ダンジョンに英雄王がいるのは間違っている (あるまーく)
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英雄王と出会うのは間違っているのだろうか

第五次聖杯戦争で、敗北したギルガメッシュ、聖杯に戻りその中で眠っていたが、不意にまた現世に顕現した。

顕現したギルの前には祖父を無くした直後のベル。


『男ならハーレムを目指さなきゃな!』

 

幼いころから祖父は僕にそう言い聞かせた。

 

物心がついた頃には祖父は僕にいろいろな

英雄譚を聞かしてくれた。

 

怪物を退治し、人々を救い、囚われのお姫様を助けだす、最高にカッコいい英雄達のように自分もなりたいと当時の僕は本気で思った。

 

そしてそんなとき、祖父は教えてくれた。

 

英雄達の奇跡の中で最大の醍醐味は、可愛い女の子との出会いなのだ、と。

 

小さかった僕は英雄に憧れる傍ら、異性との出会いに熱意を燃やし、祖父から日夜『男の浪漫』とはなんたるか教えてもらった。

 

祖父に度々勧められたことで、すっかり愛読書になった『迷宮神聖譚』

ーーーーーー迷宮都市オラリオで業績を残した様々な英雄の物語も、そんな情熱形成の一役を買ったのかもしれない。

 

だから、僕はーーーベル・クラネルは英雄達が繰り広げたような冒険の舞台に身をおけば……オラリオに行けば、冒険者になれば、ダンジョンに潜れば。

 

 

英雄譚に出てくる、運命の出会いというやつに巡り会えるのではないかと。

 

 

ーーーーーーーーー

 

男は1人何もない空間にいた。

 

その空間には肉体などないが、意識はあった。

 

その空間ーーー聖杯の中に男、ギルガメッシュはいた。

 

ギルガメッシュは第五次聖杯戦争で敗北し、またこの聖杯の中に還った。

 

そして、今聖杯の中から一筋の光がこぼれ落ちた。

 

「ふむ…此度の顕現は我が満足するのに値するのか」

 

彼の王意識は、その口角を吊り上げ愉快そうに呟いた。

 

値しなかった場合は……と心の中で付け加えて。

 

ーーーーーー

 

「じゃあおじいちゃん僕行くね、……迷宮都市オラリオに」

 

何もない田舎、さらに外れたところにぽつんとたった小屋にベル・クラネルは住んでいた。

 

少年はこの小屋に祖父と二人で住んでいた、がつい先日祖父が死に、ベル1人になった。

 

祖父の死後少年はこの田舎を飛び出て迷宮都市オラリオに行くことを決意した。

 

そして残った全財産を持って今日オラリオに行くことにしーーー小屋の裏に建てた墓前というにはいかないが、祖父が眠る墓前に報告していた。

 

「……おじいちゃん、昔聞かせてくれた英雄譚に出てくるような英雄になって、また戻ってくるね。」

 

そう呟き、少年は踵を返し墓前を後し歩み出そうとした。

 

その時、一陣の風が舞った。

 

少年はその風にわっ、と声を漏らした。

 

そしてその背後ーーー誰もいないはずの墓前の前から声がかけられた。

 

「そこの童よ…まさかとは思うが貴様が我を呼んだのか?」

 

その声は自身を見て驚愕したのか、そこまで大きな声ではなかった、しかしその声には厳然とした風格があった。

 

「ゆゆゆゆゆ、幽霊!!?」

 

しかし、僕には後ろを振り返って見た青年に涙を撒き散らしながら悲鳴しかあげられなかった。

 

これが、英雄に憧れる少年と全ての英雄達の王との初めての出会いだった。

 

 



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初めて出会う英雄が、ギルガメッシュ。運が良いのかだろうか

これから、オラリオに行く前に少年ベル・クラネルが出会うは、英雄王ギルガメッシュ。
いきなりの出会いにびびるベル。
ベルの生死はいかに!?


「どどどどど、どこから!?きききき、来たんですか!!?」

 

先ほどまで自分しかいなかったはずの墓前の前には初めて出会う青年ーーーギルガメッシュがいた。

 

いや、ギルガメッシュを青年といっていいのか……しかし見た目はどこから見てもベルからみて自分より年上という背丈と顔つき、しかしそのあふれでる厳然とした風格がベルの恐怖心を掻き立てる。

 

「フフフハハハハ、そう怯えでるではない、いくら我が崇め奉られる王と言えど、取って食ったりはせんは!」

 

ギルガメッシュはこの少年が自身のことを知っており合間見えたことに驚嘆していると思っていた。

 

それに、ギルガメッシュ自身も子供の不敬は笑って許してやれる寛大な器を持っている。

 

……まぁベル自身はギルガメッシュのことなど知らず、急に現れたことにビックリしていたのだが。

 

「して童よ、先の質問に答えてもらうか、貴様が我を呼んだマスターなのか?」

 

「いいい、いや呼んでないです。ごめんなさい本当にごめんなさい、お帰り下さい」

 

目の前の青年が笑いだした瞬間肩がビクッと、跳ね上がったベルだったが、自分にはなにもしてこないと言ってくれたので少し落ち着いたが、それでも急に現れたギルガメッシュに未だビビりきっている。

 

「……童の言い分には嘘が感じられぬな、もしや無意識に呼んだのか?したらば聖杯戦争という言葉も知らぬのか?」

 

「ししし、知らないです。ごめんなさい本当にごめんなさい」

 

「……まさかここまで無知とは、まぁこの我を呼んだのだ、素質はあるのだろう」

 

ベルの返答に顎に手をあて思考していたギルガメッシュは、童の内に眠る力か何かで我を呼んだのだと納得した。

 

ギルガメッシュ自身も久し振りに現世に顕現して幾分か気分がいいのか…それとも童の反応が面白いのかその口角を吊り上げた。

 

「フハハハハ、まぁこの程度のハンデぐら我には丁度よい、……童よ自身の手に浮かんでるはずの令呪を見よ!」

 

「……あ、ありませんよ?」

 

「……何?」

 

ベルはギルガメッシュに言われおっかなビックリ自身の両手両腕をくまなく探ったがなにもかわりわなかった。

 

自身を召喚したはずなら浮いてくるである令呪が、だ。

 

さしものギルガメッシュもこの事態が異様だと気付いた。

 

そして、二人の間に微妙な空気が流れた。

 

ベルは未だに尻餅ついた状態で、若干涙目でギルガメッシュのこと下から見上げて。

 

ギルガメッシュは仁王立ちし腕を組んだまま少年を見下ろしていた。しかしその目は既に怪訝なものを見るように細めていた。

 

「……どういう事だ?」

 

「……僕が聞きたいですよー!」

 

ギルガメッシュはさすがに訳がわからず首を傾げ、少年の絶叫だけが響いた。

 



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英雄に憧れる少年と英雄王はこうして迷宮都市をめざす

英雄王との問答?をしていたベルだがお互いに自身の情報を伝えることにした。
英雄王も自身を取り巻くイレギュラーに困惑したが、ベルの話……迷宮都市オラリオの話を聞き興味を示し、暇潰しにはなるかと一緒に向かうことにする。
そしてベル自身にも興味を示す。
後ギルガメッシュは以降ギルにします。


ーーーーーー

 

「……しからば、童はこれからその迷宮都市オランダとやらに行くのか?」

 

「……はい。一応その予定です。後オランダ?じゃなくてオラリオです。あ、後結局貴方様は?」

 

「我のことを知らぬだと!」

 

あれからギルとベルはお互いに(主にベルだけが)話したが、ギルが自身のことを知らぬというベルの発言にその顔を歪め、ベルを睨み付ける。

 

「ご、ごめんなさい。本当に知らないんです。ごめんなさい」

 

ベルはギルの睨み付けるに即座にベルは頭をペコペコ下げる。

 

ギルは自身を知らないと言うベルにちっ、と舌打ちだけした。

 

「ならば聞くがよい、我こそ、英雄の中の英雄王、ギルガメッシュ!後にも先にも王とは我のことをさす、童のその魂にこの偉大な王の名を刻むがよい!」

 

と、自信満々声高々に告げた。

 

ベルはその名にはやはり聞き覚えがなかった、しかし自身の夢見た英雄ーーーしかもその王と名乗りを上げた。

 

これが並大抵の人間なら「やばい、頭のおかしいやつだ…!」と思われるだろう。

 

しかしベルにはその尊大な態度、自信満々な声を聞き嘘をついているとは思えなかった。

 

……無論信じた訳でもないが、だが気付けば自身の口は勝手に動いていた。

 

だかなぜだか、ベルにはそれが…

 

「……格好いい!」

 

その声は本当に囁かれる程度だったが、ギルガメッシュには聞こえていた。

 

ベル自身もまさか口に出てたとは思わず慌てて口を手でふさいだ。

 

「ほう。なかなかにして見る目があるではないか、童よ。気に入ったぞ我が下僕にしてやろう!」

 

誇りに思え!、とギルガメッシュはベルに獰猛な笑みを浮かべそう告げた。

 

逆にベルは下僕にしてやると言われ、ひきつった笑みで「あ、ありがとうございます…」と言った。

 

「しからば、我も童と一緒にその迷宮都市オラリオとやらにむかうことにするか」

 

「えっ?ついてくるんですか?」

 

「仕方なかろう!下僕の動向を見守るのも良き王の務め、……まぁ今の我には特にすることなく、戻る場所もないがな」

 

「……王様もそうなんですか?」

 

ああ、とギルはそう返答した。

 

事実流石のギルと言えど、行きなり聖杯から呼び出され、魔力供給者となるマスターがいない状況に戸惑っていた。

 

(だが、どういうことだ?)

 

ギルは内心自身の体について疑問に思っていた。

 

自身の体は霊体化できず、生前の時と同じ魔力もある。

 

これではまるで、聖杯に呼び出されたのではなくて、……前回と同じ受肉していると言っても過言ではない。

 

(まぁ我の体のことはどうとでもよい、それに目の前の童、よくよく見れば面白そうだ…)

 

ギルは目の前のベルを改めて見据え、そう感じていた。身体的な意味ではなく、内に秘めるその力に…。それを感じギルはまた笑い声を上げた。

 

「フハハ童よ!そう言うわけだ、我もその迷宮都市とやらに行き、お前の行く末、見極めてやろう。」

 

聖杯事態にも、たいした興味もわかなかったギル。しかし目の前のベルには今興味が湧いていた。だから思った、この少年が大きくなり、その内に秘めた力がどのようなものになるのか、と。

 

ーーーーーー

 

ベルは未だに困難のなかにいた。急に現れ、自身を王と名乗り自分を下僕にしてやると言った目の前の青年に…。

 

「えっ?」

 

「察しの悪いやつだな…我が貴様のマスター、童の場合は保護者か…それになってやると言ってやるのだ、誇りに思うがいい!」

 

「ほ、保護者?急に保護者とか言われても…」

 

「…なんだ、急に泣きおってどうしたのだ?」

 

ベル自身よくわかなかったが、ギルに指摘され自分の目もとを触って見ると確かに涙が出ていた。

 

ベルは祖父が死んでから1人で過ごしていた。こんな田舎の外れに住んでいるため、人と滅多に会うこともなかった。

 

 

そして、唯一の家族ーーー祖父も死に一人ぼっちになってしまった。だから嬉しかったのだ、また家族が出来たことに。

 

だから不意に口から出ていた。

 

「いえ、また家族が出来て嬉しかっただけです。僕1人でしたから…」

 

「…ふん。まぁ良かろう、お前を我が家族そして下僕として認めてやろう」

 

「それでも下僕何ですか!?」

 

「当たり前であろう!フハハハハハ」

 

そう言った、ギルはどこか嬉しそうに高笑いをしていた。

 

 

 

 

 

 

 



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英雄王迷宮都市に立つ。

ちなみにギルの服装はUBWの時のライダースーツです。一応金ぴかの鎧も持っています。
ベルの服装は分かんないので、適当で…



ーーーーーー

 

「ふむ…以外と早くついたなベルよ」

 

「そうですね、歩きで来たから疲れましたけど、何とか着きましたねーーー迷宮都市オラリオに!」

 

迷宮都市オラリオの入り口の前には二人の少年と青年がーーーベルとギルがいた。

 

あれから、二人はこのオラリオに歩いてやってきていた。

 

ギルは最初ヴィマーナを使おうと思ったが、自身の知らない世界ーーーましてや今回聖杯から知識も得ていないので、せっかくだからと歩いてきた。

 

……途中の町や村では、「こんな犬小屋で眠れるか!」と激怒していたが、野宿は無理だし、何よりベルに涙目上目遣いで小動物のように懇願されしぶしぶ泊まっていた。

 

ベルを下僕兼家族とした以上無下にするのもはばかれ、何よりギル自身お金を持っておらず、途中換金できる場所もなかった。

 

しかし、ここには本来ベル1人で来るためだったので、旅費が倍掛かり今ベルの手持ちは1,000ヴァリスほどしかなかった。

 

「して、ここまできたがまず何をするのだ?ベルよ…」

 

「そうですね…とりあえずは僕たちが入れるファミリアを探しましょう!冒険者の登録するにもまずファミリアに入らないと!」

 

ギルは道中ベルと話をしながら来ていたが、主にどうしてここに来たいのか等、ここに来てからすることについては話していなかった。

 

……ベルがオラリオに来たかった理由『女の子との出会い』と言った瞬間ギルは爆笑していたが。

 

「そのファミリアとはなんだ?」

 

「ファミリア『神の眷族』つまり神様による派閥ですね。そこで神様達から恩恵を貰わないと話にならないですからね」

 

「ふむ、この世界では神がうろちょろしているのか、なかなかにして楽しめそうではないか!」

 

「といってもあれですよ、神様達も下界では力を行使できないので普通に僕たちと変わらないですよ?」

 

ベル達は、オラリオの町を歩きながらそんな会話をしていた。

 

ギルは神がいると聞いてなかなかに楽しめると思ったが、力もないましてや今のベルと大差ないと聞いて落胆した。

 

ましてやギル自身は『王の財宝』があるので、恩恵を貰おう等とは露程にも思わなかった。が、自身の隣出歩いている少年が恩恵を貰いどのような芽を出すのかには唯一興味を示しながら…。

 

「なら、ベルよ貴様の好きなファミリアを選んでこい」

 

「えっ?王様は別のファミリアに行くんですか?」

 

「そうではない、我にはそのファミリア云々はさして興味がない。であれば貴様の好きなように選んでよいと言っておる」

 

「…でも僕1人だけ入っても良いって言われるかも知れないですよ」

 

「そんなことはあり得ん、まぁもしそのようなことがあれば、我を拒んだ報いは受けて貰うがな」

 

とギルは獰猛な笑みを浮かべてそう言った。ベルも別々のファミリアに入る選択肢は考えていなかったが、その発言に苦笑いを浮かべた。

 

……まぁこの王様やると言ったら本当に殺るのだが…

 

「我はどのファミリアが良い等の情報を持っておらん。のでそこの中央の噴水場で待っている。ファミリアが決まったら戻ってこい」

 

「わかりました!王様が喜びそうなファミリアを見つけて来ますね!」

 

ベルはそう言い、ギルと別行動することに了承した。

 

ちなみにギルはベルのことを童から名前呼びにし、ベルはギルのことを王様と読んでいる。……ギルガメッシュが我のことは王と呼ぶがいいと言い、ベルは王様と呼ぶようになった。

 

道行く人からすごい目で見られていたが…

 

ーーーーーー

 

自分ベル・クラネルは王様と別れてからいろんなファミリアに入れてほしいと頼み回った。しかし…

 

「お前見たいなガキ要らないよ!」

 

「サポーターとしてなら雇っても良いよ(笑)」

 

「悪いことは言わないから君みたいな子供はお家に帰りな」

 

と、全て門前払いされてしまった。

 

……ギルと別行動を取ったベルは幸運と言わざるを負えない、もしいたなら一体いくつのファミリアが今日潰れたかわかったもんじゃない。

 

(なんだよ…見た目は関係ないじゃないか!)

 

ベルは断れ続けたショックで、その場に膝をつき道路をドンと叩いた。…叩いた右手が逆に痺れたが。

 

「……王様が喜びそうなファミリアを見つけて来るって言ったのに、これじゃあ顔向け出来ないよ」

 

気づくと自身の目から涙が出ていた。まだ子供と言っていい年齢のベルは現象の非情さに思わず泣いた。

 

ーーーその時不意に自分の前に誰かの気配を感じた。

 

「……少年、ファミリアを探しているのかい?」

 

ーーーなら僕のファミリアに入らないかと、その女に手を差しのべられていた。

 

その時ベル・クラネルにはその女性が女神に見えていた。

 

 

 

 

 



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ヘスティア・ファミリア

声をかけられた女性ーーー神ヘスティア。
ベルは、その手に導かれヘスティア・ファミリアに入る。
ヘスティア自身打算でベルを自身のファミリアに入れたが、おまけがすごすぎ。


「へぇー。君ベル君って言うんだ。これから僕のファミリアの一員としてよろしくね!」

 

「はい!こんな頼りない見た目ですけど、精一杯やります!」

 

あれからベルはこの女性ーーー神ヘスティアのファミリアに入ることを決め、二人で握手をしていた。

 

ベルは、やっと自身を入れてくれるファミリアを見つけて喜んでいた。

 

「あっ!そうだ神様入って直ぐお願い事が有るんですけど…」

 

「な、なんだい?言っておくけどお金云々とかはよしておくれよ!」

 

「い、いえただ僕の他にもファミリアに入れて欲しい人が入るのですが…駄目でしょうか?」

 

「なんだ!まだいるのかい、いいよ、良いよ、良いともさ!そのもう1人も僕のファミリアに入れてあげるよ!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

と言いベルは頭を下げた。

 

(やったー!やっとファミリアを見つけられた!)

 

ベルは内心でそうはしゃいでいた。長い時間いろんなファミリアに断られ続け、やっと自身と王様が入れるファミリアを見つけたのだから。

 

「それじゃあ、早速そのもう1人の子を紹介しておくれよ!」

 

「はい、わかりました神様!王様はあっちの噴水場にいます。着いてきてください!」

 

ベルはそう笑顔で言い、噴水場を目指し歩き始めた。

 

(お、王様!?)

 

ヘスティアはベルが言うもう1人の名前に驚愕の表情を浮かべた。

 

ーーーーーー

 

「…遅いな」

 

ギルはこの噴水場で1人待っていた。

 

ベルと別れてからこの噴水場を起点にチョロチョロ動き回っていたが、近くの店も見飽きてまた噴水場で待っていた。

 

……その際ヘファイトス・ファミリアの店の展示品ーーー自身の持つ宝物庫の武器よりも格段にショボイのに値段だけいっちょまえの作品を見て、鼻で笑ってたりしていた。

 

しかし、噴水場で待っていたギルだが、既に時刻は日もくれ始め夕方。流石にベルが遅いと感じ探しに行こうかと思い始めた時、自身を呼ぶ声が聞こえた。

 

「王様ー!」

 

ーーーーーー

 

「この人が王様かい?ベル君よ。どうみても王様っぽくはないんだが…」

 

「はっ。神と言ってもその目は節穴同然か…」

 

「お、王様駄目ですよ…相手は神様なんですから」

 

「それがどうした。我は唯一無二の王だぞ、わらわらいる神何ぞと一緒にするなよ」

 

「なかなか言うじゃないかい王様君。でも僕は今すこぶる機嫌が良いから許してあげようじゃないか。なんたって僕のファミリアに二人も増えるんだからね!」

 

あれからベル達はギルと合流し、ヘスティア・ファミリアに入ることを伝えた。

 

……まぁ神様相手にも態度を崩さない王様にはビックリしたけど。

 

「じゃあ、とりあえず神様のホームに移動しましょうよ、もう日もくれて遅いですし!」

 

そう僕が神様に言うと、神様がビクッと動いた。…もしかして駄目なのかな?

 

基本的に神様達はホームと言われる居住区を持っている。ホームはファミリアの大きさに比例して有名なところはそれこそお城みたいな所をもっている。

 

「そ、そうだね。もう遅いしホームに行こうか…さ、最後に確認なんだけど、君たち二人は僕のファミリアに入る、ということで良いのかい?」

 

「はい!」

 

「…まぁ良かろう」

 

僕は元気よく、王様は渋々といった感じで答えた。

 

これで僕も冒険者の仲間入り。祖父が聞かせてくれた英雄達のようになるため明日から頑張るぞ!

 

……そうえば、神様のファミリアってどのくらい大きいんだろう?王様は初対面の人でもズバズバいうからちゃんとフォローしなくちゃ!

 

ホームはどんなところだろう?流石にお城みたいに大きいってことはないと思うけど、やっぱり大きいだろうな~

 

僕はそんなことを考えていたから神様の「…言質は取った!」っていう発言には気がつかなかった。

 

そして、僕ら三人は夕暮れの町を歩いて行く。細い路地に入ったりして結構奥に進んできた。

 

……大分歩いたけど、まだだろうか?町の中央にたっているバベルが小さく見えるけど…

 

そして僕たちは、寂れた教会の前に立っている。

 

ってまさか!

 

「……え~と。ここが僕のホームになります。ちなみに僕の眷族は君たち二人!やったね!はじめてのホーム!はじめての眷族だよ!はじめて尽くしだね♪」

 

「いくぞベル。違うファミリアを探すぞ!」

 

「ま、待ってー!」

 

 

 



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恩恵

ヘスティア・ファミリアに入ることになったベル達。
ホームは寂れた教会、眷族は自分達二人だけという事実を知ったベル達。



ーーーーーー

 

「ま、待ってくれたまえ!もう遅いんだしとりあえずここに泊まっていきなよお二人さん。今なら恩恵のサービス付きだぜ!」

 

「ええーい!うっとおしい離れんか!?寂れた教会がホーム等神が聞いてあきれるわ!!ベルよさっさと他のファミリアを探すぞ!!」

 

「良く言うだろう?住めば都だってさ。…まぁ僕も今日からここに住むんだけど」

 

「ここが都だと!?もう既に没落しているところは都などと呼ばんわ!!」

 

「お、王様も神様も一旦落ち着きましょうよー!!」

 

僕たち三人は、あれから神様のホームーーーこの寂れた教会の前で、言い争っていた。

 

けど、寂れた教会がホームだなんて僕自身もショックが大きいや…

 

けど、僕でも入れてくれるファミリアをこんな時間から探すのはどう考えても無理だ…

 

つまり、神様のファミリアに入り、この寂れた教会をホームとするか、今日は野宿し明日またファミリア探しを行うか、ということになる。

 

……贅沢を言うなら僕だって、もっと良いファミリアに入りたい。けど、今日一日いろんなファミリアに門前払いされた記憶が蘇る。

 

『僕のファミリアに入らないか?』

 

…っつ。不意に神様から言われた言葉が蘇る。…そうだ、こんな僕でも誘ってくれる神様なんだなら…!

 

「……僕は神様のファミリアに入ります!」

 

俯いていた顔を上げ、そう言った。僕の発言を聞いた二人は、「正気かベルよ!?」「ほ、本当かい!?」と驚愕した。

 

「僕はあの時神様に誘われるまで、ずっと門前払いされてきました…でも神様だけは僕に手を差しのべてくれた…あの時本当に嬉しかったんです!だから僕、このファミリアに入りますよ…いや神様のファミリアに入れてください!」

 

僕は言いきった。自分の偽りのない本心を語った。

 

「ベル君…こちらこそ騙すようなことをしてごめん!そして、改めて僕の眷族としてよろしく!」

 

神様は騙したことに頭を下げてくれた。…神様に頭を下げさすなんて僕も王様のこと言えないな…

 

「…王様。王様は嫌かも知れないですけど、僕はここに決めました。…王様も一緒に入って欲しいんですけど駄目でしょうか…」

 

「……我はベルに好きなファミリアを選べと言った。そして、そのファミリアに一緒に入るともな…。本来であれば、極刑ものだが、下僕兼家族の頼みだ。我もこのファミリアに入ろう」

 

げ、下僕兼業なんだねと、神様がひきつった笑みを浮かべながらそう言っていた。…そうなんです下僕兼家族なんです自分。でも王様は口ではこう言いつつもなんだかんだ言って許してくれる優しい人なんです。言葉にはしないけど。

 

ーーーこうして僕たち二人はこのヘスティア・ファミリアに入ることとなった。

 

 

ーーーーーー

 

「じゃあ、僕も初めてだけど恩恵の授与を今からするね♪」

 

「お願いします!」

 

「…本当に貴様にできるのか?」

 

王様はまだちょっと神様のことが心配みたいだけど、僕はワクワクしっぱなしだ。

 

……これで恩恵を貰ったらいよいよ僕も冒険者になるんだ!そう思うと心臓の音がうるさいくらいなっている。王様は信じてないみたいだけど…

 

「じゃあベットに仰向けになってね。…それじゃあ始めるね」

 

そう言い神様は自身の手にはりでちょっこと傷をつけた。

 

そして僕の背中に血で文字を書き始めた。

 

……初めてといった割にはあっという間に文字は書き終わり、恩恵の授与は終了した。

 

「……お仕舞いだよベル君!これで君は今日から僕の眷族で、冒険者だよ!いやもはや眷族じゃなくて家族だね」

 

「あ、ありがとうございます神様!」

 

鏡越しに自分の背中を見ると確かにヒエログリフ『神聖文字』が刻まれていた。

 

……これでやっと僕の夢が一歩進んだんだ!後はダンジョンで女の子と運命的な出会いをするだけだ!

 

僕の頭のなかはこの時までは、そんな邪な考えで一杯だった。

 

「次は君の番だぜ!王様君!さぁベットに仰向けになりたまえ」

 

「我は恩恵等いらん」

 

神様が王様にベットの上で手招きして呼んだが王様は興味が無さそうにそう言った。

 

「要らないって…王様君恩恵ないと」

 

「安心しろ。先も言ったが我は貴様のファミリアには入った、が別にそれは恩恵欲しさにと言うことではない。我はベルの行く末を見守るためにファミリアに入ったに過ぎん。無論ファミリアとしての最低限の責務は果たすつもりだ。が、そんなものなくても我は別に困らん」

 

辛いだろう…神様はそう言おうとしたが、王様はきっぱりと拒絶した。

 

……王様は背中に文字を書かれるのが嫌なんだろうか?僕はそんなとんちんかんなことをこの時思っていた。

 

「……まぁ確かに恩恵なくても、ファミリアには貢献できるしね!でも欲しくなったら何時でも言ってくれよな、直ぐ書いてあげるよ!」

 

「それとこれがベル君君の今のステータスだよ♪」

 

そう言って神様は僕に1枚の紙を渡してくれた。

 

ーーーーーー

 

ベル・クウネル

 

Lv.1

 

力:I0

 

耐久:I0

 

器用:I0

 

敏捷:I0

 

魔力:I0

 

ーーーーーー

 

渡された紙にはそう書かれていた。

 

……実物は初めて見たげとこれが僕の今のステイタスか…

 

やっぱり最初だとこうだもんな、これから頑張っていこう!

 

「まぁ、最初はどの子も一緒だよ!これからダンジョンに潜ってバンバンエクセリア『経験値』を稼げば直ぐ強くなれるぜ!」

 

王様も気になったのか、僕から紙を受け取って「…何もないな」と、呟いていた。

 

……これから強くなるから良いもん!



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そして、ダンジョンへ

恩恵貰ってない一般人だと思われダンジョンに入れない英雄王…
しかし、そんなことどこふく風と勝手に入ってしまいます。
我がルールだ!


翌朝ベルとギルは寂れた教会ーーーヘスティア・ファミリアのホームから、ギルドに冒険者登録をしに向かっていた。

 

冒険者登録事態は直ぐに処理ができ、僕たちはその足でダンジョンに向かっていた。

 

……ただ王様は恩恵を貰っていないことをギルドに指摘され登録出来なく。一悶着あったのだが結局王様は登録せずにダンジョンの中にいる。

 

ギルドに登録せずにダンジョンに入ると担当アドバイザーーーー僕たちはハーフエルフのエイナさんに怒られちゃうのだが…

 

ダンジョンに入る道はこのギルドの道ひとつしかない。なので今はまだ朝の早い時間と言えど人でごったがえしになっている。

 

……王様はそれに気づき登録しないで、紛れて入ってきていた。

 

まぁ、あのまま言い争っていたら、いつ終わるかわかったもんじゃないから良いかな。

 

冒険者になって、軽くダンジョンについての説明を受け。ギルド貸し出しの駆け出し冒険者のための装備を貰ったーーー正確には借金して買ったのだが…まぁ利息なしのある程度お金がたまったら払えば良いとのことだが。

 

ダンジョンに入るため、僕はギルドの更衣室でその装備に着替えた。…王様は登録してないのでそのままだが。

 

……大丈夫かな?まぁ今日は初めてだし、一層しかいない予定だから僕が守れば問題ないか!

 

ベルは内心でそう思っていたが、ギル自身は全く問題ないのだが…

 

ギルはまだ、自身のスキルをベルに説明していない。ギル自身は説明する気すらないのたが。

 

こうして、僕は初めてダンジョンに入っていった。

 

ーーーーーー

 

「うわぁ…説明されてたけど、ダンジョンの中でも明るいんですね!」

 

「そうだな。で、目の前の雑種は一体なんなんだ?気に食わん目付きでこちらを見ているが…」

 

僕たちはダンジョンに入り、早速モンスターに出会った。

 

今僕たちの目の前にいるモンスター、ゴブリンが王様を見ていた。…まずいや、ダンジョンを興味津々に見てたから、王様のほうがゴブリンに近いや…王様はなにも装備していなから襲われたら大変だ!

 

「王様にげ『ギロっ!』

 

僕が王様に逃げるよう告げようとした時、ゴブリンを王様が一睨み、それだけでゴブリンは一目散に去っていった。

 

……ダンジョンのモンスターも王様が怖いんだなぁ…

 

僕はそんなことを思った。…まぁ何はともあれ王様を心配する必要がないのがわかったから、僕は逃げたゴブリンを追いかけることにした。

 

「王様待っていて下さい!僕、あのゴブリンやっつけにいきますから!」

 

「ほう、なかなかどうして下僕にしては殊勝ではないか、良かろうあの雑種の首を落としてこい!」

 

……別にやっつけるだけなら首を落とす必要はないんだけど…やってやる!

 

ーーーーーー

 

「やりました王様!僕ゴブリン倒せましたよ!」

 

「ふむ、きちんとあのキモい雑種を倒したようだな…誉めて遣わすぞベルよ!」

 

「えへへ、ありがとうございます王様!」

 

先程の雑種、恐れ多くもあの気色の悪い顔で我を見ていた。…本来ならあの場で『王の財宝』を使い、散らす予定だったが、我の下僕ーーーベルがあの下手人を退治すると名乗りをあげた。

 

やはり、こやつはなかなかにわかっておる。

 

そして、今その下手人を倒し戻ってきたベルを誉めた。

 

ふむ、やはり良き王たる我に誉められ満更でもない様子だ。

 

……まぁベル自身は初めての戦闘に勝てたことが嬉しかったのだが。

 

「王様!僕今のこと神様にも報告したいので、戻ります!王様はどうしますか?」

 

「ふむ…我もダンジョンとやらにはもう興味もない、今日は少し寄りたいところがある、先に戻っていろ」

 

わかりました!と僕は勝った喜びで顔を輝かせ、ダンジョンから走って出ていった。

 

……ホームに戻って神様に話したら、呆れられーーー良く良く考えればダンジョンの最弱のモンスターを一匹倒しただけだった…

 

それに気づいた僕は羞恥心で死にたくなった…。

 

 



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こうしてヘスティア・ファミリアははじまった。

一旦ホームに戻ったベル。
1人ブラブラするギル。
二人は別行動していた。


ーーーーーー

 

「エイナとやら、金塊を換金したいのだが、どこにいけば良い?」

 

「…金塊って…あなたそんなの持ってるの?」

 

無論。ギルはそう返した。

 

ベルがホームに戻ってから、ギルはダンジョンを出てギルドに戻っていた。

 

そして、エイナを見つけて金塊を換金したい旨を伝えた。

 

……何を疑っている。王たる我が金塊を持っていても不思議ではなかろう。

 

エイナはギルがまたこのギルドに戻ってきて金塊を売りたいと言うことに疑問を持っていた。

 

なぜなら今のギルは手ぶら…確かに駆け出しの冒険者達が当面のお金を工面するのに、物品を売るのはあることにある。が、その売りたいものが金塊である。

 

……どう見たって持ってないでしょ…エイナはそう言いたかった。

 

が、この人の相手をするのは疲れると朝の時にわかったので、いちいち相手にしないで素直に伝えることにした。…たちの悪い冗談だとエイナは思っていた。

 

「はぁ…そこに換金所があるから金塊でも換金してくれるわよ」

 

そう言いエイナは、ギルド内にある換金所を指差した。ギルはそれにわかった、と告げ去っていた。エイナもギルが去っていたのを見て自身の仕事に取りかかった。

 

が、しばらくしたら換金所から悲鳴が上がりギルドにいる人物達はその悲鳴の上がった方向を見た。

 

悲鳴が上がった換金所、その相手ーーーギルを見てエイナはまた面倒ごとだと思って溜め息をついた。

 

ーーーーーー

 

「べ、ベル君僕の言い方が悪かった!そうだよねベル君は昨日冒険者になったばっかなんだよね、…すごいじゃないか、冒険者になった次の日にゴブリンを倒すなんて!」

 

「誉めなくて良いですよ神様…。またダンジョンに戻りますから…」

 

「わ、わーっ、わーっ!?待つんだベル君そんな急いだって、いいことないよ、落ち着きなよ!?」

 

ヘスティア・ファミリアのホームでは、ベルがゴブリンを倒した報告をしに戻ってきていた。

 

……確かに冒険者になったばっかりだからモンスターを倒したのは嬉しいんだろうけど、…ゴブリン一匹じゃなぁ…。

 

ヘスティア・ファミリアは新興仕立てで、お金が全くない。なので、今日からダンジョンで稼いでくると息巻いて出ていったベルが、ゴブリン一匹倒しただけで戻ってきたことに少し落胆した。

 

……まぁ一緒に行った王様君は恩恵を与えてないのにダンジョンに入ったことにビックリした。

 

あの子、結局名前を教えてくれと頼んだら、「我は王だ!それ以上も以下もない」とか言って教えてくれなかったため、ヘスティアはとりあえず王様君と呼んでいた。

 

……まぁ今の状態のベルがダンジョンに戻ったらそれこそ無茶してモンスターにやられちゃうかもしれない。

 

お金を稼ぐのは今日は諦めて明日からまた、頑張ろう、そんなことを僕は思った。

 

「ベル君!もうダンジョンは良いよ、それより今日は正式に冒険者になったからパーティーしようよ!」

 

「……神様…。申し訳ないんですがパーティーの準備をお願いします。僕は今からまたダンジョンに戻るので…」

 

「ス、ストーップ!?待ちたまえベル君君も一緒に準備しようよ?そうだよ、今から僕たち二人でパーティーの準備して王様君を驚かそうよ!そうすれば王様君も喜ぶよ!」

 

 

僕はそう言って、今にもダンジョンに行きそうなベル君をひき止めながら言った。

 

王様君を引き合いに出したのがこうをそうしたのか、ベル君は渋々了承してくれた。

 

「それで、神様パーティーの準備と言っても僕余りお金も持っていないですよ…」

 

「ふふーん!何と君たちがダンジョンに言ってる間僕は買い物してきて、パンと玉子を買ってきているのだよ!今日はパンも玉子も全部使って豪勢にいこうよ!」

 

「ほ、本当ですか神様!?…でもそうすると明日からが…」

 

「そこはほら、明日から君が頑張ってくれればいいんだよ」

 

「……そうですね、わかりました神様!僕明日から頑張ります!」

 

じゃあ準備しようか、そう言い神様は買ったものを料理し始めた。僕は装備を買った残りのお金でパーティーの飾り付けるための材料を買いに行った。

 

……結論から言うとほとんどお金が残ってなくて折り紙ぐらいしか買えなかった…。

 

神様はこういうのはお金じゃないよと言っていたけど、王様は王様って言われるくらいだからこんなショボくちゃ怒るだろうなぁ…

 

僕は内心でそう思いながら飾りつけを行った。

 

ーーーーーー

 

「今帰ったぞベルよ!王の凱旋である!」

 

「あっ、お帰りなさい王様」

 

「戻ってきたのかい王様君?お帰り!」

 

時刻は夕方、王様はあれから何をしていたのか、今帰ってきた。

 

「ふむ、ちゃんと返事があるか…して何故部屋の様相が変わっておるベルよ?」

 

「ふふーん!今日はベル君が正式に冒険者になったからパーティーするんだよ王様君!」

 

「ほう、なかなかどうしてわかっておるではないか墮神!我もそう思っていたぞ」

 

「だ、墮神!?ひどいね王様君!」

 

「お、王様ー!墮神はいくらなんでもひどいですよ!」

 

呼称などどうでもいい。ギルはそう言い捨てホームに唯一あるソファーに腰かけた。

 

「そ、それで王様…。どうしてこんな遅かったんですか?」

 

「何、貴様らと一緒の理由だ」

 

一緒?ベルは手ぶらで帰ってきたギルに疑問を抱いた。が、詳しく聞こうと思ったその時キッチンから神様が料理を持って戻ってきた。

 

「じゃじゃーん!お待たせ!じゃあパーティーしようよ!」

 

「は、はい!じゃあ王様こんな貧相なパーティーですが、よろしいですか?」

 

僕は、王様に内心びくびくしながら尋ねた。…やっぱり怒るかなぁ、と思っていたのだが。

 

「何を言うベルよ?貴様が精魂尽くして準備したのだ、それに文句を言うほど無粋ではない。逆に誉めて遣わすぞベルよ、我の心情をきちんとわかっていたのだから」

 

王様はフッと、笑いながらそう言ってくれた。…やっぱり王様はやさしいなぁ…僕はほめられて嬉しかった。

 

神様もねっ、と僕に微笑んでくれた。

 

そして乾杯ーーーまぁ普通の水だが、しようとしたとき王様が、しばし待て。と、待ったをかけた。

 

神様と僕は首をかしげ、グラスを置いたとき、すいませーん、と教会の外から声が聞こえた。

 

…?なんだろうこんな時間にこんな場所に来るひとなんかいるのかな?

 

僕はそう思い神様の顔を見た。神様も同じでようで、誰だろぅ?と言っていた。

 

逆に王様はすたすたと、教会の外に出ていった。…王様には知り合いがいないはずだから、謎がますます広がった。

 

しばらくすると、王様が戻ってきた。

 

その両手に何かの箱と瓶を持ってきて。

 

「せっかくベルが冒険者になったのだ。我からベルにこれをやろう!」

 

そう言って、王様はその手の箱をテーブルに置き、ふたを開けた。

 

ーーー中から出てきたのは美味しそうなイチゴのホールケーキだった。

 

「お、王様ー!これどうしたんですか!?」

 

「王様君これどうしたんだい!?」

 

僕と神様二人揃って声をあげた!…王様はお金を持ってなかったはずじゃあ!?

 

「我もここでは、金がなかったからな、我が宝物庫の中身を売ってきた。それではパーティーをするとしようか!」

 

そう言って王様は水を戻し、買ってきた瓶から飲み物を入れ直した。

 

……王様…僕のためにお宝を売ってくれるなんて…僕は泣きながら三人で乾杯した。

 

神様も意外そうだったのか、最初は驚いていたけど、王様が僕のためと言う理由を聞いたとき微笑んでいた。

 

安物のパンと玉子も美味しく感じたし、何より王様が買ってきてくれたケーキは泣くほど美味しかった。

 

この日のパーティーは本当に楽しかった。

 

 



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そして出会う少年と少女と王

ミノタウロスに遭遇したベルとギル。
そして、二人は『剣姫』に出会う。
ちなみにギルは暇なときはベルと一緒にダンジョンに入っています。
ギルも暇は嫌いでしょう。


ーーーーーー

 

迷宮都市オラクルにきて半月。

 

冒険者になって半月。

 

未だにLv.1だが、僕は今日5層に来ている。

 

エイナさんにはまだ、冒険者になって半月ということでまだ1層で活動しなさいと言われていたが、僕はエイナさんに黙って5層に来ていた。

 

……そう、僕はここに女の子との出会いを求めてきている!たまには刺激欲しさにと、この階層まで降りてきていた。

 

王様も相変わらず手ぶらで着いてきていたが、モンスターには一睨みするだけで、逆にモンスターのほうが逃げていく。

 

……相変わらず王様は凄いなぁ~。

 

そんなこんなで5層でモンスターを倒していたが、今目の前には、見慣れないモンスターがいる。

 

「な、なんでミノタウロスが上層にー!?」

 

ミノタウロスーーー主に中層と言われる層にいるモンスターと僕は出会った。

 

……やっぱりダンジョンに出会いを求めるのは間違ってたのかな!?

 

僕は全速力で逃走した。

 

「ヴヴォォォォォォォォ!!」

 

「ほぁああああああああ!?」

 

雄叫び上げるミノタウロスに僕は悲鳴を上げ追い回されていた。

 

って不味い!王様が危ない!

 

案の定ミノタウロスは王様を見つけその手に持つ棍棒を振り上げていた。

 

……いくら王様が一睨みするだけでモンスターが逃げていたと言えど、今いるモンスターは中層でも強モンスターのミノタウロス!

 

僕が後ろを振り返り、王様逃げてー!と、言おうとした時…

 

『ギロ!』

 

王様が睨み付けた瞬間、ミノタウロスは振り上げていた棍棒を止め、ゆるゆると下ろし、そして王様に会釈し、ぺこぺこしながら王様の後ろに回り、そしてまた僕のほうに襲ってきた。

 

……あれかなぁ中層だとモンスターも知能が上がるっていたから、ミノタウロスは王様にぺこぺこしてたのかなぁ…

 

って!そうじゃない!

 

「なんで僕なのー!」

 

そして、僕はまたミノタウロスと追いかけっこを再開した。

 

ーーーーーー

 

「なんなのだ?今の雑種は?」

 

ベルがミノタウロスに追いかけられ、どんとんと遠ざかる背中を見て、そう呟いた。

 

……ベルもベルとてあのような雑種とっとこ倒せば良いもの…

 

仕方ないか、そう結論付けて我はベルの方に振り向いた時、後ろから我を金髪の少女が追い抜いた。

 

……スピードが速く見えたのは一瞬だったが…

 

「……金髪か…セイバーを思い出すな…」

 

我はそして、ベルが去っていた方に歩いていった。

 

ーーーーーー

 

「……大丈夫ですか?」

 

僕は先程まで追いかけられたミノタウロスの血を全身に浴び、尻餅をついた状態で目の前の少女を見ていた。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

金髪の少女ーーー『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインに再度声をかけられ、ぼーっとしていた意識が覚醒した。

 

覚醒した瞬間僕は、脱兎のごとくその場から逃げたした。

 

ーーーーーー

 

「……行っちゃった…」

 

アイズ・ヴァレンシュタインはミノタウロスに襲われた少年を助けたが、声をかけた瞬間少年は走って去っていった。

 

「ふむ、今のトマトはいったいなんなんだ?おいそこな娘よ!」

 

少年が去っていった道から、先程すれ違った青年が表れ、自身に声をかけてきた。

 

……言葉使いが、物語の王様、みたい…

 

アイズはそんなことを思いながら、声をかけてきた青年に返事をした。

 

「……なに?」

 

「気に食わん態度だが…まぁよい。娘よ、この辺に銀髪の赤目で兎見たいな少年を見なかったか?」

 

……そっちのほうが、態度でかい…

 

アイズはそんなことを思いながら、青年が探している少年に覚えがあった。

 

自身が先程倒したミノタウロスの血のせいで、真っ赤になった少年を。

 

アイズは青年に少年が去っていった方向を指差した。

 

「……なに?そうすると先程すれ違ったトマトがべるか…邪魔したな娘よ!我はこれで行くぞ!」

 

そう言い青年は少年が去っていった方に歩んでいった。

 

アイズは見送り、自身の仲間を待つことにした。

 

……先程の少年と青年は何だったのか、そんなことを疑問に思いながら…

 

ーーーーーー

 

「エイナさんー!」

 

自身が担当する冒険者の少年の声がきこえ、エイナは作業をやめて声のする方向を見た。

 

全身に血を浴びこちらに声をかけるベルの姿が視界に飛び込んできた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「アイズ・ヴァレンシュタインさんの情報を教えてくださいー!」

 

あれから僕は、ダッシュでダンジョンからギルドに戻ってきて、アイズさんのことを聞こうとギルドのエイナさんに声をかけた。のだが、全身血だらけに染まった僕を見て絶叫を上げ、今ギルドのロビーの一室にいる。

 

……あのあと事情を話しシャワーを浴びせさせてくれたのだが、めちゃくちゃ説教された。

 

「それで…アイズ・ヴァレンシュタインさんの情報だったっけ?どうしてまた?」

 

「えっと、その…」

 

僕は、ミノタウロスに襲われて、それを救ってくれたのがアイズさんだと伝えた。

 

そうして、アイズさんの情報を教えてくれた。

 

ーーーーーー

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

 

ロキ・ファミリア所属

 

冒険者の中でもトップクラスの剣技をもつ。

 

Lv.5の実力者で、二つなが『剣姫』と『戦姫』

 

ーーーーーー

 

とかいつまんで言うと、以上になった。

 

……僕としては、趣味とか好きな食べ物とか聞きたかったけど…

 

でも、今は特定の誰かはいないらしく、ついこの間千人切りを達成したとか…

 

「なぁに、ベル君もヴァレンシュタイン氏を好きになっちゃったの?」

 

「いや、その…ぇぇ、はい…」

 

「あはは、まぁ、しょうがないのかな。同性の私でも彼女には思わず溜め息をついちゃうし」

 

苦笑いを浮かべ、エイナさんはそういった。

 

……でも、エイナさんも冒険者達の間では人気が高い。

 

ハーフエルフで日目秀麗な見た目だが、それでいて人懐っこく親しみやすいから、それでやられる人が多いみたい。

 

「まぁ、これ以上はさすがに言えません!」

 

「そ、そんなー!」

 

「で、今日も換金してくんでしょ?私もついていくから行こう」

 

これで、話しはお仕舞いと言う風に、エイナさんは立ち上がり、換金所のほうに歩いていった。

 

……まぁ、他ファミリアの人とお近づきになるのは難しい…

 

でも、諦めないぞ!僕はそう心に思いながら換金所に歩いてくエイナさんについていった。

 

ーーーーーー

 

本日の収穫1,200ヴァリス。

 

何時もと比べると少ない収入。…まぁ、今日はミノタウロスに追いかけられたから普段より短い時間しかいなかったせいなんだけど。

 

「……ベル君」

 

換金し出口に向かう僕をエイナさんはひきとめた。

 

「あのね、女性はやっぱり強くて頼りがいのある男の人に魅力を感じるから…えっと、めげずに頑張っていれば、その、ね?」

 

「……」

 

「……ヴァレンシュタイン氏も、強くなったベル君に振り向いてくれるかもよ?それと…」

 

そう言葉を切ったエイナさんはギルドの入り口にあるソファー、それにどかっと座ってる人ーーー王様を指差し。

 

「間違いなく、ベル君はあんな男のようになっちゃっ駄目よ!」

 

エイナさんはその目に確かな怒りを宿し、そう告げた。

 

……王様…待ってくれるのは嬉しいですけど、ソファーを独り占めして座ってるからみんなに物凄く見られてますよぉ…

 

 



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憧憬一途

ついにベルに発動したスキル。
ヘスティアはそれに憤慨し、それをにやにや眺めるギル。



「どうして貴方はギルドのソファーを一人で使っているの!」

 

「王たる我が公の物をどう使おうが、問題あるまい…しかしまぁ安物のソファーよのぉ」

 

「文句までつけるの!?」

 

僕達は換金した後、王様の方に歩んでいき、エイナさんは王様がソファーに座ってるのを咎めたが、等の本人はどこ吹く風というに受け流していた。

 

……うちにあるソファーよりは高いと思うけどなぁ…

 

あれからエイナさんと王様はひとしきり口論していたが、王様が「そんな些事どうでもよい!ベルよ終わったのなら戻るぞ!」と言い僕と王様はホームに帰っていった。

 

……エイナさんが小声で、二度と来るなと言っていたが大丈夫かなぁ…

 

ーーーーーー

 

「戻ったぞヘスティア!」

 

「ただいまです、神様!」

 

「う~ん?あぁお帰り二人とも!」

 

ホームに帰ったら、ソファーで寝そびりながら本を読んでいた神様はトトトと音をたて僕たちのほうまでやって来た。

 

王様は神様のことを堕伸と呼んでいたが、神様が反論し最終的に僕もお願いして、王様は神様のことをヘスティアと呼ぶようになった。

 

……敬いましょうよ王様…僕はそう言ったのだが王様は、「こやつを敬う…?どこを?」と言い、今の現状から神様はなにも言えず、せめて名前で呼んでくれと頼みそう呼ぶようになった。

 

「やぁやぁ今日は何時もより早かったね?」

 

「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって…」

 

「なに、なかなか愉快なことがあってな」

 

神様は僕がダンジョンで死にかけたと聞き、怪我はないかい?と心配してくれた。

 

……王様、今日の出来事は全然笑い事じゃないですよ…

 

僕はニヤニヤしてそう言った王様に内心でそう思った。

 

「それじゃあ、今日の君の稼ぎはあまり見込めないのかな?」

 

「何時もよりは少ないですね。神様の方は?」

 

「ふっふーん、これを見るんだ!デデン!」

 

「そ、それは!?」

 

「露店の売り上げに貢献したということで、大量のジャガ丸君を頂戴したんだ!夕飯はパーティーだ!ふふっ、今夜は君達寝かさないぜ?」

 

「神様凄い!」

 

「相も変わらず、貴様はショボいなぁ…」

 

神様の報告に僕は驚いたが、王様はそう言いがっくししていた。

 

「な、なにー!?そう言うなら王様君には上げないもんね!」

 

「そうか、なら我が買ってきてやった食料はいらないのだな?」

 

「王よ!このショボイ神めにお慈悲を…!」

 

神様は反論したが、王様が持っていった袋の中身を聞き、態度を変え頭を下げた。

 

……神様さすがに僕も今の神様を敬えないです…

 

ーーーーーー

 

「じゃあ今日もベル君のステイタスを更新しようか!」

 

「はい!」

 

そう言い僕は上半身を裸にし、ベットにうつ伏せになった。その上に、ちょうど僕のお尻の辺りに神様は座り込んだ。

 

「そういえば死にかけたって言ってたけど、一体何があったんだい?」

 

「ちょっと長くなるんですけど…」

 

そうして神様がステイタスの更新をしている間、今日起こったことを話した。

 

「出会いを求めて下の階層って…君もほとほとダンジョンに夢を抱いてるなぁ。あれ?そうすると王様君もミノタウロスに追いかけられたのかい?」

 

「たわけ、そのようなことあるはずなかろう」

 

「王様が一睨みしただけでミノタウロスはビビっちゃいましたからね」

 

本当かい?神様はそう言いあまり信じていなかった。

 

終わったよ、と言い神様は僕の上からおりてステイタスが載っている紙を渡してくれた。

 

……う~んやっぱりそんないきなり強くならないよな…

 

僕は自身のステイタスを見ながらそう思った。王様も気になるようで、渡して上げたが、まぁこんなもんだろうと言い紙を投げ捨てた。

 

「まぁさっき言ってたヴァレン某とか言う女より、すぐ近くにいる女の子の方がいいよ!」

 

「…酷いよ神様」

 

ええい、諦めないぞ。少なくともまだなにもやってないんだから挫折はしない。僕とあの人の関係は、まだ始まってすらいないんだからっ。

 

僕は内心でそう思いながら服を着、王様が買ってきた食料を調理するためキッチンに向かった。

 

ーーーそんなことを思っていたから僕はスキルのスロットに消した跡があったのに気づかなかった。

 

ーーーーーー

 

ヘスティアはキッチンに入るベルを見送って、静かに溜め息をついた。

 

(…あー、やだやだ。他人の手で、彼が変わってしまったという事実が堪らなく嫌だ。認めたくないっ!)

 

ぐしゃぐしゃと両手で思いっきりその漆黒の髪をかきみだす。…そうしていたら不意に王様君が声をかけてきた。

 

「よいのか?」

 

「…何がだい?ヴァレン某のことかい?それだったら」

 

そうではないと王様君は僕の言葉を遮った。何を?そう聞いた僕は、その内容に目を見開いた。

 

「決まっておろう。『ベルに正確に伝えなかったことを』、だ」

 

その言葉に僕は王様君を見た。笑ってはいたが、その目は確かに本気だった。

 

「…読めるのかい君は神聖文字を?」

 

「どうやらそのようだな…」

 

王様君はどこか他人事のように呟いていた。

 

……なんだい読めるなら最初に言っておいておくれよ…

 

「…王様君は黙ってたことが間違いだと思うかい?」

 

「我とて、正否はわからぬが…」

 

王様君はそこで言葉をきり、ニヤニヤしながらそう言った。

 

「ーーーそっちの方が確かに面白いな」

 




ベル・クラネル

Lv.1

力:I77→I82

耐久:I13

器用:I93→I96

敏捷:H148→H172

魔力:I0

《スキル》
『憧憬一途』
・早熟する。
・懸想が続くかぎり効果持続。
・懸想の丈により効果向上。


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王の一日

ベルが『豊穣の女主人』のシルと出会いダンジョンにいっている間のギル視点です。
そして、ギルはルナール『狐人』の春姫に出会う。


朝の5時、朝というには早い時間。我は、ベルが出ていくのを感じ目をさました。

 

こんな時間からダンジョンに行くのか…。我は付いていくか悩んだが、今日は一人街を探索することにした。

 

「……ベル君のあほぉ。むゅぅ」

 

「なんという寝言を言っておる…」

 

我はソファーで寝ているヘスティアを眺めそう言った。

 

我がベットを使いベルがソファー、ヘスティアが布団ーーー極東の神の知り合いにもらったもので寝ている。

 

あやつ、夜中にベルが寝ているソファーに潜ったのか…。本当に神か疑うぞ?

 

そんな現状を確認し、我は寝巻きから着替え朝の準備をした。

 

本来なら、王たる我がすることではないのだが、使用人がいないので仕方なく我がすることにした。

 

……まぁ、仮にも我が家族と認めたのだ、それくらいの些事今はしてやろう。

 

そうして、我は準備をし始めた。

 

ーーーーーー

 

ヘスティアが起きたのは朝の7時だった。

 

「んー。あれ?おはよう王様君」

 

「やっと起きたか」

 

「あれ朝ごはんがある?もしかして王様君が用意してくれた?」

 

「あぁ。王たる我が作ったものだ心していただくがよい」

 

その前に顔を洗ってこい、そう言いヘスティアに洗面所を指差した。

 

そして、我とヘスティアはともに朝ごはんーーーパンと簡単なスープを食べながら今日の予定を話した。

 

「僕はもう少ししたらバイトにいくけど、王様君は今日はベル君と一緒にダンジョンいかないのかい?」

 

「あぁ。今日は街で散策するとしよう…しかし神がバイトか世も末だな」

 

「働くのが好きって神様もいるんだよ?…まぁうちは貧乏だからねぇ」

 

我は前回ギルドで金塊を売って、当面の金を確保していた。

 

金をやって甘やかすとあまり本人のためにならないからな…家族を名乗るのだから、そこら辺は厳しくしている。

 

ふっ。我も甘くなったものよ、今の現状に思うところがないと言えば嘘になるが、反面こうゆうのもいいと思う我もいる。

 

「それではヘスティア先に出るぞ。洗い物はやっておけよ」

 

「あいよー。遅くならないでね」

 

そう言い我はホームを後にした。

 

ーーーーーー

 

街に繰り出した我は周りの風景を眺めながら散策をかいした。

 

やはり都市というだけあってこんな時間でも人は多いな、種族もたくさんいるが我には見飽きたものよ。

 

ギルは道いく多種多様な人に目を向けたが、興味を引かれる者はいなかった。

 

……昨日ダンジョンで会った金髪の少女、それと一緒に歩いてる何人かの人物達を見かけたが、ギルは興味をひかれなかった。

 

ーーーベル・クラネルのようにうちに眠る何かのようなものは感じられずギルには雑種としか思わなかった。

 

「さて、この辺も見飽きたしどうすかな…」

 

ギルは街を散策していたが、興味を引かれるものはなかった。

 

そうして歩いてるうちに南のメインストリートを抜けていた。

 

本来であれば、ここは繁華街があるが、まだ朝が早いためちらほらとしか開いてなかったため更に奥まで進んでいた。

 

「…ふむ。看板から察するにここは歓楽街か…まぁ朝からあいてないよの」

 

興味もないしな、内心でそう思いながらギルは歩いていた。

 

そうして、ギルは東方建物が多く建ち並ぶーーー遊郭のほうまで来ていた。そして、不意に上から誰かが話しているのが聞こえ足を止めた。

 

「ーーー姫、今日の夜からあんたもデビューだよ。まぁ、私が言えたあれじゃないけど割りきって楽しみな」

 

「…はい」

 

褐色の肌をした女性に声をかけられた金の髪に翠の瞳をし、そして髪の色と同じ色をした獣の耳と尻尾をした少女ーーー女性というには幼い顔立ちをしているがその成長した女性特有の膨らみは確かに女性のそれである。

 

ーーー狐人の少女はどこか諦めを含んだ声でそう答えた。

 

じゃあ、この部屋の下見でもしてな…そう言い褐色の肌をした女性はその部屋を後にした。

 

「…今日から私も娼婦かぁ…ふふ、命ちゃんたちが見たら泣いちゃうよね…」

 

そう言った狐人の少女は自身の故郷での友人達を思い自重気味にそう呟いた。

 

ーーーその背後の開け放たれている窓から不意に声をかけられた。

 

「ほう。狐人か我も初めて見たわ…」

 

「えっ…何処から?そして、誰ですか?」

 

狐人の少女は2階にあるこの部屋に侵入してきた人物に困惑しながらそう質問した。

 

「我か?まったくベルと言い貴様と言い無知な輩が多すぎるぞ…まぁよい!娘よよく聞くがよい!我は人類最古の王にして、全ての英雄の王!英雄王ギルガメッシュである!」

 

侵入してきた人物はそう高々に宣言した。

 

ーーーーーー

 

我は先程上から声が聞こえ、珍しい後ろ姿が見えたのでそこの部屋にはいった。

 

我のステイタスでも、2階に飛び上がるぐらい訳はない。

 

部屋を見て、そこにいる少女を見て我は興味がでた。

 

……こやつもベル同等面白い力を持っていそうだ…

 

まぁ、我も狐人は初めて見たがな。それも含めなかなか価値のありそうな娘だな。

 

「お、王様!?それも英雄王!?すっ、凄いです!」

 

「フハハハ!そうであろう!」

 

狐人は我の口上を聞き、興奮気味に声をあげた。

 

やはり、こやつもベル同様わかっておる。

 

我が娘の反応を見て笑っていると、閉まっていた襖が開き、褐色の肌をした女が入ってきた。

 

「な、なんだ!?何をいきなり大声を出した!?とゆーかお前は誰だ!?」

 

ア、アイシャさん!?そう言い娘は入ってきた女性にびっくりしていた。

 

貴様も我を知らんだと…!

 

 

 

 



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王の一日・その二

遊郭の一室にて、ギルは狐人の少女と褐色の女性に出会う。
狐人の少女に興味を示したギルだった。


「我は王の中の王!英雄王ギルガメッシュである!その不敬な態度を改めよ女!」

 

「はぁ…?あんたが王様?嘘をつくなよ、それでどうやってこの部屋に侵入してきた、春姫に何をした!?」

 

「ア、アイシャさんも落ち着いてください!?」

 

褐色の肌をした女性ーーーアイシャはこの部屋に侵入してきたギルにそう問いただした。

 

そんな態度をみて、ギルが半ぎれ気味に言い、狐人の少女ーーー春姫は事態を収集させようと二人をおどおどしながら、落ち着かせようとした。

 

「なにぃ!?そこの窓から入ったが王たる我に文句でもあるのか!」

 

「やっぱり侵入者か!とっちめてやる!」

 

「我は女とて容赦はせんぞ!覚悟するがいい、女!」

 

「ふ、二人とも落ち着いてくださーい!?」

 

春姫の大声で、二人はちっ、と舌打ちをしてアイシャは今にも飛びかかりそうな雰囲気を沈め、ギルも『王の財宝』を発動するのをやめた。

 

ーーーーーー

 

「それで、あんたは何しに来たの?まさか、昼から女を買いに来たのかい?だとしたら夜にまたきな」

 

「ふん。我を下賤なものと 一緒にするな!」

 

あれから、二人は落ち着き渋々話をすることにした。

 

ギルは自身がこの都市に初めて来たこと、散策していて狐人が珍しいと思い一目見ようと、この部屋に入ったことを話した。

 

アイシャはそれを聞き、ギルの話に嘘はないことを感じ、春姫を襲いに来たのではないとわかった。

 

……春姫には特殊な力があるが、ギルドには話してなくファミリア内の人間しか知らないはず、まぁ、見た感じ初対面だし、でかいファミリアの一員じゃなさそうだし大丈夫だろう。

 

アイシャはそう考え、ギルに対する敵対心をなくした。

 

「ふん。なんだそうすると貴様らは娼婦か…」

 

「そうだよ、夜になって金を払えばあんたでも相手しやるよ!」

 

「たわけ、願い下げだ」

 

ギルの発言に春姫は顔を俯かせた。ギルはそれを疑問に思い、アイシャは顔をしかめた。

 

「なんだ貴様?娼婦が嫌なら嫌と言えばよかろう」

 

「……そーゆう訳にもいかないんだよね…」

 

アイシャはギルの疑問に、春姫がこのオラリオに来た理由を話した。

 

ーーー極東の生まれで貴族だった春姫だったが5年前に客人の神様に捧げるお供え物を食べて勘当され、その客人に引き取られたらしい。

 

その道中にモンスターに襲われ、その客人は春姫を捨てて逃げて、残された春姫は殺されかける寸前、盗賊に助けられ、生娘であることを確認したあと、オラリオに売った。その過程でとあるファミリアに買われ、今はそのファミリアの一員になった。

 

そして、今日から春姫もこの遊郭で働くことになった。

 

ギルはアイシャから春姫の話を聞き、いぶかしめな目を向けていたが、話が終わった瞬間唐突に笑いだした。

 

「フハハハ!ここまで愉快な人生を歩める道化がいるとは!」

 

「あ、あんたねぇ…まともな感性を持ってるなら同情のひとつでもしなよ」

 

「たわけ、流されるまま流される者に同情などするか!」

 

そう一蹴し、笑われたことに俯いていた春姫はその目尻に涙を浮かべた。

 

……この人の言う通り、私は何もしなかっただからこうたった、笑われても仕方ないよね…

 

そう心の中で考えていた春姫だったが、ギルはおもむろに自身の上着からヴァリスの入った小袋を取りだし、アイシャに放った。

 

「300万ヴァリス入っているはずだ、そこの娘は我が買おう」

 

「はぁ?ほ、本当だ!マジでそれぐらい入ってやがる…なんだい結局話を聞いてこの娘が生娘だから買うのかい?にしちゃあ、ばかに多いけど?」

 

「たわけ、我は娼婦は買わん。だが、そこな娘は道化として買おう、貰って帰るぞ女!」

 

「……悪いが春姫はファミリアでも、重要なんだおいそれと『身請け』は出来ない…」

 

「ふん。ならばこやつの娼婦としての時間を買おう…我以外の男をこやつにつけなければよい」

 

「お、王様さん?いったいどうゆうことですか!?」

 

春姫はぽんぽん進む話に驚いて、声を挟んだ。アイシャは小袋のヴァリスを確認し、ギルの発言に疑問を浮かべた。

 

「貴様は娼婦が嫌なのだろう?だから我が道化として買った。貴様は今後我がここに来た時に酒の酌と、酒のつまみの話をすればよい」

 

アイシャは内心で得心し、春姫は驚いた。

 

この人は自身を買ったが、夜の相手ではなく酒の相手として買ってくれたのだ。

 

「あんたも物好きだね…わかったよ、これだけの金をくれるんだ他の男はつけないよ、正しあんたも春姫を襲うなよ?別料金だからね」

 

「ふん。そのようなことするかたわけ。次来た時には酒のつまみぐらいつけておけ、そこな娘の飲み物もな、我は安酒は飲まんゆえ自分で用意する」

 

はいはい、そうアイシャは苦笑いで返し、ギルは話は終わったとばかりに窓からででいった。

 

春姫は今の話を反芻し、自身が娼婦をしなくて言いということ、目尻に涙を浮かべたまま、しかし笑顔で窓から飛び降りた王様に、ありがとうございます、とそう言った。

 

「ーーーで、あいつはいったいなんなんだい?こんな大金ぽんと出すし」

 

「……あの方は王様ですよ、アイシャさん♪」

 

春姫は浮かべた笑顔そのままでそう言った。

 

そしてアイシャのほうも、そうかいとだけ言い目をつむり笑っていた。

 

「まぁ、襲われたらちゃんと言いなさいよ、それとこんな大金で買ってくれたんだ、ちゃんと話の種ぐらいは探しておきな」

 

「……はい!」

 

そう言って春姫は、次来たときに何の話をするか考え始めた。

 

ーーーーーー

 

「……本当に我も甘くなったものだ」

 

フッと笑いながら自嘲気味にそう呟き、ギルはホームに戻るため歩いていた。

 

自身の変化を考えながら、ギルは夕暮れの街を歩いていった。



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豊穣の女主人にて

ギルと一緒に入ることにしたベル。
そこでダンジョンで助けられたアイズに出会う。



あのあとホームについたギルだったが、そこにいたのはベルだけだった。

 

「ヘスティアはどうしたベルよ?」

 

「……理由は分からないですけど、怒らせてしまったみたいで…そのままバイト先の打ち上げに行ってしまいました」

 

ベルは落ち込んだままそう答えた。

 

ことの顛末をを聞くと、どうやらベルが大幅に上がったステイタスの理由を聞いたら不機嫌になったそうだ。

 

……あやつは本当にベルが好きよのぉ…

 

我はあやつが出ていった理由がわかったが、ベルにそうか、と言い今日のゆうげをどうするか聞いた。

 

ベルはどうやら朝約束をしていたらしく、『豊穣の女主人』と言う所で食べるようなので、我もついていくことにした。

 

「王様、わかってると思いますけど揉め事は駄目ですよ。これから行くところ酒場みたいな所ですし」

 

「わかっておる。ベルの払いで食事をするのだ顔ぐらい立ててやろう」

 

「ふふっ、今日は稼ぎましたからご馳走しますよ王様」

 

そう言いながら目的地に二人は向かっていった。

 

ーーーーーー

 

「ベルさんっ。来てくれたんですね?いらっしゃいませ!隣の男の人もご一緒ですか?」

 

はい。シルさんの質問に僕はそう返し、王様はあぁ、と店内を見ながらそう返事をした。

 

そして、僕らはカウンター席で二人並んで座った。

 

「アンタがシルのお客さんかい?ははっ、冒険者のくせに可愛い顔してるねぇ、隣のアンタはずいぶんと良い男だね!」

 

カウンターから乗り出したドワーフの女将さんに、内心でほっけよ、と呟いた。王様は女将さんの発言にフッと笑い、当たり前だと返した。

 

……まぁ、王様は見た目凄い格好いいもんな…言動は凄くアレだけど…

 

「なんでもアタシ達に悲鳴を上げさせるほ大食漢なんだそうじゃないか!じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってくれよぉ!」

 

「えっ!?」

 

「なんだベルそうだったのか?それならそうと言えば良いものを…」

 

告げられた言葉に度肝を抜かれた。王様も信じないで下さい!

 

ばっと背後を振り返りシルさんを見たが、彼女は目をそらしえへへ、と言った。

 

えへへ、じゃないですよー!

 

そうして、僕がシルさんにどうしてこうなったのかを聞いている間、王様はカウンターに置いてあるメニューから選び、女将さんに注文していた。

 

僕もシルさんとの話を区切り、メニューに目を通す。うっ、けっこうするなぁ…。そう思いながら僕はメニューからパスタを注文した。

 

そうして、僕らの注文した食べ物が置かれた。僕も王様もパスタ何だけど王様のは、本日のオススメと書かれていたもので確か…

 

「なんだと!」

 

僕は再度メニューを見て驚愕した。…700ヴァリス…僕のと合わせて1000ヴァリスもするじゃないか!?

 

王様はメニューを見ていた僕を不思議に見ていたが、自身の料理を食べるのを再開した。

 

僕が値段を考えながら食べていたら、女将さんが「酒は?」と尋ねてきて、僕はご遠慮しますと答え、王様は頂こうといった。…どちらにしろ答えた瞬間ふたつのジョッキが置かれた。

 

聞いた意味ないじゃないか!

 

食べている途中にこちらにやって来たシルさんと話ながら僕らは料理を楽しんだ。

 

……明日からもまたダンジョン頑張んなきゃ…

 

そう考えていたら、突如十数人規模の団体が入店し、あらかじめ予約していたのか、僕らの位地と対角線上の、一角のテーブルに腰かけた。

 

その集団ーーー『ロキ・ファミリア』そして、その中の金髪の少女、アイズさんを見て心臓が飛び跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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店内での一幕

『ロキ・ファミリア』が入店してビクビクするベル。
その理由を知りニヤニヤするギル。


「今日は宴や!飲めぇ!」

 

「「「乾杯ー!!!」」」

 

そう言って入ってきたもの達はその手に持った飲み物片手に騒ぎ始めた。

 

……ベルの奴雑種の女を見ていたが、視線に気づいた雑種がこっちを見た瞬間カウンターに隠れおったは、さてはあの時いた雑種の女に惚れたな、ベルの奴めあの雑種に 目も合わせられぬとは…

 

初奴め、我はそんなことを思いながら、ベルの奇行に笑みを浮かべ飲み物をあおった。

 

やはり安酒だがベルに揉め事は厳禁と言われ、仕方なく飲んでいた。

 

……まったく王たる我にこんなもの飲ませおって…

 

そんなことを考えながら飲んでいたが、唐突に雑種の集団の一人の雑種が大きな声で騒ぎだした。

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

「あの話…?」

 

ベルの奴はアイズという名前が出るたびに硬直していたが、我としてはあのような雑種に興味がない。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろう!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出したやつ?」

 

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上がっていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ~」

 

なんだあやつら、あの程度の相手を取り逃がすとは本当に雑種だな…

 

我はそんなことを思いながら更に飲み物をあおった。ベルの奴は、動きを止め話に聞き入っているが…

 

……雑種の話に聞き入るとは、まったく…

 

「ベルよ、あの程度のざっ「そんでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえガキが!」

 

我の発言より大きな声で話していたため、我の言葉はベルには届かなかった。

 

「抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際に追い込まれちまってよぉ!しかも、アイズがミノを細切れにしたからそいつ全身にくっせー牛の血浴びて…真っ赤なトマトになっちまったんだよ!」

 

そう言って、その青年は腹をおさえ爆笑していた。他のメンバーは失笑し、別のテーブルで話を聞いていた部外者は釣られて出る笑みを必死に噛み殺す。

 

……なるほどやはりあの時のトマトはベルか…ギルドに戻って再会したときには、おおかたシャワーでも、浴びていたのか。

 

我はそんな検討違いなことを思った。

 

「それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっかいっちまってっ…ぶくくっ!うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

 

「……くっ」

 

「アハハハハハッ!そりゃ傑作やぁー!冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!!」

 

「ふ、ふふっ…ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない…!」

 

「…別にもう一人は礼言ってくれたし…」

 

プイッと話の中心のアイズは、半目でそう言った。

 

「あぁん、ほら、そんな怖い目しないの!可愛い顔が台無しだぞー?」

 

どっと笑い声に包まれる『ロキ・ファミリア』のもの達。

 

……我は別に助けられた覚えも、礼を言った覚えもないのだが?

 

我の隣ではシルがベルのことを心配そうに声をかけていたが、集団の話は進んでいく。

 

「そんなやついたかぁ?まぁ、良いや。本当に情けねぇ奴だったよ、勘弁してほしいぜ」

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえヤツを擁護してなんになるってだ?それはてめぇの失敗をてめぇで誤魔化すための、ただの自己満足だろ?」

 

「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

「アイズはどう思うよ?自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇ野郎を。」

 

「……あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」

 

「なんだよ、いい子ちゃんぶっちまって。…じゃあ質問を変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

 

「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

 

「無様だな」

 

「黙れババアッ。…じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

 

「……っ」

 

「そんなはずねえよなぁ。自分より弱くて軟弱な雑魚野郎に、他ならいお前がそれを認めねえ」

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

青年の最後の言葉にベルはいたたまれなくなったのか、椅子を飛ばして、外へ飛び出していった。シルという小娘もたまらず追いかけていった。

 

ーーー我はその青年の道化ぶりに笑いを堪えるのにテーブルに突っ伏していたが、限界だった。

 

「ヒハハハハハッ、ハハハハハハ!」

 

我の笑い声に店内にいるすべての者が我を見た。カウンターの中にいた女将がア、アンタと声をかけてきたが、我は座っていた椅子から立ち上がり、雑種の集団の方に歩んでいった。……雑種の集団も我が近づいてくるのを、訝しげに見ていたがそんなことは関係ない。

 

「道化よ、先の道化ぶりなかなかのものであった!賛辞をおくろう!」

 

「……あぁ?」

 

我は道化の青年の前にたちそう言いはなった。道化は我の物言いに怒りを含んだ声色でそう返したが、…道化の所業にいちいち反応しては王の名折れ…ベルも出ていったため用件は手短にすまそう。

 

そう思い、我はカウンターの中にいた女将に向けなおった。

 

「女将よ!この道化ぶりに免じて、今宵の客の金は我が払おう!受けとるがよい!」

 

そう言い、我は上着の中に手を入れ、前回と同じように小袋を女将に放った。

 

女将は我が放った小袋を受け取り中身を確認し、驚愕していた。我は受け取ったのを見た後、道化の方に向き直った。

 

「そう言うことだ道化よ、今宵は心行くまで楽しむがよい!…我は連れが出ていったのでこれで去るが、貴様の道化っぷりで皆を楽しませるがよい!」

 

道化も、道化のつれたちも、店内にいた雑種も我の物言いに圧倒されていたが、我はベルを追うため店を後にした。

 

ーーーーーー

 

「……なんだったの?今の人?」

 

「……俺に聞くな、わかるかーつの…」

 

『ロキ・ファミリア』の面々は先の青年の登場で、困惑していた。……一人アイズだけは彼を追うため出ていってしまったが…

 

「ところでミア母ちゃん、その小袋いったいいくら入ってるん?」

 

「……100万ヴァリスくらいか?それぐらいは入ってるなこれ」

 

「「「はぁ!!?」」」

 

店内にいた全員が絶叫した。

 

ーーーーーー

 

「……あ、あの」

 

「ん?なんださっきの雑種か…なにようだ?」

 

アイズはあのあと、店を出て先程の青年を追いかけ声をかけた。

 

「……さっきの、子の連れ、ですよね?」

 

「そうだが?まさかそのような些事で我をひき止めたのか?」

 

「……そうじゃない、仲間の人のこと、笑って、ベートにお金まで渡して、なにがしたいの?」

 

「はっ、さては理解できてないのか雑種?我はベルを笑ったのではない」

 

鼻で笑いながらそう言われ、話は終わりだとばかりに去ろうとした。

 

……意味が、わからない…

 

私はそう思い、その青年の進行方向上に立ち塞がった。

 

「……ちゃんと話して…」

 

「煩わしい雑種だ、疾く失せよ!」

 

私がちゃんと話してもらおうと思い、そう言ったが青年はそう言い取り合おうともしない。

 

……実力行使は嫌だけど、この人に話してもらうには、仕方ない。

 

私はそう思い、腰にかけてある剣に手をかけた。

 

「……私は『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン…話してくれないなら、痛い目を、見るよ」

 

青年は私の発言にフッと笑い右手を上げた。

 

ーーー瞬間青年の背後の空間が歪み一本の槍が表れた。

 

私はその光景に目を見開いた。が次の瞬間、その槍はすさまじい速度で私の横を過ぎ去り、遥か遠くで突き刺さった。

 

……私は何も反応出来なかった…

 

「今の一撃は、ベルを救ったせめてもの慈悲だ、次はない」

 

そう言い捨て、彼は私の横を通っていた。私は今の一撃を見て地面に座り込んでいた。が、意を決して彼にまた声をかけた。

 

「……ま、待ってください!あなたの、名前は?お、教えてください!」

 

「ふん。我は王の中の王、貴様に名乗る程、安い名等ないわ!雑種はさっさと去るがよい!」

 

彼は私の方を見向きもせず、そう言い捨て去っていった。

 

私は彼の後ろ姿を眺め、自身の胸が熱かったのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決意

ベートの発言に思わず飛びたしたベル。
そして、それを追いかけるギル。
ダンジョンの中で再会し、ギルはベルの決意を聞く。


「おお、戻ったかアイズ!急に飛び出して驚いたぞ…いったいどうした?」

 

「ごめんリヴェリア…あの人に聞きたいことがあったから…」

 

「そうか…それで聞きたいこととやらは聞けたのか?」

 

「…ううん、見失っちゃった」

 

アイズはあれから皆のところに戻り、心配していたリヴェリアにそう答えた。…外であったことは話さずに。

 

「皆、凄い飲んでるね」

 

「あぁ、先程の青年がずいぶんな大金を置いてくれたおかげでね」

 

「…そっか」

 

「おおー!?アイズ戻ったんか、お前も食え食え、今日はタダになったぞ!」

うん、アイズはそう言って目の前の食事に戻った。が、頭のなかでは先程の青年のことでいっぱいだった。

 

ーーーーーー

 

「…先程の雑種は何だったのだ?」

 

ギルはホームに戻る道すがらそんなことを呟いた。

 

酒場での道化がずいぶんと笑わしてくれたが、酒場を出てから出会った雑種のせいで幾分か不機嫌になっていた。

 

ギルは青年がベルをとぼしめていたとは思っていなかった。ギルは青年の見る目のなさと、先の雑種にフラれていたことに笑っていた。

 

ベルはまだ弱い、それはギルとて同じ考えだが、ベルの奥底に眠る力は先の道化とは比べるまでもない。

 

そして、ベルが太成したときにあの道化がどうでるのか、それを想像し笑ったのだ。

 

「…まぁ、雑種のことなどどうでもいい…我も帰って寝るとしよう」

 

ギルはそう言って、あくびをしながらホームに戻っていった。

 

ーーーーーー

 

「今戻ったぞ!ベルよ、王をおいて帰るとは何事か」

 

「あれ、王様君だけかい?おかえりベル君は?」

 

「なにぃ!どうゆうことだヘスティア、ベルは帰ってきてないのか!?」

 

うん、ヘスティアはそう答えギルの方を見ていた。

 

(……どうゆうこどだ?道中ベルには会わなかったぞ?もしや、あやつ…)

 

そう心の中で考えていたギルだが酒場の出来事を思いだし、ベルがこの時間からダンジョンに行ったのかと思った。

 

「まさか、あやつ強くなりたいがためにこの時間からダンジョンに行ったのか…」

 

「ど、どう言うことだい王様君!?」

 

ギルは慌てだしたヘスティアに酒場での出来事を話した。そして、ベルがその話の流れで酒場を飛び出し、ホームに戻ってきてないことを考えれば…

 

「ま、不味いよ?不味すぎるよ王様君!?直ぐギルドにでも救援を…」

 

「慌てるなたわけ」

 

「この状況で、何を冷静にしているんだい君は!?ベル君が」

 

「慌てるなと言っておろうがたわけ!!」

 

心配じゃないのか、そう言おうとしたヘスティアだがギルの一喝に言葉を切られてしまった。

 

「そうお前が急くでない、貴様はこのままホームで待っていろ、もしかしたら単に寄り道してるだけやも知れん」

 

「で、でも…」

 

「我は今からダンジョンに行きベルを探してくる」

 

そう言ってギルは踵を返しホームを出ようとする。が、ヘスティアはそれに待ったをかける。

 

「お、王様君一人でかい!?き、危険すぎるよ!」

 

「たわけ、我の心配など百年早いわ」

 

ギルはヘスティアの心配をそう言い捨て、ダンジョンに向かっていった。

 

ーーーーーー

 

「はぁっ、はっ、は…つ!」

 

ベルは荒い呼吸そのままに数多のモンスターと戦っていた。

 

ベルが今いるのは6階層、前回ミノタウロスに殺されかけた5階層よりも下の階層に来ていた。ベル自身夜のダンジョンに入るのも、6階層に来るのも始めてたが、先の酒場での出来事で自身の不甲斐なさを痛感し、強くなりたいその一心でこの時間に、この階層までやって来ていた。

 

防具もろくに着けず、ましてやベルは冒険者になってまだ半月、自殺とさして変わらない行為だが、ベルはこの階層に来るまで多くのモンスターを倒し、そして、目の前にいたーーーこの6階層で出てきたウォーシャドウを倒していた。

 

「はぁっ、はっ、…くっ!」

 

が、ベルも度重なる戦いで疲れはて、ついに腰をついた。

 

そして、自身の後方から聞きなれた声がかけられた。

 

「…ベルか?」

 

「王様…」

 

振り返ると、自身が王様と慕い、憧れたギルがいた。

 

「まったく…このような時間からダンジョンに行くとは…まぁよい帰るぞベルよ、ヘスティアも心配している」

 

「…心配かけてすみません王様…でもまだ戻れません」

 

「…なに?」

 

ギルはそう不可解そうに返し、ベルは自身の背後に気配を感じまた表れたウォーシャドウに向かって戦闘を開始した。

 

「僕はっ、まだ、…くっ、弱いです、でも…!」

 

ベルはウォーシャドウと戦いながら、そして泣きながら言葉をつむいだ。

 

「僕は、強くなりたいんです!王様のように…そして、あの人にふさわしくなれるように!」

 

そう言ってベルはウォーシャドウに短刀を突き刺し、ウォーシャドウは倒れた。

 

ベルはウォーシャドウを倒したのを確認した後、ギルに向き直り、うつむきがちに聞いた。

 

「僕は強くなりたいんです、…強く、…強くてかっこいい王様の」

 

「なれるともさ、ベルよ。貴様はこの偉大なる英雄王が見いだした逸材だ…あぁなれるともさ!」

 

ように…。そう言おうとしたが、ギルは言葉を遮り、ニヤリと笑いベルにそう告げ、ベルもそれに目に涙を浮かべたままだが笑顔で答えた。

 

そして、ベルはまた振り向き次のモンスターを見つけるために走り出した。

 

「フハハ、ベルよやはり貴様は最高だ!」

 

ギルはその背中を眺め笑いながらそう呟いた。

 

ーーーーーー

 

「あ、王様君!?やっと帰ってきた!遅いよベル君は!?」

 

「そう騒ぎ立てな、ベルが起きるであろう」

 

そう言って自身の背中に背負って寝ているベルをヘスティアに見せた。ヘスティアはそれを確認し、良かった、と目に涙を浮かべそう言った。

 

「ふふ、ヘスティアよ…」

 

「なんだい王様君?」

 

「ベルは強くなるぞ、我も貴様でさえも想像がつかなくなるほどな」

 

「…ふふ、それはそうともさ、何たってベル君は僕達の家族なんだからね!」

 

ギルは笑いながらヘスティアに言い、ヘスティアもそれに笑みを浮かべそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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ヘスティアの思い

ベルを連れて帰って来たギル。
ヘスティアはそれに一安心し、強くなりたいベルのために神の宴に行く。


「まったく昨日は心配したよベル君、強くなりたいのは分かるけど、ろくな装備も着けず夜中のダンジョンに行くなんて自殺行為だよ!!」

 

「…すいません神様…」

 

「分かってくれれば良いよ。…こ、これは!?」

 

あれから一夜明け、ヘスティアはベルに説教をしながらステイタスを更新していたが、ベルのステイタスの熟練度に思わず言葉が詰まった。

 

(どう考えてもアレのせいだよね…やっぱり『レアスキル』だったんだ)

 

ヘスティアは内心でそう考え、ベルに口頭でステイタスを伝えた。

 

……娯楽で飢えている神々に知れ渡れば間違いなく、全力で興味を持って全力でちょっかいをかける。なかには自分の『ファミリア』に勧誘しだす馬鹿者もいる。ゲーマー根性ここに極まれりだ。

 

「とまぁ、熟練度が凄い勢いで伸びてるわけ。何か心当たりはある?」

 

「い、いえっ、全然…あ」

 

「何?」

 

「い、一応…一昨日は6階層までいったんですけど…」

 

「ぶっ!?あ、あふぉーっ!!防具もつけないまま到達階層を増やしてるんじゃない!とゆーか王様君は6階層まで行って大丈夫だったのかい!?」

 

「たわけ何度も言わせるな、我の心配など百年早いわ」

 

「ご、ごめんなさい!?」

 

ベルは背中の上でまくし立てられ、身を小さくし謝り、ギルはどこ吹く風と言うに聞き流していた。

 

「はぁ…、本題に入ろう。今の君は理由ははっきりしないけど、恐ろしく成長する速度が早い。どこまで続くかはわからないけど、言っちゃえば成長期だ」

 

「は、はい」

 

「良かったではないか、理由はわからぬが成長期らしいぞベルよ」

 

「(知ってる癖に…よくもまぁいけしゃあしゃあと)……これは僕個人の見解に過ぎないけど、君には才能があるとおもう。冒険者としての器量も、素質も、君は兼ね備えちゃってる」

 

ベルの背中から降りベットに腰掛け、ベルは王様が座っているソファーの隣に座った。ヘスティアは内心で口を挟んできたギルにそう言い、言葉をつむいだ。

 

「……君はきっと強くなる。そして君自身も、今より強くなりたいと望んでいる」

 

「……はい」

 

「我が見いだしたのだ当たり前だ」

 

王様…、ベルは王様の発言に内心で感激し、ギルはニヤリと笑いながらそう言った。

 

ヘスティアは二人を再度確認し、心細そうに目を伏せがちにして、吐露した。

 

「……約束して欲しい、無理はしないって。この間のような真似はもうしないと、王様君も恩恵を与えてないんだから無茶しないでよ…」

 

「僕は……」

 

「ちっ、何度も言わせるでない…」

 

「強くなりたいっていう君の意思は尊重もする。応援も、手伝いも、力も貸そう。王様君は確かに凄いかも知れない…。でもやっぱり心配なんだ…だから」

 

潤みそうになった瞳を我慢して、ヘスティアは二人に心底ねがった。

 

「……お願いだから、僕を一人にしないでおくれ」

 

ベルは、はっと肩を揺らし大きく目を見開き何かを思い出すように、自分に課した約束を掘り返すように、うつむいて目を閉ざし自己の内面に潜り。ギルは、ヘスティアのその様相にばつが悪いように顔を反らし、それでも確かにヘスティアの願いを聞き入れた。

 

二人はヘスティアの発言にしばし無言でいたが、ベルが顔をあげ、ギルはヘスティアの方に顔を戻した。

 

「……はいっ!」

 

「……まぁ、我の家族を名乗るのだ聞き入れてやろう」

 

「ふふっ、その答えが聞ければ、もう満足かな」

 

ベルの胸に飛び込みたくなる衝動を抑え、未だに上半身裸のベルに服を渡し、照れたように「すいません」と言って着替え始めるベルに背を向けて、ヘスティアは天井を見据えた。

 

(……よしっ)

 

さっそくベルのために動こうと決める。食器棚の方に移動し、中段ほどにある引き出しを漁りいろいろな紙でごちゃ混ぜになっているなかから目当てのものを見つける。

 

『ガネーシャ主催 神の宴』と書かれた、ある催しの招待状だ。

 

開催日を確認してるみるとーーー今日の夜になっていてげっ、と顔をしかめたが、とある友人に会うために慌ただしく動き始めた。

 

「二人とも、僕は今日の夜…いや何日か部屋を留守にするよ。構わないかな?」

 

「えっ?あ、わかりました、バイトですか?」

 

「なんだ急に、男でもできたか?」

 

「バカ言うなっ!男なんていないから安心してねベル君!友人のパーティーに顔を出そうかと思ってね。ひさしぶりに皆の顔を見たくなったんだ」

 

ベルは急にヘスティアにそう言われ「は、はい。遠慮しないで下さい」と答えた。ギルはそれを面白そうにニヤニヤ見ていた。

 

「ベル君、もしかして今日もダンジョンへ行くのかい?」

 

「そのつもりなんですけど…ダメですか?」

 

「ううん、いいよ、行ってきな。ただし君はまだ怪我してるんだから、無理しないでね。王様君はどうするの?」

 

「我はベルとともに行こう。なに無理はしないか見といてやるわ」

 

「あははっ!王様君もだよ、それじゃあ行ってくるね」

 

ヘスティアはギルの発言に笑いながら部屋を後にした。

 

 



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ステイタス

一応ベルのは後書きにステイタスをのせていきます。


ベル・クラネル

 

LV.1

 

ギルが今一番興味がある人物。

 

ギルにとっては下僕兼家族、ベルには激甘。

 

ヘスティア

 

ベルが入りベルの頼みで、渋々ヘスティア・ファミリアに入り自身の家族と名乗ることを許した。

 

ギルにとってはヘスティアが神と言えど、下僕のように扱っている。

 

ベル同様甘いがベルに比べると少し甘くなった程度。

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

 

LV.5

 

ギル曰く雑種。有象無象の一人にしか過ぎないがベルが好意を抱いてる相手と知り、少し気にかけてやる程度は思っている。

 

ギルは特に何も思っていないが、アイズは酒場での一件以来ベル同様ギルに興味を持っている。

 

ベート・ローガ

 

LV.5

 

酒場での一件以来ギルにとって道化。

 

雑種<道化<越えられぬ壁<ヘスティア&ベル

 

なので、多少興味を持っている。

 

サンジョウノ・春姫

 

LV.1

 

ギルが散策していた時に見付けた少女。

 

ギル自身は異性どうのこうのではなく、子供として見ている。

 

本人はギルに対して、少なからず好意を抱いてる。

 

ギルガメッシュ

 

言わずと知れた英雄王。

 

ステイタス事態は第4次聖杯戦争時と変わらない。

 

が、サーヴァントとしてなので、剣をとっても普通に第一級冒険者と戦える。

 

唯自身の宝具上そういう戦いかたはしない。

 

半神のため、神聖文字が読める。書くことは出来ない、ギル自身も読めることに戸惑ったが、あまり気にしていない。

 

この世界では以後宝具はスキルと明記します。

 

『スキル』

 

『王の財宝』

自身の世界とこちらの世界では武具の性能が大幅に違う。一応この世界の武器も入っている。もちろん一流のみ。

チート武器。

 

『黄金律』

起業等すればお金に困らなくなるが、ベルに興味を持っているためその気はない。一応この世界では、アイテムドロップ確定、魔石の質UP、換金時最高値で取引可。

 

『天地乖離す開闢の星』

「乖離剣エア」による一撃。加減して使えばダンジョンの階層を平地にすることも可。都市で使えばまず被害が半端ない、下手すれば壊滅できる。勿論全力で使えば世界を壊せる。

テンションがのらないと使わないので、まず出番がない。

勿論チート武器。

 

『天の鎖』

神性が高いものほど強度があがるため、地上に降りてきた神達には本来の効果がない。が、どちらにしろ力を抑えてるためよほどの事がないとちぎれない。

冒険者にはLVが高くなるほど昇華されることから、LVが高いほど強度が上がる。

この世界においてもチート武器。

 

『カリスマ』

能力が大分変わりこの世界では、

・自身より弱いモンスターは屈する。ダンジョンでモンスターが逃げるのはこのため。

・テイム率の向上。ギルが威嚇し少し懲らしめせば簡単にできる。が、ギルの性格上なかなかやらない

・魅了等の精神異常を及ぼす魔術、魔法、神秘の無効。対魔術に似ている。

なのでチート。

 



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怪物際
再び豊穣の女主人


ヘスティアが出ていった後ダンジョンに向かうことにした二人。
豊穣の女主人によることになった。


時間は正午前。あれからベル達はダンジョンに行くため僕は装備し、メインストリートを歩いていた。

 

「しかし、ベルはあのような雑種がタイプなのか…」

 

「雑種?」

 

「決まっておろう、あの金髪の雑種だ」

 

「ぶっ!?雑種って…それよりなんで分かるんですか!?」

 

「昨日ダンジョンで言っておったではないか」

 

僕達は話ながら歩いていたが、王様が思い出したように唐突に言ってきた。

 

……そうえばダンジョンで王様に『あの人にふさわしい人になりたい!』なんて言ってしまった。

 

(……と言うか王様、雑種はひどいですよ…)

 

僕は吹き出し、顔が熱くなるのを感じ内心でそう言った。王様はそんな僕の様子を見てニヤニヤしていた。

 

「まぁ、ベルの好みにけちをつけるような不粋な真似はせん。安心するがよい」

 

「はぁ、……あっ王様ダンジョンに行く前に寄りたい所があるのですが、ちょっと待ってて下さい」

 

そうか、王様がそう言ったのを確定にし僕は小走りで進行方向上にある『豊穣の女主人』に駆けていった。

 

(……ちょっと気まずいなぁ)

 

内心でそう呟き、『Closed』と札がかかっているドアをくぐった。

 

「申し訳ありません、お客様。当店はまだ準備中です。時間を改めてお越しになっていただけないでしょうか?」

 

「まだミャー達のお店はやってニャいのニャ!」

 

店内でテーブルにクロスをかけていたエルフの店員とキャットピープルの店員が、僕にすぐ気づいて対応しにきた。

 

どちらもすごく可愛い。最近エイナさんと会ってるせいかエルフ好きであると自覚した僕は、耳の長い彼女の声に理由もなく緊張してしまう。

 

「すいません、僕はお客じゃなくて…その、シルさん…シル・フローヴァさんはいらっしゃいますか?あと女将さんも…」

 

僕の言葉に少し目を丸くしたふたりは、なにかに気付いたようにこちらを見る視線を改めた。

 

「ああぁ!あの時の食い逃げニャ!シルに貢がせるだけ貢がせといて役に立たニャくニャったらポイしていった、あの時のクソ白髪野郎ニャ!!」

 

「貴方は黙っていてください。それに食い逃げではありません」

 

「ぶニャ!?」

 

「失礼しました。すぐにシルとミア母さんを連れてきます」

 

「は、はい…」

 

キャットピープルの店員さんへ見舞った一撃が見えなかった…と言うか食い逃げじゃないってどうゆうことだろ?あ、もしかして王様が払ってくれたのかな?…後で王様にも謝らなきゃ…

 

獣人の少女の襟をつかみ、ずるずると引きずっていくエルフの店員を汗と一緒に見送り内心でそう考えていた。

 

「ベルさん!?」

 

階段を急ぎ足で下りる音がして、すぐに店の奥からシルさんが現れた。

 

「一昨日はすいませんでした。お金も払わずに急に飛び出して…」

 

「……いえお金の方はお連れの方が…。良かったです、こうして戻ってきて貰えて私は嬉しいです。」

 

腰を折って謝罪の言葉を告げると、シルさんは微笑んでくれた。

 

(やっぱり王様払ってくれたんだ…王様にもお礼言わなきゃ)

 

事情を尋ねようともせず温かく包み込んでくれるこの人に、急に飛び出した僕の代わりにお金を払いその事を何も言わない王様に不覚にも涙が出そうになった。

 

僕は目元を拭った後、用意していたお金を渡すことにした。……どちらにしろ店を急に飛び出したのだこれぐらいはしよう。

 

「これ本当は払えなかった分で持ってきてたのですが、昨日の詫び分ってことで受け取って下さい」

 

「私の口からはそんなこと言えません。そのお気持ちだけで十分です…私のほうこそ、ごめんなさい」

 

シルさんはそうポツリと呟いて、僕は慌ててシルさんが罪悪感を抱く必要なんてないと答えた。ばっばっ、と身ぶり手振りを大げさにやって説明し、押し付けるようにお金を渡した。

 

シルさんはきょとんとした後、クスクスと、肩を揺らして笑みをこぼした。それから何かに気付いたように、ぱんっと両手を打って鳴らした。「少し待っていてください」とキッチンの方へ消える。

 

戻ってきたシルさんは、大きなバスケットを抱えていた。

 

「ダンジョンへ行かれるんですよね?よろしかったらもらっていただけませんか?」

 

「えっ?」

 

「今日は私達のシェフが作った賄い料理なので、味は折り紙つきです。その、私が手をつけたものも少々あるんですけど…」

 

「いえ、でも、何で…」

 

「差し上げたくなったから、では駄目でしょうか?」

 

少し首を横に傾けたシルさんは、照れ臭そうに苦笑する。

 

「……すいません。じゃあ、いただきます」

 

そう言って僕はシルさんからバスケットを受け取った。見つめあうシルさんもまた頬を少しだけ染め、穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

「坊主が来てるって?」

 

カウンターの奥から昨日であったドワーフの女将さんーーーミアさんが出てきた。

 

「私に話があるんだって?シルは用件がすんだらすっぽかした仕事に戻りな」

 

「……はい、昨日のことでお詫びに…昨日はすいませんでした」

 

シルさんはミアさんの指示にまた店の奥に戻っていった。

 

「連れが払っていったから大丈夫だよ、何さお前さんずいぶん殊勝だね」

 

ミアさんは豪快に笑いながらそう言った。ちょうどそのタイミングで僕が入ってきた店の入口から王様が入ってきた。

 

「ベルよ、いつまで王たる我を待たす」

 

「あっ、すいません王様」

 

「……あんた王様って言うのかい」

 

「そうだが、なんだ昨日の女将か、して用件は終わったかベルよ?」

 

案の定ミアさんも僕が王様って言ったら引きつった笑みにかわった。王様はそんな様子に怪訝に見ていたが、不意に僕のてに持っているバスケットに目をつけた。

 

「むっ?ベルよその手に持っているのはどうした」

 

「あっ、これはシルさんに貰いました」

 

「シルがかい?まったくあの子は昨日も今日も…まぁいい坊主も昨日のことはもういいよ。あんたも冒険者なんだからこれからダンジョンに行くんだろう?さっさと行きな」

 

は、はいと僕はミアさんの言葉にそう返し店を後にしようとしたが、王様が先程エルフとキャットピープルの少女達が準備していたテーブルに腰掛けた。僕はお、王様といって呼びかけたが、聞いちゃいない…。

 

「……あんたも早くあの坊主と一緒に行きな、こっちは店の準備で忙がしいんだ」

 

「なに、せっかく王たる我が足を運んだのだ、茶の一杯でも出すのが常であろう」

 

王様のその一言に僕は袖を引っ張ったが、睨まれてしまって、その手を離した。ミアさんは王様の物言いに怒ると思ったが、「一杯だけだよ」と、そう言いカウンターの中で珈琲の準備をし始めた。

 

「お、王様もう少し遠慮ってものを…」

 

「ふん、王たる我が遠慮など笑わすなベルよ!…まぁよいそう言うわけだ先に外で待っておれ」

 

王様にそう言われ、僕は素直に外で待つことにした。

 

……大丈夫かなぁ…

 

ーーーーーー

 

「はいよ、それ飲んだら出ていきなよ?」

 

「ふん。不遜な態度だがまぁ許そう、我は寛容な王だからな」

 

「はいはい、まぁあんたには昨日たんまりいただいたからね、これぐらい構わないよ」

 

そう言って女将から珈琲を受け取り一口飲んだ。

 

……ほぉ、なかなかやるではないか

 

『シル、あれを渡しては貴方の分の昼食がなくなってしまいますが…』

 

『あ、うん。お昼くらいは我慢できるよ?』

 

『ニャんで我慢してまであいつに渡すニャ?冒険者ニャら昼飯くらい買える筈ニャ』

 

『いや、それは…』

 

『おーおー、不躾なこと聞くもんじゃニャいぜ、お二人ニャン。つまりあの少年はシルにとっての…これニャ?』

 

『違いますっ!!』

 

珈琲を飲んでいると、厨房の方からそのような会話が聞こえてきた。女将もその会話にまったく、と苦笑していた。

 

……ベルのやつめ、先のバスケットはそう言うことか…まったく雑種に目をつけているというのに、他の女にも手を出すとはなかなかやるではないか

 

「まったくシルは…自分の昼飯を坊主にやっちゃうなんてね」

 

「フッ、なかなかの娘だな」

 

珈琲を飲み干して我は上着の中に手を入れ、昨日のように、また小袋を取り出した。

 

「女将よ、少ないがとっておけ王の貴賤である」

 

「……いや、少ないってこれ昨日と同じものだろ、さすがに一人の店主として受け取れないね、今日はこっちのサービスなんだ、これで受け取ったらうちの名が廃るってもんさ」

 

「フハハ、そうかそれは仕方あるまい、それではこれは先のバスケットの礼としておこう!」

 

「あんた…フッ、そう言うことならこれはあの子に渡しておくよ、でもこれは多すぎるからこれくらいで」

 

「たわけ、王が貴賤したものを返すではない。ふん、裏で騒いでる雑種共にくれてやるがよい」

 

いいよ、とミアは数枚のヴァリスをとり他は返そうとしたが、ギルはそうつぱっねた。

 

「アハハ!あんた本当は優しいんだね!流石王様だ。今度来たときはしっかりサービスしてやるよ!」

 

「当然だ!我は王の中の王なのだからな!」

 

ギルはそう言って店を後にした。

 

 

 

 



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神の宴

ガネーシャ主催の宴に出ることにしたヘスティア。
そこでヘスティアは友人のヘファイストスに頼み事をする。


『本日はよく集まってくれた皆のもの!俺がガネーシャである!今回の宴もこれほどの同郷者に出席して頂きガネーシャ超感激!愛してるぞお前達!さて積もる話はあるが、今年も例年通り三日後にはフィリア祭を開催するにあたり、みなの『ファミリア』にはどうかご協力をお願いしたくーーー』

 

象の頭を持つ巨人像が、白い塀に囲まれただけのただっ広い敷地の中で、胡座をかいてデンと座っている。驚くことにこれは建物なのだが、内装は外見と異なり落ち着いた様相となっている。そんな『ガネーシャ・ファミリア』のホームでガネーシャがばかでかい肉声で宴の挨拶をしていた。

 

「むっ!給仕君、踏み台を持ってきてくれ、早く!」

 

「は、はい」

 

『ガネーシャ・ファミリア』はオラリオの中でも指折りのファミリアなので、この迷宮都市内で居を構えている神達には全てお呼びがかかっていた。

 

ヘスティアもその一人で、『ガネーシャ・ファミリア』の構成員が務めるウェイターを使い多種多様な料理と格闘していた。

 

彼女の体格では、テーブルの奥の方にある料理にてが届かないのだ。

 

「(さっ!さっ!さっ!)」

 

「……」

 

持参したタッパーに日持ちのよさそうな料理を次々と詰め込んでいくヘスティア。それを見せつけられる給仕の青年はなんとも言えない顔をする。

 

当然、そんな振る舞いをしていれば目立つ。だが、ヘスティアは自分がばかにされているのはわかっていたが、ちょっかいを出されない限り無視を決め込むつもりだった。口の中にも料理を放り込みながら、むくむくと丸い頬っぺたを動かしていく。

 

「何やってんのよ、あんた…」

 

「むぐ?むっ!」

 

脱力したような声がヘスティアの側から投げられる。振り向くと、燃えるような紅い髪と真紅のドレス。メリハリとついた体型だが、一番目を引くのが、顔半分を覆い隠してしまっている黒色の皮布だ。右目に大きな眼帯をした麗人が、呆れた色をした左目でヘスティアを見下ろしていた。

 

「ヘファイストス!」

 

「ええ、久しぶりヘスティア。元気そうで何よりよ。…もっとマシな姿を見せてくれたら、私はもっと嬉しかったんだけど」

 

ひとつのため息を吐くヘファイストス。しかし、ヘスティアは嬉しそうな顔をして彼女に駆け寄る。

 

「いやぁ良かった、やっぱり来たんだね。ここにきて正解だったよ」

 

「何よ、いっとくけどお金はもう一ヴァリスも貸さないからね」

 

「し、失敬な!」

 

逆にヘファイストスは友好的ではない目付きを作って、ヘスティアに辛辣な物言いをした。ヘスティアがベルに会う前に厄介になっていた神友が、このヘファイストスだ。

 

ヘファイトススとは付き合いが長い。が、このオラリオに住み着いてから、ファミリアも作らず全く働こうとしなかったヘスティアに信用はがた落ちした。

 

「僕がそんなことする神に見えるかい!そりゃあヘファイストスには何度も手を貸して貰ったけど、今はおかげで何とかやっていけてる!今の僕が親友の懐を食い漁る真似なんかするもんかっ!」

 

「たった今、普通にただ飯食いあさっていたじゃない」

 

「うっ…いや、これは、どうせ残るんだし…粗末に捨てるくらいなら僕が有効利用してあげようかなー、なんて…」

 

「ほーほー、立派じゃない、そのケチ臭い精神。わたしゃあ、あんたのそんな姿に感動して涙がとまらないわよ」

 

「ぐぬぅ…!」

 

ハンと鼻を鳴らすヘファイストスにヘスティアは悔しそうに唸る。そんな二人に寄ってくるもう一人の女神。

 

「ふふ…相変わらず仲が良いのね」

 

「え…ふ、フレイヤっ?」

 

ヘスティアの前に現れたのは、容姿の優れた神達の中でも郡を抜いた、美に魅入られた神フレイヤだった。

 

「な、何で君がここに…」

 

「ああ、すぐそこで会ったのよ。久しぶりー、って話していたら、じゃあ一緒に会場回りましょうかって流れに」

 

「か、軽いよ、ヘファイストス…」

 

「お邪魔だったかしら、ヘスティア?」

 

「そんなことはないけど…」

 

ヘスティアは口を曲げながら言った。

 

「僕は君のこと、苦手なんだ」

 

「うふふ。貴方のそういうところ、私は好きよ?」

 

止めてくれよ、とヘスティアは手を振った。ヘスティアの本心では余り関わりたくない相手なのだ。

 

「おーい!ファーイたーん、フレイヤー、ドチビー!!」

 

「……もっとも君なんかよりずつと大っ嫌いやつが、僕にはいるんだけどねっ」

 

「あら、それは穏やかじゃないわね」

 

品良く微笑むフレイヤから視線をきって回転すると、大きく手を振りながら歩み寄ってくる女神がいた。

 

「あっ、ロキ」

 

「何しに来たんだよ、君は…」

 

「なんや、理由がなきゃ来ちゃあかんのか?『今宵は宴じゃー!』っいうノリやろ?むしろ理由を探す方が無粋っちゅうもんや。はぁ、マジで空気読めてへんよ、このドチビ」

 

「……!……!!」

 

「すごい顔になってるわよ、ヘスティア」

 

自分より頭二つは高い神、ロキに馬鹿にされたヘスティアは顔をひきつらせる。彼女にとってロキはもはや、敵だ。

 

「本当に久しぶりね、ロキ。ヘスティアやフレイヤにも会えたし、今日は珍しいこと続きだわ」

 

「あー、確かに久しぶりやなぁ。…ま、久しくない顔もここにおるんやけど」

 

ロキは銀髪の女神にニヤニヤと視線を送った。

 

「なに、貴方達どこかで会っていたの?」

 

「先日にちょっと会ったのよ。といっても、会話らしい会話はしてないのだけど」

 

「よく言うわ、話しかけんなっちゅうオーラ、全開で出しとったくせに」

 

「ふーん。あ、ロキ貴方の『ファミリア』の名声よく聞くわよ?上手くやってるみたいじゃない」

 

「いやぁー、大成功してるファイたんにそんなこと言われるなんて、うちも出世したなぁー。…てもま、確かに今の子達は、ちょっとうちの自慢なんや」

 

ロキは照れ臭そうに頭に手をやった。つんとした態度をとっていたヘスティアはその会話を聞いて、丁度いいとロキに質問した。

 

「ねぇ、ロキ。君の『ファミリア』に所属しているヴァレン某について聞きたいんだけど」

 

「あっ、『剣姫』ね。私もちょっと話を聞きたいわ」

 

「うぅん?ドチビがうちに願い事なんて、明日は溶岩の雨でも降るんとちゃうか?ハルマゲドーン!ラグラナロクー!みたいな感じで」

 

噛みつくぞこのやろう、とヘスティアは思った。……まぁ、ヘスティアも知らないが剣の雨なら降らせることが出来る人物が自身のファミリアにいるのだが。

 

「……聞くよ。その噂の『剣姫』は、付き合っている男や伴侶はいるのかい?」

 

「あほぅ、アイズはうちのお気に入りや。嫁には絶対出さんし、誰にもくれてやらん。うち以外があの子にちょっかい出してきたら、そいつは八つ裂きにする」

 

「ちっ!」

 

「何でそのタイミングで舌打ちすんのよ…」

 

隣で黒い思考で考え、舌打ちをしたヘスティアに呆れ返ったヘファイストスは、ふと気づいたようにロキに尋ねた。

 

「今更だけど、ロキがドレスなんていうのも珍しいわね?いつもは男物の服なのに」

 

「ーーーフヒヒ、それはアレや、ファイたん。どっかのドチビが慌ただしく、パーティーに行く準備をしてるって小耳に挟んでなぁ…」

 

ちらりとヘスティアに流し目を送ってから、ロキは腰を折り、背の低い彼女の顔にぐっと自分のものを寄せる。

 

「ドレスも着れない貧乏神をぉ、笑おうと思ったんやぁ」

 

(うぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)

 

眼前でニマァと口を吊り上げるロキに、ヘスティアは大爆発しそうになった。

 

ヘスティアはロキのその物言いに言い返した。

 

「ふんっっ!!こいつは滑稽だ!僕を笑うために自分のコンプレックスーーーその貧相な胸を周りに見せつけるなんて、ロキッ、君は笑いの才能があるね!」

 

「んなっ!!?」

 

「ああ、ゴメンゴメン、笑いじゃなくて穴を掘る才能だったね!…墓穴っていう穴のさぁッ!!」

 

怒りで顔を赤くしていたヘスティアに代わって、今度はロキがカァーッと赤面する番だった。

 

「大体その母性ゼロの胸でどれだけ男を失望させてきたんだよッ!絶壁なだけに絶望とか、馬鹿じゃないの!?あっ、今僕上手いこと言ったねぇ!」

 

「全然上手くないわボケェええええええ!!」

 

「ふみゅぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」

 

瞳に涙をためたロキがとうとうヘスティアに掴みかかった。

 

そんな光景を、見物だ見物だと取り巻き出す神々一同。ヘファイストスはそんな二人をげんなりと見ていた。

 

「……ふ、ふん。きょ、今日は、こんくらいにしといてやるわ…」

 

(((めっちゃ動揺してる…)))

 

「ッウ……!今度現れる時は、そんな貧相なものを僕の視界に入れるんじゃないぞっ、この負け犬めっ!」

 

「うっさいわアホォーッ!覚えとけよぉぉぉぉ!!」

 

ついには涙をまき散らしてロキは会場を出ていった。そんないつも通りの光景を見た神々はヘスティア達の周りから散っていく。

 

「本当に丸くなったわ、ロキ…」

 

「丸くなったっていうか…小者臭しかしないんだけど…」

 

「下界に来るまでは暇潰しのために、どこかの神達に殺し合いをけしかけていたのよ?今の方がずっと可愛いわ。何より危なっかしくないもの」

 

「ふんっ!あんな小者のことなんか知るもんか!」

 

ヘファイストスは本気で戸惑った顔を、フレイヤはくすりと笑い、ヘスティアはいまだ憤慨していた。

 

「ロキは子供達が大好きみたいね。だからあんな風に変わったのかもしれない」

 

「……甚だ遺憾だけど、子供達が好ましいっていうのはロキに賛同してあげるよ」

 

「へぇ、前まで『ファミリアに入ってくれないなんて子供達は見る目がなーい』、何て言ってたくせに…貴方のファミリアに入ったベルっていう子のおかげ?」

 

「ふふん、まぁね。僕にはもったいないくらい、すごく良い子だよ!……もう一人は全然だけど…まぁ、良い子だよ…」

 

「?白髪に赤目の子のヒューマン以外にも入ったの?あんたが報告したときには聞いてないけど…」

 

「一応僕の家族なんだけど…恩恵を頑なに拒否していてね…まぁ、王様君のことは良いよ…」

 

「お、王様?」

 

あぁ、まぁ、うん。と歯切れが悪そうにヘスティアはそう返した。そんな二人の様子を見ていたフレイヤがグラスをテーブルの上に置き髪を翻す。

 

「じゃあ、私も失礼させてもらうわ」

 

「え、もう?フレイヤ、貴方用事があったんじゃないの?」

 

「もういいの。確認したいことは聞けたし…」

 

ヘファイトスはフレイヤを怪訝な目で見ていたが、フレイヤはそんな彼女を無視し、ヘスティアの方を見下ろして、これまでと少し違った形で笑む。

 

「……それに、ここにいる男はみんな食べ飽きちゃったもの」

 

『『『サーセン』』』

 

「「……」」

 

それじゃあと、言い残し彼女はひしめく神達の中に消えていった。取り残された二人は微妙な顔をして、隣り合うお互いの顔を見交わす。

 

「やっぱりフレイヤも『美の神』だ…だらしないよっ」

 

「まぁ、フレイヤ達が愛や情欲を司らなきゃ、誰が務めるんだっていう話にもなるんだけどね……」

 

小さいため息ついたヘファイストスは、カリカリと右目の眼帯をかく。彼女の癖で、納得していなかったり、不満があると、よくこの仕草をする。

 

「で、あんたはどうするの?私はもう少し回ってみようかなと思うけど、帰る?」

 

びくっ、とヘスティアは肩を揺らした。本来の目的を思い出したからだ。

 

「もし残るんだったら、どう?久しぶりに飲みにでも行かない?」

 

「う、うん、えーとっ……ヘファイストスに頼みたい事があるんだけど…」

 

「……」

 

すっ、と紅い左目が細くなる。金は貸さないと言った先程の姿勢と同じだ。

 

「この期に及んで、また頼み事ですって?あんた、さっき自分が言っていた事をよーく思い出してみなさい?」

 

「え、えと、なんだっけっ……?」

 

「私の懐は食い漁らないって、そう言ってなかったかしら?」

 

あぁ言ってた、とヘスティアは空笑いした。そんな親友を汚物を見るような目で見て、仁王立ちするヘファイストス。

 

「……一応聞いてあげるわ。な・に・を、私に頼みたいですって?」

 

ヘスティアはそんな彼女を見て、意を決死大きな声で自分の望みを放った。

 

「ベル君にっ……僕のファミリアの子に、武器を作って欲しいんだ!」

 

 

 



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ミアハ様

ダンジョンに二人で入っているベルとギル。
帰り道カーゴに閉じ込められているモンスターを見る。


「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

『グゲェ!?』

 

こちらに背を向けていたダンジョン・リザードは危険を察知し、泡を食ってその場を逃げようとするが、僕の方がそれよりも早く、装備していた短刀を突き刺す。

 

ダンジョン・リザードはその一撃で絶命し、ピクリとも動かなくなった。僕はまだ残っていたゴブリンに背負っていたバックパックを投げつけた。

 

『ギィ!?』

 

度肝を抜かれたゴブリンに見事直撃し、ゴブリンは後方に弾かれるように飛んだ。バックパックを抱き止める格好でゴブリンは転がり、『……グゥ』と短い悲鳴を上げ動かなくなった。

 

「……よし」

 

「……くぁ」

 

沈黙したモンスター達を見てふぅと短く息を吐いた。王様はそんな様子を欠伸をしながら見ていた。

 

相変わらずダンジョンに一緒に入ってきているけど、モンスターには襲われずに、王様は僕の戦闘を後ろで眺めているだけだった。

 

(……バックパックぐらい持ってくれてもいいのに…)

 

僕は内心でそう思ったが、王様に荷物なんか持たせたら確実に怒られる。

 

「……強くなってるよね?」

 

「さてな…だがまぁ、最初よりはいくぶんかマシにはなったのではないか」

 

現在位置はダンジョン4階層。僕は自身が強くなっているかどうか、小声で疑問を出していたが、意外にも王様が答えてくれた。

 

「ふふ、ありがとうございます王様」

 

「その調子で精進すれば、下僕から家臣にしてやるのもやぶさかではないぞ」

 

僕は倒したモンスターから魔石の欠片を回収して今日のダンジョン探索を終わりにした。

 

帰り道、僕の貧相な装備より格段にグレードの高い武装を纏う面々を見かけ、うぐっと声が詰まる。

 

……まぁ、王様は何一つ装備、武器も持っていないから他の冒険者が驚いていたが。

 

(そういえば、神様、今日も帰ってこないのかな…)

 

神様が友人のパーティーに出掛けて二日たつ。神様自身何日か留守にするって言っていたが、少し心細くなる。王様は普段と変わらない態度で、気にするなと言っていたが、それでもやはり気になってきてしまう。

 

(……あれ?)

 

『始まりの道』とも呼ばれる横幅が限りなく広い1階層の大通路を越え、バベルの地下一階に戻ってきた僕は見慣れない光景を目にした。

 

巨大なカーゴ。物資運搬用の収納ボックス、それがダンジョンの大穴から少し離れた場所にいくつも置かれている。

 

おぼろげにカーゴの群れを眺めているとーーー唐突に、ガタゴトッ、と箱が揺れた。

 

(いっ!?モンスターが、閉じ込められてる!?)

 

箱の中身が暴れているとなれば、蓋を開けずとも予想ができた。僕はそれに、情けない顔をしてびっくりした。王様は、ちらっと横目で見ていたが興味がないのか何の反応も示さなかった。

 

『今年もやるのか、アレ』

 

『怪物際ねぇ…』

 

『あんな催し飽きずに続けて、意味あんのか?』

 

『パンと見世物であろう…くだらん』

 

『ガネーシャのところも損な役回りだな。ギルドに押し付けられて、市民に媚を売るような真似を、毎年毎年』

 

『そりゃあおめぇ、何てったって[群衆の主]様だしなぁ、はははっ』

 

喧騒とまでは言えないざわめきから、そんな話し声を拾った。

 

……怪物際?

 

聞きなれない単語に首を傾げる。強引に捕獲されたモンスター達が、この場所に次から次へと運び込まれているのは、その怪物際というものに関連してのことなのだろうか。

 

象の頭の描かれたエンブレム付きの装備を纏うファミリアの構成員達。彼等が大小様々なカーゴを引っ張ってくる光景を、僕は周囲の人達と同じように眺めていた。

 

(あっ……エイナさん?)

 

視界の隅に見覚えのある姿を見つけた。整った顔立ちを真剣な表情に変え、もう一人いるギルド職員と何やら入念に打ち合わせを行っている。

 

(仕事中、なのかな…?)

 

書類を片手に話し込んでいるエイナさんへ声をかけるのはためらわれた。何より今は王様と一緒にいる、ここで見つかったらまた王様と揉め出してしまう。

 

僕はそう思い、後ろにいるはずの王様に戻りましょうと、声をかけようとしたが後ろに王様はいなかった。

 

ッ!?どこに行ったんだろ?……まさか!?

 

「おいエイナとやら、この辺鄙なものはなんだ?」

 

「ごめんなさい今ちょっと手がはなーーーって、何で貴方がここにいるの!?」

 

「王の質問に質問で返すな、たわけ」

 

「はぁっ…!?貴方はねぇ…、ここは冒険者登録してない人は入っちゃ駄目って言ったでしょ!」

 

「雑種の尺度ではかるでない。我は王だぞ、立ち入れぬ場所などないわ」

 

「またそんな勝手なこと言って!ここは本当に危険なんだから、未登録の人は入っちゃ駄目なの!」

 

「戯言はいい。あれはなんなのだ?さっさと話すがよい」

 

「……ッ!こ・の・人は~!!」

 

僕はエイナさんが噴火しそうだったので、その場を後にした。

 

……王様、すいません僕はまだ死にたくないです。

 

ーーーーーー

 

あの後、ギルド本部にて魔石とドロップアイテムを換金して、僕は一人あてもなくぶらぶらと歩いていた。

 

……王様がダンジョンに入っていた事をエイナさんに後で怒られるなぁ~、何てどこか他人事のように考えながら。

 

「ん?おお、ベルではないか!」

 

「あっ、神様!」

 

気の向くままに歩いていたら、正面から来た人物に声をかけられた。

 

僕はファミリアの主神であるヘスティア様を除いて唯一親交のある神様、ミアハ様にお辞儀をした。

 

「こんにちは、ミアハ様。お買い物ですか?」

 

「うむ。ゆうげのための買い出しだ、私自らな。ベルはなにをしている?」

 

「僕はちょっとお店を見ていました。…お金はないんで、本当に見ているだけなんですけど」

 

「ふははっ、お互いファミリアが零細であると苦労するな」

 

大きな紙袋を持ったミアハ様は気持ちよく笑いかけてくる。つられて僕も口の端を緩めていると、そこでふと神様ーーーヘスティア様のことを思いだし、僕は少し尋ねて見ることにした。

 

「あの、ミアハ様。ヘスティア様のことについて何か知っていませんか?二日ぐらい前に友人のパーティーに出てから、まだ、その帰っていなくて…」

 

「ヘスティアが、か?ううむ…すまない。私には見当がつかん。力になってやれそうにない」

 

「い、いえっ、気になさらないでくださいっ」

 

神様に謝罪させてしまった僕は、滅相もございませんと慌てて手を振った。

 

「パーティーというのはガネーシャの開いた宴でまず間違いないだろうが…私はその日、宴そのものに出ていなくてな。顔を出していれば何か分かったかもしれんが」

 

「えっと、ミアハ様はその宴にご招待されていなかったんですか?」

 

「いや声はかけてもらっていた。が、極貧のファミリアを率いる身としては暇がなくてな、先日も酒宴そっちのけで商品調合の助手に勤しんでいたのだ」

 

ミアハ様のファミリアも僕達のファミリアと負けず劣らず脆弱だったりする。

 

僕みたいな駆け出しの冒険者でもミアハ様と関わりを持てたのは…その、いわゆる底辺同士のお付き合い、というやつなのかもしれない。

 

「おお、そうだ。ベル、これをお前に渡しておこう。今も話したが、できたてのポーションだ。オウサマと一本ずつやろう」

 

「えっ!」

 

紙袋を片手で支え、懐から二本の試験管を取り出したミアハ様は、それを気軽に差し出してきた。

 

……ミアハ様は王様のことをオウサマと呼んでいる。初めて会って自己紹介をしたとき、王様が「我は王の中の王!王様と呼ぶが良い!」といい、ミアハ様は「オウサマか……、変わった呼び名だな」と勘違いし、以来どこかアクセントのずれたオウサマと呼ぶようになっていた。

 

ってそんなことより!

 

「ミ、ミアハ様、これって!?」

 

「なによき隣人に胡麻をすっておいて損はあるまい?」

 

面食らった僕を尻目に、ミアハ様は少し意地悪く、そして男前に笑う。ぽんぽん、と空いた手で僕の肩を叩いた後、ミアハ様はすぐとなりをすり抜けていった。

 

「ふはは、それではなベル。今後とも我がファミリアのご贔屓を頼むぞ」

 

片手を振りながらミアハ様は僕に背を向け雑踏の中に消えていった。僕は、去り行くミアハ様に笑みを送り、ペコリとお辞儀をしてから、装備しているレッグホルスターに、頂戴したポーションをしまいこんだ。

 

(……ぶっちゃけ王様には必要ないんだけどなぁ…)

 

内心でそう思ったが、せっかくの貰い物なので後でキチンと王様に渡そうと思った。

 

そして、ミアハ様とも出会えたことだし、僕も帰ろうと思いホームの方向に歩いていった。

 

武具関連のお店が目に見えて増えだし、僕はある店舗の前で足を止める。隣接する左右の店と比べて、二回りも大きい武具店。

 

僕は周囲の目を気にしながら、いつもそうするように店頭のショーウィンドウに歩み寄った。素人目で見ても逸品だと分かる数々の刀剣が飾られてある。

 

……どこぞの辛口英雄王のお眼鏡には叶わなかったが。

 

(やっぱり憧れちゃうよなぁ…)

 

こうしてこのお店のショーウィンドウに顔を張り付かせるのは、もはや恒例のようなものだった。ギルドの帰り道、王様が食糧を買っている間、立ち寄る真似をしている。

 

「ベルよ!ここにいたのか。王たる我を置いて先に行くとは何事か!」

 

「あっ、すいません王様。長くなりそうだったので…」

 

後ろから声をかけられ、振り返ると王様がいた。先に出ていった事を聞かれたが、まぁよいと言って王様は僕が見ていたショーウィンドウを見た。

 

「なんだベルよ?このような二流の武器に興味でもあるのか?」

 

「二流って王様…そうですね、欲しいですけど今の僕じゃ百年早いですし…」

 

「たわけ。武功も立てていないのに報奨が欲しいなどベルと言えど片腹痛いわ」

 

そうですよね…。僕が王様の発言にズーンと肩を沈めていると、王様はそんな僕を見て、ハァとため息をついた。

 

「……だかまぁ、貴様がキチンと武功を立てた暁には我が宝物庫から報奨を賜ってやる」

 

「本当ですか!?」

 

あぁ、と王様はそう返してくれた。僕は未だに王様の宝物庫を見ていないが、きっと宝物庫って言うぐらいだから、すごいのが入ってるんだろうなぁと思っていた。

 

……もっともベルの想像以上に宝物庫の中身はヤバイのだが。

 

「それなら王様!武功ってどのくらいのモンスター倒せば良いですか?」

 

「……ふむそうだな。この前取り逃がした牛の形をした雑種を倒せば考えてやらんでもないぞ」

 

「ミノタウロスッ!?いやいや無理ですよ王様ぁ!もう少し情を…」

 

「たわけ、あの程度で我の報奨をもらえるのだぞ。」

 

そんなぁ~っとベルは悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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土下座

ガネーシャの宴が終わっても帰ってきていないヘスティア。

神友であるヘファイストスのところにいた。


「……あんた、いつまでそうやっているつもりよ?」

 

「……」

 

ベルが食い入るようにとある店のショーウィンドウを覗き込んでいた、同時刻。

 

そのとある店の屋内では、ヘファイストスが呆れたような疲れたような声音をこぼしていた。彼女の視線の先には、床に跪いてこれでもかと頭を下げているヘスティアがいた。

 

「私、これでも忙しいの。騒いでなくても、そこで虫みたいに丸まってもらってると、気が削がれて仕事の効率落ちるの。わかる?」

 

「……」

 

「ちょっと、ヘスティア?」

 

「……」

 

「……はぁ」

 

押し黙りずっと同じ態勢のままでいる小さな親友に、ヘファイストスはため息をつく。

 

(何があんたをそうさせるのよ…)

 

今までも散々頼られることはあったが、今回は様子が違う。何と言うのか、執念、あるいは切望じみた強い意思が伝わってくる。

 

「そもそも、あんた昨日から何やってるの?なんなのよ、その格好?」

 

「土下座。これをすれば何をしたって許されて、何を頼んでも頷いてもらえる最終奥義…ってタケから聞いた」

 

「タケ…?」

 

「タケミカヅチ…」

 

ああ…、とヘファイストスは親交のある神の顔を思い浮かべ、面倒を吹き込むなと悪態をついた。

 

もう無理だ、そう思いため息を一つ吐きヘスティアをじっと見据えた。

 

「……ヘスティア、教えてちょうだい。どうしてあんたがそうまでするのか」

 

「……あの子の、力になりたいんだ!今彼は変わろうとし、高く険しい道のりを走り出そうとしている!だから欲しい!あの子を手助けできる力を!あの子の道を切り開ける、武器を!」

 

ヘスティアは視線を床に縫い付けたまま、ヘファイストスの方を見向きもせずに、それにと言葉を続ける。

 

「……何もしてやれないのは、嫌なんだよ…」

 

消え入りそうな弱々しい言葉にヘファイトスはついに彼女を認めた。

 

「……わかったわ。作ってあげる、あんたの子にね」

 

ばっと顔を振り上げたヘスティアに、ヘファイストスは肩をすくめて見せる。

 

「私が頷かなきゃ、あんた梃子でも動かないでしょうが」

 

「……うんっ、ありがとう、ヘファイストス!」

 

そう言って立ち上がろうとしたヘスティアだったが、長時間の土下座の反動ですぐによろめいて四つんばいに戻った。そんな親友の姿に形だけのため息を吐いた。

 

「でも代価はちゃんと払うのよ。何十年何百年かかっても、絶対にこのツケは返済しなさい」

 

「わ、わかってるさっ、僕だってやるときはやるんだっ。ああいいとも、いいともさ、ベル君へのこの愛が本物だって、身をもってヘファイストスに証明してあげるよ」

 

「はいはい、楽しみに待ってるわ」

 

胸を張って見せるヘスティアの言葉を話し半分に聞きながら、ヘファイストスは壁に付けられた棚の中からひとつのハンマーをとった。

 

「あんたの子が使う得物は?」

 

「え…ナ、ナイフだけど?ま、まさかヘファイストス君が打つのかい?」

 

「当然よ。これは完璧にあんたとの私情なんだから、ファミリアの団員を巻き込むわけにはいかないわ」

 

何か文句ある?とヘファイストスは左目でじろりと一睨みする。ヘスティアはそれに首をふり、顔を輝かせた。

 

「文句何てあるわけないじゃないか!天界でも神匠と謳われた君が打ってくれるんだよ!」

 

「あんたねぇ、ここは天界じゃないから私は一切『力』を使えないの」

 

「構うもんか!僕は君に武器を打ってもらうのが一番嬉しいんだから」

 

「……あっそ。そう言えば、あんたのもう一人の王様君だっけ?その子には良いのかい?」

 

「ああ…どうしようかな…でも良いのかいヘファイストス?ふたつも作って貰うのは…」

 

「ここまできたら一つもふたつもかわらないわ。で、その子はどんな武器を使うの?」

 

ヘスティアはヘファイストスの質問に後頭部をかき、わからないんだよね、と答えた。勿論そんな返答にヘファイストスは呆れた。

 

「はぁ?あんたねぇベルって子にうつつ抜かし過ぎじゃない?恩恵与えてんでしょ?」

 

「いや、与えてないだよね恩恵…いらないって断られて…」

 

「なによそれ?ファミリアに入ったのに恩恵いらないって…。冒険者じゃないの?」

 

「う、うん。ギルドにも断られたらしいよ。…でもベル君と一緒にダンジョンに行ってるから、こっちはこっちで不安なんだよね…」

 

はぁ?ヘスティアに話を聞いていたが、ますますわからなくなった。恩恵を貰わずにダンジョンに下界の子が行くなど、自殺行為にも等しい。

 

「……危なっかしいわね、その子。よくダンジョンから帰ってこれてるわね」

 

「ベル君曰く、王様君が睨むとびびって逃げるらしいよ」

 

「アハハ。なにそれそんなことあるわけないじゃない」

 

そうなんだけどなぁ、とヘスティアもヘファイストスの意見には同意だが、ベルと何度もダンジョンに入っていつも何事もなく帰って来る様から、あながち嘘と断言できずにいた。

 

「フフ、まぁいいわその子には、初心者にでも扱える剣を作ってあげるわ」

 

「重ね重ね、ありがとうヘファイストス!」

 

「……正し!これからやる作業、あんたも手伝いなさい!」

 

「わかった、任せてくれたまえ!」

 

ヘファイストスは、ビシッとヘスティアに指を指し手伝いすることを命じ、ヘスティアもそれを快諾し、二人の神は武器を作り始めた。

 

ーーーーーー

 

神様が出掛けられたから、三日目の朝。未だに神様は帰ってきていない。

 

それでも、今日も今日とて、ダンジョンに僕は向かう。

 

王様は昨日の夜、食べてるときに今日はダンジョンに行かないことを聞き、いまだ寝ている。

 

僕はそんな王様を起こさないように僕はホームを後にした。

 

王様と一緒にダンジョンに入っているときは、敵がどっちから来るかを言ってくれるから、不意討ちには対応できてるけど、今日はひさしぶりの一人と言うことで、その辺も考えなきゃ。

 

……逆にそれしかしてくれないけど…

 

「おーいっ、待つニャそこの白髪頭ー!」

 

ダンジョンに行くためのメインストリートを歩いていると後ろからそんな声が聞こえ、白髪という単語にぎょっと反応してしまい、僕は思わず振り返る。

 

そこにはこの間会った、キャットピープルの少女がぶんぶんと手を振っていた。僕は自身に指を向けて「僕ですか?」と確認すると、こくこくと頷かれた。

 

「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて、悪かったニャ」

 

「あ、いえ、おはようございます。…えっと、それでなにか僕に用ですか?」

 

「ちょっと面倒ニャこと頼みたいニャ。はい、コレ」

 

「へっ?」

 

「白髪頭はシルのマブダチニャ。だからこれを渡して欲しいニャ」

 

手渡されたのは、お財布だった。僕がいきなり呼び止められ、これを渡されて思考停止していると、前回も会ったエルフの店員さんが現れ、事情を説明してくれた。

 

何でも、今日は『ガネーシャ・ファミリア』の怪物祭なる催しものがあり、シルさんはそれに向かったが財布を忘れてしまい、お店の準備もあるし、どうしようかと困っていたらシルさんと面識のある僕を見掛け、届けて欲しいとのこと。

 

……良かった、キャットピープルの少女の説明じゃ何も理解できてなかったから…

 

「そう言うことなら、わかりました。シルさんにはいつもお世話になってますし」

 

「ありがとうございます。シルは先程出たばかりなので直ぐ追いつけるでしょう」

 

そう言いエルフの店員さんは、背負っているバッグパックは邪魔だろうと、預かってくれることになった。

 

身軽になった僕は、二人にお別れを言い、東のメインストリートーーー怪物祭がやっている方に走っていった。

 

 

 

 



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王と娘

ついに完成したベルとギルの武器。

ベルと別れ、怪物祭に向かうギル。

そこでシルという娘に会う。

そして、事件が起きる。


「はい、これ」

 

「おおぉ…!?」

 

ヘファイストスから渡された小型のケースと鞘に収まった剣に、ヘスティアは目の下に隈を作りながらも、今にも輝かんばかりだった。

 

「要望には答えたつもりよ」

 

「うんうんっ、流石ヘファイストス!文句なんてあるわけないよ!」

 

ぱかっと、蓋を開けてヘスティアは漆黒の鞘に収められた、漆黒の柄を持つ短刀を見た。そして、黄金の鞘に収まった一振りの剣を鞘から少し抜き、その黄金の刀身も確認した。両方ともヘファイストス入魂の作だ。

 

「あっ、そうだ、この武器の名前をつけなきゃ!この短刀の方は、僕とベル君の愛の結晶ってことで『ラブ・ダガー』でいいとしてーーー」

 

「やめいっ、駄作臭ぷんぷんじゃない!…でもそうね、コレはあんたの武器としか形容しようがないし…『神のナイフ(ヘスティアナイフ)』ってとこかしら」

 

いやー照れるなぁ、とご満悦なヘスティア、彼女のツインテールも彼女の機嫌を示すように波打っていた。

 

「もうひとつの方は王様君って言うぐらいだから『王の剣(キングソード)』ってとこ?」

 

「まぁ、そっちは本人にでも付けてもらうよ!」

 

「もう一人の方は随分適当ね…。しかし、この剣本当に私が作ったのよね?なにか凄い波動を感じるのだけど…」

 

「そうかい?ヘファイストスは天界の神匠なんだからこれぐらい、ちょちょいのちょいさ!」

 

そうかしら、とヘファイストスは自信が打った剣を見据え小さい声で呟いた。

 

ヘファイストスは『力』を封じられていたため違和感の正体ーーーこの剣が星の恩恵を取り込んでいたことに気付かなかった。

 

「言っておくけど、ローン、踏み倒すんじゃないわよ」

 

「わかってるっ、わかってる!」

 

浮かれているヘスティアは笑顔で頷き、ヘファイストスにそう返した。そして、彼女は早速この場を出ていく準備を始める。

 

「もう行くの?」

 

「ああ、悪いけど!」

 

「ヘスティア浮かれてるけど、わかってる?この武器たちは、生きているのよ」

 

今すぐ出ていこうとしているヘスティアにヘファイストスは再度忠告した。その真剣な声音にヘスティアも振り返り、ヘスティアも顔を真剣なものにした。

 

「あんたが刻んだ『神聖文字』通り『ステイタス』が発生している。つまり装備者が獲得した『経験値』を糧にすることで、この武器たちも進化していくわ」

 

だから今のままじゃ不良品。持ち主に渡って始めて息づくのよこの武器たちは、と補足した。

 

「勝手に至高へ辿り着く武器なんて、鍛冶師からしてみれば邪道だわ。もう作らせないでよね」

 

「ああ、わかってるヘファイストスには本当に感謝してる。ありがとねヘファイストス!」

 

「本当にわかってる…って、行っちゃったし」

 

ヘスティアはヘファイストスに再度礼をして、飛び出すように部屋を後にした。

 

ーーーーーー

 

ベルが出ていってから、目を覚ましたギル。昨日エイナから怪物祭なるものがあるらしく、それに行くためギルは今日ベルとダンジョンに向かわなかった。

 

……ベルも結局はダンジョンには行かず、怪物祭に向かったのだが…

 

「ふむ。やはり祭りを名乗るだけあるな、有象無象がわらわらとわいておるわ」

 

ギルは一人そう言い、適当にブラついていた。そうしていると見覚えのある娘が出店の前で揉めているのを見掛け、その方向に寄っていった。

 

「お客さん、お代を早く出しておくれよ」

 

「す、すいません。あれ、どこにいれたんだろ?」

 

(お財布がない?なんでどうして?)

 

シルは立ち寄ったお店でクレープを買ったのだが、待ちきれず一口食べてから払おうと思い、口をつけたが、どこを探そうにも財布は見つからなかった。それもそのはず、その財布は店に忘れ、今はベルが持っているのだから。

 

「なに、お客さん、もしかして盗人かい?だったらギルドに通報するよ!」

 

「ち、違います!」

 

店主の言い分に、目尻に涙をため否定したが、一向に財布を出さないシルに店主も流石に声をあらげた。

 

(ど、どうしよう?このままじゃミアお母さんに迷惑かけちゃう…)

 

もし、ギルドに通報されれば、身元を確かめられ『豊穣の女主人』に至らぬ迷惑がかけられてしまう。そう考えてしまい、シルは今にも泣き出しそうだった。

 

しかし、そのタイミングで一人見知った男性に声をかけられた。

 

「娘よ…いったい何をしている?」

 

「あ、あなたは、ベルさんのお連れさん!?」

 

「なに、あんた知り合いなの?だったらお代をとっとと払ってくれない?他のお客さんの迷惑なんだよね」

 

シルは声をかけられたことに驚き、店主は知り合いなら払ってくれと言った。

 

「ふん、態度の悪い雑種だな。まぁいいわそんなはした金出してやるわ」

 

そう言って、ギルは自身の上着に手をいれ硬貨を数枚出し、カウンターに置いた。

 

店主はそれを確認し、毎度ありと言って次の客の相手をしだした。ギルは、ふんと鼻を鳴らし、その場を後にした。シルは慌てて、そのあとを追った。

 

「す、すいません、お金払って貰っちゃって…」

 

「まったくだ、見知れた顔が余興にでも興じているのかと寄ってみれば、王たる我に金をたかるとは頭か高いにも程がある」

シルはギルのその言い草に、迷惑をかけてしまったと思い、また目尻に涙を浮かべた。ギルはそんな様子を怪訝な目で見ていたが、チッと舌打ちをしてシルに顔を向けた。

 

「貴様には、ベルが散々世話になっている、我の下僕の世話代だと思って先の不敬は許してやる」

 

「えっ?あ、ありがとうございます」

 

その尊大な物言いに、シルは戸惑ったが許してくれるようなので、お礼を言った。

 

「して娘、貴様財布も持っていないのか?」

 

「あっ、はい…どこかに忘れたみたいで…」

 

「ふん。金の管理もままならないとは愚かな娘よ」

 

「うぅ…せっかく楽しみにしてたのに…お財布探してたらお祭り終わっちゃうよぉ…」

 

ギルの指摘に、シルはせっかく泣き止んだか、また俯いてしまった。

 

「フハハ、なんだ貴様道化の類いか、我を笑わすとはなかなかに愉快な娘だ」

 

「うぅ…、酷いです人が悲しんでるのに」

 

「クックッ、貴様もまっこと愉快なやつよのぉ」

 

事情を話したシルだが、同情してくれるどころか笑われてしまい、更に落ち込み財布を探しに来た道を引き返そうとしたが、待てと呼び止められ振り返った。

 

「娘、貴様の道化ぶりに免じて、我との同行を許そう」

 

「……ごめんなさい、私お財布を探さないと、お金もなくちゃ何も買えないですし」

 

「たわけ。道化に金を払わすなど、王の名折れ。道化の分など我が払うに決まっておろう」

 

「えっ?本当ですか?」

 

「我は虚言は言わん、ほれ案内も貴様に任してやる。我を楽しませろ」

 

シルはギルの発言に、俯いていた顔を上げ輝かせた。

 

「本当にいいんですか?私出店で色々買っちゃいますよ?」

 

「くどい。我を誰と心得る。王の中の王ギルガメッシュなるぞ!娘一人の金がないなどあり得ん」

 

「フフ、そしたら王様このシルめが案内しますよ」

 

そうして、ギルとシルは出店で賑わう街を歩いていった。

 

ーーーーーー

 

「おーいっ、ベルくーん!」

 

「えっ?神様、どうしてここに!?」

 

「おいおい、君に会いたかったからに決まってるじゃないか!いやぁー会おうと思っていたら、本当に出会えるとは、僕達はただならぬ絆で結ばれてるね!」

 

「す、凄いご機嫌ですね神様…」

 

「理由は後で話して上げるよ!それより今はお祭りやってるんだぜ!デートするしかないよ!デート!!」

 

「ええっ!?」

 

「ふふっ、さぁ行くぞ、ベル君!」

 

ベルとヘスティアがそのようなやり取りをして、合流した時、ギルもギルとてシルと祭りを楽しんでいた。

 

「王様!私あれ食べてみたいです!」

 

「ふん。そう急くな娘。店主、金は置いたぞ貰っていく」

 

店主の返答も聞かず、お金を置いてさっさと商品を受けとるギル。シルはそんなギルの態度に憤慨した店主にすいません、と頭を下げて自身も商品を受け取りギルの後をついていく。

 

「ふふっ、これ美味しいですね」

 

「所詮は下民の食べ物、王の口には合わん」

 

口では、文句を言うギルだが手にした食べ物は残さず食べていた。そんなギルを見てシルも更に頬を緩ます。

 

「私王様のこと誤解してました。…本当は優しいんですね!」

 

「たわけ。王の中の王たる我が、寛容な心を持ってるのは、至極当然!」

 

シルは初めてギルが店に来たとき、態度のでかいお客さんだなぁと思っていたが、こうして出店を回っているうちにそんなことは思わなくなっていた。

 

そうして、祭りを楽しんでいた時シルは駆け回っている集団がいることに気づいた。

 

「……あれ?なんか騒がしくなってきてません王様?」

 

「はん。雑種の騒ぎ等、我にとっては些細なこと」

 

そうでしょうか…とそう返したが、シルは嫌な胸騒ぎを感じ始めていた。ギルも興味がないと言っていたが、怪訝な表情をしていた。

 

シルは走っている中で、ギルドの職員と思わしき人を見つけ話しかけた。

 

「すいません。何か慌ただしくなってますけど何かありました?」

 

「ごめんなさい、急いでるの!」

 

「雑種、何があったか早く申せ」

 

ギルドの職員は、シルの質問にそう言って去ろうとしたが、進行方向にギルが立ち塞がったため、渋々と理由を話した。

 

「騒ぎになるから、絶対に言わないでね。モンスターが逃げ出したらしいの…。向こうの方は冒険者達が総出でことにあたっているから大丈夫だけど、こっちで白髪頭の少年とツインテールの女の子が追われてるみたいだって情報があって」

 

二人も気を付けてね、と言ってギルドの職員はギルの脇を通って行った。

 

「えっ!?王様それってベル君じゃ…!」

 

「娘よ、所用ができた我は行く」

 

その発言に顔を青ざめながらギルに詰め寄ったが、ギルはその場で跳躍し一気に屋根まで上がっていった。

 

「ええっ!?王様!?」

 

シルはギルの行動に驚愕し、声をかけたが、ギルはシルを見向きもせずに、屋根づたいに去っていった。

 



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少年の一撃、王の二撃

シルバーバッグに襲われたベルとヘスティア。

ギルもそれを知り、ベルとヘスティアを探す。

そして、捜索中アイズ達の戦闘を目撃する。


「ちっ、ベルめ騒動に巻き込まれるとは!」

 

ギルは屋根を飛び回りながら、そんな悪態をついた。前日にエイナから怪物祭のことを聞いており、出ているモンスターが今のベルが探険している階層より、下の階層にいるモンスターということを知っているギルは、今のベルでは太刀打ちできないとわかっていた。

 

ギルとしては、ベルの今後に興味があり、このような些事で命を落とすなど認められなかった。

 

その時、ギルの前方で大きな戦闘音を聞き、そっちの方向に駆けていった。

 

ーーーーーー

 

「ロキッ!!」

 

「アイズー!?」

 

アイズ達は、花形の見たことのない新種のモンスターと戦闘していた。

 

剣が壊れ、打撃で攻撃していたが効果がなく、苦戦していたが、レフィーヤが本気の魔法を撃ち込み氷付けにして、粉々に砕くことができた。が、新たに地面から出てきた一匹が子供を背負ったロキに襲いかかり、それに唯一反応したアイズがロキを突き飛ばしたが逆に自身が窮地になったしまった。

 

「ちっくしょう!間に合わねぇ!?」

 

「アイズさーん!?」

 

「アイズ逃げて!!」

 

アイズは自身を心配してくれる仲間に、顔を俯かせた。戦闘終了直後という気を抜いた瞬間だっため、ロキを助けることはできたが、自身の防御が間に合わなかった。

 

花型のモンスターに襲われる直前、前方に突き飛ばしたロキと目が合い、ごめんと小声で伝えた。

 

ロキはそんなアイズの言葉を聞き、やめろー、と叫ぼうとした時。

 

ーーー上空から二槍の槍がモンスターに突き刺さり、モンスターは霧散した。

 

「えっ?」

 

「嘘ッ?」

 

アイズは今まさに襲われそうになったモンスターが霧散したことに驚きの声を上げ、周りで見ていた仲間も言葉は違うが驚いていた。が、アイズが無事だったことに感激し、アイズに飛び付いた。

 

アイズとロキは飛来してきた槍を眺めていたが、音もなく粒子になり消えていった。

 

ロキはその光景に再度驚愕し、アイズは屋根の上を見た。

 

ちょうど去って行く時だったのか、背中しか見えなかったが、アイズはその背中に見覚えがあった。

 

(……助けられちゃった…)

 

ーーーーーー

 

「ふん。ベルかと思い見に来たが、いつぞやの雑種共か…」

 

ギルはちょうど、アイズ達がモンスターを砕いてる場面でそこに着いた。ギル自身も終わった場所に長居する気もなく、去ろうとしたがそのタイミングで新たに一匹が現れ、アイズに襲いかかった。

 

ギルは助けるつもりはなかったが、ベルのスキルを思いだし、あやつが死ぬと効果を無くすことに気づき、二槍の槍を射出した。

 

「ちっ、余計な時間をくった。早くベルを見つけなければ」

 

霧散したモンスターを確認した後、再度戦闘音のある場所に駆けていった。

 

ーーーーーー

 

「ベル君。君が、あのモンスターを倒すんだ」

 

「僕が君を勝たせてやる。勝たせてみせる」

 

ベルは突如現れた、シルバーバッグに襲われ最初逃げ回っていたが、神様のその発言を信じ、物陰に隠れ、ステイタスの更新をしていた。

 

その手に一振りの短刀を持って。

 

(速く速く、急げ急がないと!)

 

ヘスティアは内心で焦りながらも、手は正確にベルのステイタスを更新していた。

 

突如現れたシルバーバッグに、ベルと一緒に逃げていたが、執拗にヘスティアを狙ってくることから、逃げ切れないと判断し迎撃することにした。

 

冒険者になってから日が浅いベルが挑むなど、無謀極まりないが、ヘスティアには勝算があった。

 

新しく用意した、『神のナイフ』とベルが発動したスキル『憧憬一途』だ。

 

「神様、来ました!」

 

「出来たッ!」

 

目の前の大きな通路からこちらに向かってくるシルバーバッグ。そして、ほぼ同タイミングでステイタスの更新が終わった。

 

(……ッ!?全アビリティ、上昇値トータル600オーバー!?)

 

自身の想像を遥か上に行った、成長速度に驚愕したが、今の状況ではまさに天恵。

 

(これならっ!)

 

「さぁ、行くんだ!」

 

万感の思いを込め、ヘスティアはベルの背中を叩いた。

 

ーーーーーー

 

『ガァアアアアアアアアア!』

 

雄叫びを上げながら突っ込んでくるシルバーバッグの攻撃をかわした。

 

今までとは明らかに違うスピードにベル自身も戸惑ったが、相手は待ってはくれない。

 

再度、突撃してくるシルバーバッグをかわしすれ違いざまに神様から新しく貰ったナイフで切りつける。

 

先程とは違い、ナイフは砕けず相手に確かにダメージを与えた。だか、それでも怯むことなく、再度突撃してくるシルバーバッグに僕は大きく後ろに飛び、かわした。

 

(大丈夫…今ならやれる。だから震えるな!)

 

僕は先程から相対するモンスターに恐怖から震えていた手を見て、内心で叱責した。

 

だか、それでも手の震えは止まらなかった。

 

(くそ、くそッ!!)

 

僕は自分の情けなさに、憤り悪態をつくが手の震えは止まらないし、相手も待ってくれない。三度突撃してきたシルバーバッグの突進をかわし、シルバーバッグは前のめりに倒れた。

 

その好機にも、僕は動けずにいたが上空から聞き慣れた声が聞こえた。

 

「何をしているベルよ!?さっさとあのような雑種倒してしまわんか!!」

 

「お、王様!?」

 

「王様君!?」

 

「ええい、今は目の前の雑種に集中せんか!」

 

僕達の呼び掛けに、王様は立ち上がろうとしているシルバーバッグを指差し、僕にそう告げた。

 

「で、でも僕じゃかなわないんです…」

 

「たわけがっ!!貴様が目指す英雄は、あのような雑種ごときに臆するのか!!」

 

王様の発言に、昔読んだ英雄譚に出てくる英雄達を思いだし、自身の心に火がついた。

 

「でも、僕は王様みたく強くないです…」

 

「抜かすなっ!!ベルよ!貴様は我が見いだしたのだ!そんなお前が弱い等あり得ん!!」

 

「王様…」

 

ーーー震えは止まっていた。今まさに立ち上がったシルバーバッグを僕は睨みつけ、王様と神様に背を向けて宣言した。

 

「王様、神様、見ていて下さい!」

 

「ベル君ッ!!」

 

「行くがよい!ベルよ!!」

 

立ち上がったシルバーバッグが雄叫びを上げて、再度突撃してきた、僕もそれに向かってーーーシルバーバッグの胸目掛けて突貫した。

 

『ガァアアアアアア!!』

 

「ーーーぁああああああッ!!」

 

軍配は僕に上がった。シルバーバッグの胸、その奥の硬質な何かを砕いた手応えを感じた。

 

『ガァッ……』

 

短く悲鳴を上げ、シルバーバッグは背中から倒れ、最後は霧散した。

 

「やった…ッ!」

 

霧散したシルバーバッグを確認した瞬間、僕も地面に尻餅をついた。

 

『ーーーーーッ!!』

 

同時に歓声が迸った。今の戦いを隠れていた住民達が姿を表し、ベルを称える喝采を浴びせた。それに気づいたベルは戦闘の緊張を解き、笑顔を浮かべ背後で見ていた二人に振り返った。

 

やりましたと、顔を輝かせ二人に笑いかけようとしてーーー路上に倒れているヘスティアを発見した。

 

王様もそれに気づき、先程までいた屋根の上から飛び降り、神様の安否を確認していた。

 

「神様ッ!?」

 

「案ずるな。寝ているだけだ」

 

慌てて近寄ってきた僕に対し、そう返した。僕は王様の答えを聞きほっと、安堵の溜め息を出し、また地面に座りこんだ。

 

「良かっ…」

 

た、と言いたかったが、僕も先程までの戦闘のせいか意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ベル・クラネル

Lv.1

力:G221→E403

耐久:H101→H199

器用:G232→E412

敏捷:F313→D521

魔力:I0


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戦いの後

シルバーバッグを倒したベル。

倒した後、意識を失った二人。

ギルは二人を抱え、帰路につく。


「ぬ?どうしたベルよ!?」

 

バタッ、と倒れたベル。それを見て瞬時に近くまで駆け寄り、様子を伺うとどうやら寝てしまったようだった。

 

「なんともまぁ、体力のないやつらだ」

 

ギルはそう悪態をつくと、二人を脇に抱えホームに向かい歩こうとした。

 

「ーーー王様ー!?二人とも大丈夫ですか!?」

 

歩き出そうとして数歩。先程まで祭りを同行していたシルと再び出会った。

 

「ぬ?娘か、何心配するでない。気を失ってるだけだ」

 

そうですか、シルはそう言い安堵の溜め息を吐いた。

 

「王様、そしたらここからでしたらウチの店が近いです。そこのベットに運びましょう」

 

「そうか、では案内するがよい」

 

そう提案し、二人は歩いていった。

 

ーーーーーー

 

「これで全部やったっけ?」

 

「いえ、…後一体、残ってます」

 

アイズが一刀の元にトロールを瞬殺した。

 

新種の花型のモンスターに襲われたあの後、アイズとロキは残りの脱走したモンスターの対処に、東のメインストリートまで来ていた。

 

残りのモンスターは、シルバーバッグと、アイズが相手をすればまた瞬殺できる。そう分かっているロキはヤル気もなく移動し、アイズもそれに付いて行っていた。

 

「あぁん?なんや、もう終わったんか?」

 

大通りの賑わいは、モンスターに怯えることなく、明らかに舞い上がっていた。

 

ロキは形成されている人だかりに近づき事情を尋ねた。

 

「おばちゃん、モンスターは?今どういう状況なん?」

 

「それがねぇ、あの男の子がモンスターをやっつけたらしいんだよ!それも、あの迷路の奥で一発で!」

 

「ちょ、ちょい待ち、あの男の子って、誰や?」

 

「見てなかったのかい?冒険者の少年だよ、赤っぽい目をして、白い髪で…そう、兎っぽい!」

 

「はぁ?」

 

困惑しているロキの側で、聞き耳を立てていたアイズはぴくりと微動した。

 

(白い髪…?)

 

心当たりがあった。

 

朝方商店の上で見た、深紅の瞳を持つ、白髪の少年。

 

『すいませーん?通して下さい!』

 

『道を開けよ!雑種共!』

 

前方の人だかりが騒ぎ出した。どうやら件の冒険者が帰還したらしい。

 

だがアイズは、一人の声に聞き覚えがあった。そうだ、あの人も一緒のファミリアだったんだ。

 

「すいませーん、失礼します」

 

その時だった。人垣を分けて出てきたのは、あの店にいた少女ーーーその後ろから、自身と同じ髪をした、自身を英雄王と名乗った青年が、件の少年とその反対側に少女を抱えて出てきた。

 

すぐ隣を通っていったが、向こうは気づいていなかった。

 

(おめでとう…それと)

 

(ありがとう)

 

アイズは過ぎ去った背中に振り返り、心のなかで、少年に賛辞と、青年にお礼を言った。

 

ーーーーーー

 

「んんっ?ここは?」

 

「起きたか…」

 

あの後『豊穣の女主人』に着き、二人を二階の一室を借りそこで寝かせていたが、先に起きたのはヘスティアの方だった。

 

「あれ王様君?…ってモンスターは!?」

 

「慌てるなたわけ。モンスターなら、そこで寝ているベルが倒したわ」

 

「……そっか。やったんだねベル君」

 

ヘスティアは隣のベットで寝ているベルに優しげな目を向けた。

 

「そうとヘスティアよ、このナイフは一体どうした?」

 

「ん?それかい、それは僕がちゃんと僕が話をつけて貰ってきたから大丈夫だよ!どうしたの王様君にしては気になってるぽいけど…?」

 

「なに、なかなかにして上等で、愉快な武器かと思ってな…。これならば我の宝物庫にも置いてもいいぞ」

 

「冗談はやめておくれよ…。それはベル君のだよ!王様君にもちゃんとあるよ!そこの包みがそうだよ」

 

そう言ってヘスティアは自身のベットに立て掛けてある(ベットに寝かせる前にシルが置いた)ものを指差した。

 

ギルは、怪訝そうな目でそれを見てゆっくりと包みを取った。

 

そして、それを見てギルは驚愕した。

 

「……ヘスティアよ、これは一体どうした?」

 

「…?どうしたいそんな怖い顔して?ベル君のナイフと一緒に作って貰ったんだよ?」

 

「作っただとっ!?これをか!?」

 

そうだよ、ギルの剣幕にビクビクしながらそう返した。

 

ギルは改めて、その黄金の剣と、黄金の鞘を手にとって確認した。

 

(……やはりこれは…)

 

ギルには見覚えがあった。自身と相対したセイバーがこの二つを持って、我と対峙したのだから。

 

「そっちは、ちゃんと王様専用だよ!大事に使ってね!」

 

ヘスティアが笑顔で言った言葉に、ギルは再度驚愕した。

 

(……我が担い手だとっ!?)

 

ギルの宝物庫にも、これの原典は入っている。正しそれは武器としてで、『乖離剣エア』のように『真名解放』はできない。担い手ではないのだから。

 

だが、これは今触れて分かったが、『乖離剣エア』と同じ感じがし、自身が担い手であると証明している。

 

「フハハ。ハハハハハハッ!ヘスティアよ、貴様なかなかに出来る神だったのだな!」

 

「ど、どうしたのいきなり笑いだして?…まぁ、王様君も僕の凄さがやっとわかったんだね!」

 

「う~ん?あれ?ここどこ!?」

 

ギルの笑い声に目を覚ましたのか、ベルがやっと目覚めた。

 

「起きたかベルよ、ここは娘の店だ」

 

「傷は大丈夫かい?ベル君?」

 

寝起きなのか、ぽぉーっと、していたが意識が覚醒したのか「か、神様っ!?」と慌て出した。

 

そんなベルにギルはヘスティアを指差し、事のあらましを語った。

 

「そう言えば神様、この武器は一体どうしたんですか?」

 

「あぁ、それはねーーー」

 

ベルの質問に、ヘスティアは居なかった数日の出来事を話し、自分が土下座耐久レースの末、手に入れたと答えた。

 

ベルは土下座がなんなのか、わからなく拷問の類いだと戦慄し、逆にギルは先程とはうってかわって、冷めた目で見ていた。

 

「そんな…、ヘファイストス・ファミリアの武器は凄く高価で、僕なんかには…」

 

「強くなりたんだろ?」

 

「……!」

 

「言ったじゃないか、誰よりも君を応援するって。…だって僕は君のことが好きだから」

 

ベルはその言葉に涙をながし、顔をぐちゃぐちゃにした。ヘスティアはそんなベルに満面の笑みで返した。

 

「いつだって頼ってくれよ。僕は君の神様なんだぜ?」

 

「神様ぁー!!」

 

ベルは子供のように、その小さな体にすがりついた。

 

ヘスティアはベルを受けとめ、ベルの背中に手を回す。ギルはその様子を、優しげな表情で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 



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サポーター
7階層


怪物祭も終わり。

再び、ダンジョンに入るギルとベル。


『キギッ』

 

口をもごもごと動かし、歯を鳴らす蟻形のモンスター。

 

キラーアント、この7階層になって初めて姿を現すモンスターだ。

 

「ーーーふっ!」

 

僕はキラーアントに肉薄し、敵の攻撃を掻い潜り新しい武器ーーー『神様のナイフ』を突き刺した。

 

『ギッ!?』

 

小さいうめき声を出して、キラーアントは動かなくなった。

 

同じく後方で見ていた王様も、神様から貰った剣でキラーアントの首を飛ばした。

 

……初めての戦闘のはずだけど王様強いなぁ…

 

キラーアントと始め相対したとき、例の如く王様は睨み付けたが、キラーアントはそれを無視して襲いかかっていた。

 

「……虫めが…。考える脳もないのか…」

 

王様は忌々しげに、キラーアントの亡骸にそう言った。

 

どうやら虫形のモンスターには、王様の睨み付けは効かないらしい。それでも恩恵を貰ってないのに倒しちゃうのは凄いや。

 

僕も王様のことを気にしながら、何体目かのキラーアントを倒した。

 

「……うん、いい!」

 

僕は神様から貰った武器を再度見て、笑顔を浮かべた。

 

ーーーーーー

 

「ななぁかぁいそぉ~?」

 

「は、はひっ!?」

 

7階層での探索を終えた僕達は、自身のアドバイザーであるエイナの元に近況報告をしようと、足を運んだ。

 

「ベル君ッ!!私の言ったこと全っ然わかってないじゃない!!」

 

「ご、ごごごごめんなさいぃっ!?」

 

机を叩き、彼女の射竦める瞳にベルは身を震わせた。

 

「一週間とちょっと前、ミノタウロスに殺されかけたのは誰だっかな!?」

 

「ぼ、僕ですっ!?」

 

「過去のことを気にするのは愚か者のする事…。ベルよ気にするではない」

 

「な・ん・で・す・っ・てぇ~!!」

 

ぽふっと、僕の頭に手を置いて王様が口を挟んできた。エイナさんはそれを聞いて王様を親の仇のように睨み付けた。

 

……王様ぁ、フォローは嬉しいですけど、エイナさんを煽らないで下さい…

 

「キミは危機感が足りない!絶対に足りない!今日は私が徹底的にダンジョンの恐ろしさを叩き込んであげる!!」

 

エイナさんは王様を睨み付けていたが、視線を僕に戻し、そう言ってきた。僕はエイナさんの形相に、ひぃっと悲鳴を上げた。

 

「ま、待ってくださいっ!?僕っ、あれから成長したんですよエイナさぁん!?」

 

「ちょっと前に冒険者になったのに、成長しただなんて言うのはどこの口かな…!」

 

「ほ、本当です!僕の『ステイタス』、アビリティがいくつかEまで上がったんですっ!?」

 

「……E」

 

ぴたりと動きを止め、目を丸くしたエイナさん。王様もうむと、首肯した。

 

「そ、そんなの出任せでしょ…」

 

「本当です本当なんです!最近成長期みたいで、熟練度の伸びが凄いんです!」

 

「……本当に?」

 

ぶんぶんっと、勢いよく頷くベル。

 

「……本当に、E?」

 

「は、はいっ」

 

「何度も同じことを聞くでない、たわけ。」

 

隣で、事の様子を見守っていた王様も横槍を挟む。エイナさんはそれにむっ、としたが突然真剣な顔になり、僕に向き直った。

 

「ベル君…。キミの背中に刻まれている『ステイタス』、私にも見せてくれない?」

 

「……えっ?」

 

「あっ、君のことを信じてないわけじゃないよ?ただどうしても気になるから…」

 

「で、でも、『ステイタス』って、一番バラしちゃいけないんじゃぁ…」

 

「絶対に他言無用にするよ。もし、ベル君の『ステイタス』が明るみになれば、私はキミに絶対服従を誓うよ」

 

「そ、そんな、服従なんて…。でもわかりました」

 

ベルは、自身の背中に刻まれている『ステイタス』を見せるために、上着を脱ぎ上半身裸になった。

 

(……嘘)

 

エイナはベルのステイタスに驚愕した。ベルの態度でその可能性を考えていたが、いくらなんでもありえない。敏捷にいたっては、Dに突入している。

 

(……もしかして、なにかのスキル?)

 

そこでふと、一筋の可能性に気づき、視線を下げ背中の中頃辺りに落とし、『魔法』と『スキル』のスロットを見ようとした。

 

「……いつまで、ジロジロ見ているのだ?もしかして貴様そういう趣味か…」

 

「なっ!?」

 

唐突に後ろから言われた言葉にエイナは反応して、顔を上げ振り返った。後ろで二人の様子を見ていたギルが口を挟んできたのだ。

 

「ち、違います!?私にはそんな趣味ないです!」

 

「ふん。ならば、とっとと切り上げろ。ベルよ早く服を着ろ、いい加減戻るぞ」

 

「あっ、はい?」

 

ベルはその言葉に見終わったのだと解釈し、服を着始めた。エイナは短くあっ、と呟いたが、頭を切り替え、別の懸念について考えベルの頭から爪先まで視線を注いだ。

 

「ベル君」

 

「な、なんでしょうっ?」

 

「明日予定空いてるかな?」

 

「……へっ?」

 

ーーーーーー

 

翌日ギルは、一人街を歩いていた。

 

ヘスティアはいつものごとく、バイトに出掛け。ベルは今日はダンジョンに行かず、エイナと買い物をしに行った。ギルも最初は誘われたが、内容が武具購入のため、ついていかなかった。

 

「……あなたは」

 

「むっ?」

 

街をブラブラしていたギルだが、唐突に後ろから声をかけられた。

 

「……何者だ雑種?」

 

「そう言えば、初対面でしたね…。初めまして『豊穣の女主人』の店員の一人、リューです。」

 

ぺこりと、お辞儀をして祭りで出会ったシルと同じ格好をしたエルフの少女はそう挨拶してきた。

 

「なんだ、あの女将のところのものか…。それで、王足る我になんのようだ」

 

「いえ、先日のお礼を申しておこうと思いまして」

 

リューはそう言うと、「どうもありがとう」と再度お辞儀をした。

 

前回豊穣の女主人に寄った時、ギルは女将にお金を渡し、店員達に配るように言い、リューも例外なく貰ったのだが、いきなり渡されたお金に理由を聞いたら、

 

『どこぞの優しい王様からの貴賤だそうだ。ありがたく受け取っときな』

 

と言われ、疑問に思っていたが、先日の怪物祭から戻ってきたシルに、ベルの連れと一緒に回ったと話を聞き、その連れが王様と名乗っていたことも聞いた。

 

そして、リューは合点がいき前に貰ったお金はこの人からだと分かり、礼をのべたのだ。

 

「ほう、なかなか殊勝ではないか」

 

「いえ、当然のことです。それで、貴方は何をしていたのですか?」

 

「なに、この街を散策していたに過ぎん。……そうだ娘よ、貴様も我を案内しろ。我はこの街をよく知らんからな」

 

「案内ですか…。分かりました、私にも用事がありましたが前回のお礼を考えれば、承りましょう。後、私は娘という名前ではありません。リューとお呼びください」

 

「フハハ、そうか、ではリューよ王の案内を任す!」

 

はい、そう言ってリューはギルの案内をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ベル・クラネル

Lv.1

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耐久:H199

器用:E412

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そして出会う少女

エイナと装備を買いに行ったベル。

リューと共にブラブラしているギル。

その帰り道、一人の少女と出会う。



「リューよ、貴様に聞きたいことがある」

 

「なんでしょう王様」

 

あれから案内しろと、言ったギルだが、特に行きたい所もなく疑問に思ったものを指差して解説させていた。そして、ふと、この世界に来てから抱いていた疑問を聞くことにした。

 

「貴様、歴史には詳しいか?」

 

「……そうですね…。有名所なら文献を見たこともあるので、分かりますが…」

 

「なら問題ない。古代メソポタミアの王で人類最古の王の名だ。簡単だろう…」

 

「……申し訳ない。私の見た文献には、当てはまる人物がいません」

 

「なにぃ?」

 

頭を下げるリューを見て、疑問は確信に変わった。

 

どうやらこの世界では、ギルが統治した時代はなかったようだ、無論リューだけの意見では決定付けるには早計過ぎるが、今まで出会う者全てが知らないと来ているのだ、ここまでくればギルも認めるしかないだろう。

 

ーーーここは、自分のいた世界とは違うのだと。

 

「……何か気に触りましたか?」

 

「いや小さきことだ、気にすることはない」

 

ギルは異世界に来たことを些事だと言いきり、また歩きだした。

 

(……世界が変わろうが、時の果てまでこの世界は我の庭だ…)

 

内心で、そう決定付けたギルであった。

 

ーーーーーー

 

「ちょっと遅くなっちゃったな…」

 

エイナさんとバベルにて防具を新調し、彼女の住居に送ってから帰路についたため、もうすっかり日が暮れてしまった。

 

近道のために、メインストリートを外れ路地裏を進んでいたが、僕の耳に二つの足音が聞こえた。

 

「なんだろ…?」

 

路地裏を進んでいたとはいえ、少し後ろに戻ればメインストリートの道も見える。それに大分、近道したためもうホームも近い、そんな場所で面倒事は、少し不味い。

 

僕は不安になりながらも、近くの曲がり角から、顔をだし様子を伺おうとした。

 

「あぅっ!」

 

「うっ!?」

 

瞬間、勢いよく飛び込んできた小さな物体にぶつかった。小柄な僕よりも更に小さい物体は、良く良くみれば亜人の女の子だった。

 

「すいません、大丈夫ですか!?」

 

「ぅ……っ」

 

「追い付いたぞ、この糞パルゥムがっ!!」

 

もぞもぞと、立ち上がろうとした少女の後ろから、一人のヒューマンが現れた。迸った怒声に、思わず僕も身を震わせた。

 

「もう逃がさねえからな…ッ!」

 

凄まじい形相で睨んでくる相手。今にも襲いかかってきそうな雰囲気に、僕は少女を隠すように、青年の前に出た。

 

「……あぁ?ガキ、邪魔だ、そこをどきやがれ」

 

「あ、あの。いったいこの子に、何をするきですか…?」

 

「うるせえぞガキッ!今すぐ消えやがれ!」

 

僕は青年の物言いに、尻込みしたが、同時に覚悟もした。

 

ーーーこの場から、この女の子を残して帰れない。

 

「ガキがッ!なんだお前、そのチビの仲間だったのか!?」

 

「しょ、初対面ですっ」

 

「じゃあ何でそいつを庇ってんだ!?」

 

「……お、女の子だからっ?」

 

「マジなんなんだお前…!」

 

本当に何を言っているのだろう…。

 

でも実際にそれしか理由がなく、それだけで充分だった。

 

男だったら、女の子が襲われてたら、普通に助けるでしょ?

 

「いい、まずはテメェからぶっ殺す…!」

 

男は後ろに装備していた剣を抜いた。反射的に僕も『神様のナイフ』を構える。が、初めての対人戦、足が震えてしまっている。

 

カッコ悪いほど怖じ気づいている僕の姿に、男は獰猛な笑みを浮かべた。格下だと悟ったのだろう。

 

やられるイメージしか湧かないが、退くことは絶対にしない。

 

次の瞬間、男が一気に飛びかかってくる。

 

「止めなさい」

 

「何をしている雑種」

 

が、男の剣は振り下ろされることはなかった。

 

はっと振り向いた僕達の目に映ったのは、大きな紙袋を抱えているリューさんと、いつもの憮然とした態度の王様だった。

 

「次から次へと…!?お前らは何だぁ!?」

 

「貴方が危害を加えようとしているその人は、私のかけがえのない同僚の伴侶となる方です。手を出すのは許しません」

 

「そこのベルは我の下僕だ、手を出すのであれば、それ相応の報いを受けることになるぞ」

 

王様の下僕発言はいつものことだけど、彼女は何を言っているのだろうか…。

 

「どいつもこいつも、わけのわからねえことをっ…!ぶっ殺されてえのかあっ!ああ!?」

 

「「吠えるな」雑種」

 

ーーーしんっ、と空気が凍る。

 

大声を散らしていた男は、先程までの威勢はなく、顔を青ざめていた。……多分、僕もだろう。亜人の女の子もカタカタと、震えている。

 

それほどまでに、二人の出すプレッシャーは強烈過ぎた。

 

「命が惜しくば、疾く失せよ雑種」

 

「……そうですね、私は命までとりませんが。上手く加減が出来るとは思わないことです」

 

……何故この人達が言うと冗談に聞こえないのだろう…

 

「く、くそがぁ!?」

 

男は顔色を青くしたまま、退散していった。

 

「……」

 

「大丈夫でしたか?」

 

「いつまで座りこんでいるつもりだベルよ?」

 

いつの間にか、腰を抜かして座り込んでしまった僕に手を差し出してくれるリューさん。王様は僕の様子に首を傾げていた。

 

お、王様も王様で凄かったけど、リューさんも凄かった…。もしかして冒険者とか…?

 

「あ、ありがとうございます、助かりました…」

 

「いえ、こちらこそ差し出がましい真似を。貴方ならきっと何とかしてしまったでしょう」

 

「いや、そんなことはぁ…」

 

僕は頬をかいて視線をずらした。

 

「お、王様達はどうしてここに?」

 

「なに、日も暮れておったし、ホームに戻ろうかと思ったところで、貴様を見かけたに過ぎん」

 

「私も帰り道が一緒でしたので」

 

王様、今日リューさんと一緒だったのかな?それとも途中で会ったのかな?

 

僕は、今の恐怖を忘れる為に頭を別のことで埋めることにした。

 

「して、ベルよ。こんなところで何をしていた?」

 

「……へっ?あ、そうだあの子…あれ?」

 

周囲を見回したが、先程までいた女の子の姿は消えていた。

 

「誰かいたのですか?」

 

「え、ええ。その筈なんですけど…」

 

怖くなって逃げ出しちゃったのかな?…まぁ僕も腰を抜かす程怖かったけど…

 

「では、私はこれで」

 

「うむ。機会があればまた顔を出してやろう」

 

「本当に、ありがとうございました」

 

「楽しみにしています。では…」

 

そう言ってリューさんはお辞儀をして、僕も慌ててお辞儀しかえした。そして、そのままリューさんとはそこで別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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リリルカ・アーデ

装備を新調したベル。

今日もダンジョンで頑張ろうと意気込む。

そこで昨日会ったと思われる少女に出会う。


「よし…」

 

「ふむ。やっとらしくなったのではないか…?」

 

新しく購入したライトアーマーに、エイナさんから貰ったエメラルドの輝きを放つプロテクターを装備して、鏡に映った自分を見る。

 

間に合わせの支給品から一転して、やっと冒険者らしい装備になった。

 

王様からも、賛辞?の言葉を貰い僕は顔を輝かせた。

 

「神様、じゃあ行ってきますね!」

 

「う~ん、いってらっしゃい…」

 

「それでは行くか、ベルよ」

 

未だベットで沈んでいる神様に、僕は意気揚々と言ってダンジョンに向かった。

 

今日は良いことがあるじゃないかと、口元を緩ませながら中央広場を超え、バベルまでやって来た。

 

(今日も…)

 

頑張りましょう、そう後ろにいるであろう王様に言おうとしたベルだったが。

 

「お兄さん方、お兄さん方。白い髪のお兄さんと、格好いい金髪のお兄さん」

 

自分と思しき者を呼ぶ声に、周囲を見渡した。

 

「えっ?」

 

「下だ。下を見ろベル」

 

声のした人物を探そうと周囲を見ていた僕に、王様は下を見るよう促してきた。

 

「き、君はっ!?」

 

「初めまして、お兄さん方。突然ですが、サポーターなんか探していたりしませんか?」

 

僕よりも小さい身長なのに、背には、一回りも二回りも大きいバッグパックを持った、クリーム色のローブを身につけた人物がいた。

 

そのローブから覗かせた顔が少女であると確認できた。

 

「え、ええっ?」

 

「混乱しているんですか?でも今の状況は簡単ですよ?冒険者様のおこぼれにあずかりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているんです」

 

「サポーター?なんだそれはベルよ?」

 

目を丸くするベル。サポーターという聞いたことのない単語に首を傾げるギル、少女だけがニコニコと笑っていた。

 

「あや?格好いいお兄さん、サポーターをご存知ないので?文字どおり冒険者様をサポートするものですよ!」

 

「いや、そうじゃなくて…。君、昨日の…」

 

「……?お兄さん方とは初対面のはずですが?」

 

首を傾げる少女に、僕もつられて首を傾げあれぇ、と呟いた。

 

「それでお兄さん、どうですか、サポーターはいりませんか?」

 

「ええっと…で、出来るなら、欲しいかな…」

 

チラリと横にいる王様を見る。

 

「決めてよいぞベル。我には興味ないことだ」

 

……前々から、バッグパックを持ってくれる、サポーターは欲しいと思っていたし。王様持ってくれないし…。

 

「本当ですかっ!なら、リリを連れていってくれませんか?」

 

「いや、それはいいんだけど、うーん…?」

 

「あっ、名前ですか?失敬、リリは自己紹介もしていませんでした」

 

「リリの名前はリリルカ・アーデです。お兄さん方のお名前は何と言うんですか?」

 

朗らかに笑みを浮かべたが、少女の瞳は、少し怪しく光っていた。

 

ーーーーーー

 

リリルカ・アーデは困惑した。

 

昨日路地裏で、出会ったこの少年と青年。

 

その時、少年の得物を見たがなかなかの武器だった。青年の方はなかなかに油断できないと感じていたが、いざダンジョンに入ってしまえば、リリに注意をするなど不可能だ。

 

今までだって、何人かのパーティーを組んでいるところにもいたが、リリなら問題ないと思いーーー案の定リリの魔法によってパーティーに入るのは問題なかったが…ダンジョンに入った瞬間問題が起きた。

 

「……えっと、あのぅ?格好いいお兄さんは戦わないのですか?」

 

「当然だ。王足る我がそのような些事するわけなかろう」

 

後、我のことは王様と呼び、敬うがいい等と言っていたが、そうじゃない…

 

何の為にダンジョンに来ているのですか貴方はッ!?

 

「リリルカさんも、王様もそこで見ていて下さいね!」

 

「あっ、はい」

 

「うむ。励むがよいベルよ」

 

前でキラーアントと戦っている冒険者ーーーベルが後ろにいるリリ達に声をかけてきたが、今はそんなどころじゃない!

 

(これじゃあ…計画と違います!?)

 

いつも通り、いや普通のパーティーだったら二人前線で戦っているはずなのに…。この、王様とか呼ばれている人、リリの隣にいて何もしちゃいない。

 

しかも、前線で戦っている少年も、その事を指摘しないし…

 

ーーーいったいなんなんですかッ!?このお二人は!?

 

「……よっと、これでとりあえず全部ですかね?」

 

「いやぁ…ベル様はお強いですねぇ…」

 

「ふむ。まあまあといったところか…。ところで貴様顔色が優れていないが、病気か?」

 

「まさかぁ…。大丈夫ですよ王様!あっ、それよりもリリは魔石の回収に行ってきますね!」

 

むんと、気合いを入れて、元気ですとアピールしてキラーアントの死骸から魔石を取り出す作業にかかる。

 

(……これは、どうにか考えないと不味いですねぇ…)

 

キラーアントから魔石を取り出す傍ら、今後について考えることにした。

 

「あっ、僕も手伝おうか?リリルカさん」

 

「いえ、それには及びませんベル様。それとリリのことは、どうぞリリと呼び捨てにして構いません。他の呼称でもいいですがさんづけはダメです」

 

「ど、どうして呼び方くらいでそんな…」

 

「たわけ。…まさかベルよ、我の呼称も『そんな程度』と考えていたのか!?」

 

「い、いえ!?そんなことないですよ!…うん。そうだね呼び方は大事だね」

 

ギルの睨みに、ベルは慌てて否定して、それじゃあリリって呼んでもいい?と確認してきた。

 

……本当にこの青年はなんなのか…。呼び方ひとつで怒ってるし…。

 

リリは再度、目元に手をあて頭痛をほぐした。

 

「と、とにかくリリはリリでいいので、今日はこの辺にしときましょうか?」

 

「えっ、でも…」

 

「うむ。そうするか」

 

まだ、探索したさそうなベルだったが、ギルも賛同したことから、渋々探索を切り上げた。

 

ーーーーーー

 

あれからギルドに戻り、魔石やドロップアイテムを換金し、リリと報酬の話をすることにした。

 

「リリ、今日の報酬なんだけど…」

 

「いえ!今日の報酬は全てベル様のもので構いませんよ!」

 

「ええっ!それじゃあリリ、本当にタダ働きだよ!?」

 

「これでお二人の信頼を買えるならお安いものですよ。……それにいつもと変わりませんし…」

 

「えっ?」

 

「うむ。その殊勝な態度、ますます気に入ったぞリリとやら、やはり王に付き従う臣下はこれぐらいではないとな!」

 

リリの最後の方の発言は小さすぎて聞こえず、問い返そうとしたが、王様はリリのその態度を気に入ったのか、僕の背中を叩き、「ベルもこやつを見習うがよい」と言ってきた。

 

「ま、まぁそう言う訳なので今日の報酬はよろしいですよ。なので明日からもリリを雇ってくれると、とても嬉しいです!」

 

「う、うん。またお願いするかも知れないから、よろしくね!」

 

はいと、元気よく手を振って別れを告げるリリを残し、僕達はホームに戻ることにした。

 

ーーーーーー

 

「ふぅ…。さて明日からはどうしましょうか?流石にあの青年が、隣にいるときは無理ですし…」

 

ベル達を見送った後、その場で今後の行動について思案していた。

 

「はぁ…。あの王様とか呼ばれている人、本当に冒険者なんですか?」

 

「我がどうかしたか?」

 

「わっ、ひゃあっ!?」

 

自身の独り言に、反応する声がかかり、後ろを振り返ると今日ダンジョンで一緒にいた例の青年が立っていた。

 

「む?何を驚いている?いくら我が偉大な王でも、その態度は無礼であろう」

 

「す、すいません王様、リリは何分。お、王様のような高貴な方とは縁がなく、無礼な態度をとってしまいました」

 

なるほどと、ギルはその答えに満足げに頷き、リリは戻ってきたギルに、バレたかと内心で冷や汗をかいていた。

 

「そ、それで王様、リリに何かご用ですか?」

 

「うむ。貴様のその殊勝な態度、ますます気に入った!…喜べ!貴様を我の臣下にしてやる!」

 

「は、はぃぃっ!?」

 

嬉しかろう…。とギルは得意気にリリを見下ろしていた。

 

……この人、頭大丈夫なんですか?

 

リリは、自身を臣下にしてやる等と言ってくるギルに困惑した。

 

「返事はどうしたリリよ?…いや、我が臣下リリよ」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

「うむ。よき返事だ!」

 

フハハと、高笑いし始めたギルに、広場にいた全ての人が振り向いたが、リリは注目されるのは不味いと、戻ってきた理由を聞いた。

 

「そ、それで王様はご用はそれだけですか?それならリリも、もうホームに戻らなければ行けないので…」

 

ではと、その場を離れようとするリリを待てと、再度呼び止めた。

 

「……何でしょうか?」

 

「なに、我が臣下になった恩賞をくれてやる。ほれ」

 

おもむろに、ギルは上着から小袋を取りだし、リリに放った。

 

「えっ…?」

 

「用はそれだけだ。今後とも我が臣下として我をサポートするがよい。…後、ベルのやつよもな」

 

それだけ言い、ギルは後方で待っているベルの元へ戻っていった。

 

「……なんなんですか、あの人は…?」

 

残されたリリは、その場でポカーンと立ち尽くし、去っていく背中を眺めていた。

 

「それにこれ、一体何なんですか…?ええっ!?」

 

リリは渡された小袋を見て、驚愕した。

 

ーーー少なく見積もっても100万ヴァリス入ってるっ!?

 

「一体何者何ですかーっ!!?」

 

リリの叫びが広場にこだました。

 

ーーーーーー

 

「ふむ。待たせたなベルよ」

 

「あっ、おかえりなさい王様。一体どうしたんですか?」

 

「なに、あやつに、我が臣下にしてやる旨を伝えたに過ぎん」

 

「王様、リリのこと気に入ってましたもんね」

 

当然だ。ギルはそう答えた。

 

我のことをサポートしたい等、言い出したときは不快に思ったが、なかなかダンジョンのことも詳しく、なにより我の素晴らしさをよくわかっていた。

 

……リリはダンジョン内にて、二人の信用を得ようと、二人のことを誉めちぎっていたが、リリ自身は自身の目的のためだったが、ギルはその態度を気に入った。

 

ギル自身、媚びへつらう者は気に入らないが、リリは子供、しかもサポーターとしてもなかなかの腕を持っていた。

 

「臣下かぁ、王様僕もそろそろ下僕から…」

 

「たわけ。貴様はまだ下僕のままだ」

 

「……そうですか」

 

ベルは未だ下僕のままであることにショックを受け、黄昏た。

 

『ええええええっ!!?』

 

その時広場から誰かの叫び声が聞こえた。

 

「……何だろ?今、広場から叫び声が聞こえませんでした?」

 

「ふん。どこぞの雑種が騒いでいるのだろう」

 

そのような些事気にするなと、ベルに言い、二人はホームに帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 






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遊郭にて

リリを臣下に決めたギル。

その夜、ギルは気分がよくなり、どこかで酒を飲むことにし、以前に訪れた遊郭に出向いた。


「ふむ。今日は幾分か気分が良い、ベルとヘスティアよ。我は酒を飲みに出かけるぞ」

 

「えっ?」

 

「本気かい王様君?」

 

「無論だ」

 

ヘスティアの問いに、ギルはそう返し、既にホームの出入口まで歩いていた。

 

「王様…。そしたら明日はダンジョンどうします?」

 

「我のことは気にせず、我が臣下と行くが良い。我が臣下とな!」

 

ギルは臣下のことを強調して、ベルにそう返した。ベルは余程気に入ったんだなぁと、思った。ヘスティアは臣下?と首を捻っていたが。

 

「では、出掛けてくるぞ!」

 

「あっ、行ってらっしゃい王様」

 

「あんまり遅くならないでくれよー」

 

二人にそう言い、ギルはホームを後にした。

 

ーーーーーー

 

「はぁ…」

 

「春姫、今日もアイツは来なかったな…」

 

遊郭の一室にて、春姫とアイシャはとある人物の来訪を待っていたが、未だにあれ以来来ていないことに対して、ため息を吐いた。

 

「まぁ、アイツもあんな金を置いていったんだ。その内ひょっこり顔出すさ」

 

「そうですね…」

 

とある人物ーーーギルはあれ以来ここに来ていなかった。春姫は、自身の為にあれだけお金を置いていったギルの為に、色々と出迎えの余興を考えていたが、こうまで来ないと、忘れているのでないかと内心で思った。

 

「それじゃあ、私も忙しいからもう出るぞ?」

 

「あ、はい」

 

アイシャも、ギルが訪れているかと気になって、春姫の所に足を運んでいたが、来ていないと分かった為、春姫の部屋を後にした。

 

「はぁ…。やっぱり王様は忘れたのでしょうか?」

 

「むっ、我は王だぞ。馬鹿にしているのか?」

 

「へっ?」

 

あの時のように、背後の窓からかけられた声に、すっとんきょうな声を上げ、振り返った。

 

「お、王様!?」

 

「うむ、あの時以来だな道化よ。酒を飲みにやって来たぞ」

 

待ち望んだ来訪。あの時のように突然窓から現れたギルに春姫は笑顔を見せた。

 

「お待ちしておりましたよ王様!」

 

「うむ。よい心がけだ道化、早速だが極上のツマミを用意せよ」

 

「は、はいです!」

 

そう言って、先程出ていったアイシャを追うため、自身も部屋を出た。

 

ーーーーーー

 

ズズッ

 

「ええっ!?王様今どうやってお酒出しました!?」

 

「何を驚く?王足る我が、倉から酒を取り出せるのは、当然だろう」

 

「そうなんですか…」

 

へぇーと、感心したため息をを吐いた春姫。それだけではすまないのだが、春姫も元々が箱入りなため、王様なら出来そうと言う理由から追及するのをやめた。

 

あれからアイシャに王様が来たことを告げ、ツマミを作ってもらい、王様と食べていた。

 

「それで王様。どうしてこんなに日が空いたのですか?」

 

「王足る我は多忙なのだ。あまり気にするでない」

 

「そうですか…」

 

ど、どうしよう会話が続かないッ!?

 

春姫は必死に会話を広げようと、あれー、あのー、とかよくわからない声をあげながら、手をあっちにこっちに振っていた。

 

春姫自身、いつ来ても大丈夫なように話の練習をしていたが、いざ相対すると緊張して上手く話せなかった。

 

「フハハ。なんだその奇っ怪な動きは!貴様の出身の、極東とやらの踊りか、何か?」

 

「い、いえっ!?こんな踊りないですよ!」

 

その動きを見て笑うギルに、春姫は必死で否定した。

 

それで緊張が解けたのか、春姫は最近オラリオで起こったことを話始めた。

 

「アイシャさんに聞いたんですけど、ここ最近冒険者の間で、武器や持ち物の盗難があったらしいんですよ。王様も気をつけて下さいね」

 

「たわけ。我をそのような愚鈍なものと一緒にするな」

 

「そうですね。王様なら大丈夫ですよね!」

 

でも、気をつけて下さいねと、再度念を押してくる春姫に、ギルは今日来た本題を、春姫に聞いてみた。

 

「道化、貴様『ソーマ・ファミリア』を知っているか?」

 

「……お名前だけなら聞いたことがありますが。春姫はあまり外に出られないので、詳しくありません」

 

「……チッ、そうか」

 

「あっ、でもアイシャさんなら分かるかも知れません?ちょっと聞いてきます」

 

そう言って春姫は、部屋から出てアイシャを呼びにいった。

 

ーーー数分後、アイシャを連れた春姫が戻ってきたが、アイシャの機嫌は誰が見ても悪そうだった。

 

「……なんだい急に呼び出して?こっちがこれからって時に」

 

「す、すいませんっ」

 

「ふん、相も変わらず不敬な奴だ。…まぁよい、さっさと我の問いに答えるがよい」

 

チッ、こいつは…。とアイシャは悪態をついたが、ギルの問いーーー『ソーマ・ファミリア』について説明した。

 

「あそこは、ここじゃ有名な酒を販売してる、商業系ファミリアだよ。一度口にしたことがあるけど、確かに味は絶品だったよ」

 

「ぬかせ。雑種の舌などたかが知れている」

 

「人が親切に説明してるのに、こいつは…!後はそうだね、なんと言うか、金への執着がすごかったな…」

 

「……ほう」

 

アイシャは前に見た出来事を思い出すように、そう言った。ギルはその発言にピクリと、片眉をあげた。

 

「前、ギルドの職員と換金のことで揉めてるのを見たよ。他の奴等も何人か見たって話だ。…まぁ他所の事情だから私も理由までは知らないが…。あっ!後は噂程度だけど、何でも販売しているお酒は失敗作なんだとか…」

 

「えっ?でもアイシャさん、さっき美味しかったって?」

 

「やはり、雑種の舌などその程度か…」

 

「うるさいっ、だから噂だってんだろ。…まぁ神様が作ってるんだ、もしあるとすればその完成品は、文字どおり『神酒(ソーマ)』何だろうね…」

 

アイシャは自身の憶測をそう述べた。だが、先程からギルが飲んでいるお酒も、神造のものなのだが…。

 

「まぁ、雑種にしては役に立った方か…」

 

「本当にあんたは、人を煽ってなきゃいけない訳でもあんのか…!」

 

「アハハ…。アイシャさんも落ち着いて下さいね…」

 

今にも飛びかかりそうなアイシャを、たしなめるように春姫は力なく笑っていた。ギルはそんな様子を尻目に、酒を飲んでいた。

 

「……私が知ってんのは、それぐらいだね。もう私も戻るよ」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

アイシャはそれだけ言い、部屋を後にし、春姫は去っていく背中に礼を述べた。

 

「お、王様?春姫は分かりませぬが、聞きたいことは大丈夫でしたか?」

 

「問題ない。…なるほど、あやつの目が怪しかったのはそう言うことか…」

 

ギルの呟きを、春姫はとらえられず、聞き返そうとしたが、空のグラスを出され、慌ててそれに酌をした。

 

その後、興味が失せたのか、ギルは『ソーマ・ファミリア』については聞いてこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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迷い

ギル不在でダンジョンに入るベルとリリ。

リリは、ギルによって自身の行動に迷いが生じた。


「……王様帰ってこなかったな…」

 

ギルが酒を飲みに出かけ、あれから帰ってこず、日が明けてしまった。ベルはそう呟き、ダンジョンに行くため装備を整えていた。

 

「それじゃあ、神様行ってきます」

 

「うみぅ~。行ってらっしゃい~」

 

ヘスティアは寝ぼけ眼で、そう返した。どうやら王様の帰りを遅くまで待っていたのか、随分眠そうだった。

 

そうして、ベルはホームを後にした。が、

 

「むっ?ベルか、今からダンジョンに行くのか?」

 

「お、王様!?昨日はどこ行ってたんですかっ?心配しましたよ!」

 

「酒を飲みに行くと、言っておったであろう、たわけ」

 

ぺしっと、ベルのおでこを叩いた。ベルはその痛みで涙目になり、王様~と情けない声を出した。

 

「うぅ…。でも良かったです、帰ってきて。…神様も心配してましたよ?」

 

「ふん。酒を飲みにいった程度で、心配することなどなかろう。…まぁよい、ベルよ」

 

はい?とベルは首を傾げた。

 

「リリに言付けを伝えておけ、『我の臣下になったのだ、悪戯は控えろ』とな」

 

「は、はい……?よくわかりませんが伝えておきます?」

 

ベルが頷いたのを確認し、ギルはホームに戻っていった。

 

ベルは、悪戯?何のことだろうと、首を傾げていた。

 

ーーーーーー

 

「……スピー…」

 

「……」

 

ゲシッ

 

「アイタッ!?」

 

「我のベットで何を惰眠を貪っておる、たわけ」

 

ベットで熟睡していたヘスティアを見て、ギルは蹴り飛ばした。

 

「あ、あれ?王様君?…って蹴ったの君かーっ!」

 

「何度も言わすな、たわけ」

 

蹴り飛ばされ、怒り心頭のヘスティア。それを見ても、何も思わないギル。

 

「蹴ることないじゃないかっ!…って、それより昨日はどこに行ってたんだい!?心配したじゃないかっ!」

 

「酒を飲みに行くといったではないか!何度も言わせるな」

 

まったくと、ため息をついて、ギルはベットに横になった。

 

「心配してたのに、なんだいその態度は!?」

 

「うるさいぞ、ヘスティア。我はこれから寝るのだ、静かにしろ」

 

ふんがーと、ギルの態度に憤慨するヘスティア。だがギルは、それに取り合わず眠りにつこうとする。

 

「ふんっ!王様君にはがっかりだぜ、心配してたのにその態度じゃ、僕も怒ってしまうぜ!」

 

「うるさいと何度も言わせるな、たわけ。土産にプリンを買ってきてやった。それでも食べて、大人しくしておけ」

 

「王様君、僕は君を信じていたぜっ!」

 

プリンー。とヘスティアは、ギルが買ってきた包みを空け、早速食べていた。

 

……プリン一つで買収された、ヘスティアを見て、ギルは呆れたが、睡魔の方が強く何もいわなかった。

 

大人しくなったヘスティア、そして、ギルは静かに眠りについた。

 

ーーーーーー

 

「はぁ…」

 

リリは何度目か分からないため息をついていた。

 

「リリ?どうかした?」

 

「い、いえっ?何でもないですよ、ベル様っ!」

 

心配そうに声をかけてきたベルにそう返したリリ。

 

リリは昨日、思わぬ高収入が手に入り、後はこの少年の武器さえ手に入れば、目的が達成できると喜んだ。

 

しかも今日は、昨日の王様とか言う青年がおらず、絶好のチャンスだったが、その青年からの言付けに凍りついた。

 

(……悪戯って、どうしてバレているのですかっ!?)

 

リリとギルは本当に昨日が初対面。それでも、バレていると言うことは、何処かで、リリの正体がバレてしまったのか…。

 

(……今日いないのも、もしかしたら…)

 

リリを捕まえるためなのかも知れない。犯行後、ダンジョンから戻った時に捕まったら、言い訳などできない。そう考えられることから、リリは未だ行動出来ずにいた。

 

(……はぁ、もうこのお二人は諦めましょう…。隙を見て逃げ出しましょう…)

 

内心で更にため息をつき、そう結論付けた。

 

「そうだリリ!とりあえず、サポーターをお願いする期間だけど…」

 

「あっ、それはベル様にお任せしますよ!」

 

「ほ、本当っ!?そしたら、一週間とか、二週間くらいお願いしたいんだけど、大丈夫?」

 

「い、一週間…」

 

「……やっぱりダメかな?」

 

「いえいえ、リリをそこまで雇って貰えるのに、嬉しくてビックリしただけですよ!」

 

「ほ、本当っ?やったぁー!」

 

嬉しそうに両手を上げるベルだったが、リリはそれどころではなかった。

 

……一週間もボロを出さないように気を付けなくては…。

 

リリは内心で絶望しながら、ベルと一緒にダンジョンに入っていった。

 

ーーーーーー

 

時刻は夕刻。

 

ダンジョンの探索から戻ってきたベル達は、広場の片隅で今日の収穫を確認していた。

 

「「30000ヴァリス……」」

 

やあぁーーーーっ!と歓声を出して喜んだ。

 

リリも昨日貰った額から考えれば、雀の涙だが、今までサポーターをしてきた中で、最高金額を出したことに喜んだ。

 

(……まぁ、でも…)

 

貰えないんだろうな…。そう思ってしまい、リリは顔を俯かせた。

 

「……リリ、どうしたの?」

 

「い、いえっ。ベル様がたくさん頑張ったのに、リリは全然だなぁ、と思っただけですよ!」

 

「そんなことないよっ!リリがいなきゃ、こんな稼げなかったよ!」

 

必死の形相で否定するベルに、リリは内心で悪態をついた。

 

(……どうせ、貴方も一緒でしょ…)

 

「……それでは、ベル様、分け前を貰ってもよろしいですか?」

 

「うん、はい!」

 

どばっっ、と20000ヴァリスをリリの方に渡した。

 

「……へ?」

 

「うん、リリの方が多いのは、王様の臣下になったお祝いも含めてるからだよ!」

 

「いやいや…」

 

「どうしたのリリ?」

 

今だ笑顔のベルに、リリは驚愕していた。

 

「……ひ、独り占めしようとか…。思わないんですか?まして、リリの方が多いなんて…」

 

「え、どうして?」

 

質問を質問で返され、リリは逆に言葉が詰まった。ましてや、本当に意味が分からないと、言う顔をしているベルに何も言えなかった。

 

「むっ?ベル達か?」

 

「あっ、王様!」

 

そうしていると、昨日いたギルもこちらに気づき、寄ってきた。

 

「王様はどうしてここに?」

 

「何、我も先程目を覚まし、小腹が空いたゆえ貴様と食べようと、我自ら出向いてやったのだ」

 

「そうなんですか?そしたらリリも一緒に食べようよ!」

 

「えっ…?」

 

「何を当たり前のことを問うている、ベルよ。我の臣下であるリリが、我と一緒に食事を共にするのは当然だろう?」

 

「ええっ?」

 

ナチュラルにリリも同席することに、リリは驚きの声を上げた。

 

「して、貴様ら何をしていた?」

 

「今日の収穫について、話してました」

 

「……!そうなんです王様!ベル様ったらリリにお祝いとか言って、リリより今日の報酬少ないんですよっ!」

 

リリはギルにそう言い、ギルはそれになにぃ、と怪訝そうな顔をした。

 

(……そうです。それが普通なんです!って、リリは何でこんなことを言ったのでしょう…)

 

何故こんなことを言ったのかリリにも分からなかった。が、ギルの反応にリリは内心で安堵していた。

 

ーーーそうこれが、当たり前なんです。リリみたいな、駄目な奴がこんな貰ってはいけない。

 

「ベルよ!祝いと言うのであれば、ちゃんと全てくれてやれ!我の臣下を祝うのであれば当然だ!!」

 

「えっ…?」

 

「ええっ?そしたら今日の食事代もなくなっちゃいますよっ!?」

 

「ふん、臣下の祝いだ。我が出してやるに決まっておろう!」

 

「本当ですか?」

 

うむ。というギルにベルは、それならと言って、持っていた小袋もリリに渡した。

 

「ベル様ッ!?これはいけません!受け取れません!!」

 

「何を断っている?」

 

「うん、そうだよ!リリのお祝いなんだから受け取ってよ!」

 

本気で不思議そうに首を傾げるギル。笑顔で今日の収穫を全て渡してくるベル。そんな二人を見て、リリは本気ですかッ!?と驚いた。

 

「そんな…。そしたらベル様の本日の収穫は0になってしまいます!?」

 

「別に良いよ!…それに昨日リリが言ってたじゃないか、信用を得られるなら、それぐらいお安いものだよ!」

 

「……ッ!?」

 

「フハハ。ベル、貴様言うようになったな!」

 

ベルの言い分に、笑い声を上げるギル。

 

ーーー違いますッ!リリはそう言う意味で、言ったんじゃないんです!

 

あれは贖罪の意味も込めて、…リリにはそんな気なかったんです!

 

(どうしてですか?どうしてお二人は笑っているのですかっ!?)

 

リリは俯いたまま、顔を上げることができなかった。

 

(……お祝いなんて、リリには受け取れないですよ…)

 

「じゃあ、行こうリリ!」

 

「べ、ベル様!」

 

「うむ。それでは向かうとするか!」

 

リリは否定しようとしたが、ギルはリリに向き直り、ベルはリリに手を差し出していた。

 

リリは顔を上げず、おずおずとその手をとった。

 

どうしても、二人の顔を直視できなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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思い

ベル達が外食に出掛けるのを見て、やけ酒するヘスティア。

翌日ヘスティアとベルはデートをすることになった。

そしてギルは、リリと街を歩いていた。



「ぬぁぁぁぁぁぁっ…!?」

 

「だ、大丈夫ですか、神様?」

 

ホームに二人でいたベルとヘスティアだったが、昨日の酒の飲みすぎのためか、ヘスティアはベットの上で、二日酔いに陥っていた。

 

「……ベル君、ダンジョンに行かなくていいのかい?」

 

「今の神様を放っておけませんから。…王様はリリを連れてどっか行っちゃいましたけど…」

 

「……王様君は…。ベル君の優しさが目に染みるぜっ!」

 

ギルの奔放さに、二日酔いとは違う頭痛がしたが、今に始まったことではないので、我慢することにした。

 

「神様、これ、食べられますか?」

 

「……ちょ、ちょっと辛いなぁ。ベル君食べさせてくれないかい?」

 

「あ、はい、わかりました」

 

リンゴをすりおろしたものを、ベルがヘスティアに食べさせ、ヘスティアはその光景に幸せそうな顔を浮かべた。

 

「う~ん。デリシャスッ!ベル君が剥いてくれたリンゴは、うまいなぁ~!」

 

「あ、ありがとうございます。…王様が神様の為に買ってきてくれたやつなので、王様にもお礼してあげてくださいね?」

 

「王よ!私が愚かだった!」

 

先程の悪態を思いだし、ヘスティアはベットの上で天を仰いだ。

 

「う…うぅー、頭がッ!」

 

「か、神様?」

 

二日酔いの状態で、そんな行動をしたためか、ぐらりと体が傾いてしまった。ベルはそれを自身の胸で受けとめた。

 

「か、神様っ?大丈夫ですか?」

 

「うわー、これは、ダメだー」

 

酷い棒読みをしながら、ヘスティアはベルの胸に更に顔を埋める。ベルも最初は困惑したが、調子に乗ってきゅうとすがり付く、ヘスティアの行動にいよいよ慌て出した。

 

ーーーーーー

 

「ふむ、あやつの堕神っぷりは今に始まったことではないが、相変わらずあやつはショボいな」

 

「……王様、自らの主神様をそのように言っては駄目ですよ。…リリも人のこと言えませんが…」

 

街中を歩いていた二人だったが、ギルは二日酔いで苦しむヘスティア思い出し、そう言った。それを、リリは駄目ですよと、諌めた。

 

だが、リリも小声で自身の主神を思いだし、顔を俯かせた。

 

「……あやつが我の主神だと?リリよ、冗談も大概にせよ」

 

「はぁ…。申し訳ないです王様…」

 

ギルの物言いに、リリはため息を吐きながら、頭を下げた。

 

……この人は、神様相手でもこの態度なんですね…。

 

「王様、そう言えばお聞きしたかったのですが、ベル様と王様のLvはおいくつなんですか?」

 

「ん?Lvとな?…ベルの奴は今だ成長していなかったはずだ」

 

「そうですか…。王様はどうなんですか?」

 

世間話程度に聞いたことだったが、リリは興味があった。

 

あの裏路地で、感じたプレッシャーは相当なものだった。…それこそ、第一級冒険者と呼ばれる者達と、同等なほど。

 

「知らん。我にはそんなもの等ない」

 

「えっ?」

 

「何を呆けている?我は王だぞ、至極当然のこと」

 

「いやいや…っ?そしたら恩恵も貰わずにダンジョンに入っているのですかッ!?」

 

「そうだが?…先程からコロコロ表情を変えおって、愉快なやつよの」

 

フハハと、笑いだすにギルに、リリは驚愕していた。

 

「恩恵も貰わずにダンジョンに入るなんて死にたいんですかッ!?」

 

「我が、あの程度の穴蔵で死ぬと申すか!?いくらリリと言えど、その冗談は無礼であろう!!」

 

リリの発言に、ギルは顔を怒りで歪め、リリはその様子を見て、必死に否定した。

 

ーーーまた、あのプレッシャーは浴びたくないっ!

 

「ち、違いますッ!?リリは王様のことを思って…そうですよね!王様が死ぬはずないですよね!!」

 

「わかればよい…。王の寛容な器をもってして、今の愚行は見逃してやる」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

何故この人と話すと、疲れるのだろうか…。リリは内心で、何処かのエルフと同じことを思った。

 

「はぁ……。本当にもう死にたいです…」

 

「むっ?何か言ったか?」

 

「い、いえ。リリは生まれ変わって、もうちょっとマシなリリに成れば、王様に仕えるに相応しくなれるかなぁ~、と思っただけですよ…」

 

「ふん。たわけたことを申すな、我が見いだしたのは、今の貴様だ。…死して変わろうなど、軟弱にも程があるぞ」

 

「……や、嫌だなぁ王様は、今のリリにそんな価値ないじゃないですか」

 

はんと、鼻で笑いギルはリリに向き直った。リリは自身を見つめる目と目線が重なった。

 

「貴様の価値を貴様が決めるでない!その価値を決めるのは王である我だ!」

 

「……王様…」

 

そう言ってくるギルに、思わず涙が出そうになったが、リリはそれを隠すように、顔を俯かせた。

 

「我の臣下になれるなど、凡百雑種にはあり得ぬ栄光。リリよ、誇るがよい!」

 

ーーー何故この人は、いちいち物言いが偉そうなのか…。でも、どうしてだろう…こんなに嬉しいのは…

 

「……ありがとうございます…」

 

「うむ。やっとわかったか、ではリリよついてこい!」

 

そう言って、ずんずん進んでいくギルの後を、リリはついていった。

 

ただ、その背中は本来よりも、大きく見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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潮時

魔法が発現したベル。

ギルの発言に心揺れるリリ。

そして、事件が起きる。


「ほいほい、お待たせ」

 

「……結果は?」

 

「……残念ながら、これじゃあそんなに高くないぞ、せいぜい一万ヴァリスくらいだ」

 

「……そうですか…」

 

ノームの店主に言われ、分かっていた結果を告げられた。

 

「お前さんにしては珍しいな、こんな物を持ってくるなんて、…ここ最近は来ていなかったし」

 

「……特に理由なんてありませんよ。これもダンジョンで拾ったものですし」

 

男のパルゥム(・・・・・・)は、特に気にする風でもなく答えた。

 

この武器も、ダンジョン内でたまたま拾ったもので、とある冒険者(・・・・・・)が『よければ、これも報酬で上げるよ』と渡してきたのだ。…いつもの報酬とは別に。

 

「……そうか。そう言えばここ最近は、冒険者の間で噂になっとる、手癖の悪いパルゥムは聞かなくなったのう」

 

「……何が言いたいんですか?」

 

「いや、別にお前さんを疑っとる訳じゃないじゃよ?そのパルゥムは女で、しかも複数犯らしいからの」

 

ただのぅ、とノームの店主は言葉を続けた。

 

「何があったか分からんが、足を洗ったとジジイは思っただけじゃよ」

 

「……私には分からないですね…」

 

その会話を最後に、男のパルゥムは、顔を俯かせたまま店をあとにした。

 

ーーーーーー

 

「……昨日も逃げ出しちゃった…」

 

「何をしているベル?」

 

「……どうしたんだいベル君?」

 

目が覚めると、ベルはソファーで毛布をかぶり、クッションに顔を埋めていた。

 

ギルが昨日ホームに戻ると、喜びの歓声を上げるベルと、珍しく考え込むヘスティアがいた。

 

事情を聞くと、どうやらベルに魔法が発現し、それに喜び。ヘスティアは逆に、例のスキルが魔法にも影響したのかと疑問に思っていた。

 

ベルも興奮気味だったが、夜も遅いと言う理由から、お披露目は翌日にすることにしたのだが…

 

「うぐぅ~……っ!」

 

……朝からこんな体勢で、呻いている。

 

「はぁ。何があったか知らないけど、君もほんとに多感なぁ…」

 

「まったくだ。ベルよ、いつまでもそんなことをしているな!」

 

ギルの言葉に、ベルはのろのろと起き上がってきた。…どういう訳か、ベルの顔は真っ赤になっていたが。

 

「そうだ。ベル君、昨日のあの本を見せてくれよ。今日は昼まで暇なんだ」

 

「あ、はい。いいですよ」

 

そう言って、ベルは図鑑のような分厚い本をヘスティアに渡した。

 

「ふぅん、見れば見るほど変わった本だ、な…ぁ?」

 

「……なんだこれは、白紙ではないか?」

 

表紙をじろじろと見て、何ページか無造作に目を通していた神様は、不意に動きを止めた。

 

気になったのか、後ろで見ていた王様は本が白紙なのを見て、そう言った。

 

……白紙?昨日は色々書いてあったような…?

 

「……これは、魔導書(グリモア)じゃないか」

 

「ぐ、ぐりもあっ?」

 

「何なのだ、それは?」

 

耳にしたことのない単語を聞き返し、僕は嫌な予感がし、嫌な汗が出た。

 

「簡単に言っちゃうと、魔法の強制発現書…」

 

瞬間、先程まで真っ赤になっていた顔が、今度は真っ青になっていた。

 

「グリモアとは、ずいぶんと面白いものがあるな…。しかし、白紙なのはどうしてなのだ、読むには適性でもあるのか?」

 

「一回読んだら効能は消失するんだ…。ちなみにベル君、このグリモアはどうしてここにあるんだい?」

 

「知り合いの人に借りました…。誰かの落とし物らしい、デス…」

 

ヘスティアの、効能が消失したと聞いて、ますますベルは青くなった。

 

「ネ、ネダンハ…」

 

「『ヘファイトス・ファミリア』の一級品装備と同等、あるいはそれ以上…」

 

オワッタ。

 

重苦しい沈黙がホームに落ちる。

 

「いいかいベル君?君は本の持ち主に偶然会った。そして本を読む前にその持ち主に直接返した。だから本は手元にない、間違っても使用済みのグリモアなんて最初からなかった…そういうことにするんだ」

 

「黒いですよ神様!?」

 

「まったくだ、たわけ。この件は我に頭を下げれば、良いものだ」

 

えっ?と、僕と神様は王様を見た。

 

……これって王様のだったんですか…?はぁ…、良かった

 

「……王様君、この本君のだったのかい?」

 

「ああ。この世の財は全て我の物だ」

 

「「えっ?」」

 

……ちょっと雲行きが怪しいぞ…。

 

僕と神様は、互いに顔を見合い王様に再度聞いた。

 

「……王様、これって王様がシルさんのお店に忘れたものじゃないんですか?」

 

「ベルよ、我が物をどこぞに忘れるとでも思うか?」

 

「……つまり、これは王様君が忘れたものじゃないけど、王様君の物ってことかい?」

 

「まぁ、そういうことになるな」

 

「「……」」

 

神様も怪訝な目で見ていたが、僕はそれを聞くと、白紙になったグリモアを持って、脱兎の如くホームを飛び出た。

 

……王様のじゃないじゃん!?

 

内心でそう悪態をつきながら。

 

ーーーーーー

 

「まったく、あやつは…」

 

「そ、そうですね…」

 

あのあと、ベルがホームを飛び出し、何処に行ったか分からなくなったため、ギルは先に集合場所の中央広場に来て、リリと会った。

 

そこでリリに、先程のことを話リリはそれに、苦笑いで返した。

 

「ちょっとよろしいですか、そこの旦那?」

 

「……何用だ、雑種」

 

「……ッ!」

 

そうしていると、後ろから三人の男が現れ、その一人が声をかけてきた。その三人を見たリリは、驚愕していた。

 

「へっ、そう睨まないでくだせぇ、用があるのはそこのやつだけなので」

 

隣で震えているリリを指差して、そう言った。

 

「失せーーー」

 

「王様!申し訳無いのですが、暫くお待ちしてもらってもかまいませんか?リリはこの人たちに用があるので!」

 

失せろ、とギルが言う前にそれを遮って、リリは笑顔でギルにそう言い、先の男達と木陰の方に消えていった。

 

少しの時間待っていると、ベルがいつぞやの路地裏で出くわした、黒髪のヒューマンと話してるのを見かけた。

 

ギルは離れた位置で話を聞いていたが、終わった瞬間ベルに近寄って行った。

 

「ベルよ」

 

「あっ、王様!」

 

「今日はリリと二人でダンジョンに行くがよい、我は所用を思い出した」

 

「えっ?」

 

キョトンと、首を傾げたベルだったが、こちらが何か言う前に去ってしまった。

 

「……ベル様?」

 

すぐ後ろにいたリリが呆然と僕のことを見上げていた。

 

「リ、リリっ?いつからそこに?」

 

「ちょうど今ですけど…あの冒険者様と、何をお話していらっしゃったんですか?」

 

「えーと…いやぁ、ちょっといちゃもんをつけられちゃって…」

 

「そうですか…。王様は何処にいってしまいましたか?」

 

「あっ、王様?王様はさっき用事があるとかなんとかで…」

 

それを聞いた、リリは驚きの表情を浮かべ、俯いてしまった。

 

「……やっぱりリリを…」

 

「リリ?」

 

俯き小声で話していたため、僕は聞こえなかった。

 

「さぁ、行きましょうベル様。今日は王様もいないので、ベル様のご活躍を期待していますよ?」

 

僕の脇を抜け、リリはバベルに向かって行き、僕もそれ以上何も言わず、黙ってリリの後をついていった。

 

「……もう、潮時かぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 



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王の裁定

あれから、一人『ソーマ・ファミリア』に向かうギル。

ギルドに行き、エイナに場所を聞く。

ギルのとった行動は。


「エイナとやら、『ソーマ・ファミリア』は何処にある?」

 

「はぁ…?いきなり来て、何を言ってるんですか?」

 

あのあと、二人と別れたギルは、『ソーマ・ファミリア』の場所を聞くためにギルドに訪れ、エイナに会っていた。

 

「貴方ねぇ、他のファミリアにいったい何の用があるのよ?」

 

「貴様には関係のないこと。とっとと案内するがよい」

 

「あ・な・た・は・ね・ぇーー!!」

 

ギルの態度に、怒り心頭のエイナだったが、ベルが最近『ソーマ・ファミリア』のサポーターを雇ったことを思い出した。

 

「……もしかして、あのサポーターのこと?」

 

「むっ?貴様知っておったのか。…まぁいい、そう言う訳だ、さぁ案内するがよい」

 

こ、この人は…!と悪態をついたエイナだったが、無関係ではないことを悟り、ギルを案内することにした。

 

「で、いったいファミリアに行って、何をする気?」

 

「ふん。雑種の集団の一つや二つ、無くなっても問題あるまい」

 

「何言ってるのっ!?」

 

ギルの物騒な物言いに、エイナは即ツッコミ、問題を起こさないことを条件に案内すると言った。ギルはそれに、ベルが世話になってることもあり、渋々同意した。

 

ーーーーーー

 

『ソーマ・ファミリア』ホーム前。

 

ギルとエイナはそこに立っていた。

 

「……王足る我が出向いたのだ、入っても問題あるまい」

 

「……駄目に決まってるでしょっ!!すいませーん、ギルドの者ですが、少しお話よろしいですかー?」

 

ずかずかと、他のファミリアのホームに入ろうとするギルを止め、エイナは門の前でファミリアの人を呼んだ。

 

「……ギルドの人が何の用かな?」

 

「あっ、すいません。私じゃなくてこの人が用があるみたいで…」

 

門の中から一人のヒューマンの男性が笑顔で出てきた。エイナは隣に立っている、ギルを指差しそう言った。

 

ザニス・ルストラ。『ソーマ・ファミリア』の団長である。ギルドの者と聞き、何事かと出てきたのだ。

 

「君かい、用があるのは?」

 

「ふん、雑種が…。本来ならこのような下種の集まり、潰すに限るが。…こやつとの約束で、此度は手出ししないでやろう」

 

この物言いに、隣で見ていたエイナは、「な、何言ってるのっ!?」と慌て、ザニスも笑顔は崩していないがその頬はヒクヒク動いていた。

 

「まぁよい。用件と言う程でもない、リリルカ・アーデは我が貰っていくぞ」

 

「はぁ…?」

 

ギルが告げた用件に、ザニスは素で驚いた。

 

……あんな役立たずが欲しいだと?

 

ザニスは内心で嘲笑した。

 

(まぁいい、こいつの態度にはムカついてるし、適当に吹っ掛けておくか…)

 

「リリルカ・アーデが欲しいだって?それならそれ相応の金が必要になるよ!」

 

「……ほう」

 

「そうだなぁ…。1,000万ヴァリスくらいなら譲ってやってもいいよ!」

 

「い、1,000万ですって…!そんなのあり得る訳ないじゃない!」

 

「……よかろう」

 

ザニスの提示した額に驚愕したエイナだったが、ギルは手で制止、上着から小袋を5つ取りだし、ザニスに放った。

 

「「えっ?」」

 

「これで問題はないな、…いつまでも下種を見ていると我の目が腐る、行くぞエイナ」

 

ザニスとエイナは二人揃って驚きの声をあげた。ザニスは受け取った小袋を見て驚愕し、エイナは急に歩き出したギルに、慌てついていった。

 

「ちょ、ちょっとっ!?本当にあんな大金渡したの!?」

 

「……口うるさいやつだ、貴様が穏便に済ませと言ったのであろう」

 

「……で、でも…」

 

まさか、あんな大金を渡すとは思わなかったから…。後ろをチラッと振り返ると、小袋の中身を見て、喜びの表情を浮かべるザニスが目に入った。

 

……あんな人に渡さなくても…

 

ザニスの、人を売り物のように言った言動に腹を立てていた。

 

「下種の事など考えるだけ無駄だ」

 

「あ、貴方もいいのっ?あんな大金渡しちゃって、たかがサポーター(・・・・・・・・)に…」

 

「口を慎めエイナよ!!我の臣下に対して無礼であろう!!」

 

ビクッと、ギルの剣幕にエイナは震えた。

 

たかが1,000万ヴァリス(・・・・・・・・・・・・)、我の臣下の価値に比べれば端金だ!」

 

その言葉に、エイナは目から鱗が落ちたようだった。

 

……なんだ、いつも言動がアレだったからわからなかったけど、優しいんだ…。

 

エイナはそれで先程の件を流し、機嫌が良くなった。

 

「ふふーん」

 

「……気持ちの悪い奴だ、なんだその目は…」

 

「人がせっかく…。貴方はっ!」

 

ーーーだが、ギルは知らなかった、リリは既にホームをあまり利用していなかったことに…。

 

そのせいで、リリにこの話が伝わらなかったことに…。

 

それが分かったのは、とある戦争遊戯(・・・・・・・)の時だった。

 

ーーーーーー

 

「ベル君。そのサポーター君は、本当に信用に足る人物かい?」

 

「え…」

 

ダンジョンから帰った後、王様のいないときに、僕は思いきって神様にリリのことを話した。危険がなくなるまでリリを僕達のホームに匿えないかどうか、そう思って。

 

だが、話を黙って聞いていた神様は、ゆっくりと僕に問い返した。思わずテーブルを乗り出そうとしたが、神様の静謐な瞳に、何も言えなかった。

 

「君の話を聞く限り、そのサポーター君はどうもきな臭いように思える。…多分王様君も薄々気付いている」

 

唐突な出会い、彼女を付け狙う冒険者の存在。

 

「で、でも王様はリリのことを気に入って…!」

 

「それが君を守るためだとしたら?」

 

……ッ!そんな、じゃあ王様は…

 

「ごめんね、客観的な口振りでこんなことを言って。あの娘を見てきた君達が正しいのかもしれない。…でも僕は、あえて嫌なやつになるよ」

 

君達の方が大事だから、と言葉を続けて。

 

「君の言う冒険者の男に疑われる何かを…彼女は隠し持っているんじゃないかい?」

 

……それはもしかしたら、僕が考えないようにしてきたことなのかもしれない。

 

神様に真っ直ぐ見つめられる僕は、しばし動きを止め、それまでのリリとのことを、全部思い返していった。

 

「神様、僕は…」

 

「……何の話をしている、貴様ら…」

 

そこで、王様が帰ってきてしまい、僕は言葉を続けることができなかった。でも、

 

ーーー僕の覚悟を決めた目を見て、神様は優しく微笑んでいた。

 

「さぁ、この話はおしまいだよベル君。シャワーでも浴びてきたまえ!」

 

「は、はい」

 

王様が帰ってきたことによって、それまでの空気を一変させ、神様はそう提案してきた。僕もそれに同意して、シャワーを浴びに向かった。

 

ーーーーーー

 

「ヘスティアよ、何を話していた?」

 

「……サポーター君のことだよ…」

 

「ああ。それはもうすんだことだ、気にするでない」

 

ベルのいなくなった、小さな部屋でギルは問そう言い、ヘスティアは首を傾げたが、でも、と言葉を続けた。

 

「君は、全部分かってるんだろう(・・・・・・・・・・・)?」

 

「はて、何のことやら?」

 

ギルはニヤニヤしながら、茶化すようにそう返した。ヘスティアはそれに取り合わず、真面目な顔で再度聞いた。

 

「君は本当に、サポーター君を信じるのかい?」

 

「……」

 

ヘスティアの真面目な雰囲気に、ギルもニヤニヤするのをやめ、その目を見返した。

 

「サポーターなんぞを、我が信用するとでも思うか?」

 

「ならーーー」

 

どうしてだい?と問い返す前に、ギルはだがと、言葉を続けた。

 

「信用出来ぬものを、我が臣下にするとでも思うか?」

 

「……ふふ。そっか、なら後は任せるよ!」

 

ヘスティアは笑顔でそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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王と下僕と臣下と

リリ編最終話


ーーー10階層

 

僕とリリは、今日初めてこの階層に足を踏み入れた。

 

何でも、リリが近日中に大金が欲しいとのことで、10階層まで降りてきていた。

 

装備しているプロテクターの中に、リリから貰った両刀短剣(バゼラード)を入れ、『神様のナイフ』をレッグホルスターに入れて。

 

「霧…」

 

足を踏み入れ、数歩。僕達の前には白い靄がダンジョン内で立ちこめていた。…視界がまったく見えなくなる訳じゃないけど、これは…。

 

「リリ、離れないでね」

 

「……はい」

 

ダンジョンに入ってからリリの様子がどうにもおかしい。僕に返事を返しているが、どうにも暗いように思える。

 

『ブグッゥゥゥ…』

 

そうこうしていると、前方から、低い呻き声とともに大型級のモンスター『オーク』が姿を現した。

 

「やっぱり、大きいよね…」

 

「逃げては行けませんよ、ベル様?」

 

僕は大きく息を吸い込んで、意を決した。

 

オークは、その瞳で僕とリリを射抜く。そして、ダンジョンから一本の木を引き抜いた。

 

ーーー『迷宮の武器庫(ランドフォーム)

 

 

「タイミング、悪いよ…」

 

ダンジョンの厄介な特性の一つだ。武装したオークに悪態をつき、振りかぶった瞬間を狙い、オークの横っ腹にリリから貰ったバゼラードで斬撃を見舞わせた。

 

バランスを崩し、倒れかけたオークの頭にその刃を突き刺した。

 

「ベル様、もう一匹来ました!」

 

「!」

 

絶命したモンスターから顔をそらし、リリの言葉に振り返った。僕達の通路の逆方面から現れたオークを視認する。

 

僕はそいつに自身の右腕をつき出した。

 

「『ファイアボルト』!」

 

『プゲェァァァ!?』

 

炎の矛はオークの胸部に命中する。

 

先日発動したばかりのためか、今の僕の魔法じゃあオークは一撃で倒れなかった。

 

でもーーー

 

「ファイアボルトッ!!」

 

立て続けに放った、魔法でオークは灰色の塵となって消えていった。

 

(勝てた…)

 

内心で、自身のトラウマとなっていた、『ミノタウロス』と同じ、大型級のモンスターに勝てたことに、僕は嬉しさを噛みしめた。

 

「リリ。やったよ…」

 

喜色を浮かべながら振り返ったが、リリの姿が消えていた。

 

「リリッ!?」

 

僕は悲鳴に近い声を上げ、急いで周辺を見渡した。

 

「……っ?」

 

その場から駆け出し、リリの探索をしていた時に、突然の異臭を嗅ぎとった。

 

「これって…。モンスターを誘き寄せるための?」

 

以前、道具屋で売られていた、モンスターを誘き寄せるトラップアイテムがそこには落ちていた。

 

そして、強い地響きが耳に入った。

 

「……嘘でしょ?」

 

ーーー四体。

 

前方からやってくるオークの群れに、僕は呆然と呟いた。

 

「いっ!?」

 

突然飛来した金属矢に、ナイフがしまってあるホルスターが宙に舞った。

 

僕が目を見開く中、オーク達は一斉に襲いかかってきた。

 

『オオオオオオオッ!!』

 

「っ!?」

 

オーク達の攻撃をかわすなかで、リリがとことこと歩いてるを見つけた。

 

「リリッ!?」

 

「ごめんなさい、そしてさようならです、ベル様。もう会うことはないでしょう」

 

『神様のナイフ』を拾って、リリは僕にいつもの笑顔でそう言ってきた。

 

ーーーそして、白い霧の奥に消えていった。

 

ーーーーーー

 

「……これで、あの二人とはお別れですね…」

 

あの少年とダンジョンに入っていると、純粋にサポーターとして扱ってくれて、嬉しかった。

 

あの青年は、言葉使いはアレだけど、リリなんかにも優しくしてくれた。

 

なにより、あの二人との居心地は…

 

「……」

 

俯きながら思考していたが、そこまで至って、はっと頭をぶんぶんと振る。

 

何を今更、と罪悪感を蹴りつける。

 

ベルも内心ではリリのことを馬鹿にしているに違いない。

 

王様もいつリリを、ギルドに突きだそうかと考えていたに違いない。

 

リリは無理矢理に眉を吊り上げた。

 

(冒険者なんて、冒険者なんてっ…!)

 

「嬉しいねぇ、大当たりじゃねぇか」

 

「えっ?」

 

瞬間、腹部に痛みが走った。

 

ーーーーーー

 

「そろそろあのガキを捨てる頃だと思ってたぜぇ?こうして網を張ってりゃあ、絶対会えるってもなぁ!」

 

「あ、み…?」

 

協力者と一緒にな。笑いながらリリを見下ろす、この間のヒューマンの男に、顔を青くした。

 

「まぁんなことはどうでもいい。ぶっ殺す前に、落とし前つけてもらうぜ…!」

 

嗜虐的な目をした男がリリに手を伸ばし、ローブをはぎ取って装備品を取り上げる。

 

「魔石に、金時計にぃ…おいおい、魔剣なんか持ってんのか?ひゃっはははっ!これも盗んだってわけか!」

 

高価な魔剣の存在に男は上機嫌に笑った。

 

「いいぜ、許してやるよ糞パルゥム。俺もこんなもん貰っちゃあ、器のでかいところを見せねぇとな…おらぁっ!」

 

「あぐっ!?」

 

二度に渡り蹴られたお腹に、リリは悶絶した。

 

上手く息も吸えない中で、リリの焦燥は一気に膨れ上がった。

 

「派手にやってんなぁ、ゲトの旦那ァ」

 

唐突に、第三者の声が聞こえた。

 

「……っ!?」

 

「おー、早かったな」

 

声の方向を見やると、先日リリを脅迫して、金を巻き上げようとした、これまで何度も金品を巻き上げてきた、『ソーマ・ファミリア(・・・・・・・・・・)』の冒険者がいた。

 

「聞けよ、カヌゥ。こいつ魔剣なんか持ってやがってよ、お前らの予想通り、たらふく金を溜め込んでるみたいだぜ」

 

「……そうですかい」

 

カヌゥと呼ばれた中年の獣人は目を細めた。

 

「ゲトの旦那。一つ提案があるんですがね…」

 

「なんだ、魔剣(これ)を寄越せってか?おいおいこれくらいの役得は…」

 

「いえ、ね。魔剣(それ)だけじゃなくて、奪ったもん全部でさぁ」

 

は?と笑みを浮かべ固まったゲトが問い返す前に、上半身だけのキラーアント(・・・・・・)を放った。

 

いつの間にか合流した、カヌゥと行動を共にしていた、二人の冒険者も現れ、同じようにそれを放った。

 

その行動に、後ろで見ていたリリも一瞬で顔色を蒼白にさせた。

 

「しょ、正気かってめぇらぁあああっ!?」

 

ゲトの絶叫に、しかしカヌゥ達はぴくりとも動じない。

 

「俺達とやり合ってる間にそいつらの餌食なんて嫌でしょう、旦那ァ?」

 

「ひっ!?」

 

既に後ろからは5匹ものキラーアントが姿を見せていた。

 

「くそったれがぁっ!?」

 

そう悪態をつき、リリから奪った荷物を投げ、一目散にその場を離れていった。

 

去っていく背中を見たあと、カヌゥはリリに近寄った。

 

「来てやったぜ、お前を助けるためにな?なんせファミリアの仲間だからなぁ」

 

抜け抜けと口にする男に、リリは唇を噛みながら手を握りしめた。

 

「……俺の言いたいこと、わかるよな?」

 

「……」

 

「おい、早くしろ!本当にやべえ!」

 

「分かってる!…お前、昨日は金はないって言って出さなかったよな?もうネタは上がってるだ、誤魔化そうってんなら…」

 

「わかりました!わかりましたからっ!?」

 

カヌゥの形相に、リリは慌てて顔を縦に振った。

 

出し惜しみしている暇はないと、隠していた小さな鍵の首飾りを差し出し、金庫の在りかも話した。

 

受け取ったカヌゥは、薄ら笑いを浮かべながら、リリの軽い体を持ち上げた。

 

「カ、カヌゥさん…?何をっ…!」

 

「ちょっとヤバイんでなぁ。囮になってくれや」

 

「!?」

 

驚愕した眼差しでカヌゥ、他の男達も見るが、彼等もまた下卑た笑みを浮かべていた。

 

「金がねぇならお前はもういらねぇよ。最後に俺達を支援してくれよ、サポーター(・・・・・)?」

 

投げられた。

 

「……は、はははっ」

 

ダンジョンの天井を見ながら、壊れたように笑った。もしこの仕打ちが因果応報と言うなら、あまりにもあんまりだと、リリは思う。

 

(……ああ、でも)

 

これがあの二人を見限った罰なら、気は楽になる。

 

『ギィアァ…!』

 

数えきれないキラーアントが、波となって蠢きながら詰め寄ってくる、逃げ道など既にない。

 

「……寂しかったなぁ」

 

ぽろりと、最後の最後にこぼれた言葉に、リリは自身でも驚いた。

 

「そうですか、リリは…」

 

誰かと一緒にいたかったのだ。

 

『シャアアアッ!』

 

キラーアントが爪を振りかぶる。ダンジョンの天井から降る燐光を浴びて、ギラリと輝いた。

 

(ああ、リリはやっと…)

 

リリを必要としてくれる、あの二人が最後に思い浮かんだ。

 

(やっと…死んでしまうんですか?)

 

ゆっくりと目を瞑り、やってくる死を覚悟した。

 

そして、

 

「……我の臣下を食らおう等…。頭が高いぞ、雑種」

 

凛とした王の声と…

 

ーーー無数の剣撃(・・・・・)がルームに轟いた。

 

「……え?」

 

ーーーーーー

 

「……王、さま?」

 

「そうだが。仕える王の顔を忘れたとでも申すか?」

 

それならば許さんと、ギルはムッとした。

 

その様子を見て、ああ王様だと、リリは納得した。

 

そして、あれだけいたキラーアントは動かなくなっており、無数の剣も粒子になって消え、ルームにはリリと王様ーーー

 

「リリィィィィッ!!って王様っ!?」

 

と叫びながらベルも飛び込んできた。

 

ベルも王様がいることに疑問に思ったが、リリの安否を確認すると、直ぐに安堵した。

 

「何をしておったベル。我が出向かなければ、危うかったぞ…」

 

「……すいません王様。モンスターに集られちゃいまして…。でも、他の冒険者がやって来て、どんどんモンスターがいなくなったので」

 

リリを追って来たんですけど、遅くなっちゃいました。と苦笑いしながら語るベル。

 

「……して」

 

「え?」

 

「……?」

 

そんな二人を見て、リリの中で何かの線が切れた。

 

「どうしてですか?」

 

気付けば、リリの口は勝手に動いていた。

 

「何でリリを助けたんですか?どうしてお二人はリリなんかをーーー」

 

「何度も言わすな、たわけ。貴様は我の臣下、王足る我が救うのは当然のこと」

 

「……僕は王様みたく、上手い理由なんてないよ。リリを助けることに、理由なんて…」

 

リリの言葉を遮って言った言葉に、涙腺が決壊した。

 

「うえっ、うええええええっ…!」

 

「……我の行動に感謝して涙流すとは、見上げた忠義心よ…」

 

「ええっ!?王様も感心しないで下さいよ、リリもそんな泣かないで!?」

 

ベルの心配そうな声が聞こえたが、泣き止むことはできなかった。

 

「ごめっ、ごめんっ…ごめん、なさいっ…!」

 

「気にするでない…」

 

「大丈夫だよ…」

 

いつまでもどこまでも涙声は響き続けた。

 

ーーーーーー

 

「……ベル様、本当に申し訳ございませんっ!」

 

「いいよ、そんな気にしてないから、頭を上げて?」

 

あの後リリが泣き止んだため、ホームに戻るためダンジョンから帰っていた。

 

その帰り道、リリは今までのことをベルに話、ベルはそれを、対して気にしてもいなかったように言った。

 

「本当に申し訳ないです…。リリはいつかこのご恩をお返ししますから…」

 

「大丈夫だよ…」

 

「リリよ」

 

唐突に前を歩いてたギルが、二人の会話に入ってきた。

 

「は、はい。王様何でしょうか?」

 

落とし物(・・・・)だ、きちんとしておけ」

 

ギルが渡したものを見てリリは驚愕した。ベルは何が何やらわからないような顔をしていた。

 

「こ、これは…」

 

雑種が落としたが(・・・・・・・)、それは貴様のであろう?」

 

先程カヌゥ達に盗られた物が、今ギルの手から渡された。

 

「う、嘘っ!?」

 

「我は虚言は吐かん。無礼にも我に挑んできおったのでな、雑種に王の威光を示してやったに過ぎん」

 

ーーーリリを助ける前なら、そんなに時間はなかったのに…

 

リリは、ギルにずっと抱いていた疑問を聞いてみた。

 

「……王様ってもしかして、お強いのですか?」

 

「ふん。今更何を聞いている!我は英雄の中の英雄王ギルガメッシュなるぞ!!」

 

それだけ言うと、また前を向いて歩いていった。

 

「……ふふ、リリは偉大な王様にお仕えしてたのですね。王様、リリは一層王様のために頑張りますよ!」

 

「良い心がけだ。夢忘れるでないぞ」

 

 

 

 

 

 



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王の試練
先生


リリの今後について話すベルとヘスティア。

ギルは一人、何かに気づき街に消えていってしまった。




「……王様は行っちゃいましたけど、リリの今後について話して大丈夫ですか、神様?」

 

「王様君は、本当にフリーダムだねぇ…」

 

「あはは…」

 

とあるカフェテラスで、ギルを除く三人で、リリの今後について話をしていた。

 

しかしギルは、話す前に何かに気づいたのか、一人街に消えていってしまった。

 

ヘスティアはギルのいつもの態度に呆れ、リリは神様の言うことを聞かないギルに乾いた笑い声をだした。

 

「……君の事情は概ね理解した。王様君とベル君に、恩義を返すって君の言葉が真実ならね…」

 

「か、神様っ!?」

 

「あり得ません。リリはお二人に多大な恩を受けました。その恩に報いるためなら、リリは命も捧げましょう」

 

ヘスティアの辛辣な言葉に、ベルは驚いたが、リリはまっすぐ目を見て、そう返した。

 

「……うん、わかった。君を信じるよ」

 

「よ、良かった…」

 

「……でも、リリはまだ正式(・・)にファミリアを脱退していません。本当によろしいんですか…」

 

リリは顔を俯かせたまま、言葉を紡いだ。

 

「『ソーマ・ファミリア』を脱退するには、恐らく大量のお金が必要になります。…王様が取り返して貰った分もございますが、足りないとリリは思います」

 

「金か…」

 

「あの、ファミリアから抜けるって、そんなにお金かかるんですか?」

 

「その主神次第だね。申し出を取り合わない(ヤツ)もいるさ」

 

リリはあの後、ファミリアにて自身の足跡を書き換え、一応行方不明(・・・・)となっている。……その際リリは隠蔽工作を行うため、他のファミリアの者とは会っていない。

 

ーーーだからギルが既にお金を払っていたことに気づかなかった。

 

「でもお金が貯まったら、リリは自由になれるんでしょ?」

 

「……そうですが…」

 

「だったら僕が、今以上に稼ぐよ…だから」

 

「そんな、ベル様にそんなご無理をーーー」

 

「リリも一緒に頑張ろうよ!」

 

させられない。そう言おうとしたが、ベルが言った言葉を理解し、リリは驚いた。

 

「……はい。リリは精一杯頑張ります!ベル様、よろしくお願いします!」

 

「うん!」

 

「流石、僕のベル君だぜっ!」

 

二人のやりとりを、ニコニコしながら見ていたヘスティアはベルの腕に自身の腕を組み言った。

 

途端、ベルは顔を真っ赤にさせ、リリは一瞬だけきょとんとしたが、直ぐにはっとして。

 

ーーーぱしっ!とベルの反対側の腕に抱きついた。

 

「なっ!?」

 

「リ、リリッ!?」

 

「違いますっ!ベル様は神様のではありません!」

 

突然、両腕に抱きつかれたベルはパニックの極みに陥った。

 

ヘスティアはリリの行動に驚きの声をあげた。

 

「何をしているんだっ!?君は王様君が好きなんだろう!?」

 

「リリは王様にお仕えしているんです!好きなお方は……」

 

チラッと、横目でベルを見やるリリ。その視線に気づいたヘスティアは、憤慨した。

 

「うがーっ!?ベル君から離れろーっ!!」

 

「神様こそ離れて下さいっ!!」

 

間で挟み撃ちにされたベルは、パニックの中事が終わるのを願った。

 

ーーーーーー

 

「いい加減覚悟を決めるがよい、雑種」

 

「……」

 

日が当たらない、路地裏にてギルは虚空に喋りかけた。

 

先程、カフェテラスで集まった時に視線を感じ、その気配を追いかけ、この路地裏まで追い詰めた。

 

そして、路地裏の奥からスッと、金色の髪を揺らしながら一人出てきた。

 

「……あの時の雑種か…。見逃すのはあの時が最後だと言ったはずだ、先の不躾な視線、その身で払うがよい」

 

「待って」

 

右手を上げ、あの時のように槍を出現させた瞬間、現れた金髪の髪の者ーーーアイズは、ベルがこの前落としたプロテクター(・・・・・・・・・・・・・)を出した。

 

それに見覚えがあったギルは、一先ず射出するのを止めた。

 

「むっ。それはベルのではないか、何故に貴様が持っている?」

 

「……この間、ダンジョンで会ったとき、落としてたから…」

 

拾った、アイズはそう言ってギルの方に近付き、それを渡した。

 

「……あやつめ、またこやつに借りを作るとは…。ちっ」

 

受け取ったプロテクターを観察した後、軽く舌打ちをし、槍を消した。

 

「ふん。盗み見していた不敬は許してやろう、雑種」

 

「待って、まだ用が、あるの」

 

「相も変わらず、煩わしい雑種だ。さっさと述べよ!」

 

もう用はないと、反転して戻ろうとした矢先呼び止められ、ギルは不快感を隠そうとせず言った。

 

「……この間の、お礼を言いたくて…」

 

「雑種のことなど、いちいち覚えておらん!礼などいらん!」

 

アイズは、怪物祭にて助けてくれたお礼をしようとしたが、ギルはそれを切り捨て、戻ろうと歩き出した。それを見て、しょぼんとしたアイズだったが。

 

ギルは、数歩歩いた所で止まり、何かを思い付いたのか、アイズに向き直った。

 

「……雑種、礼がしたいと申すなら、我に考えがある」

 

「……?」

 

「何簡単だ、ベルに闘い方を教授してやれ」

 

アイズは、その内容に首を縦に振った。

 

ーーーーーー

 

「じゃあサポーター君は、王様君をどう思ってるんだい?」

 

「その、こんな人がお父さんならなぁと……」

 

「あっ。わかるよリリ、僕もよく思うし…」

 

「う~む。何となく分かるかなぁ…」

 

三人とも過去の記憶を思い出すように、上を見た。

 

「お父さんですね」

 

「お父さんだね」

 

「僕神様だけど、王様君はお父さんだね」

 

「何を抜かしておる、貴様ら…」

 

「「「うわあっ!?」」」

 

三人が同じ結論を出したとき、戻ってきたギルが後ろから声をかけ、三人は仰天した。

 

「お、王様…」

 

「い、いつから…」

 

「聞いていたんだい…?」

 

「ふん。貴様らが、天を仰いでる時からおったわ」

 

三人は戦慄した。ギルに聞かれ、いったい何をされるのかと…。

 

「さっさと帰るぞ貴様ら…。明日は早いぞ」

 

「「「えっ?」」」

 

「貴様らが王としての我を慕うのは当然。だが、家族としてどう思うのかは、貴様らの自由だ」

 

怒らないことに疑問を持ったが、三人は顔を見合わせ、もしかして許してくれるのではと、ギルに向き直った。

 

「お父さん…」

 

「お父さん…」

 

「お父さん…。いや、お義父さんっ!ベル君を僕に下さいっ!」

 

「ふん!」

 

「アイタァッ!?」

 

一人調子に乗ったヘスティアに拳骨が落ちた。

 



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訓練

朝早くに起こされるベル。

そして、市街の上にやって来たベルは。

アイズと訓練することになった。


「起きろベル」

 

「……むにゃ…。あれ王様?こんな早くにどうしました?」

 

まだ夜明けが始まってない時間。僕は王様に起こされた。

 

「さっさと支度をしろ。ダンジョンに行く前にせねばならん」

 

「ふぁい。ちょっと待ってて下さい…」

 

僕は今だ覚醒してない頭で着替え、王様と一緒にホームを後にした。

 

そうして、いつも行っているバベルとは反対側、都市をぐるりと囲っている市街の上にやって来た。

 

「王様、いったいここになんの……。えっ!?」

 

「おはよう?」

 

「ふん、雑種が。後は貴様の仕事だ」

 

黄金の髪をたなびかせ、その二つの瞳と目が合った瞬間、頭が真っ白になった。

 

……なんで、アイズさんがここにっ!?

 

固まった僕を、金髪の二人は首を傾げて見ていたが、僕はその二人にゆっくりと背を向けた。

 

そして直後、元来た道に向かって全力疾走を開始した。

 

「……何処へ行く気だベルよ」

 

「グェッ!?」

 

が、逃げ出そうとした僕の首根っこを王様が掴み、僕はカエルが潰されたときの鳴き声を出して、その場で止められた。

 

アイズさんはその様子を見て、大丈夫?と首を傾げていたが、全然大丈夫じゃないです!

 

「ええっ!?なんで、どうして、…ええっ!?」

 

「朝から元気なやつだ…。それだけあれば問題あるまい」

 

「今日から、少しの間だけ、闘い方を教えるの」

 

 

僕の疑問に答えたのはアイズさんだった。いや、聞いてないですよ、王様!

 

「いやいや、無理ですって王様!?」

 

「何を狼狽えておる、貴様にとっては願ってもないことだろう?」

 

そうですけれどっ!でも、心の準備が…。

 

しかし、いつまでも狼狽えている僕を見て、アイズさんは逆に落ち込んでいた。

 

「嫌なの?」

 

「い、嫌じゃないですっ!嫌じゃないんですけど…」

 

こんな弱い僕の為に、アイズさんが師事するなんて本当によいのだろうか…。

 

僕が一人悩んでいると、王様がちっと、舌打ちをした。

 

「いつまでもうじうじ悩むでない、たわけ。王足る我の決定だ、貴様らの言い分等どうでもよい!」

 

王様の剣幕に何も言えなくなり、僕はアイズさんと訓練することになった。

 

……でも王様、ありがとうございます!

 

内心で王様に感謝して。

 

ーーーーーー

 

「グェッ!?」

 

闘い方を教授することになった矢先、アイズの蹴りによってベルは吹っ飛んだ。

 

その体は、地面を擦りながら勢いを落としある程度進んだ所で止まった。しかし、ベルは意識を落としのか、ピクリとも動かなかった。

 

「……雑種、そんなに貴様死にたいのか?」

 

「……!?」

 

先の路地裏の時と同じ様に、ギルは背後に槍を出現させた。アイズはそれを首を勢いよく横に振って否定した。

 

「たわけぇ!いきなりベルを蹴りよって、何が違うかっ!」

 

「ま、待って!今のは、始めてで、その…」

 

アイズも初めて闘い方を教えるため、何をどうしていいか分からず、ベルの獲物がナイフと知り、とりあえず体術の見本を見せようとした。

 

が、慣れないことをしたためか、近くにいたベルを蹴り飛ばしてしまった。

 

「次は、大丈夫、…?」

 

「貴様もしや、我をおちょくっているのか?」

 

首を傾げての頼りない言い分に、ギルは頬をひくつかせ今にも射出させようかと思った。

 

「う~ん?」

 

「起きたかベルよ?」

 

「……ごめんね、大丈夫?」

 

が、ベルが起きたためとりあえず見逃した。次やったら確実に仕留めると、心の中で決めて。

 

その後はギルの提案により、アイズとベルが闘う形式で教えることに落ち着いた。

 

 



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LvUPには?

あれからアイズと訓練しているベル。

ギルは前と同じく偶然会ったリューと街を歩いていた。


「やあぁぁぁぁっ!」

 

「……遅い」

 

青い空が広がる市街の上で、僕は今日もアイズさんと訓練していた。

 

王様の提案によって、アイズさんとの模擬戦を繰り返しているが一回も、かすることさえ出来ていない。

 

今もあっさりとかわされ、逆に僕が一撃貰ってしまいそれで座り込んでしまっている。

 

「大丈夫?」

 

「……ほあぁ!?」

 

僕を覗きこむように、視界のすぐ近くに現れたアイズさんの顔に、僕は奇声を上げながら立ち上がった。

 

顔を真っ赤にさせている僕をアイズさんは不思議そうに見つめながら、腰を下ろし膝の上をぽんぽんと叩いていた。

 

……膝枕する…?

 

無表情ながら、その行動で察する事ができる。

 

僕は更に顔を真っ赤にさせ、ぶんぶんっと首を横に振る。

 

嬉しいですけど、恥ずかしさで死んでしまいますっ!

 

訓練の最中、僕が度々気を失うとアイズさんは膝枕をしてくれている。今も僕が限界だと思い、膝枕をしようかと提案してきた。

 

「だ、大丈夫ですよ!?」

 

「……そっか」

 

依然顔を赤くしながら、僕は小休止ということでアイズさんの隣に腰かけた。

 

今日一日中は、僕はアイズさんと訓練することになっている。

 

というのも、リリが下宿先の用事があるとのことで、ダンジョン探索に同伴できないと連絡があったからだ。

 

それならばと、アイズさんに交渉して普段の早朝の時間を過ぎても、鍛練を続けている。

 

……王様は、初日以来ここには来ていない…。

 

僕の為にかはわからないが、図らずともアイズさんと二人きりの状況になっている。

 

「あ、あの、僕っ、少しは上達してるんでしょうか?」

 

「……どうして?」

 

「いや、その、全然攻撃は当たらないし、気を失ってばっかりなんで…」

 

邪な考えを振り払い、緊張しながらも思いきって話題を振ってみた。

 

「君は、ちゃんと成長しているよ。…ビックリしちゃうくらい」

 

「え、えっと、でも…」

 

「それに今は、気絶しなかったし。…多分、いつも気絶しちゃうのは、私が力加減を間違えるから…」

 

「い、いえっそんなことは!?」

 

そろりと瞼を半分下ろすアイズさん。最近少し分かったが、こういう時の彼女は結構落ち込んでいる。

 

高嶺過ぎる高嶺の花。

 

彼女をそういう風に、思っていた僕だったが、こんな風に何てことない事柄で落ち込んでいる姿を見ると、ちょっと変わった普通の女の子だなぁと思ってしまう。

 

「……聞いても、いい?」

 

「えっ?」

 

思考が飛んでいた僕は、アイズさんの呟きに彼女の方を向いた。

 

先程までと違い、落ち込んでいた姿はなく真剣な表情でこちらを見つめてきていた。

 

「どうして君は、そんなに早く、強くなっていけるの?」

 

「つよ、く…?」

 

その内容に、目を白黒させた。

 

強い、という言葉が、自分に不釣り合いなものに聞こえて。

 

その言葉が似合うのは…。

 

貴女や、王様のような人じゃ…。

 

しかし、こちらを見据えるアイズさんの瞳に、僕は真剣に考えてみた。

 

僕が強くなれたのは…いや、今だって強くなろうとしてるのは…。

 

「……えっと、どうしても追い付きたい人がいて。その人を必死に追いかけていたら、いつの間にかここまで来てて、その…」

 

考えが纏まらない。

 

というより追い付きたい本人の前でこんなこと言うのが、小っ恥ずかしくて堪らない。

 

でも、何とか次の言葉で締めくくった。

 

「……何がなんでも、辿り着きたい場所があるから、それに…」

 

僕を強いと言ってくれたあの人の期待に応えるため。

 

内心でそう足して、心の中のあの人を思い浮かべた。

 

「そっか…」

 

その答えに、アイズさんは僅かに目を見開きそう呟いた。

 

「……わかるよ」

 

ぽつり、と出てきた言葉に、僕はアイズさんの方向に顔を向けた。

 

「私も…」

 

その先の言葉は、急に吹いた風によってかき消された。

 

突風に目を瞑った僕だったが、ややあって風が弱まり瞼を開けると、さっきと変わらぬ姿勢で、アイズさんは空を見ていた。

 

「あ、あの…」

 

「?」

 

「あ、いえ。…何でもないです」

 

小首を傾げたアイズさんを見て、僕はそれ以上聞くことはしなかった。

 

そこからは会話がなくなってしまい、外界の喧騒を聞きながら、うららかな日差しを受けていた。

 

「んっ…」

 

「……?」

 

隣から聞こえた吐息に首を回すと、アイズさんが口元に手を当てていた。

 

そして少しして…

 

「昼寝の訓練を、しようか」

 

「は?」

 

あまりにも訓練にそぐわぬ内容に、僕は目を点にした。

 

ーーーーーー

 

同じ青空の下、先程目を覚ましたギルは街を散策していた。

 

ベルとアイズを訓練するようけしかけた張本人だが、あれ以来訓練に参加していない。

 

が、思惑通りアイズと訓練するようになってから、飛躍してベルのステイタスは伸びていた。

 

「またお会いしましたね」

 

「むっ?…なんだ貴様か…」

 

この期間でどこまで伸ばせるか、そう考えていた矢先、前回と同じ様に向こうから声をかけられた。

 

「リューと申したか…。して、何用だ?」

 

「いえ。特にご用と言う訳ではありませんが、お一人でいたので、声をかけさして貰いました」

 

不要でしたか?と謙虚な姿勢で質問してきたリューに、特に何も話すこともなくその場を後にしようとした。リューもまさかスルーされるとは思っていなかったが、特に何も思わずその背を見送った。

 

が、不意にその背が振り返った。

 

「リューよ、貴様冒険者であろう?」

 

「……そうですが…」

 

「ならば聞きたいことがある。…そこの露店で良いか…」

 

冒険者という単語に一瞬顔をしかめたが、ギルは特に気にせず近くの露店ーーージャガ丸くんを販売している場所に向かった。

 

「いらっしゃいま…せ、え?王様君?」

 

「むっ?なんだヘスティアか…」

 

その露店の店員ーーーヘスティアは予想外な人物に目を点にした。

 

そして、後ろにいるリューを見て、いやらしい笑みを浮かべた。

 

「なんだい王様君、デートかい?」

 

「……貴様の節穴は今に始まったことではないしな…」

 

「な、なにをーっ!?」

 

残念な物を見るような視線を送り、適当な飲み物を買い、近くに設置してあるテーブルに腰かけた。リューもそれにならい、対面側の席に座った。

 

「私の分まで…。ありがとうございます。それでお聞きしたいこととは?」

 

「貴様ら冒険者共が持つ、Lvというものだ」

 

「ランクアップですか…」

 

質問の内容に、リューはこの質問に該当する人物、ベルのことだと察した。

 

そして一度コーヒーに口をつけてから、質問の回答をした。

 

偉業(・・)を成し遂げればいい」

 

「……続けよ」

 

「人も、神々さえも讃える功績の達成。…己自身より強大な相手の打破し、より上位の経験値(エクセリア)を手に入れること。それがLvの上昇の条件です」

 

偉業の達成。…つまり、いつまでも自分より下位のモンスターを倒そうとも、ランクアップには至れない。

 

……それこそ、ベルにトラウマを与えたモンスターを打倒しなければ…。

 

「Lvの上昇は心身の強化ーーー器の進化と同義です。そして神々の恩恵は、試練を越えたものにしか高位の資格を与えません」

 

「……なるほどな」

 

アビリティをいくら上げようとも、資格があるだけで、ランクアップには至れないと言うことか…。

 

今のままでは、か…。

 

しばし無言で思考に耽っていたギルを見て、リューはふっと笑みを浮かべた。

 

「だが、彼は冒険者だ」

 

「……くくっ。そうであったな、我としたことが忘れておったわ」

 

ならば、そう遠くないうちに彼は至るだろう。そう言外に伝わった。

 

ーーーーーー

 

「ジャガ丸くんの小豆クリーム味、二つ下さい」

 

僕と神様が固まる横で、アイズさんは淡々と注文する。

 

そして、その後方で僕達の様子を見ている王様は、心底楽しそうにニヤニヤしていた。隣で見ているリューさんは、僅かに困ったような顔をしているが。

 

しばらくしたあと、別の店員さんによってジャガ丸くんは渡された。

 

やがて、神様は能面のような顔になり、露店の裏を回って僕達の前に現れる。

 

「ーーー何をやっているんだ君はぁぁぁっ!?」

 

「ごごごごめんなさいぃぃっ!?」

 

「ヒハハハハハ、フハハハハっ!」

 

大噴火した神様、泣き叫ぶようにして謝罪する僕、そして後ろで様子を見ていた王様が、高笑いをあげていた。

 

「よりにもよって、『剣姫』と一緒にいるなんて、一体どういうことだベル君っ!?」

 

「そ、それには訳がーーー」

 

「なんだベルよ、もしやデートか?」

 

「ベル君ーっ!?君って言う子はーっ!!」

 

「ちちち、違いますよー!?王様も余計なこと言わないで下さいよぉ…」

 

王様の茶化すように挟んだ言葉によって、ますますヒートアップした神様。

 

困った顔を見て更に笑う王様。

 

僕は、半泣きの状態で事態を収集させようと奔走した。

 

……アイズさんはその光景に、不思議そうに首を傾げていたが。

 



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見逃し

ベル達と別れ、一人酒をたしなむギル。

だが、すれ違いが起きギルは一人ダンジョンへ向かう。


「今日は僕も君達の訓練を見物させてもらう!」

 

「えっ!?」

 

「なんだいベル君、その顔は。僕に見られるとまずいのかい!?」

 

「い、いえっ、そんなことはないです!…ただバイトは…」

 

「今日はもう上がる」

 

ピシャリと有無を言わせないヘスティアの言い分に、ベルは困惑しながらも了承した。

 

……あの後、何とか神様を説得し、お許しを得ることが出来た。

 

王様は終始笑っていたが…。

 

「フハハ。よい見せ物だったぞベルよ、我は先にこやつの店に行き酒を楽しむとしよう」

 

「……歓迎します」

 

神様が露店の中に消えた後、事の成り行きを一緒に見ていたリューさんを指差した。しかし、リューさんはそれに顔色一つ変えずそう述べた。

 

神様が戻ってくるのを待たずに、二人は『豊穣の女主人』のある方向に歩いていった。

 

……まだ明るいけどもうお酒飲むんだ…。

 

上機嫌で去っていった王様と入れ替わりで、神様は戻ってきた。

 

ちらりと、隣で立っていたアイズさんを見やると、いつもと同じ、表情の読めなさそうな顔だったが、若干不機嫌?になっていた。

 

「……君達は、名前で呼ばれるんだね…」

 

「えっ?」

 

その声は小さすぎたため、僕は拾うことが出来ず思わず聞き返してしまった。

 

「なんでも、ないよ。…ただ、君の神様も、あの人も、優しいんだね」

 

「……はい」

 

変えられた問いに気づかなかったが、僕はアイズさんのその問いに、頬を緩めそう返した。

 

ーーーーーー

 

「いらっしゃいませー!…って王様じゃないですか?リューも一緒にいるなんて…!」

 

「シル、それは誤解だ」

 

「……」

 

リューが男の人と一緒にいるなんて…。その光景を目にして、驚きと嬉しさ半々の声をあげた。

 

しかし、リューはいつもの感情を出さない声で返し、ギルはそんなシルをスルーした。

 

「……って、無視はひどいですよ王様ー!?」

 

「たわけ。つまらぬ道化に反応するなど、我の王としての格が下がるわ」

 

女将よ、酒だ。と前回と同じ様にカウンター席に腰を降ろし、ギルはカウンターの中にいる女将に注文をした。

 

カウンターの中にいた女将は、ギルを一瞥しいつものビールとは違い、ワインを出してきた。

 

「はいよ、これは極上の一品だと思うよ。…値段はするが、王様(あんた)には問題ないだろ?」

 

「無論だ。逆にこれ程顔を出しているのに、王足る我にあのようなものを再度振る舞うことこそ問題だ」

 

「はいはい」

 

女将は分かっておるな…。そんな事を思いながら、ワインの蓋を開けた。しかし、蓋を開けた状態で先程の事でショックを受けているシルと目が合った。

 

「……娘、先の不敬我の酌をすることで流してやろう」

 

「本当ですか!?」

 

スルーされたことがよっぽどショックだったのか、シルは声をあらげ、ギルからワインを受け取りグラスに注いだ。

 

「……まぁまぁといったところか」

 

「そ、そうですか」

 

辛口のコメントに、シルは苦笑いで返すことしかできなかった。

 

そうして、ベル達がやって来るまで酒をたしなんでいた。

 

ーーーーーー

 

時刻は夕刻に迫り、辺りも暗くなってきていた、が。

 

「……遅いな…」

 

「何かあったんでしょうか…?」

 

テーブルの上には既に空となったボトルが置かれていた。

 

ベルが訓練を終えたのなら、もう来てもおかしくないが…。

 

隣にいるシルも、ベル達が来ると話を聞いていたため、来ないことに困惑していた。

 

「また、何かトラブルでも合ったのでしょうか?」

 

「……まったくあやつは」

 

前回でのこともありますし…。そう表情を暗くし呟くシルに、ギルはグラスに残っていたワインを飲みきった。

 

「女将よ、所用ができた」

 

「……あいよ、坊主が来たら伝えとくよ」

 

不安そうな表情でこちらを見ていたシルを一瞥し、ギルは上着から小袋を取り出して、店を後にした。

 

……シルの予感は当たっていた。ベルは街で見知らぬ冒険者に襲われていた。

 

が、この時ギルは、またベルがダンジョン(・・・・・)でモンスターと闘っていると思っていた。

 

ーーーーーー

 

7・8階層を難なく踏破し、ギルは9階層ーーーベルが今これる10階層の前まで来ていた。

 

リリの補助ありきのため、ベルがうろうろしているとすればこのあたりかと踏んで、周辺を探していた。

 

少ししてギルは、あるものを見つけた。

 

「……あの時のカーゴか、だが何故だ?」

 

鎖で厳重に捕縛されたカーゴ。

 

辺りを見渡しても周囲には人がいなかった。もう遅い時間のため、ここに来るまで誰かとすれ違うこともなかった。

 

……誰が、何のために…。

 

その異様な雰囲気を纏うカーゴを見て、しかしギルは物怖じすることなく、腰に備えてある剣でカーゴの鎖を切った。

 

蓋の中にいたのはモンスター(・・・・・)だった。

 

それも上層では現れるはずのないモンスターだった。

 

ーーーミノタウロス

 

『ヴォオオオオオオッ!!』

 

大音声。

 

ダンジョン内全域に届くかと思わせる吠声。

 

解き放たれ、目の前に獲物がいることを確認したミノタウロスは、通常ならば用いるはずのない大剣を振り上げた。

 

この階層を主流とする通常の冒険者ならば、その圧倒的存在感に恐れ戦くだろう。

 

そう通常の冒険者(・・・・・・)ならば…。

 

「……雑種が…。誰に向かって吠えている?」

 

『ヴォオッ!?』

 

瞬間。振り上げた腕、剣は無数の鎖によって阻まれた。

 

驚きの声を上げるミノタウロスだったが、その間にも虚空から現れた鎖によってその肉体を封じられた。

 

「雑種の分際で我に剣を向けた不敬…。その身で払うがよい」

 

次いでギルの背後から、体長2M(メドル)に及ぶミノタウロスにも匹敵する、巨大な槍が出現した。

 

その光景にミノタウロスは初めて、目の前の人物に焦点があい、恐怖した。

 

……自分はいったい誰を標的にしたのか…。

 

そうして、やって来る衝撃に覚悟を決めた。

 

「……待てよ」

 

が、その声と共に後ろで控えていた槍は消失した。

 

そして、暫し思案していたかと思えば、次いで自身を縛っていた鎖が消失した。

 

『ヴォオッ!?』

 

再び自由の身になったミノタウロスは、困惑の雄叫びを上げた。

 

が、目の前の人物は気にすることもなく淡々と告げた。

 

「喜ぶがいい雑種、貴様の命我が使ってやろう」

 

勿論、言葉など通ずるはずがない。だが、ミノタウロスは動けずにいた。

 

「貴様の死は決定だが。我が仕留めるのは呼吸をするが如く容易い」

 

だから、とギルはミノタウロスにニヤニヤとした笑みを送った。

 

「貴様を殺すのは、ベル(・・)に任すとしよう」

 

終始ミノタウロスは立ち尽くしたまま、見ていることしか出来なかった。

 

「さぁ、去るがよい雑種。貴様を仕留めるのはまだ先だ」

 

いってよいぞ、と手をぷらぷらと振る行動に、ミノタウロスは本能で嘗められていることを感じた。

 

本能のまま襲いかかろうかと思案したとき、何者かに折られ失った片角の代わり、痛みの代償として得た知能が、引くことを支持した。

 

纏まらない思考で立ち尽くしていたミノタウロスは、しかし…。

 

 

『ヴォモォ…』

 

「聞こえなかったか?…我は消えろといったはずだっ!」

 

一喝。

 

本能と知能の狭間で揺れていた思考は、逃走を選択した。

 

『ヴォモォオオオッ!』

 

その雄叫びを最後に、ミノタウロスは9階層の奥に消えていった。

 

「……フフ。どこの雑種か知らんが、ずいぶんと面白い趣向を考え付く。…が、あやつは我が貰うとしよう」

 

誰かの思惑によって、本来ならあり得ない9階層にてのミノタウロスの出現。

 

だが、ギルも知るよしもないことだがこれは猛者オッタルがベルの試練の為にと、わざとこの階層にて放置したものだった。

 

冒険者によっては駆逐されることもある、半ば賭けのようなものだったが、得てして賭けは成功した。

 

「王様ーっ!?」

 

「むっ、ベルか?」

 

「すいません王様、僕を探しにここまで来てたなんて…」

 

「よい、思わぬ収穫もあった。…ベルよ」

 

「どうしました、王様?」

 

「我の期待に応えて見せよ。…さもなくば」

 

「えっ…?わ、わかりました。王様の期待に応えられるよう頑張ります!」

 

最後の言葉が聞こえなかったが、ベルは笑顔でそう返した。

 

命を落とすぞ…、その言葉はダンジョンの闇へと消えていった。

 



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目標

アイズ・ヴァレンシュタインLv.6。

その貼り紙を目にし、ベルはショックを受ける。




「……これって…」

 

「どうした、ベルよ?…なんだあの雑種か」

 

「待ちなさい!まだ話は終わってないわよっ!」

 

ダンジョンから戻ってきて、ギルドに寄った際に目にした一枚の貼り紙。

 

ーーーアイズ・ヴァレンシュタインLv.6にランクアップ

 

その内容を目にした瞬間、エイナさんと王様が横で言い争っていたが、頭に入ってこなかった。

 

「貴方は何度言ったら分かるのっ!?ダンジョンは危ないから、入っちゃ駄目なの!」

 

「たわけ。あのような穴蔵が危険とでも言うのか?それこそあり得んな」

 

「あ・な・た・は・ねぇーっ!?」

 

エイナさんがその端正な顔を怒りで歪めたとき、初めて僕が呆然と立ち尽くしていることに気づいた。

 

王様も僕の様子に、エイナさんから僕に向きを変えた。

 

「……ベルよ」

 

「はっ、いえっ!大丈夫ですよっ!?」

 

「いったいどうしたの?…あぁ。ヴァレンシュタイン氏のレベルアップの記事か…」

 

すごいもんね…。エイナさんは苦笑いを浮かべながら、アイズさんのレベルアップの話をしてくれた。

 

どうやら、階層主ーーー『迷宮の弧王(モンスターレックス)』を一人で倒してしまったらしい。

 

それも下層域の更にした、『深層』と呼ばれる階域で。

 

「……今回のことは気にしない方がいいよ。階層主を一人で撃破しちゃうなんて、私も聞いたことがないもん。ヴァレンシュタイン氏が特別なんだと思うよ…」

 

「はっ、雑種の功績など、酒の肴にもならんわ」

 

王様は鼻で笑っていたが、僕の胸中は一人でに沈んでいった。

 

目指したあの人の高さに、押し潰されそうになった。

 

「ベル君?」

 

「……あ、すいません、今日はもう帰ります」

 

心配そうな顔でこちらを伺うエイナさんに、苦笑いを返し僕は逃げるようにギルドを去っていった。

 

「まったく。ベルのやつは、またか…」

 

「……ベル君は行っちゃったけど、貴方にはまだお話しがありますからね!」

 

「知らんわ、たわけ」

 

「あっ!?待ちなさーい!」

 

呼び止めるエイナの制止を無視し、ギルドを後にした。

 

ーーーーーー

 

夕刻。

 

シルさんの策略…もといお願いによって、ベルは先程まで皿洗いをしていた。

 

……何で、僕が…。

 

そんな風に思っていたが、リューさんが手伝いを申し出てくれて、尚且つ話し相手にもなってくれて幾分か気分が良くなった。

 

王様はいつの間にかやって来ていて、お酒を飲んで待っていた。

 

……手伝ってはくれなかったけど…。

 

王様に愚痴を言っても仕方ないので、…怒られるし。やっと解放された僕は王様の横に座った。

 

「むっ、ベルか?…慌てて出ていたかったかと思えば…。女将の所で皿洗いとは、どうしたのだ?」

 

「ちょっと、シルさんに…」

 

苦笑いを浮かべ王様にそう返した。店の中にいたシルさんは、僕と目が合うとテヘッと、舌を出してごめんなさい、と言っていた。

 

……もう、シルさんは…。

 

その可愛い仕草に少しばかりドキッとしたが、シルさんから目をそらすように隣にいる王様に視線を向けた。

 

「またあの娘か…。いいように使われるとは、情けないぞベルよ」

 

「す、すいません」

 

確かにその通りだなぁ…。と内心で反省し、女将さんに注文をした。

 

が、尚もこちらを見ている王様。

 

会話も途切れたし、前を向いてお酒でも飲むと思っていたため内心でドキドキしてしまう。

 

……ど、どうしたんだろう、何かやっちゃったかな?

 

「ふん。やっといつもの顔になったな」

 

「えっ?」

 

かけられた言葉に、すっとんきょうな声が出てしまった。

 

「先の雑種の貼り紙を見て、落ちこんでおったではないか」

 

「あっ…」

 

心配してくれてたんだ…。王様のかけられた言葉の意味に、先程の事を思い出した。

 

ふん。と言って視線をそらし、お酒を飲む王様の横顔を眺め僕は笑顔を向けた。

 

「もう大丈夫です、王様…。僕も早くレベルを上げて、追い付けるように頑張ります…」

 

だけど言葉にすると、どうしても暗くなってしまう。

 

そんな僕の言葉に、王様は片眉をつり上げた。

 

「目標が低すぎるわ、たわけ。貴様は我が見いだしたのだ、あのような雑種が目標など片腹痛いわ」

 

「アハハ…」

 

アイズさんでも低いんだ…。王様の物言いに渇いた笑いしか出なかった。

 

……そうだよね、あの人に相応しくなるなら並ぶだけじゃなくて、越えられるようにならなきゃ…。

 

本当にできるのであろうか?僕に…。

 

その遠すぎる目標に、更に目の前が暗くなる。

 

また落ち込んだ僕を見て、王様はため息をこぼした。

 

「貴様は英雄(・・)になるのだろう?」

 

「……!?」

 

「ならば有象無象の雑種など蹴散らし、踏み越えよ!英雄にならんとするなら、当然だ!」

 

「で、でも、それじゃあ…」

 

「……頂きに立ち、それでもあの雑種が良いと申すなら、その時には寵愛の一つでもやるがよい…」

 

僕の懸念に王様はそう言った。

 

英雄か…。そうだよね、僕は英雄になるためにここに来たんだもんね…。

 

そっちの方が高い目標だなぁ、と苦笑した。

 

同じ苦笑いでも全然違うその笑みに、王様はニヤリと笑った。

 

「どうした?抱いた夢の大きさに、怖じ気づいたか?」

 

「そうですね…。でも僕はなりますよ王様!」

 

英雄に…!

 

ーーーだって僕は英雄王(あなた)に見いだしてもらったのだから。

 

 

 



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猛牛試練

アイズとの訓練を終えたベル。

ダンジョンに入り、そこで因縁のモンスターと出会う。


日も出ていない時間。

 

僕は最終日となるアイズさんとの訓練をしていた。

 

「……っ!」

 

向かってくる鞘の攻撃を、僕は受けるのではなく受け流した。

 

これまでの訓練をいかし、初めて成功した動作。

 

そのままの動作で、初めて彼女に反撃した。

 

「……!」

 

が、あっさりとその一撃は防がれた。

 

けれども、これまでの訓練期間中防ぐことで精一杯だった僕だったが、確かに届いた。

 

不意にアイズさんの方を向くと、微笑んでるような表情をしていた。

 

「これで、終わりだね…」

 

「今日まで、ありがとうございます。王様が無理をいったみたいで…」

 

「ううん。私も、楽しかったよ」

 

王様の計らいによるこの訓練。アイズさんも微笑みを浮かべそう言ってくれたが、そんな彼女を見て結局俯いてしまった。

 

「……それじゃあ、頑張ってね」

 

「……はい」

 

それだけを言って、背を向けて去っていく。

 

去っていくその背中を見て、辿り着いて見せると再度心に誓った。

 

そして、踵を返し逆方向に走っていった。

 

ーーーーーー

 

「……むっ?ベルはどうした、ヘスティア?」

 

「ダンジョンに行っちゃったよ…」

 

あやつめ…またか。チラリと時計を見たが、確かに寝過ごしているが、王足る我を残し先に行くか…。

 

……これで、余興(・・)でも催していようものなら…むぅ、不味いな見過ごすやもしれん。

 

そう思い我も寝間着から着替え、出掛ける準備をした。

 

「そうか、ならば我も向かうとしよう…」

 

「あ、あのさ、王様君…」

 

「……なんだ、申すならはっきり申せ」

 

歯切れ悪くこちらを心配そうな目で見るヘスティア。何が言いたいのか分からんぞ。

 

「……嫌な予感がするんだ」

 

クシャッ、と手に持っていた紙が歪んだ。俯いたままそう言うヘスティアにギルは少々驚いた。

 

………なるほど、腐って惨めになっていようが、一応神と言うわけか…。

 

「……何か変なこと考えていないかい、王様?」

 

「知らんな。…それより貴様の手に持っている紙はなんだ?」

 

ベル君のステイタスだよ、と言って我に渡してきた。

 

……ほう。くっくっ、我の見込み通り、いやそれ以上やも知れんな。

 

……ギルもヘスティアからステイタスについて聞いていた。アビリティを極限まで上昇させると、MAXでSになる。

 

だか、そこに書かれていた表記はSS。

 

「ベル君のステイタスも凄いことになってるけど、それ以上に何か嫌な予感がするんだ、僕には」

 

「そう不安がるでない、ヘスティア。…あやつが真に英雄であろうとするならば、乗り越えられよう…」

 

「乗り越える?…君は何が起こるのか分かるのかいっ!?」

 

「……さてな。これからのことなど、我とて分からん」

 

嫌な予感について、何か知ってるような口ぶりのギルに、たまらず声を荒げて聞きただしたが、飄々とした態度で流されてしまった。

 

再度聞こうとしたヘスティアだったが、ギルは既にホームを出ようと地上に出る階段のところにいた。

 

「……ま、待っておくれ王様君っ!べ、ベル君をーー」

 

「生憎と、今回はあやつの試練だ。我が手を出すことはない」

 

それだけ言い残し、心配そうなヘスティアを残し、ギルはホームを後にした。

 

ーーーーーー

 

「リリィッ!?」

 

僕はリリによって突き飛ばされ、意識が戻った。

 

最初そのモンスターと出会ったとき、リリが何か言っていたようだが、僕は放心して立ち尽くすことしか出来なかった。

 

『ブゥオオオオオッ!』

 

そのモンスター、僕達を襲ったモンスターーーーミノタウロス(・・・・・・)は無様に転がっている僕達に対して雄叫びを上げた。

 

……どうして、ミノタウロスが9階層(ここ)に…。

 

僕は未だ纏まらない思考の中、自身を助けたリリに視線を向けた。

 

飛び散った瓦礫に当たったのか、頭からは血を流し、痛みからか小さく呻き声を上げていた。

 

「ッ!ごめんリリ!」

 

僕はこちらに向かってくるミノタウロスから逃がすように、リリを遠くに投げ飛ばした。

 

そして、僕はミノタウロスの真正面に向き直り、震える口を歯噛みして右腕をつきだした。

 

「ファイアボルトォォォッ!」

 

『ブゥオッ!?』

 

あの時は持っていなかった攻撃手段ーーー魔法。

 

それに淡い期待を浮かべ、なかば狂乱するかのように魔法を使った。

 

「うわああああっ!?」

 

もはや悲鳴に近い声を出しながら、僕は魔法を連発した。

 

ミノタウロスに炎の矛が何度も当たり、苦悶の声と魔法の当たった炸裂音を響かせながら、その巨体はずるずると後退りした。

 

「はぁ、はっ…」

 

視界が黒い煙に埋め尽くされ、僕は魔法を中断させた。

 

……倒した?

 

反応が無くなったことに安堵して、右腕を下げた瞬間…。

 

『ヴゥモォッ!』

 

「がっっ!?」

 

ーーー煙を切るように出てきた、ミノタウロスの腕に殴り飛ばされた。

 

間一髪、直感にしたがって後ろに飛ぶことで致命傷には至らなかったが、それでも衝撃全てを殺しきれる訳もなくダンジョンの壁に叩きつけられた。

 

装備していた軽装(ライトアーマー)は、先の一撃で壊れ、防具は腕に残ったプロテクターのみとなった。

 

そして、何とか立ち上がり再度ミノタウロスに向き直った。

 

『ブゥオオオオオッ!』

 

「……!」

 

あれだけの魔法を当てたのにダメージは見られなかった。

 

それを見て、僕は再度絶望した。

 

『ヴゥモォオオオオオオッ!!』

 

しかし相手は待ってくれる訳もなく、雄叫びを上げ、その手に持っている大剣を振り上げた。

 

「……っ!」

 

痛む体に鞭を入れ、横っ飛びの要領でそれを避けた。

 

だが避けた僕に対して、ミノタウロスは攻撃の手を緩めるどころか、何度も何度も大剣を振り回してくる。

 

……このまま、だったら…。

 

嫌な予感が脳を掠めた。…そうして、僕の脳内が下した答えは逃走だった。

 

何とか逃げないと…!

 

「ベル、様ぁ…」

 

視界の片隅で動く存在ーーーリリを見つけた。

 

……不味い、リリを置いて逃げられない!

 

「リリ、逃げて!」

 

しかし、リリは動かなかった。

 

「逃げてっ…逃げろよっ!?」

 

もはや怒声に近かったその声に、リリからの返答はなかった。

 

……何で、逃げてくれないんだよ!

 

絶え間ない戦闘を行っているため、僕の脳内はずいぶん短絡的になっていた。

 

そしてミノタウロスが大剣を上段に掲げ、降り下ろそうとしたとき、その腕が止まった。

 

……ミノタウロスが見ているのは自分じゃない?自分の後ろ?

 

僕もつられるように後ろを覗いた、そこにいたのは…。

 

「やはりな…」

 

ーーー王様だった。

 

その姿が目に入った瞬間、僕は心の底から安堵した。

 

……やった!王様ならミノタウロスも一睨みで逃げだすっ!

 

だがその希望は、次の一言で粉々に砕けた。

 

「……どうした、続けよ(・・・)

 

「えっ…」

 

その疑問の声はリリだったのか、もしくは自分の口から無意識に出てたのかも知れない。

 

王様は僕とミノタウロスから視線をそらし、リリの方に歩いていった。

 

そして、いつかもらったポーションをリリに飲ませた。

 

リリはそれを飲むと、荒い呼吸が収まり意識が無くなったのか目を閉じていた。

 

……なんで、どうして、訳分かんないよっ!?

 

僕は王様の行動に頭の中がぐちゃぐちゃになり、再びミノタウロスの方に視線を向けた。

 

王様を見て震えていたミノタウロスだったが、王様が何もしてこないと分かると、上段で振り上げていた大剣を降り下ろした。

 

「ぐっ!」

 

何とかその一撃を後ろに飛ぶことでかわし、僕はリリを介抱し、近くの岩に降ろした王様に顔を向けた。

 

「お、王様っ!どうしてですか?は、早くいつもみたいに…」

 

「何をしているベル、今は目の前の雑種に集中するがよい」

 

振り下ろし地面に刺さった大剣を引き抜き、こちらに歩み寄ってくるミノタウロス。

 

その光景を目にして、全身が総毛立つような恐怖を感じた。

 

「王様お願いですっ!僕には無理なんです、助けーーー」

 

「甘えるでないっ!!」

 

一喝。

 

僕の懇願を王様はそう断じた。

 

「貴様は我に英雄になると豪語したはずだ!ならばあのような雑種、踏み越えるが常であろう!」

 

いつもの憮然とした態度でもなく、飄々とした態度でもなく、厳然たる王者の風格を纏わせそう言った。

 

……無理です!ミノタウロスに僕が勝てる訳ないじゃないですかっ!

 

そう返したかったが、会話に割り込むように振り下ろれた大剣によって、僕は王様から引き離された。

 

……何でだっ!

 

どうして助けてくれないんですかっ!

 

僕の頭の中は、王様が助けてくれないことの怒りで一杯になっていた。

 

それによって、かわす動きも鈍くなってしまった。

 

ーーー勿論ミノタウロスがそんな隙を見逃すはずもなかった。

 

「なっ!?」

 

振り下ろした大剣を引き抜かず、自身の頭ーーー角による体当たりをしてきた。

 

無意味と分かっていながらも、僕はプロテクターの付いた腕を構えたが、ミノタウロスの角は呆気なく貫いた。

 

ーーーそして、そのまま頭上に掲げられた。

 

『ヴォォォォォッ!!』

 

「がっ!?」

 

頭上で振り回され、そして天高く放り投げられた。

 

背中からまともに墜ち、激痛が全身を駆け回った。

 

プロテクターによって、左腕も浅く傷つけられただけだったが、動かすと痛みが走った。

 

……痛い。

 

けど、何より…

 

『ヴォォォォォッ!!』

 

恐い。

 

背後で、天に向かって吠えるミノタウロスに恐怖しか湧かなかった。

 

「う、ぁ…」

 

「……」

 

歯はカチカチと鳴り、全身が震えていた。

 

そんな僕を見ても王様は手を貸してはくれない。

 

「……た、助けてくださぃ…」

 

「……」

 

「お、お願い、です。…お、王様ぁ…」

 

もうよいわ(・・・・・)

 

無言で成り行きを見ていた王様だったが、初めて口を開いた。

 

その言葉を聞いて、自分を助けてくると思ったが…。

 

ーーーしかしそれは救済の言葉ではなかった。

 

「我が見ている前で無様な醜態をさらし、あまつさえ懇願する等、もはや生かす意味もあるまい」

 

「……う、…ぇ?」

 

「ここで散るがよい、雑種(・・)

 

……そ、そんな…。

 

目からは涙が出ていた。

 

体は迫り来る恐怖に震えて。

 

そんな僕に、ミノタウロスはゆっくりと、しかし地響きがこちらに近づいてくるのを知らせる。

 

王様は助ける動作をとるでもなく、僕を静かに見下ろしていた。

 

『ヴォ、ヴォォ…!?』

 

「……なんの真似だ、雑種」

 

地響きが止まり、王様は視線を上げてそちらを見ていた。

 

僕も震える体を何とか動かして、何とか首を持ち上げた。

 

すると…。

 

「……」

 

あの人が、いた。

 

僕を庇うように、王様と僕に背を向けてミノタウロスに向かい合っていた。

 

その瞬間、僕は時間が停まったのではないかと錯覚した。

 

「……失せろ、雑種」

 

「……何で、助け(・・)、ないの?」

 

助ける?誰を?

 

「我の目の前で醜態を晒したのだ、当然の末路だ」

 

「……この子は、まだ弱いから(・・・・・・)しょうがないよ(・・・・・・・)

 

弱い?そうか、しょうがないよね僕は弱いんだから…。

 

『貴様は我が見出したのだ!そんなお前が弱い等あり得ん!!』

 

瞬間、脳裏にいつか王様から言われた言葉がよぎった。

 

ーーーそして、僕の心の中に火がついた。

 

王様と話していたアイズさんは僕に視線を向けた。

 

「……待ってて、また助けるから(・・・・・・・)

 

瞬間心の中の火は、灼熱の業火に変わった。

 

また助けられて良いのか(・・・・・・・・・・・)

 

この人の期待を裏切って良いのか(・・・・・・・・・・・・・・・)?

 

良いわけ、あるかっ!!

 

「ーーーッッ!!」

 

震えと涙は止まり、痛みと恐怖は馬鹿みたいな想いによる気炎で塗り替えた。

 

「!?」

 

「何っ!?」

 

立ち上がった僕を見て、憧れた二人は驚愕した。

 

そして、前に立っていたアイズさんの手を取り、自分の背後に押しやる。

 

そして振り返り、岩に座っている王様とアイズさんに向き直った。

 

それはあなたに抱く想いのため…。

 

「もうアイズ・ヴァレンシュタイン(あなた)に助けられるわけにはいかないんだっ!」

 

なぜならそれは僕に期待してくれる…。

 

英雄王(あなた)に認められるためにっ!」

 

腹の底から叫んだ。

 

そしてナイフを構え、ミノタウロスに向き直った。

 

ミノタウロスは再び現れた僕に目を見開き、そして確かに、獰猛に笑った。

 

「勝負だッ…!」

 

冒険をしよう。

 

この譲れない想いのために。

 

挑もう。

 

この期待に応えるために。

 

憧れた二人を置いて、少年はミノタウロスに駆けていった。

 

ーーーーーー

 

「ま、獲物の横取りはルール違反だわな。…それとテメェ、今アイズのことなんつったぁ!?」

 

「……」

 

「……」

 

……後ろで雑種が吠えているが、耳に入らん。

 

続々と足音が聞こえてくるところから、雑種の連れもここに来たのだろうが、視線を動かすことはしない。

 

隣で見ていた雑種もやって来た仲間に視線を向けることはしなかった。

 

ーーーベルとミノタウロスが闘ってる光景から視線を動かせなかった。

 

ーーーーーー

 

『ヴォォォォォッ!』

 

吠え声を上げ大剣を振り下ろしてくるミノタウロスに、逃げ遅れたパゼラートが叩きおられた。

 

しかし、僕の顔は絶望していない。

 

振り下ろしで防ぐことのかなわない顔に、短剣の残骸を放った。

 

『ォオオオッ!?』

 

ミノタウロスが目をつぶり、それを防ごうとした。

 

その瞬間、僕は振り下ろしたままの右腕にナイフを突き刺した。

 

『ヴモオォォッ!!』

 

深々と刺したナイフ。

 

その痛みから逃れるために、ミノタウロスは握っていた大剣を手放し、後方に下がった。

 

僕はミノタウロスが手放した大剣を地面から引っこ抜いた。

 

「うわああああっ!!」

 

『ヴグゥッ!?』

 

強靭な肉体を斬りつけ、敵に地を流させた。

 

振り回すように大剣を使い、ミノタウロスの体に着々と傷を増やしていった。

 

『ヴォォ…。ォオオオオオオッ!!』

 

後退していたミノタウロスが、吠えた。

 

そして、ミノタウロスは両手を地面につけ、踏みしめた。

 

しかし、その姿を見ても僕は怯まない。

 

ここに来て逃げ出す等の醜態を晒せるものかっ!

 

「あああああああああッ!!」

 

『ヴヴォオオオオオオッ!!』

 

両者の雄叫びが、ルームに轟いた。

 

大剣の振り下ろしと、ミノタウロスの残された角によるすくい上げ。

 

その両者の一撃は、金属の砕ける音と共に、後者に軍配が上がった。

 

ーーーだが。

 

「切り札は…。こっちだぁぁっ!!」

 

絶叫とともに、すれ違った体にブレーキをかけミノタウロスの脇腹にヘスティア・ナイフを突き刺した。

 

そして…。

 

「ファイアボルト!」

 

ミノタウロスの体内で何かが爆発した。

 

「ファイアボルトォッ!」

 

ついで口と鼻から緋色の炎が噴出した。

 

だが、ミノタウロスはまだ生きていて、そして残った力で腕を振り上げた。

 

肘鉄の降り下ろしが落ちようとしていたが、僕は…。

 

ーーーその時王様と目があっていた。

 

「……さぁ見せてみよ、ベル(・・)よ」

 

僕の名を呼んだ王様に答えるように、僕は叫んだ。

 

「ファイアボルトォォォッ!!」

 

爆散。

 

ミノタウロスの上半身が弾け飛んだのを見て、僕の意識はそこで落ちた。

 

ーーーーーー

 

「……くっくっ」

 

信じられないものを見たかのような『ロキ・ファミリア』のメンバー。

 

ギルだけが、一人笑っていた。

 

「フハハハハ…。素晴らしいぞ、やはり我の見込んだ通りだったか!」

 

「……っ!おいお前、あのガキは一体っ…!」

 

「いつまで寝ているのだ、リリよ」

 

呆然となっていた中で、ベートだけが先に意識を取り戻し、近くにいるギルに聞こうとしたが、ギルはそれを無視し、今だ目を覚まさないリリを起こそうとペチペチ叩いていた。

 

しかし、それでも目を覚まさないリリを見て、ため息を吐きリリを脇に抱え、ベルの方に歩いていった。

 

「お、おいっ!?」

 

「名前は?」

 

「えっ?」

 

「彼の名前は?」

 

「し、知らねぇ…。聞いていない…」

 

再度呼び止めようとしたベートだったが、隣に立っていたフィンに質問された。

 

その質問につられるように他のメンバーからも視線を向けられたが、ベートは答えられなかった。

 

「ベル」

 

代わりにアイズが口を開いた。

 

「ベル・クラネル」

 

依然としてその視線は動かさずに。

 

……そしてその視線の先で、ギルはベルに近づき一言だけ伝えた。

 

「認めよう、ベルよ。やはり貴様はこの我の見込み通りだ」

 

意識を失ったベルに伝わるはずはなかったが、その表情は晴れ晴れとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ベル・クラネル

Lv.1

力:S982

耐久:S900

器用:S988

敏捷:SS1049

魔力:751


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Fate ーFull Moon ー
発展アビリティ


ベルLv.2。

発展アビリティには聞いたことのないものが…。


「……まさかこれほどの余興になるとは…。くっくっ」

 

薄暗いダンジョンの中、リリを脇に抱えベルを背に背負い、先の死闘を思い出し一人笑い声を上げる。

 

……途中出くわすモンスター達は、我の一睨みの元去っていった。

 

「そう言えば、こやつに報奨をくれてやらねばな…」

 

ふと、何時か言った言葉が脳を掠めた。

 

……やはりこやつには剣でもくれてろうか。

 

自身の宝物庫の中でどれをやろうか考えていたが、その時自身の腰に備えられている(・・)に目がいった。

 

「……良いか。こやつには武器(ナイフ)もある、今回は傷を癒す為にもコレにしておくか…」

 

そう決定付けるとベルを地面に降ろし、鞘をベルの体に当てた。

 

……この時ギルは、ヘスティアから受け取ったままのベルのステイタス()を落としていたことに気付かなかった。

 

ーーーーーー

 

「……これは?」

 

「おい、どうしたアイズ!」

 

ギルが二人を連れて去っていった後、アイズは落ちている紙に気がついた。

 

……あの人の、落とし物?

 

そう思って裏返して確認してみると、驚きの事実が書かれていた。

 

「あの子のステイタスとか気になるよね!」

 

「ちっ、ババアが早くに気がついていれば、分かったものがっ!」

 

「……貴様は私に盗み見をしろと言うのか…」

 

終始、会話の内容は先の死闘を行っていたベルの話題だった。

 

第一級冒険者と呼ばれる彼等も、先のベルの動きからどれ程のアビリティかと推測していたが、アイズは唐突にその紙に書かれている文字を口にした。

 

「……S」

 

「ん?」

 

「何がだい、アイズ?」

 

黄金の瞳は鋭くその紙を見つめていた。

 

「魔力以外、オールS。あの子のステイタス…」

 

『オールS!?』

 

ルームにいたメンバーは声を揃え驚愕した。

 

彼らは一瞬、言葉を失った。

 

……魔力がSではなかろうと、身体能力面のアビリティが全てS等聞いたことがない。

 

「ア、アイズッ!それ見せて!」

 

「おいっ!それ寄越しやがれ、アイズッ!」

 

「……」

 

「「ああーっ!?」」

 

ベートとティオナは、アイズが手に持つ紙を奪おうと詰め寄ったが、それより早くアイズは紙を剣で細切れにした。

 

それを見て慟哭の声を上げる二人。周りにいた他のメンバーも見たかったのか、あっと声を上げていた。

 

暫しアイズのことを呆然と見ていたメンバーだったが、フィンがいち早く意識を取り戻した。

 

「こほん。…まぁ、アイズの対応は合っているよ。他人のステイタスは無闇に流布するものじゃないし…」

 

「そうだな…」

 

「そ、そうですよね団長…」

 

渋々と言うように納得する二人。紙を奪おうとした二人だけが、口惜しそうにアイズを睨んでいた。

 

……この時アイズは一つの事実を伝えていなかった。

 

ーーーSS、アビリティの限界突破という、目を疑う事実を。

 

ーーーーーー

 

数日後、ヘスティア・ファミリアのホーム。

 

「Lv.2に成ったって本当ですか、神様っ!?」

 

あれから傷は癒え無事完治したベルは、神様から聞かされた言葉に興奮し、机から身を乗り出した。

 

「ああ、本当だよベル君。だから少し落ち着きなよ…。それにまだランクアップはしてないよ」

 

「えっ?何でですか、神様?」

 

「発展アビリティを選ばないといけないからね、まだ選んでないのにランクアップするわけにはいかないんだよ。…アドバイザー君から聞いているだろう?」

 

「あっ、アハハ。そう言えばそうでしたね…」

 

忘れてました…。顔を羞恥で赤く染めながらも、口許はニヤケっぱなしだった。

 

「浮かれるのは良いが、もう少し抑えるがよいベルよ」

 

「は、はい王様」

 

「まったくだよベル君…。それで君が発現したアビリティなんだけどね…」

 

浮かれる僕とは対照的に神様は歯切れが悪いようだった。

 

……どうしたんだろう?出てきたアビリティが良くなかったのか?

 

神様の態度に内心不安になってきた…。

 

「ちょっと見当もつかないんだよね…」

 

そう言って神様は紙に出現した発展アビリティを書き始めた。

 

「一つ目は『狩人』。これはまだ良い…」

 

「『狩人』!それにします神様っ!」

 

『狩人』冒険者からも神様達からも、人気の高い項目だ。

 

まさか僕に発現するとは思わなかったため、即答でそれにしますと言ったが、最後まで聞きなさいと諌められた。

 

「二つ目は『幸運』。…コレも僕には良く分からない。勘になるけど加護に近いのかも知れない。僕的にはコレかな?」

 

「こ、『幸運』ですか?」

 

聞いたことのないアビリティに神様は自身の推測を語ってくれた。

 

『加護』…神様が言うには本人の預かり知らない所で働く超常的な護りらしい。神様が言うにはコレに近いんだとか。

 

神様がコレを選んだ理由は、普段から危なっかしいからだと…。

 

う~ん、僕は『狩人』の方が良いかな…。

 

「最後に!」

 

「ま、まだあるんですか、神様!?」

 

「……うん。コレについては本当に意味が分からないんだよね…」

 

神様が分からないって、どういうアビリティだろう?

 

僕は固唾を飲み込み、隣で聞いていた王様は、カップに口を当て飲み物を口に含んだ。

 

「……『担い手』。一体何を担うものなのか、僕には分からない…。だからあまりおすすめはーーー」

 

「馬鹿なッ!?」

 

ガシャンッ!と大きな音を立てて、手に持ったカップが落下し、王様は驚きの声を上げた。

 

王様が驚愕した姿を見て、僕達もビックリした。

 

……王様は何か分かるのかな?

 

「お、王様君?大丈夫かーーー」

 

「……ベルよ、『担い手』だ!『担い手』を選べ、それ以外あり得ん!」

 

他のスキルには何の反応もしなかった王様だったが、『担い手』というスキルを聞いて語気を強めて勧めてきた。

 

「お、王様っ!?で、でも他のスキルも…」

 

「たわけ!王足る我の決定だ、異論は認めん!」

 

え、ええっ!?

 

「待ちたまえ王様君!ベル君には幸運が良いっ、絶対にだっ!」

 

王様の断定するような言い方に、神様はそれでも『幸運』が良いと反論した。

 

ど、どうしよう?

 

狩人も捨てがたいけど、この二人の感じから『幸運』か『担い手』(どちらか)にしないと不味い気がした。

 

「たわけがっ!ベルよ、コレは貴様が英雄になるために必要な物だ!ならば、悩む必要などなかろう!」

 

「ず、ずるいぞ、王様君!そんな言い方は…」

 

「……!」

 

英雄になるために必要なもの…。

 

ならば、悩む必要なんてない!

 

英雄王(おうさま)がここまで言ってくれるんだ、信じよう!

 

……神様ごめんなさい。と内心で謝ると、神様はまったくと言って、言い争うのをやめた。

 

「神様、僕っ!『担い手』に決めます!」

 

「分かったよ…!」

 

「うむ。それでよい!」

 

王様は満足気に頷き、神様もなんだかんだ言って最後には笑顔で頷いてくれた。

 

……この後ギルドに行き、ランクアップしたことをエイナさんに伝えたが、大声で驚かれた。

 

そんなこんながあったが、晴れて僕もLv.2となった!

 

 



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英雄願望

ついにLv.2となったベル。

神会(デナトゥス)で二つ名を決めることになるが、そこに一枚の紙が紛れ込む。

そして、待望のスキルが発現する。


「もうエイナの弟君の馬鹿ぁ!」

 

「……ごめんミイシャ、でも言い過ぎだよ…」

 

ギルドのとある一室。

 

ミイシャと呼ばれた小柄な女性は小言を言いながらも書類を製作していた。

 

神会が間近に控え、ミイシャは書類製作を終わらせて一息付けると思っていた矢先に、急遽報告されたベルのランクアップ。

 

……一ヶ月半でLv.2になるなど思っても見なかったことに、ミイシャはあり得ないっ!と内心で叫びながら書類を書き進めた。

 

「て言うか、この活動報告もあり得ないし!どうすればLv.1の冒険者がミノタウロスに勝てるのっ!?」

 

「それについては、確かにそうだね…」

 

活動報告書の中に記載されている情報を見てミイシャは叫び、エイナは再度頭痛がする頭を右手で抑えた。

 

「まったくもーっ!」

 

苛立ちの声を上げながら書類は書き進められた。

 

……そうして、不出来ながらも完成した書類だったが、その時に一枚の紙が混ざってしまった。

 

ーーーーーー

 

『第ン千回神会開かせてもらいます、司会進行はうちことロキや!よろしくー!』

 

『『『イェー!』』』

 

円卓についていた神々は盛大な喝采と拍手をして盛り上がった。

 

糸目がちな瞳を笑みの形に緩ませながら、周囲の神々に手をあげて自身が司会に成ったことを告げる。

 

今回から初参加のヘスティアはその様子を見て不満げに呟いた。

 

「……何でやつが司会進行役なのさっ」

 

「自分から買って出たらしいわよ?何でも暇なんですって」

 

「ふんっ、暇なやつ」

 

ロキの姿を見て悪態をつくヘスティア、ヘファイストスは神友のそんな様子を見てため息を一つこぼした。

 

そんな様子を気にせず神々は好き勝手に喋りだし、忙しなく話題を変え情報を交換し合った。

 

「……ならそろそろ次に進もうか。命名式に…!」

 

それまでの弛んだ空気を一変させて、神々は緊張した面持ちに切り替えた。が…。

 

神会常連の一部の神々は、これ見よがしにゲスな笑みを浮かべた。

 

「資料は行き渡ってるな?ならいくでー?」

 

そうして悲劇(うたげ)は始まった。

 

神々の感性によってけられる称号は、子供達は目を輝かせるが…。

 

「じゃあセトの所の、セティっちゅう冒険者は『暁の聖龍騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)に決定!』」

 

「イテェエエエエエエッ!?」

 

神達はその『痛恨の名』で見悶えてしまう。

 

今も決定された称号に悶絶する神、そんな彼を指し爆笑する神々。

 

「ひ、酷すぎる…」

 

「あんたの気持ちはよーくわかる…」

 

ベルに意気揚々と無難な称号を勝ち取ってくると豪語したヘスティアだったが、その凄惨な光景にむ、惨いと目を背けた。

 

 

今も自分の気のいい神友が慟哭を散らしていたが、犠牲者は絶えることなく命名式は進んでいった。

 

そして…。

 

「じゃあ、いよいよ次で最後や!」

 

ヘスティアはぐっと息を吸い込んだ。

 

神会が始まる直前に滑り込んだこともあって最後になっていた、ベルだ。

 

そして、ヘスティアは周囲に目を向けた。

 

……沢山の笑みがあった。それはそれは下品な笑み(いいえがお)だった。

 

最初で最後の正念場だとヘスティアは己に言い聞かせる。

 

ーーーその直後、ロキが静かに立ち上がった。

 

「……ロキ?」

 

「二つ名決める前になぁ、ちょっと聞かせろや、ドチビ」

 

周囲の反応を一切無視し、先程までの雰囲気を一変させ細い目をスッと開く。

 

「一ヶ月半でうちらの『恩恵』を昇華させるっちゅうのは、どういうことや?」

 

バンッ、と。ベルの資料の上から手のひらを卓に叩きつけた。

 

「うちのアイズでも最初のランクアップを迎えるのに一年かかったんやぞ?それをこいつは一ヶ月やと?なにアホ抜かしとんねん」

 

過去のLv.2到達最高速度と同記録であった偉業に、オラリオが、世界が大いに騒いだ。

 

「うちらの『恩恵』はこういうもんやない。おいこら、ドチビ、納得でけるよう説明せえ」

 

「……」

 

凄みを利かせるロキに、不味い、非常に不味いと胸中でだらだらと汗が流れた。

 

「言えんのか?まさか(うちら)の力使ったんやないんやろうな?」

 

「そ、そんなことするわけないだろうっ!」

 

「じゃあ、どういうことか説明せい」

 

再度問い詰めてくるロキに、困った表情を浮かべ言葉が詰まった。

 

他の神々も興味津々といった風で、誰も口を挟まない。

 

……万事休すか…。

 

「あら、別にいいじゃない」

 

諦めた瞬間、一人の女神がその美しい声を響かせた。

 

「あぁん?」

 

ヘスティアに向けられていた視線は、その女神ーーーフレイヤに一斉に集まった。

 

フレイヤはその向けられた視線たちに動じることもなく、あっけらんかと言葉を続けた。

 

「ヘスティアが不正をしていないなら、無理に問いただす必要はないでしょう?団員のステイタスを知ろうなんて禁制(タブー)のはずよ」

 

「一ヶ月やぞ?この意味分かって言ってんのか、色ボケ女神」

 

「ふふ、どうしてそこまで強情になっているの、ロキ?」

 

微笑を崩さないフレイヤは自身の推測を語っていく。

 

「この子は奇跡的にも、あのミノタウロスを倒したのでしょう?Lv.という差を覆して。このミノタウロスが因縁の相手だった場合、獲得した経験値は…。それこそランクアップするかも知れないじゃない」

 

フレイヤの推測に神会が揺れた。

 

資料にも載っているように、ベルは二度に渡ってミノタウロスに遭遇し、うち一度は撃破している。

 

その内容に、周囲の神々を同調の意を示しかけ、ロキも口をへの字に曲げた。

 

そしてフレイヤはヘスティアに微笑みを浮かべたまま一目見て、席から立ち上がった。

 

「あれ。フレイヤ様、帰んの?」

 

「ええ、急用を思い出したから、失礼させてもらうわ」

 

「最後の最後だし、決まってから帰ったら?」

 

「ふふ、悪いわね。でも、そうね…」

 

資料に載っているベルの似顔絵を見て、一言。

 

「どうせなら、可愛い名前をつけてあげてね?」

 

「「「オッケーッ!」」」

 

男神達は清々しい笑みと共に、声を揃えた。女神達はその様を見て、生塵を見るかのような視線を送った。

 

……一人ロキだけが、去っていくフレイヤの背を開いた目のまま見ていた。

 

取りあえずの危機が去ったことにヘスティアは、内心でため息を一つこぼした。

 

「「「決まったー!!」」」

 

そんな彼女の心情を知らず内にベルの称号は決められた。

 

これで決まりかと思い、次々とフレイヤの後に続くように立ち上がる神々だったが。

 

ロキが何気なくベルの紙をずらすと、一枚の冒険者登録(・・・・・)の紙が混ざっていたことに気づいた。

 

「あぁん?」

 

「ん?どうしたんロキ?もうお仕舞いだろ」

 

「何々?何見てんの?」

 

ロキの訝しげに呟いた言葉に、去っていこうとした神達はロキに視線を向けた。

 

暫し、その紙を見ていたロキだったが…。

 

「アハハハハッ!こいつは傑作やでー!」

 

唐突に笑いだした。

 

ロキの様子を見ていた神達も、腹を抱えて笑うロキに興味を示し、後ろに覗きこんだ。

 

「ブフッ!こ、こいつは!」

 

「くっ!なかなかやるわねこの子!」

 

そして同じように笑いだした。

 

ベルの称号が無難なものに決まり、安堵のため息をついて帰路につこうとしたが…。

 

「ブフッ!お、おいドチビー、お前んとこにはおもろいやつがおんなー!」

 

いつの間にか笑い声をあげる神々に、囲まれたロキに声をかけられた。

 

「なんだいロキ、もう終わったはずだろ?だったらその貧相なものをもう見たくないし、僕はもう帰るよ」

 

「なんやとっ!?まぁいいわ。これお前んとこのやつやろ?」

 

何時もならつかみかかってくるロキが、この時は笑ったまま一枚の紙を見せてきた。

 

ヘスティアは訝しげにその紙を見たが、瞬間絶句した。

 

「んなっ!」

 

写真に写っている人物はギルだった。しかし書かれている内容が…。

 

 

ーーーーーー

 

名前|このような安い紙に書く名など持っていないわ!

 

所属ファミリア|ヘスティアとか言う駄神の所にい・ち・お・う入っている

 

前職業・現職業|天上天下において王とは我一人

 

持っていればスキル等|よくわからんが、宝物庫なら持っているわ

 

特技|お金持ち

 

ーーーーーー

 

「なん…だ…と…?」

 

「ほんま愉快なやつやな。ブフッ、なんやドチビの所には王様さんがおんのか?」

 

ロキの笑い声に同意するように、周りの神々も笑いだした。

 

隣でチラッと見た神友のヘファイストスも、その内容に口許を手で隠し顔を背けた。

 

……くっ、君もかいヘファイストス。と言うよりなんだいコレはっ!?

 

ーーー前回ベルと一緒に冒険者登録しようと書いた紙で、エイナが「ふざけないでっ!?」と一喝したものだったが、捨てることを忘れていて、今回神会の書類に混ざってしまい、運悪く悪戯者(ロキ)に見つけられてしまった。

 

「ブフッ!で、こいつはどうしましょうかねロキさんや?」

 

「フフフ、こんなおもろいやつ滅多におらんからな」

 

「ロリ神、こいつ名前なんて言うんだよ?」

 

一様に神々は興味を持ったのか、書類に記載されている人物の名前を聞いてくるが…。

 

「……王様君は王様君だよ…。僕も名前は知らないし…」

 

そう言えばと、ヘスティアはふと思った。

 

今まで王様君と呼んでいたが、名前を聞いていないことに。

 

「なんやそれ?自分とこの子やろ、ステイタスに乗っとるやろ」

 

「いや、恩恵与えてないんだよ、王様君には」

 

「ブフッ!なんや、そしたら恩恵も貰わずに冒険者になる気やったのか?アホやな~」

 

ロキにつられるように周囲にいた神達も笑い、今どきそんなやつがいるかよ、と口々に口にした。

 

「もういいだろ!僕は帰るよ!」

 

自身の家族を馬鹿にされて頭に来たヘスティアは、ロキ達を置いて扉に向かおうとしたが。

 

「まぁ待てドチビ」

 

「ふむゅっ!?」

 

自身のツインテールを引っ張られた。

 

「何するんだ!?」

 

「いやな、こんなおもし…可哀想な子のためにうちらは名前をつけて上げようと思ってなぁ…。なぁ、みんな?」

 

「「「もちろんっ!!」」」

 

後ろを振り返り他の神々に聞くと、皆口を揃えた。

 

これほどの逸材(おもしろいやつ)を、娯楽に飢えた神々が見逃すはずもなかった。

 

「んじやぁ、みんなもう一回席ついてやー!」

 

「「「オッケーッ!!」」」

 

「っつても、これじゃあ情報が少なすぎるわ。ドチビなんか他にないんか?」

 

「ドチビ、ドチビ言うな!…そう言えば前にベル君が英雄王とかなんとか言ってたっけ?」

 

こうして、冒険者でもない者の名前を決めるため、神会は続いた。

 

ーーーそして、その紙を一人の女神が見ていた。

 

「……ふーん。内容はアレだが、顔を見るに随分良い男じゃないか…」

 

ーーーーーー

 

「くしゅんっ!」

 

「あれ、王様風邪ですか?」

 

「たわけ、我が風邪など引くか。どこぞの雑種が噂でもしているのだろう」

 

二人しかいないホーム。

 

ベルは自身に始めて(・・・)発言したスキルが載っている紙を見てため息をこぼした。

 

「はぁ…。『英雄願望(アルゴノゥト)』か…」

 

「良いではないか。我に畏敬の念を抱いているのだ、必然だろうに。しかし、愛い奴だなベルよ」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

またからかわれたことに、ベルは顔を真っ赤にさせ悲鳴をあげた。

 

 

 

 




英雄王の二つ名募集中。

やっぱりAUO?

活動報告にも書きました。

是非そちらに書いてください。


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没ルート

もしもの話です。


「やったぞベル君、無難だ!」

 

「か、神様!?」

 

「……ヘスティアよ、騒がしいぞ。もう少し大人しく入れ」

 

嬉々として帰ってきた神様。その勢いのまま僕に抱きついてきたが、僕はその無難という言葉に引っかかった。

 

「『リトル・ルーキー』それが君の二つ名だよ!やったねベル君!」

 

「『リトル・ルーキー』か…。まぁましな名だな」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

その二つ名に王様は同意していたが、僕的には…。

 

……うん。神様達が決めてくれた二つ名なんだ、不満なんてないな。うん、ない。不満なんて……ない…。

 

喜んでいた神様だったが、そこでふと、王様と目が合った。そして一瞬で反らした。

 

あれ?なんかあったのかな?

 

「なんだヘスティア、今の態度は?」

 

「い、いやっ!?何でもないよ。…ただ…」

 

この時の王様はまだ優しかった。そうこの時(・・・)までは。

 

僕も歯切れが悪いその言葉に気になったが、王様をチラチラと見ていた神様は、生唾を一つ飲み込んでから意を決したように口を開いた。

 

「き、『金ぴか』くん…」

 

「はぁ?」

 

「えっ?」

 

初めて王様がすっとんきょうな声をあげた。僕も声が小さかったが確かに聞き取れた。

 

……『金ぴか』君?

 

王様の訝しげな視線を向けられながら神様は神会であったことを語っていく。

 

「実は今日、神会があって…。命名式の時に、君の冒険者登録書が混ざってたんだ…」

 

「あ、アレですか…!」

 

「ああ。そのようなもの、最初に書いた記憶があるな…」

 

未だ歯切れが悪い神様だが、僕はそれに合点がいった。

 

……アレを見たのかぁ…。

 

オラリオに来て冒険者になろうとした時に書いた紙だったが、王様も一緒に書いたのだが…。

 

内容が酷くアレだった…。

 

勿論そんなもの通るはずもなく、エイナさんによって却下されたが、アレを神様達が見たのかぁ…。

 

ーーー下界に娯楽を求めてやって来た神様達が見逃すはずないよなぁ…。

 

「……それで、名前が書いてないことに神達(あいつら)は気づいたんだ…」

 

「当然だ。あのような駄紙に我の名がかけるか、我の名を残すのであれば、最高級の羊皮紙を用意するべきだ。…それで、どうしたのだヘスティア?」

 

「き、君の名前を、二つ名を決めようって話になったんだ…」

 

「ほう…」

 

隣で座っている王様の雰囲気が変わった。

 

それを感じた僕は、もう顔をあげていられなかった。

 

……もしかして、さっき神様が言ってたのって…。

 

「き、『金ぴか』という名に決まったんだ…っ!」

 

ーーーホームは静寂になった。

 

唯一聞こえるのは僕と神様の震える(・・・)音だけだった。

 

……隣を見ずとも分かる。今王様は怒ってらっしゃる。

 

いつか路地裏で感じたプレッシャーに僕達は子ヤギのように震えるだけしかできない。

 

「……誰だ?」

 

「「ひっ?」」

 

王様はゆっくりと口を開いた。

 

その声はまだ小さかったが、僕達は悲鳴をあげた。

 

「どこの雑種だと聞いている?…さっさと言わんかたわけっ!!」

 

「「ひぃぃっ!!」」

 

怒鳴り声に僕は座っているソファーから飛び退き、神様はホームの入り口の階段に隠れるように身をかくした。

 

「この我にそのような名を付けるか…。なるほど、余程死にたいらしいな!」

 

「お、落ち着いてくれ、王様君っ!?」

 

「おおお、お願いです王様っ!?静まってください!?」

 

脱兎の如く、神様の後ろまで周り二人で王様をなだめようとしたが。

 

……無理!って言うかこの前のミノタウロスなんか比じゃないくらい怖い!!

 

「ヘスティアッ!さっさと下手人の名を言わんかっ!!」

 

「ひっ!?ロ、ロキの奴で、ご、ございます!」

 

「ベルッ!そやつは何処にいるっ!!」

 

「ひ、ひぃぃっ!?た、確か、ロ、ロキ様のホームは、た、黄昏の館とか言う場所です!」

 

「……そうか」

 

スッと、王様は立ち上がり僕達の方に寄って来た。寄ってくる王様に僕達は立てなくなり、ホームの中とはいえ整備されてない地面に座り込んだ。

 

だが王様は僕達に目もくれず、階段を上っていきホームから出ていった。

 

王様が去っていくのを震えながら見ていたが、その背中はやがて見えなくなった。

 

「「……」」

 

王様がいなくなったのが分かり、気づかない内に抱き合っていた神様と目が合った。

 

「「こ、怖かったぁ…」」

 

ーーーーーー

 

ーーーロキ・ファミリアホーム『黄昏の館』

 

「……かぁ、やっぱり皆がいないと暇やなぁ…」

 

その中の一室で、ロキはベットに寝そべりながらそう呟いた。

 

……ファミリアのメンバーは遠征で出払っているため、ロキは広いホームの中一人いた。

 

「なんかおもろいこと起きんかなぁ。……こう急に隕石が落ちてきたり、ラグナロクー!が起きたり…」

 

独り言を言ってみたが、自身の荒唐無稽な発言に思わず笑った。

 

やることもないし、寝よか…。そう思った直後…。

 

ドゴォンッ!!

 

「な、なんやっ!?」

 

ホームの入り口、門が建っている辺りから爆音(・・)が響いた。

 

目を見開き、驚きの声を上げたが。ロキはすぐさまベットから飛び起き爆音が響いた場所に駆けていった。

 

ーーーそこには一人の男が立っていた。

 

「……貴様がロキか…。なるほど、下手人らしい貧相な体だ」

 

「お、お前は!?」

 

崩れ去った門の前に立っていた男ーーーギルは、目の前に現れたロキにそうこぼした。

 

「『金ぴか』か?…お前一体、どこのファミリアにこんな真似したのか分かっているのか?」

 

「……ほう。この我を前にして、まだふざけた口が聞けるか…。くっくっ、なるほど貴様は我が裁くにふさわしい賊だな」

 

ロキは目の前に立っている男に恐れることもなく、逆にその細い目を見開いたまま威嚇した。

 

「笑いごとちゃうぞ、お前?天下のロキ・ファミリアに喧嘩吹っ掛けんてんやぞ?」

 

「はっ!この我の前で天を語るか?おごがましいにもほどがあるぞ、雑種?」

 

そして、腰に備えられた剣を抜き、ロキの眼前に突き出した。

 

……だが、ロキはそれを前にしても怯えることもなく…。

 

(うち)に剣を向けるか?」

 

ーーー女神(ロキ)は神威を解放した。

 

下界の者を平伏させる神の威光。(こうべ)を垂れざるをえない超越存在(デウスデア)としての力。

 

……だが。

 

「貴様こそ誰に吠えている、雑種(・・)

 

ーーー目の前の男は神の威光(それ)を何事も無いように受け流し。あまつさえ、その眼光を鋭く光せていた。

 

ロキは神威を受け流した男に驚愕した。だが、自分のホームに強襲してきたこの男を許すはずはしない。

 

「……うちの所の子は、皆遠征で出払っている。帰ってきたら相手してやるさかい、精々それまで震えてな『金ぴか(・・・)』」

 

「……ほう、この状況になって我に待てと言うのか…。だがよかろう、貴様のその雑種共、我が貴様の目の前で一人残らず葬ってやる。その時に貴様がどうするか見物だな、雑種(・・)

 

向けていた剣は鞘に納められた。ギルはそれだけ言うとロキに背を向け去っていく。

 

ロキはその背中を見開いた目で睨み付けていた。

 

『ロキ・ファミリア』vs『英雄王ギルガメッシュ』

 

ここに両者による『戦争遊技』が決まった。

 

続かない!

 




という風になって、オラリオbatendが決まっちゃうので、かっこいい二つ名お願いします。


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酒宴

ベルのランクアップを祝うことになった。

『豊穣の女主人』にてささやかな打ち上げをすることになった。


「た、大変だった…」

 

「むっ?やっと来たかベルよ」

 

「ベル様!こちらです!」

 

『豊穣の女主人』に向かう途中、神様達に囲まれ酷い目にあった僕。店に駆け込んだ僕を見て、王様とリリは声をかけてきた。

 

二つ名を神様から聞くために残ったのだが、王様は待たずに先にお店に来ていてお酒を飲んでいた。

 

「ベル…?」

 

「白髪のヒューマン…、間違いねぇよ。『リトル・ルーキー』?」

 

「あれが、世界最速兎(レコードホルダー)か…」

 

王様達のテーブルに向かっている間に複数の視線が僕に向いているのがわかった。

 

僕は奇異の視線に晒されて、首を傾げた。

 

……やっぱり、僕を見ている?

 

見られていることに緊張し、姿勢を低くしながらテーブルに向かい、腰を下ろした。

 

「一躍人気者になってしまいましたね、ベル様」

 

「そ、そうなの?何だかすごく落ち着かないんだけど…」

 

「名を上げた冒険者の宿命みたいなものです。どうか我慢してください」

 

「はん、いちいち反応するでないベル。しょせん有象無象の雑種、気に止める必要もない」

 

……相変わらずだなぁ…。

 

王様の不遜な物言いに苦笑いしながら、僕はシルさんに飲み物をお願いした。

 

数分後、いつか助けてくれたリューさんと一緒に戻ってきたシルさんは、僕に飲み物を渡してから同じテーブルに座った。

 

「あの、シルさん達はお店のほうは…?」

 

「酌の相手がいないと王様が怒るだろ?とミア母さんの伝言です」

 

「……ふむ。今日はリリが相手をしていたが、そういうことなら…。リューよ、注げ」

 

「はい」

 

僕の隣にシルさんが、王様の隣にリューさんが座り、そしてリリが持っていたお酒を受け取り、グラスに注いだ。

 

「さぁ、ベルさん。沢山飲んでくださいね?今日はベルさんが主役なんですから。それとも、何かお食べになりますか?」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「リリよ、それを我によそえ」

 

「はい、王様!」

 

 

……僕のランクアップのお祝いなんだよね?

 

リューさんにお酒の酌をしてもらい、リリにツマミを小皿によそわせている王様を見て、そう思ってしまう。

 

……て言うか、リューさんが持っているお酒…。あれはワインかな?すごく高そうだし…。

 

「むっ?どうしたベルよ。貴様も飲むなり食べるなりするがよい。今日は貴様がランクアップしたことを祝うのであろう?」

 

「そうですよ、ベルさん!」

 

「は、はい。…そう言えばシルさん、すごい機嫌良さそうですね?」

 

王様もそう思ってくれてることに、内心でホッとしたが、どうにも先程からシルさんは、興奮しているように思える。

 

「そうですか?…でも、私のお手柄というのはおこがましいんですけど…。あの本を渡して、ベルさんのお役に立てたのかな、って。そう思ったら、なんだか嬉しくて」

 

こちらの瞳を見つめて上目使いに微笑むシルさんは、強烈だった。

 

そして机の下でのリリの足への蹴りも、痛烈だった。

 

極めつけは、王様の投げたフォークだった。痛い。と言うかおでこに刺さった。

 

「って、王様酷いですよ!」

 

「たわけ。我の前でその様な情けない顔を見せるでない」

 

フォークを抜いて抗議したが、王様は冷めた目で僕を見ていた。隣にいたリリもうんうん、と同意するように首を縦に振っていた。

 

「ですが、本当におめでとうございます。よもやたった一人でランクアップを成し遂げるとは…。どうやら見誤っていたようだ」

 

「い、いやぁ…」

 

先程の流れを断ちきるように、リューさんは賞賛の言葉をかけてくれた。

 

いやぁ、嬉しいですけど。上手く笑えない…。

 

「それでクラネルさん、今後はどうするのですか?」

 

「?」

 

「貴方達の動向が、私はいささか気になっています」

 

……明日はリリがお休みするって言ってたし、壊れた防具の買い物かな?それにダンジョン探索もそろそろ再開しなきゃなぁ…。

 

と考えていた僕の思考が分かったのか、王様が口を開いた。

 

「……間違っているぞベルよ。こやつの言っているのは、もっと先だ」

 

「え?」

 

「はい。…そうですね、具体的に言いましょう。貴方達はダンジョン攻略を再開させる際、すぐに『中層』へ向かうつもりですか?」

 

その言葉で、やっとリューさんの意図がわかった。

 

ランクアップしたこともあるし、顔を覗かせようとは思っていた。…それに王様もいてくれるなら。

 

「ベルよ。我は今後、穴蔵には潜らんぞ」

 

「「えっ?」」

 

リリと僕の声が重なった。

 

「……どうにも貴様は我にすがろうとする節がある。それでは貴様が育たんからな」

 

「っ!」

 

その答えに僕は先日のミノタウロスとの闘いを思い出した。

 

……そうだ、僕はあの時王様にすがってしまった。情けなく震えながら。

 

「なに、そう険しい顔をするでないベルよ。あの時のこと我は許そう。だがこの先は別だ、今後も我にすがるようなら…」

 

「分かっています。…でも」

 

僕は俯いてしまった顔を上げ、王様の目を見た。

 

「これからは、あんな無様な真似は見せません!」

 

「フッ、そうか」

 

僕の答えに王様は満足気に笑い、お酒をあおった。リリ達は何が何やらという風に、話が理解できなかったが、王様が笑ったのを見て飲むのを再開した。

 

「では…」

 

「はい。ひとまずは11階層で体の調子を整えて、もしも行けそうだったら12階層まで…。そんな感じにします」

 

「ええ、それが賢明でしょう」

 

上層の区切り、12階層までは足を踏み入れると伝えた。その先は…いよいよ中層だ。

 

「そうするとベル様、リリ達もパーティーを増やさないとなりませんね」

 

「ええ。そうすべきだ、ダンジョンには三人一組(スリーマンセル)が基本。貴方達は後一人、仲間と呼べる者を見つけた方がいい」

 

リリの提案にリューさんは同意した。リリと僕だけでは、いざというときに戦えるのは僕だけになる。

 

う~ん、と首を傾げ悩む。

 

仲間になってくれる人に心当たりが無さすぎて、意見を求めようと王様をチラッと見る。

 

「……言ったそばから我にすがるでない。貴様がどのような雑種を選び、こき使おうが我は文句は言わん」

 

……駄目だった。

 

ていうか別にこき使いませんよ!?

 

僕は文句を内心で押し止め、また悩んだがいい案は出てこない。

 

……そんな時。

 

「はっはっ、パーティーのことでお困りかぁっ、『リトル・ルーキー』」

 

えっ?誰?

 

他のテーブルで飲んでいた、冒険者と思われる男が声をかけてきた。その後ろを見ると仲間を二人連れていた。

 

すごい、いかついなぁ…。

 

「話は聞ぃーた。仲間が欲しいんだろ?なら、俺達のパーティーに入れてやろうかぁ?」

 

その内容に驚いた。まさか見ず知らずの他人から、パーティーの誘いを受けたのだから。

 

「それで、な!俺達がお前を中層に連れてってやるから…」

 

雲行きが怪しいな…。

 

他の皆もどこか嫌な予感…というよりこの冒険者達の目付きから、予想出来ていているのか嫌悪感バリバリだ。王様に至ってはゴミを見るような目で見ている。

 

「この嬢ちゃん達を貸してくれよ!?こんのえれぇー別嬪のエルフ様達をよっ!」

 

うわぁ、うわぁ…。

 

王様のゴミを見るような目が、他の皆にも浸透していた。

 

でも、珍しく王様は口を挟まなかった。いつもなら「失せろ」と一蹴していたのに…。

 

もしかして、僕に決めて良いと言っていてたから、何も言わないのかな?

 

それならばと、こういう場は相変わらず慣れないが、意を決して断ろうとしたとき…。

 

「いい。結構です。貴方達の手は、彼に必要ない」

 

黙っていたリューさんが口を開いた。

 

「……おぉ?何でだい、俺達じゃあソイツのお守りは務まらないかい?」

 

「ええ、だから帰りなさい」

 

「ひひっ、聞いたかぁ!俺達が足手まといだとっ!逆じゃなくてよ、はっはっ!?」

 

男達の哄笑。僕は立ち上がる機会を失ってしまい言葉を挟めない。

 

「嬢ちゃん、俺達これでも全員Lv.2だぜ?」

 

「なんだやはりゴミか。我の勘違いかと思っていたが…。リューよきちんと片付けよ、貴様の店の格が疑われるぞ?」

 

「申し訳ない、王よ。さぁ、ゴミ箱(おかえり)はあちらです」

 

そう言って出口を指すリューさん。

 

……なんで、この人達煽るの得意なの?

 

豪快に笑っていた男達は、その顔を怒りで染めて今まで黙っていた王様に向き直った。

 

「テメェーーー」

 

王様に触ろうとすると、どうしても手前のリューさんをどかさなければならない。そのため男達が、その手をリューさんの肩に置こうとした刹那。

 

「触れるな」

 

僕の飲みかけの大ジョッキを掴み取り…。

 

がぽっと、音を立てて男の手は見事容器に収まった。そのまま立ち上がり、ジョッキをひねった。…中に手が入ったまま。

 

「いっ、ででででででぇっ!?」

 

腕をとんでもない角度に曲げられ、悲鳴をあげる。苦悶する仲間を助けようと、後ろの二人が動こうとしたとき…。

 

「「はげっ!?」」

 

仲間も悲鳴をあげ、地面に叩きつけられた。その背後を見ると、二人のキャットピープルがモップを肩に担いでいた。

 

「ニュフフ、後頭部がお留守にニャっていますよ、ニャ」

 

「王様。直ぐ片付けますニャー」

 

笑みを浮かべるクロエさん、獣耳ピコピコ動かすアーニャさん。

 

やったのは彼女達だけど、一応この人達Lv.2だよ!?

 

「……なっ、なんなんだっテメェ等はぁぁぁ!?」

 

リューさんにあしらわれた男は、腰に装備してあった短剣に手をかけた。…が、その直後別の方向から大爆発が起きた。

 

こ、今度は何っ!?

 

カウンターの台の真ん中が床に陥没しており、その場には、握りこぶしを振り下ろしたミアさん。

 

「騒ぎを起こしたいなら外でやりな。ここは飯を食べて酒を楽しむ場所さ」

 

そして一喝。店内は静まり返り、他の店のお客さんも縮こまっていた。…唯一王様は動じず、ワインを飲んでいたが。

 

男は逃げ出そうと仲間を抱え込んで、出口に向かう…。

 

「アホタレェェッ、金は払っていくんだよぉ!!」

 

「は、はいぃぃっ!?」

 

ミアさんの怒号に、男は大量のヴァリス金貨が詰まった袋を床に置いて、店から逃げるように飛び出した。

 

Lv.2のパーティーが、裸足で逃げ出していく酒場…。

 

「まったく。以後気をつけよ、貴様等」

 

「「はいニャ、王様!」」

 

王様はそんな男に目もくれず、キャットピープルの二人に注意してから、懐から袋を取り出した。

 

「だが。よい余興にはなった、少ないが取っておけ」

 

「「ありがニャき、幸せ!」」

 

……どう見ても、置いてった袋より入ってるんですけど!?

 

恭しく受け取った二人は、そのままミアさんにそれを渡しに戻っていった。

 

「すいません、せっかくの場に水を差す真似をしてしまって」

 

「い、いえ、大丈夫です…」

 

こういうの慣れてないのって、僕等だけかなぁ…。

 

狼狽が抜けきらない僕は、正面のリリを見た。

 

「ふふっ、王様は相変わらずお凄いですね!」

 

……リリは王様に称賛を送りながら、また小皿にツマミをよそっていた。

 

こういうの慣れてないのって、僕とシルさんだけかなぁ…。

 

横にいるはずのシルさんを見た。だがそこにはシルさんは座っておらず、カウンターからボトルを抱えて戻ってきていた。

 

「はい、王様!ミア母さんからチップのお礼と、つまらないものを見せたお詫びだそうです」

 

「ふむ。ではリュー注げ」

 

「はい」

 

ボトルをリューさんに渡して、シルさんはまた席に戻った。そして周りを一度見てから手を叩き。

 

「それじゃあ、仕切り直しをしましょうか?」

 

僕だけかぁ…。

 

 




木曜までには決めます。

没ルート好評だなぁ…。


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願い

二つ名は『黄金の弧王(ゴージャス)』に決めました。漢字は適当に振っているので、良いのがあれば変えます。

ーー追記ーー

いつから次は18階層だと思っていた?


「俺を、お前のパーティーに入れてくれ」

 

「えっ?」

 

僕は装備を買いにまたバベルの『ヘファイストス・ファミリア』の武具屋に足を運んだ。

 

そこで、前回の防具『ヴェルフ・クロッゾ』の作品をまた買おうと思ったのだが置いてなく。お店の店員に聞いたとき、本人がその隣のカウンターにいた。

 

そしてクロッゾさんーーー家名が嫌ならしいので、ヴェルフさんに直接契約を結んで、また防具を使わせて貰えることになったのだが、そこでパーティーに入れてくれとお願いされた。

 

「なんだ、俺じゃあ駄目か?」

 

「い、いえ、大丈夫です!むしろお願いしたいくらいなんでんですけど…」

 

「なんだよ、何かあるのか?」

 

僕の煮え切らない態度に、ヴェルフさんは首を傾げた。

 

「じ、実は僕のパーティー、僕とサポーターの二人しかいないんですよね」

 

「なんだ、そんなことかよ。人数が少ない方が顔合わせも楽だし、俺は気にしないぜ!」

 

「ほ、本当ですかっ!」

 

メンバーが増えたことに喜んで、僕は立ち上がり歓喜した。

 

やった!これで三人になった!

 

「しっかしお前。二人で、いや内一人はサポーターだからほぼ一人だろ?それでLv.2になったのかよ」

 

「ううん。本当は王様もいるんだけど、ダンジョンには潜らなくなっちゃって…」

 

「お、王様!?」

 

あっ、また説明しなくちゃ。

 

その後、僕の言葉を聞いて驚いたヴェルフさんに王様の説明をした。

 

ーーーーーー

 

「それでですね、王様!その後その英雄様は…」

 

「フハハ、そのアルゴノゥトとか言う英雄は、ずいぶん愉快な男だな」

 

今日もお酒を飲みにやって来てくれた王様。その時に『道化、貴様アルゴノゥトを知っておるか?』と聞いてきたので、私は英雄譚のアルゴノゥトのお話をした。

 

アルゴノゥトは英雄譚の英雄には珍しい英雄なので、私も結構好きです!

 

「ーーーって風にアルゴノゥト様は、お姫さまをお救いになったんです!」

 

「フハハ、雑種にしては良くやった方か…。くっくっ。まぁ、我ならそのようなことにはならぬがな」

 

ぐいっと、グラスに入っていた酒をあおりながら笑う王様。う~ん、確かに王様とはイメージが合わないですね。そう思うと、私も笑ってしまった。

 

そして、空になったボトルを見て王様は、宝物庫?からお酒を出していた。

 

……前々からお気になってたのですが、一体どういう仕組みなのでしょう?

 

「……そう言えば、もう満月も近いな」

 

「……そうですね」

 

開け放たれた窓から、王様が夜空のお月様を見ていた。

 

……もうすぐですね…。

 

その言葉を聞いて、あること(・・・・)を思い出してしまい俯いてしまう。そんな私の様子に王様は訝しげな表情で見ていた。

 

「道化、先の話中々のツマミになった。褒美をくれてやろう」

 

「えっ?」

 

願い…?私に願いなんて…。

 

「貴様もしょせん人の子。ならば確たる欲があるだろう、それをのべてみよ」

 

困惑したままの私。王様はお酒を飲みながら答えを待っていた。

 

私の願い…。叶うなら。

 

「自由になりたいです…」

 

「ほう…」

 

それは本当に小さな声だった。出した私自身驚いてしまった。

 

って私は何てことを言っているのでしょう!

 

「ち、違いますよ、王様!…あぁ、そうです、街に行ってみたいです!それが春姫のお願いです!」

 

慌てて否定して違う事を口にした。街を見てみたいのも本当ですし、私の願いのはず。

 

そうそのはずです…。

 

「まぁよい。酒の席の言葉といえ我が口にしたのだ、覚えておこう」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

またお酒をあおる王様。私は空になったグラスにお酒を入れた。けれども心ここにあらずといった風に、私はさっき口にした言葉を思い返していた。

 

……私の願いかぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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魔剣

「それがスキル『英雄願望(アルゴノゥト)』の力だよ」

 

今日起きた出来事…。11、12階層に出現する稀少種(レアモンスター)『インファント・ドラゴン』。上層においてその小竜は実質上、階層主だ。

 

それを僕が倒したのだが、その時に自身の右手に集まる光の粒子があった。僕はそれが『英雄願望』のスキルなのではと、神様に相談し神様は肯定してくれた。

 

「自分より強大な敵を打ち倒すための力…。どんな窮地も覆す可能性を持った、言っちゃうなら、資格かな」

 

そう言って自身の推測を語っていく神様。その青みのかかった神秘的な瞳は僕を見上げていた。

 

「馬鹿みたいに英雄に憧れる子供が、英雄になるための切符さ」

 

 

「まさに、『英雄の一撃』ということか…」

 

神様の言葉を聞いて、王様は笑みを浮かべながらそう呟いた。

 

僕の目は知らない間に神様に釘付けになっていたが、王様の言葉でハッとして、慌てて頭を振った。

 

「そう言えばベルよ、貴様新たに下僕を見つけたようだな」

 

「もしかしてヴェルフさんのことですか?嫌々、下僕じゃなくてパーティーのメンバーですよ…」

 

「ふふっ、君がヘファイストスのところの子とパーティーを組むなんて…これも何かの縁かな?」

 

神様はくすくすと笑う。実際神様(おふたり)は天界の頃からの付き合いらしいので、親友同然なんだとか。

 

……でも王様、下僕は酷いですよ…。

 

「そう言えば彼は、魔剣が打てるらしいね?」

 

「えっ?」

 

「何?」

 

神様の不意に出た言葉に王様と一緒に驚いた。

 

……魔剣が打てる?

 

神様は聞いていないのかい?と小首を傾げながら神様が知っている事を話してくれた。

 

「贋作なんかじゃない、正真正銘の『魔剣』さ。それこそ『クロッゾの魔剣』と呼ばれるに相応しいほどにね」

 

「ほう…。これがあるゆえ、魔剣があっても可笑しくはないが、よもや打てるとはな」

 

そう言って王様は、自身の剣を触っていた。

 

……これ?

 

疑問に思ったが、神様が続きを話すのでとりあえず置いておくことにした。

 

「でも、彼は魔剣を作らないんだ」

 

「……ぇ」

 

「作製しようとしないんだよ、何故か。一度作ってしまえば富と名声が確約されている筈なのに、彼は魔剣を打とうしない」

 

魔剣を作れるのに、作らない。なんでだろう?

 

「腕は確か、だけど何か訳あり…。君が契約を結んだ鍛冶師くんは」

 

訳あり、か…。ヴェルフさんの黙っていたことを聞いてしまい、僕も黙ってしまった。まだ出会って日も浅いし仕方のないことかもしれない…。

 

「まぁ、そやつのことはどうでもよい。だがこの世界の魔剣は興味がある」

 

「相変わらず王様君は辛辣だねぇ…。魔剣っていうのは振れば魔法の恩恵に与れる、多くの人が欲しがる魔法の剣さ」

 

「……ん?」

 

どうしたのだろう?神様の魔剣の説明は何も間違ってないはず。なのに王様は首を傾げていた。

 

「どうかしたかい?まぁ、行使制限もあるからうまく使わないといけないけどね」

 

「……待てヘスティア、我は魔剣(・・)の説明をせよともうしたはず」

 

「だからしてるじゃないか、魔剣の説明」

 

神様は横にいる僕を見て、間違ってる?と聞いてきたが、僕の知っている情報となんら間違っていなかった。

 

「……ちなみにだが、貴様らが魔剣と呼んでいるものは、全てそうなのか?」

 

「そうだよ?全部振れば魔法の力を使えて、行使制限を越えれば砕けるよ」

 

うん、それが魔剣。僕も一度でいいから使ってみたいな…。まぁ僕には似合わないか。

 

でも、本当にどうしたんだろう王様?

 

「一番すごいのは、『海を焼き払った』とさえ言われているよ!まぁ、海全部というわけではないけど、それでもすごいでしょ?」

 

「……一番凄くてか?」

 

「一番凄くてだよ!」

 

「……それはどこにある?」

 

「砕けたに決まっているよ。何?王様君も欲しくなっちゃった?」

 

伝説とまでされた『海を焼き払った魔剣』。そんなものが本当にあるのだろうか、でも実際に語られているし、あったのだろう。

 

……凄いなぁ…。

 

「……まぁ貴様らは、本物を知らんしな…」

 

「えっ?」

 

王様が呟いた言葉を疑問に思ったが、王様は何でもないと流した。

 

……一体本物ってなんだろう?

 

ーーーーーー

 

「あれ?王様こんなお昼からどうなされました?」

 

「前に言っておったではないか、まぁ酒の席の言葉道化が忘れているのも無理はないか…。貴様街を見たいと言っていたであろう?」

 

まだ日も明るい時間、私たちのいる区域は歓楽街と言うこともあって開いていないが、王様はこの一室に来ていた。

 

街に出歩きたい…。確かに言ってはいましたけど…。

 

「……無理でございます王様、私のこの首輪は『魔道具(マジックアイテム)』。私がこの歓楽街から出れば、即座に音を立てて連れ戻されてしまいます…」

 

「ふん」

 

私の首にはめられた首輪は、逃亡防止用。故に壊そうとすれば音をなりたて、すぐさま信号を送るのですが…。

 

王様が何気なく、虚空から取り出した槍によってそれは取り外された。

 

「では行くぞ道化」

 

「えっ、え、ええっ!?」

 

何で!?本当にこれは外されたら音が鳴るはずなのに!

 

「ま、待ってください王様!せめて書き置きを…」

 

私は出掛けられるとは思ってもいなかったので、近くにあった紙に書き置きを残そうとしたが、王様は…。

 

「では行くぞ」

 

「キャッ!?」

 

私を抱えて窓に近づき、そして…。

 

「キャぁぁぁっ!?」

 

飛び降りた。

 

書き置きも途中までしか書けず、後で何を言われるやら春姫は心配です。でも、外に出られることに私の顔は破顔していた。

 

ーーーーーー

 

「これがオラリオの街…!」

 

夢にまで見ていたオラリオの街。遠出の時などはカーゴに入れられていたので見ることは叶わないと思っていましたが…。

 

「今回は貴様の褒美。故にどう振る舞おうが許そう」

 

本当に外を見れるなんて…。やっぱり王様はすごいお人です!

 

「王様!私あれ食べてみたいです!」

 

私は終始興奮したままで王様と街を見て回った。…そう言えば王様のアレは、武器も出せるのですね。あの首輪を切れるなんて、そんなにすごい武器なのでしょうか?

 

ーーーーーー

 

「おい春姫、例のことなんだけど…」

 

アイシャは春姫に例の件について春姫の部屋に来ていたのだが、そこには一枚の紙と外された首輪しか置いてなかった。

 

「なっ!?あいつ何処へ行った!?」

 

慌てて置いてある紙を拾う、そこには…。

 

『王様とでかーーー』

 

中途半端に書かれていたが、その書かれている単語で犯人が誰か分かってしまった。

 

「あ、あいつは…!」

 

ぐしゃっと、紙を握り顔を怒りで染めて一人の男を思い浮かべた。

 

どうやってこの首輪を外したんだ!?

 

「……でも、あいつになら…」

 

一人事のように呟いてから、フッと笑った。

 

もしかしたら託せるかも知れない…。あの女神からあの子を。

 

誰もいない部屋でアイシャは一人覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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各々の前日

「王様!今日はとても楽しかったです。ありがとうございます!」

 

「……」

 

街は夕暮れに染まり、歓楽街へ戻る途中。私は王様に向き直って感謝の言葉を伝えた。

 

……最後に街も見れて、私は満足できました。

 

「王様?どうかなさいましたか?」

 

前を歩いている王様が返事をしてくれないことに、私は再度聞き直してしまった。

 

「道化…。貴様の願いとやらはこれでよいのだな?」

 

「……ッ!?」

 

振り返った王様の表情は真剣なもので、私は思わず喉を詰まらせてしまった。今日一緒に街を歩いていて私は満足…できた、そうできました。だから…

 

「は、はい王様。春姫は王様にお願いを聞いてもらい、嬉しかったです」

 

「……まぁいい、本来なら我の前で虚偽を言うなど死罪同然だが、貴様も自分の命運がわかっているか…。ならば我が手を出すまでもない」

 

「ッ!?」

 

何でっ!?王様はあの事(・・・)を知らないはず、どうして?それに虚偽って…。私は別に嘘なんて…。

 

「い、嫌ですよ、王様…。私は別にーーー」

 

「我の目を侮るなよ道化。今の貴様はまるで断頭台に上がる者の顔だ。…だがまぁ、死ぬ間際まで道化を演じたいのであれば、これ以上言っても無意味か」

 

王様はそれだけ言うと、また前を向いて歩いて行ってしまった。私はしばしその背中を呆然と眺めることしかできなかった。

 

……考えたってもうどうにもならないんです…。私の運命はもう決まっているのだから。

 

ーーーーーー

 

春姫がホームに戻り、いつも通りに歓楽街が賑わいを見せる頃。アイシャは一人、ファミリアの宝物庫の前にいた。そしてその扉に手をかけようとした時…。

 

「何をやってんだい、アンタ?」

 

「ッ!?フリュネ!?」

 

ーーー背後から声をかけられた。2Mを超える巨女。横幅も太く、ずんぐりとした体型、極めつけはその顔。もはやヒキガエルと言っても過言ではないその顔。しかしながら彼女の実力は、『イシュタル・ファミリア』において唯一のLv.5。

 

「ゲゲゲッ!どうしたんだいそんなに慌てて?宝物庫から何かちょろまかす気かい?」

 

「そんなことするか、私は明日の戦い(・・)に忘れがないか確認しに来ただけさ…」

 

内心の焦りを悟らせないように、平然とした雰囲気で返す。幸い、相手は私が何かする前に声をかけてきたので、まだ確たる証拠はない。

 

まだ大丈夫…。そう思っていた。

 

「ゲゲゲッ!だそうですよ、イシュタル様?」

 

「……随分殊勝じゃないか、アイシャ?」

 

この女神(ひと)が現れるまでは。

 

「イ、イシュタル様…!?」

 

「くくっ。どうしたんだい、私を見て慌てるなんて?」

 

こちらの行動を見透かすように笑う女神。予想外の神物の登場に頭の中は混乱し、目の前の神物から目が逸らせなくなる。

 

そして、フリュネの脇をスッと抜けてアイシャに近付き、フリュネはゲゲゲといやらしい笑みを浮かべる。

 

「……私が春姫を気にかけるお前を放置しておくと思っていたのかい?」

 

耳ももに囁かれた言葉に背筋が凍った。

 

見抜かれていた!そう思った直後、逃走を図ろうと走り出そうとした…、が。

 

「何処へいくんだい?」

 

「ガッ!?」

 

進行方向上に現れたフリュネの腹への一撃でその場に崩れ落ちた。

 

崩れ落ちそして足で踏まれ、アイシャはその場から逃げられなくなった。

 

「ふふ。明日の前祝いにアイシャ、今日は私がたっぷり可愛がってあげるよ」

 

「ぁ、ぁっ!?」

 

膝をつき、自身の顔を撫でる主神の目は怪しく光っていた。

 

ーーーーーー

 

「王様ー!」

 

「むっ?ベルか…」

 

夕暮れから時間がたち、すっかり暗くなった街。前方に見つけた王様に声をかけた。

 

「その手に持っているのはなんだ?」

 

聞くと、王様も今帰りとの事。僕がダンジョンに潜っている間、何をしていたのだろう?

 

そして、二人でホームに帰る途中、王様は僕の手に持っている包みに興味を示してきた。

 

「これですか?実はこれ『サラマンダー・ウール』って言って、精霊の護符で明日の中層に行くのに必要なんです」

 

「精霊の護符か…。我には布切れにしか見えんな」

 

布切れって…。確かに見た目はそう見えるかも知れないですけど、本当にすごいんですよ?

 

王様は「精霊の護符にしては内包してる神秘がショボいな」とか言ってるけど、そんなことないですよ!冒険者の間では中々に高価なんですからね!

 

「あっ、そう言えば明日って満月ですね!僕ダンジョンに潜りってばかりだったので気づきませんでした」

 

ふと夜空を見上げると浮かんでいる月が丸いことに気づいた。そっか明日は満月か…。中層から戻ったら王様と月見酒でもしようかな?

 



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運命の日

「それじゃあ神様、行ってきます!」

 

「うん。行ってらっしゃい!無事に帰ってきておくれよ」

 

ホームの前。僕は神様に挨拶をしてダンジョンに向かう。昼前だけれども王様は寝ていて見送りはしてくれなかった。

 

昨日月見酒をするって言ったから、王様は夜までは眠るんだとたか、今日始めて中層に行くって言ったのだから見送りぐらいしてくれてもいいのに…。

 

「ベル君、本当に無茶だけはしないでおくれよ?」

 

「はい神様。それじゃあリリ達も待っているので行ってきますね」

 

神様が見送ってくれる中、僕はダンジョンのあるギルドに向かって歩いていった。

 

ーーーーーー

 

「……ふむ。ヘスティアよ、今何時だ?」

 

「やっと起きたのかい王様君…。とっくのとうにベル君は出ちゃったよ。今は夕方のちょっと前ぐらいかな」

 

ここは地下故時間が分からなかったが…。ふむ、まだ月も出ていないか…。また寝て待つのもいいが、むぅどうしたものか。

 

……時間まであの道化を見ておくのもよいか。最後になるのだしな。

 

「ヘスティアよ、しばし外に出るぞ」

 

「今からかい?もうすぐ夜だし、ベル君も帰ってくると思うよ、今日は月見酒するじゃないのかい?」

 

「案ずるな、それまでには戻る」

 

我が外に出掛け用とすると声をかけてきたが、貴様ソファーでぐうたらとは本当にだらしがないな…。まぁ駄神故それも仕方ないか。

 

ーーーーーー

 

「……フレイヤ様、お耳に入れておきたいことが」

 

「何かしらオッタル?」

 

バベルの巨塔の最上階。『美の女神』フレイヤは自身の側で控えていたオッタルに顔を向けた。まだ夜には少し早いが空は薄暗く、満月が浮かんでいた。

 

「どうも最近、ホームの周りを『イシュタル・ファミリア』の者が彷徨いてるとのこと。やはり何か企んでいるのでは…」

 

「……そう、イシュタルが…」

 

イシュタルと己の確執ーーーと言っても相手からの一方的な妬み、それを理解しているフレイヤだが相手が何をしでかそうと…。

 

「ねぇオッタル?万が一襲撃されたとして、貴方はやられるの?」

 

「ありえませんね」

 

即答だった。オラリオ唯一のLv.7ーーー『猛者(おうじゃ)』オッタルはそう断言した。

 

イシュタルも馬鹿じゃない、何かしらの策を用意しているだろうが、『フレイヤ・ファミリア(都市最強のファミリア)』が負けるとは思えない。フレイヤはオッタルの答えが満足だったのか、口許にわずかな笑みを浮かべワインを口に運んだ。

 

「ふふっ。オッタル今日はもういいわ、貴方も一応(・・)ホームに戻ってなさい」

 

「畏まりました」

 

念のためファミリアの皆にも伝えておいてね、と口添えし、オッタルはそれに頷き部屋をあとにした。

 

「……」

 

一人部屋に残ったフレイヤ。オラリオの最も高い位置から窓を見る。暗くはなってきているが空には満月が浮かんでいた。

 

考えるは今一番目をかけている、ミノタウロスとの死闘(あの戦闘)を演じたあの少年…。ではなく(・・・・)、あの時に一瞬見えた青年だった。

 

ワインを一口飲み、あの時に見えた光景を思い浮かべる。けれどもやはり、あの青年には何も(・・)見えなかった。

 

「……あり得るのかしら…」

 

フレイヤの眼は『魂』の本質(いろ)を識別する。それは下界の子供達には例外なく存在する。けれどもあの時、彼にはそれがなかった。

 

……あの時、あの少年の輝きに目が釘付けになっていたし、あの青年の隣には剣姫(あの子)がいた、見逃していただけかも知れない。

 

「そうよね…」

 

フレイヤはグラスに残っていたワインを飲み干し、新たにボトルからワインをグラスに注いだ。そう私が見逃しただけ。今度見たときにはきちんと確認しよう、そう思い直した。なぜなら…。

 

ーーーそんなことは神々(わたしたち)以外、あり得るはずがない。

 

フレイヤは意識を窓に戻し、外を見た。

 

そこには先程までとは違い、空に広がる蒼い闇。

 

はっきりと姿を現し始める、満ちた黄金の月が浮かんでいた。

 

ーーーーーー

 

「……フレイヤ(あの女)の様子はどうだい?」

 

「連絡隊の報告はなし。…どうやら動きはないようです」

 

そうか…。『イシュタル・ファミリア』のホームーーー『女主の神娼殿(ベレート・バビリ)』その玄関ホール。自身の目の前には武器を持った眷族達が、今は今かと待ちわびていた。

 

「儀式の準備は?」

 

「抜かりはありません。後は時が満ちるのを待つだけです」

 

「ゲゲゲッ!イシュタル様、皆アンタの号令を待っているんだよ」

 

自身の横に控える美青年、タンムズは淡々と答えるが、これからの起こる事に興奮しているのか、腰に備えている剣に既に手を置いている。その反対側フリュネは、待ちきれないのか急かすように自身に促す。

 

「くくっ。そうさな…。お前ら!」

 

イシュタルは声を大にし、眼前に控える眷族達に号令をかける。

 

「待ちに待った日が来た!」

 

自身の両手を大きく広げ。

 

「あの憎き女神を地に落とす日が!『フレイヤ・ファミリア』を打倒する日が!」

 

その笑みは、見るものを『魅了』する美神の一笑。同時に黒い感情を帯びた歪んだ笑み。

 

「さぁお前ら!今こそ我が『イシュタル・ファミリア』が頂点に立つ日だ!今夜は全員思う存分暴れなっ!!」

 

瞬間、ホームは揺れた。主神の号令に眷族達は自身の武器を天に掲げ吠えた。

 

「……これは戦争じゃないぞフレイヤ…。これは()のお前への裁きさ」

 

イシュタルは一人大咆哮の中、黒い笑みを浮かべたままそう言った。

 

それは儀式の完了までもう一時間もなかった。

 

ーーーーーー

 

女主の神娼殿からけたたましい声が聞こえる頃、その裏手にある別館の屋上。広大な平面上の庭園には隙間なく石板が敷き詰められていた。

 

石板には、いや庭園全てには特殊鉱石『黒闇石(ダルブ)』『月嘆石(ルナティック・ライト)』が用いられていた。上空に浮かぶ月の光を浴びて、黒い石板群は今や青白い光をうっすらと纏っていた。

 

「あ~あ、向こうは随分盛り上がってるな」

 

「見張りなんだ、しょうがないだろ。それにもう少ししたら皆もこっちに来るさ」

 

庭園には二人の娼婦が気だるげな様子で喋っていた。二人は春姫の見張りと言うことでここにいるのだが、やはり集会に出れなかったことを不満そうにしていた。

 

その二人に挟まれるようにいる春姫は、夜空に浮かぶ満月を黙ってみていた。

 

涙は出ていない。春姫は無表情で、後数刻したら自身を殺す光を放つ満月を見ていた。

 

思い出すのは今までの思い出。それが段々今に迫る時に出てくるのは、王様と呼んでいた青年だった。

 

……あの人の問いに結局答えられなかったな…。

 

酒の席で聞かれ、昨日も最後に聞かれた『私の願い』。結局今になっても私は何も答えられそうにない…。

 

私は見上げていた満月から目を閉じ頭を垂れ、来るべき時を待った。

 

ーーーーーー

 

地下室。薄暗い中に、お情け程度に掲げられた灯りがその牢屋を照らしていた。

 

「……くそ」

 

その牢屋に両手を鎖で縛られ、座っている人物アイシャは憎らしげな表情を浮かべ、自身の軽率な行動に悪態をついた。

 

救うなどと高尚な思い出はない。ただ単に気にくわなかっただけだった。春姫(あいつ)の辛気くさい表情が気にくわなかった。…ただ最近は良く笑うようになったと、だから少しくらい延命させてやろうと、その程度にしか思っていなかった。

 

……そうすれば、あいつが気紛れで連れ出すかも知れないと思ったのだが…。

 

結局無駄になってしまった。あの石を壊すことも出来ず、自分は二度と逆らえないよう『魅了』された…。

 

もうじき自分も戦いに駆り出される、けれどもやはり逆らう気にはなれない。…背こうとする気さえ起きない。仮に起きたとしてもそう思うだけで手足は勝手に震えていた。

 

来るべき時を待っていたが、少ししたらこちらに近づく足音が聞こえてきた。

 

……もう時間か…。

 

そんなことを考えて上を見上げると…。

 

「……なんだ女、貴様か。しかし随分と似合う格好だな。くっくっ」

 

ーーーあの男が立っていた。

 

今日はこの日のために、歓楽街は閉めているはず。しかし、こいつは始めて会ったときでさえ勝手に入ってきていた。大方今回もそんなものだろうか…。

 

「……ちっ。テメェかよ、どうやってここが分かった」

 

「その格好でなお吠えるか、まだ活きがいいな女。何、いつもの部屋に誰も居なかったのでな、何気なく歩いていたのだが気配を感じてな」

 

何の因果か、ここはいつもあいつが来る部屋の真下の地下室。扉も開きぱっなしのため、外に灯りが漏れて気づいたのか…。まぁ何にしても。

 

「生憎と今日はどこもやってないぞ、ファミリアの集会で店仕舞いさ。分かったならさっさと帰りな」

 

「ほう…、集会とはな。このものものしい雰囲気といい…戦争でもするのか?」

 

「何言ってやがるっ!?」

 

「ふん、我を甘く見るでないぞ女。この雰囲気はそうとしか言えんぞ」

 

マジかよ…。こいつにそんな眼力があったのかよ。つってもこいつに今更ばれたってどうこうできないか…。

 

「……こっちはあと少ししたらおっぱじめんだ。巻き込まれねぇうちにさっさと帰んな」

 

「……まぁいい、道化を見に来たが居ないのであればどうでもいいしな。今宵は雑種の狂乱でも眺めて酒を飲むか…」

 

そうすると一度戻ってあいつらも呼ぶとするか…。等と言うこの男に、私は内心で怒りが芽生えた。

 

自分の買った女をどうでもいいと言いやがった。あいつがこれからどうなるか知りもしないのに…。

 

「……あいつがどうなっても、本当に良いのか?」

 

「……ああ。我の所有物とは言え、不敬にも我に虚言をはいたのだ、もはやいるまい。強いて言うなら最後まであやつが道化を演じきれるか見たかったがな」

 

こいつはもはや春姫に何の未練も抱いていない…。なんだ私の眼は大分曇っていたらしい。くくっ。託そうとしたこいつがこれじゃあ笑えるよ、自分の情さに…。

 

「さっさと出ていきな。もうテメェの顔は見たくない」

 

「ふん。我とてこのような所、長居したくないわ」

 

踵を返し、もう言うことはないと扉に向かっていった。鎖で繋がれてて良かったな、これがなけりゃあテメェのその顔に殴りかかってるところだ。

 

「おっと、もしやと思うが貴様が今宵相手にするファミリアは…」

 

「フレイヤだよ。あの『美の神』が率いる都市最強のファミリアだ。テメェ見てえな野郎がいる所じゃない!」

 

こんな奴が、あのファミリアに入れるわけないだろ。良いとこ中堅ファミリアが良いところだ。

 

私の答えに何か思うところがあったのか、歩みを止めてこちらに振り返ってきた。

 

「『美の神』か…」

 

「あぁん?なんだ『美の神』と聞いて、向こうに味方するのか?男ってのは皆そうだなっ!」

 

私の挑発に対して、珍しく何の皮肉もなかった。神妙な表情を浮かべ、何かを考えている?なんだ、『美の神』と何かあったのか?

 

「……女、今宵の戦気張るがよい。『美の神(あやつら)』を生かしておくと、ろくでもないぞ」

 

「あん?お前に言われないでも分かっているよっ!つーかそれだと、うちらの主神のイシュタル(・・・・・)様も含まれるんだが…」

 

昨日の夜にたっぷりと味わった恐怖が思い出される。『美の神』に目をつけられる何て、最悪なことはない…。

 

俯きながらそんなことを考えていたが、目の前の男はこちらに戻ってきてから動く気配がなかった。

 

……なんだよ。まだなんかあんのかよ、こっちはテメェの顔なんてもう見たくないんだよ。そして、目線をその男の顔に向けた。

 

表情はなかった。けれども全身が恐怖で震えた。昨日イシュタル様に味わったものよりも、今目の前に立つ男が怖い。

 

「……そうか、この世界には奴がいるのか…。くっくっ」

 

笑う。しかし目だけは笑っていなかった。

 

そして、男は何気なく指をならす。その瞬間…。

 

ーーー男の背後から無数の剣や槍か顔を出した。

 

「なぁっ!?」

 

それは現れた瞬間勢い良くこちらに飛来し、鉄格子を壊し、私を繋いでいた鎖を砕いた。

 

……私の体には傷一つ付いていない。

 

残った鉄格子もこいつの腰に備えている剣の一刀で、もはやその役目を果たせなくなっていた。

 

「女。その有益な情報に免じて生かしてやる。疾くこの歓楽街(まち)から失せるがいい」

 

「な、何言ってやがる…」

 

頭が働かない。さっきの急に現れた武器といい。こいつの醸し出す雰囲気…。目の前にいるこいつはなんなんだ。

 

それだけ言うと、呆然と立ち尽くす私に背を向け扉をくぐって外に歩いていった。

 

ーーーーーー

 

「……なるほど、あそこに見える灯りに奴がいるのか…」

 

建物の屋根の上。夜風を受けながらギルはここからでは横に位置しててたのか正面は見えないが、確かに宮殿の建物が見えていた。

 

かつて我の友を呪い殺した女神…。その名前を冠するこの異世界(・・・)の女神。ギルとて分かっている、それはもう別人だと。だが…。

 

ーーーこの我の庭に奴の名を名乗る神がいる。それだけで虫酸が走り、どうしようもない殺意が体を熱くさせる。

 

背後の空間が歪み、一本の剣が現れる。その柄を掴み、歓楽街と街との境目に沿うように振るう。

 

剣先から火が走り、その火は建物に乗り移り燃える炎となった。

 

「……逃げ場などないぞイシュタル。貴様は我が直接冥府の底に送ってやる…」

 

手に持つ剣は役目を果たすと、金の粒子となって消え。そして、ギルは腰に備えている剣に持ち変えた。

 

その刀身は黄金に染まっており。右手を引きその手に持つ剣は、満月の光を受けキラリと光った。

 

「さぁ聖剣よ!貴様が真に我を主とするならば、その輝きを見せてみよ!」

 

刀身から夜の闇を裂く輝く黄金の光が放たれる。

 

その光は、夜空から降り注ぐ月や星の輝きを超える黄金の光。

 

約束された(エクス)ーーー」

 

そして、王はその剣の名を高らかに上げ。

 

勝利の剣(カリバー)!!」

 

突き出した。

 

指向性を持った光の一撃は、轟音を轟かせ、進行方向上の建物を粉々にしながら突き進み、やがて…。

 

ーーー目の前に建っていた宮殿をも飲み込んだ。

 

「……挨拶はこれですんだな。さぁ始めるか…。王の裁きを!」

 

燃える炎を背に王は、瓦解した建物の上を踏み越え。歩みを始めた。

 

それは、儀式のために『イシュタル・ファミリア』が庭園に集まって直ぐの事だった。

 



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混乱するオラリオ

「きゅ、宮殿が…っ!タンムズ、今の爆発は一体何だ!?」

 

「わ、わかりません!連絡隊からも事前に報告はありませんでした…。」

 

「じゃあ何か!?フレイヤ(あの女)がやったんじゃないって言うのか!?」

 

「で、ですから、イシュタル様…。報告もないので自分にはわ、わかりません!?」

 

粉々に瓦解した宮殿の裏手。そこにある庭園で集まっていた『イシュタル・ファミリア』の面々は、突然歓楽街から隔離するように上がった炎。宮殿を、そして自身が治める街を半壊させた馬鹿デカイ閃光に、混乱していた。

 

先程まで戦争を前に興奮していた意識は、次々と起こるイレギュラーによって吹き飛ばされてしまった。

 

あの女が事前に察知して、襲撃してきた…。ありえない!あの女のホームの近辺には何人か人を置いた、何か起これば一人くらい戻ってくるはず…。

 

突然の出来事に混乱する眷族の者と違い、イシュタルは一人黙考する。

 

……それとも他の(・・)ファミリアが襲ってきた…?しかし、何で今日何だ?

 

分からない…。自身がいかに下界の子と違い、神と言えど情報が圧倒的に足りなさすぎる。ちっ、と舌打ちをしてから、今尚混乱しているファミリアに神威を飛ばした。

 

「……落ち着けお前ら(・・・・・・・)

 

超越存在(デウスデア)たるイシュタルが放ったそれは、混乱している眷族を静めるには充分すぎるものだった。

 

「いいかお前ら…。何処のどいつがやらかしたが知らないが、うちが襲撃されたんだ。…そいつらは絶対に許す訳にはいかない…」

 

自身の声音に聞き入れる眷族達、その瞳には既に襲撃者への憎悪が見てとれた。

 

「……儀式が始まるまでにはまだ時間がかかる。お前らはその襲撃者の足止め…。もしくは…」

 

もし、『フレイヤ・ファミリア』が攻めこんで来ていた場合の対処。それが違う者の場合は…。

 

「……殺せ!」

 

うちらのファミリアを舐めた真似に報いる罰を。イシュタルは自身の目の前にいる眷族に伝え、眷族はそれに答え、炎が燃える夜の街に疾走していった。

 

ーーーーーー

 

「一体何が起こってたのよ!?」

 

私エイナ・チュールは、本日のギルドの仕事も終わり家で夕御飯を食べ、もう寝ようかと思っていました。

 

最近はあの言うことを聞かない人が、ダンジョンに行かなくなったとベル君に聞いて、胃が大分安定していたのですが…。まぁベル君もベル君で、今日中層に入るんだとかで少し胃が痛くなったが…。

 

今、街はとてつもない大混乱に陥っています。

 

歓楽街の周りを囲むように燃える炎。そして、夜の街に轟く轟音。目撃者が言うには轟音の正体は、宮殿を貫く極大の閃光らしい…。

 

ありえない…。そう思っていたのですが、後から合流したミイシャも見ていたみたい。

 

そう私達は、夜中にも関わらず突然の事態に対応すべくギルドに向かっているのですが…。ああ…、またイレギュラー…。報告書とか色々書くのかな…。胃が痛い日が戻りそうです…。

 

隣で走っているミイシャも同じようで悲痛な顔をしてる。

 

……最近の私の不幸は絶対あの人のせいがする…、今度会ったら文句でも言ってやる!

 

ーーーーーー

 

男は炎上する街を、何事もないように歩いている。

 

歓楽街としてきらびやかな光を灯していた場所は、燃える炎に呑まれ、その輝きは赤色の炎に変わっていた。

 

街を囲むように燃えていた炎は、建物から建物へと移動し、その勢いは増していき。燃える炎から灼熱の業火に変わっていく。

 

……まるで誰かの心のように。

 

「おい、お前っ!ここで何している!?」

 

男の眼前に武器を構え、敵意を向ける娼婦達が現れる。

 

「……」

 

男は何も答えない。表情も変えず、目の前に現れた娼婦に目を写す。

 

しかし男は立ち止まることもせず、娼婦達の方向ーーー正確には後ろに控える建物に歩んでいる。

 

「お前聞こえないのか!?これ以上動くと…ッ!?」

 

娼婦は愕然とした。男の後ろの空間が歪み、そこから顔を覗かせる自分達と同じ数(・・・・・・・)の武器に…。

 

「ぁ、あ!?も、もしかしてお前が…」

 

その異常な光景に、その娼婦は答えに辿り着き他の娼婦達も戦慄しながらも答えに至った。

 

……誰がこの騒動の犯人なのかを…。

 

「お、お前ら!?こいつをイシュタル様に…」

 

……それ以上は言葉に出来なかった。

 

顔を覗かせていた武器は、その名を口にした瞬間。娼婦達を貫いた。

 

閃光と同じ速度で射出された武器は、その一撃で娼婦達は屍とかした。

 

その悲惨な光景を前にしても、男は何も語らず歩みを止めることはなかった。

 

ーーーーーーー

 

ギルドの前。そこにはオラリオ最強のファミリアの主神が揃っていた。

 

『ロキ・ファミリア』主神、『悪戯者』ロキ。

 

『フレイヤ・ファミリア』主神、『美の女神』フレイヤ。

 

一人は、自身のファミリアが遠征に出てるため、このイレギュラーに対し動くすべがなく、情報を求めギルドに。

 

もう一人は、眼下で起こったイレギュラーにホームに戻り、情報を求めるようファミリアのメンバーを動かそうと。

 

だが二人は出会うまで、このイレギュラーの犯人はこいつだと思っていた。何故ならイシュタルはオラリオの都市において、一級品の実力派ファミリア。

 

それがこうも一方的に攻められるとしたら、都市最強のファミリアを冠しているファミリア以外考えられない。

 

ロキは天界でも『悪戯者』と悪名名高い女神。隠し玉の一つや二つ持っていてもおかしくない。第一、天界で神相手に争い事を望んでいた者だった。

 

フレイヤもまた、イシュタルと同じ『美の女神』。イシュタルとの確執もまた他の神々も既知のこと。いつ襲撃していてもおかしくはない。

 

そう思っていたのだが、お互いに顔を見合わせた瞬間驚愕した。

 

その驚愕した表情を見た瞬間、お互いに分かってしまった…。

 

こいつではないと…。

 

「……ロキ、私達の間でややこしいことは…」

 

「わかってるちゅうねん…。うちも何も分からんわ…」

 

「……そう。あなたも…」

 

お互いに溜め息を吐き、この騒動の原因が分からないことに難色を示した。

 

以前として歓楽街の炎はとまどることを知らず、今もこの騒動に街の子供達、神々もその方向に目を向けている。

 

そうしていると、ギルドに疾風が走り、何人かの集団ーーー『フレイヤ・ファミリア』の第一級冒険者、そしてオッタルが姿を見せた。

 

「フレイヤ様…」

 

「状況は?」

 

突如として現れたオッタル達に二人の神は驚愕することもなく報告を聞く。

 

「……詳しいことはわかりません。今歓楽街に何人か送りましたが、この火の勢いですと…。我々はフレイヤ様にもしものことがないようここに参りました」

 

「……そう」

 

混乱が収まらない状況。致し方ないとはいえ…。

 

「気に入らないわね…」

 

「あぁ…」

 

二人の女神は、自身の預かり知らない騒動に夜の街を照らす満月をその端正な相貌を崩し眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




中途半端に終わってしまい、申し訳ない。代わりに次回予告を書いておきます。

ーーーーーー

「貴様がイシュタルか…」

「なっ!?」

ーーー運命の邂逅をする二人の神。

「私の願いは…っ!」

ーーー自分の答えを得る、狐人。

そして…。










「……貴様には、人類最古の地獄を見せてやる…!」


ーーー黄金の鍵が開く。

次回『神殺しの王』


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神殺しの王

カンピオーネじゃないです。


「……ふざけるな…」

 

「……イ、イシュタル様ッ!?」

 

広大な庭園。その場には既に四人しかいなくなっていた。ファミリアの団長にして、唯一のLv.5フリュネ。そして副団長のタンムズ、儀式のための(・・)春姫。

 

自身等四人を残し、他の眷族は総出で状況の確認に向かわしたが…。

 

ーーー誰一人戻ることはなく、街を囲っていた炎もとどまることを知らず、自身が治めていたきらびやかな歓楽街は見るも無惨なものとなっていた…。

 

状況の確認に向かわした者。鎮火を命じた者、一人残らずだ。

 

「ふざけるな…。ふざけるな!ふざけるんじゃないっ!?」

 

「お、落ち着いてくださいっ!?イ、イシュタル様…」

 

「……落ち着けだと。この状況で何を言ってやがる!!」

 

もはや先程見せた落ち着きもなく、イシュタルは錯乱したように声をかけたタンムズを怒鳴り付ける。そのあまりの剣幕に、口をつぐんでいたフリュネも、儀式場で事を見ていた春姫も肩を震わせた。

 

ーーー神の怒り。下界に降りし超越存在(デウスデア)の怒り。神威を抑えることもせず、眷族達を怒鳴り散らす。

 

その敬愛する女神の見せた形相に、タンムズが尻込みした時…。

 

 

 

ーーーコツン…。

 

 

 

「ッ!?」

 

こちらに近づく足音が聞こえてきた。

 

静寂を切り裂く不気味な足音だった。その足音は靴音を鳴らせながらこちらに近づいてくる。

 

その近づいてくる足音にそこにいる全員は味方ではないと察知した。同時に敵だと本能が告げる。

 

 

 

 

こつ、こつ、と。

 

 

 

 

足音が近づいていき、フリュネとタンムズは自身の武器を抜く…。

 

イシュタルは紫水晶(アメジスト)の瞳を見開き、その通路に目を向けた。春姫もまた、次々と訪れる混乱に頭が回らない中、その翡翠の瞳を向ける。

 

 

 

そして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様がイシュタルか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーその男は現れた。

 

ーーーーーーー

 

「お、お前は…」

 

「お、王様…?」

 

その顔に見覚えがある二人は口を開き絶句した。そして突如として現れた見知らぬ二人に武器を構えた二人は敵意を向けた。

 

「『金色の孤王(ゴージャス)』か…?」

 

前回の神会(デナトゥス)にて、紛れ込んでいた冒険者登録の紙で名前を付けられた男がそこに立っていたことに驚愕し。

 

春姫もまた、昨日まで会っていた人物の登場に驚愕した。

 

「ほぅ。ゴージャスか、まぁ我に似合う名ではあるな…。ほれ…」

 

空間が歪む。そしてそこから紅蓮の槍が現れる。

 

始めてみる目を疑う光景、唯一先日も見たことのある春姫はその光景に驚きはしなかったが、それでも神に武器を向けたことに他の者と同じく言葉を失う。

 

それは…。

 

 

 

 

 

「ーーー褒美をくれてやる…、雑種(・・)!」

 

 

 

 

 

イシュタル(・・・・・)に向けて放たれた。

 

「なっ!?」

 

「イシュタル様ッ!?」

 

その一撃は、イシュタルを横合いから庇うように突き飛ばしたタンムズの胸を貫いた。

 

Lv.4のタンムズであったが、その貫かれた場所。そして貫いた槍によって悲鳴を上げる暇もなく屍とかした。

 

「ん……?雑種の見てくれで気づかなかったが、よもや貴様がイシュタルか?」

 

「タ、タンムズ!?……お前よくも私のタンムズを…っ!」

 

「世界が違うと、見てくれも変わり、見るに耐えんおぞましいものとなっていたものかと思ったのだがな。…なるほど雑種の方がイシュタルか…」

 

その男は突然の強襲に対し、何の反省の色も示さず。フリュネの方を『イシュタル』だと思っていたと発言した。

 

……自身のファミリアを襲い、街を無惨なものに変え。あろうことかフリュネの方を『イシュタル』だと言ったこの男に、イシュタルはぶちギレた。

 

ふざけるな(・・・・・)!」

 

「……」

 

神威の全開放。下界において許される限りまで、それを放った。そして、フリュネはそれと同時に襲いかかった。

 

だが…。

 

 

 

 

「くっくっ。なるほどな…」

 

 

 

 

 

ーーー新たに現れた剣の射出。フリュネは直前に回避行動をとるが、急な回避のため間に合わず、右腕に突き刺さり後に吹き飛ばされた。

 

「ギッ!?ギェェ!?わ、私の腕を…!!」

 

「ど、どういうことだ!?何で貴様は動けるんだ!!」

 

痛む右腕に刺さった剣を抜き、腰袋から慌てて万能薬(エリクサー)を取りだしそれを右腕にぶっかける。そしてイシュタルは、自身の神威を受けたはずの男が動けたこと怒鳴り付ける。

 

「……たわけが。貴様ごときの威嚇でこの我を止められるとでも思っていたか?」

 

……ありえない!?そんな奴が下界にいるはずがない!

 

下界の子に頭を垂れさせざる負えなくする神威が効かない。そんな奴がいるなんてこの世界においているはずがない!

 

こんな状況等を想定しているはずもなく、それと同時にイシュタルがこの男に対して何も対抗できないことを意味していた。

 

「春姫…」

 

「えっ?」

 

右腕の治癒を完了させたフリュネを一瞥すると、後ろでただ見ていた春姫に声をかける。フリュネもまた、イシュタルの意図することが分かり、その動向を伺う。

 

アレ(・・)を使え…!」

 

アレと呼ばれたことがなんなのか察した。『イシュタル・ファミリア』が今の今まで秘匿にしていた、あの魔法だった。

 

「そ、そんな!?お、お許し下さい、イ、イシュタル様…」

 

「ーーーいいからさっさとしろっ!!」

 

余裕のないこの状況。春姫の言い分を怒鳴り付け、フリュネも春姫を睨み付ける。

 

……同じ眷族。そして、自身が主神とする神からの命令。もはやそこに春姫の意思など聞いてはいなかった。その二人あまりの剣幕に押され、春姫は…。

 

 

 

 

「『ーーー大きくなれ』」

 

 

 

詠唱(・・)を始めた。

 

「ゲゲゲゲゲゲッ!?それでいいんだよぉ!」

 

その歌を聞き、フリュネは愉悦と嘲笑の声を上げる。

 

……男は動かない。その歌をただ聞くだけに徹していた。

 

「『其の力に其の器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を』」

 

何かを差し出すように両手を胸の前に突きだし、狐人(ルナール)の少女は玉音の声音を奏でていく。

 

「フフっ。それでいいんだ!」

 

春姫が紡ぐ歌にイシュタルは満足気に頷く。

 

……男はその二人に、哀れみ(・・・)の目を向ける。

 

「『ーーー大きくなれ」』

 

得物を構え、今か今かと待つフリュネ。

 

少女の瞳は後悔からか、大粒の涙を溜めていた。

 

「『神饌(かみ)を食らいしこの体。神に賜いしこの金光。槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を』」

 

詠唱が完成に近付き、伴って薄い霧状の『魔力』、光雲が生まれた。フリュネの頭上に、魔法円(マジックサークル)と見紛う紋様の渦が出現する。

 

形作られるのは巨大な光りの柱ーーー柄のない光の槌。

 

「『ーーー大きくなぁれ』」

 

少女は涙でくしゃくしゃになった顔を上げ、男を見た、が…。

 

ーーー昨日のままの、つまらなそうな表情だった。

 

「『ウチデノコヅチ』」

 

少女の唇から紡がれた魔法は、燦然と輝く光槌となってフリュネを包み込んだ。

 

「ゲゲゲ…。ゲゲゲゲゲゲッ!さぁさっきまでとは…」

 

「ーーー終わったのか?」

 

高笑いを裂く、冷たい声音。春姫の紡ぐ魔法を、黙って聞いていた男は口を開いた。

 

「……何で何も(・・)してこなかった?」

 

イシュタルの疑問は当然だった。この男は魔法の詠唱中、何も攻撃してこなかった。詠唱中春姫は無防備、勿論フリュネも警戒していたが、この男はただ見ているだけだったのだ。春姫の持つ力が分からないとはいえ、魔法の行使を黙って見ているなど普通じゃない。

 

「……そやつの力には興味があったところ。それに道化がせっかく演じているのだ、邪魔をするなど無粋と言うものだ」

 

「慢心し過ぎだ、この馬鹿がっ!!」

 

その声と共に走り出すフリュネ、先の痛手に油断もなく駆けるその顔はまさに第一級冒険者のそれだった。

 

新たに現れ、同時に射出された剣。今度は先程違い、これを弾くことに成功する…。

 

ーーー春姫の魔法。その効果は対象人物の『ランクアップ(・・・・・・)』。

 

制限時間内に限りLv.を一段階上昇させ諸能力を激上させる。イシュタルが情報を伏せ続けた切り札…。

 

ーーー『階位昇華(レベル・ブースト)』。

 

弾いたのを見たイシュタルは口角をつり上げ、フリュネも確かな手応えを感じた。

 

だが…。

 

 

 

 

 

「ーーーくだらんな…」

 

 

 

 

ーーー彼の王の脅威にはなり得なかった…。

 

背後の歪みが増え、その数は十数に及びそして顔を覗かせる幾多の剣に槍。

 

「な、なぁにっ!?」

 

閃光となって放たれる武器たち、そのあまりの物量にLv.6に一時的になっていたフリュネでさえ、なすすべもなくそれらは身体中に突き刺さり、フリュネはたたらを踏んだ。

 

「ぁ、あああっ!!」

 

「……さっさと失せるがいい。汚物が!」

 

王の一喝。それと共に放たれた、剣はその心臓を貫きフリュネはピクリとも動かなくなった。

 

春姫の魔法によって一時的とは言え、このオラリオにおいて数人しか居ないLv.6。そのフリュネが何の抵抗もできず、触れることさえ叶わぬまま倒れ伏した。

 

「……なんでだ!?」

 

自身の最強の眷族を、そしてさっきまでいた眷族達を殺した男にイシュタルは悲痛な叫びを上げる。

 

恩恵(・・)を貰っていないんじゃないのか!?」

 

恩恵を貰っている者と持ってない者。両者の力には比べるべくもなく、多大な差がある。それがこの世界の常識(・・)

 

だが目の前で起きた出来事は、その常識を易々と破壊した。

 

……歪みから、一本の剣が現れる。

 

「ヒッ!?な、なんだそれはっ!?」

 

自身に向けられるその剣に、イシュタルは死の恐怖(・・・・)を感じた。

 

超越存在たる神々は、この地上においてかすり傷から地上の子供が死ぬような傷を負おうと即座に『神の力(アルカナム)』が発動し、再生する。勿論下界で使ってしまえば、瞬時に『天界』に送還される、が。

 

だがその男の背後に現れた剣からは、確かな死の恐怖が感じ取れる。

 

「死の臭いでも感じたかイシュタル?くっくっ。それは正しいぞ」

 

……イシュタルが感じたそれは正しく。目の前のその剣は、異なる世界において神殺しの概念を持つ宝具の原典。

 

……神を死滅させ、『天界』に戻ることは出来ない、対神宝具だった。

 

忌々しい怨敵が恐怖に顔を歪めるを見て、愉快そうに笑う。

 

その笑みを見て、イシュタルがとれた行動は…。

 

「ーーーヒィィッ!!」

 

ーーー逃走だった。

 

だが、そのような行為…。

 

 

 

 

 

「ーーー『天の鎖』よ!」

 

ーーー目の前の男は許さない。

 

自身の周囲から突如として現れた、鎖。それは瞬く間に、身体中を縛り上げた。

 

「なっ!?」

 

「この我の前から、天の鎖(この我の友)から貴様が逃げられるとでも思ったか?」

 

驚愕するイシュタル。目の前の男はその哀れな行動に、歪んだ笑みを浮かべる。

 

そして…。

 

「さぁ、疾くこの世から消えるがいい!!」

 

ーーーその剣は放たれた。

 

ーーーーーー

 

 

下界の子供に置いて、禁忌とされる神への攻撃。だが目の前の男は何の躊躇もなく行ってきた。

 

「ガハッ!?」

 

口からは真っ赤に染まった血が、とめどなく吐き出された。

 

……何故こんなことになった?

 

自身の爪先が金の粒子となって消えていく。その光は徐々に頭頂部を目指しゆっくりと進行する。

 

突如として現れたこの男に、ファミリアは壊滅させられ、本物の死が近づいてくる。

 

……何故私がこんな目に合わなくてはならない?

 

同じ『美の神』のフレイヤは、都市最強派閥の地位を持ち、その名声は世界に名を馳せる。

 

自身は同じ『美の神』の名を持ちながらも、この都市の一部。それも歓楽街の女神と一部に知れわたる程度。ならば…。

 

こんな世界はいらない。

 

消え行くその瞬間。イシュタルはこの世界において禁忌とされる神の力を。いや…。

 

 

 

 

 

ーーー神の呪いを発動させた。

 

ーーーーーー

 

「……つまらぬ幕切れだったな」

 

先程まで大勢いた者達は居なくなり、自身の主神もこの地から消え去ったことにより私の背中の『恩恵(ファルナ)』もなくなっていた。

 

「さて…」

 

そう呟いて、王様は私に近づいてくる。その腰に携えた剣を抜いて…。

 

「本来ならこの場で無様に散るはずだったろうが。こうなると、我自らあの時の虚言裁かなくてはな…」

 

その瞳は何の興味を宿さず、その声音は本当につまらなそうだった。

 

……どうでもいい。そう言外に伝わってくる。

 

この人は私を殺すつもりだ…。その事に私は不思議と恐怖を感じない。いや、頭が今までの事でもう考えることを拒否しているのかもしれない。

 

「ふふっ…」

 

私は笑っていた。それは自身の不幸を嘆いたのか…。それとも自分の今までの人生が、本当に滑稽でわらってしまったのか。

 

「……自身の欲もわからぬまま死ぬがいい、道化。」

 

「……」

 

欲の形。それは結局なんだったのだろうか?

 

私の願い。それはあるのだろうか?

 

その時、私の脳内にはたくさんの本が浮かんできた。

 

数々の英雄が紡いだ、英雄譚。私が憧れ好きだったものだ。

 

……走馬灯。死の間際に春姫が見たそれは、今までの人生ではなく、英雄譚が映る。

 

……垣間見るその中で、春姫はひとつのことに気づいた。

 

「……ではな」

 

黄金に輝く剣が振り上げられる。

 

そして、その剣が下ろされる直前…。

 

「ーーー生きたい…」

 

「何ぃ…?」

 

止まった。後少しで自身の首を跳ねようかというところで、剣は制止していた。だが止めた本人は、その言葉に眉目を歪め、忌々しそうに声を紡ぐ。

 

「生きたい、だと?はっ。死の間際で絞り出した答えがそれか?まったくもって話にならんな」

 

「私は生きたいんです!」

 

先程とは違い、はっきりとした声音。そして、表情。だがそんな生への執着など、彼には見飽きたものでしかなかく、つまらぬ雑種と大差ないと感じた。「くだらんな…」そう言って剣を動かそうとした時…。

 

「ーーー生きて英雄王(あなた)の英雄譚を紡ぎたい!」

 

自身の願い、欲の形を示した。

 

「……なに?」

 

「私は今までたくさんの英雄譚を読みましたが、貴方のことを載せたものは一つもありません!」

 

「ふん。それで?ただ単に貴様が見落としていただけだったのではないのか?」

 

「ならば貴方の物語は、その程度のものなのでしょうか!」

 

叫びにも近い声。だがこのまま何も言わずに、死ぬことは出来ない。自分の願いがやっと見つかったのだ、最後になったとしても、この人には伝えたい。

 

「私は貴方の物語(オラトリア)を書きたい!」

 

ーーー言い切った。

 

臆することなくその瞳を見据え、願いを言い切った。その向けられた本人は、その真剣な瞳を見て剣を持っていた反対の手で顔を覆い…。

 

「くっくっ…」

 

ーーー破顔した。

 

「フハハハハ!…この我の物語を書く?くっくっ。ずいぶんと愉快なことをいう」

 

先程までの興味のない表情とは違い、愉快だと笑っていた。…それでも私は視線を逸らさない。

 

「私は本気です…!」

 

「……」

 

笑い声が止んだ。破顔していた顔を引き締め、私に向き直った。そして言葉を紡ごうとした時。異変に気づいた。

 

先刻まで、雲等ひとつもなかった空には、暗雲が立ち込め満月の光を遮り、漆黒の闇が辺りを包み込む。

 

それに気付いた王様は私から目を離し、忌々しそうに空を見据えた。

 

「……死して尚煩わしい奴だなイシュタル、いいだろうーーー」

 

手元の黄金に輝く剣を腰に納め、暗雲立ち込める空を睨み、手元に暗闇を切り裂く黄金の鍵が現れた。

 

そして…。

 

「ーーー貴様には、人類最古の地獄を見せてやる…!」

 

ーーー黄金の鍵は開かれた。

 

ーーーーーー

 

……それは天に昇る、赤い幾何学を裂いて現れた。

 

……それは剣というには奇妙な形をしていた。ただそれを見たとき本能が、いや、細胞一つ一つが恐怖した。

 

だけど私はそれから目を離さなかった。いや離させられなかった。

 

「……ハルと言ったか、娘?」

 

「えっ!?わ、私ですか!い、いえ春姫と申し…」

 

「ふん。我が認めずして姫を名乗れるか、たわけ」

 

その声は、何時もの聞き慣れた口調だった。さっきまでの興味のない口調ではなく。

 

王様は手元に現れた剣を携えたまま、目線を私に戻していた。

 

「くっくっ。貴様の言う通り、この世界には我にまつわる書物はない。いいだろう、貴様に我の栄華を綴る権利をくれてやろう!」

 

……その剣は緩やかに回転し始め、辺りに紅き風が吹き荒れた。

 

その風を浴びながらも、その場で耐え凌ぐが地面にしがみついても吹き飛ばされそうになる。

 

その様子を見て、王様は近くに寄れと言葉を落とす。

 

……少しでも近くに寄ろうとしているのですが、風の勢いが強すぎます…っ!

 

そんな私を王様は…。

 

 

 

 

「しがみついていろ」

 

「きゃっ!?」

 

ーーー左手で抱きとめた。

 

お、おおお、王様っ!?ち、近すぎです!?

 

声にならない悲鳴を私は上げようとしたのですが…。

 

「ーーー目覚めろ、エア!」

 

周囲の建物をも吹き飛ばす豪風に、かき消された。

 

遥か上空、私たちの真上では暗雲が割れ光が漏れ始めた。

 

……『神の力(アルカナム)』。イシュタル様が死に際に残したこの人を…、いやこの地を滅ぼしかねない神の断罪の力。

 

「その一撃を持って、異世界(この地)英雄王(オレ)の名を刻め!」

 

周囲の建物が、庭園を除く歓楽街の全ての建物が崩壊し始めた。そして天を見据え、王はその名を口にする。

 

「いざ仰げ!」

 

……空から光が降り注ぐ。それは神による下界の子供を裁くための、裁きの光。

 

だが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天から降りし、神による裁きの光は…。

 

地上から放たれた王の一撃によってかき消され、紅き風となって振り上げたそれは空を、この世界の天上を貫いた。

 

 

ーーーーーー

 

「ふん。神の力と言えど、この世界ではあんなものか…」

 

異なる世界で、我の友を呪い殺したあやつと言えどやはり敵ではないか…。

 

まぁ、面白い奴も手に入ったことだ、今宵は良き夜と言えるか。

 

……腕の中にいるこやつは呆然と我を見つめているが怖じ気づいたか?

 

まぁよい、忘れておったが今宵は満月だったな。

 

……背後の空間が歪み、ヴィマーナが現れそれに飛び乗る。

 

「えっ?えええ!?」

 

意識が戻ったかと思ったら、うるさく騒ぐのでな、上で降ろしてやったわ。そして、浮上し空へと上がる。

 

「騒ぐな煩わしい。今から月見酒だハル」

 

「えっ!?えっ?月見酒…?」

 

やっと正気に戻ったか。あれ以上騒ぎおったらこれから叩き出していたところだ。

 

「ほれ、何時ものように酒を注ぐがよい」

 

「は、はい…」

 

騒がしかったり、陰鬱になったり質面倒なやつだ。いい加減…。

 

「ーーー王様…。私王様の英雄譚きっと書いてみせます!」

 

……。くっくっ。なんだきちんと覚えていたか。だがな…。

 

「間違っているぞハル。貴様が紡ぐは我の英雄神話だ。英雄譚等、凡百の英雄と一緒にするでない、たわけ」

 

「ふふっ。すいません王様♪」

 

雲一つない天上で、満月を眺め暫しの月見酒とするか…。




「ちなみに王様、これって凄いですけど後で何か言われません?」

「たわけ。雑種等には見えんわ」

ヴィマーナ、光学迷彩onです。


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動き出す世界

書き直しました。



ギルと春姫の二人が、天空で月見酒を楽しんでいる間、地上は大混乱に陥っていた。

 

……突如として歓楽街を中心に吹き荒れた、紅き暴風。それによって、鎮火の作業にあたっていた者や、歓楽街の状況を知ろうと、周辺をあたっていた者全てが吹き飛ばされた。

 

……風の余波によって、火はなんとか消えていたが、それと同時に…。

 

ーーー歓楽街も消え去った。

 

イシュタルのホーム、『女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)』の裏手に建っていた建物も唯一残っていたのだが、暴風が収まり数分もたたない内に瓦解した。

 

事態が収束し、ギルドも調査員をこの事件に興味を持ったファミリアの者が、かつて歓楽街だった跡地に踏み込んだが…。

 

なんの成果も得られず、生存者も確認できなかった。

 

ーーーーーー

 

「……フレイヤ様、ご無事ですか?」

 

「……ええ」

 

自身の主神を覆い被さっていたオッタルは、風が収まり周囲の安全を確認してから立ち上がる。

 

……暗雲が空を覆い、ここにいる二柱の神が、その力の出所を感じ取り脅威に備えたが…。

 

ーーーそれは地上から放たれた。

 

地上から天に昇る紅き暴風は神の力(それ)を打ち破り、空に浮かんでいた暗雲全てをかき消した。

 

「ありえへん…。神々(うちら)の力を打ち負かすなんて…っ!」

 

「……まったくだわ」

 

他の団員が庇っていたもう一柱の神。ロキはいまは雲一つない空、満月を見つめながら今しがた起きた出来事に驚愕していた。

 

……フレイヤも口調こそ穏やかなものの、その瞳は細く忌々し気にその方向を見据えていた。

 

「……フレイヤ様、この事件の首謀者は神々によるものなのでしょうか…」

 

「いいえ、違うわ…。確かに似たようなものを感じたけれど…。あんなものは知らない、あれはまったくの別物だわ」

 

その質問に否と答えた。ロキも同様なのか口を挟むことはしなかった。だが…。

 

これ(・・)を地上の子供(もの)が?

 

そんなことはあり得ない。そんなことできるはずがない。

 

「……オッタル」

 

「はっ!」

 

未だ天を見続けるフレイヤの言葉を聞き取ったその男は短く返答し、ロキを庇っていた他の団員もその男の背に並び女神の命令を待つように膝を地面につける。

 

「貴方達も現場に向かってちょうだい。…ここにはギルドの人達(他の人達)もいるわ、大丈夫よ」

 

「……畏まりました」

 

返答するやいなや、疾風が巻き起こりその場に誰も居なくなる。団員達が居なくなったのを確認したフレイヤは横にいる、とあるギルドの人と話していたロキに視線を向けた。

 

「ーーーって言う訳や。よろしく頼むで?」

 

「……畏まりました、神ロキ」

 

そのギルドの職員、以前自身のホームに居たこともあったーーーエイナは手を頭にあてながらも、確かな返事をした。去っていくその背を見送った後、ロキはこちらをみていたフレイヤに向き直る。

 

「……明日緊急の神会(デナトゥス)を開くことにしたわ。無論あんたも…」

 

「ええ…」

 

短い返答だが、確かに了承しその場を後にするようにロキに背を見せ、自身のホームがある場所に歩を進める。去っていくその女神を暫し見つめてから、ロキも自身のホームに歩みを進めた。

 

ーーーーーー

 

「だ、大丈夫ですかっ!?」

 

「……ぅぅ」

 

都市の数ある裏路地。その一つの場所でシルは倒れ伏すアマゾネスの女性を見つけた。まるでいつか見つけたエルフの女性に似たその状況に、驚きつつも頭を膝にのせる。

 

……先の暴風に巻き込まれたのか、酷く衰弱したそのアマゾネスの女性を担ぎ上げ、自身の家に向かうことにした。

 

「気をしっかり持ってください!大丈夫ですよ、家に戻ればしっかり治療できますからね!」

 

「……」

 

返答はない。しかし寝息が聞こえることから、意識が失っただけだろうと判断した。野次馬根性で、外に出ていたシルだったが、その女性を担ぎ上げ足早に家に戻っていった。

 

ーーーーーー

 

「なぁ大神(ゼウス)…。貴方はこの地で一体何をする気なんだ…」

 

「ヘルメス様…」

 

とあるファミリアのホームのテラスにて、オラリオ

地に戻ってきていたその神は、今しがた起こった光景に、小さく呟いた。

 

……この地に戻りし理由(・・)とは思えぬ光景。その隣で見ていた自身の眷族も不安気に自身を見つめる。

 

「……今夜はもう寝よう、アスフィ。今から行動したって遅すぎる」

 

「……はい」

 

帽子を手をやり、目元を見せぬように眷族の頭にぽん、と手をやりテラスから戻るよう促す。だが、その目は確かに困惑していた。

 

ーーーーーー

 

「いったい何が起きたって言うんだい…っ!?」

 

寂れた教会の前。そこで自身の眷族を待っていったヘスティアは不安な瞳で空を見つめていた。

 

……今日初めて中層に向かった大好きな子は未だ帰らず。

 

……片や、今まで自由気ままに振る舞っていったもう一人の子も直ぐ戻ると言ってから帰ってこず。

 

不安で外で待っていったのだが、突如として歓楽街から空へ昇る紅き暴風が現れ、その不安はいっそう加速した。

 

けれどこの場所を動いて、すれ違う訳には行かないと待っていたのだが…。流石にあの光景を見て、そして神として、感じたことのない脅威を感じ、居てもたっても居られなくなってきていた。

 

「ベル君…。王様君…」

 

自身唯一の眷族の名を口にし、空に輝く満月に視線を向ける。

 

ーーーーーー

 

その一撃は、都市を…。その地下のダンジョンまでにも及んでいた。

 

『ガアアァァァッ!?』

 

17階層。嘆きの大壁と呼ばれる大広間。

 

その場所において、今しがた生まれ落ちた階層主。迷宮の孤王(モンスターレックス)ーーー『ゴライアス』。

 

それに追われ、今まさに自分達の命を無きものにさせようと振るわれた、その巨大な拳は…。

 

ーーー17階層を、いやダンジョン全域を揺らしかねない地震によって阻まれた。

 

「くぅぅぅっ!?」

 

その地震によってあらぬ場所に拳は落ち、九死に一生を得たベル。そして、突如起こった大地震に膝を着きそうになったが、それを踏みこたえ18階層に続く洞窟に飛び込むように体を飛び込ませた。

 

宙を舞う体は狭い洞窟内で衝突を繰り返し、その度に悲鳴をあげるが、両手に抱えた二人を離すことはしなかった。

 

やがて…。

 

「ぅ…!?」

 

出口と思しき穴から吐き出され、勢いよく地に投げ捨てられた。落下の衝撃は地面を削ったことによって止まつた。

 

うつ伏せの体勢で倒れ込んだ体を動かすこと叶わず、そのままの体勢のままで小さい呻き声を上げる。体のあちこちは痛み、視界は霞がかって朧気にしか見えなかった。……

 

ーーー全身の下から感じられる柔らかい感触は、見えない視界ながらも、温かく包み込むこの光りは何だろうか?

 

そんなことをぼんやりと考えていたら、こちらに近づく気配があった。

 

「……!」

 

その人物は自身の前に佇み、その影がこちらの体を覆うように感じた。瞬間、渾身の力を振り絞り右手を、その細い足を掴む。震える口を開き僕は絞り出すように言葉を出した。

 

「仲間をっ、助けてくださいっ…!」

 

霞んだ視界が最後に見えたのは、幻想だったのかも知れない。微かに輝く黄金の髪を見たのを最後に、僕は意識を手放した。

 

ーーーーーー

 

黄金の満月に照らされ、優雅に月見酒を楽しんでいたが…。

 

「ふふっ。おうさまぁ~♪」

 

「……なんだ貴様?もしや一口で酔ったのか…」

 

春姫は顔を赤らめ、ギルの体にすり寄っていた。一人で酒を足しなむつもりだったが、気紛れでお猪口一杯分のお酒を渡したのだったが、それを口にした瞬間春姫は、一瞬で出来上がりろれつも上手く回っていなかった。

 

「そんにゃ、ことないです!ヒクッ。春姫は、全然、大丈夫ですよ~。ヒクッ」

 

「まさかあれしきでこうなるとは…。何とも情けないやつだ」

 

……ちなみにこのお酒、彼の蔵から引っ張り出した物で。一応普通の者でも飲めるが、彼が大丈夫なだけで神々を除いた、下界の子供が飲めばほぼこうなる。

 

……いや、正気を保っていられることでも充分なのだが。

 

「おうさまぁ~。さっきの本当に、凄かったですよ!ヒクッ。とっても格好よかった、です!ふふっ」

 

「ふっ、当然だ。我を誰と心得る」

 

酔いから出た純粋な称賛に、鼻で笑いながらも、その口元はつり上がっていた。

 

すり寄っていた春姫は、ギルにその体を預ける。そして、その瞳はギルの相貌を映す。

 

「……物語の中にいる、みたいで、春姫は嬉しゅう、ヒクッ。ございました」

 

「……酔っているとは言え、調子に乗りすぎだぞ貴様?」

 

顔が触れ合いそうな距離。酔いから若干目を潤ませる春姫。流石に看過出来んと目尻を吊り上げるギル。

 

だが…。

 

「……あんなことを、ヒクッ。されては、春姫は、惚れてしまいます」

 

「ほう…」

 

ーーーその告白を聞き、目尻は下がりその潤んだ瞳を見つめ返す。

 

そして…。

 

「おうさまぁ…」

 

「……」

 

ーーーその口をゆっくりと近づける。二人の距離があと少しの距離で…。

 

 

 

 

 

「お、おおお、男の人の鎖骨ぅぅぅっ!?」

 

ーーー春姫は気絶した。

 

恥じらいで目線を下げた先に見た、鎖骨で、春姫はぱたりと、意識を失った。そして体は横に倒れ、黄金の船の上でぶっ倒れた。そんな春姫を見たギルは…。

 

「まっ、生娘には我の体は刺激が強すぎたか…」

 

酒をぐいっとあおり、一人満月を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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18階層
明くる日


荒い息づかいそのままに、ヘスティアは街を駆ける。昨日の夜からダンジョンから戻らないベル。そして、酒を飲みに出掛け、昨日のオラリオを震撼させた何かが起きそのまま帰ってこないギル。もしかしたらそれに巻き込まれたのかも知れない。

 

「ーーーッ!」

 

嫌な考えが脳裏を掠める。自身の恩恵を与えたベルの生死は、それによって確認出来ているが、もう一人の方は与えていない。

 

ーーーつまりその身に何が起こったのか、まったく分からないのだ。

 

「アドバイザー君!?」

 

「か、神ヘスティア!?」

 

ギルドの窓口にて、忙しなく動き回っていた顔見知りの職員に大声で話しかける。それによって、奇異の視線がヘスティアに向けられるが、構うことなくエイナにその勢いのまま用件を伝える。

 

「ベル君が!王様君が!昨日から帰って来ていないんだっ!!」

 

「な、何ですって!?」

 

その聞かされた内容に戸惑いを隠せない。その瞳を愕然と見開き、直ぐ顔色を青色にさせた。

 

お待ちくださいと、断りを入れ窓口から離れ、周囲の職員に聞き込みをしながら奥へと消えていった。

 

数分が経ち、戻ってきたエイナの顔色は戻っていなかった…。

 

「換金所の者や、他の職員に聞いてみましたが、誰も彼等を見ていないと…」

 

その告げられた答えに、ヘスティアは固まった。そして、神の直感(あたま)がズキズキと痛む。

 

「……アドバイザー君。クエストの発注を頼む」

 

「……申し訳ありません、神ヘスティア。今ギルドは昨日の事件の対処に当たっていて、今すぐにとは…」

 

最悪の答えが返ってきた。ヘスティアも知っていたとはいえ、昨日の事件がここまで大事になっていたとは予想が出来なかった。

 

……聞けば昨日の事件は、オラリオにおいて最悪の事件となっていた。

 

歓楽街の崩壊。生存者、目撃者共になし。そして、一夜明けた今でも何の情報も得られていなかった。

 

しかも、緊急の神会(デナトゥス)も開かれるとのこと、そんなもの勿論、今のヘスティアが出るわけがないが…。

 

「ア、アドバイザー君!頼む、何とか救出隊を…」

 

「……」

 

悲鳴にも似た声を上げるヘスティアに、エイナは何も答えられなかった。

 

どうしようもないのか…。そう脳裏に過ったとき…。

 

「ーーーヘスティア!」

 

「タケ…ッ?」

 

背後から自身を呼ぶ神友がそこにいた。

 

……沈痛そうな表情を浮かべる、眷族と思しき少女を隣に置いて。

 

ーーーーーー

 

時計の針が夕刻に近付いていることを知らせる。

 

『ヘスティア・ファミリア』のホームの上にある教会。そこでベル及び、ギルの捜索のための会議が行われていた。

 

ヘスティアと神友のミアハ、ヘファイストス。そして、先程ギルドにて声をかけてきたタケミカヅチ及びその眷族だ。

 

「すまん、ヘスティア。お前の子、ベルが帰ってきてないのは、俺達に原因があるかもしれん」

 

「……」

 

ギルドでヘスティアが悲痛の叫びで訴えているのを見て、命は事の顛末を包み隠さず主神に告げた。

 

……そして、それをヘスティアにも話した。

 

タケミカヅチの謝罪に、ヘスティアは腕を組んで目を瞑っていたが、しばし沈黙を貫いた後。他の神達が見守る側で、その瞳を開き、子供達の顔を見回した。

 

「ベル君達が戻ってこなかったら、君達のことを死ぬほど恨む、けれど憎みはしない。約束する」

 

ヘスティアは子供達を許した。その女神の慈悲深く寛容さを感じさせる眼差しに、彼女達は初めて主神以外の神に心を打たれた。

 

「今は、どうか僕に力を貸してくれないかい?」

 

『ーーー仰せのままに』

 

一糸乱れない動きで子供達は膝を床についた。その子供達の様子に、男神は目を細目、眼帯をする女神は神友に笑みを送った。

 

そして、探索に当たるための会議を本格的にしようと思った時…。

 

「ーーーオレも協力するよ、ヘスティア!」

 

教会の扉から、その優男の男神は現れた。己が眷族と共に。

 

「ヘルメス!?」

 

「お前、どうしてここに!?」

 

「おいおい。あれだけギルドで騒いでたんだ気付かないとでも思っていたのか?」

 

軽くあしらうように笑うその男神は、他の神が見守る中ヘスティアに近づく。

 

「やぁ、ヘスティア。久しぶり」

 

「ヘルメス…、何のようだい?今は君と話してる暇は…」

 

「眷族を助けたいんだろう?オレも協力するよ」

 

見てたのか…。ヘスティアはギルドでの経緯を見ていた男の瞳を見つめ返す。

 

「何で協力するんだ、ヘルメス。言え」

 

心友(マブダチ)を助けるためさ。それなら手を貸すに決まっているさ!」

 

それに、他の団員にはもう一人の捜索に当たって貰っているよと、告げるヘルメス。だが、その告げられた言葉をもってしても警戒は解かない。

 

「本当にそう思っているぜ。ーーーオレも、ベル君を助けたいんだよ」

 

それは先程までのふざけた雰囲気ではなく、真面目な声音で語られた。

 

ヘスティアを見つめるヘルメスの瞳、それにふぅとため息を吐いてから、ヘスティアは。

 

「分かった…。お願いするよ、ヘルメス」

 

「ああ、任された!…と言ってももう一人の眷族の情報はまだ無いけどね」

 

その言葉にぐっと喉を詰まらせたが、それでも頼むよと、再度頼んだ。

 

その後、ヘルメスが共に連れてきた眷族をプラスして、捜索隊を送り出すことを決める。

 

「……じゃあヘスティア。それをよろしくね、私達は神会に行くわ」

 

「すまぬ、ヘスティア。手を貸せず」

 

良いさ、と来てくれた二人の神友に。そして、捜索隊に眷族を出してくれたタケミカヅチに礼を述べた。これから起きる緊急の神会に出席するため彼等は教会から去っていった。

 

残ったヘスティアと、その三人の後から出ていったヘルメスは探索隊の一員としてダンジョン(・・・・・)に向かう。

 

……先程こそこそと聞いていたのを知り、ついていくを決めた。

 

……せめて、ベル君だけは生きていて欲しいと願って。

 

「しかし、いいのかい?神会に出なくて?」

 

「いいさ、後で他の神に聞くさ。…どうせ何も分からないだし」

 

ヘルメスがギルドに行ったのは、昨日の事件の情報を求めてなのだが、そこで何も得られなかった事から出る気はなくなっていた。

 

後頭部をかきながら、教会を後にする二人。集合時間まで準備するため戻るとのこと。

 

「……これは、あと一人助っ人を頼むかぁ…」

 

ーーーホームではなく、別の場所に。

 

ーーーーーー

 

「……さて、僕も準備しなくちゃ」

 

僕の呼び掛けに応じてくれた、神友達が去っていったのを確認した後。地下室に続く階段を下る。

 

……ヘルメスのところに頼んだけど、本当に王様君は…。

 

沈痛そうな顔を浮かべたが、いけないと頭を振る。彼が死ぬはずないと、そう信じて。

 

僕も早く準備して、集合場所に向かおう…。

 

階段を下りきり、そこは無人のはずの部屋。

 

しかし…。

 

「む?ヘスティアか。何処に出掛けていた?」

 

「お、王様君っ!?」

 

ーーーいるはずのない人物がいた。

 

「い、一体何時から!?」

 

「なんだその顔は…。明け方には帰ってきてたわ」

 

そのいつも自身に向けられる呆れた顔を見て、あぁ本人だと確認したヘスティアはダイブした。

 

「うわぁぁん!?王様君!!」

 

「ええい、なんだヘスティア!?」

 

突如突っ込んできたヘスティアに、目尻を吊り上げそのままぶん投げようとしたが、その目に涙を浮かべていたのを見て、止めた。

 

「ぐすっ。良かったよ、ぐすっ。心配したんだから!」

 

「まったく…。この我の心配をするなどホトホト貴様は駄神だな」

 

泣いているために、上手く言葉を喋れないヘスティア。しかし、その頭はポンポンと撫でられていた。

 

「それで、ベルのやつはどうした?今日も穴蔵に入っているのか?」

 

「そ、そうだよ王様君!?ベル君も君と同じで昨日から帰って来ていないんだ!」

 

暫くして泣き止んだヘスティアに、この場所に居ないもう一人の人物を聞き、今だ帰って来ないことを知る。

 

その事を知り、はぁとため息を吐く。

 

「また手間をかけさせる…。迷子になるとは、情けないやつだな」

 

「迷子って…。いや、あってはいるけど…」

 

「仕方あるまい。しばし待っていろヘスティア、直ぐ連れ戻してくる」

 

立ち上がり出ていこうとするが、直ぐに今まであったことを説明し皆で行くから待ってくれと頼んだ。

 

他の者がいることに、いらんと言っていたが。流石に中層に向かうのに彼一人だと心配を通り越して、無謀だ。

 

何とか説得し、皆で行くことを認めてくれたのだが…。

 

その時初めて気付いた。奥のベットで寝ている、誰かに。それはちょこんと、金色の尻尾はみ出し揺らしていた。

 

「お、おおお、王様君?」

 

「どうした?」

 

「アレは誰だい!?ど、何処から連れてきたんだいっ!?」

 

「あぁ、アレか…。拾い物だ、故に気にする必要もあるまい」

 

……いやいや!?何言っているんだい!?

 

拾い物!?アレどう見ても人じゃん!!

 

驚愕する僕に対して、気にする素振りも見せず、カップに注がれた紅茶を優雅に飲む王様君。

 

「ま、アレは留守番させておけばよい。さ、行くぞヘスティア」

 

「ま、待ってくれたまえ王様君!?ちゃんと説明を!?」

 

しかし、説明してくれるはずもなく。二人はホームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明け方。月見酒を楽しんだ後、かつてベル達が訓練していた壁の上に降り立ったギル。そこでやっと春姫は目を覚ました。

「あ、あれ?あっ王様、ここは?」

「やっと目を覚ましたか…」

手に抱えられていた春姫は、先程までと違う景色に寝惚け眼で周辺を見回す。そして、何処にいるのかが理解できた。

だが…。

「えっ?嘘!きゃあああっ!?」

ーーー次の瞬間、ギルはそこから飛び降りた。春姫を抱えたまま。

「では戻るとするか…。ん?」

何事もないように着地したが。手に持つ春姫は再び寝ていた。否、気絶していた。

「……面倒なやつだ」

一瞥し、そのままホームに戻っていった。

春姫はお留守番です。







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探索隊

ギルドの前にて、ベル達を救出するため『タケミカヅチ・ファミリア』から三名。ヘルメスとアスフィ、そして何処から頼んだ覆面の冒険者。とギルとヘスティア。

 

最初行方が分からなかったギルがいることに、他の者達は驚きの声を上げたが、一言「雑種ごときが、我に意見するでない」と一蹴し、全ての質問をことごとく流した。

 

……その態度にむっとしたが、ヘスティアが必死で説得して何とか纏めた。

 

ギルは一度、覆面の冒険者を一瞥しただけで誰か分かったが特に何も言うわけでもなく、先陣きってダンジョンに向かって行き、他の者もそれに続くようにダンジョンに突入していった。

 

「……ヘスティア、彼が見つかったのはいいけど、彼のLvは?」

 

「恩恵を与えてないから、彼にはそんなものないよ…。何で先頭を歩くんだよ王様君…」

 

後方で話す二人の神。その話を聞いた他のメンバーも、その内容に驚きそしてため息を吐いた。

 

……それで先頭を歩くだなんて、死にたがりかよ、と。

 

しかし、彼等のその予測はものの数分で瓦解した。

 

ーーーーーー

 

現在位置はダンジョン13階層。

 

ヘスティア以下ベル達捜索隊は、出発から約数時間、早くも『上層』を突破し『中層』へと足を踏み入れていた。その進捗状況は、ひとえに…。

 

ーーー先頭(・・)を歩く一人の男によって。

 

「なぁ…。何でモンスター達は、彼を見て逃げ出すんだ?」

 

「し、知らないよ!?」

 

ここまで戦闘回数一回と言う、信じられない事態に後続にいたヘルメスはヘスティアに問う。

 

その一回も、7階層にて出会った『キラーアント』の2、3匹。そんなもの、これだけいる人数なら一瞬でかたがつく。

 

他のメンバーもその異常な光景に、衝撃を共有した。

 

……モンスターが彼を見て逃げている?

 

そのあり得ない考えに、その者の背中を見る。が、その視線に振り返ることなく、歩みを進める。

 

「で、でも、ここからは中層だ。皆気を引き締めろ!」

 

「は、はい、桜花殿!」

 

「う、うん!」

 

「えぇ…。ここから先は、油断してはなりませんよ」

 

手酷い痛手を受けた先ほどまでの過去に桜花は、命と千草号令を飛ばし、そして二人は弛んだ自分に活を入れた。アスフィもまた同意した。

 

「……そうです。私の出番は、ここから…」

 

……覆面の冒険者もまたぐっと両手を握った。

 

ーーーーーー

 

ダンジョン14階層、『中層』と呼ばれる階層。

 

ここにベル達が居ないことに、方針を18階層までに変えた。覆面の冒険者が提案した事と、ヘスティアが与えし恩恵が切れてないことから。生きているが、地上へ向かうのは諦め安全領域(セーフティポイント)である、18階層を目指してると考えたからだ。

 

そう考えていたその時、モンスターの群れが…。

 

「ーーーさっさと失せろ、犬っ!」

 

……去っていた。一喝だった。

 

それだけで群れをなしていた『ヘルバウンド』。それと共にいたモンスター達は、蜘蛛の子を散らしたようにダンジョンの奥に逃げていった。

 

「……暇だな」

 

「暇ですね…」

 

「う、うん…」

 

「あ、あり得ない…」

 

その光景を遠い目で見る三人。アスフィにいたっては、眼鏡をずらし呆れ返っていた。

 

「ヘスティア…」

 

「だ、だから、僕も知らないよ!?」

 

後方で成り行きを見ていたヘルメスは、隣にいるヘスティアをうろんげな瞳で見つめる。

 

「ま、まだ、ここには中層において強モンスターとされる、『ミノタウロス』がいる…」

 

……覆面の冒険者は、そのモンスターならと、一筋の望みにかけた。

 

ーーーーーー

 

ダンジョン15階層。

 

ここで、あるモンスター達を見つける。

 

『『『キュイ!?』』』

 

「む?」

 

兎の外見をした三匹のモンスター。白と黄色の毛並みに、額には鋭い一角が生えているモンスター、『アルミラージ』だ。

 

そのモンスター達と、ギルは見つめあい暫しの沈黙が流れた。

 

後ろにいたメンバーは、そのモンスターの強さを知っていたが、既に結果が見えているのか、逆にこのモンスターに初めて興味を見せた男に視線を送る。

 

『キィィッ!?』

 

その男から逃げ出すように走り去る、三匹の兎型モンスター。やはり駄目だったか…、等と思った直後…。

 

「……止まれ」

 

その男がその逃走を阻んだ。言葉だけだが、その声音に反応して三匹のモンスター達はその場で、ピタリと制止しキギッと振り返った。

 

そして、ゆっくりと近付き一匹のアルミラージの首根っこを掴み持ち上げた。

 

『キュ、キュイ!?』

 

『キュイイイイッ!?』

 

持ち上げられた一匹は悲鳴染みた鳴き声を上げ、他の二匹はそれを見て逃げ出した。他の二匹には興味がないのか、その視線はその捕まえた兎に向けたままだった。捕まえられた兎は、恐怖からガタガタと震えていた。そして、ギルは振り返り…。

 

「ベルも見つかった事だ、戻るぞ」

 

「何言っているんだい!?」

 

ヘスティアが突っ込んだ。他のメンバーは、その言葉にどう反応して良いか分からず、様子を伺う。

 

「知っておる、わざと言ったのだ。AUOジョーク、大いに笑うがよい。ハハハハハ!」

 

……誰も笑えなかった。

 

そのことに「やはり雑種には、難しかったか…」と他のメンバーに呆れていた。そして、捕まえていた『アルミラージ』に再び目線を戻して「誰ぞ、紙とペンを持っていないか?」と聞いてきた。

 

そのかけられた言葉に首を傾げたが、サポーターである千草がバックパックから、それを取りだし差し出した。そして、一旦覆面の冒険者にアルミラージを渡し、その紙に何やら書いていく。

 

そして書き上げた紙をアルミラージの背中に貼り付けた。そこには…。

 

『王様のペット

 

名前は偽ベル

 

よろしくね!』

 

と書かれていた。その書かれていた内容に、目を点にするメンバー達。

 

「本来なら貴様のような、贋作(にせもの)。疾くゴミにするのが常なのだが…。今、我が居住にて留守番している奴がいてな。それの遊び相手にでもなっていろ」

 

そして、二通の手紙をそれに持たせ、地上に続く方向を指差し「ーーーに行け。道順はわかったな?」と言ってから地面に降ろした。最初言われたことが理解できていないのか、キョロキョロと視線をさ迷わせていたアルミラージいや、偽ベルだったが再度「わかったな」と一睨みされて、首を縦にブンブンと振っていた。

 

「ではさっさと行くがいい。偽ベル」

 

『キュイイイイ!』

 

甲高い鳴き声を上げながら、地上に向かう方向へと走り去っていった。それを見て、満足気に頷いてからまた歩みを再開させた。

 

「……命、千草今のがテイムだ。滅多に見れないぞ」

 

「な、なるほど…」

 

「う、うん…」

 

「……いや、違いますよ」

 

何やら変な勘違いをしていた三人に、アスフィは突っ込みを入れた。

 

その後ろで見ていたヘルメスは、再度ヘスティアを見たが「僕はもう知らない!」とそっぽを向いていた。

 

ーーーーーー

 

ダンジョン16階層。

 

『ヴォオオオッ!』

 

抗戦は、まず不可能だった。

 

まず意志が折れた。次に戦意を挫かれ、最後に立ち向かう気力を、本能を…。

 

「……誰に吠えている、雑種!」

 

ーーー『ミノタウロス』が折られた。

 

咆哮を上げたミノタウロスは、しかし瞬時に壁に同化するように張り付き、動こうとしない。まるでその脅威が去るのを待つように、自らをダンジョンの壁に擬態するかのように。

 

「なぁ桜花君、『ゴライアス』が彼に挑むか賭けをしないか?」

 

「……自分は、ゴライアスに」

 

「じ、自分は彼に」

 

「う、うん。私も…」

 

「ヘルメス様ご自重下さい…」

 

最早やることない事に、ヘルメスは暇潰しに賭けを提案し、それに同意する三人。それをアスフィは諌めるが、ちゃっかりゴライアスに賭けていた。ヘスティアはギルに賭け、見事に三対三に別れた。

 

「……わ、私が、ここに来たのは…」

 

……覆面の冒険者は賭けに参加しなかったが、ここに来た理由を虚空に問うていた。

 

ーーーーーー

 

ダンジョン17階層。『嘆きの大壁』

 

……そこにそいつはいた。

 

『オオォォォッ!!』

 

けたたましい咆哮を上げるゴライアス。

 

「この我に吠えるか、雑種!」

 

王の一喝。それにたじろぎ、その巨体が後ろに下がる。その光景に彼に賭けた三人は希望をこめ、後ろから野次を飛ばす。

 

しかし…。

 

『オオオオオォォォッ!!』

 

恐怖を振り払うかのように、雄叫びを上げ突っ込んできた。

 

「ほう…。雑種が我に歯向かうとどうなるか、その身で知るがいい」

 

「「「ヨシッ!」」」

 

「「「くっ…」」」

 

その行動にぐっと握り拳を固める男神含む三名。対して、外したことに苦虫を噛んだ表情を浮かべる女神含む三名。

 

ギルは向かってくるゴライアスを再度睨み、手を上げ王の財宝を開こうとしたが…。

 

「何しているんですか!?早く洞窟に逃げなさい!」

 

「む!?何をする、離せリュー!」

 

背後から覆面の冒険者に押され、18階層に続く洞窟に、飛び込んだ。他のメンバーも、何かしょうもないことを言っていたが、それに続くよう洞窟に飛び込んだ。

 

……こうしてベル達捜索隊は18階層に辿り着いた。

 

ーーーーーー

 

夜中。ギルド内の受付では、神会が終わり今日の仕事がやっと終わりを告げた、エイナが帰り仕度をしていた。

 

……結局神会を開いたものの、有益な情報は何もなく無益なもので、『俺が、ガネーシャだ!』等とふざけた事しかなかったらしい。

 

昨日も夜中に駆り出されて、今日も夜中まで働いて疲れた。早く帰ろう…。と思っていたとき、そいつ(・・・)は突如として現れた。

 

『キュイイイイッ!』

 

「な、何で!?アルミラージがここに!?」

 

ギルドにやって来るはずのないモンスターが、ロビーにいた。夜中のために、冒険者の数も少なかったが…。このモンスターは他に目もくれることなく、自分(・・)の所に走ってきた。

 

そして、くわえていた手紙を差し出した。

 

「えっ?ええ…。もしかしてテイムされてるの?」

 

その知性を感じさせる行動に、誰かにテイムされていると分かり、ほっと安堵の溜め息を吐く。そして、手紙を開き一体誰のものだろうと思案した。

 

が、その書かれている内容を見て、ピシッと固まった。

 

『我の命令だ、光栄に思え。そやつを我の居住に連れていくがよい』

 

ギギッと首を、壊れた機械のように動かし渡してきたモンスターに向ける。そこには振り返り、背中の紙を見せつけるようにしている、アルミラージ。いや、偽ベルがいた。

 

……確かに似ているけど。でも…。

 

「あ・の・ひ・と・めぇぇ!!」

 

エイナの絶叫が、夜のギルドにてこだました。

 

このあと、偽ベルを送り届けた。

 

 

 

 

 




『ヘスティア・ファミリア』ホーム。

そこで寝ていた、春姫は目を覚ましていた。

「う~ん。あれ?ここは?」

知らない場所に、キョロキョロと周りを見回すが、覚醒した頭はもしやあの人のホーム?と考え付いた。

『キュイ!』

「えっ!?モ、モンスター!?」

突然現れたモンスターに驚愕して、ベットの上で体を縮めこませるが、そのモンスターはくわえていたもう一通の手紙を差し出した。そこには…。

『そやつは貴様の留守番までの遊び相手だ。腹が空いたのならば、ここへ行き我の名を出せ』

その書かれている内容と、振り返り背中の紙を見せつける偽ベルに「王様のペットですか。よろしくね」と微笑んだ。

そして、下の方には『豊穣の女主人』と書かれた場所への地図が載っていた。



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迷子発見

18階層、安全階層(セーフティポイント)と呼ばれているここで、僕達は『ロキ・ファミリア』に、アイズさんによって救助されていた。

 

遠征からの帰路の途中、ここで野営をしているらしく、そこでふらりと歩いていたアイズさんが僕達を発見し、このテントに運び込み治療までしてくれたらしい。

 

「リリとヴェルフも目を覚まして良かったよ…」

 

「申し訳ありません、ベル様…」

 

「足ひっぱじまって、悪い…」

 

今現在は、二人とも無事目を覚まし『ロキ・ファミリア』の人達と一緒に外で食事をしている。

 

「そ、そんなことないよっ!」

 

謝罪してきた二人に、僕は声を荒げてまくし立てる。そんな僕の様子が可笑しかったのか、二人は目を白黒させて、苦笑いした。

 

「二人のおかげで、パーティー全員がいたからっ…、だから生き残れたんじゃないの?」

 

「……だな」

 

「誰か一人欠けても駄目だった、ですね」

 

苦笑いの後、二人の顔が晴れ配られた食料に口に運ぶ。とたん吐き気を催しかけた。

 

……何この雲菓子(ハニークラウド)ってやつ、甘っ!?

 

むせ返りそうなのを必死に堪える、その僕の態度にリリが、食べましょうかと言ってきたので、リリの口に食べさせようとしたとき、ヴェルフが横合いから綺麗に強奪(しょり)してくれた。

 

そのヴェルフの行動に、リリはゲシゲシとヴェルフを蹴る。蹴られている本人は胸焼けで苦しんでいるのか、あまり気にしていなかった。

 

「アルゴノゥトくーん!」

 

そんなやり取りをしていたら、ティオナさんがこちらに歩み寄ってきた。その後ろには姉のティオネさんが。

 

そして、どかっと僕の左右に腰を下ろしてきた。

 

……えっ?

 

「話、色々聞かせなさいよ。一宿一飯の恩よ、構わないでしょ?」

 

「うん、聞きたい聞きたーい」

 

割って入ってきた二人に、リリはぎょっとし、アイズさんも小首を傾げる。

 

……と言うより、近付き過ぎですお二人とも!?

 

そんな二人の距離に、僕の顔は真っ赤になっていた。

 

そんなこと露知らずと言った風に、ティオナさんは爆弾を投げ込んできた。

 

「どうやったら能力値(アビリティ)オールSに出来るの?」

 

……呼吸が止まった…。

 

痙攣した笑みを浮かべる僕に、瞳を細めるティオナさんが薄く笑っていた。まるで吐くまで逃がさない、と言うように。

 

……何で知っているのっ!?

 

いっそのこと正直に「努力デス」と言ってみようかな…。この雰囲気からすると絶対にそれでは許してくれそうにないけど…。

 

アイズさんも、何でもない風にしているが耳をこちらに向けて、一言一句聞き逃すまいとしている。

 

ヴェルフはファミリアの先輩に絡まれ、リリはティオナさん達ごと僕を睨んでいるし…。

 

……つ、詰んでる。

 

『ーーーぐぬあぁっ!?』

 

『おのれーっ!?リュー、貴様!』

 

その声はいきなり聞こえてきた。誰よりも聞き覚えのある二人の声。

 

ばっとリリと顔を合わせてみると、目を見開き僕の思考に肯定するように頷いた。

 

「すいません、行かせて下さい!」

 

ティオナさん達の返事を待たず、駆け出す。その後ろからリリも僕に追走し、ヴェルフも遅れて立ち上がる。

 

直ぐに目的の17階層と18階層をつなぐ洞窟が見える。『ロキ・ファミリア』の見張り番が、いち早く駆けつけていたが、その肩の後ろから顔を覗かせると…。

 

「くそっ!王様君でもゴライアスは無理だったのか!」

 

「ははは!賭けは賭けだぜ、ヘスティア!」

 

……悔しそうに地面を叩く神様と、その隣で大笑いしている男神様の姿が。それ以外にも悔しそうにしている者や、何故かガッツポーズをしている者もいる。

 

……しかし僕は、いや僕達の視線は一組の男女(・・)にくぎ付けにされていた。

 

「ええい!さっさと我の上から退かんか、リュー!?」

 

「いえ、あの、その、ええっ!?」

 

腰まで届くフードの付いたケープを羽織り、下はショートパンツを履いており、ロングブーツとの組み合わせで折れてしまいそうな脚線美が目立つその女性は。

 

勢い良く飛び込んだのか、そのケープがめくられ特徴的な耳が見えていたエルフの女性に見覚えがあった…。

 

ーーー『豊穣の女主人』の店員リューさんだ。

 

そんな彼女は今…。

 

「何時まで我の上に股がり、手を握っているつもりだ!」

 

「あの、その、嘘…」

 

ーーー王様の上に股がり、その両手をがっちり握っていた。さっきの僕なんか目じゃないくらい顔を真っ赤にさせて。

 

……oh…。

 

「ベル君!良かった、王様君!ベル君が…。oh…」

 

思考停止している僕に飛び付いてきた神様だったが、王様を呼ぼうと後ろを振り返った瞬間、同じような言葉を口にしていた。

 

……その光景を目撃して固まっている僕達は…、唯一ヴェルフだけがリューさんと面識が無かったが、しかしその光景に顔を手で覆っていた。

 

「ええい!いい加減にそこから退け!」

 

「キャッ!?」

 

痺れを切らした王様が、握られている片手を勢い良く引き体を反転させた。その行動に、何時もからは考えられない声をリューさんは上げた。

 

「まったく…。我の上に股がり欲情でもしていたのか?時と場所を考えるがよいリューよ。…ん?ベル、貴様何処まで迷子になっていたのだ!」

 

「よ、欲情…」

 

そして、立ち上がった王様は僕を見つけ声をかけてきた。…リューさんはその言葉にショックを受けているのか、放心状態のままその場で寝そべっている。

 

……ま、迷子って、いや、合ってはいるのかな?

 

「全く、世話のかかるやつだ。…して貴様、何時まで横になっているつもりだ?」

 

「え?」

 

声をかけられた事によって、意識を取り戻したリューさんだったが、無意識によるものなのかその手を上げていた。

 

「ふん。この我に手を引けと?貴様も貴様で手のかかるやつだ」

 

そう悪態をつきながらも、その手を引きリューさんを立ち上がらせる王様。リューさんは再度手を握られた事によって、何かぶつぶつと小声で喋っていた。

 

そんなリューさんを尻目に、王様は神様に抱きつかれている僕を手招きしていた。

 

……何だろう?そんなことを考えて近寄ったら…。

 

「手間をかけさせるな、ベル!」

 

ーーー王様のありがたい拳骨を頂いた。

 

今でも僕は、あれは理不尽だったと思っている。

 

……こうして、18階層で僕達は王様達と合流した。

 

ーーーーーー

 

「ふっ!」

 

『キュイイ!?』

 

「あっ…。ご、ごめんなさいです、偽ベル。大丈夫?」

 

『ヘスティア・ファミリア』のホームで留守番していた春姫だったが、突如近くのものを殴りたい衝動に襲われ、近くにいた偽ベルを殴り付けていた。

 

『キュ、キュイイ…』

 

「良かったぁ…。大丈夫ならいいよね?それじゃあ『豊穣の女主人(ここ)』に行きましょう」

 

か細い鳴き声を上げ、首を上下に動かす偽ベルを見て春姫はほっと、安堵の溜め息を吐き、お腹が空いたため地図に載ってある場所を目指す。

 

その後に続くように歩く偽ベルは、痛むお腹に手を当て「この人の機嫌を損なわないようにしなくちゃ…」と、本能で感じ取っていた。

 

 




18階層は、OUSAMAダークネスの予定です。


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真夜中遊撃隊

18階層にてベル達と合流を果たしたギル達捜索隊。その様子をアイズは背後で見ていた。

 

……会話をしていた途中に走り去っていったのを見て、気になってついてきていたのだ。

 

「神様、ここまで他のモンスター達とか大丈夫でした?」

 

「あ、うん。王様君がね…」

 

あぁ、とその言葉で察する事ができたベルはそうでしたね、と呟いた。リリとヴェルフ、そして後で会話に聞き耳をたてていたアイズは首を捻った。

 

「階層主は駄目だったけどね…。くそっ!あそこで怯んだからもしかしたらと思ったのに…!」

 

「あはは…」

 

渇いた笑い声を上げ、(くだらん)の人物を見やるが当の本人は辺りを見回していた。しかしアイズはその言葉に衝撃を受けた。

 

……ゴライアスが、怯んだ?

 

不可思議な魔法(・・)を使うことや、階層主さえ怯えさせることができるその人物に視線を向ける。

 

……レアスキル?

 

自身の脳裏に浮かんだ疑問に、その好奇心が疼いた。

 

……見てみたい。

 

その背中に書かれているだろうステイタスを。もしかしたら、自身が強くなる事に繋がるかもしれない。そう思い一つの考えが浮かんだアイズは、その集団の方に歩いていった。

 

ーーーーーー

 

無事合流した一同だったが、滞在することの報告をしにギルとリュー、そしてヘルメスとアスフィの4名は現れたアイズについて行き、他の者は話があるとベルが借りていたテントに向かっていた。

 

「で、王様君。結局モンスター達が逃げるのは君のスキルかい?」

 

「あのような雑種共、いちいち我が相手することの方がありえん」

 

アイズに泊めてくれるテントに向かう途中、気になっていた事を尋ねたが、スキル(・・・)については教えてはくれなかった。

 

最初はここに街があると知り、そこの宿を取ろうとしたギルだったが、もう空いてないとアイズに言われ仕方なくテントに泊まることにしていたのだが…。

 

「ふん、そのような些事どうでもよい。雑種、我が泊まるのだ最上級の宿を用意するがよい」

 

「おいおい…」

 

他のメンバーはその尊大な物言いに、溜め息を吐く。泊まる側のこちらがそんなんじゃ貸してくれるなくなるぞと。

 

しかしその予想を裏切るように、アイズはこくんと頷いた。

 

「貴方には、私のテントで、寝てもらう」

 

「「「ええっ!?」」」

 

「……雑種にしては殊勝な態度だが、我に雑種のテントで眠れと?」

 

驚愕する他のメンバーを無視して、二人は話を進める。

 

「……私の、テントは、このファミリアの中でも、良い方だと、思う」

 

「ちっ、まぁよい、元より雑種等には期待していなかったしな」

 

あの『剣姫』がテントを空け渡す…。その予想を裏切る答えに、二人の顔を交互に見やる。

 

彼等の仲が分からないメンバーは、疑問に思ったが今日は疲れていたため、追及することはしなかった。

 

その後、ヘルメスとアスフィ…。一緒で構わないとの事なのでテントの一つに案内してから、二人はベル達の様子を見に行った。

 

残されたリューも、アイズのテントとおぼしきものの近くの一つに案内された。

 

ーーーーーー

 

「ふぅ…」

 

今日は本当に疲れました。神ヘルメスに頼まれて来たものの、私のやることはほとんどありませんでしたし…。

 

それにあんなことになるなんて…。

 

思い出すのは18階層に辿り着いた時の事。手を握るだけではなく、あんな態勢になるなんて。

 

……近くで初めて拝見しましたが、エルフ(わたしたち)に劣らない端整なお顔でしたね…。

 

「わ、私は何をっ!?」

 

はっと意識が戻り、頭を振ってその考えを振り払い、テントの簡易式のベットに置いてある枕に顔を押し付ける。

 

……もう今日はこのまま寝てしまおう。

 

そう思って目を瞑り眠りにつこうとした時…。

 

「ーーーリュー!」

 

「は、はい!?」

 

突如テントの中に件の人物が入ってきた。突然の事態に、自分でも驚くほど情けない声を上げてしまった。

 

……一体何事ですか!?

 

「ど、どうなされました、王よ?」

 

「あの不敬な雑種め!ベルが借り等作らなければ…っ!」

 

訳が分からない…。彼が良く使う雑種という言葉のせいで、誰が何をしたのか分からない。

 

その表情は嫌な事があったのか、端整な顔は崩れ苦渋のそれになっていた。

 

「何を寝ている!こっちにこい!」

 

「えっ?ええ!?」

 

また手を握られ、なすすべなく連れてかれてしまう。あの、その、またですか!?と言うか私も何で普通に握られてしまうのですか!?

 

そのままテントから連れ出され、彼のテントの方に入っていく。そこには何故か剣姫がベットの上で腰掛けていた。何故彼のテントに?ここは彼に渡したのでは?

 

「あの…、何故まだいるのですか?」

 

「……?私は今日、ここ(・・)で寝るから?」

 

「たわけぇ!この我が貴様のような雑種と床を一緒にするなど、あり得るものかっ!」

 

私でも羨望を覚えるその顔をこてんと横に傾げ、とんでもないことを言い放つ。彼女は一体自分が何を言っているのか分かっているのか…。

 

「でも…。もう、他のテントもないし…」

 

「くだらん言い訳をするな、雑種!貴様はここにいるリューと寝ればよかろう!」

 

「あの、私は承諾はしてないのですが…」

 

確かに異性の彼と眠るよりは、同性の私との方が良いのかもしれない。しかし、今日は一人で過ごしたい。色々な事で疲れているので、他の人に配慮をして眠るのは遠慮したい。それに彼女なら他のファミリアのメンバーの所にいけばよいのでは?

 

「知らん!我も今日は面倒事で疲れている、貴様らは、さっさと出て行け!」

 

そう言って彼は私達をテントの外に追い出す。あの、本当に私は彼女と寝ないといけないのですか?

 

チラッと彼女の方を見ると駄目だった…、と呟いていた。いや、駄目でしょう…。

 

「仕方ない…」

 

そう小さく呟き、私の視線に気付いたのかこちらに顔を向ける。無言のままこちらを見つめてくるので、その視線に同性の私でも一瞬ドキッとしてしまい、それから逃げるように、自身のテントの中に戻る。

 

その私の後に続くように、彼女も私のテントの中に入ってくる。…どうやら今日は彼女と過ごす事になるらしい。

 

もうこうなってしまえば、変に気を使わず早く寝てしまうことに限る…。

 

「……貴女も、彼が気になるの?」

 

……何を言っているのでしょうか、彼女は?

 

ベットに入ろうとする私の後ろから、かけられた問いに動作が止まる。気になんて…。

 

「わ、わたひぃが…」

 

……噛んでしまった。

 

いや、決してさっきの事で彼を意識しているからなんて、そんな理由じゃありませんよ?

 

そんな私を見て、そうなんだと頷く彼女。いや、違います、さっきのは間違いです。できれば忘れてくれるとありがたい…。

 

自身の失態に軽い自己嫌悪に陥っていると、彼女はもうひとつ頷いてから、その口を開いた。

 

「なら、貴女も手伝って」

 

「は?」

 

ーーーーーー

 

モンスター達も活動を沈める深夜。この時間帯に起きている人は、いや神でさえいないだろう。

 

そんな皆が寝ていると思われる時、私達は…。

 

「ーーーじゃあ、行こう」

 

テントから外に出ていた。彼女の後ろをついて行き、辺りを見回し誰も居ないことを確認する。

 

……何故こんな事を。私はさっきまでの彼女とのやり取りを思いだし、軽い自己嫌悪に陥っていた。

 

ーーー遡ること数時間前。

 

「こうなったら、夜中に忍び込むしかない…!」

 

「何を言っているんですか、貴女は!?」

 

剣姫と呼ばれる彼女から信じられない提案をされた。しかも、その内容に思わず声を荒げて問い返す。

 

第一級冒険者の中でも最強の一角と称される彼女。その彼女がよば…、いや彼女の名誉のために、せめて異性の寝室に忍びこぶと言いましょう。…どちらにしろ駄目ですね。

 

「どうして?」

 

「どうしても何も…。あ、貴女は分かっているんですか!?」

 

こくんと頷く彼女を見て、私は軽い目眩がした。…まさか彼女はそこまで彼を…?片手で顔を押さえる私を見て、彼女は首を縦に振る。

 

……本気ですか!?

 

しかもよりによって、彼に。…その事に、少しばかり胸の奥の方が疼く。

 

「貴女は、どうするの…?」

 

ーーー結局私はその質問に答えることはなく、しかし気になって眠れなくなってしまい、こうして彼女と行動を共にしている。

 

……別に彼にそういう事をする訳ではないですよ。ただちょっと、ほんのちょっと、あの彼の寝顔が気になって…。いや、違います。彼女の行動を阻止するため、これは正義のためです!とブンブンと頭を振り、自身の考えを振り払う。

 

テント自体が近かったこともあり、誰にも見つかることなく目的地の前に辿り着く。

 

「寝ている…」

 

チラリと中の様子を伺う彼女から出た言葉に、ごくっと喉が鳴ってしまう。それは緊張からしてしまったものなのか、自分でも驚いてしまった。

 

そんな私に振り返り、その無言の意図が通じた私は、彼女と共に中に突入していった。

 

中は灯りがついていなかったが、私達が侵入した入り口から漏れた松明の火でベットの上で寝ている人物の姿が見れた。彼は私達には気付いておらず、しかし体を横にしているためその顔を伺うことは出来ない。

 

彼女は迷うことなくしかし、音をたてる事なく彼の背後に回り込む。入り口の前で何時までも立っていては外の灯りで起きてしまうかもしれないと思い、私は彼の顔が見れる正面に回る。Lv.による恩恵なのか、この暗闇の中でも近くに寄れば二人の表情が分かる。

 

……彼は寝ていた。何時も開かれている瞳は伏せられており、静寂の中にいるためか彼の寝息が聞こえる。

 

「……ッ!」

 

思わず出そうになった声を手で押さえる。こ、こんなにも違うなんて…。

 

そして、私は寝ている彼の唇を凝視してしまう。

 

……さ、さすがに駄目です!何を考えているのですか、私はっ!?

 

無意識にそれに近寄ってる事に気付き、バッと彼から顔を離す。あ、危ない…。

 

『……リュー…』

 

突如として、脳裏から響く懐かしい声。私が聞き間違えるはずがない…、今は亡き友の声だ。

 

……そうですよね、共に正義の為に貴女と行動していた私がしていいはずがないですよね。

 

その懐かしい幻聴に私の意識は冷静に戻っていた。…しかし錯覚なのか、先程の離れていた距離が近寄ってる気が…。

 

『行っちゃいなさい、リュー!』

 

次の瞬間、更に彼との距離が狭まる。

 

……!?

 

ここへ来てようやく異変に気付いた。彼が近付いてるのではない、私が近付いてる!?

 

ありえてはいけない緊急事態に心臓が止まりかけ、嫌な汗が全身に広がる。

 

……どうしてですか!?貴女は何を言っているのですか、友よ!?

 

『まさかリューが異性に興味を持つなんて…!友として応援せざるを負えないよ!』

 

……こんな応援はいらない!

 

内心でツッコミをいれるが、彼との距離は近付いてく。そ、そうです!こんなこと我らが主神が許すはずがない!

 

目を瞑り、会うことを今は叶わなくなった主神の顔を思い浮かべる。

 

『……大丈夫よ、リュー…』

 

……こんな行動をする私を許してくれるのですか…。その慈悲深い主神の言葉に、思わず目尻に熱いものが浮かぶ。

 

バレなきゃ(・・・・・)問題ないわ♪』

 

……神は死んだっ!

 

思わず失礼なツッコミを入れてしまう。何を言っているのですか、アストレア様!?

 

かつて平和の為に、共に行動していた友よ。そして、正義と秩序を司る女神(あなた)は何処へ行った!?

 

必死で抗おうとするも、彼の唇との距離は近付いて行くばかり…。

 

『『さぁ!さぁ!!』』

 

……うるさい!

 

内心で怒りのツッコミを入れるが、女神が加わった事による天秤は覆ることはなかった。

 

僅かもなかった距離をぐっと埋め、私は彼と鼻と鼻とが触れ合う場所まで近づいた。

 

「……!」

 

瞳の閉じられた美しい寝顔が視界を直撃する。焦点など既に見失っていた。目と鼻の先にある彼の顔に意識と体が赤熱する。

 

脳裏に浮かぶ彼女等は『『キャー!!』』と笑みを浮かべたまま、甲高い声を上げる。

 

私の唇が、彼と触れ合おうとした刹那…。

 

「ん…」

 

「!!」

 

ーーー瞬時に体の自由を取り戻す。

 

がばっと顔を引き、勢いよく回転して彼とのもとから体を離脱させた。心臓が早鐘を刻み、汗が止まらない。

 

『『ちっ!』』

 

大きな舌打ちをしてから、懐かしい幻声(あくまのこえ)はかき消えていった。

 

……あ、危なかった…!

 

荒ぶる呼吸を、彼を起こさないよう静かに沈める。もし彼が身動ぎしなかったら…。

 

チラリと後ろを見ると、彼は目を覚ましていなかった。内心で安堵の溜め息を吐き、そして彼の背後にいた彼女と目が合った。その瞳をぱちくりとさせて、まるで私が何を(・・)しているのか疑問に思っているようだった。

 

……ちょっと待ってください。

 

その彼女の行動に疑問を覚えた私は、ジェスチャーで外に出るよう促す。彼女はそれに頷き、私と共に一度テントの外へ出る。

 

静寂が辺りを包む外。私は疑問に思ったことを問いただす。

 

「……あの、貴方は何をしていたのですか?」

 

「……?彼のステイタスを、見ようとしていた」

 

……おかしいですね。

 

「彼が気になっていたのでは?」

 

「うん…。あの人のステイタスが」

 

……それでは今日、貴女が忍び込んだのは…。

 

私はそこでやっと彼女との相違点に気付いた。これでは私の方が、そ、そうではないかっ!?

 

ふるふると体を震わす私に、彼女は、さっき何をしていたの?と問い返す。しかし答えられるはずもない私は、キッと目に涙を浮かべ睨み返す。

 

突然睨まれた事に驚き、体を硬直させた彼女の腕を掴む。そして…。

 

「貴方はぁぁぁ!!」

 

「!?」

 

奇声じみた大声を上げながら、その腕を掴んだまま私達のテントに飛び込む。そして、彼女をベットに押し倒し寝るように命じる。

 

私のあまりの剣幕に、こくこくと頷く彼女を見て私も隣に横になる。

 

横になったものの、しかし、さっきの事がフラッシュバックして眠れそうにない。

 

……今日は寝れるか分かりませんね。

 

でも今夜はそれで良かったのかも知れない。諦めきれないのか、度々ベットから離れようとする彼女に気付けたのだから。

 

ーーーーーー

 

『豊穣の女主人』の前。夜の遅い時間ということで、中で働く者は片付けの最中だった。今日も一日の営業が終わり、従業員の一同は疲労から軽い溜め息を吐く。そこに…。

 

「こ、こんばんわ…」

 

キィと木製の扉を開き可愛らしい、しかも珍しい狐人の少女が訪れた。その後ろにはテイムされているのか、一匹のアルミラージ(白兎)が彼女の後ろをちょこちょこと付きまとっていた。

 

それは注目を集める一人と一匹だったが、今は閉店しようとしている時、営業時間内なら余分に興味をそそられるが、疲れきっているため一つ溜め息を吐いてから、キャットピープルの者が彼女らに近付く。

 

「ごめんニャさいな、お客さま。もうお店はお仕舞いニャ」

 

開いてるときにまた来てニャ、とポンと頭に手をやってから振り返り、また仕舞い仕度を再開させる。が、彼女は去っていく己の裾をちょこんと掴み、一枚の紙を手渡す。

 

ニャんニャ?と首を傾げながら、その紙に視線を走らせる。そして、紙からバッと顔を上げ彼女の顔を見やってから、カウンターの裏で片付けをしている女将の名を呼ぶ。

 

かけられた声に気付いたのか奥から出てきたミアは、自身を呼んだキャットピープルから紙を手渡せられる。その紙を訝しげに読んだ後、ミアは春姫と偽ベルをカウンター席に座るよう指示し、また奥へと戻っていった。

 

暫くして戻ってきたミアは、その両手に料理を、もう片方には人参を二つほど持って現れた。

 

「はいよ。本当なら営業時間外だから追い出すんだけど、あんた達はあの王様の連れなんだろ?なら、無下には扱わないよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

『キュ、キュイイ!』

 

差し出された料理に、胃袋が刺激され今にも食べてしまいたかったが、一つの懸念事項を思い出した。

 

「あ、あの、春姫は今手持ちが…」

 

「知ってるよ。あんたの食事は私が見るよう、ここに書いてあるしね。それにそのことで今更王様に金銭をせびろうなんて思わないよ」

 

今までも散々うちらに使ってくれてるしね、と言って早く食べるよう再度言付ける。

 

春姫はその返答に表情を輝かせ、しかし、食べるより前に着物の裾から紙を取りだし、メモを録っていく。

 

「『王様は行きつけのお店がある…』よし!では、いただきます」

 

『キュイイ!』

 

メモを甲斐甲斐しく録るその姿に、苦笑いをしつつミアはまた奥に戻っていった。しばし料理に舌鼓をうっていったが…。それは偽ベルが二本目の人参に手を伸ばそうとするときに起こった。

 

「ーーー危ない!」

 

『キュ、キュイイッ!?』

 

それはその手を刺し貫かんとするがの如く、素早い一撃だった。しかし間一髪本能に従い、手を引っ込めたことにより、春姫のフォークはテーブルに突き刺さる。

 

「だ、大丈夫ですか!偽ベル!?」

 

『キュイイ…』

 

ぜぇぜぇと、荒い息づかいで自身の命を危ぶめたフォークを見つめる。運良くかわすことに、良かったと安堵の溜め息を吐いてから春姫は何事も無かったように、食事を再開させる。

 

『キュゥゥ…』

 

もうやだ…、そう聞こえそうな、か細い鳴き声を上げながら、涙目のまま二本目の人参にかじりついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アストレア様の容姿がどっかの銀髪のお嫁さんと被る…。

それと早く新刊出ないかな…。

だってここから戻ったら…(遠い目)



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リヴィラの街

野営を行っていた場所から険しい道のりを経て、僕達は眺めのいい高所に出た。

 

恩恵を与える側の神様は、慣れない運動ですっかり息があがってしまっている。対照的にヘルメス様、そして恩恵を貰っていない王様は全然平気そうだった。

 

「はっ、はぁっ…、へ、へぇ壮観じゃないか」

 

「ほう…」

 

神様も王様も、そして僕達も目が奪われるそれは、18階層全体の景色だ。

 

……迷宮(ダンジョン)でこんな光景が見れるなんて。

 

各々が思い思いの感想を口にし、僕もこの美しい景色を胸へ刻み付け、ここを後にし僅かばかりもない道を経て…。

 

「わぁ…!」

 

念願の目的地に到着する。木の柱と旗で造られたアーチ門に、僕は思わず感嘆の声を上げる。

 

水晶と岩に囲まれた宿場町…『リヴィラの街』。

 

「この街を経営するのは、他ならない冒険者達です。細かい規則や領主などは存在せず、各々が好き勝手に商売を営んでいます」

 

皆と並んで辺りを見回しながら、アスフィさんの話を聞く。…何故か後ろにいるアイズさんは眠いのか、瞼を下げては上げてを繰り返している。

 

……昨日寝れなかったのかな?

 

暫く歩く僕達は、見晴らしのいい広場へと出た。

 

「流石にこの人数で移動するのは周りに迷惑だ。ここからは自由行動、各自行きたい…」

 

「ベル、あっちを見に行くぞ。リリよついてこい」

 

ヘルメス様が提案している最中に、僕は王様に首根っこを掴まれ、そのままなすすべなく引きずられてしまった。

 

「は、はい!王様!」

 

「あぁ、ベル君!?王様君待ってくれたまえよ!?」

 

名を呼ばれたリリ、そして王様の行動に驚いた神様はその後をついてくる。

 

「あっ…、行っちゃったよ。まぁいいか、じゃあアスフィ行こうか」

 

「……」

 

残されたヘルメス様はアスフィさんに声をかけてから、僕達の方向に歩いてくる、桜花さん達は別の方向へと歩いていった。そしてアイズさんは無言で見ていた、…いや立ったまま寝ていて今起きたのか、アイズさん達もまた僕達の方向に向かってくる。

 

「お、おい!?待てよお前ら、置いていくなよ!?」

 

……ぞろぞろと去っていくことで、一人残されたヴェルフが悲鳴じめた声を上げ駆けてきた。

 

ーーーーー

 

「……ん?何故付いてきている雑種共!」

 

「そうだぞ、ヴァレン某君!」

 

「お、王様、神様も落ち着いてくださいよ!?」

 

「ははっ、賑やかでいいじゃないか」

 

付いてきたことにお冠な王様。何故かアイズさんにだけ文句を言う神様。王様は小さく舌打ちをしてから、視線をリヴィラの街並みに戻す。

 

……しかしこの街、恐ろしく値段が高い。

 

「ここでは武器や道具、食料などを、通常価格の何倍もの値段で販売しています」

 

店を見ながら、アスフィさんが説明をしてくれる。…確かに迷宮では簡単に物資を確保できないけど…。それにしても高すぎる…。

 

案の定、ここでバックパックを買おうとしていたリリが値札を見て固まる。今回普通にダンジョンに入っていた為に余りお金を持ってきていないのだ。

 

ぐぐっと、悔しそうに呻くリリだったが、ふと王様を見やると何やらぶつぶつと思考してから、王様に近づいて行った。

 

……確かに王様なら持ってそうだけど、無理じゃないかなぁ…。

 

「王様。リリにこれを買ってください」

 

「……如何に臣下と言えど、そのような無礼我が許すとでも思うか?」

 

底冷えするような声。しかし、リリはそれさえ折り込み済みなのか、臆することなく言葉を続ける。

 

「王よ無礼をお許しください。しかし、これは必要経費(・・・・)です」

 

「ほぅ…」

 

……ひ、必要経費?

 

その単語にピクリと反応をしめし、微かに笑みを浮かべる。

 

「臣下たるリリは、これが必要と判断したのですが…。王様が駄目と仰るなら…」

 

「ふっ。そう悲壮めいた演技などするなリリよ、王たる我の目はごまかせん。しかし、貴様には微々たる褒美しか与えてなかったな。よかろう此度の経費我が落としてやる。何、必要経費だ致し方あるまい」

 

あぁ、と崩れ落ちるリリの行動は傍目から見ていた僕らでさえわかる演技だった。けれど王様はそれを咎めることなく、バックパックを買うと発言した。

 

……す、すごい…っ!

 

僕が驚愕の表情を浮かべている中、王様は店員に近付き商品の値段のヴァリスを渡す。そして、リリはそれを王様から受け取って、笑顔を王様に向ける。

 

「流石です、王様!やっぱり、英雄の中の英雄王様は違いますね!」

 

「ふっ。そう褒めるでない、つい店ごと買い取ってしまいたくなるではないか」

 

褒め囃し立てるリリに、王様は愉快そうに笑う。…さらっと凄いことを言って。

 

その様子を、とある店の香水を眺めていた神様は、くねくねと変な動きをしながら王様に近づいて行った。

 

「王様くーん。僕もあの香水が欲しいんだけど、これも経費ってことで…」

 

「……匂いを付けたいのであれば、そこにあるゴミでも塗りたくればよかろう」

 

神様に対して店の裏側に設置してあるごみ箱を指差す王様。い、いくら何でもそれは言い過ぎですよ。

 

「ひ、酷いじゃないか王様君!」

 

「たわけ、貴様のは経費でも何でもないわ。それ以上せびるとこの我自らごみ箱に放り込むぞ」

 

……それでも諦めきれないのか、神様は王様の足にすがり付き懇願する。あぁ、何時もの光景だなぁ…。

 

その神として情けない姿に、他の面々は苦笑いを浮かべる。…何も言ってこないことだけが救いだった。

 

その後、神様は土下座の上位互換?らしい土下寝なるものをして、王様から香水を買ってもらった。

 

だからだろう、僕は周囲のことを良く見ていなかった。

 

「あぁん?」

 

「あ…。す、すいません!?」

 

ドンッとすれ違おうとした、とある冒険者の肩とぶつかってしまった。その相手に慌てて謝ったが、ふとその顔には見覚えがあった。そして、それと同時に目の前の冒険者が瞠目する。

 

「てめぇ、まさか!?」

 

「間違いねえ!モルド、こいつと後ろにいる奴も、あの酒場の時の奴らだ!?」

 

モルドと呼ばれた強面のヒューマン、そしてその後ろに控える二人の男達。以前『豊穣の女主人』にてリューさん達に叩き伏せられた冒険者だった。

 

「何でてめぇがここにっ!?」

 

酒場の醜態を根に持っているのか、僕に掴みかかってこようとしたが、側にいたアイズさんを見てその手がピタリと止まった。

 

目元を震わせ驚愕の表情を浮かべたモルドと呼ばれた冒険者は、ちっ、と舌打ちをして仲間とともに去っていく。

 

「おいおい、ベル君。また何か因縁をつけられているのかい?」

 

「まったくだ、ベルよ。あのような見知らぬ雑種と何かしたのか?」

 

「王様、覚えてないんですか!?」

 

王様と神様が問いかけてきたけど、王様は一度会ってますよね!?

 

しかしながら本当に覚えてないようで、しかも興味がないのかまたリリと談笑し始めた。王様ぁ…。

 

神様の後ろにいたヘルメス様も、その事に疑問に思っていたため、二人には事情を説明した。

 

ヘルメス様はふぅん、呟きその体を振り向かせ、道の奥で小さくなっていくモルド達の背中を、じっと見つめていた。

 

ーーーーーー

 

「ねぇねぇ、皆で水浴びしに行こうよ!」

 

時間は正午に差し掛かる前辺りだろうか、そんな中野営地に戻った女性陣に問いかけるティオネ。

 

その問い掛けに、姉のティオナが軽い冗談を言ってから賛同し、リリやヘスティアも同意するように頷いた。

 

命及び千草、そしてアスフィもまた話を聞いていたのか、自分達もと同意した。

 

「アイズも行こうよ!」

 

「うん…」

 

「沐浴か…。雑種、疾く案内するがよい」

 

背後からアイズに抱き付いたティオネ。そこに話を聞いていた中で唯一興味を示したギルは、さらっと自分も参加することを告げる。

 

「何、貴方も入りたいわけ?残念だけど混浴じゃないわよ。男はあっちよ」

 

アイズに抱き付いたままキョトンとしていたティオナに代わるように、ギルの後ろからティオネが答えた。本人も、最初から一緒に入ろうなど露ほども思っていないため、指し示された方向に歩んでいった。

 

「……」

 

「どうしたの、アイズ?」

 

一人だけ、何時までもその去っていくギルに視線を向けるアイズに、抱き付いたまま問いかけるティオネ。

 

「うぅん…。あ、私着替え、持ってくるから…」

 

「あ、うん、わかったよアイズ。じゃあまた後でね!」

 

するりと抱きついていたティオネから抜け出したアイズは、他の女性陣に先に行くよう促してから自身のテントの方に戻っていった。

 

「……チャンス」

 

その呟きは、誰にも聞かれてはいなかった。

 

ーーーーーー

 

「……ん」

 

テントの中は私だけだった。…恐らく彼女は他の方を案内するのに、朝から出たのでしょう。

 

テントの入り口から顔を覗かし、顔に光が当たるのが感じられる。『ロキ・ファミリア』の方と思われる冒険者達が、外に出て活動をしていた。…話がチラリと聞こえましたが、今はどうやらお昼前らしい。

 

「……水浴びでもしましょうか」

 

昨日の夜は色々あり、結局寝れたのは朝方のほう。ここまで来たことと、今まで寝ていたこともあり、どうにも汗を流したい衝動に駆られる。

 

……流石にこれ以上トラブルは起こらないでしょうし。

 

決断した私はすぐさま移動し、目的地に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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真っ昼間突撃隊

「ねぇねぇ、ヘスティア様。あの男の人って何者ですかー?」

 

「そうそう!あの傲慢な男、一体何様のつもりなのよ!」

 

けたたましい滝の音をバックに、泉で女性の一団が水浴びを楽しんでいた。

 

そんな時、ティオナはふと疑問に思ったことを口にし、姉のティオネは今までのやり取りやさっきした会話を思い出し、少しばかり口調を強める。他の者も同様にティオネの言葉に頷きヘスティアに視線を向ける。

 

注目を浴びたヘスティアは苦笑いを浮かべ、その隣にいるリリもまた同様の表情を浮かべる。

 

「あはは…。まぁ王様君は王様らしいし…」

 

「王様の態度は何時もああですし…」

 

「何よそれ…」

 

返ってきた答えにティオネは溜め息を吐く。まぁ興味もなかったので、それ以上深く聞こうとも思わなかった。

 

しかもその聞いた本人は、話を聞いていたのかさえ分からないほど周囲をキョロキョロと見回していた。

 

まったくこの妹は…、と軽い頭痛で頭を押さえるティオネは何をしているのか聞こうと視線をそちらに向けた。

 

「ねぇねぇ、アイズ遅くない?」

 

それに気付いたティオナは、いまだに現れない人物の名を出した。

 

ーーーーーー

 

「確かこの辺りに…」

 

うっそうと生えている草を踏み分け、木々のすきまを縫うように歩き目的地を目指す。

 

『ロキ・ファミリア』が水浴びをしている泉と別の場所を目指していた。出来れば一人でゆっくりとしたいですし…。

 

そうしてしばらく目的地を目指し、そこに近い木々のすきまから金色に揺れる何かを見つけた。

 

はて、この階層にはそのような毛並みのモンスターはいないはず…。

 

私は万が一に備え、腰に据えている木刀に手をかけ気配を消してそれに近付いていく。

 

……もしモンスターならば、入浴中に襲われると面倒ですしね。

 

ゆっくりと、しかし確実にそれに近付きその背中が見えた時、私はそれが誰かと気付き、手を木刀から離し溜め息を一つ吐く。

 

「……一体何をしているのですか、貴女は」

 

「……!」

 

その人物は、突然背後から声をかけられたことに驚き振り返った。昨日私と寝床をともにした、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

「なんでも、ない」

 

「……そうですか、私も用があって声をかけた訳でもないので。失礼します」

 

視線をあちらこちらにさ迷わせる彼女を不信に思ったが、私的にも彼女と話すことないのでその奥の目的地に行こうとする。

 

「あの…。そこを通して貰えますか?」

 

「……」

 

が、彼女の横を通り抜けようとすると、彼女も横に動き通れなくなる。逆に動けば逆に。

 

チラリと彼女の顔を見ると、その視線から背けるように目をそらす。

 

……なんなんですか?

 

何度もそんな行為を繰り返し、痺れを切らしてまた声をかけようとした時…。

 

「ーーー我の沐浴中に何か用か、雑種共?」

 

目的地である、奥の小さな泉から声が聞こえてきた。ここからでは何も見えないが、その声には聞き覚えがあった。

 

……ま、まさか!?

 

ばっ、と彼女も振り返り奥にいるであろう人物に体を反転させる。私も確認のために、彼女の横から泉の方を覗く。

 

木々のすきまから、入浴中の彼の顔が見れる。そして泉の近くには彼の物とおぼしき服と剣が置いてあった。

 

「何をしているのですか、貴女は!?」

 

彼に聞き取れない程度の声量で、彼女に問いただす。彼女はブンブンと首を振り、口元に指を当て静かにとジェスチャーする。

 

いやいや、そんな場合じゃないでしょう!?

 

私は彼女の手を引いてこの場から離れようとするが、微動だにしない。くっ…、これが『剣姫』の力か。

 

そのような押し問答をしている時、再び奥から声が聞こえる。

 

「答えぬか…。まぁよい、どちらにしろそのような不敬許さんがな」

 

ば、ばれた!?い、いえ、私は何もしてませんが!?

 

胸中で驚いていた私だったが、それ以上に驚愕する光景が目に飛び込んできた。

 

彼の背後が歪み、そこから二本の剣が顔を出したのだ。

 

「なっ!?」

 

「あっ」

 

驚きで声を出してしまった。そのことに、彼女も私の声に反応し小さく呟く。

 

今の声は先とは違い声音を抑えていないので、そんな声を出してしまえば…。

 

「ーーーそこか、では疾く散るがいい雑種共」

 

歪みから現れた剣の矛先が動き、私達の方向に向けられる。そして、それは射出された。

 

その速度は回避など間に合わない程だったが、事前に危険に気付いた彼女が私を引っ張り、横に緊急回避したことによってかわすことができた。

 

だが、その勢いが強すぎたためか、私達はそのまま転がり、彼が入っていた泉の離れた場所に入水した。

 

「むっ?なんだ貴様かリュー…。それと、また貴様か雑種!」

 

飛び込んだ一瞬で誰か判別した彼は、私を見て軽く溜め息を吐き。そして、隣の彼女を見て顔を歪めた。

 

「い、今のは…」

 

一体何なのか…、そう聞こうと彼の方を見たときピシリと固まってしまう。

 

……彼はさっき沐浴中と言っていた。つまり…。

 

「なんだ、また欲情したのか…。前に言ったはずだが、時と場所は選べよと」

 

ーーー裸だ。全裸だ。何も付けていない!

 

だが、ざんねーーー違います、不幸中の幸い。彼は腰を水中に沈めているので見えるのは上半身だけだ。隣にいる彼女も同様に、彼を一度見て固まっていた。

 

「あ、あの…」

 

「それで、一体何の用だ?用がないのであれば早々に失せるがよい」

 

……言い方には来るものがありましたが、確かに私達の方がこの場合は悪いでしょう。立ち上がりその場から去ろうとしたが…。

 

し、しまった!?

 

服を着て飛び込んでしまったので、衣服が水を吸い透けてしまっていた。こ、これでは立ち上がれない。

 

羞恥から、また水の中に戻った私を見て怪訝な眼差しで見てくる。で、出来れば目を反らしてくれると、助かるのですが。

 

そう口にしようとした私より早く、彼は一つ溜め息を吐く。

 

「まぁ、我の裸身は最高水準のダイヤより優る。貴様が何時までも見つめたくなるのも頷ける。…仕方あるまい、貴様を欲情させたせめてもの詫びだ、同席を許そう」

 

……いやいや。

 

私が否定の言葉を述べようとしたそれより早く、水中で彼女が私に触れるのが感じられた。

 

「……これは、チャンス」

 

「……はい?」

 

彼に聞こえないように、小声で囁く彼女。チャンス?何を言っているのですか、貴女は。

 

「今、近付けば、彼のステイタスが分かる」

 

「まだ懲りてなかったのですか、貴女は…!」

 

この状況下に置いても、まだそのような事を?

 

昨日の夜から懲りてないことに、他ファミリアの、しかも数少ない第一級冒険者と言われている彼女に、軽い頭痛を覚える。

 

「さっきの、気にならない?」

 

「っ!」

 

それは気にならないと言えば嘘ですけど…。でもだからといって…。

 

先程見た異様な光景。そして、後ろをチラリと見て先の一撃によって、貫かれた木々を見る。

 

……確かにあの攻撃はLv.4(わたし)以上、いやLv.6の彼女クラス位ではないと出来ないでしょう。

 

『そうそう!これはチャンスだよ、リュー!いろんな距離を縮める!』

 

『そうよ、リュー。相手も合意してくれてるのだし、うっかり襲っても問題ないわ♪』

 

……私の頭の中で懐かしい幻声(あくまのこえ)が再び囁く。まだ消えていなかったのか…!

 

第一何ですか襲うって!?私はそんな邪なこと考えてはいません!

 

「……だめ?」

 

「そ、そんにゃこと…」

 

……また噛んでしまった。

 

駄目ですよ。ええ、本来ならこんなこと駄目ですけれど、致し方ないですね、私の失態を黙ってくれる代わりに見逃しましょう。

 

だから、やっぱり気になるんだ、とか言わないでもらいたいっ!

 

「……何故まだいる、雑種。貴様に同席を許した覚えはないぞ?」

 

彼の背後が歪みまた一本の槍が現れる。剣だけではなく槍まで…。一体どういうスキルなのでしょう?

 

……アレをまた放たれると、彼女もこの距離ではかわせないでしょう。

 

何とかしなければ…。隣で彼女もお願い、とその可愛らしい顔で言ってきますし…。

 

「お待ちください、王よ」

 

「……なんだ、リューよ?」

 

彼女にその矛を向けたまま、視線だけを私に向ける。何とかなればいいですが…。

 

「彼女もまた、一人の女性。御身の裸身に欲情したのでしょう。ここは御身の寛容な器で見逃してあげては如何ですか?」

 

……隣で彼女が勢いよく首を振っていますが、私には分かりませんね。

 

ここはこれしかないでしょう、ええ。昨日から巻き込まれた、仕返しだなんてとんでもない。そんなこと、これぽっちも思っていませんよ?

 

「美しすぎると言うのも、また罪深いものだな。良かろう、リューの嘆願認めてやろう。雑種、本来なら貴様が目にするには過ぎたものだが、特別に拝謁の権利をくれてやる」

 

隣で彼女が「私は、欲情なんか、してない」と言っていますが、何ですか私はって、私もしていませんよ!

 

……しかし疑問ですね。前にクウネルさんに聞いた時は、彼は恩恵を貰っていないと言っていましたが…。

 

もしや神ヘスティアに隠蔽するように言われている?そこまですごいのでしょうか?

 

彼は許したことによって、背後の歪みをそこから現れていた槍を消す。その脅威が消えたことを確認した彼女は、水面に体を隠したままゆっくりと彼に近付いていく。

 

……彼女の服は材質が良いのか、私よりは透けていなかった。私は薄手のものなので、その…。

 

「……というより、何故近寄るのですか?」

 

「……ここからじゃ、見れない」

 

彼とは距離が少し離れその正面に位置し、その背中を泉の縁に預けているため、ステイタスが書かれているはずの背中を見ることは出来ない。

 

……見るためには彼の隣、横合いから覗くしかない。

 

『行くのよ、リュー!』

 

『行きなさい、リュー!』

 

脳裏でキャーキャーと騒ぎながら、私を捲し立てる二人。…お墓参りの際には塩でも撒いてあげましょうか?

 

しかし一人残されるのもあれなので、私も彼女の背に隠れるようにそちらに向かう。

 

「……何故寄る貴様。むっ?リューもか…。なるほど、我が裸身を近くで一目見たいのか、良いだろう。たまには我も羽目を外そう。そう言うことだ、もそっと近くに寄ってもよいぞ?」

 

最初彼女が近寄ってくる事に怪訝な顔をしたが、後ろから私も近付いてくるのを見た彼は、フッと笑らいその両手を泉の縁に置いた。…まるで私達をそこに来るようにと。

 

……覚悟を決めるしかありませんね。

 

彼の正面直ぐ側まで来た私達は、互いに顔を見合わせてこくんと頷いてから、彼女は彼の右に、私は左隣に腰を下ろした。

 

『『キャー!!』』

 

脳内でその興奮が最高潮に達した二人は大音量でその声を響かせる。う、うるさいっ!

 

赤面した顔を隠すために水面に向けるが、その透き通った水が今回ばかりは裏目に出た。

 

「ッ!?」

 

か、彼のが見えてしまう!?

 

すぐさま顔をあげ、何でもないように彼方へと視線を変える。

 

「くっくっ。貴様らには過ぎた褒美、今回の幸運しかと噛み締めるがよい」

 

また歪みが現れる。しかし今回は武器ではなく金色に輝くお盆に、何かが入っていると思われる同色の陶器とグラスだった。

 

現れたそれをおもむろに水面に浮かし、その上にそれらを乗せグラスに陶器から飲み物を注ぐ。香りが隣にいる私にも届き、この酔いしれそうな感覚はお酒だろう。

 

……どうやら彼は、私達が隣に居ても特に思うことがないらしい。

 

そのことに胸の奥が疼くが、彼は私達に視線を向けることなく、歪みから出したお酒をあおる。

 

「えっ?」

 

羞恥と、彼が近くにいた事に気を取られていた私に、反対側にいた彼女の声が聞こえた。

 

彼の奥からその声の人物を覗くと、その顔には驚きの色が見てとれた。

 

……そうだ、忘れていた。私達が何故彼に近寄ったのか。

 

彼も突然上げた声に疑問を持ったのか、彼女の方に視線と体を向ける。

 

若干半身になったその体勢に、視線を滑らせその背後へと向かわせる。

 

……彼女のあの驚きかた、余程高かったのでしょう。

 

そう思い、そこに書かれている内容に驚かないよう、心構えをしたのですが…。

 

「えっ?」

 

私も彼女と同じ声をあげてしまった。何故なら…。

 

ーーーそこには何も書かれていなかったから。

 

 

 



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天の理

ヘスティア「ぬふふっ、エアを抜くと思ったかい?残念、可愛い僕でしたー!」

ギル「ふざけ過ぎだ貴様っ!王の怒りを思い知るがいい…!」

天の鎖「はーい、縛るよ」

ヘスティア「ぐわぁっ!?や、やめるんだ王様君!?」

エア「呼ばれてきました」

ヘスティア「へ、ヘルプミー!王様君!」

ギル「喧しい!死して拝せよ!『天地乖離す開闢の星』 」

ヘスティア「ぐわぁぁぁ!」

ベル「神様が死んだ!?」

春姫「問題ないですね♪」

ベル「この人でな…えっ?」

感想欄見て思い付いた、小ネタ。





夜営地を離れ、ひっそりとした森の中を歩く。人の気配はなく、誰かにバレる心配はない。

 

「……あの、ヘルメス様。一体どこまで?」

 

僕は、付いてきてくれと言われここまで何も話さない神物ーーーヘルメス様に堪らず声をかける。

 

既に森のかなり奥のほうに進んでおり、何か大事な話をするなら問題ないようにも感じられる。

 

「……よし、ここがいいな」

 

とある木の前で足を止め、慣れているのかその長い手足を巧みに使いよじ登っていく。

 

……何しているんですか?

 

ぽかんとしている僕にも登ってくるよう促し、言われるまま後を追うようにその木に登っていく。

 

もしかして木の上で話があるかと思ったが、そんなことはなく、幹から幹へと入り乱れる枝道を進んでいく。

 

「へ、ヘルメス様!?は、話があるんじゃあ…」

 

「話?やだなぁベル君、オレはそんなこと一言も言ってないぜ?」

 

ちょ、ならなんでですか!?と疑問の声をあげる前に、ヘルメス様ずんずんと進んでいく。

 

……なら何で呼んだんですか!?

 

そんな僕の心の声が聞こえたのか、しばらく進んだ所で足を止めたヘルメスは、こちらに振り返った。

 

……晴れやかな笑みを浮かべて。

 

くいっと、親指で示されたとある方向からは…。

 

ーーーけたたましい滝の音が聞こえてくる。

 

「ここまで来たら、分かるだろう?…覗きだよ」

 

「!?」

 

その予想できなかった答えに、思わず目をひん剥く。…な、何を言っているんですか!?

 

「女の子達が水浴びしてるんだぜ?そりゃ覗くに決まっているだろう?」

 

「決まってませんよ!?」

 

「今更恥ずかしがるなよベル君。どうせいつもヘスティアと背中を流しっこしてるんだろ?」

 

「してませんよっ!?」

 

「大丈夫。君の所には王様君もいるんだろう?なら彼の法律に『覗きは正義』と加えてもらおう」

 

「殺されますよっ!!?」

 

何言ってんだこの神!?

 

赤面しながら叫ぶが、食えなさすぎる神物はハハハッと笑い声をあげながら再び前進する。死に物狂いで追うが、淀みのないその動きを止めることはできなかった。

 

「駄目ですっ、止めましょうヘルメス様!こんなことしたら…」

 

「静かにベル君、ここで騒いだら第一級冒険者には簡単にバレてしまう」

 

はっ、と反射的に口を手で押さえてしまう。枝の下方を見下ろすヘルメス様の先には…。少なくない女性冒険者達、見張りがいた。

 

……ま、まずい!?

 

目を大きく見開いて顔を振り上げれば…。

 

ーーーニコリと清々しい下劣な笑みを浮かべるヘルメス様がいた。

 

……駄目だこの(ひと)、もう手遅れだ…。

 

「ヘルメス様っ!駄目です、殺されちゃいます…!?」

 

「情けないなぁ、ベル君。覗きは男の浪漫(・・・・・・・)だぜ?君とは上手い酒が飲めると思っていたのに…。君の育ての親、それに王様君は一体何を教えてきたんだ」

 

屈みながらじりじりと前に進むなか、その言葉を告げられ、ハッと胸が揺れた。

 

覗きは、『男の浪漫』…?

 

胸の奥から、遥か昔、幼少の頃、あの祖父が幼児(ぼく)に語ったこと。

 

『……け』

 

脳内で黒い瘴気が立ち込め、懐かしい声が微かに聞こえてきた。な、なんだろう?

 

『行けぇ!ベルー!』

 

……お祖父ちゃんも手遅れだった。

 

脳内でけたたましく叫ぶ懐かしい声は、しきりに行けと、命じてくる。

 

……た、助けて神様!

 

暗黒(きおく)の蓋の中から、叫ぶ情けないお祖父ちゃん。それに耐えきれず堪らずヘスティア様に救いを乞う。

 

『大丈夫だよ、ベル君…』

 

か、神様!

 

暗黒の中、一筋の光明が感じられた。た、助けにきてくれた!

 

しかし、そんな淡い願望は次の一言で砕け散った。

 

『僕を覗きたいんだろう?いいともさ!ああ、許すともさベル君、さぁ来るんだっ!』

 

……駄目だこいつら、早くなんとかしないと…。

 

助けにきてくれたと思っていた神様は、いつの間にかお祖父ちゃんの隣で手招きしていた。

 

脳内で二人が誘う中、ヘルメス様は、僕の胸中を見透かしているのか、その下劣な笑みを更に深める。

 

……もう駄目だ、おしまいだぁ…。

 

全てを諦め、もう流れに身を委ねようとした時…。

 

『ーーー天の鎖!』

 

黄金の光と共に、救世主が現れた。

 

登場と共に現れた鎖は、次々と現れ神様とお祖父ちゃんを縛り付ける。

 

『な、なんだこれはっ!?』

 

『ぐわぁぁぁ!?お、王様君!?』

 

鎖に縛られた二人は苦悶の表情を浮かべ、蓋の奥にいる人物に視線を向ける。

 

……お、王様っ!

 

『たわけどもがぁ!そのようなハサン染みた真似、我の(ベル)に教えるでない!』

 

ハサンが何か分からないが、言葉から察するに嫌な奴なんだろう。王様は鎖で捕らえた二人を、ズルズルと引っ張り奥のほうに引きずり込む。

 

『『や、やめろー!?』』

 

『貴様ら下種には地の理では生温い、天の理を示してやる…!』

 

……暗黒の蓋は閉じられた。

 

蓋の中は激しく動き、二人の悲鳴が漏れてくる。僕はそれを聞き流し、一瞬でも過ってしまった邪な感情を振り払う。…二人のご冥福を祈って。

 

「か、帰りましょう、ヘルメス様っ!?」

 

意識を現在(いま)に戻し、ヘルメス様を掴もうと動こうとする。

 

「……彼は一体何者なんだ?」

 

えっ?

 

そのポツリと呟いた言葉に、さっきまでとは違うその表情に、ピタリと動きを止めてしまう。

 

どうやら僕が脳内で騒動を起こしている間、ヘルメス様も思考に耽っていたらしく、その視線は僕の方に向いていたが目は僕を見ていなかった。

 

……動きを止めてしまったのが、不味かった。

 

「あっ、ベル君。そこは…」

 

意識を覚醒させたヘルメス様は、僕が踏んでいる小枝を目にして、ポツリとこぼす。

 

嫌な汗が頬を伝う中、僕は視線を下に向ける…。

 

……あっ、これは駄目なパターンだ。

 

直後、僕の体は宙へと投げ出された。

 

ーーーーーー

 

「……ない」

 

「たわけぇ!ふざけた戯れ言を申すなっ!きちんと付いておるわっ!!」

 

「いえ、あの、その、そういう意味では…」

 

驚きのあまり声に出してしまった言葉に、彼はそれを聞いた瞬間怒声を上げた。

 

……あの、本当にそういうのは…。

 

思わず突っ込んでしまったが、顔は熱を帯赤く染まっているだろう。

 

「……では何が無いと言うのだ、リューよ?」

 

苛立たしげな表情そのままに、私の方に向き直る。…下手な言い訳では、また謎のスキル(・・・)を放たれかねない。

 

もうここまでかと、覚悟を決め。私は正直に話すことにした。

 

「……いえ、貴方にはステイタスがないと知り、驚きの声を上げてしまいました…。申し訳ない」

 

「……ステイタス?ああ、アレか…。ふん、我がそのようなものあやつから貰うわけなかろう」

 

言葉を無くしてしまう。ステイタスをロック出来ることは知っていましたが、恩恵を貰わずスキルを使えるなど聞いたことがない。

 

……いえ、正確ではないですね。古代(・・)の時代、その時代の者達は恩恵等という物はなかったため、己が力で戦ったいたと聞きます。その時代の先祖のエルフ(わたしたち)は魔法を使えたと伝えられていますし。

 

ですが現代(いまのじだい)において、恩恵を貰わずにスキルや魔法を使える者など聞いたことがない。ましてや彼はヒューマン(・・・・・)、私達魔法種族(エルフ)のように特化している訳でもないのに…。

 

「大方貴様らは、我が宝持庫をそのようなちんけなものと勘違いしているのだろう。…あながち間違ってはおらんが、格そのものが違い過ぎるわ」

 

……宝持庫?

 

会話の中に現れたその単語に、私も、彼の反対側にいた彼女も首を傾げる。

 

一体それは?その言葉を口にしようとした時…。

 

「ーーーうわぁぁぁぁ!?」

 

森の奥、私達の正面方向から、何者かの絶叫が聞こえてきた。

 

その声はどんどんと私達の方に近付いており、まさかモンスターに追われている?と考えた私と彼女は勢いよく立ち上がり、万が一に備える。

 

「何者だっ!」

 

その人物は、泉の縁まで勢いよく転がってきて、グシャっと、その顔を地面に埋め込ませた。

 

その白髪の人物に一応の警戒をしていたのですが…。

 

「剣を納めよ、貴様ら。ベルだ」

 

唯一、その声に動じず体勢を変えなかった彼は、その白髪の人物の名を告げた。

 

地面に埋め込ませた顔を、必死で抜こうとしている彼は、良く良く見れば、いつも見たことのある冒険者の服装をしているクラネルさんだ。

 

その人物が分かった私達は、手にかけていた剣から離す。…何事かと思いましたが、彼でしたか。

 

「それで?一体何事だ、ベルよ?」

 

「お、王様っ!?そ、それが地面に穴が…」

 

勢いよく顔を引っこ抜いたクラネルさんは、声の主である彼に答えようとして。…瞬時に固まった。

 

その視線は両隣にいる私達を交互に移り変わっていき、その顔を真っ赤に染めてから、再び地面に顔を突っ伏した。

 

「お、おおお、王様!?一体何を!?」

 

「ん?見てわからんか、沐浴だ」

 

「そ、そういうことじゃないです!?な、何でアイズさんとリューさんが、そ、その()でいるんですか!?」

 

……?彼は一体何を?この通り、服を着て…っ!?

 

彼の言葉が気にかかり、視線を下に、自身が着ているはずの服に向ける。

 

ただしそれは、もはや服としての機能を失っており、水に浸りすぎて透け透けだったが。

 

「「ッ!?」」

 

立ち上がっていた私達は、勢いよく再び水面に体を沈める。わ、忘れていました!

 

「こやつらか…。何、我の裸に欲情してな。あまりにも不憫に思った我が、王の情けとして同席を許したまでだ」

 

「こ、これが英雄王(おうさま)の力…!?」

 

「「ち、違う…」」

 

赤面しながらも、全力で否定する。だが彼はクラネルさんの反応が面白かったのか、哄笑する。

 

「くっくっ。貴様はまっことうぶな奴よの、良いぞベル、貴様も同席しても?」

 

えっ、と小さく呟いたクラネルさんは、思わず顔を上げてしまう。私達は泉の中に体を沈めているため、先のように体を見せてはいない。

 

……彼のステイタスを暴こうと、成り行きでこうなってしまったため、その彼には申し訳ないが…。

 

「……申し訳ないクラネルさん、今回は…」

 

「……ごめんね」

 

「う、うわぁぁぁん!!」

 

目を伏せ、彼に謝罪した瞬間。正に脱兎のごとく、再び森の奥へと消えていった。

 

ーーーーーー

 

ダンジョンの上、オラリオの街では活気が溢れていたが、特にすることもない春姫と偽ベルは束の間のお昼寝を楽しんでいた。

 

「すぅすぅ…」

 

「キュィ…」

 

昨日は酷い目にあったが、寝ている時ならば問題はないと油断していた偽ベルに、その悲劇は起こった。

 

「……てい」

 

「キュ、キュィィィ!?」

 

突如腹部に走る激痛。そのあまりの衝撃に、ベットの上から壁へと叩きつけられた。

 

い、一体何が…っ!?

 

その一撃で、瞬時に天へと登って行きそうになってしまう。薄れゆく視界の先、偽ベルはそのベットの上で、未だ寝息を立てている犯人を見据える。

 

「……くすくす。駄目ですよ、王様。そんな方達と一緒にいては…」

 

寝ているはずのその人物は、くすくすと笑いながら寝言をこぼしていた。

 

最後にその言葉を聞いた偽ベルは、ガクッと頭を下げ、その意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「ぅん?あれ、偽ベル?」

寝ている時、何かの夢を見ていた春姫は、ふと近くにいるはずの存在を探っていたが、いつの間にか居なくなっていることに気付き、意識を覚醒させる。

寝惚け気味に、周囲をキョロキョロと見回すと、壁に寄りかかり死に絶えそうな偽ベルを発見する。

「偽ベルッ!?」

即座にその場に駆け寄り、その手で偽ベルの顔をペチペチと叩くが、反応はない。

「う、嘘…」

一体誰が…?

周囲を確認するが、今のファミリアのホームには他の者など誰もいない。

回復魔法など使えず、手元に回復薬(ポーション)など一つもない。

どうにかして、助けなきゃ…!

突然の出来事ながらも、必死に命を救おうと考えた春姫がとった行動は…。

「ーーーてい!」

「キュィィィ!?」

ーーーショック療法だった。

「偽ベルッ!気が付いた?よかったぁ…」

「キュ、キュィ…(もういっそ、楽にしてくれ…)」

何とか一命はとりとめました。


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クリスタルが示す夜

OUSAMAダークネス終了。



ベルが文字通り脱兎のごとく消えていった後、沐浴にも飽きたギルはさっさと服を着て野営地へと戻っていった。

 

残された二人は、当初の目的を達成はしたもののその驚愕の事実に呆然とその背を見送るしかできなかった。

 

……彼は恩恵を貰わずにスキルを使える。名を付けるとしたらオリジナルスキル?

 

リューは、脳内であり得ないスキルに仮称名称を付け、納得はしないが手を顎にあて思案する。

 

……とは言え、今日はもう色々と疲れました…。お墓参りは明日の出発前にしましょう。

 

予想外の事態に、精神が疲弊したリューは、ため息を一つ吐いてから予定を変更する。…塩も用意しなくてはいけないですし。

 

……恩恵を貰っていない?それなのにあの強さ…。

 

もう一人の少女、アイズもまた思案するが、その予期せぬ答えに更に好奇心を深める。

 

……知りたい。

 

でも彼が教えてくれることはないだろう…。そうなればどうすれば良いか、その答えの出ない問いに更に思案に耽る。

 

ーーーーーー

 

「あ、王様。どうなさいました?」

 

「リリか…。何、寝ようとしていたのだがな、暫し悪寒を感じ夜風に当たっていたのだ」

 

闇に包まれた帳を野営地の松明が照らす中、ぶらりと外に出ていた私は、王様を見つけた。

 

ほの暗い中でも見てとれる、その黄金色の紙を、仕えると言った王の姿を違えることはなかった。

 

背後から声をかけた自分を一瞥し、また視線を夜の風景へと戻す。私もとりあえず暇でいたので、王様の隣へと移動する。

 

……昼間は我が儘も聞いてもらいましたことですし…。いえ、臣下としては王に付き従うのは当たり前ですしね。

 

臣下と、自身のような存在を認めてくれた人物に、内心で微笑みながら戻るまでの間は付き合おうと決める。

 

「王様?明日は地上へと戻るのですし、今日はお早めにお眠りになったほうがいいのでは?」

 

「ふっ、気にするでないぞリリ。それならば貴様が起こせばよいではないか。まぁ、戻るのにそれほど心配することなどありはしないがな」

 

自分をここまで信頼してくれる発言に照れ臭くなる。七階層(あの時)で聞いた剣撃の音の主と思われる王様には無用な心配かも知れないと胸中で思って。

 

水浴びの時ふと耳にしたのだが、睨み付けるだけでモンスターが王様から逃げ出すと知ったので、それ事態も起きないかも知れないですしね、と付け足して。

 

他者が聞いたのでは信じないかも知れないが、王様の事を信じているリリはその言葉を真実と受け取っていた。

 

……ではここは、臣下らしく王様に進言しましょうか。

 

臣下(そのこと)に満更でもない自分に、フフっと笑ってから、それらしく王へと言葉を告げる。

 

「ですが王よ、一つ上には階層主『ゴライアス』が居ります。ここは皆とご一緒に戻ることを勧めます」

 

「……『ゴライアス』?何者だそやつは?」

 

名を知らなかったのか、首を傾げる王様に私は軽く驚いた。でも王様は冒険者ではないので、名前自体はしらなかったのだろうと納得してから、会っているはずのゴライアスの説明をする。

 

「ご存知ではありませんでしたか?ここへ来る一つ手前に居たと思いますが?」

 

「……ああ、あの時の雑種か。ふん、我が名を覚える相手でもないのでな、気にすらしてなかったわ。それで?あやつは戻る道中、この我が手ずから裁いてやると思っていたが。そやつがどうかしたか?」

 

……流石に王様でも無理でしょう。

 

内心でその慢心に嘆息するが、知らなかった王様が奴に挑む危険がなくなったことに進言してよかったと思う。

 

……まぁ、ゴライアス自体は『ロキ・ファミリア』が倒してくれるのですが、ここは万が一が起きぬよう忠告しておきますか。

 

「……それは良かったです、王よ。もしも皆様より早く地上へと戻ろうとすれば、奴と遭遇していたでしょう。いかに王といえど奴は手に余るでしょう。今回は幸い『ロキ・ファミリア』の面々が倒してくれますが…」

 

「……何?」

 

空気が凍った。横目でこちらを見てくる視線に、思わず息が詰まる。その豹変した雰囲気に、一瞬たじろいでしまう。

 

向き直った体勢、こちらへと向けられる視線に、さっきまでのらしい物言いは忘れてしまい、地へと戻ってしまう。

 

「い、いえ!?王様がお強いのは知ってますよっ!ただ、王様が自身の手で倒すのが、その…」

 

「意外だったとでも?まぁ、よい。それで、あやつを他の雑種共が打つとはどういう了見だ?」

 

微かに向けられた雰囲気が和らぐ。しかし、向けられた視線はそのままだ。

 

ベル様達との打ち合わせした際は話をしていたが、その場には居なかっため話を聞いていないのは確かだが、まさかここまで雰囲気を変化させるとは。

 

しどろもどろになりながらも、ベル様達に打ち合わせした内容を告げる。

 

「そういうことか…。ちっ」

 

苛立たし気に舌打ちした後、身を翻し野営地のとあるテントへと向かっていった。

 

「お、王様!?ど、どちらへ!?」

 

「貴様から有益な情報を得たのでな、することが出来た。何、貴様は気にすることはない。故に貴様は早く寝るがよい、寝る子は育つと言うしな」

 

……リリは小人族(パルゥム)なので、これ以上は無理なのですが。

 

去っていく背中に、そのような事を思いつつ、しかし止めることはできなかった。

 

王様はそのまま、昨日自身が泊まったと聞いたテントのすぐ近くのテントへと、何も言わず入っていった。

 

そして、聞いたことのあったエルフの悲鳴が微かに耳に届いた。

 

ーーーーーー

 

「それじゃあ、俺を楽しませてくる面白い見世物(ショー)を期待してるよ」

 

同時刻リヴィラの街の、とある酒場。その酒場の出入口から出たヘルメスは、とある冒険者へとエールを送る。その目を怪しく光らせて。

 

「……何のつもりですか、ヘルメス様?」

 

夜の街へと付き添いで来ていたアスフィは、自身の主神の企みに、眉を潜める。とある冒険者に協力する意図が読めないと、疑惑の眼差しそのままに。

 

「んー、俺の愛かな?それに、運が良ければ()の力も分かるし」

 

「……そんな愛など、堪ったものではありません」

 

しかし彼の力に、興味が無いのかと問われれば、それは否と答えるだろう。それほどまでに、彼がここまで来るのに起こした出来事は見過ごせない。

 

頭上にあるクリスタルが夜へと変えた18階層で、清濁併せ持つ神は、その性に従うように悪巧み(娯楽)を企てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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王と勇者、そして姫

「こんな夜中にどうしたんだい、アイズ?」

 

夜も更け野営地では出歩く人も居らず、見張りの者が少数、辺りの様子を見回っていた。

 

そのテントの一つ、『ロキ・ファミリア』の団長ーーーフィンの居る場所に、アイズは一人訪れていた。

 

夜中の逢瀬などといった訳でもなく。その場合はとあるアマゾネスが突入して来そうだが…。こんな夜中に、自身を訪ねてくる理由に、見当がつかないフィンは何か異常事態(イレギュラー)でもあったのかと、身構える。

 

「……フィン。ちょっと、お願いがあるの」

 

「なんだ頼み事かい…?それで、こんな夜中に、しかも明日地上へと戻る前に、君が頼みたいことってなんだい?」

 

身構えていた事でもなかった報告に、ガクッと肩をすくめる。アイズはそのことに首を傾げたが、何でもないよ、とフィンは首を振りながら答える。

 

「それで、頼みたい内容ってなんだい?あんまり無茶なものは止してくれよ?」

 

「……明日のゴライアスの相手を、私一人だけに任してほしい」

 

ファミリアの幹部であるアイズの頼みだ、余程荒唐無稽でない限り許容するつもりでいたが、よもやゴライアスを一人で相手したいと、言ってくるとは思ってもみなかった。

 

ましてや、地上へと戻る前の打ち合わせの時には、そんなことは興味も無さそうだったのに。

 

確かにこの間、下層の階層主ーーーウダイオスを倒したアイズなら、一人でも万が一も起きはしないとは思うが…。

 

……もしかして、階層主と一人で闘うことに味をしめた?

 

そんな馬鹿な、と自身の考えを内心で否定する。アイズもそこまで馬鹿じゃない。上層より下層の方が、より経験値を多く積める。 下層のウダイオスを倒したアイズが、今更上層のゴライアスと闘う理由がない。

 

「……どうしてだい、アイズ?」

 

「……確認したい、ことがあるの」

 

その答えに、更に謎が深まる。遠征から戻ってきて、今更何を確認することがあるのだろう。昇華(ランクアップ)の際は確かに、肉体と精神のずれを確認するため、モンスターとの戦闘等で調整するかもしれない。が、今回の遠征中において、そのことに関する疑問は思い浮かばなかった。

 

「……一体何を確認したいんだい?」

 

深まる謎に顎に手をあて思案するが、ピースも少なく答えが出ず、率直に聞いてみるが。

 

「……ちょっと、気になることを…」

 

明確な答えは貰えず、ばつが悪そうに視線を反らすアイズに、嘆息してしまう。

 

どうしたものかな、と苦笑いを浮かべ。でも、戻る道中は他の皆の目もあるため、大した隠し事ではないのだろうと決め、アイズにOKを出す。

 

返事を貰ったアイズは、おやすみと最後に残し、テントから去っていった。

 

アイズが出ていったことにより、一人になったフィンは、アイズの頼みを思案する。

 

……確認したいことか…。自身のステイタスではないとしたら、何をだ?

 

ふと脳内で考えていた事に、一つの考えが思い浮かぶ。遠征に行き、その帰りから変わっている事柄と言えば…。

 

「もしかして、他者(ほか)の人か…?」

 

偶然、この18階層で休息していた時に出会った者達。アイズが以前から気にかけていた、あの白髪頭の少年だ。

 

……もしや、あの少年と闘わせるつもりか?

 

そんな馬鹿な、首を振る。彼らは17階層にてゴライアスと遭遇し、命からがら逃げ延びてきたのだ。今の彼と闘わせた所で、結果は見えきっているだろう。

 

……ならばなぜ?

 

何故アイズはあんな事を言ったのだろう…。何を確認したいのか…。彼ではないとすると、後から合流した『ヘルメス・ファミリア』の『ペルセウス(万能者)』と呼ばれるアスフィ・アンドロメダか…。はたまた、一緒にいたローブを着ていた人物か…。どちらともあまり接点は無さそうだが…。

 

「ーーーッ!」

 

居た。確かに居た。アイズが気にかけていた、もう一人の人物が。そう言えば彼は、 白髪頭の少年と同じファミリアの人物だ。ミノタウロスとの死闘(あのとき)、彼と知り合いかのように、アイズは話をしていた。

 

彼女と同じ色ーーー金色の髪を持つ彼と。

 

ーーーーーー

 

翌朝。

 

まだ早い時間のためなのか、テントから出てくる人は少ない。そんな時間に私は、地上へ戻る前に用事をすませるため、うっそうとした森を歩き目的地を目指す。

 

……これだけ早いと、モンスターもいないですね。

 

既に何度か来ていた場所のため、道のりは覚えている。運が悪い時は、モンスターと出会してしまうが今回は大丈夫そうだった。

 

二十分ほど時間をかけ、狭い木々のトンネルをくぐった先にあった目的地は、墓場だった。

 

頭上から差し込む、一筋の光の下、木の一部を紐で結ばれ作られたそれら。

 

……かつて、私とこのダンジョン、この都市にて共に過ごしていた仲間達の。

 

手向けの花を抱えていた、私はそこで気付いた。

 

「ん?なんだまた貴様か、リュー」

 

「……何故ここに?」

 

ーーーいるはずのない人物がいたことに。早くに起きた私よりも先にいたその人物は、その墓場をなんとなしに見下ろしていた。

 

背後の私に気付いた彼は、視線をそちらからこちらへと移す。…事情を聞いたところ、彼もまた早くに目が覚め、散歩がてらふらふら歩いていたところ、ここを見つけ眺めていたそうだ。

 

……18階層(ここ)に来てから、彼との遭遇数が多いような。

 

ふと、そんなことを思うが、くだらない問いだと首を振り、彼の横を抜けてお墓の前で膝をつく。

 

「……貴様の知り合いのか?」

 

「はい…。私の友のです」

 

このオラリオの地に、里を飛び出し訪れた。自分達以外の者を認めず、汚らわしいと見下す同胞の姿に嫌気が差して。

 

持ってきていた花を、彼らの墓場に並べ黙祷する。…かつてこの地で共に過ごした仲間へと。

 

「友のか…」

 

「はい。私には過ぎた友でしたが」

 

目を伏せ黙祷をしていた私に、背後からの問いに答える。本当に彼女は私に良くしてくれた。

 

『ーーー何、名前はリュー?言いにくいわね、今日からあんたのことはリオンって呼ぶわ!』

 

私が手を振り切らなかった最初の彼女は、快活な表情そのままに自分をファミリアに誘ってくれた。

 

もう懐かしい過去の記憶に、目を伏せながらそれに浸る。

 

「……興味もない、我は先に行く」

 

彼は気をきかしてこの場を後にするのか、それとも言葉通り興味などないのか野営地へと歩を進める。

 

そんな彼の背中に、私は問いかける。

 

「貴方にも友がいましたか?」

 

それは、なんとなしに湧いた問いだった。だが興味もあった。彼のファミリアにはクラネルさんしかおらず、あの剣姫を雑種呼ばわりして近くにいるのも嫌そうだった。…となると、彼にそういう者がいるとは思えませんが。

 

「はっ、そもそも我に友など滅多にいるものか。いたとしても名前など忘れていよう」

 

そのあんまりにも非情な答えに、私はムッと顔を歪め、言い返そうとする。

 

……貴方は、友の素晴らしさを知らないのか、と。

 

だが…。

 

「ーーーもう口にすることはできぬのだから」

 

その背中からは哀愁を感じた。

 

いつも他を省みない彼からは、考えられなかった。

 

「そうですか…」

 

「ふん、貴様のせいで興が削がれた。この景色を眺めながら酒でも楽しもうかと思っておったのに」

 

言いながら彼は、虚空から昨日見た金色の容器が現れる。そして、出したそれを手で引き抜いた彼は、呆然と見ていた私に投げてきた。

 

「こ、これは…?」

 

「言ったであろう、貴様のせいで興が削がれたと。ならば処分するのは貴様の務め。そこらの土にでも撒いておくがよい」

 

受け取った容器に、彼へ疑問を投げるが思いもよらない答えが返ってきた。…そう言えばシルも言ってましたね。彼は素直ではないと。

 

思わず口元が緩み、笑みを浮かべてしまう。が、彼に見つかると何を言われるか分からないので、彼に背を向け墓場へと注ぎながら。

 

……王からの手向けですよ、心して飲んでくださいね。

 

注ぎきり、空となった容器を彼に手渡す。その際に、また彼の手と触れあってしまう。

 

「知っていますか?私が手を振り払わなかったのは、貴方で三人目です」

 

「くくっ、知ったことか。貴様こそ理解するがよい、我に触れられる栄誉を授かった者なのなど、さしていないのだからな」

 

……そうですか、それは光栄ですね。ですが、出来れば何人目か知りたかったですがね。

 

手渡した容器は、金の粒子となって消えていった。その光景に改めて驚愕しましたが、ふいに彼は遠くへ視線を移す。

 

その視線に釣られるように、私もそちらへ視線を移す。そこでは、何人かの冒険者の姿が。耳をよくすませば喧騒じみた声も聞こえてくる。

 

「またあやつは…。ほとほと面倒事を起こす奴だな、まぁ、故に飽きはせんがな」

 

「やはり、あれはクラネルさん!?」

 

遠すぎて朧気にしか確認できなかったが、あの見たことのある白髪頭は、クラネルさんだ。

 

「リューよ、貴様にしばしあやつのお守りを任そう」

 

「……貴方は行かないのですか?」

 

振り返り来た道へと戻ろうとする彼の背に、私は問いを投げる。確かに私一人が介入すれば、ことは早くに済むだろう。

 

「あいにく、我には先に裁く奴がおってな。それに、ゴミの掃除は貴様の仕事でもあるだろう?」

 

その言葉に、またクスリと笑みを漏らしてしまった。まったく貴方と言う人は…。

 

そうして彼は森の中へと消えていった。彼が裁くといっていた奴の心当たりがあったが、彼には例のオリジナルスキルなるものがある。それに剣姫も側で見てると言っていた、万が一はあり得ないでしょう。

 

去っていった彼とは反対方向へと駆け出す。やれやれ、店を休んだはずなのに仕事をしないといけなくなるとは。

 

……その前に。

 

「これは、昨日から変なことを吹き込んだ罰です!」

 

墓に塩を撒かなくては…。

 

ーーーーーー

 

17階層

 

『嘆きの大壁』。この広大な広間(ルーム)にて、ゴライアスと一人の少女は闘っていた。

 

ゴライアスはその巨腕を振り上げ、獲物を葬ろうと振り下ろす。その振り下ろされた大鉄槌に、下位の冒険者ならばそのまま亡き者となるだろう。

 

……だが対峙している冒険者を、その遅すぎるスピードで捉えられるはずがなかった。

 

閃光が瞬いたと感じた刹那には、既に獲物は自身の背後にへと移っていた。その目で捉えられなかったゴライアスは、後ろからの一撃で地面へと顔から叩きつけられた。

 

『オオオオオオッ!』

 

しかし、直ぐ様顔を上げ、自身を何度もあしらう獲物へ再度襲いかかる。

 

だが、無情にもその巨腕が当たることはなかった。広い広間を縦横無尽に高速で動き回る相手に、何度も空を切る。

 

「……何をしているんだ、アイズは。さっさと仕止めればいいものを」

 

「そうさな。アイズのやつ、何故に何度もあったチャンスをわざわざ見逃す…」

 

「やっぱり、君達もそう思うかい…」

 

既に前行部隊の面々は、アイズを残し先に地上へと戻っていっていた。今ここにいるのは、『ロキ・ファミリア』の古豪の面々にして、フィンが率いる後行部隊だ。

 

それも既に古豪の三人を殿として、他のメンバーは17階層のこの広間を後にしていた。アイズが倒してから一緒に戻ろうと考えていたが、こうまで倒すのに時間をかけていては、苦戦しているというより、わざ(・・)と生かしているといってもおかしくない。

 

「……アイズのやつ、アイツを倒す気がないのか?それは流石にまずい。集合時間に間に合わなかったから置いてきた者もいたと聞く。あれは向こうの不手際ゆえに仕方ないが、ゴライアスをそのまま残しておくなど、私達のほうが非常識だと罵られる」

 

杖をかまえ、ゴライアスへ呪文を紡ごうとした瞬間。それをフィンが片手で遮る。

 

止められた事に、怪訝な表情でフィンを見据える。何故止める?と疑問を口にしようとするが。

 

「……リヴェリア達は先に地上へと戻って行ってくれ。此処には僕が残る」

 

「しかし…」

 

「頼み事を聞いたのは他でもない、僕だ。なら最後まで果たすのが義務と言うものさ。何、心配しないでくれ、流石にゴライアスは倒しておくさ」

 

渋々と言った風に、構えていた杖をしまう。そして後行部隊に合流するため、ガレスと共に広間を後にする。去り際に、あまり甘やかすなと、忠告して。

 

後行部隊もいなくなり、広大な広間にはゴライアスと『剣姫』、そして『勇者』が残った。

 

ゴライアスはフィンには目をくれず、自身の周囲を動き回るアイズに執着していた。フィン自身も、手を出すことはせず傍観を決め込み、広間の壁へと寄りかかる。

 

……やはり、アイズは何かを待っている。

 

昨日たどり着いた答えは、決めつけるにしては確証がなかった。しかし、アイズがここまで止めをつけないことに、確信へと変わった。一体どれ程の時間、見ていただろう。流石に手を出そうかと思い始めた時…。

 

「ーーー最後の時は楽しめたか、雑種?」

 

その人物は現れた。

 

18階層から上がってくる洞窟から、そのアイズと同じ色をした髪を揺らし、悠然と歩んでくる。

 

『ゴアァ…ッ!』

 

「……本当に、怯んだ」

 

「嘘じゃなかっのか…。それに、やっぱり彼だったか」

 

その現れた人物に、執着していたアイズから顔を反らし、後退する。

 

二人も、あの話が虚偽ではなく真実であったことに、内心で分かっていたとはいえ、小さく驚愕する。

 

「ふん、我の言い付けを守っていたようだな…」

 

狼狽するゴライアスの足元、そこにいたアイズに一瞥し、そのまま周囲を見渡し、壁際に寄りかかっていたフィンを見付けた。

 

こちらに視線を向けてくる人物に、一瞬体が硬直する。『勇者』とオラリオで名を馳せた自分がだ。

 

だが、その視線も一瞬のもので、直ぐ様ゴライアスへと戻す。僅かばかりにその目尻をつり上げて。その少しの時間に雄叫びを上げた、ゴライアスは咆哮をあげる。

 

……だが、この時二人にはそれが悲鳴にも感じられた。

 

「さて、雑種。我は言ったはずだ、この我に吠えた不敬、その身ではらうがよいとな」

 

言うや否や、彼の背後が歪む。その光景を初めて見たフィンも、階層主であるゴライアスも目を見開き、驚愕する。

 

「何、あやつらも直ぐ来るのでな。そう時間をかける気はない、貴様への裁きはな!」

 

二つの歪みから現れた武器は、その王の一喝と共に放たれた。

 

ーーー17階層『嘆きの大壁』にて、王と勇者、そして姫を冠する者がここに集った。

 

 

 

 

 



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異常震域
Danger


『ーーー止めるんだ』

 

冒険者の喧騒を裂く、しかし静かな女神の一言。

 

その声は、周囲の音を飲み込み空間を打った。金縛りに合ったかなのように、モルド達の体が一斉に停止する。

 

愕然とし、顔を青ざめる。その神物をよく知るベル達でさえ、表情を消した女神の威圧に言葉を失っていた。

 

……こうなった経緯は、ぽっと出のルーキーの鼻っ面をへし折る、とある神の画策も混ざった見世物(ショー)だったのだが。

 

……もう一人の生意気な人物(・・)にも、痛い目を見させようとしたのだが、此処には現れず。仕方ないと、モルド達はベル一人をいたぶることにした。

 

もっともモルド達首謀者は、ベルの「あの人は恩恵を貰ってないから、自分一人だけにしろ」と、言う言葉を聞き、ならば次に会ったときに身の程を教えてやると、内心で下劣な笑みを浮かべた。

 

だがベル一人をいたぶる思惑も上手くいかず、こうしてヘスティアの神威の前に、崩壊した。

 

問題はこの後だった…。

 

ーーーバキリッ、と18階層が、謎の揺れを起こしていた時、その音は聞こえた。

 

18階層を照らす水晶、その中でも一際大きな水晶の中で、巨大な何かが、蠢いていた。

 

……ダンジョンは憎んでいる、こんな地下(ところ)へと閉じ込めている、神々(・・)を。

 

その光景を、ベル達から離れて見ていた、いらぬ画策をした神ーーーヘルメスはほとほと困り果てたように、眉を下げて笑った。

 

「あぁ、やっぱり階層主か」

 

18階層と17階層を繋ぐ洞窟が、岩によって塞がれたことにより、逃げ道を失った瞬間、それは生まれ落ちた。

 

ーーーーーー

 

17階層。

 

此処でも一つの喧騒が、終わりを告げていた。

 

「……ふん、我に吠えたからどの程度のものかと思っていたら、所詮は雑種。この程度か…」

 

勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナ。『|剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン、オラリオでもトップクラスの実力者が見ている中…。

 

(・・)は、宝物庫(・・・・・)から取り出した二つの武器を射出し、その両足を撃ち抜いた。

 

その光景を見ていたフィンは驚愕を隠せなかった。17階層の階層主『ゴライアス』。今では、遠征の度に難なく打ち倒していたが、まだ己がここまでの域に達してなかった頃、若かりし時代はそうは出来なかった。

 

『ゴライアス』公式(ギルド)推定Lv.4。階層主の名に相応しい力を持ち、その灰褐色の肌は、数多の冒険者の攻撃、魔法を通さない。

 

まだ『ロキ・ファミリア』の名声が都市最強ではなかった時代。フィンも己のファミリアと共に対峙したことがある。その灰褐色の肌には、何度も手を焼いていた。

 

しかし、目の前の光景はどうだ。そのゴライアスの足を撃ち抜いた一撃は、その勢いを弱めることなとどなく、その後の壁に巨大なクレーターすら造り上げていた。

 

……彼の所属するファミリアは知っている。アイズが気にかけ、自分達の目の前で死闘を演じた少年のだ。

 

だが、と。それはあくまで彼自身。彼のファミリア自体は、言ってしまっては悪いが中堅所でさえない、極貧ファミリアだ。

 

彼ーーーベル・クラネルの名は、ランクアップと共に、少しづつだが都市内で聞こえ始めた。…だが、今目の前にいる彼はどうだ?

 

聞いたことがない。とてもではないが、彼と同じファミリアの者が、一人でゴライアスと対峙できるはずがない。そう、そのはずだ…。

 

「……アイズ、彼は何者だ?魔法、いやスキルかも知れないが、今のはなんだ?…いや、それ以前に彼のLvはいくつなんだい?」

 

驚愕した表情を瞬時に正し、壁際から移動し自分と同じく彼を見つめるアイズに問いかける。

 

……地に伏せていたゴライアスが体を反転し、天井を仰ぐ体勢に向き直った。しかし、彼はその身を跳躍させ、ゴライアスの胸辺りに降り立つ。そして、新たに顕現させた二対の槍を、ゴライアスの手に射出させる。

 

その手に突き刺さる槍の痛みから、ゴライアスは苦悶の声を上げる。…両足を失い、手を封じられ最早なすすべを無くした階層主。そのあまりの無惨な姿に、フィンもアイズも言葉を無くす。

 

……圧倒的だ。

 

「……ない」

 

「えっ?」

 

その光景を共に見ていたアイズの不意の言葉に、フィンは聞き逃してしまう。…衝撃の事実を。

 

「ない。Lvなんてない。ましてや、恩恵ももらっていない」

 

「なっ!?」

 

その事実を聞いたフィンは、再び言葉を無くしてしまう。そんな馬鹿なと。

 

あり得ない。あり得るはずがない。このオラリオ、いや世界において、恩恵を貰わず階層主を倒し。魔法やスキルを行使できるなど。

 

「はは…。アイズでも、そんな冗談を言うのか。これは驚いたよ」

 

「嘘じゃない。…私も信じられないけど、確かに聞いて、そして、実際に見た」

 

あるはずのステイタスを、と。貰っているはずの恩恵を、と。その答えに、フィンはまたしても言葉を無くし、驚愕してしまう。

 

……故にアイズも見たかったのだ、階層主相手なら未だ知らぬスキルの名を唱えるのではと、期待して。だが、思惑は結果通りいかず、いやその斜め上を越えてしまったが。

 

「……彼の名は?」

 

「……それも」

 

せめて名前だけでも、とフィンは口を開くが、アイズは首を横に振る。…思いもしなかった事実、これほどの実力者が、未だその名を轟かせていなかったことに。

 

「さて…」

 

刺された槍の威力のものなのか、ゴライアスは体を奮わせ、腕を動かそうとするがピクリとも動かない。…惨めにその顔が横に振り動いただけだ。

 

王のその声と共に、新たに現れた一つの剣。最早ゴライアスはその断罪の一撃を受け入れるほかない。そう思っていたその時…。

 

「何っ!?」

 

「くっ!?」

 

「これはっ!?」

 

ーーーダンジョンが揺れた。

 

その突然の揺れに、王は裁きを一時止め、アイズとフィンも顔を歪める。そしてまず、18階層(退路)が絶たれた。揺れによるものなのか、それとも何らかの意思によるものか、18階層へと続く洞窟は岩で塞がれた。

 

しかし、元より三人の思考にそのようなものはない。

 

……ダンジョンは神を憎んでいる。そして今、ダンジョン内には三柱の(・・)がいる。…優男の神は、上手く隠蔽していたが、女神は神威を発動させたため、その事態は起きてしまった。

 

……そして、もう一柱の神は、いや人物は、別段隠してなどいなかった。…けれど、ダンジョンは気づかなかった。それは、半分(・・・・)しか流れていなかったためか。はたまた、本人も嫌っていたためランクダウンしたせいなのか。

 

だが、ヘスティアの神威を感じ取り。…同時にダンジョンは目敏く見付けることが出来たのだ、その血を。微かに感じるそれを。半神半人の王を。

 

許すまじ、と。ダンジョンはその憎しみの火をたぎらせるように、その揺れを拡大させた。

 

「……アイズ」

 

「うん…」

 

フィンは、親指がうずき始めた事を感じ、隣にいるアイズに目配せをする。アイズもまた、その揺れに嫌な予感を抱いていた。

 

そして、その憎しみに同調するように、一匹(・・・・)のモンスターの憎悪も増長していた。

 

……許すまじ。

 

三人の瞳が、『嘆きの大壁』に集中する。地に伏せつけられたゴライアスもまた、その視線を這わせる。

 

……あの時(・・・・)は、随分舐めてくれたな。

 

自身を倒しせしめた相手。しかし、そのモンスターは憎んでいた。…たった一人でよくもと。

 

その辛酸を舐めさせてくれた相手もいる。故に、ここは己に任せろと、ダンジョンが決めたはずのルールをその憎悪で押し退け、17階層(ここ)では現れるはずがないそれは、産声を上げようとしていた。

 

アイズは腰に携えた愛剣『デスペラート』を抜き、フィンもまた、失った主武装の代わりに携えていた、彼女の剣と同じ銀の不壊属性(デュランダル)『スピア・ローラン』を構える。…唯一王だけが、その双眸を二人とは違う場所(・・・)に向けていた。

 

……現れるとしたら、あそこだ。

 

確信にも近い思いを浮かべ、『嘆きの大壁』を睨み付けていたの二人だが…。

 

「ーーーたわけどもがっ、何処を見ている!」

 

王の一喝。思わず振り返る二人だが、彼が見ていたのは…。

 

ーーー17階層。この広大な広間において、モンスターを産み出さないと思っていた、地面(・・・)だった。

 

地面が割れる。そのモンスターは、此処では絶対に現れるはずのない存在だった。それはつい最近、倒したはずのモンスターだった。そして、そのモンスターには次産期間もあり、いやそれ以前に、上層(ここ)にいていい存在でさえなかった。

 

下層、そして中層までもぶち抜き、そのモンスターは地面から出現した。

 

「うそ…」

 

「やれやれ、本当かい…?」

 

アイズは驚き、フィンはそのモンスターに力なく笑う。それもそうだろう、誰が想像できる。ここに深層(・・・・)の、それも階層主(・・・・・・)が現れるなど。

 

『ーーーオオオオオオオオオオオッ!!』

 

階層主が果てしない産声を上げる。その威圧感は、本来のそれとは、全く異なっていた。…37階層に君臨するはずの『迷宮の弧王(モンスターレックス)』。

 

下半身は地面から抜け出てはいない。しかし上半身のみで高さ十Mを誇り、地に伏せられたゴライアスを優に越えていた。

 

その全身は巨大な骸骨のモンスター。その中心、胸部内部では、規格外の大きさの魔石が怪しく輝いていた。

 

臓器と呼べる器官が存在しない中で、その結晶が心臓のようでもあった。

 

ーーー37階層にいるはずの階層主『ウダイオス』

 

その身を復讐の色に染め。通常とは異なる紅く染めた骸骨の王は、もって苦渋を味わせてくれた、金髪の少女を睨み付け。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

怨嗟の声を上げ、二対(・・・)の黒大剣を振り上げた。

 

『剣姫』と『勇者』。…そして『英雄王』の前に、迷宮の主は現れた。

 

……くしくもそれは、18階層で黒いゴライアスが現れた瞬間と同じ時刻だった。

 

 

 



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不滅の聖剣。必滅の黄槍

18階層。

 

安全階層(セーフティポイント)であるはずのこの階層、本来の階層である17階層という定められた領域を飛び越えて、黒い『ゴライアス』は生まれ落ちた。

 

ゴライアスが突き破ったことにより、光を恵んでいた筈のクリスタルは完全粉砕され、蒼然とした薄暗さに包まれた。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

けたたましい産声を上げ、全身を黒く染め上げたゴライアスはまず、最も近い場所にいた冒険者を襲い始めた。

 

その冒険者ーーーベル達の場所から退散したモルド一派は、突然の階層主との遭遇に恐慌を来して逃げ惑う。

 

「は、早く助けないと!?」

 

ゴライアスがモルド達を蹂躙する様を、高台にて遠目で見ていたベルは、戦慄しながらも直ぐ様飛び出そうとする。

 

「待ちなさい」

 

「っ!?」

 

そんなベルの手を、リューが掴んだ。そして、告げる、現実を。

 

「本当に、彼等を助けに行くつもりですか?このパーティーで?」

 

目測で見ても分かるほどの奴の実力。それは推定Lv.4と言われていた本来の力より上だ。対してベル達の今のパーティーはどうだ。『疾風』と名を馳せたリューこそ居るものの、自分を含めその他はLv.2が精々だ。

 

そんな臨時パーティーで本当に行くのか?とフードの奥の空色の瞳に問われる。だが…。

 

「助けましょう」

 

ーーー迷いは一瞬だった。間髪入れず決断し、その空色の瞳を見つめ返す。

 

「貴方はパーティーのリーダー失格だ」

 

その答えに、リューは目を細め非難の言葉を告げる。その告げられた言葉に、ベルの胸が罅割れる。そして、鋭い痛みに打ちのめされそうになった瞬間…。彼女は笑った。

 

「だが、間違っていない」

 

目を見開くベルに微笑む。正しいと微笑んでくれた彼女に背を向け、ベルは勢いよく振り返る。

 

誰一人異を唱えることなく、笑みを浮かべ頷いてくれた。

 

……ごめん、ありがとう。

 

胸中で謝罪と感謝を告げたベルは…。

 

「ーーー行こう!」

 

叫んだ。そして、森を抜け草原を駆ける。向かう先は悲鳴と爆音が起こる階層中央地帯。

 

雄叫びを上げる黒い巨人が猛るその場所は、もはや魔境と化していた。しかし、誰一人怯むことなくベル達は身を投じるのだった。

 

ーーーーーー

 

時同じく、17階層。『嘆きの大壁』と呼ばれる広大な広間(ルーム)は…。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

ーーー地獄と化していた。16階層へと続く洞窟の近くで産まれたモンスターは、まるで地獄(ここ)から逃がさないといった風に、雄叫びを上げ立ち塞がっていた。

 

「……アイズ、回復薬(ポーション)は?」

 

精神力回復薬(マジック・ポーション)が二本。…それだけ」

 

その分かりきっていた答えに、フィンはそうか、と苦笑いを浮かべる。自身の腰に備えられているポーチも似たようなものだ。正し、こちらは普通の回復薬だが。

 

高等回復薬(ハイ・ポーション)もなく、ましてや万能薬(エリクサー)すらない現状。こんな状況で、ましてや通常とはどう見ても異なる姿をしたウダイオスとやり合うなど考えられないが…。

 

退路は塞がれ、地上に続く洞窟には奴が陣取っている。戦闘は避けられない。

 

援軍すら望めない状況で、しかし二人の表情に恐怖は見えない。オラリオでも数少ないLv.6の二人、しかも『ロキ・ファミリア(都市最強派閥)』。逃げ腰を晒そうものなら神々が付けた名も廃れ、その名に泥を塗るだろう。

 

……覚悟は出来た。

 

「アイズ、先ずは様子見だ。君には悪いが先に奴を撹乱して通常とはどう異なるか見極める」

 

「……わかった。『目覚めよ(テンペスト)』」

 

愕然と奴を見ていた表情を引き締め、戦士の表情へと変える。そして、長短文詠唱を唱えた。

 

瞬く間に風の気流が防具ごと体を包み込む。…それと同時に、ウダイオスはその朱色の怪火(ひとみ)で捉えていた、アイズ達に左手で持っていた黒大剣を振り下ろす。

 

「行くぞっ!」

 

風を纏ったアイズは横に飛び、フィンもまた、それをかわすように後方へと下がる。…未だ武器も構えず、地に伏せたゴライアスに立っている男の場所へ。

 

ウダイオスが振り下ろす剣が、爆音を轟かせ地面を抉る。当たっていたなら即死だろう。

 

ルームの横壁へと着壁したアイズ、その速すぎる速度に、前回は見失っていたウダイオスだったが…。今回は違い、その怪火を横壁に着壁したアイズに向けていた。

 

Lv.5(前回)とは違い、今やLv.6となったアイズ。無論のことその速度も上昇していたが、相手も前回とは違っていた。

 

まさか捉えているとは思わなかったが、意外にもアイズの驚きは小さい。その振り下ろした一撃の威力の高さに、相手も力が増していることが分かったからだ。

 

揺らめく怪火をアイズも見返し、次の相手の出方を伺う。…次はその右手の剣を振るうのか、と。

 

しかし、その思惑は外れた。

 

『ルゥオオオオオオオオオオオッ!!』

 

ウダイオスの咆哮。骸骨の王はその吠声を上げ、()から逆杭(パイル)を放つ。

 

「っ!?」

 

そのあり得ない現象に、その顔を歪め壁から地面へと飛ぶように退避する。

 

空中を二転三転し、しかし壁から逆杭を放った相手から視線を逸らさない。先の現象には驚いたが、まだ自身のスピードなら対応出来た。

 

再び地面へと舞い戻る。しかし、飛んだ勢いが強かったため地面を削り、目的の位置より後方に着地。未だその体へと近づけない現状に苦い顔をする。

 

その表情そのままに、アイズは相手の次の行動を見る。逆杭がかわされた位置から悠然と上半身を変えるウダイオス。そして、振り下ろした黒大剣を抜き、今度は逆に左腕を引く。

 

そして、発光。肩、肘、手首とそれぞれの核関節が燃え上がる流星の如く。それを前回見たことのあるアイズは、着地もつかの間直ぐ様移動を開始する。

 

……前回見た行動のため、アイズの行動もまた速かった。しかし…。

 

それは、前回より格段(・・)に速くなっていた。発光速度も肩が発光したと思ったら、秒も待たずに手首まで到っていた。

 

そして、ウダイオスの左手が霞む。

 

『ーーー』

 

突き放たれた黒大剣。だが、前回と違うのはアイズとて同じだった。ランクアップし、高次の段階へと至っていたアイズには、その剣先が見えていた。確かに装填速度には驚いたが、逆に前回と同じ速度で繰り出された一撃には内心ホッとした。

 

その一撃は空を切り、標的を捉えきれず地面へと先の一撃より大きなクレーターを造り上げた。

 

アイズはその光景を尻目に、初めて相手の懐へと潜り込むことに成功する。突き放たれた一撃を横でも後ろでもなく、前へ急加速することで接近することができたのだ。

 

狙いは前回と同じく中枢に存在する巨大な魔石…。ではなく、ウダイオスの巨大な骨を駆け上がり右肩に着地する。

 

かわした自分を索敵し感じ取っていたウダイオスは、接近した瞬間から第五肋骨を上下運動し守っていたのだ。

 

それならば、とまずは敵の戦力を削ぎ落とそうと、アイズは右肩へと狙いを変更したのだ。

 

「風よ!」

 

精神力(マインド)をかき集め、持てる力を注ぎ込む。力を増した相手に油断なく、愛剣に風を…。暴風を付与した。そして、敵の紫紺の核を目指し刃を突き下ろす。

 

しかし…。

 

「っっ!?」

 

ーーー弾かれる(・・・・)。突き刺さりしなかった。目の前の光景に、そしてそのあまりの強度の高さに愕然としてしまう。

 

巨大花(ヴィスクム)と呼ばれていた超大型モンスターすら仕留めた一撃が通りすらしなかった。あの時より精神力(マインド)を込めたというのにだ。

 

その攻撃を見ていたウダイオスは、そのおぞましい骸骨の顔を歪め、笑みを形造る。まるで、貴様の攻撃など効かん、と言っているように。

 

上半身を揺らすウダイオスに、唇を噛み締め直ぐ様離脱を選択。また地面へと位置を移す。

 

攻撃が通らないことに、苦渋の表情を浮かべる。…しかし、敵は待ってくれなどしない。今度は右手を振り上げ、そして固まるウダイオス。そしてまた、肩から発光し始める。

 

しかし、今回は先程の速度より遅かった。故に何故と首を傾げる。そして、肘の核関節が煌々と発光した時、アイズは一つの可能性を感じ、ぞっと背中がわなないた。

 

右手を振り上げた体勢で固まっている相手から、全力で距離を取る。そして、手首が発光し…。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

ウダイオスの絶叫と共に、アイズが視認できない速度(・・・・・・・・)で振り下ろされた。

 

そして、その威力も絶大だった。左手以上のクレーターを造り、この階層全体を揺るがさんとせん震動が起こる。

 

直前に感づいたことにより、直撃こそ免れたものの、その余波だけで、アイズは壁へと叩き付けられた。

 

背中の痛みに思わず苦悶の声が漏れるが、再び剣を構える。…しかし、打つ手がない。相手の攻撃はどれを取っても絶大。逆にこちらの攻撃は通らない。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

壁へと寄りかかる体勢でいたアイズへ、再び咆哮と共に逆杭を放つ。執拗に自分を狙ってくるウダイオスに、アイズは防戦、いや回避に専念することしか出来なかった。

 

ーーーーーー

 

アイズが異色のウダイオスと交戦を始めた時、フィンは後方へと下がりその戦闘を横目で見つつ、この場にいるもう一人の人物へと駆ける。

 

ウダイオスが現れたというのに、未だ腰に備えられている武器すら抜かず、先程見せていた謎のスキルか、魔法すら使わず、ゴライアスの上で悠然と佇む人物にだ。

 

異常事態(イレギュラー)が起きているこの現状に、何をしているのかと問いただしかったが、それよりもまず助勢を頼みたかったからだ。

 

「すまないが、こうなってしまっては仕方ない。僕達三人でアイツを倒すしかないだろう」

 

地に伏せるゴライアスの近くまで辿り着いたフィンは、目の前の人物に語りかける。しかし、言葉は返ってこず、視線すら向けず目の前の戦闘を見ていた。

 

まさかの無視に、さしものフィンとて頭にくる。しかし、足並みを揃えるためとその怒りを抑える。だが、語気は強くなってしまったが。

 

「聞いているのかい?僕とアイズで前衛を務める。君には後衛をお願いしたい」

 

その不可思議なスキルか魔法なら、それが適しているだろうと援護を頼む。

 

悠然と佇んでいた男は、そこでやっと反応を示しこちらへ体を向ける。

 

「何を言っている、雑種。この我が貴様ごときの諫言で動くとでも?」

 

なっ、と言葉を無くしてしまう。敵が前にいると言うのにだ。そのあまりの物言いに、怒りすら通り越して呆然としてしまう。

 

「第一、あの雑種はどうやらあやつに大層ご執心だ。それに手を出すなど無粋であろう?」

 

彼が指し示す方向には、未だウダイオスと交戦しているアイズの姿。確かに未だにこちらに視線すら向けない相手の動向も気になるが…。

 

でも手を貸さない理由にはならない。

 

「正気か…」

 

「貴様ごときに虚偽を語る理由などないぞ?それに地下の中と言えど、庭の手入れは庭師の仕事。王たる我がすべきことではない」

 

悠然と佇んでいた男は、ついには腰を下ろしてしまう。そのあまりの物言い、その態度にフィンはくっと、歯噛みする。

 

……この非常時に、と目尻をつり上げ睨み付ける。ふざけるな、と口を開こうとした瞬間…。交戦中の場所から、轟音が鳴り響く。

 

ウダイオスが繰り出した右手の一撃。それはさっき見た左手の一撃よりも遥かに優り、広大なクレーターを造り上げ、この階層を揺らした。

 

「アイズッ!?」

 

爆音に驚き、彼から視線を移し壁へ叩き付けられた彼女に呼びかける。以前彼女を付け狙うウダイオスは、その言葉をかき消すように、逆杭を放つ。

 

延々と出てくるそれらをかわすアイズに、彼に構っている場合ではないと、急ぎ駆け寄る。だが、その行く手を王の言葉が遮る。

 

「……聞いていなかったか、雑種?あれはあやつに執着しているのだぞ」

 

「黙れ。僕は『勇者』だ、彼女を、仲間を見捨てる訳にはいかない」

 

一刻も速く向かうために、一瞬だけ向き直り王へと勇者は告げる。そして、一人闘う彼女の元へと向かう。

 

「……ふん、『勇者』に『剣姫』だったか。何ともまあ大層な名だな」

 

ならその名に相応しい振る舞いを見せてみよ、と王は眼前の戦闘を眺める。

 

……その下にいる、未だ止めを刺されていないゴライアスは眼前の戦闘を憎らしげに見ていた。

 

ーーーーーー

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

咆哮を上げ、逆杭を至るところへ放つウダイオスに、フィンは右方向を、アイズは左方向から攻めかかる。

 

左手の黒大剣を見極められるアイズには左側を。反対方向の、デタラメな速度で穿たれる右側は、その装填速度の間に、今までの経験から予測ができるフィンが。

 

逆杭の合間に溜めた発光が収まり、左右それぞれの敵へと、連続で突きを放つ。

 

超スピードでかわすアイズ。事前に何処へ来るか分かっていたフィンもそれをかわし、敵へと接近する。

 

しかし、硬すぎる。今だ傷らしい傷さえ付けらないでいた。いや、何度か掠り傷程度はつける事が出来たが、それも直ぐ様赤い粒子が発散し回復する。

 

自己再生すら強化されている相手。何度目かも分からない攻撃の結果に、苦渋の表情を浮かべる。

 

紅く変色し、二対の黒大剣を振り回すウダイオスは、本来の推定Lvを越えていた。Lv.6の最上級。いや、Lv.7に届かんとしていた。

 

二人の顔が疲労の色で濃くなってきた時、戦況が変わる。

 

『ルゥオオオオオオオオオオオッ!!』

 

攻撃を当てられない事に怒ったのか。はたまた、産まれ落とす準備がやっと完了したためなのか。

 

その骸骨の王の声に応えるように、アイズとフィンの近くで大量の『スパルトイ』が地面から産まれた。…救いなのは、あちらと違い通常の白色なのだった。

 

しかし、最悪なのには代わりはしない。白骨の雑兵は、その手に武器を持って二人へと襲いかかる。

 

二十にも及ぶその雑兵と、逆杭が二人の進路を誘導する。

 

「フィン!?」

 

「しまったっ!?」

 

ウダイオスの眼前で、二人は背中合わせで衝突する。誘導に成功したウダイオスは、その怪火(ひとみ)を喜色で揺らし、腰を捻り左手を背に隠し右手の黒大剣を振り上げる。

 

「くっ!合図は僕が出す、それと同時に飛べ!」

 

今だ押し寄せるスパルトイを倒しながら、苦虫を噛み締めた表情をするフィンは、近くにいる彼女へ呼びかける。

 

こちらへ背を向けていたアイズは、コクりと頷き同じくスパルトイを捌く。

 

肩、肘と、順番に発光していたが、次の瞬間フッとそれが消える。なっ、と目を見開く二人に…。

 

ーーー左手(・・)の黒大剣が、超速度で薙ぎ放たれる。

 

狡猾に策を練ったウダイオス。右肩を発光させると共に、左肩も発光させていたのだ。背に隠していた左腕の発光が完了した瞬間、右の発光を止め解き放ったのだ。

 

瞠目するアイズへと放ったそれは、しかし間一髪彼女の手を引き寄せたフィンによって直撃は免れた。

 

しかし…。

 

「ガッ!?」

 

「ぐっ!?」

 

目の前直ぐ側で起こった爆風に、壁へと叩き付けられる。そのあまりの衝撃波に、口から苦悶の声と共に、吐血する。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

勝鬨の雄叫びを上げるウダイオス。雪辱は果たしたとばかりに、その吠声はこの階層内で木霊する。

 

そして産み出され、その衝撃波に巻き込まれたり、二人によって減らされたスパルトイは、しかしまだ十ほど残っていて、後方で佇んでいた男に気付き殺到する。

 

「はぁ…」

 

男はため息を一つ吐く。それは自身へと向かってきた哀れな者達にか。…はたまた、その大層な名を付けられた者達の情けなさにか。

 

武器を構えたスパルトイが、ゴライアスの上にいる男へと飛びかかる。

 

しかし…。

 

「まったく、どやつもこやつも…。惨め極まりないな」

 

ーーー王の憐れみの言葉と共に、背後の空間が歪む。その数はスパルトイと同じ数だった。

 

同時に射出。その放たれる武器の一撃をもってして、スパルトイの群れは全滅する。

 

「なっ!?」

 

「嘘…!?」

 

その光景に、痛む体を一瞬忘れ驚きの声を上げる。それはアイズでさえ見たことがなかった。彼のスキルを知ろうと、何度も画策したアイズだったが、今の数は初めて見た。

 

剣撃の音か、スパルトイの断末魔に気付いたのか、初めてウダイオスは奥で腰を下ろし佇む人物に、その怪火を向ける。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

それは子が殺された怒りの声。まだ獲物がいたことの怒りの声。その咆哮と共に、骸骨の王は右腕を引く。…そして、発光。チャージを開始させる。

 

それに対して、座り込む王は…。立ち上がりすらしない。今だ波紋の歪みが残るその中から、一つの剣を待機させる。…まるで、それで十分だという風に。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

けたたまし雄叫びと共に骸骨の王は、黒大剣を突き放つ。悠然と構える王もまた、待機させていた剣を射出させる。

 

『ーーー』

 

空中でせめぎあう、二本の剣。突き放された挙動は、二人には見えず。そのぶつかり合う二本の剣の、衝撃波に顔をしかめる。

 

普通に考えれば結果など分かりきるだろう。先程から何度も自分達へ向けられた攻撃の脅威。その絶大な威力には、自分達が装備してある武器の特性である、『不壊属性(デュランダル)』もかくや砕けるのではないかと、危惧するほどだ。

 

だが、結果は異なった…。

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

ぶつかり合った剣の内、先に悲鳴を上げたのは王が射出した剣よりも馬鹿でかい、黒大剣(・・・)

 

その光景に、さしものウダイオスもその怪火を驚愕で揺らす。そして、黒大剣が砕け散る。

 

黒い破片となって、粉々になった黒大剣。しかし、王が放った剣は、勢いこそ落としたものの、今だ突き進む。

 

『グウゥゥゥゥゥッ!?』

 

「ほう…」

 

黒大剣を砕き、ウダイオスの手へと突き刺さったそれは、その硬質な骨を砕き、奥へ奥へと突き進む。

 

苦悶の声を上げ、必死に腕へ力を入れ侵入を拒む。その行動に、初めて王は感嘆の言葉をこぼす。

 

持てる力を全て右腕に回し、ついには防ぎきる。ニヤリとその顔を変えたウダイオスが見る先には…。

 

「で?二つ目(・・・)はどう防ぐ、雑種」

 

ーーー射出した歪みは既に装填が完了していた。そしてそれを浮かべる王は、歪んだ笑みを浮かべていた。

 

『グゥッ!?ガァアアア!?』

 

そして射出。新たに飛来した剣は、先に放たれた剣の柄を押すように、それを押し上げ共に突き進む。そして二本の剣がウダイオスの右腕を駆け巡る。

 

苦渋の表情を浮かべながらも、必死に耐えていたウダイオス奮闘むなしく、右腕を貫き壁へと突き刺さる二本の剣。右腕一本が轟音を立て脱落する。その激痛によるものなのか、ウダイオスは悲鳴を上げる。

 

その光景を傍目に見ていた二人は、都合何度目か分からないが驚愕していた。そんな馬鹿な、と。

 

自分達がどれだけ攻撃しても、傷らしい傷も与えられなかった相手。それを二回で打ち砕いた彼の実力。

 

呆然と見つめる二人。そして、王はその重い腰をゆっくりと上げる。

 

「なんともまぁ、情けない庭師共だ。いかに雑種とはいえ、少しばかり名を馳せた猛者であろうに…。それが揃いも揃ってこの体たらく、嘆かわしいにもほどがある」

 

……侮蔑の言葉を告げて。

 

ーーーーーー

 

ゆっくりと立ち上がったギルは、今だ壁に寄りかかっている二人を見て、再度ため息を吐く。

 

……『勇者』に『剣姫』か。ベルの話ではこの都市でそこそこ出来ると聞いていたのだがな、結局はこの程度か、と。

 

本当なら、あやつらが死んだ後で動く筈だったのだが、ギルは一つの懸念を抱いていた。

 

彼の後方。今は岩で塞がれているために通る事が出来なくなった洞窟。あれがもし、下の階層から逃げ出さないようにするためのものならば、と。

 

どちらにしろ、下で何が起こっていようと構いはしないが、しばし留守にすると言ったのは他でない、我だ。ならば雑種どもに何時までもかまけてなどいられない。

 

「……そう言えば、貴様にまだ止めを刺していなかったな」

 

地面へと降り立ったギルは、今まで乗っていたゴライアスへと体を向ける。

 

しかし、ゴライアスはその向けられた視線に気付かず。前のめりで倒れ伏すウダイオスを見ていた。否、睨んでいた。

 

その視線の先の相手に気付いたギルは、哄笑を上げる。

 

「フハハハッ!なんだ、雑種?同じ雑種同士と言うのに、そんなに縄張りを侵すあやつが憎いのか?」

 

その哄笑を聞き、ゴライアスは顔をその人物へと向ける。

 

……ゴライアスは憎かった、ウダイオスが。金髪の少女にあしらわれるより、目の前で笑う男より。

 

いや、妬ましいのだ。自分に代わり此所に産まれ落ちたウダイオスが、その力が。そして、同時に憎かった。己が縄張りであるこの『嘆きの大壁』で暴挙を働く奴が。

 

突き刺さっている剣に抗う如く、ゴライアスは体を動かす。まるで、まだ死ねない。せめて死ぬなら奴が居なくなるのを見てからだ、と。

 

その様子を間近で見ていた王は、心底愉快そうに非道な笑みを浮かべ。歪みから出していた剣を戻す。止めを刺そうと待機させた剣を、だ。

 

そして、黄金の容器を取り出す。

 

「くっくっ。そうか、そんなにも憎いか。よかろう雑種、王たる我がその命拾ってやる」

 

容器を引き抜き、右手で揺らす。その中は液体なのか、チャプチャプと水の揺れる音がする。

 

「飲めば貴様と言えど、たちどころに回復し足さえ戻ろう。…飲んだら味覚がおかしくなるが、貴様には問題あるまい?」

 

無論、それ以上の代償はある。

 

「これをくれてやるには、その身を一生我に捧げるのだ。要は下僕だな」

 

回復の代価。その身を目の前にいる人物に捧げ、絶対服従を誓うこと。即断できない悩みに、王は笑みを崩さず、更なる褒賞をだす。

 

「無論奴を倒した暁には、下僕と言えどここを貴様の縄張りとして認めてやる。他ならない王たる我がだ」

 

ゴライアスは目を見開く。『主』としてここに君臨することを、他でもない『王』が認める。その言葉を聞いたゴライアスは…。

 

『ゴアア…』

 

……口角を上げ、笑みを浮かべた。

 

ギルはその返答に、フッと笑い口へ容器の中身を注ぐ。同時に手に刺さっていた武器を金の粒子に変え、その拘束を解く。

 

注がれる液体によって、足はぼこぼこと音を立て再生する。そして、その灰褐色の肌からは血管が浮き上がる。

 

並々と入っていた容器から最後の雫が落ち、役目を終えた金の容器も粒子となって消える。

 

そして、ゴライアスは立ち上がる。再生した足で地面を踏み締め、その手に視線を移し、ぐっぐっ、とまるでその感触を確かめるように。

 

『ーーーオオオオオオオオオオオッ!!』

 

灰褐色の全身から血管が見える、ゴライアスは咆哮を上げる。まるで自分こそがここの主だと誇示せんばかりに。

 

そして、駆け出す。目指すは自分の縄張りを侵す、散々暴れ回ったウダイオスへ。

 

ウダイオスの怪火が驚愕で揺れる。自身へと向かってくる、同じ階層主の姿にだ。

 

『ルゥオオオオオオオオオッ!?』

 

前のめりの体勢そのままに、此方へ向かってくるゴライアスを迎撃せんと、咆哮を上げ逆杭を地面から突き出す。が…。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

ーーーそれを踏み砕く。巨大な体は、直ぐ様敵へと辿り着く。そして、倒れ伏す顔面を蹴りあげ…。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

ーーー右腕でぶん殴る。その攻撃に、ウダイオスは背中から叩き付けられる。しかし、その顔に皹が入ったウダイオスは直ぐ様上体を起こし、ゴライアスへ左手の剣を振り抜く。

 

しかし、ゴライアスも王から賜わさせた液体によって、その強靭な皮膚を強化されていた。ゴライアスを両断せんと放った一撃は、胸に太い赤線を走らせるに止まらさせた。

 

『ゴァアアアアアアアアアッ!!』

 

『ルゥオオオオオオオオオッ!!』

 

二匹の階層主は互いを殲滅せんと、咆哮を上げ猛威を奮い、闘い始めた。

 

ーーーーーー

 

目の前で超大型モンスターが闘う様を、アイズとフィンは呆然と眺めることしか出来ない。

 

痛む体を忘れ、目の前の光景に目を奪われていた時…。

 

「はっ。所詮は名ばかりの雑種だったな」

 

ーーー目の前に嘲笑を浮かべた男が現れる。

 

ウダイオスが繰り出した一撃を、その右腕ごと崩壊させた男。自身を王と名乗り、ゴライアスを使役している男。

 

その男が、嘲笑を浮かべ侮蔑を吐き、目の前に現れた。

 

「庭師の仕事も満足に出来ず、その大層な名は飾りか?」

 

その屈辱的な物言いに、何も返すことが出来ない。唇を噛み締めることしかできなかった。

 

何も発せず、唯顔を下に向ける二人に、生かしておく理由もないギルは歪みを生み出すが…、止める。まるで愉快な事を思い付いたとばかりに、その邪悪な笑みを更に濃くする。

 

「なんとも情けない体たらくだ。まぁ、命があるとは幸運だったな」

 

……それは、二人の安否を気にしてかけた言葉ではない。

 

アイズもフィンも、顔を上げる事が出来ない 。

 

「まぁ、雑種にしてはよくやったほうか」

 

……それは、二人へ告げる労りの言葉でもない。

 

この時、その言葉が何処かで聞いたことがあると、二人は察した。

 

「まぁよい、今回は助けて(・・・)やろう。故に…」

 

……助けてくれる、その言葉を聞いて二人は理解した。この状況は…。

 

ーーーあの時、彼が、ベル・クラネルが、自分より格上のミノタウロスの前で倒れ伏す時に、アイズがかけた言葉だ。そして、フィンが見ていた光景だ。

 

此方へ背を向け、戦場へと向かう彼は言葉の続きを告げる。

 

「ーーーそこで惨めに見てるがよい」

 

「「ーーーッ!!」」

 

顔を上げる。その瞳に激情の色を灯し。かつて自分が少年に言った言葉。59階層にて、皆を鼓舞するためにフィンが焚き付けるために言った言葉。…それが返ってきたのだ。

 

なるほど…。

 

これは…。

 

ーーー堪えられないっ!!

 

それは、彼等を再起させるには充分だった。痛む体に鞭を打ち、立ち上がる。そして、腰のポーチから、アイズもレッグホルスターに入れてあった回復薬(ポーション)を取りだし…。

 

ーーー地面へと叩き付けた。

 

あの時、彼が奮起するときにこんなものを飲んでいたか。飲んでなかったろ、と。あの時の光景を思い起こす。彼は気力だけで立ち上がっていた。ならばLv.6の自分に出来ないはずはない。

 

試験管は甲高い音ともに砕け、中に入っていた液体は地面へと染み渡る。

 

しかし二人はそんなことを気にも止めずに、こちらに背を向ける男を呼び止める。

 

「待って…」

 

「待ってくれ…」

 

ピタリと、その足が止まる。しかし振り返ることはない。

 

「なんだ雑種共?生憎時間が惜しいのでな、貴様らごときと戯れている時間なぞないぞ」

 

「アイツは、私に用があるはず。貴方は下がって」

 

「僕もここまで苦渋を舐めさせた相手を、おいそれとは譲れないね」

 

今だ彼は振り向かない。それでも彼へ睨み付けるような視線のままに。

 

「はっ。貴様らごときでは五分と持たぬわ」

 

「そんなに、時間をかけない」

 

「ああ。そうだな…、三分もあれば充分だ」

 

そのフィンの尊大な物言いに、ついに振り向く。顔は今だ邪悪な笑みのままだが、瞳は笑ってはいなかった。

 

「正気か貴様ら?あやつに傷一つ付けれぬ武器(もの)しか持たない貴様らが」

 

その指摘は最もだった。そのかけられた言葉に、愛剣を握りしめるアイズ。彼らの武器では、『不壊属性(デュランダル)』によって壊れはしないが、同時に奴に致命的な傷を与えられない。

 

武器のない状況。あの時のベル・クラネルとは違う今の現状。彼はミノタウロスが振るっていた大剣を得ることによって勝つことが出来た。だが今は?ウダイオスの振るう武器は、自分達では到底扱えない。

 

思わず顔を下げそうになるアイズだったが、フィンが一歩前にでる。

 

「そうだね。僕らの武器では奴に傷を付けられない」

 

肯定するフィンに、下げそうになった顔を上げ、目の前の団長の背中を見る。こちらの心配に気付いたのか、首を回し、大丈夫だよと告げてくる。

 

……フィンには考えが確かにあった。だが、上手くいくかは五分五分。それも賭けるのは自分達の命。

 

「だから君の武器(・・)を貸してほしい」

 

その言葉を聞いた彼は、笑みを消し表情を無くす。その凍てつくほどの殺気に、しかしフィンは怯まない。

 

「随分とたわけたことを申すな、雑種。我が宝物を貴様らごときに貸せと?」

 

「無理を言ってるのは承知だ。しかし、それしか僕らには方法がない」

 

フィンの顔を一筋の雫が伝う。後ろにいるアイズは、もはや事の成り行きを見ることしか出来ない。

 

無表情から、徐々に目尻をつり上げ怒りのそれへと変わっていく。そして、二つの歪みが現れる。…間違いない、あれは自分達に向けられている。

 

このままでは不味いと、声をかけようとしたアイズより先に…。

 

「それとも、王である君の器はその程度(・・・・)かい?」

 

ピクリと、彼の肩が揺れ動く。そして、歪みからはまだ武器は出てこない。

 

「ほう…。雑種の分際で我の器を問うか?」

 

「……僕は『勇者』だ。時には勇気ある発言を王にするものさ」

 

射抜くような鋭い視線に、目を逸らさず見つめ返す。その様子を後ろで見ていたアイズは、ごくっと喉を鳴らす。

 

視線を逸らす事をしない両者の間で、一瞬の静寂が生まれる。

 

『ゴァアアアアアアアアアッ!!』

 

それを切り裂いたのは、今だ戦闘を続けていたゴライアスの悲鳴だった。背から倒れ付したゴライアスを、いつの間にか腕を再生させたウダイオスが睨む。

 

「……いいだろう」

 

ハッとアイズがそちらに視線を奪われていた時、瞑目していた彼が目を開く。

 

そして、歪みから剣と槍を一つずつフィンの眼前へと突き立てる。

 

「本来なら、貴様らごときが触れるなどあり得ぬが、貴様の勇気に免じ、三分だけ我が宝物を貸してやる」

 

その剣は、その刀身を銀色に輝かせ神聖な雰囲気を漂わせていた。

 

片や槍のほうは、黄色(きしょく)の色を放ちつつ禍々しい雰囲気を漂わせていた。

 

だがその武器は一目見ただけで分かる。自分達でさえ見たことがない、最上の品だと。

 

持っていた槍を地面に刺し、王から賜った槍を引き抜く。その武器の装飾に、思わず感嘆の声を上げそうになる。

 

アイズもまた愛剣を鞘に収め、フィンの横へと移動しその剣を引き抜く。柄には煌めかせるような装飾が施されているそれ。しかし、キラリと光るその刀身は、全ての物さえ斬れそうに感じられる。

 

「悠長に見とれている場合ではないぞ、雑種共」

 

彼の言葉に、ハッと意識を覚醒させる。貸した癖に不機嫌そうな表情を浮かべる彼は、何時の間にやら、豪勢な装飾が施された、金の砂時計を持っていた。

 

フィンはその手に持つ槍を二転三転させ、アイズも剣の重さを図るように二回ほど振るう。

 

そして彼の脇を抜け、今だ健在のウダイオスへと視線を向ける。

 

ふと、フィンは思い出したように後ろにいる人物に語りかける。

 

「僕の名前は『勇者(ブレイバー)』、フィン・ディムナだ。雑種じゃない」

 

「……私も、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。いい加減、覚えて」

 

「はん、知ったことか。我に名を覚えて欲しくば、武を持って示すがよい」

 

『王』は壁へと寄りかかり、砂時計を天へと放る。それが合図だったかのように、『剣姫』と『勇者』は戦場へと駆け出す。

 

王から賜った武器を持って、今だ君臨し続けるウダイオスを討伐するために。

 

……王が許した時間、残りーーー三分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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終焉へのカウントダウン

アイズとフィンが駆け出す。目標は散々やってくれたウダイオスにだ。並走をする二人、アイズはまだ魔法を使ってはいない。

 

彼から拝借した剣。それの切れ味を確認するため、魔法で強化をしなかった。痛む体を己が闘争心で凌駕した二人は、Lv.6の身体能力を持ってしてぐんぐんと距離を詰める。

 

『グゥオオオッ!?オオオオオオオオオオオ!!』

 

ゴライアスを押し倒したウダイオスは、そこで接近してくる二人をその怪火(ひとみ)で捉え、雄叫びを上げ逆杭を放ち迎撃する。

 

倒れ伏すゴライアスへ視線を奪われていたウダイオスのその対応は、しかし遅すぎた。

 

放たれた逆杭の隙間を縫うように接近するフィン。片や跳躍し、壁へと飛び上がり空中から襲いかかるアイズ。

 

……まずアイズが驚愕した。

 

空中から襲いかかるアイズを、ウダイオスは武器を持たない右手で叩くように薙ぎ払う、が、空中で一回転。その攻撃を回避し、お返しとばかりにその手首へ剣を振り抜く。

 

……先程まで、どれだけ剣を振るおうが、その堅牢な紅い骨に傷らしい傷さえ付けられなかったアイズの攻撃。しかし…。

 

「えっ?」

 

ーーー斬り落とした(・・・・・・)。それも、恐ろしいほどすんなりと。

 

斬ったアイズでさえ、あまりのことに驚きの声を上げてしまう。付与魔法(エアリアル)さえ使っていない一撃は、その剣の切れのみで敵の手を削ぎ落とした。

 

……次いでフィンが驚愕した。

 

逆杭をすり抜けたフィンは、その懐へと侵入を果たしその巨大なあばら骨へ突きを放つ。

 

空中にいるアイズに、注視していたと思われたていたウダイオスは、しかしその攻撃に感付いていた。

 

その突きを阻まんと逆杭を産み出す。巨大なそれは、まるで王を守らんとする白い盾だ。

 

「えっ?」

 

しかし侮るなかれ骸骨の王よ、今フィンがその手に持つ槍は、かつて彼の王が収集した宝物だ。

 

骸骨の王が産み出した白き巨大な盾。しかし今回は矛盾などなく起きず、いや起こす可能性など皆無だった。

 

……易々と貫通(・・)。そして、その勢いのまま敵の肋骨を一つ穿ち落とす。

 

驚きの声を上げてしまうフィンだったが、いつまでもここに留まってはいい的だ、直ぐ様バックステップで距離を取る。

 

その隣にアイズもまた着地。二人して今の成果を上げた武器をまじまじと見つめる。どうだ、と誇示せんばかりにその先端がキラリと輝く。そして背後にいる、その武器を貸し与えてくれた人物へ振り返る。

 

「ふん。…貴様も何時までも寝てるでない!」

 

その結果に驚愕する二人に、当然だと鼻を鳴らす。そして倒れ伏すゴライアスに活を入れる。

 

ぐぐっ、と体を起こそうとしていたゴライアスは、そこで自身の異常に気付く。傷が回復していたのだ。

 

ウダイオスと違い赤い粒子でなかったが、ぼこぼこと体は音を立て、傷を修復していた。その自身に起こる異常に、目を見開いたゴライアスだったが、直ぐに獰猛な笑みへと変える。まるで、これは素晴らしいと。

 

『オオオオオオオオオオオ!!』

 

咆哮を上げ立ち上がる。完治したと言わんばかりに、両手を広げ、己が体を誇示せんばかりに。

 

『ルゥオオオ…。オオオオッ!?』

 

対してウダイオスもまた、赤い粒子を発生させ体を再生させようとしたが、ここでその異常に気付いた。回復していないのだ、槍で穿かれたあばら骨が。

 

その光景に目を見開く二人。しかしフィンは、直ぐ様その卓越した頭脳を持って察する。そう言うことか、と。

 

笑みが浮かぶ。今や戦士の顔となっているその顔が破顔する。自身の武器の特性を理解したフィンは、くるんと槍を回転させる。

 

ウダイオスへ再度体を振り向かせたアイズは、顔を伏せていた。そして今は鞘に収められた愛剣へ視線を落とす。

 

……ごめんね。

 

内心で謝罪する。他の剣を振るってしまっていることに。

 

……でも。これは凄すぎる。

 

自身の手に持つ剣の切れ味に、月並みな評価しか出来ない。しかし、それ以外に思い浮かばない。

 

顔を上げフッと笑う。その笑みは、これならばいける、と確信したそれだ。

 

『ルゥオッ!?オオオオオオオオオオオ!!』

 

違いこそあれ、笑みを浮かべ自身を見る三つの視線に、一瞬怯みはしたが、階層主の、骸骨の王としてのプライドを持って咆哮を上げ、己を奮い起たし眼前の敵を睨む。

 

「何時までも待たすな貴様ら。さっさと片付けよ」

 

壁に寄りかかり若干不機嫌な表情を浮かべている王は、笑みを浮かべる二人と一匹に声を飛ばす。その声に反応するように、ゴライアスは進軍し、アイズもフィンも武器の性能は確認できた。次は全力だ、と言わんばかりに、アイズは魔法を展開し跳躍、フィンもまた先のスピードより速く敵へと接近する。

 

襲ってくる敵を迎撃するため、逆杭やスパルトイを産み出す骸骨の王。それらを掻い潜る二人が思うことは…。

 

欲しいなぁ…。

 

ーーー邪な考えだった。

 

残り時間ーーー後二分。

 

ーーーーーー

 

そこからの戦闘は、一方的だった。

 

アイズは壁へ地面へ移動し、逆杭を自身に集中させ、隙あらば斬りかかる。ゴライアスは、ウダイオスと腕を組み合わせることによって、黒大剣の一刀を封じていた。

 

そしてフィンが、その槍の突きをもってして、着々とその中枢を守りしあばら骨を消失させていく。もはやウダイオスの劣勢を疑わない光景だが…。

 

ーーーそれは限られた時間だけのことだった。

 

王から許された時間は三分。既に残り時間は一分を切っていた。後ろでは、王が歪みを現していた。あれが誰に射出されるものか、それは…。

 

ーーー残り時間が半分となった時に、「分かっていると思うが、一秒でも過ぎようものなら、貴様らを生かす道理はないぞ」と後ろから煽ってきたのだ。

 

それには、さしものゴライアスも顔に嫌な汗が流れた。何時の間にか貸し出し期間は、自分達の命のカウントダウンとなっていた。

 

苦笑いを浮かべフィンが指示を飛ばす。各々が急所を狙うのを一転、連携行動を取る。…ゴライアスが自分の言葉を理解したのには驚いたが、僥倖でもあった。

 

『階層主』と『剣姫』と『勇者』は、『骸骨の王』を打倒するため、三位一体の行動を取る。

 

動きを封じ、逆杭やスパルトイを捌き、急所を守る盾を減らしていくが、同時に砂時計も減っていく。脳内でそれを図るフィンは、そのギリギリの時間に焦燥を拭えない。

 

しかし、手元を狂わさない。その技量をもってして、核を守る盾の数を減らしていく。そして三十秒を切ろうとした時…。

 

『ルゥオオオオオオオオオオオッ!!?』

 

ーーー最後の盾一枚を突き消す。そして、同時にフィンはアイズに目配せを送る。その意味を理解したアイズが頷くのを見てフィンは詠唱を始める。

 

「『魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て』」

 

超短文詠唱を行うフィン。右手に鮮血の色に染まる魔力光が集う。瞑目し、紅の指先ーーー鋭い黄槍の穂先を己の額に押し当てた直後、魔力光が体内に浸入した。

 

「『ヘル・フィガネス』」

 

次の瞬間、見開かれた美しい碧眼が、凄烈な紅色に染まった。

 

「ーーーうぉおおおおおおおおおッ!!」

 

常に冷静沈着であった小人族(パルゥム)の勇者は、凶戦士のごとき凄まじい雄叫びを放つ。

 

ウダイオスは、その怪火で敵の異様な雰囲気を捉える。同時に本能が危険だと警鐘を鳴らす。

 

後方に下がり、投擲の構えを取る相手に、しかしウダイオスの行動も迅速だった。

 

直ぐ様頭突きを持ってしてゴライアスを怯まし、左手に持っていた黒大剣を核である魔石の前に突き立てる。敵の攻撃を阻むため、剣を盾へと変えたのだ。

 

しかしフィンの狙いはそこではない。

 

「ああああああああああああッッッ!!」

 

渾身の投擲。狙いはウダイオスの顔面だったのだ。

 

ギギッと剥き出しの歯を食い縛った『勇者』の一撃は、ウダイオスの巨大な顔を半壊させた。

 

衝撃で後方へと仰け反る巨大な上半身。しかし、悲鳴はあげられない。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

怯んだ体勢を瞬時に立て直したゴライアスは、突き立てられた黒大剣を引き抜き、同時に薙ぎ払う。

 

雄叫びを上げ、振り抜いた『主』の一撃。直前に滑り込ませた右手さえ斬り払い、その首の骨と口を消失させる。

 

胴体と別れを告げた右目が空中へと投げられる。しかし、未だその身は健在だ。

 

空中へと投げ出されたその怪火が見たのは…。

 

「『吹き荒れろ(テンペスト)』」

 

ーーー暴風を纏う金髪の『剣姫』だった。

 

地面に足をつけ、最大出力の暴風を銀の輝きを放つ聖剣に付与する。そして、膝を曲げ構えていた。

 

『ーーーーーーーーーー』

 

最早声など上げられない、ウダイオスはその怪火を驚愕と、恐怖で揺らすしか出来ない。だが…。

 

『ーーーーーーーーーー』

 

ーーーまだ体は動く。残った左腕を振るい、眼前の脅威へと薙ぎ払いを敢行。未だに動く骸骨の王に、凶戦士とかした勇者も、黒大剣を持つ階層主も、暴風を身に纏う剣姫も驚愕した。故に三者は対応が出来なかった。

 

その必中の一撃に、口が健在ならば笑みを浮かべていただろうウダイオスは。しかしそれを…。

 

「……おっと、雑種。貴様の見るに耐えん無様な足掻きに、つい手が出てしまった。これだから雑種は困る」

 

ーーー『王』が許さなかった。断罪の一撃が射出され、その右腕を粉砕する。薄笑いを浮かべるその男の姿に、ウダイオスの怪火が驚愕に揺れる。

 

ゴライアスとフィンが男の行動に視線を移すが、アイズは視線を動かさない。

 

……また、借りをつくちゃった。

 

内心でその事に礼と、そして作ってしまった借りの大きさに少し億劫になるが。今は目の前の敵が優先だ。

 

ならば、とウダイオスは最後の行動にでた。最早プライドを打ち捨て、上半身を倒れ伏さす。ウダイオスの巨大な骨の中でも、一際でかい背骨で防ごうとしたのだ。

 

それは顔と手が健在ならば、平伏す体勢だった。しかしウダイオスは屈辱を感じながらも、命のためにと選択したのだ。

 

「……一介の主を名乗りながら、散り際も潔くできぬのか…。終いだ下僕、疾く穴を掘れ」

 

『王』は身を翻し憐れな者へ背を向け、後少しで落ちきる砂時計と歪みを消す。本来のここの『主』は、その縄張りを荒らした者の惨めな行動に笑みを浮かべ、王に付き従うように、その背を追う。『勇者』はこの闘いの行く末が分かり、大きく息を吐く。そして『剣姫』は…。

 

「リル・ラファーガ!!」

 

ーーー闘いの終わりを告げる。

 

暴風を纏った聖剣は、閃光となってウダイオスの背骨を貫通し、そして…。

 

『ーーーーーーーーーー』

 

魔石が二つに割られる。断末魔すら上げることさえ出来ず、ウダイオスは灰へと変わっていく。

 

最後の最後に醜態を晒した骸骨の王は、こうして17階層から消えた。

 

ーーーーーー

 

ゴライアスが雄叫びを上げながら、18階層に続く洞窟を掘り進める。その手にはウダイオスから奪いし黒大剣を持って。

 

ウダイオスが残したのは、今は二つに割られた魔石。そして今はゴライアスが持つ黒大剣だけだった。

 

ギルは掘り進めるゴライアスの背を呑気に見ていた。そこへ…。

 

「ーーーやあ。君のお陰で勝てたよ、ありがとう」

 

「うん、ありがとう…」

 

笑顔を浮かべ、戦闘後回収した槍を掲げるフィン。片やその背に両手を隠すアイズ。

 

「ふん、貴様らの礼なぞいらん。仕事を終えたのなら、我が宝物を置いて疾く戻るがよい」

 

背後からかけられた声に、身を翻し労いの言葉すらなくいい放つ。

 

そんなギルの態度に、分かっていたのか呆れた笑みしか出ない二人。

 

「それでなんだけど…」

 

「ごめんなさい、無くしました」

 

「ならば、その手に持つのはなんだ雑種…!」

 

歯切れを悪くするフィンを遮って、さらっと嘘を付くアイズ。後ろに隠し持っているのが分かっていたギルは、顔を怒りで染める。看破されたことに、ガーンと落ち込む。

 

「……なんで、わかるの」

 

「アイズ、馬鹿な真似はよしてくれ…。ここは大人な取引と行こうじゃないか、金はいくらでも出すよ?」

 

「……なるほど!ごめんなさい、ローンって組めますか?」

 

「随分とふざけたことを言うな、雑種共!貴様らなんぞにくれてやるかっ!」

 

顔に青筋を浮かべ、馬鹿なことを言う二人に怒り心頭し、ついには歪みを現す。さしもの二人も、それを見せられては諦めざる負えない。渋々とその手に持つ武器を地面に突き刺す。

 

「……ふん、一応仕事を果たしたのだ。褒美はやろう」

 

褒美、と言う単語に顔を上げ輝かす二人。それは正に年相応のそれだ。…一人は違うが。

 

「そこで働く下僕の名を付けることを許す。好きな名をつけるがよい」

 

そして瞬時に肩を落とす。もしかしたら貰えるかもと思っていただけにダメージはでかかった。

 

まぁでも、階層主(ゴライアス)に名前を付けられるのも凄いか、とがっくりしながらも首を捻り考え込むフィン。しかしアイズは即答で答えた。

 

「ジャガ丸君抹茶クリーム味!」

 

「なんだその名は…。おふざけにも程があるぞ」

 

好きな、と思考したアイズが、出した答えは自身の好きな食べ物の名だった。隣にいるフィンも、その発言には苦笑いを浮かべるほかない。

 

「まぁよい。好きな名を付けよと言ったのは我だ。しかし長い、ジャガ丸でよかろう」

 

決められた名前。そして後ろを振り返り、ゴライアスに「下僕、今日から貴様はジャガ丸だ」と宣告を下す。

 

その付けられた名前に異を唱えようとするが、王の一睨みを持って首を高速で縦に振る。

 

……こうして17階層の階層主は、『ジャガ丸』と名付けられた。

 

ーーーーーー

 

「ーーーベルッ、逃げなさい!!」

 

平静をかなぐり捨てたリューの叫び声虚しく、黒いゴライアスから咆哮(ハウル)が放たれる。未だ完璧に直っていない砲口ーーー口腔が弾けとび衝撃波を飛ばす。

 

英雄願望(アルゴノゥト)』の反動により回避行動が遅れ、傷付き、吹き飛ばされ宙に舞うベルの体。そこへゴライアスの腕による、薙ぎ払いが迫る。

 

回避不能の自身を殺しせしめる一撃。ベルの時が凍った時…。彼は現れた。

 

盾を持つ偉丈夫の体。臨時パーティーの桜花だ。しかし黒い薙ぎ払いは、間に滑り込んだ盾をひしゃげさせ、その体を衝撃が貫通し、二人を殴り飛ばす。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

散る血飛沫、剥がれ落ちる眷族(ファミリア)のエンブレム。黒い巨人の雄叫びにうちすえられながら、二人の体は宙を舞った。

 

その光景に他の冒険者達は、次は己もああなるのかと戦慄し、女神は少年の名を呆然と呟き。小人族(パルゥム)の少女は悲痛な声を上げ、呪われた魔剣鍛冶師は背後に広がる森へと駆け込む。

 

誰もが絶望する戦場に…。

 

「お、おい、洞窟が開いたぞ!?全員逃げるぞ!」

 

「ま、待ちなさい、ボールス!」

 

ーーー17階層に続く洞窟が、音を立て塞がれた岩を弾き

開通したのだ。

 

岩を飛ばした衝撃からか、莫大な粉塵を巻き上げる洞窟の入り口。誰かが岩を弾き飛ばしたそれへと、我先にと声を上げ数多の冒険者が動き出す。

 

突然の異常事態(イレギュラー)に、制止の声をかけるアスフィだが、煙が晴れたそこに立つモノ(・・)に、呆然としてしまう。

 

洞窟に走り向かう冒険者もそこに立つモノが分かり、同時に戦慄した。

 

『ーーーオオオオオオオオオオオッ!!』

 

雄叫びを上げる二匹目(・・・)のゴライアス、その手には黒大剣を持っていた。

 

砂塵が舞う中咆哮を上げるそれを見て、最早呆然と立ち尽くすことしか出来ない。その自分達が置かれた絶望的な現状に。

 

 

 

 



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授かりし黄金の剣


感想、ありがとうございます。


17階層にて、ギルとジャガ丸を見送った二人。未だ傷む体だが、回復薬(ポーション)は自分達で割ってしまったため、暫しの休息を取ってから地上へと戻っていった。

 

戦闘時間事態は短かったが、予想外の出来事が起こったため時間を取られたことには変わりはない。束の間の休息をとった後、Lv.6の身体能力(ステイタス)を持って走り出す。ウダイオスが残した魔石を持って。

 

最初、ギルに今回の戦闘で得た魔石を渡そうとしたが…。

 

「ーーーそんな石ころなどいらん!」

 

一蹴され、どうしようかと悩んだ二人は、取り合えず自分達が持ち帰って、後でベルに渡そうと結論付けた。

 

その体と同じ大きさの魔石。しかしながら、そのステイタスで強化された力は、その重さを感じさせなかった。

 

両手が塞がってしまったが、元より上層の敵など歯牙にもかけない二人には、特に問題はなかった。

 

現れるモンスターの攻撃をかわし、その間をすり抜け地上へと向かう。

 

「……帰ったら報告することが、また一つ増えたね」

 

「……うん」

 

……アイズは最早何度助けられたか分からない、彼の背中を考えていた。自分達とは違う力を持ち、自分とは隔絶した高みにいる彼。

 

……その彼に、アイズは憧憬(・・)に近い想いを抱き始めていた。

 

ーーーーーー

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

17階層の洞窟の前に佇んでいたゴライアスは、持っていた黒大剣を地面に突き刺し、雄叫びを上げながら18階層の中央の、戦場へとその巨体で走り向かってくる。

 

その様子を見て、戦場にいる冒険者も、アスフィとリューでさえ絶望してしまう。

 

……最早これまでか。

 

全員が諦めたその時、黒いゴライアスは異常な行動をとる。

 

『ゴァアアアアアアアアアッ!!』

 

向かってくるゴライアスに咆哮を上げる。そして右腕を後ろに振りかぶる。その光景に、リューをはじめとした冒険者達は、何をと訝しむ。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

そしてゴライアスもまた、黒いゴライアス(・・・・・・・)に向けて右腕を振りかぶる。そして…。

 

『ーーーーーーーーーー』

 

轟音が戦場に鳴り響く。お互いに腕を振りかぶった階層主達は、その仲間であるはずのお互いに攻撃したのだ。

 

交錯する二つの巨人の腕。必殺の一撃とおぼしきそれを、同じ一撃を持って迎撃した。腕を交錯させ、お互いの力で敵を倒そうとする。

 

しかし両者の力は拮抗していた。黒いゴライアスは、言わずもがな通常のそれとは異なり、そして目の前にいるゴライアスもまた、通常のそれとは同じではなかった。

 

灰褐色の皮膚の上に血管が浮き出ていた。一目見て異常な体、だがそれ故にその力は増していた。

 

目の前にいるのは同族のはずなのに、お互いは仇敵を見るような目で睨み付けていた。

 

余波の風の勢いだけで、何人かの冒険者は後方に飛ばされる。しかし未だ冒険者達は、その目の前で行われる大型モンスター同士の闘いを、呆然と見ることしかできなかった。

 

ーーーーーー

 

「一体なんだって言うんだっ!?」

 

戦場を一望できる丘にて、仰向けに寝かせたベルを必死で呼び掛けていたヘスティアは、突如現れた二匹目のゴライアスの行動に叫び声をあげる。

 

今は仲間割れをしている二頭のゴライアス。しかし、いつその脅威が自分達に向けられるか分からない。

 

「ーーーベル様っ!」

 

今だ目覚めないベル。そこへ、あのゴライアスが持っていた物と同じ黒大剣を持つリリが、息も切れ切れに駆け寄ってきた。そして傷付くベルのその姿を見て息を飲む。

 

血だらけの体となった桜花の治療をしていた命と千草が、その声に振り返り、同時に危険を察知した。

 

……囲まれていた。

 

先程までは冒険者の者達が、周りのモンスターを倒していたが、二頭目のゴライアスの出現によって驚愕で動けないため、ここまでの接近を許してしまったのだ。

 

治療していた命がいち速く行動する。いやこの場において、モンスターと対峙できるのは彼女しかいなかった。

 

迫りくる小型のモンスターを迎撃するが、この場においてそのモンスターだけではなかった。

 

「ミノタウロスまで…っ!」

 

敵との戦闘を行う命は、そのモンスターに続くように、こちらに向かってくるミノタウロスの群れを見て戦慄する。

 

命一人では捌ききれない程の数。最早これまでか、と絶望する。

 

「まずいっ!誰かいないのかい!?」

 

ヘスティアが襲いかかるモンスター見て、周囲に呼び掛ける。しかし他の冒険者は呆然と立ち尽くし、気付いていない。

 

「王様、何処にいるのですかーーー!!」

 

リリの悲痛な悲鳴が木霊する。ここにはいない、今は行方不明となっている人物を。

 

ミノタウロスが命に、その手に持つ迷宮の武器庫(ランドフォーム)の斧でもって、命を吹き飛ばし。後方のベル達に殺到する。リリが、ヘスティアが絶望するその時…。

 

「ーーーまったく、そう叫ばなくとも聞こえておるぞ。して雑種共、我のモノに手を出したその罪、その身で払うがよい」

 

リリが待ち望んでいた人物が、今までいなかった王が…。

 

ーーー剣の雨と共に帰還した。

 

ーーーーーー

 

「まったく…。我がしばし留守の間に、随分と様変わりしたものだ」

 

向かってくるモンスターの反対側、リリ達の後方から悠然と歩んでくる。

 

襲ってきたモンスター達は、降り注いだ剣の一撃をもって灰へと帰っていた。目の前で対峙していたモンスターが、その後ろにいたモンスター達が、全て降り注いだ剣によって消えたことに、命は目を見開き。

 

その声の人物をよく知っているリリも、ヘスティアも勢いよく振り返った。だがヘスティアは同時に驚愕する。あり得ないと。

 

……どういうことだいっ!?彼には恩恵を授けてないはずだ!

 

この世の冒険者としての力、恩恵。それが無ければ魔法も、スキルも使えない。この世の絶対的なルール。

 

「お、王様君ッ!い、今のは一体…」

 

「王様ッ!一体今まで何処へ行っていたのですか!」

 

問いただそうとしたヘスティアだったが、リリの声によってかきけされてしまう。振り返る命達でさえ、知らなかった彼の力。

 

「何、些事で出向いたつもりだったのだが、思ったより時間がかかってしまってな」

 

突如現れたギルは、周囲の視線が集まっている事など気にせず、側に寄ってきたリリに視線を向ける。

 

眼下では、今だ大型モンスターが闘いあう中。今だ戦場を絶望が支配する中。それを、気にする素振りすら見せなかった。

 

近寄ってきたリリの頭をポンポンと撫でた後、今だ瞠目するヘスティアの側へと歩みを進める。いや、その側で横たわるベルへと。

 

ーーーーーー

 

『貴様に英雄の名は重たいか?』

 

闇の狭間を漂うベルの意識に、誰よりも尊敬し、憧れた人物の声が響き渡る。

 

その声を、その響きを、ベルは知っている。ーーー否、誰よりも聞いている。

 

『大方貴様のことだ、また中途半端な行いをしたのだろう』

 

今までこの戦場に居なかった人物は、断定するように言葉を告げる。

 

……持ち得る全ての力を振り絞って出した一撃。しかし、その人物はそれを否定する。

 

混濁する意識の中にいても、それは否定したかった…。自分はよくやったはずだと。

 

『たわけが、今だ発展途上の貴様が、そんな結果で満足するな』

 

だがその人物は許さない。発展途上、それが意味することは、ここが限界ではない。

 

……いやそんなことはない、あれは自分の力を限界まで高めた一撃だったはずだ。

 

『忘れたか?貴様の力は、王たる我が認めているのだぞ』

 

……っ!!

 

『折れてもよい、認めてやる。挫けてもよい、よかろう許してやる。泣いてもよい、貴様も所詮人の身だ。しかし敗北は許さん。それが我が臣下(・・)としての権利と義務だ』

……なんだ、認めてくれてたんだ。なら…。

 

『願いを貫き通せ、その想いを叫んでみせよ』

 

……笑みを浮かべる、目の前の人物の顔が思い出される。否、目に写る。

 

『さぁ、立ち上がれベルよ!貴様の英雄(・・)としての真価、この我が見定めてやる!』

 

「ーーーッッッ!!」

 

覚醒する。

 

「ベル、くん…」

 

立ち上がった僕に、神様は呆然と声を落とす。

 

傷付いた僕の目の前にいたのは、やっぱり英雄王(おうさま)だった。

 

僕を見つめていた王様は、立ち上がった僕を見て満足気にフッと笑う。

 

……起きろ、戦え、もう一度剣を執れ。この(ひと)の臣下に相応しく。何より、この人の期待に応えるために。

 

何よりも、大切な仲間達を救うために。限界まで、いや限界を超えて、己を賭けよう。

 

「ベル様ぁ!」

 

彼方から駆け付けてきたリリが、その小さな体を一杯に使って、その身に持つ黒大剣を渡そうとするが、それを王様が手で制す。

 

一体何を、と瞠目するリリに向き直る事なく、王は立ち上がった臣下に、いや英雄に相応しい武器を、己が宝物庫から取り出す。

 

目の前に現れた歪みに、丘にいる皆が瞠目する中、その柄を引き抜く。そしてその引き抜いた剣の柄を僕に差し出す。

 

「本来なら、武功を立てた功績にくれてやる予定だったが、あのような不出来な玩具では貴様の真価は計れん。故に、先払いで授けてやる」

 

この王が武器を授ける。それがどういう意味を持つのか、この場にいる誰もが知らない。それは『剣姫』が、『勇者』ですら許されなかったこと。

 

リリが持っていた黒大剣を玩具と下す。誰もがその剣の禍々しさに息を飲むが、王が差し出した黄金の剣の前では、それさえ霞んで見えるほどだった。

 

禍々しさを放つ黒大剣に対して、その黄金の剣は同等の、いやそれ以上の聖なる雰囲気を醸し出していた。

 

丘にいる皆が見守る中…。

 

……憧憬を燃やせ。願望を吠えろ。

 

もとより僕に他者に勝る唯一があるとすれば、それは、愚かで、幼く、かけがえのないーーーその一途な想いしかないのだから。

 

「っっ!」

 

蓄力(チャージ)を開始する。伴って、神によって刻まれし背の刻印が灼熱の色に燃え上がった。

 

ーーー限界解除(リミット・オフ)

 

神の恩恵(ファルナ)』をも超克する思いの丈が、境界を突破し、スキルの力を一時的に昇華させる。

 

白光を収束させる蓄力の出力が跳ね上がった。

 

リン、リン、という(チャイム)の音が、ゴォン、ゴォォン、という大鐘楼(グランドベル)の音に成り変わる。そして…。

 

ーーー手に持つ黄金の剣から、戦場を照らす極光が立ち上る。

 

ーーーーーー

 

その音に、その光に気付いたのは、リューとアスフィ、そしてモルドだった。

 

後方の丘に振り返り、それを放つ人物を瞳で捉え、同時に確信する。

 

……この場を終わらせる事が出来るのは、アレしかないと。

 

しかし周囲の冒険者達は違う。今だ眼前で猛威を奮い続ける二頭の階層主に怯え、逃げ惑っている。

 

「逃げるな、てめえらあぁ!!」

 

そんな仲間達を押し止めようとするモルド。しかし、冒険者達は目の前の恐怖に錯乱し、聞こえていない。

 

「勝負にでます…!」

 

「分かりました!」

 

ならばと、後ろで怯える冒険者達を目覚めさすために、そして、その後方で蓄力しているベルの時間を稼ぐために、最前線に立っていた二人は、意を決す。

 

『『オオオオオオオオオッ!?』』

 

二頭のゴライアスが殴りあい、そしてお互いに雄叫びを上げ後方へ尻を付く。勝負に出るには今しかなかった。

 

「行きます、合わせて下さい!」

 

「言われなくともっ!」

 

疾駆する。狙いは目の前にいる灰褐色のゴライアスだ。こちらに背を向けている方に、当たりを付けていた二人は、攻撃を仕掛ける。

 

アスフィは持っていた爆炸薬(バースト・オイル)を全て投擲し、その顔へと叩き込む。そして、爆煙が覆う顔へと、リューがその木刀の、全力の一撃を叩き込む…。

 

『オオオオオオオオオッ!!』

 

「ぐっ!?」

 

疾風(リオン)ッ!?」

 

直前で気付いたゴライアスに、掴まれる。爆煙が視界を遮っていながら、本能で迫りくる脅威を防いだのだ。

 

掴まれたリューに、悲鳴染みた声で呼び掛ける。が、右目を失ったゴライアスはその掴んだ力を緩めない。いや、その失った右目さえ、ぼこぼこと音をたて回復していた。

 

せっかく今の爆音で、視線こそ集められたものの、これでは意味がない。内心で、これまでか、と諦めた時…。

 

「ーーージャガ丸ッ!!」

 

ーーー王の怒声が木霊する。

 

掴まれているリューが、それを目の前で見ていたアスフィが、そして戦場にいる全ての冒険者が、その声の主へと視線を向ける。

 

怒声の主はその双眸を吊り上げ、リューを掴んでいるゴライアスを睨んでいた。

 

丘で蓄力していたベルでさえ、そして周りにいたヘスティア達も、その人物の怒声に目を見開く。

 

……一体何を、と皆が共通の疑問を上げるなか。

 

「貴様、下僕の分際で我の命に背くのかッ!!」

 

下僕、つまりは彼の手下のような者だろう。しかし、この場においてそんな名前の者はいない。誰もがそう思う、いや、そんな人物いないだろう、と。

 

しかし、一人だけ違った。否、一頭だけ、その人物の声に反応していた。

 

『ゴァァッ!?ゴァァァッ!!』

 

リューを掴んでいるゴライアスが、高速で首を横に振る。…まるで王の発言に応えるように。

 

……まさか。ここにいる誰もが、側にいた(ヘスティア)さえ、そう思う中。

 

「ならば、その手に掴んでいる、リューはどういうことだ!!」

 

皆の視線がその人物から、リューを掴んでいるゴライアスへと移る。

 

……いやいや、あり得ない。と誰もが信じられない中。

 

『ゴァッ!?ゴァァッ!?ゴァァ…』

 

反対側の空いてる手で、さも、違いますと手を振るゴライアスがいた。

 

そして、その手に持つリューをゆっくりと地面に下ろす。

 

……ない。いやいや、ない。下ろされたリューでさえそう思う。

 

皆が言葉を失い、戦場に似つかわしく空気が流れる中。その人物に、とことこ、とリリが近寄ってくる。…確認するためだ。

 

「あの、王様…?もしかしてですけど、あのゴライアスって…」

 

「ん?何を訝しがっておる、それにあやつの名はジャガ丸だ。…んん?もしや、言ってなかったか?あれは先程、我の下僕として飼い始めたのだ」

 

あっけらかんと告げる。問いかけたリリが、逆に硬直する。戦場の中で告げられた驚愕の事実に、全員が同じように固まる。

 

しかし戦場は動き続ける。背から倒れていた、黒いゴライアスがその身を起き上がらせる。

 

「ジャガ丸!貴様は、そこの雑種を足止めしていろ!止めはベルがさす!!」

 

王の命が下る。全員が首をギギッと動かすと…。

 

『オオオオオオオオオッ!!』

 

ーーービシッと敬礼するゴライアスがいた。

 

それは見事な敬礼だった。モンスターが敬礼をする。しかも階層主が、だ。

 

そして王の命を遂行するため、起き上がってきた黒いゴライアスへ、再び襲いかかる。

 

「ありえない、ありえない…」

 

「落ち着きなさい、アスフィッ!私も同じ気持ちです…!」

 

信じられない事実に、壊れたように首を横に振るアスフィ。肩を揺するリューでさえ、遠い目をしている。

 

「見たか…。あれが、テイムだ…」

 

「桜花、傷が開いちゃうよ!?」

 

「違います、あれは違います…」

 

気を失っている桜花のうわ言を、命が否定する。リリは口を開いたまま固まって、ヘスティアはギルを指差し「知ってるかい。僕、恩恵与えてないんだぜ…」とまるで他人事のように小さく呟く。蓄力中のベルも、隣にいるギルに、口をパクパクさせている。

 

17階層、階層主ゴライアス。今は名を改めジャガ丸。その頼もしい、いや頼もしすぎる援軍。

 

「何をヘンテコな顔をしておるベル。言っておくが、アレは貴様が倒すのだぞ」

 

「っ!」

 

視線に気付いたギルは、横にいるベルにそう告げる。思わぬ出来事に忘れていたが、アレを倒すのは僕だ。

 

緩めていた表情を引き締め、眼下にいる黒いゴライアスを深紅(ルべライト)の両眼で見据えた。

 

 

 

 

 

 

 



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ベルの真価



感想、ありがとうございます。




戦場を支配していた絶望は激変した。たった一人の男と、その下僕によって。

 

『オオオオオオオオオッ!!』

 

下僕であるモンスターが咆哮を上げ、黒いゴライアスに組み付く。その進撃を封じるために。

 

通常のモンスターなら、できるはずのない行為。しかし、彼の王が従えしモンスターもまた、普通ではない。

 

階層主、ゴライアス。名はジャガ丸、冒険者達の常識を越えるモンスターのテイム。

 

『オオオオオオオオオッ!!』

 

そこを通せと、目の前にいるジャガ丸に殴りかかるが、通さない。王の命令を守るジャガ丸は、その身を持ってして、防ぎきる。

 

黒いゴライアスの視線の先には、極光を上げ、大鐘楼(グランドベル)の音を鳴らす脅威(ベル)が映っていた。

 

その脅威に気付いた黒いゴライアスは、行く手を阻まれている己の代わりに、咆哮を上げ、モンスターの全軍を集結させ、進軍させる。

 

組み付いていることによって、動けないジャガ丸。数多の冒険者達が、呆然と立ち尽くしている時。

 

「雑種共ッ!」

 

王の号令が戦場に木霊する。響く声に、皆が視線をそちらに向ければ、戦場を見下ろし、腕を組むギルがいた。

 

「有象無象を間引いておけ。それくらい貴様らにも出来よう。…まぁ、出来ぬと言うのなら、ジャガ丸の餌にするだけだかな」

 

王の号令が、戦場で立ち尽くしていた冒険者達に浸透する。そしてその形相を見て、誰もが直感した。

 

……嘘ではないと。

 

「ーーーいけえええええっ、てめえらあああああ!?突っ込め、突っ込めええええええ!!」

 

モルドの咆哮とともに、全冒険者が突貫する。黒いゴライアスが呼び出した、モンスター達を近づけさせまいと、斬りかかる。胸に抱く思いは皆が一緒。

 

……あの方に逆らってはいけない。

 

ーーーーーー

 

ジャガ丸の背。丁度その位置で立っていた、アスフィとリューもまた、時同じくして再起した。

 

突っ込みを入れたい気持ちを落ち着かせ、気を持ち直す。心強い援軍が来ようとも、まだ敵は生きている。

 

「……何時までも突っ立てる訳にはいきませんね」

 

パシッと、その両頬を叩いたリューは、ジャガ丸の背に隠れ、詠唱を始める。

 

「『今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々』」

 

今まで最前線で戦っていたために、使われることがなかった魔法。しかし己が代わりに、足止めをしてくれる者がいる。

 

周りから襲ってくるモンスター達を、アスフィがその手に持つ短剣で迎撃する。そして同時に戦慄する。その膨大な魔力に。

 

「『愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を』」

 

彼女の二つ名、疾風。彼女はそれに恥じない戦闘をしていた。故にアスフィは思っていたのだ、彼女の戦闘スタイルは、前衛のそれだと。

 

だが違った。彼女の種族は魔法種族(エルフ)。故にその名の通り、彼女は膨大な魔力を集め、強大な一撃を

放とうとする。

 

そして…。

 

「『ーーー掛けまくも畏き』」

 

もう一人の少女もまた、何も出来ないのは嫌だ、と一冒険者として闘志を掻き立てられ、詠唱を始めていた。

 

「『いかなるものも打ち破る我が武神よ、尊き天よりの導きよ。卑小のこの身に巍然たる御身の神力を』」

 

命、そしてリューの詠唱が進められていく最中。

 

「ーーーすまん、探すのに手間取った。…って、ゴライアスが二匹ッ!?」

 

「クロッゾさん!?」

 

森の奥から、ヴェルフがその右手に一本の長剣を持って現れた。

 

詠唱中のリューは反応が出来ないため、アスフィが現れたヴェルフに振り返る。

 

「今は詳しい説明は出来ません!ですが一つだけ、目の前で抑えてるジャガ丸は味方ですッ!!」

 

「ジャガ丸ッ!?」

 

最早説明になってない説明に、ヴェルフは頭が混乱する。しかし、目の前の光景を見る限り、どうやらジャガ丸と呼ばれるゴライアスは味方らしい。

 

『オオオオオオオオオッ!?』

 

その時、拮抗が破られる。黒いゴライアスが放ちし咆哮(ハウル)。それがジャガ丸の顔に被弾。その巨体が後ろに仰け反る。

 

「『ーーー来たれ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何者よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て』!」

 

しかしその瞬間、リューは間髪入れず詠唱を終わらせた。咆哮の直後で硬直する相手へ飛躍する。

 

「『ルミノス・ウィンド』!!」

 

緑風を纏った無数の大光玉。リューの周囲から生まれし星屑の魔法は、ゴライアスの黒い体皮を破り、閃光が連鎖する。

 

高火力、高威力の魔法は、敵を後退させていく。その直後…。

 

『アアアアアーーーーーッッ!!』

 

光玉を今もなお被弾しながら、リューへと突進する。巻き上がる膨大な赤い粒子で、損傷と治癒を繰り返し、突き進む。

 

魔法の行使中で身動きがとれないリューは、敵の行動に目を見開く。

 

「『天より降り、地を統べよーーー神武闘征』!!」

 

巨人の伸ばされた手が、リューを弾き飛ばそうとした、その時。命が、魔法を完成させた。

 

「『フツノミタマ』!!」

 

ゴライアスの直上、一振りの光剣が出現し、直下する。同時に、地に発生する魔法円(マジックサークル)にも似た複数の同心円。

 

その剣は巨人の体をすり抜け、円中心に突き刺さり、重力の檻を発生させた。

 

『ーーーーーーーーーッッ!?』

 

巨大なドーム状の力場。リューと倒れ伏すジャガ丸の鼻先に展開された特殊空間は、黒いゴライアスを閉じ込め、その伸ばした腕を、膝を地に叩き落とす。

 

命の切り札に、リュー達の目が驚愕に染まる。

 

「ぐ、ぅぅぅぅぅぅ…ッ!?」

 

突き出した右腕を左手で掴む命の顔が苦渋に染まる。

 

一度は地面に縫い付けられたゴライアスが、ぐぐぐぐ、とゆっくりと身を持ち上げていく。

 

上からの強大な重力を押しのけ立ち上がる巨人。命も押さえつけようとするが、モンスターの怪力を止められない。

 

「おいっ、本当にこっちのは味方なんだよな!?」

 

「そうだと言ったでしょう!」

 

目の前で行われた二つの強大な魔法。その光景を見ていたヴェルフは、隣で見ていたアスフィに問い掛ける。

 

再度聞いてきた問いに、アスフィは声を張り上げ振り返る。

 

「わかった。ならすまんが、こいつに退くように言ってくれ!」

 

「何をっ!?」

 

今、ヴェルフ達の目の前にはジャガ丸がいる。よって、ヴェルフはその手に持つ剣を使えないでいた。長剣とおぼしき白布、魔剣をだ。

 

疑問の声を上げたアスフィだったが、その手に持つ、布で隠された剣を見て、そして彼の家名を思い出した。そして全てを察した。

 

「そういうことですか…。衆目の前で使いたくなかったのですが…っ!」

 

命の魔法ももう持たない。重力の檻は、至る各所でひび割れていた。仕方ない、とアスフィは腹を固め、そっと履いている(サンダル)を手で撫でた。

 

「ーーー『タラリア』」

 

靴に巻き付くように備わっていた金の翼の装飾が、解ける。瞬く間に二翼一対、計四枚の翼が広がる。

 

目の前の光景に目を見開くヴェルフ。しかし同時に理解した。こくり、と頷くヴェルフをアスフィは抱え、飛翔した。

 

「破られます…っ!?」

 

重力魔法を発動していた命の宣告違わず、黒いゴライアスは、結界の壁に両手を突き入れ、強引にこじ開ける。

 

けたたましい咆哮を上げ、目の前にいるリューを、そして起き上がろうとしていたジャガ丸に両手を振り絞る。

 

「お前等ぁ!死にたくなかったらどけぇええええ!!」

 

そのジャガ丸の背から、空を駆けるアスフィが現れる。そして抱えていたヴェルフを離す。

 

空中に躍り出たヴェルフの、手に持つ武器の白布が解れる。そしてその剣の姿があらわになる。

 

飾り気が一切ない柄と剣身だけの長剣。その剣身はまるで炎を凝縮したかのように猛々しく、そして美しかった。

 

そして黒いゴライアスより速く、振りかぶっていたヴェルフは、その一撃を放つ。たった一撃しか撃てないそれを、たった一撃のために名付けられた魔剣の真名を、ヴェルフは叫んだ。

 

「火月ぃいいいいいい!!」

 

その瞬間、誰もが目を炎の色に焼かれた。

 

放たれる真紅の轟炎。大上段から振り下ろされた剣身から、巨大な炎流が迸り、一直線に黒い巨人を呑み込む。

 

『ーーーーーーアァァァァ!?』

 

業火の谷に突き落とされたがごとく、黒いゴライアスの体が燃え盛る。

 

自己再生など、もはや追いついていない。長い戦闘の中で、初の致命傷がその体に烙印された。

 

アスフィがリューが、目の前の業火に戦慄する。『海を焼き払った』とまで言われる伝説の魔剣の威力に。

 

しかし…。

 

『ーーーーーー!』

 

炎に焼かれていた黒いゴライアスは、その腕を魔剣を振り下ろした、いや、今は砕け散った魔剣の欠片を持つヴェルフへと伸ばす。

 

燃え盛る炎に焼かれようとも、敵は生きていた。貴様は許さないと、ばかりに、炎を生み出したヴェルフを掴みかかろうとする。その時、ベルの蓄力が終わった。

 

「ーーー邪魔だ雑種共ッ!ジャガ丸、貴様もさがっていろ!」

 

王の号令が戦場に木霊する。切り出した木の枝の上から、戦場を見下ろしていたギルの命令。誰一人逆らうことなく、ベルの道を開く。

 

目の前の光景に意識を奪われていたジャガ丸は、ハッと意識を覚醒させ、近くにいたリューとアスフィ、そして宙にいたヴェルフを掴むと、後方へと跳躍する。

 

「マジかよ…」

 

自身の窮地を救ってくれた相手だが、その事実に呆然と声を落とす。

 

「いけえええええっ、ベルくんーーーーーッ!!」

 

ヘスティアの号令とともに地を蹴りつけ、皆が開いた道を疾駆する。

 

ヴェルフが、命が、リューが、アスフィが、ジャガ丸が。

 

道を開ける全ての者が、ベルの横顔を見つめる。

 

乞うように、信じるように、背中を押すようにーーー行け、と。

 

王がその背を見据える。

 

その力を見定めるために、そしてベルの真価を見るために。

 

多くの者の視線を一身に負い、ベルは速度を上げ、突貫する。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?』

 

燃え盛る黒いゴライアスの双眼が、接近するベルを射抜く。絶叫と怒号を渾然とさせる雄叫びを上げ、炎に包まれた右の豪腕を引く。

 

巨人渾身の薙ぎ払い。あらゆるものを粉砕するその一撃に、しかし疾走の速度を緩めない。

 

埋まる距離。

 

押し潰すように迫る敵の巨躯。

 

そして自身の両手に満ちる力の奔流。

 

眩い光を放つ剣に、己の全てを賭し、ベルは、その一撃を放った。

 

「あああああああああああああああああああああッッ!!」

 

ーーー炸裂する。

 

「ーーーーーーーーーー」

 

黄金の極光が全ての者達の視界を埋めつくし、誰もが目を腕で覆った。

 

そして聴覚は、ベルの咆哮と、凄まじい轟音によって、暫しの機能不全に陥った。

 

数瞬が経ってから、聴覚が回復した者達が聞いたのは、決着の静けさだった。

 

そして視界が回復した者からおそるおそる目を開けると、そこには大量の灰と、唯一残ったであろうドロップアイテムーーー『ゴライアスの硬皮』だけだった。

 

黒い巨人の体は、何一つ残っていなかった。

 

『ーーーうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

次の瞬間、大歓声が巻き起こった。

 

周囲の冒険者達が諸手を突き上げ、隣の者と肩を組み、喉が張り裂けんばかりに声を上げる。その言葉にならない音の津波は、大草原を震わせた。

 

「ベル君!」

 

「ベル!」

 

涙ぐむヘスティアが最初に駆け出し、ヴェルフ、リリ、リュー、命と続々と力尽き腰を下ろすベルの元へ走り出す。

 

周囲から途切れることのない喜びの声と、ジャガ丸の拍手が、ベル達を、18階層全体を包み込んだ。

 

 




ベル・クラネル

Lv.2
力:F 365
耐久:G 271
器用:F 349
敏捷:E 469
魔力:G 270
担い手:G

《魔法》
『ファイアボルト』

・速攻魔法。

《スキル》
憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

懸想(おもい)が続く限り効果持続。

・懸想の丈により効果向上

英雄願望(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権

・????《現在未発現。今は限界解除時のみ力の行使を可能》

武器
《ヘスティア・ナイフ》
《牛若丸》
《????》
NEW《原罪》




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戦争遊戯
secondseason




ぶっちゃけ、だんマチの二次一つ増やす程度にしか考えて無かったんですよね。

それが何でこんなことに…ッ!

ダンジョンに英雄王がいるのは間違っている。

再びスタート。


うららかな日差しが整然とした石畳を照らしている。今日も晴れ晴れとした天気に、街行く人達の顔には笑みが咲き、弾んだ声が通りのそこら中に溢れている。

 

ーーー僕達は無事地上へと戻ってこれた。

 

「でも本当に、ベルさん達と王様が無事に帰ってきてくれて良かったです」

 

「はん。あり得ぬ空想など抱くでない娘」

 

「王様ぁ…。シルさん、ご心配をおかけしました」

 

人波の中を王様と共に歩き、西のメインストリートの一角、『豊穣の女主人』の側にいた。

 

最早、何度目か分からぬ謝罪を返す。隣に立つ王様は、変わらぬ態度で接していた。

 

……黒いゴライオスを倒し、地上に戻ってから、既に三日が経とうとしていた。

 

その短い間でも、本当に色々あったなぁ…。

 

ーーーーーー

 

あの戦いの後、テイムしたらしいゴライオス、名はジャガ丸をどうするかハッとなった全員が王様にどうするか聞いた所…。

 

『ーーー知らん』

 

まさかの回答だった。階層主をテイムするという偉業をしでかした人物は、事もなさげにそう答えた。

 

地上に連れ帰る事は、帰りの通路の関係で無理だが。いや、ジャガ丸が掘り進めれば可能だが…。

 

王様曰く、ジャガ丸はあの縄張りに置いていくとのこと。そこでどう過ごすかは、我の関与する事ではない。

 

ーーーまさかの放し飼いである。

 

その事実に困惑する僕達。先の戦闘からその強さが、通常のものとは思えないジャガ丸。それを17階層に置きっぱにするのは不味すぎる。

 

どうしようかと悩む僕ら、リヴィラの街に住む彼等もその回答に頭を抑える。彼等にとっては死活問題、ジャガ丸が言うことを聞くのは王様だけ、地上へと戻るにはそこを通らなければならない。王様がいない時にジャガ丸の側をだ。

 

どう考えても無理だ。王様が何とかしてくれない限り、今後そこを通ることが出来ない。皆が絶望に染まりかけた時…。

 

ーーーそこに救世主が現れた。

 

ピコンと、何かを思い付いたリリが、王様に近寄り耳打ちする。

 

皆が何だろうと、視線を集める中リリは王様と話を進める。次第に無表情だった王様がその表情を笑みへと変え、「ほぅ…」と感心の声を上げた。

 

「ジャガ丸!」

 

『オオオオ!』

 

王様の呼び掛けに、即座に返し、王様の側でキチンと直立するジャガ丸。その姿を見てもう王様に反逆することはないだろうなぁ、としみじみ思う。

 

そしてリリは、背負っていたバックパックをジャガ丸へと差し出した。

 

「ーーー良いですかジャガ丸…」

 

リリは臆することなく、ジャガ丸に説明しだした。

 

ジャガ丸が17階層にいては通行が出来ない。

 

でもジャガ丸はとても強い、しかも倒したら倒したで、王様が何をするか分からない。

 

なら、ジャガ丸には戦闘以外で通して貰おう。

 

何をもって?決まっている、古来より関所を通るならお金だ。

 

バンと、後ろで何かを書いていた王様がそれを広げた。

 

そこにはこう書かれていた。

 

『ジャガ丸の関所

 

通りたくば1000ヴァリス払うがよい

 

払わぬ場合はどうなるか、分かっているな?』

 

「そう言うことだ、分かったなジャガ丸?」

 

『オオオオッ!!』

 

ビシッと敬礼をし、ジャガ丸は王様が書いた垂れ幕と、リリのバックパックを持って17階層へと戻っていった。

 

皆がその発想に感嘆の声を上げる。これで今後通る時の問題は解決された。

 

王様の後ろで、リリとリヴィラの街のトップであるらしいボールスさんと、『ジャガ丸の関所』について打ち合わせしている。

 

皆が良かった、良かったと安堵している時、僕は確信していた。

 

ーーーははぁーん、これは僕がエイナさんに怒られるパティーンだな。

 

ーーーーーー

 

そして、その日の内に地上へと戻ることにした。

 

黒いゴライオスとの闘いの疲労で、満足に動けない僕だったが、幸いにして戦闘は皆無だった。

 

……いやまぁ、王様がいる時点で察してたけど。

 

帰り道、先頭を行く王様のおかげで、モンスター達は逃げ去っていった。

 

リリとヴェルフには説明こそしていたけど、信じてなかったのか、その光景に口をあんぐりと開けていた。

 

どういうことだ、と問い詰められても、僕にも良く分からない。強いて言うなら、『王様だから』かな?

 

そうして無事に地上へと生還した僕達だったが、その都市の変わり果てた光景を見て、目を見開いた。

 

南のメインストリート、リリに聞いた所、歓楽街と呼ばれていた場所が崩壊していたのだ。

 

神様に事情を聞いた所、歓楽街から突如、天に昇る紅き風が現れ、その暴風で歓楽街が崩れ去ったらしい。

 

僕達がいない間に、都市にそんな大事件があるなんて、犯人は一体誰なんだ…。

 

未だ見つからない犯人に、僕は恐怖で身震いした。

 

そして、その場で皆と解散をし、ホームへと戻っていった。

 

……大分日が経ってしまったが、またここに帰って来れたことに、口元が緩んでしまう。

 

寂れた教会の地下へと繋がる階段を歩いていく、段々と部屋に近づいて行く時、灯りが付いていることに気付いた。

 

……誰もいないはずなのに。僕達を探すために、よっぽど焦って出たのかな?

 

そんな事を考えていた僕の横で、神様が何かを思い出したかのように、あっと声を上げた。

 

最後の階段を降りた時に、聞こえた神様の声に僕は背後の神様と王様に振り返る。

 

「ーーーあっ、お帰りなさい王様。…えっ?」

 

『キュイイイイイッ!!』

 

誰もいないはずの部屋から声をかけられた。しかもその一つはモンスターの声だった。

 

振り返った僕の背に衝撃が走った。衝撃に首を回して確認してみると、抱き付かれていた。

 

ーーーアルミラージに。

 

「えええええっ!?」

 

突然の出来事に、僕は驚愕の声を上げた。

 

何で僕達のホームにモンスターが!?

 

と言うかこいつ、めっちゃ僕に泣きついてきてる!?

 

 






ヴェルフとヘルメスとの間にも色々ありましたが、後々回想するでしょう。

遅くなりましたが、空箱一揆様動画ありがとうございます。


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狐人、そして偽ベル



感想、ありがとうございます。


「初めまして、狐人(ルナール)のサンジョウノ・春姫と申します」

 

『キュイイ!』

 

「は、初めまして…」

 

床に行儀よく正座し、頭を下げる一人の見知らぬ少女。その隣では、同じ真似をするように、一匹のアルミラージが頭を下げていた。

 

いまだ混乱している考えの中、僕はそれだけしか返せなかった。

 

「王様君!!キチンと説明してくれ、彼女は一体…」

 

「煩わしいぞヘスティア。何故、我自ら説明せねばならん」

 

王様はそう言って、ベッドへと腰掛ける。神様は王様の態度にはぁ、とため息を吐いて僕の横へと腰掛ける。

 

「……分かった、詳しい説明は君に聞くことにするよ。それで春姫君だったかい、君は何処で王様君に拾われたんだい?」

 

「あの、神様。すいません、それよりも先にアレは…」

 

春姫と名乗った少女に説明を求める神様だったが、僕はそれよりも確認したい事があった。

 

僕が指差す先にいたのは一匹のアルミラージ。そうモンスターだ。

 

何故に三人とも何でもないように入れているのか、僕にはさっぱり理解出来なかった。

 

春姫と名乗った少女になついているのだから、きっと彼女がアルミラージの調教師(テイマー)なのだろう。

 

だとしたら、それは危険極まりない。いくらテイムされていると言っても、モンスターは本来、僕達人類の敵だ。

 

突然襲い掛かってくる可能性だってある。

 

……ジャガ丸?何言ってるんだ!ジャガ丸はジャガ丸でしょ!

 

犬や猫とは違うんだ。そんな風にモンスターを飼うなんて、そんなこと…。

 

ーーー視線をチラッと王様に向ける。

 

「ん?何だベル?」

 

出来る筈がないんだ(一人を除く)。

 

今も、何故か僕にすり寄ってくるアルミラージに、僕は腰に備えられている『神様のナイフ』を握りしめている。

 

と言うか、何でこいつは僕に異様になついているんだ!

 

「ふふっ、ベル君。君仲間と勘違いされてるみたいだね」

 

「本当ですね。ふふっ、偽ベルったら」

 

「全くだ。フハハ、ベルよ良かったではないか」

 

『キュイイ…』

 

本当に今の状況がわかっているんですか!?

 

固くなる僕にすり寄るアルミラージを見て、三人は微笑みを浮かべる。

 

こいつの額から生える一角に刺されれば、神様も、春姫さんも、ひと溜まりもないんですよ!?

 

ええぃ、肩を組むんじゃない!

 

さも相棒のように肩を組んでくるアルミラージに、僕は我慢の限界がきて、座っていたソファーから立ち上がった。

 

「いい加減にしてください!何でそんな風に平然でいられるんですかっ!こいつが何時襲ってくるか分からないんですよ!!」

 

突然立ち上がって大声を張り上げる僕に、神様と春姫さんは呆然と僕を見ていた。隣で手を弾かれたアルミラージも、そのクリクリとした瞳で僕を見上げていた。

 

神様を庇うように背を向けて、アルミラージを見下ろす。既に抜刀した『神様のナイフ』の矛先を向けて。

 

僕の反応が正しい。なのに僕を見つめる二人は、一体どうしたのか、と心配しそうに僕を見ていた。

 

モンスターと人間が、共に生活出来る筈がないんだ。それがこの世においての常識。

 

「ーーーほぅ」

 

ベッドに腰掛けていた王様が、ゆっくりと立ち上がった。それと同時に、凍えるような殺気が部屋中を支配する。

 

その殺気に気付いた僕が、神様が、春姫さんが、そしてその視線の先にいたアルミラージがガタガタと震え出す。

 

「この我が目にかけ、更に最初のペットにしてやったというのに、よもや貴様がそのような腹づもりであったとはな」

 

立ち上がり、その歩を一歩悠然と進める。そして腰に備えられている剣を抜いた。

 

アルミラージは目の前の恐怖から逃れるように、ソファーから転げ落ち、転がった体制も正さぬまま後退る。

 

……アレ、僕やらかしちゃった?

 

死刑執行人とかした王様が、断罪の剣をその手に持って更に一歩、踏み出す。

 

「お、王様君!後生だ、許して上げてくれ」

 

「そ、そうです!お、王様、これでは可哀想過ぎます!」

 

神様と春姫さんが、王様の歩みを止めるために、その足にすがり付く。

 

僕もいたたまれなくなってしまい、ソファーから降りてアルミラージを抱き締める。

 

ふさふさな毛並みを持っていたが、その身は恐怖で震え上がっていた。そんなアルミラージと共に、僕の体も震えていた。

 

「……ちっ」

 

短く舌打ちをした王様は剣を鞘に戻す。王様が剣を引いたことに安堵した僕達は、ため息を一つ吐く。

 

「偽ベル!」

 

『キュ、キュイイ!!』

 

王様の怒声に、震え声のまま偽ベルは返す。脅威が過ぎたとはいえ、未だ予断は許されない。

 

「今回はこやつらに免じて見逃してやろう。しかし次にそのような下らぬ考え、思い浮かべようものなら…」

 

『キュイイイイイ!!』

 

高速で首を振って答える。王様はその答えを聞いて、腰に備えられている剣を寝台に置き、ベッドに潜った。どうやら、もう寝るようだ。

 

神様も、春姫さんも、王様がベッドに横になったのを確認して、今日はもう寝ることを決め、布団を敷き始めた。春姫さんの事情を聞くのは明日にしたのだろう。

 

王様の寝息が聞こえ、神様と春姫さんが電気を消して布団に潜る。暗闇となった部屋の中で僕は、僕達は…。

 

「……もう寝ようか相棒」

 

『キュイイ…』

 

残された僕らは、二人仲良くソファーで寝ることにした。

 

 

 






暫くは文字数少なめです。申し訳ない。



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色々



感想、ありがとうございます。


ーーー回想二日目。

 

この日、僕と王様は色々な人に生還報告を、そしてギルドに報告をしに向かっていた。

 

『ミアハ・ファミリア』に行って、主神であるミアハ様に、そして唯一の眷族であるナァーザさんに会い、そして二人から無事に帰ってきた事を喜ばれ、そして良かったと、笑顔で迎えてくれた。

 

次に『豊穣の女主人』に向かい、そこで再び会ったリューさんと、シルさんに迎えられた。

 

シルさんに最初出会った時、目に涙を浮かべて抱き締められた。

 

突然の包容に、意識など何処かへ飛んでいき、顔を真っ赤に染めて、なすがままになってしまった。

 

……そして王様の拳骨で意識を取り戻した。

 

「い、痛いですっ、王様!」

 

「たわけが…。いい加減に覚えろ、またこやつに良いように使われるぞ」

 

「酷いですよ王様…。本当に心配してたんですから」

 

僕から離れたシルさんは、王様に向き直り反論した。しかし、その瞳には既に涙はない。

 

……シルさぁーん…。

 

王様はシルさんの反論を聞き流し、まだ開店前の店へと入っていった。どうやらミアさんに用があるらしい。

 

「でも、本当に心配してたんですよ」

 

「すいません…。ありがとうございます」

 

微笑みを浮かべて見つめてくるシルさんに、僕も笑顔でお礼を言う。リューさんは、そんな僕とシルさんのやり取りを横で見ていた。しかしその表情は、以前より柔らかく見えた。

 

「……それより、聞きましたよベルさん。リューを覗いたそうじゃないですか!」

 

「ち、違います!」

 

じーと見つめた後、指をずいっと詰め寄ってくるシルさん。

 

誰が話したんだ!それにそれなら…。

 

「そ、それに、僕だけじゃなくて王様も…」

 

「王様も…?」

 

「クラネルさん、それ以上は駄目だ」

 

僕の発言にシルさんは首を傾げ、リューさんは僕を止めようと一歩前に出る。

 

しかし、リューさんを背後から抱き止め、シルさんはその肩から、面白い事を聞いた風に顔を輝かせた。

 

「クラネルさん、お願いだ…」

 

「それで?王様も覗いていたんですか?」

 

「い、いえ。お、王様は一緒に沐浴してました」

 

笑ってる筈のシルさんの目が恐すぎて、正直に話してしまった。案の定知らなかったのか、シルさんは肩越しにリューさんの顔を見つめる。…とてもいい笑顔で。

 

顔を真っ赤に染めたリューさんが、シルさんの視線から逃げるように顔を背ける。そして次の瞬間、シルさんの甲高い、しかし嬉しそうな悲鳴が木霊した。

 

そしてリューさんの襟首を掴んで、店の奥へと足早に去っていった。去り際のシルさんの…。

 

「全部聞かせてね!」

 

の言葉と。

 

「クラネルさん…」

 

真っ赤に染まったまま、僕を睨んでくるリューさんの顔が脳裏に焼き付いた。

 

……ごめんなさいリューさん。でも、あの目には逆らえなかったです…。

 

去っていったリューさんが、どうなったのか心配になった僕は扉から顔を覗かすが、店の裏まで連れてかれたようで、その姿は確認できなかった。

 

その代わりに…。

 

「ーーーなんだ貴様、生きていたのか」

 

「ーーーあんたこそな」

 

初めて(・・・)見る、アマゾネス(・・・・・)の女性と話している王様の姿が見れた。

 

ーーーーーー

 

その後僕達は、初めて向かう『タケミカヅチ・ファミリア』のホームに来ていた。

 

僕達の探索に協力してくれた命さん達に、そして主神であるタケミカヅチ様に、改めてお礼を言うために。

 

王様は興味がなかったため、あまり時間がかかる事でもなかったため、ホームの外で待つことにした。後、ややこしくするから。

 

「ーーータケミカヅチ様、今回は本当にありがとうございました」

 

「いや、礼を言われる筋合いはないぞ。今回はこちらが悪かった。主神として改めて謝罪しよう、すまなかった」

 

頭を下げる僕に対して、神であるタケミカヅチ様も頭を下げる。そして、その側にいた命さんも次いで頭を下げる。

 

今僕の目の前にいるのは、タケミカヅチ様と命さんの二人だ。

 

桜花さんも出迎えるつもりだったが、18階層の無理が来たのか、今は寝込んでいる。

 

一応、18階層を出る前に回復薬(ポーション)を飲んではいたが、さすがにまだ無理は出来ない。

 

……桜花さんは、本当に良く働いてくれたからなぁ(意味深)。

 

千草さんは看病を、他の団員は回復薬の買い出しに出ているとのこと。

 

「ベル殿、今回は本当に申し訳ない!」

 

「い、いえ!」

 

床に膝をつき、頭を下げそうになる命さんを必死で止める。タケミカヅチ様はそんな僕らを見て、苦笑いを浮かべる。

 

「しっかし、ヘスティアの所はうなぎ登りだなぁ。今も人気を上げる君に、王様ってのも凄く強いんだろ?」

 

称賛の言葉をかけてくれたタケミカヅチ様に、僕も苦笑いで返してしまう。

 

僕自身、純粋に褒められたことは嬉しかったが、それ以上に王様の、あの階層でのインパクトはでかすぎた。

 

帰りの道中命さんに聞かされたが、王様は自身の力も強かったらしい。…それ以上にジャガ丸の存在があるが。

 

命さん曰く…。

 

『あの方は登場と共に、ズバーンと、迫り来るモンスター達を倒してしまったのです』

 

……うん、良くわからないや。

 

でもあの時、僕に剣をくれた時に出した波紋に何か関係があるのかな?後で王様に聞いてみよう。

 

確かに僕のファミリアは、今は絶好調かもしれない。新たに入ってくれる人も増えたし、それに相棒も。…後、ジャガ丸もいるし。

 

そう言えば彼女の名前って、命さん達に似てるな。もしかして同じ出身かも知れない。

 

そう思った僕は二人に、新たらしく眷族になった春姫さんの話をした。

 

新たらしく眷族が増えたことに、違うファミリアとはいえ笑顔を浮かべていた二人だったが、彼女の名前を言ったとたん、笑顔が消えた。

 

「えっ、タケミカヅチ様?それに命さんまで、どうしました?」

 

「ベル…」

 

「ベル殿…」

 

真剣な表情を浮かべる二人に、まるで言ってはいけないことを言ってしまったと錯覚してしまう。

 

不味いと思って狼狽している僕の肩を、タケミカヅチ様がガシッと掴む。

 

「……そいつの名前は?」

 

「えっ、えっ?た、確かサンジョウノでしたけど…」

 

瞬間、命さんは疾風の速さで玄関から飛び出ていった。タケミカヅチ様も奥へと消えていき、そして戻ってきたと思ったら、寝込んでいる筈の桜花さんと、その看病をしていた千草さんが現れた。

 

しかしそれも束の間、僕にすまんと、深々と一礼して命さんと同じく去っていったしまった。

 

戻ってきたタケミカヅチ様も、靴を履いて何処かへ出かける準備をし始める。そして靴を履き終えてから、再度僕の肩を掴む。

 

「すまん、実はそいつは命達の知己なんだ。どういう経緯でヘスティアの所にいるのか分からないが…」

 

そう言ってタケミカヅチ様も、去っていってしまった。

 

そして直ぐにリターンして、ホームには金目のものがないから戸締まりは大丈夫だと、告げられた。

 

……まさか本当にお知り合いだったなんて。

 

一人ポツンと残された僕も、何時までいるのはあれなので、外に出ることにした。

 

外に出て、壁に寄り添って本を読んでいる王様の元へ向かう。入る前は持っていなかったはずなのに…。いつの間に…。

 

「王様?」

 

「む、終わったか?何やら騒がしかったが、また問題でも起こしたか?」

 

呼び掛ける僕に、王様は本から顔を上げ問いかける。いくら王様でもそれは酷いですよ、人をトラブルメーカーみたく言うなんて。

 

違いますよ、と首を横に振って否定して答えると、王様はまた本へと視線を戻した。どうやら読みながら歩くらしい。

 

一体何を読んでるのか気になって、王様に素直に質問してみた。

 

「これか?何、貴様のためのものではない。これは臣下たるリリに授けようかと思っているものだ。我も、暇潰しで読んでいたに過ぎん」

 

使うかどうかは本人次第だがな、と王様は持っていた本をパタンと閉じた。

 

気になった僕であったが、あまり追及すると、王様からありがたい拳骨を頂くのを直感したため辞めた。

 

そして僕らはいよいよ、今回の本題であるギルドへと足を向けた。

 

……さぁ、エイナさんと会うぞ。でも大丈夫、今の僕の隣には王様がいる。きっとなんとかしてくれるさ。

 

「さっさと済ませよベル、我はそこのソファーで待っているぞ」

 

「えっ?」

 

こうして僕は、一人でエイナさんと話すことになった。

 

し、死んでしまう…。

 



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色々Ⅱ



最近オバロを読みふけってました。


ギルドへと着いた僕と王様であったが、着くなり直ぐに王様はソファーへと座り込み、き本を読み始めてしまた。

 

ギルドの中央でポツンと立つ僕は、内心で凄まじい汗をかいていた。

 

そ、そんな!?僕一人でエイナさんに今までの事を報告するの?そんなことしたら…。

 

脳内で般若と化したエイナさんに、ガタガタと震える兎(僕)のイメージが浮かぶ。

 

そのイメージの余波か、既に僕の体はガタガタと震えている。恐怖でだ。

 

そんな僕の肩に、ポンと手が置かれた。ビクッと体を震わしてから振り向けば…。

 

「ーーーやぁベル君!」

 

「……こんにちはわ」

 

笑顔を浮かべるヘルメス様と、その隣で憔悴しきったアスフィさんがいた。

 

話を聞くに、ヘルメス様達も18階層で現れた黒ゴライアスの事情聴取のために来ていたらしい。

 

そしてそこで罰則金(ペナルティ)を言い渡されたらしい。

 

ファミリアの資金の半分。それがギルドが提示したペナルティらしい。

 

極貧ファミリアの僕らとは違い、中堅どころであるヘルメス様のファミリアにはそれは凄い痛手だ。現に僕らも、同じ条件なら50万ヴァリスで済む。…僕らも痛手ですね。

 

主に話しをしたのはアスフィだったららしく、それで憔悴しきっていたらしい。

 

思わず同情してしまう僕の肩にポンと手を置かれた。

 

「死なないでください…」

 

……僕死んじゃうのかなぁ。

 

どうやらギルドの人、意外にも担当したのはエイナさんだったらしい。何でも、まだギルドは例の事件に追われているらしく、大変らしい。

 

そして先に全てを話してくれたらしい。18階層での黒ゴライアスの襲撃について。

 

……ジャガ丸も、そして偽ベルも。

 

「偽ベル!?何ですかその名前は!?」

 

「聞いていなかったのかい?あのアルミラージ君の名前さ」

 

そ、そう言えば、春姫さんがそんな風に呼んでたっけ。…あの時は王様への恐怖で良く覚えてなかったや。

 

でもその名前はないですよ!一体誰が付けたんだ。一言物申してやる!

 

「ちなみに名付け親は王様君だよ」

 

「いやぁ、とってもいい名前ですね。流石王様です!」

 

ソファーに座っている王様を指差すヘルメス様に、僕は笑顔で答える。…アスフィさんの視線が痛い。

 

その後一言二言激励を残して、ヘルメス様達は去っていった。

 

ヘルメス様達と話して大分楽になった。アスフィさんの言葉が気になるけど。

 

もう覚悟を決めよう。大丈夫、エイナさんはなんだかんだ優しい、きっと死ぬことなんかない。

 

自らを奮い立たせ、顔を上げると…。

 

「ーーーベル君~、こっちに来ようね」

 

笑顔で手招きするエイナさんを見つけた。瞬間、僕は悟った。

 

ーーー王様、神様、今までありがとうございました…。

 

ーーーーーー

 

「あれほど言ったのに、君って子はっ!!」

 

あれからエイナさんに連れられ、ギルドの中にある面談用ボックスへと移動していた。冒険者が担当官と打合せするため、遮音性に優れている。

 

その個室内にて、エイナさんの絶叫が木霊し、僕の耳を、そして体を震えさせる。

 

一体どれだけの時間がたっただかろうか、一時間、二時間、いや実際にはそんなにたっていないだろう。しかし、エイナさんの口撃は凄まじかった。

 

後ろに般若を出現させたエイナさんの矢継ぎ早な口撃に、僕は顔を青白くさせ、黙って受けるしかなかった。

 

「まったく…」

 

「すいません…」

 

一頻り言い終えたのか、大きなため息を吐く。僕はそれに、目元に涙を浮かべ答えた。

 

「でも良かったよ。君が無事に帰ってきてくれて」

 

「エイナさん…」

 

俯いていた顔を上げると、優しく微笑んでいるエイナさん。

 

その瞳には、うっすらと涙が見えていた。怒られたけど、心配していてくれたんだ。

 

何度も何度も心配していたと、告げるエイナさんに僕も頭を下げる。

 

そして偽ベルとジャガ丸の今後について、どうするか、どうするべきかを、僕に説明してくれた。

 

この事を知っているのはまだエイナさんだけらしく、上にもどう説明しようか迷っているらしい。

 

ジャガ丸は名前こそアレだが歴とした階層主。そんな存在をテイム出来るなど前例がない。…ですよね。

 

今は地上の事件に時間も人員も割いていているし、とてもではないが上に話しても冗談だろ、と一蹴され、話にすらならないのが目に見えている。エイナさんも半信半疑だそうだ。

 

偽ベルについては、その存在がギルドに来たことでバレている。一人でここまで来れるとは…、内心で相棒が起こした偉業に感嘆した。こちらは『ガネーシャ・ファミリア』がテイムしたと報告するらしい。何でも、都市でテイムしたモンスターを地上で飼えるのは、『ガネーシャ・ファミリア』のみなんだとか。

 

今は誤報告で済ますが、バレたらエイナさん自身も大問題だ。けれど…。

 

「ーーー君とダブって見えちゃうのよね」

 

……名前も『偽ベル』ですしね。

 

苦笑いを浮かべて告げられた言葉に、僕も苦笑いを返すしかできなかった。

 

けれど、所詮は問題の先送りにしかならない。具体的な策が見つからない限り、偽ベルは表を歩くこともできない。

 

「はぁ…。あの人には沢山迷惑をかけられるね」

 

「はは…」

 

ため息を吐いて出た言葉に、思わず僕も渇いた笑い声を上げる。

 

「そうだった。ごめんねベル君、ちょっとあの人とも話したいから呼んできてくれる?」

 

「王様とですか?分かりました、呼んできます」

 

ふと思い出したように、エイナさんから王様を呼んでくる用に頼まれる。内心で何だろう、と疑問に思ったが、心配も迷惑もかけてしまったエイナさんの頼みを断れる訳もなく、僕は面談室を出てギルドのロビーへと向かう。

 

ロビーへと戻った僕は、先程まで王様が座っていたソファーを見つけるが、そこに王様はいなかった。暇になってギルド内をうろついているのかと思い、周囲を見渡すが、何処にもいない。

 

余りにもエイナさんとの説教(かいわ)が長かったから、帰ってしまったのかな?と僕は、王様が居ないことをエイナさんに伝えるために戻ろうとしたが、ソファーに王様が読んでいたと思われる本が置いてあることに気付いた。

 

……珍しいな。王様がうっかり、物を忘れるなんて。

 

僕は王様が置いてあった本を持って、エイナさんが待つ面談室へと足早に戻っていった。

 

ーーー勿論、王様が居なくなった事にエイナさんは激怒した。

 

ーーーーーー

 

『ヘスティア・ファミリア』ホーム。寂れた教会の地下室。明かりが灯るこの一室に、二人の少女と、一匹の兎がいた。

 

「さて、じゃあ聞かせてくれ。君は一体何処で王様君に拾われたんだい?」

 

「そ、それは…」

 

ベットの上で問いかけるヘスティア。問われた春姫は、ソファーの上に座り込み、その膝に偽ベルを乗せている。が、歯切れが悪そうに、視線をあちらこちらへ移動させていた。

 

ーーー神に子は嘘を付けない。

 

神には下界の子供達の嘘が分かる。故に正直に答えるしかない。しかし、それを春姫はできないでいた。

 

何故なら救ってくれた英雄(じんぶつ)が、この世で最大とされる罪を犯しているからだ。

 

ギルに拾われ、そしてついに憧れの自由を得た春姫。そんな春姫に対しての最大級の試練。馬鹿正直に話そうものなら、どうなるか、それは箱入り娘だった春姫でさえ分かっていた。

 

「どうしたんだい?そんなに難しいことじゃないだろう?」

 

次いで問いかけられるその言葉。今の春姫には、同い年に見えるこの少女が恐ろしく見えていた。

 

……無論、ヘスティアは別段問いただしている訳ではない。ただ単に、ギルが拾ってきたなどと、言ってきたので、本当にそうなのかどうか、その程度にしか捉えていない。…若干、神の直感が警鐘を鳴らしているが。

 

そんな神の気持ちなど露知らず、黙っていた春姫は…。

 

「うぅ…、ひぐっ、うぇぇん…」

 

ーーー泣き出してしまった。

 

「ちょっ!?なんで泣くんだい!?」

 

突如泣き出した春姫に、ベットの上から飛び上がり近寄るヘスティアだが、春姫の肩に手をかけようとした時、その手を偽ベルに叩かれた。

 

「に、偽ベル君!?」

 

『キュイイ!』

 

手を叩かれ後退したヘスティアの前に、偽ベルは春姫の膝から飛び下り、その進行を阻害するように立ち塞がる。

 

……たとえ幾度酷いことをされようと、彼は立派な雄だ。か弱き乙女を守るのは、雄として当然の事。それを本能で理解している。

 

立ち塞がる偽ベルに、ヘスティアは近付くことが出来なくなる。そして、伸ばした手を引っ込めて、小さくため息を吐く。

 

「はぁ…。分かったよ、僕も無理強いするほど聞きたかった訳じゃないからね。後で王様君本人に、聞くことにするよ」

 

まぁ彼が答えるとは思えないけど、と再度ため息を吐くヘスティア。彼に無理に聞き出そうとすれば、いくらヘスティアとは言え、ありがたい拳骨が待っている。…それで済めば良い方なのだが。

 

ヘスティアがもう聞いてこないことを理解した春姫は、目尻に浮かんでいた涙を拭い、前に立ち自分を守ってくれた偽ベルを抱き上げる。

 

「ぐすっ、ありがとう偽ベル…」

 

『キュイイ!!』

 

礼を言われて、それに答えるように鳴き声をする偽ベルに、ヘスティアも良くなついているなぁ、と嘆息する。

 

とりあえず春姫の話は聞かないことにしたヘスティアは、このまま自分のファミリアに入るのか否か、本当に良いのかだけ聞くことにした。自身のファミリアの事情を包み隠さずにだ。

 

「大丈夫です!春姫は王様にこの身を捧げます」

 

「ぶふっ!?は、春姫君…。君、自分が言った言葉の意味、分かっているのかい?」

 

「わ、分かっています!」

 

とんでない発言をした春姫に、ヘスティアは思わず吹き出してしまった。顔を真っ赤に染めながらも、ハッキリと答える。

 

本気で二人の間に何があったのか問い質したくなるが、神に二言はない、と心のうちで抑止し春姫をベットの上で横になるよう指示する。

 

恩恵を与えるために春姫の背中を見たヘスティアは、そこに何も書かれていないこと(・・・・・・・・・)に、他の神の元から逃げ出してはいないことに一先ず安堵した。春姫が脱ぎ出した時から、偽ベルはもうそちらを見ていない。

 

そしていざ恩恵を授けようとしたその刹那…。

 

「ーーー春姫殿ッ!!」

 

「み、命ちゃん!?」

 

地下室へと繋ぐ階段を、落下するようにやって来た命の

大声で遮られる。

 

その呼び名に起き上がったため、上に股がっていたヘスティアはベッドから転がり落ち、頭を強打する。

 

春姫と命の視線が合い、一瞬の静寂の後…。

 

「はるひめどのぉ~!」

 

涙で顔をぐちゃぐちゃにした命に抱き付かれた。抱き付いた春姫をベッドに押し倒し、その体を離すまいとしっかりとその手で包み、わんわんと泣く。

 

そして春姫もその抱き締められた人物に、再び会うことが出来た友達の温もりに、涙腺が決壊したかのように泣き出し、抱き締め返した。

 

「みことちゃ~ん!」

 

ベットの上で抱き合う少女の姿に、現状が理解できないヘスティアは頭を擦りながら、何なんだと小さく呟く。

 

「春姫ー!!」

 

次いでやって来る男の声に、偽ベルの本能に電流が走った。

 

春姫は恩恵を授けるために、今は上半身に着ていた着物を脱いでいる。故にその素肌が露になっている。

 

少女の柔肌を守るのも雄として、そして紳士兎(おうさまのペット)として当然の義務。

 

「ここか、はるひ…」

 

『キュイイ!!』

 

階段から新たに顔を出した大男を、偽ベルは鳴き声を上げ蹴り飛ばした。

 

「ぐはぁっ!?」

 

「お、桜花!?」

 

大男の体を蹴り続け地下室の上、寂れた教会まで突き進む。途中で見かけた少女にはなにもしない。

 

教会の祭壇へと吹き飛ばされた大男ーーー桜花は、突然の偽ベルの強襲に驚きながらもその身を立ち上がらせる。

 

「何をする偽ベルッ!?」

 

『キュイイ!!』

 

階段の前で立ち塞がる偽ベルに問い質すが、モンスターの言葉は理解できない。

 

「……そこを退いて欲しい、会いたい奴がいるんだ」

 

『キュイ、キュイイ!!』

 

構える桜花に、偽ベルは首を振って答える。言葉で通じないなら、行動で示すほかない。

 

桜花は偽ベルへと走り出す。偽ベルも向かってくる桜花を迎撃するため疾駆する。

 

子兎(にせべる)は守りたいものを守るために、Lv.2(強大な敵)へと立ち向かう。

 

ーーー冒険をしよう。

 

……ちなみにこの冒険は、二人の神達が止めに入るまで続いた。

 

ーーーーーー

 

「ーーーそれで?何のようだ雑種」

 

「……雑種じゃない、アイズ。ちゃんと呼んでアイズって。リピートアフターミー、アイズ」

 

「……我は挑発には死を以て遇するぞ」

 

ギルドの前。噴水場となっているその場所に、同じ髪色を持つ男女がいた。水場を囲うより建造されている囲いに腰掛け、ギルはその双眸を釣り上げアイズを睨み付ける。

 

ガーンとショックを受けたアイズは、その肩を下げしょんぼりとした瞳でギルを見つめる。

 

ここに移動するまでの間、あの時の礼を何度かしていたのだが一蹴され、いまだ雑種と呼ばれている。

 

「ふん、それで一体何用だ。我を呼びつけておいて、下らぬ用ではなかろうな」

 

不機嫌そうに、そしてつまらなそうに吐き捨てた言葉に、アイズは顔を俯かせる。

 

今回アイズがギルを呼んだのは、自身の悲願(・・)のためだ。ファミリアのメンバーには、誰一人として伝えて来ていない。

 

他ファミリア間において、主神を通さないでこのようなことをするのは不味い。そんなことアイズとて、ベルとの訓練で分かっている。

 

……それでも強くなりたい。どうしても目指す場所(いただき)があるんだ。

 

そしてアイズは意を決して顔を上げ、口を開いた。

 

「私と…、付き合って下さい!」

 

「お断りだ」

 

……出てきた言葉には大事な部分が抜けていた。

 

強くなるために師事を、あわよくばあの謎のスキル(・・・・・)の習得方法。それをお願いしたかったのだが…。

 

天然娘アイズやらかす。

 

そしてアイズはガガーンと、ショックを受けた。

 

ーーーーーー

 

「な、何で…」

 

建物の影。そこからギルドの前の広場の、二人の金髪の男女を覗き見ていたエルフの少女は、今の出来事が信じられないといった風に、かすれた声を出していた。

 

エルフの少女ーーーレフィーヤは、ホームの館を一人でたアイズの後を、追って来ていた。

 

「アイズさんが…、そんな…」

 

最早驚きで言葉が続けられなかった。自らが崇拝する者が言った言葉にだ。

 

ズガァーンッ!と極大かつ幻想の雷がレフィーヤの頭部天辺に炸裂した。途方もない衝撃を被った全身は硬直し、真っ白になった。

 

しかし、レフィーヤは再起した。それは今回の遠征で心身とも強化されていたから。小鹿のように震える体に活を入れ、体に炎を灯す。

 

噴水の縁から立ち上り何処かへ行く金髪の男。その後に続くように、憧れのアイズも後を追っていた。

 

……アイズさんに告白されて断れる人なんていない。でも…。

 

レフィーヤの目にはあの二人がほほ笑み合うカップルにしか見えていなかった。

 

……あれはあの男の何らかの策略だ。魔法か何かを使ってアイズさんをたぶらかしているに違いない。

 

ーーー助けなくちゃ。

 

あの男からアイズさんを守れるのは自分しかいない。変な決意がレフィーヤの体の中を駆け巡る。

 

そして、その光景を見ていた人物(ストーカー)は彼女一人ではなかった。

 

ーーーーーー

 

バベルの塔。その中の一室。眼下の光景を見ていた女神は薄く笑っていた。

 

「ふふっ、あなたが何者なのか教えて貰おうかしら」

 

それは人を惑わす妖艶な女神の笑み。そして、娯楽(たのしみ)を見つけた神の笑み。

 

そして視線を横に向け、そこに佇む自慢の眷族に指令を下す。

 

「機を見て接触しなさい。そして彼が何者なのか、私に教えて。少しばかり手荒(・・)にしても構わないわ」

 

了承の意を答えた男は、その双眸を眼下の金髪の男へと向ける。

 

その者はこの都市で唯一人、頂きに立つ男。

 

都市最強の冒険者。たった一人のLv.7。

 

猛者(おうじゃ)』ーーーオッタル。

 

 

 








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宴の前

お久しぶりです。

マイページにそう言えばこんなの書いてたなぁと思い出したので更新してみました。

いや、すいません。


この都市にあるとある武器屋の一画で、そこに並ぶ職人達が造りし武器を眺めてため息を一つ吐く。

 

その武器に掲げられている名札はそれこそこの都市でーーいや他の都市ならば豪勢な豪邸を構えられ、そこで一生を遊んで過ごせるだろう。

 

だがこの都市ーー迷宮都市オラリオにおいて、冒険者を生業とする者ならば、そして自分もこの武器を手に取ることを選ぶだろう。まして自分が望んだ選択は一生を遊んで暮らす(誰もが選択する生活)ではなくかの一族の復興(誰も選択しなかった選択)なのだから。

 

自らが憧れるべき存在へと、自らが誇れる存在へと、そうなろうと、そうであろうと突き進んだこの道。そこに悔いなどない。

 

そして至った(・・・)高みへと。

 

ーーーそう至ったはずなのに…。

 

「ーーーすまんな、待たせたかフィンよ?」

 

「いや、そんなことはないよ椿。こちらこそ急な来訪すまなかったね」

 

不意に後ろから掛けられた声に、眺めていた武器から体を翻し、笑みを浮かべ返答する。そこに先程まで浮かべていた表情(・・)などない。

 

「用件は呼んできた他の者から聞いておるが…。なんだお主もベート・ローガに毒されたのか?」

 

「……ハハ」

 

金色碧眼の小人族ーーフィン・ディムナは、苦笑いを返す。

 

フィンがここに来たのは個人的な所要。いや、冒険者ならば当然の所要だ。ーー冒険者が武器屋に赴く、いくらLv.が上がろうとそれは変わらないだろう。

 

「それでまた武器を打って欲しい(・・・・・・・・・)だったか?それは鍛冶士の手前には当然の仕事だが…。だが、何故(・・)だ?」

 

その問いに、フィンは顔を下げる。

 

元々身長差のある種族の二人、椿は遠征前にも無理をしてでも武器を打っていた、そのことの負い目があるのだろうと解釈した。

 

椿本人とて、戻ってきてからも武器を打つつもりではいた。深層のドロップアイテムという滅多に手に入らぬ物が手に入ったのだから。

 

そこにLv.6(・・・)であるフィンからの依頼。むしろ椿の方が天恵かと思うほどだ。

 

強者に相応しい武器を打てる。それは鍛冶士にとっての誉れ。断る理由はなかった。

 

「しかし良いのか?今回の遠征はうぬらのファミリアには相当な痛手だったと思っとったのだが?」

 

「それを出されると弱るなぁ…」

 

痛い所を突かれたのか、またも苦笑いを浮かべるフィン。まぁ『ロキ・ファミリア』ならローンの踏み倒しなどないか、と一考した椿はフィンにどのような武器にするかの打ち合わせへと移行する。

 

が、前回の遠征の前にも似たような打ち合わせを行っていたので、精々が武器に特性を付けるか否か、色合いぐらいだろうと思っていた。

 

「まぁよい、任せておけ!今度こそお主を納得させるほどの、最高の武器を打って見せよう」

 

その豊満な胸を張り、そうフィンに宣言する。そして、そのまま工房へと行き武器を打つ準備を始めようとした時ーー。

 

「ーーー頼むよ」

 

それは真摯な声音で告げられた言葉だった。

 

振り返り見れば真剣な表情を浮かべるフィン。確かに椿は今まで何度かフィンの頼みで武器を打ったことがあった。しかし、しかしだ。そのような表情で頼まれた事は過去の一度もなかった。

 

「……一体どうしたと言うのだ?お主という人物が何故そこまで不安がる?」

 

不安か、確かにそうだねと呟くフィンの姿はその格好そのままに小さく見えた。

 

ロキ・ファミリア(都市最大派閥)の団長。多くの冒険者の中でも頂点に位置するLv.6。

 

団員を率いる統率力も優れ。主神、団員達からの信頼も厚い。そしてまた、個人としての力量も高い。

 

卓越した槍捌きは身長差をものともせず、下位のモンスターなど近づくことさえできず消滅するだろう。

 

ーーそんな男が何を不安がる?件の『穢れた精霊』か?

 

そんなはずは無いはずだ。あの日あの時この男にはそんな素振りは一切なかった。

 

「本当にどうしたと言うのだフィンよ?そのように不安がるなどまるでヴェーー」

 

「ーーちょっと椿!」

 

答のでない疑問に、椿は再度フィンへ声をかけようとした時、突如来店してきた者に遮られた。

 

かけられた声に、今は話し中だから空気を読んでくれと内心で悪態をつくが、その人物の、いやその神物の顔を見て考えを改めた。

 

「これは主神様、そのように血相を変えて手前に何か用か?」

 

「何をすっとぼけてるのよ。またあなたヴェルフに変な事をしたでしょ!」

 

その断定的な物言いに、心外だと首を横に振る。フィンもまた、突然現れた神物の表情に何かあったのかと疑問を浮かべる。

 

「それは手前のせいではないぞ主神様。あやつはあの日帰ってきてからずっと工房に籠りぱっなしだ」

 

「だからその原因があなたなんでしょうが!」

 

「手前とてその原因などは知らん!」

 

てっきり椿がまた要らぬことを吹き込んで煽ったものと思っていた椿の主神ーーヘファイストスは、思わず目をぱちくりさせる。

 

そしてその会話の中で、椿とヘファイストスは一つの疑問を抱いた。

 

「ちょっとまて主神様、あやつまだあんなこと(・・・・・)をやっているのか?」

 

「ちょっと待って椿、あの子帰ってきてからずっとあんなことをしてるの?」

 

お互いに問いを問いで返す。だがそれで二人は答えが分かってしまった。

 

「椿、あの子を引っ張り出すのに協力して。あの子、下手したら今日やる祝賀会のこともほっぽり出すかもしれないから」

 

「あい分かった主神様よ。…すまぬフィンよ、お主の用件は承けたまった、武器が完成したらまた呼ぼう」

 

「構わないとも、それで一体その子はどうしたんだい?何だったら僕も手を貸そうかい?」

 

フィンには手を貸す理由はなかった。その必要性すらも。『ヘファイストス・ファミリア』の人員はフィンも把握している、ファミリア内でLv.5は椿だけだ。その椿が出ばるのだ、その団員を引っ張り出すのには事足りる。

 

……ただフィンは思っただけだった。境遇が似ていると。あの日ーー18階層から戻ってきてからおかしくなっていることに、それに今日が祝われる日というのも。

 

「何、あやつめ何をとち狂ったのか分からんが自分が打った武器を叩き折って(・・・・・)おるのだ」

 

「それはまた…。君以上だね」

 

思わず出てしまった言葉に椿は心外だと首を振る。手前はそこまで狂っていないと。

 

フィンからすれば工房に何日も籠る事事態が考え付かないのだが。

 

だがそれにしてもだ。鍛冶士が工房で武器を打つのは分かる。だが、造った武器をその場で叩き折るのは異常だ。フィンはますます疑問を抱いて本当に付いていこうか悩んだが、二人に先じんて断れては断念するしかない。

 

……そう異常。異常には異常な行動なのだが、二人は誤解していた。二人が見たのはヴェルフが武器に向けて武器を振るう姿のみ。そして砕け散る一方の武器。

 

ーー武器を叩き折っているのではなく叩き折られていたのだ。自らが心身を注いだ武器を。

 

二人が店から出ようとした時、またも来店者が現れた。

 

しかし、その人物は買い物に来たわけではなくただ探し人を探していたのだ。

 

「団長探しましたよ!」

 

「ティ、ティオネ!?」

 

お目当ての自分目掛けて飛び付くアマゾネスの豊満な体をした女性ーーティオネに巻き込まれるフィン。そのままフィンの胸板に頬擦りするティオネに、椿とヘファイストスの足は止まった。

 

「ティオネ、どうしてここが分かったんだい?」

 

「団長の匂いを追ってきました!」

 

「……フィンよ、お主の所の団員も中々にとち狂っているな」

 

抱き付くティオネを離し、椿とヘファイストスに店に迷惑をかけた事を謝罪する。

 

「それで団長どうしてここに?もしかして『ヘファイストス・ファミリア』も誘うおつもりでしたか?…確かに今日は団長のおめでたい日ですもんね!」

 

「ほう、めでたい日とな?それならば先の武器の話し、もう少しまけてもよいぞ。それでそのめでたい事とな?」

 

「ちょっと待って、それって本当?」

 

合点がいったヘファイストスと、いかなかった椿。何故ならつい最近、いやこれから向かう眷属にも同じもの言いで伝えたのだから。

 

ーー冒険者にとっておめでたい日、それは一つしかない。

 

「ーー団長は到達したんですよ!この都市の頂点にーーLv.7に!」

 

意気揚々と告げるティオネ、そしてその成し遂げた偉業に椿とヘファイストスは目を見開いた。

 

ただその当人の表情は喜びで晴れることはなく。

 

ーー先程と一緒の曇ったままだった。

 

それは頂点に至った者の表情にしては暗かった。それもそうだろう、フィンはあの日見て、そして手に触れてしまったのだ。

 

ーーー遥かな高みに立つ男の姿を、至高の武器を。

 

ーーーーーー

 

あの後、シルとの会話を切り上げたベルとギルは、別々に行動していた。

 

ベルはこの後行われるパーティーメンバーの祝賀会のために、軽い買い物をした後ホームに一度戻るために。

 

片やもう一人は、その祝賀会に参加しないために夜中まで時間を潰すために街中を歩いていた。

 

「全く、王を一人ほうっておいて、雑種にかまけるとはたわけたやつだ」

 

分かれ道で去っていったベルの背に言葉を落とし、背を翻し街を歩く。

 

ベルは祝賀会。新しく連れてきた少女ーー春姫も同郷の者の所へ偽ベルを連れて泊まる予定。

 

……モンスターである偽ベルをつれ歩くのにキャンキャン騒ぐヘスティアの為に、一応ギルは認識阻害の首輪を授けていた。

 

それで他の者達からはただの兎にしか見えなくなったのだが…。

 

『豊穣の女主人』には一度行った旨を春姫から伝えられたヘスティアは「弁明しないと不味い!?」と囀ずっており、今宵その件で向かう予定ではあるが。

 

「そも、あんなやつらがモンスターと呼べるのかどうかさえ疑わしいものだがな」

 

モンスター、人類の敵。そうあるはずの存在なのだが…。

 

ーーかの王からすれば興味のない雑種と一緒。向かってくるような愚者は、その身を持って愚かさを味わうだけの存在。自らが動いて断じる価値さえないモノ。

 

逆に彼を見て逃げるモンスターの方がまだ可愛げある方。…そしてその可愛げのある一匹は捕まってしまったが。それを不幸と呼ぶことはできない。

 

ーーそう、今まで見てきたモンスター達は。

 

まぁ今回の興味の対象はベルのみ。春姫も興味があるにはあったが、タネが分かった今ではもうたいした興味もない。でも珍しいことは珍しいので側には置いてやろう。

 

詰まるところ何が言いたいかと言えば…。

 

「ーー暇だな」

 

やることがないのだ。夜中になれば『豊穣の女主人』に向かう予定ではあるが、生憎今は昼間、まだ夜の営業をしていない。

 

こういった場合、何時もならリリを見つけて物珍しい場所へ赴くのだが、リリも今宵の祝賀会、引いては何か用事(・・)があるらしいのでお暇を許していた。

 

そうなるとやることと言えば帰ってヘスティアをいじめ抜くかなと思った所で、ふと思い起こした事があった。

 

戦争遊戯(ウォー・ゲーム)だったか?確か雑種共の間にある遊戯らしいだが…」

 

よくもまぁ、そのような酔狂な遊びを思い付いたものだと冷笑をこぼした。

 

前回の『ソーマ・ファミリア』のホームに出向いた際に、エイナがそのような事を言っていたのを思い出したのだ。

 

『ーーファミリア間で問題を起こすと、下手したら戦争にさえ発展しちゃうんだから、絶対に問題を起こしちゃ駄目よ』

 

そして行きつく先がファミリア間による戦争遊戯。文字どおりファミリアのメンバー全員で行われるそれは、最早戦争そのもの。

 

「……本来なら雑種共に合わせる道理などないが、暇つぶし程度にはなるか」

 

フラフラと歩いていたギルは行き着いたのは、弓矢と太陽(・・・・・・)のエンブレムを掲げる、石造りの屋敷の前だった。

 

それは一介の冒険者の目から見たら、そこそこな大きさを誇るファミリアのホームに見てとれた。

 

そして王の目には暇つぶし程度にはちょうどいいファミリアのホームに見えていた。

 

ーーそうなると後はもう挨拶するのみ。

 

「さてどうするものかな…」

 

このような小さな犬小屋、吹き飛ばすのは造作もない。宝物庫から呼び出して砲撃するもよし、腰に携えている聖剣で壊滅するもよし。

 

選択があるということはそれを選ぶ為に悩むということになる。

 

腕を組みどちらにしようか悩む背後から、それは強襲してきた。

 

「ーー天誅!!」

 

スッと、体を横にずらす。それだけで後ろから襲ってきた不届き者の攻撃は空を切る。

 

空を切った杖の一撃はかわされ、そのまま不届き者は屋敷の鉄柵に顔から突っ込んだ。

 

ーー元より自らを狙う二つの(・・・)輩の気配には気づいていた。

 

唯、付かず離れずの距離を維持するその輩に追う愚行はしなかっただけ。向かってくるならば暇つぶしに遊んでやる。その程度に思っていただけだ。

 

ガンっと鈍い音を響かせた、見目麗しい少女はそのまま意識を手放した。

 

「……」

 

自分を狙う輩がどの程度かは、気にかけていた。しかし、こうまで憐れで愚かだと手にかけることさえ憚れる。

 

さて、どうしたものか…。悩む王はとりあえず自らを狙った不届き者の顔を伺う事にした。

 

黄土色の髪は長く、腰まで長く伸びている。顔立ちも中々に整っているが、それはまさに幼き少女のそれでしかなかった。

 

「……なんだまだ幼童か」

 

顔立ちと体つきからその年を看破した王は、背後から歪みを一つ浮かばせ、その中から金色の容器を一つ引き抜く。

 

そしてその中身をその少女へとぶっかけた。

 

「ーーぶはぁ!?」

 

突如自らの身に降りかかった水に意識を覚醒させた少女は勢いよく飛び起きる。

 

そしてそのままキョロキョロと辺りを見回した少女は自らを見下ろす一人の男性と目があった。

 

「ーーあ、ありがとうございます」

 

「礼はよい、貴様名は?」

 

自分が気を失った所を起こして貰った事が、その手に持つ容器から判別した少女は取り敢えず礼をする。

 

「名前ですか…。レフィーヤと言います」

 

「そうか…。して何用だレフィーヤとやら」

 

未だ覚醒してない頭の中でレフィーヤは、「用…、そう言えば用が…」とぶつぶつと唱えた後ーー

 

「ーーあああああ!!用、用ならありますよ、貴方アイズさんの何なんですか!?」

 

「アイズ?知らん名だな、どこぞの雑種のことだ」

 

突如大声を上げ、目の前の男性へと食って掛かるレフィーヤだが、その男性は覚えのない名前に首を傾げる。

 

ーーえっ、知らない?知らないですか!?『剣姫』ですよ、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン!

 

ーー知らんな。

 

ーーう、嘘!?だって前に広場で…。

 

ーー広場?ああ、ヘンテコな雑種には絡まれたな。

 

ーー雑種?アイズさんは雑種じゃないし…。そしたら人違い!?す、すいません私人違いで貴方に何て事を…。

 

ーーよい、幼童の戯れとして見逃してやる。

 

ひょい、と座り込むレフィーヤの手を引っ張り、地面から立たす。エルフとして手を余り異性に触れさせたくはないレフィーヤだったが、此方に非がある現状。何より善意でしてくれている行為に異を唱えることはしなかった。

 

「あの、本当にすいません!私勘違いしていて…」

 

「何度も同じことを言わすな、たわけ。貴様のような幼童を断じては我の器が下がると言うもの」

 

どこか尊大な物言いだったが、レフィーヤはそこに突っ込む事なく、この場を後にしようとしたが、ブルリと体を震わせた。

 

麗らかな陽気が差す日中と言えど、頭から水浸しになったレフィーヤには寒すぎた。

 

「くしゅん!」

 

「……全く、何時までもそのような格好をしていると風邪を引くぞ」

 

「は、はい…。でも今手元には服もないですし、そのお金も…」

 

体を縮こませるレフィーヤは、着替えなど無論持っていなくて、買い物などする気もなくてお金も必要最低限しか所持していなかった。

 

ファミリアのホームは遠く、このままの格好で向かわなければいけない現状に、レフィーヤは顔を俯かせた。

 

「はぁ…、全くたわけた幼童だ。まぁよい服を駄目にしたのは我だしな、暇つぶしがてら買ってやろう」

 

「えっ!?で、でも貴方にそこまでしてもらうのも…」

 

「たわけ、王の恩情に異議を申し立てるでない。それ、付いてこいレフィーヤ」

 

異論など元より認めない王は、その歩を悠然と進める。それにレフィーヤも慌てて追随する。

 

そしてその背から、おずおずと声をかける。

 

「あの、貴方のお名前は…。私はレフィーヤ・ウィリディスです!」

 

「そうか…。我はこの地にして唯一人の王。故に王と呼ぶがよい。む?いや、金色の孤王(ゴージャス)と呼んでもよいぞ?」

 

「そ、そうですか…。なら私は王さんって呼びます」

 

「たわけぇ!さんではなく様にせんかっ!」

 

すいません、と謝ったレフィーヤは、名前一つでこの人変だなぁと、思った。そしてレフィーヤは王様と呼ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 



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レフィーヤの受難



※副題は『我様のファッションセンスがこんなに酷い訳がない』




 こんにちわ、私レフィーヤ・ウィリディスです。『ロキ・ファミリア』に在籍する、エルフの魔導士で現在のLvは3。敬愛するアイズさん達にはまだまだ追い付けそうにはありませんが、何時かその場所まで到達してみせます。

 

 はてさて、そんな私はと言うと今見知らぬ男性と行動を共にしています。そうというのも、私の勘違いで迷惑をかけてしまったのです。……そうですよね、よくよく考えてみればアイズさんがこ、告白なんて真似するわけありませんよね、あれは白昼夢だったのでしょう。

 

 でも横に並ぶその人は、確かにあの時見た人と一緒だと思うのですが……。でも雑種って言っていて、アイズさんの事知らなかったしなぁ。

 

 まぁ、あんまり疑り深くなるのも失礼なのですしね。でもこの都市に住んでいてあのアイズさんを知らないのは人生を半分以上損していると言っても過言ではないので、私が懇切丁寧にお教えしてあげましょう。

 

「ーーと言うわけで、アイズさんはこの都市で数少ないLv.6になり、そして数少ない第一級冒険者の中で最強の一角と呼ばれているのです」

 

「そうか」

 

 私があの階層主の中でも最強と目される『ウダイオス』との激闘を事細かに話したと言うのに、そうかの一言で済ますなんて…!

 

 むっきー!何ですかその態度は!そこは『ああ、なんて凄いんだ!そんな人と同じ都市に住めるなんて…』って、感激するところですよ!分かっているんですか!?

 

 話最後まで聞いてました? むむっ?そうです、はいそうです。……どうやら話は聞いてくれていたみたいでした。ならもう少しリアクションをですね。……まぁ良いです、夜まで暇なのです。その間、たっぷりとアイズさんの素晴らしさをお教えしてあげますよ。

 

「むっ? どうした先程から震えおって? あぁ、そんな格好を何時までもしているからか……。さっさと服屋へ向かうぞ」

 

「違います! いや、違くもないですが、そうじゃありません!」

 

 とんちんかんな勘違いをしないでください。一概にもそうとは言いませんが、今の震えは違います!

 

 落ち着きなさいレフィーヤ。今私はこの人に迷惑をかけている立場、冷静にそしておしとやかに対応するのよ。そうです、会話を、会話をし続ければいいのです。

 

「そう言えば貴方って冒険者何ですか?見たところそうは見えませんが?」

 

「たわけ。見たところも何も、何処からどう見ても完璧な王にしか見えるまい」

 

 すいません、見えません。そんなことは怒鳴るので口にはだしませんが。何故そうもお馬鹿な事を言うのです!

 

ーーそして冷静に対処しながら歩くことしばしば、私達は目的の服屋に到着しました。その服屋は前回アイズさん達と一緒に行ったお店で、人種(ヒューマン)の方が好む服が置いてある所です。

 

 私としては替えの服を買うとしたら同じエルフ御用達のお店が良かったのですが、今回服を買うとなればヒューマンのこの人には、少々嗜好の問題があるでしょうし。

 

 やっぱりお洋服屋に来るとなると、相手の事も考えなければなりませんし、ええ。断じて私があのアイズさんと同じ服を買いたいだんなんて浅ましい考えで選んだ訳ではありませんよ?

 

 店内へと入る扉をくぐると、やっぱりと言いますかヒューマンの方達しかいません。それと服を買いに来るのは女性の方が多いのは分かりますが、お客全員が女性というのは軽くビックリしました。

 

「ねぇねぇ、あの人格好良くない?」

 

「ヤバイよね。隣の女の子は彼女さんかな?」

 

「……いや、それは無いんじゃない? ファミリア内の兄妹的関係じゃない」

 

 入店してとある女性客の会話が耳に入りましたが、何ですかそれは!?私とこの人はそんな関係じゃありません。と言うか、こう言う場合はか、彼氏彼女とかそう言う風に見えるもんじゃないんですか!!

 

 べ、別に私はアイズさん真理教徒(現在一名)なのでいくらこの人が格好いいからとお付き合いすることはありませんが、普通男女で入店してきたならそう見えるはずでしょう。

 

 はっ!何ですかもしかしてこの人はこの出会いが運命だとでもおもっているのでしょうか。ごめんなさい無理です。私はアイズさんのように強く、気高く、美しくないかたではないと受け付けません。

 

「……ふん」

 

 この人もこの人で、店内のお客さんの会話など知るよしもないと、鼻をひとつ鳴らして並べてある服を見始めてしまいますし。…まぁ、服屋に来て服を見るのは別段不自然ではありませんけど、立ち尽くす私を置いていきますか、普通。

 

 ま、まぁ、今更この人のこんな対応ごときで怒鳴る私ではありませんよ、ええ。買ってもらう立場の私が怒鳴るのも違いますし。私もとっととお目当ての服を購入してこの人とバイバイしましょう。

 

 本当にもったいない事をしますね。先程の会話もそうですが、もう少し良いリアクションをしてくれたならこの出会いを祝してアイズさんへの謁見の機会ぐらいは整えて上げようと思っていたのですが。

 

 貴方みたいな人に、アイズさんと出会える機会なんてないんですよ? これはチャンスなんですよ? アイズ真理教徒は絶賛入信者募集中です!

 

「先程から何をぶつくさ言っておる……。レフィーヤよ、我と共に行動する栄誉を得て浮かれるのは分かるが、もう少しわきまえよ」

 

「違いますってば!」

 

 何ですかさっきから!温厚な私でもそろそろ噴火しますよ! どこぞの王様さんか知りませんが私は既に入信済みです!

 

 私はお目当ての服を探す為、店内をキョロキョロと見回しながら歩き回り、そしてお目当ての服を奇跡的に見つける事に成功しました。良かった…。あのアイズさんが購入した服となれば、売り切れになっていてもおかしくありませんし。

 

 べ、別にこの服を買うためにここの服屋を選んだ訳ではないですよ? ただこんな運命的な出会いをしてしまったら買うしかないじゃないですか!

 

「むっ?そんな服が良いのか? 味気のない色合いよな。それよりこっちの方が……」

 

「いやいや、その豹柄のなんて誰も買いませんよ。私と王とでは感性が違うのでこれで良いですよ」

 

 何時のまにやら後ろに立っていたこの人に皮肉たっぷりに返して上げました。全くそんな柄を買う人なんているわけないじゃないですか。

 

 それもそうか、なんて言って他の品を探し始めましたが、今の皮肉通じてます? ……まぁ、いいです。何時までも濡れた服を着てるのは辛いですし、着替えましょう。

 

ーーーーーー

 

 店内に設けられた試着室にて着替え、そこに備え付けられている鏡に写る自分を見つめる。白い服に身を包んだ私は紛れもなくあの、アイズさんと同じ服を身に付けている。

 

 ……はぁ。まさかあのアイズさんと同じ服を着れるなんて……。そして今日はファミリア内で遠征の打ち上げをすることになっています。勿論私服で。つまりこの服を着ていけばーー。

 

『ーーレフィーヤ、それ……』

 

『こ、これはあれですよ! そう今日とある人に買ってもらって』

 

『ふふっ。そっか、お揃いだね』

 

 ふにゃあああ!!何て事に、何て事になってしまいますよ!完璧です。完璧過ぎますよ私!

 

 気分上々になった私は試着室から出て、店内へと舞い戻る。あれ?あの人は一体何処に行ったのでしょう?店内を見渡してもあの金色の髪のあの人が見当たりませんが?

 

 まさか私を置いて出て行ったとか!?で、でも何て言うかあの人はそんな非道な事はし…しないと思いますけど。

 

「あのぅ、もしかして一緒に入店した男の人を探してる?」

 

「は、はい!」

 

 キョロキョロと店内を見渡していた私に、一人の女性客が話しかけてきた。もしかしてあの人の行方をしっているんでしょうか。

 

「あのね、今隣の試着室で着替えてるから待ってて、だって」

 

「本当ですか!? あ、ありがとうございます!」

 

 私はその女性にお礼を言い確かに隣の試着室が使用されているのに気が付いた。全く、変な心配をしましたよ。でも何ででしょうか? 店内にいるお客さん達の目が酷く可哀想なモノを見るような目をしているのは。

 

ーーそして試着室のカーテンは豪快に開かれた。

 

 店内にいる全ての女性客達は、その服を手に取って試着室へと向かった男性客を最初は何かの間違いであるかと思っていた。ーーそう、それほどまでに男は格好良かった。下ろした黄金の髪、その赤き瞳は力強く。そしてその着込んでいるライダースーツはちょっこっとポイントは低いが似合っていった。だが残念なことに、何時だって世界は美しくーーそして残酷だ。

 

 現れたモノを見て、レフィーヤ絶句。圧倒的絶句!

 

 これほどの衝撃を味わったのはあのアイズ、今や崇拝するまでに至った女性を見たとき以来だった。いや、それ以上だった。

 

 そして男はーー否、原初の王は高らかに笑う。

 

「フハハハハ! 庶民の服屋やと思っていたが、中々に良いモノを置いておるではないか!!」

 

 もはや誰も言葉を出せない。人は、行き過ぎたモノを見ると何もアクションが起こせない。そんな言葉があったそうな。

 

ーーたなびく髪は逆立ち。耳には黄金のピアスが。

 

ーー黒いライダースーツは何処へ、今は豹柄のスーツに身を包んでいた。

 

 そう豹柄。立派なアニモゥにだ。

 

「フハハ! ……うん? 何だレフィーヤよ結局それにしたのか、やはり地味よな」

 

ーーですね……。

 

「まぁ良い。レフィーヤよ、この衣装をあつらえた者は中々良い趣味をしていると思わんか?まぁ一重に、それを着こなす我が素晴らしいのもあるが」

 

ーーそうですね……。ほんと、王様じゃなくて、夜の帝王とか名乗れば良いんじゃないですか?

 

「全く我は王だと何度言えば分かるのだ……。まぁ、しかし……夜の帝王……。隠しようもなく淫靡な響きよ、良い気に入った」

 

ーーわぁい、うれしいです。

 

 この世界に神はいない、レフィーヤは強くそう思った。何故私にこんな罰を? この人を襲ったから? それにしてはこの仕打ちは余りにもあんまりだ。

 

 悠々と進む男の背に、フラフラとレフィーヤは付いていく。彼女は何処から間違えたのだろう。この店を選んだ所? この人と一緒に入店して連れだと言ってしまったから? それともあの時もっと深く謝罪しなったから? 神様、私そんなに酷いことしました? レフィーヤの胸中にあるのは深い後悔と懺悔だ。だがそれが届くことはあり得ない。

 

「店員会計だ。我の服と、こやつの服。それと例のモノだ。……あぁ釣はいらんぞ、好きに取っておけ」

 

 かしこまりましたー。と言ってレジの奥へと消えて言った店員をレフィーヤは誉めてあげたい。よくこの人の服装を間近で見て笑わなかったものだと。

 

 戻ってきた店員から一つの袋を受け取ったこの人と共に外に出る。もう私の目には光りはありません。絶望の中にいる私にそんなものがあるはずないじゃありませんか。ですがどんな絶望の中にも希望はあるもの。そう、もう後はこの人と別れるだけ。未来永劫この人と会うことはないでしょう。

 

「では、すいませんがこの辺で私は……」

 

「ーーまぁ待て」

 

 足早にその場を後にしようとする私の手が掴まれる。離して! 離して下さいっ! もう、私のライフは0です!! 今の私はレフィーヤ・ライフゼロですっ!!

 

「な、何でしょうか?」

 

「何、このまま貴様と別れるのはいささか興醒めだ。ギロッポンでグーフの後に、ザキンでシースでもしようではないか」

 

絶対に嫌です! 何ですかその怪しい言葉の羅列はっ! もう私を解放してください!!

 

 しかし、おしとやかな乙女である私はそんなことを言えるはずもなく、しかし、それだけは絶対に行きたくないのでやんわりと断りを入れようとーー。

 

「ーー何、分かっている今のはAUOジョーク。いかな我とて、幼童である貴様を連れて行くがなかろう」

 

 ですよね! そうです、私はまだ幼いんですからそんなところ行けませんよ! 神様ごめんなさい、貴方はやっぱり生きていたんですね!!

 

「だが先程言ってたが、夜まで暇なのであろう? なればもう少し我と付き合え。王からの厳命である、断れる道理はないぞ? 服も買ってやったしな」

 

神は、死んだっ!!

 



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男達の激突



冒険者は冒険してはいけない

感想ありがとうございます


「そらレフィーヤよ、欲するモノを欲するままに買うがよい。我が許す」

 

「わぁい、ありがとうございます」

 

とある駄菓子屋の前にてレフィーヤとギルはいた。東と東南に位置するメインストリートの少し外れ、二人は何時のまにやらそんなところにまで足を運んでいた。

 

どうしてこんなことになったのか。光が灯ってない瞳を浮かべるレフィーヤはそんなことを思っていた。服屋を出て数刻、何故か未だ付き合う事になっているこの事態をレフィーヤは喜べない。

 

服屋を出て直ぐ別れたい衝動そのままに逃げようとしたが、出来ず。それならばと、直ぐ近くにあった高級宝石店に入店して高級なモノをねだって、無理だと言わせておさらばしようと画策したがーー。

 

『ーー今の貴様にはまだ早かろう。こちらのモノが良かろう』

 

その店で一番高かった彩飾豊かな指輪をねだってみれば、そのような事を言われ、代わりに前者の宝石よりは幾分か落ち着いた自身の髪と同じ色をしたネックレスを提示された。

 

だがそれでも購入の際に店員から告げられたゼロの数にレフィーヤは絶句した。それもそうだろう、いかに彩飾の宝石が小さかろうが、ここは゛高級゛の二文字を掲げている店、向こうからすれば当然だろう。だがーー。

 

『ーー釣はいらん』

 

そう言って出された袋には、この店で一番高かった指輪よりも多いヴァリスが入っていた。レフィーヤは侮っていた、この男の財力を。良く良く思い返してみれば、何時かの『豊穣の女主人』の時、高々飲食店に100万ヴァリスを支払っているのだ。ーー侮るな、この程度の支払い、支払えなくて何が英雄か。

 

レフィーヤが、店内にいた客全てが、そしてそれを受け取った店員が絶句するなか悠々とギルは退店。残念ながらこの店には彼の王の琴線に触れる品物は置いてなかった。

 

店員から品物を受け取ったレフィーヤも慌てて店を後にし、王から告げられた言葉に、もう諦めた。

 

『ーーさて、次は何処へ行こうか? 好きに振る舞って良いぞ』

 

この王からは逃げられない。服だけではなくネックレスまで買って貰ったレフィーヤは、観念してこのダサい豹柄のスーツを着た男が満足するまで行動を共にする事にした。

 

ーーーーーー

 

春姫と偽ベルは現在、『タケミカヅチ・ファミリア』のホームに来ていた。そこは『ヘスティア・ファミリア』のホームである廃教会とは違うとは言え、こちらも中々ガタが来ている借家だった。

 

元々は良いところのお嬢様。その名に相応しい社に住んでいた、そしてオラリオではかの大派閥のホームに籍を入れていた春姫。だが、今彼女は幸せだった。

 

「犬も歩けばーー」

 

「はい!」

 

「おお!春姫殿は相変わらずお強いですね。ですが自分も負けませんよ!」

 

千草が読み上げた札を、その全てを読み上げる前に春姫は手を走らせた。その一連の動作に命は感嘆の声を上げる。

 

この遊戯は極東に伝わる伝統的な遊び、『カルタ』と呼ばれるモノだ。『タケミカヅチ・ファミリア』の命を始めとした者達にとっては慣れ親しんだ遊び。

 

だが今命達は楽しかった、いや幸せだった。それは春姫も同じだ。特に命はその喜びを表情にすら出していた。目元に光るモノを拭うように腕でこする。

 

「ふふっ。命ちゃん、ちょっと見ない間に泣き虫さんになったのですか?」

 

「いえ、違いますよ。これは唯単に嬉し涙です。それにそう言う事を春姫殿こそ…」

 

「これはっ!その…。私だって命ちゃんとまた遊べてーー」

 

春姫の言葉はそこで途切れた。感極まって抱き付いた命、それに続くようにその遊びを周りで見ていた千草達が抱き付いてきたからだ。

 

どうしようもなく幸せだった。またこうして遊べる事が。もう二度と叶わない夢だと思っていたから。共に語らい、共に笑い、共に泣く。そんなただ普通の事が。

 

それを傍で見ていた主神であるタケミカヅチも、庭で片膝を着き見ていた桜花も、目元に光るモノを浮かばせる。そして桜花は、腕で輝かしい光景で滲んだ目元を強引にこすり、立ち上り目の前の相手へと向き直る。

 

悠然と手に待つ棍を回しながら立つ相手に、先程から立ち合っていた疲れも、受けた傷のダメージすら見えない。

桜花は今組手の最中だった。それもこの都市では珍しい人外(・・)との。

 

「今のは上手く決まったっと思ったが…」

 

「キュイイ…」

 

立ち上がりながら土を払う。自分でも今の一撃は確実に入った、と思っていた。だが残念なことにそれはかわされ、逆に手痛い反撃を受けてしまった。

 

桜花とアルミラージーー王命名『偽ベル』は、春姫らがカルタで遊んでいる最中、模擬戦を行っている。

 

最初こそ桜花のLV.2としてのステイタス、そして技の技術に何度も倒されていた偽ベルだが、一刻も経てば食らい付き始め、数刻を経てば同格に、そして今では桜花を圧倒している。

 

「成る程、春姫の恩人がテイムしたとあって生半可なアルミラージではなさそうだ…」

 

「キュイ」

 

そりゃどうも、とでも言いたいのか、鳴き声を一つ上げ肩を竦めるアルミラージに、桜花はフッと笑みをこぼす。

 

「だがなーー」

 

「キュイイ!?」

 

突如として襲いかかってきた桜花の連撃を偽ベルは手に持つ棍で防ぐが追い付かない。今までより鋭い紙突。重い斬撃。ガードする棍の隙間から幾つももの竹刀の刺突が偽ベルの体に新たな傷をつける。

 

「ーー俺は偉大な武神の眷属。それもLV.2の団長だ。アルミラージに敗北したまま、はいそうですかとは行かないんだ」

 

桜花の連撃がその熾烈さを増す。偽ベルはその連撃に思わず苦悶の表情を浮かべる。だがそれでもその連撃は止むことはない。

 

この模擬戦は桜花の個人的な思いで行われているもの。偽ベルは拒もうと思えば拒めた戦いだ。それでも偽ベルは、その愛らしい首を縦に振った。桜花の真っ直ぐな瞳を見てしまったから。

 

男には引けない矜持が、そして思いがある。それをどうして雄である偽ベルが拒めるだろう。モンスターとか人であるとか、そんなつまらない理由はそこにはない。

 

この戦いにかけるのはお互いのプライドだ。桜花は武神の眷属として、偽ベルは自分を選んだ王のため。

 

ーー最初こそ偽ベルは自らの境遇を恨んでいた。

 

モンスターとして産まれ落ち、人の敵であれと願われた自分。あのまま暗いダンジョンで同胞と共に暮らし、何時か人に撃たれるであろう存在。ーーそう思っていた。

 

だが初めて相対した存在は、人の身ではなかった。いや、人の身で人を越えた存在だった。もしかしたら天災そのものだったのかも知れない。

 

人もモンスターも、天災を前にしたらとるべき行動は一つ、逃げ出すほかない。モンスターにある矜持は冒険者である人を襲え、神を許すな。その二つ。ただ、天災には抗えない。強大なモンスター達ならいざ知らず、自分はただのアルミラージだ。

 

それがかつて地上に進出したことのあるモンスターの本能だ。当たり前だ天からくる災いを、自らに迫る死を感じながら挑む馬鹿が何処にいる。

 

そして逃げて、捕まった。迫る死を感じならが自分は生かされた。たった一つその人ーー王の戯れによって。

 

『少女を満足させよ』と在り方は制限された。だがそこに閉塞感はない。それ以上に生在ることに喜びを感じた。息を吸うこと、目の前の光景を見ること、そして地上に出ることによって、始めて見ることが出来た日の光りを。

 

だからせめて真摯に生きよう。この当たり前の生を歓喜し、偉大な王の命を守り、そして何時か来る裁きを待とうと。

 

そのためには力がいる。王の命なきまま死することは許されない。なればその前に立ち塞がる試練を乗り越える力が。

 

故に負けられない。このまま土を付けられたまま地に伏す訳にはいかない。例え相手にも譲れないプライドがあろうとも。

「ーーキュイイ!!」

 

偽ベルが桜花の連撃のほんの刹那の間を縫って反撃の一撃を返す。首元を穿つ渾身の一撃。だが桜花もまた今までの培った経験その全てを動員して、そして死力を振り絞り予測、回避する。

 

互いに突き出した一撃の結果の後、後ろに下がる。眼前の敵を見据え、偽ベルは手に待つ棍をグッと握り締め。桜花もまた竹刀をあらんかぎりの力で握り締める。

 

「うおぉぉぉおっ!!」

 

「キュイイ!!」

 

烈迫の気合いの元、手に持つ武器を振るい、男達は再び戦い始めた。

 

ーーーーーー

 

ーーダンジョン16階層。中層に位置するその階で、男は一人戦っていた。

 

「オラァッ!」

オラリオに多く存在する下位の冒険者であれば、このような行為は誉められたモノではなく、自殺まがいの行動になる。それが下位の冒険者であれば、だ。

 

苛立ちをぶつけるが如く繰り出した蹴りが、中層最強と名高いモンスターーーミノタウロスの、その核が埋め込まれている胸部をくり貫き、瞬く間に亡骸は塵へと帰った。

 

それが都合五度。自らを取り囲んでいたミノタウロス達の数と同数だ。ミノタウロスには断末魔を上げる間も無かった。

 

塵の上に、モンスター達の核である魔石が転がっていたが、狼人(ウェアウルフ)の男はそれに目もくれることなく先へ進む。

 

ーー『ロキ・ファミリア』所属の狼人の男、ベート・ローガ。この迷宮都市に数少ないLV.5の第一級冒険者。

 

それはこの都市では正しく強者足るに相応しいLVだろう。だがベートはそれで満足してはいなかった。

 

『雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ!』

 

ベートが好きな異性アイズ・ヴァレンシュタイン。同じファミリアに属し、自分より上の(・・)LVを誇る女性。それの番になるのが己が望みなのに、今の自分のLVはそれより下。

 

あの時笑った少年は確かに自分よりは下だろう、それよりも遥かに、だがーー。

 

ーー少年は強くなっている。それも誰よりも早く、何よりも早く。

 

今はまだ脳の片隅にしか記憶していない程度だが、今後どうなるか分からない。そうベートは思っていた。

 

自分は過信していた。今はそう思う。都市最強の看板を掲げるファミリアに属し、そしてまだ見ぬ階層へと挑戦し続けられる環境。あの少年とは比べるでもない、恵まれた環境。そしてそのスタート地点。

 

なのにこの様(・・・・・・)だ。追ってくる少年(アイツ)はどんどんと成長して、自分はなんの変化もないのに。

 

ーーベートは今だLV.5。ステイタスもあの日とそう大差ない。今回の遠征を終えてというのに。確かに幾つかのアビリティは上がった、が、ほんの少しだけ。そして自分と同じLVを誇る二人のアマゾネスの姉妹より劣って。

 

「ガァッ!!」

 

文字通り獣の声を発しながら繰り出された必殺の蹴りが、目の前に立ち塞がる新たなモンスター達を薙ぎ倒す。それはベートにも分かりきっている結果で、慣れた作業でもあった。

 

「糞が…」

 

魔石を残し塵へと帰るモンスター達の亡骸を背にそうこぼす。それが果たして誰へ向けられているかは彼にしか分からない。

 

ベートは自分でもかつてないほど苛立って在ることに気付いている。この行為が気晴らしにすらならないと知っていながら。だがすることがない。体を動かしていないと、誰に何をするか分からない、だからダンジョンへと潜っている。

 

「……何でテメェが生きてやがる?」

 

「……ウオ?」

 

17階層へと降り立ったベートが見たのは一匹の超大型モンスター。自らに背を向け寝転がる不遜な態度を取るモンスター。

 

ーーそして今は休息期間(インターバル)によっていないはずの階層主。

「あの骨野郎と一緒に死んだんじゃないのか? …まぁそんなこと、どうでもいいか」

 

「ゴォォ…」

 

17階層、『嘆きの大壁』に君臨する階層主ゴライアス。それは一介の冒険者には太刀打ち出来ない存在。

 

ベートが腰に備えている小型のポーチから魔剣を取り出した。そして目の前に立つゴライアスもまた自らの巨躯によって隠れていた垂れ幕を見せる。

 

『ジャガ丸の関所

 

通りたくば1000ヴァリス払うがよい

 

払わぬ場合はどうなるか、分かっているな?』

 

ベートはその垂れ幕を見た瞬間絶句し、戦う気を削がれた。だがその垂れ幕をよく読む内に苛立ちが加速した。よりにもよって今最も苛立たせる(・・・・・・・・)人物を再起させる男の言葉使いそっくりだったから。

 

一瞬戸惑った魔剣を、迷いなくベートは振るった。迷いは予想外の魔物の行動のため、そしてベートはそれに従いたくはなかったから。気分が良いときは見逃していたからも知れない。しかし今の気分は最悪だった。

 

魔剣から炎が産まれベートの装備している特殊武装(スペリオルズ)『フロスヴィルト』に装填される。そして装填された炎を脚に纏ったベートは飛び上がりーー。

 

「ーー消えてろ雑魚!」

 

「ゴォォア!?」

 

胸への強襲。油断していたゴライアスへ火の玉の如く襲いかかった。

 

ベートは座学が嫌いだ。それでも覚えるべき相手のことは学んでいる。階層主ゴライアス、17階層に君臨する敵の弱点ぐらいは頭に入っている。

 

魔石のある胸への攻撃。ゴライアスの魔石のある場所に。階層主との戦闘は本来、大規模パーティーによって成し得るが、LVの差は時としてそれを必要としない。

 

LV.4に相当するゴライアス、片や第一級冒険者に相当するLV.5の自分。故にこの強襲は本来は一撃で倒しせしめるはずだった。ーー相手が通常ならば。

 

「ゴォォアッ!!」

 

「何だとっ!?」

 

胸部への強襲は、ゴライアスが硬直した筋肉の壁に阻まれた。残念ながらここに今いるゴライアスは普通ではない。ベートは強襲が失敗しながらも、その反動そのままに後方へと退避する。

 

失敗こそしたが、胸部に赤く抉った箇所を付けることには成功した。このまま連続して狙えば済むだろうと思ったその考えはーー。

 

「ーーゴアアアアッ!!」

 

雄叫びを上げるゴライアスによって粉砕された。脈動する筋肉が抉った箇所を回復させ始めた。垂れ幕をそっと下ろし、向かう敵へとその双眸を吊り上げた。

 

「ちっ、『異常種』か『強化種』かよ。めんどくせぇな」

 

自らの目の前に立つ強大な相手の力量を見誤ったことに短く舌打ちをするが、ベートは退くことはしなかった。

 

ーーどうでもいい。ベートにとって今ここにいる事も、その相手が何であろうと。この苛立ちを晴らすことができるなら。

 

「どうなるかだと? どうなるか教えて見ろ!!」

 

「ゴアァォァ!!」

 

ーーベートの苛立ちはあの少年でも、ましてや自分でもない。あの日フィンがランクアップした時に伝えられた男の存在によるものだ。

 

『ーーそれで僕らはウダイオスを倒すことが出来たんだ』

 

『……ほんまかいな』

 

『事実だよ』

 

それはフィンとアイズがボロボロになって戻ってきた後に行われた幹部のみ許させた会話。ここにいるのは第一級冒険者へと至った者達のみ、他の団員へは混乱を招くためにご遠慮願った。

 

事の顛末を語ったフィンに、アイズを除く他の者達は信じられず、主神であるロキも嘘を付いていないと分かっていながら信じられずにいた。

 

『……それでフィン。どうするんや(・・・・・・)?』

 

『叶うなら仲間(ファミリア)へと迎え入れたい』

 

『それは…』

 

団長であるフィンがそうするのは他の者への示しがつかない。心強い団員が増えるのは喜ばしい、だがいきなりの入団に他の者が認めるかは、問題がないとは言えない。

 

ーーそれも幹部にだ。

 

リヴェリアが言い渋ったのはそのためだ。他の者も同意なのか一様に認められないと苦い表情をする。

 

『私からも…』

 

『アイズ!?』

 

『何で!?』

 

黙っていたアイズもまたフィンの案に賛同する。その滅多に進言しない彼女の姿に、双子の姉妹は驚愕する。

 

姉妹はどちらかと言えば反対だった。強いのは良いかもしれない。ただ性格に難が有りすぎる、とてもではないが迎え入れて仲良くとは出来ないだろう。

 

ベートはそれを壁に寄りかかりながら黙って見ていた。誰を仲間に入れようと関係がないと思っていたからだ。だがしかし、その思いは続くアイズの一言に打ち崩された。

 

『ーーあの人に認められたいから。私が憧れる、あの人に』

 

その一言は、ベートのみならず他の者もロキでさえも言葉を無くすほどだった。ただ一人、同じ想いを抱きかけていたフィンを除いて。

 

ーーーーーー

 

「お姉ちゃん、あれも!」

 

「わ、私も…」

 

「はいはい…。大丈夫ですよ~、好きな物を選んでいいですよ…」

 

周りに寄ってくる自分よりも幼い少年少女にそう返すレフィーヤの瞳に光はない。今レフィーヤの周りには会った事もない子供達に囲まれていた。

 

そうと言うのも、駄菓子屋に入店して直ぐ子供達もやって来て、そしてあの男の人に群がり始めだしたからだ。

 

大方あの男の奇抜な服装に興味を抱いたのだろうと、気にかけてすらいなかったが、数巡の会話の後にワァーっと歓声を上げながら自らに集まり出してきた。

 

訳も分かるぬ子供達の突撃に揉みくちゃにされながらも、レフィーヤは一人の子供に理由を訊ねた。急に飛び掛かっては危ないですよ? とたしなめながら。

 

そうすると一人の男の子が元気よく、目を輝かせながら答えてくれた。曰く『王様が何でも買っていい』ってと。

 

そうすると周りの子供が足りない言葉を足すように口々に話始める。違うよ、夕御飯が食べらなく量は駄目だよ、えー、何でも好きなだけ買っていいよ、って言ってたよ。

 

周りでアレコレ思い思いの答えを述べる子供達に目を回すレフィーヤだったが、外でその様子を眺めていた男が一言。

 

「ーーレフィーヤ、年長としての務めを果たすがよい。そら、そやつに駄賃は授けてある欲しくばそやつに願うがよい」

 

男はいい笑顔を浮かべながらレフィーヤにそう告げ、自分は店外へとまた戻っていった。確かに自分は駄賃と言ってヴァリスが入った袋を受け取っているが…。

嫌な汗を流しながら下を見ると、目を更に輝かせている子供達の姿。レフィーヤはまた、この人と出会った事に後悔しながら子供の海に飲み込まれた。

 

「ーーふぅ、ふぅ。はぁ、疲れました」

 

レフィーヤは息も絶え絶えに店の外へと逃げることに成功した。一体あれからどれだけの時間がたったのだろうか、もう日の光りは夕暮れへと代わり始めている。

 

今も店内では子供達が思い思いの品を手に取りあーでもない、こーでもないと詮索している。その光景は微笑ましく、今までの苦難もそう悪いものではないかなぁ、と思う。

 

そしてレフィーヤはふといつの間にか先程まで居たはずの男が居ないことに気づく。一体何処へ行ったのやら。でもいないのならこれはチャンスだ、この子供達の面倒をある程度見ておさらばしよう。

 

そう結論付けたレフィーヤの横に、今だ幼い一人の少女がとことこと、やって来た。手に持った色取り取りのお菓子を見るからに、もう満足したのだろう。

 

「お姉ちゃん、もしかして王様を探してるの?」

 

「んん、別にそう言う訳ではありませんが、貴女知ってますか?」

 

お姉ちゃん、その単語が思いの外くすぐったく身動ぎしたレフィーヤ。そして会話を進めればもしかしてもう一回言ってくれるかも、と淡い願望のおもくままこの少女と会話をすることにした。

 

別にあの男が何処へ行ってもどうでもいい。レフィーヤにとっての好感度は残念ながらその程度。でも色々と買ってくれたお礼はしたい。

 

近くにいるなら追ってお礼を、何か用があって去っていったのなら諦めよう。乙女心はそう決めた。

 

「うんとね、あっちに行ったよ」

 

へーあっちにですか、そう笑顔で返すレフィーヤはだがしかし、少女が指差した場所を見て固まった。

 

ーー『ダイダロス通り』オラリオに存在するもう一つの迷宮。

 

何でそこに、そんな疑問を浮かべるレフィーヤを余所に少女は買ってもらったお菓子をぱくり。

「あそこ迷ったら大変だよ? 私達と違って道を知ってなかったら」

 

ぱくぱくごくん。食べていたお菓子を食べきってからちゃんと物を言ったことに、偉いねぇと頭を撫でてからーー

 

「ーー馬鹿ぁ!!」

 

レフィーヤ突然の咆哮。隣にいた少女が驚き、店内にいた子供達がわらわらと湧き出てくる。

 

……よりもよって、よりもよってあそこに行きますか!? 本当にどれだけの迷惑をかけるのですかっ!

 

確かにここはあそこに近い。レフィーヤの咆哮も最もだ。無知な人間が入れば二度と出られない場所。それも一人でだ。

 

「あぁもう!皆お買い物はおしまいですよっ?」

 

「えぇー」

 

「まだ早いよー」

 

子供達のどこか気の抜ける返答に、しかしレフィーヤは有無を言わさず店主のおばあちゃんへと買った商品のヴァリスを払う。

 

そして店外へと子供達を集めたレフィーヤは、今だぶつくさ言う子供達へ一喝。

 

「貴方達の王様が今迷子です! お菓子を買ってもらったのですから探しますよ!!」

 

レフィーヤの号令は子供達へ直ぐ様浸透。そして子供達にとって迷子は大変。口々に大変、大変だねと言う子供達。

 

「突撃っ!」

 

「「「とつげきぃー!」」」

 

レフィーヤの突撃を合図に、子供達もそれを真似して突撃を開始する。目指すは迷子の王様だ。

 

ーーーーーー

 

コツコツと、男は周りに誰もいない道を歩む。『ダイダロス通り』の道など分かってはいない。それでも上へ上へと。

 

周りの窓は締め切っている。それはこれから起こることなど分かってはいないが、日も暮れ始めたが故に。

 

「幼童はいつの時代も良いものだ。それ故にその本質を分り、目を輝かせる」

 

そして男はとある広場へと辿り着く。別段ここまでの道のりは問題ない。一度通ったことのある道だ。

 

ーーそこはかつてベルがシルバーバックと雌雄を決した場所。

 

どこでも良かった。人の行き交う大通りでも、自らの寝床でも、ただどうやら無人の場所が相手の好みらしい。相手に合わせる道理などないが、今日は気分がよい。それ故に死に場所(・・・・)くらいは選ばせてやろう、と王は寛容な器を持ってして許した。

 

コツ、とその足が止まる。男は振り返りはしない。

 

ーーそしてそれは現れた。

 

闇に溶かしたような暗色の防具、暗色の短衣、そして同色のバイザー。

 

それは同じく男であった。だがその体躯は足を止めた男よりも鍛えこまれていた。現れた、二Mを超すその巨躯は正しく巌のそれであった。バイザーによって隠せないの錆色の短髪に猪の耳。

 

後ろに誰か立っている気配には気付いている。いやそれ以前から。ただ興味すらなかっただけ。だから逆立つ黄金の髪の男は今だ振り返らない。

 

「……貴殿の実力計らせて貰う」

 

猪人(ボアズ)の男は低い言葉でそう口にし背にしていた大剣を抜いた。自身の女神の望みのために。

 

「計る? …くっくっ、貴様如きが?」

 

男は心底愉快そうに笑う。なんともまぁ傲慢なものだと。そして男は自身の腰に備えている剣を抜くことなく振り返る。

 

その男の行動に、大剣を持つ猪人の眉がピクリと動く、自分を前に、この状況を前に剣を抜く事をしない男の傲慢な行動に。

 

だがそれは直ぐ改められた。男は剣を抜いた。背後(・・)から。

 

猪人ーーオッタルは、その光景を始めて目にし、だが緊張は解いていない。逆に向こうもやる気を出したことに剣を握る手に力を込めた。

 

「雑種風情がーー」

 

黄金の波紋から抜かれし剣は二つ。その剣先はオッタルへと向けられている。男の一挙一動を見据えるオッタル。

 

ーー過ちは一つ、それは彼に挑むことでも。相対することでもなく。

 

「ーー誰の許しを得て我を見ていた?」

 

それが開戦の合図だった。

 






おい、その先は地獄だぞ


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格の差


皆さんの反応をみる限り、オッタルさんはきっとカリスマEくらいはあるね!

感想ありがとうございます。


ーー迫り来る黄金の軌跡。それは何処か美しい光景でもあり、神秘的な光景でもあった。だが悲しいかな、その軌跡を描くのは空に輝く流星ではなく、目標の障害を粉砕する王の裁き。その死の鉄槌だ。

それが一人の男に向けられていた。それは行き過ぎた攻撃で、行き過ぎた裁き(・・・・・・)でもあった。

 

だが眼前に迫る死の鉄槌を見据える男もまた、この都市で唯一他と並ぶことのない強者であった。

 

一撃目の死の鉄槌ーー豪華な彩飾で彩られた槍をかわし、二撃目に迫った最初に向けられた槍とは逆の彩飾がない、だが研ぎ澄まされた剣身が己が心臓を抉りくる。

 

男はそれをかわせないと悟っていて、かわす気もなかった。常人では見ることも出来ない速度で、何人も並ぶ事がない力で、大剣をそれに薙ぎ払い迎撃した。

 

目標を強制的に変更させられた剣の行き先は、かつて人が住んでいた家屋。しかしそんなことはその剣には関係がなく、立ち塞がるモノは何人たりとも何であろうと打ち砕いた。

 

「……ほう」

 

「……ッ!?」

 

数秒まであった家屋がガラクタに変わる。だが男達には関係がなく、ましてや興味もなかった。

二人にあったのは驚嘆だった。

 

「雑種と思っていたが…。始めて会ったな、珍しく歯応えの良さそうなのは」

 

「そうか…。それは俺を認めたととっても良いのか?」

 

薙ぎ払った男ーーオッタルは男は無惨なリフォームを遂げた家屋に一瞥してから男にそう返した。

 

ーーLV.7。オラリオにおける最高を誇るLVで、並び立つ者がいなかった境地。故に授けられた二つ名は『猛者(おうじゃ)

 

それがオッタルを示すLVで、誇るべきあざ名。事実オッタルも誇ってはいたし、事実だと思っていた。

ステイタスに過信することなく励んだ武芸。冒険者にはLVだけで過信する者が多々いる。

 

しかしオッタルはその例外で、そして異例でもあった。並ぶ事のないLV、同等の実力を持つ実力者。そう思っていたーー。

 

ーーこの日、この瞬間までは。

 

「ほとほと愉快な奴よの、しかし良いぞ雑種、その愉快さと、先程の芸故に、許してやろうーー」

 

だが残念なことに目の前にいるのは例外でもなく、異例でもないーー超越者。

 

『英雄王』ギルガメッシュ。オッタルは知るよしもない事で、知り得なかった情報の一つ。

 

向かい合う男が認めたと解釈したオッタルは、目の前の同じ王である男の次の動作、次の言葉を待った。

 

それがオッタルにとっての唯一の分岐点で、オッタルにとっての唯一の勝機だった。

 

次など待たずに直ぐ様距離を縮めれば、傷を付けることは出来ただろう。それこそ急所を付く事もできた。

が、しなかった。オッタルはそれでも女神の望みである『男の力量』を計るためにそれをしなかった。

 

それは認められた者に許された権利だろう。オッタルは認められている、この都市に住まう、この世界に生きる全ての人から、そして神々から。

ーー故に次の分岐点など無くなって、チャンスは彼方へと消え去った。

 

目の前の一挙一動を見守るオッタル。次にどんな行動を取ろうとも、即座に動けるために。腰に備えている剣を抜いて迫ってきても、先程の金の波紋からの射出にも対応できるように。如何なる攻撃に対応できるように、痛いほど大剣を握り締めた。

 

だからオッタルには対応出来なかった。男の行った次の動作に。何も返せなかった、次の言葉に。

 

身を翻し跳躍、未だ取り囲む家屋の内の一つに飛び上がった。最初は逃げるのかと疑ったオッタルは、しかし再度こちらに振り返った男にその疑問は塵へと消えた。

 

「ーー故に自害を許す。さぁ、疾くその薄汚い首を跳ね果てるがよい、雑種」

 

オッタルは認めていた、先程の一瞬の交錯で男の実力を。それは未だ手に残る痺れが、自分の武器を一撃で罅入れた男の武器を。

この出会いを女神に歓喜した程に。何故ならオッタルは都市最強。故にその力を奮えることはほとんどなく、その培った武芸を生かせる事は滅多にない。

 

武器を払ったあの時、オッタルは全力で、己が培った武芸を惜しみ無く震った。なのに返ってきた答えがこれだ。

 

「どうした? この我直々に命じているのだぞ、速やかに果てるがよい」

 

何も行動を起こさないオッタルに、薄笑いを浮かべながら首を傾げる。本当に自害しないことを不思議に思って。

 

オッタルには理解できなかった、この王の考えが。けれども解った事はあった。

この男は俺を認めていない。それ以前に、敵とさえ見ていない。

 

ーーオッタルの中で何かが切れた音がした。

 

頂点まで来たLV(プライド)を笑われ、極限まで鍛えた武術(プライド)を傷つけられたオッタル本能の赴くまま、吠えた。

 

「ウオオオオオオオオオッ!!」

 

猛者の咆哮。一介の冒険者を震え上がらす、モンスターでさえ裸足で逃げ出す力ありし獣の遠吠え。囲まれた家屋に反響されたそれは天へと登る。

 

突然のオッタルの咆哮に、笑みを消し眉をピクリと上げ表情は怒りのそれへと変わった。

 

「ふん、理知無き獣風情が、先程から我の許しなくて吠えるでない」

 

浮かび上がるは三つの波紋。オッタルはそこから覗く武器を、最早痛みすら感じないほどの力で握った大剣で睨み付けた。

 

一つ目を皮一枚で避け、ニ撃目を横薙ぎに振るい弾き、最後の攻撃を大剣で叩き付けた。

ぶつかり合う武器が火花を散らし、そして爆ぜた。もうもうと上がる煙の中から、砕け散った剣の柄をあるところへ投じた。

 

投じられたその行方は、ギルが乗る家の屋根ではなく、オッタルが事前に用意していた袋が乗る屋根だった。

LV.7の力で放たれたそれは、屋根を砕きそして家をバラバラに倒壊させた。それが壊れた剣の柄で行ったとは誰にも思えない。

 

降りてくる袋の中には、多種多様な武器が顔を覗かせる。オッタルがもしもの時に用意していた武器だ。それも自分のためにはではない。

力量を計る、そのためには相手に全力で来て貰わなければならない。武器がないだのという言い訳をさせないために。

 

それは皮肉にも目の前にいる王には必要なくて、猛者の自分には必要になってしまったが。

新たに袋から今度は槍を取り出し、その槍を手に取り頭上で廻し構える。オッタルにとって、この武器を扱う技量は人よりあると自負している。

 

「ふん、獣風情がよく耐える。()たる我の許しなくて未だ息をするとは、不敬が過ぎるぞ雑種」

 

「何だと?」

 

新たに現れる歪みの数は四つ、オッタルは更に一つ増えたその数ではなく、目の前の男の放った言葉に更に怒りを増幅させる。

それは今回オッタルがすべき事で、今回の目的でもあった。だがオッタルには既にその事はどうでも良かった。崇拝する女神からも許可は頂いている、無論そこまでする気は無かったが、この男はあまりにふざけすぎだ。

「この都市で『猛者(おうじゃ)』は唯一人、この俺だ!」

 

「何?」

 

地面を踏み抜き、取り囲む家の壁を足場に縦横無尽に移動する。加速するその速度に、着いてこられる者はいない。

 

オッタルを射抜くが如く発射された武器の雨は、しかしオッタルを捉えることは出来ず、足場の家を粉砕する。

四つの武器の雨をかわしたオッタルは、悠然と立つ男に強襲。心臓を穿つが如し突きを放つ。

 

忌々しげな舌打ちを一つ残して、後ろの家へと跳躍。そして浮かべる表情は怒り。自分に矛を奮った男へ。不遜にも王を名乗った男へ、それは向けられていた。

 

「獣風情が王を名乗るだと…? 余程その頭蓋愉快に造られているのだな、壊せばさぞその中身は滑稽だろう」

 

新たに浮かび上がるは十を越える(・・・・・)金の波紋。それがどれ程の脅威か、オッタルには分かっていた。否、解ってしまった。

 

不味い、そう本能が警鐘を鳴らす脳の中、オッタルはしかしそれに従わず槍を構える。逃げるなど最初から考えてはおらず、思考にあるのは天上を知らず登る怒りのみ。

 

「ーー敬愛する女神に捧げた名だ、それを貶した貴様は最早生かせはせんぞ!」

 

この名は他でもないかの女神が、自分のために授けた名だ。故にオッタルの怒りは当然でーー。

 

「……はぁ?」

 

ーー目の前の男の突然の挙動は予想外だった。

 

「今なんと言った貴様…?」

 

原初の王の怒りを示すが如く震えていた武器達の震えは止まり、その怒りも霧散していた。本当に意味が分からなかったからだ。

 

そしてオッタルもまた困惑した、決死の覚悟で望んでいたのに、男のそれは余りにも意図が読めなかったから。

沈黙が周囲を流れる。突然の家の倒壊に住人達が下で騒いでいるが、この二人には聞こえてはいなかった。

だから最初に言葉を放ったのはオッタルだった。

「俺は敬愛する女神にこの名を頂き、崇拝する女神にその名を捧げた…」

 

それがオッタルの答え。この名を受け取った時も、今も、これからも変わらぬ答え。

故に自信を持って答えた。これが答えで、これしか思わなかったから。

 

「くっ…」

 

顔を手で隠す。それが戦闘中にどれ程の隙を晒す事になるか解っていながら、彼はそうするしか無かった。そうしなれば耐えれなかったから。いや、耐えきれていなかった。

 

「フハッ、フハハハッ! 自ら王を名乗っていながらその名を捧げているだと…!」

 

腹を抱え、原初の王は笑う。オッタルには突然の男の奇行を理解できなかった。

 

「こいつは滑稽だ! その頭蓋を割らずとも解ったわ。よい、よいぞ道化、貴様の道化ぶりはこの都市で随一だ!」

 

褒めて遣わす。そう言って手を鳴らすその姿に、オッタルは怒りも何も抱けない、唯理解できないでいた。

「何が可笑しいっ! この名は女神が、そして自分を認めた同士達が認めた名だぞっ!」

 

「くっ! そ、そうか。貴様はその名を、その女神だけではなくその者等にも捧げたと言うのだな…」

 

「そうだと言っているっ!」

 

「フハハハッ! フハッ、フハハハ! おいおい我に叶わぬと知って、我を笑い殺す事にしたのか貴様は」

 

最早我慢など出来なくて、腹を抱え尻を着き大声を発しながら笑う。それは本当に哀れな者を見たように。

 

オッタルはもう我慢が出来なかった。ここまで笑われて、ここまで貶されて、それを許す事はできないから。

手に持つ槍を放つ。風を割き、彼方の建造物を破壊する気で放ったそれはーー防がれた。

 

ーーそれは歪みの中から突如現れた盾で、オッタルが今まで見たことのない盾でもあった。

何故ならこの都市で造られた盾であれば防ぐ事ができないはずだから。

 

「ーー雑種、名はなんと言う? ここまで興じされた褒美に名乗る事を許す」

 

屋根に着いていた尻を叩き、汚れを落とす動作をしながら立ち上がる。オッタルはそれを見て背筋が凍った。

男の赤き瞳が、男の雰囲気が変わったことに。

 

「……都市最強、LV.7『猛者(おうじゃ)』オッタルだ」

 

「そうか…」

 

金色の髪の王の背後が大規模に歪む(・・・・・・)。それは猛者には予想もできないモノで、未知の光景であった。最早十や二十では数えきれないほどの歪み。

 

「此度の余興の駄賃だ。『英雄王(オレ)』と『猛者(きさま)』の格の差を見せてやろう」

 

ーー『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 

その言葉を、その光景を、オッタルは信じられないモノを見たような目で見ていた。

ーーそれは捧げた者と、捧げられた者の違いで、絶対の王とLV.7(頂点)だと思っていた王の違いでもあった。

 

ーーしかしこの数量は、王の全てではない。王は言った、此度の余興の駄賃だと。それ故にそれに順する数しか展開しなかった。

 

 







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愚者の猛者

 オッタル生存!

 レフィーヤ第四の魔法を会得!


ーー体は動かなかった。足の爪先も、指の一本たりとも動かすことは叶わなかった。

 それは目の前の信じられない光景に驚愕したからではない。…魅いってしまったから。その武器達の美しさに、素晴らしさに。

 

 何故気づかなかったのか、そんな今になってはもう遅い後悔が脳裏を掠める。

 オッタルの実力は確かにLV.7に相応しい力を持っていた、そしてその経験値も濃密だ。

 

 如何な格上もオッタルは窮地を乗り切り勝ってきた。勝てないと神々に、仲間達に言われ思われてきてもオッタルはその全ての思惑を裏切り越えてきた。

 

 そんなオッタルが今、始めて勝てない(・・・・)と確信してしまった。

 

 心で負けてしまった。だからもう体は動かなかった。都市最強と言われ、この都市の最高位のLVに達しているオッタルは迫りくる死に覚悟した。

 

 「理解できたか? 我と貴様の格を。では死ねーー」

 

 そして金の流星がその美しい煌めきを放ちながら、オッタルへと放たれた。

 

 不可止の死。迫りくる絶望。抗うことは許されない絶対の圧政がオッタルへと襲う。

 

 茫然とただ立ち尽くすオッタルはそれを理解出来てしまった。抗うことの無意味さを、歯向かうことの無価値さを。

 

 「ーーオオ」

 

 それでもーー。

 

 「ーーウオォオオオ!!」

 

 オッタルは吠えたーー。

 

 何時だってそうだった。かの女神の全てを手に入れたいと願いながら得られなくても、絶対に勝てないと言われた敵に挑んだ時も。

 

 ーー『猛者(おうじゃ)』は諦めることはしなかった。

 

 その咆哮は崩れ去る家屋と共に、そして薄暗くなった空の中でも尚光る武器達の轟音に掻き消えた。

 

 ーー時は廻り続ける。無限を生き続ける神々にはその時の流れは一瞬にしか過ぎない。

 それでも下界に生き続ける人々には平等に訪れる。

 

 時代は変わる。かつてこの地に神々が降り立ち神時代と呼ばれるようになった時のように。十五年前、当時の二大ファミリアをオラリオから追い出し、フレイヤとロキの二つのファミリアが都市最強と呼ばれるようになった時のように。

 

 ーー時は残酷に流れ、時代は変わるのだ。

 

 その時代の変革は、まだ神々も人々も知るよしも無いことだが。

 

ーーーーーー

 

 「な、何ですか!?」

 

 「キャアアアッ!」

 

 「うあぁぁんっ!」

 

 迷子の王様を探すべく、この都市の迷宮と呼ばれる『ダイダロス通り』を走るレフィーヤと子供達は突然の轟音に悲鳴を上げ頭を抑え縮こまる。

 

 その中でもレフィーヤだけは子供達の安全を確保するために周囲からの落下物に注意する。運の良いことに、自身達に落下する物はなく、ホッと息を吐く。

 

 そしてレフィーヤは一つの建物だった物を目にする。そう建物だったのだ。今は粉塵を巻き上げ、それがそうだとは理解出来はしないが、レフィーヤは確かに崩れ去るそれを目にした。

 

 その場所とは未だ距離が離れているために此方に被害はなかった。だがこれでは、何時また同じような事が起こるか分からない。

 

 「貴方達はここで待ってて!」

 

 「お姉ちゃん!?」

 

 故にレフィーヤは子供達をここに残すことに決めた。子供達をここに残す事は心苦しい。しかしレフィーヤにはもしもの時に子供達全員を守る事は難しい。

 

 LV.3のステイタスを持っているレフィーヤであるが、レフィーヤは魔道士、後衛職だ。LV.1の冒険者が相手ならそれでも問題はないだろう。

 だがLV.2なら、自分と同じLV.3ならばそうはいかない。ましてや自分以上のLVの相手なら何も出来ない可能性すらある。

 

 こういう時は前衛職の者達が羨ましくなる。しかし無い物ねだりをしている場合も、目の前の光景を見過ごす時間もない。

 

 「捲き込まれたりしてないで下さいよ…!」

 

 もしあの人があの近くにいたら、そんな最悪な予想が脳裏に浮かぶが、それを首を振るい現場へとレフィーヤは急行する。

 

ーーーーー

 

 瓦礫と粉塵へと化した家屋。一つの屋根の上に立つ原初の王はそれをただ見下ろす。

 

 「出し惜しんだ(・・・・・・)とはいえ、息長らえる(・・・・・)とは運がよいな…」

 

 「はぁっ…、はぁ…!」

 

 もはや満身創痍だった。オッタルの体には幾つもの裂傷が赤く刻まれ、黒いローブを変色し。腹部(・・)には穴が開かれ、おびただしい量の血が地面へと流れていた。

 

 立つことも出来ず手にした()を支えに膝を付く。しかし、今もその眼光だけは真っ直ぐに相手を射抜いていた。

 

「ほとほと度し難いな貴様は。よもや我の宝物を使い(・・)生き長らえるとは…」

 

 パチンと、指をならす。その音に伴い地へと突き刺さっていた武器の数々が、そしてオッタルが手に持つ剣が粒子に変わり消滅する。

 

 支えを失った巨木のように、その鍛え上げられ逞しい体躯は重力に従い地面へと倒れ伏す。

 

 ーーオッタルはあの瞬間、迫りくる剣撃の嵐から生き残れたのは、一重にその培った武術。そしてLV.7まで上り詰めたステイタスによるもの。

 

 ーーそして運が良かった事に他ならない。

 

 頂天まで至ったステイタスがその一撃までを許し、それにより腹部へと突き刺さった剣を手にできて。

 限界まで極めた武術が、そして経験が迫りくる剣撃の嵐から生き延びる事が出来た。

 

 もしもあの時他の剣を選んでいたら、深紅に染まった槍にその心臓を穿かれたかもしれない。

 もしあの時頭を掠めた剣の尖端が少しずれていたなら、この頭蓋は砕かれていたかもしれない。

 もしもあの時、この男が慢心(・・)していなかったら、もしもオッタルの惨めな足掻きを見るためだけにその剣を手に持つことを赦さなかったら、この世に肉片一つも残っていなかったかもしれない。

 

 ーーけれどもこの結果だけが全てだ。

 

 息はしている。その心臓はまだ脈動している。それでもオッタルはもう指一本動かす事が出来ない。

 

 結果は火を見るより明らかだった。オッタルは負け(・・)たのだ。都市最強、LV.7の頂きに至ったオッタルは。

 

 スッと、地面へと降り立つ。結果は出た、勝敗も決した。一歩また一歩その歩みは悠然と進む。

 

 「はっ、惨めだな。滑稽ここに極まり、中々に笑えたぞ道化」

 

 倒れ伏すオッタルを見下し、原初の王は不敵に笑う。

 

 そして虚空から金の歪みが現れ、オッタルが先程まで手にしていた剣を引き抜く。

 

 「して何か計れたか道化? フハッ、貴様程度では何も計れない事が計れたぐらいか? くくっ。あぁ、だが我は計れたぞ。貴様が無様で滑稽な道化だと。故に許してやろう、王を名乗る事を『道化の猛者』と。フハハ!」

 

 嗤う。けれども何も返答はない。そして出来ない。オッタルはそれを返す余裕も、体力もないのだから。

 

 ゆっくりとその剣は振り上げられる。止める者も、阻む物ももう何もない。

 

 そして断罪の剣は降り下ろされた。

 

 ーーだが。

 

 「ん?ああ…、貴様にかまけていたので忘れていたな」

 

 原初の王は首を少し傾け、誰もいない路をそこから微かに聞こえた聞き覚えのある声にその裁きを止めた。

 薄皮一枚、オッタルの首のほんの少しずれた位置で止まった剣は文字通り薄皮一枚切り裂いた位置で止まった。

 

 「ふむ…。まぁよい、今の貴様など何の価値(・・)もないしな」

 

 皮一枚を切り裂いた剣の先には血が滴る。しかしそれ以上先に行くことはなく剣は先程と同じく金の粒子へと変わる。

 

 激痛に腹から生温かいモノが込み上げるがそれを有らん限りに歯を食い縛り、ぐぐっと首を動かす、それでも満足に体は動かないし、指先一つにも力は入らない。それでもオッタルは顔を上げることができた。

 

 ーーオッタルは認めたくなかった。運が良いとか悪いかなどを。何故なら戦士にとって武人にとってここにある結果だけが全てなのだから。

 

 「ふ…ざけ、る…な。…情け…など、いら…ん、殺せ…」

 

 「はっ、自惚れるな道化。死にかけの貴様など殺しても我には何の得になる。貴様のような道化は、その矮小な驕りを抱いたまま溺死する方がお似合いだ」

 

 武人にとって一矢報いることも出来ずーー持てる武術の全てを奮ったと言うのに。猛者として傷一つ付けることさえ叶わえられずーー仲間が女神が付けてくれたその名に報いる事も出来ず。

 

 悔しかった。何よりもーー死に方すら選べない事が。

 

 「ではな道化、今の貴様はこの我が手ずから裁くのも憚れる。王にとって道化の諸行を許すのも、我の沽券に関わるのでな。此度は嗤って赦してやろう、クハハハハッ!」

 

 「ま、て…」

 

 笑い声を上げるその後ろ姿をオッタルは引き留める。それがどれだけ愚かで、瀕死の自分には何も出来なくとも、許せなかったから。

 

 動かないと思った腕がそれでもとオッタルの体を起き上がらせた。動かせないと想った脚が我慢出来ぬと立ち上がらせた。勝てないと知った心がふざけるなと激しく燃え上がった。

 

 ーー限界を超えてオッタルは立ち上がった。

 

 それがどのような変化を促したかはまだ誰も知らない。その立ち上がった先に何があるのかは神さえ知らない。

 だがそれでもーー

 

 ーー原初の王(ギルガメッシュ)猛者(オッタル)を置き去りにし、その路の先へと歩を進める。

 

 何故なら今のオッタルに原初の王は振り向く価値もなくて、もはや殺す価値さえないのだから。

 

 「……我が許したのは先程までの無礼のみだ、道化。これより先の無礼は流石の我でも見過ごせぬぞ? 故に聞いておこう何故今立ち上がった?」

 

 しかしてその歩みは止まった。

 

 敵わないと知って、その行為がどれだけ愚かであると知っていて、例え今己が器(・・・)を越えたといっても。

 

 立ち上がる事は無意味でしかない。満身創痍の状態で器を越えた所で意味もなく、一つ器を越え英雄(かれら)の領域に踏み込んだとしても、それには何の意味もない。

 

 だからこそ理解できない。その愚行を、オッタル自身が望んだ事を。

 

 故に原初の王は問う、何が貴様をそうまで駆り立て、何を願うのか。

 

 「決まっ…て、いる…!ま、だ…けっ、ちゃく…は、付い、て…いない」

 

 「ふん。つくつぐ度しがたいな道化。言ったであろう格の差を示すと。故にこれは戦いですらない、それすら解らんとは、貴様どれだけその頭蓋愉快で作られてるのだ?」

 

 「こ、れは…。俺が、挑んだ…戦いだ。そ、う…俺が、決め…た、戦いだ…!」

 

 血反吐を吐きながら、それでもオッタルは己が心中を答えを述べる。始まりは女神の戯れに過ぎない、けれどもこれが戦いだと、これが原初の王と猛者の格の差を示すモノではないと、そうオッタルは決めたのだ。

 

 「ーーフハッ」

 

 それを聴いて、その答えを聞いて、オッタルに背を向け顔を俯かせていた原初の王は笑い声を漏らす。

 

 「フハハ! フハハハハ! そうか道化よ、これは貴様が定めた戦いか!」

 

 そも戦いとは双方の合意で行われる事など稀だ。戦いなど、どちらか片方が挑めばそれだけで成ってしまう古来より単純なものなのだから。

 

 「だがな猛者(・・)よ。確かにこれは貴様が定めた戦いやも知れんが、我が未だ此度の余興を、戦いと呼ぶに値しないのもないのも事実」

 

 それが戦いであったかどうかを決めるのは、その決着を決めることが出来るのもまた勝者(・・)のみであるというのも事実。

 

 ーーそれでも、原初の王は再びオッタルへと振り返った。

 

 「故になオッタル(・・・・)よ、これが戦いであると、我が相対するに相応しい戦士であると、我が裁くと定めるに値する王であると。その答えを持って、また来るがよい」

 

 今のオッタルには価値などない。それでもこれが戦いであると、原初の王に挑むに相応しいと呼べると言うのなら。

 

 ーー越えよ

 

 ーー超えよ

 

 限界を越え、頂天すら踏み越え。その領域に入るしかないのだ。

 

 そして原初の王は振り返りオッタルを置き去りにして、再びその路の先へと歩んで行く。

 

 ーーそしてオッタルがその答えを持ってきた時に、どうするのかのその答えを述べて。

 

 「その時はこの我手ずから殺してやろう」

 

 先を行くその背を、オッタルはただ見つめることしか出来なかった。追うことも、再び襲いかかる事も出来ない。それでもーー

 

 「ーーそこ(・・)…で、待っ、て…いろ。いつ…か、辿り、着く…まで、この…決着…は、預け…て、おく」

 

 薄れ行く意識の中でもオッタルは、『猛者(おうじゃ)』は、今は届かぬ英雄の王の背を睨み付け、そう答えたのだった。

 

 今回は負けではない。決着はまだついてない。例え()が見て敗北したと言われようとも。オッタルは認めない。

 

 それは負け犬の遠吠えかもしれないが、それでも生きている。まだ次がある。

 次があるのならまた挑める、次があるなら勝ちがある。そう夢見て、そう信じて生きてきたこの身なのだから。

 

 所見それは叶わぬ夢かもしれない、それでも届かぬ境地かもしれない。けれどオッタルはそこを目指したのだ。

 

 手に入れないと知り手を伸ばし、相応しくないと解ってもその名を名乗り、天が遠いと言われても追い求めたのだから。

 

 ーーオッタルは愚かなのだから。それを知りながら手を伸ばし、そうと解っても名乗り続けた、そうだと言われても追い求める事をやめなかった愚か者なのだから。

 

 だからそこで待っていろ。そう言い続ける、この身はその愚かをもう七つ(・・)も越えてきた者だ。

 

 愚かであるなどとは、愚者(オッタル)自身が知っている。だがそれを知っていて尚目指す愚か者(オッタル)なのだ。

 

 足りぬと言うのなら越えよう、届かぬと笑うならそれも超えよう。それでもここまで登り詰めたのだ、それでも駄目ならそれを超えるのみ。それがオッタルが夢を見て、見続け出した答えなのだから。

 

 猛者(このな)は所見天界から降りし(すべてをみてきた)神々に、一都市の最強(せかいをしらぬ)オッタルに送られた名なのだから。

 

 だがなそれでもこの身が届かぬと決められた覚えはない。この身が超えられぬと決めた覚えはない! だからーー

 

 ーーそこで待っていろ。愚かなるこの身が、その身に届くその日を。

 

 その言葉が今のオッタルの限界だった。力なく倒れ伏すその姿に、原初の王、英雄の中の英雄王ーーギルガメッシュは言葉を一つ残す。

 

 「ーーよい、赦す。その時を我は待っていよう、だがなオッタルよ、この身に届くやも知れん者が貴様一人だけというのは我はまだ決めてないぞ」

 

 その言葉は意識を手放したオッタルには届いていない。それでも愚者(オッタル)はそれも越えようと答えるであろ。何故なら彼は愚かなのだから。

 

ーーーーーー

 

 レフィーヤは駆けていた。それでも周囲に視線を向けながら、都市の迷宮と呼ばれる『ダイダロス通り』を真っ直ぐに。

 

 はぁはぁと、荒い呼吸がその愛らしい口元から溢れ漏れるが気にしている余裕はない。

 

 探してるのはファミリアの家族でもない。ましてや仲のいい友達でもない。他人だ、それも余り関わりたくないと思うほどに。

 

 それでも今日知り合って、その人と触れあって、そんな人を放っておくほどレフィーヤは人でなしではない。

 

 何よりもーー。

 

 「ーーまだ、このネックレスのお礼も言ってないんですから」

 

 ギュッと首元にぶら下がるネックレスを握り締める。その行為は不安を拭うために無意識にレフィーヤがとった行動。

 

 自分がいった所で何も救えないかもしれない、この不安を拭えるために何か出来るとも思ってない。

 

 ーーこの身は所見憧れの彼らに未だ届かぬ矮小な身なのだから。 

 

 ベートさんならきっともっと速く見付ける事が出来るだろう。

 

 リヴェリア様なら、子供達も連れて向かう事が出来てその智謀で、魔法で全て解決出来るだろう。

 

 アイズさんなら、憧れのあの人ならきっとこんな事にはなってないだろう。

 

 ティオネさんなら、ティオネさんなら、団長ならーーと自分ではない誰かを思ってしまう。何故なら彼等彼女等なら等しく出来てしまうから。

 

 それでも此処にいるのはレフィーヤなのだ。未だ第一級冒険者(あこがれ)に届かぬレフィーヤなのだ。

 

 故に示さねばならない。憧れの彼らに頼らなくても解決できると言うことを。

 

 だからレフィーヤは走る。走り続けるのだその暗闇の先の見えない路を。

 

 「一体…、どこまで…行って、るの、ですか…。王様ぁ!!」

 

 「ーーそう愛らしい声で叫ぶでない。しかとこの耳に届いておるぞ」

 

 呼吸など整えられぬ全力疾走中に、それでも力を振り絞った言葉に、返ってきた聞き覚えのある声が返ってきた。

 

ーーーーーー

 

 走る路の小脇の小さな路、そこから私が探し求めた人物が現れた。

 

 悠然と歩むその姿は日が落ち暗く染められた中でも尚輝きを放っていた。そう今まで探していた人が今此処に見つかったのだ。

 

 目を驚愕で目一杯開き、その口は何よりも速く開かれた。

 

 「見つけたぁ!!」

 

 「おっと、全くほとほと貴様も愛らしいなレフィーヤよ」

 

 ガバッとこの身に抱きつく。もう迷子にさせないために、その身を捕獲したのだ。

 

 「何処をほっつき歩いているんですか!? どれだけ私が探したことか…」

 

 「そうか、それは面倒をかけたなレフィーヤよ」

 

 幼い子供をあやすように、その頭を叩き撫でる。撫でられるその手にこそばゆいモノを感じたが、ガバッと顔を起こしその距離を離す。

 

 「な、何してるんですか!?」

 

 「ん? どうしたもう少し愛でてやってもよいぞ? 我は子供には寛容だ、それ故の特権だぞ。ほれレフィーヤよ、この身に体を委ねる数少ないチャンスだぞ?」

 

 「ふざけないで下さい! 私がどれだけ心配したか、分かってるんですか!?」

 

 笑うその姿に、さしもの私でも頭にくる。人がどれだけ探した事か、それが解っているのか、と。

 

 何故かこの人が居なくなって突然に、この人とはぐれたその日に限って『ダイダロス通り』に異常事態が発生したと言うのに。

 

 「ふむ心配か…、我の心配などするだけ無駄だと言うのに。それに出会ってばかりの貴様に言われるのも心外だ…」

 

 「何を言っているんですか…」

 

 溜め息を吐いてしまう。恩恵を貰っていない身だと言うのに、それを心配するなど言う方が無理だ。

 

 「良かろう、レフィーヤ。その心配払ってやろう貴様の届きそうにない相手言うがよい、その首我が取ってきてやろう」

 

 この人は一体何を言っているんだろう…。この人と会話をする度にそんな事を思ってしまう。

 

 出来もしない事をよくもまぁ、そんな自信満々に言えるものだと関心さえしてしまう。

 

 ここで適当に答えてしまおうか。どうせさっきから話していたアイズさんの事も記憶してないにだから、いっその事、アイズさん本人にその身の程を教えて上げるように頼みましょうか。

 

 それこそ団長に頼んでも良いですよ? どちらにしろ戦いにもならないでしょうから。

 

 嫌、自分のファミリアにこんな些細な事で手を煩わせるのもアレだし、いっそ都市最強の同じ王を名乗る『猛者』にけしかけましょうか。

 

 都市の情勢も何も知らない用ですし、いっそここでそれを教えて上げるのも優しさと言うものでしょう。

 

 きっとこの人の事だから何も知らず挑んでしまう。そして挑んで来るものを無傷で返すほど憧れの彼等は優しくない。アイズさんなんて嬉々として戦うだろう。

 

 ーーまぁ、そんな事はしないんですが。

 

 「必要ないです!」

 

 「何?」

 

 それに必要ない。この人がどれだけ強いかなんて、そんな事は私の強さには関係ないんですから。

 

 「私が心配してたのはそんな事じゃ無いんです。貴方が、王様がどれだけ強くても私にはどうでもいいんです!」

 

 「……解らんな。貴様は今、絶対にして唯一無二の力を前にしているのだぞ? それを必要ない、と? それを見たくない、と?」

 

 「どこまで自信があるんですか…。貴方がどれだけ強いかなんて知らないですけど、だってそれは私の力じゃないんですから。 私はですね、私の力でそこまで行きたいんですから!」

 

 そうだ。私が心配に成ってしまうのは私が弱いからだ。そこにこの人の強さは関係ない。私が未だ至らぬから、情けないから起こってしまうのだから。

 

 だから私は、私の力でいつかそこまで行きたいんだ。いつか憧れの隣に立ちたいんだ。

 

 「フハハ…。そうか、レフィーヤよ。貴様もここを目指すか…。だがなここを目指すにのは些か険しい路と知っているか? それを解っているのか?」

 

 「そんな事百も承知です!」

 

 貴方に言われなくとも、他の誰に言われようともそんな事知っています。それでも目指すと決めたんだ。

 

 第一上から目線で言っていますが、貴方なんて恩恵を貰ってないんですからね? 言うならばLv.0ですよ? そんな貴方がそこだの、ここだの言うなんてLv不足ですよ。

 

 「フフ…。では、気張るがよいレフィーヤよ。あぁ、だが此度の余興の報奨をやろう。実に良いタイミングで我を呼んだ事の、な。貴様もあやつも中々気骨のあるのがまだこの都市にはいる事を知れた事の、な。それに見たくないと言われると見せなくなるのも人の道理。故になレフィーヤよ、どうしても見たくなったら我の名を呼べ。さすれば我が何時でもこの力示してやろう。それが此度の報奨だ」

 

 「だから別に良いですってば…」

 

 貴方の力を見ようなんて、貴方の力を借りようなんてそんな事思う機会なんてあるはずが無いじゃないですか。

 

 「では、帰路に着くとするか。レフィーヤよ、貴様は実にいじりがいがあった。また合間見える時があるだろう、その時はまた存分に我を興じさせよ」

 

 「はいはい…。もう会うことはないですけどね。それでもまた会ったときはもてなしますよ、王様」

   

 安心してください。もう二度と好き好んで貴方には近付きません。だからこれが最初で最後です。

 

 そんな事は言わないですが。

 

 




 レフィーヤ第四の魔法!

 『英雄王召喚(サモン・ギルガメッシュ)

 ・詠唱式『助けて…』等、王を呼ぶ声

 ・壊滅魔法

 ・放ったが最後、常識が崩壊する 

 尚、上位互換である『王様のカッコいいとこ見たい』とは別。

 発現者。レフィーヤ、春姫、リリ。


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宴を始めよう

 


 迷宮都市オラリオの一つの酒場。西のメインストリートに建つ酒場ーー『豊穣の女主人』

 

 都市の時刻は夕暮れを越え、静かな帳が空を覆いつつある。その時間は数多の冒険者達がダンジョンから戻り、道楽者達が街を闊歩する時間でもあった。

 

 それ故に酒場は忙しい。途切れる事なく来る客の津波は、その酒場の従業員達に終わりなき悲鳴を上げさせる。

 

 騒がしく、それでいて客の迷惑、引いては店への損害を出さぬ程度に従業員達は動き回る。

 彼女達が強いかどうかなど関係ない。このオラリオが強さこそが絶対とする都市でもーーそれは関係ない。

 

 元冒険者? 元要心棒? 元暗殺者? ーー元正義の執行者? そんな肩書きは今は意味なさない。

 

 「働きな、馬鹿娘どもぉ!」

 

 何より此処の主足る彼女がーー女将ミアが許さない。

 

 ミアの一喝は彼女の主戦場である厨房を越え、ホールまで突き抜ける。その砲声をダンジョンのモンスターすら震え上がらせ、並の冒険者ならば腰を抜かすだろう。

 

 だが、ここに集う客はその大音声を聞いて怯む事なく笑う。これは彼等彼女等が並の者では無いからではなく、ただ単に慣れただけ故に。

 

 この店においてミアの砲声は見慣れぬ光景ではない。よくある店の出来事。最早BGMと言っても過言ではない。

 まぁ、それが自身に向けられたその時は生きた心地がしないだろうが。

 

 「ハ、ハイニャッ!」

 

 「は、はいぃ!」

 

 故に向けられた彼女達は肝を冷やせながらも返事をし、疲れた等の弱音も吐かず働く。ーー皮肉ではあるが、この程度の労働で音を上げるほど彼女達は弱くない。

 

 ミアの大音声が轟くなかで、今日も『豊穣の女主人』は盛況していた。

 

 

 

 

 

 「ーーミアお母ちゃんー! 久々に、飲みに来たでー!」

 

 そんな『豊穣の女主人』に新たな来客が、団体がご来店した。

 

ーーーーーー

 

 酒場と戦場は同じである。そう言う従業員がこの店にはいる。何を言ってるのか理解し難いが、彼女達は至極真剣にそう宣う。

 

 何故ならそこに全く同じ日など、同じ結果が訪れる事は無いのだから。

 

 戦場は生きている。絶え間無く動き、その日の状況次第で積み上げた経験が何も生かせない事がある。それほど流れが読めないのだ。

 酒場もそうだ。来店する者の頼むメニューは歴戦の彼女達には読めないし、常連客でさえ何の拍子もなく違う者を頼む時がある。

 

 故に先読みは意味を成さず、積み重ねた経験など意味がない。

 

 故に戦場で欲されるのはどんな場面でも対応できる兵だけだ。

 一つ踏み外しただけで絶望(ミアの拳骨)が訪れるのだ。それなのに疲労などただの言い訳に過ぎない。

 

 だから彼女達はその力を余す事なく使い、生き残らん為に戦う(働く)のだ。

 

 今も上官(戦場)流れ弾(拳骨)を喰らい負傷者が出たが、直ぐに戦線(ホール)に戻されるだろう。

 

 つまり何が言いたいかと、言えば。

 

 「ーーウニャアァァア! もう無理ニャ! 人が足りないニャ! 猫の手でも借りたいニャァァ!」

 

 「そんなもんいらないわ! 実際使えないし! ーーそれよりシルよ、シル! シルは何で居ないのッ!」

 

 ーーーー人手不足なのである。

 

 ホールの従業員の二人であるクロエとルノアが泣き言を嘆く程に人が足りてないのである。

 

 二人の実力は確かに高い。だてに長くこの店で働いていない訳ではないが、その二人をしてこの多忙さは手が回りきらない。

 

 その二人の嘆きを、リューは走らずされど遅すぎない絶妙な速度で歩む中、横目で見る。

 

 彼女達の意見は最もだ。それほどに今日は忙しい。それこそリューでさえシルを求めてしまう程に。

 

 『ーーごめんなさいミアお母さん、急用ができたの』

 

 そう頭を下げてシルはミアの返答も待たずに店を出ていってしまった。

 それを営業準備に取り掛かっていたリューは偶然聞いたに過ぎない。

 

 去るものは追わず。と言うよりも、構ってられる暇など無いとミアはシルの急用を詳しい理由も聞かず立ち去るのを見送った。無論、急な休みを許した訳ではない。明日の制裁は免れないだろう。

 

 シルの不在。たった一人の女従業員が居ないことは、現在の彼女達の忙しさを見ればどれ程の痛手か分かるだろう。

 

 今も忙しいのに、下らない揉め事を起こしたクロエとルノアに制裁を下すためミアがわざわざ厨房から出てくるくらいだ。何時もなら諌めるシルが不在の為に、ミアがやるしかないのだ。物理的に。

 

 彼女達従業員も忙しいが、ミアはもっと忙しい。厨房を仕切るだけではなく、こうした下らない馬鹿娘共の仲裁もしなくてはならないのだ。

 

 「本当に今日は忙しい…」

 

 新たな注文を承り、カウンターでその注文を待つリューはポツリと呟く。横制裁を喰らった同僚を横目で見ながら。

 

 「何だい、サボってんのかい妖精さんよ? そんなに暇なら厨房(こっち)も手伝って貰いたいもんだね。ーーあぁ、あんたには無理か」

 

 「ーーッ! そちらこそ無駄口を叩ける暇があるのですか、麗傑(アンティアネイラ)? 口より手を動かして貰いたいですね」

 

 「その名で呼んで欲しくないね。今の私は只のアイシャさ、疾風」

 

 「私も、その名では呼んで欲しくないですね」

 

 厨房から料理を出してきた人物の発言にリューはギリギリで耐えた。挑発に乗った者の末路を間近で見て、買うほどリューは愚かではない。

 

 シルは急用で休みこそするが、店の心配をしてか一人の代役を立てた。それがリューの目の前に立つアマゾネスーーアイシャだ。

 

 代役(ピンチヒッター)としてシルに捧げられた彼女だが、最初こそ文句を言えどその頼みを断れる程シルから受けた恩義は安くない。故に今宵限りとその頼みを受諾した。

 

 が、そんな彼女も余り一目に立ちたくはない理由があった。それ故に厨房の担当を受け持った。別段料理が全く出来ないと言うわけではない。それこそ難しい料理は出来ないが、一般的な料理をこしらえる位は。

 

 「はいはい。出来ない女の僻みを聞くほど暇じゃ無いんだよ。ったく、何でこんなに忙しいんだ」

 

 「ふぅーーー」

 

 リューは長く、長く息を吐く。アイシャの軽口は、代役として呼ばれ簡単と言われた仕事が予想外に多いが故に出てしまう愚痴のようなもの。ただそれがリューに、リューだけに何故かぶつけられているだけ。

 

 落ち着きなさいリュー・リオン。そう自分に言い聞かせるリューの心情は穏やかではない。去り際にシルに仲良くしてね、と言われて無ければ彼女は耐えきれないぐらいに。

 

 そもそもアイシャがリューが料理出来ないと知ったのもリュー自身の過失。シルの代役として来た彼女に『私が出来ない分、頑張って下さい』等と言ってしまったのだ。

 

 リューがこんなにも彼女に友好的に振る舞うのは、一重に恩人であるシルの頼みだから。最初の顔合わせの時にーー

 

 『ーーあっ、こいつと仲良く出来ない』

 

と両者共感じていても。リューはシルの頼み故に。アイシャはシルから受けた恩義故に、その時は表面上は仲良く手を握った。が、それは他の者の目がある時だけだ。

 

 今もリューはアイシャの一言でイライラしているし、アイシャもリューの何でもないように振る舞う様子に苛立ちを増す。仲良く出来ないのは彼女達がアマゾネスとエルフだからか。それとも根本的に合わないからか。そんなことは誰にも分からない。

 

 「これはミアお母さんの作った料理ですね。ーーいえ、このような繊細な料理、下品なアマゾネスに作れる筈があり得ませんね。これは失礼な事を聞きましたね」

 

 ぶちん、ととても酒場では聞きなれぬ音がする。

 

 「いやいや、確かにこれはミアの奴が作った料理だがそこまで難しいもんじゃないよ。ーー作った料理を悉く黒焦げにする誰かには無理かも知れないけどね」

 

 ぶち、と嫌な音がもう一つ聞こえた。

 

 見つめ合う麗しき女性二人はニコリと笑う。そんな笑み普段からすることがない二人が、だ。

 

 「これは驚きました。下品で粗暴なアマゾネスでも謙虚と言うものが分かるのですね。でしたら、貴女よりLVが上の私には敬語で話して貰いたいものですね」

 

 ここでリューは手札を一枚切る。麗傑(アンティアネイラ)の二つ名を誇るアイシャのLVは3。それは疾風の二つ名を名乗るリューより下。何故ならリューはLV.4。この都市においてLVとは絶対なのである。その点を鑑みれば、同じ年齢に近いと言えど敬意を持つべきである。

 

 「これは驚いた、奥手で高貴な妖精さんでも冗談を言うんだね。女性として料理の一つも出来ない奴に、どんな敬意を払えばいいんだい? ーー何より笑える冗談でもないしな」

 

 それに対してアイシャが切る手札は、多くの女性達が持つ武器。料理である。どれ程の力を持とうと、女性として料理が出来ないなど致命的だ。何より敬意を払うなど冗談ではない。

 

 二人が浮かべるは笑顔。それも彼女達はこの都市でも類稀な美貌を持つ女性二人。それこそ普遍な男共が是非見たいと望むレベルで。だが、今の彼女達の笑みは見たくはない。

 

 笑顔とは威嚇である。それは嘘でも偽りでもなく、事実である。何よりもそれを体現している二人は言うだろう。

 

 常に表情を変えないリューでさえ、そのような微笑みなど浮かべた事がないアイシャでさえ、それを本能で理解している。

 

 カウンターを挟んで微笑み合う彼女達の側に、ゆっくりとミアは近づいていった。

 

ーーーーーー

 

 「注文お願いしまーす!」

 

 「私、これと同じの追加で二皿お願い!」

 

 「すいません、さっきの飲み物を…」

 

 騒がしい店内で、一際騒がしい卓がある。そこに集うは女性達と男性陣はこのオラリオにおいても知る人ぞ知る有名人。それこそ知らない者が居ないとされる程の。

 

 注文を承った店員が足早に厨房に戻って行くの見送り、注文をした彼女達ーーアイズ、ティオナ、ティオネはまた話を再開させる。

 

 「ねぇ、アイズ。やっぱり考え直さない?」

 

 「……」

 

 「そうだよ、アイズ! どう考えてもあの人と仲良くなんて無理だよっ! 私でも無理だったもん!!」

 

 『剣姫』『大切断』『怒蛇』、その二つ名は今や都市内部を越え、世界に名を轟かす程。そんなまだ若くも強者である彼女達が食事を楽しみ、会話をしている。

 

 そしてその話題は一人の男の存在であった。

 

 強く気高く美しく。そんな彼女達に興味を持たれた一人の男。一介の男であればそれだけで自慢気に鼻を伸ばすだろう。

 

 けれども今回の件の男はそんな浮わついた理由ではない。自分達のファミリアに、名実共に最強の座に君臨するファミリア。そこに入れるかどうかで話し合っているに過ぎない。

 

 ーーそして、ティオネとティオナの双子の姉妹はその加入に反対している者でもあった。

 

 「団長が認めてるって言うけど、何だかね…」

 

 「いくらロキが嘘じゃ無いって言ってもね…」

 

 双子はそこで区切りアイズへと顔を向けた。自分達が抱いている正直な想いを口にするために。

 

 「「胡散臭い」」

 

 「でも…」

 

 ーーそれが彼女達反対派の、引いてはあの時話を聞いていた幹部陣が抱いた答えだった。

 

 そもそも賛成派もアイズとフィンの二人のみ、話を持ち出した二人だけだ。唯一ガレスのみ、笑いながらどちらでも構わん、と中立に回った。

 それが『ロキ・ファミリア』の幹部陣達の出した答えで、あの男を認められないと言うことだった。

 

 そしてそんな彼等の主神であるロキはーー

 

 「しゃあーー!宴やー、しかも棚からぼた餅マネーでや!! しこたま飲むでーー!!」

 

 安酒を掲げ楽しそうに酔っ払っていた。それは都市最強ファミリアの主神には見えない、唯の呑んだくれにしか見えない姿で。

 

 ロキは今回の件について特に何も口を出さなかった。それは主神の神意で意見を決めたくは無いのと、ロキ自身そこまであの男と接点が有るわけではないがないから。

 

 確かにフィンの話しに嘘は無かった。が、それでも信じられるモノ(・・・・・・・)ではない。

 それにそれが真実であったとしても、それで良好な関係を築けなければ、意味がない。

 

 強さとは力ではあるが、それで何もかも上手く行くわけではない。それをロキは知っているから。

 

 ーーーーだがそれは強さと言う枠組みの、都市最強と言う上限の中での話であるが。

 

 そしてロキが言った通り、今回の打ち上げの資金はあの日フィンとアイズが持ってきた魔石で賄われている。今回の遠征で金銭面に大打撃を受けた『ロキ・ファミリア』、そこに大金が転がり込んできたのだ。飛び付かない筈がない。

 

 最初こそフィンとアイズは拒否していたが、ロキのいらないのなら貰っても問題無いのゴリ押しと。遠征を終えて打ち上げの何もしないと言うのは幹部、そして団長として胸が痛んだ。

 

 渋々、そう本当に渋々と、フィンとアイズは魔石を換金した。もしあの男が後で魔石を欲しいと言ったときには何でもしようと決めて。

 

 だが、そんなもしは起こらない。あの男ーーあの王にはもう金銭面の事には興味がない。

 

 この都市で一月も過ごしてしまったのだ。ベルが最速でランクアップを果たすのなら、王は最速で持ち金の桁を数ランクアップする。

 

 「フィンー、どないしたんや! 全然飲んでないやん、今回の主役はフィンなんやで! もっとグイッと、グイグイ飲もうや!!」

 

 「はは、そう急かさなくても飲んでるよロキ。だからねティオネ、追加の注文はいらないよ?」

 

 だからフィンとアイズはどこか宴を楽しめていなかった。酒を飲み料理に舌鼓を打っても、心の奥で申し訳ない気持ちがあるから。それでもティオネの行動には目を光らせている。

 

 「神ロキの言う通りだな。フィン、主役であるお主が景気よくなければ皆も楽しめんぞ? ーーすまない、おかわりだ!」

 

 「そうじゃなフィン。こういう場でも儂らの行動は下の者に影響するのだぞーー儂も酒じゃ! じゃんじゃん持って来い!」

 

 そう言って豪快に笑うのはガレスと、今回の遠征の協力者にして一名だけの他ファミリアーー椿だ。

 椿がこの場に同席しているのは、あの時ティオネが誘った。それだけだ。椿自身もこういう催物はどちらかと言えば好きな部類で、尚且つ金を出さなくて言いと言うのであれば断る理由はない。

 

 ただ酒程上手いものはない。神も認めるうまい酒の一つ。

 

 「お前達の言い分を擁護する訳ではないが、確かに的を得ている。フィン、こういう場で悩み事を抱えていても仕方がない。こう言うのは手放しで楽しんだ者勝ちだぞ?」

 

 「ハハ、まさかリヴェリアがそんなことを言うなんてね。リヴェリア、もしかして酔ってる?」

 

 「私は酒は飲まん」

 

 そう言ってグイッと手に持つお猪口を口にする。その中身は酒ではなく、水。が、ただの水ではなく『アルブの清水』と言うエルフが好む無酒種。

 

 ーーロキも、リヴェリアもガレスも、幹部達は気付いている。フィンが何かに思い悩んでいることは。

 

 けれどもそれを問うことはしない。その問いには結局その原因となるモノに会わなければならないし、今の段階ではその悩みを推察することさえできないから。

 

 「確かに悩んでても仕方ないか…。結局僕も分からない事(・・・・・・)だしね」

 

 うじうじ悩んでもしょうがない。団長(じぶん)の不安で他の団員に迷惑をかけたくはないし、何より今回の宴は自身のランクアップの祝杯も兼ねている。それで何時までもこうしているのは無粋だろう。

 

 「ーーーーそう言えばベート、どうして君はそんなにボロボロなんだい?」

 

 「うるせぇよ!」

 

 「おっと、やぶ蛇だったか。ハハ、すまないねーーそれとお代わりはしないのかい?」

 

 「うっせぇ! 急に喋るようになったと思ったらつまんねぇ事をベラベラと…! おい、酒が切れた次の持って来い!」

 

 悩みを一旦置いて、宴を楽しもうと思ってベートに声をかけたようだが、どういう訳か気が立っていた。

 

 だが、何も言わないと言う事は問題はないと言うことだろう。そう判断したフィンは自分のグラスを一気に煽った。

 

ーーーーーー

 

 『豊穣の女主人』の賑わいは、時間を経て落ち着きを見せていた。

 多くの客は楽しんだ料理に礼とお代を払い店を後にしていく。

 

 そんな中でも『ロキ・ファミリア』の宴はまだ終わりを見せない。流石他と一線を期すファミリアと言うのか、彼等の体力はこのまま閉店まで居続けるのでは、そう思わせる程盛り上がっていた。

 

 「ちょっとベート! さっき団長に舐めた口聞いてたでしょ!!」

 

 「あぁん! だったら何だってんだ、ケツでか女!!」

 

 些細ないさかいが起こっても、それを止めようともせずそれを見て笑い。無論、店に迷惑がかかるようであれば吊し上げるが。

 

 「ねぇ、椿! 今度さ新しい武器打ってよ!」

 

 「構わんが、お主にはウルガあるだろう。あれはどうするのだ?」

 

 「使うよ! ほら遠征の時、椿重たい武器二つ持っても振るえてたでしょ? 私も同じ事してみようかなって!」

 

 「打っても良いが…。お主代金はどうするきだ?」

 

 「ツケで!」

 

 「お主はほとほと鍛冶士泣かせじゃなぁ…」

 

 ガールズトークに花を咲かせても良さそうだが、彼女達にとってはこれでそうなのだ。花より団子ではなく、花より武器。実にアマゾネスらしい。

 

 「しっかし、次回の遠征はまた随分と先か…。フィンの奴に先を越されて指を加えているのも限度があるぞ? 儂でさえそう思うのだ、他の者達が何か無理をする前に何とかせんとな」

 

 「それには同意だが、先立つ者が無いのだ。どうしようもあるまい。我々がキチンと管理するほかあるまい」

 

 「そうじゃのう…。ええい、やめじゃやめ! どっちにしろ腹を満タンにせねば、頭が回らん! おおーい、酒じゃ、樽で持って来い!」

 

 「酒で腹が溜まるか、馬鹿が」

 

 首脳陣達の悩みはこれからの事。けれどもほとんどの財を出し切ってしまった今ではどうともならない。そう見限って、飲み物を煽る。

 今は少しでも頭を痛めたく無いから。

 

 「レフィーヤ、大丈夫?」

 

 「大丈夫です! 私は大丈夫ですよ、アイズさん!」

 

 「本当…?」

 

 そう問うアイズの目にはそうは見えなかった。今も卓に突っ伏し項垂れるレフィーヤの姿には心配しか浮かばなかった。

 

 「何か嫌な事でもあった?」

 

 「ふひっ! そんな心配しているアイズたんに這いよる混沌ロキ! ただ今さんじょーー」

 

 「……(ぐさっ)」

 

 「のーーうぅー!!」

 

 這いよる混沌の怪しい手は敢えなくアイズの手に持つフォークによって撃退。

 

 「嫌な事…。嫌って言うか、ちょっと面倒くさい人に絡まれてしまって…」

 

 「そっか、それは大変だったね。お疲れ様」

 

 そう言ってアイズは何の気なしにレフィーヤの頭を撫でた。

 

 「ア、アイズさんッ!?」

 

 「あっ、ごめん。嫌だった?」

 

 「全っ然! むしろ、大好物です!!」

 

 「そう…?」

 

 レフィーヤの発言の意味は分からなかったが、嫌ではないようなので、下げた手をもう一度レフィーヤの頭へと動かす。

 

 その待望の時を待つレフィーヤのーーその時が来ることは無かった。

 

 『ーーーーーー』

 

 ーーーー新たな来客が訪れた。

 

ーーーーーー

 

 ーー今現在の『豊穣の女主人』の店内の様子は『ロキ・ファミリア』を除いて他の客は誰一人居なかった。

 

 それは別段何か作為的なモノではなく、ただの偶然。けれども必然でもあった。

 

 何故そうなったか、その原因は『ロキ・ファミリア』、ただ一人の男ーーベートのせいである。

 

 前回の打ち上げの際のベートの行動を、彼等はまだ覚えていた。それは邪推かも知れなかったが、誰だって降りかかる火の粉は浴びたくない。それ故に、何時もより早く退店していった。

 

 それは店の売り上げに関わる事だが、ミアは何も言わなかった。酒の席の暴挙ではあったが、主神自ら詫びを入れて、今後は二度としないと誓わせたのだ。ならば、出禁にするほどではない。

 

 そしてそれも何時かは終わること。人の噂も七十五日の言葉もあるのだ、ベートの暴挙も何時か誰からも忘れられるだろう。

 

 故にそんな『ロキ・ファミリア』の貸切状態のこの店に新たに入ってきた客。そんな存在に興味を引かれぬ者はゼロでは無いだろう。

 

 「えっ…」

 

 ーーその中の一人にアイズはいた。何のきなしに新たに入ってきた客を見ようと振り返った先には、知っている者達がいた。

 

 「ーーこんばんわ! いやぁ、良く良く考えてみれば王様君と外食なんて初めてだね!」

 

 嬉しさからその神物の束ねられている髪がブンブンと振り回っていた。

 そして、その神物をアイズは知っていた。

 

 「あれニャー? 珍しいお客さんニャ、お一人様ですニャ?」

 

 新しい客が来たとあれば接客しない訳にはいかない。その神物ーーヘスティアに店員であるアーニャは近付いていった。

 

 「いや、違うよ。もう一人いるよ」

 

 「キャンキャン騒ぐな、ヘスティア」

 

 ーーーーそして、もう一名の男が来店した。

 

 その姿を見たとき、アイズは思わず目を見開いた。自分から出向いた事は何度かあったが、偶発的な遭遇が今まで皆無だったために。

 

 「ニャッ!? 王様じゃ無いですかニャ! お久しぶりニャッ!」

 

 「……ふむ、そうだな」

 

 アーニャもまた驚いてはいたが、そう可笑しな事ではない。そも18階層の件で出向いていたのは聞いていたが、終わってくればまた訪れて来るのだから。

 現にこれ迄も何度か足を運んで貰っていたのだから。

 

 「それじゃあご案内しますニャ!」

 

 そしてアーニャは振り帰り、新しい客が来たことをホールに聞こえるように、店内に聞こえる声量で言った。

 

 「王様ご来店ニャッ!」

 

 

 



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嵐の宴

 ここからのお話は、独自解釈、独自展開。オリジナル要素を交えた、なるだけ原作沿いのお話になります。ご了承下さい。

 尚、王は平常運転を心掛けております。

 原作の『ソード・オラトリア』6巻の内容では今回の酒場の邂逅はありませんが、独自解釈によるフィンLV.7によって、その時の傷によって日程がズレました。

 レフィーヤとの遭遇。
 ↓
 オッタル戦
 ↓
 ベル達ヴェルフの宴
 ↓
 王、ロキ・ファミリアと逢う
 ↓
 今現在

 となります。

 


 「乾杯!」

 

 ヴェルフ行き付けのとある酒場ーー『火鉢亭』。そこでベルとリリ、そして本日の主役であるヴェルフの三人が一つの卓を囲っている。

 

 先日の中層の強行軍や18階層の戦闘(いくつものゴタゴタ)を経てヴェルフは念願のLV.2に至った。その一報を聞いて、本日の祝賀会が行われる事になったのだが…。

 

 「あぁ…。ありがとう」

 

 ヴェルフの表情は晴れないものだった。『鍛冶』のアビリティが出なかった、という訳ではない。現にそのアビリティは形と成ってヴェルフの背に刻まれているのだから。

 

 「どうしたの、ヴェルフ? 何かあった?」

  

 「いや、何でも無い。何でも無いんだ…」

 

 心配そうなベルの言葉にもヴェルフは訳は話さない。それが余計に気にかかるが、それを追求することをベルはしなかった。

 

 『ランクアップ』とは冒険者であれば、誰もが望む境事。器を昇華させ、高次の段階に足を踏み入るのだ。

 

 だからその偉業を祝い、称賛する。だから喜ばしい事なのだ。それで不幸(・・)になる筈がないとーーベルは思っている。

 

 「まぁ、ランクアップすることは良いことではありますが、大変な事もあるのです。ベル様もそれは知っているではないですか」

 

 「そう言えばそうだね。リリの言う通り、僕もランクアップした時は神様達に揉みくちゃにされたしね」

 

 「それはベルだけの特例だろう。何せ最速でランクアップしたんだ、俺とは注目の度合いが違う」

 

 オラリオにおいて、LV.1の冒険者がランクアップすると言うのはファミリアの大きさで意味が異なる。

 『ヘスティア・ファミリア』のような弱小ファミリアであれば祝い、ギルドに報告すれば良いだけだが、ヴェルフのファミリアーー『ヘファイストス・ファミリア』では行うことはそれだけではない。

 

 都市で有名な『鍛冶』のファミリア、その上級鍛冶士の末席に名を連ねるのだ。それをランクアップして、おめでとう好きにファミリアのロゴを使っていいわーーそう言う訳にはいかない。 

 

 上級鍛冶士になったからと言って、打つべき武器全てがロゴを刻める武器になると、そんな上手い話はない。

 ランクアップした冒険者達がまずしなければいけないのは感覚のズレを治すこと。

 それをなさなければ満足にステイタス、引いてはアビリティを振るう事は出来ない。

 

 見習い期間を終えて待っていたのは一人前ではなく、研修期間。それはランクアップを果たしたヴェルフが気落ちするのも分かるーーそうリリは判断した。

 

 「まぁ、確かに口酸っぱく言われたな。やっかみもあったしな」

 

 「そっか、やっぱり大きなファミリアだと色々あるんだ…。あのさ、ヴェルフ。そしたら当分は工房に籠るの…?」

 

 そのベルの問いは、遠回しに今後ダンジョンに潜らないのか。そう言う意味合いがあった。

 ヴェルフとベルがダンジョンで一緒に探索していたのはヴェルフが『鍛冶』のアビリティを取るまでと言う約束があった。

 

 ベル自身ヴェルフの想いも分かる。目指す道が違うと言う事も解る。けれどもこれからも一緒に探索を続けたいと思っていた。

 

 ベルは不安気にそう問う。その姿がまるで捨てられた兎みたいで、この時ばかりは純粋に笑えた。

 

 「そこまで不義理じゃねーよ。お前が良ければ(・・・・・・・)ダンジョンに潜るさ」

 

 そう言ってヴェルフはグイッとグラスを煽る。

 

 自分の内の黒い部分を押し込むように。

 

 それに自分がその道に行かないとはもう言えない。それもグッと押さえ込んで。

 

 「それじゃあまた三人でのパーティーになりますね、ベル様。そうすると前衛二人は腕利きの上級冒険者になって、リリの肩身は狭くなりそうです…」

 

 「はは、そんなこと無いってリリ。リリが居てくれたからここまでやってこれたんだよ?」

 

 このパーティーでまたダンジョンに行ける。その事が分かってベルは嬉しそうに笑う。

 

 これからもこの関係は続いていける。それが解って、未来に胸馳せて笑う。

 

 ーー何時までも続くと思っていた現実が、唐突な不幸で崩れ落ちた事があるベルは笑った。

 夢見た光景に現実を突き付けられた事があるベルは笑った。

 

 「すまん、ベル。本当はこんな場で言うことじゃないんだがーー相談がある」

 

 「な、何? ヴェルフ…。急に改まって。僕に出来る相談なら何でも聞くよ?」

 

 だって僕らはパーティー何だから。そんな恥ずかしい台詞を最後に付け足して。

 

 「実は…」

 

 「あっ、待ってヴェルフ! 僕の所お金は無いから金銭面なら…、ちょっと無理かな…」

 

 パーティーに隠し事するのは良くないこと。アドバイザーであるエイナから聞いていたベルはヴェルフの言葉を遮って言った。

 

 それでも困ってるなら何とかしたいと願うベルは言った。あの人なら何とかなると、頼み込めば何とかしてくると軽い気持ちでーー言ってしまった。

 

 「あっ! でも王様(・・)なら何とかしてくれるかも知れ…」

 

 「ーーッ! ああ、だろうなっ! あいつなら、あいつの方がーーッ!」

 

 ダンっとテーブルを叩き立ち上がる。その突然の行為に店内の全ての者が振り返り、目の前のベルとリリの驚きで身を震わす。

 

 自身に突き刺さる視線、そして呆然と見上げる二つの視線にハッとヴェルフは意識を戻した。

 

 「わりぃ…。何でもない、気にしないでくれ」

 

 「えっ…、あっ…。そ、そう…」

 

 ベル自身自分が何を言ったのかは解らない。何か、何か言わなくては、そう思って口が動いただけに過ぎない。

 

 何か不味い事を言った。そうは分かるのだが、原因が分からない。だからゆっくりとその原因を見つけようとするベルに、ヴェルフは言葉の続きを言った。

 

 「ーー相談ってのは他でもない。ベル、お前と結んだ専属鍛冶士のアレ取り消してくれ」

 

 そう言ったヴェルフの目は真剣で、それが冗談の類いでは無いことが分かった。

 

 分かったからこそ、ヴェルフの言葉を理解できなかった。

 

ーーーーーー

 

 「ーー王様ご来店ニャッ!」 

 

 その声に弾かれたように振り向く者は多くは無かった。そも酒場に新たな客が訪れた所で自分達には関係が無い。そう思っていたから。

 

 だが多くはないと言っても、少ない者は見てーーそして再び話に花を咲かせる。例え向いたとしてもその人物が知っている者では無い限り、見続ける意味は無い。

 

 「ん? どうしたんだいアイズ?」

 

 そう言ってアイズを見たフィンは、直ぐ様その視線を動く者に映し変えた。どうしても、人と言うのは動く者に視線が行ってしまう者なのだから。それも勢い良く動くモノとあれば仕方も無いだろう。

 

 そしてその者が自分達の主神なのだから文句は言えないだろう。

 

 そしてその追った先で見たのは幼女に掴みかかる自らの主神ーーではなく、一人の男だった。

 

 「ここで会ったが百年や! 何でこんな楽しい日にお前の顔見なきゃアカンのや! ドチビ!」

 

 「うぐぅわあぁぁぉ! それこそ僕の台詞さロキ! 何でここに君がいるんだ!」

 

 流石に自分達の主神の奇行に振り向かない薄情者は『ロキ・ファミリア』にはおらず、全ての団員がロキとヘスティア両名の醜い争いを見た。

 

 だからその他の団員ーー幹部陣の視線は一人の男に固定されていた。

 

 アイズとフィンが抱いた思いは何故ここに? で、他の幹部達はアレが噂のか、と何処か値踏みする目で。

 ベートは忌々しく男を睨み付けていた。

 

 ーーそしてレフィーヤは疾風の速度で机の下に隠れた。

 

 「ん…?」

 

 そして視線を向けられば気付かぬ道理は無い。人も神も、まして羨望の的であった王ならば当たり前だろう。

 

 だから男ーーギルガメッシュは自身に向けられる視線の元に目を向けた。

 

 「おのれーーッ!」

 

 「ドチビーーッ!」

 

 「どうかしましたニャ、王様ニャ?」

 

 「……まぁ、よい。ヘスティア、何時までも下らぬじゃれ合いをするでない」

 

 興味なさげに向けられた視線は、やはり興味をなんら抱かず戻り、アーニャに向けられヘスティアの頭を叩きカウンターへと足を進める。

 

 「ま、待ってくれ王様君ッ! ふん! ロキ、こんな所でまで君とじゃれ合う程僕は暇じゃない!」

 

 突き飛ばすヘスティアに、ロキは尚も唸る。まさかこんな日に会うなど予想だにしてなくて、そしてこんな宴の場で会いたくもない奴と会ったのだ。ロキの唸りも当然だろう。何より胸が憎い、あの胸がどうしようもなく憎い。つまるところロキの私怨だ。

 

 「こっちこそや! こらドチビ、お前見とると酒が不味くなる! どっか他行けや!!」

 

 「そっちこそ! そのド貧乳なものぶら下げられちゃあ、ご飯が不味くなる! 君こそどっか行きなよ!!」

 

 お互いに飛び退き距離を空ける。そのいさかいは厨房からやって来たミアの姿を見たロキが渋々、そう本当に渋々引いた。

 

 が、それはヘスティアとこの場でいさかう意味がなくて、その隣の男に興味があったから。

 

 件の人物。それがわざわざ向こうからやって来たのだ。噂の真偽を問うには絶好のチャンスであったから。

 

 「ごめんなぁ。つまらんモン見せてもうて、自分『金色の孤王(ゴージャス)』ってやろ? こんなドチビのファミリアに入ったなんて、不幸やなぁ」

 

 「うるさい! 何さ自分のとこがちょっとデカイからって! その自分の胸に少しは見習わせたらどうだいっ!」

 

 ふざけた風を装い、真剣身を感じさせずロキは問う。酒の席でたまたま知った名の冒険者に会ったそう装って。

 

 ヘスティアの言葉にカチンと来ても、視線は男に向けたまま。折角の出会いなのだ、この場で聞ける事は聞こう。

 

 だがらロキのこの行動は見定めるために、『ロキ・ファミリア』を好意的に見ているのであれば引き抜ける。絶好の機会。

 

 つい先程まではどちらでも良かったロキだが、ヘスティアの態度にイラっとし、自分の眷属が引き抜かれる絶望を与えてやる。だから今、謙虚に『神ロキに話かれられる何て光栄です』そう言えば入れてやって(・・・・・・)も言いと思っていた。

 

 そんなロキの問いへの返答は。

 

 「……」

 

 興味無さげにフィン達の卓を見た王は視線を戻し、カウンターへと歩を進めた。

 

 ーー返ってくる言葉は無かった。ロキに一瞥もくれる事なく、ましてや言うことなどなく歩を進めた。

 

 その背をロキもヘスティアも、ましてやアーニャも呆然と見つめた。返答を待っていたロキは当然であるし、ヘスティアとアーニャも何と返すか興味もあった。だが、まさかこんな返答をするとは思ってもいなかった。

 

 無視。

 

 そのまま何も言うことなく席に着き、厨房から出てきて今のやり取りを始終見て同じく言葉を無くしていたミアに視線を向ける。

 

 「あ、あぁ…」

 

 「ふむ…。リュー、そこで何を突っ立ているか知らんが勤めは果たせ」

 

 繁々と出されたワインを眺め、後方で今の一連の様子を伺って呆然と立つリューへと告げる。

 

 「は、はい…」

 

 心ここに在らず、そう言った状況でも労働の勤めを果たすミアとリューには称賛を送れるだろう。それ程までに、先の邂逅の衝撃はでかい。

 

 ーーどうしていいか分からない静寂が、先程まで喧騒に包まれていた店内に訪れる。

 

 ロキは、多少おふざけを混ぜていたのは否定しないがそれでも『ロキ・ファミリア(都市最強)』の主神である自分の言葉を無視するなど考えも出来なくて。

 

 そして『ロキ・ファミリア』の面々も、真面目では無いにも関わらず神であるロキの言葉を無視するとは思っても見なく。逆にロキが酒に酔っていたのもあって、ここで主神を無視したと怒るのも憚れる。

 

 「あの…、じゃあ…。そう言うことで僕も…」

 

 そんな静寂が包む中、リューがグラスに酒を注ぐ音さえ聞こえるその中で、ヘスティアは手を上げロキから離れようとする。

 

 ヘスティアも王の行動にGJと言って笑いたいが、そんなことは出来ない。そんなことをしたら下手したら戦争である。ロキだけならそれも問題ないかも知れないが、今は『ロキ・ファミリア』の神ロキとしてここで宴を楽しんでいるのだ。そんな場でそんな挑発をすればそれはファミリアに対しての挑発にも取られる。だからヘスティアは今の内に、有耶無耶な内に、ロキの前から逃げたかった。

 

 机の下のレフィーヤが急に静寂になった店内を見ようと顔を覗かせる。

 

 「待てや、ドチビ」

 

 「ひぃぃぃ!」

 

 去り行くヘスティアのその肩を、ロキは逃がさないと言わんばかりに掴む。まさかの出来事に面食らったが、それでおいそれと獲物を逃がす筈はない。

 

 「お前んとこの子は随分と舐めた事すんのやなー? で、この落し前どうつけるんや?」

 

 「いや、そのっ! アハハ、嫌だなロキ! 君は謙虚さが売りなのに、そんなことするなんて君らしくないよ…」

 

 だからヘスティアは何時ものように、何時ものおふざけの延長でした。そう取って欲しくてふざけるがーー逆効果である。

 

 額に浮かんでいた青筋が、一つから数多に増える。そのロキの形相を見て、ヘスティアは事の重さを知って土下座へと移行とするが。

 

 「まぁ、待てロキ」

 

 「あん?」

 

 ーーロキの肩をリヴェリアが掴んだ。

 

 ロキが振り返ればリヴェリアが居て、その後ろのリヴェリアが今までいた卓では必死にフィンが他の者達を宥めている。

 

 「ここは酒場だ。誰某がやって来ても可笑しくはない。確かに知人なら一声かけるなどの礼儀をするかも知れないが、彼は私達が名を知っているだけの間柄。ここは大目に見てやれ」

 

 「ママの言う通りかも知れんがなぁ…」

 

 「そう、そうなんだロキ! ちょっとばっかし王様君は取っ付き難くてね、ここは僕が謝るから許してくれよ!」

 

 ヘスティアは頭を下げる。犬猿の仲のロキに頭を下げるのはヘスティアにとって屈辱だが、そうは言ってられない。このままでは戦争と言うイジメに発展する。それだけは避けたいから。

 

 「ちっ…!」

 

 「そう言うわけだ、絡んですまなかったな神ヘスティア。ーーお前も、一応神に話しかけられたのだ、返答の一つや二つして損はないぞ」

 

 これでこの空気は終わる。誰しもがそれを思った。そう店内の誰もが思った。

 

 宥めていたフィンも、そのリヴェリアの仲介で溜飲を下ろした幹部達も。騒動が起きず良かった、良かったと思うミアも店員達も。誰もがそう思った。

 

 ーーここで彼がキチンとした返答をすれば、だが。

 

 彼が先程の無視の非礼を詫びれば。

 

 彼の王がそうか、などの返答をすれば。

 

 英雄王がこの空気の中、爆弾さえ投下しなければ。

 

 ここで彼等の邂逅は人知れず終わった、筈なのだ。

 

 「ーーいい加減、その煩しい口を閉じたらどうだ、雑種ども?」

 

 その返答は静寂を包んでいた店内に、その男の返答を待っていた彼等には予想外の答えだった。

 

 「今宵の我に道化はもういらん。貴様ら雑種の下らん演目などーー興醒めだ」

 

 絶句。神であるロキも、ヘスティアも。横にいるリューも、前にいるミアも。何よりこの場に勢揃いしている『ロキ・ファミリア』にも。

 

 席に座りながら身を反転させた王は、見据えた先の雑種共(かれら)に向けて嘲笑をもって宣告する。

 

 「不敬、無礼を重ね。王の慈悲を無下にする。ーーはっ。雑種共、その首何故まだ付いている?」

 




 入店前ヘスティア「へぇー。ここが『豊穣の女主人』か! いいお店じゃないか!」

 入店後ヘスティア「アイエエエ!? シュラバ!? シュラバナンデ!」


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