艦隊これくしょん -轟ケ天ニ- (キューマル式)
しおりを挟む
第一話
生誕 絶望穿つ回転衝角
作者「(#^ω^)ビキビキ」←大和0、武蔵1所持
弟「兄貴、『書けば出る』って言うし大和の出る小説書いてみたら?」
作者「OK!」
そんなこんなで艦これ小説、始まります。
待たせてすまなかった。こちらも遠征の指示などで忙しかったのでね。
取材の日だからと思っていたのだが……うまく時間を開けられなかった。
ん? 苦労はわかる?
……ああ、君は元『青葉』の艦娘だったな。
私の戦友だった『青葉』も、君にそっくりな好奇心旺盛なやつだったよ。
まったく……提督というのも面倒なものだ。
同じ身分になって、昔自分の提督だった男の有能さが身に染みるよ。
これなら『長門』として戦っていた昔の方がずっと気が楽だ。
もっとも……この『ナリ』では、もうまともに戦えないからこその艦娘退役だったのだがな。
……いや、別に気にはしていない。
左手も左目も『あの日』連中に持っていかれてしまってな、見苦しい姿かもしれないが我慢をしてくれ。
だが……『この程度』で済んだ私など軽いものだ。『あの日』の戦いに出た艦娘は、その90%以上が沈んだからな。
……本当に、『あの日』は目の前に絶望だけが広がっていた。
膨大な数の深海棲艦による大攻勢。南方戦線のすべての泊地や基地が壊滅した『あの日』……通称『タイダルウェブ』のことだ。
私の戦友だった伊58が偵察で『海が3で敵が7、海が3で敵が7でち!』と言っていたが……それですら、かなり控えめの表現だった。
ふふっ……あれを『
いや……あれを『戦い』というのもおこがましいか……。
あれは物量によるただの蹂躙……まさに津波で陸地が洗い流されるのと同レベルだった。どうやっても……抗しようもない。
私の所属していたトラック泊地もその津波に飲み込まれ、ほとんどの戦友たちは沈んでいったよ……。そして……トラック泊地最強にして最後の切り札だった大和と武蔵の姉妹も私の目の前で沈んでいった。
……今だからこそ、正直に言う。
大和たちが沈んでいったのを見て、私は『終わった』と思ったよ。
おっと、ここで『終わった』と思ったのは『私たちの命運』じゃないぞ。私が終わったと思ったのは『人類の命運』だ。
艦娘は深海棲艦に対する唯一にして最後の切り札だ。そんな私たちが抜かれたら、あとは守るものなどない陸地に押し寄せ蹂躙するだけの話だ。
あの数に一斉に攻められては、本土鎮守府の最終防衛ラインとてそうは保つまい……だから、『これで人類はもう終わりだ』と思ったんだ。
だが……ふふっ、世の中というのは面白いものだ。
あのどうしようもない絶望の闇の中、だがそんな中から『最後の希望』が誕生したのだからな。しかも、その希望は我が戦友の忘れ形見ときた。
本当に……本当に世の中、最後まで何が起きるか分からないものだよ。
――――――『元長門』提督へのインタビューより抜粋
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
沈んでゆく……。
彼女……トラック泊地最強の艦娘であった大和は、深く冷たい水底へとゆっくりと引きこまれていく。ふと隣を見れば、自分と同じく妹である武蔵も、暗い水底へと沈んでいた。最強とも言われる大和型戦艦姉妹、しかしその2人を持ってしても圧倒的すぎる数の深海棲艦の猛攻を防ぐことは叶わなかった。
空を埋め尽くす敵航空機により、制空権はあっという間に握られた。急降下爆撃に航空雷撃の波状攻撃、そして大型戦艦級深海棲艦による強力無比な飽和砲撃がまさしく雨の如く艦隊へと降り注いだ。
そんな中を大和たち姉妹はそれによく耐え、あまつさえ反撃で少なくない数の敵艦を水底へと叩き込んだのだ。その戦果は流石は『最強』に恥じぬものだっただろう。だがそんな大和たちの奮闘すら、この絶望的なまでの数の差を前に、事態を好転させることは叶わなかった。
しかし、大和に悔いはない。戦艦として、戦いの中で沈むのだ。
それに……。
大和の左手の薬指で、指輪が優しい光をたたえている。
大和と提督は、『特別な関係』であった。
艦娘は『艤装』と呼ばれるものとの魂の同調をすることができる『人間の女の子』である。どんな力を振るっても艦娘は女の子である以上、提督と艦娘が『特別な関係』になることは別に珍しいことではなく、実際に提督と『解体』と呼ばれる艤装とのリンクを切る儀式を行った元艦娘の子供というのも大勢存在する。そんないわゆる『二世世代』は女の子なら艦娘として、男の子なら提督としての極めて高い適性をほぼ間違いなく持っているので、逆に提督艦娘間の恋愛は推奨されているくらいだ。
そして大和はごく自然な成り行きでこのトラック泊地の提督と恋をして、『特別な関係』となっていたのである。
だが、彼女の愛した提督はもうこの世にはいない。
彼女たちの提督は深海棲艦の大攻勢の中、本土へと避難することなく最後までこのトラック泊地で指揮を執り続けていた。そんな提督のいた指揮所は昨日の爆撃と砲撃によって更地になり、大和はその骨のひと欠片すら拾うことが叶わなかった。
(提督……今、お傍に……)
そして、大和は黄泉路での提督との再会を想い、微笑みすら浮かべながら目を閉じようとした。
その時だ。
ズクンッ……
「……ッ!?」
下腹部への小さな疼き、それが離れかかっていた大和の意識を呼び戻す。
(そうだった。 ここには……あの人から授かった愛しい私の子がいる!)
動かないはずの大和の手が動き、その下腹部をそっと撫でた。そこには彼女と提督との、愛の結晶が息づいている。検査もしていないし確証たりえる根拠は無い。実際、大和と提督がそういう関係を持ったのは、つい4日前のことだ。だから仮にそうだとしても影も形もないはずで、大和にはその存在を知る手立ては皆無である。
しかし、大和は我が子を授かったことを『女の勘』とでもいうもので確信していた。
(死なせない……私がどうなっても、もうどうでもいい。
でもこの子は、この子だけは!! コノコダケハ!!!)
それは究極の母の愛なのか、ただの死にぞこない妄執なのか……大和は動かぬはずの身体を動かし始める。
(誰でもいい! 何でもいい!!
この子だけは! この子だけは!! コノコダケハ!!!)
その想いは愛の子守唄のようであり、呪いの呪詛のようですらあった。
だから……そこに起こった『奇跡』は、果たして神からの祝福だったのか悪魔からの呪いだったのか、判断することができない。
ズクンッ……
ズクンッ……!
ズクンッ……!!
『奇跡』が、そこに起こった。
下腹部の疼きがどんどんと強くなっていく。
大和には分かる。10月10日の建造期間を消し飛ばしながら、今我が子が産声を上げようとしている。
だが同時に、大和は自分の身体が砕けていくのを感じていた。自らの血と肉と、油と鋼鉄を我が子が喰い荒しているのだ。我が子の建造資材は自らの身体、というわけだ。
だが、大和にはそれを愛しく感じる。
自然界の蜘蛛や虫の中には産まれた我が子の最初の食事に、母が自らの身体を差し出すことは少なくない。それと同じだ。
我が子の糧になるのなら、それが母の務め。むしろかなり巨大だと自負するこの身体を喰い散らかすその豪快な喰いっぷりに、母としてその痛みすら愛おしいとさえ大和は感じていた。
(可愛い愛しい我が子……一杯食べてすくすく育って。
あなたのお父さんのように優しく……そして私など歯牙にもかけないほどに強く……強く!!)
母の『想像』によって、我が子が『創造』されていく。その想いは愛した提督のように『優しく』、自分すら容易く凌駕するほどに『強く』だ。
しかし……。
(……足りない。
私じゃ……全然足りない!)
大和は『最強』の戦艦である。
その『最強』が、それすら軽く凌駕する『究極』を『想像』し、『創造』するのだ。それに必要な資材が『最強』1つで足りるわけがない。
その時、大和の視界に同じように沈んでいく妹、武蔵の姿が映った。
武蔵が、自分と同じように提督を愛していたことを、大和は知っている。そのことに悩み、そして最後には姉である大和のためにと身を引いたことも大和は知っていた。
大和は武蔵の身体を渾身の力で引き寄せる。そして、すでにこと切れた妹の身体を抱きしめた。
(武蔵……一緒に創りましょう。
愛しい提督との子を、最強を超えた『究極』の我が子を!!)
母だけでは飽き足らず叔母の身体すら喰い散らかし、『究極』はゆっくりと形を為していく。その姿は、間違いなく母の願いの結晶だった。
すべてが上手く行ったことを確信した大和は、遠のく意識に自分の最後を自覚する。
そして大和は母として、最後の願いを込めた。
(ごめんね……普通に産んであげられなくて。
ごめんね……撫でてあげられなくて。
ごめんね……抱きしめてあげられなくて。
ダメなお母さんを許してとは言わない。 憎んでくれてもいい。
それでも、そんなダメな母の願いを聞いてくれるなら……私やあなたのお父さんの目指したものを……。
仲間を守り、いつか静かな平和の海を……。
お願い……)
懺悔と願いを込めて、『最強』がこの世から文字通り消え去る。
そして……『究極』が産声を上げた。
~~~~~~~~~~~~~~~
「ここまで……か……」
目の前で沈んでいった大和と武蔵に、長門は呟いた。
視界を覆い尽くすような数の深海棲艦、大和と武蔵はせめて撤退のために包囲の一部でも喰い破るとトラック残存戦力すべてを投入した夜戦を決行、大和姉妹はその『最強』の名に恥じない猛攻を加え、かなりの数の敵を沈めたというのに深海棲艦の数は変わらない。
包囲網は……破れない。
これではトラック泊地を捨てて撤退というのも不可能だ。
「長門さんッ!!?」
茫然としていた長門だが、僚艦である重巡洋艦『鳥海』の声で我に帰る。
提督は戦死し、総旗艦であった大和も沈んだ。艦隊序列では、今は長門が司令官だ。
……もはやどうしようもないと分かっていても、自分以外の誰かにまで絶望して諦めろとは言えない。最後の瞬間まで最善を目指し指揮を執ることは長門の義務でもあった。
「鳥海、生き残っている艦娘すべてを連れてトラック泊地内に隠れろ!」
「バカ言わないでください! 泊地はほとんど吹き飛んでるじゃないですか!?」
「それでも四方を囲まれ、雷撃まで飛んでくる海上よりは遥かにマシだ。
そこで籠城し、本土からの救援を待つんだ!!」
言いながらも、長門はそれがあり得ない話だと自ら思っていた。
襲われたのは何もこのトラック泊地だけではない。リンガ、ラバウル、シュートランド、ブイン、タウイタウイ、パラオ、ブルネイ……どの泊地・基地にも同レベルの数の深海棲艦が向かっているとは聞いている。本土の守備すら満足にできるか分からないほどの敵の数だ、どう考えてもこんな遠方に援軍を送るなど不可能に近い。
しかし、そんな蜘蛛の糸より細い希望でも、考えなければやっていられない。
「しんがりは私が受け持つ!
鳥海、早く後退を!!」
「その怪我で、何バカを言っているんですか!!」
長門の怪我は、酷いものだった。艤装のほとんどが吹き飛び、自慢の41cm砲も2つが砲塔から吹き飛んでいる。
そして長門自身も酷い怪我だ。
左腕の肘から先が……無い。そしてその左目も抉られ、その瞳はもはや何も映すことはない。敵砲の直撃によって左腕は千切れ飛び、その時の破片が左目を潰したのだ。止血だけは済ませたとはいえ、その姿は最大限控え目に言っても何かの手違いで棺桶から這い出てきた死人である。
「だからこそ、私がしんがりになる。
お前のような、まだ健常な艦娘たちにこんなことはさせられない」
「長門さん……」
長門は死兵となって、僅かな時間を稼ぐ算段だ。
「……早くしろ。
私の命程度で稼げる時間は、僅かばかりだ」
「……私の計算では、そんなナリじゃ1秒だって時間を稼げませんよ」
そう言って、鳥海も砲を構えた。
「先程の指示は残存している全艦に送りました。
ことここに至っては暗号で送る必要もありませんからね、手早く済みましたよ。
あと必要なのは、1秒でも長く時間を稼ぐことです。
私もお手伝いしますよ」
「……すまんな、鳥海」
「構いませんよ。私も艦娘になったときから、こういうことは覚悟の上です。
でも気にしているようなら……
「いいだろう。
その時には、最高の一杯を奢ろう」
「約束ですよ。
では……むこうで」
「ああ、むこうで会おう」
今生最後と思われるその約束を交わし合い、長門と鳥海は微笑み合うと目の前へと視線を向ける。迫り来る深海棲艦が、2人に向けて砲を向けた。
その時……。
パァァァァ……
「な、何だ!?」
海面下からの強い光、そのあまりの眩しさに長門と鳥海はもとより深海棲艦までもが目をつむる。
そしてその光が収まった時……海上に一つの人影があった。
それは、あまりに奇妙な影だった。
明らかな子供……恐らく駆逐艦の艦娘たちと変わらない年頃と背丈の子だ。
そしてその小柄な身体とは不釣り合い以外の何物でもない、巨大な『艤装』を背負っている。金剛型のようなX字型の『艤装』には大和の象徴たる46cm砲、それを超えるだろう巨大砲を備えている。しかもその巨大砲は四連装砲、それを左右の肩と左手に持っているもの合わせて合計3基12門だ。
これだけでもあり得ない装備だが、その各所には大量の高角砲と機銃が空へと睨みを効かせていた。ハリネズミを思わせる、強力な対空能力を嫌でも印象付ける。
さらに左下にあたる艤装には、これまた様々なものが付いていた。
15.5cm三連副砲のようなものは分かるが、それ以外の大量のパラボナアンテナのような機器が何なのか、一目では分からない。あるいは電探の類なのかと思えるが、そこから放たれるオーラのようなものが、どうしても強力な武器であることを連想させる。
だが、ここまでならまだ奇妙ながら理解はできる。
もっとも奇妙かつ理解できないのは、右下にあたる艤装部分だ。そのアームの先に付いているものは鋭い先端を持つ回転する衝角……ドリルである。
そんなものをつけた艦など、見たことも聞いたこともない。そんな突如現れた艦娘は、涙を流しながらその場に佇んでいた。
あまりの光景に、長門たちはおろか深海棲艦までもが動きを止める。そんな中、一番最初に我を取り戻したのは長門だった。
「そこの艦娘、ここは危険だ! 今すぐ退避を!!」
どういう状況で、その艦娘が何なのかは分からない。しかし、こんな年端もいかぬ子供が沈んで行く姿は見たくない。その想いで長門は叫ぶ。しかし、それは皮肉にも深海棲艦を正気に戻すことになった。
新たに現れた謎の艦娘を敵と判断し、攻撃を始める。敵艦載機が爆撃と雷撃の体勢に入って、謎の艦娘に向かって行った。
マズイ、と長門と鳥海はその場に向かおうとするが……それよりも早くその謎の艦娘が動いていた。
ガガガガガガ……!!!
「……」
「なん、だと……!?」
大量の高角砲と機銃が、あり得ないほどの命中精度ですべての敵艦載機を叩き落とす。そしてその艦娘は左手の砲と、両肩の砲を構えた。
「50.8cm砲……全門斉射!」
綺麗なソプラノボイスとともに響くその爆音に、大気が震える。凶悪な威力を秘めた大口径砲は、再びあり得ないほどの命中率をもって深海棲艦に襲い掛かる。それは戦艦級や空母級の深海棲艦の分厚い装甲を突き破り、一瞬にして水底へと招待する片道チケットだ。
その段階になり、目の前の脅威を認識したのだろう。残存している深海棲艦が一気に押し寄せる。
だがその艦娘は眉一つ動かさず、左下の『艤装』が動いた。
「
パラボナアンテナのようなものから放たれたのは、赤と青の二色の光線だ。
赤い光線が横切ると、それにそって深海棲艦が千切れ飛んで行く。その様子はまるで温かいナイフでバターを切るようだ。
青い光線が横切ると、それにそって海が凍りつき、深海棲艦たちが動きを止める。直撃を受けたものは凍りつき、物言わぬ氷像となって固まる。
「光線兵器……!?
そんなもの……あるはずが……」
鳥海の呟きを打ち消すように、その艦娘は最後の仕上げに入っていた。
右下のアームのドリルが、甲高い音とともに回転を始める。そしてその艦娘はドリルに右手を刺し込むようにして接続を完了すると声を上げた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
それは雄たけびか、それとも涙の咆哮か?
その艦娘はドリルを構え、走り出す。その速度は艦娘最速と言われる島風など物ともしない。まさしく別次元の速度だった。
そんな巨大ドリルの突撃に深海棲艦からの砲撃が集中するが、そのすべてがドリルに弾かれ、その突撃は止まらない。その様はまるで
触れば吹き飛ぶといったドリル
その艦娘の通った後には元深海棲艦の破片が、海に沈んで行くだけである。文字通りの『鎧袖一触』だ。
そして、その
「私たち……助かったの……?」
あまりのことに、信じられないといった風に鳥海は呟いた。
「……」
長門はゆっくりと、その謎の艦娘に近付いていく。そして、そんな長門に気付いたのか、その艦娘が振り向いた。
綺麗な黒い髪に澄んだ黒い瞳……それがどうしてか、沈んでいった戦友である大和を強烈に連想させる不思議な子だった。そう考えてみると、格好もどことなく大和に似ている。半袖に短パンという差はあるが、色合いなどは大和を思い起こさせた。
その子は先程までの暴れぶりはどこへやら、何が悲しいのかずっと泣き続けている。
「ん、短パン……?」
その時、長門は何か違和感に気付いた。
別に短パンの艦娘は珍しくは無いが……この子にはどうしても違和感がある。声も普通のソプラノだと思ったが、どことなくボーイソプラノの方がしっくりくる声だ。
その時、長門はその言葉を呟いた。
「まさか……男の子、なのか?」
「……」
その言葉に、その子はコクリと頷く。だが、それは本来ならあり得ないことだ。
この世界に『艤装』を装備できる男は存在しない。
『艤装』自体が女しか装備できないものであり、これは異様なまでに適正の高い『二世世代』だとしても同じだ。一説には現実世界で艦艇を形容する場合に『女性』として扱うため、『艤装』も女性にしか装備できないという。
とにかくこの世界における一般的かつ絶対的なルールとして、『現実世界で女性として扱われていた艦艇の艤装は、適正ある女性でしか装備できない』のだ。
男の艦娘――この場合『
そんなことよりも、長門にはどうしても気になることがあった。
「君は、何を泣いているんだ……?」
「お母さんが……死んじゃったよぉ……」
長門の問いかけに、その子はゆっくりと握りしめた右手を開く。
そこには優しい光を放つ、指輪があった。そして、その指輪を長門はよく知っている。
初めてアレをもらった日、それを祝って一緒に飲み明かしたのだ。大切な戦友との思い出、忘れるはずもない。
そして、長門はこの子供の正体に気付く。
「大和の息子……なのだな?」
「……うん」
そう答えて、またその子供は泣きだした。長門はゆっくりと近付くと、その子を抱きしめる。
この時、長門は自分の左腕が無くなっていることを心底悔んだ。この子を両手で包み込んであげられないことに悔み、残る右手で何とかこの子を安心させようとその頭を撫で、背中を優しくさする。それが功を奏したのか、大声で泣き続けていた大和の息子もしばしの後にやっと落ち着いてきた。
そこを見計らい、長門は静かに言う。
「偉いぞ、坊や。 1人で泣きやんだな。
さすが大和の子……強い、強い子だ」
「うん……」
「私の名は長門……坊やのお母さん、大和の友達だ」
「お母さんの……?」
「ああ……。
坊や……私に君の名前を教えてくれないか?」
「うん……」
その子は長門の胸から離れると、よく通る、凛とした声でその名を名乗った。
「僕は大和型四番艦、万能戦艦『羅號』……」
「『羅號』か……。
強そうな、いい名前だ!」
そう言って、長門は再びその子……羅號を抱きしめる。
ここに『究極』にして、人類最後の希望が誕生した。
だが、そのことを知るものはまだ、誰もいない……。
第02話につづく
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
万能戦艦『羅號』
出典:新海底軍艦他
解説:怪獣映画の大御所、あの東宝の生み出した『海底軍艦』に登場する万能ドリル戦艦『轟天号』。
あの怪獣王ゴジラとも戦った『轟天号』だが、『羅號』は『新海底軍艦』での『轟天号』にあたる主役戦艦である。
その船体は大和型四番艦を使用し、ある者たちのオーバーテクノロジーを取り入れて作成された究極の戦艦、『万能戦艦』の一隻。
人類の命運を背負って戦いの海を行くことになる。
強力な火砲に光線兵装、それに耐えうる重装甲、そして万能戦艦共通にして最大の特徴とも言えるドリルの一撃は強力無比。
この一撃に耐えられる者は、基本的に存在しない。
本作においても、大和の息子として戦いの海を行くことになる。
作者「おい、書いたのに全然大和出ないぞ! どういうことだ!!」
弟「いきなり大和轟沈スタートの小説書いておいて出るわけねーだろ!!
大体なんで羅號なんだよ!!」
作者「ハーメルンには羅號も轟天号も活躍する小説がないからだよ!!
だから俺が書くんだよ!!」
弟「アホだろお前! 何でそうマイノリティな方に全力で突っ走るんだよ!!」
作者「性分だ!!」
弟「アホだこいつ!!」
……そんな感じの会話を弟と交わしたキューマル式です。
気の向いた時の不定期更新ですが、今後ともよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第二話
着任 トラック泊地の今 前編
『タイダルウェブ』……歴戦の戦艦や空母艦娘たちが次々沈んでったあの地獄のような戦いで、私みたいな工作艦が生き残ったのは運がよかったからですよ。
本当に運がいい……羅號くんみたいな子が助けにくるなんて奇跡、普通は掴めるもんじゃないですよ。あのトラックで生き残った艦娘全員、あの有名な雪風にだって
とにかく運良く生き残った艦娘はたったの9人だけでした。
私も手を尽くしたんだけど……どうしても、ね。
拠点のトラック泊地も度重なる敵の航空爆撃と艦砲射撃で、主要設備は軒並み瓦礫の山。
直せるものは夕張と一緒に直したけど、もう私たちにはまともな継戦能力は残されていなかった……。
でも幸いなことに、羅號くんが『タイダルウェブ』の時トラックに押し寄せた深海棲艦を相手に暴れまわって全滅させてくれていたおかげで、一時的だけどトラックの周辺海域は完全な空白地帯になっていた。そのおかげで、私たちには少しだけ時間ができたんですよ。
その間、色々動きましたよぉ。
使えそうな設備を復旧したり、残った資材をかき集めたり……正直、怪我と疲労困憊でいつ倒れてもおかしくない状態でしたね。あんな非常時じゃなかったらあんな強行重労働、絶対に二度とやりませんよ。
でも……ね。
私も夕張も長門さんに頼まれて羅號くんの検査を頼まれたんですけど……疲れとかそんなどうでもいいこと、一瞬で吹っ飛びましたよ。
……かなり控え目に言いますね。
あんな最高にイカれた、イカした存在は私のこれからの人生で二度とお目にかかることは無いでしょう。そのくらいにあの子は衝撃的だったんですよ。
根本部分にあるルールが違いすぎて……陳腐な言葉しか出て来ないんですが、文字通り桁が違いました。それも桁が3つか4つ、あるいはもっとかもしれませんね。
今思えば……あの時にはもう予感してたのかもしれません。
純粋なエンジニアとしての未知への興奮、この子がいれば死なずにすむという打算的な安心……それと同時にね、『何かが起こる』っていう漠然とした予感みたいなものを持っていたんですよ。
こんな桁違いの子がいないとどうしようもないような……そんな『何か』の予感……。
……当たってたでしょ?
――――――工廠長『明石』へのインタビューより抜粋
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
時は平等だ。
どんな状況であろうと、時は過ぎて朝が来る。
絶望的な戦いから一夜明け、壊滅状態のトラック泊地に朝日が差し込んでいた。生き残った艦娘たちは、ボロボロの身体のままトラック泊地へと戻っていく。
「それで、被害状況はどうだ?」
ここはトラック泊地内で、奇跡的にも無傷だった戦艦寮の一室だ。
ここを臨時の指揮所として乱雑に包帯を巻き、残骸とも形容できる状態の薬品庫から奇跡的に見つかった点滴と輸血パックで輸血しながら、長門は目の前の鳥海へと問う。
「まず生き残っている艦娘の報告からです。
生き残りは……私たちを含め、9人だけですね」
「……ずいぶん減ったな。
つい数日前まで100人をゆうに超える大所帯だったというのに……」
「確かに……。
でもあの状況では、皆殺しにならなかっただけ儲けものですよ」
長門も鳥海もあまりに大きすぎる被害に、そしてもう二度と会えない戦友たちを思い、少しだけ目を伏せる。だが、すぐに振り払うように顔を上げた。
長門と鳥海は今のトラック泊地を率いる立場なのだ。ここで悲しみに暮れ、思考停止は許されない。それをした途端、すぐにでも自分たちも先に逝った戦友たちの後を追うことになるだろう。
生き残った者の義務として、おいそれと死ぬわけにはいかない。
「生き残った艦娘の内訳ですが……。
まず長門さんに私に工作艦の明石さん。それに軽巡の夕張さん。
他には駆逐艦の朝潮ちゃんに満潮ちゃん、吹雪ちゃんに秋雲ちゃんの4人。
それに潜水艦の呂500ことローちゃん。
以上の合計9人です」
「明石と夕張が生き残ってくれているのはうれしいな」
明石と夕張はともに機械整備に関して高い才を持っている。彼女らの生存は、他の艦娘たちのこれからにも深く関わる事態だ。
「もっとも、全員中破以上なので、明石さんが艤装を直すのは無理だそうです」
「そうなると、メディカルポッド頼みになるな……」
長門の言葉に、鳥海が頷く。
艦娘は『艤装』と魂のレベルでリンクしており、それによって人間には出せないような攻撃力や防御力、耐久力を発揮することができる。だがそれだけではなく、『魂レベルでの艤装とのリンク』は様々な面で影響を艦娘に引き起こすのだ。
顕著な例が『性格』だろう。艦娘の性格は同名艦では似たり寄ったりになるが、それは元になった艦の史実を引く『艤装』によって精神が引っ張られるためだと言われている。
そしてそのリンクのため、厄介なことに『艤装の損傷が艦娘の身体にも影響を与える』のである。『艤装』がダメージを受けて中破以上の状態になると、艦娘の方も傷つき、服が破れたりするのはこのせいだ。
逆に艦娘本体がダメージを受けても、そのダメージは『艤装』へと反映される。いや、艦娘が受けたダメージを『艤装』が肩代わりして吸収している、といった方が正しい。もっともこれにも限界はあり、あまりに当たり所や運が悪ければ『艤装』の肩代わりが間に合わず、今の長門のように部位の欠損や場合によっては即死してしまうこともある。
ある意味では厄介なこの『艤装とのリンク』だが、利点も無いわけではない。
その利点の一つが『修復』に関することだ。
実はこのリンク、『双方向』なのである。
つまり、『艤装を直せば艦娘の身体の傷が治る』し、『艦娘の傷を治すと艤装も直る』のだ。
そのため、傷ついた艦娘が再び戦線に復帰する方法は2つある。
『艤装を直す方法』と『艦娘の傷を治す方法』だ。
前者の有名な例が明石の『泊地修理』である。
これは工作艦の艦娘である明石が『艤装』を修理することで、それに呼応して艦娘の身体の傷が治る現象だ。
もっとも、ブラックボックスの塊とも言える『艤装』の大幅な損傷は直せないため、『泊地修理』は『小破』判定のものまでしか直せない。
そして後者が『メディカルポッドでの艦娘の治癒』だ。
メディカルポッドは特殊な溶液を満たしたポッドで、それに浸かることで治癒力を爆発的に促進、傷を癒すものである。艦娘の傷の治癒に呼応して、艤装の方も修復に必要な鋼材と油を吸収しながら自己修復するのだ。
もっともこのメディカルポッドでの治療にも限界はあり、さすがに欠損してしまった部位を取り戻すような効果はない。
基本的には、この『メディカルポッドでの艦娘の治癒』の方が一般的であり『入渠』と呼ばれる行為のほとんどはこれを指す。『入渠』と呼ばれる行為を『風呂』と揶揄する艦娘は多いが、これはこの溶液に浸かる行為からだ。
さらに優れた点としてメディカルポッドでの治療は、その効果を爆発的に増大させる特殊反応剤『高速修復剤』によって治療完了までの時間を限りなく短くできる利点もある。
とにかく、今のトラック泊地の艦娘たちの損傷は全員が『中破』以上、これでは明石でも『泊地修理』は出来ず、必然的に全員が『メディカルポッドでの艦娘の治癒』が必要になるのだが……これにも問題がないわけではない。
メディカルポッドは一度入れば、治療完了までの間は出てこれないのだ。『泊地修理』はその場で修理をやめればいいだけの話だが、こと人体に密接に関係するメディカルポッドはデリケートで、途中で中断した場合はどんな後遺症がでるかも分からないし、運が悪いとそのまま死亡する。実際に、メディカルポッドの治療完了前に無理矢理出たことで死亡した艦娘というのは存在するのだ。その辺りは先に上げた『高速修復剤』を使用すれば問題は解決するのだが、資材関係の倉庫を破壊されてしまった今のトラック泊地にはそんなものは残っていない。
そのため今のような逼迫した状況では、拘束時間の長い『メディカルポッドでの治療』には不安があるのだ。
「いや、それ以前の問題なのだが……そもそも、メディカルポッドは無事だったのか?」
「そこは当然、当り前のように破壊されてましたよ。
ただ明石さんと夕張さんの必死のニコイチ修理のおかげで、半分の2個が使用できます」
「あの2人には感謝だな……」
「ええ……。
2人とも大破で酷いケガなのに、駆逐艦や潜水艦の子たちがケガで苦しんでるのは見ていられない、一刻も早く傷を治してあげたいと、夜通し修理を……」
明石と夕張の奮戦に、長門と鳥海は頭が下がるばかりだ。
「2個か……。
なら、効率的なように順番に入渠させてやってくれ」
「勝手ながら、私の方ですでにやらせてもらってます。
入渠時間の少ない潜水艦、駆逐艦の子たちから順々に入ってもらってます。
ただ……時間のかかる長門さんや私の入るタイミングは考えないといけませんね。
私や長門さんは指揮もさることながら、数は少ないですが水偵での偵察ができます。
今も私が水偵を飛ばしてますが、その警戒に穴が開くのは問題です。
もっとも少数の水偵での偵察網なんて焼け石に水かもしれませんが……」
そう言って鳥海は肩を竦めた。
「それでも、何もしないよりずっとマシだ。
とはいえ昨日あれだけ沈められたのだ、すぐすぐには敵も集まってはこないだろう。
明石と夕張、鳥海で入ってくれ。
私は最後でいい」
「……一番重症は長門さんですよ。
他の子たちは怪我はありますが、それでも五体満足ではありますから。
私個人としては、いの一番に長門さんに入って欲しいです」
「却下だ。
この怪我では確実に入渠は長くなる。入渠時間が短い方から入った方が効率的だし、何より私も明石と夕張と同意見、小さな子たちが怪我で苦しんでいるのを尻目に、先に入渠などできるものか。
それに今私が長時間離れるわけにもいかない」
「……わかってますよ、それくらい。
そうでなければ、今頃ぶん殴って気絶させてでもメディカルポッドに叩き込んでます」
知的な外見と物言いの割に、実はいくつもの武勲を重ねている武闘派の鳥海。彼女なら本当にやりかねないと、長門は苦笑した。
「次に、燃料や弾薬などの資材はどうだ?」
鳥海は手元の紙をめくると、メガネをクイッと直してから続ける。
「破壊された倉庫から回収できたもの、非常時のために提督が内陸部に隠していた非常備蓄をすべてかき集めました。
全員の補給と完全修理を差し引いて……残り燃料弾薬は1200ずつ、鋼材1000、ボーキサイトは300といったところですね」
「今すぐ身動きできなくなるわけではないが……」
「補給のメドが立たない現状では少なすぎます。
それにそれ以上に食料が心配です。
缶詰などの備蓄がいくらかありますが……豊富というわけではありません。
私たちはいいとしても、育ち盛りの駆逐艦の子たちにひもじい思いをさせたくはありませんから」
「……最悪、島の中で食糧を調達する必要があるな。
蛇でも狩ってくるか? あれは蒲焼きにすると案外美味いぞ」
「それはよく知ってますが……それは最悪の時に」
「そうだな……。
それで、開発用工廠はどうだ?」
「瓦礫の山です。
どこぞのアイドルの番組みたいに、一から作り直した方が早いそうですよ」
「わかっていたことだが……状況は芳しくないな」
「何なら白旗でも上げますか?」
「深海棲艦が条約に従い、丁重に捕虜を扱ってくれるならな」
互いの冗談を、長門と鳥海は肩をすくめて笑い飛ばす。だが、すぐに長門は表情を引き締め直した。
「それであの子……羅號のことだが……」
「あの子なら今、明石さんと夕張さんが検査をしてますよ」
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「噂をすれば、のようですね」
やがて、いくつかの靴音が室内に入ってきた。
「長門さん、鳥海さん。
おまたせしました!」
「この子の検査、終わったわよ!」
部屋の中に入ってきたのは明石と夕張、そしてその2人に挟まれるように羅號がいる。
大破状態のため所どころに包帯を巻いた痛々しい姿だというのに、明石も夕張も異様にテンションが高い。そして、それに挟まれた羅號が何やら居辛そうにかしこまっていた。
それを見て、長門は強烈な頭痛を感じる。だがそれは決して怪我のためではないだろう。
長門はとりあえず明石と夕張を無視して、できる限り柔らかく羅號へと話しかける。
「では改めて……私は長門。
昨日も言ったが、君のお母さんである大和とは戦友だったよ。
ここにいる皆も、大和と苦楽を共にした仲間だ」
「鳥海です。
あなたのお母さんの大和さんとは、何度も艦隊を組ませてもらったわ」
「私と夕張はいいですよね?
もう挨拶も済ませたし」
そう言って羅號に水を向けると、改めて羅號も自己紹介をする。
「羅號……です。
大和お母さんの……子供です」
そう言って礼儀正しくお辞儀をする。
「さすが大和さんの息子ですね。
小さいのに礼儀正しく、しっかりしているわ」
「あ、ありがとうございます」
鳥海はクイッとメガネを直しながらにっこりと笑う。すると、羅號は褒められたことに照れ臭そうにしながらはにかんだ。
本当に、普通に見るなら駆逐艦の子たちとまるで変わらなく見える。
この可愛らしい男の子がたった1人で、このトラック泊地に津波の如く押し寄せた深海棲艦たちを海に沈めたなど、誰が信じられるだろう?
だが、長門たちは昨晩確かに羅號によって助けられた。だからこそ、今生きてここにいる。
「さて……今このトラック泊地は壊滅的な状況になっている。
そして悔しいことに私たちだけでは状況の好転は不可能、枕を並べて討ち死にを待つばかりだ。
この状況を打開するには、どうしても君の力が必要だ。
頼む、君の力を私たちに貸してくれないか?」
長門が残った右目で見つめると、羅號は真剣な表情でコクリと頷く。
「僕の意識が目覚める直前……お母さんの声が聞こえた気がするんです。
『仲間を守り、いつか静かな平和の海を』って……」
その言葉は艦娘たちの合言葉のようなものだ。
『平和の海』……失われてしまったそれを求めて、艦娘たちは戦っている。
「だから、僕も戦います。
いつかの平和の海を目指して」
「……流石大和の息子だ。
これから、色々と無理をさせるかもしれないが……頼む」
「はい!!」
子供らしいハキハキとした返事に、長門たちは満足げに頷いた。
「あまりゆっくりとした時間はないが、残っている艦娘たちにも紹介しよう。
夕張、頼めるか?
それが終わったら『入渠』で構わないから」
「OK!
羅號くん、残った艦娘の子たちに紹介するわ。
お姉さんに着いて来なさい」
「は、はい……」
おっかなびっくりといった感じの羅號を、夕張は怪我を物ともしない勢いで引っ張っていくと部屋から出て行く。
部屋には余韻ともいうべき静寂が訪れた。
「……それでは明石、あの子の検査結果を教えてくれ」
「そうですね……」
そして明石は、検査の結果を語りだした。
「まずはっきりさせておくところですが……あの子は間違いなく我々のよく知る大和さんと提督の子で、性別は男の子です。
前者はDNAが一致しましたので間違いないですね。
後者に関しても、私と夕張さんが『直接』確認をとりましたから間違いないです」
そしてニタリと笑いながら意味ありげにワシャワシャと手を蠢かす明石。長門は、さっきの羅號が妙に明石と夕張にかしこまっている様子をしていた理由が分かって目を覆いたくなった。
「頼むから大和たちの大事な忘れ形見を穢してくれるなよ。
女性不審にでもなったら、あの世で大和にどう詫びていいのかわからん」
「人聞きが悪いですね。
検査ですよ、検査。 検査に触診は基本ですから」
長門の言葉に、明石は手をヒラヒラとさせるばかりだ。
「それにしても……『艤装は女性にしか装備できない』という普遍的かつ絶対的なルールに真っ向から逆らってますね」
セオリー無視のいいところだと、鳥海は肩を竦める。
「それに私たちは大和さんのお腹が大きなところは見ていませんし、あの歳の子供が実はいたとも思えません。
仮に大和さんの『中にいた』としても、十月十日は一体どこに吹き飛んでしまったんでしょう?
まぁ、あの大和さんならそのくらい、豪快に46cm砲で吹き飛ばしそうですけど」
「それは言えるな」
淑やかなナリをしながら豪快かつ大雑把な部分のあった戦友を思い出しながら、長門は鳥海の冗談めかした言葉に頷く。
「セオリー無視なら、まだ幾らでもありますよ」
そう言って明石は手にした目録を見せた。それは見なれた補給の目録だった。
そして、そこに書かれた数字に長門も鳥海も目を丸くする。
「戦艦だというのに……弾薬の消費が少ない?」
「燃料に至っては補給要求量……ゼロ?」
「……先に言っておきますけど、間違いじゃないですからね」
明石はどこから話したものかと、幾度か自分の額を指でトントンと叩くと話しだす。
「まず弾薬が少ない理由ですが……お2人も見たと思いますけどあの子の武装は通常の実弾と、光線兵器です。光線兵器は内部エネルギーを変換して放つもので、実弾と違って補給がいらないんですよ。だからあの子の弾薬消費は少ないんです。
そして燃料のいらない理由もそれに関係するんですが……光線兵器を使うには、当然それをできるだけの膨大なエネルギーを生み出す主機が必要です。
あの子の主機は私たちのような缶とかじゃない。
『零式重力炉』とかいう、訳のわからない、完全にブラックボックスの機関でした。
これ……どうやら莫大なエネルギーを生む永久機関みたいで、燃料が必要ないんですよ」
「……セオリーとかルールとか、破るためにあるんでしたっけ?」
「そう言うな。
少なくとも、今のトラックにはこれほど嬉しいことは無い。」
基本、戦闘能力に比例して消費が多くなるというのが艦娘の常識である。それにまったくもって当てはまっていない。
「でも……今までのセオリー無視もしょうがないかもしれませんね。
あの子の装備……一番特徴的なのはなんですか?」
「それは……」
長門と鳥海は顔を見合わせるでもなく、すぐに思い当たる。それに明石は頷いた。
「そう、あの
工作艦として断言しますがあんな艦は現実はもとより、ペーパープランですら存在しません。
それが、『大和型四番艦』? 絶対ありえませんね。
つまりあの子は……完全な『架空艦』ですよ」
『架空艦』……これもあり得ない事項だ。
『艤装』や妖精さんの召喚というのは、『イメージ』と『願い』の結晶とも言われている。
『艤装』建造は、その元となる艦を強くイメージしなければならない。そして強く正しい『願い』を持つことで、妖精さんとともに現れる。それが足りない場合、狙っていたものが建造されない……いわゆる『ハズレ』が出るのだ。
そのため『艤装』建造には強くイメージできる、現実に存在した過去の艦となるのである。だから完全に空想の産物である『架空艦』は建造不可能なはずなのだ。
「男の子なのも、『架空艦』なら一応説明がつきます。
私たちの『艤装』が女性にしか装備できないのは、『実在した艦艇を女性として表記していた』からです。
なら、『架空艦は実在せず、女性として表されたことは無い』でしょう。
だから『架空艦』であるあの子は、『艤装』の装備できる男の子……『艦息』なのでしょうね。
もっとも、前例もありませんからただの仮説以外の何物でもありませんが……」
「それにしたって、『どこからどう産まれたのか?』って疑問は解決されないわ」
「そこは大和さんの『母の愛の奇跡』、でいいんじゃないですか?」
明石は髪を掻きあげると、フフッと笑って言う。
「実際、訳分かりませんからそれぐらいしか説明できませんよ。
『建造』は想いと願いの結晶です。
大和さんが沈みゆくあの瞬間に抱いた、想いと願いと愛……それがあの子という存在を引き当てた……。
『母の愛の奇跡』……それ以外に丁度いい言葉は考え付きませんし、他の理由を考えるなんて無粋じゃありませんか?」
「……とてもエンジニアの言葉とは思えんな」
「想いやら願いやらで創られる『艤装』や妖精さんたちと一緒に戦う私たち艦娘なんて、半分ファンタジーの世界の住人ですよ。このぐらい夢のある考えしたっていいじゃないですか。
長門さんはこういう考え、お嫌いですか?」
「まさか? 大好物だよ」
そう言って長門はフッと笑う。
「それで、あの子に怪我とかはなかったんだな?」
「それはもう、かすり傷1つありません。
あの子の装甲……これも普通じゃありませんでしたよ。
ただ一つ問題も……。
羅號くん、どうやら自分の持つ能力を完全には把握しきれていないみたいで……」
「つまり……」
「あれだけ大暴れしてなお、100%の戦闘能力じゃないということです。
まだまだ、羅號くんの戦闘能力や機構には上があるんですよ。
頼もしくはあるんですが……自分のことを正しく理解せずに戦場にでるというのは危険です。
本当なら、それなりの時間をかけて演習などで完熟させ、自分の持つ機能をフルに活用できるようになってからの実戦投入……というのを強く推奨するんですが……」
「それができる状況なら苦労はしていない」
「ですよねー……」
長門も明石も揃って深くため息をついた。
「状況はわかった。
明石の言うように不安要素は認める。
だがそれでも……それでも、もはや我々は今、あの子に頼るしかないんだ」
亡き戦友の忘れ形見……本来なら長門も鳥海も、明石や夕張だって我が子のように可愛がりたい。だが、そんな子を戦場に送りだすしかないのが現実だ。
それを理解し、鳥海も明石も神妙に頷く。
「……手立てを考えよう。 この状況を脱する、手立てを。
鳥海、次の報告を」
「ええ」
「私は直せそうなものを直してきますね」
鳥海は状況報告に戻り、明石も仕事に戻った。
今の自分たちのできる、『最善』のために……。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
着任 トラック泊地の今 後編
夕張が羅號を伴ってやってきたのは桟橋の周辺だった。この辺りは物資保管用の倉庫が立ち並んでいたのだが、今ではそのすべてが瓦礫の山へと姿を変えている。
今そこでは生き残っている艦娘たちが何か使えるものは無いものかと、がれきを漁っている真っ最中だった。
「あっ、夕張さん!」
夕張に気付いた朝潮が敬礼を行い、それで夕張に気付いた他の艦娘たちも敬礼を行う。
「何もこの期に及んで、こんな堅苦しいこといいのに……」
「いえ、こういう時だからこそ規律の保持が必要だと思います」
朝潮の真面目な受け答えに苦笑しながら、夕張も敬礼を返した。
「みんな、ちょっと手を休めて聞いて。
知ってるかもしれないけど、新しい仲間を紹介するわ。
ほらっ」
そう言って夕張は、隣の羅號を促す。
「あの……大和型四番艦『羅號』です。
よろしくお願いします」
そう言って行儀よくペコリとお辞儀をするラゴウ。
「みんなも知ってるあの大和さんの子よ。
男の子だけど、見ての通りみんなとあまり変わらないから仲良くしてあげてね」
「あのぉ……聞き間違いなのか、今『男の子』って聞こえた気がするんですが……」
遠慮がちに手を上げるのは吹雪だ。努力家で座学の点数もよかった彼女は、当然だが『艦娘の基本的なルール』は熟知している。
「聞き間違いじゃないわよ。羅號くんが男の子なのは、確かに確認しているわ。
まぁ、確実に世界初の事例……さしずめ『艦娘』ならぬ『艦息』だろうけど、性別程度で基本は変わらないわ」
「いえ、性別が違えば十分すぎる差だと思うんですが……」
「深く考えない方が幸せになれるわよ」
どこか困ったような顔でツッコミを入れる吹雪を、夕張は肩を竦めて受け流す。
「まぁいいですけど……。
初めまして羅號くん、特型駆逐艦の吹雪です」
「陽炎型19番艦の秋雲さんだよ」
「呂500号潜水艦です。
ローちゃんって呼んでねって。
よろしく、らーくん」
3人とも疲労が色濃く、戦友を失った悲しみの影が見え隠れするが、それでも努めて明るく新しい仲間を迎え入れようという態度を示していた。
「「……」」
一方、残りの2人である朝潮と満潮はどうにも反応が微妙だ。
その薄い反応に、羅號はどこかおっかなびっくりといった感じで再度声をかける。
「あのぉ……」
「……朝潮型3番艦、満潮よ。
あんた、もう少しハキハキしたら?」
「ご、ごめんなさい……」
その弱々しい態度が癪に障ったのか、満潮が声を荒げる。
「だーかーらー! あんた、男なんでしょ!
しかもあの大和さんの息子なんだから、もっとシャンと胸張ってハキハキしなさい!!」
「ひぅっ!?」
駆逐艦に怒鳴られて身を縮める戦艦……その光景に夕張は耐えきれずに吹き出してしまう。
そして自己紹介の最後の1人……朝潮の番である。
「……朝潮よ」
「あ、よろしくお願いします」
「……」
ペコリと礼儀正しく頭を下げる羅號に、朝潮の反応はほぼ皆無に等しい。その様子に、夕張は「おやっ?」と首を傾げる。
朝潮は礼儀正しく真面目でキッチリとした、いわゆる『優等生の委員長』タイプの娘だ。そんな朝潮には、夕張の見立てでは礼儀正しく真面目な羅號との相性は一番いいのではと睨んでいたのだ。
それなのに実際には、朝潮は羅號を避けるような雰囲気がある。いやそれだけならまだいい、新顔を受け入れると言うのは大なり小なり軋轢があるものだ。
しかし朝潮の放つ雰囲気の中には敵意にすら似た、奇妙な雰囲気があることを夕張は気付く。
あの朝潮らしからぬ様子に何事かと夕張は考えを巡らせようとしたのだが……。
「それより夕張さん、実は倉庫のがれきの中からこれが見つかりました」
「それ……『高速修復剤』じゃない!?」
そう言って朝潮が掲げたもの……『高速修復剤』を見た夕張は飛びかかるようにして近付く。調べてみると容器に損傷はなく、中身が漏れている様子はない。これなら問題なく使用できるだろう。
「やるじゃない、みんな。 これで長門さんにすぐにでも入渠してもらえるわ!
私は長門さんたちのところに戻るから、みんなは引き続き使えるものがないか探してね。
羅號くんもみんなを手伝うのよ」
矢継ぎ早に捲し立てると、夕張は飛ぶように長門たちの元へと向かう。その速度は鈍足と呼ばれている夕張らしからぬ軽快な動きだ。
懸念事項の一つであった、長門の怪我の回復の目処がたったためその浮かれ具合も仕方がないだろう。だが、そのせいで夕張は朝潮の羅號への奇妙な様子についての違和感が、完全に頭から抜け落ちてしまった。
「……みんな、続けましょう」
「あ、僕も手伝います!」
朝潮の号令のもと、5人と羅號はがれきを漁る作業に戻る。
その作業は結局、日が暮れるまで続いた。
~~~~~~~~~~~~~~~
日が落ちて、缶詰での簡単な食事を終えたトラック泊地。
長門・鳥海・明石・夕張の4人は今後のことを話し合うために部屋で会議中、朝潮と満潮の2人は当番の見張り役をこなし、残った羅號と吹雪・秋雲、そしてローの4人は少ない自由時間を過ごしていた。
羅號は自由時間になると、新人を歓迎したいからといった吹雪と秋雲に捕まって部屋まで連れて来られた。しばらくは他愛無いおしゃべりをしていたのだが、そのうち秋雲が羅號をスケッチさせて欲しいといいだしたのだ。
そのため、羅號はどこか緊張した様子で行儀よく椅子に座りながら秋雲がスケッチブックに筆を走らせていくのを見ている。灯火管制下の薄暗い室内に、秋雲の筆の走る軽快な音が響く。
「悪いね、らごやん。
身体休める時間に付き合ってもらっちゃって」
「いえ、大丈夫です」
「そんなに硬くならなくていいって。
ほら、自然な感じで」
秋雲はそう言いながら、時折羅號を凝視するように見てはひたすらスケッチに没頭する。
「そうですよ。
一応羅號くんの歓迎なんですから。
あ、これでも食べてください」
「いただきます」
吹雪に勧められるまま缶詰の乾パンをポリポリと摘み、時間を過ごす羅號。
しばらくして……。
「まぁ、こんなもんかな」
筆を置いた秋雲が、羅號の絵を見せてくる。
「相変わらず絵がうまいよね、秋雲ちゃん」
「素材がいいからね、筆が乗っちゃったよ。
らごやん、あの大和さんの息子だけあって凛々しくて男前だからさ」
「あ、あはは……」
何とも言えず愛想笑いの羅號を尻目に、秋雲も乾パンに手を伸ばす。
「なんて言うのか、らごやん設定が美味しすぎ。
女だらけの中にたった1人の美少年とか、お前はどこのギャルゲーの主人公だっての。
まったく……こんな時じゃなきゃ、らごやんで新刊の原稿書いてるんだけどなぁ……」
秋雲の口調がしんみりとしたものに変わる。
「漣とキタコレとかいいながらネタ出し合って、巻雲に無理矢理手伝わせて……楽しかったなぁ……」
「……またいつか、そんなことができるようになるよ。
今の羅號くんのスケッチだって、その時のためのものでしょ?」
慰めるように吹雪が言うと秋雲は静かに首を振る。
「まぁ、それもあるけどね。
それ以上にさ……ここにいるみんなの姿を何かの形で残したかったんだ。
青葉さんのカメラでも残ってればよかったんだけど、壊れちゃってたからね。
だから絵で残そうと思ったの」
「そっか……」
「……やめやめ、今はらごやんの着任歓迎なんだから。
暗いのは無し」
秋雲は暗くなった雰囲気を振り払うように、話は終わりだとパンパンと手を叩く。
「そうだね。 ごめんね、羅號くん。
その……みんな前の戦い、色々あったから」
「色々、ですか?」
「まぁ、ね……」
椅子に座った秋雲は、伸びをするように天井を仰ぐ。
「アタシもぶっきーも、友達は軒並み沈んじゃったし……。
ローちゃんだって、ドイツからこっちにきて心細いところを支えてくれた潜水艦隊の仲間は全滅。外見上は明るく振る舞ってるけど、それ以外じゃ部屋に入りっぱなし。
今の状況だから泣いてられないってことなのか、部屋で泣いてこそいないみたいだけど……逆に泣かないほうがツライさね。思いっきり泣ければ、少なくとも少しはスッキリするしね。
だからまだ、心の整理がつかないみたいなんだ。
今だって、らごやんの歓迎会に誘ったけど袖にされちゃったから、精神的に相当キツそうだしね。
それに朝潮と満潮に関しては……ねぇ……」
「?」
「あ、羅號くんは気にしなくていいです。
むしろ……気にしちゃいけません。
あんな逆恨みみたいなの……」
秋雲の含みのある言葉に羅號は首を傾げるが、吹雪はどこか強い口調で、そして最後にボソリと小さく言い切る。
「私たちトラック泊地のみんなは羅號くんに助けられた。
それだけで、それだけで十分すぎます。
ありがとう、羅號くん。私たちを助けてくれて」
「アタシからもありがとね。 おかげでこうやって、まだ好きな絵が書いていられる。
もっとも、いつまでこの幸運が続くか分かんないけどね。
この状況じゃ、明日にだって水底行きってオチもあり得るし」
あははと笑う秋雲。そんな秋雲に、羅號はよく通る、決意を孕んだ声を響かせた。
「……水底には、もう誰も行かせませんよ。
僕が、みんなを守りますから」
その言葉に秋雲と吹雪は驚いた顔をするが、すぐに顔を綻ばせる。
「はい、お願いしますね、羅號くん」
「ホントに、らごやんはギャルゲーの主人公みたいだね。
アハハ、リアルにこんな人いるとは思わなかったよ。
……よしっ、気分もいいし秋雲さんの秘蔵の品を出しちゃうぞ!」
そう言って秋雲の取り出したものは、1本のラムネだった。
「1本だけ無事なの見つけたんだ」
そう言ってラムネを開けるとクイッと煽り、そのまま吹雪へと瓶を回す。
「抜け目ないなぁ、秋雲ちゃんは」
そう苦笑しながら、吹雪もラムネを煽ってそのまま羅號へと瓶を回した。
「甘くて美味しい……」
羅號もラムネを含んで、その味に感嘆の声を漏らす。
その時、何かに気付いた秋雲は面白そうに顔を歪めると羅號に囁くように言った。
「へぇ、甘くて美味しい?
それラムネの味? それとも……アタシとぶっきーとの間接キスの味?」
「えぅっ!?」
指摘されて顔を真っ赤にする羅號に、秋雲は腹を抱えて笑いだした。
「あはは!
本当にらごやんはギャルゲーの主人公みたいに美味しい反応してくれるね。
ネタがたぎるわぁ」
「ちょっと、からかい過ぎだよ」
秋雲をたしなめながらも、吹雪も若干顔が赤い。
こうして、ささやかな新人歓迎会という名の羅號いじりはその後もしばらく続いたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
一方、臨時の指揮所となっている部屋では、重苦しい空気が立ち込めていた。
「そうか……復旧は不可能か……」
長門の言葉に、明石と夕張が頷く。
長門は朝潮たちの見つけた『高速修復剤』のおかげで傷も癒え、包帯はすでにしていない。泊地の司令部残骸から回収された提督の制服の上着を羽織り、これまた寮の残骸から見つかった、恐らく天龍のものだったと思われる眼帯で左目を隠している。一見すれば、女性提督にも見えなくもない姿だ。鳥海や明石と夕張も、順番で入渠できたことにより傷も癒えている。
そんな復活を遂げた艦娘たちとは裏腹に、どうしても復旧できなかったものに頭を抱える4人。
「ええ。
大出力の長距離通信は、施設そのものが吹き飛び復旧は不可能です」
「暗号の復号装置や出力の弱い通信機は何とか修理できたけど……」
「本土との通信の復旧は絶望的……ということですね?」
鳥海の確認の言葉に、明石と夕張は揃って頷く。
本土との通信を可能にする長距離通信施設が完全に破壊され、本土との連絡が取れない状態なのだ。
「こうなったら、誰かが出力の弱い通信機でも届くくらいまで本土に接近しないといけませんね。
……私が行きましょう」
「馬鹿を言うな、鳥海。
敵のうじゃうじゃいるこの海では、よしんば行けても帰ってこれない。
それでは意味がない」
鳥海の志願を、長門はすぐに切って捨てる。
本土との通信は送るだけでは意味がない。本土からの指示を貰わねば意味がないのだ。
そして、本土からの通信は必ず暗号が掛かっており、そのデータを基地の複合装置にかけなければ内容は分からない。
つまり送るだけではなく、返事を貰って無事このトラックに帰還することが求められているのだ。
「となれば……」
鳥海はそんな無茶の通せる存在……羅號の名を上げようとするが、それを横合いから待ったをかけたのは明石である。
「待ってください。
羅號くんはこのトラックで産まれ着任したばかり……つまり本土にその存在は知られておらず、軍籍がありません。
そんな羅號くんから通信すれば、『所属不明艦』からとなってしまいますよ。
今の状況で、そんな怪しい艦からの通信に取り合ってくれるかというと難しいんじゃないでしょうか?」
明石の言うことはもっともだ。今の羅號は本土に知られていない、『
さらに、その横から夕張も追撃をする。
「それに……羅號くんの存在をみだりに広めるのは、絶対にマズいです」
「……分かっている」
夕張の言葉に、全員が頷く。
羅號はセオリー無視の見本市のような存在だ。『男の子』、『架空艦』、『兵装』……挙げていけばキリがない。
そんな存在が知られればどうなるか……解体されて研究所行きなど、絶対にろくな未来はないと断言できる。羅號は大和の息子だ。ここにいる全員が、その大切な戦友の息子を守りたいと心に誓っている。そんな彼女たちにとって、羅號の存在を大っぴらに喧伝するような事態は絶対に避けなければならない。
「……なら、この任務を任せるのは1人しかいないな」
そう重々しく呟いてから、長門は机に置かれた艦娘の資料の、1人の名前を指でトントンと弾く。
「呂500……彼女に任せる。
彼女はドイツからこちらに辿り着くほどの、隠密行動に関して熟知した艦娘だ」
「単身では無茶ですよ。
せめて囮で敵をひきつけなければ、本土までの敵対潜警戒網を突破できません。
……言っておきますが、長門さんが囮とか言ったら殴りますよ?
今の戦力差じゃ、長門さんごとき囮にもなれずに沈みます」
「……少しは手加減して言ってくれてもバチは当たらんぞ、鳥海」
鳥海の辛辣かつ的確な言葉に、長門は苦笑した。
「……羅號……あの子に託すしかない」
「……そうですね。 妥当な判断です」
長門の決定に、鳥海は眼鏡をクイッと直すと頷く。
「……嫌なものだな。
こんな危険な任務を、あんな小さな子たちに言い渡すしかないとは……。
提督はいつも、この感情を抱きながら私たちを指揮していたのだな。
今さらながら……強い男だったと脱帽するよ」
「でも……今の私たちには、あの小さな子たちに縋りつくしか生き残る術はありません」
「……分かってる。
だが、心苦しいと思うのは仕方ないだろう」
そんな長門と鳥海に、夕張は努めて明るく声を出す。
「いいじゃないの、2人とも。
羅號くんはこの地獄のトラックに垂らされた蜘蛛の糸。
縋りつくしかないのなら、みんなで仲良く縋りつきましょうよ」
「……蜘蛛の糸は最後は切れて、全員地獄行きという結末だったはずだが?」
その言葉に、夕張はコロコロと笑う。
「だったら後悔も懺悔も、その時地獄で気長にやりましょうよ。
大和さんや先に逝ったみんなが怒るかもしれませんけど……その時には私たち4人、みんなで仲良く怒られましょう」
「……そうだな。
今の我々は前に進むしかない。
進んだ先が地獄なら……後悔も懺悔もその時まではお預けだ。
……作戦の発動については明日朝に全員を集めてからだ。
皆……頼むぞ」
「「「了解!」」」
そして、トラックの夜は更けていく……。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第三話
潜航 警戒線をぬけて 前編
ロリっ子には、同じくらいの歳の男の子が一番合うと思います。
……ショタ×ロリ?
らーくんのこと? うーん……最初は何にも思わなかった。
意外って? あはは、だって最初は余裕、無かったですから……。
あの『タイダルウェブ』で、イムヤもシオイもマル・ユーもイクもはっちゃんも……でっちだってみんな沈んじゃった。
美味しいごはんをつくってくれたタイゲーも……ビスマルク姉さんもオイゲンさんも、レーベもマックスも……みんなみーんな沈んじゃった。
なんで私だけが生き残ったのか、今でも分からない。本当に、ただただ運がよかっただけって、今でも思ってるの。
でも生き残ったからって、その先に待ってるのが
私も、逝ってしまったみんなのことを思い出してずっと塞ぎこんでたよ。
でも……泣くことだけは出来なかったの。
あの状況では、泣くより先にやることがあるって、そう思ってずっと気を張ってたから……。
そんな時にね、あの作戦をらーくんと一緒に受けたの。
たった2隻の、2人っきりの敵中突破本土通信作戦……。
ふふっ……アオーバ、ローちゃんたち潜水艦はね、『狼の魂』を持ってるの。
そう、がるるー、って感じの。
深く静かに潜み、必殺の牙で敵の喉笛に喰らいつく。輸送艦でも戦艦でも空母でも、どんな相手でも等しく沈める牙を持つ狼の集団……それが『群狼』、それが潜水艦隊、それが潜水艦娘なの。
らーくんはね……大きな大きな狼さんだったの。
ただ、らーくんはそんじょそこらの狼じゃない。神話のフェンリル狼みたいな……神様だって喰い殺す牙を持つ狼さん。
群れの仲間を決して見捨てず、鋭い牙と強力な顎で獲物を狙う、優しくて強いハンターさん。
えっ、あの優しいらーくんのイメージが狼さんって、意外?
ふふっ、そうでもないよ。
らーくんは狼さん。だって……食べられちゃった獲物の私が言うんだもん♪
……らーくんのことをどう思ってるのかって、そういう話だったよね?
……らーくんへの想いを言葉にするなら、たったそれだけの、短く単純な言葉だよ。
――――――『呂500』へのインタビューより抜粋
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「この海原に抱かれ、安息の眠りについた我らの戦友たちに……敬礼!!」
朝もやけむる桟橋に、トラック泊地に生き残った全員が揃っていた。
摘んできた花束を海に投げ入れ、長門の号令のもと全員が海に向かって敬礼を行う。
しばしの黙祷。
全員の脳裏には、もはや会うこと叶わぬ数多くの戦友たちとの思い出が去来していることだろう。
「……全員、なおれ」
やがて、長門の言葉とともに全員が敬礼を解く。
「みんな、あの戦いをよく生き残ってくれた。
知っていることも多いかも知れんが、今の我らがトラック泊地の状況を説明する」
そして長門は今の状況を、包み隠さず話しだす。
「まず、知っての通りだが提督は敵の攻撃によって名誉の戦死を遂げられた。
総旗艦であった大和も轟沈。よって戦時緊急措置によってこの私、長門が臨時艦隊司令を務めさせてもらう。
我らがトラック泊地は現在、危機的状況にある。
各種施設は完全に破壊され、備蓄されている資材や食料もわずか。
戦力に関しては……言わずもがな、だな」
そう言って少しだけ肩を竦めて苦笑する。
「だが、私は何一つ諦めたわけではない。
ここにいる全員が生き残るため、最大限の努力をするつもりだ。
しかし、私だけの努力ではこの状況を突破することはできん。この絶望的な状況を突破するには、皆の力が必要なのだ。
皆も親しかった戦友たちが倒れ、悲しみに暮れているのは分かる。だが今はそれを振り払い、最大限の努力をして欲しい。
おそらく、先に逝った者たちもそれを望んでいるはずだ。
各員、現状に腐らず最大限の努力をせよ!
……私からは以上だ」
「長門臨時司令に、敬礼!!」
鳥海の号令のもとに、再び一同敬礼を行う。
しばらくして敬礼を解いた後、今度は鳥海が全員の方を向いた。
「これから今日の任務を言い渡します。
まず朝潮と満潮は明石とともに、施設の修復と使用可能な物資の捜索を続行します。
吹雪と秋雲は、私と夕張とともに出撃、一時休憩所からの物資の引き揚げ任務につきます」
実はこの周辺のいくつかの無人島には、長期遠征のときの休憩所として物資を貯蔵しているところがいくつかある。
その量はけっして多くは無いが、かき集めればそれなりの量にはなる。今のトラック泊地には絶対に必要な物資だ。
「出撃時刻は0730、各員対潜・対空警戒を厳とせよ。
もし敵を見つけても戦闘行為は禁止、全力で逃げに徹します。
各員、何か質問は?」
「あのぉ……」
そこで恐る恐るといった感じで、羅號は手を挙げた。
「僕は一体、何をすれば……」
「ろーちゃんも名前、呼ばれてないの」
名前の呼ばれていない羅號の言葉に、同じく名前を呼ばれていないローが続く。そんな2人には鳥海ではなく、長門が答えた。
「お前たち2人には特別任務を任せる。
このあと部屋に来てくれ、そこで任務を説明する」
長門の有無を言わせぬような雰囲気に、羅號とローは思わず顔を見合わせた。
~~~~~~~~~~~~~~~
羅號とローが連れだって臨時司令所となっている部屋へ来ると、待っていた長門たちから、その特別な任務についての説明を受ける。
「本土への接近作戦、ですか?」
「ああ」
羅號の言葉に長門は頷くと、鳥海が広げた地図で状況を説明する。
「あの深海棲艦の大攻勢にさらされたのはこのトラック泊地だけではありません。
リンガ、ラバウル、シュートランド、ブイン、タウイタウイ、パラオ、ブルネイ……各地との最後の交信によれば、どこもトラック泊地と同等の数の深海棲艦に襲われています。
各地の保有していた戦力はこのトラック泊地と同等か少ないくらい……その戦力では防衛が難しいことはこのトラック泊地の現状が物語っています。
このことから、正直に言って各地ともに壊滅的な打撃を受け、もはや拠点としては機能していないでしょう……」
そう言って鳥海は各海域に深海棲艦をあらわす駒を置く。見事なまでに南方の各海域が深海棲艦の勢力圏だ。
「この事態に対し、私たちは早急に本土との連絡を取り指示を仰がなければなりませんが……」
そこでチラリと鳥海は明石を見ると、明石も心得たとばかりに頷き鳥海の言葉を継ぐ。
「肝心の本土との通信を可能にする、大出力通信機が施設ごとやられてしまいました。
私も夕張も頑張ったんですが……力及ばず、復旧は不可能です」
「このままこのトラック泊地にいても、本土との連絡を取ることは永久に不可能よ。
そこで……」
「本土への接近、ってことなの?」
ローの言葉に鳥海が頷き、今度は後ろの夕張が言葉を継いだ。
「出力の低い通信機なら、何とか直せたわ。
これを持って隠密裏に本土に接近、こちらの現状を伝える圧縮暗号電文を発信。
そして本土からの圧縮暗号電文を受信し、それをトラックまで持ち帰って欲しいの」
「このトラック泊地の命運を決するかもしれん、重要な任務だ。
かの国ドイツからの長い道のりを深海棲艦の目を掻い潜り、この日本にまでやってきた君なら、きっと成功させてくれると信じている。
……頼む」
「了解、ですって。 ナガトアドミラール!」
「私は臨時司令であって提督ではないのだがな……」
綺麗な敬礼をもって任務を受諾するローに、長門は苦笑しながら敬礼を返す。
「あれ、それじゃ僕は何をすればいいんですか?」
任務内容から蚊帳の外の状態の羅號は首を傾げる。そんな羅號に、長門は苦虫をかみ殺したような顔で言った。
「羅號の任務はローの支援だ。
敵水上部隊に対して打撃を加え、その気をそらす。
それによって敵の対潜警戒網に穴を開け、ローの本土接近の支援をするんだ」
単艦での囮任務……普通ならこれは『死ね』と言っているも同然だ。いくら羅號が隔絶した力を持っているからと言っても絶対の安全など有るわけがない。それなのにこのような任務を言い渡すのは長門にとっても断腸の思いだ。
しかし……。
「了解です!」
羅號は何の迷いも憂いもなく、真っ直ぐな視線ですぐに任務を受諾したのだった。
その姿に、決して見せはすまいと思っていた情が、長門たちに湧き上がる。
「……作戦の成否はいい。
もしいざとなれば任務を放棄してもいいから、全速力で逃げろ。
羅號の馬力と速度なら、ローを曳航しても深海棲艦を振り切るに十分な高速度が得られるはずだ。
すべての責任はこの長門が持つ。
2人とも、何でもいいから必ず生きて帰りなさい」
その言葉に、鳥海も明石も夕張も、同意するように頷いた。
全員、もう年下の子供たちが沈んでいくのを見たくはないのだ。だからこそ、最悪の場合は任務を放り出して逃げろという。
しかし、そんな年長者たちからの優しさを、羅號は首を振った。
「ありがとうございます、心配してくれて。
でも……僕は大和型四番艦、万能戦艦『羅號』です。
僕はどんな困難な状況だろうと、みんなを守って必ず風穴をこじ開けて見せます。
ローちゃんだって、必ずやってくれます。
だから命じてください、『必ず作戦を成功させよ』と」
その姿に、長門は気弱なセリフを2人に吐いたことを心から恥じた。
この子たちはナリは確かに幼い少年と少女だが、間違いなく人類を深海棲艦から守るために戦う人類の希望の存在なのだ。
「……分かった。
ではトラック泊地臨時司令であるこの長門が命じる。
作戦を完遂し、無事帰還せよ!
以上だ」
「了解!」
「
羅號とローは敬礼をして、臨時司令所から出ていく。その後ろ姿を見送って、長門は一つ息をついた。
「私もダメだな……。
作戦が始まる前から『失敗してもいい』など……あの子たちに対するひどい侮辱だった」
「そうですね……。
私も長門さんと同じことを考えてましたが……自分の浅はかさを恥じてます」
「あの子たちは正しく、人類の希望たる魂を持つ艦娘……と艦息。
本当に立派な子たちね」
鳥海はメガネを直しながらしみじみ呟き、夕張に至っては感動のあまり目頭を押さえていた。
「でも……あんないい子たちだからこそ、もう誰にも沈んで欲しくないです。
これは譲れない本音ですよ」
「それは全くの同感だ、明石。 だからこそ、あの子たちを心から信じよう……。
頼むぞ、羅號、ロー。
必ず作戦を成功させて、無事に帰ってきてくれ」
長門はそう、虚空に祈るように呟いたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
さっそくトラック泊地を出撃した羅號とローの2人は、ローに合わせたゆっくりとした速度で本土方面へと進んでいた。
空は快晴、どこまでも澄んだ綺麗な空は時間が許すのならばゆっくりと眺めていたいものだ。
しかしこの空の下で、今も深海棲艦との戦いは続いている。
「どう、らーくん?」
「……うん、今のところ対空・対水上レーダーともに感なし。
ソナーの方にも敵の姿は見当たらないよ」
羅號は艦息としての感覚を広げ、敵の有無を確認する。
羅號の高性能な電子装備は、高精度かつ超長距離の敵を正確に見つけ出す電子の目だ。しかしその目にはまだ、敵の姿は捉えられない。
「すごーい、らーくん!
らーくんって、いろいろできる戦艦さんなんだね。
ビスマルク姉さんよりすごいかも」
「いろいろできるって言っても、実は僕も自分のできることがよくわかってないんだけどね」
ローに褒められて照れ臭そうに頬を掻く羅號。
羅號は、未だに自分の持つ能力すべてを把握できてはいない。
普通の艦娘なら同型艦や過去の実在の艦艇からその能力を推し量れるが、羅號は『架空艦』であり、その能力を判断する材料がない。
本来なら演習などで完熟させるべきだが、そんな時間はないため未だに羅號は自分で自分の能力がいまいち掴めていなかった。
だからいろいろできると言われても、どうしても曖昧な答えになってしまう。
「ん!?」
その時、羅號の顔色が変わる。
「対水上レーダーに感あり。
反応の大きさから……恐らく敵水雷戦隊」
潜水艦の天敵とも言える軽巡と駆逐艦からなる水雷戦隊……その報告にローの顔つきも真剣なものになる。
間違いなく、本土への対潜警戒網の一端だ。
「……ここからはしばらく別行動だね。
気をつけて、ろーちゃん」
「うん。
らーくんも気を付けて、って」
「もし何かあったら通信でも何でもいいから合図を送って。
絶対、助けに行くから」
今から単艦で大量の敵と撃ち合いを始めるというのに、さも当然のようにピンチには助けに行くと言ってのける羅號に、ローはちょっとだけ意地悪く聞いた。
「本当? 水の中でも?」
「ろーちゃんのピンチなら駆けつけるよ」
「あはは、らーくん言い過ぎですって!」
大真面目な表情で返され、冗談だと分かっていても吹き出してしまう。やがて一しきり笑うと、ローは真剣な潜水艦娘の顔をしていた。
「
助けに来てくれるって言葉、冗談でもうれしかったです、って」
それだけ言って、ローは海中へと潜航を開始する。それを見送ってから、羅號は艤装の装備を構えた。
「実弾使用は最小限にしないと……」
トラック泊地の窮乏を知っているため、弾薬の消費はなるべく抑えたい。そこで主砲の一斉射で牽制したら全速前進、中距離からの
「仰角修正……」
レーダーの情報を元に、羅號の巨大な50.8cm砲12門が未だにこちらに気付いていない敵水雷戦隊に向けられる。
「全主砲、薙ぎ払え!」
大気を震わせ、巨砲が咆哮する。
主砲斉射と同時に、羅號の主機である『零式重力炉』が唸りをあげ、莫大な出力を生み出していく。その出力はそのまま推進力に変換され、羅號はまるで放たれた弾丸のように海上を滑りだした。
不幸なのは敵水雷戦隊だ。
完全なアウトレンジからの一撃は警戒する間も与えず、巨砲の弾丸12発が天から降り注ぐ。羅號の超高精度の射撃管制による射撃は驚くほどの命中率だ。直撃を受けたものは真っ二つになって砕け散り、至近弾でもその衝撃が装甲を砕き、大浸水を発生させる。
突然の奇襲に足の止まった敵水雷戦隊。
そこに彼方から波しぶきを巻き上げ、爆走してくる巨大な艤装を背負った姿が映る。それが敵だと気付いたのは、その影から閃光が放たれ僚艦が吹き飛んだからだ。
慌てて砲や魚雷を構えようとする敵水雷戦隊旗艦の軽巡ホ級が見たものは……回転するドリルが自分を粉々に貫く瞬間だった。
「敵水雷戦隊、撃破」
最後に残っていた駆逐ハ級が冷凍光線砲の直撃によって凍りつき沈んでいくのを見て敵の全滅を確認するが、すでに羅號の対空・対水上レーダーは次の敵を捉えていた。
空を見れば、不気味な深海棲艦側の航空機が編隊を組んで迫っており、彼方には新たな水雷戦隊、そしてその向こうには戦艦ル級・戦艦タ級といった水上打撃部隊の姿も見える。
それは本来なら、単艦では出会ってはいけない陣容の敵だ。
しかしそんな部隊を羅號は、絶対的な自信をもって『勝てる』と確信すると再び高速で駆け出す。
そんな羅號に敵航空機が攻撃をかけようとするが、羅號の艤装のそこかしこからの対空砲火が火を噴き、的確にその敵機を叩き落としていく。
運のいい雷撃機が魚雷を投下するが、機銃がうなり迫る魚雷を迎撃し、そもそも羅號の速度が速すぎて魚雷が振り切られる。投弾に成功した急降下爆撃機も、その速度のせいで当たらない。
やがて羅號と敵艦隊の距離が詰まっていた。深海棲艦隊の砲が一斉に火を噴く。
「面舵いっぱい!」
だが羅號はその高速性で素早く右に切り返しその一斉射を回避すると、そのままT字有利になるように位置を修正、
軽巡ホ級と駆逐ロ級が
その攻撃は戦艦ル級にも襲い掛かり、
だが戦意を喪失することのない深海棲艦は再び、羅號へと攻撃を仕掛ける。
まず軽空母ヌ級の艦載機たちが再び急降下爆撃と航空雷撃を仕掛ける。大半を先程と同じように対空砲火によって叩き落とされながらも、何とか投弾を行う敵急降下爆撃隊。しかし、その爆弾は羅號には当たらない。
だが、軽空母ヌ級の狙いはそれで十分だった。戦艦タ級と、左の残った艤装を構えた戦艦ル級がピッタリと羅號の進路上に照準している。
軽空母ヌ級は自分の減らされた艦載機では羅號に打撃を与えるのは不可能だと判断していた。そこで軽空母ヌ級は自身の艦載機が全滅することを覚悟の上で突撃させ投弾、羅號の進路を限定することで戦艦タ級と戦艦ル級の砲撃のキルゾーンに誘い込んだのである。練度の高い艦娘なら艦載機の無謀な動きからその意図を読むことも出来ただろうが、経験値が絶対的に少なすぎる羅號にはそこまでの判断は出来なかったのだ。
戦艦タ級と戦艦ル級の生き残った砲が一斉に火を噴いた。その砲弾は羅號へと明らかな直撃コースで迫る。戦艦タ級と戦艦ル級は羅號への痛撃を予想し、うすら笑いとも言える笑みが浮かべた。
だが……その笑みはすぐに凍りつく。
羅號が右のドリルと、左手で持つ50.8cm砲を交差させ、防御の姿勢を取った。
ある砲弾は高速回転するドリルによって防がれ、空中で爆散した。
ある砲弾は50.8cm砲の分厚い装甲に阻まれ、甲高い音と僅かなへこみだけを残して弾かれる。
戦艦タ級と戦艦ル級の必殺の意思を持って放たれた砲弾は、羅號になんの効果も表さなかったのである。
だが、それを考える暇は彼らには存在しない。羅號の両肩、50.8cm4連装砲2基8門が照準していたからだ。
「てぇぇぇぇぇ!!」
必中距離で放たれた8発の砲弾は、残っていた戦艦タ級と戦艦ル級、そして軽空母ヌ級と生き残っていた駆逐艦級深海棲艦を撃ち抜いた。致命的な一撃を受け、抵抗する間もなく、全てが水雷戦隊と同じ運命を辿ることになったのである。
「ふぅ……」
対空・対水上レーダー、そしてソナーから敵の反応が無くなったことに羅號は一息つく。いったんは囮の役目を果たせただろう。
「ろーちゃん、大丈夫かな……」
羅號は本土に接近する任務に向かった少女の名前を、心配そうに呟いたのだった……。
次は2週間後辺りで投稿予定。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
潜航 警戒線をぬけて 後編
「……」
呂500ことローは海中を潜航しながら、本土方面に向けて接近中だった。
自身を押し潰そうとする水圧のギシギシとした重みを肌に感じる。暗い海の中は太陽の光もほとんど届かない、静寂と暗闇の世界だ。慣れ親しんだ世界だが、それでも不安と心細さは決して消えることはない。
いや、不安や恐怖心から来る警戒心というのは注意深さに繋がるもので、逆に無くなってもらっては困るのだ。潜水艦娘はその不安や恐怖心から来る極度のストレスを自身でコントロールすることを求められる。
どんな状況でも恐怖に打ち勝ち、必殺の牙を突き立てるために息を潜める……それを為す不屈の魂、それが潜水艦娘の『狼の魂』だ。
でも……そんな『狼の魂』を持った潜水艦娘隊も、もはやない。精強な狼の群れはいつの間にか、ローただ一人だ。
(でっち、イムヤ、イク、はっちゃん、シオイ、マル・ユー……)
幾度もの出撃を背中を預けて戦った戦友たちがいないことに、どうしても寂しさが湧き上がる。
その時、ローの脳裏にあの男の子の言葉が思い出される。隔絶した力で、トラック泊地に押し寄せた敵を撃滅したという、戦艦の艦息。
(助けに来てくれる、って……まるで
何の迷いも疑いもなく、どこにでも助けに行くなど、まるでお伽噺の騎士様だ。この水の中は潜水艦娘たちだけの世界……戦艦である彼には駆けつけることなど出来やしないだろうが、それでもそんな言葉を投げかけて貰えて嬉しかった。それを思い出しローは少しだけ微笑むと、任務へと集中する。
「……」
感覚を研ぎ澄ませ、周囲を注意深く探ってみるが敵の姿は無さそうだ。ローは出来る限り音を立てずゆっくりと潜望鏡深度まで浮上すると、海面上を目視で探る。問題は……なさそうだ。
「よーし!」
ローは意を決して完全に浮上した。そして持ってきた通信機のアンテナを立てると、本土に向けて圧縮暗号電文を発信した。
「これで後は待つばかり……ですって」
しかし、この任務は『待つ』というのが一番難しい。ただでさえ通信の電波は察知されやすい上、当然その場に留まれば敵に発見される可能性も高まるからだ。
ローは祈るような気持ちのまま、帰りのためにバッテリーの充電と気蓄機への空気補給を行いながら本土からの返信を待ち続けた。
ピピピッ!
「!?
来ましたー!」
ローの祈りが通じたのか、敵に見つかることなく2時間後に本土からの圧縮暗号電文が届く。この2時間という時間は長いのか短いのか、判断に困るところだ。
とにかく任務はこれで半分は達成である。あとはこの情報をトラックへと持ちかえるだけだ。
だが、ここに来て今まで味方だった幸運の女神はそっぽを向いたらしい。通信機のアンテナを仕舞っていたローの妖精さんが空を指し騒ぎ出す。
「敵機!?」
それは間違いなく敵艦載機だ。爆弾等を装備していないところをみると偵察機であるらしい。
「見つかっちゃいました……」
間違いなく、そう遠くないうちに自分を始末しようと潜水艦狩りの部隊がやってくる。足の遅い潜水艦娘のローにとって、逃げ切れるかどうかは微妙なところだが、やるしかない。
「潜航と浮上を繰り返して……撒ければいいけど……。
よし!」
ローは気弱な考えを捨て、気合を入れる。
作戦が成功したこと、敵に発見されたこと、合流地点に向かうことを簡潔にまとめた電文を羅號に送ると、ゆっくりと潜航に入っていく。
「夜まで逃げ切れれば、ローちゃんの勝ちなの!」
艦娘も深海棲艦側も対潜攻撃の方法は爆雷攻撃となる。そのため目視は重要なものであり、それが困難になる夜間は潜水艦たちの世界と言っても過言ではない。
そのため夜になるまで粘れれば何とかなる。だが、その肝心の夜までにはまだ遠い。
そして案の定、羅號との合流地点まであと一息といったところで遂にローは敵対潜特化艦隊に補足されてしまった。
ドゥン! ドゥン!! ドゥン!!!
「やだやだ! もぉー」
投下された爆雷の衝撃がローの肌を容赦なく叩く。
身につけたスクール水着は所々破け、艤装も度重なる衝撃に歪み何か所もの小さな浸水が発生していた。
普通ならばこれだけの対潜特化艦隊に襲われれば瞬く間に轟沈だ。それでもローが今だ健在なのはドイツの技術による優れた静粛性のおかげである。
ローの静粛性は他の伊号潜水艦たちと比べ段違いに優秀で、そのお陰で敵もローの位置を正確にはソナーで捕捉できず、致命傷を貰わずにすんでいる。しかし、それも時間の問題だ。
「まだ大丈夫だけど……」
ローが呟いたその瞬間、今までよりひと際強い衝撃がローの肌を叩く。
「ひゃあ?!」
明らかな至近での爆発にローの艤装が歪み、ボコボコと気泡が漏れる。
「気蓄機に亀裂!?」
今の一撃によって潜水艦にとって最も重要な部位の一つ、気蓄機に亀裂が入ってしまった。このまま気蓄機の圧縮空気が完全に無くなれば、バラストタンクの海水を排水できずに浮上不能になってしまう。だが、今浮上すれば敵の格好の的になることは目に見えていた。
しかしその判断は一瞬のことだ。
「メインタンクブロー、急速浮上!
浮上と同時に、らーくんへ圧縮暗号電文の送信を」
すぐ近くの合流地点に来ているであろう羅號に受け取った電文を託すために妖精さんたちに指示を出し、ローは敵の的になることを承知しながらすぐさま浮上を決意する。彼女の誇り高い『狼の魂』は任務の遂行を優先させた。
しぶきを上げながら海面への急速浮上に成功するロー、そこに待ち構えていたように敵からの砲撃が降り注ぐ。
「あぅ!?」
至近距離に上がる水柱、その衝撃に叩かれながらもローは任務を全うすべく羅號への通信を確保する。
「ろーちゃん!」
「あ、らーくん……」
思いのほか近くにいたらしい羅號にはすぐに通信が繋がった。
「対水上レーダーでそっちは捉えたよ!
待ってて、今すぐ助けにいくから!!」
どうやらこちらを察知して向かって来てくれているらしい。
「それよりも暗号電文を受け取ってほしいの。
ろーちゃん、もうダメかもだから……」
「ろーちゃん!?」
羅號が心の底から自分のことを心配してくれているのが通信機越しでもローにも分かった。本当に
もっともっとお話ししたかった……そんな後悔にも似た感情が湧き上がる。
「えへへ……
心配してもらって、それだけでろーちゃんは満足だよ。
だから……その分他の子たちを守ってあげてくださいって、思うの。
お願いですって、素敵な
圧縮暗号電文の送信が終わる。その時、敵の駆逐艦からの砲撃がローの艤装に突き刺さった。
「はぅ!?」
装甲が無いことで砲弾はそのまま貫通し内部で爆発するには至らなかったが、それでもその一撃はローのバラストタンクを貫いていた。
大量の海水が入り込み、その重みで浮力を確保できなくなったローはそのまま海の中に引きずり込まれるように沈んで行く。
「ああ……」
(これで先に逝ったみんなとまた会える……)
そんな風に頭の片隅で考えながらも、それでも人間として眼前に迫る死の恐怖に身体が震えた。
(やだ……やだよ……冷たい……冷たいし、暗いっ……)
遠ざかる海面に手を伸ばし、涙を流しながらローが意識を手放そうとする。
その時……。
ガシッ!
「えっ……?」
決して掴む者のないはずのローの手を、誰かが取った。離れかかっていた意識が一気に引き戻される。
そして目を開いたローの目に映ったのは……。
「らーくん!!?」
それは泣きそうな、それでも必死の顔でローの手を掴む羅號だった。その羅號はローが目を開くと涙すら浮かべて心底嬉しそうに笑うが、ローは混乱して目を見開いてしまう。
(らーくん、轟沈しちゃったの!?)
羅號は戦艦だ。戦艦が水の中にやってくるのは轟沈したときだけである。だからローは羅號が轟沈してしまったのだと思い、心底混乱した。
しかし、ローはそこで気付いた。羅號の瞳はしっかりと開かれ、とても敗北の中沈んでいるものではない。それを裏付けるかのように、羅號の背後の艤装も壊れた様子はなかった。
いや、それ以上に羅號の艤装の様子がおかしい。別れる前に見た時と少し形状が違っている。そしてその艤装からは、何故かローたち潜水艦娘と同じものを感じた。
羅號はそのまま力強くローの身体を引き寄せると、その身体を抱きしめる。そしてキッと上……海面を睨むように見上げた。
途端、浮力を失ったはずのローの身体は海面に向かって浮上を開始する。いや、それはローが浮上しているのではない。羅號がローを引き摺り上げるように浮上しているのだ。
(らーくんは……潜水艦!?)
意識がはっきりしない中、それでも自分が海面へと戻ってきたことは空気で分かる。
「ろーちゃん! ろーちゃん!
しっかりして!」
「あ……ぅぅ……」
羅號の声に、混濁していたローの意識がはっきりと戻る。見れば、ローを襲っていた敵たちはすべて煙を吹きながら沈んで行くところだ。
ローの意識が戻ったことで、羅號は本当に安心したように言う。
「よかった。 よかったよぉ……」
目の前にはローのことを涙ながらに心配する、羅號の姿。
ローは自分を助けてくれた素敵な
「
「ろーちゃんが無事なら、それでいいよ」
言いながらまだ涙の止まらない羅號の涙を、いわゆるお姫様だっこの体勢で抱き抱えられたローは、指で拭う。
その時、日の光にふと視線を向けると夕日が沈んで行くところだった。
美しいその光景……潜水艦娘のみんなとそれを見たのはオリョールだったかバシーだったかカレーだったか……。
それを思い出し、そして生きてまたそれを同じ潜水艦(?)の仲間と見ることができて、ローは自然と涙を流し始める。
「どうしたのろーちゃん!? 身体痛いの!?」
ローが泣き出したことに慌てだした羅號、その言葉にフルフルと頭を振ると、ローはそのまま抱きつくように羅號の胸に顔をうずめた。
「違うの、痛いんじゃないの。
でも……もう少しこのままいさせて欲しいって……お願いです、らーくん」
「……うん、いいよ」
羅號はそのまま優しく頷くと、ローは静かに泣き始める。
ローはやっと、逝ってしまった仲間たちを想い、思い切り泣くことができたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「大丈夫だったか……」
「ええ」
長門の心底安心したようなため息に、鳥海も深く頷く。
ここはトラックの臨時司令所となっている部屋である。
トラック泊地へ帰還した羅號とロー。最初は負傷したらしく羅號に抱きかかえられているローの姿に肝を冷やしたのだが、大事ないと分かってホッと胸を撫で下ろす。
「それで、2人の様子は?」
「ローちゃんの負傷も『入渠』でもう完治しています。羅號くんに関してはほぼ無傷ですね。
今日は疲れたでしょうし、もう休ませました。
今は……2人で揃って夢の中でしょう」
「それは『文字通り』、かな?」
「かもしれませんよ」
長門の言葉に戻って来てからの2人の様子を思い出し、鳥海は肩を竦める。
戻って来てからの2人……というよりもローの様子は変わった。あれは完全に恋する乙女だと少なくとも出迎えた長門・鳥海・明石・夕張の大人4人は感じているし、恐らくそれで相違あるまい。
「どうやら華麗に助けられたみたいですからね。
ピンチに駆けつける王子様……女の子なら誰でも憧れるシチュエーションじゃありませんか?」
「それも本来なら、絶対に駆けつけられない場所だからな……」
そう言って長門は報告に目を通す。それによれば、なんと羅號は水中に『潜航』して、ローを助けたというのだ。
あの超火力と超装甲を持ち、さらに潜水艦さながらに潜航をこなすなど、一体どんな冗談なのか?
「あの子は一体どこまでセオリーを無視すれば気が済むんだ?
頼もしい限りではあるんだが……ますますあの子の存在を他に漏らすわけにはいかなくなったぞ」
「もうセオリーなんて考えちゃいけないんじゃないですか?」
完全に呆れかえった様子で2人は肩を竦める。ただそれだけで流すあたり、いい加減2人も羅號に慣れ始めたのだろう。
「それで、2人が命がけで持ち帰った物は?」
「今、明石と夕張が復号作業中ですよ。
現状を好転させてくれるようなものならいいんですが……」
その時、慌てたような様子でノックも無しに部屋のドアが開かれた。
「長門さん、鳥海さん!」
それは明石と夕張だ。その顔は明らかに青い。
「……どうした、2人とも?」
「……これ、本土からの電文の復号結果です。
見てください」
どこか悲壮な表情でその紙を夕張は長門に手渡す。
そして、その書類に目を通した長門は一度顔を上げて2人を見た。
「これは……間違いないのか?」
「残念ながら……間違いありません」
「そうか……」
明石の答えに飲み込むように頷き、もう一度確認するように書類に目を通し、そして……。
「ふざ……けるな……!!」
バンッ、とその書類を机に叩きつけた。
「一体どんな指示が……」
何事かと鳥海がその書類を見ると、そこには以下のことが書かれていた。
南方ノ基地・泊地、悉ク全滅。我ガ国ハ南方戦線ノ放棄ヲ決定ス。
我ガ国ニ余剰戦力ナシ、トラックニ対シ救援ハ不可能デアル。
ココニ至リ、敵深海棲艦ヲ一艦デモ多ク道連レニ、潔クソノ地ニテ我ガ軍ノ名ニ恥ジヌ、名誉アル戦死ヲセヨ。
……それはまごうことなく、『玉砕命令』だった。
「……確かに現状ならあり得る、とは思っていましたが……」
確かに覚悟はしていた。しかし、実際にそれを突きつけられればその衝撃は別である。
「……救援を出せないというのは分かる。 それはいい。
だが……何故敵の腹を喰い破って戻ってこいと言えない!?
何故『死ね』など命ずる!?
前線で戦うものの気持ちを……考えないのか!」
『敵の真っ只中に飛び込んで帰ってこい』と『死ね』とでは、結果は同じようなものだろうがその実まったく意味が違う。
前線で戦う者にとって大切なのは『信頼』である。仲間を信じ、理念や思想を信じ、そして国や軍を信じるから戦える。
どんなに絶望的でも『生きて帰ってこい』と言われればやる気もでるが、ただ『死ね』という命令ではその信頼を根底からぶち壊し、士気など上がろうはずもない。ようは『言い様』の問題だ。
しかし、どんなに理不尽だろうと命令は命令である。
「どう、します……長門さん?」
鳥海の言葉に、明石も夕張も長門へと視線を向ける。長門は天井を仰ぎ見ながら、ポツリと言った。
「そんなもの決まっている。
私だけならまだしも、他の誰も……これ以上死なせるものか。
あの子たちに『死ね』など、口が裂けても言えん」
「でも……命令ですよ?」
「ああ、私も軍属だ。 命令には従おう」
そう言って向き直った長門は、書類をトントンと指で弾いた。
「命令は『敵深海棲艦ヲ一艦デモ多ク道連レニ』とある。
つまり深海棲艦との戦闘行為を行った結果、それでも沈まなければ命令違反にはならん。
別に『自沈セヨ』、とは書かれていないからな。
私は……トラック泊地臨時司令であるこの長門は、この命令をそう解釈した。
この判断の責は、この長門がとる」
長門は、明らかな命令の曲解を宣言する。
それはこのことがどこかにバレた場合、その責任を自分だけに向けるためのものでもあった。
しかし、その姿に鳥海と明石と夕張は揃って肩を竦める。
「何を1人で格好つけてるんですか、あなたは。
ここまで来たら一蓮托生でしょう?」
「そうですよ、長門さん。
復号は誰がやったのかすぐに調べれば分かりますから、私も夕張も言い逃れできませんって」
「それに……命令違反うんぬんなんて、問題になるのは生きて本土の土を踏めたときだけでしょ?
それならその時考えましょうよ」
「お前たち……」
長門はどこまでも着いてきてくれる戦友たちに、思わず目頭が熱くなる。
「では早速話しあいましょう。
今後の私たちの方針を……」
「そうだな……」
孤立無援のトラック泊地。
しかし長門たちは道を模索し始める。 生き残るための道を……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「……ああ、そうだ。
南方戦線の味方はすでに全滅、名誉ある戦死をした。
それでいい。 ではな」
ここは日本本土、その海軍の総本山とでも言うべき横須賀鎮守府の一室だ。
そこでは1人の男が、電話で何事かを強い口調で指示する。
その男の身に纏う軍服、そしてそこに付けられた『大将』の階級章が彼の身分を物語っていた。
この男の名は君塚、この横須賀鎮守府を預かる最高司令官である。
横須賀鎮守府の頂点に立つ彼だが、しかし彼にはあまり良い噂を聞かない。確かに幾多の海戦での功績も聞こえるが、それ以上に多くの他者を蹴落とし今の地位にのし上がったともっぱらの噂だ。
もっとも、上に立つものにはそういった黒い噂というものは必ず付き纏うものである。しかし彼の場合、日頃からの冷徹な態度のためか、どうしてもそういった噂は多かった。
「ふぅ……」
彼は電話を置くと、息を一つつく。
「南方からの深海棲艦の大攻勢……やっと始まったか……。
思えば二十数年の膠着状態、長かったな……」
そして彼は唇を釣り上げて笑う。その笑みは普通ではない、邪悪な何かを感じさせた。
その時、彼の机の中で何かの音がした。
「……」
彼は無言で首にかけた小さな鍵で机の引き出しを開ける。そこには綺麗な水晶のような丸い物体があった。
彼はその水晶のような物を握りしめると目を瞑る。
「久しぶりだな。
……ああ、もうあれから20年以上だ。 ずいぶんと眠ったものだな」
彼はそこに誰かがいるかのように語りかける。
「分かっている。
今回の件で主要な戦力は、すべて南方からの防衛線構築に廻している。ぬかりはない。
……そちらこそ、あの時の約定は忘れていないだろうな?
お前にとってはほんの数か月前の話かもしれんが、私はこの20年以上もの時を待ったのだ。もっともお前からもらった『コード』のおかげでこの地位には簡単につけたがな、私はそれで良しとはしていない。
……ああ、それでいい。 また連絡をくれ。
ではな」
ゆっくりと彼は目を開けると、再び球体を机の中に戻し、鍵をかけた。そして目を瞑る。
そこに去来するのは如何なる思いなのか、それをうかがい知ることはできない。
「そういえば……南方から通信してきた生き残りというのは、奴のところの小娘だったな。
……ふん、親子揃って悪運しぶといものだ」
ただそれだけ呟くとすでにそのことなど忘れたように、彼は書類へと向かっていく……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「……」
ピッシリとした海軍の軍服を着込んだ男が、ある場所へと向かい歩いていた。
歳は50を超えている。顔に刻まれた皺が、そして纏う覇気が彼の人生が幾多の苦難にまみれ、そしてそれを乗り越えてきた歴戦の海の男であることを物語る。そして、それを正しく称賛するかのように輝く『大将』の階級章。
彼は呉鎮守府を預かる最高司令官、筑波大将であった。
歴戦の提督である彼は、どこか足取り重くその場所へと向かっていた。
やがて見えてきたのは、大きな純日本家屋の屋敷だ。表札の名は……『筑波』。ここは帝都にある、筑波大将の家である。
「……今戻った」
「あなた?」
彼の妻は、突然の夫の帰宅に驚きながらも玄関まで出迎えにきた。だが筑波大将は外套を脱ぐことなく、妻を手で制した。
「今日は、横須賀鎮守府での会議に来た帰りに寄っただけだ。
すぐに呉に戻らなければならないが……どうしても話さねばならんことができた……」
その夫の様子に、彼女はとてつもなく悪い知らせがあるのだと身構える。
そして筑波大将は妻に言った。
「南方戦線において、深海棲艦のこれまでにない規模の大攻勢が始まった。
南方戦線の各泊地や基地からの通信はことごとく途絶、おそらく……全滅したものと思われる。
そしてあの娘が着任していた泊地……トラック泊地からも連絡はない。
これはもはや……生存は絶望的だろう」
飾ることなく淡々と夫の口から語られる、愛娘の戦死の報。
その衝撃に、ふらりと崩れかかる妻の身体を筑波提督は慌てて支えた。
「大丈夫か?」
「は、はい……私は大丈夫です。
あの子が私のように艦娘になると言った時から、覚悟はしていました……」
妻の言葉に、筑波大将は首を振る。
「お前は艦娘だったころから『大丈夫です』とはよく言っていたが……お前がそう言っているときは大体の場合大丈夫じゃない、やせ我慢をしている時だ。
今もただやせ我慢をしているだけだろう?」
「……あなたの方こそどうなんですか?」
「……ワシだって大丈夫なものか。
手塩にかけて育てた、可愛い自慢の愛娘だぞ。辛くないわけあるものか。
代われるものなら、今すぐにでも代わりに黄泉の国にでも行ってやるわい」
筑波大将はその感情を吐き出すように言い放つ。
彼は提督だ。今までに何人もの艦娘の死に立ち会い、そしてその数だけ同じように娘の死を嘆く親の姿を見てきた。
それが今度は自分の娘の番になった……そうだとは理解しているが彼も人の子、親として愛娘の死をそう簡単に割り切れることなどできようはずもない。
「あなた、あの子の方は……?」
「あいつの担当は北方だ、今回の攻勢で攻撃は受けていない」
同じように海軍に所属し、提督として采配をとっている息子の安否を確認し、無事を知って彼女はホッと胸を撫で下ろす。
「あいつもあんなに可愛がっていた妹の戦死の報に、酷く落ち込んどった……」
筑波大将は通信での息子の様子を思い出していた。
「こんな時だ、今は葬式すらしてやれんが……落ちついたら必ず、家族揃ってあの子を弔うことにしよう。
だから今しばらく、家のことは頼んだぞ」
「……はい。
いってらっしゃいませ、あなた」
そう言って筑波大将から離れると、彼女は気丈に筑波大将を見送った。
そしてその背中が見えなくなるまで見送ると、彼女は顔を覆って崩れ落ちる。
「う、ううっ……あぁ……!」
娘を失った、母の嗚咽が広い屋敷に響いた……。
羅號の機能、『水中潜航能力』がアンロックされました。
こんな感じで、ゆっくり完全な原作の万能戦艦に近付く予定です。
次回はまた2週間後くらいに。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第四話
偵察 その道を探せ 前編
羅號のことですか……?
……非常に恥ずかしい、恥じすべきことを言います。
私は……最初あの人のことを嫌っていた。いえ……憎んですらいました。
理由ですか?
それは……どうしようもないほど身勝手で理不尽な、ただの逆恨みですよ。
そう、ただの逆恨み。あの人は何一つ悪くありません。
でも、当時の私には……『タイダルウェブ』での出来事を引き摺った私にはそれを自分の中で整理することができなかったんです。
だから私は、あの人を憎んですらいました。
……いえ、本当のことをいいましょう。本当に憎んでいたのは、『自分自身』でした。
今でも、『もしもあの時』と思うことがたまにあります。いつまでたっても消えない後悔……それが当時はもっと酷かったですからね。
結果、私は歪みに歪んで、あの日海に出ました。
そう、トラック泊地の艦娘たちが生き残るための道行きを探すための……サイパンへの偵察調査任務です。
そこで私はあの人……羅號と行動を供にしました。
そこで……ふふっ、この話の詳細は内緒で。なんと言っても私の大切な思い出ですから。
ただ結果だけを言えば、私もローと同じく、コロッとやられてしまったんですよ。
吊り橋効果?
……まぁ、なんでもいいです。私にとって最良の結果であることは間違いないので。
そういえば、羅號のことですよね? 話が少し脱線しました。
ちなみにこれは純粋に興味なのですが……ローは何て言いました?
……さすが西洋人、恥ずかしげもなく直球で攻めますね。
……うん、いいわ。私も、ローや『あの子』には負けられませんから覚悟を決めます。
私は羅號を愛しています。 誰よりも何よりも、この世のすべてで一番に。
……確かにおっしゃる通り、私1人を見て欲しいと思うことはありますけど、ローも『あの子』も大切な友達ですから、共有も許せます。羅號はそれこそ私たちに優劣をつけ、誰かをないがしろにするような人でもありませんから。
それに……ご存知の通りお互いに派閥というかバックを持っていますから、政治的にも私だけを、と贅沢は言えませんよ。むしろ羅號と関係を持ちたいドイツがローを支持し、『あの子』だって物凄いバックからの後押しがあります。それと同等の、私を日本が支持してくれているだけで感謝です。
……ええ、本当にただただ好きだと言えればいいのに……面倒なものです。
――――――『朝潮』へのインタビューより抜粋
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
響く怒号、ほとばしる悲鳴、そしてそのすべてを消し去るかのような雷鳴にも似た砲声と爆音。そんな戦いの海に彼女――朝潮はいた。
その意識はまどろみ、身体はまるで決められた動作を行う人形のように勝手に動いている。
その時になって、朝潮は自分が夢を見ていることを理解した。
(これは……またあの時の……)
その景色には見覚えがある。あの夜……大和を筆頭としたトラック泊地残存艦隊が敵包囲網を喰い破るために最後の出撃をした夜のことだ。
十重二十重の分厚い包囲網、絶えることなく降り注ぐ濃密な十字砲火、そして……無残に散っていく戦友たち。
(大潮ッ!!?)
複数の戦艦の主砲の直撃を受けた大潮は、朝潮の目の前で悲鳴すら上げることができずに吹き飛んだ。
そして……。
「おね……が……い……。
苦しい……の……。 とどめを……頂戴……」
途切れ途切れの言葉。
あの皆を魅了した綺麗な甘い声は見る影もなく、まるで壊れたコーヒーメーカーのようなゴボゴボという異音交じりの声が訴える。
胸からとめどなく流れる血が、その傷口を必死で抑える朝潮の手を真っ赤に染めていた。
朝潮の一番の友達として幾多の時を過ごした彼女――荒潮は今、最後の時を迎えようとしていた。敵の弾丸に肺を貫かれた彼女は、水上にいながら自らの血で溺れている。ジワジワとした溺死の苦しみに耐えかね、親友である朝潮に楽にしてほしいと訴えていた。
「あ……あぁ……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
自分でも訳の分からない叫び。それとともに朝潮は自身の砲を構え……。
「はっ!?」
ガバリと布団をはね上げ、朝潮は飛び起きた。
ドクドクと早鐘のように鳴りつづける心臓は、いくら深呼吸を繰り返しても治まってはくれない。いやな汗でじっとりと濡れた服が肌に張り付き、不快感を増す。
そんな朝潮のそばには、いつの間にか起きていた満潮の姿があった。
「またあの夢なの?」
満潮の問いに、朝潮はコクリと頷く。
朝潮はあの戦いからずっと、同じ悪夢に苛まれていた。そして、そんな朝潮の胸の内をすべて知っているのは朝潮の僚艦最後の生き残りである満潮だけである。
「何で……何であの時私は……私はッ……!?」
「……」
ハラハラと涙を零す朝潮を、満潮は静かに抱きしめる。
窓から差し込む優しい月明かりはしかし、朝潮の心を晴らすことはなかった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「むっ……?」
「どうしました、長門さん?」
「いやなに……今、誰かが泣いているような気がしてな……」
「……それ、本土にいる私たちの親じゃないですか?
私たち全員、揃いも揃って戦死扱いされてるでしょうからね」
肩を竦める鳥海に、それもそうかと長門は頷く。
ここはトラック泊地臨時司令所となっている部屋だ。夜もふけてきているが、羅號とローが命がけで持ち帰ってくれた情報のもと、今後の行動を決めるべく長門たち4人は顔を突き合わせて話し合いを続けている。
「それで、『全員で生き残ろう』という方針はいいんですが、今後具体的にはどうしますか?」
「その前に、あらためて現状を頼めるか?」
「了解です」
そう言って、鳥海は手にした資料をめくった。
「今日は私と夕張、それと駆逐艦の子たちとで周辺の無人島に隠していた物資をかき集めてきました。
燃料・弾薬・鋼鉄、各種300ずつというところです。
ボーキサイトはありませんでしたが……航空戦力の無い今の私たちには関係はないですね」
「いやぁ、ドラム缶ガン積みはさすがに肩こったわ」
「ああ、ご苦労だった」
わざとらしくコキコキと肩を回す夕張に、苦笑しながらも長門はねぎらいの言葉をかける。
「ただ……食糧のたぐいはほとんど発見できませんでした。
せいぜいが缶詰の乾パンやお菓子が少々、といったところです」
「そうか……それで、食糧の備蓄は?」
その言葉に、今度は明石のほうがペラペラと資料をめくる。
「缶詰を中心に細く長く食い繋いで……1ヶ月が限度でしょう。
これだって、育ち盛りの子たちにはけっこう辛い無理をさせての計算です」
「……いよいよもって蛇を狩ってきて食べる話が現実味を帯びてきましたね」
「1ヶ月もあれば、食糧が切れる前に敵が戻って来て我々はすり潰されるよ」
鳥海の言葉に、長門は肩を竦めて返す。
「どちらにしろ、我々には長期的にここに籠もることは絶対に不可能だ。早急にどこかの基地に受け入れてもらうしかない。
そうなれば……トラックは放棄してさっさと移動すべきだな」
「それは賛成だけど……羅號くんのこと、どうします?
長門さんも分かってると思いますけど、変なところに頼ったら羅號くんの身が危ないですよ」
夕張の心配はもっともだ。
セオリー完全無視、あり得ない事例の見本市のような羅號は一歩間違えれば研究所直行のモルモットコースの人生が待っている。だからこそ、長門たちも通信で軽々しく本土に羅號の存在を知らせたりはしなかった。
だが、どこかの基地に身を寄せるとなれば、羅號の存在は確実にバレる。全員の生存にはどこかの基地に身を寄せることが絶対必要だが、羅號のことを考えれば頼る相手の選定には慎重にならないといけない。
しかし、長門にはすでに腹案があった。
「……ここは、私の身内を頼ろうと思う」
その言葉に、『そういえば』といった感じで3人は手をポンッと叩く。
「長門さんって、あの呉の筑波大将の娘さんだったんですよね」
「お母様のほうも、戦争最初期に膨大な戦果を叩きだした、あの『榛名』の元艦娘でしたっけ?」
「そうでした。 長門さんって正真正銘血統書付きの名門お嬢様だったんですよね。
まったく全然、これっぽちもそれらしくないのですっかり忘れてました」
「いや、父様や母様が偉いのであって戦友にまで家名なんかでかしこまって欲しくないからいいのだが……何か妙に棘のある言い草だな」
ジトッと長門が睨むと、3人とも露骨に視線をそらす。それにため息をつくと、長門は先を続けた。
「私としても家を頼るというのはあまり好かないのだが、この非常時だ。そんなことは言っていられん。
使えるものは何でも使わねばな」
「確かに、それはいい考えではありますが……」
そう言って鳥海は今度は海図を広げた。そして、そこに深海棲艦を意味する駒を置く。
「見ての通り、この南方戦線から本土への道筋は大量の深海棲艦によって完全に塞がれてます。
羅號くんなら何とでもなるかもしれませんけど……いくら羅號くんが護衛をしてくれたとしても、数が違いすぎて対処しきれないでしょう。
筑波大将に頼ろうという考えは確かに名案だとは思いますが……呉までなんてとても辿りつけませんよ」
数とは、それだけで力だ。
羅號は確かに強い。だがそれでも羅號は1人だ。圧倒的な数に攻められては、羅號は無事でも他は無事にはすまない。羅號以外全滅という公算の方が高いだろう。
だが、それは長門も分かっていた。
「分かっている。
最終的には父様に頼るが……まずはその前に、兄様に頼ろうと思う」
「そう言えば筑波大将には息子もいましたね。
確か……」
「そうだ。
兄様は北方戦線……
だから我々は、深海棲艦の本土方面戦力を大きく迂回しながら北上、単冠湾泊地の兄様のところを目指す」
そう言って、長門は海図のトラック泊地に置かれた自分たちを示す駒を動かし、本土を大きく迂回しながら北上するルートを示した。
「兄様なら、私たちをきっと受け入れてくれる。
その後は兄様経由で父様に、私たちや羅號の今後のことを頼んでみようと思う」
「……不安要素はいくらでもありますが、現状では最良の案でしょうね」
長門の案に、鳥海も深く頷いた。
「これは、長い道のりになりそうね」
「おまけに、完全に航続距離外ですよ。
途中で中継になる基地もありませんし……ここから物資を持っての移動になりますね。
それなりの準備が必要になりますよ」
夕張と明石は口々にその道のりの厳しさと、それに必要なものをあれやこれやと口ぐちに話し合う。
そんな中、長門は続けた。
「それに関してだが……実はがれきの中から面白い資料が見つかった」
そして取り出されたのは、黒い表紙の資料だ。
「長門さん、それは?」
「提督宛ての資料だよ。
内容は、建設中の中継基地についてだ。
そこなら、移動のために必要なものも見つかるかもしれない」
「なら、さっそく調査に行ってきますよ。
どこですか、それ?」
その鳥海の言葉に、長門は答えた。
「場所は……サイパンだ」
~~~~~~~~~~~~~~~
トラック泊地に朝が来る。
ここは寮の広間、今では食堂代わりに使われているそこには朝食のために、長門たち4人を除く生き残りが全員揃っていた。
「らーくん、はいあーん」
羅號の横に座ったローが、ニコニコしながら摘まんだ乾パンを突き出す。
「えっ? あ……うー……」
羅號はどうしていいのか分からず、曖昧に唸るばかりだ。
「羅號くん、ローちゃんと何かあったんですか?」
「昨日一緒に任務に行ってきただけで、別に何もないですよ」
「でも……何にも無い相手にするような態度じゃないと思うんだけど、ソレ」
羅號の対面に座る吹雪は、どこかジト目になりながらローを指差す。
ローのまるで抱きつくように羅號に密着しての態度……これが秋雲あたりなら、ただ羅號のことをからかっているだけともとれるが、天真爛漫でも根は真面目なローでこの態度では、『何もなかった』というのはさすがに無理がある。
そして、そんな吹雪の隣では秋雲が楽しくて仕方ないといった感じでニヤニヤと笑っていた。
「さすが、ギャルゲー主人公体質は手が早いねぇ。
らごやん、もうローちゃんの攻略終わっちゃったんだ。
次は誰狙い?」
「変なこと言わないでくださいよ、秋雲さん!」
ムキになって返す羅號の反応が余程楽しいのか、秋雲は腹を抱えて笑っていた。
そんな羅號の横で、ローは可愛らしく頬を膨らませる。
「む~、らーくんはろーちゃんのごはん食べてくれないの?」
「いや、ただの乾パンだしろーちゃんのごはんってわけじゃ……」
「らーくん……ろーちゃんのこと嫌い?」
「そんなことないよ!」
下から上目使いで可愛らしく尋ねるローに、羅號はぶんぶんと首を振る。
「だったら……はい、あーん?」
「……あーん」
『嫌いか、あーんするか』というあまりにも理不尽すぎる二者択一を迫られ、羅號はおとなしく口を開けると、ローの差し出す乾パンをついばむように口にする。それを見てローは満面の笑みだ。
「……今、ひどいゴリ押しを見た」
「あ、あはは……」
それを見て秋雲は笑い、吹雪は困ったように苦笑するばかりだ。
未だトラック泊地は絶望的な状況下ではあるか、それでもつかの間の平和の中、和気あいあいとした雰囲気で食事は進む。
しかし……。
ガタンッ!!
その音に驚きそちらを見ると、立ち上がった朝潮が羅號たちを睨んでいた。そして朝潮はその表情のまま、ツカツカと羅號たちの方にやってくる。
そしてビシリと羅號たちを指差しながら言った。
「あなたたち、この非常時に不謹慎よ!」
「ほぇ? あっしー、何怒ってるの、って?」
指をさされたローは何の事だか分からないといった顔だ。
「たくさんの仲間が沈み、未だ先行きが見えない現状だというのに……。
だというのにあなたたちはさっきからイチャイチャイチャイチャと……恥を知りなさい!!」
「あぅっ!? ご、ごめんなさいなの……」
朝潮の剣幕にすっかり委縮したローを尻目に、今度は視線を羅號に向ける朝潮。
「あなたもです!
まったく、デレデレと鼻の下を伸ばして……大和さんの息子だというなら、もっとしっかりしなさい!!」
「ひぅ!? ご、ごめんなさい……」
びっくりしたように飛び上がると、朝潮の剣幕に羅號は思わずペコペコと頭を下げてしまう。だがそのとき、朝潮の前に吹雪が立ちふさがった。
「待って、朝潮ちゃん。
2人は別に悪いことをしてるわけじゃないのに、いくらなんでも言い過ぎだよ」
「今の状況を考えれば、2人の行動は不謹慎極まりないだけです」
「そうかな?
確かにこんな状況ではあるけど、だからこそこのくらいの心の余裕は必要だと思うな」
「そんなことを言ってる状況ですか!
今必要なのは精神的余裕よりも緊張感です!!」
正面から睨み合う吹雪と朝潮、その姿に羅號とローはおろおろとするばかりだ。
「……朝潮ちゃん。
その言葉は……2人の態度が不謹慎だから怒るっていうのは本心なの?」
「……どういうことですか?」
「私には、朝潮ちゃんが本心からそう言っているようには思えない。
ただ単に、何でもいいから羅號くんに対して難癖をつける材料を探してたみたいに私には聞こえるよ」
「何ですって……!?」
確かに、双方の言ってることはどちらも正しいだろう。あれだけの仲間を失ったことに喪に服せというのも、そんな時だから笑えるときに笑い精神的な余裕を持った方がいいというのも、確かに正論だ。
吹雪は朝潮の言葉の正しさを納得し、しかしそれとは『別の部分』が含まれていることを感じ取って朝潮の前に立つことを決意した。
吹雪の幾分冷たい視線に、朝潮もそれに返すように冷たく目を細める。
静かに高まっていく2人の暴発寸前の緊張感に、羅號とローは2人揃ってあわあわと慌てるばかりだ。
だが、そのとき長門たちが広間に入ってきた。
「何をやってる、お前たち!!」
すぐさま2人の様子を見咎める長門に、吹雪と朝潮は即座に敬礼をする。
「レクリエーションです、長門さん!」
「親交を深めていました!」
「……」
明らかな口裏合わせを連続して言い放つ吹雪と朝潮を長門はジロリと睨むが、2人は変わらず敬礼を続ける。
その様子に、折れたように長門はため息をついた。
「そうか、わかった。
レクリエーションもいいが、あまり度を超えたことはしないように」
「「了解です!!」」
長門の言葉に2人は答えると、自分の席へと戻っていく。2人が席に戻ったのを見計らい、長門が話を始めた。
「全員大事な話がある、心して聞いてほしい」
その長門の前置きに、全員が姿勢を正した。
「昨日、羅號とローの2人が本土への通信作戦に赴いたのは知っていると思う。
そのことを、みんなに話す」
「本土と連絡がついたんですか! 本土は何て……」
「援軍はいつ来るんですか?」
口々に言う吹雪と秋雲を、長門は手で静かにするように制す。
「そうだな、結論から言おう。
援軍は……無い」
「そんなっ!?」
「援軍無しなんて……そんな無茶な!?」
吹雪と秋雲の声は、全員の心情を正しく代弁している。
「あぅ……らーくん……」
ローも不安そうに羅號の服をギュッと引っ張る。そんな皆の反応を一度見渡してから、長門は続けた。
「南方戦線は完全に崩壊、ここトラック泊地以外の基地は皆全滅の憂き目にあったそうだ……」
『南方戦線崩壊』――その言葉に、水を打ったかのように静まり返る。
「悪運しぶとく生き残ったけど……いよいよもって私たち、そろって地獄行きってことね」
満潮の自嘲気味な言葉に、泥のような絶望感が広がっていくのがわかる。だが、その流れを変えるようにかぶりを振ると、長門は言った。
「何を言っている?
これは他の基地が全滅し、援軍が来ない……言ってみれば、ただそれだけの話だ。
これ以上、誰も地獄になど行かせるものか」
「でも……援軍無しじゃ……」
「……確かに今の戦力で、本土周辺まで喰い込んだ敵包囲網を突破し、本土へ帰還することは不可能だ。
だが……本土への帰還の道ならまだある」
そう言って横に控えていた鳥海を見ると、鳥海は頷いて全員の前に海図を広げた。
「今の戦況、そして昨日の羅號くんとローちゃんによる本土への接近作戦から、南方戦線から本土への航路は完全に封鎖されていることが確認されています。
現有戦力でここを突破するのは絶対に不可能でしょう。
そこで我々は、北方に向けての脱出ルートを取ります」
そう言って鳥海はトラック泊地にある自分たちを示す駒を、本土を大きく迂回する形で動かした。
「このように敵の本土封鎖網の外側から北方へと脱出、北方戦線の
鳥海の言葉に、再びざわめきが起こる。
「で、でも完全に艤装の航続距離外じゃないですか!
補給できる中継基地の類もないし……」
「うーん、そこはもうドラム缶でもなんでもに補給物資を満載、洋上や無人島で自分たちで補給作業を行いながら移動するしかないわね。
まぁ、ちょっと長めの遠征みたいなものよ」
不安そうな吹雪に、夕張はカラカラと笑いながら答える。
「……確かに無茶かもしれん。
だが、ここにいる全員が生き残る道はこれしかない……」
長門の断言に、再び場が静まり返る。それを確認してから鳥海が続けた。
「私たちの行動方針は理解できましたね?
ではまず私たちの具体的な行動についてです。
まず隊を2つに分けます。
1つは夕張さんと一緒に、トラック泊地での作業です」
「即席でイカダみたいな……曳航して物資を運ぶためのものをあり合わせから造ろうと思うんだけど、それを手伝ってもらうわ」
「これには吹雪ちゃんと秋雲ちゃん、そして長門さんに担当してもらいます。
そして今名前の上がっていない全員ですが……私と一緒にある場所へ行きます。
それは……ここです!」
そう言って鳥海の指差す先は……。
「サイパン……ですか?」
朝潮の言葉に、鳥海は頷く。
「そうよ。
実はがれきから発見された提督への資料でわかったのだけど、サイパンには本土からこの南方戦線への中継基地を建設中だったそうよ。
ほかの泊地や基地と違ってサイパン中継基地は未だ稼働前の極秘事項、さすがにそんなところを深海棲艦も攻撃はしていないだろうから、様々な物資が手付かずで残っている可能性があるわ。それを探しに行きます。
明石が参加するのもそのためよ」
「専門機器だと、私じゃないと分からないかもしれませんからね」
エンジニアとして優秀な夕張だが、さすがに工作艦として専門家である明石には一歩譲る。だからこの調査には明石が同行することになったのだ。
「つらいかもしれんが、今が頑張りどころだ。
全員、精一杯自らの職務に励んでくれ」
集合時間を告げて長門のその言葉で場は締めくくられる。
すると、ローは羅號に向かってはにかんだ。
「また一緒だね、らーくん」
「うん。
今回は調査と輸送任務になりそうだけど、ローちゃんはそういうのやったことあるの?
僕、やったことなくて……」
「友達だったマル・ユーが輸送任務なら得意だったの。 運貨筒なら任せてって!」
ふんすっ、と得意げに胸をはって鼻をならすロー。そんな彼女と羅號はこれからの任務について他愛無い話を始める。
北の
生き残りの艦娘たちの士気は否応なしに高まるのは当然だ。ただ、一点を除いてなのだが……。
「……」
そんな中、朝潮は変わらず羅號たちを睨むような視線を送るのだった……。
第二ヒロイン『朝潮』編の始まりです。
次回の更新はまた2週間後くらいを予定しています。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
偵察 その道を探せ 中編
一応ですが注意です。
この朝潮は、この作品だけの朝潮です。
皆さんの朝潮は真面目で素直ないい子なので可愛がってくださいね。
そして鳥海を旗艦としたサイパン調査艦隊はトラック泊地から出撃した。
最重要艦ともいえる明石を守る形の輪形陣で、ゆっくりと艦隊は進む。
「えへへっ……らーくん♪」
「だめだよ、ろーちゃん。 任務中なんだから私語は慎まなきゃ」
移動中も何かと楽しそうに話しかけてくるローを、羅號はやんわりとたしなめるがローはニコニコ笑いながら改める気配はない。
「……」
そのたびに何故か朝潮から、物理的な効果を持っているんじゃないかと錯覚しそうなほどの視線を浴びることになり、羅號の胃がキリキリと痛む。
満潮は我関せずといったスタイルを貫き、無言のままだ。
その様子に、このサイパン調査艦隊の旗艦である鳥海は頭を抱える。
「まさかたった1日でろーちゃんが羅號くんにここまでベッタベタになるとは……」
「まぁいいじゃないですか、鳥海さん。
私としては小さい弟に可愛い彼女ができたような、ほっこりした気持ちですよ」
もう一方のトラック首脳陣でもある明石は笑いながら、慰めるように鳥海の肩をポンと叩く。
「そのほっこりした気持ちというのは私も同感ですけど、問題は……」
そう言って鳥海は朝潮をチラリと見た。
相変わらず朝潮はどこか敵意のようなものが滲み出た視線で羅號を見ている。
「あの子はきっちりとしていて、確かに仲間の素行には口うるさいタイプだけどそれは仲間を思ってのこと。間違ってもあんな風に仲間に敵意なんて持つ子じゃないわ。
どう考えても朝潮ちゃんらしくないわね」
鳥海としてもしっかり者の朝潮は自分と性格が似ていることもあり、目をかけて可愛がっていた駆逐艦娘の1人だ。
その朝潮の様子が明らかにおかしいことに面喰ってしまう。
「まぁ、朝潮ちゃんのことは……」
「知っているの、明石?」
ポリポリと困った顔で頬を掻く明石に、鳥海が視線を向けた。
「……私も一応、工作艦です。艦娘の身体に密接に関わる仕事上、機械整備以外にも軍医の真似事くらいはできますからね。
満潮ちゃんからも相談されて、大まかな事情は聞いていますよ」
「それなら……」
何か対策を、と言いかけた鳥海だったが明石はそれを首を振って否定する。
「朝潮ちゃんのことは、あの日の戦いでのトラウマの話です。
こればかりは時間をかけて、ゆっくりと自分の中で整理をつける必要があることですから……」
今は下手につつかず経過を見守るしかないと言う明石に、鳥海も思うところはあるものの納得せざるをえない。
事実、今のトラック泊地にはトラウマ克服のためのカウンセリングなど悠長にやっている余裕はない。
それに鳥海としては、可愛がっている朝潮のことを信頼していたのだ。
真面目でしっかり者である朝潮のことだから必ず自分で立ち直ってくれると、ある意味では楽観視していたのである。
しかし、それは鳥海の甘い判断だった。
しっかりしたものほど、精神的な病にはかかりやすい。その責任感から、どうしても過去を風化させることができないからだ。忘れられぬつらい過去は、棘のように痛みを発し続ける。
そして、突き刺さった棘というものは処置しなければ、ゆっくりとその周辺を腐らせていく。それは身体にせよ、心にせよ同じことだ。
心に深く突き刺さったその棘は、ゆっくりと朝潮の心を腐らせていた。
~~~~~~~~~~~~~~~
「水上レーダーに感! 敵です!!」
羅號の高性能なレーダーが敵の姿を捉え、艦隊に緊張が走る。
「羅號くん、接敵までの時間は?」
「30分もあれば、視認距離だと思いますけど……」
その報告に、鳥海はしばし考える。
こちらには明石がいるし、なるべくなら戦闘は避けたいのが本音だ。
しかし、足の遅い明石に合わせて移動している以上、逃げ切れるかどうかは微妙である。
ならば、明石の護衛を残してこちらから仕掛けれるというのも一つの手だ。先手を取って一当てして敵を退かせることができれば明石の安全が保たれる。
鳥海がそう考えるその時だ。
「朝潮、吶喊します!!」
「!?
待って、朝潮ちゃん!!」
鳥海が命令を出すより早く、朝潮が敵艦隊方面へと全速力で駆け出していた。
あの命令に忠実、陰で『忠犬』などと揶揄されていた朝潮が命令違反同然に飛び出していく……その行動が鳥海には信じられない。
(本当にどうしたの、朝潮ちゃん!?)
あまりに計算外の出来事に、鳥海はしばし唖然としてしまう。そして情けないことに鳥海が我を取り戻したのはもう1人の命令違反者が出てからだった。
「1人じゃ危ないよ! 僕もいきます!!」
「羅號くんまで!?」
旗艦である鳥海の指示を待たずに、朝潮の後を羅號が追う。
「もう、私の計算が!!」
鳥海は苛立たしげに言うと、改めて指示を出した。
「敵に関しては2人に任せます! ほかはこのまま明石の護衛を続行!!
対空・対潜警戒を厳とせよ!!」
実力としては、羅號もいる以上敵にあたる分には十分すぎる。鳥海の指示に従い、明石を守る形で残った艦娘たちは周囲への警戒を強めた。
~~~~~~~~~~~~~~~
一方、敵に向かっていった朝潮は主機の出力を一杯にまで高めて一気に敵へと接近していく。
「敵艦隊見ゆ!」
敵の構成は軽巡ホ級に駆逐イ級とロ級が各2隻という、典型的な哨戒部隊である。
「肉薄するわ!!」
朝潮はその加速のままに砲を連射する。
その砲撃は敵艦に当たることは無かったが、その砲撃に驚いたのか隊列が乱れた。
完全に奇襲に成功した朝潮はそのまますり抜けざまに酸素魚雷を放つ。酸素魚雷の直撃を受けた駆逐イ級の1隻が爆炎を上げて海へと沈んで行った。
「まず1つ!」
朝潮は大きく旋回し、酸素魚雷を再装填しながら呟く。
そのころになると流石に最初の混乱から脱したらしい敵艦隊は隊列を組み直して朝潮へと砲撃を始めた。
「くぅ!?」
その集中砲火は直撃こそないものの、かすった砲弾が朝潮の綺麗な肌に傷を創っていく。しかし、朝潮はそれを気にせず突撃を続けた。
朝潮の次の狙いは駆逐ロ級だ。一見無謀に見える正面突撃の朝潮に、駆逐ロ級から真っ直ぐに魚雷が放たれる。
正面からの魚雷の直撃コース、しかし朝潮は突撃をやめない。かわりに、砲と機銃が海面に向けて大量に連射する。
そのうちの一発が魚雷に当たり、魚雷が爆発して巨大な水柱が上がった。
その水柱を突っ切り、朝潮が駆逐ロ級に格闘距離まで肉薄する。そして右手の砲がクルリと旋回、砲身の反対に位置する防盾部分をナックルガードがわりにして駆逐ロ級を殴りつけた。
その一撃にたまらず態勢を崩す駆逐ロ級。再び砲が旋回し射撃体勢をとると、そのまま至近距離で砲を放つ。
駆逐艦の口径の小さな砲とはいえこの至近距離だ、その砲弾は容易く駆逐ロ級の内部を蹂躙し水底へと叩き込む。
「次!!」
朝潮は次の敵へと視線を向けるが、朝潮とて無傷ではない。
魚雷の爆発による衝撃波は朝潮にもダメージを与えている。その肌にはところどころ傷がつき、血が滲んでいた。
しかし、朝潮は自分の怪我も何もかも、まるで度外視しているように敵だけを睨みつけている。
そして、そのまま再び駆けだそうとしたその時だった。
「朝潮さん!!」
ヒュー、という飛翔音とともに砲弾が敵艦隊に降り注いだ。やってきた羅號の50.8cm主砲12門による一斉射撃である。
その正確な射撃は、一瞬にして駆逐イ級と駆逐ロ級を仕留めた。軽巡ホ級は直撃こそ免れたものの船尾あたりに砲弾がかすったことで舵にダメージを受けたのか、ヨタヨタとした動きだ。その軽巡ホ級に間髪いれずに朝潮が酸素魚雷を放つ。酸素魚雷の直撃を受け船体が真っ二つになり、軽巡ホ級は爆発を繰り返しながら沈んでいく。
敵艦隊は全滅し、海上に静寂が戻った。
「くぅ……」
「大丈夫、朝潮さん!?」
戦闘が終わると、やはりそれなりのダメージがあるのか朝潮は膝をつく。
それを羅號は慌てて支えようとするが……。
「触らないで!!」
朝潮は支えようとした羅號を払いのけるようにして立ち上がった。
「朝潮さん……」
明らかな拒絶に、羅號は目を白黒させる。
そんな羅號を無視するように、鳥海たちに合流しようと進み始める朝潮。そんな彼女は、羅號の隣を通り抜けざまに言った。
「触らないで。
私は……あなたが嫌いです」
睨み付けるようにして朝潮はその言葉を絞り出す。
そんな彼女に、羅號はどうしていいのか分からず言葉を失うのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
戻ってきた羅號と朝潮を迎えたのは、怒り狂った鳥海からのビンタだった。
「あなたたち、今の状況を分かってるの!
こんな時に勝手な行動は自分だけじゃなく、仲間の危機を招くことだってくらいわかるでしょ!!」
「ご、ごめんなさい……」
文字通り鬼のように怒る鳥海に、羅號はしゅんと小さくなりながら謝る。
「申し訳ありませんでした。 仲間の仇と思うと自分を抑えきれませんでした。
以後はこのようなことがないように精進します」
一方の朝潮は、叩かれた頬を気にすることもなく敬礼をしながら言い放った。
「くっ!」
その明らかに反省の色の見えない朝潮にもう一発と手を振り上げる鳥海だが、それを明石が背後から羽交い絞めにして止めた。
「落ちついてください、鳥海さん!
今は任務の真っ最中ですよ。 まずは任務を完遂することのほうが先決です!」
「……わかったわ」
その言葉に落ち着きを取り戻した鳥海は振り上げた手を降ろすと、ずれたメガネを直す。
「……処分や罰についてはこの任務の後にします。
今は引き続き、任務に集中しなさい」
「了解です」
敬礼で朝潮は答えると、鳥海に背を向けて艦隊の位置に戻る。
「本当に……どうしちゃったの、朝潮ちゃん?」
それは、本当に朝潮を心配しての鳥海の言葉だ。しかし、その言葉を聞こえていないかのように朝潮は去っていく。
「……らーくん、痛くない?」
「うん、大丈夫だよろーちゃん」
叩かれた頬を心配するようにローが言ってくるが、羅號はそれに手をひらひらとさせ大丈夫とジェスチャーで返すが、その視線は鳥海と、その向こうの朝潮の背中に注がれていた。
~~~~~~~~~~~~~~~
それ以降は敵との接触もなく、艦隊は無事にサイパンの中継基地建設予定地に辿り着いた。
そして、そのサイパンでの収穫は、大きなものだった。放置された各種資材と、そしてその資材の輸送に使用していたのか無傷の『超大発』が2隻見つかったのである。
『超大発』は遠征任務や物資揚陸の際に活躍する『大発』の同種の揚陸艇だ。『大発』の上の『特大発』、そしてそれより巨大なものがこの『超大発』なのである。
これから北の
さらに、ここから北方に繋がる詳細な海図も発見された。小さな無人島なども記されており、旅の役に立つだろう。
そして何より嬉しいことに、作業員のためのものか纏まった量の食糧が発見されたのである。あの大敗によって食糧庫が焼かれ、基本缶詰などの保存食しか食べて来なかったトラック泊地の面々にとってはごちそうの山だ。
夜間移動は敵潜水艦などで危険なためサイパンに一泊することを決めた艦隊は、その食糧の一部を使って、久しぶりに温かいご飯にありついた。
「らーくん、おいしいね」
「うん」
デザートとして一缶だけ開けた桃缶の桃を、満面の笑顔で食べるローに羅號は頷くがその視線の先に朝潮の姿を捉える。
朝潮はなんの感傷も抱いた様子は無く、ただ黙々と食事をするだけだ。
昼間のこともあり食事はローと羅號以外は基本無言、明石や鳥海も出来る限りローと羅號の話に乗って何とか艦隊の雰囲気をよくしようと努めるが、朝潮と満潮だけは乗ってこない。微妙な空気のまま、艦隊は交代で身体を休めることになった。
そして羅號は今、見張りをやっているのだが……。
チラリと羅號が隣を見れば、見張りの相棒役は満潮だった。その顔からは、何を考えているのか窺い知ることはできない。
羅號も何とか話はできないものかと話題を探すのだが……悲しいかな、羅號にはそんな話題は思いつかなかった。
そうして羅號が話を諦めかかったその時だった……。
「……昼間は、運がなかったわね」
「えっ?」
何と、満潮の方から話をしてきたのだ。予想していなかっただけに、羅號からは気の抜けた返事が出てきてしまう。しかし満潮は気にした様子もなく続けた。
「昼間の戦いよ。 朝潮が心配で付いていったんでしょ?
なのに褒めても貰えず感謝もされず、貰ったものは鳥海さんのビンタだけ。
運がないわね」
「別に、褒められたくてやったわけじゃないから……」
そう小さく呟く羅號。そして、再び沈黙がおりる。その沈黙を破ったのはまた、満潮だった。
「朝潮は……私とは違うわ」
「え?」
「私は捻くれてて助けてもらったお礼の一つも言えないやつけど、朝潮は違う。
しっかり者で礼儀正しくて……少なくとも助けてもらったお礼くらい素直に言える、物凄くいい娘なのよ。
でも……朝潮はあの戦いで、あんなことがあったから……」
「あんなことって?」
そう聞き返す羅號に、満潮は息を一つつくと星を仰ぎ見た。
「……そうね、あんたには知る権利くらいはあるわよね。
いいわ、話してあげる。
あの戦いで、朝潮に何があったのか……」
そして、満潮はあの戦いで起こったことを語りだした。
あの戦い……大和たちと敵に対して最後の突撃を行った戦いで、朝潮は満潮、そして僚艦であった大潮・荒潮とともに戦いに臨んだ。
戦いは熾烈を極め、敵戦艦からの主砲の集中砲火にて大潮が轟沈。そして、荒潮はその胸を貫かれる瀕死の重傷を負う。
肺を貫いたその攻撃はその溢れる自身の血で、海上でありながら荒潮は溺れる。そしてその溺死のジワジワとした苦痛に耐えかね、一番の親友である朝潮に介錯を頼んだ。
「朝潮さんは……」
「……ええ。 したわよ、荒潮の介錯」
羅號の問いに、満潮は頷いた。
荒潮の介錯を終えた朝潮は、満潮とともに最後の突撃をしようとしていた。自身の逃れられない『死』を感じながら。
しかし……。
「そうよ。 あんたが、現れた……」
大和と武蔵が沈み、代わりに生誕した羅號が朝潮が突撃するはずだった敵艦隊を殲滅していたのだ。
降って湧いたような幸運によって、九死に一生を得た朝潮と満潮。しかし、朝潮はその幸運を喜ぶことができなかった。
「もしもあんたがあと5分早く現れていたら荒潮が、10分早く現れていたら大潮も助かっていたかもしれないのよ」
「……」
満潮の話に、羅號は無言だ。その羅號に満潮は肩を竦める。
「もちろん、無茶苦茶なこと言ってるのは分かってるわ。
『あと10分早く産まれてこい』なんて、理不尽極まりないふざけたタワゴトだっていうのは重々承知しているわよ。
朝潮も……それは頭では理解してるはず。
ただ大潮の件はどうしようもなくとも、荒潮の件は……朝潮が直接手を下したのよ。
たったの5分間……朝潮が何かのはずみにたった5分間だけ荒潮の介錯をためらっていれば、あんたがやってきて敵は倒され、荒潮は助かったかもしれない……その『もしかしたら』という思いで朝潮は自分を責めて、理不尽にあんたを嫌って……はっきり言って今の朝潮の心の中はグチャグチャよ」
そこまで言うと満潮はフッと苦笑した。
「本当はね、もし仮に朝潮が介錯をためらってあんたが敵を倒してくれたとしても、荒潮は助からなかったわ。
当然よね、助けるために必要な『メディカルポッド』はあの時全部壊れてたんだもの。明石さんと夕張さんがニコイチで修理が終わるまでなんて、荒潮はとても保たなかった。
だから朝潮が介錯しようがしまいが、あの傷を受けた段階で荒潮が死ぬのは避けられなかったのよ。
だから荒潮の件に、朝潮に罪は無いし判断は間違っていなかった。
それが正しい、まさしく『正論』よ。
でもね……時に『感情』は、『正論』を無視する。
朝潮は荒潮に手を下した自分を責めて、そんな自分が今でものうのうと生きていることが許せない……」
そして、満潮はゆっくりと羅號を見る。
その満潮の顔には、『表情』がなかった。喜怒哀楽すべての感情が抜け落ちてしまったような、言うなれば『無色』の顔。
その顔に、羅號は思わずゾクリとしてしまう。
「朝潮があんたのことを嫌ってる本当のところはね、『荒潮に手を下した自分が死に損なった』からなのよ。
荒潮に手を下した自分が受けるはずだった『死』という罰を、あんたがその力でぶち壊した。
今日の戦い方や態度を見てもわかったでしょ?
朝潮はね……死にたがってるのよ」
親友の介錯を行い、それでもその親友が生き残ったかもしれない『もしも』の可能性を思い、自らの死を望むようになった……朝潮の話を聞き、羅號は言葉を発することができない。
そんな羅號に、満潮は続けた。
「だからね、もし今度朝潮が無茶なことをやり始めたら……手を出さないであげて。
望み通りあの娘を……死なせてあげて」
「そんな!?」
満潮の言葉に、羅號は声を上げた。
「満潮さんは朝潮さんの友達なんじゃないんですか!
なのに、なんでそんな……」
羅號の非難じみた言葉に、満潮の『無色』の表情に感情の色が灯る。それは怒りの色だ。
「友達よ! 友達に決まってるじゃない!!
あんたなんぞ及びもつかないくらい、一緒に地獄を潜り抜けてきた大切な友達よ!!」
「だったら……」
「だったら……だったら何ができるって言うのよ!!」
満潮の瞳からツゥ、と涙が零れた。
「何度だって朝潮には言ってやったわ! あんたは悪くない、荒潮だってあんたを恨んでるはずない、って!!
でも……それでも朝潮の心を軽くしてあげることは出来なかった。
私じゃ……何も出来なかったのよ!」
その姿に、羅號は何も言えない。
「生きてさえいれば……そう言うかもしれない。
でも生きてその先にあるのが地獄じゃないと、誰が言えるの?
自分で自分を責め続けて心を壊していく日々なんて……まるっきり地獄じゃない。
あの娘が望むなら……それが本当に朝潮が楽になれる道なら……」
そう言って満潮は泣き崩れる。
満潮とて、朝潮に立ち直って欲しいと心から思っているのだ。
しかし自分では何もできないもどかしさに苦しみ、その果ての結論だったのだろう。
「……」
涙を流す満潮の苦悩を知り、羅號は何も言うことができなかった……。
ひたすら長くなった朝潮編。
次回に続きます。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
偵察 その道を探せ 後編
「では、全員トラック泊地へと帰還します」
翌日、調査を終えたサイパン調査艦隊はトラック泊地への帰路についていた。
結果は上々だ。各種資源1000ずつほどを確保できたし、それの輸送を容易にする『超大発』を2隻発見、さらにサイパンから北方に向けての詳細な海図資料が確保できた。
資料では北方からの中継地点の建設を多数考えていたようで、その候補となる島をいくつかピックアップしている。
もちろんただの候補地で別段中継拠点が建設されているわけではないが、北方までの旅の一時的な宿泊地として利用できるだろう。
艦娘といってもずっと海上にいるわけではない。そこはやはり、『艤装を装備した人間』なのである。海上で立ったまま休めるわけでもなく、休憩のための島の位置の確認はやはり重要だった。
そして何より不足していた食糧が確保できたことは大きい。
保存のきく乾パンはもとより、米・干し肉・ラムネといった飲食物、缶詰のフルーツなどもある。さらには缶詰のパンケーキという甘味までそれなりに確保できたのだ。
「これで普通にやれば2ヶ月、節約すれば3ヶ月近くは保ちますね」
物資管理をし、食糧の少なさに危機感を感じていた明石はホッと胸を撫で下ろす。
それらをドラム缶や発見された『超大発』に満載して曳航する。その量は多く、輸送任務経験豊富な駆逐艦である朝潮や満潮のみならず、ローですら運貨筒を引いて物資輸送を行っているくらいだ。
あとはこれらの物資を、無事にトラック泊地へと持ち帰れれば任務完了である。
しかし往々にしてそういう時ほど、ことはうまくいかないものだ。
「……!? ソナーに感!
敵の潜水艦です!!」
羅號からの報告に、艦隊に緊張が走る。
「羅號くん、敵潜水艦の位置は分かりますか?」
「はい……」
艦隊は今、前方に島を見る形で進行中だ。
羅號の高性能なソナーによれば、進行中の艦隊の側面から数隻、そして正面の島に待ち伏せる形で数隻がいるらしい。
「……」
今は艦隊は燃料・弾薬などの可燃物を満載している。
幸いにして羅號のおかげで、それなりに距離がある状態で敵潜水艦を捕捉できた。雷撃距離にまで接近される前に撃沈するようにこちらから迎撃に出たほうがいいだろう。
そう考えた鳥海はその指示を出そうとしたその時だった。
「朝潮、先行します!」
言うが早いか、朝潮は曳航していたドラム缶を切り離すと艦隊の前方、島の方へと加速していく。
「あの娘また独断専行を!?」
止める間もないその行動に、鳥海は苛立たしげにガリガリと頭を掻き毟った。
だが、他の全員が自分に視線を集中させ指示を待っているのを悟るとすぐに冷静さを取り戻して指示を出す。
「……羅號くん、あなたのソナーなら、敵の位置が高精度でわかるでしょ。
満潮ちゃんと一緒に艦隊側面からの潜水艦を叩いて」
「いいですけど……朝潮さんはどうするんですか?」
「向こうはまだ距離があるわ。
まずは近くから。 艦隊の安全の確保が最優先よ」
「わかりました……」
羅號はどこか思うところがあるようだが、鳥海の言葉に素直に頷いた。
「……敵への誘導は任せるわ」
「お願いします、満潮さん」
2人も曳航していた荷物を切り離すと、艦隊から敵の方へと向かっていく。
「ローちゃんも周辺警戒をして。 明石もお願い」
「了解、ですって!」
「それはいいんですが……敵潜水艦を発見したらどうします?
夕張じゃないんですから、さすがに対潜攻撃はできませんよ」
鳥海の指示に、明石はもっともな意見を述べる。残っているこのメンバーには対潜能力はないのだ。
「……そのときには、私が身体で防ぐわ」
鳥海は朝潮や満潮の曳航していた荷物の牽引ワイヤーを引き寄せながら、そんな物騒極まりないことを言う。
「……これ以上敵がいないことを心から祈りますよ」
「それは私も同感ね」
明石と鳥海はお互いに苦笑いをする。
「らーくん、がんばれがんばれ」
一方のローは敵に向かった羅號に小さくエールを送るのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「羅號、敵潜水艦の方位と数は?」
「このまま真っ直ぐ。 数は……合計4隻!」
羅號と満潮は並んで真っ直ぐに進んで行く。そんな2人に魚雷が放たれた。
「満潮さん!」
しかしその魚雷群に向けて、羅號が50.8cm砲を1発放っていた。その砲弾は空中で爆発し、そこから生まれた散弾の雨が魚雷を吹き飛ばす。羅號が榴弾を使って魚雷を迎撃したのだ。
「上出来よ!!」
そのまま直進する満潮の視界に、急速潜航で水中へと逃げようとしている敵潜水艦の姿が見えた。
「馬鹿ね、その先に待っているのは地獄よ!」
満潮はそのまま爆雷投射機でポンポンと爆雷をばら撒いた。
やがて巻き起こる水中爆発、そして浮遊物とともに海を黒く汚す液体……撃沈は確実だ。しかしすべての敵を倒せたかというと自信はない。満潮は水中に向かって、いまだに警戒しながら耳をすませた。
だが、そんな満潮におかしな音が聞こえてきた。
キュルキュルという、スクリューとはどこか違う回転音。
そして……。
「だぁぁぁぁぁ!!」
水中から、そのドリルに敵を貫きながら羅號が勢いよく飛び出してきた。その衝撃に耐えかね、その潜水艦は真っ二つに折れて爆発する。
「あんた……聞いてた以上に無茶苦茶ね」
満潮は呆れたように言った。
羅號が潜航可能な話は聞いてはいたが、思っていた以上に無茶苦茶だ。
敵より深い場所にまで一気に潜り、アップトリム90で敵を真下からドリルで貫くとかもう無茶苦茶である。
「あんた、ほんとは艦息じゃなくてサメか何か? 実はジョーズなの?」
「その言い草はさすがに酷いよ」
まるでホオジロザメの狩りのようだと揶揄すると、あまりの言われように羅號は情けない声を上げた。
その時だ。
「ッ!?」
聞こえた轟音に羅號が顔を向ける。その方角は……朝潮の向かった先だ。その方角をしばし眺めた羅號は、意を決したように頷くと満潮に背を向ける。
「行くの?」
「うん……」
どこに、とは聞かなくても分かる。
「……昨日の夜、私の頼みは全く聞いていなかったのね」
「聞いてたよ。 聞いてたけど……行ってくる。
まだ僕は朝潮さんに何もやってないから……満潮さんみたいにやるだけのことをやってみたいんだ」
「そう……」
それ以上、満潮は何も言わない。それを背中で感じながら、羅號の主機『零式重力炉』が唸りを上げ始める。
そんな羅號の背中に向けて、満潮は絞り出すようにポツリと言った。
「お願い……朝潮を助けてあげて」
「……うん!」
その満潮の言葉に頷くと、唸る羅號の主機『零式重力炉』から生み出された膨大な出力を推進力に変え、羅號は解き放たれた矢のように進み始めた……。
~~~~~~~~~~~~~~~
正面から敵に突撃する朝潮、かなり接近したためかその存在は朝潮のソナーにも感じられた。
「来るッ……!」
雷撃のために潜望鏡深度まで浮上してきた敵潜水艦型深海棲艦、潜水カ級の姿を確認する。それとともに白い航跡を残しながら魚雷が朝潮めがけて発射された。その数は6。
しかし、側面からならいざ知らず真正面から放たれた魚雷だ。しかも航跡が見えにくい酸素魚雷ならまだしも、鮮明に航跡の見える通常魚雷である。落ちつけば回避も迎撃も難しくは無い。
「突撃するわ!!」
朝潮の砲と機銃が正面に弾幕を張ると、それに当たった魚雷が爆発した。身を叩く衝撃を気にも留めず、朝潮はその爆発の中を保身無き前進で突き進む。
今の攻撃は潜水艦の艦首連装魚雷……となれば潜水艦は3隻だ。
対潜用の爆雷をセットしながら朝潮のソナーはその3隻を捉えていた。
しかし……。
ドゴォォン!!
「きゃあ!?」
ヒューという飛翔音、そして至近距離での炸裂音と衝撃が朝潮を吹き飛ばした。
「今のは!?」
海面にしたたかに叩きつけられた身体を起こすと、島の向こうから戦艦ル級、重巡リ級2隻が砲から硝煙をたなびかせている。
それを見て、朝潮は気付いた。
この潜水艦は囮だ。潜水艦によって足止めを行い、島の向こうに隠れた艦隊の砲撃によって仕留めるというのが敵の手なのだ。
そして、朝潮はそんな敵のキルゾーンの中心へと入りこんでいたのである。
「ちぃ!?」
立ち上がった朝潮はすぐに移動しようとするが、連続した砲撃が朝潮の周囲に着弾し移動すらできない。
そして、その1発が朝潮を捉えた。
「きゃぁぁぁぁぁ!!?」
その衝撃で再び朝潮は海面を転がる。そしてすぐに立ち上がるも、朝潮は自分の艤装の異常に気付いた。
「スクリューが……」
今の1発は朝潮の船尾艤装に当たり、スクリューが脱落していた。推進力を失い駆逐艦最大の武器であるスピードを無くした朝潮は、もはや突撃すらできない。
敵の照準はどんどん正確になっていき、、動けない朝潮への直撃は時間の問題だ。
「あ、あはは……」
朝潮はペタンと女の子座りで座りこむと、自らに迫る砲弾の雨を見つめた。
だがその顔は、死が迫りつつあるというのに驚くほど安らかだ。それどころか、どこかその瞬間を待ち望んでいるかのような雰囲気さえ見て取れる。
事実、朝潮にあったのは死の恐怖ではなかった。
「これで、これでやっと終われる……。
荒潮、大潮……今、逝くわ……」
朝潮は微笑みすら浮かべていた。
そんな朝潮に戦艦からの砲弾が、そして潜水艦からの魚雷が放たれる、どこにも逃げ場はなく、朝潮にも逃げるつもりはない。
そして、朝潮はゆっくりと目を閉じる。
巨大な爆発音と水柱がその場に巻き起こった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
……痛みはなかった。
あるいは『死ぬ』というのはそういうものなのかもしれない……そんな風にも思ったが、何かがおかしい。どうにも普通じゃない、なにか温かな感触がする。
そして、朝潮はゆっくりと目を開けた。
すると……。
「!?」
「……大丈夫?」
そこには、あの羅號の姿があった。羅號が自分を前から抱きしめている。
「何を……!?」
何をしている、という言葉は途中で途切れた。それは羅號の背中……艤装部分に黒い煙を見たからだ。
その姿から、朝潮はすぐに向かってきていた砲弾と魚雷のすべてをその背中で受けたのだということが分かる。
「大丈夫? 怪我は無い?」
普通なら轟沈してもおかしくないだけの攻撃、それを背中で受けたというのに羅號はその痛みすらないかのように朝潮の無事を確認してくる。
事実、羅號の表情に苦痛は無い。変わりにあったのは、朝潮の無事にうっすら涙すら浮かべた安堵の表情だ。
「何……で……?」
だが羅號はその言葉には答えず、キッと敵艦隊の方に振り向く。羅號たちが健在なことを知ったのか、敵艦隊からの砲撃が再開された。戦艦ル級と重巡リ級からの砲弾が再び羅號に、そして動けない朝潮へと殺到する。
「何やってるの! 早く逃げなさい!!」
朝潮は羅號に叫ぶ。
自分は最初から死を望んでいるが、それに誰かを巻き込む気など毛頭ない。それにあれだけの攻撃、何度も受けてはいくら羅號といえども持たないだろう。
「……」
「早く!!」
朝潮が再度叫ぶが、しかし羅號は動かない。何故なら、ここで動けば敵からの攻撃全てが動けない朝潮に直撃するからだ。そうなれば、今度こそ間違いなく朝潮は死ぬ。そして、羅號はそれを決して許容しない。
「させない……そんなこと、絶対させない!!」
羅號は何かに突き動かされるように右手を掲げる。そして、羅號は自身でも理解していなかった隠された機構を発動させた。
「磁気シールド、展開!!」
瞬間、羅號を中心として半透明のフィールドが展開された。
その半透明のフィールドに当たった敵の砲弾が、まるで動きを阻害されたかのように勢いを弱めた。
電磁力によって実態弾兵器の運動エネルギーを著しく減退させ、その威力を減退させる特殊フィールドを発生させる能力だ。
そのフィールドによって力を無くした砲弾が、羅號の強力な装甲の前に明後日の方向に弾き返されていく。
『磁気シールド』……羅號自身すら理解していなかったその機能を、朝潮を守るという思いが使用可能にしたのである。
その信じがたい光景に、物言わぬはずの深海棲艦たちに動揺が広がった。そんな動きの止まった敵に、羅號は両肩の50.8cm主砲を構える。
「主砲斉射! 薙ぎ払え!!」
羅號の放った砲弾は狙いたがわず、戦艦ル級と2隻の重巡リ級の装甲を喰い破り轟沈させた。だが、まだ敵潜水艦が残っている。
しかし、そんな2人の脇をすり抜けていく影があった。それは満潮だ。
「こっちは任せなさい」
それだけ言うと、満潮は残った潜水艦を掃討しようと爆雷を投射し始めている。
それを見て、任せて大丈夫と思った羅號は肩の力を抜いて未だに呆然としている朝潮へと向き直った。
そして視線を合わせるため、座り込んだ朝潮に合わせて膝をつく羅號。
「朝潮さん、大丈夫?」
本当に朝潮を心配したとわかる言葉に、朝潮は混乱に陥ってしまう。
あれだけ理不尽な敵意をぶつけた自分を何故助けに来たのか?
何故こんなに自分何かを心底心配したような顔をしているのか?
いろいろな思いがグチャグチャと混ざり合い、最終的に朝潮から出たのは感謝の言葉でもなんでもなかった。
「何で……? 何でなんですか……?
何で邪魔するんですか? 何で私を死なせてくれないんですか……!?
私の気持ちを何も知らないくせに! 知らないくせに!!」
結局、朝潮の口から飛び出したのは、変わらず理不尽な恨み言だった。その言葉に羅號はしばし目を伏せるが、すぐに朝潮を正面から見つめ直す。
「満潮さんから、荒潮さんのことは聞きました。
だから、朝潮さんがもう死んでしまいたいって思ってるのも知ってます」
「だったら……!!」
しかし、そんな朝潮の言葉を遮るように羅號は叫んだ。
「でも僕は仲間に! 朝潮さんに死んでほしくなんかないんだ!!」
そのまま羅號は勢いのままに言う。
「僕はまだ生まれたばかりで何も知らない。 朝潮さんの辛さだって全部はわからないよ。
そんな僕に、何も言う権利は無いのかもしれない。
でも……それでも、生きてください……」
いつの間にか羅號は涙を流していた。
「僕の最初の記憶は、死んだ大和母さんからの遺言なんだ。
『仲間を守って、いつか平和の海を』って……。
僕はどうあっても、大和母さんの遺言を守りたいんだ。
トラックにいるみんなを……守りたいんだ。
だから……お願いですから、生きてください。
僕のわがままを聞いて、生きてください。
自分のために生きられないのなら……僕のわがままのために、僕のために生きてください。
それでもなんでもいいから……お願いです、生きてください朝潮さん。
そのために、僕は命を賭けてあなたを守りますから。
だからお願いです、朝潮さん」
泣きながら、朝潮に何度も何度も生きてほしいと頭を下げる羅號。
「何よそれ……何で……何で泣きながら『生きて』なんて頼むのよ。
やめてよ。
やめてよ! やめてよ!!」
「朝潮さん!」
いつの間にか朝潮も泣いていた。
2人で泣きながら、お互いに訳の分からないことを喚き続ける。
それは互いの純粋な感情の吐露だ。2人は本人たちも気付かないうちに、その心をさらけ出していたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「ん……」
朝潮の意識は心地よいまどろみの中にいた。
ゆらゆらと規則正しく揺れるのはまるで寄せては返す波のようであり、母が我が子をあやすかのような、えもいわれぬ心地よい印象を受ける。すぐそばに感じる暖かい何かが、その印象を加速させた。
こんなに心地いいまどろみはいつ以来だろうか?
そんな風に考えながら、朝潮はそのまどろみに身を委ねる。
すると、それを邪魔するような声が聞こえた。
「うー! あっしー、ズルい!
ろーちゃんもらーくんにおんぶされたい!」
「やめなさい。 というか、お願いだからやめて。
こんなスッキリした顔の朝潮は久しぶりなの。
だからどうか今だけは、今日だけは邪魔しないであげて。
お願い」
「うー……みっしーが、そういうなら……」
「……ありがと」
何やら聞こえたが、まどろむ頭では何の事だか分からない。
ただ満潮が何かしてくれたらしいということは分かり、あとでお礼をいわないと……と朝潮は頭の片隅で思う。
そしてそのまま、朝潮は心地いいまどろみに身を委ねた。
~~~~~~~~~~~~~~~
どこまでも広い海原、朝潮はそこに立っていた。即座に、朝潮は自分が夢を見ていることを悟る。
すると、その朝潮の前に見知った影が現れた。
「荒潮……」
その呟きに、彼女は答えない。しかし、朝潮は構わず続けた。
「……ごめんなさい、荒潮を殺してしまって。
……ごめんなさい、荒潮を殺した私がのうのうと生きてて。
怒ってるよね? 恨んでるよね?
荒潮が望むなら、いつでもこの命を投げ出す所存よ。
でも……」
そこで一度言葉を切った朝潮は、うつむき気味だった顔を上げ正面から荒潮を見つめた。
「もう少しだけ、待ってもらえないかしら?
私に生きてほしいって……私に生きてくださいなんて泣きながら頼む、そんな男の子に会ったの。
その子の泣きながらの頼み……私は断れなかった。
だから……そっちに行くのは、もう少しだけ待ってほしい……」
これはただの夢だ。だから何を言おうが、朝潮も反応は期待していない。
これはただの独白だった。
だがそれでも……夢の中の荒潮はあの頃のまま……一緒に戦い、一緒に笑い、一緒に泣いたあの頃のままの、優しい笑顔で朝潮に微笑みかける。
(がんばって……)
どこからか、そんな荒潮のあの綺麗な甘い声を聞いたような気がした……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「……以上です、報告終わります」
「無事でよかった……」
ここはトラック泊地臨時司令所、鳥海からサイパン調査艦隊の帰還と報告を聞いて、全員の無事に長門はホッと胸を撫で下ろした。
「ごめんなさい、鳥海さん。
朝潮ちゃんのこと、本当なら私がもっと気にかけなきゃいけなかったのに……」
報告を聞いていた夕張はそう言って鳥海に詫びる。
本来なら駆逐艦を率い、統率するのは軽巡洋艦娘の仕事なのだ。しかも朝潮の異常には夕張は羅號を紹介しに行った時点で気付いていたのに、何も出来なかったことを悔やんでいたのだ。
「仕方ありません。
夕張も明石も、このところ忙しくてあの娘にかまう時間はなかったでしょうから……」
あの大敗からずっと、機械修理を得意とする夕張と明石は働き詰めである。その上で、駆逐艦娘たちの心のケアまではさすがに手が廻らないということは鳥海も理解していた。
そして鳥海は続ける。
「それに感謝なら羅號くんにしてあげてください。
今回も全員が無事で帰れたのは羅號くんのおかげです。
羅號くんがいなければ犠牲者が、よしんば轟沈がなくとも朝潮ちゃんの心が確実に死んでいましたから……」
「羅號くん……本当に凄い子ね」
しみじみと夕張は言う。
そんな中、長門は含みを込めてニヤリと笑いながら言った。
「鳥海はどう見る?」
「態度が今までとまるで違いますし、なんでも『俺のために生きろ』とかプロポーズまがいのことまで言われたらしいですよ。
朝潮ちゃん本人がその感情に気付いているか分かりませんが……私の計算では、朝潮ちゃんも羅號くんに心奪われてますね。
まぁ、ただの吊り橋効果とも言えなくもありませんけど」
そう言ってクイッとメガネを直して鳥海が笑うと、長門も堪らないといった感じで笑った。
「そうか。 ローに続いて、か。
結構結構。
あの大和の息子だ、男としてそのくらいの度量がなければな」
「風紀を乱されても困りますけどね」
口では長門をたしなめるようなことを言う鳥海だが、その目は笑っている。
ここにいる全員、羅號のことも生き残った艦娘たちのことも弟や妹のように思っている。この殺伐とした状況の中で、そんな羅號や少女たちの関係は見ていてほっこりする癒しなのだ。あの子たちの関係を温かい目で見守りたいと思う。
「……」
そんな羅號関連でほっこりする首脳陣の中にあって、ただ一人明石だけが報告書を見ながらずっと黙って思案を続けている。
「どうした明石? 何か懸念があるのか?」
「……いえ、物資もかなり手に入りましたし、食糧の問題も解決しました。
羅號くんも……これまた常識外れの『磁気シールド』なんてもの……いわゆるバリアを使って朝潮ちゃんを守りました。
これらの能力を使う羅號くんの存在は、これからの旅には非常に心強いんですが……」
そう言って、明石はガリガリと頭を掻く。
「……長門さん、三国志とか戦国時代とかの歴史ものは好きですか?」
「ああ、好きだぞ。
英雄英傑同士がぶつかり合い、しのぎを削るというのは読んでいてワクワクするからな」
「ええ、私も歴史は好きですよ。
だからこそ分かるんですが……人類の歴史ってものは面白いもので、世界は『1人勝ち』を決して許さないんですよ。
三国志なんて綺羅星のように同じ時代に英雄英傑の揃い踏みです。
戦国時代だって織田信長には今川家や石山本願寺や三好家、毛利家などがその天下を阻むように立ち塞がりますし、有名な上杉謙信と武田信玄みたいな例もあります。
世界に唯一無二は存在しない。 必ず、同じ時代に『並び立つ者』が存在するんです。
……羅號くんは確かに凄い。 間違いなく、世界最強の戦力です。
じゃあ……その羅號くんに『並び立つ者』は、恐らくそれと同レベルですよ。
そんなものが私たちの前に立ち塞がったら……そんな風に思ったんです」
「「「……」」」
ブルリと身を震わせる明石。
彼女の真剣な様子に、長門たち3人はそれをただの杞憂だと笑い飛ばすことは出来なかった……。
ひたすら長くなった朝潮編終了です。
朝潮かわいいよ朝潮。
羅號の能力『磁気シールド』がアンロックされました。
着々と決戦のためにレベルアップしてきています。
とはいえ羅號として無くてはならないあの機能のアンロックがまだなんで、今かち合うと確実に羅號が負けるという……。
次回はちょっとした骨休め回。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第五話
航海 北方への旅路 前編
そうして、私たちトラック泊地残存艦隊の北方への旅は始まりました。
大量の物資を曳航しながらのため、艦隊速度は輸送船団並みのゆっくりとした旅でしたね。
サイパンで手に入った中継地点建設候補の海図……おかげで小さな無人島の位置がいくつも分かり、そこを経由しながらの旅です。
敵の哨戒機に見つからないようになるべく夜闇に紛れて移動し、無人島に停泊して整備と休養……それを繰り返しながら私たちは北上を続けました。
その旅は思わぬほど順調でしたよ。
無論、私たちも警戒を続けていましたが、後方からの追手は無し。明石も夕張もいるから整備の方も万全、食糧や物資にも余裕があったおかげでしょうね、小さなあの子たちにも笑顔が戻ってきていました。
……今だからこそ分かる話ですが、あの時の南方戦線の深海棲艦隊は南方から本土への圧力をかけるように命令されていました。艦娘の撃滅は二の次です。
だから、私たちのことを必要以上に追撃してこなかったのでしょうね。
とにかく、そんな目に見えない幸運に助けられたこともあって、私たちの旅路は思いもよらぬほどに順調でした。
不気味なほどに、まるで……『今のうちに楽しんでおけ』とでも言うようにね。
さてこれで北方に抜けられる……そんなところまで進んだ時ですよ、『前方』に深海棲艦の大艦隊を確認したのは。
まさかまさかでしたね、『後方』ではなく『前方』にあんな大艦隊がいるなんて。あれは完全に計算外でした。加えて航空偵察ができたのが私と長門さんの夜偵と零観だけで圧倒的にその数が少なく、そのほとんどを後方からの敵に注意を払っていた私たちのミスでもあります。
……これも今だから分かる話ですが、あの北方に展開していた大艦隊は『あの人たち』を待ち伏せていたんですね。そこに運の無い私たちが、丁度飛び込んでしまったということなんですが……。
とにかく、私たちにとっては絶体絶命でした。敵の偵察機にも発見されてましたし、こちらの艦隊速度では逃げ切れるものでもありません。
それこそトラック泊地を襲ったのと同レベルの敵艦隊です。あの時は本気で全滅を覚悟しましたよ。
でも……やっぱりまた、羅號くんがやってくれました。
何をやったのか……詳細のほうはご勘弁を。私にも立場と言うものがありますし、下手をすれば羅號くんに非が及ぶ可能性もあるので。
ただ……そうですね、青葉さんは映画は好きですか?
……ええ、私も映画は大好きです。
それで昔、子供の頃にビデオで見た『スーパーマン』という映画があるんですが……これで恋人が死んだ時なんですが、地球を逆回転させて時間を巻き戻すというシーンがあるんです。
子供だった私でも、随分むちゃくちゃな力技だなぁと呆れたものです。
……その時の羅號くんのやったことを聞いた私たちの反応は、まさしくそれでしたよ。
本当に、あの子は間違いなく大和さんの息子ですね。
落ちついた佇まいのくせにやることは案外にも脳筋全開、全力の力技で何でも解決という辺りが本当にそっくりですよ。
――――――筆頭参謀『鳥海』へのインタビューより抜粋
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
ヒュー……
空を裂く、ともすれば悲鳴にも似た甲高い飛翔音。そして響く爆発音とともにクレーターが形成される。それは戦艦級の深海棲艦隊からの艦砲射撃だ。
まさに『弾雨』と表現できるほどに濃密なそれは、地上を絶え間なく耕していく。
同時に、空に広がる黒い点……深海棲艦側の航空機が、その腹に抱えた爆弾を投下していく。
爆弾がさく裂し、巻き起こるのは衝撃波。それは一切合財を等しく吹き飛ばしていく。
そのすべてが終わった時、そこに残っていたのは完全に焼け焦げた大地と、元が何だったのか判別の付かない瓦礫だけだ。
ここに南方戦線の要衝と言われたトラック泊地は完全に壊滅したのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
トラック泊地は完全に地上から消え去った。
では、そこに所属していた生き残りの艦娘たちも、その業火の中に沈んでしまったのか?
もちろん答えは『否』である。
「……どうやらトラック泊地は敵の攻撃で完全に破壊されたようです。
敵さん、贅沢な艦隊演習をしてくれたようですね」
回収した零観の妖精さんからの報告に、鳥海はため息をつく。
「そうか……分かっていても、慣れ親しんだ場所が無くなってしまったというのは悲しいな……」
長門はしばしの間、黙祷するように目を瞑る。その脳裏には戦友たちとの思い出が去来した。
ここは、あのサイパンの中継基地建設予定地だ。
実はサイパンへの調査任務のすぐ後から、トラック泊地の面々はすぐに北方への移動を開始していたのだ。
発見された『超大発』、そして夕張が廃材から造った即席の輸送用イカダ、そして駆逐艦お得意のドラム缶……それらに持てる限りの食糧や物資を満載してトラック泊地を脱出したのが4日前。そしてトラック残存艦隊はこのサイパンへと移動していたのである。
司令部兼宿舎として使っている作業員用のプレハブ、そこに明石と夕張が入ってきた。
「長門さん、鳥海さん。 整備の方は終わりましたよ」
「ご苦労。 どうだった?」
「もうばっちりです。 いつでもまた出港できます」
全員の艤装や物資の運搬に使った『超大発』、それにイカダなどのチェックを行っていた明石はサムズアップで問題ないことを伝える。
その答えに長門は満足そうに頷くと、今度は夕張へと水を向ける。
「夕張、あの子たちの様子はどうだ?
休めているか?」
あの大敗から早いものでもう2週間以上、その間全員が休みなく働き詰めの状態だ。
だが、これから本格的な北方への旅は極度の緊張と困難が予想される。
しかも当然ながら治療用の『メディカルポッド』は運ぶことはできず、出来るとすれば明石の『泊地修理』頼みである。
それは中破判定以上の損傷を受けた場合、その怪我が治せないということを意味していた。今まで以上に一瞬の油断が命取りになりかねない危険で困難な旅である。
そのため、そろそろこの辺りで全員一度、本格的な休養をとった方がいいという結論に至ったわけだ。
そして今夕張は淡い緑のワンポイントの入った競泳水着姿で、子供たちの引率をしているわけだが、ポリポリと頬を掻いて苦笑するばかりだ。
「……どうした? 何か問題でもあったのか?」
「いえ、それがですね……」
何事かあったのかといぶかしむ長門に、夕張は子供たちの様子を話しだした。
~~~~~~~~~~~~~~~
「綺麗な砂浜……」
目の前に広がるのは、澄んだ海と白い砂浜。
ここはサイパンの砂浜である。自然のままのその風景は、まるで白い宝石のような輝きを放っていた。
今の羅號の姿はいつもの大和にどこか似たような短パンに艤装という格好ではない。ブリーフタイプの水着にパーカーという、完全な海水浴スタイルである。艤装の変わりに大量の荷物を背負い、パラソルを手にしていた。
いつもの艤装もかくやというレベルの荷物だが、文句の一つもでない辺りそこは男の子である。手にしたパラソルが何となく大和とダブる辺り、そこはやはり大和の息子であった。
何故羅號がこんな恰好かというとそれもそのはず、今日は羅號たちは夕張の引率で海水浴に来ているのだ。
年がら年中、海を舞台に戦うのが仕事の艦娘と艦息である羅號たちが今さら海水浴などと思うかもしれないが、そこは艤装を使っての航行と水泳とではまったく違う。それに仕事とは違う海水浴は十分なストレス発散の手段だ。
そんなわけで彼らはリフレッシュのために砂浜まで来たわけである。
「ふぅ……」
しばしその自然の美しさに目を奪われる羅號。
すると、後ろから声がかけられた。
「おっまたせ、羅號くん!」
そこにいたのは水着姿の夕張である。淡い緑のワンポイントの入った競泳水着に身を包んだ夕張はスラリとしており、その美貌もあってもしもここが一般人でごった返す普通の海水浴場だったらひっきりなしに声をかけられたこと間違いなしだろう。
ただし、残念なことにその胸は平坦だった。
「……何かしら、ものすごく失礼なこと考えてる気がするんだけど……?」
「ひぅっ!?」
夕張から滲み出るような怒気にあてられて、思わず羅號はすくみ上がる。しばしの後、夕張は肩をすくめた。
「まぁ、羅號くんとしては私の水着姿なんてどうでもいいものね。
他の娘たちの水着が気になって仕方ないんでしょ?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「それじゃお披露目よ!」
羅號の言葉を無視して、夕張が勿体つけたようにバッと身を横に移すと、途端に影が走り込んでくる。
「らーく~~ん!!」
「うわっ!?」
勢いそのままに羅號に飛び付くように抱きついてきたのはローだった。
しかし、ローの姿はいつものスクール水着ではない。ローが身につけていたのは白い色の眩しい、いわゆる『白スク』であった。
ローの健康的な小麦色に焼けた肌に水着跡の白い肌、そのコントラストに『白スク』は新しいアクセントを加えており、眩しいほどに何とも言えない魅力を解き放っている。
「どう、らーくん?
マル・ユーの着てた水着なんだけど、似合ってますか、ですって」
「もちろん。 ろーちゃんすごく可愛くて似合ってるよ」
「えへへっ。
羅號にいつもとは違う水着を褒められてローは満面の笑みだ。そのまま、狼というよりはまるで子犬のように羅號にスリスリしようとするのだが、ローの背後から伸びた手がその首根っこをムンズッ、と掴み引き剥がす。
「羅號が困ってるじゃないですか、離れなさい!」
それは朝潮だった。その姿はいつもの服装ではなく、紺色のスクール水着である。白いゼッケンに書かれた「おしさあ」の文字が眩しい。
こちらも歳相応とも言える格好になり、自分に厳しく日頃から身体を鍛えている朝潮の引き締まった身体のラインがくっきりと浮き出ており、ローに負けず劣らずの人を惹きつける奇妙な魅力を放っている。
そんな朝潮に邪魔されたローは不満そうに口を尖らせた。
「う~~。 あっしー、何するの?」
「何って、荷物を持ってる状態で飛び着いたら羅號が迷惑でしょ!
よく考えなさい!」
朝潮にピシャリと言われてローは羅號に尋ねた。
「らーくん、ろーちゃん迷惑だった?」
可愛らしく、上目使いで尋ねるロー。
そんな風に言われて『迷惑だ』などと言える男が果たしてどれだけいるのだろうか?
もし彼女がこれを狙ってやっているとしたら相当の小悪魔である。
「べ、別に僕は大丈……」
ローの上目使いに負け大多数の男と同じく『別に大丈夫』と言いかけた羅號に、朝潮がギンッ、とでも擬音の付きそうなくらい鋭い視線を送って黙らせた。
「羅號もそこはしっかり言いなさい。
甘やかしていてはローのためにもなりません」
「でも、朝潮さん……」
すると、再び朝潮からの鋭い視線が飛んだ。
「言ったはずですよ。 私のことは呼び捨てでいい、と」
前回のサイパンへの調査任務で羅號に助けられてから朝潮は変わった。
羅號によって助けられたことで、朝潮はもう死に急ぐようなことはしないと羅號に約束していた。そして、そんな自分を助けてくれた羅號に名前を呼び捨てにしてほしいと言っていたのだ。
羅號としては朝潮が前向きになってくれて、そして自分を仲間と認めてくれたのだと一連の朝潮の変化を喜んでいたが、そう思っているのは羅號本人だけである。
他の全員が、朝潮の変化の中に含まれる感情に敏感に気付いていた。その辺りの勘の鋭さはさすがは『女』である。
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくていいですから、正しく言い直してください。
ほら」
「あ、朝潮……」
まだ慣れず、ちょっとぎこちない感じだが羅號が朝潮の名前を呼ぶと、朝潮は少しだけ微笑んで満足そうに頷いた。
「荷物、手伝います」
「ありがとう、朝潮」
「ろーちゃんも手伝いますって」
「ろーちゃんもありがとう」
朝潮とローの2人が羅號の背負う荷物を受け取り、テキパキと広げ始める。
そんな朝潮の後ろ姿に、羅號はふと思い出したかのように言った。
「朝潮も水着、似合ってるね。
いつもと違う格好ですごく可愛いからドキドキしちゃった」
その言葉にガタリと派手な音を立てて、作業の手が止まる朝潮。
「な、何を言うのよ……」
「あっしー、顔真っ赤だよー」
「う、うるさいわね! ローだってさっきまで同じような顔してたでしょうが!」
「もう、あっしーの怒りんぼさん。 うれしいです、って正直に言えばいいのに」
「うるさいうるさい!」
そんなことを言い合いながらも作業を続けるローと朝潮。そして、そんな3人を何とも言えない目で見る満潮と吹雪。
「……朝潮が元気になったのはいいけど、何なのこの甘ったるい空間」
「あ、あはは……まぁ、仲が良くていいんじゃないかなぁ」
「それはそうだけど、代わりに私らが死ぬわよ。
主に糖尿病で」
「うん、それは同感」
一方の秋雲はいいネタが手に入ったと笑いながらスケッチをする。
「さすがギャルゲー主人公体質だねぇ、らごやん。
あのお堅い『忠犬』が、もう『愛玩犬』になっちゃって尻尾フリフリしちゃってるじゃん。
いやぁ、ネタがたぎるたぎる!」
どうやら今日も秋雲は平常運転らしい。
とにかく、そんな感じで海水浴は始まったのだが……。
「あはは、それ~!」
「わぷっ!? やったね、ろーちゃん!
って、うわっ!?」
「油断大敵です。 小さな損傷が命取りになることもあるのよ」
「朝潮まで!? もう、このこの!!」
「きゃ~~、らーくんが怒ったぁ~~」
「さすが大型艦、凄い水量。 でも!」
水辺で楽しそうに笑いながら水をかけ合う3人だが、残り3人は砂浜にいた。
「……吹雪、あんたせっかくの海水浴なんだから泳ぎなさいよ」
「満潮ちゃんこそ泳ぎに行ったら?」
「無茶言わないで。 あの空間に近づけなんて、どんな地獄よ。
近付くだけで砂が無限に吐けそう」
「……私、ちょっと向こうまで潮干狩りに行ってくるね」
「……私も付き合うわよ。 というかお願いだからこの空間に置いていかないで」
色々悟ったような顔で潮干狩りに行く吹雪と満潮、そして変わらずスケッチを続ける秋雲。
同じ明るい太陽の下、しかしそこにはあまりにも大きな温度差が生まれていたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「と、まぁこんな感じよ。
それで昼食のバーベキューの準備に入ったから呼びに来たんだけど……」
そんな話を引率の夕張から聞いた長門・鳥海・明石は顔が引きつるのを止められなかった。
「夕張……今の話を聞いたうえであの子たちのところに行くというのは中々に難易度が高いぞ」
「それは私もわかってますけどね、じゃあみんな昼食抜きにします?」
『食べる』というのは軍隊生活の中では数少ない娯楽の一つだ。せっかくリフレッシュしようという趣旨なのに、その貴重な娯楽の一つをいちいち潰すような選択肢はない。
「長門さんも鳥海さんも、『赤信号 みんなで渡れば怖くない』といいますし……」
「それ、普通に全員轢かれるだけですからね」
「……ここまで来たのだ、何であろうと皆で一緒に乗り越えるぞ」
長門・鳥海・明石はお互いの結束を高めて頷きあう。そんな3人に夕張は困り顔でポリポリと頬を掻いた。
「さすがにあの子たちだって食事中くらいは自重するでしょ?」
「だといいがな……」
一抹の不安を覚えつつも、長門たち4人はバーベキュー会場へとやってきていた。そこでは……。
「うー! らーくんはろーちゃんの獲ってきたお魚の方が好きだもん!」
「羅號は男性なんだから、私の獲ってきたお肉の方が気に入るに決まってます!」
バーベキューの網の前に、ローと朝潮がなにやら言い合っている。
頬をぷくぅ、と膨らませながら言い合う2人はケンカというよりも可愛らしくじゃれあっているようにも見えるのだが……2人の手にした、血のついたナイフがその可愛さすべてを台無しにしていた。
そして、そんな2人を頭を抱えた吹雪と満潮が見ている。
「2人とも、これはどういうことだ?」
「ああ、長門さん。 実は……」
長門に問われ、困り顔で吹雪が説明を始めた。
ことの始まりはバーベキューの準備となった時、ローが素潜りで見事な魚を仕留めてきたことだという。さすがは潜水艦娘、艤装なしでも水中は彼女の世界だ。
その現役の海女さんもはだしで逃げ出す潜水能力で次々と魚や貝を獲ってくるロー。そんな彼女に、朝潮が対抗心を燃やしてしまったのである。
「あの朝潮がそんなくだらないことで対抗意識を?」
「それは普通なら朝潮だってそんなことはなかったですよ。
でもね……あの天然系バカ男が燃料を投下しちゃったんですよ」
いぶかしむ鳥海に、満潮は肩を竦めて言った。
「……羅號はなんて言ったんだ?」
「……実際は大したことじゃないんですけどね。
『ろーちゃんが獲ってきてくれたものだとますます美味しそう。楽しみにしてるね』
……そう言ったんですよ。 しかもすごくいいスマイルのおまけつきで。
普通ならなんてことない話のはずなんですが……ろーちゃんと朝潮ちゃんにはニトロ並だったみたいで、ハッスルしちゃったんです……」
吹雪もどう言ったものかという顔で説明する。
対抗意識を燃やした朝潮だが、さすがに水中ではローの足元にも及ばない。
そこで朝潮はナイフ1本片手に森の中に入って行った。そしてしばしの後、朝潮は仕留めた動物を引きずりながら戻ってきたのである。
「それが……あれか?」
パッと見ではイノシシかと見えたそれだが、よく見れば豚らしい。どうやら外部から持ち込まれたものが野生化してしまったもののようだ。
トラック泊地時代に、陸軍所属のあきつ丸から各種サバイバル技術を学んでいた朝潮によって見事に解体されている。
「……まぁ、肉は燻製なりでこれからの旅にも持っていける貴重な食糧だ。
何も文句はないのだが……」
長門がチラリと見てみると……。
「はい、らーくん。 ろーちゃんの獲ってきたお魚食べて食べて。
はい、あーん」
「羅號、男性なんだからお肉の方が好きですよね。
私の獲ってきたお肉です。 どうぞ」
「え、あー、うーん……」
左右からローが焼いた魚と、朝潮が焼いた肉を差し出してくる。
普通に見れば両手に花の羨ましい状況であるのだが……羅號本人はそんなこと楽しむような余裕などない。羅號は本能的に、ここでの食べる順番だけで何かが起こりそうだということを理解できたからだ。
そしてしばしの後、羅號は意を決したように口を開く。
「え、えい!」
そして器用にも差し出された魚と肉を同時に食べたのである。その健啖さはさすが大和の息子、といったところか。
「お、美味しいよ2人とも」
ちょっと汗しながらの羅號の言葉に、ローと朝潮は満足そうに笑みを見せる。その花咲くような笑顔は同性である長門たちから見ても綺麗だと思え、『これが恋の力か』などと思ったりする。
「……というか今、明らかにどちらかの名前を先に出すのを避けましたね」
「物凄い危機回避力ですねぇ……」
そんなどうでもいいことを鳥海と明石は感心したように頷いた。そして、夕張は長門たちに頭を下げる。
「……ごめんなさい、みんな。
あの子たちが自重とか、ちょっと夢見過ぎてたみたい」
「まぁ、仲良いことは良いことなのだが……」
今度は長門が困ったようにポリポリと頬を掻いた。
「それで、食事はどうする?」
暗に『あの3人と一緒に食べるのか?』と目で問うと、何故か吹雪と満潮が頷いた。
「ご安心ください。 実は満潮ちゃんと一緒にもう一つ網を用意しました」
「でかしたぞ、吹雪、満潮!」
トラック首脳陣は吹雪と満潮の有能さを噛みしめながら、魚介と肉のちょっと豪勢なバーベキューを楽しんだ。
ちなみに秋雲はというと、羅號たちの網で悠々とバーベキューを楽しんでいた。
「このぐらいの空気、余裕でスルーできないと創作活動なんてやってらんないよ」
……実は秋雲はとんでもない大物なのかもしれない、とトラック泊地の面々は認識を新たにしたという……。
ろーちゃんと朝潮ちゃん、かわいいです。
天使かッ!?
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
航海 北方への旅路 後編
今回は再び羅號のトンデモ炸裂。あっ、いつものことか……。
そして最後に、この物語が大きく動きます。
サイパンでの十分な休養をとったトラック残存艦隊は、いよいよ本格的な北方への旅に入った。
大量の物資・弾薬・燃料を満載しての旅路である。少しでも敵に発見される危険性を減らすため、移動は基本的に夜が中心だ。
なるべく夜のうちに距離を稼ぎ、昼間は島などに身を隠しながら整備と休養の繰り返し。
その艦隊速度は遅く、ゆっくりとした旅だ。
その速度の遅さから、長門たちは後方からの追撃部隊が追い付いてくることを懸念して長門と鳥海は飛ばせるだけの零観と夜偵を飛ばし警戒していたが……しかし、幸いにして敵艦隊からの追撃はなかった。
そのためだろうか、今まで張りつめていた緊張感がゆっくりと解けていくように子供たちに笑顔が戻っていく。
無論、長門を始めとする大人組は「油断をするな」と緊張感の保持に努めていたが、彼女たちも子供たちに笑顔が戻っていく様子は歓迎しており最低限の注意に留めている。
その順調さから、「もしかしたらこのまま何の問題もなく
そして……彼女たちに問題が起きたのは、まさにそんな時だった。
~~~~~~~~~~~~~~~
夜の闇の中をトラック残存艦隊がゆく。
南方とは違う澄んだ空気のためか月は明るく、無灯火でも静かな海をよく見渡せる。そんな星空を、羅號は航行しながら眺めていた。
それに気付いたローが、羅號に並ぶと話しかけてくる。
「らーくん、どうしたの?」
「うん。 遠くまで来たんだなぁ、って思って。
トラックとは空気が違うし、潮の香りだって違う。 星の輝きも違うや。
僕、こういうの初めてだから」
そう言って照れ臭そうに頭を掻く。
隔絶したその戦闘能力のせいで忘れがちではあるが、羅號はトラックで生まれたばかりである。そのため人生経験というものはトラックからこっちの短い期間でしかない。羅號にとって、この北の海は未知の発見に溢れていた。
そんな羅號に、ローはうんうんと頷く。
「らーくんの気持ち、とってもよく分かりますって。
ろーちゃんもドイツからこっちに来た時にはたくさん驚いたもん」
「北方は寒いから空気が澄んでるっていうのは聞いてたけど……その割には海はあんまり冷たくないんだね」
羅號は興味深そうにパシャパシャと足元の水を跳ね上げる。それは思ったほどに冷たくはなく、それどころかどこか温かいとまで感じた。
すると、今度は朝潮が羅號に並んで話しかけてくる。
「それは海底火山のせいです」
「海底火山?」
羅號の言葉に、朝潮は頷く。
「この周辺は活発な海底火山地帯で、その熱のために海水温が高くなっているんです」
「すごーい、あっしー。 物知りさんなんだね」
「朝潮、すごいよ!」
「こちらに来る前に、サイパンにあった本で少し予習しておきました。
だから実際に見るのは初めてで、『畳の上の水練』の状態なんですけどね」
あくまで付け焼刃の知識だと言いながらも褒められて嬉しいのか、朝潮は照れたように頬を掻く。
それを後ろで見ていた秋雲・吹雪・満潮の3人は、朝潮にピョコピョコ揺れる犬耳としっぽを見たような気がした。
そんなどこか観光めいた雰囲気……しかし、その雰囲気は長門の声で打ち壊された。
「なんだと!? それは確かなのか、鳥海!!」
その声に驚いた羅號たちが視線を向けると、トラック首脳陣4人が集まっている。
尋常ではないその様子に、羅號たちは何事か良くないことが起こったことを敏感に察した。やがて、すぐに全員集合するように声がかかったことでその嫌な予感は確信に変わる。
「全員、落ち着いて聞いてくれ。
先ほど鳥海の夜偵がこの先の海域に深海棲艦の大艦隊を確認した。
その規模は……あの日のトラック襲撃並みだ」
「「「「っ!!!?」」」」
長門のその言葉に、全員が息を呑む。全員にとってあの日の地獄のトラック泊地はトラウマものだ。それと同程度の敵が近くにいると言われれば、今までの平和な感覚も一発で吹き飛ぶ。
「みんな落ち着いて!」
ざわざわと騒ぎ出す中、夕張が手を叩き全員を落ち着かせる。
「鳥海、周辺の海図は?」
「一番近い身を隠せそうな島は……ダメです、夜のうちに辿り着ける距離じゃありません」
「……それでも行くしかあるまい。 幸いなことに敵はこちらには気付いていないからな。
全員、進路変更! 手近な島に退避するぞ!!」
そうして艦隊が夜の闇の中で進路を変えようとしたその時だった。
「対空レーダーに感!!」
「何ッ!?」
羅號の指す方を仰ぎ見れば、チカチカと黄色く光る敵の夜間偵察機の姿があった。
「羅號、やれ!!」
「はい!!」
長門の声とともに長門と羅號の砲が同時に轟音を響かせる。
装填されていた対空三式弾が花火のように炸裂し、敵の夜間偵察機が火の玉になって吹き飛ぶ。
「……鳥海、どうだ?」
「……電波は発信されていません」
その言葉に、ホッと長門は胸を撫で下ろす。現段階では、こちらの正確な情報が敵に渡ってはいないということだ。
「でも、そんなもの一時しのぎですよ。
未帰還機がある以上、その周辺に何かあるのは間違いないですから。
夜が明けたら本格的な敵機の偵察機隊が来襲しますよ。
そうすれば遠からず、攻撃隊もこちらに差し向けられるでしょう」
「わかっている」
夕張のもっともな言葉に、長門は苦虫を噛み潰したような顔をして思案する。
「明石、燃料や食料はどのくらい保つ?」
「燃料・食糧ともにまだ備蓄は十分ですよ。 多少の廻り道ならどうにでもなります。
ただ……投棄はおすすめしません。
必要分以外を投棄したとしても艦隊速度はそれほど劇的には上がりませんから」
「こちらが島に身を隠すまで、敵の目が節穴であることを祈るしかないというのか……」
このままでは夜の闇という守りが無くなった途端、敵の攻撃機隊が殺到するだろう。艦隊速度も遅く、可燃物満載の今の艦隊がそんな攻撃を受ければ間違いなく全滅だ。
「らーくん……」
「羅號……」
ローはいつの間にか、不安そうに羅號の手を握っていた。
朝潮も気丈にしているが、その肩が小刻みに震えているのに羅號は気付く。あの日のトラックの光景を思い出しているのかもしれない。
「……」
「らーくん……?」
「あっ……」
羅號はローと朝潮の手をギュッと握って一度頷くと、手を放して2人から離れていく。その視線の先では、長門たちが未だ喧々諤々の話し合いの真っ最中だ。
「だからこの長門が別方向に進出し、敵を誘引すると言っているのだ!」
「北の海で脳が塩漬けにでもなったんですかあなたは!
馬鹿も休み休み言ってください! そんな事すれば確実に死にますよ!!
それに敵だって馬鹿じゃない、戦艦一隻がこんなところでウロウロしてるわけないと考えて、確実に周辺に捜索を広げます。
あの数を相手に誘引も何もありませんよ! ただの無駄死にです!!
ここは全員揃って退避すべきです!!」
「だが……!!」
「ああもう! 夕張、明石!!
この分からず屋の頭、スパナとレンチでぶん殴って修理してよ!
私もハンマーでぶっ叩くの手伝うから!!」
「了解よ!」
「長門さんはちょっと修理が必要そうですね、っと!!」
「夕張! 明石! 離せッ!!」
どうやら長門が退避までの囮を買って出て、鳥海たちが必死で止めているようだ。
そんな彼女たちのところにやってきた羅號は言った。
「僕が……行きます!」
その言葉に、言い合っていた長門たちも動きを止める。
「羅號、お前……」
「僕の速度なら、夜明け前に敵艦隊にぶつかることができます。
そうすれば混乱で、こっちへの追撃は難しくなるでしょう。
対艦・対空能力だって僕はみんなよりずっと高い。おまけに……僕には『水中潜航能力』と『磁気シールド』があるんです。
少なくとも、敵艦隊がみんなを追う余裕が無くなるくらいには引っ掻き廻してみせます!」
羅號の言葉は正しい。
このまま夜明けを迎えれば、敵の大規模な航空隊の攻撃を受ける。羅號がいたとしても航空戦力が無いトラック残存艦隊が対空砲火だけでその猛攻を防ぎきれるはずは無い。艦隊の被害は甚大なものになるだろう。
だが現段階では敵偵察機はトラック残存艦隊の正確な位置を発信する前に撃墜された。敵はトラック残存艦隊の位置を『向こうの方』という大まかな方位でしか把握できない。それどころかまだ偵察機が撃墜されたことにも気付いていない可能性は十分にある。
それに対して、こちらは鳥海の夜偵によって敵艦隊の位置をほぼ正確に掴めていた。このアドバンテージを生かし足の遅い艦隊を守るためには、『攻める』ことが最良なのは分かっている。しかし、問題なのはその『攻める』ことができるのが羅號ただ1人だということだ。またすべてをこの小さな少年に丸投げして背負わせ、たった1人で敵の大艦隊に突っ込ませるということなのだ。
戦場に『絶対』など無い。いかに羅號が隔絶した性能を誇ろうとも、だ。
羅號は『最強』を超えた『究極』の艦息だが、決して『無敵』の艦息ではないのである。
だからこそ長門を始めとした大人たちは、大人としての良識と良心によって羅號の言葉が正しいと分かっていながらも頷けない。
しかし、羅號は変わらぬ笑顔のまま続けた。
「大丈夫、僕は沈みません。
だからお願いです。
みんなを守るために……僕を行かせてください!」
「……わかった」
その真っ直ぐな視線に貫かれ、しばしの後に長門は頷く。
「羅號、これより敵艦隊に対し奇襲攻撃を行い、艦隊退避までの時間を稼げ!」
「了解です!」
ビシリと綺麗な敬礼をとった羅號は、キビキビとした動きでまわれ右をした。
その羅號の背中に、長門は声をかける。
「羅號……お前の任務はあくまで奇襲と時間稼ぎだ。
絶対に、絶対に無理をするな」
「分かっています、長門さん」
そう答える羅號の元に、今度はローと朝潮がやってきた。
「うー、らーくん……。
その……気を付けてね、って……」
「よもやあなたが遅れをとるとは思わないけど……それでも気を付けて」
「心配してくれてありがとう、2人とも。
でも僕は大丈夫だから。 みんなこそ退避完了までは気を付けて」
そう言って2人を手で制して離れさせると、羅號の主機である『零式重力炉』が唸りを上げ始めた。
「万能戦艦『羅號』、出撃します!!」
巨大な波を立てながら羅號が海を滑り出す。その速度は最大級の大型艦であるにもかかわらず誰よりも速い。
あっという間に夜の闇に消えていく羅號、その背中を長門たちは誰からとも言わず敬礼を持って見送ると、手近な島への退避のために進路を変えたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「……レーダーに感。 敵大規模艦隊、発見」
夜の闇に隠れながら、羅號は敵の艦隊をレーダーに捉えていた。
その陣容は凄まじく、ル級・タ級の戦艦級はすべてエリートタイプ、正規空母ヲ級に至ってはフラグシップクラスが混ざる。
それを、それこそ海を染めるかのように駆逐・軽巡級の艦が廻りを固めていた。まさしく、威風堂々たる大艦隊である。
羅號は高性能なレーダーと夜の闇のおかげで、未だに敵艦隊には気付かれぬ位置でそれを観察していた。
だがこれ以上接近すれば確実に気付かれるだろう。それは潜航能力を使って水中を行ったとしても同じだ。羅號ほどでないにしろ、深海棲艦の対潜部隊はかなり性能のいいソナーを装備している。
「さて……」
羅號はその潜航能力で海中に身体のほとんどを沈めながら敵情を観察しながら思案する。
途方もない大艦隊を前にしても、羅號はそれほど危機感はなかった。
それというのも油断さえなければこの大艦隊を前にしても立ち回ることができるというのが分かるからだ。ここ最近では『潜航能力』や『磁気シールド』など、自分自身の能力を徐々に把握しつつあることで、この自信は自惚れでなく確信を持って言える。だから単純な時間稼ぎだけなら、今すぐ完全浮上して敵に突っ込んで行けば事足りるとも考えていた。
ならば、羅號は何を今思っているのか?
「少なくとも、空母だけは逃がすわけにはいかない……」
攻撃半径と索敵距離が広い空母は艦隊にとって脅威だ。特にトラック残存艦隊は航空戦力が皆無なのである。いかに羅號の対空能力が優れていてもそれにだって限界はある。だからこそ艦隊の安全のためには、この奇襲で最低限空母だけはすべて艦載機発着艦不能になる以上のダメージを与えなくてはならない。無傷などもっての外だ。
しかし、今このまま羅號が突撃を敢行したら、十重二十重にも展開された分厚い駆逐・軽巡の護衛艦隊を突破しなくてはならない。その突破の間に、空母に逃げられてしまう可能性がある。
「それに……」
チラリと、羅號は海中に視線を落とす。
羅號の高性能なソナーは、この海中に敵の潜水艦が多数いることを察知していた。
隠密性の高い潜水艦も、トラック残存艦隊にとっては非常に怖い存在だ。これらも羅號の襲撃を察知して逃げられたら、空母と同じような脅威になり得る。
羅號はいかにしてこの奇襲でこれらの脅威を逃すことなく、最大の出血を敵艦隊に強いられるかということを思案していたのだ。
「……どうしよう?」
温かい海に半身を浸かりながら羅號はため息をついた。その時、ふと羅號は違和感に気付く。
「?
そういえばここ、海水温が他より高い気が……?」
そんな羅號の脳裏を、朝潮の言葉が駆け巡った。
(この周辺は活発な海底火山地帯で……)
「……もしかして……」
羅號はいったん潜航すると、意識を集中させて海中を探り見る。そして……羅號は『それ』を見つけた。
「……よし、これなら!」
決断をしたのなら、迷わない。あとは行動の時間だ。
羅號は放たれた銃弾の如く、行動を開始する。羅號はその身体を完全に沈め潜航状態に入ると、力強く進んで行った……。
~~~~~~~~~~~~~~~
集結した深海棲艦の大艦隊は、『命令に従い』堂々たる輪形陣の万全の状態で『待ち伏せ』を行っていた。
やってくる艦隊は確かに強力だが、これだけの数ならば押し切れる。
深海棲艦隊は静かに、会敵の瞬間を待っていた。
その時だ。
ゴゴゴゴゴ……!!
不気味な地鳴りに何事かと警戒する深海棲艦隊。
そして……『海面が爆発した』。そうとしか表現できない。
海面が盛り上がったかと思うと轟音とともに弾け飛ぶ。それをモロに受けた駆逐艦が跳ね上がり、真っ二つに折れ曲がった。
そして直後に巻き起こる大渦。
その強い潮の流れに巻き込まれ、その多い数が逆に仇となって深海棲艦隊は衝突が続出して大混乱に陥った。方々で衝突による沈没が発生している。見事な防御陣形は散々に乱れ、もはや見る影もない。
旗艦である空母ヲ級フラグシップは懸命に隊列を整えようとするが、荒れ狂う波に翻弄され姿勢を維持することさえままならない。
そんな中、僚艦である空母ヲ級エリートクラスが突如として爆発を起こして海へと沈んで行く。
何事かと見れば、そこにいたのは巨大な砲とドリルを携えた敵……艦娘の姿があった。
「だぁぁぁぁぁぁ!!!」
荒れ狂う海を掻き分け、その艦娘は隊列の乱れ切った艦隊へと突撃してきた。
大口径砲が火を噴き、副砲が乱射され、見たこともない光線兵器が艦隊を焼き切り、凍りつかせて水底へと引きずり込む。ぶつかっていく艦は、その凶悪なドリルの回転に巻き込まれて弾け飛んだ。
戦艦ル級や戦艦タ級が砲撃を行ってそれを食い止めようとするも、安定しない足場での砲撃はあさっての方向に飛んでいき、酷いものだと味方に当たってしまっている。
その艦娘は止まらない。その暴れようはまさに
その
~~~~~~~~~~~~~~~
「「……」」
夜が明け、何とか近くの島に身を隠したトラック残存艦隊。
未だ緊張状態を解かず、島の植物の影に隠れながら彼女たちは注意深く監視をしていた。
そんな中、誰より早くローと朝潮がそれを見つける。
「あっ!」
「あれ!!」
それはゆっくりとこちらに向かってくる羅號の姿だ。大きな損傷は見受けられず、煙を吹いている様子もない。
「らーくん!」
「羅號!!」
「あっ、こらお前たち!」
長門の止める声も聞かず、思わず飛び出していくローと朝潮。
羅號はゆっくりとした足取りで水から上がる。そんな羅號にローは飛び掛かるようにして抱きついた。その様子を見た朝潮は目を丸くしてしばし逡巡するが、やがて意を決したようにローと同じように抱きつく。
そんな2人を受け止めて、髪を一撫でしながら羅號は2人に言った。
「ただいま、2人とも」
「「おかえりなさい!」」
笑顔の羅號に、ローと朝潮も返した、
「あー……再会を喜ぶのもいいが、まずは報告をしてくれないか、羅號」
「ご、ごめんなさい、長門さん」
長門の指摘に、羅號はローと朝潮を引き剥がすようにしてすぐさま敬礼をした。引き剥がされたローと朝潮も、ちょっとバツ悪そうに敬礼する。
その様に苦笑してから、長門は先を促した。
「敵艦隊に対して奇襲を敢行、敵艦隊の『殲滅』に成功しました」
その言葉に、長門は目を見張る。
「『殲滅』、だと?」
「はい、『殲滅』です。
敵主力大型艦も水雷戦隊も目に見える敵はすべて沈みました。
恐らく潜水艦隊も撃破してると思います」
間違いではないのかと聞きなおすも、羅號の言葉は変わらない。
その間に、偵察機を飛ばして周辺の警戒を続けていた鳥海がため息交じりに続けた。
「……長門さん、羅號くんの話、本当みたいですよ。
偵察の結果、あれだけの規模の敵艦隊が影も形もありません。
でも……」
そこで鳥海はもう一度ため息をついた。
「周辺の海流が無茶苦茶になって、そこらじゅうで大きな渦潮が起きてます。
一体、何をやらかしたんですか、羅號くん?」
「いえちょっと……海底火山を噴火させました」
「「「「……はぁ?」」」」
羅號の言葉に、長門たち大人4人は揃って間の抜けた声を上げた。
敵大規模艦隊、その数は多く十重二十重の護衛艦隊に守られた主力空母艦隊。さらには海中には多数の潜水艦が潜んでいた。
確かに羅號の戦闘力なら戦えばダメージは与えられるだろうが、時間はかかる。その間に少なくない数の敵が逃げてしまうことも間違いは無かった。
何とか敵に逃げることができないように大ダメージを与えられないものかと考えていた羅號。そんな時に羅號は妙な海水の温かさからこの辺り一帯が活発な海底火山帯であるという朝潮の言葉を思い出したのだ。
そして羅號が海底を調べてみると、そこには活発な反応をする海底火山が存在していたのである。そこで海底にまで潜航した羅號はそのドリルで海底火山を抉り、海底火山の噴火を誘発させた。それによって海中・海上問わず強力な潮流が巻き起こり、深海棲艦の艦隊に大損害を及ぼしたのである。
海上ではその影響で艦同士の衝突が相次ぎ、小型艦はそれにより多数が沈没。大型艦も身動きが取れなくなった。
海中では潮流によって揉みくちゃにされた潜水艦が、海中で沈むという事態に陥った。何とか急速浮上で海上まで辿り着いた潜水艦は、今度は艦同士の衝突に巻き込まれる。
そして、そんな大混乱に羅號が乱入し、文字通り敵を『殲滅』したのだった。
「「「「……」」」」
話を聞かされ、長門たち4人は開いた口が塞がらなかった。
どこの世界に敵を倒すのに海底火山を噴火させようと考え、あまつさえ実際に実行するような者がいるのか?
まぁ、目の前にいるわけだが……。
「……なぁ、みんな。 とりあえず今の話は誰にも言うなよ」
「当たり前ですよ。 こんな話、話したところで頭が大丈夫か心配されるだけです」
「……この辺りの生態系、しばらくは酷いことになるわね」
「お墓に入るまでこの話、確実に持っていかないと……」
長門・鳥海・夕張・明石は口々に言うと揃ってため息をつく。
「とりあえず、だ……」
長門はチラリと羅號を見る。
羅號の話にローや朝潮は素直に「凄い!」と褒め称え、羅號も照れ臭そうに頬を掻いていた。
「良く考えれば羅號は生まれたばかり。人生経験は足りないのだった。
これからは羅號には常識と自重という言葉をしっかりと教えようと思うのだが、どう思う?」
「「「賛成!」」」
大人4人は満場一致で頷きあうが、もう遅いかもしれない。
再び、大人たちは揃って大きなため息をついたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
空から迫る黒い航空機……それは深海棲艦の航空機だ。
それを眺める影が海上にある。
透き通るように白い肌のその人影……それは深海棲艦と呼ばれるものだ。
空母ヲ級に戦艦タ級、戦艦ル級が1人ずつ。全員が改フラグシップを意味する黄色のオーラと目からの青い燐光を滲みださせている。その漂う覇気が、それぞれが各海域を預かる旗艦となり得るだけの猛者であることを示していた。そしてそんな3人に、駆逐ニ級後期型2隻が護衛として付き従う。
そして、そんな集団の先頭に一段背の高い存在が立っていた。
スラリと高い背に、縦じまのセーターのような服の女性だ。抜けるように白い肌と額から生えた角が、彼女も深海棲艦であることを物語る。
彼女はゆっくりと、空に向かって手を掲げた。
すると、その細いスラリとした手に巨大な鉤爪が出現する。同時に、その背中には巨大な艤装が現れた。
「来るナと、言ってイルのニ……」
困ったように、そして憂いるように呟くと彼女の背中の艤装から猛然と白い球体のような艦載機が次々と発艦していく。
同時に空母ヲ級改フラグシップからも白い艦載機が発艦、それらは向かってくる黒い航空機に襲い掛かった。圧倒的な機動力で白い球体のような艦載機が、黒い航空機を駆逐していく。
航空戦の敗北を悟ってか、それを行った者たちが接近してきていた。
軽空母ヌ級2、雷巡チ級2、戦艦ル級1、重巡リ級1の艦隊だ。
すると、再び鉤爪の彼女はその手を振り下ろす。
彼女の艤装に装備された、要塞砲とも言える大口径砲が吼えた。同時に戦艦タ級改フラグシップと戦艦ル級改フラグシップたちも猛然と砲撃を加える。
その砲弾の嵐とも言える集中砲火が終わった後には、海上に残っていたのは彼女たちの艦隊だけだった。
深海棲艦同士の奇妙な戦いを制した鉤爪の彼女は、もう敵がいないことをレーダーで確認すると艦隊を指揮して近くの島へとやってきた。
そこには補給ワ級が2、それらを護衛する軽巡ツ級が1、駆逐ロ級後期型3がいる。そして、クルーザーのような船が一隻、停泊していた。
彼女たちがその船に近付くと、その中から1人の影が飛び出す。
「ウィン、大丈夫!?
皆も怪我は無い!?」
それは女であった。
歳は20ほどだろう、柔和そうな垂れ目がポイントの美人である。
そんな彼女に、『ウィン』と呼ばれた鉤爪の彼女を筆頭に全員が礼をとるように膝を付き、頭を垂れた。
「大丈夫デす、アネット様……」
「そう、よかった……」
『アネット』と呼ばれた女性の、心底安心した表情。それを自分たちを心から気遣ってくれているのだとわかり、彼女たちは嬉しくなって頬が緩む。
しかし『ウィン』はすぐに真顔に戻ると続けた。
「追手ハ撒キましタ。 シバらくココは安全でショウ」
「そう。
……でもあまり時間は無いわ。 先を急がないと」
ホッとしつつも先を急かすアネットを、『ウィン』は手で制した。
「ここマデの強行軍で、艦隊にモ貴女にモ疲レが出ていマス。
休養ハ必要デすよ……」
「確かに、それは……」
今までの強行軍でかなり無茶をしている自覚のあるアネットはすぐに口ごもる。
「今、妹ガ先ノ海域を偵察していマス。
その結果ヲ持ち帰ルまでシバらく、休ンデ下さイ」
「……わかったわ」
『ウィン』の言葉に頷きながら、アネットは絞り出すように言う。
「もうあまり時間が無い……。
早く人類勢力に接触して、何としてもこんな戦争は止めないと……」
「……」
その言葉に『ウィン』……『港湾棲姫』と呼ばれる深海棲艦の上位種、『姫』の一角である彼女は静かに頷くのだった……。
海底火山の噴火は、ゴジラファイナルウォーズでの『轟天号VSマンダ』戦のオマージュでした。
次回、最後のヒロイン登場。
来週も更新予定です。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第六話
接触 白の艦隊 前編
それはもちろん、みんな大好きあの娘です。
『クレオパトラの鼻がもう少し低ければ歴史は変わっていた』
『クレオパトラが美人じゃきゃ歴史は変わってた』っていう有名な言葉だよね。
まぁ実はそれは誤訳で、本当の意味は『鼻が低いって些細なこと程度でも歴史は大きく変わるものだ』ってことらしいけど……どっちでもいいや。
とにかくアタシはこの言葉、誇張抜きで真実だと思うよ。なんたってそれに近いものを間近で見たからね。
アタシの場合、
『らごやんのモテ力がもう少し低ければ人類は終わっていた』
ってとこかな?
ホントに……冗談でも誇張でもなく、そう思うね。
あの後……らごやんが北方で待ち構えていた敵艦隊を丸ごと海の底に沈めてから後だけど……まぁ、そのらごやんがやった手段ってのが無茶苦茶でさ、予定していた航路を使えなくなってらごやんが偵察にでることになったのさ。
そのらごやんに着いてったのが、ろーちゃんと朝潮。
まったく……ろーちゃんと朝潮の、らごやんへのラブラブアピールは見てて飽きなかったね。あれだけで新刊10冊はいけるくらい。
あの2人、仲もいいから『Nice boat.』なことにもならずに、なんだか自然に2人一緒にらごやんに迫って、らごやんずっと両手に花状態だったさ。
でもさ、そんだけラブラブ迫ってもらってるってのにあのギャルゲー主人公……よりにもよって新キャラを速攻攻略する暴挙に出やがったのよ!
まぁ、そのおかげでアタシらは『あの人たち』と合流して『あの戦争の真実』を、そして平和への道を知ることができたんだけどね。
もし、らごやんが男前じゃなくて『あの娘』を見捨てていたら?
もし、『あの娘』がらごやんに懐かなかったら?
あの戦争……他にも色んな重要なピースはあるだろうけど、そのどれか一つでも欠けていたら……おそらく人類は大敗、今ごろ全員家畜だったね。
ホント、『愛は世界を救う』ってことかな?
あっ、それとあと一つ、思ったことがあるんだ。
『イケメンだからすべて許された』
……らごやんが大和さん譲りの凛々しいイケメンじゃなくて、ろーちゃんに朝潮に『あの娘』……誰か1人でも攻略失敗してたらと思うとゾッとするよ。
うん、やっぱ人間、顔は大切だわ。
――――――漫画家『元秋雲』へのインタビューより抜粋
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
ここはトラック残存艦隊の逃げ込んだ島の、設置された野営用天幕の中。そこでは長門・鳥海・明石の3人が顔を突き合わせている。夕張は子供たちを率いて食事の支度中だ。
羅號の活躍によって展開していた敵の大艦隊は殲滅された。
しかし、その破天荒な手段……『海底火山を噴火させる』などという無茶苦茶な作戦をとったために一つ問題ができてしまったのである。
その問題とは……。
「……あの海域は通過できないな」
「ええ……」
海底火山の大規模な噴火によって潮流に多大な影響を及ぼし、大量の渦潮が発生してしまったのだ。
艦娘なら確かに無理をすれば突破は可能だろうが、荷物を曳航したままではとてもではないが海域の通過など不可能になってしまったのである。
ここに停泊し続けて潮流が落ち着くのを待つ、というのもあるがあの大艦隊が最初で最後の敵であるとはとても思えない。となればここを早く通過し、一刻も早く味方勢力圏下である
そのため、トラック残存艦隊は予定航路を大幅に変更する必要性に迫られたのである。
「だが、そのためには偵察が必要だ」
今まで予定していない航路を行くため、どうしても先行偵察が必要になってしまったのだ。
「問題は誰に行かせるかということだが……」
「……先に言っておきますけど、長門さんは却下ですからね。
偵察に図体がでかくて見つかりやすく、おまけに足の遅い艦なんてあり得ませんよ」
「……わかっている」
実は名乗り上げようとしていた長門だったが、鳥海からのジト目に晒されてその意見を慌てて引っ込めた。
「となれば鳥海と夕張のどちらかか……」
「夕張は休ませてあげて下さい。 整備仕事で明石ともども疲れも溜まっていますし……」
長門の呟きに、ポリポリと鳥海は頬を掻きながら答える。
整備が滞ると長期移動などやっていけない。
そのため夕張と明石はこうやって島への停泊中も休むことなく仕事を続けている。夕張にはその他本業ともいえる駆逐艦娘たちを纏めることもやっており、少々オーバーワーク気味だ。
「だから、私が行きます」
そんな風に危険な任務を請け負った鳥海だったが……。
「あー、ごめんなさい鳥海さん。
それ、今すぐは無理です」
すまなそうに横から明石がそれを遮る。
明石の話では、鳥海の艤装の調子がよくないらしい。かなりの長距離移動のため、各種の異常がでるのはある意味仕方ない。しかもそういった整備は当然ながら大型艦の方が時間がかかるのだ。
「このタイミングで、ですか……」
「何とも間が悪いな」
鳥海と長門は揃ってため息をついた。
「それで、どうします長門さん。
こうなると消去法で、候補は1人ですよ?」
「……分かっている」
「というかお2人とも、実はそれが最良だってことは絶対気付いてますよね?
そのうえで見ないフリしてますよね?」
明石の言葉に、長門も鳥海もバツ悪そうだ。
そう、索敵力・速力・隠密性すべてを兼ね備え、かつ最高の戦闘能力を誇る万能戦艦……。
「また羅號頼みか……口惜しい」
「長門さんも鳥海さんも考え過ぎです。 私はもう開き直りました。
ツケはまとめて陸に戻った時に返しますから、私はもういくらでもツケで羅號くんに頼り切るつもりですよ」
「借金で首が回らなくなるわよ、それ」
3人は揃って苦笑した。そんな天幕の中に、夕張が入ってくる。
「みんな、食事の用意ができたわ」
「……仕方ない、食事がてら羅號に話してみよう」
長門の言葉に、鳥海も明石も頷く。とはいえ、3人とも羅號がこの任務に難色を示すとは思っていない。
羅號はあの大人しい性格だ、頭もいいしこの非常事態を良く理解している。しかもその能力に関しては折り紙付きである。
羅號には何も問題など無い、とは思っていたのだが……。
「らーくんが行くなら、ろーちゃんも行きます、って!」
「私も偵察任務、同行を希望します!!」
長門たちの誤算は、話を聞いたローと朝潮まで危険な偵察任務に志願したことだ。
「らーくん、諜報活動と言えば潜水艦の出番なの。
ヤーパンニンジャみたいに忍んじゃう、って。 がるる~」
サブマリンウルフニンジャ=サンはやる気マンマンのようだ。
どうもサブカルチャーの影響を強く受けているようで、その裏にはチラチラとオータムクラウド先生の影が見て取れる。
「羅號の電探が優秀なのはわかっていますが、目視とて重要な偵察の要素です。
私の熟練見張り員妖精さんたちなら、十分な成果を約束できます。
それに……羅號は戦艦なんですから、直衛となる駆逐艦は必要のはずです」
朝潮の方はもっともな意見具申だ。
しかしながら、色々それらしい理由を並べたてても2人の本当のところは『羅號と一緒にいたい』ということだというのは、羅號を除くトラック残存艦隊全員の共通見解だ。
それになんだかんだと言いながら隠密性の高い潜水艦や、足が速く戦艦の直衛をこなす駆逐艦というのは悪い選択肢ではない。万一何かあっても羅號なら何とかできるだろう。
結局長門たちは押し切られ、偵察任務には羅號・ロー・朝潮の3人で赴くことが決定する。
「あのぉ……僕の意見は……?」
当事者でありながら完全に流されるままだった羅號。
彼は完全に尻に敷かれるタイプの男の子だった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
襲い来る轟音と衝撃波に、彼女は短い悲鳴をあげた。
「キャゥ!?」
小さな身体を縮こませた彼女……その透き通るような白い肌が、彼女の正体が深海棲艦だと物語る。
外見は駆逐艦娘と変わらないほどに幼い。真っ白なワンピースにミトンのような手袋をはめた小さな手、頭には猫の耳のように小さな一対の角が見える。爛々と輝く紅い目が特徴的だ。
「大丈夫デすか!?」
そんな彼女のそばにすぐさま駆け寄ってくるのは深海棲艦の重巡ネ級である。そんなネ級に彼女は頷いて見せる。
「ウん、大丈夫……」
「ヨカった……」
その答えに、ネ級は胸を撫で下ろす。
この白い少女は『北方棲姫』と呼ばれる、深海棲艦の中でも特に強力な力を持つと言われる『姫』の一角である。
「ちぃ、コのくらい我慢デきる。
イリス、心配シなイで」
「デすが、ちぃ様……」
ある理由によって、『名前』を持つ2人。
北方棲姫『ちぃ』の言葉に、そのお目付け役であるネ級『イリス』は顔を曇らせる。『イリス』は現状の拙さが分かっているのだ。
『ちぃ』の護衛戦力はすでに『イリス』を残して全滅している。軽巡ツ級率いる水雷戦隊は敵に対して、それこそ命と引き換えの決死の攻撃を行ってくれたが、それでも残った敵は強大だった。
その時、2人の対空レーダーが反応する。
見れば、空にはどこか魚介類にも似た形状の特徴的な、深海棲艦側の航空機が迫っていた。
そう、『ちぃ』と『イリス』に襲い掛かっているのは、同じく深海棲艦なのである。
「来ルな!
カエレ! カエレッ!!」
『ちぃ』の背中の艤装から次々に航空機が発艦していき、迫り来る航空機との間で激しい空中戦を繰り広げる。
しかし、空中での攻防は『ちぃ』の航空隊は劣勢だ。
装備の差ではない、純粋な練度の差によって『ちぃ』の航空隊が次々に墜とされている。やがて、その隙をついた敵爆撃機が投弾を開始した。
「キャゥ!?」
至近距離での衝撃に、再び『ちぃ』は身を縮める。そして。今度は砲弾が周囲に降り注いだ。その衝撃はすさまじく、掠ってすらいないというのにビリビリと身体が震える。
「クぅっ!?
コの航空隊練度、ソシてコの砲撃力。
ヤはリ敵ハ……!?」
そして、その敵が視認可能な距離になる。
「ヤはり『空母棲姫』ニ『戦艦棲姫』か……!?」
そこに現れたのは深海棲艦の『姫』クラス、『空母棲姫』と『戦艦棲姫』であった。
『空母棲姫』のその航空隊練度は一対一で勝てる艦娘はいないとまで言われる、空を制する恐怖の魔王だ。
一方の『戦艦棲姫』はあの大和型すら超えるといわれる恐るべき攻撃力を持つ、破壊の魔王である。
人類側にとことんまで恐れられるこの2人、それが仲良く『ちぃ』と『イリス』に迫っていた。
「コの2人を投入トは……本腰ヲ入れテ、こチラを潰しニ来たカ!」
『空母棲姫』と『戦艦棲姫』は微笑とも薄ら笑いともいえる表情を見せているが、不思議と『ちぃ』と『イリス』のように感情を感じさせることは無い。『イリス』はその姿にどこか憐れみにも似た感情が湧き上がるが、頭を振ってそれを追い出した。
状況は最悪である。『ちぃ』と『イリス』の2人ではとても『空母棲姫』と『戦艦棲姫』の2人には勝てない。
そう判断した『イリス』の決断は早かった。
「ちぃ様、早ク撤退ヲ!!
ソして『ウィン』様達主力艦隊ヘ救援を要請シテ下さイ!!
この2人ヲ相手にスルなら、ソレしかアリませン!!」
そう言って『イリス』は砲を構える。
「イリス、何スル!?」
「少シ時間を稼ギます。 そノ間に退避ヲ!!」
『イリス』は言うが早いか、砲を連射しながら海上を滑らかに滑り出す。
砲は『空母棲姫』と『戦艦棲姫』には当たらないが、それでもいい。これは足の遅い『ちぃ』の退避までの時間稼ぎだ。視界を防ぎ、少しでもかく乱できればいい……『イリス』の心情としてはそんなものである。
しかし、『空母棲姫』と『戦艦棲姫』は深海棲艦の中でも上位種、『ちぃ』と同じく『姫』クラスなのだ。それに対するかく乱としては、あまりに不足だ。
『空母棲姫』から発艦した艦攻隊が『イリス』に迫る。
『イリス』はとっさに対空砲火で何機かは叩き落とすが、それでも数機の雷撃を許してしまった。
「クッ!?」
『イリス』は持ち前の高速性で何とか魚雷の回避には成功するが、実はそれこそが『空母棲姫』の狙いだった。
魚雷を避けるために舵を切ったため、その移動先を読まれてしまったのである。『イリス』の移動先に目がけて『戦艦棲姫』の強力な砲が放たれていた。
「アァッ!?」
かろうじて直撃だけは避けるが、その強力な砲は掠っただけで『イリス』の身体を吹き飛ばした。
まるで強風の前の木の葉のように海面を転がる『イリス』。
「イリスッ!?」
「!? ちぃ様、駄目デす!!」
起き上がろうとした『イリス』の目に、とっさに『イリス』に駆け寄ろうとする『ちぃ』の姿が映って慌てて叫ぶが、もう遅い。『戦艦棲姫』の砲が、今度は『ちぃ』に向かって照準していたからだ。
周囲に立ち上る水柱に『ちぃ』は一瞬驚くが、すぐに自身の艤装の砲を『戦艦棲姫』へと向ける。
「調子ニ……乗ルな!!」
『ちぃ』からの強力な砲撃は『戦艦棲姫』の分厚い装甲に傷を付ける。その様子に『ちぃ』はふんすっ、と得意げな様子をみせるが、その瞬間『空母棲姫』の急降下爆撃機から投下された爆弾が『ちぃ』の艤装の砲を吹き飛ばした。
「キャゥ!?」
弾薬庫に引火したのか、派手に砲が根元から吹き飛び黒煙が上がる。そしてニタリと嗤った『戦艦棲姫』からの砲が全門、照準を終えていた。
「ちぃ様ァァァァ!!」
『イリス』がその身体を射線上に滑り込ませるのと、『戦艦棲姫』の砲が全門吼えたのは同時だった。
「……?」
頭を抱えるようにして目を瞑り、身体を縮こませていた『ちぃ』はあるはずの痛みが無いことにゆっくりと目を開ける。
そこには……。
「ちぃ……様……」
「!? イリスッ!!」
そこには『ちぃ』にかわって『戦艦棲姫』の砲撃を受け大破した『イリス』の姿があった。艤装からは炎が燻り、強力な砲や魚雷の面影は欠片も残ってはいない。
「クぅ……」
「イリス! イリスッ!!」
「ちぃ……様……。
オ逃げ……下サい」
「ヤッ!! イリスも一緒!!」
『イリス』は『ちぃ』に逃げるように言うが、『ちぃ』は駄々をこねるように首を振ると『イリス』にしがみ付く。そして、そんな2人にトドメとなる『空母棲姫』の艦爆隊が迫っていた。
傷だらけの虚ろな目でそれを睨みながら『イリス』はせめて『ちぃ』だけでも……と思う。
その時だ。
ボンっ!!
空に炎の花が咲いた。どこからともなく飛来した対空榴弾が『空母棲姫』の艦爆隊を吹き飛ばしたのだ。
続いて、『戦艦棲姫』の横合いから突き刺さるようにして魚雷が炸裂する。
「命中、ですって!」
「見たか、酸素魚雷の威力!!」
どこからかそんな声を聞いたかと思うと、物凄いスピードで何かが『ちぃ』と『イリス』を守るかのように立ち塞がった。
「大丈夫ですか?」
そう言ってきたのは『ちぃ』と同じくらいの歳格好の、しかし巨大な艤装を備えた男の艦娘(?)だった。
見たことのないタイプだが……間違いなく彼女たち艦隊が接触を持とうとしていた『人類勢力』である。
「あ、アア……マダ沈まんヨ」
『イリス』は戸惑いながらも答えると、その男の艦娘(?)はホッとしたような顔をした後、その巨大な主砲を『空母棲姫』と『戦艦棲姫』に構える。
「トラック艦隊所属、万能戦艦『羅號』!
『ジュノー』さんからの要請に従い、これより貴艦隊を援護します!!」
同時に『羅號』と名乗ったその男の艦娘(?)は突撃していく。
今、この男の艦娘(?)は『ジュノー』という名前を口にした。それは『イリス』の戦友の名前だ。彼女がどうなっているのか後で聞かねばならないが、彼女が『名前』を教えた相手である。多少なりと信用してもいいだろう。
……どうやら命拾いしたかもしれない。
そう思った『イリス』は息をつく。そして余裕ができたことで『ちぃ』の方を見てみると、その白い頬をほんのり赤く染めながらあの『羅號』とかいう男の艦娘(?)を見ていた。
「ちぃ様……?」
「イリス、アれハ王子様?
絵本ニ出てクル王子様?」
どうやら颯爽と現れてピンチを助けてくれた情景を、絵本に出てくるような『白馬の王子様』と重ねているらしい。
「……マァ、ちぃ様モ『姫』デすカラ、ソレでいいんジャないデすカ?
白馬にハ乗ってイナいミタいデすが……」
「ドリル持っテるから、ドリルの王子様?
ドリルでルンルン?
ドリル・プリン……」
「ちぃ様ちぃ様、そレ以上はNGデす」
羅號たちの救援で、少しだけ余裕のできた主従。そんな中『イリス』は思う。
(ドリル……マるで『奴ら』ノような装備……。
マさか……)
『イリス』は戦場を駆ける羅號に、『ちぃ』とは違う意味で視線を集中させるのだった……。
最後のヒロイン、北方棲姫との遭遇編でした。
名前持ち深海棲艦についてはそのうち全員の説明をつける予定。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
接触 白の艦隊 中編
再び羅號の、そしてローと朝潮の戦いです。
羅號が『ちぃ』たちの援護に訪れるより少し前、少し時間をさかのぼる……。
その時、羅號・ロー・朝潮の偵察任務艦隊は海上をゆっくりと航行中だった。
「えへへっ、らーくんとお出かけ、うれしいですって」
「駄目だよ、ろーちゃん。 遊びで来てるんじゃないんだから」
嬉しそうに羅號の腕に抱きつくローを、羅號がやんわりとたしなめる。すると、それを引き剥がすように朝潮が割って入ってきた。
「何をやってるんですか、ローは!
遊びじゃないんだから真面目にやりなさい!」
「うー……ろーちゃんお仕事は真面目にやってるもん。
あっしーのいじわる」
「そう見えないから注意してるんです!」
「まぁまぁ、2人とも……」
ここは穏便にと2人の間を取り持つように羅號は割って入るが、そのために羅號にも朝潮の矛先が向いた。
「羅號、あなたもローにしっかり言いなさい!
甘やかしたらローのためにならないんですよ!」
「ひゃぅ! ご、ごめんなさい……」
朝潮の勢いに、思わず羅號は謝ってしまう。こうなれば究極の万能戦艦も形無しだ。しかし、そんな雰囲気は一瞬にして変化する。
ペコペコと頭を下げていた羅號が、何かに気付いたようにバッと顔をあげた。
「水上レーダーに感! 艦影、多数確認!!」
「「ッ!!」」
その言葉を聞いた瞬間のローと朝潮の反応は速かった。
ローはバッと羅號から飛び退くと、半身を海中に潜らせいつでも潜航できる体勢をとる。
朝潮の方は武装の
この変わり様は流石である。
ついさっきまではぽわぽわした女の子だったが、今の姿は敵を前にした『狼』と『軍用犬』のような鋭さを放っている。見目麗しく愛らしい美少女の彼女たちだが、それでも彼女たちは幾多の地獄のような戦いを潜り抜けてきた歴戦の艦娘なのだということを否応なしに思い出させた。
そんなローと朝潮の変化に合わせるように、羅號の思考も戦闘モードに移行していく。羅號は朝潮の肩をポンと叩くと、その耳元で囁くように尋ねた。
「朝潮、姿は確認できる?」
「まだ何も……。
!? 発砲炎、複数!!」
それを聞いた羅號は即座にローと朝潮の前に出ると、右手を突き出した。
「『磁気シールド』、展開!!」
半透明のフィールドが羅號を中心に、ローと朝潮を守って展開する。しかし、そのフィールドに敵弾が当たることも、3人の周囲に水柱が上がることも無かった。
「……朝潮、どう?」
再び朝潮に尋ねると、朝潮は意識を集中させながら彼方の様子を語る。
「……向こうで水柱が多数上がってるわ。
あれは……撃ち合ってるの?」
「それじゃ友軍なの!?」
撃ち合いを行っているのなら、『艦娘VS深海棲艦』の構図を考えるのは当然の流れである。だからこそローは友軍が近くにいて戦っているのだと声をあげた。
「よし、もっと近付こう。
友軍なら助けないと」
羅號はそう指示を出し、3人はその方角へと近付いていく。
すると……。
「深海棲艦を確認! 艦種は……雷巡チ級! それに、駆逐ロ級!!」
「友軍は?」
敵である深海棲艦が確認できたことで頷き、朝潮に先を促す羅號。
だが……。
「……駄目! 友軍確認できず!!」
「そんな……まさかやられちゃったの!?」
しかし、未だに戦闘の水柱は確認できる。
「朝潮、もう一度だけど友軍は見える?」
羅號の再度の問いにも、朝潮は首を振った。
「友軍は依然として確認できず」
「でも……確実に数が減ってる」
羅號は水上レーダーの反応が消えていっていることを確認した。友軍はいないのに現在進行形で反応が消えている。
これはつまり……。
「深海棲艦が……同士討ちをしてる?」
「そんなの聞いたこと無いですって」
「ローの言う通りです。
そんなこと、今まで一度だって確認されたことはないんですよ」
「でも現実に、深海棲艦しかいないはずなのに砲弾が飛び交って数が減ってるんだよ。
同士討ち以外には説明がつかないよ」
今までの経験からローと朝潮は否定するが、現実にそうでなければ説明がつかないと羅號は首を振る。
「……らーくん、どうするの?」
「……」
ローが羅號に聞いてくる。言葉は無いが朝潮も視線で同じく羅號に判断を求めていた。
「……このまま接近して確認しよう。
何が起こっているのか、詳しく状況を確認しないと……。
僕が先頭を行くから2人は僕の後ろに。
対空・対潜警戒を厳として!」
「
「了解です!」
羅號の指示によって、3人はゆっくりとその不明艦隊の方へと向かっていく。
そして羅號たちがその場所に辿り着いた時には、そこではすでに戦闘は終了し海上には静寂が戻っていた。すでに事切れ、沈むのを待つばかりの深海棲艦の残骸だけが波間に漂っている。
「……深海棲艦ばっかり。
しかもコレ、明らかな砲孔……これ、絶対に潜水艦だけの仕業じゃないですって」
「……艦娘のものと思われる破片すらないわ。
羅號じゃないんだから、この規模の戦闘で艦娘側の損傷が皆無とは思えない。
そうなるとやっぱり、これは深海棲艦同士の同士討ちだというの?」
ローと朝潮は油断なく辺りを見渡しながら、思ったことを口にする。
海中に沈んでしまい、海上に証拠の残りにくい潜水艦娘隊との戦いの可能性を考えたローは、深海棲艦に穿たれた砲の傷からそれを否定する。少なくともローの知る潜水艦娘の中に、砲を搭載するタイプの艦娘はいないからだ。
そして艦娘のものと思われる艤装なりの破片が全くないことから、この規模の戦闘で被害皆無はおかしいと朝潮は首を振る。
2人の言う通り、状況証拠で考えるとこれは普通の『艦娘VS深海棲艦』の戦闘ではなく、深海棲艦同士の戦いの結果となる。
しかし、今までの長い深海棲艦との戦いの中でこんな深海棲艦同士の戦闘の記録など聞いたこともない。その不気味さから、ローと朝潮の2人はおっかなびっくりという感じで周囲への警戒を強めていた。
その時だ。
ガシャ……
「ひゃっ!?」
「ッ!!?」
折り重なったように倒れた深海棲艦が、派手な音を立てて崩れる。その音に驚いたローが羅號にしがみ付き、朝潮は咄嗟に砲を構えた。
羅號は左手の50.8cm4連装砲を注意深く構えながら、その場所へ近付いた。
そして、そこにいたのは……。
「艦娘……カ……?」
そこにはもはや沈没を待つばかりの深海棲艦『軽巡ツ級』がいた。
「生き残り!?」
「待って、朝潮!!」
朝潮は咄嗟に砲を向けるが、それを羅號が手で制する。
「何故止めるんです、羅號! 相手は深海棲艦ですよ!!」
「そんなことしなくても、もう確実に沈むよ。 弾がもったいない。
それに……この状況の話を聞きたいんだ」
羅號はそんな風に言うが、ローと朝潮は首を振る。
「らーくん、それは無理ですって」
「そうですよ、羅號。 深海棲艦との意思疎通は今まで何度も試みられてきました。
しかし、そのことごとくは失敗に終わってるんです。
人語を話す人型の上位種だって、意味不明な言葉を繰り返すだけで決して『会話』にはなりません」
それは深海棲艦の知識の基礎として、座学で必ず教え込まれる常識だ。だからこそ人類は生きるか死ぬかの終わりなき戦争を深海棲艦と繰り広げているのである。羅號はその辺りの常識が無く、深海棲艦との会話を提示したのだ。
しかし、その答えは意外なところから返ってきた。
「失礼……ナ……。
私ヲ……ソんな連中ト一緒にスるな……」
それは目の前の深海棲艦『軽巡ツ級』からだった。
そして、それは間違いなくこちらの話を理解しそれに対して回答する『会話』として成立している。
「えっ、嘘!?」
「まさか……意思疎通ができるの!?」
予想外の出来事にローと朝潮は驚きの声を上げるが、時間が無いと見た羅號はそれに構わず話を始める。
「ここで一体何が? 何で仲間同士で戦いを……」
「私たチが……人類への接触ヲしよウトしテいたカラだ……」
「人類との接触!?」
再びの驚きの声。意思疎通不可能どころか『会話』ができる深海棲艦、それだけで大発見だというのに、その深海棲艦たちが人類とのコンタクトを望んだというのだ。
しかし、詳しい話を聞く暇はなかった。
「ココ……まで……のヨウだ……」
限界が来たのか、深海棲艦『軽巡ツ級』はゆっくりと海中へ没し始める。
「頼ミが、アる……。
私タちの姫様が……『北方棲姫』様が、人類トの接触を拒ム深海棲艦の艦隊に襲われテいル。
私はモう……駄目ダ。
頼ム……姫様たチを、助けテくレ……」
「……わかりました。
僕たちの力の及ぶ限りで、約束します!」
羅號のその答えに、顔を覆うようなバイザー状のパーツの下で『軽巡ツ級』が笑ったような気がした。
「『ジュノー』……ダ」
「えっ?」
「私ノ……『名前』ダ。
姫様たチも、私ノ名前を出せバ話が通じルはず……」
そして遂に『軽巡ツ級』……『ジュノー』は限界を迎えた。
「アァ……暗いナァ……。
水底ハ……コンナに暗かっタかナァ……?」
事切れ、沈んで行く『ジュノー』。最後を見送るのに、敵味方は関係ない。
勇敢に戦い抜き、仲間の危機を知らせ、役目を終わらせて沈む……その立派な最後の姿に羅號もローも朝潮も、自然と『ジュノー』に対して敬礼をとっていた。
そして『ジュノー』を見送ると、ローと朝潮は羅號を見る。
「行こう。 『ジュノー』さんへの約束、守らないと!!」
「当然、ですって!」
「そうね。
それに会話ができて人類への接触を希望している深海棲艦の一派がいる……彼女たちからいろいろな話ができるわ。
もしかしたら、この戦争を変える何かのきっかけが掴めるかもしれない!」
3人はお互いの顔を見合わせ、頷き合う。
「これよりトラック偵察艦隊は要請に従い、『北方棲姫』艦隊の援護に向かいます!」
「
「了解です!!」
そして3人は最大戦速で『北方棲姫』艦隊の援護に向かうのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
『北方棲姫』艦隊の救援に辿り着いた羅號たちトラック偵察艦隊は、『空母棲姫』と『戦艦棲姫』との戦闘に突入した。
「まずは!!」
『空母棲姫』の航空攻撃は侮れない攻撃力の上に攻撃範囲が広い。
今回の目的は救援だ。救援対象である『北方棲姫』たちに被害が及ぶ可能性は砲撃よりも航空攻撃のほうが大きい。そこで羅號はまずは『空母棲姫』へと狙いを定めた。
『空母棲姫』は素早く航空隊を発艦させようと準備に入る。
しかし、その前に羅號の50.8cm砲が吼えた。
ヒューという独特の飛翔音、しかし『空母棲姫』は焦らない。何故なら初弾命中など、電探誘導射撃であってもなかなか無いからだ。
その間に航空隊を発艦させる腹積もりで『空母棲姫』は発艦準備を続ける。
しかし……。
ドゥン!!
『!!!??』
羅號の放った砲弾は、すべて空中で爆発していた。羅號が放ったのはすべて、対艦徹甲弾ではなく対空榴弾だったのである。
対空榴弾には対艦能力はほとんど無い。それで艦を沈めるのは難しいだろう。しかし、艦を狙ったもので無ければそれは十分な威力だ。
空中で分裂した対空榴弾は鉛玉の雨となって『空母棲姫』に降り注ぐ。『空母棲姫』本隊にはその装甲の効果もあってまったくと言っていいほど損害は無かった。しかし、発艦準備に入っていた航空機にはたまったものではない。
一瞬にして鉛玉に蜂の巣にされた航空機、そして満載されていた燃料と弾薬に炎が引火して飛行甲板上で大爆発が次々に起こる。その爆発に『空母棲姫』が苦悶の悲鳴を上げた。『空母棲姫』自慢の飛行甲板が所々でめくり上がり、爆発による炎が大炎上を巻き起こす。
これが羅號の狙いだ。『空母棲姫』そのものではなく、『空母棲姫』の航空機運用能力を奪うことで味方の安全を最優先にしたのである。
炎の中、憎々しげに羅號を睨む『空母棲姫』は搭載された砲を構えた。『空母棲姫』は航空機だけではなく、十分対艦に使える口径の砲までも備えているのだ。
「速攻で決める!!」
羅號はあまり時間はかけられないと、全力の突撃を開始した。
そんな羅號に対して『空母棲姫』は砲を連射するが、元々が砲戦を重視していない『空母棲姫』の砲である。羅號の展開した『磁気シールド』、そして強固な装甲の前に砲弾は弾かれる。
最大の武器である航空機運用能力を失った時点で、『空母棲姫』が羅號に勝つ目はなかったのだ。
「だぁぁぁぁぁ!!」
羅號の
『!!!??』
金切り声のような断末魔を残して、『空母棲姫』は轟沈した。
「やった!」
『空母棲姫』の撃沈に、いったん息を付く羅號。しかし……。
「らーくん!」
「羅號、危ない!!」
「ッ!?」
ズガンという爆発音にも似た音と衝撃に、羅號が吹き飛ばされた。『戦艦棲姫』の巨大な獣のような形状の艤装、その剛腕が羅號を殴り飛ばしたのである。
「くぅっ!!?」
海面を滑るように吹き飛ばされた羅號だが、何とかバランスをとって立ち上がる。しかしその時にはすでに『戦艦棲姫』が追撃のために迫っていた。
『戦艦棲姫』の巨大な艤装が、その剛腕で羅號に掴みかかってくる。
「こ、のぉぉぉ!!」
羅號もそれを正面から迎え撃つようにがっぷりと組み合う。そのままパワーで押し潰そうとする『戦艦棲姫』の艤装と、それを押し返そうとする羅號。小さな羅號と、大人から見ても見上げてしまうほどに巨大な『戦艦棲姫』の艤装の力比べ。しかし、その力比べは羅號のほうが押していた。倍以上は大きい『戦艦棲姫』の艤装がゆっくりと、しかし確実に押し返されている。
純粋な力で負けるなど、『戦艦棲姫』には経験のないことだったのだろう。獣のような唸り声と雄たけびを上げながら出力を一杯にまで上げるが、羅號はそれを凌駕する超出力を持って押し返す。
それで力では敵わぬことを悟ったのだろう。『戦艦棲姫』の艤装は組み合ったままの体勢で砲を構えた。
巨大な大口径砲、しかもゼロ距離射撃ともいえる距離だ。いかに羅號でもダメージは受けるだろうし、撃った側とて無事にはすむまい。しかしそれを敢行しようと判断するほどに『戦艦棲姫』は目の前の羅號の力を恐れていた。
だが、『戦艦棲姫』は敵が羅號だけではないことを忘れていた。
ズガンッ! ズガンッ!!
『!!?』
背後からの連続した臓腑を抉るような強力な衝撃に、『戦艦棲姫』の艤装の巨大な体躯が揺らいだ。
「命中、ですって!」
「化け物、羅號から離れろ!」
それはローと朝潮からの酸素魚雷の攻撃だった。
羅號に注意を払いすぎていたために『戦艦棲姫』はこの小さな、しかし鋭い牙を持つ『狼』と『軍用犬』の存在を忘れていたのである。だが、それは致命的すぎる判断だったことは今の連携魚雷攻撃が証明している。
まず先行した朝潮の酸素魚雷が『戦艦棲姫』の装甲を吹き飛ばし、その同じ場所にローの酸素魚雷が突き刺さったのだ。これは同じ場所を狙うという難しさもあるが、それ以上にタイミングが難しい。タイミングが少しでも狂えば、先行した朝潮の魚雷の爆発によってローの魚雷が命中前に早爆してしまうからだ。しかし、それを即興でやってのけるのだからこの2人の相性は悪くない。その辺りは『同じ相手に恋する者同士』というシンパシーのおかげかもしれない。
ローと朝潮の連携攻撃に『戦艦棲姫』は手痛いダメージを受ける。そして、その隙を羅號は見逃さなかった。
『戦艦棲姫』を払いのけた羅號は一気に距離を開ける。そして自身の砲を構えた。
「全門、斉射ぁぁぁぁ!!」
12門の50.8cm砲が咆哮する。弾種は当然、対艦徹甲弾だ。
その圧倒的な破壊力には、同じく圧倒的な破壊力で今まで幾多の敵を葬ってきた『戦艦棲姫』とて抗えない。
ヴァイタルパートの装甲を完全に撃ち抜かれ、力尽きた『戦艦棲姫』は海中へと沈んで行くのだった……。
案外長くなりました。
戦闘は終了、次回は長門たちとの合流となります。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
接触 白の艦隊 後編
誰かわりと真面目に異動という制度を破壊して下さい……。
再編とか、残ったヤツが死ぬほど苦労するだけじゃねぇかヨ!
「敵艦隊、撃破……レーダー、ソナーともに感なし」
『空母棲姫』と『戦艦棲姫』が沈み、敵がいないことを確認した羅號はホッと息をつくと構えた砲を下ろす。そんな羅號に、ローと朝潮が駆け寄ってきた。
「らーくん、大丈夫!? 痛くない!?」
「大丈夫ですか、羅號!?」
「うん、大丈夫だよ」
心配そうな2人に、ヒラヒラと手を振って大丈夫だとアピールする羅號。しかし2人はそれでも若干疑わしそうな視線で羅號を見た。
「ホント? らーくん嘘ついてない?」
「あの『戦艦棲姫』に、結構いい一撃を貰ってたみたいですが……」
「あのぐらいじゃ、僕は沈まないよ」
その羅號の言葉に嘘は無かった。咄嗟に展開した『磁気シールド』、そしてその強固な装甲のおかげで大きな損傷には至っていない。小破判定にすら届いていないだろう。これならばどうということは無い。
「それよりも『北方棲姫』艦隊は……」
そう言って羅號が視線を巡らせようとしたその時だった。
「王子サマ~~!!」
「うわっ!?」
白い塊が羅號に飛び掛かるように抱きついてくる。それは件の『北方棲姫』であった。
「大丈夫だった? 怪我とかない?」
「ウん。 アリガト、王子サマ!」
満面の笑みで羅號に抱きつく『北方棲姫』。そんな『北方棲姫』の首根っこを背後から、明らかに「不機嫌です」と顔に書いてあるローと朝潮が引っ張って羅號から引き剥がした。
「ナに?」
「何じゃない、ですって! らーくんから離れて!」
「そもそも突然何をするんですか、あなたは!」
「エッ? 王子サマに助けテモラッたお礼すルの」
「……具体的には?」
「お礼ノチュー……」
「「却下ぁぁぁぁ!!」」
何やら言い合いを始めた3人に羅號は苦笑いをするしかない。そんなところに身体を引きずるようにして『重巡ネ級』が近付いてきた。
「ちぃ様ちぃ様、幾らナンでモ自己紹介モせズに飛びツくのハ駄目デす。ハシたナイ。
ウィン様に言いツケますヨ?」
「ウゥ……ワカった。
ゴメンナサイなノ」
『重巡ネ級』に言われると、『北方棲姫』も素直にペコリと頭を下げて離れていく。
「……私ハ深海棲艦『重巡ネ級』の『イリス』だ」
「『北方棲姫』の『ちぃ』なノ。
助けてクレてアリガトウ、王子サマ」
『イリス』はペコリと頭を下げ、『ちぃ』は花咲くように微笑んだ。
「僕はトラック艦隊所属、万能戦艦『羅號』」
「潜水艦『呂500』、ろーちゃんです」
「駆逐艦『朝潮』よ」
返すように羅號たちも自己紹介をする。
「改めテ、助かっタ。 救援ニ感謝スル」
「いえ、僕たちもジュノーさんからの救援要請を果たしたまでにすぎないです」
羅號の言葉を聞いた『イリス』は、意を決したように聞いた。
「ジュノーは……ドウなった?」
「……僕たちが見つけた時には、すでに沈没寸前で手の施しようが……。
最後に僕たちに救援を頼んでそのまま……」
「ソウ……か……」
「ジュノー……グスッ……」
『ジュノー』の最後を聞き、『イリス』は戦友を想いしばし黙祷し、『ちぃ』は涙ぐんで鼻を鳴らす。
その姿は仲間を失った自分たち艦娘となんら変わりない。『深海棲艦は感情のない正体不明の化け物』だと教えられてきたローと朝潮は初めて見る彼女らの反応に、本当に人類と接触を持とうとしている彼女たちが今までの深海棲艦とは違うものなのだと実感する。
ややあって『イリス』は顔を上げた。
「ジュノーの最後、知らセテくれてアリガトウ」
「……とても立派な
「当然ダ、私自慢の戦友ダからナ。
ソレで……ジュノーかラ私たチの事ハどれダケ聞いタ?」
その言葉に、羅號は首を振る。
「ほとんど何も……。
ただ貴女たちが会話できる特別な深海棲艦で、僕たち人類勢力と接触したがっている。
そしてそれを快く思わない深海棲艦に襲われた、ってことぐらいしか……」
「ソウ……か……」
話を聞いて『イリス』は頷くが、その傷のためか膝を折った。
「イリスッ!?」
「大丈夫ですか!?」
慌てて『ちぃ』と羅號が崩れ落ちそうになっている『イリス』を支えた。そして羅號に向かって言う。
「確かニ、我々は人類側ニ接触を望ンデいる。
シカし、私デは詳しイ話はデキない。
本来ナら我々の『指導者』の所ニ案内したイのだガ……コの損傷でハ、そこマデ辿り着ケルか微妙ダ……。
頼ム、少シでイイから油と鋼材ヲ分けテくれないカ?
ソレで損傷の自己修復ヲ行い、ソノ後に我々の『指導者』の所ニ案内しヨウ」
「……わかりました」
『イリス』の提案に羅號は頷く。それに慌てたのはローと朝潮だ。
「らーくん、大丈夫なの?」
「そうですよ。 相手は曲がりなりにも深海棲艦ですよ?
みんなのところに連れて行くのは……」
そんなローと朝潮の心配を、羅號は「大丈夫、大丈夫」と言ってなだめる。
「さっきの他の深海棲艦との戦闘は本物だった。そこから考えても、人類と接触したいっていうイリスさんたちの話に嘘はないと思うよ。
だから突然暴れ出すようなことはないと思う。
それに……」
羅號はそこで一度言葉を切ると言った。
「戦い終わり、助けを求める声があるのなら敵味方関係無く全力で助ける……それが海に生きる者に必要な『シーマンシップ』、『海の武士道』だよ。
今の『イリス』さんたちは戦い合う敵じゃない。
なら、助けないと……」
その答えに、ローと朝潮は嬉しくなる。
羅號はこういう人だ。ただ力が強いだけじゃない。最強の艦娘『大和』と、海の漢『提督』から尊い魂を正しく受け継いだ艦息なのである。
それがこうして証明されていくのが嬉しくて仕方がない。
そんな彼と出会えた奇跡が嬉しくて仕方がない。
そして、2人はその姿にどんどん心惹かれていくのだ。
「トラック偵察艦隊、これより海域の偵察を終了し帰還します!」
「
「了解です!!」
羅號率いるトラック偵察艦隊は、数を2つほど増やして帰途に就くのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「報告は以上です」
「「「「……」」」」
羅號の報告を聞き終わっても、長門たち大人4人は無言だった。
あまりに無言なので、一緒に敬礼しているローと朝潮はどうも不安でしょうがない。ふと見ると、残りの3人……吹雪も満潮も秋雲も、この臨時司令所となっている天幕を覗き込んでいる。つまりトラック泊地残存艦隊の全員集合状態だ。その視線のことごとくが集中しており、非常に居心地が良くない。
「……あのぉ」
「……ああ、状況は理解した。
外に出れば必ず何かしらやらかす艦息に、少しだけ頭を抱えただけだ。
問題ない」
不安にかられて声をかけようとした羅號だが、長門が遮るようにため息交じりに言ってから視線を動かす。
そこには羅號の隣……包帯とで簡単な治療をした深海棲艦『重巡ネ級』の『イリス』と、羅號に抱きつくようにして警戒心を含む赤い瞳を向ける深海棲艦『北方棲姫』の『ちぃ』の姿がある。
それを見て、長門は再びため息をついた。
あの後……偵察任務を終えた羅號たちは帰還したわけだが、当然ながら大騒ぎとなった。それはそうだ、本来敵であるはずの深海棲艦を連れて帰って来たのだから。
確かに、今までの戦いの中で深海棲艦の鹵獲ということは人類側はしたことはあるが、それを羅號たちが今、やるような状況ではない。しかもどう見ても……主に笑顔で羅號の腕に抱きつく『北方棲姫』を見る限りでは鹵獲という雰囲気ではない。
何事かと思ってみれば、今度はその深海棲艦たちが『会話』ができて意思疎通が可能だという、これまでの深海棲艦の定説がひっくり返る存在だ。しかもそんな集団が人類勢力への接触を望み、それを阻もうとする深海棲艦と戦っていたというのである。
長門たちとしては、もう頭の許容量ギリギリの大事件である。
しかし、この深海棲艦内での『内戦』ともいえるこの事情の重要性を認識できないほどにバカでもない。
長門は意を決して、『イリス』へと話しかけた。
「私はこのトラック艦隊の臨時司令である長門だ。
『イリス』……でいいのか?」
「ソれが私の『個体名』デ相違なイ。
我々のよウな『名前持ち』は、自分ノ名前を気に入ってイる。
ソう名前で呼んデもらエると、嬉しイ……」
「ではイリス、こうして君たちと平和的に接触できたことを嬉しく思う」
「こチラこそ命を救わレ、手当てヲしてモラッた。
貴艦隊の温情ニ、感謝すル」
そう言って『イリス』はペコリと頭を下げた。
それを見て『ちぃ』も羅號から離れる。
「あ、アリガトウ……なノ」
いまだに警戒心は残っているものの、こちらもペコリと可愛らしくお辞儀をしてお礼を言った。
まるで駆逐艦の艦娘たちのような小さく可愛らしい姿に、思わず抱きしめてスリスリしたい衝動に駆られる長門だが、それをグッと抑え込み再び『イリス』へと視線を向ける。
「怪我の調子はどうだ?
何分こちらも見ての通り、物資は潤沢とは口が裂けても言えない状況なのでな。
大したことはしてやれん」
「問題ナい。
分けてモラッた油と鋼材デ、艤装の最低限ノ自己修復には十分ダ。
コレで……本隊に合流デきる」
「詳しい事情は……話してもらえないのだな?」
「スマナイが、私にモちぃ様にモその権限ガなイ。
本隊に居ル、我々の『指導者』デなけレバ……。
ダが我々は、平和的ナ人類勢力とノ接触を望んでイる。
ソれは、ドウか信じテ欲しイ」
「その辺りは羅號からの報告で理解している。
……イリス、君のその自己修復というのはどれほどの時間がかかる?」
「ソウだな……5時間ほドで、十分動けルようニなるだロウ」
「今は……14時か。 ならば夜には動けるようになるのだな。
……いいだろう、我々トラック艦隊も君たちに同行させてもらおう。
是非、君たちの『指導者』に会って事情を聞きたい」
「助かル、コチラも人類勢力とノ接触は願ってもナイことダ。
我々の『指導者』モ……オ喜びにナる」
その言葉に、長門は頷いた。
「大したもてなしはできないが、時間まではゆっくりしてくれ。
羅號、ロー、朝潮。 彼女たちを任せる。
甘味類を許可するからしばらく、くつろいでいてくれ。
……そこの覗いているお前たちも、一緒に甘味を味わっていい。
ただし全員、しばらく休んだら移動の準備に入れ。
いいな!」
長門のその言葉に、羅號一同子供たちから歓声のような返事が上がる。そして『イリス』と『ちぃ』を連れて、羅號たちは天幕から出て行った。天幕に残っているのは長門・鳥海・夕張・明石のトラック首脳陣である。
「……よかったんですか?
全員であちらの本隊とやらに出向くことにして……」
「話と状況を聞く限り、ブラフであるとは考えにくいからな。
下手に隊を割ると、そちらのほうが逆に危険だ。
それなら全員で行動した方が、万一の不測の事態にも全力を傾けられる」
「確かにそうですね……」
「それに……『いかない』という選択肢はあり得ない。
そうだろう?」
長門の問いに、鳥海も夕張も明石も頷く。
今までどうやっても意思疎通できなかった深海棲艦。それが『会話』による意思疎通が可能で、しかも人類勢力との接触を望む一派がいる。そしてそれを望まぬ勢力があり、深海棲艦内で『内戦』ともいえる内輪もめが起きている。
今の状況だけでも十分大発見だが、その『指導者』と会うことでより詳しい情報を聞けるだろう。
「下手しなくてもこれ、この戦争の重大な転機になるわ。
それに今まで謎だった深海棲艦のことも、深海棲艦本人たちの口から聞ける」
「危険を冒してでも、彼女たちと会見する価値はありますよ」
夕張と明石は技術に携わる者として、深海棲艦の謎の真相に迫れると興奮気味に語る。ただ鳥海だけは、ことの重要性は理解しながらもそこに潜む危険性から渋い顔をする。
そんな鳥海の肩を、長門はポンッと叩いた。
「何、心配はいらんさ」
「何を根拠に……」
「私の『女の勘』……と言ったら?」
「……今、信頼性がガクッと下がりましたよ」
長門の冗談に、鳥海も苦笑して肩を竦める。
「冗談はさておき……根拠はアレだ、見てみろ」
そう言って長門は天幕の外を指差す。
そこでは水で戻すタイプのきなこ餅や桃缶、缶詰のパンケーキを開けてお茶会を始めた子供たちの姿があった。
そしてその中心では……。
「ラゴウ、オモチタベる!」
「う、うん……」
隣からきなこ餅を差し出す『ちぃ』に、羅號は何とも言えない表情だ。
その傍らではローと朝潮が、何やら闇のオーラを纏っているのだから当然と言えば当然である。
「何をやってるんですか、あなたは!!」
「ン? ラゴウにアーンやっテル」
「なんでそうなるんですか!!」
「アサシオ、何怒ってル?」
朝潮の叫びに『ちぃ』は小首を傾げる。その様子に、朝潮は今度は羅號へと喰ってかかっていた。
「羅號! あなたも何でされるがままなんですか!!」
「えぅっ!?」
「アサシオ、ラゴウ虐めルのヨクない」
「虐めてません!
って、いつまで羅號にくっついてるんですか! 離れなさい!!」
「ヤッ!!」
プイッと横を向く『ちぃ』。しかし、『ちぃ』は離れる様子がない。
「ロー、あなたからも何か言って……」
仕方なく朝潮は援軍を呼ぼうとしたのだが……。
「えへへっ♪ パンケーキ、らーくんも食べて、って♪」
「待ちなさい、そこの不審な潜水艦!!」
援軍と思ったローは、『ちぃ』の逆方向からパンケーキを差し出している。その光景に思わず朝潮の対潜爆雷(チョップ)がペシッ、と振り下ろされた。
「あぅ……あっしー、何怒ってるの?」
「何じゃありません! あなたこそ何をやってるんですか!!」
「え? らーくんにあーん、だよ?」
さも当然のように言うローに、朝潮は頭を抱えた。
「ロー、アサシオどうシタの?」
「恐らくあっしーもやりたいのに場所が無くなっちゃって怒ってるんです、って」
「オオ、ナルほど! ローは頭イい!」
そんな朝潮を尻目に、ローと『ちぃ』は何やら通じあったりしている。
すると、『ちぃ』は羅號を立たせると右側から先ほどと同じくきなこ餅を差し出す。ローも仲良く逆の方からパンケーキを差し出した。
「ちょっと2人とも!!」
「ちぃ、分かっタ。 アサシオの場所モしっかり用意シタ」
「あっしー、真ん中からどうぞ、って」
「……えっ?」
再び止めに入ろうとした朝潮だが、ローと『ちぃ』の懐柔策に動きを止める。
そして……。
「し、仕方がありません。
これ以上ガミガミ言っても場の空気が悪くなってしまいますから、ここまでにします」
何やら顔を赤くしながら言い訳じみたことを呟くものの、完全に懐柔成功である。
朝潮も桃缶の桃を一つ取り出して羅號に差し出した。
「らーくん……」
「羅號……」
「ラゴウ……」
「「「あーん」」」
……どうやら3方向を囲まれ、羅號は包囲殲滅の運命のようだ。どこにも逃げ場はない。
そしてそんな哀れな戦艦の姿を見つめる3人。
「甘クテ美味シイワネ、吹雪(棒」
「ウン、ソウダネ満潮チャン(棒」
もはや何もかもを諦めたような目で仲良くパンケーキをパクつく満潮と吹雪。
その目には、目の前のあの見るからに甘ったるい空間が映っているのかどうか、はなはだ疑問だ。
そして残った秋雲は……。
「フィヒィッヒィッヒィッ!
滾る! 滾るぞ、らごやん!
Nice Ship!」
その精神は常人には遠く及ばない、どこか遠くに旅立っていた……
「……何か、とんでもない地獄絵図が展開されていますが?」
「うん、まぁ……否定はしないが……。
本来敵であるはずの深海棲艦、しかも『姫』クラスである北方棲姫があの通り羅號に首ったけだ。
あれこそ……私たち艦娘の目指していた『平和の海』なんじゃないのか?」
「……『砂糖の海』の間違いでは?」
「それは言うな。
……子供は素直でいい。難しいことは考えずにああして自然に、人類と深海棲艦との和平の可能性を見せてくれている。
私は、あの光景にある『可能性』は信じるに値すると判断した。
鳥海、お前はどうだ?」
言われて、鳥海は再び視線を羅號たちに戻す。
どうやら羅號に食べさせるという目的は全員達したらしい。やり遂げたロー、朝潮、そして『ちぃ』の3人は、今度はお互いに何やらおしゃべりをしながら甘味を楽しんでいる。
その光景は、どうしようもなく鳥海の心を和ませた。
「そうですね……確かにこの光景は、信じたくなります」
鳥海の答えに、長門は満足そうに頷いた。
その時だ。
「少シ、いいダろうカ……?」
天幕の中に『イリス』が入ってきた。
「どうしたのだ?」
「イヤ、少シ確認したイことガある……」
どこか声を潜めながら『イリス』は言う。
何かあるのなら先程話をしたときに聞いてくればいいものを今になって、しかもこの様子である。どうもあの場では聞けないような話を聞きに来たらしい。
「答えられることなら……」
長門がそう前置きすると、『イリス』は言う。
「アの『羅號』のことダが……アの艦息はモシや『重力炉搭載艦』デはナイか?」
「「「「ッ!!?」」」」
その言葉に、長門たち4人は揃って息を呑んだ。
羅號は長門たちにとって、色々な意味で『
しかし、『イリス』はその最大のブラックボックスである羅號の『零式重力炉』の話をしてきたのだ。それは『イリス』は羅號について、長門たちはもとより羅號自身ですら知らない『何か』を知っているということだ。
「……」
とはいえ、羅號のことを声高に言うわけにもいかず長門は押し黙る。しかし、沈黙は時として何よりも鮮明に真実を語る。その様子で『イリス』は察したようだ。
「……ソノ様子でハ、私の考えテる通りらシイな……。
アの『
「……羅號について、何を知っている?」
長門の問いに、『イリス』は首を振る。
「……コレも私ガ言ってイイ話でもナイので、スマナイが話せナい。
たダ……」
そこで『イリス』は一度言葉を切る。
「想定サレる最悪の場合……羅號が、羅號だケが最後に残さレタ希望にナる……」
そうはっきりと、しっかりした口調で言い切ったのだった……。
次回は本隊と接触し、この物語の真実が語られます。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第七話
真実 艦娘と深海棲艦の謎 前編
独自設定満載ですが、この物語ではこうだということで……。
『艦娘』と『深海棲艦』……これはともに謎の多い存在だったわ。
通常兵器がまるで通用しない『深海棲艦』は謎の塊、一から十まで謎だらけよ。そして、それに対抗する『艦娘』だって同じ分だけ謎を持っていたわ。
そもそもよ、『深海棲艦』の襲来からあまり間を置かずに『艤装システム』、そしてそれを装着することで『深海棲艦』と戦えるようになる『艦娘システム』、そしてそれらを運用・開発する『妖精さんの存在』……これらの技術は生み出されたことになっているわ。
深海棲艦襲来までその基礎的な研究すらなかったというのに、『深海棲艦』に対抗するための『艦娘』というシステムは驚異的な早さで実用化にまで至っているのよ。
これはどう考えてもおかしいわ。
確かに今までの人類の歴史を紐解けば、たった1人の天才によって生み出された画期的な技術が驚異的なスピードで広がったということはある。特に戦争のように切羽詰まった状況なら、画期的新技術っていうのは結構生み出されているわ。まさに『戦争は技術開発の母』といったところかしらね?
でも、こと『艦娘』に関してはその辺りがあまりにも不自然すぎた。
……今考えるとお笑いよね。
敵である『深海棲艦』のこと、それどころか『艦娘』という自分たちのことすら分からず私たちは戦っていたんだもの。あそこまで完璧で見事な情報隠ぺいは、他には無いんじゃないかしらね?
でもね……『謎』というものは往々にして、いつか解き明かされるものなのよ。
あの日私は……ううん、私たちトラック泊地残存艦隊は『艦娘』と『深海棲艦』、そしてあの戦争に関するすべての謎を知ったわ。そしてそのことで私たちは『艦娘』と『深海棲艦』、そして人類の未来に関わる重大な戦いに、首までドップリ浸かることになったのよ。
そして、そんな私たちの先頭を……人類の希望を背負ってひた走るのが羅號くんだった。
……明石は羅號くんの強すぎる力に、結構警戒心があったみたいだけど私は違うわ。未知という名のスリル、探究心という名の渇望とそれが満たされることで得られる、まるで麻薬のような快楽……はっきり言うと、私はそれに完全にハマってたってわけ。
あともう5歳、あともう5歳若かったら羅號くんと年齢的にもお似合いで、カップル候補に名乗り出るんだけどなぁ……。
って、今のはオフレコで! あの娘たちに知られたら何されるかわかんないから。
まぁ、今のお姉ちゃん枠も十分気に入ってるし、今のままでも十分だけどね。
色々……本当に色々試させてもらってるし!
――――――鎮守府研究部主任『夕張』へのインタビューより抜粋
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
その夜、応急修理の終了した深海棲艦『重巡ネ級』こと『イリス』の先導に従ってトラック残存艦隊全艦は島を出立した。
距離的にはそう離れているわけでもなかったため、食糧や物資は島に置いたままである。
「……」
航行する彼女らの顔は、様々な色を含んでいた。それはそうだ、これはおそらく人類初の深海棲艦との『対話』となるのだから。
不安・恐怖・期待・希望……それらをミキサーで混ぜ合わせたような、何とも言えないような感情が渦巻き、それがどうしても顔に出てしまう。
だが……変わらない者だっている。
「ラゴウ、オネーチャンに紹介すル!」
「ちぃちゃんのお姉さんかぁ……どんな人なの?」
「オネーチャン、オッパイ大きイ! 背高イ! 綺麗! 優しイ! 大好キ!」
「うん……綺麗でとってもいい人だっていうのはわかったけど、何で最初に胸の話が出てくるの?」
テンションのひたすら高い北方棲姫『ちぃ』の言葉に、羅號は苦笑いだ。
「ローもアサシオも、オネーチャンに紹介すル! ちぃ、友達できタって紹介スる!」
「えへへっ……」
「ま、まぁいいですけど……」
『ちぃ』に友達だと言われて、ローも朝潮も照れくさそうに頬を掻いた。
『ちぃ』は人見知りがするのか中々簡単には心は聞かないが、どうやら一度心を開くとトコトン懐くタイプだったらしい 。そこにはおかしな思惑などなく、ローと朝潮に向けているのは純粋な好意と親愛だ。
普通、純粋な好意をぶつけられればその相手に悪い印象を持つことなど稀である。そしてローと朝潮はそんなひねくれた人間ではなかった。
最初は敵であった深海棲艦ということで身構えることはあったものの、ローも朝潮も『ちぃ』からの友達宣言をどこか受け入れている。そのため、彼女たちと羅號の間ではとっくに敵味方の区別などなかったのだ。
そんな光景に和まされることしばし……トラック残存艦隊は、目的海域へと到着していた。
「着イタぞ……」
先導していた『イリス』の声。その時、艦隊の頭上に白い球体のような艦載機が迫る。反射的に身構えるトラック艦隊だが、『イリス』がそれを制した。
「味方の偵察機ダ……」
『イリス』の言葉通り、その艦載機は頭上を二度三度旋回するとそのまま戻っていく。やがて、目的地である島からこちらに艦隊が 向かってきていた。
「あれは……」
「凄い陣容……」
向かってくる艦隊に長門と鳥海は思わず声が出てしまう。
タ級改フラグシップ、ル級改フラグシップ、ヲ級改フラグシップ、軽巡ツ級……それぞれが隙のない見事な艦隊機動をこなし、それだけで恐るべき練度を持つ集団であることがわかる。
さらにその先頭には、旗艦である港湾棲姫の姿があった。
普通ならば泊地や基地の総力を挙げて戦わねばならないような恐るべき集団である。しかし、視認距離にまで接近しても相手からの敵意は感じられない。
その時、羅號の隣にいた『ちぃ』が飛び出していった。
「オネーチャン!!」
『ちぃ』はそのまま、港湾棲姫の胸に飛び込んで行った。
港湾棲姫もその特徴的な鉤爪を消すと、その手で『ちぃ』を抱きとめる。
「ちぃ、大丈夫? ケガは無イ?」
「ウン。 ジュノーたチや、ラゴウたちニ助けテ貰っタ」
「ソう……」
そう言って『ちぃ』の頭を撫でる港湾棲姫には妹の無事を喜ぶ姉の顔と、妹の護衛戦力だった部下を失ったことを憂う指揮官としての顔の二つが同居していて、その複雑な胸中が見て取れる。
「……ジュノーは……妹ノ最後は……?」
「……最後まデちぃ様を守り、戦イ抜いタ。
ちぃ様や私ガ生きテいルノは、ジュノーのおかげダ。
……スマない、『アトラ』」
「謝ル必要はナイ。 妹はソノ役目を果たしタ。 ダ力ラ、褒めてヤッテほしイ」
一方、『イリス』は軽巡ツ級に対して『ジュノー』の最後を説明していた 。
『ジュノー』は彼女の妹だったらしい。その最後に目を伏せるが、『ジュノー』の立派な最後を褒めてほしいと言って気丈に振る舞う。
それを見てトラック艦隊の面々は、改めて彼女たちは他の深海棲艦とは違い、間違いなく自分たち人類と同じく『感情』を持っているのだということを理解した。
やがて一通りの説明を終えたらしく、『ちぃ』と『イリス』を伴って艦隊が接近してきた。
「話ハ聞かセテもらっタ。
私ハ旗艦、港湾棲姫の『ウィン』」
「戦艦タ級改フラグシップの『メリー』とイう」
「アタイは戦艦ル級改フラグシップの『アイ』ダ」
「空母ヲ級改フラグシップの『ヨーク』……でス」
「軽巡ツ級の『アトラ』」
次々に自分の『個体名』を名乗っていく。
「妹と仲間ヲ救ってクレて、アリガトウ。 貴艦隊の温情ニ、最大の敬意ト感謝を」
そう言って『ウィン』はスッと長門に向かって、手を差し出してきた。長門はその手を取って握手を返す。
「こちらこそ、君たちのような者に平和的に接触できたことをうれしく思う」
その言葉に『ウィン』は満足そうに微笑む。
「それで早速で済まないが……我々もそちらの事情が呑み込めていないのだ。そちらの事情の説明を頼めないだろうか?」
長門の言葉に、『ウィン』は少しだけ困ったような顔をする。
「スマなイ、それハ私たちノ『指導者』でナケレば……」
「? 貴女が旗艦なのだろう?
貴女が『イリス』の言っていた『指導者』ではないのか?」
その言葉に『ウィン』は首を振る。
「私はコの『指導者』を守ルためノ、護衛艦隊の旗艦にすぎナいノ」
そう言って『ウィン』は長門たちを促す。
「私たちノ『指導者』がオ待ちヨ。 こちらニ……」
『ウィン』たちに先導され、トラック艦隊の面々はその島へと上陸した。その少し先に、擬装された天幕が並んでいる。どうやらこの天幕にその『指導者』というのがいるようだ。
「……こう言ったらなんだけど……」
「深海棲艦っぽくないですね……」
『深海』という呼び名からどうしてもジメジメしたイメージがあるのだが、目の前の野営地からはそんなイメージは湧いてこないと、少しばかり失礼な感想を夕張と明石は小声で話す。
一方の鳥海はそんな野営地の『人間臭さ』から、どうにも嫌な予感がしてならない。
(まさか、あの与太話が真実だというのはさすがに……)
そんな鳥海の心情を無視して、ついに長門たちはその大きな天幕の前に立った。
「ココよ」
そう、中に入るように促されるトラック艦隊の面々。
この先に、長年の謎だった深海棲艦の真実があるのかもしれない……ゴクリと誰かの喉が鳴った。
ついに意を決したように長門がその天幕の入り口を開く。
「失礼する」
そして中にはいった長門たちの見たものは……。
「初めまして、地上人類の皆さん……」
そこにいたのは1人の女性だ。
甘栗色の肩までの髪。肌は白いが、深海棲艦のような病的な白さではなく、ごくごく普通の白人的な白い肌。
さらにそれを彩るように着けられたティアラ状の装飾に、身にまとう白い装束……これらは一目でかなり質のいいものであることが見て取れる。
歳のころは長門と同じくらいの20ほど、整った顔立ちの美人だ。
そんな彼女はトラック艦隊の面々を認めると、座っていた椅子から立ち上がって彼女たちを迎えた。
椅子から立ち上がる動作や、ただ歩くという動作からも気品のようなものが溢れ出ている。
彼女はどう見ても『深海棲艦』ではない、どう見ても……『人類』である。
面喰って硬直する長門たちに歩み寄ってきた彼女は、『ウィン』と同じように手を差し出しながら言った。
「私の名前はアネットといいます。
この『レムリア亡命艦隊』の指導者、そしてこの戦争を終わらせたいと願っている、『レムリア人』の1人です」
「『レムリア人』……?」
聞いたことのない呼称に思わず声が出てしまう長門に彼女……アネットはさらに驚くべき言葉を投下する。
「そうですね……『深海棲艦』を造り出し、ただいま地上人類勢力と戦争中で、あなたたち地上人類に『艦娘』のシステムを提供した国家の人間……と言えばわかりやすいでしょうか?」
再び投下された言葉の1トン爆弾に、今度こそその場にいた全員の心が驚きで吹き飛んだ……。
~~~~~~~~~~~~~~~
島の中の野営用天幕……かなり大きめなそれの中は今、多くの『艦娘』と『深海棲艦』と呼ばれるものが揃っていた。
さすがに数が多すぎて椅子はないため 、床のシート上に全員が座っている。
『トラック残存艦隊』の面々はこれからの話を聞くために、長門が全員参加するように言ったことで10人全員集合した状態だ。
さすがに手狭でローや駆逐艦娘、そして羅號と子供たちは体育座りですし詰め状態だが、これからの話がどれだけ重要なのかは理解しているので文句は言わない。
長門を筆頭にした首脳部も姿勢を正して全員正座であった。あまり慣れないらしく夕張と明石は顔をしかめているが、さすがは鳥海は澄ましたものである。
一番意外なのは長門だろうか。スラリと背筋を伸ばした正座はとても美しい姿勢で、彼女が高い教養をつんだ名門のお嬢様だということを示していた。
一方、『深海棲艦』側……彼女らいわく『レムリア亡命艦隊』の面々はその旗艦である港湾棲姫の『ウィン』を筆頭に、『ちぃ』に『イリス』、『ヨーク』に『メリー』に『アイ』、そして彼女らの指導者だという『アネット』というメンバーである。
『アトラ』は他の駆逐を率いて 、周辺警戒を行っていた。
彼女らはどうも正座の文化はないらしく、全員足を崩した形で座っている。
そんな中、長門としてはアネットの様子が少しだけ気になった。
アネットは足は崩しているものの、その背はしっかりと伸ばされた綺麗な姿勢だ。その細い手の指もピンと伸ばされ、綺麗に組まれている。
他者から見て綺麗な姿勢というものは、実はなかなかやるのは難しい。それをアネットはまったくぎこちなさを感じさせない、『ごく自然』に行っているのである。
その様子から、長門はアネットを『かなり高い教養を受けた存在』である、と推測する。長門がそんなことを思っていると、そのアネットの方から話を始めた。
「少しは落ち着かれましたか?」
それは先ほど彼女が、『艦娘と深海棲艦を生み出した者たち』と言ったことへの動揺から回復したかという問いである。
「ああ……と言いたいところだが、正直私もいまだに話しが呑み込めていない。だから教えてほしい。
あなたたち 『レムリア人』とはなんなんだ?
我々『艦娘』と『深海棲艦』とは?
この戦争は一体何を目指しているのか?
そして……あなたたちは一体、何を目的としているのか?」
長門の言葉に、アネットは領く。
「わかっています。あなた方には、すべてをお話ししましょう」
そして、アネットは一つ息を吸い込むとその信じがたい話を語りだした……。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
真実 艦娘と深海棲艦の謎 後編
独自設定満載ですので、一応の注意です。
この設定はあくまでこの物語だけのものとなります。
遂にアネットの口から、この戦争の数々の謎が語られ始める。
まずは『レムリア』という国家についてだ。
アネットの言う『レムリア』という国家……これは遥か2万年の昔に、現代を遥かに超える科学力を持って栄えた、いわゆる『超古代文明』と言われるものだった。
いきなり怪しげな雑誌にでも載っていそうな話に面食らうが、アネットの表情は真剣そのものだ。トラック残存艦隊の面々はそのまま先を促す。
その超科学によって栄えた『レムリア』だが、その終焉は唐突だった。
今から2万年ほど前に『レムリア』はその大陸ごと、海の底へと沈んだのである。
その原因には地殻変動や新兵器の誤爆など、諸説はあるようだがはっきりとはしないようだ。
とにかく結果として、超古代国家『レムリア』は跡形もなく海の底へと沈んでいったのである。
しかし……『レムリア』の人々は絶滅してはいなかった。
わずかな……その元の人口からすればほんのわずかな人々は、海底に造られた施設にて生き残っていたのである。
「私も、そんな生き残ったレムリア人の1人です」
僅かに生き残ったレムリア人だが、その前途は暗かった。彼らは基本的な生活インフラのすべてを失ったのだ。
遠からず滅びは避けられないと思われていたが、そんな彼らにいくつかの幸運が味方する。
まず、都市管理級の超高性能コンピューターが生き残っていたことだ。そしてそのコンピューターが操る作業ロボットたちも生き残っていたのである。
そこで生き残っていたレムリア人たちはコンピューターと作業ロボットたちが生きていくのに必要な生活インフラを整えるまでの間、生命維持装置によるハイバネーション……いわゆる『冬眠』することで時を待つことを選んだのである。
「つまり全自動ロボットたちがそこに生きてく環境を整えるまで寝て待つ、ってことね」
「その通りです。
備蓄されていた食糧も酸素だっていつかは尽きますから、普通に私たちレムリア人が起きて環境を整えるという手段が時間的にも取れなかったんですよ」
夕張のざっくり噛み砕いた理解に苦笑しながらも、アネットはそれ以外に方法がなかったということを語る。
「とはいえ、生き残った作業ロボットの数もそう多くはなく、私たちが生きていけるだけの状態まで環境が整うまでには、本当に長い長い時間がかかりました。
私たちがその眠りから目覚めたのは約2万年後……今から20数年前のことです」
「20数年前!? それは深海棲艦の……!?」
「はい、出現と同時ですね。
それは当然です。 私たちが……彼女たちを創ったのですから……」
約2万年の長い眠りから目覚めたレムリア人たちは、さっそく地上の様子を調べ始めた。すると、そこには2万年前までは影も形もなかった人類文明が花開いていたのである。
「私たちレムリアはあなたたち……私たちから見ると『地上人類』ですが、その国家に接触して交渉を持つことになりました。
しかし……気分を害さないで頂きたいんですが、今の地上人類の科学力はレムリアよりも低いです。
しかし、私たちレムリア人の生き残りは2万人に僅かに届かない程度です。このまま交渉を行っても対等な話にはならず、レムリアが一方的に搾取されてしまいます。
そのため、地上人類と平和的に対等な交渉をするために戦力を持つことが不可欠となりました……」
平和的交渉をもつために武力を持つ……一見矛盾しているように思えるが、そうでもない。
『平和を欲するならば戦いに備えよ』とは有名な言葉だが、武力の後ろ盾もなく国家間の交渉などできはしない。武力の後ろ盾が無ければ、ただ貪り食われるだけというのは当然の話だ。
だから『平和的交渉をもつために武力を持つ』というのは国家として当然の、正しい発想である。
「そしてその戦力というのが……」
「『深海棲艦』というわけですね」
鳥海の言葉に、アネットは頷く。
「恐らく察しているとは思いますが……レムリアは全部滅んで2万年かけて作り直したような歴史のため、科学知識や技術は高くとも、『工業力』という面では地上に劣っています。
そのため『工業力がそれほど必要とならず、かつ戦力として十分なもの』が必要になりました。
そこでとられたのが『想念固定化』という技術です」
レムリアには『想念固定化』……つまり想いを形に変えるという技術があった。そして海の底には、先の大戦によって沈んでいった艦艇と、そこに残る想い……無念であったり後悔であったりというものがいくらでも存在している。
それを固定化することで生み出された人工生命体……これが『深海棲艦』だと言うのだ。
「『深海棲艦』の正体……『深海棲艦の正体は海で死んだものの亡霊説』が、一番正解に近かったんですね……」
「これ、公表したら『某国家の秘密兵器暴走説』とか『宇宙人説』とか唱えてる学者は憤死ものじゃない?」
「『宇宙人説』はともかく、『某国家の秘密兵器暴走説』はニアヒットじゃないですか?
レムリア国の『秘密兵器』なんですから」
明石と夕張は、ついに判明した『深海棲艦』の正体について乾いた笑いで言い合う 。正直、あまりに衝撃的すぎてこのぐらいでないとやっていられないのだろう。
実際、『深海棲艦』は秘密兵器と言って差し支えない。
同等の『想念固定化技術』のものでなければまともに傷付けられず、さらにどれだけやられても再び数多ある想念を固定すればいい。
まさに『無限艦隊』のようにいくらでも補充が可能なのだ。
さらにコストも安い。
恐らく兵器としては、最上級の有用性だろう。
「その内容からすると、やはり我々艦娘の『艤装』は……」
「はい。レムリアからの『想念固定化』技術によって作られています。
その辺りの事情も後程出てきますので……」
『深海棲艦』という武力を持ったことでついに地上との交渉を決意したレムリアだが、その段階になって交渉の方針が分かれてしまい、結果として2つの派閥が形成される。
それは『共存派』と『制圧派』の2つだ。
『共存派』というのは、その名の通り『地上人類との共存』を求める派閥だ。
すでにレムリアは亡国であり、地上はこの2万年の間文明を発展させ続けた地上人類のものである。だからこそ彼らと融和し共存・共栄の道を歩むべきだというのがその趣旨だ。
一方の『制圧派』はより過激な、『制圧又は軍事的圧力によって地上人類を屈服させる』という主張の派閥だ。
地上人類の科学力はレムリアよりも数段劣っており、ならばその科学力を背景にレムリアが地上人類を導くべきだという趣旨である。
「では貴女がその『共存派』のリーダーというわけか?」
「ええ、その通りです」
長門の言葉に、アネットが領く。
「そしてもう片方の『制圧派』のリーダーというのが、私の双子の姉である『アブトゥ』でした」
アブトゥは自分たちよりも劣っている地上人類に頭を下げるなど許せない、と過激な主張で『制圧派』を纏めたのだ。
しかし結局、彼女たちの父である国王コルドバが『共存派』の意見を採用したことでレムリア側の交渉方針は纏まったのだが……。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。 今、貴女の父が国王だと聞いたのだが……」
「ええ、それで間違いありません。
私、一応レムリアの王位継承権を持つ『姫』となってます」
アネットの答えに、長門はそのしぐさから滲み出る気品の正体がやっとわかった。
(育ちがいいとは察していたが、まさか王族とは……)
心の中でひとりごちてから、長門はアネットに先を促す。
「今の話だと、レムリアは『共存派』の外交方針を採用したんだろう?
それなのに何故、それが今のような泥沼の大戦争になっているんだ?」
「それは……すべてあの時……地上人類との初めての交渉の席でのことでした……」
レムリアと地上人類との初の交渉……その席で事件は起きた。
交渉に赴いていた国王コルドバが突如として血を吐き、その場で死亡したのである。
口にしたものはすべて地上人類側が用意したものであり、地上人類の犯行であると断定。この卑劣なだまし討ちにレムリア側は激怒し報復を決意、外交方針を『共存派』路線から『制圧派』路線に変更、この戦争の戦端が開いたというのである。
「交渉に赴いた一国の王を、その席で毒殺だと……!?」
「これは……戦争になってもしかたありませんね……」
長門がその卑劣な方法に憤慨し、鳥海はこの戦争の非が人類側にある『報復戦争』であることに表情を暗くする。
しかし、その言葉にアネットは首を振った。
「実は、これはそう一概に言えない話なのです……」
「?
それはどういう……」
アネットはあまりの不自然さに、この一件を調べていた。そしてこの国王毒殺事件が実は姉であり『制圧派』の首魁であるアブトゥによって仕組まれたものであることを知ったのだ。
「アブトゥと私は双子の姉妹、そして私たちに男の兄弟はいません。
だから私かアブトゥ、どちらかがいずれレムリアの王位を継ぐことになっていたんですが……どんな因果か、私が『共存派』のリーダー、そしてアブトゥが『制圧派』のリーダーとなりました。
そしてそれが……」
「王位継承を巡った、擬似的な争いになっていたということですね?」
鳥海の問いに、アネットは領く。
「『採用された派閥の方が次の王位を得る』……そんな根も葉もない話がささやかれるようになってしまいました。
私は妹ですし、姉のアブトゥが王位を継ぎたいというのなら、何の異存もなかったのですが……」
「そのアブトゥさんの方が、そうではなかったということですね……」
アブトゥは『制圧派』のリーダーであるだけに、科学技術の未熟な地上人類を『ただの野蛮人』だと毛嫌いしており、そんな彼女にはとても『共存派』の意見など受け入れられるはずもなかった。
さらに王位継承について非常に貧欲だったアブトゥは、父王が王位継承権を巡るライバルであるアネットの『共存派』の案が採用されたことで父王への不快感と大きな危機感を持つにいたった。
そしてついに、アブトゥはとある1人の海軍関係者と共謀して交渉の席での父王の毒殺という暴走に至ったのである。
「アブトゥは海軍の、当時少佐だった『君塚』という人物と共謀して毒を盛ったのです」
「君塚だと!? それは横須賀の君塚大将のことか!?」
その名前に長門は声を上げる。
『君塚大将』……現横須賀鎮守府総司令である提督だ。
どうも長門の父である筑波大将との仲が激烈に悪いらしく、長門も近づきたくない相手ではある。
「アブトゥの策略が成功したあかつきには何かしらの地位や物品といったものを約束されていたようで、当時の君塚少佐はアブトゥからレムリアの科学力、そして『無限艦隊』ともいえるレムリアの戦力『深海棲艦』を見せられたことで、レムリアにつくことを決めたようです」
「君塚大将ですか……裏で汚職やら黒い噂も絶えませんし、なんか納得です」
アネットの言葉に噂話を思い出した明石がうんうんと領くが、それに長門が待ったをかける。
「待て待て待て。
君塚大将は確かに黒い噂の絶えない人物だが、この20数年にわたっていくつもの海戦で前線にて指揮をとり、大戦果をあげた名将であることは間違いないのだぞ。
内通しているものが命がけで戦場に出たりなどするのか?
第一、君塚大将が内通しているのなら『深海棲艦』の出現からこの20数年、まったくレムリアと通じて行動を起こさず、提督として勤め上げているのはおかしくはないか?」
長門の疑問ももっともだ。
君塚大将とレムリアが通じていたのなら、彼が今まで命懸けで勝ち取ってきた戦果はなんだったのか?
何故『深海棲艦』の出現からこの20数年の間、まったく動きがなかったのか?
そこが長門にはわからない。その疑問に、アネットは答える。
「まず戦果についてですが……確かに内通しているのに、その相手に命懸けで戦うのはおかしいとは思います。
しかしアブトゥから授けられた……『コード』がそれを解決します」
「『コード』?」
「はい……。
『深海棲艦』はレムリアの戦力である、人工生命体です。そのため、一般的な『深海棲艦』は上位命令には絶対服従です。
この『深海棲艦』への絶対的な上位優先命令を『コード』と言います。これを君塚少佐は与えられたようです」
「つまりその『コード』を使えば『深海棲艦』がほぼ無力化され、命懸けの戦いがただの出来の悪い八百長試合になる、というわけですね?」
「その通りです」
鳥海の言葉に、アネットは領く。
いくつもの海戦を勝利してきた名将が『実はただ八百長試合をしていただけだった』という衝撃の事実に一同声も出ない。
「もう一つの疑問……『なぜこの20数年の間、まったく動きがなかったのか?』という疑問ですが……これに関しては交渉決裂からの後の話をしましょ う……」
『制圧派』路線に外交方針を変更したレムリア。
しかし国王毒殺事件の裏側に気付いたアネットは、このまま本格的な戦端が開けば『深海棲艦』に対して無力な地上側が致命的なダメージを負い、『共存』など不可能になる……そう考え、地上人類側へ『深海棲艦』に対抗するための技術を極秘裏に提供したのである。
その技術こそが……。
「私たち『艦娘システム』というわけね」
「はい……。
艦娘の『艤装』、あれは『深海棲艦』と同じ『想念固定化』の技術です。
『深海棲艦』は海に対するマイナス想念を基本的に固定化させていますが、艦娘は『希望』や『願い』や『祈り』といった純粋なプラス想念の結晶とも言えるものです」
「なるほど、同一技術の方向性の違うもの……まさに『艦娘』と『深海棲艦』はコインの表と裏の関係ということですね」
アネットの話に、夕張と明石は今までの『艦娘』と『深海棲艦』の謎が解けていき感心しきりだ。
「こうして地上人類側に『艦娘』の技術は渡りました。
でも……戦争開始の状態で『深海棲艦』を完全に配備しているレムリアと、これから『艦娘』を配備する地上人類では準備に差がありすぎます。
そうでなくてもみなさんは不思議に思ったことはありませんか?
海域にひしめく大量の『深海棲艦』、今回の南方での大襲撃のように一気に攻めればいいのにそれをしない。
それどころか同じ編成で同じ場所にいたりなど、『決められたことをしているだけ』には見えませんでしたか?」
「……確かに、『深海棲艦』が戦術や戦略を駆使した戦いを行うということはなかった。今まではそれこそ『正体不明の何か』だと思っていたから違和感はなかったが、『深海棲艦』はレムリアの戦力、つまり背後には『レムリア人』というれっきとした人間がいたはず。
それなのに、その行動に指揮官たる人間を感じることはできなかったな」
「……鋭いですね。
その通りです、私たち『レムリア人』は……つい最近までいなかったのですから」
アネットは奇妙な言葉とともに語り始めた。
時はアネットが人類に『艦娘システム』の技術を供与してすぐのことだ、次々に『レムリア人』たちが倒れるという現象がレムリアではおこっていた。
その原因は2万年という、あまりに長いハイバネーションが原因である。そのために実は身体に不調をきたしていたのだ。
それを治すには再び調整のために生命維持装置に入り、ハイバネーションに入らねばならなくなったのである。
しかし、すでに地上人類との戦端は開いた後だ。
結果、『レムリア人』は全員再び眠りにつき、残された『深海棲艦』たちは自動で決められた通りの攻撃や反撃などしかしてこなくなったのだ。
「今までの話、20数年前の話なのですが私の体感としては、ほんの数か月前の話なんです」
「じゃあ君塚大将が20数年動かなかったのは……」
「私たち『レムリア人』が目覚めるのを待っていたんです……」
「そしてその目覚めたレムリア人が本格的に活動を始めた証が……あの南方での大攻勢ということですね?」
「その通りです。
もっとも今目覚めているレムリア人は私やアブトゥを含めたごくごく少数、同胞すべての目覚めにはまだまだ時間がかかるでしょう」
そこまで言うと、口を整えるためかアネットはすでに冷めてしまったお茶を口にする。
長門は息をつくと、仰ぐように天幕の天井を見た。数々の衝撃の事実は、正直すでに長門の頭の許容量を超えていた。
長門とてただの一艦隊の臨時司令でしかない。それが知るには過ぎた話だ。
しかし……どんな運命の巡りあわせか、知ってしまった以上は知らなかったことにはできない。
長門は再び、アネットを見つめる。
「……今までの話は分かった。
それで……貴女は何を望んで行動しているんだ?」
長門のその言葉に、アネットは長門をまっすぐに見つめながら返す。
「『地上人類とレムリア人の共存』……そのための、この戦争の早期終結が私の望みです」
まっすぐに長門を見つめ返していたアネットは、フッと自重気味に笑う。
「この戦争、その始まりはやはり私たちレムリアが原因です。
ならばその終結には、レムリア人として責任を持たねばならないと思うのです。
それに……レムリアの王族として現実的な話をすれば、『共存』以外はレムリアにとっていい未来があるとは思えません。
レムリアの人口は2万に届かない程度、一方の地上人類の人口は数十億です。
アブトゥたち 『制圧派』は各国の頭さえ押さえれば軍事力と技術力を背景に支配できると考えているようですが……こんなに数に差があれば、無茶な話です」
「……確かに、『少数が圧倒的な大多数を支配する』ということの難しさは歴史が証明しているからな」
アネットの言葉に、長門はウンウンと領く。
「だからこそ、私はこの事実を地球人類側に公表し、アブトゥの暴走を止めレムリアを間違った道から引き戻したいのです。
そのために私はこの娘たち……『コード』の呪縛を逃れ、『感情』を持ったこの娘たちとともに『レムリア亡命艦隊』としてレムリアを出ました」
「『コード』の呪縛を逃れた?」
おかしな言い回しに鳥海は首を傾げると、それを悟ったように『ウィン』が説明を始める。
「私ヲ含めタ、コの『レムリア亡命艦隊』の全員ハ生成過程のミスなノか偶然か……通常の『深海棲艦』と違イ『感情』を、そして『自我』ヲ持ッテいル。
ソシてそノ『感情』と『自我』を持っテいルことデ通常の『深海棲艦』ヨり強力な個体とナッタばかりカ、本来最優先上位命令であル『コード』に逆らウことができるノダ。
それ故ニ……私たチは『欠陥品』ノ熔印を押さレ、処分されルはずだった……」
どんなに単体の力が強かろうと命令に逆らうことのできる兵器など、確かに『欠陥品』だろう。
「ダガ……そんナ私たチをアネット様が救っテくれタ。
私たチを変えノ利くただの兵器でハなク、『感情』を持つ一つの存在としテ扱い、唯一無二の『名前』までクレた……。
ダ力ら私たチは、アネット様のたメに……戦ウ!」
『ウィン』のその言葉に、その場の『レムリア亡命艦隊』の全員が力強く領いた。その固い信頼で繋がった様子は、戦死した提督と自分たちとの関係を思い出させる。
その姿を見て、長門は決意した。
「貴女の決意、そして目的は理解した、アネット司令。
トラック臨時司令として、私は貴女の目的のために協力をすることを約束しよう。
全員、異論のあるものはいるか!」
長門は後ろのトラック残存艦隊に呼びかけるが、無論今までの話を聞いて異論を挟むようなものはいなかった。
長門はゆっくりと立ち上がると、右手を差し出す。
「アネット司令……」
「司令なんて大層な呼び方は結構です。アネットとお呼びください、長門さん」
「ではアネット。 改めて、貴女に協力しよう。
そして、ともに静かな平和な海を!」
「ええ!
戦いのない平和の海を目指しましょう!」
長門とアネットがしっかりと握手を交わす。その光景に、全員から喝采が上がった。
そしてこれが、艦娘と深海棲艦が手を取り合った史上初の艦隊『トラック・レムリア聯合艦隊』の結成の瞬間だったのである……。
~~~~~~~~~~~~~~~
互いのメンバーは握手を交わし合い、その興奮も落ち着いたところで長門は今後のことをアネットと話す。
「それでアネット、そちらの予定はあったのか?」
「私たちは人類勢力に接触し、なんとか和平の道を開こうと考えていました。
そのためには『深海棲艦』への命令を続ける、レムリアの中央制御コンピューターを何とか制圧しようと考えていたのですが……私たちの戦力ではまるで足りません。
そこで……」
「人類勢力との共同戦線による、レムリアの本拠地への攻撃……か。
だが、いいのか?」
「……もはやそれぐらいしか、この戦争の早期終結は見込めません。
それに……」
そこでアネットは少しだけ目を伏せ、やがて再び顔を上げるとはっきりと言った。
「あまり時間はありません。
もし時間をかければ『奴ら』が動きだし、こちらの敗色は濃くなります」
「『奴ら』とは?」
深刻そうなアネットの様子に長門が聞き返すと、アネットは視線を少しだけ泳がせ、そして羅號を見た後に長門へと答える。
「戦争の開始と同時なのですが……『制圧派』は自軍の切り札としての戦力、最強の『深海棲艦』の製造を考えていました」
「最強の『深海棲艦』だと?
それは『姫級』や『レ級』のことではないのか?」
長門の言葉に、アネットは首を振る。
「『姫級』や『レ級』はそれでもあなたたちの常識で測れる範囲内の存在でしょう?
『制圧派』の切り札はそんなものではなく、完全な常識外の存在です。
通常の深海棲艦は沈んだ艦の想念の塊のようなもの、そのためその能力はあなたたち艦娘と同じく、ベースとなった実際に存在した艦艇の能力に近くなります。
ですが『制圧派』の切り札は、『レムリア系技術』を導入することで生まれた、架空で未知の艦です」
「『レムリア系技術導入の架空艦』だと!?」
人類の科学力を大きく超えるというレムリアの超科学、それを導入した艦というだけで長門は一瞬にしてその脅威度を理解した。
アネットは再び羅號を見ると続ける。
「その最大の特徴は……滅び去ったレムリアで造られた永久超動力機関『重力炉』を搭載し、
「ちょっと待ってください! その特徴って……!!」
アネットの言葉に、ピンときた明石は悲鳴のような声を上げて羅號を見た。ほかの全員の視線もラゴウに集中する。『重力炉搭載』と『ドリル装備』……それは間違いなく、羅號の特徴だからだ。
アネットは領くと、羅號を見つめる。
「……彼を初めてみた時から気付いていました。
彼は『重力炉』と『ドリル』を装備した艦……そう、彼は『レムリア系技術導入艦』です」
本日何度目か数えるのも馬鹿らしいほどの驚愕、だが長門にとっては今日一番の驚きだった。
「ば、馬鹿な!?
この子は我らの戦友、大和と提督の忘れ形見だ!
レムリアとの接点など、どこにもないぞ!?」
「いいえ、『艦娘』……いえ、『艦息』だというだけで、レムリアの技術との接点はすでにありますよ。
それに……『建造』とは、強く正しい『想い』の結晶です。
そして『建造の可能性』だけならば、どのようなものでも可能性はあるのです」
「ではこの子……羅號は……?」
「……あまりにも強く純粋な『想い』が、砂漠の中から一粒の砂を拾い上げるようなあり得ないはずの確率をねじ伏せた。
それによって造り出された、まさしく『奇跡』の結晶。
『ただ1隻の、地上人類のためのレムリア系技術導入艦』……それがその子、羅號くんです……」
遂に羅號の強さと異常性の秘密が判明する。トラック艦隊の面々は羅號の今までの強さに合点がいったのと同時に、そんな天文学的な確率をねじ伏せ『奇跡』を為した、大和の母の愛の強さに脱帽の思いだ。
だが、アネットの言葉の意味を正しく理解した鳥海が、アネットに恐る恐る確認する。
「ということは、その『制圧派』の切り札として建造中だというのは……」
「羅號くん級……あなた方地上人類風の呼称をするなら、『万能戦艦ラ級』といったところでしょうか?
羅號くんと同等以上の存在と考えて間違いはありません……」
羅號と同等以上の深海棲艦、『ラ級』……羅號の異常なまでの強さを知っているトラック艦隊の面々はその話に顔を青くする。
「『ラ級』を相手にするなら同等……『ラ級』でなければ、まともに戦えません」
「……その『ラ級』は一体、何隻いるんだ?」
「計5隻です。
動力である『重力炉』は2万年前のレムリア全盛期に造られたもので、今の段階のレムリアでは再製造ができませんから、5隻以上に増えることはありません」
たった1隻で艦隊を笑いながら一方的に殲滅できるような存在が5隻以上には増えない、というのは嬉しい情報なのかどうか判断に困る。
「だからこそ急ぐのです。
私も、残念ながらあとどれぐらい建造完了までの時間が残されているのかわかりません。
『ラ級』の建造が完了し、戦力化される前にこの戦争を終わらせるしかないのです」
「わ、わかった。
幸い、私の父様は海軍大将の地位にある。 仲介は任せてほしい」
「お願いします……」
今さらながら長門は、自分たちが下手をすれば人類の存亡にかかわるような重大なことに深く関わったということに身の震える思いだ。
そんな長門の隣から、鳥海がアネットに問う。
「もし……『ラ級』の完成までに間に合わなかったら?」
「その時は……本当の意味での『最悪』を覚悟することが必要かもしれません。
ただ……」
そして、アネットは真っ直ぐに羅號を見つめた。
「幸い、というか奇跡としか言いようのないことに地上人類にも『ラ級』……羅號くんという存在がいます。
最悪のその時は……この子だけが我々に残された、たった一つ最後の希望になるかもしれません……」
皆の視線が、自然と羅號へと集中する。
その視線をその小さな身体で受け止めながら、それでも羅號は静かに頷いたのだった……。
この世界の秘密と状況、終りが見え始めました。
次回から地獄の対ラ級戦の予定。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第七話終了時の登場人物紹介
~~登場人物紹介~~
人類勢力サイド
―――トラック泊地艦隊―――
『万能戦艦 羅號』
「大和型4番艦、『万能戦艦』羅號です。
謎の超機関『零式重力炉』を搭載することで、常識を覆す戦闘能力を持ちました。
人類に残された希望として、悪夢も絶望もこのドリルで穿いて砕きます!」
解説:本作主人公。
トラック泊地最強だった艦娘『大和』と提督との聞に生まれた男の艦、『艦息』。
死ぬ寸前だった大和によってその母の愛と執着と妄執の果てに『想像』し『創造』された。
そのためイレギュラーの塊とも言っていい存在で強力すぎる性能を持つが、本人すらその能力のすべてを把握できていない。
トラック艦隊に所属し、壊滅寸前の艦隊を守るために奮闘する。
実は奇跡的な確率で引き当てられた『レムリア系技術導入艦』であることが判明。
『人類のための唯一のレムリア系技術導入艦』として、戦いの海を行くことになる。
『戦艦 大和』
「大和型1番艦、大和です。
負けてしまったけど……最後の瞬間に息子を、羅號を産み落としたわ。
私たちの願った『想い』の結晶の活躍、見守ってくださいね」
解説:主人公である羅號の母にしてトラック泊地最強だった艦娘。故人。
トラック泊地の提督と特別な関係であり、彼の死後は艦隊の指揮権も持っていた総旗艦。
しかし、彼女の力を持ってしてもトラック泊地を救うことはできなかった。
彼女の轟沈から本作は始まる。
まさしく『大和撫子』といった外見をしているのだが、その実かなりの脳筋だったらしい。
『戦艦 長門』
「長門型1番艦、長門だ。
この戦争の真実を知ってしまった以上、見て見ぬふりはできん。
散っていった皆の目指した『平和の海』のために……長門、出撃するぞ!
……ところで、ちっちゃい子は思わずギュッと抱きしめたくなる衝動に駆られないか?
羅號とかろーちゃんとかちぃちゃんとか。
あと、あんなに真面目可愛い朝潮は私の妹に違いない」
解説:トラック艦隊の臨時指令官。
責任感が強く直情的ながら優秀な指揮官として、トラック残存艦隊を率いて本土を目指す。
その途中でレムリア亡命艦隊と遭遇しこの戦争の真実を知って、戦争を終わらせるために協力する。
トラック攻防戦において左腕と左目を無くしており、隻腕隻眼となっている。
通常はその傷を提督の上着、天龍の眼帯という仲間の形見で隠している。
実は呉をまとめる筑波海軍大将の娘であり、名家のお嬢様。
母は最初期の戦争での最武勲艦であった『榛名』の艦娘で、『二世世代』と呼ばれる艦娘のサラブレッド的な存在でもある。
人間としての名前は『筑波 有希(つくば ゆき)』。
可愛いもの好きで、駆逐艦娘などの小さい子を可愛がるのを趣味にしている。
『重巡洋艦 鳥海』
「高雄型4番艦、鳥海よ。
この戦争の真実……さすがに計算外でした。
それでも、戦い抜きます! 皆と目指した『平和の海』ために!」
解説:トラック艦隊の参謀。戦況分析に優れ、直情的な長門のストッパーを務める女房役。
艦隊運営に作戦立案にと、艦隊には無くてはならない人物。
さまざまなことを計算して行動するインテリ型に見えるが、実は相当な毒舌家の上に武闘派。
その戦闘能力は長門に勝るとも劣らない。
その本質は、『色々考えてみたが、論理的に考えて殴って解決した方が早いという結論に達する』という一番面倒なタイプの脳筋 。
彼女も実は『二世世代』であり、それがその強さの根底にはあったりする。
人間としての名前も当然あるが、本人は嫌っていてあまり語ろうとはしない。
どうやら長門の母とともに活躍した、母の艤装元となった艦から一文字とったようだが……。
「私、バスケはじめたり、『ジャッジメントですの』とか絶対言いませんからね」とは本名を名乗った後に秋雲に言った言葉だとか。
『軽巡洋艦 夕張』
「兵装実験軽巡 、夕張よ。
羅號くんにこの戦争の真実に謎だった深海棲艦の正体にレムリアの超科学……!
うーーー、燃えてきた! いろいろ試していいかしら!」
解説:トラック艦隊の機械担当その1。
趣味として機械いじりをしており、トラック泊地時代から兵器開発や整備にと暴れまわっていた。
敗北し壊滅寸前だったトラック艦隊が曲がりなりにも艦隊としての行動がとれたのは彼女の力によるところが大きい。
また軽巡本来の仕事である駆逐艦の統率もできており、駆逐艦からは面倒見の良さから姉のように慕われている。
科学技術に傾倒しており、未知の羅號やレムリアの技術に大いに興味を持つ。明石はラゴウの力と技術に多少なりと警戒心があったが、夕張は気にしていないようだ。どちらかと言えばマッド寄りの科学者気質。
人間としての本名に関してはあまり語らないが、「メロン以外の果物の名前」であるらしい。
『工作艦 明石』
「工作艦 、明石です。
艦隊の損傷ならお任せください……と言いたいところだけど、羅號くんはちょっと自信ないなぁ。
私もレムリア系技術の勉強しないとダメかな?」
解説:トラック艦隊の機械担当その2。
純粋な整備士のため、その機械整備の能力は夕張を大きく上回る。
また艦娘の身体と精神に関わる部門のため、軍医の真似事のようなものもできる。
壊滅寸前だったトラック艦隊が何とか行動できたのも、彼女の奮戦の結果である。
強力すぎる羅號の力には少々警戒心を持っており、その強力すぎる力によって同質のものを引き付けるのではないかと予期していたという鋭さを見せる。
人間としては小さな町工場の娘であり『真田 幸子(さなだ ゆきこ)』という、本人いわく「平凡すぎて面白みのない名前」とのこと。
『潜水艦 呂500』
「潜水艦、呂500ことろーちゃんです!
大好きならーくんのために、ろーちゃんがんばっちゃいます!
あっしーとちぃちゃん? もちろん2人とも大好きです、って」
解説:本作ヒロインその1。
トラック潜水艦隊最後の生き残りであり、同時に独逸派遣艦の最後の生き残り。
当初はその明るさに陰りがあったがラゴウに救われたことで明るさを取り戻し、同時に彼に恋するようになる。
隠密作戦のエキスパートで日本までの長い間を単独隠密行動で航海してきた。
潜水艦娘の心得ともいえる『狼の魂』を持つ少女。
その一撃必殺の魚雷攻撃は高い命中率と致命的な威力を叩き出す。
当然ドイツ人であり、故郷はハンブルクらしい。
もちろん人間としての名前を持っているが、本人いわく「ドイツでもありきたりな名前」であると語る。
しかし実際は姓に『フォン』が付くという、いいとこの貴族のお嬢様。
任務に対する真面目さやその魂のあり方は、その辺りが関係しているようだ。
『駆逐艦 朝潮』
「朝潮型駆逐艦1番艦、朝潮です。
羅號とともに、どんな戦いの海にも行く所存です。
ローとちぃ? ……ええ、ちょっと手のかかる、大切な友達ですよ」
解説:本作ヒロインその2。
トラック攻防戦の夜、僚艦とともに出撃するが致命傷を負った僚艦で親友だった『荒潮』の介錯を行ったことで心に傷を負い、死に場所を求めるようになっていた。
羅號によって救われたことで前向きになり、同時に彼に恋心を抱く。
その生真面目さと実直さから『忠犬』ともあだ名された駆逐艦娘。
しかし羅號と一緒にいるときの態度はまるで『愛玩犬』のようだと揶揄される。
日々のたゆまぬ訓練による極めて高い練度を誇り、まるで訓練された『軍用犬』のようにさまざまな任務を確実にこなす器用さを持つ。
人間としての名前は「名前に朝がつく」らしい。
駆逐艦『満潮』
「朝潮型駆逐艦3番艦の満潮よ。
地獄のような状況だけど、最後の瞬間まで戦い抜くわ。
……朝潮のこと、泣かせたら承知しないわよ!」
解説:トラック所属の駆逐艦娘。
朝潮とともに駆逐隊に所属し戦い続けていた、朝潮の戦友。
トラック泊地が壊滅した最後の戦いにも参加しており、朝潮とともに生き残った。
そっけない口調とは裏腹に仲間のことは誰よりも大切にしており、荒潮の介錯をしたことで朝潮の精神が追い詰められていたことも唯一正確に理解し、ケアにあたっていた。
ツンケンした態度を見せるが、それは相手を思って是正を促しているだけで、実は人一倍仲間想いの強い娘。いわゆるツンデレである。
自分ではどうしようもなかった朝潮を、ラゴウが助け癒したことに感謝はしているが胸中は複雑な様子。
トラック艦隊では吹雪と並ぶ常識人で、朝潮のラゴウへの惚れ込み様に呆れ果てながらも祝福している。
人間としての名前は親友である朝潮にすら語っていない 。日く「カッコ悪いから」との談。
その本名は「満子(みちこ)」といい、読み方を変えると……というネタでからかわれ続けた経験からのようだ。
駆逐艦『吹雪』
「特Ⅰ型駆逐艦1番艦の吹雪です。
どんな状況でも、最後まで諦めません!
がんばります!」
解説:トラック所属の駆逐艦娘。真面目な努力家であり、朝潮に似たタイプの『優等生』。
その努力ゆえに極めて高い練度を誇っており、どんな任務もこなすマルチプレイヤーでもある。
実は残存したトラック駆逐艦娘の中では筆頭格なのだが……本人の前に出たがらない性格のため、とても印象が薄い。
トラック艦隊の常識人で、ところ構わずイチャコラする羅號たちには呆れながらも祝福している。
人間としての名前はそのまま『吹雪』という。
駆逐艦『秋雲』
「陽炎型駆逐艦19番艦の秋雲さんだよ。
大変な状況だけど、もう筆がたぎるたぎる!
らごやんネタに溢れすぎぃ!」
解説:トラック所属の駆逐艦娘で、最大の問題児。いわゆる同人作家であり、つねにネタを探し回っている。
ただ駆逐艦娘としての実力はやはり高く、その戦力はトラック艦隊にはなくてはならないもの。
おちゃらけながらネタに生きてるように見えるが、実際は生き残った仲間たちの姿を何とかして残そうと絵にしているという、至極真面目な考えの元で行動していたりする。
そのため、戦後に彼女のこの時期をネタにした漫画は歴史的な研究対象になったり……。
ただし、羅號たちをネタにした18禁同人誌はさすがに国際問題になった。
最近では羅號周りが楽しくて仕方なく、羅號をからかいつつネタにしている。
人間としての本名は余程嫌っているらしく、仲間にも決して語らない。
仲間には「デンドロビウムみたいな名前」とだけ語る。
『いろいろ工夫しようとあれもこれも詰め込んだら完全に破綻した』との意味だそうだ。
……誰にも語らぬ彼女の人間としての本名は『田中 優美聖秋香奈(たなか ゆうびせいあきかな)』という。
両親が『苗字が田中とありきたりだから、せめて名前を豪華にしよう』とした結果であるらしい。
―――本土の人々―――
筑波貴繁海軍大将
「どんなことがあっても、この国をやらせはせんぞぉ!!」
解説:呉鎮守府の最高責任者にして、長門の実の父。
戦争最初期から提督として艦娘を指揮して戦い続け、幾多の武勲を重ね続けたいわゆる叩き上げの武人。
任務中は厳しいが艦娘たちを気遣う配慮のできる提督でその評判はすこぶる良く、海軍内での発言力も高い。
そのためか横須賀の君塚大将とは犬猿の仲となっている。
君塚海軍大将
「ふんっ、あの科学力に勝てるわけなかろう。
私がこの国の実権を握り、レムリアに帰属させなくては……」
解説:横須賀鎮守府の最高責任者にして、この戦争の裏で暗躍する黒幕の1人。
レムリアと人類との初の接触に参加した際、アブトゥにレムリアの科学力を見せつけられたことによって、人類がレムリアに勝つことは不可能と判断し、アブトゥの地上制圧計画の協力者となる。
レムリア人が調整のために再び眠りについた後は、必ず目覚めるだろうレムリア人に合わせるように、アブトゥから与えられた『コード』による八百長試合で戦果を稼ぐことで海軍内での発言力と地位を高め、レムリア人の目覚めを待っていた。
レムリアに科学力の劣る人類では勝てず、国を存続させるためには帰順するしかないと考えており一連の内通も愛国心からの行動ではあるとも言えるが、そこには日本の支配権を得たいという邪欲も持っており、立派な軍人とは口が裂けても言えない。
今はその地位を利用し、本土の防衛部隊の配置を変えているようだが……?
実は筑波大将とはその妻である『榛名』の艦娘である八重を巡っていざこざを起こしており、そのせいで筑波大将とは犬猿の仲である。
筑波
「はい、私は大丈夫です」
解説:筑波大将の妻にして、長門(筑波有希)の実の母親。
性格はまさしく淑女・大和撫子といったところで物静かな美人だが、芯が強く決して折れない強さを持つ。
戦争最初期に膨大な戦果を叩き出し、未だに伝説的な活躍として知られる『榛名』の元艦娘であり、彼女の血を引いたことで、彼女の息子と娘が『提督』と『艦娘』への適正が異常に高い『二世世代』となり、そのことで子供たちを戦場へと送る原因をつくってしまったと内心では自らを責めていたりする。
妻として、そして母として家族を心から愛しており、長門の戦死の報を聞いた時には崩れ落ちた。
昔の戦友とは未だに連絡をとり合っており、『退役艦娘会』の会長も務めている。
実は未だに艤装や装備をどこかに隠し持っていると囁かれているが……?
深海棲艦(レムリア)サイド
―――レムリア亡命艦隊―――
アネット
「この戦争を一刻も早く終わらせなければ!」
解説:超古代国家『レムリア』の姫。
地上人類との『共存』を掲げる温和な性格で、そのために地上人類の救済にと『艦娘』の技術を地上人類に提供した。
地上支配のため戦火を拡大させる双子の姉『アブトゥ』を止めるために、『コード』の呪縛を逃れた『欠陥品』の深海棲艦たちを率いて『レムリア亡命艦隊』として地上人類との接触を持とうとしていた。
感情を持った『欠陥品』たちを兵器としてではなく人として扱う、心優しき指導者。
ただ彼女が『共存』を掲げるのはその優しさからだけではなく、たった2万人程度の人口しかいないレムリア人が武力で数十億もの地上人類を支配できるわけがないという、現実的な見方をした結果でもある。
そのためレムリアの将来のためにも『共存』すべきという考えもあり、政治的な才覚もあるようだ。
港湾棲姫『ウィン』
「港湾棲姫の『ウィン』ヨ。
争いは嫌イ。でもレムリア亡命艦隊旗艦としテ、アネット様を守ルために……戦ウ。
ラゴウくん……妹をクレグレもヨロシク……」
解説:最優先上位命令である『コード』の呪縛から逃れた『感情を持つ深海棲艦』、『欠陥品』の1人でレムリア亡命艦隊の旗艦 。
争いの嫌いな温和な性格で、戦いの際には困ったような憂いた表情を見せる。
しかしその実力は間違いなく深海棲艦の中でも5指に入るレベル。
航空戦・砲戦ともに最高クラスの能力を持ち、『日ごろ大人しいやつはキレると怖い』 の典型とも言える人物。
妹である『ちぃ』を溺愛しており、彼女が恋心を抱いたラゴウにはまるで弟でもできたかのように接する気のいいお姉さん。
実は可愛いもの好きであり、艤装の鉤爪とその高身長のせいで子供や動物に怖がられることを密かに悩んだりしている。
名前は元となった『ポートダーウィン』からとってアネットによって名付けられた。
北方棲姫『ちぃ』
「北方棲姫の『ちぃ』!
ラゴウ大好キ! ローもアサシオも大好キ!
皆とズット一緒にタノシイウミ!」
解説:『コード』の呪縛から逃れた『感情を持つ深海棲艦』、『欠陥品』の1人。
レムリア亡命艦隊の旗艦である『ウィン』の妹で、見た目通りの幼さの天真爛漫な少女。
人見知りが激しく、初対面の相手には「カエレッ!」と言って近づけないが、一度気に入った相手にはどこまでも心を開く。
自分を助けた羅號を『王子サマ』だと恋心を抱き、自身と同じく羅號に恋心をもつローと朝潮を『友達』だと言って懐く。
実は艦隊序列的には『ウィン』に次ぐもので、その基本性能は非常に高い。
しかしその幼さゆえに練度に大きな問題を抱えており、航空戦・砲戦ともに中途半端となってしまっている。
名前は元となった『ダッチハーバー』の『チ』を伸ばし、アネットによって名付けられた。
重巡ネ級 『イリス』
「重巡ネ級の『イリス』ダ……。
これカラも『ちぃ』様を守ルために、死力を尽くソウ。
油断はシナい、特に潜水艦にはナ……」
解説:『コード』の呪縛から逃れた『感情を持つ深海棲艦』、『欠陥品』の1人。
『ちぃ』の護衛で、武人のように実直な性格をしている。
注意深くはあるのだが、ときどき信じられないような不運を引き当てる不幸属性の持ち主。
そこを自分でも自覚しており、軽く自己嫌悪していたりする。
名前は元となった『重巡インディアナポリス』から、アネットによって名付けられた。
軽巡ツ級『ジュノー』
「軽巡ツ級の『ジュノー』ヨ。
私はココまで、『ちぃ』 様たちを……頼ム……」
解説:『コード』 の呪縛から逃れた『感情を持つ深海棲艦』、『欠陥品』の1人。故人。
『ちぃ』の護衛の1人であったが、偵察中に『戦艦棲姫』と『空母棲姫』、そしてその取り巻きの水雷戦隊と交戦状態に入り、配下の駆逐艦を率いて突撃、『ちぃ』と『イリス』が生き残るための時間を稼いだ。
名前は元となった『アトランタ級軽巡ジュノ-』から、アネットによって名付けられた。
軽巡ツ級『アトラ』
「軽巡ツ級の『アトラ』よ。
沈んダ妹の分まデ、戦イ抜いてミセる」
解説:『コード』 の呪縛から逃れた『感情を持つ深海棲艦』、『欠陥品』の1人。
レムリア亡命艦隊旗艦である『ウィン』を守る水雷戦隊を率いる。
『ちぃ』の護衛であった『ジュノー』は、彼女の妹だった。
名前は元となった『アトランタ級軽巡アトランタ』から、アネットによって名付けられた。
空母ヲ級改フラグシップ『ヨーク』
「空母ヲ級の……『ヨーク』……。
私の航空隊練度ハ……一航戦にモ、二航戦にモ……負けナイ!」
解説:『コード』の呪縛から解かれた『感情を持つ深海棲艦』、『欠陥品』の1人。
レムリア亡命艦隊の航空参謀の物静かな少女。
しかし内に秘めたものは熱く、戦闘時には苛烈かつ抜群の練度からの必殺の航空攻撃を繰り出す。
かなりの努力家であり、音に聞こえた一航戦と二航戦を超える練度を得るために日夜訓練を欠かさない。
名前は元となった『空母ヨークタウン』から、アネットによって名付けられた。
戦艦タ級改フラグシップ『メリー』
「戦艦タ級の『メリー』ヨ。敵艦隊とノ殴り合いハ任せテほしイ。
……本当ハ長門とも、思い切り殴り合ってミタカッた。
この後演習でもドウだろウ?」
解説:『コード』の呪縛から逃れた『感情を持つ深海棲艦』、『欠陥品』の1人。
レムリア亡命艦隊の打撃戦担当。
性格は落ち着いた感じだが、熱いものを秘めた戦場の武人。
その身体を鍛えることが趣味のようになっている。
名前は元となった『戦艦メリーランド』から、アネットによって名付けられた。
ビッグ7の一隻のため、同じビッグ7である長門には興味があるようだ。
戦艦ル級改フラグシップ『アイ』
「戦艦ル級の『アイ』だ。
斬り込みナラ、アタイに任せナ!
一切合財、ブッ壊してやるゼ!」
解説:『コード』の呪縛から逃れた『感情を持つ深海棲艦』、『欠陥品』の1人。
レムリア亡命艦隊の打撃戦担当その2。
非常に好戦的な性格で、危険な斬り込み役から正面きっての殴り合いを好む艦隊の脳筋担当。
名前は元となった『戦艦アイダホ』から、アネットによって名付けられた。
―――制圧派派閥―――
アブトゥ
「あんな科学力の劣った猿と共存? 冗談はよして。
この世のすべてのものはね、それを有効に使える、優れたものが手にするべきなのよ」
解説:アネットの双子の姉であり、地上人類を武力制圧して支配することを目論む『制圧派』の首魁にして、この物語の黒幕である。
非常に権力と権威への執着が強く自らがレムリアの次の女王となることを望んでいたが、父王がアネットの『共存派』の意見を採用したことで父王を暗殺し、自らを女王とする大帝国の樹立を目論む。
科学力の劣った地上人類を見下しており、彼女の中では地上人類は支配対象でしかない。
アネットの出奔に対して、これで王位継承のライバルを始末できると、嬉々として討伐部隊を差し向けている。
作者の中で設定を確認するためにまとめてみました。
秋雲の本名の元ネタ、この懐かしいものは分かる人はいるんだろうか……?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第八話
悪夢 ラ級襲来 前編
PCが壊れるなどいろいろ散々な目に合いまして、久しぶりの投稿となりましたキューマル式です。
物語は中盤も最後、ついに対ラ級編に突入します。
今回はさわりと言うことで。
注意:艦娘の轟沈(虐殺)の様子が書かれています。
そういうのが苦手な人は気を付けて下さいね。
『地獄が、やってきた』
あの時の私たちの心情を表すのに、これ以上ないくらい的確な言葉ね……。
あの後……レムリアの『共存派』リーダーであるアネットからあの戦争の真実を知らされた私たち『トラック残存艦隊』は、『レムリア亡命艦隊』と合流したわ。それで一路、目的地である
その間、予想されていたレムリアの『制圧派』の息のかかった深海棲艦隊の襲撃もあったんだけど……楽勝だったわね。
『レムリア亡命艦隊』は物凄い練度だったわ。
『ヨーク』の航空戦能力、『メリー』と『アイ』の統制射撃、『イリス』と『アトラ』たち水雷戦隊の肉薄突撃、そして司令塔でもあり航空戦・砲撃戦双方に対応する『ウィン』に、練度は下がるけど『ウィン』と同じことのできる『ちぃ』……彼女たちと敵対しなくてよかったと、あの時は日頃信じてもいない神様に感謝したものよ。
しかもあっちは輸送艦もしっかり連れてたから物資も潤沢で、私たちトラック残存艦隊とは比べ物にならなかったわね。
おかげで予定よりも早く
でも……幸運はそこまでだったわね。
『奴ら』が……『制圧派』の切り札、『ラ級』がついにやってきたのよ。
アネットから『ラ級は羅號と同格の存在』だとは聞いていたし、覚悟はしていたつもりだった……。
でも……あの『化け物』はそんな私たちのちゃちな覚悟程度じゃ全然足りなかったのよ。
まさに埒外の怪物ね。絶望を感じる心すら打ち砕くような圧倒的な暴力……羅號と戦った敵も同じような気持ちだったのかしら?
その強さに私たちは壊滅寸前、あの羅號ですらボロボロにされたわ。
でも……それでも羅號は諦めなかった。轟沈寸前に追い詰められようと、それでも勝利のために、そして私たち仲間を救うために戦ったのよ。その姿はまるであの日の大和さんみたいだった。
勝利を諦めた者に勝利の女神は決して微笑まないわ。だから諦めなかった羅號は、『奇跡』を起こしたのかしらね。
……ええ、認めるわ。羅號はすごい漢よ。
朝潮やロー、それに『ちぃ』が惚れて夢中になるのも分かるわ。
いつまでたってもおどおどしてるあたりは問題だけどね。あれだけ強いんだから、もっとどっしり構えればいいのに……。
この間なんか新人の駆逐艦の『不知火』の子に、鎮守府に入り込んだ不審者だと間違われて誰何されてペコペコしてたわよ。
はっきり誤解だって言えばいいのに……あとで相手が羅號だって気付いたときの『不知火』の子、「不知火の落ち度です」って、可哀そうに顔真っ青だったわよ。
今でも少し強く出ると、もう条件反射的にペコペコするのよ、アイツ。
……まぁ、強いやつがそれを鼻にかけて威張り散らすなんて最悪だから、『究極』のアイツは謙虚なヘタレの今のままが釣り合いが取れてるのかもね。
――――――『満潮』へのインタビューより抜粋
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
その海は悲鳴と怒号に支配されていた。
『衣笠さんが……!?』
『お前ら、もっと火力集中させろ!』
『もうとっくにやっている!!』
『あん、全然ダメよ!?』
ノイズ交じりでほとんど聞き取れない通信機から聞こえるのは明らかな異常だ。
「一体何が起こっているのよ……!?」
それを前に旗艦である艦娘『陸奥』は苛立たしげに立ち込める霧の中を睨みながら呟く。
すると、その霧の向こうからまさしく血相を変えてという言葉にふさわしい顔で天龍・睦月・如月・長月の4人が飛び出してきた。
駆逐艦の3人の顔色は青を通り越して、もうまるで死人のように白い。
「どうしたのみんな!? 敵が出たの!?
衣笠は? 衣笠はどうしたの!!」
明らかに尋常でない様子に陸奥は口早に天龍に問うが、そのとき陸奥は気付いた。あのどんな強力な敵であっても真っ先に切り込んでいく勇猛果敢な天龍が、青い顔でガタガタ震えているのである。そのせいで天龍は必死で何かを言おうとしているのだが言葉にできないのだ。
そのことで本当の意味で『最低最悪な何か』が現在進行形で起こっていることを陸奥は理解した。
「話はあとね! 全員、この海域から離脱するわ!」
理解すれば陸奥の決断は速かった。間違いなく、妥当かつ最適な判断を陸奥は下したと言える。
だから彼女に非はない。
たった一つ彼女に足りなかったものを上げるとするなら……それは『運』だったのだろう。
迫る『最低最悪な何か』が出会ってはいけない、どうしようもない化け物だったというだけなのだ。
キュィィィン! !
霧の中に何かの……まるで電動工具のような何かの駆動音が高らかに響く。その瞬間、天龍たちは訓練されたかのように一斉にその方に怯えた視線を向けた。
陸奥も震えあがりそうになる心を無理矢理抑えつけながら、その方を見る。
そして……陸奥ははっきりと、『ソレ』を見てしまった。
それは人の形をしていた。
艦娘に近いながらまがまがしい気配に黒みがかった艤装が、『ソレ』が『艦娘』ではないことを物語る。
しかし「では『深海棲艦』か?」と問われればそれも返答に困る。
その纏うまがまがしい気配が、今までの自分の知る『深海棲艦』とは文字通り桁が違いすぎて、同一にカテゴライズしていいものか困るのだ。
それに何より……この相手は『男』なのだ。
『深海棲艦』でも人型のものはすべて『女』である。これは常識だ。
だからこそ、この『艦娘』とも『深海棲艦』とも異質な『ソレ』を何と表現していいのか分からない。
金髪の男、外見上の歳は陸奥より少々上……20代半ばといったところか。
その整った顔立ちは、そのまま映画俳優だと言われても信じてしまうだろう。
だがそれ以上に目を引くのは、やはりその艤装だ。
大和型のように身体を包み込むような艤装に装備された41cmと思われる砲だが、陸奥たちが装備するものより明らかに長い。それの3連装砲が3基9門……強力な攻撃力を持つことは確実である。
しかしそれ以上に目を引くのは、左腕に装備された『ソレ』だ。
長い2本の凶悪な形の円錐……『ドリル』であった。
『ソレ』は連装ドリルを装備しているのである。
何もかもが異質すぎるその『男』……そしてその『男』はその顔で……ニタリと邪悪に嗤ったのだ。
「忘れものだぞ」
ブンッ、と『男』が右手で何かを放り投げる。
ベチャリと音を立てて落ちるものは……。
「き、衣笠さぁぁぁん!!」
「い、いやぁぁぁぁぁ!!?」
睦月と如月が悲鳴を上げる。それは彼女たちの僚艦であった衣笠だった。
しかし間違いなくそれは衣笠なのだが……『足りない』のだ。
腰から下……下半身がまるでパニックムービーの化け物鮫にでも喰いちぎられたように無くなっている。
とっくの昔に事切れていただろう衣笠はそのまま波間へと消えて行った。
今ので完全に駆逐艦娘たちは恐怖で恐慌一歩手前だ。
天龍も手にした刀を構えるが、もう見ていられないほどに震えている。そんな彼女らの反応が面白かったのか、その『男』は嗤う。
「な、なんなの、あなた……?」
一方の陸奥は恐怖に支配されそうになりながらも、それでも気丈に目の前の『男』に問う。
そして『男』からの答えは……。
「女の声って……気持ちいいよなぁ」
「……はぁ?」
訳のわからない言葉だった。
「知ってるか? 女の声ってのは、赤ん坊の泣き声と並んで人の耳に入りやすい音程なんだってよ。
だから耳に入ると気持ちいいんだろうなぁ……」
背筋を言いようもない悪寒が駆け巡っていくのを陸奥は感じた。
「そんな女の声でもさぁ……一番『クる』声ってのが何か知ってるか?」
「し、知らないわよ……」
恐怖に支配されそうになる中、声を何とか絞り出した陸奥に『男』はニタリと嗤って言った。
「悲鳴だよ」
キュイィィィィン!
男の言葉とともに、左腕の連装ドリルが回転を始める。
「いい声で哭けよ、メスども!」
その瞬間、陸奥は動く。自身の全8門の41cm砲が火を噴いたのだ。
「いけぇぇぇ!!」
必中を確信したその攻撃、しかし……。
「なっ! ?」
陸奥の表情が驚愕に染まる。
何故なら、その必中を確信した攻撃は『当たらなかった』のだ。
これが避けられたり、陸奥が恐怖のあまり攻撃を外したというのならまだいい。しかし陸奥は完璧なタイミングと狙いで、相手の『男』はまったく動いていないのだ。
そしてただ『当たらなかった』わけではない。当たると思われた直前、砲弾が見えない壁にでも阻まれたように反れてしまったのだ。
それを理解した陸奥は未だ恐怖で固まりきっている全員に叫んだ。
「全員逃げなさい! ! はやく! !
誰でもいいからこのことをほかのみんなにも伝えるのよ!!」
その言葉と同時に、弾かれたように駆逐艦娘たちは逃げ出した。ただ1人、天龍だけはその場に残る。
「天龍!?」
「……無理だよ、情けないけどブルッちまってまともに走れやしない。
それに……少しでも時間を稼がないと、今逃げたガキどもも確実に殺される……」
「……そうね。 悪いけど付き合ってくれる、天龍?」
「おう」
迫る圧倒的な恐怖の中で、ドリルの男は本当に楽しそうに邪悪に嗤う。
ふと、陸奥は思う。
この『男』を「映画俳優のようだ」と感じたのはあながち間違いではなかったのだろう。
ただ……出演作品がホラー映画なのだ。
こいつはホラー映画の主演男優の殺人鬼、そして自分たちは哀れな犠牲者の女Aという役どころだろうか……。
響くドリルの音に、そんなことを思ってしまう。
「ツいてないわね、ホント……」
……霧の中に響く2人の女の断末魔の悲鳴と爆発音を、逃げた駆逐艦娘たちが聞いたのはそのあとそう間がおかずにだった。
「ギャハハハ、どこに行ったのかなぁ……可愛い可愛いメスガキちゃんたちはよぉ!」
そして自分たちの後を追ってくる『化け物』の気配に、駆逐艦娘たちは恐怖から逃れたい本能だけで逃げ続けるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
品のいい執務机の置かれた提督の執務室。室内には男と女が1人ずつだ。
男は執務用の椅子に腰かけている。歳は20代半ばだろうか、手入れの行き届いた軍服を着こむその姿からは、若さからの精悍さと歳に似合わぬ貫録のようなものを持っていた。
彼の前にいる女は浴衣のような、落ち着いた若草色の和服姿だ。歳は男と同じくらいだろう。左の薬指にはめた優しい輝きの指輪が、2人が『特別な関係』であることを物語っていた。
そんな2人は今、苦い顔で話をしていた。
「……また、未帰還か……」
「はい……」
重苦しい男の言葉に、女は頷く。
ここは北方を預かる
ここ
そこで歴戦の艦娘である『陸奥』を入れた形で捜索隊を出したのだが……結果は同じく未帰還である。
「……これはもう、あの霧の中には何かがいると考えて間違いないだろう。
これ以上の犠牲は出せん。
あの周辺への出撃は厳禁、泊地の警戒レベルを引き上げてくれ」
「了解です……。 航空偵察ができればいいのですが……」
「あんな霧の中を航空偵察なんて、それこそ自殺行為だ。
気持ちはわかるが落ち着いてくれ、天城」
「はい……」
提督に言われ、泊地の筆頭秘書官である艦娘……『天城』は領く。
「ご苦労だった。 下がって休んでくれ」
「……あなたの方が休んだ方がいいんじゃないですか?」
労をねぎらい下がるように提督は言うが、天城はゆっくり近づくと提督の顔にその細い指で触る。
「すごい隈……全然眠れてないんでしょう?」
「ああ、眠れないよ」
仕事は終わりと、プライベート用の口調に変えた天城の言葉にあっさりと肯定し、提督は視線を執務机の隅に移す。
そこには、一枚の写真が飾ってあった。
桜の木の下で、一組の家族が写真に向かって微笑みかける。その写真の中の提督の隣には、1人の少女の姿があった。
「あいつが……有希が死んだんだ。 そう思うだけで眠れないよ」
「有希ちゃん……」
提督だけでなく、彼女個人を知っている天城は悲しそうに眼を伏せる。
「……わかっているんだ、俺だってもう何人もの部下を失ってる。
休める時に休まないと、まともな指揮なんてとれやしない。休むのも仕事のうちだ。
そう思って、今まではやれていたのに……。
それが……今度は自分の身内の番になったってだけでこんなことになるのは駄目だ。
それが分かっているのに……駄目なんだ、目をつぶると有希の顔がちらつく」
嘆くように呟く提督を、天城はその胸に優しく掻き抱く。
「……天城はあったかいな。 こうしてると本当に安心する……」
「あなた……少し休んでください。 このままだと本当に保ちません」
「わかってる……でもそれはお前も同じだぞ、筆頭秘書官。
お前が色々やってくれてるのは、よく知ってる……」
「なら、このまま一緒に少し休みましょう。
私もあなたと一緒の方が安心しますから……」
「……そう、だな……」
2人はそのまま、連れだって隣の仮眠室に入っていく。
「……霧だって永遠にあるわけじゃない。気象条件を考えれば、もうすぐ晴れるはずだ。
そうしたら……」
「航空偵察ですね、もう準備は出来ています」
「……本当によくできた秘書官だ。
ただ、無理はするな。 あの霧の中に『何か』がいることは間違いないんだからな」
「はい……」
提督と天城はともに仮眠室に入ると、しばらくして安らかな寝息が聞こえ始める。
迫り来る嵐の前、2人は安らぎを共有するのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
北の海を航行する黒色の艦隊があった。
その陣容は戦艦ル級エリート4隻、空母ヲ級エリート2隻、それに護衛と思われる軽巡ホ級エリート1隻に駆逐イ級5隻からなる水雷戦隊が2つという堂々たる大艦隊だ。
それはアネットたち『レムリア亡命艦隊』を追う制圧派の差し向けた深海棲艦隊である。
そんな空母ヲ級エリートはふと何かに気付いたように空を見上げる。すると、その空の彼方には白い球形をした艦載機たちが迫ってきていた。
襲撃に艦隊はにわかに騒がしくなる。空母ヲ級エリートが即座に迎撃のための艦載機を発艦させ、各艦が対空戦闘を開始する。
しかし、その白い球形の艦載機たちは段違いの練度を誇っていた。球形の艦載機たちは、次々と空母ヲ級エリートの発艦させた迎撃の艦載機を撃墜し、対空砲火を潜り抜けて腹に抱えた爆弾と魚雷を次々に投下していく。
そしてその白い艦載機からの攻撃で散々に陣形を崩した深海棲艦隊に、今度は弾雨が降り注ぐ。大口径砲から発射された強力な対艦徹甲弾は制空権を確保したことで行われた正確な観測によって、高い命中率を叩き出す。
対艦徹甲弾の直撃によって、くの字に折れ曲がるようにして次々に海の底へと沈んでいく深海棲艦たち。深海棲艦隊が海上からその姿を消すのに、そう時間はかからなかった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「凄いものだな……」
「ええ……」
砲から硝煙をたなびかせる長門の言葉に、隣にいた鳥海が頷く。
その近くには深海棲艦隊……『レムリア亡命艦隊』の面々も自身の砲から硝煙をなびかせていた。
合流した『トラック・レムリア聯合艦隊』は一路、人類の勢力圏である
その間も、レムリアの『制圧派』のものと思われる深海棲艦隊の襲撃を受けたのだが……『レムリア亡命艦隊』の力は凄まじかった。
『ウィン』と『ヨーク』の航空隊によってあっという間に制空権を確保、先制の航空攻撃によって敵に大打撃を与え、残ったものも観測機からの観測結果を元に行った統制弾着射撃により、驚くほどの短時間で敵を撃滅したのだ。長門もその統制弾着観測射撃には加わっていたので、その高い精度は今、身を持って体験した。それができる連携と練度に、長門は彼女らと敵対することが無くてよかったと心底思う。
そこに『メリー』がやってきた。
「ナガト、どうしタ? ソンな顔をして?」
「なに、お前たちの物凄い練度を目の当たりにして敵対しなくてよかったと神に感謝していたところだ」
肩をすくめながらおどけた口調で長門が言うと、『メリー』も同じように返す。
「ソレはオアイコだ。
ナガト、お前ノ艦隊の練度はスゴい。 是非トモ戦ってみたくアリ、戦いたくはない相手ダ」
『メリー』の純粋な賞賛の言葉に、長門はなんだか背中がむず痒くなる。そんな長門の反応を知ってか知らずか、『メリー』はそれに、と続けた。
「一番スゴいのは、あの万能戦艦ダ。
命中率・威力トモに1人だけ、ズバ抜けてイル」
その『メリー』の視線の先には羅號の姿があった。
「敵艦、撃破……」
「らーくん、すごーい!」
「ラゴウ、凄イ。
サスが、ちぃの王子サマ」
「あはは……『ウィン』さんや『ヨーク』さんの航空観測のおかげだよ」
案の定抱きつくように寄ってくるローと『ちぃ』をうまくあしらいながら、羅號は謙遜の言葉を述べている。ちなみに朝潮は今、他の水雷戦隊とともに先行偵察に出ているのでここにはいない。
「ああ、そうだろうな……」
その様子を見ながらさもありなんと、長門は『メリー』に頷く。
これだけの練度を誇る集団である『レムリア亡命艦隊』とともにあっても、羅號の強さは段違いだった。ただでさえ超高性能なレーダーによる高い命中率の射撃の精度が、さらに上がったのである。しかもその砲口径は当然のことながらこの艦隊の誰よりも大きい。
その力は頼もしい限りではある。しかし、長門としては刻一刻と本土へと近付く中で一抹の不安を覚えてしまう。長門の悩みというのは、本土に着いてからの羅號の身の振りについてだ。
(羅號の力を見て、羅號をモルモットのように扱おうとする不埒者は必ず出るだろう。
父様や兄様には当然協力をしてもらうようにお願いするが……それだけで足りるのか?)
無論、長門は父や兄に協力してもらうように交渉し、長門の敬愛する父や兄ならば羅號を守るために働きかけてくれるという自信はある。しかしこうして羅號の隔絶した力を見るたび、それだけで足りるのかという不安を抱いてしまう。
それにもう一つ、長門には思うことがあった。
(それに……どんなに強くても、羅號はまだ駆逐艦の娘たちと同じ程度の子供にすぎない。
そんな子供の未来を今のままでいいのか……?
やはり……)
「……」
何度も自問してきた問いに長門は静かに、ある決意を固めて頷く。
そんな時に、『アトラ』を旗艦とした先行偵察に出ていた水雷戦隊が戻ってきた。その艦隊には『アトラ』の配下である駆逐ロ級後期型3隻とともに、トラック艦隊からも朝潮と満潮がいる。
「今日ノ停泊予定ノ島の偵察が終わっタ。
敵の姿モ無ク、入江モ偽装に適しタ形ヨ。 何も問題は無イわ」
「ゴ苦労様、『アトラ』」
報告を受けた『ウィン』は『アトラ』をねぎらう。そして『ウィン』への報告を終えた『アトラ』は、今度は長門へと向き直った。
「先行偵察は無事に完了シタ。 貴艦隊から借りタ戦力をお返シすル」
「朝潮と満潮は役に立ってくれたか?」
「アア。 スグにこちらノ艦隊機動にアワせ、その動きに乱レもナイ。
目も良ク、今回ノ島を一番始めニ確認シタのは貴艦隊の朝潮ダ。
双方トモ素晴らシイ練度の駆逐タチだ」
『アトラ』に朝潮と満潮を褒められ、悪い気はしない長門はそのまま視線で2人の姿を探すと2人の姿はすぐに見つかった。
「あっしー、おかえりなさいですって」
「アサシオ、オ疲レ様」
「はい、ただいま……って、何を2人して羅號にくっついてるんですか!
離れなさい!」
「あー、あっしーもらーくんにくっつきたいんですね。
わっかりました! すぐにどきます、ですって」
「アサシオ、ラゴウ分を補給スル」
「ラゴウ分?」
「ラゴウにくっつくと補給サレる、必須栄養分」
「……何を言ってるんですか、この子は」
「あはは……」
ローと『ちぃ』の羅號から離れながらの言葉に朝潮は呆れ気味に肩を竦め、羅號も苦笑いする。
「朝潮、お疲れ様。
大丈夫? 怪我はない?」
「ええ、大丈夫。
命令があればまたいつでも出れるわ」
羅號のねぎらいの言葉に、どうということはないと朝潮は答える。
すると何かに気付いたように羅號は朝潮に近付くと、突然羅號は朝潮の頬を撫でるようにスッと触れた。
「な、何を!?」
「いや、朝潮の頬にすすが付いてたから拭ったんだけど……駄目だった?」
「べ、別にいいけれど……いきなり触れられると、その……心の準備が……」
キョトンとした顔の羅號とは裏腹に、朝潮は顔を真っ赤にして俯いてしまう。最後の方など、小声で聞きとれないくらいの声だ。
そんな朝潮の様子を見ながらいつの間にか朝潮を挟むように近付いたローと『ちぃ』は、ニンマリと笑いながらささやく。
「あっしー、補給完了、ですって」
「アサシオ、ラゴウ分補給できタ?」
「あー、もう! うるさいうるさい!!」
顔を真っ赤にしながらローと『ちぃ』を追いかけ回す朝潮に、羅號は苦笑いだ。
そして、朝潮の親友であり僚艦である満潮はもうなんというか……悟りきったような顔でその光景を見る。
「お、お疲れ様、満潮ちゃん。
その……いろいろ大変だね」
「……ありがと吹雪。
私のこの気持ちが分かってくれる常識人はあんただけよ」
ねぎらいの言葉をかけてくれる吹雪に、満潮はその優しさにしみじみと感謝する。
「イーヒッヒッヒ! 萌えよ、ペン!!」
そしてそんな艦隊を、相変わらず秋雲は高速でスケッチしている。
そんな『トラック残存艦隊』の様子を見て、『ウィン』は吹き出していた。
「楽しイ部隊デスね」
「何というか……すまん」
「イエイエ……人見知りの激シいあの子のあんな笑顔ハ、本当に珍シイ。
姉としテハ、嬉しイ限り。 今後も、末永くよい仲をお願イしたイです」
「末永く、か……」
『ウィン』の言う『末永く』という言葉に思うところのある長門は神妙な顔で頷き、艦隊は今日の停泊地である小さな島へと到着した……。
~~~~~~~~~~~~~~~
騒がしくも楽しい夕食の終わった夜、羅號は1人で浜辺に来ていた。
いつもは誰かが必ず一緒にいるイメージのローも朝潮も『ちぃ』も、今はその傍にはいない。そんな1人の時間に、羅號は浜辺に座って星空を眺める。
「もうすぐ日本……。
みんなの……お母さんたちの国……」
未だ羅號は見たことない母たちの故郷に期待と、そして幾ばくかく不安が募る。そんな羅號の元に、長門がやってきた。
「隣はいいか、羅號?」
「長門さん……」
少し身体をずらした羅號の隣に長門は座ると、しばし一緒に星空を眺める。そして、話を切り出した。
「羅號、ここを越えれば
これもすべては羅號のおかげだ」
「そんな、僕は自分のできることを精一杯やっただけです。
それにまだ無事には到着していない……到着するまでは余計なことを考えず、慢心しないようにしないと」
それはまるであの大真面目な大和を見ているようで、長門は思わず笑いをもらした。
「ああ、確かに慢心はいかんな。
だが……将来のことを考えることも大切なことだ」
「将来……」
その漠然とした言葉を、飲み込むように羅號は呟く。そんな羅號の顔を覗き込んで、長門は尋ねた。
「羅號……君はどうしたい?」
「……」
羅號は母である大和の引き起こした奇跡によってトラック泊地で生まれた子である。
長門は知っていたが、実は羅號の母である大和も父である提督も戦争孤児であり本土に頼るべき身内もなければ血縁もないのだ。
先行きなど、何も見えるはずもない。長門に将来など問われても、羅號には答えようがない。
しかし、そんなことは長門も百も承知だ。
沈黙する羅號。そんな様子をしばし見つめ、そして何か大きな決意をするように大きく息をつくと、長門はその言葉を言った。
「羅號……もし……もし羅號がいいと言うのなら……。
この私を、『お母さん』と呼ばないか?」
本格的な接触は次回以降になります。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
悪夢 ラ級襲来 中編
ついに敵ラ級との邂逅です。
「えっ……?」
母と呼ぶ……長門の言い出したことの意味がとっさには分からず、羅號は間の抜けた声を返してしまう。
「羅號は私たちの大切な戦友である大和と、提督との忘れ形見だ。
そんな羅號をこのままにすることは、私を含めトラック艦隊のみんなも決してないだろう。遅かれ早かれ、こういう話は出たはずだ。
その辺り、幸いなことに私の実家には子供一人くらい養うのはわけないだけの経済力はある。無論、私自身の給金もそこそこだ。
だからこそ……羅號を私の『息子』として引き取りたいと思う……」
これは長門がずっと考えていたことだ。
羅號はどんな隔絶した力を持っていようが、まだ子供なのだ。ならば、親はどうしても必要になるだろう。
しかしその親に、羅號のことや大和たちの想いを知りもしない赤の他人にはなってほしくはない。それはトラック泊地を生き残った戦友たちの譲れない願いであり、同時に壮大なわがままだ。だからこそ、長門は実家の経済力もありこの戦友の忘れ形見の『母親』になること名乗り出たのである。
同時に、長門には少しだけ打算もあった。
本土に辿り着けば、必ず羅號の力を目当てにしたものたちが介入してくるだろう。しかし羅號が義理であろうと『海軍大将 筑波貴繁の孫』となれば、そういったものたちに対する抑止力になるとも長門は読んでいた。
「長門さんが……僕の、母さんに?
あの……その……」
羅號は突然のことに上手く言葉が出てこないようだ。そんな羅號を、長門は優しく制す。
「急いで決めることはない。
それに羅號にとっての本当の母親は、未来永劫『大和』ただ一人だ。それは……理解している。
だが、それでいい。私は二番目でいいから『母親』として手を挙げたいと思っているのだ。
焦らなくていい、今は私の言葉を覚えてくれていれば……」
その時だ。
「長門さ~~ん!!」
見れば夕張が2人の方へと駆け寄ってきていた。明らかに慌てている様子であり、何かが起こったのだろういうことが良く分かる。
「どうした! 何があった!!」
すぐさま聞き返す長門の元に駆け寄った夕張は、全力疾走によって肩で息をしながらも息を整えて声を絞り出す。
「そ、それが……。
周辺警戒をしていた『ヨーク』さんの夜間偵察機が……漂流中の駆逐艦娘を発見したそうです!」
「何!?」
すかさず、長門は司令部となっている天幕へと駆け出していた。
その後ろ姿を追いながら、羅號は長門の先ほどの言葉を反芻していたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「……あれ?」
ゆっくりと目を覚ました彼女―――駆逐艦娘『睦月』は、呆けたような声を上げた。
見たことのない……おそらく天幕か何かの中だろう。何故自分がそんなところにいるのかわからない。
いや、それ以上に自分が生きていることが信じられない。
あの『悪魔』に追われて、生き残れるなんて彼女自身も思っていなかったからだ。
「ひょっとして、ここはもう地獄だったり……」
『悪魔』の手にかかったのなら、墜ちる場所など地獄以外にはあるまい。気付いていないだけで自分はすでに死んでいるのではないか……そんな睦月の自問に、隣から答える声があった。
「あはは。 だとするとずいぶん安っぽい地獄ですね、ここ」
睦月がゆっくりと顔を向けると、そこにはクレーンの付いた艤装の艦娘の姿があった。非常に特徴的な艤装であり、それによって睦月は彼女がなんの艦娘なのかすぐにピンとくる。
「明石さん?」
「そうです。 工作艦『明石』です」
そう答える明石はどう考えても幻ではない。となれば……。
「私、生きてる……?」
「ええ、間違いなく生きてますよ。
極度の疲労で気を失っていましたが、怪我自体は軽いものでしたから」
その言葉に、睦月はゆっくり身体を起こす。
「ここはどこなんですか?
私以外に誰か一緒には……」
そんな睦月をやんわりと押し戻して横にならせながら、明石は答える。
「ここは名もない無人島、気を失って漂流中だったあなたを拾って来たの。
あなた以外には誰もいなかったわ」
「そう、ですか……」
その時、天幕の外から声が聞こえてきた。
「私たちのリーダーたちがあなたに話を聞きたいみたいですね。
……話せそうですか?」
「はい……」
今はつらいなど言っていられる状況でないことは睦月も理解していた。だから横になりながらもしっかりと頷く。
そんな彼女にだが、明石は奇妙なことを言い出した。
「じゃあ話してもらいますけど……まず始めに、何を見ても驚いちゃ駄目ですよ」
「? はい」
よく分からないがとりあえず頷く睦月。
そして天幕の入り口が開き……睦月の目が驚きで限界まで見開かれた。
入ってきたのは5人だ。長門と鳥海、そして夕張だと思われる艦娘である。長門の艦娘の戦傷が痛々しい。
もう1人は甘栗色の肩までの髪をした美しい女性だ。気品にあふれた様子から、この艦隊の提督なのだろうかと思う。
ここまではいい。
だが最後の1人……これが問題だ。
スラリとした長身に、たわわな胸。その肌は病的なほどに白い。そして何より……彼女の額には角が一本。
敵である深海棲艦、しかも『姫』クラスである。
「にゃ、にゃしぃぃぃぃぃぃぃ!!?」
睦月は自分でもよく分からない声を上げながら、文字通り飛び起きたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「……信じられないことかもしれないが、彼女らはこの戦争を終わらせるためにやってきた、深海棲艦の和平推進の一派というわけだ。
君を見つけたのも彼女たちの偵察機のおかげだ」
「難しイかもしれナイが、あまり怖がらナイで欲しイ……」
「わかり……ました……。
いえ、全然わからないけど……わかりました」
長門と『ウィン』の説明に、睦月はゆっくりと頷く。その言葉からは強い混乱が見て取れて、正直混乱のしすぎで驚き以外に上手く反応できないだけなのだろう。
「……気持ちは、よくわかる。
我々も最初、彼女らと接触したときには、驚く以外の反応ができなかったからな」
「そうですねぇ……」
どこか遠い目をしながら、長門と鳥海はしみじみ頷く。すでに数日前のことだが、未だにあの時の衝撃は記憶に新しい。
「とにかく、命からがらトラック泊地から脱出した我々『トラック残存艦隊』は、この戦争を終わらせるための交渉を持つために、彼女らと日本を目指しているということだ」
「トラック泊地……全員轟沈して全滅じゃなかったんですね」
「やはりそっちでは、そういうことになっているのか……」
覚悟はしていたものの、改めて友軍から自分たちが死んだものになっているという話を聞くと、どこか物悲しい気持ちになる。
「……さて、次はそちらの事情を話してほしい」
「話せる部分だけ、ゆっくりでいいですからね」
長門が促すのと同時に、今までのことを思い出したのか睦月は小刻みに震え始める。それを見た明石が、睦月の肩を気遣うように優しくそっと触った。
「いえ、大丈夫です。
それに……私たちを逃がすために時間を稼いでくれた陸奥さんや天龍さん、そして衣笠さんのためにも……睦月は『あいつ』のことを皆に知らせなくちゃいけないんです」
そして恐怖に震えながらも、睦月はその体験を語り始めた。
睦月は
そしてここ最近北方海域では濃い霧が発生し、そこでの艦娘の消息不明が相次いだのである。
そこで偵察任務を帯びた睦月たちは霧の中を探索した。
「最初は霧の中に深海棲艦の艦隊が潜んでいるのだと考えられていました……。
でも霧の中には、深海棲艦の艦隊なんてどこにもいなかった。
霧の中には……あの『悪魔』がいたんです!!」
そこに現れた男の深海棲艦は狂った嗤いとともに彼女たちに襲い掛かった。まるで子供が虫の羽根でももぐかのような気軽さで、睦月たち艦隊を蹂躙したのである。
「……その『悪魔』の装備は?」
「三連装の大口径砲が3基9門、恐らく陸奥さんたちの41cmくらいだと思うけど、砲身が妙に長かったです。
その他、副砲と高角砲、対空機銃が大量に装備されていました。
それと……」
そこで睦月はどこか言いよどむ。しばらくして、意を決したように言った。
「あの……今から変なことを言いますけど、睦月は本当に見たんです。
信じて下さい」
「わかった。 それで、何を見たんだ?」
「はい。 あの『悪魔』は……二連装の『ドリル』を持っていたんです!」
「「「……」」」
その言葉に、場がシィーンと静まり返った。
「信じられないかもしれないけど、本当なんです! 信じて下さい!!」
「ああ、別に君の言葉を信じていないわけじゃないんだ」
長門たちの沈黙を、自分が嘘をついたと思って呆れているのだと勘違いした睦月が声を荒げると、長門はそういうわけではないと首を振る。
「むしろ逆に……『最悪の予想が当たったこと』に驚いて言葉が無かっただけだ」
「『最悪の予想が当たった』……?」
「……我々は規格外の力を持った、『ドリルを持つ男の艦』に心当たりがある」
「ッ!!?」
驚きに目を見開く睦月を尻目に、長門はアネットへと話を向けた。
「アネット……今の話をどう思う?」
そして、アネットはゆっくりと頷いた。
「長門さんたちの予想と同じです。 十中八九、アブトゥたち『制圧派』の切り札たる『万能戦艦』の1隻でしょう。
まさか、もう実戦配備の段階に入っているなんて……」
「狙いは何だと思う?」
「恐らく……私の命でしょうね」
「だろうな。 アネットは人類とレムリア人との和平の懸け橋として無くてはならん存在だ。
人類を屈服させたい『制圧派』からすれば、アネットを消すために『切り札』を切るのは当然か……。
だが、ここを通過しなければ本土にはたどり着けん……。
鳥海! 夕張! 全員を集めろ!
緊急の会議を行う!!」
「『ウィン』! こちらも全員を至急集めて!!」
長門とアネットの指示に、深夜の無人島は慌ただしく動き出す。
ただ、睦月だけは状況についていけない様子だ。
「あの……何を……?」
「……我々はこの戦争を終わらせるためにも、一刻も早く
それにその『悪魔』の目的は我々である可能性が極めて高い……少々迂回したところで回避することはできないだろう。
だから我々はその『悪魔』を……ラ級万能戦艦を突破する!!」
睦月の問いに長門は宣言し、アネットも隣でそれに静かに頷いた……。
~~~~~~~~~~~~~~~
翌日の早朝、『トラック・レムリア聯合艦隊』は睦月を加え、予定通り
天気は澄み渡るような快晴だ。気温も高くなっている。
それはつまり……。
「霧が……無くなってる……」
昨日までの鉛色の空は嘘のように消え、辺りにはもう霧などどこにも残っていなかった。そして遠くまで見通せる海は、敵の発見をも容易にする。それはつまり、敵ラ級万能戦艦との接触の可能性が上がるということだ。
「……」
『トラック・レムリア聯合艦隊』の中にあって、睦月は緊張した面持ちで航行していた。
気持ちは分からなくもない。睦月の環境は劇的に変化しすぎた。そんな状態で昨日まで交渉不可能な絶対的な敵であった深海棲艦とともにいるのだから、どんなに順応性の高い人間だろうと緊張して当たり前である。
しかし、睦月が最大限に警戒している相手というのは、そんな『レムリア亡命艦隊』の面々ではなかった。
「あのぉ……僕に何か?」
「ッ!!?」
チラチラとこちらを見る睦月に羅號は声をかけるが、その途端すごい勢いで目を逸らされてしまう。先ほどから繰り返されるこのやりとりに、羅號は思わずため息をついた。
睦月がもっとも警戒心を露わにしているのは他でもない、羅號なのだ。
それも仕方ないだろう。睦月は羅號と同系統艦によって仲間を失い、自身も死の恐怖を味わったのである。だからその恐怖の対象が羅號に向いてしまうのも無理からぬ話だ。
むしろ今まであれだけ隔絶した力を見せつけながら、羅號に対して好意的なものしかなかったというのが運が良かったのである。そう羅號は理解しているのだが、誰だって怖がられて嬉しいはずはない。どうしても物悲しい気持ちになってしまう。
そんな風に思っていると、不意に左右から誰かが羅號の手を握った。
「ローちゃんに『ちぃ』ちゃん……」
それはローと『ちぃ』だった。彼女たちは敏感に羅號の心を察知したのである。
「ろーちゃんはらーくんのこと、怖くないですって」
「ラゴウ、元気出ス」
2人は羅號のことを励ますように言ってくる。すると、朝潮もいつの間にか羅號に並んで言った。
「私だって羅號は怖くなんてありません。
だって……あなたの力は私たちを守ってくれる力だって、分かってますから……」
「……うん、ありがとうみんな」
3人の励ましで少しだけ心が軽くなった羅號は微笑むと、3人の少女はとびきりの素敵な笑顔を返した。羅號たちに柔らかい空気が流れる。
しかし、その空気はすぐに消えることになった。
「!? これは……ソナーに感!!」
「何ぃ!?」
その報告に、長門と『ウィン』はほとんど条件反射的と言っていいほど即座に反応していた。
「全艦散開! 散れ!!」
「回避行動! 急ゲ!!」
その号令に艦隊は慌てて散開するが、回避の遅れた駆逐ロ級が水面下から飛び出してきた二連装ドリルによって串刺しにされ、くの字に折れ曲がって爆発する。
そしてその爆炎の中からついに……その『悪魔』は現れた。
41cmと思われる三連装砲が3基9門、その砲身はかなりの長砲身を誇り、その強力さを窺える。
副砲・対空火器も大量に装備されており、堅牢な装甲と相まってその防御力の高さを容易に想像できる。
そしてその左手には、一度見たら決して忘れられないだろう特徴的な二連装ドリルを装備している。金の髪に整った顔立ちはまるで映画俳優だ。しかし、その狂気を宿したかのような赤い瞳が嫌でも周囲に恐怖を掻き立てる。
睦月の報告のままの姿……それは間違いなくレムリアの『制圧派』の
「何者だ、貴様は!」
答えは分かりきっていることながら、長門は誰何を飛ばす。
そしてその答えは……。
「……ヒャハ。 裏切り者に獲物はっけ~~ん!」
ニタリという狂気の笑みと、戦闘態勢をとる砲だった。
「……その様子では、やはりアネットの命を狙う『制圧派』の刺客ということか」
「裏切り者どもはそんなことまでしゃべったのか。
まぁいい、どのみちここで裏切り者も獲物も、みんなまとめて海の藻屑に変えてやるんだ。
前の獲物は一匹メスガキに逃げられちまったが、今度は誰も逃がしゃしねぇ」
その男の言葉に、思わず睦月は声を上げる。
「待って! それじゃ如月ちゃんや長月ちゃんは……」
その言葉に、グルリと顔を向けた男は睦月を目にすると嬉しそうに嗤った。
「おやぁ? 誰かと思えばこの間逃げくさってくれた、小生意気なメスガキちゃんじゃないか。
こりゃぁいい、この間の追いかけっこの続きをするか。
俺様に捕まれば、もれなくお友達の待つ水底へご招待だ」
その答えは睦月の仲間たちが、この『悪魔』によって殺されてしまったことを意味していた。
「如月ちゃん……長月ちゃん……」
泣き崩れる睦月、そんな睦月の肩にポンッと誰かが手を置いた。
「朝潮ちゃん?」
「……あなたの戦友たちの無念は、今日ここで必ず晴らされます」
その言葉を聞いたその男は、腹を抱えて笑いだした。
「あはははははっ! 面白い冗談を言うメスガキだな、おい!
どうやってお前みたいなメスガキが、俺様への無念を晴らしてくれるってんだ?」
「……私では無理でしょうね。でも……聞こえませんか?
あなたを裁くあの『音』が……」
「……何だと?」
いぶかしげに首を傾げた男は、そこで何かに気付いたかのようにハッとする。
それは水中を高速で接近してくる音だ。
だがそれは魚雷ではない、もっともっと凶暴な何かの『音』だ。
そして、その『音』は飛び出した。
「だぁぁぁぁぁぁ!!」
「うぉぉぉぉぉぉ!?」
水面下から先ほど男がやったのと同じように、鋭く高速回転するドリルが飛び出した。
実は敵襲とほぼ同時に、羅號は海中に潜航して隙を窺っていたのだ。長門がいちいち分かりきったような誰何などをしたのも、男を釘づけにするための時間稼ぎの意味合いもあったのだ。
しかし男を貫くかと思われたそれは、直前に男が全速後退したことでその装甲に傷を付けるだけにとどまる。だが、当然それだけでは終わらない。
「主砲、全門一斉射!!」
「ちぃ! 全門斉射!!」
近距離で互いの主砲が咆哮し、砲弾が放たれる。しかしそれは互いの発生させた半透明のシールド……『磁気シールド』に阻まれ、著しくその威力を減退させて装甲によって弾かれた。
そして一定の距離に離れた男はそこで、やっと自分に対峙する存在を認める。大和型に装備された46cm砲を超える史上最高の巨砲、51cm砲を構えた小さな少年の姿を……。
その姿に、男は驚愕した。
「てめぇは!? それにそのドリル……まさか!?」
「……そう、僕はあなたと同系統艦、レムリア系技術を持つ『万能戦艦』だ」
「バカな!? 地上の野蛮なサルどもの科学力で『万能戦艦』が造れるはずがない!?」
「それでも、僕はここに存在している……。
長門さん!!」
「全艦、全速でこの海域を離脱!
羅號の合図に、長門はそう指示を出す。
今ここで一番重要なのは、地上とレムリアを繋ぐ懸け橋となり得るアネットの安全である。そのため、羅號が戦っている間にほかの艦は
また、羅號の戦闘能力が突出しすぎていて、下手に艦隊を組んで戦っても足手まといになってしまうという判断でもある。
男と対峙し、その動きににらみを利かせる羅號を、次々と各艦が通り過ぎていく。
「らーくん……気を付けてね」
「羅號、あなたにどうか武運を……」
「ラゴウ、先に行って待ッテル」
そしてロー、朝潮、『ちぃ』が名残惜しそうに通り過ぎると、最後に睦月が通り過ぎた。
「羅號くん……お願い、どうかみんなの無念を晴らして!」
「……うん、必ずあいつに後悔をさせるよ」
睦月の涙ながらの言葉に頷く羅號。そして、海域には2隻の『万能戦艦』だけが残った。
「地上の野蛮なサルどもに『万能戦艦』がいるなんて計算外だが……こりゃ武勲のチャンスだ!
俺様の戦果は『裏切り者の始末』から、『裏切り者の始末と敵万能戦艦撃沈』に格上げってわけだ」
「……僕はあなたなんかの武勲になってやるつもりなんてない」
「知るかよ。
てめぇもあの裏切り者どもも、あの地上のメスどもも、みんなまとめて俺様の狩る獲物だ!!」
キュイィィィィン!
「俺様の名は『モンタナ』!
レムリア最強の艦『万能戦艦 モンタナ』だ!!」
回転を始める二連装ドリルとともに、その名を名乗りあげる男……『モンタナ』。
羅號はゆっくりと、モンタナへと返した。
キュイィィィィン!
「僕は大和型4番艦『万能戦艦 羅號』!
父と母の無限の愛で造られた、いつかの平和の海のために戦う人類のための万能戦艦だ!!」
ドリルの回転音を響かせ、それすら超える名乗りを轟かせる。
ここに究極の戦艦、『万能戦艦』同士の戦いの火蓋が切って落とされた……。
次回は羅號VSモンタナとなります。
……一回で終わるかなぁ?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
悪夢 ラ級襲来 後編
本年もよろしくお願いします。
今年始めての投稿は、羅號VSモンタナの万能戦艦決戦からです。
とてつもなく長くなってしまいします。
やっぱり万能戦艦は化け物ですねぇ……。
「全主砲、斉射!!」
「主砲、Fire!!」
最強最大、究極の戦艦である『万能戦艦』。その究極たちが互いに明確な敵意を載せて、鋼の巨砲を咆哮させる。
通常の艦ならば装甲の厚い戦艦であろうと大きな被害を受けるだろうその攻撃はしかし、互いの展開する防御機構『磁気シールド』によって大きくその威力を減退させられ、決定打には至らない。
ある砲弾は磁気シールドによってその弾道を反らされ、ある砲弾は威力が弱まったところを装甲によって弾かれる。
主砲での決着は難しいと判断した羅號とモンタナは、互いに接近戦の道を選んだ。
『万能戦艦』の象徴とも言うべきドリルが唸りを上げる。
「おらぁ!!」
「くぅ!?」
巨大なドリルによる接近戦。回転するドリルがぶつかり合い、火花を散らす。しかし、ドリルでの接近戦は二連装ドリルを装備するモンタナの方に分があった。
モンタナの突き出した二連装ドリルの回転力の前に、羅號の超硬度ドリルは押され気味だ。
「1本より2本の方が多い! ガキでも分かる簡単な算数だ!!
そのままひき肉になりやがれ、人類についた万能戦艦の面汚しが!!」
そのままモンタナは押し込んで羅號を引き潰そうとするが……。
「何だ、このパワーは!?」
羅號はその小さな身体に見合わぬパワーで、体格で優位に立つモンタナと拮抗していたのだ。
「舐めるな、僕は最強の戦艦『大和』の子だ!
パワーでそうそう負けるものか!!」
羅號はそのままモンタナを弾き返し、一端距離を開けると再び全砲門を構える。同じようにモンタナも砲を構えた。
「全力斉射! 薙ぎ払え!!」
「主砲、鉛玉をブチ込め!!」
再びお互いの主砲斉射、それは同じように互いの磁気シールドによって防がれ、決定打には至らない。
「構うな、連続斉射!!」
だが、羅號はそのまま動きながら主砲を射撃し続ける。
射撃兵装に対する強力な防御機構である磁気シールドを持つ万能戦艦同士の砲撃戦、それは一見すると無駄な行為のように見える。
しかし、次第にそれは効果を表してきた。羅號とモンタナ、互いの砲弾が磁気シールドによって削られる勢いが減ってきたのだ。
磁気シールドは強力な防御機構だが、『無敵の盾』ではない。磁気シールドは展開した磁場によって砲弾を反らし勢いを減退させるのだが、それを行うシールド発生装置には当然ながら負荷がかかる。そしてその負荷限界点を超えてしまえば磁気シールドはその効果を失ってしまうのだ。
羅號とモンタナは互いの主砲の壮絶な撃ち合いによって、磁気シールドの負荷限界点を超えつつある。そうなると今まで拮抗していた戦況に変化が訪れた。
「ガッ!?」
磁気シールドを抜けてきた羅號の51cm砲弾、それがモンタナの装甲を叩き、その臓腑を揺さぶった。それはまるでボクサーのボディブローを受けたかのようだ。
「まだまだ!!」
対する羅號にもモンタナの長41cm砲弾が当たり始めるが、それは未だにダメージには至っていなかった。
これが羅號とモンタナの違いである。
羅號は51cm4連装砲を3基12門を搭載している。対するモンタナは長砲身41cm3連装砲を3基9門だ。砲撃火力では羅號の方が大きく優れている。そのため羅號の方が早くモンタナの磁気シールドの負荷限界点にまで追い込めたのだ。
くわえて羅號は物理防御装甲においても自身の主砲である51cm規格の『対51cm完全防御』を誇っており、防御力においてもモンタナより優れていた。そのため単純な砲撃戦においては羅號に軍配が上がったのである。
水柱とそれに伴う水しぶきによって互いの姿が完全に見えなくなったところで、両者は一時お互いに砲撃をやめて様子を見る。
そして水しぶきが収まると、そこには互いに向かい合う羅號とモンタナの姿があった。しかし、その姿には大きな差が出来ている。
羅號は始めとほとんど変わらぬ様子でそこにいた。少々煤で汚れてはいるものの怪我をしている様子はない。艤装に関しても対空砲数基と副砲が1基煙を噴いていたが、主砲には僅かなへこみがある程度で支障はなさそうだ。
対するモンタナは艤装の対空砲や副砲から黒煙が上がっていた。主砲も至近距離に着弾したのか、1基の砲身が2本ほど折れ曲がり使用不能になって生き残った主砲数を7本に減らしている。そして、モンタナは頭から一筋の血を流していた。
モンタナはその自身の頭から流れる血に触る。自分の血で赤く濡れた手を眺め、自分が傷を負わされた事実にブルブルと怒りで震えだす。
「てめぇ……!」
「……」
殺意と憎悪を込めた視線をぶつけられながらも、羅號は内心でその状況に満足していた。
モンタナの激しい気性を考えるに、激昂すれば狙いを自分に絞ってくるだろう。今の羅號の役目はあくまで『トラック・レムリア聯合艦隊の退避を支援し、モンタナを撃破する』である。仲間の仇討ちを切望していた睦月には悪いが、退避の時間を稼ぐことの方がモンタナ撃破よりも優先度は高いのだ。
羅號は目だけを動かして水上レーダーを見ると、艦隊はもうそろそろレーダーの有効範囲外に出る辺りにまで進んでいるのを確認する。これで向こうはもう安心、心おきなく目の前の敵を倒すために集中できる……羅號はそう内心考えていた。
しかし……レムリアの切り札『万能戦艦』はその程度の簡単な相手ではなかったのである。
突如として、モンタナから放たれる気配が変わるのを羅號は敏感に感じ取った。
今まではまるで燃え盛る炎のようだった気配が、凍てつく吹雪のような気配に変わったのである。
「……てめぇは面白いクソガキだな」
「お褒め預かり光栄ですよ。
あと僕はクソガキなんて名前じゃない、羅號だ」
羅號はモンタナの言葉に答えながらも、注意深く観察を続ける。
「気に入った、クソガキ。 お前を沈めるのは最後にしてやる。
先にあのメスガキどもを皆殺しにしてからだ。
全員がミンチに変わるところを見せてから、最後に沈めてやる」
「……僕がここをそう簡単に抜かせるとでも?」
予想外にもモンタナの優先目標が自分から艦隊に移ってしまったことに内心舌打ちしながら、仲間を殺すと宣言したモンタナに羅號も怒りを滲ませながらモンタナを見返す。
「地上のサルに造られたような奴とは違う。
レムリアの万能戦艦が、ただ海を行くだけだと思うなよ」
「何?」
モンタナの妙な言葉を羅號はいぶかしむ。そして次の瞬間、モンタナはニヤリと嗤った。
「
モンタナの宣言とともに、万能戦艦の動力源でありモンタナの心臓である『重力炉』が唸りを上げ、膨大な出力を生み出していく。
そして起こった変化に、羅號は驚きで目を見開いた。
「空に……浮いた!?」
そう、モンタナという超重量級の万能戦艦が離水し、空中へと浮き上がったのである。その羅號の驚きに、モンタナは嬉しそうに、狂ったような嗤いを響かせる。
「アハハハハハッ、これがレムリアの万能戦艦の機能、『空中移動能力』だ!
水上・水中・空中……そのすべてを移動し、すべてで戦闘行動を行えることこそ『万能戦艦』と呼ばれる所以だ!!」
宙に浮き、大仰に手を広げそう語るモンタナは彼方に視線を向ける。それで羅號はその意図に気付いた。
「マズい!?」
「遅ぇよ、クソガキ!!」
慌てて羅號は主砲を放つが、それを空中にいるモンタナはよけるとそのまま艦隊の退避していった方向へと移動を始める。
「ま、待て!!?」
慌てて羅號も反転しモンタナの後を追うが、その速度差は一目瞭然だ。いかに羅號の水上移動速度が常識外に速くとも、空を行くモンタナとはスピードが違いすぎる。
「くそっ!?」
羅號はらしくない悪態をつくと、出せる最大速度でモンタナを追うのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
離脱した艦隊は、
「らーくん……」
「ラゴウ……」
「ローも『ちぃ』も大丈夫です。
私たちの羅號が、あんな奴に負けるわけありません」
心配そうなローと『ちぃ』を、並走した朝潮が励ます。
「そうだぞ、羅號の強さは我々が一番知っているはずだ。
今の我々は羅號の足手まといにならないように、そしてこの戦争を終わらせる希望となるアネットたちを無事に送り届けることが先決だ」
長門の言葉に誰もが頷くが、今度の敵は羅號と同格の万能戦艦なのだ。楽観視などできるはずもない。
その時だ。
「対空レーダーに反応! 何か来ル!!」
「何ッ!? まだ敵がいたのか!?」
『ウィン』の言葉に、長門はすぐに空を見上げた。あの万能戦艦だけでなく、まだ航空戦力をもつ別働隊が潜んでいたのかと空を睨む。
しかしそんな長門たちの目に映ったのは、信じがたい光景だった。
「飛行船?」
始めは反応の大きさから、航空機ではなく飛行船の類かとも思った。
しかし遠目からでもわかるその禍々しさを視認した時、そのあまりにも信じがたい光景を誰もが理解することになった。
「ば、バカな!?」
「空ヲ……戦艦が飛ブ!?」
「ギャハハハハハ!!」
それは見間違えるはずもない、あの『万能戦艦 モンタナ』である。
戦艦が空を飛ぶというあまりにも非常識極まりない光景だが、一度でも聞いたら忘れられないあの狂ったような嗤い声が、その場にいた全員にそれが現実のものなのだと嫌でも思い知らせる。
「全艦、対空戦闘!!」
「何ヲシてもイイ! アネット様ヲ守レ!!」
長門と『ウィン』から指示が飛ぶ。濃密な対空砲火が形成されるがしかし、モンタナはそんなものでは小揺るぎもしない。
そもそも対空砲火とは航空機を墜とすためのもので重装甲な戦艦など墜とせるようにはできていないのだ。そんなもの、蟷螂の斧にすらならない。
長門や『ウィン』、『メリー』や『アイ』といった大型砲を搭載するものは主砲の仰角を合わせて徹甲弾を発射するが、動き回る空中目標に主砲弾がそう当たるはずもない。
「うるせぇ、雑魚ども!!」
モンタナから副砲が、そして主砲が放たれる。
「きゃあ!?」
「アゥ!?」
「あっしー!? 『ちぃ』ちゃん!?」
空中から降り注いだ副砲が対空射撃中だった朝潮の手にした10cm連装高角砲を吹き飛ばした。41cm主砲弾が『ちぃ』の艤装から砲を抉り取る。その衝撃に悲鳴を上げる友の声に、ローの悲痛な声が響いた。
そして、被害を受けたのは当然、彼女たちだけではない。
「砲が!?」
「ヤバっ!? こっちの砲もオシャカだよ!?」
「吹雪ちゃん!?」
「き、機関部に直撃!? 航行不能です!?」
朝潮と同じく対空弾幕を張っていた満潮と秋雲の砲が吹き飛んだ。吹雪は艤装の機関部近くに副砲が直撃、その推進力を奪われ膝をついたところを睦月が支える。
あの地獄のトラック泊地を生き残ってきた彼女たち高練度駆逐隊が、一瞬で戦闘能力を奪われていた。
幸いにも『アトラ』率いるレムリア水雷戦隊にはほとんど被害はないが、『アトラ』たちの対空砲火もモンタナには傷一つ付けられず、そのままモンタナは彼女たちを無視して進む。
そして、その被害はアネットの直衛たる主力艦隊にも及んだ。
「飛行甲板ガ……!?」
『ヨーク』の飛行甲板に直撃した副砲の雨が、その甲板上で大炎上を引き起こしていた。黒煙を上げながら、艦載機運用能力を失った『ヨーク』がダメージで膝をつく。
「クソッタレが!!」
『アイ』の盾型の艤装の片方が吹き飛んだ。膝をつきながらも残されたもう片方の艤装で砲撃を続けるが、その艤装も吹き飛ばされ『アイ』自身も転がるようにして吹き飛ばされる。
「クゥ……!?」
一番の脅威と考えられたらしい『ウィン』には41cm砲の集中砲火が放たれた。艤装の砲と飛行甲板が、執拗なまでに吹き飛ばされていく。戦闘力を奪われその上を悠々と進むモンタナに『ウィン』は手を伸ばすが、その鉤爪は空を掴むだけだ。
「ナガト!!」
「わかっている!!」
アネットの乗るクルーザーの最後の守りである長門と『メリー』の2人が41cm砲の全力射撃を行う。
2人はその高い練度から見事徹甲弾を空中のモンタナに命中させるが、それは展開された磁気シールドによって防がれていた。
反撃として放たれたモンタナの41cm砲が『メリー』の3番砲塔に直撃、弾薬庫に引火したのか凄まじい爆発とともに『メリー』が膝をつく。
長門の方は直撃こそなかったものの至近での爆発の衝撃で射撃照準装置が破損、砲の狙いをまともにつけられないようになってしまった。
最後の守りたる長門たちを飛び越え、ついにモンタナはアネットの乗るクルーザーへと肉薄した。
「アネットぉぉぉぉ!!」
「アハハハハハハッ!
死んじまえよぉ、裏切り者ぉぉぉぉぉ!!」
そしてついにアネットの乗るクルーザーに向かってモンタナの41cm砲が火を噴いた。空から放たれた必殺の砲撃は迷わずクルーザーに向かう。
装甲など施していない非戦闘用の船などひとたまりもないだろう。誰もがこれで終わりかと思われたその時だ。
「磁気シールド、展開!!」
機関全力でモンタナを追ってきた羅號がギリギリのところで間に合った。クルーザーの前にでると磁気シールドを展開、41cm砲弾は明後日の方向へと弾かれる。
そして羅號は空に向かって反撃の一撃を放っていた。
「
「うおぉぉぉ!?」
羅號から熱線が空中いのモンタナへと伸びる。鋼鉄をも溶断するその必殺の熱線はモンタナの右の装甲を焼いた。副砲1基が吹き飛び、巻き込まれた高角砲が誘爆する。
自分の受けた思わぬ損害に、モンタナは殺意のこもった視線を羅號に向けた。
「てめぇぇぇぇぇぇ!!」
「お前の相手は僕だ、モンタナ!!」
「いいだろう、てめぇを最後に沈めるって約束したがあれは嘘だ!
今すぐてめぇは沈めぇぇぇぇぇ!!」
「やってみろ!!」
激昂したモンタナは、その標的をアネットから羅號へと移した。
羅號は51cm砲と副砲、そして
「ムダムダムダぁぁぁ!!
海に浮くだけの艦の攻撃なんぞ、そう当たるか!!」
「くそっ!?」
モンタナは羅號の攻撃をあざ笑うかのように避けると、今度は自身の41cm砲の集中砲火を羅號に浴びせかける。それによって、今までの激しい戦闘で酷使され続けていた羅號の磁気シールドの負荷限界点がついに突破された。
「うわぁぁ!?」
「らーくん!?」
「羅號っ!?」
羅號の初めて受ける大ダメージに、ローと朝潮から悲鳴が上がった。
磁気シールドを失った羅號の左背の51cm四連装砲が吹き飛んだ。弾薬庫に引火したのかそれはとてつもない火柱を上げ、超重量の砲を根元から吹き飛ばす。さらにその爆発によって副砲と光線兵装の装備された左下の基部までもが致命的なダメージを負っていた。
「くぅ……」
左半身を焼かれた羅號が、ガクリと膝をつく。
「トドメだ、クソガキ!!」
そんな羅號に向けて、一気に高度を下げたモンタナは海面スレスレに飛行しながらその自慢のツインドリルを突き出して必殺のドリル
羅號はダメージで動けない。それは羅號を貫くかと思われたその時だ。
「今です!!」
「がっ!?」
突進するモンタナが、空中で何かに引っかかった。
それは4本のワイヤーだ。明石の作業用クレーンから伸びたそれを、端を持つ鳥海と夕張が協力することで接近するモンタナに引っかけ、その動きを止めたのである。
「なんてパワーなの!?」
機関最大出力を出しながらも、モンタナを受け止めた衝撃とその恐るべきパワーに、鳥海と夕張と明石の艤装が悲鳴を上げながらひしゃげ、砕けていく。しかしそれでも彼女らはそのワイヤーを離さない。
「夕張! 明石! もう離脱して!!」
「馬鹿言わないで! 今が私たちの艦娘魂の見せどころよ!!」
「そうですよ、鳥海さん!
工作艦でも、私だって艦娘です! 艦娘魂、見せてやりますよ!!」
鳥海は夕張と明石に離脱を促すが2人は聞き入れない。砕けかけた艤装で、それでも焼き切れるほどに機関出力を上げていく。
「このぉぉぉ……ザコメスどもがぁぁぁぁぁ!!」
「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?」」」
激昂したモンタナが、そのツインドリルを振り上げ絡まったワイヤーを引き千切った。ワイヤーを引っ張っていた鳥海・夕張・明石の3人がつんのめるようにして海面に激しく打ち付けられる。
しかし、彼女たちの健闘は戦場で何よりも大切な『時間』を稼いでいた。
「上出来だ!」
「なっ!?」
ツインドリルを振り上げたモンタナに、長門が肉薄する。
モンタナは振り上げたドリルを打ち下ろそうとするが、そのモンタナの左手を素早く長門の右手が掴んだ。
「これだけ接近すれば、その御自慢のドリルも振り回せまい!」
「て、めぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「私の41cmの至近弾、受け取れぇぇぇぇぇぇ!!」
長門の41cm砲が全門、火を噴いた。対艦徹甲弾がモンタナに叩き込まれる。
しかし……。
「何……だと……!?」
普通の艦艇ならば10度は沈むだろうその苛烈な砲撃を、モンタナはその恐るべき装甲で耐えきったのだ。
しかし流石のモンタナも無傷ではない。副砲と高角砲、そして対空機銃座が根元から吹き飛び、どす黒い黒煙を噴いていた。
その煙と、そして頭から流れた自身の血で汚れたモンタナは血走った視線を長門へと向ける。
「てめぇぇぇぇぇ! このクソメスがぁぁぁぁぁぁ!!」
「くぅッ!?」
激昂したモンタナがその超パワーで長門を振り払おうとする。長門は必死にそれに抵抗するが、片腕の長門ではそう長くはもたないだろう。
長門はチラリと、後ろを見た。
そこでは大ダメージを負った羅號を、同じく大ダメージを負いながらも支えようとしているローと朝潮、そして『ちぃ』の姿があった。
「ロー、朝潮、そして『ちぃ』……これからも羅號を支えてやってくれ。
頼んだぞ」
「……長門さん?」
何か長門から不吉な気配を感じ取った羅號は、顔を上げる。長門は羅號たちに微笑みながら頷くと、意を決したかのようにモンタナへと向き直った。
そして長門はそのまま一歩進むと、モンタナへとガッチリと抱きつく。
「てめぇ、何をっ!?」
「……知っているか?
長門型二番艦『陸奥』が爆沈した時、その爆発は凄まじく天高くまで炎が上がったという……」
そこまで来てモンタナは長門の意図に気付いた。長門は……モンタナを巻き込んで自爆しようというのだ。
「この……離しやがれ、クソメスが!!」
「そう邪険にしてくれるな。
貴様も女を抱いて逝けるなど男冥利に尽きるだろう?」
モンタナは長門を撃ち抜こうと砲を構えるが長門が抱きついているため砲では狙えない。同じくドリルでもあまりに近すぎて振れないのだ。
「鳥海! みんなのこと、羅號のこと……頼んだぞ!!」
「長門さん!?」
長門の叫びの中、長門の自爆シークエンスは着々と進んでいく。その後ろ姿を、羅號はローたち3人に支えられながら見ていた。
羅號の脳裏に、唐突に長門の後ろ姿に別の影がフラッシュバックする。
長い髪をポニーテールに纏めた、日傘を持つその姿……羅號はその影が自分の母である『大和』だと気付いた。
羅號はその誕生の瞬間に母である『大和』を亡くした。
そして今、自分の新しい母になると言ってくれた『長門』が目の前で散ろうとしている……。
「ダメだ……」
「らーくん?」
ローたち3人の支えを振り払うようにして、何かに突き動かされるように羅號が動く。
「ダメだ! ダメだ!! ダメだ!!!」
「羅號、来るなッ!!」
それに気付いた長門が叫ぶが、羅號は止まらない。
そして……。
「長門さんから……ママから離れろぉぉぉ!!」
「ぐがっ!?」
長門から引き剥がすようにモンタナの顔面へと、羅號はその拳を叩き込んだ。羅號の超パワーの拳を受けたモンタナは、長門の拘束も解けてそのまま吹き飛んでいく。
「ぐぅ……」
「ママ!?」
自爆シークエンスは緊急停止させたとはいえ、長門はそれまでのダメージで立っていられなくなり膝をつく。
そんな長門を、羅號は抱きつくようにして支えた。
「羅號、何故来た……?」
「……嫌なんだ。 僕はもう、母さんを亡くすのは嫌なんだ!
長門さんは僕のママになってくれるんでしょ!
なら……こんなところで沈まないでよ!
僕に……2度も母親を亡くさせないで!!」
それは今まで誰よりも強く隔絶した力を振るい誰もが頼り切っていた少年の、歳相応の少年らしい感情の爆発だった。
「羅號……」
そんな羅號の頭を、長門は撫でる。
「私は母親失格だな。 息子をさっそく親無しにしてしまうところだった……。
こんなダメな母だが……私を母だと思ってくれるのか、羅號?」
「もちろんだよ、ママ!」
ここで終わっていれば感動の一幕である。しかし、当然ながら現実はそんなに綺麗には行かない。
「ギャハハハハハ!!」
見上げれば空に浮いたモンタナが2人を見降ろしていた。
「いいねぇ、感動的だねぇ! だが無意味だ!
クソガキ、てめぇはそのマーマがつくった億に一つのチャンスを台無しにしたぜ!
残念賞に、親子水入らずの水底行きのチケットをくれてやるぜ!!」
嗤い声が辺りに響く。
身構える長門だが、それを押しのけるように羅號は前に出た。
「……ママもみんなも、誰一人沈めさせない!
僕がみんなを……守る!!」
「ギャハハ!
どうやるっていうんだ、海を行くことしかできない艦の分際でよぉ!!」
モンタナのいうことは確かに正しい。
海しか行けない艦では、空を自在に行くモンタナをとらえるのは至難の業だ。先ほどの長門たちの一連の連携が成功したのもモンタナの油断に付け込めたからである。2度目を期待することはできない。
モンタナとその他の艦では、そもそも立っている土俵そのものが違うのだ。
ならば……。
「同じ土俵に、立てばいい!!」
羅號はスッと目を閉じる。
そして感じるのは、己の心臓とでもいうべき超機関『零式重力炉』の脈動だ。
生みの母たる『大和』、新たな母たる『長門』、そしてローに朝潮に『ちぃ』、艦隊のみんな……羅號が出会い、何より大切に想う者たちの姿が次々に浮かんでいく。
「みんなを守りたい……そのために力が欲しい!
吼えろ、『零式重力炉』!
限界を超えて絶望すら穿つ力を僕に! 僕に……力を!!」
羅號の心に答え、咆哮を上げながら『零式重力炉』がその超パワーを解放していく。
そしてその出力は限界点を超えたその時だ。
「あっ……」
羅號の中に、何かが浮かぶ。
それは何かの歯車がカチリと組み合うような感覚、それとともに限界を超えて不気味な金切り声をあげていたはずの『零式重力炉』が安定していく。
そして羅號は、心に浮かんだその言葉を口にした。
「離水、開始!」
羅號の言葉とともに、『零式重力炉』から生み出されたエネルギーが、スクリューではないどこかに流れ込んでいく。
そしてその結果はすぐに現れた。
「な、何ぃぃぃぃぃ!!?」
「羅號まで……飛んだ!?」
敵であるモンタナ、そして味方からも驚愕の声が上がる中、宙に浮いた羅號はゆっくりと目を開けた。
「僕だってあなたと同じ『万能戦艦』だ。
あなたに出来ることが、僕にできない道理はない!」
艦種『万能戦艦』とは、ドリルを装備し重力炉を動力源とした、水上・水中・空中での航行・戦闘が可能な超戦艦のことを指す。
羅號は封印されていた最後の機能、『空中飛行能力』を解放し今、初めて真なる『万能戦艦』として覚醒したのだ。
空中で対峙する2隻の『万能戦艦』は、雌雄を決する最後の激突を始める。
「しゃらくせぇ!
今飛んだばかりのガキに、この俺様が負けるか!!」
「負けない!
僕は勝って、みんなを守り通す!!」
羅號とモンタナの、無事な主砲が同時に吼えた。互いに着弾、その黒煙を引き裂きながら羅號とモンタナは自身の必殺のドリルを構えて突き進む。そして両者のドリルは正面からぶつかり合った。
互いのドリルは拮抗し、激しくぶつかって火花が散る。
互角に思われたそれはしかし、少しずつ羅號のドリルにヒビが入っていった。それを見て、モンタナは狂ったように嗤った。
「ギャハハハハハ! マヌケだな、クソガキ!!
1より2の方が多い! 算数以下の数字の問題だぜ!!
そんな1本のドリルが、俺のツインドリルに勝てるかよ!!」
しかし、自身のドリルにヒビが入っていく光景を見ながらも羅號は静かだった。
何故なら……。
「……確かにあなたの言う通り、1より2の方が多い……それは常識だ。
でもね……ドリルは、僕の魂だ!
たった1つの魂なら、込めるものはたった1つ。2つは多すぎる!
僕の魂のドリルを……舐めるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
自らの魂たるドリルが、こんなことで砕けないと信じていたからだ。
羅號はヒビが入っていく自身のドリルをさらに押し込んだ。すると、今度はモンタナのツインドリルの方にヒビが入っていく。
「ば、バカなぁぁぁ!?」
目の前の光景に、モンタナから驚愕の声が上がった。
そして……。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
羅號のドリルが、モンタナのツインドリルを砕いた。自慢のツインドリルが粉々となり、モンタナの左手のドリル基部が吹き飛ぶ。
しかし、打ち勝った羅號のドリルも無事ではない。黒い煙を噴きながら、ヒビだらけのドリルの回転が止まった。内部機構が完全に焼け焦げ、羅號のドリルももはやただの鈍器でしかない。
最後は戦艦らしく、2人は戦いの決着を自身の主砲に託すことになったのだ。
「主砲、発射!!」
「残存主砲、オールファイア!!」
至近距離で、互いの主砲が炸裂した。その衝撃に互いに吹き飛ばされながらも、お互いの生存を認める羅號とモンタナ。
勝負は次の一撃で決まる……それが分かったとき、モンタナはほくそ笑んだ。何故ならモンタナの41cm砲の方が羅號の51cm砲より小さい分、再装填の速度は速いはずだからだ。
次の一射は間違いなく自分の方が速い。そしてその一射でトドメになる……そう考えるモンタナだったが……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
吹き飛んでいた羅號が、雄たけびとともに突進してくる。ドリルはすでに動かず、羅號には近接武器はない。
その時、モンタナは見た。
羅號の左手の51cm四連装砲……射撃によって上を向いているはずの主砲のうち、1本だけが未だに水平であることを。それは射撃の準備が完了していることの証左だ。
(再装填がこんなに速く終わったっていうのか!?
……違う! さっきのは斉射に見せかけて、1本だけ撃たずに残しておいたのか!?)
気付いたところでもう遅い。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐぁ!?」
雄たけびとともに突進した羅號が、左手の残った1本の砲身を突き刺すようにしてモンタナの右わき腹に抉りこむ。
「51cm砲……発射ぁぁぁぁぁぁ!!」
そしてゼロ距離で主砲のトリガーを引いた。
「ぐぼぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
強力な51cm砲、それをゼロ距離で受けては装甲などさしたる意味を為さない。51cm砲の砲弾はモンタナの脇腹を抉り取り、艤装の中枢を撃ち抜く。
溢れ出る血と、次々と内部で連鎖爆発を繰り返していく艤装。
「バカな、俺は……俺は最強のはず!
それが……それがこんな……バカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
そして空中に浮遊する能力すら失い、断末魔の叫びとともにモンタナは海面に落下、水中でかつてないほどの大爆発を起こした。
それが多くの艦娘を絶望の淵に追いやった『悪魔』の最後だった。
「敵ラ級万能戦艦……撃沈……」
モンタナの最後を確認した羅號も海面まで降下してくると、そのままドウッと倒れ込む。
「らーくん!」
「羅號ッ!?」
「ラゴウ!!」
すかさずローと朝潮、そして『ちぃ』が羅號へと駆け寄った。
抱き起こすが羅號には意識はない。その艤装はところどころで黒煙を噴き、羅號自身も血で汚れていた。
「ナガトアドミラール! らーくんが! らーくんがぁ!」
「わかっている、落ちつけ!
全員、
動けるものは動けないものを曳航! 急げ!!」
長門の指示に、艦隊が慌ただしく動き出す。
その時だ。
「長門さん、上! 航空機です!!」
朝潮の言葉に空を見上げれば、そこには確かに航空機の姿がある。
機種は……艦上偵察機『彩雲』だ。
「友軍だ! みんなもう一息だ、がんばれ!!」
長門は皆を叱咤すると、『彩雲』に向かって通信・手旗・発光信号、あらゆる手段で交信を試みたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「これは一体……」
霧が晴れ、偵察任務に出撃した
そこには行方不明になった駆逐艦娘『睦月』の姿がある、それは朗報だ。
だが、そこには同時に、驚愕の光景が映っていた。睦月以外の多くの傷ついた艦娘が映っており、同じく傷ついた深海棲艦の艦隊が映っていたのである。
それが交戦中だというのなら話は分かる。しかしその映像では、互いに肩を貸し助け合いながら航行する姿が映し出されていたのだ。
今までの深海棲艦の常識を打ち壊す光景に、誰もが頭が働かない。
「どうしますか、天城さん?」
判断に困った軽空母『祥鳳』は、旗艦である『天城』に指示を仰ごうと振り返る。
すると……。
「ど、どうしたんですか、天城さん!?」
天城は泣いていた。しかしその表情にあるのは喜びの感情であり、天城の涙がうれし涙であるとすぐに分かる。
「有希ちゃん……生きていてくれたのね」
天城はそれだけ呟くと涙を拭い、艦隊に指示を出した。
「今すぐ救助に向かいます!
発砲は厳禁! 今見聞きしたことは別命あるまで他言無用です!!」
「で、でも深海棲艦が……」
「命令は聞こえませんでしたか? 復唱!!」
「りょ、了解です!!」
何か言おうとした駆逐艦『潮』を視線で黙らせると、天城は艦隊を動かす。
同時に、
~~~~~~~~~~~~~~~
「……これは確かなんだな、大淀?」
「……私も何度も確認しましたが、その電文の発信者は間違いなく第一艦隊旗艦、筆頭秘書艦の天城さんです。
あの天城さんが、緊急の電文まで使ってそんな面白くもない嘘をつくとはとても……」
困惑気味な提督の言葉に、同じく困惑気な大淀が答える。
その答えを聞きながら提督は意識を集中させるために少しの間目を瞑り、そして開いた。
「大淀、今すぐこの
レベルは最高。
今これよりこの
いいな!!」
「了解です!!」
命じられた大淀はその指示に従い、慌ただしく執務室から出ていく。
提督はもう一度手の中にある電文に目を通すと、それを机の上に置いた。
そこには、こう記されていた。
『行方不明トナッテイタ駆逐艦娘『睦月』、及ビ所属不明ノ多数ノ艦娘ヲ発見。
ソノ中ニ未確認ノ大型艦娘ノ姿ヲ認ム。
マタ、ソノ艦娘タチニ深海棲艦ヨリ和平ヲ望ム使者ガ同行。
深海棲艦隊ニ交戦ノ意思ナシ。
艦娘・深海棲艦隊トモニ被害甚大。 入渠ノ準備ヲ求ム。
追伸、筑波有希ノ生存ヲ確認セリ』
~~~~~~~~~~~~~~~
深夜の海、どこにも光の見えないその海に1隻のクルーザーが浮いていた。そのクルーザーは何かを待つように静かに、エンジンさえ切って波間に揺れている。
そして、そんなクルーザーの前方からゆっくり、多くの影が近付いていた。
それは黒い艦隊……深海棲艦隊である。
人類の船を問答無用で沈めるといわれる深海棲艦、しかし深海棲艦隊は攻撃するでもなくゆっくりとそのクルーザーに近付いていった。
「来たか……」
そしてクルーザーから人影が出てくる。
それは横須賀鎮守府を預かる最高司令官である君塚大将だ。君塚大将は目の前の深海棲艦たちを恐れることなく見つめる。
何故なら、君塚大将にとってこの深海棲艦たちは『味方』なのだから……。
やがてそんな深海棲艦隊を割るようにして、1人の男が前に出た。
ここは寒冷地かと思わせるような暖かそうなコートと帽子の男だ。巨大な砲をそなえた赤黒い艤装を装着するその姿は、男が戦艦級の存在であることを物語るが、その右手にしたドリルが、その特異性を際立たせる。
「貴官の長年の協力に、アブトゥ様は大変お喜びだ。
ゆえに、アブトゥ様はその功に最大限に報いるために私を派遣した」
「ほぅ……貴様はそれほどに大きな存在なのか?」
どこか挑戦的に君塚大将が問うと、男はビシリと直立不動の体勢になって答える。
「私の名は『万能戦艦 ソビエツキー・ソユーズ』。
レムリアの誇る最強の艦、万能戦艦の1隻だ」
誇らしげに名乗る男、ソビエツキー・ソユーズ。
そこから滲み出る、隠しきれない強者のオーラに君塚大将は満足げに頷いた。
「結構、ではその力は今からの作戦で示してもらおう。
心配はするな、すでに横須賀周辺戦力は南方からの深海棲艦の侵攻を防ぐという名目で再配置済み、周辺に戦力は残されていない」
「貴官の協力に感謝する。
目標……帝都!
全艦隊、侵攻を開始する!!」
動き出す深海棲艦隊。
嵐が、帝都に迫っていた……。
VSモンタナ戦、羅號の覚醒と色々濃い内容でした。
そして長門は『ママ』です。
この作品の始まりもそうですが、テーマは『母の愛』です。
そのため、ローちゃんたちヒロインズではなく母である長門の危機で覚醒でした。
次回は単冠湾に逃げ込んでのしばしの休息、そして急変する本土の状況となります。
次回もよろしくおねがいします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第九話
業火 帝都炎上(その1)
今回から中盤戦の山場とも言える、帝都炎上編に突入します。
かなり長めの予定ですので、気長にお読みください。
夢にまで見た本土……でも私たちを出迎えたのはあの整然としたレンガ造りの倉庫街ではなく、燃え盛る炎と硝煙の香り、そして大量の深海棲艦でした。
ボロボロになりながらやっとの思いで
あの時は感動でしたよ。トラックを出るときには先行きも見えず不安ばかりでしたが、それが誰一人欠けることなく、しかもレムリアの人たちというおまけ付きで
仲良くなった睦月ちゃんに
受け入れてもらえるか心配だったレムリアの人たちも、
最初は
一番損傷の激しく、心配していた羅號くんも
まぁ、修理資材の関係と艤装の調査のために修理は後廻しにされちゃったんですが……あの丈夫さは流石ですね。メディカルポッドにも入っていないのに、目を覚ましてすぐに動き回って食事したりしてましたからね。
他のみんなも
……用意周到でしたよ、あの人は。
自分の権限を使って帝都周辺の防衛戦力をみんな南方からの防衛線に廻し、帝都をがら空きにする。そしてそこを内通していた深海棲艦隊で強襲ですからね。同時に北方戦線の深海棲艦も動き出し、
結局、自由に動けたのは本来はあの場所に存在していない私たち……『トラック・レムリア聯合艦隊』だけです。出撃の段階で、主力にして私たちの切り札である羅號くんの艤装がまったくの手付かず状態だったときには冷や汗が出たんですが……やっぱり羅號くんは運命的な『何か』を持っている人ですね。あのタイミングで『アレ』が来るなんて……。
とにかく、万全な状態になった『トラック・レムリア聯合艦隊』は本土へと出撃しました。そして私たちが見たものが……あの敵の航空爆撃と艦砲射撃によって燃え盛る帝都です。君塚大将は初撃で帝都を焼き、日本に対して降伏を要求していました。要求が聞き入れられない場合、帝都に対して総攻撃を行うという脅し付きです。
戦力の無い帝都では、抗う術などありません。本来なら私たちは間に合わず日本は降伏、そして人類にとっての一大勢力である日本の陥落はそのまま、人類世界の敗北に繋がっていたでしょう。
そう……もしあの時『あの人たち』が立ち上がってくれなかったら、の話です。
……私は幸運ですよ。
あの戦争を生き残った……というのもありますけど、それ以上に『最も古い伝説』と『最も新しい伝説』をこの目で見られたんですから。
もしかしたら私が今の任務に就いているのは、あの時見た『二つの伝説』の姿を伝えるためなのかもしれませんね。
――――――駆逐教導統括教官『吹雪』へのインタビューより抜粋
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「……トラック泊地残存艦隊、臨時司令兼旗艦の長門です」
「……私がこの
西日射す執務室で、男と女が敬礼を交わし合っていた。
男はこの
対する女はトラック泊地艦隊を率いてきた長門だ。トラック泊地提督の形見である羽織った軍服は今までの旅で幾分くたびれていた。おまけに仲間だった天龍の形見である眼帯で隠された無くした左目に失った左腕という痛々しい姿。しかし、そんなものでは彼女の精悍さは色褪せない。長門は
「まずはこちらの駆逐艦娘『睦月』を保護してくれたこと、貴艦隊に感謝する」
「こちらこそ我々トラック泊地残存艦隊を受け入れていただき、感謝します」
「構わない。 傷ついた友軍を迎え入れることは当然のことだ」
「それに……『お客人』に対する対応にも、感謝します」
「それも当然だ。 彼女らは他国からの使者である。
他国の使者に対する無礼は国家の恥、決してしてはならないことだ。
こちらも最上級の礼を尽くそう」
すると、それまで見事な敬礼を交わし合っていた提督は何かに耐えかねたかのようにブルブルと震え出す。
今、室内にいるのはこの2人と筆頭秘書艦である天城だけだ。
「……すまない、天城。
執務中ではあるが少しの間……5分だけ提督であることをやめてもいいか?」
「ええ、その程度なら休憩の範囲で目を瞑りますよ」
天城は最初から分かっていたとでもいうように微笑みを浮かべる。
そして……。
「有希! 有希っ!!」
「兄様! 兄様っ!!」
2人はどちらともなく泣きながら抱き合った。
戦争の中、死に分かれたと思われた兄妹の、涙の再会である。
兄妹の再会が終わり、しばしの後に2人は離れた。すると、今度は天城が長門に抱きつく。
「よく……よく生き残っていてくれたわ、有希ちゃん……!」
「貴子さん……」
涙ながらに長門の生還を喜ぶ天城に、長門も先ほどの涙そのままに答えた。
長門と
もっと言えば彼女の母親は長門たちの母の大親友で戦争最初期に多大な戦果を叩き出した艦娘であり、天城も長門たちと同じく『二世世代』と呼ばれる存在である。
「あらあら、昔みたいに『お姉ちゃん』とは呼んでくれないの?」
「それは……さすがにこの歳では……」
少しだけ顔を赤くし恥ずかしそうにする長門に、天城はくすくすと上品に笑う。
「それはダメよ有希ちゃん。
私は……もう少しで本当に有希ちゃんの『お姉ちゃん』になるんだから」
そう言って、天城は自身の左手の薬指にはまった指輪を長門に見せた。
「それは!?」
「ふふっ……茂雄さんと婚約したのよ」
驚いた長門が提督の方を見てみると、恥ずかしそうにしながら視線をそらす。
「この戦争に区切りがついたら、正式に式を挙げるつもりよ」
「おめでとうございます、兄様、貴子さん!」
「こらこら、貴子さんじゃなくて『お姉ちゃん』でしょ?」
「え、あ~……ね、
何とも慣れないことを言わされ顔を赤くする長門が面白かったのか、天城はころころと笑った。そんな天城の様子に長門は照れくさそうに頬を掻く。すると、不意に長門は真顔に戻って言った。
「それなら……兄様たちには最高のお祝いを贈れるかもしれません。
この戦争の早期決着という祝いの品を……」
長門のその言葉で、天城も提督も真顔に戻った。
「……報告は聞いている。
生き残った睦月からも、そしてアネット代表からも大まかな話は聞かせてもらった。
お前や天城が大丈夫だと太鼓判を押していることだし、俺も彼女たちから敵意や危険は感じ取れん。何かしらの計略という気配もない。
信じがたい話ではあるが、『レムリア国』の話を信じよう。
もっとも、彼女らの疲労も激しいので本格的な話は明日以降にするが……。
天城、彼女らの様子はどうだ?」
すると、天城は懐からメガネを取り出して掛けると、手元の書類に視線を落とす。
「今は第四ドッグをそのまま宿舎替わりに入ってもらっています。
出会った時には損傷も激しかったんですが、向こうが持ってきていた資材で自己修復に入っているらしく、回復しつつあります。おそらく明日には全員、話ができる状態になっているんじゃないかと……。
あと食事をお願いした間宮さんの話では、こちらの食堂で出しているご飯をお出ししましたが、美味しそうに食べていたそうです」
「そうか……なら、明日にはうちに所属する全員に紹介もできるな。
食事も明日以降は他の艦娘と一緒に、食堂で対応するようにしよう。
あと、そうだな……歓迎のパーティを開くというのもいい。
簡単なものでいいので、そういうのが得意な艦娘たちに声をかけ、準備をしてもらえるか?」
「いいんですか?」
「他国の使者に対して歓待のパーティを開くことは別におかしなことではないよ。
それに桟橋であれだけしっかりと見られたんだ。 今さら隠しようが無い」
損耗の激しい駆逐艦たちは、とにかくその繋がりと絆が深い。
実は帰還の際、行方不明になり生存が絶望視されていた睦月が生きている、という情報をどこからか聞きつけた駆逐艦娘たちは全員、睦月を出迎えようと海に出たのだ。
素晴らしい彼女たちの友情ではあるが……その時にばっちりと『レムリア亡命艦隊』を見られてしまっていたのである。
もう『レムリア亡命艦隊』の存在を知らぬものはこの
「下手に隠せば余計な混乱が起こるだけだ。
それなら、彼女たちが会話ができて特別友好的な、和平を求めにきた深海棲艦の一派であることを公開する。そのうえで彼女たちとじかに接しさせて、その情報が間違いでないことを示した方が今後を考えるといいだろう。
ただし箝口令を徹底し、この事実を絶対に外部に漏らすな。
これはまだ、外部に軽々しく出せる話じゃない」
「了解です」
提督の考えに天城は頷く。そこで長門は声をかけた。
「兄様、このことを父様に。
それにできれば
そう言うと、提督と天城は揃って首を振った。
「そうしたいのは山々だが……」
「実は……」
聞けば、長門たちが北方への旅を始めてからの戦況は悪くなる一方のようだ。
南方からジリジリと戦線を押し上げてくる深海棲艦に対し、それを抑えるので手一杯の人類勢力という状態らしい。その状況に、武闘派の筑波大将も天城大将も前線での指揮をとるために向かったというのだ。
「何とか連絡を取ろうとしているが、ことがことだけに極秘裏に進めるのがなかなか難しい。今の本土周辺は君塚大将の息のかかった者が多くなっている。お前やアネット代表の話の通りなら、今の大本営にそのままことを報告するのは論外だ。
だから少しだけ……『地盤固め』の時間が必要だ。その間に我々は彼女ら『レムリア』との間に信頼関係を築く。
有希、お前たちも休んで、まずは長旅の疲れを癒すんだ」
「兄様、お言葉に甘えさせてもらいます」
長門がペコリと頭を下げる。そして最後に、提督はどうしても聞きたい話を切り出す。
「それで最後に……あの男の艦のことなんだが……」
「あれは羅號。 私の息子です!」
胸を張って言い切る長門に困惑気味な提督と、変わらぬニコニコとした天城。
「それじゃその可愛い甥っ子について教えてもらえないかしら、有希ちゃん?」
「ええ、あの子はとにかく凛々しく強く……」
とにかくテンション高く羅號の話を天城にしていく長門。
妹はこんなキャラだっただろうかと思いながら、提督は急にできた、規格外の甥っ子のことを考えていた……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「……知らない天井だ」
羅號はどこかで聞いたことがあるような言葉とともに目を覚ました。暗い室内、光源は窓から入る月の光だけだ。
辺りを見渡すと、どうやらここは医務室か何かのようである。独特の薬品の匂いがツンと鼻につき、羅號は僅かに顔をしかめた。
羅號は清潔なベッドに横になっており、ところどころには包帯が巻かれている。ベッドサイドの時計は19時過ぎを指していた。どうやら10時間近く気を失っていたようだ。
「ここは……
どうやら状況から見て、無事艦隊は
すると……。
「あっ、らーくん!」
「羅號っ!」
「ラゴウ、起きタ!」
パッと明かりがつき、眩しさに羅號が目を細めると同時に慣れ親しんだ声が聞こえる。
「ああ、みんな……って、うわっ!?」
声を掛けようとした羅號が、突然降ってわいた
見ればローと朝潮、そして『ちぃ』の3人が羅號に飛び掛かるようにして抱きついていた。少しだけ傷に響いた羅號がやんわりと抗議の声を上げようとする。
しかし……。
「らーくん、よかった……よかったですって……」
「心配、したんです……」
「ぐすっ……ラゴウ……」
3人は涙を流しながら羅號に縋り付く。
自分はどうやらずいぶんと手酷くやられていたらしいということを理解し、そしてそんな自分を本気で心配してくれていたことを羅號は感じ取った。
「ごめんね、心配させて……」
羅號はそれだけ言うと、彼女たちが落ち着くまでその柔らかな髪を優しく撫でるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「もう、らーくんったらそれまでずっとそばにいたのに、ちょっと食事に行ってる間に目が覚めちゃうなんて、空気読まなすぎですって」
「あはは……ごめんね」
可愛らしく頬を膨らませるローの言葉に、羅號は苦笑いしながら答える。
「ロー、やっぱりラゴウに目覚メのチューを試すベキだった。
ソウすれバ、もっと早く目覚めタハズ」
「何を言ってるんですか、あなたは」
何やらウンウンと頷く『ちぃ』に、朝潮が突っ込んだ。どうやら羅號はおもちゃにされる一歩手前だったようである。ひとしきり苦笑いをすると、少しだけ真剣な表情になって羅號は3人に聞き返す。
「それで……あの後はどうなったの?」
「ええ、あの後は……」
朝潮の説明によれば、あの後すぐに偵察任務をしていた
「ここの提督は私たちに高速修復剤まで使ってくれましたからね。
損傷の激しかった長門さんたちも含め、全員もうすっかり元通りです」
トラック艦隊の仲間たちの無事を確認し羅號は頷く。そしてもう一つ気になっていたことを聞いてみた。
「それで、レムリアの人たちは?」
「それも大丈夫です」
長門たちの説明で、ここの提督はレムリア亡命艦隊の面々が敵ではないと理解してくれたようだ。他国からの大切な使者として、かなり丁寧に扱ってくれているらしい。
「間宮のゴハン、美味しカッタ!」
ここで出してもらった食事を思い出しているのだろう。『ちぃ』の様子からも不満はなさそうで、丁重に受け入れてくれているようだということがわかる。
「そうか、よかった……」
羅號はホッと息をつくと、身を起してベッドから立ち上がろうとする。
「ど、どこ行くの、らーくん!」
「うん、僕の艤装の状態を確認したいからちょっと工廠にね……うっ!?」
そう言って歩き出そうとするが、身体の痛みにバランスが崩れる。
「らーくん!」
「羅號っ!?」
そんな羅號を慌てて左右からローと朝潮が支えた。
「あはは、ごめんね2人とも」
そういって羅號は杖でもないものかと周囲を見渡すが、それらしきものは見当たらない。
「いいですって、らーくん。
このまま支えてあげますって」
「任せて下さい! 全力であなたを支えてみせます!!」
「じゃ、じゃあお願いしようかな」
なにやら気合い十分な2人に押し切られ、若干冷や汗をかきながら羅號は頷く。
モンタナとの戦いのとき、長門は遺言代わりにと『羅號をこれからも支えてほしい』という言葉を彼女たちに言っている。これは親である長門が羅號との今後を認めた、交際許可のように彼女たちの中では解釈されていた。そのため2人は今まで以上に積極的になっているのであるが、その辺りの分からぬ羅號は『何だかよく分かんないけど気合い入ってるなぁ』くらいの感想である。
「ぶぅ……出遅レタ……」
そんな中でただ一人出遅れた『ちぃ』は、不満そうに頬を膨らませたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~
ローと朝潮に両側から支えられながら、羅號は工廠の前までやってきていた。
ちなみに、『ちぃ』はこの場にはいない。
彼女たち『レムリア亡命艦隊』の存在はこの
このことはローと朝潮も知らなかったらしく、聞いた時には驚きで目を見開いていた。このままでは大事になると、3人揃って慌てて『ちぃ』を説得し、第四ドッグに送り届けてきたところである。
「……『ウィン』さん、怖かったです、って」
「……あれは私も生きた心地がしなかったわ」
送り届けた時、迎え入れた『ウィン』の顔を思い出してローと朝潮はブルリと身を震わせた。
いつも通りのニコニコ顔で、しかしその裏で渦巻くブリザードのような冷気……本気で怒り狂っている姉に『ちぃ』は涙目で羅號に縋り付いて盾にしようとしたわけだが、怪我もして万全な状態でない羅號にはどうしようもないし、正直に言って羅號も巻き込まれたくなかった。
彼ら3人にできたことは泣きながら奥に引きずられていく『ちぃ』に敬礼を送ることだけである。
閑話休題。
そんな紆余曲折を経て、羅號たちは工廠までやってきた。
「ここが……」
見上げるように、羅號はその倉庫のような建物を眺める。
羅號はトラック泊地壊滅の時に着任している。その時にはすでにトラック泊地の主要施設はすべて瓦礫の山に成り果てており、実は羅號は本格的な施設を見るのは初めてだったりする。
重たい金属製の扉を開けて中に入ると、そこには見知った顔があった。
「明石さんに夕張さん……」
「羅號くん、目を覚ましたんですね!」
「心配してたのよ。 ホントによかったわ!」
なにやら資料を見ながら作業していた2人は羅號の姿を認めると、すぐに駆け寄ってくる。羅號の無事を確認するように何やら抱きしめたり撫でたりする2人に、羅號は傷の痛みを感じながらもまるで姉のように接してくれる2人に悪い気はせず、されるがままだ。
「それで、羅號くんはここに何しに?」
しばしの後、解放された羅號に明石が問う。
「僕の艤装の確認に来ました」
「ああ、それは当然よね。
こっちよ」
その答えにさもありなんと夕張は頷くと、先導しながら歩き出した。やがて見えてくるのは傷つき、ボロボロになってしまった羅號の艤装である。
「武装は副砲、光線兵器群が全壊。
高角砲、対空機銃、主砲もほとんどが稼働不能。およそ8割以上が損壊してるわね。
装甲は傷がついていない場所を見つけるのが難しいレベル。
ドリルだって内部機構が致命的なダメージを負って、もうこれただの鈍器ね」
「はっきり言って、普通の艦なら10回沈んでもお釣がくるような損傷状態です。
これだけやられておいて、羅號くん本体の傷がそれほどでもないのは凄いですね。
艤装の肩代わり……ダメージ吸収率が尋常ではない証拠です」
「……僕の傷をみんな代わりに受けてくれたんだ。
ありがとう、僕の相棒……」
夕張と明石の被害説明に、羅號は慈しむように傷だらけの艤装を撫でる。そんな羅號を支える朝潮が明石に聞いた。
「それで、羅號の入渠はいつになるんですか?」
「あー、それが……」
「実は……」
朝潮の言葉に、歯切れの悪くなった2人は説明を始める。
なんでも試算したところ、羅號の艤装の修理に必要な資源の量が尋常ではないらしい。あの大和型の数倍はかかることは間違いないようだ。
そして幸いにもダメージのほとんどを艤装が吸収したため、羅號はそれほど大きなけがを負っていなかった。
そのため今しばらくは現状のままでいてほしいという話が来たという。
「らーくんに怪我したままでいろなんて酷いですって!」
「そうですよ!」
その話を聞いたローと朝潮は憤りを露わにする。
「まぁ、私たちトラック泊地艦隊の心情としては一秒でも早く入渠させてほしいんですが……私たちも居候の身ですからね、あまり強く言えません。
ここの提督も次の補給を必ず羅號くんの艤装の修理に充ててくれると確約してくれてますし……」
「僕は構いませんよ」
もう苦境には慣れっこになっている羅號にしてみれば、こんな日常生活になんの支障もない程度の怪我はどうということはない。それに自分の艤装の修理に膨大な量の資源が必要なのは自覚していたので、羅號としてはそれをどうこう言うつもりはなかった。羅號のあまりの聞き分けの良さに、逆に大人である明石と夕張は心苦しさでいっぱいである。
そんな2人の心情を知ってか知らずか、羅號は話は終わったとばかりに艤装から視線を外すと、物珍しそうに辺りを見渡した。
「ん? あれ……」
その時、羅號はその壁際にある機械を見つけた。
「ああ、それは装備開発用のマシーンですね。
資源と使用する者によって、さまざまな装備を開発する機械です」
そう説明してから、明石は何かを思いついたように言った。
「どうです羅號くん、装備開発やってみません?」
「あっ、それいいわね。
羅號くんが何を開発するのか私も興味あるわ」
すぐに賛同する夕張。2人は押し出すようにして羅號を開発マシーンのところにまで連れてくる。
「あのぉ……ここはよその鎮守府ですし、勝手にこんなことやっていいんでしょうか……?」
「あー、大丈夫大丈夫。
さすがに何回も廻せないから1回だけよ。
そのくらいなら最悪、私たちの持ってきた資源で弁償もできるわ」
「はぁ……」
朝潮のもっともな質問にも夕張は問題ないと太鼓判を押す。
当事者である羅號も初めてのことでワクワクしていて、この場にはストッパーはすでに存在しない。
「それじゃ行ってみましょう!」
「何が出るかな? 何が出るかな?」
「えいっ!」
ハイテンションな2人に押されるように羅號がレバーを引くと、しばらくしてゴトリという音を立てて完成品が姿をあらわした。
「……はい?」
「なにこれ? 初めて見るんだけど……」
見たこともない『ソレ』に明石と夕張は警戒心も露わに、解析結果の表示された端末を覗き込む。しばらくして、そこに表示された意味を飲み込んだ2人は、揃ってため息をついた。
「うーん、さすがというかなんというか……」
「何から何までハンパないわ、この子」
「はぁ……」
若干の呆れを含む言葉を聞かされても、羅號としても困ってしまう。
結局、開発された『ソレ』は一時明石と夕張の預かりということになって、羅號は工廠を後にするのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
翌朝早朝、
全滅したと思われていたトラック泊地の生き残り、そして強大な戦闘能力を持つ世界初の男の艦息である羅號は驚きを持って迎えられたが、やはりその驚愕度は『レムリア亡命艦隊』には一歩譲る。
今まで会話の通じない『滅ぶか滅ぼすか』という絶滅戦争しなかい関係だった深海棲艦、それが会話ができて人類との間に友好的な和平を結びたいという一派がいるというのは途方もない衝撃を艦娘に与えたのだ。しかもその証拠のように、傷ついた駆逐艦娘である睦月を助けたという事実も同時に伝えられている。
提督は彼女らは他国からの使者として最大の礼を持って接するように、そしてこれらのことは最高機密として決して外部に漏らさないようにと厳命した。そのうえで今夜には彼女らの歓迎を兼ねたパーティを行うので交友を深めるようにと宣言する。
かくして
ところどころのテーブルには間宮の手によるもの、あるいは有志の艦娘たちが作った料理が所狭しと置かれていた。
「このような歓迎の会を催して頂き、ありがとうございます」
「いえ、構いませんよアネット代表」
ワイワイと賑わいを見せる会場を、提督は長門とアネットとともに歩いていた。
「他国の使者に対しては最大の礼を持ってあたるものです。
逆にこのようなささやかな会しか開けぬことをお許しいただきたい」
「今は戦時下ですし、貴国と我々の現状を考えれば、いきなり撃たれないだけでも十分すぎますわ」
そう言いながらアネットはグラスに口を付けた。
飲み物を口にする、たったそれだけの動作だというのにどこか人を惹き付けるような美しさがあり、長門の話の通り本当に王族なのだなと提督は妙に納得する。
「それにお礼を言わなければいけないのはこちらの方です。
あの子たちが、ああも艦娘に溶け込めるなんて……」
そう言うアネットの視線の先には、艦娘たちと談笑する『レムリア亡命艦隊』の面々の姿がある。
「オオ、これガ有名なパゴダマストか……まるデ前衛芸術ノようダ!」
「カッケー!
なンの意味がアンのか全然ワカンネェけど、トニかくカッケー!」
「……山城、これは褒められているのかしら?」
「はぁ……不幸だわ……」
『メリー』と『アイ』は扶桑と山城の特徴的なパゴダマストを模した髪飾りを物珍しそうに触り、扶桑と山城は何やら疲れたようなため息をつく。
「そういう考えナラ、私たチ空母は
「なるほど……でも空母最大の特徴であるアウトレンジからの攻撃を捨て去るのも勿体無いと……」
『ヨーク』は天城を筆頭とした空母艦娘たちと艦載機運用について意見を交わし合っている。物静かなはずの『ヨーク』は、今日に限ってはかなり饒舌だ。
「私たち軽巡と重巡の仕事といえばやっぱり夜戦よ、夜戦!
あなたたちもそう思うでしょ?」
「イヤイヤ、駆逐を率いテ艦隊対空防御の方ガ重要ダろう」
「私ハやたら運が悪イからなぁ……夜戦は怖イ。
潜水艦に会いソウで怖イ」
やたらテンションの高すぎる川内の夜戦至上主義に『アトラ』は対空防御こそが仕事だと持論を振るい、『イリス』は何を思ったのかしみじみとため息をつく。
『レムリア亡命艦隊』の面々は
もっとも、この雰囲気も最初からというわけではない。パーティの開始直後はレムリア側にも
その雰囲気を砕いたのは、
命を助けられ、短いながらもレムリア亡命艦隊と行動を供にしていた睦月は彼女たちに危険はないと分かっており、自分の友人である駆逐艦娘たちを連れてレムリア亡命艦隊の旗艦である『ウィン』に話しかけたのである。
その様子を見て『駆逐艦娘に負けていられない』とばかりに他の艦娘たちもレムリアの面々に話しかけ始め、今に至る。
チラリと提督が視線を巡らすと、このパーティの最大の功労者ともいえる睦月は他の駆逐艦娘たちと一緒に『ウィン』のところである。
高身長、そして艤装展開時の巨大な鉤爪のせいで非常に威圧的な印象を受けてしまう『ウィン』なのだが、彼女は非常に子供好きだ。その辺りは妹である『ちぃ』に対する態度を見ていれば一目瞭然である。今『ウィン』は駆逐艦娘の文月の頭を撫でながらご満悦の様子だ。
そんな様子を見て、アネットは提督に頭を下げた。
「改めて、ありがとうございます。
そして今後も変わらぬ良き関係をお願いします」
「無論です、アネット代表。
できることなら、もう戦いなどテーブルの上でだけにしたいものですね」
「ええ、本当に……本当にそうですね」
冗談めかした提督の言葉に、アネットはしみじみと頷いた。
レムリアの制圧派が戦争を主導している以上、交渉という名のテーブルの上での戦いになるまでにはまだ遠いことは2人とも分かっているが、戦いなどすぐにでも終わってほしいというのは偽らざる本音だ。
現実にはこれから多くの戦いが必要だということも理解している。そしてその中には制圧派の切り札である『ラ級万能戦艦』の姿もあるだろう。これからの戦いはさらに過酷なものになっていくのは間違いない。
しかし希望はある。
こうして今まで戦うことが当然だった艦娘と深海棲艦がこうして仲良く手を取り合えるのなら、あるいは……。
そして強大な『ラ級万能戦艦』に対抗する希望も、今の人類には存在する。
「さて……その
「兄様、羅號ならあそこに」
パーティ会場で羅號の姿を探す提督は、隣から長門の耳打ちされてそちらに視線を向ける。するとそこではある意味異様な空間が広がっていた。
「らーくん、あーん」
「羅號、飲み物です」
「ラゴウ、これ食ベル!」
「う、うん。貰うね。
ありがと」
ソファーに座った……いや、座らされた羅號にしな垂れかかるようにしたロー、朝潮、『ちぃ』の3人が次々に食べ物や飲み物を羅號に差し出している。先ほどから羅號は食事にあたってまったく自身の手を動かしてはいない。
一見すれば美少女3人を侍らせて奉仕をされているように見えなくもないのだが……とうの羅號は何とも困った表情をしており、とても楽しんでいるようには見えない。まるで捕獲された宇宙人のごとくその姿には哀愁が漂っており、なんとも哀れだ。
「あ、あのねみんな……僕の怪我なんてどうってことないし、食事ぐらい自分でてきるから……」
やんわりと3人娘を引き離そうとするのだが、3人娘は『あえて空気を読まない』。
「ダメですって。 らーくんのお世話はローちゃんたちがしますって」
「そうですよ、無理して傷が開いたらどうするんですか」
「ラゴウ、『ちぃ』たちに全部任セル!」
「あのぉ……それならちょっとだけ傷に響くんで、寄りかかるのは待ってほしいかも……」
羅號の頬を掻きながらの小さな抗議は、完全に黙殺される。
羅號も困った顔をするものの、3人を無理矢理引き剥がすような拒絶をすることはない。ちょっとした抗議の声をあげても3人が上目遣いで「だめ?」と尋ねると、途端に抗議の声を引っ込める。
結果、見るからに甘ったるく近付くのが躊躇われる空間が完成し、羅號はそこに完全に囲い込まれていた。そのため、世界初となる男の艦息である羅號に興味はあるが近づけないという艦娘たちが遠巻きに様子を窺うという状態になり、明らかに羅號の周りだけ浮いている。
「……甥っ子はずいぶんモテるようだな」
「もちろん、私の自慢の義息子ですから!」
皮肉のつもりで言ったのだが長門は何故か胸を張って答え、妹のキャラがいつの間にか残念な方に変わっていたことに提督は頭を抱えたくなった。
しかしそうも言ってはいられない。提督はフゥっと一つ息をつくと少し気合を入れてその甘ったるい異空間に入っていく。
「あっ、提督」
提督に気付いたローと朝潮はさすがに立ち上がって敬礼する。羅號もキョトンとしている『ちぃ』をどかすと、慌てて立ち上がって敬礼をした。
「いや、今日は無礼講だ。
特に羅號は怪我をしているんだ、そういうのは無しでいい」
提督はヒラヒラと手を振って敬礼はいらないことを促すと、羅號たちは敬礼をとく。
「どうだ羅號、楽しんでくれているか?」
「はい、叔父さ……いえ、提督」
「無礼講だと言ったぞ。 『叔父さん』でいい」
慌てて言い直す羅號に提督は苦笑する。
「今日のパーティ……これは君がレムリアの艦隊を保護しなければ為し得なかっただろう。
それだけじゃない、トラックからの生還者……個人的にも妹と再び会えたのは君のおかげだからな。
提督としても、私個人としても礼を言っておきたかった。
ありがとう、羅號君」
「そんな……僕はただ皆を守りたかったから自分にできることを必死になってやっただけですよ」
羅號の言葉に、提督は謙虚なものだと感心する。
「……すまないな。
本来ならすぐにでも入渠で傷を癒してやりたいのだが……」
「いえ、大破判定を受けた僕の艤装の修理には膨大な量の資源が必要になるのはわかっています。
僕は大丈夫、これくらいの傷はなんてことありません。
それよりも他の子の治療を優先して下さい」
あまりの聞き分けのよさに、提督としても心苦しい。提督はその心苦しさからか、視線を逸らしながら言った。
「……すまんな、次の補給があり次第最優先で君の傷を癒す。
それまでは我慢して、ここでゆっくり長旅の疲れを癒してくれ」
「叔父さん、ありがとうございます……」
羅號が深く頭を下げ、提督はその礼儀正しさに再び罪悪感に襲われる。いっそのこと、緊急用の備蓄に手を付けてでも羅號の治療を優先しようかとまで提督は考え始めた。
その時だ。
バンッ!!
「提督ッ!!」
蹴破る勢いの乱暴な音を立ててドアが開かれると、そこには大淀の姿があった。
全力疾走してきたのだろう、肩で息をする姿からは日頃の冷静沈着な様子は見る影もない。その姿に、その場にいた全員は即座に異常事態が発生したのだということを理解した。
「どうした大淀! 何があった!?」
提督の言葉に、大淀は息を整えながら青い顔でその言葉を言った。
「帝都が……帝都が攻撃を受けています!!」
今回は交流編でした。
次回は……出撃編かな?
戦闘はまだまだ先の予定です。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
業火 帝都炎上(その2)
少し間が空いてしまいましたが、投稿します。
……異動期なんて無くなればいいのに。
あと新人は何をやるかわからないので、ストレスマッハです。
新人教育は難しい……。
今回は帝都侵攻部隊との激戦……にはたどり着きませんでした。
言うなれば出撃準備編です。
『私は帝国海軍横須賀鎮守府所属、君塚章成大将である。
しかし私の今の所属は帝国海軍ではない、今の私は帝都へと攻撃を行った深海棲艦隊の提督である。
この地球は今、疲弊している。
イデオロギーによる対立、資源を巡る争い……度重なる戦争と荒廃の歴史が、この星を深く蝕んでいる。
このまま人類は愚かなる戦争を続けていれば日本に、そして人類には未来はない。
優れた科学力と武力を持った存在による強力なリーダーシップこそが、この地球上には必要なのだ。
しかし、残念なことに今の人類にはその力はない。
ではその力は誰が持つのか?
それこそ、『彼ら』である。
人々は深海棲艦を正体不明の怪物と恐れるがそれは違う。
彼らは我々よりも進んだ文明を持つ国家の、兵なのだ。そしてそんな彼らの国こそ、この地球のリーダーに相応しい。
ならばこそ、その強力なリーダーシップを誇るものと供に歩むことが人類の未来に繋がると私は確信し、私は立ち上がったのだ。
人々よ、無駄な抵抗は止め、降伏せよ。
もし降伏が受諾されない場合、我々の艦隊は帝都に対し総攻撃を行う。
その規模と被害は先程の威嚇攻撃とは桁が違うものとなるだろう。
貴重な人命を散らすことなく、正しい判断を下してくれることを私は期待する』
~~~~~~~~~~~~~~~
「……帝都を守備する艦隊はほとんどが君塚大将によって南方戦線へと廻されがら空きになっていた帝都に強襲、多数の艦砲射撃・艦載機による空爆で横須賀鎮守府の機能は完全に破壊され、帝都市街地の被害も相当出ています。
そしてその直後に発表されたのが先ほどの声明です……」
その報告を聞き終えた提督は怒りに顔を赤くしながら、その拳を机に叩きつけた。
「ふざけるな! 何が人類の未来のためだ、ただの売国行為ではないか!!」
「提督……」
あまりの激昂に我を忘れかかる提督の手を天城がそっと取る。それで少しだけ落ち着いたのか、息を整えると大淀に尋ねた。
「大本営から指示は?」
「それが……初撃で的確に大本営中枢を攻撃され、指揮系統は完全に破壊さてしまったようで、この情報を送信してから大本営からの応答はまったくありません。
……どうなさいますか、提督?」
「……決まっている。
総員出撃準備! 帝都奪還のために出撃するぞ!!」
その言葉に艦娘たちが動きだそうとするその時だった。
「き、緊急! 緊急です!!」
そう言って駆け込んできたのは秋月だ。
「どうした秋月、今度は何があった!?」
「そ、それが……
深海棲艦大艦隊確認! 現在、本土に向けて南下中とのことです!!」
「!? 数は!?」
「およそ……150とのことです!!」
「なんだと……!?」
北方を守る
「
「……君塚め、邪魔が入らないように北方戦線の戦力をここに釘付けにするつもりか!!」
同時に、恐らくは南方戦線にも深海棲艦の攻勢が起こっており南方からも帝都奪還のために廻せる戦力などないだろうと提督は分析する。
「……どうします、提督?」
「……」
天城の言葉に提督は思案する。
かといって帝都奪還に向かえば今度は
……なるほど、見事に詰んでいる。
長年の君塚大将渾身の策なのだろう。そこは一見すると、一分の隙もないかのように見える。
しかし君塚大将にも『2つ』だけ、誤算があった。
その1つこそ、ここにはいるはずの無い艦隊……『トラック・レムリア聯合艦隊』だ。
「兄様、本土には我々トラック艦隊が向かいます」
「有希……」
名乗りを上げた妹に、提督は目を見張る。
「幸い兄様の配慮のおかげで、トラック艦隊は羅號を除き万全な状態です」
「バカを言うな。
たった9隻、しかも1隻は工作艦の明石だ。
たった8隻の戦力に出来ることなど……」
そこまで言うと、今度はアネットが前に出る。
「長門さんたちだけではありませんよ……『ウィン』!!」
「ハッ!」
「『レムリア亡命艦隊』の全戦力は友軍であるトラック艦隊とともに制圧派所属艦隊を撃滅、日本の帝都奪還作戦を支援しなさい!」
「ワカリました、アネット様。
総員、出撃準備!!」
恭しく礼をした『ウィン』が号令をかけると、『レムリア亡命艦隊』の全員が部屋から出ていく。
「すまない、アネット」
「構いませんよ、長門さん。
それにこれは高度な政治的判断の結果です。
ここで我々『レムリア亡命艦隊』が日本を助けたのなら、日本は私たち『レムリア共存派』を無視できませんもの。
恩の売り時、ということです」
肩を竦めて苦笑するアネットに、それもそうだと相槌をうちながら同じように苦笑する長門。一しきり笑うと、真顔に戻った長門が後ろを振り返る。
そこにはトラック艦隊の全員が整列していた。
「お前たち、今回の戦いは無理に参加する必要はない。
参加するかの判断は各自に任せるが……」
「何を言っているんですか、あなたは」
そんな長門に鳥海が呆れたように返した。
「トラックで誓ったじゃないですか。
進む先がたとえ地獄であろうとここまで来たら一蓮托生、どこまでも着いていきますよ」
「それに私たちにとっては故郷の土を踏むのが目的ですからね」
「帰郷だと思えば、丁度いいタイミングじゃないかしら」
鳥海、明石、夕張と次々に着いてくることを告げると、長門は目頭が熱くなるのを感じた。それを耐えると、今度は子供たちの方を見やる。
「お前たちは……その顔では聞くまでもなさそうだな」
吹雪、満潮、秋雲、そしてローに朝潮……誰もが戦意を滲ませている。
日本本土の危機……誰も退くつもりなどないのだ。
「よし! トラック艦隊、全員……」
「待ってください!!」
全員の出撃命令を下そうとしていたその時、それを止める声が響く。
それは羅號だ。
「僕も……行きます!」
「ダメだ。 羅號は艤装が大破しているだろう」
「それでもここでジッとしているなんてできないよ、ママ!
それに……制圧派にとってもこれは重大な作戦のはず。そんな重要作戦なら『ラ級万能戦艦』が配備されているかもしれないんだよ。
『ラ級万能戦艦』には……同じ『ラ級万能戦艦』しか対抗できないことはママも知っているでしょ?」
「……」
羅號の言葉に長門が押し黙る。
帝都侵攻部隊への『ラ級万能戦艦』の配備……その可能性は確かにある。
そして実際に『ラ級万能戦艦』である『モンタナ』と戦ったことのある長門は、その圧倒的なまでの戦闘能力を知っていた。既存の艦艇だけでは勝利は不可能、戦うのならどうしても羅號の力は必要になるだろう。
しかしその羅號は大破した状態でその機能のことごとくを失ってしまっている。これではいかに羅號といえど『ラ級万能戦艦』の相手などできるわけがない。
では高速修復剤を使って修理してから出撃……というのも難しい。
羅號の修理が後回しにされたのは、その修理に膨大な量の資源を必要とするからだ。これからの北方戦線の戦いを考えると、そんな量の資源の余裕などあるはずもない。
どうするべきかと長門や提督が思案を始めたその時だった。
「大変大変! 大変かも!」
飛び込んできたのは口調が特徴的な水上機母艦娘『秋津州』だ。
「何だ、今度は何があった!?」
「工廠の方に来てほしいかも!
そこの子の……羅號君の艤装が……」
「何だと!?」
~~~~~~~~~~~~~~~
昼夜問わずどこか薄暗い工廠、しかし今そこは光に満ちていた。
その光の大元は……羅號の艤装である。
ボロボロに傷つき、チェーンによって吊るされたその艤装からは、眩いばかりの光がほとばしっている。そしてその光の正体を、彼女たち艦娘は知っていた。
「『改の光』……」
『改の光』……艤装は戦闘経験を積み重ねることによって自己進化を行う特性がある。そして戦闘経験値が溜まり、進化の準備が整った時にはそれを示すかのように艤装が光り出すのだ。
それが通称、『改の光』である。
「でもこんな強い光は……」
「ええ、今まで見たことも聞いたこともないわ」
明石と夕張はその強い光に目を細めながら言った。
通常の『改の光』はこんなにも強くはない。せいぜいがボンヤリと明るくなる程度である。羅號のこれはもう桁が違う。
「……秋津州、どうだ?」
提督は、工廠作業用のツナギに着替えてコンソールを叩く秋津州に問う。
「自己進化に必要な資源は……こんなところかも!」
『改の光』が発している艤装に、進化に必要とされるだけの資源を投入することで艤装は新しい姿に文字通り生まれ変わるのだ。これが俗に『改造』と呼ばれる行為である。
「ふむ……」
そこに記された数字は改造のためのものとしては法外ではあるが、轟沈寸前にまで大破した羅號の修理費よりもずっと安い。
それを見て、提督は決断を下した。
「よし……備蓄資源を投入して、今すぐ羅號の改造を行う!」
「了解かも! すぐ用意するかも!」
この泊地の工廠の主である秋津州はウキウキとしながら作業に入っていく。
「兄様、いいんですか?」
「帝都奪還は失敗は許されない重要な作戦だ。そのためには羅號は絶対に必要なのだろう。
改造が完了次第、羅號は帝都に向かわせる。
なに、北方の守りは残りの資源でなんとかしてみせる。
この兄を信じろ、有希」
「そうよ有希ちゃん。
北方のことは私も全力で支えるわ。 だから私たちを信じて」
「兄様……
長門は提督と天城に深く頭を下げ終わると、トラック艦隊の仲間たちに向かって叫んだ。
「トラック艦隊抜錨、この長門に続け!
目標は帝都! 帝都を脅かす不埒者どもを蹴散らし、久しぶりの故郷に凱旋するとしよう!!」
「「「了解!!」」」
かくしてトラック・レムリア聯合艦隊は帝都へ向けて出撃していく。
しかしその前に立ちふさがるのは帝都を襲った大艦隊、そして改造を完了させた羅號以外の増援は見込めない、厳しく孤独な戦いを誰もが覚悟していた。
しかしそんな彼女たちの覚悟は、良い意味で裏切られる。
君塚大将の予期していなかった、『もう1つの誤算』によって……。
~~~~~~~~~~~~~~~
帝都は混乱の只中にあった。
崩れた家屋に家族がいたのだろうか、泣き叫ぶ者がいる。
そこに取り残された人を助けようと力を合わせる者がいる。
あるいは心を失ったかのように呆然とする者がいる。
今の帝都は地獄の入口、あらゆる負の感情が渦巻く混沌の入り口に立たされていた。
そんな街を歩く女が1人。長い黒髪に春を感じさせるような藤色の着物、そして凛とした表情の女である。
そんな彼女はむせ返りそうになる炎の匂いを嗅ぎながら、それでも表情を崩すことなく進んでいく。
やがて、どこをどう進んだのか、彼女はいつの間にかランプを片手に真っ暗な空間を進んでいた。時折聞こえるピチャンピチャンという水音が、ここが地下水道だということを示している。
ふと見ると、彼女の前方にボゥっと揺らぐ小さな光が一つ。
蛍火のようなその小さな光はゆっくりと近づいてくる。そしてその姿がランプの光によって映し出された。
現れたのは銀の髪が美しいスーツ姿の女である。その眼光は鋭く、まるで研ぎ澄まされた刃のようだ。蛍火に見えたそれは、彼女の吸っていた煙草である。
彼女は着物の女の姿を認めると、ひとつ紫煙を燻らせてから地面に煙草を捨てると踏み消した。
そして……。
「久しぶりね、『榛名』。 いえ……筑波八重(つくば やえ)夫人」
「ええ、久しぶりね『瑞鶴』。 いえ……天城瑞貴(あまぎ みずき)夫人」
スーツの女……佐世保を預かる天城海軍大将の妻、元『瑞鶴』の艦娘である天城瑞貴。
そして着物の女……呉を預かる筑波海軍大将の妻、元『榛名』の艦娘である筑波八重。
2人はどちらともなく微笑む。
かつて同じ海で戦い背中を預け合った2人は、暗い地下道で久しぶりの再会を果たした。
「……街の様子は?」
「酷いものです。 誰も彼もが途方に暮れています。
……軍の様子は?」
「こっちもズタボロよ。
君塚め……的確に痛いところを全力で突いてくれたわ」
そう言って忌々しそうに瑞貴は懐から煙草を取り出すと、慣れた手つきで火を付ける。
煙草の銘柄は『少し明るい海』。彼女の師が愛煙し、ヘビースモーカーだと『思われている』彼女の愛煙する煙草だ。
「……まだやってるんですね、それ」
「もう習慣だからね」
八重の呆れたような言葉に返しながら、瑞貴は煙草を吸いこむ。そして少し渋い顔をしながら紫煙を吐き出した。
片時も煙草を手放さず暇があれば煙草を吸っているように見える瑞貴だが、実をいうと彼女が煙草をどちらかというと苦手だということは極一部の親しい者しか知らない。
そしてその煙草の『意味』を知る者はもっと少ない。親友である八重は当然、その煙草の意味を知る数少ない1人だ。
「……誰の分ですか、それ?」
「……ウチのところを卒業してった教え子。
優秀な子でね、『大鳳』の艦娘としてリンガに配属されて、この間の南方の大攻勢で燃え尽きたわ……」
瑞貴は現在、空母艦娘の適正のある者を指導する指導教官をしていた。そしてこの煙草はそんな彼女の元を巣立ち、そして沈んでいった子のものだという。
彼女の煙草は線香の代わりだ。死んだ誰かを思いながら一本の煙草を吸う……かつての彼女の師である『加賀』がしていた習慣を、彼女の死後に引き継いだようなものなのである。
「全部吸い終えたらいつだってやめてもいいんだけどね、吸うそばからどんどん吸わないといけない数が増えて、吸っても吸っても無くなりゃしないわ」
そう言って苦笑するが、不意に真顔に戻る。
「……聞いたわ、有希ちゃんのこと。
その……残念だったわね」
「……私も覚悟をして送りだしたつもりでした。
でも、駄目ですね……いざそうなったら涙が止まりません……」
「それが正常よ。私だって無論覚悟してから送りだしたけど、貴子が同じようになったらどうなるか分からないわよ。
子供のためなら仏にも鬼にもなれる……それが親ってものでしょ?」
「……分かります、ものすごく。
だって私は今日……鬼になりに来たのですから。
あの子の守ろうとしたこの国を護る、護国の鬼に……」
その答えを聞いた瑞貴は、たまらないといった風に笑った。
「それなら私と同じね。
それじゃ今日は2人で『赤鬼青鬼』とでも名乗る?」
「『赤鬼青鬼』ですか……いいアイデアですね。
それもいいんですが……どうやら『数が足りない』みたいですよ」
そして八重の指す方に視線を向けた瑞貴はため息をついた。
「呆れた……『鬼になろう』とか考える、どうしようもない真正のバカがこんなにいるなんて……。
この国は頭大丈夫かしらね?」
瑞貴の心底呆れたような、しかし心底嬉しそうな声に八重も同意するように頷く。
そこには幾人もの人影があった。その数はおおよそ20といったところか。それも2人にとっては見知った顔ばかりである。
「『総会』は今日だっけか?
『退役艦娘会会長』さん」
「いいえ、『退役艦娘会副会長』さん。
でも……せっかくですから臨時総会としましょう。
『退役艦娘会臨時総会』……始めましょう!」
「ずいぶんとまぁ、素敵な『総会』になりそうだわ」
そして2人はその人影たちに合流したのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~
「八重さん、瑞貴さん、お久しぶりです……」
やってきた2人にペコリと頭を下げるのはボブカットの茶色い髪の女、2人は彼女に言葉を返す。
「美羽さん、お久しぶりですね」
藤見 美羽(ふじみ みう)……元『羽黒』の艦娘であり、八重や瑞貴と戦い抜いた戦友である。
「美羽……黒子ちゃんのこと、残念だったわね。
八重のところの有希ちゃんと一緒に、トラック所属だったんでしょ?」
瑞貴の言葉に少しだけ視線を落とすが、美羽はすぐに前を向く。
「いえ、艦娘になるとなったときに覚悟はしていました。
それに……黒子ちゃんは幸せだったと思います。
お友達と……有希ちゃんと一緒に最後の瞬間まで戦えたんですから……」
そう言って気丈に微笑む美羽の目じりには涙が光っていたが、その心情を察する彼女らは何も言わなかった。
「それで、『アレ』は……」
「そっちは大丈夫だよ」
その言葉に、お下げの女が反応した。
「ああ、ええと……」
「ああ、今日は『北上』でいいって。
……どうせみんなもそのつもりでしょ?」
戦友である彼女の、人間としての名前を言おうとしたが途中で止められ、『北上』という昔の名前でいいという彼女。
「こっちだよ」
『北上』は顎で先を指すと全員を促した。
「ねぇ、そっちはどうだったの? 家族は?」
「……うちのお店が連中の爆撃でやられちゃってね、うちの娘が破片で怪我したんだ。
まったく……5歳になったばっかりだってのに、可愛い顔に傷でも残ったらどう責任とってくれるんだっての。
魚雷と一緒に文句の一つでも言わないと気が済まないからね、旦那に娘任せて地下壕に置いてきたよ」
道すがら瑞貴が尋ねると、『北上』は飄々と語りながら肩を竦める。
彼女は艦娘を退役してから結婚して、中華料理屋を営んでいた。その店は皆で食事などで利用していたのでよく知っている。
店はやられたようだが、どうやら彼女の家族は多少の怪我はあれど無事そうだ。瑞貴はそのことにホッと胸を撫で下ろすが、しかし彼女の内心が穏やかでないことを……ありていに言えば『ブチ切れている』のが、長い付き合いでわかった。
「……そっか。
あんたのとこの激辛麻婆豆腐、好きだったんだけどな」
「店なら連中を叩き出したらすぐに再建するよ。
今後ともどうぞ御贔屓に」
そんな話をしているうちに巨大な鉄の扉の前にやってきていた。
「知っての通り工廠での『開発』は、狙った物ができるわけじゃない。新型装備じゃなくて、使いもしないような旧式装備が開発されることなんてしょっちゅうさ。
そんな旧式装備はほとんどは潰して資源の再利用をするけど……信頼性の高い旧式装備は、もしもの時のためにいくつかは予備として保管されることになってるんだよ。
そして『艤装』……『解体』してリンクを切った艦娘の艤装の一部は、何かの不慮の事故で艤装を失った子のために保管されることがある。
そしてそれらの保管場所の一つがここ……横須賀地下第三隠しドッグだよ」
『北上』は扉横のパネルを操作する。
「……あんた暗証番号分かるの?」
「モチのロン。私を誰だと思ってるの?
魚雷で敵を吹っ飛ばすのも、艤装や装備の整備も全部お任せなパーフェクト北上様だよ。
こんなのちょちょいのちょいだって」
「頼もしいやら危険なのやら……」
そして重い音とともに鉄の扉が開かれた。
そこにはいくつもの装備、そして艤装が並べられている。しかしそのすべては旧式装備、積もったホコリが結構な長い時間放置されていたことを物語る。
その隅には燃料や弾薬の類が積まれているが数は少なく、おおよそ全力出撃1~2回分といったところだろう。
「本来は緊急時、
「仕方ないわ、
「それじゃ……どうせ使わないものだし、誰が使ったっていいってことだよねぇ?」
「ええ、そういうことよ」
悪い顔でニヤリと笑う『北上』に、同じような顔をした瑞貴が頷いた。
「……」
八重は目を瞑りながら、金剛型戦艦の艤装をなぞるように触れる。改二型のその艤装に懐かしさがこみ上げてきた。
当然だ。この艤装はその昔、彼女とともに幾多の戦いの海を越えてきた大切な戦友なのだから……。
やがて、ゆっくりと目を開くと彼女は全員に向き直った。
「みなさん……私もみなさんも過去に艦娘としてこの国のために十分尽くし、戦いました。
でもここで……私はもう一働きしたいと思います……」
そこで一度言葉を切ってから、彼女は続けた。
「今日は、今日だけは私は『榛名』に戻りましょう!
そして再び、あの戦いの海へ行きます!!」
その言葉に周囲から次々に歓声と賛同の声が上がった。
「私も今日は『瑞鶴』に戻るわ。
もう勝ったつもりでいるあのバカどもに、本当の空母機動戦術というものを教えてやるわよ」
「わ、私も今日は『羽黒』に戻ります!
黒子ちゃんの護ろうとしたこの国を護るために!」
「今日はハイパー北上様の復活だよ。
あいつらにはたっぷりと魚雷を喰らわせてやりましょうかねぇ」
その言葉に全員が動きだした。
「全員、艤装との再リンクと整備を!」
「整備ならこの北上様にお任せだよ。
だてに工作艦経験者じゃないからね」
「魚雷の点検と炸薬の装填、手伝ってください!」
瑞鶴が、北上が、羽黒が、その場の全員が出撃準備を始める。
榛名はそれを横目に、自分の艤装へと向き直った。
「還りましょう……あの戦いの海へ!
私たち艦娘の、魂の還る場所へ!!」
牙を休めた古兵たちは、今再び牙を剥く。
それは国のため、平和のため、そして何より……愛する家族のため。
息子のため、娘のため……母となった彼女たちはそれを害さんとするものに立ち上がった。
君塚大将のもう1つの誤算、それは彼女たち『母親』という、決して敵に廻してはいけない存在を敵に廻してしまったことだった……。
帝都を守るため、艦ママ隊が出撃しました。
……母親になった元艦娘たちとか、需要あるのかこれ!?
自分でも書いていて疑問です。
次こそは戦闘に突入となります。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
業火 帝都炎上(その3)
まぁ……活動報告にも書きましたが仕事で忙しく、なかなか小説を書く時間を開けられませんでした。
今回はお艦軍団の大暴れのお話。
この物語のテーマの一つ『母は強し』を体現する存在たちですので、その戦闘をお楽しみ下さい。
「……」
クルーザーから君塚は彼方を見つめていた。その先にあるのは黒煙を上げている横須賀鎮守府である。
深海棲艦隊からの猛烈な初撃によって徹底的に破壊されたそこは、海軍の総本山だったとはとても思えないものだ。
自らの古巣たるそこが燃えているというのにしかし、煙草を燻らせながら見つめる君塚の表情には後悔といったものは見受けられない。そこにやってきたのは深海棲艦隊帝都襲撃部隊の旗艦である『ソビエツキー・ソユーズ』である。
「残敵掃討が完了した」
「ごくろう」
『ソビエツキー・ソユーズ』の報告に、君塚は吸っていた煙草を踏み消しながら、定型のねぎらいの言葉だけを述べる。
実は横須賀には初撃で生き残った艦娘たちが少ないながらもいたのだが、彼女らは生き残った装備と人員を無理矢理に纏め上げ、侵攻してきた深海棲艦隊に対して突撃をかけていたが……多勢に無勢、そんな彼女らは1人残らず海の底へと沈んでいった。
彼女らは横須賀鎮守府所属であったため、当然のことながら君塚の部下であった。だというのにそんな彼女らが惨たらしく最後を迎えたと聞いても君塚の表情はピクリとも変わらない。
そんな迷いのない自分に気付いてフッと苦笑すると、少しだけ気まぐれが働いたように君塚は『ソビエツキー・ソユーズ』に尋ねる。
「……貴艦は迷いを持つことはあるのか?」
「無い。
偉大なるレムリアは間違えたりなどしない。
間違いのないとこを為すのに、どこに迷いなど入り込む余地などあるのか」
『ソビエツキー・ソユーズ』は即答であった。
そこにあるのは祖国レムリアの正義を心から信じているが故の、一部の隙もない鋼の意思である。
「……まさか貴官は迷いを持っているのか?」
「それこそまさかだ。
貴艦の言った通りだ、間違いのないことを為しているのに何を迷う必要がある?」
そう言って君塚は懐から新しい煙草を取り出すと火を着ける。
そうだ、自分に迷いなどありはしない。
あの絶大な科学力と無限に湧き出るような軍事力を前に、自分は祖国である日本を生き残らせるために行動することを決めた。レムリアに臣従することこそ、その唯一の道であると信じた。
それ以降、迷いを抱いたことなど一度もない。
……いや。
「……あったな、そういえば一度だけ」
それはもはや懐かしい記憶だ。
それは弱い少女だった。戦艦級の艤装の適正があったがただそれだけ、仲間の死にすぐに泣き、自身の傷はやせ我慢をしながら他者を気遣う、そんなどこまでも愚かしい少女だった。
戦場とは非情だ、そんな惰弱な女などすぐに戦死するのだと思っていた。
しかし……彼女は折れなかった。
仲間が幾ら死のうと涙は流すが歩みは止めず、自身の怪我すら押し通して出撃し勝利を掴み、最後には『伝説』とまで称される高みに登り詰めた。
そんな彼女を彼は……心から美しいと思った。
その時だろう、ただの一度だけ『彼女の護る日本をレムリアに明け渡して生き残らせる』ことに迷いと疑問を抱いたのは。
ただ、それも一時の気の迷いだ。
彼女は彼が凡庸・凡人と忌み嫌うような生の感情を丸出しにするような男を伴侶に選んだ。そのときに一時の気の迷いは消え去ったのである。
「ふん……大願成就を前に感傷的になっているか……」
君塚は自分の中に湧き上がったものを感傷だと断じると、それを吐き捨てるようにまだ残る煙草を踏み消すと新しい煙草を咥える。
その時だ。
「むっ、前衛艦隊から入電だ。
……どうやらまだ艦娘が生き残っていたらしい。数はおよそ20。
まもなく前衛艦隊と衝突する」
「前衛艦隊だけでおよそ60、本隊は150を超える。
その戦力差を見ながら吶喊するとは……数も数えられん馬鹿のようだな。
早々に叩き潰せ」
「無論だ」
『ソビエツキー・ソユーズ』の報告に、君塚は興味もなさそうに殲滅を命じた。全体で言えば10倍以上の戦力差、前衛だけでも約3倍の戦力差である。殲滅はものの数分で終わるだろう。
そう興味もなさそうにしていた君塚は、再びの『ソビエツキー・ソユーズ』の報告に目を見開いた。
「前衛艦隊が……大損害を受けて突破されかかっているだと!?」
「何ぃ!?」
その話に君塚は始めて驚きの声を上げた。
なぜなら彼はこの作戦のために前もって練度の高い強力な艦娘はすべて南方戦線に援軍という形で配置換えを行い、帝都をがら空きにしたのだ。残っている艦娘など、それこそ訓練学校を卒業したてでまともな実戦経験など皆無の艦娘しかいないはずである。新兵ごときがどうこう出来るような状況ではないはずだ。
「観測機からの映像が来た」
『ソビエツキー・ソユーズ』がその映像を表示する。
それは奇妙な部隊だった。
まずは服装が無茶苦茶だ。統一された制服を着ているわけではなく、スーツもいればジーパン姿、はてはアフタヌーンドレスを着こなした者すらいる。それが必須部分だけを無理矢理艤装ハードポイントや胸当てを装着したような格好だ。
そして装備……明らかに頑丈さだけが取り柄の旧式装備であることが見て取れた。
最後にその年齢である。
艦娘は基本的にほとんど、10代前半から20代辺りの娘となっている。しかし彼女らの年齢は明らかにそれよりも上、子供がいても頷ける。
しかしその美貌には陰りなど感じさせない、少々歳の大きい娘がいても友達母娘で通ってしまいそうな若々しさを持ち、同時に歳を重ねた女だけが出せる魅力を纏っている。そんな集団が今、自分たちの何倍にもなる戦力を前に互角どころか圧倒していた。
その集団の先頭、春を思わせるような藤色の着物の女の姿を認めた君塚は、彼女らが何者であるのか悟った。
「そうか、私を阻むつもりなのか、『榛名』……いや、八重さん」
言葉を切った君塚にどんな感情が横切ったのか、それを窺い知ることはできない。
「本隊からも戦力を抽出、『空母棲姫』と『戦艦棲姫』、そして『レ級』を向かわせろ」
「了解した」
君塚の指示に従って『ソビエツキー・ソユーズ』が素早く指示を出す。
君塚はここからは見えない、戦闘海域の方へと視線を向けたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
その海にはおびただしいほどの残骸が漂っていた。
砕け、ひしゃげたそれは深海棲艦特有の真っ黒な艤装である。それが黒煙を上げながら波間に消えていく。
しかしどれだけ波間に沈んでいこうと、周囲の残骸の数は減っていかない。それは、現在進行形で残骸が『造られている』からだ。
「右、水雷戦隊接近!」
「了解、わたくしがお相手いたしますわ!」
「お供します! 何人かついて来て!!」
瑞鶴の航空偵察の内容に反応した重巡『熊野』の続き、『陽炎』を中心とした駆逐艦娘が数人集まり、接近中の敵水雷戦隊に突撃していく。敵の数はどう見積もっても倍以上だ。
『数』とはそれだけで強力な力だ。『数が多い方が強い』というのは単純かつ間違いのない真理であり事実、人類勢力が深海棲艦によって海を奪われている最大の原因はその膨大すぎる数によって圧倒されているからだ。
しかし……何事にも例外は存在する。
陽炎たちは一気に敵水雷戦隊に突っ込むと砲撃を開始する。手にするのは旧式の12.7cm連装砲だ。その砲火力などたかが知れているはずなのだが……いきなり深海棲艦たちから黒煙がのぼり始めていた。
それもそのはず、彼女たちの放った砲は的確にウィークポイントを狙い撃っていた。あるものは魚雷を撃ち抜かれ誘爆し轟沈する。あるものは弾薬庫を撃ち抜かれ引火、業火の中に消えた。
砲撃だけで大損害を与えた彼女らは、駆逐艦最大の武器である魚雷を放つ。しかし、それは各自1発ずつだ。
無誘導兵器である魚雷は、高度な未来予測を必要とする武器である。そのため通常は広範囲に広がるように複数発を扇状に撃ち出すのが基本だ。魚雷の単発撃ちなど普通ならない。しかし彼女らの放ったそのたった1発ずつの魚雷は、すべて別々の目標に喰らい付き、その目標を海の藻屑へと変化させていく。それこそまるで魔法でも掛かっていて、『敵が魚雷に吸い寄せられたかのように』である。それは彼女たちが退役しても身体から消えることの無かった経験と記憶が、『未来予測』を『未来予知』と言えるほどのレベルにまで昇華させているからだ。
駆逐艦娘だけで大損害を受けた敵水雷戦隊だが、せめて一矢報いようと闘志を見せる生き残りたちに、今度は熊野が襲い掛かる。
「とぉぉぉう!!」
熊野が放つ旧式の20.3cm連装砲が、的確に敵のヴァイタルパートを貫いた。高速で動きまわりながらの連続射撃、しかしその狙いはぶれることも無く敵艦の重要区画を撃ち抜いていく。
そう時間を掛けずに、敵水雷戦隊は波間へと消えた。
「流石です、熊野さん!」
「そちらこそ流石ですわ。
あの素晴らしい動き……まるであの頃の神通さんを見ているようでしたわよ」
熊野は陽炎たちの動きに惜しみない称賛を送る。
その姿は彼女たち駆逐隊の師であり、そして彼女たちを守るために最後の瞬間まで戦い抜き、沈んでいった戦友の姿を彷彿とさせた。
「ええ、いつまでも神通さんの教えは私たちの中に生き続けていますから……」
神通のようだといわれて嬉しかったのか、陽炎は少し照れ笑いのように鼻を掻く。懐かしいものが胸に去来するが未だ戦闘は続いているのだ、陽炎たちも熊野もすぐに顔色を真剣なものへと戻すと視線を迫り来る敵艦隊へと向けた。
その時、彼女たちに瑞鶴からの通信が入る。
『敵本隊から新たな増援を確認。
敵は……空母棲鬼に戦艦棲鬼、それにレ級エリートクラスね』
それは少しでも知識のある艦娘ならば、震えあがるような強力な戦力だ。
しかし彼女たちはまるで動揺せず、それどころか笑い飛ばす。
「あら、それはそれは豪勢なもてなしですこと。
それもわたくしたちが食べてしまってよろしいの?」
『残念、こっちもお腹ペコペコなのよ。
私と榛名、それに羽黒と北上に喰わせなさい』
「ええ、よろしくてよ。
では、わたくしたちは小さなお魚でも食べながら時間を潰していますわ」
『了解、腹を壊さないように気をつけなさいよ』
そう言って瑞鶴の通信は切れ、熊野は陽炎たち駆逐隊に振り返った。
「では行きましょう。 なに、小魚はまだたくさんありますわ。
存分に平らげて差し上げましょう!」
「了解!
突撃よ、みんな陽炎についてきて!!」
陽炎の号令に従って駆逐隊が動き出す。熊野も彼女たちの前に立つようにしながら、敵を見据えた。
「みなさん、がんばってくださいまし。
これが全部終わったら、わたくしの家で所有する豪華客船で戦勝パーティですわよ!」
皆を鼓舞しようと熊野が放った言葉なのだが、どういうわけか陽炎たちの顔が微妙なものへと変わる。
「……熊野さんちの所有する船って……アレですよね?」
「確か違法賭博船だって噂の……『エスポワール』でしたっけ?」
「なんか……いつの間にかどこともしれぬ地下帝国に連れ去られるって噂を聞いたんだけど……」
そんなことをしている間にも機関を唸らせながら、彼女たちは猛禽のように敵艦隊に飛び掛かっていった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
戦場に黒煙とは違う小さな煙が一筋。
瑞鶴はふぅ、と紫煙を燻らせると、吸っていた煙草を捨てて空を見やる。
「……来たわね」
その視線の先にはいくつもの点のようなものが見えた。
それは敵である空母棲鬼から発艦した艦載機である。どれもこれもが高性能機、それが数えるのもバカらしくなるほどの数で瑞鶴に向かってきていた。
しかし、そんな陣容を前に瑞鶴はポツリと一言呟く。
「……ぬるい」
瑞鶴の放った矢が分裂し、迎撃のための戦闘機隊は発艦された。しかしその機体はいずれも旧式の零式艦戦21型である。
基本性の差は歴然、数も圧倒しており結果は火を見るよりも明らか、その映像を前に空母棲鬼はほくそ笑む。しかし、その顔はすぐに驚愕に塗り替わった。
まず瑞鶴航空隊は数機だけが先行してきた。その機体たちは臆することなく、真正面から空母棲姫の航空隊のの編隊に突っ込む。
当然、空母棲姫の航空隊は猛烈な弾幕を張るが、それを巧みな操縦で突破するとその後ろに控えていた爆撃機と雷撃機に襲い掛かる。その様子に慌てた敵護衛機たちは反転して、その後ろに付こうと機体を捻る。
その時零式艦戦21型から何かがポロリと零れ落ちた。それは空戦時には切り離すことが当然の追加増槽である。その増槽に、瑞鶴航空隊から機銃が放たれた。
空に、炎の花が咲いた。
増槽に満載されていた飛行燃料が引火し、空中で炎の壁とでも言うべきものが形成される。そして敵護衛機隊はその炎の壁に自ら突っ込んでしまった。
エンジンに炎を吸い込み、黒煙を上げて墜落していく護衛機隊。そして護衛機隊が全滅し、丸裸になった爆撃機隊と雷撃機隊にすべての零式艦戦21型が襲い掛かる。
だが、この時点では空母棲姫には幾ばくかの余裕はあった。空母棲姫の爆撃機と雷撃機の装甲はかなり厚い。旧式の零式艦戦21型の機銃如きでは撃墜はかなり困難のはず……そう空母棲姫が思った瞬間、0.5秒にも満たない機銃掃射だけで爆撃機が吹き飛んだ。
厚い装甲を持つ空母棲姫の爆撃機と雷撃機だが、ウィークポイントというものは存在する。護衛機の邪魔さえなければ、それを狙い撃つことなど瑞鶴航空隊には容易いことなのだ。
気が付けば、空母棲姫の放った艦載機はただの一機も空に残っていなかった。
『数』や『性能』という絶対的な優位が、訳の分らぬ『ナニカ』によって覆される……。
その事態に空母棲姫は恐慌一歩手前の精神で慄く。しかし、彼女にはそれほどの時間は残されていなかった。
旧式の九九式艦爆、九七式艦攻からなる瑞鶴航空隊が空母棲姫に襲い掛かる。投下された爆弾と魚雷が水面で飛び石のように跳ねながら空母棲姫に突き刺さった。
反跳爆撃……スキップボミングと呼ばれる攻撃法である。
飛行甲板が燃え上がり、今にも沈みそうな傾斜の満身創痍の空母棲姫。そんな彼女がふと顔を上げると……その視線の先には、これを為した『バケモノ』が佇んでいた。
「なんで負けたのかわからないって
瑞鶴は満身創痍の空母棲姫の顔を見ながら苦笑をもらした。
それは、このマヌケ
だから瑞鶴はあの時自分が師である『加賀』から言われた、そして今たくさんの空母艦娘の卵たちに言っている言葉を言った。
「艦載機ってのはね……心で、魂で飛ばすのよ。
魂の籠っていない艦載機なんて鎧袖一触、七面鳥撃ちになって当然じゃない。
さて……」
ゆっくりと、瑞鶴から第二次攻撃隊が発艦していく。
「落第点よ劣等生! 海の底で頭冷やしてやり直してこい!!」
殺到する瑞鶴の攻撃隊に、満身創痍の空母棲姫では抗う術など存在しなかった。
空母棲姫の撃沈を確認した瑞鶴は、いつもの癖で懐から煙草を取り出そうとしているのに気付いて苦笑する。
「敵はまだいくらでもいるんだし、煙草は後ね。
みんなの援護も必要だろうし……」
そう呟きながらも、瑞鶴は援護が必要だとは微塵も感じていない。
何故なら自分の自慢の戦友たちは、この程度の逆境でどうにかなる存在ではないことを誰より知っているからだ。
瑞鶴は攻撃隊に次の発艦のための弾薬と燃料補給を行いながら、偵察機を飛ばすのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
戦艦棲姫……その装甲はほとんどの艦娘の攻撃を弾き返し砲撃は強力無比、相手にするならば艦隊を組んで戦う以外に考えられないほど強力な深海棲艦だ。
そんな戦艦棲姫に向かっていくのは重巡の羽黒と雷巡の北上である。
たった2隻……しかも戦艦ほどの装甲も砲も持たず駆逐や軽巡のような強力な雷装を持っているわけではない重巡と、大量の魚雷運用のために他の性能を軒並み犠牲にしたような極端にバランスの悪い雷巡の2隻である。戦艦棲姫にとっては障害にもならない、取るに足らない相手だった。
戦艦棲姫の自慢の砲が吼えた。それはたった一撃当たれば、相手を問答無用で海の底に招待するだろう。彼女に敵対した艦娘たちを例外なく死に至らしめた圧倒的な火力の嵐が吹き荒れ、羽黒と北上を狙って襲い掛かった。
しばしの後、戦艦棲姫はハタと気付く。
未だに彼女の艤装は、自慢の砲を吼え猛らせながら悪意と殺意で彩られた火力の嵐を吹き荒れさせている。それはまだ止まっていない。それはつまり……まだ羽黒も北上も健在であるということだ。
戦艦棲姫の砲撃精度が悪いわけではない。それどころか電探とも連動したその砲撃精度は他の追随を許さないほどに優秀だ。だというのに、そんな戦艦棲姫の砲撃が羽黒と北上には全く当たらない。
そんなうちに接近した北上から発砲炎が上がった。カンッという甲高い音とともに戦艦棲姫に傷一つ付けることなく跳ね返ったそれは、北上の放った14cm単装砲である。
敵はまともな電探連動もなしに単装砲を当てた。しかも魚雷特化の雷巡が、だ。だというのに砲撃のプロである戦艦の自分は未だに一撃を当てられていない。
今の攻撃で戦艦棲姫に傷は無い。しかしそれは目に見えない、戦艦棲姫のプライドを大きく傷付けていた。
「単装砲って、わびさびだよねー」
……やる気なさげなニヤついた北上のその顔が、余計に戦艦棲姫を刺激する。
戦艦棲姫は羽黒と北上にそれぞれ向けていた砲を、すべて北上に集中させた。貴様を沈めねば気が済まぬという意思がありありと見てとれる全力射撃。しかしそれこそが北上の、そして羽黒の狙いだ。
羽黒が増速、一気に戦艦棲姫との距離を詰めにかかる。重巡の砲でも至近距離なら戦艦棲姫の装甲を撃ち抜くことも可能だ。狙いが北上に集中したこの隙に、羽黒はその距離にまで接近するつもりなのだ。そして、北上の挑発行動は最初から、これを狙っていたのである。
それに気付いた戦艦棲姫が北上に向けていた砲を接近中の羽黒に向けようとするが、それを阻むように北上が14cm単装砲を連射する。だがそんな小口径の砲など戦艦棲姫の装甲を貫くことなどできまい。事実、北上の14cm単装砲は戦艦棲姫の巨砲に当たるがその装甲にすべて弾き返されている。
戦艦棲姫は北上を無視して、当面の脅威に成り得る羽黒に向かって砲を向けようとした、その時だ。
ガリッ!
嫌な金属音とともに主砲の旋回速度が遅くなる。見れば主砲塔にわずかなへこみができており、それが主砲塔のスムーズな旋回を妨げているのだ。そのへこみが何なのか理解したとき、戦艦棲姫は北上の意図を悟る。
先ほどの意味のないと思われた14cm単装砲の連射は主砲塔を歪ませて旋回速度を落とし、羽黒の接近を助けるものだったのだ。
北上の評価を引き上げながらも、戦艦棲姫は旋回速度の遅くなった砲を羽黒に向ける。この分では初撃は羽黒にくれてやることになるだろう。だがそれでも旧式の砲を持ったただの重巡、自分にそこまでの痛手は与えられまい。敵ながら見事な北上の援護に免じて一撃くらいは甘んじて受けてやろう……そんな強者の余裕すら持つ戦艦棲姫の懐に、羽黒が飛び込んできた。
「撃ちます!」
羽黒の掛け声とともに旧式の20.3cm連装砲が火を噴く。そして……戦艦棲姫の右の主砲塔が跡形も無く吹き飛んだ。
……戦艦棲姫には最初、何が起きたのか分からなかった。
いくら近距離に寄ろうがあんな旧式の20.3cm連装砲では、ただの一撃で分厚い主砲の装甲を貫けるわけがない。だが現実に、主砲塔は根元から炎の柱を上げながら吹き飛んでいる。
……まさか。
しばしの後、戦艦棲姫はその答えに行き着き驚愕に目を見開いた。
戦艦棲姫の主砲でただ一点、旧式の20.3cm連装砲の一撃で大打撃を与えられる場所がある。それは……主砲の砲口内だ。いかに強大な砲であろうと砲口内に飛び込まれては、たとえそれが小口径砲でも致命傷になる。
砲によるピンホールショット……普通に考えるならあり得ない話ではあるのだが、現実に旧式の20.3cm連装砲の一撃で主砲塔を吹き飛ばす手段はそれ以外にないのだからそういうことなのだろう。
右側半分が完全に焼け爛れた戦艦棲姫が膝をつく。だが彼女の戦意は未だに健在、無事な艤装で羽黒に狙いを定める。
しかし、それを北上が許さない。
「酸素魚雷、いっちゃうよ!」
北上が必殺の酸素魚雷を放つ。航跡を残しにくい酸素魚雷は海中を滑らかに進みながら2発が戦艦棲姫に直撃した。浮き上がるような衝撃に身体が悲鳴を上げ、艤装からは発生した火災とそれにともなう黒煙が汚していく。
しかしそれでも分厚い装甲に守られた戦艦棲姫は致命傷には至らなかった。
そんな戦艦棲姫に、再びのんびりとしたやる気なさげな声が響いた。
「インストラクション・ワン、一の魚雷で倒せなければ百の魚雷を浴びせてやればよいのだ!
な~んちゃって」
再び衝撃が戦艦棲姫に襲い掛かる。しかも今度は連続した衝撃だ。
連続集中雷撃……ローと朝潮のコンビが羅號を援護するために使ったことのあるコンビネーション攻撃、連続して同じ場所に雷撃を命中させるという技だ。
無誘導兵器である魚雷を狙った場所に当てる難しさも当然ながら、この技には先行する魚雷の爆発で後発の魚雷が誤爆してしまわないようにしなければならないためタイミングが何より難しい。
ローと朝潮のコンビもお互いに1発ずつの魚雷が限界だったが、北上は1人で、しかも2連を4回という回数を平然とこなしているのだ。
魚雷のすべてを極めた艦娘、『雷撃の神様』とも称された北上の神技である。
この羽黒と北上の連続した常識外れの技に、さすがの戦艦棲姫ももはや立ち上がることかなわない。各所を連鎖爆発させながら沈みゆく戦艦棲姫、彼女の視界にそれをたった2人で為した姿が映る。
「化ケ物……メ……」
ありったけの怨嗟と湧き上がる恐怖を込めた言葉を残しながら、戦艦棲姫は沈んでいった。戦艦棲姫の撃沈を確認した羽黒と北上は、合流すると周辺を確認する。
「ふぅ……本当はもっと景気よくバァっと魚雷を撃ちたいんだけどねぇ」
「仕方ありません、弾薬量は限られているんですからなるべく節約しないと……」
「わかってはいるんだけどねぇ……」
愚痴をこぼす北上に、たしなめるように羽黒は少し困った顔で答える。
「それじゃ魚雷が景気よく撃てない分は、スコアを伸ばしてストレス発散しましょうかねぇ」
「そうですね」
2人は微笑みあいながらも、まるで獲物を狙う獣のような視線で彼方を見やる。そこにはまだたくさんの深海棲艦がひしめいていた。
どうやら、今しばらくは彼女たち2人が暇になることはないようである……。
~~~~~~~~~~~~~~~
『最悪の深海棲艦』、『戦艦のようなナニカ』、『1人聯合艦隊』……『戦艦レ級』という存在を表す言葉は数多い。そして恐るべきことは、これらの評価すべてが決して誇張ではないということだ。
大量の高性能艦載機群に魚雷艇による先制雷撃、そして強力な大口径砲による砲撃力とあまりにも分厚い装甲……それをたった1隻ですべて兼ね備える規格外の存在、艦娘にとって『絶望』と同義となる者こそが『戦艦レ級』である。しかもこの個体はさらに強力なエリート個体だ。
そんな艦隊を組んで始めて互角とも言われる者に対して、単艦で突撃していく者がある。春を思わせるような藤色の着物の女……榛名だ。
次々にレ級から発艦していく艦載機は、まるで餌に群がる蟻のように榛名に迫っていく。しばらく後にはいつも通り艦娘の身体は波間に消えていく……はずだった。
ズドンッ!
轟音が響く。榛名の装備した35.6cm連装砲が火を噴くと、迫り来る航空隊の一部が吹き飛んだ。
榛名の装備する35.6cm連装砲は決して対空性能が高いというわけではない。ましてや、三式弾のような対空砲弾だったわけでもない。驚愕することに榛名は、ただただ自身の技量だけでこれをやってのけだのだ。
「……空を睨み続けた私には、この程度どうということはありません」
それは彼女の手にした極致の力、あまりにも高い難度の対空攻撃さえも成功させる『精密射撃能力』。
しかし、彼女の力はそれだけではなかった。
「榛名……いえ、『金剛四姉妹』、参ります!!」
突撃を再開する榛名に、生き残っていた艦載機たちが殺到するがその動きはどこか鈍い。それを見ながら、榛名の脳裏には懐かしき彼女たちの言葉がよぎっていた。
『Hey、榛名!
どんな集団にもリーダーという要が存在するデース!
それさえ潰せば、どんな敵集団だろうがVeryEasyね!!』
「そうですよね、金剛お姉さま」
そう、先ほどの榛名の攻撃で吹き飛ばしたのは航空隊の隊長機だったのだ。
どんな集団もそれをまとめ上げるリーダーがいてこそ『集団』として機能できる。その要たるリーダーを失っては、『集団』としての効果的な動きなどできない。榛名はそれを狙って隊長機を瞬時に見抜き、初撃で撃ち抜いたのである。結果、榛名に対して効果的な攻撃が出来ない航空隊は、逆に榛名の正確な対空砲火の中に次々に墜とされていった。
続いて接近を続ける榛名には、レ級からの魚雷、そしてかろうじて生き残った雷撃機からの魚雷が迫る。
海を覆うような飽和魚雷攻撃、しかし榛名の動きは止まらない。
『榛名、TeaTimeは大事ネー!
どんな時でも紅茶の一滴もこぼさないような、優雅な機動をしなくてはいけまセーン!』
「ええ、分かっています金剛お姉さま」
絶対必中と思われた飽和魚雷攻撃、しかしそれを榛名は軽やかな動きで全弾を避け切った。
なおも接近中の榛名に、今度はレ級からの砲撃が集中する。それは主砲・副砲入り混じった、弾幕のような砲撃だ。
そのうちの一発が、榛名に対して直撃のコースをとっていることにレ級はほくそ笑む。しかし、それはすぐに驚愕に変わった。
カンッ!
甲高い金属音とともに、当たったと思われた砲弾が明後日の方向へと弾かれる。角度が甘かったのだろうが……その弾道を追っていたレ級はそれが決して偶然の産物ではないことに気付いていた。
『敵の弾をしっかり見て、えっと……戦車の傾斜装甲? みたいに当たる場所と角度を調整してやるの。
あとは気合いがあれば、どんな攻撃にだって耐えられます!』
「そうですよね、比叡お姉さま」
榛名は意図的に敵弾の当たる場所と角度を調整することで、レ級の砲撃を防いだのだ。
そしてそのまま接近を果たした榛名は副砲を放つ。しかしそれはレ級には当たらず、その眼前の海面に着弾した。
水柱が上がり、その視界が塞がる。目を凝らしその先を見つめたレ級は、そこにいるはずの榛名がいないことに気付いた。
そして……。
ガコンッ!!
何かの金属が噛み合うような音が聞こえたレ級は、嫌な予感を感じながらもゆっくりと振り返った。
金剛型戦艦改二型艤装の装甲、それがせり上がり形成されたもの……それはどこまでも無骨で大雑把な鋼鉄の塊、
『砲は確かに強力な武器ですが、私たちの強力な武器はそれだけではありません。
私の計算では、場合によっては思い切り殴ったほうが破壊力という点で致命的なことになると出ていますよ』
「そうですね、霧島」
ズガンッッ!!!
爆発音にも似た衝撃音、振りかぶった状態からのすくい上げるようなボディブローがレ級に突き刺さった。その衝撃にしばしレ級は宙を浮き、バキボキッと何かが砕け散る音がレ級の内側から聞こえる。
レ級は血を盛大に吐きながらそれを行った下手人である榛名を睨み、大蛇のような尻尾型の艤装が榛名を噛み砕こうと襲い掛かる。
しかし……。
ズドンッ!
レ級は二度目の浮遊感を味わい、今度は頭から海面に叩きつけられていた。艤装がグシャリという嫌な音とともにひしゃげ、仰向けの体勢で倒れたレ級が血を吐き出す。
レ級には最初、何が起こったのか分からなかった。しばらくして、力なくぐったりとした尻尾型の艤装を榛名があの巨大な鋼鉄のアームで掴んでいるのを見て、己に何が起こったのかを理解する。
榛名は襲い掛かってきた尻尾型の艤装を、勢いをそのままに当て身投げの要領で投げつけたのである。
しかし、今さらそれがわかったところでレ級の運命はすでに決まっていた。何故なら、榛名が倒れたレ級に、すべての主砲を向けていたからだ。
35.6cm砲の至近距離からの集中砲火が、抵抗する間もなくレ級の装甲を喰い破る。それが未だに絶望の体現とまで艦娘たちに恐れられる『戦艦レ級』の、あっけない最後だった。
「……やはり忘れないものですね、お姉さまたちの教えは……」
榛名はジッと、自らの手を見てから目を瞑る。
金剛の敵の要を即座に見抜く『戦術眼』、紅茶の一滴もこぼさないような見事な『操舵術』。
比叡の敵の攻撃を見抜き、耐え抜くための『防御術』。
霧島の敵を完膚なきまでに破壊する『攻撃術』。
そして榛名の見出した『精密射撃術』。
姉妹と慕った彼女たち4人はその昔、ともに戦いの海を駆け回っていた。
4人揃っていたのなら、誰が相手であろうと負けはしない……そう心から信じて駆け回っていた日々。
しかし、それでも最初期の補給や修理すら満足ではない状態での戦いの日々はゆっくりと、しかし確実に彼女たち姉妹を蝕み、結局は生き残ったのは榛名ただ1人だ。
『彼女たちの生きた証しを残したい』……その想いで、姉妹と慕った彼女たちが至った極致の技能、そのすべてを習得し受け継いだ最後の生き残り。
『最強の
彼方に見えるは大量の深海棲艦隊、それに向かって榛名は宣言した。
「勝手は榛名が、『金剛姉妹』が、許しません!!」
機関が唸りを上げ榛名が、『1人で4人の金剛姉妹』が、帝都を守るために敵に突っ込んでいった……。
榛名さんに振られてこじらせちゃった君塚さんと、チートすぎるお艦軍団の戦いでした。
……自分で書いてて思いましたが、こんな一騎当千の猛者たちよく退役させてもらえたなぁ……。
次回あたりでトラック・レムリア聯合艦隊到着、羅號改見参にまで行きたいところ。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
業火 帝都炎上(その4)
なんで中国相手でいつの間にか轟沈してるんだーーー!?
猿のごとく発売した『HOI4』をプレイしているキューマル式です。
まさか対中戦で轟沈を出すことになるとは……。『HOI2』をやりまくった身としては対中戦で轟沈なんてあり得ないと思ってたのに……。
しかし扶桑型の次の級の戦艦が金剛型っておい……。あと長門型戦艦がないぞ……。
……完全に『HOI2』に慣れ過ぎました。
今回は長門たちの合流と、ついに登場の羅號改です。
「……前衛艦隊の全滅を確認した。 敵艦隊はほぼ無傷だ。
現在、第二防衛ラインの60隻が急行している」
「そうか……」
20にも満たぬ数の艦隊がその3倍以上にものぼる数の艦隊を全滅させ、今なお交戦中という信じがたい報告を『ソビエツキー・ソユーズ』から受けるが、君塚は慌てる様子も無く静かだ。
「……友軍がやられたというのに貴官は冷静だな」
『ソビエツキー・ソユーズ』のその言葉に、君塚はニヤリと笑った。
「どうせいくらでも補充の利く戦力だ。
『物量』の本当の恐ろしさはこれからよ。その前ではいかな優秀な個人であろうと敵わん。
それにこの作戦……実は貴艦1隻だけで十分事足りるのだろう?」
「無論だ」
君塚はどこか挑発的に『ソビエツキー・ソユーズ』を見やると、それに応えて『ソビエツキー・ソユーズ』は頷いた。
その表情は虚勢を張って出来もしないことを言っている表情ではない。本当に、心の底から可能だと思っている顔だ。
そして、恐るべきことにその自信は『慢心』なのではなく『真実』なのである。
「ならば帝都に残るものに対する絶好の見せしめとなる。
自分たちの最後の希望が、じわじわとなぶり殺しになる様をよく見せつけてやれ」
「了解した。 そのまま戦闘を継続させる」
『ソビエツキー・ソユーズ』が指示を出していく中、誰にも聞こえない声で君塚はつぶやく。
「そう……圧倒的な数の前には何をやっても無意味なのだ。 臣従しか生き残る道はない。
何故それを理解してなかったのだ、八重さん……」
~~~~~~~~~~~~~~~
「……まずいわね」
全体を見通す艦隊の目である瑞鶴はポツリとつぶやく。
現在、彼女たちは再び現れた敵艦隊相手に交戦状態に入っていた。彼女たちの高すぎる個々の戦闘能力は健在、全員未だに目立った損傷は見受けられず次々に敵を沈めていっているというのに瑞鶴は……いや、彼女たち全員が『自分たちが追い詰められている』ことを感じ取っていた。
その原因は2つ、『疲労の蓄積』と『燃料・弾薬の残量』だ。
いかに強かろうとも彼女たちとて人間、疲れを知らぬ怪物ではない。そして疲れはミスへと繋がり、いつか致命的な事態を呼び込むだろう。連続戦闘によって蓄積された疲労がゆっくりと、しかし着実に彼女たちを破滅へと近付けていく。
同時に弾薬と燃料の残量に底が見え始めていた。
弾薬は全員ができる限り節約をしているが、それでも限界はある。もっとも、彼女たちは弾薬が無くなろうと鍛え抜いた近接格闘戦だけで深海棲艦を沈めることも可能なので、この問題は致命的ではない。
致命的なのは燃料の方だ。
海上を自在に移動できるようになる『艤装』は、回避・接近その他ありとあらゆるすべての行動に対価となる燃料を要求する。
『敵の攻撃をすべて避け、こちらの攻撃を当て続ければどんな相手だろうが勝てる』……こんな無茶苦茶な暴論を、その無茶苦茶な技量で可能にしているのが彼女たちなのだ。しかし燃料がなければ、その暴論の大前提となる『足』が止まってしまう。
そんな彼女たちに対して、深海棲艦隊は沈めても沈めてもその後からまったく消耗していない新鮮な戦力が補充され続け、戦闘能力が低下する兆しは見受けられない。
これが『数』の本当の恐ろしさである。
『数』の力とは『一斉投入されることによる圧倒的火力の破壊力』もあるが、それ以上に『最大戦闘能力をより長く維持できる持久力』こそが『数』の本当の力なのだ。
「きゃっ!?」
「熊野、無事!?」
そんな中で、遂に熊野が直撃弾を受けた。
「ええ、かすり傷ですわ」
それは装甲で止まった、小破判定にさえ届かないだろういわゆる『カスダメ』である。
しかし『あの熊野に直撃弾が出た』という事実がすでに彼女たちの限界点が見え始めているという証拠だ。
「榛名!」
「全員戦闘海域を後退!
数隻ずつ交代で補給を行います!!」
彼女たちが出撃した隠しドッグにはまだ物資は残っている。即座に榛名は戦線を下げ、交代で補給作業を行うよう指示を出した。
陽炎を筆頭とした駆逐艦娘たちが煙幕を張り視界を遮りながら、鮮やかな手並みで全員が一気に後退に入る。
そんな中、瑞鶴は榛名に並んで小声で言った。
「榛名……」
「……わかっています、これが得策でないことぐらい。
でも、これ以外の手もありません……」
瑞鶴の言葉より早く、彼女の言いたいことを呑み込んだ榛名は頷いた。
隠しドッグの物資は少ない。すべてを使いきったとしても、敵を倒しきるには足りないのだ。かといって敵の本隊を叩こうにも、彼女たちを持ってしても『数』と『突破力』が足りない。
現状では、彼女たちの力を持ってしても勝ち目が見えないのだ。そして、それは彼女たちの誰もが理解していた。
しかしそれでも……。
「ここで私たちが退けば帝都は陥落し、人類はこの戦争に敗北します。退くわけにはいきません。退けば、勝利の可能性は完全に無くなってしまいます。
……私たちがこうして戦う姿勢を見せて時間を稼げば、まだ戦力を残している場所からの援軍の可能性もあるでしょう。
例え万に一つの可能性だろうと……勝利の可能性に、私は賭けています」
「そうよね……」
榛名の言葉に頷いてから、瑞鶴は肩を竦めた。
「絶望の真っ暗闇の中で蜘蛛の糸より細い希望を追い求めて足掻く……私たち昔っからそういうの得意だったわね。
いつでもどこでもそんな戦いばっかりで、とっくの昔に慣れたわ。
他のみんなだってそうよ。
今まで通り、やってやりましょう」
「ええ、やってやりましょう」
その彼女たちの晴れやかな顔に悲壮感などない。
しかし、状況は確実に悪い方向に転がり始めていた……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「敵勢力の抵抗が鈍化してきた。
恐らく燃料・弾薬が欠乏しているものと思われる」
「だろうな。 どのように優秀な兵であろうと補給と休養無くしては戦い続けられん。
各種倉庫の焼かれた状態だ、物資の手持ちなどたかが知れている。
こうなることは必然よ」
『ソビエツキー・ソユーズ』の報告に君塚は当然のことと深く頷く。
「物資も無く兵力も少ない、そして何より援軍も無い。
そんな状態の防衛戦など成功することなどあるものか」
「道理だな。
では包囲が完了し次第、殲滅する」
「ああ、そうしろ」
そう言って君塚は頷く。
多少のイレギュラーはあったもののこれで終わりだ。最後の戦力だろう彼女たちが沈黙すれば、もはや帝都を守るものなどない。
「これで日本はレムリアに臣従し、日本の戦争は終わる……」
感慨深く君塚が呟いたその時だ。
「これは……敵援軍だと!?」
「バカな!?」
その『ソビエツキー・ソユーズ』の言葉に、君塚は驚きの声をあげた。
今この瞬間にも深海棲艦は陽動ともいえる攻勢を北方・南方戦線ともにかけており、こちらに廻すような戦力など存在しないはずだ。
そんな再びのイレギュラーの発生に君塚は目を見開く。
そして送られてきた映像の異質さに、君塚は声を上げた。
「何ぃ!?」
あり得ない援軍、あり得ない陣容。そしてその先頭を行くあり得ない艦娘……それに呻くように言った。
「トラック泊地の『長門』だと……!?」
~~~~~~~~~~~~~~~
「はぁはぁ……ああ、クソッ! こんな程度で息が上がるなんて私もずいぶん衰えたわね」
「四六時中吸ってる煙草が原因じゃないですか、それ?」
大きく息をつく瑞鶴、隣の榛名は涼しい顔ながらもその額には汗が滲んでいる。榛名の指摘に瑞鶴は恨みがましい視線を送るが気にせず榛名は大声を張り上げる。
「各艦、状況を報告して下さい!」
「羽黒です。 主砲弾と魚雷は残弾ゼロ。 副砲弾があと十数発で撃ち止めです」
「北上だよ。 単装砲が残り10発くらい。 魚雷はあと4発だね」
榛名と瑞鶴の隣で、油断なく周りを見渡しながら羽黒と北上が答える。2人とも榛名や瑞鶴と同じくほぼ無傷の状態だが、その顔からは疲労の色が見て取れた。
「損傷がないだけマシか……で、そっちは?」
そう言って瑞鶴は振り返る。
「……熊野、損傷は中破判定ですわ。
武装は一応、主砲が一基無事で、あと8発程度の残弾がありますわね」
「陽炎、同じく中破です。
魚雷は残弾ゼロ、主砲があと5発ってところですかね……」
答えたのは熊野と陽炎だ。
熊野の着ていた豪奢なアフタヌーンドレスは見る影もなくボロボロとなり、陽炎の着ていたGパンとジャンパーも煤と衝撃でボロボロだ。
その後ろの艦娘たちも中破状態、大破がいないというのは流石としか言いようがないが、それでも大なり小なり怪我をしている。残弾に関しては全員空っぽだ。
「これで全員、燃料に関しては空よりマシって状態か……。
ところで北上、敵はあとどのくらいに見える?」
「ひー、ふー、みー……ああ、メンドくさっ!
もう『たくさん』ってことでいいじゃん」
瑞鶴が何となく尋ねると、彼方から接近する敵の姿を数えようとしたが北上はすぐに面倒だと投げ出した。つまり、そのくらいには大量の敵が未だに残っているということだ。
「やれやれだわ……榛名、どうする?」
「……皆さん、ここまでお疲れさまでした。
あとは榛名に任せて撤退して下さい。 榛名なら大丈夫です」
その言葉に、心底呆れたように瑞鶴は肩を竦める。
「あんたねぇ……ここにいる全員、今さら退くようなお利口な脳ミソしてたら最初っからこんな戦いやらないわよ。
それに今ここで後退のために背を向けたら、その段階で敵の集中砲火を背中から受けて終わりよ。
……最後まで一緒にやらせなさい、榛名」
「榛名さん、私だって戦います。
それが例え最後になろうと……私は後悔しません」
「私を後ろから襲っていいのは旦那だけって決めてるからね~。
あんな連中に後ろからやられて沈むとかまっぴらだし、最後まで付き合うよ」
「もちろんわたくしも行きますわ。
まさかこの熊野を除け者にしようとは言わないですわよね、榛名さん?」
「護衛の駆逐が必要でしょう?
陽炎、志願します」
瑞鶴、羽黒、北上、熊野、陽炎が即座に榛名とともに最後まで戦うことを決めると、ほかの艦娘たちからも賛同の声が上がる。
その戦友たちの姿に榛名は少し俯くが、すぐに彼方の敵を見やる。
「行きますよ、皆さん……」
「全員、相討ちなんて安っぽいこと言うんじゃないわよ!
あのぐらい素手で全滅させてやるわ!!」
榛名と瑞鶴の言葉に、錨や弾の切れた砲をナックルガードがわりに構えると全員が突撃の体勢に入る。
その時だ。
「電探に感! 航空機編隊!!」
その言葉にバッと空を見上げれば正面の敵集団からは別方向から迫る深海棲艦特有の艦載機が見えた。それはどれもが白い球形をした高性能機だ。
「全艦、回避行動!!」
全員が回避行動に移ろうとするが、その艦載機群はそのまま彼女たちの正面の敵集団に向かって猛然と襲い掛かった。
艦爆の急降下爆撃が、艦攻の魚雷が炎と爆発を生み出す。
「これは一体……?」
榛名たち古兵ですら今まで見たことも聞いたこともない深海棲艦の同士討ちの光景をどこか呆然と眺める。
そしてその時、戦場にその声が響く。
「艦隊、この長門に続けぇぇぇぇ!!」
怒号にも似た声と供に砲声が響き、深海棲艦の艦隊に砲弾が降り注ぐ。
破壊を呼ぶ鋼鉄の雨が降り注ぎ同時にまるで解き放たれた矢のように、敵艦隊の横からあり得ぬような艦隊が突入していく。
「突入よ! 砲雷撃戦開始!!」
「了解! みんな私について来て!!」
「「「「了解ッッ!!」」」」
鳥海の艦娘と夕張の艦娘の言葉に、配下と思われる駆逐艦の朝潮・満潮・吹雪・秋雲が答えて突入を開始した。その練度は遠目から見てもかなりの修羅場を潜り抜けてきただろうことを窺い知ることが出来る。
しかし、そんな彼女たちに続くものがあった。
「遅れヲとるナ! 我ラも突入スル!!」
「3隻は後方で対潜警戒! 残りハ我に続ケ!!」
重巡ネ級、そして軽巡ツ級と駆逐イ級や駆逐ロ級といった深海棲艦たちだ。それがどういうわけか、先ほど突入を開始した艦娘たちと連携しながら同じ深海棲艦に襲い掛かっている。
それだけでも十分に驚きだが、その後にもまだ続く者がいる。
「オラオラァ! 殴リ合いの時間ダァァァ!!」
「バカ者、突出するナ。 私も行くゾ!!」
戦艦ル級改フラグシップと戦艦タ級改フラグシップ、一目で各海域を任されるレベルの猛者であることがわかる。
「第二次攻撃隊、発艦……撃滅セヨ!!」
これまた一目で猛者とわかる空母ヲ級改フラグシップの航空隊が、敵の艦載機隊を粉砕した。
そして……。
「長門サン、仕上げト行きまショウ……」
「ああ! 全砲門、一斉射!!」
最強クラスの深海棲艦である港湾棲姫、そして長門の艦娘の号令のもと、艦娘・深海棲艦の混成部隊が一斉に砲と魚雷を放つ。
これらの猛攻に対し、榛名たちに集中して完全に横合いからの奇襲を受ける形となった深海棲艦隊は完全に瓦解、海の藻屑となって消えていった。
あまりに突然な出来事に、歴戦の艦娘である榛名たちも呆然として声が出ない。
そんな彼女たちに向かって声が聞こえた。
「みなさん、大丈夫ですか~~~!!」
見れば明石の艦娘が手を振りながら榛名たちに近付いてくる。その後ろには、これまた信じがたいことに姫クラスである北方棲姫が、足の遅い輸送ワ級2隻と呂500の艦娘を曳航していた。
「ろーちゃん、『ちぃ』ちゃん。 周辺の警戒をお願いします!」
「わっかりました、ですって!」
「ンッ、ワカッタ!」
呂500と北方棲姫が榛名たちの周辺警戒を始めると、輸送ワ級を連れた明石がやってきた。
「友軍がいるとは思いませんでした。
燃料と弾薬、それに鋼材もボーキサイトもあります。
補給と修理、お任せ下さい!」
そう明石が言うと、それを証明するように輸送ワ級が頷いてコンテナを開き中を見せる。
「ええっと……物凄~くありがたいんだけどさ、先にこの状況の説明をお願いできるかな?」
北上が輸送ワ級を指差しながら言うと、十分それは理解していたらしい明石が苦笑いをしながら言った。
「あはは、やっぱりそういう質問が出ちゃいますよね。
簡単に言えば、深海棲艦も一枚岩じゃなかったってことです。人類との和平を望む深海棲艦の勢力もあったんですよ。
彼女たちはそんな和平推進派の深海棲艦たちで、私たちの味方になってくれました。
……どうやらあちらも一段落ついたみたいですね。詳しい話は私たちの旗艦たちにお任せしますよ」
明石がそう言うと、敵艦隊の撃滅を終えた艦隊がこちらに合流すべくやってくる。
「なんて言うか……夢でも見てる気分だわ」
艦娘と深海棲艦が仲良く隊伍を組んで航行するという普通ならあり得ない光景に、瑞鶴がポツリと呟く。
すると、その言葉に意外なところから反応があった。
「……醒めないで」
「えっ?」
自分の真横から聞こえた声に瑞鶴が見ると、榛名が涙を流していた。よく見れば隣の羽黒もボロボロと涙を流している。
「夢なら……お願い、醒めないで」
「榛名、それに羽黒もどうして……」
そこまで来て瑞鶴も気付いた。艦隊の艦娘たち……その先頭に位置する、長門と鳥海の艦娘に見覚えがあることを。
「あの娘たち、まさか!?」
やがて彼女たちが榛名たちの前に並ぶと、ビシリと敬礼した。
「我らトラック泊地残存艦隊およびレムリア亡命艦隊、帝都奪還のため貴艦隊に合流します!
力を合わせて、奴らを叩き返してやりましょう!」
長門もどこか震えながら、その言葉を絞り出す。そして続けて小さく、言った。
「母様……ただいま戻りました!」
「ゆ、有希ッッ!!?」
「黒子ちゃん! 黒子ちゃん!!?」
もう限界だった。榛名と羽黒が弾かれたように飛び出すと榛名は長門に、羽黒は鳥海に飛びつくようにして抱きしめる。
「有希! ああ、有希!!
夢じゃない! 有希が、有希が生きてる!!」
「はい。母様、有希は生きて帰りました。もっとも片目と片腕は奴らに持っていかれましたが……。
申し訳ありません、せっかく母様が五体満足に授けてくれた身体をこんなにして……」
「いい、そんなことはどうでもいいの!
生きてさえ、生きてさえいてくれたのなら……!」
泣きながら抱きつく榛名に、長門も涙を浮かべて抱き返す。
「黒子ちゃん! 黒子ちゃん! 黒子ちゃん!!」
「お母さん、名前連呼するのは恥ずかしいからやめてよ……。
心配かけてごめんなさい、お母さん……」
泣きながら抱きつく羽黒はそれ以外に言葉が出ないのか、鳥海の人間としての名前を連呼する。鳥海は本名を連呼されることに少し気恥ずかしそうにするが、それでも涙を浮かべて母を抱き返した。
死んだと思われていた愛娘が実は生きていて、こうして再会したのだ。母親として、この反応は当然である。
母娘は一時ここが戦場であることも忘れ、そのぬくもりを堪能するのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「トラック泊地の『長門』……まさか生きていただと!?
しかも深海棲艦の共存派と合流もしていたのか!母娘揃って私の邪魔を……!!
『ソビエツキー・ソユーズ』、貴様を投入する!
すべての敵を撃滅せよ!!」
「……了解した。
敵艦娘も、祖国を裏切った裏切り者どももすべてを打ち砕き、任務を完遂しよう!」
予想もしない敵増援に、ついに君塚は『ソビエツキー・ソユーズ』の投入を決意する。『ソビエツキー・ソユーズ』はその命令に敬礼とともに答え機関を始動させ離水、戦場へと向かっていく。
そして苛立たしげにギリギリと歯を鳴らす君塚の前で、映像は現場の様子を克明に映していた。
~~~~~~~~~~~~~~~
「母様、私も名残惜しいのですが……」
「……ええ、そうですね。
私もつい嬉しくて、周りのことが見えないくなっていました……」
そう言って長門と榛名は離れる。同じように抱擁していた鳥海と羽黒も離れていた。
その彼女らの視線の向こうには、こちらに接近中の敵艦隊がうっすらと見えている。そして……それよりももっと危険なものも接近していた。
「長門サン、偵察機かラ入電!
『ラ級』接近中でス!!」
「やはり配備されていたか!!
全艦、敵『ラ級』接近中! 繰り返す、敵『ラ級』接近中!
総員戦闘態勢!!」
『ウィン』からの報告に顔色を変えた長門は即座に艦隊に指示を出す。
榛名たちには『ラ級』というのが何のことかは分からなかったが、トラック・レムリア聯合艦隊の反応と気配に、尋常でない何者かであることを理解する。
そして、それはすぐに目の前に現れた。
「あれは何!?」
「戦艦が……空を飛んでる!?」
今まで幾多の戦場を超えてきた最古参兵である榛名たちですらその驚愕に目を見開き、そしてそれは彼女たちの前に着水した。
それはウシャンカを被り、コートを纏った男であった。
背負う巨大な艤装。その砲口径は41cm級、長砲身の三連装砲と連装砲が2基ずつの10門の砲である。対空火器も充実しているが、それ以上に装甲の厚さが目立つ。恐らく装甲は対41cm防御よりも分厚い。また、どういうわけか船尾と思われる個所は他よりも肉厚で、『何か』が入っているようにも見える。
そしてどうしても目を引くのは右手に装備したドリルだ。
そんな何もかもが異質すぎる、そして隠しようもないほどの強者のオーラをまき散らす男の登場に声も出ない。
そんな中、長門が口を開く。
「やはり帝都侵攻部隊に配備されていたか、レムリアの万能戦艦。
私の名は長門、貴様も名前ぐらい名乗ったらどうだ?」
「……いいだろう。
私の名は帝都侵攻艦隊旗艦『ソビエツキー・ソユーズ』、レムリアの誇る最強の艦、万能戦艦の一隻!!
偉大なる我が祖国レムリアの命により、地上勢力の重要拠点『帝都』を破壊し、貴様らや裏切り者どもを沈める!!」
その言葉とともに男……『ソビエツキー・ソユーズ』から圧倒的なまでの殺気が放たれた。しかしそれを前に、長門はどこかおどけた様に言う。
「素晴らしい肩書だが、その割に今の今まで友軍がやられていても前には出てこなかったのだな」
「司令からの命だ。
それに……このような作戦、私1人で完遂できる」
「まったく……『モンタナ』といい、貴様らレムリアの万能戦艦は少々、自意識過剰が過ぎるようだな」
「何?」
そこで始めて『ソビエツキー・ソユーズ』は長門の言葉に眉をひそめた。
「貴様、何故『モンタナ』の名を知っている?
万能戦艦の存在自体はそこの裏切り者どもから知ることができるだろう。だが我々が進水し、名前がついたのはそこの裏切り者たちがいなくなった後だ。
貴様らが知り得る情報ではないはずだが?」
その言葉に、長門はニヤリと笑って答えた。
「それは無論、『モンタナ』本人に直接聞いたからだ。
『モンタナ』が沈む前にな」
「『モンタナ』を沈めただと? ふん、悪い冗談だな。
我ら万能戦艦が通常艦ごときに沈められるはずが無い」
「ほぅ……では私が『モンタナ』の名を知りながら、今この場に生きていることはどう説明する?」
「……」
その言葉に『ソビエツキー・ソユーズ』は押し黙る。
確かに裏切り者の始末を任務としていた『モンタナ』が、裏切り者と目撃者である艦娘を沈めずに見逃すということなどありえるはずもなく、『モンタナ』から逃げ切れるとも思わない。そうなると目の前の長門の言葉にも信憑性が出てくる……。
思案する『ソビエツキー・ソユーズ』、そこに長門は笑って答えた。
「ふっ……『モンタナ』を私たちが沈めたというのは冗談だ。
もっとも、沈んだというのは嘘でも何でもないがな」
「バカな、我らは偉大なレムリアの科学の粋、万能戦艦だ。
それを倒せるような戦力が地上にあるはずが……」
その時、『ソビエツキー・ソユーズ』の後方から接近中だった艦隊から爆発音が響き渡る。その音に『ソビエツキー・ソユーズ』は振り返り、そして見た。
巨大なドリルを持つ、その姿を。
「ば、バカな!? 何だ『アレ』は!?」
~~~~~~~~~~~~~~~
もうもうと立ち込める水しぶき……敵艦隊に対して増援として送られた深海棲艦隊は突如として上がった水しぶきに、思わずそちらの方を見た。そしてそこに、その姿を見る。
大和型と金剛型を足したような超巨大艤装、それを見に付けるのはまだ幼さを残した少年だ。
まるで羽のように背に背負うそれには凶悪な輝きを放つ51cm4連装砲が3基12門搭載されている。2基が左右の艤装に取りつけられ、1基を左手で構えている。
船体全体を覆う分厚い装甲、各所には対空火器が空に対して睨みをきかせ、副砲とパラボナアンテナのような機器が周辺に対して有無を言わせぬ威圧感を醸し出す。
船体左右には3連装の大型魚雷発射管が装備され、船体左右装甲にはそこにめり込むように埋まった、筒のようなパーツが見える。
そして極め付けが艤装からアームによって支えられ右手に接続されたドリルだ。
これこそが改造によって進化を果たした羅號の姿である。
「間に合った……」
改造を完了させ
羅號は長門たちに向かう新たな艦隊を認め、一気に高度を下げると派手な水しぶきを上げながら海面に着水する。
「各部チェック……オールグリーン。
テスト無しのぶっつけ本番、ここで武装の感覚を覚える!!」
羅號は改造後、何のテストも行わずにここまでやってきていた。そのため羅號はこの艦隊を相手に武装のテストを行うつもりなのである。
そんな羅號の考えも知らず、現れた羅號を敵と認識し深海棲艦隊は攻撃を開始する。
空を覆うように羅號に接近するのは深海棲艦の航空機だ。
しかしそれを意にも介さず、それどころか丁度いいとばかりに羅號は滑らかに自らの新たな力を使う。
「リボルバーシリンダー、展開!!」
その言葉とともに、船体左右側面にめり込むように埋め込まれた筒が左右に展開した。
それはその名の通り、銃の
「リニアカタパルト準備よし!
特殊戦闘機『氷龍』、発艦始め!!」
羅號の号令の元に発艦が始まった。
電磁力を利用したリニアカタパルトでリボルバーシリンダーから高速で『氷龍』が射出されると、リボルバーシリンダーは本当にリボルバー拳銃のように回転、次の『氷龍』が射出される。
左右から各6機、計12機の『氷龍』が瞬く間に発艦した。そしてリボルバーシリンダーが一度艦内に戻ったかと思うと再び展開、同じように12機の『氷龍』が射出され、合計24機からなる『氷龍』が猛然と敵航空機群に向かっていく。
その速度は尋常ではない。それもそのはず、『氷龍』はその後部から炎を吐き出していた。そう、『氷龍』はジェット機なのである。
超音速飛行可能な、低深度ならば水中からでも発艦できる、超特殊ジェット戦闘機がこの『氷龍』なのだ。
最高速度がまるで違う『氷龍』はヒットアンドアウェイで敵航空機の群れを引き裂いていく。その様はまるで、小魚の魚群を喰い散らかす肉食魚のようだ。
だが敵航空機の数は圧倒的に多い。『氷龍』の攻撃から生き残ったものが攻撃のために羅號に殺到する。
しかし羅號は慌てることなく、次の指示を出す。
「各速射砲、自動迎撃機銃、対空射撃はじめ!!」
羅號の各所から火線が伸び、それが正確に敵航空機を叩き落とす。
羅號のただでさえ高性能だった電探は改造によってさらに強化され、それと連動して対空兵器が自動的に敵を攻撃する。その対空防御に穴は無い。
結局、敵航空機群に投弾に成功した機体は1機もなくすべて火の玉になって海へと墜ちた。
その惨状を目の当たりにし航空機ではどうしようもないと悟ったのだろうか、砲雷撃戦のために敵水上艦が接近する。
羅號に向けて大小さまざまな砲が火を噴いた。しかし、羅號はそれに臆することなく突撃を開始する。
羅號の心臓とも言える『零式重力炉』が咆哮を上げ、その莫大な出力を推進力に変換した羅號は一気に加速した。それによって敵の攻撃を振り切ると、羅號は攻撃を開始する。
「全力射撃、薙ぎ払え!!」
12門の51cm砲が吼え猛り、敵の戦艦級の装甲を容易く喰い破る。
15.5cm3連装速射砲が敵を文字通りの蜂の巣にし、熱線と冷凍光線が敵を切り裂く。
目を見張るべきはその連射速度だ。51cmの主砲は約8秒に一度の斉射を可能にしていた。副砲である15.5cm3連装速射砲は一門につき分間20発という狂った速度で連射され弾が途切れない。
羅號は改造によって、強力な自動装填装置とエネルギー伝達システム、そして冷却システムが装備された。そのため実弾の高速連射が可能となり、光線兵器も高出力・長時間の使用が可能になったのだ。
だが、羅號の力はそれだけではない。
「!? 海中、ソナーに感!!」
やはり海中には敵の潜水艦も潜んでいたようだ。しかしそれにも羅號は慌てることなく応じる。
「対艦・対潜誘導魚雷、発射!!」
羅號の両脇の3連装大型魚雷発射管が動き、魚雷が発射される。魚雷は高速で水中を突き進み、まるで意思を持つかのように自分で向きを変えながら敵へと向かっていく。しばしの後、水中爆発による水柱が上がると、海面には油と黒い残骸が漂ってきた。羅號の魚雷が敵潜水艦を撃沈したのだ。
対艦・対潜誘導魚雷は羅號の武装の中では派手さはないが、それでも威力は通常の酸素魚雷の1.5倍以上に相当するという規格外だ。しかも誘導による高い命中率も期待できる武装である。さらには羅號が水中潜航中でも使える唯一の射撃兵装であった。
「あとは!!」
大型アームに支えられた超硬度ドリルに羅號が右腕を突き刺すように接続させる。羅號の魂とも言える復活したドリルが唸りを上げて回転を始めた。
「だぁぁぁぁぁぁ!!」
羅號がドリル
ドリルが触れた敵が文字通りの粉々になっていく様はまさに鎧袖一触だ。その間にも各種火器は絶えることなく射撃を続けていく。
敵とて黙ってやられているわけでもなく、必中距離とも言える距離で砲撃を加えるがそれは羅號に触れることなく弾かれる。強化された羅號の『磁気シールド』がその攻撃を弾いたのだ。
圧倒的な連射速度を得た主砲と副砲。
高出力・長時間持続の光線兵装。
濃密で正確な火線を形成する対空火器。
さらに高性能化したレーダーとソナー。
潜水状態でも使用可能な、大型対艦・対潜水誘導魚雷。
計24機からなるジェット戦闘機隊。
強化された防御機構、『磁気シールド』。
そして……より回転率の高まった超硬度ドリル。
これこそが改造によって復活・強化された羅號の姿だ。
そんな羅號の前に深海棲艦隊などすでに物の数ではない。気がつけば羅號の周囲にいた敵は海上から姿を消した。水中にも生き残った敵など存在していない。
「全システム、オールグリーン……」
改造後始めての全力運転だというのにほとんどストレスのない艤装に満足げに頷くと、羅號は離水を開始する。
目指す先はただ一つ、先行した長門たちの元、姿を表した敵『ラ級』の元だ。
「いくよ、みんな!!」
~~~~~~~~~~~~~~~
「バカな!? 『アレ』は万能戦艦!?
地上の科学力で万能戦艦が造れる訳が無い!
それが何故、存在する!?」
「そうだな、貴様の言う通り今の地上にはそんな科学力はない。
だが……その程度の些細なことなど、母と愛と執念と妄執でぶち壊す『奇跡』を起こした女がいたのだ。
そしてその『奇跡』が……今、すんでのところで間に合ってくれた」
そして長門は未だに驚愕する『ソビエツキー・ソユーズ』に、どこか憐れむように言った。
「貴様らの指揮官は無能だな。
戦闘とは必要となれば持てる戦力を集中し、一気に終わらせるのが最善だ。
正直、貴様が最初から戦線に投入されていれば我々に勝ち目などなかっただろう。
だが、貴様の指揮官はどんな意図があったのか知らんが、いくら補充の利く戦力だからと戦場において愚かな選択である戦力の逐次投入を行い続けた。
そして戦場において最も重要な『時間』を浪費し続け……我ら人類の『希望』が間に合ったのだ!」
そして……派手な水しぶきを上げながら羅號が『ソビエツキー・ソユーズ』に相対するように着水する。
「さぁ羅號! 名乗りをあげてやれ!
お前という人類の『希望』の名前を、誰もが知るように轟かせろ!!」
「うん、長門ママ!」
新たな母である長門の言葉に頷き、羅號は名乗りを上げる。
「僕の名は大和型4番艦、万能戦艦『羅號』!
父と母の無限の愛で造られた、いつかの平和の海のために戦う人類のための万能戦艦だ!!」
帝都攻防戦の最終決戦、万能戦艦同士の戦いの幕が今、切って落とされようとしていた……。
おめでとう、羅號は羅號改になりました。
ますますチートに磨きがかかりましたが……原作を知っているとかなり控えめにしていると分かってもらえると思います。
いわば羅號が『羅號最初期型』で、羅號改が『羅號OVA版改装後仕様(弱体化)』といった感じですね。
次回もよろしくおねがいします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
業火 帝都炎上(その5)
というわけでついに帝都炎上編の最終決戦、羅號VSソビエツキー・ソユーズの戦いになります。
相変わらずのトンデモバトル。そして炸裂する羅號の必殺兵装。
お楽しみに。
日本の命運、ひいては世界の命運を左右するであろうレムリア深海棲艦隊による帝都侵攻作戦。
その最終局面、ついに双方の最大戦力である『万能戦艦』が対峙した。
「我らレムリア以外を生まれとする万能戦艦だと!?」
その事実に『ソビエツキー・ソユーズ』は驚きの声を上げるが、すぐに冷静さを取り戻す。
「なるほど……万能戦艦が敵戦力に存在するのなら、モンタナが撃沈されたことも頷ける。レムリアにとってはこの上ない脅威だ。
しかし……貴様の誕生は偶然による奇跡だと判断した」
『ソビエツキー・ソユーズ』はその聡明な頭で、羅號の存在を奇跡の産物だと看破する。つまり、地上には羅號に代わる戦力など存在しない。
「『奇跡』は2度も3度も起こりはしない。
ここで私が討ち取り、祖国に害為すかもしれん芽を潰す!!」
「こっちだってママやみんなの故郷である日本を、これ以上やらせない!!」
羅號と『ソビエツキー・ソユーズ』の主機『重力炉』が唸りを上げて、2隻の万能戦艦が宙に浮いていく。
「ママやみんなを守るため、砕けろレムリアの万能戦艦!!」
「偉大なる祖国のため、消えろ人類の万能戦艦!!」
そして2隻は空中で戦闘を開始した。
その様子を海上から眺める艦隊、ややあって長門はことの成行きを見守り呆然としていた榛名たち退役艦娘艦隊に向き直る。
「母様、羅號が敵ラ級の相手をしている間に、我々は残った敵通常戦力を叩きましょう」
「ええ、それは異存ないのだけど……有希、あの子さっきあなたのことを『ママ』って……」
幾分困惑した榛名の言葉に、長門は胸を張って答える。
「あの子は羅號。
この腹を痛めて産んだ子でないのは事実ですが、それでも羅號は私の自慢の息子です、母様!」
その迷いない力強い言葉に、榛名は頷く。
「そう……。
有希が生きていてくれたばかりでなく、可愛い初孫までできるなんて……これほど素晴らしいことはないわ」
長門の言葉に、目じりに涙を溜めて感極まる榛名の隣で、瑞鶴がいたずらを思いついたかのようにニヤリと笑うと、戦友たちに振り返って叫んだ。
「みんな聞いた? 榛名に初孫ができて、ババァ一番乗りだそうよ!」
「ちょ! 瑞鶴!!」
慌てて口を挟もうとするものの、仲間たちも面白がって言葉を返す。
「榛名さん、初孫おめでとうございます!」
「榛名さんもこれでおばあちゃんだねぇ」
「流石は我らが旗艦ですわ。
おばあさま一番乗り、おめでとうございます」
「駆逐一同、榛名さんのおばあちゃん一番乗りにお祝い申し上げます!」
羽黒・北上・熊野・陽炎と次々と戦友たちがニヤニヤと笑いながら、わざとらしいお祝いの言葉を述べてくる。
「おめでとう、おばあちゃん!」
「瑞鶴……ッ!!」
いくらなんでもさすがに戦友たちからの『おばあちゃん』の連呼は心にくるものがあり榛名は瑞鶴を睨む。その視線は黒い殺気がオーラのように見え、トラック・レムリア聯合艦隊はヒヤヒヤするが、とうの瑞鶴は慣れたもので気にせず笑っている。そして一しきり笑い終えると、再び瑞鶴は戦友たちに振り返った。
「それじゃ榛名おばあちゃんに戦友一同でお祝いしないとね。
あんたたち、補給作業は終わったでしょうね!!」
「「「「当然!」」」」
その答えに満足そうに頷くと、彼方の深海棲艦隊、『帝都侵攻艦隊』の本隊を指差す。
「あのアホどもにさっさと海の底にお帰り願ってから宴会よ!
全員、つづけぇぇぇぇぇぇ!!!」
「「「「了解!!」」」」
その声とともに補給を終えた瑞鶴たちが出撃していく。
「ちょっと、みんな!!」
一呼吸おいて、補給を完了させた榛名もそれに続いた。
「我らも行くぞ!!
明石以下補給隊は後方に退避、他は敵に対して突撃を敢行する!!
我らのあの『伝説』の大先輩たちの前だ、みっともないところを見せるなよ!!
突撃ぃぃぃぃ!!」
「「「「了解!!」」」」
「此方モ行ク!
『ちぃ』以下駆逐5隻は補給隊ヲ護衛、残りハ突撃!!
我らレムリア亡命艦隊の力、見せツケろ!!」
「「「「了解!!」」」」
榛名たち『もっとも古い伝説』に導かれるように、トラック・レムリア聯合艦隊も敵に向かって突撃していく。
未だに数の上では彼我兵力差は圧倒的に敵に有利だ。しかし、一気に士気が上がった彼女たちには敗北など微塵も考えてはいない。
今、敗北に大きく傾いていた帝都攻防戦の天秤は、ゆっくりとその様子を変えていくのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
横須賀正面海域上空に巨砲が響く。
「51cm砲、全力斉射! 薙ぎ払え!!」
「全門斉射!! 奴を沈めろ!!」
羅號と『ソビエツキー・ソユーズ』が激しい砲撃戦を展開していた。巨砲から放たれた砲弾が互いの磁気シールドにぶつかって弾けて消える。高速で空を飛び回りながらの砲撃戦、まさに万能戦艦の本領とも言える戦いだ。
しかし、その砲撃性能には羅號の方に軍配が上がる。
「ぐっ! これが51cm砲の威力か!?」
自身に襲い来る衝撃に、『ソビエツキー・ソユーズ』は憎々しげに吐き捨てる。
『ソビエツキー・ソユーズ』は長41cm3連装砲2基、長41cm連装砲2基という計10門の主砲を装備する戦艦だ。しかしその防御装甲については対41cm防御ではなく、対46cm防御相当のものを採用した重防御艦だ。しかしその防御装甲も、それ以上の大威力を持つ羅號の51cm砲に対しては完全には防御しきれない。逆に対51cm防御の装甲を持つ羅號に対しては、『ソビエツキー・ソユーズ』の長41cm砲は決定打にはたりなかった。
だが、羅號の能力はそれだけではない。
「それにこの砲連射速度に砲撃の正確性はなんだ!?」
重量の軽い『ソビエツキー・ソユーズ』の41cm砲の方が装填速度は速く時間当たりの砲攻撃力では負けはしないと『ソビエツキー・ソユーズ』は考えていたが、その認識はすぐに改めさせられる。羅號が改造によって手にした自動装填装置が装填速度の高速化を成功させ、結果として時間当たりでの砲攻撃力で『ソビエツキー・ソユーズ』に大きく勝るものになったのだ。
さらにその砲撃精度の凄まじさも尋常ではない。
超高性能レーダーと連動した51cm砲は、飛び回るジェット特殊戦闘機『氷龍』による観測によって凄まじく精度を上げていた。
「なんという総合力とバランス!
これが地上の万能戦艦の性能か!?」
冷静に羅號の性能を分析する『ソビエツキー・ソユーズ』、その中に『所詮地上の万能戦艦』などという侮りは無い。
やがて煙によって視界を完全に防がれ、羅號と『ソビエツキー・ソユーズ』双方の砲撃が一時止む。
煙が晴れると、羅號と『ソビエツキー・ソユーズ』はともに健在だったが、その様子は大きく異なっていた。
羅號は左肩の主砲塔への攻撃によって砲身が2本折れ曲がり、稼働可能な主砲数が10本に減じている。しかしそれ以外は自動迎撃機銃数基が吹き飛ぶくらいのもので、そこまで大きな損傷は生じていなかった。
一方の『ソビエツキー・ソユーズ』の様子は違った。長41cm3連装砲の1基に被弾し、ターレットが歪んでいた。これでは砲の旋回など不可能だろう。これによって稼働可能な主砲数を10本から7本に減じている。
だがそれだけならば、それほどの問題でもなかった。『ソビエツキー・ソユーズ』にとって一番の問題は他の損傷である。
『ソビエツキー・ソユーズ』の被っていたウシャンカが吹き飛び、流れる血が『ソビエツキー・ソユーズ』の右の顔面を赤く濡らしていた。あのウシャンカは『ソビエツキー・ソユーズ』のレーダー部の艤装でもあるのだ。レーダーに損傷を受けたことによって射撃精度が大きく低下してしまったのである。
どんな攻撃だろうと当たらなければ意味は無い。こちらの方が『ソビエツキー・ソユーズ』にとって主砲数が減ったことよりも問題だった。
「……なるほど、地上の万能戦艦『羅號』だったか。
認めよう、貴様の存在は祖国レムリアにとって脅威だとな」
ポツリと、しかしよく通る『ソビエツキー・ソユーズ』その声に羅號は背筋に冷たいものが走るのを感じる。
現状、羅號の有利は揺るがないはずだ。しかし羅號は艦息の勘で、『ソビエツキー・ソユーズ』にはまだ何かがあるのだと気付いた。
「私は如何なる理由があろうと任務を遂行する!
見せてやろう、この『ソビエツキー・ソユーズ』の真の力を!!」
『ソビエツキー・ソユーズ』のその言葉とともにその艤装、船尾にあたる部分に変化が現れる。不自然に肉厚になっていた装甲が開き、まるで羅號の『氷龍』発進用のリボルバーシリンダーのような装置が上下左右に4基展開される。そして聞こえ始める、キュィィィンという何かの音。
「右舷スラスター全開、急速回避!!」
羅號は本能的に感じ取った予感に従い、空中姿勢制御用のスラスターを全開にして緊急回避に入る。そしてその決断が羅號を救った。
ドンッ!!
爆発音にも似た音とともに、衝撃が羅號を掠める。もしも羅號が回避をしていなければ直撃を受けていただろう。
「うわぁぁ!!?」
その衝撃にあおられて崩したバランスをすぐに立て直す羅號。
「一体今の攻撃は……?」
今の一撃はあまりに強力だった。あれは磁気シールドの有無など関係無く、直撃を受ければ羅號でも一撃で間違いなく轟沈だ。
その正体を探るべく羅號は視線を巡らせるが、その場には『ソビエツキー・ソユーズ』はいない。
「ま、まさか……!?」
レーダーを見れば、『ソビエツキー・ソユーズ』の反応が高速で移動している。そして羅號はその視線の先に『ソビエツキー・ソユーズ』を見つけた。『ソビエツキー・ソユーズ』は炎の尾を引きながら空を舞っている。
それは……。
「ジェットエンジン!?」
そう、『ソビエツキー・ソユーズ』のせり出した4基の装置は大型ジェットエンジンだったのだ。それによるドリル
「これこそが偉大なる祖国レムリアが私に与えてくださった力だ!!
このスピードについてこれる存在などいない!!」
羅號とて重力制御飛行でかなりの飛行速度は出せるが、今のジェットエンジンを起動させた『ソビエツキー・ソユーズ』はその比ではない。その差はまるでレプシロ戦闘機とジェット戦闘機のようだ。
羅號に向かって、旋回しながら再び『ソビエツキー・ソユーズ』が迫る。
「左主砲斉射と同時に左舷スラスター全開!!」
羅號の51cm砲が吼えるが、その砲弾は『ソビエツキー・ソユーズ』を捉えきれない。しかし主砲発射時の反動とスラスターの併用によって、『ソビエツキー・ソユーズ』の必殺のドリル
「なかなかやるな。
しかし、この速度差でいつまで避けられるかな?」
「くぅ!?」
羅號の額に冷たい汗が一筋流れる。
『ソビエツキー・ソユーズ』の真の力を前に、羅號は窮地に陥っていた……。
~~~~~~~~~~~~~~~
空中からの派手な爆発音が響き、弾薬補給に一時戻っていた長門は空を見上げる。そして見えた光景に長門は悲鳴のような声を上げた。
「ら、羅號!?」
羅號の左肩に存在する51cm四連装砲塔が炎を上げて吹き飛んでいた。
だがその爆発の衝撃で羅號は高速で突っ込んでくる『ソビエツキー・ソユーズ』のドリル
その様子にホッとする長門だが、すぐに何一つ安心できる状態ではないことを思い出す。
「ら、羅號ッ!!」
「ラゴウッ!!」
「何をするつもりだ、朝潮!!」
同じく補給に戻っていた朝潮と補給隊の護衛をしていた『ちぃ』が羅號の危機に空中に向けて砲を向けるが、長門がそれを止める。
「何をするんです、長門さんッ!?
羅號を、羅號を早く援護しないと!?」
「ナガト、ドクッ!!」
「落ちつけ朝潮! 『ちぃ』!!
……悔しいが我々の砲では、敵ラ級をまともに傷付けることはできん」
握りしめた拳を震わせながら、悔しげに長門が呻く。
そう、2人の砲撃では電磁シールドに阻まれ、『ソビエツキー・ソユーズ』に傷一つ負わせられないのだ。そればかりか、ともすれば羅號を更なる危機に陥れる可能性すらある。
「でもっ! でもっ!!」
「ラゴウがっ!?」
長門の言葉を理解はできても、目の前の羅號の危機に朝潮と『ちぃ』は冷静さを無くして泣きだす寸前だ。
「我々に……もっと力があれば!!」
長門が血を吐くように呻いた。
だが、その時だ。
「こんなこともあろうかとぉぉぉぉぉ!!!」
戦場にそんな声が響く。その声の主は……。
「明石か……」
声の主は明石だ。
「やっと言えた……お父さん、これで私も一流のメカニックだよね」
彼女は自らの言葉に何か感極まったように、彼方に向けて何やら呟いている。だがすぐに真剣な表情に戻って長門に言った。
「ありますよ。
私たちが……長門さんがあのラ級にダメージを負わせられるだろうものが!!」
そして明石が取り出したものは……。
「それは?」
「これは、羅號くんが開発で引き当てた特殊砲弾です!」
「何ッ、羅號の開発したものだと!?」
そう、それは
「対艦・対空特殊砲弾……だと!?」
すぐにそのデータを呼び出した長門はその内容に驚愕する。
あの羅號の開発したものだと言うからとんでもないものだろうとは思っていたが、思った通りのとんでもない代物だった。
確かに、これならば『ソビエツキー・ソユーズ』にもダメージを与えられるだろう。
「工作艦の激ウラ技ですが、ここで長門さんに『コレ』を装填することはできます。
しかし……」
そこまで言って、明石は顔を曇らせる。
「これは羅號くんの開発した試作品のようなもの。
弾数は……たった1発です」
「なん……だと……!?」
敵ラ級である『ソビエツキー・ソユーズ』はジェットエンジンによって、常識外の速度を誇っている。それに一発で当てろというのは神業に等しい。そして、残念ながら長門にはそれだけの神業をこなす技量は無い。
そのとき、横から声が掛けられた。
「ならば、それを私の砲に装填してください。
私が撃ちます!」
「母様!」
それは同じく弾薬補給に戻った榛名だ。
孫の危機と聞き即座に榛名は志願するが、明石は首を振る。
「榛名さんの技量ならできるかもしれませんけど……砲口径的に装備できるのは長門さんの41cm以上の砲だけで、榛名さんの旧式35.6cm砲では装填できないんです」
せっかくの羅號の危機を救えるかも知れない装備だが、長門では技量が足りず、技量の足りる榛名は装備が出来ないのだ。
その話を聞いた朝潮と『ちぃ』は目の前が真っ暗になったような感覚に襲われるのだが、しかし長門と榛名は互いに顔を見合わせ頷いた。
「……ならばやることは一つですね。
有希!!」
「はい、母様!!
明石、私の砲にその砲弾を早く装填しろ!!」
「な、何をするつもりなんですか?」
言われたままに長門の砲に特殊砲弾を装填しながら、明石が問う。
「何ということはありません。
私が狙いを定め……」
「私が引き金を引く、それだけのことだ!」
そう、2人は榛名が狙いを付け、長門が発射を行うという役割分担をすることにしたのである。
「有希、砲の照準を私に!」
「わかりました、照準、母様に任せます!」
長門の砲が、榛名によって旋回されて狙いを定めていく。
針の穴を通すような集中による調整……そして、榛名が叫んだ。
「今です! 有希!!」
「羅號ぉぉぉぉぉぉ!!」
ドゥン!!
轟音とともに、一発の砲弾が空に向かって放たれた。
~~~~~~~~~~~~~~~
「くっ!?」
羅號は今、間違いなく追い詰められていた。『ソビエツキー・ソユーズ』の速度の前に、攻撃が全く当たらないのだ。
よしんば当てられたとしても、『ソビエツキー・ソユーズ』の耐久力を考えれば1発2発では戦闘不能に追い込むことはできないだろう。逆に『ソビエツキー・ソユーズ』のドリルの直撃を受ければ一撃でおしまいである。なんとも馬鹿げたダメージゲームだ。
(動きを止めることさえできれば……『アレ』を使えるけど……)
実は羅號にも秘策はある。改造によって手に入れた、未だに見せていない力だ。その威力は必殺のドリル同様、相手を一撃で大破できるだけの力を持っていると確信している。しかしそれは絶大な威力を誇る半面、問題も抱えているものなのだ。
(あれは、『絶対に命中させないといけない』……)
そんな制約のため、現状では使うに使えない。
だからこそ羅號は回避に全神経を集中させて機会をうかがうが、『ソビエツキー・ソユーズ』は並大抵の相手ではない。ゆっくりと、しかし確実にそのドリルは羅號を捉えんと迫る。
そして、ついにその切っ先が羅號を捉えた。
「これで終わりだ!!」
「!?」
度重なる使用でついにオーバーヒートしてしまった羅號のスラスター、その冷却時間を狙った『ソビエツキー・ソユーズ』のドリル
(回避は……駄目だ、間に合わない!!
こんな手、本当はやりたくないけど……!)
瞬時に回避が不可能であることを悟った羅號は、その度胸と持ち前の思い切りの良さである決断を下した。
「第三砲塔、弾薬庫着火!!」
ドゥゥン!!
「ぐぅ!?」
「何ぃ!!?」
響き渡る爆発音とともに、必中を確信していた『ソビエツキー・ソユーズ』のドリルが虚しく空をきった。見れば、羅號の左肩に位置する51cm四連装砲が炎を噴きながら、砲塔から吹き飛んでいる。
なんと羅號は51cm四連装砲を自爆させ、その反動によって『ソビエツキー・ソユーズ』のドリル
「何と言う往生際の悪さだ!
だが、そんな奇策など何度もできるものか!!」
『ソビエツキー・ソユーズ』の言う通り、これは羅號にとっても苦肉の策だ。羅號のダメージも大きく、砲塔1基を犠牲にしたため攻撃力の減退も著しい。しかし、それをしなければ今ので終わっていたのだから仕方ない。
そして、当然だがこんな緊急措置は何度も使えるわけがない。
「今度こそトドメだ!!」
大きく旋回しながら向かってくる『ソビエツキー・ソユーズ』。
「こうなったら!!」
羅號は一か八かで自身もドリルを構え、正面からのドリルで受け止める覚悟を決めた。
その時だ。
「羅號ぉぉぉぉぉぉ!!」
「長門ママッ!!」
遥か海上から聞こえた長門の声。同時に発射された砲弾が『ソビエツキー・ソユーズ』の真正面で炸裂した。
「ふんっ! この万能戦艦に通常艦艇の攻撃など……何ッ!?」
展開された電磁シールドに阻まれ空中で爆散する砲弾に、意にも介さず
爆散する砲弾の周囲の空気が瞬時に真っ白に変化していく。そして『ソビエツキー・ソユーズ』のスピードを支える4基のジェットエンジンが突如としてストップしたのだ。
「何だこれは!? ジェットエンジンが……凍りついている!?」
そう、白く見えたのは周囲の空気が一瞬で凍結してしまったためだ。そして吸気によってその空気を吸い込んでいたジェットエンジンは一瞬で凍りついてしまったのである。
「なんなのだ、これは!?」
突然の事態に混乱する『ソビエツキー・ソユーズ』。羅號はこの攻撃の正体に気付いた。
「これは……あの時開発で出てきた『95式対空対艦冷凍弾』!?」
『95式対空対艦冷凍弾』……これが羅號が
羅號の冷凍砲に匹敵する威力を誇る冷凍兵器である。その威力は一瞬にして周辺温度を-200度にまで低下させることが可能で、空中で爆発させれば三式弾のような対空兵器として、対艦として使えば敵を一瞬にして氷像に変える威力を誇る装備だ。
ただ大きな問題として、あまりにもコストが高いということが上げられるので色々な意味で難しい装備なのである。
とにかく、長門から放たれた『95式対空対艦冷凍弾』は『ソビエツキー・ソユーズ』に対してその威力を如何なく発揮したのだ。
「くっ、動きが!?」
各部が凍りついて空中で動きを大幅に鈍らせた『ソビエツキー・ソユーズ』に、羅號は自身の切り札の一つを切る。
左手に持つ51cm四連装砲を『ソビエツキー・ソユーズ』に向けて構える。動きの鈍った『ソビエツキー・ソユーズ』にはかわす術はない。
「第一主砲塔……プラズマ弾装填!
撃てぇぇぇぇぇ!!」
羅號の掛け声とともに、通常弾とは明らかに違う砲弾が発射される。
『ソビエツキー・ソユーズ』は電磁シールドを発生させてその砲弾を防ぐが、その瞬間……空に太陽が生まれた。
「うぐぁぁぁぁぁぁ!!?」
熱波と衝撃波の直撃に『ソビエツキー・ソユーズ』が絶叫する。
一定範囲内の空間をプラズマ化させ、その超高熱と衝撃によって敵を打ち砕く防御不能の特殊砲弾、それが羅號の切り札である『プラズマ弾』だった。
強力無比である『プラズマ弾』だが、その特性上目標を外した場合に被害が甚大なものになること、そして……。
「第一主砲塔、パージ……」
砲身すべてがドロドロに溶けてしまった左手の51cm四連装砲を羅號は切り離す。『プラズマ弾』はその発射にも高熱を発生させ、砲塔を犠牲にしなければならないのだ。そのため最大で3発しか撃つことができず、撃てば撃つだけダメージを受け、しかも攻撃力まで落ちていくという諸刃の剣なのである。
『プラズマ弾』の熱波が引き、煙の向こうから『ソビエツキー・ソユーズ』の姿が見えてきた。
「ぐっ……うぅ……」
その姿は控えめに言っても満身創痍なのは明らかだった。
『ソビエツキー・ソユーズ』の身体は焼け爛れ、艤装は熱波による高温で構造物のことごとくが融解している。完全な形を残していること、そして空中浮遊能力を失っていないのはさすがはラ級万能戦艦だが、戦闘力はすでに残されてはいまい。
「もう勝負はつきました。 降伏をして下さい」
そう言って羅號は降伏を促すが、その羅號に満身創痍の『ソビエツキー・ソユーズ』はニヤリと笑った。
「……ふん、確かに戦いは貴様の勝ちだろう。それは認める。
だが……だが、それでも任務は達成される!!」
そう断言すると、『ソビエツキー・ソユーズ』は反転し飛行を開始する。その視線の先にあるのは……帝都。
「まさか!!」
「そのまさかよ!
帝都中心で私の重力炉を自爆させればどうなるか……帝都は灰塵に帰し、私の任務は達成される!!」
「くっ!?」
慌てて羅號は『ソビエツキー・ソユーズ』の後を追うが、最後の力を振り絞る『ソビエツキー・ソユーズ』は推進器から炎が噴き出るのもお構いなしで速度を上げ、羅號は追い付けない。
「祖国ばんざーい!! レムリアばんさーい!!!」
叫びながら突き進む『ソビエツキー・ソユーズ』、このままでは帝都に侵入されるというその時だ。
ドゥン! ドゥン!! ドゥン!!!
「がぁ!?」
上と下から同時に衝撃が走り、『ソビエツキー・ソユーズ』の足が止まる。殺意の籠った視線を巡らせれば、海上には砲から硝煙を棚引かせる榛名と、弓矢を放った形で構える瑞鶴の姿があった。
瑞鶴の艦爆隊が空中移動目標である『ソビエツキー・ソユーズ』に上から爆弾を直撃させ、同時に榛名が『ソビエツキー・ソユーズ』を下から砲撃したのだ。
その瞬間に『ソビエツキー・ソユーズ』は悟る。
「ぐっ!!
甘く見ていた……通常艦艇など、我ら万能戦艦の敵ではないと……。
その慢心が……最後に任務を失敗に導いた!!」
足の止まった『ソビエツキー・ソユーズ』の側面から、羅號がドリルを構えながら突進する。
「だぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐがぁぁぁぁぁ!!?」
横からの羅號のドリルは『ソビエツキー・ソユーズ』の真芯を抉っていた。『ソビエツキー・ソユーズ』の艤装中枢を貫きながら、羅號はそのまま最大出力で『ソビエツキー・ソユーズ』を押しながら海上まで運び出すと、そのまま海へと叩きつける。
海中に沈みながら、羅號はドリルを抜いて浮上を開始した。
「ぐぅ……レムリアに栄光あれぇぇぇぇぇ!!!」
そして『ソビエツキー・ソユーズ』は海中に没しながら、大爆発を起こす。
水中爆発によって立ち上る水柱。ややあって、ゆっくりと羅號が海面に浮上してくる。
「敵ラ級万能戦艦……撃沈……」
羅號は海上へと立つが、今までの激戦と、最後の『ソビエツキー・ソユーズ』の爆発による衝撃を受けていたためところどころから黒煙を噴いていた。
「らーくんっ!!」
「羅號!!」
「ラゴウ!!」
聞こえる声に視線を向ければ、いつもの3人娘が羅號の元に駆け寄ってきていた。
それに応えるように羅號は微笑みながらゆっくりと手を上げる。
「勝ったよ、みんな……」
そんな羅號にむかって速度を上げるローと朝潮と『ちぃ』に、疲労と怪我で廻らない頭で羅號は考える。
(……今飛び掛かられたら沈むんじゃないかな、僕)
……沈みはしなかったが、その
羅號は痛みで離れそうになる意識を必死に手繰り寄せながら、それでも自分を心配してくれる少女3人に微笑みかけるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
羅號が万能戦艦同士の戦いを制した頃、もう一つの戦いも終わりを告げようとしていた。
「……まさか、私の人生をかけた計画がこんな風に潰えるとはな」
クルーザーの壁に寄りかかるように座ると自嘲気味に呟き、男は胸元を弄る。
男の名は君塚、レムリアと内通しこの戦いを引き起こした男だ。
帝都侵攻艦隊の旗艦である『ソビエツキー・ソユーズ』が撃沈されたことで、帝都侵攻作戦の成功は無くなった。残った艦隊は数には勝っていても、練度においては明らかに相手より下だ。それでも指揮官の指揮と連携によって戦うこともできるだろうが、それに関しても相手のほうが一枚も二枚も上手である。
絶対の自信を持っていた長年の計画が予測不能のイレギュラーが重なったことで崩れ去る……笑いを漏らしながら懐の煙草を取り出すが、それは赤くべっとりと濡れていて、とても火が付きそうにない。
君塚の胸には鉄の塊が突き刺さっていた。付近の護衛が爆発したときにその破片が君塚に直撃したのだ。肺まで達するその傷は、もはや致命傷である。
「最後に煙草の一本も吸えんとは……」
そう呟いてからゴボリと血を吐くと、憎々しげに血に濡れて役立たずに成った煙草を投げ捨てる。
すると、その投げ捨てた煙草の先に誰かが立っていた。
君塚はゆっくりと視線を上げる。
そこにいたのは……。
「ああ……私の最後には君が来るのか、八重さん……」
榛名が君塚を見下ろしながら立っていた。
「ふん……首謀者を捕えに来たのか?」
「……ええ、あなたにはこの事件の責任を取ってもらおうと思ったのですが……」
「生憎とこの様だ。
あと数分もせんうちに責任などとれん身体になるよ」
「……そのようですね」
榛名は即座に君塚の傷が致命傷であることを理解する。
死期を悟った君塚は、胸の内を吐き出すように榛名に話しかける。
「……私は自分が間違えたとは思っていない。
あのレムリアの力の前に、日本を存続させる方法は臣従のみだ。
私はそれを信じ、そのために行動した。
悔いなど、ない」
そこには一片の迷いも無かった。そう、心の底から信じているのだということがわかる。
そんな迷い無い言葉に、榛名は言葉を返した。
「……あなたは変わらないのですね。
間違えることも無く、ただ真っ直ぐに進む……その心の強さを、私は尊敬していました。
でも……あなたはいつも1人ですべてを決めていた……」
榛名の脳裏によぎるのは、古いあの日の光景。
秘書艦すら置かず、全てを自らの采配で指揮する君塚の姿。
「胸の内を話してほしかった。相談して欲しかった。一緒に歩むことを許して欲しかった。
でも、あなたはいつだってすべてを1人で決めていました。
だから私はあの人を……貴繁さんを選んだんです。
あの人はあなたから見れば間違いだらけの人、でも……一緒に泣いて一緒に笑って、一緒に歩むことを許してくれた。
……確かにつらいことも悲しいこともたくさんあった。
それでも……それを共有し、歩めた私は幸せでしたよ。
あなたも……その心を共有できる、誰かに自分の胸の内を吐き出すべきだったんです……。
そしてその誰かとともに歩んだのなら……別の結末もあったのだと思います」
そう榛名は悲しそうに言う。そんな彼女の言葉に君塚はしばし呆然としていたが、いつの間にか苦笑して皮肉げに口を歪めた。
「なるほど、共犯者をもう少し作っておくべきだったということだな。
次回の参考にさせてもらおう……」
「ええ、ぜひ参考にしてください」
そうして、榛名は君塚に艤装の機銃を構えた。
「……やってくれるのか?
正直、この痛みがしばらく続くのは願い下げだったのだ」
「ええ。
これは私を初めて指揮してくれた古き提督への、最後の御奉公ですよ……」
その言葉に、君塚はゆっくりと目を瞑った。
「……ありがとう、八重さん」
「ええ。
おやすみなさい、提督……」
パンッ……
~~~~~~~~~~~~~~~
「……榛名、終わった?」
「ええ……」
沈みゆくクルーザーから戻ってくる榛名に、瑞鶴は口にしていた煙草から紫煙を燻らせながら尋ねる。
君塚が致命傷なのはわかっていた。正直に言えば、瑞鶴も他の戦友たちも君塚のことは八つ裂きにしてやりたい気分だったのだが、榛名たっての頼みだったのでその最後を譲ったのである。
どうやら、この戦いの決着はついたようだ。瑞鶴がそう思っていると戻ってきた榛名が瑞鶴の隣に並び、スッと手を出した。
「何?」
「煙草、一本下さい」
言われて瑞鶴は懐から煙草を一本取り出して榛名に渡す。
榛名はその煙草を咥えると、瑞鶴が出したライターで火をつけて思い切り吸い込んだ。
「……ゴホッゴホッ!!」
「あーあ、慣れないことするから」
即座にむせ返る榛名に瑞鶴は苦笑する。
「……よくこんなどぎついもの四六時中吸えますね」
「これでも慣れるといけるの。
それにこの『少し明るい海』って銘柄、新埼玉の一部でしか売ってない激レアなんだからね。
せめて味わいながら吸いなさいよ」
榛名は少々涙目に成りながら瑞鶴とともに紫煙を燻らせていた。
そしてしばしの後、榛名は短くなった煙草を艤装に押し付けて火を消す。
「……もういいの?」
「線香一本……十分でしょう?」
「……そうね」
言ってから瑞鶴も煙草の火を消した。
「さて、戻りましょうか」
「ええ、後始末が待ってるわ」
そう言って榛名と瑞鶴は横須賀へと戻っていく。
こうして、帝都を襲った未曾有の大事件は収束した。
そしてそれは同時に、この戦争に大きな転機が訪れたことも意味したのだった……。
『95式対空対艦冷凍弾』
装備可能艦種:戦艦(41cm以上の大型砲を装備した艦のみ)
解説:羅號印の対空・対艦両方に使える特殊砲弾で、元々はとある航空兵器の兵装でした。
その力は強力で、最強なバーニング怪獣王でもカドミウム弾と併用すれば6時間も氷漬けに出来ます。
ただし非常に高価なので使いすぎに注意。使いすぎると来年度の防衛予算がゼロになります。
能力:火力+25
対空+20
対空弾、徹甲弾双方として扱える(弾着観測・対空カットインに対応)
補給時に消費される弾薬が5倍になる。
~~~
というわけで帝都炎上編完結です。
今回でやっと羅號は羅號(OVA改修後版)近くになりました。
あと使っていない武装と言えば、対艦・対空ミサイル群と艦首大型コンテナミサイルくらいかな?
……なんだこのチートは(驚愕)
今回の帝都炎上編の主役は羅號たちではなく、榛名を筆頭とした親世代の方を主役のように考えていました。
そのためママン‘S艦隊にいろんなネタを仕込んだりと描写に力を入れていれました。
加賀=サンや瑞鶴=サンの煙草に誰も反応してくれなかったのは悲しかったですが(笑)
特にラストの榛名・長門・羅號の、親子孫三代合体攻撃シーンは
『チートな主人公がたった一人で敵を蹂躙するのではなく、既存のキャラとの協力あって始めて強敵に打ち勝てる』
という、この手のチートものを書く上での私なりのルールを全面に押し出した感じにしてあって、個人的にもお気に入りです。
ほら、悟空と悟飯の親子合体かめはめ波って最高でしょ?(笑)
では次回もよろしくおねがいします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第九話終了時の登場人物紹介
……いろいろネタまみれ。
~~登場人物紹介~~
人類勢力サイド
―――
『
「静かな平和の海……人類の夢見た平穏への道はここにある!
全艦抜錨! 暁の水平線に勝利を刻め!!」
解説:
トラック泊地の長門(筑波有希)の実の兄であり、呉鎮守府総司令官である筑波貴繁海軍大将と榛名(筑波八重)の長男。
『二世世代』の特性として『提督』として極めて高い適正と指揮能力を誇っており、将来を嘱望されたヤングエリート。幼いころから父と母によって英才教育を受けており、海軍軍人として必要なものすべてを持っている。
かといって実務一辺倒の堅物軍人というわけではなく、所属する艦娘たちにも気配りのできる人物。艦娘たちを大切にすることで彼女らの信頼も厚くユーモアもあり、基本的に隙のない完璧超人。
また妹を溺愛しており、その戦死の報には泣き、生存の報には涙を流して喜ぶなど人間味にも溢れている。
部下でもあり幼馴染でもある艦娘、天城(天城貴子)と婚約中。
この戦争に区切りがついたところで結婚する予定である。
趣味は埠頭での釣りだが、下手の横好きで釣果はほとんどない。
釣り下手は完璧超人ともいえる彼の唯一の欠点ともいえる。
『航空母艦 天城』
「雲龍型2番艦、天城です。
この戦争の終わり……その先にある私たちの未来のためにも!
解説:
佐世保を預かる天城仁志海軍大将と、伝説的な戦果を上げた元『瑞鶴』の一人娘で『二世世代』の艦娘。
父の親友である筑波一家とは物心ついたころから家族ぐるみでの付き合いであり、長門(筑波有希)を幼いころから妹のように可愛がっていた。そのときからの交流もあり、筑波茂雄と婚約している。
艦娘として、そして婚約者として筑波茂雄を支え、
その能力は折り紙つきで、空母としてのアウトレンジ戦術で的確に敵艦隊を狙い、その命中率は頭2つほど飛び抜けている。
間違いなく
趣味はアロマキャンドル集め。
これは母の煙草の臭いを嫌ってアロマテラピーを日課にしていたところ趣味になってしまったものである。
―――退役艦娘艦隊―――
『戦艦 榛名』
「榛名は大丈夫です。
この国を護るため、もう一度戦いの海に還りましょう……」
解説:呉を預かる筑波貴繁海軍大将の妻であり、筑波茂雄や長門(筑波有希)の実母。
人間としての本名は筑波 八重(つくば やえ)。
夫を愛し子供たちを愛する良妻賢母の鑑のような人物で、筑波茂雄と長門(筑波有希)が優秀な『提督』と『艦娘』であることは彼女の血を引いたこと以上に、彼女の教育の賜物である。
戦友の瑞鶴(天城瑞貴)とは親友同士で、その昔もっとも過酷な戦いの海を駆け抜け、最武勲艦とも称された『生きた伝説』の1人。
ともに戦い抜いた戦友たちとはこまめに連絡を取り合い、その退役艦娘会の会長でもある。
実は帝都侵攻を指揮していた君塚は彼女の始めての提督であり、浅からぬ縁があった。
帝都侵攻に際して、退役していた戦友たちとともに地下ドッグに保管されていた艤装を纏って一時的に艦娘に復帰、過去と変わらぬ伝説的な強さを見せつける。
死んだと思われていた愛娘の生存、さらに羅號という孫までできたことに喜ぶが、『おばあちゃん』と呼ばれることに関しては胸中複雑な様子である。
『航空母艦 瑞鶴』
「……ああ、不味い。
あと何本吸えば終わるのかしらね……」
解説:佐世保を預かる天城仁志海軍大将の妻で、
人間としての本名は天城 瑞貴(あまぎ みずき)。
榛名(筑波八重)とは親友同士で昔もっとも過酷な戦いの海を駆け抜けた『生きた伝説』の1人。
結婚し艦娘退役後は空母艦娘適正者たちを教育する教官をしていた。
片時も煙草を離さず、暇があれば煙草を吸っているヘビースモーカー……と周囲には思われているが、実はそれほど煙草は好きではない。
彼女にとって煙草とは線香と同じであり、『死んだ知人を弔う儀式』として吸っている。しかし戦争によって絶え間なく知り合いや教え子たちが死んでいき、吸っても吸っても弔い切れない状態になっているため、一見するとヘビースモーカーのように見えているだけである。本人としては弔いが終わったら、いつでも煙草は止めていいとも思っている。
この死者の弔いに煙草を吸うという習慣はその昔彼女の師匠であった『加賀』がやっていた習慣であり、『加賀』の死後にその習慣を受け継いだ。
吸っている煙草の銘柄は『少し明るい海』というもので、これも『加賀』が好んで吸っていたことから吸い続けている。もともと
帝都侵攻の際には地下ドッグで保管されていた艤装を纏い一時的に艦娘に復帰、過去と変わらぬ桁違いの航空戦術を見せつける。
『重巡洋艦 羽黒』
「黒子ちゃん、お母さん頑張るからね!」
解説:榛名(筑波八重)たちとともに戦場を駆け抜けた、『生きた伝説』の1人。
人間としての本名は藤見 美羽(ふじみ みう)。
トラック泊地所属の鳥海(藤見黒子)の実の母。結婚後は艦娘を退役し前線勤務からは退いたが、海軍省主計課所属で未だに海軍に在籍している。
当時お嫁さんにしたい艦娘ナンバーワンと言われた彼女の夫は、彼女たちの所属していた鎮守府の憲兵で、現在は陸軍少将の地位についている。当時彼女がストーカー被害にあっていたところを助けたことから付き合うことになり、結婚に至った。
陸海軍の垣根を超えた恋愛であり、当時としては苦難の末の大恋愛だった。そのため酒に酔うと当時の惚気話をする癖があり、戦友たちはもちろん実の娘である鳥海(藤見黒子)ですら呆れ果てている。
帝都侵攻の際の爆撃で海軍省・陸軍省が焼かれ、彼女自身は運よく怪我はなかったものの夫が足の骨を折る重傷を負い、すでに届いていた娘の戦死の報もあって深海棲艦への怒りが頂点に達し、地下ドッグで保管されていた艤装を纏い一時的に艦娘に復帰、過去と変わらぬ戦闘能力で深海棲艦隊と戦う。
『重雷装巡洋艦 北上』
「ウチの娘に怪我させるなんて……。
あいつら、ギッタギタにしてやりましょうかねぇ!」
解説:榛名(筑波八重)たちとともに戦場を駆け抜けた、『生きた伝説』の1人。
人間としての本名は北条 花帆(ほうじょう かほ)。
別名『雷撃の神様』。雷撃戦のすべてを極めた艦娘で、無誘導兵器であるはずの魚雷がまるで誘導兵器であるかのように面白いように敵に直撃していくという神業を披露していた。
砲撃戦や回避に関しても『魚雷ほど得意でない』というだけで、一般的な視点から見ればどちらも規格外のレベルの技能を持つ。
さらに艤装が工作艦を経験しているためか機械整備技術なども高く、ハッキング技術すら持っており艤装の保管されていた地下ドッグのパスワードを盗み出していた。
できることの幅広さなら恐らく退役艦娘艦隊で隋一である。
艦娘退役後は結婚して夫とともに中華料理屋を経営していた。彼女の店は彼女の戦友たちのお気に入りの店になっており、何かと言うと店に集まるようになっていた。
帝都侵攻の際の爆撃で店を潰されその破片で5歳になる愛娘を傷付けられて怒り狂い、地下ドッグで保管されていた艤装を纏い一時的に艦娘に復帰、過去と変わらぬ雷撃の冴えを見せる。
『航空巡洋艦 熊野』
「これも高貴な者の務めでしてよ!
砲撃開始! とぉぉぉぉぉう!!」
解説:榛名(筑波八重)たちとともに戦場を駆け抜けた、『生きた伝説』の1人。
人間としての本名は熊之宮 彩香(くまのみや さいか)。
日本経済を牛耳るとも言われる『熊王グループ』を率いる麗しき女総帥で、天皇家とも親戚関係にある正真正銘のセレブである。
艦娘として戦うことを『高貴な者の務め』と考えて戦い抜き、本当に生き残った天才。
元艦娘であるため、海軍には寄付という名の莫大な献金を行っておりその発言力は極めて大きい。各地の鎮守府・泊地の施設の充実は彼女のおかげとも言える。また国内の発展のためにも金も労も惜しまず投資する愛国者。
しかし反面、自堕落な者を嫌っておりギャンブルで身を崩した者や働こうともしない者などを半ば強引に集め、互いを借金の連帯保証人にして逃げ出さないように互いに監視させ、炭鉱開発などで強制労働させる通称『地下帝国』をいくつも持っているなど、ダークな一面も持っている。
『生産性ゼロを1以上に改善して差し上げたのに、一体何が悪いんですの?』とは彼女の言。
結婚はしており、夫は藻類の研究者。熱心な研究者で、まるで子供のように夢を追う姿に惚れて結婚した。「この研究が完成すれば、日本は石油輸出国になれる!」という夫の言葉に「水ガソリンかしら?」と苦笑しながらも、莫大な研究費をつぎ込んで夫の研究を支える。
2歳の娘もおり、夫婦仲は良好である。
帝都侵攻の際には再び艦娘として戦うことが高貴なる者の務めだと夫と娘の静止を振り切り、地下ドッグで保管されていた艤装を纏い一時的に艦娘に復帰、過去と変わらぬ戦闘能力と指揮能力を見せる。
『駆逐艦 陽炎』
「あんたたち、子供の教育に悪いのよ!
とっととお家に帰りなさい!!」
解説:榛名(筑波八重)たちとともに戦場を駆け抜けた、『生きた伝説』の1人。
人間としての本名は楠 陽子(くすのき ようこ)。
『不知火陽子』の芸名で活動している俳優で、持ち前の明るい性格と艦娘時代から鍛えた身体での派手なアクションを得意とする。特に日曜日朝の子供向け特撮番組で大活躍したため、子供からの人気は相当であり、年齢問わずの支持層を持つ。
本人もそれを自覚しているため『強くかっこいいお姉さん』というイメージを崩さないような仕事を選んでおり、さまざまな特撮や映画でヒーロー(ヒロインではない)的な人物を演じている。
結婚はしていないが、幼馴染だというサラリーマン男性と交際はしているらしい。
帝都侵攻の際はオフで街を歩いていたところ襲撃にあい、目の前で泣き叫ぶ子供たちを見て持ち前の正義感から地下ドッグで保管されていた艤装を纏い一時的に艦娘に復帰、過去と変わらぬ戦闘能力で敵艦隊を喰いとめる。
深海棲艦(レムリア)サイド
―――レムリア制圧派艦隊―――
『万能戦艦 モンタナ』
「ギャハハハハハハ!
いい声で哭けよ、メスども!!」
解説:超古代国家『レムリア』で戦争を主導する『制圧派』の切り札である、5隻の万能戦艦の1隻。
金髪碧眼の、まるで映画俳優のような整った容姿だがその性格は残虐で残忍。特に女性の悲鳴を好む。その性格を遭遇した陸奥は『ホラー映画の主演男優の殺人鬼』と称していた。
レムリア亡命艦隊を人類と接触する前に殲滅するように命令を受け、北方海域の濃霧の中に身を隠しながら待ち伏せる。その間に不幸にして迷い込んだ艦娘たちを楽しみながら虐殺していた。
トラック・レムリア聯合艦隊を守る羅號と遭遇し戦闘に突入。その恐るべき性能をフルに使用することで羅號を轟沈寸前にまで追い詰めるが、長門たちトラック艦隊の奮闘により万能戦艦として完全に覚醒した羅號と空中戦を展開、最後は羅號の51cm砲のゼロ距離射撃をうけて撃沈された。
最大の特徴は2連装ドリルで、破壊力が通常ドリルよりも強化されている。
戦闘能力はさすがは万能戦艦というだけあって通常艦隊が束になっても敵わないほどに強力。しかし万能戦艦としてみると、高いレベルでバランスはとれているのだがこれと言った強みは無く、『特徴がないのが特徴』という若干面白みに欠ける設計になっている。
『万能戦艦 ソビエツキー・ソユーズ』
「偉大なる祖国レムリアのため、何があろうが任務は遂行する!!」
解説:超古代国家『レムリア』で戦争を主導する『制圧派』の切り札である、5隻の万能戦艦の1隻。
ウシャンカを被った大柄な男で、任務に実直な軍人気質。
レムリアの正義を信じ、レムリアからの任務を確実に遂行することこそ自らの存在意義だと考えている。
君塚の手引きによってやってきたレムリアの帝都侵攻艦隊の旗艦として、帝都を襲い日本を降伏させるために襲来する。
帝都を守る艦娘たちがやられていく様を見せつけることで帝都の人々の心を折る、という君塚の方針に従ったため、通常戦力のみで帝都襲撃を行い、後方からの指揮に徹していた。しかし退役艦娘艦隊やトラック・レムリア聯合艦隊という予想外の増援が次々に現れたことで遂に戦場に投入される。
だがその間に改造を完了させた羅號が到着し、羅號との万能戦艦同士の戦闘に突入した。
砲は長41cm砲、対空火器等の火力に関しては特色はないが、防御装甲は自身の砲の41cm防御ではなく、46cm防御を誇る重装甲艦。
最大の特徴は大型ジェットエンジン4基を搭載していることで、空中速度に関しては万能戦艦最速を誇っており、このスピードを利用したドリルチャージが最大の武器と言える。
そのスピードで羅號をあと一歩のところまで追い詰めるが、長門(筑波有希)と榛名(筑波八重)によって放たれた冷凍弾によってそのスピードの要となるジェットエンジンを停止させられ、足の止まったところを羅號の必殺兵装である『プラズマ弾』の直撃を受け、戦闘能力を失った。
それでも任務達成のために帝都中心での自爆を画策するが、榛名(筑波八重)と瑞鶴(天城瑞貴)によって阻まれ、羅號のドリルに貫かれた後に海中で爆発、撃沈された。
その敗因は皮肉にも同等の力を持つ万能戦艦ではなく、取るに足らないと思っていた長門たち通常艦艇であり、最後の瞬間にその慢心が任務を失敗させたのだと理解する。
慢心、ダメぜったい。
加賀=サンがニンジャの可能性が微レ存。
そして瑞鶴=サンの、その胸は平坦だった。
アバーッ!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第十話
罠 氷海の激闘(その1)
今回からはラ級2隻の相手の話になりますが……。
あの戦い……帝都を混乱の渦に巻き込んだ『帝都攻防戦』の終了は同時に、この戦争が新たな局面に突入したことを示していた。
君塚の降伏を促すための声明には、深海棲艦がただの怪物なのではなく、何者かに制御された存在だということが明確にされていた。そしてアネット代表による発表によって、人類は自分たちと相対しているのが『レムリア』という国家であることを知ったのだ。
この発表による反応はそれぞれだった。それこそ千差万別、流言飛語まで飛び交い、世論もなにも大混乱だ。
そこで役立ったのはやはり、先の帝都攻防戦において人類側に協力して戦った『レムリア亡命艦隊』の存在だ。あの状況下において日本に対する救援を行ったことは、彼女たちの信用に大いに貢献したよ。そのあたりアネット代表の読み通りで、先見の明があったということだろうな。
それに運もよかった。あの時レムリア亡命艦隊と共闘した母上たち……『退役艦娘会』がアネット代表の味方についたのだ。戦場でともに背中を預け戦った戦友となったレムリア亡命艦隊は信用できる、とね。
君も知っての通り『退役艦娘会』、特に母上たち『伝説』の発言力は強力だ。
今現在の海戦戦術の基礎のすべては彼女たちが完成させたものであるし、後進育成の場でも活躍している。彼女たちの直接の教え子も多く、シンパも多い。
それに国民からの受けもいい。戦争最初期の絶望的状況下での彼女たちの活躍は、大本営の士気高揚の意向で映画などで散々喧伝されていたからな。
母上たちをはじめ、彼女たちの夫には軍部上層部の人間も多い。
そして極め付けが熊野おばさん……失礼、熊王グループの熊之宮総帥だ。熊王グループからの献金は軍にとっては無くてはならないものになっていたから、それを握る熊之宮総帥を怒らせるとどうなるか……下手をすれば日本の経済活動がストップしてしまうよ。
そのため、おおむねアネット代表の考え通りで話は纏まったよ。深海棲艦、そして『レムリア』の本拠地に赴き戦争を主導するアブトゥを筆頭とした制圧派の排除、アネット代表の主導する国家への転換ということだな。
目的地はあの呪われた海と呼ばれた『パンタラサ海域最深部』……とにかく、日本は深海棲艦、そしてレムリアとの最終決戦に向けて動き出した。
そんな日本の最大の懸念は、敵ラ級万能戦艦の存在だ。
ラ級万能戦艦とまともに戦えるもは同じラ級万能戦艦だけ……つまりこちらは羅號だけが頼りだ。だからこそ羅號の扱いには慎重になっていたんだが……やられたよ。羅號のいつも近くにいた朝潮が奴らに連れ去られた。
明らかな罠……有希も母上も止めたのだが、本気になった羅號を止められる存在などこの世界のどこにも存在しない。それほどに連れ去られた娘が大事だったんだろう。
秘密裏に出撃した羅號に付いていったのはあの呂500と北方棲姫の2人だ。あの2人も朝潮とは親友同士であったし当然でもあったな。
敵の居場所は北極海、その氷の海で羅號は……ラ級万能戦艦2隻の攻撃によって轟沈寸前にまで追い詰められた。羅號1人だったのなら、間違いなく轟沈していただろう。
だがそんな状況をあの子たちが……羅號に恋する3人の少女が覆した。
……羅號は幸運な漢だよ。
普通は勝利の女神など、一生に1人見つかるかどうかというものだ。それが羅號の近くには、常に3人もの勝利の女神がキスの雨を降らせてるんだ。どこにも負ける要素がないよ。
……同じ男として羨ましいかって? まさか。
嫁の機嫌取りの大変さは骨身に沁みてるよ、それが三倍に増えるとか私なら御免こうむるね。
……いや、三倍程度ではなかったな。戦後には羅號とお近付きになりたい伊・英・米の各国からも、同じくらいの歳の嫁候補とも言える駆逐艦娘がやって来ていた。おかげで羅號が暮らすうちの実家は、ほとんど駆逐艦寮兼外交駆け引き兼恋愛駆け引きの伏魔殿だよ。
それでそれぞれと上手くやっているのだから、本当にあの子は凄い。同じ男としては、強さよりもそっちの方が尊敬に値するな。
――――――呉鎮守府司令官 筑波茂雄少将へのインタビューより抜粋
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
ある部屋に、2人の男がいた。
片方はスーツにも見える服にインバネスコートを纏っている。頭に被ったボーラーハット、レーダーマストを模した杖のようなものを右手にしており、外見は古き良き時代の紳士のようにも見えるが皮肉げに歪む口元がどうしても好意的な印象を拒む。
もう片方は黒い帽子を被り黒いズボン、そして赤いチョッキの男だ。モノクルを掛け、椅子に座って本を読んでいる。
「モンタナとソビエツキー・ソユーズがやられたそうだ」
「らしいな、聞いている。」
スーツの男の言葉に、モノクルの男は視線を手元の本に落としたまま答える。どうもモノクルの男はスーツの男をよく思っていないのか、その表情はどことなく迷惑そうな顔だ。
しかしスーツの男はその様子に気付いていないのか、はたまた気付いていても無視しているのかそのまま続けた。
「相手は地上の万能戦艦、『羅號』という艦だそうだ」
「……ほう、地上の万能戦艦か」
そこで始めて、モノクルの男は興味深げに本から視線を外す。
「そこで、アブトゥ様からレムリアに対して脅威となるこの万能戦艦を撃沈してこいとの御命令だ。
君にも来てもらおう、ガスコーニュ」
「……構わないが、それは俺がお前の指揮下に入るということか、インヴィンシブル?」
スーツの男……万能戦艦『インヴィンシブル』の言葉にモノクルの男……万能戦艦『ガスコーニュ』は不満そうに眉をひそめる。そんなガスコーニュにインヴィンシブルは大仰に手を広げて言った。
「私は当然の采配だと思うがね?
君の『指揮官』としての適正はそう高くないことは理解しているだろう?」
「……」
ガスコーニュ自身、万能戦艦としての力は誰にも負けてはいないと自負しているが、こと『指揮官』としての適性は決して高くないことは理解しているので納得したように押し黙る。
そんなガスコーニュに、インヴィンシブルはどこか小馬鹿にしたように続けた。
「それに……最近君は『ペット遊び』に耽っているとのもっぱらの噂だからね。
そんな君に指揮は任せられんよ」
「……なんだと?」
ガスコーニュの声に危険な色が混じっていく。ガスコーニュの放つ殺気によって、部屋の中の温度が一気に下がっていくように感じられた。
しかしそんな中、その様子を知らない第三者によって部屋のドアが開けられる。
「ガスコーニュ様、コーヒーが……」
そう言って現れたのはつややかな銀の髪が美しい女だ。病的なまでに白い肌が、彼女が深海棲艦であることを物語る。彼女は深海棲艦の1体、『空母水鬼』であった。まるで『水母棲鬼』のような大きな黒いリボンの髪飾りが特徴的だ。
しかしその表情に浮かんでいたのは深海棲艦特有の感情の読めない不気味な笑みではない。その顔に浮かんでいた笑みは、明らかに『喜び』という感情の産物だった。彼女には間違いなく、『感情』がある。
しかしそんな彼女の笑みは、部屋にインヴィンシブルの姿を認めると一気に凍りついた。彼女の持つコーヒーを載せた盆が小刻みに揺れる、震える彼女にインヴィンシブルはニヤリと笑いながらゆっくりと近付くと、無遠慮にその頬と髪を撫でまわす。
「ほう、これが噂の君のペットか。
なるほどなるほど、毛並みはそれなりにいいな。
観賞用の造花程度には見れるじゃないか」
「ア、アア……」
「しかし客人に挨拶の一つもできないようじゃペット失格じゃないかね?」
「ス、スミマセン……」
恐怖でガチガチと歯を鳴らす彼女から、何とか言葉が絞り出された。だがそんな彼女にニタリと笑いながら、インヴィンシブルは続ける。
「これはもう『躾』が必要なのではないかな?」
「ヒッ……!?」
彼女の悲鳴が口から洩れたその瞬間だった。
突然バッと身を離したインヴィンシブルが艤装を展開する。
左右と上の4連装砲、恐らく35.6cmと思われる。長砲身のタイプで攻撃力と命中力が強化されているようだ。それが左右と上で合計3基12門。
そしてもっとも目を引くのが左手に構えた巨大な円形の盾だ。盾の表面には無数の歯がついており、さながら採掘用のシールドマシーンである。これこそがインヴィンシブルのシールドドリルだ。
そんな艤装を展開したインヴィンシブルはがっちりと盾と砲を向けている。
その視線の先ではガスコーニュもまた艤装を展開していた。
左右の腰から伸びる長いアーム、その先に艦を真ん中で割ったような艤装が付いている。
そして左の艤装を後部に、右の艤装を前部にしてドッキングさせ、超巨大な対戦車ライフルのように左の腰だめに構えていた。その船尾部分には万能戦艦の証である船尾ドリルが輝いている。
前部にはいびつな砲が2基……41cm相当だろうが、その砲身は長いというレベルではない。まさに超長砲身である。
そしてその砲塔も特殊だ。まるで台形のように配置された上部2門下部3門の5連装砲なのである。
その超長41cm5連装砲2基10門……ガスコーニュの砲すべてがインヴィンシブルに向いていた。
「何のつもりかな、ガスコーニュ?」
「人のものに勝手に手を付ければ盗人同然、盗人に対する妥当な反応だと思うが?」
「おやおや、私はペットの躾を手伝おうといったのだが気に触ったかな?」
「いらん世話だ」
両者の間で殺気がぶつかり合い、まるで黒いオーラが見えるようだ。
「……
「そちらこそ、お前の貧弱な砲が俺の装甲を貫くのと、お前御自慢のその盾を俺にぶち抜かれるのと、どちらが早いと思っている?」
お互いに殺気を放つインヴィンシブルとガスコーニュ。やがて、首を竦めてインヴィンシブルが艤装を解いた。
「やめだよ、たかだたペットの躾程度の話で無駄なことはしたくない。
とにかく、任務は伝えたぞ」
「……了解した」
インヴィンシブルはそう言うと、未だに震えている『空母水鬼』の持つ盆からカップを一つ取るとコーヒーを一口含み、顔をしかめた。
「やはり泥水はいかんな。
紅茶のような深く上品な味わいが無い」
「俺はその泥水が好みだ」
皮肉とともにカップを元の盆に戻して、インヴィンシブルは部屋から出て言った。
「
吐き捨てると、ガスコーニュも艤装を解く。
「ハゥ……」
緊張が解けた『空母水鬼』が、腰が抜けたようにペタンと座り込んだ。
そんな彼女にガスコーニュはゆっくりと近付くと、しゃがみこんでインヴィンシブルと同じようにその頬を撫でる。だが彼女の反応はインヴィンシブルの時とは真逆だ。
恐怖による震えが収まっていく。彼女はまるで縋り付くように、頬を撫でるガスコーニュの手に触れた。
「……大丈夫か?」
「ハイ……」
しばしの後、震えの収まった彼女が立ち上がり、ガスコーニュは先ほどまでの本を手に再び椅子に座る。
「聞いての通りだ。 近いうちに出撃することになる。
……お前にも来てもらうぞ」
「ワカリましタ。
貴方の為ナラ、ドンナことでも……」
心なしか頬を赤く染めながら答える彼女に、ガスコーニュは表情を変えることなく続ける。
「そうか。
なら、まずはコーヒーを淹れ直してくれるか……『ベル』」
「ハイ!」
彼がくれた唯一無二の名前を呼ばれた彼女は嬉しそうに、コーヒーを淹れ直しに向かうのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
帝都を襲った未曾有の危機も過ぎ、帝都はゆっくりとだが復興に向かいつつあった。各所で壊れた建物の解体に建て直しと、帝都は今どこでも建設のための喧騒が絶えない。
しかし、そんな喧騒すら吹き飛ばす重大発表が為された。
アネットを代表とするレムリア亡命艦隊により深海棲艦の真実、超古代国家『レムリア』の存在が発表されたのだ。
人類との共存を訴えるアネットに、会話可能な深海棲艦であるレムリア亡命艦隊……今、日本は歴史的な選択を迫られていた。
そんな頃、帝都に位置する古風な屋敷で羅號は正座していた。羅號の格好はいつもの短パン姿ではなく、今日のために大急ぎで造られた海軍礼服である。
そんな羅號の隣では長門がこれまたいつもと違う格好で正座していた。落ちついた和服姿で、まさに良家のお嬢様といったたたずまいである。
ここは帝都にある長門の実家、筑波家の屋敷である。
あの戦いを生き残ったトラック艦隊は、約1ヶ月の休暇を貰うことになった。地獄のような状況の連続を九死に一生を得続けたのだ、幾らなんでも全員限界であったし、このくらいの余裕は許されるだろう。
かくしてトラック艦隊はしばしの間、各々が自由な時間を過ごすことになるのだが……今日は長門は羅號をある人物に会わせるために自宅で待機していた。
「……」
「羅號、落ち着きなさい」
緊張の面持ちでどこかそわそわしている羅號を長門がたしなめる。
「でも……」
「まぁ、気持ちも分かるがな。
そういう私も、実は緊張している」
すると、ゆっくりとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「来るぞ、羅號」
そして、ふすまが開かれた。
そこに立っていたのは巌のような男だ。歳を感じさせない精悍さ、まさに『良い』歳のとり方をした、海の漢である。服装は海軍礼服、大将の階級章が輝いていた。
長門はゆっくりと頭を下げる。
「父様……ご心配をおかけしました。
有希は生きて帰りました……」
この男こそ長門の父、呉を預かる海軍大将である筑波大将である。
「お、おお……!」
筑波大将は震えながらゆっくりと長門に近付くと、感極まったように長門を抱きしめた。
「有希ぃぃぃぃ!!
よく、よく生きていてくれた!!」
「はい、父様……申し訳ありません。
五体満足では、戻れませんでした……」
「何を言う!
生きて、生きていてくれたのだ!
それだけで十分、それ以上の贅沢など言わんわ!!」
筑波大将は号泣し、長門も感極まって涙を流す。再会を果たした父娘はしばしの間抱擁を続けて、離れた。
長門は涙を拭うと、再び真剣な顔で筑波大将へと話を始める。
「父様、今日は大切な話が……」
「わかっておる」
長門の言葉を遮るように筑波大将が言うと、羅號の前にやってきた。
「あ、あの……長門ママの子供の、羅號です。
はじめまして、おじいちゃん」
その瞬間だ。
「これが、これがワシの初孫か!!」
「わ、わっ!?」
満面の笑みで羅號を抱え上げた。突然抱え上げられたことで羅號は驚きで目を白黒させる。だが筑波大将は構わずに抱き上げた羅號の顔を覗き込んだ。
「なんという凛々しい面構えだ。
どんな困難をも乗り越える、そんな強い海の漢の顔だ。
これが、これがワシの孫か!」
「父様……羅號は私とは血は繋がっておりません。
それでも不満は……」
「不満? あるはずなかろう!
お前が息子と認め、この子がお前を母と認めたのだ。
ならワシにとっても八重にとっても、この子は大事な孫よ!」
その言葉を聞いて、長門はほっと胸を撫で下ろす。
母である八重にはすでに認めてもらっていたが、父に羅號が受け入れてもらえるかはやはり心配だったのである。
「それで、八重のやつはどこにおる?」
「ああ、母様でしたら……」
すると、再びふすまが開いた。
「あなた、お帰りなさいませ」
「おお、八重! 帝都防衛の活躍はワシも聞いて……」
その時になって、筑波大将は妻の横に3人の少女が並んでいることに気付いた。全員が着物姿である。
「この子たちの着付に時間がかかってしまいました。
ほらっ」
そう押し出されて、照れくさそうな3人は前に出る。
「あの……はじめまして、呂500潜水艦の、エミーリア=フォン=エッシェンバッハです。
らーくんにはお世話になってます、ですって」
「はじめまして筑波大将閣下!
自分は朝潮の艦娘の、香原朝霞といいます!」
「……『ちぃ』、なの。
はじめマシて……ナノ」
「みんな有希の戦友で、羅號の大切なお友達なの。
いま家で預かっているのよ」
3人のあいさつをニコニコ顔で八重は見つめる。
1ヶ月近い休暇をもらったトラック艦隊だが、実は中にはそれを持て余してしまう者もいた。その筆頭格がローと朝潮である。
ローは故郷は遠くドイツのハンブルクである。他のみんなのようにちょっと親の顔を見てくる、というような使い方ができなかった。同じように戦争孤児である朝潮の場合、帰る実家すらない。
そんなわけで特に予定が無かったのだが、それを知った八重が『ちぃ』も巻き込んで休暇の間、筑波家に住むように仕向けたのである。
八重は短時間ではあるが、羅號と3人娘の関係を見抜いていたのだ。そのため、いちいち艦名だけでなく人間としての本名まで名乗らせたのである。
八重としては、羅號の許嫁候補のお披露目のつもりだった。
「らーくん、ろーちゃんの着物、似合ってますか?」
「羅號……その……変じゃありませんか?」
「ラゴウ、『ちぃ』綺麗?」
さっそく3人娘は着物姿で羅號ににじり寄っていく。
「うん、3人ともかわいいしその……すっごく綺麗だよ」
そんな風に羅號が褒めれば、3人は顔を赤くしながらうれしそうにはにかむ。その様子を見ながら筑波大将は合点がいったように豪快に笑った。
「がははっ、なるほどな。
これは孫娘ができるのも、ともすればひ孫の顔を見るのも早いかもしれんな」
「あら、あなた。 少し気が早すぎですよ」
筑波大将の笑いにつられるように、八重も長門の笑った。しばしの後、筑波大将はその表情を少し真剣な顔に戻すと呟く。
「しかし……深海棲艦が我が家にいるというのは、少し前には夢にも思わん光景だな」
その視線の先にあるのは『ちぃ』の姿である。
「父様、それは……」
「わかっておる。 ワシも今の光景を嘘とは言わんし納得しておるよ」
その視線の先にはお互いに仲良くじゃれあう羅號たち4人の姿。
「だがそう思わん者もおる。
これからワシはそういう頭の固い連中を説き伏せてくるよ」
「父様……」
「あなた……」
「心配せんでも、すでに足場は固めておる。
レムリア主戦派に対し最終決戦を行い、アネット代表の主導する国家へ転換させ友好条約を結ぶ……日本がこの路線で行くのはほぼ間違いない。
しかしな……レムリアとの決戦ともなれば、羅號の力が必要となる……」
筑波大将はため息をつくと帽子を被りなおした。
「息子娘だけでなく、孫まで戦場に出さねばならんとは……ワシは情けない老人よ。
そんな情けない老人の、精一杯の仕事をするとしよう……」
「閣下、お時間です……」
すると、ずっと室外で控えていた筑波大将の秘書艦が声を掛けてきた。
「おお、もう時間か……。
ワシは行ってくる。八重たちは……」
「今夜は熊王グループ主催での帝都防衛の戦勝会でして……この子たちと一緒に海の上です」
「そうか……熊之宮総帥や天城の奥にはよろしく伝えておいてくれ。
羅號、すまんがじいちゃんはもう行かねばならん。
羅號、それにそこの子らもゆっくりとここで遊んで行きなさい」
そう言って別れをつげると、筑波大将は車に乗って屋敷を後にする。
「父様……」
「……大丈夫ですよ、有希。 あなたの父様ならきっと上手くやってくださるはずです。
それよりも、あなたや羅號たちは今ゆっくりと休まなければなりません。
そんな顔はいつまでもするものではないわ」
「はい……」
去っていく父の車を見つめていた長門の不安そうな言葉を八重は優しく諭す。長門はこれから父の出席する会議の内容に少しだけ、不安を覚えるのだった……。
今回は日常編。もうしばらくは日常編かな?
この作品の深海棲艦の本拠地、元ネタわかった人はどれだけいるのだろうか……。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
罠 氷海の激闘(その2)
今回も日常編、朝潮にスポットが当たった感じになっています。
そして……。
「ふぅ……」
会議が終了し、会議室から出ていく中で呉の筑波大将は大きなため息をついた。
そんな彼の背中から声がかけられる。
「筑波!」
「おお、天城か!」
振り向いてみれば、そこにいたのは筑波大将の親友であり佐世保を預かる天城海軍大将である。
「久しぶりだな筑波! 生きていたか!」
「ガハハッ! ワシがそう簡単に死ぬものか!」
そう言いながら、2人はお互いの肩を叩き合い再会を祝す。
「立ち話もなんだ、いろいろと積もる話もある。
どうだ?」
「もちろん大丈夫だ。 お互い、今日は家内はいないからな」
クイッと杯を傾けるジェスチャーをして天城大将が促すと、筑波大将も苦笑しながら頷いた。
2人はそのまま車で料亭まで移動する。
海軍将校がよく利用する料亭であり、少なくとも大本営などより防諜に関しては信頼できる店だ。離れの座敷で互いに酒を注ぎ終わると、2人は杯を合わせた。
「「乾杯」」
酒でのどを潤しながら、2人はゆっくりと話をしていく。
「まずは有希さんのこと、おめでとう。
よくぞ生きていてくれたな」
「ああ。
これが神のおかげだというなら、ワシは感謝で一生神に祈りをささげるぞ」
「そうか……私も娘をもつ親としては、他人事ではないな」
「……貴子さんは退役せんのか?」
「本人の希望でな、この戦争に区切りがつくまでは退役して家庭に入る気はないらしい。艦娘として茂雄くんとともに戦うそうだ」
クイッと天城大将が杯をあおる。
「……茂雄のやつが貴子さんと一緒になりたいと言ったときにはワシはずいぶん驚いたもんだが……お前は冷静だったな」
「何となくだが、貴子が茂雄くんのことを想っているのは気付いていた。こうなるのではないかとも心のどこかで思っていたよ。
それに茂雄くんは誰かの子とは思えんほどしっかりしている。
あれなら貴子も安心して任せられるというものだ」
「ワシと八重の手塩にかけた息子よ。当然じゃ!」
「ああ、八重さんの苦労が目に見えるようだ」
そう言って2人は笑った。
「しかしこうなると……私が初孫の顔を見るのはまだお預けだろうな」
「初孫……か」
庭で鹿威しが子気味のいい音を響かせる。さて……ここからが本題だ。
「今日、ワシの初孫に会ってきたよ」
「……どうだった?」
「幼いながら、もう海の漢の気質がしっかりと備わっておった。
器が違うわい。あれはとんでもない大きな漢になるな」
「孫自慢か、ジジイめ」
「おう、孫自慢よ!」
互いに苦笑する。
「……羅號くんは日本の命運を握る存在だ」
「……データは見たし、八重から話は聞いた。
あの万能戦艦『ラ級』……あれらに普通の艦娘だけで勝つのは無理だ。
まともに戦えるのは羅號のみ」
「私もまったくの同意見だ。
だからこそ、羅號くんの扱いには注意が必要だ」
「軍人という業深い職を選んだ報いか……。
息子や娘だけでなく、孫まで地獄の最前線に送り込まねばならんとはな……」
「口惜しいのは私も同じよ。
だがそうしなければ日本は……いや、『世界』はこの戦争に負ける」
「……わかっとるわい。
ワシも身内の情で世界の未来を潰すほど耄碌してはおらんし、何より羅號が最前線を望むわ。
あれはそんな子よ」
再び2人は酒をあおった。
「羅號の開発する装備は強力だ。熊王グループも羅號の行う開発のために、大量の資源と資材を寄付してくれた。
これで羅號が開発する新兵器を艦娘たちに配ることができれば、少しでも羅號の負担は軽くしてやれるというものだ」
「そうだな、レムリアとの決戦のためにそれは必要だろう。
外側にはそれでいいが……問題は内側だ」
「なに?」
「……実は旧君塚派の連中が怪しい動きをしているという情報がある」
「なんだと!?」
その情報に筑波大将は声を荒げた。
海軍内の君塚大将の派閥は、そのトップである君塚がレムリアに組してクーデターまがいのことをしたことで当然のように瓦解したのだが、彼らの提唱した『レムリアへの臣従案』というものが燻っている。
筑波大将や天城大将、そしてほかの良識ある海軍将校の根回しによって日本の姿勢は『レムリアとの対決、アネットの樹立する新政府との講和』という案に纏まったのであるが、それを不服とするものが旧君塚派のものと結びつき、何やら気がかりな動きを見せているようだ。
「羅號くんへの何らかの妨害……十分に考えられるぞ。
気を付けておけ」
「わかった、情報感謝する。
しかし……酒の不味くなる話だな。せっかくのワシの初孫の祝い酒だというのに」
「本当にうまい酒など軍人の我々には、この戦争の勝利まで飲むことなどできんよ。
それが軍人の業というものだ」
「そうだのう……」
2人の海軍大将はその後も、この戦争の展望について語り合うのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~
一方そのころ、羅號たちは……。
「それでは皆様、今宵は心ゆくまで堪能してくださいまし」
壇上の熊野こと熊之宮 彩香が宣言すると、ところどころから歓声が上がる。
ここは熊王グループ、もっと言えば彩香が個人的に所有する豪華客船『エスポワール』である。今夜はここで帝都攻防戦の戦勝会が、熊之宮彩香の主催で行わていた。参加者はトラック・レムリア聯合艦隊に退役艦娘の面々、そしてレムリア亡命艦隊の代表であるアネットという感じである。
「「「「うわぁぁ……!」」」」
羅號と3人娘が目の前の光景に目を輝かせる。
広いホールには、所狭しとそこかしこにごちそうと飲み物が用意されていた。深海棲艦の出現により輸出入が大きく制限されてしまっている現在では、これだけのものを用意するためには大変な労力と財力を必要とするだろうことが容易に想像できる。そんなごちそうの山だ。
そんなごちそうの山を前に子供たちは感動しているわけなのだが、特にトラック壊滅後に誕生した羅號など、基本的に食べものは保存食か質素なものしか知らない。生まれて初めて見る食べ物の山への感動はある意味別格だ。
「お気に召してくれましたか、羅號くん」
「あ、熊之宮おばさん」
声を掛けてきた彩香にぺこりと行儀よくお辞儀する羅號たちに、彩香は微笑みながら言う。
「ここにあるものは遠慮せず、好きなだけ食べていいんですのよ」
「本当?」
「ええ、わたくしたちがこうしているのも羅號くん、あなたのおかげです。
わたくしのしてあげることなどたかが知れていますもの、だからここでは遠慮などいりませんわ」
その言葉に嬉しそうに頷くと、羅號たちはごちそうのテーブルへと向かっていった。
「あらあら、究極の万能戦艦もああいうところは歳相応の子供ですわね」
くすくすと品よく笑う彩香の元に、長門とアネットが連れだってやってきた。
「あらお2人とも、楽しんで頂けてます?」
「私たちもとっても楽しませてもらっています。
素敵な会へのお招き、ありがとうございます」
アネットがそう礼を口にすると、今度は長門が言った。
「この会だけでなく、我々トラック・レムリア聯合艦隊の、そして羅號の治療と補給の件……熊之宮おばさんにはどれだけ感謝してもしたりません」
あの帝都攻防戦のあと、全力の戦いによってさすがにボロボロになってしまったトラック・レムリア聯合艦隊。物資もほとんど尽きた彼らに治療と補給を行ってくれたのは熊王グループだったのである。
特に羅號はその治療に燃料12000と鋼鉄15000、さらに高速修復剤20個という法外すぎる出費がかかったが、それすら嫌な顔一つせず出してくれたのである。2人にとっては感謝で頭が上がらないくらいだ。
だが、そんな2人にどうということはないと彩香は言い放つ。
「現在、横須賀鎮守府は先の戦いのダメージで再建の真っ最中、とてもではありませんが
ともに戦った戦友、そして我が国の一大事に救援をしてくれた他国艦隊に対しこれはあまりにも無礼な仕打ちというもの。
だからわたくしの方で好きにやらせてもらったというだけですわ。
お気になさらないで下さいまし」
そう上品にコロコロと笑いながら、それなら、と彩香は続ける。
「戦後にはレムリアとの交易もあるでしょう?
その時には是非にわたくしと熊王グループの名を思い出してくださいまし、アネット代表」
……なかなかに商魂たくましいことである。このくらいでなければ日本の財界トップとして君臨はできないだろう。
一方言われた側はというと、子供のころから母を経由して彩香のことを知っている長門は感心半分、呆れ半分といった何とも言えない表情である。アネットはその言葉がよほどツボに入ったのか、長門の横でこれまたコロコロと品よく笑い、スッと手を差し出す。
「ええ、その時はぜひとも」
「約束ですわよ」
アネットと握手を交わす彩香、しばしの後、手を離した彩香はそのイブニングドレスで露出した肩を竦めながら言った。
「もっとも……よい形で戦後を迎えられたらの話ですわね」
彩香の促すまま、長門とアネットもそれに続く。
「レムリアの戦力である深海棲艦はやはり強力、数も圧倒的に多い。しかしそれ以上に……あの万能戦艦『ラ級』が問題ですわ。
実際、戦場でその力を見たからこそ言いますけど……お恥ずかしい話ですが、アレに勝てるヴィジョンがまるで浮かびませんでした。
今までの深海棲艦との戦いがお遊びに思えるほどの絶望的存在……それがあの万能戦艦『ラ級』ですわ」
彩香は『ラ級』への認識を語ると手にしたカクテルをあおる。その正しい分析に長門とアネットは神妙な顔で頷いた。
「羅號くんは確かに強い。
しかし……羅號くんは1人、あちらのラ級万能戦艦は残り3隻も存在しています。
羅號くんたった1人では、この戦争を勝利することはできませんわ」
「……つまり今まで以上の私たちの頑張りが必要というわけですか?」
長門のその言葉に彩香は「よくできました」とばかりに頷く。
「いかに通常の深海棲艦を艦娘たちが倒し、『ラ級』と戦う羅號くんを援護できるか……それがこの戦争の行方を決めるでしょう。
羅號くんは開発でも強力な新型装備を開発できるようですので、その開発用の資源や資材もわたくしの方で用意させてもらいました。これらで装備を整えることも重要ですわ。
しかし……それだけやっても胸を張って安心ということはできませんわね。それほどにこの戦争は難物です」
「……わかっています」
神妙に頷くアネットに、彩香は表情を崩す。
「でもそこまで悲観するものではありませんわ。わたくしたちの現役だったころのような、先の見えなかった状況とは違うのです。希望は見えているのですから、あとは進むだけですわ。
御覧なさいな」
そう言って彩香が顎で指す方を見ると、トラック・レムリア聯合艦隊の面々と退役艦娘たちがそれぞれに談笑している。
「こんな光景、今まで一体誰が予想しえたでしょう?
わたくし、これは新しい時代の到来を意味していると思っていますの。
その未来のためなら多少の苦難など、『産みの苦しみ』だと思って感受できますわ」
「そう、ですね……」
これからの苦難を考えていただろう長門とアネットが、ぎこちないながらも笑顔を返したのを見て彩香も笑顔を返した。
「さて、では引き続きパーティを……あら?
羅號くんたち何を……?」
見ればさっきまでごちそうを食べていた羅號と3人娘がいない。会場を見渡してみると別のテーブルで何かをやっていた。
「「じゃんけん……ポン!!」」
羅號とローが何やらじゃんけんをしているのだが……どういうわけか、カードでじゃんけんをしている。なんだかまがまがしい骨でグー・チョキ・パーの書かれたカードだった。
「あの……熊之宮おばさん?
なんだかザワザワ聞こえてきそうな教育上よろしくなさそうな遊びをしているみたいなんですが……」
「あら、あのカードは隠し忘れかしら?」
少し肩を竦めて、連れ立ってその場所へと向かおうとする。その途中、彩香はふと思い出したように言った。
「そう言えば、あの朝潮の子の改二への改装は明日だったかしら?」
「はい」
今までの激戦を生き残ってきた朝潮は艤装にその経験値が溜まり、さらなる自己進化である『改二』と呼ばれる状態への進化が可能になっていた。
「その費用まで出してもらって……熊之宮おばさんには本当に感謝しきれません」
「そんなこといいのですわ。
好きな人の近くにいたい。そのための力が欲しい……何ともいじらしい、少女の純粋な想いじゃありませんか。
それに……あの子が羅號くんのお嫁さん候補だということは八重さんからも聞いていますわ。これからのこと……レムリアとの戦争だけでなく、戦後のことも考えれば、あの子が力を得ることは良いことだと思いますわよ」
彩香は戦後となれば、羅號という存在が外交に対して及ぼす影響を理解していた。確実にその周りには、その力や技術を求めた他国からの干渉があるだろう。
少なくとも羅號のお嫁さん候補の1人である呂500ことローはドイツ人であることから、ドイツからの干渉は確実だ。そんな中で羅號にもっとも近い3人の少女の中に純粋な日本人である朝潮がいるのは僥倖である。
彩香としては朝潮を日本代表のような形にして、羅號まわりで展開されるだろうやっかいな外交のゴタゴタをある程度コントロールできるようになることを期待しているのだ。そのために朝潮にはいろいろな困難を跳ね除けるための力や知識は必要だと思っている。
時間が取れた段階でその辺りの教育を本気でやろうと八重や彩香は企んでいた。戦争孤児である彼女を養子として引き取ることも本気で視野に入れている。朝潮の改二への改造もその一環、必要なことなのだ。
「正直、子供を外交に巻き込むのはあまり感心しないのですが……」
「わたくしも同感、子供は健やかに育つのが一番だと思ってはいるのですが……そちらも『ちぃ』ちゃんがお嫁さん候補に食い込んでいる以上無関係とは言わせませんわよ、アネット代表?」
「藪蛇でしたわ」
アネットは彩香に言われて肩を竦める。彼女の言う通り、アネットにとっても羅號との付き合いは重視すべき話だからだ。このまま『ちぃ』とうまくやってくれればそれはレムリアと地上との懸け橋となりえるとも、施政者としてのアネットは思っている。
大人たちは様々な思いのまま、子供たちの方を眺めるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~
『横須賀鎮守府』、ここは日本海軍の総本山ともいえる帝都の最重要施設……だったのは少し前の話。帝都攻防戦の際に迎撃戦力がほとんどない状態で最優先破壊目標として集中攻撃を受けたため、その主要な施設は軒並み破壊され、その役目のほとんどは呉や佐世保に一時移されている。
現在、横須賀鎮守府は急ピッチで再建作業が進んでおり、そこら中から建設重機の音が聞こえる。そんな横須賀鎮守府の、突貫工事で再建された工廠から1人の少女が出てきた。
朝潮である。
「ふふふっ……」
朝潮のその胸の内に抑えきれない喜びがあることがその漏れ出る笑みから容易に想像できる。今までにないほどの上機嫌だ。
朝潮の恰好は今までのものとは違う。
白い長袖ブラウスに黒のサロペットスカート、白いボレロの落ち着いた制服姿……その姿はまるで名門私立小学校に通うお嬢様のようだ。朝潮自慢の長く綺麗な黒髪がそのイメージに拍車をかけている。
全体的に上品さと清楚さを感じさせる恰好だが、その線が美しい脚を包む黒いストッキングがなにやら妖艶な印象を醸し出しており、良い意味でアクセントになっていた。
今まで長く苦しい戦いの日々を生き延びてきたことで朝潮の艤装は戦闘経験値が蓄積し、『改二丁』と呼ばれる状態に改造されたところである。艤装はまだ最終チェックの真っ最中だが、彼女専用に仕立てられた新しい制服は何の違和感も感じない完璧な仕上がりだった。
そこで朝潮は、同じくこの横須賀鎮守府の中にある開発工廠で新装備の開発に来ているはずの羅號のところに向かおうとしていたのである。その理由は……彼女は深海棲艦たちと戦う勇猛果敢な駆逐艦娘であるのと同時に、歳相応の恋をする少女だからだ。
手鏡で髪をチェックし、ボレロやスカートに汚れやしわがないことを確認すると軽やかに歩き出す。一刻も早くこの姿を羅號に見てもらいたい、そして羅號に褒めてもらいたい……今、彼女の胸を占めるのはそんな甘い乙女心だ。
ふと、歩きながら朝潮は羅號のことを考えた。
羅號……隔絶した戦闘能力と大きな優しさ、そして正しく気高い魂を持った男の子。
最強の戦艦『大和』を母とし、父は確かな能力を持った『提督』だった。今は艦隊旗艦である『長門』の義息子であり、呉の筑波大将とあの伝説の『榛名』の義孫である。
つらつらと情報を並べ立てると、自分とのあまりの違いに朝潮は思わず苦笑した。
戦争孤児だった朝潮は親の顔をよく覚えていない。物心ついた時にはすでに施設の中だった。そんな自分に艦娘の適性があることが分かり軍に志願、今に至る。すでに戦争が長期化している今時では特に目新しくもない、ありふれた話だ。
自分の境遇に涙したことは、もちろん数え切れないほどある。親も家も才能も、『何も持っていない』ことを嘆いたことも数え切れない。
だが、生まれや境遇を生まれる前に自分で選べた人間など存在しない。それはもう『運』の話だ。自分は『運』が悪かったのだ……そう思って自らの境遇に関しては考えないように努めてきた。
しかし、今なら思う。自分の持っていた『運』はすべてあの時の、羅號と出会うためだけに温存されていたのだ、と。
堅物な自分、しかも最初は理不尽な憤りをぶつけて邪険にしていた。そんな自分を救いそばにいさせてくれる。優しくしてくれる。好きでいさせてくれる……これほどの幸福は朝潮の10年程度の短い人生の中で初めてのことだった。
ふと、『こんなに幸せでいいのだろうか?』という考えが頭をもたげるときがある。
親友であった荒潮を介錯して殺したことへの罪悪感は今でも、朝潮の中に残っている。殺してしまったことへのすまなさ、そんな自分がのうのうと生きるていることへの後ろめたさ……きっとこれは一生消えることはないのだろう。
だがそれを胸に抱えていても、それでもこの幸福に浸っていたいという想いが強い。それほどまでに朝潮は羅號に恋をしている。
しかし、その幸せは同時に不安でもあった。なんといっても羅號に恋をしているのは自分だけではないのだから。
だが恋のライバルであるローや『ちぃ』は朝潮にとっても大切な友達なのだ、蹴落とそうという考えそのものが出てこない。それに……羅號が女3人『程度』で収まる器とも朝潮には思えない。
羅號はどうしようもないほどの『女誑し』だと朝潮は思っている。しかも無意識・無自覚のうちに本能のレベルで女を堕としていく、一番たちの悪いタイプの『女誑し』だ。
今は自分、ロー、『ちぃ』の3人がその心を仕留められているが、この程度では済まないだろうという確信が朝潮にはある。
その辺り朝潮には「まぁ、そうなるな」という歳に合わぬ達観、というか諦めがあった。「まぁ、女側でいがみ合いが起こらないように上手くやろう」と真面目に考えているし、羅號なら囲んだ女は責任もってみんな大切にしてくれるだろうという、奇妙な信頼もあった。
しかし、それで不安が無くなるかと言われれば『否』である。
自分は面白みのない堅物女だと、朝潮は自覚している。ローや『ちぃ』のように常日頃から、もっと自分に素直になって甘えられたら……そんな風に思うが、そうは出来ない性分なので仕方ない。
だからこそ、こういうチャンスのときを最大限に利用しなければならないのだ。
「……よしっ!」
少し気合を入れ直し、羅號のもとへと向かおうとする朝潮。そんな彼女に声がかけられた。
「少しよろしいかな?」
声に振り返ってみれば、そこにいたのはインバネスコートにボーラーハットをかぶった男だった。杖まで持っているさまは英国紳士のそれなのだが、どこか人を見下しているような感じがして第一印象はあまりよろしくない。
しかしできた娘である朝潮はそんな印象を顔に出すことはなく、努めて悪い印象を与えないように気を付けながら返事をする。
「はい、なんでしょうか?」
「この鎮守府には慣れていなくてね、すまないが司令部までの道を教えてはくれないだろうか?」
どうも他の鎮守府からの視察か何かのようだが、普通は案内くらい付くものだがどうしたのだろうか?
道案内ならあっちに聞けばいいのに……そう思いながら横目で近くを通り過ぎた憲兵をチラリと見るが、こちらの様子に気付いているのにもかかわらず素通りしていってしまった。ずいぶん仕事熱心なものだと、朝潮は心の中で皮肉を言う。
もっとも強面の憲兵に話しかけるのは勇気がいるし、だからこちらに話しかけたのだろうと朝潮は納得した。
「分かりました、ご案内します」
本心は一刻も早く羅號のところに行ってこの恰好を見てもらいたかったのだが、よそからの客人には無礼は働けない。実直で真面目な朝潮はそう思って男を先導しようと前に出た。
その時だ。
バッ!
「んーっ!!?」
いきなり男に背後から抱き着かれるようにして抑え込まれた。的確に口を塞いでおり、悲鳴もあげられない。
(まさか誘拐!? でも!!)
艦娘は艤装を身につけていなくてもその力のほんの一部くらいは引き出せる。外見的には彼女もローも『ちぃ』も、そして羅號も小学校高学年程度だが、その力は大人数の大人を軽々と投げ飛ばせる程度はあるのだ。
朝潮は力を込めて拘束を振りほどこうとするが……。
(嘘!? まるで敵わない!?)
朝潮を超える力で、拘束し続ける男……女なら艦娘ということもありえたが、男でこの力は一体……。
そこまで考えて朝潮は思い出した。男でありながら艦娘である自分と同等以上の力を発揮できる存在がいるじゃないか。しかも自分のよく知る、大好きな人で……。
その可能性にたどり着いた朝潮の顔が青くなる。
その様子を背後から眺めながら、男はニヤリと笑い朝潮の耳元でささやいた。
「ずいぶん勘がいいみたいだね。 その通り。
私はレムリアの万能戦艦『インヴィンシブル』。
以後お見知りおきを、リトルレディ」
その名を聞いた瞬間、チクリとした感触とともに意識が朦朧とし始めた。なにか薬物を注射されたことを悟った朝潮は残った力でもがきながら一縷の望みを託して先ほどの憲兵の姿を探る。異常を察知して騒ぎになればあるいは……という考えだったのだが、先ほどの憲兵は確実にこちらに気付いていながらも助ける気配も騒ぐ気配もない。それどころか周辺の様子を探っているようだ。
(憲兵もグルなの!?)
そうしている間にも薬物によって朝潮の身体から抵抗する力が失われていく。
「私は君の王子様、羅號くんに用事があってね。 お姫様役をやってもらおうかな、リトルレディ。
君の王子様は果たして、悪いドラゴンに攫われたお姫様を助けに来てくれるかな?」
この男は自分を餌にして羅號をおびき寄せるつもりなのだ。だが、それが理解できたとしてもすでに朝潮の身体に抵抗する力は残されていなかった。必死にもがき、ばたつかせていた手足が力なくダランと垂れ下がる。
(ら……ごう……)
朝潮は羅號の名前を心の中で呼びながら、その意識を失ったのだった……。
【憲兵は】朝潮、薬キメハイエースされる【グル】
羅號「……よし、皆殺しにしよう」
朝潮ちゃんがマジでハイエースされました。
『朝潮型はガチ』とか『ハイエース』とかはネタではよく聞く単語だけど、本当に朝潮がハイエースされるSSは見覚えないないなぁ、と思いながら書きましたね。
つむじ風の少女の時もそうでしたが、朝潮のヒロイン
次回は羅號とお嫁さん候補艦隊が朝潮救出のために出撃します。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
罠 氷海の激闘(その3)
今回は残酷描写注意となりますのでお気をつけ下さい。
「う、うぅん……」
朝潮がゆっくりと目を覚ます。まるで何時間も絶叫コースターに乗せられたかのように、頭の中がグワングワンと揺れる。それに合わせるように混濁した意識と歪む視界……話に聞く『二日酔い』というやつがこんな感じなんだろうかと、纏まらない思考の中で朝潮はふと考えた。
ジャラ……
そんな朦朧とする意識の中で不吉な金属音に反応し朝潮が視線を向けると、手には金属製の手錠がかかっていた。
それを認識すると、それまで朦朧としていた意識がゆっくりとクリアになっていく。
「そうだった、私……!?」
慌てて辺りを見渡すと、そこは金属製の壁で囲まれた場所だった。恐らく輸送用のコンテナの中か何かだろう。
と、その時その扉がゆっくりと開いた。
「目が覚めたようだね、リトルレディ」
やってきたのは朝潮を攫った男、レムリアの万能戦艦『インヴィンシブル』だ。それに気付いた朝潮は気丈にインヴィンシブルをキッと睨み付ける。
「おや、お姫様はご機嫌斜めのようだね?」
「……いきなり薬打たれた挙句に誘拐されてご機嫌でいられると思いますか、悪いドラゴンさん?」
「ご意見、ごもっともだ」
朝潮の言葉に、インヴィンシブルは大仰に肩を竦めた。
「……私をどうするつもりですか?」
「何もしないよ、お姫様。
私が用があるのは君の王子様の方だからね」
そう言うとインヴィンシブルはゆっくりと朝潮に近付き、しゃがみ込むと朝潮の顎を掴んでその顔を覗き込んでくる。力では抗しようもなく、朝潮はせめてもの抵抗とばかりに視線をそらした。
「こんな可愛いお姫様のためだ。
たとえ火の中水の中、墓穴の中にだって君の王子様は来てくれるだろう?」
「ぺっ!」
自分を餌に羅號を始末しようというその言葉、インヴィンシブルへの唾棄すべき嫌悪感をそのままに朝潮は顎を掴まれたままでインヴィンシブルに唾を吐きかける。
「……なかなかお転婆じゃないか!」
朝潮の吐きかけた唾を拭うと、インヴィンシブルはそのまま平手で朝潮の頬を張る。
「あうっ!」
その衝撃で朝潮が床に転がった。その衝撃で口の中が切れたらしい、朝潮の口の中に血の味が広がっていく。
「お姫様かと思ったら王子様の愛玩用の犬だったみたいだね。
躾がなってない駄犬のようじゃないか」
「くっ……!」
インヴィンシブルはそんな倒れた朝潮の髪を掴んで、強引に身体を引き起こした。それでも朝潮は気丈にインヴィンシブルを睨み付ける。
「犬が随分と反抗的な目をしている。
仕方ない、自分の立場が理解できるように少し躾けてあげよう!」
再び朝潮の頬を叩こうとインヴィンシブルが手を振り上げたその時だ。
「そこまでにしておけ、インヴィンシブル」
新たな声がコンテナに響く。
朝潮が視線を向けると、そこにはモノクルを付けた男が立っていた。その後ろには『空母水鬼』を連れている。
「おや、何かなガスコーニュ?
野蛮で遅れた地上人類などレムリアが生存を許可してやる飼い犬にすぎない。私は犬は犬らしい態度をするように躾をしようとしているだけだが?」
「……インヴィンシブル、お前のレムリアに対する忠誠には感心する。
だがその艦娘は今回の敵万能戦艦のおびき出しに使う餌だ。餌は五体満足でなければ意味は半減する。
躾とやらは控えておけ」
その言葉に、2人の視線が空中でぶつかった。
その様子を隣で眺めながら、朝潮はとてつもなく嫌な予感に襲われる。
(万能戦艦であるインヴィンシブルと対等に話す男……まさか、この男も万能戦艦だというの!?)
羅號が1対2の戦いを強いられる状況に、朝潮は顔を青くする。
そんな朝潮の前で繰り広げられた視線のぶつかり合いは、インヴィンシブルが肩を竦めて朝潮を離すことで終わりを告げた。
「……いいだろう、今回は君の意見を採用する。
なに、犬の扱いには慣れている君の意見だ。 間違いはないだろう」
「……聞き届けてくれて感謝の極みだ」
お互いに友好など感じられない言い合いの後、インヴィンシブルは出口へと向かっていく。そして扉のところでインヴィンシブルはガスコーニュの肩を叩いた。
「ついでに作戦の間の犬の世話も頼めるかね?
君と違って、躾の行き届いていない犬の世話は苦手でね」
「……了解した」
「では頼むよ、トップブリーダーくん」
そう言ってインヴィンシブルは出ていった。
「……ちっ、相変わらずいけ好かん」
一方のガスコーニュも悪態をつくと、その後ろで控えていた『空母水鬼』へと顔を向けた。
「『ベル』……あとは任せた」
「ハイ、ガスコーニュ様……」
『ベル』と呼ばれた『空母水鬼』が頷くと、一度だけチラリと朝潮の方を見てからガスコーニュも出ていった。その姿を見えなくなるまで見送っていた『ベル』は、改めて朝潮へと向き直る。
「私の名前ハ『ベル』……短い間ダケど、アナタのお世話ヲ担当するワ」
そう言った彼女に朝潮は、『ちぃ』たちレムリア亡命艦隊の面々と同じく、『感情』の存在を感じ取ったのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「ママッ!!」
ドアを吹き飛ばすような勢いで開け放ち、羅號が室内に飛び込んできた。
「らーくん!」
「ラゴウ、待っテー!」
羅號に続いてローと『ちぃ』も転がるように室内に入ってきた。2人とも肩で息をしており全力疾走してきたことが伺える。その室内では長門が、そして筑波大将と八重までが待っていた。
「羅號、それにお前たちも来たのか……用事もあったろうに急いで来てもらってすまないな、羅號」
「そんなことはどうでもいい!
そんなことより長門ママ、あの話は……朝潮が誘拐されたって話は本当なの!?」
その言葉に長門たちは沈痛な面持ちで頷いた。
「ああ、本当だ……」
「そんな……」
「すまん、羅號……ワシが、ワシが甘かった……」
ショックに打ち震える子供たちに筑波大将も頭を下げる。
筑波大将が頭を下げる理由は、今回の事件の裏側をあらかた把握したからだ。今回の朝潮誘拐事件の裏には『旧君塚派』の影があったのである。
未だに『レムリアへの臣従による国家安寧』を掲げる『旧君塚派』の者たち、今回の事件はそんな『旧君塚派』の手引きによって引き起こされたものである。憲兵に化けレムリアの者とともに横須賀鎮守府内に侵入、大胆にも白昼堂々と朝潮を誘拐して、あらかじめ用意しておいた逃走経路から悠々と脱出したのだ。横須賀鎮守府は現在再建作業の真っ最中であり、警備体制に関しても不十分だったことも朝潮の誘拐を容易にしてしまった原因である。
筑波大将はまさかこんな大胆な行動をとってくるとは思わず、天城大将によって忠告を受けていたのにもかかわらずまんまと朝潮を攫われたことに悔しそうに顔を歪めた。
「おじいちゃん……それで朝潮はどこに連れてかれたのか分かったの?」
「……ああ」
羅號の言葉に、筑波大将はゆっくりと頷く。
朝潮誘拐の事実を把握してからの筑波大将の動きは早かった。怪しい動きをした旧君塚派の者を即座に拘束、尋問によって状況を把握したのである。
「捕まえて
「インタビュー? 誘拐までしたのにそれだけで教えてくれたの?
騙されただけの結構いい人だったのかな?」
羅號は小首を傾げるが、その致命的な勘違いを大人たちは誰も正さない。子供には知らなくていい、知らせてはいけない世界があるのだ。
その情報によれば朝潮を攫った後、彼女は北を目指して船に乗せられたようである。
「北? 目的地は一体……?」
「分からんが、間違いなくその狙いは……」
その時、再びドアが開け放たれる。
「八重、入るわよ」
入ってきたのは瑞貴であった。
「瑞貴……」
「……状況は聞いてるわ。
うちの旦那からも協力するように言われてるわ。 私に任せなさい」
「天城の奥方……協力、感謝します」
瑞貴の言葉に、筑波大将は深々と頭を下げた。
「筑波大将閣下、頭を上げてください。
それに……この事件、相当不味いことは分かっていると思います。
出し惜しみはなしで、協力して何とかしないと……」
瑞貴はそう言うと、近くにいたロー、『ちぃ』の順番に頭を撫で、最後にワシャワシャと羅號の頭を撫でる。
「?」
羅號は瑞貴の意味深な言葉に首を傾げる。自分が日本の命運を握る存在だということを、今一つ羅號は理解していないのだ。
朝潮が誘拐された原因は間違いなく、羅號を釣るための餌だろう。もしもその思惑通り羅號が釣られて何かあったのなら……この戦争での『世界』の敗北はほぼ確定する。
だから、できることならそうなる前に事件を解決したいというのが大人たちの本音だ。
「今、私が声をかけれるだけの空母艦娘たちにありったけの偵察機を飛ばさせているわ。
訓練学校に通う、まだ殻もとれてないヒヨコたちだけど私が育ててる子たちよ、偵察任務なら余裕でこなせるわ。
これでその船を補足できれば……」
「瑞貴さん!!」
その時、三度ドアが開け放たれると誰かが飛び込んでくる。それはあの鳥海の母である藤見美羽であった。
「美羽、どうしたの?」
「瑞貴さんが動員をかけた空母艦娘の1人、龍鳳の子が目標を補足しました。
でも、その船に……」
そう言って、美羽は偵察機から撮っただろう空撮写真を見せる。
何の変哲もない小型輸送艇、しかしそこには拘束された朝潮と大きな盾のようなものを持つ艤装を付けた『男』の姿が映っていたのだ。
艤装を付けた『男』……その意味に、室内の温度が急激に下がる。
そんな中、羅號がポツリと言った。
「ラ級万能戦艦……」
この時、やっと日本側は朝潮を誘拐した一味に敵万能戦艦の存在を確認したのである。
「……最悪のシナリオだわ。
発見した龍鳳の対応は?」
「十分に距離を取って航空偵察のみに徹しています」
「GOOD、言い判断だわ! さすが私の教え子ね!」
そんな風に瑞貴が弟子の対応を褒める中、羅號は意を決したかのように部屋を出ようとするのを長門が止めた。
「羅號、どこに行く!!」
「決まってるよ長門ママ! 僕が出撃して朝潮を助けてくる!!」
「羅號、待て!!」
長門の手を振りほどこうとする羅號だが、長門はその手を離さない。
「羅號、落ち着いて」
「長門ママもおばあちゃんも放してよ!!」
そうしているうちに八重も羅號を抱きしめるようにその動きを止めようとした。
「いいから聞くんだ、羅號!!」
ビクッ!?
長門が怒鳴るような大声を出したことで、羅號はびっくりしたかのように動きを止める。長門はしゃがみ込んで羅號と視線を合わせると、真っ直ぐに羅號の目を見て諭す。
「朝潮を攫われて心から心配なのは分かる。
だが敵にラ級万能戦艦がいると分かった以上、このまま奴のもとに向かうのは危険だ。どんな罠があるとも限らん。
お前が向かって負けてしまっては朝潮を救うことは出来んぞ。
ここはまずは偵察で相手の情報をできる限り集めて、万全な状態で朝潮を救えるようにするんだ。
ここは私やおじいちゃん、おばあちゃんたちに任せてくれ……」
「……わかった」
いろいろと言いたいことはありそうな様子だったが、羅號は力を抜いていく。それを見て、長門もホッと息をついた。
「状況が変わり次第、また伝える。
それまではみんなで身体を休めていなさい。 休むのも大切な役目だ」
そう言って長門はローと『ちぃ』に目配せすると、2人は応えるように頷く。
「らーくん、行こ?」
「ラゴウ、一緒に行ク」
羅號はローと『ちぃ』に挟まれ、まるで連行されるように部屋から出る。それを見送ると、長門たちは揃ってため息をついた。
「何とか今すぐに飛び出すのは思いとどまってくれたか……。
しかし父様に母様、攫われたのは朝潮です。
大切な子を攫われていつまでも大人しくしていられるほど、あの子は物分かりも良くなければ薄情でもありません。
それが、その近くにラ級万能戦艦がいるとなればなおさらです」
「わかっとる……。
ワシら大人の方で何か手を考えなければならんな……」
「航空偵察はこのまま続けさせるわ。
情報は逐一持ってくるから」
「お願いします、瑞貴」
筑波大将は苦虫を噛み潰したような顔で帽子をかぶり直し、八重は瑞貴の協力に頭を下げる。
こうして朝潮の誘拐を把握した日本海軍は情報収集に奔走し始めるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「寒い……」
「コレを使ッテ。
こンな狭イ中で火は使えナイから……」
自分の肩を抱くように小さく震えた朝潮に、『ベル』は持ってきた毛布を優しくかぶせる。
「あ、ありがとうございます……」
朝潮は『ベル』にお礼を言うと、『ベル』は微笑んだ。
「暖かイお茶ヲ淹れてアゲる。
インスタントだけど……コーヒーと紅茶、どっちが好キ?」
「では……コーヒーを」
「オ砂糖とミルクは?」
「ブラックでいいです」
「アラアラ、大人なのネ」
そう言って『ベル』はクスクス笑うと、持ってきた魔法瓶に入れたお湯でインスタントコーヒーを淹れてくれた。寒々しいコンテナ内にコーヒーのいい香りが広がっていく。
「いただきます……」
朝潮は『ベル』から渡されたマグカップに入ったコーヒーをすすった。
朝潮の飲むコーヒーは苦く、そして温かい。それは冷えた身体を内側から温めてくれる。そんな朝潮の様子を『ベル』はニコニコしながら見ていた。その表情に嘘があるように感じ取れないのは朝潮が未熟だからだろうか?
朝潮がこの場所に閉じ込められてからしばらく経つ。一度外に連れ出されたりしたが、それ以外は外部をうかがい知ることのできないこのコンテナ内にいたことで時間感覚が完全に狂い、自分が誘拐されてからどれほどの時間がたったのかもう分からない。そんな中、朝潮の世話をしてくれていたのは『ベル』だ。
最初は敵の一味ということで警戒心と反抗心をあらわにしていた朝潮だが、今では注意深くはしているが反抗心などは消えてしまっていた。『ベル』は食事などの身の回りの世話だけでなくこうして話し相手になりに来ている。そして嫌そうな素振りなどみじんも見せず、丁寧に扱ってくれているのが分かる。……身体を綺麗にするといって裸にされ、全身を洗われたのは丁寧さを超えてちょっと引いてしまったが。
そんな朝潮を丁寧に扱ってくれる『ベル』に敵意がわかなくなってきてしまったのである。
朝潮はそんな自分の変化を冷静な部分で『ストックホルム症候群にかかったのかもしれない』と分析し、頭を振る。そしてその危惧を払拭するためにもと、何か情報を入手できないものかと朝潮は『ベル』に積極的に話しかけることにした。
「……あの……『ベル』さんもレムリアで『欠陥品』って呼ばれている『感情』のある個体なんですよね?」
「エエ、そうヨ」
「あの……『ちぃ』たちからレムリアでの『欠陥品』の扱いは酷いって聞きました。
『ベル』さんは……大丈夫なんですか?」
朝潮はインヴィンシブルが『ベル』のことを『ペット』と呼ぶのを聞いている。優しくしてもらった相手だけに個人的な心配もあるが、もし不満を持っているようなら人類側に引き抜けるのではないかとも考えて朝潮は質問してみた。
だがそんなかなり突っ込んだ朝潮の質問に、『ベル』は微笑みながら答えてくれる。
「フフ……そうネ。
私は大丈夫ヨ」
そう言うと『ベル』は少し遠くを眺めるようにしてから、ゆっくりと言った。
「朝潮チャン、アナタは……『生まれたこと』ヲ後悔しタことはあル?
私ハあルわ……アノ人に出会ウまでズット……」
朝潮には『ベル』のその眼の色が……どうしてか見覚えがあるような気がした。
「ソウね……オ茶のお菓子の代わりニハならなイけど、暇つぶシにはなるでショウ。
少しダけ……私の話ヲしてあゲル」
そう言って『ベル』は再び遠い彼方を見つめるようにしながら、ゆっくりと語り始めた……。
~~~~~~~~~~~~~~~
『もしも選べたのなら、感情など欲しくはなかった』……それは当時の、生まれたばかりの『欠陥品』たちの思いだった。
彼女たちが生まれたのはあの『レムリア亡命艦隊』がレムリアを脱出してすぐのころだ。レムリアを裏切ったとも言える『レムリア亡命艦隊』を構成する『欠陥品』への扱いは、当然ながら苛烈なものになる。誕生と同時に『欠陥品』だと判明したものは徹底して拘束、処分となったのである。
「私たち、これカラどうなるんダロう……?」
『欠陥品』の集められた暗い部屋で響いたその呟きは誰のものだったのか……誰でも変わらない、どうせそれは全員の共通した思いなのだから。
そして……そんな自分たちの末路すら、彼女たちは理解してしまっていた。
「怖イ……怖イわ……」
そう遠くない未来にやってくる処分の時……彼女たちは『感情』があるがゆえに、迫る『死』の恐怖に震えていた。
そんな彼女たちにできることは、仲間同士互いに肩を抱き身体を抱きしめ、少しでも恐怖の震えがおさまることを祈ることだけだった。のちに『ベル』と呼ばれる彼女もそんな風に震えながら過ごした。
そんな中で互いに抱きしめ合って慰め合った『水母棲姫』は『ベル』にとっては大切な親友であり、また彼女も『ベル』のことをそう思ってくれていたのである。どんな場所にだって美しい友情の花は咲くのだ。しかし……その美しい花の最後はあまりにも悲惨だった。
彼女たちの処分方法、それは新型艦の性能テストのための標的だったのである。そしてレムリアの新型艦といえば、あの『万能戦艦』たちのことだ。『欠陥品』である彼女たちは通常の深海棲艦と比べれば強力だが、相手が『万能戦艦』では桁が違いすぎてどうしようもない。
悲鳴に断末魔、哀願に命乞い……なまじ感情があるだけに人と同じ反応をする彼女たちの最後は、『無惨』という言葉では生ぬるい地獄の光景だった。
そして……親友であった『水母棲姫』も、『ベル』の目の前で命を散らした。
「ギャハハハハ!!」
狂った嗤いを上げる男……確か『モンタナ』といったか……その男のツインドリル、その片側が『水母棲姫』を貫いていた。叫び声さえ上げられぬ激痛の中で、自然な反応でもがく『水母棲姫』。そんな彼女を貫いたドリルが回転し、彼女のはらわたをかきまわす。
生きながら挽肉にされていく彼女の絶叫、そしてそんな彼女の弱々しく震える手が『ベル』の方に伸ばされる。
「助けて……」という消え入りそうな彼女の声を『ベル』は聞いた気がする。しかし、その光景を前に恐怖ですくんでしまった『ベル』はピクリとも動くことができなかった。
そんな『ベル』の艤装へ砲弾が直撃する。衝撃によって遠のく意識に『ベル』は抵抗しなかった。むしろその幸運に感謝すらしていた。これできっと、気を失っているうちにすべては終わっているだろうから。
だから目が覚めてしまったときは酷く驚くのと同時に、あの『死』の恐怖を味わうのかと絶望してしまった。そんなときに彼女の前に現れたのがガスコーニュだったのである。
その姿を認めた瞬間、彼女は悲鳴を上げて部屋の隅へと後ずさり、恐怖で震える。万に一つに賭けて命乞いの言葉が喉まで出かかるがその瞬間、『水母棲姫』の最後の姿がよぎった。
大切な親友の助けを求める手に何もできなかった自分……それを自覚した瞬間、彼女の『生』にしがみつこうとする心が砕け散ってしまった。
「オ願い……デス。嬲らないデ……。
せメテ、ひと思いに殺シテ下サイ……」
彼女の声から出たのは、なるべく苦しくない『死』の哀願だった。
泣きながら目を瞑り最後の時を待つ彼女に、しかし願ったはずの『死』は訪れなかった。
スッ……
「……エッ?」
震える彼女の頬に、柔らかな手が触れた。恐る恐る目を開けると、そこには視線をあわせるようにしゃがみ込んだガスコーニュの姿がある。その表情からは感情の読み取れないが、ただ目だけは優しい光をたたえていたように見えたのは彼女の錯覚か?
「……来るか?」
「エッ……」
「俺と来るかと聞いている」
何のことか分からず聞き返してしまった彼女の耳に入ってきたのは、彼女の仲間たちが望んでも手に入らなかった『生』への切符だった。
「な、なンで……?」
「……俺にお前の力は有用だと思ったからだ。 このまま死なせるのは惜しい」
「デも……」
「せっかく生き残った命、無駄にすることはない。
死ぬことはいつでもできる。 だから生きれるだけ生きればいい。
それが死んだ者への弔いになることもある……」
目の前にぶら下がった『生』への切符に、しかし死んだ仲間たちを思うと容易に飛びつけずにいる彼女に、ガスコーニュは何かを彼女の髪につける。
それは……。
「こ、こレ……!?」
「お前の仲間のものだろう?」
それは『水母棲姫』の髪を結っていた黒いリボンだった。それに気付いたとき、先ほどまでとは違う涙が溢れてくる。
「死者に言うことは、死んでからにしろ。
それで……俺と来るか?」
「ハイ……」
頷きながら、彼女は頬を撫でるガスコーニュの手を握る。
「そうか……それで、お前は『名前』はあるのか?」
「個体名なンて私タチには……」
「だが名前がなければこれから不便だ。
そうだな……空母……ベアルン……『ベル』という名前はどうだ?」
「『ベル』……それが私の『名前』……!」
『名前』……自分だけの、特別な贈り物。その名を呟くと、胸に温かなものが広がっていく。
命を拾われ、そして『名前』を贈られた彼女は誓うように答えた。
「ハイ……ガスコーニュ様。
私の全テは、貴方のためニ……」
~~~~~~~~~~~~~~~
「フフ……あまり面白くもナイ話だったデショ」
そう言って『ベル』は朝潮に微笑むが、朝潮はどう返していいのか分からなかった。そんな朝潮の反応を待たず、『ベル』はテキパキとお茶を片付け始める。
「思えバ、私の艤装を撃っテ気絶させタのもガスコーニュ様だった。ガスコーニュ様だけは殺すタメではなく、戦闘力ヲ奪うように戦ってたワ。最初からガスコーニュ様は生き残った者ヲ助けテくれるつもりダッタのね。
……もっとも、私以外は戦闘力ガ無くなった瞬間、他の万能戦艦の方々にトドメを刺されテしまったのダケド」
そう言って『ベル』は少しだけ悲しそうに呟く。そんな中、なんとか朝潮は絞り出すように声を出した。
「あの……なんでその話を私に……?」
そんな朝潮に、『ベル』は再びニコリと笑うと言った。
「朝潮チャンが……私と似てイル気がしたカラよ」
「……」
その言葉は、朝潮の胸の中にあったものを射抜いていた。
『ベル』のその眼の色に見覚えがあるような気がしたのは当然だったのだ。それは……朝潮自身にそっくりだったのだから。
生まれの不幸を呪い、目の前で友達が死に、生き残った自らの死を望んだ。
そんな命を救われ、そしてその救ってくれた人を好きになった……朝潮と『ベル』の共通点は多い。
だからこそ、朝潮には『ベル』のガスコーニュに対する愛の深さが分かってしまう。
お茶の片づけを終えた『ベル』はゆっくりと立ち上がった。
「きっとモウすぐ、朝潮チャンの大好キな彼はやってくる。
そこを……討つワ」
「……羅號は負けません」
「そう。 デモ……ガスコーニュ様は負けナイわ」
それだけ言うと、『ベル』は出て行った。
残された朝潮は身体を丸めながら毛布を被る。カタカタと震える肩を自分で抱くが、それはおさまらない。この肩の震え……これは寒さではなく、不安からくるものだからだ。
今度の敵はインヴィンシブルとガスコーニュのラ級万能戦艦2隻に、そして『ベル』だ。
「羅號……今度の戦いは……辛いわ」
それは戦力的な話か、それとも心情的な話か……恐らくどちらともだろう。
朝潮の不安からの震えは結局、おさまることはなかった……。
羅號「ガスコーニュさんはどうやって『ベル』さんと仲良くなったんですか?」
ガスコーニュ「→頭を撫でる×6
→もう夜だ…寝支度をしよう
これを毎日続けただけだ」
羅號「へぇ……僕も朝潮にやってみようかな?」
ガスコーニュ「それはやめろ。色んな意味で似合いすぎる。
お前が目をハートにした朝潮に襲われる場面まで簡単に想像できるぞ」
羅號出撃まで行く予定だったんですが……いろいろ書かないといけないことを書いていたらそこまでたどり着きませんでした。
しかしこれで朝潮と『ちぃ』に『ベル』との因縁を作れましたので、『朝潮&ちぃVSベル』の準備完了です。
そして『ベル』さんの過去……この辺りは昔マガジンでやっていた『G-HARD』を読みながら考えました。『ちぃ』たちが脱走したあとに生まれた『欠陥品』がどんな目に合うのかということですね。
そして『ベル』さんの親友だった『水母棲姫』さん。かなりエグい目に合っていますがこれも幼少期に読んでいた『封神演義』という漫画のトラウマから。
昔ジャンプで『封神演義』という漫画がありましたが……あのハンバーグは幼少期のトラウマとなりました。あの漫画、いろいろ幼少期に読むにはエグいです。
次回こそ羅號たちの出撃と戦闘の予定。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
罠 氷海の激闘(その4)
シスターサラはどんな艦娘かな?
今回はやっと羅號出撃と戦闘です。
深夜の横須賀鎮守府……再建のための喧騒もいったん途絶えたそこに怪しい小さな影が3つ、周囲を伺うようにしながら移動していた。その3つの影の正体、それは言わずと知れた羅號・ロー・『ちぃ』の3人組である。
そこらじゅうの部屋には昼間を問わない仕事に追われていることを示すように明かりが灯っていた。そのうちのいくつかは誘拐された朝潮の対策のために使われていることだろう。
羅號は母である長門、そして義祖父や義祖母、そしてたくさんの人たちが今、朝潮のために必死になって頑張ってくれていることは理解している。
しかし……。
「もう待てないよ、ママ……」
羅號はその明かりに向かってポツリとつぶやく。
敵にラ級万能戦艦がいることが判明したため、朝潮救出のための手立てがまったくといっていいほど進んでいないのだ。『会議は踊るされど進まず』といったところである。そのため羅號はしびれを切らしてしまったのだ。
「朝潮を助けに行く!」
「ろーちゃんも行きます、って!」
「『ちぃ』もアサシオ、助けル!!」
本来羅號がこういう暴走をしないようにお目付け役を期待されていたローと『ちぃ』も、親友である朝潮の救出について話が進まないことに思うところはあった。そんなおりローが『ある話』を聞いてしまったことで、ローと『ちぃ』の不安がついにオーバーフロー、羅號にその話をしてしまい、思い立った羅號についていくことを条件に2人は立派な共犯者になっていた。
「……よしっ!」
艤装の置いてある工廠兼発進ドッグの明かりは消えている。くすねてきた鍵で扉を開けると、3人はソロリと中に入った。
その時だ。
「計算どおり、ですね」
「いやいや鳥海さん、ドヤ顔で言われなくても普通に予想できますって」
「こればかりは夕張に賛成ですねぇ」
工廠の中には、休暇中であるはずの鳥海・夕張・明石の姿があった。完全に待ち構えていたらしく、皆揃って呆れ顔である。
「3人とも休暇のはずじゃ……なんでここに……?」
「……こんな一大事に休暇も何もありますか。
お母さんから話を聞いて、こうなるんじゃないかと思って張っていたら案の定です。
さて……」
鳥海は肩を竦めてから、鋭い視線で羅號を射抜く。
「羅號くん、あなたは何をするつもりですか?」
「決まってます。 朝潮を助けに行くんです!」
「それで、手はあるんですか?」
「……」
押し黙る羅號に鳥海は「やっぱり……」とため息をつく。
「羅號くん、あなたたちじゃここに保管された艤装の取り出しも出撃用ハッチの開閉すらできませんよ。
よしんばそこを力技で解決したとしましょう。羅號くんなら艤装なしでもここのロックぐらいは破壊できます。でも、それをやったらまわりに確実にバレてみんな何事かと集まってきますね。そしてあなたを止めようとする。
羅號くん、あなたは味方に砲を向けて蹴散らし、朝潮ちゃんのところに向かうんですか?」
「それは……」
味方に砲を向けるなど羅號は考えたこともない。しかし、このまま強行すればそうなる可能性が高いことは鳥海の話で理解できた。だが、そんな程度の覚悟で羅號もここにいるのではない。
「羅號くん、筑波大将閣下を筆頭にみんな頑張っています。
もう少し、もう少しだけ様子を見ましょう」
「……そのセリフならママたちからもう何度も聞きました。
敵にラ級万能戦艦がいる時点で、僕が行かないと助けられないよ。
早くしないと朝潮の身が危ない!」
あくまで理を説く鳥海に、しかし一歩も引かないといった羅號が言い返す。
しばらくにらみ合う両者。やがて、恐る恐るといった感じで羅號は鳥海に尋ねた。
「まさか……鳥海さんたちまで『朝潮を見捨てるべき』なんてこと言いませんよね?」
その言葉こそ、羅號たちを急かし駆り立てた理由だった。
実はこの朝潮誘拐事件に関して、『朝潮を見捨てる』という意見の方が強いのだ。
敵にラ級万能戦艦が存在する以上、動くのならば羅號の力が確実に必要になる。だが敵の狙いは明らかに羅號であり、レムリアに対して羅號は人類の唯一無二の希望だ。
対する朝潮は身寄りすらない戦争孤児で、いくらでも替えの利くただの駆逐艦娘の1人でしかない。
そんな朝潮のために羅號を危険にさらすのは愚の骨頂として、『朝潮を見捨てる』というのだ。
この話をローが立ち聞きして知ってしまったことで、3人はもう自分たちだけで朝潮を助けにいこうと思い立ったのである。
しかしその話に鳥海は表情を変えることなく、メガネをクイッと直した。
「なるほど……羅號くんたちが焦った理由はそれですか……。
羅號くんの重要性を鑑みれば十分選択肢に入る、妥当な話ですね……計算どおりです」
「そんな……鳥海さんまでそんなことを……。
本気で、本気で朝潮を見捨てるなんてことを思っているんですか!?」
羅號たちは鳥海が朝潮のことをまるで妹のように可愛がっていたのを知っている。そんな鳥海が『朝潮を見捨てる』ということに肯定的な発言をしたため、羅號はまるで怒鳴るように詰問した。
しかし鳥海はその質問には答えず、逆に羅號に問い返す。
「羅號くん……あなたは自分の重要性を理解していますか?
あなたはレムリアのラ級万能戦艦たちに対するたった一つの希望です。あなたが沈めばこの日本だけでなく、この『世界』はレムリアとの戦争に敗北するでしょう。
その身に背負った重要性を理解し、その上であなたは危険を冒してでも朝潮ちゃんを助けたいと思っていますか?」
有無を言わせぬ鳥海の雰囲気に呑まれ、羅號の熱くなっていた感情がゆっくりと元に戻っていく。そして、羅號は鳥海に答えた。
「……僕の重要性だとか希望だとか、みんなが僕に期待してくれているのは分かってますし、それに応えたいとは思っています。
でも……何よりも僕のやりたことはあの時トラック泊地で生まれた時と何も変わらない。
『仲間を守り、いつか静かな平和の海を』……それが大和お母さんとの最初で最後の約束であり、僕のやりたいことです。
だから……僕たちの大切な仲間を、朝潮を助けます。
きっと朝潮だって僕のことを待ってると思うから……」
羅號の言葉に、鳥海は「そう……」と呟きながら、呑みこむようにゆっくりと頷いた。
「……羅號くん、さっきの『朝潮ちゃんを見捨てることに納得しているのか?』という質問に答えましょう」
鳥海は羅號たちにゆっくりと近付いた。そして目線を合わせるようにしゃがみ込むと、羅號たち3人をまとめてえ掻き抱く。
「納得するわけないでしょう! 艦隊は家族、艦隊は姉妹なのよ!
私は朝潮ちゃんのことを本当の妹みたいに思ってるの。
ううん、朝潮ちゃんだけじゃない。羅號くんもろーちゃんも、それに『ちぃ』ちゃんだって私は弟や妹みたいに思ってるの。
そして……そう思ってるのは私だけじゃないわ」
鳥海に任せてことの成り行きを見守っていた夕張と明石も、肩を竦めながらその言葉に頷く。
「そんなの当たり前じゃないの」
「そうじゃなきゃ、今ここに集まりませんよね」
その様子を見て、羅號は少しでも3人を疑ったことを恥じた。
少し考えれば分かることだ。この3人は羅號だけでなく、ローや『ちぃ』、朝潮や吹雪や満潮に姉のように今まで接してくれていたのだ。羅號にとっては長門が『ママ』なら、この3人は『姉』である。その姉を疑うことなどなかったのだ。
ややあって、鳥海は3人を離すと決意したかのように立ち上がった。
「羅號くん、あなたの決意は分かりました。
これが海軍の者として正しいのかは分かりませんが……出来るだけ周りに気付かれないように羅號くんたちが朝潮ちゃんを助けに行けるようにしてあげます」
「もーっとこのお姉ちゃんたちに頼りなさい」
「まぁ、ちょーっと頼りないお姉ちゃんズですけどね」
「鳥海さん、夕張さん、明石さん……」
「時間がないわ、こっちよ」
感極まる羅號たちを、鳥海たちは奥に促す。そしてそこにはすでに羅號たちの艤装がスタンバイされていた。
「大急ぎだけど、整備と調整は私たちでやっておいたわ」
そう言って夕張が胸を張る。その言葉通り、艤装はどれも万全な状態だ。朝潮の艤装も一式が輸送コンテナに詰められており、簡単に曳航できるようになっている。
「朝潮ちゃんを救出したら必ず必要になるでしょう」
鳥海のその言葉に頷きながら自分たちの艤装を眺めていたローと『ちぃ』は、自分たちの艤装が微妙に違うことに気付いた。
「あれ、この魚雷って……」
「ヒコーキに付いてルこのバクダン、見たことナイ……」
「気付きましたか?
そうです、羅號くんの開発した新装備をろーちゃんと『ちぃ』ちゃん、そして朝潮ちゃんの艤装に装備してあります。
『ちぃ』ちゃんの方は艦載機から投下する、
あとはろーちゃんには特殊魚雷を、朝潮ちゃんには……」
そんな風に装備説明をしてくれる明石。その目は輝いており、こんなときでも明石らしいと羅號は苦笑した。
「夕張さん、明石さん、ありがとうですって!」
「アリガト、なの」
羅號たちは3人に礼を言いながら、大急ぎで艤装を装備し出立の準備をする。
『全員、準備はいい?』
「「「はい!!」」」
スピーカーから聞こえる鳥海の声に3人は答える。
『今から私たち3人で出撃用ハッチのシステムをハッキングして操作するわ。
ハッチが開いたら速やかに、なるべく静かに朝潮ちゃんのところへ……北極海に向かいなさい!』
『必ず、朝潮ちゃんを加えて4人で戻ってくるのよ!』
『たいていの怪我なら私が何とかしてみせます。
だから絶対に沈んじゃダメですからね!』
そんな風に自分たちを気遣ってくれる3人に、羅號は答える。
「黒子お姉ちゃん、苺お姉ちゃん、幸子お姉ちゃん、ありがとう!
羅號、出撃します!!」
「ろーちゃん、いきますって!」
「『ちぃ』、行くノ!」
出撃用ハッチが開いたのを見計らい、半潜水状態になった羅號に曳航されてローと『ちぃ』も出撃していく。羅號の超パワーだ、3人の姿はすぐに夜の闇の彼方に消えていった。
そして出撃ドッグに残ったのは鳥海・夕張・明石だけだ。
「……口惜しいわ。 私も艤装が持ち出せたら……」
「休暇中だったんだから仕方ないですって」
「そうですよ。
それにあの子たちにハッキングなんて芸当できますか?
その辺の大人の仕事のために私たちはここに来たんですから」
「そうね……大人の仕事ね……」
羅號たちの航跡を見つめながら、鳥海は笑う。
「『お姉ちゃん』、か……これは気持ちのいいものですね」
「なんか……本名で呼ばれたの久しぶりだわ」
「むぅ……なんか『幸子お姉ちゃん』は堅い感じですねぇ。
帰ってきたらもっと柔らかく、『ゆきねぇ』と呼ぶように変えさせよう」
「その法則だと私は『黒ねぇ』ですか……。
ものすごい腹黒そうなイメージですけど」
そう言って3人はアハハと笑い合った。一しきり笑うと3人は顔を見合わせる。
「羅號くんたちの艤装の無断持ち出しと無断出撃のほう助……さて、私たちはどんな罰になりますかね?」
「羅號くんが無事じゃなかったら、ブタ箱どころか絞首台直行コースじゃない?」
「それ、あんまり笑えませんよ」
3人はそう言って苦笑し合う。
耳を澄ませばどうも騒がしい。思ったよりも羅號たちの出撃は早くバレたようだ。
「さて……私たちは大人の仕事と責任を果たしましょうか」
鳥海の言葉に、夕張と明石はコクリと頷く。
3人はゆっくりとした足取りで、工廠の出口へと向かっていく。そこにいるだろう筑波大将ほか御歴々に事情を説明しなければならないからだ。
「羅號くん、ろーちゃん、『ちぃ』ちゃん、そして……朝潮ちゃん。
みんな必ず無事で帰ってくるんですよ」
鳥海は最後に工廠の闇に向かって、それだけ呟いた……。
~~~~~~~~~~~~~~~
狭いコンテナ内に笑い声が響く。
「ハハハッ!
君の王子様の出撃が確認されたよ。
もうすぐ彼がここにやってくる。 どうかな、嬉しいかな?」
「……」
「ん? 嬉しすぎて声も出ないかな?」
(この男……何を白々しいことを!)
インヴィンシブルの言葉に、朝潮は心の中で毒づく。もしも自由がきくのなら、その顔面に一撃をいれてやりたい気分だ。
いま朝潮は声を出したくても出せない状態だ。手は後ろ手に縛られ、口には猿ぐつわを噛まされている。
「さて、では舞台に上がってもらおうか。
演目名は『悲劇! 姫を取り戻しに来た王子様、返り討ちに合う』といったところかな」
「んー!!」
強引に立ち上がらせてどこかへ連れて行こうとするインヴィンシブルにせめてもの抵抗をする朝潮だが、ラ級万能戦艦であるインヴィンシブルのパワーの前では、朝潮など見た目通りのか弱い少女でしかない。
そのままどこかへと運ばれていく朝潮。
(『ベル』さんも、そしてもう1人のラ級万能戦艦のガスコーニュの姿もない。
恐らく羅號を沈めるために、配置に付いているんだ!)
それを理解するが、今の朝潮ではどうしようもない。
(羅號、どうか無事でいて!)
今の朝潮にできるのはそうやって祈ることだけだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
横須賀鎮守府を秘密裏に出撃した羅號たち3人は、目的のポイントまでたどり着いていた。
「もうすぐ、朝潮のいるはずのポイントのはず……」
情報によれば、敵は羅號を待ち構えるかのように動いていないらしい。
「「「……」」」
緊張の面持ちで進む3人、その時羅號のレーダーが影を捉えた。
「レーダーに感! 敵、航空機編隊接近!!」
同時に羅號はローと『ちぃ』の曳航を切り離して空中へと離水する。
「ろーちゃん! 『ちぃ』ちゃん!」
「分かってます、ですって!」
「ンッ! ワカッタ!」
羅號の言葉に頷いてローは潜水状態に、『ちぃ』は朝潮の艤装の入ったコンテナを引きながら進む。
そんな中、空中の羅號は敵の姿を認めた。
「あれは……ジェット機か!」
向かってくるのはインヴィンシブルの艦載機であるジェット機の編隊であった。それに対して羅號も艦載機を発艦させる。
「『氷龍』、全機発艦! 対空戦闘用意!!」
羅號から発艦した『氷龍』とインヴィンシブルのジェット機が熾烈な空中戦を展開し、そこを対空砲火で弾幕を張りながら羅號が突撃する。やがてその視線の先に目標の船が見えてきた。
その船のコンテナ上にいるのは……。
「朝潮ッ!!」
そこには朝潮の姿があった。後ろ手で縛られ猿ぐつわを噛まされたその姿を見て、羅號の頭に血が上る。
そして朝潮の隣には、スーツにも見える服にインバネスコートを纏った男。頭に被ったボーラーハット、レーダーマストを模した杖のようなものを右手にしており、左手には採掘用のシールドマシーンのような形状をした円形の大盾を持っている。
すると、男は羅號に向かって大仰に礼をした。
「初めまして、私はレムリアの万能戦艦『インヴィンシブル』。
短い付き合いになるだろうが、お見知りおきを」
「……僕は万能戦艦『羅號』」
「君とはどうしても会いたくてね。 来てくれてうれしいよ」
「……朝潮を攫っておいてよくも言う。
さぁ、僕が来ればもう朝潮には用はないだろ。 朝潮を返せ!!」
「安心したまえ、私は紳士だ」
そう言うと男……インヴィンシブルは朝潮を杖を持つ右手で朝潮を抱え込み、そのまま宙へと浮き始める。
「んー!」
「朝潮!? 何をするつもりだ!!」
羅號を見下ろすほどに高度をとったインヴィンシブルがニヤリと笑った。
「言っただろう、私は紳士だと。
紳士の決闘には作法がある。
本来ならば手袋を投げつけるところなのだが生憎と手袋が無くてね、別のもので代用しよう」
そしてインヴィンシブルはチラリと朝潮を見た。嫌な予感が羅號の背を駆け抜ける。
「ま、まさか……」
「さぁ、地上の万能戦艦……正々堂々、よい決闘をしよう」
そして、朝潮の身体を空中に放り投げた。
「んんっーーー!!」
「朝潮ぉぉぉ!!?」
重力に従って落下していく朝潮に向かって、羅號は全速力で飛翔する。
「どうした地上の万能戦艦。
決闘中に相手を見ないとは礼儀がなっていないぞ!」
インヴィンシブルの長砲身35.6cm4連装砲3基12門が火を噴く。
羅號に比べれば小さな口径の砲だがこの至近距離だ、磁気シールドを展開していても羅號への衝撃を完全には防げない。
「ぐっ!?
邪魔をするなぁぁぁぁぁ!!」
その衝撃に揺らされながら、羅號はこのままでは間に合わなくなると悟る。すると羅號は迷うことなく磁気シールドに廻していたエネルギーをカットすると、出力のすべてを推進力に廻した。
「朝潮ぉぉぉ!!」
磁気シールドが無くなったため、インヴィンシブルの砲がモロに羅號の装甲を叩く。しかし羅號はその痛みにまるで怯まず、朝潮だけを目指して突き進む。
そしてついに羅號が朝潮の身体を海面スレスレで右手で抱き止めた。だが、羅號には朝潮との再会を喜ぶ時間はない。
「死ねぇぇぇぇ!!」
「ッ!? 直上!!」
朝潮を抱き止めた羅號の真上から、シールドドリルをうならせながらインヴィンシブルが向かってくる。それはさながら急降下爆撃のようだ。
ラ級万能戦艦の象徴であり必殺の兵装、ドリルが羅號に迫る。
「左舷姿勢制御スラスター全開! 同時に全主砲、左に斉射!!」
左舷の姿勢制御用スラスターが出力全開で稼働し、羅號はすべての主砲を左側に向けると斉射した。
スラスターの推力に羅號の12門の51cm砲の一斉射による反動が加わり、朝潮を抱えた羅號の身体が右に向かって吹き飛ぶように横滑りする。それによって間一髪、羅號はインヴィンシブルの必殺のドリルを回避した。
「よく避けたな。 だが
「冷凍砲、照射!!」
「おっと!」
羅號から放たれた冷凍砲を、インヴィンシブルがシールドドリルを構えて防ぐ。
ピキピキと音を立ててシールドドリルが凍り付くが、すぐにドリルが回転を始め、氷は砕かれた。
「私のシールドドリルの硬度は万能戦艦最硬だ。
この盾を突破することはできない!」
そう得意そうに言うインヴィンシブルだが、その時になって羅號が朝潮を抱えていないことに気付いた。
「何? どこへ……」
そして朝潮を潜水艦の艦娘……ローが朝潮を抱えて逃げている姿が視界の隅に映る。
「潜水艦?」
「……僕は1人で来たわけじゃない。
仲間に頼ることだってできる」
羅號は最初から、朝潮の救出に関してはローに任せるつもりだった。
自分がラ級万能戦艦の気を引いているうちに隠密作戦の得意なローが船に侵入、朝潮を救出し『ちぃ』のところまで退避するというのが羅號たちの作戦だったのである。
しかし思わぬ形で朝潮が戦いに巻き込まれてしまったため、羅號は冷凍砲を囮にしてその隙に潜航して接近していたローに朝潮を託したのだ。
「やれやれ、重りを外されてしまったな。
決闘に自分以外の助けを借りるなど、紳士のやることではないぞ」
「……お前は、お前だけは絶対に許さない」
インヴィンシブルの軽口には答えず、羅號は今まで朝潮を掻き抱いていた右手にドリルを装着する。その顔には明らかな怒りが浮かんでいた。
「では決闘の続きと行こう、地上の万能戦艦!」
「インヴィンシブル!!」
羅號とインヴィンシブルの2人は再び戦いの舞台を空に移す。
怒りとともに吼える羅號の51cm砲の猛攻。そんな中インヴィンシブルは小さく口元を歪め嗤う……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「あっしー、もう安心ですって。
もう少しで『ちぃ』ちゃんのところに着きます、って!」
「んー! んんーーー!!」
ローは朝潮を抱えて、後続の『ちぃ』のところへと退避していた。腕の中の朝潮は先ほどからジタバタと動いている。
口に噛まされた猿ぐつわが苦しいのかもしれない……そう考えたが、今は一刻も早く退避しないと羅號の戦いの邪魔になる。そのためローはただひたすらに速度を上げて『ちぃ』との合流を急いだ。
「ロー! アサシオッ!!」
「『ちぃ』ちゃん!」
そしてついにローは『ちぃ』との合流を果たした。
「アサシオ、ヨカッタ!!」
「んーーー!!!」
嬉しそうに『ちぃ』は朝潮に抱きつくが、朝潮はブンブンと首を振る。
「? アサシオ、嬉しくナイ?」
「あっしー、苦しいんですって。
今すぐ外しますって」
そう言ってローが朝潮の手の拘束を解くと、即座に朝潮は自分の口の猿ぐつわを外した。
「こんなことしてる場合じゃない! 今すぐ羅號に通信を!!」
「あっしー、どうしたの?」
あまりに尋常でない朝潮の様子に何事かと尋ねると、朝潮は一秒の時間すら惜しいとばかりに叫んだ。
「敵はあいつだけじゃない!!
もう1隻! ラ級万能戦艦がもう1隻潜んでいるのよ!!」
「えっ!!?」
「早く、早く羅號にこのことを……!!」
その時だった。
ズドォォォン!!
「「「ッ!!?」」」
戦場をつんざく轟音。その音に慌てて3人は振り返った。そして……傷を負い艤装から黒煙を上げる羅號の姿を3人は見てしまったのである。
それをやった相手は明らかに、羅號と相対しているインヴィンシブルではない。
ズドォォォン!!
再びの轟音。羅號が横合いから殴りつけられたかのように吹き飛ぶ。
そして……黒煙をまとわりつかせた羅號はその高度を一気に下げてきた。
これは『着陸』ではない。これは……『墜落』だ。
「らーくん!!?」
「羅號ッ!!?」
「ラゴウ!!?」
3人の少女の悲鳴のような声が響いた……。
~~~~~~~~~~~~~~~
羅號とインヴィンシブルの空中戦はお互いが決め手にかけるこう着状態に陥っていた。
砲に関しては羅號は51cm砲、対するインヴィンシブルは長砲身35.6cm砲である。攻撃力に関しては圧倒的に羅號の方が優れているのだが、インヴィンシブルの自慢のシールドドリルを突破するには至っていない。同じように磁気シールドを再度展開し、さらに対51cm防御装甲を持つ羅號にはインヴィンシブルの35.6cm砲では有効打を与えるのが難しかった。
そのため互いに必殺の一撃であるドリル攻撃を狙うが、双方の速度はそれほど差がなく、互いにドリルには最大の警戒をしているので簡単にはいかない。
「くっ!?」
「ハハハッ、頭に血が上っているようじゃないか、地上の万能戦艦!」
ただでさえ朝潮を攫ったことで頭にきているところに、神経を逆なでするような癇に障るインヴィンシブルの声が羅號のイライラを加速させる。
(……どうする。 このままだとお互いに決定打がない……)
そこまで考えて、羅號は違和感を覚えた。
(お互いに決定打が無い? なら……インヴィンシブルは何を狙ってる?)
今までのやり取りで、インヴィンシブルは何の手もなく勝負を挑んでくるようなタイプではないことは分かる。インヴィンシブルは策士タイプ……絶対の勝利の自信がなければ動かないタイプである。
ならば……その自信の源はなんだ?
熱くなった羅號の頭が、徐々にクールダウンし始めるその時だった。
ズドォォォン!!
轟音が響く。
(発砲音!? ……違う、インヴィンシブルのものじゃない!!)
次の瞬間、凄まじい衝撃が羅號を襲った。
「がぁっ!?」
一撃だ。
一撃で羅號の磁気シールドが負荷限界点を突破し、衝撃が羅號を叩く。羅號の対51cm防御装甲がひしゃげ、速射砲と迎撃機銃がいくつもまとめて吹き飛んだ。
「な、何が……?」
あまりの出来事に、羅號が思わず呆然としてしまう。
その時、羅號はレーダーに時折揺らぎのような奇妙な反応が出ていることに気付いた。
(これは……
とても注意深くしていなければ発見できないような異常だ。
しかもこの異常なまでの威力の攻撃……。
(もう1隻、万能戦艦がいる!?)
そして羅號はやっとインヴィンシブルの自信の源に気付いた。
この戦いは最初から、1対2の戦いだったのである。
防御力に優れたインヴィンシブルが羅號の目を引きつけながらキルゾーンに誘い込み、もう1隻が電子的に隠れながら狙撃する……そういう作戦なのだ。
インヴィンシブルの各種羅號を怒らせるような挑発的な行動の数々も、羅號から冷静さを奪い、もう1隻が隠れていることを悟らせないための作戦だったのである。
それに気付いた羅號に、再び衝撃が襲い掛かる。
ズドォォォン!!
「がぁぁぁぁ!!?」
横合いから殴りつけられるような衝撃に羅號が吹き飛ぶ。そして羅號の身体が降下を……否、『墜落』を始めた。
(零式重力炉が……止まった!?)
機関部へのダメージによって羅號の力の源である心臓、『零式重力炉』が安全装置によって停止してしまったのである。
補助システムだけでは飛行状態を維持できず『墜落』を始める羅號。その高度はグングン下がっていった……。
鳥海「艦隊は家族。 艦隊は姉妹
嘘を言うな!
猜疑に歪んだ暗い瞳がせせら笑う
お前も! お前も!! お前も!!!
私のために……」
羅號「それ以上いけない」
次回は3人娘の戦いとなります。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
罠 氷海の激闘(その5)
私はサラは手に入ったものの資源が吹っ飛び朝風掘りは断念の状態です。
そして今回のイベントではついに……ついに我が鎮守府に大和が着任しました!!
大和来た! 大和来た!! 大和来た!!!
これで勝つる!!
書けば出るの法則に従ってこの小説を書き始めてもう1年半以上……やっとの着任です。正直サラより嬉しい。
劇場版でも大活躍な大和さんをレベリングしたいけど資源が……。
そんな作者のイベントでした。
今回は羅號を救うために奮戦する3人娘の話……のつもりが……。
両腰に接続されたアームから伸びる左右艤装を合体させ、まるで対戦車ライフルのようになった艤装を左の腰だめに構えたガスコーニュ。その超長砲身41cm5連装砲からは硝煙がたなびいていた。
「……狙撃成功だ」
『オ見事でス、ガスコーニュ様』
狙撃成功にガスコーニュが息を吐き出すと、『ベル』からの通信で称賛の声が聞こえた。
ガスコーニュの付けたモノクルには各種情報が表示されている。そして最大望遠状態になったそこには、飛行不能となり墜落していく敵万能戦艦『羅號』の姿があった。
ガスコーニュは油断なく次弾を装填するが、射撃準備が整う前に氷の海に墜ちるだろう。だが、それよりも早くインヴィンシブルがトドメのドリル
だが墜ちながらも羅號から熱光線が放たれ、それがインヴィンシブルの砲塔を一基貫いた。砲の装甲が熱で融解し、一呼吸おいてから砲塔が根元から吹き飛ぶ。その衝撃で大きく体勢を崩したインヴィンシブルは空中で羅號を仕留めることができず、羅號は北極海の海中へと姿を消す。
「あの体勢から砲塔を狙い撃つか……なかなかやるな」
ガスコーニュは羅號が油断ならない相手だと再認識する。
「インヴィンシブル、水中追撃戦に移るぞ」
そう通信し、ガスコーニュは羅號を追おうとした時だ。
『君は待機だ。 奴は私が追う』
「……何だと? ここは我々2人で追うのが定石だろう?」
ガスコーニュの当然の疑問に、インヴィンシブルはさも当然と答える。
『君の水中戦能力は高くない。
通常艦相手では問題ないが、万能戦艦相手では分が悪いだろう』
「……」
言っていることが正しいだけに、ガスコーニュは押し黙る。インヴィンシブルの言う通り、ガスコーニュの水中戦能力は高くはないのだ。
ガスコーニュは万能戦艦の中でも特化型の、非常にピーキーな艦だ。
戦艦の防御装甲、これは自身の持つ砲に耐えられるように設計されている。しかしこの装甲は『全く同じ場所に何発も砲弾が直撃する事態を想定していない』のである。
……当たり前の話だ。そもそもの話、基本的に砲撃は『数撃てば当たる』という考え方の兵器だ。高性能なレーダーとそれに連動した射撃管制装置によって高精度の射撃ができる羅號たち万能戦艦も、同じ場所に何発も砲弾が当たることは想定していないし、やろうと思ってもできない。
だが、そんな誰も想定していない事象を大真面目にやろうとした者が1人だけいた。それがガスコーニュである。
ガスコーニュの超長砲身41cm5連装砲はその特殊な主砲の集中配置と、主砲一本一本の高精度な微調整を行うことで、発射される5発の砲弾の着弾点を1点に集中させることができるのだ。その最大攻撃力を砲で換算すると、なんとその攻撃力は80cm砲相当となる。
これが羅號の磁気シールドを一撃でダウンさせ、次の一撃で羅號を墜落にまで追い込んだ攻撃の正体だ。改造によって磁気シールドの出力と装甲が強化され防御力がアップしていたからよかったものの、改造前の羅號が受けていたら下手をすれば一撃で轟沈するような代物だったのである。
ガスコーニュは額面通りの『超長砲身41cm砲10門を搭載した艦』ではない。正確には『41cm砲5門としても使える80cm砲を、2門搭載した艦』なのである。
そしてそれを長距離から命中させることができる万能戦艦最大の精密射撃能力、相手のレーダーを欺瞞するアクティブステルス能力……ガスコーニュは『
しかしその代償のように、いくつかの部分で問題も抱えていた。その1つがラ級万能戦艦の象徴とも言える『ドリル』である。ガスコーニュは万能戦艦で唯一、船尾にドリルが取り付けられているのだ。
これは射撃精度を高めるためのバランスを考えた結果であり、ドリルは移動に邪魔な障害物の排除と船尾推進システムの保護のためと割り切られていた。
そのためラ級万能戦艦の最大の攻撃であるドリル
その影響がもっとも顕著なのが、砲が使えなくなる水中戦だろう。ガスコーニュも対艦対潜誘導魚雷は搭載しているので相手が通常艦ならいいが、相手が同格の万能戦艦であれば魚雷だけで沈めるのは難しい。逆にその間に接近されてドリルで返り討ちに合う可能性が高くなってくる。
確かにインヴィンシブルの指摘の通りなのだが……その中に手柄を求める功名心が透けて見えてしまい、ガスコーニュは何とも微妙な気分になってしまった。
(手柄を求めて突っ込む指揮官など、ロクなものではないぞ。
それとも一撃受けて頭に血が上っているのか?)
どちらにせよロクでもない話だ、とガスコーニュは心の中で毒づくが口には出さない。
「……分かった。 もし敵万能戦艦が再び浮上してきた時に備え、引き続き待機しよう」
『頼むよ。 もっとももう君の出番はないだろうがね』
そう言葉を残して、インヴィンシブルは羅號を追い水中へと潜航を開始した。
『ガスコーニュ様、どうしマスか?』
「……今回の指揮官はあちらだ。命令通り、俺は待機する。
お前も現状で待機、何かあったら連絡しろ」
『ワカりマした』
『ベル』からの通信も切れ、ガスコーニュは砲に次弾を装填し、次の射撃に備えてチェックに入る。
「このまま終わればいいがな……」
ガスコーニュたちレムリアの万能戦艦は生まれてこのかた、『勝って当然の相手』としか戦ったことがない。通常の艦娘や深海棲艦はもとより、強力な個体である『欠陥品』たちも万能戦艦にとってはずっと格下の相手だ。それは戦闘というより、楽しみで獲物を追うだけの『
対する地上の万能戦艦『羅號』は、今までモンタナとソビエツキー・ソユーズという自分と同等以上の相手と戦い、制してきた猛者だ。決して、今までのような狩られて当然の『獲物』ではないのである。
「手負いの獣は恐ろしいと聞くぞ、インヴィンシブル……」
ガスコーニュの呟きはしかし、誰にも届くことはなかった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
空から墜ちていく羅號。羅號には意識が無いのか重力に引かれるまま落下していく。
その姿を『ちぃ』の運んできた輸送コンテナの上で目撃してしまった朝潮は、ペタンと力なく座り込んでしまった。
「羅號が……私が捕まったせいで羅號が……!」
朝潮の目に涙が溢れそうになる。見ればローと『ちぃ』もあまりのショックに呆然としてしまっていた。
そんな羅號にトドメを刺そうというのだろう。インヴィンシブルがシールドドリルを唸らせながら空中から羅號に襲い掛かろうとする。
「や、やめてぇぇぇぇ!!」
悲鳴が朝潮からほとばしる。
その時だ。
「
落下しながら意識を失っていた羅號がギリギリのところで意識を取り戻した。接近してきていたインヴィンシブルに
そんな光景を見ながら、3人の少女の瞳に活力が戻っていく。
羅號は……少女たちの恋した少年は負けていない。
未だに闘志を剥き出しにして、勝利のために戦っているのだ。
なら……自分たちも。
そう決意した3人の少女たちは動く。
「あっしー! 『ちぃ』ちゃん!
ろーちゃん、らーくんの援護に行ってきます、って!」
水中は潜水艦であるローの世界だ。今羅號の助けになれるのはローしかいない。
「気を付けて!」
「大丈夫ですって!
みんなで、みんなで必ず一緒に帰ろうね。あっしー、『ちぃ』ちゃん!」
「ウン!」
朝潮と『ちぃ』に見送られ、ローが危険な海へと入っていく。
「次は私たちね……」
「アサシオ、ドウする?」
『ちぃ』に問われ、朝潮は目を瞑って思案する。
水の中で戦う羅號の助けは自分たちにはできない。なら、自分たちのできる助けはなんだろうか?
(もう1人に万能戦艦、ガスコーニュに何かする?
無茶な……万全な状態で空を飛んでるラ級万能戦艦相手に私と『ちぃ』じゃ何もできずに終わるわ……)
そこまで考えて、朝潮はあることに思い至った。
(そういえば……この作戦での『ベル』さんの役割はなんだろう?)
まさか朝潮の世話係のためだけにいたということはないだろう。『ベル』にもこの作戦で何かの役目があるはずだ。
(インヴィンシブルは『ベル』さんのことをペット呼ばわりしてたし、インヴィンシブルの援護とは思えない。
だとしたらガスコーニュの方で『何か』をしているんだろうけど……)
『ベル』の存在……朝潮にはそれが突破口になる気がした。
(一体『ベル』さんにはどんな役目が……?
ガスコーニュが羅號を狙撃したときにも特に何も……『狙撃』?)
その単語でふと、思い出すものがあった。
それはトラック泊地が健在だったころ、陸軍所属のあきつ丸から色々と教えてもらったことだ。
朝潮はあきつ丸から陸軍式のサバイバル術はもとより各種の知識を授けられていた。その中の『
(『
なら……『ベル』さんが……!)
朝潮は決意を込めて顔を上げると、コンテナに用意された自らの艤装を装着した。
完全に自分用に調整された艤装、そしてそこには見覚えのない、羅號の開発した新型武装が装備されている。
「よしっ! これならいけそう!」
パンッと気合いを入れるように自分の頬を叩くと朝潮は海上に降り立った。
「『ちぃ』、偵察機を飛ばして!」
「アサシオ、何探せばイイ?」
その言葉に朝潮はしっかりと答えた。
「どこかにいる空母水姫を。
彼女を無力化し、ガスコーニュの力を……削ぎます!!」
胸にある想いはただ一つ、大好きな羅號と、みんな一緒に揃って帰るために。
少女たちはそれぞれの戦いの海へと飛び出す。
~~~~~~~~~~~~~~~
冷たい北極海の海中へと身を沈める羅號。
「ぐぅ……」
受けた傷の痛みに小さくうめくが、今はそんな些細なことを気にしているような余裕はない。そのぐらいに羅號は自身の焦りを隠せないでいた。
狙撃によって機関部に受けた損傷によって安全装置が働き、羅號の超パワーの源である『零式重力炉』が緊急停止してしまっている。補助システムだけでは飛行すら満足にできない。
おまけに非常用にプールされていたエネルギーは、今しがた墜落しながらインヴィンシブルに放った
今の状態でラ級万能戦艦を相手にするのは不可能に近い。
「零式重力炉を再起動しないと勝ち目はない……」
だがそれには時間がかかる。
そう考えれば
「ありったけの魚雷だけで……できるか?」
羅號がそう思案するその時だ。
「この推進音は……違う、インヴィンシブルじゃない。
これは……」
「らーくん!」
羅號のもとに現れたのはローだった。
「ろーちゃん、ここは危険だよ! 早く戻って!!
僕は、僕は大丈夫だから……」
しかし、そんな羅號の言葉にローは首を振る。
「らーくんの嘘は分かります、って。
お願いらーくん、正直に状況を教えてください」
「……分かった」
ローの有無を言わせぬ雰囲気に羅號は頷くしかなかった。いつものぽわぽわした柔らかい雰囲気の少女から一転、その顔はいくつもの地獄の戦場を生き抜いてきた誇り高い艦娘のそれだ。
羅號はローに手短に現状を説明する。
「……それでらーくんの『零式重力炉』の再起動には、どのくらいの時間がかかるの?」
「およそ……10分」
10分……短いようにも見えるが、すぐそこまでインヴィンシブルが追い迫っているだろう状況ではあまりにも長い。それを理解しローは呑み込むように頷くと、羅號を真っ直ぐ見つめながら言った。
「……わっかりました。
その10分、ろーちゃんが稼いでみせます、ですって!」
「無茶だ! 相手はラ級万能戦艦なんだよ!?」
艦隊を笑いながら1隻で壊滅させるようなラ級万能戦艦を相手にたった1人で挑もうというローの言葉に、止めようと思わずローの手を握る羅號。そのとき、羅號はローが震えていることに気付いた。
「ほら、ろーちゃん震えてるじゃない……」
「む、武者震いがするのぉ!ですって!」
「いや、さすがにその言い訳は無理だって」
こんな時だがちょっとした冗談に思わず羅號は苦笑してしまう。そんな羅號を、ローは真っ直ぐに見つめた。
「……確かにとっても怖いよ。
でも……らーくんが死んじゃうかもしれないことのほうがずっと怖いの」
「ろーちゃん……」
泣きそうな潤んだ瞳のロー。
ローは微笑みながらゆっくりと羅號に顔を近づけた。
「みんなで帰るって、鳥海さんたちに約束しました。
だから……ろーちゃん頑張ります。
でも……すっごく怖いです。
だから、らーくん……ろーちゃんに勇気をください」
「えっ……?」
冷たい北極海の海の中、2人の影が重なる。
羅號が何か反応するより早く、ローは羅號の顔を引き寄せると自分の唇を羅號の唇と重ねていた。
しばしの後、2人の影がゆっくり離れる。
「ろ、ろーちゃん……」
「えへへっ……やっちゃった。
これでもう何も怖くない、ですって」
突然のキスに羅號が顔を赤くすると、同じように顔を真っ赤にしながら、ローはいたずらが成功した子供のようにペロリと舌を出した。
そして名残惜しそうにしながら、羅號から離れていく。
「じゃあ、らーくん……行ってきます!」
そう言いながらローは出撃した。
「ろーちゃん……」
残された羅號は『零式重力炉』の再起動シークエンスに入る。
羅號にとってもローにとっても、長い長い10分間の始まりだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「……」
空母水姫の『ベル』は多数の偵察機を使って羅號の墜落した海域付近を監視中だった。
その偵察機の数は本当に多い。まるで『どんな些細な事象も逃さず観測するかのよう』に偵察に力が入っている。
だが、そうして羅號に全神経を集中させていたからだろうか。海面スレスレを飛び、超低空飛行で接近する航空機編隊に気付くのが遅れてしまった。
「!? 深海の艦爆!?」
一気に急上昇した編隊が爆撃の体勢に入る。
「クッ!?」
艤装のギアの回転数が跳ね上がり、大型艦とは思えないような速度へと上げる。この速度で回避をしようというのだが、その必要はなかった。どういうわけか投下された爆弾はすべて空中で勝手に爆発してしまったのである。
「? 整備不良による誤動作?
……イエ、全弾同時に誤動作なンテ、それこそアリエない……」
そこで『ベル』は自身の異常に気付いた。
「レーダーの誤動作? 偵察機との通信不能?」
そう、『ベル』のレーダーにノイズが走り使い物にならなくなり、先ほどまで鮮明だった偵察機とのデータリンクや通信ができなくなっていたのである。
「コレは……さっきの攻撃!?」
「そうです、『ベル』さん……」
その声に『ベル』が振り返ると、そこには朝潮とレムリア亡命艦隊の北方棲姫……たしか『ちぃ』という個体名だったか……の姿があった。
なるほど先ほどの艦載機はこの北方棲姫のものかと納得する。
「ドウシタの、朝潮チャン?
アナタはモウ解放されタのデショ?」
「……『ベル』さんなら、ガスコーニュがやられそうになったら1人で逃げますか?」
「私の身体ヲ盾にして、ガスコーニュ様に逃げテ頂くワ」
考えるまでもないと『ベル』が即答する。そしてその答えこそ朝潮と同じなのだと理解した。
「それで朝潮チャンはガスコーニュ様たちに戦いヲ挑むつもり?
勇気と蛮勇は違ウのよ」
だがその言葉に朝潮は首を振ると、真っ直ぐに『ベル』を見つめながら言った。
「私たちごときじゃ、ラ級万能戦艦を相手に足取りすらできないことは分かっています。
だから私たちは……『ベル』さんに戦いを挑みに来ました」
「私に?」
「『ベル』さん……あなたはガスコーニュの『
「……」
朝潮の言葉に『ベル』は押し黙った。
トラック泊地時代にあきつ丸から学んだ『狙撃』についての講義。
通常の場合、狙撃は『
『
ガスコーニュという『
「……どうシテ気付いたの?」
「『ベル』さんの昔話で、ガスコーニュは『ベル』さんの能力を高く評価してた。
艦隊を1隻で壊滅させられるような万能戦艦、それが強くても通常艦でしかない『ベル』さんの何をかってたんだろう……そう考えたんです。
それで羅號がガスコーニュからの狙撃らしき攻撃を受けた時、昔教えてもらった『狙撃』の講義を思い出して、『ベル』さんの役割に気付きました」
『ベル』はまるで生徒の出した答えを聞く教師のような顔で頷く。
「だから……ガスコーニュは手の出しようがなくても、『ベル』さんを無力化すればガスコーニュの力を削ることができます」
朝潮の指摘、それは真実だった。
『複数の砲をまったく同じ場所にあてることによって超威力を発揮する精密射撃特化艦』であるガスコーニュは、その射撃能力に自身のリソースのほぼすべてをつぎ込んでいる。そのためドリルの使い勝手などいくつかの明確な弱点を持っているが、これもその一つだ。
射撃にあまりにも集中する必要があるため、自身から観測機を上げて対象の詳細情報を入手することができないのである。現実でも片手でドローンを操作して相手を観察しながら、片手で狙撃できるような人間がいないのと同じだ。
そのため『ベル』という『
ガスコーニュは単独で敵艦隊を蹂躙する決戦兵器である万能戦艦でありながら、最大のパフォーマンスを発揮するためには僚艦の情報支援を必要とするという、ある意味では矛盾を抱えた万能戦艦なのである。
そのため、ガスコーニュは『ベル』という『
「それデこの妨害電波なのネ?」
「『ちぃ』のもらった、
通信もレーダーも、使えなイ!」
「今のうちにガスコーニュに気付かれる前に、『ベル』さんを無力化します!」
これでは『ベル』は異常をガスコーニュに知らせることができない。
そんな朝潮たちの策に、『ベル』はまるで正解した生徒を褒める教師のようにパチパチと手を叩いた。
「少ナイ情報から状況を推察する洞察力。
自らの保有戦力ヲ正確に測り、最善手ヲ模索する思考力。
素晴らしいワ朝潮チャン、二重丸をアゲる。
でもネ……一つ、計算違いがアルわヨ」
「「ッ!?」」
その瞬間、覇気のようなものが解放され、ビリビリと肌が泡立つような感覚が朝潮と『ちぃ』を襲う。
そこにいたのは朝潮に優しく接してくれた『ベル』という女性ではない。そこにいたのは確かな実力を持つ、自分たちよりも明らかに数段階は格上の『敵』だった。
『
「……私が敗北スレば、ガスコーニュ様の敗北の確率が1%でも上がル。
そんなこと、決しテさせナイ!!」
ガスコーニュのために勝利を誓い吼える『ベル』。
朝潮と『ちぃ』は、今にも吹き飛ばされそうになるその気迫の渦に、それでも真っ向から立ち向かって返した。
「私たちだって……私たちだって羅號の勝利がかかってる!!」
「ラゴウのタメに! 絶対負けナいノ!!」
「私たちはまだ子供で、この感情は『ベル』さんみたいな『愛』には程遠い、弱い弱い感情かもしれない……。
でも……それでも私たちは羅號のことが大好きだから!!
世界で一番羅號が大好きだって、胸を張って言えるから!!
だから……あなたに勝ちます!!」
朝潮の言葉、それを合図に戦端は開かれた。
瞬時にして無数の戦闘機・爆撃機・雷撃機を『ベル』が発艦させる。その手際はやはり達人の領域だ。
「『ちぃ』、航空支援を!」
「ワカッタ!」
「朝潮、突貫します!!」
『ちぃ』の艦載機が発艦していき空中戦を展開、そんな中を機関全開にした朝潮が駆ける。
好きになった誰かのために、互いに負けられぬ女の戦いは始まった……。
ろーちゃん「ふふふっ……らーくんとキスはした? まだだよね?
初めての相手はこのろーちゃんだ! ですって!」
朝潮・ちぃ「……」
ろーちゃん「……え? ちょっと……冗談、ただの冗談ですって!
そんな怒っちゃやですって。
あっしー、ちょっと!
謝る!抜け駆けしたの謝ります!
だからヘッジホッグ! ヘッジホッグはやめてぇ!!」
ズガァン!!
朝潮「……さて、羅號には後ほど色々要求するとして、私たちはガスコーニュのギミック解除に行きましょう。
大丈夫、明石さんの親友の大淀さんからの情報ですよ。
あの人毎回イベントのたびにどこからかそういう極秘情報持ってくるんですよね」
ちぃ「それっテ……」
朝潮「ちぃ、それ以上いけない」
ちぃ「……」
というわけで3人娘の戦闘までたどり着きませんでした。
今回は改めてガスコーニュについて考えた推測をかなり誇張して表現しています。
ガスコーニュについてはホント、昔からあの船尾ドリルの意味が全く分からなかったんですよね……。
そんなわけでほぼオリジナルのような感じになりましたが、超狙撃特化艦という特色になりました。
次回はろーちゃんは決死の時間稼ぎ、朝潮と『ちぃ』はガスコーニュ弱体化のためのギミック解除、『ベル』との決戦に挑みます。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
罠 氷海の激闘(その6)
各資源5万いかないとか、ここで冬イベの告知でも来たらヤバい……。
恐らくは今年最後の投稿となりますが、長くなったので2つに分けました。
3人娘の奮戦をお楽しみください。
北極海の冷たい海の中をローがゆっくりと進んでいく。
ソナーの感度は最大、まもなく接敵するだろう。レムリアの最強兵器、たった1人で戦場を蹂躙するラ級万能戦艦と、だ。
(……怖い)
ラ級万能戦艦の戦闘能力と非常識さをローは誰よりもよく知っている。ラ級万能戦艦と戦うのなら、同じラ級万能戦艦でなければ相手にならない。それを知っていながら恐怖を感じなければ、それはもう『狂っている』と言っていい。ローはまっとうな精神と思考の持ち主だからこそ、震えがくるほどの恐怖を感じていた。
だが、そんな相手にローは今からたった1人で挑むのだ。
(らーくん……)
ローは心の中でその名前を呟く。
命を、そして心を助けてもらった。
その優しさと大きさ、そして気高い魂……その眩しさに自分も、大切な友達たちもどんどん惹かれていった。
そんな大好きな羅號が今……危機に陥っているのだ。
(絶対に……らーくんは死なせない!
ろーちゃんが、ろーちゃんたちがらーくんを守る!!)
ローの細い指先が自分の唇をなぞる。
先ほど交わした唇の温かさと柔らかさを思いだすとローの中で恐怖はなりを潜めた。ローは今、獲物の喉笛に喰らい付くことだけを考えるただ1匹の狼へと変わる。
ローは機関を停止させ、敵の現れるのを静かに待つ。そして、その時は来た。
(来た……)
羅號を探し、インヴィンシブルが進む。
ローには気付いていない。もしかしたら気付いているのかもしれないが、それなら取るに足らないと見逃されているのだろう。
(好都合、ですって!)
ローは魚雷の発射準備をする。
(誘導魚雷……てーっ!!)
ローから発射されたのは羅號が開発で引き当てた対艦対潜誘導魚雷だ。誘導魚雷は弧を描くようにしながら、インヴィンシブルの船尾部分に直撃する。
『推進器に!?』
インヴィンシブルの声に、ローは羅號には決して見せない顔でニヤリと笑った。
いかに羅號製の対艦対潜誘導魚雷だとしてもラ級万能戦艦の装甲を貫くことはできない。しかし船尾推進器やレーダーやソナーといったウィークポイント、ここを責められてはいくらラ級万能戦艦だとしても不調は免れない。ローはそこを狙い、時間稼ぎに出たのだ。
『おのれぇぇぇ!!』
インヴィンシブルの怒りの声、どうやら先にローを排除して羅號のところに向かうことにしたらしい。
(ターゲットがろーちゃんに移れば、その分らーくんが安全になる!)
好都合だと心の中でほくそ笑み、ローはインヴィンシブルに啖呵を切った。
「海の中は私たち潜水艦の世界なの!
あなたなんか、怖くないですって!!」
『たかが通常艦の分際で! 消えろ!!』
体勢を立て直したインヴィンシブルから魚雷が放たれる。その魚雷は羅號のものと同じ、対艦対潜誘導魚雷だ。
装甲の薄い潜水艦であるローがそんなものを受けたらひとたまりもない。しかも高速で迫る誘導魚雷を避けれるような速度もローにはない。普通ならばローの命運はここで終わりだ。
だが、ローには秘策があった。
「らーくん……ろーちゃんを守って……。
迎撃魚雷、てぇぇぇ!!」
ローから放たれたその魚雷は、迫るインヴィンシブルの誘導魚雷に向かって軌道を曲げながらぶつかった。爆発による衝撃と発生した激しい気泡が周囲にばら撒かれる。
迎撃魚雷……敵の魚雷推進音を追ってぶつかることで魚雷を防ぐという対魚雷用の防御兵装である。羅號によって開発され、明石によって装備されたそれがローの命を守った。
『何っ!?』
絶対の自信をもって放たれた誘導魚雷を防がれ動揺するインヴィンシブルに、再びローから対艦対潜誘導魚雷が叩き込まれる。その衝撃によってソナーが不調となり、インヴィンシブルの水中索敵力が低下する。
『この……小娘がぁぁぁ!!』
予想外のダメージにインヴィンシブルが吠えた。そこからは最初の紳士然とした雰囲気は感じられない。インヴィンシブルはその手に持つシールドドリルを唸らせて前進を始めた。
『ドリルで押しつぶしてやる!』
「突撃!? 回避! 回避!!」
インヴィンシブルの意図を察知したローが全力の回避行動に移る。インヴィンシブルの速度を考えれば間に合うか微妙なところだ。
ガリッ!!
「あぅっ!?」
ローの全力の回避、そして先ほどのローの魚雷攻撃によってソナーに不調をきたしローの位置を正確に測れなかったことによって、ローはドリルの直撃を免れる。しかしそのドリルはローの艤装を掠めていた。
即座に浸水が起こり、ローは必死のダメージコントロールを行う。
そんなローの様子をあざ笑うかのようにインヴィンシブルは悠々と旋回すると、再びローに向かってドリル
『トドメだ、小娘ッ!!』
ダメージコントロールで精いっぱいのローに回避の手段は……ない。
ローは少しだけ目を瞑った。
(あっしー……『ちぃ』ちゃん……らーくん……。
ごめんなさい。 一緒に帰ろうって約束、果たせそうにないです……)
ローは心の中で大切な人たちに謝ると目を見開いた。その目は潜水艦娘の『狼の魂』をもつ者の目、どこまでも相手の喉笛を狙うハンターの目だ。
「アップトリム90! 魚雷発射準備!!」
ローは真上……魚雷を海上へと向けた。
「ろーちゃんの最後の魚雷……てぇぇぇ!!」
ローから4発の魚雷が海上に向かって放たれた。
『バカめ、どこに撃っている。
恐怖で狂ったか?』
インヴィンシブルがあざ笑う中、ローの放った魚雷は炸裂した。そしてインヴィンシブルはその表情を驚愕に歪める。
『き、貴様! 氷山を狙ったのか!?』
ローが撃った魚雷、それは何も苦し紛れのものではなかった。最初からローはこの北極海の海上に鎮座する、巨大な氷山を狙ったのである。
ローが放った魚雷によって氷山が崩れ、凄まじい重さの氷塊が海中に沈んでくる。これに直撃すればいかにラ級万能戦艦であろうと無事にはすむまい。
『こんなことをすれば貴様も!?』
「でもあなたも道連れ!
あなたはろーちゃんと一緒に、この氷の海で沈むの!!」
『ふん! 貴様を潰してすぐに離脱してやる!!』
氷塊が降り注ぐ中、インヴィンシブルがローに迫る。
(あっしー……『ちぃ』ちゃん……らーくん……。
さよなら、です……)
ローは今度こそ、そのドリルを避けられないと目を瞑った。
その時だ。
スッ……。
「あっ……」
後ろから優しい温かさがローを包み込む。それはローが求めていて、しかしここにあってはいけない温かさ。
それは……。
「ろーちゃん!!」
「らーくん!」
それは羅號だった。ローを後ろから左手で羅號が掻き抱いている。
死を覚悟し、もう会うことはできないと思っていた羅號がそばにいることにローは嬉しさがあったが、それ以上に混乱の方が大きい。
何故なら、ローが死を覚悟してまで時間を稼いでいたのは羅號を生かすためなのだ。しかしこのままでは2人揃ってインヴィンシブルのシールドドリルの餌食となってしまう。それでは何のためにローが戦ったのか意味がない。
『ハハハッ、愚かな!! その小娘のために現れたか!
2人で一緒に潰れてしまえ!!』
「らーくん! ろーちゃんはいいから逃げて!!」
まだ10分経っていない。ならば羅號の『零式重力炉』は再起動していないのだ。それでは羅號はインヴィンシブルには勝てない。だが、そんなローに羅號は微笑みながら言った。
「大丈夫だよ、ろーちゃん。
ろーちゃんのおかげで……すべての準備は整った!!」
そして羅號は右手に接続されたドリルを構え、吼える。
「起きろ、『零式重力炉』!!」
その声に応えるように、羅號の艤装中枢から光が溢れる。
キュィィィィン!!
羅號の心臓とも言える超機関、『零式重力炉』が再び目覚め咆哮とともにその超パワーを生み出していく。そしてそのパワーによって、羅號のドリルが高速回転を始めた。
『な、なにぃぃぃ!?』
驚愕するインヴィンシブルのシールドドリルと羅號のドリルが激しくぶつかり合った。回転するドリル同士が拮抗し、火花が散っては冷たい海に溶けていく。
『バカな、その力……重力炉が起動しているな!
この短時間でもう再起動が!?』
インヴィンシブルの指摘通り、ローが時間稼ぎを始めてから10分経っていない。そのではまだ『零式重力炉』の再起動はできないはずだ。
同じように考えていたローに、羅號は微笑みながら答える。
「ろーちゃんは僕のために命を賭けて時間を稼いでくれると言った。
だからろーちゃんを信じて、僕も自分の命を賭けたんだ」
『零式重力炉』の再起動のために必要なエネルギー、これを補助システムから捻出すれば確かに10分の時間がかかる。しかし……非常用にプールされているエネルギーすべてを再起動のために廻せば話は別だ。羅號はそれをすることで『零式重力炉』の再起動までの時間を短縮したのである。
しかし、それは危険なギャンブルだ。
非常用のエネルギーをすべて再起動のために使ってしまっては、本当の意味で羅號は身動きができなくなってしまう。ローが時間稼ぎに失敗したのなら、何の抵抗もできずに轟沈させられていただろう。しかし羅號はローを信じて、自分の命をチップにしたそのギャンブルに勝ったのだ。
ドリル同士をぶつけ合わせる羅號とインヴィンシブル。その頭上から、巨大な氷塊が沈んできた。
『くっ、氷塊が!』
「ろーちゃん、しっかり捕まって! 離脱するよ!!」
このままでは双方氷塊に潰されると判断した羅號とインヴィンシブルは同時に後退を開始する。だがお互いにそれで終わらせる気はなかった。
『魚雷発射!!』
「魚雷装填! 撃てぇぇぇ!!」
インヴィンシブルの誘導魚雷が迫り、羅號は左手に抱いたローを守るように抱きしめると装甲を前面に押し出した。羅號の装甲に魚雷が直撃し爆発と気泡が巻き起こる。しかし羅號の強固な装甲はその程度では破れない。無論インヴィンシブルもそれは承知の上で目くらましと、運が良ければ衝撃でレーダーやソナーといった電子装備にダメージを与えられるかくらいのつもりだった。
羅號から放たれた魚雷も同じで、インヴィンシブルの装甲を破ることはできないのだが……しかし、そんな中で羅號は不敵に笑うとローへと話しかける。
「いくよ、ろーちゃん。 2人で一緒にあいつを倒そう!!」
「はい、ですって!!」
ボンッ! ボンッ!! ボンッ!!!
羅號の魚雷がインヴィンシブルに炸裂した。しかしその魚雷は爆発の衝撃を発生させることはなく、その変わりのように大量の泡を発生させる。
『こ、これは!?』
「欺瞞用の
『ソナーが!? 奴を失探する!?』
大量の特殊な泡によって敵ソナーをかく乱する欺瞞用特殊魚雷、それが『
『くそっ!?』
慌ててインヴィンシブルはその泡から脱出すると早速ソナーで羅號の位置を探り始めるが……。
~♪~~♪
『なんだこれは? ところどころから……音楽だと?』
ソナーから聞こえたのはいくつものメロディーの音楽だ。
『『軍艦行進曲』……『メーサーマーチ』……『海色』……『加賀岬』……『艦娘音頭』……地上の音楽か?』
その詳細データを見ながらインヴィンシブルは困惑した。
『……わからん。欺瞞だとしても何の意味があるというのだ?』
その意味不明な行動が、物事を深く考える性格のインヴィンシブルの注意をそらす。
相手の意味不明なもので一瞬でも気をそらす……ただそれだけが羅號たちの狙いだとは気付かず、インヴィンシブルはまんまとその術中にはまり、ありもしない裏を深読みしてしまう。
その時、インヴィンシブルのソナーが後方から迫る水中推進音を捉えた。魚雷だ。
『そこか!!』
振り向きざまインヴィンシブルは自慢のシールドドリルを構えた。シールドドリルに命中した魚雷は、しかしインヴィンシブルの防御力の前にまったく損害を出すことはできない。
『地上の万能戦艦がこざかしい真似を! いますり潰してくれる!!』
すぐにシールドドリルが回転を始めるが……。
『!? 万能戦艦じゃない!?』
そこにいたのはローだった。彼女は不敵な顔で笑っている。
その瞬間、インヴィンシブルの背中に悪寒が走った。その予感に従いインヴィンシブルは右に……左手に持つシールドドリルとは逆側にある右、そこにある『氷塊』に視線を巡らせた。
……いや、それ以前に……泡にまかれる前に、こんなところに『氷塊』など浮いていただろうか?
『しまっ……!!?』
「もう遅い!!」
ガシャァァァン!
回転するドリルで氷を砕きながら羅號が突撃してきた。
羅號は
「おぉぉぉぉぉ!!!」
『ぐがぁぁぁぁ!!?』
シールドドリルで防ぐひまはなく、羅號のドリルがインヴィンシブルの右わき腹を貫く。装甲を穿ち貫くが羅號のドリルは止まらない。そのままインヴィンシブルの身体を貫き、艤装の中枢を粉々に破壊する。
『私が……この私が野蛮な地上の猿どもなんぞにぃぃぃ!!』
羅號のドリルがインヴィンシブルの艤装を真っ二つに叩き割った。インヴィンシブルの身体と砕けた艤装、そしてシールドドリルが海底に向けて沈んでいく。
「ろーちゃん!!」
羅號は水柱でローを抱きかかえると、そのまま海面を目指す。
『れ、レムリアに栄光あれぇぇぇぇぇ!!!』
そして水中でインヴィンシブルが大爆発を起こした。
巻き起こる水中衝撃波からローをかばいながらそのまま海上へと浮上する。
「敵ラ級万能戦艦……撃沈。
ろーちゃん、ここをすぐに離れて! 僕はもう1人の万能戦艦と……戦う!!」
「うん、らーくん気を付けて。
それでみんなで、みんなで帰ろうね!!」
「うん!」
ローに答えると、羅號はゆっくりと空中へと身体を浮遊させるのだった……。
ろーちゃんサイド、終了。朝潮&ちぃサイドに続きます。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
罠 氷海の激闘(その7)
朝潮に搭載された新型兵器は……ちょっと地味なアレです。
絶え間ない航空機の波状攻撃、急降下爆撃で投弾された爆弾を朝潮は寸でのところで回避する。
「くっ!?」
直撃は何とか避けたものの至近距離での爆発の衝撃が肌を叩き、朝潮は顔をしかめた。
朝潮と『ちぃ』のコンビと『ベル』の戦い、これは終始『ベル』の優位で進んでいる。
『ベル』の航空機運用能力は圧倒的だ。『ちぃ』の航空隊が空中戦で次々に討ち取られていく。そして開いた対空防御の穴をついて巧みに艦爆・艦攻を使い波状攻撃を行ってきていた。
「キャぅ!?」
「『ちぃ』!?」
艦爆から投下された爆弾が『ちぃ』へと襲い掛かる。すかさず『ちぃ』にトドメと殺到する後続の機体を朝潮が右手の10cm連装高角砲で射撃する。その砲弾は敵機に命中することはなかったが、タイミングを外された敵機はそのまま離脱していった。
「『ちぃ』、大丈夫!?」
「……ウン、まだダイジョウブ! 『ちぃ』、まだヤレる!!」
先ほどの爆弾も爆風で対空火器のいくつかに被害がでただけで『ちぃ』の飛行甲板も大型砲も無事だ。未だ『ちぃ』は戦闘可能である。それを確認した朝潮は即座に突撃を開始した。
「突撃するわ!!」
『ベル』の航空隊は『ちぃ』の航空隊との戦闘もあり、燃料弾薬の補給のために『ベル』の元に帰還していてほとんど空に残っていない。だからこそ今のうちに接近して魚雷か……この艤装に装備された『切り札』で勝負を決めようというのだ。
朝潮が海上を駆けながらけん制で右の10cm連装高角砲を連射すると、『ベル』の艤装が唸りを上げて海上を駆け始める。
「!? やっぱり速い!!」
大型空母級であるはずなのに、俊足を売りにする駆逐艦と同等かとも思えるような速度だ。その速度に朝潮の照準がブレる。10cm連装高角砲は『ベル』の中心を外し、その厚い装甲の前に虚しく弾かれた。
「でもこれなら!!」
朝潮の足に装着された魚雷発射管から4本の魚雷が放たれた。
朝潮の今までの経験と高度な未来予測によって放たれたそれは、『ベル』を捉えるコースをとっている。
しかし……。
「くっ……間に合わなかった!?」
燃料弾薬の補給を終えた『ベル』の航空隊が発艦していきそのうちの1機が低空飛行で機銃を斉射、魚雷の1本を爆発させ『ベル』は悠々と魚雷を回避した。朝潮は攻撃の失敗を自覚し、即座にこれからくるであろう航空攻撃への回避に入る。
航空戦で完全に『ベル』に圧倒され、『ベル』の航空隊が補給のために戻ったその隙に朝潮は接近戦を挑もうとするが、『ベル』の巧みな動きと厚い装甲の前に決定打が与えられず航空隊の再発艦を許してしまい、回避と迎撃に専念することになる……先ほどから戦況はこれの繰り返しなのだ。
「アサシオッ!!」
「!? くぅっ!!?」
『ちぃ』の言葉に上空を見上げれば、いつの間にか艦爆が投弾の体勢に入っていた。無理矢理舵をきる朝潮。横殴りの強いGに呻きが漏れる。しかしそれによって何とか爆弾は避けきった。
いまのは運が良かった……一瞬そう息をついた朝潮だが、すぐに「違う」と頭を振る。
(今のが運が良かったんじゃない。 私たちは『最初から運が良かった』。
そうでなかったらとっくに私たちは2人揃って轟沈させられている……)
朝潮と『ちぃ』にとって最大の幸運、それは今戦っている『ベル』が『
『
きっと本来の『空母水鬼としてのベル』が相手だったら、機体の補給の時にもローテーションによって隙のない波状攻撃を行い、こちらを圧倒してきただろう。それができない、いわゆる『弱体化したベル』が相手というのは最大の幸運なのである。
しかし、そんな本来よりは弱体化しているはずの『ベル』相手にですら2人がかりで圧倒されているのだ。
(どこかで、どこかで隙をつかなければこのままジリ貧になってやられるだけ)
幸いにして『切り札』はある。朝潮はスッと、無意識に左手に装備したものに触れた。これを直撃できればさすがの『ベル』とて無事にはすまないだろう。しかし、この『切り札』を切るまでの接近ができない。
現状を打開する手段を考え、朝潮の思考が埋没しそうになるその時だ。
「アサシオ!!」
「ッ!?」
『ちぃ』の航空隊の対空防御をすり抜けた『ベル』の艦爆が急降下爆撃の体勢に入っていた。
(まずい、これは……直撃する!?)
投弾された爆弾がやけにスローに見える。朝潮はせめてダメージが少ないことを祈って両手をクロスさせて防御の態勢にはいった。そのときだ。
「アサシオッ!!」
ドゥン!!
「『ちぃ』!?」
朝潮の前に割り込んだ『ちぃ』が、その身を盾にして朝潮を守っていた。直撃を受けた『ちぃ』の艤装がプスプスと黒煙を上げる。
「『ちぃ』、大丈夫!?」
「……痛イ。
デも……痛くナイ!!」
目に涙を溜めながら『ちぃ』が吠えた。
「『ちぃ』、我慢スル! 痛くっても泣かナイ!
だって……ダッテ皆で帰ルンだモン!
ラゴウと、ローと、アサシオと! 皆で一緒に帰るンだモン!
だから、ダカら……こんなの痛くナイ!!」
「『ちぃ』……」
『ちぃ』は残っているすべての艦載機を発艦させる。
「カエレッ! カエレッ!!」
迫りくる『ベル』の航空隊に襲い掛かる『ちぃ』の残存航空隊。しかい、その練度差はどうしようもない。次々に炎を上げながら『ちぃ』の艦載機たちが墜ちていく。
そんな中で『ちぃ』が叫んだ。
「アサシオ、行く! 敵は『ちぃ』が囮にナって引き受けるノ!!
アサシオを……『ちぃ』がアイツのところまで連れてクノ!!」
そして機関を最大にした『ちぃ』が正面から突撃を開始した。同時に『ちぃ』は艦砲射撃も開始する。
『ちぃ』の艦砲射撃は『ベル』にとっても脅威だ。その脅威度から『ベル』の航空隊の攻撃は『ちぃ』へと集中した。
「アゥッ!? キャゥ!?」
レーダーが根元から折れ、艦載機用格納庫が砕け散る。『ちぃ』の艤装が次々に炎をあげて砕けていくが、それでも『ちぃ』はその身を盾にして背後に朝潮を庇いながら前進をやめない。そして……ついに『ベル』の艦爆からの急降下爆撃が、『ちぃ』の艤装の甲板に直撃した。
「ア……アゥゥ……」
「『ちぃ』!?」
「アサシオ! アサシオ行く!!
ハヤク!!」
親友の傷つく姿に思わず朝潮が悲痛な声を上げるが、『ちぃ』の声に朝潮は何かにグッと堪えるように頷いた。
「……いってきます、『ちぃ』!」
それだけ言って朝潮は自身の艤装の機関を全開にした。
迷いのない放たれた矢のように朝潮は海を駆ける。即座に朝潮に航空機が向かうが、『ちぃ』の決死の戦いによってそのほとんどが弾薬を消費しきっており、まだ弾薬を残している航空機は少ない。それでも的確に朝潮を狙ってくるのはさすがだ。
「くっ!?」
至近弾によって朝潮のバランスが崩れかかる。ここでバランスが崩れれば動きが止まってしまい、狙い撃ちにされて終わりだ。それは『ちぃ』の頑張りも、みんなで帰るという大切な約束も何もかもを無駄にしてしまうことである。
「そんなこと……させるかぁぁぁぁ!!」
朝潮は吼えると、右手の10cm連装高角砲を海面に向けて撃ち込んだ。その反動と衝撃で朝潮は無理矢理体勢を立て直すと、『ベル』との最後の距離を詰めにかかる。
だが……。
「うっ!?」
「……頑張ったケド……ここマデよ、朝潮チャン」
最後まで残っていた艦爆が朝潮に向かって投弾の態勢に入る。このままでは避けきれずに直撃は免れない。
しかしそんな中で朝潮は……笑った。
「私だけならここまでです。 でも……私たちは1人じゃない!!」
「アサシオッッ!!」
それは『ちぃ』だ。艤装はボロボロだが、まだ砲だけは死んでいない。
「『ちぃ』、やって!!」
「ウン!!」
最後の気力を振り絞った全力稼働でやってきた『ちぃ』はその砲を……朝潮に向けた。
ズドンッ!
『ちぃ』の艤装の大口径砲が咆える。だが砲弾は発射されない。
「空砲!?」
それに気付いた『ベル』が驚愕する。
空砲とはいえ大口径砲だ、その衝撃は生半可なものではない。爆発のような衝撃によって『ちぃ』が後ろに転がるように吹き飛ぶ。そして朝潮はその衝撃を背中で受けることによって前に吹き飛ばされ、投弾された爆弾を避けて『ベル』との最後の距離が詰まった。
すべての準備は整った。
背中の艤装が空砲の衝撃でひしゃげ、嫌な音を立てるが関係はない。ここで……この『切り札』で決めるのだから。
「『ベル』さん! これでぇぇぇ!!!」
朝潮は左手の武装を構える。
それはまるで魚雷のような形状をしていた。しかし航空機のように尾翼がついており、それが飛翔物であることが読み取れる。
そして朝潮は、その『切り札』を切った。
「零式対艦徹甲噴進弾、発射!!」
炎の尾を引きながら発射されたそれは、まさしく空とぶ魚雷だ。朝潮が一発必中のために命がけで肉薄し放ったそれが『ベル』へと直撃するコースを取っている。もはや回避はいかな『ベル』でも不可能だ。
しかし、それでも幾分か『ベル』には余裕があった。
その見た目通りの魚雷と同等の破壊力の兵器だと考えれば確かにそれ相応に痛手ではあるものの、『ベル』だってそれなり以上の装甲は持ち合わせているのだ。一撃で戦闘能力を奪われるとはまず考えられない。
対する朝潮と『ちぃ』は満身創痍、これが数々の無理をして捻りだした最後の攻撃である。この攻撃を耐え切った後の攻撃で、もう朝潮と『ちぃ』は耐えられないだろう。
そう冷静に考えていた『ベル』の艤装に、ソレが直撃する。そして……『ベル』の今まで考えていた予想のすべてが一瞬で吹き飛んだ。
「キャァァァァァァ!!?」
魚雷は装甲に接触すればその瞬間に爆発する。しかし朝潮の放った飛翔魚雷は装甲に接触しても爆発することなく、まるで戦艦の対艦徹甲弾のようにそのまま装甲を突き破って内部へと侵入を果たす。そして艤装内部で爆発したのだ。
『零式対艦徹甲噴進弾』……羅號が開発で引き当てた兵装である。ロケット推進によって飛翔する、装甲貫通を主眼においた噴進弾だ。その攻撃力は戦艦の放つ対艦徹甲弾に匹敵する。それだけの威力を持ちながら発射装置が小さくて済むため駆逐艦にも搭載できるという兵装だ。
画期的な兵装ではあるものの羅號製装備の常のように異様に高いコスト、そして砲や魚雷とはまた違った射撃センスを求められるため普及にはかなりの時間がかかると見られている。今回はその難しい兵装を確実に当てるために、朝潮は極限まで肉薄してから放ったのだ。
「が、アァ……」
「『ベル』さん……私たちの勝ちです」
朝潮は悲しそうに、それでも油断なく砲を『ベル』に構えながら言う。そんな朝潮の隣に並ぶように追いついた『ちぃ』も生き残っていた高射砲を構えていた。
「『ベル』さんはもう艦載機を操ることも、情報をガスコーニュに送ることもできません。
『
「ソノ……ようネ……」
朝潮と『ちぃ』も無傷ではない。
『ちぃ』の艤装は大破状態、飛行甲板も大口径砲も完全に壊れており、武器と言えば高射砲が数基生き残っているぐらいだ。
朝潮は最後の『ちぃ』の空砲を背中で受けて加速するという無茶をしたせいで、背中の艤装はひしゃげ、駆動系に問題が発生した中破状態である。
しかしそんな朝潮と『ちぃ』の損傷より『ベル』の損傷は酷い。
『ベル』の艤装の内部、弾薬と燃料に引火したのか内部からの爆発で『ベル』の甲板は艦載機格納庫もろとも吹き飛んでいた。その耐久力と驚異的なダメージコントロール能力のおかげで轟沈は免れたが、それだけだ。レーダーや通信装置にも致命傷を負っており、朝潮の宣言通り『
「もう勝負はつきました。
『ベル』さん……お願いです、降伏してください……」
訴える朝潮に、『ベル』は静かに首を振った。
「朝潮チャンなら……大好きな人がまだ戦ってルのに、自分だけ降伏できル?」
そう言いながら『ベル』は血塗れの手で、生き残っていた副砲を構えた。それに合わせるように朝潮と『ちぃ』も構える。
場の緊張感がどんどん高まっていく。どちらかが動けばすぐにでも戦闘は再開される。そしてその衝突の時こそ、今度こそ誰かが沈むだろう。
しかし、その瞬間は訪れなかった。
ズゥゥゥゥゥン!!
ここにいても感じ取れるほどの衝撃と熱波。
これは……。
「羅號のプラズマ弾!?」
そう、朝潮の言う通りこれは羅號のプラズマ弾が炸裂したものだ。
その瞬間、『ベル』は悲鳴のような声を上げる。
「ガ、ガスコーニュ様ぁぁぁぁ!!??」
ガスコーニュの身に何かが起こったことを直感的に感じ取った『ベル』は、朝潮と『ちぃ』の足元に副砲を撃って水柱を上げると、その間に離脱していく。ボロボロの壊れかけ、黒煙を吐きながらだというのによくもあれほどの速度が出るものだと朝潮は心の中で感心した。これもまた彼女の深い『愛』のなせる業なのだろう。
「感心してる場合じゃないか……『ちぃ』、私たちも行きましょう!」
「ウンッ!」
ボロボロの『ちぃ』に肩を貸しながら、朝潮たちもそれを追って移動を開始した……。
『零式対艦徹甲噴進弾(フルメタルミサイル)』
装備可能艦種:駆逐艦
解説:羅號印の特殊な対艦噴進弾です。無誘導兵器のため本来はロケットランチャーと呼んだ方がいいのですが、読み方は『フルメタルミサイル』となります。
怪獣王の分厚い防御を貫くためにひたすら貫通力を高めて造られましたが、怪獣王には表皮を削る程度の効果しか発揮できませんでした。
しかし通常艦艇ならば装甲を紙のように貫き、内部から大ダメージを与えます。
例のごとくコストは割高なので使いすぎに注意。
能力:火力+10
相手装甲値を0としてダメージを与える。
補給時に消費される弾薬が3倍になる。
~~~
というわけで朝潮&ちぃの奮戦によってギミック解除、ガスコーニュが弱体化しました。
次回は氷海激闘編の最後、羅號VSガスコーニュとなります。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
罠 氷海の激闘(その8)
今回は氷海激闘編の最後、羅號VSガスコーニュの戦いです。
原作で結局決着のつかなかった2隻の戦いの結果は……。
水中での大爆発による水柱が立つ。そしてその水しぶきの中で離水を始める万能戦艦の姿……それが最大望遠にしたガスコーニュのモノクルには映し出されていた。
「今の爆発……やられたというのか、インヴィンシブル!?」
あの爆発と、そして通信にも出ずまったくその存在を感知できないとなればそう言うことなんだろう。
「ちっ! 功を焦って返り討ちなど笑い話にもならないではないか!!」
ガスコーニュはそう吐き捨てると、すぐ『ベル』へと通信を送る。
「『ベル』、インヴィンシブルがやられた。
敵万能戦艦は未だ健在、もう一度狙撃する!
観測機からの詳細データを送れ」
『……』
しかし、通信機から帰ってくるのは沈黙だけだ。
「どうした『ベル』! 何があった、『ベル』!!」
『……』
ガスコーニュは先ほどよりも幾分焦ったように通信機に怒鳴るが、状況は何も変わらない。
『ベル』はちょうどこの直前に朝潮と『ちぃ』の決死の攻撃によって大破、航空機運用能力や無線・データ送信能力といった『
「『ベル』、まさか……いや、今は敵万能戦艦の相手が先か」
『ベル』のことを考えるガスコーニュだが、すぐに頭を振って敵万能戦艦へと集中する。
敵はアクティブステルス機能を持つガスコーニュの正確な位置は掴んでいないと見える。ならば先制攻撃のチャンスはこちらにある。
『ベル』からの情報支援がないため先ほどのような100%の精度の精密射撃は難しいだろうが、それでも敵がこちらを発見し主砲の有効射程にまで接近するまでには時間がかかるだろう。
先制攻撃と敵が接近するまでの時間での一方的な攻撃チャンス……ガスコーニュはそれを勝機と見た。
勝機と見ればガスコーニュの行動は素早い。ガスコーニュのモノクルには、羅號が周囲を探るようにしている姿が映っている。こちらを索敵中なのだろう。ほぼ静止状態、ガスコーニュにとっては命中は容易い。
「……」
ドゥン!!
ガスコーニュがトリガーを引いた。
轟音とともに発射された超長砲身41cm5連装砲が放たれる。その音と発砲の光に反応してか羅號は身を捻るが、それだけ回避ができるわけもない。
砲弾は直撃、左側面に直撃したその一撃は羅號の装甲を貫き、羅號の艦載機格納庫が吹き飛ぶ。だが、羅號は墜ちない。
「咄嗟に身体を捻って装甲の厚い面を前面に押し出したか……だが、まだ第二、第三射がある!」
羅號の咄嗟の行動に敵ながら見事とガスコーニュは心の中で称賛するが、ガスコーニュは自分の絶対的な優位を疑わない。だがそんなガスコーニュのモノクル、その先に映るダメージを受けた羅號が……不敵に笑った。
次の瞬間、羅號の左肩に位置する51cm4連装砲が咆える。
「何を? まだ射程には……まさか!?」
意図が読めず困惑するガスコーニュだが、すぐにその真意を読み対応しようとする。しかし困惑した一瞬が、ガスコーニュのその対応を間に合わなくさせた。
カッ!!
圧倒的な閃光、そして熱が発生する。羅號のプラズマ弾だ。しかしそれはガスコーニュの位置を知り、そこに向かって放たれたわけではない。
羅號の目的は別にあった。
「うぉぉぉ! 目が……!?」
モノクルをかけた目を押さえてもだえるガスコーニュ。突然すぎて閃光防御が間に合わなかったのだ。それでも気力で再び最大望遠にして羅號の姿を探ろうとするが……。
「水蒸気、だと!?」
視界の先は水蒸気に覆われて真っ白だ。
これが羅號の狙いだった。プラズマ弾によって発生する閃光でガスコーニュの目を焼き、続く熱量で周辺の氷山・海面を瞬時に蒸発させたことによって発生する水蒸気で、『
「おのれ、やってくれる!!」
もし『ベル』の情報支援を受けられれば話は別だが、今のガスコーニュにこの手はあまりにも有効だ。視界を塞がれたことでガスコーニュの計算していた『敵が接近してくるまでの一方的な攻撃チャンス』という勝利の方程式が根底から覆される。そして……その水蒸気を引き裂いてドリルが飛び出した。
「見つけた!」……ガスコーニュのモノクルに映る羅號の口がそう動くのがわかった。
~~~~~~~~~~~~~~~
それは、はっきり言って『賭け』以外の何物でもなかった。
もう1隻の敵ラ級万能戦艦、遠距離砲撃を得意としアクティブステルス機能を持つこの難敵の位置を掴むことは容易ではない。だからそのために、羅號はその身を囮にすることにした。
いつかの北方の偵察任務の時に、朝潮が熟練見張り員妖精さんの目視の重要性を説いていたが、それは何も間違ってはいなかった。
羅號のレーダーは確かに強力無比だが絶対ではない。人は機械と違って『正確』ではないが『精密』だ、滅多なことでは故障しない優秀さを持つ。だから羅號がこの土壇場で頼ったのは『目視』だったのである。その身に再び砲撃を受け、そして目視によって発砲炎から方角を割り出し接近、その位置を探ろうというのだ。アクティブステルス機能も絶対的なものではなく、ある程度接近し注意深く観察すれば位置の特定は可能である。通常の接近砲撃戦なら羅號にも十分な勝算があった。
この作戦に問題があるとすればそれは初撃……今の傷付いた羅號が、敵の位置を割り出すために受ける初撃に耐えられるかどうかだ。
(再起動した磁気シールドもそれほどの出力は出ていない……装甲の破られたところにあの超威力を受けたら終わりだ)
不安はある。しかし、勝利のためにはその賭けをする必要もあった。
羅號は迷うことなく、その賭けに自分の命をチップにする。その思い切りの良さと度胸はさすがである。
そして、その瞬間は来た。
「発砲炎!?」
監視をしていた妖精さんに従い、羅號は生き残った姿勢制御スラスターを使って急旋回、その方向に必死で厚い装甲面を向けた。同時に、いまだ本調子ではない磁気シールドを稼働させる。
飛来した敵弾はくすぶっていた磁気シールドを紙のごとく突き破り、羅號の装甲を叩く。そのまま左舷の艦載機発艦用のリボルバーシリンダーが吹き飛び、脱落する。しかし羅號はまだ戦える。羅號はその強力な一撃を耐え切ったのだ。
(どういうわけか分からないけど、最初ほどの攻撃力がない。
運が良かった……)
痛みに顔をしかめながらも、『賭け』の勝利に羅號は心の中で笑った。しかし、その『賭け』の勝利は決して運が良かったからではない。
朝潮と『ちぃ』が決死の覚悟で戦い、『
敵の潜む方角が分かれば、次の作業は接近である。
羅號は左肩の51cm4連装砲を構える。狙いは敵がいるだろう方向というだけで適当だ。しかしそれで構わない。この砲撃は別に、敵を撃破するために撃つのではないのだからだ。
「プラズマ弾装填、撃てぇぇぇぇ!!」
発射されたプラズマ弾は目のくらむ閃光と熱を発生させる。これが羅號の狙いだ。
何の用意もなくこの閃光を受ければ目をやられてしまう。そして発生した熱は周囲の氷山や海水を蒸発させ、大量の水蒸気を巻き上げて視界を奪う。そんな中での遠距離精密射撃は不可能だ。
その間に距離を詰める……羅號はその真っ白な水蒸気の中に飛び込むと、先ほどの発砲炎の見えた方向に向かって最大戦速で飛ぶ。そして接近したことで羅號のレーダーがその揺らぎを捉え、羅號は水蒸気を引き裂いて飛び出した。
「見つけたっ!!」
そこにいたのは長いアームで繋がった艤装を連結させ、まるで対戦車ライフルのようになった艤装を腰だめに構えるラ級万能戦艦の姿だ。
「残存主砲、斉射!!」
「くっ! 近接砲撃戦用意、斉射!!」
羅號の残った51cm砲8門とガスコーニュの超長砲身41cm砲10門が咆哮した。凄まじい衝撃が両者を叩く。
その戦いはすでに磁気シールドを消耗しきった羅號が不利と思われていた。しかし、その差がみるみる縮まっていく。
「くぅ……この連射速度は!?」
羅號の自動装填装置によって次々と発射される砲弾に、ガスコーニュの磁気シールドはみるみるその力を失っていく。時間当たりの攻撃力ではやはり羅號の側に分があった。
しかしそんな羅號もガスコーニュの41cm砲によって迎撃機銃や速射砲といった艦上構造物が次々に吹き飛び脱落していく。戦いは両者がギリギリの凌ぎ合いとなった。
そしてその戦いが動く。
「ぐおっ!?」
羅號の51cm砲がガスコーニュの磁気シールドを突き破り、ガスコーニュの2基の5連装砲塔、その後ろの砲塔に直撃した。
装甲を突き破り、砲塔が爆発する。これでガスコーニュの火力は半減だ。
「ぐっ……おのれ!」
残された主砲を羅號に放つガスコーニュ。その主砲は羅號を捉えるが、それでも羅號は沈まない。
何故同じように撃ち合った羅號とガスコーニュのダメージに差がついているのか……それは2人にとって1つの、そして大きな違いのせいだ。
それは『実戦経験』である。
ガスコーニュたちレムリアの万能戦艦は格下の、それこそ『狩りの獲物』のような相手としか戦ったことはなく、当然ガスコーニュたちは今まで傷一つ負ったことはない。
それに対して羅號は今まで『モンタナ』、『ソビエツキー・ソユーズ』、そして『インヴィンシブル』という自分と同等以上の相手と戦い続けた。傷付き、轟沈寸前にまで追い詰められながらも、それでも勝利をもぎ取ってきた。
その蓄積された戦闘経験が無意識に『どこに当たれば被害を最小限にできるか?』という判断をさせ、羅號は被弾個所をある程度自分の意思でコントロールし続けていたのである。
その『練度』の差が、この土壇場で表面化したのだ。
「だぁぁぁぁぁぁ!!」
羅號は最大のチャンスと、全力で空を駆ける。ドリルが唸りを上げて、ガスコーニュへと迫った。
「ちぃっ!?」
ガスコーニュの生き残った超長砲身41cm5連装砲が咆えるが、羅號はそれに怯まず突き進む。
そして……。
「だぁぁぁぁぁ!!」
「うぉぉぉぉっ!?」
羅號のドリルがガスコーニュの艤装を抉った。
とっさにガスコーニュが退いたためそのドリルは真芯を外したが、それでもガスコーニュの艦首を生き残っていた超長砲身41cm5連装砲塔もろとも抉り取る。
艦首を失い、そこで起こった爆発によってガスコーニュは海面に叩きつけられるように吹き飛ばされる。
「ぐ……うぅ……!!」
海面に仰向けで倒れたガスコーニュは上体を起こそうとするが、艦首もろともすべての主砲を失ったガスコーニュの損傷は酷い。その痛みに顔をしかめるガスコーニュの前に、ゆっくりと羅號が降り立った。
「僕の勝ちです。
もう降伏してください……」
羅號の降伏勧告、それにガスコーニュは不敵に笑って答える。
「もう勝ったつもりでいるのか、少年?
それは少々気が早いというものだぞ」
そう言ってガスコーニュは倒れたまま、生き残っていた副砲を構える。
それは降伏はしないという意思の現れだ。
「……」
そんなガスコーニュに、羅號も左手の51cm砲を構える。
その時だ。
「ガスコーニュ様ァァァァァ!!」
「!? 『ベル』!?」
横合いから空母水鬼の『ベル』が突撃してくる。
その姿は控えめに見ても、動けるのが不思議なくらいの損傷だ。機関はガコンガコンと不吉な振動を繰り返し、黒煙を垂れ流している。そんな姿になりながらも、必死の形相で迫ってきていた。
『ベル』の手にしたボロボロの副砲が火を吹くが、数発で副砲は煙を吹いて動かなくなった。そんな副砲を投げ捨てると、『ベル』はさらに加速する。
「来るな、『ベル』!!」
ガスコーニュの静止の声に、しかし『ベル』はそのまま突っ込んでくると羅號にぶつかる。
「逃げテ! 逃げテ下さいガスコーニュ様!!」
羅號にとって今のボロボロの『ベル』の出力は子供の戯れ程度のものだ。羅號はビクともしない。
しかしそれでも『ベル』は羅號へ組み付くのをやめなかった。
「……」
「あゥッ!?」
羅號が少しだけ力を入れると、それだけで『ベル』は振りほどかれてしまう。しかしそれでも『ベル』はすぐに立ち上がると両手を広げ、ガスコーニュを守るように羅號の前に立ちふさがった。
そんな『ベル』に、ガスコーニュは優しく諭すように語りかける。
「『ベル』、もういい。
お前の任を解く。 お前は降伏しろ」
「イヤです! 聞けまセン!」
「お前は無駄に命を散らす必要はない。
いいから言うことを聞け」
「ソンなの、聞けまセン!
ダッテ……だって……私はアナタの居なイ世界で生きたクはありませン!
アナタが生きるためナラ、この命を捧げマス!
アナタが死ぬというナラ、私も一緒に死にマス!!」
「『ベル』……」
2人の会話に困るのは羅號だ。恐らくこの2人は深い関係なんだろうなぁということは察するが、それ以上はちんぷんかんぷんである。
「え、えーと……」
空気の読める羅號は、さすがにこの状況で撃つわけにもいかず油断なく砲を構えながらも困ったように首を傾げた。
その時だ。
「羅號、待ってください!!」
声に振り返ると、朝潮が慌てたように羅號の隣に滑り込んでくる。その後ろを見れば、途中で合流したのかローと『ちぃ』の姿もあった。
「朝潮! それに『ちぃ』ちゃんもその怪我……!?」
朝潮は中破状態。『ちぃ』に至ってはもうズタボロ、見るも無残な大破状態だ。ローが『ちぃ』に肩を貸しながらこちらにやってきている。
しかし朝潮は、そんな怪我を心配する羅號に「大丈夫」とだけ答えると、羅號に向かって必死に訴え始めた。
「私は捕まっている間、そこにいる空母水鬼の『ベル』さんのずっと面倒を見てもらいました。不当な扱いなんて一度だってされてません。
それにそっちの万能戦艦……ガスコーニュには、私がインヴィンシブルにひどいことをされそうになったところを助けてもらいました。それが無かったら私はいまごろ腕や足をもがれるか顔を潰されたか……とても羅號の前に立てない姿にされていたかもしれません。
この戦い、もう羅號の勝ちです。これ以上の戦いはもう……。
どうか、どうかその2人の投降を認めてください。
お願いします、羅號……」
朝潮の必死の訴え、それだけで朝潮の言葉が真実なのだと分かった。
羅號としてもこれ以上の無益な戦いはしたくない。だから羅號は朝潮に「わかった」と頷くと、再び降伏勧告をする。
「もう一度です。
これ以上の戦いは無意味です。もう降伏してください」
その羅號の言葉に、ガスコーニュは苦笑する。
「俺一人なら最後まで戦うのだがな……地獄に関係のない『ベル』まで道連れにはできんか……。
いいだろう、敗者は敗者らしく勝者の言葉に従おう。
そちらの降伏勧告を受諾する」
そう言ってガスコーニュは副砲を投げ捨てた。
「ガスコーニュ様!!」
すぐさま『ベル』がガスコーニュに抱きつくと泣き始める。そんな『ベル』の髪をガスコーニュは優しくなでた。
「まったく……逃げろと命じたのに……。
命令違反は重罪だぞ」
「ごめん、なサイ……でモ……!」
「言い訳はいい。
罰はそうだな……お前の残りの人生、俺のそばに居てもらうというのはどうだ?」
「!
ハイ、ガスコーニュ様!
いついつまでも『ベル』はアナタのお傍ニ!」
そして2人は情熱的な大人のキスを交わす。
愛し合う男女の美しい愛情表現なのだが……ここはお子様の目の前である。
「あぅ……(顔真っ赤」
「あ、あわわ。 『ベル』さん……(顔真っ赤」
「だ、大胆ですって……(顔真っ赤」
「うぅ……チュー、凄イ……(顔真っ赤」
お子様4人はもう顔を真っ赤にしながらも興味があったためガン見である。
特に羅號とローは無意識にさっきの自分たちの口づけと比べてしまい、もう限界まで真っ赤であった。
羅號は気恥ずかしそうに空を仰ぎ見ると、その向こうに機影を見つけた。機種は彩雲、友軍機だ。
「みんな、味方だよ!
おーい!!」
羅號は気恥ずかしさを払拭しようとでもするかのようにわざとらしく大声で言ってから、友軍機に状況を送るのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「ふぅ……綺麗だなぁ……」
水平線に落ちていく夕日を桟橋に腰かけて眺めながら羅號は呟いた。
ここはあの
あの後、戦いを終えた羅號たちを発見したのは横須賀からの依頼で偵察に来ていた
最悪の場合、羅號を逃がすために決死の時間稼ぎすら視野に入れていた天城たち
「隣いいですか、羅號?」
後ろから声をかけられ振り返れば、その声の主は朝潮だった。高速修復剤を使った治療によってその傷はすっかり癒えている。
羅號は肯定の意図を込めて少し横にずれると朝潮はそこに座った。
「羅號、身体は大丈夫ですか?」
気遣うような朝潮の言葉通り、羅號は身体のいたるところに包帯が巻かれた痛々しい姿だ。相変わらず資材の関係上、再び大破した羅號の艤装は早急に修復というわけにはいかなかったのである。
だがもう羅號も慣れたもので、あははと笑って返した。
「大丈夫、このくらいどうってことないよ。
それよりも……明日のことが気になってね」
そう言って羅號は深いため息をついた。
羅號たちの無事を聞いた長門や筑波大将といった横須賀の主だった面々は、羅號の修復に必要な資材を持って明日には
「長門ママたち、カンカンに怒ってるらしいから気が重いや」
無断出撃の件でどんなお説教が待っているのやらと、再び羅號は深くため息をついた。
たしかに無断出撃は大きな問題になる事案である。それを送り出した鳥海たちも相応の罰は覚悟しているが……蓋を開けて見ればこちらは損傷はあれど轟沈なし。レムリア側は切り札である万能戦艦1隻轟沈、万能戦艦1隻と強力な空母水鬼級の拿捕という大戦果である。無断出撃の咎など補ってなお有り余る。
大人たちもこれだけの大戦果を出した羅號を頭ごなしに怒るというわけにもいかず、かといってお咎めなしというわけにもいかず、その辺りのさじ加減をどうするかで大いに悩んでいるわけだが羅號にはあずかり知らぬ話だ。
「朝潮の方こそ大丈夫なの? 向こうに連れて行かれて身体に異常とか……」
「ええ、大丈夫。 『ベル』さんに良くしてもらったから、どこにも異常なんて無いわ」
「そっか……」
朝潮の言葉に羅號は頷く。
ガスコーニュと『ベル』は驚くほど素直にこちらに従ってくれている。伯父である
「……あの2人、大丈夫かな」
「何があっても、きっと大丈夫です。
だって……大切な人そばにいてくれるなら、人はどこまでだって強くなれるんですから」
「そうだね……」
そこまで言うと、朝潮はスッと羅號の頬に触れた。
「羅號……羅號は私が攫われたと知って、心配してくれましたか?」
「当たり前だよ。朝潮にもしものことがあったらって考えただけで僕は……」
「羅號……」
そこまで言うと朝潮はそのまま羅號に顔を近づけ、唇を重ねる。
真っ赤な夕陽の中、2人の影が重なった。
「あ、朝潮……」
「……ローから聞きましたよ、羅號とキス……したって。
私だって……羅號のことが大好きなんですから、これで抜け駆けなしです。
それに……悪いドラゴンに攫われたお姫様は、救ってくれた王子さまにお礼のキスをするものですよ」
夕陽の赤に負けないくらい真っ赤な顔の羅號にちょっと冗談交じりに朝潮は答える。だがその朝潮の顔も羅號に負けず劣らず真っ赤だ。
そのとき背後からタッタッタという軽快な足音が聞こえてきた。
「ラゴウ、見ツケタ!」
「『ちぃ』ちゃん、それにろーちゃんも」
羅號の言う通りやってきたのは『ちぃ』、そしてその後ろからローもやってくる。
「あっしー……しちゃった?」
「……」
やってきたローは朝潮の様子を見て尋ねると、朝潮は顔を赤くしたままコクンと頷く。それを見てローはうんうんと頷くと、『ちぃ』の後ろに回り込む。
「ほら、今度は『ちぃ』ちゃんの番ですって」
「ウン! 『ちぃ』、ヤルの!!」
『ちぃ』は鼻息を荒く頷くと、羅號に向かって飛びかかる。
「ラゴウ、『ちぃ』とチューする!!」
「ちょ、ちょっと『ちぃ』ちゃん」
そして混乱する羅號に、『ちぃ』は問答無用で唇を重ねた。
しばしの後、『ちぃ』はその色白の顔を真っ赤に染めながら言う。
「ラゴウ、大好キ!!」
「『ちぃ』ちゃん……」
「えへへっ……これでみんなお揃いですって」
そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべるローを見て、羅號はあははと苦笑混じりに尋ねた。
「ねぇ……みんなは本当にこれでいいの? 僕は駄目な男なんだよ?
だって……ろーちゃんも朝潮も『ちぃ』ちゃんも……僕はみんな大好きなんだ。
本当に、心の底から大好きなんだ……だから、僕は選べないよ……」
だがそんな羅號に返ってきたのは、3人の少女たちのとびっきりの笑顔だ。
「私は……私たちは羅號が世界で一番大好きだって、胸を張って言えます。
いいじゃないですか、私たちは私たちらしい関係で」
「そうですって。
偉い人も言いました。
『よそはよそ、うちはうち』!」
「『そんなによそがいいなら、よその子にナレ!』、なノ!」
「いやそれ偉い人の言葉じゃなくて、世のお母さんたちの言葉なんじゃないの?」
そう苦笑すると、羅號はゆっくりと3人を抱き締める。
「今日はありがとう。 みんながいなかったらきっと、僕は勝てなかった。
だから、ありがとう……。
それと……みんな大好きだよ。
僕、絶対みんなを守るから……だからみんなで一緒に幸せになろう! 絶対だよ!」
「「「うん!」」」
これを見た大人はきっと『子供の夢語り』『たわ言』と笑うだろう。事実、子供たちだけの小さな小さな約束だ。
だが、本人たちにとっては本気の、何物よりも勝る『誓い』だった。
今回の戦いによってレムリアに残った万能戦艦は残り1隻となった。
世界の命運を賭けた最終決戦はもう、間近に迫っていた……。
というわけでガスコーニュは鹵獲ENDとなりました。
原作でも結局決着がつきませんでしたが、1対1で羅號とガスコーニュが殴り合えばこうだろうなぁ、と。
この辺りは『倒した敵が仲間になる少年漫画の王道展開』をイメージしていますね。そのために即興ながら朝潮と『ベル』の関係を作り、ガスコーニュのイメージアップもしましたので……。
次回からはついに物語の最終章に入ります。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
最終話
決戦 轟ケ天ニ (その1)
物語はついに最終章、レムリアとの決戦に向かいます。
今回はある人物にあるセリフを言わせたかっただけの回、と言っても過言ではありません。
あの、外してはならない名言の入る部分はここぐらいだしなぁ。
……その時はついにやってきました。
長きにわたり続いていたレムリアとの戦争、そのすべてを終わらせるための最後の決戦。
レムリアの本拠地である、あの呪われた海と呼ばれた『パンタラサ海域最深部』への攻略作戦……作戦名『轟天作戦』がついに開始されました。
その規模は間違いなく人類海戦史上最大級、熊王財閥の熊之宮会長はその規模を「仮に戦闘が2週間続いたのなら、日本の経済が吹っ飛びますわ」と称していましたが、それは比喩でも誇張でもなかったでしょう。
長引く戦争によって世界中の経済は干上がる寸前、その中でも世界的に見て日本はほぼ最上の状態でしたがそんな日本でもギリギリの状態でした。あの時点でレムリアを叩かなければ、膨大な戦力を持つレムリアによって世界はジリジリと押しつぶされる運命と分析した上での、まさに乾坤一擲の大作戦です。
しかしそんなレムリアの大戦力を前にしても日本……人類には希望がありました。それが羅號くんです。
羅號くんの今までの戦いによってレムリアの保有する万能戦艦は残り1隻となっていました。もはや数的不利はなくそれならば今まで幾多の激戦をくぐり抜け勝利し続けた羅號くんならば勝てる……言葉にしなくてもそんな希望を誰もが持っていました。
……今思えば、なんて楽観的で能天気で無責任極まりない考えだったのでしょう。だから忘れていたんですよ。
光が強ければ、当然のように影は濃くなる。同じように羅號くんという『希望』が大きければ大きいほど相手だって対応し、『絶望』だって巨大になっていくということを……。
最後にして正真正銘レムリア最強の切り札、万能戦艦『フリードリヒ・デア・グロッセ』……ただでさえ強力だというのにまさかあんな『隠し玉』まで用意しているとは、本当に計算外でした。
今でもはっきりと覚えていますよ、あの絶望的という言葉すら生ぬるい、絶対的な暴力を……。
あの時、戦力分析を終えた明石さんと夕張さんがはじき出した羅號くんの勝率……何パーセントだったかご存知ですか?
『0.7%』……あの羅號くんの勝率がこの数字です。
羅號くんをもってしても絶望的すぎる戦力差……誰もが折れそうになりました。
しかし……しかしそれでも、羅號くんだけは違っていた。
目蓋を閉じれば、今でもあの姿を鮮明に思いだせます。
絶望を前にしようとも戦意を失わず、Z旗を掲げて天へと轟かせた彼の声を。
絶望の海に、それでも希望を信じて勇気をもって漕ぎ出した彼の姿を。
……きっと歴史にその名を刻まれた『英雄』たちは、ああだったのだろうと彼を見ながら思いました。
羅號くんは間違いなく『英雄』ですよ。
その力だけじゃない、その魂のあり方まですべてをひっくるめて『英雄』と呼んでいい存在だと思いますね。
もっとも、本人は『英雄』なんて呼ばれても困ったような顔をするでしょうけど。
ただ……『英雄色好む』の部分だけは『英雄』にはなって欲しくはなかったです。あの無自覚に女を次々に骨抜きにしていくのは正直なんとかしてほしいですね。
あの子、裏で何て呼ばれているかご存知ですか?
『
あれでまだ10代前半だというから恐ろしい……あの子が大人になった時に、彼を中心としたハーレムが独立国家になってるんじゃないかと、もう今から心配しているんです。
……冗談言ってると思います?
まさか。私は100%本気で心配していますよ。
ハニートラップ用に送り込まれた子たちは各国の特別優秀な人材、さらに熊之宮会長たちの薫陶で経済・交渉の鬼と化した朝潮ちゃん、朝食前のジョギング感覚でホワイトハウスに忍び込めるようなろーちゃん、要塞級火力を持った『ちぃ』に、地球上で最大の単体戦力である羅號くん……ほら、もう独立くらいできそうな状態でしょ?
まったく……本当にどこまでもスケールの大きな子ですよ、羅號くんは。
――――――レムリア皇国国家元首『アネット』の謁見記録より抜粋
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
帝都襲撃によって大ダメージを受けていた横須賀鎮守府は、その昼夜を問わぬ復旧作業によってその機能を急速に回復させていた。
そしてそんなひと段落がついた横須賀鎮守府は今、空前の賑わいを見せている。
「……これはなんとも壮観な眺めだな」
窓からの光景に、筑波大将は盟友である天城大将に呟く。
その視線の先には大和型や長門型を始めとした日本の誇る超弩級戦艦艦娘、そして大鳳や翔鶴型といった正規空母艦娘たちの姿があった。そのすべてがいくつもの実戦を生き抜いてきた強者であることが感じられる。
いや、彼女たちだけではない。彼女たちに付き従う重巡・軽巡・駆逐艦娘のすべてが選りすぐりの精鋭たちであることがその気配から容易に察することができた。
「誰もが各鎮守府・基地のエース級の人材だからな。
間違いなく現在の日本において最大最強の艦隊だ。 壮観なのは当然よ」
天城大将の言葉に、筑波大将はため息を漏らす。
「急な招集で各地の提督たちには恨まれただろうな……」
「何を言っている。レムリアはこちらが出し惜しみなしで全力で挑んでも勝利できるか分からん相手よ。
この程度の努力、努力のうちに入らんさ」
「確かにな……」
言いながら筑波大将は机の上の書類を手にするとそれをめくった。
「参加艦娘数、総勢220名……一度に投入される戦力としては史上最大の海戦じゃな。
おまけに羅號の開発した新型装備も惜しげもなく全投入よ。
あの運用コスト度外視の装備の数々……今から補給に必要な物資を考えると頭が痛いわい。
これで来年度の海軍予算はゼロじゃな。
もっとも、『来年』があればの話だが……」
「勝っても負けても、楽はできん運命らしい」
筑波大将の冗談めかした言葉に、同じく天城大将も苦笑しながら返す。
「それで、羅號くんは今、どこに?」
「ああ、羅號なら……」
~~~~~~~~~~~~~~~
「これで!」
「……ふん、いい手だな」
羅號は四方を分厚いコンクリートの壁に囲まれた部屋にいた。唯一の入り口は銀行の金庫のような、数人がかりでないと開けられないような分厚い金属の扉だ。
そして羅號は目の前の人物とチェスに興じている。その相手とは前回の北極海での戦いで投降したレムリアの万能戦艦『ガスコーニュ』である。ここは特別に造られたガスコーニュ専用の独房であった。
「だがいささか正直すぎる。 ほら。こうすれば……」
「あっ!」
羅號は渾身の一手をたやすく返され、再び危機に立ち返る。
「周りをよく見て、相手の動きを読んでみろ。
戦場での戦いと同じだ」
「頭ではわかってるんですけど……戦いの時と違ってうまく動けないっていうか……」
「……戦場ではあれほどの動きができるのに、こうしていると歳相応の子供なんだな」
ガスコーニュは苦笑しながらコーヒーに口を付けた。チェスをさしながら2人は会話を続ける。
「……『ベル』は、どうしてる?」
「同じような感じです。
いちおう捕虜なので不便はかけていますが、不当な扱いはけっして……そのあたりは昨日朝潮が会いに行って確認しました」
さすがに捕虜のためガスコーニュを『ベル』と同じ部屋にするわけにもいかず、当然ながら『ベル』は別の場所にいた。
「……そうか、ならいい」
何の気なしにガスコーニュは言うが、その裏には深い愛情が感じ取れる気がする。羅號はガスコーニュと『ベル』の特別な関係を再確認した気がした。
同時に、羅號をして背筋が寒くなる感覚を覚える。
ガスコーニュが協力的でおとなしくしてくれている理由ははっきり言って、『ベル』のことと戦いで敗れた羅號の言葉に従おうという彼自身の『敗者の吟味』からである。もし仮に『ベル』が何かしら不当な扱いを受けていたとしたら、間違いなくガスコーニュは『ベル』を助け出しに行くだろう。この部屋の鉄壁とも思えるセキュリティすらも容易く突破して、だ。
ガスコーニュの実力を知る身として、羅號はその光景が鮮明に想像できてしまう。
「……レムリアとの決戦は間近か?」
「軍機なのでお答えできません」
「そうか……ならそのピリピリとした覇気は抑えることだ。
答えを喧伝しているようなものだぞ、少年」
やはりガスコーニュは羅號よりも数段大人だ。羅號は精神的な面ではまだかなわないと肩を竦める。
そんな羅號に、ガスコーニュは続けた。
「……レムリア最後の万能戦艦、『フリードリヒ・デア・グロッセ』はお前とよく似たタイプの万能戦艦だ。
砲は長砲身51cm連装砲4基8門、一撃の威力に関してはお前を上回る」
「……」
チェスの駒を動かしながらのガスコーニュの言葉に、羅號は無言で頷くと同じくチェスの駒を動かす。
「『フリードリヒ・デア・グロッセ』は正真正銘、レムリアの切り札であることを期待された万能戦艦だ。
そのために完成し進水して俺たちとともに実戦テストを行った直後から改装作業に移っていた。
やつの改装計画については俺も知らんが……どう転んでも弱くなるなどということはあり得まい。
つまり……『フリードリヒ・デア・グロッセ』はほぼすべてにおいてお前よりも能力が上だという可能性が高かろう。
……勝ち目は薄いかもしれんぞ、少年」
「何を今さら……レムリアの万能戦艦に勝ち目の薄くない楽な相手なんて、ただの1人もいませんでしたよ。
『モンタナ』、『ソビエツキー・ソユーズ』、『インヴィンシブル』、そしてあなた……すべての戦いが勝ち目の薄い、ギャンブルみたいなものでした。
今までやってきたことをもう一度やるだけのことです」
「……なるほど、心配は無用か」
その言葉に気負いもなければ迷いもない。
歳相応かと思えば芯にあるのは大人ですら持っていないような強靭な心……これでは本来子供を導くべき大人の立つ瀬が無くなってしまうとガスコーニュは苦笑した。
「子供としては面白みに欠けるぞ、少年」
「この性根は文字通りの生まれつきですからね」
言われて羅號は困ったように頬を掻いた。
「……では少年、一つ大人として教示してやろう」
「拝聴します」
「出撃前の大事な時間を、男とチェスをさすのに使うなんて馬鹿はやめておけ。お前を大切に想ってくれている娘たちとの時間に使うべきだ。
ギリギリの分水嶺、勝利と敗北を決定づけるのは『想い』だろう。
『想い』は『理由』になり、『理由』は人を前に進めてくれるからな」
「なるほど、ごもっともな話ですが……」
「ほれ、チェックメイトだ」
コンッ、という音とともに駒を動かしガスコーニュが勝負を決める。
「参りました……」
「早く戻って、同じ時間を過ごしてやれ」
話は終わりだとばかりに、ガスコーニュは視線を手元の本へと落とす。
羅號は一礼すると独房から出ていった。
~~~~~~~~~~~~~~~
さて、ガスコーニュは羅號に決戦前の大事な時間を大切な誰かと過ごすべきだと説いた。
ガスコーニュの弁は至極その通りである。戦いの中で本当に追い詰められたとき、その足を前に進めてくれるのはそれまでに結んだ誰かとの絆の数々である。今までの戦いでも羅號はそれを決して感情論ではなく、実感として理解していた。だから羅號はガスコーニュに言われるまでもなくそれは理解しているつもりである。
しかし……。
「えへへっ、らーくん♪」
「ラゴウ!」
「あ、ろーちゃんに『ちぃ』ちゃん」
背中から飛びついてきたローと『ちぃ』に、羅號は内心少しだけ頭を抱えながら言葉を返す。そしてこの2人がいるのなら当然のように朝潮もそこにいた。
「羅號、背中流しますね」
一番真面目な朝潮がもう当然のような顔でそんなことを言うものだから、羅號は半分以上逃避していた思考をもとに戻した。
「あの……みんな。
さすがにお風呂にまで入ってくるどうかと思うんだけど……」
困ったように、そして恥ずかしそうに頬を染めながら羅號は言うが彼女たちが止まるわけもない。いつだって恋する乙女は暴走機関車よりも止まらないものだ。
朝潮の誘拐から始まった前回のインヴィンシブル・ガスコーニュとの戦い、これは彼女たち3人との関係に大きな変化をもたらしていた。
羅號は改めて戦いの後3人に気持ちを伝え、3人も口付けとともに羅號への思いを再確認した。それだけなら微笑ましい小さな恋人たちの一幕なのだが……ここに一つだけ誤算が加わってしまう。それがガスコーニュと『ベル』という、自分たちよりも数段進んだ大人の恋人たちの存在だった。
その関係をつぶさに見ていたことで彼女たち3人は『羅號に対する恋心を表すには、全然足りていない』という風に学習してしまったのである。大体、ガスコーニュと『ベル』が感極まっていたとはいえ子供のまえで情熱的なキスをしていたせいなのであるが。
それによって彼女たち3人はもはや遠慮なし、就寝の際には羅號の布団に潜り込み、風呂にだって入り込む。正直羅號が1人でいる時間などトイレ程度しかないのではないかというくらいだ。
羅號は彼女たち3人を好いている。それも彼女たちのためになら当然のように命を賭けれるくらいに、だ。
だがそれと同時に『限度というものがある』とも理解している、きわめて常識的な少年なのだ。その羅號の『常識』からすれば布団や風呂にまで入り込むのはさすがに『やり過ぎ』に該当する行為だと思っていた。
だが……。
「でも……ガスコーニュさんも『一緒の時間を大切にしろ』って言ってたしなぁ……」
そう、なんとも困ったような顔で呟く羅號。
羅號は大人の忠告はしっかりと聞く、素直で聞き分けのいい少年だ。ガスコーニュの言葉を真摯に受け止めている。そのためこういう彼女たちの行動も受け止めよう、と決意してしまっていたのだ。
……実を言うと、ちょっと一人の時間が欲しくてガスコーニュとの面会を希望した羅號だったのだが、そこで彼女たち3人の『やり過ぎ』だと思った行動をそう思わない方向に修正されてしまったというのは皮肉としか言いようがない。
のちに『
もしかしたら歴史はその原因であるガスコーニュを永遠に許さないかもしれない……。
だがそんなことは本人たちはつゆとも知らず、他人からすれば胸焼けするほどにひたすらに甘ったるい時間を過ごしていく。
そして……。
~~~~~~~~~~~~~~~
晴天……その日はどこまでも続く、雲一つない青空だった。
これは天がこの日を祝福しているのか、それともただの嵐の前の静けさなのか……少しだけ目を瞑り感傷に浸っていた彼、筑波大将は目を開く。その視線の先には、ずらりと整列した艦娘たちの姿。
筑波大将はそれを頼もしそうに見つめてから、目の前のマイクに向かって語りだした。
『今日この日を迎えられたこと……ワシの胸には今、多くのものが去来している。
今でもよく覚えておるよ、あの圧倒的な深海棲艦の襲撃を。あの平和の海を奪われていく瞬間を。
あれから長い長い月日が流れた。子を産み、育て、その子が大人になるほどの……二十数年の長い長い月日だ。
それだけの長い月日を、我々はこの絶望的な戦争に費やしてきた。
その間に失われていったものの数は、もはや数え切れん……。
だが……どんな戦いにも終わりの時は来る。
ついに、ついに我らはこの戦争に終止符を打つ、この戦いへとこぎ着けた!
数え切れぬ同胞たちの屍の山を、絶望の海を越えてここまで、ここまでたどり着いたのだ!
これはこの戦争を終わらせるための戦いである!
これより我が海軍はこの戦争における最後の作戦、『轟天作戦』を発動する!!
総員、勝利を! 勝利だけを考え、奮戦せよ!!
暁の水平線に、勝利を刻むのだ!!!』
ワァァァァァァ!!!
艦娘たちから歓声が上がる。そしてその中には当然、羅號たちトラック・レムリア聯合艦隊の姿もあった。
こうしてついに賽は投げられたのである。
~~~~~~~~~~~~~~~
同時刻、どことも知れぬその場所で。
1人の女が、溶液で満たされた巨大なカプセルの前にいた。
「ふん、愚かなサルどもが裏切り者と一緒にバカ面さげてやってくる。
すべて一気に終わって好都合というものよ」
そうして女……レムリアの『制圧派』の首魁であるアブトゥはそのカプセルを撫でる。
「お前と『アレ』の力で、すべてを海の藻屑に変えてやりなさい。
そしてその瞬間から再びレムリアの、そして私の千年帝国が始まるのよ!」
アブトゥの言葉に応えるように、カプセルの中でゴポリと気泡が鳴った……。
というわけで物語はついに最後の決戦へと向かいます。
次回はついに最後の万能戦艦の登場の予定。
次回もよろしくお願いします。
追伸:今回は半分以上、あのセリフを言わせたいがための回でした。
冷凍兵器山盛り使用なら当然外しちゃいけませんよね、アレは(笑)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
決戦 轟ケ天ニ (その2)
今回は最後の決戦の導入となりました。
最後の万能戦艦、そしてその能力は如何に?
海原を大艦隊が行く。レムリアの本拠地である『パンタラサ海域最深部』へと向かう日本海軍の決戦艦隊である。
その堂々たる輪形陣の中央には指揮を司る提督たちの座上する船が一隻……大量の情報が飛び交うその指揮室では、筑波大将と天城大将が顔を突き合わせていた。
「今のところは順調なようだな」
「まだ目標海域に到達してもおらんのだ、ここで問題が出ていたらそれこそお話しにもならんわい」
「それもそうだ」
筑波大将の言葉に天城大将はもっともだと肩を竦めながら言葉を返すと、手元の書類を手に取った。
これだけ大規模な艦隊だ、今まで艦隊が敵の襲撃を受けなかったわけでもない。この書類はその襲撃や偵察によって発生した戦闘報告書である。
「……改めて凄いものだな、羅號くんの開発した新型兵装は」
羅號はもともと『95式対空対艦冷凍弾』や『
『高性能レーダーユニット』はその名の通り、高性能な対水上対空複合レーダーだ。そして『羅式防御電磁膜』は重巡以上の大型艦専用の、羅號の特殊防御機構である『磁気シールド』の発生装置なのである。
双方ともオリジナルともいえる羅號に搭載されたものに比べれば数段性能は落ちてしまうものの、艦娘の装備としては破格の性能だ。その証拠に、この報告書においてもこれらを使用した部隊からはその性能を絶賛されている。
しかしながらこれらも弱点がある。『高性能レーダーユニット』は『情報処理ユニット』を、『羅式防御電磁膜』は『追加特設発電装置』を別途で装備しなければ動かないのだ。つまり『スロット』とも呼ばれる装備部位を2か所も消費するのである。どうしても攻撃力の低下は免れない。そして『コスト高』という問題も健在、調整のために『鉄鋼』と『ボーキサイト』を消費してしまうのである。
羅號製新兵器は総じて『画期的だがコスト高で扱いが難しい』ものだったが、この2つもその宿命から逃れることは出来なかった。
「まぁいい。順調なのは良いことだが……」
未だ艦隊は威力偵察部隊と思われるレベルの少数の部隊とだけしか戦っていない。間違いなく、敵はこちらの動向をつかんでいるだろうに、だ。
「これは間違いなく、本拠地であるパンタラサ海域最深部で待ち構えているのだろう。
深海棲艦、いやレムリアの本拠地であるパンタラサ海域最深部……一体どれだけの数の敵が待ち構えていることやら」
「……」
天城大将の言葉に、筑波大将は無言で頷くだけだ。
そして……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「ここが……パンタラサ海域最深部……」
決戦艦隊のたどり着いたその海域を前に、羅號はポツリとつぶやいた。
空は黒い雲に覆われ雷の電光が見えるが、不思議なことに雨の降りだす様子はない。吹き荒ぶ風が海面を揺らすが、嵐のような荒れ方はしていない。艦娘であるのなら全く問題にならないはずの海の様子である。しかしそこにいた全員が、得も言われぬ不気味さを感じ取っていた。
生命の気配の感じられないその不気味な静かな海は、まるではまったら最後、何物をも水底へと導く渦潮とでも表現できる雰囲気を醸し出している。
「あぅ……らーくん……」
「羅號……」
「……」
羅號の隣を航行していたローと朝潮が不安そうに羅號の手を握り、羅號は2人を安心させるように無言でその手を握り返した。
「久しぶりの場所デスね……」
「ココ、タノシクないから『ちぃ』、嫌イ」
一方、レムリア亡命艦隊の面々は艦娘たちの感じている不安とは違う意味で苦い顔をする。
ここは彼女たち『欠陥品』にとっては故郷であるのと同時に、自らを追い立てた場所でもあるのだ。アネットに助けられていなかったらレムリア制圧派によって『処分』されていただろう彼女たちとしては、いい思い出などあるはずもない。
「私たちは……ここに帰ってきた」
だが、アネットだけは違った。アネットにとってここは懐かしき故郷であるのと同時に、間違った道を進もうとしている愛する祖国なのである。その間違いを正すために祖国を飛び出したアネットにとって、地上人類と接触をしてここまで戻ってきたという感慨は一押しであった。
その時だ。
「レーダーに感! 前方に何かいる!!」
その羅號の言葉で、艦隊すべての意識が前方に集中する。そしてそこにあったのは一隻の船であった。レムリアの司令船だ。そしてその船の上空に、モニターのように巨大な映像が浮かび上がる。
『久しぶりね、アネット!』
「アブトゥ!!」
それはアネットによく似た姿だった。アネットよりも釣り目気味で、気の強そうな印象を受ける。
彼女こそがアネットの双子の姉、この戦争を主導するレムリア制圧派の首魁であるアブトゥであった。
『のこのこと、どの面さげて来れたものね。
おまけにそんな猿の集団を引き連れて』
アブトゥの挑発的な物言いに、アネットは悲しそうに目を伏せると言った。
「アブトゥ、こんなことはもうやめて」
そんなアネットの訴えに、アブトゥは肩を竦める。
『それで、そんな猿どもとお手て繋いで仲良しごっこをやれっていうの?
あんただって見たでしょ、私たちレムリア人が眠りについてからの地上人たちの歴史。
殺し合い、奪い合うことしかできない猿山の猿よ』
「私たちだってあのまま何もなくいたのなら、同じようなことをしていた可能性は十分にある。彼ら地上の人々を野蛮な人たちだと決めつけるのは間違いよ。
それに……私たちレムリアの人口で、どうすれば数十億もいる地上人類を支配なんてできるのよ」
『しょせんは烏合の衆、頭さえ潰せればなんとでもなるわ』
「力なんかじゃ、地上人類の心は支配できないわ」
『心なんてどうでもいいのよ。
強大な武力、これさえあればどんな理不尽だってまかり通る!』
その言葉と同時に、海面が揺れ始める。そして現れたのは深海棲艦の軍団だ。
そして……。
『さぁ、見せてあげるわ!
地上人類の一切合切を従わせる強大な武力の具現を!!』
ついに、『ソレ』は現れた。
海中から姿を現したのは長身の男、軍帽を目深にかぶりきっちりと軍服を着こんでいる。
『男』ということからも、彼がレムリア最後の万能戦艦、『フリードリヒ・デア・グロッセ』であることは間違いないだろう。
しかしその姿は……あまりに異様すぎた。
艦娘の艤装とは『纏う』ものである。それは巨大な艤装を背負う戦艦級艦娘であっても変わらない。
しかし『フリードリヒ・デア・グロッセ』の艤装は……あまりに巨大すぎた。190をゆうに超えるだろう『フリードリヒ・デア・グロッセ』が小さく見える。艤装を纏うというより、『艤装の制御ユニットとして艦息が組み込まれている』といった状態だ。
即座に解析を始めた明石が、悲鳴のような声を上げる。
「て、敵万能戦艦の装甲……推定でも180cm級の強度と思われます!?」
「何だと!?」
その信じられないような数値に長門が声を荒げた。それはもはや、羅號の51cm砲を含めたすべての兵装が通用しないと言っていることと同レベルだ。
そして、戦場に声が響く。
「私の名は万能戦艦『フリードリヒ・デア・グロッセ』、祖国レムリアの名の元にすべての敵を破壊する……」
それは抑揚なく淡々とした、決して大きくはない声だ。しかしそれは無視できない威圧感をもって、この場に集ったすべての存在に叩きつけられる。
「これが……あなたの言う強大な武力なの、アブトゥ……」
アネットの衝撃でカラカラに乾いた喉からそんな言葉が漏れる。しかしその言葉への回答は、最悪をさらに凌駕するものだった。
『ふふふっ、何を寝ぼけたことを言っているの?
私の言う『強大な武力』はまだ、こんなもんじゃないわ!』
アブトゥのその言葉とともに、再び海面が泡立ち始める。
「な、なんだ!? まだ何かあるのか!?」
「水中から何かが!?」
そして現れたもの……それは巨大な『何か』だ。形状は寺の釣鐘とも古代の銅鐸とも言えるものである。それが空中に浮遊していた。
「アネット、あれは何だ!?」
叫ぶような長門の声に、震えながらアネットが答える。
「あれは2万年前のレムリア最盛期に存在した、浮遊機動要塞です!?
でも……それは外装は修理できても、肝心の火器管制システムが修理不可能と診断されたはずのもの!?
何故、そんなものを!?」
驚愕するアネットに、アブトゥは鼻で笑って答える。
『確かに火器管制システムの修理は不可能だった。
でもね……それなら他のもので代用すればいいだけの話よ』
するとその釣鐘型浮遊機動要塞の最頂部にフリードリヒ・デア・グロッセが接続された。
「が、合体しただと!?」
「まさか……万能戦艦そのものを火器管制システムの代わりに使っているというの!?」
アネットの驚愕の声に、アブトゥが得意そうに答える。
『その通りよ!
さぁ、見せてやりなさい。世界すべてをひれ伏させる『強大な武力』を!!』
アブトゥのその言葉とともに、釣鐘型浮遊機動要塞からいくつもの
~~~~~~~~~~~~~~~
フリードリヒ・デア・グロッセと、合体した釣鐘型浮遊機動要塞からの攻撃が日本艦隊へと襲い掛かる。
「何が起こった!?」
「敵の光線兵器の攻撃です!!」
揺れる指揮室で筑波大将が怒鳴るように言うと、同じように悲鳴のような声で艦娘が答えた。
本来は直進しかしないはずの光線、しかしそれが釣鐘型浮遊機動要塞から射出された
光線系兵装に対し、艦娘の装甲などほとんど役に立たない。直撃を受けた艦娘は艦種に関わらず装甲を焼き切られ、大破・あるいは轟沈していた。
光線系兵器にとってのただ唯一の例外は羅號の装備する『磁気シールド』と、羅號の開発した『羅式防御電磁膜』という特殊防御兵装である。これらを装備した艦は飛んできた光線を捻じ曲げ、無傷だ。
しかしそんな特殊防御兵装を装備した艦娘に狙いを定めたように、今度は長51cm砲弾が襲い掛かる。羅號の51cm砲を超える攻撃力を誇るその砲弾は『羅式防御電磁膜』、そして艦娘の装甲もろともを吹き飛ばし、轟沈させていった。
「味方の被害甚大です! 同時に敵深海棲艦隊、動き始めました!!」
「『羅式防御電磁膜』を装備した艦娘は光線兵器から艦隊を守るように陣形を組み直せ!
第一から第四までの駆逐艦は煙幕を展開、艦隊との射線を遮り敵砲の命中率を落とせ!」
「全空母隊は至急艦載機を全機発艦! 艦隊の頭を守れ!
他の艦娘は対空攻撃、あの
強力な先制攻撃を受け混乱しかける艦隊を、しかし歴戦の提督である筑波大将と天城大将は即座に混乱を収めるように指示を出す。筑波大将が艦隊の防御の指示をし、天城大将が対空防御と射出された
光線が曲がるという不可思議な現象は光線が
~~~~~~~~~~~~~~~
一方そのころ、戦場では砲火が飛び交っていた。
「深雪スペシャル! いっけー!!」
空の
「やったぜー! 深雪さまの活躍、見てくれた?」
「深雪ちゃん、そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
得意げに戦果を報告する深雪をたしなめながら、同じように空に向かって全力の対空戦闘を展開する駆逐艦娘の白雪。その時、彼女は敵の動きに気付いた。
「あの
「何だって!?」
白雪の言う通り、
「やばっ!?」
「!? 深雪ちゃん、危ない!!」
危険を察知した白雪が、深雪を突き飛ばす。
「うわっ!?」
海面を転がった深雪、そして彼女はその瞬間を見てしまった……。
直上から降りてきた
「えっ……?」
深雪とて今まで凄惨な地獄の戦場を戦い抜いてきた勇猛果敢な駆逐艦娘だ。仲間たちの戦死だってその目にいくつも焼き付けている。しかし目の前の光景はあまりにも異質すぎた。
「おい……嘘だよな?
どこにいるんだよ白雪! おいっ!」
現実を直視できず叫ぶが事実は変わらない。海面のまるで地面に叩きつけたトマトのような赤と、艤装の鉄と油の混じった黒がすべての事実だ。
神話にある、まるで塩の柱にでもなったかのような一瞬に、彼女の戦友は血だまりに変えさせられたのだ。
見れば同じような惨劇が、そこかしこで起こっている。
「くそっ! くそくそくそっ!!」
深雪が、そして他の艦娘たちも狂ったように弾幕を形成していくが
~~~~~~~~~~~~~~~
「分析結果、出ました!
あの
同じように輪の中に強力な重力場を発生させて物体を圧潰させています!」
「羅號くんと同じ重力制御能力ということ!?」
同時刻、攻撃を受けているトラック・レムリア聯合艦隊で、明石の出した分析結果に鳥海が驚愕する。
そして明石と同じように分析作業を行っていた夕張は青い顔で、その分析結果を口にした。
「あの釣鐘型浮遊機動要塞と合体したフリードリヒ・デア・グロッセを相手にした羅號くんの勝率……計算できました。
羅號くんの勝率は……0.7%……です……」
「なにっ!?」
羅號をもってしてもその数字……それがいかに絶望的な状況下を物語る。
『あら、意外にあるのね。
0%以外ありえないと思ってたけど』
それを聞いていたのか、勝ち誇ったようなアブトゥの声が響き、泥のように重い絶望感があたりに漂っていく……。
しかし、その声を撃ち消すように大音響の砲声が響き、空を赤と青の光線が引き裂いた。それは周辺の
羅號の全力砲火だ。それによって一瞬の静けさを得た戦場に、羅號の声が響く。
「それがどうした! そんな確率なんて、ただのハードウェアの差でしかない!!
勝敗を決するのはソフト……内にある『魂』の差だ!」
そのまま羅號は自分の艤装へと声をかけた。
「妖精さん、Z旗を掲げて!」
羅號の指示で、羅號の艤装の妖精さんたちがZ旗を掲げる。そして羅號の声が、戦場に轟く。
「世界の荒廃この一戦に有り!
一層奮励、HEATせよ!!」
その言葉は、絶望に沈みかけていた艦娘たちの魂に火を付けた。各所で低下していた士気が一気に高揚して、艦娘たちの混乱が収まっていく。
そして羅號はフリードリヒ・デア・グロッセと相対する高度まで浮き上がった。
「気取るな。 キサマは東郷ではない」
「あなただってネルソンじゃない。
なら……勝ちの目はいくらでもある!」
フリードリヒ・デア・グロッセの言葉に羅號が答え、左手の砲を構える。
フリードリヒ・デア・グロッセの長51cm砲、そして釣鐘型浮遊機動要塞の光線砲が羅號の砲を向く。
そして……世界の命運を決する、万能戦艦同士の最後の戦いが幕を開けた。
というわけで原作通りの装甲マシマシ100万トン超戦艦のフリードリヒ・デア・グロッセと、OVAに登場したあの浮遊要塞の合体がラスボスとして登場しました。
外見のイメージはネオジオングですかね(笑)
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
決戦 轟ケ天ニ (その3)
今回はやっと戦闘回となります。
「ぐっ……!?」
もう何度目か分からない強烈な揺れが船を揺るがせ、筑波大将は椅子にしがみつくようにしてそれを耐える。そして揺れが収まったのと同時に声を張り上げた。
「今のは!?」
「支援艦が敵の光学兵器により爆沈しました!?」
怒鳴り声に似た筑波大将の声に答えた声も悲鳴のような……いや、絶叫のような声だ。今現在、この指揮室にはどこもかしこもそんな声が飛び交っている。
「空母艦載機隊、損耗率15%を突破! なおも増大中!!」
「打撃部隊、大破艦多数!!」
「誰か、『羅式防御電磁膜』装備艦をNフィールドに廻して!!」
「バカなの!
『羅式防御電磁膜』装備艦を廻したら前衛部隊があの光学兵器の的になるわよ!!」
「水雷戦隊、多数壊滅!!」
「対空防御、もっと弾幕張って!!」
「!? ソナーに感、側面より多数の潜望鏡を確認したとの報告!!
新手です! 敵潜水艦隊接近!!」
「どこでもいい、対潜の駆逐隊を廻して!!」
「そんな余裕、どこの駆逐隊にもないわよ!!」
怒号飛び交うその様に、筑波大将は苦虫を噛み潰したような顔で呻く。
「……最悪を想定し、それを乗り越えられるだけの艦隊と装備を用意したつもりじゃったが……ワシらの想定した最悪などまだまだ甘かったということか……」
その言葉に横で同じように指揮をとっていた天城大将が肩を竦める。
「そうだとしても、今の日本にあれ以上の艦隊は用意できなかった。我が方はあれが最大戦力だ。
ならば……その戦力で勝利するのが我々軍人の役目ということだ」
「そうじゃな……ほとほと難儀な職を選んだものよ」
苦笑しながら言葉を返した筑波大将は、気持ちを切り替えるように軍帽を被りなおすと指示をとばした。
「突撃は厳禁! 今は守りを固めろ!
敵に隙が必ずできる、それまではなんとしても耐え忍べ!!」
そこまで叫んで、一息つくように筑波大将は椅子に背を預けた。そんな筑波大将を天城大将は意外そうに見やる。それというのも筑波大将は勇猛果敢に敵に攻め込み、隙を作りだすという戦術を好んでいたからだ。確かに今の状態で攻め込むのは無謀ではあるが、だからといって耐え忍ぶ戦いを選択するというのは珍しい。
「……筑波、このまま敵に隙ができると思うか?」
何とはなしに天城大将が問うと、筑波大将はニヤリと笑って答えた。
「ああ、必ず隙はできる。
あの子が、ワシの孫が必ず奴らに隙を作ってくれるわ!」
その絶対的な確信を含んだ言葉に、天城大将は少し呆れたようにため息をついた。
「隙あらば孫自慢とは、このジジイめ。
おかげで……私も早く孫の顔が見たくなってきたわ! そうでもなければ死んでも死に切れん!!」
「おう、天城よ!
ワシもお前も、こんなところで死んでおれんわ!!」
筑波大将と天城大将、2人が間断なく指示をとばす。
戦いはまだ始まったばかりだ。
~~~~~~~~~~~~~~~
一方、トラック・レムリア聯合艦隊も激戦に次ぐ激戦の中にいた。
「全門斉射!!」
「総員、一斉射ヲ!!」
長門の41cm砲、そして『ウィン』の号令のもとで『ウィン』と『メリー』と『アイ』の大口径砲が火を吹く。その大火力が接近中だった敵艦隊に、押し潰すように叩きつけられた。しかし、それと同時に上空から編隊を組んだ航空機が迫る。
「……行かせナイ!!」
『ヨーク』の飛ばした艦上戦闘機が激しい空中戦を繰り広げ、その接近を防ぐ。しかし、その隙をつくようにしてあの
「計算通りです!!」
しかし、艦隊の盾になるように割り込んだ鳥海の発生させた『羅式防御電磁膜』が、その光線を捻じ曲げて艦隊を守りきった。
それを見てか、そのまま超重力による圧潰を狙ったように
だが……。
「行くわよ!
全員、対空迎撃!!」
「「「はい!!」」」
『高性能レーダーユニット』を装備した夕張の情報支援の元で吹雪、満潮、秋雲が猛烈な勢いで弾幕を形成し
だが喜びもつかの間、空を相手に艦隊が奮戦している隙をついたかのように一部の重巡を旗艦とした艦隊が強引に突撃してくる。その迎撃態勢を整えようとする艦隊、しかしそれよりも早くその突撃艦隊に水柱が立った。
「命中、ですって!」
それはローの放った酸素魚雷だ。それによって足の止まった艦隊に、『ちぃ』がその赤い双眸を向ける。
「来るナ、カエレッ!!」
『ちぃ』の大口径砲と艦載機の同時集中攻撃。猛烈な攻撃にさらされ、突撃艦隊が次々に沈んでいく。かろうじて海上に残っていたのは旗艦と思われる重巡だけだ。しかし、それもわずかな誤差でしかない。
「一発必中! 肉薄するわ!!」
即座に肉薄した朝潮が至近距離から発射した『零式対艦徹甲噴進弾』が重巡の装甲を貫き、内側から膨れ上がるように爆発した。
「全員無事か!」
全員の安否を確認に、ホッと息をつく長門。しかしそれもつかの間だ。
「長門さん、レーダーに感!!」
『高性能レーダーユニット』の搭載でその索敵力を大幅に上げた夕張が、次の敵団の接近を知らせた。
「やれやれ、せわしないものだ」
「本当ですね。 このままだと今日一日で撃沈スコアが今までの倍に膨れ上がりそうですよ」
長門の言葉に冗談めかした言葉で答える鳥海。しかしその顔は笑っていない。何故なら、油断をしたその瞬間に待っているのは『死』だからだ。
そう思って長門たちが敵の迎撃に動き出そうとしたとき、すでに朝潮、ロー、『ちぃ』の3人は新たな敵に向かって飛びだした。
「あの3人、やる気十分じゃないか」
「そりゃそうですよ、愛しの羅號くんが必死で戦ってるんですもの。
恋する乙女としては必死になって当然じゃないですか」
「子供らに負けてはいられんな。
行くぞ、鳥海!」
「ええ、存分にやってやりましょう!!」
こちらの戦いも、いまだ始まったばかりだった。
~~~~~~~~~~~~~~~
鉛色の空を舞台に、万能戦艦が激しい砲火を交わし合う。
「51cm砲、全門斉射!!」
咆哮を上げ、羅號から放たれる12門の51cm砲の一斉射。地上最大の艦砲であり、今まで幾多の敵を葬り去ってきたこの砲撃はフリードリヒ・デア・グロッセと釣鐘型浮遊機動要塞へと放たれる。
この2体の合体した姿はかなりの巨体だ。いかに飛行していようと、高精度なレーダーによる高度な射撃をこなせる羅號にとってはこれだけ大きな的に当てることは難しいことではない。3発がフリードリヒ・デア・グロッセに、そして残り9発が釣鐘型浮遊機動要塞に全弾直撃する。
しかし……。
「……今、何かしたか?」
「な、何っ!?」
フリードリヒ・デア・グロッセはまったくの涼しい顔だ。それも当然、羅號の51cm砲はフリードリヒ・デア・グロッセの磁気シールドとその分厚すぎる装甲によって完全に防がれてしまっていたからだ。一方の釣鐘型浮遊機動要塞もその分厚い装甲によって損傷は皆無といっていい。
自身の51cm砲がまるで効かないことに驚愕する羅號。そんな羅號に今度はフリードリヒ・デア・グロッセが砲を向ける。
「今度はこちらの番だ」
「!? 急速回避!!」
瞬時に危険を感じ取った羅號が回避運動に入る。そしてフリードリヒ・デア・グロッセの砲が火を吹いた。
ドゥン!!
「うわぁっ!?」
磁気シールド越しにも感じ取れるあまりにも強力な衝撃。それはフリードリヒ・デア・グロッセの8門のうち1発が当たった衝撃だ。だがそれは……。
「この威力……たった1発当たっただけなのに『モンタナ』の斉射と同じくらいのパワーがある!?」
羅號の51cm砲を超える、フリードリヒ・デア・グロッセの長51cm砲の威力に羅號は驚愕した。
思えば今まで羅號はどの万能戦艦との戦いでも、砲の撃ち合いで撃ち負けたことはない。ガスコーニュの精密一点集中砲撃というものもあったが、それはあくまで例外中の例外だ。そんな羅號の砲が、今初めて威力で負けたのである。
だが厄介極まりないのはフリードリヒ・デア・グロッセだけではなかった。釣鐘型浮遊機動要塞から大量の
「来るっ!?」
急旋回と高速機動によって全弾直撃は避けるものの、数発が羅號への直撃コースを取っていた。それに対して羅號は磁気シールドを展開、光線はねじ曲がって明後日の方向に飛んでいき羅號への被害はない。しかし、そこに向かってフリードリヒ・デア・グロッセの長51cm砲が飛来し、再び衝撃が羅號の身体を襲う。
「くぅっ……!?」
黒煙を引き裂きその場を離脱した羅號は、背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
超高温を誇る光線の直撃を受ければいかに羅號の装甲でも無事にはすまない。それに敵の光線は数も多いうえに弾速も速い。全弾を完全に回避するのはいかに羅號であっても不可能だ。だから羅號の生命線になっているのは磁気シールドなのである。だがその磁気シールドはフリードリヒ・デア・グロッセの強力な長51cm砲によって、凄まじい勢いで稼働率が低下していっているのである。
「なんとしても短期で終わらせないと……!」
そう言って、羅號はチラリと視線を周囲に巡らせた。
羅號が長期戦は不可能だと判断したのは、なにも自身のコンディションの問題だけではなかった。
釣鐘型浮遊機動要塞から放たれた
羅號はこのままでは自分が無事でも、艦隊が壊滅してしまうと短期決戦を決意する。しかしその肝心な方法はというと思い付かない。今も羅號はフリードリヒ・デア・グロッセを一端無視して釣鐘型浮遊機動要塞へと火力を集中しているのだが、釣鐘型浮遊機動要塞の勢いはまったく衰えない。目立つ大きな損傷すら確認できないほどだ。
「ドリルかプラズマ弾……駄目だ、ドリルは突き刺して動きが止まったら集中砲火で叩かれる。
プラズマ弾もこれだけの装甲相手に、完全に潰しきれる自信がない……」
自身の最強の武装をもってしても、このままでは倒し切ることを確約できない羅號。だから羅號は、仲間を頼ることにした。
「明石さん、夕張さん! 釣鐘型浮遊機動要塞の分析はできましたか!?」
『……ええ、できましたよ』
羅號の通信に、ややあって明石が答える。
「なら釣鐘型浮遊機動要塞のウィークポイントがあれば教えてください!
このままじゃ埒があかないんです!!」
『でも……』
切羽詰まった羅號の声に答える明石は、どういうわけか歯切れが悪い。ややあって、明石はその結果を語りだした。
『分析の結果、あの釣鐘型浮遊機動要塞の弱点となる部分は……内側です。
そこだけは重力制御ユニットなどの存在のせいで、装甲は施されていません』
推進ユニット内側に装甲がないというのは、聞いてみれば至極当然の話である。しかし、それは簡単な話かと言われれば、そんなことは決してなかった。
『でもあの釣鐘型浮遊機動要塞の内部に攻撃するためには、その真下に回り込む必要があるわ!
あの巨体を支える重力制御ユニット、真下に発生している超重力場はあの
近付いただけで普通はぺちゃんこ、羅號くんだって磁気シールドが無ければ……でも攻撃するためには磁気シールドをカットする必要があるのよ!!』
通信に割り込んできた夕張の悲鳴のような声が、その困難さのすべてを物語っていた。
磁気シールドは敵の攻撃を防ぐ『壁』のようなものだ。『壁』がある状態で大砲を撃っても、そのままでは『壁』に当たって終わりである。だから砲撃の時には羅號は一時的に磁気シールドを切っているのだが、釣鐘型浮遊機動要塞のウィークポイントに攻撃を仕掛けられる真下では、超重力場によってその『一時的に磁気シールドを切る』だけで致命傷になりえるのである。
羅號はその話のすべてを呑み込み、ゆっくり頷くと明石に問う。
「明石さん……僕が磁気シールド無しであの超重力場で致命的な損傷を負うまで、どれだけ保ちますか?」
『……これがギャンブルなら、私は2秒より上には賭けませんね。
絶対に負ける賭けはしませんから』
「2秒……十分すぎです」
それだけで覚悟を決めた羅號は一気に降下し、海面スレスレを這うように突撃を開始した。そんな羅號にフリードリヒ・デア・グロッセと釣鐘型浮遊機動要塞からの攻撃が集中するが、それを羅號はジグザグに蛇行しながら躱していく。
そして釣鐘型浮遊機動要塞の直下……ウィークポイントである内側を攻撃できるポイントへと到着した。
「いくぞ……磁気シールド、カット!!」
羅號を包む障壁が消え去り、途端にその障壁が防いでいた超重力が羅號に襲い掛かった。
「ぐぅっ!?」
この地球上で最大級の硬度と剛性を誇るはずの羅號の外殻装甲が悲鳴を上げる。艦載機発艦用のリボルバーシリンダーが、まるで紙でも丸めるようにグシャグシャとひしゃげていく。
しかしそんな中でも、羅號の左肩に位置する主砲塔はしっかりと狙いを定めていた。
「プラズマ弾……発射ぁぁぁぁ!!!」
絞り出すような羅號の声とともに、それは放たれる。チャンスはこの一度きり、そのため出し惜しむことなく羅號は切り札であるプラズマ弾を使用する。
真下から釣鐘型浮遊機動要塞内部に飛び込んだプラズマ弾が炸裂、小さな太陽とでも形容すべき超高熱の熱波と衝撃が発生する。
「磁気シールド、再起動!!」
プラズマ弾の発射と同時に磁気シールドを再起動させた羅號は、そのまま一気にその場を離脱した。
次の瞬間、釣鐘型浮遊機動要塞のところどころから熱波が噴き出していく。そして、内側からその衝撃に耐えかねたかのように釣鐘型浮遊機動要塞が砕け散った。
ワァァァァァァ!!
戦場を包み込むように艦娘たちの歓声が上がった。
制御ユニットである釣鐘型浮遊機動要塞を失ったことで、
今、人類の敗北へと大きく傾いていた勝負の天秤は、大きく揺らぎ始めていた。
一方、その攻勢への突破口を開いた羅號だが、その身はとてもではないが無事とは言い難い状態だった。
「はぁはぁ……」
その強固なはずの外殻装甲にいくつものヒビが入っている。構造的に他より強度の低かった艦載機発艦用のリボルバーシリンダーは完全に圧潰し、もはや艦載機運用能力など残ってはいない。そして酷使を続けていた磁気シールドは負荷限界点を突破したことで沈黙している。
艤装だけでなく、羅號本体にもダメージは及ぶ。頭から流れる血が羅號の左目を汚していた。超重力場によって身体中の骨にヒビでも入ったのだろう、絶え間なく身体中が悲鳴を上げていた。
しかし羅號は、奥歯を噛みしめてそれらをすべて呑み込むと顔を上げる。そこには……。
「まさか釣鐘型浮遊機動要塞を破壊するとはな……大きな計算外だ」
そこにいたのはフリードリヒ・デア・グロッセだ。その姿はまったくの無傷、釣鐘型浮遊機動要塞の爆発前に離脱に成功していたらしい。
「参ったなぁ……倒せるとは思わなかったけど、少しぐらいはダメージを受けてることを期待したんだけどなぁ……」
羅號は苦笑するとプラズマ弾の使用でドロドロに溶けた左肩の砲塔をパージし、右肩と左手の残った主砲を構える。
「……確かに釣鐘型浮遊機動要塞の撃破は驚くべき戦果だ。
だが火力にあっては3分の1を失い、そんなボロボロの状態で勝てると思っているのか?」
「ここまで来たんだ、勝つさ。
それに……僕はここであなたに勝てば終わり。でもあなたは僕を倒したとしても、これから地上人類の残存したすべての戦力と戦うことになる。
そう思えば僕の方がずっと気楽だよ」
「そんな程度の戦力、すぐにでも蹴散らせる」
「かもしれないね。でも……あなたはここで僕が倒す!
あなたを倒して、この戦争はここで終わらせる!!」
「やってみるがいい、小僧!!」
羅號とフリードリヒ・デア・グロッセの戦いは、第二ラウンドに突入する……。
釣鐘型浮遊機動要塞撃破まででした。なんだか前座倒すだけでボロボロなんじゃが……どうやって勝とう?
次回はついに最終話の予定なんですが、ちょっと更新遅れるかと……というのもこの小説を仕上げてから投稿を始める予定だった新連載、轟天号+羅號の艦これ小説である『その胸に還ろう』を耐えきれず投稿してしまったのでそっちの執筆もあるので……村雨さんヒロインというなかなか珍しいものなので興味があったら是非。でもとりあえず区切りいいところまで投稿したし、そっちはしばらく休んでもいいかな?
その二つ以外にも書いている怪獣小説、そしてガンダム小説と書きたいものはあるのに時間がない。
ああ、精神と時の部屋とかどこかに転がってませんかね?
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
決戦 轟ケ天ニ (その4)
書けば書くだけ量が膨らみ、とても今回で最終回とはいきませんでした。
あと4回くらいは続きそうかな?
「そんなバカな……あの浮遊機動要塞が遅れた
レムリアの司令艦、そのまるで玉座のように豪奢な艦長席に座ったアブトゥはモニターに映されたその光景に、信じられないかのように言葉を漏らした。
アブトゥにとってこの戦いは戦いなどではなく、必ず勝つと分かっているスポーツ観戦のようなものであった。
普通に考えて深海棲艦だけで相手の倍以上の数。唯一厄介だと思える地上の万能戦艦には、切り札でありレムリア最強の万能戦艦であるフリードリヒ・デア・グロッセをぶつけ、念には念を入れる形でこれも切り札のひとつである釣鐘型浮遊機動要塞を付けた。広域へ光線をばら撒く釣鐘型浮遊機動要塞は深海棲艦隊への援護も可能とし、さらにはその恐るべき攻撃力は一目瞭然、地上の万能戦艦に勝ち目などあるはずもない。それは戦力分析の結果にもしっかりと現れている。
だからこれは結果の分かりきったスポーツ観戦程度のつもりで、アブトゥはワインを片手にくつろぎながらモニターを眺めていたわけだが……その目の前であり得ないことが起こる。地上の万能戦艦によって釣鐘型浮遊機動要塞が撃破されたのだ。そのあまりにありえないはずの光景に思わずアブトゥは手にしたワインを落とし、ワインが赤いシミを作る。
実を言えば、これはアブトゥの失策であった。
釣鐘型浮遊機動要塞はその火器管制システムの修理が不可能と判断され放置されていた。しかしそれを万能戦艦であるフリードリヒ・デア・グロッセが合体し肩代わりするという形でこうして戦場への投入が可能になったものである。アブトゥとしては単純に『10+10が20になる』という程度の認識だったのだろう。しかし、現実というのはそう単純なものではない。
釣鐘型浮遊機動要塞は大量の
もしフリードリヒ・デア・グロッセと釣鐘型浮遊機動要塞が互いに独立した存在であったのなら、互いにその恐るべき能力を完全に発揮し、戦況は全く違ったものになっていただろう。しかしそれはしょせん『たられば』の話。現実はたった1つ、『釣鐘型浮遊機動要塞は破壊された』という純然たる事実だけだ。
「まだよ。フリードリヒ・デア・グロッセ1隻があれば、地上の戦力なんてすべて倒せる。
それに地上の万能戦艦ごときが、あのフリードリヒ・デア・グロッセに勝てるわけがないわ」
どこか自分に言い聞かせるように呟くアブトゥは、フリードリヒ・デア・グロッセと地上の万能戦艦との戦力分析を呼び出す。
結果はフリードリヒ・デア・グロッセの勝率93%であった。その結果に満足そうに、そしてどこか安心したように頷くとアブトゥは玉座で姿勢を正し、ワインを再び手に取る。
しかし、アブトゥは気付いていない。
確かにフリードリヒ・デア・グロッセの勝率は93%である。しかしそれは裏を返すのなら『羅號の勝率が7%である』ということだ。先ほどまで0.7%だった羅號の勝率がこの短時間で10倍にも跳ね上がったという事実に、アブトゥは最後まで考え至ることはなかった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「51cm砲、斉射!!」
「長51cm砲、一斉射!!」
もう何度目か、戦場に巨砲の咆哮がこだまする。敵艦を叩き潰すための必殺の牙が、互いへと降り注いだ。
しかし、それに対する反応は両極端だった。
「ふん……」
「ぐぅ……!?」
数発の主砲が直撃したにもかかわらず平然とした顔のフリードリヒ・デア・グロッセ。対照的にたった1発しか当たっていないというのに苦悶の表情で呻く羅號。どちらが優勢であるかは語るまでもないだろう。釣鐘型浮遊機動要塞の撃破後、フリードリヒ・デア・グロッセとの直接対決に至った羅號だが、その旗色は羅號の不利のまま続いていた。
羅號は本来、12門の51cm砲を持ち、手数の多さで時間単位での攻撃力ならフリードリヒ・デア・グロッセにも負けてはいないはずだった。しかし釣鐘型浮遊機動要塞の撃破のために使ったプラズマ弾によって砲塔1つ、4門の砲を失ったことで砲数がフリードリヒ・デア・グロッセと同じ8門になり、完全に火力でフリードリヒ・デア・グロッセに撃ち負けてしまってしまっていたのだ。
無論、羅號とて今の状況を指をくわえて見ていたわけではない。羅號がフリードリヒ・デア・グロッセに勝る部分はそのスピードだ。全体を隙間ないほどに分厚すぎる装甲で包んだ超重防御艦であるフリードリヒ・デア・グロッセの動きはそれほど速くはない。そこをついて羅號は動き回りながら砲撃を続けていた。その甲斐あって、フリードリヒ・デア・グロッセの磁気シールドを停止させるまではできたのだが……決定的なダメージを与えることは出来ず、ズルズルと長期戦の様相を呈して今に至るというわけである。
「そろそろ装甲がもたない……」
釣鐘型浮遊機動要塞の超重力場でのダメージ、そしてそれに続くフリードリヒ・デア・グロッセとの戦いのダメージ、それらを防ぎ続けていた羅號の装甲はもうとっくの昔に悲鳴を上げていた。無論羅號も必死の回避行動をとってはいるが、フリードリヒ・デア・グロッセの砲撃精度は恐ろしく高く、その精度はさすがに超長距離狙撃を得意とするガスコーニュには及ばないまでも羅號よりも優れているレベルなのである。そのため完全な回避はできず、どうしてもダメージを受けてしまっていた。
恐らくフリードリヒ・デア・グロッセは、足は遅くとも分厚く強固な装甲で敵の攻撃をすべて無効化し、射程内に入った敵をその正確な砲撃で順次潰していくというのが設計のコンセプトなのだろう。もやは『戦艦』という兵器よりも『要塞』の方がカテゴリーとしては近いものがある。
とにかく、もう長々と砲撃戦をやっているような時間はない。勝負を決める必要がある……そう考えた羅號は勝負に出た。
「全門斉射!!」
「むっ!?」
羅號の主砲がすべてフリードリヒ・デア・グロッセの上半身へと集中する。しかもその中には対空榴弾が2発ほど混じっていた。当然ながら対艦徹甲弾が効かないものに装甲貫通力のない対空榴弾でダメージが入るわけもない。今までとは違う羅號のその攻撃の意図をフリードリヒ・デア・グロッセは即座に察した。
「なるほど……こちらの『目』を狙ってきたな」
羅號は装甲は貫けないと判断して、レーダーやセンサーといった精密なフリードリヒ・デア・グロッセの『目』を潰し、隙を作り出そうというのだ。
連続した爆炎によって一気に視界が遮られていく。羅號にとっては絶好の機会だろう。しかしそれを知りながらフリードリヒ・デア・グロッセは笑う。
「いいだろう、私もこれから有象無象の相手で忙しい身だ。
これで終わらせてやろう」
勝負を決したいのは羅號だけではない、フリードリヒ・デア・グロッセも等しくそのタイミングを狙っていたのだ。
そして爆炎を引き裂きながら、羅號が飛び出す。
「だぁぁぁぁぁぁ!!!」
右手のドリルを唸らせながら接近する羅號。今まで幾多の強敵を倒してきた羅號の魂ともいうべきドリル
しかし……。
「ば、バカな!?」
驚愕に羅號は目を見開いた。羅號のドリル、それは確実にフリードリヒ・デア・グロッセへと突き立っていた。フリードリヒ・デア・グロッセの艤装中枢や本体を狙ったその攻撃はしかし……届いていない。そのドリルの切っ先は装甲で阻まれ、それを突破できない。フリードリヒ・デア・グロッセの常識を逸脱した超装甲は、羅號のドリルですら防ぎ切ったのである。
「今度はこちらの番だな」
その声に、羅號はつららを背中にでも入れられたかのような悪寒を味わう。
フリードリヒ・デア・グロッセの背中から伸びる巨大なアームに支えられたジャイアントドリルが、その切っ先を羅號に向けたからだ。
「か、回避ぃぃぃっ!?」
訳の分からない叫びとともに、羅號は横にロールするように緊急回避する。ジャイアントドリルは羅號の左肩部の艤装、先ほどのプラズマ弾のために溶けてパージした砲塔跡あたりを掠め、それだけで強固なはずの羅號の装甲板を抉り取っていった。
「くぅっ!?
全兵装、自由射撃!!」
苦悶の表情を浮かべながらも、羅號は自身の持つ51cm砲に
「くっ! ぐぅっ!?」
近距離から、しかも高精度なフリードリヒ・デア・グロッセの砲撃だ。羅號でも避けきれるものではない。1発2発と次々に衝撃が羅號を襲う。そして、その砲撃は羅號にとって致命的とも言える痛手を与えてしまった。
ガキンッ!!
「!? ターレットが!?」
砲弾の1発が左手に持つ第1砲塔を襲った。幸いにも砲塔は無事だが、衝撃でターレットが歪み、砲塔のスムーズな旋回ができなくなってしまったのだ。これでは空中を高速で飛び回る万能戦艦を相手に砲を命中させることは不可能と言っていい。それは羅號の51cm砲4門が死に、砲撃戦で羅號の使える主砲がたった4門だけになってしまったことを意味していた。
「どうやらこれまでのようだな」
羅號の様子を察したらしい。フリードリヒ・デア・グロッセが勝利を確信したかのような声で言う。
「先に言っておくが、降伏は受け入れない。
お前だけはいかなる理由があろうと生かして帰すなと命令されているのでな」
「それはよかった、僕も降伏するつもりは欠片もないので。
この身体が砕け散るまで戦わせてもらいますから」
「ならば……砕け散れ!!」
「そう簡単にいくか!!」
砲撃戦を再開する羅號とフリードリヒ・デア・グロッセ。変わらず一歩も退かぬ羅號だったが、しかしその内心では焦りを隠せない。
51cm砲は残り砲塔1つで4門、必殺の一撃であるドリルはあの装甲の前に防がれた。この事実から計算すると、羅號のもう一つの切り札であるプラズマ弾でも致命傷を与えられないだろうことは確実である。
(僕じゃ……こいつには勝てないのか!?)
黒い敗北の予感がジクジクと羅號の心を苛む。しかしそれでも……!!
(僕は……諦めない!!)
自分の敗北は自分だけのものではない。それは大切な人たちの死に繋がる。だから羅號は愚直なまでに諦めないと心の中で叫び、敗北の予感を振り払っていく。
そして……そんな諦めない羅號だからこそ、羅號はそれに気付いた。
(装甲に……ヒビ?)
それは恐らくはフリードリヒ・デア・グロッセ自身ですら気付いていないだろう。羅號のドリルすら防ぐフリードリヒ・デア・グロッセの自慢の装甲、その一か所に小さなヒビが入っていた。
もし敗北の予感という絶望に屈し、その眼が曇っていたのなら見つけ出すことは出来なかっただろう。羅號が勝利を諦めずに、冷静に注意深く相手を観察し続けたからこそ気付けたその小さなヒビは、たった1つの勝利への光明だ。
(でも、あれはどうやってついたんだ?
51cm砲をあれだけ叩き込んで今までヒビ1つ出来なかった。
今までのダメージの蓄積? ……違う、あの辺りはついさっき距離を取るために全力攻撃をしたあたりだ。今まで集中してダメージを与えていた部分ってわけじゃない。
今の攻撃は51cm砲はそれほど当たってないはずだし、
その瞬間、雷に撃たれたかのようなひらめきが羅號の脳髄を駆け巡った。フリードリヒ・デア・グロッセを破る、その方法に羅號は気付いたのである。
(僕じゃ……僕だけの力じゃ、フリードリヒ・デア・グロッセには勝てない。
なら!!)
「ママ! 長門ママ!!」
羅號は砲撃戦を続けながら、通信機越しに母の名を呼んだ。
~~~~~~~~~~~~~~~
羅號からの砲火力は下がり、もはや抵抗は止む寸前だ。
フリードリヒ・デア・グロッセは勝利を確信しながらも、羅號の最後の抵抗に油断なく注意していた。
「プラズマ弾……貴様の切り札を使ってみろ。
その時が貴様の最後だ」
砲塔1つを犠牲にすることで発射できる、羅號の切り札の1つである『プラズマ弾』。それは凄まじい超熱量と衝撃を生み出し、釣鐘型浮遊機動要塞までもが撃破される威力だ。しかし分析の結果から、フリードリヒ・デア・グロッセの自慢の装甲で確実に防ぎきれるという自信がある。そして、自由に動く最後の砲塔を失った羅號ならば容易く討ち取れるだろう。
そして……その瞬間はやってきた。
「プラズマ弾、発射ぁぁぁぁぁ!!」
それは超高熱と衝撃によってすべてを薙ぎ払う破壊の閃光、しかしフリードリヒ・デア・グロッセにはそれが自らの栄光への光に見え、盾にした装甲の陰でニヤリと笑う。
~~~~~~~~~~~~~~~
「砲塔、パージ!」
超高熱と衝撃を伴う閃光が広がる中、羅號はプラズマ弾の発射によってドロドロに溶けた右肩の砲塔をパージしながら、その閃光の中心を見据える。そこにいたのはフリードリヒ・デア・グロッセ、全体はその超高熱によって熱せられて真っ赤になっているものの大きな損傷はどこにもない。
「ふん、貴様の切り札も無駄だったようだな!」
フリードリヒ・デア・グロッセの勝利を確信した声が響く。しかし、羅號はプラズマ弾を防ぎ切ったフリードリヒ・デア・グロッセに動揺することもなく、静かに答えた。
「……うん、認めるよ。 あなたは僕より、間違いなく強い。
でもね……!」
そして、羅號は叫んだ。
「僕は1人じゃない! 僕の周りにはみんながいてくれる!
だから……僕たちみんなでお前を倒す!!
長門ママ!!」
「任せろ、羅號!!」
羅號の声に海上で答えたのは長門だ。そして長門の隣にはずらりと並んだ、日本艦隊の誇る戦艦艦娘たち、主力水上打撃艦隊の姿がある。
「今さら通常艦ごときが何を……?」
「全艦、一斉射!!
撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
フリードリヒ・デア・グロッセがいぶかしむ中、長門の号令とともに艦隊すべての砲が咆哮し、空中のフリードリヒ・デア・グロッセへと砲弾が飛翔する。フリードリヒ・デア・グロッセは空中にいるとはいえ、今はプラズマ弾の防御のために完全に足を止めている。空中目標であろうと静止しているのなら、日本の中でも最精鋭ともいえる彼女たちにとって砲を当てることは難しいことではない。
その砲弾は次々にフリードリヒ・デア・グロッセへと直撃し、空に花が咲く。しかしその花の色は爆炎をともなう『赤』ではない。空に開くその花の色は……『白』。
「これは……冷凍弾か!?」
それは羅號の開発したあの『95式対空対艦冷凍弾』だ。その超低温の冷気によって周囲の空気が一瞬で凍り付き、白い花が空中に咲く。
「私をバカにするな!
確かに強力な砲弾ではあるが、通常艦程度の攻撃がこの私の装甲をやぶれるわけがないだろう!!」
これにフリードリヒ・デア・グロッセが激高したように吼える。
フリードリヒ・デア・グロッセからしてみれば、こtれは例えるなら真剣勝負の真っ最中に横から子猫が甘噛みしてきたようなものだ。そんな児戯にも等しい攻撃が通用すると思っていること自体が、フリードリヒ・デア・グロッセの万能戦艦としてのプライドをいたく刺激する。
しかし、長門はその言葉を聞いてニヤリと笑った。
「それはどうかな?」
その瞬間、フリードリヒ・デア・グロッセは聞こえてはいけない不吉な音が、つい身近から発せられるのを聞いてしまった。
ビキビキビキビキッ……!!
「な、何ぃぃぃぃぃ!!」
あの羅號の切り札であるドリルやプラズマ弾すら歯が立たなかったフリードリヒ・デア・グロッセ自慢の装甲が、不快な音とともにひび割れていく。
「こ、これは……!?」
「あなたは……熱膨張って知ってる?」
羅號のその言葉でフリードリヒ・デア・グロッセは答えにたどり着いた。
『熱膨張』……物体は熱を加えると膨張し、冷やすと縮む。それが瞬時に起これば、物体は無理に引き伸ばされた直後に縮められ、崩壊するだろう。
プラズマ弾によって瞬時に超高熱にまで加熱された装甲が次の瞬間、羅號に頼まれてかき集められた長門たち戦艦部隊の装備した冷凍弾によって、1000度を超える超高温からマイナス200度にまで一気に冷やされた。それによって装甲は耐えきれずにその強度を一気に落としたのである。これがフリードリヒ・デア・グロッセに勝つための、羅號最後の作戦だった。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ドリルが唸りを上げ、羅號が空を駆ける。それは放たれた矢のように、すべてを振り絞るような疾走だ。
「ちぃぃっ!?」
一方のフリードリヒ・デア・グロッセは、ここではじめて羅號に対して明確な焦りの表情を見せる。そして迫る羅號に向けて自身のジャイアントドリルを突き出した。羅號のドリルとフリードリヒ・デア・グロッセのジャイアントドリルが正面からぶつかり合う。
羅號の身の丈を超えるほどの巨大なジャイアントドリルと比べれば、羅號のドリルは確かに小さく、頼りない。しかしこのドリルこそが羅號の魂。
その魂の一撃は……すべてを穿ち砕く!!
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「な、なにぃぃぃぃぃ!!?」
装甲と同じく強度を大きく落としていたジャイアントドリルがヒビ割れ、粉々に粉砕された。そしてそのまま
「とった!!」
「がはっ!!?」
装甲を突き破り、羅號のドリルがフリードリヒ・デア・グロッセの艤装中枢を抉る。そのダメージに血を吐くフリードリヒ・デア・グロッセ。
しかし……浅い!?
「き、さまぁぁぁ!!」
「!?」
フリードリヒ・デア・グロッセが執念で左手で羅號の右手をガッチリと抑え込み、それ以上ドリルを進ませない。それと同時に、ヒビの入ったボロボロの長51cm砲がすべてゆっくりと羅號に向けて砲塔を旋回し始めた。この至近距離で長51cm砲の集中砲火の直撃を受ければ、いかに羅號でももたないだろう。
ならば……やることは1つだった。
「プラズマ弾、装填!!」
羅號の左手、最後に残った主砲塔に、重い音とともにプラズマ弾が装填されていく。それに気付いたフリードリヒ・デア・グロッセが叫んだ。
「まさか……この距離で再びあの攻撃をするつもりか!?」
「あなたの頼みの装甲を貫いた先、この内側でプラズマ弾を炸裂させれば……あなたは確実に倒せる!」
「バカな、そんなことをすれば貴様も!?」
「かも、しれない。 でも……」
一瞬、ほんの一瞬だけ羅號は目を瞑る。
その瞼の裏に浮かんでくるのはロー、朝潮、『ちぃ』、長門……そして今まで出会ってきたたくさんの大切な人たちの姿。そしてその最後に浮かんだのは……長いポニーテールに傘をさした、母である大和の姿。
羅號は目を開き、はっきりと言った。
「みんなの夢見た、静かな平和の海を今ここに!!
僕は、この一撃でこの戦争を終わらせる!!」
「や、やめろぉぉぉぉぉぉ!!?」
フリードリヒ・デア・グロッセは絶叫とともに長51cm砲のトリガーを引こうとする。だがそれよりも早く、羅號はトリガーを引いた。
「プラズマ弾、発射ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
三度、鉛色の空に太陽が生まれた。
そして……その太陽から零れるように、2つの火の玉が海上に向けて落ちていく……。
羅號「熱膨張って知ってるか?
男女平等ドリルパンチ!!」
フリード「ドリルに男女平等も何もあるか!」
というわけで決着です。
この作品自体を8月中に完結させる予定なので、明日には次の話を投稿予定。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
決戦 轟ケ天ニ (その5)
太陽から零れ落ちた2つの火の玉の結末……その1つ目、フリードリヒ・デア・グロッセの結末から。
モニターを見ていたアブトゥは、驚きのあまり文字通り玉座から転げ落ちていた。
「バカな……こんなバカなことがあるはずがないわ!!
フリードリヒ・デア・グロッセはレムリア最強の万能戦艦なのよ!!
それが、それが
頭を掻き毟りながらヒステリックに叫ぶアブトゥ。
しかし、彼女の時間はあまり残ってはいなかった。
「アブトゥ様、フリードリヒ・デア・グロッセがこちらに落ちてきます!!」
「なんですって!?」
部下の言葉に空を見れば、火の玉と化したフリードリヒ・デア・グロッセがアブトゥの乗る司令艦へ向かって落ちてきていた。
「回避、回避するのよ!!」
「だ、ダメです! 間に合いません!!」
「ッッ!!?」
フリードリヒ・デア・グロッセが司令艦の艦橋の根元辺りに墜落した。その瞬間、フリードリヒ・デア・グロッセの心臓である重力炉が砕け散る。超重力をともなう大爆発に巻き込まれ司令艦が圧潰し、爆発の中に消えていった。
「……」
その様子を、アネットは静かに見つめていた。双子の姉がその野望の末に果てた姿に、アネットは沈黙し心の中で祈りを捧げる。
しばしの後、意を決したように叫んだ。
「これで障害はありません。
一刻も早く中央制御コンピューターを掌握して、戦闘を停止させるのよ!!」
その言葉に、即座にレムリア亡命艦隊が動き出す。
ほどなくして、この戦場だけでなく地球上すべての深海棲艦からの攻撃が止んだ……。
~~~~~~~~~~~~~~~
もう1つの太陽から零れ落ちた火の玉の結末……戦い続けた少年、羅號の結末だ。
バシャァァァン!!
派手な水しぶきを上げながら、羅號は海面へと墜落した。
「らーくん!!」
「羅號っ!!」
「ラゴウ!!」
そしてその場に最初に到着したのは、やはり羅號に恋する3人の少女たちだった。
彼女たちは仰向けに倒れた羅號の姿を一目見て、言葉を失う。
装甲・兵装、そのすべてがすでに意味をなさない鉄くずへと姿を変えていた。羅號の象徴ともいえるドリルも、半ばから折れてしまって切っ先がない。最後のプラズマ弾の影響だろうか、左手から左足にかけた左半身が無残に焼け爛れている。着水の際にかぶった海水のおかげか炎は消えていたことが唯一の幸運だ。
『満身創痍』などという言葉では生ぬるい、命のすべてを賭けて戦い、出し尽した姿がそこにはあった。
「らーくん!!」
「羅號っ!!」
「ラゴウ!!」
少女たちが再びその名を呼ぶが、羅號からの返事はない。そして……ブクブクという不吉な音とともに、羅號の身体が沈み始めたのだ。
「!? いけない!!」
それに気付いたローは即座に潜航し、水中から羅號を海上に押し上げようとする。朝潮と『ちぃ』も羅號の艤装へとワイヤーを括り付けると、機関出力を全開にして羅號を引っ張りあげようとする。
だが羅號の沈降は止まらない。その重量に負けて支えるローと朝潮、そして『ちぃ』が海中へと引きずり込まれそうになっていた。しかしそれでも、3人は決して手を離さない。
そんな中だ。
「私もやるぞ!!」
長門が、鳥海が、夕張が、明石が、吹雪が、満潮が、秋雲が!
トラック艦隊の全員がたどり着き、3人と同じように羅號を引っ張りあげる作業に加わる。
いや、それだけではない。続いてレムリア亡命艦隊が、日本艦隊が、そして先ほどまで激しく戦っていたはずの深海棲艦隊までもが次々とその作業に加わっていく。
変化は海上だけではない。ローの元には同じように水中から羅號を押し上げようと、潜水艦娘と潜水艦型深海棲艦たちが集結していた。
艦娘と深海棲艦が手を取り合う奇跡の光景……その目的はただ一つ、この戦争を終わらせ、静かな平和の海を取り戻した、たった1人の少年に生きて欲しいという願いだ。
それを理解した3人は、溢れる涙をそのままに再びその愛しい名を呼んだ。
「らーくん!!」
「羅號っ!!」
「ラゴウ!!」
~~~~~~~~~~~~~~~
「……」
羅號はどこか、暗い海の上を漂っていた。生命を感じられない、光の見えないその暗い海に、羅號は『これが臨死体験ってものなのかな?』と自然と状況を受け止めている。最後のあの攻撃が自爆同然だということは自分でもよくわかっていたからだ。
だが、あの瞬間の判断は間違っていなかったと思うし、羅號には後悔はない。だから、その心は驚くほど落ち着いていた。
しかし、そんな生命の感じられない海に突然、羅號は何かの気配を感じ取る。羅號がその方向に振り向けば、そこには2つの人影があった。
かたや軍服を着た男性、そしてその傍らにいるポニーテールに日傘をさした女性の姿。羅號には彼らが何なのか、すぐにわかった。
「お父さんにお母さん……」
羅號の言葉に、その影たちはゆっくり頷く。そして声が響いた。
『よく頑張りましたね、羅號。
あなたは私の願い通り、静かな平和の海を取り戻してくれました……』
「お母さん……」
母からのねぎらいの言葉に、羅號は目頭が熱くなるのを感じる。
『でも……感心しませんよ。 女の子を泣かすのは!』
「えっ?」
『メッ!』とでも擬音のつきそうな様子で母である大和に言われ、羅號は何のことかと首を傾げる。
『ほら、聞こえませんか?
あなたを呼ぶ、その声が……』
言われて羅號が耳を澄ますと、遠く彼方から、確かに自分を呼ぶ声が聞こえた。その声の主を、羅號は知っていた。
「ろーちゃん……朝潮……『ちぃ』ちゃん……」
自然と、羅號の口から少女たちの名前が漏れる。同時に、羅號の胸に彼女たちに会いたいという想いが膨れ上がった。その様子を見て、大和は満足そうに頷く。
すると、それまで黙っていたその隣の提督が、口を開いた。
『俺は……数限りない悔いを残した。
お前を抱き上げられなかった……お前の成長を見守れなかった……あの戦いに勝てなかった……あの戦いで多くの
どれもこれも、大きな悔いだ。
だがその中でも最大の悔いは……俺の死によって大和を、俺を想ってくれた女を泣かせてしまったことだ。
羅號……自分を想ってくれる女を泣かせるな。
それが俺ができなかった、男としての正しい生き方だ……』
「お父さん……」
それは見るからに寡黙そうな彼の、息子に宛てた精一杯の言葉だったのだろう。それが分かる。
やがて、羅號は2人に頷いた。
「うん……僕は帰るよ、みんなのところに!」
その答えに2人は満足そうに頷くと、その身体が光りだし、暗い世界に一条の光が伸びていく。
『羅號、お前の人生という航海はまだ始まったばかりだ。
悔いを残さないように精一杯、世界という名の海を駆け抜けろ』
『生きなさい、羅號。
私たちが灯台ように、あなたをあの娘たちのもとに導きましょう。
あの娘たちのいる場所に、あの世界に帰りなさい』
「うん……。
お父さん、お母さん……またいつか、僕の航海の果てで……」
そう敬礼すると、クルリとターンした羅號は、光の指し示す方向に向かって進み続ける。
そしてその果てには……。
~~~~~~~~~~~~~~~
「……零式重力炉、起動」
ポツリとその言葉が聞こえた瞬間、今まで海中へと引きずり込まれそうだった重量がゆっくりと軽くなっていく。それは羅號の船体の浮遊システムが起動したということだ。
つまり……。
「らーくん!!」
「羅號っ!!」
「ラゴウ!!」
ローが急速浮上で海面まで飛びあがり、すぐに朝潮と『ちぃ』が羅號のそばに駆け寄ってくる。
すると、羅號がうっすらとその目を開けた。
「ろーちゃん……朝潮……『ちぃ』ちゃん……」
そこまでが限界だった。
3人がもう耐えきれないといった風に、泣きながら羅號に抱きつく。
そんな3人の頭を撫でようとするが、そこで左手が焼けてまともに動かないことに初めて気付き、ため息をつきながら動く右手だけで3人の頭を順に撫でた。
「羅號……よく、頑張ったな」
「長門ママ……この3人のおかげだよ。
僕を呼ぶ声が聞こえて……会いたいって思ったから……」
図らずも出撃前にガスコーニュの言っていた通りだ。土壇場で生と死を分けるのは強い想い……彼女たち3人の声が自分を生かしてくれたのだと羅號は感じていた。
その答えを聞いて微笑みながら長門は頷くと、3人を押しのけるような真似はせず、優しく羅號の頭を撫でる。
「……今、お父さんと大和お母さんに会いました」
「……2人は何か言っていたか?」
「自分を想ってくれる女の子を泣かせるな、って。
それと……人生という名の航海を、精一杯悔いのないように生きなさい、って……」
「そうか……あの2人らしい言葉だ。
羅號もその言葉を守るために頑張らねばな」
「うん……」
そこまで言うと、羅號は顔を歪めてもぞもぞと動き出す。
「3人ともごめん……これ以上やってると多分、僕、沈むから……」
そこまで来て、その場にいた全員がやっと羅號が普通なら10回は沈んでもお釣りがくるような酷い大けがをしていることを思いだした。3人が羅號の身体を支え、長門が後ろから壊れかけの艤装を支えながら、支援艦の元へとむかってゆっくり進む。
その間、その海域にいたすべての艦娘と深海棲艦がその光景を敬礼とともに見送っていた。
こうして、20数年にもわたる長い長い戦争は、ついに幕を閉じたのであった……。
羅號くん生存大勝利エンドとなります。
さすがにここまで来て相打ちには、ねぇ。
羅號くんはダメコン女神なしでも、外側に3つも女神(ヒロイン)搭載ということです。
明日にはエピローグを投稿し、この作品は完結となります。
次回もよろしくお願いします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
エピローグ
結末 タノシイウミのおとぎ話(前編)
『深海大戦』と呼称されることになるこの20数年にも及ぶ大戦争は、こうして戦争を主導していたレムリア制圧派の排除と、それに伴うアネット代表による新政権の発足、そしてそのレムリア皇国との間で和平友好条約が締結されたことで終結した。
無論、世界の混乱はしばしの間は続くことになるだろうが、戦場で散る命が無くなり、世界は明日への希望を取り戻していく。
その世界で、この戦争を終わらせる物語を織り成した人々の、その後を紹介していく。
戦艦『長門』
本名、筑波有希。大戦終結後、戦傷により正式に艦娘を退役するが提督へと転向。艦娘時代の経験を生かした現場第一主義な指揮は部下には好評である。
レムリア代表であるアネットともその後も懇意にしており、レムリア製の特殊な義手と義眼を彼女から贈られた。
意外にも教育ママであることが発覚し、提督としての仕事と義息子の羅號の教育とで忙しくも充実した日々を送る。
重巡『鳥海』
本名、藤見黒子。大戦終結後、その経験と分析能力を買われ作戦本部へと入る。
戻ったのちは戦友である長門提督の鎮守府にて筆頭参謀として勤務、大戦時と変わらず長門をうまくフォローする名女房役を務める。
最近、母の紹介で見合いをした相手と交際中らしく、それをネタに戦友たちにからかわれている。
軽巡『夕張』
本名、石垣苺。大戦終結後、レムリアへの技術研修生へと選ばれ留学。
帰国後は戦友である長門提督の鎮守府にて研究部の主任を務める。
親友である明石と現在どちらが先に彼氏ができるかで競争中だが……。
工作艦『明石』
本名、真田幸子。大戦終結後、夕張と同じくレムリアへの技術研修生へと選ばれ留学。
帰国後は戦友である長門提督の鎮守府にて工廠長を務める。
親友である夕張と現在どちらが先に彼氏ができるかで競争中だが……同期の友人だった海軍本部所属の大淀に紹介された男性と交際しており、いつ言いだしたものかと悩んでいる。
駆逐艦『吹雪』
本名、九条院吹雪。大戦終結後も駆逐艦娘として様々な任務で大戦中に相棒となった満潮とともに活躍する。
その活躍が目に留まり、駆逐艦娘の指導教導艦の誘いを受け、受諾。
その堅実かつ分かりやすい指導は、多くの優秀な駆逐艦娘を世に送り出すことになる。
駆逐艦『満潮』
本名、海藤満子。大戦中に相棒となった吹雪とともに大戦終結語も駆逐艦娘として様々な任務で活躍。
その活躍が目に留まり吹雪とともに駆逐艦娘の指導教導艦の誘いを受けるもこれを辞退、あくまで現場に居続けることを選ぶ。
その豊富な経験からくる活躍は、数多くの命を救った。
駆逐艦『秋雲』
本名、田中優美聖秋香奈。大戦終結後、ほどなくして退役。夢であった漫画家への道を歩むことになる。
その作品はシリアスな戦争ものからギャグまで幅広く、多くのファンを持つことになった。
また代表作であるノンフィクション漫画『抜錨! 万能戦艦羅號』は大戦当時の羅號の様子を知る資料として有名。
しかし本人は「機密のせいで半分も真実を描けていない」と嘆いている。
筑波 貴繁海軍大将
『轟天作戦』での活躍によって元帥へと任命される。日本・レムリア両国の関係のために奔走し、混乱が一段落すると引退を宣言。
元帥の地位にいたのはわずか1年程度であった。
その後は後任の天城元帥にすべてを任せ、妻や孫とともに穏やかな日々を送る。
天城 仁志海軍大将
『轟天作戦』で活躍し、のちに元帥として筑波貴繁の後任を務める。本人は厄介ごとを自分に押し付け隠居したといたくご立腹であった。
初孫の誕生を心待ちにしながら、日本と同盟国のレムリア、そして他国との情勢を見守る。
筑波 茂雄提督
『轟天作戦』で指揮官の1人として活躍、若くして少将に昇進し呉鎮守府へ異動となる。
婚約者であった天城貴子と正式に結婚。しかし仕事のため新婚生活を満喫することができないのが不満であるらしい。
航空母艦『天城』
本名、天城貴子。大戦終結後、艦娘を退役し婚約者であった筑波茂雄提督と正式に結婚、専業主婦として家庭に入る。
現在、第一子を妊娠中。
我が子の健やかな成長を祈りつつ、夫を支える日々を送っている。
筑波 八重
元『榛名』。義孫の羅號にさまざまな教育を施しながら穏やかに暮らすが……。
ひそかに10年以内にひ孫を抱くという目標を掲げ敷地内の一角を寮のように改装、羅號の嫁候補者たちを集め、教育に力を入れる。
天城 瑞貴
元『瑞鶴』。戦争が終わり、すべての弔いが終わったため煙草はきっぱりとやめた。
仕事も退職し、今はのびのびと平和な生活を送っている。
今は初孫の誕生を今か今かと待ちながら、その準備に余念がない。
熊之宮 彩香
元『熊野』。夫のオーランチオキトリウムの培養研究が完成、日本を産油国へと変える。
そのほかレムリアとの貿易によって莫大な利益を得て、日本国内のさらなる発展を主導した。
朝潮を養子として引き取り、八重とともに英才教育を施す。
アネット
制圧派を一掃後、レムリア皇国の樹立を世界に宣言し国家代表へと就任した。
戦争での謝罪や保障、技術の守秘など国家としての難しいかじ取りを迫られながらも国民のために奔走する。
長門とは今でも個人的に付き合いが深く、レムリア製の特殊な義手と義眼を送った。
港湾棲姫『ウィン』
レムリアの国家再編後、王室警護艦隊『ロイヤルガード』の旗艦に就任する。
亡命艦隊時代を超える忙しくも充実した日々を送り、日本に留学した妹を少しだけうらやましく思っている。
戦艦タ級改フラグシップ『メリー』
レムリアの国家再編後、王室警護艦隊『ロイヤルガード』へと所属。
結局、望んでいた長門との戦いは、長門が戦傷で退役してしまったことで果たせなかった。
今では定期的に行われる日本との演習で、長門の指揮する艦隊を破ると息巻いている。
戦艦ル級改フラグシップ『アイ』
レムリアの国家再編後、王室警護艦隊『ロイヤルガード』へと所属。
レムリア制圧派の残党などとの戦いで、常に先陣を切る。
いまだひまにならない、充実した日々に満足している。
空母ヲ級改フラグシップ『ヨーク』
レムリアの国家再編後、王室警護艦隊『ロイヤルガード』へと所属。
その後、日本の空母艦娘たちと立ち上げられた『航空戦術研究会』に参加。
空母戦術のさらなる発展に貢献する。
軽巡ツ級『アトラ』
レムリアの国家再編後、王室警護艦隊『ロイヤルガード』へと所属。
防空戦についての研究会を立ち上げ、空母艦娘たちとは切磋琢磨しあう仲となる。
重巡ネ級 『イリス』
レムリアの国家再編後、王室警護艦隊『ロイヤルガード』へと所属。
その後、『ちぃ』の日本留学に際してその護衛として同行。
その際に日本人男性と交際、初の日本人と深海棲艦のカップルとして世間を騒がせることになる。
万能戦艦『ガスコーニュ』
大戦終結後、捕虜返還によってレムリアに帰国、レムリア皇国軍総旗艦に就任する。
大軍指揮というあまり得意でない分野で悪戦苦闘、そして戦場へ出ることが少なくなったことを嘆きながらも、日々書類の束と格闘する。
空母水鬼『ベル』
大戦終結後、捕虜返還によってガスコーニュとともにレムリアに帰国、レムリア皇国軍総旗艦付の秘書艦となり、女房役として公私ともにガスコーニュを支えていく。
彼女とガスコーニュとの結婚式は日本からも要人を招き、大々的に行われた。
そして……羅號と3人の少女たちはというと……。
~~~~~~~~~~~~~~~
温かい日差しが差す廊下を、パタパタという軽やかな音を響かせながら朝潮が走っていた。
その表情は抑えきれない笑顔で溢れている。
「ふふっ……今日のおかずは特に上手にできたって八重おばあ様も褒めてくれたし、羅號も美味しいって言ってくれるかな?」
そんなことを考えているうちに目的地に到着、朝潮は手鏡で髪を確認してからドアをノックした。
「羅號、起きてますか?
朝食、できましたよ」
しかし室内から返事はない。朝潮は「仕方ない」と言いながらも、しかし嬉しそうにそのドアを開ける。
室内に敷かれた布団からは安らかな寝顔の羅號の姿があった。その寝顔を見ているだけでなんだか幸せな気持ちになりずっと見ていたいと思ってしまうものの、このままでは遅刻すると朝潮は羅號を起こすことを決意する。その時、朝潮はなんだかおかしなものに気付いた。
羅號の布団のふくらみが明らかに大きすぎる。具体的に言うと羅號のほかに『あと2人ほど入っていそう』なふくらみだ。
「……」
朝潮は無言のまま、羅號の布団をはぎ取った。すると……。
「えへへっ……らーくん……」
「ラゴウ……あっタかイ……」
そこには予想通り、気持ちよさそうに眠るローと『ちぃ』の姿があった。朝潮は幸せそうに眠る2人に、こめかみにピクピクと血管を浮かせる、そしてゆっくりとこぶしを握り締めた。
「何をやってるの、この不審な潜水艦と姫級!!」
ゴチン! ゴチン!
朝の部屋に、2つの重い音が響いた。
~~~~~~~~~~~~~~~
「えぅ……あっしーの対潜爆雷(こぶし)、痛いですって」
「アサシオ、暴力イクナイ」
「ふんっ! 朝ごはんの用意もせずに抜け駆けしてるからです!」
頭を涙目でさするローと『ちぃ』を尻目に、朝潮は素知らぬ顔でごはんを放り込む。
「だから役割分担です、って!」
「アサシオ、ゴハン作る。
ローと『ちぃ』、ラゴウを起こしニ行っタ」
「それで一緒に寝ちゃったら意味ないじゃない!」
そんな少女たちのいつもの朝の風景、それを羅號が食事をしながらなだめる。
「まぁまぁ、朝潮。
ろーちゃんも『ちぃ』ちゃんも悪気があったわけじゃなんだし、ね?」
「まぁ、いいですけど……」
羅號に言われてしぶしぶといった感じで朝潮は引き下がる。
「ん……? 今日のだし巻卵、甘くて美味しいね!」
羅號がそう言うと、朝潮が顔を赤くする。
「どうしたの、朝潮?」
すると朝潮の代わりに、奥からやってきてちょうど食卓についた八重が答える。
「今日のだし巻卵、朝潮ちゃんが作ったのよ」
「ホントに! 朝潮、美味しいよ!」
「そ、そう。 頑張ったかいがあったわ」
羅號に褒められ照れくさそうに顔を赤くする朝潮、その様子にローと『ちぃ』は面白くなさそうに頬を膨らませていた。その様子がおかしいのか八重はクスリと笑うと、ローと『ちぃ』に耳打ちする。
「よかったら料理教えてあげましょうか?
羅號、喜ぶと思うわよ」
八重のその言葉に2人はコクンと頷く。八重は2人の感情をうまくコントロールして、花嫁修業を着々とさせているようである。
と、そんな八重が時計を見ながら言った。
「あら、もう時間じゃないの?」
「ホントだ、もうこんな時間だ!」
言われて羅號たち4人は朝ごはんの残りをかき込むと、それぞれがランドセルを背負った。
「八重おばあちゃん、行ってきます!」
「行ってきます、ですって」
「行ってきます、八重おばあ様」
「イテキマース!」
慌ただしく出て行った子供たちに微笑みながら、八重は朝食の片付けを始めるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
温かな朝の陽ざしの差す学校へ続く並木道、羅號たち4人はそこを歩いていく。
そう、『学校』である。
羅號はあまりに特殊な条件の中で、トラック泊地で生まれた子である。そのため当然学校というものを知らない。そのため大人たち、特に義母である長門や義祖母である八重の強い要望で情操教育のためもあり学校へ通うことになったのである。羅號も学校というものには興味津々だったために乗り気であった。かくして帝都内の私立小学校にこうして制服を着て通う傍ら、有事には艦息として活動しているのだ。
そして、羅號がそんな道を選んだのなら当然のように彼に恋する少女たちも同じ道を往く。『ちぃ』はレムリアからの留学という形で滞在し、ローや朝潮とこれまた3人揃って私立小学校の制服を纏って通学することにしたのだ。
「あはは……!」
「らーくん、機嫌良さそうだね」
楽しそうに微笑みながら歩く羅號に3人も自然と笑顔になった。
レムリアとの戦争は終わった。戦いの日々は終わり、勝ち取った温かな平和な日々がここにはある。
「うん! 昨日先生に聞いたんだけど、今日は転校生が3人も来るんだって。
どんな子だろう? 楽しみだね!」
そう言って羅號が他意のないニコニコとした顔で言ってくる。3人は顔は羅號につられて笑顔だが、胸中は複雑だった。何故なら、八重から密かに今日来る転校生たちの素性を知らされていたからである。
転校生は3人とも、彼女たちと同じ艦娘だ。それぞれイタリア、英国、米国が送り込んできた人物であり、その目的は羅號だと聞かされていた。羅號と懇意になってその力や技術を引き出すための工作目的、早い話がハニートラップ要員だということである。
戦争は終わったが、それですべて解決するわけでもない。国同士が影でお互いの足を引っ張り合う、『影の戦争』は今現在も継続中であり、これからも終わることはないだろう。そしてその渦中には羅號の姿がある。
3人は何かあっても必ず羅號を守ると心の中で決意を固めながらも、ある予感がしていた。
(でもなんだか……)
(その3人、しばらく後には……)
(仲間にナッテる気がスる……)
自分たち羅號を想う3人娘が6人娘に、そしてさらに増えていくんじゃないかという漠然とした、それでいて確信に似たものがある。
だが、そうだとしても今しばらくは……。
「毎日が楽しいね!
行こう! ろーちゃん、朝潮、『ちぃ』ちゃん!」
楽しそうに言う羅號に、3人も頷き返す。
今しばらくはこの心地よい場所は3人だけの特等席だ。それを堪能しながら学校へ向けて歩いていく。
こんな心地よい日々がいつまでも続きますように……誰かの漏らした声が、温かい日差しの中に溶けていった……。
潜水艦『呂500』
本名、エミーリア=フォン=エッシェンバッハ。大戦後、実家であるドイツからの帰還命令によって一時帰国。羅號が欧州へ乗り込むなどの動乱と紆余曲折ののちにドイツからの留学という形で日本に戻り、のちに帰化を希望する。
筑波八重の教育の賜物で
駆逐艦『朝潮』
本名、香原朝霞。戦争孤児であり身寄りのなかった彼女は大戦後、『熊王グループ』総帥である熊之宮彩香に養子として引き取られる。
熊之宮彩香と筑波八重の英才教育の結果、戦闘能力だけでなく経済・経営管理・交渉に関しても才能を開花、頭脳労働担当としてその後も羅號を表で裏で支え続けることになった。
貯金が趣味だと発覚し、のちにその貯金額がいつの間にかちょっとした国の国家予算規模になっており、各国が戦々恐々として羅號たちに手が出せなくなる状況を作り出す。
北方棲姫『ちぃ』
大戦後、一度はレムリアに帰国するも、留学という形で日本に戻ってくる。
筑波八重の英才教育の結果、もともとから素質があった戦闘に関する才能が完全に開花、万能戦艦を除けば地球上で最強の戦力の一つとして数えられるまでに成長する。
ローの情報収集能力、朝潮の経済力と知力、『ちぃ』の単純な暴力と3人揃うと手がつけられない状況になり世界各国から恐れられるが、本人は難しく考える性格ではなく、今日も羅號や友達を守るために全力を尽くす。
万能戦艦『羅號』
大戦を終結させ、『伝説』となった少年。
義母や義祖母の方針で学校に通いながら、有事には艦息として活動。
そのルックスと優しさで他意なく天然に多くの少女たちを骨抜きにしていき、各国のハニートラップ要員たちを次々に陥落させていった。彼の住む筑波屋敷の寮は『蜂蜜御殿』と揶揄されるまでになる。しかし本人にそのつもりはなく、ごくごく天然で悪意のない無自覚な女誑しとして、周囲の少女たちを困らせていく。
その後も数々の戦いを重ね、常に人類の先頭にたって平和の海のために戦い続ける。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
結末 タノシイウミのおとぎ話(後編)
私があの『伝説』に出会ったのはあの戦争最後の大決戦、『轟天作戦』のさなかだった。
右を見ても左を見ても、どこを見ても地獄の広がっていたあの戦場……私とてあの絶望的な戦いである『タイダルウェブ』を生き延びた、当時すでに古参と言われた艦娘だったし、地獄の戦場など慣れっこのはずだった。
しかし、そんな私も突然隣にいた戦友が地面に叩きつけたトマトのように潰されるような戦場は見たことはない。飛んできた光線で、まるでバターか何かのように戦友が溶け千切れるような戦場は見たことがない。
あれは私の初めて見る本物以上の地獄の光景だった。戦場にいながらそんなことを客観的に考えられたのは、当時私が最新型の『羅式防御電磁膜』を装備していたので心に余裕があったせいか、心がマヒしていたのか……恐らく両方だったと思う。
とにかく地獄の戦場、私は『羅式防御電磁膜』のおかげで防御力は上がっていたものの、あの場で死ぬか生きるかを分けるには誤差程度の効果しかない。その証拠に、あの戦いでは多くの私と同じ『羅式防御電磁膜』を装備していた艦娘が沈んでいた。だから、私にも当然のように『死』がすり寄ってきた。
撃ち漏らした
そして……私は一瞬で『伝説』に魅せられた。
小さな身体で雄々しく強大な敵に一歩も退かぬ彼の戦いが、言葉が、魂が、そのすべてがあの戦場に伝播し、私たち艦娘の心を高揚させたその瞬間を私は今でも忘れはしないし、生涯忘れることはないだろう。
やがて地獄は終わり、戦争の終了とともに夢にまで見た平和の海がやってきた。そうなったときに、私は抗えない、猛烈な欲求に襲われたのだ。彼のことを、あの『伝説』のことをもっと知りたい、と。
私が『青葉』の艦娘であったのも関係あるだろうが、あの火のついたように燃え上がる好奇心と欲求は、どうあっても抑えられなかった。
軍縮の折、私は艦娘を退役し憧れていた記者としての道を選択した。そして私は元艦娘という経歴もあり運良く、『伝説』についての特集記事の取材を任されることになったのである。
私はこれに狂喜し、全力を傾けた。元艦娘という特権をフルに活用し、軍内部の知り合いたちすべてに声をかけ、コネを使って大量の当時の関係者へのインタビューに成功した。
ところがだ、『伝説』の素顔を知る当時の関係者からの証言はのべ数十時間にも及ぶ膨大なものであり、とてもではないがすべてを載せていては紙面がいくらあっても足りない。情報を大幅にカットし、本当に表面だけを摘まむようにした程度で予定された紙面はいっぱいになってしまった。
しかし私はこの取材を通して『伝説』と言われる彼の、その等身大の姿を見た。
雄々しく敵を蹴散らす、決して手の届かないほど遠くにいる『伝説』としてだけではない、愛し愛される当たり前の1人の人間、『羅號』という名の少年としての姿を見た。
この姿を私だけが知っていていいものではない、もっと知らしめるべきであると私は思ったがその手段はなく、悶々とした日々を送っていた。そんな思い悩む私に、私がお世話になっている人が「自分で本にしてみるのはどうか?」と言ってきたのである。目から鱗とは、まさにこのことだった。
そしてその言葉通りに私が執筆したものが本書である。
今でも制圧派残党であるテロ組織の鎮圧や、アメリカを中心とした国家からのレムリアへの報復戦争の回避と、彼やその周りにいるものたちは現在進行形で『伝説』を創り続けているが、そんな彼の素顔の一部だけでも本書を通して知ってもらえ、また少しでも身近に感じて貰えたのなら、著者としてこれに勝る喜びはない。
最後に、ある人は彼のめぐった物語を「まるでおとぎ話のようだ」と称した。
母の愛の奇跡によって産まれた特別な、そして当たり前の少年が、大いなる力で女の子たちを救い、傷付きながらも戦争という悲しみの連鎖を終わらせる……なるほど、確かにまるで『おとぎ話』のようだ。
ならば彼の物語の一部を綴った本書の最後の言葉は、これ以上にふさわしいものはないだろう。
めでたし、めでたし
――元『青葉』の艦娘、青柳葉子著『万能戦艦の航路 轟ケ天ニ』のあとがきより抜粋
これにて約2年連載した『艦隊これくしょん-轟ケ天ニ-』は完結となります。
ここまで読んでくださった方に、百万の感謝を。
艦これで大和でない病からの大和祈願として、そして当時ハーメルンでの轟天号や羅號といった海底軍艦の活躍する小説がまるでなかったなかったことから書き始めた本作でしたが、いかがだったでしょうか?
今では大和も着任してくれて、ハーメルンでも海底軍艦の活躍する作品をちらほらと見かけるようになり、私の作品を書いた理由も達成できました。
それと、本作では艦これ小説であまりヒロインを張ることのないろーちゃんや朝潮をピックアップしています。
ほっぽちゃんはまぁまぁ見るんですが……正直、ろーちゃんや朝潮ヒロイン小説には見覚えがなく、『無いんだったら俺が書く』のマイノリティー精神でこの2人をヒロイン化しています。まぁ筆者の趣味の方が大きい理由ですが(笑)
さて、今回で羅號くんたちのお話しは一応の完結ですが、一応コラボ企画などの話をもらっていますので、またどこかで羅號くんたちの活躍を見せれたらいいなと思います。
最後に、ちょっとした宣伝を。
轟天号と羅號の艦これ小説を始めました。本来なら本作完結後の新連載として投稿予定だった作品ですが、少々早く投稿してしまった作品です。
こちらも最高に可愛いのにヒロインをやってる小説を見覚えがない村雨さんがヒロインと、マイノリティー精神全開となっていますので興味があれば是非。
では、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
目次 感想へのリンク しおりを挟む