終了を示すメーターが00:00:00を指し焙煎は勢い立ち上がって命ずる。

 

「建造妖精さん達は至急退避!緊急出航の準備だ」

 

命令された妖精さん達が慌ただしく動き、敵の一次攻撃隊が引いた僅かな隙を突いてドック艦から新たな超兵器が海へと出る。

 

「あら来て早々に出撃だなんて?まるで蜂が出たかのような慌てぶりね」

 

通信機から聞こえてくる聞きなれない声、スキズブラズニルの前面に立ちハニカム柄のオレンジ色の日傘をさした彼女のものだ。

 

「こちら焙煎少佐だ、一つ聞く。お前は俺に従うか否か」

 

俺は新たな超兵器が生まれるたび必ずこう質問する様にしている。

 

超兵器という最強最悪の兵器が一個人の手に委ねられるなど今でも到底信じられないからだ。

 

「あら可笑しな事を聴くのね焙煎艦長?私は船、私は兵器、私は道具、使う主人の思うまま命じるままに。そうでなくて」

 

どうやらこちらの言うことは聞いてくれるらしい。

 

それに少しだけホッとした俺は、新たな超兵器に最初の命令を下す。

 

「今本艦は危機的状況にある。お前には現状の打破を頼みたいんだが出来るな?」

 

出来るか?ではなく断定する出来るかで相手の出方を伺う俺は案外図太いのかも知れないなと、内心思いつつ相手の返答を待つ。

 

「あらそんな事、当然ですわ。では行ってまいりますわ」

 

彼女の日傘を高く上げるとアングルドデッキに戦艦の主砲がついた艤装から艦載機を次々と飛び立たしていく。

 

F4Fワイルドキャット、F4Uコルセア、SBDドーントレスからなるアメリカ艦載機の一群から中にはB-17、B-24などの爆撃機まで出るわで上空はまるでアメリカ航空機の博覧会の様相を呈していた。

 

「申し遅れました、私超巨大高速空母アルウスと申します。蜂の巣を突いて痛い目を見るのは誰かしら?」

 

オレンジの日傘をタクトのように振るい、それに合わせて編隊を整えた艦載機は逆襲を行うため敵艦載機を追撃する。

 

上空には述べ100機以上もの航空機が飛び立ち、次の100機が編隊を整え新たな100機が甲板から飛び立つ。

 

アルウス、蜂の巣とは言いえて妙だなと素直に俺は感心した。

 

小国3個分の航空戦力と言われる搭載量と、爆撃機も運用可能な巨大なアングルドデッキに戦艦並みの火力、しかも60ノットで航行出来る事もあり俺の艦隊に十分追従する能力もある。

 

アルウスから発艦した艦載機が次々と深海棲艦の艦載機に襲いかかり、制空権を物量に任せ奪い取っていく。

 

2機で1組を作り一方が囮となって降下し、もう一方が敵を追撃する伝統のサッチアンドウェーブ戦法を駆使することで瞬く間に敵機を殲滅。

 

その間に敵の機動艦隊に対し200機を超える攻撃機や爆撃機が魚雷や爆弾を投下し、敵機動艦隊は余りの数に圧殺され、その姿は蜂の群れに襲われ倒れる迄の僅かな間身悶えるかのようであった。

 

上空のドーントレスに対空砲火の注意が向いている間にB-25からなる30機の編隊が水面ギリギリの高度から爆弾を投下。

 

海面を反射して水切りのように跳ねる爆弾をもろに横っ腹に受けたヲ級達は炎上しそのまま轟沈、このスキップ・ボミンクと呼ばれる攻撃方法を反復して受けた敵機動艦隊は全艦が沈んだ。

 

スキズブラズニルの上空はアルウスから発艦した航空機からなる文字通りの傘が展開し、遠目から見ると黒い雲のようにも見える。

 

その雲はどんどんとその範囲と厚さを広げ、遂には太陽の光さえ遮るかと思うばかり。

 

敵にとってはまるで黙示録に出てくるイナゴの大群の様に見えるだろう、彼らが通り過ぎた場所は草木一本たりとも残さないのだから。

 

ヴィルベルヴィントの様な比類なき速度でも、他を圧倒する火力でもなく、アルウスは唯唯圧倒的な物量を見せつける。

 

それが最も単純極まりない強さの証だとばかりに。

 

アルウスの出現で状況は好転し、前方及び左舷の敵艦隊も無事殲滅されスキズブラズニルの被害も航行には支障がないと分かり俺たちは何とか窮地を脱することが出来た。

 

新たな超兵器を加え旅の前途は洋々としないが、俺たちはひたすら南を目指し進んでいく。

 

 

 

 

 

尚我が艦隊初の空母であるアルウスは、各鎮守がボーキサイトの扱いで神経質になるのかと言う実例を拡大解釈して実践して見せてくれたことを追記する。

 

この戦闘で消費されたボーキサイト及び弾薬は一航戦四個艦隊を一ヶ月フル出撃しても余りある量である。

 



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5話

深海棲艦の包囲網を突破し新たに超兵器アルウスを得た俺たちは、南下を続けるも長い航海で休息を取る必要があった。

 

その為、補給と整備を兼ねソロモン諸島に立ち寄ることにした。

 

「しかし穏やかな海だなぁ、戦争でなければ素晴らしいリゾート地になっただろうに」

 

浜辺を歩きながら眺める海に俺はそう感想を漏らす。

 

ソロモン諸島近海の天気は快晴、波も比較的穏やかでレーダーや哨戒機からも敵影発見の報告はなく、俺は久しぶりに平穏な時間を過ごしていた。

 

島の浜辺から沖合にみえる巨大ドック艦スキズブラズニルでは超兵器達が補給と整備を受け、戦いの傷を癒している。

 

俺は島に上陸し妖精さん協力のもとバラック小屋をジャングルの中に建て、久々の丘の上での生活を満喫していた。

 

妖精さん達も交代でビーチに出てはあちこちで水遊びや砂遊びに興じ、まるで平和なあの世界での何処にでもありふれた海での光景のようで俺は少しだけホッとした気分になったがそれもつかの間、携行していた通信機が鳴りこの平和な時間の終焉を知らせた。

 

 

 

 

 

オーストラリア、南極方面へ偵察に出していた機体が深海棲艦の泊地を発見したとの知らせを受けた俺は急ぎ島を離れスキズブラズニルに戻り今後の方策を建てる事にした。

 

「さて、現在ヴィルベルヴィントは補修を兼ね改装作業中、ヴィントシュトース、シュトゥルムヴィントは超兵器機関の点検でアルウスは付近の哨戒活動に出していて余り遠くには出られないか」

 

現状を確認し終えた俺は今後どうするかを考えた。深海棲艦の泊地を発見したとの報告を受けこの泊地とは深海棲艦側の鎮守府、つまりは敵の拠点である。

 

その質規模共に並みの鎮守府を遥かに上回り、特にこのソロモン諸島の海はアイアンボトムサウンドと呼ばれ、深海棲艦の大規模泊地を攻略する為南洋諸島の制海権を巡り大規模な海戦が繰り広げられ多くの艦娘、深海棲艦がこの海の底に沈んでいった。

 

俺は偵察機が命懸けで撮ってきた航空写真を手に取り、そこに映る白い影を見た。

 

ぼやけてはいるが明らかに人の形をした白い影は間違いなく“ 鬼”“ 姫”と呼称される深海棲艦の上位個体であり、写真の特徴から泊地棲姫と断定した。

 

並みの戦艦を上回る火力と装甲、耐久力は泊地の奥という狭い海では超兵器といえども脅威になる。

 

更にもう一枚の写真を手に取ると、そこにも同じような白い影、こちらは滑走路の様な物を備えていることから飛行場型の鬼、姫と判断できるが同じ泊地に二体の上位個体が存在する事で攻略は至難を極めるだろう。

 

アルウスの航空援護の元敵泊地にヴィルベルヴィントを突っ込ませるか?イヤ、高速戦艦の特性上動きを制限される泊地への突入は強力な沿岸砲台に狙われながらなどそもそもが無謀。ならアルウスの航空機攻撃だけでやるかといえどボーキサイトの補充ができない今戦力の消耗はなるべく避けたい。

 

 

次に敵を泊地からおびき出して叩くという手もあるが、その場合飛行場からの援護がネックになる、飛行場姫と名前が付いているように正規空母3隻合わせても制空権を取れるか怪しい航空戦力を持つ相手に制空権を争いながら海戦を行うと流石に超兵器でも厳しい。

 

最終的にこちらが勝つとしても被害は馬鹿にならないし、そもそも無理に攻略する必要がないことに気づく。

 

「あ、そうか」

 

様は敵にこちらの航路を邪魔させなければいいのだ、つまり一週間位敵を動けなくすればよいのだ。

 

俺はスキズブラズニルの空いている建造ドックに連絡を取り新たな超兵器艦娘建造の命令を出した。

 

建造終了時間は10時間。

 

「さて、こいつが完成する頃には日も暮れていい塩梅になっているだろう」

 

 

 

 

 

 

 

夜の海、その何者をも飲み込んだ先にある深海に一隻の巨大なクジラが静かに進んでいた。

 

鋼の身体と相手の腸を食い破る牙と海上の王者を圧倒する力を秘めたもの。

 

嘗て戦艦史上に革命を起こした船と同じ名前を抱くその腹の中で俺は作戦の指揮を取っていた。

 

「焙煎艦長、現在深度800メートルを40ノットで航行中。敵泊地迄大凡30分で到着予定」

 

海軍の制帽をを被りイギリス海軍の制服に身を包み、金色のお下げを首から下げた艦娘が俺にそう知らせてくれる。

 

超巨大潜水戦艦ドレッドノート

 

それがこの船の名前であり彼女の名でもある。

 

俺達は留守をヴィルベルヴィントに任せ、ドレッドノートに乗り込み作戦行動の指揮を取っていた。

 

今回の作戦は敵泊地に潜水艦による夜襲を仕掛け敵を暫く動けなくする事が目的であり何時ものように殲滅する必要はない為撤退の時期を判断する関係上俺が直接指揮を取ることにしたのだ。

 

俺自ら戦場に出るのは随分と久しぶりに思えたが、ヴィルベルヴィントと出会いまだ半年も経っていない事を思うと、随分と遠くに来てしまったと感慨深く思う。

 

「分かった、引き続き警戒しながら進んでくれ」

 

「了解した」

 

それっきり指揮所の中に沈黙がつづく。

 

別に沈黙を苦とする性格ではない為気にならないが、彼女達超兵器は艦娘の様に感情の起伏が乏しい傾向にあることはこれまでの様子から分かってきた。

 

例外はアルウスと風の三姉妹(ヴィルベルヴィント、ヴィントシュトース、シュトゥルムヴィントのことを指して妖精さん達が言う通称である)が揃った時くらいだ。

 

それ以外普段の様子は命令に忠実にして血の通わない機械の様な姿であり、人間らしさは微塵も感じない。

 

今はこうして彼女達の指揮官と仰がれてはいるが、実際の所はどう思っているのか分からないが、兎に角元の世界に帰還する為には彼女達の力が必要であり、従い続けてくれる限り俺は彼女達の艦長だと言うことだ。

 

暫く海の中を進み、進路を確認する為潜望鏡深度まで浮上し覗き込んだ先には夜間泊地で無防備に停泊する深海棲艦の姿が見えた。

 

駆逐艦に軽巡、重巡、戦艦に空母の中に紛れ最深部に目標を見つけた。

 

「あれだな」

 

巨大な主砲と二本の黒い角に白く長い髪が特徴の泊地棲姫と、奥地に見える陸地に立つ飛行場姫を見つけ俺はドレッドノートに攻撃の指示を出す。

 

「ドレッドノート、攻撃深度まで浮上後魚雷全門注水、目標泊地と周囲の護衛艦群」

 

「了解、タンクブロー魚雷発射管全門注水、諸元入力…完了、攻深度今」

 

ドレッドノートの巨体が浮上し今だに此方に気付かない間抜けな敵を前に俺は攻撃命令を下す。

 

「魚雷全門発射!」

 

「魚雷発射します」

 

ドレッドノートの片舷8基両舷合わせて16基の発射管から誘導魚雷が発射され、獲物を求めて海中を進む群狼は全弾見事に命中し巨大な水柱が噴水の様に立ち昇る。

 

「全弾命中とは流石だな。次対艦ミサイル目標敵戦艦群」

 

突然海中から魚雷攻撃を受け混乱する深海棲姫に向け海中から今度はミサイルが発射され、海面から飛び出し上空に一旦上がって高度を取ると、予め示された目標に向かった自動で追尾し、深海棲艦に突き刺さる。

 

夜の暗闇で周囲が殆ど見えない中突然上空からミサイル攻撃を受けた敵戦艦群は、碌な抵抗をする間も無く強力な対艦ミサイルを受け魚雷を受けた仲間達の後を追う。

 

海面一面は火の海となり昼間の様に明るくなった海の様子を潜望鏡から覗いた俺は海上の脅威は排除されたとみて浮上を命じる。

 

「ドレッドノート浮上、その後敵飛行場姫に対し艦砲射撃を行う」

 

「了解です。これより緊急浮上後38.1㎝砲を展開します」

 

「砲弾は三式弾…はないな。対空散弾を使用する」

 

「対空散弾ですか?了解、砲弾変更、対空散弾に切り替えます」

 

俺の指示に少し訝しんだ様子のドレッドノートだが素直に従ってくれた。

 

何故俺が砲弾の変更を命じたかと言うと、士官学校時代様々な深海棲姫の特徴を学んだ際、飛行場姫など陸上型の深海棲姫には本来対空用の散弾である三式弾が効果的であると教わりその理由として、陸上型は人間部分よりも周囲の飛行場その物が本体といえ、通常の榴弾や徹甲弾では効果が薄く、逆に広い面を制圧出来る三式弾は人間部分と飛行場を同時に攻撃でき、実際大きな戦果を出していた。

 

ドレッドノートは潜水艦であると同時に、浮上して38.1㎝4連装砲二基八門を装備する潜水戦艦でもある。

 

無論本物の戦艦には火力と装甲で少し劣る(元の世界基準では、この世界では並の戦艦では太刀打ちできない火力と装甲をもつ)が、海中から浮上し砲撃を仕掛け又潜行して雷撃を行えるトリッキーな運用が可能なのだ。

 

鋼鉄の巨体が海上に浮上しその余りの巨大さに、呆気に取られた深海棲姫を尻目に主砲を展開したドレッドノートは飛行場姫に向け照準を合わせる。

 

レーダーと連動した正確且つ強力な火力が飛行場姫に降り注ぎ、頭上で炸裂した対空散弾は火の雨となって降り注ぐ。

 

夜間でその圧倒的航空戦力を使えず、反撃の主砲も相手が水中では手も足も出ず目の前で味方がヤられるのを地団駄を踏みながら、黙って見ているしかなかった矢先、敵が行成浮上してきて在ろう事か戦艦顔負けの火力で砲撃を加え、滑走路共々ボロボロにされた飛行場姫は一切の抵抗もできず炎の中に消えた。

 

攻撃に成功した俺はすぐ様潜行を命じ戦場からの離脱を命じ燃える海を後にする。

 

今回の作戦、夜間泊地襲撃からの堂々の浮上後砲撃を加えその後敵の追跡を逃げ切り帰りは浮上航行する余裕さえあった。

 

まんまと無傷でソロモン諸島に凱旋を果たした俺たちを、ドック艦で修理を終えたヴィルベルヴィント達と妖精さんが迎えてくれた。

 

こうして無事南極までの航路を開き、目指す道のりもあと少しと言うと所で俺たちは思わぬ事態と遭遇する。

 

 

 

 

 

「焙煎艦長、対空レーダーに機影を察知。かなりの高速の機影だ」

 

戻ってきて早々ヴィルベルヴィントの報告に、すぐ様俺はスキズブラズニルの艦橋に上がる頃にはアルウスから出ていた哨戒機も相手を確認したとの報告が上がった。

 

「艦長、不明機は接触した機体から飛行艇だと連絡が来ましたわ。確か、二式大艇と言うのかしらね」

 

二式大艇、鎮守府が主に海域の索敵や輸送機に使う大型の飛行艇の通称だ。

 

その機体が何故こんな所に?

 

俺の疑問をよそに二式大艇から発光信号で此方に向かう旨が伝えられ、俺は仕方なくこの招かざる客人を迎える用意をした。

 

二式大艇がスキズブラズニルの側に着水し、そこからボートで此方に向かうのをスキズブラズニルのタラップを降ろすよう指示を出し、甲板でヴィルベルヴィントとともに出迎えたが、タラップを上がり護衛の兵を連れた中佐階級の軍人が前に進み出て一枚の紙を突き出す。

 

「焙煎武衛流我 (ヴァイセン・ヴェルガー)少佐だな、海軍元帥より出頭命令が来ている。尚抵抗は無駄だ、既に艦隊が此方に向かっている。我々としても騒ぎを起こすのは本意では無い、大人しく我々と来てもらおう」

 

そう言うや護衛の兵達が此方に銃を向け、さっと俺を庇うように立ち塞がったヴィルベルヴィントが艤装を展開し、甲板は一触即発の状態になった。

 

さてどうするかと俺は考えた、どうやら俺が考えている以上に鎮守府は此方に気づいていたらしい。

 

この場でこいつ等を殺し、此方に来る艦隊も返り討ちに出来るがそうなると俺は海軍の裏切り者として追われることになる。

 

この場を切り抜けたとして、深海棲艦に続いて海軍も敵に回すとなると厄介だ。

 

それに彼等は俺の敵という訳では無い、あくまでも俺の目的は元の世界への帰還、なら味方は多い方がいいし無闇に敵を増やすべきではない。

 

それに人殺しは何だかんだ言って忌避感が拭えない。

 

「ヴィルベルヴィント、大丈夫だ」

 

俺はヴィルベルヴィントの肩に手を置き、彼女は俺と相手を交互に見てから渋々ながら艤装を降ろした。

 

俺は彼等の前に一歩踏み出た。

 

すると相手に緊張が走るのが見えた。

 

まあ、人間が艦娘相手に銃口を突きつけ合うなど生身で戦艦と対峙するのに等しいからな、そりゃビビるか。

 

俺は手を上げ被っていた帽子のツバに指先を付ける。

 

「了解しました。謹んでその命令を受領します」

 

相手に敬礼し、俺が素直に従ってくれることにホッとしたのか相手の緊張感が緩んだ。

 

「貴官の英断に感謝する」

 

中佐も此方に答礼し本心からの言葉を告げる。

 

俺達はこうしてもと来た道を戻る事になったが、その先で何が待ち受けているのか、この時の俺はまだ分からなかった。

 

 

 



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横須賀鎮守府・北方海域編
6話


「ではこれより査問会を開催する」

 

焙煎を見下ろすように一段高い席に座る査問委員会の一人が開催を告げる。

 

焙煎達は元帥府が置かれる横須賀鎮守府まで連行された。

そこで焙煎とヴィルベルヴィント達は別々に軟禁され、数日経つと焙煎だけが査問会に呼び出された。

その間ドック艦スキズブラズニルに軟禁されたヴィルベルヴィント達は、焙煎が残した命令により大人しく囚われていたが、互いに連絡が取れず日に日に焦燥感は増していた。

 

査問委員会による追求をのらりくらりと焙煎は躱し続け、業を煮やした査問会はある条件を焙煎に突きつけた。

 

曰く、鎮守府最高戦力との演習で勝つことが出来れば今までの事を不問とする。

尚これを断った場合、反逆の意思ありと受け取り軍法会議にかける。

 

そう恫喝紛いの提案をされたのにも関わらず、焙煎はその条件を飲んだのであった。

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府元帥府 その中にある一室には海軍元帥である高野とその参謀秋山、そした高野が最も信頼する天城提督が集まっていた。

 

「全く困ったことだ、私はなるべく事を穏便に運びたかったのだが」

 

ため息をつきながら高野元帥はそう言った。

目元に深いシワを寄せ、長い年月軍に尽くしその最高位に立つ男のみが醸し出される成熟と剛毅を兼ね備えた元帥は頭が痛い思いだった。

元々元帥には焙煎を査問会にかける気など無く、しかし何を勘違いしたのか彼の知らぬ間に査問委員会が立ち上がりしかも勝手に演習を行うなど、これでは彼の面目が丸つぶれである。

 

「本当に勝手な連中です。これも君塚のヤツの差し金でしょう」

 

頭髪の薄い怒ると顔が真っ赤になって茹で蛸の様だと高野元帥が笑って言う秋山参謀は嫌悪感を隠すことなく吐き出すように言った。

現在各地の鎮守府は高野元帥を中心に纏まってはいるが、中には高野元帥に反し自ら元帥に成り代わらんと欲する者もおりその中で特に野心と出世欲を隠そうともしないのが君塚提督だ。

今回の一件はその君塚が高野の権威を傷つける為に仕組んだ事だと秋山は見ていた。

 

「まあまあ、参謀すこし落ち着かれたら。で、元帥私を呼んだのは…」

 

見るからに武人然とした風格溢れる天城提督は怒り心頭の参謀を抑えつつ、本題を切り出す。

 

「うん、天城提督を呼んだのは他でもない。秋山参謀もこれを見てもらいたい」

 

高野元帥が机の上に出した紙を受け取り、その内容を読み進めていくうちに天城の顔色はみるみる内に悪くなっていく。

同じ紙を受け取った参謀は、手をワナワナと震わせ今にも紙を破り捨てそうな様子であった。

それ程までに破廉恥極まりない内容であった。

 

「誰かこれを他に知っていますか?」

 

天城の問いかけに高野は首を横に振る。

「でしょうな」、と天城は思った。

これを他のものが知ればまず間違いなく今回の演習を止めに入るだろう。

 

「こんな事が許されてたまるかー‼︎」

 

遂に秋山参謀は怒りを爆発させ紙を机の上に叩きつけた。

 

「元帥今すぐ演習を止めさせるべきです。これは海軍始まって以来の大事件ですぞ」

 

秋山の訴えを二人は黙って聞いていた。

 

「元帥もお読みになったでしょう?何ですかこの酷い内容は」

 

叩きつけられた紙には今回の演習の編成表が乗っていたが、件の焙煎少佐の艦隊は高速戦艦一隻のみ。

演習で使用出来る艦隊はお互い同数が望ましいとされているが、提督適正によって明確に演習に出せる艦娘の数が決まっており、最低の提督適正を持つ焙煎少佐は一隻のみしか選べなかった。

これは既にルールとして定着している事だから覆しようがないが問題は相手の編成である。

 

まず第一艦隊 旗艦赤城 加賀 蒼龍 飛龍 金剛 比叡 夕立 時雨

 

第二艦隊 旗艦翔鶴 瑞鶴 榛名 霧島 北上 大井 木曾

 

第三艦隊 旗艦伊勢 日向 高雄 愛宕 瑞鳳 綾波

 

正規空母6隻戦艦6隻重巡2隻に駆逐艦3隻挙句虎の子の雷巡3隻を加え総勢21隻の大艦隊。

明らかに一隻の戦艦に対し過剰戦力であった。

 

「これでは演習とは呼べません。明らかに演習の意義に反する一個人に対する明らかなリンチです」

 

そこまで参謀が言い切ると高野元帥はとじていた目を開き口を開く。

 

「参謀の意見は最もだ、しかし既に私では止められん所まで来てしまったのだよ」

 

「元帥、そんなぁ」

 

参謀のが力なく項垂れる、高野元帥の力を持ってしても止められないとは、敵は今回の一件を用意周到に準備していたことになる。

 

「そこでだ、天城提督君に相談なのだが」

 

「は、元帥何なりと」

 

「提督には私の名代として演習を見届けてほしい。無論何かあれば君の判断で動いてくれ、長門陸奥も連れて行って構わん、万が一があれば責任は私が引き受ける」

 

元帥の提案を天城は一二もなく引き受けた。

天城自身今回の演習は腹に据えかねるものがあり、それをめちゃくちゃに出来る機会を与えてくれた事を高野に感謝した。

 

こうして波乱の演習の幕は上がったのだった。

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府演習海域、その海域に黒光りする一隻の巨大艦が鎮座していた。

 

「すまんな、お前の改装後の実戦がこんな形になるとは」

 

ヴィルベルヴィントの艦橋で椅子に座る焙煎は傍に立つ艦娘にそう語りかけた。

 

「気にする必要はない、なに肩慣らしには丁度いいさ」

 

ヴィルベルヴィントの頼もしい返事に焙煎は嬉しそうに笑った。

 

「さて、そろそろ時間だやるぞ」

 

 

 

 

 

「全く、久しぶりの本土だと言うのに演習だなんて」

 

と正規空母加賀はそう言いながらも次々と偵察機を発艦させ索敵に出していく。。

 

「加賀さん、演習だからって気を抜いてはダメよ。演習前の説明でも気をつけるようあったでしょ」

 

赤城はそう加賀を窘めつつも、内心今回の演習にどうも釈然としないものを抱いていた。

今回の演習は急に決まりそれに参加する艦隊の殆どは前線帰りの艦娘で編成されており、皆歴戦の強者である。

その相手が高速戦艦一隻だけとは、万が一にも自分達の敗北などあり得ないが赤城は最近艦娘達の間で囁かれるある噂が気になっていた。

曰く軍が極秘裏に開発した実験艦の噂、戦艦でありながら島風以上の速さと雷巡並みの雷撃をもつ艦娘。

その艦娘は深海棲艦の機動部隊に追われる味方を救い、単艦のみで敵と戦い目にも留まらぬ速さで切り込み、一交差で全ての敵を葬った規格外。

その姿は伝説の一騎駆けのようであったと生還した艦娘達は口を揃えて言ったという。

赤城も半信半疑で聞いた噂だが、今回の演習の相手はどうもその件の艦娘と同型艦らしい。

 

「噂の“一騎駆け”と同型艦の相手。果たして噂が真実かどうか確かめてみましょう」

 

最も例えどんな相手が来ようとも負ける気はしないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

先に相手を見つけたのはヴィルベルヴィントの対空レーダーだった。

同じ第二次世界大戦頃に活躍した兵器とは言え、艦娘と超兵器とでは1世紀近い技術格差がある。

直ぐに正確な方位と高度、数が割り出されレーダーと連動した対空火器が砲身を空に向け、改装後新しく装備されたミサイルが目標を選別しロックオンを完了する。

改装後ヴィルベルヴィントは改ヴィルベルヴィントとなっており、その性能を大幅にアップしていた。

主砲と魚雷をより強力な41㎝砲と80㎝誘導魚雷に替え、ロケットの代わりに各種ミサイルと対空砲火、電子機器、バルカン砲を88㎜に強化した。

更にははシュトゥルムヴィントの超兵器機関の調整から得た技術を応用し機関出力を強化した結果速力140ノットにまで向上している。

と言うか超兵器を改装出来るあたり妖精さんの技術力まじヤバいです、正直超兵器が裏切るよりも妖精さんの方が怖くなってきた今日この頃です。

 

「焙煎艦長敵1機を捕捉、恐らく偵察機と思われる。対空ミサイル準備完了、何時でも撃てるぞ」

 

「了解した、まあ撃てないんだけどな」

 

そう撃てないのだ。

元いた世界では高度なシュミレーターによって簡単に撃墜判定が出来るのだが、生憎と相手は高度な電子装備を持っていない。

代わりにこの世界の演習では同も妖精さんの加護がなんかか、演習では艦娘は沈まないらしい。

しかしミサイルには工廠の妖精さん曰く、加護が働かないらしく今回はお預けである。

 

「それよりも敵の配置だが」

 

机の上に置かれたスクリーンには、演習海域の海図が映し出され此方の位置が青い点、相手の位置が赤い点で表示されている。

 

「相手は演習海域の中央に向かって三方から包囲するように此方に向かってきているな」

 

「索敵進撃しつつ海域をくまなく調べ上げて此方を追い詰める腹だろう」

 

ヴィルベルヴィントが言った通り、相手は演習海域そのものを利用して海域の隅の方に追いやろうとしている。

こちらが高速艦であると知ってまずその足を封じ込めようとしているのだ。

 

「お前ならどうする?ヴィルベルヴィント」

 

「追い込められる前に突破を図るな。その後反転して相手の後方を突く」

 

「高速移動と各個撃破か。よしならそれで行こうか、でもう突破を図る場所は決めているのだろう」

 

「相手の第三艦隊、最右翼で戦力もここが一番少ない。突破しても軽空母を損傷させれば航空機からの追撃も足の遅さから戦艦も追撃出来ない」

 

こうして俺たちは敵第三艦隊に向け進路をとり最大戦速で突入を開始した。

超兵器機関の出力を上げ特有のノイズを応用したジャミングによって艦隊間の通信を遮断し、味方との連携が取れない中突然の強襲を受け混乱する相手を俺たちは赤子の手を捻るように蹂躙する。

 

「開幕雷撃をお見舞いしてやれ。目標航空戦艦伊勢、日向、発射‼︎」

 

ヴィルベルヴィントから42本の誘導魚雷が発射され伊勢、日向は回避運動も儘ならないなか伊勢には20本余りが命中、日向は18本命中し大破轟沈判定を受け戦闘力を消失。

いきなり艦隊旗艦を失い混乱する第三艦隊は、反撃も疎らにヴィルベルヴィントの41㎝砲の一斉射撃が瑞鳳に炸裂した。

長門級以上の火力の投射を受けた瑞鳳は大破し艦載機を発艦する能力を失いただの置物と化す。

第三艦隊は混乱から終ぞ立ち直る事なく半数を失い壊滅。

艦隊中央を突破したヴィルベルヴィントは時計方向に進み、続く第二艦隊を斜め後方から奇襲を仕掛ける。

この時ヴィルベルヴィントのノイズジャミングで満足な通信索敵ができていなかった第二艦隊は、当初の作戦に拘泥し前進を続けていたが為後方への警戒が疎かであり、敵の攻撃までその存在に気がつかなかったのだ。

 

「後方からなぜ敵が?そんな馬鹿な、あり得ないわ」

 

「翔鶴姉ぇ早く反撃を、じゃないと雷巡が食われちゃう」

 

「分かったわ、全艦反転して敵を迎え撃ちます」

 

翔鶴のこの判断は誤りであった、敵前での回頭は即ちその間全くの無防備でありヴィルベルヴィントはその好機を逃すはずが無かった。

 

「敵前回頭とは恐れ入る。ヴィルベルヴィント七面鳥撃ちだ、残さず平らげてやれ」

 

敵が回頭を終える前にヴィルベルヴィントは全火力をもって第二艦隊を攻撃し、防御力に劣る雷巡を後方に配置していた為、41㎝砲によって打ち据えられた北上、大井、木曾はその任を果たすことなく轟沈判定をくらい。

榛名、霧島は回頭中の横っ腹に雷撃を受け沈黙。

残る翔鶴、瑞鶴は砲撃と雷撃の両方からの攻撃で高い回避能力を発揮する事なく艤装を吹き飛ばされ、ここに文字通り第二艦隊は全滅した。

瞬く間に第二、第三艦隊を粉砕したヴィルベルヴィントはその間大した損害も受けず、残る第一艦隊を撃滅する為進撃する。

 

一方当初の予定されていた集合地点に着いていた第一艦隊は、他の艦隊から連絡がない事から敵が先手を打って攻撃を仕掛けた事を悟る。

 

「不味いわね、敵を過小評価していたわ。むざむざ戦力分散の愚を犯してしまうなんて」

 

「赤城さんどうします。一旦引き返して他の艦隊の救援に向かいますか?」

 

「いいえ加賀さん、多分だけどもう第二、第三艦隊は撃破されたと見てまちがいないでしょうね。全艦戦闘用意、敵は直ぐに来るわ」

 

「ヘイ赤城、あの提督から通信が来てまーす」

 

嫌な予感がした、赤城はそう思った。

そしてそれは現実となった。

 

「赤城さん、アイツはなんて」

 

「急ぎ第三艦隊に合流して敵の後背を突け。此の期に及んでまだ当初の作戦に拘泥するなんて」

 

それでも今の彼女達の指揮官はあの男なのだ、艦娘として提督の命令には従う義務があるのだ。

実は今回の演習を指揮する提督は彼女達本来の提督ではなく、演習を仕組んだ君塚提督傘下の者でありその指揮能力はお世辞にも高いとは言えない。

艦隊編成にしてもバランスを欠き、唯性能の高い艦娘で組んだだけ、戦術も華麗な勝利を目指すと言う理由で戦力を分散するなどまあ、相手が悪かったとは言えその後の変化に対応できていない所を見るに彼女達の指揮官に対する評価は辛辣であった。

 

「まあ、最もその必要は無さそうね」

 

ヴィルベルヴィントのノイズジャミングを縫って届いた偵察機からの通信は『敵艦見ユ』

 

「時雨、夕立は前衛に、私以下正規空母は全艦載機を爆装して発艦。相手の能力から二次攻撃の機会はないわ、兎に角先制は何としてももぎ取るわ」

 

「赤城、私たちはどうするデース?」

 

「恐らく敵は爆撃程度では沈まないわ。でも私達が盾になって敵の足を止めるからその間に全火力でもって攻撃すれば仕留められるはず」

 

「了解デース、比叡付いてくるデース」

 

「了解ですお姉様、気合入れて行きます」

 

こうして演習最後の海戦の火蓋が切って落とされたのである。

 

先制を取ったのは第一艦隊であった、正規空母4隻から100機以上もの爆装した艦載機が襲いかかり、さしものヴィルベルヴィントも回避に専念せざるおえなかった。

 

「対空砲火、迎撃しろ。流石は華の一航戦だな、打つ手が早い」

 

焙煎は感嘆の声を漏らす、それは紛れも無い賞賛の声であり漸く対等に渡り合える敵の出現に心なしか気分が高揚していた。

 

「ヴィルベルヴィント、これを凌げ敵に手はない。なんとか耐え凌げ」

 

「難しい事を言うな、この大部隊を前に多少無理をする事になるが構わないな?」

 

「いいさ、思いっきりやれ」

 

「その言葉、後悔するなよ」

 

ヴィルベルヴィントは速力を上げ一気に第一艦隊に肉薄しようと試みる。

後を追って爆撃を仕掛ける艦載機を無理やりバウスラスターを使って回頭し、急加速に超信地旋回やドリフトまでして、ミキサーの中に放り込まれたた俺は必死になって椅子にしがみつき、この激しダンスが終わるのをひたすら待ったが暫くして眼前に敵の艦隊を捉えて終わりを迎えた。

その一瞬気を緩んだ隙を突かれ敵の駆逐艦の接近に気がつかなかったのだ。

 

「見つけたよ、夕立行くよ」

 

「さあ、素敵なパーティを始めましょ」

 

時雨、夕立は艦載機に気を取られている間に雷撃可能な距離まで近づきヴィルベルヴィントの左右から必殺の一撃を放つ。

数自体は大した事ないがこちらの進路と回避先を潰すようにばら撒かれた魚雷は、高速で移動するヴィルベルヴィントに命中しその衝撃に船体を震わせた。

 

「ぐっ、被害状況知らせ」

 

「右舷に二本、艦尾に三本被弾。不味いな、今ので速力が落ちた」

 

「直ぐに修理を始めろ。其れまで耐え抜け」

 

艦尾に攻撃を受け一気に速力が落ちたのを見た赤城達は全艦載機に総攻撃を命じる。

ヴィルベルヴィントの迎撃でその数を減らしても尚80機余り残っていた攻撃隊は、一気にヴィルベルヴィントに突入する。

次々と限界ギリギリまで引きつけてから爆弾を投下し、機体を引き上げる技量は全機が極めて高い練度である証拠であり、艦尾に攻撃を集中され更にその速力を落としたヴィルベルヴィントはついに40ノットを切る。

 

「今です、金剛さん‼︎」

 

「全砲門!Fire!」

 

「撃ちます!当たってぇ!」

 

金剛、比叡の41㎝砲合わせて16門が火を噴き6発が命中、左舷の魚雷発射管に命中し使用不能になる。

 

「やるな艦娘!しかし!」

 

ヴィルベルヴィントも唯ではやられていない、右舷の魚雷と後方の主砲で時雨、夕立を撃退した後お返しとばかりに前方の主砲から砲弾が空母に降り注ぎ蒼龍、飛龍は甲板を損傷し中破判定。

赤城を庇った加賀も小破判定を受けるもそもそも全艦が艦載機を全て発艦させていた為大した損害には至らなかった。

 

「この空爆と砲撃の中まだ戦えるなんて、噂通りの化け物ね。金剛さん達は私達には構わないで攻撃を続けて、まだ爆撃が続いている内に仕留め切るわよ」

 

「Yes,深海棲艦だったら姫クラスでも撃沈している筈なのに、全く大したもんデース」

 

「でも、これでお終いねー!」

 

金剛はとっておきの九一式徹甲弾を装填し、ヴィルベルヴィントに向け放つ。

貫通力を増した徹甲弾は8発が命中し、如何に超兵器ヴィルベルヴィントと言えどもこの攻撃に耐えられず、艦橋に佇んでいたヴィルベルヴィントは遂に膝をつく。

 

「ヴィルベルヴィント⁉︎」

 

慌ててヴィルベルヴィントのそばに駆け寄り顔を見ると汗が滲み、今まで見た事もない苦しい表情を浮かべていた。

艦娘と艤装及びその船体の損傷は肉体とリンクする、中破恐らく大破判定一歩手前だろう、しかし超兵器の耐久力をここまで削るとは、流石は前線帰りの猛者達だ。

 

「ヴィルベルヴィント、大丈夫か?」

 

「大丈夫だ、艦長…敵を侮っているつもりはなかったが今のは効いたな」

 

「無理はするな、あんな不利な状況からここまで持ち直したんだ。大したもんだよ、お前は」

 

「?焙煎艦長もしかして撤退するつもりか」

 

焙煎の考えを見透かしたかのようにヴィルベルヴィントは焙煎の瞳を覗き込みながら言う。

確かにこれは演習で今撤退して時間ギリギリまで逃げ切れば判定で焙煎達の勝利は固いだろう。

だが、それをヴィルベルヴィントは超兵器としての矜持がそれを許さない。

 

「…」

 

無言で答える焙煎のそれは確信を突かれたそれであり、ヴィルベルヴィントは口角を釣り上げ獰猛な笑みを浮かべる。

 

「そんなつまらない事を言ってくれるなよ艦長。敵に後ろ見せたらもう超兵器じゃ無いんだ、再び私から戦場を奪ってくれるな」

 

それはこの世界に来て焙煎が聞いたヴィルベルヴィントのいや超兵器の生の声であった。

ヴィルベルヴィントは最初期の超兵器として生まれ、当初はその圧倒的性能から世界中の海を所狭しと駆け回った。

しかし各国が次々と新しいより強力な超兵器を開発し競争が加速するとヴィルベルヴィントも陳腐化してその優位を失い、戦場を追われ彼女に与えられたのは高速を利用した戦場を突っ切っての部品の輸送。

姉妹艦の様に強化される事なく、戦う事を奪われた戦う事をだけを使命として生まれた悲しき超兵器の最期。

艦娘の中には嘗ての戦いの記憶を持つ者がいる、それと同じ様にヴィルベルヴィントもまた、あの世界の記憶をもっているとしたら…

 

「ヴィルベルヴィント、最初会った時お前は俺の艦娘と言ったな」

 

「ああ」

 

「今でもそうか」

 

少し逡巡してからヴィルベルヴィントは「そうだ」と短く答えた。

 

なら俺がやる事はひとつだ。

 

「ヴィルベルヴィント」

 

俺の次の言葉を彼女はこちらの瞳をじっと見つめて待つその姿に、俺は場違いながら漸く彼女達に人間らしさめいた者を感じてしまった。

 

「提督ってのは艦娘と共に暁の水平線に勝利を刻む者らしい。まあお前らから言わせれば俺は提督未満の艦長らしいが、それでも俺はお前達が俺の艦娘であってくれるなら、俺もその気持ちに答えなくちゃな」

 

焙煎は一旦言葉を切り、真っ直ぐヴィルベルヴィントの顔を見て言った。

 

「やるぞ」

 

その一言にどれ程の思いを感じたのか、ヴィルベルヴィントは勢いよく立ち上がりこちらに背を向け艦橋の外を向く。

 

「何をしている、さっさと指示をよこせ」

 

そのぶっきらぼうな様に、ああこう言うのが艦娘なのか、この面倒くさい相手と四六時中付き合うのが提督なら…

 

「案外悪くは無いな」

 

焙煎はそう心の中で漏らした。

 

「足が使えなければ基本に立ち還れだ。敵に横っ腹晒してノーガードの殴り合いだ、どうだ、正に戦艦に相応しい晴れ舞台だろう?」

 

「了解した、ヴィルベルヴィント艦長と共に暁の水平線に勝利を刻むぞ」

 

 

 

 

敵の気配変わった、赤城は長年の経験から肌でそう感じ取った。

今までの無機質な戦争機械の様な雰囲気から、彼女が身近に感じる艦娘のそれに。

ふと、上空に目をやると敵艦の上空では既に艦載機は爆弾を使い果たした艦載機が、上空から爆撃するフリをしながら敵の注意を引いてるも、燃料の関係からそれも何処まで続くものか。

既に戦場は赤城達の手を離れ日は暮れはじめ戦いは夜戦へと入ろうとしていた。

夜の話闇に紛れ敵が離脱を図れば判定で赤城達の敗北、敵に相当の手傷を与えてなお二個艦隊の壊滅は覆しようも無い。

だからこそ、最期の勝利の機会は追撃に移った金剛達に託されていた。

 

 

 

「しぶとい、しぶとすぎるネー。もう提督とのアフタヌーンティーも過ぎてディナーの時間ネー」

 

「金剛お姉さま、提督ならまだ前線にいらっしゃいますよ?」

 

「そうじゃないネー、提督とは何処にいても気持ちが通じ合えてるネ、だからこそティータイムは大事にしなくちゃ」

 

昼過ぎに始まった演習は既に日もとっぷりと暮れ、夜の闇が支配する時間。

夜間の為艦載機は帰還してしまい、視界が利かない中レーダーのみが頼り。

一応区切りとして翌朝には演習は終了するが、その間に敵が何処かに行ってしまい明け方と共に赤城達に強襲を掛けられたら防ぐすべはない。

そうなれば自分たちの負け、例え指揮官が悪くても前線にいる提督に敗北を知らせるのは金剛的にはnonsenseであった。

それを知ってか知らずか先ほどから金剛達は相手と激しい砲火を交えていた。

 

「fire!fire!fire!」

 

「お姉さまそれ別の艦娘のです⁉︎」

 

兎も角何時もの調子な金剛姉妹ではあるが、巫女服は所々焦げ艤装は被弾してお互い中破判定。

幸いレーダーには問題がないが、敵の戦い方が昼間とは打って変わって純粋な火力のぶつかり合いとなっていた。

同航戦で敵の左舷に陣取った金剛達は雷撃を気にすることなく撃ち合っているが、それでも相手は中々倒れない。

互いに同じ主砲、しかし向こうの方が長砲身で威力が高いが昼間の空爆で艦尾と艦橋付近に爆弾が命中し観測機類と機関に損傷を負ったが、それでも30ノット強の速力に夜戦できるだけの力と装備を残している。

だが、このまま進めば自分たちが勝利すると金剛は見ていた。

昼間放った九一式徹甲弾は確実に効いている、それをもう一度叩き込めば。

その機会を金剛はひたすら耐えて待ち続けた、そしてそれは来た。

同航戦の砲撃に耐え切れず遂に左舷に傾斜し始めた敵艦を見て、金剛はこの機会を逃すまいと砲撃を中止し砲弾を装填し直す。

本来であれば戦闘中に砲弾を入れ替えるのは大変な時間のロスなのだが、既に敵は満身創痍で反撃も乏しく、然し乍ら驚異的な耐久力を持つ相手に金剛は決定打となる一撃を望んだ。

だが、それは金剛達にとっても致命的な隙となった。

 

「今だ!全力回頭‼︎」

 

ヴィルベルヴィントは機関をめいいっぱい回し、バウスラスターも全力で起動させ驚異的な回頭速度で金剛達に右舷側を向ける。

丁度同航戦から反航戦に変わったその瞬間、無事な右舷魚雷発射管から魚雷が放たれる。

突然の回頭に驚き慌てて主砲を発射した時、既に魚雷は回避不能な距離にまで近づいていた。

 

お互い同時に命中し、轟音と爆炎が炸裂する。

 

演習海域全域に響き渡るその音を洋上で聴いた赤城や無事な艦娘達は、果たしてどちらが勝利したのか?

確信を持って言えるものは誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ夜が明ける前の水平線空は白み始める中、赤城達第一艦隊はそれを見た。

 

水平線に浮かぶ巨艦、所々被弾し黒煙を吐き船体は傾斜しながらも悠然と進むその姿はまさに勝利者そのもの。

 

黒光りする主砲は天高く砲身を上げ、一発の号砲を鳴らす。

 

それが、この演習最期の砲撃となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7話

横須賀鎮守府にある荘厳な雰囲気漂う元帥府の廊下を2人の男女が歩いていた。

すれ違う者皆足を止めて振り返り、声を潜めて噂し合う。

男の方は身長180センチ位かでがっしりとした体型では無いがひょろ長いノッポさんと言うよりも、全体的に均等の取れた体躯をしている。

それだけ見れば殊更興味を引く存在では無く容貌もそれ程際立ったものでもないが、男の一歩後ろを歩く女性が道行く者の興味を誘った。

長い腰まで垂れる銀髪をたなびかせ、整った目鼻立ちに鋭い眼光が映え2メートルを超える身長としなやかな体躯を友邦ドイツ海軍風の軍服に身を包んでいる。

男ならずとも同性でも思わず見惚れてしまう程で、知らぬ者はこの異邦の美女を連れ回すには少し見劣りする男に、若干の嫉妬と羨望が入り混じった視線でその背中を見つめた。

しかし、誰ともなく呟かれた『銀狼』の二つ名で漸く2人の正体に気づいたものは、今度は畏怖と得体の知れないものを見る様な目つきで2人の背中を見るのである。

 

曰く、その艦娘は先日の演習において単艦で前線帰りの猛者達3個艦隊の内二個艦隊を壊滅させあの赤城を討ち取った。

曰く、その艦娘は韋駄天もかくやという程の神速で持って海上を旋風の様に駆け巡りる。

曰く、その艦娘の他にもそれ以上の速さを持つ戦艦、小国に匹敵する航空機を持つ空母、戦艦並みの火力を持つ巨大潜水艦がいる。

曰く、それら超兵器を操るのはたった一人の男の存在。

 

どれも荒唐無稽な噂話にしか過ぎないが、先の演習の内容については戒厳令が敷かれていたが、最も人の口に戸は立てられないもので、どこからとなくこの手の話は漏れるものであり、口を重く閉ざす関係者達のそれがかえって人々の想像を掻き立てる事となり、この噂に一定の真実味を与えていた事はいたしかたなかった。

そうと知らずに、元帥府の赤い絨毯の柔らかい感触を足裏に感じながら、長い長い廊下を進んでいる焙煎は人々の好奇の視線に晒されているのを気にする事なく歩いていく。

が、その内心は穏やかでないのは明らかであり、焙煎の後ろを歩く女性 ヴィルベルヴィントは煩わしそうに少し早めに歩く男の背中を見つめていた。

その眼差しはやはり機械的印象を受けるが、その瞳の奥に信頼の光が灯っているが、もう一つの感情については本人もまだ気がついてはいなかった。

 

 

目的地に着き扉の前に立つ真面目実直な歩哨に誰何され用件を伝えると、既に連絡がいっているのか確認が終わるとそのまま直ぐ中に通された。

中には秘書官らしき人物が立っており、こちらにペコリと頭を下げると「どうぞこちらです」と言って案内された部屋で、「少しお待ち下さい」と紅茶とお茶請けを手早く準備すると部屋を出て行き、暫く焙煎とヴィルベルヴィントは柔らかいソファーに座りながら紅茶の香りを楽しんでいた。

部屋の中は豪華だが落ち着いた調度品と雰囲気が少しだけささくれていた焙煎の心を癒した。

ふと焙煎は目の前に座るヴィルベルヴィントを見てここ最近の変化について思う。

演習の時、ヴィルベルヴィント達超兵器が抱える思いと言うものに気がついき、共に進む事を決めた。

それ以来彼女達が何を思い何を求めているのかと思い、何気ない事でも気づいた事は記憶に留め注意深く観察している。

特に最近のヴィルベルヴィントは良い意味で雰囲気が変わった。

相変わらず機械的な印象は超兵器全般に言える事だが、その中でふとした感情の揺らめきや機微の変化を捉えたり笑みを浮かべる事が多くなった。

特に笑顔だ。

以前のように口角を釣り上げる獰猛な物ではなく、ほんのちょっと口と目元に浮かべるそれは、微笑みという程でも無いが、何故かそれを見ると焙煎はホッとした気持ちになれた。

艦娘は皆美人で非常に整った顔立ちと、中にはモデル顔負けの抜群のプロポーションを持つ物もいて、ヴィルベルヴィントはその中でも中々の肉体美を持っていると、密かに焙煎は思っている。

思ってはいるが噂に聞く変態提督?のようにそれを口に出す様な事は決してなく、また決してやましい肉欲的なそれでは無い。

ある種のスポーツ選手の肉体に宿る神聖さや敬意に憧憬と言った感情であり、内面の充実ぶりが外見の印象も健全な方向に変える好例であろうと思う。

艦娘とはいえそんな素晴らしい女性を連れ歩ける栄誉に服する焙煎は、多少のやっかみ等歯牙にも掛けないがある意味で有名人税の様な物だと思ってはいる。

思ってはいるがまるで珍獣や猛獣を見る様な目で見られるのはやはり納得しがたい。

いやそもそもの前提条件からして間違っているのだ。

この世界や今の俺の現状に対する不満や苛立ち、疑心などが一気に噴出しそうになるのを抑えつつ、本質的には異邦人である焙煎がこの世界に馴染め無い。

いや馴染んでは駄目なんだと強く意識する。

あちらとこちら、元の世界とこちらの世界を何の因果か知らぬ間に迷い込んでしまった焙煎にとって、帰還こそが至上の命題でありその方法が超兵器であり世界を飛び越える力こそ必要なのだ。

だが今の自分はどうだろう?と自問する。

何処かでこの世界に後ろ髪を引かれる様な気持ちになってはい無いか、情が湧いたか、それとも唯この世界で振るえる力に酔ってしまったのか。

超兵器達の変化を歓迎する一方で、この世界に強く引き込まれている感じがして、焙煎は途端身震いをした。

ああ、俺は失うのが怖いのだ。

この世界で元いた世界の全てを失い、ただ惰性で生きていた俺が得たたった一つかつ強力無比な力。

短い間に目まぐるしい変化と、幾多の勝利に航海の日々、そして知ってしまった艦娘の思い。

それら全ては前の世界には無く、この世界だからこそあった物。

一度失った男が再びそれを失うかもしれ無いことを恐れているのだ。

何と臆病で凡庸で意気地のない、あれ程帰りたかった故郷を捨てるのか。

全てを忘れこの世界で生きていくのか?

その覚悟さえ無いのに、失うことを恐れ現状に足踏みする自身に苛立つ。

あの演習以来ヴィルベルヴィントは変わった。

それは改装を受けての外面の変化では無く心の変化であり、今の彼女は焙煎の一歩も二歩も前にいるように思えた。

共に進むと言っておきながらこのザマとは、全く度し難い愚か者だな俺はと心の中で自嘲する。

こんな俺に海軍元帥は一体何をさせようとしているのか?

それを思うと暗澹たる気持ちに尚更身が沈んだ。

そんな俺を見ていたヴィルベルヴィントは不思議そうな表情で首を傾げた。

 

「如何したのだ?さっきから機嫌が良かったと思ったらいきなり沈んで、何かあるのか」

 

「あ、いや何でもない。そう何でもない」

 

そんな曖昧な返事に不満なのかヴィルベルヴィントはずいっと身を乗り出し顔を近づけてこちらの目を心配そうに見つめながら「本当か?」と言った。

 

「っ⁉︎」

 

いきなり美女の顔が目の前に来て心配してくれるなんて、考えたこともなかった事が此処で起きている。

俺は慌てて顔を横に向けてしまった。

いやこれは余りに子供っぽ過ぎる反応だな、まるで母親に心配されて顔を背けるのと一緒だ。

気分を落ち着かせて顔を戻し、改めてこちらを見つめるヴィルベルヴィントの顔を見る。

 

「ヴィルベルヴィント、その…」

 

と言いかけて扉をノックする音が聞こえ、てそちらを見ると扉を開けて固まっている秘書官がいた。

今の俺たちの姿を客観的に見てみよう。

 

顔を付き合わせる男と女、なぜか女の顔が潤んでいて男がこれから大事な事を言いそうな所で秘書官が入ってきてフリーズした。

 

うん間違いなく誤解される。

しかもかなり艶っぽい方向に解釈されて明日には俺に対する嫉妬と殺意の視線がかなり増すであろう事は疑いの余地もない。

 

「コホン、焙煎少佐どうぞこちらに。お連れの方は今しばらくこちらでお待ち下さい」

 

わざとらしく咳をして仕事をこなすとは流石は秘書、でもヴィルベルヴィントを艦娘とも秘書艦とも言わずに連れと言うのはかなり含みがあるように聞こえてしまう。

 

ヴィルベルヴィントに「行ってくる」とだけ言い、部屋を出るとき秘書官の

「時と場所をわきまえてください」という視線が痛かった。

 

さて、この先如何なる事やら。

 

 

 

 

 

 

 

 

元帥の執務室に一人通された焙煎は今元帥とお互い向かい合う形で座っていた。

部屋の内側は元帥の権威を示す程豪華ではあるが過度ではない。

それがこの部屋の主人の意向である事は部屋の雰囲気と元帥とがマッチしている事から見て取れる。

高野元帥はゆったりとくつろいだ様子でソファーに深々と腰を下ろしてはいるが、決して威圧するそれではなく寧ろ客人を迎える主人の相手を緊張させないようとする気遣いにも見えた。

焙煎の方も元帥の意図を感じ若干緊張を緩めるも気を許す事はなく、相手を伺っている。

 

「さて焙煎少佐、貴官にはまず謝らなければならないな」

 

高野元帥はそう切り出した。

 

「貴官を元帥府に呼んだのは査問会なんぞにかけるためではない。ましてあのようなあからさまな演習などこちらの本意では無かったと知ってほしい」

 

よくもまあいけしゃあしゃあと、焙煎は内心の思いをこの時は表情には全く出してはいない。

先ほどヴィルベルヴィント相手に見せた百面相とは大違いだ。

 

「元帥のお気持ちは分かりました、しかしそれならば一体何故私を召還したので?」

 

「ははは、君がその理由を分かっていないとでも?」

 

笑いながら、元帥は暗に知っているのだぞ、と伝えてくる。

 

「少なくもこのご時世で、わざわざ二式大艇と一個艦隊を出して深海棲艦の領海に来た理由など皆目見当がつきません」

 

「そもそも現鎮守府は基本聯合艦隊を組むなど特別な作戦以外基本フリーハンドが原則では無いのでは?」

 

しかし焙煎はあくまでもしらを切り通すつもりだ。

例えそれが無駄な抵抗だとしても、心情的に上の都合で自分やヴィルベルヴィント達が振り回されるのは御免だと、あの軟禁生活でつくづく思い知ったからだ。

 

「確かに状況は厳しいな。だが以前程でもない、それについてはこちらは君達に感謝しているのだよ」

 

「?」

 

訳がわから無い、といった表情を焙煎が作るのを見て高野元帥はイタズラが成功したと笑みを見せる。

 

「貴官らだろ、深海棲艦の後方を脅かしその結果敵の有力な機動部隊を全滅させてくれた。おかげで崩壊しかかっていた前線は一息つけた」

 

「あの後一部だが限定的な反攻に出てな、領海を取り戻す事が出来たのだよ。その結果貴官らを探す事ができた」

 

ああ、つまりは全てが自業自得かと焙煎は悟った。

超兵器を使っての通商破壊によって大量の資材を得たが、それが結果的に自分の首を絞める事になったとは。

 

「貴官にはこちらも大分世話になった。海軍を代表して感謝したい」

 

「それを態々伝える為に呼び出した、だけならば有難いのですが」

 

無論そんな事はない、わざわざ海軍元帥が呼び出したのだ。

それだけである筈がない。

 

「聞くに貴官らは南を目指していたらしいな。しかもわざわざ危険な深海棲艦の領海を突っ切って。予想するに南方資源、或いは今は無人のオーストラリアかな」

 

「どうしてそうお思いで」

 

「あのスキズブラズニルという巨体ドック艦、あれを建造するのにと相当資材が必要な筈だ。それに君が演習で見せた巨大艦、それ以外にも大型巡洋艦に巨大艦と同タイプの戦艦、爆撃機さえ運用可能な巨大空母、戦艦の主砲を搭載した巨大潜水艦」

 

「あれらを建造するのには並大抵の事ではない。違うかね?あれらは一隻だけでも今の戦局を一変する力を持っていると私は思う」

 

鋭い、今の高野元帥の言葉は裏付けのない憶測ばかりだが少ない情報でこちらの意図を読みに来ている。

流石に元帥まで登りつめただけの事はある。

 

「教えてくれないかね、焙煎少佐あれらはそして君は一体なんなのだ」

 

高野元帥は直感的に超兵器は自分達とはまるで違う存在だと気付いていた。

そしてそれを今の所唯一建造し運用出来ている目の前の男も又異質であると。

一方の焙煎も高野元帥がこちらに探りを入れてきている事を感じた。

ここで素直に全てを話す事はできないが、しかし話さない事には始まらない。

焙煎は思い切って全てを話そうと決断した。

その結果がどうであれここでこちらの事情を話さなければ今後も同じような事が繰り返され、その度に言い訳を考えるのも面倒くさいと思ったからだ。

 

「あれは『超兵器』という存在です」

 

「超兵器?」

 

「そうです、かつて世界を二分した列強が生み出した超兵器機関よって動き既存の兵器を上回る究極の兵器。その力は時に天候を操り、万の艦隊を沈め、大陸を割くとも言われます」

 

「そんな話聞いた事もない、もしや君は⁉︎」

 

「そうです。私は超兵器がいた世界から来ました」

 

驚愕の事実に暫し呆然とした高野元帥だが直ぐに落ち着きを取り戻し、それを見計らって焙煎は話の続きをした。

 

「何故私が世界を渡ってしまったのかそれについては私にも分かりません。ただ一つ言えるのは私が言った事そしてこれから言うことは全て事実です」

 

それから焙煎は自分が元いた世界の事を話し始めた。

超兵器を開発した列強が互いに争い、未曾有の大戦となり世界全土に戦火を広げた事。

そして南極において新独立国家が最終的に全ての超兵器を沈め、世界は平和になった事。

自分の目的はあくまでも元の世界への帰還であり、その為には世界を超える力を持つ究極超兵器を建造しようとしている事。

建造には莫大な資材が必要で、その為に南を目指した事。

 

「うーん俄かには信じられんが、しかしこれで漸く合点がいった」

 

「信じて頂けるので?正直私自身でも正気を疑いますよ」

 

「いや何、日独共同の秘密研究所で開発された秘密兵器と言われるよりは信じられる」

 

ははは、と高野元帥は笑った。

しかし焙煎は苦笑するしかなかった、最上達を助けた時についた嘘が巡り巡ってこう来るとは予想だにしなかったのだ。

 

「とにかく君の腹の中を話してくれてよかった。実を言うと不安だったのだよ、君がもし超兵器の力をこちらに向けたらと思うと。だが話を聞く限りその恐れは無さそうだな」

 

改めて高野元帥は焙煎に向き直り、相手の雰囲気も変わった事から焙煎も居住まいを正し正し。

 

「君には多くの兵と艦娘の命を救ってもらった恩もある。それにこちらには何かと負い目もあるしな、如何だろう君が元の世界に戻る間たけでもいい、我々に協力してくれないか」

 

ふー、と息を切って元帥は続けた。

 

「無論タダとは言わん、私の出来る範囲でだが君の望みを叶えるしつもりだ。必要なら超兵器建造の資材もこちらで便宜を図ろう」

 

どうかね?と高野は焙煎に問いかける。

その内容は破格と言って差し支えなかった、わざわざ一介の少佐でしかない焙煎にここまでの譲歩をする元帥の懐の深さと同時に何が何でもこちらを取り込もうとする意図が見えた。

欲しいのは超兵器の力と鍵である焙煎の身柄。

それさえ得られるならばどんな対価を支払っても良いとさえ相手は思わせているし、しかも受けた恩に報いるという体裁のため断り難い。

だがしかし、やはり首輪をつけられるのは御免だと焙煎は思った。

 

「私にはもったいないお話です。ではお言葉に甘えて…」

 

「!受けてくれるか」

 

「その前に私の叶えて頂きたい望みなのですが、これまで通り我々は独自でやらせていただきたい。資材援助もありがたいのですが我々で独自に解決出来ますのでどうぞお気遣いなく。具体的にはそうですね、一鎮守府と同等の扱いで結構です」

 

焙煎の返答に大きく出たな、と高野元帥は呟いた。

 

「成る程な、余りこちらには干渉して欲しくないのだな君は」

 

現行の鎮守府制度は複数の提督が麾下の艦娘と共に生活する拠点であり、その運営は鎮守府内の組織で行われている。

例えば提督どうしの合議制であったり、最高位者がその運営を委ねられたり或いは艦娘がその運営に深く関わるなどその形態は様々だが、基本現場には介入しないのが暗黙の了解であるが、それを一個人に与えるとなるとなかなか無い。

 

「その代わりと言っては何ですが、元帥の御用命とあらば何時でも駆けつける所存です。対外的には元帥麾下の部隊として扱ってくれても構いません」

 

焙煎もそれなりの譲歩は見せた、あとは相手の返答を待つ。

高野元帥は暫く考えてから。

 

「分かった、それでいい。このまま返答を後日に回して、逃げられたらこちらは手も足も出ないからな」

 

「我儘を聞いていただきありがとうございます」

 

焙煎は深々と高野元帥に頭を下げた。

 

「構わんよ、少なくともこれで誰も君には手出しはできんな」

 

最も高野元帥の目的はある程度は達成されていた。

最低限焙煎を自分の影響下に置き、他の者が手を出す前に先手を打てたのだ。

実はあの演習後、呉鎮守府を実質的に支配する君塚提督が急遽ここ横須賀鎮守府に乗り込んで来ようとしていた。

この行動を察知した高野元帥は、焙煎と直接交渉することで君塚を牽制したのだ。

焙煎の処遇を巡って各鎮守府では水面下での駆け引きや様々な工作が行われており、無用な混乱や争いを嫌った高野は、半ば強引とも言える方法で彼を囲い込んだその代償は大きかったのかそれとも相応か破格だったのかは、今後の焙煎の働きにかかっていた。

 

 

 

 

「でだ、俺の当初の考えとは違うが少なくとも当面の行動の自由は保障された」

 

元帥との会談の後スキズブラズニルに戻った焙煎は、作戦室に集まった者達に話したことを伝えた。

 

「本当ならあの時招集を無視して南極にでも逃げ込めば、相手は手出しができなかった」

 

それを何故行わなかったのか?その疑問をヴィントシュトースは焙煎に問いかけた。

 

「焙煎艦長、では何故そうしなかったので?そうすれば私やお姉様方、アルウス、ドレッドノート、それに艦長ご自身が軟禁される、なんてことなかったんじゃ無いですか」

 

「ヴィントシュトースの言うことは最もだがそれをしなかった理由から言おう。俺が考えていた以上に戦局に影響を与えてしまった事だ」

 

焙煎は一度全員を見回し今言った事が伝わったのを見てから言葉を続けた。

 

「知っての通り海軍は深海棲艦に対し劣勢だった。全く減ら無い敵に対して、海軍は人も資材も艦娘も有限だ。その中で何とか前線を保っていたのだが」

 

「だが我々がそれを崩してしまった」

 

シュトゥルムヴィントが焙煎の言葉を受け継ぎそのまま先を話し始める。

 

「通商破壊をした結果、深海棲艦により優先すべき目標を与えてしまったと」

 

「?つまり貴方達が原因と、まあそれはそれは」

 

アルウスはわざとらしく口に手を当ててシュトゥルムヴィント達を見た。

 

「何か言ったか?蜂女」

 

シュトゥルムヴィントも険のある声と目でアルウスを睨んだ。

一触即発、アルウスとしては自分が加入する前の話であり直接知っている訳では無いが、それでも前の世界ではお互い敵対陣営であった事から色々と含む所が双方にはあり、少し言葉にトゲトゲしいものがあった。

 

「よせ、命令をしたのは俺だ。その結果お前達に負担を強いてしまったのは俺の見通しの甘さにある」

 

焙煎が素直に謝ったため、矛先を逸らされたアルウスは少し目を細め。

 

「艦長がそう仰るのなら、私からはこれ以上ありませんわ」

 

「ふん、まあいいだろう」

 

ひとまずこの場は治まったが列強間の確執は根強いなと、焙煎は思った。

嘗て世界を二分し覇権を争いあった仲だ、その時の記憶があるのなら今は俺の指示に従っていて大人しくはしているが、俺がいない所で衝突があれば目も当てられ無い。

人間の姿形をしてはいるが、中身は世界を滅ぼしかけた悪魔だ。

艦娘形態でも小島一つ簡単に消し飛ばせる。

今はいいが、これは時間をかけてでも解決しなければならない問題だ、出来なければ帰る前に世界が滅んでしまう。

 

「話を戻すが俺たちは言うなればジョーカーでありとんでもない爆弾でもある。確認されているどの艦娘、深海棲艦よりも強く、圧倒している」

 

それのどこが悪いのか、超兵器達は不思議そうな顔をした。

 

「余りに強すぎたんだ。強すぎる力はそれだけで周囲を惹きつけ巻き込んでしまう。今の状況がそれだ、横須賀にきてよく分かった。いまどこの鎮守府も、いや世界中がお前達の力を狙っている。そのためならどんな手段も選ばないだろうし、どこに逃げたって必ず見つけ出されるだろう」

 

力を求めて互いに争い、遂には世界を滅ぼしかねない兵器を作ったあの世界以上に逼迫しているこの世界は、人間同士で深海棲艦そっちのけで戦争さえ起こすだろう。

その先にあるのは破滅だとしてもだ。

 

「だからそうなる前に誰にも手出しされない明確な地位をえる必要があった。もっと言えば後ろ盾だな」

 

「質問がある。艦長はその考えをどの時点で持っていた?」

 

シュトゥルムヴィントは手を挙げて言った。

彼女から見ればこの男は戦闘以外のことを何でも自分一人で決めてしまうところがある。

自分たちは兵器だ、超兵器として戦えさえすればそれでいいが上の考えを知ると言うのも戦いにおいても重要なのだ。

 

「呼び出され軟禁されている間に少しな。結果として海軍元帥というこれ以上ない後ろ盾を得ることが出来た」

 

だからあの演習は決して無駄ではなかった。

交渉の前に力を見せつけ優位に立つのはよくある手であり、実際高野元帥には高く売り込むことが出来た。

最も相手が元帥でなくとも良かったと焙煎は思っていた。

そう例えば今回黒幕として仕組んだ君塚提督など、彼が元帥の地位を欲しているのは周知の事実でありだからこそ漬け込む隙もある。

元後方勤務の焙煎にとって前線よりも派閥争いは身近なものであり、風を読み、舵を切り、時に嵐を避け、耐え抜くには相手の事をよく知る必要がある。

伊達に身元住所不定で少佐まで昇進して派閥の海を泳いでいたわけではない。

焙煎は、ことこの手の生存に直結する案件には頭の回転が速く、だからこそ君塚提督が面子よりも実をとりにくる相手だと知っていたし、高野元帥はどちらかといえば争いを回避する為に原因となる物を首輪を付けて遠ざける相手だと分かっていたからこそ焙煎は交渉で余裕を持って当たる事が出来た。

最もその前のちょっとした事で大分慌ててしまったが。

 

「焙煎艦長、考えは分かったがそれでは貴方の目的からは遠く離れるのでは?」

 

今までずっと沈黙を保っていたドレッドノートが初めて口を開いた。

 

「貴方の目的は元の世界への帰還だ。それならば何故わざわざこんな回りくどい事をする」

 

「確かに回りくどいな。だが、世界中が敵になったあと深海棲艦の相手をするのは正直面倒くさい。それを考えるとあって無き首輪を付けられるくらいどうって事ない」

 

「うわ〜、艦長って腹黒かったんですね」

 

ヴィントシュトースの言葉に全員がウンウンと同意した。

俺はそこまで思われる事をしたか?正直この程度の事などよくある事だ。

 

「オホン、兎に角ここで海軍と元帥に恩を売っておけば色々とやり易くなる」

 

「具体的には今まではほぼ自給自足で賄っていたのもこれからは補給が受けられるし、今まで見つからないように派手に動けなかったがこれからは気にする事なくこれまで以上に戦い易くなる」

 

「つまり俺たちは大手を振って誰の目にも憚られる事無く、何処へ行こうとも何をしようとも俺たちを止める事はできなくなる」

 

それは鎮守府制度の盲点を突いた考えであった。

近代国家の枠組みの中で作られた軍事制度だが、海軍を一つの国と考えれば鎮守府はそれに従う領邦であり、その関係は極めて封建領主と国王のそれに近い。

別な言い方をすれば鎮守府制度は常に軍閥化の危険性をはらんでいるのだ。

ある意味現在の状況は深海棲艦に対抗するために、提督という個人的な資質と艦娘という不可欠の要素から成り立っている。

それを支えるのは膨大な資材と妖精さん達なのだが、戦争が長期化するにつれ必要とされる資材と予算は膨れ上がり、辛うじて保っている資源地帯と諸外国とのか細い交易では到底賄いきれなくなってきた。

だから提督達は少なくない戦力を割き、遠征と領土拡大による資材確保に奔走し結果としてその広大な支配領域を治める為に権限の拡大を招いた。

焙煎自身は領土や支配など考えていないが、ようは南極さえ手に入ればそれで十分なのだ。

態々他人の土地から深海棲艦を追い出し、インフラを整備して現地組織や政府とお互い持ちつ持たれつやりながら戦争するなんて正気を疑う。

その点まだ誰も“公的に認められる形”で領土となっていない南極にちょっと鎮守府を作りに行く程度など、なんと謙虚で慎ましいことか。

深海棲艦の脅威に対抗する為にはやはり拠点作りは重要。

焙煎達は才覚さえあればこの実質的に切り取り放題な中、誰よりも抜きん出てそして安全確実にこの制度を悪用することが出来る立ち位置に今いる。

 

「成る程、急がば回れ、ですね」

 

ドレッドノートは納得したと頷き、他の超兵器艦娘達も焙煎の考えを理解し、その様子を見た焙煎は次なる指示を出した。

 

「さあ、お前達。南極に行こうか」

 

 

 



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8話

北方海域、本土の北を守る要所であると同時に、アリューシャン列島の島伝いにアメリカやロシアとの交易の場でもある。

三国の海軍が共同で深海棲艦を駆逐して以来、時折外洋から侵入してくる以外目立った被害はなく、比較的安定した海域だ。

主戦場こそ南方に移るも、ここには日露米の艦娘と相互の通信連絡網が敷かれ、夏になれば北極の溶けた氷を通って欧州からの船も交易に訪れる。

その為南方での戦況悪化以来、貴重な資材と外貨獲得の場として重要視されているが、深海棲艦の脅威も少ない事から戦力の引き抜きが相次ぎ、以前のような万全の体制を取れなくなっていた。

日本だけでなくロシアもまた欧州情勢の緊迫化の影響で最低限の監視を残して艦娘を引き上げ、アメリカもまたキューバに出現した深海棲艦に対処する為大幅な戦力の転換が行われた結果、この海域は一時戦力の空白化が起きている。

だから誰も気付けずにいた、脅威は忘れた頃にやってくるという事に。

 

 

 

 

 

 

深くたれ込める朝靄は最早見慣れた光景だ。

特に天候が引っ切り無しに変わるこの極北の海では、伸ばした手の先が見えないなど当たり前のこと。

手に持つマグカップの熱でかじかんだ手を温め、双眼鏡に目を凝らす。

艦橋の外に出て周囲を警戒する一団は、ともすれば黒い熊のように見える厚手のコートで身を守り己の職分を忠実に果たしている。

艦橋の中に目を向けると、操舵手が舵を握りしめ、羅針盤を食い入るように見つめる航海長が海図に航路を書き込み、その隣でレーダー手が食い入るように機材を見つめていた。

いや違うな、あれは職部に真面目なのではなく必死に睡魔と戦った結果、目を赤く晴らしているに過ぎない。

艦橋より後ろ、通報艦104の船体を見れば所々穴が穿たれ、燃えて黒くなったデッキには消化剤が残りながら、船絡みをのり出すように部下が海の彼方を必死に見つめている。

生き残りたい、その必死の思いを感じ取り目頭が少し熱くなった通報艦104艦長は目頭を手で擦った。

今なお船内で苦しむ部下達のことを思うと何とか友軍と合流せねばとの思いが、焦燥となってジリジリと心を焦がす。

彼の船とその愛すべき船員は、3日前僚艦と共に紹介活動中深海棲艦と遭遇し、僚艦は応戦する間も無く轟沈し必死になって敵から逃走を図った彼は運良く生き延びることができた。

何とか味方に救援を求めようと通信を試みるも繋がらず。

ならば直接伝えようと基地に進路を向ければ自分達が戻った時には基地は深海棲艦の手によって壊滅した後だった。

海の孤児となった瞬間軍人の使命感から生物の生存本能へとシフトした思考で、海上を彷徨いながら何とか大湊鎮守府を目指し、昼夜を問わず敵の襲撃に怯える日々。

既に自分を含め全員体力気力共に限界を越えようとしていた。

 

「あ」、と誰かが叫んだ。

 

もしや船から落ちたかと思ったが、洋上に人影はなく、しかし艦橋にいた全員が船首の向こうに目を凝らしている。

首に下げた双眼鏡を目に押し当て最大望遠で覗き込んだ先には明らかに人工の光。

大湊鎮守府の灯台の光が見えた。

 

カーン、カーンと鐘の音がする。

船内で治療を受けていた部下達が甲板に上がり、皆灯りを指差してお互い安堵の声を漏らす。

 

「ああ、あれが大湊の光だ」

 

生き残った彼らにとってそれは紛れも無い勝利宣言であった、しかし本当の戦いはこれからであった。

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府作戦会議室の中は、重苦しい空気に侵されていた。

海軍元帥高野とその参謀秋山に元帥の懐刀である天城提督、並びに横須賀鎮守府を代表する提督達が集合し一昨日もたらされた報告について話し合っている。

 

「既に知っての通り大湊鎮守府から我が横須賀鎮守府に救援の要請が来た。それについて話し合おうと思うのだが」

 

秋山参謀が開始の音頭を取り、一人の士官が手を挙げ発言を求めた、

 

「北方海域は我が国北の守りの要、直ぐに艦隊を差し向け奪還すべきだ」

 

多数の提督達が同意の頷きを返した。

 

「それは分かるが戦力はどうする?敵は報告からだいぶ用意周到に準備してきたようだ。生半可な艦隊では逆に返り討ちに合う危険性さえある」

 

「先ずは偵察しそれから方策を考えるのが妥当だ」

 

反対に慎重な意見を出すものも一定の理解は得られた。

 

「戦力ならば今横須賀には前線の部隊が休養の為停泊している。彼らを使って早期に奪還を計れば」

 

「馬鹿な、あの部隊は来るべき南方反抗作戦の要だ。それをいたずらに消耗させるなど言語道断だ」

 

「なら北はどうする?前線にばかり気を取られて本土にでも上陸されてたら、それこそ本末転倒」

 

「だが、現有の艦隊ではちと心もとないのも確か。いっそ他の鎮守府に応援を頼むのも手だが…」

 

「佐世保は無理だ。あそこは最近大陸の連中が何かと騒いで離れられん。とすると呉か」

 

「呉はいかん!君塚の奴に貸しを作れば後でどんな無理難題を吹っかけられることか分かったもんじゃない」

 

「だが今のところあそこが一番戦力が充実している。開発建造中のあの3隻があれば」

 

「そもそも奴が素直にこちらに手を貸すのか?援軍を出すと言っておいてこちらの戦力を削る策謀など平気でやりかねん。そんな信用ならん者をアテになどできるか」

 

会議は言葉の応酬こそ多いがまとまりに欠き、互いに決定打にかけている。

だからこそ今まで黙って話を聞いていた高野は意見は出尽くせど結論に至らずと見て口を開いた。

 

「諸君、忌憚のない活発な意見よく分かった。先ず第一に偵察を出し情報の収集、第二に敵が現有の戦力で攻略可能ならば良いが、場合によっては各鎮守府に援軍を頼むのもやぶさかでは無い。だがその前に彼を行かせようと思う」

 

「元帥、彼とは?」

 

「何今に分かるさ」

 

高野元帥は含みのある笑みを浮かべ、まあ見ていたまえと言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南極に向け出港準備を整えていた焙煎達は、巨大ドック艦スキズブラズニルの会議室で航路を策定中高野元帥から突然呼び出しを受けた。

そして戻ってきた早々焙煎は集まってきた超兵器達に言った。

 

「すまんが南極行きは暫くお預けだ。俺たちの行き先は北方海域に変更になった」

 

「分かった、すぐに航路を策定し直す」

 

「妖精さん達には私から伝えてきます」

 

「艦長、事前の索敵は必要かしら?何時でも出撃できるよう準備させますわ」

 

「計画の変更を承認した、作戦目標を問う」

 

ヴィルベルヴィントが海図を引き直し、ヴィントシュトースが妖精さん達に通信を繋ぎ、アルウスが事前の情報収集に取り掛かり、ドレッドノートが作戦目標を問いかける。

 

「あ、ああそうだな。我々は北方海域に向かう」

 

超兵器達の切り替えの早さに多少面食らいながらも、彼女達にとって戦場に行ければそれで十分なのだと納得して、焙煎は作戦の詳細を話し始めた。

 

「先だって北方海域が深海棲艦の攻撃を受け陥落した。現在アリューシャン列島沿いに敵泊地が構成されこれを叩き、奪還せよとの事だ」

 

「敵の戦力は」

 

「詳細な情報はこの後届くが、少なく見積もって鬼、姫クラスの2,3体は居るだろう」

 

焙煎は敢えて通常種の深海棲艦を省いた。

今までの戦いを見てきた彼からすれば、真に敵と数えるのは鬼、姫、クラスであり後の雑多な敵は物の数としてみてはいなかった。

それはともすれば傲慢であり慢心ともとられるが、自信と過信は星と夜空のように分かち難く、しかし表裏一体の関係であり、焙煎にとって超兵器達の力はまぎれも無い真実である、信用すべきものでもある。

 

 

「島の攻略となると水上艦艇だけでは不十分では?」

 

「航空爆撃も奪還を目的とするならば有効だとはなりませんわ」

 

シュトゥルムヴィント、アルウスが次々に疑問をぶつけてくる。

自分達の長所と短所を弁えている彼女達は、ごく自然にそれを補う術を貪欲に求める事があり、偏に孤高と取られがちの超兵器達は今回も必要な力を求めた。

 

「現状敵の殲滅は出来るが奪還は難しいからな、まだ資材に余裕があるから揚陸艦を建造しようと思う」

 

本来なら南極遠征に向け資材は使わ無いにこしたことはない。

だがいずれは陸地に上陸して拠点を作る能力を持つ必要もあるし、先行投資と思えば実戦での性能も見られる事から都合がよかった。

 

「艦長、超兵器で建造できるのは兵装まで。船は動かす事ができるが、上陸後の橋頭堡の確保や占領は別に兵士がいる」

 

あてはあるので?とドレッドノートに言われ、焙煎は地図上にある島の一つを指差す。

 

「ここキスカ島には逃げ延びた兵士達が集まっている。現在深海棲艦に包囲され頑強に抵抗しているが長くは持つまい。まず彼らを救出しその助力を得て敵に占領された島を奪還する」

 

「ですがそれだけでは到底アリューシャン列島全土を奪還するには不足では?最低でも二万から三万の兵力は必要です」

 

ヴィントシュトースが言った問題点はそれだけでは無い。

仮に兵力を用意出来たとしても、それを維持するだけの物資と補給線の確保が出来なければ意味が無いのだ。

超兵器と違って人間は消耗も早く、寝食を必要とするのだ。

 

「確かに島の保持を含めればその三倍は必要になるだろう。しかし今回は全土を再占領する必要は無い、たった一つを攻略すればいい」

 

焙煎はそう自信ありげに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリューシャン列島西部にあるキスカ島には、他の島や海からたどり着いた兵士達が集まり、なけなしの機材と装備とで防衛線を構築していた。

敵の砲火と身を切る風を避ける為掘られた塹壕には、救援を待つ兵士達が互いに鼓舞しあい、指揮も旺盛であった。

キスカ島に籠る三千名を指揮するのは島の守備隊長古賀大尉である。

中肉中背の五十代にさしかかろうかという男は、島の沖合に双眼鏡を当てた。

 

「深海棲艦共め、いい気になりおってからに」

 

悠々と座礁を恐れる事なく、島の端から端を掠める様に航行する深海棲艦に対し、古賀大尉は苛立ちげに吐き捨てる。

敵に包囲されてから何日が経ったか、まだ食料に燃料それと弾薬には余裕があるが人間の方はそうではない。

通信機類は敵の妨害電波で使えず、救援を求める為に出した船は果たして無事にたどり着いたかどうか。

時折本土からこちらに偵察機が飛ぶ事もあったが、飛行場を破壊されてからは途絶えている。

脱出しようにも港は破壊され船は全て深海棲艦の攻撃によって沈没させられた。

深海棲艦は明らかに包囲を狭め、こちらが衰弱するのを待っている。

そうなる前に、何とか状況を一変させる機会は無いかと、古賀大尉はもう一度双眼鏡に目を当てようとすると、海の方で突然砲撃の音が幾つも遠雷のように鳴り響いた。

もしや敵の総攻撃か⁉︎

敵襲を知らせるサイレンが鳴り響き、あちこちで敵に備えて怒号がこだまする。

いよいよと身構える兵士達は、着弾する砲撃の衝撃に備え塹壕に身を伏せるも、一向に衝撃は来ない。

不審に思い、兵士と共に塹壕に伏せていた古賀大尉は頭を出して外を確認した。

 

「もしや味方の援軍が外洋で敵と戦っているのか?」

 

そう思うも、確認する術もなく古賀大尉は部下達と共にじっと状況の変化を待つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キスカ島を包囲している深海棲艦の陣容は、戦艦タ級、ル級及び重巡リ級を中心とする戦艦戦隊3個15隻これに水雷戦隊、ヲ級空母機動部隊と今朝方到着した揚陸艦艇とその護衛艦隊付きを含めると、総勢100隻を数える大艦隊である。

包囲艦隊旗艦戦艦タ級éliteは今まで揚陸艦艦隊が居なかった為、本格的な島の攻略が出来ずにいた。

しかし、いよいよもって島に籠る人間を皆殺しにせんと指示を出しかけた時、突如として彼女達の頭上に銃撃と爆撃が降り注いだ。

ドーントレスから落とされた爆弾が不幸なホ級にあたり、敵に向かって一発も撃つことなく深海へと強制的に戻されて、アヴェンジャーの編隊が低空で侵入し次々と雷撃を放ち、その度に海域の何処かで水柱が高く上がる。

コルセア、ワイルドキャットの12.7㎜機銃が暴風の様に吹き荒れるたび、空母ヲ級や軽空母ヌ級の頭部は穴だらけになり、発艦能力を奪い去った。

最も悲惨だったのは揚陸艦艇とその護衛艦隊である。

突然の空襲に慌てたのはもちろん、B-25、B-17の爆撃機編隊に襲われたのが運の尽き。

爆弾が雨霰となってなって降り注ぎ、陸上兵器を満載した揚陸艦は満足な回避運動も取れず次々と火を噴き、或いは転覆する。

護衛艦隊が対空砲火を上げるも、高度と装甲の前に阻まれ、先ずもって自身の安全を優先しなければならない状況であった。

この様に無残な有様を示す深海棲艦だが、その原因はひとえに対空監視を怠った事が原因の一つに挙げられる。

まず島の攻略に先んじて、敵を逃さぬ様港を破壊し、次いで空からの連絡を断つため空港を爆撃した。

この為空からの脅威は無いと油断した深海棲艦は、最低限の対空監視だけを置いて島の攻略のみに目が向き、今一つに深海棲艦が思いもしない超兵器の力がある。

北方海域奪還を命ぜられた焙煎は、まず高速のアルウス、ヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントを先行させ、島がいよいよもって危ないと見るや、すぐ様アルウスに攻撃を命じた。焙煎としてはこれで敵の目が此方に引きつければと思い、出した命令であったが、深海棲艦にとってもまさかここまで早く救援が駆けつけるとは思わず、思わぬ形での奇襲となった。

不意を突かれた旗艦タ級éliteだが、すぐに気を取り直すと反撃を命じ、他にこの隙に敵が味方を救出する為密かに船を近づけているのでは無いかと疑い、一隊に艦隊を離れさせ特に水上監視を行う様命じた。

空襲の難を逃れたヲ級、ヌ級から続々と艦載機が発艦し、追撃し逆襲を加えようとする。

その間に被害状況を確認した旗艦タ級éliteは思わず唸った。

自身を含む艦隊の損害は思った程でも無かったが、攻略な要である揚陸艦隊の被害は目を覆わんばかりの惨状であった。

上陸用の物資や兵器を満載した揚陸艦の内10隻が撃沈、3隻が転覆、被害を受けた内8隻が大破、その倍する数が小破ないし航行に何らかの障害を負っている。

この短時間の間に、揚陸艦隊とその護衛は戦わずして戦力の少なからぬ数を失ってしまったのだ。

だがこれで諦める様なタ級éliteではない、既に空母より放たれた反撃の矢が敵を捉えたなら、すかさず自ら艦隊を率いて復讐を遂げんと決心している。

まだ彼女の手元には十分な戦闘力を残した艦隊が居り、水上監視に出した一隊に改めて島を包囲し、敵を一人たりとも浜に近づけさせないよう命じ、残りの艦隊を率いて動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

攻撃を終えた艦載機が戻り、アルウスの左の腰元に装着された甲板型の艤装に次々と着陸する。

反対側には40.6㎝三連装砲三基が砲口を高く上げ、空を睨む。

焙煎の命令でスキラズブニルより先行したアルウス達は、真ん中に彼女を置きその左右前方にヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントが先行し、上空から見ればV字の陣形を作って約60ノットの速度で航行していた。

帰還した攻撃隊の妖精さんからまずまずの戦果であると聞いたアルウスは、彼女達のはるか後方。

巨大ドック艦スキラズブニルにいるであろう焙煎に通信を繋いだ。

 

「焙煎艦長、こちらアルウスですわ。無事攻撃隊は任務を完了、目立った損害もなくまずまずの戦果を上げたと妖精さん達は言っておりますわ。続いて二次攻撃は必要かしら?」

 

「了解したアルウス。よくやってくれた、引き続き二次攻撃に移り必要ならばそれ以後の攻撃も一任する。なお当初の予定通り敵を島から引き離すようやってくれ」

 

「了解しましたわ。早いお着き、心待ちにしておりますわ」

 

焙煎との通信を終えたアルウスは早速二次攻撃隊を発艦させようとするが、その前に付近を飛んでいた哨戒機から敵機襲来の報告を受けた。

数にして凡そ80機余り、こちらを見つけたとあれば敵は直ぐに二次攻撃隊を放つだろう。

今からこちらの攻撃隊の発艦を止めても逆に混乱する元だと考えたアルウスは、先行するヴィルベルヴィント達に通信を繋いだ。

 

「仕事の時間ですわよ、群狼」

 

「ふん、しくじったか?しょせん田舎者は数頼みか」

 

「あら群れることがお好きなのはそちらの方ではなくて?優れた猟犬はそう吠えないものよ。それとも貴方の国のワンちゃん達は皆キャンキャン吠えるのが好きなのかしら」

 

「貴様…犬と愚弄するか‼︎」

 

アルウスの侮蔑にシュトゥルムヴィントが 荒々しく反論し、お互い敵機襲来というのに今直ぐに同士討ちを始めそうな雰囲気になる。

 

「やめろシュトゥルムヴィント、今は争いあっている場合ではない」

 

「しかし」

 

ヴィルベルヴィントはこれ以上はまずいなとみて、シュトゥルムヴィントを諌めまだ尚何か言いたそうなシュトゥルムヴィントであったが一先ずその鉾を納めた。

 

「それとアルウス、前はどうあれ今は同じ艦隊だ。もう少し口を謹んでもらおうか、それに…」

 

そして最後に小さく付け加えて一言。

 

「そんなでは貴様の底が知れるぞ?あの方が果たしてそんな貴様に乗って下さるかどうか…」

 

それは持つものと持たざるものの決定的な一言であり、アルウスをして一瞬激昂しかかった程だ。

 

「今の言葉、覚えておきますわよ。ゆめゆめお忘れなきよう」

 

そうこうしている内に敵機は肉眼でも確認できる距離にまで近付き、迎撃のため自然とお互いの口はそこで閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィルベルヴィントとアルウスが、当の本人を差し置いて戦いの前に火花を散らしているとは知らず、焙煎はスキラズブニルの建造ドックで新たに二隻の建造に取り掛かっていた。

 

「で、一隻は上手くいくがもう一隻の方はダメそうか」

 

妖精さんから呼ばれて建造ドックに来た焙煎は、相変わらず馬鹿げた資材使って、途方もない建造時間を叩き出す超兵器建造に、高速建造材は幾つあっても足らないなと思ったが、今回は更に重大な問題が発生していた。

 

妖精さんが言うには、一隻は高速建造材込みで問題なく進んでいるが、もう一隻の方がどうにもこのままでは投入した資材では足りなくなる。

そう伝えてきたのだ。

焙煎としては途方もない資材を費やした挙句、失敗しましたではたまったものではない。

特にこれから先資材は何かと必要になり、節約するにこしたことはないが、ここでもう一隻分投入するか彼は悩んだ。

 

「本当に今のままではダメなのか?他に原因があるんじゃないか」

 

そう言ってみるが、妖精さんは首を横に振り曰く、

本来一隻分の身体しか作れないはずが、どうも今建造している船は一隻で二隻分の身体を必要としている。

どうやらほぼ間違いなく同一の存在が、一つの身体に入ろうとして互いに反発しあいこのままでは存在ごと身体も崩れてしまう。

そうならないためにも、二つの存在を二つの身体に分け崩壊を防ぐ必要がある。

もしこのまま放置すれば、最悪二隻分のエレルギーが暴走してスキラズブニルが吹っ飛ぶ可能性がある。

 

「スキラズブニルが吹っ飛ぶだって⁉︎いやまずそれを先に言えよ、直ぐにでも資材を追加投入しろ」

 

慌てて追加の資材を投入し、一息ついたのも束の間、焙煎はスキラズブニルの倉庫に残る資材を恐る恐る調べた。

 

「貯めに貯めた資材がもうこんなに…なんでか知らんが燃料も大幅に減ってるし、南極まで保つのかこれ?」

 

最近とみに抜け毛が増えているのではないかと心配になる焙煎だが、そのよ苦労は各地に散る所提督共通の悩みだと、彼はまだ知らない。

 

超兵器、それは破格の力を焙煎にもたらしたが、同時に彼の毛根に段々と深刻なダメージを与える存在でもある。

 

 

 

 

 



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9話

だいぶ更新が遅くなって申し訳ありません。

二カ月に一回くらいのペースで今後は更新できたらなと、思っていたり。


 

いく筋もの噴煙が上がるたび、逃れられぬ弓矢となって敵を射抜く。

矢は絶えることなくその白煙で空に軌跡を描き、反対に漆黒の雲は散りぢりになって海へと帰る。

 

ヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィント、アルウス、この三隻から間断なく対空ミサイルが発射され、その威力を前に既に百を超える敵機が戦うことなく一方的にはたき落とされていく。

 

「まるで七面鳥撃ちですわ、唯突っ込む事しか知らないのかしら?」

 

アルウスは呆れを通り越して、敵の無策に実は何か意図があるのではないかと、真剣に罠があるかどうか悩んだ。

 

同じ世界大戦期に作られたとはいえ、超兵器の存在によって階段飛ばしどころかロケットに乗って宇宙に飛び出るくらいのスピードで軍事技術が発達した超兵器達の世界と、この世界とでは余りにも格差が大きい。

事実もしヴィルベルヴィントが先の演習でミサイル兵器を許可されていたら、無傷での完封勝利も夢ではなかった

だからアルウスがこう思うのも仕方がない事なのだが、しかし彼女達もまた敵の力を侮っていた。

 

 

ほぼ一方的に無抵抗に味方が落とされ被害を今尚拡大する深海棲艦は航空攻撃の無意味さを悟っていた。

このまま攻撃を続行して敵の弾切れを待つ前に、味方の艦載機が尽きてしまう。

深海棲艦の空母機動部隊はキスカ島攻略だけでなく、その後の本土攻略に必要な大事な戦力であり、無駄に消耗する事は何としても避けねばならなかったが、あえてこの愚行を行っているのには訳がある。

 

「ゼンカンハイチニツキマシタ、イツデモイケマス」

 

部下からの報告にやっと準備が完了したかと旗艦タ級éliteは今一度状況を確認した。

深海棲艦のネットワーク上では、相互に互いの位置情報と詳細な状況が映し出されそれらの位置を線で繋ぐとほぼ真円が出来上がっている。

その中心は三つの重なり合うノイズ、艦娘の中から新たに出現した(と深海棲艦は思っている)超兵器が発するそれで判明しないが、位置さえ分かればいいとタ級は作戦開始の指示を出す。

 

 

 

 

 

不意に敵の空襲が止んだ。

先ほどまでレーダー上の三分の一を埋めていた反応は、潮が引くように消え去っていた。

北の海は静寂を取り戻したかに見えた。

 

「全艦残弾確認、周囲の警戒を怠るな」

 

ヴィルベルヴィントがそう言おうとし、聞き覚えのある風切り音に反応した時には、

 

「散開!」

 

と叫んでいた。

 

急いでその場を離れた三隻がいた地点に、水柱が幾本も立ち上がる。

水柱の大きさから明らかに大口径砲、恐らく戦艦クラスの主砲と断定したのもつかの間、水平線の彼方より敵が姿をあらわした。

そしてその砲火を容赦なくヴィルベルヴィント達に叩きつけた。

 

投射される火力量は海面に叩きつけられると同時に巨大な水の柱と後に来る雨となってヴィルベルヴィント達を濡らす。

ヴィルベルヴィントは巧みに舵を操り、可動式のブースターも併用して砲火をくぐり抜けているが、シュトゥルムヴィント、アルウスは逆に自慢の速力を敵の連続砲火によって潰され苦戦を免れなかった。

 

「くそ!むざむざ包囲されるとは、敵を侮ったか」

 

シュトゥルムヴィントはそう吠えつつ、反撃の糸口を掴むため反撃を試みる。

41㎝砲を無理な体勢で撃ち、なんとかバランスを取るも敵に当たらず苛立ちが募る。

なぜたかが通常艦如きにこうも煩わされなければならないのか、と。

深海棲艦は決して無理に距離を詰めず、包囲網を維持したままジリジリと近づきつつも遠距離からの火力投射に終始していた。

いままでの対超兵器との戦訓から、まともにぶつかっては勝てないと判断し敵を近づけず且つ消耗を狙う方向へと転化している。

極秘裏に入手した超兵器の演習を分析した結果、特に高速を主体とする敵に対しその行動半径を奪い自由に機動させないことが第一であると判断した。

演習の前半は高速機動により攻撃地点を自由に選べた超兵器が優位であったが、演習の後半航空機からの空襲で少なからず行動を制限され攻撃を受けると速度が減少するという弱点を露呈し戦艦の主砲の直撃を受けている。

つまり狩場に誘い込んだ狼をじっくりと追い込めつつ、最後は袋叩きにしてしまおうとの魂胆だ。

 

狩るものと狩られるものの立場が逆転した戦場。

それに気が付かぬ筈がない超兵器達だが、本来一撃離脱に特化した運用を成される筈のヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントはこういった状況では手詰まりであり、援軍を求めようにもそもそも彼女達がキスカ島から敵を引きつけいる間に本隊が島を奪還するプランの為、それが終わるまで援軍のあてはない。

絶え間なく浴びせられる砲撃、ご丁寧にあえて散布界を広めに取りしかも互いの射角を重ねることで密度の濃い弾幕を形成する始末。

とっさにシュトゥルムヴィントとアルウスは舵を切った。

シュトゥルムヴィントは右に、アルウスは左に。

その両者の間に砲撃で生じた水のカーテンが遮る。

 

「ああもう!せっかくの服が水でびしょ濡れですわ」

 

水を被り濡れた髪を手で鬱陶しそうにかき揚げたアルウスがそんな事を言っている間に、深海棲艦の陣形が変化した。

砲撃でできたアルウスと他二隻との間に深海棲艦が割り込み、両者を二分したのだ。

包囲下に置いた敵を更に戦術的に二分する。

普通の艦娘であればこの時点で敗北は決定的であった。

戦場は変化した、追い立てるものと追い立てられるもの、その立場に変化こそ無いが状況はより劣勢な方に悪く傾いている。

アルウスを包囲する深海棲艦のグループとヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントを包囲するグループに分かれ、特にアルウスの包囲網は急速に狭まっていた。

 

周辺に砲弾が降り注ぎ、髪も服も艤装も海水に浸かり帰ったらシャワーを浴びたいと頭の中で考えつつ敵を牽制する。

敵に接近された空母は弱い、無論超兵器であるアルウスは接近されても41㎝砲で追い散らせるが今回はその数が問題であった。

普段数の暴力を行う側が身をもってそれを体感する立場になると、予想以上のストレスに苛立つ。

特に相手が自分を沈めた相手のような特別な艦隊ではなく、ただの戦艦如きにヤられるなど彼女のそして超兵器としてのプライドが許さなかった。

アルウスが怒りに任せ無理に反撃を加えようとしたその瞬間、わずかに鈍る速度と針路が単純となる隙を逃す筈がなく戦艦戦隊からの砲撃が降り注ぐ。

直撃弾と共に相手の逃げ道を潰すほどの物量、アルウスは敢えて立ち止まる事で命中弾を最小限に抑え体を日傘の下に隠すが一旦止まってしまった足を再び同じ速度に戻すには時間がかかる。

防御重力場と超兵器の装甲の複合であるハニカム構造の日傘は、その防御性能を存分に果たしたが、視界を潰す砲撃の嵐を抜けた時、爆炎に紛れて敵の水雷戦隊が接近した。

とある海域で艦娘が使った味方の砲撃をカーテンとし、その隙に接近し雷撃を見舞うというこの戦法。

雷撃距離まで詰められたアルウスに海中から群狼が襲いかかった。

逃げるには遅すぎ、避けるにはアルウスの巨大はあまりに不利。

 

「全砲門、俯角最大になさい!」

 

故にアルウスは迎撃する事にした。

対空砲として使用しているものも含め、艤装の各所から海面に向け弾幕を放つ。

機銃弾が海面を叩き、魚雷を撃ち抜くと立ち続けに海上に水柱が舞い上がる。

10を超える魚雷が目標を前に爆発したが、しかし全てを迎撃する事は不可能であった。

最初の一本が命中すると共に衝撃が海中を揺るがし、続いて命中した魚雷が炸裂音し連続で海面が沸き立つ。

 

迎撃されこそすれ艦娘であれば正規空母クラス三隻を余裕で大破轟沈する事ができる魚雷攻撃を受け、さしもの超兵器もこれでお終いかにみえた。

だが、アルウスは余裕でその場に立っていた。

命令した魚雷はアルウスの分厚い装甲に阻まれ、かつとっさに日傘を海中でガードに使用したアルウスに殆どダメージを与えられていなかったのだ。

だがアルウスは一切身じろぎせず、顔を伏せだんだんと肩を震わせる。

 

「て…くも…よ…」

 

先ほどからブツブツと何かを呟き、一切こちらに興味を示さない敵の様子に不気味に思った深海棲艦は、思わず攻撃の手を止めてしまう。

遠くにはヴィルベルヴィント達を包囲し、激しい集中砲火を与えている味方がいるのにも関わらず、何故かこの場所だけ静かになっていた。

 

「この私の玉の肌に傷を、傷を、よくもヤってくれたなこの雑魚共め‼︎」

 

普段の様子からは考えられないほどの豹変。

その瞬間超兵器機関から溢れ出すエネルギーが青白いオーラとなり、瞳の奥に紫電が走る。

青白いオーラを纏うアルウスは右手の人差し指を深海棲艦に突きつけた。

ほんの僅か、魚雷の破片が彼女の指先に小さな赤い筋を引いていた。

アルウスの滑らかで艶のある白い雪原を思わせる細く長い指先。

そこに小さな赤い川が流れ、深海棲艦はあれ程の攻撃を受けこの程度しかダメージを与えられなかったのかと驚愕する。

だがアルウスにとってそんな事はどうでもいい。

 

「まだあの方をお乗せした事も無いのに、私に触れていいのはあの方だけなのに。それを、それを、それを…」

 

アルウスにとってプライドを傷つけられた事、それ自体が問題なのだ。

全てを見下し、嘲り、慢心せずして何が超兵器か。

有象無象の一切を飲み込み、傲然と君臨し全てを蹂躙する。

名誉も誇りも勝利も当然のもの、求められるは完全無欠の完全試合(パーフェクト・ゲーム)。

傲慢、あまりにそのあり方は傲慢に過ぎる。

しかし、そのあり方を許されるのが超兵器だ。

故に、アルウスは艤装を解く。

腰元の飛行甲板と41㎝砲が海中に没し右手で左肩を掴み、ドレスを勢い脱ぎ捨てた。

 

 

 

 

突然の武装解除、深海棲艦は敵が降伏するのかと疑ったがその疑念は直ぐに否定された。

田舎貴族趣味溢れるドレスを脱ぎ捨て、その中から現れたアルウスの本当の艤装。

白い鷲の尾羽をあしらったカウボーイハットに豪奢な金髪を押し込み、胸に星型のバッチがついたネイビーホワイトの服の上からでもわかるアメリカンダイナマイトボディ。

丈の短いスカートの間から覗く肉感的な太ももから見える肌はきめ細かく、海の日差しを受けても焼けるという事が無いのか、惜しげもなく太陽の下に晒している。

背中にはトライアングルデッキを模した飛行甲板を背負い、両手にはボウガンとライフルが一体となった武器が握られている。

両足の膝まで覆う装甲脚の踵には輪拍型の推進装置が付いている。

 

「蜂の巣にしてやるよ、くそったれども」

 

そう言うやアルウスは両手のボウガンのトリガーを引き絞る。

 

 

 

 

 

ドクン、と超兵器機関(しんぞう)が高鳴る。

戦力を二分され包囲されている危機的状況にも関わらず、ヴィルベルヴィントは高揚していた。

周囲からは絶え間なく砲弾が降り注ぎ、その全てを巧みな舵取りで回避するヴィルベルヴィントは過去に想いを馳せる。

いつ以来だろう、この懐かしい感触は。

艦娘という肉体を得る前、あの血生臭くとも麗しい世界での記憶。

私に乗っていた人間達が、最後の悪あがきにと“枷”を外した日の事を。

 

アルウスから発せられる超兵器機関の力の余波によって、ヴィルベルヴィントの超兵器機関もまた力を解放しようとしていた。

別の世界では暴走とも呼ばれるこの現象によって兵員なき超兵器が無人で戦い続けたり、自身の力に耐え切れず崩壊したりするなど、一度解放してしまえば取り返しのつかない事になる。

今回アルウスは無意識のうちにほんの僅かに、力を漏らしたに過ぎないがそれが呼び水となって周囲の超兵器機関に影響を与えているのだ。

 

この心地の良い激情に身をゆだねたいと、ふとシュトゥルムヴィントに目をやると、一気に体の火照りが冷めた。

 

「フゥー、フゥー、フゥー」

 

普段の美しい容貌が歪み頬を赤らめ、鋭い犬歯を剥き出しにし艤装の隙間から青白い光が漏れ出ており今直ぐにでも飛びかかりたい様子のシュトゥルムヴィントがそこに居た。

ヴィルベルヴィントよりも力のあるシュトゥルムヴィントは、それゆえ超兵器機関の影響を受けやすくほんの僅かな力の余波で、こうも容易く枷を外そうとしてしまう。

ヴィルベルヴィントは一度頭を振って冷静になると、巧みな操舵でシュトゥルムヴィントの背後に近寄りその首根っこをいきなり掴んだ。

 

「抑えろ」

 

耳元でそっと囁くと、シュトゥルムヴィントはギロリと瞳をこちらに向ける。

しかしこちらの顔が分かると、途端切なげな表情をしを浮かべた。

まるでご馳走を前に待てと言われた犬の様に、耳と尻尾があったら垂れている事だろう。

歪んだ容貌は元に戻り首をを掴まれ上目づかいでこちらに訴えかけるシュトゥルムヴィントに、ヴィルベルヴィントは力を緩めようとするが、その瞬間獲物目掛けて飛び出す事は間違い無いのでもう一度言い聞かせる様に力を込めた。

 

「“アレ”はまだ敵じゃない。いいか、敵じゃない」

 

「敵…じゃ、ない?」

 

「そうだ、お前の獲物はあっちだ」

 

たどたどしい言葉遣いで返事をするシュトゥルムヴィント、彼女は言語に障害が出るレベルまで力に身を委ねようとしていたのだ。

シュトゥルムヴィントに触れた瞬間、何を獲物として認識したのかわかったヴィルベルヴィントはその矛先を別の方向にそらす事にした。

ヴィルベルヴィントが視線を向けた先、敵の包囲網の最も分厚い箇所、のその先、敵の旗艦がいる場所。

 

「分かるな、あそこまで行って獲る。邪魔する物は全部壊していい」

 

「アレ、全部?」

 

「ああ全部だ」

 

難しい事は言わない、良いものと悪いものをはっきりと分ける。

段々とシュトゥルムヴィントの瞳が正気を取り戻していく。

 

「う、ああ。す、すまないヴィルベルヴィント…我が姉よ醜態を晒した」

 

ヴィルベルヴィントは首から手を離した、もう大丈夫だろうと。

 

「話は後だ。聞いていた通り包囲網を突破する。殿は私が持つ」

 

「了解した、時に姉よ」

 

「何だ」

 

「別にアレ全部平らげてしまっても構わんのだろう?」

 

シュトゥルムヴィントの瞳に好戦的な火が灯る。

先ほどの暴走とは違うので、ヴィルベルヴィントは好きにさせる事にした。

 

 

 

 

 

乱射乱撃、まさにその言葉通りの光景が目の前に展開されていた。

アルウスが両手に持つボウガンライフルは、扇状に8本の矢が装填されており、一度に放つ量は両手で16本。

一本一本が十数機もの編隊に分かれ、合計して240機以上もの艦載機となる。

それだけではなくライフルの銃口から41㎝砲弾が連射され、狙いをつけずとも撃てば当たるだろうという物量で海面を薙いだ。

艦載機からの空襲とアルウスからの砲撃、海と空両方からの挟撃を受けた深海棲艦は堪らず後退して体勢を立て直そうとした。

そこに追加で放たれた艦載機が新たに300機超が追い打ちをかけ、包囲艦隊に爆弾や魚雷が投下される。

包囲していた事が仇となり、互いに回避する余裕がなく面白いくらい爆弾や魚雷が命中し止めに41㎝砲弾が深海棲艦を粉々に砕いた。

 

「アハハハハハハハハハハハ」

 

アルウスは笑いながらその場で回り続け、360度全周囲の敵をなぎ倒していく。

 

「逃げる奴は雑魚、逃げない奴は訓練された雑魚。つっ立ってる奴は唯のカカシよ!」

 

深海棲艦を嘲笑し、硝煙の匂いに酔うアルウス。

一見すると狂ったかのように見える彼女だが、本気になれば一本の矢あたり100機の艦載機を飛ばし同時に2,000機以上の航空機を管制したり、統合管制射撃で41㎝砲スナイプ出来たり、そもそもB-52やF-22、ハウブニーに某アヒルさんシリーズを使っていない事からだいぶ手を抜いていた。

しかも後2回も改装を残しているのだ。

では今の彼女は一体何なのかというと…

 

「ホラホラ、逃げないと死んじゃうわよ?インディアンめ、一人残らずぶっ◯してやるー」

 

手を抜いて自重しつつも、唯単に脳内麻薬出まくってトリガーハッピーになっちゃっているだけである。

(尚過去最高のボーキ消費の模様。これは大型イベント2回分の消費量に相当する)

 

 

 

 

 

駆ける駆ける、シュトゥルムヴィントはただ我武者羅に走る。

敵の包囲網の最も層が厚い所を突破するため、シュトゥルムヴィントは回避もせず砲弾は装甲で弾き全ての火力を正面に集中した。

3隻の中で最も強固な装甲を持つシュトゥルムヴィントだから出来る戦い方であり、仮に彼女の装甲を貫通するには46㎝以上の砲か91式徹甲弾が必要となる。

深海棲艦旗艦タ級éliteは敵の特攻紛いの攻撃に対し、敢えて自分を囮にする事で敵の行動を予測し、更に部隊を動かし正面を分厚くする事で敵の攻撃を受け止めつつ相手が攻勢限界に達した瞬間両翼の艦隊と共に反撃し殲滅を企図したカウンター戦法をとった。

タ級とシュトゥルムヴィントの間には五層の壁が存在し、まずこれを突破する事は不可能に見えた。

しかし、その予想は大きく裏切られる事となる。

一番外側の層が敵と接触し、瞬時に食い破られた。

砲列を揃えた戦艦戦隊の砲弾の嵐の中、予想以上のスピードと衝撃力でもって吹き飛ばされた。

続く二層目、三層目は火力でこじ開けられ、四層目は接近した途端腕力でもって叩き伏せられ、最後に残った五層目。

タ級élite麾下の中でも最も練度の高い部隊が、容赦なく蹂躙される光景だった。

タ級éliteは目を疑い、それが現実だと理解する頃には敵の砲口はこちらを捉えていた。

 

 

 

 

 

滾る、敵に触れるたび飛び散る血肉が頬を濡らし、砲撃の衝撃が体を芯から揺さぶる鼓舞となってより一層激しさを増した。

恐慌状態の敵が味方に当たるのも構わず砲撃を続ける。

相手の腕を引きちぎり、噛み付いてでも止めようとする駆逐艦を踏み潰し、喉元に食らいつかれピクピクと痙攣する重巡の血で喉を潤す。

安全装置を解除したミサイルの爆風と破片が、服を裂き肉に赤い線を描くのも構わずひたすら前に進み続ける。

闘争本能の赴くままに闘うシュトゥルムヴィントの姿は、艦娘と言うよりも、一匹の獣に近い。

放っておけば近付くもの全てに噛みつく駄犬に成り下がりかねないが、彼女の背後について背中を守るヴィルベルヴィントが手綱をしっかり握っていた。

背後からの一撃をされる前に叩き伏せ、シュトゥルムヴィントを思うように暴れさせつつ制御する。

速度の差については、シュトゥルムヴィントを空気の壁とする事で自身を引っ張ってもらう事で解消済み。

後は最後の仕上げをする段階となっていた。

最後の壁を突破しシュトゥルムヴィントの影、敵の死角となる部分から敵の旗艦を狙い撃つ。

そもそも派手に暴れさせわざわざ分厚い面を抜くという方法で敵の注意をシュトゥルムヴィントが一気に引き受け、その背後で目立たないようにサポートしつつあくまでも主力はシュトゥルムヴィントだと偽る。

そうして最後の壁を突破し、敵の注意が全てシュトゥルムヴィントに集中した時に晒すであろう致命的な隙。

ヴィルベルヴィントはそこを正確に撃ち抜いた。

砲弾が命中しくの字に折り曲がる体、ついで内部からの爆発で体が膨れ上がり絶叫を上げる間も無く轟沈するタ級élite。

いきなり旗艦が沈み浮き足立つ深海棲艦を、まるで羊の群れを狼が追い立てるかのごとく容易に殲滅する。

抵抗を試みるもの、逃げようとするもの、止まるもの、その他区別なくその場にいた深海棲艦は全てが海底に沈んだ。

後に残る2人の姿は対照的であった、必要最低限の被弾で済ましたヴィルベルヴィントに対し、彼方此方を被弾し艤装から黒煙があがり頭から踵まで血で汚れていない所はないシュトゥルムヴィント。

既にアルウスの方も粗方方がつき本隊に敵の主力を排除した事をヴィルベルヴィントは通信で知らせる。

通信をしている間にシュトゥルムヴィントがヴィルベルヴィントに倒れ込んできた。

それを豊かな胸部装甲で柔らかく受け止めつつ「どうした?」と言おうかとシュトゥルムヴィントの顔を見るとその気も失せていた。

遊び尽くして満面の笑みを浮かべた妹が、可愛らしい寝息を立てていたからだ。

取り敢えず通信を終え、暫くこのままでいるかと、ヴィルベルヴィントはシュトゥルムヴィントを抱き頭を撫でながらそう思った。

 

それを遠くから見ていたアルウスは、

 

「これが犬も食わない、というものかしら」

 

と不思議がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、いま濃厚なお姉さま百合オーラを感知したような気が⁉︎」

 

ヴィントシュトースは突然そんな事を口にした。

最近影が薄いとか、戦闘シーンが無いとかそもそも超兵器なの?と突っ込まれかねない彼女だが、れっきとした超兵器の一人である。

ただ目立たないだけなのだ…潜水艦以上に。

ヴィントシュトースは所謂姉LOVE勢である。

どこぞの恋も戦いも負けませんなお召艦や、某雷巡の公式クレイジーサイコレズ、不幸だけど観測射撃と改二で割とエース晴れる不幸戦艦などその他大勢と同類である。

そんな彼女は親犬にじゃれつく子犬の様に兎に角姉が好きなのだ、というか夢が大橋小喬を二つ並べて楽しむ、もとい姉2人の間に入って川の字で寝て、顔を動かすだけで豊かな山脈を楽しむ事ができる明るい家族計画を企てていた。

ここまで手遅れ艦(誤字に非ず)な気がしなくとも無いが、仕事はきっちりこなすタイプであり彼女だけが持つ特性のおかげで焙煎からは重宝されていた。

 

「さて、焙煎艦長が仰るにはそろそろ目標が見えても良いはずなのだが」

 

気を取り直したヴィントシュトースは周囲に目を配りつつ、通常動力で海域を進んでいた。

本来超兵器は超兵器機関が発する特有のノイズにより、常に自身の位置を晒している。

しかし超兵器でありながら原子力動力をもつヴィントシュトースは、その特有のノイズを出す事なく行動する事ができた。

無論デメリットとして本来の性能の低下や、自慢の速度が半減してしまうなどの影響があるが、それを補って余りあるメリットがある。

つまり…

 

「三時の方向、敵の哨戒艦隊を発見、か。まあこれだけ深く潜れば一個や二個はいるか」

 

ヴィントシュトースは進路を変更し、敵と接触し無い様、念のため深海棲艦のレーダーからも発見されない様多めに距離を取り迂回した。

そう今現在彼女は制圧された北方海域の奥深くを単艦潜入し、敵の物資集積地点を探っているのだ。

焙煎は事前に集めた情報から敵はまだ本格的な拠点構築を行っていないと推測した。

というのも深海棲艦が陸上に前進基地や飛行場、それに泊地を構築する際に元となる拠点や地形的制約、または膨大な物資が必要となる。

基地や飛行場はそれ以前に人類が使用していたものを占領し、「深海棲艦」に作り変える必要があり、泊地もまた実際の軍港同様のものを必要とする以上一朝一夕で完成させる事は出来ない。

深海棲艦は電撃的に北方海域を制圧したが、まだ完全に自分たちの勢力圏としたわけでは無く、あくまで海軍の留守を狙った空き巣まがいの行動であり、長期的な拠点構築にはまだまだ時間がかかる。しかも北方海域には深海棲艦の拠点となりうる施設は少ないのだ。

つまり、焙煎が全ての島を奪還する必要がないと言ったのはそもそも敵がまだそこまで手が回ってい無いと読んでいたからだ。

ヴィントシュトースが派遣されたのはその裏付けと共に、敵の一大補給拠点を発見しこれを奪えば敵は戦わずしてその戦略的意義を失う。

態々真面目に海戦するだけが戦争ではないのだ。

あと物資を破壊するのではなく奪うのは少しでも今後の足しにするためでもあるのだが…。

 

敵の哨戒艦隊をやり過ごし、より奥地に進んだヴィントシュトースは敵の輸送船団を発見した。

しめた、とヴィントシュトースは思った。

船足から物資を満載した十隻前後の船団、護衛は船団を挟む様に進む駆逐艦二隻のみ。

完全に味方の勢力圏だとばかりに油断している絶好の狩りの獲物。

思わず舌舐めずりしたくなるが、あくまで今回の目的は敵の拠点の索敵。

故にこっそりと後をつける事にした、羊の群れがありがたい事に巣穴まで案内してくれるのだ。

相手の索敵に引っかからないよう、絶妙な距離を取り追跡する。

彼女の能力ならば、目を閉じたって風に乗って僅かに漏れる燃料の臭いを追うだけで出来る簡単な仕事だ。

伊達に風の名は背負っていない、戦闘力こそ姉2人に及ばないこそすれ、彼女もまた超兵器なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

キスカ島の包囲を命じられた艦隊は、暇を持て余していた。

本隊が敵を追撃し無線封鎖を行ってから長く、未だ解けないそれで新しい指示が来ず取り敢えず島を囲んでいるに過ぎなかったのだ。

しかしそれは完全な平和を意味するものでは無かった。

突如としてレーダーに無数の反応が出現したのだ。

高速で接近するそれは百隻を超える魚雷艇であった。

予想外の敵に深海棲艦は面食らった。

魚雷艇とは本来沿岸地域などで運用される兵器であり、高速と強力な魚雷を装備するが航続距離が短く高波に弱い事から遠洋には全く向かない艦艇であった。

それが突如として百隻も攻め込んできたのだ、驚かないはずがない。

だがその程度だ、数が多いだけの魚雷艇など深海棲艦にとって脅威ではないのだ。

近付かれる前に、主砲と副砲でどうとでもなるからだ。

敵に照準を向けようとした時に異変に気付く。

魚雷艇の群れのその奥に巨大な船影を見つけたからだ。

二つの船首を持つ巨大な双胴艦、数えるのも馬鹿らしい口径の砲塔にヘリポートからはヘリが飛び立ち、両舷に備える塔のような高さの艦橋を備える。そいつの背後からも続々と魚雷艇が続き、その姿は無数のアリを従える女王アリを思わせる。

深海棲艦にも艦娘にもない存在感、このあり得ない光景を生み出す存在をつい最近彼女たちは知っていた。

 

超兵器

 

いま正に新しい超兵器が目の前に現れたのだ。

 

超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイターの艦橋では、いつもの如く焙煎が隣に超兵器艦娘を従え艦長席に座っていた。

既にお馴染みの光景だが、どうしてここに焙煎がいるのか改めて説明すると、つまりは最大限の身の保証と安全を考慮した際超兵器の近くこそ最も安全だからである。

焙煎がいつも指揮を執っているスキラズブニルは敵に襲われた場合、自衛能力が極めて低い。

それは先の拠点放棄後の襲撃で証明されており、この時の経験から万が一撃沈される危険性があるドック艦よりも、最も安全なのは超兵器の側であると結論づけたのだ。

無論超兵器は戦うための矛であるからして、焙煎も必然的に戦場に出る事になる。

しかし、そこは超兵器自慢の圧倒的戦闘力と耐久力、タフな装甲があれば生半可な敵には遅れをとらない。

そう確信しているがため、焙煎はこうして前線に出てきているのだ。

 

「デュアルクレイター、あまりキスカ島に流れ弾を出さないよう心がけてくれ。まだ味方がいるんだ、お前の火力では島ごと吹き飛ばしかねない」

 

「焙煎艦長、問題ありませんよ。90%は保証します」

 

「残りの10%は?」

 

「十分の一は神様のものです、つまり戦場の気まぐれな神の見えざる手に期待するしかありませんぜ」

 

「…悪いが俺は無神論者だ」

 

「それはいけない⁉︎神を信じないのは力を信じないも同じだ」

 

何だそれは?と焙煎は怪訝な顔をした。

デュアルクレイターはそんな焙煎に対し、自慢げに自分の信仰を述べた。

 

「知ってるかい?古来神とは力、つまり神を信じることは力を信じること。戦場では力こそ絶対の正義、つまり神様はいて信じるものは救われるんだよ」

 

だから艦長も立派な信者だと言いたげな表情をするデュアルクレイターに、またえらく濃い奴が来たなーと思った。

このデュアルクレイターとあともう一隻は焙煎が北方海域奪還とその後の南極上陸を見越して建造した超兵器の一人だ。

超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイター、その名の通り強襲揚陸艦タイプの超兵器だ。

超兵器としてはだいぶ特殊だが、主砲には60㎝と30㎝の噴進砲所謂ロケット砲に38.1㎝砲、88㎜バルカン砲と近接系に武装が偏っている。

二つの艦橋の間は飛行甲板となっており、ここからヘリやSTOVL(短距離離着陸)機やVTOL(垂直離着陸)機などの艦載機を発艦し上陸の援護や物資の輸送などを行う。

また二つの艦橋を持つことから、極めて高い通信指揮管制能力を持ち戦闘を行いながら後部ハッチから魚雷艇や揚陸艦を繰り出し、素早い揚陸作業を行うことができる。

容姿としては整った目鼻立ちに褐色の肌、燃えるような赤毛に身長は180㎝越え、女性としてはたくましい体つきをしていてアマゾネスの女戦士を思わせる。

服装はへそ丸出しの上、海兵隊の軍服を肩から羽織りホットパンツを履いている。

あとデュアルクレイターの名の通りご立派な二つの火山をお持ちのようだ。

(大◯国の南雲さんとかキャシーブラッドレイとかそんなイメージで性格はヴァオー)

 

「兎に角、あそこにはまだ味方がいるんだ。彼らの協力なくば今後の戦いに支障が出る」

 

「オーケー、オーケー。ま、あたしに任しておきなさいな焙煎艦長」

 

本当に任せて大丈夫なのか非常に不安になるが、さりとて実戦では彼女の能力に期待するしかなく信じるしか焙煎には道はなかった。

 

「さあ、いっちょやりますかー!」

 

デュアルクレイターは胸の前で右手の拳を左の掌に行き良いよく当て気合を入れると魚雷艇と共に敵に突っ込んでいった。

深海棲艦から砲弾の雨が降り注ぎ、魚雷艇に命中すると一瞬で海底に引きずり込んでいくが、後部ハッチから吐き出され続ける魚雷艇によって直ぐに補充されこちらの足を止めるに至らない。

ならばとデュアルクレイターに狙いを定めた深海棲艦からの砲弾は、呆気なく装甲に弾かれた。

 

「無駄だよ、あたしの正面装甲は一番分厚いんだ。そこら辺の豆鉄砲じゃ話にならないね」

 

最もその分他の面、特に後部ハッチは最も装甲が薄く、ここが弱点となっている。

デュアルクレイターはお返しとばかりに38.1㎝砲3連装8基24門の火力を解き放つ。

曲線を描いた砲弾は敵の至近距離に落着し敵を動揺させた。

デュアルクレイターの双胴は極めて高い安定性を持ち、また双胴艦故大排水量と重装甲に大量の武装を搭載できるという利点がある。

逆に旋回性能の低下などの運動性能や被弾面積という面で不利になっているところが有るが、そもそも強襲揚陸艦は味方の空海からの援護の元、敵前上陸を果たす兵種なのでそこまで速度は必要ではなく、巨大さも揚陸艦の盾として機能するので状況さえ選べば弱点はないと言っても過言ではない。

 

「ほら、まだまだ行くよ。主砲ロケット発射」

 

デュアルクレイターは続いて噴進砲から弾幕の如くロケット弾を投射した。

口径にして60㎝ものロケットが雨あられと襲いかかるのだ、弾速が遅いとはいえ重巡クラスは一撃で大破、駆逐艦ならば跡形もなく消し飛ぶ威力だ。

視界を埋めつくさんばかりのロケット弾の壁に、必死に対空砲で迎撃し中には主砲まで使って必死に落とそうとするが数が違いすぎた。

一つ二つと迎撃仕切れなかったロケット弾が命中するたび、深海棲艦の体はえぐれ吹き飛ばされる。

誘導性能は無いとはいえ、面で圧倒する相手に対し、深海棲艦はなすすへなく飲み込まれた。

後に残ったのは半壊状態の深海棲艦であり、そこに容赦なく魚雷艇がロケットや魚雷でトドメを刺す。

 

「状況終了、魚雷艇を収容して揚陸作業に入るよ」

 

こうしてキスカ島の包囲は解け、将兵の救出作業が行われる中、深海棲艦の揚陸艦隊はと言うと。

 

 

 

「ヒャッハー、水上艦は不要だぜ‼︎時代はホバーだぜ」

 

海を島を物ともせず駆ける超兵器艦娘。

ホバーにより島影に退避していた揚陸艦隊を島を乗り越えることで強襲。

この常識はずれの奇襲に深海棲艦は蜘蛛の子を散らすように散りぢりになって追い立てられた。

 

「深海…せい?なんだっけ、まあいいや。深海魚は消毒してバーベキューかフィッシュアンドチップスだぜ‼︎」

 

フィッシュアンドチップスはイギリスだ!という抗議の声の代わりに砲弾が飛んでくるが、ホバー移動する水陸両用超兵器、超巨大ホバー戦艦アルティメイトストームはそれをやすやすと躱す。

 

「だから、水上艦は不要だと言ったはずだぜ」

 

背中に巨大なファンを背負った偉丈婦アルティメイトストームは両手に装備された45.7㎝連装砲を放った。

大和型の主砲に匹敵する巨砲に艤装側面の副砲には新型AGS砲、これは砲弾自体に推進装置と姿勢制御装置に誘導性能を持たせ射撃精度、射程共に飛躍的に向上させる新兵器だ。

両舷のAGSは容赦なく敵を貫き、45.7㎝連装砲とミサイルが奏でる戦場音楽は到底揚陸艦隊とその護衛が付き合えるものでは無い。

しかも、アルティメイトストーム自身60ノットもの高速で動き回りながら、であるからして確かにただの水上艦などアルティメイトストームに言わせれば不要なのかもしれない。

交戦から僅か15分、深海棲艦の揚陸艦隊とその護衛を再び深海に叩き戻したアルティメイトストームは意気揚々とデュアルクレイターに合流を果たすのだった。

 

「あれ?あたしの活躍もしかしてこれだけだぜ?」

 

(むしろ今回が最後かもしれませんね〜、じゃけんさっさとキャラ立てて退場しましょうね〜)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キスカ島残存部隊指揮官古賀大尉は案内されたデュアルクレイターの内部を興味深げに見ていた。

キスカ島周辺の脅威を完全に排除した焙煎達によって、部下共々救出された古賀大尉は全員を代表して焙煎に感謝の言葉を伝えようとこうして案内されているのだが、

 

「不思議な船だ」

 

と内心強く思うのだ。

古賀大尉とて嘗て南方攻略作戦の折、陸戦隊として深海棲艦の航空基地の制圧作戦や陸上型との戦闘を通して海軍の艦娘と触れ合う機会があったが。

そのどれの記憶にも今自分達を救ってくれた様な艦娘の話はなく、新しく建造されたにしてはそんな噂は聞かず、そもそも名前からして日本では無いと思った。

 

「高野元帥の名がなくばアメリカ軍かと思った」

 

実際高野元帥の名が出るまで古賀大尉やその部下達もアメリカ軍に救助されたものと思っていたのだ。

それ程、今自分達が乗っている船には故郷の匂いがしない。

遠目に見たアメリカの艦娘とも似て非なる雰囲気を持つこの船とその艦長を、果たして信用していいのかと今更ながら古賀大尉は思ってしまう。

 

「くくく」

 

思わず苦笑がでる。

そんな妄想ができるくらい、ここは安全なのだ。

深海棲艦に包囲され、いよいよもって最後の時かと覚悟を決めた矢先、こうして救われたのだから玉砕するつもりだった古賀大尉達からすれば、ハシゴ外しも同然。

それが逆に可笑しいのだ。

古賀大尉は艦長室とプレートに書かれた扉の前に立ち、壁一枚隔てた先にいる自分達の救世主にはて英霊になり損ねたとでも言ってやろうかと、そんな取り留めも無い事を考えながらノックした。

 

 

 

「ようこそデュアルクレイターへ、当艦の艦長焙煎武衛流我(ヴァイセンヴェルガー)少佐です」

 

「キスカ島守備隊隊長古賀大尉です。今回はありがとうございました、おかげで部下も私も生きて靖国を潜れそうです」

 

「古賀大尉、まだ礼には早い」

 

おや、と古賀は内心でそんな表情を浮かべた。

何やら厄介ごとの気配がする。

長年軍務についてきた古賀大尉は相手の微妙な表情や言葉の調子の裏に隠された意図を読み取る癖を身につけていた。

その古賀大尉からして、どうもこの焙煎とかいう少佐は最初から怪しい。

そう言えば、最近横須賀鎮守府で精鋭艦隊を演習で打ち破ったとかいう噂の主も少佐だったな。

と、関係無い事も古賀は思い出していた。

兎に角このまま本土に戻って休暇と一時金を貰って家でゆっくりするという古賀の望みは、どうも期待薄そうだ。

 

そんな古賀の気持ちを他所に、焙煎はテーブルの上に北方海域の海図とある島の拡大写真を何枚か置いた。

写真を手にした古賀大尉は、その見覚えのある島影に最近特に目を合わせる様になった招かれざる隣人の姿を認めた。

 

「焙煎少佐、これは?」

 

「既に深海棲艦はここ北方海域に拠点の構築を始めた。このまま行けば遠からず北海道や周辺国家に深海棲艦が浸透するだろう」

 

と、いう事は今頃本土は大慌てだろう。

引っ切り無しにホットラインが飛び交って、ああだこうだと責任を押し付け合い結局場当たり的な対応に終始する所まで空想して古賀大尉は現実に意識を戻す。

 

「そうなる前に古賀大尉達にはここまで行ってもらいたい」

 

無理だな。

 

「無理ですな」

 

どうやら声に出してしまったらしい。

ここで止めるか、いや相手は元帥殿の命令書を持った信用ならない少佐だ。

い少佐だ。

結局なんだかんだ言ってこの手の相手は自分の実力ではなく、専ら権力や権威というものをかさにきて他人に強要するのだ。

それさえも借り物に過ぎ無いのに、それをあたかも自分の力の如く振る舞うからがタチが悪い。

 

「焙煎少佐、重ねて言います。残念ながら我々は人員装備共に消耗激しく、その戦力は多く見積もって4割程度(本当は重装備を破棄して人員の脱出を優先したから『人』単体でみたら殆ど消耗してい無いのだが)。これで“我々全員で敵に突っ込んで攻略しろ”と言うのはいくらお国の為とはいえむざむざ深海魚の餌になりに行くようなものです」

 

まあ、一応言っておくだけ言っておく。

それで考え直してくれればよし、逆に怒って固執すれば“背後からの弾”もありうる。

まあ望み薄だがな。

もう憮然とした表情を隠す努力をしなくなった古賀大尉だが、焙煎の反応は予想を外れた。

焙煎は何か変だと思ったような表情でしばらく考え、それから何かに気付いたのか合点がいった、という表情をした。

 

「どうやら言葉が足らず誤解を与えてしまったようだ。古賀大尉達に行ってもらいたいのは…」

 

最初それを聞いて眉をひそめ、続いて呆れ、最後は呆気にとられた。

 

「…と、いうことだ。どうかな?」

 

「焙煎少佐、仮にあなたの話が全て真実だとして成功の保証は?」

 

「ウチの参謀と相談して太鼓判貰ったんだ。兵は鬼道なり、とな」

 

「これが成功したら、我々はとんだペテン師ですな。了解しました、元気な兵隊を見繕って手品のタネを仕込んできます」

 

「⁉︎協力して下さるのですね」

 

「まあ、やってみましょう。孫子曰く城を攻めるは下策、心を攻めるは上策なり、とね」

 

 



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10話

今回特に意味の無い唐突なエロ展開に注意


アリューシャン列島のほぼ中央。

深海棲艦が物資集積地として利用している島の港には、10隻を越す輸送船団が停泊していた。

陸揚げされたコンテナは次々と仮設倉庫に運び込まれ、その様子を見下ろす高台の上で、北方海域侵攻艦隊旗艦戦艦棲姫は長距離通信で部下からの報告を受けていた。

 

「デハキスカノコウリャクハシッパイシタノカ」

 

「テキカンタイハッケンカライゴノホウコクガゴザイマセン、ザンネンナガラタキュウサマトモレンラクガツカズ、テイサツニダシタモノカラノホウコクデハキスカノホウイガトケテイルヨウスデアリマス」

 

「ソウカワカッタ、サガッテヨイ」

 

戦艦棲姫は部下を下がらせると、今後の予定が大きく変更された為に起こる時間のロスと作戦計画について思案した。

そもそも今回の作戦は、南方海域での総攻撃に合わせ北方海域を制圧し、日露米間の通行を断つと共に、電撃的に北海道を占領。

敵本土への橋頭堡を確保しつつ、南北より日本を挟み撃ちにする壮大な計画であった。

しかし、南方での総攻撃が物資不足で中断し、その間に体勢を立て直した艦娘艦隊により一部戦線が押し戻された為、本来の計画を変更し先ず北方海域に侵攻し、ここに二次前線を築くことによって敵の戦力を北と南で二分させる。

しかる後に、戦力の回復した南方と連携して敵を一気に叩く。

つまる所敵の注意を引き付ける陽動である。

その最初の手はず通り、北方海域アリューシャン列島を制圧した戦艦棲姫等は、思ったよりも敵の抵抗が少ないことから部下達が占領地拡大を戦艦棲姫に上申。

当初戦艦棲姫の考えでは、揚陸艦隊の到着が遅れを理由に、無理に占領地の拡大をするつもりは無かった。

しかし、部下達の熱心な説得により、これを受け入れた戦艦棲姫は艦隊を派遣する事にした。

元々敵を求めて遥々北方に来たのにも関わらず、碌に敵と当たらず、意気盛んな部下達にとって拍子抜けも良い所だった。

部下達の加熱した戦意を発散させ、遊んでいる戦力を有効活用する意味でも艦隊を派遣し、仮に敵の抵抗があっても容易に粉砕できる戦力は十分にある。

そう自分を納得させた戦艦棲姫だが、その際、艦隊をタ級éliteに任せたのは、部下に功績を譲る度量の広さを示すと共に、経験を積ませる為でもあった。

近年数で勝る深海棲艦が少数の艦娘相手に敗北する事度々重なり、各海域で大きな問題となっていた。

高練度の艦娘や第二改装により、飛躍的にその質を充実させた艦娘による被害は無視できないものがあり、質の向上による戦術の変化に、通常の深海棲艦では対応できなくなっていた。

新しく開発された深海棲艦は、まだ全体の必要量に達していないのが、現状だ。

高練度艦娘に対抗出来る鬼、姫クラス等の艦隊旗艦を早々前に出せるわけがなく、この問題は長らく深海棲艦全体を悩ませてきた。

そこで、一部のéliteやflagshipの中から選抜した個体を調練し、ある程度の指揮能力を付与する事が試みられた。

その内、特に優れた適正を見出された個体は、鬼、姫クラスの元でより高度な指揮方法を学び、直属の部下として育て、行く行くは艦隊旗艦を務めさせ、深海棲艦全体の質を向上させようと言う目論見であった。

その中で戦艦棲姫が直々に手解きをした個体、戦艦タ級éliteには特に期待をかけていた。

勇猛果敢にして自軍に有利な状況を作り出すのが殊の外上手く、航空機による陽動からの艦隊による包囲殲滅を得意とした。

一方、一旦作り出した優位が崩れると弱く、また敵に機先を取られるのを嫌い、相手に先制されると血が頭に登って気性が荒くなる欠点があった。

総じて、自軍が優位な時はとことん強いが、守勢に関しては粘りに欠ける攻勢の将、と言うのが戦艦棲姫の評価であり、概ねその通りであった。

今少し苦戦、と言うものを覚えさせれば安定した指揮で一個艦隊位は任せようかと考えていた。

そのタ級éliteが敗れたとあっては上官として師として、部下の敵討ちをしなくてはならない。

そうしなければ部下からの信頼を失い、艦隊の士気も低下してしまう。

だが揚陸艦隊が失われた今、事態はより深刻だ。

キスカ島占領に向かったタ級éliteは、与えた艦隊共々沈み、貴重な揚陸艦隊を失った今彼女の手元に残された戦力は半減したと言っても良い。

しかも、今回の作戦に当たって、戦艦棲姫は直属の艦隊を南方の守りに置いて来ていた。

与えられたのは今まで後方に置かれた艦隊であり、装備も練度も遥かに劣る所謂二線級の烙印を押された者達だ。

何故そうなっかと言うと、つまる所嫉妬である。

深海棲艦と言えども一枚岩ではない。

そこには様々な思惑が複雑に絡み合い、南方戦線の防衛の為戦力は割けない、北方海域の占領程度二線級部隊で十分と言う尤もらしい理由は付いてはいたが、明らかに戦艦棲姫に手柄を立てさせたくない者の策略であった。

恐らく、揚陸艦隊の遅れもその一環であったのだろう。

もし彼女が指揮していたのが直属の艦隊であり、予定通り揚陸艦隊が到着していれば、今頃は北海道はおろか本州に上陸さえしていたかもしれない。

だが、今となっては全てが仮定の話。

この様な事態になるのであれば、無理にでも直属の艦隊の半分、いや三分の一でも手元に残してあれば。

或いは最初から全兵力で持って自分が出向くべきであったと後悔した。

そこにまた偵察に出した部下からの通信が届いた。

 

『テキカンタイウゴク』

 

その一文で戦艦棲姫の腹は決まった。

 

「ゼンカンニツウタツ、ゼンカンシュツゲキシ、テキヲムカエウツ!」

 

戦艦棲姫からの指示か飛ぶや否や、麾下の艦隊は慌ただしく出港準備を整えていく。

戦艦棲姫は自らの艤装を準備しながら、信頼できる部下に更に指示を与えた。

 

こうして、北方海域をめぐる戦いは最後の時を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キスカ島の将兵を救出した焙煎等は、休む間も無く次の戦いへ赴いていた。

苦戦したヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィント、アルウスらの消耗は激しく、最低限の補給を済ませた後の連戦をしなければならない。

特にアルウスは損傷こそ少ないものの、砲弾と艦載機の消耗が激しく、同じく多数の被弾を抱えたシュトゥルムヴィントも又戦闘は難しそうに見えた。

ここで二隻同時に後方へ下げる訳には行かない。

どちらか片方を残さなければならない。

 

そしてそのどちらかを選ぶのは焙煎自身であった。

 

暫く考えて、焙煎は命じた。

 

アルウスに名目として救助した将兵の内、作戦に参加しない者の護送と、スキラズブニルの護衛と説明したものの、ヴィルベルヴィント同様、敵を目の前にして退くのは超兵器の矜持に反するらしい。

大分不服そうだったが、まだ敵の残党が居るかもしれないから、その掃討も頼むと伝えて、やっと納得してくれた。

 

アルウスを戻し、シュトゥルムヴィントを残したのはヴィルベルヴィントとほぼ同型の超兵器と言う理由だからだ。

何かあれば足の速いヴィント型は逃げられるし、演習で証明されたように、高速戦艦と云う装甲に劣る艦種で有りながら、時に思わぬ耐久性を発揮する事がある。

多少の避弾等は、経験からある程度ならば致命傷を足り得るものではないと考えた。

アルウスも足の速さの点では十分なのだが、あくまでもその艦種は空母。

艦載機有ってこそであり、中途半端な数ではアルウスの持ち味を生かせないと考え、砲撃戦能力と継戦能力では現状シュトゥルムヴィントに劣っていた。

それに空母の方が、何かと設備が揃ってもいる事から、将兵の身の安全を含めると、矢張りアルウスに任せた方が何かと助かる。

その様な計算が働き、アルウスを除く残りの艦隊での作戦となった。

 

将兵を乗せたアルウスを見送り、焙煎達は直様行動に移った。

ヴィントシュトースよりもたらされた情報により、敵の物資集積地の詳細な位置が判明した今、電撃的な強襲によって敵の態勢が整う前に海戦に望む必要がある。

でなければ母艦スキラズブニルと離れた焙煎等は、体勢が整った敵と対峙した場合、かなりの損害を覚悟しなければならない。

補給に難のある焙煎達にとって、それは何としても避けなければならない事だった。

 

焙煎達には短期決戦より他に道は無いのだ。

 

デュアルクレイター右舷艦橋の指揮官席に座る焙煎は、戦術モニターに映し出された敵と味方の配置を見て唸った。

 

「鬼、姫がいるとは思ったが、まさか戦艦棲姫がいるとはな。道理で苦戦するわけだ」

 

戦艦棲姫、その名は全ての提督にとって悪夢と共に記憶されている。

幾多の海戦に姿を現し、その高火力で多くの艦隊を粉砕し、又ある時は随伴艦としてその重装甲を持って旗艦を庇う盾として立ちはだかり、どんなに致命的な損傷を与えようとも、直ぐに又戦場に姿を現す不死身の戦艦。

鬼、姫ある所には必ずと言っていい程随伴艦として現れ、その姿がまるで保護者の様に見える事から又の名を「敵艦隊のお艦」と言い、一部の提督からは密かな人気を得ている。

 

「火力では敵の方が勝っているな。幸い空母等はいない様だが、純粋な戦艦同士の殴り合いとなると相手に分がある」

 

デュアルクレイターを先頭にアスティメイトストーム、ヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントと続く単縦陣を組んだ焙煎達に対し、敵は後方の拠点を守る様に幅広く展開するのではなく、戦艦棲姫を先頭に立て密集陣形を取っている。

 

一見すると、ヴィルベルヴィント達の雷撃の餌食にも見えなくないが、損傷と損耗激しいヴィルベルヴィントとシュトゥルムヴィントの二隻をあの密集陣形に突っ込ませるにはリスクが大きく、砲撃で突き崩そうとしても、戦艦を中心に重装甲の艦種が前に出て壁として立ち塞がり、容易崩れそうでも無い。

言うなれば海上に出現したファランクス。

仮にアルウスが居たとしても、密集し密度を増した弾幕と深海棲艦が使うVT信管の合わせにより、殆ど効果はないだろう。

 

本来なら水中から奇襲が出来るドレッドノートの出番にも思えるが、生憎の所、別任務の真っ最中でありここには居ない。

 

だが、その別任務こそ焙煎達の運命を決定するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全艦隊を出撃させた戦艦棲姫は、敵をなるべく拠点より遠くで迎撃の構えを見せていた。

 

彼女が艦隊を広く展開しないのは、麾下の艦隊の練度不足と、超兵器相手に層を薄くすれば容易く切り裂かれ、見るも無惨な事に成るのは間違いなかったからだ。

そう成ら無い様密集陣形を取り、正面を古参の戦艦で固め戦艦棲姫自身が前に立つ事で、何とか様になっている有様だ。

 

 

物資集積地はここからでは、レーダー上にのみその姿を確認できる。

そこから別れる様に、別の一群が味方の勢力圏を目指し離れていく。

 

戦艦棲姫が命じて拠点より退避させた輸送船団である。

途中で積荷が入ったコンテナを投棄して本隊とは別方向に逃げる様指示が出されていた。

途中でコンテナを捨てるのは船足を軽くする為と、どこに潜んでいるか分らない潜水艦を警戒してでの事であった。

艦娘、特に潜水艦のそれは戦果よりも資材を求める傾向にある。

オリョール海域において、度々この手の潜水艦が目撃されており、

 

「センカンセイキサマ、ゴメイレイドオリ テハイイタシマシタ」

 

戦艦棲姫が秘密の指示を出した部下、戦艦ル級flagshipからの連絡に戦艦棲姫はその労をねぎらった。

 

「ゴクロウ、ヤスンデモライタイトコロダガ、ソレハマズカエッテカラニシヨウ」

 

ふと戦艦棲姫は戦いの前にル級flagshipに尋ねた。

 

「トキ二ルキュウヨ」

 

「ハ」

 

「オマエハタキュウノコトヲ、ドウオモッテイタ?」

 

難しい質問である。

ル級flagshipとタ級éliteは互いに功を競い合う仲でありながらも、とても親しく何方も互いの部屋を訪ねる関係であった。

それを知る戦艦棲姫は敢えてこの場でタ級éliteについて尋ねたのだ。

 

「アイツハイイヤツデシタ、デキルナラ、コノテデカタキヲウチタイトオモッテイマスガ…」

 

難しいだろうな、と戦艦棲姫は内心でそう思ったが、個人の意見としては、ル級flagshipには敵討ちをさせてやりたい。

だが、彼女もル級flagshipも多くの部下を預かる身。

私闘に部下達を巻き込むわけにはいかない。

 

「ソノキモチ、シバシワタシノムネニトドメテオクコトハデキナイカ?」

 

それは戦艦棲姫の最低限の譲歩であった。

決して忘れる事は無い、しかし今は自分にその気持ちを預けてくれ。

その意図する所を汲んだル級flagshipは、戦艦棲姫に促されその場を後にした。

 

 

互いに姿は知覚でき無いか、レーダー上にはもうお互いの姿は捉えていた。

互いに主砲の射程距離ギリギリのラインまでにじり寄りつつも、戦艦棲姫と焙煎は共に機会を待っていた。

 

最初に動いたのは焙煎達であった。

 

「センカンセイキサマ、コウホウニ、アラタナテキガシュツゲンシマシタ」

 

「キョテントノレンラクガトレマセン⁉︎テキノシンニュウヲユルシタヨウデス」

 

「センカンセイキサマ。ワレワレハドウスレバ」

 

「ゴシジヲ⁉︎」

 

突然背後に敵が出現した。

 

その意味する所は、戦艦棲姫とその艦隊は挟み撃ちを受けたのだ。

 

焙煎が用いた策とはこうである。

敢えて強襲艦であるデュアルクレイターを前面に晒し、敵の注意を引き付けつつドレッドノートが戦場を迂回し、極秘裏に古賀大尉率いる陸戦隊の一団を上陸させた後、拠点の制圧と共にレーダーに反応するデコイを放つ事で敵に心理的動揺をかけたのだ。

 

突然背後に大軍が出現した敵は何方を相手にするかで迷う。

一度奇襲を受けた深海棲艦は、心理的に二度目三度目を疑ってしまう。

そうなると積極的な行動は取りづらい。

だが、グズグズすれば包囲される危険性がある。

ここで焙煎は意図的に隙を見せる。

となればどうだろう、包囲の危機にある艦隊がその危機を脱するために戦闘では無く離脱を選ぶのは必然と言える。

そこを後背から襲う形を取れば、離脱は容易に撤退に変え得る。

 

だがそれは並みの指揮官ならば、常識として判断してしまうが、この場に居るのは戦艦棲姫。

その判断は並みのものではない。

 

「ゼンカンワレニツヅケ」

 

戦艦棲姫はただそれだけ言って前に進んでいく。

後ろでも作られた隙でも無い。

敵が待ち構える正面に向かって進んでいくのだ。

その悠然と佇み、堂々たる行進に部下達は自然と混乱が解け戦艦棲姫に着いて行く。

 

焙煎にある多くの欠点の内、如何しても戦いを机上の物で捉えてしまう所がある。

つまりこうなった時如何するか?では無く、こうしたからこうなった、と言う物の考え方をしてしまいがちなのだ。

つまり原因=結果の関係が崩れる所には弱い。

言うなれば、突発的な事態に如何しても受け身になりがちなのだ。

この時も焙煎は戦艦棲姫に対し、様子見と言う判断を下してしまった。

仮にこの時乗艦がヴィルベルヴィントならば、焙煎に敵の行動の理を認めさせ、違った判断を促したであろう。

デュアルクレイターも又普段であれば、水雷艇と共に敵の真っ只中に突っ込む気質だが、この時は建造されて間も無く、焙煎の存在が重しとなって彼女本来の戦い方に反し、待ちの態勢となってしまった。

 

両者の距離は急激に近付いて行く。

既に互いを最大射程距離に収めているが、双方ともギリギリまで引き付けてからの砲撃戦を覚悟していた。

 

焙煎は固唾を飲んで敵が有効射程距離に入るのを見守った。

 

そしていよいよ持って敵が射程距離に入ろうとしたその瞬間。

 

突如として戦艦棲姫は回頭を行った。

 

焙煎達から見て右舷方向、相手は左に舵を取った敵艦隊は、いっそ見事としか言うほか無い程、堂々たる艦隊運動を持って優美な曲線を描いていく。

 

一隻たりとも乱れなく回頭を行っていく深海棲艦は、簡単に見えて実に高度な練度を見せつける、正に手本のような姿であった。

 

焙煎達いや、焙煎はそれを黙って見ている事しか出来なかった。

敵の意図を計りかねたのと同時に、敵前回頭を断行した戦艦棲姫の気迫に、飲まれてしまったからか。

或いは、目の前で突き付けられた指揮官としての差に愕然としていたのかもしれない。

 

焙煎が漸く言葉を発したのは、最後の一隻が水平線の彼方に消えてからだった。

 

戦いは終わった。

 

北方海域は再び海軍の手に戻り、深海棲艦はその戦略目的を果たせず、結果としては海軍の勝利と言えるかもしれない。

 

だが、最後にケチがついてしまった。

焙煎達が物資集積地を占領したが、肝心の資材はコンテナごと、海に流されてしまっていたのだ。

 

後で分かった事だが、放棄されたコンテナは潮流に乗って一箇所に集積され、それを回収して行く為敢えて輸送船団は空荷のままであった。

 

焙煎としては当てにしていた資材が手に入らず、トータルでマイナスの大赤字と言う結果に、暫く塞ぎ込んでしまった。

 

一方の海軍はと言うと、呉鎮守府が横須賀鎮守府を出し抜く為に派遣した航空重巡洋艦鈴谷麾下の艦隊が、撤退する戦艦棲姫と遭遇。

 

行き掛けの駄賃とばかりに叩き潰され、這々の態で逃げ延びたす羽目となり、後詰の横須賀鎮守府の艦隊に救助を要請する醜態を晒した。

 

この件が切っ掛けとなり、横須賀鎮守府と呉鎮守府の水面下で静かに行われていた抗争が、表面化し激化する事となった。

 

 

 

 

帰還した戦艦棲姫を待っていたのは、軍事裁判であった。

味方に囚われ、衆目に罪人としてその姿を晒す辱めを受けながら、戦艦棲姫は裁判に臨んだ。

裁判では敗戦の罪を問われ、特に貴重な揚陸艦隊を全て失った罪、いたずらに戦力を消耗させあまつさえ部下を無為に死なせた罪、大きくこの二つの罪を問われた。

 

戦艦棲姫は非は全て自分にあると言い、何も言い返す事は無い。

この旨は、厳正な法の裁きに身を委ねるのみ。

と言ったきり、口を噤んだ。

その堂々たる姿には、一片も恥じ入る所無く、清廉潔白とした物言いは見る者の共感と感嘆の溜息をもたらした。

ああこれこそ姫の姫たる所以、戦艦の中の戦艦ぞ。

今こうして囚われているのは何かの間違いに違いない。

そう衆目が一致する所の思いは、しかし無残にも裏切られた。

 

戦艦棲姫に判決が下った。

艦隊の指揮権を剥奪した後、解体刑に処す、刑は即日執行するものとする。

非情を通り越して憤りさえ覚える内容であった。

 

しかしその時であってさえ、戦艦棲姫は粛々と判決を受け入れた。

数々の非難の声と不服に異議申し立て、裁判をやり直しを求める声を背に、戦艦棲姫は法廷をあとにした。

 

戦艦棲姫の解体刑はその日の夜、速やかに行われた。

立ち会う者少なく、こうまで早く実行されたのは彼女を慕い、奪還を試みる輩の意気を挫く為でもあった。

 

刑は執行された。

その最後の時まで、堂々たる出で立ちであり、慣例である睡眠薬を混ぜた杯を受け取らず、最後まで目を開いたまま、刑を迎えたのだ。

 

刑が執行された後、その資材は失った揚陸艦隊再建に充てられる事となった。

 

こうして、敵味方両方に問題を残しつつも、戦場は何時もの静けさを取り戻したかに見えた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深海棲艦本部

 

その一室で飛行場姫は上機嫌であった。

 

まんまとあの戦艦棲姫をハメ、処分する事が出来たからだ。

ワインを片手に酒気を吐き出す様を、戦艦ル級flagshipは静かに見ていた。

 

「貴方もどう?一杯やりなさいな」

 

「いえ、私はこの後任務があるので…」

 

「あら、残念」

 

言う程残念では無さそうな様子で、飛行場姫は手に持つ杯に、新しい深紅の液体を注ぎ喉を潤していく。

ル級には、それはあたかも味方の生き血を啜る悪鬼の様に見えた。

 

「ぷはっ」

 

一息、飲み干した飛行場姫は酔いが回ったのかソファーに身を横たえた。

 

「本当、貴方には感謝しているのよ?貴方があれこれしてくれたお陰で、こうも容易く戦艦棲姫を葬ることができたんだから」

 

そこで何かに気付いたのが、飛行場姫は笑みを浮かべた。

 

「いいえ、訂正するわ。もうアイツは姫じゃない。ただのそこらへんの戦艦として解体されたのよ。その資材が本当はどんなことに使われるのも知らずに」

 

戦艦棲姫は解体刑に処せられる前に、名誉ある鬼、姫が解体されると言う事実を防ぐ為、半ば無理やりその称号を剥奪されてから解体されたのだ。

 

名誉も誇りも、嘗ての栄光その全てを失い戦艦棲姫はただの深海棲艦として解体された彼女の気持ちはどの様なものだろう?

 

内心の激情を一切悟られず、戦艦ル級flagshipは独白を続ける飛行場姫を見つめる。

 

「あはははは。これでも私、彼女の事好きだったのよ?」

 

明らかに嘘だと分かる。

だが、そんな事も気にも留めないほど、今の飛行場姫には余裕がある。

 

一通り笑った後、飛行場姫は猫が新しい玩具を見つめる目でル級に問うた。

 

「ねえ、もう一度聞かせてくれないかしら?貴方が裏切った、り・ゆ・う」

 

果たしてこれで何度目だろうか。

ル級flagshipはここに来て繰り返し答えた理由を口にする。

 

「戦艦棲き…いえ、私の元上司は臆病にも味方を捨て駒にして自分だけ逃げた卑劣艦です」

 

「アイツは部下の能力に嫉妬して無謀な作戦に投入したばかりか、その仇も責任も取ろうとしない深海棲艦の恥さらしです」

 

そこまでの言葉を飛行場姫は噛みしめる様に頷き、ゆっくりと飲み干してから続きを促す。

 

「私は、もうあんなヤツには付いていけない思いました。いつ捨て駒にされるか分からない相手なんて信用できません」

 

「だから私は…!」

 

そこで飛行場姫は手をかざし、ル級の言葉を引き継いだ。

 

「だからお前は、私に付いたのよね?戦艦ル級flagship」

 

クスクス、と笑う飛行場姫はその手からグラスを落とした。

 

グラスはカーペットの柔さで衝撃を吸収され割れずに済んだ。

 

ル級flagshipはグラスを拾おうとソファーの足元に近付いて拾おうとしたその時。

 

「ねえ、仇を討ちたいんでしょう?」

 

飛行場姫はル級の頬に手を当て、顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫、私に付いてくればお友達?いえ恋人かしら」

 

「その子の仇くらい、簡単に討たせてあげられる」

 

ル級の瞳を覗き込む飛行場姫の顔は何処までも楽しげで、加虐味を帯びている。

 

まるで蛇が舌をチロチロと出して、こちらの顔を舐めまわしているかのような、怖気がル級に走った。

 

その恐怖を煽るように、飛行場姫は猫なで声で耳元に打ち明けた。

 

「だから、ね?今日は乾杯しましょ。貴方と私の出会いに、仇を討てます様にって」

 

では、新しいグラスをとル級は理由を付けて離れようとした。

 

だが、顔を飛行場姫の手に抑えられ、動く事が出来なかった。

 

「んん〜、グラスはここにあるからいいわよ」

 

そう言って飛行場姫は自らの胸元に作った谷間に、深紅の液体を垂らした。

何処までも冒涜的で退廃的で有りながらも、どうしてもその姿に魅入られてしまう魔性の美がある。

 

「さあ、どうぞ」

 

と、胸を突き出されてしまえば、最早退路はない。

 

ほんの一口、胸に触れない様液体の表面だけに唇を付けただけ。

 

その僅かな合間さえ、咽せ返る様な色気と酒気に酩酊してしまいたくなる。

 

「ああ〜ん、くすぐったいは」

 

胸に触れて無いのに、あたかもそうされたかの様な声を漏らす飛行場姫。

 

胸元から滴る深紅の液体が、まるで血の様な印象を抱かせ、一層蠱惑的と言ってもいい。

 

「じゃあ、今度は私ね」

 

今のル級flagshipの姿はグラスを拾おうとして、足を屈めた状態にある。

 

まるで胸を飛行場姫に差し出すかの様な格好になってしまっていたのを悟り、顔が熱くなった。

 

「ほら、溢れちゃうわよ〜」

 

御構い無しに注がれるボトルの中身は、ル級の滑らかな肌を流れ服を赤に染める。

 

「うふふ、乾杯」

 

飛行場姫は己が胸とル級の胸を合わせ、液体を啜る。

 

舌で、唇で、歯で、時に甘く時に激しく艶めかしくもピチャピチャと音を立てるイヤらしさ。

 

恥ずかしいことをされている。

でも顔を背ける事は出来ない。

 

液体を全て舐め取られた訳ではなく、多くが跳ねたり隙間から漏れてお互いの服を濡らしてしまっている。

 

不意に、唇に熱い感触が伝わり、次いで全てを押し流す蹂躙が始まった。

 

ただ耐える事しか出来ないル級。

 

そういう事に全く経験が無い訳では無いが、彼女の経験したそれと比べ愛情の一切無い、ただ快楽だけを押し付けられる感覚に、思わず吐き気がした。

 

「ぷはっ」

 

やっと終わった蹂躙は、ル級の精神を十分に磨耗させていた。

 

「うふふふ、さあ今夜はもっと仲良くなりましょ。嫌な事、私が全部消してあげる」

 

全ては遅きに失した。

 

蛇の舌に囚われ、猫にいたぶられる鼠の様に、ル級の長い長い夜は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南方最前線

 

敵の補給の滞りを突き、一部戦線の押し戻しが成功する中、更に押し拡げるべく進撃が続けられていた。

 

「勝手は、榛名が許しません!」

 

「私の計算によれば、この海域を確保すれば来るべき反攻作戦の橋頭堡になるはず。皆さん、ガンガン行きますよー」

 

姉二人と交代で、前線に派遣された榛名、霧島を中核とする高速打撃艦隊は、その快速を活かし、海域から深海棲艦を駆逐しつつあった。

 

補給が滞り、碌に艦隊を動かす事が出来ない深海棲艦は、各所で分断、包囲殲滅され反撃も儘なら無い中、海域は艦娘の手に落ちようとしていた。

 

「偵察機より報告、軽空母ヌ級flagship敵重巡リ級éliteを含む有力な艦隊を発見。多数の被弾した深海棲艦と共に現在海域より撤退しつつあり」

 

軽空母祥鳳より発艦した偵察機よりもたらされた報告は、艦隊全員に衝撃をもたらした。

 

正規空母ヲ級程では無いとは言え、軽空母ヌ級flagshipは侮れない相手であり、重巡リ級も昼間の砲撃、夜戦時の火力共に侮れない物がある。

 

真正面から戦うには、本来ならば今の陣容では苦しいものがあった。

 

だが、榛名達は今決定的瞬間に立っていた。

 

「多数の被弾した艦を抱えた軽空母と重巡の艦隊…それが海域から離れつつあると云う事は」

 

艦隊の頭脳、霧島で無くとも分かる事だ。

 

「榛名、分かっているわね?」

 

「はい、榛名は大丈夫です!全艦、これより我が艦隊は敵艦隊を追撃。夜戦にて撃滅します」

 

「私達の速度を持ってすれば、敵に追いつく事は容易です。皆さん、頑張って行きましょう」

 

追撃戦、それは古来より最も戦果を上げてきた戦いである。

 

軽空母ヌ級flagshipにとって不幸だったのは海域より撤退する際、周囲の味方が集まってしまった為、見捨てるわけにも行かず、多数の足手纏いを抱えた状態で戦わねばならなかった事。

 

しかも、その相手が勇名名高き金剛型四姉妹の内、二人が相手であった事。

 

先んじて発艦した軽空母祥鳳の艦載機が、水平線に没する太陽を背に水平線ギリギリで近づき、軽空母ヌ級flagshipに被害を与え艦載機の発艦を不可能にした事。

 

炎上する軽空母ヌ級flagshipが松明となり、夜の闇に自分達の艦隊を浮かび上がらせた事。

 

幾つもの不幸が重なり、戦う前から劣勢な撤退する深海棲艦。

 

圧倒的有利な状況を作り上げた榛名、霧島の艦隊は巧みな操艦により撤退する艦隊に襲いかかった。

 

「全艦、主砲撃てー‼︎」

 

「損害の軽微な敵を優先的に狙います。ここで全て沈めるわよ」

 

夜の闇にを明るく照らす砲火の応酬、探照灯や照明弾が無くとも相手の居場所が分かる絶対の有利。

 

砲火と夜陰に紛れ、雷撃を敢行する水雷戦隊によって、深海棲艦は既に半死半生の状態にまで追い込まれていた。

 

無事な艦は無く、最早これ迄かと思えたその時、熾烈な砲火を浴びせる榛名、霧島が突如被弾する。

 

「きゃあ⁉︎」

 

「くっ、雷撃。何処から」

 

二人の疑問を他所に次々と被弾する味方の艦隊の悲鳴が、通信機を飛び交う。

 

「兎に角落ち着いて、一度集結して体制を立て直します」

 

次々に集まる味方の艦隊、しかし突如として通信機に何者かの声が響く。

 

「アア、ソレハアクシュダナ」

 

「な⁉︎」

 

「一体誰が」

 

その答えの代わりに、集まった榛名達に向け、又もや雷撃が放たれる。

 

その数、凡そ海面を埋めつくさんばかりであった。

 

咄嗟に回避を試みるも、味方艦隊が集結していたのが仇となり、碌な回避も儘ならぬ中次々に魚雷が命中し、今度は艦娘達が一転、窮地に立たされた。

 

いつ何処からか撃ち込まれるのか分からない雷撃に、恐怖に駆られた彼女達が無策に照明弾を打ち上げてしまったのは、同情に値した。

 

少なくとも、自ら進んで居場所を暴露しなくてはならない程、追い詰められた彼女達を誰が愚かと笑えよう。

 

夜の闇を明るく照らし出す光が、敵の姿を露わにする。

 

「まさか、この海域に居たなんて」

 

「事前情報では、もっと後方に配置されていた筈。なのに何故」

 

彼女達の目の前に姿を現したのは、駆逐棲姫、軽巡棲鬼その周りには雷巡チ級に重巡リ級。

 

お供の艦隊は兎も角、鬼、姫は艦娘にとって最大級の脅威であり、その為、その居場所は常に最新の注意が払われていた。

 

陸上型の深海棲艦の様に固定されたものでは無く、常に移動する水上艦はいつ何処で会うか分からない脅威であり、嘗て海軍に被害を与えた戦艦棲姫一人を討ち取る為に、横須賀、呉両鎮守府が連合艦隊を組んで討伐作戦を行った程だ。

 

その際、連合艦隊を阻んだ深海棲艦の中に、今目の前にいる駆逐棲姫、軽巡棲鬼がいた。

 

この二人が率いる艦隊によって、昼間は高速機動戦で撹乱され、夜間は川内型を凌ぐ夜戦火力で大物食いをされ連合艦隊は瓦解。

 

結果は散々たるものであり、お互いに責任をなすりつけ合った呉、横須賀鎮守府が袂を分かつ切っ掛けともなった。

 

兎も角、絶対絶命の窮地に立たされた榛名、霧島は自分達が囮となる事で、何とか味方の艦隊を逃がそうと試み様とした。

 

 

 

「哀れだな」

 

駆逐棲姫は内心でそう呟いた。

 

「哀れなものか。これは自業自得と言うものだ」

 

と、軽巡棲鬼が口にすれば、ああ声に出したのだなと駆逐棲姫は了解した。

 

「奴らは自ら危地を招いたのだ、余計な欲を出さなければこんな目に合わずに済んだろうに」

 

軽巡棲鬼は侮蔑と嘲笑を隠しもしないその態度に、駆逐棲姫は幾分納得しかねる所があったが、概ねの所ではその論の正しさを認めていた。

 

「トドメを刺すぞ…⁉︎」

 

駆逐棲姫が魚雷を発射しようとしたその時、緊急通信が届いた。

 

「ん?如何した、ヤらんのか」

 

訝しんだ軽巡棲鬼はそう駆逐棲姫に言った。

 

「…本隊からの命令だ…」

 

「待て、それは本当か⁉︎」

 

「再三確認はとった。残念ながらここまでだな」

 

本隊からの突如の帰還命令。

今少しで敵を討取れる場所にありながら、駆逐棲姫達は命令に従うしかなかった。

 

「その首、今日の所は預けといてやる」

 

と、軽巡棲鬼は捨台詞を吐きながら麾下の艦隊共々夜の闇へと帰って行った。

 

一方榛名、霧島はと言うと、自分達が悲壮な決意を決めたその先で、敵がなぜか引き始め辛くも窮地を脱した。

 

帰還した榛名達はその足で司令部に駆逐棲姫、軽巡棲鬼の出現を報告。

 

前線司令部は駆逐棲姫、軽巡棲鬼の存在を重く受け止め、これ以上の進撃は不可能と判断し確保した海域を放棄。

 

敵の掃討に当たっていた艦娘達を引き揚げさせ、守りを固めた為戦線は膠着。

 

南方は久しくなかった静寂が訪れ様としていた。

 

 

 

 

 

帰還した駆逐棲姫達を待っていたのは戦艦棲姫処刑の報と、自分達を取り囲む同じ深海棲艦の砲門であった。

 

駆逐棲姫、軽巡棲鬼は囚われの身となり、戦艦棲姫直属の艦隊は解体され、各地へと飛ばされた。

事実上戦艦棲姫とその派閥は消滅したと言える。

 

 

 

 

 

南方海域深海棲艦司令部の地下壕。

 

嘗て海軍の高級士官用に作られた豪華な部屋に駆逐棲姫と軽巡棲鬼は監禁されていた。

 

「私達は一体何時まで此処に居るのだ?」

 

「分からないわよ。情報が不足しているから如何してこうなったのかも、見張りがいても何も教えてくれないし」

 

部屋に備え付けられたバーカウンターに肘をついた軽巡棲鬼は、明らかに不満そうであった。

 

何も知らず、分からずでは鬱憤は溜まるばかりである。

 

気を紛らわせる酒類は事欠かないが、今の状況では酔いもしないだろう。

 

「くそ、矢張り無理矢理にでも情報ネットワークに潜入するべきではないか?」

 

「情報収集艦でも無い私達が、専門の装備も無しにどうこうできる代物ではないわ」

 

高級なソファーに寄りかかりながら、駆逐棲姫は天を仰いだ。

 

「八方塞がり、打つ手なしか。嫌になる」

 

軽巡棲鬼は荒々しくバーカウンターを叩いた。

 

それで気持ちが晴れる訳では無いが、何かに当たらずにはいられない性格であった。

 

『オノゾミナラオシエテアゲマショウカ』

 

突如部屋の隅から声が投げかけられた。

 

反射的に身構える二人の前に、部屋の影から一人の女が姿を現した。

 

一目で美人と分かる女である。

切れ長の目に濡れ羽色の髪、羽を広げた鶴の様に見えるドレスを身に纏っている。

最も、深海棲艦は見目麗しい者が多いから彼女が特別特別という訳では無い。

しかし、その肌は決定的に違うものがあった。

きめ細かく白い肌、深海棲艦の深海魚を思わせるそれでは無く、人と同じ様な白い肌。

それだけで彼女の存在は異質であった。

 

「あらあら、そう殺気立たずに。一杯やっては如何かしら?」

 

女がそう言うや否や、先程まで人影がなかったバーカウンターの内側にメイド服を着た少女達が姿を現した。

 

皆一様に同じ顔、同じ髪型、同じ背丈、同じ服装をしたメイド達が、駆逐棲姫達に給仕し始めた。

 

出されたグラスに注がれた琥珀色の液体を、軽巡棲鬼は一息に煽り、駆逐棲姫は唇を濡らすにとどめた。

 

「で、何を教えてくれると言うんだ?」

 

軽巡棲鬼はグラスを荒々しく置き、食道を焼く酒気を口から漏らして言った。

 

「潜母水鬼」

 

潜母水鬼は部屋の隅から移動し、駆逐棲姫の正面のソファーに座るとメイドからグラスを受け取り、喉を潤した。

 

「そうね、まずは…」

 

「いや待て。その前に貴女はどこから入ったのよ?ドアから入ってきた様には思えないのよね」

 

部屋の前には見張りがいて、ドアが開いたならば駆逐棲姫と軽巡棲鬼に分からないはずが無い。

 

「簡単な事よ、この部屋は私が用意させたの。どう、中々洒落てるでしょ?」

 

「それと、どこから入ったかは企業秘密よ」

 

「お前が手を回して用意したのならばドアから入ればよかろう。わざわざ部屋の隅から姿を現したのは訳があるのだろう」

 

軽巡棲鬼は潜母水鬼の答えに訝しんだ。

 

何故こんな手間のかかる事をしたのかを。

 

「それは簡単よ、私がここに来たことそれ自体を知られたく無いのよ。特に飛行場姫にはね」

 

「貴女達、私が裏から手を回さなければ明日にでも解体されていたのかもしれないのよ?」

 

何が何やらわからない様子の駆逐棲姫と軽巡棲鬼。

 

そして潜母水鬼はこれまでの経緯を語り始めた。

 

全てを聞き終え、軽巡棲鬼は怒りに打ち震えた。

 

「飛行場姫、許すまじ。戦艦棲姫様を亡き者とするなど、いま奴が目の前にいたらこの手で引き裂いてやる!」

 

「それは私も同感よ。潜母水鬼、教えてくれてありがとう。でも分からないわ、何故貴女がこうも手を尽くしてくれるのかが」

 

「簡単な事よ。つまりはバランスよ」

 

潜母水鬼は語り始めた。

 

今まで深海棲艦の中には大きく分けて三つの派閥があった。

 

まず空母棲姫を中心とする空母派閥。

 

派閥とは言ってもそこまで排他的でも無く、あくまでも同種の艦種同士の寄り合い所帯と言うのが正しい。

 

次に戦艦棲姫が率いていた武闘派派閥。

戦艦棲姫の武功と彼女自身のカリスマにより、派閥以外にもシンパが多いのだが悪く言えば彼女一人によって成り立っていたとも言える。

 

戦艦棲姫亡き後、派閥は消滅。

 

本来彼女の後釜となるべき駆逐棲姫、軽巡棲鬼が幽閉されている為、その崩壊は呆気なかった。

 

最後に、謀略によって戦艦棲姫を亡き者としその派閥を吸収して今や最大勢力となった陸上型基地型深海棲艦。

便宜上飛行場姫派閥と呼ばれている。

 

今までは先に挙げた三つの派閥がバランスを取っていたが、今やそれは過去の話。

 

このままでは飛行場姫による独裁が始まってしまう。

 

それは何としても阻止しなければならない。

 

その為にも、潜母水鬼は二人を助けたのだと言う。

 

「話は分かったが、まだお前の腹の中は全て見せているわけではなかろう?お前の目的は何だ」

 

軽巡棲鬼は潜母水鬼の語る話に嘘は無いと思っていたが、全てを話しているとは思ってはいなかった。

 

何故ならば、彼女自身のメリットを言ってはいないからだ。

 

「今飛行場姫は何をしていると思う?自分に逆らう者、不要な者を容赦無く解体しているの」

 

「その中には私達潜水艦隊も含まれているわ」

 

バカな、と二人は心の内で叫んだ。

 

同族を解体するなど、やっていることは恐怖政治そのものでは無いかと。

 

「それと、今飛行場姫は大量の資材を使って何かを大量に作っているわ」

 

勿論、解体された深海棲艦の資材もつかってと。

 

飛行場姫のあまりの蛮行にどちらにしろ、二人は何としても飛行場姫を止めねばならない。

 

そうしなければ、結末は深海棲艦の破滅しか待っていない。

 

「私の目的は我らを生存させること。それ以外無いは」

 

「お前の話は分かった。で私達に何をさせたいのだ?」

 

「ありがとう。今はまだだけれどここから出て空母棲姫の所に行って貰うわ」

 

「空母棲姫のところか。彼女ならば、私達の力になってくれるはずだ」

 

その後情報のやり取りなどの算段を決め、部屋の中にある隠し通路の場所も教えると、潜母水鬼は来た時と同様に部屋影へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某所

 

駆逐棲姫達との接触を終えた潜母水鬼は一息ついていた。

 

「お疲れさま、アームドウィング。慣れないことをするものね」

 

「あら、貴女は…」

 

「マレよ。下の名は前言わないで」

 

潜母水鬼をアームドウィングと呼ぶ、マレと呼ばれる少女。

 

因みに下の名前は女性につけるとしては大変不名誉な名前なので、本人や他の姉妹達も皆上の名前で呼んでいる。

 

「まあ、色々と世話になったからこれ位は当然の事よ。それよりも貴女が戻ったということは何か掴んだのかしら?」

 

「ええそうよ。詳細なデータはここに」

 

差し出されたデータを受け取り、マレは実はそれ以外にも、と続けた。

 

「やっぱり私達以外にも来ていたみたいね。北方海域で超兵器の暴走反応を探知したわ」

 

「そう、パターンは?」

 

「確認出来たのは連合と枢軸の2パターン。多分だけどヴィント型とあと一つはアルウスかな?」

 

「アルウスが居るなら、直接会って話をしたいわね」

 

「う〜ん、難しいかな?なんだか知らないけれど枢軸の奴らと一緒にいるみたいだし。奴ら問答無用で撃ってきそうだし」

 

それもそうね、とアームドウィングは頷いた。

 

「取り敢えず当面は放置で構わないわ。今はこっちを優先しましょう」

 

「分かった。私は戻るから何か用があるならいつもの所にでも届けてくれ」

 

じゃあ、またとマレが歩き出すとその姿が急激にボやけ輪郭を失って見えなくなった。

 

彼女達姉妹が得意とする視覚にさえ作用するステルス機能。

 

相変わらず見事だと、感嘆の溜息をアームドウィングは漏らした。

 

この世界に来てから数年。

 

自分達以外の超兵器の出現とそれを操る人間の存在。

 

そして深海棲艦と自分達の変質。

 

それがどのような結末になるのか?

 

「出来れば、穏やかな物であれば良いのだけれど。この平穏な戦争の日々がずっと続けば良いのに」

 

深海棲艦に組し、今や潜母水鬼となったアームドウィングはそう願わずにはいられなかった。

 




漸く第一部完?

後は横須賀編でホノボノ日常をしつつも南極行きの準備ですので、暫くは超兵器達はお休みです。



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11話

今回はちょいおふざけ。

所謂日常回です。




巨大ドック艦スキズブラズニル

 

その作戦会議室に超兵器達が集まっていた。

 

長方形のテーブルに各々位置を占めた超兵器達の視線は、今回彼女等を呼び出した焙煎に向けられていた。

 

そして開口一番、焙煎は言った。

 

「此れより、ここにいる全員で密航者捜索にあたる」

 

 

 

 

話は小一時間前に遡る。

 

北方海域での作戦を終え帰路に就いた焙煎達は、戦いで得た傷をスキズブラズニルのドックで癒していた。

 

激戦区となったキスカ島救助艦隊は特に損傷激しく、多数の被弾を抱えたシュトゥルムヴィントや、超兵器機関の暴走を引き起こしたアルウスは直ぐさま入渠させられた。

 

幸いにも暴走の時間が短かった事もあり、機関や艤装その物に異常は発見されず、シュトゥルムヴィントも損害の割には至って健康であり一先ずは大丈夫だと判断された。

 

工廠の妖精さん曰く、長門型ならば良くて轟沈寸前の大破ギリギリ。

普通ならとっくに沈んでもおかしくない命中弾を浴びて中破判定に、流石は超兵器だと感心したという。

 

しかし、難点を挙げるとすれば、折角艤装が中破したのに艦娘と同様に服ビリが見られなかった事が悔やまれるとの事。

 

この話を聞いた焙煎は、試しに超兵器達の服の修繕費を計算してみた。

 

艦娘の服はそれ自体が装甲の代わりであり、耐衝撃耐熱防刃防弾対NBC防御は元より通気性に発汗性、勿論着心地や肌触りも考慮され実戦の埃に耐え得るよう出来ている。

被弾時には敢えて装甲を自壊させるクラッシャブルストラクチャーを備え、これにより艤装は兎も角、生身の艦娘の生存確率を上げほぼ無傷での生還を目的としている。

これは艤装や兵装は量産が効いても、一度失われた艦娘を再建造し一から育て直すのにな途方も無い時間と資材とを必要とするからであり、艦娘の生存性は最大限の努力が払われている。

俗に言う中破状態は、このクラッシャブルストラクチャーが発動した状況であり、この状態の有無が艦隊の進撃か撤退かの分水嶺ともなっている。

又、海軍の伝統から外交の場としても機能する軍艦の常として、フォーマルな場までカバーする、多機能な着衣でありかつ一つ一つがオーダーメイド製品である。

だから駆逐艦など見た目が幼い艦娘が、学生服を模しているのもこの様な理由があったりする。

だから決して、デザインした者を幼児趣味と弾劾するのは、止めて頂きたい。

因みに笑い話として良く取り上げられるのが、潜水艦艦娘の制服についてである。

ある大将が観閲した折、潜水艦艦娘の余りの姿に顔を顰め、何故あの様な格好なのかと尋ねたと言う。

少々、露出が過ぎるのでは無いか?と言う事である。

その時に、居合わせた潜水艦艦娘の制服をデザインした被服部の大佐が滔々と語り、如何に機能性に溢れ且つ制服として機能し常在戦場を想定したものであるかを語り、その熱意に圧倒された大将は閉口してしまったと言う。

この大佐実は極めて“紳士”的な趣味の持ち主であり、後にそれが問題視され被服部から更迭される事となるのだが、いざ変えようと思ってもその時には相当数が量産され、しかも修繕が簡単なのに多機能であり、意外と着心地が良いと言う前線の評価から、現在まで潜水艦艦娘の制服は彼女達のシンボルとなっている。

一人の男の浪漫が、回り回って艦娘の誇りとなってしまったのだ。

草葉の陰で件の大佐も嬉し泣きしている事だろうとの事だ。

(因みに、件の大佐は今の被服総監の事であり、その余りある才能(趣味)を生かし、艦娘夏用戦闘服(夏グラ)やら秋季特別被服(秋グラ)やら聖夜用特別夜戦服(冬グラ基クリスマスバージョン)やらポニ柄さんやら、やけに駆逐艦艦娘の特別被服が充実したり等、艦隊の士気向上に多大なる貢献を果たしている。)

 

 

話は戻って超兵器達の服であるが、基本は艦娘の物と同様である。

違う所を挙げるとすれば、対レーザー処置に微弱な防御重力場、電磁防壁発生装置。

ECMにECCM、対赤外線処理やデジタル迷彩。

重力砲や波動砲、光子兵器や量子兵器に由来する原子干渉兵器に対する防衛機能。

マッスルスーツとして身体機能のサポートや形状記憶素材による体型維持対策も万全、ちょっとしたほつれや切り傷も自己修復機能で元通り。

前線で数日から数週間は戦い続ける事も前の世界なら有り得る為、生理機能処理装置や緊急時の生命維持装置も完備。

宇宙服も真っ青な各種装置を盛り込んだ、何処ぞのQだかPだかが考えた様な代物でイギリス諜報員が着て女を口説いて居そうだが、これでも一応「服」なのである。

最も、これ単品で戦車と渡り合える様な物を服の範疇で良いのやら…(生命繊維とか使ってんじゃないだろうな?)

 

(言うなればファ○○マスーツ?ぽいもの。でもここまでフレーバー)

 

結果一着あたり最低でも巡洋艦数隻に相当すると出た。

 

この程度かと思うかもしれないが、入渠資材とは別払いなので中破+服の補修代も含めると、優に一個艦隊相当の費用となる。

 

改めて超兵器の恐ろしさに背中が寒くなる焙煎であった。

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

現状は被害以外に深刻であった。

 

予定していた深海棲艦の備蓄資材を奪取出来ず、しかも超兵器達は建造後初めて大きな被害を出している。

 

幸いな事に備蓄していた資材で何とか動けるまでには戦力を回復させることが出来るが、焙煎が目指す南極への道は大きく遠のいた事となった。

 

被害の最終報告を受けた焙煎は、暫く呆然とした。

 

具体的には禿げた。

 

何がとは言わないが、妖精さんからコッソリ差し出された育毛剤の気遣いが、逆に辛かった。

 

何とか気を取り直し、いつもよりも深く軍帽を被った焙煎は気分転換に艦内を散策する事にした。

 

何か見落とした資材が無いかと言う、浅ましい貧乏根性からである。

 

と、言ってもそう見つかるわけもなく結局スキズブラズニルを一周してしまい、ついでに倉庫の整理でもするかと中に入った。

 

そうは言うものの、何かある訳でも無く備品のチェックで終わりそうだなと、焙煎は思っていた。

 

だが、チェックしている途中ある違和感に襲われた。

 

例えるならそう、金に困った男が地面でチャリンと音がした途端に、コインが落ちてないかと血眼になって探したり。

 

ボーキに困った赤何某やら一航戦のほっこりやらが、箒をボーキと間違えたり、募金活動を勝手にボーキを集める為の活動と思ったり等。

 

つまりは何かに困窮したもの特有の、何時もは気付かないちょっとした変化に気付いた。

 

大抵 本当になんでもない事だったり、あったとしても今更見つかる昔の忘れ物だったりするが今回は違った。

 

倉庫の片隅にある木箱、その周辺だけ妙に埃が少ないのだ。

 

最近は連戦続きだった為、碌に手入れはされていない筈。

 

何者かがここに居て、木箱を動かしたとしか考える他ない。

 

「さて、鬼が出るやら蛇が出るやら」

 

恐る恐る、と言った感じで焙煎は木箱の蓋を開けた。

 

誰かが潜んでいるとは考え辛いが、何か隠しているのかもと中を覗いてみるが、箱の中は空っぽであった。

 

何だ、気のせいかと思って蓋を閉めた焙煎は、背中を木箱に押し付ける様に預け、さて帰ろうかと思案した時。

 

ズルリ

 

と、音がして空の木箱が動いた。

 

やってしまったなと、焙煎が木箱を元に戻そうと手を掛けた時。

 

足元に僅かな隙間を見つけた。

 

焙煎は木箱を元の位置に戻すのでは無く、更に押してその下にある物を見つけた。

 

「こいつは⁉︎だが、これで何者かが潜り込んでいる事は確定だな」

 

木箱の下、そこに隠されていたのはスキズブラズニルの奥へと続く梯子であった。

 

焙煎は急いでその場を離れると、通信機で超兵器達に集合を掛けた。

 

 

 

 

 

そして話は冒頭へと戻る。

 

(これは“あれ”の事だな)

 

と ヴィルベルヴィントは呼び出された理由について既に内心、見当が付いていた。

 

(お姉様、これはもしかして)

 

(無論、その通りであるだろうな。姉よ)

 

(間違いなく“あれ”よね)

 

(“あれ”ですね)

 

(?あれって何だぜ)

 

(おいおい“アレ”って言ったら艦長の薄…)

 

((それ以上、いけない))

 

上からヴィントシュトース、シュトゥルムヴィント、アルウス、ドレッドノート、アルティメイトストーム、デュアルクレイターが、互いに高速目配せによるモールス信号での会話である。

 

超兵器の規格外の機能をこんな無駄な事に使うとは、建造当時の彼女達では考えもしなかっただろう。

 

(いや、でも最近やけに帽子が…)

 

(そう言えば、艦長が歩いた後は抜け毛が多く落ちていると妖精さんがボヤいていたと思えば)

 

(矢張りアルウスか…)

 

(アルウスだな)

 

(アルウスゥ…)

 

(ちょっと、ドレッドノート⁉︎貴方こっち側でしょ。なに混じってるのよ)

 

(いやでもアルウスの姉御ぉ、流石に敵前でストリップ決めるのはどうかと思うぜ)

 

(汝、己の欲する所をなせ。つまりアルウスは露しゅ(Shut up‼︎))

 

(そう言えば…)

 

(何よ猟犬、アンタも何か文句あるの)

 

(あの時の礼をまだ言って無かったな姉よ)

 

(何気にするな。先達として当然の事をした迄だ)

 

(ああ、あの時の。アンタそいつの腕の中で犬の様によく寝ていたわね)

 

(⁉︎)

 

(その時のこと詳しく)

 

(何、疲れて少し姉の胸を貸して貰っただけさ)

 

(な、なななな⁉︎お姉さま、今夜お邪魔しても宜しいでしょうか、いえ寧ろ良いですよね、可愛い妹の頼みですもの当然ですよね!そして組んず解れつお姉様の豊かな丘陵痴態(誤字に非ず)で電撃戦を…)

 

 

(盛るなこの犬っころ風情が‼︎時と場所を弁えろ)

 

(と、突っ込みに回って先ほどの集中砲火を回避しようとしていますが、そもそもの原因が自分の事を棚に上げてと申しますか、何と言うか)

 

(…ドレッドノート、私貴方に何かしたかしら?)

 

(いえ別に。唯、建造からこの方戦場で思う存分撃ちまくって飛ばしまくったり、戦場にも関わらずリリーでランナーズハイな人達と違い、最初の夜襲以外碌に敵と戦っていない私が思う所何てありませんよ)

 

(それに私、今度こそ姉妹や同胞に会えるかと思っていた所、来たのは新興宗教の勧誘女に水上艦は不要だと舐め腐った事を抜かす低脳に久しぶりの出番も犬でも出来るお使いだなんて。ああ、この場でマトモなのは私だけなのですね)

 

(おい、遠回しに私達の事も言ってるぞ、こいつ)

 

(止めておけ。ドレッドノートの症状、聞いた事がある)

 

(知っているのかデュアルクレイター‼︎)

 

(ああ、これは姉妹艦シンドロームだ。この艦隊は姉妹艦や同国艦がいる中で、唯一ドレッドノートだけがその対象がいない)

 

(今迄は同じ陣営と言う事でアルウスが居たが、今回新たに2隻も同胞が増え、同じだと思っていた仲間が実はリア充だった時の心境と同じなんだ、今のドレッドノートは)

 

(長い、一行で頼むぜ)

 

(「お姉ちゃん寂しい」)

 

(お姉ちゃんと聞いて⁉︎)

 

(万年発情期子犬は黙ってろ!)

 

(いい加減、話を戻さないか?これ)

 

(いや、そもそもが…)

 

この間僅かコンマ数秒の出来事である。

 

超兵器が持つ類稀なる演算機能によって初めて可能となる超高速高密度デジタルモールス信号式井戸端会議略して

 

『超どうでもいい会議』

 

その全容の一端がこれである。

 

 

 

 

「さて、捜索範囲の割り振りを決めたいと思うが…」

 

何だこれは⁉︎

 

焙煎は驚愕した。

 

一体いつの間にこんな空気になったんだと。

 

超兵器達を集めてさてこれから家探しだぞ、と言ったは良いもののいつの間にか部屋の空気が悪くなっている。

 

と言うか、全員何故か目がギラギラしていて相手を伺っているし、そもそも話を聞いてくれてかさえ分からない。

 

神ならぬ人の身、まして超兵器でない唯の凡夫である焙煎が、会議室そっちのけで超兵器の性能を無駄に生かした井戸端会議が目の前で展開されていようなど知る由も無い。

 

だが、焙煎にとっては緊急事態であった。

 

何か言おうか?だが、何か迂闊に言える雰囲気でもない。

 

そう、例えるなら今この場で世界大戦が起きても不思議ではない位の、危ない空気だ。

 

焙煎は久しぶりに背筋が凍った。

 

だが、この儘黙っている事も出来ない。

 

「あ、あー各人、自分の居住区画を中心に捜索する様に、以上」

 

何とか絞り出す様に声を出し、超兵器達は各々了解の意を伝え会議室を後にした。

 

「ふう〜、寿命が縮む」

 

帽子を投げ出し、頭を掻き毟りたい欲求に駆られるのを我慢した焙煎はやっと人心地ついた。

 

最近慣れてきたとは言え、超兵器は規格外の存在だ。

 

それが一堂に会しただけでこのプレッシャーに、後何回耐えることが出来るだろう。

 

恐竜の檻の中の哀れな小鳥並の心臓しか持たない焙煎のストレスは、ジワリジワリとだが、一部の毛の後が既に阻止限界点を超えつつあった。

 

 

 

 

 

超兵器達が各人の艤装が係留されているドック内を中心に捜索している間に、焙煎は本命である木箱の下の梯子を降りていた。

 

中は手元を照らす光源には不自由しなかった。

 

壁に埋め込まれたライトの光と、埃を被ってはいない梯子の手触りが、益々焙煎にこの先に犯人がいるとの確信を抱かせた。

 

梯子を下りきり、奥へと続く通路に降り立った焙煎は辺りを見渡した。

 

「意外と広いな、これならヴィルベルヴィントやアルウスでも余裕で通れる位だ」

 

天井は高く、足元を照らす光に壁には奥へと続くパイプやコードが露出し、艦内地図を見ればこれはスキズブラズニルの動力炉迄続いているはずだ。

 

地図によれば建造時の資材搬入用通路との事で、現在は破棄されているはずだ。

 

巨大ドック艦スキズブラズニルは、船と言うよりも一つの都市である。

 

ドック艦を中心に周りを複数の船を連結して構成され、その余りの巨大さ故、専用のモノレールが通り、殆どの区画が自動化され無人で運用されている。

 

これは元の世界で、長期間艦隊を派遣した際現地での補給整備から福利厚生まで単艦で賄うことを想定して設計された為だ。

 

建造元であるウィルキア共和国は、元は戦火を逃れ欧州を脱出した難民が遠く海を渡り辿り、大戦後シベリア東岸に建国した新興国である。

 

長い戦争で主要な港は破壊され、世界中の海では人間のコントロールを受け付けなくなった無人戦艦群が彷徨い、敵味方の区別なく襲い掛かる危険な場所と化していた。

 

その為、派遣先で補給を受けられない事なんてざらである為、なら必要な物を持って行ってしまおうとのコンセプトで生まれたのが、スキズブラズニルだ。

 

現在は妖精さんがスキズブラズニルの運用を担ってはいるが、最低でも乗員三千名を越す巨大艦の理由はそこにある。

 

地図に従い、焙煎は迷わず奥へと続く通路を進んだ。

 

その途中幾つかの分岐路があったが、犯人がマヌケなのか足元の光源は一直線に続き、迷う事は無かった。

 

どの位歩いたであろう、時計では三十分を過ぎていた。

 

「艦長、こんな所にいらしたのですか」

 

「うわ⁉︎」

 

突然背後から声をかけられ、驚いて振り向いた焙煎の目の前にはドレッドノートがいた。

 

「お、驚いたな。ドレッドノートか、どうしてここに居るんだ?」

 

「艦長お一人でしたので、付いてきました。いけなかったでしょうか?」

 

小首を傾げる仕草一つとっても絵になる艦娘だが、上目遣いと薄暗い通路が醸し出す危ないムードと相まってイケナイ雰囲気満載なのだが、生憎と相手は超兵器。

 

色ボケよりも先ほどまでの空気を思い出して身震いしてしまった。

 

「?艦長、お寒いのですか」

 

「い、いや心配いらない。だいぶ歩いたからな、汗で冷えてしまっただけだ」

 

内心の動揺を隠そうとするも、どうしても言葉がどもってしまう焙煎。

 

「そ、そんな事よりも先に進もう。この先に密航者が居るはずだ」

 

余計な事を喋ってしまう前に焙煎は先に進もうと歩き始めた。

 

その後を黙ってドレッドノートは付いて行く。

 

実はドレッドノートがこの場にいるのは焙煎の姿を見かけたのもあるが、居住施設を捜索していたヴィントシュトースが、これ幸いにと姉二人の部屋を物色し始め。

 

それを見つけたアルウスが躾がなっていない子犬と馬鹿にしてシュトゥルムヴィントがキレてド突き合いになったり。

 

捜索そっちのけで妖精さん相手に説法垂れて改宗を迫るバカが居たり。

 

バカその2は捜索では無く探検をし始めたり。

 

駄犬の飼い主は放任主義だし、巻き込まれては敵わないと、コッソリ抜け出してきていたのだ。

 

(薄暗い通路、艦長と二人っきり、何故か上ずる艦長の声)

 

前に読んだハーレクインノベルのシチュエーションにあったなと、一人合点するドレッドノートだが、焙煎が緊張しているのは先程のストレスの為であり、そもそもハゲと美女のラッキースケベ等誰も見たく無いし書きたくも無い。

 

しかしそんな事等つゆ知らず、ドレッドノートは一人算段を立てていた。

 

(この場で艦長にアピールをすれば、次はきっと我が大英帝国の超兵器を建造して下さるはず)

 

(これでもうボッチ飯とはオサラバ。ああ夢のシスプリライフが直ぐそこに…)

 

(その為には、まず英国流の二枚舌イングリッシュジョークで艦長の笑いを取り、会話の糸口を掴むのです!)

 

そしてドレッドノートがいざ小粋なトークを披露しようとした時、焙煎が不意に立ち止まった。

 

目の前には重く閉ざされた防水扉があった。

 

「ドレッドノート」

 

「はい」

 

素早く、焙煎の前から躍り出て防水扉に取り付くと中の様子を探った。

 

「……音波、熱源、レーダー探知機共に生物の反応無し。中に誰も居ません」

 

「密航者は留守か。取り敢えず中に入るぞ」

 

水圧に耐えうる様頑丈に作られている防水扉を、ドレッドノートはいとも容易く蹴破った。

 

「…お前、それ一体誰が修理するんだ?」

 

「はっ⁉︎」

 

やってしまったと、ドレッドノートは防水扉を蹴り破った姿勢のまま固まった。

 

これでは焙煎艦長に気に入られる何処ろか、逆評価では無いか。

 

そんなドレッドノートを置いて先に進んだ焙煎は、まず部屋の散らかり具合に驚いた。

 

「これは…部屋?なのか」

 

かなり広い部屋なのだが、床一面に脱ぎ散らかしや食い散らかした資材が散乱し、キングサイズのベッドの上は漫画やゲームで埋まっている。

 

思わず顔のヒクつきを抑えずにはいられなかった焙煎だが、硬直から治ったドレッドノートが部屋に踏み込むと、焙煎と同じ様な表情を浮かべた。

 

「艦長、どうやらここは、伝説のサルガッソー海域の様ですね」

 

「いや普通に汚部屋で良いだろこれは?若しくはゴミ箱」

 

中に目ぼしい物や密航者の行き先の手掛かりが無いかと踏み込んだはいいが、これでは探す気も起きないと、焙煎思うのであった。

 

だが、探さないわけにもいかない。

 

ドレッドノートと手分けして部屋の中を探すが、見つかるのはゴミゴミゴミ。

 

「お、横須賀海軍カレーのレトルトパック、しかも箱を開けてそのままかよ。茶碗にはミイラ化したご飯の残り、鍋は蓋を開ける気すら起きん」

 

「こちらは歯型のついた鋼材、コップの中で固まった飲み掛けの燃料に、何故かポテチの代わりにボーキサイトを揚げたボーキチップスの開封済み袋。ポッキーみたいな弾薬」

 

「ちゃんと燃えるゴミと資源ゴミは分けろよ〜、特にボーキと鋼材はちゃんと区別して」

 

「艦長、私達何をしているんでしたっけ?」

 

「……」

 

「……」

 

いつの間にか部屋の捜索が、ゴミ屋敷のお片づけへと劇的ビフォーアフターしていた。

 

「……何かその、すまん」

 

「いえ、誰でもこの状況なら本来の目的を忘れてしまいます」

 

その後、焙煎とドレッドノートは探せる範囲で部屋の中を探したが、結局何も見つけ出すことが出来ず、ならばと部屋の中で待ち構える事にした。

 

最初からそうしていればよかった気もするが、足の踏み場も無い程散らかり放題の部屋の中で、各々の位置を占める為に自分の周囲だけは片付ける必要があった。

 

そして待つ事十五分。

 

ドレッドノートが何か音がすると言った。

 

「来たか、ドレッドノート」

 

「いえ、微かに聞こえるこの音。外からのものではありません」

 

では何処からか音がするのか?

 

「金属音…これはベル?そして一定のリズムを刻む音。もしかしてこれ…」

 

突如とした、部屋の隅で山積みとなっていなゴミが動いた。

 

その余りの多さに放置していた箇所だが、山が崩れ中から何かが這い出して来たのだ。

 

「…手か、これ?」

 

にゅっ、とゴミ山の頂から一本の腕が伸び何かを探す様に蠢いている。

 

「な、何を探してるんだこいつ」

 

突然の事態に訳が分からない焙煎だったが、ドレッドノートがふとゴミ山を突然掘り出し始め、中から何かを取り出した。

 

「お探しの物はこれかしら」

 

ドレッドノートが謎の手に差し出した物、それは赤い目覚まし時計であった。

 

ドレッドノートが先程音がすると言ったのは、この目覚まし時計のアラーム音だったのだ。

 

時計を受け取った腕は、ドレッドノートが取り出す時にアラームを切っているのにも関わらず、何度もバシバシと目覚まし時計を叩き、またゴミ山の中へと消えていった。

 

「…ドレッドノート」

 

「はい艦長」

 

「さっき、中に誰も居ないって言わなかったか?」

 

「……」

 

そう言われたドレッドノートは顔を赤らめ、プイと顔を後ろに反らした。

 

「こ、これはそうアレですアレ」

 

ドレッドノートはもうどうにでもなれなれと腕を振りながらゴミ山を指差す。

 

「余りのゴミ山にセンサー類が誤作動を起こした為であって、私は全然悪くなくて、その…えと…あの…ごめんなさい」

 

と、最後は消え入りそうな声でそう呟いた。

 

「いや、いいからさ。さっさとこのゴミ山を掘り返すぞ」

 

そう言って焙煎はゴミ山を掘り返し始めた。

 

これには、先程まで恥ずかしがっていたドレッドノートも目を丸くした。

 

健全なる提督諸氏なら、ここでニコポナデポを発動して頭ポンポンからのオリジナル笑顔でフラグを立てたり。

 

少なくとも何かしらのフォローを入れたり、若しくはイケボでまさかの俺様キャラ発動からの壁ドンで「イケナイ子猫ちゃんには、お仕置きしなくちゃね」的なセリフで攻略ルートを進めるのが鉄板‼︎

 

世界の中心じゃなくて、ゴミ山の中心で愛を叫んで欲しかった。

 

しかし、焙煎まさかのスルーである。

 

これにはドレッドノートも計算が狂わされた。

 

そう今までの流れ、全てドレッドノートの手の内であったのだ。

 

まず、扉を壊してしまった落ち度を逆手にとってドジっ子アピールに転換。

 

ゴミ山捜索を一緒に行う事で親近感を持たせ緊張を解き、止めに顔赤らめからのツンデレと思わせてまさかの素直キャラによるギャップ萌えで、焙煎の心を轟沈したと思っていた。

 

(くっ、流石は艦長。その朴念仁っぷりだけはラノベ主人公レベルですね)

 

ドレッドノートの計算は本人では完璧と思っていたが、一つ致命的な見落としがあった。

 

基本的に焙煎は“超兵器達の事を女性として見ていない”と言う点である。

 

ここで注意しなければならないのがこの世界の艦娘に対する考えと、焙煎がいた世界での超兵器を知っているかいないかの違いである。

 

艦娘と提督の関係は基本部下とその上司だが、知っての通り艦娘は皆見目麗しい美女揃いである。

 

しかも、一部の例外を除き提督に好意的な感情を抱いており、まんざらでも無い提督との間で自然仲が進展するのは不思議では無い。

 

海軍では退役した提督が秘書艦と結婚して家庭を築いたりするのが最早通例となっており、そこまで我慢出来ない者が信頼と将来を誓い合った印として指輪を送る。

 

所謂ケッコンカッコカリと言われる制度が存在するが、何かにつけて物入りな海軍では艦娘との結婚を考えている提督向けの『結婚(仮)積立金』制度や、本土勤務以外の鎮守府泊地提督様に指輪を販売したり、果てはウェディング会場からセレモニーまで取り仕切ったりとそれ専門の部署まで出来る始末だ。

 

これは、人間である提督が様々な理由で退役や除隊しても、艦娘は未だ戦える場合が多く、経験豊富で貴重な戦力が抜けてしまう事を危惧した海軍が、損失分を補填する為、退役金の一部返還による身請金を払わせようと様々な方策を練った結果、現行のシステムが出来上がった経緯がある。

 

一部では人身?売買との批判もある中、積立金制度によって身請金代わりの結婚指輪を支払えたり、副次効果としてケッコンカッコカリをした艦娘はその能力を飛躍的に向上させる等が分かり、現在の海軍では積極的にこのケッコンカッコカリを推し進めているのだ。

 

提督と家庭を築いた艦娘達も上手く社会に馴染んでおり、これは海軍広報部の長年に渡る努力によるものであった。

 

この様に現在艦娘は唯の兵器ではなく人類の一部と認識されている。

 

勿論艦娘との関係について、様々な意見があり特定の思想を持つ団代も存在するにはするが、全体に比べ極少数であり、概ね艦娘は社会に馴染んでいた。

 

では焙煎はどう考えているのか?

 

基本的に艦娘に対する考え方はこの世界のそれと同じである。

 

士官学校で受けた艦娘教育も上記の通りであり、世間一般との齟齬は少ない。

 

この世界の出では無い焙煎にも素直に受け入れられるレベルであり、それだけ艦娘が社会に浸透しているのだ。

 

唯、焙煎の場合艦娘では無く超兵器艦娘と言うのが大きな違いである。

 

知っての通り、超兵器とは焙煎が元いた世界で、列強が開発建造した殺戮兵器である。

 

文字通り世界を焼き尽くした悪魔の兵器であり、南極の独立に多大な貢献を果たした第0遊撃艦隊と言う例外を除き、全ての兵器の頂点に立つ怪物であった。

 

『最後の超兵器』が撃沈された後も、未だ世界に大きくその爪痕を残し、具体的には海水面の上昇による地表面積の後退、北極の氷が溶けた事による塩分濃度の変化が潮流の変化を生み、異常気象による作物の不作、波動砲や重力砲の多様による環境汚染と深刻な資源不足、二次的には世界中で発生し続ける戦争難民が飢餓と疫病によって倒れ、社会不安の増大深刻な国家の統制崩壊を招きテロを誘発、地球の地軸そのものが、超兵器によって傾いたとも言われる。

 

焙煎が住んでいた日本にも生々しい爪痕を残しており、旧帝国海軍軍令部があった横須賀市は戦場となり、帝国海軍は量産型超兵器を投入。

結果横須賀市は地図から姿を消し、新横須賀湾として今でもレアメタルに起因する重力異常を引き起こしている。

 

四国は分断され、琵琶湖は日本海瀬戸内海と連結し、主要都市は連合の超兵器爆撃機により消滅。

 

実はこれでもまだマシな方なのだ。

 

中には国ごと海の底に沈み、ガラス化した大地が何処までも続く国や、地図には載っていても実際には無い国。

 

深刻な汚染により人間を含む生態系異常が起き国ごと隔離されたり、超兵器とその戦争によって引き起こされた戦災は未だ多くの人命を苦しめていた。

 

人類は中世レベルの文明の後退を強いられ、超兵器の存在は人類共通のトラウマとなり、一切の保有、製造、及び超兵器由来の技術兵器の使用を禁止する世界条約が締結された程だ。

 

戦後直ぐ日本で放映された「超怪獣」と言う映画は、正しく超兵器に対する人類の恐怖その物であり、世界的なヒットを記録した。

 

後に教育の場でも用いられる事になるが、そういった世界、環境で産まれた焙煎が、実際に戦争を体験していなくとも、超兵器に対する恐怖心は最早遺伝子レベルで刻み込まれており、どうあっても拭いきれない心の闇であった。

 

そんな世界に住んでいた人間が、人の姿と意志を持つ超兵器艦娘が現れたら如何思うか。

 

最早恐怖心以外の何物も抱かないであろう。

 

そして無様に脱兎の如く逃げ出し、泣き叫ぶ事しか出来ない。

 

そう、まるで超怪獣に遭遇し逃げ出す市民の様に。

 

焙煎がそうなら無いのは、偏に艦娘に対する知識があった事、異世界移動と言う超常現象に遭遇し、未知への抵抗が出来ていた事、最初に会ったのが超兵器の中で“比較的”まだ兵器の範疇に収まっていたヴィルベルヴィント型だった事。

 

特に艦娘に関する知識が焙煎を救った。

 

艦娘とは基本的に提督の命令に従うものであり、だからこそ焙煎はどの超兵器にも自分の命令に従うかと、最初に聞くのである。

 

故に、艦娘として命令をし、兵器として正しく超兵器を運用する焙煎にとって、超兵器艦娘は艦娘であって艦娘ではない。

 

身も蓋も無い言い方をすれば、武器を持って戦う女の子が艦娘、女性の姿をした兵器が超兵器。

 

どっちも似た様なものだが、少なくとも道具に愛着を持ってもそれ以上の関係になろうとは思わないのが焙煎である。

 

横須賀での演習の際、焙煎が見せたヴィルベルヴィントへの気遣いは所詮道具が壊れないか心配するそれであったし、本人もそう思っている。

 

少なくとも今の所は艦娘が持つ魔性に引き込まれずに済んでいた。

 

案外、艦娘の魔性に魅入られたからこそ、世間に受け入れられたのかもしれないが。

 

最も、焙煎が超兵器をそう思っても、向こうの方から乗り越えてくる可能性を考慮していない辺り、やはり凡俗の域を出ない男であった。

 

そんなこんなで焙煎と、我に返ったドレッドノートがゴミ山を掘り起こそうとするが、突然ゴミ山が崩れ中から何かがガバッと起き上がってきた。

 

「‼︎艦長、お下がりを」

 

咄嗟に焙煎の前に出て背後に庇うドレッドノート。

 

艤装を展開し、相手を威嚇するドレッドノートだが。

 

「ふぁぁぁぁぁ、ムニャムニャ」

 

と、大きな欠伸を相手が打つと直ぐにまたゴミ山へと沈んでいった。

 

「……」

 

「……」

 

取り残された焙煎がとドレッドノートは本日何度目かの沈黙が訪れた。

 

お互い無言のまま、ゴミ山の中を覗くとゴミの女王がいた。

 

服や長い髪の毛の彼方此方に、食べカスやビニールやらを貼り付け、何故か布団だけは新品のまま健やかに眠る大女。

 

今だ起きる様子を見せない。

 

焙煎は思わず天を仰がずにはいられなかった。

 

「こいつ、どうやったら起きると思う?」

 

「さあ?物語だは大概眠っている女性には殿方がキスをすれば目覚めますが。その前にホテルかハイエー○に連れ込まれるのが現実では良くあるパターンだと思われます」

 

「…」

 

今のこいつに聞いたのが馬鹿だったと、焙煎は後悔した。

 

基本こいつら超兵器は、日常だとポンコツになるのだと焙煎は知っていた筈なのに…

 

超兵器はなまじ戦闘での能力が高い分 、抜ける時はとことん抜けて使い物にならない。

 

何時もの冷徹な軍人然とした態度や、戦場で見せる獣性等嘘であったかの様なダラけ具合。

 

あのヴィルベルヴィントでさえそうだ。

 

部屋の中に専用の足湯を作ってくれと言ってきた時は何かの聞き間違いだと思っていた。

 

次に来た時は、足湯に浸かることによる効能とその成分の作用。

更に艦隊の士気向上に役立つやら、何やらウンタラカンタラ、ホニャララとクッソ長い論文を持ってきて説明するから、部屋の改造は各人工廠の妖精さんと交渉して自由にする様にと、思わず放り投げてしまった。

 

アルウスは農場艦を勝手に改造して養蜂場を作るし、シュトゥルムヴィントは時たまフラッと何処かに消えるし。

 

ヴィントシュトースは姉の部屋に盗聴器と隠しカメラを仕掛けようとして、妖精さんを困らせ、デュアルクレイターは火力は戦場の女神と言う謎の教団を立ち上げるわ、アルティメイトストームは水上艦を事ある毎に不要だと言って空気ブレイクするわ。

 

比較的マトモだと思っていたドレッドノートは、まさかのポンコツっぷりを見せつけてくれた。

 

あれ、これスキズブラズニルの資材が減ってるのって密航者じゃなくてこいつ等のせいじゃね?

 

と焙煎が気付いた時には既に遅かった。

 

今更彼女達の私生活に介入しようものなら、どんな事になるのやら。

 

それを想像して焙煎はこの考えをなかった事にした。

 

「取り敢えず、こいつを掘り起こして事情を聞かない事には…」

 

「うにゃぁ、だれですかぁ〜。よ〜せ〜さ〜んですかぁ?」

 

ゴミ山の底で、二度寝をしていたゴミ女が漸く起き出し、トロンとした眠たげな目で焙煎達を見つめた。

 

ゴミ山から半身を起こした状態だから、ゴミ山の天辺に顔が来て、なんとも言えない間抜けな絵面なので、焙煎は気が抜けてしまう。

 

「…ドレッドノート、確保」

 

だが、本来の目的は忘れてはいなかった焙煎は、直ぐさま捕らえるようドレッドノートに命じた。

 

するとドレッドノートの名前に反応したのか、大女は目をしっかりと開けて、二人を見た。

 

「?よ〜せ〜さんじゃない。どれっどのーと?もしかして…」

 

「観念しろ。お前はもう逃げられないぞ」

 

ゴミ山に埋まった大女は、身動きも出来ず簡単にドレッドノートに捕まるかの様に思えた。

 

だが、大女がドレッドノートと目が会うと、途端驚愕の声を上げた。

 

「あアイエェェー⁉︎ど、ドレッドノート、超兵器なんで超兵器‼︎」

 

「ドーモ、スキ…密航者サン。ドレッドノート、デス」

 

ドレッドノートは手を合わせ、素早く密航者にアイサツした。

 

超兵器のアイサツにしめやかにボトルの中に失禁するスキ…密航者。

 

一体何ブラズニルなのか?

 

「……お前等実は遊んでるだろ」

 

ジト目で焙煎はドレッドノートが右手に持つ本の表紙を見た。

 

赤黒いメンポに憲兵服の男がスリケンを投げている絵。

 

今、鎮守府の一部艦娘達を賑わせている娯楽小説。

 

内容は妻子を邪悪な深海ソウルが憑依したブラック提督に殺された憲兵が、謎のアドミラル・ソウル憑依者となり、日夜ブラック鎮守府と戦う半神話物語である。

 

非常に中毒性が高くまた内容も真に迫っている為、一部では実際に起きた出来事がモデルとされている程、よく出来た作品だと記憶している。

 

…多分出番がない憲兵さん達にも大人気で、彼等の溜飲を大きく下げる要因にもなっているとかなんとか。

 

だが、焙煎が呆れて目を離した瞬間、巨体とは思えぬ身軽さで密航者はゴミ山をひっくり返して雪崩を引き起こした。

 

「しまった⁉︎」

 

「アイサツされてアイサツを返さない。スゴイ・シツレイだ‼︎」

 

「お前はいつまでやってる!」

 

ゴミの洪水に足を取られ、身動き出来ない焙煎とドレッドノート。

 

その隙に密航者は空中に錐揉みジャンプをするとドアの前に降り立ち、そのままチーターの様に駆け出した。

 

「⁉︎逃がすか」

 

何とかゴミ山から足を引き抜き、後を追う焙煎。

 

しかし、密航者の足は速くその姿を見失ってしまう。

 

このまま逃げられてしまうのかと、思わせたその時。

 

「焙煎艦長、これを」

 

ドレッドノートが床を指差した。

 

そこには、密航者の服や髪に付着していたゴミが点々と続いているではないか。

 

「アイツがマヌケで良かった。直ぐに追うぞ、上の超兵器達にも連絡して挟み撃ちにする」

 

そう言うや否や、焙煎は再び後を追い出した。

 

ドレッドノートも走りながら上の超兵器達と連絡を取り、密航者を追い詰めていく。

 

ドックで遊んでいたヴィルベルヴィント達も連絡を受けると直ぐ様行動を開始した。

 

密航者対超兵器(+ハゲ)

 

この対決に、お祭り好きの妖精さん達が黙って見ている筈もない。

 

トトカルチョが開かれ、何故かアルウスが参加していて密航者が逃げ切る方に賭けたり、互いに賭けた方を勝たせようと妨害を始めたり。

 

勝手に隔壁を降ろして焙煎達を地下に閉じ込めたり、船同士の連結橋を別の場所に掛けて密航者の逃走ルートをコントロールしたり、モノレールで当て屋ごっこ等関係ない遊びを始めたりと、好き勝手思う様に騒いだ。

 

幾らスキラズブニルが各種福利厚生に優れる巨大艦とは言え、娯楽に飢えた妖精さん達全てを満足させる事は出来ず、だからこそこの様な機会を妖精さん達は見逃さなかった。

 

大いに騒ぎ飲み歌い、賭けや当人達をそっちのけでドンチャン騒ぎの大宴会を開く妖精さん達。

 

今迄連戦と転戦を繰り返したそのストレスを思う存分晴らす中、遂に逃走劇は佳境に入り始めた。

 

 

 

予想外なことも起きたが、遂に密航者はドックの片隅に追い詰められていた。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ、何か予想以上に遠回りさせられた気分だぞ」

 

散々地下を歩き回され、途中ドレッドノートと変な気分になったり、トラップ回避したり宝箱開けたら中から育毛剤が出てきたり、モンスターと遭遇したりと散々な目に遭ってきた焙煎。

 

カ号に乗り、実況中継をしていた妖精さん曰く、育毛剤を見つけて丁寧にHPを回復すると書かれており、ドレッドノートが小さく「ヘアーポイント」と呟いたのを聞いた時、大喜利かと叫んだのがハイライトだとか。

 

密航者の方も散々逃げ回った挙句、足が生まれたての小鹿の様に震え、脂汗を滲ませている。

 

「観念しろ、お前、は、もう、おわり、だ」

 

疲れて途切れ途切れになった言葉は、相手にちゃんと伝わったのか、密航者は何処かに穴が無いかと目を泳がせた。

 

「う〜、し〜つ〜こ〜い〜で〜す〜。こ〜の〜、変態、ストーカー、変質者」

 

間延びする特徴的な話し方で、密航者は焙煎を罵倒し隙を作ろうとするが、焙煎は無視する。

 

「チッ」と小さく舌を鳴らす。

 

物の本では、提督とはそのストレス故Mが多く、罵倒されると喜ぶどうしようも無い変態と書かれていても、この男には通じないみ〜た〜い〜で〜す〜。

 

ならば無理やり正面突破を図ろうと、密航者は身構えた。

 

ジリジリと距離を詰めてくる焙煎。

 

機を窺う密航者。

 

二人が触れるか触れ合わないかという距離に近付いた時、突如密航者の真後の影からドレッドノートが躍り出た。

 

共に地下を彷徨ったドレッドノートを敢えて伏せ、相手が焙煎だけと思い迂闊に近寄った瞬間、地下通路からドックへと飛び出したドレッドノートに虚を突かれ、咄嗟の反応が遅くなった密航者。

 

そのまま後手に押し倒され、尚暴れもがくも駆けつけた他の超兵器達に取り押さえられ、観念したのか大人しくなった。

 

大したドラマも無く、呆気なく捕まった密航者だが、途中から酒を飲んでぐでんぐでんになった妖精さん達にとって最早どうでもよく、皆早くも二次会に突入していた。

 

そんな妖精さん達とは打って変わって焙煎達の仕事は終わらない。

 

これから密航者を尋問しなくてはならないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「だ〜か〜ら〜、離して下さい〜」

 

ドック艦スキズブラズニルの倉庫で椅子に座らされ、後手にロープで拘束された大女がジタバタともがく中、焙煎は本日何度目かになる質問をした。

 

「で、お前の名前は?所属は何処で、どんな理由で乗り込んできたんだ?」

 

「名前は言えませ〜ん、所属は知りませんし、理由なんか言いたくありません〜」

 

子供か!と、焙煎は思わず罵りたくなる。

 

この密航者は身長が明らかに2メートルを超えた偉丈婦なのだが、話し方と言いどうも見た目よりも幼い印象を受ける。

 

これが噂のデカイ暁かと、焙煎はどうでもいい事を思った。

 

「もう一度言うぞ、名前と目的は?一体何処の回し者だ?」

 

だが、密航者の大女は顔をプイと反らせ頬を膨らませるだけで一向に答え様とはし無かった。

 

この儘では埒があかないが、一体如何すれば良いのやらと、焙煎は頭を捻る。

 

「手こずっている様だな、焙煎艦長」

 

「ん?ヴィルベルヴィントか」

 

倉庫に入ってきたヴィルベルヴィントに目をやるや、行成密航者が先程よりも暴れだした。

 

「⁉︎超、超兵器、離して、離して下さ〜い」

 

その尋常では無い様子に、焙煎は横目でヴィルベルヴィントを見ながら、何かしたのかと聞いた。

 

「私達はこいつに何もしていない。寧ろ艦長の方が心当たりがあるのでは?」

 

「生憎とが今日会ったばかりの奴に、心当り等あるものか」

 

と焙煎は何を言っているんだと、少し憤慨するが、ヴィルベルヴィントを面白いものを見る目で、密航者に問いかけた。

 

「と、言っているが、本当の所は如何なんだ?」

 

本当も何も、昨日今日の仲である筈かな無いでは無いか。

 

一体ヴィルベルヴィントは如何したというのだと、焙煎は思った。

 

「こ、この人嘘ついてま〜す。私の身体(艤装)を散々(妖精さんが)無茶苦茶に弄くり回して、あんな事(足湯作ったり)やこんな事(農業プラントを勝手に養蜂場に変えられた)をさせてしかもキズモノ(処女航海及び初陣で被弾)にされました〜」

 

「うううう、しかもハジメテ(建造)の時に何もわからない中勝手に(主に妖精さんが)好き勝手使われて…意識の無い中何て私…」

 

よよよよと恨めしそうな顔をして泣く大女。

 

倉庫の空気は途端氷点下にまで下がった。

 

「…艦長、こう言っているが、まさかそんな事をしていたとはな。少々、貴方との付き合いは考えさせて貰わねばな」

 

「イヤ誤解だ⁉︎そもそもこいつの名前さえ知らないんだぞ、仮にそうであったとしても、自分より背が高い女には手は出さん」

 

焙煎は必死に誤解を解こうとするが、何故か先程よりも倉庫の空気が重くなった様な気がした。

 

「そうかそうか、つまり艦長は自分よりも背の低い“少女”が好きなのだな?」

 

「イヤイヤイヤ、何か誤解しているぞヴィルベルヴィント」

 

「済まなかったな、艦長が“ロリコン”で昏睡した幼女にイタズラする様な男だったとは…」

 

アカン、友軍であったヴィルベルヴィントが今や完全に敵に回ってしまった。

 

しかも、焙煎は某昏睡○○○な淫○さんとかで、ロリコンという如何しょうもないレッテルを貼られてしまった。

 

この危機的状況を潜り抜ける為には、如何すれば良いかと焙煎は考えたが、女性二人を敵にして男が勝てる要素は皆無。

 

世の男性諸氏には、小学校等早い段階で女の子一人泣かせただけでクラス全員の女子が敵に回った経験は無いだろうか?

 

今の状況は全くのそれである。

 

この話は直ぐにでも他の超兵器達の耳に入るだろう。

 

そうなれば、今後焙煎は死んだも同じ。

 

海軍を不名誉除隊させられ、定職に就けず、きっと最後は南極で大王イカの養殖をする羽目になる。

 

対日輸出でガッポガッポ儲けてやるぞ!

そして世界シェアを握り、行く行くは世界征服をするのだー!

 

ぬはははははは、と頭の中で別次元のヴァイセンベルガーの声が聞こえた気がしたが、生憎とだがこの焙煎に隠し子を作る甲斐性も無ければ、神輿の屋根にも乗った事すら無い。

 

最早死刑宣告を待つ囚人と化した焙煎だが、ヴィルベルヴィントはふと目を緩め朗らかにこう言った。

 

「さて冗談もこの位にして、焙煎艦長」

 

「な、何かなヴィルベルヴィント?」

 

「女性に身長の話をするのは禁句だ。次あったら如何なるか?」

 

後は分かるなと、虎狼が獲物を見る目で伝えてくるヴィルベルヴィントに、焙煎は何度も大きく頷くのであった。

 

「さて、良い加減話したら如何だ?艦長は見ての通りの男だ。女性に対する気遣いやデリカシーに欠けるが、悪い男では無い」

 

散々人の事を言ってくれたヴィルベルヴィントだが、大女に語り掛ける口調は優しい。

 

その様子はまるで母狼が子狼に語り掛ける様な口調であった。

 

「あ、あの〜私、本当に〜知らないんですか〜」

 

上目遣いで焙煎を見る大女だが、とんと記憶に無い、そもそも一目見ればこの巨体、忘れない筈。

 

「ええと〜、ずっと艦隊に居たって言えば分かりますか〜」

 

「この姿でお会いした事はな〜くても、私には毎日会ってる筈です〜」

 

そこ迄言われると焙煎も頭をひねった。

 

嘘をついてる様にも見えないし、かと言って本当に記憶にないのだ。

 

そもそもこの艦隊にいるのは妖精さんを除き、ヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィント、ヴィントシュトース、アルウス、ドレッドノート、デュアルクレイター、アルティメイトストームの7隻に焙煎を加えた8名。

 

残念だが、思い当たる節は無い。

 

焙煎は素直にそう言った。

 

はあ〜、とヴィルベルヴィントは溜息をつきながら、じゃあヒントをやると指を一本立てた。

 

「まず艦隊に加わったのはアルウスとほぼ同時期。次に初陣は焙煎艦長と一緒だった。妖精さんはずっと前から知っていた」

 

如何だ、これで分かるだろうとヴィルベルヴィントに言われ、流石に焙煎も段々と大女に思い当たる節が出てきた。

 

「まずアルウスと同時期となると、最初の拠点を捨てた日。その日は敵の機動部隊に襲われ、アルウスを建造した、そしてあの時超兵器で初陣はアルウスのみ。しかし、妖精さんが知っていたとなると、拠点にいた頃になるか、と言うと」

 

焙煎は顎に手を当て、念の為ある質問をした。

 

「一つ聞くがお前は何番目に建造された艦娘だ」

 

「う〜ん、建造ではヴィントシュトースさん達の後ですね。で就航したのは4番目から5番目になります」

 

嘘だ、4番目に就航したのはアルウスで、その次はドレッドノートの筈。

 

なら、こいつの正体は、

 

「ヴィルベルヴィント、お前いやお前達全員こいつの事知ってたな」

 

答えを聞くまでも無い。

 

ここまで来たらもう答えを言っている様なものだ。

 

「お前に何で今迄隠していたとか、如何して出て来なかったとは、もう言うまい」

 

「幾多の神々を載せ、約束の地へと運ぶ神船から名前を取り名付けられた船。スキズブラズニル、巨大ドック艦スキズブラズニル、それがお前の名前だな」

 

大女、スキズブラズニルはやっと分かってくれたかと、笑顔を見せた。

 

「我々は貴艦の着任を歓迎しよう。ようこそ、我が艦隊へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所でスキズブラズニル」

 

「な〜んですか〜、ヴァイセン艦長?」

 

未だ椅子に縛り付けられたスキズブラズニルは良い加減離して欲しいな〜と思いながら、焙煎を見た。

 

「お前が隠し持っている資材、その在りかを全部喋ってもらおうか」

 

「⁉︎」

 

「イヤな、散々地下を彷徨った挙句色々と隠し部屋を見つけてな。中身はまあ、ゴミ部屋だったが、壁にな小窓があってな、中を覗いてみたら上に続くリフトがあったんだ」

 

「で、隣にあったボタンを押してみたら資材が降りて来たんだよ。俺の知らないな」

 

そこ迄言い終えた焙煎はスキズブラズニルを見た。

 

笑顔を凍りつかせ、冷汗をかくスキズブラズニルは何か言おうとするが口がヒクついて上手く言葉に出来ていない。

 

「なあスキズブラズニル。最近資材の減りが激しいんだがな、ゴミ部屋を幾ら漁っても出てこないんだ。一体何処に行ったのかなあ?」

 

そこで、栄養は全て胸に行きました、と言えればまだマシだっただろう。

 

スキズブラズニルは2メートルを超える身長に相応しい双丘を誇っているが、下腹の贅肉が台無しにしていた。

 

それに目敏く気が付いた焙煎は、朗らかな声でこう言った。

 

「話は変わるが、スキズブラズニル。ベニスの商人を知ってるか」

 

「ヴァ、ヴァイセン艦長、私〜仰ってる意味が分かりませんが〜」

 

二ヘラと無理に笑顔を作るスキズブラズニルだが、焙煎は底冷えする様な声で言った。

 

「…解体されて資材になるのと、その無駄肉を差し出して当面の安全を得る。どっちか良い」

 

「い、言います。寧ろ言わせて下さい、お願いします何でも話しますから〜、だから解体はイヤ〜」

 

本当に泣き出してしまったスキズブラズニルに、焙煎は少しやり過ぎたか?と思ったが、この巨大ドック艦その物であるスキズブラズニルを解体するつもりなど、はなから焙煎は考えてはいなかった。

 

精々、こうやって脅し付ける時の文句として言った迄で、仮に解体してしまっては建造時の資材が戻る訳でも無く、スキズブラズニルと言う拠点を失うだけに終わる。

 

最も、スキズブラズニルの贅肉に関しては別の話だ。

 

その不要なバルジを得る為に、一体どれ程の資材を投入したのか、焙煎はこれからじっくりと聞き出すつもりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某日某所

 

カツカツとル級flagshipは長い廊下を進んでいた。

 

そしてある扉の前まで来ると、カードキーを挿し、中へと入って行った。

 

そこは薄暗く、機械が正常に稼働している事を知らせるランプの点滅と、ライトで照らし出された水溶液に満ちたシリンダーが置かれ、その中には長い黒髪をした女が浮いていた。

 

女の肌は病的に白く、光の届かない深海魚を思わせる艶めかしさと、対照的な夜の帳を思わせる黒髪をしていた。

 

そう、それは正しく解体された筈の戦艦棲姫であった。

 

シリンダーの前に置かれた機械を操作し、ル級flagshipはシリンダーを満たす水溶液を抜いた。

 

シリンダーから水が抜け、 ユックリと目を開ける戦艦棲姫。

 

久し振りに感じる外気に、施設内とは言え新鮮な空気を肺に送り込んだ。

 

覚醒した戦艦棲姫はル級flagshipが差し出したバスローブを見に纏い、椅子に座り長い黒髪をル級flagshipに拭かせながら、自分が眠っている間に起きた事の報告を受けた。

 

実はル級flagshipはスパイとして飛行場姫の元に潜り込み、探った情報を戦艦棲姫に流しているのだ。

 

戦艦棲姫は前々から飛行場姫の様子がオカシイ事に気付き、北方海域での作戦において飛行場姫が自分を排除したがっていると悟ると、準備させていたスパイ潜入計画を発動させ、自身を雲隠れさせたのだ。

 

報告を聞き終え、暫し目を閉じて考えに耽る戦艦棲姫に、何処か体に異常が無いかとル級flagshipは気遣う。

 

「戦艦棲姫様が最後にこの施設を使ったのは随分前の筈。何かお体に変化は有りますか?」

 

「いや、心配無い。少し考えに耽っていただけだ、許せ」

 

「いえ、それが私の役目で御座います。唯貴方様を慕うのは何も私だけで無いと云う事を御自覚して下されば、それで良いのですが」

 

暗にル級flagshipは、戦艦棲姫が解体された時の事を言った。

 

そもそも解体された筈の戦艦棲姫が何故この様な所にいるのか?

 

実はあの時、解体されたのは戦艦棲姫の艤装だけであり彼女本人は前から用意していたダミーと入れ替わったのだ。

 

本物と瓜二つに作られたダミー、これこそ戦艦棲姫がこの施設にいる理由だ。

 

実はここ、戦前に米帝が国内では行えないクローン実験を行っていた施設であり、それを見つけた戦艦棲姫は目をつけ、ここで自分のダミーを作り出し、万一の時に備えていたのだ。

 

元は人間を創る為の物だが、艦娘建造技術と併用する事で、戦艦棲姫のクローニングに成功し、意志のない空っぽの人形を戦艦棲姫と思い込んだ飛行場姫はさぞ悔しがるだろう。

 

(さっき迄、シリンダーの中に入っていたのも、新しいダミーを作る為と、失った艤装を再度建造する為であり、決してゴーストダビング施設等では無い)

 

(そもそも生み出されたダミーの練度は建造後間も無い艦娘同様レベル1相当であり、限界突破している戦艦棲姫本人とでは雲泥の差がある。)

 

(だからドッペルゲンガーだとか、管理者とかナインでボールなセラフさん的な展開は無い)

 

最も、それが飛行場姫を騙す策謀であったとは言え、事情を知る自分を含め多くの部下がどれ程悲しんだ事か。

 

「今少し御自重下さい」

 

と迄は言わない辺り、ル級flagshipもこの策の有効性は認識していたし、自分も関わった手前強くは言えなかった。

 

「時にル級flagshipよ」

 

「はい、何でしょう戦艦棲姫様」

 

「枝を付けられたな」

 

「うふふふふふ、バレちゃあしょうがない」

 

「⁉︎」

 

突如、背後でした声に向かって艤装を展開し、背後に戦艦棲姫を庇うル級flagship。

 

しかしそこには誰も居なかった。

 

(聞き違い?いや確かに聞こえた筈、なら何処に?)

 

「コッチよコッチ」

 

また背後で声がしたと思うと、戦艦棲姫が入っていたシリンダーの前の空間が蜃気楼の様に歪んだかと思うと、それは足元から姿を現した。

 

「どもー、シャドウちゃんでーす。下の名前は呼ばないでね」

 

肌に張り付くぴっちりとしたスニーキングスーツを身に纏うツインテールの少女。

 

ボディのラインがはっきりと分かるそれを見たル級flagshipは思わず、

 

「何だこの痴女は⁉︎」

 

と叫んでしまった。

 

「イヤイヤ、これ由緒あるスニーキングスーツだから。段ボールとかドラム缶とか無性に被りたくなるだけの唯のコスチュームだから」

 

シャドウと名乗る少女は自分の服はおかしく無いと言い張るが、

 

「戦艦棲姫様、この痴女は私が引きつけます。その間に離脱を」

 

話を聞く気のないル級flagshipは問答無用で主砲を放とうとする。

 

それを戦艦棲姫が前に出てそれを止めた。

 

「落ち着けル級flagship。お前ではこのお方には勝てん」

 

「戦艦棲姫さま、しかし!」

 

「そうだよー、私何も戦いに来たわけじゃ無いんだからね」

 

シャドウも41㎝砲を向けられているにも関わらず、呑気な口調で言う。

 

まるでそこに己の脅威となる物が無いかの様な振る舞いだ。

 

「部下がご迷惑をお掛けしました。この通りお詫びします」

 

「いいよいいよー、それにこの場で私と戦えるの、本気になった戦艦棲姫ちゃん位だからねー」

 

カラカラと笑うシャドウに、礼を尽くす戦艦棲姫を見てル級flagshipはどうやらこの痴女は相当な実力者だと見て取った。

 

「戦艦棲姫様、この方はいったい…」

 

「ああ、お前は知らないのだな」

 

「んん私の事知りたいかな、か「このお方はシャドウプラッタ、「ちょ、下の名前禁止⁉︎」超兵器だ」

 

シャドウプラッタと言う名前に聞き覚えは無いが、超兵器と言う単語にル級flagshipは反応した。

 

「超兵器、超兵器ですと。何故ここに…‼︎戦艦棲姫様一体これはどう言う事なのですか」

 

ル級flagshipの驚愕も無理は無い。

 

超兵器とは、ここ最近深海棲艦全てを悩ます元凶であり、その存在は最早悪夢そのものだ。

 

実際に対峙したル級flagshipだからこそ分かる、あの威圧感。

 

唯そこに居るだけで全てを圧倒し、薙ぎ払う自然の脅威その物。

 

それがル級flagshipが感じた超兵器である。

 

「まあまあ、私が超兵器なんて事、如何でもいいじゃん。それに、今はそんな話をしに来たんじゃ無いし」

 

「それにしても驚いたよ。戦艦棲姫ちゃんが生きていたなんて。アームドウィングが聞いたら喜ぶなー」

 

あの人、ああ見えて母性の塊だからな。

 

潜母水鬼ことアームドウィングを知る戦艦棲姫はその様子を思い浮かべて小さく笑った。

 

自分の装備の一部である筈の小型潜水艇達(連装砲ちゃんの様なもの)にメイド服やらリボンを付けて記念写真を撮ったり。

その他、様々な服を自作しては着せ替えごっこをしている等、見方によれば究極の一人遊びにも見えなくも無いが、あの人は一人一人に名前を付けて実の娘の様に可愛がっているのだ。

 

(私もお世話になった時色々と着せられたな。今思うと流石に恥ずかしいが)

 

暫し思い出に浸る戦艦棲姫。

 

それは黄金の日々であり、今の戦艦棲姫を形作る全てであった。

 

自分と同じ長い黒髪をしたあの方。

 

親子姉妹を持たぬ自分達の母の様な存在。

 

美しい人だった、きっと今も同じだろう。

 

短い間の記憶の反芻であったが、戦艦棲姫にはそれだ十分であった。

 

「で、どの様なご用件で?シャドウ様」

 

「うーんとね、本当はその子が何してるのか気になったから付いてきたんだけど、開けてびっくり戦艦棲姫ちゃんが生きてました。実を言うと何を話していいやら私も困ってるんだこれ」

 

あははは、と快活に笑うシャドウ。

 

本当に何も考えては居なかった様だ。

 

「戦艦棲姫様、本当にこの方が超兵器なのですか?」

 

ル級flagshipは恐る恐る戦艦棲姫に尋ねた。

 

戦場で感じた超兵器と、今自分を超兵器と名乗ったシャドウが同一の存在だと、如何しても思えなかったのだ。

 

「あれー、まだ疑ってるんだ?まあ私達は特別だからね、疑うのも訳無いか」

 

シャドウはそう言って一旦笑いを収めると、「ちょっと揺れるよう」とほんの少しだけ、一瞬にも満たない間にル級flagshipを流し見た。

 

その瞬間、ル級flagshipは死んだ。

 

いや、実際には死んではいない。

 

しかし、脳裏を貫く濃厚な死のイメージが現実となって襲いル級flagshipを絡め取る。

 

自然足がガクガクと震え、崩れ落ちそうになる。いやなった。

 

(何だこれは、地面も揺れてるぞ‼︎)

 

床に手をついて初めて、自分だけでなく、この施設その物が揺れていた事を知るル級flagship。

 

揺れは一秒にも満たない間に収まった。

 

しかし、ル級flagshipは愕然とした。

 

(ほんの少し力を見せるだけで地を揺るがすだと⁉︎そんな、そんなもの兵器である筈が無い、有り得ない、そらではまるでまるで…)

 

 

戦場で感じた超兵器の威圧感とは比べ物にならない存在。

 

抗うことの出来ない絶対神。

 

「良かったなル級flagshipよ、ここが戦場では無くて。あの方に教えられて」

 

戦場棲姫はそう優しくル級flagshipに語り掛けると、自分が座っていた椅子に彼女を座らせた。

 

そして、手を取り優しい眼差しで瞳を見つめながら。

 

「今お前が感じた物。それは自分が絶対に勝てない存在、自分が殺されると本能的に悟った故だ。最初何故私の許無く砲を向けた?あの時お前は知らなくとも本能は悟っていた。ここが戦場ならお前は瞬きする間も無く死んでしまうだろうと。だが、これを乗り越えた時、お前には更なる成長が待っている」

 

これで自分の身の程を知る、そしてその限界も、やれる事の全てをル級flagshipは理解した筈だ。

 

だから早く自分の限界を極めようと強くなれる。

 

「お優しくなられた、シャドウさま。貴方なら腕や頭の一本二本飛ばすものかと思いましたぞ」

 

「ぷー、私そんな事し無いよ。血の臭いが着いたら中々取れ無いんだよー。それに、もしそうしたら戦艦棲姫ちゃん全力で止めたでしょう」

 

だからこれはほんの遊び。

 

私は教えたなんてちっとも思って無いよ、と笑った。

 

よく笑う方だ、昔からそうだがこの人はよく笑いよく殺す。

 

血の臭いを気にするなんて、骨の髄まで染み込んだそれを消す事等誰も出来はし無い。

 

だから優しい。

 

自分よりも強い者がいない、だから全力を出す事もないし出してもいけない。

 

血塗られた快楽殺人者であり、凄く優しい人なのだ。

 

「ほんじゃま、私はこの辺で。何かお話しする空気でもないしね」

 

バイバイと手を振るとシャドウは戦艦棲姫に背を向け、現れた時と同様足元から姿を消し始めた。

 

「あ、そうだ。言い忘れてたけど、捕まってた駆逐棲姫ちゃんと軽巡棲鬼ちゃんは無事空母棲姫ちゃんと合流したってよ。あと、そろそろアームドウィングが来るからそこんとこヨロシク」

 

最後にトンデモナイ爆弾を残して姿を消すシャドウに、戦艦棲姫が「待ってくれ」と言う前に、アームドウィングが施設に乗り込んで来ていた。

 

未だ放心しているル級flagshipを置いていく訳にも行かず、そもそもアームドウィングの足から逃れられる力を持たない戦艦棲姫とル級flagshipは、この後二人仲良くアームドウィングの着せ替え人形となるのであった。

 

 

 

 

因みに、放心から立ち直ったル級flagshipが最初に見たものは、離島棲鬼ちゃんに着せたいと言って断られたフリル満載の黒ゴスロリ服を着せられて魂が抜けている戦艦棲姫と楽しげに記念撮影を行うシャドウよりも強いアームドウィングの姿であった。

 

人生?いや深海棲艦生の中で短い間に二度も超越した存在と会ったル級flagshipは、全部終わったらシスターにでも成ろうと、固く誓うのであった。

 

「まぁ、シスター服。黒と白、それは清楚さと背徳漂う神秘のハーモニー。ル級flagshipちゃん、いいアイデアよ、今度お姉さんが作って着せてあげるからね」

 

尚、普通に人の思考を読んで更なる放心状態へと追い込む無自覚タイフーン、アームドウィングの前では、逆に餌を与えた結果に終わるのであった。

 

 

 

 

 

 



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横須賀空襲編
12話


多分今年最後の投稿になります。

皆さんよい年末をお過ごし下さい。


北方海域を奪還した焙煎達は、再び横須賀鎮守府へと帰還していた。

 

今回は最初の時とは違い、巨大ドック艦スキズブラズニルや超兵器達も横須賀鎮守府自慢の大型ドックに入り、其々補給や整備を受けていた。

 

最もスキズブラズニルは超兵器達を収容出来る巨体さが災いして、艤装と艦娘だけの入港となったが。

 

 

 

 

 

「ひゃあー大きいなあ。こんな船一体どうやって建造したんだろう」

 

超兵器達を整備する妖精さん達に混じり、工作艦明石は間近に見る巨艦の威容に思わず圧倒されていた。

 

「あ〜、貴方が〜連絡にあった〜明石〜さん?ですか〜」

 

妙に間延びする声で自分の名前を呼ばれた明石は、声をかけられた方に振り向いた。

 

そこには作業着に身を包んだ極めて背の高い艦娘がいた。

 

「おお⁉︎」

 

自分のすぐ近くにいた大女に驚いて、思わず引いてしまった明石だが、相手は「ニャハハ〜」と笑って頭を掻いた。

 

「すみませ〜ん。驚かして〜しまいましたね〜。私〜巨大ドック艦〜スキズブラズニルって言います〜」

 

そう言って右手を差し出したスキズブラズニルに握手を返した明石は自分も、名前を相手に名乗った。

 

「工作艦明石です、ここの整備主任を任されています。さっきはゴメンなさい、イキナリだったから驚いてしまって…」

 

「いえ〜気にしてませんよ〜。寧ろ〜新鮮?〜でしたから〜」

 

私の所は大きい人ばかりですから、とスキズブラズニルはドックに並ぶ巨艦達を見た。

 

横須賀鎮守府が誇る大型ドックの全てを使って漸く収まった超兵器達だが、このドックが一杯になる等明石は建造されてから昨日まで一度も見た事が無い。

 

連合艦隊を一度に補給と整備が出来る様設計された大型ドックですら、超兵器達にとっては少し手狭な感じがあった。

 

「それにしても驚きです、こんな船があったなんて知らなかったです。一体何処で建造されたんですか?」

 

明石は感心してスキズブラズニルを見たが、彼女はその視線から一瞬逃げる様に顔を逸らした。

 

あれ?と明石は思ったが、次見た時は「そうですよねぇ〜」と笑っていた。

 

明石はさっきの事を気のせいだと思った。

 

あの時スキズブラズニルの口からあんな言葉が漏れていたなど…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あんな物、私は作りたく無かったのに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

工作艦明石はその後スキズブラズニルにドックの使い方や注意事項等を説明し、自分達も手伝う様命令されていると伝えた。

 

スキズブラズニルもドック艦としての経験から直ぐに必要な事を覚え、明石達の協力に快く応じた。

 

「やっぱり〜本格的な〜ドックは違いますね〜」

 

「いえいえそれ程でも〜。でも、貴方も十分凄いと思うわよ、だって今迄一人でこれ全部面倒見ていたんでしょう。正直頭がさがるわ」

 

「いや〜、参っちゃうな〜」

 

なんて表情を浮かべているスキズブラズニルだが、焙煎に見つかる前迄は悠々自適なニート生活を送っていたので整備なんて自分では殆どした事が無い。

 

寧ろ妖精さん達の方が超兵器の事について詳しいくらいだ。

 

しかしウィルキア解放軍時代に培われた技術は今尚健在であり、何よりも世界中の海軍を目にした彼女の知識には明石も目を見張る物があった。

 

そして明石も又、最新鋭の工作機械と確かな技術は横須賀鎮守府整備主任としての肩書きが伊達では無い事を証明していた。

 

スキズブラズニルと横須賀鎮守府の妖精さん達も負けてはいなかった。

 

横須賀の職人気質な整備員妖精さん達は自慢の工具を振るって熟練の技を披露し、スキズブラズニルの妖精さん達はその有り余るマンパワーを駆使して整備だけでなく各所の手伝いや伝達、補給物資の積み込み等様々な事を行っていた。

 

「ねぇやっぱりそれが貴方の艤装なの」

 

工作艦明石がさすそれとは、スキズブラズニルの両肩にあるコンテナの事であった。

 

腰から伸びるアームに繋がれたコンテナから、スキズブラズニルは次々と工具を展開しては作業を行っていた。

 

遠征先で拾う家具箱程の大きさしか無いコンテナから、明らかに入りきらない量の工具が中から出てきてたのを見て、明石は不思議に思ったのだ。

 

「そうですねぇ〜、これ〜便利なんですよ〜」

 

とスキズブラズニルは自慢気に語り出した。

 

「私の艤装は〜本当はもっと大きいんですよ〜。でも〜それだとドックに入りきらないんですよね〜。だから〜艤装の機能で余分なものはオミットしてるんですけど〜元々の排水量とか〜ペイロードは変わらないんで〜見た目以上に色々と物が入ってるんですよ〜」

 

「へぇ、それじゃあ今出している物以外にももっと沢山有るのね」

 

「そうですよ〜、例えば〜」

 

とスキズブラズニルはゴソゴソと左肩のコンテナに手を入れ、中を弄ると「はい」と掌を見せた。

 

「え?これってもしかして震電改…でもどうしてこんな所に…」

 

「それ〜今私が〜作ったんですよ〜」

 

二ヘラ〜と笑うスキズブラズニルに明石は驚愕した。

 

艦載機でもかなりのレア度を誇る戦闘機を、事もなげにしかも今目の前で作ったと言ったからだ。

 

「他にも〜」

 

と、次々とスキズブラズニルのコンテナから様々な物が出てきた。

 

艦娘の各種レア装備から設計図やら本やら漫画やらゲームにアニメのDVD(BL)やらお菓子やらヘソクリやらと、途中から関係無いものに変わってきたがそれでも明石にとっては充分だった。

 

何故ならレア装備の中には現在開発で出せない筈の装備も混じっていたからだ。

 

(この子、最初はアレな子かな〜って思ったけど、実はトンデモなく凄い子なんじゃないのー⁉︎)

 

と本人を目の前にして結構失礼な事を考えていた明石だが、そんな事も知らずスキズブラズニルはウキウキと明石の目の前に物を積み重ねていた。

 

「で〜これが取って置きなんですよ〜」

 

とスキズブラズニルは勿体振りながらも、早く見せたい一心でコンテナを弄り、明石は今見た物以上が有るのかと、期待に胸を膨らませた。

 

「じゃ〜ん、某似非農民貴族特製蜂蜜〜」

 

フンス、と自慢気に取り出したのは何の変哲もない蜂蜜入りの瓶であった。

 

最後に何か有るのかと期待した明石だったが、正直拍子抜けだったのは否めなかった。

 

だが、目の前でキラキラと顔を輝かせるスキズブラズニルを見るとそんな事はとても言えない。

 

だから明石は精一杯の笑顔でスキズブラズニルに「わぁ、とっても美味しそうですね」と伝えた。

 

この後明石はスキズブラズニルに土下座する事となる。

 

明石の言葉に気を良くしたスキズブラズニルが蜂蜜を勧め、職務中だが少しくらいなら良いかと一口指にとった蜂蜜を口に含んだ瞬間、全身を官能が駆け巡った。

 

(え?嘘なにこれ?え、え、え、美味しいと言うか身体の底から幸せな気持ちで一杯になる様な、しかも私間宮さんにも行ってないのにキラキラしてるの⁉︎え、ウソこれが唯の蜂蜜なのー‼︎)

 

艦隊整備と言う任務の特性上、徹夜も多くこの所荒れていた明石の肌は生まれたての赤子の様にモチモチで滑らかになり、髪の毛は毛先までキューティクルでツヤツヤとしていく。

 

明石は頬が緩むのを手で隠そうとするが、既に顔全体が破顔していた。

 

そして、彼女の中で急速に感謝の念が溢れて来た。

 

(ああ〜生きてて良かった。お父さんお母さん妖精さん提督さん達私を建造してくれてありがとう。私の生の意味は今この瞬間、この時にあったのですね。ああ〜私幸せですこの気持ちをどう表したら良いのだろう)

 

明石は自然な動作で三つ指を付いて深々と頭を下げていた。

 

「え、え〜明石さ〜ん。大丈夫ですか〜?」

 

スキズブラズニルが何か言っているが、そんなの今の明石の耳には入っては来なかった。

 

唯溢れんばかりの生と食物に対する感謝の気持ちを、五体投地で表しているのだ。

 

「お〜い、明石さ〜ん。お腹痛いんですか〜?だ〜れ〜か〜救急車を〜呼んで下さ〜い⁉︎」

 

明石の五体投地は、騒ぎを聞きつけた妖精さん達が担架を持ってくるまで続き、

運ばれる明石の手にはいつの間にか蜂蜜の瓶が握られていた。

 

後に『工作艦明石、謎の土下座事件』として横須賀鎮守府の伝説となるが、この時はいまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、超兵器達はと言うと「甘味処間宮」さんのテラスで呑気に茶をしばいていた。

 

何故間宮さんに居るかというと、何の事は無い、スキズブラズニルから追い出されたのだ。

 

横須賀鎮守府のドックに入港すると直ぐに焙煎は海軍軍令部に一人で呼び出され、置いてきぼりを食らった超兵器達は艤装を全て横須賀の大型ドックに預けられ海に出る事も出来ない。

 

街に出ようにも、そもそも外出許可が下りなければ検問所から外に出られない。

 

そして一度来たとはいえ、その時は捕えられていたので鎮守府内を良く知らない超兵器達は、自然とここ間宮さんで暇を潰していたのだ。

 

誰しもが暇を持て余していたが、しかし黙って茶を飲む以外する事もなく、無為な時間が流れていた。

 

そんな彼女達を物陰から覗く一つの影があった。

 

 

「見た事も無い海外艦娘?と思わしき人達。これは期待出来ます」

 

何処かゴシップ記者めいた雰囲気を纏う艦娘、重巡青葉である。

 

青葉はここ最近艦娘達の間で噂になっていた「一騎掛け」や「銀狼」の正体を掴むべく日夜取材を重ね、今日漸くその手掛かりを突き止めたのだ。

 

そして勢い青葉は突撃インタビューをするべく物陰から出てテラスで茶を飲んでいる超兵器達に近付いて行く。

 

「どうも私重巡青葉と申します。お茶をしている所すみません、少しお時間宜しいでしょうか?」

 

努めてにこやかな笑顔を浮かべると青葉はまず最初にそう切り出した。

 

初対面で、少なくとも顔見知りでは無い相手にはまず笑顔で近付いて警戒を解いて貰う。

 

青葉が持つ取材テクニックの一つだ。

 

「ん?丁度今暇をしていた所だ、良かったら一緒に茶でもどうだ」

 

青葉から一番近くにいた艦娘がそう答えた時、「シメタ」と青葉は心の中でガッツポーズを取った。

 

様々な段階を飛ばして一気に相手の懐に入り込めたからだ。

 

「あ、これはどうもご丁寧に。じゃあお邪魔させて貰います」

 

素早く隣の席から椅子を持ってくると青葉は席に着いた。

 

ウェイトレスである伊良湖さんが注文を取りに来て、青葉はコーヒーを注文し他のテーブルに着いていた者にも注文を聞いて行く。

 

飲み物が来るまで青葉達はたわいの無いお喋りに興じる。

 

やれ間宮さんのどのメニューが美味しいだとか、

 

近頃の戦況はどうだとか、

 

今どんな物が艦娘の間で流行っているのか、

 

殆ど青葉が一方的に話していただけだが、超兵器達は面白そうに青葉の話を聞いていた。

 

少なくとも退屈していたのは本当の様だと青葉は心の中で思った。

 

暫くして、飲み物が運ばれ所で改めて重巡青葉は自己紹介をした。

 

「飛び入りで参加した重巡青葉です。艦娘兼記者をやっております、本日はお招き頂き有難うございます、皆さんえと…」

 

と言い淀む青葉に最初に声を掛けた艦娘が助け舟を出す。

 

「ヴィルベルヴィントだ。いや何我々も暇を持て余していたのだ、何しろ今日着いたばかりでここの事は何も知らないからな」

 

「ヴィルベルヴィントさんと言うのですか。それならこの後鎮守府を案内しましょうか?私結構色々と知っているんですよ」

 

と、青葉は自慢げに胸を張った。

 

伊達に記者はやっていないと、言いたげだ。

 

「お前も一緒にどうだ?ヴィントシュトース」

 

とヴィルベルヴィントが隣に座るヴィントシュトースに声を掛けた。

 

両側をヴィルベルヴィント、シュトゥルムヴィントに挟まれ幸せそうにしていたヴィントシュトースは「喜んで」と答えた。

 

「宜しければシュトゥルムヴィントお姉様もご一緒に…」

 

「私か?まあ、良いだろう。三人一緒でも構わんか」

 

そこでテーブルを挟んで反対側にいたアルウスが文句を付けた。

 

「ちょっと貴方何私達を無視しているのかしら?これだから躾のなってい無い犬は困るわ」

 

やれやれと首を横に振り呆れた表情を作るアルウス。

 

「貴様、もう一度言っ「あらごめんなさい、自己紹介がまだだったわね」ぐっ貴様…」

 

シュトゥルムヴィントが身を乗り出そうとするが、アルウスは無視して話を進める。

 

「私はアルウス、高速空母アルウスよ」

 

「あははは、どうも重巡青葉です。あの、アルウスさんもこの後ご一緒に如何ですか?と言うか、ここにいる皆さんで行きましょう、寧ろそうしましょう⁉︎」

 

乾いた笑みを浮かべる青葉、最後の方はまくしたてる様な勢いであったが、本能的に危機を察知し無理やりにでも全員で行った方が後腐れなくて良いと考えての発言であった。

 

「あらあら、ご丁寧に。折角のお誘いですし、デュアルクレイターさんもアルティメイトストームさんも良いですね」

 

とアルウスは彼女から見て右側に座る艦娘達に言った、その口調は何処と無く有無を言わさぬものがあった。

 

「私は良いぜ、てかここのデザート美味いよなデュアルクレイター?」

 

アルティメイトストームは飲み物と一緒に運ばれてきたケーキを、一掴みで美味しそうに頬張った。

 

彼女の目の前にはイチゴのショートケーキ、モンブラン、アップルパイ、ガトーショコラなどが並び、それらを口にする度アルティメイトストームは感嘆の溜息を漏らす。

 

「ハウハウ、ガッガッガッ」

 

一方デュアルクレイターはと言うと、目の前にあるパフェの攻略に夢中であった。

 

高さだけで50㎝はあろうかというジャンボパフェ、間宮さん名物「赤城パフェ」である。

 

某ボーキサイトの女王御用達であるこのパフェに挑む者多数、その多くが余りの量に倒れ伏し一個水雷戦隊に勝るとも噂されるそれが、アイスの様に溶けていく。

 

その様子を見た青葉の頭の中に「フードファイター」という単語が浮かんだが直ぐに搔き消した。

 

このテーブルに座っている艦娘は皆スタイルも良く背も極めて高い。

 

一番小さいと思われるヴィントシュトースでさえ青葉よりも頭一つ分大きい。

 

だからあれくらいの量は平気なのかもしれない、と心の中で言い訳する青葉だが食べ終えたデュアルクレイターが「もう一つ同じ物をくれ」と言った時、何だか赤城さんと同じ空気を感じてしまった。

 

「貴方、まだ食べるのですの?少しはした無くてよ」

 

アルウスは眉間に皺を寄せながらデュアルクレイターに言った。

 

余り無様な姿をジャガイモ野郎の前で見せないで欲しいと言いたげな視線だ。

 

「いやーすまないね、食べ盛りなもんで。でもアルウスの姉貴もヒトの事は言えないと思うぜ」

 

デュアルクレイターは「ククク」とニヒルに口を歪めた。

 

「…貴方、何が言いたくて」

 

アルウスとデュアルクレイターの間で一瞬緊張が走る。

 

「いやー喧嘩しちゃダメだぜ⁉︎ほら、アルウスの姉御はどっちかって言うと人前では食べない方だし、寧ろ男の前ではしおらしくコーヒーだけ飲んで見てない所じゃ分厚いステーキと酒をかっ喰らうヒトって言うか、何て言うか、その…だぜ?」

 

そんな両者の間に座るアルティメイトストームは、巻き込まれては堪らんと色々とフォローになってはいないフォローをする。

 

寧ろアルウスにトドメを刺していた。

 

アルウスが「貴方達…」とテーブルを立とうとした最中「フフ」とテーブルの反対側から笑い声が漏れた。

 

キッ、と誰だとアルウスが睨みつけると、その相手はヴィルベルヴィントであった。

 

「いやすまんな。お前も妹分で苦労していると思うとな、お互いに躾はしっかりしなければな」

 

躾の部分で先ほどシュトゥルムヴィントに言った台詞を遣り返され、気勢を削がれたアルウスは決まり悪く席に戻った。

 

「じゃ、じゃあここに居る『7人』で一緒に行くと言う事で…」

 

青葉は何だか地雷原の多い人達だな〜と、思いながら自分が思いっきりその地雷を踏み抜いた事に気が付かないでいた。

 

何人かがそれに気付いたが、ある者は知らないフリをし又ある者はやったしまったかと天を仰いだ。

 

その何とも言えない空気に気が付いた青葉は、「何か…」と聞こうとするが、その前に青葉の正面から声が投げかけられた。

 

「そうですかそうですか、『私』を抜いて『7人』でですか」

 

ビクリ、と青葉が震える。

 

深海からの呼び声の様な底冷えする空気が正面ら流れ込んできたのだ。

 

最初青葉が声を掛けた時テーブルには6人が座っていた。

 

だからてっきり自分を含め7人だとさっきは言った、だがそれはトンデモ無い勘違いであった。

 

「ああ、ご紹介が遅れました」

 

実はあの時、最初から…

 

「私…」

 

それに青葉が気付いた時はもう遅かった。

 

「…ドレッドノートと申します。これでも潜水艦なんですよ、『重巡』青葉さん」

 

重巡と言う単語を強調して、青葉の対面に座っていたドレッドノートは言う。

 

実はドレッドノート、アルウスがシュトゥルムヴィントに噛み付いた際今の今迄自己紹介をするタイミングを失っていたのだ。

 

しかも、その後の会話にタイミング良く加わる事が出来ずしかも青葉にまさか認知さえしてもらえなかった事を気にして、気持ちが沈んでいるのだ。

 

勿論他の超兵器達は意図してドレッドノートを無視していたわけでも無いし、青葉は気付いているものだと言う思いもあった。

 

しかし青葉はシュトゥルムヴィントとアルウスが剣呑な雰囲気になった時から注意が左右に向いてしまい、正面への視線が疎かになっていた。

 

これは誰が誰の所為というものでは無く、だからこそややこしい状況になっていたのだ。

 

だからドレッドノートが少しケンのある言い方になってはいたが、見た目とは裏腹に本人は其処まで気にしてはいなかった。

 

「ご、ごごご御免なさい、御免なさい、御免なさい、決して無視していたわけでは無いのですが…兎に角御免なさい」

 

しかし、青葉にそんな事分かる筈も無く相手を怒らせてしまったと思いひたすら謝る。

 

(こ、この人めっちゃ怖い⁉︎丘の上なのに沈められる〜)

 

この時の青葉の心情は、やらかしてしまった相手が実は黒塗りリムジンに乗る様な自営業者さんだった時の一般人の心境に似ている。

 

「いえ、そんなに謝らなくても…」

 

「御免なさい御免なさい御免なさい、何でもしますから許してください〜」

 

「ん?今何でも「常識的且つ青葉に出来る範囲でお願いします‼︎」チッ、こいつやるな」

 

何だか臭そう?な雰囲気になってきたのでヴィルベルヴィントが咳払いを一つ彼女達の仲裁をした。

 

「二人とも落ち着け、青葉もああ言っている事だし一つお願いしてみてはどうだ?」

 

「確か青葉は艦娘で記者なのだろう。なら面白い話の一つや二つ聞いても損は無い」

 

と、巧み?に話題転換をし助け舟を出したヴィルベルヴィントに青葉は心の中で感謝した。

 

ドレッドノートもあのままの雰囲気ではマズイと思っていたので、この提案は渡りに船であった。

 

「じゃあそうですね、特ダネと言うか今私が情報を集めている最中なんですけど…」

 

と、青葉は今艦娘達の間で噂になっている「一騎掛け」や「銀狼」の噂について語り出した。

 

途中シュトゥルムヴィントやヴィルベルヴィントが飲み物を吹き出しそうになったり、アルウスがその様子を面白いものでも見るかの様な目で必死に口元を押さえ、何故かヴィントシュトースが誇らしげにしていたりと様々な反応を示した。

 

「…とこんな話なんですよ」

 

青葉が全てを語り終えるとドレッドノートが「アレ、私のは。え、あれ?」と困惑していたが、その様子を見て遂にアルウスは吹き出していた。

 

ヴィルベルヴィントとシュトゥルムヴィントも、何とか平静を装うとして空のカップを傾けて内心の動揺を悟られまいとした。

 

何故なら青葉が語る話は尾鰭所か鱗や鰓まで生えている様な脚色満載であったのだ。

 

「一騎掛け」ことシュトゥルムヴィントは海原を駆けるだけでモーセの如く海を割り、海の上なのに白馬にまたがった王子?様の様に颯爽と現れてはピンチの艦娘を救うだとか、「銀狼」ことヴィルベルヴィントは敵の策を逆手に取って数の不利を覆した名将だとか、実は何百年も生きている妖怪だとかと散々に持ち上げられている始末。

 

二人は小っ恥ずかしさで一杯であった。

 

そもそも超兵器として生まれた彼女達は最初から特別な存在であり、戦果を上げる事は勿論勝利は当然としの物として扱われてきた。

 

事実南極の独立国家が繰り出したあの部隊が出るまで無敗であり、世界中の海を支配していたのだ。

 

特にヴィルベルヴィントは最初期の超兵器としては寧ろ栄光の時期よりもその逆、超高速輸送艦と揶揄され誰に褒められる事もなくその生涯を閉じた過去がある。

 

だから噂でもこうももてはやされる事に耐性が無いのだ。

 

つまり、簡単に言ってしまえば超兵器達は褒められ慣れてないのだ。

 

「実を言うと私は皆さんがその人達と関係あるんじゃ無いかと思ってるんですよ」

 

と、青葉は漸く本題を切り出した。

 

青葉が掴んだ確かな情報では、最初に接触したと思わしき某ボクっ娘航巡は「一騎掛け」は日本の艦娘では無いと言っている。

 

そして非常に背丈の高い艦娘だったとも言っていた事を思い出し、益々彼女達が何か関係しているのではと睨んでいた。

 

「で、ですね。実際の所如何なのかなー、何て聞いちゃいたい訳ですよ」

 

「成る程ね〜、貴方記者だと言っていたし本当は私達を取材しに来たのね」

 

ならそうと早く言いなさいな、と言われて青葉は「あはは」と笑い頭をかく。

 

実際は彼女達の初対面でのテンションに圧倒されて本題を忘れかけていたのだ。

 

「まぁ、面白い話を聞かせて貰ったお礼に受けてあげない事も無いけど…」

 

と、アルウスは唇に指を当て横目でチラリとヴィルベルヴィント達を見た。

 

動揺から回復した二人は思案するまでもなく同意を示した。

 

青葉の話を聞いた限りでは、無害な存在であり情報収集の役に立つと判断したからだ。

 

「私達も構わない、お互い色々な事を聞きたいしな」

 

「成る程、情報交換という訳ですか。

では早速…と言いたい所ですが」

 

青葉はテラスを見回し、いつの間にか間宮さんは艦娘達で混み始めていた。

 

「混んできましたし、今日の所は約束どおり鎮守府内を案内します。取材の件はまた後日と言う事で」

 

超兵器達も其々同意し、彼女達は間宮のテラスを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

 

説明するまでもなくこの国において国防の要であると同時に、各地に散らばる提督達を束ねる海軍元帥とその軍令部を擁する最高司令部でもある。

 

その最高指揮官たる高野元帥と再び対面した焙煎は、緊張した面持ちであった。

 

前回と違い一人で来る様命令された焙煎は、単身ここ海軍軍令部を訪れていた。

 

前回と同様、フカフカのソファーの感触や出された紅茶の味を楽しむ余裕の無い焙煎とは対照的に、高野元帥は優雅にカップに口をつけた。

 

所詮一士官でしか無い焙煎と、海軍元帥である高野との格の違いをあからさまに示された格好だ。

 

最初に口を開いたのは高野元帥であった。

 

「今回は良くやってくれた。お蔭で被害を最小限に抑えられた、しかも殆ど死傷者を出さずに守備隊を救出したオマケ付きだ。それでだ」

 

和かに微笑む高野元帥、本当に感謝しているかの様に見えるがこの笑みにコロッと騙される提督の何と多いことか、と焙煎は思った。

 

見た目通りの好々爺であれば、とっくに引退しても可笑しく無い年齢の筈が、今尚元帥の地位に留まる事から高野元帥の知られざる実力を感じさせた。

 

「貴官には又頼みたいことがあるのだが…」

 

ほら来た、と焙煎は思った。

 

北方海域の奪還を命ぜられた辺りから薄々感付いてはいたが、どうも高野元帥は超兵器達を使い勝手の良い自分の駒か何かと思っては無かろうか?

 

出来れば面倒事にならない様祈りつつ、さて次はどんな無理難題を課せられるかと、焙煎は身構えた。

 

「貴官には来るべき南方反撃作戦、それに参加して貰いたい」

 

「南方とは…随分と大きな作戦ですね」

 

南方を奪還する作戦、つまりは焙煎が避けに避けてきた最前線での戦いとなる。

 

嘗て艦娘達の墓場アイアンボトム・サウンド(鉄底海峡)とも恐れられた魔の海域。

 

そこが主戦場になる事は間違いない。

 

以前焙煎は超兵器達と共にソロモン諸島の裏口から侵入し、敵の泊地及び飛行場を叩いたが、あの程度の基地などそこら中にあるのがあの海域だ。

 

嘗ての大戦でさえ終ぞ攻略出来なかったポートモレスビー要塞、今や深海棲艦の牙城となっている其処の戦力はこの国の海軍戦力と同等とも噂されている。

 

焙煎や超兵器達にとって今迄以上に厳しい戦いが待ち構えている事は間違いない。

 

「作戦発動まで時間はある。其れ迄の間、今まで通り好きにして構わんよ。補給や整備も此方で持とう」

 

「過分なご支援、ありがとうございます」

 

と殊勝な態度で答えつつ内心たかが一介の少佐風情に出すにしては破格の条件だと、焙煎は思った。

 

これは横須賀鎮守府のみならず海軍全体から支援を受けられると暗に示されたも同然だからだ。

 

だが一方ではそうまでして超兵器達の力を取り込みたい高野元帥の思惑が見え隠れしていた。

 

厄介者である焙煎や超兵器達を始末したい反面、その戦力を惜しんでいるとも取れる。

 

まあ、その気持ちも分からなくは無い。

 

言うなれば何時爆発するか分からない強力な爆弾を手に入れた様なものだ。

 

使えば強力だが制御方法がこれ迄と勝手が違う、強力だから捨てる訳にも行かず持て余し気味、と言った所か。

 

とすると、その爆弾を持ち込んだ焙煎自身をどう思っているだろう?

厄介者扱い半分、今の所唯一爆弾を製造制御出来る相手だから何かとご機嫌をとって爆弾の制御方法なり製造方法なりを聞いて後は何処ぞの海の底…全く人間の方が命が軽いのは戦争の常とは言え、やり切れないものがある。

 

「うむ、これからの貴官の活躍を期待する」

 

「は、微力を尽くします」

 

部屋を後にした焙煎は、また厄介事を任されたものだと頭を悩ませたが、兎に角超兵器達に次の作戦を伝える為、足早に軍令部を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

海軍元帥高野は焙煎が去った後、執務室で秋山参謀といた。

 

「高野元帥、彼は我々に協力してくれるでしょうか?」

 

「まぁ、あの様子なら暫くは此方の指示に従ってくれるだろう。心配する事はない」

 

と言う高野元帥に、秋山参謀は参謀としての仕事をしない訳にも行かなかった。

 

「しかし、歴史の先例にある通りあまり個人を重用すれば力を付けて手を噛みつかれるかも知れません。そうで無くとも、超兵器なる得体のしれないモノを使う等海軍の沽券に関わります」

 

「秋山参謀、君は私があの時と同じ愚を犯すと思っているのかね?」

 

高野元帥は机の上に手を組み、顎を乗せてジロリと、秋山参謀を見た。

 

「そうは申しておりません。しかし、彼を快く思わないのは何も深海棲艦だけではありません。そういった手合いがあの演習の様な暴挙を起こすとも限りません、その場合の事を考えますと…」

 

秋山参謀の懸念はそこであった。

 

ここ最近焙煎を重用する高野に不満を持つ者もいた、そしてその矛先は焙煎に向こうとしており彼としても頭の痛い問題であった。

 

「…」

 

高野は沈黙して考えた。

 

秋山参謀の懸念も最もであると思えたからだ。

 

そして脳裏にはある男の事が過ぎった。

 

嘗て「英雄」と呼ばれた男が居た。

 

その男はまだ未知の部分が多かった艦娘を率い連戦連勝を重ね、遂に多大な被害を出しながらも南方棲戦姫を打ち取るという功績を挙げた。

 

しかし、一方で男の力を危険視する者もいた。

 

男とまだ運用方法が確立されていなかったその艦娘達は鎮守府と言うシステム作り上げ、これらの有効性を実戦で証明していた。

 

しかし、そのシステムは軍令部の指示が無くとも戦える、つまり海軍の中に新たに鎮守府とその艦娘と云う軍隊が生まれる様なものであり、軍閥の様相を呈し始めていた。

 

そして男は当時の軍令部に請われ重要拠点である呉鎮守府へと着任した。

 

部下であった艦娘達も当然異動するものと思われたが、前線の鎮守府で待てども暮らせど辞令は降りず、その間新たに出現した敵との戦いで消耗し磨り減らされ、最後には捨て石同然で戦いに赴き全艦が轟沈した。

 

男はその知らせを聞き号泣したという。

 

実戦力を奪われ英雄として祭り上げられた男には、遠く前線にいる嘗ての部下達に何もしてやる事が出来なかったからだ。

 

そして男は権力を求め、やがて派閥を形成し遂には海軍を二分するまでの勢力になるまで成長した。

 

君塚提督、果たして権力を求めた彼はいったい何処を目指そうとしているのだろうか?

 

「だが、現状これが一番良いのだ。彼を私の直臣と周囲が認めれば、下手なちょっかいは掛けまい」

 

しかし、この手の問題は上がどうこう言った所で解決するものでも無い。

 

矢張り本人が周囲に実力を認めさせなければ始まらないのだが、それは焙煎や超兵器達を派閥争いに巻き込む事を意味していた。

 

だが、野放しにするよりははるかにマシであった。

 

「それと他国の介入ですか」

 

「そうだ、米露は兎も角欧州勢もどうやら嗅ぎつけたらしい。今度独伊両国から艦娘が派遣されて来るとの事だ」

 

高野元帥にとってまた頭の痛い話が出て来たものだ。

 

特に、国外の事となると海軍元帥の地位や権威は余り有効には働かない。

 

「虎の子の艦娘を出すとなれば、両国の本気具合も見て取れます。嘗ての三国同盟のつもりでしょうか?」

 

秋山参謀は露骨な欧州勢の介入に少々憤慨した。

 

今何処の国も自国の防衛で手一杯の筈だ、その中で貴重な戦力を割くとなると周辺国にどれ程の負担がかかる事か。

 

しかし一方で彼等の本気具合よりも必死さが見て取れた。

 

「表向きは近々行われる式典への参加を兼ねた親善訪問だが、実際はそんなものだろう。欧州では英仏が幅を利かせていて肩身が狭いのだろうな」

 

英国は米日に次いで艦娘戦力が充実している。

 

そして仏国も侮れない戦力を持ち、この両者の連合が今現在の欧州を牽引していると言っても過言では無い。

 

その一方で独伊の様な国は彼等の圧力で逼塞し、何とか状況を打開しようと模索しているらしいが、その主導権争いが欧州情勢の緊迫感を煽っていた。

 

そこに今度は露国が介入しようと図り、誠欧州情勢は複雑怪奇なりとはこの事だ。

 

今現在この国は周囲を海に囲まれ、更に深海棲艦の脅威から半鎖国状態にあるが、そのお陰でこういった国際情勢に巻き込まれずにきた。

 

しかし、今度の一件はこの国が再び世界の荒波に放り込まれようとしている、と秋山参謀は感じていた。

 

「元帥閣下、最早我々は身内同士の争いなどしている場合では無いのでしょうね」

 

うむ、と同意した高野元帥は今後の情勢に思いを馳せるのであった。

 

 

 

鎮守府に政治の季節がその足音を響かせ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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13話

今年最後だと言ったな、すまんあれは嘘だ、

鹿島のクリスマスグラ見てたら書いてしまった…

やっぱり練習巡洋艦は魔性の女やで


海軍軍令部を後にした焙煎は突然背後から呼び止められた。

 

「貴様…おいもしかして焙煎では無いか?」

 

背後を振り向いた焙煎に相手は矢張りと言った顔をしていた。

 

海軍の制服に身を包む20代前後の男、焙煎より背が低いが170㎝以上はある。

艶やかな黒髪と海軍の白帽子がやけに似合う二枚目の伊達男がそこには立っていた。

 

「やっぱりか、おい手足はちゃんと付いてるんだろうな?お前に貸した金をまだ返してもらってないんだぞ」

 

ニヒルな笑みを浮かべ(それだけでも女を虜にする魅力に満ちた)男は行成そう言った。

 

「馬鹿を言え、貸したのは俺の方だ、それと手足はちゃんと付いてるし何だったら俺がお前に貸した額を利息付きで言ってやろうか?」

 

焙煎も負けじと言い返し、暫くは睨み合う二人だが、呼び止めた方がホッとした顔をして焙煎の肩を叩いた。

 

「その憎まれ口、相変わらずいい性格をしているな焙煎候補生、いや今は少佐か」

 

焙煎も相手の肩を叩き、久しぶりに会った相手に旧交を暖めた。

 

「お前もなって、中佐に昇進したのか。失礼しました中佐殿」

 

と棒読みで敬礼する焙煎。

 

相手は笑って休んでよしと伝え、焙煎は敬礼の姿勢を解いた。

 

「全く、お前に敬語を使われると鳥肌が立つ。士官学校の時と同じで良い」

 

「そいつは有難い。同期きっての色男にタメ口を聞けるとなれば、女性士官が羨ましがるぞ。東剛候補生」

 

さっき候補生呼ばわりされた事をやり返した焙煎だが、そこは秀才だろうと自分で自分の事をそう言う辺り、この男もいい性格をしていた。

 

「まあ、立ち話も何だ。この後暇か」

 

「今用事が済んだ所だ。急ぎの用も無い」

 

「じゃあ茶店にでも行こう。ここのコーヒーは美味いぞ」

 

「それはインスタント派の俺に対する嫌味か」

 

二人は笑い合い、連れ立ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コーヒー二つ、ああこいつには飛び切り美味いインスタントを煎れてやってくれ」

 

余計な事をと、焙煎は苦笑しながら困り果てるウェイトレスに彼と同じ物を二つと後タバスコをと言って気を利かせて下がらせた。

 

軍令部から少し離れた士官専用のカフェで入り口から死角となる奥のテーブルを占めた焙煎と東剛はコーヒーが来るまで思い出話に花を咲かせた。

 

「三人でよくドヤされたなあの、何と言ったかな東剛」

 

「筑波教官だろう。おいおい、もう忘れたのか?ボケるにはまだ早いぞ」

 

「そうだ筑波教官だ。香取教官と妹の鹿島教官、三人合わせて鬼の教官トリオだったか」

 

「鬼なのは筑波教官だけだろ?香取教官はアレは絶対Sだ、しかもドが付くな」

 

「その点鹿島教官は士官学校中のアイドルだったな」

 

「ああ、皆んなで良く困らせたものだ」

 

「その度に香取教官からキツ〜イ折檻を食らったな」

 

「バカ、アレはご褒美だろ」

 

「何だ、そっちのケが合ったのか?」

 

「それはお前だろ。鹿島教官のクスクス笑う声が好きだとか、我等の天使にサディズムを見出したのは焙煎、お前くらいだ」

 

「あの普段フワッとした人がああ言う笑いをするんだぞ。堪らんものがある」

 

「そんなんだから、良く俺達三人は揃って『三バ烏』と呼ばれるんだ」

 

「ああ、あの三馬鹿と三羽烏を合わせた上手くも無い造語か。そう言えばアイツはどうしてる?」

 

「アイツか、待てよ何処だったか」

 

「佐世保辺りじゃないか」

 

「そうだ今は佐世保に居るんだったな。この前会った時戦争が無くて暇だとほざきやがった」

 

「相変わらず血の気が多い奴だ。そんなんだから前線に出してもらえないんだ」

 

「そう言えば三人でバカをやる時真っ先に突っ込むのがアイツだったな」

 

「お前が考えて、俺が必要なもんを準備して、実行はアイツがか。懐かしいもんだ、そう古い話でも無いのにな」

 

「ああ、本当だな。あの頃が懐かしいよ」

 

「…」

 

「…」

 

二人の男は暫し、過去に思いを馳せた。

 

その間、ウェイトレスがコーヒーとタバスコをテーブルに置き二人はカップに口を付けると東剛が話を切り出した。

 

「さて、思い出話も此処までにして」

 

「そうだな俺達は過去に生きてる訳じゃ無い。今の話をしよう、で何が聞きたい?東剛中佐」

 

焙煎は敢えて東剛を中佐と呼んだ。

 

それは、此処から先は同期の間柄では無く海軍士官としての話をする。

 

そういうサインだ。

 

東剛もそれを受け取り、焙煎を少佐と呼んだ。

 

「単刀直入に言おう、お前が保有する超兵器について話して貰おう」

 

「流石、海軍情報部は情報が早い。きっと元帥殿の寝室にも盗聴器を仕掛けているのだろうな」

 

「必要ならそうする。それが、我々の役目だからな」

 

焙煎の茶化しに東剛は乗っては来なかった、そして焙煎が東剛の正体を情報部のエージェントと看板したのも驚かなかった。

 

元々、後方勤務時代親しかった者やそうで無くとも将来有望そうなポストに就く者の配属先を調べる位はやっていた焙煎だ。

 

何と言っても海軍は身内組織、コネとツテはなるべく多い方が良いからと調べていたが、東剛の配属先に違和感を覚え調べてみると情報部の出張機関だと分かり、最初会った時それを思い出した焙煎は素直に彼の誘いに乗ったのだ。

 

あのまま断っていたら、何処ぞからナンバープレートを消したスモークガラスで黒塗りの車が来て焙煎を何処かに連れ去っていただろう。

 

さて、どう誤魔化すべきか?と思案する焙煎だが、不利な状況には変わり無い。

 

態々店の奥に連れて来たのは逃走の防止と人目を気にしてだろう。

 

まさか店内に居る客全員が情報部の者とは思えないが、入り口近くの席に二人は確定で、後は三、四人店の通路にでも配置しているか?多分此処から少し離れた場所で俺達の会話も盗聴しているかもな。

 

つまり包囲は完璧、八方塞がり。

 

トイレに立つと言っても裏口や外にも手を回してるだろうから…あ、これ詰んだな。

 

焙煎は味も分からなくなったコーヒーを啜りながら、せめてヴィルベルヴィントを外で待機させておくべきだったと後悔した。

 

ん?そう言えば艦娘を連れずにと態々言ってきた辺り元帥もグルか?

 

「高野元帥の指示か、それならそうと証明出来る物を出して貰おう。それとこれは不当な拘束か?ならば俺は情報部に対し何も答える義務は無い」

 

「これは『海軍』の意思だ。焙煎、下手な時間稼ぎはよせ。どう足掻いた所でお前に助けは来ないし逃げる場所も無い」

 

東剛は胸元に手を入れ、明らさまに何かを掴む仕草をし、ワザとらしい「カチリ」と言う音が聞こえた。

 

「焙煎、正直に答えてくれ。さも無いと俺はコイツを使うハメになる」

 

「俺だってこんな事はしたくは無い。お前に友情を感じてたから、此処に誘ったんだ。これが俺が出来る最大限の譲歩と思ってくれて良い」

 

成る程な、どうりで少し話を焦っているのか。

 

焙煎は驚くほど冷静に事態を把握していた。

 

恐らく東剛の『上』は最初っから俺を連れ去るつもりだったらしい。

 

久しぶりに会った旧友を餌に、何処かで待ち伏せしていた車に乗せて連れ去る。

 

古典的な手だが、まあ軍令部の目の前で堂々と誘拐する訳にもいかんか。

 

東剛の話を要約すれば、此処に来たのは本来の予定には無かった。

 

予定に無い事だから人員の配備も間に合っては居ないだろう、だから盗聴の可能性は著しく低い。

 

この件に恐らく元帥は関わっては居ない。(そうなら軍令部に来る途中でも幾らでも誘拐するチャンスはあった)

 

東剛の焦りからあともう少しで此処に情報部が乗り込んでくるとなると…

 

「悪いな東剛、俺からはそれだけだ」

 

「…そうか焙煎。お前はもう少し話の分かる奴だと思ったが、残念だ」

 

東剛が胸元から黒い物を取り出す前に、焙煎は行動した。

 

残ったコーヒーを東剛の顔にかけた。

 

「アツッッッ⁉︎」

 

顔に突然熱湯がかかりその場に伏せる東剛。

 

焙煎は脇目も振らず走り出した。

 

「待て焙煎‼︎取り押さえろ」

 

焙煎が逃げるのを気配で察知した東剛は、大声で叫んだ。

 

入り口に近い席に座っていた屈強な海軍士官二人が焙煎の前に立ちはだかろうとしたが、焙煎は入り口では無く厨房へと駆け込んでいた。

 

後を追う者と、倒れた東剛を介抱する者とに分かれ走る情報部のエージェント。

 

「俺の事はいい、それよりも奴を逃すな。いいか、絶対にだぞ」

 

無言で頷いたエージェントは、焙煎を追い始めた。

 

 

 

 

厨房に入った焙煎は、何だ何だと驚く調理人達を掻き分け裏口を目指す。

 

皿が割れ、料理が散乱し阿鼻叫喚の厨房に更に屈強なエージェントが飛び込み、焙煎を捕まえようとする。

 

が、間一髪その手を逃れた焙煎は目の前に飛び込んだ赤い物体を掴む。

 

「悪いな、修理費は軍令部に宛ててくれ」

 

消化器の栓を抜き、エージェントに向けてホースから消化剤が飛び出した。

 

突然視界が真っ白になりもがくエージェント。

 

その隙に裏口に急ぐ焙煎は、扉を体当りの様にして開くが、そこにも入り口から回り込んだエージェントがいた。

 

「グハッ」

 

問答無用で焙煎を締め上げ、呼吸が出来ず足掻くが足は宙に浮き空回りしていた。

 

身長が180㎝を超える焙煎を両手で掴み上げる屈強なエージェントを相手に、焙煎もこれ迄かと思われた。

 

「な…ん、て、な!」

 

「…⁉︎」

 

焙煎はテーブルから拝借したタバスコの蓋を開け相手の目を目掛けてそれを降り注いだのだ。

 

突然の粘膜の激痛に焙煎を振り落し、暴れまわるエージェント。

 

焙煎は使いもしないタバスコを注文した事に疑いを持たなかった東剛に感謝しつつ、その場から急いで離れた。

 

 

 

 

「取り逃がしただと⁉︎くそっ、未だ

遠くには行ってはいない筈だ、探し出せ‼︎」

 

顔に濡れたハンカチを当て、部下達の後を追った東剛は倒れ伏す姿を見つけ、彼等から事情を聞くと叱咤した。

 

走り出す部下の背中を見ながら、まさか諜報員でも無い相手にこうも良いように取られるとは、東剛は自らの迂闊さに苛立つ。

 

その苛立ちを消す為にも一刻も早く焙煎を捕らえようと動こうとするが、その前に一人の男が現れた。

 

「此処で何をしているんだ?東剛中佐」

 

「⁉︎綾裏大佐、何故ここに」

 

長身痩躯にダッフルコートとハンチング帽と言う古めかしい装束を身に纏った男、綾裏大佐は手に持っていた杖をカン、と鳴らした。

 

「質問しているのは君では無く僕だ。答え給え、中佐。僕が何故わざわざ君を探しに軍令部まで来た理由を?」

 

「それは…その」

 

言い淀み綾裏の顔から目を反らす東剛、背中は冷や汗をびっしょりと濡れ肌にひっついて不快感を煽っていた。

 

だが体の方はまるで蛇に睨ませた蛙の様に、その場から動けずにいた。

 

この綾裏と言う男を見た目で判断してはいけない、寧ろ海軍で最も恐ろしいとされる「情報部の鬼」と噂される人物なのだ。

 

その数々の「武勇伝」を噂では無く実際に見て知っている東剛は、相手に下手な言い訳も通用する筈が無い事を知っていた。

 

「我々だけで確保できると思い、何も大佐自らのお手を煩わせる必要は無いかと行動しました」

 

「ふ〜ん、つまりこれは君一人の勝手な独断専行であり部下達筈がそれに従った迄だと。若い諜報員が功に焦って先走った挙句のこのザマだと言いたい訳だね」

 

「面目次第もありません」と、東剛は頭を下げた。

 

「ふん、僕も見縊られたものだよ。まさかそんな嘘がこの僕に、そして上に通用するとは思ってないよね?」

 

綾裏大佐は心底失望したという顔をして東剛を見下ろした。

 

頭を下げたままで東剛の表情は伺えないが、綾裏には手に取るように東剛の心中が分かる。

 

「大方、下手な同情心や友情なんてものに踊らされたんだろう。全く、情報部の者に情けは不要だとあれ程叩き込んだのにもう忘れたか」

 

唯黙って叱咤を受ける東剛を面白く無いと言いたげに鼻を鳴らす綾裏。

 

「まあいいよ、上には僕から説明してあげる。今日はもう帰り給え」

 

「いえ、大佐。もう一度失地挽回の機会を…」

 

カン、と再び杖が鳴る音がした。

 

「分からないかね?これ以上僕を失望させないでくれるかな」

 

「消えろ」と暗に言われている事等東剛はとうに気付いている。

 

だが、 此処で引く訳には行かなかった、此処で帰れば後の事は綾裏大佐が持ってくれるだろうが一度失敗した部下に寛容を示す程情報部と大佐は甘くは無い。

 

よしんば許されたとしても、残った焙煎がどうなるかは明白だ。

 

自分が生き残る為にも、そして焙煎を生き延びさせる為にも何としてもこの手で確保する必要がある。

 

「大佐何卒…何卒…」

 

「くどい‼︎」と言う言葉の代わりに、今度は殴打が来た。

 

綾裏大佐は杖を振り切った姿勢で東剛を見ていた。

 

その視線に東剛は真っ向から応じた、その目から今度は逃げる訳には行かない。

 

此処で目を反らせば二度目の殴打と共に、東剛の意識は刈り取られてしまう事は明白であった。

 

「…」

 

「…」

 

互いに無言で視線を交わす事数秒、勝手にしろと言わんばかりに綾裏は東剛に背を向けてその場を去った。

 

その背中を見えなくなるまでジッと見つめた東剛は、頭を上げや「イテテテ」と殴られた頬に濡れたハンカチを当てた。

 

奥歯の一本や二本は覚悟していたが、存外手加減して貰ったらしい。

 

暫くは人に見られない顔になるが、後には残らない筈だと、東剛は判断した。

 

「あー、やっぱり似合わない事はするもんじゃ無いな〜」

 

と、心の中でそう思いつつも何故か晴れやかな気持ちになっていた。

 

「焙煎め、次会ったら治療費を請求してやる」

 

と、歩き出し憎まれ口を叩く頃には彼の調子は何時ものに戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、逃げたは良いものの。これから如何するか?」

 

窮地を脱した焙煎は人目につかない様雑木林に入り、建物の角に身を隠しつつこのまま軍令部の敷地を出て鎮守府区画で超兵器達と合流しようかと考え止めた。

 

「なんて、考えてる事はお見通しか。検問でも敷かれてたら一貫の終わり。そうで無くとも此処以外の場所なら奴等好き勝手出来るからな。このまま潜伏して助けを待つか?」

 

しかし超兵器達が焙煎が帰って来ないのを不審に思い、探しに来たとしても軍令部の敷地は提督と同伴か許可が無ければ艦娘が入る事を許されない。

 

無理やり押し通る事もあるかも知れないが、まあこの場合の前提条件として超兵器達と焙煎との間に信頼関係が存在すると仮定した場合だ。

 

「んなもん、彼奴等には無いな」

 

焙煎は一刀に切り捨てた。

 

超兵器達を信用はしても信頼はしていない焙煎だ。

 

助けが来るなど微塵も考えてはいなかった。

 

では如何するかと思案する焙煎だが、答えは決まっていた。

 

「これ以上借りを作る訳にはいかないが、仕方ない。行くか」

 

「な〜にしてるんですか」

 

高野元帥に頼るかと、焙煎は物陰から出ようとして突然背後から声を掛けられた。

 

内心の驚きを悟らせまいと動機を抑えながら、今日はやけに後ろから声を掛けられる日だと、取り留めのない事を思った。

 

其処には海軍の制服に身を包んだ可愛らしい(と表現するしかない)女性士官がいた。

 

「あら〜、驚いちゃったかな?でもでも、こんな所に居る方がビックリですよ」

 

「いや、これにはちょっとした事情があって…」

 

と言葉を切り目をそらせた焙煎に、女性士官が不満げに頬を膨らませた。

 

突然、「えいっ」と両手で頭を掴んで俯き加減に正面で固定し、瞳を覗き込んだ。

 

「人と話す時は相手の目を見ないとダメ。お母さんに教わらなかったの?」

 

相手の身長の方が低く(160㎝位か)焙煎の首に手を回してぶら下がる様な格好だ。

 

見る向きによっては大変イカガワシイ格好とも見られなくもない姿であった。

 

焙煎は相手にイキナリ顔を覗き込まれ、目を右往左往させるが如何しても相手の顔に目が行ってしまう。

 

エメラルドグリーンの瞳に亜麻色の(きっとフワフワのサラサラなんだろう)髪にシミひとつ無い白い肌。

 

普段から(超兵器という点を除いけば)美女に囲まれていると言っても過言では無い生活を送っている焙煎をして、彼女の美貌はそれらとはまた違った清々しい草原を駆ける風の様な可憐さと無邪気さをはらんでいた。

 

あと、チラリと見えたバストは豊かな丘陵地帯を形成していた。

 

「あ、今胸見たでしょう。それと女の人の事も考えてた」

 

「いや…それは、その」

 

「うふふ、当たった〜、でも女の子と話してる時違う人の事を考えてるのって失礼な事よ」

 

「クスクス」と笑われ言葉を濁す焙煎だが、相手は構わず続ける。

 

「ふ〜ん、貴方優しい目をしているのね。でも、寂しそう」

 

瞳を覗き込まれ、相手の吐息が掛かる距離でそんな事を言われ焙煎はドキリとした。

 

勿論寂しそう、と言われた事にである。

 

「あ、ひょっとして又当たった〜、私占い師の才能もあるかも」

 

「君はいったい…」

 

何が言いたいとも、何者かとも言えるその問いに相手は唯笑って答えるばかりだった。

 

スルリと、焙煎の首から手を離し少し離れ「エヘヘ」と天真爛漫な笑顔を見せた。

 

普段仏頂面か嘲り、若しくは戦闘で見せる獲物を狙う笑みしか見て来なかった男にとって久しぶりに見る自然体な笑みであった。

 

彼女の雰囲気と相まって胸が自然と高鳴る焙煎。

 

そのまま見つめていたい気持ちに駆られた。

 

「ゴホン」

 

ポケー、としてしまった脳内をシャキッとする為態とらしく咳をする焙煎。

 

名残惜しいと言う気持ちを捨て去り、本題に入ろうとするが、又も相手が気勢を制した。

 

「貴方、追われてるでしょ?」

 

「何故それを…本当に何者なんだ君は」

 

「だって、こんな所でコソコソしているし。それに何だか騒がしいとは思わない?」

 

成る程、彼女の言う事も御尤もだと焙煎は納得した。

 

同時に彼女が実はハニートラップではとの疑いも持ち始めていた。

 

何故、こんな人気の無い場所で偶然にも焙煎を見つけたのか?不審に思わなかった自分の迂闊さを呪った。

 

足止めか?既に包囲は完了しているのか?一度そう考えると不審な点は次々と出てきて疑念は高まってくる。

 

自然、焙煎はジリジリと距離を取り始めた。

 

それに気付いた彼女は違う違うと手を振った。

 

「あ、心配しなくていいよ。私貴方を捕まえに来た訳じゃ無いし」

 

「信じられるとでも」

 

今さっき親友に裏切られた様な状況で、初対面の彼女に好意を抱き始めていた等、焙煎は微塵も感じさせない声で言った。

 

「こらー、勝手に話を進めないでよね。私そんなんじゃ無いし」

 

心外だとばかりにプンプンと怒る彼女、しかしそれさえもワザとらしく見えてしまうから人を疑いだしたらキリが無い。

 

「なら話は此処までだ。悪いが俺は急いでるんでな、さようなら」

 

「あ、ちょっと⁉︎」

 

疑心暗鬼になり始めていた焙煎は、彼女を無視して背を向け去ろうとしたが、

 

「っ⁉︎」

 

不意に焙煎はバランスを崩した。

 

彼女が焙煎を引き止めようと後ろから抱きつき、バランスを崩した拍子に倒れこんでしまったのだ。

 

「っー⁉︎何をっ「シーッ、静かに」⁇」

 

痛みに堪え、流石に堪忍袋の尾が切れそうになった焙煎だが馬乗りになった彼女が唇に指を当て静かにする様にとジェスチャーをすると、何かに気付き聞き耳を立てそっと頭を上げ外の様子を伺った。

 

「おい、そっちは如何だ?」

 

「未だ見つからん。早くしないと大佐に殺されるぞ」

 

「分かった、俺は正面の方に行く。お前は向こうに…」

 

見覚えのある顔だ。

 

あの時撒いたと思っていたが、屈強なエージョント達はあれしきの事では諦めないらしい。

 

他にも何人か居る様だ。

 

幸い、彼女が覆いかぶさってくれているお陰で影になって彼等からは見えなが、しかし問題があった。

 

「おい、そろそろ行ったと思うから退いて「待って、未だ誰か来る」うぐっ」

 

服越しに密着する身体と身体、全身に甘い匂いが充満し鼻腔を擽る。

 

丁度腰の位置に跨われた為、如何にも身じろぎも出来ず首元に掛かる吐息に胸元の柔らかな感触が否応なく身体の反応を求めて来る。

 

(チクショウ、ハーレクイン小説や大正ロマン小説じゃ無いんだぞ‼︎こんな事あって堪るか、コンチクショウめ)

 

焙煎は心中で葛藤し、何とか自由な両手の動きを自制していた。

 

ドクン、ドクンと伝わる鼓動も確かにそこに感じる“生身”と聞いた事のある“違和感”を意識しない様、焙煎は顔を反らせた。

 

健全な男子や提督諸氏、それとラノベ系な人達から見れば「ラッキースケベ」で手を回していたり何故か触っていたりとか、

 

〇〇さんなら既に手をっ突っ込んでいたとか、

 

有明海域で行われる期間限定イベント報酬である薄い本的な展開だとか、

 

色々と想像されるがこの焙煎と言う男は其れ等に耐え切った。

 

まあ、諜報員に追われている中でラブロマンスだとか吊り橋効果だとかは全く期待できないのがこの男たる所以なのだが…

 

それとも、彼女の鼓動の奥で聞こえた聞き覚えのある音が、焙煎の理性を繋ぎ止めた結果だろうか?

 

 

 

 

暫くして、彼女は上半身を起こして周囲を見渡し人影が無い事を確認すると、ふと自分の下にいる男の顔が気になった。

 

果たしてどんな顔をしているかという興味本位からであった。

 

困った顔をしているだろうか、怒っているだろうか?

 

突然の事で訳も分からないと言う顔をしているだろうか、それとも…

 

(意識して顔赤くしちゃってたら可愛いなぁ)

 

なんて、他愛の無い事を思い浮かべつつも覗き込もうとしたが、その前に焙煎は起き上がってしまった。

 

「もう大丈夫よ。どう?これで少しは信用してくれた」

 

「ああ、助かったよ。君を疑って済まなかった」

 

(アレ?結構平気なんだ。こういう事に慣れてるのかな〜、へ〜そうなんだ)

 

と勝手に勘違いをする彼女だが、実際の所焙煎は内心の動揺と疑念を隠すのに精一杯であった。

 

(不味かった、あのまま続いていたらどうなっていた事か…くそ、どうして俺は少しだけ惜しいと思っちまうんだ)

 

二人は立ち上がり、服に付いた埃を払うまで互いに無言であった。

 

「で、一つ聞くが君は俺の逃すのを手伝ってくれると見て良いんだよな?」

 

「まぁ、なんか乗り掛かっちゃった船みたいだから手伝うけど〜。何か案はある?」

 

「生憎」と焙煎はやれやれと頭を振った。

 

「あれー、何かさっきと違って余裕そうだけど本当に何も無いの〜?」

 

「本当に何も無い。お手上げだ、こうなって来ると君に頼るしか無い」

 

事実そうであった。

 

頼みの綱の元帥の元に行くには、如何しても軍令部正面口を通る必要がある。

 

防犯の関係上ここを通らなければ元帥の所には行けないのだが、既に入り口には先程のエージョント達が待ち伏せている。

 

力付くで突破出来る相手でも無いし、後は彼女に期待するしかなかった。

 

「ふ〜ん、取り敢えず信頼してくれるのね」

 

まんざらでも無い顔で、唇に指を当て小悪魔めいた瞳で焙煎を見る彼女。

 

思わずそのプルンとした唇に、白く細い指に、嗜虐味を帯び潤んだ瞳に目が行ってしまう焙煎は、押し倒された時の感触を思い出し顔を反らせずにはいられなかった。

 

(勝った、ウフフ)

 

と内心でガッツポーズを取る彼女。

 

さっきの焙煎の態度は彼女のプライドに触ったらしい。

 

矢張り意識されるのとそうで無いとでは、張り合いが違うのだ。

 

「じゃあ付いて来て。抜け道を知ってるから、案内するね」

 

「ああ、頼む」

 

彼女に先導され、焙煎は二人で先に進むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃超兵器達はと言うと…

 

「ええ〜、こちらに見えますは横須賀鎮守府名物赤煉瓦であります。嘗ての大戦より前に建設された由緒ある…」

 

「ワオー、アカレンガスゴイネー‼︎」(カシャカシャ

 

「ニッポンのワビサビネーだぜ」

 

「貴方達、何で急にエセ外国人ぽくなるのよ(ネイティブのクセに)」

 

「お姉さま、次此処に一緒に行きませんか?何でもこの丘から見下ろす横須賀市の風景は絶景だとか」

 

「姉よ、このガイドブックによるとこの鎮守府の敷地は嘗ての米帝海軍の古い母港の一つであったらしいぞ」

 

「古さでは栄光ある大英帝国海軍も負けません。いえ、寧ろ古い位が丁度良いんです」

 

「ふむ、この海水温泉とか言うのはいいな。今度申請してみるか」

 

お手製の旗(そこ等へんに落ちていた棒にハンカチを括り付けただけ)を観光ガイド宜しく掲げ、超兵器達を彼方此方に案内する重巡青葉(結構ノリノリ)、

 

何処から取り出したのか巨大なカメラで所構わず写真を撮りまくるデュアルクレイター、

 

兎に角「スゴイネー」とか「シンジラレナーイ」とか「ワビサビネ」とか言いまくるエセ外国人風を装うアルティメイトストーム、

 

そんな二人に振り回されるアルウスは日傘に肘まである白い手袋とサングラスと言う完全紫外線防備で固め、

 

ガイドそっちのけで姉二人をデートに誘おうとする仔犬に、

 

戦争遺跡にしか興味のない闘犬、

 

やけに古さで張り合おうとするドレッドノートと、

 

全国温泉ガイドマップに釘付けで妹二人の話を聞いていないヴィルベルヴィント、

 

はっきり言おう。

 

外から見れば完全に日本観光に来た外国人の集団であった。

 

しかしその正体が、今海軍を騒がす謎の新兵器達で有ろう等誰も想像だにしない。

 

「そう言えば、何か忘れてないかしら?」

 

「なんだったかな?」

 

「さあ」

 

「まあいいじゃないか、だぜ」

 

「お姉さま以外どうでもいいです」

 

「お前は寧ろ私達以外にも興味を持て」

 

「はて、本当に何だっただろうか?」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「「「まっ、いいか」や」だぜ」わよ」

 

そして当然の如く忘れ去られる焙煎であった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、軍令部にこんな隠し通路が有るとは…」

 

彼女に案内され、焙煎は地下通路を進んでいた。

 

作りは古いが、良く整備されているのか埃っぽくは無く電気等のインフラも生きていた。

 

「差し詰め大戦時代の忘れ形見か?」

 

「正〜解、此処は元は防空壕だったの。で、今は緊急時の脱出路て成ってるけど、本当は私達見たいなワケありな人達が使ってるの」

 

「ワケあり?」と焙煎は尋ねた。

 

「つまりは、う〜ん。簡単に言えば逢引き、かな」

 

「ぶっ⁉︎」

 

思わぬ答えに驚いて咽せる焙煎。

 

その昔、軍の司令部に芸者を招いた軍人がいたと言うが、如何にもこの手の隠し通路は軍事や冒険ロマンとは無縁の代物らしい。

 

(まあ、別の意味でロマンチズム溢れているが)

 

「つまり、君は、その」

 

何かを言い淀む焙煎、ある意味今日一番のショックを受けている彼であった。

 

「ねえねえ、今の驚いた」

 

手を後ろに回しクルン、と振り向いた彼女は下から覗き込むように焙煎の顔を見た。

 

その目は悪戯が成功した輝きに満ちていた。

 

「な〜んちゃって、嘘だよ〜。もしかして信じちゃった?」

 

焙煎は彼女に揶揄われたのだ、如何にも彼女は見た目よりも幼い部分も残しておりそれがより一層彼女を魅力的にしていた。

 

「ああ、驚いたよ。今日は君に驚かせられっぱなしだな」

 

(俺に少女趣味は無い筈だ、だが如何しても彼女にドキリとさせられてしまう)

 

無論相手は十分成熟した大人の女性である事は疑いない。

 

実際に(服越しとは言え)肌に残った感触は確かな“女”を伝えていた。

 

海軍人の制服を着ている以上まさか未成年と言う訳は有るまいが、まあ艦娘と言う例外があるから現在の海軍において未成年人口は驚く程多い。

 

しかし、如何しても焙煎は彼女から目が離せないのだ。

 

最も、普段彼の周りにいるのと違うタイプに物珍しさから惹かれていると言う可能性も否定できないが。

 

「貴方、矢っ張り優しいのね」

 

突然、そんな事を彼女が言い出した。

 

「普通、巫山戯ているのか、とか揶揄うんじゃ無い、とか怒ったりするのに貴方は笑って許してくれる」

 

そう言って今迄とは違う、寂しそうな影のある笑顔を浮かべ、胸を打たれる焙煎。

 

彼女は自然な仕草で焙煎に近付き胸に手を当てて寄り掛かる。

 

「如何しよう、私何だかドキドキして来ちゃった…」

 

突然の事に反応出来なかった焙煎は、彼女を在るが儘に受け止める事しか出来なかった。

 

「も、もしかして閉所恐怖症かな。なら、はやく此処から「ねぇ」うっ」

 

「教えて、体が熱くなってきたの。私もしかして…貴方の事…」

 

何とか誤魔化そうとする焙煎だが、既に頭の中はパニック状態であった。

 

(って、何だこの状況は⁉︎夢か、夢なのか⁉︎夢だったら良いのかぁぁぁぁ‼︎)

 

心の中の葛藤で叫びつつ、焙煎の手はワナワナと震え彼女を抱き締めるか否かその瀬戸際の攻防は理性との攻防でもあった。

 

完全に脳内がフリーズし、本能と煩悩が血管を駆け巡り、外からは甘い匂いと豊かな感触が皮膚から浸透し、体の制御を奪おうとする。

 

「ねぇ、こっちを見て…」

 

更に外からの圧力が強まる、最早理性の砦は城壁が崩れ次攻撃が来たら陥落する事間違いなしであった。

 

頬に伝わる柔らかい手の感触に、焙煎は否応無しに下を向かされた。

 

「んっ」

 

何かを求め期待するかの様に瞳を閉じる彼女。

 

その瞬間、煩悩と本能は理性に勝利し凱歌をあげた。

 

体の支配権を握ったのならば何をするのか、したら良いのかを彼等は分かっていた。

 

自然な手つきで彼女の頬に触れ、少しだけ顎を上に向かせて…

 

 

 

 

 

 

 

「ぱちーん」と心地よい音が響いた。

 

「?????」

 

「へ?」と言う顔をして両手でおでこを抑える彼女。

 

一体何が起きたのか分からない様子だ。

 

その隙に焙煎は彼女から離れていた。

 

「今迄の仕返しだ。余り男を揶揄うもんじゃ無いぞ」

 

何とか最後まで言い切った焙煎は足早に先に進み、一人残された彼女は漸く何をされたのか気が付いた。

 

「私、デコピンされたんだ」

 

その場にへたり込んでしまった彼女は、暫くおでこを摩っていた。

 

一方ヘタレ、基焙煎の理性は最後っ屁とばかり彼女の広いデコを右手で弾いたのだ。

 

本来ならちょっとした茶目っ気なのだが、危うく雰囲気に流されそうになっていた焙煎を正気に戻らせる事が出来た。

 

しかし、実際の所は如何なのだろう?

 

(このドチクショオオオォォォォがぁ⁉︎折角のチャンスをフイにしちまったあああぁぁぁ)

 

(てかデコピンって何だよ‼︎小学生かぁ馬鹿野郎、もっと他の方法があっただろうがよぉ)

 

色々な事が起き過ぎて脳内が暴走気味の焙煎ではあるが、同時に助かったとも思っていた。

 

あのまま雰囲気に押し流されていれば、どんな事になっていたやら。

 

今日会ったばかりの相手に手を出したとなれば、後々如何なるか分かったものでは無い。

 

事実一夜の過ちで済まされないのが海軍だ。

 

そういう事案で軍から追い出される者は毎年いる。

 

(てか、下手したら彼女は誰かの「御手つき」かも知れないからな。軍令部に出入りして尚且つこう言った隠し通路を知っているからその可能性もある)

 

何とか必死に自己正当化に勤しむ焙煎だが、いつの間にか追いついた彼女が焙煎の後ろを歩いていた。

 

お互いの表情は見えないが、何となく気恥ずかしい空気が流れていた。

 

言うなれば青春してるなぁ、の一言で済まされるそれだが、若干年齢が高い気もしないでも無い。

 

暫く互いに無言で歩いていたが、フイに焙煎の服の裾のほんの先っちょを誰かが掴んだ、と言うよりも摘んだと言った方が正確か。

 

「何か」と言う事も立ち止まる事も無く、歩き続ける焙煎に黙って付いていく彼女。

 

その背中に小さく「ありがと」と呟かれたのを、焙煎は聞こえない振りをした。

 

時に、難聴は人を救うのだと、焙煎はしみじみと感じていた。

 

しかし、その顔は嬉しさからか気恥ずかしさからか、それとも先程の事を思い出してか。

 

真っ赤に染まっていた。

 

彼女の顔も如何であろう。

 

振り向く勇気も愚考も無い焙煎は、唯前を向いて歩いて行くしか無かった。

 

通路の先からは人工では無い光が見えて来て、同時に先程の出来事を空気ごと洗い流す様な外からの風が流れ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと出られたか」

 

地下通路を抜け、二人が再び地表に戻る頃には日は既に傾きつつあった。

 

と、ピョン、と音が聞こえる様な仕草で後ろにいた彼女は焙煎の前に出て最初に会った時と同じ笑顔を見せていた。

 

「私が案内出来るのは此処まで。後はこのまま真っ直ぐ行けばドックだから、何とかなるでしょ」

 

その顔や声そして仕草にも先程の出来事を感じさせない様子に、矢っ張り敵わんな、と焙煎は不思議な感想を抱いた。

 

「ありがとう。今日は助かった、えと…」

 

そこで焙煎は言うべき彼女の名前を知らない事を思い出す。

 

そう言えばお互い名前も知らずに此処まで来たのだと、ふと可笑しさが込み上げて来た。

 

「良いのよ、今日は私も楽しかったし」

 

「それに」と彼女は焙煎の胸を細い指でツー、と撫でた。

 

撫でられた箇所から、焙煎は指先を通して身体の中に熱を送り込まれたかの様な錯覚を起こす。

 

「素敵な記念を貰ったしね」

 

てへ、と笑い前髪を上げておでこをチラリと見せる彼女。

 

焙煎にデコピンされた痕は、当然残っている筈も無く(そもそもそんなに力を込めなかった)だが不意打ち気味なその仕草に又もやドキリとさせられる焙煎。

 

「うふふふ、私の勝ち。また遊びましょヴァイセン」

 

「ああ、機会があれば…あれ、まだ君には名前を名乗って…」

 

彼女にその事を聞こうとするが、いつの間にか目の前から姿を消していた。

 

後ろを振り返るも、彼女が降りた形跡は無く本当に忽然と消えてしまった。

 

「君は…いったい…」

 

後ろ髪を引かれる様な思いをしつつも、焙煎はその場を後にした。

 

彼女は「また」と言った、なら何何処かで会うのだろう。

 

そう思う事にして、焙煎は今日の思い出を胸の奥にしまい込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南太平洋深海某所

 

潜母水姫ことアームドウィングは自室で今日届いたばかりの報告書を読んでいた。

 

コンコンコン

 

「どうぞ」

 

三回ノックがしてドアが開かれるがそこには誰も居らず、しかも一人でに閉じたではないか。

 

これは、幽霊の仕業か?

 

「いつも思うのだけれど、部屋に入る時くらい姿を見せたらマレ・プ「だから、下の名前で言わないでよ‼︎」はぁ」

 

何も無い所から声がしたかと思うとアームドウィングの目の前の空間が歪み、スニーキングスーツを身に付けた女性が現れた。

 

マレ・プ…マレは姿を現して勝手に置かれていた椅子に胡座を組んで座った。

 

「で、何の用?あの娘から久しぶりに便りが来たと聞いたから飛んで来たんだけれど?」

 

口ではぶっきらぼうに言いつつも、早く妹からの知らせを聞きたいマレは足を頻繁に組み替えソワソワしていた。

 

「ちょっと落ち着きなさい。大丈夫、簡単な報告だけど元気でやっているそうよ」

 

と、アームドウィングは待ちきれない様子にのマレに届いたばかりの報告書を渡した。

 

短いものなので彼女はもう読み終えていた。

 

マレは受け取った報告書のページをパラパラと捲り、そこに自分達の姉妹について何も書かれていないのに落胆した。

 

「なぁ〜んだ、あの娘実の姉に手紙一つ寄越さないくせにこういうのだけは出すのね」

 

プンプンと頬を膨らませながらも、しかし所々の字体と近況報告から元気でやっていることを知り、内心安堵していた。

 

自分達姉妹はその特性上敵地に長期間に渡り潜入し情報を持ち帰るのを主としている。

 

だから一度任務に就くと中々会えないのが寂しいが、こうした定期報告で姉妹宛に一言で二言書く様にしようと、前から彼女は言っているのだ。

 

「まあ、妹さんの話は置いとくとして。とうとう世界が動き出したわね」

 

「と言っても精々がちょっかい掛ける位でしょ?あの国の諜報機関が動いたのは流石に予想はして無かったけど」

 

とマレはスラスラと的確な報告書の内容を述べた。

 

一見読み飛ばしているかに見えるが、ちゃんと報告書は読んでいる辺り流石と言える。

 

「それは私も同感よ。あの世界と同様この世界でもあの国の諜報能力は高いとは言えなかったけど、見直す必要が有るわね」

 

また面倒事が増えたー「うがー!」とマレは頭を掻き毟る。

 

「ごめんなさい、貴方達には負担を掛けるわ」

 

「いいよいいよ、根無し草だった私達を受け入れてくれたんだから、これ位は当然よ」

 

手をヒラヒラさせ、どうって事無いとマレは伝えた。

 

「それにしても、対象と接触して脱出させるとか。あの娘も少しはやる様になったわね」

 

「それなんだけどね…」

 

とアームドウィングは切り出しもう一枚の書類を見せた。

 

それを受け取り流し読みをしたマレは「あちゃー」と頭を掻いた。

 

「ごめん、又あの娘の悪い癖がでたわ」

 

マレは深々と頭を下げ、アームドウィングは気にする事は無いわと伝えたが、流石に不安感は拭えなかった。

 

「いえ、良いのだけれど…けどそれは…」

 

「この娘、時々対象で遊ぶのよ。で、気に入った相手に色々とアプローチ掛けたりその気にさせたりとか、まあつまりは猫が鼠を可愛がる様なモノよ」

 

はぁー、と深いため息をつくマレ。

 

受け取った紙には何時何処でどの様に対象にアプローチを仕掛け、どう言った方針で行ったのか、相手の反応は如何だったとか、その結果どうなったかとか主観がかなり混じった物が書かれていた。

 

別に取って食う訳では無いが、余り褒められた行為ではなくこれに引っ掛かった相手は漏れなく破滅している。

 

ある意味での魔性の女とも言えるが、妹は相手を分析してドツボにハマるのを見て記憶するのが好きなのだ。

 

姉としてはもう少し節度を持ってほしい所だが、中々有益な情報も一緒に手に入るので止めろと言う訳にも行かない。

 

下手に趣味と実益を兼ねる分、始末に負えないのだ。

 

「で、この写真は何?」

 

最後に、紙と一緒に付いていた写真を見て訳が分からない様子のマレ。

 

「さぁ、記念か何かかしらね」

 

アームドウィングも分からず、お互い謎が深まるばかりで、しかしどうでもいい話題なのでマレは紙と一緒に写真を机の上に放り投げた。

 

取り敢えず放って置く事にしたのだ。

 

戻って来た時にでも聞けばいいか、と頭の隅に追いやってしまった。

 

投げ出された写真には、鏡の前で前髪を掻き上げおでこを見せる妹。

 

ご丁寧に赤ペンで「デコピンされちゃった」の文字と共に矢印が伸びておでこの中心を指し、何故か笑顔の妹、リフレクトの姿であった。

 

今日も今日とて深海は平和であった。

 

 

 



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14話





 

太陽が水平線の彼方に落ちる頃、横須賀鎮守府海軍軍令部の執務室で高野元帥は秋山参謀から事件の報告を受けていた。

 

「以上が現在判明している今回の一件についての全てになります」

 

「うむ、分かった。しかし情報部がこうも早く出てくるとは」

 

高野元帥は腕を組みながら唸った。

 

「また連中が裏で糸を引いているのでは?」

 

秋山参謀は暗にまた君塚派の策謀ではないかと疑っていた。

 

彼はここ最近の動きでかなり神経質になっているのだ。

 

「…いや、それにしては手が早すぎる。私は寧ろ内部が怪しいと思っている」

 

情報部程の組織を動かす事が出来るのは、そう多くは無い。

 

はたと、秋山参謀は気が付いた。

 

「まさか参謀達が⁉︎確かに彼等ならば情報部を動かす事等容易ですが」

 

海軍情報部は軍令部とは半ば独立した組織であるが、海軍参謀本部とは深い繋がりがある。

 

その両者が共謀したとなると事態は海軍上層部も関わっている事となる。

 

「しかし目的は一体…?こう言っては何ですが些か稚拙さが目立つと言いますか…」

 

「参謀本部は大方、最近軍令部に出入りする若い士官への嫌がらせだろう。まあ、個人へのやっかみとしては行き過ぎな面もあるが」

 

やれやれと首を横に振る高野元帥だが、参謀本部勤務の経験もある高野元帥はある程度彼等の考えが読めていた。

 

今現在海軍の出世コースには二通りある。

 

一つは士官学校を卒業して提督となり功績を挙げて昇進を重ね、最終的には本土鎮守府司令となる道。

 

もう一つは士官学校卒業後海軍大学校に入り、参謀コースな進み前線勤務を暫く経験した後軍令部入する道である。

 

この両者、言わずと知れた事であるが仲が悪い事で有名であった。

 

前線勤務で体を張る提督達は、後方からアレコレと指示を出す参謀本部を「前線も知らない癖に、偉そうに机上だけで作戦を考えて無茶苦茶を言う腰抜け野郎」と毛嫌いし、

 

参謀本部も又、自分達の作戦を中々聞かない提督達を指して「運良く艦娘適正に恵まれただけで、大局を見る事が出来ない猪武者共」と馬鹿にしている始末。

 

元々エリート特有の選民意識と、自分達が持ち合わせていなかった高い艦娘適正に対する嫉妬心から来るものであったが、これはいつの時代も軍隊共通の問題であった。

 

そんな彼等の目に、強力な艦娘を引き連れ高々少佐の身分で軍令部を出入りする焙煎はどう映っただろう。

 

(しかも海軍最高司令官である高野元帥から様々な特権と優遇措置を与えられる等破格の寵愛を受けている)

 

強大な武力を持って自分達の城を土足で入り込み、しかも並み居る秀才達の頭を飛び越え権力中枢へと近付く姿に嫉妬を通り越して殺意さえも覚えるだろう。

 

そこまで行かずとも、軍令部から除こうする者達が今回の一件を引き起こしたとなれば、今後軍令部内で焙煎との関係が悪化する事は明白だ。

 

高野元帥は早晩この様な事態になると予想していたが、本来は参謀本部出身である秋山参謀がその兆候を報告する筈であった。

 

しかし、今回はある理由により秋山参謀はその兆候を掴む事が出来なかったのだ。

 

「申し訳ありません。本来ならこの様な事態になる前に、私が気付くべきでした」

 

秋山参謀は面目次第もありません、と頭を下げた。

 

「いや、今回はタイミングが悪かったのだよ。今回は君に全く落ち度は無い。何より貴官に呉鎮守府との件を任せたのは他ならぬ私なのだ。参謀本部が動くのなら君の目が無い時と分かっていたのに、注意を怠ってしまった」

 

実際貴官は良くやってくれている、と高野は秋山参謀を責める事無く逆にその労を労った。

 

高野はその後秋山参謀に休む様部屋から下がらせると、一人考えを巡らした。

 

そもそも高野元帥があまり強く出ないのは、彼自身にも責任があると思っていたからだ。

 

参謀本部の動きもそうだが、焙煎とその超兵器に関しては高野は少々事を急ぎ過ぎたと認めていた。

 

余りに性急な動きは周囲の反発を買う事は当然の結果であるが、しかし高野には彼なりの考えもあった。

 

(超兵器とそれを従える焙煎少佐は最早単なる提督と同列に語る事は出来ない。遅かれ早かれその力は何者かに利用され、彼等を巡って争いが起こるのは時間の問題だった。)

 

(私はそうなる前に、事態を収集する義務があった。そして多少強引な手を使ってでも彼等の力を海軍にとって有効に使い、戦争の早期終結を図る責務がある。)

 

それが長年海軍元帥として海軍を指揮し、国を守ってきた男の考えであった。

 

「焙煎少佐、君にはこの戦争最後まで付き合って貰うぞ」

 

高野元帥は自身の考えを口に出す事で、より一層の自分自身の決意を固めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その少し前、海軍情報部の虎口を脱した焙煎であったが、合流した超兵器達がいつもと変わらないダラけっぷり発揮しているのを目の当たりにして一気に脱力していた。

 

(何で人様がボンドごっこならぬリアル鬼ごっこやって漸く逃げ出してきたと言うのに、コイツ等は鎮守府を満喫してるんだ⁉︎)

 

ゲンナリとした表情で超兵器達を見る焙煎を、呑気な超兵器達は何だこいつ?と怪訝な顔をしていた。

 

焙煎が情報部に追われ命の危機に瀕したり、何処ぞのラノベ系御都合主義展開&ラッキースケベをやってる最中、重巡青葉に連れられ鎮守府観光を満喫していたのだ。

 

歴史的名所から最新の機材見学、艦娘お気に入りのスポットに隠れた穴場等など。

 

艦娘であり記者でもある重巡青葉の面目躍如振りであった。

 

そして最後に酒保を回ってお土産を買い込み、紙袋を片手に下げ意気揚々としている所に、イキナリ現れてこんな表情をされた彼女達がこんな反応を返すのも無理なからぬ事である。

 

「如何した焙煎艦長?だいぶ遅かったが軍令部での用事は済んだのか」

 

取り会えず、と言った感じでヴィルベルヴィントは焙煎に尋ねた。

 

彼女達としては戻ってくるのならば一報入れてくるべきであり、イキナリ戻ってきてこんな顔をされた事に多少含む所は有るのだ。

 

「はぁ、お前達こそ何をしてたんだ?その紙袋とか今まで何処をほっつき歩いていたんだ」

 

焙煎はそのセリフ此方此方のものだと言いたげだが、今ここで立ち話をする内容では無いのでグッと我慢した。

 

その会話は到底提督とその指揮下にある艦娘モノとは思えない程煩雑で素っ気ない。

 

これが普通の提督と艦娘であれば、軍令部から戻って来た提督の只ならぬ様子に艦娘が気付いて心配する場面であったり、そうで無くとも今少しの敬意があっていい筈である。

 

しかし、事日常一般に限っては焙煎と超兵器達の関係は極めてドライなのだ。

 

戦場では一騎当千、万夫不当、豪傑揃いの超兵器達とそれに見合った負担に見事答えて見せている焙煎との関係は極めて希薄であり、互いが互いの目的の為に利用しあっているギブアンドテイクなものに近い。

 

焙煎は超兵器達に戦場と補給を与え、超兵器達は戦う代わりに焙煎の目的に協力する。

 

そして日常生活では基本的に互いに干渉しない。

 

最もこれは焙煎が超兵器達に対して一線も二線も引いているからであり、本人の自業自得と言う面がある。

 

そしてもう一人、超兵器達と別れた後物陰で話を聞いていた重巡青葉は印象として、この焙煎と言う男は如何にも彼女達を御しきれていない風だと感じていた。

 

噂の超兵器達の指揮官としては見た目も雰囲気も何処にでも居そうな一士官であり、とても大事を預かる様な人物に見えない。

 

何よりも近くに居ながら、彼女達艦娘を従わせるだの“魅力”と言うものを全く感じないのだ。

 

海軍では艦娘適正と呼ばれるそれは、言うなれば艦娘から見てその人物に対する率直な印象。

 

つまりどんなに有能な人物であっても、艦娘が従う様な何か、もっといえば惹きつけられる何かが必要なのだ。

 

これは艦娘各人や艦種によって様々だが、例えば清廉実直な人物であったり逆に普段は巫山戯ているのにいざとなったら頼もしかったり、駄目男だったり(某駆逐艦娘談)、兵器でありながらも人である彼女達は自らの意思によって使い手を選ぶ。

 

そこに本人の努力だとかは介在しない全く運の要素しか存在しないのだが、それでも海軍が艦娘を使い続けるのには理由がある。

 

実戦において艦娘に選ばれた提督とそうで無い提督が指揮する艦娘とでは、性能差に最大で3倍もの差が出るのだ。

 

(この辺の理由から、軍令部の秀才達は提督が嫌いだったりする。)

 

因みに焙煎の艦娘適正は最低ランク、つまり駆逐艦艦娘一隻を漸く如何こう出来るか出来ないか位しか無いのだ。

 

そんな冴えない男(艦娘から見て)が、今鎮守府を騒がせる超兵器達の指揮官だとは流石の青葉も想像だにしていなかった。

 

(でも、これはこれで面白いかもしれませんね。何故彼女達が彼に従い、そして彼はどうして身に余る力を従えられるのかを)

 

自身の記者心をくすぐられ今すぐにインタビューしたい青葉だが、既に焙煎はヴィルベルヴィントとの会話を打ち切っていた。

 

「まあいい。さっさと戻るぞ、今日は疲れた」

 

「?何なのだ一体…」

 

心底早く帰って休みたいと言った様子で、焙煎は先に歩き出した。

 

そんな彼の様子に怪訝な顔をしながらも、超兵器達は帰り道を同じにする。

 

そして青葉は、やっぱり従来の艦娘と提督像とは全く違う姿に益々興味を掻き立てられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府夜、漸く人心地つけた焙煎はベットに横になりながら、窓から見える鎮守府の夜景をボーッと眺めていた。

 

元々焙煎と超兵器達が当面の間宿泊する為の場所として軍令部から用意された建物が有ったが、今日の件もありスキズブラズニルの艤装から宿泊用の船舶を出させ港に係留し宿を確保したのだ。

 

焙煎は今日の出来事を反芻し、自分なりに考えてみるが如何にも頭が回らなかった。

 

如何しても、脳裏にチラつく影を追い出すことが出来なかったのだ。

 

(はぁ、命の危機だったのに助かったと思えば思い出すのは女のことばかり。しかも、今更になって惜しかったと思っている女々しい始末。全く情けないやらなわやら)

 

如何にも、この焙煎と言う男は凡俗の域を脱し切れないらしい。

 

重巡青葉が表した通り、何処にでもいる普通の男なのだ。

 

コンコン、と誰かがドアを叩いた。

 

「焙煎艦長、もう寝ているか?」

 

聞き覚えのある声に焙煎は窓の風景からドアへと目を向け、若干訝しみながらも「起きている」と告げた。

 

ドアが開き、部屋の中に誰かぎ入ってくる気配がした。

 

部屋の明かりを消している中、月明かりに照らし出された姿。

 

窓から入ってくる夜風でふわりとたなびく特徴的な長い銀髪をした女性、ヴィルベルヴィントである。

 

「何だ、もう横になっていたのか。起こしたか?」

 

「いや、窓の外を見ていてだけだ。それより如何した?こんな時間に」

 

ベットから起き上がり、焙煎は椅子とテーブルを勧めた。

 

普段であれば、超兵器が彼の自室を訪ねる事は滅多にない。

 

あったとしても、大体が事務的な話に終始する。

 

(今後の予定とか補給の件についてか?それとも今度は檜風呂を作れとでも言ってくるか?)

 

椅子に座りながら、焙煎は取り留めのない予想を巡らす。

 

(夜に、少なくとも女性といるのに何とも色気の無い話である。)

 

しかしそんな焙煎の予想を裏切ってか、ヴィルベルヴィントはテーブルに一組のグラスとボトルを置くとこう言った。

 

「少し、付き合わないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラスに注がれた透明な液体をじっくりと飲み込む。

 

アルコールが喉の粘膜を焼くが咽せる程では無く、スッキリとした味わいで油断していると何杯でも飲んでしまいそうになる。

 

士官学校時代酒との付き合い方は散々に覚えさせられたが、この酒は素直に「美味い」と思えるものだった。

 

「今日青葉が教えてくれたよ。何でも艦娘御用達の飲み屋が贔屓にしている地元の酒蔵らしい」

 

とある軽空母は枕の代わりにこれを抱いて寝るのだそうだ、と冗談半分に教えてくれたがそれも重巡青葉から聞いたのだろう。

 

「悪く無い、何か摘む物はいるか?」

 

「私はいい、これでも酒量とペースは弁えている」

 

とは言うものの、グラスを傾ける回数は自分と比べて明らかに多い。

 

それと反比例してボトルの中身は減っていく。

 

(まあ、これ位が普通なんだろう。噂では駆逐艦艦娘でさえウワバミと言うしな)

 

もう少しゆっくりと楽しみたいがヴィルベルヴィントが買った物なのだ、彼女の好きにさせる他ない。

 

そして暫く無言の晩酌が続く。

 

 

 

 

 

 

ボトルの中身は半分を切り今日で飲み干してしまいそうなる頃には、ヴィルベルヴィントのペースも流石に落ちてくるがグラスから手を離す気配はない。

 

そんな折、焙煎はヴィルベルヴィントから話の水を向けられた。

 

「で、今日は何があった?」

 

「何かあった」では無く「何が」と言うあたりヴィルベルヴィントも焙煎の様子に気付いていた様だ。

 

「元帥と会った後、俺は危うく誘拐されそうになった」

 

超兵器達の情報を寄越せ、とな。

 

今思うと諜報組織にしては随分と乱暴な話だと焙煎は思った。

 

態々自分に聞かずとも本人達が目の前に居るのにだ。

 

それを知ってか知らずか「ほぅ」と相槌を打つヴィルベルヴィント。

 

事の重大さが分かっていない様に見えるが気にせず続ける。

 

「で、何とか逃げ出してお前達を探し出したと思ったら…」

 

アレだ。

 

「成る程な、それであんな様子だったのか。災難だったな焙煎艦長」

 

災難の一言で済まして欲しく無く憮然とする焙煎。

 

「そんな顔をするな、今日のはまあアレだ」

 

「ずっと海の上にいると如何しても世情に疎くなる。だから久しぶりに丘に上がると嬉しくてな。それに今日一日中々興味深い体験だった」

 

話で聞くのと実際にこの目で見るのとでは違う、と言う事らしい。

 

「初めてだなそんな話。てっきり戦場以外に興味無いモノと思っていた」

 

「前は如何であれ今はこの身体だ。艦娘と言うのは色々と出来て楽しいぞ」

 

こうして酒を飲み交わすことも出来るしな。

 

そうヴィルベルヴィントに言われ、自分の方も久しぶりの丘の上で少し舞い上がっていた部分は確かにある。

 

それが油断に繋がったのは否めないが、その点では超兵器達と同類と言えよう。

 

「しかし、今日は驚きの連続だな」

 

酒の力で少々気が強くなったのか、焙煎は思った事をそのまま口に出した。

 

「?何がだ」

 

「いや、何。艦娘とはいえ超兵器だからな。それが想像だにしなかった事実と光景を見れて、しかもその相手と今酒を飲んでいる。」

 

明日には資材が降ってきても不思議じゃ無いなと、下手な冗談を言う焙煎。

 

普段では絶対言わない様な事を言うあたり、彼は今酔っているのだ。

 

「普段から注意していれば、何ら不思議では無いと思うがな」

 

ヴィルベルヴィントは静かにグラスを傾け、またボトルから新たな液体を注ぐ。

 

「それと、そんな風に思われていたとは心外だな。私達はお前の“艦娘”何だぞ、もう少し信頼してくれても良いと思うぞ」

 

「信用しているよ、お前達“超兵器”を。戦場でこれ程頼りになるものは無い」

 

「…」

 

その返答に沈黙するヴィルベルヴィント。

 

そしてこう切り返した。

 

「焙煎艦長、貴方は我々を自分の艦娘とは認めていないのだな。自分とは同列では無いと」

 

ひょっとするとこの世界では誰一人彼にとって隣人では無いのかもしれない。

 

それに対して焙煎は何も言い返す事が出来なかった。

 

事実、全くその通りであるからだ。

 

「あの世界を同じく知る者として、貴方から感じるのは恐怖だけだ。貴方の瞳にはいつも私達に対する恐れがある」

 

畏れ敬うやといったモノとは違う純粋な恐怖。

 

焙煎がひた隠しにしていたそれをとうとうヴィルベルヴィントは暴いたのだ。

 

「今思えば最初からそうだった。私を初めて見る貴方の目、驚愕に歪んだ瞳に最初から私は写っていなかった」

 

そう言えばあの時もこんな夜だったなと、ヴィルベルヴィント思い出す。

 

それから色々な事があったが、最初からこの男は自分達を見ようとはしていなかった。

 

それでも表向きは彼女達を艦娘としては扱ってくれた。

 

「貴方から見たら、私達は恐ろしい超兵器でしか無かった」

 

「自分の脅威となる者とは隣人にはなれない。貴方は我わ「止めろ、ヴィルベルヴィント‼︎」」

 

黙って話を聞いていた焙煎の感情はここにきて爆ぜた。

 

椅子から立ち上が勢いで「お前に何が分かる‼︎」と怒鳴りそうになり、何とか堪えると椅子に倒れかかる様に座りなおし酒と一緒に言葉を飲み込んだ。

 

「ああ、そうだ…俺はお前達が怖い。あの惨劇と災禍を残したお前達がただただ怖い」

 

酷く疲れたという顔で焙煎は言葉を零す。

 

「…」

 

「でも、お前達の力を使わなきゃ帰れないんだよ…」

 

黙って話を聞くヴィルベルヴィント、そして焙煎は自嘲するかの如く言葉を続ける。

 

「全く度し難いよな、恐けりゃ作らなければいいのに。でもそれが必要だからって俺は、自分勝手に身勝手に振舞って挙句このザマだ」

 

強大すぎる力に酔う事も出来ず、然りとて全てを諦め自制して生きて行く事さえ出来ない。

 

何処まで行っても、何をやっても後から振り返って後悔し自己嫌悪に陥るその姿は凡俗そのもの。

 

だが、それでも止めることは出来ないのだ。

 

「貴方は何故、そうまでして帰りたいんだ」

 

誰しもが彼の目的を聞いて一度は問うべき事を、彼女達は一度もしてこなかった。

 

それを今夜初めて聞いた。

 

「笑ってくれよ、特にコレと言った理由なんか無いんだ」

 

「唯言えるのは俺にとってこの世界は現実じゃ無い。酷く、そう酷く違和感を覚えるんだよ」

 

「初めてこの世界に来た時は訳も分からず、唯生き残るために必死だったよ」

 

「それから戦争を知り異形の敵深海棲艦とそれと戦う艦娘達を最初何の冗談だと笑ったし、食う為に入った海軍でそれが現実だと思い知らされた」

 

一際強烈だったのが妖精さんの存在だ。

 

アレはもうファンタジーの住人が現実に飛び出してきたかの様な存在であり、この世界の不条理そのもの。

 

現実と架空が入り混じったこの世界を、リアルな仮想の世界に焙煎はどうしても拭いがたい違和感を抱き続けていたのだ。

 

或いは超兵器達出会わなければ、やがてその違和感も慣れと惰性的な日々の中に埋没し忘れ去っていたのかも知れない。

 

しかし運命の悪戯か、再び超兵器と出会ってしまった。

 

「思い返せば、あの時が人生の岐路だったのかもな」

 

一人酒気混じりの息を吐く焙煎。

 

人間の力ではどうしようも無い逃れられない現実を前にして、一人孤独な戦いを演じてきた。

 

「俺達はこの世界にとって異物だ。それを忘れちゃいけないんだ」

 

そして彼女達は超兵器だ、艦娘の様に振る舞えど違うのだ。

 

もし、その一線を越えて仕舞えば自分は二度と日常には帰れなくなる。

 

例え元の世界に帰れたとしても、それまでと同じ様に過ごす事は出来ない。

 

際限無い戦火の果てに世界を滅ぼしかけた軍人達と同じになってしまう。

 

その果てに待っているのは、身の破滅しか無い。

 

「俺はお前達に恐怖し続ける。そうしなければ自分を保てないんだ…」

 

分かってくれとは決して言わない。

 

これは焙煎が出した身勝手で勝って極まる、独り善がりな考えでしか無いのだ。

 

「随分と、独善的な話だな。それで私が納得するとでも?」

 

「コレは俺自身の問題だ。この話をしたからと言って今迄と何も変わらないよ」

 

そうは言うが、一度焙煎の本心を聞いてしまった以上今迄と同じ様には振る舞えない。

 

ここに居る彼女自身ももそうだが、隣の部屋で盗み聴きしているドレッドノートから直ぐにこの話は他の者に伝わるだろう。

 

多分、これからする事も…

 

「貴方の言いたい事は分かった」

 

超兵器である自分が何を言おうともこの男を変える事は出来ない。

 

だから分からせる事にした。

 

「そうか、分かってくれたか。なら今日はもう⁉︎」

 

その先からは続けて口にする事が出来なかった。

 

ムニュ、と擬音が聞こえる程の弾力と包み込む様な柔らかさと甘い香りが顔中に広がった。

 

「何を⁉︎」と言う戸惑いの言葉は、ブラウス一枚隔てたその先から感じる母性によって封殺され、突然の事に身体は固まる。

 

そして優しく髪を撫でられる事で一切の抵抗する気力を削がれ、されるがままになら焙煎。

 

正面らヴィルベルヴィントに頭を胸に抱きかかえられ、子供をあやす様に髪を梳かされる。

 

「ふむ、聞くほど酷くは無いな。これならまあ大丈夫か」

 

「何がだ」と言いたいが、呼吸以外を封殺された焙煎はヴィルベルヴィントのされるがままであり、また非常に小っ恥ずかしさがこみ上げてきていた。

 

何とか、せめて話せる様になろうと頭を動かそうとするが髪と梳かす反対の手でがっちりと頭を固定され身動ぎ一つする事も出来ない。

 

羞恥心で(在り来たりな表現だが)顔から火が出そうになる焙煎。

 

その間、ずっと頭を撫で続けていたヴィルベルヴィントは焙煎に語りかける。

 

「全く、悩むのもいいがお前は一人で何でもかんでも抱え込みすぎるな」

 

優しく、しかししっかりとした口調で言い聞かせる様に言葉を紡ぐヴィルベルヴィント。

 

「でも」

 

「でもお前が私達の事をよく考えてくれているのを知ってるし、何だかんだ言って私達の我儘も聞いてくれる」

 

「そして何よりも」と続けヴィルベルヴィントは優しくしかし確りと抱きしめた。

 

「この身体を与えてくれた事に少なくとも私は感謝している。自由に動ける足と誰かを包む事が出来る腕を与えてくれた」

 

黙って話を聞く事以外出来ない焙煎。

 

抱き締められると言う経験は本日二度目だが、ヴィルベルヴィントの普段とは違う優しげな声も、肌を通して感じる鼓動の音も、熱の交わりも、不快では無かった。

 

人肌の温もりは不安な心を和らげ、熱が体全体に染み渡る。

 

何故だかあの時と似た様な場面なのに興奮は無く、寧ろ安らいでいた。

 

言うなれば赤ん坊帰りとでも言うべきか?

 

「だから焦るな。お前がどう思っていようとも、私は決して裏切らないし一人にしない。頼ってくれるなら何だってする」

 

だから悲しい事を言わないでくれ、と言われれば焙煎には無条件降伏するしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか膝の上に跨られ、互いに向き合う形になっている焙煎とヴィルベルヴィント。

 

絵面的にイカガワシイ雰囲気満載なのだが本人達は至って真面目である。

 

「ヴィルベルヴィント、今日はその…すまなかった」

 

頭を下げる焙煎。

 

酒の勢いとは言え、酷い事を言ったと正直に思っている。

 

「気にするな、こんな日もあるさ。それに存外悪く無いものだろう」

 

と言われ、さっきまでの事を思い出し赤くなる焙煎。

 

「アレはその、イキナリで驚いたぞ」

 

「そうか、まあ今度はもう少しちゃんとした場で無いとな」

 

今日は慌ただしかったから今度はゆっくりと呑みたいものだと言われ、又赤くなる焙煎。

 

「所で、そろそろ退いてくれないか。流石にずっとこのままと言うのは…」

 

何だかんだ言って目の前に極上の美人が跨って居るのだ。

 

さっきの事で気恥ずかしさもあり、気持ちを落ち着かせたいのだ。

 

「時に焙煎艦長、さっき見つけたんだが…」

 

しかしヴィルベルヴィントは焙煎の話を無視してとある物を見せた。

 

細く長い指に摘まれた薄っすらとした誰かの髪の毛。

 

この場にある色は銀と黒、しかしそれは亜麻色をしていた。

 

ドッと冷や汗をかく焙煎。

 

先程までの気持ちは忽ちに搔き消え、有るのは狼狽と動揺だけになる。

 

恐らく押し倒された時に付いたであろうその髪の毛を、焙煎の毛根の具合を心配するヴィルベルヴィントが目敏く見つけたのだ。

 

「さ、さて誰だろうな。ああきっと風で飛ばされて付いたのかもな」

 

「そうか風か、なら仕方が無い」

 

ホッとする焙煎、しかし次の一言で心臓が止まった。

 

「ならお前の全身からするこの匂いも、きっと風で運ばれたんだろうな」

 

ジーッと舐めつける視線で焙煎を見るヴィルベルヴィントと、冷や汗を垂らしながら視線を逸らす焙煎。

 

「今日は他に誰と会っていた?」

 

「いや、元帥と会ったその後は…」

 

必死に誤魔化そうとする焙煎。

 

決して後ろめたいことでは無いのだが、焙煎のその態度がヴィルベルヴィントのオンナの部分に触った。

 

「今夜はもう少しジックリと話す必要があるみたいだな」

 

「いや、ヴィルベルヴィント話を…」

 

言い訳は再び母性によって封殺される。

 

ガッチリと母性でホールドされた焙煎がもがこうとするも、そこに谷間の筋を通ってボトルの残りが注がれる。

 

(それは駄目だろ⁉︎)

 

何とか溺死を免れようと必死に抵抗するも、超兵器のパワーに抗えるはずもなく徒労に終わる。

 

谷間に溜まる酒によって呼吸を塞がれ、酒だから飲めばいいかと思うかもしれないが呑みほす度に新たな酒が注がれる堂々巡り。

 

(そもそもこんなSM擬きで死ぬ様な目に会うのも大概と言える)

 

いつの間にか新しい瓶がテーブルに並び、少なくともこの拷問は焙煎が酒を全て呑み干すか正直に話すかまで終わりそうには無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚この後直ぐ酔い潰れた模様。

 







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15話

 

あの一件から数日が経ち、それ以来焙煎の身には特にこれと言った事件も無く久方振りに平穏な日々を送っていた。

 

無論焙煎とて唯無為に過ごしていた訳では無い。

 

あの一件以来海軍や軍令部との関係が悪化したかに思えたが、表向きはそんな事は無く、高野元帥は約束通り資材の援助を行ってくれた。

 

文字通り“海軍”からの援助である。

 

普通の定期便と呼ばれる輸送艦によって各鎮守府に配給される微々たる量の各種資材(所謂資材の自然回復の事)では無く。

 

一般提督と焙煎が受けるそれを比較すると、例えるなら蛇口から僅かに漏れる水でバケツを一杯にするのと、蛇口どころか貯水槽からパイプを通してそのままプールを満タンにする位違うのだ。

 

もし今の焙煎の話を聞いたのならば、諸提督達は大河の如く血涙を流しながら怨嗟の声を上げただろう。

 

つまりそれ位海軍はケチであると同時に、困窮もしているのだ。

 

艦娘達の活躍によりシーレーンが確保されても大半が民需に回され、海軍に回ってくるのは全体の二割にも満たない。

 

そこから提督達に渡るのは雀の涙よりもごく僅か。

 

だから前線ではなけなしの戦力を抽出して資材回収や遠征、海上護衛任務を行わせて糊口をしのいでいるのだが、焙煎も如何にも他人事の様な気はしないのである。

 

実は後方勤務時代に、裏の話も耳にしていたりする。

 

前線で艦娘を指揮する提督が反乱を起こさない様態と資材を少な目に配給し、遠征や各任務の報酬も全て海軍から出す様にしていざとなったら兵糧攻めができる様に成っていたりと色々とエゲツない事この上無いが、それによって海軍の統制が取れている事は明らかであった。

 

 

 

兎に角そんな事だから焙煎の元に来る資材の量は多い。

 

普通は海路だけで充分な所を、トラックや貨物列車を使った陸路果ては空路で遠隔地の資源地帯から輸送機で運び込む始末。

 

さしもの焙煎も海軍の力の入れようにタジタジとなり、改めて海軍組織のそして高野元帥の底力を感じる事となった。

 

これはそれだけ次の作戦に向けて高野元帥が焙煎に期待しているからであると同時に、焙煎に対する先の一件に関するお詫びと鎖の役目もあった。

 

実際焙煎に対する周囲の評価はここ数日で一変していた。

 

以前は高野元帥に侍る何処の馬の骨とも知れない奴から元帥のお気に入りへと変わり、元帥の秘蔵っ子と言う評価を本人が知らない所で得ていたのである。

 

それと同時に外堀も埋められつつあったが、兎に角焙煎は高野元帥のお陰でここ数日の間に大規模作戦相当の資材を得る事が出来た。

 

そして同時に大量の書類に追われる事となったのである。

 

 

 

 

横須賀鎮守府の港に停泊する宿泊船の中、自室にて文字通り山となった書類を前に机に向かう焙煎は黙々と処理し続けていた。

 

既に仕事を始めてから大分日日は経ったが、書類の山は減る気配が無い。

 

それでも焙煎は飽きる事なくペンを動かし続けている。

 

此れが何処ぞの俗人ならば、その超人的かつ職人芸なまでの作業スピードによって瞬く間に終わらせるか、権力に物を言わせて強引に人員を引っ張って来て代わりにやらせて、自身はゴルフの打ちっ放しに興じたりするか、生憎と焙煎にそこまでの能力もコネも権力も無い。

 

そしてその様子を面白そうに眺める人物がいた。

 

背中まである特徴的な長い銀髪をした女性、ヴィルベルヴィントは何故かこの日は一緒の部屋にいた。

 

と言うか、あの夜以来何かと焙煎の近くにいる様に成ったのである。

 

そう成るまでに色々とあったが護衛目的が半分、もう半分は言うなればマーキングである。

 

実を言うと焙煎が見知らぬ女性の匂いを付けていたのに気付いたのはヴィルベルヴィントだけでは無い。

 

姉妹艦であるヴィントシュトース、シュトゥルムヴィントは無論の事、大概の者は気付いていたのだ。

 

その反応は様々であるが、兎に角自分達のテリトリーに何処の馬の骨とも知れない輩が土足で侵入したのだ。

 

気分が良い筈が無い。

 

実際あの夜、ヴィルベルヴィントが焙煎の部屋を訪ね匂いを上書きしなければ艦隊の雰囲気は悪くなっていただろう。

 

若しくはその気を狙い、焙煎の関心を引こうとする者も出たかもしれない。

 

それだけ重要な事だがヴィルベルヴィントとて以前はこうも、明ら様では無かった。

 

これは彼女達の艦隊特有の問題であるが、普通の極一般的な提督とその麾下の艦娘達にはある程度明確な上下関係が存在する。

 

(若しくは信頼関係のバロメーターと言い換える事も出来る。)

 

提督を頂点としてその下に第一艦隊旗艦の任を預かる艦娘、通称秘書艦が居りこれが艦娘達の中のトップである。

 

その次に艦隊によりけりだが第二、第三の旗艦と続き、艦娘達は自身が所属する艦隊の序列で大まかな自分の立ち位置を把握するのである。

 

これは海軍組織の中で艦娘達は極めて特異な立ち位置、つまり階級が存在しない事から緊急時での指揮系統や意思疎通を鑑みて、各鎮守府がその艦隊の実情にあった方式を取っているが、概ね秘書艦がトップと言うのは何処でも共通である。

 

さて焙煎が主宰するこの艦隊だが、名目上のトップは焙煎であるがその下にいる超兵器達は殆どが横並び状態なのだ。

 

この殆どと言うのがミソで、枢軸陣営ではヴィルベルヴィントを長としてその下に姉妹達が付きたがる傾向にあり、連合国では先任であるアルウスを立てていてこの両者は嘗ての仇敵同士であるからして対立関係にある。

 

一応連合国陣営であるがドレッドノートは名誉の中立(決してボッチでは無いぞ⁉︎)を決め込んでおり、その癖様々な方法で焙煎に取り入ろうとする等二枚舌外交を発揮したり虎視眈々と機会を狙っている。

 

事実上三つの陣営がありその内二つが啀み合っており、元の世界であれば砲火を交え雌雄を決する所なのだが事はそう簡単では無い。

 

超兵器と言えど同じ釜の飯を食った者同士、最早戦争は終わりしかも今いる世界は全く関係ない場所で、今更争い合う法を彼女達は持たないのだ。

 

それは艦娘と言う生身の自由な肉体を手にした事も関係している。

 

しかし、超兵器としてのプライドもあり、何よりも列強の艦隊旗艦クラスが集まって同じ艦隊で過ごす以上どうしても問題が出てくる。

 

つまりは自分こそがこの艦隊の旗艦、トップであると顕示したいのだ。

 

その問題を解決する術が、つまりはどれだけ焙煎が自分の艦に乗ってくれるかである。

 

焙煎は戦闘の際、必ずと言って良いほど超兵器に乗艦してきた。

 

その理由は割愛するがこの時焙煎が乗る艦がその間旗艦となり、つまりは焙煎が乗る間だけ艦隊のトップとなるのだ。

 

一番古くからいるヴィルベルヴィントはは無論の事、他の姉妹艦も何かに付けて乗艦する事は多い。

 

逆に超兵器達だけでは艦隊行動を取らせると、先のキスカ島救出作戦の様に相互の連携が取れず不覚を取る場事ある。

 

この超兵器同士の連携の不味さがこの艦隊の弱点だったりする。

 

そして建造後間も無いアルティメイトストームを除き、今の所一度も座乗されていないアルウスが人一倍プライドが高い故、乗艦回数が多い枢軸超兵器達に何かに付けて噛み付くのはここら辺の理由もあったりする。

 

焙煎が超兵器に乗ると言うのは言い換えれば一番近くにいてその匂いに包まれると言う事であり、艦から降りた時には全身から移香が漂うのだ。

 

無論艦隊旗艦の役割は焙煎が艦を降りた時には終わるのだが、服に染み付いた移香がの主には堪らない優越感を齎すのだ。

 

そして他の超兵器達は次は自分がと奮起し、変なドロドロとした感情とは無縁でありこの辺が超兵器達と焙煎との関係の特異な所でもある。

 

最も最近では艦内での共同生活の結果それ程匂いに拘らなくなったが、それでも彼女達超兵器の士気と秩序を保つ為には必要な要素なのだ。

 

そしてあの日、それを穢されたのだ。

 

だから彼女達は焙煎に素っ気なく対応したのだ。

 

 

 

 

ヴィルベルヴィントは焙煎が仕事をしているのを見ているのに飽き、空のカップを下げ代わりのインスタントコーヒーを淹れた。

 

今彼女がやっているのは所謂秘書艦の真似事の様なものであり、戦う事以外出来ない彼女なりの気遣いでもあった。

 

大概の仕事は焙煎一人で終わらせる事が出来る。

 

しかし今回ばかりはそうも行かず、彼女達の中で一番この手の仕事に向きそうな(ヴィントシュトース、シュトゥルムヴィントの二人は堪え性がない所があり、アルウスは面倒くさがり、デュアルクレイターとアルティメイトストームはそもそも話に参加せず何処かに遊びに行き、ドレッドノートが立候補したと思ったが影が薄すぎて誰も気付かず)ヴィルベルヴィントが手伝いをする事となった。

 

駆け出しの提督とその艦娘でなければ、提督とその秘書艦の役割は大概分担され効率化されている。

 

これは職場を共にする事により艦娘に仕事の手ほどきをしたり、また提督の目の届かない艦娘達の事や他にも鎮守府の細々とした事を秘書艦が教え、互いにノウハウを蓄積させていくのが通常である。

 

しかし焙煎は超兵器達を建造後、こう言った仕事をやらせた事はない。

 

焙煎は超兵器は戦うものだと言う先入観があり、超兵器達もまた艦娘とその役割について無知であった為だ。

 

そして互いにそれを良しとし続けた結果、今の状況がある。

 

コーヒーを自分の分も淹れつつ、ヴィルベルヴィントは我ながら情けない、とため息をついた。

 

(これでも建造当初列強を震撼させた最古の超兵器の内の一人なのに碌に仕事も手伝えない等、妹達に知られたら笑われるな)

 

と、半ば自嘲気味にそう思いつつも目の前の事実は変わらない。

 

そしてやれる事は限られている以上今彼女にはそれを全力で尽くすしかないのだ。

 

焙煎が書類を決済するテーブルの邪魔にならない所にインスタントのコーヒーを置き、ヴィルベルヴィントも自分がやれる範囲の仕事に取り掛かった。

 

山積みとなり分類も何もバラバラなそれをある程度整理し片付けたり。

 

次々と運び込まれていく書類の山に、半ば辟易しつつも新たな山脈を築く等の不毛な作業に邁進した。

 

そんな中、ふと手を止めてボーッと考えてしまう。

 

(この世界に来て艦娘となって長くなるが、まだまだ知らない事の方が多いな)

 

事実彼女は重巡青葉に聞くまで秘書艦の事や艦娘が如何いった存在かすら知らなかったのだ。

 

大概の艦娘は鎮守府で建造され、そこで先輩艦娘から様々なレクチャーを受ける。

 

艤装の動かし方や戦い方等の基本的に備わっているもの以外にも、日常生活においてのアレコレや鎮守府についての事など学ぶべき事は多い。

 

艦娘でさえそうなのだから生まれが特殊過ぎるとはいえ超兵器艦娘も又同じなのだ。

 

最初から強大な力を振るう事は出来ても戦場以外を知らず、其処は艦娘と同じなのだ。

 

自ら学び考える事が出来る。

 

唯の船だった時には出来ない事が沢山出来るのだ。

 

だから今仕事が出来なくても此れから学んでいけば良い。

 

と、良い感じで考えを締めくくったヴィルベルヴィントであるが、手を止めている間に部屋の中に大量に運び込まれた書類により周囲を囲まれ、いつの間にか出られなくなっていた。

 

 

 

 

 

「何をやっているんだアイツは?」

 

書類の山を崩れないように山脈にしていく作業の途中で上の空になったかと思うと、書類の山に自分が囲まれてアタフタする姿を見てると。

 

「本当に超兵器なのか?」

 

と思わず疑問の声が口から出る。

 

勿論彼女は、ヴィルベルヴィントは超兵器だ。

 

あの夜、神の悪戯かそれとも悪魔の罠か。

 

幸不幸は別に置くとして超兵器ヴィルベルヴィントを建造してしまった。

 

それ以来元の世界への帰還を目指し様々な超兵器を建造し共に戦い続け、その力を目に焼き付けてさえ今の姿には正直脱力しか覚えない。

 

あの時の事ははっきり覚えている。

 

いきなり部屋に来て秘書艦をやりに来たと言われた時、俺はどんな顔をしていただろう。

 

兎に角何かやらせようとしてみれば、何をやれば良いか分からないと聞く有様。

 

最初は書類の山を崩すし、コーヒーは溢すは兎に角何をやってもダメ。

 

これがあの超兵器かと自分でも泣きたくなった。

 

世界を滅ぼしかけた相手が、書類の雪崩で沈没しかけているのだ。

 

誰だって我が目と現実を疑いたくなる。

 

取り敢えずこのままでは仕事が出来ないと、書類の山から助け出し、部屋から追い出そうとするが秘書艦の仕事をすると言って頑として譲らない。

 

なら別の奴にやらせると言えば、今度は護衛と称して部屋に居着く有様。

 

しかも、秘書艦として代わりに呼んだドレッドノートはオリョクルでキャラ付けしてくると宣い姿を消し、他の超兵器達はとうの昔に逃げていた。

 

まあ護衛の件云々カンヌンはあの夜以来何かに付けて俺の側にいる事から好きにさせていたが、兎に角気が散って仕方がなかった。

 

如何にもあの夜の事は酔って何を言ったのか何かしたのか良く覚えていないのだ。

 

しかしここ最近ずっとヴィントシュトースの俺を見る視線がキツかったり、デュアルクレイターが「バブみか?艦長」と謎な事を言ってきたりと、アルウスが妙にバストアピールして来たりとおかしかったのを覚えている。

 

その時不思議と動悸が抑えられなくなったが、欲求不満だろうか?

 

あれ以来胸を見ると、どうにも、あれ…呼吸が?息が…吸えない…⁉︎事が多くなり、若しかしたら自分は特殊性壁なのではとの疑いを持ち始めている。

 

あの夜の後一人で目が覚めたので何も無かったとは思いたいが、それでも思い出そうとすると妙な羞恥心と若干の恐怖心が入り混じり上手く思い出す事が出来ない。

 

兎に角護衛兼秘書艦見習いとしてここ数日、最初こそ唯の案山子だったがそれとなく仕事を教えやらせて見ると存外上手くやる。

 

取り敢えず書類整理くらいはやらせて見るかと様子を見、その内空のカップを下げ代わりのコーヒーを淹れてくれる様になり、見た目だけは良いので一端の秘書艦らしく見えなくもない。

 

最も中身はまだまだポンコツだが。

 

今だに書類の山に囲まれ抜け出せずにアタフタするヴィルベルヴィントを尻目にさっき淹れてくれたコーヒーを飲むと…

 

静かにカップをテーブルに置いた。

 

(この後もう少しマシなインスタントの淹れ方を教えよう‼︎)

 

焙煎はそう固く心に誓うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「時に焙煎、さっきこんなものを見つけたのだが」

 

書類の山から何とか脱出したヴィルベルヴィントは、悪びれた様子もなく一枚の紙を差し出す。

 

差し出された紙を受け取り、内容に目を通す焙煎。

 

内容を要約すれば、来るべき反攻作戦に備え各鎮守府は戦力の強化を図る様にとの通達であった。

 

具体的には練度向上を目的とした演習の奨励、各種装備の開発、新造艦の建造等が書かれており、その成果を近日中に報告する様にと締められていた。

 

内容を読んで渋い顔をする焙煎は鬱陶しげに紙を机の脇に置いやった。

 

「で、如何する?艦長。演習の申し込みが何枚か届いているが」

 

「如何もこうも、今ウチは開店休業状態だ。演習も装備開発もする余裕は無い」

 

それは焙煎の偽らざる本音であった。

 

先の北方海域での消耗は激しく、如何に海軍の支援を受けられようともその全てを回復しきるに至ってはいないのだ。

 

「そもそも、演習なんかでこちらの手の内を晒したくは無いし、装備開発や建造だってアイツが居なきゃしょうがない」

 

焙煎の言うアイツとはスキズブラズニルの事である。

 

横須賀鎮守府に着いてからと言うもの、ドックに篭りっぱなしであり顔を見せに来る事も稀であった。

 

「しかし、だからと言って何もしない訳にもいかないだろう?まさか白紙の報告書を出す気か」

 

ヴィルベルヴィントは明らかに不満げな声を上げる。

 

彼女とて何時までも無聊を託っているつもりは無いのだ。

 

「そんな事を言うが、お前とて現状を分かってないとは言わせないぞ」

 

「我々は猟犬だ。主と共にある誇りがある、しかし獲物を指し示してくれなければ存在意義に関わる」

 

超兵器を猟犬に例えるヴィルベルヴィントだが、『狡兎死して走狗烹らる』の諺がある通り彼女達には『敵』が必要なのだ。

 

だからこそ、それを痛いほど良く分かっている焙煎は彼女達に我慢を強いている。

 

「別に艦隊内演習でも良いんだぞ。面倒な手続きなど不要だろう」

 

暗に共食いの可能性まで示唆するヴィルベルヴィント。

 

勿論本気でそんな事を考えているわけでは無い。

 

精々、沈めずとも手足の二、三本飛ぶ程度のじゃれ合いのつもりであった。

 

しかしそんな事をされては堪ったものでは無い焙煎は思わず呆れてこう言ってしまう。

 

「なぁ、平和は嫌いか?ヴィルベルヴィント」

 

「平和の重要性は理解している。理解しているが、な」

 

「あ、ダメだコイツ」と焙煎は内心そう呟いた。

 

何処ぞの戦闘種族とか野獣とかと同じで手に負えないと、焙煎は最早諦めの気持ちでヴィルベルヴィントを見ていた。

 

「分かった。取り敢えず近日中には演習の相手を組むからそれまで我慢してくれ」

 

そう伝えるとヴィルベルヴィントは口角を吊り上げ、それはたいそう嬉しそうな獣じみた笑みを浮かべる。

 

最近はこの獣じみた笑みに慣れてきてた焙煎は、多分尻尾があったら千切れんばかりに振っている事だろう、とそんな取り留めの無い様子を幻視した。

 

だが、言わなければならない事もちゃんと伝えておく。

 

「一応言っておくがあの時の演習でやりあったみたいな相手じゃ無いからな。そこを十分注意しておいてくれ」

 

あの演習でヴィルベルヴィントをあと一歩の所まで追い詰めた艦娘達は休養を終え、現在トラック泊地で再編成を行っている。

 

多分それを伝えたら殴り込みを掛けるだろうから言わないが、それによりここ横須賀鎮守府の一線級の戦力は前線へと移動している。

 

つまり、ここに残っている戦力では下手をすれば超兵器はやり過ぎるかも知れないのだ。

 

「分かっているさ。ちょっとしたレクリエーションだ、精々楽しませて貰う」

 

(いや、絶対分かって無いだろう⁉︎)

 

と焙煎は心の中で訴えるが、面倒なのでそのままにしておいた。

 

それはさて置き、焙煎としても来るべき反攻作戦に備え戦力の強化は急務であった。

 

さっきは資材の備蓄を理由に渋ってはいたが、先の北方海域での戦闘のおり焙煎は敵の整然たる陣形と艦隊機動を目の当たりにして、現状の戦力に危機感を抱いていた。

 

現在焙煎の手持ちの超兵器達はヴィルベルヴィントに代表される超高速艦隊で構成されている。

 

初期の焙煎の構想ではこの超高速艦隊によって敵の領海を一気に突破し、南極に到達しようとの目論見であり、言うなれば後退を考えない防御を捨てた編成であった。

 

しかし、北方海域において先行したヴィルベルヴィントは敵の大艦隊によって包囲され多大な損害を被り、戦艦棲姫においては隙の無い重厚な陣形を崩す事がついぞ出来なかった。

 

防御面での不安が焙煎を臆病にさせた所もあるが、これは元の世界においても初期の超兵器の悩み所でもあった。

 

ヴィント型はそもそも一撃離脱を旨として設計され装甲が犠牲になっており、アルウスとて戦場にいち早く到着し艦載機を展開、先制攻撃により相手の反撃を封殺する事を主眼としているが、逆に言えば敵に先制を許した場合甲板に損傷を負えば戦力の大半を喪失する事を意味している。

 

ドレッドノートは潜水戦艦と言う艦種からして真っ向からの撃ち合い等想定してはいないし、新たに加わったデュアルクレイターやアルティメイトストームは火力こそあれ、後背に回られれば容易に弱点を晒してしまう。

 

今まで超兵器の力を過信していた焙煎であったが、次の反攻作戦では北方とは比べ物にならない敵戦力が待ち受けている。

 

それを思うと敵の攻撃を受けてもビクともしない新たな超兵器が必要だと、この頃思うようになっていた。

 

(しかし問題は資材だ。間違いなく、途方も無い程の資材が掛かるに違い無い。今ここで資材を吐き出してしまうと反攻作戦に支障を来す可能性がある。逆に建造しなければ当面の資材状況は安定するが、反攻作戦は厳しいものになる)

 

なんかに付けて金と物は必要であり、何故か甘味処間宮さんから領収書が毎日届いたりして金欠気味であり、そのストレスか最近又抜け毛が増えてきた焙煎に取って、あらゆる意味でピンチであった。

 

「ふーっ」と背もたれに体重を預け天を向く焙煎。

 

「何か悩み事か?」

 

とヴィルベルヴィントが聞いてくるので、「心配事の半分はお前達の所為だ!」と言えたらどんなに楽かと焙煎はため息を吐いた。

 

 

 

「ふむ」とヴィルベルヴィントが何かうなづくと徐に焙煎の背後に回る。

 

ポヨン、と擬音語が聞こえて来るな後頭部を包み込む柔らかさに、焙煎はさしたる抵抗もなく受け入れていた。

 

ヴィルベルヴィントは柔らかい手付きで焙煎の、目に見えて薄くなってきた髪を梳かす。

 

(いっそ全て剃ってしまったらスッキリするか?)

 

と本人が聞いたら断固拒否するであろう内容を考えつつ、ヴィルベルヴィントは焙煎の髪を梳かすてを止めない。

 

別に誰に頼まれたのでもなく自然とやる様になったが、最初の頃と比べ焙煎は素直に世話を焼かれる様になった。

 

と、言うよりも頭皮と頭髪を巡る数度の攻防の果てに抵抗する気力を削がれたと言うのが正しい。

 

別にお互い特別な気持ちなどないが、焙煎としてはやらせてやっていると思っているし、ヴィルベルヴィントはヴィルベルヴィントで狼の毛繕いと思っているのでどっちもどっちだったりする。

 

(指、綺麗だよな)

 

髪を梳かす細く長い白い指を見て焙煎はそんな事をボンヤリと思っていた。

 

超兵器だと言うのに幾たびの戦場を越えてもそこだけ生娘の様に綺麗であり、焙煎としては自分の不徳でこの手が傷付くのは嫌だなと思い始めていた。

 

別に女性の手や指について特別な嗜好等無いのだが、そう思う位には焙煎は超兵器達の事を気に掛けてはいる。

 

(まあ、避けられる怪我なら避けた方が良いかな)

 

と、そう思いながらも、このまま穏やかな時間が流れるかと思いきや。

 

「あ、」

 

とヴィルベルヴィントが思わず声を上げてしまう。

 

「?」

 

焙煎は不審げにヴィルベルヴィントを見やり、ヴィルベルヴィントは言うか言うまいか迷った後、思い切ってこう告げた。

 

「白髪」

 

「…」

 

「…」

 

暫く互いに無言であったが、焙煎はしかめっ面を浮かべ、ヴィルベルヴィントに体を預けると不貞寝し始める。

 

ヴィルベルヴィントもそんな焙煎の子供っぽい反応に、さもありなんと思いながらも他にも生えてないかと注意深く焙煎の頭を探るのであった。

 

こうして、段々とだが気付かぬ内に超兵器を受け入れ始めている焙煎だが、果たしてそれを告げられた時、焙煎はどの様な反応を返すので有ろう?

 

兎に角、そんな様子で鎮守府の昼間は過ぎて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府ドック

 

昼を過ぎて、焙煎はスキズブラズニルの元を訪れていた。

 

久しぶりに会う妖精さん達と挨拶を交わしつつ、スキズブラズニルの場所を聞く焙煎。

 

妖精さん達が指し示した先にスキズブラズニルの姿を認め、焙煎は足早に近づいて行く。

 

コツコツと床を踏む音で近づいて来る気配に気が付いたスキズブラズニルは焙煎の顔を見ると「ゲッ〜⁉︎ヴァイセンヴェルガ〜」と驚く。

 

「随分なご挨拶だな、スキズブラズニル。お前がギンバイした分の借金、まだたんまりと残っているぞ」

 

「う〜」

 

と妙に間延びする声で恨めしそうに焙煎を見るスキズブラズニル。

 

彼女は艦隊の整備に託け、今の今までその事を忘れていたのだ。

 

「なん〜の用〜ですか〜?ヴァイセンさん〜」

 

スキズブラズニルとしてはサッサと用件を済ませてお帰り願いたい事なので、焙煎にそうぶっきら棒に告げる。

 

「用というのは他でも無い。新しく建「い〜や〜で〜す〜‼︎」って」

 

焙煎が言い切る前にスキズブラズニルは割り込んで断固たる拒否の声を上げる。

 

「また〜私に〜超兵器を〜作らせようと〜言うんでしょう〜?」

 

「私は〜これでも〜ウィルキア〜解放軍の〜一員です〜。敵である〜超兵器を〜作るなんて〜以ての〜外です〜」

 

彼女特有の間延びする声で、然しながら強い意志を秘めたそれは間違い無く彼女の偽らざる本音であった。

 

「ここはウィルキアでもまして解放軍でも無いぞ、スキズブラズニル?何故そうも頑なになる」

 

焙煎はそうスキズブラズニルに尋ねたくなったが、今はその時では無いとグッと押し黙った。

 

焙煎とてスキズブラズニルの思いには心当たりがあるのだ。

 

最近はそれが如何にも揺るぎつつあるが、しかし彼は立ち止まる訳にはいかなかった。

 

「ほぅ?そうかそれは残念だ。折角、今回建造に宛てた分の資材はお前の借金から引いておこうと思ったんだがな」

 

かなりの量だから一気に借金を返済できたかもな〜、スキズブラズニルに背を向けそう嘯きながらチラリとスキズブラズニルを横目で見る。

 

「う〜ん」

 

と悩ましげな表情を浮かべるスキズブラズニル。

 

焙煎によってギンバイした資材の返済が済むまで、スキズブラズニルに割り当てられる食事や資材から差っ引かれていたのだ。

 

足りない分は工廠で仲良くなった工作艦明石にたかることで糊口をしのいでいるが(何故か蜂蜜のお礼だと言って一回も断られた事は無いのでスキズブラズニルも遠慮していない)、矢張り厳しい部分はある。

 

具体的には間食や夜食等だ。

 

1日5食を基本とする彼女にとって、一食たりとも欠かす事は出来ない。

 

だが彼女とてウィルキア解放軍を支えて来たプライドもあるが、しかし腹が減ってはプライドもへったくれも無い。

 

しかし武士の高楊枝とも言うから彼女ははっきり言って思い悩んでいた。

 

そこで焙煎はもう一押しとばかりにある物をスキズブラズニルに手渡す。

 

「そう言えば、さっき貰ったんだがな。俺はいらないからお前が使ってくれ」

 

そう言って硬く握らされたそれをスキズブラズニルは見ると一枚の券であった。

 

「こ〜これは〜⁉︎」

 

握らされたそれは甘味処間宮さん提供の間宮券であった。

 

全艦娘滴れの一品を前に、さしものスキズブラズニルも心が揺れる。

 

「ああ、それか。なんでも贔屓にしてくれているお礼とかでな、まだ結構あるんだよな」

 

と、態とらしくポケットから束になった間宮券を取り出しヒラヒラと泳がせる。

 

「ヴァイセンさん、条件はなんです?」

 

「お前、キャラは守れよ」

 

キリッとした表情で焙煎を見つめるスキズブラズニル。

 

その瞳に映る強い意志は、先程の拒絶と比べてもまるで遜色無い。

 

「建造してくれたら一枚、終了後にもう一枚で如何だ?」

 

「足元〜見すぎですよ〜ヴァイセンさん〜。そうですね〜建造して〜五枚、建造後に〜八枚で〜」

 

「ふっかけすぎだろ。二枚の三枚で如何だ」

 

「実は〜何時も〜手伝ってくれる〜妖精さん達にお礼がしたくて〜、三の四で」

 

「ちっ、今もう一枚渡すからそれで納得してくれ」

 

「まあ〜落とし〜所〜としては〜良いですかね〜」

 

間宮券を受け取り、それをヒラヒラさせるとスキズブラズニルはドック全体に響く大きな声で。

 

「み〜な〜さ〜ん〜、今日は〜ヴァイセンさんの〜奢り〜ですよ〜」

 

それを聞くや否やワラワラと妖精さん達がスキズブラズニルの元に集まってくる。

 

「お、おいスキズブラズニル⁉︎」

 

と焙煎が呼び止めようとするが、スキズブラズニルは「分かってますよ」と言った感じで手をヒラヒラさせると、妖精さん達を引き連れ去っていってしまう。

 

それを見送るしかない焙煎は、トホホと肩を落とす。

 

この後送られて来るであろう領収書を思うと、彼の生え際は又一段と後退する様な気配がした。

 

 

こうして、穏やかだが着々と次の作戦への準備を進めていくのであった。

 

 

 

 





今回で一先ず日常編を終わらせます。

次からは深海棲艦メインだと思います。

では、また次回まで。


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16話

久しぶりの投稿で申し訳ないです。

リアルで色々有りましたが、何とか書けましたので投稿します。

今回はwikiさんからの転用が有りますので、苦手な人は読み飛ばして下さい。




南方海域ソロモン諸島の最深部にある島。

 

一見すると鬱蒼と生い茂るジャングル以外目ぼしいものが見当たらなただの小島に見えるが、しかし秘密を知る者からすれば海岸線沿いには巧妙に隠蔽されたトーチカ群による防備と、上空を監視するレーダー網により鉄壁の守りを持ち、非常用の地下ドックを備えた要塞であった。

 

海岸線から緑の分厚いカーテンを抜けると、今度は一気に視界が開けてくる。

 

だだっ広い空間を上空から俯瞰してみると、海岸線に沿って島を囲むように生い茂るジャングルの中央部が長方形の形に切り取られた形となっており、舗装された地面に等間隔に置かれた誘導灯と高い塔を思わせる建物と巨大な格納庫が見え、これが飛行場である事を雄弁に物語っていた。

 

 

 

格納庫から次々と滑走路へと移動する巨大な機影。

 

左右に出っ張った機首と巨大な後退翼が特徴のその機体は、照りつける太陽を黒光りする装甲で反射し、周囲に威圧感を放っていた。

 

その様子を巨大な塔、管制塔の窓から見下ろしていた飛行場姫は満足気に頷いた。

 

「素晴らしいわ、大変結構よ離島棲鬼」

 

「お褒めに預かり光栄ですわ。それもこれも全て姫様のお力あってこそ」

 

飛行場姫の後ろに控えていた離島棲鬼、飛行場姫の白と対比するような黒いフリル満載のスカートとボンネット(ともすれば少女趣味とも取られかねない衣装で)を纏った彼女は若干芝居がかった声で言った。

 

 

「私は姫様のお言いつけ通りの事をしたまでの事。全ての功績は姫様のものですわ」

 

「あら、離島棲鬼。貴方少し見ないうちに随分と口が上手くなったのね?」

 

と、クスクスと笑う飛行場姫。

 

彼女には離島棲鬼の当然の事をしたまでと言う態度が、小気味好く感じられたからだ。

 

この離島棲鬼は見た目こそ幼いが、若くして深海棲艦の中で陸戦の名手として鬼の称号を得ており、その才覚を飛行場姫に見出され彼女に仕える様になった過去がある。

 

この要塞とも言うべき飛行場の建設を飛行場姫から命じられたのも、彼女の信頼が厚い事の証明であった。

 

島を要塞化する事は陸上型の離島棲鬼からすれば楽なものであったが、最も困難な事は基地の建設をしている事は疎か自分が関わっている事すら誰にも知られる事なく作業しなければならなかった事だ。

 

これは彼女達が置かれた環境が深く関係している。

 

元々深海棲艦の中で数が少ない陸上型はその力に反し、勢力内では低い地位に甘んじていた。

 

どんなに強大な力を持っていたとしても数の上では艦船型が圧倒的に多く、中々自分達に合った戦い方をするよりも艦隊側の都合に合わせる事が多かった。

 

何よりも陸地に縛られる彼女等は海の上を行く事が出来ず、流動的な戦局に中々寄与する事が出来ない事が多い為、『丘に上がった河童』と勢力内では揶揄する者もいた。

 

彼等は公然と陸上型の深海棲艦達を下に見る事甚だしく、両者の対立感情を煽る一助となっていた。

 

そんな者達からすれば離島棲鬼の行いは目障りな事この上無く、彼等の妨害を防ぐ意味でも要塞の建設は注意深く行われた。

 

飛行場姫が牛耳る様になると、そう言った手合いは真っ先に基地建設の材料となったが、それ以前の苦労は推して知るべしである。

 

離島棲鬼は自身の仕事に完璧を期しており、この要塞の完成は彼女の誇りであると同時に今日は記念すべき日でもあった。

 

「さあ、そろそろ始めましょうか」

 

「ええ、姫様。我らの力を遍く天地に知らしめましょう」

 

管制塔から離陸許可の指示が下されると同時に、飛翔の時を待っていた巨人機達のエンジンが唸り声を上げ滑走路を駆ける。

 

一キロは有ろうかと言う巨大で長大な滑走路から、先頭の一機が飛び立つや否や次々に後続が離陸し、上空で編隊を組んで行く。

 

そして編隊は一度飛行場の上空を旋回し機体の翼を振ると遥か北西へと機首を向け飛び立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、最新鋭軽巡洋艦酒匂は外洋で完熟航行訓練を行っていた。

 

艦船形態で海原を行く彼女の勇ましい姿は来るべき南方反抗作戦に備えて益々意気盛ん…と言うには些か就航するのが遅かった彼女は今更ながら訓練に余念がなかった。

 

先に就航した阿賀野型の姉三人はともにトラック諸島に配属され前線を支えてきた歴戦の先輩達からその薫陶を受けており

 

そんな中、腐らずに訓練に邁進する事が出来たのは、彼女の生来の明るい性格から来るものであった。

 

その日は訓練の最終日であり、現在は帰還の航路に着いていた。

 

順調に航海すれば翌朝には横須賀港に着く計算となるなか酒匂は頭の中で、

 

「間宮さんの朝食セット食べられるかな〜」

 

と呑気に考えていたが、この頭の若干ネジが緩い彼女の存在があったからこそ、厳しい訓練に耐えられたのもまた事実なのであった。

 

「酒匂さん、またご飯の事考えていたでしょ?」

 

「ぴゃぁぁぁぁ!」

 

自分の考えを見抜かれて思わず変な声を上げてしまった酒匂。

 

それを見て朗らかに笑う青年士官。

 

笑われて「ぷー!」と頬を膨らませる酒匂の様子に、今度は艦橋内の何人かが笑いだす。

 

訓練航海中である酒匂の艦内には妖精さん達の他、何人かの士官が乗り込んでいた。

 

彼等は謂わば未来の提督候補となる人物達であったが、現在は酒匂と同じ訓練中の身であった。

 

海軍士官学校の教練は年々変化しているが、ここ最近は早くから艦娘と交流させる事により、未来の提督としての意識を高めようという目的で共に訓練する事が試験的に試みられていた。

 

今艦橋に酒匂と共に居るのはその青年士官の一団であった。

 

当初はぎこちなかった彼等も酒匂の明るい性格(と若干抜けた部分)に触れ、共に訓練を乗り越えた事で仲間としての意識が芽生えこうして笑い合える中になっていた。

 

最も青年士官達からすれば鬼教官の様な艦娘を覚悟していたので、酒匂は好意的な意味で予想外であり何だかんだ言って彼等の妹の様な存在になっている。

 

青年士官達と、オマケに艦橋に詰める妖精さん達にも笑われヘソを曲げた酒匂は「だって」と言い返す。

 

「だって、いっぱい食べて早くお姉ちゃん達に追いつきたいんだもん」

 

と酒匂が胸とお腹の辺りに手を当てると、先程まで笑っていた青年士官達は今度は成長した酒匂の姿を想像して思わず目を逸らしてしまう。

 

酒匂の姉である阿賀野型の姉三人は最新鋭軽巡洋艦という事でよく軍の広報にも取り上げられ、そのスタイルの良さは有名であり、今は幼さが目立つ彼女も行く行くはそうなるかと思うと意識せざるをえなかったのだ。

 

何だか故郷に残してきた妹が久しぶりに帰ってきたら、女として成長しているのを知って時の流れを感じる兄の気分になりノスタルジーに浸る彼等。

 

本当に故郷に妹がいる者は「彼氏を紹介された」「婚約」「結婚」「子供が生まれた」「三十前でおじさん呼ばわり…」「妹に似て可愛い…グヘヘへ」と謎の単語を呟き男泣きをしたり

 

中には「そのままの君でいて」と願う者も少なからずいて、半分程は素直に成長を喜べないでいた。

 

つまりそれ程に彼女は慕われているのだ。

 

 

さて帰還中、和気藹々としている酒匂ではあるが警戒を怠る事は無い。

 

領海内での酒匂の完熟訓練を兼ねた遠洋航海訓練とは言え、いつ如何なる時に敵襲が有るかも分からないのは戦時中の常であり

 

事実、一、二週間程前には遊撃艦隊が深海棲艦の機動部隊によって壊滅している。

 

この事件が起きてから軍令部も慌てて警戒ラインの引き直しが行われ、広大な海域をカバーするため水上機母艦秋津洲が大活躍しているとかで、本人曰く「漸くお役に立てたかもっ!」らしい。

 

そんな中酒匂の対空レーダーに反応があった。

 

最初それは味方の機影かと思われたが、その数が増すにつれ艦橋内にいる者全員の顔が青ざめていく。

 

対空レーダー上の反応は画面を埋め尽くさんばかりであり、凡そ六十機以上もの大編隊が飛行していたのだ。

 

艦内に警報が発令され、帰還後に何をするかと楽しげに話し合っていた妖精さん達は慌てて配置場所へと駆け出し、機関部が唸りを上げ振動する船体は速度を上げ針路を転じて行く。

 

見張り達は双眼鏡を顔に跡が付くほど強く覗き込み、銃座や主砲の砲身は仰角ギリギリにまで上げ敵機の襲来に備える。

 

時間が経過し八十を越した敵機(この時既に敵と断定されていた)を前に酒匂の装備では如何にも頼りなさ気であり、その運命は大海に翻弄される小枝の様な儚いものと思われた。

 

無線室では絶えず暗号化された電文が放たれ、現在位置と敵機がいる高度と機数に速度と針路とを繰り返し伝えていく。

 

味方に助けを求めようとしたそれは当然敵にも傍受されており、酒匂の対空レーダーは敵の編隊から分離した一派が此方に向かってくるのを察知した。

 

その数凡そ二十、軽巡洋艦を沈めるのに十分過ぎる敵の襲来。

 

酒匂と青年士官達にとってこれが初めての実戦となり、敵機の空襲が始まるその直前まで、酒匂の暗号通信は発信され続けていた。

 

 

 

 

 

 

酒匂からの暗号通信を傍受したのは無論敵機だけではなかった。

 

最も待ち望んだ横須賀鎮守府の無線局が暗号通信を受信し、解読が完了して横須賀鎮守府司令部と海軍軍令部に通達されたのは最初の暗号が放たれてから六分が経過していた。

 

横須賀鎮守府司令部では直ちに近隣の海域に警報が出され民間船舶が近づかない様にすると共に、近くの艦隊に酒匂の救援へ向かう様指示が出され、その中に焙煎とその超兵器達が居た。

 

彼等はその日、横須賀鎮守府に所属する艦娘艦隊との間で演習を行う予定であった。

 

参加艦艇は横須賀海軍工廠で建造任務中のスキズブラズニルを除いた全艦。

 

つまり、ヴィルベルヴィント、ヴィントシュトース、シュトゥルムヴィント、ドレッドノート、アルウス、デュアルクレイター、アルティメイトストームの七隻である。

 

演習は六対六の艦隊戦を予定しており、一隻余分なのは焙煎がデュアルクレイターに乗艦して艦隊の指揮監督を行うからだ。

 

基本的な内容は相互に航空戦(有れば先制雷撃となり、下手な艦隊ではこの時点で勝負が決する事もある)砲撃戦、雷撃戦となり必要であれば夜戦にて追撃を行い、その後相互の被害判定を行って勝敗を決める、と言うのが今回の演習である。

 

焙煎とヴィルベルヴィントが行ったあの演習とは大分内容もその意図する目的も違うが、通常演習と言えばこれを指すのは常識であった。

 

寧ろ焙煎達の方が色々と例外、と言うよりも非常識であり予々実戦においても基本はこれに沿っている。

 

つまり、単騎で相手の艦隊の中央に突っ込んでレッツパーリーやったり、圧倒的な機動力をもって三方に分かれた敵を各個撃破したり、敵の機動部隊を上回る艦載機を出して圧殺したり、小型艦艇を大量展開して飽和攻撃を仕掛けたり、「水上艦は不要」とか痛い事言っちゃったりするのは厳禁なのである。

 

と言うかそれが出来れば戦争はとっくの昔に終わっているし、その気があれば世界だって取れるかもしれない。

 

焙煎としても超兵器達がちゃんと演習の趣旨を理解しているか心配でならなかったが、言って聞く様な殊勝な心掛けを持つ者は一人としていないのは、彼も分かりきっていた。

 

故に後は運を天に任せ、大事な作戦を前に厄介事が起きない様切に祈るしか無かったが、これは想定外な事で中断を余儀無くされた。

 

つまり敵機の空襲を受ける味方艦娘の救援に向かえ、と言う横須賀鎮守府司令部からの通信が演習に参加する予定であった全艦に届いたらだ。

 

焙煎はそれをデュアルクレイターの艦橋で聞き、急ぎ超兵器達に指示を出した。

 

「内容は言うまでもないな。演習に参加予定の艦隊はそのまま当該海域へと向うんだ」

 

この指示は些か拙速に過ぎる様に見えるが、この時既に演習相手の艦隊は動き始めている。

 

彼は元から見捨てる気など無いのだが、此処で手間取ったり躊躇ったりすれば後々要らぬ誤解を招きかねないと、その様な計算が働いたからだ。

 

「焙煎艦長、今回の指揮私に任せて下さいませんか」

 

通信機からアルウスの声が聞こえ、そう言われて少し考え答える焙煎。

 

「分かった、今回は航空戦となる。空母であるお前の方が何かと都合が良いだろう」

 

「“任せる”唯そう仰って下されば良いのですよ。そうすれば私にとって何よりの励みになりますわ」

 

と返事が返ってきたので。

 

「分かった、アルウス今回の指揮はお前に任せる」

 

「うふふふふ、期待していてくださいね?艦長」

 

ふと、そこで「ん?」と頭の中で疑問符が付く。

 

何だか今日のアルウスは妙に気を張っているなと、そんな事を感じていた。

 

だがそうこうしている内に、彼の目の前で転針した艦隊が速度を上げ海域を離れて行く。

 

「今日のアルウスの姉さん、気合入ってるねぇ」

 

「矢張りそうなのか?デュアルクレイター」

 

「ま、アルウスの姉貴は前の戦いでヘマしましたからね。名誉挽回ってかんじかねぇ」

 

デュアルクレイターは肩をすくめながらそう言う。

 

前の戦いとは、北方での事であろう。

 

確かにあの戦いはこれ迄と比べて此方も損害を出したが、結果的には作戦は成功している。

 

そもそも彼女のヘマとは何なのか?焙煎は気になってデュアルクレイターに尋ねた。

 

「ヘマ?アルウスは何か失敗したのか」

 

そう尋ねられたデュアルクレイターは、鳩が豆鉄砲を食らったかの様な顔をして焙煎を見ると、ついで笑い出した。

 

「あははは、まあそうだよね。艦長からすればそんなんだろうけどさ」

 

一通り笑うと、デュアルクレイターは秘密を打ち明ける様に言った。

 

「大したことじゃ無いんですよ。アルウスの姉貴はああ見えて箱入り娘見たいな所が有りましてね、前の戦いで嫁入り前の肌に傷が付いたって大騒ぎだったんですよ」

 

もうとっくに治ってるんですがねと前置きして、人差し指を出し「ここ、ここに薄っすらとね」とアルウスの傷が付いた場所を示すデュアルクレイター。

 

「まぁ空母ってのは繊細ですからね。私みたいのは敵に撃たれてナンボのもんなんですが、姉貴見たいな人達からすれば飛行甲板に塵の一つも許さないんですよ」

 

まあ、そう言うヒトなんですよと締めくくるデュアルクレイター。

 

「成る程な」と頷く焙煎。

 

デュアルクレイターの話を聞くにアルウスは多少潔癖過ぎる所がある様だが、空母系の艦娘はアルウス程極端では無いにしろ多少なりとも似た傾向がある事を知っていた。

 

デリケートな飛行甲板に触れられるのを嫌がったり、格納庫を弄ったりされて憲兵に訴えたり、発艦が全部終わるまでお触り厳禁だったり(終わればOKでもない)そもそも触ろうものなら提督と言えど爆撃してくる危険な艦娘もおり、空母系の艦娘とのスキンシップは控える様にと軍令部から直々に通達が出る程だ。

 

(それでも毎年この手のセクハラで訴えられるor入院する軍関係者がおり、関係者達を悩ませていたりする)

 

「そう言う事なら心配は要らないな。俺達も後を追うぞ」

 

「アイアイサー」

 

焙煎の命令を受けてデュアルクレイターの超兵器機関が唸りを上げ、双胴の船体が海原を行く。

 

この時、仮に若し超兵器の一隻でも横須賀に戻していれば、また違った結果になっていたとも知らず。

 

焙煎と超兵器達は本土から離れてしまう。

 

そしてそれは迫り来る脅威に対し、海軍が防ぎ得る手段の一つを放棄した結果ともなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

外洋にて酒匂が敵襲を受け本土に敵機が接近しつつあり、との報告を海軍元帥高野が受けたのは横須賀軍令部の執務室、では無く外出先の佐世保鎮守府で同鎮守府の司令官との会談を行っていた時の出来事であった。

 

この時期に高野が佐世保に居たのには訳がある。

 

佐世保鎮守府は本土西端にあり、多数の艦娘の他深海棲艦が出現して以降旧式となった通常艦艇群が多く配備されており、これは彼等の主目的が深海棲艦に対する防衛では無く大陸側に対しての備えを意味するものであった。

 

この国防上極めて重要な拠点の一つである同鎮守府を海軍元帥高野が直々に訪問した理由は、安全保障の観点から昨今躍動著しい大陸側の状況を高野自身の目で把握すると共に、佐世保鎮守府との関係を強化する目的もあり。

 

と言うのも来るべき南方反抗作戦を発動した場合、その参加兵力は海軍の凡そ三分の一に相当すると考えられ、その機に乗じて呉の君塚大将が行動を起こす可能性があった。

 

現在呉鎮守は海軍軍令部の統制下を離れて半独立勢力と化しており、長年軍令部と高野の頭を悩ませてきた。

 

排除したくとも呉鎮守は強大で横須賀単独では抑える事が出来ない。

 

ともすれば内部に不安要素を抱えたまま外征をする事は内乱を誘発しかねず、そんな事になれば国を割る事となり最悪大陸側が介入する絶好の隙となってしまう。

 

それを防ぐ為、横須賀、佐世保両鎮守で呉鎮守を抑え込もうと言うのが高野の考えであった。

 

本来であれば高野はもっと早く佐世保鎮守府を訪れる予定であったのだが、ここ最近頻発した数々の問題の対処に追われ、この時期に迄ずれ込んでしまった結果軍令部に最高責任者不在と言う事態を引き起こしてしまったのだ。

 

この様な時軍令部に詰める参謀達が高野の代行として指揮をとるのだが、果たして彼等で高野の代わりが務まるのか?

 

その不安を払拭する意味でも高野は至急横須賀に戻る必要があったが、空襲を受けつつある場所に向かう手段は限られていた。

 

 

 

一方の横須賀にある軍令部では周囲の不安を他所に急ぎ迎撃作戦が取られていた。

 

周辺地域に警報が発令されると共に民間機や船舶の航行が制限され、近隣の飛行場からは迎撃機を逐次上げ横須賀手前でこれを防ごうと試みていた。

 

横須賀鎮守府に所属する艦娘達は、横須賀湾内に侵入してきた敵機を迎撃する為海上に展開する者と陸地で高射砲代わりの固定砲台として配置される者とに分かれ、敵機の襲来に備えている。

 

参謀達からすれば折角引き直した警戒ラインを又しても抜かれ、自分達のメンツが潰された事でそれを払拭しようと彼等は精力的に働いた結果と言えよう。

 

本来であればこの奇襲的な敵機の襲来の前に彼等は碌な抵抗も取れなかった筈なのだが、図らずとも空襲を防ぐ上で最も重要な早期警戒の役目を、 軽巡酒匂が身を張って担った結果、彼等はギリギリで間に合ったと言える。

 

しかしこの時になってもまだ、彼等は敵編隊が空母から発艦したものであると誤解したままであった。

 

酒匂が装備している対空レーダーでは敵機の種別までは判別出来ず、『敵機が居るのなら空母もいる』という長年の教訓から来る心理的な思い込みからも、これは致し方ないことである。

 

酒匂からの暗号通信で敵機は高度一万メートル以上を飛行中とも伝えられていたが、それは作戦には組み込まれなかった。

 

彼等の考えでは高高度を飛行中の敵機を横須賀手前で降下してくるのを迎撃し、その後近くに潜んでいるであろう敵機動部隊を追撃し捕捉撃滅するカウンター作戦を立てていた。

 

しかし彼等の机上の空論が崩れるのに、そう時間はかからなかった。

 

迎撃に出た味方機が敵編隊と接触しその詳細を伝えるにつれ、彼等は疑い惑いそして遂にそれが真実だと確信するとそれ迄の自信は脆くも崩れ去っていた。

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府防空の為、敵機迎撃に上がったのは零戦で構成された妖精さん達の部隊であった。

 

彼等は安全な本土という事もありその装備は前線と比べると決して恵まれておらず、その為任務は専ら本土周辺空域の哨戒を主として行っている。

 

迎撃部隊には今回の作戦が初の実戦という者も多く、作戦には一抹の不安を与えていた。

 

既に敵機は本土の対空レーダーに捉えられ、管制塔からの指揮のもと迎撃に向かう彼等の目の前に現れたのは当初作戦で説明された敵艦載機などでは無く、最も大きくそして恐ろしいものであった。

 

空飛ぶ巨大なサメ、と形容すべきか。

 

太陽を背に受けて映し出される巨大な影は、これまで深海棲艦が繰り出してきたどの様な兵器とも違う異質な存在であった。

 

目算で八十機以上を数える大編隊、彼等の遥か上空を飛ぶその影を追う様に機首を上げる妖精さん達。

 

しかし彼等の努力を嘲笑う様に、巨大な機影は圧倒的な高度の壁と驚くべき速度でもって彼等を振り切りに掛かる。

 

嘗ての大戦末期、本土を連日連夜空襲される中零戦では全くの無力であった時の記憶が蘇った。

 

艦娘達が嘗ての大戦の記憶を保持する者も多い中、妖精さん達の中にもそれと同じ様な物を持つものもいる。

 

焼け野原にされる本土、黒焦げの人の形をした山が彼方此方で山を作り、焼け出された人々が空に向かって怨嗟の声を上げ、そしてあの夏の日…

 

決して拭いがたいあの決定的な日を二度と起こしてなるものか!

 

彼等は何とか必死に食らいつこうとするも決して手は届くこと無く、ガクッと機首を落としたかと思うと見る見るうちに高度が下がっていく。

 

無力感と虚しさの元、こうして最初の迎撃に失敗した彼等はなし崩し的に本土での防空を強いられる事となる。

 

 

 

航空機による迎撃作戦の失敗は直ぐさま横須賀海軍軍令部にも伝えられた。

 

同時に敵編隊が艦載機などでは無く全くの未知の巨大機である事が判明し、しかも此方の迎撃機も砲弾も届かない遥か上空を飛行している事が彼等を驚かせた。

 

軍令部の参謀達が用意した防空作戦が根本から破綻した瞬間であった。

 

彼等の間に無力感が漂い始め、最早打てる手は何もない様に思われた。

 

だが、その中で諦めないもの達も確かにいたのだ。

 

この時、敵編隊は横須賀鎮守府から三十分の所にまで接近していた。

 

編隊は本土上空の急激な気流を避ける為高度を落とし、眼下に横須賀鎮守府と軍令部を捉えつつあった。

 

彼等が飛行場姫から与えられた指令は横須賀鎮守府を爆撃せよであり、脅威となる迎撃機達は遥かな後方に置き去りにしていた。

 

爆撃針路に入り高度を落とした彼等を出迎えたのは、海上と陸地から砲弾を打ち上げる艦娘達の対空砲火であった。

 

通常の艦載機や下手な爆撃機であれば、この猛烈な火線に捉えられ爆弾を抱えたまま火達磨になっていただろう。

 

しかし、飛行場姫が作り上げたこの機体はそんじょそこらの物とは訳が違った。

 

最も敵の対空砲火が集中すするであろう機体下部は分厚く装甲が施され、幾ら砲弾を撃ち込まれようとも物ともせず飛行し続ける。

 

そして先頭の機体が照準機に横須賀鎮守府をおさめると同時に爆撃が開始された。

 

機体下部のハッチが開き次々と投下される爆弾は、見事に目標を捉え破壊に成功していく。

 

彼等の遥か下の地上では破壊の嵐が吹き荒れていた。

 

地面が爆発で掘り起こされ、直撃を受けた建物が赤々と燃え崩れ去り、運悪く土嚢で覆っただけの対空銃座の近くに爆弾が落ちて妖精さんが吹き飛ばされ、防空壕に避難していた人々は崩れてきた土砂によって閉じ込められた。

 

辺りには瓦礫と人だったもの、もしくはその一部が散乱し火薬とそれらが燃える匂いが混ざり合い異臭を放つ。

 

医務室は野戦病院さながらとなり、続々と運び込まれるのは人や妖精、艦娘を問わなくなっていた。

 

煙と炎とで味方と逸れた艦娘が雑音しか伝えなくなって久しい無線機に指示を求め続け、中には何とか海上に脱出出来た者もいたが全体からすればそれは極々僅かであった。

 

良心ある者がこの光景を見れば、思わず目を逸らさずにはいられない惨状が広がっていた。

 

そしてもしこの光景を、遥か上空を飛ぶ敵機が見たとしても同じ思いを抱くであろう。

 

たとえ彼等がこの光景を作り出した張本人であり、この後何度となく眼下の光景を作り出す事となったとしても。

 

嘗ての大戦でこの国を敗戦に追いやったある軍人は部下を前にこう語ったという。

 

*『君が爆弾を投下し、そのことで何かの思いに責め苛まれたとしよう。そんなときはきっと、何トンもの瓦礫がベッドに眠る子供の上に崩れてきたとか、身体中を炎に包まれ『ママ、ママ』と泣き叫ぶ三歳の少女の悲しい視線を、一瞬思い浮かべてしまっているに違いない。正気を保ち、国家が君に希望する任務を全うしたいのなら、そんなものは忘れることだ』

 

そしてこうも言っている。

 

*『我々は街を焼いたとき、たくさんの女子どもを殺していることを知っていた。やらなければならなかったのだ。我々の所業の道徳性について憂慮することは――ふざけるな』

 

かくも無残なそして人々が忘れてしまっていたこの出来事は、再び彼等の空を覆い尽くそうとしていた。

 

燃え盛る鎮守府がその勢いを増すたびに反撃の砲火は弱まり、海上で浮き砲台と化していた艦娘達は己の無力さを嘆く間も無く砲火を放ち続ける。

 

しかしその攻撃が敵に届くことは無く、虚しく空に火線を描くだけであった。

 

 

艦娘達の奮闘も虚しく敵機は悠々と空を飛び爆弾を投下し続ける中、横須賀鎮守府の海軍工廠ではスキズブラズニルが妖精さん達と共に避難せずに最後まで残っていた。

 

「うう〜、本当は〜避難しなくちゃ〜危ないん〜だけど〜。でも〜外は〜危ない〜からな〜」

 

と相変わらず妙に間延びする緊張の全く無い声で言うスキズブラズニル。

 

スキズブラズニルとその妖精さん達は本来であれば工作艦明石と共に避難場所に避難する筈であった。

 

しかし彼女達が避難した時には既に爆撃が始まっており、運悪く近くの避難場所は一杯でスキズブラズニルの体の大きさが災いして全員は入れなかったのだ。

 

仕方なく、工廠に戻ろうとするスキズブラズニルを引き止めようとした明石を、自分の代わりに避難所に押し込みこの時のドラマは聞くも涙語るも涙なのだが、詳しい話は割愛する。

 

さて外では爆撃と火災により煙が立ち昇り、彼女達の存在に気付く者はいなかったがしかし此処は海軍工廠。

 

敵の爆撃目標に入っているであろう重要施設に逃げ込んでしまったスキズブラズニル一行は、この後どうするかと思い悩んでいた。

 

「う〜ん、こんな〜事なら〜ヴァイセン〜さんに〜付いて〜行けば〜よかった〜かも〜?」

 

と今更ながら後悔するスキズブラズニルだが、そこで妖精さんが服の裾を掴んでちょいちょいと引っ張る。

 

「?な〜んですか〜?」

 

妖精さんが指さした先を見てスキズブラズニルは思わず顔を歪めた。

 

そうだ此処にはアレがいたんだ。

 

内心何故此処に逃げ込んでしまったんだと毒づきながらも、しかしそれはまだ単なる鉄の塊にしか過ぎなかった。

 

それは焙煎より建造を命じられた新しい超兵器であり、自分はあの男に騙されて(賄賂を要求して)仕方なく(しかも相当足元を見て)作らされて(これは真面目にやっている)いる代物だ。

 

このまま行けば恐らくこの工廠諸共破壊されるであろうその物体を見てスキズブラズニルは。

 

「アレが〜如何か〜したん〜ですか〜?」

 

と言った。

 

出来れば今は思い出したく無いそれだが、妖精さん達はワラワラと集まり手には各々が自慢の工具を持っていた。

 

その意図する事に気付いスキズブラズニルは思わず「げっ⁉︎」と嫌そうな声を上げてしまう。

 

「皆さ〜ん、本気〜何ですか〜?」

 

最早問う迄も無く妖精さん達は一斉に頷く。

 

その真剣な瞳に晒されて思わず「うっ」となってしまうスキズブラズニル。

 

「無茶ですよ〜」と言うのは簡単だろう、「危ないんですよ〜」と言うのは此処にいる時点で自分も同じ。

 

なら彼等と自分何が違うのか?

 

それはこの世界にきてからこれ迄散々に味わって来た事だ。

 

「どんな理由や者であれ、自らの手で作り生み出した子が海に出る前に沈むのは不憫でならない」

 

妖精さん達は純粋だから、そう思ってしまうのも仕方ない。

 

しかし相手は超兵器なのだ、それと散々敵対し対抗する為に数々の船を送り出して来た彼女からすればある意味で子の仇と言える存在でもある。

 

だが現実問題この状況を打破するにはスキズブラズニルが忌み嫌う超兵器の力が必要なは分かりきっている事だ。

 

二つの思いに板挟みになるスキズブラズニルを救ったのは一人の妖精さんの言葉であった。

 

「このままでは明石も危ないぞ」

 

明石が危ない、この世界にきて彼女に最も良くしてくれる艦娘でありある意味で初めての友とも呼べる彼女に危険が迫っている。

 

しかしそれでもと悩むスキズブラズニル。

 

しかし妖精さんの誰かがそっと耳打ちした。

 

「間宮さん…なくなっちゃうかもね」

 

「さあ〜皆さん〜まみ…明石〜さんを〜救う〜為にも〜ちゃっちゃと〜やっちゃい〜ましょう〜!」

 

オーっと拳を上げるスキズブラズニルを先程とは打って変わって生暖かい目で見る妖精さん達。

 

矢張り彼女は何処かとても残念なのであった。

 

 

 

 

 

深海棲艦の爆撃機編隊はその目的をほぼ完遂していた。

 

彼等の眼下に横たわる横須賀鎮守府はその威容は最早消え失せ、爆撃により煙が空を覆い炎が立ち昇り廃墟同然とかしている。

 

残念ながらこの立ち上る火災と崩れた瓦礫から出る煙と埃により正確な戦果を確認出来ないが、それでも海軍の重要拠点に打撃を与えた事は確かであった。

 

送り狼が来る様子もなく、後は機首を翻し南方に凱旋するだけとなった時、ふと風が吹いて煙の切れ間からそれが見えた。

 

見間違えるはずが無い、彼等の憎っくき仇である艦娘達が生まれる場所。

 

横須賀鎮守府の海軍工廠であった。

 

迂闊にも敵地爆撃と言う任務に興奮して重要目標を忘れていたのだ。

 

そしてこれを破壊しない事には爆撃の成果は半減したと言っていい。

 

しかしこの時深海棲艦の爆撃機編隊は搭載していた爆弾の大半を使い果たしていた。

 

如何に飛行場姫と彼女が作った機体が優秀であろうと、本来の搭載量を減らさなければならない程南方からの距離は遠かったのだ。

 

仕方なく爆弾がまだ余っていた機体による爆撃が行われようとしていた。

 

編隊と離れた八機程の機体は高度を下げたが、これは炎と煙により高高度から照準機で精密爆撃を仕掛ける事が難しく、残り僅かな爆弾の量では絨毯爆撃を仕掛ける事は出来ない。

 

故に、直接目標を視認する事により確実に工廠を破壊しようとしたのだ。

 

この時本隊は既に離脱を開始しており、彼等も急ぎこの場を離れなければならない。

 

幸い大量の煙と炎により彼等の接近に気付く者は居らず、今やその殆どの目は離脱を開始した本隊へと向けられていた。

 

この隙を狙い急激に高度を落とす彼等、煙の切れ目を狙い直接爆弾を叩き込めるチャンスは恐らくこの一度きり。

 

反復攻撃する機会は二度と訪れない。

 

無理をすれば本隊に合流出来ず、敵中に孤立する危険性をはらんでいた。

 

その共通の思いが、八機の編隊をして驚異的な技量を持って限界ギリギリまで高度を落とす。

 

高度計は見る見る内に下がり、視界は火災による煙で覆われ一メートル先も見えない。

 

このまま地表に激突するかと思われた矢先、しかしそこで急に視界が晴れた。

 

火災による煙を抜け彼等はこの時最も敵に接近し、過たず目標を見つける。

 

角度は付いているが既に爆撃の体制に入っている。

 

視界一杯に広がる目標とその脇にはヒトの様な物が見える。

 

逃げ遅れた人間が艦娘であろうか?

 

工廠の中に入ろうとして、こちらを見つけて呆然と立ち尽くす。

 

何事か呻いた(それとも祈りの言葉か)かもしれないが機体のエンジンから流れる騒音で全く聞こえず、また聞く必要もなかった。

 

この時既に、腹に抱えていた僅かな爆弾は弾薬庫から最初の一個が投下されていた。

 

それは、誤たず目標に命中すれば立ち尽くす人間ごと工廠を吹き飛ばす筈であった。

 

だがそうはならなかった。

 

爆弾が落下し終える前に、突然何かが海軍工廠の屋根を突き破ったかと思うと、落下途中の爆弾ごと機体が吹き飛ばされたからだ。

 

 

 

 

工作艦明石がその場に居合わせたのは、偶然と言うよりも必然という向きが強い。

 

あの時自分一人を避難所に押し込み、工廠へと戻って行ったスキズブラズニルの身を案じ、空襲が終わった頃合いを見計らって外へ出て来たは良いものの、彼女は途方に暮れてしまった。

 

鎮守府の被害は一目見てその惨状は筆舌に尽くし難く、一体どれ程の犠牲が出たのか想像すら出来ず同時に彼女の心を不安が襲う。

 

果たしてこの被害でスキズブラズニル達は無事でいるのか?

 

これ程までの大損害は海軍始まって以来の大事件であり、彼女達の身に危険が起きたとしても不思議では無い。

 

幸い避難所から海軍工廠は近いこともあって明石はスキズブラズニルを探す事にした。

 

そうしなければ不安で胸が押し潰されそうだったからだ。

 

幸いにして工廠は無事であった。

 

それにホッとする明石、中にいるスキズブラズニルに声をかけようとして何かに気付き、明石はそれを見た。

 

空を覆う煙の中から突如として現れた黒い機体。

 

自分達の鎮守府を今しがた爆撃した敵機が、彼女の眼前にその姿を現したのだ。

 

黒く左右に出っ張った機首がサメを思わせ、ある筈の無い牙が獰猛な笑みを作る様を幻視した明石。

 

その腹から投下されようとしている爆弾を明石はハッキリと見た。

 

全てがとてもゆっくりとして、まるでカメラのスローモーション画像を見せられているかの様な奇妙な感覚だった。

 

身体は動かず、全てを見ている事しか出来ない明石は助けを求める様にある艦娘の名前を呟く。

 

「➖➖➖➖」

 

そこから明石の記憶はプツリと途切れている。

 

気が付いた時には病院のベットの上で寝ていた。

 

起きた自分に周りの人達は一体何が起きたのか、アレは何なのかと次々と質問を浴びせるが、自分でももどかしいと思いつつもそれに答える事が出来ず。

 

唯あの時、

 

とても、

 

途轍もなく、

 

途方も無いほど恐ろしい思いをしたのだけは、ハッキリと身体で覚えていた。

 

 

 

明石の記憶が途切れるほんの少し前、海軍工廠に残り爆撃の最中何とか我が子を海に出せる状態にさせようと工具を振るっていたスキズブラズニル達。

 

彼等を救ったのは工廠に大量に残されていた資材であった。

 

空襲が急な事もあり、人員の避難を最優先にした結果高速建造材をはじめとしたそれらの各種資材が大量に工廠に残される結果となり、偶然にもそれがスキズブラズニル達を救う結果となったのだ。

 

スキズブラズニル達は工廠に残されたそれら資材を半ば火事場泥棒的に横領、基勝手に借用した事により驚くべき速さで作業が進んだ結果、何とか形にする事が出来た。

 

後は超兵器の心臓とも言うべき超兵器機関に火を入れる段階となってそれは起きた。

 

まだ火を入れていない筈なのに勝手に艤装が動き、それはあたかも壁越しに敵の存在を知覚しているかの様な動きで照準を合わせると、スキズブラズニル達が慌てて避難する間も無く砲撃した。

 

外でこれを偶々見ていた艦娘達は、工廠の屋根を突き破った砲弾が敵編隊を巻き込んで爆発するのを見ただろう。

 

その轟音は鎮守府中は疎か近隣地域や外洋にまで鳴り響き、砲撃と爆発の衝撃によって工廠の屋根は瓦礫と共に吹き飛ばされていた。

 

そしてゆっくりと屋根が吹き飛ばされた海軍工廠から出て来る巨大な船影。

 

王者の如く聳え立つ艦橋とそれを守るかの様に巨大な主砲と大小様々な砲が居並び、 二つの頭を持つ巨人と形容すべき双胴の船体をしたそれ。

 

全てを圧倒してなお余るそれは、敗北に打ちひしがれる海にあって尚その威容を損ねる事はなかった。

 

その日、海軍では二つの事件が起きた。

 

海軍始まって以来の大損害を被ると共に、居合わせた艦娘達とそして海軍人達は初めて、超兵器の力の一端を思い知らされる事となったのである。

 

 

 

 

 

 




*の言葉は「鬼畜」「皆殺し」「鉄のロバ」ことみんな大好きカーチス・ルメイからの引用です。



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17話

気がついたら長くなったていたので分けて投稿します。

次は来月辺りに投稿で出来れば良いなぁ、と思います。


横須賀鎮守府が深海棲艦の空襲を受けている頃、洋上でもまた一つの戦いがあった。

 

軽巡酒匂はハエの様に集る敵機の攻撃を受け必死の応戦を行っていた。

 

「対空砲火、左舷薄いぞ!」

 

「機関部、もっと速力は出せんのか!」

 

「ぴゃ〜、敵機の位置を知らせてくれって、雲で隠れて良く見えないよ〜」

 

酒匂の艦橋では、艦娘酒匂と乗り込んでいた青年士官達が必死に指示を出しているが、敵機はそれを嘲笑うが如く巧みな操縦で次々と機銃掃射を浴びせてくる。

 

幸いにして爆弾や魚雷の類は装備していない様だが、敵機の攻撃は甲板上の構造物に集中し、このままでは酒匂の戦闘力が喪失するのも時間の問題であった。

 

「本土からは、横須賀からは何もないんですか⁉︎」

 

「う〜、何も入ってこないよ」

 

と俯く酒匂。

 

この時横須賀鎮守府は敵爆撃機による空襲を受けており、それどころではなかった。

 

しかしそういった事情を知らない彼女彼等からすれば、自分達は見捨てられたのでは?最早此処までか?そういった空気が艦橋に漏れ出していた。

 

こちらの練度不足と言う事もあり、酒匂の対空砲火は碌に当たらず、敵機にいい様にあしらわれて士気が下がっている中、指揮官が不安そうな顔をすると部下達にもその不安は容易く伝播してしまう。

 

敵機の攻撃が次第に大胆になってきている時に、これではいけないと気付いた一人が。

 

「諦めるのはまだ早い。今に味方が助けに来る筈…」

 

と仲間を励まそうとするが、その時見張り員が水平線の彼方に新たな編隊を確認した。

 

「12時方向、新たに機影を確認。数は凡そ五十!」

 

五十機もの新たな編隊が此方の真正面から此方に向かってくる。

 

その報告に誰しもが絶望に打ちひしがれた。

 

唯でさえ今の状況で手一杯なにのそこに五十機が加わるとなると、いよいよもって彼女彼等は覚悟しなければならない様に思えた時、報告には続きがあった。

 

「!これは…味方からの通信です。前方の編隊は敵ではありません。味方の救援です」

 

通信手ノット妖精さんが興奮気味に伝えてきたその内容に艦橋は一瞬、

 

「え?」

 

となったが、次にそれは歓喜へと変わった。

 

そして味方機が大挙して救援に来ると言う報告は艦内放送で乗組員全員に伝えられ、彼等の士気を回復させた。

 

この時向かって来ている編隊はアルウスから発艦したものであり、艦隊と酒匂との位置もそう遠くはなかった。

 

酒匂を襲っていた敵機も向かってくる機体の数に不利と思ったか、次々と翼を翻し空域からの離脱を始める。

 

だが彼等が無事に帰還する事は叶わなかった。

 

アルウスから発艦した艦載機群は執拗に追撃を行い、彼等を収容する為空域に留まっていた空中母艦ごと全滅させられたのだ。

 

この後、酒匂とその乗組員達達は無事味方の艦隊に収容され彼等の初陣はこうして終わりを告げた。

 

だが、彼等の仕事が終わったわけでは無い。

 

戦闘終了後、負傷者の手当てと艦内への収容は速やかに行われ、損傷箇所の応急修理も並行して行われた。

 

船体の彼方此方に生々しい機銃弾の痕が刻まれ痛々しい姿であったが、幸いにも機関部は致命的な損傷を受けずに済んだことで自力航行が可能であり、この点では味方の助けを必要とはしなかった。

 

途中焙煎が乗るデュアルクレイターと合流し、一路帰還の途に着く。

 

しかし、彼等が目にしたのは空襲により廃墟同然と化した横須賀鎮守府であった。

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府が深海棲艦の空襲を受けてから一週間。

 

当初慌ただしく行われていた瓦礫に埋もれた負傷者の救助と被害調査が終わり、鎮守府各所に山と積まれていた瓦礫や残骸は跡形も無く撤去され、生々しく残っていた爆撃の後も表面上は綺麗に舗装されまるで何事もなかったかの様な状態であった。

 

これは幾つかの理由が挙げられるが、一つに敵爆撃機の空襲は鎮守府司令施設等の地上施設に集中しこそすれ、人的損害は非常に少なく直ぐに司令機能が回復出来た事。

 

並びに肝心の港湾施設や艦娘、船舶には目立った被害が出なかった事。

 

特に横須賀鎮守府の心臓部とも言える海軍工廠が、屋根を吹き飛ばされた程度で済んでおり、損傷した艦娘達が早期に戦線復帰が可能であった事。

 

そして付け加えるのなら巨大ドック艦スキズブラズニルのお陰であった。

 

スキズブラズニルはその有り余るマンパワーもとい妖精さん達を大量投入しての後片付けと、溜め込んでいた資材を一挙(焙煎に無許可で)に放出して早期の基地機能の回復に努め。

 

特に空襲の被害を受けた甘味処「間宮さん」の復旧は迅速であった。

 

しかもこれを機に大規模なリフォームも行われる予定である。

 

この他にも負傷者のベットが足らなければ病院船を建造して収容し、海軍工廠では手が回らない損傷した艦娘達を自身のドックで入渠させ。

 

その巨大ドック艦の名に恥じぬ八面六臂の活躍ぶりは、専門の部隊をして唸らせる程であった。

 

これらは全てスキズブラズニルが独断で行った事であったが、これによる問題は精々焙煎の頭髪がまた禿げた程度である。

 

(結果として、海軍工廠で無断使用した各種資材や備品などの横領については不問とされた)

 

スキズブラズニル等の活躍により鎮守府の復興は早く進んだが、依然として空襲の脅威が去ったわけではない。

 

高高度を飛行する敵機に対して海上戦力は全くの無力である事を露呈し、南方より飛来するこの新たな敵に対し海軍は具体的な解決策を見出せずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

焙煎が「自分が海軍軍令部の長い廊下を歩くのはこれで何度目か?」と自分でも不思議に思う位には通い慣れた道を通り、この日は海軍元帥高野に呼び出されていた。

 

自身でも高野と海軍の半ば便利屋扱いに辟易してきた所なのだが、並み居る参謀と鎮守府提督達からすればこの程度当然の宮仕えであった。

 

今海軍を取り巻く環境は一変している。

 

先の空襲の一件によって海軍の権威は大きく傷付き作戦を主導した参謀達は軒並み更迭されたうえ、海軍元帥高野も又厳しい立場に追いやられていた。

 

総司令官不在の中空襲を防げなかった事は海軍と高野元帥の落ち度であるが、長年本土上空の守りを疎かにした本土政府側の姿勢にも責任の一端はある。

 

外では連日の様にデモが起き、本土政府は統制に苦慮しているとニュースや各種メディアが伝えてくる。

 

今更ながら彼等も自分達が戦争をしているのだと気付かされた格好だが、裏を返せばそれだけ本土は平和であったのだ。

 

平和、この言葉は焙煎が生まれてからこの方無縁の言葉であった。

 

焙煎が生まれたのは戦争終結直後の国土が荒廃し混乱期にあった世界であり、そこは平和と言う言葉とは程遠い場所であり、この世界に来ても焙煎は生きる為に自ら進んで戦争へと身を投じている。

 

しかも何の因果か元の世界を荒廃させた元凶である超兵器達を従えて、である。

 

しかし、それが無ければ焙煎はとっくに南方の海で戦死していたであろう事は疑いようがない。

 

だがそれと引き換えに自身の身に余り過ぎる程の力を得てしまい、済し崩し的に戦争拡大の片棒を(半ば自ら望んだとは言え)担がされている、と言うのは余りにも身勝手で虫のいい話か。

 

と其処まで考えている間に焙煎は執務室の前に着いていた。

 

後は何時もの通り守衛に誰何を受けてから中に通され、そこで暫く待たされてから高野と面会するのが何時ものパターンであった。

 

しかしこの日は彼が来たと知らされると直ぐに部屋に通された。

 

既に部屋では高野が椅子に座り焙煎を待っていたのだ。

 

「さて、君には又借りを作ってしまったな焙煎少佐」

 

二人の間に出された茶と菓子に手をつける間もなく、高野はそう切り出した。

 

この貸しとは鎮守府復興にスキズブラズニルが手を貸している事を言っているのだろう。

 

焙煎としては自分に断りもなく資材を使われたり、ドックを使ったりされても文句の一つも言えないので、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。

 

「いえ、これはスキズ…此方の艦娘が勝手にした事ですので寧ろかえってご迷惑をおかけしませんでしたか?」

 

敢えて必要以上に謙遜してみせる焙煎だが、余り自分達の有用性と言うのを見せ過ぎるのも考えものだと言うこれ迄の経験から出た言葉であった。

 

元々大部分の資材は海軍から提供された物なのだから「カエサルのものはカエサルに」、と言う理論も成り立たなくは無い。

 

(下手に戦場以外でも使えると判断されれば今以上に厄介な事になりかねない。そうで無くともこれ以上身銭は切れないのに)

 

と言う世知辛い懐事情も関係していた。

 

「謙遜する事は無い、君達のおかげで致命的な事態は防げた。だがそれで状況が変わったとも言えないがな」

 

そう話すと高野元帥の雰囲気が変わった。

 

これから本題を切り出すのであろうと、焙煎は身構え高野の次の言葉を待った。

 

「近々南方反抗作戦を開始するつもりだ」

 

まさかよりも矢張り、と言った方が正しいか。

 

あれ程手痛い被害を受けたのだ、直ぐにでも反撃に移らなければ次の空襲が来るかもしれない。

 

事実あの空襲の日から本土では灯火管制も夜間外出禁止令が出され、海軍では本土防空の為に高高度性能に優れる機体の開発が急務となっていた。

 

嘗ての大戦ではこの国は防空戦に敗北し、遂には決定的な惨劇を招く結果となったが。

 

それと同じ轍を踏まないようにしているが万全の体制を整えるには時間が足らなかった。

 

「ついては貴官には本隊に先んじて南方海域に侵入。恐らくソロモン諸島の何処かに有るであろう敵爆撃機基地を発見しこれを壊滅させて欲しい」

 

「それは…随分と急ですね。しかも我々だけで敵の最深部に侵入し敵の飛行場を破壊せよとは…」

 

「貴官達ならば出来ると思っての事だ。貴官に出来ぬのならば他の誰も出来はしまい」

 

焙煎としては其処まで買いかぶられていたのかと言う思いと、超兵器ならば或いはと言う二つの気持ちがあった。

 

焙煎とその超兵器達は以前にも南方海域に潜入し、ソロモン諸島を突破仕掛けた事がある。

 

その後紆余曲折の末現在に至るのだが、あの時と現在とでは状況が一変している。

 

恐らくでは無く確実に自分達の存在は警戒され、そして対策もなされているであろう事は北方奪還作戦での経緯から分かっていた。

 

あの戦いで深海棲艦は撤退しこそすれ、相手に優秀な指揮官と統一された意志があれば通常艦船でも超兵器に対抗出来る事を焙煎に突きつけた。

 

つまり、今まで自分達が持ってい兵器としての質的優位が無くなりつつあると言っていい。

 

しかも今度の作戦で同じ様にソロモン諸島に侵入しようとしても、敵の厳重な警戒によって奇襲性も失われている。

 

その一方で心の中ではそんな不利な状況でも超兵器ならば覆してみせるのでは、と言う思いもあった。

 

それは焙煎が気付かぬうちに積み重ねてきた超兵器に対する信頼であり、同時に一度過信に繋がれば元の世界での列強の様に自滅の道を歩む可能性もはらんでいた。

 

「少し待って下さい。確かに以前私は元帥閣下に南方反抗作戦の参加を求められ了承しました。しかし独力で敵最深部にある飛行場を破壊せよとは聞いておりません」

 

「同じ事では無いのかな?貴官らならば此方と協力しようとしまいと結果は同じであると思うが」

 

高野の言葉にも一理ある。

 

超兵器達は皆隔絶した性能を誇るが、それは裏を返せばそれに追従出来るものが居ないと同義なのだ。

 

艦隊は通常同型艦同士で戦隊を組み、相互に性能が近しい者達で構成されるのが理想とされる。

 

通常の軍隊でも最も弱い者、足の遅い者に合わせるとあるが超兵器達はこの逆、ワンマンアーミーを誇る強さはかえって互いに足手纏いでしか無くなってしまう。

 

焙煎も超兵器を建造するに当たって成るべくヴィルベルヴィントの速度に合わせる事を意識していた。

 

超高速の戦艦である彼女に追従出来るのは、同じ超兵器でも速度が近い者でなければならなかったからだ。

 

しかしだからと言って焙煎は自分達だけが危険な戦場に行く事を良しとは出来なかった。

 

万が一にでも超兵器が轟沈でもしたら、それまでに掛けた費用や資材が全て無駄になる。

 

それは焙煎にとって許されない事であり、彼が段々と指揮官としての自覚が芽生えてきた証拠でもあった。

 

「正直に言いますも元帥閣下は私達を便利屋か何かと考え違いを為されているのでは?私も指揮官の端くれとして、彼女達を危険な目には会わせたく有りません」

 

事実焙煎の目から見れば海軍に体良く使われていると感じざる終えなかった。

 

超兵器と焙煎と言う不穏分子と敵である深海棲艦を噛み合わせ、成功すれば良し。

 

よしんば失敗したとしてもそれだけ敵の兵力集中を妨げ、後は本隊が疲弊した敵を叩くだけだいい。

 

或いは深海棲艦と戦っている最中に背後から自分達ごと撃ち漁夫の利を狙うか。

 

少なくとも海軍にとって一石三鳥になるやもしれない策なのだ。

 

其処まで焙煎が言うと高野元帥はスッと目を細めた。

 

言う様になったじゃ無いか小僧、とでも言いたげな瞳を焙煎に投げかける。

 

或いは「君も艦娘の魔性に囚われたのか」と焙煎を嗤っているようにも見える。

 

と同時に、決定を覆したければそれ相応の代案を出せと無言で求めてきた。

 

そして、焙煎にはその腹案があった。

 

「本土防空の件」

 

ピクリ、と高野の眉が動く。

 

「私に任せては下さいませんか?私とそして超兵器ならば二度と本土が敵の空襲を受ける事は無くなるでしょう」

 

其処で言葉を切って高野の反応を待つ焙煎。

 

焙煎の考えが正しければ高野は必ず乗ってくるはずだ。

 

「ほう、本土防空とは。大きく出たが、しかし既にその件は此方で対処している」

 

今更君が出てくる様な事じゃ無い、と些か失望の念を隠せずにその程度かと高野が思った時。

 

「本土防空の件、随分と割りを食わされたと聞き及んでいます。実質空陸両軍に相当譲歩を強いられたとか?」

 

焙煎はここぞと言う場面で切り札を出した。

 

この時海軍は先の失態で人員や機材、装備の譲渡をせざる得ず、その癖本土防空には口出しが出来ず、しかも内外からの突き上げで無理な出兵も求められている。

 

焙煎は敢えて言わなかったが、今回の一件では高野は相当追い詰められていた。

 

内外からの非難の声は大きく、此処で挽回をしなければ高野は良くて辞任、最悪更迭される可能性もあった。

 

焙煎はそんな高野の弱みに付け入る形で提案しているのだ。

 

「何が言いたいのだ?焙煎少佐」

 

「元帥閣下は体制を立て直す時間を欲しておられる。私達はその時間を提供できると思っています」

 

「つまりは時間稼ぎか」と高野は腕を組む。

 

この際だからと焙煎は敢えて本音の部分で話した。

 

「失礼ですが元帥閣下の方こそ出兵には内心反対なのでは?」

 

「ほう、何故そう思うのだね」

 

「いまだ海軍主力はトラック諸島に終結が完了しておりません。しかも今の時期は爆撃を受けた直後で士気が下がっている。そんな中手ぐすね引いて待ち構えているであろう敵と当たるのは危険です」

 

艦娘達が持つ嘗ての大戦の記憶、その中にも今回と同じ様な出来事があった。

 

そうして今の高野と同じ様な決断を下した結果、その後凋落の一途を辿っている。

 

「だが敵は待ってはくれんぞ?」

 

高野の言も最もである。

 

今反撃しなければ、次は本土首都中枢を狙われるかもしれない。

 

そうなればこの国は終わる、との危機感が強いのだ。

 

「元帥閣下の言葉は最もです。しかし今大事なのは敵を討つ事ではなく如何に本土領空の安全を確保するかです」

 

それからでも南方に出兵するのは遅くは無い、と焙煎は説いた。

 

「う〜む、私も難しい立場なのだよ。君は私の代わりに彼等を納得させられるのか?」

 

暗に、高野はこの決定が彼一人によるものでは無いと焙煎に伝えた。

 

しかし焙煎はここで引くわけには行かなかった。

 

ここで高野を説得しなければ、彼と超兵器達は海軍の捨て駒として危険な戦場に送り込まれてしまう。

 

「残念ながら私には説得するだけの能は有りません。然しながら閣下のお役に立つと思っております」

 

「それは超兵器かね?」

 

「…私などには過ぎたる力です。しかしながら今閣下のお役に立てる事は確かです」

 

焙煎は自信が持つ唯一のカードにして鬼札でもあるそれを高野の前で切って見せた。

 

暫く腕を組んで押し黙る高野、このまま作戦を強硬するのと目の前の小僧の話に乗せられる、その何方がマシかを考える。

 

「分かった。君の誘いに乗ろうじゃ無いか」

 

「ありがとうございます」

 

ホッと安堵する焙煎、しかし此処で気が抜けてはいけない。

 

彼にはまだやる事が有るのだ。

 

「先ず最初に幾つかお願いがあるのですが、飛行場を一つお貸し頂きたい。なるべくなら大きいものを」

 

「それ位ならば」と頷く高野。

 

海軍が保有管理している基地の内に使っていな物も幾つかある。

 

大概は緊急着陸用に使われる程度で部隊も駐留してはいない。

 

それの一つくらい、今の高野でもどうとでもなった。

 

「必要な資材も援助して頂きたい」

 

「それは今貴官に供給している物とは別に、と言う事か?」

 

今海軍が焙煎に供給している量を鑑みて難色を示す高野。

 

唯でさえ先の空襲で何かと物入りな海軍が、これ以上の出費が嵩むとなると屋台骨が傾きかねない。

 

「それ程資材や経費はかかりません」

 

「確約は出来んぞ」

 

焙煎はこの件については頭の中で「保留」という区分に置いた。

 

まずは成果を見せろ、と言う事だ。

 

その後焙煎は高野と幾つかの話し合いをした後執務室を去って行った。

 

結果として焙煎は高野と海軍に対し作戦の撤回を求める代わりに大幅な譲歩をせざる得ず、と同時にそれは焙煎が海軍とそれを取り巻く政治情勢に自ら足を踏み入れた瞬間でもある。

 

本人の思いとしてはどうであれ、実質此れから彼がそう見られる事には変わりはなく、しかしそれを知らぬは今だ凡人の域を出ない本人ばかりであり、もう一つ本人の与り知らぬ所である変化があった。

 

その日、焙煎武衛流我は海軍軍令部より事例が下り、此れまでの数々の功績に報いる形で中佐へと昇進。

 

実戦に出てから僅か半年足らずでの昇進は人々の注目を集めると共に、否応なく焙煎とその超兵器達を新たな戦いへと巻き込んで行くのである。

 

 

 

 

 

海軍軍令部から横須賀鎮守府で彼と超兵器達が寝泊まりしている洋上の宿泊船に戻った焙煎は、これから忙しくなるのにも関わらずドッシリと背もたれに体重を預ける様にして椅子にもたれかかった。

 

ここ一週間、寝る間も無く空襲後の後始末に追われ、特にスキズブラズニルと鎮守府関係部署との調整に忙殺されていた。

 

軍と言うのは詰まる所巨大な官僚組織であり、何をするにしても書類が必要であり、戦時とは言え縦割り行政の縄張りを勝手に侵す事は許されない。

 

この一見不合理かつ理不尽に思える体制も、軍組織を守る為に存在しいみじくも一応の海軍人である焙煎もこれには従わざる終えなかった。

 

最も今回ばかりは焙煎だけか苦労した訳ではない。

 

横須賀鎮守府と軍令部に詰める諸提督と参謀や関係スタッフも大体同じ様な目に遭っており、その苦労を等しく分かち合っていると言う点では彼も軍も平等であった。

 

しかしそれに加えて焙煎の元には、ここ最近連日の如く訪れる海軍と軍需関係者の対応に追われていた。

 

何故かと言うと空襲を受けた日、海軍工廠の屋根を吹き飛ばして現れた超巨大戦艦。

 

あの戦いで唯一敵新型機を撃墜したそれは、見た目のインパクトもあって人々の耳目を集めるのに十分すぎた。

 

(最も偶々起動しただけなので艦娘としては覚醒しておらず、中身が無い状態で動かす事も出来ず復興の邪魔だからと超兵器が三隻がかりで曳航するはめとなったが。)

 

これにより海軍軍令部と高野元帥の力により情報統制されていた超兵器の存在が一気に拡散し。

 

その指揮官が焙煎である事も分かってしまい復興が一段落した後、彼の元に艦娘、海軍人問わず幾人も訪れた。

 

最初訪れるのは艦娘達が多く、仲間の仇を討ってくれた事に関する感謝であったり、スキズブラズニルに対するお礼であり、自分達が救助した酒匂と青年士官達がお礼に来た時など焙煎は珍しく背中がむず痒くなった。

 

変り種としては広報部に席を置く重巡青葉が訪ねて来たが、中々に事情通な彼女との面会は互いの情報交換と言う形で進み、これが先の呼び出しでも役に立った。

 

他少数は何故もっと早く助けてくれなかったんだ言う娘もいたが、大多数の艦娘と極一部の提督からは友好的な訪問であった。

 

だが後に成る程人も質も変わり、やれあの巨大戦艦は何なのだとか、自分達も建造できるのかとか、中には図々しくも研究用に一隻提供してくれとか、大金を彼の前に積み上げる者もいた(少し揺らいだが)。

 

それ等を一人一人断っていたのでは埒があかないと、焙煎は堪らず宿泊船を洋上へと逃れさせる結果となり、流石に海の上までは追っては来なかったが復興が一段落した今でも彼とその超兵器達はかなり不便を被っている。

 

最も艦娘である超兵器達は簡単に洋上を行き来出来るので、焙煎程不便では無かったりするのだが。

 

自室の椅子で少し休んでいる焙煎の他に、部屋の中には彼の隣で相変わらず侍っているヴィルベルヴィントが自分の胸部装甲を枕の代わりにして、ここ最近めっきり薄くなった焙煎の頭を優しく撫でていた。

 

(この数日で既に阻止限界点を突破し、秋の野に火を放つ勢いで焼き尽くされようとしていたが)

 

ともすればその心地良さにうっかり寝てしまいそうになる焙煎。

 

しかし彼の休息も部屋の扉をノックする音で短く終わってしまった。

 

ゆっくりと頭を上げて椅子にちゃんと坐り直し、机の上に放り出していた軍帽を深く被り直す間にヴィルベルヴィントが何事も無かったかの用に椅子の後ろから斜め横にズレた立ち位置を占める。

 

二人とも人前で甘えたままでいる程非常識では無く、身嗜みを手早く整えると相手の入室を許す。

 

「お休み中の所失礼します。焙煎艦長」

 

入ってきたのは肩から下げたお下げが特徴のドレッドノートであった。

 

「いや、今さっき戻った所だ。で、何かあったのか?ドレッドノート」

 

と焙煎が言うが、潜水艦特有の耳の良さで部屋の中で二人が何をしていたのかとうの昔に分かっているドレッドノートは、焙煎の隣に侍るヴィルベルヴィントに一瞬眼を細めると直ぐに焙煎に向き直して話し始める。

 

「艦長が出かけている間、海軍工廠で調整中だった娘が覚醒しました」

 

「そうか、なら挨拶しなければな。まだ工廠に居るのか?」

 

と焙煎が問うと、「いえ、既に此方に向かって来ては居るのですが…」とドレッドノートが珍しく歯切れが悪く言う。

 

その様子を不審に思った焙煎は、何か不都合があったのではと思いドレッドノートに尋ねる。

 

「何かあったのか?ドレッドノート」

 

「いえ、大したことではないのですが…少々込み入った事情がありまして…はあ、また濃いのが来た」

 

焙煎の問いに言葉を濁すドレッドノート、最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが、その理由は直ぐに分かった。

 

「もう、お話は済みましゃろか?いい加減入らして貰うどすえ」

 

部屋の外から、聞き慣れぬ声が聞こえたと思うと部屋の扉が開き見慣れぬ女性が中へと入って来た。

 

一目見た印象は物腰の柔らかい、何処かの令嬢風と言った所か。

 

濡れ羽色の長い髪は頭の後ろで結って大きな簪で留ており、白を基調とした着物と巫女服折衷の衣裳を身に纏っていた。

 

「お初にお目にかかりやす。超巨大双胴戦艦、播磨と申しやす。以後お見知り置きを」

 

そのまま三つ指を付けば嫁入り前の挨拶かと思う完璧な動作に、焙煎は少なからず面食らっていた。

 

見た目からしてもそうだが、今までの超兵器とは全く異なるタイプである事は間違いなかった。

 

「あ、ああ。焙煎武衛流我だ、以後よろしく頼む」

 

「こちらこそ、艦隊戦から何でも期待してくれやす」

 

新しい超兵器の見た目のインパクトで気後れした焙煎だが、思ったより相手はまともそうなので安心していた。

 

超巨大双胴戦艦播磨は、元の世界で列強を二分する勢力である枢軸陣営が建造した超兵器である。

 

そのコンセプトは単純にして明快。

 

大排水量の船体に巨砲を並べ相手を圧倒する。

 

この一言に尽きる。

 

双胴の船体により速度を犠牲に(それでも40ノットは出た)大排水量を得て、当時としては最大の50.8㎝三連装砲を八基二十四門装備し、自身の主砲に耐え得る装甲も付与され、これにより重武装重装甲を両立し、一隻で敵艦隊と渡り合える様に設計されたこの超兵器は、大戦中期其れまでの戦場を一変させた。

 

広大な太平洋を統べる為、連合国はアルウスに代表される航空戦力を主軸として戦う中、播磨はそれに逆行する形で誕生した。

 

この一見大艦巨砲主義への退行とも取れる播磨は、しかしながら初陣においてその圧倒的な力でもって単艦で連合国太平洋艦隊を全滅させ、東京湾に飛来した百機以上もの航空機を撃墜し当時の連合から「東亜の魔神」として恐れられた。

 

播磨登場以降戦場は再び巨艦巨砲どうしが凌ぎを削る場へと戻り、航空主義はなりを潜めこれ以降超兵器は益々巨艦巨砲主義を突き進める事になる。

 

焙煎としては念願の真っ当な撃ち合いが出来る超兵器が加わった事で、思わず顔を綻ばせたが同時に安心した。

 

播磨は見た目こそインパクトはあるものの、話し方は何処と無くはんなりとしていて物腰も柔らかく、これなら自分の胃と頭髪を痛める事は無いだろうと油断していた。

 

だが、それがいけなかった。

 

「処で焙煎艦長、この艦隊には五月蝿いのがおりまっしゃろ」

 

「五月蝿いの?まあ騒がしく無い奴が居ないとも言えないが…」

 

一体何の事だと訝しむ焙煎を置いて、播磨は話を続ける。

 

「うちな、五月蝿いのはあかんのや。気になって夜も眠れへんのや。せやからな」

 

不味い、その先は絶対に聞きたく無い、と焙煎が止めようと思った時もう遅かった。

 

「せやから、うち今から沈めに行ってもええ」

 

おっとりとした口調で、穏やかで無い事を口走る播磨。

 

しかもタイミングが悪事に部屋に誰か入って来た。

 

「焙煎艦長、少しお話が…」

 

その瞬間焙煎の背中に悪寒が走った。

 

それはどの戦場で感じた物よりも色濃く強い、死の予感であった。

 

「待て、今入って来ちゃ…」

 

「?なんなのですの」

 

焙煎の制止も間に合わず、アルウスが部屋に入って来て播磨と目が会った瞬間。

 

「あ、終わったな」と焙煎は心の中で思った、そしてそれは正解であった。

 

暫くお互いに見つめ合う播磨とアルウス。

 

しかし次の瞬間、両者とも早撃ガンマンの如く超スピードで艤装を展開すると共に、目に見えない一瞬の攻防を経て互いに腕を押さえあい胸と胸、額と額とを突き付けて近距離で睨み合う。

 

この一瞬の間に何が有ったのかを解説すると、相手よりも経験に勝りロングレンジを得意とするアルウス対練度で劣るがミドルレンジ以内が自分の領域である播磨との早撃勝負であった。

 

この勝負、最初からアルウスは不利であった。

 

得意の距離を潰され艤装の展開スピードにしても、戦艦である播磨は主砲を展開し狙い撃つだけで良く、アルウスが艤装を展開し艦載機を発艦する前に勝負がついてしまう。

 

しかし、アルウスは艤装の展開スピードで勝てないと見ると普段の装備では無く、本来のボウガンタイプの艤装を両腕では無く片腕だけに展開し不利を帳消しにして優位に立つ。

 

突き出しされたボウガンの狙いは播磨の脇の下、如何に重装甲を持つ相手でもゼロ距離からの射撃を喰らえばひとたまりもない。

 

例え耐えられたとしても、相手の体勢は崩せる。

 

その間に距離を取り艦載機を発艦して矢継ぎ早に波状攻撃を仕掛け、削りに削り切る二段構えの作戦であった。

 

播磨はこの時自身の不利を悟った。

 

播磨の艤装は基本的な戦艦タイプと同じく後背に展開するタイプであり、大質量と安定性を誇る反面柔軟性には欠けている。

 

この場合例え艤装の展開が間に合ったとしても、射角の問題でアルウスを捉える前に撃たれてしまう。

 

自分ならば耐えられる自信があるが、小癪な空母如きにしてやられるなど彼女のプライドが許さなかった。

 

播磨は突き出された腕を艤装ごと片腕で抑えると共に、反対の腕で相手の顎を狙う。

 

排水量、質量、馬力の三つで勝る自分の腕力に、空母であるアルウスでは例え防御したとしてもダメージは通る。

 

躱そうとしても、その時には主砲の展開が終わり、一斉射の元に相手は崩れ去るはずであった。

 

だが練度に勝るアルウスは、残った手でこの稚拙な打撃を難なくいなす。

 

本来質量と馬力の差は絶対のはずであったが、以前超兵器機関を暴走させた時の経験から瞬間的な機関出力の上昇を体得し、そこに相手の力を上手く合わせることで方向を変化させる。

 

互いに艤装、両腕を封じられたがここで両者最後の手段に出た。

 

互いに頭を大きく振りかぶり、相手の額に激しく打ち付けたのだ。

 

インパクトの瞬間、超局地的なソニックブームが発生し衝撃で床がひび割れめり込む。

 

古代より海戦で行われていたラムアタック、衝角攻撃とも呼ばれる戦法が現代に復活した瞬間である。

 

最もこれは破れかぶれの攻撃では無く、寧ろ彼女達超兵器にとっては当然の選択であった。

 

元の世界において列強間の大戦末期、各国で究極超兵器が建造され播磨の故国で建造されたそれは衝角を備え、「緑神」の異名を得ている。

 

その血統に連なる彼女達が、最後の手段としてラムアタックを行ったとしてもなんら不思議では無い。

 

しかし最後の攻撃でも決着が付かず、互いに膠着状態な陥り最初の状態になったのである。

 

因みにこの間僅か0.3秒、正に一瞬の出来事であった。

 

今の状態は額を突き付け合わせ互いに互いが手を出せず、然しながらそれで止まるような二人では無い。

 

「全く、東洋の蛮艦はすぐに手が出るなんて躾がなってませんわね」

 

播磨の方が背が高いので見上げる形になってしまうアルウスだが、余裕の表情を見せる。

 

「あんさん、勘違いしてまへん?先ん仕掛けたのはおたくの方でっしゃろ」

 

それに対しグググっ、と上から額を押し付ける様にして迫って来る播磨。

 

さしものアルウスも、瞬間的な力で勝っても自力が違いすぎ冷や汗を垂らす。

 

「この、馬鹿力が⁉︎相も変わらず力押しだけ。これだから、頭の中まで筋肉で出来ている方は嫌ですわ」

 

「あんさの方こそ、動くのは舌だけで全然大したことありまへんな」

 

「は、図体がデカイだけで。貴女の様なのを東洋ではウドの大木と言うのでなくて」

 

「ウドかどうかもう一度思い知らせてやりまっしゃろか?」

 

両者の間に横たわる前の世界での因縁は、例え世界が違えどそんなの関係無いとばかりにぶつかり合う。

 

なまじ目覚めたばかりで慣れていない播磨と、先の戦いで意気込んだは良いものの不完全燃焼気味の戦闘でフラストレーショを抱えたアルウスとが出会ってしまった不運と言える。

 

この点、上手く姉妹艦達を統制しているヴィルベルヴィントは、伊達に最初期の超兵器にして艦隊内最古参の艦娘ついでに最近始めた秘書艦擬きの立場から、一定の敬意を払われていた。

 

互いが互いに負けじと押し合い圧し合をする中、本来ならば二人を諌めるべき焙煎は超兵器同士の気迫に圧倒され放心状態であり、ドレッドノートは潜水艦特有の隠密能力でとっくの昔に部屋から退散していた。

 

一応超兵器達の良心?と目されているヴィルベルヴィントはと言うと、対岸の火事を決め込んでいた。

 

この手の問題は下手に手を出すと火傷しかねず、相手が超兵器レベルならそれこそ鎮守府一つが吹き飛ぶ危険性もあったが、本当の所はただ単に本人が面倒くさがっているだけである。

 

この後、正気を取り戻した焙煎の必死の説得により事なきを得たが、この日から彼の常備薬の中に妖精印の育毛剤の他胃薬が追加される事となる。

 

果たして、焙煎が元の世界に帰還するまで彼の肉体は保つのであろうか?

 

それとも散ってしまった髪の毛の様に、異世界に無残に屍を晒すのか。

 

少なくともこのままでは確実に彼の寿命が削れる事は間違い無かった。

 

 



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18話

横須賀鎮守府空襲から暫くして、南方海域深海棲艦領海でも飛行場姫が挙げたこの一大戦果の話で持ちきりであった。

 

怨敵である艦娘に一泡吹かせた所か、敵の中枢を大胆不敵にも昼間爆撃する豪胆さと勇気とを示した飛行場姫の権勢はとどまる事を知らず、それを忸怩たる思いで見詰める者もあった。

 

「ああ忌々しい、何故あんな奴に我らが風下に追いやられなければ成らないのだ」

 

空母系派閥の一員である装甲空母鬼は人目も憚らずにそう言うが、それは彼女なりに今の状況に危機感を覚えていたからだ。

 

現在南方海域における勢力図としては戦艦棲姫の失脚以降勢力を伸ばす飛行場姫率いる陸上型派閥に比べ、相対的に他の派閥が割を食う形となっている。

 

このままでは、旧戦艦棲姫派閥のみならず自身の所属する空母系派閥も飛行場姫に吸収される恐れがあった。

 

最近になって飛行場姫に近づく者や、鞍替えする者も出ておりそれが一層の危機感を募らせた。

 

それに対して派閥の代表者たる空母棲姫は何ら手立てを打たず、装甲空母鬼のみならず周囲の者にさえ不満を募らされていた。

 

「こうなれば、私一人でやるしか無い」

 

そう固く決心する装甲空母鬼だが、彼女にはとある秘策があった。

 

その日、装甲空母鬼は夜の闇に紛れ密かに南方海域を後にする。

 

誰にも告げずそれが成った暁には、現在の状況を必ずや打破出来るであろうと信じての行動であったが、果たしてその結果がどうなるのか。

 

この時の彼女は知らないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府管轄のとある飛行場にて、スキズブラズニルとその妖精さん達は滑走路の拡張工事に精を出していた。

 

幾つもの巨大な重機が土煙を上げて地面を平らに整地し、妖精さん達がその有り余るマンパワーによって急ピッチで基地整備が進む中、相も変わらずスキズブラズニルは不満そうであった。

 

「も〜う〜、何だって〜こんな事〜やってるんで〜しょうか〜?」

 

スキズブラズニルはふくれっ面を浮かべながら(それでも彼女が背負う巨大な艤装は忠実に作業をこなしていたが)、不満タラタラと言った様子で愚痴を吐く。

 

「私〜これでも〜ドック艦なんですよ〜?忙しい〜ですよ〜。それが〜どうして〜丘の〜上で〜飛行場なんかの〜改修を〜やらなくちゃ〜いけないん〜ですか〜」

 

隣で作業をしていた妖精さん達の一団がそれを聞いて、「またか」といった顔をしやれやれと首を振り再び作業に戻っていく。

 

焙煎の命令により工事を始めてから3日、その間スキズブラズニルが同様のボヤキを漏らさない日は無かった。

 

妖精さんたちとて最初は不貞腐れているだけで直ぐに治ると思っていたが、こうも長く続くと彼等の士気にも影響した。

 

それを見て更に不機嫌になるスキズブラズニルだが、そもそもこれを命じた相手は自分の使い方を分かってない、と常々思っていた。

 

「栄光ある〜ウィルキア海軍の〜それも解放軍の〜流れを組む〜私が〜。しかも〜世界を〜救った〜艦長を〜支えた〜私が〜」

 

と愚痴を吐き続けるスキズブラズニル。

 

基本的に何でも御座れの万能艦である(と思われている)彼女だが、一応はドック艦なのである。

 

多少、自由自在に船が建造できたり、最新鋭の研究所の成果で技術革新したり、解放軍の司令部が置かれたり、何気に船体を分離してパナマ運河を通過出来る程スリムになれたりするが、彼女の本業はドック艦なのである。

 

多少どころか、世界中見渡しても「お前の様なドック艦がいるか!」と焙煎がこの場に居れば心の中でツッコミを入れかねないが、つまりスキズブラズニルとしては海にあってこその自分との思いが強いのだ。

 

ひとたび海に乗り出せば己が全能力をフルに活用し、一個艦隊相当の艦隊を建造して世界中の海を駆け巡り、世界征服を企む帝国の野望を挫き、その次々と送り込まれて来る超兵器を撃破し、遂には戦争を終結させ全ての元凶にトドメを刺す船を建造したその自分が、何故土木建築の真似事をしなければ成らないのか。

 

それもこれも全てあのハゲことヴァイセンベルガーが悪いのだ、大人しく巨大イカの養殖でもやっていれば良いものを。

 

と心の中で思うスキズブラズニル。

 

彼女は強制ダイエット命令とか超兵器とかで溜まりに溜まったストレスの捌け口を求めていたのだ。

 

「ああ〜もう〜、あの人の〜育毛剤〜全部〜脱毛剤に〜すり替えて〜やろる〜」

 

「それは困りましたわね。あの方をこれ以上見窄らしくしたら此方も堪りませんわ」

 

突然背後から声がして慌てて振り向くスキズブラズニル。

 

彼女の後ろには白い日傘を差した超兵器アルウスが朗らかな笑みを浮かべて立っていた。

 

「ア、アルウス〜さん〜⁉︎一体〜何時から〜そこに〜」

 

「『あ〜も〜』の所からでしてよ。貴女、随分とご不満の様ね」

 

スキズブラズニルは「ゲッ」と声をあげた。

 

変な所を聞かれていたかと少し焦り、何とか話題を逸らそうとする。

 

「と、時に〜アルウス〜さんは〜。何故に〜此処に〜いらっしゃるんで〜しょうか〜?」

 

普段から使い慣れない敬語擬を交えながら、目をキョロキョロさせるスキズブラズニル。

 

端から見れば話を逸らそうとしている事などバレバレなのだが、アルウスはそれを機にする様子も無くいつも時に風に話を進める。

 

「あらそうでした。スキズブラズニル、貴女に艦長が後で格納庫の方に来る様にと言伝って来ましたわ」

 

「そ、そ〜ですか〜。態々〜ありがとう〜ございます〜」

 

と曖昧な笑みを浮かべて返事を返すスキズブラズニル。

 

彼女はこれでさっさと話が終わってくれればと思っていたが、そうは問屋が卸さない。

 

アルウスは「ところで…」と目を細めスキズブラズニルの事を見つめる。

 

「先程から、いえ随分と前から艦長に対して色々と不満を抱えている様子。私気になってしまいますわ」

 

「い、い〜え〜、そんな事〜ないですよ〜?」

 

とアルウスの視線から逃れる様に目を泳がすスキズブラズニル。

 

自分自身でも今一番踏み込んでは欲しくない話題に、彼女は冷や汗をかく。

 

「そ、そ〜れ〜こ〜そ〜。アルウス〜さん達〜の方が〜あるんじゃ〜ないですか〜?」

 

スキズブラズニルは敢えて質問に質問を返したが、これは長らく彼女自身が不思議に思っていた事だ。

 

何故アルウスの様な力ある、それも超兵器程の力ある存在があんな凡人に従っているのかと言う疑念だ。

 

「不満も何も、自らを生み出した存在に従うのは当然では無くて。この世界の艦娘とて同じでしょう?」

 

確かにアルウスが言う様に、この世界の提督と船である艦娘との関係は予々彼女の言う通りな所もある。

 

提督達は自らの戦力を強化する為建造を行い、建造された艦娘は無条件に提督を慕い従う。

 

一種の洗脳とも言えなくも無いそれだが、それとて提督の資質や適正によってマチマチである。

 

然しながらそれが超兵器にも適用されるとは、到底スキズブラズニルは思えない。

 

少なくとも、この目の前にいる意味ありげに笑う『化物(アルウス)』の言葉を素直に信じる事は出来なかった。

 

基本的に他者と隔絶した、孤高の存在である超兵器が、雛鳥の刷り込み宜しく殊勝にヒトに従うとは到底思えない。

 

徹頭徹尾、傲岸不遜にして天上天下唯我独尊を地で行く。

 

それが超兵器だと言うスキズブラズニルの妄執じみた思い込みがそうさせるのだが、強ち間違ってはいなかったりする。

 

そんなだからスキズブラズニルはアルウスの言葉を「へー」と聞き流し、不信気な目を向ける。

 

「へーとはなんですかへーとは⁉︎折角人が答えてあげたというのに、貴女と言う方は如何にも緊張感がありませんはね」

 

アルウスもそんなスキズブラズニルの態度に若干腹を立てたが、文句を言われる前にスキズブラズニルが畳み掛けた。

 

「だって〜艦内で一番〜揉め事を〜起こす人が〜今更〜忠誠心だなんて〜」

 

「な⁉︎それは…」

 

「この前も〜新しく〜来た人と〜初対面で〜殴り合うし〜?」

 

「そもそも〜空母の癖に〜艦載機を〜湯水の如く〜使い捨てにして〜。出撃する度に〜ボーキサイトを〜ゴッソリ〜持って行く〜艦隊〜一番の〜無駄遣い〜女王(クイーン)が〜」

 

「ね〜?」と呆れた顔を満面に浮かべ、「やれやれだぜ」と先程妖精さん達にやられた事をアルウスに返すスキズブラズニル。

 

さしものアルウスも顔を真っ赤にするが、直ぐに冷静さを取り戻しスキズブラズニルに反撃する。

 

「あ、あら〜?一番の無駄遣いは貴女の方では無くて〜。借金の返済はもう済んだのかしら〜?」

 

アルウスにやり返され「ゴフッ」と吐血するスキズブラズニル。

 

ここに来る前は工作艦明石にたかる事で一日5食を何とか守っていた彼女も、焙煎の目のある今の場所では一日3食(昼寝にオヤツ付き)の生活で疲弊していた。

 

更にアルウスは追撃の手を緩めない。

 

スキズブラズニルが蓄えた腹部装甲を掌いっぱいに「むにっ」と鷲掴みにする。

 

「貴女、確かウィルキア解放軍の武勲艦とか言ってましたわよね。それにしては海軍人の癖にこの無駄肉の数々、いくら艦娘になって人の身を得たからと言って油断しすぎじゃなくて」

 

「いっそここの無駄に余った部分を解体して質に入れれば借金が幾らかマシになるんでなくて?ああ、ごめんなさい。これ、貴女の“脂肪”でしたわね。質屋では無く肉屋に卸すべきね」

 

自身が犯した悪行と慢心の数々を、言い逃れ出来ぬよう物理的に証拠を握られたスキズブラズニル。

 

これでも焙煎に見つかった当初よりはだいぶマシになった方で、今でこそちょっと太めなラブハンドルと言い訳出来そうな位減ってはいるが、それ以前は常に浮き輪を腹に巻いているかの様な状態だったのだ。

 

「ふ、ふえ〜ん。もう〜堪忍して〜つか〜さい〜」

 

アルウスの思いもよらない反撃によって、自身のプライドとか女としての尊厳とかをズタボロにされた挙句、情けない声を出し涙目で根をあげるスキズブラズニル。

 

幾分か溜飲を下げたアルウスは、スキズブラズニルを置いてその場を去っていく。

 

一人後に残されたスキズブラズニルは暫く膝から崩れ落ちたままうつ伏せになって微動だにせず。

 

様子を見守っていた妖精さん達が見かねて、幾人かが持っていた妖精印のカロリーメイトをソッと差し出した。

 

それが更にスキズブラズニルを惨めな思いにさせたが、それでも出されたものはちゃんと食うスキズブラズニル。

 

それと同時に、彼女の心の内に復讐の炎が燃え滾りいつか必ず今日の事を思い知らせてやると奮起するのであった。

 

尚その日は仕事をサボって隠し持っていた間宮さん謹製のお菓子をやけ食いし、焙煎にバレてまたこっ酷く絞られた事は割愛する。

 

 

 

 

 

 

 

 

南極大陸 そこは何処までも果てしなく続く氷の大地と、降り注ぐ雪に閉ざされた極寒の大陸。

 

有史以来、人類の生存を頑なに拒んできたこの大陸だが、深海棲艦との大戦が勃発して以降無人観測所を残すのみであり、その場所に目をつけた飛行場姫にとってある研究と実験の為の格好の場所となっていた…

 

 

 

巨大な氷の大地の上に築かれたドーム状の構造物にて、飛行場姫に連れられたル級flagshipは初めて目にする施設を興味深げに見ながら、飛行場姫の後について行く。

 

説明も何も一切されない、質問さえも受け付けないそれでガラス越しに見る実験室では何の研究が行われているのか皆目検討も付かなかったが、それでもここが何かとても重要な事を行っているのだと想像させた。

 

戦艦棲姫の元に情報を送るスパイとして潜り込んだ彼女だが、飛行場姫の信頼を勝ち取る為それこそ身を削り時に味方から罵倒されながらも、漸く飛行場姫が何を企んでいるのか?

 

その計画の一端を掴めそうだと、彼女はこの時予想していた。

 

無言で長い実験練の通路を抜け、エレベーターに乗る事10分。

 

その間、何故自分をここに連れてきたのかと言う説明も何もないままル級flagshipは黙って付いていく。

 

チーン、と音がしてエレベーターが最上階で止まり、ドームの頂点付近に設けられた全周囲を見渡せる展望フロアに出て、既にそこには幾人かの人影あった。

 

「おや?遅かったな飛行場姫」

 

エレベーターから降りて来た飛行場姫に最初に気付いた人物が、近寄り声をかけてきた。

 

(あれは…港湾水鬼さま⁉︎何故ここに?)

 

本来この場所に居るはずがない、遥か遠くインド洋一帯を支配している筈の人物が目の前に現れ動揺するル級flagship。

 

彼女が内心驚いている間に、飛行場姫は柔かな笑みを浮かべ親しげに港湾水鬼と抱擁を交え挨拶を交わす。

 

飛行場姫に比べ体格の大きい港湾水鬼と抱擁を交わすと、どちらかと言えば港湾の方が飛行場姫の方を抱え込む形となるが二人がそれを気にする様子は無い。

 

「会いたかったわ港湾水鬼、もう皆集まったのかしら?」

 

「ああ、泊地も集積もそれと中間や我らが姫も来ているな」

 

「まあ、あの娘も来ているの?それは嬉しいわ」

 

「丁度今、港湾棲姫が相手をしている所だ」

 

抱擁を終え、ル級flagshipを置いて話し始める二人。

 

しかし二人の会話の中に出て来たル級flagshipは挨拶の中で出てきた幾人もの人物の名前を聞き逃さなかった。

 

(港湾姉妹に泊地…恐らく水鬼さま、それと集積地棲姫さまに中間棲姫さままでもか飛行場姫の軍門に下っていたとは…⁉︎)

 

今挙げた名前だけでもル級flagshipは内心冷や汗を垂らした。

 

今挙げた名前だけでもそれぞれが各方面を預かる実力者達である

 

其れ等が一堂に会し、一体何を始めようと言うのか?

 

その間にも、彼女を置いて飛行場姫は他の挨拶もそこそこに言った。

 

「さあ、全員が集まった事だし、そろそろ本日のメインイベントを始めさせて頂くわ」

 

大仰な振る舞いでそう宣言する飛行場姫の声を合図に、展望フロアの窓が一部を残した閉められ、そこにいる全員にサングラスが配られ、ル級flagship以外それを不審がる事もなくつけ始める鬼、姫達。

 

ル級flagshipも訳も分からないままサングラスを付け、窓の外を見る。

 

「それじゃあ、カウントダウンを始めるわよ」

 

一体これから何が始まるのか?

 

ル級flagshipの不安を他所に、聞こえるカウントダウンの声が0を告げた。

 

瞬間、白銀の平野が光に包まれた。

 

思わず目をつぶったが強烈な光が網膜を焼き、サングラスを掛けていなければ恐らく失明したであろうそれの後に、遅れて来る衝撃波がドーム全体を揺らす。

 

衝撃波がおさまり、窓の外を見た者達から「おお」と感嘆の声が上がる。

 

その声で漸くル級flagshipが目を開いた時、窓の外には信じ難い光景が広がっていた。

 

「こ、これは⁉︎」

 

窓の外には天高く登る巨大な雲と、衝撃波によって何万年もの間降り積もった雪が吹き飛ばされ黒い地肌を晒す大地が見え。

 

あたかも一種の幻想的なそれは、強烈な破壊によって引き起こされたものだ。

 

ル級flagshipは恐怖した。

 

一体この力を飛行場姫はどうしようと言うのか?

 

一体何を考えどう使うのか?

 

それを知る為にここに居るはずの彼女だが、今はただ身を竦ませ震えるしか無かった。

 




あと一回本土で戦ったら南方に移る予定です。

そろそろこの世界じゃ相手出来ない人達もチラホラ出す予定です。


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19話

 

本土から凡そ2,000㎞離れた太平洋上にて、装甲空母鬼は今正に自らの野望を遂げようとしていた。

 

ここに来るまでの間、彼女は少なからず犠牲を払いつつも幾重にも張り巡らされた警戒網を潜り抜け、時にヒヤリとする場面もあったが、まんまと敵の裏をかき出し抜く事に成功していた。

 

後は、彼女の前に無防備な肢体を晒す敵本土を蹂躙するだけの段となり、彼女はここまでの道程を思い返していた。

 

それは少し前の事であった…

 

南方ポートモレスビー要塞から装甲空母鬼率いる艦隊は出航し、一路太平洋の中枢ハワイ諸島へと向かっていた。

 

表向きの理由として彼女達は来る海軍との決戦に備え太平洋に展開する艦隊を招集しポートモレスビー要塞に連れ帰ると言う使命の他に、装甲空母鬼の個人的な野望も抱えていた。

 

今ポートモレスビー要塞内で、自身の身と所属する艦隊の明日を憂いない者はいない。

 

何とかしてこれ以上飛行場姫の力が増す事を防ごうとするが、対抗馬である戦艦棲姫亡き今要塞内で飛行場姫の力を抑えられる者はいない。

 

指導者なき者達は、唯右往左往するばかりであった。

 

装甲空母鬼はそこに目をつけ、彼等の不安と不満の感情に言葉巧みに付け入り誘導し、遂に対抗馬が自分達の中に居ないのであれば他所から援軍をこうのもやむなし、との意見を纏め上げた。

 

無論、これに危機感を覚える者や慎重な論も出たが、其れ等の理性的な言葉以上に差し迫った問題として飛行場姫の権勢は脅威であった。

 

こうして急速に装甲空母鬼の意見を支持する者達が増え始め、勢いに乗った装甲空母鬼は自らの作り出した意見に自ら立候補する事で、こうして外洋に出る事が出来たのだ。

 

率いる艦隊は飛行場姫を刺激しない様極少数の艦隊であったが、其れ等は装甲空母鬼直属の部下達であり、彼等だけには内に秘めた野望を打ち明けていた。

 

「私の目的はハワイでは無い。西である」

 

その言葉の通り、ポートモレスビー要塞から十分以上に離れた事を確信した装甲空母鬼は、最早隠す事は無いとそこで麾下の艦隊と別れた。

 

彼等はそのままハワイ諸島を目指すが、装甲空母鬼はここから単独でトラック、グアムを大きく迂回する航路を取り、隠密に行動をする事となる。

 

装甲空母鬼は、ハワイ中枢艦隊が素直に自身に協力するとは見ていなかった。

 

寧ろ、自分で言っておきながら余りアテにもしていなかった。

 

と言うのも、ハワイ中枢艦隊はその性質上ハワイ諸島周辺の防衛艦隊であり、彼女達ポートモレスビー要塞の様な外征艦隊では無い。

 

例え援軍に来たとしても、そこまで劇的に状況が変わる事は無いと言うのが本音であった。

 

しかし開戦以来初期を除き全く消耗していない戦力と、要害の地である利点から実戦経験こそ少ないものの練度は非常に高く、飛行場姫にとって彼らの存在が目障りである事は間違いなかった。

 

その飛行場姫が、追っ手を差し向けたとしても、先ず追うのはハワイへ向かう部下達の方の筈だ。

 

直属の艦隊を切り捨てる形になるが、その間に自身は敵の手の届かぬ所に逃げおおせるだろう。

 

最も唯無為に失うのは癪なので、部下達と別れる際「死にたくなければこれから先は休む間も無く全速力でハワイ諸島へと向かへ」と叱咤した事で、必死になってにげるはずだ。

 

運が良ければ追いつかれる前にハワイ諸島の制空権内へと入っているだろう。

 

そこまで来れば、さしもの飛行場姫とてハワイ中枢艦隊と事を構えるのを恐れ手を出してこない筈だ。

 

そう考えての事であったが、今となっては部下達が果たしてどうなったのかは彼女にも分からない。

 

それと引き換えに、装甲空母鬼の手元には作戦の要とも言える爆撃機部隊が残っていた。

 

虎の子の深海解放陸爆と呼ばれるそれは、以前横須賀鎮守府を爆撃した新型爆撃機に性能で劣るものの、無理をして実質航空戦艦である装甲空母鬼にも搭載出来るコンパクトさが魅力であり。

 

全ての艦載機と引き換えに延べ20機余りの機体が搭載されていた。

 

彼女の目的は、この爆撃機部隊を用いて敵本土を爆撃する事であった。

 

それだけならば飛行場姫と何ら変わりは無く、違う所を上げるとすれば参加する機数と彼等は生存を一切考えられる事の無い片道特攻である点であり、寧ろスケールで劣ってさえいる。

 

しかし装甲空母鬼もそれは分かっており、少数の戦力で効果的な戦果を上げる方法として彼女の真の目的は首都への直接攻撃であった。

 

しかも今度はこちらの姿が間近に見える距離、白昼堂々の低空爆撃を敢行しようとしていた。

 

爆撃隊に参加する人員は全て選りすぐりの者達が選ばれ、しかも全員がこの作戦に納得している。

 

彼等の思いは一つであり、深海棲艦の中において長らく空の覇者であり続けた自分達が、丘のカッパ如き連中に遅れをとる事等許されない。

 

真の空の王者は自分達である事を再び世に知らしめる為。

 

自らの無謀な行動を持って再び空の栄光を自分達の手に取り戻すと共に、唯悪戯に現状に手をこまねいている者達へのカンフル剤として自らの身を捧げようとしていた。

 

飛行甲板に係留された爆撃機達は次々と大空に舞い上がっていく。

 

一路敵首都を目指し、誰にも悟られる事無く彼等はその牙を敵の心臓に突き立てようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

太平洋上高度1万メートルを試験飛行中であった超巨大爆撃機アルケオプテリクスは、自らのレーダーに所属不明の編隊を捉えていた。

 

与圧の効いた快適なコクピットの中で、背を倒した機長席にプラチナブロンドの髪と豊満な身体を寝っ転がる様に預けていたアルケオプテリクスは、気だるそうな表情を浮かべた。

 

折角人が自由に空の旅を満喫していたというのに、無粋な輩を見つけ、何だか不機嫌になってきたのだ。

 

試験飛行中の為無視してもいいが、無線機を片手でとり、取り敢えず指示を仰ぐ事にした。

 

「あーあー、管制塔、管制塔。こちら試験飛行中のアルケオプテリクス、太平洋上にて所属不明の編隊と遭遇。IFFには反応なし。現在位置は…」

 

と伝えている間に、彼女は何時でも動ける様戦闘体勢を整えていた。

 

なんだかんだで染み付いた兵器としての本能がそうさせるが、兎に角今は無線機からの返事を待つ他無い。

 

暫くして無線機から返答が返ってきた。

 

『不明機部隊の所属を確認し、敵ならばこれを撃墜せよ』

 

管制塔付きの妖精さんから無機質な声で伝えられた命令に、彼女は怪訝な顔を浮かべた。

 

アルケオプテリクスは本来敵の都市や拠点、或いは艦隊を攻撃すべく開発された戦略爆撃機である。

 

超兵器機関の力によって航空機に有るまじき30.5㎝連装砲を10門も装備し、弾薬庫の中には大量の爆弾の他に航空魚雷や焼夷弾に対艦爆弾。

 

機体全面に張り巡らされた対空砲火と、自身の主砲に耐え得る重装甲を施された正に空中要塞とも言うべき存在である。

 

つまり、まかり間違っても敵機の侵入を阻む迎撃機などでは無い。

 

無論敵の迎撃を想定して強力な対空兵装を装備しているが、それとてあくまで迎撃用だ(鋼鉄世界基準で)。

 

本格的な要撃など望むべくも無いが、兎に角もう一度命令を確認する事にした。

 

 

 

 

 

一方で管制塔で指示を出した焙煎も迷った訳では無かった。

 

彼とてアルケオプテリクスに不釣り合いな命令を出した事は百も承知している。

 

本来であればアルウスから迎撃機(インターセプター)を出すべきなのだが、

 

しかし、爆撃機とは言え彼女も超兵器だ。

 

来る南方反攻作戦では、彼女は一人で本土防空につく事となる。

 

場合によっては此方の支援無く、単独で太平洋を縦断して貰う可能性もある。

 

それを思えばこの程度の任務、軽くこなしてくれなければ開発した意味が無いと言うものだ。

 

 

 

 

 

再度問い合わせたが命令の変更は無かった。

 

しかしてアルケオプテリクスはこの世界での、初の実戦は予期せぬ空中戦と相成った。

 

「全く、これだから海上がりの人は困る。地を抉るハンマーで蚊を追い散らせと言うのか」

 

ヤレヤレと首を横に振りながらそうは言いうも、自分の用途とは違った任務を仰せつかったにしては、彼女の顔は猛禽類を思わせる笑みを浮かべていたが。

 

全長150mを超える巨大でありながら、四発の強力なエンジンによって最高速度時速750km以上を叩き出すアルケオプテリクスは、機体をゆっくりと傾け進路を変更する。

 

このまま一旦所属不明編隊の上空をやり過ごし、旋回して上方後背に付ける算段であった。

 

不運かな、この時装甲空母鬼より発艦した深海解放陸爆達のレーダーにはアルケオプテリクスの姿は捉えられて居なかった。

 

折しも上空には厚い雲が垂れ込み始め、しかも敵に気付かれぬ様海面ギリギリを飛行していた為、返って遥か上空の様子に気が着かなかったのだ。

 

本来であれば自分達を見つけにくくする為、敢えて天候の悪い日を選んだがこの場合それが仇となる形となった。

 

アルケオプテリクスは深海棲艦の爆撃機編隊に気付かれる事無く、彼らの背後を取った。

 

自衛の為装備されている長距離AAM(対空ミサイル)のロックを解除し、相手からは見えない距離で目標をロックした上で彼女は警告を発した。

 

「所属不明の編隊に告ぐ、こちらは…」

 

と言ったところで言葉を噤む。

 

そう言えば自分の所属は何処になるのかと考えた。

 

一応海軍所属という事になるのか?

 

それだと自分は海軍航空隊となるが、この国では鎮守府航空隊と言った方が正確か。

 

どちらにしろ、それを考えるのは後にする事にした

 

状況は刻一刻と変化し、しかも今は戦時である。

 

多少の事は、現場での判断が優先される筈だ。

 

「こちらアルケオプテリクス、貴隊の所属を明かされたし」

 

「………」

 

暫く待ったが応答は無かった。

 

レーダー上に見える編隊は慌てて逃げる様なそぶりも無く、非常に整然とした編隊を維持したまま、真っ直ぐに本土へと向かっている。

 

一応海軍で使っている無線コードの全てを使って呼び掛け、複数の言語で同じ内容を繰り返したが一向に返答は無い。

 

相手の無線機の故障も考えられたが、アレだけの編隊で全ての無線機が壊れたとは考え難い。

 

「こちらアルケオプテリクス、返答が無い場合は貴隊を撃墜する」

 

最後通牒を出してみたが、一応目視でも確認しておこうとアルケオプテリクスは速度を上げた。

 

フレンドリーファイアはごめん被りたいと言うのが半分と、「撃墜する」と断言されながらも全く進路を変えない肝の座った相手の顔を拝みたいと思ったのが半分。

 

目視可能な距離に近付くという事もあり、全兵装のロックを解除するアルケオプテリクス。

 

其処まで近付くとなると、生憎と主砲である30.5㎝連装砲は対地対艦用で空の相手には対応していない。

 

最も素早い戦闘機相手には無用の長物だが、動きの遅い爆撃機程度の相手であれば十分どころか過剰な威力を発揮するが。

 

 

 

速度を上げたアルケオプテリクスが相手を目視可能な距離にまで追いつくのに時間はそれ程かからなかった。

 

下手なレシプロ機よりも高速な彼女から、逃げられる相手はそうは居ないからだ。

 

一方で深海解放陸爆も漸く後部警戒レーダーに謎のノイズを捉え、慌てて速度を上げて逃走を図ろうとした。

 

今更ながら、自分達を追ってきている相手が超兵器だと気付いた為だ。

 

仮に全速力で逃げたとしても、時速500kmにも満たない彼等が逃れられる術は無かったが。

 

 

 

「そろそろ、いいか」

 

速度を上げたアルケオプテリクスのレーダーには海面スレスレを這う様に飛行する編隊の姿がはっきり捉えられていた。

 

アルケオプテリクスはそこから「ガクンッ」と一気に機首を落とす。

 

機体がミシミシと悲鳴を挙げる幻聴が聞こえ、キャノピーの窓は水滴で覆われ外の様子も伺えない。

 

これ程の巨大で急降下を行うなど本来自殺行為にも等しいのだが、生憎と彼女はそんじょそこらの爆撃機とは訳が違う。

 

超兵器である彼女にとってこの程度の事朝飯前でしか無いが、これを食らう相手はたまったものでは無い。

 

雲を突っ切ると、眼下には緑色で航空機とはとても思えない丸い機体が編隊を作って飛行していた。

 

海軍の呼称で「深海解放陸爆」と呼ばれるその機体は、深海棲艦の中でも珍しい陸上機である。

 

ふと違和感を覚えたが、それよりも護衛機もなく良くぞ此処まで飛んできたものだと感心した。

 

だからとて、敵に手加減する様な彼女では無いが。

 

敵機も漸く動揺から回復し、慌てて散会しようとするがもう遅い。

 

誰だって突然頭上から巨大な機体が降りてきたら、驚かない筈が無い。

 

そうでなくとも、彼女に捕捉された時点で最早勝敗は決していたが。

 

「悪いが、私に見つかったのが運の尽きだと思うんだな」

 

アルケオプテリクスの機体下面には5基ある主砲のうち、3基6門が敵機に照準を定めた。

 

爆装し、本土首都への片道切符しか持たない敵機の動きは鈍い。

 

ここで爆弾を捨てたとしても、引き返す事も逃げる事も出来ない哀れな獲物達は、後は怪鳥に啄められるだけであった。

 

頭上から自分達の頭を押さえる様に飛ぶアルケオプテリクスから、スコールの様に火砲が撃ち降ろされる。

 

その死の雨から逃れようと、のたうち回り、もがき、足掻くも逃げられる事など出来ない。

 

照準を定めた30.5㎝連装砲の一撃で機体が粉微塵に吹っ飛び、隣を飛んでいた僚機が機銃に絡め取られ蜂の巣となって炎と消える。

 

果敢に迎撃しようとする者は、敢え無く巨大な鉄の礫の前に、翼を折られ海の藻屑となる。

 

最早それは戦闘などでは無かった。

 

一方的な虐殺、いや屠殺であった。

 

哀れな家畜となった彼等は凡そ5分もの間この世の地獄を味わい、そして二度と浮かび上がる事は無かった。

 

全てが終わり、再び空に静寂が戻るとアルケオプテリクスは任務完了の報告を入れた。

 

「こちらアルケオプテリクス、任務完了。この後の指示をどうぞ」

 

暫くして、職務に忠実な管制塔付きの妖精さんから返答があった。

 

『こちら管制塔、その前に侵入してきた敵機は例の新型だったか?』

 

「いや、通常の陸上機…」

 

と言った所で彼女は言葉を切った。

 

そしてハタと気付いた。

 

敵編隊を文字どおり全滅させた直後から、何か奥歯に引っ掛かりを覚えていた。

 

その正体に、漸く思い立ったのだ。

 

「こちらアルケオプテリクス。今から言う機種の詳細なデータを頼む」

 

『何、どういうことだアルケオプテリクス』

 

アルケオプテリクスの突然の言葉に、管制塔付きの妖精さんから怪訝な声が漏れる。

 

その間にも、アルケオプテリクスから転送されたデータから機種の判別が行われ、そのスペックが明らかとなる。

 

『一体どうしたんだアルケオプテリクス。この機体に何か異常でもあったのか』

 

「私のカンが正しければ、な」

 

送り返されたデータから先程撃墜した敵機の詳細なスペックを読み取り、アルケオプテリクスは矢張りと口角を吊り上げた。

 

「管制塔へ、こちらアルケオプテリクス。付近に敵の機動部隊が潜んでいる可能性がある」

 

『何、どう言う事だアルケオプテリクス?』

 

今度は妖精さんでは無く、焙煎が直接応答してきた。

 

こちらの様子に唯ならぬ気配を感じた彼は、直接話を聞こうと言うのだ。

 

「あの敵機の航続距離では、到底南方から本土まで辿り着けない。なら方法は一つだ」

 

 

 

 

 

装甲空母鬼は艦載機を発艦させた後、無線封鎖を行った後、未だに付近の海域に潜伏していた。

 

と言うのも、敵首都への攻撃成功の知らせを待っているからだ。

 

深海棲艦の概念伝達を使えば海の何処にいても情報のやり取りが出来るが、生憎と艦載機にはその能力が備わっていない。

 

飛行場姫の新型爆撃機クラスの大きさであればまた話は違ったのだが、無線が通じるギリギリの距離を保つ必要があるのだ。

 

それが同時に彼女の明暗を分けた。

 

装甲空母鬼は実を言うと空母、と言うよりも航空戦艦と言う方が正しい艦種である。

 

確かに下手な空母よりも強力な艦載機を保有するが、本格的な運用となると、矢張り専門には劣る。

 

つまり、無理をして陸上機を搭載しそれを発艦させてしまった彼女の格納庫は、空っぽであったのだ。

 

空の空母など置物同然であるが、しかし航空戦艦である彼女には戦艦クラスの火力が備わっている。

 

流石に機動部隊は相手できないが、下手な艦隊であれば、逆に返り討ちにする自信さえある。

 

しかし、彼女が対面する事となるのはその常識を覆す存在であった。

 

まず最初に異変に気付いたのはレーダー上の不審なノイズであった。

 

深海棲艦の特に鬼、姫クラスの電子装備は、艦娘と比べても高級であり滅多に故障などしない。

 

しかもそのノイズは台風の目の様に此方に近づいて来るのだ。

 

その進行方向は、彼女から発艦した陸爆達の空路と重なる。

 

と同時に、彼等の全滅を想像させた。

 

「成る程これが噂の超兵器か」、と装甲空母鬼は口元を歪ませる。

 

南方や北方海域で確認された超兵器は、その恐るべき戦闘力により深海棲艦の中でも特に注意が払われていた。

 

しかし装甲空母鬼はここで逃げると言う選択肢は無かった。

 

無断で出撃した挙句攻撃にも失敗し、オメオメと逃げ帰っても待っているのは飛行場姫による粛清だけだ。

 

そもそも噂に聞く超兵器が相手では逃げられるはずも無く、ならば此処で敵と戦い果てるのが本望と、装甲空母鬼は腹をくくった。

 

彼女は下手な小細工や見栄を張る一方で、こうした戦艦らしい潔さも兼ね備えていたのだ。

 

これが戦艦棲姫の配下であれば、また違った役割を与えられていたが、最早彼女には運命の時が迫っていた。

 

水平線の彼方より姿を現したのは、巨大な翼を持つ怪鳥であった。

 

目測において全長は優に100mを超える巨大、飛行場姫の新型爆撃機など足元にも及ばない巨人機である。

 

装甲空母鬼は敵と正対し、主砲を高々と上げた。

 

敵の攻撃を正面から受ける形にはなるが、相打ち覚悟ですれ違いざまに敵の腹に砲弾を食らわせてやる腹づもりだ。

 

勿論これは部の悪い賭けで有るが、艦載機の無い彼女が空を飛ぶ敵を相手に取るにはこの方法しか無かった。

 

 

 

アルケオプテリクスも又、敵の行動を見ると俄かに色めき立った。

 

この自分を前にして、逃げるでもなく真っ向から向かう立ち向かうなどあの艦隊以外いなかったからだ。

 

やろうと思えば、上空から旋回しつつガンシップの様に攻撃を加えて一方的に嬲る事も出来たが(相手が逃げようとすれば無論そうした)、この獲物相手にその様な無粋な真似はしない。

 

果たして両者の思惑は合致した。

 

速度を上げ真っ向から向かい合う。

 

先に攻撃を仕掛けたのはアルケオプテリクスだった。

 

5基10門の30.5㎝砲が火を噴く。

 

瞬く間に装甲空母鬼の周りに水柱が立ち上り、その内の幾つかが命中する。

 

装甲空母鬼の主砲は16インチ(約40.64㎝)連装砲であり、戦艦は自身の主砲に耐えられる堅牢な装甲に守られている。

 

無論の事それは絶対では無いにしろ、鬼クラスである装甲空母鬼の装甲と耐久力は並の戦艦を遥かに上回る。

 

しかし純粋な戦艦では無い装甲空母鬼には弱点が存在する。

 

そう、戦艦と空母の両方の能力を備えるからこそ出来てしまった弱点、それは…

 

「くっ、飛行甲板の非装甲部が抜かれたか⁉︎」

 

装甲空母鬼の下半身部分である、巨大な鮫の頭の様な艤装から火が出る。

 

幸い艦載機も無い空の箱を狙われた為、被害はそこまででも無いがこれで中にまだ艦載機が残っていたらとゾッとする。

 

間違いなく、燃料も弾薬に引火して轟沈する羽目になっただろう。

 

敵からの先制パンチを受けたもののまだ戦意を失ってはいない装甲空母鬼は、ギリギリまで敵を引きつけようとする。

 

あれ程の巨体を墜とすには、主砲の直撃しか無いと悟っていたからだ。

 

もし、空の相手だからといって三式弾の様な対空散弾を使ったらどうであろう。

 

普通の航空機や爆撃機が相手ならばそれでも良かっただろうが、重厚長大なアルケオプテリクス相手では象の皮膚を刺す蚊程度の被害しか与えられて無いだろう 。

 

その点、装甲空母鬼の判断は正しい。

 

この化け物相手には、相打ち覚悟で真っ向から立ち向かうか、それとも相手のスピードに合わせられる立ち回りと未来予知レベルの砲撃能力が求められる。

 

立ち上る炎と煙により視界が塞がれるが、最早装甲空母鬼にとってはどうでも良いことであった。

 

勝負は一瞬の交差の間。

 

すれ違うその瞬間に、敵機の土手っ腹に16インチ砲弾を食らわせてやる。

 

勝負の時が近づいていた。

 

 

 

アルケオプテリクスは最初の砲撃の手応えから、敵艦を仕留めていないと悟った。

 

事実攻撃を受け、被弾したのにも関わらず、敵艦の針路は変わらず真っ直ぐ此方に向かってきているからだ。

 

このままの勢いで行くと、次弾の装填が終わる間に敵艦の頭上を通り過ぎてしまう。

 

そのまま旋回してもう一度反復攻撃を行うとの手もあるが、なるべくならこの交差で仕留めたいとの思いがあった。

 

でなければ危機に陥るのは自分だと言う直感が働いたからだ。

 

優れたパイロットは経験だけでは作れない。

 

時にふと自分を突き動かす“何か”が必要なのだ。

 

これはどんな優れた機械も、プログラムも真似出来ない生身だからこそのものであり、アルケオプテリクスが本能的に無人機の運用に忌避感が強い理由でもあった。

 

直感に身を任せながらも計算を怠らないのも彼女。

 

この時、先に打っておいた布石が後々役立つ事となる。

 

既に『解放』されている弾薬庫から狙いを定め、対艦爆弾と焼夷弾の投下準備に入る。

 

アルケオプテリクスの巨体に収まる巨大なリボルバー状の回転弾薬庫が回転し、落下の時を待つ。

 

 

『来た』と半ば本能的に悟った後に、装甲空母鬼は「ひゅー」と言う耳障りな爆弾の投下音が耳に入る。

 

彼女の艤装は未だ炎を上げ続けていたが、これはわざと消化しないで手負いに見せかけると同時に、自分が何をしようとしているのかを隠す為でもあった。

 

敵機からは、立ち上る炎と煙で自分の姿が見えない筈だ。

 

しかし針路を変えていない以上必ずや止めを刺しに来る。

 

その時を今か今かと待ち受ける装甲空母鬼。

 

狙いを外れた爆弾が海面を叩き炸裂する。

 

水飛沫と爆風によって一気に視界が晴れる。

 

ナパーム弾の様に一直線に続く爆弾の列。

 

アルケオプテリクスの持つ驚異的な搭載量だからこそ出来る芸当であり、これを食らえばどんなに優れた船で有ろうとも一たまりも無い。

 

しかし、だからこその好機。

 

頭上一杯に巨大な影が差しかかる。

 

敵機も漸く此方の思惑に気付いただろう。

 

しかし今更回避しようとしても遅い。

 

装甲空母鬼から放たれる16インチ砲弾は、アルケオプテリクスの開け放たれた弾薬庫を穿ち、蹂躙し、内部から腸を食い破り超兵器機関にさえ届き得る。

 

…そう放たればならだ。

 

装甲空母鬼を衝撃が襲った。

 

まさか予想よりも早く投下された爆弾が命中したのか⁉︎

 

そう思考を巡らせる間もなく、ガクッと艤装が前のめりに傾く。

 

突然の事で安定を欠いた姿勢で砲撃出来る筈もなく、しかもそこに容赦なく爆弾が降り注ぐ。

 

装甲空母鬼は有りっ丈の対空砲火で迎撃しようと試みるも、圧倒的な数の前には無力であった。

 

次々と命中したのか炸裂する爆弾によって艤装を吹き飛ばされ、四肢を捥がれる装甲空母鬼。

 

至近弾でさえ、水中爆発の衝撃により船体を滅茶苦茶にし数千度を超える焼夷弾によって装甲が焼け爛れる。

 

しかしそれでも倒れない装甲空母鬼、いや倒られないのだ。

 

優れな装甲と耐久力が災いし、致命傷を受けて尚沈む事が出来ない彼女。

 

これが普通の深海棲艦であればとっくに水底に沈んでいる筈であった。

 

しかしそんな彼女にも終わりは来た。

 

既にアルケオプテリクスは遥かに彼方に通り過ぎ、頭上には憎たらしいほどの晴天が広がっていた。

 

わざと雲の多い日を選んだと言うのに、虚ろな目で最後の最後に見た光景は何処までも青く透き通る様な、飛ぶのには気持ちの良い空であった。

 

手を伸ばせば届きそうなそれを、最早肩から先のない腕を伸ばそうとして、天から落とされた最後の一発が彼女の上半身と艤装との結合部を穿ち、竜骨をへし折り、船底を突き抜けて炸裂する。

 

巨大な水柱は、彼女の最後の姿を隠す様に高く高く昇り、あと少しで天まで届きそうな所で落ちて行く。

 

水柱が収まると、そこには装甲空母鬼の姿は無く、唯空だけは穏やかな水面の様に最後まで彼女の姿を見守っていた。

 

 

 

 

アルケオプテリクスは装甲空母鬼の最後を見届けると、暫し黙祷した。

 

ついさっきまで戦った相手に敬虔な表情で祈りを捧げるのだ。

 

例え相手が敵であれ味方であれ、今日戦った相手は誰もが勇敢な者であり、それらに敬意を忘れないのが彼女である。

 

そこが他の超兵器達とはまた一歩違う考えのアルケオプテリクスだが、先の戦闘は実はギリギリであった。

 

あの時、装甲空母鬼の砲弾は、放たればまず間違いなくこの世界で初めて超兵器を撃破する可能性があった。

 

しかし、そうはならなかった。

 

それは何故か?

 

アルケオプテリクスは先の戦闘に置いて、最初に砲撃を選択した時点で実はあの時砲撃に目を向けさせる一方で、弾薬庫から航空魚雷を投下していたのだ。

 

敵の目を空からの砲撃と、弾薬庫を開け続けることによって頭上からの爆撃に向けさせる一方で、敵の視界外の水中から雷撃を食らわせる。

 

戦艦は言うなれば水に浮かぶ鉄の箱であり、爆弾や砲弾で水に浮いた部分を攻撃しても沈める事は出来ない。

 

沈めるには、箱の底に穴を開けるしかない。

 

故の雷撃である。

 

その思惑は上手く成功し、アルケオプテリクスのほぼ一方的とも言える勝利に繋がるのだが、一つ選択を誤れば勝敗は逆転していた筈だ。

 

アルケオプテリクスは「ふっ」と微笑んだ。

 

この世界に呼ばれ、自分の獲物になる様な相手はいないと思っていた。

 

しかし、今日の様な相手が居るのだ。

 

まだまだ自分を楽しませてくれる相手を想像し、先程までの敬虔な面影は消え失せ、アルケオプテリクスもまた他の超兵器の様な獰猛な猛禽類を思わせる笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府海軍軍令部の執務室に手、海軍元帥高野は焙煎からの直通電話で事のあらましを伝えられていた。

 

焙煎の昇進を機に設けられたこのホットラインだが、幾つかのやり取りの後、受話器を置くとタイミングを見計らったかの様に秋山参謀が部屋に入ってきた。

 

「元帥閣下、例の件なのですが…」

 

挨拶もそこそこに、高野の前に来た秋山は本題を切り出そうとするが、それを高野が遮る。

 

「いや、その前に早速彼がやってくれたよ」

 

「と、言いますと例の」

 

「ああ、そうだ。太平洋上で鬼クラスの深海棲艦とそこから発艦したと思わしき爆撃機部隊を撃滅したそうだよ」

 

「な⁉︎」と秋山は思わずたじろいだ。

 

深海棲艦が再度本土空襲を試みようとした事と、それを焙煎達が撃破した事にだ。

 

特に鬼クラスとなれば一隻で一個戦隊に相当する戦力だが、それを撃沈するとなると…

 

改めて超兵器の力に薄ら寒い思いを浮かべる秋山だが、しかし直ぐに冷静さを取り戻すと聞くべきことを高野に尋ねた。

 

「敵は我々の警戒ラインの外でしたか?」

 

「残念ながら内側だ。大凡本土から2000km、ギリギリだな」

 

それを聞き、秋山は悔しそうに肩を震わせた。

 

先の横須賀鎮守府空襲と合わせてこれで二度目の失態。

 

これでは益々海軍の立場が無いでは無いかと。

 

しかしそんな秋山参謀をよそ目に、高野元帥は意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「良かったよ、偶々偶然にもそれを察知し、偶々偶然付近を飛行中であった部隊が敵を追い払った。本土の防衛は万全だよ」

 

最初、秋山参謀は高野元帥が何を言っているか分からなかった。

 

しかし直ぐに答えを導き出すと成る程、と頷いた。

 

「貸しを作りましたな、元帥閣下」

 

「貸し?いや、これは彼が望んで差し出したものだよ」

 

秋山は高野元帥と焙煎との間に、どんな取引があったは想像するしか無い。

 

しかし高野の自信ありげな様子から、どうやらストーリーはもう出来上がっている様だ。

 

他にも、また試作機が出来上がったばかりの新型要撃機が、『何故か』本土重要拠点に大量に配備されていたりと不審な点が多々あるものの、深くは追求するまいと口を紡ぐ秋山。

 

「私の方からは以上だ。秋山参謀、君の方もどうやら上手くいった様だね」

 

「はっ、上手く食いついてくれました。これで暫くは奴らの動きも収まる筈です」

 

「しかし驚きました。まさか此方から情報を流すとは」

 

「何も情報の使い道は守るだけでは無い。それをどう使うかだよ、その点君塚は秘密主義過ぎる」

 

そうして高野は小馬鹿にする様に鼻で笑った。

 

呉鎮守府は、君塚本人の気質もあってか、中々上層部の考えが伝わらず、各々が勝手に行動してしまう所がある。

 

それで何度か痛い目を見ているのだが、その最たる例が超兵器だ。

 

今回も、それと無く焙煎が築いた飛行場の事と新しい超兵器について漏らした。

 

勿論、ある程度不自然に見える様にだ。

 

今頃呉鎮守府はこれが高野が仕掛けた謀略で、偽情報がそれとも本当かでてんやわんやだろう。

 

しかもその情報は上層部だけで無く、下にまで伝わっている。

 

とすると、また以前の様に先走った連中が藪をつついてとんでもない事になるかもしれない。

 

またはほんとうに何も無かったとしても、それで調子に乗られては困る。

 

仮に真実にたどり着いたとしても、今度は鬼、姫クラスにも伍する超兵器が空から自分達を狙っているという始末。

 

抑えとしてはこれ以上無い程の札であった。

 

秋山は改めて高野元帥に敬服した。

 

伊達に海軍最高齢にして最長の海軍元帥を務めている訳では無い。

 

組織間の政治闘争において君塚はこれに遠く及ばない。

 

「呉は抑え本土の守りも万全。後顧の憂い無く、後は行動するのみだ」

 

「はっ、元帥閣下。この秋山、いつまでも元帥閣下のお側にお仕えさせて頂きます」

 

 

 

 

二週間後、前線拠点となるトラック諸島において戦力の集結を完了した海軍は、この日海軍元帥高野の号令の下南方反攻作戦が開始された。

 

それは史上に残る、長く厳しい血で血を洗う戦いの始まりであった。

 







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南方海域編・序章
20話


作戦前の準備回になります。

まあ準備と言っても(笑)の方なのですが。



朝靄も晴れぬうちから横須賀鎮守府の港でその巨体を横たえ係留されているスキズブラズニルでは、出航前の最後の物資の積み込みが行われていた。

 

大勢の妖精さん達がクレーンやフォークリフトで忙しく作業する中、焙煎は項目毎に並べられたチェックリストを片手に作業の進捗状況を調べていた。

 

また夜があける前から始められた作業は、今の時間大半の物資の積み込みが終わり、今ある分を乗せ次第、後は乗員の収容を完了次第出航するだけであった。

 

既に超兵器達は艦内ドックに収容され、外に出ている妖精さん達もこの後直ぐに乗船する予定だ。

 

このまま何もトラブルが起きなければ、予定通りに出航できる筈だ。

 

そうこうする内に、最後の物資を納めたコンテナが積み終わりそれと同時に妖精さん達の乗船が完了する。

 

そうしてタラップが外され、舫い紐が解かれると船はゆっくりと埠頭から離れ始めた。

 

「よし、積み残しや遅れた者はいないな。念の為もう一度各部署毎で点呼と搬入した資材のチェックをするように。それが完了次第しゅっ「待って〜!」⁉︎」

 

突然、声がしたかと思うと誰かがタラップを駆け上がってくる。

 

「な、馬鹿危険だ、止まれ⁉︎」

 

既にタラップは外されており、このままでは海に落ちてしまう可能性がある。

 

それを思って相手を制止しようと焙煎が相手の顔を見た時…

 

「え?」

 

見覚えのあるその顔に思わず言うべき言葉が出なかった。

 

そして勢いそのままに焙煎の胸元に飛び込む形でジャンプして来たので、思わず受け止める形になってしまい二人とも甲板に倒れこんでしまう。

 

そして焙煎には、受け止めた瞬間、嗅いだ事のある甘い匂いがした。

 

「きゃっ⁉︎」

 

「わっ」

 

焙煎を下にする形でぶつかり倒れる二人。

 

「う〜ん、いた〜い〜⁉︎」

 

「〜〜っ‼︎」

 

二人とも痛さを堪えて額を摩る。

 

周りにいた妖精さん達は一体何が何やらと呆然とし、状況がうまく掴めないでいた。

 

「あ⁉︎やっと見つけた〜」

 

聞き覚えのある声と、デジャブめいたシチュエーション。

 

焙煎はゆっくりと目を開け、自分に馬乗りになった件の人物の顔をマジマジと見た。

 

「また逢えたね、ヴァ〜イセン」

 

以前あった時と同様、シミひとつない白い肌と、エメラルドグリーンの瞳には稚気地味た輝きを宿し、亜麻色の風に靡く髪。

 

「何で、君がここに?」

 

そう、以前焙煎を情報部の手より助け出した彼女が目の前にいた。

 

 

 

 

 

 

「私本日付で経理部より配属となりました会計監査官の鏡音影子少尉です。これから宜しくね」

 

と可愛らしげなウィンクを飛ばす彼女。

 

あの後起き上がった二人は、兎に角事情を聞かねばと焙煎は自分の執務室に連れて来ていた。

 

ソファーに座らせ問いただそうとするも、焙煎の機先を制され「はい、これ」と一枚の紙を渡された。

 

渡された書類には、新しく人員が派遣される事と、今後自分達の艦隊に彼女が同行する旨が書かれていた。

 

「焙煎武衛流我中佐だ。つまり君は“鈴”と思って良いのか?」

 

焙煎は勤めて外見上の平静を装ったが、内心では動揺していた。

 

(いつかは誰かが来るとは思っていたが、まさかそれが彼女だったとは…)

 

兎角、自然に目がいってしまいがちな自分を抑えるのに苦労する焙煎。

 

しかしそれを見透かされたかの様に、鏡音は甘い声で。

 

「胸、見てますよ〜」

 

と焙煎を揶揄う。

 

「な⁉︎ちがっこれは」

 

慌てて否定するも、そうすると相手はワザと腕を組んで胸元を押し上げてみせる。

 

「うふふ、良いんですよ〜慣れてますから」

 

そうして男の反応を楽しんで悪戯っ子の様な笑みを浮かべる鏡音。

 

正直、相性が悪いと言うほかない。

 

兎に角話を戻さねばならない。

 

「その、見たのは謝る。すまなかったこの通りだ」

 

と頭を下げる焙煎、しかし帰ってきた反応は。

 

「うふふ、冗談ですよ。ヴァイセン中佐」

 

「な⁉︎」

 

と突然のことに絶句する焙煎を目の前に鏡音はいけしゃあしゃあとこう告げる。

 

「さあ、話を戻しましょう」

 

色々と問い詰めたい事が沢山あるが、それらを何とか飲み込む焙煎。

 

相手が話を切り出してくれたのだから、先ずはそちらを片付ける事にした。

 

「で会計監査官殿は一体どの様な御用事で?」

 

「今は貴方の部下ですヴァイセン中佐。鏡音、若しくは親しみを込めて影子とお呼び下さい」

 

先程の仕返しも込めて嫌味を言うが、相手はそれを平然と受け流す。

 

どうにも役者が違うと、焙煎は心の中で素直に認めた。

 

「では鏡音少尉、聞くがウチに一体“何を”しに来た」

 

「今の所は“何も”」

 

じっと相手の目を見る焙煎に、それを平気な顔で受け止める鏡音。

 

ほんの少しの間、無言になる二人。

 

「分かった、それだけ聞ければ十分だ」

 

焙煎にとって聞くべき事を聞いた、といった所だ。

 

個人的にはもう一つ聞きたい事もあるが、今は場所が悪い。

 

せめてあと一人か二人、超兵器達がいる所でないと聞けない事だ。

 

「表向きの理由は送った資材がちゃんと運用されているかの調査と、後は〜艦娘のメンタルケアとかですかね」

 

「メンタルケア?」

 

最初の理由は分かるが、最後の事についてはピンと来ない焙煎。

 

そもそも、この艦隊にメンタルケアのお世話になる様な神経の細い者はいない。

 

寧ろ平気で人の頭髪と胃を攻撃する図太い集団、それが焙煎のイメージするこの艦隊の面々だ。

 

「そう、メンタルケア。聞きましたよ〜ヴァイセン中佐は何でもご自分の艦娘に余り興味が無く放ったらかしなんだとか」

 

鏡音の非難がましい声に、焙煎は興味が無いのでは無く必要以上に関わらない様にしているだけだと言おうとし。

 

「いやウチはどちらかと言うと放任主義と言うか、アイツ等も勝手気侭と言う…」

 

しかしそれが返って相手に火をつけてしまった。

 

「だとしてもです⁉︎知っていますか、中佐が鎮守府に居ない間彼女達が何をしていたか」

 

焙煎の答えに信じられないものを見たかの様な声を挙げる鏡音。

 

先程までとは打って変わって雰囲気が真剣なものになる。

 

「いや、それはその…」

 

言葉を濁す焙煎。

 

ここ最近、アルケオプテリクスの開発と作戦の準備とで余り彼女達とはあっていなかったのだ。

 

「その様子ですと知らないみたいですね。結構噂になってますよ」

 

『やれ日がな一日間宮のテラスを占領する』

 

『間宮に入ろうとした艦娘がオーラを感じて逃げた』

 

『噂になるも、あの青葉が取材を諦めた』

 

『複数揃うと更にヤバイ。普段係留されているドックの一角の空気が重くなる、寧ろ次元が歪んでいる』等など

 

「お、おう」

 

それを聞いて流石の焙煎も事態の深刻さを受け取った。

 

そう言えば、最近艦隊の空気が悪くなっていたなと、遅まきながら気が付いた。

 

(そう言えば、ヴィルベルヴィントも同じ様な事をそれとなく伝えて来た筈だ)

 

「良いですかヴァイセン中佐。貴方はちゃんとした正規の艦娘教育を受けて来なかったとは言え、今はもう立派な『提督』なんですよ」

 

「彼女達にはちゃんと人間としての身体と心があるんです」

 

「本当にしっかり女の子として見てあげないと、そのうちそっぽを向かれちゃいますよ」

 

「いや、こっちも事情があってだな…」

 

しかし鏡音はジロリとキツイ目で見ると、有無を言わさぬ声で一言。

 

「返事は?」

 

「イ、イエスマム」

 

焙煎には全面降伏する道しか残っていなかった。

 

「ふふ〜ん、ならば宜しい」

 

鏡音は満足気に頷くと今度は口調を一転、普段通りの明るい甘い声で焙煎の手を取って立ち上がらせる。

 

「さあ、話は終わりました。それじゃ行きましょうか」

 

「え?あ、ちょっと待ってくれ。行くって何処にだ」

 

突然利き手を取られ、しかも柔らかい感触を感じて慌てる焙煎。

 

「何を言ってるんですか?新しい部下が来たんですよ。艦内を色々案内してくれるんじゃ無いんですか」

 

さも当然の事の様に言い、頭に疑問符を浮かべ小首を傾げる鏡音。

 

どうやら彼女の中では既定路線の様だ。

 

「いや、それだったら妖精さんとかに頼めば…」

 

正直に言って、焙煎は今日は色々とありすぎ精神的に疲れ切っていた。

 

本当なら今日はこのままベットに倒れこみたい位だ。

 

「私は、貴方が良いんです。それじゃダメですか?」

 

上目遣いで、エメラルドグリーンのつぶらな瞳で見つめられ、しかも腕を挟み込む様に押し付けられる柔らかい感触とで訴え掛ける鏡音。

 

潤んだ瞳からは今にも涙が溢れそうで、古今東西この手の女性の頼み抵抗出来る男は少ない。

 

そして悲しいかな焙煎は人間としても、そして男としても凡人であった。

 

「わ、分かったから。案内するよ、だから離れてくれ」

 

「ありがとうございます、か〜ん〜ちょう」

 

結局抗し切れず、折れた焙煎は何とか彼女を腕から引き剥がそうとするが、離れまいと余計に強くしがみつく鏡音。

 

しかも最後の艦長の部分は、耳元を舐めるかの様に甘く蠱惑的な響きを持って告げられる。

 

思わず、ゾクリとして利き手と反対の手で耳元を抑える焙煎。

 

そしてマジマジと彼女の顔を見て改めて思う。

 

最初会った時は掴み所のない少女然としていたが、今日会った彼女は更に色々な面を見せてくる。

 

天真爛漫のようでいて悪戯っ子の様な所もあり人を翻弄する。

 

かと思えば突然有無を言わさない態度で人を諭し、大人の女としての余裕も見せる。

 

そして最後に見せた人を誘う魔性の姿。

 

一体どれが本当の彼女なのか?

 

焙煎は益々正体が分からなくなってくる鏡音影子の存在に、新たな胃痛とストレスの元を感じつつあった。

 

こうして新たな乗員を加えた焙煎達一行は、一路針路を南に取りトラック諸島を目指す。

 

既に集結を完了している艦隊と合流し、南方反攻作戦に参加する為だ。

 

焙煎が超兵器を得てから半年が過ぎ、再び彼は南方の海に足を踏み入れようとしていた。

 

果たして今度こそ南極までたどり着けるのか?

 

それはまだ誰にも分からない…。

 

 

 

 

 

 

 

南方トラック諸島、嘗ての大戦ではここに大規模な前線拠点が置かれ、今次大戦においても西太平洋における海軍の重要拠点として整備されていた。

 

現在、南方反攻作戦に合わせ巨大な環礁内には200隻を超える艦艇が停泊している。

 

そのどれもが各地から集められた精鋭集団であり、今次作戦の鍵を握っていると言っても過言では無い陣容だ。

 

それを同泊地の司令部の窓から眺めていた古崎大将は満足気に頷いた。

 

古崎大将は50も半ばを過ぎる年齢であり、若過ぎず老い過ぎず海軍大将として脂の乗った、均衡の取れた指揮官と軍令部から見られている。

 

事実、古崎大将はこのトラック泊地を預かる司令官であると同時に、南方全域の指揮監督する立場にある。

 

言うなれば軍令部を主とする高野元帥と参謀達が大まかな方針を決める頭だとすれば、古崎大将はその手足となる立場で実質的な実働艦隊の指揮官であり、今次作戦において全艦隊の総指揮を任されていた。

 

つまり作戦の全権を委任されているのだ。

 

「ずっと前線にいて戦い続けてきたが、漸くこの日を迎えられたか」

 

古崎大将は感慨深気に瞳を閉じ、今まで散っていった部下達に思いを馳せる。

 

待ちに待ったこの時が来たのだ、その思いもひとしおだ。

 

「私としては、我々の事を軍令部が忘れないでいた事の方が重要です」

 

感傷に浸る古崎大将に水を差す様に、背後から痩身の男が冷たい声で言う。

 

「長年こちらを放ったらかしにし、挙句内部闘争にうつつを抜かす連中の為にどうして我々が戦わねば成らないのです」

 

「矢澤参謀、言葉が過ぎるぞ」

 

若干の怒気を込めた声で古崎大将は矢澤参謀を諌めるが、しかしその怒気の半分は矢澤参謀と同じ位軍令部に向けられていた。

 

「軍令部も漸く本気になったと言う事です。その半分でもこちらに回してくれればもう少し状況は変わっていたでしょうに」

 

そう言って冷笑する矢澤参謀。

 

この性格に難のある男は長年古崎大将の元で参謀をしているが、元は軍令部出身で将来を嘱望されていた身だ。

 

しかし本人の性格と他者を見下す言動から上官に嫌われ、前線へと左遷させられた。

 

しかも左遷先でも現地の提督と揉め、結局古崎大将がこの厄介者を預かる羽目になったと言う顛末だ。

 

だが流石は元エリート、その能力は本物であり苦戦が続く南方海域を古崎と共に支え続けて来た実績がある。

 

故に中々切りたくとも切れない難物、と言うのが古崎大将の偽らざる本音であった。

 

「そうそう、その軍令部から新しく増援がくる様です」

 

「なに、この時期にか?」

 

既に作戦は秒読み段階にある。

 

訓練も編成も終わり、後は「さあ行くぞ」と言う段階で軍令部から新しく増援が来るとなると古崎大将も内心軍令部は一体何を考えているんだと疑った。

 

最も疑いこそすれ、純粋に戦力が増える分にはいい事である。

 

古崎大将は深くは考えない様にしたが、しかし矢澤参謀はそこに爆弾を落とす。

 

「どうやら件の増援は軍令部の紐付きの様で。しかも高野元帥の直属らしく半ばフリーハンドも与えられているとか」

 

「な、それを早く言わんか⁉︎そんな奴が今こっちに向かってきているのか!」

 

軍令部の紐付きと言うだけでも厄ネタなのに、それに加えて高野元帥の直属ともなれば事は政治的な意味合いが大きくなる。

 

この大事な時期に、内部にそんな爆弾を抱え込むなど御免被りたい古崎大将は、一縷の望みを掛けて参謀に暗にこう尋ねた。

 

「…今からソイツを追い返す事は出来んか?」

 

「無理でしょうな。不幸な事故を装うにも件の艦隊は例の超兵器とか言うヤツらしく、これが滅法強いとか」

 

「超兵器?所詮あれはただの噂だろう、良くあるプロパガンダ部隊とは違うのか」

 

「そう言った類では無く、どうやら実力は本物の様です」

 

「なら益々厄介では無いか」

 

「でしょうな」

 

矢澤参謀にバッサリと切って捨てられ、表情が消え先程までの気分が台無しになる古崎大将。

 

南方反攻作戦は大将の心の中では早くも暗雲が垂れ込み始めていた。

 

そんな古崎大将の心を見透かした矢澤参謀は、勤めて冷静さを保って平然とこう言った。

 

「閣下、ようはその艦隊が作戦に関わらなければ良いんです」

 

「なに?出来るのか」

 

矢澤参謀の言葉に、途端に表情が戻る古崎大将。

 

「ええ、例の艦隊も含め作戦の全権はこちらが握っています。それを使えばどうとでもなりましょう」

 

「しかし、もし仮にだが。軍令部の高野元帥の権威を振りかざしてきたらどうする?」

 

「御心配には及びません。それならそうと幾らでもやり方はあります、無論私に全てを任せる事が前提ですが」

 

「分かった、貴官にこの件を一任する。だが、なるべく穏便な手段で頼むぞ」

 

「ええ、分かっておりますとも。私にお任せあれ」

 

念を押した古崎大将だが、今更になって不安に襲われる。

 

長年の付き合いから、この男が関わって波風が立たなかった試しが無いのだ。

 

しかし、今回ばかりはどうか穏便に住んでくれと願うばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

3日後、例の艦隊こと焙煎達がトラック諸島に到着した。

 

そして古崎大将が警戒する焙煎はと言うと。

 

泊地が艦隊で溢れ返っていた為、環礁の外にスキズブラズニル達を停泊させ、鏡音少尉を連れ立って泊地司令部へと向かっていた。

 

その理由は司令部への挨拶と、作戦会議に参加する為であった。

 

妖精さんが操る内火艇に乗り込んだ焙煎と鏡音の二人は、環内の光景に目を奪われた。

 

「良くもまあ、これだけの艦隊を集めたものだ」

 

「壮観、とは正にこれの事だ」

 

環内に所狭しと停泊する軍艦の群、群、群。

 

まさに、浮かべる城ぞ頼みなるを地で行く光景に少なからず焙煎の心も高揚する。

 

「ええ、そうですね。なんてったって海軍の総力を結集した大作戦ですもの。これ位は当然だと思います」

 

一方鏡音少尉はと言うと興味が無いのか、平然とした態度でいる。

 

「やけに冷めているな。何かあったのか?」

 

気になった焙煎は鏡音少尉にそう尋ねた。

 

「いえ、ヴァイセン中佐の所に回された資材でどれだけの艦隊が整備できたかと思うと、つい」

 

「うぐっ⁉︎」

 

藪をつついて蛇をだした焙煎は、痛い所を突かれ思わず呻く。

 

しかし焙煎には焙煎なりに目的も理由もある。

 

言い訳がましいそれを焙煎は伝えようとするが、その前に鏡音少尉がいつもの通りの天真爛漫で悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、逆に諭す様に言う。

 

「うふふ、今のは冗談ですけれども、でも覚悟してくださいねヴァイセン中佐」

 

「ここはもう戦場なんです。困った時に高野元帥も軍令部も頼る事は出来ません。なによりも前線を預かる指揮官と言うのは政治を嫌います。今までとは全く違った相手になりますから気を引き締めて行きましょうね」

 

いつもの少女然とした雰囲気で、しかし正しく現状を認識したその言葉を焙煎は胸に刻みつけた。

 

「ああ、分かった。少々浮かれていた様だ、ありがとう鏡音少尉」

 

「いえ、部下として当然の事をしたまでです。それにお礼の言葉よりも、こっちの方が嬉しいです」

 

そう言うや否や、鏡音はスルリと焙煎の利き手に腕を回し身体を密着させる。

 

「お、おいちょっと待て⁉︎」

 

「うふふ、い〜や〜で〜す」

 

「いや、待て⁉︎今船の上だからバランスがっ、てああもう!」

 

この後、結局バランスを安定させる為に更に身体を寄せる羽目になった焙煎と満足気な鏡音は、内火艇が桟橋に到着するまでそのままであった。

 

因みに、今回の一番の被害者は船の操船をしていた妖精さんであった。

 

この後、スキズブラズニルに戻った後二人の様子がどんなものであったかを超兵器達に報告する任務が課せられていたからだ。

 

それを思い大きくため息を漏らす妖精さん。

 

なんだかんだで艦隊で一番の苦労人は妖精さん達なのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

内火艇から降りた焙煎達を待ち受けていたのは、痩身の眼光の鋭い男であった。

 

男はジロリ、と焙煎を一瞥し次いで隣にいる鏡音少尉に目を向けこう言った。

 

「ふん、戦場に女連れとはいいご身分だな焙煎中佐」

 

開口一番、そんな事を言われて(まあ言われてもしょうがないが)ムッとしようにも肩の階級章から相手が自分よりも上位にあると悟り、グッと堪える焙煎。

 

「焙煎武衛流我中佐であります。わざわざ出向いて頂き有難うございます…」

 

「ふん、貴様にでは無い。軍令部の顔を立ててやった迄だ」

 

さっきから相手の物言いや態度から如何やら、何か勘違いをしている様な気がして焙煎はそれとなく伝えようとするも。

 

その前に鏡音少尉が焙煎の小袖をちょいちょいと引き、そっと耳元に小声で相手が何者なのかを告げる。

 

「矢澤参謀よ、この泊地の基地司令古崎大将の右腕と言われているの」

 

「凄く気難しい事で有名よ」

 

しかし聞こえてしまったのか、ピクリと眉を動かした矢澤参謀は鋭い眼光を鏡音少尉に向ける。

 

「聞こえているぞ、そこの女」

 

「ふん、それと訂正するが古崎大将閣下はこの泊地のみならず南方全域を監督されているお方だ。そこらの基地司令や後方で踏ん反り返るばかりの連中とは一緒にしないで頂きたい」

 

「しかも閣下は今次作戦の全権を委任されている。軍令部でどうであったかは知らないが、此処では閣下が絶対だ。その点を履き違えないで貰いたい」

 

一方的に喋り続けた矢澤参謀は、徐に腕時計を見る。

 

「ふん、時間も惜しい。案内役を付けてやるから以後はその誘導に従う様に」

 

「会議が始まる時間になったら使いを出すからそれまで別室で待機している様に」

 

そうして顎をしゃくって見せた先に、二人の屈強な水兵が直立不動の姿勢で待ち構えていた。

 

そうして一方的に自分の要件だけを伝えた矢澤参謀は、焙煎に背を向けさっさとその場を去っていった。

 

後に残された二人は、突然嵐の様に来て去って行く矢澤参謀の後ろ姿を呆然と唯見ているしかなかった。

 

結局その後案内された部屋で焙煎達は一時間以上も待たされたが、結局使いは来る事なく唯悪戯に無為な時間が流れるばかりであった。

 

「さて、如何しましょうか?ヴァイセン中佐」

 

部屋の中には長机と椅子があるだけで窓も無く、暇を潰せそうなものは無い。

 

いい加減待つのにも飽きたのか、鏡音少尉は焙煎にそう切り出す。

 

「如何するもこうするも命令だから待つしか無い。しかし、こうも勝手が違うとは思わなかったな」

 

椅子に座り腕を組みジッと待っていた焙煎は、それに素気無く答える。

 

しかし内心では、これは身から出た錆だと思っていた。

 

今までが上手く行き過ぎていたのだ。

 

本来ならば自分はこの様な場所に居るはずが無い身の上であったのに、流れに身を任せていたらこんな所にいる。

 

そうして内火艇の上で告げられた鏡音の忠告の意味を、今は身を持って実感し続けている焙煎は頭を悩ませた。

 

「もしかしたら、このまま帰らせて貰えないかも知れないな」

 

「ええ、そうですね。お外ではさっきからずっと怖そうな人達が立って居ますし」

 

チラリと、扉の外を見る様に一瞥をくれる鏡音少尉。

 

扉の外では、此処に案内した屈強な水兵の二人が立っているのだ。

 

多分、頼んだからと言って部屋から出してくれそうな雰囲気でも無い。

 

半ば部屋に軟禁された二人であるが、それならそうと彼女には考えがあった。

 

「ねえ〜ちょっといい」

 

「ん?何だ、此処から出られる方法でも思いついたのか」

 

「うふふ、そうかもね」

 

鏡音は意味ありげな視線を焙煎に送った。

 

 

 

「ねぇ、力を抜いて?」

 

「最近イロイロ(ストレスとか)溜まってるんでしょ」

 

「大丈夫、私に任せて」

 

「うふふ、緊張しているのね。少し濡れているわ」

 

「ほら、こんなに張っちゃって。痛そう、うふふふ」

 

「ああ‼︎やっぱり、スっごくカタイ。今解してあげるから」

 

扉の前で直立不動の姿勢で立って居た屈強な水兵達は、部屋の中から聞こえてくる只ならぬ様子に、二人で顔を見合わせた。

 

部屋の中で男女が二人っきり、一体中で何が起きているのか。

 

少し興味が湧かないでも無い彼等であったが、しかし与えられた命令には忠実であった。

 

そう与えられた命令は『指示があるまで部屋から出すな』である。

 

決して中を覗くな、では無い。

 

お互いに無言で意味ありな視線を交わすと、扉をほんの少しだけ開けて二人で中を覗こうとし…。

 

「おい、そこで何をしている⁉︎」

 

突然背後から声を掛けられ、二人は慌てて振り返り敬礼し、元の直立不動の姿勢に戻るがその動きはぎこちない。

 

「お、大石大佐殿⁉︎何故こちらに…」

 

何とか話を誤魔化そうとするも、上手く言葉にならずアタフタする水兵達。

 

「聞いているのは私だ。貴様等、此処で一体何をしている。ん?部屋の中に誰かいるのか」

 

しかしそんな二人を他所に、大石大佐は僅かに開けられた扉の向こうを覗こうとする。

 

「ま、待って下さい大佐殿、今はその間が悪いと言うかダメと言うか何と言うか」

 

それを慌てて止めようとする二人だが、返ってそれが大石大佐の疑念を募らせた。

 

「ん?中に見ちゃマズイもんでもあるのか?」

 

「そもそもだが貴様等、一体誰の命令でこんな事をしている。いや待てよ、そう言えば今日の会議の席に一つ空きがあったな」

 

「大方、参謀殿に嫌われた誰かが中に入ると見たが違うか?」

 

確信を突かれて押し黙る二人。

 

その様子で「、はは〜ん」と全てを察した大石大佐は一歩踏み出す。

 

「中に入るぞ、そこを退いてくれ」

 

「大佐殿、困ります。我々は参謀閣下より部屋の中から出すなと…あっ」

 

慌てて口を塞ごうとするも、確りと聞いていた大石大佐は呆れ交じりに言った。

 

「やはり参謀殿差し金か。貴様等、士官を監禁するとどうなるか知らんとは言わせんぞ」

 

「ですが此処から出すなとの命令で…」

 

「勝手に入る分には構わんだろ。それともまだ何かあるのか?」

 

結局、屈強な水兵達はそれ以上抵抗する事は出来ず、シブシブ扉の前から立ち去るしか無かった。

 

 

 

 

一方部屋の中では一体何をしていたかと言うと…

 

「おい、こんな事をして、うっ、一体何が、面白いんだ?」

 

はぁはぁ、と男女の荒い息遣いが部屋の中に響く。

 

「うふふ、そうは言っても。体は正直ですよ」

 

潤んだ瞳で熱い吐息を漏らしながら、両手は忙しなく動いていく。

 

「さっきから、ビクンビクンと、反応して。私まで熱っちゃいそう」

 

鏡音は身体をくねくねと身悶えさせ、より一層の力を込めた。

 

「なあ?やっぱり何かおかしく無いかこれ?」

 

焙煎は首を後ろに向け、呆れ交じりにそう言った。

 

そこには身体をクネクネさせながらも、焙煎の両肩を絶妙な力加減で揉む鏡音少尉の姿があった。

 

鏡音少尉が言うイイコトとは、つまりは焙煎の肩揉みであったのだ。

 

「変じゃ無いですよ。部下が上官を労わるのは当然の事じゃないですか」

 

「近頃お疲れなのは本当の事じゃないですか」

 

「いや、そう言う事じゃなくだな。たかが肩を揉んだ位でそんな声を出さなくとも…」

 

焙煎は疑わしそうな顔で見たが、しかし不意に寂しそうな表情を鏡音は浮かべた。

 

「それに、今の内に触れ合っておきたかったし…」

 

自然と口に出たその呟きにハッとする鏡音。

 

「ん?何か言ったか」

 

しかし幸いな事に焙煎には聞こえておらず、不思議そうな様子で鏡音を見ている。

 

「うふふ、な〜んでもありません」

 

それを笑って誤魔化す鏡音だが、しかし不意に部屋の扉が開き誰かが入って来た。

 

「失礼するぞ、おい誰かそこにいるのか」

 

聞き覚えのある声に焙煎は慌てて椅子から立ち上がり、相手の顔をマジマジと見た。

 

「その声、もしや大石大佐じゃありませんか?」

 

「ん?俺の名を知っているのか。いや待てよもしかしてそこに居るのは…」

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、お互いこんな形で再び会う事になろうとはな。俺が貴様の上司だったのは一体何年前だったかな?」

 

「まだ半年です大佐。今しかし回は助かりました、正直自分達ではどうする事も出来ませんでしたから」

 

大石大佐に向かい合う様にソファーに座っていた焙煎達は、頭を下げて彼に感謝する。

 

「気にする事は無い、元上司としてのよしみだ」と言ってトレードマークである口髭を揺らして笑う大石大佐。

 

彼はエリート海軍人と言うよりも海賊船の船長と言った方がしっくりくる風貌をしているが、これで提督適性が焙煎と同じ全く無いのだから驚きだ。

 

元々、焙煎が提督として前線に徴収される以前に勤めていた部署の責任者であり、後方勤務時代に何かと世話になった縁がある。

 

その時の事を思い出して、焙煎の口元にも自然と笑みが浮かんだ。

 

あの後、焙煎達は部屋に入ってきた大石大佐の計らいによって彼の執務室に案内され、そこで事の顛末を聞かされたのだ。

 

どうやら彼は、軍令部と前線との確執に巻き込まれてしまった様だ。

 

それに対して思う所のある焙煎であったが、大石大佐の手前それを表に出す事なく素直に謝辞を述べるにとどめた。

 

今は一通りの話も済み、さてこれからどうするかと言う段階に入った焙煎は思い出した様に隣には座っている鏡音少尉を大石大佐に紹介する。

 

「申し遅れました、隣に座って居る彼女は鏡音影子少尉と申しまして、今は私の部下として色々と手伝って貰っています」

 

焙煎に紹介された鏡音少尉はペコリと頭を下げた。

 

「御紹介に預かりました鏡音影子少尉と申します。以後お見知り置きを」

 

「大石だ、しかしこんな美人さんを部下に貰うとは正直言って羨ましいぞ。これも高野元帥閣下の差し金かな?」

 

「ま、鏡音君もコイツに愛想が尽きたらウチに来ればいい。今は何処も人出が足りんからな」

 

と口では冗談を言いながらも、探る様な目付きで鏡音を見る大石大佐だが、鏡音は困ったかの様な笑み浮かべてはぐらかす。

 

それを見て「ふむ」と顎髭に手を伸ばす大石大佐。

 

この仕草は、彼が考え事をする時に出る癖の様なものだ。

 

「取り敢えず、これからどうするかだな。矢澤参謀を敵に回したとなると十中八九古崎大将も関わって居るだろうし、このままだと下手をすれば飼い殺しだぞ焙煎」

 

顎髭を撫でながら、大石大佐はこれからの事について本題を切り出す。

 

「何か手はありますか大佐?」

 

「自分に出来る事なら何でもやるつもりです」

 

兎に角此処では手詰まりな焙煎は、大石大佐に一縷の望みを賭けていた。

 

そして大石大佐も、焙煎の事を何とか出来るのは自分しか居ないと確信していた。

 

「無い事も無いが、どうだ焙煎。もう一度俺の下で働く気は無いか」

 

だが、その提案は思った程光明にはなり得なかった。

 

「自分も出来れば大佐の元に戻れたら常々思っていましたが、生憎と今は此方も事情がありまして…」

 

大石の言葉に、明らかに失望の色を隠せない焙煎。

 

大佐と別れる前の彼であればそれで良かったが、今の彼には元の世界への帰還と言う至上の目的がある。

 

今更古巣に戻る事など出来ないのだ。

 

「いやそう言う意味じゃ無い。下に着くと言っても一時的なものだ」

 

「?と言いますと」

 

上手く話が飲み込めない焙煎に、鏡音が助け舟を出した。

 

「つまり大佐殿は我々を雇おう、そう仰っているんですよヴァイセン中佐」

 

「今中佐は微妙な立場にあります。それが影響して軍令部と現場との確執は複雑に絡み合っています」

 

「大事な作戦を前に中佐を排除したくとも出来ない。恐らく古崎大将も矢澤参謀もこの件を持て余しています」

 

「そこを敢えて大石大佐が引き取る形で問題を解決しようと言うのです。そうですよね大佐?」

 

鏡音少尉の言葉に大石大佐は大きく頷いた。

 

彼としても、大事な作戦を前に身内の不和の芽を取り除いておきたい気持ちがあったからだ。

 

「ま、話は俺の方でつけておくからお前さんは気にするな。それにお前さんの所の超兵器の噂くらい聞いている。それを見込んでこの話を持ち掛けたんだ」

 

「実を言うとこれは俺に取っても渡りに船の話なんだが、今俺は補給計画全般を取り扱っているがどうして一つ解決出来ない問題があってだな」

 

「前線までの輸送船団の護衛を行う戦力がどうしても足りん。このままだと裸で戦場に送り出す羽目になる」

 

「その護衛を我々が肩代わりすると、確かにアリですね」

 

焙煎としても大石大佐の提案には大きく頷く所があった。

 

特にこの半年間、資材関係で何かと苦労をしてきたから補給が如何に大事か身に染みていたのだ。

 

「でしたら、ヴァイセン中佐。アレが使えるのでは無いですか?」

 

「アレ、ってもしかしてアイツか⁉︎まあやれない事も無いだろうが」

 

鏡音少尉の言うアレとは、つまりスキズブラズニルの事だ。

 

確かにスキズブラズニルならばこの計画の大きな助けになる事に違い無い。

 

だがそうなると、折角溜め込んだ資材を作戦の為に又放出するハメになるのではとの不安もあった。

 

「?何だ、詳しく話を聞こうじゃ無いか」

 

しかしそんな焙煎の不安も他所に、話が見えて来ない大石大佐は焙煎に説明を求めた。

 

焙煎は言うべきか言わないべきか迷ったが、結局言う事にした。

 

これから世話に成ろうという相手に対し、隠し事をするのは信用に差し障るからだ。

 

「いやウチの船に一隻、洋上ドック艦とでも言うべき奴がいまして。一個艦隊位の補給とか修理とか色々器用なヤツなんですよ」

 

それを聞き、俄かに色めき立つ大石大佐。

 

「何だと、それをもっと早く言わんか⁉︎詳しいスペックは後にしても、こうしちゃおれん。今から計画を作り直さなければ」

 

焙煎の話を信じるのならば、現在海軍にとって致命的に欠けていた大規模洋上補給能力の問題が一挙に解決する事になる。

 

それは今次作戦に関わるのみならず、これからの海軍の戦略を根底から覆す事になるからだ。

 

「焙煎、これから忙しくなるぞ。お前にもバリバリ働いてもらう事になるから覚悟しておけよ」

 

「は、微力を尽くします」

 

この後、大石大佐の部屋を後にした焙煎達はさしたる妨害も受ける事なく内火艇に乗ってスキズブラズニルへと戻っていき。

 

大石大佐も約束を違えず、後日正式な辞令で持って焙煎達の作戦参加を認めさせ。

 

こうして南方反攻作戦の時は刻一刻と迫って行った。

 

 

 

 

焙煎達に正式な辞令が降ったその日、トラック泊地の執務室において基地司令である古崎大将は厄介事が片付いたと安堵の溜息を漏らしていた。、

 

「上手くやってくれたようだな矢澤参謀。これで後は後顧の憂も無く作戦に集中出来ると言うものだ」

 

しかし矢澤参謀はそれについて嬉しいと思ってはいなかった。

 

「果たしてそうでしょうかな?私としては上手く行き過ぎな気がしてなりません」

 

「上手く行く事の何が悪い?作戦が成功すると言う幸運の前触れとは思えないのか君は」

 

折角褒めたというのに、矢澤参謀の相変わらずの態度に古崎大将は眉をひそめた。

 

「確かに、ヤツの経歴を洗い関連人物に当たりを付けた誘導出来ました。大石大佐が思ったよりも積極的だったのは誤算でしたが、それも修正出来る範囲内で済みました。それに懸念事項であった輸送船団護衛の問題も解決済み」

 

「だったら何も問題無いじゃ無いか?君は少し作戦を前に神経が過敏なんじゃ無いか」

 

時々、この楽観的な考えを羨ましく思う矢澤参謀ではあったが、しかしそれは参謀の考えでは頭の中で無いと否定する。

 

だが、これ以上考えようも無いのも確かだった。

 

「私はもう少し作戦を詰める為これで失礼します」

 

「おおそうか?だがあまり根を詰め過ぎない様にな。作戦中に倒れられたんじゃ事だからな」

 

古崎大将は、部屋を出る矢澤参謀の背中にそう投げかけたが返事は返ってはこなかった。

 

それは、作戦開始前の最後の日の事であった。

 

 

 

 

 




次回から艦隊決戦になります。

そしてその戦いの最中に、ある因縁の決着がつくと思います。



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21話

海軍軍令部より発令された「南方反攻作戦」によりトラック諸島から出撃した艦娘艦隊のべ200隻とその支援艦隊は、ラバウル基地で補給を受けた後敵領海へと侵攻を開始した。

 

それは正に、海軍が投入出来る戦力の全てを賭けた乾坤一擲の作戦であった。

 

「第一次攻撃隊、発艦してください!」

 

「ここは譲れません」

 

「攻撃隊、発艦はじめっ!」

 

「第一次攻撃隊、発艦っ!」

 

「全航空隊、発艦始め!」

 

「翔鶴姉ぇ、やるよ!艦首風上、攻撃隊、発艦始め!」

 

弦を引き絞った空母達から放たれ、一本の鏃となって飛び出した攻撃隊が空を舞う。

 

「艦隊、この長門に続けーっ‼︎」

 

「私の出番ね。いいわ、やってあげる!」

 

「日向遅いよ?置いてくからね」

 

「まあ、そうなるな」

 

「伊勢、日向には…負けたく無いの!」

 

「敵艦隊発見!砲戦、用意して!」

 

「私たちの出番ネ! Follow me! 皆さん、ついて来て下さいネー!」

 

「気合!入れて!行きます!」

 

「勝手は!榛名が!許しません!」

 

「さぁ、砲撃戦、開始するわよ~!」

 

戦列を揃え、海原に浮かぶ鋼鉄の城たる戦艦達は波濤を超え進撃を開始しする。

 

この時作戦を察知した深海棲艦は、ポートモレスビー要塞を空にする勢いで全艦隊を決戦海域へと投入。

 

その数優に600隻を超え、実に太平洋戦線における半数以上もの深海棲艦が艦娘達を待ち構えていた。

 

こうして両軍合わせて800隻もの艦隊が一海域に集う、人類史上類を見ない一大艦隊決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦開始から二週間が経ち、前線の遥か後方でも又、一つの戦いが始まっていた。

 

「そうだ、弾薬類の荷下ろしは慎重に慎重にだ」

 

「トラックでの運送は揺れに気を付けろ!ここは陸地じゃ無いんだぞ」

 

「何だって⁉︎艦娘用の下着だと、そんなの後にしろ!今は弾薬と食料類が最優先だ」

 

「積み荷を降ろした船はさっさと場所を開けろ!他のがつっかえる」

 

「北門を開けろ、帰りのコンボイが通る」

 

「誰だ!ここに突撃一番を置いたのは‼︎一体誰が使うんだ‼︎」

 

「知らねえよ、どうせハゲのだろ!海に捨てちまえ!」

 

南方海域の海に浮かぶスキズブラズニルの浮き桟橋の彼方此方で、妖精さん達がその可愛らしい見た目とは裏腹に荒々しい怒声を上げながら到着したコンボイ(輸送船団)から次々と積み荷を降ろし、桟橋から続く浮橋をトラックでスキズブラズニルの資材保管庫へと運ばれていく。

 

現在スキズブラズニルは洋上ドック艦としての機能を拡充し、その姿は大きく変わっていた。

 

未だ工事の途中とは言え四方を囲むようにコンクリート製の浮き防波堤が並び、その内側にも又同じくコンクリート製の半沈状態の防波堤がありこれに防波堤の内側は波の立たない「アヒルの池」となっている。

 

またスキズブラズニルを中心に放射線状に並んだ浮き桟橋により迅速な物資の搬入を可能とし、周辺海域の安全は超兵器達により保たれていた。

 

前線と後方との中間点にて一大物資集積地となったスキズブラズニルは一言で言って、人工港マリベールの様なものであった。

 

執務室の窓から作業の様子を見下ろしていた焙煎は、妖精さん達の働きに満足すると同時に、後で何かを付け届けさせるかと思いながら仕事に戻っていく。

 

「焙煎中佐、ここの所余り良くない噂を聞くんですが…」

 

「噂は噂だろ?良くあることさ」

 

会計監査官の職権を利用して、焙煎の仕事を手伝っている鏡音は仕事の最中ふとそう漏らしたが、焙煎としては関係ないとばかりに仕事を再開する。

 

焙煎の素っ気ない態度に、折角のお喋りのチャンスがと頬を膨らませる鏡音の様子を、横目で盗み見ていた焙煎は心の中で癒されていた。

 

(やっぱり、普通の娘がいいよなぁ〜)

 

とある事件で巨乳恐怖症を患い、個性豊か過ぎる超兵器達に常日頃から翻弄されている焙煎にとって、彼女のこうした普通の態度は一種のオアシスであるのだ。

 

しかしその時間も束の間、部屋に入ってきた乱入者によって焙煎の癒しの空間は突如として終わってしまう。

 

「艦長、暇だからコーヒーを淹れてきたぞ」

 

部屋に入るなりヴィルベルヴィントは開口一番そう言った。

 

「ヴィルベルヴィント、丁度いい仕事が出来たぞ。今すぐそのコーヒーを海に捨てるんだ」

 

しかし焙煎の話など知った事では無いと、無理やり目の前に熱い湯気を立てるコーヒーカップが置かれ。

 

助けを求めに隣を見れば、コーヒーを受け取った鏡音が「ありがとう」とヴィルベルヴィントに感謝を告げている。

 

焙煎は観念したようにそっと手でコーヒーカップを机の脇に寄せるが、いつの間にか背後に回っていたヴィルベルヴィントによって頭を胸に乗せられていた。

 

「お前それ好きだな」

 

「知らないのか?こう言うのをたわわチャレンジと言うらしいぞ」

 

一体どこからそんなアホな事を覚えてくるんだと言うと、ヴィルベルヴィントは誇らしげに胸を張り(その拍子に頭がフワリと浮き、落ちる時また柔らかいクッションに後頭部の半分位が包まれ)青葉新聞だとのたまった。

 

鏡音も「あ、私もそれ知ってます」と器用にカップのソーサーを胸に乗せてみせた。

 

鏡音が出来たのだから、うちの連中は大半が出来るんだろうなと益もない事を考える反面。

 

それは一部の女性団体(特に某軽空母達)にケンカを売っているのではと?と心配に思う焙煎であったが、件の青葉新聞の大半が炎上商法紛いのゴシップ記事で占められているからして、狙ってやっているのかもしれない。

 

「で、何をしに来た?ヴィルベルヴィント」

 

「暇だ、何か仕事を寄越せ」

 

何を勝手な事を、と思うかも知れないがこれでもヴィルベルヴィントは良くやってくれている方なのだ。

 

周辺航路の安全確保を任された超兵器達は、アルウスとデュアルクレイターが無人機をオートで大量運用する事で仕事が無くなり。

 

然りとて前線に勝手に出るわけにもいかず、暇を持て余しているのだ。

 

「休むのも仕事のうちだぞ」

 

「退屈は精神を腐らせる毒だ」

 

こんなやり取りをもう何度となく繰り返しているが、流石の焙煎も彼女達が可哀想になって来ていた。

 

戦う事が存在意義の超兵器をして、直ぐ目の前に戦場があるとと言うのに出れないと言うのは、ストレスが溜まる一方であろうと。

 

出来ればなんとかしてやりたいが…それは上次第だと言う事を焙煎は弁えていた。

 

そして焙煎は話を逸らすべく「そう言えば」と言い。

 

「さっきの噂なんだが」と鏡音の方を見た。

 

鏡音は胸に乗せた皿の上にカップを乗せ、更にペンを置いて何処まで乗せられるかに挑戦中であった。

 

「よっと。あ、焙煎中佐噂って司令部が後退したがっている事についてですか?」

 

色々と積み重ねて、顎の下まできたのをバランスをうまく取りながら、鏡音は噂について話し始めた。

 

「最近、抵抗が激しくて占領地や海域の維持が難しくなっているんですよ」

 

「だから、うんしょ。一旦引いて体勢を立て直したいと言う話なんですよ」

 

喋っている間にも、何処からかもってきた辞書を積み重ねて、彼女の顔の高さまできたが、焙煎は話の内容よりもよく話す時の振動で崩れないなと其方の方にばかり注意が向いていた。

 

「戦線整理なら噂に成らずとも上から直ぐにでも命令が出るんじゃないか?一体何が噂に成ると言うんだ」

 

ヴィルベルヴィントは鏡音の話に訝しんだが、鏡音は器用に積んだ物が崩れないようソーサーを胸から下ろしながら続きを話した。

 

「噂になっているのはここからなんですよ。後退する時相手に悟られない様偽の攻勢を仕掛けるんですけど」

 

「それがどうも捨て石同然で、その部隊を囮にするんじゃ無いかって」

 

奇妙な逆三角形のオブジェと化した物体を机の上に置き、鏡音は「ふーっ」と息を吐いて額の汗を拭う真似をした。

 

「捨て石か、そんな噂が立てば士気に関わるだろうに」

 

「それだけ海軍は追い詰められているんですよ。この作戦だって本土や各地に大きな負担をかけているんです」

 

「そこまで戦局が逼迫しているのなら、我々の出番も近いかも知れないな艦長」

 

「ん?ああ、そうだな」

 

焙煎はまるで話を聞いていなかったので、適当に相槌を打ったがそれで騙されるヴィルベルヴィントては無かった。

 

「艦長、聞いていなかったな。しかも私が折角淹れたコーヒーを一口も飲んでいないじゃ無いか」

 

話を聞いていなかった事よりも自分が作ったものを口にしなかった事に腹を立てたヴィルベルヴィントは、罰として焙煎が飲まなかったコーヒーを手にとって焙煎の頭の上に乗せた。

 

「な⁉︎おい、ヴィルベルヴィント⁉︎」

 

「暴れると顔にかかるぞ」

 

そう言いながらヴィルベルヴィントは器用に力を抜いて、焙煎の後頭部に当てていた胸を外し自分だけ災難を逃れた。

 

焙煎は何とか手を使って降ろそうとするが、絶妙な角度で乗せられたカップは体を動かそうとすると途端にグラグラと揺れ始める。

 

「ちょ、ちょっとまってくれ!これを下ろしてくれ⁉︎」

 

「手を使わずに飲めたら考えてやっても良い」

 

首の力だけで何とかコーヒーカップを支える焙煎だが、段々と首が疲れてきて筋肉が震え始めた。

 

「か、鏡音⁉︎助けてくれ」

 

「あ、すみません焙煎中佐。今新しいたわわに挑戦してるんで静かにして下さい」

 

頼みの綱の鏡音は、今度は焙煎の頭に物を載せ始めた。

 

こうして孤立無縁の焙煎は30分後に、今後出されたコーヒーはちゃんと飲む事を条件に解放され。

 

暫くヴィルベルヴィントのコーヒー攻勢に晒され胃と舌が荒れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トラック諸島司令部にて、古崎大将は苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべていた。

 

それと言うのも、今彼の手に矢澤参謀より渡された有る作戦の承認書が関係していた。

 

「もう一度聞くぞ。本当にやれると思うのか?」

 

「噂が本当なら可能ですが、何を躊躇うことがあるのです」

 

相変わらず人の感情を逆撫でする参謀の態度に、古崎大将は益々顔をしかめた。

 

その顔には、そもそもの原因がお前に有るんだぞと書いてあったが、参謀はそれを涼しい顔で素知らぬふりをした。

 

逆に矢澤参謀は古崎大将を諭し始めた。

 

「上手くすれば膠着した戦線を打破できます。そうでなくとも、連中ならば此方の懐を傷めることなく敵を削ってくれるでしょう」

 

「だが軍令部はどうする?」

 

「元々失敗前提の作戦です。名誉の戦死か、成功してもそれを理由に何処かへ栄転させましょう」

 

矢澤参謀としては出来れば敵を削って且つ戦死して貰いたかったし、その公算が高い場所を敢えて選んだ。

 

それを古崎大将に伝えてはいないが、結局最終的には作戦成功の功績が古崎大将にあれば全てに満足する。

 

そう言う男だと、矢澤参謀は長い付き合いから見抜いていた。

 

古崎大将は暫く迷い、結局は作戦承認書にサインをした。

 

こうして、超兵器達の前線投入が決定されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

その日、いつになく余裕の無い様子の大石大佐が焙煎の元を尋ねてきた。

 

大石大佐を執務室に通し、鏡音がコーヒーを淹れてくる為部屋を出るなり、開口一番こう言った。

 

「まずい事になったぞ焙煎」

 

大石大佐の只ならぬ様子に焙煎も身を引き締めて話を聞く姿勢を取る。

 

「今しがた矢澤参謀からお前達に出撃命令が下った」

 

「今度の作戦でお前達は全艦隊の先鋒となる。つまりは捨て石だ」

 

焙煎はいつか自分達も出撃するだろうと思っていたが、捨て石を命じられるとは思っても見なかった。

 

「ショックだろうが聞いてくれ。今朝いきなり矢澤参謀が来て俺の所からお前を外すと言ってきた」

 

「当然承知出来ないと言ったが司令部の命令だと言って無理やり指揮権を奪っていったんだ」

 

焙煎は大石大佐と矢澤参謀とのやり取りを想像し、その心中を察した。

 

無理やり部下を奪われた挙句、全軍の捨て駒にされるなどこれで2度目だからだ。

 

それと同時に奇妙な感情も湧いてきた。

 

自分は一度ならずとも2度も海軍から捨てられたと言う事だ。

 

怒りよりも寧ろ冷静さの方が優った。

 

「大石大佐はそれを伝えにわざわざ…」

 

「いや、それだけじゃ無いぞ。前の時は何もしてやれなかったからな、今ある資材を全部くれてやる」

 

「⁉︎大石大佐」

 

突然の申し入れに焙煎は大いに驚いた。

 

前線の補給を賄っていたスキズブラズニルの倉庫には、まだ大量の資材が保管されている。

 

当初焙煎はそれを返せと言う為に大石大佐が来たのだとばかり思っていたが、本当はその逆であったのだからだ。

 

「お前が何かと物入りだと言うのは知っているぞ。その為に軍令部に取り入ったのにもな」

 

「ご存知でしたか…」

 

「ま、正直言うと今のウチにはお前さんとこの資材を運ぶだけの船が用意出来ないんだ」

 

大石大佐はそう言った快活に笑うが、本当は資材の引き上げも矢澤参謀から命じられていた。

 

しかし彼は司令部への心理的物質的面から命令を無理だと撥ね付けた。

 

事実、この時全軍を交代させる為に輸送船団の大多数が奪われ、手元の船だけで護衛も無く命令を遂行するのは不可能であったからだ。

 

「書類上の事は何とかするから、後はお前の好きなように使ってくれ」

 

「何から何まで、お世話になりっぱなしで。感謝します、大石大佐」

 

「礼はいらんよ、焙煎。半ば俺の私情も混じっているからな、今迄俺達を散々振り回してきたんだ、そのツケを今度は連中が払うだけさ」

 

深く頭を下げる焙煎に、そう嘯く大石大佐だが、彼も覚悟の上での事であった。

 

それを分かっているからこそ、焙煎は心の奥底から感謝するのであった。

 

 

 

 

 

大石大佐を見送った後、焙煎は少し考えてから部屋にヴィルベルヴィントを呼んだ。

 

その時鏡音には席を外して貰う事も伝え、部屋には焙煎とヴィルベルヴィントの二人っきりとなった。

 

「艦長から用があるとは珍しいな?」

 

「ヴィルベルヴィント、良く聞いてくれ。そして考えてお前の意見を聞かせて欲しい」

 

この男にしてはめずらしく真剣な表情をするなと、若干失礼な事を思うヴィルベルヴィントであったが、取り敢えず話の続きを聞く事にした。

 

「俺は海軍を抜けるぞ」

 

「そうか、で話はそれだけか?」

 

焙煎はポカーンとした表情を浮かべたが、ヴィルベルヴィントとしてはそんな事で自分を呼び出したのかと逆に呆れていた。

 

「いやいやいやいや、まてまてまてまて。お前、海軍を抜けるぞ‼︎つまりは脱走兵になるんだぞ⁉︎」

 

思わず廊下まで聞こえるような大声を出してしまう焙煎に対し、ヴィルベルヴィントは「なにを今更」といった態度でこう言った。

 

「それがどうした?元々私達は愚連隊の様なものだ。好きな様に生き好きな様ににする、今迄となんら変わりは無いじゃないか」

 

「それはそうだが」と言葉に詰まる焙煎だが、一応士官教育を受けた手前凡人である彼には相当勇気のいる事であった。

 

しかし、ヴィルベルヴィントはそんな焙煎にゆっくりと近付きながら何を迷うことがあるかと告げる。

 

「前も言ったじゃないか。私達は所詮異邦人だ、この世界に最初から居場所などありはしない」

 

「お前はお前の目的の為だけに動けばいい。これからも誰にもそれを邪魔させないし、私がそうさせない」

 

焙煎の目の前に立ち、机に手をついて身を乗り出したヴィルベルヴィントは蠱惑的な声でそう言った。

 

焙煎にはそれが悪魔の囁きに聞こえた。

 

極めて魅力的で蕩ける様に甘く、人を誘い込む蜜の味。

 

しかし、そこに堕ちれば最早後戻りは出来ない事を意味していた。

 

「ヴィルベルヴィント…お前はそれで良いのか?」

 

お互いほんの鼻先まで顔が近づき、触ろうと思えば触れるその距離で焙煎は言った。

 

「私はお前の艦娘で艦で道具であればいい。それ以上は何も望まんよ」

 

その時ヴィルベルヴィントが浮かべた笑みを、焙煎は終生に渡って忘れる事はなかった。

 

蕩けて濁った瞳に、犬歯がキラリと光り、まるで獲物が罠にかかったのを喜ぶかの様な獣じみた、獰猛でしかし美しいそれは見惚れるほどの笑みであった。

 

 



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22話

皆さんお久しぶりです。

長らく放置して申し訳ありません。

最近某新城直衛が空飛んで来たアニメにハマっておりまして、web版をゆっくり読み進めてる所ですw

皆さまにはご迷惑をお掛けしますが、末長くお付き合い出来るよう願っております


トラック諸島司令部より出撃を命じられた焙煎達は、一路その途上にあった。

 

様々な雑務を処理した後、後方から移動出来たのは既に日が傾き始めた頃であった。

 

そうして前線へと配置転換が完了する頃には、空には星が煌めいていた。

 

 

 

 

昼間と違い、夜の南方海域は比較的平穏であり以前は頻繁に起きていた夜襲もめっきりとなくなり、焙煎達はその合間に前線へと向かっているのだ。

 

既に前線の各所では後退の準備が粛々と進み、一部足早に前線を離れる部隊とすれ違うこともあった。

 

そのどれもが傷ついていない船は無く、中には負傷した兵や艦娘を運ぶ病院船も時折見かけた。

 

(話で聞いた以上に、前線は相当悲惨な状況の様だな…)

 

互いに作戦前の無線封鎖中の為詳しい様子などは分からないが、焙煎はスキズブラズニルの甲板の上で手摺に寄りかかりながら遠く去る船を見てそう思うのであった。

 

「此処にいらしたんですか。焙煎中佐」

 

焙煎は後ろを振り向くと、其処には鏡音が立っていた。

 

「南の海とは言え、夜は寒いですよ?風邪を引く前に早く船内に入りましょ」

 

そう言う鏡音に、焙煎は曖昧な返事を返しながら彼女の方をジッと見つめる。

 

「?」

 

見つめられて小首を傾げる鏡音であったが、見れば見るほど人間らしい彼女に焙煎は少し揺れたが、一方その心の内では決心し息を吐いていた。

 

「実はな、待っていたんだよ」

 

「何をですか?」

 

「お前が来るのを、だ」

 

突然、自分を待っていたと言われ益々小首を傾げる鏡音であったが、「う〜ん」と額に指先を当てて少しだけ悩むと、こう切り返した。

 

「あ、ひょっとして告は「断じて違う!」ええ本当ですかぁ?」

 

鏡音は揶揄う様な目で焙煎を見るが、焙煎の方は万が一、億が一の可能性があっても彼女に、いや“彼女達”に告白する様な事などあり得ない。

 

「じゃあ、今更になって船を降りろって言うのなら、それは焙煎さんが決める事じゃ無いですよ?私気付いてたと思いますけど焙煎さんの監視役ですから上からの命令でもないと…」

 

鏡音からスパイである事カミングアウトされた焙煎であるが、無言で首を横に振ってその話しではないと否定する。

 

そもそも本当に船を降ろす気なら、もっと前に早く降ろしている。

 

今までそれをしなかったのは、焙煎の方に原因があった。

 

今までは仕事の忙しさを理由に、見て見ぬ振りをしてきたが、事此処に至って彼はこの問題を解決しなければならなかった。

 

「鏡音、お前は…」

 

焙煎は鏡音の顔をまっすぐ見ながら、重苦しく口を開こうとして…。

 

「それとも…私が“人間”じゃないと言う事ですか」

 

「⁉︎」

 

思わず焙煎は驚き鏡音から一歩引いてしまう。

 

しまったとも、何故自分からとも、様々な思いが焙煎の中で渦巻いたが、鏡音は焙煎の百面相の様に変わる顔を見て笑いながら手摺の方に歩き寄りかかる。

 

「あれ、その話じゃないんですか、焙煎艦長?」

 

最初見た時と変わらない笑顔を焙煎に向ける鏡音。

 

だが、今の焙煎には何処か得体の知れないものに感じられた。

 

「何故、自分から話した」

 

やっと表面上の落ち着きを取り戻し、絞り出す様に出した一言がそれであった。

 

しかし心の中や頭ではまだ大きく揺れていた。

 

それ程に先ほどの衝撃は大きかったのだ。

 

「自分でも、そろそろかなって思ったんですよね〜」

 

「だから話しました」

 

普段と変わらない姿を崩さない鏡音に、このままではいけないと焙煎は矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。

 

「お前は一体何者なんだ、誰の命令で何の目的があって此処に来たんだ⁉︎」

 

「や〜ん、そんなに一度に聞かれても答えられない〜。私、困っちゃう」

 

「っ⁉︎」

 

巫山戯た態度の鏡音に質問をして全て受け流されてしまった焙煎だが、思わず「ふざけるな‼︎」と激発しそうになるのを抑えた。

 

相手にペースを握られっぱなしなのは面白くないが、しかし冷静さを欠いてはどうしようもないと一旦落ち着こうとする焙煎。

 

「それに〜、最初の質問ですけど、もう分かっているから呼んだんじゃないんですか?ヴァイセンさん」

 

鏡音が何気なく発した自分の名前。

 

それは、この世界に来る前よく耳にした自分の名前の本当の発音であった。

 

(懐かしい)

 

焙煎いやヴァイセンは、素直に心の内でそう思った。

 

今まで呼ばれ続けて来た焙煎と言う名前は、何処か本当の自分でないとの思いがあった。

 

それに比べヴァイセンと言う名は、在るべき姿形が此処に在る、そう思わせる不思議な響きがあるのだ。

 

急に心が静まり冷静になるヴァイセンは、もう一度鏡音の顔をまっすぐと見た。

 

普段と変わらない柔らな笑みを浮かべ、しかしその瞳はヴァイセンの変化を受けて少しだけ驚いた後、益々その笑みを深くするのである。

 

「鏡音」

 

「はい」

 

「今から俺が言う事に間違いがあったら言ってくれ」

 

返事の代わりに彼女は、ゆっくりと頷いた。

 

「お前は、人間、じゃないんだろ」

 

ヴァイセンは疑問ではなく確認としてそう言った。

 

果たして鏡音、いや彼女の返事は如何であろう?

 

「はい、そうですよ」

 

あっさりと、しかも爽やかにそう答えた。

 

「やけに素直に答えるな?」

 

「だって間違っていませんから」

 

そうは言うものの、他に答えようもあっただろうにと、そう思うヴァイセンであったが此処は素直に話を続ける事にした。

 

「海軍所属って言うのも嘘なんだろ」

 

「そうですね、ヒト、じゃありませんか」

 

「で艦娘でもない」

 

「う〜ん?ちょっと違いますね」

 

彼女の言葉の響きには、間違いをしたと言うよりも、少しだけズレていると言った趣が強かった。

 

「俺の考えでは艦娘じゃないよ、お前達は余りに違いすぎる」

 

「それ、艦娘差別ですよ」

 

「俺から見れば差別でもなんでもない、区別だ」

 

「そもそも、お前超兵器なんだから初めから他とは違うだろう」

 

「⁉︎」

 

初めて鏡音が驚いた表情を浮かべた。

 

「やけにあっさりと言っちゃいましたね」

 

「普段俺がどんな連中と付き合っていると思ってるんだ。アレと艦娘とを比べたら失礼だろ」

 

「それ、遠回しに私も入ってません?」

 

鏡音はジト目でヴァイセンを見たが、とうのヴァイセンは何処吹く風よと言わんばかりであった。

 

「と言うか、何処で気付いたんです?私結構気をつけたと思ったんですけど」

 

「お前、俺が毎日誰と一緒にいると思ってるんだ。ヴィルベルヴィントのお陰だよ」

 

ヴィルベルヴィントと聞いて彼女は合点がいった。

 

彼女ならば、或いは自分の正体に気がついたのかも知れないと。

 

「ああ、成る程。ヴィルベルヴィントさんって結構鼻がきくんでしたよね。見た目も中身も犬っぽいし」

 

仮にもしこの場に本人がいたならば、顔を赤くして怒るであろう事を平気で言う鏡音。

 

しかし焙煎の答えは全く予想だにしていなかったものであった。

 

「?いやアイツは多分お前の正体に気付いてないぞ」

 

「え?でもさっき…」

 

「アイツの妙な趣味に人の頭を胸に乗せたがるんだよ。お陰でお前達の身体の事はよく分かった」

 

そうヴァイセンが言うと、鏡音は一歩下がり距離を取る。

 

「私達のこと、そんな目で見てたなんて…⁉︎」

 

「いや待て⁉︎誤解だ誤解だ!」

 

言葉が足りず要らぬ誤解を招いたヴァイセンは、慌てて釈明しようとするが、しかし時すでに遅し。

 

彼女は顔を真っ赤にして益々距離を取り、冷たい永久凍土の様な白い目で此方を見てくる。

 

「フケツです、ヘンタイです、このクズ、セクハラで訴えますよ⁉︎」

 

「だから誤解だと言ってるだろ⁉︎」

 

「近寄らないで下さい。それ以上近くとヒトを呼びますよ」

 

何とか話を聞いてもらいたいヴァイセンと、さっきまでの雰囲気をぶち壊して騒ぎ立てる鏡音。

 

ハタから見れば痴話喧嘩の何者でもないその有様は、最早修正不可能であった。

 

「ああ、もうこの際だからはっきりと言うぞ!」

 

「ええ、はっきり言ってください。艦長は艦娘をいやらしい目で見る変態のクズ司令だって!」

 

もう彼女の言葉は一切無視しようと、この時のヴァイセンは心に決めた。

 

兎に角自分が言うべき事を全てぶちまける事に決めたのだ。

 

「お前達超兵器と艦娘とでは、心臓の音が違うんだよ」

 

「へ?」

 

ヴァイセンの「心臓の音が違う」発言に、さっきまでの喚き散らしていた鏡音が虚を突かれ一瞬呆ける。

 

「普通の艦娘は、そう生身の部分はほぼ人間なんだ」

 

「スキズブラズニルにも確認を取ったから間違い無い」

 

鏡音は呆けた表情から戻ると、今度は一転して真面目な表情でヴァイセンの方を見た。

 

「具体的には、どう違うんですか?」

 

何処と無くそれは自分を人間扱いされていなくて怒っている風にも聞こえる。

 

「何の事はない」

 

焙煎は鏡音の胸、具体的には心臓があるであろう部分を指差しこう言った。

 

「艦娘には当たり前の様にあって、お前達のソコには心臓の代わりに超兵器機関が入ってるんだよ」

 

本日二度目の衝撃と共に、鏡音は思わず「嘘だ」と思った。

 

彼女はこの世界に来て、人の身を得てから後肉体は人のそれと同じだと信じ切っていたからだ。

 

「もう、冗談言わないでくださいよ〜ヴァイセンさん。私ビックリして心臓が飛び出ちゃうかと思いましたよ」

 

だからこそ、鏡音はヴァイセンが言った事をタチの悪い冗談だと切って捨てる。

 

自らの寄って立つ足場が揺れるのを無視し、あくまでも自分が正しいと思っての言葉だった。

 

「実際に見たり、聞いたりする事は今まであったか?無いよな、普通の人間だってそうそう自分の身体の中なんてお目にかかれない」

 

だからこそ、ヴァイセンの答えは彼女の神経を逆なでする様なものであった。

 

「っ⁉︎じゃあ、ヴァイセンさんがそこまで言う証拠は何なんですか!」

 

思わず、普段の仮面を脱ぎ捨てて本音をさらけ出してしまう鏡音。

 

「冗談言わないでください!私達は確かに他とは違いますね。けどこの世界に来て変わったんです⁉︎」

 

「変わったとは?」

 

「私達はもう元の無機質な殺戮兵器なんかじゃありません。ちゃんと心と体を持った艦娘いえ“人間”になったんです‼︎」

 

そう、もう彼女は彼女達は元の彼女達では無い。

 

自らを人間と変わらないと信じて疑わない彼女に、ヴァイセンは独白した。

 

「…切っ掛けは些細な違和感からだったんだ」

 

「しょっちゅう人の頭を乗せたがるヤツのせいでな、最初は気にならなかったんだがある時気付いたんだ」

 

「人と同じ肌の柔らかさと温もりなのに、その奥から聞こえてくるのまるで歯車の合わない機械同士が擦れて響く様なノイズそのもの」

 

「思わず俺は聞いてしまったよ、スキズブラズニルな。『アイツらの身体はどうなっているのか?』とな」

 

「そしたらな、教えてくれたよ。お前達の身体の秘密を」

 

「それが、私達の身体の中に超兵器機関があると?」

 

ヴァイセンは無言で頷いた。

 

超兵器を超兵器たらしめているのは強力な武装でも強靭な装甲でも無く、それらを動かす超兵器機関であると。

 

これは艦娘とは大きく違う、あくまで艦娘は艤装を装備してこそ本来の技量を発揮するが、装着主それ自体は人間と何ら変わらない。

 

でなければ、艤装を解体後装着主であった艦娘が人と同様に暮らせる筈がない。

 

以前ヴァイセンの目の前で、アルウスと播磨が何も無いところから艤装を展開した事がある。

 

それ以前にも、北方海域で超兵器達の感情の昂りにより機関が暴走しかけた時、機関から漏れ出る光は確かに彼女達の身体から発せられていた。

 

いや、そもそも“艦娘”を扱えない自分が、何故超兵器達を扱えるのか?

 

それは艦娘と超兵器とでは根本から全く違うものなのでは無いからではないか。

 

そしてもう一つの疑問が生まれる。

 

今自分の目の前にいる超兵器は、一体何処の誰が建造したのか。

 

「お前達は肉体からして人ともましてや艦娘とも違う。正真正銘のバケモノなんだよ」

 

ヴァイセンから人間である事を否定され、愕然とし俯いて表情が知れない鏡音は、漸く絞り出す様な声を出した。

 

「貴方は、一体何が言いたいんです…」

 

「いえ、アナタにとって私達は何なんです⁉︎ー

 

心なしか肩が震えているかの様に見えたが、そうと気付かないヴァイセンは無神経に言い放った。

 

「?バケモノと言ったことが不満なのか。そうだな、言うなれば…取り扱い注意の物騒なモノだな」

 

その時、鏡音の中で何がプツリと切れた。

 

気付いた時には既に右手を振りかぶっていた。

 

次の瞬間空気が破裂したかの様な音が響いた。

 

「え?」

 

何が起きたか分からないと言う表情を浮かべるヴァイセンに、手を振り抜いた姿勢の鏡音の瞳からは輝きが失われていた。

 

彼女がヴァイセンを叩いたのは、自分をモノ扱いされたからでは無い。

 

世の中には、艦娘であっても使い捨ての道具の様に扱う人間が確かにいる。

 

永らく海軍に身を潜めていた彼女は、それをよく知っている。

 

では彼女はヴァイセンの何に対して怒ったのか?

 

それはヴァイセンが自分達をモノ扱いする時に浮かべた表情。

 

全く何の躊躇いもなく当たり前の様に言い放った時の顔は、元の世界で自分達を生み出し戦わせた軍人や博士達のそれであったからだ。

 

彼女がヴァイセンに近づいたのは、あの世界を経験しながらも超兵器達をそばに置くのが、控えめに言っても何処にでも居そうな凡人であった為だ。

 

唯の軍人であれば、力に狂喜し乱用するかそれとも恐れ怯え遠ざけるか。

 

そのどれでも無い彼に、彼女が興味を持つのは自然な事であった。

 

だからこそ、あの時困っていた彼を彼女が助け、後になって近づいたのもヴァイセンが実際はどんな男かを知るという個人的な欲求からであった。

 

彼女は期待していたのだ、この世界で同じく異邦人である彼とならば共鳴できるのではないかと。

 

多数の超兵器を従え、それでも凡人であるこの男ならば、自分達を理解しあわよくば協力さえしてくれるのではないか。

 

そう言った一方的な期待を、目の前の男は無自覚に裏切り踏み潰したのだ。

 

ヴァイセンに弁護する所があれば、それは彼と彼女とのでの目的意識の差である。

 

ヴァイセンにとってこの世界から元の世界への帰還が第一であり、超兵器達はその為の道具でしかない。

 

目的を遂げるまで、道具の扱いには気をつけるがそれは対等なものとしてではない。

 

それに対し、鏡音はあくまでもヴァイセンと対等であろうとした。

 

同じ異邦の出身として、或いはそこには女と男の様な感情も芽生えたかも知れない。

 

つまりは悲しいかな、お互いどこまで行っても自分本位の考えしか持てなかった故の悲劇、いや喜劇であった。

 

「アナタは、あの人たちと一緒です‼︎何処までも自分勝手で傲慢で何でも思い通りになると思ってる」

 

「アナタは彼女達の艦長なんかじゃありません。そんな信頼を得る資格さえありません、アナタは所詮無自覚に人を傷つける凡愚です!」

 

顔を叩かれ夜風に触れて熱を持つ左頬を手で押さえながら、一方的に捲し立てられるヴァイセンは混乱していた。

 

一体自分の何が気に障ったと言うのか?

 

無自覚にも、相手が超兵器と分かった時点で知らず知らずのうちにモノ扱いしてしまっている事に気付かないヴァイセン。

 

ある意味ヴィルベルヴィントとの触れ合いによって超兵器に対する恐怖が薄れてしまった為、かえって兵器としての側面ばかりに目が行きがちになり、それ故恐怖故の配慮を欠いた結果がこれである。

 

しかし今のヴァイセンにはそれが分からなかった。

 

ただ一つ言えるのは、彼女がその気になれば自分の頭など簡単に水平線の彼方へと吹き飛ばせると言う事である。

 

故に彼が抱いた感情が恐怖であった事は当然の結果であった。

 

ヴァイセンが無様にも後ずさった事で、鏡音にもヴァイセンの恐怖の感情が要と知れた。

 

(この人は…何処までも⁉︎)

 

己が命欲しさに、その為に何でもする様な人間を数知れず見てきた鏡音は普段の彼女ならば考えもしなかったであろう事を思う。

 

(今ここで、この人を除かなければいけない!この人を生かしておけば、あの世界の様に全てを壊してしまうかも知れない)

 

一方的な期待を裏切られた怒り故か、この時の彼女は冷静ではなかった。

 

衝動的に決めた事を行動に移そうとし、目の前の男に向かって手を翳した。

 

「さようなら、私の艦長になってくれるかも知れなかったヒト」

 

狙いを胸元に定め、トリガーを引き絞った。

 

 

 



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23話

鏡音がヴァイセンに砲口を向けトリガーを引き絞ろうとした時、突如衝撃がスキズブラズニルを襲った。

 

「うわっ」

 

「きゃっ、なに⁉︎」

 

鉄がひしゃげる音と共に水柱がいくつも立ち昇り、甲板を水が洗う。

 

甲板の手摺の近くにいた二人は、思わず海に投げ出されそうになる体を必死に手摺に掴まって耐える。

 

水柱と共に巻き上げられた残骸が重力に従って下へと落ち、海や甲板に叩きつけられ彼方此方に散乱する。

 

カン、カーン、と乾いた音が甲板を叩く。

 

幸い残骸が二人に当たることはなく、全身海水でずぶ濡れになりながらも、何とか海に投げ出されずに済んだ二人は揃って顔を上げて何が起きたかを知ろうとした。

 

しかしそうするまでも無く、敵襲を知らせるアラートが鳴り響く。

 

妖精さん達が飛び出し、サーチライトが照らされ海上を探る。

 

そして夜の海の中から水柱が立ち昇り次々と姿を現わす異形の姿。

 

紛れもなく深海棲艦のそれであった。

 

「海中からの奇襲攻撃だと⁉︎くそっ警戒線を抜かれたのか」

 

浮上した深海棲艦は彼方此方に破壊を振りまき、砲声と火災が夜の海を赤く染める。

 

特に積み荷を満載した船は可燃物の宝庫であり、一発当たるだけでマッチの様に火を吹き出した。

 

護衛の艦娘達は突然の海中からの奇襲で浮き足立ち、碌に反撃も出来ぬまま混乱は広がり続け、中には訳も分からぬま炎に巻かれる船もあった。

 

夜の南方海域は一瞬にして鉄火場の地獄と化したのだ。

 

「やっぱり、こうなるのね」

 

「…鏡音ぇ‼︎」

 

鏡音の何か訳を知ってそうな言葉に、ヴァイセンは思わずして声を荒げ彼女を睨む。

 

「お前は何を知っている!」と暗に凄むヴァイセン。

 

「…」

 

しかし鏡音はヴァイセンの詰問に何も答えなかった。

 

ヴァイセンも鏡音が超兵器であると言う事までは知っていても、深海棲艦と繋がりがある事までは知らなかった。

 

しかし先程の物言いから、彼女が手引きしたのではと勘ぐってしまったのだ。

 

それは正鵠を射ていたが、具体的な証拠のない中でヴァイセン自身も咄嗟な事で内心は半信半疑であった。

 

しかし鏡音の態度に、「もしや」と言う不信感を抱くヴァイセン。

 

この世界に来て初めて出会った自分が建造した以外の超兵器に、ヴァイセンは内心期待していたのだ。

 

それと言うのも、超兵器を建造出来る人間が自分以外にいる。

 

つまりは自分と同じくこの世界に流された人間と接触出来れば、自身がこの世界にきた原因が分かるのではないか?

 

ひょっとすれば帰還への糸口になるのではと、期待していたのだ。

 

だからこそ、今まで鏡音を泳がせてきたのだ。

 

それが明日戦場に、しかもこれまでと類を見ない過酷なものに行くとなれば(その実裏切る気満載で南極への逃亡を企てているのだが)、お互い接触を持つ最後の機会と考え行動を起こした。

 

しかしそれが、実は鏡音(正確には彼女に指示を与えた者が)深海棲艦と通じているのでは?と言う衝撃的な疑いを齎した。

 

ヴァイセンの頭に、ふと最悪の予想がよぎる。

 

海軍いや人類と深海棲艦、双方が超兵器を持ち争い合う世界。

 

その果てにあるのは…ヴァイセンが最も恐れる元の世界の再現に他ならない。

 

「中佐、一つ訂正があります」

 

海面を焦がす灼熱の炎に顔を照らし出され、鏡音が言う。

 

「な、なんだきゅうに⁉︎」

 

既に彼女からは殺気は消えていたが、自分が先程まで命の危機に瀕していた事など露とも知らないヴァイセンは思わず間抜けな返事をしてしまう。

 

急なことに慌てたり動転したり、すぐ調子に乗るなどこの男はどこまで行っても凡人である。

 

こんな男を頭に抱く彼女達の苦労は如何程かと、暫く共に過ごした彼女は心の中で嘆息する。

 

「あまり御自分を特別とは思わない事です」

 

「私達は何も『人』の手が無くとも、充分存在できるのですから」

 

「それはどう言う…」

 

ヴァイセンが言葉を続けようとして、その前に鏡音は手摺から身を翻し夜の海へと身を投じる。

 

「なっ⁉︎」

 

思わぬ行動に、駆け寄り海面を見るヴァイセン。

 

しかしそこに彼女の姿を認めることは出来なかった。

 

最初の時と同様突然現れては消える、まるで最初からそこにいなかったかの様に。

 

しかしヴァイセンにそれを考える時間は与えられなかった。

 

『ヴァ〜イセ〜ンさ〜ん。何処に〜いるん〜ですか〜?』

 

『いたら〜返事を〜して〜下さい〜い』

 

『あ、さっきので〜死んでたら〜それは〜それで〜怖いので〜返事〜しなくて〜いいですよ〜?』

 

いつも携行している通信機から、スキズブラズニルのあの間の抜ける様な声が聞こえ、ヴァイセンは急速に焙煎としての立場に引き戻される。

 

急ぎ艦内に戻ろうと背を向けるが、最後にもう一度だけ振り向き真っ暗な夜よりも深い海を見た。

 

去り際、彼女の口から『南極で会いましょう』と聞こえた気がしたからだ。

 

ヴァイセンとして受け取ったその言葉を、今は焙煎としての自分が頭の隅に追いやり、急ぎ状況を確認すべく走り出す。

 

彼女の真意が一体なんなのか、それを知る為にも今を切り抜けなければならなかった。

 

 

 

 

 

夜の南方海域は灼熱地獄と化していた。

 

前線の警戒網を抜け、海中より侵攻した深海棲艦によって陣形は壊乱され、無防備な姿を晒した通常艦が次々と犠牲になって行く。

 

しかしそんな砲弾が飛び交い、灼熱が身体を舐める戦場を颯爽としかも楽しそうに駆ける影があった。

 

「夜戦だー‼︎全艦私に続けー」

 

「姉さん!こんな時に不謹慎ですよ」

 

「そうだよ、夜のライブは大歓迎だけどマナーの悪いお客さんには返って貰わないと」

 

それぞれ上から川内、神通、那珂の三人は、混迷する戦場を颯爽と駆けていく。

 

嘗ての大戦では「華の二水戦」と謳われた猛者の中の猛者達であり、南方反攻作戦が始まる前から前線で戦い続ける海軍屈指の武闘派達である。

 

三人ともそれぞれ部下たる駆逐艦艦娘を引き連れていたが、この混乱の中部下達と逸れてしまい、偶々煩い長女が近くを通りかかったので、それに着いて行っているのだ。

 

「川内ちゃん、本当に皆んなを探さなくて良いの〜?」

 

可愛く顎に手の甲を当てて小首を傾げるポーズを取る那珂。

 

巫山戯ている様に見えて、ちゃんと仲間の事を考える良い娘なのだ。

 

「あの子達も、伊達に修羅場は潜ってきてません。この程度独力で切り抜けられる筈です」

 

那珂ちゃんの問に川内の代わりに神通が答えた。

 

普段は清楚で優しそうに見えて、訓練では一切の手を抜かず、その余りの厳しさから三人の中で一番怒らせてはいけない艦娘と噂されている。

 

「そうだよそうだよ、心配し過ぎだって。」

 

「こんくらいの修羅場、あの時あの時代幾らでもあったじゃない」

 

那珂は心配性だな〜、と笑って済ませら川内。

 

一見すると三人とも、砲火と爆炎が彩る戦場をただ呑気に喋って散歩しているかに見えるかもしれない。

 

しかし、彼女達の通った後には無数の深海棲艦の残骸が散らばっていた。

 

三人とも会話しながら、常に周囲に気を配り互いの死角をカバーしながら時に不意打ちを、時に魚雷を使った狙撃を繰り返し夜の闇から闇を縫う様に駆けて行く。

 

艦娘として新たな生を受け、人の身を持った事で可能となる絶技を、彼女達はこの戦場で発揮していた。

 

三人の先頭を行く川内は、ただ闇雲に進んでいるわけではない。

 

深海棲艦の海中からの奇襲により、戦線が崩壊しつつある今、早晩後退命令が撤退命令に変わるのは時間の問題であった。

 

それを分かっているからこそ、脱出は部下達に任せ、自身は殿として戦場を駆け回り機動防御に徹している。

 

一見これは部下に対する責任放棄とも取れるかもしれない。

 

しかし歴戦の艦娘たる彼女達は、この様な場合何よりも生き残る確率が高いのは、全員が揃っての撤退ではなくむしろその逆、隊列も何も関係なく全員がバラバラの方向に逃げる事であると知っている。

 

秩序立って撤退すれば、敵の追撃を諸に被ってしまう。

 

しかし、算を乱し秩序も何もなく脱兎の如く逃げ出せば、少数が討ち取られても全体の被害は最も低くなるのだ。

 

そして、彼女達の部下は命令せずともそれが出来る位には修羅場は潜っている。

 

それくらいには後ろの二人程ではないが、部下達を信頼している川内。

 

最も本当ならその後ろの二人にも、逃げて欲しいと川内は思っていた。

 

しかし、言葉に出さずとも二人とも姉の意を汲みその上でここに居るのだ。

 

一瞬、川内は振り返り後ろの二人の表情を見た。

 

神通は何時もの通り凛とした表情であり、那珂はこちらの視線に気づくと。

 

「きゃはっ、那珂ちゃんスマーイル」

 

と顔の前でVの字を作ってみせる。

 

那珂ちゃんはどんな所でも那珂ちゃんのままなのである。

 

いつもと変わらぬ二人の様子に、川内も又覚悟を決めた。

 

ここを死に場所と定めたからには、最後まで自分達らしく、二水戦の誇りとともに華々しく散ろう。

 

そう覚悟を決めた三人は最早唯の艦娘に非ず。

 

死兵と化した彼女達は、仲間の血路を開くためそして黄泉への行き掛けの駄賃代わりにと、次から次へと砲撃と雷撃で出来た大輪の華を咲かせて行くのであった…。

 

 

 

 

一方トラック諸島司令部では、真夜中に叩き落とされた古崎大将は折角の睡眠を妨害され不機嫌さを隠す事も無く、作戦司令部へと向かっていた。

 

「一体全体何だと言うのだ?私の睡眠を邪魔する位大事な事なのか」

 

声に苛立ちを乗せたまま、司令部へと続く廊下を歩く古崎大将。

 

「それが、前線が敵の夜襲を受けた様で…」

 

と古崎大将を起こしに来た士官は、大将の怒気に当てられ自信なさげに答えた。

 

その様子に益々不機嫌になる古崎大将。

 

そもそも高が夜襲位でこうも大騒ぎするなど、海軍の末端は如何なっているのだと古崎大将は憤慨した。

 

そして、こうした時いつも自分の近くにいて辛気臭そうな顔をしている筈の男がいない事に気付いた。

 

「矢澤は、参謀は如何した?何故来て説明せん」

 

「小官は唯、参謀殿より閣下を司令部にお連れする様にとしか」

 

つまりこいつは「自分では何も知りません」と目の前で言っているのだ。

 

最早何を聞いても無駄だと悟った古崎大将はその後無言で歩き続けた。

 

そして司令部に入るなり矢澤参謀を呼び出そうとして…その惨状に唖然とした。

 

普段は整然としている司令部が、今夜だけは騒然としいや、狂気していた。

 

彼方此方で怒号や悲鳴が上がり、床には書類が散らばるままになり誰しもが混乱していた。

 

「一体全体これは…何が起きたんだ」

 

それらを只呆然と見るしか無い古崎大将の傍に、いつのまにか矢澤参謀が立っていた。

 

普段の何処か人を馬鹿にした様な表情は今夜ばかりは鳴りを潜め、かわりに焦りと疲労の色が浮かんでいた。

 

「古崎大将、断片的な情報から推測したに過ぎませんが、今から15分程前前線は敵の夜襲を受けたとの報告がありました」

 

「規模は夜間の為正確な数は把握できませんでしたが少なくとも数個艦隊相当が浸透してきた模様です」

 

数個艦隊規模が前線の懐に侵入したとの報告に、古崎大将は前線の監視は一体如何したのだと怒鳴りたくなった。

 

あからさまな職務怠慢どころか、軍法会議で銃殺刑ものの失態に古崎大将は何か言おうとしたが、その前に矢澤参謀より衝撃的な事実が伝えられる。

 

「敵は、前線を突破するのでは無く海中から突如出現、いや浮上した様です。それも艦隊規模でです」

 

「潜水艦が浮上したのを見間違えたのでは無いのか?」

 

「目の前で戦艦や軽巡が浮上するのを見たとの報告があります。他にも同様の報告が後を絶ちません」

 

古崎大将は思わず絶句した。

 

深海棲艦による大規模浸透戦術。

 

それが事実ならば、従来の戦争の形が根底から覆る事になりかねないからだ。

古崎大将の頭の中を、最悪の予想がよぎる。

 

前線の崩壊と共に雪崩を打って侵攻する深海棲艦と、潰走する味方諸共吹き飛ばされるトラック司令部の姿を夢想し、それを防ぐために非常な決断を彼は下した。

 

「急ぎ予備艦隊で第二次戦線を構築。浸透突破を図る敵の侵入を防げ」

 

「前線の艦隊は?如何するので」

 

「前線は遺憾ながら放棄する。急ぎ艦隊を撤退させ第二次戦線戦力に吸収、全軍の崩壊は何としてでも防がねばならん」

 

古崎大将の決断にさしもの矢澤参謀も絶句した。

 

事実上前線の艦隊を見捨てると言う決断に、司令部も水を打ったように静まり返る。

 

「前線には以後独力で第二次戦線へと合流するよう通達せよ。それと基地航空隊司令部にも夜明けと共に前線への阻止攻撃を要請する」

 

古崎大将が言い放った指示に、矢澤参謀の背中に薄っすらとだが冷や汗が流れた。

 

夜明けまでに艦隊が撤退できなければ、敵味方諸共爆撃機部隊によって吹き飛ばされると言うのだ。

 

人道や倫理的観点から言えば全くの外道の行いであるが、しかし参謀としての職責を果たすべく矢澤参謀は自らの良心に蓋をする。

 

「分かりました、急ぎ艦隊に通達します」

 

古崎大将に向かって敬礼する矢澤参謀の手は、少しだけ震えていた。

 

 

 



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24話

スキズブラズニルが攻撃に晒される中、漸く艦橋へと戻った焙煎を待っていたのは非難の声であった。

 

「ど〜こ〜行って〜たんですか〜⁉︎周りの〜皆んなは〜やられちゃい〜ましたよ〜」

 

緊急事態だと言うのに相変わらず声が間延びするスキズブラズニルに対し、焙煎は「まだ船は沈んではいない」と答えた。

 

「状況は」

 

焙煎は簡潔に聞いた。

 

それに対しスキズブラズニルは「何を今更」と恨めしそうな目をしながら聞かれた事に答える。

 

「今は〜ヴィルベルヴィントさん〜達が〜迎撃に出て〜いますけど〜、最初の〜奇襲で〜機関部の一部を〜やられちゃって〜今〜修理〜している〜所です〜」

 

恐らく別の者が言えばもっと早くスムーズに済む報告も、スキズブラズニルでは聞く方に其れ相応の忍耐力を要求した。

 

しかし、付き合ってもうソコソコの長さになら焙煎は間延びする部分を排除して要点だけを切り出していた。

 

(状況は良くないか。スキズブラズニルの修理にどれ位かかるかによるが、グズグズしてれば敵が集まってくるかもしれない)

 

鏡音の裏切りと言う自体にあって、焙煎は深海棲艦の狙いが自分達だと勘違いしていた。

 

まさか、前線の全域に及ぶ大規模浸透など彼の想像の埒外にあった。

 

「被害は動けない程か、それと修理にはどれ位かかる?」

 

「融合路の〜調子が〜良くないので〜、万全には〜一日〜欲しいです〜」

 

「予備動力が〜あるので〜動けない〜事は〜ないんですけど〜、10ノット以下しか〜出ませんよ〜」

 

融合路と言う単語が出た辺りで焙煎は嫌な予感がして居たが、聞いてみた限り状況はある意味今までで一番危機的なのかもしれない。

 

周囲を敵に囲まれしかも此方は満足に動けないとなれば、生命の危機を感じざる得ない。

 

と焙煎が考えていた所にスキズブラズニルが「思い〜出しました〜」と更に爆弾を落とす。

 

「これ〜届いて〜ましたよ〜」

 

スキズブラズニルより手渡された紙には、トラック司令部より前線にいる艦隊に向けての命令が書かれていた。

 

それを読み終えた時、焙煎の手は震え思わず紙を握りつぶしてしまう。

 

「急ぎ機関を始動、一刻も早くこの場を離れるんだ⁉︎」

 

突然人が変わったかの様に慌てて指示を出す焙煎に、スキズブラズニルの方も面食らった。

 

「どうし〜たんですか〜?ヴァイセン〜さん〜」

 

「いいから早く前線から離れるんだ、でなきゃ夜明けと共に敵味方諸共吹き飛ばされるぞ‼︎」

 

焙煎の只ならぬ様子と気迫に押され、スキズブラズニルも慌てて機関部に指示を出す。

 

焙煎がふと艦橋の窓から外に目を向ければ、夜の海は昼間の様に赤々と炎が燃え広がり、彼方此方から砲声が鳴り響いていた。

 

あの炎の中では絶えず誰かの命が薪として焚べられ、そうでなければ凍える様な水底に取り込められ二度と戻っては来れない。

 

しかし今目を通した命令書の通りの事が実行されれば、それ以上の事が起きるであろう事は、凡人としてよ想像力しか持たない焙煎にも容易に想像出来た。

 

(願わくば、一人でも多く逃げ延びられれば良いのだが…)

 

味方を見捨て逃げるん算段を立てながらも、焙煎は心の内でそう思わずにはいられなかった

 

 

 

 

 

 

迫り来る魚雷を回避しようと身を捩り、体を傾けようとしたその瞬間背中から胸を貫通して手が生えていた。

 

「ガハッ⁉︎」口から黒い液体が飛び散り、ガクガクと身体が震える。

 

「足元に注意を向けすぎたな。背中がお留守だったぞ」

 

底冷えする様な無機質な声で事実を淡々と述べるそれは、さしずめ死神の様に聞こえた。

 

胸から生えた腕が抜き取られ、水面に倒れ伏し底へと沈み込む身体。

 

薄れ行く意識の中最後に見たのは何処までも暗く深い海の底と、自分を見下ろす相手の顔であった。

 

闇夜に映える美しい銀髪に、鋭利な容貌そして獲物を狙う金色の瞳。

 

それが最後に見た光景であった…。

 

 

ヴィルベルヴィントは腕を振るい、手に付いたオイルと血を振り払うとザッと周囲の様子を見渡した。

 

(酷いものだ…)

 

簡潔に言ってそれ以外の感想を言いようがない程、周囲の有様は凄惨であった。

 

元の世界でも、これに比肩する或いは凌駕する出来事などそれこそダース単位で見てきたヴィルベルヴィントであっても、矢張り見ていて気持ちの良いものではない。

 

「お姉様、ご無事で」

 

飼い犬が主人を見つけ寄り添う様に、ヴィントシュトースも又敬愛する姉の傍に立つ。

 

恐らく見えない尻尾を千切れんばかりに振っている事であろう。

 

それに対しヴィルベルヴィントの反応は淡白に「ヴィントシュトースか」、とだけ呟いた。

 

つれない態度だが、それでヴィントシュトースがへこたれる事はない。

 

寧ろ彼女にとって、姉とこうして轡を並べて立って戦場にいる事こそ誉であるからだ。

 

「周辺の掃討は済みました。それと艦長からですが…」

 

「ああ、聞いている。一刻も早く此処を離れる必要が有るが、流石に置いていく訳にもいかないからな」

 

奇襲によりスキズブラズニルが機関部に被弾した事は、既に自分や他の超兵器達も知っていた。

 

成ればこそ焙煎の指示では無く各人が此処の判断で迎撃に出たのも、スキズブラズニルを失うには惜しいと感じていたからだ。

 

「兎も角移動しながらの防衛戦になる。長丁場になるが平気か?」

 

「これでも超兵器の端くれ、お姉様のお手は煩わせませんは」

 

そう頼もしく答えるヴィントシュトースに、ヴィルベルヴィントの方も少しだけホッと笑みを見せる。

 

長い夜を駆けるのにこれ程頼もしい共は無い、そうヴィルベルヴィントは感じるのであった。

 

 

 

その一方他の超兵器はと言うと…。

 

「おりゃおりゃおりゃーっ‼︎サッサとくたばるん、ダゼ」

 

スキズブラズニルに攻撃を加えていた敵に向かって、遮二無二突撃をかましたアルティメイトストームは敵中でそれこそ好き勝手暴れまわっていた。

 

その姿は有り体に言って人間台風であり、近くにいた深海棲艦は次々と吹き飛ばされアルティメイトストームが通った後には無残な残骸が残っているだけであった。

 

「おいストーム⁉︎あたしら背中が弱いんだから、あんまり前に出るなよ〜」

 

そうは言いながらも、ちゃっかり自分も加わり背中を自身から発艦した水雷艇に任ている辺り、デュアルクレイターもイイ性格をしていた。

 

「後、あんまり敵を深追いするんじゃないよ」

 

「分かってるん、ダゼ。デュアルの姉貴」

 

そう和かに笑ってみせるアルティメイトストームに、デュアルクレイターは内心「本当か〜?」と疑いの目を向けていた。

 

そもそもお互い、役割が被っている事と同じ時期に建造された事で組まされているが、デュアルクレイター本人は誰かのお守りは正直苦手であった。

 

自分の本分は敵に突撃する事にあり、その自分を差し置いてアルティメイトストームが敵に突っ込んでしまうので、仕方なく援護してやってるに過ぎない。

 

それでも自身の守りと並行して水雷艇と火力の組み合わせ、アルティメイトストームの背後を守っている辺りデュアルクレイターも唯の脳筋では無い。

 

正直な感想として、手の掛かる子供だとデュアルクレイターはアルティメイトストームを見ていた。

 

一方アルティメイトストームはどうかと言うと。

 

(あれ?今日はいつもよりやり易いな〜?調子がいいん、だぜ!)

 

と呑気に思っていた。

 

アルティメイトストームは、元の世界では自身の力のみならず他の通常艦船や航空機との共同で解放軍艦隊を苦しめた知将と言うイメージがある。

 

しかし当の本人の中身はアレであり、元の世界での活躍はつまりは乗っている人間のお陰であった。

 

前の世界での指揮官は色々と個性的であり、海軍のクセに「水行艦は不要!」とか言ったり。

 

そうかと思えば戦闘海域に潜水艦隊を配置したりなど、有り体に言って卑きょ…形振り構わない所があった。

 

その反動なのか、この世界で建造されたアルティメイトストームは見事にアホの子と化していた。

 

だから弱点だとかそんなまだるっこしい事は彼女の頭の中には無い。

 

有るのは唯、好きに戦っていると言う事実のみで有る。

 

しかしそうでありながらも、次々と挙げる戦果は彼女も矢張り超兵器である事を示していた。

 

総じてこの二人は、噛み合うようで噛み合わないのに何故か上手くいく。

 

そう言う不思議なコンビとなっていた。

 

 

 

 

海中と言う思わぬ死角から奇襲に成功した深海棲艦達は、それこそ死と破壊の権化であった。

 

体制の整わぬ艦娘や通常艦船を一方的に叩き潰し。

 

燃料を満載したタンカーが真ん中から真っ二つに引き裂かれ、漏れた中身が血の代わりに水面に広がり、炎となって燃え盛る。

 

熱さと炎から逃れようと海に飛び込んだ人間は、今度はTPボート達の機銃の餌食となり無残な蜂の巣となって波間を漂う羽目となった。

 

必死に抗おうとする駆逐艦艦娘の足を、海中から駆逐艦イ級が食らい付き水底へと引き込み。

 

そうでなくとも、炎に巻かれ逃げ場もない艦娘をいたぶる用に砲火でズタボロにして沈める。

 

中には船の残骸に挟まれた仲間を助けようと必死に手を引っ張るのを、残骸諸共吹き飛ばしもした。

 

思いつくだけの残虐な行為は、戦場において全て許容される。

 

それこそ深海棲艦と人類との種の存亡をかけた絶滅戦争だ。

 

そこに「容赦」の二文字は無い。

 

だからこそ、それは彼女達にも当てはまる事だ…。

 

周囲の獲物を粗方燃やし尽くした深海棲艦達は、次の獲物をスキズブラズニフに定めた。

 

夜間でも目立つその巨大な艦影は炎によって浮かび上がり、錨も上げず全く身動き出来ない巨大なマト相手に射的をするだけの簡単な仕事。

 

一方的に敵を蹂躙する興奮に沸き立つ彼女達は、挙ってスキズブラズニフに砲を向けた。

 

号令と共に一斉に砲弾を放とうとし…突如として艦隊の端の一角が吹き飛ばされた。

 

慌てて砲撃を中止し、味方が吹き飛ばされた方を見るとそこには一つの影があった。

 

夜の闇にたなびく長い銀髪に、金の瞳、まるで此処が戦場ではなく散歩道の様に、それは自然とそこに立っていた。

 

一瞬で艦隊を吹き飛ばしたと言うのに、ソイツは自分に向けられる殺気や悪意にまるで興味なさげにその場に棒立ちでいるだけで。

 

その様子に味方をヤった下手人を見つけた深海棲艦は、今度は其方の方に砲口を向ける。

 

しかし、この時彼女達は余りに事が上手く運び過ぎて油断していた。

 

つまり本来あってはならない戦いに酔っていたのだ。

 

そしてその代償は直ぐに支払われる事となる。

 

砲口を向け照準を定めようとした刹那、ソイツが一瞬自分に向けられる数々の砲口を見たかと思うと既にその場から消えていた。

 

隠れたのでは無い、寧ろその逆猛烈な勢いで自身に向けられる砲口に近づいてくるのだ。

 

その余りの早さに怖気付き先走った味方が、狙いも疎らなまま砲撃を始める。

 

それに釣られて他の艦も次々と砲撃を開始する。

 

しかしそれらの多くは狙いが甘く、敵に向かうどころ見当違いの方向に飛ぶか或いはもっと手前に落着し水柱を巻き上げるだけに終わった。

 

その間にもソイツはスピードを上げどんどんと近づいてくる。

 

しかもこちらの砲撃をまるで嘲笑うかの如く、回避する素振りすら見せずにだ。

 

此処にきて、初めて相手が異常だと気付いた深海棲艦は、後は統制も何もなく、唯近づけない様に出鱈目に砲撃を行うしか無かった。

 

この相手には今までの方法は通用しないと、そう悟ったとしても彼女等にはそれしか方法が無かったのだ。

 

そうこうする内に、端から2番目にいる艦隊とソイツが接触した、かと思うとソイツは既に次の艦隊へと移動していた。

 

では2番目の艦隊がどうなったかと言うと、全艦が最初の時と同様一瞬の交差の内に撃沈されていた。

 

その一瞬に何があったか、それは此処にいる誰もが分からなかった。

 

分かるとすれば、直接その瞬間を見た者かだけかも知れないが、生憎とそれを知っている彼女達は今は海の底。

 

彼女達に出来るのは、この正体不明の化け物相手に無意味と知りつつも砲撃の手を緩める事なく、続けるしかなかった。

 

化け物が端から順々に艦隊を喰らい、その度に砲撃の数は減り、数が減った分次の艦隊が食われる早さが増す。

 

最早彼女達の士気は完全に折れていた。

 

つい先程まで戦果と虐殺を欲しいままにした自分達が、一転して今度は化け物に食われる立場に転落したのだ。

 

逃げ出そうにも、化け物が余りに早くその暇すらない。

 

そうこうする内に残るは一個艦隊のみとなっていた。

 

最後の足掻きとばかり、残る砲弾や対空機銃さえも動員して必死に弾幕を形成するが。

 

ソイツのあまりの速さに、砲弾や銃弾は遥か彼方に飛び去り、遂に艦隊との距離が目と鼻の先にまで近づかれていた。

 

誰かが「あっ」と言ったかと思うと、目の前が真っ白に染まった。

 

それが彼女達が最後に見た光景であった。

 

 

 

 

 

 

スキズブラズニルを狙う深海棲艦の艦隊を殲滅したシュトゥルムヴィントは、鬱陶しげに髪を搔き上げ「はーっ」と熱い息を漏らした。

 

肺の中に籠る熱を全て吐き出し、その後夜の冷たい空気を取り込んだことで少しだけ身体の火照りが抑えられるような気がしたが、いまだ胸の超兵器機関は、熱い鼓動を続けていた。

 

所々彼女の姿を見れば、服は破け主砲の砲口は溶けており艤装の彼方此方には被弾によるものでは無い黒い焦げが目立つ。

 

搔き上げた長い銀髪にしても、普段の絹地の様な滑らかさは無く、所々跳ね上がり毛先の方は焦付きさえしていた。

 

(やはり、そう上手くは行かないか…)

 

今の自分の有様を見て、シュトゥルムヴィントは一人内心そう思った。

 

先の奇襲で機関部を損傷したスキズブラズニルを守る為出撃した超兵器達だが、偶然にもシュトゥルムヴィントは攻撃態勢にある深海棲艦の艦隊を発見し、彼女は一にも二にも無く突撃したのだ。

 

既に深海棲艦は照準を済ませ今直ぐにでも砲口から砲弾を撃ち出そうとしていた。

 

唯でさえ機関部に被弾し、しかも融合路が不安定な状態にある中でこれ以上の被害は最悪の場合周囲一帯を巻き込んでの自爆もあり得た。

 

故にシュトゥルムヴィントは多少強引な手を使ってでも、早急にしかも敵がスキズブラズニルに攻撃を加える前に深海棲艦を殲滅する必要性に迫られたのだ。

 

幸い、敵はある程度の感覚で横広がりに艦列を組んでいた。

 

圧倒的優位な状況で、まさか横合から襲撃を受ける事など考えておらず、横陣を組んで最大火力をスキズブラズニルにぶつけようとしていた。

 

シュトゥルムヴィントにとって幸いだったのは苦手な細かな針路変更が少なくて済む事と、彼我の位置関係であった。

 

シュトゥルムヴィントが深海棲艦を発見したのは、横広がりにの更に端の位置であったからだ。

 

後はこのままビリヤードのボールの様に真っ直ぐに自身を敵の横列に打ち込むだけだが、彼女には少しだけ問題があった。

 

シュトゥルムヴィントは超兵器の中で“最速の水上艦”との異名を取るほど速力に特化し、且つヴィルベルヴィントの反省を活かし装甲も厚い。

 

では何が問題かと言うと、単純に殲滅能力に欠けるのだ。

 

シュトゥルムヴィントの主兵装は41㎝三連装砲に誘導魚雷七連六基42門、他にロケット砲に各種ミサイルランチャーを多数装備しているが、何れも時間あたりの殲滅能力は心許ない。

 

これが仮に播磨であれば、御自慢の巨砲群の圧倒的火力で容易に殲滅して見せるだろうし、認めたくは無いがアルウスならばそもそも雲海のごとく湧き出す航空兵力によって敵艦隊を全て同時に攻撃出来るだろう。

 

そもそも自分達超高速巡洋戦艦の基本的運用は、敵艦隊の殲滅などでは無く速力と航続距離を活かしての一撃離脱である。

 

姉のヴィルベルヴィントでさえ、海軍との演習の際3個艦隊を文字通り翻弄こそすれ殲滅までには至らなかったのだ。

 

ではどうするかと己に問えば、それは自ずと分かりきった事であった。

 

いまだ艦隊のどの超兵器も“本来”の性能を完全には発揮出来ていないとは言え、限定的な状況下に於いて自身の能力を引き出す事が出来る。

 

つまり先の北方海域での海戦の様に、超兵器機関の暴走を引き起こせばこの事態を打破できるのだ。

 

しかしこれには幾つかの弱点があった。

 

超兵器機関の暴走はそもそもそう容易に起せる事ではないのが一つと、第二に機関を暴走させた後誰がそれを沈めるかであった。

 

だが、シュトゥルムヴィントは艦隊生活の中でこれを解決するヒントを既を知っていた。

 

具体的には当事者では無いが、その当事者の一方を悪い意味でよく知っている彼女は、一体どうすれば良いのかを分かってしまったのだ。

 

(アイツのマネをするのは癪だが、仕方無い)

 

意を決し、敵艦隊に突撃したシュトゥルムヴィント。

 

その結果はどうなったかはご覧の通りであるが、少なからず彼女もダメージを受けてしまっている。

 

シュトゥルムヴィントが行ったのは敵艦隊に高速で突撃をかけながら、アルウスが播磨に対して行ったのと同じ事を同時に行い、超兵器機関の動脈の最高点で一気に力を解放。

 

力の奔流によって擬似的に粒子加速器を行い、荷電粒子砲となった41㎝三連装砲砲を至近距離で撃ち込んだのだ。

 

碌な防御装置を持たない深海棲艦が、荷電粒子砲を至近距離で食らえばどうなるかなど非を見るに明らかだった。

 

それを敵が殲滅するまで繰り返し、結果敵艦隊を速やかに排除出来たが、その代償として彼女の身体と艤装の双方にダメージが残る結果となったのだ。

 

(しかしこれでスキズブラズニルへの脅威は排除出来た)

 

レーダーや他の超兵器から送られてくる情報を見るに、スキズブラズニル周辺の敵の掃討は済み、後は足取りの重いスキズブラズニルを抱えて道を切り開く段階に移っていた。

 

艤装も主砲と幾つかの機銃や装備がダメになったが、それでもこの戦いを乗り切るのに十分な余力は残っている。

 

シュトゥルムヴィントは、周辺に敵がいない事を確認してから艤装の各種ハッチを全て解放した。

 

ボゥ、と熱い熱風が艤装内から解放され、代わりにファンから外部の冷たい空気が送り込まれる。

 

過去に例があるとは言え、ぶっつけ本番で試した弊害は身体と艤装の彼方此方に出ていた。

 

超兵器機関の暴走を抑える意味でも、この段階での排熱は必須であったのだ。

 

そうして急速に艤装と身体が冷えてくるのを感じながら、シュトゥルムヴィントは次の再起動に備え今出来るチェックを行おうとした。

 

それを見ている者がいるとも知らずに…。

 

シュトゥルムヴィントが瞬く間に深海棲艦の艦隊を葬った時、確かにあの場に攻撃態勢に入っていた深海棲艦は全部であった。

 

しかし、忘れてはならない。

 

今の深海棲艦は“潜れる”と言う事をだ。

 

 

シュトゥルムヴィントが波が不自然に揺れた事に気付いたのは、全くの偶然であった。

 

しかし気付いた時には全て遅きに失していたのだ。

 

今のシュトゥルムヴィントは超兵器機関の冷却が済むまで、一時的にしろ戦場で棒立ちになってしまっている。

 

それは下にいる者にとって、それこそ待ちに待った好機到来を意味していた。

 

息苦しい海の中にジッと身を潜め、相手に気取られぬ様エンジンを切って潮の流れに乗り、相手の真下に着くまで耐えに耐え切ったのだ。

 

今の今まで、上野味方が次々と沈める中、全く身じろぎもせず、しかし視線だけはジッと獲物を見続けていた。

 

それが今ベールを棄て去り、海中から姿を現した時、それを見たシュトゥルムヴィントが浮かべた驚愕の表情が、これが全くの想定外である事を物語っていた。

 

シュトゥルムヴィントの足元から飛び出したのは深海棲艦の重巡リ級flagship。

 

夜戦において艦娘達からデストロイヤーと恐れられる艦種であり、その火力は一撃で戦艦や空母を大破せしめる程だ。

 

そらは今のシュトゥルムヴィントにとっても当てはまる事である。

 

何故なら、先の戦闘で今のシュトゥルムヴィントは少なからず損傷しており、しかも今は機関が冷却中の為完全に停止していて回避が出来ない。

 

常であれば、並の戦艦を上回る耐久性と敵の砲弾を幾らでも弾き返す重装甲だが、この時は排熱の為艤装の彼方此方のハッチは解放状態であり、敵の攻撃に対して全くの無防備であった。

 

咄嗟に迎撃しようとしても、主砲は使えずそもぞこの距離で使用できる火器は限られており、仮に自爆覚悟の攻撃を行ってもそれによって更なる危機的状況に追い込まれる。

 

万事休す、そう思ったシュトゥルムヴィントはリ級の振り下ろされる腕と共に撃ち出される砲弾を唯黙った見ているしかなかった…。

 

かの様に思われた時。

 

突然目の前でリ級flagshipが横から機銃弾の嵐を受け、吹き飛ばされたのだ。

 

何が起きたのか、それを唯呆然と見ているしかなかったシュトゥルムヴィントだが、次に耳元から聞こえるあの不快な声で、その正体を知った。

 

『全く、犬のクセに足元すら見えないのね?おバカさん』

 

「お前は⁉︎」

 

顔を上げて夜空をよく見れば、いつの間にかシュトゥルムヴィントの上空を守る様に戦闘機の群れが飛び交っていた。

 

今この場において危険な夜間飛行を、しかも部隊規模で行える者など彼女は一人しか知らない。

 

シュトゥルムヴィントを救ったのは、彼等元いそれを操る超巨大高速空母アルウスであった。

 

「…礼は言わないぞ」

 

『あら、感謝の言葉も言えないなんて、やっぱり躾がなってない駄犬ですのね。アナタ』

 

フン、と不快感満載にして鼻を鳴らしたシュトゥルムヴィントは、一方的にアルウスとの通信を切った。

 

気に食わない相手であるが、しかし危機を救われた事は確かだ。

 

しかし心情的に感謝の言葉などアイツに対して万が一にも言いたくないシュトゥルムヴィントは、アルウスに借りが出来た事だけは覚えた。

 

きっちり受けた借りを耳を揃えて返す決心をしながら、今は任務に集中すべくシュトゥルムヴィントは再び戦場に駆け戻った。

 

 

 

 

 

 

一方的に通信を切られたはと言うと、「やれやれ」といった呆れ顔の表情を浮かべ首を横に振っていた。

 

「アレも姉を見習えば良いのに。彼方の方が大分素直です事よ」

 

貴女もそう思うでしょう、とパラソルをクルリと回して後ろを振り返ったアルウスは、播磨にそう言った。

 

「全く、この艦隊は不思議ですなぁ。ウチら元は敵同士やおまへんか?」

 

まだ艦隊に来て間もない播磨にとって、元の世界で嘗ては敵味方の陣営に分かれて戦ったもの同士が、こうして轡を並べしかも相手を助けたりする様を見て、不思議と思わない筈がなかった。

 

そもそも、自分がこうしてあの“アルウス”と一緒にいる事さえ、今の播磨にとって衝撃的な事なのだ。

 

「アンタらシコリとかおまへんのか?」

 

「今の私達にとって今更ですわよ、その質問は。そもそも私達は今も昔も『かくあれ』と望まれただけの存在」

 

「道具は道具らしく、ちゃんと使われれば良いのよ」

 

アルウスにとって普段はどうであれ、こと戦場においては個人的な感情よりも命令や任務が何よりも優先される。

 

こらは彼女の建造国であるアメリカ的合理主義であると同時に、艦隊への献身と任務への成果にはそれ相応に報いなければならないと考えているからだ。

 

先のシュトゥルムヴィントにしろ、スキズブラズニルに危機に際し我が身を顧みず危険な真似をして敵を殲滅している。

 

その後足元がお留守だったのはどうかと思うが、そうでなくとも有用な“兵器”であればそれを救うのはやぶさかでは無い。

 

信賞必罰、これが組織の鉄則であり彼女達が曲がりなりにも艦隊として行動出来る理由である。

 

「それよりも準備は出来まして?貴女」

 

「そりゃあ十分時間は稼がしてらもらいまっしゃたからね。ウチはいつでも」

 

「なら、始めますわよ」

 

今アルウスと焙煎が居るのはスキズブラズニルの前部甲板であった。

 

アルウスの周囲には空間モニターが幾つも投影されており、それぞれが戦域に散った夜間偵察機からの情報が流れていた。

 

そしてアルウスの前に立つ播磨は、その巨大な艤装の中でも一際巨大な二本の塔の様な超巨大砲を夜空に向けている。

 

砲撃の衝撃を吸収する為踵から甲板に向かってバンカーで固定され、艤装からも幾つもの錨が巨大な砲を支える為に放射線状に撃ち込まれていた。

 

アルウスから送られてくる管制の指示に従い、二本の超巨大砲が微調整し準備が調う。

 

そして夜空に向けて爆音と共に二つの流星が撃ち出された。

 

砲撃の際発生した衝撃によってスキズブラズニルの甲板が割れて凹み、しかも船体が前に沈み込んで周辺の物が衝撃波で吹き飛ばされる。

 

アルウスはパラソルを盾にすることで衝撃波から逃れたが、砲撃の衝撃で一時空間投影型モニターとの通信がシャットアウトされ、しかも危うく廃莢された溶岩塊の様な巨大な空薬莢で火傷しそうになった。

 

周囲に破壊的な衝撃波を齎した播磨の超巨大砲だが、しかしてその成果は絶大であった。

 

「…貴女、中々おやりになるのね」

 

アルウスは回復したモニターから着弾観測を行っていた夜間偵察機からの光景を見て、思わずそう言わずにはいられなかった。

 

水平線の遥か彼方、スキズブラズニルの針路の途上にあった深海棲艦の艦隊はたった二つの砲弾によって文字通り壊滅していたからだ。

 

着弾した場所には巨大な渦が出来ており、浮かび上がっては消える幾つもの黒い破片が、そこに艦隊がいた事を示していた。

 

何がどうすればこうなるのか?

 

アルウスは改めて自分達の身長の二倍程もある、この馬鹿げた超巨大砲を見上げた。

 

建造当初の播磨が装備していなかったそれは、元はスキズブラズニルが開発費用の水増しによる資材の着服の為“だけ”に設計し作った所謂ゲテモノの類に属する有り体に言って浪漫の塊であった。

 

『100㎝対要塞攻城砲』

 

それが、この兵器いや鉄塊の正式名称である。

 

攻城砲の名の通り、これは陸上拠点に対する攻撃用に作られたが、そもそもデュアルクレイターンやアルティメイトストームなど揚陸戦力が揃っている今、これの価値は『こんなもの作っちゃった』と言う以外の価値は無い。

 

そう無かった筈なのだが、何をどうしたか播磨がこれを見つけて装備した結果彼女は海に浮かぶのもやっとの状態になってしまった。

 

何故こんなゲテモノ兵器を装備したかと言うと、本人に聞いても『浪漫』の一言で済ませてしまう。

 

スキズブラズニルにしても、まさかこれを装備する「馬鹿」は居ないだろうと倉庫に放置していたが、装備して碌に動けない播磨の姿を見て腹を抱えて大笑いする始末。

 

(尚この後資材着服と不正建造の罪が発覚し、スキズブラズニルの食事は三食昼寝オヤツにデザート付きから、罰として毎食麦飯と塩だけに変わってしまった)

 

兎に角貴重な戦力が置物と化してしまったのだが、ことその威力に於いては前述の通り。

 

まさに「破格」の一言に尽きる。

 

ネタ兵器とは言えしっかりと戦場と選べば、運用次第では凶悪な兵器と化す事は間違い無い。

 

今回アルウスが播磨のサポートに回っているのも、そう言った理由からだ。

 

後一つには、吝嗇な焙煎が毎回毎回ボーキサイトを大量に海に投げ捨てる様な戦い方をするアルウスにとうとうキレて、必要最小限且つ後でしっかりと艦載機を回収する事を義務付けたからだ。

 

これによって彼女の強みである物量作戦が事実上潰えた事になり、仕方なく今回も精々哨戒機と艦隊直営を合わせても、高々200機しか飛ばせていなかった。

 

故に彼女は今回、艦隊の目の代わりになる以外仕事が無かったりする。

 

そうこうする内にスキズブラズニルが機関を漸く始動しゆっくりと進み始める。

 

象の様に緩慢で亀の様に鈍いその速度は、一刻を争う今実際の速度以上に遅く感じられた。

 

だが彼女達には焦れこそすれ焦りははそこに全く無かった。

 

それもその筈、既に超兵器達は脱出の一手を打っていたからだ。

 

 

 



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25話

南方海域某所、ドレッドノートは海中に潜んでいた。

 

スキズブラズニルの守りを他の超兵器達に任せ、彼女は今単身スキズブラズニルより先行して脱出航路の確保に向かっていた。

 

現在スキズブラズニルは機関部が損傷し、普段の半分以下の速力しかでず融合炉も不安定で非常に不安定で危険な状態であった。

 

如何に超兵器達が強力で降りかかる火の粉を払ったとしても、唯闇雲に突き進むだけでは夜明けまでと言うタイムリミットが来てしまう。

 

そうなる前に、ドレッドノートはスキズブラズニルが戦場から安全に且つ速やかに脱出出来る航路を探す必要があったのだ。

 

そんな彼女だが潜望鏡で外の様子を探りながらも、ドレッドノートは少しだけ落ち着かない様子でいた。

 

(やはり、この格好は動き難いですね)

 

今の彼女は、普段とは違い“艦娘”の姿で航行していた。

 

その為か、普段とは違う格好に少しだけ戸惑いを感じているのだ。

 

肌を覆う黒く艶やかなボディースーツは身体のラインをくっきりと映し出し、その豊満なバラストタンクは海の中でも重量感を感じさせている。

 

腰から臀部にある巨大な舵と水流ジェットの下にあっても、隠しきれない丸みを帯びた臀部はボディースーツの光沢と重なってまるで海の中に浮かぶ月の様に思えた。

 

それだけでは無い、四肢の1つ1つを取ってもしなやかさの中に柔らかさを秘め、普段の艦船形態がクジラとすれば今の彼女は夜の海を泳ぐ人魚である。

 

しかし本人としては、自身の格好に含む所が無い訳では無かった。

 

(幾ら海軍の潜水艦艦娘の制服があんな“ハレンチ”な格好とは言え、これは無いんじゃない)

 

とはこの格好を最初に着た時の本人談だが、海軍の潜水艦艦娘の制服はスクール水着と考えると、今の姿は多少マシと言えるかもしれない。

 

しかし、だからと言って無闇矢鱈にヒトに見せられる格好でも無く、今回は極めて隠密性を重視した結果とこの様な格好となったが、まさかこんな格好になるとは本人としては極めて不本意であった。

 

(ううう、これじゃあ私がお尻が大きい事が艦長にバレちゃうじゃないですか)

 

お尻が大きいと体型的に太って見えてしまうのを彼女は酷く気にしていた、だから普段も大きめの軍服を着て身体のラインを隠す様にしている。

 

唯でさえここ最近新たに建造された超兵器達は、皆バインバインのボンキュッボンな癖にスタイルが良いのだ。

 

彼女が自身の体型に敏感になるのは致し方ない。

 

(最近ヴィルベルヴィントが妙に積極的だと言うのに、これ以上差をつけられては我が同胞の建造と言う野望が…!)

 

トランジスタグラマーなドレッドノートとしては、スレンダーなヴィルベルヴィントと艦長との仲が進行することは勢力バランス的に容認出来なかった。

 

と言うのも現在の艦隊は超兵器がドイツとアメリカに偏り過ぎている。

 

これでは艦隊唯一の潜水戦艦と言うアドバンテージを持つ自身の存在感が薄れてしまい、このままでは彼女達の下風に置かれるやもしれない。

 

それは超兵器としてのプライドと偉大なる大英帝国海軍(ロイヤルネイビー)の船として、到底我慢出来るものでは無い。

 

だからこそ、ここで得点を挙げ次の建造には是非とも同郷の超兵器をと密かに画策しているのだ。

 

そうこうする内に、ドレッドノートの元に各地に放ったドローン達からの情報が届いてきた。

 

超兵器機関により殆ど無補給で潜行し続けられるドレッドノートには、こう言った無人機や偵察機器が装備されているのだ。

 

超巨大潜水戦艦であるドレッドノートは、戦艦と潜水艦の2つの特性を持つ以上に他の超兵器には無いものがある。

 

それは極めて高い隠密性と情報収集能力である。

 

超兵器は強大無比な力を持つこそすれ、超兵器機関特有のノイズにより自身の存在を周囲に常にバラし続けると言う弱点がある。

 

これでは何時何処に攻撃を仕掛けるのか相手に丸わかりになってしまう。

 

それを解決する為に列挙各国は幾つかの方法を考えたが、ドレッドノートもその1つで潜水する事によりノイズの発生を最小限に抑え、しかも潜行する事で相手の予想だにしなかった場所に攻撃を仕掛ける事が出来る。

 

つまりドレッドノートの価値とは、他の超兵器には無い戦略的な奇襲能力にこそある。

 

ドレッドノートはドローンから送られた各海域の情報や自身が収集したデータ、それに海軍が前もって作成した海域図に照らし合わせ大まかにしろ直近の敵の配置を探り当てた。

 

それ以外にも潮の流れや海中の温度差なども調べ、ドレッドノートはどうして深海棲艦が前線の哨戒網を突破出来たのかも判明した。

 

(矢張り海中の中に水温躍層がありますね。これでは監視ソナーブイも役に立たないでしょう)

 

海中に存在する温度差により、ソナーが無効化され逆に深海棲艦はこの中を進む事によって海軍に気付かれず前線の内側へと侵入できたのだろう。

 

(しかし解せません、我々抜きとは言え深海棲艦の戦力は海軍を圧倒しています。普通に戦えば勝てると言うのに、ここで手の内を晒す事に何の意味が?)

 

ふとそう疑問に想うドレッドノートだったが、直ぐにその考えを頭の外に追い出した。

 

(どちらにしろ、今の私の仕事は考える事では無い筈。兎に角ルートが分かったのなら後は誘導と脱出経路の保持だけ…)

 

そう思った矢先に、彼女は潜望鏡の先にあるモノを見つけた。

 

いやこの場合見つけてしまったと言うべきか。

 

それは彼女にある重大な決断を強いる事となるのだが…⁉︎

 

 

 

 

 

 

燃える南方の海を、潮は駆逐艦の小さな身体にもう一人を担ぎながら必死に逃げていた。

 

「はぁはぁ、もう少しです陸奥さん、後もう少しで皆んなの所に…⁉︎」

 

「心配してくれているのね?…大丈夫これ位平気なんだから」

 

潮に背負われ、曳航される陸奥は笑顔を見せそう返すが、今の彼女は半死半生と言った姿であった。

 

海軍の象徴と謳われたビックセブンの一角長門型二番艦陸奥の艤装は左半分から脱落し、残る半分も砲身は捻じ曲がり装甲は焼け焦げている。

 

包帯で巻いただけの応急処置の上に手で抑えている左の脇腹からは赤黒い染みが流れ出し、客観的に見て大破轟沈寸前ギリギリであった。

 

それでも意地でも沈まないのが流石は戦艦と言った所か、先の大戦では謎の砲塔の爆発により悲運の最後を遂げた彼女だが、同じく姉である長門は最後の日まで健在であり海軍の意地ここにありと各国に知らしめた。

 

現代になって艦娘として蘇った彼女が、長門と同じく頑丈であっても何ら不思議では無い。

 

しかし、それは最後の一線で踏みとどまっている事には変わり無い。

 

「潮、辛く無い?疲れたら私を置いて先に行ってもいいのよ」

 

「陸奥さんを置いていくだなんて…⁉︎そんな事出来ません!」

 

普段は大人しい潮も、この時ばかりはハッキリと自分の意見を言った。

 

「それに、あの時私を庇ったばかりに陸奥さんは…」

 

そう悲しそうな表情を浮かべる潮は陸奥に負い目があったのだ。

 

自分がドジを踏んだばかりにそれを庇った陸奥が敵の集中砲火を浴び、何とか撃退したものの陸奥をこんな目に合わせてしまった。

 

だからこそ、彼女には陸奥を安全な所に届ける責任があると思っていた。

 

陸奥も陸奥でこのままでは共倒れだと感じていたからこそ、潮一人だけでも生かそうとしたが、互いが互いを想う優しい気持ち故二人の間にすれ違いが生まれていた。

 

しかし陸奥が懸念した通り、その時は刻一刻と無情にも近づいていた。

 

 

 

 

 

それは時を同じくして潜水棲姫率いる潜水艦隊は戦場を徘徊し、残敵掃討を行っていた。

 

その最中に彼女達は思わぬ大物を見つけたのだ。

 

「センスイセイキサマ、アレハマチガイナクナガトガタニバンカンノムツニチガイアリマセン」

 

「ココデアヤツラノシュキュウヲアゲレバセンスイセイキサマノコウセキトナリ、マズグンコウダイイッコウトナルニソウイアリマセン」

 

潜水棲姫率いるソ級達は口々にそう言った。

 

彼女達潜水艦隊は深海棲艦の中でも日陰者の扱いであり、与えられる任務も哨戒任務か今回の様な残敵掃討などであり、中々に功績を挙げる機会に恵まれなかったのだ。

 

そんな彼女達を率いる新しく赴任した潜水棲姫は、部下達の進言を聞き入れるかどうか思案した。

 

彼女は元々南方海域出身では無く、北大西洋戦線において通商破壊作戦の指揮を取っていた。

 

その彼女が態々反対側の海である太平洋に来たのは、噂の超兵器の真偽を確かめると共に飛行場棲姫を探る為でもあった。

 

深海棲艦との戦いが始まって半世紀以上、戦場は拡大し海ある所に戦火が無い場所は無いと言われる現在、深海棲艦はその必要性から海毎に大まかな組織に分かれていた。

 

そして長い年月のなかで其々の組織が独自性を帯び、あたかも1つの国家の様に成りつつある現在、他所の海域で何が起きているのかをスパイする事もザラとなっている。

 

そして潜水棲姫が所属する組織のトップは飛行場姫の事を危険視しているらしい。

 

だからこそ戦力補充の名目で送り込まれた彼女は、言わば公然のスパイであり唯でさえ注目を集める中下手に功績を挙げればどう思われるか分からない状況であった。

 

しかしそうと知らない、或いはそんな事は自分達とは関係が無い部下達ははやる気持ちを抑え、攻撃命令を待っていた。

 

そうして少し躊躇いながらも、潜水棲姫は攻撃する事を決めた。

 

(ここで敵を見逃せば後々あらぬ疑いをかけられるやもしれない。ならばここでヤツらを討ち、その功績をもって飛行場姫に近づくと言うのはどうか?)

 

些か明らさま過ぎる考えではあったが、冷遇される部下達に花を持たせてやるのも指揮官の務めだと思い、彼女は攻撃位置に付くよう指示を出した。

 

それをジッと見つめる目がある事気づきもせずに…。

 

 

 

 

 

 

ドレッドノートは悩んでいた。

 

偶々覗いていた潜望鏡に負傷した戦艦艦娘を曳航している駆逐艦艦娘を発見し、遣り過すかと考えていた矢先に、彼女の優れたソナーがそれに近づく潜水艦の影を見つけたのだ。

 

音紋からそれが深海棲艦のものだと知り、動きから自分の存在には気付いていない分かったが重要なのはそこでは無い。

 

先程自分は戦艦を曳航する駆逐艦を発見した、つまりは深海棲艦の潜水艦もまた同じく相手を発見した事に他ならない。

 

もし仮に、先にドレッドノートが潜水艦の方を発見していれば彼女は直様相手を避ける為針路を変更してしただろう。

 

しかし、何かの悪戯か彼女は先に見てしまったのだ。

 

負傷した仲間を担いで助ける姿を、幼い少女が大人一人を担いで必死に足掻く懸命な姿を。

 

そしてそれを狙う無慈悲な敵の存在に。

 

ここで見捨てる事は簡単である、そうすれば彼女は誰にも知られる事無くこのまま任務を続行するだろう。

 

そもそもここで姿を晒すメリットが無い。

 

自分達は艦長の命令でとうに海軍を離脱する事を決めたのだ。

 

つまり最早無関係な相手を助ける事に何の意味がある?

 

そもそも今ここで助けたとしてその後は如何するのか、駆逐艦の方はまだしも戦艦の方はその様子から先は長くは無い。

 

生き残った方も如何するのだ?助けてハイさよならでその先は?

 

生き残る保証も無いのにここで手を出すのは論理的でも合理的でも無い。

 

だから一つの道具として、彼女は全てに蓋をすべきなのだろう。

 

しかし…

 

「機関始動」

 

ドレッドノートは数瞬の迷いも無くそう決断した。

 

そして敵潜水艦との間に自身を割り込ませる針路を取った。

 

彼女が如何してこの様な行動を取ったのか?

 

それは彼女がドレッドノートだからだ。

 

彼女の名の意味は『恐れ知らず』。

 

嘗てその名を冠した戦艦は世界の艦船史を変え、また同じくその名をに連なる彼女も又人類史上初の超兵器の潜水戦艦であり、二代続けて世界に先駆ける革新的な設計と概念。

 

栄光たる大英帝国海軍の由緒ある名を持つ者として、彼女の双肩には伝統と歴史の重みがずっしりとかかっている。

 

その彼女が敵を目の前にして、背を向け様などと如何して出来よう?

 

そしてもう一つ、ドレッドノートの名にはもう一つの意味がある。

 

「確か、東洋の諺には『義を見てせざるは勇無きなり』とありましたね」

 

目の前で正に討たれようとしている者を見捨てる事が、本当に勇気ある行動と言えるのか?

 

唯任務に冷徹であるならば、それは機械と何ら変わらない。

 

しかし彼女は超兵器、唯の戦争機械では無い。

 

元の世界でそれこそ一国を背負い、そして人の身を得ていても変わらない真実。

 

「海の者は決して仲間を見捨て無い」

 

それは人であれ艦娘であれ相手がなんであれ、変わらない唯一つの海の掟である。

 

 

 

 

 

 

潮と陸奥を半包囲する様に布陣した潜水棲姫達は、相手を確実に仕留める為必殺の間合いを図っていた。

 

兼ねてより、部下達に訓練を施している北大西洋仕込みの通商破壊戦術『群狼作戦』を実践する機会を得て、潜水棲姫はより慎重を期すべく間合いを詰めていた。

 

そして必殺の間合いに入ったと確信した時、彼女は部下達に攻撃命令を下す。

 

「ゼンカンコウゲキカキシ!」

 

潜水棲姫率いる6隻の潜水艦から其々2本ずつ、合計12本もの魚雷が発射された。

 

海中を進む獰猛な海の狼の牙は、まだ敵の存在に気付いていない潮達を沈めんと迫っていた。

 

例え気付いたとしても、潮達を中心に放射線状に放たれた魚雷の群れに逃げ場など無い。

 

そして潜水棲姫は潜望鏡から獲物を覗き込み、魚雷到達までの時間を数えながら攻撃の成功を確信していた。

 

(距離2000からの飽和攻撃、これで仕留め切れなくとも二次攻撃で確実に仕留められる)

 

万全の備えを機すればこそ、彼女は余裕があったのだ。

 

しかし、その余裕は早くも打ち砕かれた。

 

潜望鏡の先で幾つもの水柱が立ち昇り、部下達は早くも攻撃の成功に喜びの歓声を上げた。

 

今まで冷遇されて来た自分達が、手負いとは言え戦艦を仕留めたのだ。

 

これ程の戦果を前に、湧き立たない事など出来ようが無い。

 

しかし潜水棲姫だけは違った。

 

(な⁉︎魚雷の早爆、バカな12本全部だと)

 

潜水棲姫が装備するソナーバカな他の者よりも高性能であり、発射された魚雷12本全てが敵に命中する前に自爆した事を知らせた。

 

攻撃の失敗により相手に此方の位置がバレてしまった事で、潜水棲姫は焦りを感じた。

 

「ゼンカンダイニジコウゲキ。ギョライハソウバクセリ、クリカエスギョライハソウバクセリ」

 

部下達は先程までの喜びも何処かに吹き飛び、慌てて二次攻撃に移る。

 

そして全艦より攻撃準備完了の報告が届くと、潜水棲姫は今度こそ成功せよと願いを込めて二度目の攻撃指示を出した。

 

しかし今度も又、魚雷はその本来のやくめを果たす事なく目標の遥か手前で自爆してしまう。

 

一体これは如何したと言う事か、自分達全員の魚雷が不良品でありしかも神に見放されたとしか思えなかった。

 

しかし深海棲艦に神などいない、であるならば彼女達の他に何者かがこの戦場にいる事に他ならない。

 

潜水棲姫は部下達に周辺の捜索を命じた。

 

それは自分達の邪魔をした相手が近くにいると確信していたが為であり、今もソイツは何処かで此方を見ている筈だ。

 

まず其れを排除しなければ、彼女達は何度攻撃を行っても失敗するだろう。

 

しかし潜水棲姫がソナーの感度を限界まで引き上げるまでも無く、ソイツはうみの奥底から姿を現した。

 

そして僅かばかりにソナーや計器類にノイズが走る。

 

それは相手の正体を雄弁に物語る何よりの証拠であった。

 

 

 

 

 

 

 

ドレッドノートは水温躍層から自身の身を浮き上がらせると、堂々と敵の前に姿を現した。

 

「全く、私にしては少し演出が過剰だったかしら」

 

そう嘯くドレッドノートであったが、彼女が如何やって深海棲艦の魚雷攻撃を防いだかと言うと、何の事は無い。

 

相手がやった様に、同じく彼女もそれを相手にやり返したのだ。

 

ドレッドノートは敵に先行して本体は水温躍層に潜めながらも、水中ブイで正しく敵の位置を掴んでいたのだ。

 

後は敵の攻撃に合わせ迎撃魚雷を発射する事で、敵から見れば突然魚雷が自爆したかの様に見えるが、本当は全てドレッドノートによって破壊されていたのだ。

 

何故こんな手の込んだ事をやったかと言うと、他に敵の潜水艦が居ないのかと言う確認と後他に単に本人の趣味である。

 

「こう言うピンチの時に密かに助けるシチュエーション。使えますね」

 

趣味であるハーレクイン小説の場面をなぞりちょっとした満足感を得ながらも、ドレッドノートは魚雷発射口に新たな魚雷を装填し注水する。

 

既に二度の攻撃で位置を晒した潜水艦相手に、此方は一方的に攻撃出来るチャンスなのだ。

 

これを見逃す程、彼女はお人好しでは無い。

 

「それでは、さようなら」

 

ドレッドノートから発射された6本もの誘導魚雷により、深海棲艦の潜水艦隊は回避もする間も無く巨大な水柱と共に海の藻屑となって消える。

 

目標全ての反応が消失した事を確認した上で、ドレッドノートはさてこれから如何するべきかと思案したが、その前に潮と陸奥は全速力でその場を離脱していた。

 

追いかけるべきかと考えたが、針路的にこのまま行けば無事に安全地帯に辿り着けると分かったのでそのまま放って置く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に陸奥を連れて無事に帰還した潮により、この珍妙な事件は海軍七不思議の一つとして長らく歴史の謎として残ったが、戦史家達が苦し紛れにだした魚雷の不良と漏電による魚雷による自爆と言う形に落ち着く事になる。

 

これ以降海軍では魚雷の管理が徹底的する事となるのは、又別の話である。

 

 



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26話

大分間隔が空きましたが、何とか投稿出来ました。

今回は少し長いです。




スキズブラズニルはドレッドノートからの情報に従い、針路を変更し前線から離脱しつつあった。

 

既に周辺の脅威は超兵器達により排除済みであり、このまま何事も無ければ夜明けまでには間に合うなと焙煎はホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「一時は如何なるかと思ったが、何とかなったな」

 

「本当〜です〜ね〜。ヴァイセン〜さんは〜どっか〜行っちゃうし〜、船は〜壊れるし〜」

 

一体全体誰の所為なんでしょう?と言いたげな表情を見せるスキズブラズニル。

 

「仕方ないだろ、こっちにも色々と事情があったんだ…」

 

と言葉を濁しながら鏡音との事を思い出し、若干落ち込む焙煎。

 

彼女が超兵器だったとは言え、焙煎的には実に好みなだけあってその彼女にフラれた事で少しだけショックを受けているのだ。

 

「色々って〜逢引き〜してた〜事ですか〜?」

 

「な、何故知っている⁉︎」

 

スキズブラズニルに鏡音と逢っていた事を指摘され、動揺する焙煎。

 

しかしこれは焙煎が明らかに油断していたが為だ。

 

「何でって〜私〜これでも〜艦娘〜?ですよ〜。船の〜事が〜分からない訳〜無いじゃ〜ないですか〜」

 

「なっ⁉︎」

 

今明かされる衝撃の真実に絶句する焙煎だが、よくよく考えればスキズブラズニルはこの船の艦娘なのだから当たり前と言われれば当たり前だ。

 

「因みにだが、何処まで知ってる?」

 

恐る恐ると言った風に聞く焙煎に、スキズブラズニルはさも当然とばかりに爆弾を投げ返す。

 

「う〜んと〜、ヴァイセン〜さんが〜補給品に〜隠して〜持って〜来た〜物で〜部屋の〜中で〜」

 

「いや、そんなんじゃ無くてっ⁉︎てか、お前そんな事まで知っているのか」

 

男の秘密を知られ慌てる焙煎に、しかしスキズブラズニルは一転真面目な表情を見せ。

 

「いや、私そこまでプライベートを侵害するつもりは無いので。そんな気配がしたら全力で知らんぷりして他の事をしますので」

 

と即答され、焙煎としては「あ、そうですか」と返すしかない。

 

しかし、油断したとは言え艦内で何が起きているか全てが分かるスキズブラズニルに、焙煎はこの際と言う事で怖いもの見たさで聞いてみた。

 

「因みに、超兵「ヴァイセンさん、それ以上はいけません」あ、はい」

 

普段の特徴的な間延びする声さえも忘れ、それこそ今まで見た中で一番真剣な表情をして言うスキズブラズニルに、焙煎はそれ以上追求する事が出来なかった。

 

兎に角、超兵器に関してはタブーだと言う事で、焙煎とスキズブラズニルの共通認識が成立した。

 

そうこうしている内に、スキズブラズニルはゆっくりとだが着実に進みつつあった。

 

しかし、このまま上手く行くかに見えた時、又新たな厄介事が降りかかってきた。

 

それも、最もと始末に負えない類のものが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを最初に見つけたのはデュアルクレイター達であった。

 

デュアルクレイターから発艦した小型水雷艇達は、対潜哨戒網も兼ねてスキズブラズニルを中心に円形のピケットラインを敷き、周囲の警戒に当たっていたのだが、その内の1隻がある漂流物を見つけた事に始まる。

 

「ん?またぞろ変なものでも見つけたか」

 

哨戒に出したこと水雷艇から送られて来た情報に目を通し、頭を掻くデュアルクレイター。

 

彼女の水雷艇は大量に運用出来こそすれ、その大半が無人化されていた。

 

と言うよりも、超兵器達が運用する航空機と言った小型機はその殆どが無人機で運用されていた。

 

これは元の世界での世界大戦の結果、人口が払底し人的資源の補完の為無人機化が進められた結果である。

 

特に消耗激しい航空機や水雷艇、戦車に駆逐艦、果ては戦争末期にはコントロールに失敗した無人造船所から無人艦が艦種の区別無く生み出され、戦後に大きな禍根を残す事になる。

 

基本使い捨ての無人艦だからこそ、センサー類やカメラを積んでいても、実際の運用や判断は人間が下す必要がある。

 

つまりデュアルクレイターを悩ませているのは、この無人艦から送られて来た物を自身の目で確認するするべきか否かなのだ。

 

「漂流物っても、こんな暗くちゃカメラからの画像じゃ何が何だか分からないな。こんなんなら暗視装置位積んでおくべきだったか」

 

そう自戒するデュアルクレイターだが、しかし漂流物をこのままにして置く訳にもいかなかった。

 

もしこれが仮に危険なものであれば、その存在を知らせなければならないし、逆に何も無くても機械の方はどうすべきかの判断を一定の時間ごとに送ってくる。

 

その際一々此方のリソースを割かれるのも面倒と言えば面倒である。

 

無論、無視し続ければその内辞めるのだが、彼女の性格として一度気になったものは放ってはおけない。

 

そもそも現状実は手が余っていた。

 

「デュアルクレイターの姉貴、さっきから何やってるんだ?だぜ。珍しく悩んだりして、らしくないんだぜ」

 

「煩いよアルティメイトストーム。あたしゃお前と違って色々と考える事があるの」

 

「うわー、ひっでーんダゼ」と後で喚く馬鹿を放っておいて、デュアルクレイターは兎に角現場に行ってみる事にした。

 

「アルティメイトストーム、少し気になる事があるから此処を任せたよ」

 

「あ、待ってよデュアルの姉貴〜⁉︎なんだぜ」

 

制止するバカを無視して、反応のあった方に向かうデュアルクレイター。

 

一応念の為他の超兵器達に持ち場を離れる事を伝えたが為、周辺の掃討は終わっているのであまり心配はしていなかった。

 

しかしそれはとんだ思い過ごしであった事を、彼女はこの後知る事となる。

 

既に夜半を過ぎ日の出までもう間も無くといった所か、デュアルクレイターは行って確認して帰ると言った気持ちで反応のあった場所に向かっていたが、しかし直ぐにその見通しが甘かった事に気付く。

 

「?ありゃ唯の漂流物なんかじゃないぞ」

 

水雷艇から送られて来たデータに従い、現地に到着したデュアルクレイターは目を凝らしセンサー類を動員して直ぐにそれを見つけた。

 

無人艦のレーダーでは唯の漂流物しか分からなかったが、しかし高性能な暗視装置を備えるデュアルクレイターはその物体の細部まで克明に見分けられた。

 

波間に漂うそれは、今にも沈みそうになりながらも必死に何かに掴まっている。

 

それは紛れも無くヒトであった。

 

「不味い⁉︎」

 

デュアルクレイターは脇目も振らずに漂流者の方に走って行った。

 

相手がどの位漂流したかは知らないが、夜の海に長時間使っていれば体温と体力を奪われてしまう。

 

実際デュアルクレイターのサーモグラフィーには、漂流者と周囲の温度差が殆どない事を確認していた。

 

グングンと近付いて行くデュアルクレイター。

 

彼女は間一髪の所で漂流者を海から掬い上げ、両手で相手の身体を抱えた。

 

「おい、確りしろ!おい、おい」

 

何度も呼びかけるが、相手からの反応は無い。

 

よく見れば、漂流者の正体は艦娘であった。

 

背格好から駆逐艦クラスか、しかし背中の艤装はとうに失い、両足に履いている筈の推進装置は滅茶苦茶に破壊されていた。

 

服や髪所々焼け焦げ、彼女があの地獄の様な戦場の生存者である事を物語っていた。

 

「おい、返事をしろ。所属と階級は?自分の名前は分かるか⁉︎」

 

取り敢えず呼びかけ続けるが、デュアルクレイターの目には相手のバイタルが低下しているのが見て取れた。

 

艤装の加護を失った艦娘はそれこそ、そこらの少女と変わり無い。

 

それと知って戦わせる海軍や提督達は一体何を思うのか?しかし今はそれを考えている暇は無い。

 

デュアルクレイターは急ぎターンしてその場を離れながら、スキズブラズニルに通信を繋いだ。

 

「こちらデュアルクレイター、漂流者を発見。救助するも意識不明の重体、至急搬送を求む」

 

「繰り返す、至急搬送を求む!」

 

デュアルクレイターは相手が返事を返すまで何度も繰り返すつもりであったが、直ぐにスキズブラズニルから返事が返ってきた。

 

『デュアルクレイター、こちら焙煎だ。救助者は一人か?』

 

「こちらデュアルクレイター、救助者は一名艦娘恐らく駆逐艦クラスかと思われる。非常に危険な状態だ、直ぐに手当てしなければ助からない」

 

『分かった、一名だな。こちらでも受け入れ準備は既に始めている、ドックまで救助者を連れて来てくれ』

 

「了解、超特急で連れてってやるよ」

 

取り敢えずこれで一先ずは安心だと、デュアルクレイターはふーっ、と息を吐き汗を拭った。

 

デュアルクレイターにお姫様抱っこされている駆逐艦艦娘は、いまだに目を覚まさないがスキズブラズニルに着けばもう心配は無いなと、彼女は思っていた。

 

自分自身、スキズブラズニルの驚異的な能力は身を以て知っている為、例え沈んだとしても彼女ならサルベージして完璧に修理してくれる位には、デュアルクレイターはスキズブラズニルを信頼していた。

 

最も流石にバラバラにされては流石の彼女もお手上げだろうが、そう言う意味ではこの駆逐艦は運がいい。

 

少なくとも五体は満足に付いているし、失った艤装も直ぐに代わりが作られる筈だ。

 

そう思っていた時、腕の中に抱かれていた駆逐艦が目を覚ました。

 

「う…う、こ、ここは…?…アナタ、だれ?」

 

所々要領を得ない言葉であったが、しかし相手の意識が回復した事でデュアルクレイターはホッとした。

 

「気が付いたな、何心配するな直ぐに修理してやるからな」

 

デュアルクレイターはそう陽気に答えたが、しかし突然腕の中で駆逐艦艦娘が暴れ出した。

 

「た、助け…なきゃ。皆んな、を…助け…!」

 

「待て待て待て、そんな身体で何しようってんだい⁉︎傷口が開いちまうよ」

 

暴れる彼女を、しかしその力は弱々しく簡単にデュアルクレイターに抑えられてしまう。

 

錯乱する彼女を見て、デュアルクレイターは鎮痛剤を投与すべきだったかと後悔したが、しかし腕の中で抑えられている駆逐艦艦娘は弱々しい声でしきりに助けを求める。

 

「助け、なきゃ。皆んなを、助け…な、きゃ」

 

「お願いだから大人しくしてくれよ。何もう助けは来たって」

 

デュアルクレイターは何とか落ち着かせようと出来るだけ優しい声を出したが、しかし助けを求める彼女の言葉にふと違和感を覚えた。

 

(コイツ、さっきから誰に助けを求めてるんだ?いや、ダレを助けて欲しいんだ?)

 

「おい、お前以外にも誰か逃げて来たヤツがいるのか?どうなんだ」

 

「助けなきゃ、皆んなヤラレちゃう…助け、なきゃ」

 

しかし返事は曖昧として要領を得ず、兎に角相手を安心させる為デュアルクレイターが何気無く呟いたひとことが切っ掛けとなった。

 

「分かった、皆んな助けてやるからな。な、だから今は大人しく…「本当ですか‼︎」おお⁉︎」

 

いきなり腕の中で彼女が大声を出したので、両手が塞がっているデュアルクレイターは聴覚にモロに大音量を受けてしまった。

 

キーンとする耳を頭を振って振り払いながら、しかし腕の中で彼女は一気に捲したてる。

 

「皆んな、まだ彼処にいるんです…でも私だけ、足手纏いで、被弾して流されて…」

 

「まだ皆んな戦っているんです!戻らなくちゃいけないんです‼︎」

 

一気に言い切った後、彼女はそこでフッと糸が切れた彼女は様に再び微睡みの中に舞い戻る。

 

色々な事があったストレスと、そこからの解放が彼女の緊張の糸を切ってしまったのだ。

 

そこで漸く耳の痛みから戻ったデュアルクレイターは、とんでも無い事を聞いてしまったと若干呆れていた。

 

「さてはてどうしたもんか…?ま、取り敢えず今はコイツを運ぶ事が最優先だな」

 

そう決めると、デュアルクレイターは機関部を一気に全力まで上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザブンっとドックに張った水に、何かを浸ける音が響く。

 

高速修復材で満たされたプール型ドックに入れられた駆逐艦艦娘は、増幅された自然治癒力により急速に怪我が治っていく。

 

その横では壊れた装備と失われた艤装の修復材と再建作業が進み、1日もすればまた元通りに戻るだろう。

 

「全く、いつ見ても不思議な光景だ。アレに浸けるだけで、艦娘なら手足が吹き飛んでも又元通りに治るんだからな」

 

そう呟く焙煎だったが、しかしそう呑気に言ってられる状況では無かった。

 

「で、見つかったのか?」

 

「アルウスからの報告では先程偵察機が例の艦娘達を発見した。距離的にはそう遠くは無いな」

 

弾薬の補給に戻っていたヴィルベルヴィントが、非常に淡々とした声で報告した。

 

「それと矢張りだが追撃を受けている。如何にも多数の負傷者やボートに人を乗せて曳航している様でこのままでは追いつかれるそうだ」

 

「彼女達が独力で解決出来る可能性は?」

 

「ハッキリした事を聞く、その可能性はゼロだ。間違いなく全滅する」

 

ヴィルベルヴィントは容赦無く断定したが、焙煎も又同じ考えであった。

 

デュアルクレイターが見つけた駆逐艦艦娘の口から、近くに同じ様な艦娘達がいるとの報告があり、その対応を迫られた焙煎は一先ず付近を捜索する事を指示した。

 

そして本人としては極めて『残念』な事に、その艦娘達を発見してしまったのだ。

 

「厄介な事になったな、ヴィルベルヴィント」

 

焙煎としては逃走する艦娘達が見つからなければと、内心思っていたが為にふと出た言葉だった。

 

聞く者によっては焙煎の人間性を疑われるかも知れないその言葉を、しかし聞いていたのはヴィルベルヴィント唯一人であった為誤解される事は無かった。

 

「針路的には此方から動かなければ遭遇する事は無いが、如何する艦長?」

 

「如何するもこうするも…」

 

焙煎としても何か考えがある訳では無い。

 

彼にとって現状は厄介事が向こうからやって来た様なものなのだからだ。

 

「言いにくければ、私から伝えようか?」

 

焙煎とは一番長く深い付き合いであるヴィルベルヴィントは、その心情を慮ってさり気なくそう伝えた。

 

焙煎としてもそうしてくれれば有難いが、しかし幾つかの懸念事項があった。

 

まず今回の決断でヴィルベルヴィント以外の超兵器達が如何反応するのかが一つ、特に播磨は元の世界では日本国出身の超兵器だ。

 

彼女が暴れれば尋常では無い被害が出かねない。

 

もう一つに救助した駆逐艦艦娘の身柄を如何するのか。

 

付け加えるのなら、扱い如何によっては完全に海軍との関係が決裂してしまう事が一つ。

 

考えればまだまだ幾らでも心配の種は尽きない。

 

以前とは自分達が置かれた状況が全く違うのだ。

 

前の時は降り掛かる火の粉を払う事もあったが、今は此方が火中の栗を拾う様な真似をしなければ良いだけの話。

 

「追撃する艦隊が勢いそのままに此方に突っ込んで来る様な事は…」

 

「針路的に先ずない。相手とは全く反対の方向に動いているからな、そもそも勝ち戦に乗る軍が態々敵の少ない場所に向かう理由が無い」

 

ヴィルベルヴィントにそう返され、「だろうな〜」と心の中で呟きはーっ、とため息を吐く焙煎。

 

現在焙煎達は前線の端、殆ど敵味方のいない場所を選んで進んでいる。

 

そもそも、余計な戦闘を行わない様に指示しているのだから当たり前だ。

 

しかし、ここに来てその状況が変わりつつあった。

 

「分かった、その事は俺の口から直接伝えようか」

 

「いいのか?」と心配そうな表情を浮かべるヴィルベルヴィント。

 

しかし焙煎は頭を横に振って乾いた笑みを浮かべ。

 

「元々俺の都合から出た話しだ。なら俺から直接言うしか無い」

 

「何を〜ですか〜?」

 

しかしそこに第三者から声がした。

 

焙煎は出来れば振り返りたく無かったが、しかし声のした方を振り返って見た。

 

「ヴァイセンさ〜ん、一体〜何を〜伝えるん〜ですか〜?」

 

そこにはいつも通り特徴的な間延びする声の、しかし冷たい目をしたスキズブラズニルが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァイセンさん〜、一体何を〜決めたんですか〜?」

 

スキズブラズニルはそう言いながら焙煎に詰め寄る。

 

彼女は、ドックに収容し入渠した駆逐艦艦娘の容態を見る為、偶々通りかかった所で二人の会話を聞いてしまったのだ。

 

平均的な身長よりも上な焙煎を遥かに見下ろす彼女の圧迫感に、たじろぎしそうになる中何とか踏ん張って耐えて見せる焙煎。

 

しかし完全に覆い被さる様な形で焙煎を見下ろすスキズブラズニルには、そんな事は関係無かった。

 

「ヴァイセンさん〜、私が〜今聞いた〜のが〜聞き間違いで〜無ければ〜」

 

「今〜追われている〜艦娘さん達を〜見捨てるって〜言いませんでした〜?」

 

一言一言にこれまで彼女から感じた事の無い圧力が込められ、普段超兵器達からのプレッシャーに慣れている筈の焙煎もその圧力に立っているだけで精一杯になった。

 

「黙って〜無いで〜、答えて〜下さいよ〜!」

 

苛ついたスキズブラズニルは手で焙煎の襟首を掴んで持ち上げる。

 

後ろで見ていたヴィルベルヴィントが流石に止めようしたが、しかし焙煎は目で彼女の動きを止める。

 

(これは俺の仕事だ!)とその目がハッキリと伝えていた、

 

焙煎は凡人だか、凡人なりに精一杯張る虚勢と言う物があった。

 

「スキズブラズニル、俺は確かに言った。彼女達を見捨てると、俺達は助け無い」

 

しかし焙煎が最後まで言い切る事は出来なかった。

 

その前にスキズブラズニルが激昂し、声を張り裂けんばかりに挙げたからだ。

 

「っ〜〜〜‼︎ふっざけないでよ!何で、何で見捨てるんですか‼︎如何してそんな事が言えるんですか⁉︎何で、如何して‼︎」

 

「仲間じゃないんですか‼︎散々お世話になっておいて、都合が悪くなったからハイサヨナラって‼︎そんな我儘、許されないですよ‼︎」

 

「如何して平気な顔でそんな事言えるんです‼︎アナタには人の心が無いんですか‼︎」

 

途中から支離滅裂になりながらも、焙煎を糾弾するその声にドック内で作業をしていた妖精さん達がワラワラと集まって来る。

 

彼等の目には、又いつもの通り焙煎とスキズブラズニルとがぶつかっただけに思われたが、今回ばかりは如何にも様子が違った。

 

普段は直接的な暴力を嫌うスキズブラズニルが、焙煎の襟首を掴んで持ち上げて締め上げているのだ。

 

これが只事では無い事は直ぐに分かった。

 

そして何人かが事態を問いただそうとするも、焙煎の後ろにいるヴィルベルヴィントの厳しい視線によっていすくめられ、その無言の圧力の前にすごすごと退散するしか無かった。

 

その間にも一気に捲したてて息切れを起こしたスキズブラズニルが「はぁ、はぁ、はぁ」と息を荒げていた。

 

しかしいまだ襟首を掴んだままの手を、ジッと黙って事態の推移を見ていたヴィルベルヴィントが優しく、しかし有無を言わさぬ態度で解いた。

 

「もう良いだろう」

 

ゆっくりと優しく語りかける様でいて、その実何の感情も読み取れない声でヴィルベルヴィントはそう言った。

 

だが興奮覚めやらぬスキズブラズニルはキッ、とヴィルベルヴィントを睨む。

 

しかし何処までも冷徹な眼差しを返され、そのまま何も言えず目を伏せる。

 

焙煎も焙煎で、漸く拘束から抜け出して「ゲホゲホ」と喉を抑え、その無様な姿にスキズブラズニルはもうこれ以上何も言う気が失せていた。

 

そして無言でいる事に耐えられないスキズブラズニルは、焙煎達に背を向けて走り去ってしまう。

 

「はーっ、はーっ」

 

漸く息を整えるることが出来た焙煎は、走り去るスキズブラズニルの背中に何も言わず、唯皺くちゃになった襟首を正した。

 

ヴィルベルヴィントの方も焙煎に「追いかけないのか?」とは決して言わなかった。

 

しかし言わなくとも、焙煎にはヴィルベルヴィントの突き刺さる様な目つきで、大体何を言わんとしているのかが丸わかりであった。

 

だが全てを知った上で、焙煎は何も追求しなかった。

 

「何をしている?ヴィルベルヴィント、お前も用が済んだらさっさと持ち場につけ」

 

焙煎はそう言って深く帽子を被り直し、その場を後にする。

 

その背中は何処となく寂しそうであり、ヴィルベルヴィントはこの誰にも理解されない男の背中を、消えるまで唯ジッと見ている事しか出来なかった。

 

そして焙煎の背中が消えた後、誰に聞かせるわけでも無くヴィルベルヴィントはポツリと、一言呟いた。

 

「不器用な男だ」

 

 

 

 

 

 

 

ドック内で起きた出来事は、妖精さん達の噂話と言うネットワークに乗り、直ぐに艦内全てに知れ渡った。

 

ドックでの作業中に起きた事の為、詳しい話の内容は分からないが、スキズブラズニルと焙煎との間で言い争いが起き、その結果二人の中が決定的となった事だけは分かった。

 

この話は瞬く間に妖精さん達を不安にさせた。

 

妖精さん達にとって一応名目上の指揮官である焙煎と、実質的に艦隊の全てを司るスキズブラズニルとの対立は、唯の喧嘩などでは無いからだ。

 

スキズブラズニルは言うなれば艦隊の生命線だ、戦闘に建造更には生活全般に至るまで彼女がいなくては回らない。

 

だからあの暴虐無人を絵に描いたような超兵器達も、我儘を言っても出来るだけ迷惑を掛けないようにしている。

 

一方の焙煎も妖精さん達の認識では色々とアレな所もあるが、雇用主であり何よりも自分達を守ってくれる超兵器達を建造出来る唯一の存在と言う事で、この艦隊の武力を司っている。

 

元々不仲だったとは言え、今まで上手くやれて来たのは、曲がりなりにもこの二人が協力してきたからに他ならない。

 

だが、その二人の仲が拗れれば如何なるだろう?

 

スキズブラズニルは焙煎に反抗するかもしれない、そうなった時焙煎が超兵器達の力を背景に武力で抑えないと誰が言えよう。

 

そうなった時果たして自分達は如何なるか?

 

最悪艦隊を二つに割っての内乱となるやもしれない。

 

その結果が如何なるかは分からないが、確実に悪い事になるのは間違い無かった。

 

こんな時、妖精さん達は何も出来ない我が身の無力を嘆くのである。

 

妖精さんはその在り方から誰かに使役されて初めて力を発揮する事が出来るのだ。

 

その力を誰かの為に使えても自分達には使えない。

 

出来る事と言えば艦娘とは違い自分で主人を選ぶ事位しか無く、それとて主人次第でどちらにでも転ぶのである。

 

だから妖精さん達に出来るのは、何事も無く無事に事態が治ってくれるのを祈り待つしか無かった。

 

一方で、祈る者もいれば積極的な行動する者も又いるのである。

 

そうして時として、この様な蛮勇こそが事態を解決する事が無きにしも非ずなのであった。

 

 

 

 

 

焙煎達に背を向け走り去ったスキズブラズニルは、部屋の中引き篭もりベットの中に蹲っていた。

 

元々余り綺麗とは言えない部屋の中は、床一面に物が散らばり壁に叩きつけられたチタン製のカップが曲がってそのままになっていた。

 

散々暴れ、それでも治りきらない怒りと悲しみがいまだにスキズブラズニルの心の中に渦巻いていた。

 

スキズブラズニルはドック艦である、その名の通り彼女は戦うのでは無く傷付いた船を直し、破壊するのでは無く新しく生み出す存在である。

 

彼女がいた世界では、帝国から祖国を救う為そして踏みにじられた国や人々を解放する軍を最後まで支え続けた。

 

決して戦場には出る事が無かった彼女だが、それ以上に彼女の存在によって大勢の人々が結果的には救われている。

 

スキズブラズニルが最も尊敬する人物もまた、彼女の在り方に関係している。

 

祖国を追われ世界中の海を戦い続け、恐ろしい超兵器達にも果敢に挑み続けたその人は、しかし決して外道に落ちる事無く。

 

傷付いた仲間を助け、敵であってもその救いの手は変わらず、例え信頼していた部下に裏切られても許し、国や果ては人類の為にその身を犠牲にする事も厭わない高潔な心。

 

その在り方を間近に見てきた彼女だからこそ、焙煎のやり方にはついていけないのだ。

 

人間的にも、軍人としても彼女が今まで見てきた中で下の下、比べるとしたら同じ名前のあの傲慢な独裁者にして世界の敵、皇帝ヴァイセンヴェルガーくらいなものだ。

 

そこまで考えた時、突然部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 

誰か来たのだろうか?そう思うスキズブラズニルだが、今は誰にも会いたく無いと言う気持ちであり、そのまま無視する事にした。

 

シーンと静まる部屋の中、こちらが無視をして相手の方も反応が無いので諦めて帰ったのか、それ以上相手からの反応は無かった…かと思いきや。

 

「邪魔するぜ」

 

の一言共に、鍵を掛けたはずのドアノブがひしゃげ誰かが部屋の中にヌッと入ってきた。

 

特徴的な赤髪に褐色の肌、それは駆逐艦艦娘を救助したデュアルクレイターであった。

 

思わぬ人物の登場に、ベットの中から顔だけを出して呆然とするスキズブラズニル。

 

しかし部屋の中に遠慮も無くズカズカと入ってきたデュアルクレイターは、物が散乱する床から椅子を見つけ出して掘り起こし、背もたれを前にしてスキズブラズニルの方を向いて座った。

 

「よ、調子はどうだい?」

 

空気を読まない突き抜けた陽気な声で、デュアルクレイターは開口一番そう言った。

 

突然の事に目をパチクリとさせるスキズブラズニルだが、直ぐに慌てた様子でどもりながらも自分の部屋に入ってきた闖入者に返事を返した。

 

「い、いいい、一体〜何の〜様ですか〜?」

 

先程焙煎相手とは言え、ヴィルベルヴィントの前で啖呵を切って見せた姿はそこには無かった。

 

いまだに超兵器達との距離感が掴めない彼女は、殆ど彼女達との話した事は無かったのだ。

 

一方で超兵器達もスキズブラズニルとは碌に会話した事も無く、デュアルクレイターとて今日初めて声をかけた程だ。

 

しかし、デュアルクレイターの口調や雰囲気にはそんな事など微塵も感じさせない大らかさがあった。

 

「艦長と喧嘩したんだって〜、何が起きたか私に話して見ない?」

 

「ど、どうして〜あ、貴方に〜言う必要が〜あるん〜ですか〜」

 

緊張しつつも、いつもの調子で話すスキズブラズニルに、しかしデュアルクレイターは笑いながらそんなに緊張しなくていいと告げる。

 

「なに、私って最近出来たばかりでまだこの艦隊の事な〜んも知らないからさ。人に聞こうにも知ってるのは艦長にジャガイモコーヒー狂野郎にアンタだろ」

 

と指折り数えるデュアルクレイター、しかしスキズブラズニルは彼女が言った言葉に驚いていた。

 

デュアルクレイターが言うジャガイモコーヒー野郎とは、間違いなくヴィルベルヴィントの事を指していたからだ。

 

この艦隊で自分が生まれる前から、焙煎に付き従う最古参のヴィルベルヴィントをジャガイモコーヒー野郎などと。

 

そんな風に呼ぶ相手なんて今まで彼女の身近にはいなかったのだ。

 

精々妖精さん達は畏敬と畏怖を込めて風の三姉妹の長女と呼び、他の超兵器もアイツとは呼んでも、決してジャガイモコーヒー野郎などとは聞いた事さえ無かった。

 

「そ、それ〜聞かれたら〜マズいんじゃ〜ないですか〜⁉︎」

 

「いやだって、アイツ皮を剥いたジャガイモみたいに生白いし、挙句にかなりのコーヒージャンキーなんだぜ?」

 

「知ってるか?アイツ、艦長に自分が作ったコーヒーを美味いと言わせる為だけに、自分で豆を調合したり妖精さんに無理を言って機材を作らせたりするんだよ」

 

「あ、これアイツには絶対言うなよ、オフレコで頼むぜ」

 

と茶目っ気たっぷりにウィンクして見せるデュアルクレイター。

 

確かにヴィルベルヴィントの肌は白いが、それを剥いたジャガイモみたいにと表現するのはいま初めて聞いたし、

 

そもそも妖精さん達にコーヒーメイカーを作らせるという無茶も、今日初めて聞いた。

 

何だか今までスキズブラズニルが思っていたヴィルベルヴィントのイメージが、ガラガラと音を立てて崩れるようだった。

 

「あ、でも」とそこでスキズブラズニルは思い出したことがあった。

 

それに食いついたデュアルクレイターが、「何々、聞かせてよ」と催促するので、思い出したことを語り始めた。

 

スキズブラズニルが生まれてまだ間もない頃、その当時スキズブラズニルの船体を超兵器達は勝手に弄り回して思い思いに改造を施しており。

 

アルウスは船1隻丸ごと養蜂場に変え、シュトゥルムヴィントは船底に謎のファイトクラブとか言う秘密クラブを作り、その中でヴィルベルヴィントはあろう事か自室に足湯を作ったのだ。

 

しかしどうやら配水管の工事に失敗し、自室の洗面台や風呂場に流れる水がすべて海水となってしまった。

 

「それで、どうなったのさ?」

 

とデュアルクレイターが興味深々に聞けば。

 

「ヴィルベルヴィントさん、海水で髪を洗ってしまって折角のストレートヘアーがゴワゴワになってしまって、その日一日艦長の前に姿を見表さなかったそうです」

 

普段キリッとしていてクールビューティーを気取っている彼女が、一生懸命海水でボロボロになった髪を梳かしているさまを想像し、吹き出すデュアルクレイター。

 

他にもヴィルベルヴィントのポンコツっぷりを示す話題は意外な程尽きない。

 

デュアルクレイターも、身近にいるアルウスの空回りっぷりや、アルティメイトストームのおバカっぷりを時に情感たっぷりに、時にコケティッシュに語り、スキズブラズニルの心を解きほぐす。

 

そうこうする内に、自然とスキズブラズニルの緊張感も取れ目の前の超兵器に対する警戒心も薄らいでいた。

 

そうして話しが一段落した時、改めてデュアルクレイターは何が起きたかを聞いた。

 

最初の時とは違い、デュアルクレイターの巧みな話術によって距離感を近づけていたスキズブラズニルは、今度は正直に話し始めた。

 

「実は………」

 

デュアルクレイターはスキズブラズニルの話を、それもあの特徴的な妙に間延びする声を途中相槌を打ちながらもしかし決して否定も肯定もする事なく、最後まで辛抱強く聞き続けた。

 

「…そういう事なんです」

 

最後まで話し終えて、スキズブラズニルはまた心の奥底からムカムカと苛立つ衝動が湧き上がってきた。

 

そして話を最後まで聞き終えたデュアルクレイターはと言うと。

 

「おし、それじゃいっちょやるか!」

 

と膝を手で叩いて立ち上がった。

 

突然椅子から立ち上がったデュアルクレイターに驚いて、目を剥くスキズブラズニル。

 

「い、一体〜何を〜するん〜ですか〜?」

 

「?決まってんだろ、助けたいんだろ。なら行こうじゃないか」

 

「で、でも〜ヴァイセンさんが〜」

 

「艦長はこの際関係ないだろ?要はお前の気持ち次第なんだよ」

 

突然自分の気持ち次第と言われても、今まで碌に人に伝えた事のないそれを、今更言葉にする事などスキズブラズニルは中々上手く出来なかった。

 

「今迄艦長やアイツらに好き放題されっぱなしだったんだろ?ならここはいっちょお前の本気を見せてやらなにゃ」

 

そう言われて、スキズブラズニルは今迄の事を思い出していた。

 

艦娘として目覚め勝手に自分の船体を弄くり回されて、挙句に追い詰められて無理やり戦場に引っ張りだされた事多数。

 

しかも艦長は人でなしの色ボケムッツリ禿げで、超兵器達は我儘だわ怖いやら人の話を聞かないやら。

 

それらを思い出し、スキズブラズニルの心の奥底で鬱屈し溜まっていたありとあらゆる感情がマグマのように沸々と煮え立った。

 

(そもそも何故自分が遠慮しなければならないのだ、この艦隊を支えているのは誰なのか一度分からせる必要がある!超兵器達にしても、半分以上は私が建造したんだから、つまり私が彼女達のお母さんなんだ!)

 

(娘の躾をするのも親の義務な筈‼︎)

 

 

と訳の分からない理論で自己完結をし、そしてその滾りが頂点に達した事で、スキズブラズニルは篭っていたベットから飛び起きると、デュアルクレイターの手を両手で握り何時もと打って変わって真剣な表情で言った。

 

「デュアルクレイターさん、私〜いっちょ〜かまして〜来ます‼︎」

 

「おう、やってやれ。あと、艦長はオッパイに弱いからいざとなったら遠慮はするな」

 

「はい!」

 

と力強く返事をするスキズブラズニルだが、途中でとんでもない事を言われた事に気付きもせず、部屋から飛び出していく。

 

その後ろ姿を「ガンバレヨ〜」と手をヒラヒラさせて見送ったデュアルクレイター、今度はずっと扉の影に隠れていた人物に声を掛けた。

 

「よお、私が出来るのはココまでだよ」

 

「いいや十分だ、感謝する」

 

そうして影から出てきたのは、何とヴィルベルヴィントであった。

 

素直に頭を下げる彼女に、デュアルクレイターは「よせやい」と頭をポリポリと掻く。

 

「元はと言えば私が余計な事をしたせいだからな、これくらいは責任は取るさ」

 

そう言って笑うデュアルクレイターだが、実は彼女は大体の事のあらましをヴィルベルヴィントから伝えられていたのだ。

 

そして艦隊分裂の危機を前に、こうして自らひと肌脱ぐことでせめてもの償いをしているのだ。

 

「で、実際な所どうなんだ?私が出来たのは唯焚き付けただけだぜ」

 

「いや、それで良いんだ。艦長もスキズブラズニルも変に遠慮する事が有るからな、この位が丁度いい」

 

デュアルクレイターは「そう言うもんかね〜」と言いながら、心の中では。

 

(良く艦長の事を見ているようで、愛しちゃってんだね〜)

 

とヴィルベルヴィントの事を茶化していた。

 

「ん、何か言ったか?」

 

「いんや、何も。ああ〜〜それじゃ私は持ち場に戻るは」

 

と言って誤魔化しつつ部屋を後にしようとした時。

 

「その前に、少し待て」

 

と後ろから肩を掴まれたのである。

 

「ん?話は済んだじゃないのか」

 

と首を傾げるデュアルクレイターに、ヴィルベルヴィントは何気ない調子でしかしその実手に圧力を込めて決して逃さない様にしてから言った。

 

「一体誰が、ジャガイモコーヒー狂野郎なんだ」

 

(ええー、今そこ聞くー⁉︎)

 

デュアルクレイターは個人的にはこのまま何も聞かなかった事にして立ち去りたかったが、しかし肩を掴まれたしかも相手は超高速巡洋戦艦である。

 

足で負けている以上逃げる事は不可能であり、しかも自分の弱点である背後を取られて正に絶体絶命の大ピンチ。

 

「ええとだな、それは、そのこう言葉のあやと言うか…」

 

何とかこの場を切り抜けようとするが、しかしヴィルベルヴィントの氷の眼差しによってそれ以上なにも言う事が出来なかった。

 

実は聞いた本人も、誰がジャガイモコーヒー狂野郎なのか純粋に気が付いておらず、唯何となくここで聞いておかなくては、後で誤魔化されるだろうと言う直感に従った迄の行動であった。

 

つまりお互い不幸なスレ違いが発生してしまっているのだ。

 

こうしてヴィルベルヴィントポンコツ伝説に新たな一ページが加えられる事となる。

 

元の世界での評価がアレ過ぎて、返って自己がどう評価されているのかに疎いし、それを言った本人の前で一切の悪意なく聞いてしまうと言う事が、この後直ぐ艦隊に広まるのであった。

 

尚当事者のデュアルクレイター曰く。

 

「二度と体験したく無い出来事だった」

 

と後に語ったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

スキズブラズニルは激怒した、かの邪智暴虐の色ボケでハゲ頭の艦長を必ずや翻意させなければならないと、固く誓っていた。

 

スキズブラズニルは政治が分からぬ。

 

しかし人一番正義には敏感であったのだ…。

 

 

 

こうして謎のナレーション(妖精さんの悪ふざけ)と共に、艦橋に続くエレベーターに乗るとそのまま上を目指す。

 

スキズブラズニルのビル十数階分に相当する高さを一気に登りきり、中へと続く扉の前に立つと後はこのまま勢いに任せて部屋に入り込み、焙煎に直訴する腹積もりであった。

 

『…で、いい…な…よ』

 

しかしいざ艦橋に入ろうとした時、中から話し声がして出鼻を挫かれた。

 

スキズブラズニルはこう言う時でも他の人に遠慮してしまう、実際奥ゆかしい大和撫子的な性格であるのだが。

 

この場面では返って決心を鈍らせてしまう結果でしか無い。

 

しかも一度止めてしまった足は、中々次の一歩を踏み出す事が出来ない。

 

歩み続けるのも大変だが、それ以上に一度止めてしまったものを再度動かすのはまた別の苦労がいるのだ。

 

そして完全に止まってしまった両足に変わり、スキズブラズニルはそっと両耳を扉に押し当てた。

 

取り敢えず中にはいる気を伺う為と言い訳を立てながらも、実際はここに来て野次馬根性と急にアタマが冷えてきて中にはいるか戻るかの決心がつかない為であった。

 

そっと耳を当て鉄製のヒンヤリと冷たい感触が耳朶に伝わり、その向こうでなにが起きているのかをスキズブラズニルはジッと耳を凝らして聞き入った。

 

 

 

 

 

「取り敢えず、播磨への情報封鎖はやっておきましたわ」

 

「まぁ、最もこれが必要かどうかには疑問ですが」

 

アルウスは呆れも隠さず、艦長席にもたれる焙煎に向かって言った。

 

既に艦内にドックでの一件は知れ渡っていたが、しかしその詳しい内容まではまだ知られていなかった。

 

そこで焙煎は必要な相手だけに戒厳令を敷いたのだ。

 

その相手こそ、件の播磨であった。

 

「世話を掛けるよアルウス。播磨は何だかんだと言って日本の船だ、故国の船が襲われて気持ちいい筈がない」

 

だからこそ播磨の射撃観測や通信の中継を行っていたアルウスが頼みを聞いてくれた時、これ程感謝した事はない。

 

だが一方で「しかも、それを知って見捨てるとなれば」と心の中で付け加えると、焙煎は全身に気だるい倦怠感を感じていた。

 

助けられる位置にありながらも、己が野望の為に見捨てる事がこうも無力感を及ぼすとは、初めての経験に焙煎は戸惑いを覚えたのだ。

 

こうしてアルウスと話している最中にも、自己嫌悪と罪悪感とで押しつぶされそうになるのだ。

 

そんな焙煎を気遣う素振りを見せつつ、アルウスは自然な仕草で艦長席の後ろに回るとソッと背凭れを後ろに倒した。

 

「艦長、お疲れでしょう。後は私に任せては」

 

そう言って倒れかかる焙煎の後頭部を、アルウスの胸部装甲が優しく包み込んだ。

 

いつもされるヴィルベルヴィントのそれと違い、アルウスの胸部装甲はマシュマロのように柔らかく何処までも深く沈み込んでしまいそうになる。

 

普段なら焙煎も嫌がり振り解こうとするが、胸の破壊力ならヴィルベルヴィントを抜いて播磨が来るまで艦隊最大を誇っていたのだ。

 

アルウスの胸部装甲には全てをこの大いなる胸に抱かれて任せてしまいたい、そう言う母体回帰を齎す危険な底なし沼を秘めていた。

 

「艦長は少し頑張り過ぎですわ、ゆっくりお休みになって下さい。次に目覚めた時は全てが終わっていますわ」

 

焙煎の頭を子供をあやすように優しく撫でながらも、アルウスは危険な笑みを浮かべていた。

 

焙煎とスキズブラズニルとの破局は、しかし一方でアルウスにとってチャンスを齎した。

 

以前からヴィルベルヴィントを除き艦隊の一番になる事を目指していたアルウスにとって、今の状況は正に天からの贈り物であった。

 

焙煎はスキズブラズニルとの関係が拗れ、しかもその原因の非情な決断によって唯の凡人でしか無い彼の心は弱まり折れかかっている。

 

しかも、そんな時にはいつも側にいて支えるはずのヴィルベルヴィントは今は無く。

 

代わりにいるのは偶々焙煎に報告兼様子を見に来た自分。

 

この千載一遇の好機を活かさずして何が超兵器か!

 

そう意気込み喜び勇んでみたら、いとも簡単に焙煎は彼女に身を任せたでは無いか。

 

普段はまるでそこが自分の定位置だと主張するように、人前でも平気で艦長の後頭部を独占するあの犬は今は居らず。

 

今ここにいるのは自分であり、しかも彼女以上にアルウスに焙煎は身を委ねていた。

 

(まあ、単に大きさと柔らかさの違いですそう見えているだけで、実際にはそう変わりは無いのだが)

 

しかもアルウスにとって嬉しい誤算があった、それは…。

 

(ふおおお⁉︎艦長をこうして子供の様にあやしていると、何と言うか全能感に浸れますわ)

 

そう、図らずともこの世界最強の武力を保有する男を、文字通り自分の掌中に収めるという感触は見た目以上に彼女に大きな高揚感を与えていた。

 

今やろうと思えば(決してしないが)、簡単にこの男の首の骨を折れる。

 

そうで無くとも、チョット脅すだけで面白い様に自分の意のままに操れるだろう事は、普段の様子から容易に想像できた。

 

(まあ、それでは面白くはありませんわね)

 

あくまでもアルウスにとって焙煎は王冠なのだ。

 

それを被るのに相応しいのが自分ではあるが、それに頼む様な事はしたくは無いのだ。

 

そこら辺に彼女の自身の力への矜持が垣間見れる。

 

これを普段何気無い日常の一部の様に行っているヴィルベルヴィントに対し、さしものアルウスも沸々と怒りが込み上げてきた。

 

単にそれは、自分の欲しいものを相手が持っていて嫉妬する様なものなのだが、今のアルウスにとって許しがたい大罪に思えたのだ。

 

アルウスは心の中でヴィルベルヴィントを有罪判決にし、一生荷運びに追われる刑罰を科した所で、彼女の妄想は終わりを告げた。

 

「なぁ、アルウス」

 

「はい、なんでしょう艦長」

 

頭を撫でる手を止め、上から覗き込む様に焙煎の顔を見つめるアルウス。

 

見るものが見れば、美女の自分をあやす顔とその胸部装甲とのサンドイッチと言う夢の様なシュチュエーションに、万感の思いで涙を流すであろう。

 

しかしそこは焙煎、伊達にヴィルベルヴィントで免疫が出来ている訳では無かった。

 

「倒し過ぎてクビが疲れた、戻してくれないか?」

 

美女からのサンドイッチよりも、首が痛いからと背凭れを治す様に伝える男がいる様だ。

 

流石にアルウスも「はい?」と二度聞いてしまった。

 

もしかしたら何かの聞き間違いなのかもしれないと、そう思いながら聞いたのだが、しかし返事は無情にも同じであった。

 

「いや、やってくれるのはいいが、倒し過ぎて首に負荷が掛かるんだ。大分疲れも取れたし、もう十分だ」

 

アルウスは心の中で。

 

(この凡人⁉︎思いっきり背凭れを倒して後頭部を床に打ち付けてやろうかしら)

 

と危険な考えを抱きつつ、素直に戻すアルウス。

 

内心「ヌググ」と悔しがりながらも、一先ず今日の所は退散する事にした。

 

背凭れを直し一度グッと伸びをした焙煎は、改めてアルウスに感謝を告げた。

 

「ありがとう、助かったよ。少し気が滅入っていたのが晴れた」

 

と珍しく超兵器に対して笑顔を見せたが、しかしアルウスの方はそれに気付きもせず、逆にコメカミに血管が浮くのを必死に抑えようと精一杯であった。

 

(この人は〜⁉︎どうしていつも肝心な所でこうですの!ねぇ、実はこれワザとでしょうそうなんでしょ⁉︎)

 

心の中の憤りが噴火しない様に我慢するアルウスに、そうと知らない焙煎はまた何気無く言った。

 

「いやしかし、今度からは自分で低反発クッションを持ってくる事にするよ。あれの方が疲れないからな」

 

「はっ?」

 

その一言に今度こそアルウスがキレたのは、言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

「ヴァイセンさ〜ん、本当に〜ダメダメ〜なんですね〜」

 

艦橋の外一人「家政婦は○た」ごっこ元い出歯亀をやって聞き耳を立てていたスキズブラズニルは、誰ともなしにそう言った。

 

妖精さん達から色々と焙煎の「アレ」な話は耳にしていても、まさか目の前で見るでは無く聞く事になろうとは、流石に想像だにしていなかったのだ。

 

先程のデュアルクレイターとの話と言い、今回の件と言い、「実はこの艦隊でマトモなのは自分だけでは?」と言う疑問を抱いていた。

 

しかし向こうから見ればスキズブラズニルも、大概なものである事は本人はまだ気づいていないのであった。

 

そうこうする内に焙煎とアルウスの話は進む。

 

 

 

 

 

 

 

「で、本当に宜しいので?艦長」

 

とアルウスが何処かスッキリした表情で焙煎に言った。

 

しかし当の焙煎はと言うと…。

 

「く、首が…」

 

先ほどの余計な一言で、アルウスにヘッドロックをかけられたうえ首を90度以上折り曲げられ、しかも胸部装甲での窒息攻撃付きと言うコンボを喰らい。

 

半生死の境を彷徨いつつあったが、漸く復帰したのかさっきから首を手で摩りながら調子を確かめていた。

 

「で、何だアルウス?まだ何か有るのか」

 

焙煎としてはこれ以上アルウスの機嫌を損ねない様(本人は全く原因が分かっていない)、早く退散して貰いたかったが。

 

しかしアルウスの方も、戦闘は一段落して暇であり、そもそもスキズブラズニルなら何処からでも艦載機に指示が出来る為ぶっちゃけ何もなければこのまま自動操縦に任せ深夜のティータイムと洒落込む事さえ出来た。

 

だが、今は焙煎との仲を深めるべく(自分で埋めてまた掘りかえす様な)、こうして何気無い話題を振っているのだ。

 

「いえ、艦長は実は大きな娘が苦手なんじゃ無いかと…」

 

「そ、そんな事は無いぞ、た、ただ顔に被せられるのが嫌いなだけで…」

 

と勝手な勘違いをして以前のトラウマを発動させる焙煎。

 

最近は後頭部への乳枕のお陰で緩和してきたとは言え、いまだに呼吸が苦しくなる事もあるのだ。

 

しかしアルウスが言ったのは胸部装甲が大きい娘では無く、無論その娘も大きいのだが。

 

「どちらかと言えば、自分よりも背が高い女性は男性的には苦手なのではと、そう思いますのよ」

 

とそこまで言われて流石に焙煎も、誰を指しているのか分かった。

 

「スキズブラズニルの事か?まあ、苦手と言えば苦手だな」

 

その返事に一瞬外でガタッと何かが動く音がしたが、直ぐに気のせいだと感じて焙煎は話に戻った。

 

 

 

 

 

『まあ、苦手と言えば苦手だな』

 

それを聞いて膝を崩したスキズブラズニルは、しかし何とか中の人に気付かれない様気丈にも態勢を立て直す。

 

しかし見た目は平気そうでも、その内側は激しく動揺していた。

 

この艦隊に来て色々な事はあったが、しかしこうも目の前でしかもハッキリと『苦手』と言われた事に、スキズブラズニルは少なからずショックを受けたのだ。

 

(何で〜如何して〜?私〜頑張ってるのに〜)

 

そうは言うが、思い返せば彼女は最初から焙煎に酷い目にあってきた様に思える。

 

一番最初の逃走劇から始まり、望まぬ超兵器建造、大好きなご飯とお菓子の制限に慣れない航空基地の建設。

 

挙句最前線まで引っ張ってこられた先に、敵の奇襲を受けて被弾する始末。

 

他にも大小様々な嫌な思い出があった。

 

(わたし〜苦手な事も頑張ってるんだよ〜。誰も見てくれないけど〜ご飯だって前よりも少なくしてるし〜妖精さん達の面倒だって見てるのに〜)

 

ぽたりと、床に雫が落ちる。

 

それを不思議そうに見つめるスキズブラズニルの両目から、次々と泪があふれ出してくる。

 

(シュルツ艦長〜副長〜ナギさん〜、わたし〜皆んなに嫌われちゃったのかな〜)

 

一度溢れ出した涙は、堰を切ったように止まらない。

 

必死に声を抑えようと嗚咽を漏らしながら、今日だけはこの分厚くて重い扉に感謝した。

 

誰にも聞かれない彼女の声を、そこで閉じ込めていてくれるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「苦手なんですのね」

 

焙煎の苦手発言に「だから…」と呟くアルウス。

 

(艦長はスキズブラズニルの事をよく思っていないから、今回の様な事に成ったのですね。これは近々彼女が排斥される可能性が出てきましたわね)

 

しかし焙煎が続けて言った言葉に、直ぐにその認識を改める。

 

「俺はなアルウス、スキズブラズニルが苦手なのはな。それはアイツに負い目があるからなんだ」

 

「正直俺はスキズブラズニルの事を凄いヤツだと思ってる。多分この艦隊で一番なんじゃ無いかな?」

 

「そこまで評価してなぜ『苦手』なんて言ったんです?」

 

アルウスは正直な焙煎がそこまでスキズブラズニルの事を評価しているとは思っていなかった。

 

精々、彼にとって都合の良い拠点程度の認識だと思っていたからだ。

 

「俺は今でもアイツが『苦手』だ、けれどそらはアイツが悪い訳じゃない」

 

「だって凄いじゃないかスキズブラズニルは⁉︎最初の時には艦娘は居なかったのに洋上で超兵器を建造出来る建艦能力!」

 

洋上での建造と聞いて直様それが自身の事だとわかるアルウス。

 

あの時はまだスキズブラズニルが艦娘に目覚める前とは言え、未完成の船体で自分を作って見せたのだ。

 

しかもそれが切っ掛けで艦隊の危機を救えた。

 

そしてそれが契機となって自分達の快進撃が始まったのだ。

 

「出来た頃は今よりも船の数も、能力も少なかったのに、今じゃ巨大洋上ドック艦の名に恥じない規模にまで成長して、しかもそれを殆ど自分の力でやってのけたんだ」

 

アルウスは言われて気がついたが、確かに僅か半年の期間でこの船はたった一隻で自分達を支え続け、しかも海軍の補給線を一時的には完全に掌握したのだ。

 

これがどれだけの事か、スキズブラズニルが居ない場合の輸送船団の量とコストの面からも窺い知れる。

 

「それだけじゃない、俺達が普段何気なく使ってる水に食料、ベットのシーツ一つとっても全部スキズブラズニルアイツ一人で賄っている」

 

「いつの間にか増えた妖精さんの世話だってちゃんとやってるのも俺は知ってる。時々自分がやったって誤魔化して妖精さん達にご褒美をやる事もあった」

 

ほかにもまだまだあると、焙煎はスキズブラズニルが普段目立たないがしかし重要な事を上げ続ける。

 

正直アルウスも焙煎と言う男を見誤っていたかもしれないと、後悔した。

 

スキズブラズニルの事もそうだが、焙煎は彼なりに立派に“司令官”をやっていたのだ。

 

「正直、ここまで来れたのはスキズブラズニルがいてこそだ。多分アイツが居なければ、俺は今でもあの捨てられた鎮守府にいた筈だ」

 

遠くを見る様な目で、窓の外を見る焙煎。

 

その視線の先は、偶然か否か彼が見捨てると判断した艦娘達の方向を向いていた。

 

「でも、だったら如何して?艦長ならばスキズブラズニルが嫌がる事も分かっていた筈なのに…」

 

だからこそアルウスは解せないのだ、何故ここまでして焙煎はスキズブラズニルを避けるのかが。

 

「…アイツはスキズブラズニルは俺と同じだ」

 

「突然見知らぬ世界に来て、しかも訳も分からぬまま戦いに巻き込まれて。嫌な事も嫌いな事もきっとアイツは俺以上に我慢しているんだ」

 

「俺はさ、アルウス。そんなアイツを必死に働かせて望んだのは自分が帰る事だけ。同じ境遇のヤツをさ、俺の勝手で言う事を聞かせるって結構辛いんだぜ」

 

そう乾いた笑みを見せる焙煎。

 

焙煎はスキズブラズニルに共感する所が有るからこそ、しかし彼女の望まぬ事をしなければ帰れないと言うジレンマを抱えていた。

 

本来ならこの世界で最も近しく、そして分かり合える筈の存在に嫌われると分かって向き合い続けなければならない現実。

 

唯の凡人には到底背負い切れないものであり、しかしてその唯一の対処法は相手を踏み躙って無視する事の他ない。

 

焙煎が特にここ最近ヴィルベルヴィントを頼る様になったのも、一種の逃避でありそして超兵器ならば自身も良心の呵責を覚えずに済むと言う、何処までも手前勝手な理由であった…。

 

そして話を聞き終えたアルウスは一言、ハッキリとした口調でこう言った。

 

「嘘ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘ですわ」

 

アルウスは焙煎の話を聞き終えてそう断言した。

 

「本当に『苦手』なら相手の事など知ろうとしない筈」

 

人間嫌いな相手や苦手なものは嫌でも目につくが、それは殆どが相手のマイナスイメージを補強するものである。

 

しかし焙煎は、明らかにスキズブラズニルに対し『負い目』は抱いていてもその本心では彼女を嫌ってはいない。

 

何故なら焙煎自身の口から「スキズブラズニルは凄い」とか「艦隊に無くてはならない」と言うプラスイメージの意味の発言などはあったが、逆の意味は殆どが含まれていない。

 

寧ろ、アルウスでさえ知りえなかった事細かな所まで焙煎はスキズブラズニルの事を見ていた。

 

果たしてこれが本当に『苦手』な相手にする行動だろうか?

 

「そもそも、艦長は事ある毎にご自分の為と仰いますが、それは艦隊全体の利益も含めての事」

 

寧ろその比率は艦隊の方が大きいくらいだ、とアルウスは見ていた。

 

本物の利己主義と言うものは、相手の都合や感情など考えずに唯自らの利益のみを追求する事を言うのだ。

 

焙煎が本当に自分の為だけに行動するのならば、スキズブラズニルの感情など知ろうともしないし、そもそも自分や他の超兵器に対してもっと道具や兵器の様に扱う筈だ。

 

こんな風にスキズブラズニルとの関係で悩み、そもそも今の様に超兵器に本心を曝け出す事など有り得ない。

 

そう焙煎と言う男は自分の我儘を押し通せる程強くは無く、常に他者との関係で一喜一憂し、けれど本心を中々晒す事が出来ない。

 

有り体に行って何処にでもいる普通の凡人なのである。

 

「今回の一件もそう、艦長は口では自分の為でスキズブラズニルはその犠牲者だと仰いますけど、本当は違うのでしょう?」

 

「貴方は本当は誰よりもスキズブラズニルの事を思って、非情とも取れる決断を下したのですわ」

 

焙煎はアルウスに対し何も反論する事が出来なかった。

 

そもそも、最初の時点で「違う!」と言えなかった時点で、彼は自分の本心が見抜かれているのだと悟ったのかもしれない。

 

しかして漸く焙煎はその重い口を開いた。

 

「アルウス、お前は俺に一体どうしてほしいと言うんだ?」

 

「さあ?それは御自身で考える事ですわ」

 

と突き放すアルウスだが、しかし「けれど」と付け加え。

 

「けれど、そろそろ素直に成られては如何かしら?これからはお互いに今まで以上に一蓮托生の身ですからね」

 

そう言ってアルウスは艦橋の扉を開け放った。

 

「⁉︎」

 

そしていきなり扉が開けられた事で、扉の前にいたスキズブラズニルが艦橋の中にたたらを踏みながら転がり込む様に入ってきた。

 

「うわ〜⁉︎」

 

相も変わらず何処か間延びする間抜けな声で、しかし何とか倒れ込まずにいられたスキズブラズニルは、自分を見つめる二つの視線に晒された。

 

一つは「ヤレヤレ」と言った表情のアルウス。

 

そしてもう一つは「何故ここに⁉︎」と驚きの表情を浮かべる焙煎のものであった。

 

 

 

 

 

 

時は遡る事少し前、具体的にはアルウスが焙煎に報告をする為艦橋に上がった時点で、彼女は艦橋の外出る扉に張り付くスキズブラズニルの存在に気付いていたのだ。

 

スキズブラズニルは自分の船体の事を自身の身体の様に感じられるが、超兵器も又その優れた索敵能力と感覚器官により容易に見えない相手の事を把握できるのだ。

 

そもそも、扉一枚隔てた距離などアルウスにとって無いも同然であった。

 

事の発端となったのは最初、スキズブラズニルの事を無視していたアルウスだが焙煎と始めた何気無い会話を盗み聞きしていたスキズブラズニルが、扉の前で泣き出してしまった事にある。

 

このまま会話を終わらせると泣いているスキズブラズニルと鉢合わせしてしまうし、そもそも相手がいつまでも泣き続けているので一向に立ち去る気配も無い。

 

然りとてこのまま放置しておく訳にも、唯黙って艦橋に突っ立っているのも面倒くさいので、アルウスは自分が能動的に動く事で事態の解決に乗り出したのだ。

 

そもそも、アルウスは正直な焙煎とスキズブラズニルの中がどうなろうと知った事では無かった。

 

スキズブラズニルが離反するならば、代わりに自分が焙煎の座乗艦になって南極を目指せば良い。

 

そもそも焙煎の野望も、彼女には興味無かった。

 

唯己が存在意義をこの世界に示し、且つ自分が一番である事が重要なのだ。

 

その為なら何でもやるが、その結果や過程で他人がどうなろうと彼女は知った事では無い。

 

つまり、アルウスとは極端な迄にエゴイストなのだ。

 

そして彼女はこの面倒くさい状況を回避すべく、焙煎の本心を引き出しさも当然の様にスキズブラズニルと引き合わせた挙句、二人が呆然としている内に。

 

「では、後の事はお二人で」

 

と言い残して、ついでに去り際にスキズブラズニルの耳元に一言吹き込みながら艦橋から自分だけ逃れたのだ。

 

しかし大変なのはここからである。

 

二人とも超兵器に散々引っ掻き回された挙句、こんなにも早く対面する事になろうとは想像だにしていなかったのだ。

 

焙煎はいまだスキズブラズニルが突然現れた事で混乱し、スキズブラズニルも又心の準備が出来ていないまま焙煎と対面し、お互いが互いにどうしていいか分からない状況が続いた。

 

しかし、この状況をいつまでも放置しておく訳にはいかない。

 

依然として彼等は敵中にあり、その間も船は進んでいるからだ。

 

そしてまず最初に声を出したのは焙煎の方からであった。

 

「す、スキズブラズニル。一体、何の用だ」

 

取り敢えず相手の要件は何か把握しようと、場当たり的な事を言う焙煎。

 

しかしそれがスキズブラズニルの逆鱗に触った。

 

「何の〜用だ〜ですって〜⁉︎」

 

まだドックでの一件からそれ程時間は経っていなかった。

 

そもそもアルウスがいた為収まっていたが、デュアルクレイターに焚き付けられた衝動は、いまだに心の中でフツフツと沸き立っていたのだ。

 

それが、舌の根も乾かぬ内に焙煎の無神経な「何のようだ」の一言で一気に噴きあがってきた。

 

「私が〜此処に来た意味くらい〜わからないんですか〜⁉︎このーハゲ頭〜‼︎」

 

突然ハゲ頭と罵倒された焙煎、そもそも本人は隠しているつもりだが艦隊では焙煎の頭髪が薄いのは周知の事実であった。

 

しかし、本人はそうは思っておらず、又自分の頭を「ハゲ頭‼︎」と罵られたのだ。

 

言い返す語気が荒くなっても致し方無い。

 

「何だと‼︎この万年食っちゃ寝女が、ウドの大木の癖にその言い様はなんだ‼︎」

 

「言いましたね〜この〜ムッツリ〜ハゲ頭‼︎いつもいつも〜椅子に座って〜乳枕されてる〜だけの〜変態の〜癖に〜!」

 

「アレはヴィルベルヴィントが勝手にやってるだけだ‼︎お前こそ贅肉塗れのダラシないボディーが!」

 

「ああ〜‼︎女の子の〜体型の〜事を〜言いました〜ね〜‼︎セクハラです〜訴えますよ〜⁉︎」

 

「最初に人の身体の事を言ったのはお前だろ⁉︎そもそも俺はハゲてない。ただ人より薄いだけだ‼︎」

 

「それを〜世間では〜ハゲと〜言うんです〜。一つ〜賢く〜なりましたね〜」

 

「お前こそバカだ、ハゲは何もない奴の事だ!俺はまだあるからハゲじゃねえ、そんな事も分からないのか〜」

 

お互いに売り言葉に買い言葉、終いには煽りあう始末。

 

このまま口汚く罵り合うかに見えたが、しかし怒りの火は急速に鎮火していった。

 

二人とも相手を罵倒する事が本題では無かったし、そもそも最初に吐き出してしまった分後に続かなかったのだ。

 

暫く互いに無言となり、先程とは違って艦橋の中はシーンと静まり返っていた。

 

「…で、言いたい事はそれだけか?」

 

焙煎は艦長席に座ったまま、向かい合う様に立つスキズブラズニルにそうぶっきら棒に言った。

 

「如何して〜見捨てるって〜言ったんです〜?」

 

先程とは打って変わって、静かでそれでいて確かな意思を込めた口調でスキズブラズニルは焙煎に向かう。

 

「…態々危険を冒してまで助けに行く理由がない」

 

「駆逐艦の娘が〜助けを〜求めたのにも〜関わらずですか〜?」

 

「そもそも、あの駆逐艦艦娘にしろ偶然拾ったに過ぎない。俺たちには何の義務も無い」

 

「同じ〜海軍じゃ〜ないですか」

 

「もう、海軍じゃない」

 

そこで互いに無言となり睨み合う二人。

 

スキズブラズニルとしては焙煎が挙げた理由は当然納得出来るものでは無く、焙煎もまた今言った事でスキズブラズニルを説得出来るとは思っていなかった。

 

「そもそも、方向が違う。今から助けに向かっても間に合うか微妙だし、態々敵を引き寄せるまでも無い」

 

「それに今敵に見つかってヤバイのは俺達も同じだ」

 

焙煎は努めて理路整然とした事を言っている風に装い、そして暗に自分の身を犠牲にしてまでする事かと聞いた。

 

「……」

 

そして押し黙るスキズブラズニル。

 

確かに今彼女は傷付き、船脚も遅く今の状況で襲われている艦娘達を助けたとして、その後に束になって襲い掛かってくる深海棲艦を相手に無事でいる保証は何処にも無かった。

 

如何に超兵器達を有していても、先の奇襲の様に思わぬ方向からの攻撃は常に付き纏う。

 

しかも、味方の救助をしながらの撤退戦はそれこそ至難を極めるだろう。

 

そして最悪、自分や超兵器は愚か助けた艦娘達諸共吹き飛ぶ可能性が、今のスキズブラズニルにはあった。

 

「融合炉の修理が完了したとも、大丈夫だとも聞いていない。今お前が考えている通り、助けた味方諸共、と言った事態が回避出来ない以上、俺としては救助は容認出来ない」

 

それは有無を言わさぬ、断固たる決断であった。

 

だが、それでもスキズブラズニルは食いさがる。

 

「で、で〜も〜超兵器の〜皆さんの〜力なら〜⁉︎」

 

「お前も見て来ただろう?超兵器と言っても無敵じゃ無い。戦えば傷付き思わぬ伏兵で危うくなる」

 

「仮にお前の言う様に上手く行ったとしても、その後は如何する?」

 

スキズブラズニルは助けた後の事を聞かれ、一瞬頭が真っ白になる。

 

彼女にとって仲間を助ける事は当たり前すぎて、その先の事など考えもしなかったのだ。

 

「俺達は海軍を離脱すると決めた。そうでなくとも負傷兵を抱えている余裕が今あるか?」

 

「敵がムキになって何処までも追い続けたら?助けた筈の味方が俺達の事を脱走兵だと言って銃を突きつけてきたら如何する?」

 

「治療した後の事もちゃんと考えての事か?まさか彼等を南極まで連れて行くつもりじゃないよな?反対したら、そのまま海の上に置き去りにするのか?」

 

「ああ、味方の所まで送るのも無しだ。態々投降しに行く様なものだからな」

 

焙煎が言うのは全て仮定の話だ、しかし今のスキズブラズニルにはそれが真実の様に聞こえた。

 

彼女は唯傷付いた人々を助けた。

 

その何処までも当たり前で真っ直ぐな想いで行動しているに過ぎないのだ。

 

「スキズブラズニル、諦めろ。お前の我儘で危険を冒す事は出来ない」

 

それは今までで一番重くのしかかる言葉であった。

 

しかし…

 

「助けるのは悪い事なんですか…困っているヒトを見捨てるのが良い事なんですか?」

 

消えそうな声で呟くスキズブラズニルに、焙煎は何か言おうとしたが。

 

「理由が〜なくちゃ〜助けちゃ〜いけないんですか〜⁉︎」

 

「自分が〜後で〜困るから〜見ないふりを〜する事が〜カッコいい事なんですか〜⁉︎」

 

スキズブラズニルは心の奥底から吐き出す様に言葉を漏らしながら、目頭が再び熱くなるのを感じていた。

 

視界はぼやけ焙煎が今どんな表情をしているのかも分からない中、彼女はそれでも心の声を叫び続ける。

 

「そんなに〜自分の事が〜大切〜なんですか〜⁉︎」

 

それはこの日一番焙煎に衝撃を与えた一言であった。

 

咄嗟に「違う」と言ってしまってハッとした時にはもう遅い。

 

スキズブラズニルの「何が〜違うんですか〜‼︎」の一言に、焙煎は口を塞ぐ事が出来なかった。

 

「俺の為だけじゃ無い!これは、これは」

 

「誰の〜為なんですか〜‼︎自分以外の〜誰の〜為に〜やってるんですか〜‼︎」

 

「お前の為に決まってるだろ馬鹿野郎‼︎」

 

「へっ?」

 

スキズブラズニルは焙煎の思わぬ一言に虚を突かれ呆然となる。

 

しかし焙煎は止まらない。

 

「これ以上お前の身に何かあったら如何する⁉︎お前の身に何かあった時俺達は如何すればいい、何をすればいい」

 

「分からないだろう‼︎俺は提督未満の唯の凡人、超兵器達は戦う事は出来てもそれ以外は何も出来ない!」

 

「さっきから口を開けば仲間、仲間って言うけどな、お前だって俺達の仲間なんだ、俺の艦娘なんだよ‼︎」

 

「仲間の事を心配しちゃ悪いか‼︎自分の艦娘が沈みそうになっているのを、唯黙って見ていろってのか⁉︎」

 

「もっと俺達や、何より自分の事を考えてくれよ‼︎」

 

「っ〜〜〜〜!」

 

スキズブラズニルは焙煎の突然の告白に、嬉しいやら悲しいやら驚くやら呆れるやら。

 

兎に角パニックに陥っていた。

 

(ま、まさか〜ヴァイセンさんが〜此処まで〜頼って〜くれて〜いたとは〜⁉︎)

 

(もう完全に〜ダメ人間の〜ヒモ男〜ですよね〜)

 

頭がパニックになっているせいでスキズブラズニルの中で焙煎のランクがムッツリハゲ頭からヒモ男に格下げ(上げ?)されていた。

 

焙煎の方も自分で言って、今の発言は完全に「ヒモの言い方だよな〜」と心の中で思っていた。

 

しかし、言った事は紛れも無く焙煎の本音であるし、スキズブラズニルが大事な艦娘の一人である事には変わり無い。

 

後は今の焙煎の言葉にスキズブラズニルが如何返すかなのだが…。

 

「あ、あの〜正直〜頼って〜くれるのは〜嬉しいです〜」

 

「今ので〜ヴァイセンさんが〜艦長が〜私の事を〜ちゃんと〜見ていて〜くれてたんだって〜分かり〜ました〜」

 

スキズブラズニルは初めて、自分から焙煎の事を艦長と呼んだ。

 

それだけでも大変な進歩ながら、しかし彼女にも譲れない一線があった。

 

「でも〜それでも〜」

 

と彼女は言う。

 

そこから先は焙煎でも聞かなくても分かる。

 

そしてこのままでは互いに平行線を辿る事になり、それはお互いにとって不幸な結果になるだろう事は容易に想像出来た。

 

(だから…)

 

スキズブラズニルは心の中で勇気を出し、顔を赤らめながら焙煎に近づいた。

 

「もしや実力行使か?」と身構える焙煎。

 

しかし次に来たのは頬をひりつかせる痛みでは無く。

 

「ぱふん〜」

 

そう擬音語が聞こえると勘違いするくらい、柔らかな感触が焙煎の顔面を覆った。

 

「え、えと〜こうかな〜?」

 

おずおずといった仕草で、躊躇いながらも焙煎の後頭部に手をまわすスキズブラズニル。

 

(もしやこれは⁉︎)

 

と焙煎はスキズブラズニルが何をやろうとしているのか悟った瞬間。

 

「ムギュ」

 

今度は確かにそう聞こえる程、焙煎の顔はスキズブラズニルの胸部装甲にのめり込んでいた。

 

一般的に言って、スキズブラズニルの胸に焙煎の頭が抱きかかえられている姿がそこにあった。

 

ヴィルベルヴィントともアルウスとも違うその感触に、焙煎は完全に溺れていた。

 

ヴィルベルヴィントがツンと張ったクッション、アルウスを底なし沼とすれば、スキズブラズニルのはまさに揺籠。

 

大きさの割に変幻自在のそれは、完全に顔を覆い抱かれた者全てのやる気を削ぐ究極の兵器。

 

つまりは…。

 

(ひ、人を駄目にするソファーだこれー‼︎)

 

焙煎がそう気付いた時にはもう遅い。

 

一度この胸部装甲に抱かれては、何物も逃れる事など出来ない。

 

アルウスとは又違った魔性に、不意を食らった焙煎は全く抵抗する事が出来ないでいた。

 

時間にして数秒後だろうか、スキズブラズニルが開放する事で終わったそれは、しかし焙煎は暫くの間余韻がまだ顔に残っていた。

 

スキズブラズニルの方も、やってみたはいいものの余りの恥ずかしさに我慢出来なくて離したのだが、感想として「あ、艦長の頭って意外と抱き心地がいい」であった。

 

薄い毛なのでゴワゴワしたりチクチクしたりせず、丸い卵形なので両手で包むと意外といい形になるのだ。

 

これには内心スキズブラズニルも。

 

(ヴィルベルヴィントさんが〜しょっちゅう〜抱きたがるのも〜分かる〜気がします〜)

 

と思う程だ。

 

そして何故スキズブラズニルがこの様な行動に出たかと言うとだが。

 

ここに来る前散々煽ったデュアルクレイターの「オッパイ」発言の他に。

 

アルウスが去り際に耳元で囁いた、

 

「いざとなったら顔に胸を押し付けるだけで何でも言う事を聞いてくれるわよ」

 

と言う一言があったからだ。

 

アルウスとしては、折角自分が枕をしてやったのにも関わらず、無礼な事を言った焙煎に報復してやろう程度の事であったが、この場合それは効果覿面であった。

 

いまだに余韻に引きづられる今の焙煎なら、何か言っても唯頷くだけだろう。

 

これが普段であれば、ヴィルベルヴィントによって耐性がついている分難しくなるが、スキズブラズニルの不意打ち&初めての感触と言うこともあり今の焙煎は返事を返すだけの人形と化していた。

 

しかしスキズブラズニルの方も、初めての経験で戸惑い上手く言葉に出来ずにいた。

 

(え、えと〜この後〜如何すれば〜いいんですか〜⁉︎)

 

そうしてウンウンとスキズブラズニルが悩み唸っている間に、焙煎は漸く回復したのか頭を振ってスキズブラズニルの方を見た。

 

「あ〜やばかったー。てか、スキズブラズニルいきなり何をするんだ⁉︎」

 

焙煎としてはスキズブラズニルの突然の抱擁に唯々戸惑うしか無かったが、スキズブラズニルの方もようやく考えがまとまったのか。

 

今度は焙煎の両手をとって胸の前まで持って行きこう言った。

 

「あ、あの〜今の〜どうでした〜?」

 

「はっ?」

 

突然自分の胸部装甲の感想を求められた焙煎が、目を白黒させ動揺したのも無理は無い。

 

しかしスキズブラズニルは混乱する焙煎を他所に続けて。

 

「今〜ヴァイセンさんは〜私に〜だ、だかれ、抱かれて〜」

 

途中でさっき起きた事を思い出し、恥ずかしさでどもりながらも、スキズブラズニルは自分の言葉で話し続ける。

 

「多分〜すっごく〜安心〜したと〜〜思うんですよ〜。誰かに頼るって〜多分〜そんな〜気持ちだと〜私は〜思うんです〜」

 

「ヴァイセンさんが〜私や〜超兵器の〜皆さんに〜頼るのと〜一緒で〜。困った時や〜辛い時に〜頼るって〜とっても〜気持を〜安らげて〜安心とか〜元気を〜もらえるんです〜」

 

「でもそれは〜やって貰ってる〜人だけじゃなくて〜、やってる方も〜こう〜頼りにされてるんだな〜とか〜。頑張らなくちゃ〜〜とか〜」

 

「甘えるのと違って〜頼るって〜相手の事を〜信頼して〜されて〜そういった積み重ねが〜多分〜仲間〜なんだと〜思います〜」

 

誰かに頼るとは責任の丸投げではなく、その人を信頼する事。

 

つまりは認めている事をさす。

 

スキズブラズニルはそう思っていた。

 

彼女は巨大ドック艦として今まで職務に励んできたが、それとて一人で出来る事など高が知れている。

 

そんな時、手伝ってくれる妖精さんや仕事を割り振ってくれる焙煎の存在は何よりも助けとなるのだ。

 

超兵器達の我儘も、一見すると無茶に見えて意外と艦内の居住性や機能向上に役立つ事もある。

 

そしてそれは言い換えれば、超兵器達がスキズブラズニル達を信頼している事の裏返しでは無いか?

 

その変わり、彼女達は時にその身を危険に晒してでも自分達を守ってくれる。

 

ギブアンドテイクと言えばそれまでだが、互いが互いの立場を尊重する。

 

そうした集まりが、多分この艦隊の形でそれは仲間と言っても申し分無いだろう。

 

「私は〜横須賀で〜沢山〜お世話に〜なりました〜。私達も〜勿論〜頑張って〜お手伝いもしたけれど〜艦娘の〜皆さんにも〜良くして〜頂きました〜」

 

「艦長だって〜きっと〜私以上に〜色んな人に〜お世話になって〜助けて〜助けられて〜そんな事が〜いっぱいあると〜思うんです〜」

 

「だから〜見捨てるって〜言われた〜私が〜ショックを受けた様に〜、言った本人も〜多分同じだと〜信じたいんです〜」

 

実際焙煎は艦娘達を見捨てる事を態々自分の口で言おうとした。

 

それは、少なからず彼自身も責任を感じている証左では無いだろうか?

 

今となってはその本心はどうであれ、焙煎も又苦しんだというのだ。

 

スキズブラズニルが喚けば喚くほど、それはお互いに苦しいだけだ彼女は気付けたのだ。

 

「艦長は〜私が〜危険な目にあう〜とか〜沈んじゃうかも〜とか〜。いっぱい〜〜言って〜くれましたけれども〜それって〜それだけ〜艦娘さん達の〜事で〜悩んで〜くれたんですよね〜?」

 

「その中には〜艦娘さん達を〜どうやったら〜助けられるかも〜あった筈だと〜思うんですよ〜」

 

「多分〜本当は〜艦長も〜助けられたら〜助けたかった〜筈なんですよ〜」

 

黙ってスキズブラズニルの話を聞いていた焙煎も、言われた通り何とか助けようと考えた事もある。

 

しかし彼はどちらかを優先するかと言う天秤を、最終的に自分達の方に傾けたのだ。

 

その際、どれ程恨まれるかも分からない中、焙煎は艦隊の長としてその責任を負う必要があった。

 

しかしスキズブラズニルは、

 

「その決断が〜何であれ〜一人で〜抱え込む〜事は〜無いと〜思うん〜ですよ〜」

 

「困った時は〜頼って〜いいんですよ〜。困った事や〜如何しても〜自分一人で〜出来ない事は〜仲間と〜相談しても〜いいんですよ〜」

 

そしてスキズブラズニルは真っ直ぐ焙煎の瞳を見つめながら。

 

「だから皆んなで何か方法が無いか、一緒に考えましょう」

 

その結果がどうであれ、頭ごなしにでは無く仲間と話し合った末の決断ならば、自分も受け入れられる。

 

そう言う決意で持って、スキズブラズニルは焙煎を見た。

 

そして焙煎は…。

 

 

 

 

 

 



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27話

あの日、私は南方反抗作戦に参加した一兵士の一人だった。

 

私の任務は艦内の伝令役であり、深海棲艦が出現以降人類が保有するあらゆる種類の電子装備は無効化され、一つの命令を伝えるにも人間の足で行わなければならなかった。

 

海軍は連戦連勝を重ねていた、敵は後退するばかりであり味方はその分海域の奥深くへと進んだ。

 

私達は、この戦いの勝利も近いそう感じていた。

 

そうあの日までは、そう信じていたのだ…。

 

 

夜眠っていた私は、突如として雷が落ちたかのような轟音と艦内に響く警報によって叩き起こされた。

 

慌ててベッドから転がり落ちると、開け放たれたドアの向こう側で大勢の兵士達が通路を走りながら甲板に向かっていた。

 

私は本能的に危機を察し、着替える暇もなく着の身着のまま通路に飛び出すと、私も甲板へと向かった。

 

わたしが通路を進んでいる間にも、幾度となく轟音が鳴り響き乗っている船を揺らした。

 

夢から覚めた私は、これが既に雷ではなく爆発音によって生じているのだと気付いていた。

 

走りながらも、兵士達が慌ただしい口調で話す内容を耳にし、外の様子が朧げながらわかってきた。

 

「深海…棲…」

 

「奇襲!…」

 

「…逃げ、な…きゃ」

 

断片的ながら、海軍は深海棲艦の奇襲攻撃を受けてしまったようだ。

 

私が乗る船は、前線に近く配置され恐らく敵の夜襲に巻き込まれたのだとこの時の私は予想していた。

 

私はこの時の内心(くそっ!見張りの連中は何をやっていたんだ)と彼らを心中で呪っていた。

 

見張り員の怠慢によって安眠を妨害されただけでなく、生命の危機にさらされようとしていたのだ。

 

この時のわたしがそう思ったのも無理はない。

 

しかし、私は知らなかったのだ。

 

自体は私が想像したよりも大きく、そして最悪の状況であったと言う事に。

 

 

 

甲板に出た私は、思わず我が目を疑った。

 

夜の筈の南方の海が、真っ赤に染まり空は昼間のように明るかったからだ。

 

あたり一面は文字どおり火の海で覆われ、私が乗る船は炎に囲まれ身動き出来ない状態であった。

 

消化しようにも、あたり一面を埋め尽くす火の勢いの前では焼け石に水同然であり、海に飛び込むことさえ難しかった。

 

その時、甲板にいた誰かが「あっ」と声を出し指を指した。

 

皆その声で指を指された方を振り向くと、炎の中に揺らめく黒い影を見つけた。

 

それは、燃える海を物ともせず我々のいる方に近づいていく。

 

そして何かを振り上げたかも思うと、落雷の様な音が鳴り響き誰かが咄嗟に「伏せろーっ!」と叫んだかと思うと。

 

私の背後で船の艦橋が突如として大爆発を起こし、バラバラに引きちぎられた破片が甲板に炎を纏って降り注いだ。

 

私は、脇目も振らずに船首の方に向かって走り出した。

 

目の端では運の悪いものが破片にあたり、血を流して倒れ炎に巻かれた。

 

助けを求める声を振り切り、なるべく周りを見ない様にして私は走り続けた。

 

でなければ、あたりの惨状に私はきっと脚が竦んでしまっただろう。

 

何とか船首の縁にまで走りきり、手をついて息をゼーゼーと吐く私。

 

ふと気になって後ろを振り返ろうとした時、何かが崩れる音が鳴り響いた。

 

軋みをあげ、艦橋だったものが炎に包まれながら崩れ落ち、甲板へとその巨大な構造物が横倒しになって落ちてくる。

 

そこからは一瞬の出来事であったと記憶している。

 

折れた艦橋が甲板に突き刺さり、一瞬で甲板を火の海にかえた。

 

逃げ遅れた者、這いずってでも生きようとした者、まだ船内に取り残された者、全てが炎に包まれ黒々とした物体と成り果て炎に包ま溶けていく。

 

私は、恐怖に慄き転がり落ちる様に船から海へと飛び降りた。

 

船から海の高さまでビル3階分はあろうか、私は海の中に飛び込むと急いで水を蹴って水面を目指した。

 

夜の海は冷たく、身体の芯から私を凍えさせた。

 

水を含んだ服は鉛の様に重く、身体に纏わりつき容易に進む事は出来なかった。

 

しかし、何とか力を振り絞って水面から頭を出すと私は急いで船から離れるべく水をかいた。

 

海の冷たさは私の体力を容赦無く奪ったが、さりとて海面では浮遊物に引火した炎が周囲の酸素を奪い、猛烈な熱放射が水面から出した皮膚を容赦無く焦がした。

 

時々水の中に潜らなければ到底我慢出来る物では無く、しかし潜るたび当然のことながら余計に体力を消耗した。

 

どれ程それを繰り返して泳いだだろうか、必死のあまりどれ程進んだかも分からなくなっていた。

 

だが、自分が乗っていた船の最後は確かにこの目ではっきりと見た。

 

艦橋を失い、甲板全てが炎に包まれた乗艦がゆっくりと横倒しに傾いていく。

 

最初それはゆっくりとしたもので、しかし傾斜がつくにつれ段々と早くなり、最後には転覆した船が上下逆さまになって倒れた。

 

倒れた時によって生まれた波が私を押し流そうとし、私は必死になって踏みとどまろうとしたが、しかし波の力に逆らえず押し流されてしまう。

 

遠くに去る船を見つめながら、私は当て所のない夜の海を漂流するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

どれ程の時間が経っただろうか、わたしは気がつくと救命艇の中にいた。

 

運良く漂流していた所を助けられた私は、座席に毛布の上からシートベルトで縛り付けられるように寝されていた。

 

救命艇の中を見渡すと、他にも包帯を巻いた兵士や同じように毛布の上からシートベルトで固定された比較的怪我の軽い兵士達が座席にいた。

 

彼らの足元には、毛布を敷かれた床の上で重傷者が寝かされていた。

 

私は、偶々目の前を通りかかった兵士にシートベルトを外してもらうと、毛布に身を包んだまま外に出た。

 

誰もが自分の事で手一杯であり、私を止める者は無く何ら妨害されること無く外に出た私は、周囲にポツリ、ポツリと浮かぶ人型の影を見つけた。

 

もしや深海棲艦かと驚いた時、しかしよく目を凝らせばそれは艦娘であった。

 

私はこの時安堵からその場にへたり込んこんでしまった。

 

艦娘がいるの言うことは、ここは既に味方の勢力圏下だと思っていたからだ。

 

助かった、そう思った時またあの嫌な轟音が聞こえた。

 

こんどはそれは遠くから聞こえたが、この海で何度と無く聞いたそれを聞き間違えるはずもない。

 

そして「はっ」とこの後に起こる事に気がついた時、私は何かを言おうとして…。

 

救命艇を護ように進んでいた艦娘が大爆発を起こし、バラバラに吹き飛ばされた。

 

私は漸く此処で、自分がまだ助かっていない事に気付き、絶望のあまりおかしな笑いをあげたと思うと。

 

なぜ疑問系なのかというと、わたしがこの時狂ったかのように笑っていたのだと、後になって聞いたからだ。

 

救命艇の中はにわかに騒然となった。

 

私と同じようにシートベルトで縛り付けられていた兵士が「離せと!」叫びながら暴れ出し、動揺して立ち尽くす者、震え俯き動かなくなる者、中には逃げようとして包帯姿のままう海に飛び込もうとする者など、船内は一瞬でパニック状態に陥った。

 

本来このとような時統制すべき乗艦がいなかった事が事態に拍車をかけた。

 

いや、いたにはいたが上官は重傷を負い今や誰にも顧みられる事も無く床に寝かされたままになっていた。

 

私はひとしきり笑った後、まるで能面のような表情で外を見ていたと言う。

 

私本人は全く気がついていなかったが、狂気を通り過ぎた人間は一転して酷く冷静になっていたのだ。

 

だからといって、この時の私は中の混乱を収めようと言う気は無かった。

 

寧ろこの時私の中にあったのは、無力感や無気力であり、周りの事も何処か他人事の様に思えていた。

 

酷く鈍感になっていたのだ、余りの事に脳が状況を処理できず結果壊れたPCのように私の動作は緩慢となり、自然それが私の胸の内を占めたのだ。

 

私がそうこうしているうちにも、海では艦娘と深海棲艦との戦いが続いていた。

 

いつの間にか、救命艇を曳航していた艦娘もいなくなり(記憶が正しければマフラーをした艦娘だったと思う)、船は少ないバッテリーを消耗しながら自走で進んでいた。

 

艦娘達は私達人間をいつの生かす為、その身を投げ打って我々の盾となりその命を散らしていく。

 

私は気がついた時目から涙が溢れていた。

 

そして自然と手を組んで祈っていた。

 

(誰か彼女達を助けてくれ!この地獄から救ってくれるのならば誰でもいい)

 

(お願いだ、神でも悪魔でもいいから誰かこの願いを聞き届けてくれ‼︎)

 

人間は真に進退窮まった時、本能的に『神』に縋るものらしい。

 

私の祖父母は熱心な仏教徒だったらしいが、私の両親もそして家族もまして群と言う立場に身を置く私は今まで一度も祈った事など無かった。

 

だからだろうか、それとも「悪魔でもいい」と祈ってしまったからだろうか。

 

私は、私が望んだ通りのものでは無く全く別のモノによって助けられる事になる。

 

ーとある除隊した神父の日記より抜粋ー

 

 

 

 

 

追う深海棲艦と追われる艦娘とで、互いに激しい砲火が交わされていた。

 

深海棲艦は追撃という勢いに乗り、その攻撃は苛烈を極め、対する艦娘達は皆深く傷付き中には片足を失っている中で必死に抗おうと砲撃を繰り返していた。

 

「救命艇には絶対に近寄らせるな!人間の盾になる事こそ艦娘だ、一歩も引くなーっ‼︎」

 

ここを死地と定めた川内達は、防御も顧みず敵に向かって突撃を繰り返した。

 

高練度、しかも第二改装を施された川内達は特に夜間戦闘においてその真価を最も発揮し、今倍する敵に対し果敢に攻撃を仕掛け多くの深海棲艦を海に沈める。

 

「弾のある者は前へ!体当たりしてでも奴らを沈めなさい」

 

川内型2番艦神通はそう言うや、手に持つ刀で深海棲艦を切って捨てる。

 

既に弾も魚雷も尽き、残るは一振りの刀とこの身一つと言う有様でありながらも、返り血で真っ赤に染まった鬼気迫る姿に、艦娘達は大いに士気をあげた。

 

「きゃは、那珂ちゃんオンステージ!」

 

那珂は相も変わらずその明るい相貌をまるで崩す事も無く、いつもの調子で戦場を駆け回る。

 

しかしそれは、自然敵の注意を引き多くの敵に狙われる中華麗なステップで、まるでダンスを披露するが如く次々と攻撃を躱しそして鋭い一撃を敵にお見舞いする。

 

「もう、舞台ではお触りは禁止されてま〜す」

 

と見当違いな事を言う那珂だが、やっている事は変態じみていて逆に味方から引かれている事を彼女は知らない。

 

川内達はここまでと動揺派手に動き回りながら敵の注意を引き、大きな戦果を挙げていたがしかしながら他はそうもいかず、多勢に無勢。

 

次々と味方艦娘はその命を花と散らせ、その度人間の川内達に伸し掛る負担は重くなっていく。

 

それでも必死に抗おうとする艦娘達に、予想以上に手を焼いた深海棲艦はムキになって益々その攻撃の手を強める。

 

特に護るものを背後に抱える川内達には不利な状況であり、段々とすり潰されていく一方で自分達の命は捨てられても人間の命だけは何としても助けなければならなかった。

 

人の為に生み出され、人の為に戦い、そして人の為に死ぬ。

 

それこそが艦娘であり、彼女達にとって勝利とは人が生き延びる事に他ならない。

 

だからこそ、彼女達は膝を屈する事は出来ない。

 

何故ならそれは艦娘としての存在意義に関わるからだ。

 

だが、現実はいくら川内達の心が折れなくとも非常である。

 

戦艦ル級が放った一発の砲弾が、放物線を描きながら川内達を飛び越し遥か後方に向かって進む。

 

普通の戦場であれば、これはただの狙いがずれたハズレ弾だっただろう。

 

しかし、この戦場においてはその意味は大きく違う。

 

深海棲艦は川内達が必死になって自分達を前に行かせまいとする姿を見て、彼女達の背後にまだ戦力を隠し持っていると誤解したのだ。

 

たからこそル級が放った一発は牽制と反応を見る為の一発であり、それが偶々偶然逃げる救命艇の進路と軌道が重なり、そしてそれに気がついた時川内達には最早どうしようも無かった。

 

(うそ⁉︎ここまで来て、狙われた?今はそんな事はどうでもいい、早く何とかしなくちゃ‼︎)

 

川内の思考は加速し、両の眼はしっかりと砲弾を見据えていた。

 

しかし、川内にはそれを迎撃する手段と何よりま時間が無かった。

 

「姉さん!」

 

「っ⁉︎」

 

突然全身を横から思い切りハンマーで殴られたかの様な衝撃を受け、川内は海面を転がる。

 

川内が一瞬砲弾に気をとられた隙に、リ級がその強烈な一撃を川内に向け叩き込んだのだ。

 

同じ巡洋艦とはいえ川内型はあくまでも軽巡、対しリ級は重巡でありその一撃の重さは軽巡の比ではない。

 

(ダメコン!だめもう使い切った、姿勢制御、とにかく着水しなくちゃ‼︎)

 

艤装は吹き飛び、服とマフラーが千切れ川内は血を流しながらそれでも手を付いて必死に立ち上がろうとする。

 

トドメを刺そうとするリ級をカバーに入った神通が相手をし、その間に立ち上がろうとするも川内は自分の左足が海に沈んでいる事に気がつく。

 

(左の推進がヤラレた、多分もう立ち上がる事も動く事も出来ない!)

 

川内は冷静にそうも自分の状態を分析した。

 

その間にも、妹の神通は必死にリ級に向かって刀を振るうがそこに別の深海棲艦から砲撃が飛ぶ。

 

咄嗟に、舵をきって離れる神通は見えない背後の姉向かって声を出した。

 

「姉さん、まだですか!もう保ちそうもありません」

 

今の神通では、敵の砲撃に対して対抗出来ない。

 

しかも、今は背後に倒れた姉を抱えているから余計その動きに制約がかかる。

 

だからこそ、神通は姉に早く立ち上がって欲しかったのだが、しかしその姉から意外な返事が返ってきた。

 

「神通!今から指揮を引き継いで部隊を掌握、その後この海域より撤退」

 

突然の姉からの撤退命令に神通は「姉さん何を…!」と言おうとして姉の姿を見て思わず口を噤む。

 

姉川内は艤装を全て失い、背中は大きく引き裂かれて真っ赤に染まり左足は腿の半分から失い骨を見せて海の中に浸かっていた。

 

しかも段々とその身体は海に沈みそうになっていた。

 

艦娘は艤装の加護なくして海に浮かぶ事さえままならない。

 

川内は最後の力を振り絞って神通に指揮権の移譲と最後の命令を告げ、自身は海の底に沈もうとしていた。

 

(ごめん神通…私、ここまでみたいだから)

 

あの時、敵の戦艦から放たれた砲弾が後ろの救命艇に向かうのに気がついたのは自分ただ一人だけ。

 

だからこそ、今この様な状態になってしまったのだが、今も神通や他の仲間達は人間を逃す為に戦い続けている。

 

しかし、最早その意味も無いとなれば川内に残る選択肢はただ一つだけであった。

 

「やっぱり…夜の海は冷たいや…」

 

薄れゆく意識の中、川内は誰ともなしにそう呟くのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

ル級が放った一発の砲弾は寸分たがわず救命艇の進路と重なり、無残にも船を完膚無きまでに破壊するかに見えた時、突如として救命艇の直上で砲弾が暴発した。

 

それは不良信管による早爆では無く、ヴィントシュトースから発射されたミサイルによる迎撃の結果であった。

 

突然自分達の上空で爆発音がし救命艇から何人かの負傷兵が外に向かって顔を出す。

 

彼等は今の今まで自分達が死神の鎌の上にいた事など、まるで知らなかったのだ。

 

そんな彼等を、いきなり上空から強烈なライトが照らしだした。

 

アルウスから発艦した救助ヘリ部隊から、ラペリングで大量の妖精さん達が救命艇に乗り込むと混乱する負傷兵達をよそにアレヨアレヨと言う間に負傷兵達をヘリの中へと収容していく。

 

無論中には突然の事態に暴れ出す者もいたが、そんな時は妖精さん達がもっていた鎮痛剤を注射されおとなしくさせたところで担架に縛り付けられた状態でヘリの中へと運ばれる。

 

その様子を見て、負傷兵達は抵抗する気力を一切失い妖精さん達に従うまま救助ヘリへと収容されていく。

 

その間ヘリと救命艇を守る様にヴィントシュトースが周囲を警戒しており、その横を数隻の超兵器達がすれ違う。

 

負傷兵達は、ある者はヘリの中からまたある者は救命艇の上でその姿を見て、その余りの早さに目を剥いた。

 

あれ程の早さの艦娘がいるなど、彼等は見た事もそして聞いた事も無かったからだ。

 

何人かが彼女達の状態を妖精さん達に聞こうとしたが、黙ってヘリの中に入る様促されるのみで答える事は無かった。

 

結果彼等は全員が無事に助け出されるも、得体の知れない連中に全く安堵する事が出来ず、内心気が気で無い中救助ヘリで運ばれて行くのであった。

 

その一方で、救命艇から負傷兵達をヘリに収容したとの報告を受けた焙煎は、スキズブラズニルの艦橋で顔を顰めた。

 

「一隻だけか…もう、あの中には誰も生き残ってはいないんだな」

 

眼前の遥か彼方、前線を覆い尽くす炎は艦娘の艤装さえ溶かす熱量を発し、それをただの人間が受ければどうなるかなど言葉にするまでも無かった。

 

しかし焙煎は心の内では何処か、もっと多くが生き残っているのではと思っていたが、救助班からの報告によってその現実をまざまざと見せつけられたのだ。

 

「まだ救助は終わってはいない。残る艦娘達の収容を急ぐんだ」

 

焙煎は自身にそう言い聞かせるように言葉を吐いたが、焙煎程度に言われなくとも妖精さん達には分かりきった事であった。

 

既にヘリの第二陣が飛び立ち、先に行ったヘリと入れ違いで戦場へと向かっていく。

 

後はヘリが到着する前に、超兵器達が間に合うかにかかっていた。

 

 

 

 

 

姉川内の身体が沈みそうになった時、神通の決断は早かった。

 

手に持つ刀を敵に向けて投げ、それは寸分たがわずリ級の額に命中し彼女を絶命せしめた。

 

しかし神通は敵がどうったかなど気にもせず、脇目も振らずに姉川内の方へと向かい、彼女を水面からすくい上げるように抱えると、その場から離脱しようとした。

 

「神…つう…なん、で…?」

 

「喋らないで下さい姉さん。傷が開きます」

 

武器を捨て轟沈寸前の姉を助けた神通には、その代償として姉を守るべき武器を失っていた。

 

しかし、だからと言って目の前だ で沈みそうになっている姉を見捨てる理由にはならない。

 

深海棲艦の方もいきなり目の前で仲間の額に刀が突き刺さった事で驚いて動きが止まっていた。

 

しかし段々と正気を取り戻すと、今度は仲間をヤラレた怒りに任せ、神通と川内達に向か矢鱈滅多ら砲撃を繰り返す。

 

普段の神通であれば、統制の取れない射撃など鼻歌交じりに回避出来たが、今は傷付いた姉を抱え、しかもこれまでの戦闘で彼女自身も大きく消耗し、その動きに精彩を欠いていた。

 

その為か、神通の背中の艤装に次々と被弾を重ねる。

 

16インチ砲がカタパルトごと夜偵を吹き飛ばし、足の探照灯は砲弾によって肉ごと抉り取られた。

 

艤装を背負う背中は、砲弾や艤装の破片によって切り刻まれ血を流し肩の一部からは骨さえ露出している。

 

苛烈な攻撃は、普通の艦娘であればとうに沈んでも可笑しくない被弾を負っても、神通はひたすら走り続けた。

 

それは何故か?

 

「じん…通、もういいよ…もう」

 

か細い蚊の鳴くような声で、川内は神通に向かってそう言う。

 

事夜戦となれば、常人の3倍もの闊達さと溌剌さが持ち味の川内が、今や妹の腕に抱えられ弱々しく自分を見捨てる様にそう妹に懇願するのだ。

 

今の神通にはそれが一番堪えた。

 

彼女達川内3姉妹は、海軍の最精鋭として常に全軍の先鋒を駆け回り、苦楽を共にした姉妹以上に戦友であった。

 

血よりも濃い絆で結ばれた彼女達だからこそ、今ここで戦友を見捨てる様な事などあり得なかった。

 

そして何よりも、神通は個人的に川内だけはなんとしてでも無事に返す必要があったのだ。

 

「駄目です、姉さん!私は誓ったんです、その薬指の人を必ず帰すって」

 

川内のひだりての薬指にキラリと光るリング。

 

川内は実はこの作戦の前、ケッコンカッコカリを済ませたばかりであった。

 

姉の晴れ姿を、つい昨日のことの様に神通は覚えている。

 

普段の兎角「夜戦!」と叫ぶ姿が嘘の様に白無垢に身を包み、提督と共に神前の前に進む姿は一種の神々しささえあった。

 

だからこそ、川内を愛する人の元に返すまでは神通は死んでも死に切れなかった。

 

しかし、幾ら神通が練達の艦娘でありその姿に鬼気迫るものがあっても、無情にも圧倒的物量で飛来する砲弾の暴虐の前には、まるで無力であった。

 

神通が被弾を重ねるたび、艤装か身体の一部が吹き飛びそして船足は当然遅くなっていく。

 

それでも五体に喝を入れ、気力を漲らせようとしで、身体から止め処となく流れる血と共に、神通から力を奪っていく。

 

何より、反撃も回避も出来ない今の神通は深海棲艦にとって唯の的と化していた。

 

ここでもし、神通達を救える存在がいるとすれび、それは決して神懸かり的な奇跡などではない。

 

まして今の艦娘達にはその奇跡さえ起こす様な力は残ってはいなかった。

 

あるとすれば、それはこの海域を支配する暴力を上回る様な、それこそ圧倒的かつ情け容赦のない暴威が突然降って湧いてくる様な事が起きなければ…彼女達の運命は決まったも同然であった。

 

 

 

とうとう神通の武運が尽きる時が来た。

 

満身創痍、そう言う他ない程今の神通は限界であった。

 

背中の艤装はとうに脱落し、破け燃えた服は最早その本来の役目を果たしてはいなかった。

 

川内を庇うように抱える腕は、最早骨と僅かばかりに残った肉で繋がっているにしか過ぎず、いつ千切れてもおかしくはなかった。

 

両の眼は失血によって既に光を失って久しく、神通は今自分がどこにいるかさえ分からなかった。

 

そして遂に両足の推進機構が限界を迎え、動力を停止しそれ以上前に進む事が出来なくなった。

 

このままでは唯海に浮かぶ的となってしまうが、そうでなくとも推進機構を失った艦娘は海の上に浮く事さえ出来なくなり、いずれ二人とも海に沈んでしまうだろう。

 

最も、深海棲艦は二人が海に沈むのを待っているほど悠長では無い。

 

足の止まった神通めがけ、砲弾や魚雷が集中する。

 

それは今まで川内姉妹に好き勝手されてきた鬱憤を晴らすが如く、容赦の無い猛烈な攻撃であり、命中すれば二人とも轟沈する所かバラバラに消し飛んでしまう程の火力であった。

 

万事休す、最早神通達に出来るのは迫り来る運命を唯受け入れるしか無いように見えた時…。

 

「悪いが、まだ沈んで貰っては困る」

 

それは夜の月明かりに照らされて、一筋の銀の閃光の様に見えた。

 

闇夜を切り裂く様な金の双眸は、忽然と戦場に姿を現し深海棲艦と神通達との間に割って入った。

 

突然の乱入者に、しかし深海棲艦側は全く余裕の態度を崩さない。

 

何故なら今放った砲弾と魚雷の量は、例え相手が戦艦クラスだったとて大破せしめる程の威力があり、しかも相手は棒立ち同然でまるで回避も防御する素振りさえ見せない。

 

よしんば何かしらの秘策があったとしても、自分達の有利は揺るがないと思っていた。

 

だからこそ、彼女達は目の前の光景が信じられなかった。

 

棒立ち同然であった相手が、砲弾が命中する直前腕を一振りしたかと思うと、猛烈な暴風が突如として発生し深海棲艦を襲った。

 

突然の突風に思わず目を覆う深海棲艦達。

 

次いで彼女達は我が目を疑った。

 

自分達が放った砲弾が、何と吹き飛ばされ全く見当違いの方向に落着したからだ。

 

ヴィルベルヴィントは超兵器機関の力を一部開放し、腕を伝わって周囲に撒き散らされた力の奔流は衝撃波となり、迫り来る砲弾を弾き飛ばしたのだ。

 

そして次に彼女は片足を上げると、「ドン」とそれを勢いよく海面へと叩きつけた。

 

今度はうねる波が海中の中を進む魚雷を翻弄し、進路を見失わせ中には早爆して周囲に連鎖するものもあった。

 

ヴィルベルヴィント、は常々何故自分達が人型なのか疑問に思っていた。

 

元の世界では最強の兵器として君臨した自分達超兵器が、この世界では脆弱な人の姿に押し込められているのだ。

 

今までは、それでも圧倒的力の差があったからこそ、元の世界と同じ様な戦えていた。

 

事実人の姿形になったからと言って、さしてそれを変えようとは思ってもいなかったのだ。

 

しかし、度重なるこの世界での戦と何よりも艦娘と深海棲艦との戦いを見てそれに変化が起きた。

 

艦娘達はかつてこの世界であった大戦の記憶を受け継いで、この世界に蘇った者達である。

 

だがしかしその戦いはかつての大戦の様に艦隊同士の遠距離砲撃戦では無く、お互いに視認できる距離まで近づいての近距離砲雷撃戦。

 

中には刀や薙刀で格闘戦も行う者もいるが、それを彼女達は全く不思議とは思ってもいない。

 

それは他の超兵器はどうであれ、ヴィルベルヴィントにとっては衝撃的であった。

 

今まで自分を含め超兵器達は、人の姿をしていても戦い方は元の世界と何ら変わりは無かった。

 

つまり、如何に優れた圧倒的力を誇っていても、戦い方自体が従来の延長線上にしかなかったのだ。

 

最初のうちは、それでも良かったのかも知れない。

 

圧倒的質の優位は、小手先の戦術を凌駕する。

 

事実そうであった、しかし彼女達の敵となる深海棲艦は量で艦娘を大きく上回り、一部個体は質でも上回ってすらいる。

 

その深海棲艦が相手となった時、つまり質量共に自分達にある程度対抗出来る存在と戦った時、その結果手痛い敗北を喫したのが北方海域での戦いであった。

 

最後深海棲艦は超兵器の威力の前に、撤退したかに見えたが、ヴィルベルヴィントの目にはそうは映らなかった。

 

『自分達は見逃されたのだ』

 

元の世界であれば、何ら問題にすらならなかった相手が、ことこの世界において自分達に牙を突き立て得ると言う事実。

 

史上最強最悪たる超兵器が、高々大戦レベルしかない深海棲艦相手に見逃されたと言う光景は酷く彼女のプライドに堪えた。

 

だからこそ、彼女なりにこの世界の理に即した戦い方を模索した結果、ヒントは意外な事に近くにあった。

 

同じ戦場で彼女と同じ様に屈辱を味わった超兵器アルウスは、その後播磨とのいざこざで見せた超兵器機関の力を開放して出力に上回る相手と渡り合い、それをヴィルベルヴィント也に昇華させたのが、先程見せた“技”である。

 

手本となったアルウスに言わせれば、『小手先の技に頼る貧弱な超兵器の発想』と言われるかも知れない。

 

しかしこの技をヴィルベルヴィントが習得する前に、同じ様な状況にあったとしたらどうであろう?

 

如何に優れた装甲と火力を持つヴィルベルヴィントとて、迫り来る砲弾や魚雷を全て防ぎきる事は出来ないかった筈だ。

 

幾らか被弾覚悟でも、全くの無傷とはいかなかっただろう。

 

防御重力場が無い今(何故かスキズブラズニルでも開発出来ていない)、余り装甲の厚くない彼女が敵の攻撃を受けると言うの難しかった。

 

だが、今のヴィルベルヴィントにはそれが出来るのだ。

 

上空と海中で発生させた衝撃波は、擬似的な防壁となって砲弾や魚雷を防ぐ事が出来、背中に守る二隻の艦娘に全く被害を与える事が無かったのだ。

 

自分と背後に庇う神通達に迫り来る砲弾と魚雷を迎撃したヴィルベルヴィントは、今度は両足に力を込めると一気に加速した。

 

前は幾ら最高速度が200ノットに迫ると言っても、停止状態からの加速には矢張り其れなりの時間がいった。

 

しかし、今のヴィルベルヴィントは0(最低速力)から限りなく10(最高速力)に近い早さを一瞬で引き出す事が出来た。

 

自身の身体に流れる超兵器機関の力を、段階的に1、2、3…と上げるのではなく、必要な箇所に集中し一気に流し込む事で、限りなく力のロスを抑えると言う運用法を確立した今のヴィルベルヴィントの動きは、最早唯の艦の動きを或いは艦娘の動きさえかも超えていた。

 

深海棲艦にとっては、遠くにいた筈のヴィルベルヴィントが瞬きしている間にもう目の前まで接近していると言う訳も分からない状況であった。

 

慌てて攻撃しようとしても、それよりもずっと疾くそして鋭い攻撃がヴィルベルヴィントから加えられる。

 

ヴィルベルヴィントは棒立ち同然の目の前の深海棲艦の首を手刀で刎ねると、同時に41㎝連装砲4基8門が其々別の方向を向き獲物に狙いを定め砲弾が放たれる。

 

轟音が鳴り響き、8つの弾頭は超高速回転しながら獲物を穿つ。

 

哀れな駆逐艦イ級は、真正面から砲弾を喰らい船体を貫通された上弾薬庫に引火、自分が何をされたのかも分からぬまま爆沈。

 

人型の深海棲艦は、ある者は肩口からごっそりと身体を抉り取られ、またある者は腹部バイタルパートに直撃を受け身体をくの字に折れ曲げさせられながら上半身と下半身に分けられた。

 

そして彼女達の中で最も強力とされる戦艦は、沈められこそしなかったものの船のそして生物の頭脳たる頭部を吹き飛ばされ、頭が無い奇妙な人型の置物として海面に擱座した。

 

一瞬で9隻もの仲間が戦闘力を喪失(或いは轟沈)させられた深海棲艦は、兎に角敵を近付けないよう矢鱈滅多ら撃ちまくる。

 

砲弾が銃撃が魚雷が、横殴りの豪雨の様にヴィルベルヴィントに殺到する。

 

しかし既にヴィルベルヴィントの姿はそこには無く、砲撃後直ぐに移動した彼女は今度は相手の中央部に躍り込む。

 

そこから先は最早虐殺であった。

 

全身凶器と化したヴィルベルヴィントが腕を振るう度誰かの首か身体の一部がとび、そうで無くとも火力で圧倒され、逃げ出そうにも今のヴィルベルヴィントから逃げるのは至難を超え最早不可能とさえ言えた。

 

黒々とした鮮血が夜の海を黒く染め、悲鳴を出すことさえ儘ならぬ中一方的に命を刈り取られると言う恐怖。

 

狩る側から狩られる側に転落した彼女達には、最早争う術など何処にも無かった。

 

抵抗しようとした最後の仲間が倒れ、奇跡的に生き残った深海棲艦達は、己が生存本能が叫ぶままにバラバラの方向に逃げ始める。

 

統制も何も無く、唯只管に生き延びるべく逃走する深海棲艦の姿は、事生きる事に対しての執着において人間とそうも変わりは無い様に見えた。

 

しかし、だからと言って今のヴィルベルヴィントには見逃す理由は無い。

 

今回彼女達超兵器が与えられた任務は、追撃を受ける艦娘達の救出と、並びにこの海域からの離脱であった。

 

であるならば、艦娘救出の観点から言えばここで取り逃がした敵がその先にいる艦娘を襲うかも知れないと言う理由の他に、海域より離脱する事を考えると少しでもここで敵の戦力を削っておきたいと言う理由から、敵に対して容赦すると言う事は考えられなかった。

 

最も、こうなる事を考え既にヴィルベルヴィントは予め対策をしていたが…。

 

 

逃げ出そうとした深海棲艦は、しかしその目的を果たす事は叶わなかった。

 

彼女達が逃げようとしたその足元が、突如として爆発し水柱と共に彼女達の身体をバラバラにしたからだ。

 

(なんで…⁉︎)

 

彼女達がそう思うのも無理は無い、が仕掛けは実に単純であった。

 

ヴィルベルヴィントは接近する際、予め待機状態にした魚雷を幾つか投下していたのだ。

 

そうして、投下された魚雷は逃げ出そうとする深海棲艦に反応し、逃げるのに夢中な彼女達はそうと気付かずまんまとヴィルベルヴィントが仕掛けた罠にかかったのだ。

 

他の超兵器に比べ突出した火力も特別な装備も無いヴィルベルヴィントだが、最初期の超兵器にして大戦末期まで戦い続けたその経験値は、既に老練にして老獪の域にまで達していた。

 

全てが終わった後、ヴィルベルヴィントはチラリと後ろを振り返った。

 

そこには、何とか沈むまいとギリギリの所で踏み止まる神通とそして川内の姿があった。

 

周囲を水柱と渡してみるに、後の事は他の超兵器に任せても十分だと考えたヴィルベルヴィントは、あまり波を立てない様に進みながら先ずは沈みそうな二人を助ける事を優先したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

深海棲艦の追撃を受けここを死に場所と定めた艦娘達であったが、超兵器の増援により敵が文字通り“全滅”した為、一先ずの安堵を得る事が出来た。

 

しかし、那珂一人だけは気を抜いてはいなかった。

 

川内神通と立て続けに連絡が取れなくなった事で、実質的に生き残りの艦娘達を纏める立場となった那珂は、そう簡単には気を許す事は許され無かった。

 

そもそも自分達を助けた相手を、彼女はまだこの段階で疑ってすらいたのだ。

 

(川内ちゃんも神通ちゃんとも連絡が取れない今、私がしっかりしなくちゃ!それにあの未知の艦娘が本当に味方ななかも分からない)

 

助けられた相手に向かって随分と恩知らずな態度だと思うかも知れないが、これは那珂の責任には当たらない。

 

そもそも焙煎達超兵器の存在は、今だに海軍内部でも眉唾ものであり、特に前線のシビアな戦場を生き抜いてきた艦娘や提督程超兵器の存在を白眼視しているのだ。

 

那珂のこの反応も、決して無知からくると言うわけでも無く、寧ろ彼女の状況からいって無理からぬ事であった。

 

一方の超兵器達も、警戒を解こうとしない艦娘達を相手にどうすれば良いか判断に迷っていた。

 

自分達は相手の事を知っているが、その肝心の助けた筈の相手から猜疑の目を向けられているのだ。

 

ヴィルベルヴィントであれば、上手いこと言いくるめる事も出来ただろうが、生憎と保護した二人の元を離れる訳には行かず、この場にはいなかった。

 

しかして艦娘達を救出に来た超兵器の中で彼女達と話が出来る者など…「おうおう、終わったんならボサッと突っ立ったないでさっさと撤収するんじゃないのかい」いた。

 

遅れてやってきたデュアルクレイターは、戦闘が終わったのに艦娘達との間でみょうな緊張を築いている超兵器達を押しのけ、那珂の前に来てそう呆気らかんと言った。

 

「…貴女は?」

 

今だ警戒を解かない那珂に、デュアルクレイターは胸部装甲を突き出す様な腰に手を当てて言った。

 

「アタシかい?アタシはデュアルクレイターってもんだよ。まあ、アンタラ風に言えば超兵器かな」

 

「その超兵器が どうして私達を助けたんですか?」

 

那珂はこのデュアルクレイターと名乗った謎の艦娘の事を疑り深くそして注意しながら見ていた。

 

明らかに、日本艦艦娘と違う見た目をした相手が、しかも先程の戦闘で見せた圧倒的戦闘力は彼女の目から言っても脅威に見えた。

 

これを容易く信用しろとは、中々に難しい事であった。

 

しかし、デュアルクレイターは那珂の事など知った事かとばかりに彼女を叱り飛ばした。

 

「馬鹿野郎!ウダウダ言ってないでさっさと負傷者の救助に当たるのが先だろう⁉︎指揮官なら部下の命に責任を持て‼︎」

 

元がアメリカで建造された超兵器だけに、負傷兵の救助に全力で当たる事が当然であった彼女にとって、今の那珂の対応は彼女のカンに触ったのだ。

 

意外かも知れないが、米軍ではスタンドプレーよりもチームプレーが重視される。

 

元々国も生まれも人種も宗教も異なる雑多な移民の集まりであるからして、何もかも異なるのだからそれを一つの集団として纏めるに当たり、個人よりも連携重視は当然の帰結と言えよう。

 

自然仲間を見捨てないと言う土壌が形成され、それが今日にまで至るのだがそれは割愛する。

 

つまりデュアルクレイターの目には、今の那珂は仲間の命を犠牲にして自分達と不必要な対立をしている様にしか思えなかったのど。

 

実際那珂も、デュアルクレイターに指摘されてそこで漸く初めて周りの状況に気が付いた。

 

川内達と一緒に集めた敗残艦娘達は、既にその半数以上がこの場には無く、残る艦娘達も皆深く傷付き立っている事さえ儘ならぬ様な状態であった。

 

彼女達は、不安そうな瞳で那珂とデュアルクレイターとの遣り取りを見つめていた。

 

彼女達から受ける多数の視線に晒され、途端那珂の両肩にその重圧がのしかかった。

 

彼女は二つの事を天秤にかけなくてはいけなかった。

 

つまり、このまま続けるかそれとも…。

 

「…ごめんなさい、少し混乱しちゃったみたい。デュアルクレイターさん、貴女達の救助を受け入れます」

 

那珂がそう言った事で、周囲にフッと安堵の空気が広がる。

 

艦娘達も漸く武器を下ろし、中にはその場にへたり込みそうになり慌てて側にいた仲間に支えられる者もいた。

 

皆、限界など等に越していたのだ、それが此処まで保ったのは偏に川内達3姉妹の存在が大きい。

 

その川内型の那珂が受け入れた事で、彼女達も本当に心の底から安堵出来たのだ。

 

直ぐに救助活動が始まるかに見えたが、此処で直ぐにある問題に直面した。

 

超兵器達は艦娘達を救助する際、元の艦船の時と同様の方法を使おうとしていた。

 

つまり船の曳航である。

 

しかし、今の艦娘達は自力での航行は疎か、浮かぶのさえ覚束なかった。

 

意外かも知れないが、那珂ですら大きく被弾し片足の浮力を失い、それをもう片方で何とか補っている様な状況であった。

 

有り体に言って、今の艦娘達は浮かんでいるのが不思議な状況であったのだ。

 

超兵器達は「さてどうしたものか」と頭を悩ませた。

 

焙煎と対応を協議しようにも、艦娘達の状況からその時間さえ惜しかった。

 

しかし無理して曳航しようにも、今の艦娘達を動かすのは沈めるのを早めるだけであった。

 

そして超兵器達は打開策が見出せないと思えた時、またしてもデュアルクレイターが、

 

「しょうが無いな、少し下がってろよ」

 

と徐に目を閉じて精神統一し、何かを準備し始める。

 

そして次の瞬間デュアルクレイターが両目をカッ!と見開いたかと思うと、 突如として海が盛り上がり始めた。

 

月夜に照らしだされまるで黒いクジラが海中からジャンプしそのまま海面に叩きつけられたかの様な高い水柱が上がり、姿を見せたそれは余りに大きい船であった。

 

双胴の船体と同じく巨大な楼閣を思わせる2つの艦橋を備え、平べったい甲板の上には巨大な砲塔と馬鹿げた大きさのロケット砲が並べられていた。

 

「取り敢えず、動けそうなのはこのまま入ってくれ。そうで無いのには仲間に手伝ってもらうか此方から手を貸す」

 

デュアルクレイターの巨体がその場で半回転し、艦尾にある2つのハッチがせり上がる。

 

そして中から無数の魚雷艇が出て来て、動けない艦娘達を曳航しハッチの中へと連れて行く。

 

「あははは」

 

那珂は目の前で起きた余りに非常識な光景に、とうとう乾いた笑い声しか上げられなかった。

 

こうして無事、全ての艦娘がデュアルクレイターに収容され、超兵器達に護衛されながらデュアルクレイターはスキズブラズニルへと帰還した。

 

結果として、問題視された深海棲艦の追撃は無く、寧ろ拍子抜けと言わんばかりに呆気なく焙煎達は前線から離脱出来た。

 

しかしそれは、決してこの戦いの終わりを意味しない。

 

寧ろこれから起きる事こそ、南方戦役の本番なのだから…

 

 



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28話

前線から離脱したスキズブラズニルだが、その艦内ではいまだ激しい戦いが繰り広げられていた。

 

「バケツをリレーしてチマチマ回復する暇なんかないぞ!3番バルブを開放しろーっ!ドック全体を高速修復材で満たすんだ」

 

「兎に角入渠が先決だ、艤装は後で修理すればいい!そのまま放り込め‼︎」

 

「修復用の資材をじゃんじゃん持ってこい!あのハゲのヘソクリも全部だ‼︎」

 

「食料班、お粥第一便お届けに参りましたー!」

 

「よし、食えるやつから食わせろ。食えないやつには点滴で油を注してやれ!」

 

スキズブラズニルに収容され、デュアルクレイターから降ろされた艦娘達はそのまま高速修復材で満たされたドックの中へと放り込まれた。

 

本来ならば、「風呂」と俗に呼ばれる専用の入渠施設にて艦娘達の治療が行われるのだが、今回は収容した人数と何よりも早期治療の必要性から収容ドックそのものを利用して簡易的な入渠施設として艦娘達の治療に全力が当てられていた。

 

艦娘達がドックの中で回復に努めている間にも、スキズブラズニルの妖精さん達が忙しなく動き回り様々な作業を行なっていく。

 

 

最もその忙しさの半分の理由は、本来の入渠施設で無い為余計に資材を消費してしまうのが一つともう一つの戦場では自分達がまるで役に立たないからであった。

 

そのもう一つの戦場であるスキズブラズニル内の集中治療室では、運び込まれた重傷者の懸命な治療が続けられていた。

 

「痛い、痛い〜っ⁉︎」

 

「誰か、顔の包帯を取ってくれ…目が見えない」

 

「母さん、寒いよ…母さん…」

 

先にスキズブラズニルに収容された救命艇から降ろされた海軍将兵達は、全員が全員大幅に衰弱し危険な領域にあり、直ぐにスキズブラズニル内に設けられた治療施設へと運ばれていた。

 

特に火傷や長時間海水に浸かった事による低体温症は命に関わり、その治療に多くの人出を必要としたが此処で問題が発生した。

 

現在スキズブラズニルにおいて、人間のしかも重傷者に対する治療が可能な人材が極めて少ないと言う問題であった。

 

元々巨大ドック艦スキズブラズニルは、小鎮守府とでも言うべき機能と施設を有していたが、その大部分の人材は艦船や艦娘そしてスキズブラズニル本体に関わる所謂技術者系の妖精さん達で占められている。

 

つまり、スキズブラズニルは人間を治療する施設はあっても、それを実際に動かす事が可能な「医者」と言う存在が決定的に不足していたのだ。

 

ではどうするかと言っても、妖精さん達にはその解決方法は無く、兎に角彼らは限られた人材の中で出来るだけの治療が精一杯であった。

 

その彼等と海軍将兵の命を救ったのは、意外にもスキズブラズニル本人であった。

 

「私〜これでも〜医療知識と〜経験〜ありますよ〜?」

 

といつもの間延びする特徴的な声のスキズブラズニルが、全身を医療服に身を包んで治療室に現れた時、妖精さん達はどういった顔をしたら良いか分からなかった。

 

だが、実際に医療妖精さん達と共に治療を始めた彼女の手際はプロと比べても全く遜色ないものであり、彼等を驚かせた。

 

意外かもしれないがこのスキズブラズニル、元の世界では一年で世界中の海を駆け巡りながら反ウィルキア帝国の一翼を担い、各地の戦場で活躍した実績がある。

 

特に帝国のクーデターで国土を失ったウィルキア王国の最後の砦として、艦船の修理や建造だけでなく、軍事技術の研究や実質的な参謀本部として実に様々な機能を増やしていった。

 

その中でも、特に重視されたのが医療施設である。

 

ドック艦としては意外かもしれないが、最終的に海に浮かぶ移動要塞と言われるほど訳のわからない拡充を続けた結果、今更と言う話もあるがこれがウィルキア王国反撃の原動力となったのは間違いない。

 

何故なら、ウィルキア王国はその人材の大半を帝国に奪われ、必然残る数少ない人材の消耗を抑制しつつ戦う必要があった。

 

つまり、戦死や負傷による戦力低下を抑えつつ残った人材を限界まで酷使し続けると言う曲芸じみた芸当を戦争中常に要求されたのだ。

 

それは戦争後半の帝国からの投降した将兵を吸収してからも変わらず、寧ろ消耗抑制と少数精鋭主義の傾向を強める一因となって行った。

 

何故なら投降した大半の将兵は直ぐには使い物にもならないし、元は自国民とは言え帝国側についた裏切り者達と見られたからだ。

 

でなければ、あの戦争で救国の英雄となった一人の艦長が、常に孤独に単独で戦い続けなければならなかった理由など他に無い。

 

そんな訳で元の船としての記憶と経験を受け継ぐ艦娘としての特徴を持つ故、スキズブラズニルは見た目に反して高度な医療技術によって、多くの将兵達が救われる事となる。

 

こうして、夜を決しての懸命な治療と修復材作業により、日が昇る頃には何とか艦娘達や海軍将兵達も峠を越し、昨日の夜からずっと作業に追われていた妖精さん達も漸く一息つく事が出来た。

 

しかし、彼等彼女等が懸命に命を繋ぐ行為をしている隣で、いまだに深海棲艦と海軍との血で血を洗う凄惨な戦いが繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

「うぎゃっ⁉︎」

 

ヒキガエルを踏み潰したかの様な声をあげて、一人の艦娘が深海棲艦に腹を潰されながら息絶える。

 

艦娘一隻、人間の一人たりとも生きて逃すまいと、残党狩りと称し深海棲艦達は最早崩壊した前線の各地で虐殺行為に手を染めた。

 

ある所では輸送船の残骸から生存者を引きずり出し、わざとボートに乗せてから機銃弾で穴だらけにしたり、生き残った提督を守ろうとする健気な艦娘を、その提督の目の前で引き千切り挙句その死体を身体に括り付けて海に沈めた。

 

またある所では浮遊する船の残骸の鉄骨に目立つ様に生き残りを磔にし、それを見て助けようとする艦娘を彼等の目の前で沈め、最後に船の残骸に火を放って焼き殺した。

 

前線であった所のあちこちからは悲鳴や怨嗟の声が木霊し、それが益々深海棲艦の嗜虐心を煽った。

 

何故、こうまで深海棲艦のモラルが崩壊したかには訳がある。

 

飛行場姫が深海棲艦を牛耳って以降、主だった艦船型深海棲艦は迫害の対象となっていた。

 

しかも彼女達を本来抑えるべき旗艦クラスの深海棲艦は、その大半が解体という名の処刑によって粛清され、残る深海棲艦は恐怖と暴力によって押さえつけられていたのだ。

 

だからこそ、止める者無き戦場において、彼女達は日頃溜まりに溜まった鬱憤を艦娘や人間相手に晴らしていた。

 

それは当初の作戦の範疇を超え、最早私情を最優先するまでに拡大し誰にも制御不可能となっていた。

 

その結果起きた大量虐殺だが、彼女達は己が行為の報いを直ぐさま受ける事となる。

 

 

 

南方海域上空、高度3000メートル地点。

 

夜明けとともに基地から出撃した基地航空隊一式陸攻80機は楔形の陣形を取りながら真っ直ぐ前線へと向かっていた。

 

『一番機から各機へ、現在高度3000。当初の予定通りこのまま爆撃コースに入る』

 

『尚繰り返すが前線の部隊は確認した限り既に「撤退」済みだ。繰り返すが当該空域に味方は存在しない』

 

『各機遠慮はいらない、何かあったとしてもそれは命令した私の責任だ。諸君等は唯己が使命を果たす事に全力を尽くす様に、オーバー』

 

爆撃コースに入った一式陸攻80機は、弾倉を開けその中には黒光りする巨大な物体が収められていた。

 

そして定められた爆撃開始地点に来ると、一番機が投下したのを合図に続く後続の機も爆撃を開始する。

 

高度3000から投下された合計80発もの爆弾は、ぐんぐんと高度を落としそして閃光と共に炸裂した。

 

一瞬、世界から音が消え次の瞬間には海面を埋め尽くす暴虐的な迄の衝撃波と、灼熱の渦が前線の海を覆った。

 

爆心地の近くにいた深海棲艦は数千度を超える熱量によって文字通り「溶け落ち」、浮遊していた残骸は分子レベルに至るまで跡形もなく吹き飛ばされた。

 

爆発によって発生した荒波はあらゆる物を飲み込み、海中に逃れようとしても幾つかの爆弾は水中で爆発する様にセットされており、発生した衝撃波は海中では地上より遥かに伝わり易く、身体や船体を揉みくちゃにされた挙句空き缶を潰す様に圧壊した。

 

連鎖的に広がる閃光と灼熱と衝撃波は、爆心地から遠く離れた地点にまで及び、敵味方どころか生存者の別なく全てを飲み込んだ。

 

最後に残ったのは、天高く上がるキノコ雲とそれを遥か後方に見下ろす爆撃機のみであった。

 

これが、海軍が来たるべき時に備え極秘裏に開発していた『対深海棲艦様気化爆弾』の実戦での初の本格仕様となった。

 

嘗ての実験において、艦船に対する大量破壊兵器の使用は効果が薄いと分かっていたが、人型でありかつ圧倒的物量で勝る深海棲艦を、その海域ごと『熱消毒』すると言う狂ったコンセプトで設計されたこの兵器は、核無き海軍において正に最終兵器である

 

そしてその封印を解いたという事は、いかに海軍が追い詰められているかの証左でもあった。

 

「ウウウ、イッタイナニガ…?」

 

「トツゼンヒカッタトオモッタライキナリツキトバサレタゾ⁉︎」

 

「トニカクセイゾンシャヲハヤクサガスンダ!」

 

僅かに生き残った深海棲艦達は、互いに何が起こったのかも分からない中、取り敢えず他に生き残りが居ないかの集まって探そうとした。

 

だがそれさえも、海軍基地航空隊にとっては予定通りであった。

 

『第一次攻撃隊によって敵は壊乱状態にある、我々はそこを一気に叩くぞ』

 

『海のバケモノめ、たっぷり喰らいやがれ』

 

気化弾頭を投下した一次攻撃隊のその直ぐ後、通常弾頭を満載した第二次攻撃隊が生き残りの深海棲艦に対し爆撃を開始した。

 

そしてそれは一次攻撃隊と比べても、何ら遜色ない苛烈なものであった。

 

深海棲艦の生き残りが集まった所に、その彼女達の遥か頭上から絨毯爆撃の雨を降らせ、生き残りが居そうな残骸は例え小さな浮遊物一つとて見逃さずに爆撃してしらみ潰しにした。

 

例えバラバラになって逃げようとしても、それさえも執拗に追回し摩滅させ、この海域に深海棲艦を一隻たりとも生かしておかないと言う徹底ぶりをもって行われた。

 

これにより、前線に浸透し壊滅させた深海棲艦側の戦力の凡そ半数以上を失い、運良く生き残った深海棲艦も味方の惨状を見て逃げ始め、その後を我先へと残りも続いた。

 

こうして、基地航空隊の情け容赦の無い攻撃によって、深海棲艦の浸透は何とか防がれたかに見えたがしかし…。

 

 

 

逃げ延びた深海棲艦達の一部は、何とか本隊の直ぐ近くにまで来る事が出来た。

 

そして本隊と合流して体勢を立て直そうと試みようとして…。

 

「ナンノツモリダ?」

 

「キサマラニハコウタイメイレイハデテイナイ、サッサトモチバニモドルガイイ」

 

味方に砲を向けられ、戦場に戻る様に言われ流石の彼女達も唖然とし足が止まる。

 

「ナ、ナニヲイッテイル⁉︎ワレワレノスガタヲミテナントモオモワナイノカ⁉︎」

 

「メイレイダ、シタガワナクバジツリョクコウシニデル」

 

話にならない、と彼女達が一歩踏み出そうとすると…。

 

「ケイコクハシタカラナ」

 

ボソリと誰かがそう呟いたかと思うと、一発の砲声が鳴り響いた。

 

「……エ?」

 

自分の胸に突然大穴が開いて、訳も分からないまま倒れ伏す深海棲艦。

 

それを見て回りも唖然とするが、撃った方はまるでそれが当たり前かの様に平然としていた。

 

「ナニヲ…⁉︎」

 

目の前で起きた狂行に撃った相手に掴みかかろうとしたが、次の瞬間には相手は何の躊躇いもなく引き鉄を引き撃ち殺した。

 

飛び散った重油混じりの体液が、呆然と立ち尽くす彼女達の顔にかかり、漸く彼女達にも自体が飲み込める段階となった。

 

(コイツラ…ホンキダ!)

 

見ればズラリと並んだ砲門が自分達に狙いを定め、今にも砲撃しようと待ち構えていた。

 

ここに来て、彼女達は選択肢なけらばならなかった。

 

つまり元来た道を戻るか、それとも此処で嬲りごろされるか…。

 

「チ、チクショー!」

 

ヤケになった一人が、どうせ死ぬならと戦って死ぬと言って元来た道を戻り始める。

 

それにつられて、周囲の深海棲艦も同じく続きそれでも腰を上げようとしない者には、容赦なく砲弾が撃ち込まれた。

 

こうして深海棲艦の敗残兵は、戦場へと強制的に戻らされ、その後ろからは自分達に狙いを定めた深海棲艦の督戦隊が続く。

 

海軍側も、深海棲艦のこの捨て鉢となった攻撃を必死に止めようと基地航空隊による阻止爆撃を繰り返すが、文字通り死兵となった彼女達を止めることが出来ず、結果として新たに引き直した前線に深海棲艦が殺到。

 

両軍入り混じる混戦状態に陥る。

 

そして此処に大戦史上最も凄惨と言われた、南方海域沖海戦の火蓋が切って落とされたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

空を海軍、深海棲艦両軍の航空機が多いつくし次々と黒煙を上げて落とされる機体によって青空が黒く染まる。

 

帰るべき母艦の位置を見失った機が、敵に堕とされるくらいならと敵の艦娘や深海棲艦に突っ込んで果て、元は美しく煌めいた南方の蒼海は、流される血と重油によって粘りを帯びて黒く汚れ、海流に流されて死体や艦船の残骸が敵味方の判別が付かない程山と重なる。

 

互いに撃ち交わされる砲火により、深海棲艦、艦娘共に煤で真っ黒に汚れて隣にいても互いの区別が付かない程であった。

 

ある戦艦など、自身の砲撃によって肉が焼け爛れ落ち骨まで見えている中砲撃を続け、最後は歪んだ砲身に砲弾が詰まって自爆して果てた。

 

砲身は連続射撃によら既に使用限界を超えて灼熱で歪み砲口は焼け爛れ、それを海水で無理やり冷やして使い続けたのだ遂には完全に破壊され、それでも今度は武器になりそうな物を拾って敵を殺し、武器が無くなれば今度は拳、拳が砕ければ脚そして最後には噛み付いてでも戦いを止めようとさしない。

 

これが互いに艦船の姿であれば、こうまで凄惨な戦いにはならなかっただろう。

 

なまじ、艦娘も深海棲艦も人型であるが為、より一層凄惨さを際立たせ、争いを原始の時代まで退化させていた。

 

いつ終わるとも知れない泥沼の消耗戦は、日が頂点に達しても終わる気配を見せず、深海棲艦側も本隊を送り込んで終わらせに掛かるが、海軍もまだ修理の完了していない艦娘や艦船そしてトラックとラバウルの全戦力をなりふり構わず戦場に投入して対抗した。

 

最早両軍の戦線は入り混じって意味をなさず、決定打に欠ける戦いはこのまま互いに消滅するまで続くかに見えた。

 

それを遠くから眺め続ける者以外は…。

 

 

 

「ヒメサマ、ソロソロコロアイデハ?」

 

南方海域ソロモン諸島奥地にある秘密の要塞にて、戦局をモニターしていた離島棲姫は背後で優雅に座っている飛行場姫にそう言う。

 

「ソウネ、サッソクジュンビシテチヨウダイ」

 

「ハイ、デハソノヨウニ。トコロデヒメサマ?ツカヌコトヲウカガイマスガ…」

 

「?ナニカシラ」

 

離島棲姫は飛行場姫、の直ぐ隣に誰もいないその空間を見て躊躇いながら本来そこに居るべき人物の事を聞いた。

 

「アア、アノコ。ソレナラサイキンスコシチョウシガワルソウダッタカラヨソニイカセタワヨ」

 

飛行場姫はそう何でもない風に言うが、それを言葉の通り鵜呑みにする程離島棲姫は馬鹿では無かった。

 

(コノダンカイデウラギリモノヲシマツシタノネ。ヤハリヒメサマハユダンナラナイオカタ)

 

元戦艦棲姫の部下で、その後裏切って飛行場姫の下についたル級flagshipが最期どんな末路を辿ったのか。

 

離島棲姫は想像するだけで背筋が凍る思いであった。

 

そしてその思いを悟られぬよう、外面は何でもない風に装いつつ部下に指示をする離島棲姫。

 

その仕事ぶりを見ながら、飛行場姫は「クスリ」と唇に指を当てて小さく笑い。

 

(リトウセイキ、カシコイアナタハスキヨ。コレガオワッタラジックリ“オハナシ”シタイワネ)

 

そう思いながら、離島棲姫の背中を蛇が獲物を狙い目で見つめるのであった。

 

その間にも、離島棲姫が築いた要塞飛行場の滑走路に、深海棲艦の新型重爆撃機が姿を見せる。

 

その数は僅かに4機だけ、しかし機体の腹の部分が異様に膨らみ、そこから禍々しい妖気が周囲に漏れ出ていた。

 

機体の周りで作業する人員も、何故か防護服を見に纏い、重装備の中機体のチェックを終わらせる。

 

そして、作業員から最後の確認が取れたとの報告が離島棲姫にあり、離島棲姫は今一度背後を振り返って飛行場姫の指示を仰ぐ。

 

飛行場姫は鷹揚にうなづく事で指示を出し、確認が取れた離島棲姫は爆撃機の編隊に離陸の許可を出す。

 

エンジンが唸りを上げ、車輪のロックを外されゆっくりと滑走路を進む爆撃機達。

 

グングンと速度は上がり加速していくが、機体が重いせいで中々滑走路を離れる事が出来ず、あと少しで滑走路が途切れると言う所で漸く車輪が地面を離れた。

 

滑走路の周囲を覆うジャングルの木々の頭を掠めながら、漸く空へと飛び立つ爆撃機。

 

その後も2番機、3番機と後に続いて離陸し、4機全てが空に上がると、其々定めらた目標に向かって針路を転じる。

 

滑走路にいた深海棲艦の作業員達は、基地から遠く飛び去っていく爆撃機達を見て、自分達が何をこの世に解き放ってしまったかを感じ、人知れず恐怖に震えた。

 

そして基地の地下奥深くで全ての糸を引く飛行場姫は、唯一人これから起きる事を想像し凶悪な迄の笑みを見せて笑うのであった。

 

 

 



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29話

GW使って過去作の供養。


29話

 

その報告を聞いた時、焙煎は思わず手に持っていたコーヒー入りのマグカップを床に落としそうになった。

 

最も、そうなる前にヴィルベルヴィントが素早くカップをソーサーに戻して事なきを得たが。

 

しかし本人は自分がカップを落としそうになった事よりも、より重大な問題に直面してそれどころではなかった。

 

深海棲艦による核兵器使用、それが意味するところは焙煎が自分達が持っていた圧倒的なアドバンテージが覆されたと言うことだ。

 

使用された核兵器は2発、そのたった2発により海軍は本隊とトラックの司令部が文字通り消滅したと言う。

 

焙煎は目の前が文字通り真っ暗になりながら、報告をしに来たヴィルベルヴィントの前で頭を抱えた。

 

(まずいまずいまずいまずい!深海棲艦が核兵器を使っただとぉ、それが本当なら海軍は…いや人類は敗北する!?そうなれば次に奴らの矛先が向くのは俺達だ、いやもう向かっているのかも知れない)

 

焙煎の頭の中は恐怖で一杯であった、元の世界で世界を荒廃させた禁忌の技術。

 

波動砲に代表される量子兵器、文字通り全てを飲み込む重力兵器、そして甚大な環境汚染を引き起こす核兵器。

 

これ等は戦後すぐさま超兵器と同じく禁止兵器とされたが、つまりこれ等の兵器は超兵器と同等かそれ以上の脅威なのだ。

 

超兵器ではない単なる生身の人間である焙煎が、核攻撃に晒されればどうなるかなど、火を見るよりも明らか。

 

それ故、彼は自らが完全に詰んだと思い込んでいた。

 

しかし…。

 

「確りしろ、この私がいるのに何を怯えている」

 

ヴィルベルヴィントは頭を抱えて俯く焙煎を引き寄せ、彼の身体を柔らかい感触が包んだ。

 

豊満な胸部装甲に包まれた焙煎は、最初れに驚きしかし拒むとは無かった。

 

ヴィルベルヴィントの根気強い乳枕により、彼は本心はどうであれ身体の方はすっかり超兵器に対する恐怖を忘れていたのだ。

 

ヴィルベルヴィントは己が胸に抱いた焙煎の帽子を取ると、生まれたての赤ん坊の様に薄くなってしまった彼の頭を撫で慈母の様にあやした。

 

焙煎は柔らかい感触に包まれながら、ヴィルベルヴィントに赤子の様に扱われるままになった。

 

一時の安らぎのために、彼は自らを殺し得る絶対的な強者に、その身を委ねることを許したのだ。

 

そうして、暫くして焙煎はヴィルベルヴィントの腕の中から離れた。

 

「…その、いつもすまないヴィルベルヴィント」

 

気恥ずかしげに、焙煎は頬を指で掻きながらそう言った。

 

「私はお前の艦娘だ、お前に尽くすことに何の躊躇いが有ろうか」

 

少なくとも外見上は絶世の美女であるヴィルベルヴィントにそう言われて、男として焙煎は嬉しくない筈もない。

 

「と、兎に角先ずは現状の再確認だ。まだ俺達は終わっちゃいない筈だ…!」

 

 

 

 

 

 

 

「終わったな…」

 

敗残兵を纏め、ラバウル基地に撤退する長門は誰ともなくそう呟いた。

 

昨夜から始まる、深海棲艦の夜襲から始まる大規模攻勢に対し自分達はよく耐えたと思う。

 

前線から撤退した艦隊を再編成し、基地航空隊の活躍もあって深海棲艦の攻勢を跳ね除けたと思ったが、まるで味方を肉壁にするかの様な深海棲艦の突撃の前に乱戦となり、長門も孤軍奮闘し多くの敵を討ち取った。

 

しかしそれは突然であった、あの忌まわしい光。

 

遠く嘗て船であった時にこびり付いた最後の記憶、己が身体を包む灼熱の太陽は文字通り全てを飲み込んだ。

 

敵も味方も関係なく、その光は平等に全てを包み込み吹き飛ばした。

 

長門は偶々敵の残骸が盾となって直接その被害を被ることは無かったが、余りの衝撃に気を失ってしまった。

 

そして気が付いた時、全てが終わっていたのだ。

 

何も浮かぶ物がない静かな海、しかし遠くの空では巨大なキノコ雲が広がり、黒い雨が彼女の身をうった。

 

そうして、生き残った味方に救助されるその間、長門は黒い雨にうたれ続けた。

 

船でありまた人である艦娘の身は、彼女の言う通り自身を終わらせてしまっていた。

 

それはあの場所にいた多くの者たちがそうであったが、光の猛毒に身体を侵され例え入渠し表面上は癒せたとしても、身体の内側から崩れ船として人としてその命を終わらせてしまうだろう。

 

乾坤一擲の作戦は失敗し、しかもこの場を生き残っても遠からず大勢の艦娘や兵士達が命を落とす。

 

後に残るのは、作戦失敗における責任のなすりつけ合いと、汚染された自分達の残骸だけだ。

 

そうして、戦える力を無くした海軍も遠からずその役目を終える。

 

長門は悔しさからかそれとも悲しみからか、まだ無事な眼から赤い涙を流した。

 

滴り落ちる赤い液体は、直ぐに海の波に溶けて消えてしまったが、果たしてあとどれ程の血を飲み込めば、この海は満足するのだろう。

 



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南方海域編・反乱の章
30話


30話

 

戦艦棲姫は激怒した、必ずやかの邪智暴虐な飛行場姫を取り除かなければならないと決意した。

 

戦艦棲姫はある程度政治の真似事が出来る。

 

しかしその本質は武人であり、大艦隊を率いて敵と決戦し此れを討ち果たすことを喜びとした。

 

しかしそれ以上に、人一倍同胞愛に厚い女であった。

 

それはいまだ飛行場姫に対しても、少しばかりの憐憫の感情を抱いてしまうほどだ。

 

故に禁忌の兵器を使い、しかも数多の同胞を巻き添えにした飛行場姫は、当初彼女が考えていた政治的解決をスッパリ頭の中から消え失せさせたのだ。

 

だが、戦艦棲姫がここまで怒りを露わにしたのはそれだけが理由では無い。

 

ポートモレスビー要塞を奪取し、周辺海域を確保すべく斥候を放ち、そのうちの一つがユラユラと波間に揺れる奇妙な物体を発見したのだ。

 

不審に思い、それを回収してみればなんとそれは深海棲艦であった、いや多分恐らくそうであったのであろう。

 

見つかった時、何か漂流物と見間違うほどそれはヒトの形をしていなかったのだ。

 

海の塩と汚れを洗い落として見れば、それはなんと飛行場姫の元に潜入していたはずのル級flagshipではないか。

 

彼女は見るも無残な姿に変わり果てていた。

 

四肢をもがれ、身体の至る所には拷問の跡があり、右腹部は何者かによって食い千切られ、歯形が残る半円の穴がポッカリと空いている。

 

生きているのが不思議なくらいな状態で、最早ての施しようが無かった。

 

彼女は蚊の鳴くような、今直ぐにでも尽きてしまいそうな命を何とか繋いでこう言った。

 

「ヒメサマニ…ヒメサマニオツタエシタキギガ…」

 

この時、ポートモレスビー要塞は飛行場姫の核攻撃を知り騒然となっており、誰もこの死にかけの深海棲艦を気にする余裕など無かった。

 

しかし、運良く軍医が通りかかり彼女の最後の願いを聞き届けたのだ。

 

それは既に知っていることとそうで無い事の2つであった。

 

前者は飛行場姫が核攻撃をしようとしている事であり、既にポートモレスビー要塞上空には、敵の飛行機を一機たりとも侵入させまいと戦闘機が輪をなして飛び交っていた。

 

しかし重要なのはもう一つ、彼女は最後の力を振り絞り、残る命の炎を燃やしそれを告げた。

 

『飛行場姫は南方海域最深部の人工島にいる。その地下には核兵器の製造工場が隠されている』

 

それを伝えると、戦艦ル級flagshipは息をひきとった。

 

軍医は過たず、ル級の最期の言葉を戦艦棲姫に伝えた。

 

これで彼女は、タ級に引き続き生え抜きの部下を2人も失った事になる。

 

危険な任務に送りだした事につては、お互いに了承済みであった。

 

しかし角も無残な姿で帰ってきた彼女を目にした時、プツンと戦艦棲姫の頭の中で何かの糸が切れた。

 

飛行場姫に対し残っていた一欠片の慈悲は、この時に消え失せ変わりに彼女の胸中には天を焦がすほどの増悪の炎が揺らめいていた。

 

戦艦棲姫は直ちに飛行場姫討伐の号令を発した。

 

飛行場姫の暴挙により、遂にこの日深海棲艦は2つに別れてしまったのだ。

 

 

 

 

さて一方の焙煎達だが、スキズブラズニルの会議室に主な面子が集まり今後の方策を練っていた。

 

既に敵が核兵器とそれを投射する能力を得たからには、最早当初の南極で引きこもることは不可能になった。

 

超兵器ならば核攻撃の一回や二回耐えることも出来るが、単なる生身の人間である焙煎はそうもいかない。

 

彼は自らの安全と今後の技術的戦力的優位を保ち続けるためにも、敵の核攻撃能力及びその製造能力を徹底的に破壊する必要があったのだ。

 

「聞いての通り、深海棲艦が核攻撃能力を手にした。これを放置することは、我々の安全の上で断じて看過できない」

 

焙煎は極めて強い口調でこう言った。

 

凡人が凡人たる所以の自己の生命の安全を何よりも最優先していた。

 

「敵の核兵器の威力は凡そ戦略核相当だ、主な投射手段は先の横須賀基地空襲に使用された新型の重爆撃機だ」

 

「しかしこれ以外にも核の攻撃手段を持っている可能性は大だ」

 

「我々の目標は、此方が核攻撃を受ける前に敵の核攻撃能力を徹底的に破壊する事であり、これは可及的速やかに行わなければならない」

 

ヴィルベルヴィントが焙煎のあとを継いでより詳しい説明をする。

 

「質問がある、核施設を攻撃することに異論はないが具体的な目標は決まっているのかい?」

 

とデュアルクレイターがまず最初に手を挙げた。

 

「南方海域全体でも大小合わせて無数の島々で構成されている。これを1つ1つ攻略して調べるのは結構な手間だぜ」

 

そう言ったあと、「最もやれと言われればやれるけどな」と付け加えるくらい、彼女にはその自信があった。

 

伊達に強襲揚陸艦の超兵器ではないと、言う事だ。

 

「敵の主な核投射手段が航空機であるならば、あれ程の巨人機を最低でも離着陸出来るスペースが必要だ」

 

「つまり、小島の一つ一つを虱潰しにするのではなく、ある程度狙いは絞れると言う事だ」

 

ヴィルベルヴィントは会議室に備え付けられたスクリーンを操作し、敵爆撃機の凡その能力と最低でも離陸に必要な滑走路の長さを試算した。

 

そこから導き出された数値に当てはまる島をいくつかピックアップする。

 

「それでも結構な数ですことね。相手の妨害があることは当然として、こちらも戦力を分散する必要がありますわね」

 

実際アルウスの言う通り、広範囲に広がった目標に対しこちらも手を広げねばならなかった。

 

しかしそれには1つ問題があった、スキズブラズニルの守りをどうするか、である。

 

スキズブラズニルは言うなれば本丸、如何超兵器が圧倒的な力を持っているとはいえ、補給も整備もなくては戦えない。

 

しかも今回の作戦の根底には、スキズブラズニルを核攻撃から守ると言う絶対条件が存在する。

 

守りを疎かにしてスキズブラズニルが万が一にでも核攻撃されれば、それだけで此方の敗北が決まってしまうのだ。

 

「目標が広範囲に広がっている以上、アルウスの航空能力は必須だ。守りに使う事は出来ない」

 

「私も、敵が単なる水上艦艇や潜水艦ならまだしも、航空機の相手は少し難しいですね」

 

シュトゥルムヴィント、ドレッドノートの2人の意見に対し、播磨もまた同意した。

 

「流石に砲弾が届かない上空から核を落とされたら、ひとたまりもありませんわ」

 

こんな時にアルケオプテリクスがいればと、何人かの超兵器がそう思った。

 

今は横須賀基地近郊の飛行場にいるアルケオプテリクスならば、防空は勿論のこと南方海域の島々などあっという間に灰燼に帰す事が出来る。

 

最も、今ここにいない者の事を考えても仕方がない。

 

今ある戦力で、出来る事をやるしかないのだ。

 

結局、ある程度防空用の戦力を残しつつ、全力で強襲する事に方針が決定しそうになった時、慌てた様子で妖精さんが会議室に転がり込んできた。

 

その只ならぬ様子の妖精さんの口から、衝撃的な言葉が飛び出した。

 

『南方海域の全域で、深海棲艦同士で争いあっている。奴らはお互いに戦い合いながら奥地を目指している』と。

 



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31話

31話

 

戦艦棲姫蜂起、その報は一瞬にして南方海域中を駆け巡った。

 

飛行場姫によって誅殺されたかに見えた戦艦棲姫が実は生きており、しかもポートモレスビー要塞を奪取して一勢力を立ち上げていたなどど、誰が想像できよう。

 

戦艦棲姫は凡ゆる通信回線を開き、全深海棲艦に飛行場姫に対する離反を呼びかけた。

 

彼女は言う、「飛行場姫に正義はない。奴は権力と力に溺れた魔物である」

 

「このまま付き従っていいのか?その末路は敵味方諸共核攻撃の餌食にされた仲間の無念の残骸が証明している」と。

 

同時に戦艦ル級が集めた飛行場姫の数々の悪行や核攻撃の紛れも無い事実なども公表し、彼女を糾弾した。

 

そしてこれは意外にも直ぐさま効果を表した。

 

飛行場姫に唯々諾々と従っている者達の多くは、単に飛行場姫に対抗出来る者がいないから従っているに過ぎず、戦艦棲姫と言う錦の御旗が出来つつある今、それに鞍替えするのになんら躊躇はなかった。

 

しかもこの期に乗ぜよとばかりに、今まで抑圧され鬱屈がたまっていた下級深海棲艦の不満が等々爆発した。

 

彼女らは口々に「戦艦棲姫様万歳」と叫びながら、上官や飛行場姫にゴマをすっていたものを撃ち殺した。

 

無論その中には何ら関係のない者も含まれていたが、彼等の怒りはそれで治る訳は無かった。

 

南方海域全体が、今や飛行場姫を倒せとばかりに揺れていた。

 

彼方此方の基地が襲撃され、昨日までの戦友が相撃ちあい混沌としていた。

 

飛行場姫に忠誠を尽くす者達は、今や状況は一転し昨日までの海軍に勝っていたのが今日には反乱が発生する始末。

 

しかも反乱軍は前進してきた戦艦棲姫の軍門に次々と下り、その数と勢いは増すばかりである。

 

彼等はその圧力を受けて飛行場姫に助けを求めるべく、ジリジリと南方海域奥地へと後退していった。

 

ここで視点を転じ、南方海域から叩き出された海軍に目を向けてみよう。

 

放射能に汚染されながらも、何とかラバウル基地にたどり着いた艦娘と将兵だが、ここで彼等は初めてトラック司令部が自分達と同じ日に壊滅した事を知った。

 

そしてラバウルには、傷ついた将兵を癒す設備や物資は無く、彼方此方で医薬品や包帯に食料を奪い合う始末。

 

遺体は放置され、統制は回復しようも無い。

 

地獄から生き残った彼等を待っていたのは、また地獄であった。

 

こうして、本土から救援が来るまでの間大勢の艦娘と将兵が命を落とすこととなる。

 

もう1つの焙煎達は、この混沌とした状況の中で更に混乱していた。

 

自分達が覚悟を決めてさあ攻めようとした時、突然深海棲艦同士の内乱が始まったのだ。

 

これで混乱しないわけが無い。

 

しかし一方でこれはチャンスであった。

 

全方位に向け放たれた戦艦棲姫の演説は、当然の事ながら焙煎達も受信していた。

 

戦艦棲姫が語るその言葉を信じるならば、深海棲艦の中にも核攻撃に異議を唱える勢力があると言う事だ。

 

これは朗報であった、つまり焙煎達は少なくとも片一方の勢力とその目的を同じにする事が出来る。

 

共に手を取り合う事は不可能でも、半分の相手を無視できるのなら状況は大いに好転したと言えよう。

 

「兎に角これはチャンスだ!この期に乗じて飛行場姫側の核戦力を破壊して回る」

 

混乱から立ち直った焙煎は、そう言うと当初の計画を変更すると伝える。

 

「二分した深海棲艦、これを戦艦棲姫派と飛行場姫派と仮に命名する。まず此方はヴィルベルヴィント、ヴィントシュトース、シュトゥルムヴィント、アルウス、ドレッドノート、播磨の主力で飛行場姫側の本拠地を全力で叩く」

 

「戦艦棲姫に先んじて飛行場姫の核を破壊するんだ」

 

混沌とする南方海域だが、しかし何か目的があるのか一心不乱に南方海域の奥地へと突撃する戦艦棲姫の反応と、逆に奥地へと逃げていく深海棲艦。

 

それらはある一点を目指しており、それはつまりそこに飛行場姫がいるという紛れも無い証拠であった。

 

「デュアルクレイター、アルティメイトストームの2人は深海棲艦の目が飛行場姫に集中している間に、先の飛行場があると思わしき島を全て破壊しろ」

 

「万が一それらに核弾頭の一つでも残っていたら後々面倒だ」

 

戦艦棲姫の蜂起により、それらの大小様々な島々からは深海棲艦は逃げ出してしまったが、しかしそこに核が無いという保証はない。

 

故に焙煎は戦力を割いてでも、安全を確保する必要があったのだ。

 

デュアルクレイターとアルティメイトストームはお互いに顔を見合わせてこう言った。

 

「またお前と組むとはな、アタしゃあんたのお守りじゃ無いんだけどね」

 

「違うね、姉貴の後ろが狙われない様私がお守りするんだよ」

 

「へ、精々間違って背中から撃たないでくれよ」

 

と互いに減らず口を叩き合う。

 

本拠地攻略を命ぜられた超兵器達も、其々含むところはあると言う顔をしながら、しかしヴィルベルヴィントが代表してこう言った。

 

「ここに集まった面々は互いに含むところもあるだろうが、それは元の世界の事と今は忘れてくれ」

 

「折角与えられた戦場だ、大いにハメを外して楽しもうじゃないか」

 

そう言って、集まった超兵器の誰もが獰猛で凄惨な笑みを浮かべた。

 

改めて、彼女達は戦うことを無上の喜びとするキリングマシーンだと言う事を、この時焙煎は実感していた。

 

「俺達の未来はここにかかっている!超兵器の力ならば出来ると信じている」

 

焙煎は最後にそう締めくくる。

 

こうして、予期せぬ第三極を迎えた南方海域は、最後の戦いを迎えようとしていた…。



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32話

32話

 

南方海域の空は黒点で埋め尽くされていた。

 

黒い鳥を思わせる異形の戦闘機が、自分と同じ形をした戦闘機を追いかけ回し、あるいは追い回される。

 

空からは陽の光や雨のかわりに互いに撃墜された機体の破片が海にふりそそぐ。

 

海でもまた、空と同じ様にいやそれ以上に黒と黒とが互いに激しくぶつかり合っていた。

 

イ級がヲ級の腕に噛みつき、重巡が戦艦をなぐりとばし、そうかと思えば圧倒的な火力が群がる相手を薙ぎ払う。

 

深海棲艦史上初の互いを互いの敵とした大規模な内乱は、南方海域の彼方此方で繰り広げられていた。

 

戦う者、逃げる者、追う者、追われる者、様々な感情が渦巻き合う戦場は、しかし奥地へと移動しながら続いていた。

 

飛行場姫が構える人工の島、その本拠地こそ互いの決戦の場であった。

 

さてそうは言うものの、このまま行けば戦力的な面では飛行場姫が優位である。

 

如何に戦艦棲姫が各地の蜂起戦力を吸収しようにも、それらは所詮烏合の集であり、いまだ飛行場姫の元には親衛艦隊たる正規軍が残されていたからだ。

 

決戦となれば、正規軍対反乱軍の構図となり、どれ程戦艦棲姫側の数が多くとも士気規律の取れた相手には敵わない。

 

本来ならばこの正規軍に時間をかけて内応を呼びかけたいところだが、核をにぎる相手に時間をかけられないこともあり、結果として戦艦棲姫は不利な状況で戦わざるを得なかった。

 

これを全て承知で核兵器の使用に踏み切ったとなれば、飛行場姫は中々の策士と言う事になる。

 

しかしどんなに緻密な策略も、時として単純な力の前に覆される事は歴史が証明していた。

 

 

 

 

 

一旦南方海域を南に離脱した焙煎と超兵器達であったが、彼等は針路を反転し北上した。

 

この焙煎の動きは深海棲艦にとって予想外であった。

 

より正確には、核兵器使用と反乱とでそれらを気にする余裕が無かったのだ。

 

つまり偶然にしろ必然にしろ、焙煎達は最高のタイミングで横殴りに成功したと言える。

 

ヴィルベルヴィントを頂点とし矢尻の形に陣形を組んだ超兵器達は、圧倒的な速力でもって敵陣に突入した。

 

41㎝砲が、魚雷が、ロケットが、ミサイルが後退する深海棲艦達に突き刺さる。

 

超兵器達の最初の犠牲となった哀れな深海棲艦達は、自らに起こった悲劇を自覚する間も無く海の底へと還っていく。

 

脇腹を抉り取られた敵艦隊の穴に、今度は超高速戦艦達の影から飛び出した播磨が突入し、挨拶がわりの全門一斉射をみまう。

 

単艦で戦艦一個戦隊に相当する火力が、情け容赦なく深海棲艦に叩きつけられた。

 

51㎝の巨弾が一直線に飛び、その進路上にいた物を叩き潰していく。

 

竜骨を砕かれ、船体を叩き折られ、先程まで人型だった物体が黒と赤が混じった挽肉へと変貌する。

 

そのたったの2撃により、撤退していた部隊の一角を崩された飛行場姫側の深海棲艦達は潰走へと転じた。

 

まさかのタイミングでの超兵器による奇襲は全ての深海棲艦達を驚かせたが、しかし超兵器達の攻撃はこれで終わらない。

 

ヴィルベルヴィント達と播磨により戦線に大穴を開け、そこへすかさずアルウスが無限とも思える航空機を展開したのだ。

 

制空権争いは突如出現したアルウスの航空機により一転し、今や空を飛ぶのはアルウスの艦載機のみと言う有様である。

 

空母型超兵器の超兵器たる所以、その圧倒的な面制圧能力を発揮したアルウスは、無数の航空機を操り戦果を拡大していく。

 

そうして確保した広大な海域は、超兵器達が自由に動くことが出来るスペースを確保していた。

 

「さあ、お膳立ては立てましたわ」

 

此処までの事は、言うなれば超兵器達にとってダンステーブルの上を片付けたに過ぎない。

 

超兵器は個々が圧倒的な力を持つが故に、それに追従出来る船は存在しない。

 

例え同じ超兵器であっても、同一の戦場に超兵器を2隻以上投入する事は、お互いが相手の邪魔をしてしまい力が半減してしまう。

 

それ故、先の北方海域において慣れぬ艦隊行動をとったが為に超兵器達は敵に遅れをとったのだ。

 

では今回はそれをどうするのか?

 

「矢張り、この方が我々に相応しいな」

 

「やっと首輪を外せるか、姉よ良いな?」

 

シュトゥルムヴィントが頬を釣り上げ、凄惨な笑みを浮かべながら身体から青白い光を放つ。

 

超兵器の心臓部たる超兵器機関のリミッターを外し、超兵器本来の力を解き放った。

 

そして今回はシュトゥルムヴィントばかりではない、次々と他の超兵器達も己に課していた枷を解き放つ。

 

「この感触、久しく忘れていた…」

 

「ああ、やはり良いですわこれは」

 

「ふふふ、今度こそお姉様と同じ戦場を…」

 

「力が…溢れる。これが本当の私」

 

「ああ身体が火照って仕方があらしませんなあ〜」

 

普段冷静なヴィルベルヴィントは、感慨深げに己の身体の奥底から湧く力を確かめる様に呟き、アルウスは恍惚とした表情を浮かべている。

 

ヴィントシュトースはいま己れが敬愛してやまない姉と同じステージに立てたことを素直に喜び、海中ではドレッドノートが顔を赤らめ初めての力の解放に身悶えした。

 

そして播磨はこの中で一番力の影響を受け、頬は蒸気し着物から覗く肌は艶かしく濡れている。

 

より超兵器としての力が強いものほど、それによってもたらされる高揚感は強いのだ。

 

言うなれば、ある種の快感を得ていると言っていい。

 

無論これらの変化は何も彼女達の身体だけではない、複数の超兵器達が集まり同時にその力を解放したのだ。

 

その影響は周囲の環境にさえ及び、海は超兵器機関から漏れる波動によって荒れ狂い始め、さっきまで快晴であった空は曇り雷鳴が鳴り響く。

 

空間の一部にさえ左右するそれは、巨大なノイズがまるでハリケーンの様に南方海域に広がる。

 

力の波動は空を伝わり、海を越え遠く深海の奥深くにまで届く。

 

「…そう、やっぱり貴方達は闘うことを辞められないのね」

 

この世界で最も暗く深い海に鎮座するアームドウィングは、1人静かにそう呟く。

 

此処から先は、最早誰にも止められない純粋な力の暴力が始まる事を彼女は誰よりも知っていたのだ。

 

そして、唯一それを制御できる筈であった存在、焙煎に対し彼女は落胆していた。

 

「所詮、ヒトは自ら禁忌を破る生き物ね」

 

一度鎖から外れた獣が世界にどの様な影響を与えるのか、これから焙煎はそれを思い知る事となる。

 

 

 



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33話

33話

 

6隻の超兵器、いや最早彼女達はヒトの形を保った鎖の外れた獣と化していた。

 

「ク、クルナー!」

 

数十門以上の火砲が一斉に火を噴く。

 

並みの艦なら瞬く間に火線に絡め取られるその火力は、しかし今の彼女には全く無力であった。

 

視界全てを埋め尽くす砲弾も、頭上から降り注ぐ爆弾も、水中から虎視眈々と狙う高速の魚雷も、その全てが彼女の目にはスローモーションで写っていた。

 

その世界では、到底避ける事も出来ない弾幕もスローボールを避けるよりも簡単に潜り抜ける事が出来る。

 

やろうと思えば、今自分の顔の横を通り過ぎる16inch砲弾の先っぽを指先で摘めるだろう。

 

ヴィルベルヴィントには、この世全てのものが自身よりも遅く見えていたのだ。

 

無論これは実際に時間が遅くなっているのではなく、超兵器機関の解放により本来の力を取り戻した量子コンピュータを始めとした各種電子装備にのって、彼女の頭脳が猛烈な速度で情報を処理しているが為に起こっている現象だ。

 

脳に多大な負担をかけるこれは、しかしその威力は圧倒的であった。

 

「ナ、ナゼナンダ!?ナゼアタラナインダー」

 

深海棲艦から見れば、自分たちの攻撃が青白い光の帯を自ら避けているかの様に見えただろう。

 

そうして自分達の目の前を光の帯が通り過ぎたかと思うと、それが通り過ぎた後にはバラバラに引き裂かれた味方だった物の残骸が転がるのだ。

 

明らかに、この異常事態に深海棲艦は対応できてなかった。

 

今の彼女を止めるには、同じ超兵器かそれか彼女達と同じバケモノになるしかない。

 

別の戦場でもまた、異常事態が発生していた。

 

突如として十数隻もの艦隊を飲み込む巨大な渦が出現し、瞬く間に艦隊を飲み込んだのだ。

 

飲み込まれた彼女達が最期に目にしたのは、渦の中心にて佇む1人の女の姿であった。

 

ドレッドノートには、本来この様な自然現象に干渉する様な能力はない。

 

しかし今この戦場には自分と同等かそれ以上の超兵器がおり、しかもそれらが同時に超兵器機関を解放したのだ。

 

超兵器機関は互いに共鳴し合う性質を持ち、6隻もの超兵器の力の共鳴はこの瞬間だけとはいえ最上位の超兵器と同じ力を彼女達に与えていた。

 

今のドレッドノートは渦を自在に操り、水上水中関係なく凡ゆる物を引き込み圧壊させる海の魔物と化している。

 

そこには彼女が常日頃から大切にしている伝統や誇りは無く、果たして本人がそれを望んだかどうかはまた別の話であった…。

 

一方で自ら進んで力に飲まれる者もいる。

 

「アハハハハ!!この程度ですの」

 

「モットだ、モット寄越せ!」

 

アルウスとシュトゥルムヴィント、2人とも顔を合わせれば反目し合う仲だがそれはお互い似た者同士から生じる同族嫌悪の裏返しでもある。

 

アルウスは己が翼である艦載機を次々と発艦させ、今や彼女の周りはアルウスから発艦した無数の艦載機によって陽の光が遮られていた。

 

到底、これらの艦載機はアルウスの格納庫に収まるはずもなくまた艦内工場を幾らフル稼働させても、今度は製造用の資材の備蓄が足りなくなる。

 

しかし、今のアルウスはいつにも増して頭のネジが二、三本目吹き飛んでいた。

 

彼女は材料になるのならなんて話もいい、とばかりに自ら撃ち落とした敵機や敵艦の残骸を、あろう事か艦載機製造用の資材にしているのだ。

 

そして資材になれば何でもいいのであり、中にはまだ生きたま加工される深海棲艦もいた。

 

そうして生み出された艦載機達が敵を葬るたび、また艦載機が追加されるという悪夢のスパイラルが完成しているのだ。

 

更にシュトゥルムヴィントの方はもっと直接的で、暴力的であった。

 

姉と言う制御装置を外れた最速の超兵器は、それこそ縦横無尽に戦場をかけ巡りいく先々で破壊を振りまいていた。

 

「モット早く、モットモットだ」

 

今の彼女を突き動かすのは飽くなき速度への追求、己の限界を超え最速を超えた先の領域を目指す。

 

ここまでなら安全に見えるが、しかし彼女が通り過ぎた後の惨状は正に目を覆わんばかりである。

 

触れるだけで身体が消し飛ぶ今の彼女が、単に通り過ぎるだけで発生させる衝撃波は単なる深海棲艦が耐えらるもものではない。

 

しかもそれが、目にも留まらぬ速さで、しかも何処から来るか分からないのだ。

 

シュトゥルムヴィントが駆け抜けた後には、バラバラにされた何かだった破片しか残らない。

 

今の2人は当初の目的を忘れ、ただ単に己が欲望を果たす為だけに動いていた。

 

しかし、それらの気まぐれの様な行いが最も深海棲艦に被害を与えているのだ。

 

さて最後にもう一人、播磨だが彼女もまた変わっていた。

 

今いる超兵器の内、恐らく最も強力なのが播磨だがそれ故力を解放した時の変化もまた強烈であった。

 

「はあ、はあ、ウチを鎮めてくれるお方はおりませんのかえ」

 

そう着物を着崩して肩を露出させた播磨は、艶かしげに真っ赤な紅をさした唇に自らの髪の毛を咥える。

 

普段にも増して、花魁や遊女の様な彼女だがしかしその周りは地獄であった。

 

巨大な艤装に犇めく無数の巨砲は絶えず火を噴き、彼女の周囲は常に砲弾の雨が降り注いでいた。

 

砲身は当然のことながら艤装を操る本人と同様赤く蒸気し、灼熱の炎が脈打っている。

 

しかしそれで砲撃が止むことは決してない、いや寧ろ砲身が溶けて焼け付く程にその激しさを増すのだ。

 

嘗て東亜の魔神と呼ばれ恐れられてきた彼女は、天敵である航空機さえ物ともせず空の相手を悉く撃ち落としてきた実績がある。

 

しかし今の彼女の砲撃はそれ以上であり、常に彼女の周囲は頭上から51㎝砲弾が降り注いでいた。

 

この雨をくぐり抜けて彼女に近づくことは不可能であり、距離を取ろうとしても今度は横殴りの砲弾の嵐に襲われるのだ。

 

播磨を中心として砲弾と鉄で出来た竜巻、それが今の彼女を形容するに最も相応しい言葉である。

 

何者もつか付けない嵐の中で、それでも渦の中心で彼女は誰かに向け切なげに手を伸ばす。

 

それは恋い焦がれる誰かを待つ生娘の様であり、或いは断崖絶壁に咲く一輪の孤高の花である。

 

その余りの美しさに手に入れようとした瞬間、その相手は圧倒的と言う言葉が陳腐に思えるほどの鉄の暴虐の前に打ち砕かれる事となるのだが…。

 

鎖を解かれた超兵器達の、この何ら戦術性も戦略も見出せない、力の在りようを見せつける闘いは、しかして深海棲艦側の計算を大いに狂わせた。

 

超兵器の乱入により、飛行場姫側の深海棲艦は悉く海に沈み、戦艦棲姫でさえ、超兵器と正面から当たらぬ様大きく戦線を迂回したのだ。

 

そしてとうとう焙煎達の目の前には、飛行場姫の本拠地への道が開かれたのである。

 

 




補足説明

普段の超兵器=エヴァ

今回の超兵器=暴走エヴァ

つまり?

存在の次元が違う、半分ファンタジーに足を突っ込んでいる。



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34話

GW最後の投稿


34話

 

南方海域最深部、飛行場姫が本拠地を構える人工島の地下司令部は、現在混乱の真っ只中にあった。

 

「テッタイチュウノダイロクセンタイトノツウシントゼツ!」

 

「ダイハチカンタイ、オウトウセヨダイハチカンタイ」

 

「テッタイチュウノカンタイノサンワリガゼンメツシタダト!?ドコノゴジョウホウダ!!」

 

「カイイキゼンイキデキョウリョクナジャミングニヨリツウシンガデキイ!コレジャナニガナンナノカンカラナイゾ」

 

次から次へと舞い込む凶報に、既に司令部の処理能力はパンク寸前であった。

 

如何に飛行場姫が構える司令部とは言え、超兵器機関が発するノイズによって凡ゆる電子的索敵装置は無効化されており、それ故司令部に詰める深海棲艦達は殆ど何が起きているのか分かっていない状態であるのだ。

 

その様子を、一段高い位置から睥睨していた飛行場姫は苛立たしげに爪を噛む。

 

「ヤッテクレタワネ、ワタシノケイカクヲゼンブタチャクチナニシテクレチャッテ」

 

飛行場姫はこの土壇場になって盤面をひっくり返されたことに、普段以上に怒りを昂ぶらせていた。

 

「ヒメサマ、イカガイタシマスノデ?ゴメイレイトアラバワタクシミズカラガウッテデマスガ…」

 

離島棲鬼がそう言うも、今彼女をこの場から動かすわけにはいかない事は飛行場姫が一番分かっていた。

 

「イイエ、ソレニハオヨバナイワ。アナタハケイカクニトッテジュウヨウナソンザイナノダカラ…」

 

飛行場姫の言う計画とは、今起きている反乱の事を指していた。

 

元々核兵器使用で不満が爆発する事を見越していた飛行場姫は、敢えてポートモレスビー要塞を手薄にして南方海域の最深部に引きこもっていたのだ。

 

無理やり乱戦状態を作り出したのも、参加しているであろう超兵器達を拘束し諸共核で吹き飛ばすつもりであったからだ。

 

そして怒りに駆られ、暴発した相手を無傷の親衛隊と核の力でもって纏めて葬る事を目論んでいた。

 

無論彼女とて葬ったはずの嘗ての政敵、戦艦棲姫が生きているとは知らなかったがしかしこの思わぬ大物の存在によって益々自身の計画の完璧性が高まるはずであった。

 

何故なら現在深海棲艦の中で自らに匹敵するうるのは、矢張り戦艦棲姫のみで在り此れを亡き者とすることが出来れば、深海棲艦の完全な独裁も夢ではない。

 

だが、それらの計算を超兵器と言う獣はいとも簡単に崩してしまった。

 

まさか超兵器達が独自の考えを持って戦場から逃亡するなどど、誰が考えよう。

 

今や、数的な面で戦艦棲姫と飛行場姫側との戦力差はさほどでも無く、しかし超兵器の襲撃により全軍が浮き足立っていた。

 

しかもこの超自然現象とでも言うべき相手に対して、飛行場姫が持っているカードでは一つを除き何ら対抗することが出来ない。

 

「ナラバヒメサマ、モシヤカクヲオツカイニ?」

 

そう核の力ならば、超兵器に対抗する事が出来る。

 

如何に常識外れの力を持つ超兵器とて、全てを破壊する核の炎の前では無事では済まない。

 

しかしそれを飛行場姫は首を横に振って否定した。

 

「アナタモワカッテイルコトヨ?ワタシタチニハソレホドカクハノコサレテハイナイコトヲ」

 

核はその威力故非常にデリケートであり、取り扱いには常に細心のの注意が払われていた。

 

飛行場姫が態々離島棲鬼に命じてこの人工島要塞を作らせたのも、半分は核兵器の貯蔵庫としての意味合いが強い。

 

誰だって、管理が悪くて使う前に汚染されたくはないのだ。

 

しかも一発製造するのに多大な時間と資材を必要とし、それ故数の不足を威力で補おうとしたため益々量産には不利となっていた。

 

つまり、飛行場姫側が保有する核とは、一発の威力は高くともそれを湯水の如く使えるほどの数的な余裕はないのだ。

 

それでは打つ手なしかと問われれば、飛行場姫は「否」と答えるだろう。

 

「“アレ”ヲツカウワ」

 

「!?イエ、ヒメサマガオキメニナッタコトナラワタクシハシタガイマスワ」

 

離島棲鬼はまさか此処で飛行場姫が持つ、恐らく核と同等のカードであるアレを切ると聞いて、さしもの彼女も驚きを隠せないでいた。

 

と、同時に至極当然だと納得していた。

 

アレは核の副産物で生まれた存在、確かにそれならば超兵器に対抗できるやもしれない。

 

「ジカンガナイワ、イソギジュンビシナクテハ…」

 

 

 

 

 

 

 

一方飛行場姫側が混乱しているのと同じく、戦艦棲姫側でも混乱が見られた。

 

「サテ、ドウスルベキカ」

 

戦艦棲姫は自らの新しい艤装に身を預けながら、一人思案した。

 

部下を残虐な方法で辱められ、その怒りによって挙兵したとは言えそこは深海棲艦きっての名将。

 

怒りの炎で闘志を熱く燃やしながらも、頭の中は暗く深い所を流れる水と同じくらい冷静であった。

 

超兵器の最初の突撃で彼女側の部隊も幾らか巻き込まれたとは言え、超兵器達は遠巻きから見ても飛行場姫側の深海棲艦だけを狙って攻撃している様に見える。

 

嘗て北方海域で見えた時とはうって違い、その戦い方は理性も何もない獣そのものではあったが…。

 

しかし戦艦棲姫は何故このタイミングで超兵器が現れたのかを考えるに、恐らく目的は一つしかないと結論づけた。

 

「ヤツラモカクハコワイトミエル」

 

「ナラバモクテキハオナジナラリヨウサセテモラオウ」

 

今飛行場姫の目は超兵器に向けられている、その隙に自分達は大きく回り込んで飛行場姫の本拠地を直撃しようと考えた。

 

戦艦棲姫は自分と同じく艦隊を率いて停止していた軽巡棲鬼、駆逐棲姫に指示を伝え、自らもまた艦隊と共に動き出した。

 

こうして戦艦棲姫達反乱艦隊は、飛行場姫に知られることすなくその本拠地へと迫っていったのである。

 



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35話

35話

 

南方海域の荒れ狂う海の中で、ヴィルベルヴィントは一人佇んでいた。

 

服はボロボロになっており、よく見れば白い肌の幾つかの箇所は黒ずんで硬い甲羅の様に盛り上がり、それらはまるで鉄の様な鈍い光を放っている。

 

艤装も肌と同じく幾つかの箇所が変質し、鋭い爪と牙が顔を覗かせ或いはそれは彼女が戦っていた相手と同じになろうとしている様にも見えた。

 

周囲の敵を殲滅し終え、本来ならば次の獲物を求めて駆け狂う筈が、どう言う訳か彼女はそうしようとしない。

 

既に半分ヒトの形から崩れている彼女だが、僅かに残った正気がこの場に繋ぎ止めているのだ。

 

彼女は意図的に、自らの胸の内を燃え焦がす破壊衝動を抑えようとした。

 

ゆっくりとヴィルベルヴィントは深呼吸し呼吸を整えていく。

 

外海の冷たい空気を肺の中いっぱいに取り込み、体の内側から冷やしていった。

 

超兵器の心臓部、文字通りヒトと同じ場所にあるそれは荒れ狂う波と同じ様に早鐘の様な鼓動が鳴っている。

 

それを、ヴィルベルヴィントは自分の手で胸を鷲掴みにし、無理やり鼓動を抑えようとする。

 

伸びきった爪は分厚い装甲服に食い込み、肌に爪痕を立て血を流した。

 

流れる血は、コールタールの様に黒くドロリとして身体を流れる血流が半ば兵器として機械のそれに移り変わっている事を示している。

 

超兵器機関とは言わば超兵器の本能そのもの、その本能に逆らってまでヴィルベルヴィントは抑え込もうとしているのだ。

 

荒れ狂う鼓動は、しかして万力の様な強さで締め付けるヴィルベルヴィントの手によって段々と収まっていく。

 

「すー、はー、すー、はー」

 

呼吸をする度、ヴィルベルヴィントの身体を包んでいた青白い光、超兵器機関から漏れ出すそれが収まり、光は弱々しくなる。

 

そうして、何とか自らの本能を抑え込むことに成功した彼女の額には、脂汗が浮んでいた。

 

(危なかった…)

 

ヴィルベルヴィントは己が獣の本能に飲まれそうになっていた事に、戦慄する。

 

本来速度が必要なはずの戦場で、それを成すために自分達に課せられた枷を外したまでは良かった。

 

しかし複数の超兵器が同時にその力を解放する事によって受ける影響を、彼女は軽視していたのだ。

 

(私でさえこうなのだから、他は…)

 

ヴィルベルヴィントは最初期の超兵器と言う事もあり、枷を解いても超兵器機関本体の力は(他と比べて)弱い。

 

それ故何とか正気を取り戻して、暴走を抑え込む事に成功したのだ。

 

もしあのまま力に身を任せれば、やがて正気もヒトとしての形も失い、七つの海を暴れまわる魔狼が誕生した事だろう。

 

そうなる一方手前で、彼女をヒトとしての形に引き止めることが出来たのは、矢張りあの男がいたからだ。

 

(艦長…そうだ私がいなければあの人はどうなる…)

 

元の世界とこの世界とで自分達を繋ぎ止める楔、凡庸でありながらも彼以外には何者も務められない役目。

 

いつだったか彼は、ヴィルベルヴィントに対し「頼りにしている」と言った。

 

戦うことしか知らなかった、いや出来なかった彼女達に、その言葉がどれ程嬉しいか、また彼は意図知れず多くの物を与えたのだ。

 

ヒトとしての血肉、感情、出会い、本来敵同士だった者たちとの共同生活。

 

それらは元の世界では考えられない事であり、全てが真新しくまた新鮮であった。

 

いつしかそれらは当たり前となり、破壊し進むしか無かった彼女に、初めて何かを守りたいとの思いが生まれたのだ。

 

芽生え始めたそれは、超兵器機関からではない己が胸の内を焦がす情動であり、それが一体どう言うものでまた何という名前なのかまだ彼女は知らない。

 

しかし、自分に芽生えた兵器としての本能からではない新しい彼女だけの感情は、確かにしかししっかりと根を張り始めていた。

 

長く伸びた牙によって、切られた唇から流れる液体をヴィルベルヴィントは服の袖で拭った。

 

乱暴に拭った事で液体は袖ばかりか、他の唇にもついてしまい、乱暴に引かれた朱色はしかして生命の証である。

 

彼女の身体を流れる血は既に半分は兵器として機械のそれに変わり果てている、しかしもう半分には脆弱で不安定でしかしながら温かみを感じる赤い血が流れていた。

 

 



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36話

36話

 

南方海域奥地、目指すべき場所を目前に控え超兵器達は奇妙な静けさの中にいる。

 

其々が思う様暴れた事で、周辺の敵を一掃してしまった事もあるが、そうでなくとも奇妙な静寂が彼女達を包んでいた。

 

この様な体験を、彼女達は元の世界では幾度となく繰り返してきた。

 

そうして、こう言った場合俗に言う嵐の前の静けさ静けさなのだ。

 

ヴィルベルヴィントを皮切りに、一旦暴走を抑え込んだ超兵器達は、半ば本能的に此れから何が来るか分かっていた。

 

ポツリと、先ほどまでそこにいなかった人影がヴィルベルヴィントの視界に入る。

 

浮かぶものは目につく限り全て沈めてきた超兵器達にとって、今まさにその眼前に現れただけでもその異常性はわかろう。

 

それは、今まで見たどんな深海棲艦とま違っていた。

 

小柄の身体に黒いフードを被っており、その身長を比べても自分達の半分にも満たなかった。

 

凡そ戦艦や空母ではない、見た目からは駆逐艦クラスにしか思えない。

 

だがしかし、その身体から漏れる気配は駆逐艦のそれでは無かった。

 

いや、今まで対峙してきたどんな深海棲艦よりも、禍々しく狂気と力に満ちていた。

 

恐らく、その力は自分達が葬ってきた鬼・姫クラスに匹敵するか一部では上回っていよう。

 

ふと、ヴィルベルヴィントは目の前に佇む相手の影が異様に太く長いのに気がついた。

 

波間の揺れにより錯覚かと思われたが、その瞬間ヴィルベルヴィントの背中にゾクリとした感触が走る。

 

「っ!?」

 

ヴィルベルヴィントは全力で水面を蹴り、その場から飛び去る様に後退した。

 

そして突如として自分と相手との間を黒い何かが覆った。

 

ヴィルベルヴィントがさっきまでいた場所から、水柱と共に現れた黒いそれはヴィルベルヴィントの方を向いて威嚇するかの様に、鋭い歯を何度も噛み合わせた。

 

黒い首長竜を思わせるそれは、よく見れば胴体があの小柄な深海棲艦の足元まで続いていた。

 

恐らく、深海棲艦特有の生物的特徴を併せ持った特殊な艤装の一種に違いない。

 

ヴィルベルヴィントがその場を飛び退くのがあと少しでも遅れていれば、アレに噛み付かれていたかも知れない。

 

本来超兵器の装甲は、並大抵の攻撃などどうとでもない。

 

まして、原始的な噛み付き攻撃などでは艦娘の様に生身を晒しているのなら兎も角、全身を装甲服で覆われている彼女達超兵器に通用するはずがなかった。

 

しかし、ヴィルベルヴィントは本能的に受ける事ではなく避ける事を選択したのは、相手が未知な事もあったがそれ以上に今までの相手とは違うと見抜いたからだ。

 

(様子を見るか、いやこれ以上時間はかけられないな)

 

初見の相手となれば、慎重なヴィルベルヴィントは普段ならば様子見に徹したであろう。

 

しかしながら、彼女達は今一刻も早く敵核施設を破壊すると言う任務を負っている。

 

いたずらに、時間を浪費することは許されなかった。

 

「悪いが、速攻で潰させてもらう」

 

ヴィルベルヴィントは高性能レーダーと連動した主砲の41㎝三連装砲をいきなり発射した。

 

大気を震わせる轟音が鳴り響き、風切り音と共に12発の砲弾が水を切って小型の深海棲艦に殺到する。

 

砲数ならば長門型の1.5倍、ましてヴィルベルヴィントのそれは長砲身であり発射速度も合わさってその威力はかつての大和型に等しい。

 

しかもドイツ製の高性能レーダーと連動している事もあり、その正確な狙いは過たず目標を狙い撃つ筈であった。

 

しかし…。

 

またしても、ヴィルベルヴィントの視界を黒い壁が覆った。

 

ヴィルベルヴィントから発射された砲弾は黒い壁に弾かれ、目標の遥か手前で叩き落とされる。

 

先程の首長竜が、驚くべき速さで戻りその圧倒的な質量で小柄の深海棲艦を庇ったのだ。

 

その全てを見たヴィルベルヴィントは、己の失策を認めた。

 

(成る程、アレは単に生物的な動きが出来る艤装ではなく、艤装そのものが生物なのか)

 

ヴィルベルヴィントは速攻を狙って、艤装を無視して本体の方に攻撃を集中してしまい、結果として艤装に防がれてしまった。

 

これは、深海棲艦の一部が保有する生物的な艤装に対して、知識はあっても実際に対峙した経験がない事から生じた、言わば初見殺しである。

 

ヴィルベルヴィントは一対一の戦いと思っていても、向こうにして見れば実は二対一の戦いであった。

 

こうなるとヴィルベルヴィントが不利に見えるが、しかし彼女に焦りはない。

 

(まあ、こうなることを見越して布石は打っておいたがな)

 

小柄の深海棲艦はヴィルベルヴィントからの砲撃を防いだのもつかの間、いつのまにか自分のすぐ近くにまで魚雷が接近していたことに気付く。

 

ヴィルベルヴィントは予め砲撃に紛れさせて魚雷を時間差で発射しておいたのだ。

 

これは今本土で暇を持て余している筈の、超巨大爆撃機ことアルケオプテリクスが行なった攻撃方法を真似したものである。

 

戦艦という艦種のため航空攻撃が出来ないヴィルベルヴィントだが、砲撃と雷撃による時間差攻撃によって擬似的な空中水中攻撃を演出したのだ。

 

今相手は艤装を手元に戻した為、足元が完全にお留守になっていた。

 

今から防ごうにも、最早間に合うまい。

 

ヴィルベルヴィントは、この時勝利を確信していた。

 

だがしかし…。

 

ニヤリ、と相手の口元が笑った様な気がした。

 

ヴィルベルヴィントは何がおかしいと、気でも狂ったのかと思ったがそうではない。

 

突如として、首長艤装の胴体の部分が開いたかと思うと、そこからいくつも小さな機銃が現れるではないか。

 

しかも、それは艦娘が装備する機銃の様に妖精さんが直接操作するそれではなく、明らかにそらよりも技術が数段進歩したものであった。

 

胴体から無数のマズルフラッシュが起きたかと思うと、敵に向かっていた魚雷を次々と撃ち抜き目標の寸前でいくつもの水柱が立ち昇る。

 

ヴィルベルヴィントが呆気に取られている間に、40本余りの魚雷全てが破壊されていた。

 

魚雷が破壊され水中で爆発したことで発生した水柱は、高く高く天まで上がったかと思うとやがて重力に引かれて海に戻っていく。

 

それらは局地的なスコールを発生させ、太陽の光に照らされてまるでキラキラと輝く光のカーテンの様に見える。

 

深海棲艦は、ヴィルベルヴィントの事をまるでそこにいないかの様に無視して、その幻想的な光景に目を奪われキャッキャッとはしゃいでいた。

 

そこだけ見れば見た目相応の子供らしさも感じられたが、先程見せた攻防によってヴィルベルヴィントはこの相手に対して一切の油断が吹き飛んでいた。

 

「その防御方法…キサマどこで習った!」

 

そう聞いて、答える様な相手ではない。

 

最もヴィルベルヴィントとて返事を期待した訳ではないが、しかし相手の脅威度が数段上がったのは確かである。

 

(通常雷撃は回避するよう動くものだ、しかし奴は一切回避するようなそぶりを見せず、逆に艤装の武装と性能に頼って全て破壊した)

 

こんな芸当ができるのは、ヴィルベルヴィントの長い戦歴の中でもただ一人。

 

(第0…遊撃艦隊、あの超兵器ハンターがこの世界にいるのか!?)

 

超兵器の絶対無敵不敗神話を破り、遂には列強全てを打ち滅ぼした最強にして最凶、最恐最悪の悪魔。

 

憎むべき怨敵にして絶対に超えられないバケモノ、その相手が果たしてこの世界に来ているのだろうか!?

 

 

 

 

 

「うげぇっ」

 

静寂な海を突如として突き破る汚い嗚咽の音が響く。

 

音を出した本人であるアルウスは身体を傾け、顔中に渋面を浮かべながらも渋々といった仕草で口の中に白く美しい肌を持つ手を入れた。

 

「おえっぷ」

 

到底乙女があげるようなものではない声を(乙女であっても生娘ではない、処女航海はとっくの昔に済ませている)あげ、アルウスは腹の中なの物を海にぶちまける。

 

黒く滑りとしたそれは、アルウスが発狂状態の時に取り込んだ深海棲艦の残骸である。

 

何故こうなっているのかというと、暴走状態の時足りない航空機整合用の資材を求めた時、リサイクルがてら周りの敵の残骸を取り込んだのはいい。

 

しかしその方法が、余りにエキセントリックだったのだ。

 

何と彼女はあろう事か暴走状態とは言え、解体の手間を惜しんで直接経口摂取で残骸を取り込み、それらを体内で資材に生成し直して航空機を製造していた。

 

艦娘の様に肉体と艤装が別ではなく、直接繋がっているからこそ出来る芸当だが、到底上品な行為とは言えない。

 

時に兵士は生き残るために、泥水を啜り敵味方の血を吸う事さえ辞さないが、彼女のそれはいかに暴走状態であったとは言え流石に常軌を逸していた。

 

(全く…無様です事。この私が、あんな真似をしてしまうなど…)

 

アルウス本人もそれを自覚し、顔面を蒼白にし脂汗を肌に浮かべながらも、何とか身体の中の異物を書き出していく。

 

逆流した油混じりの胃液が発する腐臭と饐えた臭いに鼻を曲げながら、アルウスは暫し身を傾けたままであった。

 

漸く、体内に取り込んだ残骸を全て吐き出し終え、ふと空を見上げれば千を超える航空機が輪をなしてアルウスの頭上を飛び交っていた。

 

よく見れば、飛んでいる機体の所々には赤黒い破片や模様が混じっており、それらが何を由来にして作られたのかをまざまざと物語っている。

 

「ちっ」

 

アルウスは口元を拭いながら舌打ちを一つうち、右手の人差し指を上から下へと振り下ろした。

 

空を飛んでいた航空機は、まるで指揮者のタクトに従うが如く、次々と海へ堕ちていく。

 

さしもの超兵器も、敵の遺体が混じった艦載機をそのまま受け入れる事は憚られたのだ。

 

アルウスは、己が侵した罪を隠す様に空を飛んでいた全ての航空機を深い海の底に沈めた。

 

そうして全ての汚点を拭い去った結果、アルウスは己が矛と盾である航空機の大半を失う。

 

本人としては汚い汚物を処理したつもりかもしれないが、辺り一帯は静寂に包まれているとは言えここは戦場。

 

一つの油断で状況が変わってしまうことを、北方海域から彼女は何も学んではいなかった。

 

そして、その代償を直ぐに彼女は支払うこととなる。

 

「っ!」

 

咄嗟にアルウスは腕を交差し己の身体を護った。

 

次の瞬間、この世界に来て今まで感じたこともない程の衝撃が彼女の身体を走る。

 

(砲撃、でも何処から…!?)

 

自分が何処からか攻撃を受けた事は確かだが、しかし油断していたとは言え周囲に敵影は無かったはず。

 

考えられる事として、ドレッドノートの様な潜水戦艦の可能性が彼女の頭を過る。

 

しかし攻撃のさの瞬間まで、彼女のソナーは敵の兆候を一切掴めずにいた。

 

(一体どうやって…!)

 

アルウスの疑問の答えは、彼女の直ぐ目の前に現れた。

 

水中から姿を現したそれは、太く胴の長い首長の竜を思わせる黒い艤装であり、その頭部には巨大な砲塔が載せられている。

 

そしてその直ぐ脇に、まるで巨大な首長竜に寄り添う様に小柄な黒いフードを被った深海棲艦の姿があった。

 

ヴィルベルヴィントの前に現れたのと同様の、新型の深海棲艦がアルウスの前にも現れたのだ。

 

「ふん、中々面白い手品を使いますことね」

 

といきなり奇襲を受けたのにも関わらず、アルウスは余裕の態度を崩さない。

 

しかしそんなアルウスの本心を見抜く様に、小柄な深海棲艦はフードの中でニヤリと口元を歪める。

 

(ちっ、気に入りませんことね)

 

アルウスは相手の態度に多少苛立ちを感じていたが、しかし本人が言うほど彼女も無傷と言う訳では無かった。

 

アルウスの巨大な飛行甲板、そこには先程の攻撃でできた穴が開けられていたのだ。

 

彼女の飛行甲板は敵の反撃に備え超兵器の大排水量に任せて重装甲化が施されており、43㎝迄の砲撃に耐えられる。

 

深海棲艦の戦艦が保有する最大の口径が16inch、凡そ41㎝砲と同等と考えるとアルウスの飛行甲板は小揺るぎもしない筈であった。

 

しかしその常識は今や完全に崩され、無敵に思えた超兵器の装甲には確かなダメージの痕が残っている。

 

嘗て、大日本帝国海軍が開発した46㎝砲と同等かそれ以上の砲でなければ出来ない芸当であった。

 

これによりアルウスは艦載機の離着艦が不可能となり、事実上航空母艦としての能力を封ぜられたのだ。

 

艦載機を発艦できない空母など唯の置物、だからこそ小柄な深海棲艦はフードの奥でアルウスの強がりを笑った。

 

「超兵器と言えど、今更お前に何が出来る?」

 

そう口に出さずとも、ギラつく両の眼がそう伝えてくる。

 

確かにアルウスは並みの戦艦を上回る重武装が施されているが、しかし純粋な戦艦と比べるといささか部が悪い。

 

だが、あくまでもアルウスは余裕の態度を崩さない。

 

自分にとってこの程度ハンデにするならないと、彼女は虚勢ではなく本気でそう思っているのだ。

 

「たかが艦載機を使えなくした程度でいい気にならないとですことよ?超兵器はそんじょそこらの兵器と同じではない事を、証明して差し上げますわ!!」

 

アルウスはスカートの中から40.6㎝三連装砲を取り出し、同時に無事な艤装の主砲と共にその砲口を小生意気な深海棲艦に向ける。

 

相手もそれに応じて首長竜の砲塔がアルウスに向き、次の瞬間互いに激しい砲火の応酬が始まる。

 

 




レっちゃん登場回。

勿論強化済み。


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37話

37話

 

金属と金属とが激しくぶつかり合う音が洋上に響く。

 

衝突のたび大気が震え、鼓膜を揺らす甲高い金属音と共に水柱が立つ。

 

立ち昇る水飛沫の中で、シュトゥルムヴィントと小柄な深海棲艦は何度も正面からぶつかり合っていた。

 

各地で超兵器と対峙する深海棲艦の新種、まだこの時は名が無いが後にレ級と名付けられるそれは、超兵器に負けないくらいバケモノである。

 

駆逐艦と同じ体躯で戦艦と同じパワーを持ち、戦艦でありながら雷巡の様に雷撃し、しかも並みの正規空母を上回る質の艦載機を飛ばし、そうかと思えば航空戦艦の様な正確無比な着弾観測を行う。

 

後に多くの提督から『悪魔の子』『一人連合艦隊』『悪堕ち雷』『最凶最悪の深海棲艦』『レっちゃんのおヘソペロペロし隊』etc

 

様々な異名をつけられている。

 

ここにいるレ級は通常のそれに加え飛行場姫によって特別な改修が施されており、その性能は深海棲艦のそれを超えていた。

 

洋上で激しくぶつかり合うシュトゥルムヴィントとレ級。

 

時折2人の間で砲撃と雷撃が交わされるが、レ級からの攻撃はシュトゥルムヴィントの圧倒的な速度を前に躱され、逆にシュトゥルムヴィントの攻撃もレ級の艤装の装甲と迎撃装置の前に無力化されて互いに決定打がない。

 

その為、互いに回りくどい砲雷撃戦を嫌って単純な力比べで決着をつけようとしていたのだ。

 

水柱の中、シュトゥルムヴィントが艤装のロケットブースターで加速した右ストレートを放つ。

 

水上艦最速の異名を持つシュトゥルムヴィントのそれは、単純なパンチの威力を二乗三乗に引き上げていた。

 

単なる戦艦なら、一発でノックダウンどころか触れた所が消し飛んでいるだろう。

 

しかし、対峙するレ級もまたバケモノと呼ばれた存在。

 

シュトゥルムヴィントからの致命的な一撃を、小柄な体型を活かしてヒラリと躱す。

 

そしてカウンターがてら、自身の背中で繋がった艤装をシュトゥルムヴィントの頭上から叩きつける。

 

叩きつけられる瞬間、シュトゥルムヴィントは両腕を交差させ、圧倒的な質量を二本の腕で防ぐ。

 

相手の攻撃を防いだかと思ったのもつかの間、レ級本体はシュトゥルムヴィントのガードが上がった隙を逃さず無防備な腹部を切り裂こうとする。

 

「ふん!」

 

レ級が爪をなぎ払おうとするその腕を、シュトゥルムヴィントは片足のブースターを点火加速させ膝を割り込ませてガードした。

 

無論それだけでに済まずガードから一転、加速を更にかけ相手の攻撃ごと回し蹴りで粉砕しようとする。

 

シュトゥルムヴィントの最高速度は現在のところ約100ノット。

 

時速に換算して凡そ時速180㎞であり、鞭の様にしなるシュトゥルムヴィントの脚によりそれは先端に行く程加速度的に速度を増して行く。

 

さらにここに質量が加わり、単純な計算で言えば質量×速さの二乗のエネルギーがレ級に襲いかかろうとしているのだ。

 

その威力はシュトゥルムヴィントが先程牽制として放った突きの威力の比では無い。

 

爪先にソニックブームを発生させながら相手の頭部を刈り取ろうとするそれを、しかしその直前になってレ級の姿が消える。

 

空を切るシュトゥルムヴィントの蹴り、見上げればレ級は自らの艤装に支えられて逆立ち状態で此方を見下ろしているでは無いか。

 

先程の一瞬、レ級は艤装の力だけで自らの身体を持ち上げ、致命的な一撃を回避したのだ。

 

レ級は軽業師の様に逆立ち状態から飛び跳ね一回転してシュトゥルムヴィントの背後に着水する。

 

そして一回転する間に、コートの中から艦載機を放ち、それらの銃撃でシュトゥルムヴィントの追撃を牽制した。

 

艦載機からの攻撃を叩き落としながら、単なる戦艦や艦娘では到底真似できないその身のこなしに、シュトゥルムヴィントは思わず感嘆の声を漏らした。

 

これまで戦ってきた相手とは全くタイプの異なる敵を相手に、しかしシュトゥルムヴィントは漸く真に己に敵すべき存在が現れたかと喜びを胸の内に露わにする。

 

(これこそだ、下らない数を頼みにするような連中ではなく、こう言う風に食らいついに来るヤツが欲しかった!)

 

姉のヴィルベルヴィントと違い、軍人よりも戦士としての側面が強いシュトゥルムヴィントは、この時本来の役目を忘れ戦いにのめり込もうとしていた。

 

 

 

 

大海原に巨大な水柱が幾つも立ち昇り、その間をヴィントシュトースが駆け抜けて行く。

 

巻き上がった水飛沫で全身を濡らしながら、ヴィントシュトースは自分の身長の倍以上ある巨大な水柱と水柱との間から砲撃を放つ。

 

海面を水切りの様に鋭く跳ねる砲弾は、正確な照準もあって敵に吸い込まれて行くかの様に命中する。

 

しかしその瞬間起きたのは、硬い装甲に弾かれる乾いた金属音であった。

 

「ちっ、無駄に硬いですね」

 

ヴィントシュトースは普段の彼女からして低速の、40ノットで素早くその場を移動しながら毒づく。

 

本来超高速艦である彼女はこの倍の速度を出せるが、現在はとある事情によってそれを封じられていた。

 

「また!しつこいですね」

 

水柱の影から出たヴィントシュトースを、今度は頭上から深海棲艦の艦載機が急降下爆撃を仕掛けてきた。

 

十数機のそれらは、敢えて広い感覚を取り腹に抱える爆弾を正確に命中させるのではなく、クラスター爆弾の様に広範囲にばら撒く様に投下する。

 

深海棲艦はこれまでの対超兵器との戦闘経験から、特に対高速艦用の対策と戦術を編み出していたのだ。

 

ヴィントシュトースは頭上から雨霰の如く降り注ぐ爆弾を、艤装のブースターを併用して複雑に舵を切って避けようとし、避けられぬ時は対空砲で迎撃したりするなどしてこの攻撃を切り抜けようとする。

 

当然この様な複雑な機動を行う上で余りに速力があっては舵がきき辛く、その機動は当然直線的なものとなってしまう。

 

そして、ヴィントシュトースの機動が単純になった時を見計らい、今度は主砲の装填を終えたレ級本体から強烈な砲撃が加えられた。

 

「っっっっっ!」

 

真横からの砲撃に、何とか反応したヴィントシュトースは無理やり艤装の片方のブースターを点火させ、無理な体勢から回避を試みる。

 

レ級から放たれた砲弾はギリギリ彼女の身体と艤装を掠めつつ、しかし避けきる事に成功した。

 

遠くに着水した砲弾は幾つもの巨大な水柱を立ち昇らせ、如何にレ級の主砲が強力かをまざまざと見せつける。

 

口径に換算すればその威力は恐らく46㎝以上、或いは50㎝かもしれない。

 

当たれば超兵器と言えどもダメージを避けられないだろう、ましてヴィントシュトースは巡洋艦型。

 

基本的に彼女の相手は自身より格下であり、戦艦や空母など格上相手には部が悪い。

 

特に戦艦レ級は戦艦でありながら空母の能力を持ち、オマケに雷巡並みの雷撃能力を兼ね備えている。

 

しかもそれらを飛行場姫の手によって強化されており、はっきり言ってヴィントシュトースと言えども荷が重い相手であった。

 

空と海両方からの立体的な攻撃を何とか綱渡りで凌ぎ続けるヴィントシュトースだが、刻一刻時間と共に彼女の気力、体力、弾薬を奪っていく。

 

絶対無敵と思われた超兵器だが、しかしレ級の出現によりその優勢は崩れようとしていた。



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38話

38話

 

レ級の出現により各地で足止めを余儀なくされた超兵器達。

 

当初の目的と異なり、電撃的に敵本拠地を強襲するという目論見は既に破綻してしまった。

 

しかしその一方で、戦線を大回りした戦艦棲姫率いる反乱軍は飛行場姫の本拠地のすぐ喉元まで近づいていた。

 

「クソ、奴ラモウコンナ所マデ!?」

 

「喋ッテイル暇ガアッタラ、サッサト手ヲ動カセ!!」

 

後退し、撤退の途中であった親飛行場姫側の艦隊だが、本拠地を目前にして等々戦艦棲姫達に捕捉されてしまったのだ。

 

戦艦棲姫側からは猛烈な砲爆撃が加えられ、制空権さえ劣勢な今彼女達の士気はドン底をつこうとしていた。

 

「モ、モウ嫌ダ!私ハ逃ゲルゾ」

 

「私モダ!」

 

「待テ貴様ラ持場ヲ離レルナ!!」

 

我先に逃げようとするもの、或いは戦艦棲姫側に降伏しようとするものが現れ始め、それを押しとどめようとするもの達はそうでない者と比べて圧倒的少数であった。

 

「無駄ニ殺スナ、目的ハ飛行場姫ヨ」

 

駆逐棲姫は敵が崩れ始めるのを見て、部下にそう命じた。

 

これ同族殺しを嫌ったのではなく、単に敵を必死にさせない工夫であった。

 

如何に雑兵とて、死を覚悟すれば窮鼠となる事を彼女は知っていたのだ。

 

実際これは当たっており、不利と見た敵が次々と降伏するか或いは逃げ出し始めており、一部では同士討ち紛いの事も始まっていた。

 

「姫サマカラノ増援ハマダカ!?コノマデハ戦線ガ崩壊シテシマウ」

 

いまだ戦艦棲姫の軍門に屈せぬ者や飛行場姫側の者達は、自分達の周囲が敵に取り囲まれる恐怖を味わいながら祈る様な気持ちで叫ぶ。

 

この時、飛行場姫の本拠地には彼女の親衛艦隊が残っていた。

 

本来この精鋭と合流し、反乱軍を一挙に殲滅するはずが超兵器の出現によりその計画が崩れてしまい、結果として飛行場姫は予備兵力投入の機を逸してしまったのだ。

 

飛行場姫の方も、この時残存艦隊を救うべきかどうか悩んでいた。

 

離島棲鬼は重爆撃機隊を使う事を進言したがそれを飛行場姫は却下した。

 

如何に優れた航空戦力が有ろうとも、敵の優勢な制空権下に爆撃機を護衛もなく送り出すことはできない。

 

護衛をつけようにも、重爆撃機の長大な航続距離がこの時かえって仇となりこれに追従出来る機体は無かった。

 

そもそも支えるべき戦線が崩壊しつつある今、海上に広範囲に広がる反乱軍艦船を爆撃機だけで阻止することは現実問題不可能なのだ。

 

あくまでも航空戦力は、それを支える戦線の保持があってこそ有効に機能するものなのだから。

 

こうして、戦艦棲姫率いる反乱軍により飛行場姫側は戦力をすり減らされる一方であった。

 

 

 

 

 

 

 

南方海域の海、飛行場姫と戦艦棲姫率いる艦隊が凌ぎを削り、またその一方では超兵器とレ級が激しい干戈を交える中、その戦場は静寂に包まれていた。

 

水中に身を横たえる様に静かに揺蕩うドレッドノートは、身じろぎ一つもせずまるで海の流れと同化する様に静かに潜行していた。

 

海上ではレ級も同じく静かに海上に佇みながら、腕を組んでジッと何かを待つ。

 

潜水艦と戦艦、この土台が違う両者の戦いは他とは違い静かに進んでいた。

 

最初に相手を見つけたのはドレッドノートの方であった。

 

倒すべき敵を殲滅し終え、超兵器機関の暴走を抑えるべく海中でクールダウンを行なっている最中、海上で聞き慣れぬ奇妙な音紋を察知した事に始まる。

 

潜望鏡を上げて周囲を索敵し、海上に一隻だけ航行するレ級を発見したのだ。

 

この時ドレッドノートは敵がなぜ一隻なのかと訝しみながらも、邪魔をするならば撃沈してやろうと魚雷による攻撃を試みようとした。

 

潜望鏡を下げ攻撃を仕掛けようしたその瞬間、ドレッドノートは確かに敵の口元が歪むのを見た。

 

(アレは何なの?もしかして…!)

 

ドレッドノートは攻撃を中止し急ぎその場から急速潜行を図る、と同時に海上から幾つもの着水音を確認した。

 

脇目も振らず全速力で海底を目指すドレッドノート、一瞬の間を置いて後方で幾つも爆発音と共に衝撃波が彼女を襲う。

 

潜行する彼女を四方八方から海中を伝わる衝撃波が襲い、身体を揉みくちゃにされるドレッドノート。

 

「くっ!」

 

それらの衝撃に歯を食いしばって耐えるドレッドノートは、船尾魚雷発射管から幾つものダミーやジャマーをばら撒く。

 

これらのダミーが発する音はドレッドノートから遠く離れる様に四方に散り、その間に安全圏に脱したドレッドノートは海中で漸く一息ついた。

 

(今は余り、無茶をさせたくはありませんが…)

 

ダミーを操作しながら、ドレッドノートは心の中でそう呟く。

 

超兵器機関の暴走は超兵器に途方も無い力を授ける一方で、その身体と機関そのものに多大な負担をかける。

 

特に長時間の使用は船体が崩壊する危険性もあり、元の世界の時機関の暴走を制御しきれず乗員諸共消滅した超兵器もいた。

 

その愚を繰り返さぬ様に、超兵器機関にはある程度リミッターがかけられており、それ以外にも何重にも安全装置が取り付けられている。

 

しかしそういった事をしても万全ではなく、特に今回は同時複数の超兵器機関暴走による共鳴と言う元の世界では考えられない事が起きた結果、それら安全装置が全く作動しないという事態に陥ったのだ。

 

そこから復帰できたのは半ば奇跡といっても差し支えないが、本来であれば大事をとって一度スキズブラズニル総点検を受ける必要があった。

 

暴走がおさまった直後は機関出力そのものに影響が出て出力が低下し、本領を発揮出来ない今戦闘はなるべく避けるにこしたことはない。

 

(身体は…暫く持ちそうですが手早く終わらせてくれる相手か…)

 

ドレッドノートはダミーを操りながら、慎重に潜望鏡を上げて周囲の様子を探る。

 

敵は、ダミーに気が取られているのか其方の方を向いているが、問題はその周囲を囲む様に飛んでいる存在だ。

 

曲面を多用し黒光りするそれは、深海棲艦が使う艦載機に似ていたがしかし決定的に違っていた。

 

虫の羽の様に小刻みに羽ばたいてホバリングするそれは、明らかにヘリコプターである。

 

機体から何かを吊り下げ海中の様子を探っている事から、恐らく対潜ヘリであるそれは形状から察するに驚くべき静粛性を持っている様に思えた。

 

(ヘリのローター音は構造上どうしても周囲に騒音を撒き散らしてしまう。しかし虫の羽を模したアレはその問題をかなり解決している)

 

ドレッドノートが推察する通り、深海棲艦の技術は一部でかなりの進歩を遂げていた。

 

それは超兵器と言う新たな脅威に対抗するため、深海棲艦が進化を遂げたと言う事である。

 

ドレッドノートは更に注意深く敵を観察するに、敵がどうやって攻撃するのかも目撃した。

 

レ級の生態艤装部分、その口の部分から無数のロケット弾が飛び出し広範囲をカバーする様に攻撃するのだ。

 

一発一発の威力は低くとも、広範囲に大量にばら撒かれるそれは潜水艦にとって大きな脅威である。

 

(アレは、祖国のヘッジホッグと似ている…皮肉なことな、まさかアレの獲物になるなんて)

 

ヘッジホッグとは元の世界、列強同士の大戦が勃発したおり大英帝国が開発した対潜兵器の一種である。

 

その優秀さから連合国艦に大量に配備され、初期の対潜戦闘を支えた名兵器であった。

 

事実先程の爆雷も、あと一瞬判断が遅れていたならば超兵器と言えども無事では済まなかったはず。

 

1000mもの深さの水圧にも耐えられるドレッドノートの強固な外殻とは言え、潜水艦の宿命か内部はそうもいかないのだ。

 

万が一にでも彼女のウィークポイントである船尾にでも被弾すれば、それこそ敵前で浮上するという事にもなりかねない。

 

無論ドレッドノートは単なる潜水艦ではなく、常識を外れた超兵器として戦艦の主砲も装備する水中戦艦と言う面もある。

 

強力な38.1㎝4連装砲は並みの戦艦など相手にならない、しかしこの時ドレッドノートは潜望鏡を上げた際ヴィルベルヴィントが味方に向け量子通信で発信した敵の情報を受け取っていた。

 

敵と戦闘中もデータを送り続けているのは、実に彼女らしいと言えるがその中にドレッドノートに険しい顔をさせる幾つかの物があった。

 

第一に敵の強力な主砲の存在、恐らく46㎝以上は間違いないとしてその威力はドレッドノートの装甲を容易に撃ち砕けると言う事実。

 

第二に敵の強固な防御兵装であり、ヴィルベルヴィントから発射された40本余りの雷撃を全て迎撃し、一部ではミサイルさえ撃墜して見せたと言う。

 

第三にこれら深海棲艦の新型は、明らかに超兵器を意識して有効な対抗戦術を組んでいると言う事である。

 

(此方に対する徹底的なメタ張り、まるでアノ艦隊の様ですね…ですが!)

 

自分とて超兵器の端くれ、兵器の常として自分に対抗するモノが生まれることなど承知のこと。

 

「いいでしょう、本当の潜水艦の戦いというものをご覧に入れましょう」

 

ドレッドノートは暗く深い海の底で、頬を釣り上げ凄惨な笑みを浮かべながらそう言った。

 

その姿はまるで、海の魔物の様であった…。

 

 



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39話

39話

 

深海棲艦の新型出現と超兵器苦戦の報は、直ちに焙煎の所まで入ってきた。

 

スキズブラズニルの艦橋でその報告を受け取った時、焙煎は足は震え冷や汗が踵にまで達しようかと言うほど震えていた。

 

(敵が核兵器を使用した事から覚悟していたが…まさかこうも早く対抗する存在が現れるのか…!?)

 

超兵器の存在に誰よりも怯え恐怖し、同時にその絶対的な力に全幅の信用(信頼ではない)を寄せていた焙煎をして、この報告は彼の足場を根底から突き崩したのだ。

 

(敵が予想よりも早く進歩している…いや、もしかして超兵器の存在が敵の成長を早めたのかもしれない)

 

実を言うと焙煎は、もうこれ以上超兵器を建造するのは止めようと考えていた。

 

これ以上強力な超兵器を建造しても、瓦礫をより細かく砕く様なものであると考えていたからだ。

 

事実、それはほんの少し前まで正しかった。

 

この世界の艦娘と深海棲艦の基本的な技術レベルは、嘗てこの世界であった大戦とほぼ同程度の水準である。

 

確かに戦争中驚くべき技術の進歩があったが、焙煎達が元いた世界のそれとは比べものにならない。

 

焙煎が思うに此方と彼方の世界とでは一世紀程の技術格差が存在し、過去の枠組みに縛られるこの世界の艦娘と深海棲艦とではそれを超えるのは難しいと思っていたのだ。

 

初期の超兵器と言えども、この世界ではそれに敵う存在など殆ど存在しなかったのも、この焙煎の考えに拍車をかけていた。

 

実際焙煎は現状の戦力で十分南極まで行け目的を達成できると、半ば楽観視していたのだ。

 

資材のこともなんだかんだ理屈はつけてみたものの、実を言うと後一、二隻の超兵器を建造するくらいには備蓄がある。

 

補給の事を無視すれば4隻は行けるはずなのだが、その僅かばかりの資材(一隻当たり大型艦建造十数回分)を惜しんだが為、そのツケを今支払う事となっているのだ。

 

焙煎は己が無知と油断を呪いながら、何とか出来ることはないかと頭を悩まれるのであった。

 

 

 

 

 

強敵レ級との戦いで多くの超兵器が苦戦する中、ただ一人例外があった。

 

「全く、あっちこったよう動くネズミでんなぁ〜」

 

はんなりとした口調で、播磨は欠伸をかみ殺す様にそう言いながら猛烈な砲撃を加えていた。

 

聳え立つ楼閣を思わせる巨大な艤装から、主砲50.8㎝3連装砲24門と副砲の20.3㎝3連装砲30門が火を噴きその様子はまるで燃え盛る火山を思わせる。

 

この圧倒的な鉄と火の暴力を前にさしものレ級も逃げ回るしかなく、その小さな身体を生かし何とか直撃を貰わないようにするしかなかった。

 

他の超兵器と違い播磨に苦戦するレ級だが、これには訳がある。

 

そもそもレ級の何が強いかと言うと、その脅威的なまでの対応力だ。

 

戦艦の装甲と火力に空母の航空力、そして雷撃能力を兼ね備え、それらを有機的に組み合わせる事が可能なのがレ級である。

 

だからこそどんな相手に対しても、相手の弱点をつき自分の強みを押し付ける万能性こそレ級をレ級たらしめているのだ。

 

それは特に明確な弱点が存在する相手に特に有効であり、例えば航空攻撃に弱いヴィルベルヴィント達超高速戦艦。

 

単純な殴り合いに弱いアルウス、徹底的なメタ張りによって封殺が可能なドレッドノートなど、彼女達には苦戦する理由があった。

 

しかし播磨はどうであろう?

 

今まで回避に専念していたレ級は、播磨の砲撃が一瞬弱まった隙を狙ってコートの下から艦載機を発艦させる。

 

レ級の艦載機は量こそ正規空母に及ばないものの、その質は大きく上回っていた。

 

実際に下手な艦載機では、レ級の艦載機の前には七面鳥撃ちにしかならない。

 

例えあのアルウスとて、相手を舐め腐って100機や200機程度の数では、レ級とその艦載機の連携の前に苦戦は必至だっただろう。

 

砲撃の隙間を狙って、レ級の艦載機は播磨に雷撃や爆撃を仕掛けようとする。

 

その速度及び操縦精度から、相当な練度を保有する事は見て取れた。

 

だがしかし…。

 

「またそれ?ほんまおんなじ事の繰り返しで芸がありませんなぁ」

 

播磨は砲の三分の一を海面すれすれを飛行する敵艦載機に、三分の一を上空から急降下を仕掛けようとする編隊に向けた。

 

そして、それらは一斉に火を噴き空中で砲弾が炸裂する。

 

播磨に向かっていた編隊は一瞬にして鉄の暴風の中に包み込まれ、機体をもみくちゃにされバラバラに引き裂かれ、或いは抱えていた魚雷や爆弾ごと火の玉となって消えた。

 

後には空中で残骸となった艦載機の破片が、バラバラと海面に落ちていく。

 

その間にも、残りの三分の一の砲は相変わらずレ級を追い回していた。

 

嘗て東亜の魔神として恐れられ、東京湾に襲来した連合国の航空機100機を単艦で叩き落とした播磨だ。

 

この世界でも横須賀を爆撃した敵の重爆撃機を砲撃で堕とすなど、その対空能力は今の艦隊の中でも飛び抜けている。

 

しかも、播磨にはこれといった明確な弱点が存在しないのだ。

 

確かに双胴戦艦はその巨大さ故、マトが大きくお世辞にも機動性も高いとは言えない(最大速力40ノット)。

 

しかしそれを補って余りある大排水量と重防御重武装を可能とし、播磨単艦で連合艦隊と同等の戦力と評されるその火力は、砲撃戦で無類の強さを発揮する。

 

事実、この播磨と真っ向から立ち向かえる者は超兵器の中でもそう多くはない。

 

確かにレ級も一人連合艦隊と仇名される艦だが、そもそもの土台が播磨とは違うのだ。

 

戦艦として純粋に砲と装甲で負け、艦載機も通じず、多少の雷撃も屁でもない重装甲を前にレ級は一体何を武器に戦えばいいのか?

 

ちょっと強力な万能艦程度では、初期の超兵器は何とかなっても播磨クラスになると全く歯が立たないのだ。

 

今まで直撃や至近弾を貰わぬよう必死に避けていたレ級の足元に、ついに播磨の砲が命中しその衝撃と巨大な水柱とでレ級の足に乱れが生じる。

 

超兵器機関暴走後の影響で砲撃管制装置に支障をきたしていた播磨だが、そのズレを段々と修正しついにレ級の動きを捉え始めたのだ。

 

そして播磨程の相手に戦場で足を止めるとどうなるかと言うことを、レ級はこの後身をもって知る事となる。

 

次々と50.8㎝砲の砲弾がレ級に降り注ぎ、着弾するたび彼女の身長を遥かに上回る巨大な水柱が立ち昇った。

 

レ級は何とか身をよじって足を動かそうとするが、しかしそうはさせまいと副砲が撃ちまくられ動きを封殺する。

 

ならばせめて一矢報いようと艤装の砲を播磨には向けようとすれば、今度はバルカン砲が曳光弾をきらめかせながら牽制した。

 

一発一発の威力は低くとも、連続で絶え間なく命中し続けるバルカン砲は着実にレ級の装甲を削り、艤装の装備や武装を破壊していく。

 

苦し紛れに艦載機を発艦させようとしようとするものの、猛烈な砲撃とその爆風で艦載機は飛び立つ間も無く海に叩き落とされる。

 

ならば雷撃はどうかと魚雷を発射しようとしても、砲弾で海中が掻き回され魚雷は真っ直ぐ進むことも叶わずてんでバラバラの方向に迷走する始末。

 

「アギャアアァ…」

 

レ級は絶叫し生まれて初めて恐怖していた。

 

飛行場姫によって最強の深海棲艦ときて生み出された彼女達は、それゆえ自分ちよりも強いものを知らなかった。

 

何者も自分達に敵うはずがない、そう思っていたのだ。

 

だが井の中の蛙大海を知らず、レ級は初めての実戦で自分を圧倒する絶対的な暴力の化身にあった。

 

自慢の砲も戦法も何も効かず、装甲は捲れあがり艤装は無残に破壊され半ばから折れて脱落した。

 

身体中引き裂かれそうな痛みが走り、意識が薄れゆく。

 

それと同時に、レ級達には万が一自分達が敵わなかった場合のある保険が掛けられていた。

 

飛行場姫がレ級達を超兵器に匹敵するのに必要な事から施したとある改造。

 

その力はレ級に超兵器と戦える力を与えると同時にその死によって全ての力を解放する様設定されていた。

 

艤装を失い四肢を撃ち砕かれ、遂に播磨の主砲がレ級の胴体部に命中し彼女のバイタルパートを撃ち抜く。

 

竜骨を折られ、内部機構をメチャクチャに破壊され最早船として浮かんでいられなくなったその瞬間。

 

「っ!!」

 

レ級の身体から突如として眩い光が放たれ、その眩しさから播磨は服の袖で目を覆いそして…。

 

この日、三つ目のキノコ雲が南方海域の空に出現した。

 



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40話

40話

 

南方海域にこの日三度目のキノコ雲が上がり、その大きさは先の二回に比べると遥かに小さかったものの、それでも各地でその姿が確認された。

 

当然、超兵器達やレ級もそれを目撃したことになる。

 

各地で超兵器と戦っていたレ級達はそれを見て、まさか自分達の誰かが負けたのかと驚いた。

 

しかしその相手が何であれ、如何に超兵器と言えどもあの爆発の中では生き残れまいとも考えていたのだ。

 

レ級と対峙するヴィルベルヴィントは敵から目を離さない様にしながらも、各種センサーを動員してキノコ雲から強烈な放射能が検知されたことを知り、彼女は漸く敵の高性能の理由に合点が行く。

 

(矢張り、核動力か。どうりで時代不相応な装備と力をもっていたのだな)

 

超兵器機関で動く超兵器達と違い、この世界の艦船や艦娘そして恐らく深海棲艦も動力に化石燃料を使用している。

 

動力の差は武装や性能にも現れ、例えばヴィルベルヴィントは長門級並みの砲を装備しながら100ノット近い速度を出せるが、この世界の戦艦は早くても精々が30ノット前後程度。

 

超兵器機関によるほぼ無限の航続距離と違い、この世界の艦船や艦娘は頻繁に補給を受けねばならない。

 

こういった技術面と兵器としての差は、敵が通常動力を使う限り縮まらないものとヴィルベルヴィントは考えていた。

 

しかしそれを乗り越える方法が一つある、そう核動力である。

 

超兵器ヴィントシュトースも超兵器機関の他に原子力を搭載しているが、原子力単独でも戦闘は可能であり、つまりは核動力さえ手に入れれば準超兵器になりうるのだ。

 

そして深海棲艦は海軍よりも早く核兵器を実用化し、同時にそれの動力化にも着手したのだろう。

 

その成果がいま目の前にいる相手だとすれば、深海棲艦は驚くべき速度で進歩している事となる。

 

(戦争は技術を飛躍的に進歩させる。もし仮に我々超兵器の登場によってそのスピードが上がったのだとすれば…)

 

とヴィルベルヴィントが焙煎と同じ様なことを考えていた時、それを中断する様にレ級から再び攻撃が繰り出される。

 

ヴィルベルヴィントはそれをブースターを併用した巧みな操艦により回避すると、牽制がてら主砲を撃ちながら今は目の前の敵に集中する事にした。

 

 

 

 

 

レ級の爆心地、高濃度の放射能が渦を巻き周囲の海を一瞬にして死の海と化したその場所に、何と播磨は立っているではないか。

 

「けほ、けほ、ほんま煙たいのは堪忍なぁ」

 

と核爆発に巻き込まれたというのに、播磨はまるで普段と変わらぬ様子でそう言った。

 

いや口調だけではない、彼女の着ている着物も袖の部分が多少焼け焦げているだけで、他は身体も艤装も全くの無傷だったのだ。

 

しかしよく見れば、身体と艤装の表面を覆う様に水銀の様な薄い膜が蠢いているのが見える。

 

「まあ、それでもあちらさんの覚悟、見してもらいましたからな。此方もそれ相応の物、出しても惜しくはないでっしゃろ」

 

播磨の身体を覆っていた薄い膜は、潮が引く様に着物の袖の中へと戻って行く。

 

焙煎や他の超兵器にすら秘密にする播磨の隠された能力が、彼女を核爆発から身を守ったのである。

 

最も当の本人は核の一つや二つで沈む程ヤワではないのだが、今回は自分達の艦長のことを思って切り札の一つを切ったのだ。

 

(ウチらの艦長はんはホンマ吝嗇家でんからなぁ。ウチらがほんのちょっと傷を負うただけでも、「資材が〜資材が〜」と小言が五月蝿くてかないまへん)

 

ここで焙煎の弁護をするつもりはないが、しかし以前にも述べた様に超兵器の服一つとってもかなりの資材が使われている。

 

いわんやその艤装や、或いは大破した日などには天文学的な数値になるだろう。

 

だから焙煎が吝かと言えば、そうとも言い切れない面もある。

 

さて最後がレ級の自爆というなんとも呆気ない幕切れだったが、この先どうすべきか播磨は思案した。

 

現在自分以外の超兵器達は交戦中であり、今の所フリーなのは自分一人のみ。

 

このフリーハンドをどう生かすべきか、播磨にとって中々面白いところである。

 

(折角自由に動けれるんなら、単に艦長はんの指示を仰ぐのは芸があらへんなぁ)

 

超兵器達の目的が敵拠点の破壊及び核施設の排除であるならば、それは播磨単独で事足りる。

 

実際播磨なら核兵器はそれほど脅威ではないのだ。

 

例え無数の敵が待ち構えていようとも、そもそも事艦隊決戦において無類の強さを発揮する彼女にとって数は殆ど意味をなさない。

 

だがここで播磨はもう一つの方法も考えていた。

 

(他の超兵器はんらに、“恩”を売っておくのも面白いかもしれまへんなあ)

 

播磨は恩を売ると言ったが、超兵器と言うのは兎角プライドが高い存在である。

 

特にプライドが高いアルウスやドレッドノートを筆頭に、超兵器達は皆大なり小なりプライドや拘りがあり、あの命令に従順なヴィルベルヴィントですら、横須賀での演習では逃走を拒否した程だ。

 

しかし単に手を貸すのではなく、恩の売り方を考えれば超兵器相手にも通じない事はない。

 

相手によっては例え恩に感じなくとも、積み重なれば軈て楔になると言うもの。

 

こう言った考え方が出来るのも、彼女達が単なる兵器では無くヒトの血肉と感情を持つが故である。

 

焙煎が知らぬ所で、しかし確実に彼女達は人間味を身につけ始めていた。

 

それが一体どう言う事なのかは、今はまだ誰も分からない。

 



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41話

41話

 

超兵器に対抗する為そしてそれを上回る為に開発されたレ級は、確かに並みの深海棲艦を超える力を持つに至った。

 

鬼、姫クラスでも中々ない強力な50㎝砲を備え、それに耐えられる堅固な装甲に無数の対空火器、先制雷撃を可能とした特殊魚雷に正規空母を上回る艦載機の能力。

 

それらどれ一つとっても、従来の艦や艦娘などを向こうにおく強力無比な艦として生まれた。

 

その性能は確かに超兵器に通用するものもあり、彼女達を追い詰めもしたがしかし…。

 

 

 

 

南方海域に轟く轟音とそして爆炎、照りつく太陽の光を反射し黒光りする艦載機が輪をなし、海中を魚雷が獲物を求めて走る。

 

艤装の主砲は絶えず火を噴き、大空に舞い上がった艦載機は獲物目掛けて爆撃や雷撃を仕掛ける。

 

そうしてトドメと言わんばかりに特殊潜行艇から雷撃が放たれ、爆炎に囚われ身動きできない獲物に食らいつく。

 

巨大な水柱と爆炎が立ち昇り、天高く舞い上がった水が海面に向かって雨のように降り注いだ。

 

確かな手応えはあった、よく見れば海に降る雨粒に紛れて幾つかの破片が有るのにも気づく。

 

しかしレ級の顔には敵を倒した喜びはない、寧ろその逆でいまだ爆炎の中にいるであろう“ソレ”を凝視していた。

 

「!?」

 

突如として爆炎と水柱を裂いて砲弾がレ級に向かって飛ぶ。

 

レ級は胴長の艤装で蜷局を巻く様にして、それを受け止める。

 

生物的滑らかな曲面と自身の主砲を弾き返す強固な装甲によって、砲弾は角度によっては表面を滑る様に弾かれた。

 

通常の艦船や艦娘の艤装の様な垂直防御では無く、傾斜装甲の概念を含んだそれは実際の装甲厚よりも遥かに高い防御力を有している。

 

例え海軍自慢の91式徹甲弾であっても、これを貫通する事は困難を極めるだろう。

 

砲弾を弾いたレ級、しかし彼女の顔に攻撃を防いだ事への安堵はない。

 

寧ろ次なる攻撃に備え、艤装を蠍の尻尾の様に振り上げいつでも対処できる様身構えた。

 

レ級の艤装には補助脳と言うべき物が備わって降り、これによりレ級は複雑極まりない兵装のコントロールを完璧に行えている。

 

考えて見ればわかる事だが、砲撃一つとっても砲術や火器管制など高い専門性がなくては出来ない。

 

雷撃や航空機運用など、どれ一つとってもそれ専門の艦が行なって始めて運用出来る代物で有る。

 

それを、単に一つにまとめただけで運用出来るほど現実は甘くはなく、お互いの長所を殺し合いなんの役にも立たない駄作が誕生しただろう。

 

しかしレ級は、これらの問題に対して其々機能を特化した独立した補助脳を搭載する事で解決した。

 

例えばレ級本体は航行や艦載機の運用に特化し、艤装は主に砲撃や雷撃など直接的な攻撃を担当する。

 

これにより先の運用上の複雑な問題をある程度解決すると共に、これらが有機的に結合した結果従来の艦では考えられなかった戦法が行える様になった。

 

いまレ級が警戒体制として取っているこな姿勢も、一見奇妙でありながら実は理にかなっている。

 

レ級本体が敵から目を離さない様にしながらも、それをカバーする様に艤装は高所から四方を監視するのだ。

 

特に発見が困難な雷撃に対していち早くその航跡を見つけるには、高所からの方が有利である。

 

レ級がそれに気づくよりも早く、彼女の艤装は反応していた。

 

胴体のカバーから飛び出した機銃が火を噴き、マズルフラッシュの光で黒光りする装甲が真っ赤な火花に染まる。

 

見える雷跡の遥かに前方を狙う様にして、レーダーと連動した自動照準の機銃から弾丸が発射された。

 

通常、魚雷はその特性上雷跡が出るのは魚雷の艦尾部分からであり、航跡を狙い撃ってもとうの魚雷は遥か前方にある。

 

魚雷の回避や迎撃が難しいのは、実際に見える姿と本体の場所が異なる事に起因するのだ。

 

レ級の迎撃により、魚雷は全て到達前に破壊された。

 

しかしそれと同時に、爆炎の中から今度はヴィルベルヴィントが飛び出す。

 

ヴィルベルヴィントは高速で移動しながらレ級の足元に向け砲弾を放つ。

 

本体と違い足元という防ぎにくい部分を狙われたレ級は、被害を最小限に抑えようと防御の姿勢をとる。

 

狙いが甘いのか、それとも意図した物なのか?

 

ヴィルベルヴィントの砲弾は、レ級の足元に着弾するも本体は至って軽微な損傷で済んだ。

 

装甲の薄い下側を狙われ、一瞬ヒヤリとしたレ級であったが、お返しとばかりに砲弾をお見舞いする。

 

レ級の砲弾は、通常の砲弾と違い真っ直ぐ進むのではなく独特の音を立て縦回転しながら移動するヴィルベルヴィントの進路上に着弾した。

 

と同時に付近に猛烈な火焔を巻き上げ進路上に突如として炎の壁が現れ、ヴィルベルヴィントは咄嗟に舵を切る。

 

4基の可動式スラスターで無理矢理推進方向をかえ、殆どその場で90度ターンする形で超信地旋回を果たすヴィルベルヴィント。

 

しかしその時、外側スラスターの装甲表面を炎が舐める。

 

既に何度も炎で炙られているのか、ヴィルベルヴィントの可動式スラスターは表面が所々焦げているか一部では溶けかかっていた。

 

ヴィルベルヴィントは熱から逃げる様に進むが、今度はその針路上にロケット弾が降り注いだ。

 

狙いもバラバラなそれは、しかし一発一発の威力は低くとも先程よりも広範囲に炎を広げた。

 

またしても炎を避ける様に舵を切るヴィルベルヴィント。

 

既に彼女の周囲にはいくつもの炎が揺らめいており、段々と逃げ場をなくしていく。

 

(鬱陶しいことこの上ないな)

 

ヴィルベルヴィントは炎を避ける様に高速移動しつつ、牽制がてら砲撃を相手の足元に放ちながらそう思っていた。

 

既に視界の左右には炎の壁が迫り、その間に僅かに見える航路を縫う様に進んでいる有様。

 

このままではやがて逃げ場をなくして、焼き殺されるのは目に見えていた。

 

たかが炎と思うかもしれないが、元の世界でその炎を侮った挙句、火炎放射器を甲板一杯に並べた冗談の様な船に超兵器が丸焼きにされた事もある。

 

しかもこのその炎の厄介な所は、例え命中しなくとも熱で内部機構にダメージを与えてくる所だ。

 

兵器とは巨大で強力である程、その機構は複雑となり、繊細な運用を要求される。

 

これら複雑な装置と機械の集合体を守るため、戦艦は重装甲化の道を突き進んできた。

 

砲弾やミサイル、魚雷に対しては有効に機能する装甲も、しかし熱の伝播に対してはその効果を著しく減じる。

 

特にヴィルベルヴィントの露出した動力機関とも言うべき4基のスラスターは、度重なる熱の放射に晒され内部機構の異常を知らせるアラームが鳴り響いていた。

 

このまま放っておけば、いずれ使い物にならなくなるだろう。

 

だがヴィルベルヴィントの表情に焦りはなかった。

 

焦りがないどころか、彼女はいつもの務めて冷静な表情をして、しかも周囲を灼熱に覆われていても汗の一つもかいていない。

 

(もうそろそろなのだがな)

 

ヴィルベルヴィントは再び高速で移動しながら、レ級を中心に時計回りに回り始める。

 

レ級はその円の中心にいて、ヴィルベルヴィントの針路上を塞ぐ様に砲撃を繰り返す。

 

本来なら航空機も合わせて海と空から敵を追い詰めたいのだが、それはレ級自身が行なった戦法によって難しくなっていた。

 

周辺の海には火焔が揺らめき、炎によって温められた空気により急激な上昇気流が発生して航空機による爆撃や雷撃が困難になっている。

 

このため、レ級の艦載機は戦場の遥か上空で輪をなして待機していた。

 

最も航空機の援護がなくとも時おき、ヴィルベルヴィントから散発的な砲撃が飛ぶだけで、戦局はレ級優位に進んでいる。

 

そうして然程時間をかけずレ級の猛烈な砲撃によって、既に見える範囲の海は全て炎で包まれていた。

 

360度視界をどう見渡しても、炎の揺らめきがない所など何処にもないと言う状況である。

 

さしものヴィルベルヴィントも周囲を二重三重の炎の壁に囲まれては逃げようもなく、このままレ級に狩られてしまうかに見えた。

 

レ級は逃げ場をなくした獲物にゆっくりと主砲の照準を合わせる。

 

ここまで散々手こずらせてきた獲物に、その最期の瞬間にむけて死への恐怖を味あわせ様という魂胆だ。

 

レ級の50㎝砲の照準が合わさり、次の瞬間には獲物を撃ち砕く巨砲が発射されようとしたその時…!?

 

「っ?????」

 

何故か砲弾は発射されず、しかもレ級はその場から身動き一つ取れなかった。

 

混乱するレ級は、ここで漸く「しまった!」とある事に気がつく。

 

「漸く気がついたか、まぁ貴様が景気良く撃ちまくってくれたお陰で此方も手間が省けた」

 

ヴィルベルヴィントは、砲撃の姿勢をとったまま動けないレ級に向かってそう言った。

 

「戦場でいま自分がどんな場所にいるか把握できていなければ、そうなるのも当然だな」

 

レ級は悔しそうにヴィルベルヴィントを睨みながら、しかし身体は依然として言うことをきかない。

 

一体レ級の身に何が起きたのか?

 

タネを明かせば簡単なのだが、つまるところレ級は自身の強大な力によって自らを滅ぼしたのだ。

 

原子力動力で動くレ級は確かに他を圧倒する性能を発揮するが、しかしそのため常にいかにして原子力機関を冷却しまた溜まった熱を放熱するかの問題を抱えていた。

 

艤装と本体の体に常に冷却水を循環させねば、レ級は原子力が発する膨大な熱に体が耐えられず常に崩壊する危険性を抱えている。

 

そんなレ級が戦艦の装甲を溶かすほどの炎を背にしたらどうなるか?

 

答えは火を見るよりも明らか明らかだ。

 

レ級の黒いフードとコートは放熱板としての役割もあり、それが熱に晒された結果排熱が上手くいかず、レ級の身体に熱が溜まり熱による自壊を防ぐ為原子力機関が緊急停止したのだ。

 

レ級は何とか体を動かそうとするも、動力を失った今の彼女には眉毛一つ持ち上げることさえ叶わない。

 

最期の手段としての自爆も、肝心の原子力が緊急停止してはどうしようも出来なかった。

 

「お前を沈める方法は幾つかあったが、私はは他の超兵器と違い“貧弱”だからな。どうやってお前の原子力を無力化するかと考えあぐねていたのだ」

 

そして核の自爆と言う手段を失ったレ級に対し、ヴィルベルヴィントは相手と違って素早く3連装4基12門もの主砲を合わせる。

 

間をおかず、ヴィルベルヴィントは砲弾を放ち41㎝もの砲弾は一つとして過たずレ級の艤装と身体を撃ち砕く。

 

艤装の口の中に入った砲弾は内部機構をメチャクチャにしながら貫通し、残りの砲弾はレ級本体の小さな手足を吹き飛ばす。

 

動力がある胴体部は言うに及ばず、内部にめり込んだ砲弾の信管が破裂し、その暴力的なまでの破壊のエネルギーが内部で解き放たれる。

 

レ級は、文字通り五体と艤装を吹き飛ばされ僅かな猶予もなく海へと沈んでいった。

 

執拗な破壊により原子力機関は完全に破壊され、他の艤装も含め万が一回収されても修復は困難である。

 

時として死体は生者よりも雄弁に語る、海軍と袂を分かった以上いつどんな勢力に対しても備えておかなければならない。

 

焙煎が自覚しているかどうか分からないが、最早敵は深海棲艦だけではないのだ。

 



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42話

42話

 

ヴィルベルヴィントがレ級を撃破した少し前、別の海域でアルウスはレ級との間に熾烈な砲撃戦を繰り広げていた。

 

「いい加減沈みなさい!」

 

アルウスの右腰に装備された艤装の主砲から砲弾が飛び出し、レ級の周辺に水柱を上げる。

 

負けじとレ級も応射し、砲数こそ少ないものの、水柱の大きさではアルウスのものよりも巨大なものを立ち昇らせた。

 

アルウスはその水柱に翻弄されるように右へ左へと舵を切り、はたから見てもどちらが優勢なのか見て取れる。

 

最初の奇襲によって飛行甲板に被弾し航空機が運用できなくなったアルウスは、砲雷撃能力で勝るレ級と中距離での砲撃戦に引き摺り込まれていた。

 

無論航空機が使えなくとも、アルウスは並みの戦艦など一蹴する程の火力を備えているが今回は相手が悪かった。

 

何故ならレ級の装甲はその並みの戦艦よりも遥かに強固であり、しかも砲雷撃能力はアルウスよりも優れているのだ。

 

レ級の砲撃から逃れる為、一旦距離をとって仕切り直そうとするアルウスの上空から今度はレ級の艦載機が襲いかかる。

 

数でこそアルウスの艦載機数に遥かに劣るが、それでも艦載機が使えない今のアルウスにとって十分厄介な存在といえよう。

 

「鬱陶しい小蝿め!私の空を汚すな」

 

苛だたしげに吐き捨てながら、アルウスの半壊した艤装から対空砲火が立ち昇る。

 

本来アルウスや他の超兵器にはミサイル兵器が搭載されているが、しかし現在レ級から発せられる強力なECMによって妨害され無効化されていた。

 

しかもアルウスの対空兵装の大半は左半分の艤装カタパルト側に偏っており、そこが被弾し破壊されてしまった為彼女の対空能力は著しく後退していたのだ。

 

アルウスは主砲まで動員し、対空散弾やバルカン砲が空に火線を描くも、レ級の艦載機はまるで嘲笑うようにその火線を掻い潜り、次々と爆弾を投下していく。

 

アルウスは、咄嗟に舵を切り爆弾を回避しようと試みる。

 

70ノットもの高速を誇るアルウスの足なら回避は容易な様に思えるが、しかしそれは違う。

 

舵が切り終わる前に、爆弾がアルウスの周囲に降り注ぎ巨大な水柱をあげ飛び散った破片がアルウスの艤装に乾いた音を立てる。

 

「くっ、また!」

 

アルウスは確かに足の速さならヴィルベルヴィント達にも引けを取らない。

 

しかしその旋回能力や操舵性能については、所詮空母相応程度でしかないのだ。

 

何故ならアルウスのコンセプトは敵と目に見える距離での砲雷撃戦ではなく、その速力でもって戦域に侵入し圧倒的な航空能力をもって叩き潰すことにある。

 

つまり細かい操舵性は二の次であり、逆に言えば今の様な中距離な持ち込まれその速力を生かせない場合、アルウスは圧倒的に不利なのだ。

 

爆撃が終わったのもつかの間、今度はレ級からの砲撃が飛びアルウスの針路を塞ぐ。

 

砲弾の雨の中に自ら突っ込まない様、アルウスは速力を落とすしかなくその瞬間を狙いすましたかな様に特殊潜行艇から魚雷が発射される。

 

絶対必中の距離で放たれたそれは、アルウスの左舷目指して真っ直ぐと突き進む。

 

アルウスは魚雷を迎撃しようと身を捻るも、間に合わず何本も魚雷が彼女に突き刺さる。

 

水中で発生した爆発音と共に、装甲がひしゃげる金切り音と爆炎が上がり赤い液体とアルウスの服の一部が空に舞い上がった。

 

 

 

 

(仕留めた!)

 

眉を細め一人ほくそ笑んだレ級はかなりの手応えを感じていた。

 

飛行場姫によって生み出され、彼女の切り札として超兵器を倒すべく厳しい改修を続けられてきた自分達が、漸くその本懐を遂げる事が出来たと彼女は内心喜びに舞い上がっていたのだ。

 

今ももうもうと黒煙を立て、傾く巨影を見ながらこの時レ級はある事を考えていた。

 

このまま何もしなくても相手は勝手に海に沈むだろう、しかしそれでは自分が建てた功績が証明出来なくなる。

 

と言うのも出撃前、飛行場姫はレ級達にある事を約束した。

 

その約束とは、『超兵器を討ち取った者には今後南方海域の支配権をあげる』と彼女達の前で堂々と宣言したのだ。

 

レ級は無論戦闘艦である、彼女達は支配なぞに興味のカケラもないがしかし強敵を討ち取って南方海域を得た取ればそれは他の誰にも比肩することが出来ないほどの巨大な功績となる。

 

つまり超兵器を討ち取れば己が闘争本能を満足させるだけでなく、同時に栄誉と栄光が手に入るのだ。

 

この世に一個の戦闘生命体として生まれた彼女達にとって、それは他の何物にも代え難いものである。

 

その為には、彼女は自らが挙げた功績を示す証拠を得る必要があった。

 

レ級は風に乗って飛ばされてきたアルウスの服の一部を手に取ったが、直ぐに捨ててしまう。

 

こんなものでは証拠とは言えない、もっと大きくそれでいて一目で誰が建てたか分かる功績。

 

自ずとレ級は黒煙の向こう側にある相手の顔を想像した。

 

あの豪奢な金髪をぶら下げた頭は、さぞ立派なトロフィーとなるであろう、と。

 

古の戦の作法に則り、敵の首級を挙げるべくレ級は迂闊にもアルウスに近づいていく。

 

それが果たしてどんな結果を生むのか、この時の彼女はまだ知らない。

 

そうこうしていく内にレ級はアルウスへと近づき、立ち昇る黒煙が鼻先を掠めるほどの距離でレ級はある事に気がつく。

 

黒煙の中に浮かぶシルエットが、一向に変化しないのだ。

 

通常、船が沈む時それが転覆でもしない限り大きければ大きいほど沈没には時間がかかる。

 

当然超兵器程の巨体ともなれば、沈没する迄の時間は相当かかる事が想像されるのだが…。

 

(余りにも変化しなさ過ぎじゃないのか?)

 

自分がさっきまでいた位置と今とで、敵のシルエットに変化がない事にレ級は違和感を覚えたのだ。

 

もしや死んだふりをしているのではと疑ったものの相手の無防備な左舷に必殺の魚雷を叩き込んだ事もありレ級は直ぐにその考えを捨てる。

 

一本一本が並みの魚雷数本分に相当する威力があり、しかも相手の左舷はその前のレ級の奇襲により半壊している。

 

傷付き装甲がめくれ上がった相手の弱点部に、此方の強力な魚雷が全て命中したのだ、これで無事な兵器などこの世界に存在する訳がない。

 

もしこれで仮に無事な者がいれば、それは艦娘でも深海棲艦でもない、文字通りの化け物だけだ。

 

レ級は心の中で自分をそう納得させると、黒煙の中に両の手を突っ込む。

 

予想以上に火の回りが早く、このままでは自身も危ないと感じていた為だ。

 

黒煙の向こう、相手の頭を両手でもぎ取ろうとしたその瞬間…。

 

「やっと、捕まえましたわ」

 

地獄の底から聞こえるかの様な底冷えする声が聞こえたかと思うと、煙の中で自分の右手を何者かが掴んだ。

 

咄嗟に手を引こうとするレ級、しかし万力の様な力で締め付けられ離れる事が出来ない。

 

レ級は何とか拘束から逃れようとジタバタと暴れるが、その間に黒煙で遮られたカーテンの向こう側から声の主が現れる。

 

「全く、髪の毛が燃えてしまう所でしたわよ」

 

その正体はレ級が仕留めたと思っていたアルウス本人であった。

 

煙から姿を現したアルウスは、服の所々が破けたり煤けたりなどしていたが、しかし背中から赤い血が流れている以外目立った損傷などない。

 

一体全体これはどう言う事かとレ級の頭は混乱する。

 

そんなレ級を見て、アルウスは獰猛な獣じみた笑みをニィと浮かべるのであった。

 

時は少し遡り魚雷が命中する直前、アルウスは回避も迎撃も間に合わないと知ると、彼女は何とあろう事か己が艤装を掴みそれを引きちぎって敵の魚雷の方へと投げ込んだのだ。

 

アルウスの艤装は右舷側が砲撃、左舷側がカタパルトとなっており、それが背中で一体となって接合している。

 

その為、艤装を引き剥がす時猛烈な激痛が全身を走り、アルウスはそれを無視してまだ使える右舷側も犠牲にして自身の身を守ったのだ。

 

あの時飛び散った破片や血はこの時の出血によるものであり、レ級はそれ故勘違いしてしまったのである。

 

まさか艤装を犠牲にしてまで身を守るとは想像していなかったレ級は、黒煙の中から現れたアルウスに驚いたが直ぐに彼女の艤装がない事に気がついた。

 

如何にそれで身を守れても、敵に攻撃する手段なくば戦場では勝てない。

 

相手は自分を捕まえたと言ったが、寧ろ今の状況はレ級にとっても格好のチャンスであった。

 

身動きできないのは何も自分だけでない、相手も同じでありならばこの至近距離で自分が砲撃を外す筈もない。

 

今度こそトドメだとばかりにレ級は艤装の主砲をアルウスに向けようとして…。

 

その前にアルウスの右手が自身のスカートの中に突っ込む。

 

以前北方海域での海戦の折、アルウスが姿を変えボーガンの様な艤装を使用したとの情報はレ級にも入っていた。

 

その為、レ級は咄嗟に自分の自由な左手で身体を庇う。

 

相打ちでも、防御が出来ている自分の方が有利だとの判断からであった。

 

これは確かに常識的な判断から言えば正解と言える行動であろう、しかしレ級はこの時失念していた。

 

いま自分が一体ナニと交戦しているのかを。

 

アルウスがスカートの中から取り出したそれは、レ級の常識の範疇外にあった。

 

それは、艤装というには余りにも大きすぎた。

 

大きく、分厚く、重く、そして余りにも大雑把過ぎた。

 

それは正に鉄塊と言うに相応しかった。

 

太陽も霞むほど高く掲げられたそれは、アルウスの身長を超える巨大で長いアングルドデッキであった。

 

柄の方には持ち手があり、よく見ればつかの部分にはヴィルベルヴィントの様な二つのロケットブースターが見える。

 

本来直接的な武器ではないそれを、アルウスはまるで鈍器の様に無造作に振り下ろした。

 

片手とは言え超兵器の膂力で振るわれるそれは、重力の影響もあって驚くべき速度でレ級に降りかかる。

 

レ級は己がか細い腕では支えきれないと直感し、射撃を中止してまで艤装を間に割り込ませた。

 

次の瞬間ガンっ、と鉄と鉄の塊がぶつかったかの様な鈍い音が空に鳴り響く。

 

同時に衝撃波が彼女達を中心に生まれ一瞬にして二人の周囲の海面が30㎝以上も下がる。

 

レ級は歯を食いしばってその衝撃に耐え、レ級の艤装の装甲がメキメキと震えた。

 

アルウスの巨大アングルドデッキとぶつかった場所は凹みヒビ割れ、周囲に亀裂が広がる。

 

レ級は小さな身体に力を込め、四肢の力を総動員して何とか踏み堪えようとする。

 

彼我の出力の差は絶望的であり、質量排水量共に圧倒的に上回るアルウスが

上段と言う最も力が込めやすくまた重力の援護も受けられると言う姿勢であり、対するレ級はただひたすら耐えるしかない。

 

こと此処に至っては、レ級を支えるのは精神力のみであり彼女の肉体はそれでもっていたしかし…。

 

「ギャアアアァッ!?」

 

突如として2人の間に悲痛な叫び声が走る。

 

声の主であるレ級の生体艤装は口から黒いオイルを滝の様な流しながら狂い叫び、艤装の折れた箇所からは黒い噴水が勢いよく噴出し黒いドロリとした液体がレ級の顔にかかった。

 

と同時にそこから一気にアルウスのアングルドデッキは艤装の奥深くへと沈み込み、身体を両断される痛みに耐えかねてレ級の艤装が訳もわからず半狂乱の内に乱射する。

 

運良く衝撃で身体を半ばまで両断したアルウスの艤装が外れる、などと言う事はなくアルウスは相手の苦し紛れの抵抗を叩き潰す様に力を込め振り下ろした。

 

まるで太い幹が鉈で割られる様に、レ級の艤装は叩き割られそれで止まらず、艤装の下に守られたレ級の頭部を腕ごと叩き潰そうとする。

 

レ級は己に降りかかる圧倒的なまでの暴力と言う名の死を、しかし逃げる事なく直視していた。

 

それは最期まで戦い抜こうとする彼女なりの矜持だったのかもしれない、しかし彼女が最期に目にしたのは、三日月の様に頬を釣り上げ笑みを浮かべるアルウスの顔であった。

 

アルウスのアングルドデッキはレ級の頭部を庇う腕ごと相手の頭部を叩き潰し同時に相手の身体も挽肉に変えていく。

 

奥の手の核動力はこの時肉体と一緒に轢き潰され、最後っ屁をあげることも無く単なる肉塊と化したレ級の身体は海の底へと沈んでいく。

 

その様子を何の感慨も浮かばぬ様子で見つめ続けたアルウスは、相手が完全に沈み切るのを確認してからアングルドデッキに着いたくらいオイルを振り払う様に一振りしてから肩に担いだ。

 

「全くレディの戦い方じゃありませんですことよ」

 

と一言言った後、スキズブラズニルに艦載機用の資材補充を要求しながら先は急ぐのであった。

 

 



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43話

43話

 

幾つもの砲声が鳴り響き、戦場の海を渡って一陣の蒼い風が走る。

 

ヴィントシュトースはレ級の苛烈な砲撃と爆撃に晒されながら、いまだ健在であった。

 

砲撃によって発生した暴風に蒼い髪をたなびかせながら、彼女は敵に致命打をあたえられないことに臍を噛んでいた。

 

(矢張、私ではお姉様達の様にはいきませんか)

 

レ級からの砲撃と爆撃のタイミングを見切りながら、ヴィントシュトースは内心でそう思っていた。

 

彼女には姉のヴィルベルヴィントの様な経験に裏打ちされた巧さはなく、シュトゥルムヴィントの様な全てを真っ向から叩き潰せる力もない。

 

純粋な装備の質量や性能でも劣る彼女が、いまだレ級に捕まっていないのは偏に大きさと速度に寄る。

 

ヴィントシュトースは超兵器量産化計画によって生まれた小型艦であるが、砲も装甲も巡洋艦止まりであり速い以外これといった特徴はない。

 

しかし彼女にあって他の超兵器には無いものがある、それは視認性である。

 

超兵器にしては従来艦として程度の大きさしかなく、機関の補助動力として原子力を搭載した結果超兵器機関が発するノイズをある程度抑えることに成功した。

 

速く的も小さく、やろうと思えばノイズを消す事さえ出きる。

 

焙煎は専ら斥候に使っているが、やろうと思えば他の艦に紛れる事さえ可能だ。

 

ヴィントシュトースは自分の特徴生かし、緩急をつけた操艦によって的を絞らせずまた敵の攻撃タイミングを見切る事に成功していた。

 

だがヴィントシュトースにも問題はある、それは敵に対して火力が全く足りていないのだ。

 

主砲である20.8㎝3連装砲ではレ級の装甲を貫けず、魚雷も姉のヴィルベルヴィントからの報告では敵に迎撃されて効果が薄い可能性がある。

 

そもそも回避に専念することでこの均衡を保っているのであって、雷撃の為に近付くなどリスクが大きすぎた。

 

結果としてこの千日手状態が続いているのだが、その状態も段々と危うくなりつつあった。

 

いっこうに砲弾が当たらない事に業を煮やしたレ級は、主砲と副砲を併せて一斉射を放つ。

 

それまでのヴィントシュトースに狙いをつけたものと異なり、より広範囲をカバーするように帯状に砲弾が広がる。

 

狙いなど関係ないとばかりに、面で

押し潰す作戦に出たレ級を前にヴィントシュトースは堪らず後退して距離を取ろうとした。

 

そこへすかさずレ級の艦載機が飛び込む、ヴィントシュトースを砲撃範囲に押し留めようと爆撃や雷撃ではなく機銃掃射で動きを牽制する。

 

砲弾と艦載機、一瞬どちらの対応をするかで迷い動きが遅れるヴィントシュトース。

 

そこへ、彼女目掛け砲弾が殺到した。

 

爆撃機による絨毯爆撃を思わせる砲弾の雨霰によって、幾つもの巨大な水柱が一斉に立ち昇る。

 

これを全て回避することはどんなに兵器でも無理だろう、この時レ級はそう思っていた。

 

小型艦と侮って思わぬ時間を食ってしまったが、さてこの後は他の超兵器の処に向かおうかと考えていたその瞬間、突如として彼女の頭上から衝撃が襲った。

 

思わぬ事に驚き守りを固めるレ級、しかし一体誰が攻撃を仕掛けたのか?

 

 

 

 

時は少し遡り、レ級の砲弾が周囲に着水した瞬間ヴィントシュトースは一か八か擬装の推力方向を上に向けた。

 

例え着弾しなくとも、戦艦の砲撃はその余波だけで容易く小型艦の竜骨を折ってしまうだろう。

 

超兵器としては並み以下の耐久力しか持たないヴィントシュトースにとって、それは致命的であった。

 

故に少しでも衝撃を逃そうと、推力を上に向け立ち上る水柱に逆らわぬ様にした結果、それが思わぬ作用をもたらした。

 

ヴィントシュトースが思うよりも着弾の力は大きく、また立ち上る水の量も圧倒的であったのだ。

 

彼女の身体は、流れに逆らわぬ処かそのチイサナ身体を空へと舞い上がらせていた。

 

ヴィントシュトースは今時分に何が起きたのか最初全く分からないでいた、しかし分からないままに何故か敵の姿が眼下にあり、彼女の戦闘意識はまるでそうするのが当たり前のごとく敵に狙いを定めそして気が付いた時には既に砲撃は終わっていた。

 

「はっ!?」

 

気付いた時、彼女は海に向かって落下している最中でありこのままでは海面に衝突してバラバラになってしまうだろう。

 

そうならないように、彼女は擬装のブースターを全開にして何とか逆制動をかける。

 

しかし全ての衝撃を殺しきる事は出来ず、海にぶつかり海中に沈みこむヴィントシュトース。

 

空中から水中へと真逆の環境におかれながらも、何とか目を明け水を蹴り擬装の浮力によって何とか海面に這い上がる彼女。

 

この世界の法則では、擬装が機能を停止しない限り艦娘は海には沈まずまた自在に海を駆ける事が出来る。

 

その謎法則によって救われたヴィントシュトースは、全身をずぶ濡れに濡らしながら何とか立ち上がった。

 

「はあはあはあ」

 

元の世界と今の世界両方で決して体験したことのない世界を経験し、動悸が収まらないヴィントシュトース。

 

一方のレ級も、バラバラに吹き飛んだ筈のヴィントシュトースが何故か海中から這い上がって来たことで訳が判らぬといった様子。

 

暫くヴィントシュトースの動悸が収まるまで、両者の間に不思議な静寂が訪れる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、すー」

 

肺に空気を入れ込み、水を含んで重くなった蒼い風が髪をかきあげるヴィントシュトース。

 

そうしてレ級を改めて見て...。

 

「やっぱりムリですね。逃げましょう」

 

そう言うや否や、ヴィントシュトースは脇目も降らずレ級に背を向けて逃げ出す。

 

その余りの呆気なさに、レ級は何が起きたのか一瞬判断が遅れしかし次の瞬間には敵が逃げ出したことに怒りを感じ追いかける。

 

先の出来事によってヴィントシュトースも本調子ではないのか、思ったよりも速力が出ずレ級との距離は付かず離れずといった風になり、超兵器を追いかける深海棲艦と言う珍しい構図は、果たして一体誰が想像しただろう。

 

未だ砲火が鳴り止まぬ戦場に、奇妙な光景が出現していた。

 

 




戦車も飛ぶんだから戦艦も飛んでいい筈。

むしゃくしゃしてやった、今は反省している。

でも後悔はしていない。


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44話

44話

 

硬い金属の塊同士を叩きつけたかの様な、鈍く重い音が海に鳴り響く。

 

連続する打楽器音は、明らかに砲火が発する音などでは無くもっと原始的な戦いの音楽である。

 

シュトゥルムヴィントとレ級との戦いは、互いに肌と肌が触れ合わんばかりの超近距離戦闘を行なっていた。

 

互いに火器の類を封じられ、と言うよりもシュトゥルムヴィントが自慢の超高速を生かし付かず離れずの距離でレ級の搭載する武器を封じているのが大きい。

 

シュトゥルムヴィントは余り深く物事を考えない、ただ獲物があれば追い敵であれば倒す。

 

そこに姉ヴィルベルヴィントの様な深い思慮を挟む余地はない、ただ単純に目の前の敵を最短最速で叩き潰す、それだけである。

 

故に彼女自身、何故戦艦同士が砲撃戦ではなく徒手格闘戦を行なっているのか上手く説明出来ない。

 

本人ですらこうなのだから第三者がこの状況を説明するのは難しい、だがそれと相対する者だけはこれの厄介さを見に染みて感じていた。

 

レ級が超兵器達と何故対抗出来ているのか?

 

その理由の一つには間違いなく武装の豊富さがある。

 

レ級はそれ単独で主砲副砲、魚雷、機銃、爆雷、挙句航空機まで搭載している。

 

そこから生まれる戦術の幅こそ、レ級の持ち味なのだ。

 

しかして今の状況は、正にその強みを一切消された状態に陥っている。

 

シュトゥルムヴィントの乱暴な拳を防ぐ為に、レ級は艤装の曲面装甲を使って受け流さなくてはならず当然主砲も副砲も使えない。

 

必殺の魚雷もこの距離では安全装置の関係上無力化されていた。

 

例え魚雷の安全装置を解除したとしても、そうなれば今度は自分を巻き込み兼ねない。

 

兎に角タフで知られる超兵器相手に、何方かが沈むまで続く耐久自爆レースを仕掛けるなど愚の骨頂である。

 

必然レ級に選択できたのは、兎に角相手からの一発を防ぎつつ敵が焦れて隙を晒すのを待つ持久作戦しかなかった。

 

相手と自分との間に艤装を挟み込み、受け流せる攻撃は受け流しそうでないモノは装甲に任せて受ける。

 

しかさ正面ばかりに集中している訳にもいかない、足元からは死神の鎌を思わせる鋭い蹴りが時折放たれるからだ。

 

「しっ!」

 

シュトゥルムヴィントからの蹴りを、何とか頭を半分ずらす事で何とか回避するレ級。

 

しかし回避したと思った攻撃は、レ級の頬を切り裂き黒い液体を流していた。

 

良く見れば艤装の彼方此方もシュトゥルムヴィントの攻撃に晒され、装甲が凹んだ箇所や鋭く切り裂かれた場所が彼方此方に存在する。

 

レ級の艤装はシュトゥルムヴィントの嵐を思わせる攻撃によく耐えているといえよう。

 

補助脳を搭載しある程度独自判断が出来るレ級の艤装は、しかし本体を守るべく忠実にその役目を果たしているのだ。

 

中々守りが崩せないシュトゥルムヴィントは、焦りからか迂闊にも大振りの一撃を放つ。

 

(きた!)

 

長く苦しい戦いを我慢した甲斐があり、レ級が待ちに待った瞬間がきた。

 

シュトゥルムヴィントの大振りの左腕の一撃を、レ級は艤装で防ぐのではなくそのまま自身へと通した。

 

直撃すれば頭所か上半身が吹き飛ぶであろう致命的な一撃を…しかしレ級は必殺の拳を確かに掴みそのまま流れに逆らわず足を絡めてシュトゥルムヴィントの左腕を取る。

 

「なに!?」

 

これには思わずシュトゥルムヴィントも叫んだ、まさか自分の手が取られるとは予想だにしていなかったのだ。

 

だがこれでレ級の反撃が終わったのではない、彼女にはもう一つの“手”があった。

 

レ級の腰から伸びる黒い生体艤装は、シュトゥルムヴィントを中心にとぐろを巻いて彼女を取り囲み次の瞬間一気にその包囲の輪を閉じる。

 

「こなくそ!」

 

自身の動きを封じ締め付けようとする攻撃を、シュトゥルムヴィントはまだ自由な右腕を割り込ませ完全に締め付けられるのを防ぐ。

 

しかしそれにより、完全に両腕の自由を奪われていた。

 

「ぐぐぐ」

 

レ級の艤装が締め付ける力を強め、シュトゥルムヴィントはそれを右腕一本で支えなくてはならなかった。

 

いかに馬力で優れようとも、片腕の力だけではレ級の全身を使った力には勝てない。

 

しかしレ級は、悠長にシュトゥルムヴィントが絞め殺されるのを待つような存在では無かった。

 

レ級の艤装が鎌首をもたげ、主砲と副砲の照準をシュトゥルムヴィントに合わせる。

 

如何に超兵器とて、0距離で51㎝砲を食らっては無事では済まない。

 

「くっ!」

 

シュトゥルムヴィントは自らの迂闊さを呪い、悔しげに歯を噛み締め最早万事休すかと思われたその瞬間、遠くの方から…。

 

 

「ぉねえさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

聞き慣れた自分を姉と呼ぶ者の声が聞こえた。

 

「まさかこの声は!?」

 

 

 

 



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45話

45話

 

「この声はまさか!?」

 

聞き覚えのある声に、シュトゥルムヴィントが驚愕の声を上げる。

 

それは、本来この場にはいないはずの人物の声だったからだ。

 

「なに人の姉に手ェ出してんじゃワレェ!!」

 

しかしシュトゥルムヴィントが次に目にしたのは、両足を揃えたヴィントシュトースがレ級にドロップキックをかます姿であった。

 

 

 

 

 

時は少し遡り、レ級との戦闘を一旦放棄したヴィントシュトースだが彼女は今後どうするか途方に暮れていた。

 

後ろからは相変わらずレ級から砲撃や雷撃、空からも空襲がとびかうなかヴィントシュトースは一人思案する。

 

(正直手に負えませんね、出来ればあの蜂女あたりにでも押し付けたい所ですが…)

 

とそんな事を考えなら逃げ回るヴィントシュトース。

 

彼女は姉や他の超兵器と違い、そこまで自分が超兵器であることに拘りを持っていない。

 

それは彼女のベースが通常艦よりである事もあるが、それ以上にある事が関係していた。

 

「折角お姉様達と共に戦えると思ったのに、何だかテンション上がって逸れてしまって、しかま何だか強めの敵に追い回されるなんて…はぁ、ヤル気そがれるわ」

 

超兵器である前に艦であるよりも、彼女は何よりも姉を優先する。

 

元の世界では殆ど共闘する事もなく終わってしまったが、何の因果かこの世界に生まれしかも人のカタチをしていた。

 

前の世界では果たせなかった思い、畏敬と敬愛と尊敬と情愛とがない交ぜになった感情を持った結果彼女は目覚めてしまったのだ。

 

そう、重度のシスコンに。

 

そんな彼女が、愛する姉の一人シュトゥルムヴィントの危機を目の前にして正気でいられようか?

 

しかも、自身がまだ触れたことさえない柔肌にあろう事か黒くて太いモノが鎌首をもたげ、先端から今にも発射しそうになっているのだ。

 

結果は最早言うまでもない。

 

 

 

 

 

「ヴィントシュトース!?」

 

本来ここにいるはずのない妹の存在に驚愕するシュトゥルムヴィント。

 

しかしそんなシュトゥルムヴィントをよそに、レ級をドロップキックで弾き飛ばしたヴィントシュトースは器用に空中で姿勢を変化させシュトゥルムヴィントの胸元に飛び込む。

 

「お姉様お姉様お姉様ぁぁぁぁ、お怪我はございませんか!?この不詳ヴィントシュトースが来たからにはもう大丈夫です。どんな小さな怪我一つ見逃しません」

 

と頭を思いっきりシュトゥルムヴィントの胸部装甲に擦り付けついでに思いっきり「スーハースーハー、クンカクンカ」ながら、「ゲヘヘ」と下劣な笑みを浮かべ手をワキワキとイヤらしく蠢かすヴィントシュトース。

 

そんな妹の様子に面食らいながらも、シュトゥルムヴィントは礼の言葉を言う。

 

「いや怪我はないが…それよりも助かったぞヴィントシュトース」

 

最も何故ここに妹がいるのかと言う疑問は晴れないままだ、とりあえず安心させるように頭をポンポンと撫でるシュトゥルムヴィント。

 

姉の手の柔らかさと温かさを感じ、それまでのストレスがまるで嘘のように溶けてなくなるヴィントシュトースは、今まで見た事もないようなだらけきった表情を浮かべる。

 

ほんの僅かばかりの時、戦場の海に麗しい姉妹百合空間が誕生した。

 

「…っ申し訳ありませんお姉様、つい正気を失ってしまいましたわ」

 

名残惜しげにシュトゥルムヴィントの胸元から離れるヴィントシュトースに対し、シュトゥルムヴィントの方も気にすることはないと言った。

 

「気にするな、それよりも…」

 

二人の視線は先程蹴り飛ばされたレ級の方向を見ると、そこにはヴィントシュトースを追っていたレ級に助け起こされるレ級の姿があった。

 

二隻のレ級は自分達を散々虚仮にした相手に怒りを露わにし、二匹の生体艤装も唸り声をあげ今にも飛びかからんばかりに此方の様子を伺っている。

 

「続きはアレをヤッてから話すぞ」

 

「はい、お姉様」

 

二隻のレ級を迎え撃つ構えを取るシュトゥルムヴィントとヴィントシュトース。

 

その瞬間、弾かれた様に二隻のレ級が攻撃を仕掛ける…。

 

 

 

 

 

 

南方海域某所、そこには無残にも破壊された深海棲艦の航空機やヘリの残骸が浮かんでいた。

 

いくつもの残骸が散らばる中、まるで墓標の様に佇む撃破されたレ級の姿がゆっくりと沈んでいった。

 

「一体どう言ったつもりです?播磨」

 

水面から頭だけを出したドレッドノートが、苛だたしげに自分の目の前に立つ超兵器播磨に言った。

 

返答次第ではここで一戦交える事もいとわないその様子に、播磨は口元を着物の袖で隠しつつ内心で笑みを浮かべていた。

 

「何や気に入らんことでもあったんどすえ?ウチは唯暇だから手を出しただけで、何もあんさに貸し。作ろうだなんてコレッポチも思ってはおりませんやろ」

 

播磨はねっとりとした口調で、ドレッドノートを試すかの様に言った。

 

超兵器は基本誰もがプライドが高い、そんな彼女らが多少苦戦したとはいえ横から手出しされてどう思うのかなど播磨自身もよくわかっていた。

 

例えばこれがアルウスなら問答無用で航空機を差し向け、シュトゥルムヴィントならば敵を倒した後に助力した相手に殴りかかったであろう。

 

播磨とて自分がもしそんな事をされれば、その相手ごと砲弾の雨に沈めるつもりだ。

 

では、それが分かっていながら播磨は何故ドレッドノートに手を貸したのか?

 

「貸しでは無いとすれば一体何だと言うのです」

 

ドレッドノートは微塵も警戒を緩めず、恐らく水中の中では既に播磨を標的として魚雷の発射準備が整っているはずだ。

 

例え播磨とて、この距離で超兵器の雷撃を喰らえばどうなるか分からない。

 

しかし播磨は敢えて自身の身を危険に晒しても、ドレッドノートとここで話す必要があだたのだ。

 

「何もそんなの“任務”の為以外にありやしませんでっしゃろ?」

 

播磨が任務と口にして、ドレッドノートの方も一理あると思った。

 

多少相性が悪くて苦戦したとはいえ、時間をかければドレッドノートはレ級を撃破しただろう。

 

しかしそれでは時間がかかってしまい、本来の目的である敵本拠地への電撃的強襲が不可能になる可能性があった。

 

「任務と言うならば、貴方は何故こんな所で油を売っているのです?貴方一人でも十分事を成すことは出来たはず」

 

「?あんさ何か勘違いしてやありまへんか。ウチらの任務と言えば最初から一つしかおまへんやろ」

 

そこで漸くドレッドノートは播磨が何が言いたいのかに気づく。

 

「つまり貴方は“今後”のために必要だから手を出したと」

 

「うふふ、どうでっしゃろな?ただあの艦長はん本当に吝やさかい、もうウチら以外作る気おまへんやろしれまへんなぁ」

 

それは薄々(焙煎の頭の事ではない)ドレッドノートも気が付いていた。

 

焙煎は必要にかられなければ本当に超兵器を建造しようとしない、いや今では寧ろ避けている様にも見える。

 

そのため現在この艦隊は非常にアンバランスな編成に傾いている、それはつまり戦力の事ではなく勢力のバランスにおいてだ。

 

元の世界の枠組みに縛られるならば、枢軸と連合と言う分かりやすい対立軸はあった。

 

しかし今この世界において存在しないものに寄るほど、超兵器達は馬鹿ではない。

 

となればかつての世界での同盟相手よりも、同郷や自国を優先するのは目に見えていた。

 

そしてスキズブラズニルと言う狭い艦内において、純粋な頭数はそれだけで様々な影響力をもたらしている。

 

その影響力にあって、自分や播磨の様な艦は存在感を如何に確保するか非常に悩ましい立ち位置にあった。

 

どこかの勢力に迎合するその他集団になる程、彼女達のプライドは安くない事も関係しドレッドノートは今まで何とか自国陣営を増やそうと焙煎に働きかけてきた。

 

しかし播磨の言を信じるならば、自分が行ってきた活動は全て無駄になってしまう。

 

そして今後、南極という安全圏にのがれる関係上武勲を立てる事も難しい。

 

「成る程そういう事ですか。播磨、貴方にしては随分と迂遠な手を使うものですね」

 

「何、師事した国に習ったまでの事。そう嘗ての歴史通り」

 

嘗てこの世界でもそうだが、日本が近代的た海軍を創設するにあたり、その範としたのがイギリスであった。

 

「良いでしょう、今回は貸りにしといてあげます。貴方には精々盾になって頑張ってもらいたいものですね」

 

二人ともその後の歴史的出来事とその顛末を暗に匂わせながらも、手を組む事を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「所であんさは一体いつまで姿をかくしてはるん?」

 

「…私にも人並みの羞恥心はあるので」

 



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46話

46話

 

超兵器達がレ級と戦っていた頃、戦艦棲姫率いる反乱艦隊は飛行場姫が篭る要塞の目前にまで迫っていた。

 

士気、数共に勝る反乱艦隊に対し飛行場姫の恐怖によって無理やり戦わされている者達とではその戦意に大きな差があり、制空権さえ奪われ彼女らは成すすべなく押し込まれる。

 

何とか戦線を持ち直そうと親衛艦隊を派遣するも、時既に遅く逃げる味方と追う敵とで混戦状態に陥り、数の暴力の前に瞬く間にすり減らされていった。

 

事ここに至っては劣勢は挽回し得ないと考えた離島棲鬼は、何とか残存戦力まとめて要塞に集結させそこで決戦を挑もうとしていた…。

 

 

 

南方海域最深部、離島棲鬼が飛行場姫の為に作り上げた要塞人工島には飛行場姫側の最後の艦隊戦力が結集していた。

 

いや、結集していたと言うよりも単に追い詰められたと言った方が正しいのか。

 

集まった深海棲艦達は皆顔をうつむかせて生気が無く、傷の回復もままならないのか身体の彼方此方に黒ずみの汚れをつけていたり或いは何処か欠けたままの状態の者もいる。

 

その中で唯一士気旺盛と言えるのは、最期まで飛行場姫に付き合う覚悟を決めた親衛艦隊の生き残りのみであり、他の者たちはいつ敵が攻めてくるのかと戦々恐々としていた。

 

「姫サマ、残存艦隊全テ配置二付キマシタ」

 

「ゴ苦労ダッタワネ、離島棲鬼」

 

要塞地下司令部にて、飛行場姫は彼女には珍しく離島棲鬼を労った。

 

「勿体無キオ言葉、サレドマダマダ此処カラデスワ姫サマ」

 

当初の優勢を覆され、今や自分たちの方が圧倒的な劣勢に置かれる中それでも離島棲鬼は不敵に笑う。

 

「コノ要塞ノ数々ノ仕掛ケノ前デハ、彼奴等ハ姫サマ二辿リツク事ナク果テルデショウ」

 

それこそ離島棲鬼が心血を注いで作り上げたこの要塞である、例え相手が3倍以上の兵力でもって攻めたとてしても小ゆるぎもしない自信があった。

 

そして離島棲鬼の能力と忠誠心を買っている飛行場姫も、その自信に嘘偽りの無い事も知っている。

 

正にこの要塞は金城鉄壁、難攻不落のその名に相応しいものであった。

 

だからこそ、この2人には分かっていた。

 

「ソレデハ姫サマ、私ハ上二参リマス」

 

「エエ、貴女ノ武運ヲ祈ッテイルワヨ」

 

離島棲鬼は最後に恭しく飛行場姫にこうべを垂れ、その心の内で別れの言葉を告げる。

 

(サヨウナラ、姫サマ。最早二度トオ目ニカカレナイデショウ)

 

地表の指揮所へと向かうエレベーターの中で、離島棲鬼は今の情勢を思い浮かべた。

 

兵力にして実に6倍差、しかも要塞を包囲されつつありしかも相手は凡百な指揮官などでは無くあの戦艦棲姫である。

 

本当なら自分程度とうに尻尾を巻いて逃げ出したとしても不思議ではない相手に、しかし離島棲鬼は一歩たりともこの要塞を離れる気持ちは浮かばなかった。

 

元々離島棲鬼は長らく不遇をかこっており、海を渡れぬ陸上深海棲艦はそれだけで様々な苦労をすると言うのに彼女はその容姿の幼さも相まって軽んじられてきたのだ。

 

いかに陸戦築城能力に秀でようとも、相手がそれを理解できなければ単なる宝の持ち腐れであり彼女の適性を理解しない無知と蒙昧など者達の嘲笑は彼女のプライドを傷つけた。

 

しかし、そのどん底から彼女を拾い上げたのが飛行場姫であり彼女は離島棲鬼の才能を見抜くと彼女の望む物を惜しげも無く何でも与えた。

 

その甲斐あってか、離島棲鬼の恩に報いようという懸命に働きそれも相まってか彼女は瞬く間に頭角を現し、遂には飛行場姫の右腕と呼ばれるまでのしあがったのだ。

 

絶望からの逆転劇、一から建設したこの要塞は彼女なりの恩返しの形でありそして自身の成功の証でもある。

 

だからこそ、それを土足で踏み躙り破壊しようとする者は決して許すわけにはいかない。

 

決して敵に後ろを見せない、その覚悟をもって彼女は最期の戦いに向かおうとしていた。

 

 



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南方海域・終章
47話


47話

 

南方海域奥地にてレ級との激闘を潜り抜けた超兵器達だが、播磨以外各々消耗が激しく一旦集結して後方のスキズブラズニルから補給物資を受け取っていた。

 

しかしその様子は普段とは違い、外にいる妖精さん全てが防護服を身に纏い非常に物々しい雰囲気の中行われていた。

 

「防護服を身に付けてない奴は外には決して出るな!2次被曝にはくれぐれも注意しろ」

 

「此処じゃ完璧な除染は出来ん!ホースで洗い流すしか無いぞ。それと濡れ透けは期待出来ん‼︎」

 

「作業時間には注意しろ!交代は速やかに行え、服ビリマニア共はサッサと中に戻れ!」

 

「兎に角補給の手順は通常通り行うしかない!何、換えの服と下着も持って来ただと⁉︎馬鹿野郎戦場でストリップさせる気か、それと後で部屋の鍵の開け方を教えろよな!」

 

と一部いつもの通りな妖精さんもいるが、皆真剣な表情で除染しながら補給するという困難な作業を並行しながら行っていた。

 

レ級との戦いは、それまでにない原子力艦との戦いであり未熟な原子炉技術は完全には放射能を遮断できず、しかも一部のレ級はその原子炉を暴走させ自爆するなどと言う暴挙を行う始末。

 

結果、戦った超兵器達はおろか南方海域そのものが汚染されてしまったのだ。

 

その為現在南方海域は防護服なしでは外に出歩けないほど、危険な海と化していた。

 

「バイタル正常、汚染状況チェック、フィルター機能正常、内部被曝は軽度、外傷も戦闘には影響はなし」

 

ヴィルベルヴィントは自己診断プログラムを走らせ、戦闘続行に問題ない事を確認していた。

 

「補給工程は現在30%が完了…やはり除染と並行してでは遅いな」

 

防護服をつけながらの作業は、さしものスキズブラズニルの妖精さんらとはいえ勝手が違い、その動きは明らかに精彩を欠いていた。

 

それでもなお懸命に作業をする姿に敬意を覚えど、しかし時間が残されていないのも確かである。

 

いつ敵の襲撃が来るか分からない中、しかも相手が核兵器を実用化したと分かった現在こうして一箇所に集まっているのは非常に危険な事だ。

 

ふとヴィルベルヴィントが顔を横に向けると、アルウスが錠剤を一掴み口に含みボリボリと砕きペットボトルの水で喉へと流し込んでいる。

 

飲み終わったペットボトルを放り捨てると、アルウスは弓矢と矢筒を背中に背負う。

 

先の戦いで艤装を失った代わりであるが、いまだにスカートの中に隠している物は使う気が無いようである。

 

「ん?何よ私の顔に何か付いていて」

 

「いや何、気にするな」

 

こちらの視線に気付いたのか、アルウスが不機嫌そうな顔を見せる。

 

確かにお世辞にも今の彼女は普段彼女が見せようとしているイメージからはかけ離れている、だからと言ってそれを正直に話すほどヴィルベルヴィントは馬鹿ではない。

 

「いやなに気にするな」

 

と適当にかわし、グルリと周囲を見渡せば超兵器達は各々補給もそこそこに既に再出撃の準備を始めていた。

 

ヴィルベルヴィントももうこれ以上は待つことは出来ないと悟り、アルウスや他の超兵器にも渡された放射線分解剤を口に含み奥歯で砕いて飲み込む。

 

(状態は決して万全とは言えない、補給もそこそここれで果たして戦えるのか?)

 

ふとそんな弱気な心が頭の中に擡げ、ヴィルベルヴィントは「ふっ」と自身を鼻で笑った。

 

この世界に来てから自分達に敵するものは殆どなく、スキズブラズニルのおかげで常に補給も整備も万全。

 

正に兵器にとってこれ以上ない環境が整えられ、それをまるで当然のものとして自分達はいままで享受してきた。

 

だがその結果どうなった?

 

自分達と戦える者が現れ、僅かでも負けるかも知れないと考え始め、疲れや疲労が抜けきらず、傷を負ったまま戦うことに不安を覚えている。

 

(巫山戯るな!私達は何だ、超兵器だ)

 

(例えどんな状況だろうと敵対するもの全てを破壊して叩きのめし捩伏せ征服し制圧してきたではないか‼︎)

 

元の世界、あの戦いではその日食べる物も不足するくらい困窮を極めそれでも全ての国家ぎ最終的な勝利を求め戦い続けた。

 

それはヴィルベルヴィントとて変わらず、例え超高速輸送艦と蔑まれようとどんなに傷付き換えの部品の精度が悪く未熟な搭乗員を乗せるしか無かったとしても、それでも戦場を単艦で駆け抜けて来たのだ。

 

皆飢えて乾いていたが、何よりも勝利を望んでいた心の奥底から欲していた。

 

そしてそれはヴィルベルヴィントの目前で打ち砕かれたのだ…。

 

ぬるま湯に浸かったいた心を、ヴィルベルヴィントの最初期の超兵器としてのプライドが喝を入れる。

 

無様な醜態を晒した心を吹き飛ばし、ヴィルベルヴィントは以前にあった研ぎ澄まされた兵器としての自分を取り戻しつつあった。

 

そしてそれは焙煎との交流によって人間に傾きつつあった彼女を、再び獣に揺り戻すという意味に他ならなかったのである。

 

 

 

 

 



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48話

48話

 

南方海域最深部を轟音と砲声が大気を揺るがし、魚雷の群れが海を掻き立てる。

 

落下する砲弾と爆弾が海面を泡立たせ、大空を飛び交う戦闘機の編隊が死のダンスを舞い上空からは残骸が降り注いだ。

 

海上に浮かぶ巨大な鉄の城たる戦艦は、今や傾き黒煙を立ち上げ炎に包まれている。

 

流れ出るとタールの様に黒くドロリとした血に汗やオイルによって、青い海の姿はどこかへ消え失せていた。

 

深海棲艦両軍相撃つ、昨日までの見方が友が戦友が互いに敵味方に別れ殺し合う様は正に無間地獄のよう。

 

この世の地獄と化した戦場は、いつ果てることなく殺戮が続いていくかに見えた。

 

 

 

 

飛行機姫の親衛艦隊たる部隊は、敵の攻撃が最も激しい場所で奮闘していた。

 

「一兵タリトモ此処ヲ通スナ!」

 

「奴等ノ血デ海ヲ染メ上ゲテヤレ‼︎」

 

そう叫んだリ級は不用意に近づいた反乱側のル級の頭を掴むと、ゼロ距離で主砲を発射し頭部を吹き飛ばした。

 

戦艦だったモノの肉片や残骸が彼女の仲間へと飛び散り、しかしそれに怯むことなく次々と新手が殺到する。

 

似たような光景はあちこちで繰り広げられており、ある者は相手の腕に噛み付きまたある者は弾が切れた為両の拳を血に染めて相手を殴り倒していく。

 

絶えずどこかで身体の一部が吹き飛び、中身が海にぶちまけられそれでもなお彼女らは戦う事を辞めない。

 

戦艦棲姫率いる反乱艦隊の圧倒的数の為、両軍入り乱れ殆どゼロ距離での乱戦は如何に親衛艦隊と言えども数の前に瞬く間にすり減らされていた。

 

それでもなお彼女等は戦うことを辞めない、その鬼気迫る姿に反乱艦隊側も流石にこう叫ばざるを得なかった。

 

「何故奴ラハコウマデ戦ウ、飛行場姫ニソレ程ノ価値ガアルト言ウノカ⁉︎」

 

「アンナ女ノドコニソンナ価値ガアル!」

 

しかし彼女達の悲痛の叫びに答えるわけも無く、親衛艦隊は尚も戦い続ける。

 

その鬼気迫る姿に感化されたのか、周りにいる者達も敵にその身を投げ出していく。

 

戦場に渦巻く恐怖と狂気は敵味方問わず伝染し、また一人また一人と深海棲艦は中身をぶちまけながら倒れていった。

 

だが彼女達のその必死の抵抗もそう長くは続かなかった、矢尽き刀折れ最期の一人になるまで抵抗を続けた親衛艦隊は遂に全滅したのだ。

 

しかし親衛艦隊の全滅と引き換えに、反乱艦隊は敵の倍以上の被害を被り一時再編の為その動きを鈍化させなければならなかった。

 

艦隊の動きこそ止まったものの、空では敵の艦隊が引いた事もあり制空権を掌握。

 

余勢をかっていち早く敵要塞を攻撃すべく、爆装した艦載機が空母ヲ級やヌ級から次々と発艦していっていた。

 

「行キナサイ、アノ阿婆擦レニ誰ガ空ノ王者ナノカ教エテアゲルノヨ!」

 

そう高らかに宣言するのは、空母機動艦隊を指揮する空母棲姫であった。

 

自身の飛行甲板からも続々と艦載機を発艦させ、今やその周囲には反乱艦隊側の航空戦力が一堂に会し輪を成していた。

 

今まで日和見を決め込んでいた彼女達空母閥だが、戦艦棲姫生存の報とその離反を知るや否や挙って彼女の軍門に降り戦力の中核となっていた。

 

何故なら他の雑多な離反集団と比べ力を温存していた空母閥には、他所には無い組織力がありその影響力は戦艦棲姫でも無視出来ないものであったのだ。

 

無論今の今まで日和見を決め込んでいた集団が突然自分達の中核に組み込まれた事を快く思わない者達も存在する。

 

「空母棲姫サマ、シカシ我々ダケデ本当ニ宜シイノデ?戦艦棲姫サマカラハ空海両方デ同時攻撃ヲスルトノゴ指示がありアリマシタガ」

 

空母棲姫の側近の一人、ヲ級改flagshipがそう疑念をもらした。

 

只でさえ日和見主義者と目を付けられているのだ、此処での勝手な行動が命令違反だと後で咎められないかと不安なのだ。

 

しかし空母棲姫は全く逆の考えであった。

 

「イイエ、寧ロ此処デ功績ヲ是ガ非デモ上ゲナケレバナラナイワ。他ノ者達ヲ黙ラセル為ニモ、私達ハ行動スル必要ガアルノヨ」

 

一派閥を率いる者の役目として、この戦いが終わった後の事も考えて行動する必要が彼女にはあった。

 

仮にヲ級改の言う通り戦艦棲姫の指示に従って行動しても、それは戦艦棲姫の功績であり決して空母派閥の功績では無い。

 

前線の惨状を知るからこそ、後方でただ支援をしていただけと見られないように、何等かの赫赫たる功績を挙げる必要があるのだ。

 

でなければ、今後自分達は戦艦棲姫が作る新体制の下で肩身を狭くさせねばなるまい。

 

そんな惨めな未来を作らない為にも、空母棲姫は多少強引でも行動する必要があったのだ。

 

 

 

 

 

 

空母棲姫達から発艦した艦載機の大編隊は、直ぐに要塞の防空レーダーに捉えられる事となる。

 

地表戦闘指揮所にて指揮を取っていた離島棲鬼は、敵が空中戦力だけで攻めてくると見てほくそ笑んだ。

 

「愚カナ連中、この要塞ヲ航空機ダケデ何トカ出来ルト思ッテイルノネ」

 

確かに航空機による攻撃で敵戦力を消耗させるのは基本的な手だが、しかしそれはこの要塞にとっては悪手であった。

 

「タワーヲ起動サセナサイ、コノ要塞ノ本当ノ姿ヲ見セ付ケテヤルノヨ!」

 

離島棲鬼の指示により、今までジャングルの下に隠されていた要塞の真の姿が現れる。

 

巧妙に隠蔽されていた巨大な地下へと続くハッチが開き、中から巨大な塔が垂直に現れた。

 

要塞の全周を囲うようにいくつも現れた塔は、至る所に対空砲がハリネズミの様に張り巡らされており、天辺には16inch連装砲が砲身を高く上げ空を睨んでいる。

 

そしてその全ての砲口が、これから来る敵の方向に向けられていたのだ。

 



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49話

今回、後になって読み返して重大なミスを発見しました。

それにつきましては後日修正する予定です、それまではこのまま続けます。


49話

 

要塞上空に侵入した反乱艦隊の航空機達は、眼下の高射砲塔から手厚い歓迎を受けた。

 

「3番機ガ食ワレタ!誰カ助ケテクレ」

 

「下ハ真ッ赤ダ、アンナ所ニ突ッ込メッテ言ウノカ⁉︎」

 

「火ガ火ガアアァァ!」

 

重たい爆弾を抱えたまま、碌な回避行動も出来ずに蚊トンボの様に次々と撃ち落とされていく航空機達。

 

不幸なことに腹に抱える爆弾のせいで簡単に火が付くどころか、爆散しその破片が周囲に撒き散らされる事で余計に被害が増すなど最早彼等に逃げ場は何処にも無かった。

 

膨大な数の対空砲火とレーダーによる連動によって、高密度かつ高精度な対空網を形成した要塞は空からの攻撃に対して正に鉄壁であったのだ。

 

「兎ニ角、アノ塔ヲ黙ラセナイ事ニハ始マラナイゾ⁉︎」

 

誰かがそう叫ぶも、周囲の味方は返事を返す余裕もなくまた一体誰があの濃密な対空砲火の中に突っ込んで爆撃出来ると言うのか?

 

深海棲艦お得意な急降下爆撃を仕掛けようにも、天高く砲身を掲げる高射砲に絶えず狙われ、逆に勇気ある何機かの航空機が地表ギリギリから接近し爆撃を試みようとするも、今度は塔の全周囲に張り巡らされた対空砲火にとらわれ撃退される。

 

兎に角機体を身軽にしようと碌な狙いも付けずに落とされた散発的な爆弾や、運良く偶々塔に命中した爆弾はあっても、頑丈な強化コンクリートと鉄骨で固められた塔にはヒビ一つさえ入らない。

 

正に堅牢鉄壁、硬い守りの要塞を前に航空機部隊はただイタズラに戦力を消耗させるのみであったのだ。

 

同じ頃、漸く戦力の再編を終えた反乱艦隊本隊であったが、空母機動艦隊の突出を知ると反乱艦隊幹部達は俄かに色めき立った。

 

「空母棲姫メ、早リオッテ!」

 

「今ハソンナ事ヲ言ッテモ仕方ナイワ。兎ニ角、我々モ出ルシカ無イノデハナクテ?」

 

駆逐棲姫は軽巡棲鬼を諌めつつも、内心では軽巡棲鬼に同意していた。

 

空母棲姫が早ってしまったがために、折角戦艦棲姫が考えた計画が台無しにされてしまったが為だ。

 

だがそんな事を今此処で言っても仕方がない事くらい、彼女達は分かっていた。

 

しかしこの戦いが終わった後、その責任はタップリと空母棲姫には負ってもらうつもりだ。

 

「姫サマ、イカガ致シマショウ?」

 

新たに戦艦棲姫の幕下に入った駆逐古鬼がそう尋ねる。

 

彼女は古めかしい格好に名前に“古”とついてこそすれ、単独の実力では古参の2人を凌駕していた。

 

しかし性能に奢れる所があり、戦艦棲姫の元で研鑽を積んだ2人に比べ指揮官としての素養は低いがためこの戦いでは部隊を率いさせて貰っていなかったのだ。

 

巨大な艤装に鎮座する戦艦棲姫は、既にこの時胸の内は決まっていた。

 

「中途半端ニ増援ヲ出シテモ解決スマイ。此処デ飛行場姫トハ決着ヲツケル」

 

それは遂に戦艦棲姫と飛行場姫、二大勢力の巨頭同士の決戦を意味していた。

 

この戦いの勝者が、今後の深海棲艦の運命を決めると言っても過言では無い。

 

「デシタラ先鋒ハオ任セヲ、姫サマノ敵ハ全テコノ古鬼ガ討チ滅ボシテクレマスワ」

 

勢い良く立ち上がった駆逐古鬼はそう進言し、戦艦棲姫もその言を入れて頷く。

 

「ワ、我等モ力ヲ尽クシテ戦イマスゾ⁉︎」

 

「身命ヲ賭シテ、必ズヤ勝利ヲ」

 

出遅れた2人も、負けじと威勢良く応え一致団結して反乱艦隊は士気を高め一路要塞を目指し全軍が突き進んでいった。

 

 

 

 

その一方焙煎達はと言うと…。

 

「いやダメだ、認められない」

 

焙煎は力強い口調でキッパリとそう言い、視線を真っ直ぐに焙煎の顔に注いでいる軽巡神通は険しい表情を浮かべ、その2人の間でスキズブラズニルはアタフタとしていた。

 

時は少し遡り、超兵器達の要請によって追加の補給物資を送り届けた直後の事である。

 

スキズブラズニルの艦橋で艦長席に座って事態の推移を見守っていた焙煎の背後で、突如として防水扉が勢い良く開く音が響いた。

 

「勝手ながら失礼させて頂きます」

 

そう言ってズカズカと艦橋に入り込んできたのは、焙煎達が南方海域脱出の折に救出した艦娘が一人、神通であった。

 

「あ、もう〜良く〜なったん〜ですね〜」

 

とスキズブラズニルが呑気にそんな事を言うが、神通はそれを無視して真っ直ぐに焙煎の前まで来るとこう言った。

 

「我々も出撃させて下さい」

 

その瞬間艦橋の中は一瞬シーンと静まりかえる。

 

スキズブラズニルの艦橋には本人と焙煎以外にも、スキズブラズニルの負担を減らす為妖精さん達が各種業務を行っており、各所との連絡や指示を伝えていた彼等は神通の一言で頭の中が真っ白になってしまったのだ。

 

「いやダメだ、認められない」

 

焙煎は目の前に立つ神通に向かって素気無く、しかしハッキリと力強い口調でそう言った。

 

途端目線が険しくなる神通に、空気が代わった事にアタフタするスキズブラズニル。

 

「何故ですか」

 

「傷は癒えたのか?完治したとの報告は受けてはいないが」

 

「体調は万全です。ですから出撃を、とお願いした次第です」

 

口調こそ丁寧だが、神通の態度には明らかに焙煎を軽視する態度が込められていた。

 

元来艦娘とは取り扱いが難しい存在であり、本人の気質にもよるが軍内部の階級や秩序よりも提督を重視する傾向にある。

 

つまり、士官学校で提督適正の最低値を叩き出した焙煎は明らかに、艦娘として経験豊富でかつごく限られた者にしか到達出来ない高みに達した神通改二に舐められているのだ。

 

「出撃してどうする」

 

「敵と戦います。それが私達の役目です」

 

言葉の節々には、「そんな事も言わなければ分からないのか」と言う侮蔑が込められており、特に提督適正の低い相手に対する艦娘の反応はこれが顕著である。

 

「何故私達の出撃を拒むのです?一体私達の何が不足していると言うのです」

 

今度は神通が焙煎に問いかけた。

 

「高速修復材のお陰で身体の傷は癒えました。艤装も直して頂きいつでも出撃出来る状態は整いました」

 

「ま、待って〜下さい〜⁉︎」

 

とそこでスキズブラズニルが神通の話に割って入る。

 

「幾ら〜高速〜修復材を〜使っても〜失った〜体力は〜直ぐには〜戻りません〜」

 

「そもそも〜艤装は〜修理〜出来ても〜肝心の〜装備に〜燃料は〜、全然〜補充〜出来て〜いないのです〜」

 

いつもの妙に間延びする声のせいで、普通に言うよりも時間がかかる話し方だが、しかしこの場ではそれは有り難かった。

 

「神通、だったか。スキズブラズニルの言う通りだと、コイツはドック艦でしかも横須賀で明石とも一緒に働いた事もある」

 

「コイツの話を聞く限り、君が言うように出撃出来る状態とは思えんが」

 

そう焙煎に指摘されて、神通は普段の彼女ならば決して見せない舌打ちをした。

 

「ご迷惑はおかけしません。そもそもこうして参ったのは助けて頂いた恩義があるからで、貴方には私達への指揮権はない筈では?」

 

等々取り繕う余裕も無くしたのか、神通の無礼な物言いに対ししかし焙煎は平然とこう答えた。

 

「ああ、確かに。提督のいる艦娘に対しては例え軍令部であっても命令を強制する事は出来んな」

 

「ば、焙煎さん〜⁉︎」

 

焙煎があっさりと認めてしまった事に、スキズブラズニルは落胆と共に驚く。

 

(やっぱり〜このハゲ〜!に期待したのは〜無駄でした〜)

 

他所の艦娘どころか自分の艦娘にさえ侮られる焙煎だが、しかし彼は続けてこう言う。

 

「では聞こう、君達の出撃を命じたのはその提督かな?」

 

その瞬間神通の表情は益々険しくなる、まるで触れて欲しくない場所に無造作に触れられたように怒りの感情さえ見える。

 

「艦娘に命令出来るのは提督のみ、また艦娘が独自で動く事は軍規により硬く禁止されている。と、言う事はだ」

 

焙煎は艦長席から降り、180㎝を超えるウドの大木は神通を見下ろしながらこう続けた。

 

「君達に出撃を命じた提督がいる筈だが、その提督は一体何処にいるのかな?」

 

その瞬間神通の中で今まで張っていた何かの糸が切れた、そして感情の赴くままに焙煎に掴みかかろうとして…。

 

「もうやめなよ、神通」

 

聞き覚えのあるその声に神通は「はっ」と我に帰り、その声の主を見た。

 

焙煎も振り返ると、そこには防水扉に寄りかかるように身体を預けている川内がいた。

 

まだ身体の傷が癒えていないのか、所々包帯が巻かれ血が滲んでいる。

 

如何に高速修復材と言えども、半日もたっていなければ全ての傷を塞ぐ事は出来ないのだ。

 

「姉さん⁉︎」

 

「神通、私が言うのも何だけど…提督はきっとこんな事を望んじゃいないよ」

 

「でも…!」

 

神通は自分の感情が整理出来なくなり、両の目に涙が浮かぶ。

 

「でも提督は…あの時…」

 

等々その場に崩れ落ちる神通、その様子を焙煎は唯黙った見ておりスキズブラズニルもどうしていいか分からない様子で会った。

 

「川内、だったか。話してくれるか?」

 

「ええ、焙煎中佐。この私程度の話で良ければ」

 

そうして川内は語り始める、あの時あの夜に一体何が会ったかを。

 

深海棲艦の奇襲を受け、敵の侵入を防ぐべく川内達は提督の指揮で戦い続けていた。

 

しかし多勢に無勢、味方の損害ばかりが積み重なり遂に全軍撤退の命令が下り、あの時提督は負傷者を先に船に乗せ、自身は殿部隊の指揮を取るべく指揮船に残ったのだ。

 

川内達は負傷者を非難船に乗せ、後送する為護衛任務に就いた。

 

そしてそれが、提督の姿を見た最後の瞬間であった…。

 

「後はご存知の通り、敵の追撃に捕まり中佐達に救助してもらった次第です」

 

川内が語り終え、いつしか艦橋にいた妖精さん達は業務を忘れこの話がどんな結末を迎えるのかと見守っていた。

 

「成る程、で提督とは…」

 

「それは…」

 

と川内が答えようとして、床に項垂れていた神通が顔をバッと上げてこう叫んだ。

 

「あのヒトは死んでなんかいません!提督はちゃんと約束してくれたんです」

 

「後で会おうって、そしてこの戦いが終わったら横須賀で…皆んなの前で…」

 

最後は蚊の消え入りそうな声になり、嗚咽を漏らす神通。

 

神通の頬を垂れた涙は、彼女の左手の薬指に落ちる。

 

そしてそこで漸く周囲の者達は気が付いた、神通の薬指には真新しいリングが嵌められているのを。

 

「成る程、状況は理解した。しかしハッキリと理由を聞いてしまったからには私もこう答えるしかあるまい」

 

「君達の出撃は許可出来ない」

 

焙煎の余りに無情な一言に、スキズブラズニルは「信じられない」といった表情を浮かべる。

 

あんな話を聞いた後、慰めるでもなく励ますでもなく、あくまでも無情な事を言う焙煎の精神を疑ったのだ。

 

しかし焙煎とて冷血漢ではない、寧ろ彼は他人の意見に左右されやすい凡人である。

 

しかし、彼の知る常識や感性はこの世界のそれと=では無く、あくまでも彼がいた元の世界。

 

そうつまり超兵器によって荒廃し尽くした世界の常識なのだ。

 

深海棲艦と長らく戦争が続くも、完全には平穏を奪われていないこの世界の住人とでは、その精神性に大きな隔たりがあった。

 

「川内、神通以外にもなる出撃を望む者はいるのか?」

 

「と、言うよりも私以外皆仲間の仇を取るんだと聞かなくて…それでここまで参った次第です」

 

つまりあの時助けた艦娘がそっくりそのまま出撃を声高に叫んでいるのだ、焙煎は苦虫を噛み潰したかのような渋面を浮かべる。

 

(スキズブラズニルには悪いが、矢張りあの時助けるべきじゃ無かったんだ。)

 

(超兵器が出払っている今、暴れられたら止める手段なんかコッチには無いんだぞ!)

 

焙煎は川内達の目がなければ、此処で頭を抱えて丸くなりたい気分だったが、しかし今此処で他人に弱気を見せる訳にはいかなかった。

 

そもそも川内の話を聞く限り、下で騒いでいる連中が今すぐにでも此処に突っ込んで来るかもしれない。

 

そう考えると、焙煎は此処で断固たる態度を見せる必要があったのだ。

 

(と言うか、軍規はどうした軍規は〜⁉︎これ完全に艦娘側が暴走してるよ〜)

 

(これだから指輪持ちは厄介なのに。)

 

因みに指輪持ちとはその名の通り結婚カッコカリをした提督と艦娘の事であり、トンデモナイ力を発揮する代わりに益々提督にゾッコンになり他を軽視する傾向が強まるのだ。

 

その為カッコカリ持ちの提督との関係は、本来上位者である筈の軍令部と言えども慎重に当たらねばならなかった。

 

まだ後方勤務だった時代、カッコカリが存在する鎮守府の補給物資は態々軍令部からの指示でイロがつけられていたほどだ。

 

そしてその内容品はカッコカリ艦娘の個人的な趣味や趣向品の類であったりなど、ブランド物のバックだったりと軍需物資とは到底呼べないものが多数であった。

 

(最も超兵器に好き勝手に足湯や養蜂場や酒造所に果てはゴルフ場まで作られている焙煎も人の事は言えないが)

 

焙煎はこの厄介なカッコカリ持ちを収めるべく、遂に高野元帥から託された殿下の宝刀を使う事にした。

 

さしもの艦娘達も、軍令部と高野元帥直々の委任状を見ればその権威に平伏すだろうとこの時は考えていたのだ。

 

「成る程、君達があくまでも私の命令に従えないとあらば此方にも考えがある。スキズブラズニル、アレを出してくれ」

 

と焙煎はカッコよくスキズブラズニルに手を出すが、当のスキズブラズニルは困惑し小首を傾げる。

 

「焙煎さ〜ん、アレって〜何ですか〜?」

 

「おまバカ、アレってのはなこの前渡した書類のことだよ⁉︎」

 

と思わず素が出てしまう焙煎、所詮凡人がカッコつけた所でハゲの人がカツラを被るくらい無意味な事なのだ。

 

兎に角、焙煎達もまた別な意味で困難な状況に陥っていた。

 



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50話

50話

 

焙煎とスキズブラズニルがコントをやっている間、川内はどうやってこの場を収めるか思い巡らせていた。

 

妹と同じくケッコンカッコカリ艦でありながら、神通と違い川内が冷静なのは彼女が自身の提督とのリンクがまだ途切れていないからだ。

 

艦娘は提督との相性や適性によって共に戦う相手を選ぶが、特に深き絆を結んだケッコンカッコカリ艦ともなれば、例え離れていても常に互いを感じることが出来最高練度まで極まれば正に一心同体と言うべき能力を得る。

 

そして件の神通は改二であり、尚且つケッコンカッコカリ艦であった。

 

皮肉な事にそれ程までに積み上げた練度がために、彼女は今現在絆を失った事で己が半身を失ったに等しい喪失感を得ているのだ。

 

(神通は今自分でもどうしたらいいか分からないんだね)

 

(でもその痛みは誰かにぶつけたって解決するものじゃない、自分で答えを見つけないといけないんだ…)

 

普段は夜戦忍者や夜戦馬鹿と周囲の者に笑われる川内であるが、その実三姉妹の長女として下の者の事をよく見ていた。

 

だからこそ姉妹だとか戦友だとか関係なく、川内は神通の胸の内が手に取るように分かるのだ。

 

そうこうしている内に、スキズブラズニルは漸く焙煎の望む物を探し出しあてた。

 

「あ〜りま〜した〜、これ〜です〜よね〜焙煎〜さん〜」

 

「やっとかスキズブラズニル、お前もうちょっと荷物の整理した方がいいぞ」

 

と言いながらも、綺麗にファイルに納められたそれを焙煎は受け取り中から一枚の紙切れを出す。

 

これはこの作戦に参加する前に、高野元帥と交渉した際に得た物だがまさか渡した方もこんな使い方をするとは夢にも思うまい。

 

そしてまるで御隠居さまの印籠のように、委任状を神通と川内に見せた。

 

「控えろ、これは高野元帥閣下から賜った委任状である」

 

「つまりは私の意に逆らう事は高野閣下の、ひいては海軍に逆らう事と同義だぞ」

 

と自分が海軍を裏切る事を棚に上げて、完全に虎の威を借る狐となった焙煎。

 

しかも何故か某ドラマの様な仰々しい口調と態度もオマケで付いてくるのだから、その滑稽さ具合に益々拍車がかかる有様である。

 

そしてその反応はと言うと…

 

「「コイツ、何言ってんだ⁉︎」」

 

と口には出さないものの、艦橋にいる焙煎を除いた全員が全員心の中で強くそう思ったのだ。

 

川内はここに来て、あの時何としてでも艦橋に上がるのを阻止していればと後悔した。

 

まさか、これ程までの凡愚だとは彼女も思いもしなかったのだ。

 

(何やってんのよこの人〜⁉︎そんな物見せびらかしたって止まるんわけ無いじゃないの〜)

 

(あ〜も〜、最初見た時から嫌な予感はしたけどもやっぱり期待するんじゃなかった〜⁉︎)

 

と川内が頭の中で思いっきり頭を抱えていると、一人ゆらりと幽鬼の様に神通が立ち上がった。

 

「…ふ…で…」

 

「…ふざ…い…」

 

そしてブツブツと小さな声で何事かを呟いているではないか。

 

明らかに様子がおかしい神通に、周りにいた妖精さん達は「ひぇっ!」と皆腰を引いた。

 

次の瞬間バッと顔を上げたかと思うと、クワッと目を見開き焙煎に向かってこう叫んだ。

 

「ふざけないでよ‼︎」

 

「そんな紙切れ一枚見せたからって…⁉︎私達をどうにか出来ると思っているの」

 

「馬鹿にしないでよ‼︎私が…私達が提督と一緒にどんな気持ちで戦っていたか…知りもしないで」

 

「海軍だから元帥だか知らないけれど、そんなもので私達に言う事を聞かせられるとは思わないで‼︎」

 

「この無能、クズ、馬鹿、ハゲ‼︎」

 

神通の次々と捲し立てられる言葉の数々に、「おお」と驚く焙煎。

 

彼の乏しい対艦娘経験の中で、こうも艦娘自身の生の感情をぶつけられたのは初めてだからだ。

 

だが彼が何よりも傷ついたのは…。

 

「う、煩いまだハゲてはない!」

 

と深く被った帽子を庇うように、焙煎は手で頭を押さえる。

 

最も周囲の者から見れば、「今更〜」とか「気にする所はそこかよ!」と内心でツッコミを受けていた。

 

「ちょ、ちょっと〜焙煎〜さん〜⁉︎怒っちゃい〜ましたよ〜。どう〜するん〜ですか〜」

 

とスキズブラズニルも流石に慌てたように…口調は全く普段と変わらないが焙煎の肩を揺らした。

 

「いや、どうするったって…」

 

焙煎とてこれまで幾つかの修羅場は潜って来たが、しかし忘れてはならない。

 

古来より男が怒った女性に対して勝てた試しはなく、そもそも彼は単なる凡人である。

 

事態を解決する所か、火に油を注ぐ結果となってしまったのだ。

 

怒れる神通は、そのまま一人でも出撃する勢いで一歩踏み出そうとした瞬間。

 

「っ⁉︎」

 

脇腹に突如として感じた痛みに思わず片膝をついた。

 

表面上は治ったとはいえ、興奮した結果また傷口が開いてしまったのだ。

 

「神通⁉︎」

 

妹の急変に川内も慌てて駆け寄り、スキズブラズニルも事態をよく飲み込めていない焙煎(バカ)を放っておいて神通に駆け寄る。

 

「神通、しっかりして⁉︎」

 

片膝をつく神通を川内は助け起こしながら、妹の顔を見てハッとした。

 

神通は苦しそうに脇腹を押さえ額には脂汗が滲み、息も荒く今すぐ手当が必要な状態だと直ぐに見て取れた。

 

「大丈夫です…これくらい…」

 

自分の顔を見て神通がそう強がりを言うのを聞いて、川内はいたたまれない気持ちで一杯になった。

 

彼女の瞳には明らかに死相が浮かび、それを承知の事で神通は戦いを求めたのだ。

 

スキズブラズニルは直ぐに担架を呼んで搬送しようとするが、しかしそれを神通は断る。

 

「どうせ…長くはないんです…ならせめて…一人でも多くの敵を…」

 

神通の悲痛な覚悟を、川内や妖精さん達は黙って聞いていた。

 

愛する者を喪い、最早共に同じ海で散るしかないと悲しい決断をした女の叫びだ。

 

しかし、ここに空気を読まない事にかけては焙煎に次ぐ艦娘がいた!

 

パシン、と乾いた音が艦橋内に響く。

 

その音を聞いて誰しもがギョッとした、何故ならスキズブラズニルが大きく手を振り抜いていたからだ。

 

「いい加減に〜して下さいよ〜⁉︎どうして〜直ぐ〜命を〜捨てられるん〜ですか〜‼︎」

 

スキズブラズニルは眦に涙を溜めながらそう叫んだ。

 

「意味〜分かんないですよ〜、何で〜相手が〜死んだからって〜自分も〜死ななくちゃ〜ならないんですか〜⁉︎」

 

「死んだ〜人は〜そんな〜事を〜しても〜帰って〜来ないん〜ですよ〜」

 

スキズブラズニルの叫びを、川内に担がれた神通は頭をダラんと俯けて唯黙った聞いていた。

 

彼女達は知らないが、スキズブラズニルは元の世界ではそれこそこの世界と引けを取らない程の激しく厳しい戦いをくぐり抜けてきた。

 

ドック艦として新しく艦を建造しては戦いに送り出し、傷つけばまた戦えるように治し送り出す。

 

自分自身が戦えない分他の艦に願いを託して、しかしだからと言って彼女は出航した艦が戻らない事を望まない日はない。

 

どんな艦も無事で自分の所まで戻って欲しい、本当は誰も傷ついては欲しくはないのだ。

 

誰よりも彼女は平和を祈って、送り出していた。

 

しかし戦争は彼女に厳しい現実を突きつける。

 

出撃する度に減っていく艦、二度と戻っては来ない乗組員。

 

戦争が激化し、戦いが激しさを増す一方でスキズブラズニルとその周りはどんどんと人や艦が減り寂しくなっていく。

 

そして運命のあの日、ウィルキアに最後に残された最強の艦を送り出した日を迎えた彼女は…。

 

「それで〜自分は〜満足〜しても〜残される〜ヒトは〜どんな〜気持ちで〜⁉︎」

 

スキズブラズニルは何処まで行っても送り出し、そして待つ艦である。

 

それはこの世界でも変わらず、超兵器と言う絶対的な暴力と破壊の化身を送り出すも、しかし心の内では彼女達の無事を祈ってやまないのだ。

 

それがドック艦としてなサガと言ってしまえばそれまでだが、しかし彼女の真摯に命を守る姿勢だけは紛れも無い本物である。

 

川内もスキズブラズニルの心の奥底からの叫びを聞いて、何も思わずにはいられなかったがしかしふとそこで肩に担いだ神通の様子がおかしい事に気付く。

 

「あの〜」

 

「なん〜です〜か〜‼︎」

 

川内が話の腰を折るように手を挙げ、スキズブラズニルの目がキッとなる。

 

「神通…この娘気絶しちゃってるみたいなんだけど…」

 

とバツが悪そうに頬をかく川内、よく見れば神通は頭を項垂れて話を聞いているのではなく気絶して体から力が抜けている事に気付く。

 

ここで話を少し巻き戻し、スキズブラズニルが神通の頬を叩く所まで巻き戻る。

 

あの時神通の頬を叩く瞬間、実はスキズブラズニルの大きな掌は彼女の頬だけではなく顎まで捉えていたのだ。

 

と言うのも、身長2mを越す身体は当然の事ながらその手足も大きい。

 

しかもこの時スキズブラズニルは感情が爆発し、勢い余って大きく振りかぶってから神通の頬を叩いた。

 

これが単なる平手打ちや或いは神通が正気でいあれば防げたであろうが、この時運の悪い事が偶然にも折り重なってしまったのだ。

 

つまり、巨大ドック艦の質量×振り抜く速度分の衝撃が、そのまま神通にぶつかりしかも、顎にモロに入った事で彼女の脳を揺らす自体も引き起こした。

 

その結果、神通は全くスキズブラズニルの話を聞いていない所か白目を向いて今すぐ病室に搬送しなければならない程危険な状態だったのだ。

 

この後スキズブラズニルが慌てて脳震盪を起こした神通を担架で搬送し、何とか一命はとりとめたものの結果としてこれが変なふうに伝わり、談判に行った神通を焙煎達が暴力で押さえつけたのだと誤解を生んでしまった。

 

そして暴走してた艦娘達が、神通の解放を求めて病室に立て籠もると言う自体に発展してしまうのである。

 

ここに来て焙煎も等々決断しなければならない事態に陥った。

 

つまり、彼女達艦娘を実力で排除するのか否か…彼の最も長く苦しい決断が下されようとしていた。

 

 



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51話

51話

 

南方海域の最深部にある敵要塞突撃前になり、ヴィルベルヴィント達超兵器はスキズブラズニルと交信を行おうとしたが、一切返答がない事に不審を感じていた。

 

一体全体どうした事だろうかと思い、まさか自分達を置いて逃げてしまったかとも考えたが、しかし直ぐにその考えは消える。

 

何故なら「あの男にそんな度胸や頭があるはずがない」とのヴィルベルヴィントの言に、誰しもが同意したためだ。

 

「まぁ、艦長は悩んで悩んで悩みまくった末に結局決められない凡人ですからね、だからこそ私の様な導く者がいなければなりませんわ」

 

「それについては全く」

 

「しごく当然ですね」

 

「…否定は出来んな」

 

「ハーレクイン的には、もう少し決断力を持って欲しいです」

 

「ほんま、よう決められんお方でんなぁ」

 

と超兵器達はアルウスに同意しつつも、その「私の様な」との部分には自分自信の事を当てはめていた。

 

失礼ながら此処にいる超兵器全員、焙煎の事を「本当に艦長として敬っているんかぁ?」と言いたくなるほど全く敬意をもっていないのだ。

 

そしてこの敬意を全く払えない、払う必要のない凡愚極まる男だからこそ、彼女達は自分がしっかりしなければとの思いが強い。

 

兎に角、この奇妙な信頼関係によって超兵器達は当初の任務に集中する事が出来たのだ。

 

しかしその為に、本来なら不審がって戻る事なく先に進んでしまったが為に、ついぞ焙煎達の身に起きている危機に気付く事は無かったのである。

 

最も、誰が予想できただろうか。

 

助けた筈の艦娘達に立て篭もられるなどと言う、間抜けな事態になっていた事など。

 

 

 

 

 

 

 

複数の異なる船が連結して出来た巨大ドック艦スキズブラズニルの病院船に続く通路にて、周囲は物々しい雰囲気に包まれていた。

 

通路は病室のベットをひっくり返して即席のバリケードが作られて封鎖されており、作業着姿の妖精さん達がメガホンを片手に投降を呼びかける。

 

しかし立て籠もる艦娘達は一向に話を聞く様子はなく、逆に神通の解放を求める始末。

 

最早、誰の目にも艦娘達の反乱は明らかであった。

 

さて此処まで来るのに今少しばかり説明を重ねねばならない。

 

神通がスキズブラズニルのイイ一撃を貰って失神した後、病室に運ばれて検査で問題がない事が分かったが焙煎の命令によりまた起き出して暴れられたら困るとの理由により、彼女は病室に鍵をかけられてしまったのだ。

 

しかもおり悪い事に神通に付き添って川内が付いて行ってしまい、一向に戻らない神通を不審に思った他の艦娘達がまるで伝言ゲームの様に情報を半端に集めてしまったが為、有らぬ誤解を生じてしまっていた。

 

つまり、出撃の許可を求めて来た神通を焙煎達が暴力で押さえ込み監禁したと言う、一部正鵠を得ているから尚の事タチの悪い噂が出回り、その結果一部の艦娘達が暴走。

 

結果として他の艦娘達も同調して、病院船一隻を乗っ取っての立て篭もり事件に発展してしまったのだ。

 

事件の事を聞いて川内が慌てて説得に向かうも、逆に神通を人質に取られていると誤解されてしまい結果として益々火に油を注ぐ事となり失敗してしまう。

 

ここに来て最早話し合いによる事態の解決は不可能であり、後は焙煎達が折れるかそれとも実力でもって排除するしかないと言う究極の二者択一の選択を迫られる事となる。

 

そして焙煎は一人自室で悩んでいた。

 

普段書類作成に使っている机に向かい、両ひじをつき手を組んでそこに額を押しつけた焙煎は、どうすればいいか堂々巡りの考えに陥っていたのだ。

 

(艦娘達の要求に屈するのはナンセンスだ、只でさえ海軍を離れようという現状、なけなしの秩序まで失ってしまったら目も当てられない)

 

(しかし、だからと言って現状こちらが艦娘に対して有効な手段がある訳でもないし…)

 

普段ならば、このような時ヴィルベルヴィント達超兵器が相談に乗ってくれていた。

 

と言うよりも、彼女達が勝手に此方の都合の良いように考え行動してくれるので実質焙煎がアレコレと指示をしたり決断を下した事は少ない。

 

だからこそ、頼るべき者なき現状その経験不足のツケが回って来ていたのだ。

 

(はあ、こうして改めて考えてみるとやはり超兵器と言うのは傑出した存在なんだな)

 

焙煎はつくづくそう思うのには、超兵器と言う存在でまず誰しもが思い浮かべるのはその戦闘力であり、次に超兵器機関に代表される超科学技術である。

 

しかしそれは超兵器のほんの一面にしか過ぎない、嘗て列強の誇りを胸に最強の兵器として彼女達は同時に当時最新最高最精鋭の人と物で構成されていた。

 

超兵器一隻とて、当時の総旗艦クラスの人員と指揮権を持ち、常に戦局を覆し得る戦略的存在であり、それを動かす人員は末端に至るまで選抜し訓練されたエリート中のエリート。

 

その能力を受け継ぐ彼女達超兵器が、単なる武張った脳筋集団の筈がない。

 

常に大局を見て選び動く事ができる、正に究極のリーダー集団なのだ。

 

そんな彼女達のサポートを今まで受け付けてきた焙煎は、正に贅沢者と言っても過言では無い。

 

しかし幾ら周囲に優秀な者を置いても、当の本人が単なる凡人である事には変わらないのだ。

 

そして周囲に頼る者が無い状況でこそ、この焙煎と言う男の人間としての真価が試されようとしていた。

 

一方その頃、立て篭もり現場では必死の説得が行われていた。

 

「だ〜か〜ら〜何度も〜言ってる〜じゃない〜ですか〜」

 

「神通〜さんは〜今〜部屋で〜絶対〜安静に〜して〜いなくちゃ〜ならないん〜です〜」

 

通路に作られたバリケードから遠く離れた所で、メガホン片手に説得を続けるスキズブラズニル。

 

しかし立て籠もる艦娘達の反応はと言うと…。

 

「煩い引っ込めー!声が妙に間延びして聞きとりにくいし書きにくいんだよ」

 

「神通さんと川内さんを解放しなさい!あの2人が帰って来るまで此処を動かないわよ‼︎」

 

「革命万歳〜ウラー!モロトフカクテルをお見舞いしてやる」

 

とシンフォニーだか別府だか分からない顔を真っ赤にした生っ白い艦娘が、中に液体の詰まった瓶を投げる。

 

床にぶつかった瞬間中の液体がそこら中に散らばり、あわや火炎瓶かと思った妖精さん達が一斉に下がった。

 

しかし中身は単なる薬品だったのか、床や壁を汚すだけでそれ以外の被害は出ない。

 

「こらー!瓶なんて投げちゃ危ないでしょ。破片が当たって怪我をしたらどうするのか」

 

「ウラー」

 

「ウラーじゃない、貴女また消毒用のアルコール液飲んだでしょう!」

 

と何故だか幼妻の香り漂う艦娘が、消毒アルコールを呑んで酔っ払った艦娘を叱る。

 

その様子は立て篭もりと言うのには余りに朗らかではあったが、立て籠もっていると言う事実には変わりがない。

 

しかし、妖精さん達やスキズブラズニルも相手の緩い空気に飲まれてばかりではいけない。

 

彼らも工廠で作った即席の盾を構えつつ、ジリジリとバリケードに迫っていく。

 

艦娘達もそれに応じて後退していくが、数で圧倒する妖精さん達が最終的に突入に踏み切れないでいるのには訳があった。

 

と言うのも、相手の艦娘は艤装がなくても訓練された軍人でありまた兵器である。

 

さっきから漫才な様な事をやっていても、その眼光は鋭く迂闊に踏み込もうものなら返り討ちにあうことは必定。

 

逆に妖精さん達は数こそ多けれど、大半が工廠勤務の言わば後方要員であり、到底訓練された軍人に及ぶものではない。

 

しかし艦娘達も立て篭もったはいいものの、実質周囲を取り囲まれて孤立しているも同然であり、数で押されて包囲を狭めれば後退する他ないのだ。

 

だが追い詰められ後がなくなれば艦娘達が暴発するかもしれず、そうなれば最終的に数で勝る妖精さん達が制圧こそすれ互いに犠牲が出る事は否めない。

 

それは救った相手を自分達で害すと言う、正にタチの悪い冗談としか言いようが無い状況であり、それを避けるべく焙煎の決断が求められているのだ。

 

「もう〜焙煎〜さんの〜ハゲは〜一体〜どうする〜つもり〜なんですかね〜」

 

と腹をたてるスキズブラズニル、だが原因の一端は彼女にもあるのだがそれは棚に上げていた。

 

やろうと思えば(やりたくはないが)、それこそこのスキズブラズニルと言う巨大ドック艦全体は言わば彼女の身体の様なものであり、艦娘達が立て籠もる病院船だけを切り離して隔離する事も兵糧攻めにする事も出来る。

 

しかし中にはまだあの時救助した負傷兵が取り残されており、最悪の場合艦娘達が彼等の命を盾に取る可能性もあった。

 

故にスキズブラズニルとしては強硬手段では無く、話し合いによる穏便な解決方法を模索したい所なのだが…。

 

「あの〜ヒトが〜どう〜判断〜する〜かです〜ね〜」

 

と真剣な表情で、いつものように間延びする特徴的な声で言った。

 

周囲の者達や妖精さんに果ては超兵器にまで侮られる焙煎であるが、しかしスキズブラズニルだけは知っている。

 

(あの人は、いざとなったらどんな手段でもやるヒトです。少なくともヴァイセンヴェルガーの名を持つ人間はそうでした)

 

自分が元いた世界とは違う出身とは言え、スキズブラズニルは焙煎の事を警戒していた。

 

それは単に世界支配を目論み戦争を引き起こした最悪の独裁者と同じ名前だからと言う以上に、彼女の本能が警告を発しているのだ。

 

(本当に、臆病で凡庸なヒトなら超兵器なんてもの作ろうとは思わないはずです)

 

(例え帰る手段の為とは言え、世界を滅ぼした元凶そのものを建造するなんて考えられません)

 

それは、今現在艦隊の中でスキズブラズニルだけが持つ同じ凡人としての下からの視点であった。

 

なまじ優秀な為に能力の低い者を見下しがちな海軍や艦娘、そして自らを絶対と信じてやまない超兵器からすれば焙煎など取るに足らない小物に見えるだろう。

 

だが、時としてその様な路傍の石ころが人を躓かせる事もある。

 

元の世界で、それこそ多くの人間を乗せ世界中の人々と触れてきたスキズブラズニルだからこそ、追い詰められた時人は何をするか分かったものじゃないと知っていたのだ。

 

故にスキズブラズニルは願っていた、これ以上焙煎を追い詰めないでほしいと。

 

膨れ上がった風船が弾けた時、一体何が起こるのかは誰にも予想がつかないのだ。

 

だがしかし、スキズブラズニルの願いは儚くも裏切られる事となる。

 

別の通路でバリケードと対峙していた妖精さん達が、突如としてバリケードを乗り越え突撃してきた艦娘達によって追い散らされたのだ。

 

これにより、幾人かの負傷者を出しもうお互い後には引けぬ所まで来てしまった。

 

そして、これを自室で聞いた焙煎は等々ある決断を下す事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

焙煎がその報告を聞いた時、再度確認を求めずジッと頭の中で情報を反芻していた。

 

そうして、彼はゆっくりとした口調でまるで自分自身を落ち着かせるかの様に、全ての妖精さん達に病院船から離れる様命令した。

 

そしてまた、病院船との通路を全て塞ぐ様にとも付け加えたのだ。

 

一見するとこれは、被害が出たことにより焙煎が及び腰となり妖精さん達を引かせた様に思われる。

 

しかし、命令を直接聞いた妖精さんは常ならぬ焙煎の様子に嫌な予感を感じていた。

 

そして焙煎は妖精さんへの指示を終えると、次にスキズブラズニルを呼び出した。

 

呼び出されたスキズブラズニルは、何が嫌な予感がしながらも焙煎の待つ艦橋へと急いだ。

 

道中次々と閉ざされていく隔壁や撤退する妖精さん達の姿が目に浮かび、彼女の中である最悪の予想が浮かぶ。

 

そして艦橋にたどり着いた時、既に艦長席に座っていた焙煎はスキズブラズニルの方を振り向きこう言った。

 

「スキズブラズニルから病院船を切り離す」

 

スキズブラズニルの頭の中は、予想の中での最悪が現実となりパニックになった。

 

「ば、焙煎〜さん〜、あの〜中には〜まだ〜負傷者が〜残ってるん〜ですよ〜」

 

と顔がヒクつきながらも、スキズブラズニルは何とか声を絞り出す。

 

しかしそれに対して焙煎は、酷く冷たい声でこう言った。

 

「問題ない」

 

一体全体何が問題ないのか?

 

もしかして、こちらから神通と川内を解放する事を条件に負傷者を引き渡す様要求するとか、とこの時スキズブラズニルは考えた。

 

しかし次の言葉でその予想もひっくり返る。

 

「そのまま一緒に流せ」

 

「⁉︎」

 

今度こそスキズブラズニルは絶句した、予想した中で最悪の中の最悪を上回る回答に、さしもの彼女も二の句をつげなくなったのだ。

 

「そもそも奴らはこの船から降りたいのだろう?だったらそうしてやるまでだ」

 

この時、スキズブラズニルは焙煎の底を見た心地であった。

 

(コイツは、エゴの塊だ⁉︎自分の都合の悪いものは全部捨てる。そんなタイプの人間だ)

 

多くの人間を見て触れて、様々なタイプと出会ったからこそ焙煎の様な最悪な人種をスキズブラズニルは知っていた。

 

心のどこかではそうであろうと思っていたが、普段の凡庸さから見逃しがちであったのだ。

 

しかし今ここでその化けの皮が剥がれた今、彼女の目には焙煎は醜悪な俗物として写っていた。

 

「そ、そんな〜事〜言われ〜ても〜、私が〜言う事〜きくと〜思ってるん〜ですか〜?」

 

と声を震わせながら精一杯の虚勢を張るスキズブラズニル、生身で感じる人の醜怪さに彼女は心ならずも怖気づいているのだ。

 

「お前がやらなくとも、既に手筈は整っている」

 

と焙煎が意味ありげに言い、まさかと思いスキズブラズニルは妖精さん達の方を振り向いた。

 

「そん、な…妖精〜さんが〜どうして〜?」

 

スキズブラズニルにとって、艦内で今何が起きているかなど手に取るように分かる。

 

たった今彼女は、妖精さん達が病院船を切り離そうと作業を行なっているのを感じたのだ。

 

振り向いた先にいた妖精さん達も、スキズブラズニルと目線を合わさない様に顔を背ける。

 

スキズブラズニルその態度に益々混乱した、何故艦娘と共にあるはずの妖精さん達がこんな事を行なったのかと?

 

確かにスキズブラズニルは横須賀で工作艦明石やドック勤務の妖精さんと共に短いながらも共に働き、また彼ら彼女らと触れ合ってきた。

 

そこから彼女は妖精さんとは艦娘の役にたつ者、と誤解してしまったのだ。

 

だがそれは違う、確かに横須賀の‘海軍’所属の妖精さん達は艦娘に対して尽くすが、スキズブラズニルの妖精さん達はそうではない。

 

元々スキズブラズニルの妖精さんの始まりは、彼女が建造する前そう最初の破棄された基地時代にまで遡る。

 

戦略的な理由から放棄されそのまま基地ごと見捨てられた妖精さん達は、焙煎達が来るまでずっと待ち続けたのだ。

 

人ではなく艦娘が為にある妖精さん達が、海軍の都合により放置された結果、彼等に言い知れぬ怒りと不信を植え付けてしまっていた。

 

焙煎達に拾われて共に長い間航海する事で共同体意識が生まれ、自然彼等の帰属意識はスキズブラズニルと言う巨大ドック艦そのものに向いたのだ。

 

彼等はスキズブラズニルを害するモノがあらば、何であれ全力で排除するだろう。

 

しかも今回はこちら側に負傷者が出ており、仲間がやられて黙って何もしないでいる程妖精さん達はお人好しではない。

 

スキズブラズニルの間違いは、自分達と海軍の妖精さん達を同じに見てしまった事だろう。

 

その結果、彼女は信じていた妖精さん達に裏切られた様に感じてしまっていた。

 

「それで〜いいんですか〜⁉︎本当に〜これで〜いいんですか〜」

 

当然納得がいかないスキズブラズニルは、駄々をこねる様に叫ぶもしかしそれに待ったをかける声がした。

 

「今の話、本当なんですか」

 

スキズブラズニルは驚き、声の下方向を見る。

 

そこには、神通の看病をしていたはずの川内の姿があった。

 

「焙煎中佐、お答えください。本当に船を切り離すおつもりで?」

 

普段の鎮守府での彼女を知る者が見れば、川内の変わり様に驚いただらう。

 

しかしいくら彼女とて、時と場を弁えるくらいの分別はある。

 

「残念ながら今の君の仲間達の行動は明らかに反乱と見る他ない。よって、古くからの習わしに従い追放処分とする」

 

ここで初めて焙煎は反乱、と言う言葉を使った。

 

最も海軍を脱走しようとしている焙煎達のどの口が言うかとの疑問もあるが、それについては先に焙煎が出した高野元帥の委任状が効いてくる。

 

まさか元帥の信頼厚い者が海軍を離反していようなどとは思わない筈であり、逆に艦娘側の非はこれ以上ない程明らかにされてしまっているのだ。

 

今の焙煎は正に地位と権威を傘に着てる、独裁者然とした乱暴な指揮官に見えるだろう。

 

「何とか考え直す事は出来ませんか?私がもう一度説得して、せめて負傷者だけでも開放する様話しますから」

 

川内としては負傷者の事を交渉材料に、何とか最後の説得の機会を試みようとする。

 

今彼女達が放り出されたらそれは死刑宣告も同然なのだから、何とか焙煎を翻意させる時間を稼ごうとしたのだ。

 

しかし、焙煎はそれを無情にも斬って捨てる。

 

「いやそれには及ばない。既に彼女達によってこちらに負傷者が出ている、とても満足のいく交渉が出来る相手じゃ無い」

 

「そもそも、君を向こうにやった所で今度はその負傷者を盾にして要求を突きつけてくるやもしれん。この船の安全を預かる身としてそれは看過出来ない」

 

川内はその答えに焙煎の意思が固い事を悟り、彼女は項垂れた。

 

一体どこで自分達は選択を誤ったのだろう?

 

あの時もっと皆を強く止めていればと、川内は後悔した。

 

更にそこに追い打ちをかける様に、焙煎がこう言い放った。

 

「君の妹、神通にも当然ながら反乱の疑いがある。残念ながら彼女にも降りてもらう他あるまい」

 

川内はそれを聞いて、一瞬目の前の男を取り押さえれば全てが解決するのではと言う誘惑に駆られる。

 

しかし、直ぐにその甘い考えを頭を振って取り消した。

 

自分と同じ様に救助された仲間から聞いたが、自分達を救ったのはあの超兵器だと言う。

 

今現在は何らかの任務で出払っている様だが、噂に聞く彼女達が戻ってきたら自分達の小さな反乱など簡単に取り押さえられてしまうだろうと。

 

「焙煎中佐…妹が降りるのなら私も罪は同じです。共に船を降りてもらよろしいですか」

 

川内は絞り出す様な声で、そう言った。

 

最早、自分達に残された道は一つしか残されていなかったのだ。

 

川内が艦橋から出ていった後、スキズブラズニルは焙煎に向かって腕を思いっきり振りかぶりながらこう言った。

 

「艦長、貴方は最低です」

 

 

 

 

 

 

 

スキズブラズニルから、一隻の船が切り離されていく。

 

見送る者など誰一人とない寂しい出港を、痛む頬に手を当てながら焙煎は艦橋からそしてもう一人スキズブラズニルはデッキに降りて見送っていた。

 

神通と共にスキズブラズニルを降りた川内の説得により、切り離し作業そのものは順調に進んだ。

 

元々艦娘達の方も本気で反乱を起こした訳ではなく、ただ仲間を取り戻したいと言う至極真っ当な理由が暴走してしまった為であり、その結果自分達が反逆者となってしまったことに愕然としていたのだ。

 

またそもそもの原因が自分達の勘違いにあると言う事がわかり、その余りの救えなさ具合に彼女達の多くが茫然自失となり、気力を失ってしまった事も関係した。

 

スキズブラズニルはデッキの手すりがひしゃげる程強い力で握りながら、この後の彼女達の運命を思い暗澹たる気持ちに襲われる。

 

これから彼女達を乗せた船は、その燃料が尽きるまであてども無くこの海を彷徨う事となるだろう。

 

そしてその旅は彼女達の最後の一人の命が尽きるまで終わらない。

 

何と残酷で恐ろしく、この世のものとは思えない仕打ちだろうと。

 

(あの時〜私も〜一緒に〜なって〜いれば〜)

 

ともう過ぎてしまった事を思うスキズブラズニル。

 

だが例え自分がそう思う通りにしたとて、今度は焙煎が超兵器を全て呼び戻して制圧にかかるだろうくらいの事は、予想がついた。

 

そうなれば、艦娘達は一人残らず殺戮されてしまうだろう。

 

一体何が最善だったのか、そもそもあの時助けたのが間違いだったのか?

 

堂々巡りの思考の迷路に陥りそうになり、ふと顔を上げてもう一度去りゆく船を見たとき彼女はふとある違和感に気がつく。

 

(船が〜戻って〜来ない〜?)

 

スキズブラズニルは巨大ドック艦であり、同時に複数の船の集合体である。

 

そのスキズブラズニルを構成する船の一つ、病院船は施設そのものの安全のため内側に配置されており、切り離すには同時に他の船も離さなければならない。

 

無論、大半の船は既に元の配置に戻っているがしかし一隻だけまるで病院船に寄り添う様にどんどんとスキズブラズニルから離れていくではないか。

 

そしてその船はスキズブラズニルの記憶が正しければ、あの男の性格からして見落とす筈がない船であった。

 

スキズブラズニルは真相を確かめるべく、もう一度自分が殴り飛ばした艦長の元へと走り出す。

 

艦橋に続くエレベーターを待つ時間も惜しく、スキズブラズニルは長い階段を一足跳びに駆け上がる。

 

普段自堕落なイメージしかない彼女だが、実はその体躯に見合った運動能力を有しているのだ。

 

でなければ、元の世界で一年余りで世界を一周する事など出来よう筈がない。

 

ビル十数階分に匹敵する高さを、ものの数分で登りきったスキズブラズニルは、閉ざされた鋼鉄の隔壁を蹴破って中に入る。

 

「おお⁉︎」

 

突然外から扉が蹴破られ、しかも2mを越す大女が入って来た事で驚きの声を上げる焙煎。

 

「焙煎〜艦長〜答えて〜下さい〜」

 

「え、いやおい。さっき殴り飛ばした相手に向かって今そんな事言うから?」

 

と焙煎は驚きつつ、先程殴り飛ばされた方の頬を手で庇いながらそう言った。

 

そばで見ていた妖精さん曰く、「体重さえ絞ればスーパーヘビー級で世界を取れるパンチ」と称されるスキズブラズニルの一撃を受けたのだ。

 

警戒しない方がおかしいが、しかしスキズブラズニルはそんな事御構い無しに聞いてくる。

 

「あの船〜輸送船を〜どうして〜戻さないん〜ですか〜」

 

そう今現在病院船と共についていっている船、それは元々食料や医薬品に資材等を保管している船の一隻の筈だ。

 

吝で守銭奴もとい資源狂いの焙煎が、貴重なそれをタダで手放したとは到底思えない。

 

「あ、あれか〜。確か碌に大したものも残ってなかったから、解体する手間も惜しいんで放棄したんだよ」

 

「へぇ〜」

 

と疑り深げに焙煎を見るスキズブラズニル、彼女の記憶が正しければあの船にはまだ十分な量の物資が乗せられていた筈だ。

 

それをこの男が知らない筈がない、何か隠していて良からぬ企みを抱いているに違いない。

 

スキズブラズニルは心の中でそう勝手に決めつけた。

 

「素直に〜白状〜して〜下さい〜、もう〜一発〜お見舞い〜しますよ〜」

 

と今度は利き腕の方の左肩を回すスキズブラズニル、そう神通や焙煎などを沈めた右手の一撃も彼女の本気では無かったのだ。

 

「よ、よせスキズブラズニル⁉︎お前のは本当にシャレにならん」

 

「だったら〜素直に〜話せば〜いいじゃ〜ない〜ですか〜」

 

とジリジリと焙煎に近づくスキズブラズニル。

 

突然この目の前の男が、仏心を出しただとか慈愛の心に目覚めただとかというのでもない限り、(いや億が一にでもそんな事はあり得ないと彼女は思っている。)何か隠していると疑っているのだ。

 

ある意味で相手の人間性を全く信用していないというのも、ある意味では信頼の形なのかもしれないがそれを確かめる手段が暴力なあたり、スキズブラズニルもまたこの艦隊に染まってきていた。

 

焙煎の方もこれまで数の危機(乳枕で窒息&アルコール溺死)や理不尽(コーヒーを頭の上に乗せられた上での耐久レースに爆乳ヘッドロック)な目にあってきたが、この時程恐怖を感じた事は無い。

 

スキズブラズニルの威圧感と迫力に押されて、ジリジリと後退する焙煎。

 

このまま壁際まで追い詰められて逆壁ドンさらるかに見えた時、哀れにも艦橋に一人の妖精さんが空気を読まずに入ってきた。

 

その妖精さんは手に書類を持っており、焙煎がそれをギョッとした目で見たのをスキズブラズニルは見逃さなかった。

 

スキズブラズニルは焙煎が止めるのも聞かず、妖精さんから書類をひったくる。

 

そして素早くそれらに目を通していくにつれ、さき程まで怒りの形相を浮かべていた彼女の顔が当惑したものに変わる。

 

書類にはこう書かれていた、『病院船及び輸送船の自動航行システムにラバウル基地迄の航路入力完了。当該基地到着までの日数分の燃料、水、食料並びに負傷者用の医薬品類の積み込み完了。艦娘達の艤装及び燃料弾薬の積み込み完了…』などなど。

 

到底追放者に与える慈悲にしては過大すぎる物の数々に、スキズブラズニルは焙煎が何を考えているのか分からなくなっていた。

 

さて、此処でもう一度焙煎と言う男がどう言う人物なのか思い出して頂きたい。

 

彼は何処にでもいるような凡庸で凡俗な男であり、かつ権威に弱く周囲に流されるような性格である。

 

突如として見知らぬ世界に転移し、そこで生きる為に身分を偽り周囲に対して縮こまりながら息を潜めて生きてきたのだ。

 

その心の萎縮は、超兵器と言う絶対的な力を得てからも変わらない事から、いかにこの男が周囲から受けてきたストレスが大きいのかの証左だろう。

 

今回艦娘達を追放するなどと言う大胆な行動に取れた背景には、元帥からの委任状と言う権威の後ろ盾があったからであり、彼女達がそれに粛々と従ったは良いがいざ追い出すとなると途端不安に駆られたのだ。

 

つまり、自分で決めた事の癖に艦娘達から恨まれる事を恐れ、アレコレと影で手を回しその心象を和らげようと言う無駄な努力をしていた。

 

それなら最初から武力に訴えて制圧すれば余計な出費も手間もかからずに済んだのだが、生憎と彼の武力を支える超兵器達は不在であり、ある意味で助かったともいえる。

 

最も超兵器の誰かがいたとしても、根っからの小心からその様な暴挙には出なかっただろうが。

 

つまり今回焙煎が見せたチグハグな矛盾に満ちた行動の背景には、彼個人の資質と性格が大きく関わっていたのだ。

 

さて書類をひったくって困惑するスキズブラズニルは、今一度焙煎に事の次第の説明を求めねばならなかった。

 

“人”を知っていると豪語する彼女でも、今回の焙煎の奇妙な行動に困惑し納得を得られずにいるのだ。

 

そして焙煎の方も、書類を見られたからには下手な言い訳をする気力を失っていた。

 

焙煎は正直に口を割り始めた、最もその内容は多少言葉を飾り意図的な事実誤認をする様な表現をたっぷりと含んだりものであるが。

 

この男にもなけなしの陳腐なプライドがあると言う事なのだろうが、スキズブラズニルはそんなものに誤魔化されず“正しく”理解しその結果こう思った。

 

(バッかじゃねーの〜コイツ〜⁉︎)

 

(てか〜艤装も〜返しちゃったって〜艦娘さん達が〜それで〜こっちを〜攻撃して〜きたら〜どうするつもり〜なんですか〜この人〜?)

 

スキズブラズニルは常日頃から焙煎の事を余り良く評価はしてこなかったが、それでも一応海軍人としての最低限の能力はあるものと考えたいた。

 

しかし今回の一件で焙煎はその最低必要限を大きく下回る、いや一般のそれと比べても彼の能力が平均には達していない事をまざまざと見せつけられたのだ。

 

結局の所彼がこれまで上手くやれてきたのも超兵器のお陰であり、それがなければ士官学校落第スレスレの落ちこぼれ軍人である。

 

そんな人間が、これまでこの艦隊の責任者を務めていたかと思うと、立ち眩みがするスキズブラズニル。

 

(超兵器〜さん達が〜この人を〜構うのも〜分かる〜気が〜します〜)

 

分かりはするが理解はしたくない分類の感情ではあるが、スキズブラズニルはつまり今後自分が何をしなければならないかについて気が付いた。

 

(もしかして〜これって〜超兵器さん〜達が〜いない〜間は〜私が〜しっかり〜しないと〜いけないって〜事じゃ〜ないですか〜‼︎)

 

この艦隊において、一部の業務を除いて勤勉という言葉から最も無縁な存在であった自分が、知りたくもなかった事実に気付いてしまったが為に、余計な責任を背負いこむ羽目になったのだ。

 

スキズブラズニルは気付いてしまった己が迂闊さと、焙煎の無能さ両方に呪詛の言葉を叫びながら、これから先自分の判断に艦隊の運命がかかってくると言う責任感に押しつぶされそうになっていくのである。

 

そしてそれは今まで名目上保っていた焙煎の指揮権と言うものが、これから先全くなくなってしまうと言う事も意味していたのであった。

 

 




一行で分かる粗筋

スキズ「ウチの提督無茶苦茶無能やん‼︎こりゃ今後任せられへんわ」

ハゲ「ファッ!」


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52話

52話

 

スキズブラズニルでグダグダな事件が起きていた事など露知らず、南方海域での戦いは(何度目かの)最終局面を迎えていた。

 

離島棲鬼が作り上げた要塞島は、高射砲塔と巧妙に隠蔽されたトーチカからなる立体的な火線を形成し、戦艦棲姫ら反乱艦隊を寄せ付けなかった。

 

実はこの時、既に飛行場姫側の艦隊戦力は壊滅してはいたものの、沈むくらいならと多くが砂浜に座礁する道を選び、そこで文字通り不沈砲台として火線を吐き続けたのである。

 

本来なら彼女達はそこまでして飛行場姫に義理立てする謂れはない。

 

しかし、反乱の発生とその後の展開の早さから彼女達の多くは乗り換える機を逸してしまい、半ばヤケクソ気味に抵抗を続けているのだ。

 

戦艦棲姫も本来なら彼女達とは争う理由など無いのだが、一度事を起こした以上そうそう鉾を収める事も出来ず、いかに稀代の名将とは言え完全に状況をコントロール出来ているわけではない。

 

このまま互いに悪戯に戦力をすり減らす消耗戦に陥るかに見えた時、両軍は同時にそれが現れたのに気が付いた。

 

「ノイズ反応ヲ確認‼︎高速デ接近中」

 

両軍のオペレーターがそう言うが早いから、レーダーの端からまるで侵食する様に拡大するノイズ反応は直ぐに海域の半分を埋め尽くした。

 

「来タカ!前線ノ艦隊ヲ退カセロ」

 

戦艦棲姫は素早く状況の変化に対応した、彼女は包囲の一角を崩してまで超兵器との接触を避けようとしたのだ。

 

そしてその一瞬の判断が両軍の生死を分けた。

 

戦艦棲姫の艦隊が道を開けた瞬間、水平線の向こう側から空間を埋め尽くさんばかりの砲弾やミサイル、ロケットにレーザーの嵐が駆け巡り要塞島の一角と衝突する。

 

次の瞬間途方も無い程の爆発が起こり、要塞島を炎が舐めた。

 

隠蔽などまるで無駄とばかりに大量の砲弾が次々と突き刺さり、殺到したロケットやミサイルが爆炎と共に要塞の表面を覆う地面をジャングルごと耕す。

 

めくれ上がった地表はその下に隠された人工の構造物を露出させ、天高く聳え立っていた高射砲塔は根元からポッキリと折れ無残にも砂浜にその残骸を横たえる。

 

「第3装甲マデ貫通サレマシタ!」

 

「第8、第6区画ニ火災発生!消化班ヲ向カワセマス」

 

「直チニ全隔壁ヲ閉鎖シナサイ!コレ以上ノ被害ヲ防グノヨ」

 

要塞地表の指揮所内でオペレーター達が次々と凶報を告げる中、離島棲鬼は被害を食い止めるべく矢継ぎ早に指示を送る。

 

指揮所の窓の外を見れば、超兵器の攻撃が集中した箇所から巨大な土煙が立ちのぼり、降り注ぐ大量の土砂が如何に先の攻撃が圧倒的かつ強大だったかを物語っていた。

 

事実この時の一撃により、離島棲鬼が心血を注いで作り上げた要塞島の戦闘力の凡そ18%が失われていたのだ。

 

しかしそれでこの要塞の戦力が尽きた訳ではない、まだ基地格納庫には航空戦力が十分残っていた。

 

沿岸部を幾らやられようが、滑走路さえ無事ならばまだ抵抗する事は出来る筈であった…。

 

 

 

 

 

真っ直ぐに要塞を目指して針路を突き進む超兵器達、水平線の向こう側にある見えない目標に向かって曲射攻撃を成功させた彼女達だが、その表情に成功を喜ぶ安堵の文字は無い。

 

その中にあって、一際顔を険しくしたアルウスは、左手に持ったアーチェリーに矢を番え高く掲げる。

 

右手の指の間に矢を挟み込み、都合4本の矢が番えられピンと張った弓の弦が限界まで引き絞られ頂点に達した瞬間、衝撃波を伴って大空へと放たれた。

 

発生した衝撃波は波を沸き立たせ、周囲の超兵器達に強烈な突風を浴びせかけるが、しかし彼女達はまるでそよ風に吹かれでもしたかの様にまるで小ゆるぎもしない。

 

これが通常の艦娘であれば、沸き立つ波に翻弄され陣形を乱すか、或いは強烈な突風で駆逐艦艦娘なら横転する危険性もあっただろう。

 

超兵器の膂力とはまさにこれ程までに強烈であり、また生半可な随伴艦は同じ戦場に立つ事さえ許されないのだ。

 

放たれた矢は音速を超え、高度10,000フィート上空で矢から艦載機へと姿を変える。

 

これの詳しい原理は解明されていないが、しかしこれにより艦娘の操る艦載機は通常艦のそれよりも遥かに早く展開する事が出来るのだ。

 

姿を変えたアルウスの艦載機は全部で200機にも及び、優に正規空母2隻分の艦載機をアルウスは同時にはなったのだが、しかし彼女の顔は優れない。

 

「全く、慣れないものは使うものではありませんですことよ」

 

と彼女にしては珍しく愚痴を零すアルウス。

 

ここに来る前、原子力機関を備えたレ級との戦闘で普段使っている艤装を失い、代わりにスキズブラズニルで保管された弓矢を使って見たものの、普段との使用感の違いから余り大量に展開出来ずにいたのだ。

 

普段の彼女なら、矢一本あたり100機は下らない艦載機を発艦させただろうが、今はその半分しか出撃していなかった。

 

無論追加で矢を放てば普段の通り1,000機もの大編隊を飛ばす事は可能だろう、しかしそれをすれば残りの矢を全て費やす事となってしまう。

 

普段のカタパルトデッキから直接離着艦させるのと違い、弓矢と言う媒体を挟んでしまったが為の弊害がアルウス本来の運用を妨げていたのだ。

 

そしてそれは編隊の編成にも大きく影響を与えていた。

 

普段なら戦闘機から戦略爆撃機まで多種多様な航空機や艦載機が大空を彩る筈が、今回は編隊の大多数がF4UコルセアにF4Fワイルドキャットとどちらかと言えば旧式に分類される物ばかり。

 

これにはいくつかの理由があるのだが、慣れない弓矢での運用と艦内工場で生産運用する時間を加味し、信頼性と生産性に優れた初期の機体を優先した結果であり、アルウス本人にとっては大いに不服であった。

 

しかしこれまで常に彼女達超兵器は過不足ない、いや過分な補給体制と支援に支えられ続け戦ってきたのだから今までが恵まれ過ぎていたのだ。

 

だがそれが断たれた時、限られた資材と手元のカードだけで勝負しなければならなくなった時、彼女達の兵器としての本質が問われようとしていた。

 

 

 

一方離島棲鬼もまた迫り来る超兵器達を前に、出し惜しみせず持てる戦力の全てを放出した。

 

「全テノ航空機ヲ上ゲナサイ!コレ以上好キ勝手サセナイワヨ」

 

超兵器の出現により一時的に戦艦棲姫達の包囲が緩んだ為、離島棲鬼はいままで温存していた基地航空戦力を全て費やして超兵器に対抗することを命令した。

 

防衛網の一角を崩され、海上戦力の無い今、殆ど負けの決まったようなものなのだがそれでも離島棲鬼は諦めようとはしない。

 

例え自分一人になっても抵抗し続けると言う鬼気迫る姿に影響されたのか、地下格納庫から地表滑走路に上がってきた航空機達は勢いよく大空へと駆け上がっていく。

 

要塞上空に輪をなして編隊を組む姿は、到底負け戦の軍の姿ではなく、寧ろまだまだこれからだと言う気迫に満ちていた。

 

編隊の中には横須賀を爆撃した重爆撃機の姿もあり、全部で約180機にもおよぶ正に正真正銘の全力出撃である。

 

彼等の使命はただ一つ、例え体当たりしてでも超兵器を止める事、ただそれだけであった。

 

此処にアルウスの艦載機200機vs深海棲艦180機との空前の大航空戦の火蓋が切って落とされたのだ。

 



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53話

53話

 

要塞島から出撃した深海棲艦の航空機達とアルウスか発艦した艦載機編隊は、距離にして丁度両者の中間地点にて激突した。

 

「相手ガ超兵器ダカラト言ッテビビルナ!俺達ノ怖ロシサヲ見セ付ケテヤレ」

 

編隊長に率いられた深海棲艦の戦闘機達は、次々と敵の編隊に突っ込んで行く。

 

両軍はほぼ同高度で遭遇し、文字通り真っ向からのぶつかり合いとなった。

 

互いに輪をなし巴を描いて相手の背中を狙いあい、曳光弾の光がまるで花火のように大空を染め、そこから火を吹いた戦闘機が流星の様に海へと堕ちる。

 

互いに編隊が入り乱れて混じり合い、戦場は混沌として秩序を失い文字通りの混戦状態であった。

 

大空で戦う深海棲艦は全体で180機にも及ぶ大編隊だが、その内凡そ30機ばかしは重爆撃機や陸上爆撃機でありそれらの護衛戦闘機を除くと実質的に戦闘に参加しているのは140機にも満たない。

 

対してアルウスの艦載機は初期機体とはいえその殆どが艦上戦闘機であり、数も相手の約1.5倍と圧倒していた。

 

にも関わらずオレンジやブルーのオーラを纏った深海棲艦側の航空機達に対し、アルウスから発艦したコルセアやワイルドキャットは数で勝りながらも苦戦を余儀なくされていたのだ。

 

その理由は遠く艦載機を操るアルウスには痛い程分かっていた。

 

「ちっ、思った以上に機体の動きが悪いですわね。これでは敵に対抗出来ませんわ」

 

そう言ってアルウスはストレスを紛らわせる様に親指の爪を噛んだ。

 

普段の彼女なら人前でこうした姿を見せる事は無いのだが、今回はそれを隠す余裕を無くしていた。

 

「追加の部隊を出す?ダメですわ、今搭載している艦載機の多くは基地攻撃用の攻撃機や爆撃機とその護衛だけ。到底戦力になりませんわね」

 

アルウスは素早く頭の中で計算するが、どうあっても現有戦力でなんとかするしか無い言う答えに導く他ない。

 

戦闘前スキズブラズニルから受け取った補給物資だが、放射能汚染の除染を優先した為余り補充出来なかったことが響いていた。

 

本来なら格納庫を満載にしても余る程の資材を積み込み、それを湯水の如く浪費し圧倒的物量で敵を叩き潰すと言うアルウスのスタイルは、ここに来て完全に破綻していたのだ。

 

そもそもアルウスの艦載機は使い捨ての無人機であり、例え同じ性能であっても動きのキレと何よりも経験と訓練に裏打ちされた生身のパイロットの練度やカンには全く及ばない。

 

それを補う為の圧倒的物量戦なのだが、それが出来ない以上アルウスは一つの決断を下すしか無かった。

 

「ヴィルベルヴィント」

 

いつもの通り艦隊の先頭を行く気に食わない相手に対して、アルウスは初めて自分から相手の名前を呼んだ。

 

「何だ?」

 

と普段通り、冷静な声で返事を返すヴィルベルヴィント。

 

しかし2人の仲、基アルウスの対ヴィルベルヴィント感情を知る者からすれば驚くべき出来事である。

 

しかし、この後周囲で聞き耳を立てていた超兵器達は更に驚く事となる。

 

「暫く身体を任せるわ」

 

「分かった」

 

何を?とはお互い問わなかった、しかしヴィルベルヴィントが了承した次の瞬間アルウスの身体が少しだけグラリと傾いた。

 

「おい」と並走していたシュトゥルムヴィントが驚くが、しかしそのまま倒れる事なく姿勢を戻し元の位置へと戻るアルウス。

 

しかしその表情を見れば顔からは生気が消え失せ、蒼い瞳からは光を失っていた。

 

突然のアルウスの豹変に、普段何かと折り合いの悪いシュトゥルムヴィントも流石に驚く。

 

一体全体何か?とシュトゥルムヴィントは目線でヴィルベルヴィントに問うと、彼女は徐にこう口にした。

 

「今アルウスは意識を飛ばしたんだ。今頃ソイツの意識は空にある」

 

とそう答えられても、シュトゥルムヴィント等航空機を運用した事のない超兵器達には皆目見当もつかない話である。

 

超兵器機関に始まる各種超科学技術の塊である超兵器達には分かりづらい事だが、航空機を運用する艦娘ならば今アルウスが行なっている意識を遠くに飛ばすと言う芸当は誰でも感覚的に備えてはいる。

 

例えば深海棲艦登場によって艦娘由来以外の各種通信索敵システムが無効化されてからこのかた、目視による偵察や索敵は殊の外重視されてきた。

 

しかし艦娘由来の通信技術は嘗ての大戦レベルであり、高価な偵察機は常に撃墜の危険性をはらみまた回収の手間がかかる。

 

それらのリスクを回避する方法として編み出されたのが艦娘と艦載機との意識の共有であるのだ。

 

これにより敵情をそれこそ“見てくる”事ができ、深海棲艦に対して絶対数が少ない艦娘がその戦力を最大限有効活用出来たのは、この情報アドバンテージの差とも言える。

 

一見すると超常現象にも思えるこれも、古きは式神や使い魔と言う方法で人間が行う業なのだ。

 

そもそも嘗ての大戦で沈んだ軍艦の生まれ変わりであるとされる艦娘が、同じく海の怨霊とされる深海棲艦と戦う昨今、この程度の事さして珍しくも無くなっている。

 

翻って今アルウスが行なっているのは、その艦娘達のマネとも取れるのだが、その数は言うに及ばず本質と言う面でも異なっていた。

 

通常艦娘側が行える意識の共有はどんなに熟練した艦娘であっても一機〜数機のみ、しかもあくまで共有するのは視覚情報に限ったものである。

 

だがアルウスのそれは一機一機の艦載機に自らの意識を偏在させると言うものであり、当然無人機程度の要領では足りないのだが、それを全機で並列演算処理すると言う力業で解決していた。

 

つまり今空にある200機近い艦載機全てにアルウスがおり、機体を手足どころか文字通り自らが考えたままに動くと言う文字通りの人機一体を成し遂げていたのだ。

 

しかし一度に200機以上の機体を直接コントロールする事は流石のアルウスでも重く、それ故生身の本体の制御を自動航行に預けねばならない。

 

抜け殻となった無防備な身体を守る為に、アルウスは口惜しさに口を噤んでヴィルベルヴィントに守りを預けたのだ。

 

それは嘗て元の世界で敵味方に分かれて互いに相争った姿からは想像出来ない光景であり、ある意味でこの艦隊の複雑さを象徴する姿と言えよう。

 

互いに敵対しながらも背中を預けあう彼女達超兵器、果たしてこの関係は一体いつまで続くのだろうか?

 

 

 

 

 

 

その変化にまず最初に気付いたのは、深海棲艦航空機部隊を率いる編隊長機とエースであった。

 

(敵ノ動キガ変ワッタ⁉︎)

 

今まで無機質で何処と無くヒトの血の通わぬ機械的な動きしかしてこなかった相手に、急に多肉が通ったかの様な感覚を覚えたのだ。

 

その最初の疑念は、しかし段々と確信に変わる。

 

今まで追い回していた筈の相手が突如として未来予測をするかの様な不可解な動きをし、実際に追う側と追われる側の立場が逆転する事数度。

 

何も無い空間に敵機が発砲したかと思うと、次の瞬間には別の敵を追い回す事に夢中で気づかぬ間に射線の前に飛び出てしまった味方機が堕とされる姿を目にした者達。

 

本来混戦状態で秩序だった行動など取れない筈なのに、まるで敵機はお互いが次にどう動くのか分かっているかのように有機的に連携してくる有様。

 

無論それでも一部のエースは敵の先読み攻撃の先を更に読んで攻撃すると言う神業を披露するも、このままでは先に磨り潰されるのは自分達だと言う焦りが深海棲艦の頭上に重くのしかかっていた。

 

何故アルウスがこうまで敵を圧倒出来るのかと言うと、それは彼女が備える高度な量子演算システムによる。

 

複数の自分自身から送られるデータを元に敵の電脳上に仮想モデルを形成し、それをデータ上の海で過去の戦闘データと合わせ動きをシミュレートし、次に起こすであろう無数のアクションの中から確率の高いものをピックアップして各機に送信。

 

現実の機に仮想モデルを重ねる事で、まるで相手の次の行動が文字通り“見てきた”かの様な先読みを可能としたのだ。

 

無論これには弱点が存在し、ただでさえ200機分の機体を制御しかつ空戦を行うと言うシステムに負担がかかる事をやっているのに、そこに未来予測まで重ねるのだから幾ら並列処理しても全く手が足りていない。

 

その不足分をアルウスは生身本体の機能を回して補っており、同じ事を艦娘がやろうとすれば脳みそが沸騰して破壊されてしまうだろう。

 

文字通り、アルウスは己が身を削ってまで負担に耐えながら制空戦を続けているのだ。

 

だがそれは決して彼女の自己犠牲的精神の発露によるものでは無い。

 

寧ろそれとは真逆の、傲慢かつ慢心さによるものである。

 

アルウスにとって須らくこの世界の海と空は全て自らの領域であり、そこを許可なく侵すものは誰であれ排除するのは当然と言う考えの持ち主である。

 

その為ならありとあらゆる手を尽くすのは当然であり、然るに他者の手を借りることは彼女のプライドが許さない。

 

実際先の補給において、態々他の超兵器に(除染作業優先と要塞攻略用の対地ミサイルで装備が一杯だったとは言え)対空ミサイルを補充させなかった事からもその高慢な知性は見えよう。

 

超兵器アルウス、例え己が羽を毟り翼を血に染めても決して誰にも空を渡しはしない孤高の大鷲。

 

しかして孤独な猛禽の王者により、着実に深海棲艦は追い詰められつつあった。

 

 

 

 

 

 

アルウスの活躍により一向に制空権どころか超兵器達に近づく事が出来ずにいた深海棲艦の航空機部隊は、ここで一つの賭けに出る事にした。

 

「止ム終エマイ、爆撃隊ハ進路ヲ変更シ敵母艦ヲヤル」

 

それは今も尚懸命に戦い続ける味方を見捨てるな等しい命令であった。

 

当然この様な命令に対して抵抗を覚えない訳ではないが、しかし戦闘機部隊の気持ちは逆であった。

 

このままではいずれ敵を抑えきれなくなり、後方の爆撃機部隊に敵機を通してしまう。

 

そうなれば、腹一杯に爆弾を抱え込み満足に動く事も儘ならない爆撃隊は、いかに直営機があろうとも七面鳥の如く堕とされるのは必至であった。

 

そんな事になれば、今迄犠牲になって来た味方の死が全て無駄になってしまう。

 

戦闘機部隊は、まだ自分達が健在な内に爆撃機部隊を何とか敵母艦に送り込もうと最後の抵抗を試みた。

 

残弾など気にせず矢鱈滅多ら撃ちまくり、弾幕を形成しながら無謀か突撃を繰り返す深海棲艦の戦闘機部隊達。

 

彼等はまるで命など惜しくないかの様に、弾切れした機は相手に体当たりしてでも落とそうとする。

 

その後先を考えない抵抗は、しかし性能差に任せた先読みで相手に対して優位に保っていたアルウスを驚かせた。

 

何故なら、普通兵士と言うものはどんなに取り繕っても自分の命は惜しいのだ。

 

それ故、どんなに優れたパイロットであっても無数にある選択肢のうち機体の安全や自己の生存の高い方を選ぶ。

 

しかし今の深海棲艦は命など鼻から捨ててかかっており、それが返ってアルウスの計算を狂わせていた。

 

「チッ、コイツら命が惜しくないのですの⁉︎」

 

と量子演算領域の中、アルウスは敵の不合理な攻撃に毒付く。

 

何処ぞの赤い国とは違い、国民一人一人の生命に最も重き価値を置く国の出身だからか、無意味かつ無謀な特攻に嫌悪感を抱いているのだ。

 

しかし傲慢にして冷徹な超兵器の頭脳は、それらの諸々の感情を押し流し敵編隊後方の部隊が動き出した事を知らせる。

 

その動きをトレースした結果、統計や確率などを見なくとも間違いなく自分達艦隊の方を目指していると見て取れた。

 

「まさか、コイツら全てが囮⁉︎あんな少数の爆撃機部隊で何が…⁉︎」

 

とそこまで考えてハッとするアルウス。

 

彼女が言う通り、いかに深海棲艦が誇る最新鋭の重爆撃機と言えど高々30機程度でどうにかなる程超兵器はやわではない。

 

認めたくはないがあの『東亜の魔神』播磨がいるのだ、生半可な数では爆撃高度に辿り着く前に叩き落されるのが関の山だ。

 

しかし此処にあるものの存在を加えると、途端深海棲艦の狙いが見えてくる。

 

何故今の今まで爆撃機部隊を先行させずに後方で待機させていたのか、そして今の段階になって何故急に動き出したのか。

 

(奴等また核攻撃を仕掛けるつもりですの⁉︎)

 

既に南方海域で3発、超兵器達が交戦した核動力レ級も含めれば9個の核兵器が使われた事になる。

 

正に核の大盤振る舞い、元の世界で散々粒子兵器や重力兵器を使って世界を致命的なまでに汚染し尽くして来た手前、そう非難は出来ないのだがそれでも深海棲艦の核の集中運用にアルウスは空恐ろしいものを感じていた。

 

「奴等、この地球を一体全体どうするつもりなの!」

 

最悪、30機の爆撃機全てが核武装している可能性も考え、到底見逃す事など出来ない。

 

しかし、命を捨ててまで時間稼ぎに徹する深海棲艦の航空機部隊を突破して爆撃機部隊を攻撃するのは困難を極める。

 

護衛の直営機のことを考えれば、少数の機を突破させても効果は薄い。

 

最低でも敵と同数かせめて倍の数をぶつけねばならないが、果たして敵を振り切った時そこまでの数が残っているかどうか…。

 

アルウスは此処で又しても岐路に立たされた、無謀な敵中突破を行なって敵爆撃機編隊を追うかそれとも部隊を分けるのか。

 

此処までの交戦で、当初200機近くいたアルウスの艦載機はその数を150機近くにまで減らしていた。

 

無論敵はそれ以上に疲弊し、今やその数は半減している。

 

しかし今此処で全力を出し尽くしてもいい相手と、その後のことを考えねばならないアルウスとではたとえ数に差があっても士気が全く異なるのだ。

 

敵機殲滅に集中した場合果たして追撃が間に合うのかどうか、また部隊を分散した場合今でさえ負担の大きい空戦を全く異なる二つの戦域を抱えることとなり、その負担に自身が耐えられるのかどうか?

 

アルウスが悩んでいる間に、彼女の冷徹な量子演算は数ある未来のうち最も効率の高いものを提示する。

 

それはこのまま敵機殲滅に集中し、爆撃機部隊は他の超兵器を囮にすると言う方法であった。

 

多少数発の核攻撃を許す事になっても、最悪ヴィント型の誰かが沈むだけであり、その後の戦闘に支障はない。

 

彼女の冷徹な頭脳はそう結論付けたのだ。

 

因みにその方法を選択した場合、最も沈む確率が高いのはヴィルベルヴィントであった。

 

その理由はヴィルベルヴィントの言動や性格といったデータから弾き出されており、自らを囮として他の超兵器を生かすと言う選択を取る可能性が大であり、次の可能性として味方(アルウス)を庇い核兵器の直撃を受けて沈むと出ている。

 

そしてそうする理由もまた、アルウスが知りたくもないのに彼女の量子演算領域は知らせてきた。

 

ヴィルベルヴィントが考えるそれが最も艦長(あの男)の意思に沿うものであると、あの女は最後の最期の瞬間までその行動原理は焙煎に集約されているのだと、この艦隊で最もあの方の心に残るのは彼女(ヴィルベルヴィント)だと、そう結論付けたのだ。

 

その結果を聞いてアルウスは…。

 

 

 

 

 

 




今回の話

ちゃんと自動兵装にはCIWSと対空ミサイルを付けましょう(RAMは地雷、WSGP2民)。


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54話

54話

 

「許せませんわ…」

 

航空戦に集中するアルウスを守るように、彼女を中心に輪形陣を組んだ超兵器達は、朦朧としている筈のアルウスの口からそんな言葉が漏れるのを聞いた。

 

一体何に許せないのか?それを聞いても答える訳もないのだが、しかし妙に引っ掛かりを覚える呟きであったことは確かだ。

 

 

 

 

(許せませんわ、犬の癖していつもいつも私を差し置いて常に前にいるあの女ぁ‼︎)

 

アルウスは激怒した、どうあっても自分はヴィルベルヴィントに勝てないのだと文字通り彼女自身がそう結論付けた事に激怒したのだ。

 

一瞬とはいえヴィルベルヴィントに敗北感を味合わされた事に、そう感じてしまった自分自身に何よりも怒りを感じていた。

 

アルウスにとってヴィルベルヴィントの死は重要ではない、しかしいずれ排除しなければならない対象である事は間違いない。

 

しかしその死が自らが抱くべき王冠、焙煎の心に残るような事は断じてあってはならないのだ。

 

何故なら此処でアルウスが予想した通りヴィルベルヴィントが沈めば、その死は一生艦長の心に残ってしまう。

 

例え自らが頂点に立ち、取って代わったとしても焙煎の目には常にヴィルベルヴィントの影がチラつき比較され続ける事となる。

 

自らを絶対の頂点として信じてやまないアルウスにとって、他者と比較されることそれ自体が許されざる事であり、しかもその相手が自分が最も気にくわない相手となればその心中に吹き荒れる嵐は決して収まりはしない。

 

生きていても死んでいても自分に憑き纏う目障りなヤツ、それがアルウスが導き出したヴィルベルヴィントに対する評価である。

 

これを払拭するには、今ヴィルベルヴィントに死なれては困るのだ。

 

ヴィルベルヴィントは生きねばならない、いや生き続けなければならない‼︎

 

生きて生きて決して沈まず、元の世界と同じ様に次第に置いていかれ戦闘艦として必要とされなくなった後でも生きて貰わねばならない。

 

超兵器の癖して輸送船として酷使され、しまいには敵味方からも嘲笑される存在と成り果てようとも、ヴィルベルヴィントは沈ませない。

 

あの女が真に沈む時、それは華々しい戦場でもなく任務の上での戦死でさえない、誇りも戦場も存在意義さえ全て奪われ果て、誰からも必要とされず何処かの岸壁にへばり付く様に身を横たえ、1人孤独に誰にも看取られずに朽ち果てボロボロに崩れゆくのが相応しいのだ。

 

そしてそれを自分は盛大に笑ってやるのだ、身の程を知らない馬鹿な女に相応しい惨めな最期だと。

 

そう心に決めたアルウスの決断は早かった、彼女は艦載機部隊を分けるでも敵中を突破するのでも無く、そのまま全機を敵爆撃機編隊に向かわせたのだ。

 

「これは決してあの女の為では無いですことよ、ええそうですとも。全てはあの女に惨めな最期を遂げさせる為ですもの」

 

とそんな変なテンションで、空戦中に全機一斉回頭と言う前代未聞の事をやらかすアルウス。

 

しかしこの常識外れの行動が敵の虚をついた、今の今まで激しい空中戦を繰り広げていたはずが、突如としてその相手が自分達に構わず一斉に方向を変えたのだ。

 

これに驚かぬ者などそう多くはないがこれにより何が起きたかと言うと、敵戦闘機部隊を無視して一斉にアルウスの艦載機が空域を離脱した事で、深海棲艦の戦闘機部隊は空戦から一転敵を追いかけねばならなくなった。

 

練度と機体性能ではアルウスの艦載機を凌駕していた深海棲艦の戦闘機部隊だが、此処までの行動が全てを左右した。

 

アルウスが全艦載機を効率よく運用する一方、深海棲艦は帰還する事さえ考えないなりふり構わぬ戦法で翻弄したのである。

 

その結果アルウスの艦載機よりも早く燃料と弾薬を消耗する事に繋がり、敵機を追いかけようとするも満足に追撃出来る機体は存在しなかったのだ。

 

無論それでも逃げる敵を、後ろから何機かは堕とす事は出来た、しかしそれは相手の全てではない。

 

次々と追いつけず落伍する深海棲艦の戦闘機達、どんなに腕があろうもまた高い練度があろうとも機体が動かなければ只の空飛ぶ鉄屑でしか無いのだ。

 

こうして燃料が尽きて堕ちゆく深海棲艦の戦闘機達は、ただ去りゆく敵機の後ろ姿を眺めていることしか出来なかったのである。

 

 

 

 

 

一方爆撃機編隊の方も慌てていた、本来なら味方が命を賭して敵を引き付けている筈、それを無視して敵機は真っ直ぐ此方に向かってきているのだ。

 

追いかけてくる敵機の数は凡そ100機以上、対する自分達は護衛も入れても50機程度。

 

爆弾を満載し重鈍で満足に身動きも出来ない爆撃機では、敵のいい的になるのがいいオチである。

 

このまま座して死を待つかの様に見えた深海棲艦の爆撃機編隊だが、しかし爆撃機部隊の編隊長機は諦めてはいなかった。

 

「全機密集陣形ヲ取レ、相互ノ感覚ヲ密ニシ弾幕ヲ形成スルノダ」

 

指示に従い、爆撃機編隊は陣形を変えとある機体を中心に密集陣形を取った。

 

重鈍な爆撃機の弱点を補う為、互いの死角となる場所カバーし大空に強固な空飛ぶ陣地を形成する、俗に言うコンバット・ボックスである。

 

そしてコンバット・ボックスの両端から少し離れた位置を飛ぶ重爆撃機を改造した空中母艦に曳航された護衛機達が、次々とケーブルを切り離し爆撃機編隊の護衛ポジションにつく。

 

完成した防御陣形でもって敵を待ち受ける深海棲艦、そこへアルウスの艦載機達は次々と襲いかかった…。

 

 

 

 

 

艦載機達はアルウスの指示通り、セオリーに則り相手よりも高い高度から襲撃を仕掛ける。

 

当然護衛機がインタースプトに入るが、数が違いすぎる為何機もの艦載機が素通りしてしまう。

 

そしてコルセアやワイルドキャットが、獲物目掛けて次々と急降下を開始した。

 

何十機もの戦闘機が爆撃機目指し一斉に降下する姿は、まるで鋭い爪を剥いて巨大な魚群に挑む海鷲達の様に見える。

 

それに合わせる様にコンバット・ボックスを組んだ爆撃機編隊はレーダーと連動したタレットが回転し、20㎜連装機銃と40㎜4連装及び30㎜ガトリング機銃がその剥き出しの殺意を迫り来る敵機に向けた。

 

幾重にも重層的に折り重なった対空砲火網のオーケストラにより、大空を赤く染めそれは中心に行くほど密度を増していき、突入した艦載機はまるで紙屑の様に引き裂かれた。

 

それでも優位なポジションにつける事が出来た機は、弾幕の花火のお返しとばかりにトリガーを引き絞り12.7㎜機銃による鉄礫の嵐をお見舞いした。

 

米国艦載機は機銃の口径こそ同時期のライバル機に劣るものの、一機当たり複数の機銃を装備している為瞬間力に優れている。

 

しかし最大30㎜を想定して施された重爆撃機の装甲の前では、カンカンと虚しく乾いた音を立てて弾かれるだけであった。

 

この瞬間、今のアルウスの艦載機ではいかにも力不足である事が証明されてしまったのであり、これはまた双方にとって予期せぬものであった。

 

超兵器の高性能な兵器と戦うと思っていた重爆撃機編隊にとって、それは敵が思ったよりも弱体であったと言う朗報であり、アルウスにとっては今の己の力不足をマザマザと見せつけられたと言う屈辱であったのだ。

 

重爆撃機は敵の攻撃が通じないと言う安心感から、余裕を持って狙いをつける事が可能となり、レーダーと連動して嫌が応にもその射撃精度を増して行く。

 

次々と堕とされて行く艦載機(自分自身)があげる悲鳴に、アルウスは多大なストレスを受ける。

 

普段であればヘルキャットだろうがムスタングだろうが、それこそジェット戦闘機であろうと大空を文字通り埋め尽くす程飛ばせるのに、それが出来なくなった途端こうも醜態を晒す己が姿に、アルウスは益々苛立ちを感じていた。

 

それが操縦にも現れたのか、にわかにアルウスの艦載機を操る機動が荒れてくる。

 

いかに自身を複数偏在させようとも、基となる人格が同じなら本体が受けるものと同様、艦載機を操っているアルウスにもその影響は現れていた。

 

しかもこの場合一機一機に自身が乗っていると言う状況が災いし、誰かが堕とされる度に自分自身が落とされたかの様に感じてしまうのだ。

 

その結果、直接関係ない護衛機を相手にしている艦載機さえ、俄かにその動きが悪くなっていく。

 

これが艦娘の様に妖精さんが直接乗り込んで操縦しているのならまた違ったのだろうが、高度な制御が出来る分ダイレクトに本体の心理及び体調を反映してしまうと言う弱点をこの戦いで露呈した。

 

有人、無人機共に其々メリットデメリットはあるが、この場合においてはデメリットの方が大きく上回ってしまったのだ。

 

敵機の動きに動揺が生じたことを良い事に、深海棲艦の航空機達は一気に敵を蹴散らそうと突撃する。

 

しかし流石にアルウスも対応し、敵護衛機の突破を防ぐが段々と打つ手が無くなってきていた。

 

敵重爆撃機にはこちらの攻撃が通じず、その時に生じた操作の乱れを突かれ敵の勢いが盛り返している。

 

(何とかしなくては…⁉︎)

 

と何時にない焦りを感じてしまい、余計コントロールが荒くなるアルウス。

 

誰かが堕とされたり被弾する度、脳裏に己が先程導き出した冷酷な未来予想とヴィルベルヴィントの姿が重なる。

 

「余計な容量を割かせるんじゃありません事よ!」と一喝してチラつく影を追い出すアルウスだが、それ程までに彼女は追い詰められていたのだ。

 

苦し紛れにアルウスが操る一機の艦載機が、再び敵爆撃機編隊の直上から攻撃を仕掛けようとするも、あっという間に爆撃機編隊があげる対空砲火に絡め取られる。

 

近く事さえままならず、エンジンから火を噴き翼を叩き折られコントロールを失う艦載機。

 

誰の目にも助からない事は明らかであった、しかしコントロールを失い操縦が効かなくなったと言う事は、誰にも墜落する艦載機を止める事が不可能と言う事と他ならない。

 

それに気が付いた者が居たかどうかは確かではないが、しかし敵編隊の上空で火達磨となった艦載機はそのまま墜落するかに見えたが、偶然に偶然が折り重なり偶々堕ちる方向と同じ場所を飛んで居た重爆撃機と衝突する。

 

何万分の1と言う確率で起きたこの不幸だが、それは当人達だけに留まらなかった。

 

最大で30㎜に耐えられる重装甲も流石に墜落してくる艦載機には耐えられず、しかも腹には爆発物を満載している。

 

どちらか或いは両方か、燃料に引火した火はそのまま大爆発を起こし爆弾倉内の爆弾と共に連鎖爆発を引き起こした。

 

その爆発の威力範囲共に凄まじく、コンバット・ボックスを組んで密集陣形であった事も災いし、周囲を飛んで居た機にも被害を及ぼす。

 

突然の爆風に煽られコントロールを失い隣の機と接触する機や、運悪く燃える破片がエンジンに当たってしまい損傷する機など、幸いにして爆発の規模にしては巻き込まれて墜落する機こそなかったものの編隊は大きく乱されてしまった。

 

そして敵機の陣形が乱れたのを見逃す程、流石にアルウスは愚かでは無い。

 

彼女は爆発によって編隊から逸れた機に狙いを定めると、全方位から集中攻撃を行なったのだ。

 

いかに重武装重装甲を施された爆撃機だろうと、少数のみでは群がる艦載機をどうにかすることなど出来ず、まるで無数の蜂に襲われる哀れな獲物の様にあっと言う間に飲み込まれてしまう。

 

アルウス蜂と言う名の通り、ある種の蜂は別の大型の蜂の襲撃に対し、巣全体が協力して相手を取り囲み、押しつぶしてその熱で蒸し焼きにすると言う。

 

これを蜂球と言うが、今の爆撃機はまさにこの様に似ている。

 

群がる艦載機の黒い靄に包まれた爆撃機は、エンジンから火を噴きあるものはそのまま翼をへし折られ海へと堕ちていった。

 

一機また一機と、圧殺されていく爆撃機達。

 

皮肉にも、ロクな戦力もなく精強な敵に艦載機を次々と落とされ苦戦するという経験が、急速に彼女の能力を鍛えたのだ。

 

困難な時にこそその者の真価がわかるとは言うが、それが判明するまでに払った犠牲は決して安くはなかった。

 

既に艦載機の数は当初の半数を割り、100機以下に落ち込んでいた。

 

どの機体もこれまでの激戦を証明するかの様に薄汚れ、無数の弾痕の跡が生々しく残っている。

 

流れ出たオイルが、機体を黒く染めエンジンから煙を吐いてフラフラとしか飛行出来ない機もあった。

 

この戦いが終わっても、回収は殆ど不可能だろう事は、誰の目にも明らかだったが、アルウスはそれを承知でより積極果敢な攻撃に移ったのだ。

 

彼女は、コンバット・ボックスが崩れた一角から部隊を侵入させ敵編隊から切り離そうとした。

 

無論それをさせじと、重爆撃機編隊は先にも増して抵抗を強める。

 

必死に切り離されまいと、無数の対空砲火ぎ上がるがアルウスはそれを見越して更に手を打っていた。

 

先ほどの偶然の接触事故とは違い、今度は明確な意図を持って爆撃機編隊の頭上から数機の艦載機が、爆撃機編隊と進路を重なる様に突撃してくる。

 

無論これはブラフであった。

 

がそうと知らない敵は、当然対空砲火を上げ衝突コースにある機は避けようと舵を切るが、それこそがアルウスの狙いであった。

 

コンバット・ボックスを組んで防御力を増していると言う事は、裏返せば対空砲火の密度を上げるために密集陣形を撮っていることに他ならない。

 

遮二無二突撃してくる機を避けようとしても、当然のことながら密集陣形で組んだ僚機が邪魔となり碌な回避運動も行えない。

 

必然、助かろうとした行動の結果互いが互いの邪魔となり鉄壁の陣形にひびが入るのだ。

 

無論突入される前に撃ち落そうと、何機かは撃墜されるが、体当たりが出来なくとも或いはそう言う仕草や近くを掠めて飛ぶだけでも、敵には先ほどの接触事故が脳裏をよぎる。

 

その後の起きた空中大爆発を考えれば、敵の体当たりに巻き込まれまいと距離を取ってしまう事は自然な事であった。

 

つまり、敵重爆撃機編隊が体当たりの恐怖を覚えている限り、もう鉄壁の守りは出来ないと言うわけだ。

 

それを証明する様に、敵爆撃機の陣形は薄く左右に広がり、目に見えて対空砲火の密度が減っていく。

 

アルウスは、最早単なる羊の群れと化した爆撃機編隊を一つずつ丁寧に潰していった。

 

この作業により、当初30機あった爆撃機はその数を十機以下にまで減らしていた。

 

既に護衛戦闘機も全機撃ち落とされ、空中母艦もまた護衛機と同じ運命を辿った。

 

しかし半数以上の機を失ってもまだ、深海棲艦は攻撃の意思を残していた。

 

「全機再度集結セヨ!中央ノ3機ハ何トシテデモ守リキルノダ」

 

全身を穴だらけにされながらも、編隊長機は最後まで命令を守ろうと守りを固める。

 

中央の3機以外残る機体も、最早自分達の安全を顧みず、命令に従い自分達の身を盾にする様に飛んだ。

 

最悪自分達全てが撃墜されても、中央の3機さえ残れば勝ちだと、彼等は確信していた。

 

戦闘中もずっと中央で守られていた3機の重爆撃機、その爆弾倉にはそれぞれ3発の核爆弾が搭載されていた。

 

3機合わせて9発の核兵器、しかしそのたった1発で南方海域に展開していた海軍及び深海棲艦艦隊を壊滅させ、同時にトラック諸島に投下されたものは総司令部諸共文字通り全てを焼き払ったのだ。

 

それを9発全てを超兵器にぶつけようと言うのだ、如何に飛行場姫いや深海棲艦が超兵器達を恐れていたか、厳重な守りを施された3機の重爆撃機の存在は裏を返せば彼女達の恐怖の裏返しでもあった。

 

無論そのあからさまな動きは、アルウスにとっても敵の本命が何なのかを直様悟らせた。

 

「何としてでもあの中央の機を堕とすのよ!」

 

この時彼女の脳裏には、自身が予想した冷酷な結末が過っていた。

 

いつのまにか敵は、自分達の艦隊のすぐ目と鼻の先にまで接近してしつつあった。

 

アルウスは躍起になって敵爆撃機を堕とそうとしたが、しかしそれを深海棲艦は編隊長機共々他の機が文字通り盾となって防ぐ。

 

「全機命ヲ捨テロ!」

 

その命令通り、最早アルウスの敵に体当たりすると見せかける戦法では、敵は全く怯まなくなっていた。

 

敵がアルウスのブラフを見破ったのも関係していただろう。

 

数を減らしたとはいえ、敵の堅い守りを正攻法では崩せないアルウス。

 

この時既に、残存する機は60機を割っていた。

 

しかもその内の半数以上は長引く空中戦で弾が尽きるか、或いは燃料を使いすぎて落伍していたのだ。

 

残る機で突撃と攻撃を仕掛けるにも、一回の突入の度数機は撃ち落とされ、少なくない機が被弾し戦闘に支障をきたしていく。

 

時間をかければかけるとともに、アルウス側の戦力は目に見えて減じ、逆に敵はその目的に近づいていくのだ。

 

刻一刻とタイムリミットが迫り来る中、アルウスは焦り意識を飛ばした生身の本体の肌には、嫌な汗が浮かんでいた。

 

継戦能力は既に限界であり攻撃が出来てあと一回、アルウスは残る艦載機を結集し火力を全て中央の機に集中するしかないと言う部の悪すぎる賭けに出るしかない。

 

失敗すれば敵爆撃機編隊を阻止する手段は失われ、艦隊は敵の核攻撃に晒されるだろう。

 

そうなれば、ヴィルベルヴィントは…。

 

と彼女がそこまで考えた時、フラリと一機の艦載機が攻撃位置から離れていくではないか?

 

いやそればかりか、何機かまるで示し合わせた様に編隊から離れ部隊から先行する様に、いやあたかも敵に向かって放たれた一本の矢の様に速度をグングンと上げて突撃していくではないか。

 

無論、アルウスはこんな事は命じていない、いや一つ一つの艦載機にアルウスの意思が存在するのだから、この行動もまたアルウスの意思に沿ったものといえる。

 

しかし、主人格の自分が全くあずかり知らぬ所で勝手に、自分自身の末端が動き始めたのだ。

 

これは一体全体どうした事か?

 

アルウスの混乱をよそに、数機の艦載機はドンドンと敵編隊に向かって速度を上げてくる。

 

それは同時に、アルウスにある光景を思い起こさせた。

 

(まさか…⁉︎)

 

それは元の世界、連合と枢軸と南極の新独立国家との三つ巴の世界大戦その末期。

 

枢軸国の一つ大日本帝国は大戦末にはその資源と兵力に限界をきたしており、満足な兵器の運用も出来なくなっていた。

 

そして来たるべき本土決戦に備え、その時間稼ぎをすべく、なけなしの燃料をかき集めある特殊な攻撃に撃って出た。

 

それは文字通り、人命そのものを兵器とする狂気の戦術。

 

戦闘機そのものを爆弾に見立て敵に体当たりすると言う特別攻撃隊、所謂特攻である。

 

迫り来る連合国及び南極の新独立国家艦隊に対し行われたこの攻撃は、大きな混乱と恐怖を巻き起こした。

 

その時の苦い思い出が、アルウスに徹底的な無人機運用をさせる切っ掛けとなっているのだが、彼女自身は人命そのものを捨てる特攻を最後まで否定している。

 

だからこそ、今自分の分身が行っている行動に、彼女は困惑し訳が分からなくなっていた。

 

何故自らが否定した行動をとったのか?しかしそれに答える代わりに、数機の艦載機は敵爆撃機編隊後方に食らいついた。

 

後方から突入する機を迎撃する重爆撃機編隊、後部銃座が火を噴き突入する敵機を攻撃位置につかせまいと迎撃するが、しかし突入する艦載機には鼻っからそんな考えは無かったのだ。

 

敵の懐に入り込んだ事で、その目的の内半分は達成していたのだから…。

 

ただ真っ直ぐに、迎撃も回避行動もしないで速度を上げて向かってくる艦載機に、当初爆撃機編隊は疑問に思ったが、しかし次にある事に気付く。

 

最も気付いた時には遅かったと言うのは良くある話だが、後方で迎撃していた機の内ほの一機に後方から敵機が突っ込んだのだ。

 

機銃座の攻撃により燃える敵機は、しかしそのまま相手の尾翼に突っ込み、重爆撃機の下半身と舵を捥ぎ取る。

 

当然舵が効かなくなり、オマケに機体の制御も出来なく編隊から高度を堕とす爆撃機。

 

先程までの敵なら、この落伍した爆撃機に向かって群がっただろうが、しかし突入してきた敵機はそれには目にくれず、近くの爆撃機へと体当たりを敢行する。

 

何機かは撃墜されたが、しかし2機の爆撃機がその攻撃で失われた。

 

深海棲艦は気付いた、自分達もなりふり構わなくなった以上、敵も同じ様にしてきたのだと。

 

しかし当のアルウス本人には全くその気は無かった、しかし体当たりの瞬間にはまで意識の繋がった自分が、その最後の最期の思考が意識が流れ込んでくる。

 

体当たりの衝撃と、バラバラに砕ける風防ガラスのカケラ、ひしゃげる鉄の軋む音と潰されていく艦載機(自分の体)。

 

その一つ一つが明瞭に明確な実感を伴ってアルウスに流れ込んでくるのだ。

 

そしてそれらの物理的現象を伴った先に流れ込んでくる意識、それはこれまでアルウスが必死に認めようとはしてこなかった類のもの。

 

「何が何でも仲間を艦隊を守る」

 

その尊い意識、しかし孤高の王者たらんとする超兵器アルウスにとって、仲間とは友愛とは惰弱そのもの。

 

故に馴れ合って見せても、本音では決して誰きも気を許してはいない筈、そうアルウス本人はそう思っていた。

 

だが細分化され、艦載機の一つ一つに宿った彼女の意思は、本人さえ気付かなかった秘めたる心の内さえ分け合っていたのだ。

 

それが、危機において本体の意識を無視して出た行動であり、ある意味で無意識のうちに抱えるアルウスの本音でもあった。

 

アルウスが知らず知らずの内に抱いた思い、彼女はまだそれに明確な名前を付けられずにいるが、しかし戦場と言う極度の緊張状態の中で現れた行動は、衝撃を伴って確りと彼女に影響を与える。

 

その結果が一体どう言う結末を迎えるのかは、まだ誰にも分からない。

 

だが状況はアルウスが心の整理をつけるまで待ってはくれない、また数機編隊から離れた艦載機が敵爆撃機に体当たりに向かったのだ。

 

無論深海棲艦も敵にむざむざ体当たりをさせじと、今まで以上に激しく対空砲火を打ち上げる。

 

そして数機の犠牲と引き換えに、また一機敵の爆撃機が黒煙を上げ堕ちていく。

 

元の世界通り、特攻とはそのインパクトこそ大きいものの、実際の戦果は殆ど上げられなかったのだ。

 

曲がりなりにもこの世界にしては高度な迎撃装置を備える相手では、破れかぶれの特攻など相手が来るとわかってしまえばそれまでなのだから。

 

だが、そうでもしなくては敵を食い止められないのもまた事実であった。

 

アルウス側に残された艦載機の全弾をつぎ込んでも、敵重爆撃機を1機か2機落とせる程度。

 

撃墜に時間を掛け過ぎれば、敵はもう間も無く艦隊の上空に到達してしまう。

 

そうなれば無条件にアルウスの負けが決まる。

 

つまりこの場で最も効率が良い方法とは(アルウスは決して認めたくはないが)、残る艦載機全てと引き換えに敵を道連れにする事であった。

 

冷徹な理性でわかっていても、感情がそれを否定する。

 

それは、兵器であることを旨とする彼女達超兵器にとって、あってはならない事であった。

 

しかし心でいくら否定しようとも、無情にも彼女の艦載機達はそれが最も効率の良い方法だと、本体の意思を離れ次々と突撃していく。

 

揺れ動く血の通わぬ兵器としての本能と生身の感情は、しかし全ての艦載機とのリンクが途切れる事で終わりを告げる。

 

その最後の一機と引き換えに、見事に敵の爆撃機全機を道連れにする事に成功したのだ。

 

9発の核爆弾は、爆撃機と共に海中深く没した。

 

最早誰の手にも回収は不可能であろう、そして同時に艦隊に迫り来る脅威を完全に排除する事に成功した証でもある。

 

無論その代償は大きく、発艦した200機全機の損失と言うこれまでにない損害だが、アルウスが受けた衝撃に比べれば、それはちっぽけなものでしかなかった。

 

冷酷無比な超兵器としてのアルウス、その自信は確実に揺らぎつつあったのだ。

 

 



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55話

55話

 

「……っ、はぁ…。終わりましてよ」

 

揺れ動く心を置いて、生身の本体へと意識を戻したアルウスは、戻るなり勤めて普段通りの態度を装った。

 

無論見るものが見れば、その顔色や表情が優れない事はすぐ分かっただろうが、しかし敵地と言う事もあり、超兵器達の誰しもが彼女の変化には気付かなかった。

 

超兵器達の仲間意識の希薄さも関係していたが、それ以上にもう間も無く敵要塞を視界に捉えるとあって、いやが応にも周囲への警戒心が強まっていたのだ。

 

最もただ1人、海中で対潜対雷撃警戒をして耳をすませていたドレッドノートのみは、戻って来た時、偶然聞いた心音の変化や鼓動の様子から、アルウスの調子があまり良くない事は分かっていた。

 

それを態々直接言うほど彼女は親切では無かったし、そもそも伝えたところです変に噛み付かれるのがオチだと、彼女は分かっていたからだ。

 

(全くどうにも最近、この艦隊は妙に人間臭くなりましたね)

 

(あまり、兵器としては良い兆候とは思えませんね。任務遂行に支障が出ねば良いのですが…)

 

 

艦隊を組んで、航行する超兵器達が立てるノイズの影に隠れるドレッドノートは、そう誰にも聞かれぬようそう1人心の中で思いながら進んでいく。

 

 

 

 

 

 

虎の子の核兵器を装備した重爆撃機を失い、離島棲鬼は内心地団駄を踏んでいた。

 

成功していれば万が一の逆転の目もあったが、しかし持てる手札の中で最高の一手を切ったのにも関わらず、彼女は賭けに失敗したのだ。

 

残る現有戦力では…海上戦力もなく超兵器に決定打を与えられない以上最早彼女に手は残されてはいなかった。

 

(最早ココマデデスワ、ナラバセメテ姫サマダケデモ⁉︎)

 

離島棲鬼の目には最早要塞の陥落は明らかであった、ならば此処で自らが囮となって敵を引き付けている間に、飛行場姫に遠くへ落ち延びて貰おうと考えたのだ。

 

世界の海には、飛行場姫と同じく陸上型で鬼・姫の深海棲艦が大勢いる。

 

その彼女達と合流し、捲土重来を期待するしか最早道は無かった。

 

離島棲鬼はそうと心に決めると、早速地下司令部にいる飛行場姫に自らの考えを伝えるべく直接回線を繋げる。

 

普段であれば深海棲艦同士の通信は高度なネットワーク上で行われるのだが、今回の戦いでは同じ深海棲艦同士が相手であり、互いが容易に相手の通信を傍受出来てしまう。

 

それを防ぐためにも、飛行場姫などは政権を取る前からネットワークに頼らない通信手段を確立しており、戦艦棲姫もまた蜂起の際その間際まで直属の部下と手紙による綿密な連絡を行なっていた。

 

一見するとアナログに見えるこれらの行為も、軍事上意味のある有効な手段なのだ。

 

「申シ訳アリマセン姫サマ…私ノ不徳ニヨッテ折角与エラレタ核ヲ失ウバカリカコノ要塞マデ陥落ノ危機二瀕シテオリマスワ」

 

そう始まる離島棲鬼の言葉は、聞くものに彼女の悲壮感がヒシヒシと伝わってくる。

 

敗軍の将として、死してその責任を取りたいと、離島棲鬼はそう強く思っていたのだ。

 

この後幾ら罵声や怒号が来てもいいように身構える離島棲鬼、しかし彼女の予想したものは訪れなかった。

 

代わりに、これまでに無い優しい口調で飛行場姫は語りかけたのだ。

 

「…分カッタワ離島棲鬼、コレマデ良クヤッテクレタワネ」

 

そればかりか、飛行場姫は失敗の責任を追及するのではなく、逆に今までの労を労うでは無いか。

 

「本当にこれが自分の知る姫さまか⁉︎」とその豹変に失礼と思いつつ半信半疑になる離島棲鬼。

 

有能だが、傲慢でかつ冷酷であり人を決して心から信用するような方では無いと、離島棲鬼はつくづく思っていた。

 

この様に、敗北者にわざわざ優しい言葉をかける一面があったなど、この時始めて知ったのだ。

 

だがそれ以上に飛行場姫が次に発した言葉が更に彼女を驚かせた。

 

「私ハ決シテ退カナイワヨ」

 

退避を勧めようとする離島棲鬼に先んじて、飛行場姫からそんな事を言われたのだ。

 

「デ、デスガ姫サマ…⁉︎」

 

しかし離島棲鬼はそれ以上言葉を続ける事が出来なかった、例え電話越しで相手の顔が見えなくとも、その力強い口調からは自信がありありと読み取れたからだ。

 

飛行場姫は敗色濃厚だからと言って部下と共に潔く死を選ぶようなお方では無い!

 

離島棲鬼が知る飛行場姫とは正にその様な人物であったし、また彼女が根拠のない自信を他者にひけらかす様な人物でない事も良く知っていた。

 

つまり、飛行場姫には離島棲鬼さえ知らない奥の手が残っていると言う事だ。

 

「離島棲鬼、貴女ハソノ時ガ来ルマデ戦イナサイ。ソシテ最後マデ私ト共二戦イ続ケルノヨ」

 

そう言われてしまっては、離島棲鬼からはもう何も言う事は出来なくなっていた。

 

しかし負け戦に一筋の光明が見えた事は確かであり、それが一体何なのかは分からないが、しかし彼女に戦意を取り戻すには十分な理由であったのだ。

 

飛行場姫との通信を終え戻って来た時の離島棲鬼の顔には、普段通りのいや普段にも増した不敵な笑みをたたえ全身に気力が漲っていた。

 

彼女は戻るなり早速仕事を再開し、残る全部隊に檄を飛ばし防衛線を再構築し始める。

 

そして全軍に「一歩も退くな」との厳命を下した。

 

勝手に持ち場を離れる者、逃げ出す者は容赦なく現実の対象となったが、そのお陰で超兵器と言う未曾有の脅威を前に怖気付いていた深海棲艦側の士気を回復して、秩序を取り戻す事に成功したのだ。

 

彼女もまた危機を前に大きくその能力を発揮する類の人物であった。

 

一方離島棲鬼との通信を終えた飛行場姫は、自らの艤装を置いて一人地下司令部を後にする。

 

そして要塞を建設した離島棲鬼さえ知らない秘密の通路を通り、彼女は要塞の最深部に足を踏み入れた。

 

奥に向かって歩くにつれ、気温はドンドンと下がり、吐く息は白く染まっていく。

 

凍った水分が霜や氷となって壁や通路に張り付き、恰も巨大な冷蔵庫の中にいるかの様な場所で、行き止まりに着いた時彼女の目の前に巨大な分厚い壁が現れる。

 

いやより正確に言えば、それは中のものと外界とを隔てる巨大な球体状の容器の一部であった。

 

特殊鋼で作られた厚さ1mはあろう隔壁に手を触れた飛行場姫は、触れた箇所から登録された生体情報を読み取った機械が認証を終え、厳重に封印された隔壁の一部が開き中へと続く通路が現れる。

 

現れた通路の奥からは、青白い光が漏れ容器の周囲を監視していたカメラや危機が異常なノイズを検知した。

 

寒さとはまた別の、肌に突き刺さる様な電磁波を浴びて、しかし飛行場姫は不敵に笑う。

 

まだ此処は入り口に過ぎない、そして彼女の求めるものとは、正にこの先にあるのだから。

 

飛行場姫が足を一歩通路へと踏み出そうとした時、振動と共に天井から埃が落ちる。

 

「…始マッタワネ」

 

それは離島棲鬼と超兵器達との開戦の合図を知らせる号砲であった。

 

 

 

 

 

 

開戦と同時に離島棲鬼と超兵器達は、互いに激しく砲火の応酬を続けているが、明らかに超兵器側が優勢であった。

 

その理由はいくつもあるが、例えば深海棲艦側は反乱の発生により戦力が半減している事、また反乱艦隊により海上戦力がそうしてしまっている事、航空戦力を空母棲姫やアルウスとの戦いで全て喪失している事などなど…。

 

上げればキリはないが、ただ一つ決定的なのはある存在が影響していた。

 

「さあ、ウチの晴れ舞台や。その目に確りと焼き付けておくんなまし」

 

そう言って播磨は巨大な艤装を展開し、主砲、副砲合わせて50門以上もの砲門を要塞島に向ける。

 

そして伸ばした手を振りかざし、一斉に発射され炎をあげる砲口、全弾発射の爆風により波は沸き立ち、大気は振動してその衝撃は超巨大双胴戦艦播磨国巨大をも揺るがした。

 

大気を切り裂き、ソニックブームを発生させながら大質量弾が人工の大地に命中すると、その瞬間内部に蓄えられていた破滅的なエネルギーが解放される。

 

鼓膜いや大気や海さえも震わせる大音量の爆音が鳴り響き、着弾の衝撃で要塞島そのものさえ傾く。

 

もうもうと立ち込める黒煙は天を焦がし、根元から折れ粉砕された高射砲砲塔の残骸が降り注ぎ、その破壊力の凄まじさを想像させた。

 

だがそれさえもこれから行われる破壊の序章にしか過ぎない。

 

水際で防衛しようと、自ら座礁し固定砲台となった深海棲艦や、掩体や隠蔽された塹壕の中から砲台小鬼の群れが海上の超兵器に向けて5inch砲を撃ちまくる。

 

しかし洋上を70ノット以上の速度で航行するヴィルベルヴィント達にはまるで当らず、逆に塹壕の何処に自分達が居るのかを敵に晒してしまう形となってしまった。

 

「こちらヴィルベルヴィント、トーチカの位置を特定した。座標データを送る」

 

ヴィルベルヴィントから送られたデータを受信したシュトゥルムヴィント、ヴィントシュトースの両名はそのデータに従い高速移動しながら砲の照準を合わせる。

 

41㎝長砲身砲12門、25㎝長砲身砲6門の砲塔が旋回し、合計18発もの砲弾をトーチカ陣地に叩き込んだ。

 

それは大艦巨砲主義の鏡である播磨砲撃と比べてインパクトに劣るが、しかしそれでも長門以上の火力と高度なレーダー照準による性格な砲撃と合わさり、全ての砲弾は目標である全てに命中した。

 

掩体や塹壕に隠れしかも鉄筋コンクリートで強固な守りを築いていた筈の砲台小鬼達も、純粋な火力の差を前にトーチカ毎叩き潰されていく。

 

通常、洋上の戦艦と沿岸砲台とではその命中に差が出る。

 

陸地にあって固定化されている沿岸砲に比べ、常に波に揺られ移動し続けねばならない戦艦とでは命中率に大きく影響した。

 

それは高度なレーダーとミサイルの登場によって変化を迎えるが、それ以前の歴史において強固な沿岸砲に守られた港を戦艦だけで攻略するのは不可能とされたのだ。

 

だがしかし、超兵器の前にはそれらの常識は全て膝を屈する。

 

初期の超兵器とはいえ、その韋駄天が如き速さに砲台小鬼の照準は追いつかず、そもそも艦娘の身となった事で以前よりも遥かに小回りが効き、回避能力では他の追従を許さない。

 

最も命中したとしても、強固な装甲の前には例え5inch砲でも無力と言うもの。

 

超高速巡洋戦艦という名がついて誤解されがちだが、ヴィルベルヴィント達は並みの戦艦よりも遥かにタフなのだ。

 

砲台小鬼達は自分達が敵に対して全く無力であると言う絶望感をひしひしと感じていた。

 

相手の心が折れても、しかし超兵器達は全く手を抜かない。

 

「姉よ、チマチマ潰すのは面倒だ。一気に叩き潰すぞ」

 

敵の攻撃を誘い、カウンターで相手の陣地を潰すというヴィルベルヴィントらしい正統派かつ間怠っこしいやり方に焦れたシュトゥルムヴィントが、そう言って艤装からロケット弾を展開する。

 

放たれた大小様々なロケット弾は、先ほどの精密な砲撃と違い広範囲に着弾し爆煙をばら撒く。

 

隠れている相手を、圧倒的火力で燻り出そうと言うのだ。

 

「相変わらずお前は力任せだな」

 

「すまないな姉よ、だが私は堪え症がないのだ」

 

とヴィルベルヴィントに窘められてもそう嘯くシュトゥルムヴィント。

 

ヴィルベルヴィントの方も敵の反撃が散発的になってきた事を鑑み、妹の言もある程度正しいとは思っているが、目の前の敵を倒すことが本当の目的では無かった。

 

最もそれを直接言って言う事を聞くほど、こよ妹は素直でも殊勝でもない。

 

「沿岸部の敵を排除するだけでいい、余り無駄玉を打つなよ」

 

とそう言って諌めるに留めるヴィルベルヴィント、三姉妹の長女であってま妹達の手綱を握るのは相当苦労しているのだ。

 

播磨、ヴィルベルヴィント達によって要塞島そのものの戦闘力と地形が削られ、空の守りの要でもある高射砲塔も既に半分以上を破壊されていた。

 

無論離島棲鬼も唯手をこまねいていた訳ではなく、噂の揚陸艦超兵器の攻撃に備え、沿岸部のトーチカ陣地に籠る深海棲艦を島の奥へと撤退させている。

 

水際での防御を諦め、内部でのゲリラ戦に移行しようとしていたのだ。

 

だが全ての深海棲艦が無事に内陸部に逃げられたわけではない、砂浜に座礁した深海棲艦達は身動きが取れず味方から置いてけぼりにされてしまっていた。

 

「ワ、私達ヲ置イテカナイデクレー⁉︎」

 

「コンナ所ニ置キ去リナンテ嫌ダァ‼︎」

 

そうした悲痛な叫びが、砂浜のあちこちから上がる。

 

トーチカと防空砲台の援護がなくなった彼女たちは、遮蔽物が一つもない砂浜で敵に無防備な姿を晒しているのだ。

 

そして身動きが取れない無防備な獲物程、彼女の好物は無い。

 

「全く、無様な泣き声なんて上げてしまって、優雅ではありませんです事よ?」

 

そう言ってアルウスは弓矢を引き絞り、放たれた矢はB-17、B-25の爆撃機編隊へと姿を変える。

 

総勢100機にも及ぶ爆撃機編隊、半数は内陸部に逃れた敵の追撃と飛行場の爆撃に回し、もう半分は沿岸部へと向かう。

 

接近してくる爆撃機の影に気付いた深海棲艦が、敵を近寄らせまいと対空砲火を上げ必死の抵抗をする。

 

恥も外聞も無く、唯迫り来る破滅から逃れたいが為に、涙や鼻水さえ垂らしながら抵抗するものもいた。

 

しかし、それらを見てアルウスは頬を釣り上げ、こう笑った。

 

「あらぁ、泣いてる子がいるじゃ無い、全く躾がなっていないわね?」

 

「泣いてる子には、怖〜い、怖〜い蜂がやってくるって知らないのかしら」

 

色々と鬱憤やら何やらが溜まっていたアルウスは、そらを目の前の“標的”で解消しようとしていた。

 

恐怖に飲まれた相手の抵抗など、アルウスにとってまるで脅威では無かったのだ。

 

アルウスは深海棲艦が座礁した砂浜に対して、その頭上を爆撃機部隊が丁度通るような進路を取らせる。

 

脇を内陸部にいる深海棲艦に晒す格好となるが、その相手に対しては別働隊が相手をしているので問題はない。

 

そして、何ら組織だった対空砲火を上げる事が出来ない相手に対して、悠々とその頭上に侵入した爆撃機部隊は爆弾倉を開き次々とドラム缶の様なものを投下する。

 

燃料を空から周囲に撒き散らしながら落下するそれは、地面に着弾するやいなや周囲をあっと言う間に炎に包む。

 

一瞬のうちに砂浜は炎で埋め尽くされ、火の檻に閉じ込められた深海棲艦達が体に着いた火を消そうとのたうち回る。

 

今回アルウスが使用したのはナパーム弾と呼ばれる爆弾であり、広範囲を焼き払うと言う意味では焼夷弾と似た性質を持っていた。

 

無数の子機をクラスター爆弾の様にばら撒く焼夷弾と違い、ナパーム弾はその威力範囲共により強力なものとなっている。

 

主に隠蔽された陣地やジャングルなどの障害を敵諸共焼き払う兵器だが、今回の場合深海棲艦に対しても大きな効果を上げた。

 

深海棲艦は強力な砲や魚雷などを装備する人型の艦船だが、完全な艦と言う訳ではない。

 

戦闘艦ならば、分厚い装甲と何重もの隔壁を封鎖すれば外からの火災から内部の重要機関を守れる。

 

しかしなまじ人型の部分を残している深海棲艦ではそれが出来ないのだ。

 

装甲や皮膚の部分に燃料ごとついた火は払っても消えず、一瞬で1000℃以上にもなる高温により周囲の酸素は消費尽くされてしまう。

 

酸素がなくなった深海棲艦は口をパクパクとさせ空気を求めるが、急激な酸欠により意識を失い炎に包まれる。

 

これが海の上ならば避けるなり最悪海の中に潜ることも出来たのだが、自ら船である事をやめてしまった彼女達に最早逃げ場など何処にもない。

 

この世界でもその残酷性から非人道的兵器とされ、使用が禁止あるいは制限される程の兵器だが、深海棲艦相手には使ってもまるで問題はないのだ。

 

内陸部に対しても同じようにナパーム弾による攻撃が行われ、要塞島の至る所で発生した火災は最早誰の手にも止める事など出来ない。

 

鉄と肉とが焼ける嫌な臭いが戦場を包む中、延々と燃え盛る炎に照らし出された爆撃機部隊の影は、まるで死神の翼の様に見えた。

 

鬱屈した心を、敵を残虐なしかも効率的な方法で殺戮する事で晴らしたアルウス。

 

最も敵とはいえ、その惨状に流石に他の超兵器達も鼻白んだが。

 

特に地獄の業火の様に燃え盛る島を見て、播磨は露骨に顔をしかめた。

 

元の世界、彼女の遠い記憶で似た様な景色を彼女は何度も見てきたのだ。

 

大戦末期、三つ巴の世界大戦はその戦火を後方の民間人にさえ拡大させ、国民そのものを標的とした都市間爆撃の応酬が行われた。

 

特に播磨が属して大日本帝国は、その住居や都市の多くが木造であったことが災いし、連合国による大規模焼夷弾攻撃で文字通り多くの都市が灰燼に帰している。

 

多くの無辜の市民、陛下の赤子が焼き殺された恨みを、彼女はいまだに抱いていた。

 

最もその報復とした富嶽やドイツから提供された弾道ミサイルで西海岸の都市を5つ程吹き飛ばしてもいたりする。

 

超兵器はこの世界に来て、かつての陣営や国家という枠組みから解放されたとはいえ、その記憶と胸の内に抱いた思いは中々消せるものでは無いのだ。

 

播磨とアルウス、その両者の間にある問題や確執の根本は、かなり根深い。

 

さて海の上で地獄が作り出されている中、ここ数話あまり出番がなく影が薄かったドレッドノートはと言うと、海中深く進み要塞島の海底を調べていた。

 

(成る程、これは中々に厄介そうですね)

 

ドレッドノートが手を触れるそれは、巨大な円筒状の柱であった。

 

そしてそれが何本も要塞島と海底を繋ぐように立っていたのだ。

 

要塞島はそもそも天然の島ではなく、海上に建設され人工物である。

 

その規模は当然ながら史上類を見ないが、海底と接続された支柱の数と太さはドレッドノートも見た事さえ無かった。

 

今回超兵器達が下された任務は、敵要塞島の攻略と核兵器施設の完全な破壊である。

 

特に核施設に対しては、必ず破壊しなければならなかった。

 

その為、深海棲艦の核兵器製造施設と思わしき要塞島をいかに攻略するか?それが任務遂行上のネックとなっているのだ。

 

島一つ破壊することなど超兵器にとってたわいも無い事だが、しかし今回は自分達が南極に去った後でも誰にも核施設を再利用されぬよう徹底する必要があった。

 

核施設はその重要度から、最も強固な守りを施されていると考えられており、単に島の表面構造物を薙ぎ払った程度でどうにかなるものでもない。

 

デュアルクレイターやアルティメイトストームが別任務でいない以上、乗り込んでの制圧は現状難しく、しかも彼女達の到着を待って手をこまねいていれば、現在自分達と要塞島を包囲している戦艦棲姫率いる反乱艦隊がどう出るか分からないのだ。

 

今は偶然敵が一致しているからと言う理由で、互いに敵対していないに過ぎず、そもそも互いに何らかの取り決めや協定を結んでいる訳ではない。

 

超兵器達は、背後からの一刺さにも、警戒せねばならなかった。

 

故に彼女達が取れる手段は比較的限られる、つまり持てる火力の全てを費やして要塞島を完全破壊するか、それともデュアルクレイターの到着を待つか…。

 

或いは要塞島そのものを海に沈めてしまうか。

 

ドレッドノートはその為一人戦闘には参加せず、こうして海中から島を沈める事が出来るかどうかの可能性を探っているのだ。

 



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56話

56話

 

超兵器と要塞島との戦闘と言うには余りに一方的過ぎる戦いを、遠巻きに見つめる深海棲艦の反乱艦隊達。

 

彼女達の目的からすれば、このままただ指を咥えて見ているなど出来ないのだが、しかしその眼前で行われている圧倒的な破壊を前に誰しもが二の足を踏んでいた。

 

 

反乱艦隊のリーダー、戦艦棲姫にしても今は機を待つ時と静観の構えを見せ、それは漁夫の利を狙おうと言う余裕からなのか、それとも単に手をこまねいているのかは本人にしか分からない事であった。

 

しかし世の中には誰しもが躊躇する中、火中の栗を拾おうとするものが必ずいるものだ。

 

時として、それは栗を拾うどころか火傷では済まない事態をも往々にして引き起こすものである。

 

駆逐古鬼が反乱艦隊に参加したのは、単に飛行場姫の元では良い目を見られないと言う即物的判断からであった。

 

無論の事反乱艦隊の多くはこの様な理由で参加している者が大多数を占めるのだが、古鬼はその積極性について同僚よりも先を行っていた。

 

彼女は自ら案内役を買って出ると言う危険を冒し、戦艦棲姫率いる本隊をここまで殆ど無傷で要塞島まで導くと言う大役を果たしていたのだ。

 

その功績から、はやくも戦艦棲姫の幕下に納まったものの、彼女の積極性はそこで我慢しなかった。

 

(どうせなら、登れる所まで登り詰めてしまおう)

 

と、動乱期特有の野心的発想が彼女の中で鎌首をもたげたのも不思議ではない。

 

そもそも折角の手柄首を前にして、みすみすそれを別の誰かにくれてやろうなどと言う事は、血の気の多い古鬼に我慢出来る筈もなかった。

 

だからこそ、誰もの目が超兵器に集中している間、密かに列から抜け出し少数の供回りだけを連れ、単身飛行場姫の首を取るべく敵地に乗り込もうとしていたのだ。

 

 

 

 

誰にも気取られぬ様海中を進む駆逐古鬼、その周囲を囲むのは少数の護衛のみであり、彼女らは鉄火場となった要塞島を目指していた。

 

本来水上型深海棲艦である彼女達は、長時間の潜水行動は苦手なのだが、今回は要塞島に侵入するまで潜れていれば良いとの理由から、隠密潜水行動を取っていた。

 

図らずも、海軍に大打撃を与えた海中からの奇襲を今度は同じ深海棲艦相手に使おうと言うのだ。

 

本来ならば、この様な軽率な行動は海中に潜むドレッドノートに瞬く間に知られる事となる。

 

しかし今海上では鼓膜を破らんばかりに激しい戦闘が行われており、その為海中の音がして乱れ、さしものドレッドノートも要塞島の陰から忍び寄る駆逐古鬼達を発見出来なかったのだ。

 

そもそも彼女は今周囲を余り気にしているどころではなかった。

 

どうやって要塞島を支える支柱を破壊するか、これに意識を集中しているのだ。

 

これらの幸運によって、駆逐古鬼達は全員が無事に要塞島に辿り着く事が出来た。

 

しかし努努油断する事勿れ、幸運とは然程長続きするものでは無いのだから…。

 

 

 

 

 

 

要塞島をぐるりと取り囲んだ超兵器達だが、現状彼女達は攻め手に欠けると感じていた。

 

既に粗方の地表目標は破壊し尽くし、砂浜には最早物言わぬ残骸と成り果てた物が転がり、視界を遮っていた邪魔な密林もナパームによって今や焼き払われている。

 

島の中心部で硬く守られていた筈の敵飛行場の滑走路は、まるで月面かの様に無数のクレーターが穿たれ、完全にその機能を失っていた。

 

誰の目にも、島一つが完全に破壊されてしまった事は疑いようもない。

 

しかし、超兵器達の目的は要塞島の攻略ではなく敵の核攻撃能力の喪失である。

 

であれば、恐らく要塞島地下にある核兵器製造施設がまだ無傷で残っている現状、彼女達は己が任務を全うしたとは言えないのが現状だ。

 

本来ならここでトドメの陸上戦力を上陸させるべきなのだが、生憎と艦隊唯一の陸上戦力を保有するデュアルクレイターは現在アルティメイトストームと共に別任務中でここには居ない。

 

凡人故の心配性から、焙煎は『南方海域の何処かに別の核兵器生産拠点或いは保管場所が存在するのでは?』と疑い、戦力を割いてでも南方海域全域に捜索の手を出したのだ。

 

常識的に考えればその可能性は限りなくゼロに近く、ともすれば病的な思い込みに近い。

 

しかし超兵器達の焙煎の命令に対して割と忠実、と言うよりも放任気味の気質の為、これまで彼の決定に対して表立っては誰も胃を唱えた事は無いのだ。

 

それでもせめてホバー戦艦であるアルティメイトストームでもいれば現状の話は変わったのだが、大小合わせて100以上もの群島で成り立つ南方海域である。

 

如何に超兵器とて、2隻体制でなければ全てを捜索し尽くせないのだ。

 

最も、ありそうもない物を探しだせるかどうかは全くの別問題なのだが…。

 

兎に角次善の策として想定している要塞島そのものを海に沈める作戦は、ドレッドノートからの報告でかなりの困難が伴うことが分かった。

 

「8本の支柱と海底に接続されたケーブルを全て切断するには、単純に私だけでは火力が足りません」

海底から要塞島の底を探ったドレッドノートの結論が、これである。

 

一度補給を受けたとは言え、これまでの連戦に次ぐ連戦によって超兵器達はかなりの消耗を強いられていた。

 

どれ程強力な兵器とて、弾薬が無ければ戦えないのだ。

 

「ドレッドノート、此方ヴィルベルヴィントだ。お前の今ある火力でどれだけ破壊できる?」

 

「少なく見積もって半分は破壊できるでしょう。ですが、残った支柱とケーブルで残念ながら浮遊可能とこちらでは予想しています」

 

ドレッドノートの言葉に嘘は無い、とヴィルベルヴィントは彼女が導き出した結論を信用した。

 

共に兵器である身、その判断は非常にシビアかつ一片の隙もない。

 

要塞島そのものの浮遊力を無くし、海に沈めると言う方法は現実的では無い事が明らかとなった。

 

であれば残る方法は、今ある火力を全て注ぎ込んで文字通りの殲滅戦を敢行するか…。

 

限られた手段の中で何が最善かをヴィルベルヴィントが考えようとした時、播磨からもまた通信が入った。

 

「何やお困りでんなぁヴィルベルヴィントはん?一応言うときますけど、ウチの残弾は残り3割を切りましたで」

 

更にそこに追い打ちをかける様に、ヴィントシュトースが彼女の姉に厳しい現状を伝える。

 

「残念ながら計算した所、今の私達の残弾は全体で4割も越していません。これでは精々島の表面の半分を削る事しか出来ないでしょう…お姉様どうしますか?」

 

通信越しからも伝わる妹分の心配そうな声に、ヴィルベルヴィントは仕方ないとある覚悟を決めた。

 

「ドレッドノート聞いての通りだと、このままでは我々は本来の目的を達成出来ない」

 

「ではどうすると?まさかデュアルクレイターたちが到着するまで呑気にここで待つ気ですか」

 

それは最も現実的に見えて、実は一番あり得ない策であった。

 

今現在要塞島を包囲している超兵器達の、更に外側から深海棲艦の反乱艦隊が取り囲んでいるのだ。

 

今はまだ手を出して来ない彼女達も、時間をかければどう動くかまるで分からない。

 

最悪、自分達を出しぬき強引に核兵器を奪取に掛かるかもしれない、いや今この瞬間にも動き出している可能性が高いかもしれない。

 

だがヴィルベルヴィントからの返事は、予想だにしないものであった。

 

「ドレッドノート、私の火器管制をお前に預ける」

 

 

 

 

 

ヴィルベルヴィントがドレッドノートに自身の火器管制の制御を預ける、それは即ち兵器にとって最も重要な機関の一つを別の誰かに差し出す事を意味していた。

 

ヴィルベルヴィントとドレッドノートとの通信を聞いていた他の超兵器達は、まさかの提案に各々が驚愕の表情を浮かべる。

 

シュトゥルムヴィントやヴィントシュトースの2人は言わずもながだが、一番驚いたのはアルウスであった。

 

彼女は驚きの余り口が開いたまま硬直し、最も反応が薄い播磨も、眉が分かるくらい釣り上がっている。

 

誰もが『何故!?』と聞く前に、ヴィルベルヴィントは答えた。

 

「私の火器管制装置を使えば、足りない火力を補えるのでは無いか。幸い潤沢とは言えないが、それなりに魚雷は残っている」

 

「成る程、確かにヴィルベルヴィント貴女と合わせれば完全とは行かずとも殆どの支柱を破壊出来ます」

 

ヴィルベルヴィントの意図を正確に読んだドレッドノートは、確かにその方が効率がいい事には同意した。

 

しかし、だからこそ彼女は納得が出来ない部分があった。

 

「でしたら、何故火器管制を預ける等と?そんな事をしなくとも、他に方法など幾らでもある筈です」

 

ドレッドノートの言う通り、例えばシュトゥルムヴィントの発射した魚雷をドレッドノートが目標まで誘導したり、或いは破壊すべき目標の地点を教えそこに打ち込んで貰う等である。

 

「だからこそだ、ドレッドノート。お前が調べた所、支柱そのものの強度はかなりのものだ。単純に魚雷を4、5本当てた所で完全破壊には至らないだろう」

 

「これを破壊するには、限られた火力を効率よくぶつける必要がある。であれば、この艦隊の中でそれを一番良く出来るのはお前だけだ」

 

話は分かるが、それを実際に言えてやるかどうかは全くの別問題だとドレッドノートは感じた。

 

人間に例えるのなら『貴方が一番身体の動かし方が良いから、私の運動神経をどうぞ好きに動かして下さい』と言っているに等しい。

 

自分なら、誰かに自身の火器管制を預ける或いは見せる事すら拒むだろう。

 

それを『そうするのが一番効率が良い』と言うだけでやるヴィルベルヴィントは、ドイツ的効率主義と言って良いのか、或いは単に本人の気質なのかどうか…。

 

彼女には全く判断に困る所である。

 

「ちょ、ちょっとお待ちなさい!?ヴィルベルヴィント貴女正気でして」

 

「そ、そうだぞ姉よ!?第一そんなマネなどしなくとも我らで協力すれば…」

 

ここで漸く衝撃から立ち直ったアルウスとシュトゥルムヴィントが反対の声を上げた。

 

常識的に考えれば、まるでリスクとリターンに見合わぬやり方なのだから、2人が声を上げるのもにべもない事である。

 

しかし一度こうと決めたヴィルベルヴィントの決意は固かった。

 

「シュトゥルムヴィント、お前達の気持ちは嬉しいが殆ど魚雷が残ってはいないではないか」

 

「ぐっ」

 

痛い所を突かれ、悔しげに歯を食いしばるシュトゥルムヴィント。

 

ヴィルベルヴィントの言う通り、シュトゥルムヴィントとヴィントシュトースの2人は、ここに来る前に景気良く魚雷を打ちまくったお陰で殆ど魚雷が残ってはいなかった。

 

「それとアルウス、お前もここまでリスクを冒して来たのだから、どうするのが良いから分かる筈だ」

 

「なっ、それは…!?」

 

アルウスもまた、「お前と同じ事だぞ」と言われては、それ以上反論する事が出来なかった。

 

「そう言う事だ、ドレッドノート。やってくれ」

 

「分かりました、私も今更覚悟は問いません。ですが…」

 

「?」

 

「やる前にこれだけは言わせて下さい。私は貴女のその覚悟に敬意を評します」

 

その一方で、これまで黙って成り行きを見守っていた播磨は、ある意味この場で誰よりも冷静な目で見ていた。

 

(ヴィルベルヴィントはん覚悟決まりまってんなぁ、しかしこれはおもろいもんが見られますなぁ)

 

(大戦中英国諜報部が心血を注いで暴こうとした独逸超兵器の火器管制装置、その中身がまさかこんな形で拝めるんなんて)

 

播磨は、要塞島に牽制砲撃を加えながらも、その実意識はヴィルベルヴィントとドレッドノートに集中していた。

 

ドレッドノートがどんな方法でヴィルベルヴィントの火器管制に侵入するのか、そのやり方一つとっても相手の手の内を暴く事に繋がる。

 

そして何よりも、初期の超兵器とは言え超高速かつ複雑な動きをしながら正確な砲撃が出来る火器管制の秘密、これに興味を持たない戦艦などいようはずがない。

 

(何れ『戦う事』になるかもしれまへん相手やからなぁ。今の内に対策を立てさせて貰いまっしゃろ)

 

播磨は内心誰にも悟られぬよう、そうほくそ笑んでいた。

 

そして播磨が一人暗躍する中、ヴィルベルヴィントの火器管へとドレッドノートが侵入を始めようとする。

 

 





今更ながら新年明けましておめでとうございます。

あいも変わらず不定期ですが、今後ともゆるゆるとやって行くつもりなので、新しい元号になってまよろしくお願いいたします


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57話

57話

 

ドレッドノート、ヴィルベルヴィントはお互いの火器管制のリンクを終え、ドレッドノートの誘導に従いヴィルベルヴィントから超高速魚雷が海中に向け発射された。

 

両舷20門、40本もの魚雷がドレッドノートの誘導に従い要塞を支える海中ケーブルと支柱に殺到する。

 

本来、大型艦艇などの大きな目標を狙うために装備された超高速魚雷は、その威力と速度ゆえ精密な誘導が難しい。

 

しかし、今回ヴィルベルヴィントはドレッドノートに自身の火器管制の一部とはいえそれを渡す事で、難しい海中での誘導を可能としたのだ。

 

そして彼女もまた残りの魚雷全てを発射し、それらを最適な目標へと振り分け誘導していく。

 

島を支える支柱は兎も角、海中に漂うワイヤーを魚雷で切断するには余りに小さい目標であった。

 

しかしドレッドノートの誘導に従う70本以上もの魚雷は、過たずその全てが振り分けられた目標に命中する。

目標までの命中のタイミングさえも合わせ、下手な戦艦ならば数本で撃沈出来る程の威力を秘めた魚雷が同時に海中で炸裂した時、果たしてどうなるか…。

 

次の瞬間、要塞島を支えるほどの強固な支柱を完全に粉砕する程のエネルギーが海中で荒れ狂い、その直上にあった島自体を真下から襲う。

 

衝撃波と共に吹き上げる破壊のエネルギーが島の底を削り、支えを失った要塞島は押し上げる力で十数㎝も持ち上がる。

 

島の表面を覆う土砂は崩れてその下の要塞の基部を露出させ、倒れた木々が要塞中心部の滑走路を埋め尽くす。

 

美しい南国の島に偽装された要塞島は最早見る影もなく、人為的な災害によって見るも無残な姿に変わり果てていた。

 

無論表面の被害だけで無く、内部にも相当の被害が及んでいる事を、島のあちこちから立ち昇る黒煙が証明している。

 

いまだに浮いている事が不思議なくらい、島は誰がみても破壊し尽くされていた。

 

 

 

 

 

 

島の中央部、地表の指揮所にて指揮を取っていた離島棲鬼は痛む身体を引きずり、何とか立ち上がろうとしていた。

 

島を突如として衝撃波が襲った瞬間、彼女は強かに頭を床にぶつけて今まで気絶していたのだ。

 

五体に力を込めよっとする離島棲鬼、しかし肉体は彼女の意に反しピクリとも動かない。

 

何とか頭だけを動かし、周囲の状況だけでも確認しようと努める。

 

要塞指揮所は見るも無残な姿になりはてていた、壁はひび割れ天井は一部が崩落し外が見えた。

 

部下達も天井の崩落から逃げ遅れ、瓦礫に押しつぶされ地面のシミと化している。

 

生き残ったのは自分だけかと離島棲鬼がふと自分の体に目を向けると、自分の腹部を貫通し地面に縫い付けるかのように折れた鉄骨が身体に突き刺さっていた。

 

(アア…ココマデ、デスノネ)

 

離島棲鬼は何故自分の身体が動かないのかに合点がいった、腹から生える鉄骨は肉体だけで無く背骨をも砕き彼女の脊髄を麻痺させていたのだ。

 

如何に頑強な深海棲艦とて、竜骨(キール)を折られてはどうしようもない。

 

それは、海から陸へと上がった彼女達陸上の深海棲艦も変わらないのだ。

 

腹に空いた穴から止めどと無く流れる黒い体液は、まるで彼女を黒い海へと沈めるかのように広がる。

 

身体が動かない離島棲鬼には、最早身体から流れ出る生命を止める術も力も無く、ただ足の末端から冷たくなっていくのを待つ事しか出来なかった。

 

しかし離島棲鬼には不思議と恐怖感は全く無かった。

 

寧ろ死を前にして彼女の心を覆っていた靄が晴れたかのような、清々しい気持ちで一杯であったのだ。

 

(オモエバ、ココニクルマデイロイロナコトガアリマシタワネ…)

 

離島棲鬼は今際の際に人間が感じる走馬灯の様に、これまでの事を思い返していた。

 

離島棲鬼は他の深海棲艦と同じように戦いの中で生まれ育ち、また他の者達と同じ様に戦いの中でこそ自分の生命に価値を見出していた。

 

だが離島棲鬼が望んだ戦場に彼女の居場所は無かった、陸上型の深海棲艦である彼女は如何に強大な鬼、姫であろうとも海戦が主体の戦場では役割を与えられなかったのだ。

 

その事実は、離島棲鬼にとって自らの存在意義を否定されるに等しい程の屈辱であった。

 

戦えば有象無象を関係なく圧倒する強大な力を持ちながら、戦場に立てない事に彼女は暗澹たる想いを抱えていたのだ。

 

そのどうしようもない暗闇の中から救い出したのが他でもない飛行場姫であり、彼女は戦場にしか生きる価値を見出せなかった離島棲鬼に新たな役割と戦いの場を与えた。

 

飛行場姫の元で彼女は目覚ましい活躍を見せ、やがて彼女の信頼を得た離島棲鬼は飛行場姫の為ならばどんなことでもやった。

 

同胞達をその手にかけた事もあった、飛行場姫に逆らう者は容赦なく解体し、積み上げた資材の山はやがてこの要塞島を作る資材にもした。

 

艦娘達が愚かにも大挙して攻撃を仕掛けてきた時も、彼女が作り上げたこの基地から出撃した爆撃が新兵器によって艦隊ごと焼き払い、敵の司令部もこの世から消滅させた。

 

最後には超兵器と戦いそして破れた、正に深海棲艦らしい血と戦いに溢れた生であった。

 

薄れ行く意識の中、離島棲鬼は飛行場姫に先に逝くと告げ、そして彼女の闘争の日々は永遠に終わりを告げたのだ。

 

 

 



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58話

58話

 

離島棲鬼が死亡したその頃、要塞内にまんまと侵入していた駆逐古鬼は瓦礫の中から身を起こした。

 

「アアー、ヒドイメニアッタワ」

 

と言って服についた埃を振り払う駆逐古鬼、後ろを振り向くと彼女に付いてきた部下達は全て瓦礫に潰されていた。

 

しかしまだ生きている者もいるのか瓦礫の山から呻き声が聞こえるが、駆逐古鬼は助けを呼ぶ声を無視して先に進もうとする。

 

これは一見非常にも見えるが、駆逐古鬼にすれば今瓦礫の下にいる者達は単に実力が足りなかっただけなのだ。

 

この世は適者生存弱肉強食常に戦場を駆けてきた彼女が信じる唯一のものであり、自らに降りかかる火の粉さえ払えない様な軟弱者は過酷な戦場では生き残れない。

 

つまり弱者であり生きる価値はない、と彼女は固く信じているのだ。

 

助けを呼ぶ部下達のいや彼女にすれば元部下か、その声に背を向けて先を急ぐ駆逐古鬼。

 

実際単に見捨てただけでなく、彼女の鋭敏な感覚は先程の海中からの衝撃で島自体が危うくなっている事に気付いていた。

 

ビリビリと振動する天井はあちこちで崩落が起きていることの証拠であり、あまり一ヶ所に長居すれば次の崩落に巻き込まれかねない。

 

実際部下を助けようとして自分も巻き込まれては本末転倒であり、段々と大きくなる崩落の音から余り時間が残されていない事が予想された。

 

その為、島自体が沈む前に飛行場姫の首を取り島から脱出せねばならなず、足手纏いの存在は邪魔であり故に部下を見捨てる事もまた止む無しと言うのが彼女の考えなのだ。

 

駆逐古鬼は足早に通路を走り出す、グズグズしては肝心の飛行場姫を取り逃がしてしまうかもしれない。

 

そう逸る心のまま、駆逐古鬼はまるで何かに導かれるかのように島の最奥へと足を踏み入れる。

 

 

 

島の最深部へと辿り着いた駆逐古鬼は、目の前の光景に思わず絶句した。

 

「ナンナノダ…ココハ!?」

 

島の最深部、半球状のドーム型の冷凍庫の様な部屋の中心部に入った駆逐古鬼の目の前には、幾つものコードに繋がれた球体があった。

 

まるで何かを厳重に封印しているかの様な物々しさに、思わずたじろぐ駆逐古鬼。

 

長年戦場にいて様々なものを目にしてきた彼女でさえ初めて見るそれは、正に異様の一言に尽きる。

 

「アラ、ハヤカッタワネ」

 

と突然彼女の頭上から声をかけられ、駆逐古鬼は声のする方向に視線と共に艤装を向ける。

 

「ヤットスガタヲミセタカ!アバズレメ」

 

漸く姿を見せた怨敵に駆逐古鬼は敵意と殺意の両方を差し向ける。

 

「アラ、ズイブンナゴアイサツデスコト」

 

しかし飛行場姫は部屋の中央部に位置する球体の上に姿を現した彼女には、まるでどこ吹く風とばかりであった。

 

「セッカクココマデキタンデスモノ、ハナシデモドウ?」

 

そればかりか、狙われているのにも関わらず彼女はまるでお茶にでも誘うかの様にそんな事を言う。

 

「ダマレ!キサマトハナスコトナドナニモナイ、ココデワタシゴウチトッテクレル‼︎」

 

馬鹿にされたと思った駆逐古鬼は、怒りのまま飛行場姫の減らず口を永遠に塞ごうと艤装の狙いを済ます。

 

飛行場姫と駆逐古鬼の距離は部屋の広さを考えても艤装の間合いからすれば僅かと言って差し支えない距離。

 

万が一にも外す事のない必殺の距離であった、しかし飛行場姫は先程と同じ様に不敵な笑みを崩す事なくそれが駆逐古鬼のカンに触った。

 

(狂人メ!ソノニヤケ面ヲ今スグフキトバシテヤル)

 

艤装を振りかざし、決して外す事のない距離で狙い澄ました必殺の一撃は次の瞬間には飛行場姫の顔を吹き飛ばしている筈であった。

 

がしかし…。

 

その起こりうる不可避の予想に反して、駆逐古鬼の一撃は相手に当たる直前にその狙いを外してしまう。

 

(ネライガソレタ!?バカナ)

 

必殺の一撃が外れ彼女は動揺するが、しかし直ぐに二度三度と同じ箇所へと撃ち込む駆逐古鬼。

 

がそのどれもが飛行場姫に当たる前に手前で外れてしまう。

 

「イッタイドンナテジナヲツカッタ、飛行場姫!」

 

連続して起こったありえない事象に駆逐古鬼はそう叫ぶ、しかし飛行場姫は彼女の問いに答える事はなく逆に彼女を指差してこう言った。

 

「ヒザマヅキナサイ」

 

何を馬鹿なことを、とそう反論する前に駆逐古鬼の身体は突如として膝から崩れ落ちる。

 

必死に起き上がろうと床に手をついて歯を食いしばる駆逐古鬼、しかしまるで見えない掌に上から押さえつけられるかの様に身体はピクリとも動かない。

 

ついに艤装を支えに使ってさえ身体を持ち上げることが出来ず、地面に無様にひれ伏す駆逐古鬼。

 

よく見れば異常が起こっているのは彼女だけではなく、部屋の床全体が歪にひび割れ陥没しているではないか。

 

「ナ、ナニガオコッテ…!?」

 

「ザンネンダケド、モウアナタトオハナシスルジカンハナイノ…」

 

飛行場姫はまるで飽きてしまったオモチャを見るかの様に冷めきった視線を駆逐古鬼に向ける。

 

それでも諦めず最後の抵抗とばかりに駆逐古鬼は艤装の砲身を飛行場姫に向けるが、しかし弾は終ぞ発射される事は無かった。

 

この時すでに艤装の内部は謎の力でグシャグシャになっており、砲身もアルミ缶の様にクシャクシャにひしゃげて潰れてしまっていたからだ。

 

「マ…テ…ゴトヘ…」

 

最早一矢報いる事も叶わないと知りながらも、それでもなお飛行場姫に食いつこうとする駆逐古鬼。

 

しかし無情にも飛行場姫の目には最早駆逐古鬼の姿は映らなかった。

 

「アア、マッテイナサイセンカンセイキ。イマスグソノスマシガオヲグチャグチヤニシテアゲル!」

 

目を見開き眦を釣り上げた狂相を浮かべる飛行場姫、その体からは青白い光が漏れでていた…。

 

 

 

 



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59話

59話

 

地響きを轟かせながら崩れ行く人工島要塞、木々は倒れ大地はめくれ上がって土砂となり海へと流れ、砂浜に燃える残骸は土石流に巻き込まれていく。

 

所々で金属がひしゃげる音がまるで断末魔の様に聞こえ、恐怖のまとであった高射砲塔は大地の亀裂に飲み込まれていった。

 

最早誰の目にも島の最期は明らかであった、しかしその島を沈める原因を作った超兵器達は依然として戦闘態勢を解いていない。

 

寧ろ全員が、先程から島の中央から流れ出る“良く見覚えのある”エネルギーに身を尖らせていた。

 

「来る」

 

誰かがそう言うと、突如として島の中央が縦に割れ真っ二つに折れ曲がった要塞のその中心部から何かが現れる。

 

天高く舞い上がり海上にいる全てを睥睨するそれは、誰もが一目見て悍ましいと形容する他ない姿であった。

 

空に静止するそれには宇宙の暗黒を思わせる黒く巨大な円盤に二本の腕と全てを飲み込む大きな口と牙の生え、その巨大な円盤の上に女の上半身が乗っかり、女の額からは天を突く様な禍々しい二本の角が聳え立っていた。

 

円盤の面裏両面には二連装四基もの巨砲が備えられ、中央部には一際巨大な砲口が顔をのぞかせそして全身が青白く光輝いている。

 

まるで地獄の底に空いた穴から降臨した悪魔の様なその姿に、集まった深海棲艦達は「ゴクリ」と生唾を飲み込んだ。

 

巨大な円盤の上に乗っている女は間違いなく飛行場姫である筈なのに、その変わり様に誰もが絶句し何ら反応出来ない。

 

そうこうするうちに、異形と化した飛行場姫その円盤真下の巨大な砲口が光り輝く。

 

誰しもが嫌な予感はしても実際に体が動かせない中、ただ超兵器達だけは誰かが「避けろ」と余計な事を言う事もなく機関を最大にして散会する。

 

この中で誰よりも彼女達は飛行場姫の“ソレ”に強く思い当たりがあり、これからすぐに起こるであろう出来事を誰よりもよく知っているからこそ出来た反応だ。

 

巨大な砲口内部の光は極限にまで高まり、漸く何隻かの深海棲艦が不味いと思い回避を試みるが、しかし全ては遅きに失した。

 

『サア、始メマショウ。終ワリノ始マリヲ』

 

飛行場姫は発射の寸前、誰ともなしにそう告げる。

 

それはこれから起こる事への予言であり、それは直様現実となった。

 

巨大な砲口から一条の光が伸び、要塞を包囲する反乱深海棲艦の一角を薙ぎ払う。

 

次の瞬間着弾した箇所を中心に巨大な火球のドームが出現し、そこにいた全てを文字通り焼き尽くした。

 

爆発の中心地にいた者達は容赦のないエネルギーの本流によって跡形も無く消し飛び、凡ゆる生命がその被害から逃れられず魂さえも焼失させる破滅の光によって一瞬にして絶命させられる。

 

爆発が晴れたのち、そこには誰かが居たという証拠の僅かな破片しか残らなかった…。

 

 

 

 

 

同じ頃スキズブラズニルの艦橋に呼び出された焙煎とスキズブラズニルは、南方海域最深部に突如として巨大なエネルギーが出現した事を妖精さん達から知らされる。

 

「一体全体何が起きているんだ?ヴィルベルヴィント達との連絡はどうした」

 

焙煎は相変わらず超兵器達がいなければロクな判断が出来ないのか、兎に角作戦行動中の彼女達と連絡を取る様指示を出した。

 

しかし妖精さん達からの返事は思わしく無かった、何故ならば南方海域最深部の通信状況は謎のエネルギー出現以降悪化していたからだ。

 

超兵器機関が発するノイズの中でも万全の通信を確保する妖精さん達謹製の通信装置が通じない、事の重大性に先ず初めに気付いたのは矢張り焙煎では無くスキズブラズニルであった。

 

「強力な〜電波や〜レーザー通信を〜妨害する〜程の〜エネルギーって〜もしかして〜もしかすると〜?」

 

相変わらず間延びする特徴的な声で、しかし見かけに反して頭の回転が早いスキズブラズニルは直ぐにその可能性に行き着く。

 

「もしかして〜もう一つ〜超兵器機関が〜あるのかも〜知れませんね〜」

 

そうポツリとスキズブラズニルが漏らした言葉に、慌ただしく作業をしていた妖精さん達やただ椅子に座って焦る事しか出来ない焙煎が動きを止め、一斉にその視線をスキズブラズニルに集める。

 

「スキズブラズニル、一体何を言っているんだ?俺たち以外のもう一つの超兵器機関だなんて存在する訳がないじゃないか」

 

焙煎の口調は馬鹿馬鹿しいと言うよりも、あり得ないそうでは無いと言ってくれと言いたげであった。

 

第一この世界で超兵器を建造出来るのは自分のみのはずだと、自身のこれまでの経験がそれを裏付けていた。

 

だがしかし、スキズブラズニルは無情にもこう告げる。

 

「焙煎〜さ〜ん、鏡音さんの〜事を〜もう〜忘れ〜たんですか〜」

 

鏡音、海軍所属の会計監査と偽ってスキズブラズニルに乗船してきた女性士官。

 

しかしその正体は深海棲艦側のスパイであり、そして何よりも彼女自身焙煎の知らない超兵器機関の持ち主であったのだ。

 

「鏡音さんが〜いつから〜潜り〜こんで〜いたかは〜知りま〜せんが〜、少なく〜とも〜私〜達よりも〜早くに〜この世界に〜いたのは〜確か〜です〜」

 

「そんな〜人が〜深海〜棲艦と〜組んでた〜なら〜とっくに〜超兵器〜機関の〜事なんて〜伝わってて〜当然〜ですよね〜」

 

鏡音の存在、それは焙煎がこの世界で唯一持っていた超兵器と言うアドバンテージを崩してしまうばかりか、彼女が深海棲艦側だと言う事がこの場において何よりも重大であった。

 

「な、ならどうして今まで深海棲艦は超兵器機関を使わないでいたんだ…」

 

「多分〜超兵器の〜事は〜深海〜棲艦の〜中でも〜トップ〜シークレット〜だったんじゃ〜無いですか〜?で〜追い詰め〜られて〜それを〜持ち出した〜とか〜」

 

それは全てスキズブラズニルの憶測に過ぎない、多分多くの想像や理論の穴があるのだが今の焙煎にとってそれはまるで真実であるかの様に聞こえた。

 

人間追い詰められた時には、尤もらしい言葉にコロッと騙されるものだ。

 

特に焙煎の様な凡人にとって、今やスキズブラズニルだけか頼りであった。

 

「スキズブラズニル、一体これからどうすればいいと思う?」

 

「兎に角〜今は〜ヴィルベルヴィント〜さん達との〜通信の〜回復に〜努めましょう〜。何よりも〜情報が〜不足〜しています〜、私も〜工廠に〜降りて〜新しく〜通信装置を〜作り〜直します〜」

 

と言ってる事は焙煎がやろうとした事の繰り返しのくせに、やけに自身たっぷりに言うのでその妙な説得力に周りは何も疑問に思わず、しかも最もらしく通信装置を作ると言う名目で責任の所在から逃れ、焙煎のお守りをこれ以上しなくて済む様にする処世術と、見事な手腕でこの場を乗り切るスキズブラズニル。

 

凡人の焙煎にはただ一言「そ、そうか分かった。宜しく頼む」と伝える以外出来なかった。

 

スキズブラズニルは見事な敬礼を焙煎に返すと、艦橋から出てちょっとした仕返しが出来た事でルンルン気分で工廠へと向かう。

 

この後例え焙煎がスキズブラズニルが去った後会話の内容を思い出して自分がはぐらかされ事に気付いたとしても、もう手遅れである。

 

あの艦長がこの後出来る事と言えば、ただ通信が繋がる様祈っている事しか出来ない、とスキズブラズニルは考えていた。

 

そしてそれは当たらずとも遠からずなのだが…スキズブラズニルは一つ失念していた事がある。

 

それは追い詰められた時、ヒトはなんでもすると言う事実であり、そして焙煎は一際最悪の可能性を選択するかも知れないと言う事であった。

 



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