ラブライブ!~Miracle and Track~ (K-Matsu)
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The 1st Chapter 物語スタート~ファーストライブ
Prologue


始めまして。

この度小説投稿は初挑戦となります。

ですので駄文になる可能性大ですが暖かく見守り、優しい御感想を頂けたら幸いです。
注 (作者は豆腐メンタルよりも脆いメンタルを持っています。)

それでは、どうぞ。


厳しいオフシーズンのトレーニング期が終わり、いよいよ高校生活2度目のトラックシーズンが始まってから数週間が経ったとある休日の昼下がり。

 

 

オレこと松宮 壮大(まつみや そうた)は、連日の厳しい練習でクタクタとなりベッドの上の布団に潜り込み目を瞑って泥のように眠っていた。

 

 

『ピーンポーン!』

 

 

すると玄関のインターホンが鳴った。

きっと押し間違いか近所のガキんちょのピンポンダッシュかなにかだと思い、インターホンを無視して眠り込もうとした。

 

 

『ピーンポーン! ピンポンピンポンピンポンピンポーン!!』

 

 

しかし、オレの意思とは正反対に連打されたインターホンは律儀に押された回数と同じ回数の呼び出し音が家の名嘉に響き渡る。

 

 

だぁぁぁぁぁぁあ!!!!うるせぇぇぇぇぇッ!!!

 

 

 

インターホンを連打してる近所迷惑甚だしい奴は何処のどいつだぁぁぁあ!!!

 

 

オレはバッ!!と布団を体から引き離し、玄関のドアに手をかけ思いきり開け放った。

 

 

「うるっせぇぞ!!今何時だと「そーちゃん!!大変!大変なんだよー!!」ごぱぁっ!!!?」

 

 

ドアを開けるとオレンジ色の髪を持ち、右側をリボンでサイドにまとめている幼馴染の強烈なタックルをみぞおちに喰らってしまい意識がどこかに飛んでいってしまった。

 

 

 

 

 

 

「んで?こんな朝早くから何しに来たんだよ?穂乃果。」

 

 

自分の部屋に戻り、まだ若干痛むみぞおち付近を擦るオレは家のインターホンを連打して強制的に叩き起こしてきた元凶であり、なおかつオレん家の向かいに住んでいる和菓子屋『穂むら』の娘であり、オレの幼馴染の一人である高坂 穂乃果をじとーっと見つめていた。

 

 

「そーちゃん!!助けて!大変なんだよ!!」

 

 

自分が何しに来たか思い出したのかガバッと穂乃果のブルーの瞳の奥にオレがハッキリと写し出されるくらいまで詰め寄ってきた。

 

 

相変わらずキレイな瞳だなー……って!!!

 

 

「近い近い近い!!だから何が大変なんだよ!?」

 

 

ドンドン近寄ってくる穂乃果をひっぺ剥がすように距離を置きながら、穂乃果が言う大変だと言う理由を聞き出す。

 

 

「廃校だよ!穂乃果たちが通ってる学校が無くなっちゃうんだよ!!」

 

 

「廃校って……、音ノ木坂学院が?」

 

 

穂乃果が言った衝撃的な発言を聞いて、思わず引き剥がそうしていた腕を止めた。

 

 

単身赴任した親父についていった母さんの母校でもあり、今は穂乃果たちが通ってる高校だ。

 

 

昔ながらの学校だが、学校の前にズラッと並んでいる桜並木はまだガキんちょで女の子らしいことがあまり好きじゃなかったオレでも思わず見惚れるくらいキレイだったのを今でも覚えている。

 

「つまりあれか?音ノ木坂学院の廃校から守りたいけど何をしたらいいのか思い付かないからオレに相談してきたと?」

 

 

「違うよ?」

 

 

自分なりに出した結論を穂乃果は少し首を傾げながら真っ向から否定した。

 

 

「違ったか?じゃあ穂乃果が出した廃校を守る手段って?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん!私、スクールアイドルになる!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突すぎる宣言にオレの部屋の空間の時間が止まりかけた。

 

 

……ん?

 

 

オレの聞き間違いか?

 

 

今こいつスクールアイドルって言ったか?

 

 

「……ごめん。今言ったこともう1回言ってくんね?」

 

 

「私、スクールアイドルになるって言ったんだよ!!」

 

 

どうやら異常なのはオレの耳ではなく、穂乃果の思考回路のようだった。

 

 

いやいやいや…。

 

 

全国のコンビニで始まった『ドーナツ販売始めました』的なノリでアイドル宣言をしたこいつの頭ン中ぱっかーと割って見てみたい気分だ。

 

 

「穂乃果一人で出来んのか?スクールアイドル。」

 

 

「穂乃果一人じゃなくて、ことりちゃんと海未ちゃんと一緒にやるんだよ!」

 

 

「ことりはなんとなく分かるが、よく海未もやるって言い出したな…。」

 

 

あくまでオレの予想なんだが顔を茹でダコのように真っ赤にして、『は…、破廉恥ですっ!!』とか言うあの海未が…。大方ことりの『お願い』で陥落したのだろうがあのよくも悪くも真面目ちゃんの海未がアイドルを…ねぇ。

 

 

いや、待てよ…。

 

 

冷静になって考えてみろ壮大…。

 

 

堅物で有名(?)なあの海未がヒラヒラの短いスカートを着て、少しだけ恥じらいながら歌って踊る姿…。

 

 

「アリだなッ!!!」

 

 

「そーちゃん一人で何言ってるの?」

 

 

「……ハッ!?」

 

 

気が付けば心の声が思わず口から出てしまい、穂乃果がジト目でオレを見ていた。

 

 

「……ごほん!そ、それで?穂乃果はオレにどうして欲しいんだ?」

 

 

「うん!穂乃果たちの事、手伝って欲しいなーって。」

 

 

笑顔で手伝って欲しいと言い切った。

 

 

手伝って欲しい…か。

 

 

「あのな?穂乃果。まずオレは男だから音乃木坂学院には入ることが出来ないんだぞ?それにオレも学校や陸上の練習だってあるんだぞ?だから毎日は見ることが出来ないんだぞ?」

 

 

「分かってるよ。そーちゃんがインターハイ(陸上の全国大会)を目指して一生懸命練習してることも学校でいい成績を残すために毎晩勉強をしていることも。それでも!!…それでも、穂乃果たちのこと手伝って欲しいかなって思ったんだけど…。」

 

 

今まで笑顔だった穂乃果が物凄く真面目な表情で、最後は少しだけ切ない表情で本心を吐露してきた。

 

 

オレは穂乃果の本心を聞いて溜め息を1つ吐いたあと、穂乃果の頭をポンポンと優しく撫でる。

 

 

「分かった。もし浅はかな理由で頼みに来たのなら今すぐ門前払いするところだったけど、穂乃果がそこまで考えてくれたのなら話は別だ。さすがに毎日とまではいかないけど時間が空いている時なら手伝いに行ってやってもいいぞ。」

 

 

「じゃあ…それって!!」

 

 

「オレでよければ穂乃果たちのお手伝い役、引き受けるよ。」

 

 

「やったぁ!ありがとうそーちゃん!!私、頑張ってスクールアイドルになって音ノ木坂学院を守ってみせるからね!!!」

 

 

そう。その姿こそオレのよく知る高坂 穂乃果という人間だ。

 

 

失敗する事を恐れず、不可能だと思われてきた壁をいとも簡単に壊して突き進む。

 

 

穂乃果の何回目だかの宣言を聞いて、穂乃果恒例のアレをやりたくなってきた。

 

 

「そうだ、穂乃果。アレ一緒にやろうぜ?」

 

 

「アレってなに?」

 

 

「ほら、オレが大会の時とかこれから頑張ろうって時によくやるアレだよ。ア・レ!!」

 

 

いまいちピンと来なかった穂乃果だったが、左の手のひらを右の握り拳でポンと叩いた。

 

 

どうやら思い出したようだ。

 

 

「ああそっか!!そーちゃんも一緒にやるなんて珍しいね!」

 

 

「今は一緒にやりたい気分なんだよ。ほら、穂乃果。」

 

 

「うん!!!」

 

 

オレと穂乃果は息を深く吸い込んだ。

 

 

「そーちゃん…。」

 

 

「穂乃果…。」

 

 

「「ファイトだよっ!!!」」

 

 

 



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第1話 朝練とスピリチュアル

穂乃果たちのお手伝い1日目となる今日。

 

 

穂乃果から今日から朝練があると聞かされたオレは、神田明神の男坂の一番上の石段に座って幼馴染たちを待っていた。

 

 

お手伝いだと聞かされたのだが、朝練をやると聞いたオレは学校の制服姿ではなく練習着に着替えここに来るまでにウォーミングアップがてらロードバイクを1時間ほど漕いでから意気揚々とやってきた……のだが。

 

 

「……誰も来ねぇ。」

 

 

少々早く来すぎたのかもしれない。

 

 

少々足に負担がかかるけど、朝練がてら先に階段ダッシュでもやろうかな?と思い立ち上がろうとした。

 

 

すると、見覚えのある2人の女の子がジャージ姿でこの階段を上ってくる見つけた。

 

 

「おはよう。ことり、海未。」

 

 

オレはことりと海未が階段を上り切ったところで、声をかけてみた。

 

 

「あ!そーくんだ!!」

 

 

「壮大!?どうして壮大がここにいるのですか!?」

 

 

ことりは相変わらずの脳トロボイスで、海未は海未でズザザーッと格闘技のバックスウェイのような動きをしてオレから少し距離を取った。

 

 

海未さん、いくらオレでもそこまでされると泣きたくなるよ?

 

 

「いや、どうしてって言われても…。穂乃果のお願いでアイドル活動のお手伝いをしようと思ってだな…。」

 

 

「え!?そーくんが手伝ってくれるの!?」

 

 

「あぁ…。よりによってお手伝いが壮大だったなんて……。」

 

 

なぜ神田明神(ここ)にいるのかという理由をかいつまんで話すとことりは『やったぁ!!』とその場で飛びはね、海未は何やらブツブツと呟きながら頭を抱えていた。

 

 

その直後に穂乃果がやってきて……、

 

 

「だいたい穂乃果はいつもそうです!!毎回毎回結果ばかり先走って肝心の内容はいつも後回しで!!」

 

 

「海未ちゃんに聞かれなかったから『誰が来るのか伝えなくていいのかなー…。』って思ったんだもん!!」

 

 

「そんなことは聞かれなくても連絡するのが普通です!!!」

 

 

「まぁまぁ海未ちゃん、その辺で…。」

 

 

「ことりは穂乃果に甘すぎです!!!ここで穂乃果にガツンと言わないといつ言うのですか!?」

 

 

「「…………今でしょ?」」

 

 

「穂乃果は真面目に私の話を聞いてください!そしてことりも穂乃果と同じ答えを言わないでください!!それにネタが少し古いです!!!」

 

 

『お手伝いさんが明日から来る』とまでしか聞かされていない海未が穂乃果に雷を落とし、ことりがそれを宥めるという見慣れた……だけど懐かしいやり取りがあった。

 

 

けど、穂乃果。

 

 

こればかりは全面的にお前が悪いと思う。

 

 

報告、連絡、相談。これ、基本だぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁん!!ことりちゃぁぁぁん!!!」

 

 

「よしよし、穂乃果ちゃんはいい子いい子。」

 

 

「それで?朝練をやるとは聞いているが何をやる気なんだ?」

 

 

涙ぐんでことりに慰めて貰っている穂乃果を放っておき(本音を言うと……、穂乃果。そこ代われ。)、海未に朝練の指針を聞く。

 

 

指針によっては強度を変えないとトレーニングの効率が悪くなってもんだ。

 

 

「はい、弓道部に所属している私はともかく穂乃果とことりは今まで本格的な運動をしていません。アイドルは何十分……、プロのアイドルだと数時間笑顔のまま歌って踊り続ける体力が無いといけません。ですので2人にはまず基礎体力の強化から始めたいと思います。」

 

 

ふむ…。基礎体力の強化か…。

 

 

インターバルトレーニングもいいだろうが、朝起きてすぐの身体に強度の高い練習はかえって逆効果。

 

 

それどころかいきなり身体を痛めたりしたらそれこそ本末転倒だ。

 

 

「んじゃ無難に走り込みってところか。」

 

 

「そうですね。」

 

 

「よーし!頑張るぞー!!」

 

 

いつの間にか立ち直り、オレと海未の話を聞いていた穂乃果が我先に

と走り出そうとしていた。

 

 

「穂乃果!ストップ!!」

 

 

「そーちゃんどうしたの?」

 

 

まさか止められるとは思ってもいなかった穂乃果はキョトンとした顔でその場に立ち止まった。

 

 

「ウォーミングアップもしないでいきなりスピードを上げて走り出すのは危険だ。最初はおしゃべりができる程度のスピードで走り出して慣れてきたらペースを上げていくのがベターだ。」

 

 

「ほぇー…。」

 

 

「壮大……運動の知識になると相変わらずすごいですね。」

 

 

納得していた穂乃果と海未だったのだが、ことりが膝の屈伸をしようとしていたので、すかさず止めに入る。

 

 

「ことり!待った!」

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

ことりはオレの声を聞いて、ビックリしたのか膝の屈伸をやるところで止まってくれた。

 

 

「膝の屈伸を始めとした整理体操とかは実は運動前にやるのはよくないんだ。運動前に筋肉を伸ばしちゃうとその反動で筋肉が縮んでしまって身体を痛める原因になりかねないんだ。だからその体操は走り終わってからな?」

 

 

「うん!!分かった!」

 

 

納得してくれたのかことりはオレの言うことを聞いてくれた。

 

 

うん。聞き分けのいい子に育ってくれてオレは嬉しいぞ。

 

 

「んじゃ、3人は先に走りに行っててくれ。」

 

 

「そーちゃんは走らないの?」

 

 

「走りたいのはやまやまなんだが、穂乃果たちの荷物が誰かに盗まれたりしたら大変だろ?だからオレはお留守番だ。」

 

 

荷物番をすると言って穂乃果たちの荷物のところに行き、ドカッと地べたに座り込む。

 

 

「分かった!じゃあ、行ってきまーす!」

 

 

「すみません壮大。荷物番よろしくお願いします。」

 

 

「そーくん、ことりたちの荷物ちゃーんと見張っててね♪」

 

 

「おう!無理しない程度でいいからなー!!」

 

 

遠くから『分かってるー!』という穂乃果の声が聞こえてきた。

 

 

まぁ、海未もいるしきっと大丈夫だろう。

 

 

穂乃果とことりの面倒は海未に任せて、オレも何かやろうかな…。とオレのバッグに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……面倒見がええんやね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろを振り返ると、関東圏では珍しい関西弁を話す垂れ目の巫女さんが竹箒を持って立っていた。

 

 

「……あなたは?」

 

 

「ウチは東條 希。音ノ木坂学院の3年生や。」

 

 

音ノ木坂学院の3年生ってことは穂乃果たちの先輩か…。

 

 

「穂乃果たちが御世話になってます、松宮 壮大です。立華高校の2年です。」

 

 

「そんな堅苦しい話し方やなくてもええよ。立華ってことは体育科の生徒なん?」

 

 

「はい。そこの陸上部で短距離専門です。……話し方ですけど先輩なのにフランクな話し方は出来ないですよ。」

 

 

「ふふっ…。そういうことにしといてあげる。」

 

 

そう言って東條さんはオレの横にちょこんとしゃがみこんだ。

 

 

改めて東條さんを見てみると海未とは違ったベクトルだが、むっちゃくちゃ美人さんだ。

 

 

髪が長いから美人さんに見えるけど、もしショートカットにしたら美人から一転してボーイッシュな可愛さが生まれそうだ。

 

 

それにことりをも上回り、それでいて自己主張の激しい母性の塊に目を奪われる。

 

 

「……ゴクリ。」

 

 

「んー?松宮くん、どこ見てるん?」

 

 

「いえ、別にどこも。」

 

 

「ホントにー?」

 

 

ジーっとこちらを見つめてくる東條さんを横目に、自分は走ってもいないのに尋常じゃない量の汗が流れてくる。

 

 

マズイマズイマズイ…。

 

 

もし東條さんの胸を見ていたなんてことが穂乃果たちにバレたら…。

 

 

 

 

 

 

 

『そーちゃん?穂乃果たちが朝練やっている時に……何 し て た の ? 』

 

 

『ふふふ……。壮大…。分 か っ て ま す よ ね ? 』

 

 

 

『そんなえっちなそーくんは……こ と り の お や つ に し ち ゃ い ま す ♪ 』

 

 

 

 

 

 

 

ことりのおやつにされてもいいかもしれない。

 

 

だけど、海未さん。あなたはいけない。

 

 

穂乃果やことりのヤンデレは見てみたい気もしなくはないが、海未のヤンデレは絶対怖い。

 

 

男のオレでも泣きながら裸足で逃げ出す自信がある。

 

 

もしくは神様にお祈りをしながら、部屋の隅っこでガタガタ身体を震えわせてるかもしれない。

 

 

 

「ふふっ…。松宮くんって面白い人なんやなぁ。」

 

 

東條さんを見てみると、ニシシッといたずらっ子のような意地の悪い笑顔をしていた。

 

 

そこで初めてオレは東條さんにからかわれたことに気がついた。

 

 

うん。この人、敵に回しちゃあかんタイプの人や。

 

 

「ところで、松宮くんはこれから高坂さんたちの練習に付き合うつもりなん?」

 

 

「そうですね。流石に毎日とまではいきませんけど、時間があるときや陸上部の朝練がない時は出来るだけ練習のお手伝いはするつもりです。」

 

 

穂乃果たちのお手伝いをする。

 

 

これは自分で決めたことなんだ。

 

 

穂乃果たちがどのような結果を残そうがオレは最後まで穂乃果たちに付き合うつもりだ。

 

 

途中で投げ出すなんてカッコ悪過ぎる。

 

 

「……そっか。」

 

 

「…?」

 

 

「はぁー……疲れたぁ。」

 

どうかしたんですか?と聞こうとしたが、穂乃果たちが帰ってきたので結局その真意を聞くことができなかった。

 

 

「あれ?そーちゃんと…副会長さん?」

 

 

副会長さん…?

 

 

ああ、東條さんのことか。

 

 

副会長ってことは……生徒会の副会長ってことなのか?

 

 

……意外と似合いそう。

 

 

「お疲れさん。荷物置かして貰っているんやから御参りくらいしていき?」

 

 

と言い残して東條さんがやってきたであろう道を歩いて向こう側に言ってしまった。

 

 

「……だそうだ。休憩がてら御参りくらい悪くはないだろう?」

 

 

東條さんの言うことに従ったオレたち4人はこれからやる男坂の階段ダッシュの前に、境内にある御賽銭箱の前に立ち、小銭を投げ入れる。

 

 

二礼二拍した後、穂乃果とことりと海未は「音ノ木坂がなくなりませんように!」と声を出して参拝していたのを耳にオレも遅れて目を閉じて念入りにお願いする。

 

 

 

「そーちゃーん!!早く早くー!!」

 

 

「はいはい…、今行くよー!」

 

 

オレは穂乃果たちがいる方に向かって走り出した。

 

 

「よーし!!そーちゃんに勝つぞー!!」

 

 

「ハッ!抜かせ!!穂乃果に負けたら陸上部引退だぜ!!」

 

 

「では……スタートです!!」

 

 

海未の掛け声でオレと穂乃果は階段をダッシュで登り始めた。

 

 

 

ん?オレが何をお願いしたのかって?

 

 

……『穂乃果たちの成功』をお願いしたに決まってんだろ?

 

 

 



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第2話 高坂家と作曲

あー…。腹減ったぁ……。

 

 

何だか睡眠魔法のようにただただ教科書の文字を読み上げる現代文の教師を横目に窓から外を見る。

 

 

オレが通っている体育科のある高校とはいえ、現代文やら数学といった基幹となる科目はきちんと存在する。

 

 

穂乃果たちの朝練に付き合いうことによって練習量が増えたため、身体の疲労が貯まるペースと回復するペースがまだ追い付いておらず睡魔と朝から練習することが原因で身体のエネルギーが枯渇し、オレの腹は食べ物を欲している。

 

 

ーーーブー…ブー。

 

 

今日の昼メシは何にしようかと迷っているところに、ブレザーのポケットに入れているスマホが何かの着信を告げた。

 

 

オレは前に座っているクラスメートを壁にしつつ、最小限の動きでスマホを操作する。

 

 

送り主は……穂乃果からだった。

 

 

確か今の時間は音ノ木坂も授業中だったはず。

 

 

自習の時間なら話は別だが、授業中になにしとんねんあいつ。

 

 

 

 

 

ほのか:今日学校終わったら時間あるー? (既読)

 

 

そーた:練習終わりでいいっていうなら取れるぞ。 (既読)

 

 

ほのか:ホント!?じゃあ穂乃果の家に来てね!! (既読)

 

 

そーた:りょーかい。ほむまん何個か用意しといてくれ。 (既読)

 

 

 

 

 

 

……今日の練習、軽めのメニューに切り替えようかな。

 

 

そう決めたオレは少しでも体力を回復させるべく、目を閉じた後に夢の世界への扉を強引に抉じ開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちわーっす。」

 

 

練習終わりの帰り道、オレは穂乃果の家でもある老舗の和菓子やである『穂むら』にやってきた。

 

 

やって来たっていっても『穂むら』はオレん家の向かいだから帰宅したも同然なんだがな?

 

 

そして本来なら裏の戸口から入るのだが、オレと海未とことりはお店の出入り口である表口から入っている。

 

 

「んぐ…。んぐ…。いらっしゃー……あら!?壮大くん!?」

 

 

「どうも、お久し振りです。夏穂さん。」

 

 

高坂 夏穂(こうさか なつほ)さんは、穂乃果の母親でありオレの母さんの腐れ縁でもある。

 

 

ちなみに学校からの渡される手紙の中にどうしても保護者の名前を書かなければならない場合は、夏穂さんが代筆でオレの母さんの名前を書いてくれてたりもする。

 

 

そんな夏穂さんはカウンターの向こう側にある椅子に座って、三色団子を摘まみ食いしていた。

 

 

……夏穂さん(この親)ありて穂乃果(あの娘)ありってやつか?

 

 

「ホント久し振りねー!去年の12月以来かしら!?」

 

 

「ですかね…?毎日毎日陸上の練習で時間が無くて…。」

 

 

「おかーさーん?声大きいよー!誰と話してるのー?」

 

 

すると穂乃果とは似ても似つかない女の子が母屋からにゅっと顔を除かせた。

 

 

「よっ、雪穂。」

 

 

「ありゃ、壮にぃだったの?」

 

 

この子は穂乃果の妹の高坂 雪穂(こうさか ゆきほ)

 

 

音ノ木坂中学の3年で今年は受験生だ。

 

 

「雪穂、進路は決めたか?」

 

 

「うーん…。まだ決めてないけどUTX学院に行こうかなーって考えてるとこ。」

 

 

「UTX?雪穂でもあそこは結構難関だぞ?」

 

 

「だよねぇ…。壮にぃが勉強教えてくれたらいいんだけどなぁ~。壮にぃ立華で一番頭いいっておねーちゃんが言ってたよ?」

 

 

「立華の『体育科』の中での話だ。普通科の人たちはもっとすげぇぞ。」

 

 

立華の体育科も結構頭がいいことで有名なのだが、普通科の人間は頭良すぎて常人と違うところがあるからな。

 

 

普通科の友達から聞いた話だけど、普通科のトップクラスの奴なんか新しい教科書が渡された次の日には教科書の半分を、その次の日には教科書丸々1冊解き終えているらしい。

 

 

そんでもって大学の赤本だとかハーバード大とかオックスフォード大とかの過去問を解いているだとか解いていないだとか。

 

 

…オレには絶対できないと思う。

 

 

「まだ3年になって間もないんだし、じっくり考えればいいさ。」

 

 

「ありがとう。ところで、壮にぃ。ちょっと分かんないところがあるんだけど…。」

 

 

「あー…。今日は穂乃果に用があってきたんだ。家が向かい同士なんだしメシ食い終わってからでもいいだろ?」

 

 

「それもそだね。おねーちゃんならことりさんと一緒におねーちゃんの部屋にいるよー。『御免下さい。』あら、海未さんいらっしゃーい。」

 

 

さっきの雪穂と同じように顔をにゅっと出して、お店の出入り口の方向を覗いた。

 

 

すると、そこには矢が入った筒を肩に担いだ海未がいた。

 

 

弓道部の練習に出ていたのか…。

 

 

「よっ、海未。」

 

 

「壮大もいたのですか。」

 

 

「練習が終わって今来たとこだ。」

 

 

「ふふっ。お疲れさまです。」

 

 

「そういう海未こそ。」

 

 

海未と出会ってすぐの時は、オレを見た瞬間穂乃果やことりの陰に隠れて涙目になっていたからなぁ…。

 

 

おにーさんは嬉しいぞ。……同い年だけど。

 

 

「ところで、2人とも。お団子食べる?」

 

 

夏穂さんが練習終わりのオレと海未にお団子を進めてきた。

 

 

さらっと進めてきてるけど、もしこのお誘いに乗ったらつまみ食いの共犯になるのかな……。

 

 

だがしかし!!オレは練習終わりで腹が減っている。

 

 

お団子を貰ってはいけない理由にはならない。なにより夏穂さんが進めてきているから。

 

 

「あ、じゃあ…「いえ、結構です。私たちはダイエットしなくてはいけないので。」……えっ?」

 

 

私『たち』って言ったか!?おいおい、ちょっと待ってちょっと待ってお嬢さん。

 

 

そのダイエットってオレも入ってるのか!?

 

 

オレはステージの上で踊りもしないし歌いもしないぞ!?

 

 

それに今はインターハイ予選に向かって身体を仕上げていく時期だから食べさせてください!!

 

 

海未さんお願いします!!何でもはしないけどオレのできる範囲のお願いなら聞くから!!

 

 

「あのー…海未さん?オレは食べてもいいんだよね?」

 

 

「お邪魔します。」

 

 

「あの、首根っこ掴んだまま引き摺らないで制服伸びちゃう!!お願いだから話聞いてよぉぉぉお!!!」

 

 

 

 

 

「あ、海未ちゃん、そーちゃんいらっしゃ~い。」

 

「いらっしゃーい♪」

 

「穂乃果とことりが数十秒前の海未の発言と全くの正反対のことをしている件について。」

 

「………………。」

 

穂乃果の部屋に入ると、お店にいた夏穂さんと同じようにお団子を食べるアホの子と天使……、もとい穂乃果とことりがいた。

 

 

「お団子食べるー?」

 

「頂きますッッッ!!!」

 

「そーくん、お茶はいかがー?」

 

「頂きますッッッ!!!」

 

オレは穂乃果が差し出してきたお団子を貰い、ことりが淹れてくれたお茶を飲む。

 

はぁー……やっぱ穂むらのお団子には日本茶に限るよなぁ…。

 

……じゃなくて、呆れ返って言葉が出てこない海未が見えないのか?

 

オレ?ハハッ。そんな見えてないわけないじゃないか。

 

だが、食欲は時に回りを見えなくするといったのものだ。

 

 

「あなたたち……、ダイエットはどうしたのですか…?」

 

「「あ。」」

 

素で忘れてたのかよ。

 

まぁ分かって食べてたらそんな反応はしないよな。

 

 

 

 

「努力する気は無いのですか……?」

 

「あるもん!!ただちょっとだけお腹すいたからちょっとだけ食べようと思っただけだもん!!」

 

「と言っている割りにはお団子の串が皿の上に乗っているように見てるけど?」

 

「そう言ってるそーちゃんだってお団子食べてるじゃん!」

 

穂乃果に茶々を入れたら矛先がオレに向かってきたでござる。

 

「バッカお前、運動部所属の男子高校生特有の食欲と代謝ナメんなよ?お団子の2本や3本大したことねぇんだぞ?」

 

と言いつつお団子2本食べ終え、3本目に手をかけよう……としたところで海未にお団子が乗っているお皿ごと取り上げられた。

 

 

「あっ……。」

 

「そう言うわけにもいきません!壮大にも私たちと同じようにダイエットに付き合って貰います!!」

 

「あと1本くらいいいじゃねぇかよぉ…。練習終わってからすぐロードバイクでここまで来たんだからよぉ…。それとも何?最後の1本海未がオレに食べさせてくれるの?」

 

「なぁっ!?ななな何を言っているのですか!?」

 

おーおー。顔を真っ赤にして狼狽えてる海未もまた新鮮だなぁ。

 

オレと言う存在のおかげか男には少し慣れたものの、こういった攻めには耐性はなかったりするのである。

 

「ところで穂乃果?いきなり呼び出して何か進展はあったのか?」

 

 

「うん!ライブで使う曲について目星がついたの!!」

 

 

「……ライブ?」

 

 

あっ……という表情の穂乃果に、またですか……という表情の海未に『あ……あはは…』と渇いた笑い声を上げて困った表情のことりの多様な表情が何とも印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新入生歓迎会の時にライブを……ねぇ。」

 

「はい、今から2週間後の週末に音ノ木坂の講堂でライブをすることにしたんです。」

 

「今日音楽室で歌とピアノがすごく上手くてキレイな1年生の子がいたから、明日作曲ができないか聞いてみようと思ってるんだ。」

 

ほぉ…。1年生で歌とピアノが上手い娘ねぇ…。

 

まさかアイツじゃあねぇだろうな…。

 

もしアイツだったら……作曲は出来るだろうけど、そう簡単に協力してくれるかなぁ。

 

デレが少ないツンデレだし。……それと作曲依頼は関係ねぇか。

 

「それでね!もし作曲してくれるって言ったら作詞の方も何とかなりそうだよねって海未ちゃんとそーちゃんが来る前にことりちゃんと話してたの!ね、ことりちゃん。」

 

「うん!」

 

作詞?まさか穂乃果の友達に詩人か何かに伝がある人がいるのか?

 

何て考えていると穂乃果とことりは徐々に海未に詰め寄っていた。

 

……あっ。このあとの展開読めたわ。

 

けど分からないフリしとこ。面白そうだし。

 

「海未ちゃんさぁ……中学の時ポエムとか書いたりしたことあったよねぇー……?」

 

「えぇっ……!?」

 

穂乃果が海未の中学時代の黒歴史を掘り起こそうとしていた。

 

海未がポエムか…。似合わないってことは無いけどよくポエムを書こうと思ったな。

 

「読ませて貰ったことも……あったよねぇ~?」

 

ことりが超ブラックな微笑みで徐々に海未を追い詰めていく。

 

「…………。……ッ!!」

 

「あっ!!逃げたっ!!」

 

穂乃果とことりの口撃に耐えきれなくなった海未は、部屋のドアを無言で開けて逃走した。

 

しかし、穂乃果とことりがすかさず海未の後を追いかけていった。

 

それに今の穂乃果とことりと海未、オレの100Mのベストタイムよりも速かったんじゃねぇか?

 

レスポンスタイム超速かったし。

 

「壮にぃ?」

 

「あぁ、雪穂か。」

 

「おねーちゃんたちどうしたの?3人とも壮にぃと同じくらいのスピードで外に出ていったけど…。」

 

「気にすることぁねぇよ。ただ、触れてほしくない闇に触れてしまっただけのことだ。」

 

「?」

 

雪穂はオレの言ったことがサッパリ分からないと言ったように首を傾げている。

 

理解できなければ一生理解しない方がいいことだってこの世の中には……あるんだぜ?

 

『海未ちゃーん!!いいから早くそーくんのお家から出てきてよー!』

 

『よくありません!!』

 

『いくら嫌だからってそーちゃんのお家に立て籠るのはよくないんだよー!?』

 

……どうやってカギをかけたはずの我が家に入り込めたんだろう。

 

オレは一人で急須の中に入っているお茶を湯呑みに入れて、ズズズとお茶を啜りながら悟った。

 

聞いたら負けってやつなのかなぁ。……と。

 

 

 

 



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第3話 作詞と気恥ずかしさと

「お断りします!!」

 

なんやあってオレん家で籠城していた海未を引き摺り出し、穂乃果の部屋まで連れてきて開口一番に出てきたのはハッキリとした拒絶の言葉だった。

 

まぁ気持ちは分からなくはない。

 

黒歴史を掘り起こされてなお、作詞してくれなんて頼まれちゃ誰だってそうなる。オレだってそうすると思う。

 

「えー!?何でなんでー?」

 

「ぜっっっっっったい嫌です!!中学の時のだって恥ずかしすぎて思い出したくもないくらい何ですよ!?」

 

「いいじゃんいいじゃん!アイドルの恥は掻き捨てって言うし。」

 

「言・い・ま・せ・ん!!!」

 

そんな事初めて聞いたわ。

 

「それなら穂乃果が作詞をすればいいじゃないですか!!」

 

「あー…。それはー…。」

 

海未の抵抗に穂乃果は頬をポリポリと掻きながら余所見をする。

 

きっとあの事を思い出しているのだろう。

 

オレも鮮明に覚えている。

 

あれは小学2年生の国語の授業参観の時だった。

 

 

 

 

『では、今日の作文の発表者は……高坂さん、お願いします。』

 

『はい!!』

 

先生に当てられた穂乃果は元気よく返事をしてからその場に立ち上がった。

 

『ほのかちゃん、がんばって…。』

 

『ほのか、ハキハキとはっぴょうするのですよ。』

 

ことりと海未に心配そうに見つめる中穂乃果は2回深呼吸したあと、意を決した作文の出だしは……、

 

 

 

 

『おまんじゅう、うぐいすだんご、もうあきた!!』

 

 

 

 

自分の家の事の不満から始まる作文だったからだ。

 

 

 

 

 

「穂乃果に作詞は無理だと思うぞ…。痛烈な出だしの歌を歌いたければの話だけどさ…。」

 

 

あの後穂乃果は夏穂さんにこっぴどく叱られ、ガチ泣きしながらオレん家に転がり込んできた大変な目にあったんだからなぁ…。

 

 

「だったら壮大が……!」

 

穂乃果がダメならオレに来るよなー…。

 

正直のこの流れは予想できた。でもオレもダメだ。

 

「んなトレーニングジャンキーのオレにロマンあふれる詞なんてかけると思うか?」

 

自分で言っておいて情けなくなるような話だが、事実だから否定のしようが無い。

 

「だったら……ことりが……!!」

 

「ごめんね海未ちゃん…。ことりはきっと衣装を作るので精一杯になると思うから…。」

 

八方塞がりとはまさにこの事だ。

 

これで嫌が応にも海未が作詞を担当しなければならなくなった。

 

「おねがいっ!海未ちゃんしか頼れる人がいないんだよ!」

 

「ことりも時間があるとき手伝うからぁ!!」

 

「やれることは少ないかもしれない、というか足手まといになるかも知れねぇが頼む!海未だけの負担には絶対させないつもりだ!」

 

何なら今すぐにでも図書館に行って詩集を片っ端から借りて読み切った上で手伝おう。

 

ことりの純粋な気遣いには申し訳無いのだが、ことりは衣装を作ることだけに集中してほしい。

 

「いや……ですから……!!」

 

くそぅ…。

 

まだ渋ると言うのか……!!

 

こうなったらオレのポケットマネー全額叩いて海未の好物のほむまんをありったけ買ってやろうか?

 

と、考えていたらなにやらことりの様子が少しおかしい。

 

唐突に着ていた制服のブレザーを脱いでから目に涙を貯め、頬を少しだけ赤くなっている。

 

握られた小さな右手をことりのふくよかな胸元に持っていく…。

 

まさか……!!

 

「ことり!待て!!早まるなッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海未ちゃん……、おねがぁいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁあっ!?」

 

「ちょっ!?そーちゃん!?何で穂乃果の部屋の天井まで吹っ飛んでるの!?」

 

そう。

 

これが我が幼馴染4人組の切り札(ジョーカー)にして秘密兵器(リーサルウェポン)

 

ことりの脳をトロかすようなボイスに乗せてお願いをする。

 

通称『ことりのお願い』。

 

それはあまりにも威力が強すぎてお願いされた本人だけじゃなく、回りにいる人(もしかしたら野郎限定なのかもしれん。現に穂乃果には影響してないし。)にも余波を食らってしまうという凶悪な攻撃力を誇る。

 

久しく聞いていなかったものだから耐性が薄れてしまい、耐性が薄れてしまうと今回みたいに謎の力が働いて身体が吹っ飛んでしまったのだ。

 

あ……。やべぇ、意識が…。

 

「ちょっとそーちゃん大丈夫!?」

 

「そーくん!?」

 

「壮大!?しっかりしてください!!」

 

べしゃっという効果音と共に身体が穂乃果の部屋に叩きつけられたのを目撃した穂乃果に加え、事の深刻さに気付いたことりと海未もオレのそばに駆け寄ってきたみたいだ。

 

「ああ、大丈夫だ。」

 

「ホント!?」

 

「ああ……。別にあの川を渡ってしまっても、構わんのだろう?」

 

「そーくん!それ三途の川だよぉ!!それにそれはフラグだよぉ!」

 

……なぜことりが元ネタを知ってるのか聞かないでおこう。

 

「こうなったら……壮大!すみません!!」

 

「ぐふぉぁっ!?」

 

何やら海未が鳩尾に鈍い一撃をいれたようだ。

 

だが、その一撃のお陰でオレの意識は現世に向かい急速に戻ってきた。

 

「……ハッ!?オレは一体何を……?」

 

「そーちゃん、何も起きなかったよ。」

 

穂乃果が恐怖のお化け屋敷から帰還してきたような顔付きでオレの肩に手を置いていた。

 

 

 

 

 

「それで?作詞をやってくれるのか、海未?」

 

「そーちゃん、ちゃんと自分で掃除するあたり律儀だよね…。」

 

「うるせぇ。」

 

今は茶々を入れる場面じゃないってことくらい分からんのかこのあほのか。

 

と心の中でツッコミを入れつつ、吹っ飛んだ際に溢してしまったお茶を拭き取るため穂乃果の部屋のカーペットを掃除しながら海未に確認を求める。

 

「もう……、ズルいですよ……ことり。」

 

海未は頬を赤くして、観念したように頭を垂れた。

 

そう言えば昔から海未は穂乃果には割りと甘いけど叱ってばかりだったが、ことりには穂乃果以上に甘かった。

 

その事を覚えていたことりは今回のような作戦(ぼうきょ)に出たっつーわけか…。

 

「と言うことは…!」

 

「分かりました…。やればいいのでしょう?……作詞を。」

 

「やったぁ!!」

 

「ありがとう、海未ちゃん♪」

 

「……ただし。」

 

手を取り合って喜ぶ穂乃果とことりを余所に、海未はその場におもむろに立ち上がった。

 

「ライブまでの練習メニューは私と壮大で考えますので、……覚悟しておいてくださいね?」

 

「ヒィッ!?」

 

「ちゅんっ!?」

 

すっごいいい表情で穂乃果とことりに微笑んだ。

 

なんつーか…。ドンマイ、2人とも。

 

 

 

 

 

 

あのあと少しだけ駄弁っていたけど時間も時間なので穂乃果の家で解散となり、今日の夜メシと朝メシの食材がないことを思い出したオレは近くのスーパーに行くついでに海未を家まで送っていくことにした。

 

ことりもにも送ろうか?と聞いたけど、ことりは何やら用事があるらしく丁重にお断りされた。

 

「……穂乃果たちのせいで酷い目に遭いました。」

 

すると少しだけ疲れた表情をしている海未が溜め息混じりに呟いた。

 

もしオレがさっきの海未みたいな目に遭わされたと考えると…。

 

「……お疲れさま…?」

 

自然と労いの言葉が出てきた。

 

だってオレなら断固拒否の意を示したに違いないし…。

 

「何だか労いの言葉を誘導させてしまいましたね。」

 

「いいんだ。実際海未はよくやってくれてると思う。」

 

「ふふっ、ありがとうございます。……ところで穂乃果やことりから私たちの境遇を聞いてますか?」

 

優しく微笑んだかと思ったら、急に真顔になってオレに聞いてきた。

 

「お前たちの境遇って言うと…、スクールアイドルのことについてか?」

 

「はい。実はというと学校側……、正確に言うと生徒会長が私たちのことをよく思われていないんです。」

 

それは初耳だ。

 

てっきり学校側は大賛成だと思っていた。

 

「……なんでまた?」

 

「簡単に言うと『思いつきでやっても何も変わらない。だからあなたたちが何かをしても何も変わらない。』と言われました…。」

 

なるほど…。

 

どうやら音ノ木坂の生徒会長さんはかなりの現実主義者(リアリスト)のようだ。

 

どういう人柄なのかは分からないが、オレと意見が合うことは無い人だと言うことだけは言えるだろう。

 

「生徒会長が反対してるのによくライブの許可が降りたな…。」

 

「副会長…、希先輩が生徒会長を説得してくれたんです。」

 

「そうか…。」

 

今度東條さんに会ったら礼を言わなければならないな…。

 

そうこう話してるうちに海未の家についた。

 

海未は家の門を潜ろうとしたが、オレの方向に振り返った。

 

「壮大……ありがとうございます。」

 

「……何がだ?」

 

いきなりお礼を言われたが、何のことでお礼を言われたのか分からなかった。

 

「私たちのことで、ですよ。」

 

「……ていっ。」

 

オレは海未の頭に軽くチョップし、頭の上に置いた手の甲を上に向けて海未の頭をポンポンと泣いてる子どもをあやすように撫でる。

 

「なぁ……っ!いいいいきなり何するんですかっ!?」

 

一瞬で顔が真っ赤になった海未を無視し、頭を撫で続ける。

 

「あのなぁ…。確かにお前たちの手伝いをするって言われたけど最後はオレの意思で決めたんだ。それが穂乃果じゃなくてことりがお願いしてきてもきっと聞いてたと思う。もちろん、海未がお願いに来ても聞いてたはずだ。」

 

「で……ですが!」

 

「だからお礼なんて言われる覚えは無いの。だからその代わり穂乃果が一人で突っ走らないようにことりと一緒に支えてやってくれ。……分かった?」

 

海未は何も言わずに首を縦に振ると、オレは頭に置いていた手を離す。

 

「じゃあ、また都合がついたときに顔出すから。」

 

「はい。壮大も怪我だけはしないでくださいね?」

 

それだけ言い残して少しだけ上機嫌になった海未は家に入っていった。

 

海未の後ろ姿を見ていたオレは急にさっきの自分が言ったことが恥ずかしくなってしまったので、スーパーまでの道のりをただひたすらにスピードを上げて走ることになったのはまたの機会に話すことにしよう。

 

 

 



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第4話 猫と花とお姫様

海未に作詞を依頼した5日後の夕方。

 

昨日まででかなり強度を上げた練習をしたので、今日はリカバリー程度の練習だったので家にはまだ日が沈んでいない時間帯に帰れそうだ。

 

そう言えば今日の夕方は神田明神で基礎トレをやるって海未が言ってたような気がする。

 

……ちょっと顔出してみるか。

 

μ'sの3人組(グループ名は学校で募集したところ、匿名で投書されたらしくそれで即決したらしい。最初薬用石鹸かと思ったけどどうやらギリシャ神話のほうだった。)に『時間ができたから見に行く』とグループチャットで連絡したら、すぐに海未から『お待ちしております』と返事が帰ってきた。

 

……よし!!じゃあ、行くか!!

 

意を決したオレは神田明神に向かい、歩みを進めようとした……

 

 

 

「どけぇっ!!!」

 

「!?」

 

 

が、突如後ろから中年のおっさんが走ってきたので思わず半身になって避けた。

 

走り去ったおっさんの右肩からはおっさんの私物にしては似合わなすぎるバッグが提げられていた。

 

まさかあのおっさん……ひったくりか!?

 

「こらー!!待つにゃー!!」

 

おっさんが走ってきた後ろから随分長い距離を走ってきたのか、語尾に『にゃ』とつくいかにも活発そうな穂乃果とはまた違ったオレンジ色のショートカットの女の子が走ってきた。

 

「そこのおにーさん!あの人を捕まえて!!ひったくり犯だにゃー!!」

 

やっぱひったくり犯か。

 

だが、幸いこの辺1kmほどは脇道もない真っ直ぐな道なので余程のことがない限り見失うことがないしそれなりの距離を走ってきたおっさんはオレが通りすぎた時のスピードに比べて走るペースが落ちていた。

 

「……キミはここにいてこれと制服を頼む。」

 

「わ……分かったにゃ!!」

 

オレは語尾に『にゃ』とつく女の子にバッグと制服のブレザーを預け、アスファルトの地面を蹴ってトップスピードでひったくり犯のおっさんを追いかけた。

 

 

……オレ、今日リカバリーだったんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

 

「おにーさん!かよちんを助けてくれてありがとう!」

 

「あ…、ありがとうございます。」

 

ひったくり犯のおっさんを捕まえ、バッグを取り返してさっきの女の子のところに戻ると『かよちん』と呼ばれるショートボブの女の子が待っていた。

 

どうやらこのバッグは『かよちん』と呼ばれる女の子の物だったらしい。

 

「礼には及ばないよ。……えっと。」

 

「小泉 花陽……と言います。花に太陽の陽で『はなよ』……です。」

 

あぁ……、だから『かよちん』なのね。

 

「凛は星空 凛だにゃ!凛とかよちんは音ノ木坂の1年生なんだにゃ!……おにーさんのお名前は?」

 

「オレ?オレは立華高校体育科2年の松宮 壮大。壮大って書いて『そうた』っていうんだ。……うわっ!!もうこんな時間かよっ!また何処かで会ったらよろしくな、凛ちゃん、花陽ちゃん!」

 

オレは凛ちゃんに預かってもらっていた制服のブレザーとバッグを持って神田明神まで全速力で走り出した。

 

遅れたら……海未に怒られる!!

 

2回目だけど、これだけは言わせてくれ。

 

オレ、今日リカバリーだったんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

 

Side Rin

 

 

凛はかよちんのバッグを取り返してくれたそーた先輩の後ろ姿を眺めていた。

 

実は凛は一方的にだけど、そーた先輩のことを知っていた。

 

中学校の時に出た陸上の大会でとても速く、それでいてキレイなフォームで走っている姿を見て、すごくカッコよかったと思ったことも記憶に新しい。

 

「行っちゃった…。いい人だったね、あの人。」

 

「……。」

 

「……凛ちゃん?顔赤いけどどうしたの?」

 

「!?……何でもないにゃ!」

 

嘘!?凛の顔そんなに赤いの!?

 

密かに憧れていたそーた先輩に会えただけなのに!?

 

「かよちん!凛、走ったからお腹すいちゃった!だからからラーメン食べに行こっ!」

 

「えっ!?ええっ!?ダレカタスケテー!!」

 

凛は照れ隠しのため戸惑うかよちんを引っ張り、走り出した。

 

そーた先輩とはまた近いうちに会える。

 

確証は無いけど今はそんな気がしてならないんだにゃ!

 

 

Side out

 

 

 

 

 

「壮大、そんなに息を切らしてどうしたのですか?」

 

海未がジト目で何か聞いてるけど生憎今のオレはその問いかけに答えられる余裕がない。

 

神田明神で行われる基礎トレだったがランニングには間に合わなかったがこれからやる階段ダッシュには何とか間に合った。

 

海未に怒られるのが怖くて割りと長い距離をダッシュで来ただけでなく、階段も1段飛ばしで駆け上がったので息が上がっている。

 

「いや…、何でもねぇ。(遅れそうだったから全速力で走ってきた何て絶対!!……言えねぇ。)」

 

「?……まぁ、いいでしょう。では穂乃果、ことり……始めますよ?」

 

「うん!穂乃果はいつでもいいよ!」

 

「ことりも準備オッケーだよー!!」

 

「では、用意……スタートです!」

 

海未の合図ともに穂乃果とことりは階段ダッシュを始めた。

 

しばらく基礎トレを見ていなかったのでどのくらい走れるようになったか少し不安だったのだが、それは杞憂に終わりそうだ。

 

短期間でここまで走れるようになったのは穂乃果たちの努力と海未の徹底した練習管理のお陰だ。

 

 

「穂乃果!キツいからって下向くな!キツいときこそ前見ろ前!」

 

「うんっ!!」

 

「ことり!ペース落ちてきてるぞ!1歩のストライドを狭めるだけでも違ってくるぞ!」

 

「は……はいぃ!!」

 

うーん…。穂乃果と比べるとことりの体力面がまだちょっと不安かなぁ。

 

かといっていたずらに練習量増やしてもダメだしなぁ…。

 

考えごとをしていると…、

 

 

 

 

 

 

「キャァァァァァアッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おわっ!?なんだぁ!?」

 

下の方から悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。

 

ビックリしたオレは結論に辿り着こうとしていた考え事がはるか彼方に吹っ飛んでしまった。

 

しかもあんな大きな叫び声がするなんて恐らくただ事ではないと推測できる。

 

「……海未、ちょっと様子見てくる。」

 

「え…えぇ、お願いします。」

 

海未の許可を得たところで叫び声が聞こえたところに走っていく。

 

この辺かな?と思い、曲がり角を覗いてみた。

 

「な……何すんのよ!!!」

 

「んー、まだまだ発展途上って言ったとこかなぁ?」

 

「……何してんすか。東條さん、真姫。」

 

「壮大!?」

 

「あら、久し振りやね壮大くん。」

 

するとそこには真姫の胸を鷲掴みにしてわしわしと揉みしだいているしている東條さんと、いきなり胸を鷲掴みにされた驚きとオレに見られたことによる恥ずかしさで顔が髪の毛のように真っ赤になった西木野 真姫(にしきの まき)がいた。

 

「どこからつっこんでいいか分からないですけどとりあえず東條さん、その手を離してやってください。」

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…。一体何だったのよぉ…。」

 

「へぇー、真姫ちゃんと壮大くんって幼馴染だったんだ。」

 

恥ずかしそうに両手を交差させて胸を隠す真姫を尻目に、心なしか頬がツヤめいてる気がする東條さんと話し込む。

 

口が裂けても言えないけど目の保養になりました。

 

それに真姫も発育はいいようで、穂乃果と同じくらいの大きさだったな……って何考えてんだオレはぁぁっ!

 

「幼馴染っつーか…、父親同士が高校時代の同級生だったってだけですよ。あ、それと東條さん。あいつらのライブ許可してくれてありがとうございます。」

 

オレの母さんが夏穂さんと同級生のように、オレの親父と真姫の親父さんもまた高校の時の同級生なのだ。

 

つまりオレは小さい頃から真姫のことを知っていて、それは逆の事も言える。

 

ただ、オレが中学に上がり本格的に陸上に打ち込み始めてからは年に1回会うか会わないかの頻度になってしまった。

 

真姫の両親の西木野先生なら会うんだけどな…。

 

ママさんの方の西木野先生は脳外科だけど、親父さんの方の西木野先生はスポーツ整形外科と言ったアスリートのコンディショニングが専門だし。

 

「ええんよ。別にあの子たちのためにやったわけやないし。」

 

あいつらのためにやったわけじゃない……?

 

どういうことだ?

 

相変わらず東條さんの考えが読めない…。

 

「んで?」

 

オレはもう1つのつっこみどころの原因に向き合う。

 

「真姫は何で神田明神(ここ)に?」

 

「た……たまたま通りかかっただけよ!!」

 

「いや、お前ん家こっから反対の方向だろ?」

 

「ヴェェ…。そ、それは…。」

 

「わざわざあの子たちの練習を見に来といて素直やないなぁ~。」

 

「はぁ!?何で私があの人たちの練習を見ないといけないわけ!?」

 

オレと東條さんの口撃を受け、そっぽを向かれてしまった。

 

「はぁ……。真姫、あいつらの練習が終わったらちょっと付き合え。」

 

「はぁ!?何でよ!?」

 

「いいから。入学祝いくらいさせてくれ。」

 

真姫は納得いかないような感じだったが、観念したのかむくれながらも頷いた。

 

まったく…。小さい頃は『おにぃちゃーん!真姫と一緒におままごとしよーっ!』って言ってたのにどうしてこんな素直じゃない性格になったのやら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなところに連れ出してどうしたって言うのよ…。」

 

穂乃果たちの練習を終え、あいつらはあいつらで帰ったところで真姫を近くの喫茶店に連れてきた。

 

「まどろっこしい話は面倒くさいから単刀直入に言う。穂乃果たち(あいつら)のために力を貸して欲しい。」

 

「……どういうつもり?って言うかなんであなたが知ってるわけ?」

 

「あいつら……特に穂乃果とは物心がつくまえからの幼馴染でな。穂乃果を通じて聞いた。歌とピアノが上手くてオレの1つ下って言うとオレが知りうる限りでは真姫しかいないと思ってな。」

 

「……そう。なら話は早いわ。あの人たちに伝えといてくれる?私の音楽は中学校を卒業したと同時に終わってるの。この話は無かったことにしてくれって。紅茶、ごちそうさま。あまり美味しくなかったわ。」

 

「それは本心から言ってる事なのか?」

 

「……え?」

 

真姫が喫茶店から立ち去ろうと立ち上がったところで呼び止める。

 

まさか呼び止められる何て思ってなかった真姫は自分がいたところに座り、オレはコーヒーで口のなかを湿らせる。

 

「だったら何で音楽室で弾き語りなんかしていたんだ?」

 

「そ、それは…。」

 

「たまに親父さんの方の西木野先生と話すんだ。『ピアノの先生になりたい、ピアニストになりたいって目をキラキラさせて言っていた真姫がいつからかパパのようなお医者さんになるって言うようになった』って…。」

 

「そんなこと言ってたの…?」

 

「ああ。『恥ずかしいから真姫には伝えないでくれ』って言われてるけどな。」

 

「…じゃあ、なんで私に言ったの?」

 

「オレたちはまだ15歳、16歳の高校生だ。もしホントにやりたいことを犠牲にして決めなきゃいけない時がくるまで…、大人になるまでのほんの少しの僅かな自由をやりたいように過ごして何が悪いんだ?……だからお願いだ、無理にとは言わねぇ。音ノ木坂を守りたいと心から願うあいつらに力を貸してやってくれ。」

 

オレはもう一度真姫に向かって頭を下げる。

 

これでダメなら諦めがつく。

 

だが、もし真姫にほんの少しでもオレたちの想いが届いてくれる事を願いたい。

 

「……イミワカンナイ。」

 

真姫はそう呟いたが、無愛想な表情ではなくほんの少しだけ頬が緩んだ表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壮大の話を聞いた私の心は、幼い頃憧れていたピアニストになりたいという夢と医者になるという責任感の狭間で揺れていた。

 

小さい頃私は勉強よりもピアノを弾くのが好きだった。

 

コンクールで初めて優勝したときの血がざわめくような、私のために賞賛してくれる拍手喝采に包まれる快感が堪らなかった。

 

だが、ある日ピアノを弾いてる途中ふと考えたことがあった。

 

『もし私がピアニストになったら誰が病院を継ぐのだろう』…と。

 

最初は何気なく考えていたが、日を重ねるにつれてその考えがどんどん大きくなっていった。

 

そして気がつけば私は『ピアニストになりたい』『ピアノの先生になりたい』と言った本来の夢を捨て、『両親のような医者になる』と言う責任感から来る夢に変わっていった。

 

だが、今日壮大の話を聞いて再び『ピアニストになりたい』『ピアノの先生になりたい』と言う想いが芽生え始めてしまった。

 

だから私はどうしたらいいのか分からなかった。

 

 

「真姫ちゃん?具合でも悪いの?」

 

今日の夕食は私の好きなトマトをふんだんに使った料理なのだが、一向に箸が進まない私に対してママは心配そうに私の顔を覗き込む。

 

「……ねぇ、パパ。ママ。」

 

「どうしたんだい?」

 

「……真姫ちゃん?」

 

両親を目の前にして、今の本心を口に出そうとするがどうしても躊躇われる。

 

言え、言うのよ西木野 真姫…。

 

「もし、もしの話だけど…。わたしがまたピアニストになりたいって言ったらパパとママは背中を押してくれる…?」

 

言った。言い切った。

 

パパとママに伝えてそのまま目をギュッと閉じる。

 

「真姫。」

 

パパの優しい声にキツく閉じていた目を開ける。

 

「真姫の好きなようにしなさい。それに、僕は真姫に医者になるように言った覚えは無いからね。」

 

「ママは…?」

 

「パパと同じよ。パパとママは真姫ちゃんの夢を全力で応援するわ。」

 

「ありがとう、パパ。ママ。」

 

これで私のやりたいことが見つかった…。

 

 

 

ご飯を食べ終えたあと、自室に籠ると何も書かれていない譜面を取り出す。

 

「いいわ。あなたの口車に乗せられてあげようじゃない。……バカ壮大。」

 

そう呟いたわたしはペンを取り、譜面に曲を書き始めた。

 

 

 




ご愛読ありがとうございます。
それと相変わらずの駄文で申し訳ないです。

あと、この話を読んで薄々気づいてるかもしれませんがテレビアニメ1期第4話分はやらないわけではないですが、ガッツリカットします。

なので今回の話で真姫ちゃんがμ'sに協力するシーンを入れさせて頂きました。



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第5話 ファーストライブ開演と思い知らされる現実

「そーちゃん!!いよいよ明日だよ!」

 

「ああ。そうだな…。」

 

向かいに住む和菓子屋『穂むら』の看板娘(?)こと穂乃果がテンション高めで身をより出してきた。

 

コイツオレが夜メシを食べる時間帯を狙ってデザート集りに来やがったので、イラッときたオレは和と洋を兼ね備えた至高の一品『あんパン(つぶあん)』を捩じ込んでやった。

 

一応詰まらせないように牛乳を添える救済は取ってやった。

 

じゃないと穂乃果拗ねるし…。

 

オレはベッドの上に座り、開けてある窓から外を眺める。

 

そう。いよいよ明日だ。

 

「オレの高校生活2年目のトラックレースの幕開けだ。」

 

「もう!違うよー!!」

 

「何が違うんだよ。」

 

腕をブンブン振り回し抗議してくる。

 

こらそこ、布団の中のチリが部屋中に舞っちゃうからやめなさい。

 

「ライブだよ!明日の放課後、いよいよμ'sのファーストライブなんだよー!!」

 

「どうせ『穂乃果たちのライブ見に来てよ!』とかって言うんだろ?」

 

「なんで分かったの!?もしかしてそーちゃん、エスパー!?」

 

オレはエスパーではない。

 

普通にお前の単純過ぎる思考回路のことを考えたら1発で分かるわ。

 

「行きたくないっていう訳じゃねぇんだ。けど、スクールアイドル始める頃に言ったろ?『オレにもやることがある』って。」

 

「そうだけどさぁ…。」

 

「確かに穂乃果たちのライブも大事だ。けど、この大会でコケたらインターハイへの道が閉ざされるんだ。」

 

「むー…。」

 

穂乃果がジト目でこちらを見つめてくる。

 

どうやらどうしても来てほしいらしい。

 

その証拠に穂乃果が頬に空気を入れてぷくっと膨らませる。

 

「それに穂乃果たちも明日本番なんだろ?だったら早く寝て少しでもコンディションを整えとけ。ホラ、もう夜も遅いしいくら向かいだからって言って夏穂さんに迷惑かけちゃいけないだろ?」

 

「うん…。分かった。お休み、そーちゃん。」

 

穂乃果の頭にショボンとした犬の耳の幻覚が見えたようにテンションが下がった穂乃果は静かにオレの部屋から自宅へ帰っていった。

 

悪いことはしたつもりはないが、何だか罪悪感が芽生えてきた。

 

いいや、オレは悪くねぇ!!

 

頭をブンブン振って部屋の電気を消して、布団を被って目を瞑る。

 

オレもレースが朝イチに100の予選、昼前に100の準決勝と200の予選、午後2時から200の準決勝と合わせて4本レースが控えている。

 

だから早く寝ないといけないのだが、何だか胸がモヤモヤして寝付けない。

 

……あー!もう!!分かったよ!!

 

オレは枕元に置いていたスマートフォンを取り、とある人物の電話番号をダイヤルしスマートフォンを耳に当てる。

 

「もしもし、ことり?今大丈夫か?」

 

『そーくん?こんな時間にどうしたの?』

 

電話したのはことりのスマートフォンなのだが、残念ながら今回は用事があるのはことりじゃないんだ。

 

「あのさ、比奈さんに頼みたいことがあるんだけどいいか?」

 

『うん!ちょっと待ってー。』

 

電話の奥から『おかーさーん。そーくんが頼みたいことがあるんだってー!』と比奈さんを呼ぶことりの声が聞こえる。

 

家や比奈さんと話す時でさえ脳トロボイスなのか。

 

こんな娘を持ったことりの親父さんも大変だろうな…。

 

『もしもし、壮くん?』

 

「こんばんは比奈さん、いや理事長とお呼びすればよろしいでしょうか?」

 

南 比奈さん。

 

ことりの母親で、今は音ノ木坂学院の理事長として勤めている。

 

高校2年生の娘を持つ母親とは思えないくらい若いバリバリのキャリアウーマンだ。

 

夏穂さん然り比奈さん然り真姫のママさん然り…、オレの知り合いの母親はどうして年齢の割りにかなり若く見えるのだろう。

 

『はい、こんばんは。どちらでもいいわよ。それで私に頼みたいことって何かしら?』

 

「音ノ木坂の入校許可証って貰えますかね?」

 

『許可できないことはないけれど……、ことりから聞いたけどあなた明日地方予選じゃ無かったかしら?』

 

「はい、明日は100と200の予選と準決勝があります。」

 

『大丈夫なの?大会なのにチームから抜けても。』

 

「うちの高校は長距離陣ばっかで短距離陣は自分のレースが終わったらサッサと帰っちゃうのでたぶん大丈夫だと思います。それに監督にもユルい人なんでその辺は抜かりないです。」

 

うちの高校の短距離陣の監督はオレら生徒と差ほど変わらないくらい若いけど、『結果さえ出せばプライベートのことは干渉しない。』というスタンスなのでキッチリを残せられれば問題ない。

 

『分かりました、そういう事でしたら許可を出しておきます。』

 

「ありがとうございます。」

 

『誰が付き添いをつけましょうか?講堂までの場所、分からないでしょう?』

 

……あ。

 

そう言われればそうだ。

 

いくら許可を貰えたところで講堂に辿り着けなければ意味がない。

 

オレの知り合いで頼みやすい人となると…。

 

「もし希望出来るとするならば東條さんでお願いできますか?」

 

『東條さん?絢瀬さん…、音ノ木坂の生徒会長じゃなくて?』

 

「はい。東條さんとは何回か会ったことがありますので。」

 

『分かりました。では明日東條さんに伝えておきます。……明日ことりたちのこと、よろしくお願いしますね。』

 

「はい、任されました。」

 

『『はい、よろしい。ではことりに戻しますね。』………そーくん?お母さんと何話してたのー?』

 

「なぁに、ただの野暮用さ。……それよりそろそろ寝なくていいのか?」

 

『わぁっ!?もうこんな時間!?早く寝なきゃ!そーくん、お休みぃ~。』

 

「はい、おやすみさない。」

 

オレも通話が切れたのを確認し、再び布団を被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、今日音ノ木坂学院の入校の許可を得た松宮です。」

 

「松宮さんですねー。はい、こちらが許可証となりまーす。」

 

オレは事務室で入校許可の手続きを済ませ、腕章タイプの入校許可証を身に付ける。

 

「ほな、行こか。」

 

「ええ、お願いします。」

 

オレは要望通り案内役の東條さんの横にならんで歩き始める。

 

「壮大くん今日大会だったんやって?どうだったん?」

 

「100と200両方とも無事に決勝レースに進めました。」

 

100は自己ベストタイ記録、200は自己ベストを更新していい流れで明後日の決勝レースに挑むことが出来る。

 

「……ですが少し気になることが。」

 

「なぁに?」

 

「なんか…、すっげぇ見られてるんですけど……?」

 

廊下や教室、あげくには柱の影や階段の影と言ったありとあらゆる場所から学院生の視線が感じるしヒソヒソと何か話してる声もチラホラ。

 

『あの人副会長さんのなんなのかな?』とか『男よ男!しかもイケメンよ!!』とか『目が澄んだ水のようにクールね…。』とか『ウホッ!いい男…』とか…。

 

おい、最後の発言したやつ出てこい。

 

オレは青いツナギを着てベンチに座ってアレに誘うホの字じゃねぇぞゴルァ。名誉毀損で訴えんぞ。

 

そもそもオレはノーマルだ。年齢イコールだけど。

 

「男の子の入校なんてほぼ前例にないからなー…。それにレースでもよく見られてると違うん?」

 

「レースとこの状況を一緒にしないでください…。」

 

今なら動物園のオリの中にいるパンダやレッサーパンダの気持ちが分かるぜ…。

 

今度動物園行ったとき優しい目で見てやるからな…。

 

 

 

 

 

 

 

「おーっす。」

 

オレは東條さんに案内されて講堂の舞台裏にやってきた。

 

自分の仕事を終えた東條さんは『ほなな~』と手をヒラヒラさせて来た道を帰っていった。

 

「そーちゃん(そーくん)!?」

 

中に入ると衣装に着替え終えたであろう穂乃果とことりがいた。

 

「何でそーちゃんがここに!?ライブには来れないって…!それに大会は!?」

 

ピンク色の衣装を着ていた穂乃果が詰め寄ってくる。

 

……最近穂乃果に詰め寄られる機会が多いなぁ。オレ。

 

「いつオレがライブに行けねぇって言ったよ。レースはエントリーした種目2つとも決勝進出だ。」

 

お前たちのライブも大事だが、大会も大事だって言っただけだ。

 

「ところでそーくん、ことりたちの衣装…似合う?」

 

緑の衣装を身に纏ったことりがその場でクルリと一回転した。

 

うん…。何というか…。

 

ことりのスラッとしたスタイルにピッタリだ。

 

最高だ。目の保養になるぜ。(ああ、いいんじゃないか?)

 

「そーちゃん、本音と建前が逆になってるよ?」

 

「ふぇぇ…。」

 

気が付けば少し不機嫌な穂乃果とトリップしてることりがいた。

 

やっべぇ。やっちまった。

 

似合いすぎて本音と建前が逆になっちまった。

 

でもしょうがないじゃん?

 

ことりは天使なんだし。

 

え?なに?ことりの本性は堕天使?何言ってんだてめぇ。

 

オレの(知ってる)ことりが堕天使なわけがない。

 

「ところで海未は?」

 

穂乃果とことりはいるが、海未の姿だけが見当たらない。

 

花でも摘みに行ったのか?

 

「あ!そうだ!!おーい!海未ちゃーん!!いつまで着替えてるのー?」

 

『今着替え終わります!』

 

カーテンが閉まったドレスルームにいるようだ。

 

「どうでしょう!?」

 

シャッとカーテンが開き、海未らしい青い衣装に身を包んだ海未がポーズを決めて出てきた。

 

 

 

 

 

 

……スカートの下にジャージを履いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海未(海未ちゃん)……。」

 

オレと穂乃果は額に手を添えながら溜め息をつく。

 

「壮大!?いるならいると言ってください!!それにやっぱり恥ずかしいです!!」

 

いやいやいや…、オレと穂乃果とことりの会話くらい聞きましょうよ…。

 

「やっぱり制服で踊ります!」

 

出来るのか?オレからしてみればその衣装よりもスカート短い気がするんだが…。

 

「……穂乃果、あとは頼んだ。」

 

「分かった!海未ちゃん!!往生際が悪いよ!!」

 

穂乃果が海未が履いてるジャージを脱がそうとする。

 

オイ、ここに男子高校生(オレ)がいること忘れんなー?

 

「何するんですか!?やめてくださいぃ!」

 

お前もお前でそろそろ観念しろ、海未。

 

 

 

 

 

 

 

ライブ開演直前。

 

「じゃあ、オレはここで見てるからな?」

 

オレはステージ横の壁に身を預け、穂乃果たちを見守る。

 

「「「うん(はい)……。」」」

 

しかし、3人とも緊張の色が隠せてない。

 

「穂乃果、ことり、海未。」

 

名前を読んだ3人はオレがいる方向を振り向く。

 

「……これまでの成果、全部出しきってこい。」

 

「「「うんっ(うんっ♪)(はいっ)!!」

 

元気よく返事をして、ステージ中央へ駆けていくのを見送ったオレだったが急に胸騒ぎが起こった。

 

その胸騒ぎが何なのか分からないまま、ステージの幕が上がった。

 

オレはその瞬間、よぎった胸騒ぎの原因が分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故なら、目の前に広がっていてのは観客が誰もいない講堂だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第6話 勇気と激昂

あらかじめ言っておきます。

この話はかなり重いです。

そして絵里ちゃんファンを始めとした大多数の人に対して多大な不快感を与えてしまいます。

本当に申し訳ありません。

それでも読みたい方はどうぞ。


観客席に…、講堂にはオレたち以外に誰もいない。

 

時刻はライブ開演定刻。

 

にも拘らず誰もいない。

 

非常とまで言える静寂に支配された講堂のステージにポツンと立っている3人。

 

この場に置かれた状況を目の当たりにした3人は徐々に困惑し始めている。

 

瞬きをして、嫌でも自分が置かれている状況を理解した。

 

いや、理解せざるを得なかった。

 

そして理解した真実を受け入れざるを得ない状況に追い込まれた。

 

『誰も自分たちには期待してなどいなかった。』

 

もしオレがあの場に立っていたら発狂したくなる。

 

真実はいつも残酷だ。

 

無音という毒はゆっくりそして確実に体内を駆け巡り、無関心という槍が肌を突き刺す。

 

視線がないという鈍器がガラスのハートを容赦なく壊し、静寂という磔に身体を縛り付けられる。

 

今、ステージ上にいる3人はどのような痛みに襲われているのか。

 

いたいけな少女たちの純情を泥のついた土足で踏みにじるだけのストーリーを考え出したシナリオライターがいるのならぶん殴ってやりたいくらいだ。

 

いや、本当に殴られるべき人物はオレなのかもしれない。

 

中途半端に期待させておいて、結果的には彼女たちを傷つけてしまった。

 

オレはただあいつらの力になりたかっただけなのだ。

 

なのにこんな結末って…。

 

 

「そりゃそうだ…。世の中そんなに甘くないっ!」

 

穂乃果が声を張り上げるが、いつもの元気な穂乃果の声ではなかった。

 

ことりと海未も言葉にこそ出さないが、いつも以上に細く華奢に見えた。

 

もし可能なら今すぐにでも飛び出して抱き締めてやりたいくらいだ。

 

『すまなかった。』『もっとお前たちに協力してあげられれば。』後悔と自責の念が次々と浮かんでは消え、消えては浮かんで…。

 

そんなオレたちだったが、一人の救世主が現れる。

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……!はぁっ……!!あ、あれ……ライブは?」

 

 

 

 

 

 

いつぞやの時に会った小豆色のフレームのメガネをかけた女の子……、花陽ちゃんだった。

 

 

花陽ちゃんはまだ状況が理解できず、困惑しているようだ。

 

「……やろう。」

 

下を向いて唇を噛み締めていた穂乃果が顔をあげた。

 

その目には涙はなく、男のオレでもカッコいいと思えるくらい前をしっかりと見据えたいい目付き顔つきになっていた。

 

「やろう…、全力で。その為に今日まで練習してきたんだから!!」

 

穂乃果の想いが届いたことりと海未も震える喉から言葉を紡いでいく。

 

紡がれた言葉は束となって勇気という糸を作り出す。

 

勇気という糸を編み込まれたものが穂乃果たちを包み込んだ。

 

それはオレの心にも例外がなく伝わった。

 

そうだ。オレが信じてやらなくて誰が信じてあげるんだ。

 

終わったことなんてその時に考えりゃいい。

 

もしあいつらを嘲笑したり卑下にするやつがいたら、例え女でも容赦無くぶん殴るってやろう。

 

だから、今はあいつらの想いを歌に乗せて聞こう。

 

こうしてμ'sの記念すべきファーストライブが静かに幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

ファーストライブは終演を迎えた。

 

セットリストはきっと真姫が作曲し、海未が作詞したであろうナンバー『START:DASH‼』。

 

タイトルの通り、μ'sの駆け出しとなるナンバーだった。

 

未熟な小鳥のように『夢』という大空へ羽ばたくのを夢見て挑戦しようとするが力が足りずに『挫折』を経験し、『挫折』を乗り越えて『希望』が生まれ輝かしい『未来』へと変わっていく熱き情熱が感じられた。

 

最初は座って聞いていたが、次第に立ち上がり気付けばオレは涙を流していた。

 

そして講堂内では小さな拍手が送られていた。

 

最初から聞いていた花陽ちゃんと途中から入ってきた凛ちゃんだ。

 

講堂の出入り口には東條さんと様子を見に来た真姫がいた。

 

そして真ん中ら辺に黒髪をリボンでツインテールに結ってる人がコソコソとライブを聞いていた。

 

……そこまでして聞きたいのなら普通に座って聞けばいいものを。

 

どこかのツンデレ姫みたいな人だ。

 

「……それで?どうするつもり?」

 

すると階段を伝って音ノ木坂学院の制服に身を包んだアイスブルーの瞳を宿した金髪の女の人が降りてきた。

 

直感で分かった。

 

この人が音ノ木坂学院の生徒会長さんなんだ、と。

 

「続けます!」

 

穂乃果は迷いも躊躇いもなくハッキリと続行を宣言した。

 

「何故?これ以上やっても意味なんて無いと思うけど……?」

 

氷のような冷たい言葉は鋭さを増して穂乃果に襲い掛かる。

 

「やりたいからです!」

 

しかし、穂乃果は氷の鋭さを含んだ言葉を吹き飛ばした。

 

「私、もっと歌いたい!もっと踊りたい!そう思ってます!そんな気持ち初めてなんです!!やってよかったって本気で思ってるんです!!」

 

穂乃果の純粋で無垢な気持ち。

 

技も飾りもないドがつくほどストレートな言葉が故に何にも染まらない純白な言葉となってこの広い空間に響く。

 

「だから今はこの気持ちをそのまま真っ直ぐに信じてみたいんです!確かにこのまま見向きもされないかもしれない、誰からも理解されないかもしれない。……でも!一生懸命頑張って、私たちがとにかく頑張って、この想いを届けたい!!今、私たちが届けたい……、この想いを!!!」

 

「けど、今のあなたたちの実力がこれよ。」

 

生徒会長さんは講堂を見渡す。

 

「観客も満足に集められない、興味も惹いて貰えないようではいくらあなたの想いが強くても心に響かせられるのは無理だと思うけど……?」

 

 

 

 

 

 

 

「果たしてそうと言い切れるのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

オレはステージ横からバッ!とステージを飛び降り、穂乃果と生徒会長さんの間に立つ。

 

「……あなたは?校内は関係者以外立入禁止な筈ですが?」

 

「名前を知りたければまず自分の名前を名乗るのが筋ではないでしょうか?それに入校許可なら理事長先生を通じて許可されています。証拠にホラ、腕章がありますでしょう?」

 

疑いを晴らすため入校許可証を生徒会長さんに見えるように制服の袖をキュッと内側に絞る。

 

「……絢瀬 絵里。ここ音ノ木坂の生徒会長よ。」

 

「ありがとうございます。オレは立華高校体育科2年の松宮 壮大と申します。ちなみに後ろの3人とは幼馴染に当たります。」

 

自己紹介をすると同時に穂乃果たちとの関係に首を突っ込まれそうなので先に答えておく。

 

「……あなたの幼馴染たちの『思い付きの行動』の結果がこのような有り様な訳についてどう思うの?」

 

今この人穂乃果たちの行動を『思い付きの行動』って言ったのか?

 

……人の努力をよく知らないでよくもまぁいけしゃあしゃあと。

 

っといけないいけない。

 

他校……しかも女子高で問題を起こしたらきっとオレの立場が一気に地に堕ちるだろう。

 

ここは言葉を選んでいかないと…。

 

「ではお聞きいたしますが、絢瀬さん。あなたは廃校と聞かされてからの約1ヶ月間……あなたは行動に移されましたか?」

 

「なんですって……?」

 

明らかに絢瀬さんの表情に怒りとイラつきが浮き上がってきた。

 

「オレも後ろの幼馴染……高坂の話を通じて音ノ木坂学院が廃校の危機に曝されていることを聞きました。ですが彼女たちは『スクールアイドル』という手段を用いて廃校問題に待ったをかけようとしています。」

 

「……何が言いたいのよ?」

 

「まぁ、最後まで話を聞いてくださいよ。……あなたの口振りからしてあなたは大層責任感が強い人だと見受けられます。ここからは推論ですが大方『生徒会長として独自に動かせて欲しい』…。そういう風に理事長に直訴していらっしゃるのでは無いでしょうか?」

 

「……っっ!!」

 

……ビンゴだ。

 

「ですが理事長から断られてしまい、あなたがあの手この手とやきもきしている時に高坂たちのあなたの言う『思い付きの行動』に目くじらを立てている……と。ハッキリと申し上げますがそれは……ッッ!!」

 

 

 

 

 

ーーースパァァァンッッ!!

 

 

 

オレは講堂内に響いた音によって最後まで言葉を言い切ることが出来なかった。

 

音が響き渡ってから1拍置いて、オレは叩かれたことに気が付いた。

 

「何よ……、人の気も知らないでさっきからよくいけしゃあしゃあと!!他校の生徒であるあなたに私のことや学院のことをとやかく言われる筋合いなんて無いわ!!」

 

クソが……。頭に来たぞこの野郎。

 

そっちがその気ならこっちだって言わせて貰おうじゃねぇか。

 

敬語なんて必要ない。

 

むしろ使うに値しない人物と判断した。

 

なら遠慮なんかいらねぇ。

 

「テメェ、今いけしゃあしゃあとっつったよなぁ…。」

 

言葉を切り一度息を深く吸い込み……、

 

 

 

 

 

 

 

 

「ならなんで穂乃果たちの行動を支えてやらねぇんだッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありったけの叫び声にしてぶちまけ、講堂内の空気がビリビリと振動する。

 

それを受けて穂乃果たちやまだ残っていた凛ちゃんと花陽ちゃんは肩を震わせた。

 

 

 

 

 

 

「さっきスクールアイドルを『思い付きの行動』って言ったよなぁ!!穂乃果たちだって考えに考え抜いた結果がスクールアイドルっていう答えを出したんだよ!!!それにテメェ生徒会長だろ!?だったら何で生徒の活動を応援してやらねぇんだよッ!!理解してやらねぇんだよッ!!!そんな奴に穂乃果たちの行動を『思い付きの行動』とかいけしゃあしゃあと言う資格なんてどこにもねぇんだよッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

オレは入校許可証をブレザーごと引き千切った。

 

安全ピンに止められたブレザーの一部分がビリッと破け、引き千切った入校許可証を絢瀬に向かって思いっきりぶん投げる。

 

投げられた入校許可証は絢瀬の肩に当たり、力なく落ちた。

 

 

 

「穂乃果、ことり、海未…。わりぃ、先に帰らせて貰う。ライブすげぇカッコよかったぞ。」

 

「そーちゃん!!」

 

「そーくん!!」

 

「壮大!!」

 

オレは穂乃果たちにライブの感想を簡単に伝えると制止を振り切り、あとにする。

 

「そーた先輩……。」

 

「壮大さん…。」

 

「凛ちゃん、花陽ちゃん…。ゴメンね?怖がらせちゃって。ライブ見に来てくれてありがとう。後でライブの感想聞かせてくると嬉しいかな…。」

 

「「はい…。」」

 

オレは講堂から出ると右には真姫が、左には東條さんがいた。

 

「壮大…。」

 

「真姫…、ありがとな。あいつらの為に曲作ってくれて。」

 

「べ…、別に…。」

 

そう言ったきり髪の毛先をクルクルといじりだした。

 

「……あれでよかったん?」

 

「いいんです。穂乃果たちの行動を貶した罰です。……それと、お騒がせしてすみませんでした。」

 

「ううん…。……また来てな?」

 

「……考えときます。」

 

オレは東條さんの言葉に素直に頷くことが出来ず、音ノ木坂学院を後にした。

 

こうして穂乃果たちの旅立ち…。μ'sのファーストライブはオレのせいで滅茶苦茶にしてしまった…。

 

 




いかがでしたでしょうか?

これにて第1章が終わりです。

アニメで言うと第3話までと言ったところでしょうか…。


それではまたの更新まで御待ちくださいませ…。


はぁ…。どうしてこんな重い話を書いてしまったのか…。



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第7話 ファーストライブ後日談

注)今話は前話の反動でキャラ崩壊が起きてます。

こんなのラブライブ!じゃねぇ!!と言う人はリターン推奨です。

それでも読んでやんよ!って人はこのままどうぞ。

それではスタートです。


ファーストライブが終わって3日後の昼下がり。

 

世間はゴールデンウィークに突入し世の中は休みムードになっていく。

 

そんな空気が漂う中インターハイ地方予選を勝ち抜き3週間後の都大会に進出を決めたオレだったのだが…、

 

 

 

「本当に申し訳ありませんでした。」

 

 

 

現在絶賛土下座中だった。

 

誰に土下座しているのかって?

 

そりゃおめぇさんよぉ…。

 

分かるだろ?

 

 

 

 

 

 

「謝罪の言葉はいいのです。ただ、なぜあんなことを言ったのか理由が知りたいだけなのです。」

 

 

 

 

 

穂乃果とことりと海未だ。

 

いや、正確には腕を組んでオレを見下している海未なのだが…。

 

だって海未の後ろで穂乃果とことりがカタカタ震えてるんだもん。

 

穂乃果がよく言う『海未ちゃんを怒らせると物凄く怖い』っていうのが今はよく分かる。

 

さっきから尋常じゃない量の汗と威圧感で体力がゴリゴリと削られている。

 

やべぇ、マジ怖ぇんだけど…。

 

「さぁ、壮大。辞世の句をどうぞ。」

 

辞世の句!?今辞世の句をって言ったか!?

 

オレはとりあえず頭を上げて弁明を始めた。

 

 

 

「とりあえずホントにすまないことをしたと思ってる。でも穂乃果たちが考案したスクールアイドル活動を『思い付きの行動』って言われたのが許せなかったんだ。」

 

 

穂乃果がライブ後に絢瀬さんに言った「『もっと歌いたい』『もっと踊りたい』という気持ちを真っ直ぐに信じてみたい」という気持ち。

 

その綺麗で愚直とも呼ばれそうなストレートすぎる想いを土足で踏み入れて踏みにじってきたのだがら、怒らない理由にはならないと思った。

 

「ですが、言ってあそこまで言う必要はないかと…。」

 

「もう1つ理由があるんだ。」

 

オレは正座から胡座に座り直し、海未の琥珀色の瞳を見る。

 

「『思い付きの行動』…。絢瀬さんからしてみればそう見えるかもしれないけど穂乃果たちが頑張っている姿を貶されたのが……、どうしても許せなかったんだ。穂乃果たちにはいつだって笑っていて欲しいからな…。」

 

「「「……!!!」」」

 

3人が徐々に顔を赤くなっていく。

 

キザったらしく言うけど、むしろこっちの方が本心なのかもしれないな…。

 

「えへへ…。そーちゃん…。」

 

「そーくん……。」

 

「もう……、仕方ない人ですね…。」

 

穂乃果が嬉しそうに、ことりが照れながら、海未がはにかみながら笑う。

 

こんなにキラキラ輝く姿はダイヤモンドやアメジストと言った高価な宝石よりも眩しい。

 

笑顔はどんな女の子にとって最高の化粧とは言ったものだ。

 

「さっ、この話は終わりにしよう。……どうする?何なら今日ここでメシ食ってくか?」

 

「えっ!?そーちゃんの手作り!?やったー!!穂乃果、おかーさんに伝えてくる!」

 

「わーい!ことりはお母さんに電話してくるね♪」

 

穂乃果とことりが踊るように飛び出していき、部屋の中には海未とオレだけが残された。

 

「……いいのですか?あんなこと言って。」

 

少しだけ呆れた表情の海未が問いかけてくる。

 

「いいんだよ。それに生活費がほとんど減ってねぇじゃねぇかって親父がうるさくてさ…。」

 

ホントのことを言うと少しでも贖罪になればという意味なのだが、こうでもしないと海未は梃子でも動かないしな…。

 

「ふふっ…。そういうことにしておいてあげましょう。……私も母に連絡してきます。」

 

「……おう。」

 

何やら悟った顔つきで微笑み、高校入学祝いってことで買って貰ったというスマートフォンを未だに慣れない手つきで弄りながら部屋を出ていった。

 

……さて、頑張ったあいつらのためにここらで振る舞ってやりますかぁ!!

 

オレは腕捲りをしながらキッチンに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらずそーくん凄いね…。」

 

一足先に帰ってきたことりが手伝いたそうにこちらを見ていたので、キッチンに招き入れて食材を切って貰っている。

 

「そうか?ことりも料理できるだろ?……おっ、そろそろ出来上がるころかな?」

 

オレはことりと話しながら鍋掴みに手を突っ込み、オーブンを開ける。

 

「お菓子やケーキなら作るけど、それ以外はお母さんのお手伝いするくらいだよ?」

 

実はことりは幼馴染3人の中で一番料理が上手かったりする。

 

海未も和食(何故かベトナム料理のフォーも得意らしい。何でだ…?)が得意料理だと言うので出来ないことは無いのだが、洋食と中華はからっきしだ。

 

穂乃果?あいつは穂むらの揚げ饅頭くらいしか出来ないぞ?

 

むしろ料理なら雪穂の方が上手いくらいだ。

 

幼馴染3人とはちょっと違うけど真姫は…、グラタンとパスタとサンドイッチくらいしか作れないらしい。

 

「うっし!!出来たっ!」

 

「確かに凄いんだけど……

 

 

 

 

 

 

普通の一般家庭にパエジェーラなんて無いと思うなぁ…。」

 

 

パエジェーラ……、つまるところスペイン料理のパエリア専用の鍋だ。

 

親父が仕事の際にスペインに行ったときにたまたまパエジェーロの人を助けて、そのお礼にってことで貰ったらしい。

 

でも結局使うのはオレだけなんだよなぁ…。

 

母さん海鮮系苦手だし。

 

それにしても穂乃果と海未いつまで電話してんだよ、おっせぇなぁ…。

 

「たっだいまー!!」

 

「ただいま戻りました。」

 

「おう、遅かった……なぁっ!?」

 

リビングにゴロゴロゴローッ!!と転がってきた穂乃果を見て驚愕した。

 

「ちょっ!おまっ!!その荷物何だよっ!?」

 

「何って……お泊まりセット?」

 

「『お泊まりセット?』じゃねぇよッ!!何考えてんだこのアほのか!!お前の頭ん中はパン祭りでも開催されてんのかアァン!!?」

 

「わ……、私は止めたんですよ!?幼馴染とは言え殿方の家に泊まるなど破廉恥極まりない行為など!!」

 

「だったらお前のその荷物はなんだぁぁぁあッッ!!!?」

 

言動と行動が一致してない海未なんて初めて見たわ!!

 

ホントにどうした!?本来ならストッパー役のはずだよね!?

 

何!?どこかでラブアローシュートでも喰らったか!?

 

ってことはあれか?ことりもか!?

 

「そーくん、実は……ことり…も…。」

 

ほーら来たよ!!

 

絶対そう来るって思ってたよオレ!!!

 

「そーちゃん、電話ー。」

 

んだよこンのクッソ面倒くせぇ時に電話入れてきやがったのは!?

 

「はい!松宮です!!」

 

オレは受話器を乱暴に取り、若干怒気が混ざった声が出た。

 

『もしもし?壮大さん?海未の母の美空です。』

 

海未のお母さんの美空さんだった。

 

「どうかされましたか?」

 

『海未さんが壮大さんの御自宅にお泊まりしたいと申されたので挨拶をしようと思いまして…。』

 

「今すぐ引き取って貰えませんかねぇ!?」

 

『あらあら、嬉しさのあまり本心と逆のことを言う…。これが今時流行りの『つんでれ』って言うのかしら?』

 

「違います!!」

 

『あ!そうだ!もしよろしければ海未さんのことよろしくしてもよろしいのですよ?』

 

「あんたは何言ってんだぁぁぁあっ!!!」

 

イライラに耐え切れなくなったオレは受話器を電話本体にダンクシュートをぶちかましたところで、今度はスマートフォンが鳴った。

 

「はい!松宮です!!」

 

『こんにちは。比奈です。』

 

今度はあんたか!!

 

「先日はどうもすみませんでした。で?どうかされましたか?」

 

『えぇ…、ことりが『そーくんのお家に泊まりたいんだけど…。』って言ってたけど、泊めてあげてもらえないかしら?』

 

「えっと…、今穂乃果と海未も泊まりたいなんて言ってて少し困ってるんですよ…。」

 

っつーか比奈さん、ことりの声真似上手いな。

 

目を閉じて同じセリフ言ったら正解できる自信がない。

 

『そう…。困ったわねぇ…。』

 

さっきの美空さんとは違って、とても真面目な雰囲気で通話をする比奈さん。

 

『そろそろ孫の顔がみたいなぁって思ってたのに…。』

 

オレは無言でスマートフォンをぶん投げた。

 

何だかこなごなになっちまったけど、知ったこっちゃないわ!!

 

 

 

ーーーピーンポーン!!

 

 

「はーい!」

 

インターホンがなり、玄関のドアを開けるとなんとそこには夏穂さんが。

 

「今日穂乃果が壮大くんの家に泊まるーって駄々こねて聞かなくて…。」

 

「アッ、ハイ。ソウッスネ。」

 

うん。もうオチ読めた。

 

「お詫びの品と言っちゃアレなんだけど、これよろしかったら…。」

 

オレは夏穂さんからお裾分けとし、炊きたての赤飯を貰った。

 

「アッハイ。アリガトナス。」

 

赤飯を貰い、玄関のドアを閉めたところで叫ぶ。

 

 

 

「オレは人間をやめるぞ!!穂乃果、海未、ことりィィィィイッ!!!!!」

 

 

 

そしてオレはそこで考えるのを……、辞めた。

 

 

次に気がついたときは次の日の朝だった。

 

その間のことを穂乃果たちに聞こうとしているのだが、3人とも顔を赤くして話したがらない。

 

一体オレは何をやらかしちまったんだぁぁぁあっ!?

 

 

 

 

 




どうでしたか?

次回からきちんと書きますので!!



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The 2nd Chapter集まり出す女神たち
第8話 一輪の花とお姫様


ゴールデンウィークも終わり、新入生や新入社員が徐々に新しい環境に慣れてくる頃。

 

この時期は高校生ランナーにとってトラックレースの連戦が続き、コンディションの調整やブロック予選でよくなかったところの修正などの技術的練習で練習を終えた。

 

今日はμ'sの練習もオフらしく久々に何もない夕方を満喫するはずだった。

 

「あっ……、あのっ……!!」

 

何気無く歩いていたら音ノ木坂の制服を着た女の子がいたけど特に用事があるわけでもないから横を通りすぎようとしたら、声を掛けられた。

 

「えっ……?……花陽ちゃん?」

 

声を掛けてきたのは意外にも花陽ちゃんだった。

 

「どうしたの?こんなところで。」

 

「えっと……、に、西木野さんの生徒手帳を届けようとしてるんですけど、道に迷っちゃって…。」

 

そう言われて手元を見てみると音ノ木坂学院の生徒手帳があった。

 

「そっか。なら、一緒に行くか?」

 

「ええっ!?」

 

驚かれた。

 

何だよ。オレだって音ノ木坂学院に通ってる知り合いなんて穂乃果以外にもいるんだぞ?

 

にゃーにゃー言っちゃうえんじぇーとか、スピリチュアルやね!とか言っちゃう半予言者とか。

 

「真姫とオレは小さい頃からの知り合いでね、引っ越しさえしてなければ場所は覚えてるから。」

 

「……いいんですか?」

 

「おう。んじゃこっちだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花陽ちゃんを引き連れて歩き始めてからだいたい15分くらいかな…。

 

住所は変わっていなかったのですんなりと着いたのだが…、

 

「……相変わらずすんげぇ家だよなぁ。」

 

花陽ちゃんは真姫の家を見上げて口をパクパクさせたり、オレと真姫の家を繰り返し見ている。

 

さすがは総合病院の経営者…。

 

都内でこんな豪邸構えててしかもそれが知り合いと来たもんだ。

 

オレん家だって豪邸ではないけど一般家庭よりはほんの少し上のランクだと思ってるけど、そんな考えが霞んじゃうよ。

 

「んじゃ、ポチっとな。」

 

『はーい、どちら様かしら?』

 

インターホンを押して数秒の間が空いてから女性の声が聞こえてきた。

 

「あー…。どうも、松宮ですー。」

 

『はーい、今開けまーす。』

 

家のドアが開いてから家の前の門が開くと、そこには真姫に似た女の人が立っていた。

 

「あら、壮大くんじゃない。ま、とりあえず上がって上がって。……そちらの方も。」

 

「は、はいぃ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントに久し振りねぇ。家に来るのは何年振りかしら?」

 

「病院ではチラホラ会ってるんですけどね。ところで今日は非番なんですか?彩月先生。」

 

この真姫に似た女の人は真姫の母親の西木野 彩月さん。

 

西木野総合病院の現経営者であり、そこの脳外科の先生だ。

 

「いいえ、今日は夜勤明けでついさっき起きたばかりなのよ。ところで今日はどうしたの?まさか真姫ちゃんをお嫁に下さいって言う話?」

 

「彩月先生、まだ寝惚けてるんですか?寝言は寝て言うのがこの世界のルールですよ?それにまだオレ結婚できる年齢じゃないですし。」

 

ちなみに仕事はできるけど、スイッチが切れると一気に天然さんになってしまう困った人でもある。

 

「今日はこちらの女の子と一緒に学校で落とした真姫の生徒手帳を届けに来たって訳ですよ。」

 

「あの、音ノ木坂学院1年の小泉 花陽です…。」

 

まさかここで振られると思ってなかった花陽ちゃんはビックリしながらも簡単に自己紹介をする。

 

いきなり振っておいてごめん花陽ちゃん。

 

こうでもしないと彩月ワールドに引き込まれちゃうんだ。

 

「あらそうなの?真姫ちゃんなら病院に顔を出して「ただいまー。ママ、誰かいるの?」…噂をすればなんとやらね。今、飲み物のお代わりを持ってくるわね。」

 

彩月がキッチンに姿を消したと同時に真姫がオレと花陽ちゃんがいるリビングに入ってきた。

 

「よっ。」

 

「壮大!?それに……。」

 

「こんにちは…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして壮大が私の家にいるの?」

 

彩月さんが真姫と花陽ちゃんには紅茶を、オレには低脂肪牛乳を持ってきてくれてまたキッチンに姿を消してしまった。

 

それを受け取った真姫からは鋭い目線が飛んできている。

 

そんなに見つめられたら冷たい火傷ができちまうだろ?

 

「どうしてとは酷い言われようだな…。花陽ちゃんお前の何じゃないかと思われるものを拾ったっつーからここまで道案内しただけさ。……ほら、花陽ちゃん。」

 

「これ……、西木野さんの…だよね?」

 

そう言うと花陽ちゃんは真姫に生徒手帳を手渡す。

 

それを見た真姫は初めて生徒手帳を落としたことに気付き、驚きの表情を見せる。

 

「……どうしてあなたが?」

 

「ごめんなさい…。」

 

「どうして謝るのよ…。」

 

相っ変わらず素直じゃねぇなぁ…。

 

「そう言えば西木野さんμ'sのポスター見てませんでした?」

 

「わ、私が!?……知らないわ。人違いじゃないの?」

 

おい、動揺しすぎだ。

 

ティーカップとソーサーがガッタガタに揺れてるぞ。

 

「でも、ポスターのところに生徒手帳が落ちてたし…。」

 

「違っ!!それは……!!」

 

真姫が花陽ちゃんに攻められムキになり、ソファーから立ち上がろうとしたが勢いが強すぎて膝をテーブルにぶつけてしまった。

 

うっわ痛そう…。

 

「えっ……!あっ…わぁぁっ!」

 

「真姫っ!!」

 

思わずぶつけた方の膝を抱えてしまったが、それがいけなかった。

 

バランスを崩し、先に倒れたソファーの方向に倒れこんだ。

 

オレは(客なのに)上座に座っていたので、急いで真姫の身体を引き寄せ自分の身体が下敷きになるように強引に捩じ込んだところでそのままフローリングに叩き付けられた。

 

「いってぇ…。真姫、怪我はねぇ……むぐっ?」

 

目を開けて起き上がったはずなのに何故な視界は暗かった。

 

その代わり顔には何か柔らかい2つの山が当たっていた。

 

まさか……。

 

真姫の……む…。

 

 

 

「き……きゃぁぁぁぁあっ!!!」

 

 

ーーースッッッッパァァァァン!!!!!

 

いってぇぇぇぇぇえ!!!!

 

叩かれた左頬を押さえながら転がり、たまたま上を見ると脚を上げている真姫の姿が見えた。

 

「このぉ……変態っっっっ!!!」

 

「ぐふぉぁっ!?」

 

脚はオレの鳩尾をピンポイントに捉え、オレの意識を刈り取った。

 

ただ、踏まれる直前にスカートの中に何やら赤っぽい色のレースが見えて気がするけどこれは記憶から抜け落ちるまで黙っておこう…。

 

ってオレ最近頬を叩かれる機会多くね……?

 

 

 

 

 

「ちょっとやりすぎちゃったかな…。」

 

松宮さんが膝をぶつけて倒れそうになった西木野さんを庇ったけど、松宮さんのラッキースケベって言うのかな…。西木野さんの胸元に起き上がってしまい、西木野さんのビンタと踏みつけの餌食になってしまいました…。

 

ですがすぐさま西木野さんがやりすぎたと言う表情をしていました。

 

西木野さんってクールに見えて実は優しい……、のかな?

 

「それよりあなた、アイドルやってみたいんじゃないの?」

 

「えっ…?」

 

「この前のμ'sのファーストライブの時、夢中になって見てたじゃない。」

 

「西木野さんも見に来てたんだね。」

 

「わ、私はたまたま通りかかったと言うか…。」

 

講堂ってたまたま通りかかったって言うほどの場所に無かったと思うけど…。

 

「やりたいならやればいいじゃない…。そしたら、少しは応援してあげる。」

 

『やりたいならやればいいじゃない』。

 

西木野さんが無意識にいった言葉。

 

何故だか私はこの言葉が妙に心に染み渡った。

 

「うん、ありがとう。」

 

 

 



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第9話 まきりんぱなと素直な心

テレビアニメ1期第4話をカットすると言ったな。

あれは嘘だ。

と言うわけで第9話、どうぞ。


「いってぇ…まだヒリヒリする…。一体どんな力でぶっ叩いたんだよ…。」

 

真姫の家から出て数分、出る直前まで気絶していたので叩かれてから数十分経ったというのにまだヒリヒリしている。

 

隣でちょこんと歩く花陽ちゃんは何か考えることがあるのか、真姫の家を出てから何も言葉を発しない。

 

「あの、松宮さん。お聞きしてもよろしいですか?」

 

「何だ?」

 

「松宮さんはどうして先輩たちのお手伝いをやっているんですか?」

 

何を言い出すかと思えば…。

 

「そうだな…。」

 

勿体ぶって考えるフリをするが、理由なんて決まってる。

 

『あいつらの笑顔が見ていたいから』。

 

でもこんなことは言えないことはないけど、恥ずかしすぎる。

 

だから遠回しに答えてみる。

 

「……何だかんだいってあいつらが好きなんだと思う。」

 

「好き……ですか?」

 

「ああ。もちろん恋愛感情の好きとは違うぞ?あいつらが団結して何かを成し遂げようとする姿が羨ましくもあり、いい刺激になってるんだと思う。花陽ちゃんはオレが立華高校の陸上部だって言うのは知ってるかな?」

 

花陽ちゃんは静かに首を横に振るが、オレは話を続ける。

 

「陸上は野球やバスケとは違って自分の力が無いと勝ち上がれない競技でさ、練習しても人間だからどうしても手を抜きたくなるけど穂乃果たちの姿を見て『オレも負けてられないな』って、『オレもあいつらを見習って頑張らないとな』ってなるんだ。」

 

「そうなんですか……。」

 

「そういうこと。そう言えばこの近くに和菓子屋があるんだけど寄っていかない?」

 

「何がオススメなんですか?」

 

「お店のオススメは揚げ饅頭らしいけど、普通のお餅とか葛餅とかもあるよ。」

 

「じ、じゃあ行きます。」

 

大人しい声だけど目がすっげぇキラキラしてる。

 

洋菓子を目の前にした穂乃果やトマトを食べる真姫みたいな感じになってる。

 

お餅っつーか……、お米が好きなのかな?

 

 

「ごめんくださーい。」

 

オレたちは『穂むら』の店のドアをガラガラと開けてから暖簾をくぐる。

 

「はーい!……そーちゃん!それに、花陽ちゃん!いらっしゃーい!!」

 

そこには白い三角巾を頭に巻き、割烹着を来て店番をしている穂乃果の姿があった。

 

「おー穂乃果、店の手伝いなんて珍しいな。一体どんな風の吹き回しだ?もしかして明日は鉄砲玉が降ってくんのか?」

 

「ひどーい!!穂乃果だって店番くらいやるときはやるよ!!」

 

やらないときの方が圧倒的に多い気がするのですが、それは…。

 

「穂乃果……えっ!?ええっ!?」

 

ほ穂乃果と会話していたのだか、花陽ちゃんが混乱魔法にかかったのか錯乱し始めた。

 

「ここは穂乃果の家がやってる和菓子屋なんだ。」

 

錯乱している花陽ちゃんの頭を撫でて落ち着かせる。

 

「ところで穂乃果の部屋に案内してやってもいいか?」

 

「いいけど、そーちゃんいつまで花陽ちゃんの頭に手を置いてるつもり?」

 

頬を膨らませてむーっと唸り声を上げつつ声のトーンを少し低くして威嚇してくる。

 

「何だよ?何むくれてんだよ?」

 

「べっつにー?ただそーちゃんが……ごにょにょ…。」

 

「え?なんだって?」

 

「何でもない!ほら、入るなら入って!!これから来るかもしれないお客さんの邪魔だよ!!」

 

穂乃果がオレの手を取り、無理矢理花陽ちゃんの頭から下ろすとグイグイと背中を押してから店番の為にカウンターに戻った。

 

「何だったんだありゃ…。」

 

「壮大さんって鈍いんですね…。」

 

「?」

 

花陽ちゃんに鈍いって言われたけど何が鈍いのかサッパリ分からないオレは、ただただ首を傾げるしかなかった。

 

 

 

 

 

「この部屋でいいのかな…?」

 

と言って花陽ちゃんはドアを静かに開けた。

 

「あ。その部屋違う!」って言おうとしたけどもう遅かった。

 

 

 

「ふんにぬぬぬ…!!このくらい、このくらいあれば…。」

 

 

 

そこにはバスタオル1枚で美容パックをつけて、ギューッと胸を寄せている雪穂の姿があった。

 

花陽ちゃんは何かを察したのか、ドアをガラッと開けたときよりも音を立てずにドアを閉めた。

 

「壮大さん…。」

 

「オレは何も見てねぇ。」

 

オレは咄嗟に誤魔化した。

 

中学生、それも幼馴染の妹に欲情する性癖は持ち合わせてはいないが女の子の闇をみたような気分だ。

 

「そこは穂乃果の妹の雪穂の部屋だ。穂乃果の部屋はこっち。」

 

そう言ってオレは何回も出たり入ったりしている穂乃果の部屋のドアを無警戒にガラッと開け放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃーん♪ちゃちゃーちゃら♪ちゃらららーん♪じゃーん!みんなー!!ありがと~!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーバァァァァン!!!

 

オレは部屋のドアを音速で閉じた。

 

「「…………。」」

 

あ……ありのまま、今起こったことを話すぜ!

 

オレは無人である筈の穂乃果の部屋のドアを開けたと思ったら、そこにはマイクを持ってノリノリで投げキッスやポージングをしている海未の姿があった。

 

何を言っているのか分からねぇと思うが、オレ自身も何の理由で海未があんなことをしていたのか分からねぇ…。

 

理解してやりてぇが常識をはるかに逸脱した出来事で思考がどうにかなりそうだ…。

 

幻覚だとか幻聴だとかそんなチャチなもんじゃねぇ…。

 

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。

 

って銀の戦車の幽波紋を操るフランス人みたいな状態になってる場合じゃねぇ!!

 

海未さん!?お前は何やってたんだよ!?

 

花陽ちゃんも言葉を失っているじゃねぇか!

 

「……壮大さん。」

 

謂れの無い恐怖で身体が震え出す花陽ちゃん。

 

「いいかい?花陽ちゃん、オレたちは今何も見ていない。何も起きなかったんだ…。」

 

 

ーーードパァァン!!!!!

 

「「ヒィッ!?」」

 

 

2つの部屋のドアを同時に開いた。

 

片方の部屋からは片腕で胸元を隠しながら、そしてもう片方の部屋からは青みがかかった黒いロングヘアーで顔を隠しながら出てきた。

 

怖ぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!!

 

雪穂はまだいいとして、海未に至っては完っ全に井戸から出てきた妖怪よろしく状態だ。

 

うん、こんな状況になったのは妖怪のせいだ。きっとそうに違いない。

 

「「…………見ました?」」

 

→はい

いいえ

 

うん。これ、ロールプレイングゲームでよくあるどっちの選択肢を選んでも結末が変わらないっていうやつなんじゃねぇかな…。

 

しかも無限ループタイプじゃないほう。

 

あぁ…。オレの命もここまでだったのか…。

 

花陽ちゃん、後のことは頼んだよ…。

 

「…………いいえ、オレは……何も…………見ておりません。」

 

 

直後に脇腹と鳩尾に衝撃を感じると、一瞬で視界がブラックアウトしオレの意識が人生というオンラインゲームから一時ログアウトされましたとさ。

 

 

今日オレこんなのばっかじゃね……?

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい。」

 

こんばんは、小泉 花陽です。

 

あのあと店番をしていた穂乃果先輩がお盆にお茶とお茶請けを乗せて上がってきて、海未先輩が壮大さんの首根っこを引っ張りながら部屋に引きずり込み、見事な背負い投げで穂乃果先輩の部屋のフローリングに叩きつけたところで謝った。

 

穂乃果先輩が『何でそーちゃんこんなところで寝てるの?』って聞かれたのに対し、海未先輩は顔を赤くしながら『私が鏡の前でポーズの練習をしていたらノックもせずに部屋に入ろうとしたので、少し制裁を…。』と答えた。

 

男の人の壮大さんをも気絶させる西木野さんや海未先輩っていったい…。

 

「いいよいいよ、こっちこそごめんね~。……でも、」

 

穂乃果先輩が苦笑いで気にしなくてもいいと言ったあと、いたずらっ子がよくするような笑みを海未先輩の方に向けて…、

 

「まさかあの海未ちゃんがポーズの練習をしてたなんてねぇ~。」

 

海未先輩を煽っていた。

 

「そ、それは!穂乃果が店番でいなくなるからです!!」

 

私たちの学年でもかなり人気が高い海未先輩のファンの子たちが見たら、気絶しそうなくらいの壊れっぷりです。

 

あぁ…、クールで凛とした海未先輩はいったいどこへ…。

 

「あ、あの…「お邪魔しまーす」……あぅ。」

 

私の言葉を遮るようにして穂乃果先輩の部屋に入ってきたのはことり先輩。

 

「あれ?」

 

「お、お邪魔してます…。」

 

「え!?もしかしてホントにアイドルに!?」

 

ことり先輩が私のことを見つけ、軽く頭を下げるとキラキラした表情で詰めよってくる。

 

ことり先輩少し怖い…。

 

「そーちゃんが連れてきたんだよ。花陽ちゃん、はい穂むら名物穂むら饅頭略してほむまん!」

 

そう言って穂乃果先輩はお饅頭を渡してきたので、ありがたく頂く。

 

あ、おいしい…。

 

「そーくんも来てるの?」

 

「来てるよ、ホラ。……って、海未ちゃん何してるの?」

 

穂乃果先輩が海未先輩の方向を指差したが、海未先輩はいつの間にか復活した壮大さんの背中を座布団代わりにして座っていた。

 

壮大さんは足の指先と前腕だけで身体全体と海未先輩を支え、プルプル震えていた。

 

「壮大が筋トレしたくなったって言ってたので、補助をつけているだけです。」

 

「おい、待て。オレは筋トレしたいなんて一言も……「そんなことよりもことり?パソコンは持ってきましたか?」ねぇ!?海未オレのことそんなに嫌いなの!?」

 

そんなことで済ましちゃっていいのかな……?

 

壮大さんがショボンという顔文字みたいな可愛いへこみ方をしていた。……何だか壮大さんのイメージがこの1日でガラガラと音を立てて崩れていくような気が…。

 

「うん!持ってきたよ~♪」

 

「ごめんね?いっつも肝心な時に限ってパソコン壊れちゃうんだよね…。」

 

ことり先輩がテーブルの上にノートパソコンを置いたので、わたしはお茶請けを手に持ってどかす。

 

「あ、ごめんね?」

 

「い、いえ。」

 

「それで、動画はありましたか?」

 

「ん?何の話だ?」

 

ことり先輩のノートパソコンの回りに集まり出す先輩方。

 

海未先輩を乗せた壮大さんも身体を上手く使って、まだ上に乗っている海未先輩を振り落とさないように近づく。

 

動画って一体なんだろう…?

 

「……あった!」

 

ことり先輩がパソコンを操作し、目的の動画を見つけた。

 

その声を聞いて穂乃果先輩たちはパソコンのディスプレイに近づく。

 

わたしも邪魔にならないように少し離れて動画を見始める。

 

動画とはつい先日行われたファーストライブの映像だった。

 

小さい頃から見続けているプロのアイドルやスクールアイドルの頂点に立っている『A-RISE』のダンスと比べると雑でぎこちない。

 

でも、先輩たちのダンスは見えない力に引き込まれるようなそんな力があった。

 

「あー…、ごめんね?花陽ちゃん……花陽ちゃん?」

 

穂乃果先輩が呼んでいるような気がしたけど、真剣に動画を見ていたので返事をすることができなかった。

 

小さい頃から大好きだったアイドル。

 

私もいつか歌って踊ってファンを魅了するアイドルになりたいと思っていたし、夢を持っていた。

 

でも引っ込み思案の私は、いつからか『私じゃそんなこと絶対無理だ』と自分の可能性を否定するような考えを占めていき、やがて『応援しているだけで満足だ』と勝手に決めつけていた。

 

「小泉さん。」

 

「は、はいぃっ!?」

 

海未先輩の声で私の意識はパソコンから現実に引き戻される。

 

「スクールアイドル、本気でやってみない?」

 

穂乃果先輩からアイドル活動のお誘いを受けた。

 

私にまたとないチャンスがやってきた。

 

でも、肝心なところで引っ込み思案の私は二つ返事で返すことができなかった。

 

「嬉しいですけど、私アイドルに向いてないし…。」

 

「それをいうなら私は人前に立つことが苦手です。とてもアイドルに向いているとは思いません。」

 

「ことりも歌忘れちゃうところもあるし、運動も苦手だし…。」

 

「穂乃果もすごくおっちょこちょいだよ!」

 

先輩方はそれぞれフォローを入れる。

 

「花陽ちゃん。」

 

今まで静かだった壮大さんが唐突に口を開いた。

 

「もしこいつらが()()()()()()()ならきっと失格の烙印を押されてるだろう。でも、()()()()()()()()なら自分がやりたいという気持ちがあれば誰だってやることができるんだ。」

 

「それがスクールアイドルってやつなんじゃないかな?」

 

壮大さん…、ことり先輩…。

 

「だからほんの少しでもやりたいっていう気持ちがあるなら、やってみようよ!」

 

穂乃果先輩…。

 

「もっとも、練習は厳しいですが…。」

 

「もぉ…。海未ちゃん…。」

 

「おや、失礼。」

 

自分がやりたいという気持ちがあれば誰だってできる……か。

 

先輩たちの話を聞いて、少しだけやりたいという気持ちが強まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、そーちゃん。」

 

「なんだ?」

 

「花陽ちゃん、入ってくれるかな…?」

 

花陽ちゃんやことりたちが帰ったあと穂乃果がオレん家……オレの部屋に入り浸っていると急に質問してきた。

 

あと穂乃果。背中に頬杖なんかつくんじゃない。

 

おかげで頬杖ついてるところピンポイントで痛い。

 

勉強してる人の邪魔をしちゃいけないって夏穂さんや学校の先生から教わっただろ?

 

「どうだろうな。入るかもしれないしもしかしたら入らないかもしれない。……ただ。」

 

「……ただ?」

 

いったんシャーペンを置き、首だけ後ろに捻って穂乃果を見る。

 

「花陽ちゃんはああ見えて芯がしっかりしてる強い子だ。……だから心配しなくてもいいんじゃねぇか?」

 

「そっか…。そうだよね…。ところで、明日のそーちゃんの予定は?」

 

「わりぃ。明日は練習事態は早く終わるんだけど、そっから監督さんと個人ミーティングなんだ。」

 

「じゃあ、それが終わったらまた音ノ木坂に来てよ。」

 

えぇ…。また行くの?

 

あの一件があるから音ノ木坂に行きたくないんだよなぁ…。

 

「行かなかったら?」

 

「そーちゃんが海未ちゃんを乗せてたとき、実は鼻の下を伸ばしてたことを海未ちゃんに言いつける。」

 

「全力で行かせて貰おう。」

 

どうやらオレに拒否権なんてものはなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習後、すっかり日が沈みかける頃に音ノ木坂学院についた。

 

例のごとく今日の朝イチで比奈さんに連絡を入れ、入校許可証を貰って音ノ木坂に入校する。

 

今回は生徒が部活に出たり帰宅したりしてほとんどいなかったし、絢瀬さんや東條さんの生徒会コンビも今日は帰ったみたいだったのでだいぶ気を楽して歩けた。

 

そしてあいつらの練習場所となっている屋上についた。

 

……何で屋上なんだ?

 

「うぃーっす。……およ?」

 

ドアを開けると、そこには両腕を掴まれて『宇宙人、ついに捕獲!』みたいな感じの花陽ちゃんと花陽ちゃんの腕をそれぞれ掴んでいる凛ちゃんと真姫の姿があった。

 

……今日1日で何があった?

 

「つまり、メンバーになるってこと?』

 

「はい!かよちんは昔からずっとアイドルになりたいって思ってたんです!」

 

「そんなことはどうでもよくて!この子結構歌唱力があるんです!」

 

「どうでもいいってどういうこと!?」

 

「言葉通りの意味よ!!」

 

こらこら、本人そっちのけでケンカをするんじゃありません。

 

君たちは一体何をしに屋上(ここ)に来たのかな?

 

「わ、私はまだなんというか…。」

 

花陽ちゃんオレたちがあれだけ言ってもまーだ決心できてなかったのか…。

 

花陽ちゃんには悪いけどそこまで優柔不断なのも一種の才能だぞ?

 

「もう!!いつまでうじうじしてるの!?絶対やったほうがいいのっ!!」

 

「それについては賛成!やりたいと思っているなら、やってみた方がいいわ。」

 

確かにそうだ。

 

やらないで後悔するよりも、やって後悔した方が何倍も価値があると思う。

 

「で、でも…。」

 

「さっきも言ったでしょ!?声に出すなんて簡単なことだって!あなたならできるわ!」

 

「凛、知ってるよ!かよちんはずーっとずーっと昔からアイドルになりたいって思っていたこと!」

 

「凛ちゃん、西木野さん…。」

 

いい友達を持ったな、花陽ちゃん…。

 

「大丈夫!凛はずっとかよちんのこと、応援してるから!」

 

「言ったでしょ?少しくらいは応援してあげる。って…。」

 

そう言って2人は花陽ちゃんの腕を解放する。

 

頑張れ、花陽ちゃん。

 

「あ、あの…。私、小泉…。」

 

 

 

 

ーーートンッ…。

 

 

 

 

下を向いてモジモジしていた花陽ちゃんの背中を2人は優しく押した。

 

言葉のないエールは花陽ちゃんの決意をより強固なものとなり…、

 

 

 

 

 

 

「……っ!私!小泉 花陽と言います!1年生で背も低くて声も小さくて人見知りで得意なものも何も無くて…。でも!アイドルへの想いは誰にも負けないつもりです!!だから、私を…μ'sのメンバーに入れてください!!!」

 

 

 

 

想いの言葉を言い切った。

 

ホント、花陽ちゃんは強い子だ。

 

キミの熱き想いは通じたよ。

 

その証拠を見てごらん…。

 

「こちらこそ。」

 

穂乃果たちは花陽ちゃんのもとに歩み寄り、代表して穂乃果が手を差し伸べた。

 

花陽ちゃんは穂乃果の手を握り、握手を交わす。

 

「ぐすっ…。よかったね…、かよちん…。」

 

「まったく…、人騒がせな人ね…。」

 

凛ちゃんと真姫の瞳は涙で潤んでた。

 

「あ!西木野さんも泣いてるー!」

 

「泣いてなんかないわよ…!」

 

涙目でツンデレしてても説得力無いぞ?

 

「それで、2人は?」

 

ことりが後ろ手を組んで凛ちゃんと真姫を見る。

 

「「え?」」

 

「まだまだメンバーは募集中、ですよ?」

 

ことりと海未も凛ちゃんと真姫に手を差し伸べる。

 

「凛は、その……髪も短いし、女の子っぽくないし…。」

 

「わ、私は別にアイドルなんて…。」

 

花陽ちゃんにはあんなこと言っといてこいつらと来たら…。

 

まさか凛ちゃんまで素直じゃないと来たもんだ…。

 

「『やりたいなら、やった方がいい』それを言ったのは誰かな?」

 

これはオレの出番ですかね…。

 

凛ちゃんや真姫が花陽ちゃんに対して言ったことを繰り返し言う。

 

「そーくん(壮大)(そーた先輩)(壮大さん)!?」

 

「もー!そーちゃん遅いよー!」

 

「わりぃわりぃ。屋上に来たらまさかこんな場面に遭遇するなんて誰が想像つくんだよ?」

 

唯一今日ここに来ることを知っていた穂乃果は頬をぷくっと膨らませる。

 

「どこから聞いてたの…?」

 

真姫がまぶたをピクピクさせながらオレに聞く。

 

どこから聞いてたかって?

 

「『つまり、メンバーになるってこと?』から。」

 

「最初からじゃない!!」

 

だから声をかけれずに今になって姿を現したんじゃないか。

 

「凛ちゃん、真姫?キミたちはさっき花陽ちゃんに『やりたいならやった方がいい』って言ったよね?」

 

「えっ?」

 

「それがなんだって言うのよ…。」

 

「…まだ分からないのか?少しは自分の心に従って素直になってみなよ?」

 

そう言って凛ちゃんと真姫は、夕日で赤く照らしていてもなお分かるくらい頬を赤くして下を俯いた。

 

凛ちゃんはともかく真姫はいつもならこんな反応は絶対にしない。

 

つまりこれは何を意味しているのか…。

 

彼女たちもやりたいのだ……、スクールアイドルを。

 

彼女たちも加わりたいのだ……、μ'sという輪の中に。

 

「凛ちゃん、西木野さん。」

 

花陽ちゃんが凛ちゃんと真姫の前に歩み寄り…、

 

「一緒にスクールアイドル、しよ?」

 

微笑んだ。

 

「「………うん。」」

 

凛ちゃんと真姫はとても優しい笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝練。

 

いつものごとく神田明神の階段の一番上で始まるのを待っていた。

 

一足先に花陽ちゃんがやって来て、『イメチェンですっ』と言ってコンタクトレンズに切り替えて凛ちゃんと真姫を待っていた。

 

さて、どんなリアクションをするのかな…?

 

「うぅ…。朝練って毎日朝早くからやらなきゃ行けないのー…?」

 

「当たり前でしょ?……しっかりしなさいよ。」

 

おっ…、来た来た。

 

下から初っぱなから弱気な発言をする凛ちゃんとそれを聞いて呆れる真姫の声が聞こえてきた。

 

「凛ちゃん、真姫。おはよう。2人とも早いね。」

 

オレは階段を登ってきた凛ちゃんと真姫に挨拶をする。

 

1日の始まりの基本は挨拶だからなっ!!

 

「そーた先輩だにゃ!おはようございますにゃ!!」

 

「………おはよ、壮大。」

 

凛ちゃんはさっきの眠気はどこへやらと謂わんばかりにとても元気よく、真姫は少し顔を反らしながら挨拶を返してくる。

 

うむ。挨拶は基本中の基本だ。

 

これだけで育ちが分かるという人もいるからな。

 

「あっ!かよちんだ!おっはよー!!」

 

その後凛ちゃんは花陽ちゃんの姿に気付き、花陽ちゃんのもとに駆け寄る。

 

 

 

 

 

「凛ちゃん、西木野さん、おはよう。」

 

 

凛ちゃんの挨拶で振り向いた花陽ちゃんの姿を見て、凛ちゃんと真姫は驚きを隠せない表情になった。

 

「かよちん…、メガネ外したの?」

 

「うん。コンタクトにしてみたんだけど………変かな?」

 

「ううん!すっごく似合ってるにゃ!」

 

「そうね。いいんじゃないかしら…。」

 

「ありがとう、凛ちゃん。西木野さん。」

 

すると真姫がなにやらエナメルバッグの肩ベルトをキュッとつかみ、顔を赤くする。何を言い出す気だ…?

 

「ねぇ、その……。私のこと名前で呼んでよ…。私もあなたたちのこと、名前で呼ぶから…。凛、花陽。」

 

真姫がデレた…だと……!?

 

「うん!よろしくね、真姫ちゃん!」

 

「……!うぅ…。」

 

「まーきちゃーん!真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃーん!!」

 

すると凛ちゃんは名前を連呼しながら真姫に近付く。

 

「真姫ちゃん!真姫ちゃん!!」

 

真姫に近付いたと思ったら真姫の頬を猫がじゃれるように頬をスリスリする。

 

「う……うるさいっ!」

 

真姫も恥ずかしがりながら、でも満更でもないような表情で顔を赤く染めながら凛ちゃんを引き剥がす。

 

「ごめーん!お待たせー!!」

 

真姫が凛ちゃんを何とか引き剥がしたところで2年生組がやって来た。

 

「遅ぇぞ穂乃果たち!サッサと朝練始めんぞー!!」

 

「おぉ!そーちゃんがいつになくやる気になってる!!」

 

凛ちゃんたち1年生組を加え6人となり、賑やかになりつつあるμ'sの面々を見て呟く。

 

「……やっぱ手伝い役、引き受けてよかったな…。」

 

「…?そーちゃん何か言った?」

 

「何でもねぇよ。ほら、さっさとアップする!!」

 

「「「はーい!!」」」

 

穂乃果たちが朝練を始めるが、今日は何だかオレも走りたい気分だ。

 

よしし、今日はオレも走ろう。

 

そう決めたオレは穂乃果たちの背中を追いかけた。

 

 




と言うわけでテレビアニメ1期第4話のお話でした。

次は第5話。

あのパイセンが登場しますよー。

それでは皆さんご一緒に。

にっこにっこにー!!!



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第10話 襲来と怪我と逆鱗

μ'sに1年生組が加入してから早くも2週間が経とうとしている。

 

オレも朝練にはちょくちょく参加しているのだが1年生…、特に凛ちゃんの身体能力には色んな高校生アスリートを見てきた中でも目を見張るものがあった。

 

しなやかな身体のバネから生まれるスプリント力は高いレベルを誇り、そんじょそこらの女子高生はおろか下手すりゃ並の男子でも勝てるかどうかと言ったところだ。

 

「そーた先輩!勝負だにゃ!今日こそ凛が勝つにゃー!!」

 

おかげでオレもレベルの高いスピード練習が出来ている。

 

「そう言ってオレに一度も勝ててないのはどこのにゃーにゃー言ってる子なのかにゃー?」

 

「あー!凛の真似ー!!」

 

穂乃果と似た空気があるのか意外と親しみやすいし、何よりからかい甲斐がある。

 

「凛、壮大?準備はできましたか?」

 

「凛はいつでもおっけーだにゃ!」

 

海未がスタート準備を整えたかという問いにオレはまだ答えない。

 

スタート前に行う願掛け…、ルーティーンがある。

 

目を閉じて自分が深く暗い水のなかにいるイメージをしたあと、1本の光の筋が差し込む。

 

その光を求め、水の中で思いっきり蹴って水面へと向かっていく。

 

そして水面まで辿り着くと、1本だった光の筋がドンドン増えていきオレの身体を包み込むイメージをし終えたら目を開く。

 

「……あぁ、オレも準備完了だ。」

 

「では、スタートです!」

 

オレと凛ちゃんはほぼ同時に固いアスファルトを蹴って、階段を登り始めた。

 

 

 

 

 

 

「うにゃー!また勝てなかったにゃー……。」

 

「お疲れさま。凛ちゃん、そーくん。」

 

「ああ、ありがとうことり。」

 

「ことり先輩ありがとうだにゃ!」

 

ダッシュし終えたオレと凛ちゃんはことりからスポーツドリンクのボトルを受け取り、適量口に含んだ。

 

凛ちゃんは玉のような汗を大量にかき、ゴクゴクと喉を動かしながら汗をタオルで拭く。

 

「凛とほとんどタイムが変わらないとはいえ、何だか壮大には余裕があるように見受けられますが…。」

 

「んなことないよ。部活の時はスパイクが殆どだからランニングシューズだとそこまで早くないんだ。」

 

「じゃあこのまま行けば凛、そーた先輩に勝てる!?」

 

オレと海未の話を聞いてた凛はキラキラしながら、海未とオレの間に入り込んできた。

 

「凛ちゃんそーくんホントはすごく速いんだよー?」

 

「そうですよ、凛。壮大、この前の大会の100M何秒でしたか?」

 

「確か10秒64だ。」

 

「速いにゃー…。」

 

凛ちゃんはオレのタイムを聞いて戦意喪失してしまった。

 

「んじゃオレはそろそろ学校に……!?」

 

オレはすっかり落ち込んでしまった凛ちゃんの頭を撫でてから学校に行こうとしたが、後ろの方向から視線を感じたので振り返った。

 

「そーくん(そーた先輩)?」

 

「………。」

 

ことりと凛ちゃんは気付かなかったようだが、海未は視線に気付いたようだ。

 

「(海未、話がある。学校帰りオレん家に来れるか?)」

 

「(奇遇ですね。私もたった今壮大に聞きたいことができました…。)」

 

「(じゃあ、また放課後に。)………何でもない。汗の管理とクールダウンよろしくな?」

 

「はい、ではまた。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーピンポーン!

 

「はーい!」

 

帰宅してすぐインターホンが鳴ったので、オレは玄関のドアを開けた。

 

「すみません、弓道部でミーティングがあって遅れました。」

 

「いいや大丈夫だ。オレもついさっき帰ってきたところだ。」

 

矢筒を持った海未が申し訳なさそうにしながらやってきたので、フォローを入れてからリビングに通した。

 

テーブルを挟んでドカッと胡座をかくオレとは対照的でちょこんと座る海未。

 

大和撫子という言葉はこいつのためにあるのかと思いたくなるくらい、仕草が自然だ。

 

………和服とか似合いそうだよな、海未って…。

 

「壮大。朝の件についてなのですが…。」

 

「………。」

 

いや、逆にヒラヒラしたワンピースやミニスカートと言ったギャップを突くのもありかもしれん。

 

………まぁ何にせよ海未には何着せても似合いそうだ。

 

真姫やことりには及ばないが他のメンバーには小さい頃から武道を嗜んできたしなやかで強く、さらにスタイルのいいプロポーションもあるし…。

 

「………壮大?」

 

「!?……わりぃ、ボーッとしてた。…それよりも、()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「えぇ。ストーカーでは無い気がしますが、何やら嫌にねっとりとした……何かを見定めるような視線なら感じました。」

 

凛やことりは気付かなかったみたいですが…。と説明に付け加えられる。

 

やはりか。

 

きっと何処か物陰からオレたちのことを監視してるみたいな目線も感じたのだ。

 

「それに今日何気なく例のサイトを見てみたら、μ'sの掲示板にこんな書き込みがあったんです…。」

 

海未はスマートフォンを操作し、スクールアイドル専用のサイトをオレに見せてくれた。

 

えっと……?

 

『あんたたちがアイドルを語るなんて10年早いわ!とっとと解散しなさい!!』………?

 

……へぇ。

 

「くだらねぇな…。」

 

オレは海未のスマートフォンをアイドリング状態にしてから返した。

 

「……?、と言いますと?」

 

「μ'sは結成時に比べて徐々に人気が高まってきている。でもそれと同時に僻みやっかみを掲示板に書き込んだりする人もいるんだ。それが人気が高まるのに比例して……な。」

 

アイドルグループへの『口パク疑惑』だったり『整形疑惑』だとかがいい例だ。

 

「そうですか…。そして私なりに考えた上で頼みたいことがあるのです。」

 

「……ストーカーの正体の確認ってとこか?」

 

「話が早くて助かります。……お願いできますでしょうか?」

 

今はこのような無害で小さい規模の誹謗中傷の書き込みだけだが、もしかしたら悪事がエスカレートしてメンバーに何が危害が加わるのかもしれない。

 

穂乃果たち幼馴染や凛ちゃん花陽ちゃんと言った可愛い後輩たちを危険なことから守れるというのなら、返事は1つしかない。

 

「……分かった。」

 

「ありがとうございます。」

 

メンバーの安全の確保。

 

これもお手伝いのうちの1つだろ?

 

「………ところで弓道部のミーティングって?」

 

「今度のインターハイ予選でのメンバー発表のことでして…、今年も団体戦の代表と個人戦にエントリーとなりました。」

 

「……そっか、弓道もそろそろインターハイ予選か。」

 

「はい、ですので明日からは弓道部の方をメインに顔を出さないといけなくなりまして…。」

 

「オレじゃなく、先にメンバーに伝えときな?」

 

「こちらに来る前に既に伝えました。あとは壮大だけなんですよ?」

 

ありゃ、そうだったの?

 

確認してみたらμ'sのグループチャットにメッセージが飛んでいてメンバー各々が、祝福の言葉や励ましのメッセージがあった。

 

「………そうか。根を張り詰めすぎるなよ?」

 

「ふふっ…。そう言う壮大も、ですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝。

 

今日はオレが神田明神に着いたときには穂乃果とことりが先に来て、既にウォーミングアップを開始していた。

 

珍しいこともあるもんだ…。

 

それを海未がいるときにもやってほしいものだ。

 

「うぃっす。」

 

「あ!そーちゃんおはよー!」

 

「そーくんおはよー。…… ?」

 

穂乃果とことりに挨拶をし、穂乃果は相変わらず元気な挨拶だがことりは挨拶をしたあとなにやら後ろを振り向いた。

 

「ことりちゃん?」

 

穂乃果は何も感じなかったのかことりの行動に首を傾げた。

 

……今の時間からいるのか?

 

どんだけ暇なんだよ、なぁストーカーさん?

 

「穂乃果が早起きなんて…。明日はパンでも降るのか?」

 

「ひどいっ!穂乃果だって早起きするんだよ!?」

 

「あ、あはは………!?」

 

またしてもことりは後ろを振り向いた。

 

今度は穂乃果も気付いたようだ。

 

「そーちゃん…。」

 

「あぁ。…ことり、何処からだ?」

 

「あのあたりから…。」

 

ことりが指差したのは境内へ続く門を指差していた。

 

オレは確認しに行こうとした穂乃果を制し、指差された場所に向かう。

 

その場所に差し掛かった瞬間…、

 

 

ーーーブォンッ!!!

 

 

バールのような鉄の棒がオレの足元に襲いかかってきた!!

 

「ぅおっ!?」

 

オレはその場でジャンプして鉄の棒をかわそうとしたが、かわしきれず左の脛にぶつかった。

 

「ぐっ!?」

 

「そーちゃん(そーくん)!?」

 

オレは痛みでその場に蹲り、その一部始終見ていた穂乃果と救急セットを持ったことりがオレの元に駆け寄る。

 

痛みで顔を歪ませながら犯人を見上げる。

 

季節外れもいいとこのロングコートにマスクとサングラスを身に付けたツインテールのガキが立っていた。

 

そのガキは様子を気にするわけでもなく、言い放った。

 

「あんた達、とっとと解散しなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレは近くのハンバーガーショップに足を運んだ。

 

左足はことりの応急処置のお陰で打撲だけで済んだが、3日ほど安静にするようにと西木野先生に言われた。

 

あんのクソガキ…、次会ったらただじゃおかねぇからな……?

 

「そーた先輩!」

 

オレの姿にいち早く気付いた凛ちゃんが手を振っていた。

 

「よっ、みんな。……穂乃果は何でむくれてんだ?」

 

席につくと穂乃果はとても女の子がしてはいけないような表情でポテトを貪っていた。

 

「なんで雨止まないの!?」

 

どうやらこの天気に対して怒っているようだ。

 

しょうがねぇだろ?梅雨時期なんだし…。

 

「穂乃果、少し声のボリュームを落としてくれ。回りの人がビックリしてこっち見てんぞ?」

 

「それにそのストレスを食に当てると大変なことになりますよ?」

 

オレと海未で穂乃果を宥めようとするけど、穂乃果の機嫌は直らなかった。

 

窓の向こうを睨み付けながらポテトを食べようとした…

 

「あれ?」

 

が、穂乃果のトレーの上に乗っていたポテトがキレイサッパリ無くなっていた。

 

「そーちゃん…?」

 

穂乃果はオレが食べたものだと思い、問い詰めようとする。

 

「オレはポテトなんか食わないぞ。」

 

ファーストフードのポテトは身体を壊す成分が大量に含まれているので、どんなに進められてきても食べないようにしているのだ。

 

それを聞いた穂乃果だったが、今度は海未の方を見つめる。

 

「私ではありませんよ。自分で食べた分も忘れたのですか?」

 

自分が疑われていると悟った海未は身を寄り出して穂乃果を嗜める。

 

まったく…、と海未は自分の分のハンバーガーを食べようとしたのだが海未のトレーも穂乃果同様にキレイサッパリ無くなっていた。

 

「穂乃果こそ、私の分を食べないでください!」

 

「穂乃果じゃないもん!」

 

穂乃果と海未の口論がヒートアップしていくなか、オレは不意に隣を見た。

 

…なんだあれ?

 

隣の座席から何やらピンク色の『う』から始まる物のような被り物をしている変質者を見つけた。

 

………。

 

「…真姫?」

 

「……何よ?」

 

ここまで凛ちゃんと花陽ちゃんの行動にツッコミを入れたり、ことりに弄ばれて疲れた表情をしていた真姫を呼ぶ。

 

相変わらずツンツンしてるなぁ…。

 

「ちょっとこれ買ってきてトッピングはこんくらいかけて貰える?一人だと歩き辛くてさ…。」

 

「はぁ……、今回だけよ?」

 

いつもなら『なんで私が買ってこなきゃいけないのよ!イミワカンナイ!!』って言うけど、怪我をしているということもあって素直に頼んだものを買うべくレジに並んだ。

 

ずっと怪我してれば真姫のデレ部分を見てられそう。

 

いやダメだ。走れなくなるのは勘弁願いたい。

 

「はい、コレ。あんたが食べるの?」

 

すると真姫はオレがオーダーしたハンバーガーを持ってきてくれた。

 

「そーちゃん?真姫ちゃんになに頼んだの?」

 

「まぁ、見たなって…。はい、海未。」

 

「えぇ!?私が食べるのですか!?」

 

「…(海未、穂乃果。オレに合わせてくれ。)まぁそう言うな。これはオレの驕りだ。」

 

オレは不審者を炙り出すために穂乃果と海未に演技して貰うことを小声で要求した。

 

「…(仕方ありませんね。)では、お言葉に甘えて…。」

 

「(分かった!)えー!海未ちゃんズルいよー!穂乃果もそーちゃんの奢りで何か食べたーい!!」

 

それを聞いて穂乃果も海未もノッてくれた。

 

オレの予想が正しければあと少しでこのハンバーガーは隣の席のやつに渡るだろう。

 

「オレん家に来るとき洋菓子食べてるだろ!?」

 

「いいじゃん!減るもんじゃないし!」

 

「オレの食費が減るわ!」

 

「なになに!?凛もその話混ぜてー!」

 

「り、凛ちゃ…「ぶっふうぅぅぅぅぅぅ!?」…ん?」

 

凛ちゃんというイレギュラーが乱入してくれたお陰で、海未のトレーの上に乗っていたオレがオーダーしたハンバーガーをパクって食べようとしたが、吹き出した。

 

……どうやら間抜けは釣れたようだな。

 

すると不審者は店から出ようとしたので、オレは痛みが出ないようなスピードで後を追いかける。

 

そして店を出た瞬間、全力で威圧させながら不審者に詰め寄る。

 

「よう、クソガキ。人のハンバーガーパクって食べたみたいだけどお気に召したかな?」

 

犯人は服装は違えども、今朝のクソガキだった。

 

あんはひっはひ(あんた一体)なひほはへはへほうほひはほほ(なに食べさせようとしたのよ)!?」

 

「うるせぇ。何喋ってんのかわかんねぇし。しっかりとした日本語話せよ。」

 

ちなみにオーダーしたのは、出来たて熱々のハバネロハンバーガーに世界一辛い唐辛子と言われているキャロライナ・リーパーのソースをかけたハンバーガーだ。

 

それよりもオレはこいつに物凄い怒りを感じている。

 

被害はオレだけだからよかったものの、もし穂乃果やことりがあんな力が籠った鉄の棒が脚にぶつかってたら最悪骨折していたかもしれない。

 

さらに穂乃果たちが買ったハンバーガーやポテトをパクって食べた。

 

この行為は傷害罪や窃盗罪に当たる。

 

「それにあんたは他人の買った物をパクって食った挙げ句、今朝オレに怪我をさせたよな?」

 

一歩間違えなくてもこいつがやったことは犯罪以外何者もない。

 

「ふんっ!あんたたちがさっさと解散しないからこう言うことになるのよ。それにあんたたちは歌も踊りも全然なってない!『プロ意識』が足りないわ!」

 

なのにそれを個人的な理由でしでかしたのだ。

 

「へぇ、そうか…。」

 

これ以上あいつらに迷惑行為を働かすと言うのなら…、

 

 

 

 

「そうよ!それに彼氏なんて…、「んじゃ、てめぇが言うその『プロ意識』ってやつを見せて貰おうか?今すぐに。」……っ!?」

 

 

 

 

 

 

オレはこいつを絶対に許さない。

 

 

 

 



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第11話 事情と7人目

「ホラ、早くしろよ。あんたが言う『プロ意識』ってやつを。」

 

オレは目の前のガキにとてつもない怒りを感じている。

 

こいつが言うにはμ'sは、『プロ意識が足りない』うんぬん『アイドルへの冒涜』かんぬんとほざいている。

 

別にプロ意識がどうとか言われても、プロのアイドルを目指してレッスンしたりしているわけでも無い。

 

むしろオレが憤りを感じているのは『アイドルへの冒涜』という部分だ。

 

このガキがアイドルに対して何の幻想を抱いているのか分かりたくもないし理解したくもないが、何も知ろうともしない癖に評論家ぶって評価しようとするやつを見てると吐き気がする。

 

「こっちだって暇じゃねぇんだからよ。見せんのか見せねぇのかハッキリさせてくんねぇかなぁ!?」

 

何時まで経ってもその『プロ意識』と言うものを見せようとしないので、イライラが募っていく。

 

「分かったわよ!見せればいいんでしょ!?見せれば!!」

 

なんで上から目線なんだコイツ。

 

見せればいいんでしょじゃねぇし。

 

何て言ったらヘソを曲げるかもしれないから黙って聞いておく。

 

するとロングコートやダサいデザインの被り物を脱ぎ捨てた。

 

ロングコートの下は音ノ木坂学院の制服を着ていて、穂乃果たちや凛ちゃんたちとは違うカラーの学年のリボンをしていた。

 

「そーちゃん!待ってよ!」

 

するとお店から穂乃果が出てきて、オレを止めようと何人か走ってきた。

 

そして…、

 

 

 

 

 

 

「にっこにっこにー!!あなたのハートににこにこにー!笑顔届ける矢澤 にこにこー!にこにーって覚えてラブにこっ!!」

 

 

「「「「「「「………………。」」」」」」」

 

 

矢澤と名乗ったガキの『プロ意識のある』アイドルの自己紹介的な物を聞かされたオレたちは絶句した。

 

特にμ'sのメンバーはオレに追い付いてから聞いた第一声がこれだ。

 

「………なぁ、これがこいついわく『プロ意識のあるアイドル』何だとさ、………どう思う?」

 

オレも何言ってんのかわかんねぇけど、

 

「えっと…。」

 

穂乃果は言葉を詰まらせ…、

 

「これは…。」

 

ことりが一生懸命に言葉を選んでいて…、

 

「凄いというか…。」

 

海未が無理して言葉を振り絞り…、

 

「ふむふむ…。」

 

花陽ちゃんはどこから取り出したのか分からないメモ帳に何やらメモしはじめて…、

 

「ちょっとというか、かなり寒くないかにゃー?」

 

凛ちゃんがとんでもない毒をさらっと吐き…、

 

「私、無理。」

 

真姫がハッキリ拒絶の意を示す。

 

媚を売るアイドルや演技しなくてもそんな感じのアイドルははいくらでもいるけど、オレは漏れなくそんなアイドルは大がつくほど嫌いだ。

 

なんでかって?

 

『ぶりっ子演じてる私、カワイイ』とか『カワイイと思ってる私、カワイイ』とか本気で思っていそうだからだ。

 

「ちょっとそこのオレンジのショートカットのあんた、今なんて言った?」

 

「えっ!?あ、いやっ…。」

 

矢澤は寒いと発言した凛ちゃんを睨み付け、睨まれた凛ちゃんは狼狽えていた。

 

「あのあの、すっごく可愛かったです……よ?」

 

「凛ちゃん、無理しなくていい。矢澤とか言ったな……。それがあんたの言う『プロ意識があるアイドル』って言うのなら…、

 

 

 

 

 

今すぐにでもそのよく分からん自己紹介辞めた方がいいんじゃねぇか?というかそもそもプロ意識って言葉の意味を履き違えてんぞ。」

 

「………っ!!」

 

オレが矢澤が言い放った自己紹介を真っ向から否定した。

 

すると矢澤は目に涙を溜め始める。

 

「あーあー、そうやって泣けばいいと思ってるのも思って。……興醒めだ。穂乃果、わりぃけどオレ先に帰るわ。」

 

「えっ?あ、うん…。」

 

状況がよく分からなくて理解に追い付けていない穂乃果たちを置いて、一足先に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「ふーっ…。やっぱりいってぇな、こんちきしょう。」

 

左足を踏み出す度に骨に直接響くようなダメージを感じながら、ようやく神田明神前まで辿り着いた。

 

いつの間にか雨は上がっており、傘を畳んで剥がれかけた湿布を張り直そうとした…。

 

「こんなところでどうしたん?」

 

「うおっ!?」

 

ところで、東條さんがひょっこり姿を現した。

 

「東條さん?いつからここに?」

 

「うちには神出鬼没のライセンスがデフォルトで持っとるんよ。」

 

そんなライセンスはどこかに返却するか、不幸なことに巻き込まれる回数が多い事で有名な多額の借金を抱える執事にでもあげてください。

 

「それよりもそれ、どうしたん?」

 

東條さんは、オレの足に巻かれている包帯を指差した。

 

「今朝、矢澤とか名乗る奴に鉄の棒を投げられまして…。」

 

「にこっちが!?……足の具合は大丈夫なん?」

 

「2,3日安静にすれば大丈夫だろうとお医者さんが。」

 

東條さんはビックリするが、軽傷だということを聞いて安堵のため息を漏らした。

 

にこっちと言うくらいなのだから、東條さんと矢澤は面識があるようだ。

 

なら東條さんに相談して見るのもいいのかもしれない。

 

「東條さん。」

 

「ん?どうしたん?」

 

「どうして矢澤は…あの人はμ'sを毛嫌いするんですか?」

 

「それは……。」

 

 

 

 

 

 

 

「って言う事情があったみたいなんだとさ。」

 

翌日の夜、オレはインカムをつけて穂乃果とことりと海未の4人によるグループトークに接続し、矢澤がなぜμ'sをあんなに毛嫌いするのか事情を説明した。

 

ちなみに今日の放課後(今さら)生徒会にアイドル部設立の申請書を出そうとしたが、既にそのような部があると生徒会長の絢瀬さんに言われたそうだ。

 

それでこの話を無かったことにしたくなかったらという東條さんのアドバイスを聞いた穂乃果たちは矢澤とコンタクトをとろうとしたが門前払いを喰らったらしい。

 

昨日怒りに身を任せたとは言え、あんなにボロクソに罵倒したのだから当然と言えば当然なのだが。

 

『そんなことがあったのですね…。』

 

海未が矢澤に同情する。

 

『1年の時、彼女はスクールアイドルを目指していたが回りとの温度差がありすぎて気付けば1人になっていた。』

 

東條さんとの話を要約するとこんな感じの事情があったらしい。

 

『でもなかなか難しそうだよね…。』

 

『にこ先輩の理想は高いですからね…。今の私たちのパフォーマンスでは納得してくれそうにありませんし…。』

 

「もし矢澤を加入させたいのなら説得するしかないんじゃねぇの?……最も説得に応じるとは到底思えねぇのだけれど。」

 

『そうかなー?』

 

海未とことりとオレで話していると、インカムからお煎餅の音と一緒にのんびりとした穂乃果の声が聞こえてきた。

 

『にこ先輩はアイドルが好きなんだよね?それでアイドルに憧れていて、私たちに少なからず興味を持ってくれているってことだよね?』

 

方向性は違うけどな。と心の中でツッコミを入れておく。

 

『それって海未ちゃんと同じじゃないかなーって…。』

 

海未と同じ?

 

オレとことりと海未は『何でそこで海未(海未ちゃん)(私)?』といった感じでリアクションに詰まっていた。

 

『ほら、海未ちゃんと知り合ったとき。』

 

「あー…。あの時か。」

 

『そんなことありましたっけ?』

 

『海未ちゃん恥ずかしがりやだったから~。』

 

「『今も』だろ?」

 

『なぁっ!!それと今はどう関係あるのですか!?』

 

オレは海未の大声で鼓膜がキーンとさせながら、その当時の事を朧気に思い出していた。

 

オレがまだ穂乃果のことを『ほのちゃん』、ことりのことを『ことちゃん』と呼んでいて、小学校に入学したてだったとき。

 

穂乃果とことりたちの友だちとオレの友だち数人で公園で鬼ごっこをしていたとき、木の影からコッソリとオレたちのことを覗いていた一人の少女の存在に気づいた。

 

それは穂乃果も同じで、2人で木の影に隠れていた少女に声をかけたこと。

 

あわあわしながら涙目になっている少女を前にして穂乃果は『じゃあ、次あなたが鬼ねっ!』と言ってのけた。

 

その少女が当時の海未で、穂乃果たちと遊ぶときは決まってあわあわしながら穂乃果やことりの陰に隠れていたっけなぁ…。

 

それがあんなんになるとは全く思ってもなかったぜ…。

 

『壮大?何か私に対してよからぬ事を考えてはいませんか?』

 

「いえ?何も?」

 

インカム越しから怒気が混じった海未の声が聞こえてきた。

 

何で分かるんだよ!?

 

なんだ!?海未に限らず音ノ木坂に通う子たちはエスパーばっかなのか!?

 

『じゃあ、明日そんな感じて行ってみようよ!』

 

なんか気付かないうちに穂乃果たちは結論を出したようである。

 

明日?いったい何をしでかそうとしてるんだ?

 

非常に気になる…。

 

オレは穂乃果たちの行動に疑問を感じながらインカムを外した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーピンポーン!!

 

左足の痛みで部活には参加せず、安静にしていた最近オレん家のインターホンが鳴った。

 

最近インターホンがよく鳴るなぁ…。と思い、玄関を開ける。

 

「やっほー!そーちゃん!!」

 

「……。」

 

するとそこには手を振って挨拶する穂乃果と仏頂面の矢澤の姿があった。

 

「……何しに来たんだ?」

 

「にこ先輩がそーちゃんに謝りたいことがあるんだって!…ほら、にこ先輩!! 」

 

「分かった!分かったから押さないでよ!!」

 

穂乃果に押され、矢澤はオレの前に立った。

 

「……えっと。この子から聞いたわ。あんた、立華の陸上部で大会も近いって。それでその……、…この間は怪我をさせてすいませんでした!!」

 

にこ先輩はオレに向かって頭を下げた。

 

「そーちゃん?にこ先輩もこうして謝っているんだし、許してあげてくれないかな…?」

 

穂乃果が心配そうにオレに許してやってくれと言ってくる。

 

絶対許さねぇって思ってたけど、ここまで泣きそうな顔をして深々と頭を下げられたら怒りたい気持ちはどこかにすっ飛んでいった。

 

「矢澤……、いや、にこさん。頭をあげてください。」

 

何時までも頭を下げていられると話をしたくてもできないので、深々と下げられた頭を上げてもらう。

 

「実はというとオレはあなたがμ'sに加入することは個人的には反対だったんです。」

 

そう言うとにこさんは下唇を噛んだ。

 

でもこの話にはもう少し続きがある。

 

「でも、穂乃果たちがにこさんが加入することに賛同してくれたのならオレは何も言いません。……穂乃果たちのことよろしくお願いします。それに、こっちこそ酷いこと言ってすみませんでした。」

 

オレはそう言って逆ににこさんに頭を下げた。

 

「別にいいわよ。お互い様ってことで。それよりもあいつらにも言ったけど、私は厳しいわよ?」

 

「だと思います。なのでにこさん含めて穂乃果たちを『笑顔にさせるアイドル』にしてなってください。」

 

オレはそう言ってにこさんに和解の証として、手を差し伸べた。

 

「分かったわ。だからあんたも時間があるときでいいからにこ達のサポート頼んだわよ!!」

 

そう言ってにこさんは差し伸べた手を握り返した。

 

こうしてにこさん1人だった『アイドル研究部』に合併する形で穂乃果たちμ'sに新しいメンバーが加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、にこさんの自己紹介(アレ)はマジで寒かったんで控えてくれると助かります。」

 

「何でよ!!?」

 

「あと、ハンバーガーショップでやった行為は刑法235条によると10年以下の懲役か50万円以下の罰金が課せられますよ?」

 

「…ごめんなさい。」

 

「はい、よくできました。」

 

オレはにこさんの園児をあやすように頭を撫でる。

 

「バカにするなぁ!!」

 

にこさんは頭の上に置いたオレの手を払いのけた。

 

………どうやらにこさんは見た目に以上にからかい甲斐のある人みたいだ。

 

 



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第12話 学院生活とインタビュー

にこさんがμ'sに加入してから、2週間と数日が経った。

 

この週末の間に東京大会があり、100も200も何とか無事に勝ち抜き関東予選に出場することができるが、脛の怪我で影響…とは言いたくはないけど少しタイムを落としてしまっていた。

 

まぁオレ個人の話をしたところであまり興味を持つ人などいないだろうから割愛させて貰おうか。

 

「ねぇ、そーちゃん!よく撮れてると思わない!?」

 

そしてオレは穂乃果たちに呼ばれて音ノ木坂学院に足を運んだ。

 

事務所で入校許可の手続きをしようとしたんだけど、顔と名前を覚えられてていわゆる顔パスってやつで入校の許可を貰った。

 

おそらく日本で一番女子校に足を踏み入れている男子高校生…。

 

一歩間違えれば犯罪だし、国内の男子がこの事を知ったら嫉妬のあまり壁という壁がなくなりそうだ。

 

おっと、話が逸れてしまったな。

 

一応説明しておくと、どうやら音ノ木坂学院で今注目の部活動を紹介すると言うことで、穂乃果たち『アイドル研究部』に白羽の矢が立ったらしい。

 

それでありのままの姿を撮りたいと言うことで、東條さんが撮影してくれたというビデオを見せてもらっていると言うわけなのだが…。

 

「穂乃果…?」

 

「なーにー?」

 

「……お前、授業中はいつもこんな感じなのか?」

 

ビデオカメラは穂乃果が授業中だと思われる時間に涎を垂らして眠っているシーンが写し出されていた。

 

『スクールアイドルとはいえ、学生である。プロのアイドルとは違い

時間外で補修を受けたり、早退が許されるという事はない。故にこうなってしまう事がある。』

 

そのシーンに乗せるように東條さんのナレーションもついていた。

 

『昼食を摂ってから、また熟睡。』

 

今度は堂々と寝ている。

 

しかも午前中と同じで机に伏せてまた涎を垂らしながら寝ていた。

 

『そして先生に発見されるという1日だ。』

 

先生に肩を叩かれ、驚いた拍子にイスから転落したシーンで一旦映像は終わっていた。

 

ちなみに今この動画を確認したのは、穂乃果とオレと海未とことりと凛ちゃんと東條さんの6人だ。

 

「ありのまま過ぎるよ!というかこれ誰がとったの!?」

 

どうやら穂乃果もこれは初見だったようで、驚いていた。

 

誰が撮ったか…。

 

「上手く撮れてますね!ことり先輩♪」

 

「うん!先生に見つからないかドキドキしながら撮ってたんだ~♪」

 

やっぱりことりだったか。

 

何だろう…。ことりの笑顔が最近ちょっとだけ黒いような…。

 

「えぇ!?ことりちゃんが!?酷いよ~……。」

 

「普段からだらけているからこういうことになるんです。」

 

海未が腕をバタつかせて文句を言う穂乃果を宥める。

 

いいぞ海未。もっと言ってやれ。

 

「さっすが海未ちゃん!」

 

文句をたれていたと思えばすぐに機嫌が直ったり…。

 

ホント穂乃果は犬っぽいなぁ…。

 

何て思っているとビデオカメラは教室から弓道場に移り、弓道着に身を包んだ海未が真面目に練習しているところだった。

 

バシュンッ!という音と共に矢を放った。

 

矢を射ち終わったあとの『残心』もキレイだ。

 

インターハイの学校代表になるくらいだからやっぱ実力があるんだな……ん?何だ?鏡の前に立って…。

 

「これは……笑顔の練習…?」

 

そこまで見たところで顔を真っ赤にした海未の手によって止められた。

 

「プライバシーの侵害です!!」

 

「よし…、こうなったら!」

 

穂乃果が立ち上がり、机の隅っこに置いてあるカバンの1つに手をかけた。

 

「ことりちゃんのプライバシーも…。あれ?なんだろう、これ?」

 

「ふっ!」

 

「あぁ…。」

 

するとことりは残像が残りそうな速さでカバンを奪い取り、ファスナーを閉めてからカバンを背中に隠しながら壁側に移動した。

 

「ことり?どうしたんだ?」

 

「何でもないのよ。」

 

「いや、でも明らかにその動き…。」

 

「何でもないのよ何でも。」

 

ことりがカバンを奪い取る直前、見る気はさらさら無かったがチラッとカバンの中が見えてしまった。

 

そこにはメイド服を着たことりの写真があった。

 

それに今まで触れてなかったけど、この部室に筆記体で『Minalinskey』と書かれたサイン色紙が飾られている。

 

もしかして、ことり……。

 

「そー、くん?」

 

「何だ…ッ!?」

 

そこには目のハイライトが失われたことりがゆらり…と立っていた。

 

「忘れて?」

 

ことりはオレにしか聞こえないような小声で忘れろと囁く。

 

「……何の話だ?」

 

冷静に受け答えしたけど、内心は冷や汗が滝のように流れている。

 

なんなの!?なんなのなの!?この異様なまでのプレッシャー!?

 

オレが知ってることりはこんなプレッシャーを放つような娘じゃないぞ!?

 

「わ す れ て ?」

 

「……ハイ。」

 

結論、ことりはスイッチが入ると海未よりも怖い。

 

「完成したら各部の代表の人にチェックしてもらうことにしているから、問題があったら取り直しすることだってできるし…。」

 

「でも絢瀬さんがこれを見たらどう思いますかね…。」

 

『あなた方のせいで音ノ木坂学院が怠け者の集団に見られたら困ります。』とか本気で言いそうで怖い…。

 

すると部室の扉が力一杯開かれた。

 

そこには息を切らしたにこさんの姿があった。

 

「ちょっと…、取材が来てるってホント!?」

 

「にこ先輩!?」

 

「ちょうど来てますよ?ホラ。」

 

ことりが東條さんを手で指す。カメラを持った東條さんを見たにこさんは…。

 

「にっこにっこにー!みんなの笑顔ににこにこにーの矢澤 にこでーっす。えっとぉ…好きな食べ物はぁ…。」

 

「ごめんそういうのいらないから。」

 

「だからそれ控えろって言いましたよね?」

 

東條さんとオレでにこさんのぶりッ娘アイドルモードをぶった切った。

 

「ってぇ!?壮大!?なんであんたがここにいるのよ!?」

 

「入校許可貰ったんで。それよりもにこさん、今回は部活動の素顔に迫るって言うのがコンセプトらしいです。」

 

「あ、あぁ…OKOK。そっちのパターンね。ちょっくら待ってね~。」

 

するとにこさんはオレたちに背を向けて、トレードマークのリボンをほどいた。

 

「いつも…、いつもはこんな感じにしているんです。アイドルの時の私はもう一人の私…、髪をキュッと止めた時にスイッチが入る感じで…。」

 

何か始まったし。

 

つーかこの人、ここにオレ以外の人がいないことに気付いてねぇのか?

 

そんなことを気にせず、にこさんは1人で進めていく。

 

「え?あぁそうです。普段は自分の事にこって呼ばないんです。」

 

「あのー…、にこさん?」

 

「……何よ?」

 

あ。素に戻った。

 

やっぱそれも演技だったか。

 

「ここににこさんとオレ以外いないんスけど…?」

 

「……っていないし!!」

 

ようやく気付いたのか……。

 

でも今回は珍しいもん見れたから不問にしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、助けて…。」

 

アイドル研究部の部室から場所を変えて中庭にやって来て、今度は真姫、凛ちゃん、花陽ちゃんの1年生組だ。

 

そして1年生組のトップを勤める花陽ちゃんがインタビューが始まって開口1番の言葉が助けを求める台詞だった。

 

ちなみにカメラマンはオレだ。

 

助けたくても助けられない立場にいる。

 

「花陽ちゃん?別に緊張しなくても大丈夫だ。インタビュアーの質問に答えてくれるだけでいいから。」

 

さすがに不憫だと感じたオレは花陽ちゃんに助け船を出す。

 

「それに編集もするからどんなに時間がかかっても大丈夫やし…。」

 

オレに続いて東條さんも援護する。

 

「で、でも…。」

 

「凛もいるから、頑張ろっ!」

 

隣にいた凛ちゃんも花陽ちゃんを励ましながらカメラに写り混む。

 

「ほら、真姫ちゃんも早くー!!」

 

渡り廊下の手すりに肘をつけて髪の毛先をクルクル回している真姫にカメラのレンズを向ける。

 

「私は大丈夫。」

 

「もぉ…。」

 

真姫が断ると、凛ちゃんは不満そうな声を出す。

 

「まぁ別に?無理して受ける必要はないけど…ねぇ?東條さん?」

 

「そうやな。どうしても嫌ならインタビューしなくても…。」

 

オレと東條さんは頷き合う。

 

どうやら思考が一致しているようだ。

 

オレは無言で録画ボタンを押した。

 

『真姫だけはインタビューに応じてくれなかった。スクールアイドルから離れればただの多感な16歳。これもまた自然な…。』

 

「ってなにナレーション被せてるのよ!」

 

東條さんがノリノリでナレーションを被せてくれたのだが、真姫が撮られているのに気付き撮影をストップさせられた。

 

「よし、真姫も来たところで改めて1年生組を撮り直そうか。」

 

オレの一言で諦めたかのように溜め息をついてから、花陽ちゃんの隣に立った。

 

「ではまずはアイドルの魅力について聞いていきたいと思います。」

 

やっとこさインタビューらしいインタビューが始まった。

 

「ではまずは花陽さんから」

 

「え、えっと…」

 

東條さんが花陽ちゃんに話を振り、緊張した顔で答えようとした時…、

 

「かよちんは昔からアイドルが好きだったんだよね~」

 

「は、はい!」

 

凛ちゃんのアシストのお陰で詰まりながらも答えた。

 

「なるほど…、それでスクールアイドルに?」

 

「はい、えっと…。」

 

続く東條さんの質問に答えようとカメラに向いたが、質問の答えではなく何故か堪えるような笑いが返ってきた。

 

花陽ちゃんと同じ方向を向いていた凛ちゃんと真姫も何故笑い出したのか原因が分かったようで、凛ちゃんも花陽ちゃんと同じように笑い出してしまった。

 

何だ?オレの見えないところで何が起きてるんだ?

 

「ちょっと止めて!!」

 

真姫はそんな2人とは対称的に、少し怒った表情を露にしてカメラのレンズを手で覆い隠した。

 

「真姫?いったいどうしたんだ?」

 

いきなりカメラのレンズを覆い隠されたので、カメラから顔を外してから聞くて真姫は黙ってオレの後ろを指差した。

 

それを見たオレはようやく後ろを振り向くと、そこには人形を手にした穂乃果が立っていた。

 

「いやぁ…、緊張してると思って解してあげようかなぁと思って…。」

 

「ことり先輩も!!」

 

「頑張っているかね?」

 

この学校のどこにあったのか、ひょっとこのお面を被ったことりの姿があった。

 

女子校でひょっとこは無いだろう…。

 

「全く、これじゃμ'sがドンドン誤解されていくわ!」

 

「おぉー…。真姫ちゃんがμ'sの心配を…。」

 

「なっ…!べ、別に私はこんな茶番早く終わらせたいと思ってるだけよ!」

 

はい!ツンデレ入りやしたぁぁぁあ!!

 

最近久しく真姫のツンデレを見てなかったので何としてでもカメラに収めようとしたのだが…、

 

「撮らないでっ!!」

 

秒で却下されてしまった。

 

 



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第13話 リーダー決定戦その1

先程の1年生組のインタビューの動画を確認中に、東條さんが何気なく呟いた『そう言えばリーダーって誰なん?』という一言が事の発端でオレたちは重い雰囲気のなか、アイドル研究部の部室に並べられたイスに座っていた。

 

ホワイトボードには…、

 

『誰よりも熱い情熱を持って、みんなを引っ張っていけること』

 

『精神的支柱になれるだけの懐の大きい人間であること』

 

『メンバーから尊敬される存在であること』

 

という簡潔ながらも的確に捉えられたリーダー論が書かれている。

 

確かに思い返してみれば、結成当初からμ'sのリーダーは誰なのかということを明確にはしていなかった。

 

「リーダーには誰が相応しいか…。だいたいにこが部長になった時点で一旦考え直すべきだったのよ。」

 

にこさんが平べったくてお世辞にも慎ましいとも言えない胸を張っている。

 

それにしても…。

 

「リーダーねぇ…。」

 

「ことりは穂乃果ちゃんでいいと思うけど…。」

 

オレの呟きを拾うようにしてことりが切り出した。

 

「ダメよ。今回の取材でハッキリしたでしょ?この子はリーダーにはまるで向いていないわ。」

 

「それは、そうね。」

 

にこさんはことりの意見を真っ向から否定し、真姫が便乗する。

 

そうか?意外と穂乃果にはリーダー気質があると思うけど…。

 

「それなら海未先輩はどうかにゃ?」

 

「わ、私ですか!?」

 

海未か…。向いてないってことは無いだろうけど…。

 

あ、ダメだ。海未にリーダーは向いてない。

 

「私には……無理です」

 

まぁそう答えるわな。

 

下2つの条件は兼ね備えているが、恥ずかしがり屋の性格からしてみんなを引っ張っていくリーダーには向いているなんて言えないだろう。

 

「じゃあ、ことり先輩?」

 

「え?ことり?」

 

ことりは…、

 

「リーダーってより、リーダーやメンバーを支える縁の下の力持ちって感じがしないか?」

 

ことりは熱血と言うよりおっとりとしている娘だ。

 

ことりの脳トロボイスで『みんな~♪気合い入れて行こ~♪』なんて言われたら気合いなんて入らねぇだろ。

 

むしろ力が抜けていくわ。

 

「確かにそうですね…」

 

これで残るは1年生組とにこさん。

 

1年生がリーダーってのは、ちと荷が重すぎる気がする。

 

そうなると残りは…にこさん?

 

もしかしてにこさん、自分がリーダーになりたいだけという節があるし…。

 

ちょこっとだけからかってみるか。

 

「……いなくね?」

 

「ちょっ!!にこがいるんですけど!?」

 

「いやだって、にこさんは部長でしょ?」

 

「それはそうだけど…!ほ、ほら!にこは3年生でしょ?」

 

「…………え?」

 

オレは戦慄した。

 

「なん…だと……!?にこさんが3年生だったなんて…!!」

 

「あんた…、にこをからかってるでしょ?」

 

「バレました?」

 

「またバカにしてー!!」

 

だってにこさんからかうと反応が面白いんだもん。

 

でも分かったこともある。

 

どうやらにこさんはリーダーをやりたいようだ。

 

でもにこさんも真姫と同じで素直に言葉に出せるようなタイプじゃないから、「やってください!」という言葉を待っているのだろう。

 

でもそうやってリーダーを決めるのはよろしくないし、わざわざ分かっていて「じゃあお願いします」と言うほどオレもお人好しではない。

 

「……やっぱ穂乃果なんじゃないか?」

 

「ちょっと!!にこの話聞いてた!?」

 

「えっ?穂乃果?」

 

にこさんがやいのやいの言ってるけど、オレにそんなことは知らん。

 

「スクールアイドル始めようって言い出したのは穂乃果だろ?」

 

「にこが一番始めにやり始めてたんだけどなぁ~」

 

「にこさん、露骨なアピール乙」

 

よくよく考えたら廃校を阻止するためにスクールアイドルを提唱したのは紛れもなく、穂乃果だ。

 

それにことりと海未を加え、花陽ちゃんの心に火をつけた。

 

それに反応するかのように真姫と凛ちゃんも加入した。

 

にこさんだってどういうやり方で引き込んだかは分からないが、最終的には加入させた実績を持っている。

 

だったら難しく考えなくてもいいんじゃないか?

 

約一名納得行ってない人もいるみたいだけど…。

 

「うーん、あっ!そうだよ!!いるよ!リーダーに向いてる人!!」

 

穂乃果がずっと考え込んだ顔から急にスッキリした表情で言いはなった。

 

「……誰だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そーちゃん!!」

 

 

 

 

 

「はっ?」

 

 

 

 

 

「確かにそうです!壮大ならいいリーダーになること間違いありません!」

 

「凛もそーた先輩がリーダーに向いてると思うにゃ!」

 

「そーくんの女装姿…、ねぇそーくんおねがぁい♪」

 

海未と凛ちゃんが穂乃果の提案に便乗し、ことりにいたってはヤバいスイッチとレバーが入ってしまってオレを陥落させようと『ことりのお願い』を使ってきている。

 

「待て待て待て待て!お前ら少し落ち着け!!」

 

きゃっきゃと騒ぎ出したメンバーを落ち着かせるためにバンバンとホワイトボードを叩き、静かになったことを確認してから口を開く。

 

「いいか?オレはあくまで君らのサポート役にすぎないし、実際にステージに立つのは君たちだ。そもそもオレは音ノ木坂の生徒じゃないんだぞ?」

 

「はぁ…、分かったわよ。なら手っ取り早く歌とダンスで総合点が高かった人がリーダー!これでどう!?」

 

「「「「「「異議なし!!!」」」」」」

 

こうしてにこさんの提案でリーダー決定戦が開幕した。

 

 

 

~1st Round カラオケ~

 

 

「くっくっく…。こんなこともあろうかと高得点が出やすい曲は既にピックアップ済み…。これでリーダーの座は確実に…」

 

「にこさん?」

 

オレは黒くなりかけてるにこさんの肩を叩いて、得点が表示されている画面を指差した。

 

そこには『98.975』と表示されている。

 

「んなぁっ!?」

 

その得点を叩き出したのは…、

 

「ふぅ…、やっぱ人前で歌うのは慣れないわね…」

 

真姫だった。

 

しかも歌ったのは自分の得意…、いわゆる勝負曲だった。

 

この負けず嫌いなお嬢様め…。

 

「真姫ちゃんすごいにゃー!!」

 

「ちょっと…!くっつかないでってば……!!」

 

ソファーに座ったのを見計らってすかさず凛ちゃんが引っ付くが、真姫がそれを振り払った。

 

そして一通り歌い終えた得点はというと…、

 

穂乃果 92.549

海未 93.874

ことり 90.874

真姫 98.975

花陽ちゃん 96.720

凛ちゃん 91.284

にこさん 94.071

 

とみんながみんな90点を越えていた。

 

「すげぇ…、みんな90点代だ…」

 

「毎日のレッスンの効果が出てるね」

 

「そーちゃんも何か歌いなよ!」

 

穂乃果が曲を転送する機械をオレに渡してきた。

 

「いや、いいよオレは…。」

 

けどオレは丁重に断ろうとするのだが、みんなオレを見てきた。

 

え?何その『え?歌わないの?』っていう目線?

 

「凛、そーた先輩の歌声聞きたいなぁ…。」

 

「そうね、私も久々に壮大の歌声聞きたくなったわ。」

 

凛ちゃんと真姫がオレの逃げ場を塞ぎにきた。

 

花陽ちゃんも何も言わないけどチラチラとマイクとオレを交互に見ていた。

 

「うみぃ…、うみぃ……」

 

我ながら情けない声を出して海未に助けを求めた。

 

「壮大、諦めてください」

 

しかし、キレイな笑顔でオレの助けを不意にした。

 

ちぃっ!海未がダメなら…!

 

「ことり……」

 

「そーくん…」

 

ことりはいつもの柔らかい笑顔でオレに向いてくれた。

 

「ことりぃ……」

 

ことりなら…、ことりなら何とかしてくれる…!

 

オレは藁にもすがる思いでことりに助けを求めた。

 

「ことりもそーくんの歌聞きたいなぁ…。そーくん、お願い♪」

 

ここにオレを味方する人なんていなかった…。

 

どうやらここにいるメンバーはどうしても歌ってほしいらしい。

 

観念したオレは穂乃果から機械を受け取り、歌う曲の登録番号を入力した。

 

「いいか?1回だけだぞ?」

 

「「「やったー!!!」」」

 

「はい、マイク。」

 

「どうも。」

 

オレは最後に歌ったにこさんからマイクを受け取り、スイッチを入れる。

 

実はというとオレはバラード調の曲の方が好きだったりする。

 

おっと、そろそろ歌い出しだ。

 

オレはカラオケのBGMに乗せて歌い出した。

 

 

 

 

 

 

「~♪っと、こんなもんか…。」

 

歌い終わり、マイクを置いたところでみんなを見てみると唖然としていたり顔を少し赤くしていたりと様々なリアクションがあった。

 

「どうしたんだよ、みんな?」

 

みんな何も喋らなかったので慌てて問いかける。

 

まさかあまりにも下手だったから反応できない…とか?

 

「そーちゃんってこんなに歌が上手かったんだね…」

 

「そーた先輩ってやっぱり凄い人だったんだにゃ…」

 

「そーくん、カッコいい…」

 

「壮大さんの意外な一面が見られました…」

 

「何でしょうか?この負けたような気分は…」

 

「生意気ね。壮大のくせに…」

 

穂乃果と凛ちゃんはオレに感心していて、ことりと花陽ちゃんは表情が何故か蕩けてて、海未は少し落ち込んでいて、真姫に至っては生意気とまで言われた。

 

何でさ…。

 

「ぐぬぬぬぬぬ……」

 

んでにこさんはというと、ぐぬぬってた。

 

あ?点数?90点だとだけ言っておこう。

 

 

 



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第14話 リーダー決定戦その2と追求

今回は割りと短めに。

では、どうぞ!


~2nd Round ダンス対決~ inゲーセン

 

「次はダンス対決よ!!」

 

にこさんがダンスゲームの機体の説明をしているみたいだが、生憎オレは今その話を真摯に耳を傾けている場合じゃない。

 

「オラ!オラ!!オラ!!!オラァ!!!!」

 

「にゃっ!にゃっ!!にゃっ!!!にゃっ!!!!にゃあっ!!!!!」

 

オレは今、凛ちゃんとガチでエアホッケー対決をしている。

 

オレが負ければ凛ちゃんにラーメンを、凛ちゃんが負ければオレにカロリーメ○トを奢るという賭けをしているのだ。

 

ゲームが始まってからかれこれ3分もラリーが続いていて、残り時間は2分を切っている。

 

少しでも気を抜いたら一気にゲームの勢いを持っていかれるので、全力だ。

 

だがしかし!!オレには……秘策がある!

 

「ところで、凛……ちゃんっ!!」

 

「なんだ……にゃっ!!」

 

「そんなに激しく動いてスカートは大丈夫なの……かいっ!!」

 

「!?にゃあっ!?」

 

凛ちゃんが慌ててスカートの裾を押さえた。

 

だが、そんな決定的な隙をオレが見逃すわけ……ないだろう?

 

「はぁっ!!!」

 

ーーースカァンッッ!!

 

オレが打ったパックは凛ちゃんのゴールに入り、オレの得点となった。が、

 

「ぐすっ…、ひっく……」

 

凛ちゃんの目から溢れ落ちている涙でオレは今まで感じたことのない罪悪感に襲われた。

 

「凛ちゃん!?ごめん!!悪気はなかったんだ!!」

 

オレは手に持っていたスマッシャーを放り投げ、凛ちゃんに駆け寄る。

 

「ぐすっ…、そーた先輩酷いにゃ……。凛にラーメン、ひっく…、奢りたくなくて、……ぐすっ。あんなこと、言ったんだにゃ…」

 

ああ、オレはなんて事をしてしまったんだ!!

 

目先の勝利を最優先にして大切なこと…、凛ちゃんという目の前の可愛い女の子を傷付けてしまった…。

 

「凛ちゃん!!」

 

「にゃっ!?」

 

オレは泣いている凛ちゃんに優しく抱き付いた。

 

凛ちゃんはビックリしたのか、流していた涙は引っ込んでしまったみたいだ。

 

「ホントにごめん!!謝ったところで許してもらえないかもしれない!でも!オレは凛ちゃんを泣かせてしまった…。だから、凛ちゃんのお願いを聞かせてくれ…。」

 

「……お願い?何でもいいの?」

 

「あぁ、何でもいいんだ。オレに何をさせて欲しいんだ?」

 

「じゃあ……、凛…そーた先輩と一緒にお出掛けしたい…」

 

「分かった。今週末時間が取れるはずだからその時に出掛けよう……」

 

「えへへ……そーた先輩とデート♪」

 

え?なにこの猫みたいな可愛い娘。

 

オレ、この娘持ち帰っても……いいかな?

 

え?持ち帰って何をするんだって?

 

恥ずかしくて言えねぇよ。

 

 

 

 

「そー、ちゃん?」

 

「そー、くん?」

 

「……壮大?」

 

すると、妄想の世界に飛び立っていたオレの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『振り返るな』

 

オレの本能はそう告げている。

 

しかし、本能とは裏腹に振り返るとそこには目のハイライトが消えた2年生組が立っていた。

 

「あはは…。そーちゃんってばすぐ目を放せばこうなんだから…」

 

「穂乃果!?」

 

笑ってるけど、いつものぺかーっとした笑顔じゃねぇ!?

 

「そんな女誑しなそーくんはことりのおやつにしちゃいますっ♪」

 

「ことり!?」

 

可愛く言ってるつもりだけど逆に怖ぇよ!!!

 

つーかことりのおやつって何!?

 

「フフ…、フフフ…。フフフフフフフフフ!!!」

 

「海未!?」

 

あかん!!怒りのメーターが振り切れて狂戦士(バーサーカー)みたいになってる!?

 

「「「覚悟は…、出来てる?(出来てるかな?♪)(出来てますよねぇ……?)」」」

 

「ちょっ!!まっ!!ぎゃぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 

 

 

 

「ねぇ真姫ちゃん?あっちで壮大さんの声みたいな悲鳴が聞こえてこなかった?」

 

「さぁ?気のせいじゃない?」

 

「えへへ…、その日は何着ていこうかにゃ~…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ!気を取り直して行くわよ!」

 

オレがボロ雑巾のようになってるのはスルーなんですね。

 

えぇ、分かってますよ。

 

オレが悪かったんです。

 

「凛、運動は得意だけどダンスは苦手だからなぁ~…」

 

「これ、どうやるんだろう?」

 

と、みんなオレを放置して各々がどこか不安を感じながらおそるおそるプレイしていく。

 

「プレイ経験ゼロの素人が挑んで高得点なんて取れるわけがないわ。くっくっく…。カラオケの時は焦ったけどこれは貰ったわね…」

 

まーた黒にこさんが出てきたよ…。

 

「なんか出来ちゃった~」

 

すっかり元気を取り戻した凛ちゃんが最高ランクのAAAの1つ下のAAを叩き出していた。

 

いや、これはマジですげぇぞ!?

 

何故かオレまで参加させられ、ダンスゲームは終わった。

 

穂乃果 A

海未 A

ことり B

花陽ちゃん C

凛ちゃん AA

真姫 B

にこさん A

オレ AA

 

という結果だった。

 

……このスコアはそれぞれの胸の大きさとは一切合切関係ないので、あしからず。

 

 

 

 

 

みんなは学校に戻っていったが、オレは入校許可証を学校から出る前に返却したから行かないということをみんなに伝えてから一人で帰宅していた。

 

「おっ?その後ろ姿は松宮くんやな?」

 

「東條さん。こんにちは」

 

神田明神の前をたまたま通り過ぎたら、制服姿の東條さんと会った。

 

「今日は巫女さん姿じゃないんですね。」

 

「うん。今日は巫女さん姿はお休みなんよ。なーに?そんなにうちの巫女さん姿が見たかったん?」

 

にっしっしと挑発的な笑いでオレを見てくる。

 

いやだって、巫女さん姿の方が印象が強いし。

 

スピリチュアル通り越して、もはや半予言者の領域に足突っ込んでるし。

 

「そんなことより!…東條さん」

 

何を言っても墓穴を掘りそうな気がする話題から切り替えて、東條さんと向き合う。

 

「んー?なーに?」

 

「東條さん、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……!」

 

僅かにだが、東條さんの顔付きが変わった。

 

思えば初めてあったあの時に聞けばよかった。

 

何故あんな表情をしたのか?

 

そして何故穂乃果たちを回りくどい方法で助けるのか?

 

「海未から聞きましたよ。ファーストライブの時、あなたは当時3人だったμ'sに手助けをしてくれたそうですね。」

 

「そう言えばそうやったなぁ……」

 

「そしてにこさんとμ'sの内輪揉めの時も『アイドル研究部設立の話を無かったことにしたくなければ、話を付けてこい』とあなたはμ'sにアドバイスを送った…。サポート役のオレが言うのもあれなんですが、どちらもあなたにとってメリットは無い筈です。……教えてください。あなたはμ'sをどうお思いになられているのですか?」

 

「…………ふっ。あっはっはっは!!」

 

すると東條さんは笑い出した。

 

今の話で笑うところ何てあったかな?

 

「ごめんごめん、悪気はなかったんや。そうやね…、別にどうも思ったりもしとらんよ?」

 

「へっ?」

 

笑った拍子に出てきた涙を拭いながら出した答えにオレは思わずすっとんきょうな声が出た。

 

「うちはただ、松宮くんと同じで廃校を阻止しようと頑張る穂乃果ちゃんたちを手助けしてるだけ。それ以外は何もしとらんよ?」

 

「……そう、なんですか?」

 

「そう。うちはえりちと穂乃果ちゃんたちの間にいるだけ。だからこの話はおしまい。ほな、うちはここで…」

 

「……もう何個かいいですか?」

 

東條さんが立ち去ろうとしたが、オレは東條さんを呼び止める。

 

「うちに答えられる範囲内なら。」

 

「……μ'sの起源は芸術を司る9人の女神から来てますが、残りの2ピースについて東條さんは何か知ってますか?」

 

「……よく知っているけど、今はまだその時やない。」

 

「……その時、とは?」

 

「……『壁』とだけ答えておこうかな?」

 

壁……?μ'sに関わる壁…?

 

ダメだ。サッパリ分からん。

 

「あとは何か無い?」

 

「個人的な話ですが、これよろしければ…」

 

そう言ってオレは東條さんに小さいメモ紙を渡した。

 

「……これは?」

 

そのメモには羅列された11個の数字と数文字のアルファベットが書かれている。

 

「オレの連絡先です。何か困ったことがあればそこに連絡下さい。」

 

「フフッ…。記念に貰っておくな」

 

「話はそれだけです。引き止めてすみません。」

 

「ほら、またな~」

 

東條さんは自宅のある方向らしき方角に向かって歩き出した。

 

そして、震えるスマートフォンを見たら1通のメッセージが。

 

確認してみると送り主は穂乃果で『リーダーは決めないことにしました!』と一言だけ。

 

オレはそれを読んで、『いいんじゃねぇか?それはそれで』と送り返した。

 

リーダーがいないアイドルグループも斬新でいいんじゃないかな…?

 

オレはそう思い、家路についた。

 

 




次回は番外編を挟んでから、いよいよ第2章のクライマックスに突入していきます。


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SIDE STORY1 凛ちゃんとお出かけ

注)このお話は個人差はありますが←(これ重要)、無糖のコーヒーか頑丈な壁を用意することをオススメします。

では、どうぞ。


オレこと松宮 壮大は悩んでいた。

 

日曜日である明日は、午前中に練習をしてからの半日オフになっている。

 

そう。明日は凛ちゃんとお出かけする日だ。

 

だが…、

 

「……迷う。」

 

どの服を着ていけばいいのか必死に考えていた。

 

そもそもオレはあまり服を持っていない。

 

普段は学校と家の往復のみで今回みたいに遊びに行くことなんてあまりなかった。

 

だからいざ遊びに行くとなると、服が無さすぎてどうしようかというところから始まるのだ。

 

あぁ、こうなるなら普段から少しでも服にお金をかけていればよかった…。

 

と、今さらながら後悔しても遅いので明日考えて今日は寝ることにしよう…。

 

オレは電気を消して布団に潜り込んだ…。

 

(そーたせーんぱいっ、こっちこっち!早く早くー!!)

 

(そーたせーんぱいっ!はい、あーん♪)

 

(えへへ…、そーた先輩とお揃いだにゃ……)

 

(そーた先輩、あのね……今日、凛のお家に人がいないんだよ?)

 

うわぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!

 

バカ!バカ!!オレのバカ!!!

 

静まれ!静まれっつってんだろ!?オレの煩悩!!

 

こんなんだから彼女いない=何だよ!!!

 

いいか?凛ちゃんは大切な後輩、凛ちゃんは大切な後輩、凛ちゃんは……。

 

ここでオレの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し早く来すぎたかな…?」

 

待ち合わせ時刻の2時まで残り30分。

 

オレの今の服装は、紺のジーンズに白のカッターシャツを少し捲っている。

 

アクセサリーとしてシルバーネックレスを身に付けるというオレの少ない服のなかでは相当無難な服装に纏まった。

 

服装とか変じゃないよな…?とか思ってるとスマートフォンが鳴り始める。

 

着信相手は凛ちゃんだった。

 

……まさか今日来れなくなったとか!?

 

そんな一抹な不安が過る中、電話に応対した。

 

「はい、松宮です。」

 

しかし、通話はすぐに切れた。

 

何だったんだ…?と思いながらスマートフォンをポケットの中に入れようとしたその時…!

 

「だーれだっ♪」

 

「のわっ!?」

 

いきなり視界が小さな両手によって塞がれた。

 

背中には慎ましくも柔らかい2つの山が当たっている。

 

胸って小さくても柔らかいんだな……。

 

って何考えてんだ!?

 

昨夜から何か変だぞオレ!?

 

「えっと、その声は…凛ちゃん?」

 

「あったりー!!」

 

塞がれていた視界がパッと明るくなり、とてとてとオレの目の前に凛ちゃんが現れた。

 

凛ちゃんはフリルのショートパンツを選んでいて、スラリと伸びている素足がとても眩しい。

 

トップスには黒のブラウスに黄色のジャケットを羽織ってる。

 

「どお?似合うかにゃ?」

 

その場でくるりと回った凛ちゃんに見惚れてしまった。

 

やっべぇ。超可愛い…。

 

「……そーた先輩?」

 

「ああ、すっげぇ似合ってるよ。」

 

「にゃにゃっ!?」

 

素直に感想を述べると凛ちゃんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「凛ちゃん?」

 

「さ、さーて!凛、早速だけど行きたいところがあるんだにゃ!そーた先輩も早く行くにゃ!!」

 

「ちょっ、凛ちゃん!?引っ張るなっ……!!」

 

誤魔化すかのようにテンションを上げて、オレの手を掴んでグイグイと引っ張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはここにゃ!」

 

凛ちゃんに引っ張られながら連れてこられたのはラーメン屋。

 

凛ちゃんによると、このお店は都内でも比較的に有名な店らしい。

 

そんな有名なお店も昼メシ時のピークが過ぎて、行列はほとんどできていなかった。

 

「へい、いらっしゃい!おっ!凛ちゃんいつもご贔屓ありがとよ!」

 

「こんにちは、おにーさん!いつものやつ2つお願いするにゃ!」

 

「あいよ!注文入りやしたー!!」

 

カウンターにいた若いお兄さんが厨房に向かって大きい声で注文する。

 

「ん?そこのキミ、どこかで…」

 

「そーた先輩は陸上の短距離選手なんだにゃ!!」

 

「あぁ。どっかで見たことあるなぁとは思ってたんだよ!」

 

オレを置いてけぼりにして話し込む凛ちゃんと店員のお兄さん。

 

えーっと…。話についていけないのですが…。

 

「このおにーさんは今でも現役の陸上選手なんだにゃ。」

 

「と入っても俺は走高跳び(ハイジャン)の選手だけどな?ところでキミは日本選手権には?」

 

「出ないつもりです。今はインターハイに照準を絞ってますから。」

 

「ありゃ。まぁ身体が出来上がってない高校生のうちはインターハイが一番の大会だし、無理して出なくてもいい感じはするがな。はい、豚骨醤油ラーメンお待ち!」

 

「「ありがとにゃ!(ございます。)」」

 

お兄さんから来たのは豚骨醤油ラーメン。

 

凛ちゃんはいつもここに来てこのラーメンを食べてるんだな…。

 

箸を持ってラーメンを啜り始める。

 

うん、上手い。

 

時間とお金に余裕が出来たらここに来ることにしよう。

 

このお兄さんと陸上談義をして国内トップクラスの話を聞けたことに越したことは無いしな…。

 

するとお兄さんは唐突にこんな話を持ちかけてきた。

 

「それにしても意外だったな。」

 

「うん?意外って何のことだにゃ?」

 

「凛ちゃんが()()を連れて来るなんてなぁ…」

 

「ブフォッ!?」

 

オレは思わず噎せてしまい、その拍子にラーメンの麺が鼻から飛び出してしまった。

 

直ぐ様近くのティッシュに手を伸ばし、鼻を咬む。

 

鼻を咬む時にチラッと凛ちゃんを見てみると、真っ赤になっていた。

 

「にゃ…、にゃに言ってるにゃ!?そーた先輩とは…!そーた先輩とは……、そう!仲のいい先輩後輩の関係にゃ!」

 

凛ちゃんはテンパって目をグルグルさせながらお兄さんに必死に弁解していた。

 

こんな凛ちゃんは初めて見るけど、何だか可愛いからそっとしておこう。

 

それにしてもやっぱこのラーメン、上手いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…。酷い目に遭ったにゃ……」

 

「お疲れさま…?」

 

うにゃだれてる(誤字ではない)凛ちゃんの隣に並んで歩く。

 

「そーた先輩も凛と一緒におにーさんに否定してくれれば話が早かったのにぃ……」

 

「ごめんごめん。でもラーメン、美味しかったよ。」

 

「あーっ!話逸らしたにゃー!!」

 

うにゃーっ!ってオレに飛びかかり、ポカポカと胸を叩く。

 

けど、鍛えているのもあるし赤くなっているのもあるので全く痛くない。

 

「あ、そうだ。凛ちゃんまだまだ時間は大丈夫?」

 

「にゃん?」

 

「行きたいところがあるんだよ。オレと一緒に来てくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわーっ!!」

 

凛ちゃんが目をキラキラ輝かせる。

 

こんなに喜んでくれるなら、こっちも思わず頬が緩んでしまいそうだ。

 

そう、オレのリクエストで凛ちゃんとやって来たのは遊園地。

 

実はというとオレは今まで遊園地に来た記憶がなかった。

 

穂乃果は覚えているらしいから、もしかしたらオレが物心つく前だったのかそれおもつまらなくて途中で飽きたのかもしれない。

 

でも、今日ここに来たのは遊園地で遊ぶことじゃない。

 

もっと別の物を凛ちゃんと見たくてここに来たのだ。

 

「そーたせーんぱいっ♪早く早く!」

 

「凛ちゃん、待った!!!」

 

凛ちゃんが待ちきれないと言わんばかりに駆け出すが、腕を伸ばし凛ちゃんの小さな手を掴んだ。

 

「……そーた先輩?」

 

「ここで走ったら危ないだろ?それに時間はまだあるんだし、ゆっくり行こう?」

 

「うんっ!」

 

何だかこうしてみるとやんちゃな妹みたいだなぁ…。

 

凛ちゃんはオレの事どう思ってるか分かんねぇけど。

 

それにしても凛ちゃんが妹…。大いにアリだな。

 

あぁ…、何でオレは星空家の息子として生まれてこなかったんだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはあれにゃ!」

 

凛ちゃんが指差したのは最近できた世界で一番スピードが出るというジェットコースター。

 

通称『ブラッド・オブ・ドラグーン』。

 

「凛ちゃん…、あれやめねぇ?」

 

「あれれー?乗りたくないのー?あっ、もしかして怖いのかにゃー?」

 

凛ちゃんが手で口許を隠しながらニヤニヤしている。

 

「あん?誰が怖いっつったよ?」

 

やられたらやり返す…、倍返しだ!

 

って言う訳じゃないけど後輩…、しかも女の子の挑発なんて屁でもない。

 

オレは凛ちゃんに挑発し返した。

 

「よーし!そーた先輩もノリ気になったところで早速行くにゃ!」

 

……えっ。

 

乗るなんて一言も言ってねぇ…、

 

 

 

「にゃーっ!!!!!!」

 

「ちょっ、まっ、アッー!!!!!」

 

お願いだから汚い叫び声だなんて言わないで欲しい。

 

あれは乗り物じゃない。

 

人を気絶させられる凶器だ。

 

 

 

 

 

 

「おーい、凛ちゃーん!」

 

色んなアトラクションを乗っているうちに、凛ちゃんとはぐれてしまった。

 

一通り乗ったアトラクションを回って見たけど、黄色のジャケットが見当たらない。

 

「何処に行ったんだろ……」

 

オレはまた来た道を戻ろうとした。

 

 

 

 

「やめてくださいっ!!」

 

 

 

 

「今の声は…、凛ちゃん!?」

 

近くから凛ちゃんの声が聞こえたような気がした。

 

こっちからかっ!?

 

オレは凛ちゃんの声が聞こえた方に向かって駆け出した。

 

 

 

 

~Side 星空 凛~

 

 

「やめてくださいっ!!」

 

「いいっしょ別にー?そんなやつなんて放っておいて俺様と遊ぼうぜ?」

 

凛はそーた先輩とはぐれてしまい、気持ち悪くてチャラい男の人に絡まれてしまった。

 

最初は断ってきたんだけど、しつこくてしつこくて今のように人があまり通らないようなところで後ろの木に肘をつけて迫っている。

 

うぅ……、近いし気持ち悪いよぉ…。

 

「ホラ、俺様が遊んでやるって言ってんだから早く……しろよ!!」

 

「にゃっ!!」

 

目の前の気持ち悪い男の人が、凛の腕を掴んで無理矢理引っ張ろうとする。

 

いやだ…。怖いよ。

 

助けて……、そーた先輩!!!

 

 

 

 

「おい。てめぇこんなとこで何やってんだよ?」

 

 

 

 

 

来た。

 

来てくれた。

 

凛の数少ない大切な先輩が。

 

「あぁん?てめぇに関係ねぇだろ?」

 

「あん?関係あるに決まってんだろカス。」

 

そーた先輩は口が悪くなるほど怒っている。

 

「あ?なに?てめぇはこいつのツレだって言いてぇのか?」

 

「そうだっつったらどうするよ?」

 

そーた先輩が気持ち悪い人に睨み付ける。

 

「そうかよ…、だったらそいつの目の前で無様な醜態を晒しやがれぇ!!」

 

言い終わらないうちに気持ち悪い人が1発殴って、よろけてるそーた先輩を担ぎ上げ壁に投げつけようとしていた。

 

やだ…。そーた先輩がボコボコにされちゃう。

 

そんなのやだよ…。

 

「そーた先輩っ!!!」

 

凛は先輩の名前を叫んでいた。

 

だけど、そーた先輩はなぜか笑っていた。

 

 

「こっちは1発貰ってんだから、何されても文句言うんじゃねぇぞ?」

 

「はぁ!?何余裕ぶっこいてんだよ!!自分の状況分かってんのかよぉ!?」

 

「分かってねぇ訳ねぇ……だろっ!!」

 

壁に投げられた瞬間、そーた先輩は膝を曲げて衝撃を吸収してから両足で壁を蹴りつけた。

 

「せいっ…、やぁぁぁぁぁあっ!!!」

 

壁を蹴りつけたことによって勢いよく飛び出したそーた先輩は気持ち悪い人に飛びかかりながら首元に膝を入れて、そのまま地面に叩き付けた。

 

凛が最近やったゲームの必殺技みたいだった。

 

「ゲホッ、ゴホォッ!!!」

 

「なぁ、あんた?」

 

気持ち悪い男の人はさらに気持ち悪い顔になって、必死に酸素を求めているところにそーた先輩が歩みより、踵をつけてしゃがんだ。

 

「まだやる気あるんなら相手するけど?」

 

「ヒィッ!?」

 

「あの娘はあんたみてぇな肥溜めから出てきたような奴が触れていいような娘じゃねぇんだよ。分かったんならとっとと消えやがれ!!」

 

そう言って気持ち悪い男の人はどこかへ走っていった。

 

「ったく…。凛ちゃん、怪我は…うおっ!?」

 

凛は気付いたらそーた先輩に抱きついて、大声をあげて泣いた。

 

もしかしたらそーた先輩が怪我をするんじゃないかって…。

 

もしかしたらそーた先輩が来てくれないかと思って…。

 

そう考えるだけで涙が溢れて止まらなかった。

 

そーた先輩は凛が泣き止むまで黙って片腕を背中に回し、もう片方の手で凛の頭を優しく撫でてくれた。

 

~Side out~

 

 

 

 

 

凛ちゃんを泣き止ませた後、時間が迫ってきていたオレたちが最後に乗ったアトラクションは観覧車。

 

女の子と遊園地に来たときに最後に乗る定番のアトラクションだ。

 

「凛ちゃん、今日1日楽しかったかい?」

 

「うん…。」

 

オレの質問に頷いてくれるが、凛ちゃんの表情は依然として暗い。

 

あのナンパ野郎がやったことがなければ、今の質問は笑って返事をしてくれたはずなのに。

 

これはオレの責任でもあることだ。

 

でも、過ぎたことを悔いても仕方ない。

 

ならここでしか見られない光景を見せてあげようじゃないか。

 

「凛ちゃん、ここでしか見られない光景の話って知ってる?」

 

「……知らないにゃ」

 

凛ちゃんは静かに首を横に振る。

 

聞いておいてあれだが、そうだと思う。

 

なんせ話を切り出したオレもつい最近まで知らなかったことだったから。

 

そろそろ時間な筈だ…。

 

「その景色って言うのはさ…、これの事さ!」

 

ーーードォォォン…!!

 

「にゃっ!?」

 

言い切った瞬間に週末限定で行われるナイトパレードのフィナーレを飾る花火が打ち上がり、凛ちゃんがビックリした表情で観覧車の窓から外を見る。

 

実は凛ちゃんにこれを見せたくてこの遊園地に来たのだ。

 

でもあくまで都市伝説レベルの話だったので、色んな人の話を聞いたり掲示板のスレッドを見たりした上で来たので内心は見れるかどうか不安だったのだ。

 

「キレイだにゃあ……」

 

でも、連れてきた甲斐があった。

 

 

 

「凛ちゃん、もう一度聞くよ?今日1日楽しかったかい?」

 

「うんっ!!すっごく楽しかったにゃ!!!」

 

 

今日1番の笑顔が見られたのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ってきて、部屋着に着替えてすぐお風呂に入り、今はベッドの上でボーッとしていた。

 

途中で変な人に捕まっちゃったりしたけど、楽しかったなぁ…。

 

特に最後に観覧車で見た花火…、キレイだったなぁ。

 

でもなんでだろ…?

 

何でそーた先輩の事を考えるだけで胸がこんなにドキドキして、ポカポカするんだろう…?

 

あれ?あれれ??まさか凛、病気になっちゃったのかな…?

 

そう思った凛はすぐに部屋の電気を消して、いつもより早いけど寝ることにした。

 

 

 

 

それが恋だと分かるのはまだちょっと先のお話…。

 

 

 

 

 




今度デート回書くときはもっともっと甘ったるい話を書きたい。(切実)

では、本編に戻りまーす。


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第15話 生徒会長とその真意

……。

 

オレはペンを走らせたまま右を見てみる。

 

「もう!!こんなの分かんないよー!!」

 

向かいに住む幼馴染が仰向けになって手をパタパタさせていた。

 

………。

 

右に向けた目線を今度は左に向けてみる。

 

「にゃーっ!!どうして日本人なのに英語を勉強しないといけないのーっ!?」

 

この間一緒に出掛けた大型の猫さんが机の上でうにゃーってなっていた。

 

…………。

 

「……なぁ、2人とも。」

 

「「なに?(なんだにゃ?)」」

 

「海未や真姫がいないからってテスト勉強くらい出来やしねぇか?」

 

「無理だよ!」

 

「無理にゃ!」

 

おーけー。君らの主張はよーく分かった。

 

オレは穂乃果と凛ちゃんに気付かれないように、海未と真姫の2人のスマートフォンにメッセージを飛ばした。

 

『オレだ。オレの家に来てくれると助かる。』

 

何故こんなことになったのかと言うと、数日前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラブライブ!が開催される…?」

 

『えぇ、そうなの。』

 

珍しく真姫が電話をかけてきて、それに応対している。

 

ラブライブ!とは、日本全国のスクールアイドルが一同に集まり頂点を決める大会。

 

スクールアイドルの甲子園みたいな物だと捉えてくれるとありがたい。

 

でも、ラブライブ!には出場資格があってスクールアイドルサイト通称『Siサイト』の上位20位までのグループしか参加できないらしい。

 

そこで穂乃果たちは学校をアピールするためにエントリーしようとしたそうだ。

 

1度絢瀬さんに反対されたそうだが、比奈さんが『エントリーするだけいいんじゃないか?』と認めてくださったようだ。

 

そこで比奈さんから出された条件が『()()()()()()メンバー全員赤点を回避したら』ラブライブ!のエントリーを認めてくださるのだそうだ。

 

「いや、おかしくね!?」

 

『何がおかしいのよ?』

 

え?何?これおかしいって思ってんのオレだけ?

 

「何でオレも!?メンバーだけでよくねぇ!?」

 

『仕方ないでしょ?理事長がそう言ってたんだから。それに、体育科とは言え立華の学年トップなんでしょ?赤点回避くらい余裕じゃない』

 

『赤点回避くらい余裕じゃない』じゃねぇよ!

 

簡単に言うなよ!!

 

立華高校のテスト範囲超広いんだぞ!?

 

何だよ教科書の3分の1って!!

 

大雑把すぎてビックリするわ!

 

『じゃあ、そう言うことだから。明日から立華高校はテスト前の部活禁止期間に入るのよね?』

 

「確かそうだったかな……」

 

上位大会に出場する部活は関係ないんだけど、陸上部は出ない選手が多いためこれには例外的に当てはまらない。

 

『じゃあ、穂乃果先輩と凛のテスト勉強の監視頼んだわよ。』

 

「なんでさ!?勝手に決めんな……って、話の途中で電話切ってんじゃねぇよオイ!!!」

 

 

 

 

 

と、言う訳なのである。

 

海未からの返事は無いが、真姫はあと30分くらいしたら来てくれるそうだ。

 

だからそれまでは…、

 

「OK…、君らが勉強できないせいでこんなことになってるんだから遠慮なくビシバシその小さな頭蓋骨の中に眠ってるツルッツルの脳にシワを刻み込んでやるよbaby…」

 

「そーちゃん、何かキャラ変わってない…?」

 

「そーた先輩怖いにゃ……」

 

「うるせぇ!いいからさっさと問題解きやがれぇ!!海未に報告すんぞ!」

 

「「は、はぃぃい!!」」

 

穂乃果と凛ちゃんは海未の名前を出した途端、ペンを握りテキストとノートに向き始めた。

 

まったく…、普段からコツコツと勉強してないからこう言うことになるんだ。

 

オレも机に向かおう…、としたらスマートフォンが鳴った。

 

「穂乃果、凛ちゃん。ちょっと席外すけど……サボってたら分かるからな?」

 

コクコクコクッ!!!と激しく首を縦に振る2人を確認してから、リビングに降りて着信相手を確認する。

 

『南 ことり』

 

ことりから?

 

何の様だろうと思い、通話モードに切り替える。

 

「ことり?どうしたんだ?」

 

『そーくん?海未ちゃんそーくんのお家に行ってない?』

 

「いや?来てないけど……なんでだ?」

 

『海未ちゃん弓道部に顔を出してからそーくんのお家にお邪魔しに行くって言ってたんだけど、心配で……』

 

「分かった。海未が来たら伝えとく。」

 

『ありがとー♪ところで穂乃果ちゃんたちはどう?』

 

「ダラけてたからついさっき気合い入れて、真面目にやり始めたとこだ。」

 

『あ、あはは…。じゃあ穂乃果ちゃんたちによろしくねー』

 

「おう。」

 

「お邪魔しまーす」

 

ことりとの通話を切り、上に上がろうとしたところで真姫が家にやってきた。

 

「おお、真姫か。いらっしゃい、よく来たな」

 

「ホントよ。私だって暇じゃないんだからね?」

 

家に上がって早々ツンデレのツンの部分を出してきた。

 

ホント素直じゃねぇな…。

 

ホントに暇じゃなかったら家に来るなんて言わねぇだろ。何て言ったら機嫌損ねるから言わないでおく。

 

「早速で悪いんだけど、オレの部屋に穂乃果と凛ちゃんがいるから少し監視して貰ってていいか?」

 

「監視って…、待ちなさい。何処に行く気?」

 

オレはハーフパンツに財布とスマホを入れて玄関に向かうが、眉を潜めた真姫がオレの着ている上着の裾を掴む。

 

「あいつらに差し入れでも買ってきてやろうかって」

 

「……そう」

 

理由を話すと渋々とだが、手を離してくれた。

 

「んじゃ、行ってくる。何か飲みたかったら勝手に冷蔵庫開けてくれてもいいから」

 

オレは玄関を抜け、歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果と凛ちゃんと真姫への差し入れは何がいいか考えながら歩いていると、小さい頃穂乃果たちとよく遊んでいた公園に辿り着いた。

 

「待ってください!」

 

公園の出入り口で呼び止める声が聞こえ、オレは咄嗟に壁に背にして隠れた。

 

今のは……海未か?

 

海未に呼び止められたであろう音ノ木坂の夏服を着た金髪の生徒…、恐らく生徒会長の絢瀬さんだと思わしき人物が海未に背を向けたまま立ち止まった。

 

「じゃあ、もし上手くいったら…、人を惹き付けられるようになったら私たちのこと認めて貰えますか?」

 

「無理よ。」

 

「!!……どうしてですか?」

 

隠れているため表情は見れないが、海未の声が少し震える。

 

「私はスクールアイドル全部が素人にしか見えないの…。1番実力のあるA-RISEですら、素人にしか見えない。」

 

そう言って絢瀬さんは妹さんらしき人と一緒に海未の元から立ち去った。

 

絢瀬さんが完全に見えなくなったのを確認したオレは、海未の前に姿を現した。

 

「……よう。」

 

「壮大?何故あなたがここに?」

 

「とりあえずここで立ち話もあれだし、座ってから話を聞かせてくんねぇか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。」

 

オレは近くの自販機で買った缶コーヒーを、海未は絢瀬さんの妹さんの亜里沙ちゃんって子から貰ったおしるこを片手にことの顛末を話してくれた。

 

サイトにμ'sのファーストライブ『START:DASH‼』の映像をアップロードしたのは、何と絢瀬さんだったらしい。

 

しかも目的は『穂乃果たちの歌とダンスはいかに人を惹き付けられないか、活動を続けても意味はないという現実を見せるため』なんだそうだ。

 

だが、絢瀬さんの思惑とは裏腹にメンバーの加入による人気の急上昇と真逆の成果を上げてしまったとのことだった。

 

「はい、でも私何故生徒会長は頭ごなしに私たちのことを否定してくるのか私には分からないのです…」

 

絢瀬さんに言われたことを気にして、落ち込む海未。

 

オレは缶のなかを空にしてから立ち上がった。

 

「なら、絢瀬さんのことで1番知っている人のところに行ってみようぜ?」

 

オレは心当たりのある人に連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、海未ちゃんに松宮くん」

 

オレと海未が向かった先は、神田明神。

 

そこには今日は巫女さん姿の東條さんが立っていた。

 

「すいません、いきなり連絡して」

 

「ええよ、別に。それよりもえりちについてやったっけ?」

 

公園で連絡した心当たりある人とは東條さんのことだ。

 

東條さんなら絢瀬さんのことについて何か分かるかもしれない。

 

そう思い、連絡したのだ。

 

「口で説明するより、これを見て貰った方が早いかな?」

 

東條さんが巫女服の袖口から取り出したのはミュージックプレーヤー。

 

その中の動画ファイルの1つをタップし、オレと海未に見せてくれた。

 

そこに写し出されたのは1人の小柄な金髪の少女。

 

バレエの衣装を着て無邪気に笑い、縦横無尽に踊る姿が写し出されている。

 

これが絢瀬さんだということをすぐに理解できたのは、そう時間もかからなかった。

 

「……これで分かったやろ?」

 

「……はい」

 

オレは強いショックを受け、生返事しか返せない。

 

隣で見ていた海未も絶句しているのが表情から見て取れる。

 

「えりちには『スクールアイドル全員が素人にしか見えない』と言うだけの物があるんよ」

 

「……そうですね」

 

やっと言葉が出てきたのは東條さんが言ったことを肯定する言葉のみ。

 

確かに、これなら絢瀬さんがああ言ったことも頷ける。

 

「ありがとうございました。……帰ろう、海未」

 

「はい……」

 

オレたちは東條さんに頭を下げてから、神田明神を後にする。

 

海未はこれから所用があると言い、自宅へと帰っていったので途中のコンビニでお菓子を買ってから家に戻った。

 

「あら、遅かったじゃない」

 

リビングにはテキストとノートを広げて1人で勉強している真姫の姿があった。

 

「あぁ、ちょっとな……。穂乃果たちは?」

 

「上で集中して勉強してるわよ。さっさと行ってあげたら?」

 

「……聞かないのか?」

 

「言ったところで、当事者じゃない私にはどうしようもないでしょ?」

 

こういう時ばっかり察しやがって…。

 

でもそういうスタンス、嫌いじゃない。

 

「……ありがとよ」

 

「お礼は高くつくわよ?」

 

フフッと笑って、またテキストに集中し始めた。

 

ホント、この年下の幼馴染には頭が上がらないな…。

 

オレは犬娘(ほのか)猫系少女(りんちゃん)に買ってきた差し入れを渡しに上に続く階段を上がっていった。

 

 

 

 

 



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第16話 試験結果と廃校の危機

(遅れて)すまんな。

この話からドがつくほどのシリアス回が続きます。

では、どうぞ。




~Side 園田 海未~

 

「今日のノルマはこれやね」

 

私たちμ'sのテスト勉強を協力してくれている希先輩が、部室のテーブルに課題をドサドサと乗せました。

 

「「「鬼……」」」

 

「んー?まだわしわしが足りない子がおるんー?」

 

「「「まっさかー!!」」」

 

テストまで残り5日となって、穂乃果や凛、にこ先輩のテスト勉強の追い込み期間に入った。

 

けれど、私の脳裏にはこの間希先輩に見せてもらった映像がベッタリと貼り付いて離れない。

 

幼少期の生徒会長が踊ったバレエは、見ている人を惹き付けることができる様なものであった。

 

今まで私たちがやって来たのは一体何だったのかと思えるくらいに…。

 

「ことり、ちょっと席を外します」

 

「う、うん……」

 

ことりに一言残して、アイドル研究部の部室から出る。

 

今から私が向かうのは生徒会室。

 

生徒会室に行けば、生徒会長がいると思ったから…。

 

私は生徒会室について、ドアの前に立つ。

 

少し深呼吸してから、ドアをノックしようとした。

 

「順番があるんとちゃうの?」

 

私を呼び止める声が聞こえた。

 

振り返るとそこには希先輩が立っていた。

 

「希先輩…?どうしてここに?」

 

つい先程までアイドル研究部の部室で3人のテスト勉強を見ていた筈なのに…。

 

「ショックを受けたんやろ?えりちのバレエに……」

 

希先輩に私の心を読まれ、私は目を見開いた。

 

どうやら希先輩にはお見通しだったみたいですね…。

 

「自分たちが今までやってきたのが何だったんだろう…、と思いました。希先輩の言う通り生徒会長がああ言うのも分かる気がしました。」

 

「だから、謝りに来た……と」

 

それは少し違います。

 

私がここに来たのは…、謝りに来たのではありません。

 

「いえ、ダンスを教わりたいと思いました。もし、私たちがあの時の生徒会長の半分でも踊ることができたらより人を惹き付けられることが出来るのではと!」

 

「ふふっ、うちが思い描いた通りや」

 

「希先輩…」

 

本当に希先輩にはお見通しだったみたいですね。

 

「でも、先にやることがあるんとちゃう?試験まで残り5日よ?」

 

それを言い残して希先輩は生徒会室の中に、私はアイドル研究部の部室に戻る。

 

「穂乃果!!」

 

「う、海未ちゃん…?」

 

まずはテスト。

 

テストで赤点を取ってしまったら、ラブライブ!どころではなくなる。

 

なので、私が出した答えは穂乃果へのサポートをすることです。

 

「今日から穂乃果の家に、泊まり込みます!!」

 

私は穂乃果に向かってそう宣言した。

 

 

Side out

 

 

 

 

 

音ノ木坂学院のテストが終わってから、数日後。

 

一足先にテスト返却が終わったオレだったのだが、またしても音ノ木坂学院に呼び出された。

 

毎度ながら事務室の手続きでは、顔パスで通る。

 

突き刺さる色んな視線に慣れていっている自分が怖い。

 

そして、アイドル研究部の部室の目の前のドアを開ける。

 

「うぃーっす」

 

ドアを開けると、穂乃果以外のメンバーが待っていた。

 

「どうでしたか?」

 

海未の心配そうな視線が突き刺さる。

 

凛ちゃんもにこさんもセーフだったらしいが、やはり心配なのか他の部員も見つめる。

 

「ホレ」

 

オレは持ってきたバックの中に入っているテストの答案用紙を出す。

 

「「「「「……すごい」」」」」

 

真姫を除くメンバーのみんながオレの答案用紙を覗いて、目を丸くしていた。

 

オレ自身の苦手科目である理科こそ80点後半だが、それ以外は90点代に乗せることが出来た。

 

「穂乃果ちゃんから頭がいいとは聞いてたけど、すごいね…」

 

「ありがとよ」

 

ことりがオレの答案用紙をまとめてから返してくれた。

 

勉強も普段からの積み重ねだ。

 

テスト前に一気にやろうとすると、肝心なときにボロが出る。

 

これはスポーツでも同じだと思うけど、この話をすると大分時間がかかるから話さないでおこう。

 

「……ところで穂乃果は?」

 

そう言った瞬間、部室の扉が開いた。

 

入ってきたのは穂乃果だった。

 

「どうだった?」

 

「今日で全教科返ってきましたよね?」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

真姫や海未、ことりが心底心配そうな顔で穂乃果に聞く。

 

「凛はセーフだったよ!」

 

凛ちゃんは笑顔でブイサインを穂乃果に見せる。

 

この場の雰囲気を少しでも和らげようとしたんだろうけど、それって逆にハードル上げてねぇか?

 

何だかオレも変な汗出てきた…。

 

「まさかあんた…、私たちの努力を水の泡にしたんじゃないでしょうね?」

 

「「「「「「どうなの!?」」」」」」

 

「……どうなんだ?穂乃果」

 

部室内に張り詰めた空気が流れる。

 

その空気に観念したのか、穂乃果が肩から提げているバッグに手を伸ばした。

 

「うん、もうちょっといい点数が取れると思ったんだけど……」

 

答案用紙をバッグから出し、答案用紙の上と下を持ち…、

 

「じゃーん!!」

 

答案用紙をみんなに見せるように広げ、答案用紙の隅っこには『53』という数字が。

 

そして穂乃果は笑顔でブイサインをする。

 

穂乃果も赤点を回避することに成功した。

 

つまりそれは、何を意味するのかオレたちが理解するのに時間はそれほどかからなかった。

 

「「「「「「「やったー!!!!」」」」」」」

 

喜びを爆発させ、その勢いで練習する服装に着替え始めたところでオレは一旦部室の外に出る。

 

オレは女の子の着替えをジロジロと見たり、女子更衣室に侵入するという趣味は生憎持ち合わせていないからな。

 

その辺は人間にしか出来ない『妄想』という行動でカバーする。

 

「よーし!今日から練習だぁー!」

 

穂乃果を先頭に部室から駆け出す。

 

それにことりや凛ちゃん、海未ににこさんも続く。

 

「ラ…、ラブライブ!に……私たちが…」

 

「まだ目指せると決まっただけよ?」

 

花陽ちゃんは憧れのラブライブ!を夢見て、呆然としていたが真姫が釘を指した。

 

「そうだぞ?オレたちはまだ『スタートラインに立てる権利を得た』ってだけなんだぞ?」

 

「そ、そうですけど……」

 

「それでも、みんなで勝ち取った権利なんだ。そこは誇ってもいいと思うよ…。ほら、行こう?穂乃果たちに遅れちまうぞ?」

 

もちろんフォローすることも忘れずに、真姫と花陽ちゃんと一緒に穂乃果たちの後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

オレたちは理事長室の前に立っていた。

 

メンバー全員赤点がなかったことと、ラブライブ!のエントリーの許可を貰うためだ。

 

代表として穂乃果が理事長室のドアをノックしたが、中からの反応はない。

 

「今日って音ノ木坂の職員会議とかか?」

 

「ううん、職員会議の予定は入ってないってお母さんが言ってたよ」

 

理事長の娘のことりが言うのなら、きっと理事長室の中にいるはずだ。

 

ホントはよくないことなんだけど、音を立てないように理事長室のドアを開けて中を覗く。

 

そこには理事長と絢瀬さんがいて、何やら揉めている様子だった。

 

揉めている話の原因を聞き耳立てていると、とんでもない話の内容だった。

 

「そんな…!説明してください!!」

 

「ごめんなさい…、でもこれは決定事項なの。」

 

オレの本能が『これ以上聞いてはならない』と警鐘を鳴らし、心拍数も異常なまでに上がっている。

 

だが、本能より先に理事長がその先の言葉を口にした。

 

 

 

 

「音ノ木坂学院は来年度より生徒の募集を止め、廃校に致します。」

 

 

 

 

 

……嘘、だろ?

 

音ノ木坂が……、廃校?

 

そんな……!穂乃果たちは一体何のために…

 

「その話!!本当なんですか!?」

 

オレの目の前が真っ暗になりかけていたその時、穂乃果が理事長室のドアを開け放ち理事長室の中に入った。

 

「あなたたち…」

 

絢瀬さんがオレたちの入室に驚いていたが、穂乃果は真っ直ぐに理事長の机の前に立った。

 

「……、本当よ。」

 

「お母さん!そんな話聞いてないよ!!」

 

ことりも理事長に詰め寄った。

 

「お願いします!あともうちょっとだけ待ってください!!あと1週間…、いえ!あと2日でなんとかしてみせますから!!」

 

穂乃果の必死なお願いを聞いて、理事長が目をパチクリさせていた。

 

「いや、あのね高坂さん?廃校にするというのは、オープンキャンパスの結果が悪かったらという話よ?」

 

「オープン……、キャンパス?」

 

理事長の言葉にピンと来なかった穂乃果は首を傾げた。

 

「つまり、見学に来てもらった近隣の中学生にアンケートを取ってもらって結果が芳しくなかったら廃校にする……と?」

 

「そういうことよ」

 

オレが言ったことに異を唱えず、理事長は肯定する。

 

「なぁんだ、よかったぁ……」

 

「安心している場合じゃないわよ?オープンキャンパスは2週間後の日曜日。そこで結果が悪ければ本決まりなのよ?」

 

つまりそこで結果を残せなかったら、本当の意味での終わり…。

 

穂乃果たちはどうしようと慌てている。

 

「理事長!!オープンキャンパスのイベントの内容は、生徒会で決めさせて貰います!」

 

絢瀬さんが理事長の真っ正面に立ち、目を見つめながら言った。

 

絢瀬さんも廃校から守ろうと必死なのだが、どうもオレの目にはその行動が本心からの行動には見えない。

 

「……止めても聞きそうにないわね」

 

理事長が折れ、絢瀬さんに許可を出した。

 

絢瀬さんは小さくお礼を言ったあと、理事長を出ようとした。

 

「絢瀬さん」

 

「……何かしら?」

 

出ていく直前で、オレは絢瀬さんを呼び止めた。

 

(ファーストライブ)にあんな事があったため、絢瀬さんの目がとても冷たく鋭い。

 

「今、あなたは自分の心に正直ですか?」

 

「……えぇ、正直よ?」

 

「……そうですか。呼び止めてしまってすみません。」

 

呼び止めたことを謝ると、絢瀬さんは今度こそ理事長室から出ていった。

 

 

 

~Side 絢瀬 絵里~

 

 

まさかオープンキャンパスの結果で廃校になるかどうか何て聞かされるなんて思ってもみなかった。

 

あの子たちはホッとしていたけど、オープンキャンパスの話になった途端どうしようと取り乱していた。

 

やはりあの子たちには生徒を集めることなんてできやしない。

 

だから、だから私が何とかしなくてはならないのに…。

 

『自分の心に正直』ですって?

 

彼が言った言葉が頭から離れてくれない。

 

何を言っているのか意味が分からなかった。

 

私は今『音ノ木坂学院から廃校の危機を守る』ために動いているつもりだし、実際現に動いている。

 

なのに何故彼の言葉がこんなにも突き刺さるのだろうか…。

 

「どうするつもり?」

 

「……!希?」

 

いつも彼女が持ち歩いているタロットカードのうちの1枚を私に見せた。

 

星の逆位置…、いろんな意味があるけれど、総括するなら『考えすぎ、不安』だったかしら…。

 

そんなの決まっている。

 

「私は学校を存続させる」

 

私が音ノ木坂学院を守ってみせる。

 

廃校を阻止してみせる。

 

私は希の前を通り過ぎ、生徒会室へ向かって歩き始めることにした。

 

 

 



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第17話 提案と生徒会長の心

「なんとかしなくっちゃ!!」

 

そう言った穂乃果であったが、実際穂乃果たちに出来ることは2週間後に控えたオープンキャンパスに向けてベストなパフォーマンスをするための練習くらいしかすることぐらいしかない。

 

それで今現在どのような出来なのかを確認する必要があった。

 

オレが見ることが出来ればいいのだが、ダンスは専門外だ。

 

そこでオレが持ち込んだ物は…、

 

「そーた先輩?そのカメラは?」

 

凛ちゃんがオレがセットをしている姿を目を向けた。

 

「ん?1度自分の踊っている姿を客観的に見てみることも悪くないだろうと思って持ってきたんだ。」

 

ビデオカメラだ。

 

野球のバッティングフォームやバスケットボールのシュートモーションを確認するときにも使われることもある。

 

今回はそれを取り入れてみると言うわけだ。

 

「それじゃ、1回踊ってみようか。」

 

そう言ってオレは踊り出したメンバーの姿を確認してから、録画ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

「どうだ?」

 

オープンキャンパスで披露するであろう曲を通しで踊り、その映像を

メンバーに見せた。

 

「完璧だよ!」

 

「これならオープンキャンパスに間に合いそうだね」

 

穂乃果たちは完璧だ、言うことなんてないと思っているみたいだが一人だけ浮かない表情をしているメンバーがいた。

 

「ダメです、こんなんじゃ……」

 

「「「「「「えっ?」」」」」」

 

海未だ。

 

ダメ出しのコメントをした海未を不思議そうに見つめる穂乃果たち。

 

「タイミングがズレています。穂乃果や凛は少し早くことりや花陽は遅れています。」

 

「……分かった、もう一度やろう。そーちゃん、もう一度カメラお願い」

 

「……おう」

 

海未の言葉で納得してくれたようで、もう一度通しで踊った。

 

「今度こそ完璧にゃ!!」

 

「そうね!みんながようやくにこのレベルに追い付いたわね!」

 

凛ちゃんとにこさんがはしゃぐが、海未がさっきと同じ表情だった。

 

「……ダメです、これじゃ」

 

海未の口から告げられたのは、またしてもダメ出しだった。

 

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

「うぅ、これ以上上手くやれる気がしないにゃあ……」

 

あまり弱音を吐かないらしい凛ちゃんが思わず弱音を吐いてしまった。

 

それに対して真姫が海未の所に歩み寄った。

 

「何が気に入らないのよ!?ハッキリ言いなさいよ!!」

 

海未は一度オレを見てきたので、オレは頷いた。

 

それを見た海未はみんなの前で告げた。

 

「感動できないんです。今のままじゃ、これっぽっちも……」

 

「海未ちゃん……」

 

「そーくん、何があったの?」

 

「その様子だとあんたも何か知ってるんでしょ?」

 

ことりがタオルで汗を拭きながら、にこさんがドリンクを飲みながらオレに近づいてきた。

 

ここまで分かっているのなら、隠す必要は無い。

 

「分かった、今からみんなに全てを話そう」

 

オレは休憩中のみんなを集め、深呼吸をしたあと口を開く。

 

「穂乃果と凛ちゃんはオレの家でテスト勉強して、確かその時は真姫も家に来たことを覚えてるかな?」

 

今名前をあげた3人は、首を縦に動かした。

 

「その時に差し入れを買ってこようとして公園を通った時、絢瀬さんと口論をしている海未を見かけたんだ」

 

「そしてファーストライブの映像を投稿したのは、生徒会長だったんです」

 

「「「「「「え!?」」」」」」

 

「生徒会長が……?」

 

オレと海未で告げた事実に、みんなの表情には動揺の色が見えている。

 

「あぁ。だけどそれはいい意味ではなく、悪い意味で投稿したらしい。『いかに人を惹き付けられないか』って言う意味でな……」

 

「そんな……」

 

ことりが今にも泣きそうな顔で答えた。

 

だか、話はまだ終わらねぇんだ…。

 

「そして生徒会長が公園から立ち去る際、『一番実力のあるA-RISEですら素人にしか見えない。』と言ったんです」

 

「酷い……」

 

「A-RISEですら素人にしか見えないですって……!?」

 

無類のアイドル好きの花陽ちゃんは悲しみの表情を、アイドルに特別な想いがあるにこさんは怒りの表情を浮かべる。

 

「そしてその話を聞いたオレは、希さんのところに行ったんだ。」

 

「希先輩のところに?何のために?」

 

真姫が意味が分からないという表情で聞いてきた。

 

「この学院の中で絢瀬さんの事を一番知っているって言ったら希さんくらいしか思い付かなくてな…。だが、それが正解だった。事情を知っている希さんからある映像を見せられたオレと海未はショックを受けて、今に至っているんだ」

 

「ある映像って……一体何の?」

 

「幼い頃の絢瀬さんが、バレエの演技をしている映像だ」

 

真姫が映像の事に食いついてきたので、何の躊躇いもなく言い放った。

 

「悔しいですけど、生徒会長のバレエの姿はとてもキレイだと思ったんです。それこそ私たちが今まで何をしていたのかと思えるくらいに……」

 

「そうだったの……?」

 

ことりの問いに、海未は頷く。

 

「そこで提案なんだが、絢瀬さんからダンスを教わらないか?」

 

そこでオレが出した結論は、絢瀬さんからダンスを教わるということだ。

 

「でも、生徒会長は私たちのこと……」

 

「嫌ってるよね!絶対!!」

 

「というか、嫉妬してるのよ!」

 

しかし凛ちゃんとにこさんは反対の意を顕にする。

 

「けど、あれほど踊れる絢瀬さんがμ'sの踊りを見て素人と言う気持ちも分からなくもないんだ……」

 

「それでも私は反対よ!逆に潰されかねないわ!!」

 

真姫も絢瀬さんからダンスを教わることには反対のようだ。

 

「そうよ!3年生ならにこだけで間に合ってるわ」

 

「それに生徒会長さん、ちょっと怖い……」

 

「凛も楽しい方がいいなぁ……」

 

「そうだよね……」

 

みんなオレの提案に反対の意を口にしていた。

 

でも、このままでいいのか……?

 

そう思っていたオレだったが、穂乃果は違った。

 

「私はいいと思うけどな……」

 

「「「「えぇっ!?」」」」

 

穂乃果の発言に1年生組とにこさんは驚いた。

 

オレも声にこそ出さなかったが素直に驚き、思わず穂乃果を見た。

 

穂乃果は至って普通の顔で言い放っていた。

 

「だって、そんなにダンスが踊れる人がいるのならレベルアップのために教わりたいって話でしょ?そうでしょ、そーちゃん?」

 

「あぁ、そうだが……」

 

「だったら私は賛成!頼むだけ頼んでみようよ!!」

 

穂乃果がオレの提案を飲んだ。

 

「ちょっ!待ちなさいよっ!!」

 

「でも絵里先輩のダンスも見てみたいかも……」

 

「ことりも生徒会長のダンスを見てみたい!!」

 

にこさんが異を唱えようとするが、花陽ちゃんとことりも穂乃果の意見を賛同した。

 

「よし!それじゃ明日生徒会長さんに頼んでみよう!!」

 

「ありがとう、穂乃果。そして盛り上がってるところ悪いんだがそれとは別件でもう1つ話しておかないといけないことがある」

 

「何ですか?」

 

話がまとまりそうなところだったのだが、オレ個人のことで話しておかないといけないことがある。

 

「2週間後のオープンキャンパスにはオレは関われなさそうなんだ」

 

「えぇっ!?どうしてですか!?」

 

花陽ちゃんが驚きの声を上げた。

 

「それまでは何とか大丈夫そうなんだが音ノ木坂学院のオープンキャンパスが開かれる2日前から関東大会で、遠征に出なければならないんだ」

 

そう。オレは関東大会で東京都内にはいないのだ。

 

関東大会で上位に入らなければ、インターハイには出場できない。

 

「ならあんたの出番が終わったら、一人だけでも戻ってくればいいじゃない!」

 

にこさんが案を出してくれたが、今回はその手は使えない。

 

「残念ながら今回はリレー競技にもエントリーされていて、リレー競技の決勝レースは最終日なんです。だからどうやってもオープンキャンパスには間に合いそうにないんです」

 

「分かったよ、そーちゃん」

 

オレ個人のお願いも穂乃果が真っ先に賛同してくれた。

 

「だけど約束してほしいことがあるんだ」

 

が、ただでは頷かないようだった。

 

「何だ?」

 

「必ず全国大会への権利を勝ち取ってくること。それが約束だよ」

 

穂乃果が出した約束とは、必ずインターハイの権利を勝ち取ってくる事だった。

 

「分かった。必ずもぎ取ってくる」

 

オレは穂乃果の約束を二つ返事で頷いた。

 

「うんっ!約束だよっ!みんなも良いよね!?」

 

「えぇ、もしダメだったらどうしましょうか?」

 

海未……。

 

「ことりのおやつにしちゃおうかなっ♪」

 

ことり……。

 

「じゃあ凛とかよちんはラーメン奢って貰うにゃー!」

 

「えぇっ!?り、凛ちゃん!?」

 

凛ちゃん……、花陽ちゃん……。

 

「そうね、私のお手伝いでもお願いしようかしら」

 

真姫……。

 

「ふんっ!にこの晴れ舞台を見ないんだから、絶対勝ちなさいよっ!!」

 

にこさん……。

 

「ありがとう、みんな。遠征に行くまではオレに出来ることがあるなら遠慮なく言ってくれ」

 

「「「「「「「うんっ!!(はいっ!!)」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

~Side 絢瀬 絵里~

 

私は妹の亜里沙とその友達の雪穂ちゃんと眼鏡をかけた子の3人の前で、オープンキャンパスで説明しようとしている音ノ木坂の歴史についてまとめたレポートを読んでいる。

 

「このように音ノ木坂学院の歴史は古く、この地域の発展に関わってきました。さらに当時の学院は音楽学校としての側面も持ち……」

 

「わぁっ!体重増えたっ!!」

 

私の目の前でイスに座り、船を漕いでいた雪穂ちゃんが目を覚めたと同時に叫びその叫びを聞いた私はレポートを読み上げることをやめた。

 

「あ……、ごめんなさい」

 

雪穂ちゃんは申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「ごめんね?退屈だったかしら……?」

 

「いえ!とても面白かったです!」

 

雪穂ちゃんは慌てて立ち上がり、感想を述べてくれたが雪穂ちゃんの隣に座っていた亜里沙が静かに立ち上がった。

 

「私は面白くなかった……」

 

「……亜里沙?」

 

「お姉ちゃんは何でこんな話をしてるの?」

 

亜里沙の言葉が突き刺さる。

 

何でこんな話をしてるのかって…?

 

そんなの決まってるじゃない。

 

「……学校を廃校にしたくないからよ」

 

「亜里沙も音ノ木坂が無くなって欲しくないけど…、」

 

亜里沙が少し間をあけて言った。

 

「これが…、これがお姉ちゃんのやりたいこと?」

 

『今、あなたは自分の心に正直ですか?』

 

私の中で亜里沙の言葉と松宮くんが前に言っていたことが重なった。

 

私の…、やりたいことって…一体…?

 

 



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第18話 μ'sの本質と衝突する本音

前話に続き、絵里ちゃん視点からです。

では、どうぞ~


「ぅん……」

 

私はカーテンから漏れる朝日の眩しさで目が覚めた。

 

結局昨夜亜里沙と松宮くんの言葉が頭の中でグルグル回ってほとんど眠ることができなかった。

 

私がやりたいこと…、それは音ノ木坂学院の廃校を守ること。

 

なのに何故亜里沙や松宮くんの言葉が重くのしかかるのかを考えているうちに、だんだん訳が分からなくなった。

 

一体私は…、

 

「どうしたらいいのよ…?」

 

その問いに答えてくれる人はいなく、呟きは空気となりかき消された。

 

 

 

 

 

 

生徒会の雑務のために朝早く学校に登校し、少し遅れて希も生徒会室に入ってきて希と雑務をこなす。

 

すると生徒会室のドアからノックする音が聞こえてきた。

 

「どうぞ。」

 

私の返事を聞いた来客者がドアを開けた。

 

来客者は2年生の高坂さんに園田さん、南さんの3人だった。

 

「……何か用かしら?」

 

「えりち…。」

 

まさか朝からアイドル研究部のメンバーの顔を見るとは思わなかった。

 

希も少し心配そうに私を呼ぶ。

 

「生徒会長!お願いがあります。私たちにダンスを教えてください!」

 

「私に……、ダンスを?」

 

「はい!お願いします!」

 

3人を代表して高坂さんが用件を切り出し、頭を下げた。

 

どこで私がバレエをやっていたことを知ったのか…。

 

大方希が誰かに教えたに違いない。

 

私は断ろうと思い、口を開こうとしたときこの場にはいないがファーストライブで激昂した松宮くんのことを思い出した。

 

『テメェ生徒会長だろ!?だったら何で生徒の活動を応援してやらねぇんだよッ!!理解してやらねぇんだよッ!!!そんな奴に穂乃果たちの行動を『思い付きの行動』とかいけしゃあしゃあと言う資格なんてどこにもねぇんだよッッ!!!』

 

私はもう一度考え直し、高坂さんたちへ私の回答を出した。

 

「……分かりました。あなたたちの活動には理解できませんが人気があるのは間違いないようですし、引き受けましょう。」

 

「本当ですか!?」

 

高坂さんや南さんは私からダンスを教わることに対して、喜びの表情を浮かべる。

 

「ただし、引き受けるからには私が許せる水準まで頑張って貰うわよ?」

 

「はい!!!」

 

元気よく返事をして、高坂さんたちは生徒会室から出ていった。

 

「いいの?引き受けちゃって。」

 

「いいのよ。」

 

希が心底意外そうにしていたが、私はこれでいいと思った。

 

もしかしたら、何か分かるかもしれないから。

 

あの子たちを突き動かす何かを……。

 

 

 

 

 

 

 

「にゃっ!?うわわわわっ!?」

 

「凛ちゃん!?大丈夫!?」

 

「痛いにゃ~…。」

 

ダンスを教えている上に当たって、どのくらい踊れるのか見る必要があったので踊ってもらっている途中で1年生の星空さんって言ったかしら…、オレンジ色のショートカットの子が転んでしまっていた。

 

何よこれ…、全く基礎ができてないじゃない。

 

基礎ができてない状態でよくここまでこれたものだわ…。

 

「全然ダメじゃない……!よくここまで来れたわね!!」

 

「昨日はできてたのにー!」

 

昨日はできたのに今日はできない。

 

そんなものは勝負の世界では通用しない。

 

「基礎ができてないからムラが出るのよ。足を開いてみて?」

 

「こう?」

 

星空さんが座って開脚の姿勢をとったのを確認した私は、星空さんの背中を押した。

 

「うぎっ!?痛いにゃー!!!」

 

星空さんは恐ろしいくらい身体が固かった。

 

「これで?少なくともお腹が床につくくらいじゃないと話にならないわよ。」

 

「えぇー!?」

 

「ダンスは一旦中断。みんなの柔軟性を見せて!!」

 

それぞれがダンスを中断し、屋上の床に座って柔軟体操を始めた。

 

みんな比較的に身体が固い。

 

合格ラインを上回っているのは…、

 

「ほっ。」

 

「ことりちゃんすごーい!!」

 

「えへへ…。家で毎日お風呂上がりにやってるんだ~。」

 

照れくさそうに笑っている南さんくらいだ。

 

高坂さんは南さんを見て、感心していたがそんな場合ではない。

 

「感心してる場合じゃないわよ。高坂さんはできるの?ダンスで人を惹き付けたいのでしょう?」

 

人によっては意地悪を言ってるように聞こえるかもしれない。

 

でも、学校を救うということを知るためにはこのくらいでないと伝わらない。

 

「残り10分!!」

 

筋力トレーニングを挟み、片足平行立ちをやらせる。

 

最初こそよかったものの今はみんなが苦しそうな表情を浮かべていて

、みんなの足が笑っている。

 

「あっ!?」

 

すると1年生の一人がバランスを崩し、倒れた。

 

……もうこれで分かったはずよ。

 

「……今日はここまでよ。」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

あなたたちでは人を惹き付けることはできない。

 

音ノ木坂は救えない。

 

西木野総合病院の娘さんやアイドル研究部の部長が抗議してくるが、私は2人の言い分を聞かず屋上を後にしようとした。

 

結局何だったのか分からなかったわね…。

 

「待ってください!!」

 

ドアに手をかけたところで高坂さんが私を呼び止める。

 

恨み言を言われるのかと思い、後ろを振り返るとアイドル研究部のメンバーは1列に並んでいて…、

 

「ありがとうございました!!明日もよろしくお願いします!!」

 

「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」

 

私に向かって一礼をした。

 

だが、私にはメンバーの人に何の言葉も言えなかった。

 

 

 

 

 

学校からの帰り道、私は悩んでいた。

 

まさかお礼を言われるなんて思ってもいなかった。

 

正直言うと自分たちの実力を分からせ、私自身も理解した上でスクールアイドルの活動をやめさせようとしたのだ。

 

けれど、お礼を言われたことで余計どうしたらいいのか分からなくなった。

 

家に帰ると、亜里沙がイヤホンを耳に挿して鼻唄を歌っていた。

 

「あ!お姉ちゃんおかえり!」

 

「ただいま。亜里沙、イヤホンの片方を貸して。」

 

私は亜里沙からイヤホンを借りて、耳に挿した。

 

確かこの曲は『これからのSomeday』だったかしら…?

 

音楽を聞いていると、亜里沙が口を開いた。

 

「私ね、μ'sのライブを見てると心がカーッて熱くなるの!一生懸命で、目一杯楽しそうで!!」

 

「そう?全然なってないわ。」

 

私は亜里沙の言葉を即座に否定する。

 

「お姉ちゃんに比べるとそうだけど…、でも!すごく元気がもらえるんだ!!」

 

亜里沙は笑顔でそう言った。

 

でも、私の目から見た映像だとまだまだだと思った。

 

 

 

 

 

 

数日後の朝、私は屋上のドアの前で立ち止まっていた。

 

何故だか分からないが、日が経つにつれてこのドアを開けるのに躊躇いを感じてしまう。

 

「にゃん?かいちょーさん?」

 

後ろから星空さんがやって来た。

 

「何しているんですかにゃ?早く行っくにゃー!!」

 

星空さんが有無を言わさずに私の背中を押した。

 

「にゃんにゃにゃんにゃにゃーん♪」

 

「え!?ちょっと!!」

 

押し込まれるように入った屋上では、メンバーが歓談しながらウォーミングアップをしていた。

 

「あ!生徒会長!おはようございます!」

 

「まずは柔軟体操からですよね?」

 

高坂さんが私に挨拶をし、南さんが練習内容の確認を取ろうと私に聞いてきた。

 

「…、辛くないの?」

 

「えっ?」

 

私が溢した呟きに高坂さんは反応した。

 

「毎日昨日みたいな練習になるかもしれないのに、上手くなるなんて保証はどこにもないのに…。どうしてあなたたちはここまで辛くて地味な練習を頑張れるの?」

 

「やりたいからです!!」

 

高坂さんは間髪を入れず、答えた。

 

答えた彼女の目は一点の曇りもなく、澄んでいた。

 

「確かに練習はキツいですし、身体中痛いです!!生徒会長が言う通り上手くなる保証なんてどこにもないかもしれません!でも廃校を阻止したい、音ノ木坂学院を救いたいという思いは生徒会長にも負けません!!」

 

『私ね、μ'sのライブを見てると心がカーッて熱くなるの!一生懸命で、目一杯楽しそうで!!』

 

『すごく元気がもらえるんだ!!』

 

あぁ、亜里沙が言っていた意味がやっと分かった。

 

何故彼女たちがここまで人気があるのか…。

 

何故彼女たちから元気が貰えるのか……。

 

「私、急用を思い出したわ。」

 

そう言って私は静かに屋上を後にした。

 

Side out

 

 

 

~Side 東條 希~

 

 

えりちにバレないようにこっそり屋上へ行ったが、えりちの声が聞こえなかった。

 

責任感が強いえりちがコーチをサボるとは到底思えず、生徒会室へ向かった。

 

すると生徒会室の前でえりちを見つけた。

 

「ここにおったんやね…」

 

「希……」

 

うちは常々気になっていたことを聞いてみた。

 

「うちな、えりちと友達になって生徒会一緒にやって来てずっと思ってたことがあるんや。えりちはホントは何がしたいんやろって……」

 

「……!」

 

うちはえりちがほんの少しだが目を見開いたのを見逃さず、えりちに畳み掛けた。

 

「えりちが頑張るのはいつも誰かのためばっかりで…、いつも何かを我慢していてばっかりで…、全然自分の事を考えてなくて…。学校のことだってそうや。学校を存続させようとするのだって生徒会長としての義務感から来るもんなんやろ!?だから理事長だってえりちのこと認めなかったんと違う!?」

 

気づけばうちもヒートアップしていて、言葉に熱がこもっていた。

 

「えりちの…、えりちが本当にやりたいことは一体何なん!?」

 

うちがもう一度えりちに問いかけた。

 

すると今まで黙って聞いてくれたえりちが口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「何よ……!どうにかしないといけないんだからしょうがないじゃない!!!!」

 

 

 

 

 

今までで聞いたこともなかったような声だった。

 

怒り、戸惑い、そして何かを圧し殺そうとしている声。

 

「私だって、好きなことだけをやってそれだけで何とかなるならそうしたいわよ!!!!」

 

そう叫んだえりちの目なら涙が溢れ落ちた。

 

「自分が不器用だっていうのは分かってる!でも…!今さらアイドルを始めたいなんて言えると思う……?」

 

するとえりちは私に背を向けて、走り出してしまった。

 

「えりちっ!!!」

 

うちの制止の声を振り払うように、走って、走って…。

 

うちは追いかけようとしたが、それは叶わなかった。

 

今うちがえりちに追い掛ける資格なんてあるのだろうか…?

 

もしあったところで何て声をかけてやればいいのだろうか…?

 

さっきえりちが叫んでいたこと。

 

あれが彼女の本心なのには違いがない。

 

でも、どうしたらいいのだろう…。

 

……『何か困ったことがあればそこに連絡下さい』

 

そうや……!彼なら、彼ならこの状況を打破してくれるかもしれない……!!

 

うちは生徒会室に入り、スマートフォンの電源を入れる。

 

そして登録されている電話帳の中から彼の名前を見つけ、祈るように電話を掛ける。

 

ワンコール、ツーコール。

 

僅かな時間なのに酷く長く感じる…。

 

聞き慣れた呼び出し音が一向に鳴り止まず、諦めかけたとき電話が繋がった。

 

『はい、もしもし?』

 

Side out

 

 

 



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第19話 アイスブルーの少女の行く末

「あかん!!遅刻するー!!!」

 

最近穂乃果たちは神田明神での朝練ではなく、学校の屋上でのダンス練習をやっているため、いつもより比較的ゆっくりできる。

 

でも、ゆっくりしすぎて遅刻しそうになっていて現在オレは愛車であるロードバイクを全力で漕いでいた。

 

時々ロードで車道を走ってる乗用車を越していくので運転手さんはビックリした表情をしたりしているが、そんなのにかまけてる余裕なんて無い。

 

そうして何とか学校に辿り着き、ロードバイクを駐輪場に置こうとした所でスマートフォンが鳴った。

 

ディスプレイに表示されていたのは見覚えのない番号だった。

 

最初は何かの間違い電話かと思ったが、一向に切れ無かったので警戒心を高めて電話に応対する。

 

「はい、もしもし?」

 

『もしもし?壮大くん?うちや、東條 希や』

 

何と電話の主は東條さんだった。

 

「東條さん?何かあったんですか?」

 

『落ち着いて聞いてな?えりちが学校から脱走したんや』

 

「へ?」

 

今オレの顔を鏡で見たら、鳩が豆鉄砲喰らった顔になっているはずだ。

 

絢瀬さんが学校から脱走した?

 

何で?忘れ物を取りにとかじゃなくて?

 

「あのー…、話が全っ然掴めないんですけど…」

 

オレがそう言うと東條さんは事のあらましを教えてくれた。

 

絢瀬さんが臨時でμ'sのダンスコーチになったこと。

 

諦めさせようとしていた絢瀬さんだったが、メンバーが絢瀬さんの練習メニューに着いていったこと。

 

そして始業前、絢瀬さんと東條さんは口論になってしまったこと。

 

それが原因で絢瀬さんは、走って何処かへ行ってしまったこと。

 

オレは、その間黙って聞いていた。

 

何かチャイムが鳴ったような気がしたけど、今は話を中断するべきではないと悟ったオレはずっと東條さんの話を聞き続けた。

 

『……と、いう訳なんや』

 

「……東條さん?」

 

『ん?』

 

「オレもまどろっこしい話は好きじゃないんで、単刀直入にお聞きします。()()()()()()()()()()()()()()?」

 

『っ!!』

 

電話越しに息を飲む音が聞こえてきた。

 

東條さんには悪いが、我ながら意地の悪い質問だと思う。

 

μ'sのお手伝い役だの何だのと言っているが、それはあくまでオレが時間が取れる時の話だ。

 

オレだって学校に通って、部活もやる。

 

やることをやった上で手伝いも行ってる。

 

つまり、自分優先になったらμ'sの事だって平気で後回しにだってする。

 

それがたとえどんな状況であっても、だ。

 

さぁ、東條さん……。

 

「もう一度聞きます。あなたはオレにどうして欲しいんですか?」

 

『えりちを、うちの一番の親友を()()()()()()。』

 

東條さんは躊躇いもなく助けて欲しいと言い切った。

 

「分かりました」

 

『え?』

 

「東條さんのお願いとなら、聞かないわけにはいきませんね。というわけで今から絢瀬さんを助けに行ってきます」

 

そう言ってオレはまた、ロードバイクにまたがった。

 

『ちょっ、今から!?学校はどうするん!?』

 

電話からは慌てふためく東條さんの声が聞こえる。

 

「学校ですか?大会や代表合宿とかで常に誰かいませんから大丈夫ですよ。それに……、」

 

『それに?』

 

つい最近テレビのCMでやってたけど、これって今言うべきタイミングじゃないかなーって思ったから東條さんに言い放った。

 

えっと確か…、

 

 

 

「誰かを助けるのに、理由がいるかい?」

 

 

 

だったかな?

 

するとそれを聞いた東條さんが笑っていた。

 

『あっはっはっは!!!なんや、松宮くんって面白いなー!』

 

「なぁっ!?だからって笑うことないじゃないですか!!」

 

『だって……!いつものキミらしくないんやもん!』

 

むー…。言わなきゃよかった。

 

だんだんこっ恥ずかしくなってきたので叫ぶ。

 

「あー!!もう!」

 

このままだと一向に話が進まないからオレは強引に話を戻した。

 

「東條さん」

 

『うん?』

 

オレは真面目なトーンで東條さんを呼ぶと、その声に反応した東條さんは返事を返してきた。

 

「あとは、任せてください。必ず絢瀬さんを救ってきます」

 

『……うん。えりちを、よろしくね』

 

オレはスマートフォンの電源を切って、ロードバイクのペダルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

~Side 絢瀬 絵里~

 

「はぁっ……!はぁっ……!!」

 

音ノ木坂から随分遠いところまで走ってきてしまった。

 

今から帰ろうにもすでに授業が始まっている頃だろう。

 

私はすぐ近くの公園に入り、ベンチに腰掛けた。

 

公園の遊具は随分と塗装が剥げたり、錆び付いていたりしている。

 

幼かった頃は遊んで笑って、ケンカして泣いて、仲直りしてまた笑って…。

 

そんな単純な毎日だった筈なのに、何もかもが楽しくてしょうがなかった。

 

だけど…。

 

何時からだろう…、誰かのために頑張らなきゃと思うようになったのは…。

 

何時からだろう…、単純だけど楽しかった毎日が代わり映えのしない日常に感じてしまうようになったのは…。

 

何時からだろう…、責任感に押し潰されそうになり、やりたいことをやりたいと言えなくなってしまったのは…。

 

「はぁ……」

 

思わず溜め息をついてしまった。

 

「私、どうしたらいいのかしら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたが抱えるその思いを、そっくりそのまま言葉に乗せればいいんじゃないですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

一人言のつもりで言ったのに聞いている人がいるなんて思っても見なかったから、つい声が聞こえた方向を振り向いた。

 

「おはようございます、絢瀬さん。調子はどうですか?」

 

「松宮くん……!?どうしてここに!?それにあなた、学校はどうしたのよ…!!」

 

立華高校の制服姿で、汗だくになったのか上着のボタンを全開にして自転車を押してくる松宮くんの姿があった。

 

「それ、今のあなたが聞きますか?」

 

と、呆れるように答えた。

 

そう言えば私も松宮くんと同じ状況で、人のことを言えるような立場ではなかった。

 

「どうしてここに?と聞かれましたが、東條さんが『うちの一番の親友を助けて欲しい』と一報を頂きましてここに来ました。いやー、探すのに苦労しましたよ」

 

と言いながら私から少し距離を置いて座り、勢いよくボトルの中身を飲み始めた。

 

もう、希ったら…。

 

でも、少し引っ掛かるところもある。

 

「どうしてここだと分かったのかしら……?それに学校はどうしたのよ?」

 

すると、松宮くんは持っていたボトルを口から離した。

 

「直感……、ですかね?」

 

「直感?」

 

予想もしなかった答えにオウム返ししてしまった。

 

「制服を着ている状態だと、人目につくところにはまず行かないだろうと思いましたのでゲームセンターやファーストフード店から除外されます。そこで人目に憚らず落ち着ける場所となると人がいない公園、さらに学校の近くだと見つかるかもしれないという理由で除外。以上の要素を元に音ノ木坂学院から離れていて人気が少ない公園を順に回ったという訳です。あと学校には『登校途中でパンクして修理に出しているので遅れます』って言っておいてます」

 

全く、呆れた…。

 

そんな方法で、しかも私を探すために分かりやすい嘘をつくなんて損にも程があるじゃない…。

 

希も松宮くんもお人好しにも程がありすぎるわ。私なんて放っておいてもよかったじゃない…。

 

そんなお人好し『だからこそ』、なのかもしれないわね。

 

「……ごめんなさい」

 

そう思っていた私は、気付けば彼に謝っていた。

 

「……いきなりどうしたんですか?オレ、何か謝られるようなことしました?」

 

「一杯あるじゃない。ファーストライブの時やこの前の理事長室で見かけた時…、それに今この場面もそうじゃない。キミには迷惑かけてばっかりで……」

 

すると彼は、申し訳なさそうな顔つきになっていった。

 

「いやぁ…、ファーストライブの時はこっちも大人げなかったっす。今だって反省してるんですからね?」

 

「あら?そうなの?てっきり私の事嫌いだからあんなことを言ったのかと思ったわ」

 

「まっさか!絢瀬さん程の美人さんを毛嫌いするなんて事あり得ないですよ!むしろ結構好みですし、ストライクゾーンに余裕で入ってますよ?」

 

彼が言ったことを聞いて、私の顔はどんどん熱くなっていく。

 

まさか私みたいな人が好みだなんて…。

 

すると、自分で何を言ったのか理解した松宮くんもドンドン顔が赤くなっていった。

 

「あぁぁぁあ!!何を言ってんだオレはぁぁあ!!?」

 

頭を抱えて地団駄を踏む少し間抜けな彼を見ていて、何だか笑えてきた。

 

「フフッ…、あなたって意外と面白い人なのね?」

 

「うぅ…。オレもうお婿に行けない……」

 

赤くなって涙目になっていた彼が、いきなり真面目な顔になった。

 

「絢瀬さん。何でオレが陸上を始めたのか知りたいですか?」

 

そういえばこの人は、こう見えて東京都内ではそこそこ名の知れた短距離選手だ。

 

実際のレースは見たことはないが、新聞やインターネットの特集記事にもなるくらいの選手だということを最近知った。

 

そんな人が何故陸上を始めたのか、少し興味が出てきた。

 

「一応参考までに聞かせて貰おうかしら?」

 

「小さい頃に見た『最速』っていう単語が純粋にカッコいいと思ったからです」

 

いかにも男の子らしい理由だった。

 

でもなんでこんな話題を持ちかけてきたのかしら?

 

「よくいるじゃないですか。友達がやっていたから野球を始めたプロ野球選手や小さい頃両親に連れられて見に行ったサッカーの試合で感動して『僕もあんな選手になりたい』と思って始めたサッカー選手とか…、何か物事を始めるのってそんなシンプルな理由なんですよ?」

 

シンプルだけど、的確に私の心を優しく包み込むような言葉。

 

とても暖かくて、柔らかくて…。

 

そんな彼の言葉が真っ直ぐに届いた。

 

「私、生徒会長なのよ?学校の責任は……」

 

「理事長にあると思いますよー?生徒会長はあくまで生徒の代表です。だから絢瀬さんまで責任を感じることはないと思います」

 

「生徒会と部活動、両立できるかしら……?」

 

「出来ます、絢瀬さんなら。もし骨だけになったら拾ってあげますよ」

 

「今さらアイドルやりたい、仲間に入れてくださいってあの子たちに言ったら怒るかしら……?」

 

「もしそうなったらオレも一緒に頭下げますし、穂乃果たちはそんなことで怒るような奴らじゃないですよ?」

 

私が抱えている不安を、彼はズバズバと切り捨てていく。

 

その過程で、私が悩んでいたのはほんの些細な事なんだと実感させられた。

 

「……はぁ、何だか悩んでたのがバカらしくなってきたわ」

 

「それならよかったです」

 

「じゃあ、私は学校に戻るわ。松宮くんは?」

 

「オレも戻りますよ。関東大会も近いですし、練習しないといけませんからね」

 

彼はちょっと嫌そうにだけど、学校に戻ろうとして自転車に跨がった。

 

「松宮くん……、いや、()()くん!」

 

公園から立ち去る際、彼を名前で呼んだ。

 

私に背を向けていた彼は、上半身だけを捻って私の方向を向いていた。

 

 

 

 

 

「ありがとう!」

 

 

「いい報告、期待してますよ!()()さん!!」

 

 

 

彼は拳を私の方に向けて、満面の笑みで笑っていた。

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

 

オレは絵里さんが見えなくなったのを確認してから、電話をかけた。

 

『はーい、もしもーし?』

 

「東條さん?オレです、松宮です」

 

電話の相手は東條さんだ。

 

『どう?上手くいった?』

 

「えぇ、ミッションコンプリートってやつです。たった今絵里さんが音ノ木坂に向かいました。というか東條さん、今授業中じゃ……?」

 

『ええやん、別に。こんな晴れた日に教室に閉じ籠って勉強なんてやってられないやん?』

 

どうやら音ノ木坂学院の生徒会ツートップ揃って授業をサボったようだ。

 

何もあなたまでサボる必要ないじゃないですか……。

 

「それで、どうするんです?いっそ『名付け親』の東條さんもメンバーに入ります?」

 

『……いつから知ってたん?』

 

「最初からですよ。穂乃果たちの回りで一番神話に詳しそうなのはあなたしかいないですから」

 

なんたってスピリチュアルな人だし…、それとは関係ないか。

 

『ほんならえりちが帰ってきたら、うちも穂乃果ちゃんたちに頼んでみようかな?』

 

「それがいいと思います。穂乃果たちならきっと歓迎すると思いますよ?」

 

『それと、今えりちの事名前で呼ばんかった?』

 

「いいじゃないですか。なんなら東條さんも名前でお呼びしましょうか?の・ぞ・み・さ・ん?」

 

『なーっ!!』

 

どうやら希さんはからかうのはいいけど、からかわれるのは慣れていないようだ。

 

「希さーん、オレもう学校に戻りますねー。絵里さんの事はよろしくお願いしまーす」

 

『ちょい待ち!話はまだ……!!』

 

オレは通話を終了させ、余計な追撃がやって来る前にスマートフォンの電源を切った。

 

そしてロードバイクのペダルを再び踏み込み、学校へと戻っていった。

 

その途中で、何気無く空を見上げた。

 

それはμ'sの新たな出発をささやかに祝福するように、どこまでもどこまでも蒼く澄み渡っていた。

 

 




これにて第2章『集まり出す女神たち』の本編は終わりです。

次回は第2章の後日談をお届けします!





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第20話 月夜の邂逅

『4×100Mリレー決勝 第1レーン…、』

 

関東大会もリレー競技を残すのみとなった。

 

個人種目にエントリーをしていたオレはというと、100Mと200Mもホントにギリギリで勝ち抜き念願のインターハイ出場を決めた。

 

そして…、

 

『第7レーン 立華高校 東京』

 

オレが出場する最後の種目、リレー競技だ。

 

ちなみにオレは第2走だ。

 

これで6位以内に入れば……!!

 

『On your marks……』

 

スターターのアナウンスと共に第1走を務める選手は、トラックに一礼をしてからスターティングブロックに足を乗せる。

 

『Set……』

 

スタジアム内は張り詰めた空気に包まれる。

 

そしてスターティングピストルが鳴り、スタジアム内の空気は応援の歓声で沈黙を切り裂いた。

 

少しスタートが遅れた第1走のランナーはみるみるうちにオレに近づいてくる。

 

「行けぇ!松宮ぁ!!!」

 

そして、バトンを貰ったオレは第1走者のゲキを背にトラックのタータンを力強く蹴った。

 

 

 

 

 

 

家に帰ってきたら星や月が静かに照らし出される夜だった。

 

年齢によっては、眠ってしまう人もいるような時間帯だ。

 

大会が終わったという安心感と、張り詰めた緊張の糸が緩んだことによる疲労を引きづりながら家についた。

 

「ただい…ん?」

 

家の玄関を開け、リビングを通ると小さい光と共にテーブルに突っ伏している人を見つけた。

 

こんな時間に無人のオレの家に入り込んでるのは誰だろう…。

 

オレはテーブルに近づくと…、

 

 

 

 

「くー……、すー…、んん…そー、ちゃん……」

 

 

 

 

テーブルに突っ伏している正体は、穂乃果だった。

 

気持ちよく眠っているのか、オレが帰ってきたのに気がついていない。

 

それにテーブルには穂乃果の口から垂れているヨダレで濡れていた。

 

普段なら手荒く起こすのだが、今日は音ノ木坂学院のオープンキャンパスでμ'sのライブパフォーマンスをやったのだそうだ。

 

だからオレは自分の荷物を部屋に置いたついでに、タオルケットを持って下へ降りて穂乃果の背中に掛けてあげた。

 

さて、穂乃果が起きるまでの間にシャワーでも浴びてくるか…。

 

 

 

 

 

 

 

「そーちゃん、おかえり」

 

シャワーから上がるといつものぺかーっとした笑顔とは違い、優しい笑顔の穂乃果がいた。

 

「わりぃ、起こしちまったか?」

 

「ううん、今起きたばっかりだから大丈夫だよ」

 

「何か飲むか?」

 

「じゃあ…、牛乳もらおっかな」

 

「おう」

 

オレはマグカップに牛乳を、ガラスのコップにアップルジュースを注いでから冷蔵庫からプリンを取り出す。

 

「ほらよ」

 

「ありがと」

 

穂乃果は牛乳をコクコクと飲んでからマグカップを置いた。

 

「そーちゃん、頑張ったね。おめでとう」

 

きっと関東大会のことを言っているのだろう。

 

リレーも6位に入り、今年のインターハイは100Mと200Mに加え、リレーの3種目に出れることになった。

 

「ありがとう…。何か誉められると照れるな」

 

「真姫ちゃんや凛ちゃんなんてスマートフォン片手に速報を見てはソワソワしたりしてたんだよ?」

 

「マジか……」

 

想像して見ると面白い画だけど、そんなに心配されるなんて思わなかったわ……。

 

って、オレの話は別に面白い物でもないので話題を穂乃果たちの事に移す。

 

「そういう穂乃果こそオープンキャンパスどうだったんだ?ライブパフォーマンスもやったんだろ?」

 

「うんっ!すっっっっごく楽しかった!」

 

穂乃果は嬉しそうに、楽しそうにライブパフォーマンスの時の話をしてくれた。

 

絵里さんと公園で話したあと、すぐにμ'sのメンバーに向かって自分の非を認めてから頭を下げて自分も仲間に入れて欲しいと懇願したのだそうだ。

 

それと同時にμ'sの名付け親である希さんも絵里さんと同じタイミングで、穂乃果たちに仲間に入れて欲しいとお願いしたのだそうだ。

 

それを聞いた穂乃果は二つ返事で了承し、μ'sはとうとう9人の女神たちによって完成されたのだそうだ。

 

余談なのだが、その日を境に絵里さんは人が変わったかのように笑顔が増えて、本当に楽しそうにしているのだとか。

 

「これもそーちゃんのおかげだね」

 

「オレのおかげ?」

 

なんでだ?

 

オレ何にもしてないような気がするんだが…。

 

「そうだよ。穂乃果が『スクールアイドルになる』って言ったとき、そーちゃんは一度渋ったけど嫌な顔しないで手伝ってくれるって言ってくれてホントに嬉しかったんだよ?その後もいろんな場面で穂乃果たちを助けてくれて…、ことりちゃんも海未ちゃんも感謝してたんだよ?」

 

「やめてくれよ…、別にオレはそんなつもりで手伝い役に名乗りを上げた訳じゃないんだぞ?」

 

「それでもだよ。メンバー代表してお礼言わせてよ…。そーちゃんありがとう」

 

ったく…。

 

ここまで素直にお礼言われると何も言い返せねぇじゃねぇか…。

 

「学校…、存続されるといいな」

 

「うんっ!きっと大丈夫だよ!」

 

何を根拠に大丈夫って言ってるのか分からないけど、何でか分からないけど穂乃果がそう言うなら、きっと大丈夫な気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

オレらはその後も他愛の無い雑談をしていると、向かいに住んでいるとはいえ穂乃果を送り届けなければいけない時間になっていた。

 

「穂乃果、夏穂さんが心配するから家に帰りな?」

 

「えー?もっとそーちゃんとお喋りしてたいよー」

 

むーっと睨み返してくるが、娘が家に帰ってこないというのはよろしくないだろう。

 

「わがまま言うんじゃありません。ライブパフォーマンスやって疲れてるんだから早く寝て少しでも疲れを癒しなさい」

 

「分かったよぉ……」

 

ようやく理解してくれたのか穂乃果はサンダルを履いて、家を後にしようとした。

 

「あ!そーちゃん、あっち向いて!!」

 

「え?」

 

「いいから!いいから!!」

 

あまりにもあっちを向けと言われるので、オレは穂乃果に従って指差された方向を見た。

 

何だよ……、何もねぇじゃねぇか。

 

「おい、ほの……」

 

ーーーチュッ……。

 

「……か?」

 

穂乃果がいる方向に向き直ったことによってオレの唇は、穂乃果の唇と重なってしまった。

 

「えへへ……、そーちゃんに穂乃果のファーストキスあげちゃった♪じゃあそーちゃん!まったねー!」

 

頬を赤くした穂乃果は、すたこらさっさと自分の家に戻っていった。

 

まだ唇に残ってる穂乃果とのキスの感触を感じつつ、オレは自分の指を唇に持っていく。

 

キスされた…?

 

オレが、穂乃果に……?

 

突然の行動にオレはただただ呆然とするしかなかった。

 

 

 

 



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INTERLUDE1 激闘前の僅かな息抜き
第21話 ことりの葛藤


穂乃果にキスされた夜から数日後。

 

あの時の感触や穂乃果の笑顔が瞼にこびりついていまだに悶々としていたオレは、気分転換のために秋葉原の街並みを歩いていた。

 

適当にブラついていると、唐突に思い出したことがあった。

 

それは友達から聞いた話なのだが、秋葉原のとあるメイド喫茶『ミナリンスキー』と呼ばれる伝説のメイドがいるのだそうだ。

 

音ノ木坂のアイドル研究部の部室にも複製品とは言え、サイン色紙が飾ってあっただけに今や秋葉原の名物メイドと言っても過言ではないみたいだ。

 

そして、この話とは関係ないが少し気になる事もある。

 

海未の話によると、最近ことりが部活に顔を出していないらしい。

 

何故顔を出さないのかと聞いても、『用事がある』の一点張りで話したがらないらしい。

 

用事があるとしても、穂乃果たちといつも一緒にいることりにしては少し妙だ。

 

まさか……!ことり……!!

 

『ことりね、あなたのことが大好きなの!』

 

『え?知ってるって?……もうっ!』

 

『そんなあなたに…、ことりの全てを貰って欲しいの……』

 

『あっ……!やぁっ……!!ことり……の!中に……あなたのがっ…ああっ!好きぃっ!大好きっ!!やっ……!やぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』

 

「そんな訳ねぇッッッ!!!!」

 

思わず叫んでしまい、道行く人にガン見された。

 

オレの(知ってる)天使(ことり)が何処ぞの男とデートするわけがない。

 

もしことりが何処ぞの知らない男と歩いていたら、きっとその男をブッ飛ばす自信がある。

 

なんてったってことりはみんなの天使だからな。

 

「およ?」

 

歩いていると、歩道を挟んでメイド喫茶『Love Sweet』の前に通りかかった。

 

いや、ただ通りかかるなら特に気にもしないのだがこの日だけは違った。

 

何故ならグレーの独特な髪型をしたことりがビラを配っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ことり、今時間大丈夫か?もし大丈夫なら電話ください』っと……」

 

オレは夜、ことりにメッセージを飛ばす。

 

見間違いじゃなければ、『Love sweet』の前でビラを配っていたのはことりだ。

 

すると、ことりからメッセージが届いた。

 

『いいよーっ!今かけるからねっ♪』

 

可愛らしいスタンプと同時にメッセージが届き、息つく間もなくことりから電話がかかってきた。

 

「もしもし、ことり?何してたんだ?」

 

『お風呂上がりの柔軟体操だよ~。そーくんが電話してくれなんて言うのも珍しいね~』

 

いや、オレは今日もっと珍しいもの見れたんだが…。

 

「あのさ、ことり?」

 

『なぁに~?』

 

「お前、『Love sweet』の前で何してたんだ?」

 

『………………。』

 

オレはことりに疑問をぶつけたが、返事がない。

 

僅かに聞こえてくるのは、比奈さんが食器を洗っている音くらいだ。

 

「……ことり?」

 

『あ、あはは……。そーくんったら何言ってるの?ことりがそんなお店の前にいるわけないじゃん』

 

「いや、だってよ……」

 

『きっとそーくんは大会続きで疲れてるんだよ』

 

ほぅ……?

 

意地でもシラを切るつもりか……?

 

なら、こちらサイドにも秘策があることを思い知らせてやろう。

 

「ことり?今正直に話してくれればオレが生地から本気で作ることりの大好きなチーズケーキを振る舞おう。だが、もしこれ以上シラを切ると言うのなら……」

 

『言うのなら?』

 

「比奈さんに頼んでことりの嫌いなにんにく料理のフルコースを一人で完食してもらう」

 

『ふぇぇぇぇん!そーくんの鬼!人でなし!』

 

にんにく料理のフルコースを想像したことりが、それは嫌だと言わんばかりに抗議する。

 

これこそ我が秘策、松宮流Dead or Arive。

 

対象となる人物に一番好きな物と嫌いな物をそれぞれ条件付きで提示し、選ばせる。

 

つまり、ことりに対してはチーズケーキとにんにくを同時に提示させる。

 

『変態!痴漢!元気ッ娘萌え!』

 

ハッハッハ!効かんなぁ!!

 

何だかことりが思い付く限りの罵り言葉を使ってオレを罵っているが、生憎オレには罵られて興奮するような趣味はない。

 

「さぁ、どっちを選ぶ?」

 

『はいぃ…、話しますぅ……』

 

これ以上罵っても無駄と悟ったことりは、罵るのを止めて素直に白状することを決意したようだ。

 

「じゃあ、今日何をしていたのか話してくれるかな?」

 

オレは電話越しのことりに向かってにっこりと微笑んだ。

 

今鏡を見たらオレの笑顔はマジキチスマイルになっているんだろうなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことりが何故メイド喫茶で働いていたのかを教えてくれ、オレも黙ってことりの話に耳を傾けた。

 

どうやらファーストライブの後からメイド喫茶を始めたらしく、その動機は簡潔にすると『穂乃果ちゃんや海未ちゃんと違って、ことりには何もないから』と言うことだった。

 

「何もない……ねぇ」

 

『うん……。ことりは穂乃果ちゃんみたいにみんなを引っ張っていく力も無ければ海未ちゃんみたいな芯の強さも持ってない……』

 

「だからバイトを通じて何かを見つけられると思った。……と言うことでいいのか?」

 

『うん。ことりはそんな2人の後ろをついていってるだけだから……』

 

確かにことりの言う通り、穂乃果みたいなカリスマ性もなければ海未みたいな厳格な姿勢もない。

 

だからといってことりに何もないと言うわけがない。

 

だからオレは…、

 

「ことり?」

 

『なに?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、何か勘違いしてねぇか?」

 

 

 

 

 

 

 

ことりの意見をバッサリと切り捨てた。

 

『どういうこと?』

 

「何もない訳ねぇじゃねぇか。ことりには穂乃果にも海未にも無い物を持ってる」

 

『ことりにしか無い物……?』

 

「『人の心を癒す笑顔と優しさ』だ」

 

 

 

 

 

 

~Side 南 ことり~

 

 

『人の心を癒す笑顔と優しさ』?

 

ことりはそーくんの言ったことに首を傾げました。

 

『これはあくまでオレの考えなんだが、人の笑顔ってただ笑ってりゃいいってもんじゃないって思うんだ。表面上は笑っていても心の中で意地の悪い考えを持っていれば、その笑顔が少し怖いものに返信してしまうんだ』

 

きっとそーくんがさっきみたいにことりに対して2択を迫った時みたいな状態のことをいっているんだと思います。

 

『だけど、普段からおっとりとしていて優しいことりの笑顔は人を癒すだけじゃなく活力も沸いてくるんだ。もう一頑張り行ってみようか!ってね』

 

そうだったんだ…。

 

ただ笑っているだけだったので、全く知りませんでした。

 

『その笑顔があったから秋葉原の伝説のメイドって呼ばれるようになったんじゃないかな?だからことり自身が自分は無いもないって卑下しちゃダメだ。それにことりはさっき穂乃果と海未の後ろをついていっているだけと言ったが、オレからしてみれば2人の後ろを歩んでいるどころかしっかり2人の横に並んで歩いていってるよ』

 

静かに、だけど力強いそーくんの言葉はことりの心に染み渡るような何かがありました。

 

それと同時に何だか勇気が沸いてくるような気もしました。

 

「ありがとう、そーくん。力が沸いてきたよ」

 

『そう?』

 

「うん!」

 

やっぱりそーくんは優しい。

 

本気で怒らせるとすごく怖いし普段はすこーしだけ意地悪でたまに変なことを口走っちゃうところもあるけど、でもいざというときはとても頼りになって誰よりもことりたちのことを考えてくれて…。

 

だから穂乃果ちゃんや海未ちゃんもそーくんのことを信頼するんじゃないかな?

 

「そーくんがことりを見て『頑張ろうっ!』って言う気持ちになることも知れたし♪」

 

『なぁっ!ちょっ!?あ、あれは……!そう!!言葉のあやってやつだ!!』

 

電話だから顔は見られないけど、きっとそーくんは今顔を真っ赤にしてわたわたしているんだろうなぁ…。

 

ふふっ♪かーわいっ!

 

「そーくん♪」

 

『なんだ?まだオレがにんにく料理を食べさせようとしたの怒ってるのか……?』

 

「ありがとっ♪じゃあ、またね!」

 

そーくんの返事を聞くことなく、電話を切りました。

 

そーくん、……大好き。

 

ことりの中に秘めたそーくんの想いを口にすることなく、明日に備えて眠ることにしました。

 

今日もいい夢、見れたらいいなぁ…。

 

 

Side out

 

 

 

 

ことりと真面目な話をした次の日、結局ことりは穂乃果たちにメイド喫茶でアルバイトをしていることがバレたらしい。

 

それを踏まえた上で、絵里さんは何を思ったのか秋葉原でゲリラライブをすることを決意したらしい。

 

さらに、今回の作詞は海未ではなく秋葉原の事情をよく知っていることりが担当することになったのだが……。

 

「うわぁぁぁん!何も思い付かないよぉ~……」

 

だからといって、何もオレん家でしかも休日を使ってやることはないんじゃないか?

 

しかも作詞ノートには、チョコレートパフェとか生地がパリパリのクレープとか何やら不思議なワードが書かれていた。

 

……オレが知らない間に何があった?

 

「なぁ、ことり?」

 

「うぅ……」

 

ことりは瞳を涙で潤わせ、首だけオレがいる方向を向く。

 

え?何この可愛い生き物?

 

比奈さんに『ことりをオレのお嫁さんにさせてください!』って頼もうかな?

 

いや、比奈さんの事だから快諾するだろうな…。

 

あの人仕事だとすごいキャリアウーマンだけど、本質はことり以上の天然さんだからなぁ…。

 

「ことりちゃん!!!」

 

「ピィッ!?」

 

「うぉうっ!?ほ、穂乃果!?」

 

考え事と言う名の妄想をしていると、穂乃果がすごい勢いでオレの家のリビングに入ってきた。

 

あまりにも大きな音を立てるからことりとオレは、ビックリしてその場で身体を竦めるハメになった。

 

そんなのお構いなしの穂乃果は、作詞に苦しむことりの手を取り…、

 

「一緒に考えよう!とっておきの方法で!!」

 

共に作詞を考えることを提案してきた。

 

 

 



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第22話 Wonder Zone

穂乃果が言ったとっておきの方法。

 

それは…、

 

「お帰りなさいませっ♪ご主人様っ♪」

 

「ぅお帰りなさいませ!ご主人様!!」

 

「お…、お帰りなさいませ…。ご主人様…。」

 

実際にメイド喫茶で働きながら考えると言うことだった。

 

そしてオレはと言うと…、

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

何故か執事服を着せられ、ことりたちの威力ある『お帰りなさいませ』攻撃を崩壊しそうな本能を鋼鉄の理性で防御していた。

 

まずはことり。

 

メイド喫茶でアルバイトをしているだけあって、様になっている。

 

『メイド服』という史上最強の装備の1つを身に付けていると言うこともあって可愛さ5割増しだ。

 

続いて穂乃果。

 

何だか江戸っ子みたいな居酒屋の店員さんみたいなしゃべり方だ。

 

でも当の本人は楽しそうだから……、まぁいっか。

 

よくよく見てみるとことりのメイド服もいいけど、穂乃果が着ても似合うってのもまたなんともなぁ…。

 

そして最後は海未。

 

恥ずかしがりやな海未が、精一杯振り絞った『お帰りなさいませ』。

 

今もメイド服の裾をギュッと握り締め、恥ずかしさのなかにあるどこかそそられる危険なギャップ…。

 

さしずめ『恥ずかしがりながらも主人に遣えるメイドさん』と言ったところだろう。

 

こんな3人組は今、ありとあらゆる男性の理性を破壊させる兵器と化している。

 

あ?何でオレは平気なのかって?

 

言っただろ?鋼鉄の理性で抑え込んでるって。

 

仕事(バイト)じゃなければとっくに崩壊してるさ。

 

「やっほー!遊びに来たよー!!」

 

「わぁ……!!穂乃果先輩たち可愛い!!それに壮大さんもカッコいい……です」

 

カランカランとドアについているベルを鳴らして入ってきたのは、凛ちゃんと花陽ちゃんだ。

 

「あら?どこかで見たことがある人だと思ったら壮大じゃない」

 

「んあ?そういう真姫こそ何でここにいるんだ?」

 

「私だけじゃないわよ?」

 

どういうことだ?と聞く前にその答えとなりうる人たちが入ってきた。

 

「アキバにこんなところがあったなんてねぇ……」

 

「えりち!これ見てみて!!」

 

「へぇ、意外とキレイなお店じゃない」

 

「では早速、取材を……」

 

「や、止めてくださいっ……!」

 

凛ちゃんたち1年生組に遅れてやってきたのは、絵里さん、希さん、にこさんの3年生組だった。

 

そして入店早々にビデオカメラを取り出した希さんは海未を取材しようとしていたが、海未がそれを顔を赤くしながら断っていた。

 

「どうしてまたメンバー全員がここに?」

 

「それはね、ことりがみんなを呼んだの」

 

オレの疑問に答えてくれたのは、人数分のグラスにピッチャーに入っている氷水を入れていることりだった。

 

何で呼んだのか分からないが、ことりなりの考えがあるんだろうから追求はしないでおこう。

 

おっと。メンバーの影に隠れて見えなかったが、他のお客様もお見えになられているようだ。

 

「ことり。それオレが代わりにやるからことりは今来たお客様の接客を頼む」

 

「ありがとっ。じゃあ、行ってくるね?それと、今は『ミナリンスキー』だよっ?」

 

「あぁ、分かった」

 

オレに先輩らしく注意をしてからことり…、ミナリンスキーは入り口の方向に歩いていった。

 

「いらっしゃいませ!ご主人様っ♪」

 

一般のお客様はミナリンスキーの案内に従って、座席に案内された。

 

「こちらメニューになります。御注文がお決まりでしたら近くの店員さんをお呼びください。」

 

流石秋葉原の伝説のメイド『ミナリンスキー』と呼ばれるだけのことはあり、その持ち前の可愛らしい外見と、お客様を座席に案内してメニューを渡すという動作だけでも気品あふれる動作には見惚れるものがある。

 

家に帰ったらことりがメイド服姿でいて…、

 

『お帰りなさいませ♪お先にお風呂にいたしますか?それとも食事になさいますか?』

 

何て言われてみろよ?お前ら理性保てると思うか?

 

ちなみにオレは絶対無理だね!その場で食事(意味深)を始めてしまうかもしれねぇ自信があるッ!

 

「壮大、鼻血出てるわよ?」

 

「え?」

 

真姫に指摘されて、オレはそこで初めて鼻血を出していることに気が付いた。

 

「マジか……。やっぱり最近チョコレートと落花生食い過ぎてんのかな?」

 

「あなたチョコレートとか自分から進んで食べないでしょ?分かりやすすぎるのよ、まったく……。気持ち悪い」

 

おい。さりげなく罵倒するのをやめろ。

 

そして凛ちゃんとにこさんも何も喋らないでオレをゴミみたいな目で見るのやめろ。

 

ただでさえ女子高生の知り合いが少ないのにそんな扱いされたら欲しい玩具買って貰えないからグズり出す子どものように泣くぞ?

 

オレそんな経験ないからどう泣いていいのか分かんねぇけど。

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで仕事の内容を覚え始めた頃、厨房の数が足りなくなってきたからと言って厨房でオーダーされた品物を作っていると洗い場の方向からことりと穂乃果の話し声が聞こえてきた。

 

「ことりちゃん何だかいつもとちょっと違うね……。なんかこう、イキイキしてるっていうかキラキラしてるっていうか……。」

 

「そ……そうかな?」

 

「そうだよ!いつも以上にイキイキとしてるもん!」

 

確かに普段よりかはイキイキしててキラキラしてるように見えるわな。

 

「何かね、この服を着ていると『できる』っていうか…。この街に来ると不思議と勇気が貰えるの。もし、思いきって自分を変えたいと思ってもこの街なら何だか変われる……、受け入れてくれる。そんな気がするの!」

 

おっ……。もしかしたら今のがヒントになりうる言葉だったんじゃないか?

 

「ことりちゃん……、今のだよ!!」

 

「えぇっ!?」

 

「今ことりちゃんが言った言葉や気持ちをそのまま歌にすればいいんだよ!!この街を見て、μ'sのメンバーを見て、いろんなものを見て…。そこでことりちゃんが感じたことや思ったことをそのまま歌詞にすればいいんだよ!!」

 

流石だな、穂乃果…。

 

オレは今しがた出来上がったオムライスをお皿にのせてから、休憩するために持ち場から離れた。

 

ことり、あとはお前次第だぞ……?

 

 

 

 

 

 

秋葉原でのゲリラライブ当日、オレは遠目から離れてライブを見守っていた。

 

そしてセンターを務めることりが歌い始める。

 

作詞したことりならではの可愛らしくも元気が貰えるナンバーに仕上がった。

 

普段は海未が作詞をしているが、ことりのような可愛らしい詞も嫌いではない。

 

曲名だが、みんなで話し合っても決まらないという話を聞いて、オレは今しがた歌っている曲をこう名付けた。

 

『Wonder Zone』……、不思議な場所ってな…。

 

 

 

 

 

 

ライブが終わり、オレと穂乃果たちの4人は神田明神から沈みかけている夕日を眺めていた。

 

「よかったな、ライブ成功に終わって」

 

「そうだね~、ことりちゃんのお蔭だよ!」

 

「そ、そんなことないよ…。みんながいてくれたから、みんなで作った曲だから…」

 

「いいや、ことりのお蔭だ。ことりがありのままの気持ちを歌詞に乗せたからこそ『Wonder Zone』が出来上がったんだ。それは胸を張って誇ってもいいくらいだ」

 

そ、そうかな…。と言って照れることり。

 

「ねぇ、こうやって並んでいるとあの時のこと思い出さない?」

 

あの時のこと……?

 

ファーストライブの時か。

 

「うん」

 

「そうですね。あの時は穂乃果や私、ことりに壮大しかいませんでしたからね……」

 

海未の言葉に同意するかのように穂乃果とことりが賛同するように頷いた。

 

「私たちっていつまで一緒にいられるのかな……?」

 

「ことり……?」

 

「ことりちゃん?どうしたの急に……?」

 

ことりのいきなりの発言にオレと穂乃果は驚いた。

 

「だってあと2年も経たないうちに高校生活も終わっちゃうでしょ?」

 

「それは仕方のないことですが……」

 

ことりと海未の発言を聞いて、思うことがあるのか穂乃果はいきなりことりと海未の肩を引き寄せた。

 

「大丈夫だよ!ずーっと一緒だよ。だって私、これからもずっとずっとことりちゃんや海未ちゃん、そーちゃんと一緒にいたいって思ってるもん!大好きなんだもん!」

 

「……穂乃果ちゃん」

 

「穂乃果……」

 

「これからもずーっと一緒だよっ!!」

 

「……うんっ!」

 

「はいっ!」

 

なかなか嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか。

 

この関係がずっとずっと続いてくれたらいいな…。と思っていたオレたちだったがその考えは甘かったことを思い知ることになるとはこの時はまだ知らなかった。

 

なぜなら、この時穂乃果に呼ばれたことりの笑顔になるタイミングがほんの少しだけ遅れていたことなんてこの場にいる誰もが知らなかったからだ…。

 

 



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Original Story 激闘のインターハイ
第23話 インターハイ1日目


今回から少しだけオリジナルストーリーにお付きあい下さい。

では、どうぞ!


現在、オレは今立華高校の校門前に立っている。

 

何故かというと今日から数えて4日後にはインターハイが始まるからだ。

 

インターハイ…。正式名称は『全国高等学校総合体育大会』。

 

各地域や都道府県による熾烈な予選を勝ち抜いた猛者たちによる日本一を決める大会で、今年は奈良県での開催となっている。

 

その出発日が今日なので一番早く来てまだ来ていない部長を待っているのだが…、

 

「……なぁ?」

 

「にゃん?」

 

目の前の猫っぽい女の子に話しかける。

 

何だか突っ込んだら負けな気がするのだが、ここで突っ込まなきゃ男じゃないと思い聞いてみる。

 

「何で凛ちゃんがここにいるの?」

 

今、朝の6時半だぞ……?

 

夏休みに入ったんだからもう少し眠っていてもいいと思うんだけど…。

 

「何でってそーた先輩が今日全国大会に出発するって真姫ちゃんや穂乃果先輩が言ってたからお見送りに来たんだにゃ!(……それに今日から1週間そーた先輩に会えないからここに来たって言うのもあるんだけど恥ずかしくて言えないにゃ……)」

 

「え?何だって?」

 

「な……何でもないにゃ!」

 

後半何だか呟くように言っていたが、よく聞こえなかった。

 

凛ちゃんが赤くなってるけど、何て言ったんだ?

 

「うーっす」

 

「あ、キャプテン。おはようございます」

 

凛ちゃんと話してると短距離ブロックの部長で立華高校陸上部主将

が背中に手を突っ込みながら歩いてきた。

 

「おう、松宮。朝イチから彼女とラブってコメってんじゃねぇよ。絶賛遠距離中の俺に対しての当て付けか?」

 

「か……かのっ!!」

 

「何言ってんですかキャプテン。まだ彼女じゃないですよ。この娘は他校の後輩でインターハイ出発を見送りに来てくれたんだそうです」

 

彼女という単語に反応し、顔を真っ赤にしながらポンッ!と小気味いい音を立てて小爆発している凛ちゃんを尻目にキャプテンに説明した。

 

「そうなのか?まぁ何でもいいけど、そろそろ行くぞ」

 

時計を見てみるとそろそろ出発の時間になっていた。

 

「そーた先輩っ!」

 

キャプテンのあとに続いて部のバスに乗ろうとしたところで、凛ちゃんに呼び止められた。

 

「どうしたの?」

 

「こ、これ……。希先輩と凛で作った御守りです!」

 

顔を真っ赤にして、両手で持っていた御守りを手渡された。

 

希さんとの合作か…。

 

スピリチュアルに片足どころか全身突っ込んでるあの人ならとんでもないご利益を捩じ込んでいることだろう。

 

「ありがとう、凛ちゃん」

 

御守りを受け取った手で、凛ちゃんの頭を撫でる。

 

凛ちゃんはうにゃーって言いつつ、どこか嬉しそうな表情をしていた。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「行ってらっしゃい!そーた先輩♪」

 

オレは笑顔の凛ちゃんに見送られて、インターハイが開催される奈良へと出発した。

 

その道中、凛ちゃんとの関係に追求されたのは言うまでもないだろう…。

 

 

 

 

 

 

宿舎となるホテルについたオレたちはチェックインを済ませ、食事と軽いミーティングが終わってからテレビをつけた。

 

「あ。高校生クイズやってる」

 

「そう言えばうちのクイズ研が出るって言ってたっけな……」

 

同部屋となったキャプテンと一緒に高校生クイズを視聴する。

 

「そう言えばキャプテンが1年生の時、うちのクイズ研が優勝したんでしたっけ?」

 

「ああ。確かその賞金で学校の備品を新調したらしいんだ。保健室のベッドとか体育倉庫のマットとかシャワー室の鍵とか……」

 

「何でそんな限定的な物ばっかなんですか……」

 

いかにもあっち方面に盛ったカップルがよろしくしちゃうような場所の備品を整えたのか…。

 

『それでは問題。美術用語で釣り合いはプロポーション。では、左右対称の……』

 

「シンメトリーだな」

 

「シンメトリーですね」

 

オレとキャプテンが同時に答えると、テレビの中の回答チームがボタンを押した。

 

『シンメトリー』

 

『正解!でもこの問題はあくまで小手調べ。では次の問題!』

 

司会者が読み上げる問題や映像として流れてくる問題を次々に回答していき、うちの学校も食らいついているがだんだん答えられなくなってきた。

 

元々うちは体育科の方が売れていて、少し前までの渓流下りや富士登山などならまず負けはしないのだが、純粋な頭脳勝負なら開盛や灘などにはどう太刀打ちしても敵いっこない。

 

『次の問題!』

 

司会者が次の問題に入ると宣言してから、テレビの映像は漢文が写し出された。

 

「えーっと何々?孔子の遺言を解読せよ……ってこれ高校生で解ける人いんのか!?」

 

確か孔子に関する問題が出された年があったが、頭脳の超名門でも間違えるこの問題がうちに解けるわけがない。

 

うちのクイズ研は悩みに悩んだ末に、フリップボードを出す。

 

そこには何も書かれておらず、それを確認したキャプテンが無言でリモコンを使ってテレビの電源を消した。

 

どうやら今年もうちは優勝することはなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

~Side 星空 凛~

 

 

今日からインターハイの陸上種目が始まるにゃ。

 

海未先輩も弓道でインターハイに行くはずなのにまだ学校にいるので、いつ行くのかと聞いたら『弓道は今年は後半種目でお盆の時期にやるんです』って言ってたにゃ。

 

本当は実際に応援に行ければよかったんだけど、凛にはそんなお小遣いも無いし、μ'sの練習もほぼ毎日入っているため応援に行くような時間もない。

 

だけど、今年のインターハイはネット配信はやっているみたいなのでそれで我慢するにゃ。

 

「早くそーた先輩の種目にならないかな~」

 

凛は今か今かと待っているけど、時間の流れは常に一定だ。

 

「凛、そんなに忙しなく動いても始まらないものは始まらないわよ?」

 

「そんなことは分かってるにゃー……」

 

真姫ちゃんに落ち着けと言われるけど、気になってしまうものはしょうがない。

 

にこ先輩が普段使っている部室のパソコンを借りて視聴するため、他のμ'sのメンバーも凛の行動を見てしまうって訳にゃ。

 

『男子100M 予選1組』

 

「あっ!始まったにゃ!」

 

凛の一言にメンバー全員がパソコンの回りに集まった。

 

何だかんだでみんな気になってたんだね…。

 

「凛ちゃん、そーくんが走る組って分かるの?」

 

「えーっと……」

 

ことり先輩に言われ、スマートフォンを取りだしインターハイ専門サイトの陸上種目のところをクリックして今日のエントリーを見る。

 

そーた先輩……そーた先輩は……。

 

「あったにゃ!予選3組目の第6レーンにゃ!」

 

「ってもう予選3組目のスタート前じゃない!」

 

にこ先輩が叫び、慌ててパソコンを見てみると選手紹介のアナウンスが終わっていた。

 

『On your marks……』

 

選手が一斉にスタートの用意をする。

 

凛も覚えてるにゃ…、自分に流れてる血が騒ぎ出す感覚を…。

 

この感覚はいくらレースを積んできても慣れることなんて一切ないにゃ。

 

『Set……』

 

緊張の糸をギリギリまで張り詰めた空気が、パソコン越しに伝わる。

 

そして張り詰めた空気が一瞬にして盛り上がると同時にスタートの合図を知らせるピストルが鳴った……、かに思えた。

 

スターティングピストルの後にさらに2回ピストルが鳴り、選手たちは自分のスターティングブロックに戻された。

 

「え……?今、何が起こったん?」

 

希先輩がパソコンの画面の向こう側で起きている事態に理解が追い付いていない。

 

「フライング……」

 

絵里先輩が事のあらましを理解していて、現にフライングをしてしまった選手はとても悔しそうな表情をしていた。

 

ルール上フライングをすると自動的に失格になるため、人間の心理上どうしてもフライングギリギリのスタートができなくなる。

 

他の選手たちはさらに緊張した顔つきになっていたが…、

 

「なんか、そーくんすごく落ち着いてるね……」

 

ことり先輩の言う通り、そーた先輩の顔には焦りや緊張はなく平然としていた。

 

そしてまたアナウンスはスタートの合図がかかり、今度はフライング無しでスタートした。

 

誰よりも速くスタートを切ったそーた先輩は、ぐんぐん加速していきその勢いのままゴールした。

 

結果はトップだったので予選は通過し、準決勝に進出を決めた。

 

「「「「「「「「「やったー!!!」」」」」」」」」

 

メンバーは抱き合ったりして喜びを表していた。

 

「松宮くんに負けてられないわよ!さぁ、これから練習よ!!」

 

「「「「「「「「はい!!!」」」」」」」」

 

啖呵を切った絵里先輩に続いて、凛たちは練習するために屋上へと向かった。

 

凛もそーた先輩に負けてられないにゃ!!

 

凛たちが練習している間に行われた準決勝では、3着だったのだがプラス2の選手として拾われて決勝に進出していた。

 

練習が終わって再び部室のパソコンの前に座り、サイトにアクセスするとそーた先輩は、決勝レースのスタートラインに立っていた。

 

 

Side out

 

 

 

 

『男子100M決勝。出場する選手を紹介します。第1レーン……』

 

インターハイ1日目の午後5時。

 

夢にまで見たインターハイの決勝レースにオレは立っている。

 

普通なら緊張で足が震えるはずなのに、怖いほど落ち着いている自分がいる……。

 

今まで数え切れないほどレースを積み重ねてきたが、ここまで落ち着いていられたのは記憶にないほどだ。

 

『On your marks……』

 

アナウンスに気付いたオレはゆっくりとスターティングブロックに足をかけた。

 

段々音が聞こえなくなり、目の前には100M先にあるフィニッシュラインだけしか見えなくなった。

 

『Set……』

 

ゆっくりと身体を前に倒し、指先に全体重をかける。

 

そしてスタートの合図を知らせるピストルが鳴ったと同時に、スターティングブロックをゆっくり蹴った。

 

あれ……?前に誰もいねぇ。

 

まさかフライングしたか?

 

でも、追加のピストルが鳴ってねぇしなぁ……。

 

それに景色がゆっくり動いて見える……。

 

他の選手のみんなはどこ行ったんだ……?

 

え?もうフィニッシュ?

 

何だか長いレースだったなぁ……。

 

もう、いいや。フィニッシュしちゃえ……。

 

そしてオレは走り終わり、記録を知らせる電工掲示板を見た。

 

電工掲示板にはオレの名前が一番上にあり、『10秒31』という大幅な自己ベストを更新するタイムが刻み込まれていた。

 

え……?オレ、優勝しちゃったの……?

 

まるで他人事のようにオレは電工掲示板をボケーっと眺めていた。

 

 

 



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第24話 インターハイ2日目と無自覚な恋心

食事と明日の行動についてのミーティングが終わり、お風呂に入って身体のケアをしているが、何だか夢の中にいるような気分だ。

 

まさか自分がインターハイで優勝するなんて全く思いもしなかったからだ。

 

何だか優勝しちゃっていいのかな?……って。

 

「おーい、松宮ー」

 

「あっ!?はい!何ですか!?」

 

キャプテンがオレを呼ぶ声で、オレは現実の世界に戻った。

 

「さっきから電話が鳴ってるぞー。早く電話に出ろ」

 

「へ?」

 

キャプテンに言われるがままに、スマートフォンを見てみると電話が鳴っていた。

 

番号は……、知らない番号だ。

 

誰だろう?

 

「はい、松宮です」

 

オレは身の覚えのない番号からかかってきた電話に応対した。

 

『にゃーんにゃーんにゃーん!こんばんは、そーたせーんぱいっ♪』

 

オレのことを『そーた先輩』と呼び、普段から『にゃ』とつけて話すのはオレが知りうる限りじゃ一人しかいない。

 

「……凛ちゃん?」

 

『うんっ!勇気凛々、星空 凛だにゃ!』

 

電話をかけてきたのは、まさかまさかの凛ちゃんだった。

 

オレはホテルの部屋を出て、歩きながら談話室へと向かう。

 

「どうしたの?それに番号は誰から……?」

 

『おめでとうって少しでも早く言いたかったから電話しちゃった!それに番号は希先輩にこっそり教えてもらったんだにゃ!』

 

わざわざそんな事のために電話をくれたのか…。

 

次に会ったときに言えばいいものを……。

 

でも、祝ってもらえるということは悪い気はしない。

 

『改めてそーた先輩っ!優勝おめでとうだにゃ!!』

 

「うん……、ありがとう」

 

『あれれ?何だか嬉しくないように聞こえるような……。もしかして、凛からのお祝いじゃ嫌だった……?』

 

電話越しでも、ネコミミを生やした凛ちゃんが垂れたネコミミと共にシュンとしているのがイメージできる。

 

「そんなことないさ。まさか電話でお祝いしてくれると思ってなかったからすっごく嬉しい。嬉しいんだけど……」

 

『嬉しいんだけど……?』

 

「何だか他人事のような気がしてさ……。何だか優勝しちゃっていいのかな?って気がしてて」

 

未だに自分が優勝したなんて信じられないくらいだ…。

 

『そんなことないと思うけどなぁ……』

 

「へっ?」

 

オレが言ったことに対して、凛ちゃんは平然と答えた。

 

『だって凛、知ってるよ?そーた先輩がこの大会に向けて練習を積み重ねてきたってことを。だってそーた先輩は日本で一番真剣に練習してきたんだもん。だから優勝できたんじゃないかにゃ?』

 

「…………」

 

『だから胸張っていいと思うにゃ。「オレが優勝したんだぞー」って』

 

「ハハッ…。今のオレの真似か?」

 

凛ちゃんは全然似てないオレの物真似を披露し、それを聞いたオレは思わず笑いが込み上げてきた。

 

『あー!!今、バカにするように笑ったにゃー!』

 

「だって全く似てねぇんだもん。オレの声のトーンはもっと低いぜ?」

 

『うぅー!!次モノマネするときはぜーったいに似せてやるんだからー!!』

 

「おう。やれるもんならやってみろよ」

 

凛ちゃんと軽口を叩いているうちにオレは、自然と笑えるようになっていた。

 

それからオレがいない間のμ'sのメンバーの話や、インターハイの宿舎で起きた珍エピソードを話したりしているうちに寝るにはいい時間帯になっていた。

 

「凛ちゃん明日練習あるんでしょ?なら早く寝なきゃ」

 

『えぇー?凛、もっとそーた先輩とお話ししたいにゃー……』

 

「わがまま言うんじゃありません。海未に怒られてもいいの?」

 

『海未先輩は怒るとすっごく怖いから嫌だにゃっ!!』

 

自分から言っといてあれだが、海未が怒った時は男のオレでも竦み上がるくらいの威圧感を纏うからなぁ……。

 

怒らせなければ面倒見のいい優しいお姉ちゃんみたいな感じなのに…。

 

海未は不憫。

 

何だか某動画サイトのタグにありそうだな、うん。

 

「なら早く寝なきゃ。夏の疲労は意外とダメージでかいんだから」

 

『はーい……』

 

凛ちゃんは渋々とだが、素直に返事をした。

 

うん。素直なことはいいことだ。

 

どっかの赤毛のお嬢様も見習ってほしいものだ。

 

『それじゃ、そーた先輩っ!おやすみなさい!』

 

「あぁ、おやすみなさい」

 

これっきり電話のスピーカー部分から電子音が流れてきて、オレはスマートフォンをハーフパンツのポケットに入れて部屋に戻った。

 

そこにはすでに眠っているキャプテンと、枕元にキャプテンの筆跡で 『松宮、爆ぜろ』と赤のボールペンで大きく書かれた1枚の紙が置かれていた。

 

……キャプテン、知り合いの女の子に電話するのがそんなにいけないことなんですか……?

 

 

 

 

日が変わって翌日。

 

昨日の優勝の余韻に浸かりたいはやまやまなんだが生憎今日から3日連続で400リレーのレースが控えており、オレが出るもう1つの個人種目である200Mがある日だと1日に4本も走らないといけないという非常にタフな状況だ……。

 

オレは試合前はリラックスしていて、ウォーミングアップの段階から徐々に気持ちを高めていった方が成績が出しやすいタイプだと思っているので今はへにゃっとした感じでスタジアムに来ている。

 

「……と言うわけだ。それまでテントで他の選手を応援したり、自分の出走に合わせてアップしたりするように。以上、解散!」

 

やっべ……、キャプテンの話全く聞いてなかった。

 

宿舎に帰ろうにもここからバスで30分くらいあるし、何もやることがないんだよな…。

 

かといって女子選手のお尻や胸をまじまじと見るような趣味も、役員となっている地元の中学生や高校生をナンパするような度胸も持ち合わせていない。

 

となると、やることは1つか…。

 

オレは自分が出走するレースのウォーミングアップが始まる前まで応援することを決めチームで持ってきたメガホン1つと貴重品を持って、日の当たらない場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「よし、お前ら準備はできたか?」

 

「「「押忍」」」

 

インターハイ競技2日目最後の種目となった400リレー。

 

キャプテンに短距離チーフ、副部長の3人の先輩とオレの4人は小さい円を作って気持ちを高めていた。

 

「いいか?相手は熾烈な地方予選を勝ち上がってきた猛者ばかりだ」

 

「「「……」」」

 

キャプテンの言葉が小さい円の中に流れる。

 

「だが、それは俺たちも同じだ」

 

「「「押忍」」」

 

「行くぞ!!」

 

「「「押忍ッ!!!」」」

 

オレたちは小さく鼓舞し、それぞれのポジションについた。

 

 

 

~Side 星空 凛~

 

 

「かよちん!早くするにゃ!」

 

「凛ちゃん、待って~……」

 

かよちんの困った声が後ろから聞こえてきているが、そんなのお構いなしにかよちんの手を引いて走る。

 

μ'sの練習を終えた凛たちは、凛の家のパソコンを使って今日最後の種目を見ることにしていたんだけど思ってたよりも練習が長かったためリレー種目に間に合うかどうか微妙なラインにいた。

 

早くしないとそーた先輩の走る姿が見られないにゃ!

 

「超特急凛ちゃん号、はっしーん!!」

 

「り、凛ちゃん!?うぅ……ダレカタスケテー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果は無事に間に合い、家に辿り着いた。

 

そして急いでノートパソコンを立ち上げ、公式サイトにアクセスする。

 

するとちょうど、そーた先輩がいる学校がスタートする直後だった。

 

1走の人が2走の人にバトンタッチをした。

 

1走の人が出遅れた分を必死に追いかけようとしていると、ある疑問に気付いた。

 

あれ?そーた先輩は今日でないのかな?

 

そーた先輩が走ってないのが少し疑問に思っていると、バトンはアンカーに渡された。

 

アンカーを任されていたのは、凛の目的であるそーた先輩だった。

 

そーた先輩は風で短めの髪を逆立たせながら走り、その勢いそのままにゴールした。

 

「やっぱりそーた先輩は速いなぁ……」

 

「そうだね……」

 

凛が思わず呟いた言葉をかよちんが拾い上げるように同意してくれた。

 

でも、かよちんはすぐに別のことを聞いてきた。

 

「凛ちゃん?」

 

「なぁに?かよちん?」

 

 

 

 

 

「壮大さんのこと、どう思ってるの?」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

いたって真剣な顔つきをしているかよちんのいきなりの質問に言葉を詰まらせる。

 

どうって……。

 

何か考え事をしていたと思ったらいきなり叫び出したりするちょっぴり変態さんで、海未先輩やたまに真姫ちゃんにちょっかい出して反応を楽しんでる意地の悪い人で…。

 

でも、μ'sのメンバーのことを誰よりも心配してくれて絵里先輩やにこ先輩がμ'sのことを見下した……?時は物凄い勢いで怒ったりして……。

 

それで一緒にいて楽しくて……。

 

それで…、……それで?

 

「あれ?あれれ……?」

 

何が何だか分からなくなってきたにゃ……。

 

パソコンはチームの人と一緒に笑っているそーた先輩が写し出されているけど、そーた先輩を見ようとすると何だか恥ずかしくてついつい目を背けてしまう。

 

「壮大さんのこと、好きなの?」

 

「分かんないにゃ……」

 

「ふふっ……。凛ちゃんは知らないだろうけど、壮大さんを見てる時すっごく集中していて目をキラキラさせながら見てるんだよ?」

 

「えぇっ!?そ、そうだったの!?」

 

凛、全ッ然知らなかったにゃ!

 

確かにそーた先輩を見ている機会は多いとは思うけど!

 

でも!目をキラキラさせているなんて知らなかったにゃ!

 

「凛ちゃん」

 

頭の中がこんがらがっているとかよちんに呼ばれてそちらを見ると、とても柔らかい笑顔を向けていた。

 

「頑張ってね?」

 

「頑張るって……何を?」

 

かよちんは凛の疑問には答えてくれず、ただただ笑っていた。

 

凛はその意味が分からず、ただただ首を傾げるしか無かった。

 

 

 

~Side 小泉 花陽~

 

 

私は凛ちゃんの家を出て、帰宅途中で考え事をしていた。

 

『凛ちゃんはきっと、壮大さんに恋をしている』。

 

壮大さんを何か特別な目で見ているのは、きっと凛ちゃんだけじゃない。

 

私の見る限りでは、今のところは穂乃果先輩とことり先輩だけだけどもしかしたら海未先輩や真姫ちゃん…、下手したら絵里先輩もそうなる可能性があるのかもしれない。

 

私も最初はカッコいいなぁ……とは思っていたけど、私のは『憧れ』であって『恋』ではない。

 

でも凛ちゃんは恋心に気付いたら、きっと身を引いてしまうだろう。

 

凛ちゃんにはまだ『あのトラウマ』が残っている。

 

だからそれを乗り越えるまでは、いつも支えられっぱなしの私が支えてくれている凛ちゃんを支えてあげないと…。

 

私は人知れずにこっそりと決意し、改めて家路についた。

 

 

 

 



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第25話 最終日前編 激励と敗北

イヤホンから流れてくるのは、μ'sが最近練習している『No brand girls』という楽曲を耳にしながらチームの名前が入ったクロスブレーカーを着込み、サブトラックの芝生を走っている。

 

長いようで短かった気がするインターハイも残すところ最終日のみとなった。

 

あ?何か時間が飛んでるけど3日目はどうしたのかって?

 

2日目とほぼ同じような感じだったから話さなくてもいいだろ?

 

違うことがあるとするなら、オレはリレーの準決勝が行われたことくらいだ。

 

結果から言うと、決勝レースには出られる。

 

準決勝で走った同じ組のチームの中で、2位になった学校がバトンを渡す際によるテイクオーバーゾーンの違反で失格となり3位に入っていたオレたちが着順判定とは別に繰り上がり決勝進出と言うわけだ。

 

そんないざこざはあったが、気持ちを切り替えて臨む最終日の今日は200Mの予選から始まる。

 

さらに言えばオレは予選1組目。

 

朝イチからトップギアに持っていかないということなので、いつものレースよりも入念なウォーミングアップをしていると言うわけだ。

 

それにしてもこの曲いいな…。

 

なんつーか…、目の前に立ちはだかる壁をブチ破っていくような勢いが出てきそうな感じだ。

 

根拠のない自信が沸いてきたところで、長めのジョグから身体の関節を解していく動的ストレッチをすることにした。

 

 

 

『男子200M 予選1組』

 

スタジアム内のアナウンスによる選手紹介も済んだところで、いつものスタート準備に入る。

 

一連のルーティーンを行い、ピストルの合図と共にスタートを切る。

 

100Mと違い、200Mはいきなりカーブしながら走る。

 

転ばないように身体を傾けつつ、スピードを乗せていかないといけない。

 

かといって、序盤から飛ばしすぎると後半に失速してしまう。

 

でも実はオレ……、100Mより200Mの方が得意なんだよね。

 

120Mのカーブ区間が終わり、残り80Mの段階で前と身体1つ分離れて3着についていた。

 

確実に準決勝進出を決めるためには、2着に入って置く必要がある。

 

オレは少し力を入れ、前を走っていた選手を抜いて2着に上がりそのまま力を少し抜いてゴールした。

 

電工掲示板には着順とタイムが並べられており、オレの名前は無事に上から2つめのところにあった。

 

「っし!」

 

とりあえず準決勝に進出することを決めたことに対し、拳を握り小さくガッツポーズをする。

 

予選から約2時間半後に行われる準決勝も力を入れて走り、決勝に進出することができた。

 

 

 

 

 

「あ。松宮ー?」

 

準決勝を終えて、決勝まで残り少ない時間の間に補給をしているとさっきまで400ハードルの準決勝に出走していたチーフが何かを思い出したかのようにオレの隣にやってきた。

 

チーフは残念ながら400ハードルの決勝に進めなかったが、最後の種目である400リレーに切り替えていたみたいだ。

 

「チーフ、お疲れっす」

 

「おう。それにしてもさすがだな、お前」

 

「あざっす」

 

チーフは昼メシとゼリードリンクを持って、座った。

 

「そう言えば、お前のスマホ結構鳴ってたぞ?」

 

「え?マジっすか……?」

 

チーフがサラッと言ったことにオレは申し訳ない気持ちになった。

 

電話をかけてきた相手に何だか悪いことしてしまったな…。

 

オレはバッグからスマートフォンを引っ張り出し、電源を入れると留守番電話とメッセージが入っていた。

 

まずはメッセージの方。

 

送り主はμ'sのメンバーみんなからだった。

 

今日は練習じゃないのか?

 

もしかしてみんなで見て一斉にメッセージを送ったのか?

 

そう思い、メッセージを開いた。

 

穂乃果の『ファイトだよっ!』や希さんの『頑張ってなー!』と言ったシンプルな激励だったり、にこさんの『ここまで来たら優勝するのよ!』や真姫の『ベストを尽くさないと承知しないんだから……!』と言った普段はツンケンしてる2人の素直な激励に思わず笑ってしまったり……。

 

他にも絵里さんや海未、ことりに花陽ちゃんも激励のメッセージが入っていたのだが1つ気になったことがあった。

 

凛ちゃんのメッセージだけがない。

 

どうしたんだろう……と思い、今度は留守番電話に繋いでみた。

 

表示された電話の相手は……、

 

 

 

 

 

『星空 凛』。

 

 

 

 

 

再生ボタンを押して、電話のスピーカー部分を耳に当てる。

 

『にゃっ?もういいのかな……?えっと、そーた先輩まずは決勝進出おめでとうだにゃ!』

 

ありがとう、と心のなかで返事をする。

 

『今日はこっちでは余りにも暑いからってことでμ'sの練習がなくて、ずーっとってわけじゃないけどそーた先輩の姿見てたんだにゃ!』

 

だからみんなもネット中継を見て示し合わせなかのようにメッセージを送ってきたのかな…。

 

『でねでね?凛もメッセージ送ろうかなと思ったんだけど、みんな送るかもーって思って裏をかいて留守番電話にしてみたんだにゃ!』

 

別に裏も表もないと思ったら負けなのか……?

 

『わっ……、もう残り少ないのかにゃ…。そーた先輩決勝も頑張ってください!ファイトだにゃ!!』

 

それを最後に留守番電話が終わり、スマートフォンをバッグのなかに閉まった。

 

「誰からだったんだ?」

 

「知り合いからでした」

 

チーフがこちらを見ずに聞いてきた。

 

「もしかして出発の日に見送りに来てくれたオレンジのショートカットの娘か?」

 

「まぁ、そんなとこです」

 

「ふーん……。その娘は何だって?」

 

「頑張れ。だそうです」

 

オレはそれっきりテントからサブトラックに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

個人種目最後のレースとなる200M決勝。

 

目を閉じて極限まで集中力を高めていく。

 

深呼吸を1度、2度と繰り返す。

 

水の中にいるイメージがいつもより鮮明に、そして深いところにいる。

 

よし、行こう。

 

オレは目を開けて、自分のスタート場所に向かって歩き始めた。

 

 

 

スタート地点に着いてすぐ、回りを見渡してみた。

 

最終日ということもあって朝から大勢の人がスタジアムを埋め尽くしている。

 

そしてすぐに足元に置かれているスターティングブロックの足を置く

場所を調整し、1度スタートを切ってみる。

 

よし、問題ない。

 

あとはスタートするだけだ。

 

決勝に残った選手全員が準備し終えたところで、聞き慣れた声のお姉さんによる選手紹介のアナウンスがスタジアム内に流れ呼ばれた選手は手を上げたりジャンプしたりしている。

 

オレは今回は人差し指を高々と掲げてみた。

 

『On your marks……』

 

スターターの声に合わせて、スターティングブロックに足を乗せる。

 

熱を吸い込んだトラックで手が火傷しそうだ……。

 

『Set……』

 

腰を上げて、いつでも電子ピストルがなってもいいように出来るだけ全身の力を抜いておく。

 

あっちぃ……。吸い込んだスタジアムの熱気でやられそうだ。

 

まだか……!スタートはまだか……!!

 

そして電子ピストルの音が聞こえた瞬間、オレは完璧なタイミングでスターティングブロックを蹴った。

 

スタジアム内が声援や歓声に包まれる中、出来るだけ上体が起き上がらないように加速しつつカーブを曲がっていく。

 

1つ右隣にいた選手と並びながらカーブを走っていく。

 

カーブが終わり、残り80Mのストレートに差し掛かるとオレの前には1人走っていた。

 

確かあいつは今大会の200Mの全国1位の選手だったっけか……。

 

めっちゃくちゃ速いけど、オレだって負ける訳にはいかない。

 

ストライドを広げ、コーナリングでつけた加速力を最大限に生かして足を運ぶ。

 

クッソ、追い付かねぇ……!!

 

前を走る相手はとても滑らかなフォームで走り、なかなか差が縮まらない。

 

残り40Mでやっと追い付き、そのまま並走する。

 

チィッ!粘ってねぇで早くタレろよ!!

 

オレの思いとは裏腹に、驚異的な粘りを見せて続ける。

 

残り10M……。

 

負けて……たまるかぁぁぁぁあっ!!!

 

最後の最後まで粘る相手に、食らいつくように振り落とすようにトラックを蹴り続けた。

 

そしてそのまま、オレも相手もフィニッシュラインを越えた。

 

フィニッシュラインを越えてから減速するようにブレーキをかけ、止まってから電工掲示板に目を向けた。

 

結果は……、0.01差でオレの負けだった。

 

勝った相手は涙を流しながらウィニングランを走り、負けたオレはトラックに一礼をしてからその場から立ち去った。

 

相手は確かに速かったが、スピードだけならオレも負けているとは思わなかった。

 

でも、相手の方がより『勝ちたい』という気持ちが強かったということだ。

 

「よっ、惜しかったな」

 

「キャプテン……」

 

次の種目に出るキャプテンがオレに声をかけてきてくれた。

 

「悔しいか?」

 

悔しいか悔しくないかと言われれば、とても悔しい。

 

2秒とかなら練習が足りなかったな……と思えるのだが、0.01秒差で負けた経験なんて今まで無かったから今になってものすごく悔しさが込み上げてきた。

 

「……悔しいっす。ものすごく」

 

「そうか……。でも、まだ落ち込んでいる暇はねぇぞ」

 

悔しさで泣きそうになったオレは、キャプテンの言葉でハッとする。

 

そうだ。まだオレのインターハイは終わっていない。

 

まだ400リレーが残されている。

 

「落ち込むならリレーが終わってからにしろ。リレーが始まるまで気持ち切り替えとけよ、このバカ」

 

オレの肩をポンと叩いてから、キャプテンはオレに背を向けてスタジアムへ入っていった。

 

オレは自分の両頬を思いっきり叩いて、気持ちを切り替えるべく近くの水道の蛇口を捻り水を思いっきり被った。

 

「……うっしゃ!!」

 

出てくる水を止め、手櫛でわしゃわしゃと水気を切って気合いを入れてからリレーに向けて先にアップを始めていたチーフと副部長のところに走って向かうことにした。

 

 

 



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第26話 最終日後編 想いとバトン

200Mの決勝からおよそ3時間が経ったスタジアム。

 

高く上っていた耐用が傾き、影の長さも徐々に長くなっていく時間にインターハイ最後の種目『リレー競技』が行われようとしていた。

 

「「「「…………」」」」

 

先輩3人は目を閉じて誰も喋らない。

 

キャプテンもチーフも副部長もオレも黙り込んで一言も発しない。

 

このレースが終わると、オレ以外の3人は高校陸上に幕を降ろさないといけない。

 

そして、ついにその時が来た。

 

「……よし、1回集まろう」

 

キャプテンの言葉にオレたちは集まり、小さい円を作る。

 

「お前ら、ここまでよくやってくれた」

 

「「「押忍」」」」

 

「笑っても泣いても、これで最後だ!」

 

「「「押忍!」」」

 

「俺たちの力、全部出しきるぞ!!」

 

「「「押忍!!」」」

 

よし、行こう。

 

先輩たちのラストレースに。

 

 

 

~Side 星空 凛~

 

 

いよいよ最後のレースだにゃ。

 

そーた先輩たちの学校のメンバーはキリッとしていて、笑顔ではない。

 

かといって、特別緊張しているというわけでもないみたいだにゃ。

 

笑っても泣いてもそーた先輩の今年のインターハイはこれで最後。

 

そーた先輩、頑張って……!!

 

凛は祈るように手を組んだ。

 

 

 

~Side 副部長~

 

 

小学校の頃、学年で1番足が速かった俺は先生の薦めで陸上部に入った。

 

でも大会に出るともっともっと速い奴等がいて、同世代の奴等には負けたくないという一心でここまで走ってきた。

 

でも、運に恵まれず全国規模の大会に出ることができなかった。

 

そして高校最後の年に、念願のインターハイに出られることになった。

 

『On your marks……』

 

俺はみんながいたからこそ、ここまで来れたんだと思う。

 

『Set……』

 

だから、今はみんなから貰ったその恩を返すときなんだと思う。

 

ピストルの合図と共にスタートする。

 

スパイクピンでトラックを踏み潰すように蹴り、その反発力で身体を前へ前へと運ぶ。

 

2走のキャプテンにドンドン近付いていく。

 

そして、手に持っていたバトンを渡す。

 

「行けぇぇ!!」

 

俺はいろんな思いをバトンに乗せ、キャプテンの背に向かって叫んだ。

 

 

~Side キャプテン~

 

バトンを受けた俺は、バックストレートを走った。

 

短距離陣には圧倒的な速度を誇る絶対的エースがいなかった。

 

俺は元々ハードラーだからピュアスプリンターではない。

 

だが、松宮が何かをキッカケにしてここまで成長してくれた。

 

インターハイ決勝。

 

だが、俺の心は穏やかだった。

 

ベストを尽くして、第3コーナーで待ち構えるチーフにバトンを渡す。

 

俺の役目は終わった。

 

さぁ、行け。

 

 

Side out

 

 

~Side チーフ~

 

 

副部長、キャプテンと渡ったバトンは今俺の手の中にある。

 

バトンパスを終えた段階で俺たち立華高校は今何位なのかを確認した。

 

今のところ前に3人いて、右隣に1人いるポジションだった。

 

カーブを曲がる際の遠心力で身体が投げ出されそうな感覚を脚全体で堪える。

 

アンカーの松宮が何か叫んでいる。

 

オイオイ……、何でそんな心配そうな顔してんだよ。

 

安心しろよ。ちゃんとお前のところまでバトン運んでやっからよ。

 

松宮が手を伸ばしながら進行方向に向かって走っているのが見えた。

 

俺は差し伸べられている手の中に押し込むようにバトンを手渡した。

 

俺たちの想い、しかと受け取れ……!!

 

Side out

 

 

 

先輩たちが繋いできたバトンはオレの手に握られている。

 

今まで受けてきたバトンの中で1番重くて、暖かかった。

 

オレは最後の力を振り絞って脚を前に運ぶ。

 

何レーンの誰を抜いたとか、タイムがどうとかなんて今は関係ない。

 

ただ、先輩たちが繋いできたバトンをフィニッシュラインまで持っていくことだけを考えた。

 

終わって欲しくない。

 

でも、スタートすれば必ずフィニッシュがやってくる。

 

このレースにその時がやって来た。

 

フィニッシュラインを大きく越えて、今大会で見納めとなるこの会場名物の大型電工掲示板を見た。

 

オレたち立華高校の名前は、2つめにあった。

 

だが、オレには悔しさなんてものはなかった。

 

「松宮ぁ!!」

 

キャプテンたちがオレのところにやってきた。

 

「よくやった!」

 

「ナイスランだったぞ!!」

 

先輩たちがバシバシと背中を叩き、わしゃわしゃとオレの頭を乱暴に撫でる。

 

「先輩……」

 

オレは先輩たちから少し距離を取り……、

 

「2年間、ありがとうございました!!!」

 

少しだけキョトンとした先輩方は生意気言うなと言わんばかりに更なる追撃をしてきた。

 

今は、この喜びを分かち合ってもバチなんて当たらねぇよな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿舎に帰り、今大会最後のミーティングが始まる。

 

「「「…………」」」

 

「おーい、そんな悲しそうな顔すんなや。どっちが引退するんか分かんねぇじゃねぇか」

 

先輩たちのほとんどはこのインターハイで引退する。

 

これが悲しいわけねぇじゃねぇか。

 

まず始めにマネージャーさんのお話から始まり、難関大学を受けるため受験勉強に専念する長距離の先輩と続きます、残りはチーフと副部長とキャプテンの3人となった。

 

「んじゃ、まずは俺から行かせてもらおう」

 

立ち上がったチーフがオレたちの前に出る。

 

「俺はこの学校に来てよかったと思ってる」

 

チーフは厳かに話し始める。

 

「最初は練習もキツくて『こんな学校来るんじゃなかった』った思った。1年の頃から大会には出ていたが予選落ちを繰り返して、『スパイクやランニングシューズなんて見たくねぇ』って思ったときもあったし、『なんでこんなに頑張ってんの結果が出ねぇんだ』って苛立った時もあった」

 

普段からクールなチーフからそんなことがあったなんて想像できない。

 

「でも、走ることに対しては決して腐らなかった。どんなときでもずっとだ」

 

真剣に話すチーフを見るように、オレは顔をあげた。

 

インターハイに来ている下級生たちもみんなチーフを見つめていた。

 

「勝てないときもある。ベストを尽くしても運に見放されることもある。だが、決して腐るな。走ることに好きでいろ。努力を怠るな」

 

1つ1つの言葉に力が込められていた。

 

「努力は必ず報われるなんて言葉があるが、あれは『正しい方向性が保たれた努力』は必ず報われるって意味だとオレは思う。間違った方向の努力なんていざというときは平気で裏切るぞ。でも、神様ってのは正しい努力をしているやつには褒美を与えるんだ」

 

何処かで聞いたことのある言葉だ。

 

確か…、

 

「周りには天才がいて、萎えるかもしれない。でも、教えてやるよ」

 

最も大切なことがある。

 

「いいか?才能よりも努力よりも大切なものがある」

 

それは…、

 

「御託はいいからやれ、お前ら」

 

とりあえずやれ。

 

やってみて、ダメだったらどこがダメだったのかを探していく。

 

「無駄なものなんてこの世には存在しない。やってみようと思ったことは全部やれ。いいな?」

 

「「「「「はいっ!!!」」」」」

 

「よし、俺からは以上だ!」

 

オレの目から自然と涙が出てくるが、決して頭を下げなかった。

 

「んじゃ次は俺だな」

 

副部長がアッサリと切り出した。

 

「言いてぇことずっと考えてきたけど、結局何も思いつかなかった。言いてぇこといっぱいありすぎて何言っていいか分かんねくなった」

 

副部長らしいっちゃ副部長らしい飄々としたスピーチだ。

 

「だが、これだけは胸を張って言える。今までありがとう!」

 

それだけを言って副部長は下がっていった。

 

「はー…、俺でラストか」

 

キャプテンが重たい腰を上げ、オレたちの前に立った。

 

「キャプテンとして、部長として、お前らを率いてきたわけだが。まぁキツイね。面倒なことばっかだった」

 

部長はとても面倒だからな。

 

「全体練習のメニューは俺が考えていたからさ。その負担もあったし」

 

でもさ、とキャプテンは繋ぐ。

 

「練習はどうしてか好きだった。お前たちとやる練習はすごい楽しかったし、何よりも俺の財産になる場所だった。これからも、立華高校陸上競技部はそういう場所であってほしい。みんなが練習を楽しみにできるような…、そんな場所にしてほしい」

 

これがキャプテンからの最後の通達だった。

 

これは下級生全員で成し遂げなければならないことだ。

 

「あと1メートル伸ばすため、あと1秒を削るために練習を楽しめ。あと1歩届くか届かないか、あと1メートル届くか届かないかの局面で笑えるようになれ」

 

「「「「「はいっ!!!」」」」」

 

「以上だ!3年、起立!!」

 

3年生の先輩たちは、背筋を伸ばして立ち上がる。

 

「礼!」

 

「「「「「ありがとうございました!」」」」」

 

「下級生、起立!!」

 

下級生を代表して、オレが流れてくる涙を拭かずに声を出す。

 

「……礼!!」

 

「「「「「お疲れさまでしたっ!!」」」」」

 

この瞬間3年生は引退し、チームを引っ張るバトンはオレたちに受け継がれた。

 

 

 

 

 

 

インターハイ全日程が終わった翌日、オレたちはバスに揺られて東京に帰っていた。

 

他のみんなは疲れてしまい、よく眠っているがオレは目が冴えてしまい眠れなかった。

 

そう言えばμ'sのメンバーにメッセージの返信してねぇな……。

 

うーん…、後でいっか。

 

とりあえず留守番電話をかけてきてくれた凛ちゃんにメッセージを返信する。

 

そーた『応援ありがとう』

 

するとすぐに返事がきた。

 

りん『お疲れさまにゃー!≧ω≦/』

 

りん『最後のリレー感動して、凛、思わず泣いちゃったにゃ!』

 

そーた『……そっか』

 

りん『にゃん?どうしたのかにゃ?』

 

そーた『なんつーか、終わっちゃったな。って………』

 

りん『なんかそーた先輩らしくないにゃ』

 

そーた『……そうだな』

 

りん『ゆっくり休んで、また練習見に来てください!みんな待ってますから!』

 

オレは凛ちゃんからの返事を返すことなく、窓から見える景色に目を向けた。

 

さらなる熱き戦いのスタートというべきか、向こう側にはキレイにアーチがかった虹が映し出されていた。

 

 




以上で駄文という名のオリジナルストーリーはおしまいです。

次回からまた本編に戻り、いよいよ1期放送分のクライマックスへと差し掛かります。



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The 3rd Chapter μ'sとしての有り様
第27話 合宿と先輩禁止


インターハイが終わってから2週間…、お盆も終盤に差し掛かろうしていた。

 

松宮家を支える両親は、日本に帰国する余裕がないということでオレはたまにプール練をしたり、雪穂に勉強を教えたりする以外は悠々自適な生活を送らせて貰っていた……のだが。

 

「あん?合宿?」

 

「そう!真姫ちゃんのお家の別荘でやることになったの!」

 

オレがクーラーをつけてうつ伏せになって寝ているところに、穂乃果がどーん!という掛け声とともに乗ってきていきなり合宿をやるなんて言い出した。

 

「……絶対行かねぇ」

 

オレは穂乃果を無視して寝ようと……、

 

「えー!?なんでー!?」

 

したが、穂乃果がオレの肩を掴んで左右に揺すってきた。

 

「おいっ…穂乃果、やめろ……!!そしてオレの背中から降りろ!」

 

オレの脳はお前と違ってわりかし詰め込まれてるんだからやめろっ……!!

 

「そーちゃーん、行こうよー!!」

 

「待て待て!理由を話すから、とりあえず降りろ!」

 

肩越しに穂乃果を見ないといけないから、首が疲れた。

 

穂乃果にしては聞き分けがよく、すぐに降りてくれた。

 

「合宿って泊まりなんだろ?期間はいつからだ?」

 

「明日から3泊4日!」

 

期間長っ!!

 

「なら尚更行けるわけねぇじゃん。だって第一、オレ男だし」

 

とりあえずは一番一般的な言い訳を提示してみる。本当の理由は別にあるけど、当然この意見も俺の中にはある。

 

……だって考えてみろよ?

 

自分の娘がどこぞの馬の骨とも取れない男と泊りがけで旅行するー…なんてことを聞いて黙ってる親がいるか?

 

夏穂さんならまだしも、他の親御さんたちが納得する訳ないじゃん。

 

下手すりゃ俺の親も俺がそこに参加することを許さないかも知れない。

 

もちろん、俺自身人として超えてはいけない一線を越えるつもりは一切ないけど……そういう問題ではないだろう。

 

「大丈夫!穂乃果、そーちゃんはヘタレだってこと知ってるから!!」

 

「おいこのアホの子代表。そんなふざけたことを言う口はこれか?これなのか?」

 

オレは穂乃果の両頬を掴み、ぐにーっと伸ばす。

 

ほーひゃん(そーちゃん)ひはひよー(いたいよー)

 

ならオレの事ヘタレなんて言うんじゃねぇ。

 

いくら穂乃果だからっつっても言っていいことと悪いことがあるんだぞ?

 

「何でまたオレも行くことになってんだ?」

 

「え?だってそーちゃん穂乃果たちのお手伝いさんだよね?」

 

「そうだが?」

 

「つまり、μ'sの一員なんだから合宿に参加すると思って……」

 

なんというとんでも理論だ。

 

「あのな?メンバーだけならいいかも知れねぇけど、もしオレが参加するってなったら親御さんが反対する人が出てくるかも知れねぇだろ?」

 

「それなら大丈夫だよっ!ほら!」

 

穂乃果は普段着のポケットからスマートフォンを取りだし、少し操作してからオレにとある画面を見せた。

 

そこには、保護者了承済みの返事で埋め尽くされたチャットルームの画面だった。

 

誰も反対してねぇし……。

 

「これでも来ないっていうつもりかな?そーちゃん」

 

どうやらオレに逃げ道は用意されていないみたいだった。

 

……不幸だ。

 

 

 

 

 

 

 

合宿出発当日の朝、オレは穂むらの玄関先にいた。

 

穂むらの居住スペース…、というか穂乃果の部屋からドタバタと騒音が聞こえ、時折雪穂の声が聞こえてくる。

 

「もう!お姉ちゃんうるさい!朝なんだからもっと静かにしてよ!」

 

「ごめん雪穂!」

 

雪穂(いもうと)に怒られる穂乃果(あね)……。

 

もうこれ知らない人が穂乃果と雪穂みたら雪穂がお姉ちゃんって言っても通用するんじゃねぇの?

 

「あ!そーちゃん!!」

 

荷物を抱えて上から穂乃果が降りてきて…、

 

「お姉ちゃん!壮にぃを待たせちゃダメじゃん!」

 

続いて寝起きのためかメガネをかけた雪穂が降りてきた。

 

「ごめんね壮にぃ、お姉ちゃんがいつも迷惑かけて……」

 

「ホントだよ。いくつ身体があっても足りねぇよ」

 

「もう!雪穂とそーちゃんも穂乃果をいじめないでよ!」

 

うるせえ。

 

こちとら急に合宿をやるって聞かされて、休みを返上して行くんだからこれくらい恨み節言ってもいいだろ?

 

でもこれ以上穂乃果を苛めると本気で拗ねるので、これくらいにしておく。

 

「穂乃果、着替えと貴重品は持ったか?」

 

「うんっ!」

 

「上着は貸せるけど、それ以外は貸せねぇからな?」

 

「分かってるよ!!」

 

ホントかなぁ……。

 

こういう穂乃果は何だか不安だ……。

 

「そろそろ行くぞ!みんな待たせてるはずだ!」

 

「それじゃ、行ってきまーす!」

 

「あ!壮にぃ、ちょっと待って!」

 

オレと穂乃果は穂むらの玄関から出ようとしたが、雪穂に呼び止められた。

 

「雪穂?どうした?」

 

「お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」

 

雪穂がペコリと頭を下げた。

 

何だかんだ言って雪穂も穂乃果の事が心配なんだな…。

 

「おう。任された」

 

「……♪」

 

「そーちゃーん!早く早くー!!」

 

「今行くから待ってろ!」

 

オレは雪穂の頭をポンポンと撫でてから、遠くでオレを呼ぶ穂乃果の後を追い掛けた。

 

 

 

 

 

待ち合わせの場所につくと数週間ぶりのμ'sメンバーが勢揃いしていた。

 

インターハイで優勝したことを祝福されたりしてると、絵里さんが手を叩いて本題を切り出してきた。

 

「「「「「「「先輩禁止?」」」」」」」

 

「前から気になっていたの。もちろん、先輩後輩って関係は大事だけど……、踊っている最中にそんな事を考えてちゃ駄目だから」

 

「たしかに。私も何かと上級生に合わせてしまう所もありますし……」

 

絵里さんの言葉に海未が納得するように頷いた。

 

古来より日本には上下関係は存在するが、お互いの息を合わせなくてはいけないダンスにおいては邪魔な要素なのだろう。

 

「そんな気配り、全く感じないんだけど?」

 

「それはにこ先輩が上級生って感じがしないからにゃ!」

 

キター!!!

 

不服そうなにこさんに対して凛ちゃんは何の躊躇いもなく、バッサリと切り捨てた。

 

さすが凛ちゃん、オレたちに出来ないことを平然とやってのけるッ!そこにシビれる、憧れるゥ!!

 

でも2つ下からそんな扱いなのは……、きっと愛されているからなんだろう。

 

「じゃあ上級生じゃなければ、なんなのよ!」

 

「えーっと…、後輩?」

 

「ていうか…、子ども?」

 

「マスコットだと思ってたけど」

 

「……ブハッ!!!」

 

にこさんの問いかけに凛ちゃん、穂乃果、希さんが畳み掛けるような一言に我慢できず吹き出してしまった。

 

「こらそこ!笑うな!」

 

怒られてしまった。

 

「反対意見はない?」

 

「あの、オレはどうしたら……?」

 

絵里さんが意見を聞こうとしたので、笑いを堪えつつ絵里さんに聞いた。

 

「ホントはやってもらいたいんだけど、嫌なら無理しなくてもいいわよ?」

 

「そうですね、無理して呼ぶ必要はないですよね?絵里ちゃん」

 

「……ッ!!」

 

さっそく呼び方を変えてみたのだが、絵里さんこと絵里ちゃんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。

 

「絵里ちゃん?」

 

「な……何でもないわ。ふぅ…、反対意見がないなら早速始めるわよ!よろしくね!穂乃果」

 

「あ、ハイ!う…」

 

穂乃果にしては珍しく言葉を詰まらせた。

 

穂乃果は意外と上下関係を気にする節がある。

 

聞くところによると、まだ冷たかったころの絵里ちゃんに対し声を少し荒げた真姫を宥めたのは穂乃果だったりする。

 

「う……ぅ絵里ちゃん!!」

 

穂乃果は目をギュッと閉じながら絵里ちゃんを呼び、恐る恐る片目をあける。

 

「うんっ」

 

絵里ちゃんは、笑顔で頷いた。

 

それを見て穂乃果は安心したように大きく息を吐いた。

 

「はぁー……、なんだか緊張するよぅ……」

 

「じゃあ、凛も!」

 

片手をあげた凛ちゃんは自ら立候補した。

 

「ことり……ちゃん?」

 

「うんっ!よろしくね、凛ちゃん♪真姫ちゃんもっ!」

 

「うぇえっ!?」

 

ナイスアシストだことり!

 

相変わらずの天使のような笑顔とともに、どう反応するのか一番リア気になるメンバーに矛先を向けた。

 

それに反応して全員の視線が真姫へと集まる。

 

「べ、別に今呼ぶものでもないでしょっ!」

 

チッ……。上手いこと逃げやがったな。

 

「あっそうだ!」

 

穂乃果が唐突に何かを思い付き、手を叩いた。

 

……何だか嫌な予感がする。

 

「そーちゃん、この合宿中の間だけ穂乃果たち幼馴染組を昔呼んでいたように呼んでみてよ!」

 

ファッ!?

 

「おまっ!何てこと言い出しやがる!」

 

「それはいい案だわ!」

 

穂乃果の提案に便乗する絵里ちゃん。

 

明らかにさっきの不意打ちのようなちゃん付けへの当て付けじゃないですか、やだー!!

 

「穂乃果……?本気で言ってるのか?それ……」

 

「勿論だよ!だってそーちゃんだけ恥ずかしい思いしてないんだもん!」

 

それが本音かこんちきしょぉぉお!!

 

するとさっきまで真姫に向けていた視線はオレに集まっていた。

 

「あ、あの……。壮大?無理にやらなくてもいいんですよ?」

 

「あぁもう!やればいいんだろ!?やれば!!」

 

海未が何か言ってるけど、ここまで虚仮にされて引き下がるような真似はしたくない。

 

オレは何回か深呼吸を繰り返し、意を決めたように口を開いた。

 

「ほのちゃん、ことちゃん、みーちゃん、きーちゃん」

 

「「「……!!」」」

 

呼ばれた幼馴染組は顔を真っ赤にしていた。

 

「あ、あの……」

 

「どうした?」

 

「最後のきーちゃんって……誰ですか?」

 

ここで花陽ちゃんが遠慮がちに聞いてきた。

 

……あっ。やっべ。

 

幼馴染組っつーから穂乃果たちとは別の幼馴染も昔の呼び方にしてしまった。

 

「……私よ」

 

顔を真っ赤にしたきーちゃんこと真姫がプルプル震えていた。

 

「ちょっと!何で私まで呼ぶのよ!こっちまで恥ずかしくなるじゃない!」

 

「そうだよ!それに幼馴染って穂乃果たちだけじゃなくて真姫ちゃんもだったってこと!?」

 

「そーくん、答えてくれないと……分かってるよね?」

 

「穂乃果、ことり、どいてください。ここは私があの破廉恥な輩を始末します」

 

怖い怖い怖い怖い怖い!!!

 

真姫は顔を真っ赤にして、穂乃果は涙目で、ことりと海未は目のハイライトさんが仕事してない。

 

海未にいたっては拳が握られ、手を保護する籠手が装備されていた。

 

「ちょっ!!お前ら落ち着け!そうそう、その手をオレに向かって降り降ろすんじゃねぇぇぇえ!!」

 

海未がグーでオレのボディーめがけて鋭い拳を入れてきた。

 

オレ、なにもしてないのに……。

 

こんなの絶対おかしいよ。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、ボロ雑巾みたいな壮大を放っておいて合宿地に向けて出発します!部長の矢澤さんから一言」

 

「うぇっ!?にこっ!?しゅ、しゅっぱーつ!」

 

にこさん改めにこちゃん先輩はいきなり名指しで全体の挨拶を依頼され、考えるそぶりを見せたと思ったら右手を大きく掲げてありきたりな台詞を叫んだ。

 

「にこちゃんってアドリブ弱いんですね……」

 

「なにも考えてなかったのよ!」

 

何とも締まりのない出発式となり、オレたち10人は真姫の別荘に向けて出発した。

 

 



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第28話 海と天然ジゴロ

「そう言えば座席の割り振りってどうするのかにゃ?」

 

凛ちゃんがふと呟いた。

 

確かに総勢10人という大所帯で電車に乗り込み、いざ席に着こうとしたそのとき、新なが浮上した。

 

このままじゃ同学年同士が固まってしまい、折角の合宿の意味がなくなってしまう。

 

「んじゃこれでどうだ?」

 

オレは1から5のハートとダイヤのトランプカードを取り出す。

 

さらに公平を期すためにカットとシャッフルを繰り返す。

 

そして絵柄が下になるように向けて、カードを差し出す。

 

「これを1枚ずつ引いていって、同じ数字同士がペアになるってのはどうだ?」

 

「そーくん、いいアイディアだね♪」

 

そう言ったことりを筆頭にドンドン引いていき、オレは最後に余ったカードが自分の手札となる。

 

オレはダイヤの4だ。

 

「んじゃ聞いてくぞー。まず1の人ー」

 

「ウチと……」

 

「穂乃果だよっ!」

 

1のカードを引いたのは、希さん改めのんちゃんとほのちゃん。

 

「2の人ー」

 

「凛と……」

 

「にこね」

 

凛ちゃんとにこちゃんだ。

 

「さくさく行くぞー。3は誰だー?」

 

「私と……」

 

「ことりだよっ!よろしくね、真姫ちゃん!」

 

真姫とことちゃん。

 

「4はオレだ。あと一人は誰だー?」

 

「わ、私です……」

 

オレとみーちゃん。

 

「んで絵里ちゃんと花陽ちゃんは5っと……」

 

「よろしくね、花陽」

 

「は、はいぃ……」

 

座席も決まったところで、改めて出発となった。

 

 

 

 

 

 

「インターハイの活躍、見てましたよ?改めて優勝するなんて凄いですね」

 

電車が動き出してしばらくして、みーちゃんが口を開いた。

 

「メダルとトロフィーを毎日見てると嫌でも実感するよ。そういうみーちゃんこそつい最近までインターハイだったんだろ?」

 

確か毎年陸上と同じくらいの日程でやるのに、今年は弓道だけお盆の直前にやったんだそうだ。

 

「お願いですからみーちゃんはやめてください……。残念ながら力及ばずベスト4目前で負けてしまいました。」

 

「いや、それでも十分すごいと思うんだが……」

 

「壮大に比べればまだまだです。やっぱり壮大はすごいですよ」

 

海未に褒められ、照れ臭くなってしまい頬を掻く。

 

「くぁ……」

 

思わず欠伸を漏らしてしまった。

 

「おや、眠たいのですか?」

 

「うーん……。みーちゃんと乗ってるのは退屈じゃねぇんだけどどうしても寝ても寝ても疲れが取れねぇんだよなぁ……」

 

「でしたら起こしますので、降りる駅の前まで寝てもいいですよ?」

 

「いいのか?オレが寝てしまうと話し相手がいなくなってしまうぞ?」

 

「ふふっ……優しいんですね。そんな心配しなくても最近買った本がありますので大丈夫ですよ」

 

そう言うと海未は、手持ちのバッグからカバーがかけられた本を取り出す。

 

「そうなのか……?じゃあ、お言葉に甘えることにするよ」

 

「ええ。おやすみなさい」

 

オレは海未に断りを入れて、重たい瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

~Side 園田 海未~

 

「ふぅ……」

 

本を読んで少し肩がこった私は、持ってきていた本を置いた。

 

まだ降りる駅に着かないとはいえ、少し喉が渇いたのでお茶を飲もうとしたらトンと右肩に何かが乗ったような重さを感じた。

 

見てみると、壮大が私の肩に頭を乗せて静かに寝息を立てていた。

 

本来なら壮大の身体のどこかを叩いて姿勢を直させるべきなのですが、気持ちよさそうに眠っているので起こすのは申し訳ない気がする。

 

「うーみちゃーん!!トランプしない?」

 

前から穂乃果が覗き込んできたが、私は人差し指を口の前に当てる。

 

「あっ……。そーちゃん寝てたんだ……」

 

「えぇ。お疲れのようだったので眠らせてあげましょう」

 

「そうだね。元はと言えば穂乃果のわがままで合宿に来てもらったようなものだしね……」

 

壮大が合宿に参加してもらうようにメンバーにお願いしていた穂乃果は少しだけ申し訳なさそうにしていた。

 

「なら、壮大が合宿に来てよかったと思えるようにしないといけませんね」

 

「うんっ!」

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

穂乃果たちの呼び方は何とか頼み込んで元に戻してもらった。

 

理由?今になってちゃん付けで呼ぶような間柄じゃないでしょ?

 

そんなこんなで海未に起こしてもらって電車を降りてから、真姫の案内のおかげで迷うことなく西木野家の別荘に辿り着いた。

「「「「「「「おぉ~」」」」」」」

 

「なんじゃこりゃ……」

 

「ぐぬぬぬぬぬ……」

 

別荘を見た第一声がこれだった。

 

にこちゃんは何故かぐぬぬっていた。

 

そんなに悔しがる必要ないんじゃないかな…?

 

「すごいよ真姫ちゃん!」

 

「さすがお金持ちだにゃー!」

 

「そう?」

 

真姫は穂乃果と凛ちゃんの賞賛を何でもないと言わんばかりに返す。

 

何でもなくねぇよ。

 

目の前にプライベートビーチがある別荘なんてそうそうあるもんじゃねぇぞ?

 

そんなこんなでメンバーそれぞれに寝泊まりする部屋を案内して回っていって、残りはオレだけとなった。

 

「真姫?オレはどこで寝泊まりすれば……?」

 

「壮大はこっちよ。ついてきて」

 

真姫に案内され、着いた部屋のドアを開けるとストレッチをするのに敷くトレーニングマットと少量のトレーニング器材が置かれた部屋だった。

 

「これは……?」

 

「あんたのことだから、きっと寝る前とかにやるだろうと思って執事に頼んで用意してもらったの。生憎これくらいしか用意出来なかったけど……」

 

「構わねぇさ。むしろ感謝したいくらいだ」

 

「そう。何か足りなくなったら言ってね?」

 

それっきり真姫は自分が寝泊まりする部屋へと戻っていった。

 

もしかして先輩禁止って言ったのは遠回しに真姫と他のメンバーの距離感を縮めるために言い出したのかな……?

 

真意を知らないオレは荷物を置いて、集合時間までの間ふかふかのベッドの上で寝転がった。

 

ヤバい。この布団最高だわー……。

 

 

 

 

「これが練習メニューになります!」

 

海未は窓に貼った練習メニューを指しながら言う。

 

練習メニューには遠泳10kmにランニング10km、精神統一や腕立て腹筋20セットと書かれていた。

 

……トライアスロンの選手の練習メニューか?

 

遠泳10kmってアイアンマンレースでも泳がねぇぞ…。

 

穂乃果と凛ちゃんとにこちゃんはそれぞれ水着に着替えていて、既に海で遊ぶ気満々で、まさかこれから練習するなんて思っても見なかった3人の表情は不服そうだ。

 

「って海は!?」

 

「……私ですが?」

 

穂乃果の言葉に海未がキョトンとした顔で返す。

 

おい。それはボケで言ってるのか?それとも素で言ってるのか?

 

「違うよ!海だよ!!海水浴だよ!!!」

 

「それでしたらここに」

 

海未は満面の笑みで遠泳10kmと書かれているところを指差した。

 

それを見た穂乃果とにこちゃんは10kmという数字と、その後に書いてあるランニング10kmに顔を引き攣らせていた。

 

そりゃそうなるよな。

 

オレもその距離泳げって言われたら全力で首を横に振る自信しかない。

 

「最近基礎体力をつける練習が減っています。折角の合宿なんですし、ここでみっちりやっといた方が良いかと」

 

「みんなの体力は持つのか?」

 

「大丈夫です!熱いハートがあれば!!」

 

お前はどこの超熱血テニスプレイヤーだ。

 

何?練習中誰かがへばっていたらその人そっくりに応援するの?

 

いくら大和撫子の海未でも、暑苦しいこと極まりないな。

 

「やる気が痛い方向に入っちゃってるわね……。ちょっと、どうにかしなさいよ」

 

「分かったよ……凛ちゃん!」

 

「わ……、分かったにゃ!」

 

穂乃果たちは何やら相談して、海未を説得しようとしていた。

 

すると凛ちゃんは海未の手を引き、空に何かあると言って指差していた。

 

その間に穂乃果とにこちゃん、ことりに花陽ちゃんは砂浜の方へ走っていった。

 

「ちょっ……!!待ちなさーい!」

 

「仕方ないわね……」

 

「えぇ……?良いんですか?絵里先ぱ………あ」

 

絵里先輩と呼びそうになった海未に禁止と言って、海未は口元を押さえて謝った。

 

「μ'sはこれまで部活の側面も強かったから、こうして遊んで先輩と後輩の垣根を取る事も重要な事よ?」

 

「それにまだ合宿は始まったばっかだ。1日、2日くらい許してやれよ?」

 

絵里ちゃんの言葉に海未がイマイチ納得いってない表情をしていたが、オレは海未の頭をポンポンと撫でてから海の中に入ってもいいような服装に着替えるため、一旦別荘の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

水着に半袖パーカーを羽織り、頭には陸上の練習でかけるスポーツ用のサングラスを身に付けて海岸に降り立つ。

 

「わぁっ!そーくんカッコいいー!!」

 

オレの姿を見て、近くにいたことりが反応する。

 

ことりは緑のビキニを着ていて、手には水鉄砲を持っていた。

 

「そうか?ことりも随分と似合ってるじゃん」

 

「えへへぇ……。新しく買ったの!」

 

そう言って遠くにいる穂乃果と凛ちゃんのところにとてとてと走っていった。

 

それを見たオレは羽織っていたパーカーを脱いで、サングラスを外しながらパイプのイスにひっかけた。

 

「あら、全国大会で優勝する人の身体は凄いのね……」

 

「壮大くん、触らして貰ってもええかな?」

 

すると、絵里ちゃんとのんちゃんがやって来た。

 

やっぱ3年生ってこともあってスタイル抜群だ。

 

絵里ちゃんもロシア育ちと言うべきか、のんちゃんに負けてないお胸を持っているようで……。

 

おっと、いかんいかん。

 

禁止とはいえ、年上の女性に対して疚しい目で見ちゃいかんよな……。

 

「いいっすよ。気が済むまでどうぞー」

 

許可を出すと、絵里ちゃんとのんちゃんはペタペタと触ってきた。

 

「見た目以上にハッキリと割れてるのね……」

 

「如何にも男の子って感じやね!」

 

「まぁ、鍛えてますし……」

 

女の子に身体を触られるということがあまりないので、何だか恥ずかしい。

 

「あー!絵里ちゃんと希ちゃんずるーい!!!」

 

「凛ちゃん!?」

 

絵里ちゃんとのんちゃんのやり取りを見ていた凛ちゃんは、浅瀬から走ってきてオレの身体に抱きついてきた。

 

「あら、凛ったら……」

 

「意外と大胆なんやね……」

 

横からなんか聞こえるけど、今のオレはそれどころじゃない。

 

オレの無骨な肌に凛ちゃんの女の子特有の柔らかい肌が当たっている。

 

「そーたくんすごいにゃー!」

 

「凛ちゃん、頼むから離れてっ……!」

 

「何で?」

 

凛ちゃんはオレの言ったことが分からなかったのか首を傾げる。

 

「着てる物の状況!水着!!肌!!!」

 

「え……?にゃぁぁぁあっ!!?」

 

ようやく理解したのか凛ちゃんはオレから少し距離を取った。

 

危なかった……。

 

これ以上密着されていたら、オレのアレが爆発(エクスプロージョン)するところだった。

 

「……凛ちゃん?大丈夫かい?」

 

凛ちゃんをケアしようと近付くと、胸を両腕で隠すように覆いながら涙目でオレを見ていた。

 

「そーたくんも絵里ちゃんや希ちゃんみたいに胸おっきい人の方が好みなの……?」

 

「……凛ちゃん?」

 

「だって、ひんそーな凛にくっつかれるのが嫌だからあんなこと言ったんでしょ……?」

 

「んなこたぁねぇよ。何ならオレの胸の辺り触ってみな?」

 

凛ちゃんはオレの胸を恐る恐る触る。

 

「すごい…、バクバクしてるにゃ……」

 

「つまり、そういうこと。だから凛ちゃんが落ち込むような要素はないってことだ」

 

「えへ…、えへへ……」

 

すると凛ちゃんはいつもの無邪気で眩しい笑顔を取り戻した。

 

え?なんなの?このえんじぇー。

 

「ほら!そーたくんも凛と一緒に遊ぶにゃー!!」

 

「ちょっ!!凛ちゃん!?」

 

凛ちゃんはオレの手を掴み、海に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、えりち?」

 

「なぁに?」

 

「何か急にだけど、コーヒー飲みたくならへん?」

 

「奇遇ね。私もそう思ってたところよ」

 

 

 

……壮大の天然ジゴロはまだまだ続きそう?

 

 

 




※ 6月19日 タイトル変更


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第29話 買い出しと別荘でのひととき

オレは一通り遊んでから、一休みしようと海岸に上がったらパラソルの下で優雅にハワイアンなソーダを飲んでいた真姫がイスに座っていた。

 

「隣、いいか?」

 

「いいわよ」

 

真姫の許可を得たので、休憩がてら座り込む。

 

よく見るとふわふわした真姫の頭にオレのサングラスがかけられていた。

 

「……みんなと遊ばないのか?」

 

「私はいいわ。それとサングラス、借りてるわよ?」

 

「別にいいけど……ぶふっ!?」

 

顔に海水をかけられた。

 

目の前には左手を頬に当て、うっとりとすることりの姿があった。

 

ほぅ………?

 

「……真姫、ちょっとそこのバッグ取ってくれ。重いから気ぃつけろよ?」

 

「これ?……って重っ!?何入ってるのよ!?」

 

両手で持ってきたバッグのファスナーを開け、バッグに入っていた物を順序よく装備していく。

 

小型の水鉄砲から大型の水鉄砲。

 

その水鉄砲の水を補充するタンクをつけた濡れてもいいジャケット装備する。

 

「んじゃ、ちょっとそこのいけない鳥さんにお仕置きしてくる」

 

「え、えぇ……。いってらっしゃい……?」

 

戸惑いを隠せない真姫に見送られ、オレはゆっくりとことりに近付く。

 

「え、えっと……そー、くん?」

 

ことりは狼狽えている。

 

オレは小型の水鉄砲を2丁拳銃のように構える。

 

Hey,ledy……Are you ready(お嬢ちゃん…、準備はいいか)?」

 

「い…、いえす?」

 

返事を聞いたオレは水が尽きる限り、水鉄砲をぶっぱなした。

 

水着の紐が解けるかもしれないって?

 

知らん。むしろポロリ大歓迎じゃぼけぇぇぇえ!!

 

「そーくん!?その水鉄砲の数はなんなのー!?」

 

「そんなことを聞いてる暇があるなら迎撃するか逃げ惑うかしやがれぇぇぇえ!!」

 

 

 

 

 

 

 

ことりを制裁するために始まった銃撃戦は、穂乃果、凛ちゃん、にこちゃん、を巻き込んで大々的に行われたがことりの必殺技『ことりのお願い水着ver.』による鼻から出血による引き分けに終わった。

 

ことり半端ないって!あいつ半端ないって!

 

胸の谷間を強調させてお願いしてきたんやもん!

 

あんなんできひんやん普通!

 

思わずガン見しちまったじゃねぇか!!

 

健全な男子高校生にあんなえっちな攻撃耐えられるわけないやん!

 

思わずのんちゃんみたいな似非関西弁になってしまうほどの衝撃だったとさ。

 

一足先にメンバーはお風呂に入り、交代でシャワーを浴びてベタついた塩を洗い流していると何やらお困りの雰囲気になっていた。

 

「どうかしたのか?」

もうすっかりタメ口で話すことに慣れ、近くにいたのんちゃんに話し掛けてみた。

 

「あっ、壮大くん。厨房にいるにこっちの話やと何でも買い出しに行かなあかんらしくてな……」

 

「食材が足りなくなったのか?」

 

「無いことはないんやけど、どうしても今日の晩御飯だけでなくなっちまうみたいで……」

 

ありゃ。

 

「そんでな?真姫ちゃんの話やとここからスーパーが遠いらしくて……」

 

あー…、なるほどな……。

 

「別に、私一人で行ってくるからいいわよ。それにみんなスーパーの場所、誰も分からないでしょ?」

 

すると真姫が一人で行くと言い出す。

 

確かにもっともな理由だけど……、なにも一人で行く必要はないだろ。

 

「じゃあ、ウチがお供する!」

 

「うぇえ?」

 

「たまにはええやん?この組み合わせも」

 

のんちゃんは少々強引ながらも真姫に提案した。

 

真姫は少し戸惑いつつも、小さく頷いた。

 

「それじゃ、行ってくるね」

 

「おっと、待った。オレもご一緒させてもらおう」

 

「なっ……!?あなたも行くの……?」

 

オレも着いていこうとするとしたら、のんちゃんが行くといったときよりも驚いていた。

 

「いっぱい買い込まなきゃいけないんだから、荷物が重くなるんだろ?だからオレは荷物持ちだ」

 

「……勝手にすればっ」

 

顔を赤くして一足先に玄関へ行ってしまった。

 

「もしかしてウチ、お節介やったかな?」

 

「そんなことねぇよ。ありゃ好意の裏返しってやつだ」

 

「幼馴染が言うんやったらそうなんやね……」

 

オレとのんちゃんは話をしながら、素直じゃない幼馴染の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ~、夕日がキレイやんなぁ……」

 

「そうだな~……」

 

スーパーから別荘への帰り道。

 

オレは買い物袋を持ってのんちゃんと並んで歩く。

 

真姫はオレたちよりも少し先を歩いていたが、突如立ち止まって振り返った。

 

「……ねぇ」

 

「ん?どうしたん?」

 

「どういうつもり?」

 

「別に?ただ真姫ちゃんは面倒くさい人やなぁって…」

 

「……壮大はなんでそんなに私に構うの?」

 

何でって言われてもなぁ…。

 

「幼馴染だとか昔のキミを知っているだとかそんなの抜きにして、キミはもう少し素直になってもいいんじゃないかな?と思ってるだけだ」

 

これは本心だ。

 

真姫の場合はもう少し素直になるだけで…、思ったことをほんの少しだけ口にするだけで距離は縮まると思う。

 

だってキミはもうメンバーからは手を差し伸べられている状態にあると思っているから。

 

「私なら別に普通に……」

 

「そうやって素直になれないんやね……」

 

「っていうか!なんでそんなに私にばっかり絡むの!?」

 

オレとのんちゃんに立て続けに攻められ、反撃と言わんばかりな言葉を荒げた。

 

「放っておけないんよ。ウチも真姫ちゃんみたいなタイプ…、よく知ってるから」

 

「……何それ」

 

まさかのカウンターを喰らった真姫は、何も言えなくなってしまった。

 

「まっ!たまには無茶してみるのもええんとちゃうん?なっ、壮大くん?」

 

ここでオレに振るか!?

 

オレは落としそうになった買い物袋を慌てて握り直す。

 

「……そうだな。たまには開き直るのも肝心かもよ?」

 

「…………」

 

そっぽを向いているが、夕日のせいもあってか心なしか顔が赤かった。

 

「立ち話もこの辺にして、そろそろ戻ろっか。もしかしたらみんなお腹空かせて待ってるかもしれんしな?」

 

のんちゃんはそのまま一人で別荘への道をそそくさと1人先に行ってしまった。

 

「……オレたちも行こうぜ?」

 

「……そうね」

 

のんちゃんも真姫を見てオレと同じようなことを考えていたのだろうか……?

 

そんな考えは先を行くのんちゃんを追いかける頃には、頭の中から転がり落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

「にこちゃんって料理できるんだね……。オレ、初めて知ったよ」

 

買い出しから帰ると、ちょうど夜メシの準備が整ったようだった。

 

ちなみに今日の夜メシの献立はカレーライスとサラダ。

 

お好みでシーザードレッシングやゴマだれドレッシングのボトルがテーブルの上に置かれていた。

 

ただ、花陽ちゃんだけはカレーとご飯が別々で装っていた。

 

あれに意味はあるのだろうか……?

 

と聞きたいところなのだが、あんなにキラキラした花陽ちゃんに聞いたら恐らく数時間は語りっぱなしになるだろうから聞かないでおく。

 

「フフンッ!にこをナメないでよねっ!」

 

小さい胸をさらに張って、フフンと鼻で笑うにこちゃん。

 

「それじゃあ!みんな手を合わせてー!!」

 

穂乃果が号令を出すようで、みんなは穂乃果に従って手を合わせる。

 

 

 

「「「「「「「「「いただきまーす!!!」」」」」」」」」

 

 

 

全員で礼儀正しく声をそろえた後、目の前のカレーを口にした。

 

「美味しい!」

 

「にこっち、これホントに美味しいんやけど!」

 

「当然でしょ!?このにこにーにかかればこれくらい朝飯前よ!」

 

みんながにこちゃんを褒め、にこちゃんはさっきよりも誇らしげに胸を張った。

 

確かにめちゃくちゃ美味い。

 

みんな会話に花を咲かせながらあっという間に食べきり、しばらくしてからこれからどうしようかと言う議論になった。

 

オレはボウルに残ったサラダをもしゃもしゃと食べながら、議論を聞いていた。

 

「ゆきほぉー……、お茶ぁー……」

 

穂乃果は完っ全にぐーたらモードになっていて、この場にいない雪穂にお茶を要求していた。

 

そんな穂乃果を放っておき、議論の顛末をまとめる。

 

案が出されたのは、海未が提唱した『練習する』と凛ちゃんが提唱した『花火をする』という2つ。

 

穂乃果は完全に練習する気は無いみたいだし、それは凛ちゃんもにこちゃんも同じだ。

 

ことりはそんな彼女たちの様子も考慮し、練習はやめといた方がいいと提案する。

 

そして花陽ちゃんはというと…、

 

「わ、私はお風呂に…」

 

第3の意見をブッ込んだ。

 

これによりなんとなーく纏まりかけた議論が白紙に戻ってしまった。

 

「なんなら今日はお風呂に入ってゆっくり休んで明日の午前中に練習をすればいいんじゃねぇか?」

 

「「「「「「「「「あ……」」」」」」」」」

 

この議論はオレの何気ない一言であっさりと終わった。

 

 

 

 

 

みんながお風呂に入っている間に食器を洗って片付け、交代でお風呂に入って上がるとリビングに布団が敷かれていて、その上で穂乃果と凛ちゃんとにこちゃんがコロコロ転がっていた。

 

「なにこれ?」

 

「今日はみんなでここで寝ようってことになったんだー」

 

ことりがこの状況を説明してくれた。

 

布団はしっかり10枚敷かれていた。

 

あぁ…、オレもここで寝ろってことですね?

 

話し合った結果、寝る場所は……

 

 

 

にこちゃん ことり

凛ちゃん 穂乃果

花陽ちゃん 海未

のんちゃん 絵里ちゃん

真姫 オレ

 

となった。

 

「電気消すぞー」

 

みんなの返事を確認したオレは、電気を消して布団に入った。

 

はぁー……、疲れたー……。

 

目を瞑って、その身の疲れをそのままに委ねようとする。

 

ドンドン深みに沈んでいき、あと少しで眠れそうになったところで顔にモフッとした衝撃を感じた。

 

「どういうことですか……?」

 

どうやら海未もオレと同じ状況になったようだ。

 

「えぇっとぉ……」

 

ことりっぽい声がこの惨事を誤魔化そうとしていた。

 

「オイ……、こんな夜遅くに何やってたんだ?」

 

「ち、違っ……!狙って当てたわけじゃ……!!」

 

「そうだよ!!そんなつもりは全然……っ!」

 

オレの質問に真姫っぽい声と穂乃果っぽい声が言い訳をし始めた。

 

「明日朝から練習するって言いましたよね……?」

 

「それに備えてゆっくり休めっつったよなぁ……?」

 

ことりっぽい声が声を震わせて、返事をする。

 

「それを……?こんな夜遅くに……?」

 

「お前ら、覚悟はできてんだろうなぁ……?」

 

穂乃果っぽい声とことりっぽい声が聞こえたが、オレは足元に置かれている枕を蹴って海未にパスをする。

 

パスを受けた海未は枕をキャッチし、にこちゃんが寝ていた方向に向かって投げつけた。

 

「ぐぁぁっ!!?」

 

「に、にこちゃん!?……ダメにゃ。もう手遅れだにゃ……!」

 

「超、音速枕……」

 

「ハラショー……」

 

凛ちゃんや花陽ちゃん、絵里ちゃんが戦慄しているその間にも、オレと海未のコンビネーションで迎撃しようとしたであろう気配を出している穂乃果がいるであろう方向に枕を投げる。

 

「ごめん海未、壮大……むぐぅっ!?」

 

今度は海未からのパスを受け、絵里ちゃんの声が聞こえたであろう方向に向かって枕の軌道を変える。

 

ヒットしたのか絵里ちゃんの声も聞こえなくなった。

 

残るは4人……。

 

まずは凛ちゃんと花陽ちゃんを仕留める。

 

「凛ちゃん……」

 

「かよちぃん……」

 

「「だれか助けてー!!」」

 

「ぐっ!?……ぬぅ」

 

助けが来たのか海未が後方から投げられた枕を受け、海未が呻き声を上げて倒れたみたいだった。

 

それで立ち止まってしまったのが、運の尽きだった。

 

「そーくん!覚悟ー!!」

 

凛ちゃんの声が聞こえ、オレは背中から倒れた。

 

強引に寝かされた勢いで、夢の世界へと誘われた。

 

 

 

 

何だか暴れたような気がした後に、目を覚ましたらそこには雑魚寝状態になっていて枕があちこち散らばっていて凛ちゃんがオレに抱きつきながら、その横で海未がオレの着ているシャツを掴みながら眠っているという何ともカオスな状況になっているリビングだった。

 

 



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第30話 μ'sの練習withインターハイ王者

「…大……!……きて……さい!」

 

誰だ?オレの眠りを妨げようとしている奴は……。

 

「壮大……!起きて……さい!」

 

もうちょっと寝かせてくれよな、全く。

 

「壮大!朝ですよ!起きてください!!」

 

誰だオレを無理矢理に起こそうとしている奴は!

 

嫌だ!誰がなんと言おうともオレは絶対目を開けねぇぞ!!

 

「意地でも目を開けないつもりですか、そうですか……。かくなるうえは…はぁっ!!!」

 

寝返りを打ったと同時に何だか宙に浮いている感覚があるけど、気のせいだよな。

 

オレはそのまま寝返りを打った。

 

 

 

 

「死ぬかと思った!!あと数センチずれてりゃオレの身体がボロボロになるところだったじゃねぇか!!」

 

「まさか壮大が空中で身体を捻るとは思いませんでしたから」

 

オレを投げ飛ばした正体は海未だった。

 

何でも朝御飯ができても起きて来ず、気を使って起こさなかったのだがメンバーのみんなが朝御飯が食べ終わるまで起きてこなかったからこうして起こしに来たらしい。

 

なんて手荒い起こし方だ!

 

「お前オレが半身不随になってたらどうするつもりだったんだよ!?」

 

「大丈夫です。壮大は頑丈ですから」

 

「いくら頑丈でも急所は鍛えようがねぇぞ!?」

 

昨日は寝てても起こさなかったのに、何で今日は起こすの?

 

「合宿ですからメンバーと行動を共にするのは当然ではありませんか?」

 

さらっと心を読むな!!

 

「早く朝食を食べてください。片付けが終わりませんよ?」

 

何だかおかんみたいになった海未にそそのかされ、テーブルに乗っていた朝メシを食べ始める。

 

「今日の予定はどんな感じだ?」

 

味噌汁を啜りながら、オレの隣に珍しく正座ではなく女の子座りをしている海未に今日の予定を聞く。

 

おっ、この味噌汁美味いな。誰が作ったんだろう?

 

「今日は午前中に練習をしますが、午後は特に考えてないですね…」

 

「…まさかとは思うが、昨日書いていたメニューをやるのか?」

 

ランニング10kmならともかく、遠泳10kmやるってんならみんなの体力が尽きて溺れてしまいかねない。

 

「冷静に考えてみて、自分でもさすがにアレはないなと思います」

 

だろうな。

 

「せっかく目の前に砂浜があるので、そこで体力強化を中心とした練習をしたいと思います。……参加しますか?」

 

悪くない考えだ。

 

意外と砂浜での走り込みは脚全体に効くし、柔らかいからアスファルトやコンクリートに比べて負担は少ない。

 

なにより不安定なところで走るので、体幹の強化と左右のバランスを整える機会になりそうだ。

 

「……じゃあ、オレも参加していいか?」

 

「ええ、いいですよ?では私たちは先に練習をしていますので準備できたら砂浜に来てください」

 

海未は立ち上がり、練習へと行ってしまった。

 

オレも準備に取りかかるとしますかぁ!

 

使った食器を洗って、自分の部屋に戻り練習着に着替えて砂浜に向かった。

 

 

 

外に出ると思っていたよりも暑かったので、着ているシャツを脱ぎ捨てハーフタイツに日差し避けのスポーツタイプのサングラスをかけて砂浜に降りる。

 

砂浜ではメンバーが汗を流しながら走っていた。

 

「うぃっす」

 

「そーちゃん、遅いよー!」

 

「そーくんおはようだにゃー!!」

 

近寄って挨拶すると、μ'sの元気印である穂乃果と凛ちゃんが立ち止まって挨拶を返してくれた。

 

「ホレ、ドリンクだ」

 

「ありがとう!……ぷはー!生き返るー!!凛ちゃん、まだまだ行くよ!」

 

「分かったにゃー!!そーくん、ドリンクありがとうだにゃ!」

 

2人に向かってドリンクが入ったボトルを軽く放り投げると、ゴクゴク飲んでからまた走り出した。

 

「海未、今はどんな練習だ?」

 

「誰かと思ったら壮大ですか……。まずは軽めのランニングってところで、あと20分で終わります」

 

一番後ろでマイペースに走っている海未に寄り添う形で走りながら聞くと、ランニングだと教えてくれた。

 

「その次は?」

 

「目印となるコーンを100メートルくらい先に置いてダッシュをしようかと……」

 

「ちょっとそのメニューのやり方、オレに任せて貰っていいか?」

 

「どうやるのですか?」

 

「それはやる前のお楽しみ。まぁ、悪いようにはやらないさ」

 

海未は生返事をしてから走るペースを上げ、前を走るメンバーの後を追い掛けた。

 

 

 

「次のメニューは100メートルダッシュを10本ほどやろうと思いますが、その前にやり方の説明を壮大からお願いします」

 

100メートルのダッシュをする前に、海未の前フリを受けてメンバーの前に立つ。

 

前に立つと分かるのだが、みんながオレを見ているので何だか少し緊張する。

 

「では次の練習をする前に、ちょっと聞いてみたいことがあるんだが……穂乃果?」

 

「えっ?穂乃果?」

 

急に呼ばれた穂乃果はビックリしていた。

 

「ただただ走るのってさ…、ぶっちゃけ結構疲れるし何だか地味だよな?」

 

「うーん…、本音を言うと一人で走ったりするとすぐ飽きちゃうんだよねぇ……。」

 

「素直でよろしい」

 

実際オレも一人でランニングしたりしていると、集中力が途切れるとすぐ歩いてしまったりしてしまう。

 

「そこで、この練習では2人1組で競争してもらおうと思う」

 

「「「「「競争?」」」」」

 

メンバーが首を傾げる。

 

「そう、競争だ」

 

「それってどうやるのかしら……?」

 

絵里ちゃんはどうやるのか疑問に思っているみたいだ。

 

「絵里ちゃん、いい質問だ。簡単に言うと2人1組になってゴールした時点で勝った人は自分が走った時より1つ前に、逆に負けてしまった人は1つ後ろに下がるっていった感じだ」

 

「つまり、入れ換えていくってことでいいのかな?」

 

「そういうこと」

 

花陽ちゃんが聞いてきたことに同意する。

 

「ハンデとしてオレと同じ組になった人は、オレより何秒か先にスタートしてからオレが走るってことにしようと思うが、異論がある人はいないかー?」

 

「はーい!」

 

元気よく手を上げるメンバーが1人いた。

 

「はい、凛ちゃん」

 

「走り終わった時点でトップに立っていた人には何か賞品みたいなのを希望するにゃ!」

 

「おー!!凛ちゃん、それいいねー!!」

 

「ことりも凛ちゃんにさんせーい!!」

 

メンバーみんなが凛ちゃんが提案した案件に賛成のようだ。

 

「じゃあ、オレに勝った人は今日の夜メシ期待してもらうってことでいいかな?」

 

「「「「「やったぁ!!!」」」」」

 

「では、みんなのやる気が出てきたところで練習を始ようか。一人ずつオレの手に持ってる割り箸を引いていってくれー!!」

 

みんな箸を引いてペアを決めていき、練習を再開する。

 

のんちゃんと海未を先頭にして、真姫と花陽ちゃん、にこちゃんとことり、凛ちゃんと穂乃果と、オレと絵里ちゃんの組合わせで始まった。

 

オレに勝ったのは1本目で走った絵里ちゃん、4本目で走った海未。

 

そして意外にも7本目で走ったのんちゃんも足が速かった。

 

穂乃果もかなりいいところまでいったが、ゴール直前で転んでしまい本気で悔しがっていた。

 

そして最後の10本目の相手は……

 

「凛ちゃんか……」

 

「やったにゃ!最後の最後での直接対決だにゃ!」

 

凛ちゃんとオレの頂上対決となった。

 

オレとしては最終対決で凛ちゃんと走りたかったから、少し気合いが入る。

 

「ふっふっふ…、そーくんには悪いけどこの勝負、凛が貰ったにゃ!」

 

「おいおい…、自分で言うのもアレだけどインターハイ王者に勝てると思ってんのか?……ハンデは?」

 

「そんなのいらないにゃ!…と言いたいところだけど、確実に勝つために必要なタイムは……1.5秒だにゃ!」

 

「分かった。じゃあ行くぞ!よーい…、スタート!!」

 

「にゃあっ!!」

 

凛ちゃんは文字通り砂塵を上げて走り出す。

 

そして凛ちゃんがスタートしてから2秒足らずしてから…、

 

「らぁっ!!」

 

疲労しきっている脚の筋肉の残り少ないエネルギーをフルに使い、ぶちかます。

 

凛ちゃんの足の速さは今まで大会を通して見てきた女子の短距離選手の中でも、トップを争うほどの走力を誇っている。

 

なかなか追い付かねぇ……!!

 

けど、ここで負けるなんてことはほんの少ししかないけどインターハイ王者としてのプライドが許さない。

 

1歩1歩力強く、そして確実に前に進める。

 

そしてラスト10メートルで凛ちゃんの横に並ぶ。

 

「にゃにゃっ!?」

 

驚く凛ちゃんを横目に、さらに加速を決め込む。

 

そして凛ちゃんよりもほんの少し前でゴールした。

 

「はぁっ……!はぁっ……!!」

 

「にゃぁぁあ……、負けたにゃあ……」

 

腰に手を当てて顔を上げ、粗い呼吸を繰り返すオレとオレの横でペタンと座り込む凛ちゃん。

 

「やっぱりそーくんは速いにゃー……」

 

「凛ちゃんも…、マジで速かった…。負けるかと…、思った…ぜ……」

 

お互い相手を讃えるようにオレは凛ちゃんに手を差し伸べ、凛ちゃんはオレの手を掴んで立ち上がる。

 

みんなもオレと凛ちゃんの競争を目撃して唖然としている。

 

「壮大?もしかして、さっきの凛以外で走ってたのって力をセーブしていたの……?」

 

絵里ちゃんがボトルを渡しながら聞いてきた。

 

「まさか…、でも凛ちゃんの競争はかなりギリギリだったよ…」

 

「ハ、ハラショー……」

 

ボトルを握りつぶすように中身を口に含んでから答えると、絵里ちゃんの口からロシア語が飛び出していた。

 

「んじゃ、クールダウンして終わりかな?日も高くなってきて熱中症になると大変だしね」

 

みんなは何も言わずに頷き、各々でクールダウンを始めた。

 

 

 

 

「はぁー…、疲れたぁ……」

 

昨日は寝れなかったが、今日はみんなそれぞれ割り当てられた部屋で寝ることになって1人部屋のオレはベッドの上で横になっていた。

 

お昼を食べてからさらに一人で砂浜を走ったり、海で軽く泳いだりと身体を動かしていた。

 

メンバーのみんなは近くを散歩したり、持ち込んだボードゲームをやったりと各々の時間を過ごしていたみたいだった。

 

そして夜メシの時間、オレは今日の勝者の賞品としてお手製の甘さを控えめにしたカスタードプリンを振る舞った。

 

絵里ちゃんは「ハラショー!!」と、海未は「甘過ぎずにサッパリしていておいしいですね」と、そしてのんちゃんは「何か負けた気分になるんやけど、気のせいなんかな?」と言いながら食べていた。

 

残念ながら負けたメンバー(特に穂乃果と凛ちゃん)の捨てられた子犬のような目に勝てず、結局みんなに振る舞った。

 

あぁ…、何だか眠気が……。

 

オレは襲いかかってきた睡魔に抗えず、そのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 

ーーーコンコンッ!

 

 

「んっ……?」

 

突然ドアから強めのノックをする音が聞こえた。

 

時間を見ると夜の11時半だ。

 

確か部屋に入ったのは8時少し過ぎだったから、およそ3時間半眠っていた計算になる。

 

「はーい……、開いてますよー」

 

半分うとうとしながら、ドアの向こうにいる人に応答する。

 

すると静かにドアが開けられ、来客者を見る。

 

「ちょっと、いいかしら……?」

 

「……絵里ちゃん?」

 

オレの部屋に訪ねてきた来客者の正体は、絵里ちゃんだった。

 

 

 



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第31話 悩みと心の靄

お気に入り件数が100件を越えました!

記念ストーリー描かなきゃ。(使命感)

では、改めてどーぞ!!


「どうしたんすか?こんな夜遅くに…?」

 

「えっと……」

 

今から言うことが言いづらそうに言葉を詰まらせる。

 

よく見ると昼の時とは違い、心なしか震えているように見えた。

 

「とりあえず廊下で立ち話もなんなので入ってください。お茶を入れますから」

 

 

 

 

 

 

ポットで少し温めのお湯を沸かし、紅茶のティーバッグを入れたマグカップにお湯を注ぐ。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

絵里ちゃんはマグカップを受けとり、紅茶をちびちびと飲み始めた。

 

「落ち着きました?」

 

「少しだけだけど、落ち着いてきたわ」

 

「それはよかったです」

 

オレの部屋は、少しの間だけ無音の空間と化する。

 

「……何も聞かないのね」

 

先に沈黙を破ったのは絵里ちゃんだ。

 

「えぇ、だいたいは見当はついてますから。……もしかして、暗所恐怖症ですか?」

 

返事は無い代わりに、首が縦に動いた。

 

暗所恐怖症とは、端的に言うと暗闇を病的に怖がることだ。

 

その症状としては酷い場合だと息切れ、過度の発汗、吐き気、震え、動悸、発話・思考の不明瞭、現実感の喪失などが見られる。

 

通常はヒトという生き物は、夜生活するものではないので本能的に暗闇に対して恐怖を覚える人は多いらしい。

 

たしかに、真っ暗闇の中だと個人差はあれども不安を感じるものだ。

 

だから悩み事をするなら昼間のうちにしておけと提唱する臨床心理学者も少なくはない。

 

「昨日は大丈夫だったんですか?」

 

「えぇ……普段はほんの少し怖いくらいだけなんだけど、寝る前にみんなが怖い話をしようってなって…、それでそれぞれ割り当てられた部屋に戻ったんだけど、目を瞑ると怖くて怖くて……」

 

「分かりました。無理に聞いてすみません」

 

絵里ちゃんが事情を説明するごとに肩を震わせて、目には涙が溜まっていくのを見て説明を止めさせた。

 

なるほどな。

 

怖い話を聞いてお化けとかが出るんじゃないかという恐怖と、暗所という自分の気持ちを不安にさせる場所に一人でいる状況が作り出されてしまったと言うことか…。

 

「よく、我慢しましたね……」

 

オレは絵里ちゃんを優しく抱き締め、絵里ちゃんの頭をオレの胸元に持っていく。

 

「ぐすっ……」

 

絵里ちゃんを抱き締めてから数秒後、オレが着ている服が温かく湿っていく。

 

背中に手を回して『もう、大丈夫だよ』というようにポンポンと背中を叩き続けた。

 

 

 

 

「すぅ……、すぅ……」

 

泣き疲れたのと、今日の練習の疲れで絵里ちゃんは安らかな笑顔で眠ってしまった。

 

それもオレの服をガッチリ掴んで……。

 

「…………」

 

眠りにつくタイミングを完全に逃したオレは、寝れなくなってしまった。

 

だってよくよく考えてみろよ?

 

オレのすぐ横には日本人離れした抜群のプロポーションを持っていて、μ'sのお姉さんポジションの絵里ちゃんがこんなにも無防備で眠ってるんだぞ!?

 

どうする!?どうするよオレ!?

 

『どうするってやることは決まってるじゃないか』

 

お前誰だよ!!!

 

それにやることって何さ!?

 

『僕はキミの脳内の天使さ。やることって何かって?そりゃ性的な意味で食べることに決まってるじゃないか!!』

 

威張って言うなぁぁぁあ!!!

 

『そうだ。お前はこの人に手を出してはいけない』

 

お前誰だよ!!!(2回目)

 

『俺はお前の脳内の悪魔だ。もう一度言うぞ?お前はこの人に手を出してはいけない』

 

おぉ…。

 

悪い立場のはずである悪魔が正論を言っていることに感動し、涙を流した。

 

『そんな!?またとないチャンスなんだよ!?それをわざわざ自らの手で捨てるというのかい!?』

 

あったりめぇだバカ野郎。

 

今この場で絵里ちゃんに手を出した瞬間、オレはμ'sとの関わりを止めるようなもんだ。

 

だから天使には永久に退場を願おうか。

 

『ちくしょー!!絶対また来てやるからな!このヘタレ!!』

 

誰がヘタレだ!誰が!

 

天使は根も葉もないことを言い残し、オレの脳内から完全に消え去った。

 

そして気づけば悪魔も消え去っていた。

 

はぁ……、何だかドッと疲れたな。

 

「失礼しまーす……」

 

オレは絵里ちゃんに向かって物凄く小さな声を出し、ベッドに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

外から聞こえる小鳥の鳴き声で目を覚まし、枕元に置いている時計で時間を確認する。

 

現在の時刻は、朝の5時を示していた。

 

まだまだ2度寝ができるような時間帯なのだが、このまま目を閉じても眠れそうにないので静かに起き上がってから何の気も無しにベッドを見た。

 

オレの隣でギュッと服を掴んでいた絵里ちゃんは、普段の生活では絶対に見せない大人びた容姿とは真逆のあどけない表情を浮かべている。

 

さらに起きている時は白いリボンで纏められているサラサラの金髪が微かに漏れる朝日に照らされて、ベッドと言うキャンパスに1つの絵画が書き上げられているみたいだ。

 

その絵里ちゃんは規則正しい寝息を立てていて、起きる気配は感じられない。

 

オレは音を立てずに部屋のドアの開け閉めを行い、階段を降りて玄関へ。

 

玄関を出てから、歩いて目の前のビーチに降り立った。

 

夏といえどもまだ早朝。

 

海から吹き付けてくる浜風が優しく撫でるようにオレの身体に流れていくのがとても心地よく、軽く走ろうかな?と思っていたが、このまま海岸沿いを歩いていくのも悪くはないだろう。

 

すると、別荘の方向から歩いてくる人がいた。

 

「あれ?壮大くん?」

 

「おはようございます、のんちゃん」

 

やってきたのはのんちゃんだった。

 

「何してたん?」

 

「軽く走ろうかと思ってましたけど、風が心地いいので海岸沿いをお散歩です」

 

「うちもご一緒してもええ?」

 

断る理由もなかったので頷くと、のんちゃんも履いていたサンダルを脱いで手に持ってからオレの横に並んで散歩する。

 

「……」

 

「……」

 

オレものんちゃんも特に話すこともなく、お散歩を続ける。

 

普段なら2人っきりで沈黙が続くと、大なり小なり気まずくなるのだが何故だかこの沈黙を何の苦もなく受け入れている自分がいることに驚いている。

 

「……」

 

「……」

 

「……普段からこんな朝早くに起きてるんですか?」

 

そう言えばオレはのんちゃんのことは知らないことの方が多すぎる。

 

神田明神でアルバイトをしていて、音ノ木坂楽員の生徒会副会長でいて、今ではかけがえのないμ'sのメンバーであること以外ほとんど知らない。

 

「ううん。普段はもう少し起きる時間は遅いけど、ちょっと考え事をしててね……」

 

「やっぱり最上級生になると悩みは尽きないものなんですか?」

 

「ふふっ…。それは実際にならんと分からんもんやで?まっ、うちにも色々あるんよ」

 

「オレ夏休みが終わると部活では最上級生なんですけど…?」

 

適当にはぐらかされたけど、どうやらのんちゃんは顔には出さないが気苦労が絶えないタイプのようだ。

 

のんちゃんのようにあらゆることに気が付いてしまう人間は大きなグループの中で人一倍苦労する。

 

そして今悩んでいることも大体予想がつく。

 

「昨日の朝、今日みたいに海を見てたらみんなが来て真姫ちゃんにお礼を言われたんやけど……あれで良かったのかな?って思ったりもするんよ…?」

 

やはり真姫のことだった。

 

だからあんなに積極的に真姫に絡んであげてたのか…。

 

「別に良かったんじゃないですか?昨日も一昨日もどこか楽しそうだったじゃないですか」

 

「そう…かな?」

 

「えぇ。真姫も口は素直じゃないですけど、根は誰よりも優しいとてもいい娘なんで」

 

「そうやね……」

 

のんちゃんは返事をしてから、海を眺めた。

 

オレものんちゃんに習って横に立ち、水平線を眺める。

 

その際にチラッと横目でのんちゃんを見た。

 

のんちゃんの微笑みは朝日というエフェクトを加え、とてもキレイに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…、これで全部か?」

 

場面は流れて、太陽が水平線の向こうに沈みかけた頃。

 

オレの横にはことりがいた。

 

「ごめんね?ことりが一緒に行きたいってわがまま言っちゃって……」

 

「いいって。穂乃果や凛ちゃんだと必要ない物まで買っちゃいそうだし……」

 

合宿の最終日ということで、オレたちは最後の夜メシでバーベキューをするために肉や海鮮類の買い出しから戻る道中にいた。

 

絵里ちゃんと一緒に寝たというのがメンバーにバレてしまい、海未に制裁を喰らったり真姫に罵倒されたりされたが、絵里ちゃんが必死にオレのフォローをしてくれたので事なきことを得た。

 

それでも納得しなかった凛ちゃんはこの買い出しに着いていきたいと騒いでいたが、にこちゃんが手伝いをしてほしいと言ってキッチンに連行されていった矢先にことりが着いていきたいと言ったのでことりをお供にして買い出しに出たのだ。

 

「そーくん、合宿楽しかったね♪」

 

ことりがいつもの笑顔で、オレの顔を覗き込む。

 

「そうだな…、来てよかったよ。そう言えばまだメイド喫茶のバイトは続けてるのか?」

 

「前よりは入るシフトを減らしてるけど、いろんなタイプのメイド服があって全部可愛いんだー!」

 

「着るのが楽しい?」

 

「それもあるけど、いろんな工夫が施されてるのを見るのも楽しいんだよっ?」

 

「ホントに服が好きなんだな…」

 

「うんっ♪」

 

楽しそうに話すことりに、ふと思ったことを聞いてみた。

 

 

 

 

 

「将来はやっぱり服飾関係につくのか?」

 

 

 

 

 

しかし、質問の答えは返ってこなかった。

 

よく見てみるとことりは楽しそうな表情から一転し、少しだけ陰りのある表情になっていた。

 

「ことり?どうしたんだ?」

 

「っ!?う、うん。今のところはその道を考えてるよ」

 

「そっか」

 

明らかにことりは動揺している。

 

でも、これはかなりデリケートな問題だからいたずらに問い詰める必要はないだろう。

 

「そーくん、変な質問してもいいかな?」

 

「何だ?」

 

するとことりが真面目な表情でオレの前に立った。

 

 

 

 

 

「もしどうしても叶えたい夢が叶うかもしれないチャンスが来たら、そーくんなら自分の夢を追いかけますか?それとも、今いるその場所や友達を選びますか?」

 

 

 

 

何故だかこの質問を聞き終わった瞬間、ほんの一瞬だがことりと穂乃果が泣き崩れ、ガラスみたいな物が粉々に壊れるような映像が見えた気がした。

 

けど、何故その映像が流れてきたのか意味が分からなかったオレは質問の返答をした。

 

 

 

「夢……かな?」

 

「どうして?」

 

「もし夢を叶えられるかもしれないチャンスを逃してこれからこの先後悔するよりも、チャンスに挑戦してから後悔した方が絶対いいと思ったから……じゃダメか?」

 

「ううん。何だかそーくんらしいなーって」

 

「そうか?」

 

「うん♪ごめんね?変な質問しちゃって」

 

「これくらいお安い御用だ。さ、そろそろ行こう。早く行かないと凛ちゃんに噛まれそうだ」

 

「そうだねっ♪」

 

オレたちはまた他愛の無い話をしながら、歩いて別荘へ戻っていった。

 

でも、バーベキューで凛ちゃんに焼いた肉を食べさせても真姫に感謝の言葉を言われても、心のもやはいつまでもねっとりと残っていた。

 

 




需要があるかどうか分からないけど、(今更)オリ主プロフィール


松宮 壮大(まつみや そうた)

7月20日生まれ

身長:177cm

体重:70kg

趣味・特技:読書、スポーツ全般、片腕で腕立て伏せができる

好きな食べ物:食べられるものなら全部




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第32話 立ちこめる暗雲

ここからドがつくほどのシリアス回の連続。

みなさん、少し辛いかもですけど頑張って読んでください。

では、どうぞ。


夏の合宿が終わるとほぼ同時に、夏休みも終わった。

 

彼女らの新たなる目標となっている『ラブライブ』開催まで残り3週間とちょっととなり、μ'sは全国のスクールアイドルのランキングで19位まで上がってきている。

 

「……これは驚いた」

 

つい最近までは30位台にいたのが、ついに出場圏内の20位以内に食い込んできたのだ。

 

もしかしたら、もしかするかもしれねぇぞ……!

 

 

 

 

 

今日はよく分からないけど部活もできないし、午前中で学校が終わってしまったので一度家に帰ってゆっくりしてから久々に一足先に夏休みが終わっていた音ノ木坂学院へと足を運んだ。

 

管理人さんに会ったときインターハイでの活躍をテレビで見ていたらしく、優勝おめでとうとお祝いされて少し照れ臭かった。

 

そして練習が行われている屋上へ行くと、ちょうど休憩に入っているメンバーの姿があった。

 

「うぃっす」

 

「あっ!そーちゃんだ!!」

 

「そーくん!こんにちはだにゃー!!」

 

挨拶しながら屋上へ足を踏み入れると、穂乃果と凛ちゃんのポジティブコンビが挨拶を返してきた。

 

「お前らは相変わらずなのな……」

 

「だって19位だよ!?19位!!ねー、凛ちゃん!」

 

「そうにゃそうにゃ!!」

 

ラブライブ出場に現実味を帯びてきて、穂乃果と凛ちゃんは今まで以上に燃えていた。

 

……これ以上あの2人のそばにいると水分が飛んでしまいそうだ。

 

オレはポジティブコンビから日陰でドリンクを飲みながら、難しい顔をしてノートパソコンに向かっているμ'sの2大クールビューティーのところに歩み寄る。

 

「こんにちは。真姫、絵里ちゃん」

 

「あら…、誰かと思えば……」

 

「壮大じゃない。学校はどうしたの?」

 

「今日立華高校は部活禁止の午前授業だったので。2人ともパソコンに向かってどうしたんですか?」

 

「ちょっとこれを見てくれるかしら?」

 

絵里ちゃんが両手でノートパソコンを持ち、クルリとこちらにノートパソコンのディスプレイをオレに見せる。

 

写されていたのはUTX高校のトップページ。

 

そこにデカデカと書かれていたのは…、

 

「『7日間連続ライブ』……?」

 

A-RISEの公式ページには、ラブライブ出場に向けた最後の大詰めとしての活動が詳しく記載されていた。

 

「A -RISEすげぇな……」

 

「ラブライブ出場チームは2週間後の時点で20位以内に入ったグループ。どのスクールアイドルも最後の追い込みに必死なのよ」

 

「20位以下に落ちたグループだって、まだ諦めていないだろうし....今から追い上げてなんとか出場を勝ち取ろうとしているスクールアイドルもたくさんいる。だからランキングのボーダーライン上にいる私たちにとってはこれからが正念場になるってことね」

 

つまり手放しで喜べる状況では無いってことね……。

 

「でも、今からやれることなんてそう多くはないんだろ?だったら自分たちがやれることを精一杯やるしかない……って、2人なら分かってるはずか……」

 

この2人がμ'sのブレインと言ってもいいほどだから、分かっていない筈がない。

 

 

「ぃよぉっしっ!今できることをもっと頑張らないと!!」

 

いつの間にかオレたちの話を聞いていた穂乃果は気合を入れ、凛ちゃんも便乗する。

 

他のメンバーも穂乃果や凛ちゃんほどでもないが、各々気合いが入っているように見えた……、ただ一人を除いて……。

 

「…………」

 

ことりだ。

 

最近どうもことりの様子がおかしい。

 

どこか上の空でどこか心配そうに穂乃果を見ているのだが、それはラブライブに関してのことじゃないということだけは断言できる。

 

「海未……」

 

オレは海未の名前を呼び、ことりに悟られないように視線をことりに向け、すぐ海未に戻す。

 

「分かりました。今日壮大の家にお邪魔いたします。そこで私が知りうる限りのことを全て報告します」

 

「分かった」

 

察しのいい海未はオレが意図することに気づき、頷いてからまた練習へと戻っていった。

 

「そろそろ時間ね……」

 

時計を見ていた絵里ちゃんが何か呟いた。

 

え?なに?これから何か始まるの?

 

「絵里ちゃん?どうしたの?」

 

「壮大もついてくる?」

 

……はい?

 

 

 

 

 

 

 

「居合道部!!午後2時から1時間の講堂の使用を許可します!」

 

「「やったぁー!!!」」

 

居合道部の代表と思われる女の子は、2人で手を握り合って喜びを分かち合っていた。

 

彼女らの背景には百合の花が咲き乱れているように見えるのは気のせいだと願いたい。

 

「……何これ?」

 

そんな風景に軽く引きながら、絵里ちゃんに聞いてみる。

 

「昔から伝統らしくて……」

 

絵里ちゃん曰く、来る音ノ木坂学院の学校祭での講堂の使用権は毎年くじ引きで決めているらしい。

 

そして講堂を使用するにはくじ引きで金のボールを引き当てないといけないらしくて、それ以外の色はハズレで講堂が使えないんだとか……。

 

そんでアイドル研究部の代表は、部長のにこちゃんだ。

 

「にこちゃん!がんばって!」

 

穂乃果に激励され、にこちゃんはズンズンとくじ引きのところへと歩み寄る。

 

「それではアイドル研究部!どうぞ!!」

 

さぁ、行け!

 

行くんだにこちゃん!!

 

オレたちの想いと希望をその右手に乗せて、夢を掴み取るんだぁぁあ!!!

 

 

コンコンコン……

 

 

ガラガラからオレたちの想いを背負い、運命を託した結果が高らかに 宣言された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どーーしよー!!!!!」

 

穂乃果が頭を抱え、屋上で叫ぶ。

 

「だ、だってしょうがないじゃない!くじ引きで決まるなんて知らなかったんだから!」

 

にこちゃんが言い訳染みたことを言いながら、開き直っていた。

 

「あー!開き直ったにゃぁっ!!」

 

「うるさーい!」

 

凛ちゃんに開き直ったことをつっこまれ、にこちゃんはさらに開き直る。

 

「ううっ……!なんで……!?なんで外れちゃったのぉっ!?」

 

花陽ちゃんはフェンスを掴みながら涙を流していて…、

 

「まぁ、予想されたオチね」

 

「にこっち…ウチ、信じてたんよ……?」

 

真姫は髪の毛先をクルクル回しながら素っ気なく返し、のんちゃんも珍しく両膝を抱えていた。

 

「海未ちゃぁん…、私たちこれならどうなるの…?」

「そんなこと私に聞かれましても…!私だって混乱して頭がいっぱいいっぱいなんです!」

 

先程に比べて少し元気が出たことりも海未に相談するも、いい返事が返ってこなかった。

 

そりゃ冷静になれって方が難しい話だ。

 

「うるさいうるさいうるさ〜いっ!!!悪かったわよーっ!!」

 

にこちゃんが引いた玉の色は白。

 

つまりそれは文化祭では講堂は使えないということを意味していた。

 

そしてオレらは屋上で悲愴感に明け暮れる結果になっていた。

 

「にこちゃん……」

 

オレはにこちゃんに話しかける。

 

するとにこちゃんはオレに向き合った。

 

「壮大…!あんたならにこの気持ち、理解してくれるよね!?」

 

「はー…、ホンマつっかえんわ。運も無ければあれもちっちゃいし…、ホンッットに救いようが無いですね?」

 

「うるさいわね!!!!あとちっちゃいは余計よ!!!!」

 

にこちゃんにフォローを入れると見せかけ、全力でトドメを刺した。

 

にこちゃんの何がちっちゃいかって?

 

そりゃもちろん身長に決まってるじゃないか。(震え声)

 

とある身体的特徴の事を言っているわけでは断じてない。

 

「気持ちを切り替えましょう。使用できないのにいつまでも悲観してもしょうがないでしょ?」

 

絵里ちゃんが手を叩いて、沈んだ気持ちに手を差し伸べる。

 

「……本音は?」

 

「にこに運命を託した私がどうかしてたんだわ……」

 

「ちょっ!?絵里!?」

 

本音をぶちまけた絵里ちゃんはメンバーの中で最も悔しそうにしていた。

 

「それでどうするんです?グラウンドも体育館も運動部が使用すると思いますし……」

 

絵里ちゃん以外のメンバーの中でも、気持ちの切り替えが早かった海未が方針を聞こうとする。

 

オレは考える間もなく、ある1つの結論に辿り着いた。

 

「あるじゃん、μ'sにとって最高のステージが」

 

「「「「「「「「え!?どこに!?」」」」」」」」

 

「あっ!穂乃果も分かった!」

 

みんなは驚くが、穂乃果はほぼノータイムで分かったらしい。

 

「では答え合わせと行こうか。穂乃果、どこがμ'sにとって最高のステージと言えるでしょう?」

 

「ここだよ!ここで簡易ステージを作ればいいんじゃないかな!?」

 

そうだ。体育館もグラウンドも講堂も使えない。

 

なら、屋上(ここ)でライブをやればいい。

 

それでもまともなステージじゃないため、客引きや音声のことなどの反発の声も上がる。

 

それでも物事をポジティブに考え、今まで突き進んできた穂乃果らしく全ての反発をバッサリ切り捨てていく。

 

「今大切なのは具体的な案件を出すことじゃない…、この提案に乗るか乗らないかのどちらかだ。みんなはどうする?」

 

するとみんなは、この提案に乗ることを自らの口で意思を表明する。

 

「よーし!それじゃ、文化祭のライブに向けて練習していこう!!」

 

「「「「「「「「おー!!!」」」」」」」」

 

「お、おー」

 

穂乃果の発声のもと、学校祭のライブに向けて練習が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

練習が終わった夕方、幼馴染組と帰ったオレは普通に家に入る。

 

そして、荷物を自室に置いてから穂むらへと向かう。

 

「いらっしゃいませー…、って壮にぃじゃん。どうしたの?」

 

穂むらの暖簾を潜ると、店頭には雪穂が立っていた。

 

「雪穂が店の手伝いなんて珍しいじゃん。また欲しいものでも出来たのか?」

 

「まぁ、そんなとこかな?それで今日はどうするの?」

 

「12個入りの穂むら饅頭を1箱くれ」

 

「はーい」

 

雪穂は屈んでカウンターのショーケースから箱詰めされている穂むら饅頭を取り出す。

 

「そういえば穂乃果は?」

 

「お姉ちゃんなら『学校祭のライブ絶対成功させるんだー』って言って走りに行ったよ?」

 

なら今から海未と話すのには好都合だ。

 

「そうか。ほいお金」

 

「ん。お姉ちゃんばかりじゃなくて、たまには私の勉強も教えに来てよね?」

 

「そのうちな。じゃあ、また来るよ」

 

「ありがとうございましたー!」

 

穂むらから出て、家に戻る。

 

すると玄関には海未がいた。

 

「今日は穂乃果がお店の手伝いをしていたのですか?」

 

「いや、穂乃果は走りにいったって雪穂が。お前の好きな穂むら饅頭買ってきたからゆっくりしていきなよ」

 

玄関の扉を開け、オレと海未は2人で家に入った。

 

 

 

 

 

 

温かいお茶と穂むら饅頭を乗せたお盆をオレの部屋まで持っていき、テーブルに置く。

 

そしてオレと海未はテーブルを挟んで向かい合い、口を開く。

 

「……海未は何か知ってるのか?」

 

「えぇ。この話はあまり広めたくないのですが、壮大も耳にしておいた方がいいと思いまして……」

 

返事をした海未は、何故ことりがあんなに元気がないのかを海未自身が知りうる限りのことを全て話してくれた。

 

「そうだったのか……」

 

海未の口から告げられたのは、ことりが留学するために海外へ行ってしまうということだった。

 

「それはいつなんだ?」

 

「学校祭が終わった2週間後…、つまり学校が後期に入るとほぼ同時だと聞いています」

 

「はぁっ!?」

 

オレは思わず言葉を荒げてしまった。

 

学校祭が終わってからってもう制限期間(タイムリミット)が迫ってきているじゃねぇか!!

 

もしラブライブに出場できたとなると、ラブライブ終了直後と言うことになる。

 

何故こんなことをもっと早く言わなかったんだよ……!!

 

いや、待てよ?

 

確かことり自身からそんな感じの事を話したことがあった。

 

『もしどうしても叶えたい夢が叶うかもしれないチャンスが来たら、そーくんなら自分の夢を追いかけますか?それとも、今いるその場所や友達を選びますか?』

 

オレは小さく舌打ちをする。

 

「……あれってそういうことだったのかよ」

 

「壮大?どうかしたのですか?」

 

「すまない。もしかしたらことりの留学の件、もしかしたらオレのせいなのかもしれねぇ」

 

「どういうことですか?」

 

オレは合宿最終日、ことりとのやり取りをそっくりそのまま海未に伝える。

 

「そうだったのですか……」

 

「あの言葉がことりの留学に繋がるなんて思ってもみなかった。海未、ホントにすまない」

 

「謝らないでください。壮大に非はありませんから」

 

気づけば外は雨が降り始めていた。

 

「私は、いったいどうすればよいのでしょうか……」

 

か細い声で尋ねてくる。

 

今までずっと一緒で、これからもずっと一緒でいられると思っていたオレたちだっただけにことりの留学はそれほどまでに精神的に与えるダメージは大きい。

 

ましてや海未にとっては、ことりは穂乃果とオレと並んで初めて出来た大切な友達だ。

 

オレ以上にダメージがでかいのは容易に想像できる。

 

そして学校祭のライブも控えている。

 

「文化祭が終わったらすぐみんなに伝えるしかないだろうな。もちろん事情を知っているオレや海未の口からではなく、留学へ旅立つことり自身の口から……」

 

「ですが…、ことりが話してくれるかどうか……」

 

「早かろうが遅かろうが、いずれは話さないといけない時が来るはずだ。もしことりが『これが終わったら話そう』とか考えているとしたらその考えは止めさせるべきだ。オレたちが代わりに事情を説明することなんでいくらでも出来る。でも、それはことりのためにはならない……」

 

「つまり、ことり自身の口から言わないとダメ……ということですか?」

 

 

 

 

 

 

 

オレの傘を差した海未の後ろ姿を見つめ、姿が見えなくなったのを確認してオレは空を見上げる。

 

秋雨が容赦なくオレを濡らす。

 

雨が上がる気配はなく、時間の経過と共に酷くなっていっている気がする。

 

雨雲がオレや海未の心をそっくりそのまま写し出されているように見えた。

 

「……オレたち、いったいどうなっちまうんだよ……」

 

重たい事実を突きつけられたオレの問いかけに、ベストな解答をしてくれる物はいなかった。

 

 

 

 



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第33話 アクシデントの代償

音ノ木坂学院の学校祭前日。

 

今日も1日中雨だった。

 

まるでことりの事で海未と話した日のような天気だった。

 

あの日以来オレ自身の都合もつかず、音ノ木坂学院へ足は踏み入れていない。

 

学校祭のライブに向けた練習や調整は比較的順調らしいのだが、海未や絵里ちゃんの話によると穂乃果が熱を入れすぎている節があるらしい。

 

休憩中でも一人だけぶっ通しでダンスの練習に励んでいるのだとか……。

 

「ふぅ……」

 

一人自室にこもって最近買った本を読んでいるのだが、どうも気分が乗らない。

 

日に日に心の靄が濃くなっていくような感じだ。

 

気分を変えるべく、本を置いて筋トレをしようとシャツを脱ごうとした……

 

~♪

 

その時、スマートフォンが鳴り出した。

 

すぐに切れない辺り、どうやら電話のようだ。

 

電話をかけてきたのは…、

 

「穂乃果?」

 

学校祭のライブを見に来てくれっていうのだろか?

 

「もしもし?どうした?」

 

すると、電話の向こうから聞こえてきたのは穂乃果より少し幼い声だった。

 

『壮にぃ?私、雪穂だよ』

 

「雪穂?どうした?また勉強を教えてほしいのか?」

 

『今日は勉強って気分じゃないかな?それより、お姉ちゃんそっちに行ってない?』

 

「いや?穂乃果は家には来てないけど…何かあったのか?」

 

『傘も指さないで家を飛び出してから結構時間が経つから、もしかしたら壮にぃの家にいるのかなーって聞いてみたんだけど…』

 

雪穂の話を聞いて、オレは思わず耳を疑った。

 

そしてそれは間を置かず、これから起こりうる可能性の1つが頭に浮かんだ。

 

「……夏穂さんはいるか?」

 

少しだけ声のトーンを落とす。

 

『おかーさんなら下にいるけど……』

 

「ちょっとだけ替わってくれ」

 

電話越しから『おかーさーん!壮にぃが替わってくれってー!』と聞こえる。

 

『もしもし?壮大くん?』

 

「夏穂さん、穂乃果が高坂家を飛び出してから何分位経ちましたか?」

 

『今でちょうど1時間くらいかしら……』

 

最悪だ。

 

こんな雨の中、1時間も外にいて走っていたら着ている物が濡れるだけでなく身体の芯まで冷えてしまっているかもしれない。

 

「タオルと暖かいお風呂とか、とにかく暖を取れるような物を用意しておいてください」

 

『分かったわ……。壮大くんはこれからどうするつもり?』

 

「連れ戻して来ます。今すぐに」

 

オレは電話を切り、寒くない格好をしてから傘を指してとある場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

「……いた」

 

穂乃果はすぐに見つかった。

 

神田明神の階段を駆け上がったり、駆け降りたりしているところだった。

 

「穂乃果」

 

「うわぁっ!?」

 

後ろに近づき、穂乃果を呼ぶと飛び上がるように驚いた。

 

「そーちゃん!?ビックリさせないでよー!!」

 

「何してんの?こんなとこで」

 

服装や履いているシューズから察するにランニングをしているようなのだが、何故ランニングをしているのか理由がサッパリ分からない。

 

「ラブライブに向けて走り込みをしてたとこだよ!」

 

「……こんな雨の中で、か?」

 

答えを聞いて少しばかり頭に血が上ってきてしまった。

 

ましてや学校での練習でも海未や絵里ちゃんの言うことを聞かずに一人練習をぶっ続け、学校祭のライブ前日で雨だと言うのに傘も指さず走り込んでいて…。

 

「ちょっとだけならいいかなーって思ってさ…。ランキングを見たらいてもたってもいられなくなっちゃって!」

 

あぁ、もうダメだ。

 

我慢の限界だ。

 

「穂乃果……、帰るぞ」

 

また走り出そうとしている穂乃果の手を掴み、強引に傘の中に入れる。

 

「きゃっ…!そーちゃん、何で止めるの!?

 

穂乃果は小さく悲鳴を上げ、頬を膨らませながら抗議する。

 

「何でもハンデもあるか。身体冷え切ってんじゃねぇか」

 

オレは穂乃果が着ていたパーカーを脱がせ、その上にオーバージャージを着せる。

 

「でも!これくらい大丈夫だよ!!」

 

「大丈夫じゃないから止めたんだよ。それに、気付いてないとでも思ったか?」

 

「何を……?」

 

「足、フラついてんぞ?」

 

「っ!?」

 

上手く隠し通せていたと思っていた穂乃果は図星を突かれていた。

 

雨に当たって濡れてるのにも関わらず足がフラついていて、少し顔も赤い。

 

そんなバレバレな状態で隠し通せる訳ねぇだろうが、まったく……。

 

「ともかく今日は明日に備えて少しでも休む。分かったんなら早く帰るぞ?雪穂も夏穂さんも心配してたぞ」

 

「うん……」

 

ようやく観念したのか傘の下で大人しくなった穂乃果を連れて、高坂家へ連れ戻すこととなった。

 

 

 

 

 

「壮にぃ、お姉ちゃん大丈夫かな?」

 

雪穂が心配そうな顔で上に目線を向けた。

 

穂乃果を連れ戻したついでに夏穂さんのご好意で高坂家へお邪魔した。

 

穂乃果はオレの言うことを聞いて、ご飯を食べてお風呂から上がったら素直に眠った。

 

オレは久々に雪穂とテレビを見たり、トランプをしたりして遊んでいるところだ。

 

「……十中八九大丈夫じゃないだろうな」

 

穂乃果は明らかに風邪をひいてしまっている。

 

「明日お姉ちゃんたちは学校でライブするんだよね?」

 

「学校祭だからな。雪穂は見に行くのか?」

 

「うん。亜里沙…、絵里さんの妹と一緒に見に行く予定」

 

「オレも一緒に行っていいか?」

 

ここ最近胸騒ぎが酷かったのだが、ここに来て最も大きな波となって襲いかかってきている。

 

それはよい傾向へ傾くのか、悪い方向へ傾くのか……。

 

どんな結末でも受け入れると言ってしまった以上、この目でシッカリと確認しておかなければならないと思っている。

 

「いいと思うけど……、もしお姉ちゃんがライブの途中で倒れたりしたらどうなっちゃうの?」

 

「それはその時になってみないと分からない。けど、これだけは断言できるのは……」

 

「できるのは…?」

 

(ラブライブ)を諦めるしかないのかも知れねぇな…」

 

そう呟いたオレは、中から窓を眺める。

 

雨はまだ止んでいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校祭当日。

 

オレと雪穂は音ノ木坂学院の校門前にやって来ると、手をブンブン振る女の子がいた。

 

「ゆーきほー!!」

 

「頼むから大声で呼ぶのは辞めて……」

 

「だってライブだよ?μ'sだよ!?」

 

雪穂は自分の生江を大声で呼んだ女の子を宥めていた。

 

「ところで雪穂、隣のお兄さんは……彼氏?」

 

「ブハッ!?」

 

唐突に降下された爆弾に思わず吹き出してしまった。

 

「違ーう!この人は近所のお兄さんの…!!」

 

「松宮 壮大だ。キミのお姉さんにお世話になってるよ」

 

「壮大さん?お姉ちゃんの話でいつも出てくる…、あの壮大さん?」

 

目の前の女の子は超ピュアな目で首を傾げる。

 

「もしキミのお姉さんがここの生徒会長で、μ'sのメンバーの絢瀬 絵里さんならその壮大さんであってる……と、思う」

 

「そうだったんですか!?お姉ちゃんがお世話になってます。絢瀬 絵里の妹の絢瀬 (あやせ) 亜里沙(ありさ)です!」

 

ペコリと頭を下げる女の子が昨日雪穂がチラッと言っていた亜里沙ちゃんのようだ。

 

絵里ちゃんの妹ということもあって、絵里ちゃんと同じくらいの背丈なのかな?と思っていたが、雪穂と同じくらい小柄な女の子だった。

 

「とりあえず学校の中に入ろっか?」

 

「「はい!(うん!)」」

 

 

 

 

 

「あっ!もしかして、キミが松宮くん?」

 

雪穂と亜里沙ちゃんとは別行動で学校を見て回っていると、後ろから3人組の女の子に話しかけられた。

 

「ん?確かにオレは松宮だけど…、キミたちは?」

 

「私たちは穂乃果たちのクラスメートで、松宮くんと同じμ'sのサポートをしてるヒデコと…、」

 

「フミコです」

 

「ミカだよー!!」

 

えっと…、おでこが出ているのがヒデコちゃんで、ポニテにしているのがフミコちゃんで、襟足でぴょこんと小さくまとめているのがミカちゃんでいいのかな…?

 

「今日もライブのサポートをするのか?」

 

「もっちろん!生憎の雨だけど、穂乃果たちがシッカリ輝けるように頑張ろうって言ってたんだよ!」

 

オレの問いかけにミカちゃんが答える。

 

「そうか…。あいつらが迷惑駆けるかもしれないが、オレからもよろしく頼む」

 

「まっかしといてー!じゃ、またライブでね!」

 

ヒデコちゃんがグッと拳を固めてオレにそれを見せると、向こうへ行ってしまった。

 

あの子達がサポートをしていたのか…。

 

いい友達を持ったな…、穂乃果。

 

……おっと、ここで感傷に耽っていてもしょうがないな。

 

ライブまで時間もないけど、メンバーに顔を出してこようかな?

 

 

 

 

 

 

「よっ」

 

アイドル研究部の部室のドアを開けると、ライブ衣装に着替え終わっていた。

 

「壮大、来てくれたのね?」

 

「えぇ。9人揃ったライブを見るのは初めてですから」

 

近くにいた絵里ちゃんと話し込む。

 

部室の隅っこで海未とことりが何やら話し込んでいる。

 

留学の事を切り出す機会のことについて話しているのかもしれない。

 

なら、オレはあそこに近づくべきではないな。

 

「ところで、穂乃果は見なかった?」

 

絵里ちゃんに言われ、ここに穂乃果がいないことに気づいた。

 

でも、事情を知っているオレはバカ正直に風邪をひいて遅れているなんて言えるわけがない。

 

「さぁ?大方今日のライブで興奮して眠れなかったとかなんじゃないですかね?」

 

「なら、いいんだけど……」

 

「おはよ~……」

 

噂をすればなんとやら、穂乃果は制服姿で部室に入ってきた。

 

「穂乃果!」

 

「遅いわよ!あんた今まで何してたのよ!」

 

「ごめん、にこちゃん……。おっとっと!」

 

穂乃果はバランスを崩し、近くにあったパイプ椅子に寄り掛かるように座り込んだ。

 

「穂乃果ちゃん!?大丈夫!?」

 

「ありがとうことりちゃん……」

 

「悪い、穂乃果。足引っ掛けちまった……」

 

ことりが穂乃果に近寄ろうとするが、オレは咄嗟にウソをついて穂乃果が風邪をひいていることがバレないようにごまかす。

 

「絵里ちゃん、そろそろリハーサル始めないと不味いんじゃない?」

 

「え?でも……」

 

「穂乃果のことはオレに任せてください。急いで準備させますから」

 

「……分かったわ。じゃあみんな!リハーサル始めるわよ!」

 

みんなは元気よく返事をしてから部室を飛び出していった。

 

そして穂乃果は隣のスペースで着替えを始め、オレはドアに背を預けるようにして座り込む。

 

「なぁ、穂乃果?」

 

『なに?』

 

ドア越しに話しかけたため、穂乃果の返答は少し籠った感じになった。

 

ドアの向こうでは布が擦れる音が聞こえてくる。

 

いくら穂乃果と言えども、やっぱりどこか意識してしまう。

 

「風邪、大丈夫なのか?」

 

『少し熱と声が出しにくい感じがあるよ…』

 

間もなく穂乃果が向こうからノックする。

 

オレはすぐに立ち上がり、ドアを自由にさせる。

 

「これ、舐めてから行け」

 

オレはポケットからのど飴を取り出し、穂乃果に向かってコイントスの要領で弾き飛ばす。

 

「ありがとう、そーちゃん……」

 

穂乃果は袋からのど飴を取り出し、ゴミとなった袋を寄越すように手を伸ばす。

 

受け取ったゴミは、またポケットの中に仕舞い込む。

 

「本番当日に風邪引きやがってとか、体調管理がなってないとかいろいろ言いたいことがあるけど……」

 

穂乃果の頭に手を乗せ、髪の毛がくしゃくしゃに跳ねないように優しく撫でる。

 

「無理だけは絶対にするな。オレからお前に今言えるのはそれだけだ」

 

「うん…、分かった」

 

飴を舐め終えた穂乃果はアイドル研究部の部室からみんながいる元へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

いよいよライブ開演直前。

 

降りしきる雨の中にも関わらず、かなりのお客さんがライブを見に来ていた。

 

もちろんその中にはオレや雪穂、亜里沙ちゃんもカウントされている。

 

いよいよ始まる……。

 

「それじゃあ、行こう!!!」

 

穂乃果の掛け声と共に、ライブステージの幕が上がる。

 

旗の中心に大きく『μ's』と書かれた大きな旗が風で揺れ動き、その旗の下には9人の女神たちがオレたち観客に向けて背を向けている。

 

そして、ギターの前奏と共にライブは始まった。

 

『No brand girls』。

 

力強さをコンセプトにし、立ちはだかる大きな壁に立ち向かっていくアップテンポなナンバー。

 

メンバーのダンスからも力強さを感じ、観客のハートを鷲掴みにしていたと思う。

 

……だが、事件は『No brand girls』の全演奏が終わった瞬間に起きた。

 

 

 

 

ーーーバシャアッ!!!

 

 

 

 

 

 

「「「「穂乃果っ!?」」」」

 

「「「「穂乃果ちゃんっ!?」」」」

 

穂乃果が糸が切れた操り人形のように力なく倒れ込んでしまった。

 

オレはそれを見た瞬間、身体が勝手にステージへと走り出していた。

 

「穂乃果ッ!!しっかりしろ!」

 

「早く…、次の曲を……」

 

譫言のようにライブ続行を促す穂乃果。

 

「ダメだ!そんなことはオレが認めない!……絵里ちゃん!」

 

「ええ……!すみません!メンバーにアクシデントが起きたので、ライブを中止させていただきます!」

 

突然のライブ中止にざわめく会場。

 

「真姫ッ!!」

 

「な、なによ!?」

 

呆然とする真姫を呼びつけ、オレの近くに来させる。

 

「保健室はどこだ!?」

 

「こっちよ!!」

 

真姫と一緒に穂乃果を背負い、屋上から逃げ出すように保健室へと連れていく。

 

「ダメだよ…、ラブライブに、出るんだから……」

 

「穂乃果!それ以上喋るな!!」

 

オレはこれ以上、穂乃果の口から漏れる譫言は聞きたくなかった。

 

こんな状況になって……、ラブライブに出られるわけねぇじゃねぇか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「壮大、真姫。入るわよ?」

 

保健室で真姫と一緒に穂乃果の看病をしていると、制服に着替えた絵里ちゃんが静かに保健室にやってきた。

 

「……真姫、風邪ひくから着替えてきなよ」

 

「分かったわ……」

 

素直に食い下がり、まだ衣装のままだった真姫は制服に着替るため保健室から出ていった。

 

「……穂乃果の容態は?」

 

「今、ようやく眠ったところだ」

 

保健室に運び込んだ勅語に意識を取り戻した穂乃果は、ついさっきまでライブを中止した現実を受け止め切れずに崩れ落ちるように大粒の涙を流して泣いていて、ようやく落ち着いて眠りについたところだ。

 

「それよりも今重要なのはμ'sの処遇についての方です。比奈さん…、理事長はなんて言ってましたか?」

 

「これはあくまで理事長の意見なんだけど、私も理事長と同じことを思ってた。μ's…、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

穂乃果のアクシデントの代償はオレたちにとって余りにも重く、最も残酷な現実だった。

 

 



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第34話 溢れ出る感情

「……それはメンバーのみんなには?」

 

「伝えてきたわ。たぶん真姫も部室に残ってるメンバーから話を聞いてると思うわ」

 

ならこれでμ'sに関わる人たちには全員伝わったことになるはずだ。

 

「理事長は学校の経営者としての意見と教師としての意見を言っていたけど、今回大事なのは後者の方よ。『自分たちを、仲間をちゃんと見れていなかったんじゃないのか。こんな結果を招くために活動してきたのか。』って……」

 

オレは比奈さんの言葉が重くのし掛かった。

 

メンバー…、特に小さい頃からよく知っている穂乃果のことを自分の都合で少ししか気に止めていなかったから今回のようなことになってしまった。

 

「絵里ちゃん、すみません…。実は穂乃果が風邪を引いていたことは昨日の夜の時点で知っていたんです。それなのにオレは、穂乃果の気持ちを優先させて体調が優れない穂乃果をステージに上げてしまった。だから今回の責任は半分はオレにあるんです」

 

オレは絵里ちゃんに向かって頭を下げる。

 

「壮大だけの責任じゃないわ。私たちは自分の事にだけ一生懸命で、穂乃果の異変に気が付いてあげられなかった。それと同時に穂乃果もやる気ばかりが空回りして周りが見えていなかった。今回のアクシデントは、誰のせいでもないし、言葉を返せばみんなの責任でもあると思うの。だからあなたが責任を感じて全てを背負い込む必要は無いのよ?」

 

「…………」

 

頭では分かっている。

 

偽善や傲りだと言われるかもしれないけど、責任を感じないわけがない。

 

歯痒い思いから思わず唇を噛み、握り拳を作る。

 

「ごめんなさい…、私もまだ気持ちの整理が出来てないから今日はもう帰るわ。穂乃果のことお願いしてもいいかしら?」

 

「……はい」

 

返事を聞いた絵里ちゃんは保健室からいなくなった。

 

でも、出る瞬間に見えてしまった。

 

アイスブルーの瞳から一滴の雫が頬を伝って落ちる瞬間を…。

 

 

 

 

 

 

穂乃果の側にいるといろんな感情がごっちゃごちゃに渦巻き、自分が自分じゃなくなってしまう感じがするので適当に展示されている教室を見て回っているとアイドル研究部の部室に辿り着いてしまった。

 

その部室の電気はまだつけっぱなしだった。

 

無用心だと思い、ドアノブを捻り中に入る。

 

「にこちゃん?」

 

そこにはパソコンに向かっているにこちゃんの後ろ姿があった。

 

「壮大か…。穂乃果は?」

 

「保健室のベッドてグッスリ寝てますよ」

 

「そう……」

 

パソコンのディスプレイに写る何かを見つめているため、顔をこちらに向けずに答えるにこちゃんだったが返事に力がない。

 

「何してるんですか?」

 

「ラブライブのエントリーの取り消しよ」

 

オレはにこちゃんの行動に静かに息を呑んだ。

 

エントリーの取り消し。

 

言葉で簡単に言っているが自分たちの夢を……自分たちの成長を辿ってきた軌跡を、今にこちゃんの手で壊そうとしているのだ。

 

「でも…、ダメね。最後のページをクリックしようとしてるんだけどどうしても躊躇いが生まれちゃう」

 

にこちゃんはようやくオレのほうに向き合ってくれる。

 

一人で長い時間泣いていたのか、目の回りにはにこちゃんがよく着ているピンクのセーターで拭いたあとが残っている。

 

「オレも見ていいですか?」

 

「あんたも物好きね……」

 

「よく言われます」

 

オレが部室から立ち去らず、にこちゃんと一緒にエントリーの取り消しの瞬間を見届ける理由は1つ……。『オレたちμ'sにとっての第1回ラブライブの結末をこの目でしっかりと見届ける』ためだ。

 

「じゃあ、いくわよ?」

 

「……はい」

 

ーーーカチッ……。

 

にこちゃんがマウスをクリックした瞬間、ランキングからμ'sの名前が消えた。

 

それはすなわちμ'sの夢は道半ばで閉ざされたことを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

音ノ木坂の学校祭が終わってから4日後の夕方。

 

オレは練習終わりに穂むらへやってきた。

 

「ちわーっす」

 

「いらっしゃいませー…、って壮にぃか」

 

いつぞやのように雪穂が店番をしていた。

 

最近来る度に雪穂が店番をしているような気がするのだが、雪穂が欲しいものはそんなに高価な物なのか……?

 

「穂乃果は上か?」

 

「ついさっきまでμ'sのみんながお見舞いに来てたから起きてると思うよ?」

 

「そっか……。あいつにお土産をって思って穂乃果が大好きなイチゴのタルトを買ってきたんだ。あ、もちろん雪穂の分もあるからメシ食い終わったあとにでも食べてくれ」

 

「やったー!!壮にぃ大好きー!」

 

穂乃果とはあまり似ていないとはいえ、やっぱり姉妹だと言うべきなのかオレに抱きつこうとする雪穂を適当にあしらってから穂乃果の部屋へ向かう。

 

ーーコンコン。

 

『あ、はーい!どうぞー!』

 

ノックをして返事が聞こえてきたので、ドアを開ける。

 

「そーちゃん!いらっしゃーい!」

 

おでこには熱を冷ますシートが貼られ、マスクを顎のところで外している穂乃果の姿があった。

 

「よっ、熱は下がったか?」

 

「うんっ!明日から学校に行けるよ!」

 

「お前の好きなイチゴのタルト買ってきたからメシ食い終わったら雪穂と一緒に食べてくれ」

 

「わーい!そーちゃん大好きー!!」

 

「姉妹揃って同じ反応するんじゃねぇ!」

 

穂乃果も雪穂と同じ反応、同じ行動をしたので引き剥がしてベッドに戻す。

 

穂乃果をベッドの上に戻したオレは机のイスをベッドの隣に持っていき、腰掛ける。

 

ベッドの横にあるゴミ箱の中は、パッと見だが鼻をかんだティッシュよりもプリンやチョコレートといったお菓子のゴミの方が多かった。

 

「……まさかとは思うけど、ゴミ箱の中に入ってる食べ物のゴミって今日だけでこんなに食べたって訳じゃねぇだろうな?」

 

「え?今日だけでだよ?」

 

「はぁ……。風邪で寝込んでるから美味い物食べて眠るってのは悪くはないんだけど、風邪が治ったらしっかり練習して身体絞っていこうな?」

 

「えっ!?穂乃果そんなに太ったように見える!?」

 

穂乃果は目を見開いて、ショックを受けていた。

 

「見えないけど、常に体重管理をするのもアイドルの仕事だろ?」

 

「うん……、そうだね……」

 

今まで笑っていた穂乃果だったが、『アイドル』という単語に反応したのか急に笑顔が消える。

 

「ごめんね?そーちゃん、穂乃果またそーちゃんに迷惑かけて……。実は学校祭が終わった次の日に雪穂から聞いたんだ。穂乃果が倒れたときそーちゃんが観客の間を縫うようにして穂乃果を助けに行ったって……」

 

「……」

 

「穂乃果はおバカだからラブライブのことに気を取られ過ぎて、みんなのことよく見てなかった。前日の夜も雨のなか走りに行って風邪を引いて絵里ちゃんたちの最後の学校祭を台無しにしちゃっただけじゃなくてラブライブのエントリーも取り消したって……!」

 

滅多に弱音を吐かない穂乃果が次から次へ弱音を吐き、その声がドンドン震えていく。

 

「さっき絵里ちゃんたちからその話を聞いて、嘘だと思ってパソコンを開いたらホントにμ'sの名前が無くなってて……穂乃果のせいでラブライブに出られなくなったんだって……!!」

 

オレは無意識の内に穂乃果を優しく抱き締めた。

 

何でだろうな……。

 

何故か今はこうしなければ穂乃果は壊れてしまうって思ってしまったからだろうか……。

 

「……そーちゃん?」

 

「泣きたけりゃ好きなだけ泣け。胸貸してやるから」

 

「そーちゃん……、ぐすっ……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

 

グリグリオレの胸元に顔を押し付け、火がついたように泣き出す穂乃果の頭を撫でる。

 

青い瞳からボロボロと溢れてくる涙は着ている制服のシャツが瞬く間に濡らしていき、穂乃果の手が握り締めている部分にはシワができている。

 

「そーちゃぁん……!そーちゃぁん……!!うわぁぁぁん!!!」

 

涙の数だけ強くなれる。

 

ガキん時に学校の音楽祭だかで歌った曲の歌詞の1フレーズだ。

 

今は泣けるだけ泣いておけ。

 

そうやって人は強くも優しくもなれるんだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

世の中不思議なもので、悪い出来事は立て続けに起きるものだ。

 

穂乃果のお見舞いへ行った次の日の夜、不意にスマートフォンが鳴った。

 

『南 ことり』……。

 

どんな用件であれ、電話に出ないことには始まらないし自分に何を伝えようとしているのかも知り得ないので電話に出る。

 

「……ことり?どうした?」

 

『そーくん……?ちょっと話したいことがあるから、ことりの家まで来てくれる……かな?』

 

海未とことりのことについて話をした内容が頭の中にフラッシュバックされた。

 

十中八九留学のことについての話だろう……。

 

「電話じゃ……ダメだよな」

 

『うん…、とっても大事なお話だから……』

 

「分かった。すぐに向かうよ」

 

 

 

 

 

ことりの家に着いたオレは、インターホンを鳴らす。

 

家の中からことりの声でない人の声が聞こえ、玄関のドアが開く。

 

「こんばんは、比奈さ……理事長」

 

「あら、壮大くんじゃない。別に学校の中じゃないんだから名前でいいわよ?」

 

出迎えてくれたのは、μ'sのラブライブ出場辞退を提案した比奈さんだった。

 

「それよりもこんな夜遅くにどうしたの?」

 

「ことりが電話越しに大事な話があると聞かされたもんですから……」

 

「そうなの?ことりなら今お風呂に入ってるから少し時間はかかるけど、お茶でも飲んで待ってる?」

 

「そうですね。では、お言葉に甘えて頂きます」

 

 

 

 

 

比奈さんが用意してくれた紅茶に口をつける。

 

うん、美味い。

 

自分で淹れるよりも何杯も美味い。

 

彩月さんの時もそうだったが、やはり気品溢れるお母様が淹れる紅茶やコーヒーはこんなにも美味くなるのはどうしてなのか?と考え事をしていると、比奈さんがゆっくり口を開いた。

 

「おかげさまで、来年度も音ノ木坂学院は生徒の募集をすることが今日正式に決まったわ」

 

「ホントですか!?」

 

これは驚いた。

 

廃校の危機から救い出したのも、穂乃果が立ち上げたアイドル活動のお陰だ。

 

「これも壮大くんたちのおかげだわ。学校の代表としてお礼を言わせてちょうだい。壮大くん、ありがとう」

 

「買い被らないでください。オレは何もしていませんよ。お礼を言うなら発起人の穂乃果にしてあげてください。」

 

「フフッ…、あなたならそう言うと思いました。では、そろそろ真打ちと行きましょうか?」

 

比奈さんが後ろを指差し、そちらを振り向くとお風呂上がりで首から可愛らしいタオルをかけていることりが立っていた。

 

「ことり、お母さんお風呂に入ったらもう寝るから後はお願いね?」

 

「うん……」

 

比奈さんと入れ替わるように入ってきたことりは、オレが座っているイスの向かい側に座る。

 

その表情はとても険しかった。

 

「そーくん……、あのね…?」

 

「『わたし…、留学することにしました』とでも言うんだろ?」

 

オレは言うであろう台詞をことりよりも先に切り出した。

 

「知って、たんだ……」

 

「あぁ」

 

「……いつから?」

 

「最初の違和感は合宿の最終日、ことりと買い出しに行ったときだ。ずっとではないけど気にはなっていたけど点と店が線で繋がったのは夏休みが明けて最初に音ノ木坂学院に行った日の夕方、海未からことりの話を聞いたときだ」

 

まさか夢が留学に行くことだとは思わなかったがな……。

 

「もしかして、今日他のメンバーに言ったのか?」

 

「うん……」

 

「分かってくれた人はいなかったのか?」

 

「穂乃果ちゃんに『なんで言ってくれなかったんだ』って、怒られちゃって…。そのままカバン持って走って家に帰ってきたの」

 

オレが穂乃果と同じ立場だったら、きっと穂乃果のように怒っていたかもな……。

 

仲直りは……出来てる筈がないよな。

 

「よしよし、辛かったな」

 

最近よく女の子の頭を撫でてる気がするけど、気にしない。

 

ことりが座っているイスの隣に行き、今にも泣き出しそうに目が潤んでることりをあやすように撫でる。

 

「そーくん…、」

 

「ん?」

 

ことりはオレの胸元に手を添えて、オレの顔を見上げる。

 

 

 

「ことりが海外へ行っても、ことりのこと応援してくれる?」

 

 

 

 

 

 

ギャルゲーやエロゲならここで両方の選択肢を選ぶために、セーブをするのがセオリーなのだろう。

 

だが、人生にセーブポイントなんてありはしない。

 

もしことりを応援すると言ってしまえば、穂乃果や海未との絆が壊れてしまったまま海外へ行ってしまうだろう。

 

だが、残されたオレたち…、特に穂乃果はどうなのだろう?

 

後悔や自責の念に苦しめられ、ことり自身もまた『友達を裏切ってしまった』と言う十字架を背負ったまま生きていかなければならない。

 

だからオレの選択した言葉は…、

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だ」

 

 

 

 

 

 

僅か3個の平仮名で構成された否定の言葉だ。

 

オレはことりの両肩を掴み、距離を取る。

 

「……なんで?そーくん、ことりのこと応援してくれないの?」

 

「ことり、お前が合宿で夢に対しての質問をした時の答えを覚えているか?」

 

「『もし夢を叶えられるかもしれないチャンスを逃してこれからこの先後悔するよりも、チャンスに挑戦してから後悔した方が絶対いいと思ったから…』」

 

嬉しいことに、ことりはオレが言った一字一句覚えていたみたいだ。

 

「それは今でも考えは変わらない。やらないで後悔するよりはやって後悔したいし、今までオレはその下で行動してきたから」

 

「……」

 

「確かにことりはすごい。単身海外へ渡ってまで服飾の勉強をしたい!と考えて、日本を発つ覚悟を決めたことは生半可なことじゃないと思う。もし後腐れ無いと言うのならオレは全力でことりの背中を押すだろうし、もしことりが望むのなら手を取り合ってことりの夢を支えるかもしれない。けど…、」

 

オレはことりの目尻に見える雫を親指で静かに拭い取る。

 

 

 

 

「その涙が穂乃果とのケンカが原因で流している涙以外の感情が込められているとするなら、オレはことりがどれだけお願いされても応援をすることはない」

 

 

ことりは涙をボロボロと溢し、テーブルにはことりの涙が水溜まりのようになっていた。

 

 

オレはイスから立ち上がった。

 

そして再びことりの頭に手を乗せる。

 

「酷いことを言ったかもしれないが、オレはことりが嫌いだからここまで突き放した訳じゃない。ことりのことが大事だと思ったから言わせてもらったんだ……。これだけは理解してくれるか?」

 

ことりの返事はなく、代わりに頭が縦に何回か動いた。

 

「ありがとな。……じゃあ、夜も遅いしオレは帰るからな?」

 

ことり一人残して南家を後にしようとしたが、上へ続く階段の2段目に比奈さんは腰をかけていた。

 

「ことりのこと、随分とまた突き放したのね……」

 

「えぇ…、穂乃果としっかり仲直りしてもらわないと困りますからね……」

 

「優しいのね……」

 

「お世辞として受け取っておきます」

 

比奈さんとの会話を切り上げ、南家を後にした。

 

 

 

 

そして次の日、μ'sは活動停止するという報告を聞いた……。

 

 

 

 

 



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第35話 みんなの想い

活動を休止すると聞いて3日が経ち、いよいよことりが海外へ出発する日が刻一刻と迫ってきている。

 

オレはパソコンにインカムを繋ぎ穂乃果、ことり、海未の2年生組を除いた7人によるインターネット電話のボイスチャットルームを作って事のあらましを聞いていた。

 

状況を整理すると、まずはことりの留学を聞いた穂乃果とことりを除いた7人のメンバーは海外へ旅立つことりの送別会を兼ねたライブをやろうと提案。

 

しかし、穂乃果はそれを拒否。

 

理由を聞くと、学校存続という大きな目標を達成した今、スクールアイドルの活動を続ける意義がないと主張。

 

さらに、今から練習してもラブライブの覇者となったA-RISEの足元にもすら届かないと吐き捨てた。

 

それを踏まえ、改めて穂乃果はどうしたいのかと問いただしたところμ'sの脱退を宣言。

 

それを聞いた海未は激怒し、穂乃果をぶん殴ったらしい。

 

そして穂乃果と海未がいなくなってから、絵里ちゃんが活動停止を提案した。

 

『これが今日の放課後に起きた出来事の全てよ』

 

『壮大、ごめんなさい。どうしたらいいのか分からなくて活動休止という形にしてしまって……』

 

真姫がメンバーを代表して事情を説明し終え、すかさず絵里ちゃんが落ち込んだ声で謝ってきた。

 

「いや、オレの方こそごめん。絵里ちゃんには辛い選択をこうも連続で選ばせてしまって……」

 

絵里ちゃんに嘘や偽りのない言葉で絵里ちゃんをケアする。

 

推測でしか言えないが、海未の他にも激怒したメンバーもいれば絵里ちゃんのように戸惑いや驚きを隠せないメンバーも出たはずだ。

 

『ふんっ!あんなやつに賭けたにこがバカだったわ!』

 

実際、にこちゃんはまだ怒り心頭といった様子がボイスチャットから伝わってくる。

 

「それで何だけど、みんなに聞きたいことがあるんだ」

 

そう。

 

今この状況はμ'sにとって、大きなターニングポイントに立たされている。

 

「みんなはこれからどうすべきだと考えてる?」

 

これからどうすべきか。

 

選択肢は大きく分けて2つ。

 

1つ目は、スクールアイドルを続けるという選択肢。

 

2つ目は、スクールアイドルを辞めるという選択肢。

 

正解なんて存在しないこの問いは、自分で選択しなければならないという極めて酷な質問だ。

 

音ノ木坂学院の存続が決まった今、穂乃果やことりのようにμ'sから脱退したとしても誰も責めることなど出来ないしμ'sというグループの存在意義も大きく揺らいでいる。

 

さぁ…、みんなはどの選択をするのか……。

 

『私は続けるわよ』

 

一番早く答えたのはにこちゃんだった。

 

メンバーの中で誰よりもアイドルに情熱を捧げる彼女らしい答えだった。

 

『たとえにこだけになったとしても、続けて絶対にラブライブに出場する。それがたとえどんなに辛い道のりだったとしても……よ。だからにこはアイドルを続ける!』

 

『それは凛と!』

 

『私も同じだよ?にこちゃん』

 

『凛、花陽……』

 

次に答えを出したのは、凛ちゃんと花陽ちゃん。

 

彼女たちも続けたいという意思を示した。

 

『実は凛たち、にこちゃんにスクールアイドルを続けてみないか?って誘われて今日まで悩んでた………。でも、A-RISEが歌って踊ってる姿を見てやっぱりアイドル続けていたいって強く感じるようになったんだにゃ』

 

『それと同時に私たちもこのメンバー全員であのステージに立ちたい!!って思ったんだ……』

 

彼女たちの答えも得た。

 

『……実は穂乃果とことりがいなくなるのなら抜けようと思ってた』

 

説明を終えて、今の今まで黙っていた真姫が口を開き始めた。

 

『えぇっ!?真姫ちゃんもやめちゃうの!?』

 

『ダメだよ真姫ちゃん!凛たちと一緒にアイドル続けようよ!』

 

「黙れ」

 

『にゃっ!?』

 

『ひぃっ!?』

 

真姫の発言に驚いた花陽ちゃんと凛ちゃんが騒ぎだしてので、ドスを聞かせた声を出して黙らせる。

 

「……今真姫が大事な話をしようとしているんだ。静かにしろ」

 

『『はい……』』

 

「話の腰を折って悪い。……続けてくれ」

 

『……最初は穂乃果に熱烈な勧誘を受けて鬱陶しかった。でも、穂乃果の熱意やひたむきさといった私に持っていないものを全て持っている穂乃果に、そしてμ'sにだんだん興味が湧いてきて入ったの』

 

最近は少しだけ自分の気持ちに素直になってきているのも、この子が誰よりもμ’sの事が大好きであるのはメンバーの誰だって分かる。

 

『でも、活動停止になっていざ1人になって音楽室でピアノを弾いていても心にポッカリと空いた穴は埋まらなかった。だから、私はμ'sのままでいたい……!だって…、穂乃果やことりがいるμ'sが大好きなんだから……』

 

素直になった真姫が抱えていた想いは、これほどまでに真っ白で真っ直ぐな想いだった。

 

「……絵里ちゃんはどう?」

 

『私は…、生徒会長としての重責に押し潰されそうになったとき、壮大が言ってくれた言葉やみんなが差し伸べてくれた手に救われたと思ってる』

 

まず始めに言葉にしたのは、1番遅く加入した絵里ちゃんだからこそ言える言葉だった。

 

加入した順番は最後だけど、きっと誰よりもμ’sに救われたのが絵里ちゃんだと思う。

 

だからこそ、絵里ちゃんは他でもないμ’sの為に歌って踊って来たんだと思う。

 

だからオレは次の言葉を予測しながら、絵里ちゃんの言葉を待った。

 

『私を含めたこの9人……壮大を入れて10人がとても大好きよ。だから1人でも欠けたらそれはμ'sじゃない。だからもし元に戻らなければ私は辞めるわ』

 

絵里ちゃんならきっとそうだろうと思った。

 

でも、と絵里ちゃんは言葉を紡ぐ。

 

さっきの言葉では終わらないみたいだ。

 

「でも……?何?」

 

『でも、それは穂乃果とことりがいなくなったらの話。もし理想や夢を望んでもいいとしたら、私はμ's全員で踊り続けたい』

 

『えりち、そんなに心配しなくても大丈夫』

 

最後に口を開いたのはのんちゃん。

 

『ウチは……信じてるんよ。きっとμ’sはなくならへんって……。だからウチは待つよ、皆が戻ってきてくれるのを』

 

ボイスチャットだから表情こそ分からないが、きっとのんちゃんは気丈に笑っているはずだ。

 

でも、メンバーの誰よりも人の気持ちに敏感なのんちゃんはきっと学校祭から続く騒動に気を病んでいるに違いない。

 

だからオレは、この言葉をそのまま受け止めるのが一番の優しさなんだと思い、何も言及をすることもなくのんちゃんの言葉を信じた。

 

 

 

 

 

しばらくしてチャットルームはほとんどのメンバーが退出するが、1人だけ残っているメンバーがいた。

 

『壮大……』

 

「なんだ、真姫か……。まだ退出していなかったのか?」

 

『これから少し夜風に当たりたい気分なのよ。……一緒にどう?』

 

星を見るのが好きな彼女からまさかのお誘いだった。

 

「……真姫がいいと言うのならご一緒させて貰おうかな?」

 

『何よその言い方、あなたらしくもないわね……。神田明神で待ち合わせってことでいいかしら?』

 

「分かった」

 

普段なら断るところなのだが、明日から休日でさらにここ最近でこれだけの事が立て続けに起きていて正直気が滅入っていたのでそのお誘いに乗ることにした。

 

 

 

神田明神について境内の方へ歩みを進めると、すでに真姫は空を見上げ星を眺めていた。

 

「わりぃ、遅くなった」

 

「別にいいわよ。私が誘ったんだし」

 

隣、座ったら?的な感じで真姫が座っているところの隣にポンポンと叩いたので隣に座って星を眺める。

 

車が通る音や居酒屋で働いているキャッチのお兄さんやお姉さんの声が聞こえるなか、2人で座ってるここだけはハサミで切り取ったように静かだった。

 

「……壮大にも感謝してるのよ?」

 

何の脈略もなく話し始めた真姫の方を見る。

 

うっすらと頬が赤いのは少し肌寒いからだけではないと思うが、生憎茶々を入れるような雰囲気ではないことを悟る。

 

「何の話だ?」

 

「さっきの話の続きよ。私がこうしてμ'sのメンバーとしてこの場にいることは穂乃果だけじゃなく壮大のおかげでもあるの」

 

「……」

 

「みんなの前では言えなかったけどね……」

 

彼女はそう前置きしてから話を続ける。

 

「穂乃果に誘われてどうしようか迷っているとき、ここで練習してる穂乃果たちを見ようとして希に捕まって…。今思うと懐かしいわね……」

 

そんなこともあったなぁ……。

 

何でのんちゃんが真姫の胸をわしわししていたのかは、未だにサッパリだけど……。

 

「その後壮大が私に『音ノ木坂を守りたいと心から願う穂乃果たちに力を貸してやってくれ』って頭を下げてくれて、それで決心ついたの。だから……」

 

「その話はもういいだろ? 」

 

オレは真姫の話を強引に断ち切った。

 

「どうして?」

 

「……恥ずかしすぎる」

 

あの時は真姫を説得するのが必死になりすぎていたからか、今こうやって話すととても恥ずかしいことをしたんだなぁ……と実感してくる。

 

「それで?これからが本題なんだけど……、あなたはこれからどう行動するつもりなの?」

 

どう行動するつもり……か。

 

他の人には悟られなかったが、やはり幼馴染というべきだろう。

 

オレがこの状況を変える一手を打つことを予測していたみたいだった。

 

確かに1・3年生の意思は確認したが、まだまだやらなければならないことはたくさん残されている。

 

穂乃果と海未の仲直りの仲裁に、穂乃果とことりの仲直りの仲裁……。

 

さらに追求するとなると、何故海未は穂乃果の事を殴ったりしたのかも聞かなければならない。

 

とてもじゃないが、ことりが日本を発つまでに間に合うとは到底思えないほどやらなければならないことがある。

 

でも、最優先でやらなければならないことが1つだけある。

 

「穂乃果の本心を聞く」

 

穂乃果がどう思っているか、だ。

 

「……理由を聞いてもいいかしら?」

 

理由か……。

 

そんな大層なものではない。

 

「海未とことりと仲違いをしている今、穂乃果の心の壁をぶっ壊せるのはオレしかいないからだ」

 

我ながら柄じゃないクサい台詞だと思う。

 

でも、答えとしてはベストな答えだと思う。

 

「そう」

 

答えを聞いた真姫は静かに立ち上がり……、

 

「壮大にしては悪くない答えなんじゃない?」

 

そう微笑んだ。

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

朝日が目を瞑っている穂乃果の瞼を貫通して、光を感じたので渋々と起き上がる。

 

μ'sを脱退すると宣言してから海未ちゃんとは一言も話していない。

 

今日から土日と続くので、海未ちゃんの冷たい視線を感じなくて済むと思うとホッとする。

 

気分が優れないのでもう一度布団を被り、目を閉じよう……

 

ーーーピーンポーン

 

としたが、インターホンが鳴り目を閉じることを阻まれた。

 

きっと亜里沙ちゃんかお母さんに用があって家にやって来たのだろうが、どちらにせよ穂乃果には関係無い。

 

また目を閉じて、寝ようとするが……。

 

 

 

 

 

「よう、穂乃果。気分はどうだ?」

 

 

 

そーちゃんが穂乃果の部屋のドアを開けて、穂乃果の部屋にズカズカと入り込んで来た。

 

 

 

 

 



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第36話 穂乃果と海未の想い

昨夜、星を眺めた帰り道の途中で雪穂に電話をしてみたら穂乃果は学校にも行かずに部屋に引き込もってばかりなのだそうだ。

 

「お姉ちゃんがいつまでも暗い感じでいられると調子狂うから壮にぃ!なんとかして!」

 

とのことだった。

 

そんなに酷い状態なのかと思い、アポ無しで穂乃果の部屋に特攻をかけたらベッドの布団を被ろうとしている穂乃果がいた。

 

その顔はひどくやつれていて、目の下にはクマが出来ている。

 

「……こんな朝早くから穂乃果に何の用?」

 

眉間にしわを寄せて不機嫌そうな顔つきになり、オレを睨み付けている。

 

「出掛けんぞ」

 

「行きたくない」

 

穂乃果を外に出そうと提案するが間髪入れずに否定し、布団を被ろうとする。

 

どうしてもμ'sに関係する人物が見たくないようで、オレを部屋から追い出そうとしているみたいだ。

 

「いつまでも部屋に引きこもってると余計元気が無くなるぞ?」

 

「そんなの穂乃果の勝手じゃん……」

 

「そうかもな。でも、幼馴染として放っておけねぇんだ」

 

「幼馴染として…放っておけない……?幼馴染だからって何やってもいいとでも思ってるの!?そう思ってるんなら放っておいてよ!!どうせ穂乃果の事なんて何とも思ってもないんでしょ!?」

 

布団から出てきたと思えばいきなり身体を押され、背中から思いっきり押し倒れた。

 

その上に穂乃果が馬乗りのように跨がってマウントポジションの態勢になり……、

 

 

 

 

ーーーパシィィィン!!!

 

 

 

 

 

振り抜かれた穂乃果の右腕はオレの左頬を的確に捉えた。

 

叩かれたオレの左頬は熱を帯び始め、鋭い痛みが後からやって来た。

 

「……そうやっていつまでも殻に閉じこもってるつもりか?」

 

オレは穂乃果の瞳を見て、睨み付ける。

 

「じゃあどうすればよかったの!?穂乃果がことりちゃんの様子に気が付いていればこんなことにはならなかったの!?こんなに苦しまなくて済んだの!?ねぇ!!教えてよ!!!」

 

穂乃果の青い瞳から頬を伝って涙がオレの頬に落ちる。

 

「さあな。少なくともいつまでも悲劇のヒロインぶってる奴に答える義務なんてないな」

 

「いつ穂乃果が悲劇のヒロインぶってるって言うの!?」

 

 

 

 

 

 

「今この状況のことだろうが!!」

 

 

 

 

 

 

オレの身体に跨がっている穂乃果を力づくでどかし、壁に押しやる。

 

壁に背をつけた穂乃果を逃がさないように肘と前腕を使って、穂乃果の顔に近付ける。

 

「みんなラブライブに出られないことを受け入れて次のステージへと歩き始めている!それは海未もオレも、ことりも同じだ!なのにお前はいつまで経ってもウジウジ悩みやがって!!みんなをバカにするのも大概にしろ!!!!」

 

「……!!」

 

「その後のこともそうだ!いきなり辞めるなんて言い出したり、A-RISEに勝てる訳がないなんて言い出してみたり!!オレが知ってる穂乃果という奴はそんなことは絶対言わねぇ!!」

 

「…………」

 

「お前がすべきことは何だ!?お前はどうしたいんだ!?答えろ!高坂 穂乃果!!」

 

オレは穂乃果へ思いの丈を全てぶつけた。

 

「……ぃ」

 

少ししてから穂乃果の口が小さく動いた。

 

「聞こえねぇよ!もっと大きな声で話せ!!」

 

 

 

 

 

「見ていたい……!!ことりちゃんやみんなと一緒に!歌いたい!

踊りたい!みんなと一緒の夢を見ていたいよ!!!」

 

 

 

 

 

ようやく聞けた嘘や偽りのない穂乃果の本心。

 

それはみんなと同じ答えだった。

 

「でも!ことりちゃんはもうすぐ海外へ行っちゃうんだよ……?穂乃果、遅すぎたんだよ……。この気持ちに気付いたことも…、ことりちゃんが海外へ行ってしまうって知ったことも……」

 

穂乃果は力なくペタンと女の子座りで座り込み、両手で顔を覆う。

 

オレもまた、穂乃果と同じように彼女との目線に合わせるように座り込む。

 

「穂乃果、顔を上げろ」

 

穂乃果は涙も拭わずに顔を上げ、オレを真っ直ぐに見つめる。

 

確かに知るのも気付くのも遅すぎたかもしれない。

 

だが、それでもお前にはまだやれる事は残っている。

 

「全てを諦めるのにはちょっと早すぎじゃねぇのか?」

 

「えっ……?」

 

「いいか?よく聞いとけ。」

 

今から言うことは穂乃果にしか出来ないことだ。

 

オレはそんな一か八かの賭けを…、穂乃果がやらなければならないことを全て伝えた。

 

「……これで全部だ」

 

「分かったけど…、もし失敗しちゃったらどうするの……?」

 

「必ず成功させろ」

 

これは失敗なんて許されない。

 

失敗したらオレたちの絆が修復不可能になるくらい粉々に壊れてしまうだろう。

 

「どうだ?やるか?」

 

「……やるよ。何もやらないで後悔するよりやって後悔したい!」

 

「分かった。なら、オレは少し用事が出来たから帰るわ」

 

「そーちゃん!」

 

部屋を出るため立ち上がろうとするも、後ろから穂乃果に抱き付かれる。

 

「……ありがとう。穂乃果のために怒ってくれて」

 

「うっせ……。余りにも見ていられなかったから部屋にやってきただけだ……」

 

オレは穂乃果の腕を優しく解きながら、照れ隠しをしながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂むらから出て、最後の布石を打つために家に戻ってきた。

 

部屋に戻ってきたオレはスマートフォンを操作して電話をかける。

 

『もしもし、園田です』

 

「おっす。数日振りだな、海未。」

 

電話をかけたのは海未だ。

 

「調子はどうだ?」

 

『あまりいいとは言えませんね……。竹刀を振っても矢を射ってもイマイチ集中しきれません……』

 

世間話をそこそこにオレは海未に聞きたいことを聞き始める。

 

「ことりはいつ出発するんだ?」

 

『明後日です』

 

「……!!随分とまた急だな……」

 

『えぇ。早く行って生活に慣れておきたいからとの事みたいです』

 

今月末に出発すると思ったいたのだが、想像していたよりも遥かに時間が無くなっていたみたいだ。

 

このことは穂乃果に伝えないとな……。

 

「あと穂乃果とケンカしたって聞いたけど……、理由は何だったんだ?あくまでこれは推論でしか無いけどスクールアイドルを辞めるなんて理由だけで怒った訳じゃないんだろ?」

 

そんな単純な事で何日も話をしないなんて子ども染みた真似を海未がする訳がない。

 

もしそんな子ども染みた真似をしているなら穂乃果と海未は等の昔に絶交している。

 

『きっと、穂乃果は自分の心に嘘をついているんです』

 

「そう思う根拠は?」

 

『これでも壮大と同じくらい長い間穂乃果を見てきているからなんとなく分かるんです。穂乃果があんな形でスクールアイドルを辞めたいって言い出すなんて…、A-RISEに勝てっこないなんて言い出す訳ないんです!』

 

長年幼馴染として穂乃果の側に立ち、いつも一緒に時を過ごしてきた同性の幼馴染だからこそ言える理由だった。

 

『だから私は怒ってるんです。自分の本当の気持ちに嘘をついているのが分かるから……』

 

辛そうに震える声が電話越しに聞こえる。

 

ことりの留学を表面上では応援こそしているが、本心は行って欲しくないと思っているはずだ。

 

「最後に1つ。……キミはμ'sとしてどうありたい?」

 

みんなはこれからどうすべきだと問いかけてきたが、海未にだけはどうありたいかを問いかける。

 

『私の心は決まっています。穂乃果が引っ張っていってくれる夢の先が見たいです!μ’sのみんなと…、そしてことりも一緒に!9人で!』

 

「ならオレのささやかな願いを聞いて欲しい。実はな……」

 

 

 

 

 

 

「……と言うわけだ」

 

『はぁ……』

 

事情を説明し終えると、溜め息が聞こえてきた。

 

「何だよ?」

 

『いいえ?あなたって人はホントお人好しで損な人なんだなぁって思っただけです』

「オレの事は別にどうでもいいじゃねぇか。だから穂乃果の話を聞いてやってくれ」

 

『あなたの熱意に免じて話だけは聞いてあげることにしますが、本当に大丈夫なんですか?』

 

きっと自分に正直に打ち明けられるのかを心配しているのだろう。

 

不安そうな声が聞こえてきた。

 

「大丈夫でしょ?」

 

なんせ穂乃果は……、

 

「ああ見えて度胸と根性があるやつだから……」

 

さぁ、穂乃果。

 

あとはお前次第だ……。

 

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

私はお昼休み、ファーストライブをやった講堂のステージの真ん中に一人で立っている。

 

昨日、そーちゃんが帰った後部屋のクローゼットから練習着を引っ張り出して楽しかった日々を思い出した。

 

もう迷わない。

 

私はことりちゃんと一緒に歌いたい…、スクールアイドル続けていたいんだってちゃんと自分の口から伝えたい。

 

でも、その前にもう1人自分の口からこの気持ちを伝えないとね…。

 

 

 

ーーーガチャッ……

 

 

 

1つしかない講堂のドアが開いた。

 

私が呼び出した人は、コツコツと靴音を鳴らして階段を降りる。

 

そして私が見える位置で止まった。

 

「ごめんね?海未ちゃん。急に呼び出しちゃって……」

 

「……いえ」

 

まず急に呼び出したことを謝る。

 

心臓が高鳴り、呼吸が浅くなる。

 

「……ことりちゃんは?」

 

「5時30分のフライトで日本を発つそうです」

 

まだ時間はあるなんて悠長なことは言ってられない。

 

ここからは時間との戦いだ。

 

ことりちゃんが日本を発つフライトに間に合わなければ、全て水の泡だ。

 

「私……、μ'sを抜けたから誰も悲しまない事をやりたいって考えてたの。自分勝手にならずに済んで、でも楽しくて、沢山の人を笑顔にして、頑張ることができて……。でも、そんな方法あるわけがなくて……」

 

「穂乃果……?」

 

「でも、そーちゃんに言われて本当の気持ちに気付いて、ここに立ってみて思い出したんだよ……。ことりちゃんと海未ちゃんともっと歌いたいって、スクールアイドルやっていたいって!!」

 

「……」

 

「学校のためとかラブライブの為とかじゃなく穂乃果は好きなの!歌うのが!踊ることが!仲間と一緒にスクールアイドルやることが!!これからもきっと迷惑をかけるかもしれないし、夢中になり過ぎて誰かが悩んでいるのに気づかない時もあると思う!入れ込み過ぎて空回りする時もきっとあると思う!!でも!!追いかけていたい!!だから、あの時辞めるなんて言ってごめんなさい!だから、私をもう一度μ'sの仲間に入れてください!」

 

私は海未ちゃんに頭を下げる。

 

きっと許してはくれないと思うけど、言いたいことは全て言えた。

 

だからこれから海未ちゃんがどんな事を言われても、それを受け入れられる準備は出来ている。

 

けど、海未ちゃんは……

 

「……くすっ。ふふっ……あはははははは!!」

 

何故かお腹を抱えて笑い出した。

 

なんで!?なんで笑うの!?

 

「う、海未ちゃん!?」

 

「あはは……ご、ごめんなさい」

 

笑った拍子に出てきた涙を拭いながら、穂乃果に近づいてきた。

 

 

「でもね、はっきり言いますが……穂乃果にはずっと前から迷惑をかけるかけられっぱなしですよ?」

 

「えっ?」

 

久々に笑顔になった海未ちゃんの言葉を頼りに記憶を遡っていくが、心当たりがない。

 

「ことりとよく話していました。穂乃果と一緒にいるといっつも大変な事になる……と。決して口にはしませんが壮大もきっとそう思ってると思いますよ?」

 

海未ちゃんの表情はとても嬉しそうだ。

 

 

「どんなに止めても夢中になったら何にも聞こえてなくて。大体スクールアイドルだってそうです。私は本気で嫌だったんですよ?」

 

「海未ちゃん……」

 

「どうにかして辞めようと思っていました。穂乃果の事恨んだりもしましたよ?」

 

「ご、ごめん……」

 

「ですが、穂乃果は連れていってくれるんです」

 

「ど……、どこに?」

 

「私やことりでは勇気が無くて行けないようなすごいところに!」

 

海未ちゃんは穂乃果の隣に立ち、まっすぐ穂乃果の事を見つめる。

 

「私が穂乃果を叩いたのは、穂乃果がことりの気持ちに気付かなかったからじゃなく穂乃果が自分の気持ちに嘘をついているのが分かったからなんです。穂乃果に振り回されるのはもう慣れっこなんです♪」

 

そうだったんだ……。

 

そうやって海未ちゃんは穂乃果の事を見ていてくれていたんだね……。

 

「だからその代わりに連れていってください!私たちの知らない世界に!!!」

 

「海未ちゃん……」

 

思わず涙がこぼれそうになり、ゴシゴシと目を拭う。

 

「さぁ!ことりを迎えに行ってあげてください!!」

 

「……!うんっ!!!」

 

 

 

 

 

 

校門を飛び出すと、1台のタクシーが停まっていた。

 

「高坂 穂乃果さんですね?」

 

タクシーの運転手さんは私に声を掛けてきて、私は頷く。

 

「松宮 壮大さんから『リボンをつけたサイドテールの娘を国際線ターミナルまで送ってやってください』との言伝により、お迎えに上がりました」

 

「えぇ!?」

 

そーちゃん、穂乃果が知らない間に何やってるの!?

 

「さぁ、早く乗ってください。大事なお友達がまっているんでしょう?」

 

「は…、はい!!」

 

 

 

 

 

 



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第37話 新たな風

「はい…、はい…、そうですか。ありがとうございました」

 

タクシーの運ちゃんからの電話で、無事穂乃果は国際線ターミナルに着いてことりを説得して音ノ木坂学院に連れ戻したのだそうだ。

 

オレは通話が切れたのを確認し、スマートフォンを頭の横に置く。

 

授業をサボり、立華高校の屋上で大の字になって空を見上げる。

 

溜め息を1つつきながら、心の中で叫ぶ。

 

 

 

もうこんな面倒くせぇことしたくねぇ!!!!!

 

 

ーーー♪

 

 

さっき置いたはずのスマートフォンが鳴り始めた。

 

あぁ!?うるっせぇ!!!

 

誰だこんな一仕事をやり終えて疲れたオレに電話してきたアホは!!

 

オレは苛立ちながら電話を取る。

 

知らない番号だった。

 

苛立ちが困惑に変わる。

 

「……はい?」

 

なので名前を名乗らず、電話に出る。

 

『松宮 壮大の携帯電話で合っているかしら?』

 

女の人の声だ。

 

だが、誰が相手なのか見当がつかない。

 

「誰だてめぇ?」

 

『何故μ'sはラブライブを辞退したの?』

 

随分と突っ込んだ質問だな。

 

さらに名を名乗ろうともしないとは、随分と肝が座った女だ。

 

だが……、

 

「聴こえなかったのか?てめぇは誰だと言ったんだ。名乗りもしないでいきなり要件を聞こうなんざ、ちょっと虫がよすぎやしねぇか?」

 

生憎オレはこんな女は好きではない。

 

『……!私の、名前……?』

 

「そう。キミの名前だ。名前も知らない相手に何でそんなデリケートの話題を話さなければならないんだ?」

 

『A-RISE……って言えば分かるかしら?』

 

「分かるかしら?じゃねぇよタコ。名前を名乗れって言ってんだよ。なぁ?いい加減真面目に答えてくんねぇかなぁ!?こっちだって暇じゃねぇんだよ!」

 

はい、そこ。

 

今屋上でサボってた奴が何を言っているんだ?という方向性は無しでお願いするぜ。

 

「例え自分が相手のことを知っていたとしてもオレはあんたの事は全く知らない。ましてや聞きたいことがあるんだったら尚更だろ?キミらみたいな有名な人だったらイメージの善し悪しが分かれるんじゃないのか?」

 

『……綺羅 ツバサよ』

 

「ん。キミみたいな聞き分けのいい女性、嫌いじゃないぜ?」

 

『それはどうも。それで私の質問には答えてくれないの?』

 

質問……。

 

確か何故μ'sはラブライブを辞退したのか……だったか?

 

「嫌だね。答えたくない」

 

『何故?』

 

「名前を名乗れとは言ったが、名乗ったら質問に答えるとは一言も言ってないからな」

 

『真面目に答えてくれるかしら?』

 

そんな怒ったような声出さなくてもいいじゃねぇか。

 

「一言で言えばオレの一存で話せる内容じゃないからな。特にキミみたいにいきなり電話をしてきて、理由を話せなんて言うような人には尚更話すわけにはいかないんでね」

 

『そう……』

 

納得はしていない、腑に落ちないと言った返事が返ってきた。

 

「もういいか?こっちもキミみたいに暇じゃないし」

 

『分かったわ。なら、この話は次に会った時に話をしましょう?』

 

「嫌だね。出来ることなら会いたくもないし話もしたくない。それに次に会う機会なんて一生無いと思うけど?」

 

すると綺羅 ツバサと名乗った女は…、

 

 

 

 

『分からないわよ?もしかしたらすぐに邂逅せざるを得ない機会があるかもしれないわよ?』

 

 

 

 

それだけを告げて、電話が切れた。

 

 

何だったんだ?と思い、首を傾げながらスマートフォンをポケットに入れようとしたら強めの風が吹き付けた。

 

その風はμ'sにとって再出発の後押しとなる風になるような気がした。

 

 

~To Be Continued for 2nd season……~

 

 




早いものでもつ7月ですね。

第37話を持ちましてテレビアニメ1期は終了です。

何話かは決めていませんが、少しだけサイドストーリーを挟んでから第2期分に入ろうと思います。

それまではサイドストーリーをお楽しみください!



※ 何個か指摘を頂いたので、一部変更しました。




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INTERLUDE2
SIDE STORY2 立華高校体育祭 前編


「またこの季節が来ちまった……」

 

オレは1枚のプリントを片手に頭を抱える。

 

そのプリントのトップには『立華高校体育祭』という文字が書かれていた。

 

ところでみんなは体育祭と聞いたら何を連想する?

 

クラス対抗で優勝を目指す?

 

うん、確かにそうだな。

 

フォークダンスで気になるあの娘の手を握って甘酸っぱい青春を思い描く?

 

それもたぶん間違っちゃいない。

 

でも、立華高校の体育祭は普通よりほんのちょっとズレているところがある。

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで、明日立華高校の体育祭なんで練習に顔出せそうにないでふ」

 

グループチャットでメンバー全員に事情を説明する。

 

『明日は練習はないわよ?』

 

「え?そうなんですか?」

 

明日は練習がお休みだという事を絵里ちゃんが教えてくれた。

 

『じゃあさ、じゃあさ!明日みんなでそーちゃんの応援行こうよ!』

 

『凛も穂乃果ちゃんの意見にさんせー!!』

 

『ことりもー!!』

 

穂乃果が体育祭の応援にいきたいと提案し、凛ちゃんとことりも穂乃果の提案に便乗する。

 

『そうですね…、他校の体育祭なんてなかなか見れるものではないですし私も見に行ってみたいですね』

 

おや、これはまた珍しい。

 

普段なら止めに入る海未も穂乃果の提案に便乗した。

 

『真姫ちゃんたちはどうするんだにゃー?』

 

話に入ってこない真姫や花陽ちゃん、にこちゃんやのんちゃんはどうするんだろうか?

 

『凛ちゃんが行くなら私も……』

 

『そうね…、久々に壮大が本気で走る姿でも見に行ってやろうかしら……』

 

1年生組はみんな乗り気だ。

 

『そうやね~、ウチも面白そうだから行く!』

 

のんちゃんも行くという結論に辿り着き、残りはにこちゃんだけだ。

 

『えーっ!?にこにーはぁ、プライベートを大事にしたいっていうかぁ~』

 

「じゃあ、にこちゃん以外は来るってことでいいんだね?」

 

『ちょっと!!』

 

「それで競技時間のことなんですけど……」

 

『話を聞きなさーい!!』

 

もう、うるさいなぁ。

 

「結局みんなと一緒に来るんですか?」

 

『行くわ!にこだけ仲間外れなんて許さないんだから!』

 

だったら始めからそう言えばいいのに……。

 

ホント損な性格というか、面倒くさいというか……。

 

「じゃあ、改めて競技時間の事なんですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Side 絢瀬 絵里~

 

 

壮大から言われた時間よりも少し早くついた私たちは立華高校にやってきた。

 

席を確保するとほぼ同時に、開会式が始まろうとしていた。

 

『これから、体育祭を開催しまーす!』

 

「「「「「うぉぉぉぉぉお!!!!」」」」」

 

「にゃっ!?ビックリしたにゃあ……」

 

凛が立華高校の生徒の熱気と怒号に驚き、耳を塞いだ。

 

開会式からスゴいわね……。

 

女子校の音ノ木坂では考えられないくらいの熱気に包まれている。

 

『では次に校長先生のお話に入ります。校長先生、お願いします』

 

立華高校の校長先生は静かに段上の上に立ち、マイクをスタンドから離すと……

 

「お前ら!盛り上がっているかぁぁぁあ!!」

 

「「「「「うぉぉぉぉぉお!!!!」」」」」

 

「気合いは十分かぁぁぁぁあ!!!」

 

「「「「「うぉぉぉぉぉお!!!!」」」」」

 

やる気(武器の貯蔵)は十分かぁぁぁあ!!!」

 

「「「「「うぉぉぉぉぉお!!!!」」」」」

 

校長先生の煽りでドンドンボルテージが上がっていっている。

 

「よぉし!!この勢いのままそれぞれ自分のベストを尽くせるよう心してかかれ!以上!健闘を祈る!」

 

『校長先生、ありがとうございましたー!』

 

挨拶らしい挨拶じゃなかった気がするけど、生徒は燃えに燃えているからそれはそれでいいのかしら……?

 

って、何だか私ここに来てからツッコミしかしていないような……?

 

『それじゃ、体育祭の第1種目を始める前にプロローグを始めますので生徒や先生、観客の皆様は学校正門の前にお越しください!』

 

「学校正門の前だって!みんな、早く行こう!!」

 

穂乃果を先頭にみんな正門に向かって移動を始める。

 

……プロローグってなに?

 

私はみんなの後に続きながら、一人首を傾げた。

 

 

Side out

 

 

 

 

立華高校体育祭は開会式が終わってからすぐに競技開始と言うわけではなく、このようなプロローグが行われる。

 

プロローグに出場できる選手は、各部インターハイや甲子園などの全国大会で成績を残した選手や部のキャプテンしか出られない。

 

ある意味立華高校の顔とも呼ばれる人ばかりだ。

 

そんな超人ばかりが揃う中、行われる種目は自転車競技の個人タイムトライアル。

 

よくロードレースの試合の一番始めに行われる距離の短いタイムトライアルなのだが、体育祭で個人タイムトライアルをやる高校なんて全国を探してもきっと立華高校しかないと思う。

 

と言うか、絶対ウチの高校だけだ。

 

しかもみんな自前か自転車競技部のロードバイクを持ち込むという

ガチな戦いになっている。

 

もうすでに何人かの選手はスタートを切っていて、オレの出走もそろそろだ。

 

「次、松宮くん!スタンバイお願いします!」

 

スタート台に立ち、特設コースとなっている道路の遠くを見つめる。

 

スターターの指が5本、4本と減っていき……、

 

「Ready……Go!!!」

 

オレは脚全体の力をふんだんに使い、ペダルを回し始めた。

 

 

 

 

~Side 南 ことり~

 

 

「うわーっ…、みんな速いねー!!」

 

「何だか本当の自転車レースを見てるみたいだにゃー!!」

 

穂乃果ちゃんと凛ちゃんは目の前を高速で走っていく選手に興奮しているようでした。

 

そーくんがスタートした時刻から5分、この特設コースの全長はおよそ3km。

 

さっきこのプロローグ……?と言う競技を調べたところ自転車ロードレースのレース形式の1つで、選手個人個人の身体能力が大きく左右される競技なのです。

 

そして私たちがいるところはゴールまでおよそ1kmのところで応援しています。

 

本来の形式であれば『フラムルージュ』というゲートがあるのですが、代わりにあと1kmの看板が立てられていました。

 

「そろそろ壮くんが来る頃やね……」

 

希ちゃんが選手が走ってくる方向を見ながら呟いています。

 

このポジションは目の前に陸上でよく使われているタイム計測の機械が置かれていて、そーくんのタイムが一番上で1秒また1秒刻まれていき、トップの選手まで残り20秒切っていました。

 

「壮大が来ました!」

 

海未ちゃんが小さく叫ぶと、私たちはやって来る方向を見ました。

 

そーくんは自分を奮い立たせるように叫びながら凄いスピードでやってきました。

 

「そーちゃん頑張れー!!」

 

「あと1kmです!ファイトです!」

 

「そーくんファイトだにゃー!」

 

「そーくん!頑張ってー!!」

 

「っしゃぁぁあっ!!!」

 

そーくんは私たちの応援に反応して叫んでから、ゴールに向かって突き進んでいきました。

 

タイムは……、現段階でトップと1秒以内の2位につけていました。

 

あと少し、そーくん頑張って!

 

 

Side out

 

 

 

『最速勝負を制したのは3年体育科の別所さんでーす!!』

 

「うっしゃぁぁあっ!!!」

 

「はぁっ……!はぁっ……!!」

 

タイムトライアルを走り終え、まだまだ吹き出てくる大量の汗が頬を伝って地面に落ちる。

 

途中で穂乃果やことりの応援が聞こえたような気がしたけど、レースに集中しすぎて声援に叫んでしまった。

 

結果は3位だった。

 

いや、言い訳をさせてくれ。

 

ゴールした段階でトップに立っていたんだがオレの1つ後ろでスタートした人がタイムを上回って、さらに最後に来たこの別所先輩がオレたちよりも20秒も上回ってゴールしたんだ。

 

何でも話を聞くと、別所先輩は今年のインターハイの個人タイムトライアルのチャンピオンで2位になった人もトラックレースのチャンピオンらしい。

 

そりゃ勝てるわけねぇだろうよ……。

 

「壮大、お疲れさま」

 

「真姫か……」

 

パンプアップした脚を何とか動かしていると、みんなの分のジュースを両手一杯に持っている真姫を見かけた。

 

「何個かこっちに寄越しな」

 

「ありがとう。助かるわ」

 

腕の中に収まりきれていない飲み物を何個か持つ。

 

「惜しかったわね」

 

「嫌みか?」

 

「まさか。久々に本気の顔つきの壮大が見られたわけだし」

 

みんながいるところに歩きながら、さっきのタイムトライアルの話をする。

 

「そんなにレアか?」

 

「えぇ。いつもムカつくほど飄々としてるし、あなたがスポーツしてるときくらいしか真面目な顔付きが見られないもの」

 

酷い言われようだ……。

 

オレだってスポーツしてるとき以外でも真面目な顔付きするわ。

 

「ありがとう。ここでいいわ」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ。後は階段上るだけだから」

 

ここでいいと言われたので、持っていたジュースを真姫に渡す。

 

「他に何の種目に出るの?」

 

「午前中はこの後すくに行われる借り物競争エキストラだけで、午後はトラック競技とリレー種目だけかな?」

 

「そう、みんなと一緒に見させて貰うわね?」

 

『それでは借り物競争にエントリーしている選手はスタート地点へお越しくださーい!』

 

真姫の後ろ姿を見送ったところでちょうど収集が始まったので、スタート地点へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

男女混合競技となっている借り物競争エキストラ。

 

普通の借り物競争なら紙に書かれたお題をこなすだけと聞こえはいいのだが、中には無茶振りとも言える物も混ざっている。

 

さらに『エキストラ』とついているので、普通の借り物競争ではないと予想しやすいだろう。

 

どのような競技なのか口で説明するよりも、今スタートした人たちの様子を見てもらった方が速い。

 

 

 

「誰か『昨日発売されたエロゲ』持っているやつはいないかー!?」

 

「はぁ!?『大胸筋矯正サポーター』だとぉ!?素直にブラって書けっつーの!!」

 

「『シンデレラ城』!?砂で作ればいいの!?」

 

 

……ご覧の有り様だ。

 

 

仮に1つ目のお題がクリアしたとしても……、

 

「えっと…、『女子生徒1人連れてきて壁ドン』……?」

 

「『ヤンデレの演技をせよ』って誰と演じればいいの!?」

 

……もはやゴールさせる気ねぇだろ、これ。

 

 

結局1組目はみんな途中棄権(リタイア)という散々な結果で終わってしまい、続くオレが走る2組目。

 

『さぁ!第1組目は全員リタイアという何ともヘタレな結果は水に洗い流して、2組目行ってみましょう!』

 

こんな思っていたよりも害悪な種目はさっさと終わらせるのが吉だ。

 

オレは数十メートル先に置かれている封筒を、恐る恐る拾い上げ封筒の中身を見る。

 

「『ショートカットの美少女』……?」

 

『おおっとぉ!たった今入った情報によりますと、松宮選手が引き当てたお題はショートカットの美少女です!!』

 

何でそんなすぐに実況席に情報が入るんだ?とツッコミたいところだが、オレは『条件に当てはまるであろう』人物に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「凛ちゃん!!」

 

「にゃにゃっ!?」

 

オレは『ショートカットの美少女』の凛ちゃんの元にやって来た。

 

「えっ?あ、あれ?そーくん何でここに来たのかにゃ?」

 

「そんなん決まってんだろ?凛ちゃんが『ショートカットの美少女』だからだ。ホラ、早く行くぞっ!」

 

オレは「凛は美少女じゃないにゃー!!」とジタバタしながら抵抗する凛ちゃんの手を引っ張りレースに復帰する。

 

『松宮選手が手を引いている娘は何とも可愛らしくもどこか活発な印象を抱かせる女の子だぁぁあ!!もしかしたら私かも……?と思っていた子猫ちゃん共残念でしたぁー!!』

 

凛ちゃんは実況の謎テンションのシャウトを聞いて顔を真っ赤にして俯き、オレの手に引かれて走っている。

 

そして女子生徒の大半からの妙に鋭い視線を感じ、いつもより体力がゴリゴリと音をたてて削っていく。

 

凛ちゃんのためにも、そして何よりオレのためにも早くレースを終わらせよう。

 

そして問題の2つ目のお題のところにやって来た。

 

オレはゆっくりと封筒の封を切る。

 

そこには『連れてきた女の子をお姫様だっこ♪』と書かれていた。

 

「凛ちゃん……」

 

「にゃんっ?」

 

手招きしてこちらへ来させる。

 

凛ちゃんは首を傾げながらてこてこ近づき……、

 

「ちょっと横向いて貰ってもいいか?」

 

「こう?」

 

「おっけー、そんな感じだ。ちょっとだけ我慢していてくれ……よっ!!」

 

「にゃあっ!?」

 

凛ちゃんはいきなり取った行動に驚きながらも、ほとんどの女の子の憧れである『お姫様だっこ』を目の当たりにしてモジモジしている。

 

その小動物を思わせる何とも初々しくも可愛らしい仕草に、観客の男子勢が歓喜に沸き立つと同時に血の涙を流している一方で女の子の夢である『お姫様だっこ』を目の当たりにできた女性陣からは羨望のため息と嫉妬のあまりにハンカチを加えながら引っ張り、引っ張りすぎたハンカチが音を立てて破ける音が聞こえてくる。

 

そんな凛ちゃんとオレにとって居心地が悪すぎる空気から逃げるようにフィニッシュしたオレたちは、すぐにみんなが待っている観客席とは別の方向に向かって全速力で走り出した。

 

 

 



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SIDE STORY3 立華高校体育祭 後編

遅れました!

ここ数日少し多忙なものでして……

それでは、どうぞぉー!!


借り物競争エキストラが終わってしばらくして落ち着いてきた頃合いを見計らって、みんなのもとへ戻ると……、

 

「むーっ……」

 

「壮大…、あなたは最低です!破廉恥ですぅ!」

 

「あ、あはは……」

 

チョコレートでコーティングされたプレッツェルをくわえてジト目で見つめる穂乃果と、顔を赤くしながら罵倒してくる海未を乾いた笑い声を飛ばすことり。

 

「凛ちゃん……、いいなぁ」

 

「やっぱり壮大は壮大だったわね……」

 

「凛ちゃん、壮くんの腕の中はどうだったん?」

 

「にゃにゃにゃっ!?」

 

妄想の世界にトリップする花陽ちゃんに、頭を抱える真姫にお姫様だっこについて追求するのんちゃんに追求されそうになってる凛ちゃん。

 

にこちゃんと絵里ちゃんも言葉を発しないものの、顔を赤くしてオレをチラチラ見てきている。

 

うん、オレここにいない方がいいかな?

 

「……ちょっとジュース買ってくる」

 

「「「逃げたね」」」

 

「逃げましたね」

 

「逃げたなぁ」

 

「逃げたにゃ」

 

「「「逃げたわね」」」

 

オレはまたしても逃げるハメになってしまった。

 

オレが悪いんやない、あんなお題を用意した運営が悪いんや…。

 

 

 

 

 

 

トラック種目とリレー種目の予選を挟み、お昼休み。

 

「そーちゃん!お昼ごはん食ーべよっ!」

 

みんながいるところへ戻ると、すっかり機嫌が戻った穂乃果がここに座れと観客席をパシパシ叩く。

 

「はー……、腹減った……」

 

穂乃果の隣に座り、溜め息をついてから空を見上げる。

 

「そーくん大活躍だったね~」

 

どの種目も予選しかやっていないとはいえ、女の子…しかもめちゃくちゃかわいい女の子に応援されて喜ばない男なんているのだろうか……?

 

「そんな壮大に私たち、お弁当を作ってきたんです!」

 

「え?私たちも作ってきたんだけど……?」

 

「うそ!!にこたちもよ!?」

 

なんと学年別でお弁当を作ってきてくれたようだ。

 

みんなそれぞれ夜に仕込みをしたり、朝早く起きて作ってきてくれたのだろうか……。

 

そう考えると目頭が熱くなってくる。

 

「……食べるよ」

 

「「「「「え!?」」」」」

 

「みんなオレのために作って来てくれたんだろ?だったらオレが食べないのは失礼だろ?さっ、最初はどのチームから食べて欲しいんだ?」

 

「じゃあ凛たちから行っくにゃー!!」

 

「私たちが作ったんだから感謝しなさいよね?」

 

「じゃあ、壮大くん召し上がれ♪」

 

まずは1年生組のお弁当。

 

バスケットの蓋を開けると…、

 

「「「「「「おぉー!!!」」」」」」

 

キレイに彩られたサンドイッチが顔を覗かせた。

 

BLTやタマゴ、男子高校生の胃袋にとって大きな味方であるカツサンドまで用意されていた。

 

……けど、

 

「ちょっと……多くね?」

 

明らか一人で食べるには多すぎる量が入っている。

 

「壮大くんが食べ切れなかった分はみんなで食べようかなって思ったんだけど……」

 

花陽ちゃんの声が語尾に近付くほどだんだん小さくなっていき、両人差し指をツンツン合わせ始める。

 

「そうだな。それじゃみんなで食べよっか?」

 

 

 

 

サンドイッチをみんなで分け合って、腹が減っていたオレはみんなより多くサンドイッチを食べたけどまだまだオレの腹は満たされていない。

 

「じゃあ次は……」

 

「にこたちよ!!」

 

「壮くん、いーっぱい食べてなー♪」

 

お次は3年生。

 

大きめの弁当箱を開けると、

 

「「「「「「「お~」」」」」」」

 

唐揚げやエビフライを始め、大量に並べられた卵焼きやアスパラベーコン巻き、さらにはカットされたフルーツに一口サイズのおむすびなどが出てきた。

 

「これ手間かかったんじゃないですか?」

 

「当たり前じゃない。スポーツ選手は食が基本なんでしょ?私たちのことを気にしなくていいから好きなだけ食べて?」

 

絵里ちゃんがウィンクをしながら食べることを促し、オレはその言葉に甘えてまずは卵焼きに箸を伸ばし、頬張った。

 

「んっ……。この卵焼き甘い……?」

 

「もしかして甘い卵焼きダメだった?」

 

卵焼きを作ったのは絵里ちゃんのようで、少し不安げな表情。

 

もしかしてこの大量の卵焼きは甘い物と甘くない物の両方あるのか……?

 

「まさか!甘いのも甘くないのもどちらもイケますよ?」

 

「よかったぁ……」

 

絵里ちゃんの表情が一気に緩む。

 

甘くない方の卵焼きに箸を伸ばそうとしたところで……、

 

『それでは間もなく午後の競技に移りまーす!』

 

「……」

 

アナウンスが流れた。

 

ちっきしょぉぉぉお!!!!

 

もうちょっとだけ昼メシ食わせてくれたっていいじゃねぇかよぉぉぉお!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

『トラック種目最初の決勝種目は男子100M!なお、トラック種目の決勝種目のみスパイクの使用が許可されていまーす!はたして一体誰が優勝……ヒィッ!?』

 

『ど…、どうしましたか?』

 

『いえ、予選をトップ通過した松宮選手なのですが……凄まじい覇気を纏ってスタートラインに並んだものでして……』

 

何か実況・解説席が何か喋っているみたいだが、オレは今それどころじゃない。

 

大した量の昼メシを食べずに競技再開になってしまったので、オレの腹の虫が『もっとメシ食わせろ』と鳴きまくっている。

 

『On your marks……』

 

オレは空腹に伴う集中力を研ぎずませていく。

 

『Set……』

 

視界に映るスターターの人指し指がピストルのトリガーに力が入るのが分かった。

 

そして、ピストルの音が鳴ったのと同時に脚の力全部使ってフィニッシュライン上の平行に伸びているゴールテープを切った。

 

結果はもちろん優勝だ。

 

続く200M決勝、4×100Mリレー、と自分が走る種目で空腹の憂さ晴らしと言わんばかりに走り切った。

 

そして立華高校体育祭の最終種目、4×400Mリレーを残すのみとなった。

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

『今年の立華高校体育祭も残す種目は1つ!4×400Mリレーを残すだけとなりましたー!!』

 

「何だかそーくん午前中よりも凄み増してないかな……?」

 

ことりちゃんが苦笑いしながらグラウンドの方向に目を向けた。

 

ここまでそーちゃんが出る種目全てぶっちぎりのタイムを叩き出して、1位になっている。

 

そして何よりそーちゃんの状態なんだけど…、

 

『松宮選手の様子ですが、何やら時間が経つにつれてドンドン人間を辞めていっているような印象を受けるのですがどう思われますか?』

 

『先ほど松宮選手と同じクラスの人に話を聞いたところ、午後の部に入ってからずーっと野獣の眼光で「昼メシ昼メシ昼メシ昼メシ…………」と延々と呟いているらしいですよ?』

 

餌に飢えた野性の肉食動物みたいな状態になっているようだった。

 

遠くから見ても今のそーちゃんに話し掛けるのは危険だというのがよく分かる。

 

放送をしている人が合図を出し、スタートのピストルが鳴ったのと同時に応援の声援が爆発した。

 

「壮くんたちのクラスは今何位くらいなんかなぁ……?」

 

「どうでしょうか…?確かに壮大のクラスメイトも十分に速いのですが……」

 

希ちゃんと海未ちゃんがそーちゃんのクラスの第1走者に目を向けている。

 

順位的に……よくて5位と言ったところなのかな?

 

第2走者、第3走者とバトンを繋いでも順位は変わらず……、

 

そして……、

 

「壮大にバトンが渡ったわよ!」

 

絵里ちゃんの声と同時にそーちゃんがバトンを受け取り、グングン加速していく。

 

トップスピードに乗ったそーちゃんは前を走っていた人を一人、二人と交わしていく。

 

そしてみるみるうちにトップ争いをしていた2クラスに……!

 

「追い付いた!?」

 

「壮大……すごいわね!!」

 

Side out

 

 

 

残り150Mのところでトップグループに追い付いた。

 

だがこの2クラスのアンカーは……部長のクラスと副部長のクラスだ。

 

「ようやく来たか!」

 

「……遅かったな」

 

2人は話す余裕が残されているが、オレは追い付くために相当ペースを上げて走ってきたので息が上がっていて脚に鉛をつけているような重さすらある。

 

引き離されないように必死に脚を動かすが、オレの脚は言うことを聞いてくれない。

 

離される……!!

 

クソッ!!ここまで来たって言うのに……!!

 

「そーちゃーーーん!!!」

 

!?……穂乃果!?

 

「まだレースは終わってないにゃぁぁあっ!!!」

 

凛ちゃん!?

 

……そうだ!!

 

まだレースは終わっちゃいねぇ!!

 

「ぐっ……!うおぁぁぁぁあっ!!!」

 

オレは最後の力を……、最後の一滴を振り絞るように脚を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閉会式も終わり、立華高校の生徒がゾロゾロと帰路についている頃。

 

オレはようやく昼メシにありつけることができた。

 

けど……、

 

「負けた……」

 

「そーくん惜しかったにゃ!あと少しで勝てたのに!」

 

「そうだよ!そーちゃんが1番速かったよ!!」

 

穂乃果と凛ちゃんが慰めてくれるが、負けた悔しさは消えない。

 

あと少し…!

 

あと少しで勝てたのに力及ばず3位という結果で終わった。

 

たかが体育祭で何もそこまで……と思うかもしれないが、走るからにはやはり勝ちたい。

 

「壮大」

 

オレの名前を呼びながら、肩に手を置かれた。

 

「よいではありませんか。負けたとはいえあなたはベストを尽くした。なら必要以上に悔しがる必要は無いと思いますよ?」

 

「海未……」

 

「そうよ。たかだか体育祭と思ってたけど今日のあんた、すごくかっこよかったわよ?」

 

「にこちゃん……」

 

「そーくん!」

 

後ろからことりの声が聞こえたので、後ろを振り向く。

 

「ことりたちが作ったお弁当、好きなだけ食べて?」

 

そういって開けられたお弁当箱の中身は、豚肉と白菜のミルフィーユ蒸しに棒々鶏、パスタなどと言ったほぼ全てオレの好物ばかり入っていた。

 

「これ…、オレ一人で食っていいのか?」

 

「うん♪そーくんのためにいーっぱい作ったんだー!!だから遠慮なく食べちゃってくださいっ!」

 

オレはことりからお弁当箱を優しく奪い取り、空腹を満たすように一気に食べ始める。

 

「ぐっ!?肉が……!喉に……!?」

 

「あぁもう!!そんなに掻き込むからです!」

 

「水……!水を……くれ……!!」

 

「はい!お水です!」

 

オレは花陽ちゃんから受け取ったコップを一気に煽る。

 

喉に詰まった肉が異に流れていくのを確認して、一息つくとみんな笑っていた。

 

「……どしたの?みんなして笑って……?」

 

「いやぁ……」

 

「少し前までまたこうして笑えるなんて……」

 

「夢にも思っていなかったもので……」

 

「これもみんな……、みーんな!!」

 

「壮大くんのおかげだね」

 

「まったく……、昔っから不器用なんだから」

 

「まっ!その不器用に救われた私たちも大概なんだけどね!」

 

「でも、うちは信じとったよ?壮くんがμ'sを救ってくれるって」

 

「何もかも壮大のおかげよ!……だから」

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「ありがとう!!そーちゃん(そーくん)(壮くん)(壮大)!!!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

まさかメンバーからこのタイミングでお礼を言われるなんて思ってもみなかった。

 

だからオレは……、

 

 

「……どういたしまし…、て?」

 

 

何ともハッキリしない返し言葉しか出てこなかった。

 

 

 




そういえばそろそろツール・ド・フランスが始まりますね。

5月に新城選手が転倒による怪我をしていたから、今年は日本人選手の出場はあるのかなぁ……



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SIDE STORY4 次期生徒会長の座は誰の手に?

今回は短めに。

サイドストーリーというより、テレビアニメ2期のプロローグと捉えていただければいいかなーって感じです。




体育祭の代休で普段忙しくて出来なかった洗濯や掃除を一通り終わり、やることもなく『さぁ、これからどうしようか……?』と思っていたところに絵里ちゃんからの呼び出しコールを受けて少し洒落た雰囲気の喫茶店に足を運んだ。

 

「……はい?」

 

そこで絵里ちゃんの口から漏れた一言に、オレは思わず耳を疑った。

 

いや、オレが聞いたのは幻聴だ。

 

冗談にしてはあまりにもタチが悪すぎる。

 

「絵里ちゃん。申し訳ないんスけど、もう一度言ってくれませんか?」

 

 

 

 

 

「後期からの生徒会長を穂乃果にしようと思うのだけれど、壮大はどう思う?」

 

 

 

 

 

聞き間違いじゃなかったぁぁあ!!!

 

オレは思わず頭を抱えるハメになったのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

「百歩譲って穂乃果を生徒会長に推薦するのは分かりましたけど、何故穂乃果なんです?他にも適任な人はいるんじゃないですか?」

 

オレは頼んでいたコーヒーを片手に絵里ちゃんに問いかける。

 

聞くところによると、音ノ木坂学院の生徒会長は昔からの決まりで次の代の生徒会長は前の代の生徒会長の推薦で決めるらしい。

 

それで現生徒会長である絵里ちゃんの最後の仕事として、次の代の生徒会長として穂乃果に推薦しようということになったらしい。

 

で、その理由なんだが……。

 

「穂乃果が音ノ木坂の事が好きのを知っているわよね?」

 

「はい」

 

海未とことりの情報だと、音ノ木坂が廃校になるという張り紙を見た途端涙目になりながら気絶したというのはまだ記憶に新しい。

 

まさかその理由だけで推薦しようとしてるのか……!?

 

「もちろん理由はそれだけじゃないわよ?」

 

ですよねぇぇえ!!!

 

もしそれだけの理由で生徒会長になったらある意味終わりだよ!

 

「話を戻すわよ?一緒にμ'sの活動をやっていて、皆を引っ張っていける力…カリスマ性って言ったらいいのかしら……?とにかく不思議な力を持っていると思ったから……」

 

なるほどね……。

 

「それに廃校になるかもしれないってなったときに誰よりも先に行動し、それを阻止してみせた穂乃果の行動力や決断力…、廃校を阻止しなければという使命感に追われていた私をいい意味で壊してくれたあの直向きさに賭けてみようって思ったの……。それを見事にやってのけた穂乃果に次の生徒会長として今度は学校のみんなに託してみようって思った」

 

「だから穂乃果を推薦しようとした……。ってことでいいんですね?」

 

「えぇ。それを踏まえて壮大はどう思うのかなって……」

 

オレは少し考え込み、結論を出した。

 

「オレはあくまで立華高校という音ノ木坂学院とは違う学校に通っていますが、それを差し引いたとしても……いいんじゃないですかね?」

 

「ホント!?」

 

絵里ちゃんはテーブルに両手をつき、そのキレイな顔をオレに近付ける。

 

「近い!近い!!絵里ちゃん、近いってば!!」

 

オレは座ったまま仰け反り、絵里ちゃんと少し距離を置く。

 

それに気付いた絵里ちゃんは咳払いを1つしてから、向かい側のイスに座り込む。

 

まったく…、この人は自分がかなりの美人だという自覚がないのか時折無防備に顔を近付けたりする。

 

少しはこちらの身にもなってほしいものだ……。

 

「それで?何でそう思ったの?」

 

「純粋に穂乃果なら生徒会長としての職務を全うしてくれると思っただけですよ。ただ…、」

 

オレは一旦言葉を区切るようにコーヒーを口にする。

 

コーヒーカップを置き、今一度絵里ちゃんに視線を向ける。

 

「知っての通り、あいつは1つのことに夢中になりすぎて回りが見えなくなる時がしばしばあります。でも、絵里ちゃんのことですし何も考えてないというわけでもないんでしょう?」

 

「もちろんよ。対策はきちんと考えてるわ」

 

「もし穂乃果が渋ったらほぼオレのところに来ると思うので、その時はオレに任せてもらってもいいですか?」

 

そう言うと、絵里ちゃんは無言で頷いた。

 

きっと…、いやほぼ確実と言っていいほどオレの活家に来るはずだから。

 

 

 

 

~Side 絢瀬 絵里~

 

「そんで?壮くんはなんて言ってたん?」

 

「いいんじゃないかって言ってたわ」

 

次の日の学校、早朝とも言える時間帯に私と希はとある人物を待っていた。

 

しばらく談笑していると、コンコンと生徒会室のドアを叩く音が聞こえてきた。

 

「はい、どうぞ」

 

「し……、失礼します」

 

少し緊張しながら生徒会室に入って来た穂乃果は、黄色いリボンでまとめられたサイドテールを歩くリズムに合わせてピョコピョコ揺らしてやってきた。

 

「絵里ちゃん…話ってなにかな?」

 

「そんなに身構えなくても平気よ。だからまず近くのイスに座ってちょうだい?」

 

「う、うん……」

 

穂乃果は私や希が座ってるイスからちょっと離れたところに座る。

 

「単刀直入に言うわ。穂乃果、私はあなたに次の代の生徒会長を任せたいと思うの」

 

「え……?えぇぇぇぇぇえっ!?」

 

私の言葉を聞き、最初は戸惑っていたがやがて大声で叫んだ。

 

「穂乃果が!?生徒会長に!?」

 

「えぇ。誰が適任なのかを考えて希と相談して決めたの。『穂乃果が最も適任なんじゃないか』って……』

 

「ちょ……!ちょっと待ってよ!何で穂乃果なの!?穂乃果、海未ちゃんやことりちゃんに比べて頭悪いし要領もいいとは言えないよ!?」

 

「それでも私たちは穂乃果に生徒会長を任せたいって思ってるの」

 

「絵里ちゃん…、本気なんだね?」

 

「本気よ?」

 

私の想いが伝わったのか狼狽えた表情の穂乃果は真面目な表情になっていった。

 

「少しだけ…、考える時間をくれないかな?」

 

「えぇ。出来るだけ早めに返事をくれるかしら?」

 

「分かった。じゃあ、また放課後の練習でね?」

 

それっきり穂乃果は生徒会室から静かに退室していった。

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

代休明けの夜…やはりというべきか予想通りというべきか……。

 

穂乃果はオレの家にやってきた。

 

「ホレ」

 

絵里ちゃんに喫茶店に呼ばれた帰り道に寄ったケーキ屋で買ったレアチーズケーキと牛乳が入ったマグカップを穂乃果の前に出した。

 

「ありがとう……」

 

穂乃果は一口、二口と口に運んでからフォークを置いた。

 

「ねぇ、そーちゃん?」

 

「どうした?」

 

「もし…、もしだよ?穂乃果が音ノ木坂の生徒会長になるって言ったら笑う?」

 

「いや?笑わねぇけど?」

 

驚く要素や疑問に思うことはあるが、なんで笑う要素が出てくるのだろうか。

 

「他の人にどう思われても穂乃果は穂乃果だろ?少しでもやってみたいって思ってるんならやってみればいいじゃねぇか」

 

「でも…」

 

「海未やことりがついているだろ?それとも何だ?穂乃果が生徒会長になったからって海未やことりは無闇矢鱈に押し付けるような奴なのか?」

 

「そんなことない!海未ちゃんは少しだけ厳しいところもあるけど、海未ちゃんもことりちゃんも優しいんだよ!?」

 

「そうだ。何も一人で抱える必要なんてないんだ。一人じゃどうしようも無くなったら海未やことりがいる。それだけで十分だろ?」

 

その言葉に穂乃果は決心が付いたようで、オレを真っ直ぐ見る。

 

「そうだね……!よくよく考えたらいつまでも考えているなんて穂乃果らしく無かったね!」

 

「その足りない頭で考えてもろくな結果が生まれないってようやく理解できたか……」

 

「もうっ!そーちゃん!!」

 

膨れっ面になってオレの脇腹を小突いてきた。

 

普段から相当な練習量を誇るオレにとっては、痛くも痒くもない。

 

「それで?生徒会長になるのか?ならないのか?」

 

「私、生徒会長やるよ!!」

 

そうか……。

 

穂乃果ならきっと……。

 

「いい生徒会長になりそうだな……」

 

「えっ?今何か言った?」

 

「何でもねぇよっ!それ以上そのケーキ食わねぇならオレが食うぞ?」

 

「ダメー!このケーキは穂乃果のだよ!」

 

絵里ちゃんには悪いんだが……、やっぱ穂乃果は生徒会長に向いてないかもしんねぇや。

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

 

次の日、私は再び生徒会室のドアの前に来ていた。

 

「すー……はー……」

 

一度、二度と深呼吸を繰り返し………、

 

「……よし!」

 

意を決して生徒会室のドアをノックする。

 

『どうぞー』

 

生徒会室の中から絵里ちゃんの声が聞こえたので私はドアを開けた。

 

「失礼しまっす!」

 

「あら、穂乃果じゃない。もしかして昨日の返事を聞かせに来たのかしら?」

 

「うんっ!私、生徒会長やるよ!」

 

穂乃果の回答を聞いた絵里ちゃんは、嬉しそうな顔をしていた。

 

そして新生徒会の役員記入用紙の生徒会長の枠の中に穂乃果のフルネームを書いた。

 

「それじゃあ、新生徒会長頑張ってね!あと、他の役員は決まり次第また連絡するわね?」

 

「うんっ!ありがとう絵里ちゃん!」

 

絵里ちゃんの激励に、明るく返事をする。

 

「それじゃあ、新生徒会長として最初の仕事は……」

 

そう言うと絵里ちゃんは机の下から400字詰めの原稿用紙を数枚取り出し、穂乃果に渡してきた。

 

「……何これ?」

 

 

 

 

 

「来週の全校集会での新生徒会長の挨拶をして貰うからね?」

 

 

 

 

 

………………えっ?

 

 

 

 



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The 4th Chapter もう一度ラブライブへ!
第38話 もう一度夢舞台へ…!?


10月最初の出校日。

 

2期制の音ノ木坂学院は、僅か数日の秋休みを挟んで後期に向かっていくその初日。

 

音ノ木坂学院の全校生徒、全先生は講堂に集まっていた。

 

そのステージの壇上にて音ノ木坂学院理事長である南理事長は全校生徒に向けた挨拶をしていた。

 

『理事長、ありがとうございました。続いて生徒会長、挨拶』

 

μ's結成当初からサポートをしてくれている『ヒフミトリオ』の一人、ヒデコのアナウンスが場内に流れる。

 

それを受けて静かに立ち上がる生徒が一人。

 

その生徒とは、音ノ木坂学院の『元』生徒会長である絢瀬 絵里。

 

絵里はみんなの注目の的になるが、絵里は構わず一人拍手を贈る。

 

静かな講堂に響き渡る拍手を受け、2年生の証しとも言える赤基調のリボンを首元に身に付けた一人の少女が壇上に姿を現した。

 

その少女の背中を見守るように見つめる2人の少女…、園田 海未と南 ことりの姿があった。

 

そして『生徒会長』と呼ばれた少女のスピーチが始まった。

 

『みなさん!こんにちは!!』

 

その二言だけで沸き立つ講堂。

 

『この度生徒会長になりました!スクールアイドルでお馴染み!!』

 

すると、マイクスタンドからマイクを取ったかと思うと高く真上に放り投げる。

 

ゆっくり回転しながら落ちてきたマイクをキャッチしてから…、

 

 

 

『高坂 穂乃果です!!!』

 

 

高らかに自分の名前を宣言した。

 

 

 

 

 

そして、穂乃果が生徒会長としてのスピーチをしているほぼ同じ頃、立華高校では……。

 

「くぁぁあ……」

 

オレは教室内で盛大な欠伸を隠すことなく漏らす。

 

理数系の科目なら予習や復習を繰り返し、ようやく理解できるのだが今の授業は日本史のちょうど幕末から明治初期の時代の授業だ。

 

日本史や世界史、地理といった社会系の暗記科目は得意でありほとんど暗記をしているからオレとしては暇をもて余しているところなのである。

 

最近少し疲れているので寝たいのだが、教壇に立っている先生は野球部の監督さんでもあるので迂闊に寝たらその鉄砲肩から放たれるチョークの餌食になってしまうので、ただただ授業が終わるのを待つしかない。

 

欠伸を漏らしてから10分ほど経ち、ようやく授業終了のチャイムが鳴った。

 

授業が終わると同時に数人引き連れてトイレに行く者や友達と他愛のない雑談をし始める者、さっきの授業で少し分からないところを先生に聞きに行く者など様々だ。

 

オレはというと…、

 

「松宮くん、ちょっといいかな?」

 

「ん?どうした?」

 

隣の席に座る女子バスケ部のエースの神谷さんに話し掛けられた。

 

「次の英語の時間までやってこいって言われていた宿題なんだけど、ちょっと分からないところがあったから松宮くんのノート見せてもらっていいかな?」

 

「いいよ。……はい」

 

「ありがとう!」

 

オレのノートを笑顔で受け取った神谷さんは、一番最新のページを探し出すと左手に持つシャーペンを一気に動かし始めた。

 

手はめちゃくちゃ早く動かしてるけど、ノートに残る文字はとてもキレイだ。

 

いつまでも神谷さんの手を見ているわけにもいかないので、次の時間の授業である英語の教科書を取り出そうとしたらポケットの中に突っ込んでいたスマートフォンが震動した。

 

何事かと思い、スマートフォンを引っ張り出し電源ボタンを押すとヤポーニュースだった。

 

普段なら特に気に止めるわけでもなく、フリックするところなのだが今回ばかりはそういうわけにもいかなかった。

 

『第2回ラブライブ開催決定』という文字がそこにあったから……。

 

 

 

 

 

 

~Side 西木野 真姫~

 

 

放課後、生徒会長挨拶にてマイクを放り投げるパフォーマンスをしたのはいいが後が全く続かなかった穂乃果が生徒会室で海未にこってり絞られている中、私と凛と花陽とにこちゃんの4人は一足先に屋上に来ていた。

 

「いい?特訓の成果を…、見せてあげるわっ!」

 

凛と花陽に背を向けるような形で立っているにこちゃんは、振り向いた。

 

 

「にっこにっこにー!あなたのハートに、にこにこにー!笑顔を届ける矢澤にこにこー!あっ!ダメダメダメー!にこにーはみーんなのモ・ノ♪」

 

 

 

「気持ち悪い……」

 

聞くに耐えない方向に進化していたにこちゃんの『にっこにっこにー』をバッサリ切り捨てる。

 

「なによー!昨日一生懸命考えたんだからーっ!!」

 

「知らない……」

 

地団駄踏んでいるにこちゃんには悪いが、本当に知ったこっちゃない。

 

それに昨日今日思い付いた特訓って特訓て言わないんじゃない……?

 

「それに4人でこんなことして意味なんてあるわけ?」

 

「あんたたちは何も分かってないわね……。これからは1年生が頑張らないといけないのよ!?」

 

そういうとにこちゃんは慣れた手つきでビデオカメラと三脚をセットし始めた。

 

「いい?私はあんたたちだけじゃどう頑張ればいいのかわからないだろうと思って手助けにきたの。先輩として!」

 

最後の一言がやけに強調されているのは気のせいなのだろうか……。

 

「……そのビデオは?」

 

「何言ってるの。ネットにアップするために決まってるでしょ?今やスクールアイドルもグローバル!全世界へとアピールしていく時代なのよ!?ライブ中だけでなく日々レッスンしている様子もアピールに繋がるわ!!」

 

と言うと何故かにこちゃんは後ろを向き、何やらボソボソと呟き始める。

 

「ぐふふ……。こうやって1年生を甲斐甲斐しくみているところをアピールすれば、それを見たファンの間に『にこにーこそセンターに相応しい』との声が上がり始めて、やがて……」

 

「全部聞こえてるにゃー……」

 

「な゛ぁっ!?……に、にこっ♪」

 

にこちゃんの本当の狙いが全て声に出ている事を凛にツッコまれると、にこはいつものにこちゃんのポーズを取りながら笑って誤魔化そうとしていた。

 

ホントに、この人は……。

 

だからにこちゃんは凛や穂乃果に先輩として見られなかったのよ……。

 

一人小さくため息をついてると、いつも貴重品を置いているところから誰かの着メロが鳴った。

 

「あ…、私のケータイだ……」

 

「ちょっとー…、これから練習なんだから電源切るかマナーモードかにしときなさいよー」

 

花陽はにこちゃんに謝りながら、ケータイを操作してメールフォルダを開くと、目を見開いて驚きの声を上げたかと思うとカタカタ震え始めた。

 

「かよちん?どうかしたの?」

 

「ウソ……!そんな……、そんなことって……!!」

 

花陽は凛の言葉が聞こえていないのか、返事をせずに屋上から走り去ってしまった。

 

取り残されそうになった私たちはすぐに花陽の後を追いかけると、辿り着いた先はアイドル研究部の部室。

 

「夢……。夢なら夢って先に言って!!!」

 

部室に入るや否や、部室のパソコンでキーボードを高速で叩き何やら調べ物をする花陽。

 

「まったく…、なんなのよ、もう!」

 

「凛はこっちのかよちんも好きにゃー!!」

 

「えぇぇぇぇえっ!?」

 

いきなりにこちゃんの叫び声がしたのでビックリした私と凛は、叫び声が聞こえた方向を向いた。

 

するとにこちゃんは花陽が何を調べているのかといった様子で、肩越しにパソコンの画面を覗き込んでいた。

 

にこの叫びに気になった凛と私も続いて覗き込むと、信じられないものがそこには写っていた。

 

そして私たちは部室を飛び出し、まずは生徒会室へ向かった。

 

「穂乃果!」

 

「あ、矢澤先輩」

 

生徒会室にいたのはイスに寄り掛かるようにファッション雑誌を読んでいたヒデコ…、さんだった。

 

「穂乃果はどこ!?」

 

「穂乃果なら教室の方が事務作業が捗るからーってそっちへ行きましたけど……」

 

「分かったわ!ありがとう!」

 

 

 

 

「穂乃果ちゃん!!」

 

「あ、凛ちゃん。どうしたの?」

 

続いて向かった先は穂乃果たちのクラスの教室。

 

そこにはフミコ…、さんと2年生の人が教室で雑談に花を咲かせていた。

 

「穂乃果ちゃんは!?」

 

「どうしても身体を動かしたいからって屋上へ行ったよ」

 

「ありがとうだにゃ!!」

 

 

 

 

「穂乃果!!!」

 

「あ!真姫ちゃん!」

 

再び屋上へ行くとミカ…、さんと他2人が座っていた。

 

「あの…!穂乃果は!?」

 

「お腹すいたから何か食べてくるって♪」

 

「ありがとう…、ございます!」

 

 

 

 

途中は花陽がアルパカに何処に行ったかを話しかけ、中庭の方に行ったという電波を拾ったことに驚きつつも中庭に行くと…、

 

「いやー!今日もパンが美味いっ!」

 

いつもの2枚入りのパックに入ったパンを頬張っている穂乃果がいたが、凛を除く3人は全力で校内を縦横無尽に走り回ったので、疲れてしまった。

 

「少しは…、落ち着きなさいよ……」

 

今回ばかりはにこちゃんに同意するわ。

 

 

 

アイドル研究部へ戻る際に海未やことり、希にエリーを見掛けたので一緒に部室へ行く。

 

「もう一度…、あるわよ!」

 

「もう一度…?」

 

「もう一度?」

 

「もう一度!?」

 

「ラブライブが!?」

 

にこちゃんがもう一度あると言い、海未とことりはピンと来なかったが希とエリーには伝わったようだ。

 

「そう!A-RISEの優勝と大会の成功をもって終わった第一回ラブライブ!それが何と何と…!その第2回大会が行われることが早くも決定したのですっ!!!」

 

花陽が勢い良く言い、スマートフォンによる公式サイトを開いて海未たちに見せる。

 

「えぇっと…?今回は前回を上回る大会規模で会場の広さも数倍。ネット配信の他にライブビューイングも計画され、大会規模の大きい今度のラブライブは前回のランキング形式ではなく、各地で予選が行われ、各地区の代表になったチームが本選に進む形式に変更…?」

 

「つまり、人気投票による今までのランキングは関係ないということですか?」

 

ことりが今大会より変更されたルールを読み上げ、海未が質問する。

 

「その通り!これはまさにアイドル下克上!ランキング外の者でも予選のパフォーマンス次第で本大会に出場出来るんです!」

 

質問に答えるだけでなく、そここらさらに補足するように花陽が勢い良く話す。

 

「……やらない手はないにゃー!」

 

「いいやん!面白そうやん!!」

 

「よーし!じゃあラブライブ出場に向けて……」

 

メンバーがそれぞれやる気に満ち溢れ、ことりが頑張ろー!と続けようとしたが…、

 

「待って!」

 

エリーがことりに待ったをかけた。

 

「地区予選があるって事は……私たち、A-RISEとぶつかるんじゃ…」

 

するとメンバーみんな頭を抱える。

 

花陽に至ってはショックを受け、涙を流すほどだったが海未や希を筆頭に諦めるにはまだ早いとメンバーみんなを立ち直らせるが、ここである違和感に気づいた。

 

「はぁ…」

 

穂乃果は今までの話し合いに一切参加せずに、イスに座ったままノンビリとお茶を啜っていた。

 

いつもの穂乃果ならみんなの先頭に立ってみんなのやる気を奮い立たせるはずなのに……。

 

「……穂乃果?」

 

そんな穂乃果を見かねたエリーが問いかけると…、

 

 

 

 

「出なくても……、いいんじゃないかな?」

 

 

 

 

メンバーの中で唯一不参加の意思を見せた。

 

 

 

 



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第39話 決意の1歩

~Side 高坂 穂乃果~

 

出なくてもいいと言ったら、みんなに驚かれただけじゃなく隣の部屋に強引に連れ込まれ大きな鏡の前に座らされた。

 

「穂乃果…、自分の顔が見えますか?」

 

「見え……ます」

 

「では鏡の中の自分は何と言っていますか!?」

 

「何それー?」

 

いくら穂乃果がおバカだからと言って、その言い方は無いと思うんだけど……。

 

「だって、穂乃果……」

 

「ラブライブ出ないって……」

 

「ありえないんだけど!」

 

絵里ちゃんと希ちゃんが困惑した表情で穂乃果を見ていたら、にこちゃんが穂乃果に詰め寄ってきたので思わず仰け反ってしまった。

 

「ラブライブよラブライブ!スクールアイドルの憧れよ!あんたなら真っ先に出ようって言いそうなもんじゃない!」

 

「そ…、そう?」

 

「何かあったの?」

 

「いやぁ…、別に……」

 

「じゃあ、どうして!?」

 

「穂乃果、なぜ出なくて良いと思うんです?」

 

「私は歌って踊って皆が幸せならそれで……」

 

「今までラブライブを目標にやってきたじゃない!違うの!?」

 

「い、いやぁ……」

 

このままここにいてはみんなに根掘り葉掘り聞かれてしまいそうだし、少し恥ずかしいけどちょうどいいタイミングでお腹の虫が鳴き始めたので帰りに何処か寄って帰ろうと提案した。

 

みんなは少し渋っていたけど、何だかんだで穂乃果の提案に乗ってくれた。

 

凛ちゃんと絵里ちゃんと一緒にプリクラを取ったり、トンタッキーでみんなでハンバーガーやシェイクを食べたり飲んだりしててふと秋葉原の街並みに一際大きな建物…、UTX高校を見る。

 

そのパブリックビューイングって言うのかな……。

 

そこにはA-RISEのプロモーションビデオが流れている。

 

それを見ながら思う。

 

……もう、誰にも迷惑かけたくないから。

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

10月ともなると日が暮れるのが早く、夜の方がどんどん長くなっていく。

 

自転車をゆっくり漕いでいると、少し先に見慣れたリボンでサイドポニーに纏めている音ノ木坂学院の制服を着た女子高生が一人。

 

「よっ、穂乃果」

 

「あっ!そーちゃん!!」

 

穂乃果の隣に並び、ブレーキをかけて自転車から降りる。

 

「練習帰りか?」

 

「ううん、練習は明日から。今日は学校帰りにみんなと一緒に遊んで 帰ってるとこ」

 

「なら、一緒に帰るか」

 

「うんっ!」

 

 

 

 

 

「ちわーっす」

 

穂乃果は店番をするって言って母屋の方から回り込み、オレは穂むらの暖簾をくぐるとまたしても夏穂さんがお団子を摘まみ食いをしていた。

 

「あら、壮大くん。いらっしゃい」

 

「どうも、夏穂さん。また摘まみ食いですか……?」

 

「い、いいじゃない…。穂乃果もまだ帰ってきてないんだし」

 

「お母さん……」

 

夏穂さんの後ろから制服のブレザーだけ脱いで、割烹着に着替えた穂乃果が苦笑いでお店の方に顔だけ覗かせていた。

 

「あら、穂乃果。壮大くんと帰ってきたの?」

 

何しれっとお団子の摘まみ食いを無かったことにしようとしているのだろうか。

 

「穂乃果や雪穂には摘まみ食いするなーって言ってるのに、お母さん一人だけずるい……」

 

「そっち!?」

 

思わずツッコミを入れてしまうほどの衝撃を受けた。

 

「じゃあこれからご飯の支度するから店番よろしくねー。壮大くんもゆっくりしていってね」

 

そう言ってお団子の串を折り曲げ、ポケットに入れた夏穂さんは穂乃果と入れ替わるように母屋の方へ入っていった。

 

「もう、お母さんったら…。そーちゃん何か注文する?」

 

「……餡蜜あるか?」

 

「あるよー。ちょっとだけ待っててねー」

 

 

 

餡蜜を食べながら穂乃果と雑談していたら、母屋の方から穂乃果を呼ぶ夏穂さんの声が聞こえてきたので急いで器に入っている餡蜜の残りを口の中に掻き込みお礼を言ってから穂むらから出る。

 

晩メシを適当に作って、それを食べ終えて部屋でゆっくりしていると穂乃果がやってきた。

 

「どうした?」

 

「うん、ちょっとね……」

 

そう言うと穂乃果はテーブルの近くに座り込んだ。

 

その表情は少し硬く、そして暗かった。

 

「……ラブライブのことか?」

 

『ラブライブ』という単語を聞いた瞬間、少しだけ肩が動いたのをオレは見逃さなかった。

 

きっと学校で何かあったな、これ……。

 

「まさか…、出ないのか?」

 

「うわぁぁん!そーちゃんまでそういうこと言うのやめてよー!!」

 

そーちゃん()()って言うことはここに来るまでにだれかに言われたんだな……。

 

大方雪穂辺りが言ったのだろう。

 

「分かってる……。穂乃果だって分かってるんだよ……」

 

何が?とは言わない。

 

穂乃果は迷っているんだ。

 

ラブライブに出たいという気持ちと、もしかしたら学校祭みたいなことが起こるかもしれないという気持ちが穂乃果の心の中でせめぎあっているはずだ。

 

そんな穂乃果に追い討ち……という訳じゃないが、1つの事実を突きつける。

 

「なぁ、穂乃果?」

 

「なに?」

 

「次のラブライブが開催される時期…、知ってるか?」

 

穂乃果は静かに首を縦に振る。

 

「来年の2月末……」

 

分かっているならいい。

 

「そう。だからどうすればいいか穂乃果でも分かるだろ?」

 

そう。

 

来年の3月で今の3年生は卒業する。

 

それは絵里ちゃんやのんちゃん、にこちゃんも例外ではない。

 

今のμ'sに残されている時間はそう多くはない。

 

あのメンバーで目指せる最後のラブライブということになる。

 

「うん……」

 

「ならいつまでもオレの部屋にいないで一人で考えた方がいいんじゃないのか?」

 

穂乃果は同意するように頷くと、無言でオレの部屋から出ていった。

 

あとはこれで穂乃果の心がどう動くか……だな。

 

 

 

 

 

 

翌日、雨が降りそうな雲り空の中神田明神を通りすぎようとしたら穂乃果とにこちゃん以外のμ'sメンバーがいた。

 

「こんにちは、みなさんお揃いで」

 

「あら、壮大じゃない」

 

挨拶をすると絵里ちゃんが代表して挨拶を返してくれた。

 

他のメンバーの視線の先には、音ノ木坂学院指定の赤いジャージに身を包んだ穂乃果とにこちゃんがいた。

 

「……何やら穏やかな雰囲気じゃあ、ないですね」

 

「えぇ。この階段ダッシュでにこが勝てばラブライブの予選に出る。逆に穂乃果が勝てばラブライブのことは綺麗サッパリ諦めるという賭けに出たのよ」

 

オレも絵里ちゃんたちと一緒に穂乃果とにこちゃんの勝負の行く末を見守ることにした。

 

にこちゃんが穂乃果よりも少し速くスタートを切り、穂乃果がにこちゃんを追いかける形で勝負が始まった。

 

しかし、真ん中辺りを過ぎたところでにこちゃんが階段に足を引っ掛けてしまい転んでしまった。

 

オレは制服の上着を脱ぎ捨て、階段を降りてにこちゃんに駆け寄ると穂乃果との会話が聞こえてきた。

 

「うっさいわね……。ズルでもなんでも出られればいいのよ……!ラブライブに出られれば……!!」

 

「にこちゃん……」

 

にこちゃんの言葉を聞き、昨日と同じような顔つきになる。

 

そして、空から雨がパラつき始めてきた。

 

「にこちゃん、立てるか?」

 

「壮大……。あ、ありがとう……」

 

「穂乃果、勝負はお預けだ。2人とも雨が酷くならないうちに境内に上がろう」

 

 

 

 

 

制服に着替えてきた穂乃果とにこちゃんは、オレたちが雨宿りしている境内への門に戻ってくると同時に雨脚が強くなった。

 

「今回のラブライブは私たち9人…、壮大を含めて10人で出られる最後のチャンスなのよ」

 

合流して開口一番、絵里ちゃんが話を切り出してきた。

 

「3月になったら私たち3人は卒業。こうしてみんなと一緒にいられるのは残り半年……」

 

「それにスクールアイドルでいられるのは在学中だけ……」

 

穂乃果は小さい声でそんな……と呟く。

 

「すぐに卒業する訳じゃないけど、ラブライブに出られるのは今回がラストチャンス……」

 

「このメンバーでラブライブに出られるのは、今回しかないって事でだ」

 

穂乃果はオレや他のメンバーを見て思う。

 

みんなラブライブに出たいんだ……と。

 

「私たちもそう。たとえ予選で落ちちゃったとしてもこのメンバーで頑張った足跡を残したい!」

 

「凛もそう思うにゃ」

 

「やってみても、良いんじゃない?」

 

花陽ちゃん、凛ちゃん、真姫の1年生トリオも穂乃果を説得する。

 

「……ことりちゃんは?」

 

それを受けた穂乃果はことりに意見を求めた。

 

「私は穂乃果ちゃんが選んだ道なら、どこへでもっ」

 

穂乃果はことりの答えの裏に隠された真意に気付いたようで、目を丸くする。

 

「自分のせいで皆に迷惑を掛けてしまうのでは、と心配しているのでしょう?」

 

「ラブライブに夢中になり過ぎて、前回みたい周りが見えなくなって生徒会長として学校のみんなに迷惑を掛けるような事があってはいけないってか……?まったく、あれはお前だけの責任じゃねぇって結論になっただろう……がっ!」

 

オレは穂乃果の額に1発デコピンを入れる。

 

「全部…、バレバレだね。始めたばかりの時は何も考えないで出来たのに今は何をやるべきか分からなくなる時がある……。でも一度夢見た舞台だもん!やっぱり私だって出たい!生徒会長をやりながらだから迷惑掛けるかもだけど、本当はものすごく出たいよ!!」

 

穂乃果らしい答えだ。

 

フッと笑うと、みんなもそれにつられて笑い出す。

 

「えっ、みんな……?どうしたの?」

 

「穂乃果、忘れたのですか?」

 

みんな一斉に息を吸い込み始め……、

 

「「「「だって可能性感じたんだ……」」」」

 

まず絵里ちゃん、のんちゃん、にこちゃん、海未が歌い始める。

 

「「「「そうだ!ススメ……」」」」

 

続いてことり、凛ちゃん、花陽ちゃん、真姫が続きを繋ぐ。

 

順番的に言うと次はオレか。

 

えっと、この歌の続きは確か……。

 

「後悔したくない目の前に……」

 

最後の『に』の部分を伸ばす。

 

「僕らの、道がある……!」

 

伸ばし終えると、最後の1フレーズを穂乃果が力強く歌い切った。

 

「「「「やろう!」」」」

 

「「「「やろう!!」」」」

 

「穂乃果、やるぞ!!」

 

そんな穂乃果を見て安心した全員は穂乃果に気持ちを伝える。

 

「よーし!やろう!ラブライブに出よう!!」

 

すると穂乃果は雨が降りしきる境内に出た。

 

突然の行動に驚く真姫と、それを止めようとする海未を気にすることなく大きく息を吸い込み……、

 

 

 

 

「雨、止めー!!!!!」

 

 

 

 

 

あまりにも大きすぎる声に山がないのに山彦が聞こえた。

 

そして…、

 

「嘘だろッ!?」

 

先程まで雨を降らせていた雲に晴れ間が差し、青空が顔を覗かせ始めた。

 

「本当に止んだ!人間その気になれば何だって出来るよ!ラブライブに出るだけじゃもったいない!この10人で残せる最高の結果……優勝を目指そう!」

 

「「「「「「「優勝!?」」」」」」」

 

「大きく出たわね!!」

 

「だけど、そんくらいの気持ちじゃなきゃ番狂わせ…、大物食い(ジャイアントキリング)は起こせねぇ!いいねぇ!最ッ高じゃねぇかッ!」

 

いきなりの優勝宣言に驚くメンバーと腹を抱えて笑うオレ。

 

こうして音ノ木坂学院所属アイドル研究部……『μ's』のラブライブ出場と大会での目標が決まった。

 

そしてこれは、後に語り継がれる『奇跡の快進撃』とも呼ばれるスタートの1歩にしか過ぎなかった……。

 

 

 

 




最近テスト勉強やらレポートやらがあるので、 合間を縫って投稿したいと思います。

ツール・ド・フランスではカンチェラーラがまさかのリタイア……。

今年のツールも波乱が起きそうな転回になりそうですね……


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第40話 再び合宿へ

午前中に授業が終わり、普通なら5・6時間目の時間帯に部活の練習が終わったので久し振りに音ノ木坂の敷地に入りみんなが屋上で練習をしているなか、オレは屋上の隅っこでノートパソコンを使って情報を集めていた。

 

前回のラブライブに出場したグループがどの都道府県にいるのかとか、ダンスや歌のクオリティー、そして歌う楽曲の傾向など……だ。

 

粗方情報が集まったところで、一旦ノートパソコンを置いて背筋を伸ばす。

 

背中がバキバキ鳴らし、立ち上がろうとしたところで新しい情報がメールとして受信した。

 

「ん?また新しい情報更新か?……!!みんな、大変だ!」

 

そのメールの内容を確認した、オレは急いでみんなを集める。

 

「ちょっ!?いきなりどうしたのよ!!」

 

ダンスのリズムを取っていた絵里ちゃんが驚き、それに反応したみんながオレの回りに集まった。

 

「たった今更新された情報なんだが、ラブライブの予選で発表する曲は未発表のものに限定されるそうだ!」

 

「「「「「「「「「えぇ!?」」」」」」」」」

 

「それじゃあ今まで曲は使えないって事!?」

 

「そう言うことだ」

 

今日まで発表された曲…、ファーストライブや再結成時の際に使用した『START:DASH!!』プロモーションの『これからのsomeday』、オープンキャンパスで使用した『僕らのLIVE君とのLIFE』、秋葉原ゲリラライブで使用した『Wonder zone』、学校祭で使用した『No brand girl』が今回のラブライブでは予選本戦共に使用不可ということ事になる。

 

「どういう事よ!?」

 

メンバーの中で最も驚きの表情を見せているにこが、オレに詰め寄る。

 

「何でも参加希望チームが予想以上に多いらしくて。さっきオレも情報収集で見たんですが、前回のラブライブ出場チームや今回エントリーに名乗りを上げているグループの中にはプロのアイドルのコピーをしてるグループもあるみたいなんです」

 

「つまり、この段階でふるいにかけようってわけやね」

 

「そんな〜!」

 

それを聞いた凛ちゃんは困った顔をしてそう言った。

 

確かにこのルールは痛すぎる。

 

元々披露していない楽曲のストックがたくさんあるグループや、最初っから1次予選で新曲を披露するというのなら別に問題はないのだろう。

 

「海未、真姫。新曲の方なんだけど……」

 

話を新曲の話へと持っていき、μ'sの作詞・作曲担当の2人を見るが2人共揃って首を横に振った。

 

2人の無言の答えに、全員が考えを巡らせる。

 

「一体どうしたら……」

 

「どうするって、そりゃあ決まってるだろ?新曲が出来上がってないと言うのなら……」

 

「作るしかないわね……」

 

無茶振りだというのは分かっているが、今はそれしか最善の答えは見つからない。

 

考えてる途中でにこちゃんが自分が作詞したという『にこにーにこちゃん』を使うしかないとか言ってたけど、もちろん却下だ。

 

「でも、どうやって?」

 

「「真姫!!」」

 

海未が方法を聞いてきたので、奇遇にもオレと絵里ちゃんの考えが一致したのか真姫の名前を呼ぶ声がハモった。

 

「……もしかして?」

 

「あぁ…、」

 

「えぇ…、」

 

絵里ちゃんが謎の動きを挟んだ後、ポーズを取ったのでオレもその動きに合わせて絵里ちゃんの後ろで某奇妙な冒険の登場人物がよくやっているポーズを取る。

 

 

 

「「合宿だぁぁあ(よぉぉお)!!!」」

 

 

 

 

 

 

と言うわけで、合宿地へ移動している電車の中。

 

夏の時は海だったのだが、今回は何と山。

 

山の近くは10月ともなると冷えるので、みんかそれなりの防寒対策をしてきている。

 

1つだけ気になる要素と言えば、海未の手荷物。

 

今回は本当に急に決まった合宿だしそれほど長くは宿泊できないが、それを差し引いても荷物が大きいというか……重そう。

 

登山用のポールも持ってきているのが見えたので、まさかとは思うが時間が出来たら山に登るつもりなのか?

 

「そーくん!凛たちとトランプでもやらない?」

 

移動の時間は特に何もやることも無いので、オレは二つ返事で凛ちゃんたちとトランプをやることにした。

 

っていうかそのトランプ……新品じゃね?

 

 

 

 

 

「そう言えば壮大さんって普段学校ではどんな感じで過ごしているんですか?ヒット」

 

「いつも凛たちのサポートしてるのはありがたいんだけど、練習とかは大丈夫なのかにゃ?ヒット」

 

「あぁ、それなら大丈夫だ。立華は基本的には授業は午前中だけで、午後は部活とかに時間を割いているんだ。スタンド」

 

「今日合わせて3日も部活に顔を出さなくても大丈夫なの?」

 

「ちょうどグラウンドのトラックの張り替え作業で3日間休みになったんだ」

 

花陽ちゃん、凛ちゃん、オレ、真姫の4人一組に座ってブラックジャックをやっていて、今回のディーラーは言い出しっぺの真姫だ。

 

凛ちゃんがヒット…カードをもう1枚要求し、オレと花陽はスタンド……カードを引かずにその時点での点数で勝負することにする。

 

場に出されたカードは流され、真姫をディーラーに立てたゲームは次で最後。

 

真姫がカードを配り、ディーラーの場に出されたカードが2枚目に配ったカードオープンされる。

 

オープンされたカードはダイヤのジャック。

 

「ヒット」

 

「……ヒット」

 

自分の場に出されたカードを確認した凛ちゃんと花陽ちゃんはヒットをコール。

 

真姫の手によって追加のカードが配られる。

 

「壮大、あなたはどうするの?」

 

「スタンド」

 

「にゃっ!?」

 

オレはカードを見ずにスタンドをコール。

 

それを見た凛ちゃんは驚きの声を上げた。

 

「壮大さん?まさか戦意喪失……とか?」

 

「……なぁ、真姫?」

 

「な…、何よ?」

 

「ブラックジャックとはプレイヤーが有利に展開できる少し特殊なゲームだ。ディーラーの立場にある人は自分の手が17以上になるまでカードを引かなければならず、17以上になったらその後は追加のカードを引くことはできないってのは勿論知っているよな?」

 

「えぇ、勿論。それがどうかしたのかしら?」

 

まさか揺さぶってるつもりなの?と聞く真姫だったが、揺さぶってるつもりは毛頭ない。

 

「つまりこの4人の中で最もバストする危険性が高いのがディーラーであるお前だ。なのにここまで1度もバストをしていない。……大した運の持ち主だな」

 

「……さぁ、カードオープンと行きましょうか?」

 

話の空気を強引に変えるようにカードオープンをコール。

 

凛ちゃんは18、花陽ちゃんは17、真姫が20となった手札をオープンする。

 

「勝負あったわね……」

 

オレは頭を抱えながらカードをオープンする。

 

スペードのエースとダイヤのキング。

 

合計で21……、オレの勝ちだ。

 

「すごいにゃ……、そーくんの1人勝ちだにゃ」

 

「でも、何で手札を見ずに……?」

 

感心する凛ちゃんと何故勝てたのか疑問に思う花陽ちゃんを見てから、溜め息をついてカードを纏めている真姫が口を開いた。

 

「壮大…あなた、カードカウンティングを使ったわね?」

 

「そういうお前こそフォールスシャッフルしてたクセに……」

 

「カード……カウンティング?」

 

「フォールスシャッフル?」

 

いまいち分かっていない凛ちゃんと花陽ちゃんだったが、オレに代わって真姫が2人に説明し始める。

 

まずはフォールスシャッフル。

 

カードを使用したマジックなどで使用される技法の1つで、観客にはシャッフルしているように見せ掛けて実はカードの順番が全く変わっていないシャッフルのことだ。

 

そして次はカードカウンティング。

 

カードカウンティングとは、場から流れていったカードを記憶し、まだ未使用の山の中にどのようなカードがどれほど残されているかを読む戦術だ。

 

出てしまったカードがエースおよび10や絵札ならば、1枚につきマイナス1点。

 

7、8、9ならば0点。

 

2、3、4、5、6はプラスの1点とし、それらをプレーの最中に刻々と合計していくという手法だ。

 

ただし、カードカウンティングを実行するには自分の視線には細心の注意を払わなければならないのだが、遊びでやる分には問題はない。

 

だって遊びでやるのにカードカウンティングをしているかどうかディーラーの人がそこまで注意して見ることなんて余程の事が無い限りないでしょ?

 

「……と言うわけよ」

 

「全っ然気付かなかったにゃ……」

 

「私も……です」

 

「相手が悪かったとしか言いようがないな…。おっと、そろそろ降りるところみたいだからオレは自分の座席に戻るわ」

 

手荷物を取りに自分の座席に戻った。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~、きれ~い!!」

 

「ん~!空気が澄んでて気持ちええなぁ……」

 

ことりとのんちゃんが長時間に渡る移動で固まった体を伸ばしながら言う。

 

「やっぱり真姫ちゃん凄いにゃー!こんな所にも別荘があるなんて」

 

「歌も上手いし、完璧だよねっ」

 

「べ、別に完璧なんかじゃないわよ……」

 

凛と花陽が真姫にいうと、真姫は照れた表情で顔を逸らす。

 

数ヶ月前の真姫なら照れ隠しにツンデレのツンの部分を強調した言葉が出て来ていたはずだから、真姫もμ'sに関わっていく過程で成長したんだなぁ……と一人感傷に浸る。

 

「あの、早く移動しようぜ?」

 

「そうね。時間も無いし……」

 

時間もないので早く真姫の別荘に行くことを提案し、絵里ちゃんが便乗したところで……

 

ーーードスンッッ!!!

 

「その通りです」

 

登山用のバッグをホームに降ろした海未が同意した。

 

いや、その荷物そんなに重いの?

 

「海未ちゃん……その荷物は?」

 

「なにか?」

 

ことりが海未の荷物を見てから聞くが、海未は至極当然だと言わんばかりに聞き返す。

 

「ちょっと……多くない?」

 

「山ですから。むしろみんなの方こそ軽装すぎませんか?」

 

絵里ちゃんの言葉に山だからと返してバッグを背負う。

 

「さっ!早く行きましょう!山が私を呼んでいますよー!」

 

あっはははー!と目を輝かせながら、誰よりも先に改札口を通って駅の外に出た。

 

「海未って…、登山マニア?」

 

「いや、知らないです……」

 

にこちゃんの言葉を聞いていたオレと絵里ちゃんは、夏合宿の時に海未が考案した練習メニューを思い出し、苦笑いをする。

 

まさかみんなで登山!とか言い出したりしないことを祈りつつ、駅の改札口を出ようとする。

 

「あれ?」

 

「どうしたの?」

 

オレより前にいた凛ちゃんが後ろを振り向き、その行動に疑問を持ったことりが心配する。

 

「何か…、足りてないような……」

 

「忘れ物?」

 

凛ちゃんの言葉がオレの中で引っ掛かった。

 

しゃがみこんで先に改札口を出た海未と真姫とのんちゃんと絵里ちゃんとにこちゃん、まだ改札口から出ていないオレと凛ちゃんとことり……。

 

「なぁ、ことり?」

 

「なに?そーくん」

 

オレはここで1つの疑問をぶつけてみた。

 

 

 

「穂乃果、どこ行った……?」

 

 

 

 

 

 



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第41話 ユニット作戦、スタート!

「弛みすぎです!!」

 

「だって!みんな起こしてくれないんだもん!!」

 

オレたちが降りた駅とその次の駅の間で目が覚めたらしい穂乃果は、バスを使ってオレたちがいる駅に辿り着いて早々に海未からお叱りを受けており、そのお叱りに反発する。

 

「酷いよっ!」

 

穂乃果は手を身体の前でギュッとして涙目になる。

 

「ごめんね?忘れ物があるかどうか確認するまで気が付かなくて……」

 

ことりが穂乃果に謝る。

 

けど穂乃果はあくまで人間であって物ではないからな?

 

「はいはい、ケンカはそこまでだ」

 

「壮大……」

 

穂乃果と海未の間に入り、言い争いを止めさせる。

 

「確かに降りるところなのに起きなかった穂乃果も悪いが、それに気が付かなかったオレたちも悪い。だからここはお互い様ってことにしないか?」

 

「それもそうですね……」

 

「わーい!そーちゃんありがとー!!」

 

肩を竦めて自らの非を認める海未とケンカを仲裁してくれたことに喜びオレに抱きつこうとする穂乃果。

 

オレはその穂乃果を何とか引き剥がし、予定より遅れてしまったが真姫の別荘へ向かう事となった。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「おぉ~……」」」」」」」」」

 

案内され、辿り着いた先は夏合宿時にお世話になった別荘と遜色無いくらいの大きさの別荘が建っていた。

 

「ひゃ~…」

 

「相変わらずすごいわね……」

 

穂乃果と絵里ちゃんが別荘の大きさに感心していて、真姫の横に立っているにこちゃんがまたしてもぐぬぬっていた。

 

そしてリビングに向かったオレたちに待ち受けていたものはリビングにあるグランドピアノ、シーリングファン、暖炉を見て穂乃果と凛ちゃんは暖炉へと駆け寄った。

 

「凄いにゃー!初めて暖炉みたにゃー!!」

 

「凄いよね~、ここに火を…」

 

「点けないわよ?」

 

「「えぇ~!?」」

 

真姫の言葉に穂乃果と凛ちゃんが不満そうに真姫を見る。

 

「冬ならともかく、まだそんなに寒くないだろ?」

 

「そうよ。それに冬になる前に煙突を汚すとサンタさんが入り難くなるってパパが言ってたの」

 

「パパ……」

 

「サンタ、さん……」

 

真姫の台詞に穂乃果と凛ちゃんは顔を見合わせる。

 

意外かも知れないが、真姫はある意味ピュアに育てられたので高校生になってもサンタクロースの存在を信じている。

 

オレはサンタクロースの存在についてどうなのかって?

 

小さい頃にガチなサンタクロースを見たことがあるが、プレゼントの事を聞いてみたら夜中に家に侵入したら不法侵入になってしまうから子どもの両親に渡しているって言っていた。

 

故にオレはサンタクロースの存在を信じている。

 

「素敵!」

 

「いいお父さんですね」

 

ことりと海未も笑みを浮かべて真姫に言う。

 

真姫はそれに笑顔で頷いた。

 

「この煙突はいつも私がきれいにしていたの。去年までサンタさんが来てくれなかった事は無かったんだから」

 

そう言うと穂乃果と凛ちゃんと一緒になって暖炉の中を覗く。

 

すぐ目の前にはチョークを使って筆記体でThank you!という文とサンタと雪だるまの絵が描かれていた。

 

しかもめちゃくちゃ上手い。

 

「……これ真姫が書いたのか?」

 

「えぇ、そうよ」

 

フフン、と鼻で笑いながら少しだけドヤ顔をする。

 

そこににこちゃんが笑いを堪えた声が聞こえる。

 

「プププ……、あんた…」

 

様子がおかしいことを察したオレたちはにこちゃんを見る。

 

「真姫が…、サンタ……」

 

「にこ!」

 

「にこちゃん!!」

 

にこちゃんのもとに絵里ちゃんと花陽ちゃんが詰め寄り、絵里ちゃんがにこちゃんの肩を思いっきり掴んだ。

 

「痛い痛い痛い!何すんのよ!」

 

「ダメだよ!にこちゃん!それ以上言うのは重罪だよ!」

 

「そうにゃ!真姫ちゃんの人生を左右する一言になるにゃ!!」

 

にこちゃん以外のみんなが一丸となって真姫を庇い始める。

 

庇われている真姫はキョトンとしていて、事の重大さを理解してはいないようだった。

 

「だってあの真姫よ!?あの真姫が……!!」

 

「にこちゃん?」

 

「何よ?……ヒィッ!?」

 

オレの顔を見たにこちゃんは小さく悲鳴を上げた。

 

何を怖がっているのだろうか。

 

オレはただ笑ってるだけなんだがな……?

 

「これ以上幼馴染の夢を汚すと言うのなら…、」

 

一度言葉を区切り、笑顔を完全に消してにこちゃんの前に立ちはだかる。

 

「いくらにこちゃんでも容赦しねぇぞ?」

 

「は、はい……」

 

にこちゃんは何も言わずに肯定の返事を返してくれた。

 

「はいっ、よろしい」

 

これでピュアに育った幼馴染の夢が守れたというのなら安いもんだ。

 

 

 

 

 

 

「さぁっ!まずは基礎練習から始めるわよ!」

 

絵里ちゃんたちは別荘から少し離れた場所の芝生の上で練習を始める。

 

オレが絵里ちゃんたちに連いて来たのはいいのだが、練習しているところにいてもやれることはそんなに無いと思ったので別荘に戻る。

 

別荘に入ると無音の世界が広がっていた。

 

無闇に邪魔するのは悪いと思ったオレは何気無くリビングへと入った。

 

「……ふぅ。あら、戻ってきてたの?」

 

「まぁな。みんなのところにいてもやれることなんてあまり無いし……」

 

そこにはグランドピアノに備え付けられているチェアに座り、楽譜とペンを太ももの上に乗せて溜め息をつく真姫がいた。

 

チラッと見えたのだが、楽譜はほとんど真っ白だった。

 

「それより、コーヒーか紅茶淹れてやろうか?」

 

「そうね…。紅茶をお願いしようかしら?キッチンならリビングを出て左に突き当たった場所にあるから」

 

「おう。少し待ってろ」

 

キッチンに入り、お湯を沸かしているとふとスマートフォンが鳴り出した。

 

「……絵里ちゃん?」

 

一旦火を止めて、電話に出る。

 

「もしもし?」

 

『壮大!?今あなた何処にいるの!?』

 

電話越しに聞こえる絵里ちゃんの声はとても切羽詰まっている様な感じだ。

 

「今別荘のキッチンですけど…、どうかしたんですか?」

 

『実は凛とにこが川に落ちてしまったの』

 

「はい!?」

 

衝撃の事実に驚きの声を上げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

凛ちゃんとにこちゃんは身体を暖めるためシャワーを浴びてきて、紅茶を淹れるために沸かしていたお湯を使ってお茶を出す。

 

「何があったんです?」

 

「実はにこっちのリストバンドが野性のリスに取られちゃって……」

 

「リスは途中で落とした落としたんだけど、それを取ろうとして足を滑らせて崖まで止まれなかったみたいで……」

 

のんちゃんと花陽ちゃんが事情を説明してくれた。

 

それにしても川に転落してよく怪我1つもしなかったな。

 

シャワーを浴びてきた2人がリビングに戻ってきて、ソファーに座ると同時に2人の前に暖かいお茶を出した。

 

それを見た穂乃果は、上にいるであろう海未とことりにお茶を持っていくと言い出した。

 

「オレも行くよ」

 

「そーちゃんも?」

 

「お盆持ったままだとドア、開けにくいだろ?」

 

「ありがとう、そーちゃん」

 

オレと穂乃果は上へと続く階段を上り始める。

 

「そう言えば真姫ちゃん何処にいるんだろうね?」

 

「凛ちゃんたちが来る前まではグランドピアノのところにいたはずだが?」

 

「えー?穂乃果たちが来たときはもういなかったよ?」

 

じゃあ何処に行ったと言うのだろう……。

 

そうこうしているうちに海未が作業しているであろう部屋の前に着いた。

 

お盆を持っている穂乃果の代わりにドアをノックするが、中からの反応がない。

 

断りを入れてから部屋のドアを開けるが、海未の姿はなかった。

 

「そーちゃん、これ」

 

穂乃果が机の上を指差していたので、オレも穂乃果がいるところに行くと1枚のメモ紙が置かれていた。

 

「えーと、何々?『捜さないで下さい。海未』……はぁぁあ!?」

 

何さらっと失踪してんだよ!!

 

そりゃノックしても反応無いわけだよ!!

 

「ことりちゃぁぁあん!」

 

穂乃果がことりがいるであろう部屋に突撃していったが…、

 

「海未ちゃんが……だぁぁあー!!!」

 

穂乃果の後に続いて部屋に入るが、やはりことりも海未と同じように失踪していた。

 

穂乃果の視線は壁に掛かっている額縁に向けられていて、その額縁にはピンクの紐で『タスケテ』と書かれていた。

 

しかし、ことりの部屋の窓が開けられていた。

 

その窓から外に向かってカーテンで結ばれていた。

 

穂乃果と一緒に窓から身を寄り出し、外を見てみると……。

 

「はぁ~…」

 

「はぁ~……」

 

「はぁ~………」

 

木の下で海未とことりと真姫が体育座りで三角形に向かい合い、溜め息をついていた。

 

 

 

 

海未、ことり、真姫の3人を連れて戻ったオレは3人をソファに座らせ、落ち込んでいた理由を尋ねた。

 

「「「「「「スランプ!?」」」」」」

 

「今までよりも強いプレッシャーが掛かってるって事か?」

 

「気にしない様にはしているのですが……」

 

「上手くいかなくて予選敗退しちゃったらどうしようって……」

 

海未とことりの2人が項垂れる。

 

「私はそんなの関係無く進んでたけどね」

 

「って言ってる割にはペンが進んでいないように見えたんだが?」

 

「そーくんの言うとおりだにゃ!譜面が真っ白だよ?」

 

「なぁっ!?ちょっ!見ないでよっ!!」

 

オレにツッこまれるだけじゃなくら凛ちゃんに真っ白な譜面を指摘された真姫は頬を膨らませた。

 

「確かに3人にまかせっきりってのはよくないかも……」

 

そんな3人の様子を見かねた花陽ちゃんが心配そうに言う。

 

「そうね。責任も大きくなるから負担も掛かるだろうし…」

 

「じゃあ皆で意見出し合って話しながら曲を作っていけば良いんじゃない?」

 

「せっかく全員揃っているんだし、それで良いんじゃない?」

 

「よしっ!そうと決まれば話は早い」

 

オレは割り箸を取り出し、3色のマジックペンで箸の先を塗り潰してからジャラジャラとシャッフルする。

 

まずは3色に塗った箸を1本ずつ用意し、海未とことりと真姫に引かせる。

 

3人がそしてメンバーに引かせたあと、残りのメンバーに箸を引かせる。

 

「なるほど…、ユニット作戦ってことね?」

 

「そう言うことです」

 

最後の1人となった絵里ちゃんが引き終えたところで、今度は全員で外の芝生に出る。

 

「じゃあ赤を引いた人はことりを中心とした衣装班に、青を引いた人は海未を中心とした作詞班に、そして黄色を引いた人は真姫を中心とした作曲班にそれぞれ別れてくれ」

 

するとことりのところには穂乃果と花陽ちゃんが、海未のところには凛ちゃんとのんちゃんが、真姫のところには絵里ちゃんとにこちゃんが集まった。

 

「壮くんはどうするん?」

 

それぞれのグループに別れたところで、のんちゃんがオレはどうするのかと聞いてきた。

 

「オレはそれぞれのグループを見て回ることにします」

 

「りょーかい」

 

「よーしっ!それじゃあ、ユニット作戦で曲づくり頑張ろー!」

 

「「「「「「「「おー!!!」」」」」」」」

 

「おー」

 

穂乃果が音頭を取り、みんなで1つの曲作りが始まった。

 

 

 



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第42話 前進

作曲班、作詞班についてはそんなにホイホイとインスピレーションが浮かんでくる訳ではないと思ったオレが向かった先は衣装班…、ことりたちのところだ。

 

「よっ、調子はどうだ?」

 

「そーくん、いらっしゃーい」

 

凛ちゃんとにこちゃんが落ちたと思われる川の畔のテントに入ると、スケッチブック片手にペンを走らせることりとすぐ側で気持ち良さそうにすやすやと眠っている穂乃果の姿があった。

 

ことりのペンを走らせ具合を見る限りでは比較的順調そうに見えるが…、

 

「よく眠ってらっしゃるな…」

 

「うん。穂乃果ちゃん生徒会長になってから毎日雑務とかで忙しそうだし……」

 

ホントは今すぐ叩き起こして『ことりを手伝ってやれ!』と言いたいところなのだが、こうも気持ち良さそうに眠っているので起こそうにも起こせない。

 

海未もことりも穂乃果に甘いけど、オレも大概だな……。

 

「ゆっくりしていきたい気もするけど、そろそろ行くわ」

 

「うんっ」

 

「穂乃果によろしくな?」

 

「はーいっ♪」

 

オレはテントから出る。

 

「あれ?壮大くんもう行っちゃうの?」

 

川岸を沿うように歩いてきた花陽ちゃんがやって来た。

 

両手に持つかごの中には白いコスモスの花が入っていた。

 

「そのコスモスは?」

 

「キレイだったから摘んできてみたの。少しでもことりちゃんのアイディアの足しにでもなればって……」

 

何ていい娘なんや……。

 

これはもうことりと並ぶ2大天使と言ってもいいだろう。

 

「いいアイディアだと思うぞ?きっとことりも喜ぶと思うしな」

 

「ありがとう」

 

オレは花陽ちゃんの肩をポンと叩いてから、次なる目的地へと向かった。

 

 

 

 

次なる目的地は別荘……の近くに建てられたテント。

 

真姫たちの作曲班だ。

 

「真姫ー?いるかー?」

 

『いるわよー』

 

真姫の声が聞こえてきたのでテントの中を覗くと、真姫は譜面に向かってサラサラと書き込んでいた。

 

「絵里ちゃんとにこちゃんは?」

 

「私が少しでもスムーズに出来るようにってご飯を作りに行ったわ……」

 

譜面に向かってペンを走らせながら、照れるように顔を赤くする。

 

作曲班に対してやれることはないと悟ったオレは、まだ見に行っていない作詞班がいるであろうテントへ向かった。

 

 

 

 

 

 

「にゃぁぁぁぁあっ!!!」

 

残った作詞班はテントにはいなかった。

 

もしやと思い、近くの山に向かったオレは山道をひたすら駆け上がるとこと約1時間。

 

大体中腹くらいのところで凛ちゃんはなぜか岩から落ちそうになっている所を先に上っていたであろう海未が上から引っ張りあげようとしていた。

 

うん…。

 

凛ちゃんの生命に関わることならオレも今すぐ飛んでいって助けているのだが…、

 

「りーんっ!絶対に手を離してはいけませんよー!!!」

 

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁあ!!今日はこんなのばっかりにゃーっ!!」

 

「ファイトが足りんよーっ!!」

 

下からはのんちゃんが凛ちゃんの背中を両手で支えていた。

 

「お前ら何してんねん……」

 

思わず関西弁になるほど呆れ返ってしまった。

 

お前らに足りてねぇのはファイトじゃない、ツッコミ役だ。

 

 

 

「雲がかかってきた……。山頂まで行くのは無理そうやね」

 

「そんな…」

 

のんちゃんがオレたちがいるところよりもさらに標高の高い山を見つめながら、状況を冷静に伝える。

 

それを聞いた海未が残念がっていた。

 

「せっかくここまで来たのに……」

 

「いや、それよりも凛ちゃん泣いてんのに何放置してんだコラ」

 

オレはペタンと女の子座りで泣きじゃくっている凛ちゃんの隣にしゃがみ込み、頭を優しく撫でている。

 

「酷いにゃ!!凛はこんな所に全っ然来たくなかったのに!!」

 

目に涙を浮かべて抗議をし始める凛ちゃん。

 

「仕方ありません……」

 

海未のその言葉に凛ちゃんは少し期待した目を海未に向けるが…、

 

「今日はここで明け方まで天候を待って、翌日アタックをかけましょう……。山頂アタックですっ!!!」

 

「「まだ行くの!?」」

 

その期待は木っ端微塵に砕け散り、オレと凛ちゃんのツッコミがハモる。

 

「当たり前です!何しにここまで来たと思ってるんですか!?」

 

「作詞に来たはずにゃーっ!!」

 

「……ハッ!?」

 

凛ちゃんの魂の抗議(さけび)に海未は目を見開きながら驚く。

 

「オイ!!今完っ全に忘れてたろ!?」

 

「そ……、そんな事はありません!山を制覇しやり遂げたという充実感が創作の源になると私は思うのです!!」

 

「嘘だッ!!!」

 

海未は少しつっかえながら答えるが、目が泳ぐスピードがめちゃくちゃ早かったので思わず叫んでしまった。

 

ちなみにカラスは飛び去っていないから安心しろ。

 

「まぁまぁ海未ちゃん、気持ちは分かるけど今日はここまでにしといた方がいいよ。それに壮くんもそのくらいにしとき?」

 

「のんちゃんがそういうのなら……」

 

「で、ですが…」

 

「山で一番大切なのは何か知ってる?」

 

のんちゃんの問い掛けに分からなかった海未は首を傾げる。

 

「それは…、『チャレンジする勇気』やなく『諦める勇気』。……分かるやろ?」

 

「希…」

 

「凛ちゃん、壮くん。下山の準備して晩ご班はラーメンにしよか?」

 

「ホント!?」

 

「そうですね…、早く降りないとすぐ暗くなってしまいそうですしね」

 

のんちゃんが言った夜メシのメニューを聞いて、瞬く間に笑顔になった。

 

「下に食べられる草がたくさんあったよ。海未ちゃんも壮くんも手伝って?」

 

「は、はい……」

 

「分かりました」

 

そう言ってオレたちよりも先に来た道を戻っていく。

 

それにしてもホントのんちゃんって何者なんだろうな……。

 

海未と凛ちゃんもオレとほとんど同じことを考えていたみたいで、2人で何やら話し込んでいた。

 

いつまでも連いて来ない不思議に思ったのんちゃんは後ろを振り向く。

 

その表情はほんの少しだけ緩んでいた気がした。

 

 

 

 

 

怪我に気を付けながらゆっくりと下山し、作詞班の夜メシであるラーメンを茹でたりしているうちにすっかり外は真っ暗になっていた。

 

オレが寝泊まりする予定の部屋のベランダに出て、星を眺めていると少し遠くから焚き火がに当たる作曲班が見えた。

 

絵里ちゃんは何やらにこちゃんと真姫と話したと思ったら、テントに潜り込んだ。

 

そしてテント内のライトを点けた。

 

あぁ、そう言えば絵里ちゃん暗所恐怖症だったっけ……。

 

だから真姫とにこちゃんの前で燃え盛っている焚き火が消える前にライトを点けたってことね?

 

そしてにこちゃんと真姫が何やら話し込み始めた。

 

何を話しているのかは声が聞こえないので分からないが、きっと楽曲の事について話しているのだろう。

 

にこちゃんはいつもはみんなにイジられているけど、締めるときはしっかり締めてくれる何だかんだ言っていい人なので、真姫はもう大丈夫だろう。

 

さて、そろそろ風呂にでも入ろうかな?

 

オレは風呂道具を持って、風呂場に向かった。

 

 

 

 

 

「こんな所にお風呂があったなんて~…」

 

「はぁ~、気持ち良い~…」

 

「なんか眠くなっちゃうね~…」

 

オレは露天風呂で一息ついていると、柵を挟んでことりたち衣装班がお風呂にやってきた。

 

「そーちゃん今頃どうしてるかなー?」

 

「壮大くんのことだからきっと海未ちゃんや真姫ちゃんの様子を見に行ってクタクタに疲れて寝てるんじゃないかな?」

 

「そーくん優しくて面倒見いいからねぇ……」

 

確かに疲れてるけど、今は女風呂の柵を挟んだ向こう側にいますよー。

 

それにしてもことりがオレのことをそんな風に評価しているとは思わなかったな。

 

留学騒動の時、ことりにだいぶ酷い事を言ったのにな……。

 

「他の皆、今ごろどうしてるかな?」

 

「ん~どうだろう?私まだできてないよ……」

 

花陽ちゃんがふと口にした疑問にことりが苦笑いで答える。

 

「できるよ!だって9人もいるんだよ?」

 

穂乃果はそんなことりを励ます。

 

ザパァッとお湯の音が聞こえたので、穂乃果が立ち上がりながら励ましたのだろう。

 

それを目撃したことりと花陽ちゃんは驚きの声をあげた。

 

「誰かが立ち止まれば誰かが引っ張る。誰かが疲れたら誰かが背中を押す。皆が少しずつ立ち止まったり、少しずつ迷ったりして、それでも進んでるんだよ」

 

穂乃果はそれだけ言うとまたお湯に浸かる音が聞こえた。

 

誰かが立ち止まれば誰かが引っ張る。誰かが疲れたら誰かが背中を押す……か。

 

そうだな…。

 

そうやってオレたちはここまで進んできたんだよなぁ…。

 

「だからきっとできるよ。ラブライブの予選の日はきっと上手くいくよ……」

 

「うん」

 

「そうだね」

 

穂乃果の言葉にことりと花陽ちゃんが同意するように返す。

 

暫くしてから3人は風呂から出ていった。

 

オレも出ていこうとしたのだが、普段はほとんどしない長風呂だったので少し逆上せてしまった。

 

少し身体と頭を冷やすためお散歩に出掛けることにした。

 

 

 

 

 

「キレイだにゃー……あっ!そーくんだ!」

 

外に出たついでに作詞班の様子を見に行くことにしたオレ。

 

すると作詞班は寝袋に入り、上半身のみ外に出して空を眺めていてオレの存在にいち早く気づいた凛ちゃんがオレに手をブンブン振った。

 

「天体観測か?」

 

「うんっ!そーくんもここに寝転がるといいにゃ!」

 

凛ちゃんの誘いに乗ったオレは、凛ちゃんの横に寝転がって空を眺める。

 

都会とは違い、空気が澄んでいるので星が鮮明に見える。

 

「星はいつも自分を見てくれている。星空 凛って言うくらいやから、星を好きにならないとね?」

 

のんちゃんの言葉に元気に頷き返す凛ちゃん。

 

凛ちゃんが真上に広がる星を指差し、のんちゃんがその星座を答えていく。

 

こうしてみると何だか姉妹に見えてきて、少し微笑ましい。

 

「星座に詳しいんですね…」

 

「一番好きな星座とか印象に残っている星とかあるんですか?」

 

「そうやねぇ……」

 

オレの質問に目を閉じて思い出すのんちゃん。

 

「印象に残ってるのは南十字星かな」

 

「南、十字星…?」

 

それって南半球じゃないと見れない星なんじゃなかったっけか?

 

「ペンギンさんと一緒に見たんやけどね」

 

「「「南極!?」」」

 

平然と答えるので、オレたちは思わず驚いてしまった。

 

「あ、流れ星」

 

のんちゃんの突然の言葉に顔を見合わせていたオレと凛ちゃんは、流れ星と聞いて慌てて夜空に視線を戻す。

 

が、流れ星は見つからなかった。

 

「南に向かう流れ星は物事が進む暗示……。一番大切なのは本人の気持ちよ?」

 

のんちゃんは海未にウィンクをするとテントの中に入っていった。

 

「あーあ、結局流れ星見つからなかったにゃ…」

 

「いいえ。流れ星なんて最初からありませんでしたよ?」

 

流れ星が見つけられなかったことをボヤく凛ちゃんに海未が優しく微笑んだ。

 

そして凛ちゃんものんちゃんの後に続いてテントの中に入ったところで、オレは別荘へと戻ることにした。

 

別荘へ歩き始めて少し時間が経ってから海未が後ろから走ってきて横に並ぶと速度を緩め、オレの歩くスピードに合わせて歩き始める。

 

「どうした?」

 

「いえ、別荘の方からピアノの旋律が聞こえたので……」

 

歩いている音で気が付かなかったが、耳を澄ませば確かにピアノの旋律が聞こえてきた。

 

「……ようやく構想がまとまったみたいだな」

 

「えぇ。希のお陰でようやく私も作詞のメドが立ちました」

 

「おっ、それは頼もしい。そのインスピレーションを忘れないうちに早く別荘へ戻ろうか?」

 

「はいっ!」

 

そのまま海未と雑談をしながら別荘の入り口に辿り着くと、反対側からことりがやってきた。

 

どうやら海未と同じでピアノの旋律を聞いてここにやって来たのだそうだ。

 

オレたちは互いの顔を見比べ、笑いあってからリビングへと足を踏み入れる。

 

「いつもどんな時も全員の為に……か」

 

真姫の呟きを聞き、オレたちは真姫に近付く。

 

そしてオレたちは笑顔で見合うと3人は各々の作業に取り掛かり、オレはその3人に紅茶やコーヒーを振る舞ったりするなどサポートを始めた。

 

 

 

 

作業は朝日が上るまで続き、ようやく完成した衣装デザインと歌詞カードを眠たい目を擦り欠伸を漏らしながらリビングのテーブルへと移動させる。

 

夜通しで作業していた3人に毛布をかけ、簡単な朝食をラップして3人の近くに置いたオレはティーカップとソーサーを片付け始める。

 

「あら、随分と早いのね?」

 

洗い物を済ませると絵里ちゃんがキッチンに顔を出した。

 

「えぇ、なにせ寝ていませんからね」

 

「どういうことかしら?」

 

「ついて来てください。リビングへ行けば分かりますから」

 

食器を拭く布巾を元の場所に戻したオレは、絵里ちゃんを連れてリビングへと向かう。

 

「……そういうことね?」

 

「はい。そういうことです」

 

眠っている3人とテーブルに置いた歌詞カードと衣装デザインが描かれたスケッチブックを見た絵里ちゃんはクスリと笑う。

 

「でも起きたらすぐ練習よ。バッチリと…ね?」

 

歌詞カードとスケッチブックを置いた絵里ちゃんは静かにリビングから出ていった。

 

こうしてラブライブの1次予選の楽曲が出来上がった。

 

タイトルは……、『ユメノトビラ』。

 

ラブライブという夢へと前進し始める今のμ'sに相応しい1曲に仕上がった。

 

 

 



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第43話 邂逅と宣戦布告

お待たせしましたー!

言い訳は後書きにて。

では、どうぞ!




~Side 高坂 穂乃果~

 

「ワン!ツー!スリー!フォー!」

 

ラブライブ1次予選で披露するユメノトビラのリズムに合わせて手拍子を送る海未ちゃんを横目に、休憩中の私と絵里ちゃんと花陽ちゃんはノートパソコンに目を向けていた。

 

「これは…?」

 

「それは予選が行われる各地のステージだよ」

 

花陽ちゃんが解説してくれた後、ワンテンポ遅れてノートパソコンの画面が各地のライブパフォーマンスを披露する会場の写真が並べられたページに切り替わった。

 

「今回の予選は参加チームが多いので会場以外の場所でライブパフォーマンスをすることが認められているんだよ」

 

「えっ!?そうなの!?」

 

「それはルールブックにも載っている事よ。なんで穂乃果は知らないの?」

 

「いやぁ、文字を読むのが苦手で……」

 

絵里ちゃんの疑問に私は顔をひきつらせながら答える。

 

「もし自分達で場所を決めた場合、ネット配信でライブを生中継……そこから全国の人にライブを見て貰うんです!」

 

「全国…、凄いや!」

 

休憩が終わり、凛ちゃんと希ちゃんと真姫ちゃんと入れ替わる形でダンス練習を再開する。

 

全国…、よぉしっ!頑張るぞーっ!!

 

「穂乃果!少しテンポが速いです!回りを見ながらテンポを調節してください!」

 

「うんっ!」

 

Side out

 

 

 

 

 

 

「会場以外でもライブパフォーマンスOK……ねぇ?」

 

練習を終えて、夕日が差し込む時間帯。

 

久々に徒歩で家に帰る途中、秋葉原のストリートを闊歩するμ'sのみんなを見つけたので何をしているのかを聞いたらライブパフォーマンスをする場所を探しているのだそうだ。

 

「うん。講堂も校門前も屋上もグラウンドもみんな使っちゃったし……」

 

「それ以外の場所だとスペースが狭すぎやしねぇ……」

 

「かといってここでパフォーマンスなんてしたらA-RISEに喧嘩売っているように見られるわ」

 

絵里ちゃん、のんちゃん、にこちゃんの順にそれぞれの意見を述べる。

 

「そうにゃ!そーくんの高校のグラウンドを使うのはどうかにゃ?」

 

確かに立華高校のグラウンドは普通の高校に比べると広く設計されているけど…、

 

「凛ちゃん。悪いけどそれは無理だ」

 

「えーっ?どうして?」

 

「当たり前でしょ。立華の生徒じゃない私たちにグラウンドを貸すと思う?」

 

真姫が凛ちゃんの意見を真っ向から否定し、否定された凛ちゃんはそっかーと言いながら両手を組んで頭の後ろに回す。

 

「でも、何とかして見つけ……なきゃ……」

 

何だか花陽ちゃんの様子がおかしくなっていく。

 

まるで道行く有名人を見つけた人のようだ。

 

オレは花陽ちゃんが見ている方向を向くと、手を引っ張られてつんのめりそうになっている穂乃果とその穂乃果の手を掴んで引っ張りながら走る白を基調とした制服…、UTX高校の制服に身を包んだ広いおでことエメラルドグリーンの瞳の少女がいた。

 

ん?今こっちを向いてウィンクした?

 

するとオレの横を走り抜けていく風が2つ。

 

「かよちん!?」

 

「にこっちもどこに行くん!?」

 

走り抜けていったのは花陽ちゃんとにこちゃんだった。

 

「私たちも追いかけるわよ!」

 

絵里ちゃんの一言でみんな花陽ちゃんとにこちゃんの後を追いかけ始めた。

 

「あのー……」

 

「にゃん?」

 

「いや、『にゃん?』じゃなくてさ。何でオレの手を掴んで走ってるの?」

 

何故オレは凛ちゃんに手を引っ張られ走っているのだろう。

 

「いいからいいから!そーくんも一緒に行くにゃ!」

 

「ちょっと待てって!UTXは女子高なんだけどぉぉぉぉお!?」

 

 

 

 

 

花陽ちゃんとにこちゃんを追い掛け、UTX高校に入ったオレたちはようやく追い付いたかと思われたのだがオレ自身も理解が追い付いていない。

 

何故ならいきなりUTX高校の生徒会長と名乗るものが現れ、学校内のカフェテリアに案内されている状況だからだ。

 

というかオレ男なのにここにいて平気なのだろうか…。

 

「心配しなくても大丈夫よ。今日中にあなたを呼ぼうとしていたし」

 

後ろから穂乃果を引っ張っていた少女に話し掛けられたので、立ち止まり振り返る。

 

「……?あんたは?」

 

「綺羅 ツバサよ。この間、あなたに電話を入れたでしょ?」

 

……あぁ。そんなこともあったなぁ。

 

あの時はことりを連れ戻すことに必死になりすぎて、電話があったなぁ……程度しか覚えていない。

 

だが、今の綺羅には何やら裏を感じ取れる。

 

「何故オレを呼び出そうしたのか、とかどういった経路でオレの電話番号を知ったのか、だとか色々聞きたいことがあるけど……()()()()()()()?」

 

「何を企む……ね。そうね、()()()()()()()()()()()()()()()()って言ったところね」

 

背が小さい綺羅を見下ろすが、綺羅は全く動じずにオレの質問に答えた。

 

どうやらこれ以上腹の探り合いをするのは止めておいた方が賢明なのかもしれないな。

 

「じゃあ、今はその言葉を信用しよう」

 

「フフッ、聞き分けがいい人は結構好みなのよ?」

 

「言ってろ」

 

オレは少し距離が離れてしまったみんなの後を早足で追い掛けた。

 

 

 

 

 

「ここは…?」

 

UTX高校の生徒会長に後についていったオレたちが案内された場所はカフェテリアの中に設置された一部屋だ。

 

「私たちが使わせてもらってる部屋なの。さ、中に入ってちょうだい」

 

「では、私はこれにて」

 

「ええ、お疲れさま」

 

自分の役目を終えた生徒会長と名乗るものが自分の職務に戻っていった。

 

ここの生徒の権力バランスは生徒会よりもA-RISEの方が上なのだろうか……?

 

疑問に感じながらも部屋に入ると、2人の女子生徒が座っていた。

 

「初めまして、A-RISEの統堂英玲奈だ。よろしく」

 

「優木あんじゅでーっす!μ’sのみんなよろしくね~」

 

そう言って2人は挨拶をした。

 

端っこでは花陽ちゃんとにこちゃんが目を輝かせるほど感激しているみたいだった。

 

「まあとりあえず座ってちょうだい?ここはちょっとしたカフェスペースになってるから、ゆっくりしていってね」

 

綺羅に唆され、オレたちはソファーに座り込む。

 

だが、やはりみんなどこか落ち着かない様子だ。

 

「μ’sの皆さんとは1度挨拶したいと思っていたのよ。そして高坂 穂乃果さん!」

 

「は…はい!」

 

綺羅に名指しで呼ばれた穂乃果は背筋をピーンッ!と伸ばした。

 

何もそこまで緊張しなくてもいいだろうに。

 

「やっぱり映像で見るよりはるかに魅力的ね!」

 

「人を惹き付ける魅力……カリスマ性とでも言えばいいのだろうか。9人でいてもなお輝いている」

 

綺羅が言ったことを補足するように統堂が説明した。

 

「私たちね、ずっとあなた達の事を注目していたのよ」

 

「「「「「「「「「えっ!?」」」」」」」」」

 

綺羅の思わぬ言葉にみんなは驚きの声を上げる。

 

そして間髪入れずに今度は優木が口を開く。

 

「実は前回のラブライブで1番のライバルになるんじゃないかって思っていたのよ」

 

「そ、そんな……」

 

「あなたもよ?」

 

「えっ?」

 

優木が言ったことを絵里ちゃんが否定しようとするが、綺羅に止められた。

 

「絢瀬 絵里。ロシアでのバレエコンクールでは常に上位だったと聞いている」

 

「そして西木野 真姫は作曲の才能が素晴らしく、園田 海未の素直な詩ととてもマッチしている」

 

「星空 凛のバネと運動神経はスクールアイドルとしても全国レベルだし、小泉 花陽の歌声は個性が強いメンバーの歌に見事な調和を与えている」

 

「牽引する高坂 穂乃果の対となる存在として、9人を包み込む包容力を持った東條 希」

 

「それに秋葉原のカリスマメイドさんまでいるしね」

 

ことりは『ミナリンスキー』の事を指摘され、顔を赤くして俯くが他のみんなはA-RISEの3人の口から次々出てくる情報に驚き、口を開けて何とも間抜けな表情をしていた。

 

「そして、矢澤 にこ……」

 

名前を呼ばれたにこちゃんは緊張した面持ちを見せる。

 

しかし、綺羅は笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

「いつもお花ありがとう!昔から応援してくれてるよね?すごく嬉しいわ!」

 

 

 

「は?」

 

「え!?いや…その…」

 

その事実に逆にオレが面喰らってしまい、綺羅に思ってもみなかった事を言われたにこちゃんは動揺を隠せずにいた。

 

「にこ、そうだったの?」

 

「知らんかったんやけど?」

 

「いやぁ……、μ's始める前からファンだったからー……って!そうじゃなくて!!私の良い所は!?」

 

絵里ちゃんとのんちゃんに攻められていたにこちゃんはA-RISEの3人の方を向き、ノリツッコミをしながら聞く。

 

「フフッ、そうね。グループにはなくてはならない小悪魔ってところかしら?」

 

「はわわ~、小悪魔…♪」

 

いや、にこちゃんは小悪魔ではないと思うのだが……。

 

「ん?何よ壮大?」

 

「いえ、何でもありません」

 

「そして最後に松宮 壮大」

 

ほう…、オレの評価もあるのか。

 

こいつらから見たオレは一体どのような評価をしたのか気にならないと言えばウソになる。

 

だから静かに聞くことにした。

 

「今年度の陸上競技男子100Mのインターハイ王者でありμ'sのサポート役としてメンバーを支える絶対的支柱。彼の働きで助けられたメンバーも多いだろう」

 

「それはどうも。……それで?どうしてここまでμ'sに気にかける?

 

オレの質問を聞いたA-RISEの3人を代表して綺羅が口を開いた。

 

迫した空気に変わる。

 

「これだけのメンバーが揃っているチームは日本国内を探してもそうはいない。だから注目もしていたし、応援もしていた」

 

「そして何より……、負けたくないと思っている」

 

「「「「「「「「「っ!」」」」」」」」」

 

「……へぇ」

 

一瞬にして先程までの和やかな空気や雰囲気がピリピリとした緊迫した空気に変わった。

 

「でも、A-RISEは全国1位で私たちは…」

 

「それはもう過去のこと」

 

海未の言葉は優木が真っ向から否定する。

 

「私たちはただ純粋に今この時、1番お客さんを楽しませる存在でありたい。ただそれだけ」

 

A-RISEの真剣な言葉と表情で分かる。

 

μ'sはA-RISEにライバル視されていると言うことが。

 

「μ’sのみなさん、お互いに頑張りましょう!そして私たちは負けません!」

 

A-RISEの3人はソファーから立ち上がり部屋から出ようする。

 

「あの!」

 

だが、それをさせまいと立ち上がり声をかける穂乃果。

 

それにつられてみんなも立ち上がりA-RISEの方を見る。

 

「A-RISEの皆さん!私たちも負けません!」

 

綺羅は驚き、一瞬だけ目を見開くがすぐに笑みを浮かべて返す。

 

「……ふふっ。あなたって面白いわね。もしライブパフォーマンスをする場所が決まっていないならUTX高校(うち)の屋上にライブステージを作るのだけれど、どうかしら?」

 

突然の提案に驚くメンバーたち。

 

なるほどな…。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ってのはこのことだったのか。

 

それを受けた穂乃果の答えは…、

 

「はい!やります!!」

 

即答で提案を受け入れた。

 

「「「「「「「「えぇーっ!!?」」」」」」」」

 

「いいでしょ!?そーちゃん!」

 

驚くメンバーを余所にオレに同意を求める穂乃果。

 

オイオイここでオレに振るんじゃねぇよ、ったく…。

 

「お前がいいって思ったんならいいんじゃねぇか?」

 

「……決まりね」

 

「はいっ!よろしくお願いします!」

 

穂乃果の返事を聞いたA-RISEは今度こそカフェテリアの一角となっている部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

みんなはUTX高校を出てから、各自解散となった。

 

穂乃果はお店の手伝いがあるからといって先に帰ったので、一人で歩いている。

 

たまには一人でゆっくり歩いて帰るのも悪くないな。

 

そう思い、UTX高校から数百メートル歩いたところで立ち止まる。

 

「……いつまで後をつけるつもりだ?」

 

オレはゆっくり後ろを振り返る。

 

そこにはいるはずのない綺羅が立っていた。

 

「あそこでは言えなかったことを言おうと思って後をつけていたの」

 

「何だ?」

 

「順当に行けば私たちもμ'sも一次予選は通る力を持っているわ。でも、本戦への切符はわずか1枚。あんじゅは全国1位は過去の事だと言ったけど私個人としては王者としてあなたたちに勝ってみせる。あなたの目の前で、必ず」

 

話はそれだけよ、と言って立ち去ろうとする綺羅を呼び止める。

 

綺羅はオレの方向を振り向かず、来た道の方向を向いている。

 

「1つ忠告しておいてやろう」

 

綺羅の話を聞いて素直に思ったことを言うべく、一度息を吸い込んだ。

 

 

「あいつらを…、μ'sを甘くみてるといつか痛い目を見ることになるかもよ?」

 

 

オレの話を聞いた綺羅は返事をせずに、来た道を歩いていった。

 

 

 




投稿遅れてすいませんっした!

と言うのも今週からテストとレポートに追われていまして、今日で一段落ついたので投稿したと言うことです。

でも、来週にもまたテストがあるので投稿遅れるかもです。

では、また次回までお待ちください!!



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第44話 一途で強い想い

A-RISEとの邂逅からおよそ2週間経ち、明日はラブライブ一次予選当日。

 

「なぁ、知ってるか?明日ラブライブの一次予選らしいぜ?」

 

「マジで!?くっはー!!A-RISEのライブ見に行きてぇー!!」

 

「だよなぁ!やっぱA-RISEっしょ!」

 

クラス内も一次予選の話で持ちきりで、みんなライブの時間まで待ちきれない様子だ。

 

だが、みんなの口から出てくるのはA-RISEばかりでμ'sという単語は一向に出てこない。

 

まぁ、精々今は頂点からの景色を見ているがいいさ。

 

すぐにでもオレたちμ'sがその景色が見える座をかっさらいに行ってやるから…。

 

 

 

 

 

明日は大事な一次予選だということもあって、振り付けやフォーメーションの確認と簡単なミーティングで終わらせたみたいで、暇を持て余した穂乃果がオレの家にやってきた。

 

「そーちゃんは明日私たちのライブ見に来るの?」

 

暇ならと言うことで穂乃果を背中に乗せて筋トレをしていると、明日の一次予選の事について聞いてきた。

 

「んー…、見に行きたいのは山々なんだがなぁ……」

 

あの時は凛ちゃんに半ば強引に手を引かれUTX高校の校舎内に入ったけど、UTX高校は音ノ木坂学院と同じで女子校だ。

 

つまり男であるオレは学校の一番上の立場の人の許可がないと入ってはいけない存在なのだ。

 

「比奈さんに許可を取っている音ノ木坂と勝手が違うから今回は遠慮しようと思ってる」

 

「そっか…。それじゃあ、しょうがないね」

 

「……わりぃ」

 

「その代わり!私たち全員の想いをそーちゃんに届けられるように精一杯歌い切るから!」

 

フンス!と鼻息を荒くして気合いをいれる穂乃果を見て、例の一件からホントに逞しくなったなぁ……と思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラブライブ一次予選開始まで残り1時間を切った。

 

一人で見るのにも味気ないと思ったオレは、高坂家にやってきた。

 

「こんばんは」

 

「いらっしゃいませー。って壮大くん?」

 

今日の夏穂さんは真面目に仕事をやっていた。

 

いつも穂むらに入ると夏穂さんがお団子を摘まみ食いしている場面しか見ないので何だか新鮮だ。

 

「穂乃果ならいないわよ?」

 

「はい。今日は雪穂とパソコンの画面から応援しようかと思いまして」

 

「あら、そうなの?雪穂なら居間にいると思うわ」

 

「では、お邪魔します」

 

オレは履いてきた靴を母屋の方へ持っていき、玄関の隅に靴を置いてから高坂家の居間に向かう。

 

「おっす、雪穂」

 

「わぁっ!?そ、壮にぃ!?ビックリさせないでよぉ……」

 

居間に入り雪穂に声を掛けると、背筋をピーンッ!と伸ばしながら驚いた。

 

「驚かしちまったか?」

 

「来るなら来るって言ってよ……。今みたいにいきなりやってくるところお姉ちゃんに似てきてるよ?」

 

「何ぃ!?」

 

穂乃果と同類だと!?

 

嫌でも穂乃果と同類にはなりたくはないと思っていたが、とうとうオレも踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れてしまっていたのか!?

 

オレが絶望に打ちひしがれていると、居間にもう1人の来客者が入ってきた。

 

その来客者はオレの姿を視界に捉えると猛然と突っ込んできた。

 

「壮大さんっ!!!」

 

「ん……?ぐぼぁっ!?」

 

「あ、亜里沙!?壮にぃ!?」

 

亜里沙ちゃんがオレの鳩尾目掛けて突っ込んできて、それを受けたオレは痛みで気を失いそうになり、雪穂はその光景を見て珍しく狼狽えている。

 

「お久し振りですー!!」

 

「ゴホッ!!ガハッ!!!」

 

亜里沙ちゃんは甘えるように頭を押し付けるのだが、オレには減速無しで突っ込んできただけじゃなく鳩尾をグリグリと捩じ込み、オレの意識を確実に刈り取っていく小悪魔にしか見えない。

 

ヤバい……!

 

意識が……遠……の…く…。

 

「亜里沙!ストップ!!壮にぃが文字では表現できないような白目を向いてる!!」

 

「はわっ!?壮大さん、大丈夫ですか?」

 

「あぁ…、問題ない」

 

「ほっ……」

 

「別に、あの川の向こう側へ渡ってしまっても構わんのだろう?」

 

「壮にぃ!?それ三途の川!!そして露骨なフラグ立てないで!」

 

「……ふらぐ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

雪穂の気付け薬代わりのビンタで目を覚まし、落ち込む亜里沙ちゃんを慰めていると残り時間は僅かとなった。

 

「お姉ちゃんたち大丈夫かな…?」

 

亜里沙ちゃんが心配そうにそわそわしていて、雪穂も口には出さないけど何回もパソコンや時計に視線を送っている。

 

「雪穂、亜里沙ちゃん。そんなに心配しなくても大丈夫」

 

「どうしてですか?」

 

亜里沙ちゃんに質問されたオレは居間の壁にかけられている穂乃果の練習着へ視線を送り、2人もそれに合わせて視線をやった。

 

ボロボロになった穂乃果の練習着がこの2週間の練習量が物語っている。

 

大丈夫。

 

穂乃果たちの『ラブライブで優勝する』という一途で強い想いは、芸術を司る女神たちにきっと届いているから…。

 

そうだろ、穂乃果?

 

 

 

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

パフォーマンス披露直前、私たちμ'sとツバサさんたちA-RISEはUTX高校の屋上に足を踏み入れていた。

 

「いよいよ予選当日ね。今日は同じ場所でライブが出来て嬉しいわ。……予選突破を目指してお互い頑張りましょう!!」

 

「はい!」

 

まず初めにA-RISEのパフォーマンス披露の時間。

 

曲名は『Shocking party』。

 

前回大会の王者としての圧倒的パフォーマンスを披露し、そのパフォーマンスを間近に見ていた私たちへ強烈なプレッシャーを与えた。

 

「す…、すごい……」

 

私たちもそのパフォーマンスに驚き、思わず本音を漏らしてしまった。

 

そしてA-RISEのライブが終わると共にお客さんから歓声が上がる。

 

私たちも自然とA-RISEに拍手を送っていた。

 

「直に見るライブ…」

 

「全然違う…。やっぱりA-RISEのライブには私達……」

 

「敵わない…」

 

「…認めざるを得ません」

 

やがて私たちに絶望の雲が覆い始めた。

 

凛ちゃん、花陽ちゃん、ことりちゃん 、海未ちゃんの4人は俯いてしまった。

 

真姫ちゃん、絵里ちゃん、希ちゃん、にこちゃんも言葉にこそ出さないけど自信を無くしたかのように俯いてしまう。

 

ダメ!こんな空気じゃダメだよ!

 

 

 

 

「そんな事ないっ!!」

 

 

 

 

 

わたしは無意識の内にみんなを励ます様に、重苦しい空気を取り払うように声を出していた。

 

「A-RISEのライブがすごいのは当たる前だよ!!せっかくのチャンスを無駄にしないように私たちも続こう!それにそーちゃんなら『お前らが必死こいて汗を流してきた2週間は何だったんだ?ラブライブで優勝するためだろ!?』って絶対言うよ!?だから、自分に自信持ってやろうよ!!」

 

そうだね、と誰か言った。

 

確かにあいつなら言いかねないわね、と誰かが顔を上げた。

 

やりましょう、と誰かが意気込んだ。

 

そしてみんなにいつもの笑顔が戻ってきた。

 

「確かにA-RISEはやっぱり凄い。でも、私たちは今日に向けてたくさんの練習を積み重ねてきた…。だから今からその成果をお客さんたちに見せつけてやろうよ!それじゃあ、みんな!!今日はその練習の成果をすべて吐き捨ててこよう!!!」

 

「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」

 

「よーし!みんないくよ!μ’s!!!ミュージックー…」

 

「穂乃果ー!!!」

 

入口の方向から声が聞こえてきた。

 

「みんな……!!」

 

その正体はヒデコちゃんたちを筆頭とし、私たちのために駆け付けてきてくれた大勢の応援団だった。

 

「みんなも一緒にいくよ!!μ’s!!!ミュージックー…」

 

「「「「「「「「スタート!!!!」」」」」」」」

 

 

Side out

 

 

 

 

A-RISEのパフォーマンス披露から5分後。

 

いよいよラブライブに賭けた9人の女神たちの挑戦が始まった。

 

ライトアップされたステージで穂乃果が静かに歌い始め、それを海未、絵里ちゃんの順に繋いでいく。

 

アカペラ部分を歌い終わったと同時にμ’sが披露する曲『ユメノトビラ』が流れ始める。

 

みんな笑顔で、そして楽しそうに踊っている。

 

想っていることを言の葉に乗せて、ストレートに歌う。

 

A-RISEを他を圧倒するパフォーマンスと例えるのなら、μ'sは他に手を差し伸べるパフォーマンス。

 

「ハラショー…、すごい……すごいよ、みんな……」

 

「壮にぃ!これ見て!」

 

雪穂は得票数の推移を見せてきた。

 

「……!!こいつぁ、すげぇ……」

 

最初こそ伸び悩んだものの瞬間最大風速と爆発力だけを見るとA-RISEを大きく上回り、ネット上の書き込みでもμ'sを支援する書き込みやスレッドが増えていっている。

 

これ以上得票数やネット上の書き込みを見なくても、結果は目に見えている。

 

そしてμ'sのパフォーマンスタイムは終わった。

 

雪穂と亜里沙ちゃんは手を取り合い、ライブの成功に喜んでいる様子だ。

 

オレも大きな事故が無く終われたことに安堵の溜め息をついた。

 

 

 

 

 

「ただいまー……」

 

ライブが終わり、クタクタな様子の穂乃果が帰ってきた。

 

「お姉ちゃんおかえり!ライブ見てたよー!」

 

「あはは…、ありがとね」

 

興奮した雪穂の感想に対し、簡単なお礼を言う穂乃果。

 

「よっ、お疲れさま」

 

「あっ…、そーちゃん。雪穂と一緒に応援してくれてたの?」

 

「当たり前だ。だって穂乃果昨日言ったろ?『私たち全員の想いをそーちゃんに届けられるように精一杯歌い切るから!』って」

 

それ私の真似?と苦笑いする穂乃果。

 

「そう言えばそうだったね…。どう?私たちの想い、そーちゃんの心に届いたかな?」

 

「あぁ、いいライブだったよ。掛け値無しに」

 

穂乃果はフッと笑うと、オレに抱きつくような形で倒れこんだ。

 

「おい、穂乃果!?」

 

「お姉ちゃん!?」

 

また学校祭の再来か!?と思い、オレと雪穂は穂乃果の様子を伺った。

 

すると、穂乃果から規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

「……寝ちゃったね」

 

やれやれ、といった感じで言う雪穂。

 

でも、その表情は姉を心配する妹の顔だった。

 

「そうだな……」

 

今日はもう起こすのはよした方がいいのかもしれない。

 

明日は世間一般も休みだし、きっとライブの疲労を癒すために練習もないだろうし。

 

「じゃあ、壮にぃ。お姉ちゃんの事は頼んだよ?」

 

雪穂は空気を読んでくれたのか、2階にある自室へと向かった。

 

このまま穂乃果に抱き付かれたまま女の子特有の柔らかい感覚と年相応に膨らんでいる2つの女性の象徴の感触(通称ほのっぱい)を楽しみたいのは山々なんだが、男子高校生的観点から見て身体に毒なので通学カバンを後ろに組んだ手で持ち、気持ち良さそうに眠っている穂乃果を背負った。

 

「そーちゃん……」

 

穂乃果に呼ばれたので、ビックリして後ろを覗き込む。

 

だが、えへへ……。と笑いながら幸せそうに眠っていた。

 

全く、一体何の夢を見ているのやら。

 

少なくともその夢が穂乃果にとって幸せな夢であることを祈りたいものだ。

 

 

 




もう1度見直して、ライブシーンで鳥肌(ことり肌)が立ちました。

この調子だと後半になるにつれて涙で文字が打てないかもですね……


ではでは、感想等お待ちしております!



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SIDE STORY5 ことりとまったり過ごす1日

遅れましたぁぁぁぁあ!!

待たせたわりにはクオリティーが低すぎる……。

ではサイドストーリー始めまーす!!




~Side 南 ことり~

 

おはようございますっ!南 ことりですっ。

 

今私は幼馴染で唯一の男の子であるそーくんこと松宮 壮大くんのお家へ向かっているところです。

 

何で朝からそーくんのお家へ向かっているのかと言いますと、実は音ノ木坂学院の理事長先生…つまり私のお母さんが昨日の夜から出張でお家にいないのでどうしようかと考えた結果、たまにはそーくんと一緒にいたいなぁ……と思った私はすぐさま着替えて家を飛び出しました。

 

自然とスキップしたくなるような足取りで歩いていると、そーくんのお家に辿り着きました。

 

えへへ、お邪魔しまーすっ♪

 

そーくんのお家のドアを静かに開けて、家の中に入りました。

 

 

Side out

 

 

 

 

ツンツン。

 

わずかに頬を突っつかれる感覚があった。

 

人が気持ちよく眠っているのに頬を突っつくのは何処のどいつだよ?

 

「あれ?そーくん?」

 

耳元では聞きなれた脳をトロかすような甘い声が聞こえてきた。

 

でも、オレは目を覚ます気なんて更々ない。

 

勉強や部活などでボロボロになるまで酷使し続けたオレの身体は休息を欲しがっており、ちょっとやそっとのことでは目を覚まさないつもりでいる。

 

むにゅ。

 

今度は頬を引っ張られた。

 

……痛い。

 

けど、目は開けない。

 

「これでも目を覚まさないのぉ……?」

 

目を覚まさないんじゃないの。

 

起きる気が無いの。

 

だから誰かは分かんないけど、早めのお帰りを心から願います。

 

「むーっ!!こうなったら……!」

 

シュルシュルという衣擦れの音が聞こえたと思ったら、蹴飛ばしたり振り払ったりしていないのに布団がオレの身体から離れる。

 

そして布団がまた身体に被さったと思いきや、何やら柔らかくて暖かい感触が腕に当たる。

 

その違和感が神経を通り、脳に辿り着いてこれはおかしいということに気付いたオレは仕方なしに目を開ける。

 

「そーおーくんっ♪」

 

名前を呼ばれたオレは隣を見る。

 

「えへへぇ…、やーっと起きてくれたー」

 

そこには満足そうに笑うことりがいた。

 

……何故か下着姿で。

 

「……ことり?」

 

「はいっ♪あなたのすぐ側にお仕えするメイド『ミナリンスキー』こと南 ことりですっ」

 

「……色々言いたいことはあるが、とりあえず服着てくれ」

 

上下白で揃えたブラとパンツと白くて豊満な女性の象徴とそんじょそこらのグラビアアイドルよりもスタイルのいい身体を見るのは寝起きのオレにとっては刺激が強すぎる。

 

目の保養にはなるけどさ……。

 

 

 

 

 

 

朝メシを適当に作り、盛り付けられた皿をテーブルに置いてから静かにイスに座って朝メシを食べ始める。

 

その間ことりはオレの隣のイスに座り、砂糖とミルクを結構な量を入れたコーヒーを飲んでいた。

 

「何でまたこんな朝からオレの家に?」

 

ことりがコーヒーカップを置いて説明し始める。

 

ことりの説明をメシを食いながら聞き、話し終えたことりのおでこに向かって手を伸ばす。

 

「ひゃうぅっ…!?」

 

伸ばした手からさらに人指し指だけ伸ばし、コツンとことりのおでこを突っつく。

 

「ったく…部活とか無かったからいいけどさ、もし部活があったらどうしてたんだ?」

 

「ピィィ…、ごめんなさぁい……」

 

もしオレが部活でいなかったことを考えていなかったらしく、ことりが突っつかれたおでこを抑える。

 

そんなことりを見て、今度はことりのグレーの髪を櫛で鋤くような手つきで撫でる。

 

「でも、あれだ。たまにはこんな日があっても悪くはないからことりの気が済むまでゆっくりしていってくれ」

 

「うんっ♪ありがとう、そーくんっ」

 

 

 

 

 

朝メシを食べ終え、オレとことりはリビングのソファーに並んで座っていた。

 

洗い物も洗濯物もそれほど溜まっていなかったので、洗濯機を回して洗濯物を取り込んだらそれで終わりなのでお昼前になると2人して暇人となってしまった。

 

「暇だね……」

 

「あぁ。暇だな……」

 

「映画のDVDでも借りてくればよかったね…」

 

「借りてきたとしても途中で寝てしまうかもしんねぇからそれはパス」

 

「そっかあ…」

 

オレもことりも最近は全くと言ってもいいほど息を抜く機会が無かっただけに、何だかこの空間が妙に居心地がいいため立とうという気にもならない。

 

するとことりの頭がオレの肩に乗せてきた。

 

「ことり?」

 

「ちょっとだけこうしていたい気分なんだぁ……」

 

「そっか」

 

オレはしばらくことりの頭を乗せていたが…、

 

「くぁ……」

 

「ぁふう……」

 

2人同時に欠伸を漏らしてしまった。

 

「そーくん大きなあくびだねぇ……」

 

「そういうことりこそ。……そうだ。ことり、ちょっとそこで待っててくれる?」

 

オレはことりを待たせ、自分の部屋に入る。

 

そしてクローゼットの中からあるものを取り出し、またことりがいるリビングのソファーに戻ってきた。

 

「タオルケット?」

 

「小さいころよく穂乃果とか雪穂とかと一緒にこうやって寝てたんだ。今はあの頃に比べて身長も肩幅も比べ物にならないくらい大きくなったけどたまには悪くないかなぁって」

 

「ふーん…ホノカチャンとユキホチャンと、添い寝?」

 

「昔の話だっつの。今も毎日同じように寝てたら大変なことになるだろうが」

 

だからその黒いオーラを閉まって目のハイライトも戻ってきて欲しい。

 

「むー……ホノカチャン、ユキホチャンずるい……」

 

「まだ言うか。ほら、ことり」

 

「きゃっ……!?」

 

まだ黒いオーラが吹き出してることりの肩を引き寄せ、持ってきたタオルケットをことりと一緒に被さる。

 

そしてことりの頭をポンポンと撫でる。

 

ホントことりの髪って何でこんなにツヤがあってサラサラしてるんだろう……?

 

それに女の子特有のすごくいい香りがとても心地いい。

 

ことりの頭を撫でている内に眠くなってしまい、重たい瞼に逆らうことなく目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目を覚まし、時計を見たら昼メシを食べるにはあまりにも遅すぎる時間になっていた。

 

隣を見てみると可愛らしい寝顔のことり。

 

しかもオレの着ている服の裾を掴み、何処にも行けないようにしていた。

 

ったく…、そんなことしなくても家の外には行かないっての。

 

というか、もしかしてことりって意外と独占欲強い?

 

そんなことを考えながらことりが掴んでいる手を静かに解放し、台所へ向かう。

 

昼メシではないけど、おやつの時間には間に合うような簡単なお菓子でも作ろうじゃないか。

 

そう思ったオレはオーブンを暖め、必要な材料を引っ張り出すことにした。

 

 

 

「ふぅっ……。こんなもんかな?」

 

「うにゅ……、そーくん?」

 

オーブンから天板を取り出し、冷蔵庫で粗熱を冷やし終えたでことりが起きた。

 

「おっ、ことり。ちょうどいいところに来た」

 

「何作ってるのぉ…?」

 

まだ眠いのかことりは眠たそうな目を擦りながら天板を見た。

 

「顔洗ってきな?タオルは適当なやつ使ってもいいから」

 

その間にも用意した材料を天板の上にバランスよく乗せていく。

 

「はぁーい…」

 

ことりが洗面所へ消えていったのを確認してから型崩れが起きないように慎重に丸め、包丁を使って食べやすい大きさにカットする。

 

そして出来上がったものを皿に乗せ、飲み物をグラスに注いでおく。

 

「わぁ…!ロールケーキだぁ…!!」

 

顔を洗ってきて目を覚ましたことりがリビングに入って来て早々にロールケーキの存在に気付き、目を輝かせる。

 

「これそーくんが作ったの?」

 

「まぁな。ラブライブ一次予選を頑張ったことりへのご褒美ってことで」

 

「ありがとう!そーくんっ」

 

イスに座り、礼儀よく『いただきます』と手を合わせてからロールケーキを食べ始めたことり。

 

フォークでサクッと一口大の大きさに切り落としてから口に運ぶ。

 

そしてそのロールケーキはことりの口の中へと消えていった。

 

「味の方はどうだ?」

 

「美味しいよ!このロールケーキならいくらでも食べていられるよ!」

 

余程口にあったのか興奮した様子でことりが食いついた。

 

しかも口角にはロールケーキで使った生クリームもついている。

 

「ことり、口に生クリームついてるぞ」

 

「えっ?どこ?」

 

オロオロしながら手の甲でこしこしと擦って取った。

 

オレはその光景を見て思わず笑ってしまった。

 

「もうっ!何で笑うの!?」

 

「いや、何というか…。微笑ましいなぁって……」

 

「子ども扱いしーなーいーでー!!」

 

「ちょっ、危なっ!?暴れるならフォークを置け!フォークを!!」

 

知らず知らずの内に子ども扱いしてしまったことりは結局拗ねてしまったけど、朝からまったりとした1日を過ごしてみてことりの知られざる一面を見れたいい1日だったと思う。

 

 

「もうっ!そーくん!!聞いてるんですか!?」

 

「いや、あの……。脚の感覚が無くなってきてるのですが……」

 

「ことりを子ども扱いした悪い子なんて知りませんっ!」

 

 

 

ちなみに余談なのだが、月に1回オレ特製ロールケーキ……長いから松宮ロールをことりに提供することになるハメになるのだがまたそれは別の機会に語るとしよう。

 

 

 

 

 




ここ3週間ほど後頭部が痛かったので、今日大学の帰りに病院へ行って精密検査を受けてきました。

脳出血じゃなく脳を繋ぐ神経の異常だったみたいで、安心していいのか疑問なところです。

みなさんも異常があったらすぐにお医者さんへ行きましょうね?



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第45話 一次予選結果発表

ラブライブ一次予選結果発表当日。

 

みんなアイドル研究部の部室の中に集まっているが、部室内の空気はこれでもかと言うくらい張り詰めていた。

 

「いよいよだね…」

 

「うぅ~…、緊張する……」

 

「心臓が飛び出そうだにゃあ……」

 

みんな緊張した面持ちだ。

 

「終わりましたか…?終わりましたか……?」

 

海未に至っては両手で両耳を塞ぎ、ギュッと目を閉じている。

 

「まだよ」

 

「誰か答えてください!」

 

「それじゃあ聞こえないでしょ!?」

 

「放っといてやれ。海未は緊張するとあんな感じになっちゃうタイプだから」

 

海未の行動に対して真姫は突っ込み、オレは大してなっていないフォローを入れるが、かくいうオレも心の中ではこの緊張感から早く解放させてくれ、とざわめいている。

 

「そそそそそうよ!たかが予選で…なな何緊張しちゃってるのよ!」

 

「にこちゃんが一番緊張してるように見えますけど…」

 

偉そうに腕を組んでるけど身体が身体がプルプル震えているし。

 

「う…ううるさいわね」

 

「そうやね。カードによると…」

 

「よると…?」

 

みんなのんちゃん方に向き直るけど、のんちゃんはタロットカードを取らずいかにも困った顔をする。

 

おい、なんだその表情は。

 

「みんなの不安を煽るような事はしないで欲しいのですが…」

 

「うわぁ〜ん!!やっぱり聞きたくな〜い!!!」

 

ほら見ろ!

 

普段はポジティブの塊の穂乃果が珍しく弱音を吐いちまってるじゃねぇか!!!

 

「来ました!!!」

 

花陽ちゃんの言葉でみんなパソコンに向き直る。

 

「最終予選へ突破した4チーム。まず1チーム目は……A-RISE」

 

「だろうな」

 

「2チーム目は……East Heart。3チーム目は……Midnight Cats」

 

花陽が3位のチームまで読み上げた。

 

残るイスは1つのみ…。

 

頼む!!予選を突破していてくれ!!

 

「そして最後の4チーム目は…ミュー」

 

「「「「「「「「ミュー…」」」」」」」」

 

花陽ちゃんが4位のチームの最初の文字を溜めるように伸ばし、みんなもそれにつられて伸ばす。

 

「Mu……tant Girls!」

 

花陽ちゃんが告げた名前にオレたちμ'sの名前は無かった。

 

ラブライブ一次予選落ち。

 

それはあまりにも重く残酷な事実。

 

その事実を真っ先に受け入れられたオレは部室を後にする。

 

「そんな…私たち…」

 

「予選に落ちちゃったってこと…?」

 

「そんな…」

 

みんなその事実を受け入れるには時間が掛かり、受け入れたメンバーから次々にその場に崩れ落ちていった。

 

「そんなぁ〜〜っ!!!」

 

穂乃果の信じられないという叫びは学校中に響き渡り…、

 

「ちくしょう……ちくしょぉぉぉぉぉおっ!!!」

 

オレは部室を出て数歩歩いた場所で泣き崩れた。

 

 

 

 

 

「って言う夢を見たんだよ!!!」

 

以上が本日の穂乃果が見た夢をダイジェストにしてお送りしました。

 

さて…。

 

「……穂乃果?」

 

「なに?そーちゃん」

 

「……ヒドい、夢だったな」

 

「そーちゃんなら分かってくれると思ってたよ……!!」

 

「だがな……」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

「オレがまだ寝てるところに突撃してきた挙げ句叩き起こしといて報告するような事じゃねェだろうがよォ……アァン!?」

 

 

 

 

 

 

現在朝の4時。

 

普段はまだ寝ている時間帯なのに強制的に起こされたので超不機嫌状態でありました。

 

 

 

 

 

 

「って言うことがあったんだ」

 

「穂乃果…、いくら怖い夢を見たからって壮大を叩き起こしていいことにはならないわよ?」

 

「うっ…。ごめんなさい……」

 

今日の朝の出来事をみんなに説明をし、絵里ちゃんが穂乃果を咎めた。

 

いいぞ、絵里ちゃん。

 

もっと言ってやってください。

 

そしてついでにその冷たい目線を暖かい目線に変えてオレを慰めてください!

 

お願いします!何でもしますから!!

 

「それにしても生々しい夢だよね…」

 

「ホントだよね…」

 

話を聞き終えた花陽とことりが不安そうに言う。

 

そんな2人の横では穂乃果が重そうに口を開く。

 

「ていうか今夢と同じ状況だしぃぃぃい!!!」

 

「どどどどどこが同じ状況だって言うのよ!!!」

 

手元にあるパックのイチゴ牛乳を手に取るにこちゃん。

 

しかしその手は緊張と動揺で震えていた。

 

「終わりましたか…?終わりましたか……?」

 

「まだよ」

 

「落ち着け!まだ発表を読み上げてない!!」

 

「誰か答えてください!!」

 

「答えを聞きたきゃその手をどかせ!!」

 

海未も穂乃果が見た夢と全く同じ様に耳を塞いでずっとみんなに問い掛けていた。

 

「そうやね。カードによると…」

 

「よると…?」

 

のんちゃんはタロットカードの山から引いたカードをオレらに見せずいかにも困った顔をする。

 

「はいそこ!みんなの不安を煽るような発言はしない!」

 

「これじゃあ正夢になっちゃうよ〜!そうだにこちゃん!それ一気飲みして!!」

 

「なんでよ!?」

 

「何か変えないと正夢になっちゃうんだよ〜!」

 

あぁもう!!

 

お前らは少しは落ち着くってことはできねぇのか!!

 

少しは真姫を見習って欲しいものだ。

 

少なくともメンバーの中では一番落ち着いているように見える。

 

「ねぇ、壮大」

 

「どうした?」

 

「どうやったらこの膝のガタつきどうやったら治まるのかしら…」

 

ダメだったー!!

 

その澄ました顔つきは緊張を隠すためだったのね…。

 

「来ました!」

 

ツッコミ放棄を決めたと同時に一次予選の結果が発表され、海未以外のみんなが一斉にパソコンの画面に注目する。

 

にこちゃんがイチゴ牛乳のパックを握り潰してしまい机の上が大惨事になっている事を気にも留めていない花陽ちゃんが1位から順番にグループ名を読み上げていく。

 

1位のA-RISEに2位のEast Heart、3位のMidnight Catsまでは夢と全く展開。

 

「ダメだ…。終わりだよ…」

 

穂乃果が諦めムードを出し始めたことによりその空気が伝染する。

 

「いいや、まだだ。諦めるにはまだ早いぞ」

 

「そーちゃん…?」

 

「みんなあのA-RISEのステージの後にも関わらず、プレッシャーを跳ね返してベストパフォーマンスを出したんだ。絶対予選通過してるはずだ…。花陽ちゃん、最後の1チームを読み上げてくれ」

 

「は…、はい!最後の4チーム目は、ミュー……」

 

「「「「「「「「ミュー…」」」」」」」」

 

「ズ」

 

最後の1文字を聞いたオレは小さくガッツポーズを取った。

 

「音ノ木坂学院高校スクールアイドルµ'sです!」

 

「µ'sって私たち……だよね?」

 

「そうだ。μ'sは最終予選に駒を進めることができたんだ」

 

『ぃやったぁぁぁあっ!!!』

 

穂乃果たちはパソコンに映る自分たちの宣材写真を見てこれが夢ではないと感じ、部室内の空気とみんなの頬が緩んだ。

 

一次予選突破と言う結果を受けたみんなは、部室を飛び出し各々がお世話になっていると思われる校内の人たちに報告しに行った。

 

けれど、海未だけは結果が出たというのにも関わらず未だに耳を塞いでいた。

 

「どうなったのですか?私たちは予選通過したのですか?」

 

オレは海未の肩を叩き、人差し指を伸ばす。

 

ーーーむにゅっ。

 

海未がこちらを振り向いたと同時に海未の頬がオレの人差し指を飲み込んでいく。

 

おお、やっぱり柔らかい……。

 

ほうは(壮大)!?にゃにふるんでふか(何するんですか)!?」

 

オレは無言で天井のスピーカー部分を指差す。

 

すると校内放送でラブライブ一次予選を突破したことを知らせる放送が流れてきて、その放送を聞いた海未にようやく安堵の笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

しばらくしてから部室に戻ってきたみんなは喜ぶのは束の間。

 

練習着に着替えていつも通りに屋上で最終予選に向けた練習を開始し始める。

 

そんな中オレはというとまだパソコンに食いついていた。

 

最終予選に駒を進めた4グループの得点配分を纏めたページを閲覧しているからだ。

 

視聴者投票と言うこともあり、どのグループに投票したのかをパーセンテージで表した円グラフしか無かったがこういう些細なデータも配信してくれる公式サイトには大変ありがたいと思っている。

 

「えっと…A-RISEが28%にEast Heartが20%、Midnight Catsが18%でμ'sが17%……か」

 

ベストなパフォーマンスを出し切ったとはいえまだまだA-RISEとは差がある。

 

他の3つのグループとは何処が違うのだろう…。

 

公式サイトでは各ブロックの一次予選を勝ち上がったグループのパフォーマンス映像にアクセスをして、スカウティングを始めた。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…。こんなもんか」

 

大体見終わった。

 

何処のチームもアップテンポな楽曲を披露していてEast Heartのパフォーマンスはキレと想像力があり、Midnight Catsは始めこそ小さなミスがあったものの、その後はアクロバティックなダンスで盛り返したと言ったところだ。

 

そして言わずと知れた前回王者のA-RISE。

 

やはり実力は他のグループよりも頭1つも2つも飛び出していて、最終予選にて最大の壁として立ちはだかることは間違いないだろう。

 

どちらにせよ今以上に基礎を固めていかないとラブライブ本戦出場は叶わないってことになる。

 

「こりゃ最終予選まで地道に基礎を固めていくしかないのかなぁ……」

 

ーーードパァァァン!!

 

「そーちゃん!!」

 

「ヴぁいっ!?」

 

部室のドアが乱暴に開けられ、その音量の大きさに変な声を出してしまった。

 

「穂乃果!?いきなりどうした!?」

 

「にこちゃん見なかった!?」

 

「練習じゃないの?」

 

「いないから聞いてるんだよ~!」

 

「むぅ……」

 

オレは右手の親指を鼻の下に置いて考え込む。

 

確かに誰よりもラブライブに出ることに燃えているにこちゃんがみんなに黙って帰るなんて珍しい。

 

どうしても家に帰らないといけないような大事な用件があるのか……?

 

にこちゃんの家の事情とか、アルバイトとかでどうしてもお金を稼がないといけなくなってしまったとか?

 

「にこちゃんにも突っ込んで欲しくない用事でもあるんじゃねぇの?」

 

「そうかなぁ…」

 

「あまり首突っ込んでやらない方がいいのかも知れねぇな。ってことでオレはやるべき事が出来たから一足先に帰るわ」

 

穂乃果の肩をポンポンと叩き、後ろを向いたまま手をヒラヒラ振って帰路についた。

 

 




明日でテストが終わりやぁぁあっ!!

持ち込みOKのテストですが、油断せずに行きたいと思います。

就活で欠席した分の書類もコピーしなきゃ……。




ところで、穂乃果特別編でのいい楽曲(ラブソング)ありませんかね…?



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第46話 にこちゃん逃走劇

みなさん大好き(?)なあの扱いが出ます。

あなたは悪くない、あんな車間距離で停めた車が悪いんや…。

ってな訳でどうぞー!!



音ノ木坂学院から帰るついでに破格の値段で商品を売っていると有名なスーパー『ハナマルストア』に立ち寄った。

 

A-RISEに少しでも近付くにはどんなトレーニングを積ませたらいいか…と言った考え事をしながら買うべきもののリストに沿って買い物カゴに商品を入れていく。

 

そして豚バラ肉のパックを取ろうとしたところで、オレが手を伸ばしている方向の反対側から小柄な手が伸びていた。

 

「あぁ、すみません。よろしければどうぞ」

 

ここで争ってご近隣の方たちに悪いイメージを植え付けるのはよろしくない、と思ったオレは素直に豚バラ肉を譲った。

 

「こちらこそすみません。ではお言葉に甘えて……ってぇ!?壮大!?」

 

「あれ?にこちゃん?」

 

意外や意外。

 

豚バラ肉のパックを譲った人の正体は、練習に出ず早抜けをしたにこちゃんだった。

 

「何であんたがここにいんのよ!?」

 

「いや、何でって言われましても…。買い物ですけど?」

 

手に持っているカゴを指差しながら説明すると、それもそうね……にこちゃんは呟いた。

 

そしてにこちゃんは入口に背を向けているけど、にこちゃんの後をつけていると思われる穂乃果たちの姿が視界の隅に入った。

 

これは素直に言った方がいいのか?

 

いや、別に穂乃果たちはにこちゃんの後をつけているとまだ決まった訳じゃないし…。

 

『ハマりすぎだにゃー!!』

 

『μ'sメンバー矢澤にこ。練習を早退して足繁く通うマンションとは!?』

 

『ダメです!それはアイドルとして一番やっちゃいけないパターンです!』

 

……。

 

そんな考えとは裏腹に、1年生組の声が店内に響くような声量で喋り込んでいた。

 

「……にこちゃん」

 

「えぇ。悪いんだけど、買うもののリストはこれよ。そしてお金なんだけど立て替えて貰っていいかしら?」

 

にこちゃんは俺に買うもののリストと買い物カゴを渡され、穂乃果たちから逃げるように走り去っていった。

 

『あぁっ!!逃げた!?』

 

穂乃果たちがにこちゃんの後を追い掛けるように店内へ。

 

そしてそのままオレの近くを通り過ぎ、『STAFF ONLY』という扉の前で立ち往生していた。

 

そしてそれを尻目に買い物を続けることした。

 

触らぬ神になんてやらってやつだ。

 

 

 

 

~Side 矢澤 にこ~

 

 

ハナマルストアの裏口から出ると、そこには絵里が立っていた。

 

「流石にこ。裏口に回るとはねぇ……」

 

「ヒィッ!?」

 

ドヤ顔をしながら詰め寄ってくる絵里に気をとられ、後退りした私は後ろに控えているある意味天敵とも言える存在に気が付けなかった。

 

「さぁ!大人しく訳を聞かせてーな!!」

 

「ひゃあっ!?」

 

希に無駄な抵抗を取れなくするために私の胸を鷲掴みにされてしまい、無慈悲にも希の手が女の子にとって快感を得るポジションを的確に捉えられてしまった。

 

「ひうぅ……」

 

「早く答えんともーっと激しいの行くでー?」

 

蕩けてしまいそうな快感を目を閉じつつ唇を噛んで堪えていると、希が更なる追撃を浴びせようとしていた。

 

だけど!伊達に何回も希にわしわしされていないわよっ!!

 

「はぁっ!!」

 

力一杯しゃがみこんで希のわしわしから抜け出し、ハナマルストアから遠ざかる。

 

いくら走っても走っても希は追い掛けてくる。

 

人込みに紛れるように逃げても、アイドルのパネルにカモフラージュしても、変装として貸出し用学ランに着替えても、だ。

 

「ホンットしつこいわねぇ!さっさと諦めなさいよッ!!」

 

「嫌や!キミがッ!理由を話すまでッ!追いかけるのをやめないッ!」

 

ネタをブッ込んでくる希はさておき、体力に自信がない私はこのまま逃げ続けたとしてもここに姿を現していないメンバーの誰かに捕まるのは最早時間の問題だ。

 

どうやって振り切ろうかを考えていたら、近くに小さなパーキングがあった。

 

そこに停まっているのはハイエース2台で、その車間はとても狭い。

 

私の胸の大きさと希の胸の大きさを考えると……確実に逃げ切るとしたら手段はこれしかないっ!!

 

私は90°方向転換し、狭い車間をスルスルと抜けていく。

 

希も私に倣って車間を抜けようとするが、大きすぎる胸がつっかえてしまい通ることは叶わなかった。

 

後は人目につかないところまで逃げ切れば……私の勝ちねっ!!

 

 

Side out

 

 

 

 

~Side 星空 凛~

 

 

「「希ちゃん!」」

 

「「希!」」

 

穂乃果ちゃんと凛と真姫ちゃんと海未ちゃんで聞き込みを頼りににこちゃんの後を追い掛けていると、パーキングで何かをしようとしている希ちゃんを見つけた。

 

「希ちゃん!にこちゃんは!?」

 

穂乃果ちゃんの声を聞いて頬をちょっぴり赤く染めていた希ちゃんはゆっくり振り返り、ジト目で何かを見始めた。

 

穂乃果ちゃんや真姫ちゃんも希ちゃんの視線を辿っていくと…、凛の胸を見ていることに気がついた。

 

 

 

 

 

 

「なんか不本意だにゃーっ!!!!」

 

 

 

 

希ちゃんに指示されたのは『パーキングに停まっている車の間を抜けろ』と言うものだった。

 

凛は動きの邪魔なるから胸の大きさなんて気にしてないけど、いくらなんでもこの扱いは納得がいかないにゃ!!!

 

現に車の間を抜けているとき、希ちゃんは『んふっ♪』とイタズラが上手くいった子どものように笑っていた。

 

こんな扱いを受けたのは元はと言えばあそこで逃げたにこちゃんが悪いんだにゃ!!

 

凛が受けた屈辱……にこちゃんに八つ当たりしてやるにゃ!!

 

「もう!!にこちゃーん!!って、いないにゃあ……」

 

悔しいけどスルスルと抜け出し、パーキングの向こう側に抜けたときには既ににこちゃんがどちらに逃げたのか分からず人通りも全く無かった。

 

にこちゃんを見失い、さらに不憫な扱いと辱しめを受けた悔しさに思わずアスファルトに両手と両膝をつけて頭をガクッと項垂れるしかなかった。

 

 

 

Side out

 

 

 

「あら、みなさんお揃いで」

 

「壮大…?どうしてここに?」

 

にこちゃんの分の買い物袋と自分の分の買い物袋を引っ提げ、歩いているとにこちゃん以外のメンバーが屯っているところを通りかかった。

 

みんなはどこか疲れた表情をしていて、その顔つきをみればにこちゃんに逃げられてしまったと言うのが分かった。

 

「にこちゃんに逃げられたんですね…」

 

「えぇ…。しかしあそこまで必死なのはなぜなのでしょう?」

 

「にこちゃん意地っ張りで相談とかほとんどしないから…」

 

真姫、お前がそれ言うか?

 

真姫以外の誰もがそう思っていて凛ちゃんがみんなを代表して『真姫ちゃんにそっくりにゃー!』と笑われながら言われ、まさかブーメランとして返ってくるとは思ってもいなかった真姫は顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

「いっそにこちゃんの家にでも行ってみます?」

 

「押しかけるの?」

 

「私はそれも良いかなって思うよ」

 

オレの提案に絵里ちゃんが聞き返し、穂乃果は賛同してくれた。

 

「だって、そうしないと話してくれそうにないから…」

 

「それにオレの場合は買ったものと立て替えた分のお金を交換して貰わないといけねぇし」

 

「でもにこっちの家の場所なんてうちですらは知らないんよ?」

 

「そっかぁ……、そうだよねぇ…」

 

この案は『この中に1人でもにこちゃんの家の場所を知っている』ことが前提条件だったのだが、ここにいる誰もがにこちゃんの家の在処を知らないためこの案件は自然と不採用となってしまった。

 

目的は違えどもにこちゃんに会わないといけないという共通の目的がある以上、協力してにこちゃんを探し出さないといけない。

 

「えぇっ!?」

 

次なる方法を考えていると、花陽ちゃんがビックリした様子で叫び声をあげた。

 

「花陽ちゃん!?」

 

「かよちんどうしたにゃ!?」

 

花陽ちゃんの隣でハンカチを敷いてその上に座っていた凛ちゃんが立ち上がりながら聞くと、花陽ちゃんは橋の方向を指差した。

 

オレたちは一斉に花陽ちゃんが指差した方角を向いた。

 

「にこちゃん!?」

 

指された方からにこちゃんによく似た小柄な少女が歩いてこちらに向かってきていた。

 

「でもちょっと小さくありませんか?」

 

「そうね…」

 

「いや、あれはにこちゃんじゃない。よく見ると髪留めのリボンの色が黄色だ。それに歩幅も歩くペースもにこちゃんに比べて狭いし遅い」

 

海未と真姫は自信が無い様に否定するも、にこちゃんとにこちゃんによく似た少女の違いを目に見える範囲で報告する。

 

「そーくん考えすぎだにゃ~。あれはにこちゃん……じゃないにゃ!!」

 

そしてにこちゃんによく似た少女がオレたちの横を通り過ぎようとしたところ凛ちゃんがようやくにこちゃんじゃないことに気づき驚きの声をあげ、その声を聞いた少女は足を止めた。

 

「あの……、何か?」

 

「え!?いや、あの……」

 

凛ちゃんは慌てふためき、その様子を見かねた花陽ちゃんは凛ちゃんを落ち着かせようとしている。

 

するとその子は、穂乃果たちを見てふと思い出したような声を出す。

 

「もしかして貴女方、μ’sの方たちでは…?」

 

「えっ?もしかして私たちの事を知ってるの?」

 

「はいっ!いつもお姉様がお世話になってます、矢澤 こころです!μ'sの矢澤 にこは私のお姉様なんです!!」

 

「「「「「「「「えぇぇぇぇっ!?」」」」」」」」

 

こころちゃんの言葉にみんなの驚愕し、オレは小さいながらにこちゃん以上に礼儀正しいこころちゃんに驚きを隠せなかった。

 

まさか、にこちゃんにこんなにも礼儀正しい妹ちゃんがいたなんて……!!

 

 

 




いかがだったでしょうか?

「なんか不本意だにゃーっ!!!!!」←実はこれとそんな扱いを受けた凛ちゃんの心情をやりたかっただけ。

次回もよろしくお願いします!



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第47話 宇宙No.1アイドルとして

遅れて申し訳ない!!

実家に帰省してからというもの時間がほとんど取れず……。

では、どうぞ!!



にこちゃんの妹ちゃんであるこころちゃんの案内で矢澤家に向かっているオレたち……だったんだけど、

 

「なぁ、こころちゃん?」

 

「静かにしてください。μ'sのみなさんはただでさえ有名なのにお兄さんみたいなカッコよくて背が高い人と歩いていては目立ってしまいます!」

 

「サーセン……」

 

何故こころちゃんを先頭にして伝説の兵士よろしくスニーキングミッションみたいなことをしているのだろう。

 

それにこころちゃんは一体何を気にしてるんだ?

 

しきりに辺りを見渡して何かを探しているような首の動きだが……。

 

「パパラッチもいないようですし……、みなさん!今のうちに行きましょう!」

 

パパラッチ?

 

スクールアイドルでもパパラッチに引っ掛かることもあるのか?

 

オレはいろいろ腑に落ちない事に首を傾げながら、こころちゃんやみんなの後を追いかける。

 

……両手に買い物袋を持って。

 

 

 

 

 

「ここです」

 

こころちゃんに案内されてやってきたのは、駅から程近いところにある少し寂れたマンションだった。

 

「では私はみなさんの分のお茶を用意しますのでみなさんお姉さまが来るまでゆっくりしていってください」

 

「あぁ、こころちゃん」

 

「はい?何でしょう、お兄さん?」

 

お茶を用意するといって台所へ行こうとするこころちゃんを呼び止めるが、呼び止めると警戒心を強めた顔つきになった。

 

「にこちゃん……、信じられないかもしれないけどキミのお姉ちゃんがオレに買い物袋を渡してどこへ行ってしまったからこれを任せてもいいかな?あとこれはお買い物リストのメモ」

 

メモを受け取ったこころちゃんは、買い物袋をテーブルの上に置いてリストと買い物袋の中に入ってる食品の確認を行い始めた。

 

「……確かにお買い物袋の中身とリストの商品が一致していて、さらにリストのメモの字がお姉さまのものですね」

 

「分かってくれて何よりだ」

 

確認が終わるとほんの少しだけ警戒心を解いてくれるが、まだこころちゃんは腑に落ちていないみたいだった。

 

「つかぬことをお伺いしますが、お兄さんはお姉様やμ'sのみなさんとはどのようなご関係で?」

 

「簡単に言うとサポート役って感じかな」

 

「そうなのですか?誰かの彼氏さんとはではなくてですか?」

 

「もちろん。プロではないとはいえアイドルに自分から特定の人物に告白なんてしないさ」

 

正確には自分からは、だけどな。

 

「そうですか…。では今はお兄さんの言葉を信じることにしましょう。ではお兄さんもみなさんと一緒にくつろいでいてください」

 

こころちゃんの許しが出たので、リビングに戻ると何やら少し揉めているようだった。

 

「何かあったの?」

 

近くにいた凛ちゃんに事情を聞き出す。

 

「にこちゃんが下の子たちに凛たちのことを『バックダンサー』として教えてたり、にこちゃんの部屋にはにこちゃんがセンターになるようにコラージュされたポスターが貼ってたんだにゃ」

 

あー…、これはちょっと同情の仕様がないかな。

 

だってみんなで一緒に頑張ってきてたのに見栄とはいえ下の子たちに他の人に『バックダンサー』だなんて言ってたら…ねぇ?

 

そんなことをみんなの耳に入ったらそりゃ怒るだろうよ。

 

「ただーいまー」

 

うっわ…すっげぇタイミングの悪い状況で帰ってきちゃったな、にこちゃん。

 

「お姉様お帰りなさい。μ'sの皆さんがいらっしゃってますよ」

 

「え゛」

 

「おかえり、にこちゃん」

 

「壮大!?何でここに!?」

 

にこちゃんはこころちゃんのμ'sという単語を聞いてバツが悪い顔をし、オレの姿を見た瞬間一歩後ろへ下がった。

 

「何でって…、買い物袋を届けに来たのと立て替えたお金貰いに来たに決まってるじゃんか」

 

「……あぁ!お金ね!にこ今財布のなかは大きいのしか無いから……」

 

何やら視線を反らしながら狼狽えるにこちゃんを余所に、後ろに立っているみんなからヒシヒシと伝わる気迫みたいなものを感じ取ったオレは、みんなににこちゃんが見えるように半身になった。

 

みんな非難するような目でにこちゃんを見ていて、さらに後ろへ引き下がるにこちゃん。

 

「申し訳ありません。すぐに済みますのでよろしいでしょうか?」

 

海未が気持ち悪いほど丁寧な言葉と笑顔でにこに語りかけたと思ったら、力強すぎて目線だけで何人も殺ってそうな目付きに代わった。

 

怖ぇぇぇぇぇぇえっ!!!!

 

これ海未本気でキレてますやん!!!

 

「こ…こころ?にこは今から仕事で向こうのビルに行かなきゃ行けないから行ってくるわね?それが終わったら大きいの崩して立て替えて貰った代金壮大に渡すからー!!」

 

海未の鋭き眼光を見たにこちゃんは最もらしい言葉を残し、またもやメンバーの前から立ち去るように逃げていった。

 

「逃げたっ!!」

 

海未の言葉に真っ先に反応した絵里ちゃんが靴を履いて、先陣を切ってにこちゃんを追いかけ始めた。

 

「待てぇぇえ!!」

 

それに海未も続き、真姫もつんのめりそうになりながらも追いかけ始めた。

 

「オイ待てやゴルァ!!下の子たちがいる前で最もらしい事言って逃げんなや!!っつーかツリ位はあるから今この場で返せや!」

 

借金取りみたいなしゃべり方をしながらオレも追いかける。

 

その間にオレの眼前を走っていた海未と真姫を追い抜く。

 

「ってぇ!なんで何回も逃げ回らなきゃいけないのよ!」

 

「にこちゃんの自業自得やがな!!」

 

「そうよ!早く私か壮大に捕まってさっさと白状しなさーい!!」

 

絵里ちゃんと2人で追いかけていたが、にこちゃんはちょうどやって来たエレベーターに乗り込み一番下のフロアまで行ってしまった。

 

「くっ…!やられた!どうするの壮大?このままじゃまた逃げられちゃうわよ?」

 

「仕方ありませんね。こうなったら挟み撃ちにしましょう」

 

「挟み撃ちって……!エレベーターは一番下のフロアにあるのよ!?」

 

「そんなことは百も承知です」

 

確かにエレベーターはにこちゃんが使って一番下のフロアまで動いている途中だ。

 

だが、何もエレベーターを使わずともすぐに一番下まで降りられる方法は1つだけある。

 

「じゃあどうするのよ!?」

 

「こうするに決まってるじゃないです……かっ!!」

 

オレはエレベーターがあるホールからこの建物の出入り口の真上らへんまで移動してから助走をつけて文字通り飛び降り、衝撃を吸収するように着地した直後にコロンと受け身を取った。

 

「壮大!?」

 

「オレは大丈夫です!だから絵里ちゃんはエレベーターが止まったらボタンを押して階段で降りてきて下さい!」

 

「分かったわ!!」

 

身を寄り出して心配そうに見つめる絵里ちゃんに大丈夫だというアピールをして、にこちゃんを確実に追い詰めるため指示を飛ばす。

 

その直後、にこちゃんはマンションの出入口までやって来た。

 

「にーこちゃんっ」

 

「うぇぇっ!?どうして壮大が先回りしてるのよ!?」

 

「飛び降りたからです。矢澤家の部屋があるホールからここに」

 

「あんたバカじゃないの!?下手したらケガするかもしれないのよ!?」

 

バカとは失礼だな。

 

それにオレはこんなヘマをしてケガをするような身体の作りはしていない。

 

にこちゃんとは違うのだよ!にこちゃんとは!!

 

「にこー!待ちなさーい!!」

 

説明しているうちに階段から降りてきた絵里ちゃんの声と靴の音が聞こえてきた。

 

まぁ、何はともあれ……。

 

「チェックメイト……ですね」

 

この状況下でもう逃げられないと悟ったにこちゃんは降参だ、と言うように両手のひらをオレに向けて無抵抗の意思を表明した。

 

 

 

にこちゃんを引き連れてみんなに事情を説明した事を要約すると、にこちゃんが練習に出られなかったのはにこちゃんのお母さんが出張でここしばらく帰ってこれないから妹たちの面倒が見ないといけないからだったらしい。

 

練習で休んだ意味は何となく納得したが、みんなが聞きたいのはむしろ次の質問だろう。

 

「にこ、なぜ私たちはあなたのバックダンサーという事になっているのですか?」

 

海未からの質問に言葉を詰まらせるにこちゃんだったが、言葉を選ぶように口を開き始めた。

 

「……元からよ」

 

元から?

 

「それってμ'sに加入してからずっとってことですか?」

 

「そうよ。家では元からそういう事になっているのよ。それに私の家で私が妹たちに何を言おうが勝手でしょ?」

 

にこちゃんは元からそうだったと主張するが、何だか引っ掛かると言うか無理して言ってるような気がしてならない。

 

「お願い……今日は帰って」

 

「にこ……」

 

「ここはにこちゃんの言う通りにして、にこちゃん家から出ましょう?」

 

オレはみんなに荷物を持ってにこちゃんの家から出るように促した。

 

「そーくん?でも……」

 

「ここでいくらにこちゃんに質問しても、にこちゃんの迷惑にしかならないだろ?ほら、早く早く」

 

引き下がろうとする凛ちゃんのバッグを押し付けるように渡し、みんながにこちゃんの家から出たのを確認する。

 

「にこちゃん」

 

「……なに?」

 

「立て替えた分のお金はまた後でいいですから」

 

「ありがと。次練習で顔合わせたときに渡すわ」

 

「えぇ、そうしてくれると助かります。では」

 

オレも自分の買い物袋を持ってにこちゃんの家を出る。

 

後ろを振り替えると、テーブルに頬杖をついて黄昏ながらも妹たちの面倒を見ているにこちゃんの姿があった。

 

 

 

 

 

「どうも」

 

にこちゃんの家で解散し帰宅したオレは、買い物袋の中身を冷蔵庫に入れてからにこちゃんの過去を最も詳しいであろう人物のもとを訪ねた。

 

「そろそろ来るだろうな、と思っとったよ」

 

のんちゃんなら何か知ってるかもしれない…。

 

そう思ったオレは神田明神にやってきた。

 

アルバイトのないのんちゃんだとはいえ、オレも手持ちぶさたで来たわけじゃない。

 

「はい、これ差し入れです」

 

オレは近くのコンビニで買った暖かい飲み物をのんちゃんに渡す。

 

「おおっ、壮くんも段々女心が分かってきたんとちゃうん?」

 

「女心なんて分かりませんよ。ただ、秋風が吹いてきて肌寒くなってくる時間帯だから暖かい飲み物を差し入れようかなって思ってただけですよ」

 

「フフッ…、壮くんは真面目やねぇ。それで?聞きたいのはにこっちの事なんやろ?」

 

「はい、お願いします」

 

のんちゃんはオレたちが知られざるにこちゃんの過去を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

「……これがうちの知ってるにこっちの過去の全部や」

 

「………そんな事があったんですね」

 

にこちゃんがμ'sに加入する前に聞いた話をさらに掘り進めた話と推測論を折り曲げたのんちゃんの話を聞いたオレは、言葉が出なかった。

 

にこちゃんの家では高校1年のときにアイドル研究部とスクールアイドルを立ち上げた時には、すでににこちゃんの妹たちはにこちゃんのことをスーパーアイドルとして敬っていたのではないかというのがのんちゃんの推論だ。

 

「それで?この話を聞いてどないするつもりなん?」

 

「そうですね……。穂乃果に話してみようと思います」

 

「穂乃果ちゃんに?」

 

「はい。あいつならきっといいアイディアを出してくれると思うんです」

 

オレが話を聞いて素直に思ったことと、穂乃果に話して思い付くであろう結論はきっと同じだと思うし。

 

その後はのんちゃんと少しだけ駄弁ってから、家に帰る途中で穂乃果のスマートフォンに電話をかける。

 

ワンコール、ツーコールと規則的に鳴る電子音を聞いてから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「もしもし、穂乃果?あのさ、にこちゃんの事なんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

~Side 矢澤 にこ~

 

 

部活のない学院生に紛れて下校しようとしていた。

 

放課後の練習に出なくなってから今日で3日目。

 

アイドル研究部が復活してからはほとんど毎日メンバーのみんなと練習したり、くだらないことで笑いあったりとみんなに面と向かって言うのは恥ずかしいがとても楽しい日々を過ごしていたんだ……と、この数日で痛いほど実感させられた。

 

でも妹たちの面倒を見られるのは自分だけだ、と言い聞かせて校門から出ようとした。

 

「にーこちゃんっ♪」

 

「ぅえぁっ!?」

 

いきなり名前を呼ばれてビックリして、変な声が出てしまった。

 

その正体はμ'sの実質的リーダーの穂乃果だった。

 

「穂乃果!?あんた練習はどうしたのよ!?」

 

「それはね……、にこちゃん」

 

穂乃果の後ろからにゅっと姿を現した3人の子ども。

 

「こころにここあ!?それに虎太郎まで!」

 

私たちの妹や弟たちがいた。

 

「なんでここにいるのよ!?」

 

「こころちゃんたちも見たいんだよ!アイドル活動をしているにこちゃんの姿を!!」

 

 

 

 

 

 

あれよあれよのうちに私は絵里と希考案のステージ衣装を着せられ、妹たちが待っている屋上のドアの前に立たされていた。

 

「ちょっと!!本気でやらせる気なの!?」

 

「当然でしょ?こころちゃんたちのためのライブなのよ?」

 

私の後ろに立つ絵里がしれっと言い放つ。

 

「誰よ、こんな企画を計画したの……」

 

「壮大よ」

 

「はぁ!?」

 

思いがけない人物の名前が挙がり、驚いた後手を頭を添えて溜め息をつく。

 

「はぁ…、してやられたわ」

 

次会ったら色々と文句を言わなきゃいけなくなったわね…。

 

「それにしてもやっぱりにこっちには可愛い衣装が似合うなぁ」

 

「えっ?」

 

「スーパーアイドル、にこちゃん」

 

希…。

 

「この扉の向こう側にあなたのライブを心待ちにしている最高のファンが待ちわびているわ」

 

絵里……。

 

「さぁ…、みんな待ってるわよっ!」

 

そうね…。

 

アイドルは笑顔にする人じゃなく、笑顔にさせる人だったわね…。

 

絵里と希の顔を見返し、頷いてからドアを開け放った。

 

ステージに上がるとシートの上に3人がいた。

 

「こころ、ここあ、虎太郎」

 

3人に向き合い、語りかける。

 

「今日でスーパーアイドルにこにーはもう辞めるの」

 

「「「え……?」」」

 

「アイドル……辞めちゃうの?」

 

こころの疑問に首を横に振って否定する。

 

「辞めないよ。これからはここにいるμ'sのメンバーとアイドルをやっていくことにしたの」

 

けれど彼女たちはバックダンサーではないか、という声があがる。

 

それも否定する。

 

μ'sのみんなから様々な事を学び、様々な事を共に乗り越えてきた。

 

けれど……!

 

「今のにこの夢は、宇宙No.1アイドルにこちゃんとして……宇宙No.1ユニットμ'sとして一緒に輝く…。それが一番の夢……今一番やりたいことなの!!」

 

にこ以外のメンバーは静かにステージから立ち去り、ステージにはにこ1人だけとなった。

 

「だからこれが私1人で歌う最後の曲…」

 

1曲目を歌う準備が整うと、演出として風船が青空に向かって浮き始める。

 

「さぁ!行くわよ!!」

 

両手の親指、人差し指、小指を立てる。

 

 

 

 

「にっこにっこ……にーっ!!!」

 

 

 

 

にこのファンに向けられた愛情を返すように自分ができる最高の笑顔で歌い始める。

 

 

 

スーパーアイドルにこにーという殻を破り捨て、宇宙No.1ユニットμ'sの一員で宇宙No.1アイドルにこちゃんとして!!!

 

 

 




納得のいく終わり方を考えてたら前回投稿より5日程経ってしまっていた件について。←

字数もあと少しで6,000字になるところでした。

次回はみなさんお待ちかね(?)とうとうあの回ですよ。



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第48話 暫定的リーダー

やってきました、このお話。

私はこのお話一番好きなんです。(←いや、知らんがな。

ではでは、どうぞ~♪




「プールっていいよなぁ…」

 

オレは自宅近くのトレーニング施設内にある室内プールで仰向けになって浮いていた。

 

プール内での運動は水圧がかかるため、通常の運動よりも負荷が高く

なるし陸上と同じ運動をしても水中の方が消費カロリーが多くなり、多くの女性が悩む痩身効果も見込めたりもする。

 

水中では転倒などが原因によるケガがおきにくいので高齢の方でも安全に運動でき、大ケガをしたアスリートのリハビリなどにも持ってこいなのだ。

 

その代わり水のなかにいても汗はかくので、陸上での運動よりも細心の注意を払いながらこまめな水分補給も必要になってくるけどな。

 

「ぷにゃーっ!!やっぱりプールは気持ちいいにゃーっ!」

 

何だか聞き覚えのある声が聞こえたので、頭を動かさず目だけ動かしてみると偶然にもμ'sの1年生組もここに来ていたみたいだった。

 

「真姫ちゃんとかよちんもおいでよー!!」

 

凛ちゃんの近くには花陽ちゃんと真姫もいた。

 

「凛。私の他にあそこで浮いている男の人がいるんだから静かにしなさい。それに穂乃果たちが修学旅行だからって対抗することないんじゃない?」

 

「そうだよ。それにもう秋なんだよ?」

 

花陽ちゃん、それは聞き捨てならねぇな。

 

確かに競泳のシーズンは夏かもしれないが、室内プールは1年中泳げるように作られてるんだから泳ぐことだけで言えば最早オールシーズンスポーツになりつつあるんだぜ?

 

「それよりもっ!」

 

プールから上がった凛ちゃんは真姫と花陽ちゃんの後ろに立った。

 

オイ、一体何をする気だ?

 

「真姫ちゃんもかよちんも一緒に泳ご?せー……のっ!!」

 

「きゃあっ!?」

 

「ピャアッ!?」

 

凛ちゃんは真姫と花陽ちゃんの背中を押し、共にプールに飛び込んだ。

 

ドポーン!!と飛び込む音と水飛沫が上がり、少ししてから3人ともプールから顔を出した。

 

「ちょっと、凛!!上着が水浸しになっちゃったじゃない!!」

 

「うぅー…、私もです……」

 

真姫と花陽ちゃんはハーフパンツとTシャツのまま押されたため、着ている服がピッタリ張り付いていた。

 

花陽ちゃんも真姫もそんじょそこらのグラビアアイドルよりもスタイルがいいので、ボディラインがクッキリ浮かんでいる扇情的な格好を目に入れないようにするため潜水をしながら凛ちゃんたちに近付く。

 

「こらー星空さーん、プールの飛び込みはやめましょーねー」

 

「にゃわぁっ!?ごごご、ごめんなさいにゃー!」

 

「もう!離れなさいよ!上着脱ぎにくいじゃない!!」

 

凛ちゃんの背後に現れ、棒読みで注意するとオーバー気味に驚き頭を抱え込みながら真姫の後ろに隠れた。

 

「あっ、壮大くん。こんにちは」

 

「はい、こんにちは」

 

凛ちゃんが真姫にじゃれついている間に花陽ちゃんはオレの存在に気付き、挨拶してきたので挨拶し返す。

 

「壮大?もしかして仰向けで浮いていたのって……?」

 

「それオレ」

 

「えっ?そーくん?」

 

「やぁ、凛ちゃん。活発なのはいいけど泳ぐ準備ができていない人を突き飛ばして入水するのはあまり褒められた行動じゃないから気を付けなよ?」

 

真姫も凛ちゃんもオレがいるとは思っていなかったらしく、目を丸くしていた。

 

つーか、真姫さんや……上着脱ぐなら早く脱いでくれませんかね?

 

シャツの下から見えるメンバーの中で最も細いであろうウェストと腰のくびれ具合はいくら幼馴染とは言えこちらはパッション溢れすぎてる男子高校生な訳だから色んな意味で危ない。

 

「そーくん何だか目付きがやらしいにゃ……」

 

「言い掛かりはよせ!」

 

建前上否定はするが、凛ちゃんが(健全な男子高校生にとって)いらない発言をしてしまったため真姫は顔を真っ赤にしてプルプル震え出した。

 

「……壮大?」

 

ヤバイ!ヤバイ!!ヤバイ!!!

 

本能が『そっち向いちゃいけない!』と警鐘がガンガン鳴っている。

 

恐る恐る真姫を見ると、先日の海未よりもさらに具現化された凶悪なオーラを纏っていた。

 

「……何か言い残した事はない?」

 

オレは何も見ていない(御馳走様でした)

 

「……」

 

「………」

 

「「「「…………」」」」

 

本音と建前を逆にして言い放ってしまい、この場にいる4人は言葉を失ってしまった。

 

そしてポンプから管を通して出てくる水の音しか聞こえない空間の中、オレは静かにゴーグルをつけて真姫から距離を取るため泳ぎ始めた。

 

「壮大!!待ちなさい!!!」

 

「嫌だ!追いかける奴に待てと言われて律儀に待つ逃走者なんているわけねぇだろ!?」

 

「今ならよくしなるムチで壮大のお尻をペンペンするか私が壮大をコキ使い回して最後はボロ雑巾のように捨ててあげるから!」

 

「オレはマゾじゃない!!しかもそれ究極のお仕置きじゃないっすかねぇ!?」

 

オレは全力で逃げ続けるが、泳ぎがそれほど得意ではない真姫も必死に追い掛けてきた。

 

結局5分間の逃走の末、真姫の策略に嵌まったオレはプールサイドで顔面を踏まれながら罵倒されるという一部の人類にとってはご褒美とも取れる罰を受けることとなった。

 

 

 

 

 

穂乃果たちが修学旅行先の沖縄へ行ってから早くも4日が経った。

 

何でもあっちでは季節外れの台風が直撃、さらにその台風が沖縄本島付近に居座ってしまい行動が全く取れないらしい。

 

さらにμ'sの練習の方も穂乃果たちがいない生徒会のサポートをするため、絵里ちゃんとのんちゃんが生徒会室に籠るようになったので1年生組3人とにこちゃんの4人という少人数での練習らしい。

 

らしいというのは穂乃果たちが帰ってこないんじゃしょうがないから、オレはオレで音ノ木坂に来るよりも陸上の練習を優先していてもいいという絵里ちゃんたちの配慮のためおおざっぱにしか話を聞いていないためなのである。

 

それにしても沖縄ほどではないが、こちらもそれなりに雨が酷い。

 

憂鬱になりかけていたその時、絵里ちゃんから電話が掛かってきた。

 

「もしもーし」

 

相手が絵里ちゃんだと分かっているので、少しだけ砕けた口調で応対する。

 

『壮大?今練習中だったかしら?』

 

「いいえ、自主練中ですよー。それよりもどうしたんですか?」

 

『えぇ。明日音ノ木坂に来れるかしら?』

 

「行けないことはないですけど……何かあったんですか?」

 

『明日話すわ。もし来てくれたらの話だけどね』

 

「分かりました。では詳しくはまた後ほど」

 

適当に返事をしてから電話を切り、萎えかけている気持ちの憂さ晴らしと言わんばかりに叫びながらバーベルを持ち上げ始めた。

 

 

 

 

 

次の日、オレは雨の中傘を指して音ノ木坂学院にやってきた。

 

傘についた水滴を払い飛ばし、傘立てに傘をぶち込んでから校内へ。

 

手続きを済ませてから絵里ちゃんがいるであろう生徒会室へ直行し、ドアの前に立った。

 

「ノックしてもしもーし」

 

ノックをすると中から『どうぞー』と言う声が聞こえてきたので、入室する。

 

「ごめんね、こんな天気の中来てもらっちゃって」

 

「別にいいですよ……それくらい。それで何かあったんですか?」

 

「今穂乃果達が修学旅行なのは知って……るわよね?」

 

「勿論。台風がぶつかって外に出歩けないとか」

 

可哀想なことに台風が過ぎ去って行くまで飛行機も飛べないので、今はホテル内でしか行動ができないらしく粗方の室内遊びはやり尽くしたと穂乃果が昨日電話かけてきたのが記憶に新しい。

 

「……だからか」

 

「え?」

 

まさか……電話したの?

 

「実は壮大が来る10分くらい前に穂乃果に電話したのよ.……」

 

「ほぅ……」

 

「その時に……楽しんでるかって聞いたのよ。そしたら『嫌味?』って返されたの」

 

「小さい頃から出掛けることが大好きな穂乃果なら言いかねませんね…」

 

今ごろ穂乃果は凹んでいるだろうか……いや、もしかしたら台風情報のニュースに向かって『逸れろ~逸れろ~』って念を送ってるかもな。

 

「では本題に入りますけど、何故オレは呼び出されてしまったのでしょう?」

 

「そうだったわね……。今週末にあるガールズファッションショーのステージでμ'sに歌ってくれっていう出演依頼が来たのよ」

 

そう言えばうちの学校でモデルをやってる娘が今週末にファッションショーがどうとか言ってたな…。

 

いつも学校とかで見るたび髪がボサボサだったり、たまに授業をサボったりしているのであくまでオレは名前は知らず顔だけ知ってる、という程度だが。

 

「そのファッションショーのステージの出演依頼、受けたんですか?」

 

「えぇ。でも今はリーダーの穂乃果がいないじゃない?」

 

「ですね。でもそこで何もしない絵里ちゃんじゃないんですよね?」

 

「勿論よ?穂乃果たちが戻ってくる間は……を暫定的なリーダーを立てることにしたのよ」

 

絵里ちゃんは穂乃果たちが戻ってくる間の暫定的なリーダーの名前口にし、悪くない選択だと思う。

 

「いいと思います。本人がやる気になれば、の話ですけど」

 

「なら決まりね。みんなに相談してみるけど……壮大も来る?」

 

オレは静かに頷き、絵里ちゃんの後ろについて彼女がいそうなところへと向かった。

 

 

 

 

 

 

「ええ!?凛がリーダー!?」

 

驚いた凛ちゃんは机の上に手を置き、身を寄りだした。

 

これそんなに驚くことか……?

 

「そう、暫定でもリーダーを決めたほうがまとまるだろうし、練習にも力が入るだろうって。勿論、穂乃果達が修学旅行から帰ってくるまでの間よ」

 

言い出しっぺの絵里ちゃんが凛ちゃんに事情を説明する。

 

「で、でも……」

 

「いいんじゃない?」

 

「私も凛ちゃんがいいと思う」

 

事情を飲み込み、戸惑う凛ちゃんに対して凛ちゃんをリーダーにたてることに賛成した真姫と花陽ちゃん。

 

「そ…、そーくんはどう思う?」

 

「オレも凛ちゃんがいいと思ってるが?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……なんで凛?絶対他の人のほうがいいよーほら!絵里ちゃんとか!」

 

「私は生徒会の手伝いがあるし、それに今後のμ'sのことを考えると1年生がやったほうがいいでしょう?」

 

「っ…!だったら真姫ちゃんがいいにゃ!歌も上手いし、リーダーっぽいし!真姫ちゃんで決まり!」

 

うーん…、結構嫌がってるな。

 

確かにリーダーは自ら率先してやるような役職ではないけれど、ここまで嫌がれるとは思ってもみなかったな…。

 

「ちょっと凛、話聞いてなかった?みんな凛がいいって言っているのよ?」

 

「でも、凛は……」

 

「やなの?」

 

「嫌っていうか…、凛はそういうの向いてないよ…」

 

嫌とは言い切らないけど、向いてない…か。

 

こりゃ変に話切れなくなってしまったぞ…?

 

「意外ね、凛なら調子よく引き受けると思ったけど」

 

「凛ちゃん、意外と引っ込み思案だから…」

 

「特に自分の事に関しては……ね」

 

確かになぁ…。

 

何でも凛ちゃんはよく自分の事は女の子っぽくないって言うらしいし、遊びにいくときもスカートやワンピース類は殆ど着ないのだとか。

 

「凛、いきなり言われて戸惑うのはわかるけど、みんな凛が適任だと思っているのよ。その言葉…ちょっとだけでも信じてみない?」

 

絵里ちゃんは凛ちゃんと同じ高さの目線になるようにしゃがみこみ、凛ちゃんを説得する。

 

能力的にも適任なのは違いないけど…、はたして絵里ちゃんの説得でどうなるか。

 

「分かったよ。絵里ちゃんがそこまで言うなら…」

 

おっ、凛ちゃんがようやく頷いた。

 

「凛ちゃん!」

 

「さぁ、そろそろ雨も止みそうだし放課後の練習を始めましょう!」

 

絵里ちゃんがポン、と手を叩きながら言った事を耳にしたオレは窓越しに外を見た。

 

雨が上がっていて、雲の間から日射しが差していた。

 

くそぅ…、雨が上がるのを待てばよかった。

 

自分のせっかちさを悔やみながら、一足先に屋上へ向かうことにした。

 

 




最近暑いですよね…。

一足先に夏休みに入らせて貰った私は、公共料金払いに行くか食材を買いに行くといった細々とした用事以外はもっぱら部屋に引きこもってます。

インドア生活、バンザーイ!

ほな、また……。


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第49話 生まれ変わった新しいわたし

お待たせいたしました。

久々に執筆したのでクオリティー低下は免れませんでしたぁぁあ!




屋上に上がり、暫定リーダーに就任した凛ちゃんの初練習。

 

にこちゃんと真姫と花陽ちゃんの前に立ち、緊張した表情をする凛ちゃんが口を開いた。

 

「そ…、それでは、練習を始めたいと……思います」

 

……。

 

いくら緊張しているとはいえそれはないでしょ…。

 

いつもの元気ハツラツ天真爛漫な凛ちゃんはどこ行った?

 

まるで他人から借りてきた猫状態だ。

 

「えーっと……、では最初にストレッチから始めますわ」

 

「ちょちょちょ、凛ちゃん?」

 

どう考えても違和感バリッバリな口調で話す凛ちゃんを止める。

 

「ど、どうされましたか……?松宮さま?」

 

「あのさ…、いつも通りの喋り方でいいんだぞ?って言うかなんか変」

 

「喋り方?なんのことでしょうか?」

 

……ダメだ。

 

こりゃ重症だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…、疲れたにゃあ…」

 

「……お疲れさま」

 

歩きながら溜め息混じりに漏らした言葉に同情するように労いの言葉をかける。

 

凛ちゃんはあのあと口調はいつもの調子に戻ったのたが、リズムを取る手拍子がバラバラだったりにこちゃんと真姫の意見の食い違いによる口論の仲裁をしようとしたら逆に意見を求められてしまったり、と臨時のリーダーに抜擢された練習の初日にしてクタクタになってしまっていた。

 

「うぅ……やっぱ凛にリーダーなんて無理だよ」

 

「そんなことないよ。私がリーダーやってたら緊張しちゃって声も出せてないよ」

 

「そうよ。今いるメンバーの中で一番元気があって皆を引っ張ることができて穂乃果みたいな性格してるのは凛、あなただけじゃない」

 

「そんなこと言って…ホントは2人ともリーダーがやりたくないだけじゃないの?」

 

花陽ちゃんと真姫が揃って凛ちゃんをフォローするが逆に凛ちゃんはジト目で2人を見返しはじめ、やがてその矛先がオレの方向に向いた。

 

「そーくんも何で真姫ちゃんやかよちんじゃなくて凛にリーダーやらせてみようって思ったの?」

 

「2人のことを悪く言うつもりはないけど、優しすぎる花陽ちゃんや少しキツめに物事を言ってしまう真姫にリーダーの素質があると思う?」

 

「そうね。壮大の言うことについて私は否定できないわね…。それに私は凛がリーダーに向いてると思ったから凛を推薦したのよ」

 

「えぇ?嘘だぁ~。だって凛なんて全然リーダーに向いてないよ…」

 

「どうして?」

 

すると凛ちゃんは下に俯きながら答える。

 

「だって凛は……中心にいるようなタイプじゃないし…」

 

凛ちゃんが話していると真姫は凛ちゃんの後頭部にチョップを入れ、オレは凛ちゃんのほっぺをキュッと軽く引っ張る。

 

「ほーふん(そーくん)?ふぁひひゃん(真姫ちゃん)?」

 

「あなた、自分の事そんな風に思ってたの!?」

 

「μ’sには脇役も中心もない!μ'sというグループにいる限りみんな一緒だ」

 

オレは今の発言に対し、言いたいことを言い終えると静かに手を離す。

 

「それはそうだけど…、でも……」

 

でもまだ凛ちゃんは何か言いたげな様子で下に俯く。

 

「凛は別だよ。凛は全然アイドルっぽくないし…」

 

「それを言ったら、私の方が全然アイドルっぽくないよ!」

 

「そんな事ないよ。だってかよちんは可愛いし、女の子っぽいし…」

 

「そんなことない!凛ちゃんの方が私よりも可愛いよ!」

 

「そんな事ないッ!!!」

 

こんな言い争いをしていても埒があかないな……。

 

そんなオレの心情を察した真姫が、ため息をついて話し始めた。

 

「そんなこと余程のうぬぼれ屋やどこかの中二でもなっていない限り、自分より他人の方が可愛いと思うものでしょ?」

 

「違うよ!凛は違うの!!」

 

真姫の言葉で凛ちゃんが返した言葉は、オレの耳にはまるで悲痛な心の叫びのように聞こえた。

 

「凛……」

 

「凛ちゃん……」

 

「引き受けちゃったから、穂乃果ちゃん達が帰ってくるまでリーダーでいるよ。でも向いてるなんて事は絶対ない!!」

 

凛ちゃんはオレたち3人を残して颯爽と走って帰っていってしまった。

 

「凛ちゃん、やっぱりまだ…」

 

「何かあったの?」

 

「……と言うよりあの様子で何もなければおかしいな」

 

あの様子ではただ事ではないのは明らか。

 

だが、何故凛ちゃんはあれほどまで拒否反応を見せるのかが分からないオレと真姫。

 

「うん。実はね……」

 

花陽ちゃんはゆっくりと歩いて帰る道の途中で、ポツポツと凛ちゃんとの昔の話を話し始めた。

 

凛ちゃんは小さい頃から男の子がやるようなスポーツが得意だった事。

 

一緒に遊んでいた男の子を中心に男の子みたいだと呼ばれていた事。

 

そんな凛ちゃんが母親から買って貰った少し高めのスカートを初めて学校へ履いてきた時、いつも遊んでる男の子たちに冷やかされた事。

 

それを期に制服以外ではスカートを一切履かなくなってしまった事。

 

「なるほどな……」

 

そう言われると凛ちゃんの私服でスカートを履いてるのは見たことがないし、初夏になる前に凛ちゃんと遊びに行ったときにスカートじゃなくてショートパンツを履いてきたのか…。

 

「……そんな事があったのね」

 

「うん。それでも私は凛ちゃんの力になってあげたい!凛ちゃんだって本当はもっと女の子らしくしたいに決まってるもん!」

 

「花陽……。そうね、なんだかんだいって凛がμ'sの中で一番女の子っぽいものね。……壮大もそう思うでしょ?」

 

そこでその話題をオレに振るのか!?

 

「悪い。その質問は答え次第では今後の生き方に大きく関わってくるから黙秘を決め込ませて貰おう」

 

オレの質問の答えを話題転換のきっかけとしたまま、少し他愛もない会話をしながらオレたちはとある1つの考えを持ちながら帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果たちが今週末に帰ってこれない……ですか」

 

凛ちゃんの過去話を聞いた翌日の放課後。

 

練習終わりの疲労した身体をリカバリーするドリンクを飲んでいたところに電話がかかってきて、応対すると絵里ちゃんからだった。

 

『そうなの。季節外れの台風の影響で空港やフェリーターミナルは閉鎖、それに伴って飛行機やフェリーも出せないらしいの』

 

「それじゃあ、今週末のイベントは…」

 

『残念だけど、やるとしたら6人でやるしかないわね』

 

随分と急な話になってしまったな…。

 

オレは頭を抱えつつ、頭をガシガシと掻く。

 

『だけど問題はそれだけじゃないのよ』

 

あん?

 

電話越しの絵里ちゃんは穂乃果たちが参加できないという問題とはまた別な問題を切り出そうとしてきていた。

 

『先方の方から連絡が入って今度のファッションショーでのライブをやるときのセンターポジションの人はこれを着て欲しいって言われて送られてきた衣装が……ウェディングドレス風の衣装なのよ』

 

「ほぉ……」

 

『それで凛が一度はセンターを引き受けると承諾したのはいいものの、衣装を見た途端にセンターは花陽がいいんじゃないか?って言い出したのよ』

 

昨日の花陽ちゃんの話を聞いて、きっと『こんなに髪が短い凛には無理』だとか『女の子らしくない凛よりかよちんの方がいいに決まってるにゃ』とか言ったんだろう…。

 

『結果的に言えばその場では今度のファッションショーのライブは花陽がセンターポジションで行くという話で纏まったんだけどって言うことを報告したかったんだけど……』

 

オレはそこまで聞いて考え込み始める。

 

凛ちゃんは過去に囚われ過ぎている。

 

どのような言葉を浴びせられたのかは想像もつかないし、今さら聞いたところでその事実が変わるというわけでもない。

 

でも、これからやってくる未来は自分次第では無限の可能性が存在しているはずだ。

 

だからこのガールズファッションショーのミニライブを通して過去の凛ちゃんと決別して新しく生まれ変わった凛ちゃんを見てみたいという気持ちも少なからずある。

 

「……そこに花陽ちゃん、います?」

 

『いるわよ?』

 

「変わって貰っていいですか?」

 

電話の向こうから『花陽ー!壮大が変わって欲しいってー!!』『はーい!』という声と、少し離れたところから走ってくるであろう足音が聴こえてきた。

 

『はい、お電話変わりました。花陽です』

 

「オレだ、壮大だ。いきなりで悪いんだけどさ、今度のガールズファッションショーのミニライブのセンターポジションのことなんだけど……どうするつもり?」

 

『うん。真姫ちゃんにも言われたの。「このままで良いのか?」って』

 

いかにも友達想いのアイツらしい言葉だな…。

 

「でも凛ちゃん困ってるみたいだし、無理に言ったら可哀想かなって思って…」

 

「そうか…」

 

「壮大くんならどうする?」

 

「オレだったら?」

 

「うん…」

 

オレは凛ちゃんと花陽ちゃんとの付き合いが本格的に始まったのはμ'sに加入してからであって、それほど長くはない。

 

けれど花陽ちゃんは凛ちゃんの過去を知っているし、メンバーの誰よりも付き合いが長い。

 

だからオレから言えることはこれだけだ。

 

「……それは花陽ちゃんが決めることじゃないかな?」

 

『えっ?』

 

きっと穂乃果に聞いたとしても同じことが返ってくると思う。

 

オレは花陽ちゃんに諭すような口調で理由を告げる。

 

「それは花陽ちゃんが決めることなんじゃないかな?って思った。花陽ちゃんはμ'sに入る時凛ちゃんが背中を押してくれた。だから今度は花陽ちゃんが凛ちゃんの背中を押してあげる番なんだと思う」

 

シチュエーションこそ違えど本質的には花陽ちゃんと同じ。

 

踏み出す勇気がなかった彼女にほんの少しの勇気を与えてくれた時のように、過去の出来事に縛り付けられてしまった乙女の柵を解き放つ番なんじゃないかとオレ個人は思う。

 

「当日はガールズファッションショーってこともあるから行けないけど、オレは信じてるよ。凛ちゃんが過去の柵から解き放たれて新しく生まれ変わった凜ちゃんの姿が見られることを…、さ」

 

『うん!分かった!』

 

そう言って電話を切った花陽ちゃん。

 

だが、最後の応答にはこれまでにない強い決意が込められていたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 星空 凛

 

 

 

ついにやってきたガールズファッションショーのイベント。

 

舞台袖からファッション雑誌とかで表紙を飾るようなプロのモデルさんたちを眺めていた。

 

「すごいね〜!」

 

「さすがモデルね」

 

かよちんと真姫ちゃんはプロのモデルさんたちを見て感心していたにゃ。

 

でも凛は女の子らしくないからきっとあんなカワイイ服、似合わないだろうし…。

 

「みんなそろそろ準備をするわよ!」

 

そんな時絵里ちゃんの号令がかかったので、一度控え室へと戻る。

 

「それじゃあみんな!衣装に着替えたら踊りを最後にもう一度合わせるにゃ!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

私の話にみんなは返事をして衣装に着替え始める。

 

「凛ちゃんの衣装、そっちだよ」

 

「分かったにゃ!」

 

かよちんに言われて私は衣装が収められている部屋のカーテンを開ける。

 

「えっ……?」

 

そこにはかよちんが着る筈だったウェディングドレス風の衣装…センターポジションの人が着る衣装が飾られていた。

 

「あれ?なんで?これはかよちんが着る衣装じゃ………」

 

「ううん……。それは凛ちゃんが着る衣装だよ」

 

後ろを振り向くとかよちんを始めとした他のみんなは黒のタキシードを着ていて、凛待ちの状態だった。

 

「なんで?センターはかよちんでしょ!?それで練習してきたんだよ!?」

 

「大丈夫よ。ちゃんと今朝みんなで合わせてきたから。凛がセンターで歌うように」

 

「そんな……冗談はやめてよ!!」

 

「……これを冗談で言ってると思う?」

 

にこちゃんの言う通り絵里ちゃんやかよちんの言葉には冗談なんて微塵も含まれてなかった。

 

「凛ちゃん」

 

「かよ……ちん?」

 

「私はね?凛ちゃんが世界一可愛いと思ってるんだよ? 抱き締めちゃいたいくらい可愛いって思ってるんだよ!?」

 

「ふぇっ?……えぇっ!?」

 

突然かよちんから何も事情を知らない人から見れば告白まがいなことを言われたので思わず恥ずかしくなってしまい、視界からかよちんを外すように横を向く。

 

「私だって凛のことは可愛いと思うわ。みんなも言ってたわよ。凛が一番女の子っぽいって…。それは壮大も同じ」

 

恥ずかしがって答えてくれなかったけど……、と付け加えながらも真姫ちゃんもかよちんの隣に立った。

 

そして2人は……優しく凛の背中を押した。

 

そしてその瞬間、心の中で縛りつけられていた何かが解き放たれる感覚になった。

 

 

 

 

 

 

『続いて本日のファッションショーのゲストは今世間の間では噂となっているスクールアイドル、μ'sのみなさんです!!』

 

スポットライトに照らされた私はステージ中央へ向かって歩いていき、一礼をする。

 

『こんにちは!音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!!』

 

礼で下げた頭を上げると歓声が聴こえてきた。

 

その中には私を見て『カワイイ』だったり、『キレイ……』といった歓声が聞こえてくる。

 

その声は自分に向けられたものだと気付き、少し気恥ずかしくなってしまう。

 

『えっと…、ありがとうございます。本来μ'sは9人なのですが都合により今回は6人で歌わせて貰います』

 

自分の声とともに、残りの5人が自分の横に整列する。

 

『精一杯歌うので、一番カワイイ私たちを……見ていってください!!!』

 

その掛け声と共に、新しいわたしへと羽ばたき始める翼を広げた。

 

 

Side out

 

 

 

 

ファッションショーが終わった次の日。

 

凛ちゃんに『遊びに行っくにゃー!』とご機嫌な様子で誘われたオレは、待ち合わせ場所にて凛ちゃんを待っていた。

 

「そーおーくんっ♪」

 

ポケーッと待っていたオレの前に凛ちゃんが現れた。

 

「えへへぇ……待たせちゃったかにゃ?」

 

静かに首を横に振ったオレは静かに立ち上がる。

 

「……さっ、今日はどこに行こうか?」

 

「うーん……。新しいお洋服買いに行きたいにゃ!」

 

元気に答えた凛ちゃんはスカートを翻し、オレの手を掴んで元気に駆け出した。

 

 

 




次は順当に行くとハロウィンイベント回(第6話)なのですが、そのお話を飛ばして穂乃果ダイエット回(第7回)をやりたいと思います。

それが終わると徐々にシリアス路線へと……。

わたしのメンタル、持つかなぁ……(遠い目


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第50話 立ち上がれ!ダイエット戦士たち!!

いつもご愛読ありがとうございます。

この作品の本編も今回で50話を越えました。

今回からはハロウィン話を飛ばし、テレビアニメ2期第7話分に入っていきます。

では、どうぞ!!




それはオレが修学旅行へ行った際に、穂むらへお土産を渡しに行った時の事だった。

 

「ちわーっす。……って誰もいねぇじゃねぇか」

 

お店の方に顔を出してみたが、いつも店番をしている夏穂さんや雪穂の姿が無かったことに疑問を感じたオレは厨房にいた親父さんに一声かけてから居間へ向かった。

 

「夏穂さーん、雪穂ー。修学旅行のお土産買ってきたんです……けど……」

 

手提げ袋を持って居間に入ると、夏穂さんと雪穂は半端ない目力で1枚の紙を穴が開くほど凝視していた。

 

「……あのー?どう……したんですか?」

 

「壮大くん!!」

 

「壮にぃ!!」

 

「は、はいぃっ!?」

 

「ちょっとそこに座って貰えるかしら?」

 

いきなり名前を呼ばれたオレは、夏穂さんが指差すところに正座で座った。

 

何だろう……?

 

このビンッビンに感じるこの嫌な予感は……?

 

「この用紙を見て貰いたいんだけど……」

 

テーブルを挟んで差し出されたのは……。

 

「いやいやいや!!いくら穂乃果とは言えども年頃の女の子のプライバシーに関わるモン見れないっすよ!?」

 

穂乃果の身体測定の記録用紙だった。

 

記録用紙の中に『78-58-82』と、どう考えても穂乃果のスリーサイズが記載されているので見てしまったスリーサイズ以外のところはみないようにして返却しようとしたのだが夏穂さんも雪穂も受け取ってくれなかった。

 

「壮にぃ…。お姉ちゃんの体重のところ……見てみて?」

 

雪穂に促されたオレは出来るだけ穂乃果のプライバシーに関わるような数値が書かれているところを見ないようにして、穂乃果の体重の結果の覧に目を通す。

 

んー…。

 

……んん!?

 

「夏穂さん……。雪穂さん……。これ……マジ?」

 

「「マジ」」

 

「おぉ…、もう……」

 

この結果がデマではないと証明された瞬間、オレは愕然とした。

 

そこには身長157cmは変わらないのに、体重だけはスクスクと増量している結果だけが生々しく残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

次の日、メンバーのみんなにハロウィーンイベントのときにいられなかったお詫びとして修学旅行のお土産を渡しに音ノ木坂の校舎にやって来た。

 

他校でしかも男であるオレを何の不満もなく、快く校舎内に立ち入れてくれる事務員や警備員の人にお土産の鴨サブレを渡して世間話をしてから校舎の中へ。

 

まずは幼馴染3人組にお土産を渡すために生徒会室へ向かい、ついてすぐにドアをノックして返事を待った。

 

『はーい!どうぞー!!』

 

生徒会室の中から穂乃果の元気な声が聞こえてきたので、ドアノブを捻りながら開けて入室する。

 

「よっ、ただいま」

 

「そーちゃんおかえりー!お土産は何買ってきてくれたの!?」

 

「おかえり、そーくん」

 

「穂乃果、壮大を見て第一声がそれなんですか?……申し遅れましたがおかえりなさい、壮大」

 

片手を挙げながら生徒会室に入ると、幼馴染み3人が3人ともそれぞれ違った反応を見せた。

 

「ところで今まで何やってたんだ?」

 

「そろそろ生徒会と各部活動の予算案会議がありますのでそれに向けた資料を作っていて、今ちょうど休憩しようかと話していたところなんです」

 

つまりジャストタイミングで来た、と言うことだな。

 

「じゃあ忙しくならない今のうちにお土産渡しておくよ。まずはことりから」

 

「えっ?ことり?」

 

いきなり名指しで呼ばれたことりはキョトンとしながらも、オレの近くにトコトコと近付く。

 

「ことりにはこれ」

 

「わぁっ、カワイイ……!!」

 

ことりに手渡したのはコスメポーチ等に入れておけるようなサイズの手鏡。

 

鏡の部分のカバーには鶯の彫り込みがされていて、身嗜みをよく気にすることりにピッタリだと思い買い上げた一品。

 

値段はいくらかって?

 

んな野暮なこと聞くなよ。

 

「次は海未だな」

 

「私にも買ってきてくださったのですか?」

 

少し期待してるような顔つきで、目を輝かせている海未。

 

「ほい」

 

ことりにあげた手鏡と同じくらいのサイズの紙袋を手渡す。

 

「……これは?」

 

手に取ってみても検討がつかなかった海未は手の中で紙袋を弄りながら、問いかけてくる。

 

「開けてみて。きっと海未も気に入るようなやつだから」

 

小声で『失礼します』と言いながら、紙袋の封を切った。

 

「これは……簪ですか!?」

 

紙袋から出てきたきらびやかな簪を手に取って、さっきよりもさらに目を輝かせていた。

 

日舞などで和服を着る機会が多い大和撫子の海未のことを考えても、これ以上のお土産は思い付かなかった。

 

「ありがとうございます。最近ちょうど簪を折ってしまったのでどうしようかと思っていたんです!大切に使いますね」

 

「喜んでくれて何よりだ。そして……」

 

「やーっと穂乃果の番だね!?」

 

待ちわびた様子の穂乃果が跳び跳ねるようにオレの元にやってくる。

 

しかし、オレはこの時を待っていたのだ。

 

穂乃果の両肩をガッチリ掴んで逃げられないようにする。

 

「穂乃果……」

 

「は、はいぃ!!」

 

穂乃果のブルーの瞳の奥を見据える。

 

「夏穂さんと雪穂から聞いたぞ」

 

「ななな、何のことかなぁ……?」

 

穂乃果は夏穂さんと雪穂の名前を出した途端冷や汗をかき始めるが、目を反らす。

 

「オレだってこんなこと言いたくないんだけどハッキリ言った方がいいよな」

 

「壮大?何のことですか?」

 

海未が何のことだかよく分からないと言う感じで聞いてくるが、オレは穂乃果を見据えながら穂乃果を現実の闇へと突き落としにかかる。

 

「穂乃果……、お前体重増えたんだってな」

 

「いやあああああっ!!!!」

 

穂乃果はオレの目の前で膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「その体重って……この間やった健康診断の時よりも増えてるじゃありませんか!!!」

 

海未とことりに詳細を伝えると、穂乃果に詰め寄った。

 

「でも練習でたくさん動いてるしたくさん汗を掻いてるから、大丈夫だと思うんだけどなぁ〜」

 

ことりが穂乃果のフォローに回り、穂乃果が嬉々とした表情で頷くがオレと海未は大きなため息をついた。

 

「……なら、穂乃果には現実を思い知った方がいいですね」

 

「えっ?」

 

「現実?」

 

穂乃果とことりの疑問をよそに海未は立ち上がった。

 

「壮大。今から持ってくるのはあれでいいですよね?」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

オレが頷いたのを確認した海未は生徒会室を出て行った。

 

そして数分後に戻ってきて、海未の手にはある衣装が握られていた。

 

「これです!」

 

「これって……」

 

海未が意気揚々と差し出してきたのは、まだμ'sが穂乃果たち3人の時に講堂で行ったファーストライブの衣装だ。

 

「穂乃果。今すぐこれを着てみろ」

 

「えー?なんでー?」

 

「 い い か ら 」

 

オレはそれだけ言い残し、海未とことりを連れて一度生徒会室から退出する。

 

「これでハッキリするはずだ」

 

「ハッキリするはずって……何のこと?」

 

「穂乃果が今置かれている状況に、です」

 

オレと海未の言っている意味の理解が追い付ききれず、ことりは可愛らしく首を傾げていたが………

 

『だあああああああああっっ!!?』

 

「ピィッ!?」

 

生徒会室の中から響いてきた穂乃果の絶叫にことりは鳴き声みたいな声をあげる。

 

少し間を開けてからオレは無言で生徒会室のドアを開け放つ。

 

「うぅっ…、ぐずっ……、えぐっ……」

 

穂乃果はイスに座り、涙目で嗚咽を漏らしながら虚空を見つめていた。

 

「穂乃果ちゃん!?大丈夫!?」

 

「ごべん、ことりちゃん…。今日は1人にさせて……」

 

「そう言うわけにはいきません!!」

 

海未が泣き言を言う穂乃果を一喝し、バンッ!と生徒会室のテーブルを両手で叩いてから穂乃果の顔に近付けながら宣言した。

 

「穂乃果にはラブライブの最終予選に向けて今から減量して貰います!!!」

 

「そんなぁぁぁぁあっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

海未が発した穂乃果の減量宣言から翌日。

 

他のメンバーにお土産を渡しそびれたオレが向かった先は、アイドル研究部の部室。

 

ここに来ればメンバーの誰かしらはいるだろうと思い、やって来た。

 

「よう、真姫。それに凛ちゃんも」

 

「あ、壮大。修学旅行はどうだったの?」

 

「京都や奈良だけじゃなくて大阪にも行ってきたから楽しかったぞ」

 

「そーくんおかえりなさいだにゃ!!」

 

真姫と凛ちゃんに挨拶をして花陽ちゃんにも挨拶しようと思ったら、花陽ちゃんの姿が見えない。

 

代わりに見えるのはとんでもない大きさのおにぎりだった。

 

「真姫、凛ちゃん。……花陽ちゃんは?」

 

「花陽なら……」

 

真姫が自分の90°右隣の方角を指差す。

 

まさかと思いつつも、真姫たちがいる方向とは反対の方向からおにぎりの陰を覗き込む。

 

「はぐはぐはぐはぐ……」

 

「花陽ちゃん!?」

 

花陽ちゃんはオレが来たことも気が付かないくらいの集中力でおにぎりを頬張っていた。

 

「はぐっ……、あっ、壮大くん。こんにちは」

 

「こんにちは花陽ちゃん…。その超ド級サイズのおにぎりは?」

 

「これ?今は秋で新米の季節だからこれくらいの大きさのおにぎりにしてじっくりと味わってるんです!」

 

そう言って花陽ちゃんはまたでっかいでっかいおにぎりを食べ始め……ようとすると、花陽ちゃんは何かに気が付いた。

 

「むぅ……」

 

それはじっと花陽ちゃんのおにぎりを見つめ、眉間にシワを寄せる穂乃果だった。

 

って言うかいつここにやって来たのだろう……?

 

「……食べる?」

 

「いいのっ!?」

 

「いけませんっ!!」

 

見ていられなくなった花陽ちゃんは自分のおにぎりを食べさせようとし、穂乃果がそれに飛び付くように反応するが海未によって阻まれてしまった。

 

「あれだけの量の炭水化物を摂取したら、消費するのにどれだけ時間がかかるか分かっているのですか?」

 

「う〜〜っ!!」

 

「穂乃果ちゃん…、どうしたの?」

 

海未に着ている学校指定の赤いジャージの首根っこを掴まれている穂乃果を見かねた凛ちゃんが穂乃果に尋ねる。

 

「もしかして……?」

 

「うん。最終予選までに減らさなきゃって」

 

「だから穂乃果はオレと海未の管理下で体重を減らすように頑張ってるんだ」

 

「そうなんだにゃー……」

 

凛ちゃんは納得した表情を見せる。

 

「でも、これから練習時間も増えるからご飯の食べる量も自然と増えちゃうんじゃ…」

 

「それはご心配なく。食事面に関しては私がメニューを作って壮大が作っていますし、運動面では壮大が考案して穂乃果の自己申告による体調に合わせて練習を管理していますので無理な減量にはなりません」

 

「そこまでやるなんて壮大も海未も本気なのね……」

 

花陽ちゃんが何気無く言った疑問は海未の口によって否定し、その本気度は真姫ですら驚いていた。

 

そこまでやるなんてだって?

 

穂乃果はμ'sのセンターで実質的リーダーなんだし、その分みんなに注目されるんだから……当たり前だよなぁ?

 

「……ねぇ、花陽?」

 

「何かな?真姫ちゃん?」

 

「気のせいかもしれないんだけど…、あなたそのサイズのおにぎりここ最近ずーっと食べてるわよね?」

 

「そう……かな?」

 

ん?

 

何だか話の雲行きが怪しくなってきたような……。

 

「心なしか着ている制服のブレザーの張りが増してるような気がするのよね……」

 

「そ…!そんなこと……無いんじゃないかな?」

 

真姫に指摘され、相当狼狽える花陽ちゃん。

 

「あー。こんなところに体重計がー。この機会だから花陽ちゃんも乗ってみるといいんじゃないかなー?」

 

「そーくんの棒読み具合が酷すぎるにゃ」

 

凛ちゃんにも突っ込まれてるように我ながら酷い棒読み具合を演じながら、体重計を引っ張り出す。

 

「あら、準備がいいじゃない。……花陽。今この場で私と海未の前で体重計に乗ってみなさい?」

 

「えぇ。もしこれで花陽も体重が増えていたら穂乃果と一緒に減量生活に付き合って貰いますよ♪」

 

「そ、そんなぁ~!!!」

 

真姫と海未がイキイキとした笑顔で花陽ちゃんの両サイドに固まり、嫌がる花陽ちゃんを無理矢理体重計に乗せる。

 

オレはというと、女の子の体重を見るわけにもいかないので花陽ちゃんたちから背を向ける。

 

背を向けてから数十秒後…。

 

「ぴゃあああああああっっっ!!!!」

 

自分が予想していた体重よりも重かったのであろうことに悲鳴をあげ…、

 

「うぅ…。ダレカタスケテー!!!」

 

誰かに助けを求めながら涙ぐんでいた。

 

残念だったな花陽ちゃん!!

 

普段なら助けてあげたいところなのだが、今回ばかりは花陽ちゃんの敵として立ちはだかってやるぜ!!

 

 

 

「穂乃果…。よかったな、自分と同じ境遇の仲間が出来て……」

 

「ちっとも嬉しくなーいっ!!!」

 

 

仲間が出来たことをしみじみと穂乃果に向かって呟くと、穂乃果は心の叫びをありったけの力で叫んだ。

 

 

 

 




次回は誰もが唖然としたあの名(迷?)場面をミラトラ流にアレンジしたお話です。

できるだけ早めに更新するつもりでいるのでよろしくお願いします!!

※追記
評価してくれたみなさまありがとうございます!!

お陰さまで評価に色(しかも最高評価の赤!)がつきました!

まだまだ未熟ですがこれからもMiracle and Track略してミラトラをよろしくお願いします!!


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第51話 プログラム開始!………しかし。

お待たせしました。

例のシーンをミラトラ流に翻訳した結果がこれです!

では、(あまり期待せずに)どうぞ!




「まさかこんな事になっていたなんて…」

 

穂乃果と花陽ちゃんが減量しないといけないレベルに体重が増えていたことを知らなかった絵里ちゃんも話を聞いた時はとても驚いていた。

 

「まあ2人共育ち盛りやからそのせいでもあるかも知れへんけど…」

 

「でもほっとけないレベルなんでしょ?」

 

「そうですね。オレの口からはプライバシーの問題もありますので到底言えることではないですけど、ヤバいというレベルでは無いですね……」

 

にこちゃんの質問に対し、オブラートという文字を何重にも重ねた感じの返答をしながら横目で穂乃果たちがいる方向を見る。

 

すると海未は、これから減量生活を強いられることになる2人にダイエットプログラムを差し出す。

 

それを渋々受け取った2人はパラパラと中身を診るが、早速穂乃果が噛み付いた。

 

「えぇ!?夕飯たったのこれだけ!?」

 

「お米がぁ…、お米がぁぁぁあ……」

 

2人は運動の事よりも食事面の方が気になっている様子。

 

「夕飯の食事を多く取ると体重の増加につながります。その分、朝食はしっかり食べられるのでご心配なく」

 

海未はニコニコとしているが、どこかサディズムが混ざった笑顔で2人に話す。

 

「それを差し引いてもだよ!!穂乃果の今日の夜ご飯のメインディッシュにある蒸しもやしって何!?」

 

「そのままの意味ですが?」

 

「もやしじゃ穂乃果のお腹は膨れないよ!」

 

毎日膨れるくらい食べてるから太ってしまったんだろうに…。

 

「元はと言えば自分の体重管理が出来ていなかった穂乃果が悪いのでしょう!?」

 

「うぅ……」

 

正論を突かれてしまいガックリ肩を落とすのとほぼ同時に屋上のドアが開く。

 

「あのー…、もしかして今休憩中ですか?」

 

「はい。そうですが……」

 

「もしよろしければですけど…、サインをお願いしたいんですけど……」

 

やって来たのは首元のリボンの色を見る限りだと1年生の生徒4人で、どうやらサインを貰いに屋上へ来たみたいだった。

 

みんなはそのお願いを快諾し、それぞれが色紙にサインを書き込んでいく。

 

色紙には9人分のサインが書き込まれ、嬉しそうにしていた1年生の女の子だったが一番早くサインし終えて貰った1人の女子生徒がオレの元にもやってきた。

 

「あの…、松宮さんにもお願いしたいんですけどいいですか?」

 

「オレも!?」

 

頭を下げながら色紙とペンを差し出されたので、思わず驚いてしまった。

 

「はい!私ここの陸上部なんですけどずーっと松宮さんに憧れてたんですっ!」

 

うおっ!まぶしっ!!

 

何だこの娘の純粋な笑顔はっ!!

 

その笑顔の眩しさに負けたオレはペンと色紙を受け取り、サインなんて考えたことがなかったから『K.Matsumiya』と筆記体でみんなの邪魔にならないような場所に書いた。

 

「ありがとうございます!……ところで松宮さん」

 

「ん?どうした?」

 

「気のせいかもしれないですけど、穂乃果先輩……太りました?」

 

「どうして?」

 

まさかμ'sのメンバー以外で穂乃果が太ってしまった事に気がついた人がいるとは思わなかったので、理由を聞いてみた。

 

「うちの制服のブレザーって結構タイトな作りになってるんですけど、夏休み明け辺りから何だかブレザーがキツそうに見えたので……」

 

「そっか。話してくれてありがとね」

 

「はい!では私はこれで失礼します。次からは競技場であったら声かけてくださいね?」

 

女の子はペコリ、と頭を下げてからドアを開けて屋上を後にした。

 

姿が見えなくなるまで後ろ姿を見送り、視線を穂乃果たちに向けるとさっきよりもショックを受けている穂乃果の姿があった。

 

「どうかしたのか?」

 

「さっきサインしに来た娘たちがそれぞれ穂乃果たちのファンだったらしいんだけど、海未やことりはスタイルの事に触れたんだけど穂乃果のスタイルのことには全く触れられる事がなかったのよ」

 

真姫がオレが名前を聞きそびれた陸上部の女の子と話している間の出来事を懇切丁寧に説明してくれた。

 

「これで分かったでしょう?……より一層やらねば、と」

 

「……はい」

 

海未にそう言われた穂乃果は何も言い返す事ができず、ただ黙って返事をすることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

場所を学校の屋上から神田明神に移し、基礎練習を行っている。

 

穂乃果と花陽ちゃんはみんなとは別のトレーニングメニューで走っていて、今しがたようやく階段を上がり終えたところだ。

 

「ゼェ……ハァ……」

 

「この階段って……、こんなに………キツかったっけ?」

 

2人とも肩で息をしていて、その表情はとても険しいものだった。

 

「そりゃ今の穂乃果たちは自分の身体に重りをつけて走っているようなもんなんだからキツいのは当然のことだろ」

 

2人の疑問に分かりやすい例えを使いながら答える。

 

「はい。次はランニング1時間スタート!」

 

「「えぇー!?」」

 

「少しは休憩させてよーっ!!」

 

海未が次のトレーニングメニューを告げたが、穂乃果は駄々をこね始めた。

 

休憩してもいいけどその分家に帰る時間が遅くなるだけだぞ?

 

「ダメです!休憩してはいけません!!さぁ早く!!!」

 

「ケチ!鬼!悪魔!そーちゃん!!」

 

「オイゴルァ!!さりげなくオレを罵倒していくんじゃねぇ!!穂乃果だけランニング30分追加してやってもいいんだぞ?」

 

「ひぃーっ!!ごめんなさーい!!」

 

穂乃果と花陽ちゃんはまた走って階段を降りていった。

 

「穂乃果たち大丈夫かしら……?」

 

絵里ちゃんが心配しそうに穂乃果たちの後ろ姿を見ながら呟く。

 

「……大丈夫なんじゃないですか?」

 

それは何処も寄り道せずにここに戻ってくれば、の話だけど。

 

 

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

「スッ、スッ、ハッ、ハッ」

 

「スッ、スッ、ハッ、ハッ」

 

海未ちゃんとそーちゃんのトレーニングメニューで1時間のランニングで、花陽ちゃんと神田の街中を走っている最中。

 

一旦走り去ったお店の前まで戻り、その場で足踏みをしながら止まる。

 

「スッ、スッ、ハッ、ハッ(穂乃果ちゃん?どうしたの?)」

 

「スッ、スッ、ハッ、ハッ(花陽ちゃん!これ見てよ!)」

 

GOHAN-YA。

 

それはつい最近出来た花陽ちゃんが大好きなご飯が大盛り無料と張り紙に書いてあったりする、とにかくご飯尽くしのご飯専門店だった。

 

それを見た花陽ちゃんは目を輝かせて、こちらへ近付こうとしたがすぐに首を横に振って両手でバツ印を作る。

 

「スッ、スッ、ハッ、ハッ(ダメだよ穂乃果ちゃん!私たちは今ダイエット中だよ?)」

 

「スッ、スッ、ハッ、ハッ(大丈夫だって!今ここに海未ちゃんやそーちゃんもいないしバレないよ!!)」

 

その場で穂乃果と花陽ちゃんはGOHAN-YAを前に足踏みをし、対立していたが花陽ちゃんは走ることを続行させGOHAN-YAの前から走り去ろうとした。

 

だが、花陽ちゃんを陥落させる切り札を用意していた穂乃果は走り去ろうとする花陽ちゃんの肩を掴んだ。

 

「スッ、スッ、ハッ、ハッ(離して穂乃果ちゃん!)」

 

「スッ、スッ、ハッ、ハッ(花陽ちゃん!あの旗を見て!!)」

 

そう。これこそが花陽ちゃんを陥落させるための切り札。

 

それは大きく『黄金米』とかかれた旗。

 

それを確認した花陽ちゃんは踵を返してGOHAN-YAの自動ドアの前へと直行する。

 

「ウフフ…、アハハ……!(穂乃果ちゃん!やっぱり私も食べたくなってきたよ!!)」

 

「アハハ…、アハハハハ……!(その意気だよ花陽ちゃん!今食べた分明日から多めに走ればいいんだよ!)」

 

「「フフフフ……!!!(さぁ行こう!黄金米が私たちを待っている~!!!)」」

 

 

 

 

 

「行ってきまーっす!!」

 

減量生活が始まってから早くも10日が経過していた。

 

他のメンバーは今日もやってるなぁ…という目で穂乃果たちを見ているが、今の穂乃果たちは何だかきな臭い印象を受ける。

 

「何だかあいつらおかしいような気がするんだよなぁ……」

 

「そうかしら?意欲的に取り組んでると思うけど……」

 

オレの呟きに答えた絵里ちゃんの言う通り、確かに穂乃果たちは意欲的に取り組んでると思う。

 

けど、それはあくまで神田明神をスタートとゴールとして設定しているロードのランニング()()だ。

 

「……海未。オレと一緒に穂乃果たちの後を着いていってみないか?」

 

「分かりました」

 

穂乃果たちがランニングに出てからおよそ5分後。

 

オレと海未は穂乃果たちの後を追いかけるように神田明神を背に走り始めた。

 

 

 

 

 

「いやー!!今日も食べた食べた!!」

 

「見てみて穂乃果ちゃん!今のでスタンプカードが一杯になってご飯大盛り1杯無料だって!!」

 

探し始めてから40分。

 

穂乃果たちはつい最近出来たGOHAN-YAっていういかにも花陽ちゃんが好きそうなお店からお腹をさすりながら出てきたところを目撃した。

 

しかもスタンプカードが一杯になったって言ってたのを推測するに、ここに通い詰めていたってことになるよな…。

 

「……なるほど、そうですか。道理でこのランニングの時だけ妙にイキイキし出すと思っていたらここで隠れて食べていたのですね……」

 

「海未!?」

 

海未が穂乃果たちを見つけた途端、禍々しいオーラを放ちながら笑っていて道端の小石とか1kgないような軽いものが浮いていた。

 

しかし、笑っているのに目が全く笑っていないので背筋が凍りそうになった。

 

「あ な た た ち」

 

足音と気配を消して穂乃果たちに近付き、声色を強めに言い放った。

 

呑気に笑っていた穂乃果たちだったが、海未の声を聞くと状況は一変。

 

遠くから救急車のサイレンが聞こえるくらい静まり返り、冷や汗をダラダラ流しつつプルプルと震えながら後ろを振り返った。

 

「さぁっ、説明してもらえますか?」

 

チェックメイトをかけられた2人は戦慄し、ただただ叫ぶしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ…、えぐっ……」

 

その日の夜。

 

海未にこってり絞られた穂乃果が大粒の涙を流しながらオレが作ったメシを食べている。

 

「……穂乃果」

 

そんな姿を見かねたオレは穂乃果を呼び、顔を上げさせた。

 

「なに…?そーちゃんも海未ちゃんみたいにガミガミ怒るの………?」

 

オレは穂乃果の問いに対して首を横に振り、その代わり頭を撫でる。

 

「海未だってホントはガミガミ怒りたくないはずだけど、さすがに今回は穂乃果が悪いわな」

 

「………うん」

 

普段なら頭を撫でるとへにゃっと笑う穂乃果だけど、今回ばかりはメンタル的に相当なダメージを受けたのかいまだにしょぼん……としたままでそれは自分の家に戻るまで続いた。

 

どうしたらいいものなのかなぁ………と考え込んでいたが、1つの結論に辿り着いたオレは早速許可を貰うために目的の人物に電話をかけた。

 

 

 



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第52話 何とかしてみせる!

遅れてすんません!(何度目やねんって言う話ですね……

就活の試験やら深夜のアルバイトやらが重なってしまったんです。

でも!お掛けで就活の試験は1次試験通過しました!

この場を借りて報告でした!

それでは本編です!!




~Side 高坂 穂乃果~

 

「行ってきま~す…」

 

花陽ちゃんと一緒にGOHAN-YAで隠れて食べていたのが海未ちゃんにバレた次の日の朝。

 

ダイエット生活が始まって習慣になった朝のランニングをするために家を出た。

 

この事は全面的に穂乃果が悪いとはいえ、鬼の形相で海未ちゃんに怒られたのは久々だったので足取りが重い。

 

普段なら朝からそーちゃんのご飯が食べられるって思うと足取りが軽くなるんだけど、今日ばかりはそうにもいかないなぁ…。

 

「ハァ……」

 

溜め息を吐きながらトボトボとお店の出入り口まで歩いてきたその瞬間だった。

 

「よっ、穂乃果。朝から溜め息つくなんてお前らしくないな」

 

朝から爽やかな笑顔を浮かべながらランニングをする準備をしているそーちゃんがそこに立っていました。

 

どうして朝ご飯を作っているはずのそーちゃんがここにいるの!?

 

 

Side out

 

 

 

穂乃果がだいたいランニングするであろう時間に待ち構えていた甲斐があり、穂乃果は『何でそーちゃんがここにいるの!?』と言いたげに目を丸くしていた。

 

サプライズ成功ってやつだな。

 

オレは昨日穂乃果が帰った後、海未に電話して『明日以降の穂乃果の管理は全てオレに任せてくれ』と電話しておいたのさ。

 

その電話で『まさかとは思いますが壮大あろうものが穂乃果の肩を持つのですか?』と問い詰められたけど、何とか言いくるめて穂乃果の管理の全権利を貰ったのだ。

 

「……昨日海未に説得した甲斐があったな」

 

「えっ?何か言った?」

 

「何でもねぇよっ!ホラ!!昨日までの行動が心の底から悪いと思ってるんなら少しでも長く走って脂肪を燃焼させるぞ!」

 

オレは穂乃果の横を通り過ぎるように走り去り…、

 

 

「わぁぁあ!待ってよそーちゃん!」

 

それを見た穂乃果は慌てて追いかけてオレの横に追い付いたのと同時に穂乃果のペースに合わせて走り始める。

 

そしてかれこれ45分くらい雑談しながら走り続け、それぞれの家の前に帰ってきた。

 

「穂乃果」

 

「なに?」

 

「学校に行ったら海未にちゃんと謝れよ?」

 

「…うん」

 

海未の名前を出すと肩をピクッ!と震わせながら、聞き取れるか聞き取れないかという声で小さく頷く。

 

「……どうした?浮かない顔して」

 

「海未ちゃんが穂乃果の事許してくれるのかなって…」

 

「その辺は大丈夫なんじゃない?」

 

普段は穂乃果を厳しく叱ったりする海未だけど、海未も何だかんだ穂乃果に甘いしな…。

 

って言ってるオレが一番甘いのかもな……なんてな。

 

「それよりもそーちゃん、穂乃果お腹すいた……」

 

穂乃果や海未のことについて考え事をしてたら腹の虫が鳴っていてガス欠寸前の穂乃果がお腹に手を当てていた。

 

「おう。そんじゃ今のうちにシャワー浴びたり制服に着替えたりしてこい。その間にパパっと暖めておくから」

 

1日の活力は朝メシから。

 

しっかりと仲直りして貰いたいためにも穂乃果にはしっかりと食べていって貰いたいと思い、オレは作り置きしておいた朝メシを電子レンジで暖め始めた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ!?生徒会関連の書類でミスがあったぁ!?」

 

『うん…』

 

昼休み。

 

穂乃果はきちんと海未に謝れたか心配しながら昼メシを食べていると、制服のポケットに突っ込んでいたスマートフォンが着信を知らせたので応対した。

 

結果から言うと穂乃果はきちんと海未に謝り、何とか許しを得たのだが一難去ってまた一難。

 

今度の生徒会・部活動予算案会議において美術部の予算案が会議前だというのに通ってしまったらしく、原因を追求していくと生徒会会計であることりが保留とする書類のボックスと承認する書類のボックスに間違えたことによることらしい。

 

「どうするんだよ?確かその予算案会議ってそろそろなんじゃなかったか?」

 

『うん。予算案会議は3日後なんだけど…』

 

「3日後!?」

 

おいおいおい!!

 

それはちょっとシャレになってねぇんじゃねぇのか!?

 

思っていたよりも深刻に物事を捉えていたオレだったのだが、電話越しの穂乃果の返答は力強いものだった。

 

『だからこの3日間は予算案会議に向けた書類作りとダイエットの両立になっちゃって、もしかしたらそーちゃんに迷惑かけるかもしれない…。けどこれも体重が増えちゃったことも元はと言えば穂乃果の責任だから何とかする!いや!!何とかしてみせるよ!!』

 

どうやら意思は固いみたいだな…。

 

「そうか…。ならやれるだけやってみろ」

 

『うんっ!ありがとうそーちゃん!!』

 

穂乃果はお礼の言葉を述べてから電話が切れた。

 

……予算案会議の資料作成が終わったらダイエットの事は忘れて頑張ったご褒美として穂乃果の好きな食べ物を食べさせてあげよう。

 

そう心の中で誓い、昼メシの弁当を一気に胃の中に掻き込んだ。

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

「お邪魔しま~す…」

 

ダイエットのための特別メニューと生徒会予算案会議用の資料を作ることに追われ、何だかんだで3日ぶりにそーちゃんのお家にご飯を食べにやって来た。

 

って言っても夜ももう遅いしそーちゃん起きてないだろうなぁ…と思い、そーちゃんのお家のリビングのドアを静かに開けた。

 

「ぐぅ……」

 

やっぱりと言うべきなのかそーちゃんはテーブルの上に涎を垂らしながらグッスリと眠っていた。

 

でも、眠りながら座ってるそーちゃんの席の向かい側……穂乃果がご飯を食べるところには豚肉のしょうが焼きや温野菜等のおかずが乗ったお皿にはラップがかけられていて、ご飯をよそうお茶碗とお味噌汁を入れるお椀が引っくり返して置かれていた。

 

そしてお茶碗の下に敷かれていたメモ用紙を見つけ、それを見る。

 

『穂乃果の好きなイチゴのタルトを作っておいたからメシ食い終わったら食っていいぞ。もちろんこの事は海未には内緒だからな? そーた』と書かれていた。

 

もう…。

 

メモ用紙をテーブルの上に置き、私が帰ってきてもグッスリ眠っているそーちゃんの頭に手を乗せる。

 

「そーちゃん、いつも穂乃果の我が儘を聴いてくれてありがとっ」

 

普段はツンツンしているそーちゃんの頭を撫でながら、いつもお世話になりっぱなしなので小声で感謝の言葉を囁いた。

 

「う…、ううん……」

 

そーちゃんは頭の上に乗っかっている何かを払おうと手をブンブン振っている。

 

私はその光景に微笑ましく思えてきて、心が暖かくなりながらそーちゃんが作ってくれたご飯を食べ始めた。

 

ちなみにだけどイチゴのタルトはまだ予算案会議が終わっていないので、会議が終わってから食べることにした。

 

Side out

 

 

 

 

 

生徒会予算案会議当日。

 

生徒会役員である2年生組とアイドル研究部の部長であるにこちゃんが生徒会予算案会議に出席しており、それ以外のメンバーは普段通りに練習に励み練習帰りに立ち寄った中庭で駄弁っていたのだが…。

 

「…………」

 

「壮大、気持ちは分かるけどソワソワしすぎよ?」

 

「すんません。どうしても心配で……」

 

穂乃果たちが上手く立ち回れるのかどうかが心配のあまり無意識の内にカタカタと貧乏ゆすりをしていたのを絵里ちゃんに注意されてしまった。

 

「壮大の気持ち少し分かるかも…。いくら海未とことりがついているからって穂乃果のおっちょこちょい度は変わらないんだし…」

 

オレの気持ちを同情するように呟く真姫。

 

というかさりげなく穂乃果をディスってる事を自覚しているのだろうか、このお嬢様は。

 

すると向こう側からにこちゃんと生徒会役員の3人が歩いてきた。

 

「あれ?みんなここで何してるの?」

 

「そーくんが穂乃果ちゃんたちが心配でソワソワしながら待ってたんだにゃー」

 

「凛ちゃん!余計なこと言わんでいい!!」

 

まさかまさかの凛ちゃんによるカミングアウトで穂乃果たちに知れ渡ってしまい、自分の顔がみるみるうちに熱く感じてきてしまった。

 

「そーちゃん…、それだけ穂乃果たちの事を……」

 

「うるせぇ!オレはただバカ穂乃果が海未やことりに迷惑かけてないかどうか気にしてただけだ!!」

 

「壮くん。その言い訳やと自分から心配してますってカミングアウトしただけやで?」

 

「うがーっ!!!」

 

照れ隠しで言ったことをのんちゃんに論破され、誤爆したことに気が付かされて余計に恥ずかしくなったのでそれを打ち消すように叫び声をあげる。

 

「それで…、その様子だと予算案会議は上手くいったみたいだね?」

 

「もっちろんよ!このにこにーが上手いこと機転を聞かせたお陰よね!」

 

「にこちゃんには聞いてないにゃー」

 

「ぬぁんですってぇ!?」

 

花陽ちゃんが予算案会議のことを聞いて、にこりんによるいつものやり取りがあってそれだけで笑いが起きる。

 

「あっ、そうだ。穂乃果ー?」

 

何とか冷静さを取り戻したオレは唐突に思い出したことがあって、穂乃果に例の件を聞いてみた。

 

「なに?」

 

「最近オレん家に来る機会が減ったけど減量はどうなってるんだ?」

 

「……ギクッ」

 

忘れていたつもりはないが、穂乃果はまだ減量生活に身を置いているためその事を追求すると穂乃果はバツが悪い顔をした。

 

「まさかまた体重が増えたなんて言うつもりはありませんよね……?」

 

その反応にいち早く気付いた海未が鋭き眼光で穂乃果を睨み、睨まれた穂乃果は下を向いて答えようとはしなかった。

 

「どうなんだ?」

 

「そーちゃん、私…ベスト体重に乗ったの!!」

 

「「「「「「「「おぉーっ!!」」」」」」」」

 

これは驚いた。

 

オレと穂乃果で設定した最低ラインを越えるだけでなく、ベストだと思われる体重に乗ったという事実に思わず拍手で穂乃果を称える。

 

「やれば出来るじゃねぇか!」

 

「えへへぇ……もっと褒めて!」

 

「いーや、これ以上褒めると穂乃果の事だから調子に乗るから褒めてやんねぇ」

 

「ひどいっ!?」

 

「そうですよ、穂乃果。今度はその体重をキープ出来るようにしないといけませんからね」

 

「まさかの追い討ちっ!?」

 

オレと海未による追い討ちでショックを受ける穂乃果に、その姿を見てクスクス笑うμ'sの面々。

 

「まぁ!何はともあれ残るは最終予選だねっ!!この調子で最終予選も頑張ろーっ!!」

 

「「「「「「「「おーっ!!」」」」」」」」

 

直ぐ様立ち直った穂乃果の発声で気合いを入れて結束力を高めていくμ's。

 

だけどこの時誰が予想しただろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

オレの首に死神の鎌が掛けられていた事に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からいよいよアニメでは鳥肌の8話、9話に入っていきます。

そしてミラトラ本編では徐々にシリアス路線にシフトチェンジ。

シリアスは苦手ですが頑張って書きます!!

読んで頂きありがとうございました!!


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第53話 最終予選に向けて

前話でも言ったように今回からテレビアニメ2期第8話に入ります。

でも、この話がこのあとの話の中で一番ほんわかするような話かもです。

そして先に言っておきます。

ことり推しのみなさま。

少しだけことりちゃん暴走させてしまいましたが許してください!

(出来ることなら)何でもしますから!




月日は早いもので12月。

 

一般世間は徐々にクリスマスムードに包まれて行くが、μ'sの面々はクリスマスやらなんやらで浮かれている時間はほとんど無いし気を向けている余裕もない。

 

「ねぇ、壮大?」

 

音ノ木坂学院のアイドル研究部部室にて座ってミーティングをしている最中、部長であるにこちゃんが唐突に口を開く。

 

「どうしたんですか?」

 

「……あんたの幼馴染はどうなってんのよ!?」

 

長机をバンッ!!と叩き、怒鳴りながら立ち上がる。

 

「むっ。にこの発言だと私やことりも含まれているはありませんか」

 

「それに壮大の幼馴染って言うと私も含まれるわね。生憎私や海未にことりは穂乃果みたいな奇想天外な発言はしないわよ」

 

海未が真姫が訂正をするように求めるが、にこちゃんの主張は続く。

 

「なんでA-RISEの前で堂々と優勝宣言なんかしちゃってるのよっ!?」

 

「えへへ、勢いでつい……」

 

「勢いでつい…じゃないわよっ!!」

 

どうしてにこちゃんがこんなにも憤慨しているのには理由がある。

 

先程まで行われていた最終予選のグループ紹介を兼ねた合同記者会見での出来事。

 

妙にテンションが高い司会進行役のレポーターのお姉さんが各グループのリーダーから意気込みを一言ずつ貰っていったのだが、その時にμ'sの順番になりリーダーの穂乃果に意気込みをとマイクを向けるとそこで優勝宣言をしたのだ。

 

その発言を聞いたマスコミやレポーターのお姉さんは唖然とし、にこちゃんは怒り心頭になったと言うわけだ。

 

ちなみにだけどオレはアイドル研究部の部室に備え付けられているデスクトップ型パソコンで生中継で配信されていた特番を視聴していたけど、流れてくるコメントはμ'sや穂乃果を応援するコメントやA-RISEナメんな!というファンのコメントによる弾幕で凄いことになっていた、とだけ記載しておこう。

 

「でも実際に優勝を目指してるんだし、問題ないんじゃない?」

 

「それもそうだな。それについてはA-RISEのリーダーの綺羅も言ってたしな…」

 

スクールアイドル界で絶対王者に君臨しているA-RISEのリーダーである綺羅 ツバサでさえも『この最終予選は本大会に匹敵するレベルの高さだ』と証言していた。

 

つまりこれはμ’sが一次予選よりもパフォーマンスのレベルが上がり、正式にA-RISEのライバルとして認められているということを意味していることになる。

 

A-RISEから同じレベルだと認められていることがみんなは嬉しく思っているのだが、すぐに気を引き締め直して本題に入る。

 

「それじゃあ最終予選で歌う曲を決めましょう」

 

司会進行役の海未がミーティングを始めることを告げると、みんなの顔が真剣なものに変わり空気も一変する。

 

今日のミーティングの最大の目的は『最終予選に向けて歌う曲をどうするのかを決めること』である。

 

最終予選は一次予選で適用されたルールから変更され、一次予選で使用したナンバーの使用が認められている。

 

なので最終予選では新曲を披露するのか、それとも一次予選で使用した『ユメノトビラ』で行くのかを決めるということになる。

 

みんなが自分の意見を纏めるため閉口していたが、まずにこちゃんが意見を切り出してきた。

 

「私は新曲がいいと思うわ」

 

「おお!新曲!!」

 

「面白そうにゃ!」

 

「確かに新曲だとインパクト面からしてみれば有利に思えるが……」

 

にこちゃんの意見に穂乃果と凛ちゃんが賛同の発言をする。

 

しかし、花陽ちゃんと真姫はにこちゃんたちの意見に反対の意を述べた。

 

「でも…、そんな事で曲を決めるのは…」

 

「それに新曲が有利ってのも本当かどうか分からないじゃない?」

 

真姫の意見にも一理ある。

 

確かに新曲の方が最終予選では有利になるのは間違いなはずなのだが、本当に新曲が有利なのか分からない。

 

それに最終予選まで残された時間があまりないのに新曲に拘った結果、『新曲は無理でした』となると少ない練習時間で既存曲の練習をするしかなくなるとなると逆に自分の首を自分の手で絞めることになる。

 

新曲披露は言葉の通り諸刃の剣なのである。

 

そんな時、のんちゃんが誰もが考え付かなかった事を話し出した。

 

「例えば…、例えばの話なんやけど…このメンバーでラブソングを歌ってみるのはどうやろか?」

 

その発言にみんな驚き、アイドル研究部の部室内に電流が流れた。

 

「なるほど!アイドルにおいて恋の歌……すなわちラブソングは必要不可欠!定番曲の中で必ず入ってくる曲の一つなのに…それが今までμ’sにはそれが存在していなかった!」

 

花陽ちゃんがいきなり立ち上がったかと思うとラブソングについて熱く語り始め、真姫に「落ち着なさい、花陽」と宥められ凛ちゃんには「凛はこっちのかよちんも好きにゃー」と楽観視していた。

 

「希…?」

 

絵里ちゃんは意外な提案をしたのんちゃんに問いかけたが、当の本人は絵里ちゃんに微笑みかけるだけで何も言わなかった。

 

「でも…どうして今までラブソングがなかったんだろう?」

 

「あ?んなもん聞かなくても決まってるだろ。μ'sの歌詞担当が歌詞にするのが恥ずかしいだのラブソングを歌うことがハレンチだの思ってそんな歌を作らなかったからだろ?」

 

穂乃果の問いに間髪入れず答え、それを聞いたとある1人を除いてみんなはμ'sの歌詞担当に目線を向ける。

 

「なっ……なんですか!!その目は!?」

 

歌詞担当の海未はみんなの視線が自分に集まっているのを察すると、怯んで1歩後ろへ下がった。

 

「何ですかその目は、じゃなくてみんなは大抵のアイドルグループにラブソングがあるのに何でそれを歌詞にしなかったのかを聞きたいんじゃねぇの?」

 

するとみんなは一斉に首を縦に振り、それを見て海未はさらに1歩後ろへ下がるがこんなんでオレたちの追求は終わらせない。

 

「海未もハレンチだーとか言ってるけどさ、年頃の女の子なんだから恋愛経験の1つや2つくらいあるだろ?」

 

「何で壮大にそんなことを聞かれなければいけないのですか!!」

 

「じゃああるの!?」

 

「あるの!?」

 

「ヒィッ!?」

 

海未がオレに反論しようとしたら海未の肩をガシッと掴んで目の色を変えた穂乃果と穂乃果とは逆に目を輝かせている凛ちゃんに墓穴を掘った形で突っ込まれてしまった。

 

「海未ちゃん!どうなの!?」

 

「グスッ…、海未ちゃぁん……」

 

穂乃果は肩を掴む力を強めながら、そしてことりは目を潤ませながら海未に問い詰めていく。

 

そして問い詰められることに限界を迎えた海未が呻き声を上げながら床にペタン、と力なく座り込んだ。

 

「…………ありません」

 

「なーんだ、つまんないのー」

 

「もー!海未ちゃんったらー!!思わせ振りな態度見せないでよー!」

 

海未のカミングアウトを聞いて興味が失せて毒を吐く凛ちゃんに、海未の背中をパシパシ叩く穂乃果。

 

「何であなたたちにそんなことを言われなければならないのですか!!それにあなたたちも私と一緒で恋愛経験なんてないのでしょう!?」

 

「「「…………」」」

 

海未の一言に穂乃果とことりと凛ちゃんが何故か顔を赤くさせていた。

 

え?何この地雷を踏み抜いた感じの空気は……?

 

「穂乃果…?ことり……?凛ちゃん………?」

 

「ふぇっ!?な、何でもないよ!ね、ねぇことりちゃん!!」

 

「そ、そうだよ!凛ちゃんもそうだよねっ!?」

 

「そ、そうにゃ!!何でもないったら何でもないにゃ!!!」

 

「アッ、ハイ」

 

明らかに何かあるのだが、これを追求していたらキリがないと悟ったオレは追求することを諦めた。

 

人間誰しも自分の生命は無駄にしたくないと思ってるからな。

 

この空気を強引に変えるために咳払いを1つしてから、みんなの顔を見て話す。

「この状況じゃ新曲…って言うかラブソングはちょっと無理そうかもな…」

 

オレはそう言ってラブソングを作るの意見を取り止めようとした時、絵里ちゃんが口を開く。

 

「でも…まだ諦めるのは早いんじゃないかしら?」

 

「えっ?」

 

「エリー…?」

 

新曲をラブソングにするという意見に絵里ちゃんも賛成のようだった。

 

それには真姫も同じような反応をした。

 

「そうやね。曲作りに必要なのはイメージと想像力やろうし…」

 

「けど、ラブソングってことは恋愛でしょ?どうイメージを膨らませればいいの?」

 

「それは……例えば!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいこれ!御託はいいからさっさと受け取りなさいよ!」

 

差し出されたプレゼントをおずおずと受け取るオレ。

 

「べ…別にあなただけにあげたわけじゃないんだから勘違いしないでよね?」

 

テンプレ的なツンデレ娘の台詞を残し、クルッと後ろを向いてオレから遠ざかっていく真姫。

 

「はい!おっけー!!」

 

オレがビデオカメラの録画停止ボタンを押し、撮影が終わったことを言うと真姫による迫真の演技を見ていたメンバーが賞賛し拍手を送っていた。

 

「真姫ちゃんはやっぱり凄いなぁ!」

 

「完璧ですぅ!」

 

「漫画とかで見たことあるにゃーっ!」

 

「どう?これで満足?」

 

頬を若干赤らめた真姫がオレに尋ね、コクコクと首を縦に振る。

 

のんちゃんが提案したのはオレを意中の人に見立て、各々が思い思いのシチュエーションで演技をしていくという極めて単純なものだった。

 

「さて…、これでみんなの分が撮れた訳だが……。おい、どうした真姫?」

 

みんなの分が撮れたので部室に戻ろうとしたのだが、真姫に肩を掴まれてしまった。

 

「壮大の分が残ってるわよ?」

 

「ふぁいっ!?」

 

真姫からの予想外なムチャぶりにすっとんきょうな返事をする。

 

「いやいやいや…。オレの告白シーンなんて撮ったところで何の需要もないじゃんか」

 

「御託はいいからさっさとやりなさいっ!!」

 

「そうにゃそうにゃ!!凛たちみーんなやったんだからそーくんもやるべきだにゃー!!」

 

やることを渋っていたら凛ちゃんを筆頭にほぼみんなからブーイングを受けたので、渋々だがオレの告白シーンを撮影することとなった。

 

 

 

 

 

 

「なんや。あれだけ渋ってたのに、ことりちゃんを相手にして夕暮れ時にやるなんて随分と手が込んでるやん。ホントは壮くんもやりたかったんやないの?」

 

「……。やりたいやりたくないは別にして、やるって決めたら全力でやるのがオレのポリシーなんす」

 

普段穂乃果たちが授業を受けている教室の窓際で1番後ろの席、いわゆるギャルゲー主人公ポジションに座って気持ちを高めていく。

 

気持ちを高めきると、頬杖をついて太陽が沈みそうなっている地平線に目を向けながら撮影OKを出す。

 

「うっし…、んじゃカメラ回していいっすよー」

 

「はーい、それじゃあ壮くんの告白シーンまで3、2、1……キュー!!」

 

カメラが回ったのを確認したことりはオレのすぐ側まで歩いてやってきた。

 

「そーくん…、来たよ」

 

「……わざわざ呼び出しといてわりぃ」

 

「ううん。それは別にいいんだけど……」

 

「「……」」

 

やっべぇぇぇぇえ!!!

 

続きの言葉が出てこねぇぇぇぇえ!!

 

どうする!?どうするよオレ!!

 

こうなったら時の流れに身を任せるしかない!!

 

そう決めたオレは頬杖をついたままぶっきらぼうに切り出す。

 

「……卒業したら東京から離れるんだって?」

 

「えっ……?う、うん」

 

突然のアドリブにことりは拙いながらも何とかついてきてくれた。

 

「寂しくて寂しくてどうしようもなくなったらオレに連絡しろ。いくらでも話し相手になってやるから」

 

「……どうして?」

 

心のからの疑問で首を傾げることり。

 

それを見計らったオレはイスから立ち上がって右手をことりの頭に、左手をことりの華奢な背中に回して引き寄せるようにしながら優しく抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

「どうしてって……。ことりの事が……キミの事が好きだからに決まってんだろ」

 

 

 

 

 

「ハ……ハレンチですぅぅぅぅう!!!」

 

海未の大声が響き、それに呼応してμ'sのメンバーもキャーキャー黄色い声で叫び出した。

 

「っとまぁ……こんなもんでどうですか?」

 

「うん……。うちらはいいんやけどことりちゃんが……」

 

「え?」

 

「あうあう……。そーくんが……、そーくんが……」

 

のんちゃんの口振りからしてことりの様子がおかしいと察し、ことりがいる方向を向くと女の子座りをしながらオーバーヒートしていることりの姿が。

 

「こ…、ことりぃぃぃぃぃい!!!」

 

あかん!妄想と現実の区別がつかなくなってる!!

 

「壮くんは責任持ってことりちゃんをニュートラルの状態に戻したってなー」

 

「ちょっ!?待ってみんな!!オレとことりを置いてかないでぇぇぇぇぇえ!!!」

 

「自業自得だにゃ」

 

何だか今の凛ちゃんの言葉にトゲがなかったか!?

 

「そーくぅん……」

 

ちょっとことりさん!?

 

ここ学校なんですけど!?

 

目の奥がハートになっちゃってるんですけどぉぉぉぉお!!

 

 

 

「ことり!!ここでオレの服を脱がそうとするなって!!ちょっ!まっ!!ぎゃああああああっ!!!」

 

 

 

オレとことりによる告白シーンの撮影が直接の原因で新曲の件はうやむやになってしまい、明日穂乃果の家でもう一度話し合おうということになったらしい。

 

 

オレ……告白シーン撮影した意味ねぇじゃん。

 

 

 

 

 



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第54話 2人の確執

書きたいシーンが多すぎて話が長くなる…。

でも文字を打っていて楽しいと思える自分がいる。

では、どうぞ。




翌日。

 

穂乃果の家に集まったμ'sの面々。

 

しかし、一部分のメンバーはオレに対する視線が厳しいままな気がするんだけど……。

 

「なぁ…、穂乃果……」

 

「ふんっ!」

 

名前を呼んだだけなのにそっぽを向かれた。

 

続いて凛ちゃんの名前を呼んでみた。

 

「凛ちゃん……」

 

「そーくん不潔だにゃ」

 

「………」

 

名前呼んだだけなのに不潔って言われた…。

 

へへっ、辛いぜ。

 

「穂乃果、凛。あんたらもいいかげん機嫌直しなさいよ…。あんたらに冷たくされた壮大が大人気なく泣き始めてしまったじゃない」

 

いつもはイジられているにこちゃんが珍しくフォローを入れてくれるけどその優しさが逆に身に染みて涙が出てきやがるぜ…。

 

 

 

 

 

 

あのあと穂乃果と凛ちゃんの機嫌を何とか直してもらい、中断していたラブソングについてのアイディアを出しあうことに。

 

「好きだ!愛してる!!」

 

と、穂乃果は直球過ぎるな愛情表現をアイディアとして出してみた。

 

「うわぁーんっ!やっぱりこんなんじゃないよねーっ!!」

 

しばらく硬直してから頭を抱え、身体を捩らせる。

 

「まぁ…、間違ってはいないんだろうけど……」

 

「そういうストレートな恋愛感情をイメージしたラブソングもあるっちゃあるけど……、今回作ろうとしているラブソングのベクトルとはズレてる気がするわな」

 

「………」

 

穂乃果を励ましている絵里ちゃんとオレを言葉に出さないでじーっと見つめている真姫。

 

出来るだけ顔を向けずに目だけで視線を追いかけてみると、絵里ちゃんに向かっていた。

 

何か思うことがあるのだろうが特に気にする事もないだろうな、と思い特に声をかけなかった。

 

「ふぇ〜、ラブソングって難しいんだね…」

 

「穂乃果はストレートというよりも単純過ぎるのよ!」

 

穂乃果がテーブルに伏せながらぼやいた事をにこちゃんがすぐに拾って突っ込む。

 

「でもにこっちだってまだノート白紙やん……」

 

のんちゃんがにこのノートを覗き込みながらそう言った。

 

「こ…、これから書くのよ!」

 

穂乃果の家に集まって早くも1時間とちょっと。

 

思い思いのアイディアを出し合ってはいるがなかなかいいアイディアが思いつかないでいた。

 

するとことりがバッグに手を入れて1つのパッケージを手にしてある提案をしてきた。

 

「ねぇみんな、このDVDでも見れば何かいいアイディアが浮かぶかもしれないよ?」

 

手にしていたのは洋画のDVDのパッケージ。

 

タイトルを確認するといかにも恋愛映画っぽいDVDだった。

 

「DVDか…。悪くはない選択じゃないか?」

 

「ええやん!面白そう!!」

 

「じゃあことりが持ってきたそのDVDでも見ましょう?そうすれば何か思いつくかもしれないし…」

 

「じゃあ見よう!」

 

穂乃果がみんながいる部屋の電気を消してその恋愛映画のDVDを見 ることになった。

 

 

 

 

 

 

映画を見始めておよそ2時間。

 

いよいよ映画は最高潮(クライマックス)を迎えるシーンへと移っていく。

 

「……ぐすっ」

 

「うぅ…可哀想…」

 

「そうね…」

 

1組のカップルが抱き合っているシーンを見て、絵里ちゃんとことりと花陽ちゃんの3人は涙を流し、そのシーンを見守っている。

 

「うぅ…安っぽい映画ね…」

 

「涙流しながらそんなこと言っても説得力ないわよ?」

 

にこちゃんも口ではそんな事を言いながら溢れ出てくる涙をハンカチで拭いながら映画を見て、真姫に突っ込まれていた。

 

のんちゃんは何も喋らずに、そしてオレはタンブラーに入れてきたブラックコーヒーを飲みながら映画を見ていた。

 

え?『リア充爆発しやがれ』とか言ってモテないことを棚に上げて嫉妬しないのかって?

 

バッカお前。

 

フィクションに恨み節言ったって結末は変わらんだろ?

 

そして残る穂乃果と凛ちゃんと海未。

 

まず穂乃果と凛ちゃんの通称ほのりんコンビは…、

 

「くかーっ……」

 

「すぴーっ……」

 

映画開始早々に2人で寄り添って眠ってしまった。

 

ほのりんコンビの近くで映画を見ていたオレは着ていた上着を毛布代わりとして2人に掛けてあげた。

 

そして海未はと言うと…、

 

「ううっ……」

 

座布団を防災頭巾のように被って耳を塞ぎ、絵里ちゃんたちとは違ったベクトルで泣いていた。

 

「……これホラー映画じゃねぇんだぞ?」

 

「分かっています!分かっているのですが……!!」

 

だったら被ってる座布団から手ぇ離せ。と言いたいところなのだが、オレはこの先流れるであろう展開と海未の様子を見て何となく察してしまった。

 

大概の恋愛映画にはとある1シーンがある。

 

それが海未の中ではハレンチなものとして分類されているのであろう。

 

映画はどこまで進んだのか確認しようとテレビに目線を向けると、丁度そのシーンが写し出される。

 

「あぁ……ああああ………」

 

海未もオレと同じように確認しようとしたが、アップで写されたあのシーンをバッチリ見てしまいついには涙を溜めながら映画を見てしまう。

 

「「「きゃーっ!」」」

 

アップで写し出されている唇と唇が徐々に近付いていくのを見ていると、先ほどの画面の目の前で涙を流していた絵里ちゃんとことりと花陽ちゃんが黄色い悲鳴をあげる。

 

そして互いの唇が重なりあおうとしていたその時だった。

 

「~~~~~ッッッ!!」

 

恥ずかしさのキャパオーバーを迎えた海未が機敏な動きでリモコンを駆使してテレビの電源を消し、部屋の電気を点けた。

 

「海未ちゃん!?」

 

「見ていられません!ハレンチです!!」

 

「そうかなぁ?」

 

「そうです!そもそもこんな事は人前でするものではありません!」

 

映画を見ることに恥ずかしくなってしまった海未は、立ち上がってそう言う。

 

「いや、人前っつーか……。これ映画なんだけど……」

 

「何か言いましたか?」

 

「何でもないっす」

 

人前じゃなく映画だということを言っただけなのに、めちゃくちゃ睨まれた。

 

海未さん怖い……。

 

「あれ…?映画は…?」

 

「終わったのかにゃ?」

 

このタイミングでほのりんコンビが目を擦りながら起きた。

 

「おはようって言うのも変だけどよく眠れたか?」

 

「うん。何だかの~んびりした映画だなぁって思ったらいつの間にか眠っちゃってたみたい」

 

「そうか……」

 

えへへ…、と後頭部をかいて笑いながら答える穂乃果を見て穂乃果と遊びに行くときは絶対映画館には行かないことを密かに誓うオレであった。

 

 

 

 

 

「なかなか映画のようにはいかないわよね。それじゃあ、また始めからみんなで言葉を出し合って…」

 

「待って!」

 

「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」

 

絵里ちゃんがまた一からアイディアを出していこうとしていた時に真姫が話の腰を折った。

 

突然話を止めたことでみんなは驚き、そちらを見る。

 

「もう諦めた方がいいんじゃない?今から曲を作って振り付けや歌の練習もしないといけないのに…もし曲ができたとしても完成度が低くなるだけよ!」

 

真姫の口から出てきたのは新曲を諦めた方がいいという話だった。

 

確かに真姫の言うことは間違っていない。

 

最終予選も近いのに今から曲を作ったとしても振り付けや歌の練習も中途半端になってしまう。

 

そうなってしまっては本戦に出るどころかA-RISEにだって勝てやしない。

 

「でも……」

 

それでも絵里は何かを言い返そうとした。

 

「確かにラブソングに頼らなくても私たちには私たちの歌があります」

 

「……出来ない事に拘るよりかは出来ることをやる方が得策である時もある」

 

「相手はあのA-RISE…。下手な小細工は通用しないと思うわよ?」

 

海未の意見を肯定するようにオレもにこちゃんも現実を客観視して意見を述べる。

 

他のみんなも口にこそしないが、ラブソングなんて必要ないという意見に同意しているような感じはする。

 

「でも……!」

 

「えりち!!」

 

それでも言い返そうしていた絵里ちゃんを止めたのはラブソングを作ってみないか?と言い出したのんちゃん本人だった。

 

「希…」

 

「真姫ちゃんやみんなの言う通りや。今までの曲に全力を注いで頑張ろう?」

 

のんちゃんは表情こそ笑顔でみんなに話すが、なんだか無理して作り笑いをしているようにも見えた。

 

「それに今さっき見たら、カードもその方がいいって言ってたし」

 

「待って希。あなた…」

 

「ええんや。一番大切なのは…μ’sやろ?」

 

「………」

 

絵里ちゃんは何か言おうとしたが、のんちゃんはそれを聞き入れなかった。

 

それを聞いた絵里ちゃんは黙り込んで下を俯く。

 

「……?どうかしたの?」

 

「ううんなんでもない!じゃあ今日はもう解散して、明日からまた練習やね!」

 

その様子を見かねた穂乃果が訪ねるが何でもないと言われ、のんちゃんの言われるがままにみんなは何も言わず今日はここで解散する流れとなった。

 

だが、オレの胸の中には絵里ちゃんとのんちゃんの間にある確執の正体が何だか分からずモヤモヤとしたものだけが残った。

 

 

 

 

 

 

穂乃果の家を出るとすでに太陽は傾き、夕方になっていた。

 

「じゃあね~!」

 

「穂乃果ちゃんばいば〜い!」

 

「風邪引くんじゃねぇぞ~」

 

「壮大くんも風邪引かないでね?」

 

穂乃果とオレはそれぞれの自室から手を振りながら見送り、凛ちゃんは花陽ちゃんと一緒に帰るのかと思っていた。

 

「まーきちゃんっ!真姫ちゃんも凛たちと一緒に帰ろ?」

 

しかし凛ちゃんは真姫を一緒に帰ろうと誘った。

 

その真姫本人は絵里ちゃんとのんちゃんの後ろ姿をずーっと眺めていた。

 

「真姫ちゃん?」

 

そんな真姫を見かねた凛ちゃんはもう一度呼ぶが、真姫は凛ちゃんと花陽ちゃんに向かってこう話した。

 

「ごめん凛、花陽。先に帰ってて…」

 

何故先に帰っていて欲しいのか理由を告げずに2人の後を追いかけ始めた。

 

「真姫ちゃん……どうしたんだろう?」

 

「さぁ?」

 

凛ちゃんも花陽ちゃんも真姫の行動に疑問を持つが、考えても仕方ないっかと言って2人は仲良く帰っていった。

 

穂乃果の家に誰もいなくなった事を見計らって、真姫以外の人物にあってもいいようにカモフラージュとして買い物用のエコバッグを持って真姫の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「よう」

 

「……壮大?」

 

家から歩いて5分ほど離れた場所にいた真姫と合流する。

 

「なんであなたがここに……?」

 

「表向きには夜メシの買い物だけどホントは絵里ちゃんとのんちゃんの間にある何かを知りたくてな。……真姫もオレと同じ考えなんだろ?」

 

「そうよ」

 

ここに来た理由を話し、真姫に問いかけると真姫は否定もせずにそうだと答えた。

 

「早く行かないとエリーと希の姿を見失っちゃうわ。……早く行きましょ?」

 

オレは無言で頷き、2人で絵里ちゃんとのんちゃんを追いかけた。

 

 

 

 

 

 



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第55話 My wish

普通の場面よりシリアス場面の方がサクサク進む…。

今話最終盤辺りから少しだけオリジナルストーリーを挟みます。

では、どうぞ。


真姫と共に絵里ちゃんとのんちゃんを追いかけることおよそ3分。

 

「……いた」

 

歩道の真ん中を2人で歩いているのを見つけた。

 

「でもあの2人…何か話してない?」

 

オレと真姫は2人のすぐ近くの物陰に隠れ、息を潜めながら絵里ちゃんとのんちゃんの話のやり取りを聞くことにした。

 

「本当にいいの?」

 

「いいって言ったやろ?」

 

「ちゃんと言うべきよ!希が言えばみんなきっと協力してくれるはずよ!」

 

……どういうことだ?

 

「うちにはこれがあれば十分なんよ」

 

希はポケットからタロットカードを取り出してそう言うものの、どういうことなのかこの部分だけ聞いてもさっぱり分からない。

 

「意地っ張り…」

 

「えりちにだけは言われたくないなぁ」

 

この2人のやり取りを聞いていると、ますますこの2人には何かがあるに違いないと思えてくる。

 

「やっぱり何かあるわね…」

 

「そのようだな」

 

そう真姫と話していると2人は信号で立ち止まった。

 

今が2人に迫る最大のチャンスだ。

 

「…行くぞ」

 

「えぇ!!」

 

物陰から2人同時に絵里ちゃんたちの前に姿を現す。

 

「エリー!希!!」

 

「真姫!?それに壮大まで!!一体どうしたのよ!?」

 

絵里ちゃんはいきなりオレたちが現れたことに心底驚いている様子だった。

 

「…()()とは一体どういうことなんですか?」

 

「聞いてたの…?」

 

「はい。真姫と2人でバッチリ聞かせて貰いました」

 

俺は2人向かってそう言うと絵里ちゃんはまた下を俯く。

 

やっぱり2人にはオレたちに何か隠していることがあるな…。

 

「…希!」

 

考え事をしていると今度は真姫が一歩前に出てのんちゃんに話し出す。

 

「真姫ちゃん…?」

 

「希は前に私に言ってたわよね?『面倒くさい人間だ』って!!」

 

そんなやり取りがあったのか?

 

それについては全く分からないので会話には入らないでおく。

 

「………そうやったっけ?」

 

「惚けないで!!人にあんなこと言っておいて自分の方がよっぽど面倒くさいじゃない……!」

 

真姫はのんちゃんに言い切ると、今まで下を向いていた絵里ちゃんは顔を上げて話し出した。

 

「フフフッ、気があうわね…それについては同意見よ。壮大もそう思うでしょ?」

 

「その話題をオレに振らないでくださいよ…」

 

いきなり話を振られ、思わず溜め息を漏らしてしまう。

 

まぁでも…。

 

「さっきの会話を聞く限りだと同意せざるを得ませんね」

 

それについては大いに賛同できるけどな。

 

するとのんちゃんは観念したように口を開いた。

 

「真姫ちゃんや壮くんにもばれてしまうと、本当のことを言わないといけんなぁ…」

 

「本当のこと…ですか?」

 

「何よ……それ?」

 

本当の事とは一体?

 

何の事かは予想しかねることだが、絵里ちゃんと話していた事と何か関係があるのかもしれないということだけは理解できた。

 

「まあここで話すのもなんだからゆっくり話が出来る場所に行かへん?」

 

ゆっくり話が出来る場所?

 

オレが海未や真姫とたまに行く喫茶店からだと距離が開きすぎている。

 

かといってこの辺にはファミレスもファストフード店もない。

 

「…何処か心当たりがあるんですか?」

 

のんちゃんは自信たっぷりの様子で頷いた。

 

 

 

 

 

 

「…ここや」

 

案内されたのはにこちゃんが住んでいるアパートとはまた別なアパートの一室の前。

 

「ここは…?」

 

「うちの家や。ここなら他の人に聞かれずに話せるやろ?」

 

まさかののんちゃんの家だった。

 

その事実を知ったオレは急に躊躇いが生まれてきてしまった。

 

「…壮くん?どうしたん?」

 

「いや、仮にも女の子の家ですからオレみたいな奴が入ってもいいのかなーって…」

 

「んー?穂乃果ちゃんやことりちゃんのお家に何度も入ってるのに?」

 

「それとこれとは話が違うじゃないですかっ!!」

 

からかわれていることに気付いたオレはのんちゃんに噛みつくように反論する。

 

穂乃果やことりは幼馴染だからいいんだよっ!

 

凛ちゃんとか絵里ちゃんとか幼馴染の4人以外の家に行くって聞いただけで緊張するんだよ!!

 

凛ちゃんの家や絵里ちゃんの家に行ったこと無いけどさ!

 

ってオレは誰に向かって言い訳を言ってるんだ!?

 

ふーっ、ふーっと威嚇する猫のように様子を伺ってるとのんちゃんが笑い出した。

 

「フフッ…そんなに身構えなくても大丈夫や。ささっ、早く上がって上がって」

 

のんちゃんに催促されたオレは小さい声でお邪魔します、と言ってのんちゃんの家に上がった。

 

うへぇ…緊張するぅ…。

 

 

 

 

 

 

「…壮大?」

 

「何ですか!?自分ならビビってないっすよ!?のんちゃん先輩の家の雰囲気ならとっくに慣れたっすよ!?」

 

「自分からビビってるますって認めてるようなもんね。何かもう色々と変わってるし」

 

「2人きりならともかく私や真姫がいるんだからそんな意識しなくていいでしょ?」

 

「………」

 

居心地悪すぎる…。

 

とびっきりの美女揃いの空間に入れられたオレは居心地の悪さに四苦八苦していて、その家の主はというとキッチンに立って水が入ったヤカンに火をかける。

 

「みんなお茶でええ?」

 

「私はいいけど…。壮大と真姫は?」

 

「お任せします」

 

「私もそれでいいわ」

 

「おっけー。分かったー」

 

のんちゃんは食器棚から人数の湯呑みを取り出し、お茶のパウダーを湯呑みにいれていく。

 

「1人暮らしなの?」

 

「そう言えばみんなには話していなかったわね。希のご両親は小さい頃から両親の都合で転校が多かったらしいのよ……」

 

「そう……」

 

割と大人数で押し掛けたにも関わらず、のんちゃん以外の家族がいなかったので真姫が聞いてみるとどうやら1人暮らしのようだった。

 

もしこれでリアクションしにくいような内容の話をされたらきっとここにいられる自信は無かったと思う。

 

「……そう言えばオレたちってのんちゃんの事詳しく知らないんですよね」

 

「確かに壮大たちがそう思うのは無理はないわね。希って自分の事をあまり話したがらないから……」

 

オレたちはお茶の用意をしているのんちゃんを見る。

 

「ん?どうしたん?」

 

お茶が入った湯呑みをお盆に乗せてオレたちがいるところへ歩いてくるところだった。

 

「希が自分の話をあまりしたがらないって話をしていたところよ……ありがと」

 

オレたちはのんちゃんから受け取ったお茶を飲み、みんなが湯呑みを置くのを見計らって真姫は核心を突いた。

 

「……ねぇ、ちゃんと話してよ。もうここまで来たんだから」

 

「そうよ。隠しておいても仕方ないでしょ?」

 

「別に隠していた訳じゃないんよ?えりちが大事にしただけやん」

 

「ウソ。μ'sが結成した時からずっと楽しみにしていたんでしょ?」

 

「そんなこと……ない」

 

「希!」

 

「うちがちょっとした希望を持っていただけよ」

 

またしてもオレと真姫には分からない2人だけの会話が繰り広げられ、痺れを切らした真姫がテーブルを叩く。

 

「いい加減にして!何時までたっても話が見えないわ!!

 

「真姫、落ち着け。叫んだら余計に話が拗れる」

 

「うっ…、そうだけど……」

 

真姫を宥めにかかり、落ち着きを取り戻した真姫はバツが悪そうな顔をして座り込む。

 

「……差し支えのないところまでで結構ですので話してもらえませんか?」

 

オレの一言を聞いてのんちゃんは無言になる。

 

「簡単に言うとね、希の夢だったのよ。」

 

「えりち……?」

 

のんちゃんの代わりに絵里ちゃんが話し出した。

 

「ここまで来て何も教えないわけにもいかないでしょ?」

 

「夢…?ラブソングが、ですか?」

 

絵里ちゃんは小さく首を横に振り、否定する。

 

「ううん。大事なのはラブソングかどうかじゃない。9人みんなで曲を作りたいって……。」

 

「1人1人の言葉や想いを紡いで…。本当に全員で作り上げた曲……そんな曲を作りたい。そんな曲でラブライブ!に出たい……それが希の夢だったの。だからラブソングを提案したのよ」

 

上手く行かなかったけどね……と笑っているが、絵里ちゃんの1つ1つ想いの乗った言葉がオレと真姫の心に突き刺さる。

 

「言ったやろ?ウチが言ってたのは夢なんて大それた物じゃないって」

 

「じゃあ……、なんなの?」

 

真姫がのんちゃんの願いを聞き、それが大それた物じゃなければ何なんだ?と問いかける。

 

「何やろうね?……ただ、曲じゃなくてもいい。9人が集まって力を合わせて何かを生み出せればそれでよかったんよ……。ウチにとってこの9人……壮くんも合わせると10人は奇跡だったから……」

 

「奇跡……ですか?」

 

のんちゃんの言葉に出てきた1つの単語が気になったオレはのんちゃんに聞いてみた。

 

「そう。ウチにとってμ'sは奇跡そのものなんよ……」

 

そう言ってのんちゃん本人の口からのんちゃんの知られざる過去の話をしてくれた。

 

 

 

 

 

 

転校、転校の連続でまともに友達も作ることができなかった小・中学校時代。

 

反対するご両親を説得して1人暮らしをしながら音ノ木坂学院に通うことにしたこと。

 

そこで昔の自分をそのまま映し出したような当時の絵里ちゃんを見つけ、自分から絵里ちゃんに歩み寄ったこと。

 

自分に自信が持てない女の子や誰よりも女の子らしいのに殻が破れない女の子…、人付き合いが苦手でいつも1人でいる女の子や自分の夢を諦めざるを得ない状況に立たされていた女の子。

 

そして廃校の危機から救うために立ち上がった3人の音ノ木坂学院生とその幼馴染である1人の男の子。

 

9人の女神とそれを後ろから支える1人の男の子が起こす奇跡にかけてみた。

 

だから人数が揃うまでオレたちの活動を影ながら支えていたのだそうだ。

 

「確かに歌という形になれば良かったのかもしれない。けど、そうじゃなくてもμ'sは何かもう大きなものをとっくに生み出してる。ウチはそれで十分…。夢はとっくに……1番の夢はとっくに……」

 

のんちゃんは自分に関する話を終えて、1度目を伏せてからまた目を開けた。

 

「だから……この話はおしまい。それでええやろ?」

 

「って希は言うんだけれど……2人はどう思う?」

 

絵里は笑顔でオレたちに話を投げかける。

 

「ナンセンスですね」

 

オレは絵里ちゃんの問いかけに即答し、鼻で笑った。

 

「今のこの話を聞いて既存曲で行くことに納得する人なんてのんちゃんくらいなもんですよ」

 

「そうね」

 

「フフッ……」

 

真姫と絵里ちゃんは笑いながらスマートフォンを取り出す。

 

そう言うオレも手の中にスマートフォンが握っている。

 

「まさか?!皆をここに集める気なん!?」

 

「いいでしょ?1度くらい招待したって……」

 

スマートフォンの画面を見せつけるようにする真姫。

 

そしてウィンク1つ。

 

「友達……なんだからっ♪」

 

 

 

 

 

 

「おっ邪魔っしまーっす!」

 

「遅いぞ、穂乃果」

 

穂乃果を最後にのんちゃんの部屋に10人全員が揃った。

 

「それにしても意外よね~、希がそんなことを考えていたなんて」

 

「ええやろ……別に」

 

にこちゃんが普段はイジり倒してくるのんちゃんにここぞとばかりにからかう。

 

「ん?これ何だろ?」

 

凛ちゃんはキョロキョロと回りを見渡すと、写真立てを目をつけてその写真立てに近付いて手にする。

 

「あっ!それはダメ!!」

 

のんちゃんが凛ちゃんから写真立てを奪い取り、写真立てを庇うようにしてみんなに背を向ける形で距離を取る。

 

「あーっ!希ちゃんが赤くなったにゃー!!」

 

「別にええやろ?うちだって、その……女の子なんやし…」

 

!?!?

 

普段はメンバーをからかう側なのにからかわれることに慣れていないためか、モジモジしながら赤くしている……だと………!?

 

「希ちゃん可愛いにゃーっ!!」

 

「もうっ!あんまり()をからかわないでよっ!!」

 

のんちゃんがいるベッドに向かってジャンプしてのんちゃんに近付くと、近くにあったクッションを凛ちゃんの顔に当ててガードする。

 

なんと言うかエセ関西弁を喋るのんちゃんが標準語を話す姿にギャップを感じるぜ!!

 

ナイスだ凛ちゃん!!

 

あとで機嫌直しを兼ねてラーメン1杯だけ奢ってやろう!!

 

「はいはい…、暴れないの」

 

のんちゃんがバタバタ暴れている間に静かに後ろに回り込んだ絵里ちゃんがのんちゃんをあすなろ抱きで静止させる。

 

抱き締められたのんちゃんの顔は凛ちゃん相手に暴れていた時とは別の赤さになっていく。

 

なんなの?なんなのなの?

 

ここにユリの花で作られた迷路のような花園でも作る気なの?

 

なんて不純なことを考えていると、視界の隅っこで窓から白い何かが降っているのが見えた。

 

「……雪だ」

 

「えっ!?ウソッ!?」

 

呟きにいち早く反応した穂乃果が窓に張り付くようにして外を見る。

 

「雪だぁーっ!!」

 

窓から見ることじゃ我慢できなくなった穂乃果は外に出て、みんな慌てて追い掛ける。

 

近くの公園に着くと普段はみんなの制止役である海未ですら注意せずに雪を見て想いを馳せている。

 

そしていつしかオレを含めてみんなが互いに背を向け合いながら円を作り、空を見上げていた。

 

そして降ってくる雪を両手で受け皿のようにそれぞれの胸の前で作る。

 

「想い……」

 

「メロディー……」

 

「予感……」

 

「不思議……」

 

最初に穂乃果が呟いたフレーズに続くように花陽ちゃん、海未、凛ちゃんと続いていく。

 

「未来……」

 

「ときめき……」

 

「空……」

 

「気持ち……」

 

真姫、ことり、にこちゃん、絵里ちゃんも続いて残るはオレとのんちゃんだけとなった。

 

先にオレのところに雪が降ってきたので片手で掴むようにフレーズを呟く。

 

「……勇気」

 

そして最後はのんちゃん。

 

みんなとは違い、空を見上げてフレーズを口にした。

 

 

 

 

「……好き」

 

 

 

それは誰よりもμ'sの事を想うのんちゃんにとってピッタリのフレーズだった。

 

 

 

 

 

 

 

それは歌詞担当の海未と作曲担当の真姫に任せ、オレと穂乃果の左側隣に並んで歩いて帰宅していた時の出来事だった。

 

穂乃果と何気無い会話をしていると前から息を荒くして丸々と太った男が歩いてきた。

 

「すみません。μ'sの高坂 穂乃果さんですか?」

 

「はい。そうですが……」

 

「実はこう見えてμ'sのファンなんです。よろしければ握手してもらえませんか?」

 

μ'sのファンだと名乗った男はパーカーのフードを深く被っており、こちら側から顔の確認が出来ない。

 

「はいっ!喜んで!!」

 

穂乃果は笑顔を浮かべ、左手を太った男に向かって差し出した。

 

しかし、穂乃果の左側に立っていたオレは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その男の手には包丁が握られていたのを。

 

 

 

 

「穂乃果ッッッ!!!!」

 

 

 

 

「へっ?」

 

 

 

 

 

___ドスッッッ!!!

 

 

 

 




夜の道に響き渡る鈍い音。

いったい穂乃果や壮大の運命はどうなる!?



何となく煽ってみました。


では、また次回お会いしましょう。



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第56話 片翼を無くした女神たち

オリジナルストーリー第2弾。

でもあまり長くならないように手短に終わらせるつもりです。

ここでシリアス力使いすぎると例のあのシーンでパワー不足になっちゃうかもだし…。

長くなりましたが……それでは、どうぞ。


~Side 松宮 壮大~

 

「ガッ……!?ハッ……!!!」

 

穂乃果を突き飛ばし、包丁は穂乃果を庇ったオレの脇腹に刺さった。

 

そして間髪入れずにオレの口と脇腹から大量の血が流れてきた。

 

「きゃぁぁぁぁぁあっ!!!」

 

突き飛ばされた穂乃果はオレの血を見て大声で悲鳴をあげた。

 

顔を男に向けたまま目だけ動かして穂乃果を確認すると、着ている服の肘や膝の部分に穴があいているだけで大きな怪我やキズは見当たらない。

 

よかった…。

 

穂乃果に包丁が刺さるという最悪の事態はオレが身代わりになることで回避することが出来た。

 

「ほの…か……」

 

「な…、なに!?」

 

「今すぐ……ここ…、から……全力で…逃げ……ろっ!」

 

穂乃果はコクコクコク!!と首を激しく縦に振ってから来た道を全速力で走っていった。

 

「逃がすかよっ!!」

 

そして男は穂乃果を追いかけようとオレの脇腹に刺さっている包丁を抜こうとするが、男の手首を力が続く限り強く握り締めた。

 

「なぁっ…!?なんだこのガキ!!何処にそんな力が残って…!!」

 

なんだこのガキ、じゃねぇだろ。

 

「いきなり人を…包丁…で…ぶっ刺そうと…する奴に……名乗る名前は…ねぇよ。それにあんた……ミュー……ズの…ファンじゃ……ねぇ…よな?」

 

「ふんっ!ポッと出のスクールアイドルの小娘の分際でツバサ様に刃向かった事をこの身で味合わせてやろうとしただけだ!」

 

だろうと思ったぜ…。

 

オレは男に向かってほくそ笑んだ。

 

穂乃果たちのライブをほとんど全部目を通してきたけど、この男のように丸々と太っている男なんざ見たことが無かった。

 

それに加えて穂乃果はネット生中継で行った最終予選の合同記者会見にて堂々の優勝発言をした。

 

A-RISEのファンからしてみればさっきの男のような考えを持つ輩は少なくはないはずだ。

 

まぁ……、まさかこんな過激な行動に出る奴が近くにいるとは思ってもいなかったけど。

 

何て冷静に考えてる場合じゃあないよな。

 

こうしている間にもドクドクと血が流れていて視界が霞み始めていている。

 

すると男は刺さっている包丁の柄の部分に手をかけた。

 

そして…、

 

「ぐあ"ぁぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

どうやらほくそ笑んだ事が男の怒りの琴線に触れたらしい。

 

追い討ちをかけるように捩じ込み、包丁を抜いた。

 

「……ガハッ!!!」

 

もう一度大量の血を吐き出すと同時にオレは血の水溜まりの中に倒れ込んだ。

 

この男を逃がしてはならない。

 

本能では分かっている筈なのに血を流しすぎたので身体が全く動かない。

 

何か手懸かりを…と思い、懸命に伸ばした右手は何かを掴んだ。

 

だが、それは呆気なく親指と人差し指で摘まんだ指の中に収まったまま血の水溜まりの中に力無く落ちる。

 

寒い…。

 

凍えるようだ…。

 

もう…意識…が…。

 

「ほ…………の……」

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いったいどれくらい走っただろうか。

 

不審者に襲われそうになった穂乃果を助けるために身代わりになってくれたそーちゃんが包丁で刺された。

 

そーちゃんに『逃げろ』と言われ、その命令に従って全速力で逃げ続けた。

 

途中で何度も何度も転び、穂乃果の服もところどころ破けている。

 

一心不乱に逃げ続けていると、目の前に自分の家が見えてきた。

 

私はお店の方の入り口のドアを思いっきり開け放った。

 

「お母さんっ!!」

 

「お姉ちゃん!?そんなに慌ててなんなの?……って!!どうしたのそのキズ!?」

 

店番としてカウンターに立っていた雪穂がボロボロの私を見てただ事ではないと感じ、すぐ私の元に駆け寄ってきた。

 

「お母さんはっ!?お母さんはどこっ!?」

 

「どうしたのさ!そんなに慌てて!!」

 

「そーちゃんが!!」

 

「壮にぃがどうしたのさ!!」

 

「そーちゃんが不審者に襲われて包丁で刺されたの!穂乃果の事を庇って!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

~Side 園田 海未~

 

 

不審者に襲われそうになった穂乃果を庇った壮大が包丁で刺された。

 

私は最終予選に向けた作曲をしていましたが、その事実を聞いて作詞をするときに使う大切な万年筆で放り投げて事情を説明した上で母に運転して貰って搬送された西木野総合病院へ向かいました。

 

「壮大!!!」

 

私が行く頃にはメンバーの全員が壮大の緊急手術が行われているであろう手術室の前にいました。

 

「壮大は!?壮大はどうなったのですかっ!?」

 

「落ち着きなさい海未!!」

 

気が動転してメンバーの誰かに状況を聞き出そうとしましたが、絵里に大声で怒鳴られ物凄い力でイスに座らされました。

 

強制的にイスに座らされると穂乃果のお母様が祈るように手を組みながら座っていて、その隣には雪穂も座っていていました。

 

「……雪穂。穂乃果はどうしたのですか?」

 

「お姉ちゃんなら家について今回の事を伝えると気を失いました。それで今はお父さんがお姉ちゃんの面倒を見てくれています」

 

穂乃果のお父様が近くについていらっしゃるのなら一先ず安心しました。

 

普段は無口ですが、人のためならどんなことでもできるような方ですから…。

 

穂乃果の安全が確保されたことに安堵の溜め息をつくのとほぼ同時に『緊急手術中』というランプが消え、扉の向こう側から執刀医の先生が出てきました。

 

「先生!壮大の具合はどうなんですか!?」

 

私が真っ先に駆け寄り、他のみんなも先生のところへ駆け寄ってきました。

 

「出血を止め、刺された傷口を縫合致しました。しかし、出血があまりにも酷すぎることと、もしもの事ですが傷口が開いてしまった場合こちら側でストックしている輸血パックでは2日とも持ちません。もしそうなると壮大くんの生命が危なくなってしまうというのが今の状況です」

 

「そ……、そんな…!!」

 

執刀医の先生の口から話されたことは私たちが思っていたよりも壮大の容態が危ないという状況でした。

 

「じゃあ凛たちの中でそーくんと同じ血液型の人の血液を使えばいいにゃ!」

 

「無理よ」

 

「……えっ?」

 

凛は壮大に合った血液型の人の血を使えばいいのでは?と提案しましたが、執刀医の先生よりも早く真姫が凛の意見を否定しました。

 

「どうして!?凛たちじゃ無理だって言うの!?」

 

「じゃあ、凛。聞くけどあなたの血液型は?」

 

「……A」

 

「残念だけど壮大はA型でもB型でもない。かといってO型でもないのよ」

 

「じゃあ何型だって言うの!?」

 

「…ボンベイタイプよ」

 

「…!それって……!!」

 

普段学校では保健委員を勤めていることりが反応を見せました。

 

私を含めてことり以外のメンバーはボンベイタイプと聞いても首を傾げる反応しか出来ませんでした。

 

「ことり…教えてください。ボンベイタイプとは一体何なのですか?」

 

するとことりはボンベイタイプについて詳しく教えてくれました。

 

話を要約するとボンベイタイプとは私たちが知っている通常の血液型検査ではO型と分類されるのですが、血清中の抗原では抗Hという極めて特殊な抗原が含まれているので通常のO型の血液では輸血が出来ないとのこと。

 

さらにボンベイタイプは地域差こそありますが、世界で100万人に1人の割合でしかいない極めて稀な血液型なんだそうです。

 

「……だから真姫ちゃんは私たちの血じゃ無理って言ったの。でもまさかそーくんがボンベイタイプだとは思わなかった…」

 

「だから私たちに残された道は1日でも早く壮大の目を覚ます以外信じるしかないのよ。…残念ながらね」

 

真姫が悔しそうに唇を噛み締め、俯いて病院の床を見ていました。

 

「……さぁっ、ここは私たちに任せてみんなは家で休んで」

 

「ですが!」

 

穂乃果のお母様はみんなを返そうとしますが、絵里がそう言うわけにもいかないといった表情で詰め寄りました。

 

「大丈夫よ。壮大くんならきっとすぐに目を覚ますわ。だから今はあなたたちが出来ることを精一杯やりなさい?」

 

「……はい」

 

私たちは穂乃果のお母様に諭され西木野総合病院をあとにしました。

 

それぞれがやりきれない感情を背負って…。

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

 

閉じていた瞼に朝日が突き刺さり、その眩しさで目を覚ます。

 

身体にまとわりつく布団や毛布を払い、ゆっくりした動作でベッドから降りる。

 

脳裏にこびりついた昨夜の出来事がフラッシュバックし、猛烈な吐き気に襲われてトイレに駆け込む。

 

胃の中には何も入っていないので噎せるだけで終わり、顔を上げた拍子に鏡に自分の顔が写し出される。

 

その顔は本当に自分の顔なのか?と疑いたくなるくらい血の気がなく、やつれていた。

 

もしそーちゃんがこの顔を見たら何と言うだろうか?

 

「……酷い顔」

 

自分で呟いた言葉を笑いながらストレートに言うんだろう。

 

そーちゃんの事を考えただけで少し体調が悪くなってきたのでもう一度ベッドに戻って眠ろうとするが、スマートフォンが何かを知らせるライトが光っていた。

 

私やそーちゃんも参加しているμ'sのグループチャットだ。

 

どんなやり取りが行われていたのか確認すると『最終予選はどうするか』についての議論が広がっていて、これまで通り最終予選に出場する派と今回の事を重く受け止めて辞退する派が丁度半々に分かれて議論していた。

 

ここまで歩んできた足跡を自分たちの手で絶つなんて……!!

 

それじゃあ前と同じ事の繰り返しじゃんか……!!

 

そんなのは絶対に嫌だ!

 

もうみんなの足を引っ張るなんてまっぴらだよ!!

 

 

 

 

もしかしたらそーちゃんが目覚めないかもしれない……?

 

……だったら私たちの歌声で起こしてあげればいいじゃん。

 

もしかしたらそーちゃんの声が聞けなくなるかもしれない……?

 

……だったら私たちが歌にしてそーちゃんの声になればいいじゃん。

 

 

 

 

そう思った私は強い決意を胸に、チャットで自分の意思を送信した。

 

 

 

『出よう。病室にいるそーちゃんに私たちの想いが届くように……!!』

 

 

 

 

 

 




壮大が出血多量により意識不明に陥りました。

それに伴い、オリジナルストーリー部では穂乃果視点に変更。(少年マンガ的展開になる感は否めなませんが…。)




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第57話 目を覚まさぬ間には……

今回は次回以降の繋ぎとして。

もしかしたら後日話の内容を大幅に話を変更するかもです。

では、どうぞ。




そーちゃんの意識が失ってから早くも5日が経った。

 

お医者さんの娘である真姫ちゃんの情報だとそーちゃんはまだ目を覚まさないらしい。

 

私たちμ'sはというと、この5日間の間ほとんど練習に費やした。

 

最初の方はあれだけの事件があったのでみんな動揺していたし、私自身もまだ夢に出てきたりフラッシュバックしたりすることだってある、

 

でも今は…、

 

「じゃあみんな!そろそろ練習始めよう!!」

 

「「「「「「「「はいっ!!!」」」」」」」」

 

今は目の前に迫った最終予選に向けて最高のパフォーマンスが出来るように練習を打ち込むだけだ。

 

……そーちゃんの心に響き渡るように。

 

 

 

 

 

~Side 園田 海未~

 

 

私とことりは練習が終わってから西木野総合病院内の壮大の病室にやって来ました。

 

簡単に言うと壮大のお見舞いです。

 

「あらあら。今日も来てくれたの?」

 

「えぇ…、まぁ……」

 

「あ、あはは……」

 

面会手続きを担当している看護師さんの問い掛けに、私は曖昧な相槌でことりは乾いた笑いで答えました。

 

実はというと穂乃果には内緒で壮大の手術が終わった次の日から毎日ことりと2人でお見舞いに来ているのです。

 

生まれた時から家族ぐるみの付き合いがある穂乃果には及びませんが、やっぱり私やことりも壮大とは長い付き合いですから目を覚ましてくれないと心配なんです。

 

「はい、確かに確認出来ました。時間が多少オーバーしちゃってもいいから壮大くんのお見舞いしてあげてくださいね?きっと彼も喜ぶだろうし、そうした方が早く目が覚めると思うから…」

 

「はい。ありがとうございます」

 

私とことりは看護師さんに頭を下げ、壮大が眠っている病室を目指して歩いて病室へと向かいました。

 

「そーくん、まだ目を覚ましてないんだね……」

 

「そうですね…。それだけ傷が深かったということなのでしょうか…?」

 

真姫の話では意識こそ戻ってないが容態は安定しており、緊急手術が終わった時に話していた最悪の事態については余程の事が無い限りまず大丈夫だろう、とのことでした。

 

ですが壮大の血液型…ボンベイタイプの輸血パックは日本全国に広がるあらゆる病院に問い合わせしてみても殆ど取り扱っていないとのことでしたので、油断はできないというのが現状らしいのです。

 

まったく…、壮大には呆れたものです。

 

これだけ多くの人が心配しているのにまだ目を覚まさない寝坊助な壮大が目を覚ました時にはたーっぷりと説教しないといけませんね…。

 

 

 

 

 

 

「壮大ー、入りますよー?」

 

「そーくん、入るよー?」

 

私とことりは夕日が差し込む壮大の病室へと足を踏み入れました。

 

病室の中で眠る彼はいつ見に来ても元気だった時とは程遠く、筋張った腕には痛々しいまでに点滴等のチューブが繋がれており…口元は酸素を供給するマスクで被われていました。

 

「じゃあことりは花瓶のお花とお水を変えてくるね?」

 

「…いつもことりばかりに任せて申し訳ありません」

 

「ううん。ことりが好きでやってることだから海未ちゃんは気にしなくてもいいよ」

 

ことりは殺風景にならないように持ってくる花と花瓶の中の水を入れ替えるため、一旦病室から離れました。

 

私は病室の中に備え付けられているイスを壮大が眠るベッドの近くに置き、顔が見える位置に調整してから座りました。

 

「…壮大。ラブライブの最終予選まで数えるほどになりました」

 

いくら問いかけても今の壮大に届かないことくらい分かっていますが、何故だか自分でも分からないのですがこうしていたくなるのです。

 

「1度ラブライブの道は諦めよう、という空気になりましたが穂乃果は出よう。と、自分で決意して今は最終予選に向けて日々の練習に打ち込んでいます。これもあなたが身を挺して穂乃果を守ってくれたお陰です。」

 

ですがやはり壮大がいない日常は寂しいものですね…。

 

って私はいったい何を考えているのです!?

 

これはその…、あれです!!

 

壮大がいつまで経っても目を覚まさないとかではなくてですね!!

 

って、なんで私は得体の知れない誰かに向かって言い訳してるのでしょう…。

 

やっぱり湿っぽい話をすると心が重くなってしまいますね。

 

少し話題を変えて見ましょうか…。

 

「そう言えばこの話を壮大にするのは初めてですね。最近ラーメン好きの凛がラーメンを食べるのを控えてるらしいのですが、その理由を知ってますか?『そーくんが目を覚ましたら凛と一緒に病室でラーメンを食べて貰いたいからにゃー!!』ですって…。ふふっ、おかしな話でしょう?」

 

この後、花瓶に新しい水と花を入れてきたことりが戻ってきて出来るだけ湿っぽい話にならないような話をしていると病室に入ってから1時間半を示す時刻を差していました。

 

「では、壮大。時間ができたらまたお見舞いに来ますね?」

 

「そーくんまた来るねー♪」

 

壮大の右腕が微かに動いたのが見えた気がしましたが、気のせいだと思った私はことりと共に病室を後にしました。

 

…早く目を覚ますとよいですね。

 

 

 

 

 

~Side 西木野 真姫~

 

 

「壮大…、入るわよ?」

 

いつもはり凛や花陽と来ている壮大のお見舞いに一人でやって来た。

 

病室に入ろうとしたのだが、海未とことりが先客としてお見舞いに来ていたようだった。

 

私は海未とことりを誰も入っていない壮大の病室の隣の個室の病室でやり過ごし、海未とことりが過ぎ去ってから病室に入った。

 

花瓶にはきっとことりが置いていったのであろう真新しい花が生けられていた。

 

相変わらずこういう気遣いができることりが少しだけ羨ましいわ…。

 

そう思いながらイスに座る。

 

壮大、あなたは今年に入ってから頑張り過ぎなのよ。

 

何で壮大がここまで目を覚まさないのか昨日パパに聞いたことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「とても他の人に言えることではないんだけど、壮大くん…彼の身体に相当な負担がかかっているんだ」

 

「負担?」

 

「他の科の先生が見たら『一体何をやっていたらこうなるんですか?』と動けることに驚きを隠せなかったみたいでね…」

 

そう言えば少し気になっていた。

 

壮大は私たちが朝練で走ったりするときは壮大も一緒に朝早く起きて朝練に参加する。

 

それから立華高校に登校し、たまにサボってるって聞くけどそれでも厳しい授業をこなす。

 

放課後には練習をするか、すぐに私たちのところに来る。

 

当然通学で使うロードバイクをほぼ全力で漕いでくる。

 

練習が終わってからも壮大の事だからかなり強度の高い練習をしているに違いない。

 

それに壮大の両親は自宅にはいない。

 

つまり毎食自分の手で作らないといけないし、掃除や洗濯も自分でやらないといけない。

 

それから体育科とは言えども中途半端な進学校よりも進行ペースが早い授業についていくための予習や、今までの授業の振り返りとしての復習もやっているに違いない。

 

さらに言えば自分の練習メニューや私たちの基礎練習の内容を考えたり

していることだろう。

 

突き詰めていくと1つの疑問が浮かび上がってきた。

 

壮大の睡眠時間はいったい何時間なのだろう…?、むしろ寝ているのだろうか?…と。

 

 

 

 

 

 

「ホントに底抜けのお人好しね…」

 

何もこんなに無理しなくてもいいのに私たちのために時間を使ってくれる。

 

そんなだからみんな壮大の事を信頼するのかもね…。

 

私は未だに眠り続けている壮大の頭を撫で、普段は整髪料かなにかで纏めている彼の髪をくしゃくしゃにする。

 

きっと壮大が起きたら…海未の事だから『少しは自分の身体の事くらい気を遣ってください!!』って怒るかもね…。

 

もしそれでへこんでいたらちょっとは優しくしてあげようかしら…?

 

いや、私じゃなくても普段から優しいことりとかが壮大の事を見るだろうから私は特にやらなくてもいいのかな…?

 

まぁ何にせよ早く目を覚まして貰わないことには始まらないわよね。

 

そして早く目を覚まして私たちの歌をその耳でしかと聞いてもらわないとねっ!

 

「よし…」

 

私は外にいる患者さんや看護師さんに聞かれないような声で気合いを入れる。

 

壮大が目を覚ましてビックリさせるくらいのパフォーマンスを披露してやるんだから……。

 

 

「ちゃんと聞いてなさいよねっ?」

 

 

私は壮大に声をかけ、病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

そして壮大が目を覚まさないまま最終予選当日の朝を迎えることとなった……。

 

 

 

 

 



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第58話 最終予選当日……そして

お待たせしました。

テレビアニメ第9話分始まります。

今話から話の内容が徐々に増えて行くことが予想されます。

それでは、どうぞ。


「…………」

 

最終予選当日。

 

朝から東京にしてはかなり珍しい雪が降っていた。

 

希のμ'sに対する思いをみんなに打ち明け、そこからみんなで出しあったキーワードを入れ込んだ新曲を作ってダンスや歌のレッスンに明け暮れて来た私たち。

 

練習もサボることもなく、できることは全てしたつもりだ。

 

かといって今日まで順調にやって来たか、と問われればみんなはきっと首を横に振るはずだろうと私は思う。

 

何故なら今まで私たちとラブライブ優勝という目標を共に歩んできた壮大の意識がまだ戻っていないのだ。

 

峠は越えたというものの、顔にこそ出さないけれどみんな壮大のことを心の底から心配しているに違いない。

 

だから今日は最終予選が終わったら、みんな一緒に迷惑も承知で壮大の病室へと押し掛けるつもりだ。

 

そのためにはまず最終予選で現王者であるA-RISEや他のグループにも勝たなくては…。

 

でも…、私たちは本当に勝てるのだろうか?

 

「……お姉ちゃん?」

 

寝起きの状態から櫛で髪を鋤いてからいつもつけているシュシュでいつもの髪型にしていると部屋のドアが開き、廊下から亜里沙がやって来た。

 

「亜里沙…。おはよう」

 

「おはようじゃないよ!行かなくていいの?穂乃果さんたちはもう出たって雪穂が…」

 

亜里沙が話してきたのは穂乃果たちの行動の事だった。

 

私は亜里沙に事情を説明する。

 

「大丈夫よ。穂乃果たちは今日学校で説明会があってそこで挨拶しないといけないから、1度学校に行って、それから会場に来るのよ?」

 

私はそう言いながら外を眺めて体をゆっくり伸ばす。

 

すると…、

 

「ねぇお姉ちゃん?」

 

「ん?なぁに亜里沙?」

 

「……緊張してる?」

 

「えっ……?」

 

「バレエのコンクールの時と同じ顔…してる」

 

亜里沙に指摘され、ガラス越しに映る自分の顔をみる。

 

そこには私の表情はμ'sに入る前の……『生徒会長としての責務を果たさないといけない』と考えていた頃の表情になっていた。

 

すると亜里沙が近づいて私の左手をギュッて握りしめてきた。

 

亜里沙の手の温もりが私の手から伝って身体や心にじんわりと温もりを感じた。

 

「大丈夫!みんなお姉ちゃんの味方だよ!」

 

その時、私が抱いていた緊張感や恐怖心が消えていく。

 

そうだ。

 

私はもう1人じゃない…。

 

「ありがとう、亜里沙」

 

私は頬を緩ませ、亜里沙の頭を優しく撫でる。

 

すると玄関に備え付けられているインターホンが鳴った。

 

玄関のドアを開けると…、

 

「希…」

 

マフラーと手袋を身に付けた希が立っていた。

 

「まだ着替えてなかったん?」

 

そう指摘され、まだ寝ていたときの服装だったことに気が付いた。

 

「ちょっと待ってて…、すぐ用意してくるわ」

 

「えりち…」

 

妙に深刻そうな声で呼び止められたので振り返る。

 

「もしかして緊張してる?」

 

「…さっきまでね!」

 

希を待たせちゃ悪いから急いで着替えるために中に戻る。

 

「あっ…、準備ができるまで中に入って待ってる?」

 

「じゃあ…お言葉に甘えてっ!」

 

どうやら希でもこの寒さは堪えるらしい。

 

希は笑顔で私の家に入った。

 

 

 

 

 

~Side 星空 凛~

 

 

「寒いにゃーっ!!!」

 

凛はかよちんと一緒に真姫ちゃんの家の前で真姫ちゃんが来るのを待っていた。

 

かよちんはタイツを履いているけど、凛は膝下のソックスを履いていて足が剥き出しになっているので余計に寒く感じる。

 

なのでその場で真姫ちゃんを待ちながら足踏みをする始末。

 

うぅ……、こんなことになるのならかよちんと同じタイツを履いてくればよかったにゃ…!!

 

「こんな天気でホントにライブなんてやるのー!?」

 

「予定通りあるみたいだよ?」

 

「えぇー!?」

 

ホントにやるの!?

 

こんな天気なのに!?

 

「お昼頃から晴れる予報だし大丈夫じゃないかって…」

 

「寒いだけでも辛いにゃーっ!!」

 

その場で飛び跳ね、理不尽だけどお天道様に抗議する。

 

「でも、凛ちゃん」

 

「ん?」

 

「頑張ろうねっ!」

 

かよちんに言われさっきまでかんがえていたことが何処かへ吹き飛んでいった。

 

「もちろんにゃ!」

 

寒いけどこの日のために…、みんな同じ夢に向かってここまで来たんだ。

 

かよちんに向かってグッと握り拳を作ると、真姫ちゃんの家の門が開いた。

 

「お待たせ」

 

「お待たせじゃないにゃ!!遅いよー!!」

 

ようやく準備が整った真姫ちゃんが凛たちの前にやってきた。

 

「言ったでしょ?だから待っててくれなくてもいいって…」

 

「むーっ…、にゃっ!!」

 

凛はそんなつれない態度を取る真姫ちゃんの両頬を挟み込んだ。

 

「冷たっ!!」

 

「待たせた罰だ…よっ!!」

 

真姫ちゃんがパタパタ暴れながら抗議するけどそんなこと知ったこっちゃないにゃ!!

 

「離しなさいよ!!それにしょうがないでしょ!!」

 

手を離すと右手には傘を持っているけどその他に買い物袋がぶら下がっており、左手には小さな赤いお弁当袋を持っていることに気が付いた。

 

「…どうしたの?」

 

「これ…。マ…、お母さんがみんなにって……」

 

「……これは?」

 

「カツサンドよっ!!」

 

真姫ちゃんが凛たちに押し付けるようにお弁当袋の中に入っている物を強調する。

 

カツを食べて試合に勝つって奴かにゃ……?

 

真姫ちゃんのお母さんもシャレが聞く人みたいだにゃ!!

 

「それに…、凛と花陽も壮大のお見舞い行くでしょ?」

 

「「えっ……?」」

 

「今日が最終予選なんだもの。試合前に自分の心を確認するのも悪くないでしょ?」

 

凛たちは一度顔を見合せてから、真姫ちゃんの提案に対して大きく頷いた。

 

 

Side out

 

 

 

 

~Side 矢澤 にこ~

 

 

「にっこにっこに~!」

 

「にっこにっこにー!」

 

こころとここあが最終予選を控えているにこのために応援してくれている。

 

でも何だか違うような気がする…。

 

ここは1発お手本を見せないといけないわね……!!

 

「にっこにっこにー!!」

 

「「おぉー!!」」

 

フフン!にっこにっこにーはこうやってやるものよ!

 

こころとここあが感嘆している声を聞き、少し鼻が高くなる。

 

「やっぱり本物は違うね!!」

 

「えぇ!さぁ、もう一度お姉さまにエールを送りましょう!」

 

「うんっ!にっこにっこにー!」

 

「にっこにっこにー!」

 

こころとここあが一生懸命にこにエールを送っており、その感激のあまり両腕を広げてこころたちを包み込むように抱き締める。

 

「絶対最終予選突破するからね!」

 

「そうですよね!お姉さまがいてのμ'sですもんね!」

 

「ぅえっ!?」

 

「一緒になったと言ってもお姉ちゃんがセンターなんでしょ?」

 

「えぇっとぉ……、当然でしょ!?私が居なければμ'sは始まらないんだから!」

 

同い年の絵里や希に比べて一回りも二回りも小さい胸を張って宣言する。

 

はい、そこ。

 

何か言いたいことがあるならいいなさいよ。

 

私だって好きで貧乳になった訳じゃないんだからね?

 

誰かに向かって言い訳していると、ベランダに続く窓が勢いよく開いた。

 

「ヒィッ!?」

 

私は驚きのあまり、ビックリした拍子に思いっきり尻餅をついてしまった。

 

「いったぁ…、って!?虎太郎!?」

 

「静かにしなよ!」

 

ここあが注意するも、虎太郎は『出来た』の一言だけしか言わなかった。

 

「え?」

 

出来た?

 

何が出来たというのだろう……?

 

ベランダまで見に行ってみると、そこには私をセンターにした横一列に並んだ9体の雪だるまが飾られていて、少し離れたところに少しだけサイズが大きい雪だるまも飾られていた。

 

「これって…」

 

「μ's……」

 

虎太郎も虎太郎なりに私たちへのエールを送っているのだろう。

 

それを察した私は虎太郎の頭に手を添えてお礼の言葉を述べる。

 

「ありがと」

 

「頑張れ~…」

 

「うんっ。お母さんに会場まで連れてきて貰いなさい」

 

隣に座っていたこころにも虎太郎と同じように頭の上に手を添える。

 

「私がセンターで思いっきり歌うから!」

 

「ホント!?」

 

ここあが『センター』という単語を聞き、目を輝かせる。

 

だってμ'sは……。

 

「だってμ'sは……全員がセンターだから!」

 

意気込みをこころたちに語っていると、インターホンが鳴った。

 

「誰だろ?」

 

「私が見てくるわよ」

 

玄関のドアまで駆けていき来客を確かめるように小さく開けると、思わず眉間にシワを寄せる。

 

何故ならそこには…、

 

「にこっち!おはよ!」

 

防寒具を身に纏った絵里と希が立っていたからだ。

 

「なんであんたたちが来るのよ……」

 

門前払いで玄関のドアを閉めようとするも、希のローファーでドアを閉めないように妨害する方が速くて思わず驚嘆の声をあげた。

 

「希がね…3人で行きたいって」

 

「なんで!?」

 

声を荒げて理由を聞き出す。

 

なんで3人で行きたがっているのか意味が分からない。

 

「うちやないよ…、カードがね。一度くらい3人で行かないと後悔が残るかもしれないって…」

 

「何よそれ……」

 

相変わらずのとんでも理論ね…。

 

「相変わらず素直じゃないでしょ?」

 

素直じゃないのは希だけじゃないわよ。

 

まったく…、この2人はいつも素直じゃないんだから。

 

少しくらいにこみたいに素直になってもいいんじゃないかしら?

 

「待ってて。すぐ準備するわ」

 

ドアを閉めようとするけど、このまま冷え込んでいる外で待たせるのも気が引けてしまった。

 

「外寒いんだから…、中……入ってなさいよ」

 

「ふふっ…、それじゃあお言葉に甘えて上がらせてもらうわ」

 

「ほな、お邪魔するでにこっち!」

 

「ふんっ!」

 

感謝の言葉に私は小恥ずかしくなり、そっぽを向く。

 

そして私は絵里や希を待たせるのも悪いと思い、最終予選の会場へ向かう為の準備をしに部屋に戻る。

 

まぁ、でも…。

 

絵里と希…3人で一緒に行くのもなんだか悪くない気がしてきたわね…。

 

「あっ……。ねぇ、えりち。にこっち……」

 

「ん?」

 

「何よ?」

 

「えっとね…、会場に行く前にちょっと寄りたい場所があるんやけど……」

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

「「「あ……」」」

 

「「「ん……?」」」

 

西木野総合病院内…壮大の病室の前。

 

希が『壮大のお見舞いをすることで自分たちの心を確認しよう』、と提案してきて私たちは壮大のお見舞いにやってきた。

 

スライド式のドアを開けるためドアの取っ手に手をかけようとすると、反対側からも取っ手に手をかけようとしている人がいた。

 

「絵里ちゃん…?」

 

「希に…にこちゃん?」

 

「凛に花陽…真姫まで!?」

 

「どうしたん?凛ちゃんたちもお見舞い?」

 

事情を聞いてみると、凛たちも私たちと同じ考えだったようだ。

 

ここにいても仕方ないので壮大の病室に入る。

 

ベッドの上で横になっている壮大はまだ目を覚ましておらず、私たちは壮大を取り囲むように立つ。

 

「壮大。今日はいよいよ最終予選よ。今日で夢の続きが見られるのか決まるわ」

 

6人を代表して私が壮大に語りかける。

 

「正直私は今日を迎えるのが怖かった。『もしかしたらA-RISEや他のグループに負けるんじゃないか』って……」

 

心が押し潰されそうにもなったこともある。

 

でも、朝起きたときに亜里沙の顔や希の顔を見て恐怖心は無くなった。

 

「でも、私たちが今までやって来たことが無駄じゃないって事を私たちが証明してみせるわ」

 

じゃないと…、私たちの晴れ舞台見逃すことになるわよ?

 

目を覚ましてないから聞いていないかもしれないけど、私から壮大に言いたかったのはこれだけ。

 

その後もそれぞれが自分の想いを目を覚まさない壮大に伝え、みんなで顔を見合わせてから壮大の病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレの心音に合わせて電子音が鳴り響く。

 

ついさっき誰かが来ていったみたいだ…。

 

でもそれが誰なのかは分からない。

 

そして冷えきっていたはずの感覚が徐々に戻ってくるのが分かった。

 

そして…、

 

「うぅっ……」

 

瞼に光が差し込み、眩しさで目を開いた。

 

オレは人知れず誰にも気付かれずに長き眠りから目を覚ました。

 

 

 

 

 




壮大、復活!

でもまだメンバーのみんなは壮大が復活したことは知りません。

なんで伝えないのかって?

だってせっかく結束が強くなっているのに目を覚ました、って連絡が入ると緊張の糸が切れちゃうかもしれないじゃないですか。



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第59話 みんなの想いを乗せて

~Side 高坂 雪穂~

 

「雪穂ー、壮大さんのお部屋ってここー?」

 

「ちょっと亜里沙!病院なんだから走っちゃダメだよ!」

 

午後から晴れる予定だった天気は段々暴風雪に近くなってきたため、亜里沙と共に早目に行動に移した。

 

そのお陰で本格的に荒れる前に壮にぃが入院している西木野総合病院に辿り着いた。

 

今ではもうだいぶ荒れてきているが、元々雪国であるロシアの生活が長かった亜里沙いわく『これくらいのブリザードはロシアでは普通』なんだそうだ。

 

じゃあこれよりも凄いブリザードって一体どんな恐怖が……。

 

「ついたー!」

 

ブリザードについて考え込んでいたら壮にぃの病室の前に辿り着ついていた。

 

亜里沙は私よりも先に壮にぃの病室に入ろうとしてドアの取っ手に手をかけ、ドアを開けるがその過程で止まってしまった。

 

「亜里沙?どうしたの?」

 

「……ウソ」

 

病室の遠くの方を向いたまま呟く。

 

その様子は私でもおかしいとすぐ気が付き、急いで亜里沙の後ろに立った。

 

そこには…、

 

「雪穂……?それに亜里沙ちゃん?」

 

ずーっと眠ったまま目を覚まさなかった壮にぃがベッドから身体を起こして、こちらを見つめていた。

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

目を覚まして現状を把握しきれていない状態で雪穂と亜里沙ちゃんがやってきた。

 

起きている姿を見た亜里沙ちゃんがオレを抱き締められながら泣かれてしまい、それが原因で余計に状況が分からなくなってしまった。

 

そして泣き疲れた亜里沙ちゃんはオレの脚を枕代わりにして突っ伏して眠ってる亜里沙ちゃんの頭を撫でながら、オレが眠っている間の出来事を中心とした話を雪穂の口から聞いた。

 

何でもオレは最終予選に向けた新曲を作るきっかけとなった日の夜、不審者から穂乃果を守ろうと身代わりになって腹部を刺されてから今の今までずっと目を覚まさなかったこと。

 

腹部からの出血が多すぎて一刻も争う事態になっていたこと。

 

オレを刺した犯人は未だ捕まっていないこと。

 

これを受けて最終予選に出るか出ないかという話し合いも穂乃果が最終予選には出よう、と決めたこと。

 

そして今日がその最終予選の当日だということ。

 

一度にいろんな事を聞かされたオレは……、

 

「……そうか。オレが眠っている間にそんなことが……」

 

何とか理解する事が出来たが、率直な感想しか口にすることができなかった。

 

「うん…。最初の方はお姉ちゃんも自分を責めてたよ。『私があんな事言い出さなかったらそーちゃんが刺されることはなかった筈だ』って」

 

「でも穂乃果はその心を強引に圧し殺して最終予選に出よう、と……」

 

「うん。少なくとも私にはそう見えるよ…。お姉ちゃんはどう思ってるか分からないけど……」

 

どうだろうな…。

 

穂乃果の事ならだいたいは分かるつもりではいるけれど、穂乃果の気持ちだけはあいつにしか分からないからな…。

 

「まぁ何はともあれ壮にぃが目を覚ましてよかったよ!これで安心してμ'sのみなさんに報告できるよ!」

 

「いや、その事なんだがみんなには報告しないでおいてくれると助かる」

 

「へっ!?なんで!?」

 

きっと穂乃果やことり、もしくは海未に報告するつもりでコートのポケットの部分からスマートフォンを取り出そうとするが止めさせた。

 

「ここでオレが目を覚ましたって報告したらさ、きっとここまで張り詰めてきた緊張の糸が途切れさせてしまうかもしれないと思うんだ。だから本番に向けて集中力や緊張感を高めていってるみんなの重石にはなりたくない……」

 

「……ふーん。壮にぃがそう言うならそうする」

 

「まだ眠ったままだけど、もし亜里沙ちゃんが目を覚ましたらそう伝えといてくれねぇか?」

 

「……分かった」

 

まだ少し納得いってない様子だけど、何とか言うことを聞いてくれてスマートフォンをまた元のコートのポケットに入れた。

 

「でもお姉ちゃんたち…、この天候で無事に会場につけるのかな…?」

 

雪穂が視線を病室の窓へと向ける。

 

外は……強風と共に雪が容赦なく吹き荒れる暴風雪となっていた。

 

 

 

 

 

~Side 絢瀬 絵里~

 

 

一足先に会場入りした私たちは会場の規模の大きさに圧倒された。

 

それだけじゃなく先程A-RISEの3人と邂逅し『絶対に負けない』と鋭い目付きで言われ、改めて私たちが立ち向かう相手は強敵だと言うことを再確認した。

 

そろそろ準備を始めないといけない時間帯に差し掛かった私たちだったが、学校で説明会に出席した2年生の3人がまだ会場入り出来てなかったので、最初は穂乃果に電話をかけるが話し中だったのでことりに電話をかけた。

 

「雪……止まないね」

 

「晴れるって言ってたのに……」

 

電話を繋げてる最中に希と真姫がまだ降り続けている雪を恨むように呟く。

 

「それで…、穂乃果たちは?」

 

『もしもし?絵里ちゃん?』

 

にこの問いかけに答えようとしたが、ことりとの電話が繋がった。

 

「ことり?今どこにいるの?」

 

『まだ学校なんだけど……、学校から動けないの』

 

「え!?動けない!?」

 

まさかの事態になっていたとは思わなかった私は驚きのあまり、声を大にして叫んだ。

 

それを聞いたみんなは私の回りに集まり、私は通話モードからスピーカーモードに切り替える。

 

『そうなの…。雪の影響で電車が止まっちゃったらしくて……』

 

「そんな……」

 

甘く見ていたつもりはなかった。

 

ただ、電車が止まったとなると学校から会場に来るまで時間がかかる。

 

『今、穂乃果ちゃんのお父さんに車を出してもらおうと……』

 

『ダメ!!道路が全然動かないって……!!』

 

電話から切羽詰まった穂乃果の悲痛な声を聞いて、みんなは動揺を隠せないでいた。

 

電車や車といった交通手段が断たれてしまった今、移動手段は徒歩しかなくなってしまう。

 

だけど今から歩いて会場まで来るとなると…。

 

そう思った私は身に付けていた腕時計で時間を確認する。

 

……ギリギリもいいところね。

 

「……とりあえずどんな手段を使ってでもいいから間に合うように来てちょうだい」

 

私はことりと繋いでいた通話を切った。

 

「……来られないの?」

 

真姫が心配そうにこちらの様子を伺ってくる。

 

もし穂乃果たちが来られなかったら私たちの勝機がガクッと下がる。

 

もしそうなったら…。

 

いえ、それ以上考えるのはやめておこう。

 

「信じましょう。あの子たちの運の強さを……」

 

 

 

Side out

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

「どうしよう……?」

 

「ここまでやってきたというのに……!」

 

ことりちゃんや海未ちゃんが交通手段の全てが封殺され、もしかしたら会場に間に合わないかもしれない戸惑いやここまでやってきて努力が水の泡になってしまう不甲斐なさを滲ませていた。

 

そんなのは絶対イヤ!!

 

心に決めたんだ!!

 

私たちの歌声で……私たちの想いでそーちゃんの目を覚まさせるんだって……!!

 

「……走っていこう」

 

「えぇっ!?ほ…、穂乃果ちゃん!?」

 

「本気で言ってるんですか!?この雪道を!?」

 

私の提案に驚く2人。

 

「本気だよ!開演まであと1時間もあるんだよ!?今から走っていけばまだ間に合うよ!」

 

「でも、外は…」

 

ことりちゃんが不安そうに外へ視線を向ける。

 

確かに玄関の出入り口から見えるのは容赦無く吹き荒れる暴風雪が見える。

 

だけど…、ここで止まってなんかいられない!!

 

「穂乃果の言う通りです!残念ながら今は考えている時間がありませんし、今の状況を考えると走っていくのが最速の移動手段です。走って会場に向かいましょう!!」

 

「海未ちゃん……!!」

 

私の意見に海未ちゃんは賛同してくれた。

 

ことりちゃんは少し不安そうな顔をしていたけど、私の意見に賛成して、私たち3人は学校から走って会場に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

「そんな…!もうこんなに雪が…!!」

 

「それに…、さっきより激しくなってる!」

 

今までの降雪が嘘のように激しい風雪となって私たちに襲い掛かってきた。

 

一応傘をさしてはいるけど、とてもじゃないが大丈夫とは言えない状況だった。

 

「これでは、例え向かったとしても会場に間に合うかどうか…」

 

海未ちゃんの呟きがこの外の状況と重なり、私たちの不安はより一層に駆り立てられる。

 

もしかしたら最終予選に本当に間に合わないかもしれない…。

 

もう…ダメなのかな?

 

絶望の縁に追いやられそうになっていると隣にいたことりちゃんが話す。

 

「行こう、穂乃果ちゃん!」

 

「ことりちゃん…?」

 

「死ぬ気でやれば怖くなんかないよ!行こう!!」

 

さっきまで不安そうな表情をしていたことりちゃんが、覚悟を決めた表情をしていた。

 

「この日のために頑張ってきたんだもん!きっとやれるよ!」

 

「ことり……」

 

ことりちゃんの言葉は本気だった。

 

「みんなが待ってる!」

 

そうだ。

 

私たちよりも先に会場入りした絵里ちゃんたちや病院でまだ眠っているそーちゃんが待ってるんだ!

 

だから……行かなきゃ!

 

行かなきゃダメなんだよ!!

 

私は意を決して学校の昇降口を飛び出し、私は激しく雪が降る中、走って行った。

 

「うぉぉぉおッ!!」

 

「穂乃果!!」

 

「うぉぉッ!……っとっとっとぉ!?」

 

だけど満足に歩けないことと、強風に煽られた事もあって走っている途中でバランスを崩し、雪の上で転んでしまう。

 

「穂乃果ちゃん!」

 

ことりちゃんと海未ちゃんは私の所へ歩み寄る。私は差し伸べられたことりちゃんの手を握って立ち上がり服についた雪を払う。雪が服全体についていたからとても冷たかった。

 

「うぅ…、冷たい……!」

 

「くっ…!足に雪がまとわりついて…」

 

「だけど…、行こう!2人とも!!」

 

「うんっ!」

 

「はいっ!!」

 

私は海未ちゃんとことりちゃんに声をかけて、再び会場に向けて歩き出す。

 

だけど強い風を受け続ける私たちはなかなか前に進めなかった。

 

強風に負けないように1歩1歩歩みを進めていくうちに時間がどんどん無くなっていく。

 

このペースで行けば会場にちゃんと着くのかどうか分からない。

 

下手をすれば時間に間に合わなくて、ライブが出来ないかもしれない。

 

そうすれば、みんなで目標にしてきたラブライブの本戦に出られなくなってしまう。

 

それだけは嫌だ!!

 

この日のために頑張ってきた事が全て無駄になっちゃうのが嫌だ!!

 

私たちは一歩一歩を出来るだけ早足で歩いて行った。

 

けれどやっとの思いで校門に来た所で、風雪が私たちの行く手を阻むように前に立ち塞がった。

今度こそもうダメかもしれない…

 

私の心がへし折られそうになったその時……、

 

 

 

 

 

 

 

「諦めちゃダメッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ことり…、ちゃん…?」

 

「せっかく…、せっかくここまで来たんだから!!」

 

ことりちゃんが大きく叫んだ。

 

海未ちゃんもことりちゃんに続いて想いを叫ぶ。

 

「私だって……!私だってそうです!!いつまでも2人の背中を追いかけてるだけじゃない!やりたいんです!!私だって……誰よりもラブライブに出たいんです!!!」

 

「海未…、ちゃん……」

 

2人の言葉はラブライブの本戦に出たいという一心。

 

ラブライブの本戦に出たいという2人の言葉が、強い気持ちが折れかかった心を繋げるように伝わってきた。

 

「私たち9人だけじゃない!壮大を含めた10人で……!最高の結果を残したいんです!!」

 

「行こう!穂乃果ちゃん!!」

 

「行きましょう!!」

 

そうだ……!

 

行くんだ!!

 

ラブライブに出たい!!

 

いや…、()()()()()()()()()()!!

 

だから……!ここで諦めたらダメなんだ!!

 

「うんっ!!」

 

私は海未ちゃんの言葉に頷き、荒々しく吹き荒れる暴風雪に耐える。

 

校門を出ると暴風雪が止み、雪もまた穏やかにしんしんと降り始めた。

 

私はゆっくり傘を持ち上げると目の前には驚きの光景を目にした。

 

それには海未ちゃんもことりちゃんもそれを見て驚いていた。

 

「えっ!?」

 

「これって…?」

 

「どういう事…、ですか?」

 

それは学校前の階段からずっと一本道に雪かきをされていて、道が開けていた。

 

「遅いわよ!」

 

「「「!!」」」

 

階段の横にいてウィンドブレーカーを着込んでいたヒデコが声を掛けてきた。

 

「また少し積もっちゃったじゃない!」

 

ヒデコの横にいたミカがスコップを持ち、積もった雪を掻いていた。

 

私たちはこの目の前の光景に驚き過ぎて状況を飲み込めなかったけど、ヒデコたちが雪掻きをしてくれた事だけは理解する事が出来た。

 

「これ…、みんなが?」

 

「うん。さっきやけに背が高くてガッシリとした男の人に『最終予選会場までの道の雪を掻いてやってくれ』って言われてね…』

 

「その人が『穂乃果たちにこれを』って…」

 

ヒデコがそう言いながら目の前に3足のブーツを私たちの前に置いた。

 

「……これは?」

 

「スノーブーツ。『サイズが合うかどうかは分からないけど、その辺は大目に見てくれ』ってさ」

 

渡されたスノーブーツに履き替えると、驚くほどピッタリだった。

 

それはことりちゃんと海未ちゃんも同様だった。

 

「……どうして?」

 

「電車が止まったっていうから、みんなに呼びかけたんだ。『穂乃果たちのために集まってくれ~』って……」

 

ミカが片方の手に握られたスマートフォンを振りながら答え、そして後ろを向いた。

 

「そしたらさ…、来たんだよ。『全校生徒全員』が」

 

「えっ?」

 

視線を少し遠目に向けるとフミコを中心に指示を飛ばし、雪を掻いてくれていた。

 

その光景を見て視界が涙で滲んできた。

 

「みんな…、バカだよ。なんで私たちのために……」

 

穂乃果を庇って包丁で刺されたそーちゃん然り、私たちのために積もった雪を掻いてくれた音ノ木坂のみんな然り…。

 

私の呟きにヒデコが答える。

 

「みんな音ノ木坂が好きなんだよ。歴史だとか伝統だとか関係ない。今ここにある音ノ木坂がみんな大好きなんだよ…。穂乃果と同じようにね」

 

「ヒデコ……」

 

「さぁ!話はこれで終わりだよ!!行け穂乃果!音ノ木坂のみんなの想いを乗せて会場まで駆け抜けろ!!」

 

「うん!」

 

涙で滲んだ目をコートの袖口で擦り、みんなが作った道だけを見据える。

 

「行こう!海未ちゃん!!ことりちゃん!!」

 

「うんっ!」

 

「はいっ!!」

 

私は海未ちゃんとことりちゃんと、音ノ木坂のみんなが作ってくれた道を走って、会場に向かった。

 

会場に向かうまでの道のりで多くの学院生からエールを貰った。

 

それがとても嬉しかった。

 

その度に涙が出そうになり、その度に袖口で涙を拭った。

 

そして走り始めてから十数分…。

 

「穂乃果~!!」

 

「穂乃果ちゃーん!!」

 

その声が絵里ちゃんと凛ちゃんの声だとすぐに分かった。

 

その2人が大きく手を振っている後ろでみんなが待ってくれているのが、ちゃんと見て取れた。

 

やっと辿り着いた。

 

私たちが目指してきた予選の会場に間に合ったんだ!!

 

それまで我慢してきた感情が溢れ出してきて、今日だけで何度目か分からない涙が浮かんできた。

 

そして…、

 

「絵里ちゃん!!」

 

「穂乃果!!」

 

絵里ちゃんが広げて待ち構えていた腕の中に飛び込んだ。

 

寒かった。

 

怖かった。

 

みんなで結果を残せるのはこれで最後になるかもしれないと思ってみんなで今日まで頑張ってきたのに何にも残らないかもしれない。

 

そう思うだけでとても悲しかった。

 

いろんな感情が混ざり合い、絵里ちゃんの腕の中で泣き続けた。

 

みんなも感極まって涙ぐんでいた。

 

「でも…、みんなまだ泣くのは早いんじゃない?」

 

目尻に浮かぶ涙を拭い取る真姫ちゃんの一声にみんな振り向いた。

 

「まだ私たちにはやるべき事が残ってる……違う?」

 

そうだ。

 

ここがゴールじゃない。

 

まだ私たちにはやらなければならないことが残っている。

 

「さぁみんな!控え室に戻って準備に取り掛かるわよ!!」

 

「「「「「「「「はいっ!!!」」」」」」」」

 

私たちはみんなで控え室に戻って準備に取りかかった。

 

 




今回は前書きはナシで!

実は(テレビアニメ第9話分)もうちょっとだけ続くんじゃよ……

その『もうちょっと』は執筆中でございます。

次でテレビアニメ第9話分……終わるといいなぁ。(願望)

次回もお楽しみに!!




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第60話 Heart of Melody

今話でテレビアニメ第9話分が終わります。

相変わらず話の終わり方が強引ですけどね…。

それでは、どうぞ!!


雪穂と亜里沙ちゃんが病室から退室していったのを見計らって検診の時間だったみたいで、若いナースさんにオレが目を覚ました事が驚きのあまり急いでナースステーションに戻って報告しにいった。

 

それからというもの、身体の異常がないかを確かめるためにいろんな検査をするためにストレッチャーに乗せられたまま総合病院内を駆け巡りようやく落ち着いた頃にはすっかり夜になっていた。

 

今日の分はひとまず終わりみたいだけど、明日になってもまだまだ検査しないといけない物も残っているみたいだ。

 

ようやくベッドで一息つき、スマートフォンを操作して日本国内最大級の動画投稿サイトへアクセス。

 

「最終予選…、最終予選っと……。おっ、あったあった」

 

現在進行形でラブライブ最終予選の東京ブロックのライブ中継がやっており、オレはスマートフォンを横にして視聴を開始する。

 

今は3チーム目のMidnight Catsのパフォーマンスタイムとなっていて、右から流れてくるコメントを見る限りだとMidnight Catsの前はA-RISEのパフォーマンスタイムだったみたいだ。

 

やはり、と言うべきなのかA-RISEの圧倒的パフォーマンスを前にし、緊張の渦に巻き込まれたMidnight Catsは緊張で動きに固さが見られる。

 

何とかパフォーマンスをし終えたMidnight Catsだったが、ミスを挽回しようとする焦りから生まれるミスを、という負のスパイラルを前に心をへし折られ肩を落としながらステージを後にした。

 

そして最後のグループのパフォーマンスタイム。

 

最終予選のトリを飾るのは…、

 

『次のグループは音ノ木坂学院スクールアイドル…、μ'sのみなさんです!!』

 

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

最終予選もいよいよ大詰め。

 

私たちμ'sの出番だ。

 

ステージから見える人の数はびっしりと埋まっていて、観に来てくださったみんなが私たちの名前を呼んでくれている。

 

それに答えるように、私はこの最終予選を見に来てくれている人たちに挨拶を始める。

 

「みなさんこんにちは!音ノ木坂学院スクールアイドルの『μ's』です!これから歌う曲は、この日に向けて新しく作った曲です!たくさんの『ありがとう』を込めて歌にしました!」

 

新曲。

 

その単語を聞いて観客は大いに盛り上がった。

 

私は盛り上がりが収まったのを見計らって挨拶を続ける。

 

「応援してくれた人、助けてくれた人がいたおかげで…私たちは今、ここに立っています!だからこれは…みんなで作った曲です!」

 

「「「「「「「「聞いてください!」」」」」」」」

 

学校が大好きで……

 

音楽が大好きで……

 

アイドルが大好きで……

 

踊るのが大好きで……

 

メンバーが大好きで……

 

この毎日が大好きで……

 

頑張るのが大好きで……

 

歌うことが大好きで……

 

μ'sが大好きで……

 

そして、誰よりも優しくて私たちを支えてくれる彼が大好きだったから……!!

 

だから…届け!

 

私たちの想いを乗せた…、この歌を!!

 

 

Side out

 

 

 

 

 

『Snow halation』

 

それがオレたち10人で作り上げた新曲のタイトルだった。

 

冬らしくベルやストリングスを用いた叙情的なメロディーに加え、冬の切なさを押すようなボーカルを載せたナンバーに仕上がっていた。

 

それを歌い上げるみんなも心から楽しそうに歌ったり踊ったり…。

 

ハハッ…、海未なんて無邪気な笑顔浮かべながら踊ってるよ。

 

流れてくるコメントも眺めていたりしているうちに2番の歌を歌い切り、曲は一旦間奏に入った。

 

この流れからするとラストサビの歌い出し…、そこがこの曲の一番の魅せ処だと直感が告げている。

 

刻一刻と曲は進行していき、みんなが次々に耳に手を添えるパフォーマンスをしていく。

 

(行くよ…、そーちゃん……)

 

聞こえるはずのない声と共にラストサビの歌い出したのは、この曲のセンターポジションとして歌っている寒さなのか、はたまた別の感情によって頬を赤く染めている穂乃果だった。

 

ラストサビの歌い出しを完璧に歌い切ると…、ステージの飾りだと思われていた青白く光るゲートが瞬く間にオレンジに輝き出した。

 

「……すっげ」

 

オレは感動のあまり、言葉にすることが出来なかった。

 

ゲートの演出や降ってくる雪の白さも相まって、ステージで躍動する9人のメンバーは紛れもなく女神に見えた。

 

会場と流れてくるコメントのボルテージがMAXになったままみんなは『Snow halation』を完璧なまでに歌い切り、そしてオレは感極まって涙を流した。

 

まさか穂乃果たちに泣かされるなんて夢にも思ってなかったぜ…。

 

近くに置いてあった箱ティッシュに手を伸ばし、鼻をかんで涙を拭いたりしていると結果発表の時間帯になった。

 

映像で見ているオレですら緊張しているのだから、会場にいるみんなはもっともっと緊張しているに違いない。

 

『優勝グループは……!!』

 

司会者が優勝グループの発表と共にドラムロールが流れてくる。

 

A-RISEの3人はどこか達観したような顔付きで…、それ以外の3グループのみんなは自分たちのグループ名が呼ばれることを祈りながら発表を待っていた。

 

『優勝グループは……!音ノ木坂学院スクールアイドルμ'sのみなさんです!!』

 

一瞬の静寂の後、オレは両手を握り締めて病室の天井に向かって高々と突き上げた。

 

勝った……!!

 

A-RISEに勝ったんだ…!!

 

 

 

 

 

~Side 綺羅 ツバサ~

 

「………」

 

優勝グループが私たちでは無いことを知った瞬間、私は雪が降り続ける空を見上げた。

 

私たちは一次予選から今日に至るまで手を抜いてレッスンをしてきたつもりはなかった。

 

それなのに……負けた、それも生まれて始めて…。

 

形容しがたい胸の痛みだ…。

 

とてもではないが、これ以上この場にいては涙が止めどなく溢れてきそうだ。

 

「……行きましょう。英玲奈、あんじゅ」

 

「いいのか?ここから立ち去っても……」

 

「いいのよ。今この場は勝者だけのものよ。敗者は……大人しく退場するべきだわ」

 

私は優勝した喜びを分かち合っているμ'sのみんなを肩越しに見てから、背を向けて歩き出す。

 

英玲奈とあんじゅも空気を読んで私の後ろに続く。

 

勝ったμ'sに負けた私たち。

 

もし差がついたとするならば、それはきっと……。

 

 

Side out

 

 

 

 

最終予選の生配信も終わり、本格的にやることがなくなったので病室の電気を消して窓からライトアップされている街並みを眺めていると廊下からドタドタと走ってくる音が聞こえてきた。

 

どこかの病室に入っててお見舞いに来たガキんちょのせいなんだろうが、病院の中走ったら危ねぇぞ?ナースさんに怒られても知らんぞー?と思いつつ、景色を眺め続けてるとその足音がオレの病室の前で止まった。

 

コンコンコンッ、とドアをノックする音が3回響く。

 

病室のドアが開き、消していた電気のスイッチが入る。

 

「……えっ!?」

 

一番最初に入ってきた真姫が驚きを隠せず、手に持っていた自分の荷物を床に落とす。

 

「真姫!?どうしたの……です…か……?」

 

「真姫ちゃん?どう…した……の?」

 

続いて海未とことりも病室に入ってきて、2人とも真姫と同様に動きが止まった。

 

「…ぃよっ。真姫、海未、ことり……」

 

 

 

 

 

 

先に入ってきた3人に続いて、残りのメンバーもオレの病室にわらわらと入ってきた。

 

やっぱりみんな真姫や海未たちのようなリアクションを取ってから、オレが目を覚ました事に安堵の溜め息をつくメンバーもいれば病院だと言うことも忘れて抱きつこうとするメンバーなど様々なリアクションを取っていた。

 

その中でも穂乃果だけは何もリアクションせず、顔を俯かせたまま病室に入ってきたのは気掛かりだけど…。

 

「それでそーくんは何時頃に目を覚ましたのかにゃ?」

 

「何時頃だったかな…。昼過ぎの暴風雪が吹く前だったってのは覚えてるんだが……」

 

「ってことはことりたちが学校を出る少し前くらいってことだよね?」

 

「そういうことになりますが、それにしても壮大って意外と薄情なんですね」

 

「え?」

 

薄情?

 

何でそう言われたのか分からず、首を傾げているとにこちゃんが溜め息をつく。

 

「海未が言いたいのは、最終予選のライブ映像を見たんなら見たって言えってことよ。そうでしょ?」

 

にこちゃんの解説に海未だけじゃなく、穂乃果以外のメンバー全員が一斉に頷いた。

 

「あ、いや…。それは……」

 

「にこちゃんに言い負けそうになってるそーくん初めて見たにゃ」

 

「ぬぁんですってぇ!?それじゃあにこは常に壮大に言い負けてるってことじゃない!!」

 

「いつも言い負けてるじゃない」

 

「なぁっ!?」

 

一連のやり取りが面白かったのかみんなはクスクスと笑い出すけど、やっぱり穂乃果だけは何の反応もしてくれない。。

 

うーん…、どうしたもんか…。

 

「あっ、そうや。壮くん何か食べたいものはない?」

 

「いや、特にはないですけど…」

 

「別に遠慮せんでもええよ?それにみんなの分の晩御飯も買ってこないといかんからね?」

 

そう言ってバッグの中から財布を取り出し始めるのんちゃん。

 

「じゃあ、のんちゃんのお任せで」

 

「あっ!それなら凛が選んであげるにゃ!!」

 

「ほな、みんなで行こっか!!ほらみんなも立って立って!」

 

何人かは腑に落ちない感じの表情をしてたけど、きっと穂乃果の事で気を遣ってくれたのかみんなはイスから立ち上がって一旦病室から出ていった。

 

パタン、とドアが閉まって病室の中はオレと穂乃果の2人きりになった。

 

そして今の今まで閉じたままだった穂乃果の口が開いた。

 

「どうして…?」

 

「ん?」

 

「どうして…あの時私を庇ったの?」

 

あの時。

 

穂乃果が聞きたいのはオレと穂乃果が不審者に襲われた時の事に違いないだろう。

 

でも、改めてどうして?と聞かれても理由が思いつかない。

 

だから思ったことを繋ぎ合わせ、ありのままに語った。

 

「何でだろうな…。咄嗟に身体が動いちまったんだよ。今考えてみれば『穂乃果を守らなくちゃ』とか『穂乃果の笑顔だけは守らなくちゃ』とかだったんじゃないかって……」

 

穂乃果自身は守ることが出来たけど、穂乃果の笑顔までは守ることは出来なかった。

 

そしてオレの意識が無くなった、と聞いたときは人が変わったように笑わなくなった……正確に言えば笑っているんだけども、心の底からの笑顔ではなかったって雪穂から聞いている。

 

そして今も……、今にも泣き出しそうな顔でオレを見つめてきている。

 

「なぁ、穂乃果。もう少しオレの側まで来てくれねぇか?」

 

手招きをする。

 

それを見た穂乃果は一旦イスから立ち上がり、オレの真横に来るようなポジションにイスを置いて再度座った。

 

穂乃果がイスに座るのとほぼ同時に彼女を優しく抱き締めた。

 

「……どうしたの?」

 

「ちゃんと守ってやれなくてごめんな、穂乃果」

 

その言葉を聞いた穂乃果は、みるみるうちに目を潤ませていく。

 

そして…、

 

「ぐすっ…、ううっ……うわぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」

 

火がついたように泣き出した。

 

「怖かった…!!もう…そーちゃんの声が聞けないんじゃないかって思ってた…!!」

 

「うん…」

 

「これがみんなで結果を残せるのはこれで最後かもしれなかったのに…こんなに頑張ってきたのにそーちゃんが隣にいなかったのが何よりも悲しくて……怖かったよぉ!!」

 

「うん…、うん……」

 

「うわぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」

 

それから穂乃果は延々と泣き続けた。

 

きっと今の今まで誰にも打ち明けることがなかった感情が溢れ出てきているんだろう…。

 

だからオレは泣き止むまでずーっと穂乃果の頭を撫で続けた。

 

穂乃果が安心するまで、ずっと…ずっと…。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ……」

 

暫くしてから穂乃果は泣き止み、涙を拭きすぎて擦りすぎて目の回りが真っ赤になっている。

 

「涙は止まった?」

 

「うん……」

 

鼻をすすりながら答えた。

 

「改めてだけど……ちゃんと守ってやれなくてごめんな?」

 

「ヤダ。許さない」

 

即答で否定され、思わず右肩を下げてしまった。

 

「なんで!?」

 

「だってそーちゃん勝手なんだもん!ムカつくんだもん!!惚れた弱味に漬け込んで!!!」

 

「はぁ!?」

 

いきなり何訳分かんねぇこと言ってんだよこいつは!!!

 

「そーちゃんが『それ相応の誠意』ってやつを見せてくれない限り穂乃果は許す気にならないもーんだっ!」

 

言いたいこと言ったきり、そっぽを向かれてしまった。

 

っつーかそれ相応の誠意って何だよ!?

 

穂乃果の大好物のイチゴのタルト1ヶ月分とかそんなんか!?

 

えぇ~…?

 

全ッ然思い付かねぇ…。

 

頭を抱えて悩んでいると、突然肩を叩かれた。

 

何事かと思い顔を上げると、いつもより優しく微笑む穂乃果がいた。

 

その表情にドキッとしたのは内緒だ。

 

「いつまでも鈍感なそーちゃんのために、今回はこれで許してあげる…」

 

目が合った。

 

穂乃果は目を閉じたまま、オレとの距離が近くなっていく。

 

唇と唇が合わさる瞬間…。

 

 

 

 

___バターン!!!

 

 

 

「にゃっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

「んっ!!」

 

……

 

唐突に病室のドアが開き、いくつかの小さな悲鳴と共にみんなが雪崩れ込んできた。

 

「穂乃果ちゃん!ウチたちにお構いなく張り切ってその続きをどうぞ!」

 

のんちゃん…、今のその発言はないと思うなぁ…。

 

だって勇気を振り絞っていた穂乃果が怒りでプルプル震えてるし。

 

「じゃ……邪魔しないでよぉーっ!!」

 

「穂乃果ちゃんが怒ったにゃー!!」

 

「だから辞めようって言ったのにぃ…、うぅ……ダレカタスケテー!!!」

 

「こらーっ!!待てー!!!」

 

凛ちゃんのセリフと花陽ちゃんのいつもの助けを求める叫びと共に一斉に逃げ出し、穂乃果が逃げるみんなを追い掛けていった。

 

「あっはっはっはっは!!!」

 

そしてオレも思わず手を叩いて笑い出していた。

 

 

 

 

 

こうして数々の想いが交錯した最終予選はμ'sの優勝という結果に終わった。

 

本戦もあと2ヶ月後と長いようで短いが、少なくとも今この瞬間はみんなで喜びを分かち合っていてもバチは当たらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

Side ???

 

 

「クソッ!クソッ!!クソッ!!!」

 

俺は贔屓していたA-RISEが負けたことに憤慨していた。

 

あれだけグッズや握手券をゲットするために巨額の金を費やしたというのに…!!

 

μ'sとかいうグループについている男を潰したというのに…!!

 

腹を立てた俺は完璧なる犯行計画を立てようとしていたその時、来客を告げるインターホンが鳴り響いた。

 

あぁ!?誰だよ!!

 

苛立ちを隠せないまま、来客に応答すべくアパートの自室のドアを開けた。

 

「こんばんは」

 

目の前に立っていたのは黒のスーツに身を包み、黒のサングラスで目元を隠している1人の男だった。

 

「新聞なら間に合ってるが?」

 

「いえいえ、新聞勧誘に来た訳じゃないんです。あなたには殺人容疑がかけられています」

 

まさか……!?もうバレたのか!?

 

いや、こいつが言っていることがハッタリという可能性もある。

 

「へぇ…、だったらその証拠を見せてみろ!」

 

すると男はタブレットを操作し、俺に見せてきた。

 

流れてくる映像は…、俺がμ'sのリーダーを手に持っていた包丁で刺そうとするところだった。

 

その映像は隣にいて身代わりとなった男が動かなくなるところで途切れた。

 

「被害者の近くに落ちていた体毛をDNA鑑定したところあなたのDNAとほぼ一致していました。……言い逃れは出来ねぇぞ?」

 

男は声色を変え、脅しに掛かってきた。

 

これから俺はμ'sのメンバーの誰かを殺らなきゃいけないのに……!!

 

こんなところで…、捕まってたまっかよ!!

 

「うぉらっ!!」

 

近くにあったハサミを握り、男の懐を目掛けて突き刺そうとした。

 

すると男は俺がハサミを持った腕ごといなし、そのまま外に投げられて待ち構えていた警察に捕まってしまった。

 

「クソッ!離せっ!!」

 

「男子高校生襲撃事件の犯人、確保!!」

 

「離せ!!離せぇぇぇぇぇえっ!!!」

 

男の叫びは虚しく響き、警察が運転するパトカーに乗せられて何処かへ走り去っていった。

 

Side out

 

 

 

 

 

 

こうして1人の高校生を襲った事件は、ひっそりと終結を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

第60話を以て第3章『もう一度ラブライブへ!』を終わりにしたいと思います。

このあとすぐにでもテレビアニメ第10話に入りたい気もしますが、何話かサイドストーリーを挟んでからにします。

最終章に入る時にはちゃんと予告しますので!!


もし『こんな話を読んでみたい!』という方は気軽にお申し付けください!!

よろしくお願いします!


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SIDE STORY6 最終予選後日談

お待たせしました。

最終章へ繋げるSIDE STORYです。

それでは、どうぞ。


最終予選から数日後。

 

オレは病院入口近くの窓口にてボールペンを握り、書類内の必要事項の欄に字を書き込んでいく。

 

「はい、書き終わりました」

 

必要事項を書き終えた書類を窓口の若いお姉さんに書類を渡し、受け取ったお姉さんは書類に目を通していく。

 

「うんっ、特に不備はないですのでこれで退院手続き完了です」

 

思えば目を覚ましてからの数日間というもの寝ても覚めてもμ'sのメンバーばかり。

 

そーちゃん、ご飯食べる?

 

そーくん、トイレ行く?

 

そーくん、次はこのゲームはどうかにゃ?

 

壮大くん、背中拭いてもいい……かな?

 

壮大、そろそろ寝る時間じゃない?

 

壮大、洗濯物持ってきたわよー?

 

壮くんそろそろお風呂行くん?

 

壮大、何ですかこの本は!!……罰としてこの如何わしい本はこちらで処分しておきます。

 

……何故か最後だけ断定型でお怒りだった。

 

しかもその本はオレ買ってきたやつじゃなく、立華高校の後輩たちが勝手に買ってきたやつだ。

 

だが、しかぁし!!

 

これで退院できたオレも自由だ!!

 

オレは数少ない荷物を持ち、リハビリを兼ねて長らく開けていた我が家に向かって意気揚々と歩いていった。

 

 

 

 

「……寒い」

 

意気揚々と歩き始めてから数分後。

 

吐く息が白くなるのを見ながら思いの外厳しい寒さを嘆いていた。

 

そういえば昨年の今ごろは彼女がいない部員ばかり集まって『リア充討伐同盟参加者募集』『リア充はモテない男の敵だ!!』と言ういつの間に作ったのか分からない横断幕を掲げつつ、『リア充だとぉ!?何言ってんだてめぇ!そんな暇あったら走っとけ!!』を合言葉にして部内対抗4×400Mリレー大会をやったりしていた。

 

さらにその前の年……部長が1年の時は『筋肉が唸る!唸りをあげる!!』と言いながらむさ苦しい男たちによる筋トレをしていたのだとか。

 

冷静に考えてみたら立華高校の男子短距離チームって狂ってる事について否定はしない。

 

今年もしているとスマートフォンから着メロが流れてきた。

 

「はい?」

 

『もしもし?壮大?』

 

電話に出ると珍しいことに真姫からの電話だった。

 

どうかしたのだろうか。

 

退院するときにはちゃんと忘れ物がないかを確認したし、書類もよく目を通してからサインをしたし……。

 

「どうかしたのか?」

 

数秒ほど考えてみたが心当たりが全くと言ってもいいほど無かったので、真姫に用件を聞く。

 

『今日で退院したのよね?』

 

「そうだけど?」

 

『今日の夜プレゼントを持って私の家に来なさい』

 

「……なんで?」

 

『いいわね!?』

 

一方的に用件を伝えられ、参加するしないの有無をを言わせてもらえずに通話が切れた。

 

「……一体何だったんだ?」

 

それにプレゼントを持ってこいって言ったって何に使うんだ?

 

オレは首を傾げながら、ビルの隙間から吹き付けてくる冷たい風に押されながら家に向かう歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

そしてその日の夜。

 

悩みに悩み、そしてその意味を考えに考えた末に購入してラッピングしてもらった小包を持って西木野邸の前にやって来た。

 

豪華絢爛な門のすぐ横に備え付けられたモニター付きのインターホンを押す。

 

『はーい、どちら様かしら?』

 

数秒後、モニターに電源が入る。

 

スピーカーから流れてくる声を聞く限りだと、どうやら応対してくれたのは彩月さんだ。

 

「どうも、松宮です」

 

『あら、壮大くん?今開けるから待っててね~』

 

少し待つとストールを羽織った彩月さんが出てきて門のカギを開けてくれた。

 

「壮大くん、いらっしゃい。そして退院おめでとう」

 

「ありがとうございます。そしてお邪魔します」

 

玄関に通されたので、履いてきたスニーカーを脱いでから用意されていた来客用のスリッパに足を通してから彩月さんの後ろについて歩く。

 

しかし、リビングを通り過ぎて階段に向かっていくことに疑問を感じた。

 

「真姫はリビングにいるんじゃないんですか?」

 

「フフフッ…、残念ながら真姫ちゃんはリビングにも自分の部屋にもいないわよ?」

 

何やら意味あり気な含み笑いをしながら答える彩月さんはスリッパをパタパタと音を立てながら階段を降りていった。

 

 

 

 

「ここよ」

 

階段を降り切り、辿り着いた先は地下の一室だ。

 

「……ここは?」

 

「ここは普段真姫ちゃんが作曲するときに使う部屋よ」

 

あいつ普段はこんな隔離された場所で作曲してんのかい。

 

ここなら誰の目にも止まらずに作曲は出来そうだけど地下という密閉空間だから身体にはよろしくはないんじゃないのか…?

 

「じゃあ私は上にいるから何か困ったことがあったら呼びに来てね」

 

「あっ、はい」

 

彩月さんはそう話し、踵を返して歩いてきた通路をゆっくり歩いて戻っていった。

 

「……入るか」

 

いつまでもここに突っ立ってる訳にもいかないのでドアを開けるレバーを掴み、押しながら案内された部屋に入る。

 

___パン!パンパンパン!!

 

「うおぅっ!!?」

 

「「「「「「「「「退院おめでとう!!そしてメリークリスマース!!!」」」」」」」」」

 

部屋に入ってクラッカーの音と共にμ'sのみんなに祝福の挨拶を受けた。

 

そして部屋を見渡すと部屋の壁という壁がキレイに装飾がされていて

、そして部屋の隅にはかなり大きいクリスマスツリーが飾られていた。

 

それを見終わってから初めて気付いたことがあった。

 

「……あぁ!クリスマスだからツリーがあるのか!!」

 

「あーっ!やーっと気づいたにゃ!!これだからそーくんはダメなんだにゃ」

 

「その答えに気付くまでの壮大の顔の間抜け加減っていったら……痛い痛い痛い!!こめかみが抉られるように痛いぃぃぃぃい!!!」

 

然り気無く毒を吐く凛ちゃんはともかく、然り気無くディスってきてにこちゃんに向かって某アニメみたいに握り拳をこめかみに当ててグリグリと抉っていく。

 

慈悲?んなもんねぇよ。

 

「ほーら、壮大も照れ隠しににこをいじめるのをそれくらいにしておきなさい。折角のパーティーも始められないでしょ?」

 

絵里ちゃんに咎められたのでにこちゃんのこめかみの部分に添えていた手を仕方なく離す。

 

「はいっ、これがそーくんの飲み物っ。さぁさぁここに座って座って!!」

 

「おぉ…、ありがとう……」

 

ことりから飲み物が入ったプラコップを渡され、さらに背中を押されて絵里ちゃんと海未の間に空いていた席に座らされる。

 

「さぁみんな揃ったわね!!今日は一杯楽しむわよ!かんぱーい!!」

 

「「「「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」」」

 

「か、かんぱーい……」

 

こうしてμ's+オレの合計10人によるクリスマスパーティー兼オレの退院祝いパーティーが始まった。

 

 

 

 

楽しい時間というのはすぐに過ぎていくもので、パーティーが始まってから早くも2時間とちょっとが経過していた。

 

その間にことりが自分で持ち込んできたチーズケーキとレアチーズケーキとベイクドチーズケーキ合計3種のチーズケーキを1人で食べ切ったり、トランプを使ったテーブルゲームで海未が全敗を喫して部屋の隅っこで拗ねて機嫌を取り戻すのに少し苦労したり…。

 

海未の機嫌が戻ったのを見計らってクリスマスプレゼントの交換会では凛ちゃんが自分で用意した超有名ラーメン店選りすぐりのラーメンセットを、花陽ちゃんも自分で用意した新潟から取り寄せたお米をそれぞれ引き当ててメンバーの笑いを誘ったりしていた。

 

「みんなすごいな……。まだまだ元気有り余ってるよ……」

 

オレを除いたみんなはまだまだ元気ハツラツとしており、最終予選の時の話をしたりファッションの話をしたりしていて話についていけない。

 

「トランプタワーが崩れた時の海未ちゃんが……ありゃ?」

 

「どうしたの穂乃果ちゃん?」

 

「お菓子……もう無いの?」

 

穂乃果の声を聞いてから辺りを見渡してみると、お菓子はおろか飲み物ももうほとんど残っていなかった。

 

「ちょっくら歩いて買ってくるよ」

 

オレは財布と上着を持ってお菓子を買いに行こうと立ち上がる。

 

「待って。にこも行くわ」

 

「……にこちゃんも?」

 

「なに?にこがお供じゃ悪いって言うの?」

 

「いやいや、そんなことないですよ」

 

オレは首を横に降りつつ否定する。

 

「そう…、なら早く行くわよ!」

 

にこちゃんはオレの手を掴み、懸命に引っ張りながら外へ向かった。

 

 

 

 

 

 

我ながら随分買い込んだもんだ……両手に2つずつ持つレジ袋を見て自虐的な笑いが込み上げてくる。

 

レジ担当の店員さんも『え?これ1人で全部食べる気なのか?』という目をしながら応対してたし、レシートも過去最高の長さを更新することになった。

 

お供として名乗りを上げたにこちゃんはというと、話しかけても相槌しか打たないのでどうしたものか……と考えていると急ににこちゃんは立ち止まった。

 

「……にこちゃん?」

 

 

 

 

 

「壮大……あんた穂乃果のことどう思ってるの?」

 

 

 

 

 

 

「どう……とは?」

 

真剣な顔付きで問い掛けてきた質問の意味が分からず、質問の内容をそっくりそのままにこちゃんに向かって投げ返す。

 

「好きか嫌いかって聞いてるのよ。高坂 穂乃果という幼馴染としてなのか……それとも高坂 穂乃果という1人の女の子として好きなのかを……ね」

 

オレはようやくここで理解した。

 

何故にこちゃんは買い出しに行くと言ったのか。

 

最終予選の日の夜、病室で穂乃果がオレにキスをしようと迫ってきたことを受けてオレが穂乃果に好意があるのかを聞き出そうとするためだったのか……と。

 

一度口を開いてどう思っているのかを話そうとしたけど、言葉が出てこなかった。

 

オレは穂乃果のことは好きだ。

 

いつも家に押し掛けてくるし、いつも唐突な思いつきに振り回されても特に嫌悪感は感じない。

 

だが、にこちゃんが今言ったことについて真剣に考えたことは一度もなかった。

 

オレは穂乃果の事を本当はどう思っているのだろう?

 

物心がつく前からの幼馴染として好きなのか…?

 

それとも高坂 穂乃果という1人の女の子として好きなのか…?

 

「幼馴染として好きなのか…、それとも1人の女の子として好きなのか……分からないです。少なくとも今は……」

 

「そう……」

 

今のところの答えを打ち明けると、にこちゃんの反応はあっさりしたものだった。

 

「人間誰しも恋愛感情の1つや2つあるものだし、別に『スクールアイドルだから恋愛なんてするな』なんて言うつもりはないしあんたに『諦めろ』なんて言うつもりもないわ」

 

それに、とにこちゃんは言葉を区切ってからもう一度口を開く。

 

 

 

「あんたが優しい事はメンバーのみんなも知ってるわ。でも忘れないでいて欲しいの。その優しさも時には最も凶悪で鋭い刃物のようになることを……、ね」

 

 

 

「…………」

 

オレに言いたいことを全て言い切ったにこちゃんは再び歩き出し、オレの横を通り過ぎて数メートル先に進んでから振り返る。

 

「何してるのよ?みんなにこたちの帰りを待ってるはずだわ」

 

「……はい」

 

小さく返事をしてから小さな歩幅で歩くにこちゃんの後ろ姿を追い掛け、真姫の家についてからはみんなに買ってきたレジ袋を渡す。

 

にこちゃんと2人で話していた時の緊張感から楽しい雰囲気の中に溶け込んでも、にこちゃんに言われた事はオレの心の中から消えることは一切無かった。

 

 

 

 

 




いよいよ物語も佳境へと差し掛かってきました。

なので、次回からはいよいよ最終章に入ります。

心が痛むシーンも少々あるかと思いますが、何卒ご了承お願いします。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!



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The Last Chapter 奇跡と軌跡~Miracle and Track~
第61話 Happy New Year…?


お待たせしました!

いよいよ最終章に入ります!!

まずはテレビアニメ2期第10話からです!

もしこの章で更新が停滞したら『あぁ…、心へし折られたんだな……』と解釈してください。

それでは、どうぞ!!


12月31日……今日は大晦日だ。

 

西暦が変わる前の最後の1日ということで朝から夕方まで家の大掃除や断捨離……さらに年越しそばや御雑煮を作ったりお取り寄せしていたおせち料理を用意する。

 

さすがに新年明けて数日は家事から解放されたいからな。

 

あと穂乃果のことについてなんだが、みんなに悟られないようにするため穂乃果の前では出来るだけいつも通りに過ごすことに決めた。

 

意外とあいつは他人の表情の変化や心情に関することは目を見張るものがあるからな。

 

それにしても…、

 

「はふ~…、炬燵を考えた人ってすげぇよなぁ……ってこんな時間に誰だ?」

 

炬燵の中に足を通して年末恒例の超長時間に及ぶ歌番組を見ていると外から独特の甘い声と凛とした声が聞こえ、我が家のインターホンが鳴り響く。

 

「はーい」

 

特に上着を羽織ることもなく玄関に行き、ドアを開けると寒くない服装をした海未とことりが立っていた。

 

「やっほー、そーくん」

 

「ことり?それに海未も…。こんな時間にどうしたんだ?」

 

「どうしたも何も……そろそろ初詣に行く時間ですよ?」

 

オレは玄関に備え付けている小型のデジタル時計を見てみると残すところ今年も30分前になっていた。

 

「もうそんな時間か。……そこにいると寒いだろうからちょっと家に上がって待っててくれ」

 

「早く支度してきてくださいね?」

 

「3分待ってやる~♪」

 

とある映画の悪役の台詞を可愛らしく言うことりの台詞を耳にしながら大急ぎで準備に取りかかった。

 

 

 

 

 

 

ことりの宣言通り3分ジャストで準備を終え、オレたち3人は松宮家から徒歩十数秒しか離れていない高坂家へと向かう。

 

インターホンを押し、しばらく待っていると出てきたのは穂乃果ではなく夏穂さんが出てきた。

 

「あら、壮大くん。それに海未ちゃんとことりちゃんも……」

 

「夏穂さん。まさかとは思いますが……」

 

「えぇ、そのまさかよ……」

 

やっぱりか…、と溜め息をつくオレと海未。

 

そんなオレと海未の様子を見て穂乃果が何をしているのかを察し、乾いた笑いをすることり。

 

「夏穂さん。割と手荒な起こし方をしてもいいですか?」

 

「いいわよ~、存分にやっちゃって!」

 

妙にいい笑顔をする夏穂さんから許可を降りたので、海未とことりを玄関で待たせて居間にいるであろう穂乃果の元へ。

 

「くか~っ」

 

「やっぱりか……」

 

穂乃果はこたつでぐっすり眠っていた……しかも盛大によだれを垂らして。

 

このまま穂乃果の肩を揺すって起こそうとするが、思い止まる。

 

眠るとちょっとやそっとじゃ全く起きない穂乃果の事だからもしかしたら肩を揺するだけじゃ起きないかもしれない。

 

オレは穂乃果に気付かれないように炬燵の中へ潜り込んで穂乃果の足があるところに辿り着く。

 

十分に手を暖めてから穂乃果の左足首を片手でホールド。

 

残ったもう一方の手で……、

 

「痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!」

 

ありったけの力を込めて足のアーチ部分のツボを押した。

 

「え!?なになになに!?」

 

「ぷはっ…よう、起きたか?」

 

「『起きたか?』じゃないよ!すっっっっっごく痛かったんだからぁっ!!」

 

炬燵から出ると穂乃果は涙目になりながら猛抗議を始めた。

 

「そりゃそうだろ。力込めて押さないと意味がないからな」

 

というか炬燵で寝ると身体に悪いぞ……ってこんなことを説明している場合じゃなかった。

 

「みんなで初詣行くって約束だったろ?分かったら早く準備しろぉ!!」

 

「ふぇっ……?うわぁっ!そうだった!!」

 

穂乃果は大慌てで自分の部屋がある2階へと上がっていった。

 

そんなに慌てると…、

 

『いったーい!足の小指ぶつけたー!!!』

 

ほら、言わんこっちゃない…。

 

大きなため息をつきながら海未とことりが待つ玄関に戻った。

 

「穂乃果はどうでしたか?」

 

「炬燵でぐっすりと眠ってた」

 

「さっきの大声は何だったの……?」

 

「普通に起こしちゃ起きないだろうと思って記憶力が向上する足ツボを思いっきり押してやった……って海未?どうした?」

 

記憶力が向上する足ツボと言ったら何故か海未が肩を震わしていた。

 

「いえ…、何故だか分からないのですが話を聞いただけで激痛が……」

 

何で!?と突っ込もうとするが、ことりがスマートフォンを取り出して画面を見ると小さく驚いたような声をあげた。

 

「どうした?」

 

「年が…明けちゃった」

 

オレも急いでスマートフォンを取り出し、時間を見るとそこには『1/1 00:00』という文字が表示されていた。

 

「はぁ…海未、ことり。あけましておめでとう。そして今年もよろしく頼む」

 

「あけましておめでとう。海未ちゃん、そーくん」

 

「あけましておめでとうございます。壮大、ことり」

 

穂乃果がまだ自分の部屋で準備をしている間にオレたち3人は新年の挨拶を済ませる。

 

どうやらオレたちは年が変わっても穂乃果に振り回される1年になるかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

「あっ!来た来た!!」

 

オレたちは海未の新年1発目のお説教を耳にしながら待ち合わせ場所に指定していた神田明神の男坂まで徒歩で来ると、階段の前で凛ちゃんと花陽ちゃんがいた。

 

オレたちがやって来たのに気付いた凛ちゃんは駆け足で、花陽ちゃんは歩いてやってきた。

 

「お待たせ、2人とも」

 

「凛ちゃんと話してたからそんなは待ってないけど…」

 

「何かあったのかにゃ?」

 

「おこたで熟睡していた誰かさんを起こしてたら遅くなった」

 

凛ちゃんと花陽ちゃんに遅れてきた理由を話しながらまだお説教を受けている人物に目を向けると、状況を察してくれたのかそれ以上何も聞かずに苦笑いを浮かべながら何度も頷いてくれた。

 

ちなみにことりはそんな2人を優しく諭そうとするいつもの流れの中にいる。

 

「それと……あけましておめでとう。今年もよろしく頼む」

 

「あけましておめでとうだにゃ!」

 

「今年もよろしくお願いしますね」

 

お互いにお辞儀をしながら新年の挨拶を済ませ、頭を上げると凛ちゃんの服装に変化が見られたのに気が付いた。

 

「……そのスカートは?」

 

「えへへ~!クリスマスにおかーさんに買って貰ったんだっ♪」

 

凛ちゃんは笑いながらスカートの裾をちょこんと摘まむ。

 

……ふむ。

 

「……いいじゃん、なかなか似合ってるぞ」

 

「えへへ…ありがとう!そーくん!」

 

「褒められてよかったね、凛ちゃん!」

 

「うんっ!」

 

凛ちゃんは褒められて嬉しそうにし、花陽ちゃんも自分のように嬉しそうにする。

 

それもいいのだが…、

 

「……真姫は?」

 

てっきり凛ちゃんたちといるもんだと思ってたのにここに来てからまだ1度足りとも見ていない。

 

すると花陽ちゃんが困ったように笑いながら答えてくれた。

 

「真姫ちゃんもさっきまでここにいたんだけど…」

 

「恥ずかしいからって向こうに行っちゃったにゃ」

 

凛ちゃんが指差した方向を見てみると、電信柱の影からこちらの様子を伺っている赤毛の女の子が1人。

 

オレはそちらに向かって歩いていき、電信柱の前で立ち止まる。

 

「お前こんなとこで何してんだ?ほら、恥ずかしがってないで早く出てこい」

 

「きゃっ!ちょ…、ちょっと!そんなに引っ張らないでよっ!!」

 

オレは真姫の手を掴み、引っ張るように歩きながら凛ちゃんたちの前に歩いていく。

 

「「「おお~っ!」」」

 

「真姫ちゃんビューティフォー!」

 

いつの間にかお説教を終えた穂乃果たちも凛ちゃんのところに集まっていて、真姫の服装の感想を伝える。

 

真姫は自分の髪と同じ赤の振り袖を身に纏っていて、オレもあまりにもの美しさに言葉を失う。

 

すると真姫は照れ臭そうに顔を少し赤くしながら話し出した。

 

「私は普通の格好がいいって言ったのにママが着て行きなさいって…ていうか!!なんで誰も着てこないのよ!?」

 

真姫はみんなが私服で来た口にしてきた。

 

「『なんで』と言われましても…」

 

「そんな約束したっけ?」

 

「いや?してないはずだな……っと」

 

約束したしていないというやり取りをしていると、不意に着メロが鳴り出した。

 

ディスプレイには非常に懐かしい人物の名前が表示されていた。

 

みんなに電話に出てくる、と断りを入れて少し離れた場所まで歩いてから電話に出る。

 

「はい?」

 

『……松宮』

 

「キャプテン?どうしたんですか?」

 

『俺…、大丈夫かな?』

 

「いきなりそんなこと言い出す時点で大分イカれてますね。いい脳外科知ってます……よ?」

 

自分でそこまで言ってからハッと思い出す。

 

センター試験まで残り少ない。

 

自分にとって関係ないとは思ってたけど、1つ上の人たちにとって追い込みの時期じゃん。

 

「キャプテン」

 

『……なんだ?』

 

「オレにはキャプテンが抱えている不安全部が全部分かる訳ではありませんが、自分で自分を揺らいでしまったら解ける問題も解けなくなると思います。ですので自分に自信を持ってもいいんじゃないですか?」

 

『そうだな……。よし、落ち着いてきたよ。松宮、ありがとう』

 

「いえいえ、お安い御用です」

 

電話を切ってしまう。

 

「お待たせ……ってみんなどうしたんだ?」

 

みんなが待つところへ行くとまるで誰かの背中を見ているかのように同じ方向を向いていた。

 

「ううん、何でもないよ。それよりも初詣に行こうよ!」

 

「ああ…、そうだな」

 

穂乃果が先陣を切り、みんなで境内へ続く男坂を登り始める。

 

みんなの背中が少しだけ逞しく見えた……気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境内に入るととんでもない数の人だかりが出来ていた。

 

それでもみんなはこの状況も楽しみながらも順番待ちに耐え、そしてオレたちの順番になった。

 

拝む前にみんなでお金を賽銭箱に投げ入れ、二礼してからそれぞれのお願いを心に秘めながら拝み始める。

 

「かよちんは何をお願いしたの?」

 

「それは秘密だよ?……ことりちゃんは?」

 

「もちろん『ラブライブ優勝!』だよ!」

 

「だよねー!凛も同じだにゃ!」

 

拝み続けていると先に拝み終えた凛ちゃんと花陽ちゃん、それにことりの声が聞こえてくる。

 

「……穂乃果?」

 

「それに壮大くんもまだ拝んでいるね……」

 

「穂乃果ちゃんもそーくんも長いにゃ〜!」

 

穂乃果とほぼ同じタイミングで拝み終え、一息つく。

 

「どうせまた欲張りなお願いでもしてたんでしょ?」

 

真姫の言葉を聞いて、穂乃果は首を横に振って否定する。

 

「そんな事ないよ。ただ私たち9人で最後まで楽しく歌えるようにって…」

 

「オレはインターハイ2連覇と自身の健康についてお願いしていたけどなっ!」

 

「え~っ!?そーくん自分のお願い事だけしてたの~!?」

 

穂乃果がらしくない発言と顔付きをしたから、すかさず自分の事を中心にお願いしていたことを暴露をしてみんなの笑いを誘う。

 

本当は穂乃果たちの行く末の事()お願い事していた。

 

「後がつかえていますのでここで…」

 

解散しましょう、とでも言いたかったのだろう海未だったが何故か固まった。

 

「……花陽はどこに行きましたか?」

 

海未に指摘され、オレを含めたみんなが花陽ちゃんの姿を探し始める。

 

「あそこだにゃ!」

 

凛ちゃんが一生懸命ジャンプをして探し続けた結果、花陽ちゃんは無事に見つかった。

 

でも…、

 

「うぅ…、ダレカタスケテ~!!!」

 

人の荒波に揉まれていた。

 

「おぉ!花陽ちゃんが流されていく!」

 

「んな悠長な事言ってる場合か!?」

 

オレは人と人の隙間を切り裂きながら花陽ちゃんの救出に向かった。

 

 

 

 

真ん中辺りで花陽ちゃんの身柄を確保し、最後尾まで抜ける。

 

「花陽ちゃん…、大丈夫か?」

 

「うん。私は大丈夫だけど…壮大くんは?」

 

「オレか?オレは鍛えてるから大丈夫だ」

 

花陽ちゃんに心配をかけまいと咄嗟に嘘をつく。

 

本当はピンヒールに踏まれたり、鳩尾にエルボーを喰らったりしました。

 

少し遅れてみんなもオレたちの元へとやって来た。

 

「かよちん!大丈夫かにゃ?」

 

「うん。大丈夫だよ」

 

「そーくんは…、うん。心配する必要はないみたいだにゃ」

 

「お…、おう……」

 

「じゃあ2人と合流したからあの3人の様子を見に行ってみようよ!」

 

またしても穂乃果の号令の元、この場にいない3人の様子を見に行くことに。

 

 

 

それにしても……何だろう、あの扱いの差。

 

慣れっこだから気にしてないけどさ!

 

……気にしてないけどさぁっ!!

 

 

 

 

 




思っていたよりも執筆の意欲が…。

あぁ…、絵里ちゃん特別ストーリーもやらなきゃ……

ダレカタスケテ~……



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第62話 μ'sとは?

前回割りと中途半端なところで区切ってしまったので、今回はその続きからです!

では、どうぞ!




「おーい!希ちゃーん!」

 

「おぉ!みんなお揃いやね!!明けましておめでとう!」

 

「「「「「「明けましておめでとう!」」」」」」

 

巫女服を着て段ボールの荷物を運んでいるのんちゃんを発見したオレたちは新年の挨拶をする。

 

何でも初詣があるこの時期は神社にとって最も稼ぎがいがあるらしく、初詣がてら様子を見に来たのである。

 

「明けましておめでとうございます。……何だか忙しそうですね」

 

率直な感想を伝えると段ボールで口元を隠しながら小さく笑った。

 

「フフフッ…、毎年いつもこんな感じなんよ。でも今年はお手伝いさんがいるからね」

 

「お手伝いさん?一体誰なの?」

 

「希~!これってそっちでいいの〜!?」

 

ナイスタイミング、という具合でのんちゃんが言うお手伝いさんがやって来た。

 

「にこちゃん!?」

 

「うわぁっ!?……ったっっとぉ!!!」

 

破魔矢とか絵馬とかが入っている段ボールを落としかけるが、それをお手玉を何回か繰り返してからまた持ち上げる。

 

「……何よ。あんたたちも来てたの?」

 

「初詣がてらのんちゃんたちの様子を見に行ってみよう、ってことで」

 

「にこちゃんの巫女服姿、似合ってるよ!」

 

「可愛いにゃ〜!」

 

「えっ!?そ……そう、かな?」

 

穂乃果と凛ちゃんで巫女服姿のにこちゃんを褒め、それを聞いたにこちゃんが照れ臭そうに穂乃果たちから視線を外しながら嬉しそうにする。

 

すると、急に凛ちゃんが真姫の背中を押してにこちゃんの横に並ばせた。

 

「なんか真姫ちゃんとにこちゃんで和風のユニットとか作れそうにゃ!」

 

「「「「ユニット!?」」」」

 

いきなり突拍子もない事を言い出した凛ちゃんの発言を聞き、何故かにこちゃんと真姫によるユニットを想像してみた。

 

 

 

『あはっ♪』

 

 

 

『ふふっ♪』

 

 

 

『『おいでやす~♪♪』』

 

 

 

 

「…………無いな」

 

「えぇ~!?絶対似合うと思うのに~!?」

 

思わず呟いた事を穂乃果に聞かれ、『信じられない!』という顔付きでオレを見てくる。

 

この2人に似合う楽曲は磁石みたいに反発しあったり、かと思うと今度はくっつきあったりするような楽曲が似合うに決まっているだろ。

 

異論?そんなのはオレが認めん。

 

「壮大の言う通りよ!!」

 

「そうよ!それだと私たちが完全にイロモノみたいになるじゃない!!」

 

そりゃ和服のような衣装でアダルトチックな楽曲を披露してしまったら、如何わしく見えてしまいそうだしな。

 

「あら?何か騒がしいと思ったらみんなも来てたのね!」

 

新年早々に変なことを考えていると、後ろからまたしても段ボールを両手で持った絵里ちゃんがやって来た。

 

のんちゃんやにこちゃんとはまた違った……何というか神々しさを身に纏っていた。

 

「絵里ちゃん!明けましておめでとう!」

 

「おめでとう穂乃果!それにみんなも!!」

 

「うんっ!それにしても……絵里ちゃんの巫女姿とっても可愛いね♪」

 

「確かに絵里が巫女服を着るとかっこよく見えます!」

 

「なんだか惚れ惚れしてしまいます!」

 

絵里の巫女姿はことりも花陽ちゃんも…、そして普通の人よりも和装する機会が多い海未でさえも絶賛していた。

 

やっぱ着る人の素材がいいと何でも似合うのか?

 

「ねぇ絵里ちゃん!一緒に写真撮ろうよ!」

 

「ダメよ。今は忙しいんだから」

 

凛ちゃんは巫女姿の絵里ちゃんと一緒に写真を撮ろうとお願いしたのだが、あっさりと断られた。

 

「お願い絵里ちゃん!ほんの少しだけでもいいから!!」

 

「凛ちゃん。絵里ちゃんたちは仕事中なんだからこれ以上邪魔しちゃダメだろ?」

 

「ちぇーっ…」

 

何とかして写真を撮りたい、と食い下がろうとする凛ちゃんを優しく諭して諦めるように説得する。

 

そのおかげか渋々ながらも凛ちゃんは手に持っていたスマートフォンを降ろしてくれた。

 

「ありがと、壮大。それじゃまた練習の時にね?……希!にこ!行くわよ!!」

 

そう言い残し、3年生組は仕事場へと戻っていった。

 

「やっぱり仲良しだね!」

 

「姉妹みたいだにゃ!」

 

3年生の3人の後ろ姿を眺めながら穂乃果と凛ちゃんは呟く。

 

しかし、花陽ちゃんは揺るぎない1つの事実を少し寂しそうに口にする。

 

「でも…、もうあと3ヶ月もないんだよね…。3年生」

 

あと3ヶ月…いや、残り2ヶ月もしないうちに3年生は音ノ木坂学院に別れを告げなければいけないということだ。

 

「花陽。その話はラブライブが終わるまでしないとこの前約束したはずですよ?」

 

「分かってます。……それに」

 

花陽ちゃんはまた別の事を口にしようとするが、穂乃果が花陽ちゃんの話の腰を思いっきりへし折った。

 

「3年生のためにも、ラブライブで優勝しようってここまできたんだもん!頑張ろうよ!最後まで!!」

 

穂乃果がそう宣言すると、その言葉に感化されたのかみんなも話し始めた。

 

「そうだね!3年生のためにも最後まで頑張ろう!」

 

「はい!ラブライブ本戦に向けて、みんなでまた練習を頑張っていきましょう」

 

「「「「「うんっ!」」」」」

 

みんなの強い意志が現れたかのように、いい表情で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の午前中。

 

音ノ木坂学院の屋上でウォーミングアップ中に花陽ちゃんの口から本戦の概要を説明してくれた。

 

「えっ?自由?」

 

「それじゃあ選曲も自由ってこと?」

 

自由という単語に穂乃果が食い付いた。

 

「はい。それに歌だけではありません。衣装もダンスの振り付けも曲の長さも基本的には自由です。最終予選で勝ち上がってきた各都道府県の代表が一曲ずつ披露して会場とネット投票で優勝者を決めるという、実にシンプルな方法です」

 

つまり今まで披露してきた既存曲でもOKだし、そこで新曲を披露しても構わないと言うことになる。

 

でも、そっちの方式の方が簡単で視聴している人や会場まで足を運んでくれる人にとっても楽でいいのかもな…。

 

「そこで出場グループの間では、本戦が始まるまでにいかに自分達のグループを印象づけておけるかが重要だと言われてて…」

 

「印象…づけ?」

 

花陽ちゃんの説明に穂乃果は首を傾げた。

 

「全部で50近いグループが長時間に渡って一曲ずつ歌うのよ?」

 

「見ている人全員が全てのグループを覚えているということは限らない……と言うことか」

 

「……それにネットの視聴者はお目当てのグループだけを見るってことも少なくない筈だわ」

 

確かに一番最初のグループから最後のグループまでぶっ通しで視聴し続けるのは流石に難しいだろうな……。

 

開催される時間によっては用を足したり、食事をしなければいけないかもしれないし。

 

「私たちμ’sはA-RISEに勝って、現時点では他のグループより目立ってはいますが…」

 

「それが3月の本大会の時には、どうなってるかってことやね…」

 

海未は現時点での状況を、のんちゃんがこれから推測される事を考えて発言をする。

 

「でも事前に印象づけておく方法なんてあるの?」

 

穂乃果が印象づけられる方法について尋ねるとそれを花陽ちゃんが説明してくれた。

 

「はい。それで一番大切だと言われているのが…キャッチフレーズというものです」

 

「「「「「「「キャッチフレーズ?」」」」」」」

 

花陽ちゃんの口から出てきた1つのキーワードを鸚鵡返しするように聞き返す。

 

「キャッチフレーズって『100人乗っても大丈夫』とか『エンディングまで、泣くんじゃない』とかそういった感じのやつのことか?」

 

「はい、そのキャッチフレーズです。出場グループはこのチーム紹介のページに自分たちのキャッチフレーズを付けることが出来るんです」

 

そう言いながら花陽ちゃんは屋上に持ち込んだノートパソコンを開き、みんなに見えるようにしてディスプレイを向けた。

 

パソコンを見ると、他のグループのキャッチフレーズには『恋の小悪魔』とか『はんなりアイドル』とか『可愛さと強さの化学反応』だとかそれぞれのグループにマッチしたキャッチフレーズが付けられていた。

 

……それにしても『可愛さと強さの化学反応』ってなんなんだよ?

 

「そうなると当然、ウチらμ'sにも付けておいた方がよさそうやね」

 

「はい。私たちμ’sを一言で言い表すような言葉は……」

 

「『μ’sを一言で表す』かぁ……」

 

う~ん、と唸りながら考え始める穂乃果を見かねて言い聞かせる。

 

「今1人で考えても仕方がないだろ?」

 

「それもそうだね」

 

穂乃果はそう返事をしたっきり、練習に集中し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

練習が終わり、キャッチフレーズの件はまた後日話し合って決めようと言うことで今日のところは帰ることに。

 

「μ’sを一言で表す…う〜ん…」

 

穂乃果は両腕を組んでまたキャッチフレーズのことを考え始め、しばらくすると思いついたのか話し出した。

 

「あっ!石鹸じゃない!」

 

「そんなの見れば分かるな…」

 

「それとも…、μ'sは9人?」

 

「それも見れば分かります!!」

 

その後も穂乃果の極々当たり前の事をキャッチフレーズとして提案するが、オレと海未で頭ごなしに却下していく。

 

「もう!それだったらそーちゃんも海未ちゃんも何か考えてよ!」

 

「そんなのは分かっています!ですが…」

 

「なかなか難しいよな…」

 

「9人みんな性格も違うし…、1度に9人が集まったわけでもないし…」

 

ことりの意見は最もだ。

 

最初は穂乃果たち3人がグループを立ち上げ、紆余曲折を経てメンバーが9人になったわけだし……。

 

すると穂乃果がまた話し出す。

 

「でも優勝したいって気持ちは一緒だよ!」

 

「…と、なると?」

 

「『ラブライブ優勝!』ってのはどう?」

 

「何様のつもりですか!?」

 

今のやり取りで連想される事を元に思いついた言葉を発すると、海未はそれに突っ込んでは肩を落とす穂乃果。

 

……意外とキャッチフレーズって決まらない物なんだな。

 

 

 

 

 

「じゃあまた明日な~!!」

 

「バイバーイ!」

 

「明日も遅れずに来てくださいね?」

 

海未とことりと別れて穂乃果と2人で家に向かう道中でも、穂乃果はキャッチフレーズの事で頭を悩ませていた。

 

「う~ん…『半分は優しさで出来ています』…、『この青春を駆け抜けろ』……」

 

「それもうμ'sと関係無くなってきてるからな?」

 

これ以上決まらないならグループ名の時のように一般公募で決めるしか無いのかもな…、と考えていたら反対側から誰かが歩いてきてオレたちの前で立ち止まった。

 

「こんにちは松宮くん。……それに高坂さんも」

 

その誰かの正体はA-RISEのリーダーの綺羅 ツバサだった。

 

「ツバサさん!こんにちは!」

 

「よう。それに明けましておめでとう」

 

「おめでとう。……唐突で悪いんだけど少し高坂さんと話がしたいんだけどいいかしら?」

 

「えっ?私?」

 

穂乃果に何の用事があるんだ?

 

理由について聞こうとしたら、今度はこちらを向いた。

 

「松宮くんも来てくれるかしら?」

 

「オレも?」

 

「えぇ。キミにもいくつか聞きたいことがあるから」

 

綺羅は少し笑みを浮かべる。

 

以前立ち会ったときに見た裏のある笑みでは……ないみたいだな。

 

「……分かった」

 

「それじゃ行きましょう?」

 

警戒心を解いて2人に同行することを同意すると、綺羅は踵を返して歩き出したのでオレたちも綺羅の後ろを追いかけるように歩き出した。

 

 




絵里ちゃん特別編が進まない……

それに伴って下手したら凛ちゃん特別編も……

急いで執筆はしてますけど、絵里ちゃん特別編は間違いなく遅れます!

今回も読んでいただきありがとうございます!

次回更新までお待ちください!







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第63話 支えているもの

お待たせしました!

約3週間投稿していなかっただけで1ヶ月半ほど投稿していなかった感じです。

では、どうぞ!!


綺羅の後ろについて歩くこと5分。

 

連れてこられた場所は大きな池がある公園で、池の水面ではカモの親子がプカプカ浮いているし小さな子どもが母親と手を繋いで『ママー、きょーのごはんなぁにー?』『今日はクリスが大好きなハンバーグよ~?』と微笑ましい1シーンが繰り広げられていた。

 

「はい、これ。私からの奢りよ」

 

「どうも」

 

綺羅から手渡された缶コーヒーを受け取る。

 

プルトップを引き起こし、コーヒーを飲むと少し冷えた身体が一瞬にして暖かくなる。

 

「んじゃ、オレはこの公園内を散歩してるから」

 

「どうして?」

 

「2人っきりで話した方が腹割って話せると思ったから」

 

穂乃果と綺羅を2人にさせる口実を作り、散歩に行こうとすると理由を聞かれたので理由を話す。

 

すると、綺羅は口元を隠しながら小さく笑った。

 

「ふふっ…、別にあなたも話に加わってもいいのよ?」

 

「グループのリーダー同士にしか分かり得ない事もあるだろ?メンバーじゃないオレが話に加わってもいい内容じゃないと思ってな」

 

オレは綺羅にそう答えた後、背を向けて公園内を歩き始めた。

 

 

 

 

 

Side 高坂 穂乃果

 

 

何やらそーちゃんと話をしてたみたいだけど、話が終わったのかそーちゃんは私とは反対方向へと歩いていきツバサさんは私が座っているベンチにやってきた。

 

「ごめんなさいね。でもどうしてもリーダー同士2人っきりで話したくてね」

 

「いえいえ…、そんな……」

 

あぅ…。

 

何度かツバサさんとは顔を合わせたことはあるけど、2人っきりで話すことは無かったから緊張しちゃうよぉ…。

 

「練習は頑張ってる?」

 

「は…、はいっ!本戦ではA-RISEに恥ずかしくないライブをしなきゃ~って、みんな気合い入ってます!」

 

「そう…」

 

ツバサはそう反応すると話が途切れる。

 

しばらくの沈黙が流れ、穂乃果が心配そうな顔をして、穂乃果がまた口を開きツバサに問いかけた。

 

「あの…A-RISEは…?」

 

「心配しなくてもちゃんと練習してる。『ラブライブ』っていう目標がなくなってどうなるかって思ったけど、やっぱり私たち…歌うことが好きなのよ」

 

「良かった…」

 

ツバサさんの話を聞いてホッとすると、今度はツバサさんが話し始めた。

 

「ただやっぱり、どうしてもちゃんと聞いておきたくて…」

 

「えっ?」

 

「私たちA-RISEは最終予選全てをぶつけて歌い、踊った。そして潔く負けた。その事に何のわだかまりもない」

 

「……!」

 

ツバサさんの言葉を聞き、衝撃が走る。

 

それだけ今放ったツバサさんの言葉には重みがあった。

 

まさかツバサさんがこんなことを言うなんて思ってもいなかったから……余計に。

 

だけどツバサさんは真剣な表情から少し頬を緩めて笑った。

 

「…と思ってたんだけどね」

 

「えっ…?」

 

「ちょっとだけ引っかかってるの。何で負けたんだろうって…」

 

「そう…なんですか?」

 

聞き返すとツバサさんはえぇ、と言って話を続ける。

 

「理由は分からないのよ。確かにあの時μ’sは私たちよりも多くのファンの心を掴んでいたし、パフォーマンスも素晴らしいライブだった。結果が出る前に私たちは確信したわ。……でも、何故それができたの?」

 

「えっ?」

 

なぜ?それは一体どういうことなんだろう?

 

「確かに努力はしたんだろうし、練習を積んできたのは分かる。チームワークだっていい。だけどそれは私たちだって一緒」

 

ツバサさんの言う通りだ。

 

チームワークなら最終予選に臨んだ他の2チームにもあったはず…なのにどうして?と聞いてくる。

 

「むしろ私たちはあなたたちよりも強くあろうと…、ううん、日本全国の数多のスクールアイドルグループよりも強くあろうとしてきた。それがA-RISEの誇りでありスタイル。だから負けるはずがない!!そう思ってたけど……負けた。だから私はその理由を知りたいの!」

 

「えっ?えっ??」

 

そしてツバサさんは、穂乃果に聞きたかった本心の言葉をさらけ出した。

 

「μ’sを突き動かしているのは何?あなたたちを支えているもの…原動力となる想い……それは一体何なの?」

 

それがツバサさんが聞いておきたかったことなんだろう、と直感する。

 

ツバサさんの真剣な眼差しに対し、どう答えればいいか分からず迷っていた。

 

私も同じようなことを考えていたから。

 

そしてそのままの答えを口に出そうとしたら…、

 

「さぁな…、それは本人たちにも分からないさ」

 

この場にいるはずがない人が私の代わりに答えた。

 

 

Side out

 

 

 

 

湖があるもんだからもっと大きい公園だと思ったら、全然大きく無くて穂乃果たちの話が終わるよりも前に戻ってきてしまった。

 

「そーちゃん…、いつからそこにいたの?」

 

「『μ'sが突き動かしているのは何?』辺りからだ」

 

オレは本当にそこからしか聞いていなかったので、話の内容は分からないが大方『何故私たち(A-RISE)あなたたち(μ's)に負けたのか』って聞いてたんだろう。

 

「それは……どういう事かしら?」

 

綺羅が問いかける質問に、オレは素直に答える。

 

「本人たちが自覚していないのにそれ以上の質問をこいつに投げ掛けるのは酷ってもんだろ?」

 

オレは穂乃果の頭の上に手を乗せ、ポンポンと撫でる。

 

「……それもそうね」

 

それを最後にその会話は終わりとなり、3人で正月はどう過ごしていたかといった世間話に花を咲かせることとなった。

 

 

 

 

 

「あっ、そうだ。松宮くん」

 

「なんだ?」

 

帰り際、綺羅が思い出したかのように話を切り出してきた。

 

「怪我の具合は大丈夫かしら?」

 

「なんだ……知ってたのか?」

 

てっきり知らないと思っていたから少し驚きだ。

 

「ラブライブの最終予選が終わった日に風の噂と共に流れてきんだけど~ってあんじゅが言ってたのよ」

 

あの人…、ゆるふわ系女子高生じゃなかったのか?

 

μ'sのメンバーの中にもタロットカードを差し出しながら『カードがそう告げとるんよ~♪』って平気で言う人もいる世の中だし……スピリチュアルって結構そこら辺に満ち溢れてるもんなのか?

 

っと…、今は質問に答えんとな。

 

「おかげさまでほぼ完治に近い状態だ。でも、まだ全力で走れないのがちと辛いけど……」

 

「そう。それを貴方に1番聞きたかったけどその答えを聞いて安心したわ」

 

さいですか…。

 

何だか穂乃果に聞いた質問に比べると見劣りしてしまうのは気のせいだろうか?

 

「それじゃ、またね。ラブライブ頑張ってね」

 

「はい!ツバサさんも!!」

 

「松宮くんも。お大事にね?」

 

「あぁ」

 

互いに別れの挨拶を交わし、綺羅は背を向けて歩いて行った。

 

オレたちも綺羅に倣って自分たちの家に向かって徒歩で帰宅するが、穂乃果はまた気難しそうな顔つきになっていた。

 

「……言われたことが気になってるのか?」

 

穂乃果がうん、と首を縦に小さく動かした。

 

μ’sの原動力…そんなの結成当時からずーっと見てきたオレにも分からない。

 

けど…、

 

「もし穂乃果が見つけたり思いついたりした時に出てきた言葉……それがそっくりそのままキャッチフレーズになるんじゃねぇか?」

 

「そっくりそのまま?」

 

「そっくりそのままだ」

 

そんな気がする。

 

何も飾らない愚かとも言われそうなくらいストレートな言葉。

 

それがきっとμ'sと言うグループのキャッチフレーズになる、と。

 

「もう……そんな難しい話されても私おバカだからよく分かんないよ」

 

拗ねるようにプイッとそっぽ向かれてしまった。

 

でも…、これそんなに難しい話だったか?

 

 

 

 

 

 

Side 高坂 穂乃果

 

 

『もし穂乃果が見つけたり思いついたりした時に出てきた言葉……それがそっくりそのままキャッチフレーズになるんじゃねぇか?』

 

帰り際にそーちゃんが言ってた事が頭の中でグルグルと駆け巡っている。

 

私は家に帰ってきてから結成当初から今日まで起きた事を思い出し、それを元に考えてみたもののサッパリ思いつかなかった。

 

全然分かんないや……。

 

私は気分を変えてお風呂に入るため部屋を出て1階に降りて居間に行くと、雪穂が1人で炬燵に入りメガネをかけてノートに向かってペンを走らせていた。

 

雪穂はこれから始まる受験シーズンに向けて追い込みの時期に入っていて、2年前に経験した私よりもずっとずっと効率も要領もいいから少しだけその頭脳が羨ましく思える。

 

「こっちで勉強?」

 

「うん。部屋だと寒いから……」

 

「お風呂先に入っちゃうよ?」

 

「どうぞ〜」

 

居間を出て行こうとした時、雪穂から見たμ’sとは一体どんなものなのかを勉強時間を削ってしまう事を申し訳無く思いながら聞いてみた。

 

「ねぇ、雪穂……」

 

「どうしたの?」

 

「雪穂から見たμ'sってどう見えてるの?」

 

「えっ!?なんで急にそんなこと…?」

 

雪穂に事情を説明し、そうだなぁ……と呟きながらμ’sについて考えてくれた。

 

しばらく考えた雪穂はやがて話してくれた。

 

「……心配?」

 

「はぁ…?」

 

雪穂の思いもよらない言葉に思わず聞き返してしまったが、雪穂の容赦の無いイメージがポロポロと出てくる。

 

「『危なっかしい』『頼りない』『ハラハラする』」

 

指を折りながらまるでダメ出しのようなイメージが次々と出てくる。

 

一応地区代表なんだけどなぁ…。

 

「じゃあさ、なんで勝てたんだと思う?」

 

「さぁ?」

 

さぁ?って…。

 

質問を変えて聞いてみたが、分からないとばかりに答えてくる。

 

もしかして聞く相手間違えたかな……?

 

そう思っていたけど、今までの事をまとめてフォローするように口を開いて話し出した。

 

「ただ不思議と応援しなきゃ~って気持ちになるんだよね…どのグループよりも。それは『お姉ちゃんだから』とか『地元だから』とか一切関係なく」

 

「『応援しなきゃ』か…」

 

するとポケットに入れていたスマートフォンから着信を知らせるメロディが流れてきて、確認すると激励のメッセージだった。

 

「あぁっ!!」

 

「なっ!?ど…、どうしたのお姉ちゃん?」

 

「大事なこと忘れてた!お母さんはどこ?」

 

「台所…だけど?」

 

そうだよ!

 

何で今の今までこれを忘れていたんだろう!?

 

雪穂からお母さんは台所にいると聞き、すぐにお母さんのいる台所へ駆け出した。

 

 

Side out

 

 




凛ちゃん誕生日編も急ピッチで進行中です。

早くしないと『凛だけ…、特別編書いてくれないのかにゃ?』と涙目で訴えられそうです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!



同時連載している小説もよろしくです(小声


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第64話 Grant Story With Everyone

2日連続投稿です!

タイトルの英文はぜひとも訳してみてください。

答えは本文中に書いてますので…。

では、どうぞ!!




次の日の朝。

 

オレは布団の温もりを感じながら身体と脳を休めていたのだが…、

 

「そーちゃんっ!!」

 

「うぐぁっ!!?」

 

いつぞやの時と同じく穂乃果に叩き起こされた。

 

 

 

「んで?こんな朝早くから何の用だ?」

 

オレは温もりが残る布団にくるまりながらジト目で穂乃果を睨む。

 

また悪い夢を見て怖くなったから家に来た、とかだったらそのサイドテールを留めてるリボンを外して手が届かない高さに置いてやろうか?

 

「えっと…、あれ?何言おうとしたんだっけ?」

 

「ハッハッハ!」

 

あまりにもつまらさすぎるジョークに思わず笑い飛ばしてしまった。

 

冗談はその足りない頭と突拍子が無さすぎる行動だけにしやがれ、このおバカ!!

 

「冗談だよ!冗談!!ほんのジョークだよ!」

 

「……オレの顔は2度までだぞ?」

 

そーちゃん、怖い……と縮こまる穂乃果。

 

本当であれば今すぐにでも制裁を喰らわせてやりたいが、それなりに反省をしている上に今回みたいなことは今に始まった事じゃないから特別に許してあげることにしよう。

 

「あっ!思い出した!9時になったら家の前に来て!」

 

「……それだけ?」

 

「それだけ?って……それだけだよ?」

 

……。

 

何も言わずに布団を被った。

 

それだけのためにわざわざ叩き起こすんじゃねぇよ!

 

布団を引き剥がそうとする穂乃果に抵抗しながら指定された時間ギリギリまで眠ってやろうと心に誓いながら、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

自然な流れで『わりぃ、寝過ごした~』ってやりたかったが、向かいの穂むらの前にはみんながすでに集まっていたので自室の窓をガラリと開ける。

 

「そーくんおはよ~!」

 

「おはよう壮大。もしかして今起きたの?」

 

窓が開く音を聞きつけたことりが誰よりも早くオレに挨拶をし、次に絵里ちゃんも挨拶をしてきた。

 

「いえ。オレの部屋に1度嵐が来て叩き起こされたかと思うと、用件だけ言い残してさっさとどこかへ行ったので……」

 

「はぁ…、何があったかだいたい分かったわ」

 

事情を察してくれた絵里ちゃんはやれやれ…、といった表情で溜め息をつく。

 

分かってくれて何よりです。

 

「そーくんも部屋に閉じこもってないで凛たちのところにおいでよ!!」

 

「そうよ!にこたちがこんなに寒い外にいて壮大だけ中でぬくぬくしてようだなんて許さないんだから!」

 

「……分かりました」

 

凛ちゃんと理不尽な事に怒るにこちゃんに唆され、寒くない格好に着替えてから穂むらの前まで行く。

 

すると、みんなの目の前には穂むらの杵と臼が置かれていた。

 

……あぁ、そう言えば今年はまだやってなかったな。

 

「穂乃果がこれから何やろうとしてるか分かる?」

 

「……まぁ、だいたいは検討ついてる」

 

「みんな~、お待たせ~」

 

真姫に質問されたので質問に答えていたら、穂むらの入り口から餅米が入った木箱を持った夏穂さんを先頭に高坂家一同が現れ、その餅米を臼の中に入れたのを見計らって法被を着た穂乃果が杵を持った。

 

「ちゃんと出来るの?」

 

「お父さんから教えてもらったから大丈夫だよ!」

 

餅米を杵で馴染ませるようにこね、そして杵を振り上げていよいよ餅つきをし始める。

 

「いよっ!ほっ!!そぉれっ!!!」

 

穂乃果が餅をつき、海未が抜群のタイミングで手で餅を返していく。

 

「はぁ〜!ご飯がキラキラしてたね!お餅だね!」

 

「食べる気満々じゃない…」

 

花陽ちゃんはすでにマイお箸とマイお皿を持っていて、目をキラキラ輝かせながら餅がつきあがるのを今か今かと待ちわびている。

 

花陽ちゃん、よだれが垂れてるぞ?

 

「凛ちゃんも真姫ちゃんもやってみる?」

 

「いいの!?」

 

「私はいいわよ……」

 

穂乃果は近くで見ていた凛ちゃんと真姫を誘うが、やる気満々の凛ちゃんに対して真姫は少し面倒そうに拒否する。

 

「それよりも何で餅つきなのよ?」

 

「米の在庫処分でもしようって考えたのか?」

 

「ううん、違うよ」

 

首を横に振り、オレが言ったことを否定する穂乃果。

 

「なんか考えてみたら学校のみんなに何のお礼もしてないなって…」

 

お礼?

 

穂乃果が……みんなに?

 

「最終予選を突破出来たのってよくよく考えたらあの雪の中を一生懸命雪掻きをしてくれたみんなのおかげでしょ?でも、あのまま冬休みに入っちゃってお正月になって…」

 

それでみんなにお礼で餅つきして出来たお餅でお礼をしようってわけか思いついたのか。

 

でもさ…、

 

「別にお餅にする必要なかったんじゃねぇの?」

 

「だって思いつかなかったんだもん!」

 

「穂むら饅頭とか大福とかいっぱいあるだろ!」

 

「……あぁっ!?」

 

頭を抱えてハッとする表情を浮かべる穂乃果が可笑しくて思わずこの場にいるみんなが一斉に笑い出す。

 

「それに学校のみんなに会えばμ'sのキャッチフレーズが思いつくかなって…」

 

「思いつく?」

 

「お餅つきだけに!」

 

にこちゃんのクッソ寒いギャグをブッ込んできたおかげで、余計に寒く感じた。

 

「なぁ、壮くん。ちょっとこの辺寒いから壮くんの家に入っててもええかな?」

 

「奇遇ですね。オレも今そう思ってたんでみんなで行きましょうか……。クッソ寒いギャグをブッ込んだにこちゃんだけ残して……」

 

「悪かったわよ!ついよ!つい!!」

 

にこちゃんも自分で言った事が寒いことを自覚したのか顔を赤くしながらみんなに謝った。

 

謝るくらいなら寒いギャグを言わないでほしい…と思ったのはオレだけじゃないはずだ。

 

「よし!気を取り直して続きを始めるにゃ!!」

 

凛ちゃんはにこちゃんのギャグを無かったことにし、餅つきの続きをしようと杵を振り上げた。

 

 

 

「危な〜い!!!」

 

 

 

凛ちゃんの後ろから全速力で走ってきた亜麻色の髪の少女が海未を庇うように抱きついた。

 

「亜里沙!?」

 

「μ’sが怪我したら大変!」

 

その正体は亜里沙ちゃんで、お姉ちゃんである絵里ちゃんは亜里沙ちゃんの行動に驚く一方で亜里沙ちゃんは杵を何かのハンマーのような物と勘違いしているようだった。

 

「亜里沙ちゃん、違う違う。別にオレたちは海未に恨みがあってこれで殴りかかろうとしてた訳じゃないぞ?」

 

「そうなんですか?では…、みなさんは一体何をしていたんですか?」

 

矢継ぎ早に飛んでくる質問に対してまとめて答えるように臼を指差し、中に入っている餅を亜里沙ちゃんに見せる。

 

「……これは?」

 

「お餅って言うんだ」

 

「お餅……スライム?」

 

あー…。

 

今餅をついてる途中だから海外暮らしが長かった人からしてみればスライムに見えるかもしれんな。

 

作ってる最中のものではなく、出来たてホヤホヤのお餅をお皿に盛り付けて亜里沙ちゃんに手渡す。

 

「亜里沙ちゃん。これがこの中に入ってるお餅の完成形だ」

 

「食べてみて?きっと頬っぺた落ちるから!」

 

花陽ちゃんの話を聞いてお餅を不思議そうに見つめていた亜里沙ちゃんだったが、箸を使ってお餅を食べると亜里沙ちゃんはパァッと笑顔の花を咲かせた。

 

「……美味しい!」

 

「おろ?意外と本格的ね!」

 

するとヒデコちゃん、フミコちゃん、ミカちゃんのヒフミトリオを筆頭に1度は見たことがあるような人たちが穂むらにやって来た。

 

「へいらっしゃい!」

 

何で下町みたいなお出迎えをしてるんだお前は…。

 

 

 

 

 

「よぉっ!そぉらっ!!はぁっ!!!」

 

予想よりも大人数になってしまい、餅が足りなくなってしまったので親父さんとオレで餅を作る役目を引き継いだ。

 

最初はオレが餅を返す役目なのかと思っていたのだが、親父さんに無言で杵を渡されたので筋トレの一環としてその役目を引き受けた。

 

「はい!どうぞ!」

 

「みんなの分ありますからね〜!」

 

「並んで並んで!お餅は逃げないから!!」

 

穂乃果を中心として餅を振る舞い、受け取ったみんなは笑顔で餅を堪能していた。

 

そして海未はというと穂乃果の部屋に飾ってあったラブライブ最終予選の勝者の証でもある黄金のトロフィーを穂乃果の許可を得た上で持ち出し、みんなに見せる。

 

「はーい!それじゃ撮るわよー?」

 

「行くわよみんな!せーのっ……!」

 

『にっこにっこにー!』

 

夏穂さんに頼んでみんなで『にっこにっこにー』の合言葉で記念写真を撮ってもらったり……、

 

「かよちん!そんなに食べたら太るにゃ!!」

 

「離して凛ちゃん!そこにお餅があるのに食べないなんてお餅に失礼だよ!?」

 

「何言ってるか分からないにゃーっ!!」

 

凛ちゃんがもっと餅を食べたがっている花陽ちゃんを止めていたりと騒がしくも楽しい一時を過ごした。

 

途中で穂乃果が離れた場所からこちらを見つめていたのに気がついたが、そっとしておいた。

 

あいつにも思う事があるだろうからな…。

 

 

 

 

 

午後の練習の仕上げとして、みんなは神田明神の男坂での階段ダッシュに勤しんでいた。

 

今日のノルマは10本。

 

オレも参加したかったが、まだ全力で走っちゃいけないというドクターストップがかけられているし海未に何か手伝うことはないか?と聞いてみたが『そうですね…、特にないかもしれません』と言われてしまったので、境内の中を歩き回ることにした。

 

絵馬が飾られているところを見つけ、そちらへ歩いていく。

 

家内安全だったり受験での成功を祈願したり…、様々な願いを書いている人の中でμ'sに関する祈願を書いてくれている人もいた。

 

中にはμ'sのファンでみんなの頑張りを見てより一層勉強や部活動に力を入れるようになったという娘を持つ母親の絵馬もあったり、『μ’sが本大会で遅刻しませんように!』『大会の日、晴れますように!』と雪穂と亜里沙ちゃん共同で書き込んだ絵馬もあったり…。

 

みんないろんな形で応援してくれてるんだなぁ…、と思ったところでハッと我に返った。

 

ようやく理解した。

 

μ'sというグループを突き動かしているもの。

 

μ'sというグループを支えてるもの。

 

μ'sの原動力となる想いとなっているもの。

 

「なんだよ…、すぐそこにあったじゃねぇか」

 

オレは呟きながら絵馬やお守りが売っているところへ向かう。

 

「いらっしゃいませ」

 

「絵馬を1つください」

 

「こちらでお書きになりますか?」

 

「いえ。持ち帰ります」

 

お金を支払い、購入した絵馬を上着のポケットに突っ込む。

 

「海未、悪いんだがオレは用事が出来たから先に帰るな?」

 

「分かりました。みんなにそう伝えておきますね」

 

「助かる」

 

みんなよりも一足先に家に帰るために階段を降り、降りきったところで後ろから穂乃果の大きな声が聞こえてきた。

 

どうやら穂乃果もμ'sのキャッチフレーズが思いついたのだろう。

 

オレは小さく笑い、その場を後にした。

 

 

 

Side 高坂 穂乃果

 

 

今日はいよいよラブライブ本戦に出場する全グループ名とキャッチフレーズが発表される日。

 

私たちはUTXのスクリーン前に集まってその時を今か今かとソワソワしながら待っている。

 

そーちゃんは何やらやることがあるらしく、この紹介の時間には間に合いそうもないとの連絡を受けているためここにはいない。

 

けれど、そーちゃんも何処かでこれを見ていることを信じて待ち続ける。

 

「あっ!流れ始めた!!」

 

希ちゃんの言葉を聞いてスクリーンを見ると、エントリーナンバー1番から順番にグループ名とキャッチフレーズが流れ始めた。

 

私たちμ’sはエントリーナンバー11番。

 

8番、9番、10番と流れていき……そしていよいよ私たちの番だ。

 

「流れてきた!」

 

「これがμ’sの原動力……」

 

「これが私たちの……キャッチフレーズ!!」

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

みんなは今頃UTXのスクリーン前に行っているだろう。

 

そんな中、オレはこの前購入した絵馬を飾るために無人の神田明神に足を運んでいた。

 

「これがμ'sの原動力であり……キャッチフレーズだ」

 

絵馬には『Grant story with everyone…』と書き込んだ。

 

意訳すると…、『みんなで叶える物語』だ。

 

まるで小説やドラマのような物語を紡いできたμ'sにとって最も相応しいキャッチフレーズだ。

 

そうだろ…?みんな?

 

 

 




と言うわけで、今回でテレビアニメ2期第10話分は終わりです。

次回はまたまた本編に繋げるサイドストーリーを書いてからいよいよ一部のラブライバーにとってトラウマ(?)の11話分を執筆していきます。

最後まで読んでいただきありがとうございました!!


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第65話 出さねばならぬ結論

サイドストーリーを挟む予定でしたが、逃げてはいけないと奮起して本編を投稿します。

いよいよ2期第11話です。




今日は都内の全高校一斉に合格発表を行う日で、雪穂も受験した音ノ木坂学院に向かっているはずだ。

 

実は昨日ついこの間ようやくドクターストップ解除となったので久々に陸上の練習から帰ってくると『壮にぃ…、私大丈夫かな?ちゃんと合格してるかな?』と不安で一杯の表情をしながらオレの部屋のベッドの上で体育座りになってカタカタ震えていた雪穂を宥めるのに大変だった。

 

でも、世の中には受験勉強にかけた日数が僅か10日で受験本番を迎えた『ファイトだよっ!』や『私、やる!やるったらやる!!』が口癖になっているどこかのおバカもいるから大丈夫だって励ましたら笑ってくれたので大丈夫……だと信じたい。

 

机の上に置いてある据え置き型の時計に目をやると、あと1分もしないうちに合格発表が行われる午前10時となる。

 

「……そろそろか」

 

雪穂がオレの家を後にするとき『壮にぃにはいろいろ勉強教えてもらったからもし合格してたら電話するね?』と言えるくらいまで元気になっていたし、夏辺りから計画的に勉強をしていたこともあるので雪穂が落ちるとは思っていない。

 

けれど雪穂もおっちょこちょいな部分があるのは姉の穂乃果に似ているからなぁ……。

 

「ぬおっ!?」

 

と、思っていたら部屋中に響く着信音に思わず肩をビクッ!とさせてしまった。

 

電話をしてきて相手は……合格発表に向かっているはずの雪穂からだ。

 

「……もしもし?」

 

『壮にぃ……』

 

電話越しに聞こえてくる雪穂の声はかなり沈んでいた。

 

「おい…、雪穂?」

 

どうしたんだ?と聞こうとした瞬間、脳裏にこれ以上ないくらい最悪のシナリオが頭を過る。

 

まさか……落ちたのか!?

 

雪穂の学力でも受からなかったなんて……。

 

何て声をかけたらいいのか分からず困惑していると…、

 

『壮にぃ……受かったよ!私、春から音ノ木坂に通えるよ!!』

 

沈んだ声から一転し、歓喜の声に変わった途端オレは思わずズッコけてしまった。

 

「紛らわしいことをするんじゃねぇ!!!」

 

『あはは♪ちょっとしたサプライズってことで許して!』

 

何がちょっとしたサプライズだよ…。

 

こっちは本気で心配したっていうのに…。

 

『それでさ、壮にぃ今お家にいる?』

 

「いるけど…、何でだ?」

 

今日のμ'sの活動はお休みだしオレ自身も特別大きな用事はないので外出する予定は組んでいなかったが…何で雪穂が家にいることを確認したんだろう?

 

『合格したご褒美として洋菓子食べたいなぁ……♪』

 

仕方のない奴だな…。

 

頭をガシガシ掻きながら溜め息をつく。

 

「分かった分かった。とりあえず来るときになったら連絡くれ」

 

『じゃあ、また後でね?』

 

そう言って電話が切れたので、手にしていたスマートフォンを財布とロードバイクのカギに切り替えて部屋を後にした。

 

 

 

 

「壮にぃ。来たよ」

 

午後1時を少し回ったところで、雪穂が家にやって来た。

 

雪穂は着ていたコートを脱ぎ、イスの背もたれにかけてからイスに座った。

 

「改めてだけど、雪穂合格おめでとう。今日は特別に雪穂の好物の洋菓子を買ってきたんだ!」

 

電話でも聞いたけど改めて合格をしたことと雪穂にあげるとき飛び付くように喜びながら食べる洋菓子も用意していることを伝える。

 

「うん…、ありがとう」

 

だが、予想していたリアクションとは違って何だか嬉しくなさそうな返事が来た。

 

「……どうしあって……」

 

そう前置きした後、ポツリポツリと話し始めた。

 

オレに合格発表の報告の電話を入れた後、絵里ちゃんも亜里沙ちゃんの合格発表を見守るために音ノ木坂学院に来ていたらしく合格したことを祝福してくれたらしい。

 

亜里沙ちゃんが『これで私もμ'sに入れる!』と喜び、絵里ちゃんが亜里沙ちゃんを褒めるように頭を撫でている最中疑問に思ってしまったらしい。

 

『もし今の3年生の3人が卒業したら…μ'sはどうするだろう?』……と。

 

「きっとお姉ちゃんに聞く前に壮にぃには言っておこうと思って……」

 

雪穂の話を聞き終え、スクールアイドルにとって避けては通れない話だと率直に思った。

 

プロのアイドルとは違い、スクールアイドルは各高校の在学期間しかいられない。

 

だから雪穂や亜里沙ちゃんが音ノ木坂学院に入学するということは……そういうことだ。

 

だが、こればかりは雪穂は勿論のことだがオレもどうにかできると言う問題でもない。

 

ただオレが言えるのは…、

 

「……こればかりは残ることとなるメンバーで決めるしかないだろうな」

 

そう答えることしか出来なくなっていた。

 

 

 

 

 

Side 高坂 雪穂

 

 

「ただいま~」

 

壮にぃの家から自分の家に戻り、合格発表から帰ってきた事を伝える。

 

「どうだった雪穂?」

 

「もう!一緒に行くって言ったのに何で起こしてくれなかったの!?」

 

合否を確認するお母さんとは対照的に、お姉ちゃんは私1人で合格発表に行った事に腹を立てていた。

 

お姉ちゃんの部屋まで行って起こしたんだけど、お姉ちゃんは起きることは無かったし時間も迫って来ていたので亜里沙と一緒に合格発表に行ったと言う訳だ。

 

「うん、合格したよ」

 

「あら本当!?じゃあ今日は雪穂の勉強を見ていてくれた壮大くんも呼んでお祝いしないとね!!」

 

「そうしようよ!きっとそーちゃんもお祝いしたいと思ってるはずだよ!!」

 

私の合格発表のはずなのに私よりも喜ぶお姉ちゃん。

 

でも、喜ぶお姉ちゃんを尻目に見る私は壮にぃにも言った事をお姉ちゃんにもぶつけてみた。

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

「ん?なぁに?」

 

「μ’sってさ…、今の3年生が卒業したらどうするの?」

 

「えっ……?」

 

投げかけた質問にお姉ちゃんは言葉を詰まらせ、お姉ちゃんが少し困った表情をしているのを見てやっぱ聞かなきゃよかった……と少しだけ後悔した。

 

 

Side out

 

 

 

 

雪穂の合格発表から数日が経ち、音ノ木坂学院にやって来た。

 

今日ここに来た理由はμ'sとしてはA-RISEの大会前のコンディション調整を参考にしてオフとなっているのだが、穂乃果から『大事な話があるから学校に来てほしい』とあいつにしては珍しく声のトーンを低くして依頼されたからだ。

 

久々に音ノ木坂学院に入ったので、緊張しながら生徒会室のドアをノックする。

 

「どうぞ!」

 

いつもと同じような穂乃果の明るい声がドア越しに聞こえてきたので、オレは生徒会室のドアを開ける。

 

「そーちゃん、わざわざ放課後に呼び出してごめんね?」

 

「気にすんな。お前の行動に何年振り回されてると思ってんだ……って真姫もいるのな」

 

てっきり穂乃果しかいないと思っていた生徒会室にはスラリと伸びる足を組みながら頬杖をついている真姫もいた。

 

「……悪い?」

 

「別に悪いとは言ってないだろう?ただ珍しい組み合わせだな……と思ってさ」

 

ムスっとした表情をする真姫を見ながら、申し訳程度のフォローを入れる。

 

そしてオレは生徒会室のイスに座る。

 

「それで?オレをここに呼んだ理由は何なんだ?」

 

「うん、実はね……」

 

勿体ぶるように一旦言葉を区切り、続きの言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

「大会が終わったらμ'sを続けるべきなのか……それとも終わらせるべきなのか考えてるの」

 

 

 

 

 

 

穂乃果の口から語られたのはラブライブ終了後、μ'sというアイドルグループをどうするかとのことだった。

 

呼び出された時点で薄々気づいてはいたが、やはりメンバーの口から出てくるとそれなりの重みはあった。

 

何でもにこちゃんが『私たちが卒業して脱退することになったとしてもμ'sというアイドルグループは続けていってほしい』という願いがあるらしく、その事で絵里ちゃんに相談をしてみたところ『私たちは必ず卒業していくから決められない。だからそれを決めるのは穂乃果たちなんじゃないか?』と言われたらしい。

 

「だから壮大の意見も貰いたいと思ってたんだけど……」

 

「オレに意見を煽ろうとするな。6人で結論を出せ」

 

話が終わり、立ち上がって生徒会室のドアを開けようとしたが穂乃果によって引き止められた。

 

「どうして……?」

 

「何がだ?」

 

「どうしてそんなことが言えるの?私たちじゃ結論を出せないからこうしてそーちゃんにも聞こうとしてるのに……今まで私たちを支えてきてくれたのにどうしてそんなことが平然と言えるの!?」

 

穂乃果はオレの返答次第ではタダじゃ済まさない、という目をしてオレの前に両手を広げて生徒会室のドアに背を向けるように立っていた。

 

「これは1・2年生……つまり学院に残ることとなるメンバーで()()結論を出さなければならない問題だ」

 

「「…………」」

 

生徒会室の中にいる2人はオレが主張した意見の本意を黙って聞いていた。

 

「だからこの問題は結論が出せないとかそんな甘い事を言える問題じゃない。それにオレは関係者であったとしてもメンバーではないしな……」

 

さらに2人に向けて意見の本意を付け加える。

 

「1次予選で歌った『ユメノトビラ』も最終予選で歌った『Snow halation』も……ラブライブに出ようってなったあの日もμ'sみんなで作ってみんなで決めたろ?だからオレの意見なんか参考にしないで残された6人で結論を出せ。それも精神的ダメージが本戦に響かないうちに……分かったか?」

 

穂乃果は黙って首を縦に動かし、真姫は溜め息をつく。

 

「あんたのその面倒くささも大概ね……」

 

「『筋が通っている』って言ってくんねぇかな?」

 

振り返ることもなく、生徒会室のドアを手にして廊下に出る。

 

 

 

 

 

Side 高坂 穂乃果

 

 

『オレの意見なんか参考にしないで残された6人で結論を出せ。それも精神的ダメージが本戦に響かないうちに……』

 

そーちゃんに言われた事が頭の中でグルグルと渦巻いて離れない。

 

μ'sを続けるべきなのか……それとも解散すべきなのか。

 

1人で考えてもどうすることもできないので、今日は家でゆっくりと考えようと思った私はどこにも寄り道をせずに家に帰ってきた。

 

靴を脱いで居間に行くと、雪穂と亜里沙ちゃんがパソコンで私たちが最終予選で披露したパフォーマンスの動画を見ていた。

 

「おかえり。お姉ちゃん」

 

「あ!穂乃果さん!」

 

「亜里沙ちゃん。いらっしゃい」

 

すると亜里沙ちゃんはおそるおそる私に近付いてきた。

 

「あの…、穂乃果さんに見て欲しいものがあるんです!」

 

「ん?なになに?」

 

私は亜里沙ちゃんへ問いかけると亜里沙ちゃんはやがてこう叫んだ。

 

「μ's!ミュージック…スタート!!」

 

「……っ!」

 

それは私たちがライブ前に必ずといってもいいほどやる掛け声そのものだった。

 

「どうですか?練習したんです!」

 

やり終えた亜里沙ちゃんは目を輝かせながら私に聞いてくる。

 

だけど、その目の奥の輝きを直視することは出来なかった。

 

「うん…。いいんじゃないかな……?」

 

曖昧に答えると亜里沙ちゃんは飛び跳ねるように喜び、やがて私に聞いてきた。

 

「穂乃果さん…」

 

「ん?なぁに?」

 

「私がμ'sに入っても……問題ないですか?」

 

その問いに私は『いいよ!』とも『ごめんね…?』とも言えなかった。

 

どう答えたらいいのか分からず、愛想笑いをしていると雪穂が助け舟を出してくれた。

 

「亜里沙。お姉ちゃんはラブライブの直前なんだから邪魔しないの…」

 

「あぅ……」

 

「ごめんね亜里沙ちゃん」

 

私は雪穂と亜里沙ちゃんがいる居間から逃げるように自室へと向かった。

 

学校のカバンを置いて制服から部屋着に着替えてからベッドに背を預ける形で倒れ込み、片腕で目を隠すように覆った。

 

「……どうしたらいいんだろう?」

 

その問いかけに答えてくれる人はここにはおらず、宙に溶け込むように消えていった。

 

 




もうこの時点で少し辛いです。

アニメだろうが何だろうが女の涙を見るのは辛いですよ…。(ドラマは別ですが……)

最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。





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第66話 迷いは消えた

1ヶ月振りの投稿ですね。

別作品はちょこちょこ投稿してましたが、こっちは…。

ぶっちゃけ行き詰まってました。

では、どうぞ。


~Side 高坂 雪穂~

 

お姉ちゃんが帰ってきてからついさっきまで亜里沙との会話をしているのを見て分かったことがある。

 

お姉ちゃんは今、今後のμ'sをどうすべきなのか相当迷っている。

 

亜里沙のことを悪く言うつもりはないが、亜里沙の無邪気な質問が却ってお姉ちゃんの首を締める事となってしまった。

 

μ’sの動画が再生されているパソコンの前に戻った亜里沙が動画を見て歓喜の声を上げる。

 

「ハラショー…!雪穂!今のところ明日またあとで練習しよう!」

 

亜里沙の心はすでにμ'sに入ることへと向かっていた。

 

もしμ'sが続くこととなって亜里沙や私が加入したところではたしてそれはμ'sと言えるのだろう…?

 

「ねぇ亜里沙…」

 

「どうしたの?」

 

「亜里沙はさ…、μ’sのどんなところが好き?μ’sのどんなとこほが1番好きなの?」

 

「えっ…?」

 

気がつけば私はいつでもどこでもμ'sへ強い憧れを抱いている亜里沙に思い切った質問をぶつけていた。

 

 

Side out

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

練習後、生徒会室に集まって1・2年生の6人で話し合うことにした。

 

「結局そーちゃんにはそう言われちゃって……」

 

昨日居なかった4人に事情を説明すると、真っ先に海未ちゃんが話し始めた。

 

「絵里や壮大が言っていた通りだと思います。これは私たちで結論を出さなければならない問題……」

 

「だよね……。卒業しちゃう絵里ちゃんやメンバーじゃないそーくんには決められないよね……」

 

「でも…」

 

「これはさすがに……」

 

「難しすぎる問題だにゃ……」

 

海未ちゃんの言葉にことりちゃん、花陽ちゃん、真姫ちゃん、凛ちゃんと続く。

 

「そーくんも肝心な時に冷たいこと言うなんて思ってもいなかったにゃ……」

 

「仕方ないでしょ?これは壮大に頼ることができないことなんだから……」

 

凛ちゃんがそーちゃんへの愚痴を漏らし、それを真姫ちゃんが仕方ないことだと凛ちゃんに諭す。

 

考えろ…、考えるんだ私。

 

もしそーちゃんがこういう場面になったらそーちゃんは何と言って切り抜ける?

 

もしくはどのような提案をする…?

 

少しそーちゃんが言いそうな事を考えた後、私はみんなに提案した。

 

「明日練習が終わってからもう1度ここに集まってμ’sの今後をみんなで話し合うってのはどう?」

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

「今日のところはそれぞれのお家に帰ってμ'sを続けるか終わりにするかを一晩考える。そして辿り着いた結論をまた明日ここでみんなで話し合って決めようよ」

 

「そんな…!いくらなんでも早すぎます!!もうちょっと時間を置いても……!!」

 

「穂乃果ちゃん…、海未ちゃんの言う通りもうちょっと時間を置いてもいいんじゃないかな?」

 

海未ちゃんとことりちゃんの意見も最もだが、私は2人の意見を否定するように首を振る。

 

「これ以上答えの先伸ばしをするのはよくないと思うの。それに……」

 

「……それに?」

 

「今後の事を曖昧にして本戦に影響させちゃいけないって思うんだ」

 

「それは……」

 

「そうですけど……」

 

ことりちゃんと海未ちゃんが噤んでしまう。

 

曖昧にして答えを先伸ばしにするくらいならいっそのこと答えを出して本戦に集中したほうがいいだろう…と、この場にはいないけどそーちゃんならきっとこう言うと思う。

 

「それもそうね」

 

すると私の意見を汲み取ってくれた真姫ちゃんが溜め息混じりで5人の中でいの一番に賛成の意思を見せてくれた。

 

「凛、花陽。あなたたちはどう?」

 

「穂乃果ちゃんの言う通りかも…」

 

「うん。凛も穂乃果ちゃんの意見に賛成にゃ」

 

花陽ちゃんと凛ちゃんも賛成の意思を表し、残すはことりちゃんと海未ちゃんだけだ。

 

「海未、ことり。2人はどう?」

 

「……そうですね。確かに私も曖昧な気持ちでラブライブのステージに立ちたくはないですし……」

 

ことりちゃんも海未ちゃんと全くの同意見だったのか、無言で頷いた。

 

「じゃあ、決まりだね……」

 

明日もう1度私たちだけ部室に集合して話し合う事となった。

 

μ'sの今後を決めるために…。

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきま~す…」

 

「いってらっしゃい。車に気を付けるのよ?」

 

今日はみんなと話し合ってμ’sの今後をどうするのかを決める日。

 

一晩考えてから話し合おうと言い出しておきながら、結局結論を出すことはできなかった。

 

何か引っ掛かるような感覚が陥ってしまってしまい、朝になってしまったと言うわけだ。

 

我ながら情けないなぁ…と思いながら学校に向かう。

 

「お姉ちゃん!」

 

「雪穂…?それに亜里沙ちゃん……?」

 

学校に向かう途中でもどうするかを悩んでいると目の前には私よりも早く学校に行ったはずの雪穂と音ノ木坂中学校の制服を着た亜里沙ちゃんが立っていた。

 

「ちょっと話があるんだけどさ……いい、かな?」

 

「いいよ。どうしたの?」

 

2人は互いに顔を見合わせ、2人を代表して亜里沙ちゃんが一歩前に出て口を開いた。

 

「穂乃果さん。私……μ’sに入らないことにしました!」

 

「……えっ?」

 

μ'sに入ることにこだわっていた亜里沙ちゃんから思いもよらない言葉が出てきて、私は思わず聞き返してしまった。

 

「昨日雪穂に言われて分かったんです。私はμ'sが大好きな事に変わりはありません。でも、それは今いるメンバー9人と9人を支える壮大さんの10人で手を取り合って進む姿が好きなんだって……。その大好きなスクールアイドルμ'sに……私はいません」

 

「亜里沙ちゃん……」

 

俯きながら話していた亜里沙ちゃんが顔を上げ、笑顔を向けて宣言した。

 

「だから私は…!私のいるハラショーなスクールアイドルを目指します!隣にいる雪穂と一緒に!!」

 

「そういうことだからいろいろ教えてね?『センパイ』……」

 

雪穂は少しはにかみながら私を先輩と呼んだ。

 

2人の姿を見てようやく分かった。

 

ようやく答えが見つかり、引っ掛かっていた何かが堰を切ったように流れていった。

 

それが流れ終わったと気付いた時には、目の前の2人をまとめて抱き締めていた。

 

「わっ…!?」

 

「ちょっ!?お…、お姉ちゃん!?」

 

そうだよね…。

 

当たり前のことなのに…分かってたはずなのに……。

 

どうして今の今まで気が付かなかったのだろう?

 

いつの間にか迷いも消え、流れていた涙を拭ってから2人に笑ってエールを送った。

 

「頑張ってね……!」

 

「「うん!(はい!)」」

 

私は雪穂と亜里沙ちゃんの返事を聞いた後、学校へ向かった。

 

 

Side out

 

 

 

穂乃果にμ'sをどうするかの相談を持ち掛けられてから今日で3日が経った。

 

残ることとなるメンバーにとってμ'sとは特別な思い入れがあるのは重々承知の上だが、そうホイホイ簡単に答えが出るとも思ってもいないのもまた事実だ。

 

やっぱりあいつらだけじゃなくオレもその輪に加わるべきだっただろうか…?

 

そう思っていた時だった。

 

~♪

 

オレの知らない間に変えられていた着信音がオレのスマートフォンから聞こえてくる。

 

その呼び出し主はオレにとってかなり馴染みのある人物の名前が表示されていて、無視するわけにもいかないので電話に出る。

 

『そーちゃん?』

 

「おう。自称老舗の和菓子屋『穂むら』イチの常連客の壮大だ」

 

『毎度ご贔屓ありがとうございます……って、そんなことで電話したんじゃないよ~』

 

電話してきた相手は穂乃果だった。

 

『もしかして今手が離せない状況?』

 

「そんなことないけど……どうしたんだ?」

 

『うん…、あの事で今日みんなで話し合って結論出したんだ……』

 

「……っ」

 

自然と背筋が伸びる。

 

ここ数日の間で穂乃果と共有した出来事と言えば1つしかない。

 

その答えがついに出たと本人の口から出てきた。

 

『みんな……考えていることは同じだったよ』

 

「……そうか。絵里ちゃんたちにはどうやって伝えるんだ?」

 

『今度の休日みんなで思いっきり遊んでから伝えようと思ってるよ。だからそーちゃんにも来てほしいなって……』

 

「オレは別に構わないが……大丈夫なのか?」

 

『大丈夫って……何が?』

 

絵里ちゃんたちにちゃんと伝えられるのか?と喉元まで出かかったが、その言葉を飲み込む。

 

「いや、なんでもねぇ。とにかく次の休日に何処に行けばいいんだ?」

 

『それは決まったら連絡するよ!それじゃお休みなさ~い!』

 

ブツッ!と乱暴な音を立てて電話が切れる。

 

風呂にでも入ろうか、と思いスマートフォンをベッドに敷いている布団の上に放り投げようとすると再び着信を知らせる音が鳴り出した。

 

また穂乃果か?と思ったら今度はことりからの電話だった。

 

後頭部をガシガシと掻いてから電話に出る。

 

「はい?」

 

『そーくん?』

 

あれ?

 

なんだかつい数分前と同じ感覚…これが噂のデジャヴってやつか。

 

『……そーくん?』

 

「ん?あぁ、わりぃ。それにしてもどうしたんだ?」

 

『うん…、ちょっとね……』

 

用件を聞いてもどうも返事の歯切れが悪い。

 

本戦で着用する衣装の事で切羽詰まっているのだろうか…?

 

『……穂乃果ちゃんから今度のお休みの日の事は聞いた?』

 

「あぁ。ついさっき聞いた」

 

『そう…、なんだ……』

 

相槌を打つように返事してまた黙り混んでしまうことり。

 

……ホントにどうしたんだろう?

 

『あのね、そーくん……』

 

「ん?」

 

『その日解散したら……音ノ木坂学院近くの高台の公園に1人で来てくれるかな?』

 

「高台の公園?」

 

『うん。すごく大事なお話があるの……』

 

何の事で相談があるのか今のオレにはサッパリ分からないが…、

 

「……分かった。必ず行く」

 

ことりの真剣な声色を聞いてとても大事だということだけは分かった。

 

だからことりの懇願に素直に応じた。

 

『ありがとう。話はそれだけ……それじゃ、お休みそーくん』

 

ことりはお礼を言うとオレの返事を聞くこともなく通話が切れた。

 

それにしても大事な話って何だろう…?

 

詳しくはその時になったらことり本人から聞くことにしよう。

 

 

 

 

 

~Side 南 ことり~

 

 

「はぁ~……」

 

とっても緊張した私は深く息を吐くことで胸のつっかえを取り除く。

 

次のお休みの日にみんなで遊んでからμ'sの進退を3年生に伝える。

 

そしてこれをいい機会として……。

 

そう決心したのはいいけれど、電話しただけでこれじゃ先が思いやられるよね…。

 

って!挫けちゃダメだよねっ!

 

勝負する前に負けてどうするってそーくんに笑われちゃうよね!

 

「頑張れ、ことり……」

 

私は気合いを入れ、どうすればそーくんの心に響くかだけを考えながら言葉を紙に書き始めました。

 

……今まで想いを募らせてきた言葉を。

 

 




そういえばクリスマスですね。

今年はホールで売られてるケーキもピカピカ光るイルミネーションもこれ見よがしに見せつけるように手を繋ぐカップルも見たくないですし、学校も冬休みということで1日中布団にくるまりながら過ごしてました。

みなさんはどのようなクリスマスを過ごしましたか?


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第67話 遊びに行こう!

今回は少し短め。

次話の展開的にここらで切っときたい……と切に願った結果です。

では、どうぞ~!






いよいよμ'sの進退を打ち明ける日。

 

集合場所となった神田橋に集まり次第、穂乃果が元気よく言い放った。

 

「ぃよぉしっ!遊ぶぞーっ!!」

 

「……遊ぶ?」

 

「いきなり全員呼び出してなにかと思えば……、みんなで遊ぶのが目的だったの?」

 

にこちゃんと絵里ちゃんが疑問を露にする。

 

「今日はゆっくり休むって予定やなかったん?」

 

「今日はみんなで思いっきり遊んで気分転換をするのも悪くはないんじゃないですか?」

 

「それに楽しいって気持ちを持ってライブに立ったほうがいいからし!」

 

「そうですよ!!」

 

「今日は冬にしてはすごく暖かいし…」

 

「遊ぶのは精神的な休養だって前に本で読んだことあるし!!」

 

「こんなに天気がいいのに家に篭ってもしょうがないでしょ?」

 

「真姫ちゃんの言う通りだにゃーっ!!」

 

のんちゃんの疑問にみんなが有無を言わせない勢いで畳み掛けていく。

 

「今日はみんな随分と強引ね……」

 

「まぁまぁそう言わずに…」

 

それでも納得がいっていないにこちゃんを宥めにかかる。

 

「それにμ'sを結成してから10人揃ってちゃんと遊んだことないでしょ?だから1回ぐらいはいいかな~って……」

 

「でも遊ぶって言っても何するのよ?」

 

「はいはいは~いっ!!!」

 

絵里ちゃんの疑問に食いつくように凛ちゃんが右手を挙手して、それを皮切りにみんなが自分がどこに行きたいかを思い思いの場所を主張し始める。

 

「凛は遊園地に行きたいにゃ!」

「私はまずアイドルショップに…!」

 

「2人とも子どもね。私は……そうね、美術館に行きたいわ」

 

「「バラバラじゃん(じゃない)!!」」

 

1年生メンバーから出てきた場所3つとも違う場所だったのでにこちゃんのツッコミがカブってしまった。

 

「それで…、どうするん?」

 

そしてのんちゃんが改めてどうするかを穂乃果に聞くと、穂乃果は予想外な事を言い出した。

 

「う〜ん…じゃあ全部!」

 

「「「「……はい!?」」」」

 

3年生メンバーとオレの驚きの声が重なった。

 

全部って……9人が行きたいところ全部行くつもりなのか!?

 

「今から!?」

 

「うん!みんなが行きたいところ全部行こうよ!!」

 

本気か!?

 

でも、穂乃果の目は冗談を言っているようには見えない。

 

「それ……本気で言ってるの!?」

 

「もっちろん!!みんなで行きたいところ1個ずつあげて全部に行こう!ねっ、いいでしょ?みんな!」

 

穂乃果はすでにそれぞれが行きたい所は全部行く気でいるらしい。

 

「ええやん!なんだか面白くなってきたなぁ!!」

 

「フフッ。……しょうがないわね〜」

 

絵里ちゃんものんちゃんも穂乃果の雰囲気に当てられて、今日は1日遊ぶ気になっていった。

 

何も言わないにこちゃんをチラッと見てみると『仕方ないわねぇ~…』という表情で苦笑いをしていた。

 

「ぃよぉしっ!それじゃあ……出発だぁーっ!!」

 

「「「「「「「「おぉーっ!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

まず最初に向かったのは花陽ちゃんがリクエストした秋葉原の街中にあるアイドルショップ。

 

店内に入店するとまず飛び込んできたのはμ'sの特設コーナー。

 

ピンバッジやメンバーのイメージカラーのサイリウムなど様々なアイテムがそこには置かれていた。

 

「えっとぉ……、伝伝伝Blu-rayの完全版の予約特典は……。あった!にこちゃんここにあったよ!!」

 

「でかしたわ花陽!!早速レジに行って予約するわよ!!」

 

そんな中、花陽ちゃんとにこちゃんは伝説のアイドル伝説なんだか……略して『伝伝伝』と呼ばれるBlu-rayディスクの予約をしていた。

 

あの2人……ホントにアイドルが好きなんだな。

 

「にこちゃ~ん!花陽ちゃ~ん!!そろそろ次の場所に行くよ~!!」

 

「「は~い!!」」

 

返事が来てから数分後、ホクホク顔の2人が店の奥から出てきて合流したので次の目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

2つ目の場所はにこちゃんがリクエストしたゲームセンター。

 

「あぁ…、負けたぁ……!!」

 

「ふっふ〜ん!これで宇宙No.1ダンサーは私で決定ねっ!!」

 

チラッと横目で確認するとにこちゃんと穂乃果でダンスゲームで競っていたみたいだ。

 

「あら?勝負の最中に余所見をするなんて随分と余裕があるやん?」

 

「えぇ。パックがどのような角度・スピードで返ってくるか大体は計算できますし」

 

「じゃあその計算を尽く凌駕してみせようかしら?」

 

「……いいでしょう。オレの打ち返すパックのスピードについてこられるならの話ですけ……どっ!!!」

 

ガァンッ!!!と力を込めてパックを打ち返す。

 

「とりゃぁぁあっ!!」

 

「ハッ!!」

 

「でやぁぁぁぁぁあっ!!」

 

「ラッ!!」

 

「あははははは……」

 

オレとのんちゃん、絵里ちゃんでエアホッケーを楽しんでる最中すぐ横で勝負の行く末を見守っていたことりが乾いた笑い声を出していた。

 

ことりが言うにはパックのスピードが速すぎて見えなかったのにオレたち3人の動きは速すぎて残像が見えたとか見えなかったとか…。

 

 

 

 

 

 

続いて向かった先は遊園地。

 

穂乃果とことりがペンギンの物真似で腕をパタパタさせたり踵でヨチヨチ歩いたりする。

 

すると海未の姿が無いことに気がつき、辺りを見渡す。

 

「………」

 

いた。

 

柵の向こう側の動物をじっと見ていたかと思うと、いきなり片足爪先立ちを始めた。

 

何を見ていたんだろう?

 

そう思い近付いてみると……フラミンゴ?

 

「海未ちゃんなにしてるの?」

 

いつの間にかみんなオレの近くにいてみんなを代表してことりが海未に話しかける。

 

「フラミンゴのマネをしてるんです。……みんなもやってみませんか?」

 

「面白そう!じゃあみんな一斉にやろうよ!いっせ~の……でっ!!」

 

穂乃果の合図でみんなは一斉にフラミンゴのマネをする。

 

「壮大……?そのポーズはなんです?」

 

「なにって……フラミンゴ?」

 

「フラミンゴは片足立ちです!なのに何で片手逆立ちをしているのですか!?」

 

別にいいじゃんねぇ?

 

みんなと同じポーズを取っても面白くないし…。

 

「……ツンツン」

 

「ちょっ!?おいコラ真姫!フラミンゴのマネしながらさりげなく脇腹突っつくな!!……おわっ!?」

 

真姫に脇腹を突っつかれてしまい、バランスを崩してしまい背中から倒れてしまった。

 

その様子がおもしろ可笑しかったのか、みんな一斉に笑い出した。

 

 

 

 

 

 

 

続いてやってきたのは……ボウリング場。

 

腕に自信があるのか定かではないが穂乃果と凛ちゃんの提案で2人1組のチーム対抗戦で勝負し、最下位チームがトップのチームに何かを奢らないといけないというルールが設定された。

 

そしてオレは…、

 

「壮大。期待してるわよ?」

 

1度もボウリングをやってことがないという絵里ちゃんとのペアになった。

 

「早速なんだけどボウリングのコツを教えてくれないかしら?」

 

「いいですよ。ではまず始めに……」

 

知りうる限りのコツを絵里ちゃんに伝授する。

 

「これでコツは終わりです。そして最後に……」

 

「最後に……なにかしら?」

 

「……勝ちましょうね。絶対!」

 

ニヤッと笑いながら絵里ちゃんを見る。

 

すると絵里ちゃんもオレに釣られて笑う。

 

「もっちろんよ!」

 

 

 

 

 

絵里ちゃんとオレは気合いを入れてチーム対抗戦に挑んだ。

 

「はっ!!」

 

キレイなフォームから放たれたボールは鮮やかなカーブを描き、1番ピンを確実に捉える。

 

威力のあるボールは1番ピンを捉えてもなお勢いは衰えず、後ろのピンもまとめて薙ぎ倒した。

 

「あははっ♪ボウリングって楽し~い!!」

 

「「「「「「「「ハラショー……」」」」」」」」

 

絵里ちゃんは楽しそうな笑顔を振り撒くが、実のところかなりエグいことを平然とやってのけている。

 

スコアは300……つまりパーフェクトだ。

 

かくいうオレもここまでパーフェクト継続中だ。

 

「さて、と……」

 

絵里ちゃんと交代する形で投球スペースに立つ。

 

自分の意思に反して心拍のペースが一段と早くなる。

 

呼吸もすら震える中、最終フレーム1投目を投げる。

 

___ガコォン!!

 

「フーッ……」

 

ストライクを取り、深く息を吐く。

 

続く2投目。

 

___ガコォン!!!

 

「っし!」

 

このフレーム2つめのストライクを取り、ガッツポーズが出る。

 

「そーちゃんまたストライク!」

 

「残るはあと1投……」

 

「そーくんもストライクを取れば……」

 

「パーフェクト達成……」

 

「絵里ちゃんは何も気にせず投げたけど……」

 

「壮大くんは違う……」

 

「目の前でパーフェクトを達成されて……」

 

「意識しない訳がない……!」

 

「壮大?無理しないでいいのよ?」

 

みんなの声を余所に居合道の達人のように……狙った獲物を確実に仕留めるスナイパーのように集中力を高めていく。

 

集中力を高めていき、回りの雑音をシャットアウトさせていく過程でボウリングのレーンに光のレールのようなものが見えた。

 

そして集中力がピークに達した時とほぼ同時に光のレールに乗せるようにボールを投げた。

 

みんなも固唾を飲んで見守る中、オレには確信があった。

 

このボールは間違いなく……、

 

___ガコォン!!!!

 

ストライクになる、と。

 

「「「「「「「「ハラショー……」」」」」」」」

 

「やったわ!これで私たちのチームの勝ちね♪」

 

「絵里ちゃん!」

 

「壮大!」

 

「「ナイスパーフェクト!!」」

 

みんなが唖然とするなか、オレと絵里ちゃんはハイタッチを交わし勝利と健闘を互いに讃えあった。

 

こうしてオレと絵里ちゃんによるパーフェクトゲームの共演により、チーム対抗戦は幕を閉じた。

 

なお、このチーム対抗戦で最下位になったのは…

 

「うぅ……、勝てると思ったのにぃ……」

 

「今の凛たち完全にかませ犬だにゃ~……」

 

チーム対抗戦で勝負しようと言い出した穂乃果と凛ちゃんのペアだった。

 

 




と言うわけで2015年最後の投稿でした。

ではみなさん、残り僅かとなった2015年……よいお年をお過ごしください。



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第68話 想いを告げるもの、聞かされるもの

新年明けましておめでとうございます。
今年もK-Matsuをどうかよろしくお願いします。

さてさて……話の内容ですが割と重い話です。

新年ムードをここで打ち砕かれてもいいというのなら……どうぞ!




ボウリング場で遊んだ後は美術館や遊園地などといった場所を巡ったオレたち。

 

そして残すは…、

 

「次は壮大が行きたい場所?それとも穂乃果が行きたい場所に行くの?」

 

オレと穂乃果が行きたい場所を残すのみとなった。

 

穂乃果に目配せをして、発言を促す。

 

「海に行きたい……」

 

「海!?」

 

「うん!誰もいない海にこの10人だけで行ってこの10人だけしか見られない景色が見たい。……ダメ、かな?」

 

「……壮大はいいの?もし今から海に行ったら壮大が行きたい場所には行けなくなるわよ?」

 

腕時計で今の時間を確認した絵里ちゃんがオレを見る。

 

その視線に気づいたオレは静かに首を縦に振った。

 

「えぇ、別に構いませんよ?それに……」

 

「……それに?」

 

「今から海に行くのでしたら急いだ方がいいと思いますし……」

 

スマートフォンでここから一番近いビーチがあるところへ行く電車の時刻表をみんなに見せる。

 

あと10分程で電車が発車し、これを逃したら次は1時間も待たなければいけない。

 

「話し合っている暇はないっスよ!!」

 

オレが走り出したのを合図にみんなほぼ同時に電車が発車する駅に向かって全速力で走り出した。

 

 

 

 

 

『1番ホーム電車が発車いたします。白線の内側までお下がりください』

 

駅構内に流れるアナウンスが終わると同時にドアが閉まり、徐々に電車が動き出す。

 

「何とか…、間に合ったわね……」

 

「そうだな。ギリギリ間に合ってよかった」

 

「……その割には余裕そうに見えるけど?」

 

「リハビリが順調だってことで」

 

息も絶え絶えながらも恨めしそうに見てくる真姫に電車に乗る前に買っておいたミネラルウォーターを手を渡す。

 

駅構内の階段に誰もいなかったことが幸いし、下り階段のおよそ半分辺りからジャンプして一番乗りで電車に到達した。

 

その時点で発車まで少し余裕があったので自販機でミネラルウォーターを買ったと言うわけだ。

 

みんなはちょっとした冒険に出るような気分でキャイキャイはしゃいでいるなか、1人だけポツンと座って流れる景色を眺めている穂乃果の元へ向かう。

 

「隣…、いいか?」

 

「うん。いいよ」

 

穂乃果から快諾の返事を聞き、隣に座る。

 

「覚悟は……出来てるか?」

 

「……うん」

 

少し経ってから思い切って尋ねてみると、穂乃果は景色を眺めたまま返事をする。

 

その返事を聞いてからお互い何も話さずに電車に揺られていると、目的地の海が見えてきた。

 

電車が駅で止まり、オレたちは電車から降りてから改札を出る。

 

少し歩いていくと近くに荷物が置けるようなベンチがあったので、そこに荷物を置いてから海岸線へと向かう。

 

「「「「「「「「「わぁ……!!」」」」」」」」」

 

海の景色を見てみんなが感激の溜め息を漏らす。

 

「ちょうど夕日が沈むところにゃ!」

 

「スピリチュアルパワーのおかげやね!!」

 

「こういう時は日頃の行いがモノを言うのよね!」

 

凛ちゃんとのんちゃんとにこちゃんが真っ先に海へ走って行き、遊び始めた。

 

「あははははっ!」

 

「きゃーっ!」

 

「冷たーい!!」

 

みんなは冬だということを忘れ、水をかけて遊んだりじゃれあったりするなか穂乃果だけはみんなの輪には加わらずに1人だけ少し離れたところで見ていた。

 

「穂乃果、聞かせてくれ。お前たちの答えを……」

 

「うん……。そーちゃんもちゃんと聞いててね?」

 

穂乃果と一緒にみんなの輪に加わるように歩き出し、海未とことりの手を繋いだ。

 

それに気づいた残りの6人も手を繋いで、夕陽が沈みかける海に向かって横1列になって並ぶ。

 

オレはその後ろでみんなを見守るポジションに立った。

 

「合宿の時もこうやって朝日見たわね…」

 

「そうやね……」

 

絵里ちゃんとのんちゃんは夏の合宿の時の事を口にしていた。

 

夏の合宿、か…。

 

まだ半年前の出来事なのに随分と懐かしさを感じる。

 

ことりの留学騒動や第2回大会の開催……さらには第1回大会の王者にきて絶対王者であるA-RISEを破って本戦に進出することができた。

 

そんな中みんなは数多くの事を学び……時にはメンバー同士の衝突もあったけれど、それを乗り越えて成長してきた。

 

そんなみんなの背中は……とても大きく見えた。

 

少しの沈黙後、とうとう穂乃果が口を開き始めた。

 

「私たち話したんだ。あれからみんなで集まってこれからどうするかを決めたの。希ちゃんとにこちゃんと絵里ちゃんが卒業したらμ’sをどうしていくかって…」

 

「穂乃果……」

 

「1人1人どうするかを考えに考えて意見を出し合った。そうしたらみんな一緒だった……、みんな同じ答えだった。だから…!だから決めたの……!!そうしようって…!!」

 

そして穂乃果の言葉の続きを待った。

 

「言うよ?せー……、うぅっ…!」

 

感極まって言葉を1度詰まらせる。

 

オレはそんな様子を見かねて穂乃果の頭を優しく撫でる。

 

「そー、ちゃん?」

 

後ろを振り向いて確認してきた穂乃果に向かって無言で頷く。

 

伝えたいことが伝わったのか大きく頷いてからもう1度海に向かった。

 

そして……、

 

 

 

 

 

 

「この大会が終わったら!μ’sは…お終いにします!!!」

 

 

 

 

 

声高らかに宣言し、オレは聞いたと同時に天を仰いだ。

 

そうか…。やっぱり終わりにするんだな……。

 

大方予想していた通りだったとはいえ、やはり本人たちの口から出てくるだけあってそれ相応の重みがあった。

 

その重みのある宣言を聞いた3年生の反応は様々だった。

 

下を向くのんちゃんに、下級生たちに目を向ける絵里ちゃん。

 

そしてにこちゃんはオレと同じように天を仰いでいた。

 

「やっぱりこの10人なんだよ。この10人が『μ's』なんだよ…」

 

「誰かが抜けて…誰かが入って…。それが普通なのは分かっています」

 

「でも、私たちはそうじゃない…」

 

「μ'sはこの10人…」

 

「誰かが欠けるなんて考えられない…!」

 

「1人でも欠けたらそれはもう『μ's』じゃない!」

 

1・2年生の6人はそれぞれが思っていることを打ち明ける。

 

「そう…」

 

「絵里!!」

 

「そうやね…」

 

「希まで…!!」

 

絵里ちゃんとのんちゃんはその思いを聞いて、汲み取った。

 

「そんなん当たり前やん。うちがどんな気持ちで……どんな想いで見てきたか…。『μ's』という名前を付けたのか…分かるやろ?うちにとってはμ'sはこの10人だけなんよ……」

 

「そんなことは分かってるわよ……!私だってそう思ってるわよ…!!でも…!!私がどんな想いでスクールアイドルをやってきたか分かるでしょ?3年生になって諦めかけてて…それがこんな奇跡に巡り会えたのよ!?」

 

にこちゃんは感情を表に出し、夕陽を背にするようにしてみんなの前に立った。

 

「こんな素晴らしいグループに…、かけがえのない仲間に巡り会えたのよ!?終わっちゃったら…、もう…」

 

「だからアイドルは続けるわよ!」

 

泣き崩れそうになるにこちゃんの前に真姫が駆け寄る。

 

「絶対約束する!何があっても続けるわよ!」

 

「真姫……」

 

「でもμ'sは私たちだけのものにしたい!にこちゃんたちがいないμ'sなんて嫌なの…!私が嫌なの!!壮大だってそう思うわよね!?」

 

涙ながら話す真姫からのキラーパスを受け、みんなは向かって後ろに立つオレに視線を向ける。

 

その視線の熱に押されつつ、オレが思っていることを話し出す。

 

「そうだな…。オレも穂乃果と真姫に相談を持ち掛けられた時には『お前らで結論を出せ』と言った。でも、よくよく考えたら今までこの10人で様々なことを乗り越えてきた。……思い出として残しておいた方がいい時もあると思う」

 

今までみたいにくだらないことでもバカみたいに笑いあったり、辛かった事や嬉しかったこと……その全てがμ'sには詰まっている。

 

つまり『μ's』という存在は……オレたち10人で作り上げたものだ。

 

他の人が介入してグループ内の色が変わるくらいなら……いっそのことオレたちの手で終わらせたほうがいい。

 

今のオレにとってμ'sはそれくらい大きな存在だ。

 

「……と言うわけだ。だからオレも穂乃果たちの意見を尊重したい」

 

「壮大もそう思ってたのですね…」

 

海未の問い掛けを最後にオレたちは誰も喋ることなく黙りこんでしまった。

 

誰かが泣き始めればその誰かに釣られて一斉に泣き出してしまうような雰囲気がオレたちを包む。

 

「あーーーっ!!!」

 

そんな雰囲気を粉々に壊すように穂乃果が大きな声で叫ぶ。

 

「どうした?」

 

「電車!早くしないと電車なくなっちゃう!」

 

穂乃果はそう言うといの一番に駅へ向かって走り出した。

 

スマートフォンで時間を確認してもまだ時間に余裕はあるが…?

 

そこまで考えて穂乃果の意をなんとなくだけど分かった。

 

あいつ…、このままだと泣き出してしまうからそうなる前に自分から強引に……。

 

フッ、と小さく笑ってからみんなに向かって大声で叫ぶ。

 

「オレたちも穂乃果の後を追い掛けんぞ!!駅まで走ってオレに勝った人にはジュースでも何でも奢ってやるぞ~!!」

 

「壮大まで!?待ってください!!」

 

「何でも!?そーくん待つにゃ~っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海岸線から走って駅に戻ってきた。

 

海からの潮風を浴びてみんな髪がボサボサだ。

 

「電車は……まだまだあるわよ?」

 

「えっ?じゃあ…」

 

「えへへっ…みんな騙してごめんね?」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

穂乃果のウソにまんまと踊らされたみんなは呆れた表情をするものもいれば、騙されたといった表情をするものもいた。

 

「まったく…、みんなを騙すくらいならもっとマシなウソをつけ!」

 

「ぁいたっ……」

 

穂乃果の額にデコピンを喰らわせ、その様子を見たみんなはクスクスと笑う。

 

「でももうちょっと見てたかったな〜」

 

名残惜しそうに凛ちゃんは話す。

 

「でも、よかったんじゃないですか?10人しかいない場所に来られましたし……」

 

「そうね。今日あそこで海を見たのは私たち10人だけ……。そして今この駅でこうしているのも私たち10人だけ…」

 

「なんだか素敵だね」

 

「だったら記念に写真撮らない?」

 

穂乃果はここに来た記念に写真を撮ろうと提案してきた。

 

「写真ならオレがカメラマンとして撮ってやろうか?」

 

「それじゃなくて……あれ!!」

 

ジャケットのポケットからスマートフォンを取り出そうとするが、穂乃果に止められた。

 

そして代わりに穂乃果はとある機械に向かって指差していた。

 

まさかとは思うが…。

 

「あれでみんなで撮ろうよ!記念に!!」

 

「……はぁ!?」

 

「いいじゃんいいじゃん!減るもんじゃないし!!」

 

強引に腕を捕まれて引きずられるように連れていかれたのは……証明写真を撮る撮影機。

 

そして穂乃果の後に続いてゾロゾロとみんなが証明写真の中に入ってくる。

 

だが、証明写真を撮る機械の中は狭いので……。

 

「痛い痛い痛い!!」

 

「ちょっと!押さないでよ!!」

 

「きゃっ……!壮大!!どさくさに紛れて私の胸揉みましたね!?」

 

「お前のポジション最前列だろ!?オレ最後尾にいるのにどうやったらお前の胸を揉みしだけるのか小一時間問い詰めたいんだけど!?」

 

「そう言いながらも凛のお尻触らないでほしいにゃ~っ!」

 

「だから!オレは何もやってないって!!」

 

「痴漢はみんなそういうにゃ!!」

 

「誰が痴漢だ!?」

 

まぁ……、こうなるわな。

 

一部のメンバーからは痴漢扱いされたことに傷付いたのは秘密だ。

 

「ほらみんな始まるよ!」

 

穂乃果の言葉と同時にシャッターの音が聞こえた。

 

 

 

 

 

「プッ…、にこちゃん頭が見切れてる…」

 

「フフッ…、真姫ちゃん変な顔だにゃ!」

 

「凛だってこっちの手しか写ってないでしょ?」

 

「にこっちぃ…、いくらなんでもこれはないやん?」

 

「あえてよ!あえて!!」

 

「これ私の……髪?」

 

「フフッ…、なんですかこれ?」

 

「フフッ…。見てこの希……にこの顔がヒゲみたいになってる」

 

「そーちゃん写真でも肌黒いね……」

 

「肌黒い方がスプリンターっぽいだろ?」

 

「でもこの黒さは日焼けサロンでもいかないと出ないような黒さよ?」

 

「そーくんが日焼けサロンって……、似合わないにゃ~!!」

 

切符を買ってからついさっき撮った証明写真をみんなで見て、みんなで笑う。

 

「っと…、少し飲みモン買ってくる」

 

「電車もそろそろ来ますし早めに戻ってきてくださいね?」

 

「おう」

 

オレは今いる場所から少し離れたところに設置された自販機の元へ歩いていく。

 

小銭を入れて普段はほとんど飲まないホットの缶コーヒーのボタンを押す。

 

プルトップを起こしてから缶に入っている中身を煽った。

 

……はずだったのに。

 

「……あれ?」

 

コーヒー特有の苦味ではない……何か別の味を感じたのでもう1度缶の中身を煽る。

 

「何で……コーヒーがこんなにしょっぱいんだ?」

 

まだ中身が残っている缶を振るいながら首を傾ける。

 

__うわぁぁぁぁぁぁん!!!

 

向こうからにこちゃんが泣き叫ぶような声が聞こえてきた時にようやく分かった。

 

あぁ…、そっか。

 

オレ……泣いてるんだ。

 

そう実感した時にはもうダメだった。

 

「うぅっ…、ぐっ……」

 

みんなに隠れるようにオレは静かに涙を溢した。

 

そしてその涙は電車が来るまで止まることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、電車に乗って秋葉原の駅に戻ってきたオレたち。

 

あんなに赤々と輝いていた夕陽は既に沈んでいて空は月を雲で隠すように覆われているが、それ以外は雲もなく夜空が広がっていた。

 

「じゃあ……今日はここで解散しましょ?」

 

絵里ちゃんの一声でこの場はここで解散となった。

 

「そーちゃん。一緒に帰ろ?」

 

穂乃果に誘われたが、オレにはやらなければならないことがまだ残っている。

 

「……わりぃ、穂乃果。オレこのあと高校の友達と会うことになってるから……」

 

「そっか…。じゃあまた明日ね?」

 

苦し紛れについたウソをつき、それを信じた穂乃果は1人で自分の家に向かって歩いていった。

 

『もっとマシなウソをつけ』……か。

 

穂乃果にはそう言ったけどオレも大概だな。

 

穂乃果を始めとしたメンバーのみんなはそれぞれが自分の家に戻っていったのを見送ってから、ことりから指定された高台の公園へと向かった。

 

 

 

 

「ほぉ…、意外とキレイなもんなんだな」

 

これは高台の公園にやって来たオレの第一声だ。

 

昼の時間帯には何回か来たことがあったけど、夜の時間帯になると昼とは違った顔を覗かせていた。

 

高台と言われるだけあって夜景がキレイに写し出されていた。

 

「さて…、後はことりが来るのを待つだけだな……」

 

ベンチに座ってことりを待っていると今まで月が雲に隠れていたが、雲が動いて月明かりが静かに照らし始めた。

 

そして…、

 

 

 

 

 

「いきなり呼び出してごめんね?」

 

 

月明かりに照らされたことりがオレの後ろで静かに立っていた。

 

 




みなさんお年玉貰ったりお雑煮を食べたかと思いますが…、食べ過ぎで太らないように気を付けましょうね?

最後まで読んでいただきありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!



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第69話 恋心

いやぁ…、難しかった。

それでは、どうぞ!!


「もしかして……待った?」

 

「いいや全然?」

 

地面を蹴る音と共に今座っているベンチとの距離を詰めてくることり。

 

オレの斜め前までやってくると「隣、座るね?」と言い残してオレにくっつくように座る。

 

「「…………」」

 

いざこうして隣り合って座られると昨日の夜に聞こうと決めていたことが出てこない。

 

ことりもことりで夜景を見ていて何も喋らない。

 

「ことり……」

 

「ん?なぁに?」

 

『どうしてこんな場所に呼び出したんだ?』とか『大事な話って何なんだ?』とか色々聞きたいことがあったのに…。

 

「……今日は、楽しかったか?」

 

いざ出てきた言葉が今日1日丸々みんなで遊んだ事の感想を求める声だった。

 

えっ?と面食らった顔をしていたが、クスクスと笑い始めた。

 

「うんっ!最後はみんなで泣いちゃったけど……とっても楽しかったよっ♪」

 

「……そっか」

 

やっぱりにこちゃんだけじゃなくてみんな泣いてたんだな。

 

「実はそーくんも1人になった時泣いてたでしょ?」

 

「うぇっ!?」

 

ことりの発言に思わずガクッ!と右肩を落とす。

 

「何で!?何で分かったんだ!?」

 

「え?そうだったの?」

 

またしても右肩を落とすオレ。

 

ことりにカマをかけられ、オレはそれにまんまと引っ掛かったというわけだ。

 

「フフフッ♪」

 

イタズラが成功した子どものように無邪気に笑うことり。

 

穂乃果や凛ちゃんだったらデコピンやら何やら出来るけど、ことりがやるとどうしても憎めない。

 

「むぅ……」

 

結果的に調子が狂ってしまう。

 

だが、さっきのやりとりで少し揺るんだ空気が功を奏したのかさっきまで頭の中に過った疑問をスパッと聞くことができた。

 

「なぁ…?少し聞いてもいいか?」

 

「いいよ!何でも聞いて?」

 

「どうしてこんな場所に呼び出したんだ?……それに大事な話ってなんなんだ?」

 

「…………!」

 

ついさっきまで柔らかな笑顔だったことりの顔から笑顔が消え、いつになく真剣な顔付きになっていく。

 

その真剣な顔付きは覚悟を決めた顔付きに変わる。

 

やがて覚悟を決めた顔付きからさっきまでのは違う……まるで衝撃を与えただけで粉々に砕けてしまいそうな笑顔に変わっていく。

 

「そーくん……」

 

思わずドキッとするような艶やかな声。

 

月夜の光に照らされたことりの目にはキラキラと輝くものがあった。

 

「そーくんに大事なお話があるからここに呼び出したっていうのは……昨日の電話で話したよね?」

 

今、ことりの話を遮ってはならない。

 

本能で感じ取ったオレは黙って首を縦に動かし、話の続きを促す。

 

「単刀直入に言うね?」

 

ことりはベンチから立ち上がってから歩き出し、少し離れた場所で立ち止まる。

 

そして…、

 

 

 

 

 

 

「そーくん。私南 ことりは……、あなたの事が……好きです」

 

 

 

 

 

 

 

告白をされた。

 

 

「…………ことり?」

 

「ごめんね…?いきなりこんなこと言われて迷惑、だよね……?」

 

告白の言葉を吐き出したことりは1度頭を垂らして地面を見つめる。

 

「でも…!でも……!!どうしてもこの感情を抑えきれなくて……!!」

 

肩を震わせ、今この瞬間まで鎖で縛られてきた感情をぶちまけるように話す。

 

「お願い……そーくん!私を…、ことりをあなたの特別な存在に……!恋人にさせてください!!!」

 

辛そうにギュッとキツく目を閉じ、心の底から絞り出すように言い放った。

 

ことりみたいな可愛らしい娘から告白されるなんて思ってもみなかったし、実際今にでもことりの側に駆け寄って抱き締めたくなってしまう。

 

ガラスのように脆くて儚い……そんなことりを。

 

だけど、オレには優しい言葉をかけてあげる事も包み込むように優しく抱き締める事も出来なかった。

 

にこちゃんに言われた言葉を思い出す。

 

『優しさも時には鋭い刃物になる』。

 

まったく…、にこちゃんめ……。

 

久々に自分よりも年上の人の事を呪った。

 

流されそうになる心と自分の本心を念入りに確認してから答えを出す。

 

その内容は…、

 

 

 

 

 

 

「……断る」

 

 

 

 

 

 

 

ことりの告白を……不意にすることだった。

 

「___っ!!!」

 

オレの返事を聞き、ことりは悲痛で顔を歪ませる。

 

「そう…、だよね。いきなり恋人にしてくださいなんて無茶なお願い聞けるわけ……ないよね?」

 

「違う。そうじゃないんだ……」

 

オレはことりが言ったことを即座に否定し、ことりの返事を聞く前に理由を話す。

 

「単純な話だ。オレ自身がことりに……恋愛感情を抱いていないからだ」

 

「恋愛……感情?」

 

「そう……恋愛感情だ。確かにことりはすごく魅力的な女の子だと思っている。……だけど今までことりにそんな特別な感情を持って接してきた事はほとんどない。そしてそれはこれから先も恐らくは……」

 

きっとないだろう。

 

自分自身がそんな感情を抱いていないのに相手からの好意に甘えて恋人ごっこに付き合ったとしても……ことりの心に失恋以上のダメージとキズを与えてしまうだけだ。

 

だからオレは……ことりの気持ちに応えることはしない。

 

最後まで説明をし終えると、ことりはどこかスッキリしたような表情をしていた。

 

「そうだよね……。でも、いいの。心のどこかで『もしかしたらそんなんじゃないかな?』って思ってたの」

 

「そう…、なのか?」

 

うん、と小さく返事をしてから頷く。

 

「でも…、その代わり……って訳じゃないんだけど1つだけそーくんから教えてもらいたい事があるんだけどいいかな?」

 

「……オレが答えられる内容ならな?」

 

「穂乃果ちゃんの事……どう思ってるの?」

 

随分難しい質問が飛んできたな。

 

穂乃果の事をどう思っているのか……か。

 

「私は……それを聞けたらそれで十分だから。だから教えてくれないかな?」

 

「嫌だ。ことり相手に語る理由も義理も無いな」

 

どう思っているのかは別として、ことりの質問に対して否定の言葉を返す。

 

「何で!?私はそーくんにちゃんと自分の想いを伝えたのに!!どうしてそんなにイジワルするの!?」

 

ことりが駄々をこねる子どものように地団駄を踏むが、これに対してはハッキリとした理由があるからだ。

 

「さっきことりがオレに聞いてきた質問の答えを最初に知る権利は穂乃果にしか持ってないからだ。だから穂乃果よりも先にことりに教える訳にはいかないんだ」

 

理由をすべて話し切ると、ことりは拗ねる様な表情からからかう表情になり一気に頬を緩ませる。

 

「何だよ?」

 

「それって答えを言っちゃったも同然なんじゃないかな~?」

 

「さぁな…。オレは何にも言ってないし」

 

「はいはい。そういうことにしておきますっ♪」

 

いかにも『分かった分かった』という対応をすることり。

 

……何だか腑に落ちねぇ。

 

「じゃあ…、そろそろお母さんが心配するからことりはもう帰るね。……また明日から普段通りに過ごそうね?」

 

「おう。気を付けて帰れよ?」

 

「はーい!」

 

ことりは元気よく手を上げてから1人で歩いていった。

 

 

 

~Side 南 ことり~

 

 

「あ~あ、バッサリてフラれちゃったなぁ……」

 

公園でそーくんと別れた私は夜空で静かに輝くお月様を見ながら自宅に向かって歩いていると、近くの木の陰から誰かが私の目の前に歩いてきてことりの目の前に姿を現しました。

 

「ことり?何をしているのですか?」

 

「……海未ちゃん?」

 

出てきたのはまさかの海未ちゃんでした。

 

「あそこの公園から見える夜景を見るのはいいですが、こんな暗い道を1人で帰るなんて危ないですよ?もしよろしければ一緒に帰りませんか?」

 

「そうだね。帰ろっか?」

 

私は海未ちゃんと並んで歩いて帰ることにしました。

 

「今日はいーっぱい遊んだね~」

 

「はい。久々に思いっきり遊んだ気がします」

 

「ホントに……、楽しかった……よね」

 

「……ことり」

 

「なに?……海未ちゃん?」

 

「泣きたい時は思いっきり泣いた方がいいですよ?さぁ、私の胸を貸してあげますから……」

 

海未ちゃんがパッと両腕を広げ、私を受け入れる体勢を作りました。

 

私はそれを見た瞬間、今まで張りつめていた何かがプツッと切れる感覚がしたのとフラフラと海未ちゃんの腕の中に向かって歩き…、

 

「うっ…、ううっ……、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

 

大声を張り上げ、大粒の涙を流しながら泣きました。

 

海未ちゃんは私の涙で濡れていくお洋服を気にすることなく、背中をポンポンとあやすように叩いてくれます。

 

「ひっく…!海未ちゃぁん…!わたし、わたしぃ……!」

 

「よしよし。ことりはよく頑張りました…。私には到底出来そうもないことをしたのですから……」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

 

ずーっと続いていた私の初恋はこうして終わりを告げました。

 

フラれちゃったけど後悔はありません。

 

だって…、ちゃんと自分の想いを伝えられたのだから。

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

「あっ!そーちゃんおかえりなさい!」

 

高台の公園から歩いて自分の家に戻ってくると、穂むらの前で穂乃果がオレを出迎えるようにちょこんとしゃがみこんでいた。

 

「高校のお友達とはどうだったの?」

 

サイドテールを揺らしながら穂乃果と別れた後の事を聞いてきた。

 

そういえば穂乃果にそんなウソをついたっけ。

 

「……あぁ、楽しかったよ」

 

取り繕うように返事はするものの、かなり薄っぺらい返事でしか答えることしかできなかった。

 

実際にはことりと会っていたなんて言えるわけも無いし、話の内容を穂乃果に話すなんて尚更言えない。

 

とにかく色んな意味で疲れたオレは家の玄関のカギを開けて家の中に入り、ドアを閉める。

 

遊びに行っていた服から部屋着に着替えると夜メシを食べることも風呂に入ることもせずに、そのままベッドに向かって軽くダイビング。

 

そしてそのまま布団も毛布もかけることも無く微睡みの渦に身を任せると瞼が重くなっていき、それに抗う事無く目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま朝まで眠るつもりだった。

 

けれど、不意に隣から包み込むような柔らかい暖かさを感じた。

 

その暖かさに気が付いたオレは身を捩りながら目を開け、重たい瞼を擦りながらその存在を確認する。

 

そこには…、

 

「すぅ…、すぅ……」

 

そこには規則正しいリズムを刻みながら呼吸しながら気持ちよさそうに眠ってる穂乃果の姿があった。

 

きっと帰ってきた時にすれ違ったときに元気がないと思ってオレの事を励まそうと思っているうちに眠ってしまったって感じか?

 

でも、こんなにスヤスヤ眠っている穂乃果を起こすのは申し訳無いのでタオルケットを引っ張り出して下で寝よう……。

 

そう思い身体を起こそうとするが、上手く起き上がれない。

 

よく見てみると穂乃果の片手はオレが今着ている上着を掴んでいて、熟睡している今でも離そうとする気配が感じられない。

 

「……これじゃあ何処にも行けねぇじゃねぇか」

 

小さくつぶやきながら動けないことを観念したオレはまたベッドの上に寝転がり、隣にいる穂乃果をまじまじと見つめる。

 

「そー…、ちゃん……」

 

穂乃果から小さくオレを呼ぶ声が聞こえる。

 

目を凝らしてよく見ると寝顔は少し険しく、閉じられた目から一筋の涙が流れていた。

 

親指の腹で拭ってから髪を鋤くように撫でると心なしか安堵した表情に変わり、それを見てオレも思わず微笑む。

 

そういえば高校2年生になってからというものオレの生活の中にはいつも穂乃果がいた。

 

最初は今までとは変わらない距離だった。

 

それが日を追うごとに距離がドンドン近付き、存在がドンドン大きくなっていった。

 

そしていつしか『穂乃果の笑顔が見ていたい』『穂乃果の笑顔を守りたい』という気持ちを抱くようになり、穂乃果といる時間が何より心地よい時間になっていった。

 

 

 

 

 

そんな状態は今のオレになら分かる。

 

 

 

 

 

オレ……松宮 壮大は…、

 

 

 

 

 

高坂 穂乃果という1人の女の子に……

 

 

 

 

 

『恋』をしているんだ……って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、リビングのソファーに座って最近読むようになった新聞を読んでいると玄関のドアが開く音とトントンと廊下を歩く音が聞こえる。

 

廊下を歩く音が止まったのと同時にリビングの戸も開いた。

 

「壮にぃ、起きてる?」

 

「……あぁ、雪穂か。おはよう」

 

「おはよ。朝起きたらお姉ちゃんがいなかったから探しに来たんだけ……ど!?」

 

ドアを閉めて近くにやって来た雪穂は、オレの顔を見るや驚きのあまりに目を丸くした。

 

「……どうした?」

 

「どうしたじゃないよ壮にぃ!なにその目の回りのクマ!!なんかすっごい事になってるよ!?」

 

ビシィッ!!と効果音が聞こえてきそうな勢いでオレの目の下辺りを指差す。

 

実は穂乃果に恋心を抱いていると自覚してからというもの、穂乃果の体温や甘い匂いに意識が行きすぎて敏感になってしまい一睡も出来ず、そのまま朝を迎えたのでトイレに行った後鏡を見てみたら目の下に濃いクマが出来てたって訳だ。

 

「……雪穂」

 

「なにさ!?」

 

「後は……任せた!」

 

睡眠欲の臨界点を天限突破していたオレは静かに横になると、一気に夢の世界へと旅立つ。

 

 

 

 

次に目を覚ました時は既に昼頃でカレンダーを何気無く眺めていたら今日は平日だということを完全に失念していた。

 

急いで準備して学校に向かい、そのまま職員室へ直行。

 

理由を話すと立華高校の先生たちに笑われ、生徒指導担当兼オレのクラスの担任に至っては豪快に笑いながらバックドロップをぶちかましてきたのだがそれはまた別のお話。

 

 

まったく…、恋は盲目だとよく言ったもんだぜ!!!

 

 




日本全国のことりちゃんファンのみなさま…。

自分もこの話書いてる時も辛かったんですよ?
ことりちゃんを泣かせたくなかったんですよ?

とりあえず何をしたいのかと言いますと…、
マジですいませんっしたぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!

次回から第12話分をお送りします!
それでは最後まで読んでいただきありがとうございました!

ホントにすいませんっしたぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!



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第70話 前日

今回からテレビアニメ2期第12話です。

アニメのサブタイトル『ラストライブ!』に相応しい内容が書けるように頑張っていきます!

では、どうぞ!!



第2回ラブライブ本戦2日前。

 

都内某所にてライブパフォーマンスの順番を決める抽選が行われようとしていた。

 

オレは例にもましてパソコンを用いて国内動画配信サイトにアクセスし、生放送でこの抽選会を見守っていた。

 

『解説の北條さん。今大会最も注目度が高いアイドルグループはやはり……』

 

『えぇ。何と言っても東京都代表のアイドルグループ……μ'sでしょう。彼女たちは前回王者のA-RISEを抑えて激戦区東京都代表校として出場します。今大会μ'sは注目度及び実力もNo.1と言っても過言では無いでしょう』

 

プロのアイドルによる解説付きという何とも豪華な生放送だ。

 

その解説のアイドルがμ'sの事を話している間に画面はイスに座って抽選の順番を待っているみんなの姿が映る。

 

みんな緊張はしているが、決して会場の雰囲気に飲まれる事もなくいい意味でこの雰囲気を楽しんでいるようだ。

 

「エントリーナンバー11番。東京都代表国立音ノ木坂学院スクールアイドル『μ’s』!!」

 

アナウンサーがμ'sをコールし、みんな一斉に立ち上がるとホール内からは歓声がわいて拍手も巻き起こる。

 

それに伴ってパソコンの画面もコメントの弾幕で覆われる。

 

やはり解説の人の言う通りでμ'sはそれだけ注目を浴びてるグループにまで成長したと言うことになるだろう。

 

『代表者は前に出てきて抽選を行ってください』

 

最初はリーダーである穂乃果がステージ上に続く階段を上ろうとするが、後ろを振り返って何やら誰かに向かって話しているようだ。

 

『おや?どうしたのでしょう?』

 

『えぇっと…情報が入ってきました。どうやらμ'sは2年生リーダーの高坂さんではなく音ノ木坂学院のアイドル研究部内の部長である3年生の矢澤さんに抽選を引かせるみたいですね……』

 

なるほどな…。

 

にこちゃんはアイドル研究部の部長。

 

高校入学当時からこの大舞台を夢見て挫折も栄光も味わってきたのだから……この抽選を行うにはうってつけの人選だ。

 

気合いが入った表情を見せるにこちゃんはステージ上ど真ん中にあるパフォーマンス順を表す数字が書かれたボールが入った箱の中に右手を突っ込んだ。

 

中でどれにしようかシャッフルしてから箱から引き抜くようにボールを選んだ。

 

そして発表された数字は…、

 

『何と言うことでしょう!音ノ木坂学院スクールアイドルμ'sは47番目!つまり今大会の大トリを務めることとなりました!!』

 

「マジ!?」

 

にこちゃんすげぇぇぇぇえっ!!

 

以前やったガラポンの抽選ではみんなの期待をことごとく裏切ったのに……今回はみんなの期待にキッチリ応えやがった!!

 

それからも各グループの代表者が抽選を引いていき、それに応じて順番を決めていく。

 

そして最後の沖縄代表の順番が確定したところで抽選会が終了した。

 

『これにて第2回ラブライブ本戦パフォーマンス抽選会を終了致します。明後日の大会の健闘をお祈り致します!』

 

司会担当のアナウンサーの締めの言葉で生放送が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその次の日…、つまりラブライブ本戦前日。

 

μ'sの9人とオレは音ノ木坂学院アイドル研究部の部室内にいた。

 

「フフフフ……」

 

にこちゃんが腕を組みながら笑っていた。

 

「にこちゃんすごいにゃーー!!」

 

「当たり前でしょ!!この私を誰だと思ってるの!?大銀河宇宙No.1アイドルにこにーにこちゃんよ!!」

 

そこで堂々としていればカッコいいのにみんなから顔を背けて緊張した…、なんて呟くもんだから何だか締まらない。

 

「でも…、1番最後…。それはそれでプレッシャーね……」

 

「そこは開き直るしかないだろうな」

 

「でも私はこれでよかったと思う!だってずっと目標にしてきたラブライブに出れて歌えるんだよ!しかもその最後!!」

 

こういう時の穂乃果の前向きな発言はホントに助かる。

 

こうやって幾度もなくみんなを引き上げて来たと思うと少し感慨深い。

 

「ちょっと…、私が引いたんだけど……」

 

「はいはい……」

 

「偉い偉いにゃ」

 

不満を抱いたにこちゃんが呟くが真姫と凛ちゃんに適当に流されてしまい、にこちゃんは少しへこむ。

 

「それじゃあ練習に行きましょうか!」

 

「「「「「「はい!」」」」」」

 

絵里ちゃんを先頭に部室から出ていき、部室にはにこちゃんと花陽ちゃんが残った。

 

「はぁ…、まったく……」

 

「大丈夫だよ」

 

「花陽……?」

 

まだへこんだままにこちゃんを励ます花陽ちゃん。

 

「みんな口ではあんな事言ってるけどすごく感謝してたから……」

 

「分かってるわよ…」

 

「えっ……?」

 

花陽ちゃんの言葉を聞いて頭をあげ、優しく微笑む。

 

「最後までいつもの私たちのままでいようって事でしょ?ねっ、壮大?」

 

「そうですね……」

 

最後までいつものみんなのままで……。

 

っと……ここでしんみりしても仕方ないよな、うん。

 

「……オレたちもそろそろ行きましょうか?」

 

「えぇ!」

 

「うんっ!!」

 

にこちゃんと花陽ちゃんは元気よく返事をし、そのままみんなの後を追いかけるように屋上に向かった。

 

 

 

 

 

 

屋上へ向かうとみんなはストレッチをしていた。

 

にこちゃんと花陽ちゃんもすぐにストレッチを始め、それが終わると明日の本戦にて使用する曲を流しつつ何度も何度も振り付けやフォーメーションの確認を行った。

 

「ラスト!ポージングまで気を抜かずに!!」

 

「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」

 

みんな汗を流しながら返事をしてからラストのポージングをキレイに決める。

 

「OK!それじゃ少し休憩にしよう!!」

 

パンパン、と手を叩いて休憩を促す。

 

その間にも各メンバーのスポーツドリンクを渡していく。

 

「そーくん、そこのスポーツドリンク取ってくれるかにゃ?」

 

「そぉいっ!!」

 

凛ちゃんはその場に座り込んでスポーツドリンクを要求してきたので、凛ちゃんに向かって軽く放り投げる。

 

「ほら、穂乃果の分だ」

 

「ありがとう……」

 

ちょうど日陰になるところに敷いているマットに座っている穂乃果にもスポーツドリンクを手渡す。

 

「ほい、海未とことりの分も」

 

「ありがとうございます、壮大」

 

「ありがと、そーくん」

 

ことりとは例の一件があったので気まずくなるのかと思っていたら、案外今までと同じように普通に接してきたので今のところ気まずさは感じていない。

 

何というか…女の子って強いな。

 

そんな中、穂乃果は休憩に入ってからというもの言葉を発せず違ったところを見ていた。

 

何を見ているのだろう?

 

日の当たるところにいるメンバーを見てみると……、

 

「えへへ〜♪どうかにゃ?」

 

「すごいよ!凛ちゃん!!」

 

「まったく……、いったい何してるのよ?」

 

ガールズファッションショーの時から練習着にしているスカートを翻すようにスピンし、それを見ていた花陽ちゃんと真姫はそれぞれ異なった反応を見せていた。

 

そして3年生がいるところを見てみると…、

 

「にっこにっこにー♪」

 

「にっこにっこにーっ♪」

 

「に…、にっこにっこにー……」

 

まさかののんちゃんと絵里ちゃんはにこちゃんの代名詞でもある『にっこにっこにー』のやり方を教わっていた。

 

でも、絵里ちゃんの『にっこにっこにー』が少しぎこちなくてにこちゃんからの指導が入っていた。

 

「穂乃果ちゃんっ!」

 

「ふぇっ?」

 

微笑ましい光景を見て心安らんでいると、ことりが叱るような口調で穂乃果を呼んでいたのでそちらを見る。

 

「寂しがっちゃダメ!今はライブに集中!」

 

「そうだね。……でも」

 

でも……なんだ?

 

おもむろに立ち上がった穂乃果は次の瞬間、思いもよらない行動に走った。

 

「ぎゅ~~~っ!!」

 

「わわっ!?穂乃果ちゃんっ!?」

 

「いきなりどうしたんです!?」

 

「急に抱きしめたくなった!」

 

そう言いながらも抱き締める力を強くしていく穂乃果。

 

「私もする~!ぎゅ~~っ!!」

 

抱き締めているうちにことりも便乗し、穂乃果と同じように海未と穂乃果を抱きしめる。

 

「穂乃果…。ことり…。苦しいですよ……」

 

「そーちゃんも一緒に混ざろうよ!!」

 

「いや…、オレは……」

 

遠慮気味に穂乃果たちから距離を置こうとするも、最も近くにいたことりがオレの腕を掴んできた。

 

「つっかま~えたっ♪」

 

「ちょっ…!ことり……!!」

 

手を離して貰おうと説得するよりも早く互いが互いを抱き締めている3人の中に引き摺り込まれてしまった。

 

「えへへぇ…、ぎゅ~~っ!」

 

「ぎゅぎゅぎゅ~~~っ!」

 

「壮大…!お願いですから離れてください…!」

 

「そういうのはことりと穂乃果に言ってくれ……!」

 

ことりと穂乃果に抱き締められ、困り果ててしまった海未とオレはただただ2人が満足するまで抱き締められ続けるしかなかった。

 

 

 

 

休憩明け、もう1度振り付けやフォーメーションの確認を取ったところで明日は本番ということで練習を早めに切り上げた。

 

「あ〜あ、もう練習終わりなのかぁ……」

 

凛ちゃんが少しだけ名残惜しそうに呟く。

 

「まぁ、こればかりは……」

 

「仕方ないよ凛ちゃん…」

 

「そうよ。明日に疲れを残しちゃいけないからね」

 

「ふふっ…。そうだね…」

 

ことりがそう言ってからオレたちは何も喋らず歩き、校門の前まで歩いていく。

 

「じゃあ明日!みんな時間間違えないでね?」

 

「そうですね。それでは穂乃果のところには私が電話しますね?」

 

「凛には私がするわ」

 

「オレはどっちも心配だから2人に1時間が経つ毎に連絡しよう」

 

「もうっ!2人とも!!遅刻なんてしないもん!」

 

「そうにゃそうにゃ!!それにそんなに連絡しなくても1回で充分だにゃ!!」

 

穂乃果と凛ちゃんのツッコミを聞いてみんなが笑う。

 

オレはただ2人が心配だからこんなことを言ってるのに…。

 

「あっ……」

 

歩行者専用の信号が青に変わり、みんなで横断歩道に1歩足を踏み入れようとしたところで花陽ちゃんが何かに気付いて小さく声を上げた。

 

「花陽ちゃん?どうかしたのか?」

 

「もしかしてみんなで練習するのって……、これが最後なんじゃ…」

 

「「「「「「「「あっ…」」」」」」」」

 

それを聞いたみんなも足を止め、青になっていた歩行者専用の青信号も点滅してから赤信号に変わる。

 

花陽ちゃんが呟いた事実にみんな閉口してしまう。

 

「ダメよ!」

 

にこちゃんただ1人除いて…。

 

「ダメよみんな!今はラブライブに集中よ!!」

 

「えぇ…わかってるわ!」

 

にこちゃんの言葉を聞いて絵里ちゃんは返答する。

 

「じゃ、行くわよ?」

 

信号もまた赤信号から青信号に変わったので今度はにこちゃんを先頭にしてまた歩き始めようとするが……、

 

「何いつまでも立ち止まってるのよ?」

 

「「「「「「「「………」」」」」」」」

 

みんな立ち止まったまま誰1人として動こうとしなかった。

 

「そうだ!」

 

穂乃果は手のひらをポン、と叩く。

 

こんな重苦しい雰囲気を吹き飛ばすような何かいいアイディアが浮かんだようだ。

 

「みんなで神田明神に行かない?」

 

まさかの神田明神へ行くことを提案してきた。

 

「なんでまた……?」

 

「えへへぇ…、いいからいいから!!」

 

穂乃果を先頭にしていろんな思い出が詰まった神田明神に向けて歩みを進めることにした。

 

……一体何をしようって言うんだ?

 

 

 




実のところ『ようやくここまで来た』という感情と『ここまで来てしまった……』という感情の板挟みになってます。

でも!ここで折れてちゃライブシーンなんて書けないですよね!

1話1話終わる度に気合入れていきたいと思います!

最後まで読んでいただきありがとうございました!



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第71話 みんなで学校に

お久しぶりです。

年が変わって2週間ほとで胃腸炎になり、更新できませんでした。

では、どうぞ!


神田明神に着いたオレたちは本堂にあるお賽銭箱にお賽銭を投げ込み、両手を合わせていた。

 

つまり……神頼みだ。

 

「これでやり残したことはないわね!」

 

「うん!」

 

にこちゃんの言葉に続けるように頷く穂乃果。

 

「こんな1度にたくさんのお願い事しても大丈夫なのかにゃ……?」

 

「大丈夫だよ!だってお願いしてることはみんな一緒でしょ?言葉は違ったかもしれないけどみんなのお願いって1つだけだったような気がするよ!」

 

穂乃果の言った事に同意するようにみんなは首を縦に動かす。

 

「じゃあみんなでもう1度……」

 

穂乃果の発令でみんなで向き直る。

 

「「「「「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」」」」」

 

みんなで声を揃えてからもう1度お辞儀をする。

 

「じゃあ今度こそ帰ろっか」

 

「また明日!」

 

「うん……」

 

だが、それでもまだ花陽ちゃんは少し寂しそうだ。

 

それを見かねた真姫は少し呆れるように花陽ちゃんに声を掛ける。

 

「もう…。キリがないでしょ?」

 

「そうよ!さっさと帰るわよ!」

 

にこちゃんも真姫の言うことに賛同し、男坂の階段を降りていく。

 

オレはその様子を少し離れた場所から見ていた。

 

「そーちゃん……帰らないの?」

 

「ん?オレはもう少しお願い事をしてから帰るわ」

 

穂乃果に「そうなの?」と聞かれたので、軽く頷く。

 

すると穂乃果はオレを残して男坂の階段を降りていった。

 

「じゃあ、そーちゃん。また明日ね!」

 

「バイバーイ!!」

 

「遅刻なんてするんじゃないわよー?」

 

みんなは男坂の1番下からオレに向かって手を振ってきた。

 

右手を軽く上げたのを見たみんなは、それぞれ自分の家が同じ方向同士で帰っていった。

 

それを見届けてからもう1度お賽銭箱のところへ歩いていく。

 

そしてお財布から小銭を取り出してお賽銭箱へ向けて軽く放り投げガラガラ、と鈴を鳴らしてから2拝2拍。

 

さっきもみんなでお願い事をしたけど、オレ個人からみんなへ願う事なんて1つしかない。

 

___明日の大会が……みんなにとってベストなパフォーマンスができますように。

 

1年間間近で彼女たちを見てきたμ'sのファン代表として心から祈りつつ、神田明神を後にした。

 

 

 

 

 

 

__Prrr…。Prrr……。

 

自宅に帰ってからは自分の部屋で明日の予定を確認していると、下のリビングに備え付けている家の固定電話が鳴っている事に気が付いた。

 

階段を降りながら『こんな時間に誰だろう?』と思い、リビングに入って受話器を取る。

 

「はい、松宮です」

 

『壮大くん?私、南よ』

 

「比奈さん?こんな時間にどうかされたんですか?」

 

まさか比奈さんから電話が掛かってくるとは。

 

でも、ことりはオレの家に居ないし…。

 

ホントにどうしたんだろう?

 

すると、比奈さんは早速用件を切り出してきた。

 

『今から音ノ木坂学院に行ってくれないかしら?』

 

「音ノ木坂学院にですね。分かり……って今から!?」

 

思わずツッコミを入れてしまった。

 

何で!?もう夜ですよ!?

 

明日ラブライブの本戦ですよ!?

 

その事を分かってないわけないですよね!?理事長なんだから!!

 

『セキュリティーを心配しているのなら大丈夫よ?壮大くんはもう既に半分音ノ木坂学院(ウチ)の生徒みたいな感じですし……』

 

「比奈さんスミマセン。何が大丈夫なんだかサッパリ理解できません」

 

『とりあえず行けば分かるわ。じゃあ、そういうことだからよろしく頼むわね』

 

「え!?ちょっ!!比奈さん!?」

 

有無を言わさずに電話が切れてしまった。

 

オレはまだ行くって決めてねぇのに……って、ここで愚痴ってても仕方ねぇやな。

 

溜め息をつきながら受話器を元に戻し、寒くない服装に整えてから重たい足取りで音ノ木坂学院に向かった。

 

 

 

 

 

 

「凛!にこ!壮大を連れてきたわよ!!」

 

「そーくん遅いにゃ!!」

 

「今の今まで何やってたのよ!?」

 

音ノ木坂学院付近まで行くと買い出しに出ていた絵里ちゃんとバッタリ。

 

そのままアイドル研究部の部室へ……、と思っていたが連れられた場所は調理室。

 

調理室の中に入るとお玉を片手にフライパンの中身を振るうにこちゃんとラーメンのどんぶりを両手で大事そうに持つ凛ちゃんの姿があった。

 

「そこに突っ立ってないで壮大は麻婆豆腐作って!!今すぐ!!」

 

「……うぃっす」

 

切羽詰まった様子で叫ぶにこちゃんの迫力に押され、麻婆豆腐の材料や中華鍋が置かれているテーブルへ向かう。

 

 

 

 

 

 

「お待たせ!ご飯出来たわよ!!」

 

「ついでにそーくんも持って来たにゃ!!」

 

にこちゃんに引っ張られながらアイドル研究部のドアをくぐる。

 

部室の中に入ると今から食べるメシの準備だったり隣接している部屋には10人分の布団が敷き詰められていた。

 

っていうかオレはついで扱いなのかよ、凛ちゃん。

 

「もうっ!そーちゃん遅いよ!!」

 

「いやいやいや…。遅いって言うか、ついさっき比奈さん……理事長からの電話で今日はここで寝泊まりするって聞いたんだけど……」

 

「え?穂乃果から連絡行ってないの?」

 

真姫からの問い掛けに頷き、証拠のスマートフォンをみんなに見せる。

 

「穂乃果!学校に戻ったらすぐに壮大に連絡するとあれほど言っていたじゃないですか!!」

 

「うわぁぁぁん!ごべんなざ~い!!」

 

どうやら連絡を伝える役目は穂乃果だったらしく、連絡を怠ったという理由で海未のお説教タイムが始まった。

 

「海未、その辺にしとけ。それにしても……オレが来てもよかったのか?」

 

「うん!これが証拠だよっ!」

 

ことりは笑いながら許可状の紙を手渡してきたので、その許可証を受け取って眺めてみる。

 

ことりの字で顧問の欄にオレの名前がキッチリと書かれていた。

 

随分とまた用意周到な事で…。

 

「みんな~!ご飯炊けたよ!!」

 

花陽ちゃんは弾けんばかりの笑顔で炊飯器を両手に持ち、部室へと入ってくる。

 

「おぉっ!ええやん!」

 

「そして凛はラーメンも持ってきたにゃ!」

 

「いつの間にそんなの持ってきたのよ!?」

 

それマイどんぶりだったんだ…。

 

てっきり調理室の食器棚に入ってたどんぶりだと思ってた。

 

「そーちゃんご飯まだ食べてないよね?」

 

「おう。まだ食べてないぞ」

 

「じゃあ……みんなでご飯の時間にしよう!!」

 

「「「「「「「「「は〜い!」」」」」」」」」

 

料理を盛り付けられた皿を4個くっつけてある長テーブルの上置き、それぞれ思い思いの席につく。

 

みんなで合掌していただきますの挨拶をしてから夜メシを食べ始める。

 

「う〜ん!この料理美味しい!」

 

「確かに美味いな。流石にこちゃんだな」

 

「当たり前でしょ…?」

 

オレと穂乃果でにこちゃんの料理をベタ褒めすると、作った本人は照れ臭そうにプイッとそっぽを向く。

 

「なんか合宿の時みたいやね!」

 

「合宿の時より楽しいよ!だって学校だよ!?」

 

「最高にゃ〜!」

 

「まったく…、2人とも子供じゃないんだから……」

 

口では呆れてる口調だけど心なしか表情が緩んでいる真姫。

 

「あっ!そういえば今って夜だよね?」

 

「えっ…、えぇ……」

 

「どうかしたのか?」

 

すると穂乃果は近くの窓まで歩いていき、窓を開けた。

 

窓が開いたのとほぼ同時に夜の冷たい風が部室の中に入ってきた。

 

「ちょっと!寒いじゃない!!」

 

「夜の学校ってなんかワクワクするよね!いつもと違う雰囲気で新鮮だよね!!」

 

穂乃果の言いたいことは何となくだけど分かる。

 

どこがどう違うのかを言葉にするのは難しいけど、何となく分かる。

 

「……そう?」

 

「あとで肝試しするにゃ〜!」

 

「えぇ!?」

 

絵里ちゃんは穂乃果に相槌を打つが、凛ちゃんの肝試しという単語を聞いて驚きのあまり声が裏返った。

 

「あっいいね~!特にえりちは肝試しだ~い好きだもんね!」

 

するとのんちゃんは絵里ちゃんに向かって意地悪な子どものような笑顔を浮かべている。

 

つまりこの人も絵里ちゃんの暗所恐怖症の事を知っている、と。

 

「ちょっと!希!?」

 

「そうなの!?絵里ちゃん!!」

 

「えぇっ!?えっと……」

 

穂乃果の質問に何とか回避しようとしていたが、誰かが部室の電気のスイッチを消した。

 

「きゃあっ!?」

 

「絵里ちゃん、痛いよぉ……」

 

部室が真っ暗になった途端隣に座っていたことりに抱きつく絵里ちゃん。

 

相当強い力で抱き締めているのでことりが痛みで少し苦しそうだ。

 

「お願い!離さないで……!」

 

「えっ?」

 

「絵里?もしかして……」

 

「暗い所が怖い……とか?」

 

ことり、海未、花陽ちゃんは絵里ちゃんの豹変っぷりに驚きのあまり目を丸くしていた。

 

「電気のスイッチに近い人そろそろ電気付けてくれ」

 

声を掛けるとすぐに電気がついた。

 

電気を消した犯人は真姫のようだ。

 

その真姫ですら絵里ちゃんの変わり様に驚いていた。

 

「にっしっしっし、新たな発見やろ?」

 

「もうっ!希!真姫!!」

 

「はいはい…。悪かったわよ……」

 

真姫も少し悪気があったのかすんなりと絵里ちゃんに謝り、この場はこれで収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく…、希も真姫も私のことなんだと思って……」

 

「まぁまぁ…。のんちゃんはともかく真姫に悪気は無かった訳ですし……」

 

みんなで夜メシを食べ終わった後の調理室。

 

のんちゃんと真姫にやられた事にまだ怒っている絵里ちゃんと共に食器を洗いつつ、布巾で拭いた食器を棚に閉まいながらプリプリ怒る絵里ちゃんを宥めていた。

 

「さっきのお皿で全部ですね」

 

「壮大のおかげで助かったわ」

 

「どういたしまして」

 

食器洗いで濡れた手を近くの布巾で水気を染み込ませるように拭く。

 

「それじゃ部室へ戻りましょうか?」

 

「そ…、そうね……」

 

調理室の電気を消してから絵里ちゃんと一緒に廊下に出るとオレの手をギュッと握り締めてくる。

 

「手…、離さないでね?」

 

「離しませんよ」

 

「1人で先に行かないでよ?」

 

「行きませんって」

 

そんな力を込めて手を握られたらどこにも行けないって…。

 

握られた手の痛みを感じながら部室まで歩いていく。

 

やはり誰もいない校舎は昼間とは違って雰囲気がガラリと変わる。

 

のんちゃん辺りならスピリチュアルがどうとか言いそうだ。

 

特に大きなことは起きずに部室の前までやって来た。

 

「そーちゃんおかえり!絵里ちゃんも!」

 

部室のドアを開けようとすると中から穂乃果がドアを開けて廊下に顔を出してきた。

 

「部室に着いて早々だけどみんな先に行っちゃったから穂乃果たちも行こ!」

 

穂乃果は絵里ちゃんの手を掴むと転んでも怪我をしない程度のスピードで廊下を走り出した。

 

「穂乃果?今からどこに行くっていうのよ!?」

 

「屋上だよっ!」

 

 

…………なんで屋上?

 

 

 

 




胃腸炎っていってもウィルス性じゃなくて神経性の方です。

ストレス感じるとまず胃がやられる人なので結構辛いんですよね…。

インフルエンザも流行し始めたみたいなのでみなさんも体調を崩さないようにしてくださいね?

最後まで読んでいただきありがとうございました!


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第72話 らしくねぇな

週1投稿になりつつあるこの作品…。

決してファイナルライブに合わせているつもりは無いんだからねっ!?

では、どうぞ!


屋上へと繋がっているドアを開けると、冷たい風が全身を撫でるように駆け巡った。

 

みんなは……どこにいるんだろう?

 

「そーちゃん!」

 

辺りを見渡していると上の方から穂乃果の声が聞こえてきたのでそちらを振り向く。

 

「こっちこっち!」

 

「どうやったらそこへ行けるんだ?」

 

壁をよじ登ったり誰かと協力して肩車をして登ったって訳でもなさそうだし…。

 

「近くにハシゴがあるから登ってきて!!」

 

暗闇に覆われた近辺をくまなく探すとハシゴが設置されているのが確認できたので、足を滑らせないように一段一段確実に登る。

 

ハシゴを登り切り、体勢を整えながら後ろの風景を見る。

 

「……これはすげぇな」

 

ビルや秋葉原の街から漏れる蛍光灯や街灯……ありとあらゆる電気がキラキラと輝いていた。

 

まるで高価な宝石を扱ったジュエリーショップのショーケースを見ているようだ。

 

「まるで光の海みたい…」

 

ことりが景色にみとれながら呟く。

 

そしてその呟きを拾うように海未も続く。

 

「この1つ1つがみんな誰かの光なんですよね?」

 

「その光の中でみんな生活してて……。喜んだり悲しんだり……」

 

「この光の中にはきっと私たちと会ったこともない話したこともない触れ合うきっかけもなかった人たちが沢山いるんだよね……」

 

「でも、繋がった。……μ'sというスクールアイドルを通じて」

 

「……そうですね」

 

にこちゃんに同意するように返事をする。

 

最初は小さく輝く1つや2つ、中には3つ繋がっていた光だった。

 

それが徐々に繋がっていき……今では9つの大きな光になった。

 

μ'sという存在があったからこそこうしてみんなに出会い、酸いも甘いも経験できた。

 

そして歌があったから名前も顔も知らない人たちと繋がることが出来る。

 

μ'sとしての活動は明日で最後になるけど記憶し続けている限り……ずっと。

 

「偶然流れてきた私たちの歌を聞いて何かを考えたりちょっとだけ楽しくなったり……」

 

「少しだけ元気を貰えるかもしれないし笑顔になってるかもしれないな……」

 

「素敵なお話だにゃ……」

 

「だから…、アイドルは最高なのよ」

 

穂乃果やオレが口にした言葉に凛ちゃんは感動し、にこちゃんもにこちゃんでアイドルに対する内なる想いを短く語る。

 

その言葉を待っていたかのように今まで雲に隠れていた月が顔を出し、街を静かな光で照らし出す。

 

「「「「「「「「「わぁ……!!」」」」」」」」」

 

今日の月も明日のラストライブをバックアップしているような光だ。

 

 

 

「私~!!スクールアイドルやっててよかった~!!!」

 

 

 

穂乃果はいきなり走り出したかと思うと、光の海のようになっている街に向かって大声で叫んだ。

 

「どうしたいきなり!?」

 

「そんな気分なんだもん!みんなに伝えたい気分…。今!この気持ちを!!」

 

すると大きく息を吸い込み、今一度大きな声で叫ぶ。

 

「みんな〜!!明日精一杯歌うから聞いてね〜!!!」

 

街に向かって響いた穂乃果の精一杯の声が夜の風に溶け込むように消えていった。

 

「みんなも一緒にやろうよ!!」

 

「何だか面白そうやん!」

 

「そうね!」

 

穂乃果の提案にのんちゃんと絵里ちゃんも賛同し、みんなも穂乃果と同じように叫ぶことを決意した。

 

「じゃあみんなで!せー……のっ!!」

 

『みんな~!!!聞いててね~っ!!!!』

 

9人分の想いを乗せた大声はさっきよりも長い時間夜の街に響き渡り、やがて穂乃果の時と同じように夜の風に溶け込んでいった。

 

「さぁ、そろそろ部屋に戻りましょう」

 

「……そうやね」

 

「そうね。ずっといると寒いしね……」

 

絵里ちゃんの話にのんちゃんと真姫が賛成し、みんなはそれぞれ1人ずつ足下に気を付けながらハシゴを降りていく。

 

「オレで最後だな?」

 

「うん!それじゃ部室に戻ろっか?」

 

来たときとは違い、今度は10人で部室へと戻っていく。

 

「誰かトランプとか持ってきてねぇ?」

 

「凛、トランプとジェンガ持ってきてるよ!」

 

「よし…。それじゃみんなでトランプやろうぜ!!」

 

「「「やるなら壮大(くん)(そーくん)抜きでね?」」」

 

「その扱い酷くねぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

トランプやジェンガを寝るまで楽しみ、音もしない街の明るい光も届かない真っ暗闇の中ふと目を覚ました。

 

……最近夜中に目を覚ますことが多いな、オレ。

 

目を擦りながらみんなを見てみると、規則正しいリズムを刻みながら寝息を立てていた。

 

「私!そーちゃんの隣の布団がいい!!」と絶対特権を主張するように名乗り出て、数多くのトランプゲームを連戦連勝を繰り返した結果そのままオレの隣の布団で寝る事を勝ち取った穂乃果を除いて、だ。

 

さすがに玄関を経由して学校の外には出ていないと思うが、こんな時間に起きているとダンスパフォーマンスに影響しかねない。

 

それに穂乃果が寝ていた布団に手を突っ込むと、トイレに起きたにしてはかなり長い時間空けていたのか温もりが消えかかっていた。

 

それを踏まえて心配になったオレはみんなの快眠の邪魔をしないように布団を出る。

 

足音が鳴らないように靴下を履き、みんなの快眠の邪魔にならないような音でドアを開け閉めしてから懐中電灯代わりのスマートフォンのライトもできるだけ出力を弱めて穂乃果を探し始める。

 

(……どこにもいない?)

 

穂乃果のクラスの教室や生徒会室など穂乃果にとって縁がある場所に足を運んでみたが、穂乃果の姿は見当たらなかった。

 

どこに行ったんだろう…?ともう一度穂乃果が行きそうな場所を考え直していると、オレの頬に微かにだが確かに冷たい風を感じた。

 

(まさか……屋上か?)

 

そこに穂乃果がいる保証はどこにもなかったけれど、考えるよりも早く屋上のドアに向かって歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

結論から言うと穂乃果は屋上にいた。

 

屋上のドアを静かに開け、ライトを消してハシゴから覗いてみると屋上の床に腰を降ろして毛布に身をくるみ、さっきみんなで見た時とは違って夜景を眺めながら夜風に当たっていた。

 

「……いつまでも夜風に当たってたら風邪引くぞ」

 

屋上のドアを開け、穂乃果に近付きながら着ていた長袖のパーカーを放り投げる。

 

「そーちゃ…、わわわっ…!!」

 

放り投げたパーカーを危なっかしい手付きでキャッチした。

 

が、穂乃果はオレのパーカーを膝の上に乗せてこちらの様子を伺っていた。

 

「どうした?」

 

「上着無くても大丈夫なの?」

 

パーカーを放り投げたのでオレの服装はポロシャツの下に着込んでいる長袖シャツだけだ。

 

どうやら穂乃果はそんなことを気にしているみたいだった。

 

「心配されるほどヤワな鍛え方はしてねぇよ」

 

言葉ではご覧の通り強がっているように聞こえるが、実のところ結構寒い。

 

ましてや屋上という夜風を遮る物が無いし、着ているものも通気性がいい物を着ているので風がバンバン入ってくる。

 

「ほら、そろそろ戻って少しでも身体休めんぞ」

 

「……待って」

 

穂乃果を連れて部室へ戻ろうとするが、当の本人から待ったをかけられた。

 

穂乃果の方を振り向くと体育座りの体勢のままで頭を膝の上に乗せ、こちらを見ながら…。

 

「もう少し…、もう少しだけお話……しよ?」

 

いつもより控えめな笑顔でお願いされた。

 

ホントは一刻も早く部室へ連れ戻さないといけないんだけど…、

 

「仕方ないな……。ほんの少しだけだぞ?」

 

踵を返して穂乃果がいるところまで行く。

 

はい、そこ。

 

穂乃果に対してチョロくなったって言うのやめなさい。

 

「……今の今までこの景色を見てたのか?」

 

隣に腰を降ろしながら問うが、穂乃果は首を横に振った。

 

「別に景色をみてた訳じゃないんだ…。けど……」

 

「……けど?」

 

「いよいよなんだなって思ったら何だか緊張して眠れなくなっちゃって…」

 

頬を人差し指で掻きながら取り繕うように笑う穂乃果。

 

だが、その笑顔はいつも見てきた心のそこから笑っている笑顔ではなかった。

 

だから、オレは穂乃果を元気付けようと頭を撫で始める。

 

「ふぇっ?……そーちゃん?」

 

「らしくねぇな…。今から緊張してどうするんだよ」

 

「どういう意味?穂乃果だって緊張するときはするんだよ?」

 

ぷくっと頬を膨らませながら抗議してくる。

 

きっとバカにされている、と感じたんだろうが今回はそんな意味で言った訳じゃない。

 

「変に気負うなってことだよ。解散宣言してから今日に至るまでみんないつもと同じように過ごしてきただろ?だから明日も今までと同じようにライブパフォーマンスをすれば大丈夫ってこと」

 

「そっか…、そうだよね」

 

言った意味を理解してくれたのか穂乃果は言葉を噛み締めるように両手を合わせるように握りながら目を閉じる。

 

「そーちゃんのおかげで少しずつだけど元気が出てきたよ」

 

開かれたその瞳の奥にあった迷いは消えたようだ。

 

「そうか?」

 

オレの言葉で少しでも元気を出してくれれば…。

 

そう思っていたけど、もう大丈夫そうだ。

 

「それじゃ部室に戻ろっか!」

 

オレはおう、と短く返事をしてから立ち上がる。

 

穂乃果もオレが差し伸べた手に掴まって立ち上がる。

 

ハシゴから降りてから2人で横に並び、ゆっくりと屋上から出てから足音が鳴らないように慎重に歩きながら部室に戻る。

 

途中で『何だか世界で2人だけしかいないみたいだね……』と呟いた穂乃果にドキッとしたが、穂乃果の頭に軽くチョップを入れておいた。

 

じゃないとまたいつかの時のように穂乃果を意識し過ぎて寝不足になってしまいそうだし。

 

部室へ戻ってきたオレたちは布団が敷かれた部屋に音が鳴らないように入る。

 

みんなはオレが出ていく直前と全く変わらない状態で眠っていた。

 

「……みんなグッスリだね」

 

「そうだな……」

 

強いて変わっているところをあげるならにこちゃんがつけている美容パックのおでこの部分が剥がれかかってるくらいだ。

 

そんな様子を見たオレたちは小さく笑い合い、それぞれ隣り合っている布団に入る。

 

「穂乃果、おやすみ」

 

「おやすみ、そーちゃん」

 

穂乃果を返事を聞いてから、布団の柔らかさに包まれるようにしながら身体を休めることにした。

 

あぁ…、この布団あったけぇ。

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

私の隣で横になっているそーちゃんに対して背を向けていたが、寝返りを打つフリして彼と向き合う。

 

「スー…、スー……」

 

そーちゃんは布団の暖かさに包まれ、気持ちよさそうに仰向けで眠っていた。

 

「………そーちゃん」

 

いつも呼んでいる呼び方で彼を呼んでみるが、そーちゃんは呼びかけに答えることはなくグッスリ眠っていた。

 

けど、今はグッスリ眠っている方が好都合だ。

 

私はゆっくりとそーちゃんとの距離を詰め、こっそりとそーちゃんが入っている布団に侵入する。

 

私は元々そーちゃんには好意を抱いていたが、それはあくまで『幼馴染として』だった。

 

ファーストライブの時にはまだ敵対していた絵里ちゃんから庇ってくれた。

 

ことりちゃんの留学騒動の時には私とことりちゃんと他のメンバーの仲介役を担い、奔走してくれた。

 

そして最終予選前の時には危険を顧みず凶刃を受け、本番を控えていた私を助けてくれた。

 

そして気が付けば…、私の心は常にそーちゃんで一杯になっていた。

 

「大好きだよ、そーちゃん……」

 

私はそーちゃんに聞かれないくらい小さな声で自分の想いを打ち明け、彼の頬に小さくキスをした。

 

 

 

 




こういう恋愛に繋がるシーンは難しい…。

次回からはいよいよ本戦当日です。

ではでは、最後まで読んでいただきありがとうございました!

感想、評価お待ちしております!


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第73話 いざ、会場へ!

刻一刻とラストライブが近付いてきました。

ラストライブの時のタイトルが思い付かないです…。

そんな話はさておき……、第73話をどうぞ!!



ラブライブ本戦当日の朝。

 

オレは気持ちいいくらいパッチリと目が覚めた。

 

ムクリと起き上がり、枕元に置いてあるスマートフォンで今の時間を確認する。

 

昨夜あらかじめセットした目覚ましのアラームが鳴り出す5分前だった。

 

「……」

 

二度寝が出来る時間でもなかったので、そのまま起きることに。

 

いつの間にか布団に侵入してオレの腕に抱き着くように眠っていた穂乃果の手を優しく放し、他のみんなも物音で起こさないように注意して布団から這い出る。

 

遮光カーテンを開けないように注意しながら窓から外を見てみる。

 

まだ少し薄暗いが、僅かに太陽が顔を覗かせているのが見えた。

 

「……」

 

ボーッとしていても仕方ないので上着を持って部室を出て、近くの水道で顔を洗う。

 

キンッキンに冷えた水で顔を洗い、完全に目を覚ましたオレは上着を羽織ってからみんなの分の朝メシを作るために調理室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

人数分の朝メシを作ったので部室まで運ぶのに時間がかかったものの、10セット目の朝メシを何とか運び終える。

 

みんなが寝ているスペースに繋がるドアを開けると、穂乃果が布団から出るところだった。

 

「穂乃果、おはよ」

 

「おはよ。起きるの早いね」

 

「何だか目覚めがよくてな。悪いんだけどみんなを起こしてくれるか?」

 

「任せて!」

 

元気よく返事をして穂乃果はみんなのところに向かうのかと思っていたら、向かった先は遮光カーテンが引かれた窓へ。

 

……何をするつもりだ?

 

疑問に感じていたら穂乃果はカーテンを思いっきり開け、燦々と輝く太陽の光を部室の中に送り込みながら大声を張り上げた。

 

「みんな!起っきろ〜!!!」

 

「眩しい……」

 

「カーテン閉めてぇ……」

 

みんなは突然の光に目を擦ったり、目を手で隠し太陽光を遮ったりした。

 

でも、やがて目を覚ましたみんなは布団から起き上がる。

 

「みんな、おはよう。起きてすぐは入らないかもしれないけど朝メシ出来てるから顔を洗うなり歯を磨くなりしてから各々朝メシを食べてくれ」

 

「「「「「「「「「は〜い!」」」」」」」」」

 

元気よく返事したみんなは顔を洗いに行ったり歯を磨きにいったりするため一旦部室から出ていく。

 

 

 

 

みんなが戻ってきたのを見計らい、朝メシを食べ始める。

 

パンが好きな穂乃果と白米が大好きな花陽ちゃんに対応できるように両方準備し、パフォーマンスの阻害となる脂質を避けるような食事をみんなは美味しいと言いながら食べてくれた。

 

そして…、

 

「壮大、これからみんなでもう一度フォーメーションの確認したりするけど壮大はどうするの?」

 

朝メシで使った食器を洗い終え、部室へと戻ると絵里ちゃんに本番前の練習を見ていかないか?と誘われた。

 

が、オレは静かに首を横に振って笑顔を見せながら答える。

 

「本番直前の練習は9人でやってください。その間にオレは個人的な用事をこなしてきます」

 

「……分かったわ。じゃあ、また出発の時間にね?」

 

絵里ちゃんはそう答え、みんながいるであろう屋上へと向かっていった。

 

絵里ちゃんが屋上へと続く階段を上っていくのを見届け、用事をこなすために昇降口へと向かうため歩き始めた。

 

 

 

 

一旦家に戻ってシャワーを浴びたり身嗜みを整え、立華高校の制服を着ていこうか迷ったけど少しでもみんなとの立場が自然に見えるように高1の誕生日プレゼントとして親父に仕立ててもらったスーツに袖を通してからまた家を後にする。

 

ホントはネクタイを締めた方がいいんだろうけど今日という1日は夜までかかるので少しでも楽な状態でいたい、という個人的な理由でまだ締めていない。

 

家を出てからしばらく歩いているが親父に仕立ててもらったスーツなだけに、なかなかに気心地がいい。

 

そして個人的な用事があると言ってまで音ノ木坂学院を抜け出し、立ち寄った場所は神田明神の男坂の石段。

 

思えばμ'sという名前を授かる前に行っていた練習場所の原点と言えばこの石段だった。

 

ここで毎日のように基礎体力強化のトレーニングを行った。

 

勝手に使わせてもらってもここで働く巫女さんや神主さんは嫌な顔をせず、快く貸してもらった。

 

……のんちゃんの口利きも少しはあったかもしれないが。

 

そして年明けの練習では、初詣などで書かれたμ's関連にする多くの絵馬を見て地元の多くの人に応援されていることを知った。

 

他にも多くの事を知ったがいつまでもここで思いに耽っていては集合時刻に間に合わなくなるかもしれないので、石段の一番上に目線を向ける。

 

「1年間使わせて頂きありがとうございました……。みんなの想いをどうか見届けていてください」

 

感謝の気持ちと今日のみんなの決意を代弁するように言葉に乗せ、深々と頭を下げる。

 

下げていた頭を上げ、次の場所に向かった。

 

 

 

 

続いて向かった場所は最終予選が行われた会場。

 

まだ太陽が高く上っているのでゲートには光は灯っておらず、人通りもそれほど多くない場所にやって来たのにも理由がある。

 

この場所で絶対王者のA-RISEと勝負し、勝利を手にした。

 

その時入院していた病院先でみんなのライブを見届けていたオレはみんなのライブパフォーマンスは人に元気と勇気を与えるだけではなく、感動も与えられることを知った。

 

そんな場所でもオレは神田明神の時と同じように頭を下げる。

 

「ここでライブをしてみんなが大きく成長できました。そんな機会を頂きありがとうございました」

 

道行く何人かの通行人に変な目で見られたけど気にも留めず、頭を上げたオレはμ'sにとってとても大切な場所であるところへと向かった。

 

 

 

 

 

最後に向かったのは音ノ木坂学院内にある講堂。

 

そのステージのど真ん中にオレは立った。

 

講堂と言えば……言わずと知れたファーストライブの会場でもありμ's再結成ライブの会場だ。

 

ファーストライブでは音ノ木坂学院のほとんどは見向きもされなかったが、それでも期待してくれている人に向けて想いを歌に乗せた。

 

そして再結成ライブ。

 

オレはその時立華高校の屋上にいたのでそのライブを見た訳では無い。

 

実際に知っているのは再結成ライブの時の心境を聞いただけにしか過ぎないが、どうやらメンバーのみんなは穂乃果がことりを連れ戻ってくることを信じて疑わなかったらしい。

 

戻ってきたのはかなりギリギリだったみたいだけど……。

 

それでも『絶対に連れ戻ってくる』と信じていた7人と『絶対に連れ戻す』と決意した穂乃果と『その想い』に見事応えたことり……合わせて9人の間に固く結ばれていた絆がまたこうして再結成へと導いてくれたんだ、とオレは勝手に思っている。

 

μ'sのみんなにとって格別な想いが込められた講堂にも先程と同じように頭を下げる。

 

頭を上げ終えると同時にスマートフォンに着信が入り、集合時間が近付いていることを告げる。

 

やれやれ…、もう時間なのか……。

 

1人で苦笑いを浮かべながらみんなが待つ校門へと足を運ぶ。

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

「あら、学校内にいたの?用事があるって言ってなかった?」

 

「全部片付けてきましたよ」

 

昇降口を出て校門に向かって歩いていくと絵里ちゃんが少し驚いていた。

 

「壮くんは何でスーツなん?」

 

「ムカつくほど様になってるわね……」

 

「何だかそーくんがスーツ着てると高校生に見えないにゃ!」

 

「高校生ってよりも大学生に見えるよね……」

 

「壮大、そのスーツ似合ってますよ」

 

「そーくん自体の素材がいいからカッコよく見えるね!」

 

「というか別に制服でもよかったじゃない……」

 

みんなそれぞれオレの服装の意見を言っていく。

 

って、あれ?

 

「穂乃果はどこ行ったんですか?」

 

「あぁ…、穂乃果なら……」

 

__ごめ~ん!みんな~!!

 

よく通る声で謝りながら昇降口から走ってきた。

 

「お待たせ!」

 

「穂乃果、遅いですよ!」

 

海未が穂乃果を叱ったあとみんなと同じようなリアクションを見せる。

 

一通り収まったところで改めて声をかける。

 

「……準備は出来たか?」

 

「うんっ!準備バッチリだよ!」

 

元気よく返事したところを見るとキッチリ調整を済ませたようだ。

 

「じゃあ……行きましょうか!」

 

「「「「「「「「「うん!」」」」」」」」」

 

「おう!!」

 

絵里ちゃんを先頭にオレたちは学校を出ると、ラブライブの本大会が行われる会場に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

「すみません、受付をお願いします」

 

会場入りしてすぐに受付のブースへと足を運ぶ。

 

目の前に座っていたお姉さんがにこやかに笑いながら反応した。

 

「はい!受付ですね!では、学校名とグループ名を教えてください」

 

「東京都代表音ノ木坂学院スクールアイドル……μ'sです」

 

「μ's…、μ's…。はいOKです!」

 

OKを貰ったのと同時にメンバーの分とグループ関係者専用のタグが手渡され、そのタグを受け取る。

 

「では、代表者のお名前の記入をお願いします」

 

爽やかな営業スマイルと共にボールペンが手渡される。

 

「……これ、メンバーの代筆でもOKですか?」

 

「はい!全く問題ありませんよ!」

 

その返事を聞いたオレはμ'sのリーダーである穂乃果のフルネームを記入する。

 

「これで受付手続きは完了です!頑張ってください!!」

 

「ありがとうございます」

 

受付のお姉さんのエールに感謝の意を述べてから特設ステージの近くにいるであろうみんなと合流する。

 

「こんにちは」

 

「ん?」

 

その途中で声をかけられ、振り返るとA-RISEの3人とUTXの制服を着て立っていた。

 

「ハロ〜松宮くんっ♪キズの具合はどうなの?」

 

「こうして面と向かって会うのは久しぶりだな。それとキミも災難だったな」

 

「お久しぶりです。キズはもう塞がってますよ」

 

優木さんと統堂さんと世間話を交わす。

 

最終予選の時はライバル関係にあったこの人たちにも心配されていたと思うと少し申し訳ない気持ちになる。

 

話を交わしていると綺羅が真剣な顔付きになる。

 

「あと数時間ね。……どうなの?」

 

「オレたちは優勝目指してここまでやって来た。だから、あとは全てをぶつけるだけだ」

 

ありのままの言葉を紡ぐ。

 

それを聞いて3人はそう…、と答えた返事に納得するような反応を見せた。

 

「私たちはμ’sが勝つことを心から信じてる…」

 

「観客席から応援してるから!」

 

「期待しているぞ?」

 

「あぁ。みんなのステージに期待していてくれ」

 

3人のエールを受け、オレもそのエールに答える。

 

その言葉を聞いた3人は満足そうに頷き、A-RISEの3人はオレに背を向けて歩き出した。

 

オレもまたその3人に背を向け、みんなが待つ場所へと歩み始めた。

 

 

 

 

「そーくん!あれ見てみて!!」

 

みんながいる場所に再度合流すると、凛ちゃんが指差している場所へ目線を向ける。

 

指差された先にあるのは特設ステージのスクリーン。

 

そのスクリーンには『Love Live!』とローマ字で浮き上がる。

 

やがてそれがカタカナで『ラブライブ!』と切り変わり、『ラブライブ!』の文字の下に『School idol project』という英字が表示された。

 

「すごいよね?すごいよね!?」

 

この大会がいかに規模が大きい大会であるということがこのスクリーンだけでも充分伺える。

 

「そんなすごいステージに立てるんだ。……ワクワクするだろ?」

 

「うんっ!今からすっごい楽しみだにゃ!!」

 

ニッ、と口角を上げて笑うと凛ちゃんのテンションも飛躍的に上がる。

 

みんなも凛ちゃんと同様でこのステージを見てテンションが上がっているみたいだった。

 

「みんな!今から渡すタグを身に付けたら控え室へ行こう!」

 

「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」

 

オレは1人1人タグを手渡し、みんなの手に渡ったのを確認してから控え室へと向かった。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございました!

現実でもFINAL LIVEが近付いていますね。

行きたかったんですけど落選してしまってはどうしようもないですよね…。




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第74話 Masterpiece

意味を知った瞬間、これしかないな!と思いました。

そして、これに見合うように何度も何度もやり直して書き上げました。




控え室に行き、荷物を置いてすぐに大会スタッフさんに呼ばれてみんなはステージ上でのリハーサルやダンスの確認に行う。

 

その後にオープニングセレモニーに参加しないといけないみたいなので、しばらくみんなはこの控え室には戻ってこないらしい。

 

らしいと言ったのにも理由があり、オレもオレでみんなを呼びに来たスタッフさんとは別の人と大会進行について話をしなければならなかったからだ。

 

みんなとは別行動を取っていたが、当然と言っちゃ当然なんだが先にオレの方が早く終わったのでみんなが戻ってくるまでの時間の間に会場内を少し歩き回ることにした。

 

「わぁ……!すご~い…。大きな看板が出てる!」

 

入退場のゲート付近を歩いていると豪華絢爛な会場に目を輝かせながら写真を撮っている雪穂と亜里沙ちゃんの姿を見つけた。

 

「よっ、2人とも」

 

「壮にぃ!」

 

「壮大さん!こんばんはっ!」

 

2人に声を掛けると2人とも弾けんばかりの笑顔と共に挨拶が返ってきた。

 

「写真、撮ってあげようか?」

 

「いいんですか!?お願いします!!」

 

2人を代表して亜里沙ちゃんが手にしていたスマートフォンをオレに手渡してきたので、それを受け取り2人にカメラのフォーカスを合わせる。

 

「それじゃあ、撮るぞ~」

 

「は~い!2人でここを目指す写真!!」

 

___パシャッ!!

 

カメラのシャッター音と共に2人の写真を撮る。

 

うん、いい写真だ。

 

被写体の2人が写真越しからでも期待の輝きが見られる…、そんな写真が撮れたと思う。

 

「はい。いい写真が撮れたと思うぞ?」

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとね!壮にぃ!!」

 

2人はお礼の言葉を口にしてからステージがある方向へ走っていった。

 

その後ろ姿を見つめていると、今度は穂乃果たちのクラスメイトであるヒデコちゃんたちヒフミトリオと会った。

 

「松宮くんじゃん!久し振り!!」

 

いち早く気づいたヒデコちゃが手を上げながら挨拶してきた。

 

「みんなも来てくれたんだな」

 

「あったり前じゃん!!」

 

ヒデコちゃんは元気ハツラツとしているが、後ろにいるフミコちゃんもミカちゃんは心配そうにソワソワしていた。

 

「こんな大きな会場で大丈夫かな?穂乃果たち……」

 

「優勝候補とか言われてるし、緊張してるかも……」

 

「大丈夫よ!!」

 

ヒデコちゃんは心配そうにしている2人の肩を叩く。

 

「誰もいない講堂に比べたらどうってことないでしょ?」

 

「そうだね!」

 

ヒデコちゃんの励ましを聞き、フミコちゃんもミカちゃんも笑顔になった。

 

するとフミコちゃんが急にハッ!何かに気付いたように目を丸くした。

 

「って時間大丈夫?各校の応援席の入場って決まってるんでしょ?」

 

「あ、ホントだ!」

 

「フミコ!ミカ!少し先に行ってて!」

 

フミコちゃんとミカちゃんが先に行く中、ヒデコちゃんだけオレがいる場所に残った。

 

……いったいどうしたって言うんだろう?

 

「松宮くんに私たち3人からのお願いを聞いて欲しいんだけど……」

 

そう前置きしたヒデコちゃんは『3人のお願い事』を話し始める。

 

「……ってことなんだけどどうかな?」

 

「いいんじゃないか?」

 

きっとみんなも喜ぶはずだろうし。

 

「分かった!じゃあまた、その時になったらよろしく!!」

 

お願い事を承諾し、返事を聞いたヒデコちゃんは頷いてから先に行った2人の後を追いかけるように走っていった。

 

「ん?そこにいるのは松宮か?」

 

「部長!?」

 

続いてやってきたのは正月の時に電話してきたときは追い込まれすぎて大変なことになっていた部長。

 

その隣には無骨な印象を持つ部長とは似ても似つかない可愛らしい女の子が立っていた。

 

「……どうしてこちらに?」

 

「ん?あぁ…、こいつに頼まれて音ノ木坂のスクールアイドルがラブライブに出るってもんだから来てみたんだ」

 

「えへへ…、こんばんはっ♪」

 

部長の隣に立っていた女の子が挨拶と共にペコリ、と頭を下げる。

 

ん?どこかで見たことが……。

 

「もしかして…、秋に穂乃果たちにサインを求めに来たときにいた娘?」

 

「はいっ!私は立華高校陸上部前部長の妹なんですっ!」

 

「ぅえぇぇぇぇえっ!?」

 

ウソだろ!?

 

部長にこんな可愛くて純粋な妹がいたなんて!!

 

「っというか、何でお前がこんなところにいるのか聞きたいぐらいなんだが……。しかも高2なのにスーツなんか着て……」

 

「松宮さんはμ'sの2年生メンバーと1年生の西木野さんと幼馴染なんだよ?」

 

「……そうなのか?」

 

部長の問いかけに頷き、その反応を見た部長はフッと笑った。

 

「お兄ちゃん。そろそろ行こ?」

 

「そうだな。松宮、しっかりメンバーを支えてやってくれ」

 

「はい!」

 

部長とその妹さんを見送ったところで時間を確認するとみんなのリハーサルが終わり、オープニングセレモニーが始まる時間帯になっていたので急いで控え室に戻ることにした。

 

 

 

「それにしてもあの開会式すごかったね!」

 

「開会の宣言と同時にファンファーレが鳴るとは思ってなかったにゃ!」

 

控え室に戻り、今大会の開催を告げるオープニングセレモニーを控え室に備え付けられていたノートパソコンで見ていて最初の3グループのパフォーマンスが終わったところでみんながオープニングセレモニーの感想を言い合いながら控え室に戻ってきた。

 

「みんなリハとオープニングセレモニーお疲れさま。ジュース貰ってきたから1人1本飲んでくれ」

 

「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」

 

控え室の出入口から最も近いデスクドレッサーの台に乗せておいたスポーツドリンクを手にし、キャップを開けてそれぞれのペースで中身を飲んでいく。

 

みんなは程よい緊張感を保ちつつもどこか楽しそうにしながら自分たちの順番を待っている。

 

軽めの食事を摂ったりしているうちにμ'sのステージの順番が近付いてきた。

 

「それじゃみんな。あと少しで私たちの出番になるからそろそろ着替えましょうか?」

 

「そうだね!じゃあ着替えよう!!」

 

みんなは各々の衣装やアクセサリーを持ち、カーテンで仕切られたドレスルームへと入っていく。

 

オレも外していたネクタイを締め、ジャケットを羽織る。

 

みんなとは違ってすぐに準備が終わってしまったのでみんなの準備が終わるまで控え室の整理整頓をしていると、それぞれのタイミングでドレスルームから出てくる。

 

それぞれのイメージカラーに近い色合いの衣装を見にまとっていてみんなすごく似合っている。

 

そして最後に出てきたのはリーダーの穂乃果。

 

「お待たせ!うわぁ……!みんな可愛い!!」

 

「さすがことりね!」

 

絵里ちゃんはその場で1回転し、水色の衣装のスカートが風を受けてヒラリと舞う。

 

みんなもそれぞれ衣装の感想を求めてきたのでコメントしている内にステージ袖でスタンバイしないといけない時間帯に差し掛かってきた。

 

「そろそろ時間だ。行こう!」

 

「「「「「「「「「うん!!」」」」」」」」」

 

オレたちは意気揚々と控え室からステージ袖へと向かった。

 

そして外にいる人物に作戦スタートと言わんばかりにメッセージを飛ばした。

 

 

 

 

 

 

ステージ袖に向かうと超満員のお客さんの歓声と様々な輝きが漏れていた。

 

「お客さん……。すごい数なんだろうな……」

 

ことりは歓声を聞いて少し不安そうだった。

 

けれど……、

 

「楽しみですよね……」

 

「「え!?」」

 

「へっ?」

 

海未が発した言葉に穂乃果とことりが疑問の声を、オレはすっとんきょうな声を上げる。

 

「もうすっかり癖になったんです…。たくさんの人の前で歌う楽しさが!!」

 

恥ずかしがり屋の海未が。

 

衣装を着て人前に出ることに恥ずかしさを感じていたあの海未が。

 

この1年でたくさんの人の前に出ても大丈夫になったどころか人の前で歌うことに楽しさを感じるようになっていった。

 

「大丈夫かな…?可愛いかな……?」

 

「大丈夫にゃ!かよちんすっごく可愛いよ!!……凛はどうかにゃ?」

 

「凛ちゃんも可愛いよ!」

 

この2人もこの1年で大きく変わった。

 

特に凛ちゃんはこれからきっとより一層キレイに……そして可愛くなっていくと思う。

 

「今日のウチは遠慮しないで前に出るから覚悟しといてね!」

 

「なら私もセンターのつもりで目立ちまくるわよ!だって…最後のステージなんだから!!」

 

「フフッ…!面白いやん!!」

 

のんちゃんと絵里ちゃんはこのステージでどれだけ目立てるか意気込みを語り出した。

 

「おぉ!みんなやる気にゃ!真姫ちゃんも負けないようにしないと!!」

 

凛ちゃんに唆された真姫は分かってるわよ、と返事してからにこちゃんを見た。

 

「3年生だからってボヤボヤしてると置いていくわよ?『宇宙No.1アイドル』さん?」

 

「……面白いこと言ってくれるじゃない」

 

いい意味での挑発を受けたにこちゃんの目に熱意の光が現れる。

 

「私を本気にさせたらどうなるか……覚悟しなさいよ!!」

 

「時間だ。……穂乃果」

 

うん!と元気よく返事をするとみんなで円を組み、10個のピースサインを合わせる。

 

「………」

 

「……どうしたんですか?」

 

いつもなら何か一言を言う穂乃果は何も言わず、黙ったままだった。

 

それを不思議に思った海未が穂乃果に尋ねた。

 

「何て言ったらいいか分かんないや……」

 

オレたちは何も言わず穂乃果の次の言葉を待った。

 

「もう全部伝わってる。もう気持ちは1つだよ……。もうみんな感じていることも考えてることも同じ。……そうでしょう?」

 

「そうやね……」

 

「……そうだな」

 

穂乃果の言葉にのんちゃんとオレはしみじみと答える。

 

『この10人で残せる最高の結果……優勝を目指そう!』

 

およそ半年前。

 

第2回ラブライブの出場を目指す、と決めたその日に穂乃果が神田明神の境内を背に宣言したあの日。

 

ここまで順風満帆な道筋だった決してとは言えないけど、ついにここまでやって来た。

 

みんなの考えなんて……同じに決まっている。

 

穂乃果がフーッ……と深呼吸をしてみんなに宣言した。

 

「μ’sラストライブ!全力で飛ばしていこう!……1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

「7!」

 

「8!」

 

「9!」

 

「……10!」

 

___μ's!ミュージック……スタート!!!

 

 

 

 

 

みんなは照明が落ちたステージに立ち、それをオレはステージ横という特等席にて固唾を飲んで見守る。

 

会場全体に流れ始める音楽とスポットライトに合わせてメンバーが順々に顔を上げていく。

 

9人のそれぞれの色のスポットライトがステージを照らし出す。

 

イントロでダンスをしながらそれぞれの立ち位置に行き、そしてみんなの想いを乗せて歌い出した。

 

『KiRa-KiRa Sensation!』。

 

そう名付けられたこの曲は日本全国にいるμ'sファンや応援してくれた地元のみんなへの感謝と今までの歌やダンスの振り付けもこの1曲に込められている。

 

衣装も衣装でファーストライブで使用した衣装をより改良したバージョンに仕上がっており、言葉通りオレたちμ'sの集大成にして最高傑作(マスターピース)

 

ステージ上ではサビに差し掛かり、スポットライトを始めとした演出もバーストかかってきた。

 

……あれ?目にゴミでも入ったかな。

 

込み上げてくる涙を止めようと真上を見上げるが、それも叶わず両目から涙が自然に溢れてくる。

 

拭いても拭いても無駄だと悟り、流れてくる涙を拭わずみんなの姿を見据える。

 

みんなはアウトロを迎えていて曲の終わりの際に決めポーズをし、曲が終わると同時にメンバーの各色の紙吹雪が舞った。

 

___決まった。

 

涙を拭いながらそう実感した瞬間、割れんばかりの大歓声がステージのみんなを暖かく包む。

 

穂乃果たちは横一列に並びお客さんに叫ぶような形でお礼を言った。

 

「ありがとうございました!」

 

みんなは息を整えながら横1列に並ぶ。

 

「東條 希!」

 

「西木野 真姫!」

 

「園田 海未!」

 

「星空 凛!」

 

「矢澤 にこ!」

 

「小泉 花陽!」

 

「絢瀬 絵里!」

 

「南 ことり!」

 

「高坂 穂乃果!」

 

「東京都代表音ノ木坂学院スクールアイドル……μ’s!!」

 

__ありがとうございました!!!

 

9人は手を繋ぎ、歓声に一礼しながらカーテンコールで応えてからステージ袖に引き上げてきた。

 

「そーちゃん!私たちキラキラしてた!?」

 

「あぁ……!キラキラしてた!!」

 

みんなを賞賛していた。けれど花陽は……

 

「うっ…。ひぐっ…うぅ…」

 

「かよちん…。うぅ…」

 

花陽ちゃんと凛ちゃんは互いを抱き締めながら泣いていた。

 

「にこっち……」

 

「希……」

 

「真姫……」

 

「エリー……」

 

にこちゃんとのんちゃん、真姫と絵里ちゃんは目尻に光で反射してキラリと輝く雫を浮かべながら笑いながら手を繋いだり抱き合ったりしていた。

 

「穂乃果ちゃん…。海未ちゃん…」

 

「穂乃果…。ことり…」

 

「海未ちゃん…。ことりちゃん…」

 

3人もそれぞれ抱き合いながら笑みを浮かべて泣いていた。

 

___……コール……。

 

オレはみんなが泣いているのを見守りながらも遠くで何かが聞こえてきたのを聞き逃さなかった。

 

「それじゃみんな。控え室に戻ろっか」

 

「待て待て。何処へ行こうってんだ?」

 

「……どういう意味?」

 

「聞こえないか?みんなの期待の声が……」

 

みんなは声を潜め、外から聞こえてくる声を聞き始める。

 

__アンコール……アンコール…!アンコール!!

 

外では超満員のお客さんはもう1度μ'sのステージが見たい、という期待の声が大きな波となってここまで響いていた。

 

ファーストライブ後、穂乃果が語った想い。

 

『今はこの気持ちをそのまま真っ直ぐに信じてみたいんです!確かにこのまま見向きもされないかもしれない、誰からも理解されないかもしれない。……でも!一生懸命頑張って、私たちがとにかく頑張って、この想いを届けたい!!今、私たちが届けたい……、この想いを!!!』

 

「穂乃果。届いたぞ……お前の想い」

 

「うん!!」

 

泣きながらも笑う穂乃果の姿はとても眩しかった。

 

 

 

「アンコール応えようにもこの衣装じゃ……」

 

絵里ちゃんが困った様子で今着ている衣装を見る。

 

オレの計算ではそろそろ……。

 

「「「お〜〜い!」」」

 

「ヒデコ!?フミコ!?ミカ!?」

 

控え室からステージに向かう通路からヒフミの3人がやって来た。

 

うん、タイミングバッチリ!!

 

「松宮くん!衣装持ってきたよ!!」

 

「ナイス!」

 

嵐のようにやって来たヒフミトリオはそのまま観客席へと戻っていき、まだ展開に追い付いていないみんなはポカンとした表情をしながらオレをじーっと見る。

 

「あー……、実はだな」

 

みんながリハーサルを行っているときにあった事をみんなに説明。

 

「みんな私たちのために……?」

 

絵里ちゃんの言葉にオレは大きく頷き、両手を叩いて大きな音を鳴らす。

 

「さぁ!お客さんが帰っちゃう前にそれぞれの衣装に着替えてくれ!!」

 

みんなはそれぞれ自分の名前が書かれたタグが付いている衣装を手にし、オレに見えない場所へと移動し始める。

 

穂乃果もみんなと同じように動こうとする前にどうしても言っておかないといけない事があるため穂乃果を呼び止めた。

 

「なぁ、穂乃果」

 

「なぁに?」

 

「この大会が終わったら少し時間取れないか?」

 

「どうして?」

 

「穂乃果に伝えたい……とても大事な話があるんだ」

 

「うん……。分かった」

 

穂乃果は小さく頷き、衣装を大事に抱えて着替えに行った。

 

 

 

 

「ごめんみんな!お待たせ!!」

 

穂乃果がやって来たことで9人みんなアンコール用衣装に着替え終わった。

 

「よし!今日来てくれたお客さんみんながくれたもう1ステージ……悔いが残らないよう精一杯やりきってこい!!!」

 

「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」

 

みんなとてもいい笑顔で力強く返事し、ステージへと駆けていった。

 

 

 

酸いも甘いも味わってきた思い出たちとともに……。

 

 

 

キラキラ輝く軌跡を辿るように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春の冷たい夜風が頬を撫でる。

 

いつもなら少し肌寒く感じるが、今は火照った身体を冷やしてくれるのこの夜風がとても心地よい。

 

いつぞやの公園のベンチに座り、夜風に当たりながらついさっきまで行われていた第2回ラブライブの表彰式を振り返っていた。

 

 

 

 

『第2回ラブライブ!優勝は……東京都代表音ノ木坂学院スクールアイドル『μ's』です!!!』

 

__ワァァァァァァッ!!!

 

『優勝されたμ'sは代表者2名前に出てきてください』

 

「にこちゃん!行こう!!」

 

「えぇ!!」

 

『優勝……おめでとう!!そして素晴らしいパフォーマンスをありがとう!!!』

 

「みんな~!!ありがと~う!!!」

 

「みんなのおかげで優勝したにこ~っ!!!」

 

__ワァァァァァァァァァッ!!!

 

 

 

 

応援してくれたみんなの支えもあってμ'sは第2回大会の王者に輝いた。

 

キラキラ輝くステージの上で自分という輝きを最大限まで表現し、表彰式で念願だった『ラブライブ優勝』という目標が叶って喜びの涙を流すみんながとても眩しく見えた。

 

この先何十年生きていくかはオレ自身にも分からないけど、その瞬間だけはきっと忘れる事は無いだろうと確信している。

 

「……そーちゃん、来たよ」

 

後ろから想い人の穂乃果がやって来て、声を掛けてきた。

 

「来てくれてありがとな」

 

1人でここに来てくれた穂乃果にお礼を言う。

 

 

 

第2回ラブライブはまだまだ終わらせない……。

 

 

 

 




もうちょっとだけ続くんじゃよ。

ってことで次回はいよいよ壮大が漢を魅せる瞬間をお届けします。

最後まで読んで頂きありがとうございました!


~2/12 追記~

次話の繋がりの問題でラストの部分を500字程度増やしました。



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第75話 何気無い幸せ

本編の更新が止まってからおよそ2ヵ月……。

お待たせしました!

では、どうぞ~


__時は遡り数十分前。

 

 

 

 

「これでよしっ……と」

 

第2回ラブライブの勝者の証とも言える深紅の優勝旗とみんなの腰の辺りくらいまでの大きさのトロフィーをメンバーを代表して生徒会の役員でもある私たちが責任持ってアイドル研究部の部室に置き、学校の門を締めてカギをかける。

 

「じゃあ学校のカギはことりが預かっておくね?」

 

「お願いします、ことり」

 

学校の門のカギを締めた海未ちゃんはことりちゃんに手渡す。

 

「じゃあ……私たちも帰りましょうか?」

 

今大会の打ち上げは後日改めて行うこととなったので海未ちゃんを先頭にそれぞれの家に帰ろうと歩き始めるが、私にはまだやらなければならないことがある。

 

「ごめん海未ちゃん、ことりちゃん。私ちょっと用事が……」

 

「……こんな時間に、ですか?」

 

2人に断りを入れてから離れようとしたけど海未ちゃんが怪訝そうな瞳でジロリ、と私を射抜くように見る。

 

「その用事とは私たちに言えないような用事なんですか?」

 

「えっと……」

 

どう答えたらいいか分からずにいると私の側にいたはずのことりちゃんは海未ちゃんの背後に回り込み、希ちゃんがいつもするイタズラっ子のような笑顔を浮かべていた。

 

そして……、

 

 

 

「希ちゃん直伝!わしわしMAX~♪」

 

 

 

 

ぐわしっ!と海未ちゃんの胸を鷲掴み、わしわしと両手を動かし始めた。

 

「ひゃあっ!?こここ、ことり!?いきなり何を!?」

 

「何って……わしわし?」

 

「そういうことを……聞いているのでは……っ!……ありません!!」

 

希ちゃん直伝というだけあって海未ちゃんもことりちゃんのわしわし攻撃にはタジタジの様子だ。

 

「穂乃果ちゃん」

 

「ん?」

 

「これから大事な用事があるんでしょ?海未ちゃんの事はことりに任せて……行っておいで?」

 

「……うんっ!!」

 

「穂乃果!!まだ私の話が……ってことり!お願いですからそこだけはやめてくださ……ひゃうぅっ!」

 

ことりちゃんのわしわし攻撃を抜け出すことはおろかいろんな意味で攻められている海未ちゃんに背を向け、そーちゃんに会いに行くため走り始めた。

 

 

 

~Side 南 ことり~

 

 

穂乃果ちゃんの後ろ姿が見えなくなってから海未ちゃんに伸ばしていたわしわしの手を放す。

 

「ことり……いきなりわしわしをしないでください」

 

「海未ちゃんごめんね?何だかわしわししたくなっちゃって……」

 

『まったく……、希じゃないんですから』と溜め息をつく海未ちゃんを見ながら穂乃果ちゃんが言っていた用事の事を考え……ようとしたけど止めた。

 

「海未ちゃん。そろそろ帰ろっか?」

 

「……そうですね」

 

納得いかないというか腑に落ちていない表情をする海未ちゃんは渋々ことりの横まで歩き、いつの日の時と同じように2人並んで帰ることにしました。

 

 

Side out

 

 

 

 

 

ことりちゃんに見送られ走り出したのはいいもののそーちゃんが今どこで私の事を待っているのか検討が付かず走る動作から歩く動作に変わり、やがて立ち止まった。

 

何となく学校の近くの公園に向かって坂道を歩いてるけれどそこにそーちゃんがいるという保証は何処にもない。

 

どこにいるのか聞き出すためそーちゃんの携帯に電話してもスピーカー越しから聞こえてくるのは『電源が入っていないか電波が繋がらない場所にいるためかかりません』と無機質な音声しか聞こえてこない。

 

ホントどこにいるんだろう……?首を傾げながら近くの公園に足を踏み入れた。

 

すると公園の端に設置されたベンチの右側に彼は座っていた。

 

彼もライブの余韻や熱が冷めないのか上着を脱ぎ、夜風に当たっていた。

 

……そーちゃん、来たよ。

 

私はそんな彼に近づきながら、声を掛ける。

 

すると彼はいつも私に向ける柔らかい笑顔で答えた。

 

___来てくれてありがとな、穂乃果。

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず隣、座りなよ」

 

声を掛けると穂乃果はコクリ、と頷きオレの隣にちょこんと腰掛けた。

 

「「…………」」

 

……すっげぇ気まずい。

 

穂乃果を隣に座らせたのはいいけど、いざ話をしようとしても口がなかなか動いてくれない。

 

身体の芯からカーッと熱くなり、口の中がカラカラになっていくのを感じる。

 

「ねぇ、そーちゃん」

 

「……どうした?」

 

そんな沈黙を打ち破るように穂乃果がいつもの呼び方でオレを呼んだので、声が裏返らないように返事をして隣を見た。

 

「私がスクールアイドルをやるって言った時の事……覚えてる?」

 

忘れようにも忘れられる訳が無い。

 

穂乃果の音ノ木坂学院が廃校にさせたくないという一心で始めたアイドル活動。

 

「……あれからいろんな事があったよね」

 

始めは穂乃果・ことり・海未の3人から始まってほとんど観客も声援も無く、まさに完敗とも言えるスタートを切った。

 

それから1年生とにこちゃんが加わり、当時はμ'sを快く思っていなかった絵里ちゃんとの衝突を繰り返してオープンキャンパス前に絵里ちゃんとのんちゃんがμ'sに加わった。

 

メンバーが9人に揃ってからは真姫の別荘でやった合宿だったり音ノ木坂の学校祭からことりの留学疑惑の終幕までの一連の騒動だったり……秋が過ぎてからはラブライブ優勝という大きな目標を掲げて目指して全速力で駆けてきた。

 

冬になってからは最終予選で直接対決の末A-RISEを下し、そして今日みんなの悲願だったラブライブ優勝を達成することが出来た。

 

文字通り激動の1年間だった。

 

「辛かったことや悲しかったこと……いろんな事があったけど今なら胸張って言えるよ。『楽しい日々だった』って……。そーちゃんはどう?」

 

「オレも……穂乃果と同じだ」

 

穂乃果の言う通り辛いことや悲しいことも沢山あったけど、それ以上にみんなといる時間が心地よかった。

 

それほどまで感じる毎日が楽しくなかった訳が無い。

 

そんな毎日の中で常に中心にいたのは紛れもなく……。

 

「なぁ、穂乃果」

 

「ん?」

 

「少しオレの長話に付き合ってもらってもいいか?」

 

「いいよ。そーちゃんのお話は楽しいから……」

 

身体ごとこちらを向いて今から話す事を聞こうと言う意思を見せたので、少し長めの話を始めることとした。

 

「オレにはさ……好きな女の子が1人だけいるんだ」

 

「えっ!?誰!?誰なの!?」

 

女子校に通ってるとは言えやっぱり色恋沙汰の話には食い付くのはコイツも例外ではなかったらしい。

 

が、今のままではいつまで経っても話が終わりそうにないから一先ず穂乃果を落ち着かせてまた話を続ける。

 

「さっきの話には続きがあってな……。オレはそれと同時にそいつの事をすっげぇ尊敬してるんだ」

 

「……そうなの?」

 

「ああ。自分で言うのもアレなんだけどスポーツや勉強はできるけど……それでもそいつにはオレがどう足掻いたって太刀打ち出来ない物をいっぱい持ってるんだ」

 

「そーちゃんでもそんな人がいるなんて知らなかった……けど、そーちゃんが言ってる『どう足掻いたって太刀打ち出来ない物をいっぱい持ってる』人って誰なの?」

 

「ん」

 

「え……?えぇぇぇぇぇぇえっ!?」

 

まさか自分の事を話していたとは思ってもいなかった穂乃果は、指を差されてから若干間を開けてから目を丸くしつつ大声を出しながら驚いた。

 

「確かにそーちゃんに比べれば頭もよくないしドジったりするけど……!私のどこでそう思うの!?」

 

根掘り葉掘り、と掘り起こしていけばいくらでも出てくるけどまず最も輝いて見えたのは『誰よりも真っ直ぐなところ』と『周囲の人間を自分に惹き付けられるところ』……言い換えればカリスマ性と言ったところか。

 

普通自分が通ってる学校が廃校になるからアイドル活動を始めよう、なんて考え誰も浮かんでは来ない筈だ。

 

それなのに穂乃果は『学校を守りたい』という理由でアイドルグループを結成し、何度も壁にぶつかりながらもただただひたすらに真っ直ぐ突き進んできた。

 

そしてそのストレートな想いが波紋となって瞬く間に広がっていき、先輩・後輩を始めとした様々な垣根を越えて数え切れないくらい多くの人たちを惹き付けてきた。

 

「そんな穂乃果がオレの目にはとても眩しくて……魅力的に見えたんだ」

 

オレは話し終えると穂乃果の手を取ってベンチから立ち上がる。

 

立ち上がったらそのままお互いに向かい合うように立つ。

 

理性が静止を呼びかけてくるけど……そんなこと知ったことではない。

 

静かに息を吸ってから余計な装飾の一切を排除したありのままの想いで言葉を紡いでいく。

 

 

 

ここからは自分の気持ちに正直になって……伝えるんだ!

 

 

「松宮 壮大は……高坂 穂乃果の事が……!」

 

 

ありのままの……この気持ちを……!!

 

 

 

「大好きです!幼馴染じゃなく1人の女の子として貴女の事が好きです!!!」

 

 

 

 

言い切った。

 

気を抜いてしまえば返事も聞かないまま膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

 

そんな情けない姿を見せるわけにも行かないので、沸騰しそうになっている頭や心臓を強引に押さえつけながら穂乃果の返事を待つ。

 

返事を待っていると穂乃果は静かに涙を流し始めるもどこか安堵と歓喜が入り混じった笑顔を浮かべながら、ぽすっとオレの腕の中に飛びんできた。

 

「……はいっ、こんな私ですがそーちゃんの彼女にしてくださいっ」

 

月明かりの下……オレたちはようやく結ばれた。

 

 

 

 

 

 

帰り道。

 

オレと穂乃果は手を繋ぎながら帰路に着いていた。

 

その途中でみんなで遊んだ日の夜にウソをついてことりと密会してたこと、そこでことりに告白されたことを穂乃果に報告した。

 

すると穂乃果から『ウソをつかれた事は感心しないけど……ことりちゃんの事謝らないであげて?』と言う有難い言葉を頂いた。

 

「それにしても……」

 

「ん?」

 

「私()()()でよかったの?……ぁいたっ」

 

らしからぬことを言い出したので繋いでいない方の手で穂乃果の頭に向かって軽くチョップを入れる。

 

「穂乃果()()()じゃねぇよ。穂乃果()()()いいんだよ。……言わせんな、恥ずかしい」

 

「えへへぇ……その気持ち、分かるよそーちゃん。そう言いながら私の事が大大だーい好きなんだもんね?このツンデレそーちゃんめ~」

 

うりうり~、と肘で脇腹をグリグリしながらからかって来た。

 

穂乃果が言ったことは事実なのだが、こうもからかわれながら言われると無性にムッと来るものがある。

 

「……夏穂さんにお願いして明日からパン抜きでピーマンと和菓子のフルコースにしてもらうか?」

 

「ひどい!そーちゃんの人でなし!!」

 

「……クスッ」

 

「フフッ……!」

 

「「アハハハハ!!」」

 

お互い涙が出るまで笑い合った。

 

そんな何気無い幸せでさえも今のオレにとっては大きな幸せだ。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございました!

次回はいよいよ卒業式です。


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The Last Episode 卒業式

いよいよやって来た卒業式。

ですが、前半は壮大くん側ですのでご了承ください。

では、どうぞ!!


「おはよ、壮にぃ」

 

「壮大さん、おはようございます!」

 

「おはよう雪穂、亜里沙ちゃん」

 

穂乃果の家に泊まった次の日の朝、オレはハンガーにかけて持ち込んでいた制服のブレザーを羽織って学校指定のネクタイを締めながら階段を降りていくと雪穂と亜里沙ちゃんがいたので挨拶を交わす。

 

「……穂乃果は?」

 

「穂乃果さんならついさっき学校に行きましたよ?」

 

「朝だっていうのに結構騒いでったろ?」

 

「うん。『出来た』って何度も言いながら降りてきたしね……」

 

何というか……ある程度予測はしていたけどそこまで騒いで行ったのか。

 

実は穂乃果は卒業式までのカウントダウンが片手で数えられる辺りから送辞について悩んでいて、とうとう昨日になって『そーちゃん手伝ってぇ~……』という何とも情けない声でヘルプを要求してきた。

 

ホントは『自分で考えろ、このおバカ』って言いたかったけどそれが出来てたら苦労もしていないので泊まり込みで送辞の文章を一緒に考えていた、って訳だ。

 

お陰さまで絶賛寝不足だ。

 

「おろ?2人ともその格好は……」

 

重たい瞼を擦っていると普段の雪穂と亜里沙ちゃんとはちょっと違うことに気がついた。

 

「うん。音ノ木坂に合格したから亜里沙と試しに制服着てるんだ!」

 

「亜里沙、音ノ木坂に入れてとても嬉しいです!」

 

亜里沙ちゃんは音ノ木坂に入れる事を嬉しくて目を輝かせながら、雪穂はまだ着慣れていないため少し照れ臭そうに音ノ木坂の制服に身を包んでいた。

 

「ふ~ん……、2人とも似合ってるよ」

 

「ありがとう、壮にぃ」

 

「ありがとうございます!壮大さん!」

 

その後、高坂家の食卓の上に並べられた自分の分の朝メシを食べてからバッグを持って玄関を出た。

 

立華高校の卒業式も今日行われるので、それに出席するためだ。

 

「おはようございます夏穂さん。行ってきます」

 

「おはよう壮大くん。行ってらっしゃい」

 

店の前で打ち水をしていた夏穂さんに見送られ、自転車に跨がって立華高校に向かってペダルを漕ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「……すみません校長先生。私の中で衝撃が強すぎて理事長先生のお願いされて事を忘れてしまったのでもう一度仰ってくださいますか?」

 

学校に着いてクラスメイトと駄弁っていたところでまさかの校内放送にて呼び出しを喰らってしまった。

 

しかも呼び出し先が職員室でもなく……校長室。

 

クラスメイトはおろか道行く在校生みんなからの突き刺さるような視線を浴びながら校長室に入り、校長先生から頼まれた事を聞いて思わず聞き返してしまうくらいの衝撃度だ。

 

「キミには在校生代表として送辞を読んで貰いたいのだよ」

 

ナイスミドルと言われてもおかしくないくらい渋い容姿から真逆とも言える楽しいことやサプライズが3度のメシよりも大好きな校長先生の性格をほぼ完璧に知っていても全くもって訳が分からない。

 

「送辞って生徒会長がやるモンじゃ……」

 

「その現生徒会長から『大好きな声優さんのミニライブに行って全力でコールをし過ぎて声を枯らしてしまった』という連絡があってね」

 

「やっぱりウチの生徒はクレイジーな奴ばっかですね」

 

送辞が出来ない理由がインフルエンザとか骨折して入院したとかならまだ分かるが、自分の好きな声優さんのミニライブに行って声を枯らす辺り立華高校(ウチ)の生徒だと改めて実感した。

 

その事で笑い合ってると校長先生は笑いや冗談もなく、キッとした真面目な顔付きになる。

 

「別に固く考える必要はない。キミがこの1年で学んだきたことをありのまま伝えればいい」

 

「……知ってたんですか?」

 

「校長先生には生徒の行動を知る事ができるライセンスをデフォルトで備わってるだけさ」

 

フッ、と小さく笑うとクルリと背を向けて窓の外を見始めたのでオレは校長室を後にした。

 

 

 

 

 

~Side 部長~

 

卒業式が始まる。

 

プログラム通りにつつがなく進行していく。

 

そしてついに残すは送辞と答辞になった。

 

そういえば送辞を述べるはずだった現生徒会長は前日に声を潰してしまって代役を立てた、と風の噂で聞いたのだが一体誰になったのだろう。

 

『在校生送辞。在校生を代表して松宮 壮大さんお願いします』

 

松宮が大きな返事をしてから登壇する。

 

ブレザーの裏ポケットから送辞が書かれているであろう羊皮紙を広げ、マイクのスイッチを入れて話し始めた。

 

 

「送辞。

 

3年生のみなさんご卒業おめでとうございます。

 

先輩たちとは私たちが入学してから約2年間を共に過ごした仲です。

 

先輩たちは妙にアグレッシブな人が多くて入学したての頃は圧倒されてばかりの毎日でしたが、今ではすっかり私たち在校生もすっかり立華の色に染まってしまいました」

 

 

在校生を始めとした参加しているみんながクスクス笑っていると、送辞が書かれているであろう羊皮紙をクシャクシャに丸めた。

 

突然の行動にみな目を丸くし、壇上の松宮に注目を集める。

 

 

 

「ここからは私個人から学んだことを卒業生のみなさんにお話しします。

 

私には幼馴染がいて、その幼馴染が通う学校が昨年の今頃辺りに廃校の危機に晒されていました。

 

みんな廃校すると言う事実に直面し、どうすることもできない状況の中私の幼馴染の1人が『スクールアイドルになって廃校を阻止してみせる!』と宣言しました」

 

 

きっと松宮はμ'sのリーダーのことを話しているのだ、と俺にはすぐ分かった。

 

 

「そこからは数多くの困難を乗り越え、立ちはだかる壁を1つずつ壊していき、見事廃校を阻止することができました。

 

そこで私は『立ち向かっていく勇気』を知りました。

 

……私も含めてみなさんもこれから生きていく上で数多くの困難がみなさんの前に立ちはだかるはずです。

 

ですが、そこで諦めたら何の意味もない。

 

私たちにとって先輩たちは特別な存在であり、身近な目標でもあります。

 

壁にぶつかっても難なく壊し、私たちが同じ壁にぶつかったとしても『どうした?この程度の事も出来ないのか?』と鼻で笑っていてください。

 

私たちは偉大な先輩たちの背中を追いかけていきます!

 

そしてすぐに先輩たちに並び、追い越します!!

 

だから!!いつまでも私たちの前に立ってその背中で私たちに語り続けていってください!!!」

 

 

 

そこで言葉を切り、不適にニヤッと笑った。

 

「在校生!!起立!!!」

 

松宮の合図で在校生みんな俺たち卒業生がいる方向を向いた。

 

 

 

「礼!!!」

 

 

 

『3年間お疲れさまでした!!ありがとうございました!!!』

 

 

 

松宮の気合に在校生全員で全力で頭を下げ、卒業生を讃えた。

 

松宮は笑顔で送辞を終え、壇上から降りた。

 

そしていよいよ俺たち卒業生の答辞が始まる。

 

 

「松宮くん、いい気合だったわ。

 

みんなもいい目だったわ。

 

全員私たちの後輩として恥じない人物になったわね」

 

 

羊皮紙を広げず、顔を前に見据えて話している辺り元生徒会長もほぼアドリブで松宮の送辞に答えている。

 

 

「この学校はとてもいい学校だった。

 

身内贔屓かもしれないけど……私はそう確信している。

 

最初は『みんな頭のネジおかしいんじゃないの?』って思ってたけど、住めば都なんてよくいったものだわ。

 

一緒にバカやれる同輩、私たちのノリに平然とついてきてくれる後輩、それを理解した上で私たちよりも子供みたいになる先生たち。

 

そんな素晴らしい人たちがいたこの学校が私たちは大好きだった」

 

 

フッと笑顔になるが、すぐに険しい顔付きになる。

 

 

「でも、私はもう2度とこの学校に帰ってくるつもりはない。

 

みんなも2度と帰ってくるつもりはないと思うわ」

 

 

その言葉に俺たち卒業生全員が頷いた。

 

 

「私たちはタイムカプセルは埋めない。

 

ここに帰ってくるべき理由は作らない。

 

……ここでの思い出は濃すぎるから。

 

気を抜けばいつまでもここでの思い出に浸っていられる。

 

それくらい……素晴らしい場所だから。

 

だから私たちは帰らない!

 

絶対に!過去を振り返ったりしないッ!!」

 

 

 

再び卒業生全員が頷く。

 

もちろん俺もその内の1人だ。

 

 

「私たちの背中を追いかけていく?

 

上等よ!

 

私たちは逃げも隠れもしない!!

 

アンタたちにとびっきり分厚い壁も用意してあげる!!

 

私たちが壁の向こう側で楽しそうにしているのを壁の前で耳を当てて聞いていなさい!

 

それが嫌なら……!」

 

 

そこで大きく息を吸って目の前の在校生代表を睨みつける。

 

そして……、

 

「私たちを超えてみせなさいッ!!!」

 

そのあまりの音量にマイクは機能せず、体育館は静まり返る。

 

「返事は!?」

 

『押忍ッ!』

 

「声で負けてるんじゃないわよ!!!」

 

『押ォォォォォォ忍ッッ!!!』

 

 

Side out

 

 

 

 

送辞・答辞が終わったあとはあっけないものだ。

 

在校生から卒業生へ、卒業生から在校生へそれぞれ歌を歌ってから校歌を歌って退場。

 

本当にあっけないものだ。

 

ブラスバンドのBGMと共に感動の退場。

 

卒業生で泣いている人は1人もいなかった。

 

卒業生の出待ちをしている各部活の在校生たちも記念の花束や色紙を持っておらず、胴上げでキャッチできなかった時のためのマットを持っている始末だ。

 

「よっ、送辞お疲れ」

 

「……部長は胴上げに混ざらなくていいんですか?」

 

「1番最初にやったからな。硬式野球部と柔道部のパワーはすげぇぞ?何せ2階まで放り投げられたからな」

 

後ろから『どっせぇぇぇぇいっ!!』って掛け声と『ちょっ!?3階まで行きそうなんだけど!?』って悲鳴が聞こえてきている。

 

「音ノ木坂に行くのか?」

 

「はい。1年間ずっと一緒に過ごしてきた3年生メンバーの顔を見せに行かないといけないですから」

 

「……そうか」

 

__お兄ちゃ~ん!!

 

校門の方から可愛らしい声が聞こえてきたのでそちらを見てみると、部長の妹さんが手をブンブン振っている。

 

「これでまずは一区切りだな。じゃ、またな」

 

「はい。……2年間ありがとうございました」

 

オレの横を通り過ぎていく部長に改めてお礼を述べ、頭を下げる。

 

部長は右手をあげながらグッと握り、親指を立てて妹さんが待つ校門へ歩いていった。

 

__悪い、待たせたな。

 

__全然待ってないよ。そうだ!これからお兄ちゃんの卒業祝いしようよ!

 

__おっ、いいなそれ。

 

部長兄妹の会話が聞こえなくなるまで黙って見送り、それからオレはみんながいるであろう音ノ木坂学院へ向かった。

 

 

 

 

 

 

静まり返った音ノ木坂学院に足を踏み入れ、みんなの姿を探す。

 

校門付近にもいないし部室にもいなかった。

 

ってことは屋上か……?

 

屋上に続く階段を上がり、ドアを開けるとみんながいた。

 

「みんな、お待たせ」

 

みんなオレの事を待ってたみたいで、その表情は晴れやかだった。

 

「そーちゃんも来たところで……行っくよ~!!」

 

穂乃果は水を含ませたモップを持ち、屋上の床に何かを書き始めた。

 

最初は何を書いているのか分からなかったけれど、モップが通った後の水のお陰で何を書いたかすぐに分かった。

 

「出来た!!」

 

穂乃果が書いたのは……とても大きな『μ's』という文字だった。

 

「でもよ、この天気じゃ……」

 

「すぐ消えちゃうわよ?」

 

快晴とも言えるこの天気じゃ水もすぐ乾くのでこの文字も当然すぐに消えてしまうだろう。

 

だが、穂乃果は首を振った。

 

「それで良いんだよ。それで……」

 

穂乃果の意図を読み取ったみんなは『μ’s』の文字に向かって姿勢を正す。

 

そして……。

 

 

 

___……ありがとうございました!!

 

 

 

 

 

最初に動いたのは真姫だった。

 

海未、ことり、絵里ちゃん、にこちゃんと次々に屋上を後にする。

 

オレもみんなに続いて屋上を後にしようとした瞬間、信じられないものを目撃した。

 

それは……1年間過ごしてきた数多くの思い出がうっすらと映し出したものだ。

 

海未が穂乃果に注意してことりが抗議する穂乃果を宥めたり、にこちゃんと真姫が口論となって凛ちゃんが間に入って笑っていたり、花陽ちゃんが絵里ちゃんとのんちゃんに見守られながら片足バランスをしていたり……。

 

そんな映像が『μ's』の文字が春の日射しで自然蒸発されると共に空気と一緒に消えていった……。

 

それを見届けてからバケツをオレが、モップを穂乃果が持って屋上から出る寸前にまた何処からか声が聞こえてきた。

 

(ねぇ。そーちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん……)

 

((うん?))

 

(……どうした?)

 

(やり遂げようね、最後まで……)

 

「穂乃果」

 

「……うん」

 

 

 

「「やり遂げたよ(な)、最後まで……」」

 

 

 

 

 

 

オレたちは校門に場所を移し、いよいよ絵里ちゃんたちは音ノ木坂学院を後にしようとしていた。

 

が、何故か絵里ちゃんたち3年生と凛ちゃんと花陽ちゃんがオレの目の前で1列になって並んでいた。

 

「実は壮大にお願い事があるんだけど……聞いてくれるかしら?」

 

「内容によりますけど……」

 

何をお願いされるんだろう?と思っていると、目の前の5人は笑い合ってから話し始めた。

 

「壮大。私と……」

 

「ウチと……」

 

「にこと……」

 

「凛と……」

 

「私と……」

 

「「「「「友達でいてくれますか……?」」」」」

 

「フッ…!フフッ……!!アッハッハッハッハ!!!」

 

「……壮大?」

 

絵里ちゃんたちのお願い事を聞いてオレは思わず笑ってしまい、絵里ちゃんたちを困惑させてしまった。

 

「すみません。無茶なお願い事をされるかと思ったら友達でいてくれるか?って……!そんなの決まってるじゃないですか!!」

 

__オレたちはもう……友達じゃないですか!

 

 

 

 

 

 

 

 

~♪

 

格好よく締めることが出来た、と思ってたら誰かのスマホの着信音が鳴り響く。

 

「あっ…。私の携帯だ」

 

「何よ……。こんな時に……」

 

「ご…ごめん」

 

花陽ちゃんは携帯をポケットから取り出師、スマホを操作していく。

 

すると花陽ちゃんは驚きの声を上げた。

 

「えっ!?嘘……えっ?ええええぇぇぇぇ!?」

 

「花陽……!?」

 

「どうしたのよいきなり……?」

 

花陽ちゃんただ事ではない驚きようにみんなも戸惑いも隠せず、絵里ちゃんや真姫が恐る恐る花陽ちゃんに尋ねる。

 

「た…!た……!大変ですぅ!!!」

 

「「「「「「「「えぇっ!?」」」」」」」」

 

「どうしたの!?」

 

「ここでは言えません!今すぐ部室に行きましょう!!」

 

花陽ちゃんは穂乃果の手を取り、また学校の方へ走って戻っていってしまった。

 

「えっ!?わっ!わわわわっ!?」

 

「ちょっと…何なのよ!いきなり!」

 

突然の出来事に戸惑いを隠せていない絵里ちゃんだったが、のんちゃんは面白そうに笑ってから花陽ちゃんの後を追いかけ始めた。

 

「なになに~!?ウチにも教えて〜!!」

 

「大変です〜っ!!」

 

「今度はなんですか!?」

 

「にゃーっ!」

 

「まだ終わってないってこと!?」

 

のんちゃんの後に続くように海未、凛ちゃん、ことりの順に走り始める。

 

「何それ!?意味分かんない!!」

 

「行って確認して見るしかなさそうね!」

 

「ちょっと!!仮にも今日卒業式だったのよ!?」

 

真姫、にこちゃん、絵里ちゃんも校舎へ戻っていき校門付近にはオレ1人が取り残されてしまった。

 

「………オレにも見せてくれぇぇぇぇえっ!!!」

 

先に走っていったみんなに追い付け、追い越せの勢いで再び静まり返った音ノ木坂学院の校舎の中へ戻っていった。

 

 




これにて『ラブライブ!~Miracle and Track~』の『本編』は終了となります。

次回以降の更新をお待ちください。

最後まで読んでいただきありがとうございました!!!


『UA15万』と『お気に入り500記念』を先にやっちゃってから遅れに遅れた真姫ちゃん特別編をお送りします。


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The Extra Chapter そして彼女たちは伝説になる
Ex.1 突然の知らせ


お ま た せ。

待望(?)の劇場版です。




みんな部室へと走り出し、花陽ちゃんのスマホの元に届いたメールを便りに部室のパソコンで情報を収集し始めているであろうこの時。

 

オレはみんなとは別の方向へと歩きながら制服の着こなしを正していた。

 

 

 

 

 

「………オレにも見せてくれぇぇぇぇえっ!!!」

 

音ノ木坂学院と立華高校の卒業式があった日。

 

花陽ちゃんが受信したメールを見てすぐに穂乃果を連れてアイドル研究部の部室へ走っていったのをみんなが追いかけていったのでオレも追い掛けていこうとした時の事だった。

 

___ピリリリッ!!!

 

「あぁもう!誰だよこんな時にッ!!」

 

制服に突っ込んでいたスマホが鳴り響き、それがメールではなく電話であることを知らせる。

 

一旦立ち止まって電話に出ようとするが、画面に表示されていた番号は少なくともオレが知っている人物からではなかった。

 

「はい。どちら様でしょうか?」

 

『そう……私だ』

 

「……あなただったんですか」

 

『暇を持て余した……』

 

「神々の……」

 

「『遊び』」

 

「……って何やらせてるんですか、校長先生」

 

電話の相手はまさかまさかの立華高校の校長先生だった。

 

校長先生が訳の分からないボケをかましてきたので思わずノッてしまったじゃねぇか。

 

『キミは意外とノリがいいんだな』

 

「私も立華高校の生徒の1人ですからね」

 

先生も生徒もネジがブッ飛んでる人間が多い立華高校に2年もいれば誰だってボケにすぐさまノれるようになる。

 

ちなみにどこのネジがブッ飛ぶかは想像にお任せする。

 

「どうかされたんですか?」

 

『キミは今何処にいるんだい?』

 

「音ノ木坂学院の前です」

 

『なら、話が早い。大至急音ノ木坂学院の理事長室へ来なさい』

 

用件だけ伝えると校長先生はブツッ!!と乱暴な切り方で一方的に電話を切ってしまった。

 

用件を聞いてしまった以上立ち止まっていても仕方ないので目的地をアイドル研究部の部室から理事長室へ変更し、急いで向かった。

 

……っていうか校長先生はなんでオレの電話番号知ってたんだ?

 

 

 

 

 

 

 

制服のネクタイをしっかりと締め直したのとほぼ同時に着いた理事長室の重厚なドアの前に立ち、ノックを3回。

 

『はい、どうぞ』

 

比奈さんの声が聞こえたので理事長室へ入る。

 

そこには比奈さんと校長先生の姿があった。

 

「校長先生が何故ここに……?」

 

「その説明は私からするわ」

 

校長先生の代わりに比奈さんの口から説明が始まった。

 

「まずはこちらを見てもらえるかしら?」

 

比奈さんから差し出された2つの封筒を渡され、受け取って封筒を見る。

 

「エアメール……ですか」

 

海外勤務の両親から極稀に送られてくるのでエアメールの封筒自体には驚きはせず、くまなくチェックしていく。

 

赤と青と白で縁取られており、宛名はそれぞれ『Director Otonokizaka High』『Sota Matsumiya』と書かれていた。

 

差出人は『Federation of Love Live』……!?

 

まさか……!!と思い、顔を上げる。

 

「察しがいいわね。これらは通称()()()()()()()からμ'sとそのアシスタントであるあなたに宛てられた手紙よ」

 

「この手紙は音ノ木坂学院卒業式の式典中に届いたらしくてね。μ'sの本籍は音ノ木坂学院(ここ)だがキミの本籍は立華高校だということで立華高校の最高責任者である私が学校を代表してここにいる、というのがキミの質問の質問の答えさ」

 

「……今ここで中身を確認してもいいですか?」

 

「えぇ。いいわよ」

 

失礼します、と声を掛けてから自分宛の手紙の封を切ると数枚の便箋と筆記体で自分の名前が刻まれたIDタグが入っていた。

 

その中から便箋だけを取り出してザッと目を通していく。

 

内容は全て英語で記されており、頭の中にインプットされている英単語を総動員させて大雑把にだけど和訳していく。

 

概要を読み始めて十数分。

 

「……随分とまた思い切った事を計画しているみたいですね」

 

ようやく読み終えたオレは今一度顔を上げ、事の大きさのあまり驚きを隠し切れない。

 

ラブライブ連盟の意向としてラブライブ第3回大会開催を早くも検討しており、会場を前回大会まで行っていた特設アリーナから球界の盟主と言える球団がフランチャイズ指定しているドーム球場へ移行することを計画を進めているらしい。

 

それと同時につい先日アメリカのテレビ局からスクールアイドルの特集とライブオファーの依頼があったらしく、ドーム開催の先駆けだと睨んだ大会事務局は第2回大会優勝グループであるμ'sに白羽の矢を立てた。

 

そしてこの一連の動きに対し、音ノ木坂学院の生徒ではないがμ'sを第2回大会において優勝に導いた功績が認められて特例中の特例で期間限定ではあるがラブライブ連盟特別派遣アシスタントとしてμ'sのアメリカ派遣の引率をしてほしい、との事だった。

 

「大会事務局側が最も恐れているのはアメリカでのライブ及びスクールアイドルPRの失敗。このライブが失敗すればドーム開催はおろか第3回大会の開催が限りなく遠いものになってしまうわ」

 

それを防ぐため派遣アシスタントとしてメンバーのメンタルを出来るだけニュートラルにしてライブの成功に導くのがオレの役割、といったところか…。

 

異国の地で浮き足立ってる常態でライブをやったところで失敗するのが目に見えている。

 

だから大会事務局はオレを派遣アシスタントとして海外ライブを行うμ'sメンバーをサポートしてやれ、ってのがあちら側の意向らしい。

 

「校長先生」

 

「行ってきなさい」

 

「……へっ?」

 

本題を切り出す前に校長先生がGOサインを出したので、自分でもどうやって出したのか分からないくらいすっとんきょうな声が出た。

 

「いいんですか……?」

 

「キミが彼女たちの支えとなっていた事は私も知っているよ。だから今のキミに求められているのはスクールアイドルの良さを全世界に伝えようとする彼女たちを支えること……なら、キミがやるべき事は1つしかないだろう?」

 

__キミもμ'sのみんなと一緒にアメリカに行ってきなさいライブの成功に導く事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、遅くなった」

 

「そーちゃん!大変なことが起きたんだよ!!」

 

アイドル研究部の部室のドアを開けるとみんながパソコンに向かっていたが、ドアが開く音を聞いて真っ先に反応した穂乃果が興奮冷めやまぬ様子で近付いてきた。

 

「分かってる。第3回大会がドーム開催を検討してるってことだろ?」

 

「壮大はこの事知ってたの?」

 

にこちゃんがビックリした様子で恐る恐る聞いてきたが、その問いに首を横に振って否定する。

 

「いいえ?ついさっき理事長室に呼び出されて知らされました。ですが、そこで話していた事は実はドーム開催の事だけじゃないんです」

 

「……どういう事ですか?」

 

「その話の続きは私がしてもいいかしら?」

 

「お母さん?」

 

「「「「「「「「「理事長?」」」」」」」」

 

いつの間にか背後にいた比奈さんが例のエアメールを持って顔を覗かせていた。

 

「絢瀬さん。まずはこれを読んでくれるかしら?」

 

「はい……えぇっ!?」

 

「エリー?……これ本当なの!?」

 

英語に強い絵里ちゃんと近くにいた真姫が便箋を読み、驚きのあまり口をパクパクさせて言葉にならない様子だった。

 

「そう。ラブライブ連盟からμ'sへアメリカにてスクールアイドルのPRとライブパフォーマンスのオファーが届いたんだ」

 

「「「「「「「アメリカ!?」」」」」」」

 

いきなりのスケールの大きさにみんなは声を揃えて驚いた後、期待に胸を踊らせる者もいれば理解に追い付けず戸惑いを隠せない者が現れ、花陽ちゃんに至っては顔を真っ赤にしてショート寸前になっていた。

 

だが、ここで海未が疑問を挙げた。

 

「ですが私たちがアメリカに行ってる間壮大はどうするのですか?」

 

「まさかそーちゃんだけ1人寂しく日本でお留守番!?」

 

「可哀想なそーくん……かわいそーくんだにゃ」

 

「フフッ……実は壮大くんはラブライブ連盟から特例を受けて派遣アシスタントとしてあなたたちのアメリカ派遣に同行することになったのよ?」

 

理事長の話を聞いたみんなは今日一番の大声が校内に響かせた。

 

 

 

 

 

アメリカ派遣時のオレの待遇やらみんなの意思を聞いたりみんながアメリカ派遣に行く意思を見せたりして、なんやかんやあって音ノ木坂学院を出て帰る頃にはすっかり夕方になっていた。

 

「今日は何だかいろんな事があったねぇ」

 

「とても卒業式があったなんて感じじゃないよな」

 

恋人繋ぎで繋いだ手を大きく振られながら穂乃果と一緒に帰りながら今日1日の事を話す。

 

「みんなでアメリカかぁ……。楽しみだな~っ」

 

「楽しみにしてるところで悪いんだがやんなきゃいけないことあるだろ?」

 

「やらなきゃいけないこと?」

 

「最低限の英語を話せるようにならなきゃいけないだろ」

 

『英語』と聞いた途端に穂乃果の表情が苦いものになり、顔や握られている手に冷や汗みたいなものが感じ取れる。

 

逃げ出そうと恋人繋ぎを解こうとする穂乃果の手を痛さを感じさせない程度の力加減でガッチリ繋いで離さない。

 

「そーちゃん。その手を放してくれるとすごく嬉しいなぁ……」

 

「この手を放したらお前逃げるだろ?幸い手も繋いだままなんだしこのままオレの家で英会話の練習でもするか」

 

「そーちゃんの鬼!悪魔!!ドS!!」

 

「ありがとよ。最高の褒め言葉だ」

 

嫌がり駄々をこねる穂乃果をあしらいつつ家に帰ったのであった。

 

 




今回は短めに。

次回からまた通常通りの文量に戻します。


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Ex.2 アメリカへ!

最近暑いですね。

では、どうぞ!


やって来たアメリカ渡航当日。

 

結局穂乃果の英会話能力は然程上がらず、簡単な英会話を書いた単語カードを渡して何とかしてもらうことにした。

 

「ガス・電気よし、財布よし、パスポートよし……」

 

家を出る直前に忘れ物が無いかを確認し、家のカギを閉める。

 

カギを閉めてからお向かいの高坂家に顔を出す。

 

「おはようございます」

 

「おはよう壮大くん」

 

お店の出入口が開いていたのでそちらから入るとすでに夏穂さんがカウンターに立っていた。

 

家のカギを預かって貰うためにカギを手渡すが、朝の高坂家特有のドタバタした足音が一向に聞こえてこない。

 

「……穂乃果は?」

 

「穂乃果ならもう行ったわよ。あの娘今日を楽しみにしてたのかお父さんに送られて朝イチで空港に向かったわ」

 

早いな!

 

まぁでも……楽しみにしてて寝過ごすよりかはマシか。

 

「それじゃあ……行ってきます」

 

「いってらっしゃい。穂乃果をよろしくね」

 

「……はいっ」

 

 

 

 

 

空港に着いて搭乗口の近くにやって来ると全員は揃っていないけどそれぞれがリラックスした様子だった。

 

「のんちゃん。おはようございます」

 

「壮くん。おはようさん」

 

イスに座っていつも使っているタロットカードで占っているのんちゃんがいた。

 

「結果の首尾はどうですか?」

 

「心配せんでも旅立ちにピッタリのカードが出たから大丈夫や」

 

と、笑みを浮かべながら結果を教えてくれた。

 

どうやら今日という旅立ちを心配するのは杞憂に終わりそうだ。

 

占いを終えたのんちゃんと一緒にみんなのところに向かうとちょうどその時に絵里ちゃんがやって来た。

 

「おはようございます」

 

「おはようさん」

 

「壮大、希。おはよう」

 

亜里沙ちゃんが手に何かを持って話し始めた。

 

「あの…!みなさんにお守りを作ってきたんです!」

 

「私と亜里沙で作ったので気に入ってくれると嬉しいです!」

 

2人はそう言いながら、メンバーそれぞれのイメージカラーを基調としたストラップのお守りをみんなに手渡し始めた。

 

「うわぁ……可愛い!」

 

「ありがとう亜里沙ちゃん!」

 

「はいっ!どういたしまして!」

 

ことりや花陽にお礼を言われて亜里沙ちゃんはとても嬉しそうだ。

 

憧れのμ'sにお手製のお守りをあげて喜んで貰ったから作ってよかったと思っているに違いない。

 

「壮大さんもどうぞ!」

 

「オレも?」

 

「当然でしょ。壮にぃはみんなを守る大役があるんだから」

 

雪穂から紺をベースにしたストラップを手渡され、自分のスマホに付けてから2人の頭をワシャワシャ撫でる。

 

「ありがとな雪穂、亜里沙ちゃん」

 

「うん!」

 

「はいっ!」

 

雪穂たちを見送るとそろそろフライトの時間が迫ってきていた。

 

が、穂乃果はまだオレたちの前に姿を現していない。

 

「まさかとは思うけど寝坊したわけじゃ……ないわよね?」

 

「穂乃果は朝イチで空港に来てるみたいです」

 

「はい。壮大の言う通り私にも連絡もあるので来てますよ」

 

「それなら大丈夫ね」

 

海未も穂乃果からメッセージを受け取っているから空港の敷地内にはいる。

 

となると、穂乃果が行きそうな場所は……。

 

「ちょっと呼んできますね」

 

スーツケースの監視をみんなに任せて穂乃果がいるであろうところに真っ直ぐ向かった。

 

 

 

 

「よう」

 

飛行機の離着陸が見えるガラス張りの展望デッキ。

 

そこに立って飛行機を眺めている穂乃果の姿があった。

 

「そーちゃん……」

 

「もうそろそろフライトの時間だ。行くぞ」

 

「そーちゃん」

 

穂乃果を連れてみんなの所に行こうとした時、呼び止められたので後ろを振り向き『どうした?』と聞く前に穂乃果は晴れた快晴の空を見上げた。

 

「行くんだねあの空へ……。見たことない世界へ……!」

 

「楽しみか?……って聞くのは愚問だったか」

 

「うんっ!もうすっごく楽しみ!!」

 

スーツケースを持って駆け足でオレの元まで来てから並んで歩いてみんなの所に向かう。

 

「穂乃果ちゃんとそーくん来たよ!」

 

「これでやっと全員だねっ」

 

「では飛行機に向かいましょう」

 

みんなが揃ったので搭乗口カウンターにて搭乗手続きをするため海未が先陣を切って歩き始めた。

 

「みんな手荷物検査引っかかるなよ~?」

 

「「「「「「「「「は〜い!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

無事にみんなと合流し、手荷物検査をストレートでクリアしてアメリカ行きの飛行機に無事に乗り込んだ。

 

……オレ以外は。

 

「手荷物検査で引っ掛かってたそーくんすごく面白かったにゃ」

 

「そうね~。出発前に大いに笑わせてもらったわ」

 

「クッソ!何も言い返せねぇ自分がすっげぇ腹立つ!!」

 

「凛ちゃん、にこちゃん。笑いすぎだよ……フフッ」

 

ここぞとばかりに弄り、まだ思い出しては笑いを繰り返している凛ちゃんとにこちゃんにその2人を止めようとしてるけど笑いを堪えきれてない花陽ちゃん。

 

実は手荷物検査が終わり、金属探知のゲートを通過した際にいつも身に着けている金属製のスポーツネックレスを外すのを忘れていて軽めのパニック状態になってしまいそのシーンをみんなにガッツリ見られてしまったのである。

 

「それじゃみんな!速やかに席に座りましょう」

 

「決められたところに座らなかったらウチがワシワシしたるでーっ!」

 

『ワシワシ』と聞いてみんな顰めっ面をしながらに速やかに指定されて咳に座った。

 

男のオレはワシワシする箇所がほとんど無いはずだけどいつまでも立っていても仕方ないので指定されたシートに座る。

 

えっと……オレの席はっ、と。

 

「真姫か……」

 

「何よ。私の隣じゃイヤ?」

 

「そんなこと言ってねぇだろ?」

 

足を組んで頬杖をつきながら窓から見える景色をボーッと眺めていた真姫の隣のシートに座る。

 

「エコノミークラスって初めて乗ったけど意外と狭いのね」

 

「そりゃファーストクラスやビジネスクラスに比べると狭いだろうけど……みんなと一緒のクラスに乗るってのもなかなか悪くないだろ?」

 

そっぽ向いたままで返事こそしなかったけど少しだけ頬が緩んで赤くなってる辺りコイツも楽しみにしてたんだろうな……と容易に想像が付く。

 

素直じゃない幼馴染に目を向けてると機内アナウンスが流れ、機長の話が終わると同時に飛行機が離陸に向けてゆっくりと滑走路に向かって動き出した。

 

「すごいすご~いっ!飛行機が動いたよ!!」

 

「穂乃果テンション高いわね……」

 

「アイツ飛行機乗るの初めてらしいから大目に見てやってくれ」

 

「何だか今の壮大穂乃果の保護者みたいね」

 

「そうか?」

 

穂乃果のはしゃぎっぷりに隣に座る海未ももうお手上げの様子で、ことりもいつもの乾いた笑いを浮かべていた。

 

「ねぇ、壮大」

 

「ん?」

 

「……楽しみね。これからみんなと一緒に行くのを想像すると」

 

「そうだな……」

 

返事をすると同時に飛行機の滑走路を駆け抜け、何のトラブルもなく無事にテイクオフ。

 

高まる期待に胸を踊らせながら機内に持ち込んだバッグから本を取り出して読み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

不思議な夢を見た。

 

それは……どこかで見たことがある景色。

 

太陽が西に大きく傾き、全ての空間を夕焼けに染まった公園。

 

そこには少年とサイドテールの少女とグレーの髪をした少女に加え、その公園内で最も大きな木の幹に隠れてこちらの様子を窺っていた当時は名前が知らなかった黒髪の少女の計4人がいた。

 

少年とグレーの髪をした少女は公園内でその前の日の雨によって出来た水溜まりの側に立ち、水溜まりから離れたところから走ってくるサイドテールの少女の様子を見ていた。

 

サイドテールの少女は水溜まりの手前まで走ってきたかと思うと、それを跳び越えようと思いっきり踏み切って跳び上がる。

 

しかし、小さい子どもの背丈に対してかなり大きい水溜まりを跳び越えることなく着地してしまう。

 

グレーの髪をした少女は『無理だよ。今日はもう帰ろう』と言うが、サイドテールの少女は『……が跳べたからきっと出来る』の一点張りで聞く耳を持たず、少年はただただ苦笑いをしていた。

 

これで何回目か分からないチャレンジでまた助走をつけて跳ぼうとしたのだが、サイドテールの少女は走るスピードを緩めてやがて立ち止まった。

 

水溜まりの側にいた少年たちはどうして立ち止まったのか最初は理解できずにいたが、どこか遠くから何人かで合唱している歌が聞こえてきてそれを聞くために立ち止まったことを知った。

 

合唱が終わると今度はどこか優しさと暖かさが籠められた大人びた声が聞こえてきた。

 

そこで何かを言ったところで……目が覚めた。

 

何だったんたのか混乱しつつ右肩に少しの重さを感じる。

 

オレの肩を借りて眠り続ける真姫を起こさないように身に付けていた時計で時間を確認するとそろそろアメリカに着陸する時刻を示していた。

 

 

 

 

 

飛行機で約13時間。

 

長いフライトを経てやっとこさアメリカの空港に着いた。

 

みんな疲労している中でも穂乃果だけはアメリカの新鮮さで長時間のフライトでも疲労を全く感じさせずにいた。

 

オレはというと飛行機の中で1日の半分を過ごした上に、ほとんど身体を動かせなかったので空港に降り立った 時は鉛を着けてるのかと錯覚するくらい身体が重かった。

 

「……まだ身体の節々が調子悪い」

 

「だらしないわね」

 

うるせぇ。

 

真姫(おまえ)と違ってこっちは長時間のフライトに慣れてねぇんだよ。

 

さらに言うと機内で寝てる時にオレの肩を枕代わりにして寝ていたから身動きが取れなかったのも原因の1つだっていうのに。

 

「みんな入国審査窓口に行ったわよ。私たちも早く行きましょ?」

 

唆されて入国審査窓口へと向かうとそこには長蛇の列が出来ていた。

 

その最後尾に並び、審査待ちをしている間に緊張している穂乃果とことりを嗜めたりしてるうちにオレたちの順番になった。

 

最初は絵里と希が審査を受け、次に真姫とにこちゃんとことり。

 

5人ともスラスラと答え、難なく入国することが出来た。

 

海未、凛、花陽は最初は少しつっかえっかえだけど質問に答えて入国する事が出来た。

 

そしていよいよオレと穂乃果の番が回ってきた。

 

『パスポートをお願いします』

 

『どうぞ』

 

パスポートの写真と実際の顔を見比べてから審査官の質問に答え、審査が通った。

 

穂乃果が審査を受けている隣の窓口へ目を向けると審査官の質問に上手く答えられずにアタフタしていたので助け船を出す。

 

『すまない、この娘英語が苦手なんだ。代わりにオレが答えても構わないか?』

 

『英語が苦手なら仕方ないな。じゃあ……』

 

審査官が優しい目線を送りながら質問してくるので穂乃果の代わりに答えていく。

 

『審査はこれで終わりです。キミとそこのガールフレンドを含めた9人に神の御加護を……』

 

『ありがとう』

 

どうやら審査官はクリスチャンらしく胸の前で十字を切り、祈る仕草を見せた。

 

礼を言うと爽やかな笑みで見送り、次なる審査へと戻った。

 

さすがアメリカ人……やることが違うぜ。

 

 

 

 

 

「お待たせ」

 

「遅いですよ!どうしてここまで時間がかかるのですか?」

 

「海未ちゃん。ここに来て2人に怒るのはやめよ?他のお客さんもいるんだし……」

 

「ことりちゃんの言う通りや。ここは一旦落ち着こ?」

 

海未は入国審査で躓いていた穂乃果や審査を終えてもなかなか来なかったオレに対して腹を立てているが、ことりやのんちゃんが機転を効かせて海未を落ち着かせた。

 

「それじゃあ全員揃ったから行くわよ。こんなところで油売ってるわけにはいかないんだから!」

 

「にこちゃんに言われたくないにゃ!」

 

「何よそれ!どういう意味!?」

 

普段なら『そのままの意味だと思います』と言えるけど今のオレが言ったところでツッコミやイジりの集中砲火を喰らいそうなので止めておく。

 

「それじゃ入国もしたことだし……ホテルへ向かいましょう!」

 

今度は絵里ちゃんを先頭に空港の外にあるタクシー乗り場まで移動した。

 

 




関東地方も梅雨明けしていよいよスポーツで熱くなる8月がやって来ますね。

みなさん応援の準備やブルーレイレコーダー等の準備は出来てますか?

ちなみに私はまだなんの準備も出来てません。


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Ex.3 予定と見たことない譜面

穂乃果ちゃんおめでとう!

ってなわけで続きです。


「今日という今日は許しません!!あなたのその雑で大雑把でお気楽な性格がっ!どれだけの迷惑と混乱をっ!!引き起こしていると思っているのですかっ!!!」

 

海未はすごい剣幕で怒鳴り、その声量はドアを越えて廊下や隣近所の部屋にまで聞こえてるんじゃないかってくらい大きい。

 

もしかしなくても今までで一番怒っている。

 

こうなったのも全て謝り倒しているコイツのせいだ。

 

「海未ちゃんごめん!ホンッッッットごめん!!!」

 

そう……穂乃果だ。

 

何でも絵里ちゃんから渡されたメモに書かれてた宿泊先のホテルのスペリングを間違えてしまっていたらしい。

 

そうとは気付かずに海未とことりと凛ちゃんを乗せたタクシーの運転手さんに渡してしまい、ここじゃない別のホテルへ行ってしまったのだそうだ。

 

よくあるベタな刑事ドラマにある『あの前のタクシーを追ってくれ』なんて台詞をリアルで言うなんて思わなかった……。

 

いや、マジで。

 

「でもこうしてちゃんと着いたからいいじゃない……」

 

「それも壮大が乗っていたタクシーが私たちが乗っていたタクシーを追ってきていたからの話です!!もし壮大が追ってきてくれなかったら今頃………」

 

真姫の話に対し海未は涙ながら話し、恐怖のあまり枕に顔を埋めながら泣き始めてしまった。

 

「うぅっ……。みもっ……みもっ……」

 

めっちゃ泣いてる。

 

っていうか『みもっ』って何だよ、『みもっ』って。

 

「海未ちゃん……みんなの部屋見に行かない?」

 

「ホテルのロビーも凄かったわよ?」

 

絵里ちゃんも一緒に海未を慰めようとするが効果無し。

 

枕に顔を埋めたまま顔を横に振った。

 

「それじゃあ近くのカフェに……」

 

これも効果無かった。

 

「気分転換におやつでもどう?ホテルに来る途中でカップケーキ買ったんだ~」

 

「おぉ!花陽ちゃんナイス!」

 

どうすればいいか分からず困惑していると花陽ちゃんがカップケーキが入った箱を持ってきて笑顔で提案してきた。

 

その柔らかな笑顔でこちらもほっこりしてしまう。

 

μ'sが誇る二大天使の一人ハナヨエルの力で何とかこの場にほんわかとした空気が漂い始めた。

 

「………」

 

「海未ちゃんも食べるでしょ?」

 

「はっ!?」

 

枕に顔の左半分だけ埋めてこちらを見ていた海未に不意を突かれる形で穂乃果に声を掛けられ、小さく腹の虫を鳴らした海未は恥ずかしさから顔を赤くしてこう言った。

 

「……いただきます」

 

少しでもこれで機嫌を治してくれるといいんだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカで過ごす初めての夜。

 

宿泊先のホテルから出たオレたちは夕食と明日以降の予定を決めるためレストランに向かっていた。

 

「うわぁ……!夜の街でもすごくキレイ!」

 

「そうだね!まるで宝石みたい……」

 

穂乃果と花陽ちゃんはレストランに向かいながら、夜の街の明るさや光景に目を輝かせていた。

 

「2人ともまるで子どもみたい……」

 

「それ嫌味で言ってる?」

 

「ちっ……違うわよっ!」

 

にこちゃんに嫌味と言われた真姫は手をブンブン振って慌てて否定する。

 

夜の街を見て感激していた穂乃果と花陽ちゃんを見て素直にはそう言ったんだと思う。

 

この光景を見て感動しない人なんていないと思うんだけどなぁ……。

 

異国の地で過ごす初めての夜の景色を見ながら歩いていると目的地のレストランが見えて来た。

 

「この店であってる?」

 

「おう。合ってるぞ」

 

「ほな、さっそく入ろっか?」

 

早速店の中に入るとベルが鳴り、店員さんが爽やかなスマイルを浮かべながらやって来た。

 

『いらっしゃいませ。人数は何人ですか?』

 

『10人です。もし禁煙席が空いてるなら禁煙席を希望したいんですが……』

 

『禁煙席ですね、空いてますよ。ではご案内します』

 

店員さんはこちらの要求を飲み、禁煙席に案内してくれた。

 

案内されたのはちょうどオレたちが座れるくらいの大きくて丸いまるで円卓のようなテーブルだ。

 

その席に座り、オーダーする前に明日からの行動について決める軽めのミーティングを開始する。

 

「それじゃ明日からの予定を決めていきましょう」

 

「はいはい!私あの鉛筆みたいなビルに上ってみたい!」

 

絵里ちゃんが話し始めてすぐに穂乃果が最初に行きたい場所を言い出した。

 

鉛筆みたいなビルって……。

 

特徴的なのは分かるが穂乃果にはあのビルの正式名称は分からな……いよな、うん。

 

「そんな事より!ここに何しに来たのか分かっているのですか?」

 

「えっと……なんだっけ?」

 

「ライブです!」

 

「分かってるよ~……」

 

「大切なライブがあるのですよ?観光をしている時間などありません!」

 

街を観光したい穂乃果の意見を一蹴した。

 

海未はまだ昼間のことを引きずっているようだった。

 

「幸いにも泊まるホテルの地下にはスタジオなども併設されているみたいなのでそこで練習しましょう。外には出ずに!!」

 

「えぇ〜!?そんなぁ……」

 

地下にダンススタジオやレコーディングルームなどがあるのはホテルの案内書に書いてあったが、どうやらそこで練習すると言い出した。

 

何があっても外に出たくない、と言う意志が言葉の1つ1つに滲み出ており凛ちゃんも堪らず不満の声を上げる。

 

「大丈夫だよ!この街の人結構フレンドリーだし……」

 

「穂乃果の言うことなんて信じられません!」

 

「あぅ……」

 

穂乃果はすかさずフォローを入れたつもりだったが、海未に強く言われてしまい何も言うことが出来なくなった。

 

マズイ……このままだと一切外に出ずにダンススタジオと部屋との往復だけになってしまいそうだ。

 

せっかくアメリカに来たのに観光もせずに帰国するのだけは勘弁願いたい。

 

その念を感じ取ったのか絵里ちゃんが口を開いた。

 

「たしかに全スクールアイドルとしてこのライブ中継を疎かにする事は出来ないわね……」

 

「その通りです!」

 

だけど、と付け加えて話を続ける。

 

「どこで歌えばμ’s(私たち)らしく見えるか実際に街に出て探して回った方がいいと思わない?」

 

「そうだよ!」

 

絵里ちゃんの提案にショボーン……としていた穂乃果がパッと明るくなり提案に乗った。

 

けどまだ海未から承諾が聞けない。

 

「オレも絵里ちゃんの意見に賛成かな。朝に早く起きて練習してその後に観光がてら歌いたい場所を探すために街に出掛けるっていう形でいいんじゃないか?」

 

「それいいと思う!」

 

「壮大の意見に賛成の人~!」

 

そしてにこがそう言って手を上げながらみんなに意見を聞いてみると、海未以外は挙手した。

 

それを目の当たりにした海未からようやく承諾の意を聞けた。

 

「はぁ……。仕方ありませんね」

 

「決まりやねっ!」

 

とりあえず明日の予定は決まったので店員さんを呼んでそれぞれが食べたいものをオーダーした。

 

『お待たせしました』

 

しばらく歓談してると店員さんが明らかに主食じゃない物が運んできた。

 

「ことり?それは……?」

 

「チーズケーキだよっ♪こっちに来たら食べるって楽しみにしてたんだ~」

 

ことりがオーダーしたのはチーズケーキ1ホールでとても嬉しそうに食べ始めたけどここはアメリカ。

 

ケーキ屋で見るホールケーキより2回りほど大きかった。

 

「何か……大きくない?」

 

「さすがは自由の国やね……」

 

「それ関係あるんですか……?」

 

それからはオーダーした物が次から次へと運ばれてきて楽しい時間を過ごした。

 

けど、花陽ちゃんがメニューにライスが無くて悲しい顔をしながらコーンポタージュを啜っていた。

 

ホテルに帰ったらライスがあるレストラン調べておこう。

 

 

 

 

 

 

 

ノートパソコンにてラブライブ連盟に報告のメールを送り終え、喉が渇いたので財布をポケットに突っ込んで売店に向かう。

 

すると向かいの部屋のドアが開いた。

 

「やっほ、壮くん。どこ行くん?」

 

「こんばんは。ついさっきまで作業してて喉が乾いちゃいまして……」

 

「奇遇やね。ウチも喉乾いたから売店に行こうと思うてたんよ」

 

「それじゃ一緒に行きましょうか」

 

のんちゃんと雑談をしながら売店へ。

 

日本じゃまず見ないであろうドリンクがたくさん並んでいたが、下手に手を出すと体調を崩しかねないので飲み慣れているドリンクを選ぶ。

 

のんちゃんはどうやら真姫の分も頼まれていたみたいで2本勝っていた。

 

エレベーターに乗って自分たちの部屋があるフロアへ戻ると……。

 

『もう1度ですっ!!』

 

『ピィィ……!そーく~ん!穂乃果ちゃ~ん!!』

 

嫌に力が籠った海未の声とオレと穂乃果に助けを求めることりの声が聞こえてきた。

 

「ことりちゃん大変そうやね……」

 

「トランプでもやってるんじゃないですか?」

 

わざと負けたら負けたで海未が怒るだろうしな。

 

ことりには申し訳ないけど海未が諦めるまで相手してやってくれ。

 

「あっそうだ。壮くんまだ寝ないんやったらウチらの話し相手してくれへん?」

 

「オレは別に構わないですけど……真姫もいるのに勝手に入ってもいいんですか?」

 

「大丈夫、だいじょ~ぶ」

 

のんちゃんが大丈夫って言うんなら大丈夫か……。

 

のんちゃんたちの部屋に入ると小さい音だけれどシャワーの音が聞こえてきた。

 

「真姫ちゃん」

 

『希?どうしたの?』

 

「ジュース買ってきたよ」

 

『ありがとう』

 

「たまたま壮くんも一緒やったから連れてきちゃったけどええかな?」

 

『別に構わないわ』

 

「ねっ?」

 

信頼してくれてるのはありがたいけどシャワー浴びてる時に入っちゃったから少し申し訳ない。

 

「ほな、ゆっくりしてってな」

 

のんちゃんは鏡の前に座り、髪を1つに纏め始めたので買ってきたジュースを冷蔵庫の中に入れておく。

 

冷蔵庫の戸を閉めると上に何か置いてあったのに気が付いた。

 

パラパラと数ページを見てみると真姫が作曲するために使っているノートだった。

 

今までμ'sの面々が歌ってきた譜面が書かれていたが、最後の譜面2つを見たところでページを捲る手を止めた。

 

「……のんちゃん。ちょっといいですか?」

 

「ん?どないしたん?」

 

「この譜面見たことありますか?これとこれなんですけど……」

 

見たことのない2つの譜面が書かれていたページを見せるが、のんちゃんは首を横に振った。

 

どちらも心当たりが無いようだ。

 

それに2つ目の譜面が書かれたページの余白に小さく書かれてるオレたちの名前の意味は……?

 

「……ちょっと」

 

「っ!?」

 

突然声が聞こえたのでビックリしながらノートを閉じ、後ろを見ると首からタオルを掛けた真姫の姿があった。

 

「何してるの……?」

 

問いには答えずに持っていたノートを手渡す。

 

「ノートの中身……見たの?」

 

「……わりぃ」

 

「ごめん真姫ちゃん……」

 

態度で察したのか謝るオレたちの横を通り過ぎた。

 

「真姫……」

 

「……もしかして」

 

「いいの」

 

「「えっ?」」

 

「私が勝手にやってるだけだから」

 

真姫は質問する前に『気にするな』とだけ答え、作曲ノートを自分のバッグにしまった。

 

その後、2人が眠くなるまで雑談だったりお互いの卒業式の時の話をしたけどどうしてもあの譜面の事から頭が離れなかった。

 

 




穂乃果ちゃん誕生日編略してほの誕はやるかどうかは未定です。

では、また次回お会いしましょう。



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Ex.4 朝練と観光

遅くなってすみません。

早速ですが、どうぞ。


眩しい太陽の光がホテルの部屋に射し込む。

 

結局昨夜部屋に戻ってからノートに記されていた見慣れてない譜面の事が気になって気になってどうしようもなかった。

 

真姫には『気にするな』とは言われたけど何か特別な想いがあるのではないか、と深く考えて込んでしまった結果あまり眠れなかった。

 

時計を見ると朝練が始まる30分前だったので滞った考えと眠気を吹っ飛ばすため、気付け代わりのシャワーを浴びることにした。

 

 

 

 

 

 

シャワーを浴び終え、ランニングできるような服装に着替えてから近くの公園に行くとみんなのびのびとリラックスした様子で走る前の準備体操をしていた。

 

……2人を除いて。

 

「………」

 

まずは絵里ちゃん。

 

恥ずかしさから来る物なのかはたまた別の原因があるのか頬を赤く染め、ジト目で穂乃果とにこちゃんを睨み付けていた。

 

「?……どうかしたのか?」

 

何で絵里ちゃんが一言も喋らず穂乃果たちを睨んでいるのか分からないので、事情を知っているであろう2人に聞いてみた。

 

「実は絵里ちゃんが寝言で『おばあさま……』って言ってたのを聞いちゃって……」

 

「絵里ってば甘えん坊さんなんだからっ♪」

 

「にこ!!!」

 

「ヒィッ!?」

 

恥ずかしさのキャパを越えた絵里ちゃんがにこちゃんとの間合いを詰めようとするが、にこちゃんはオレを盾にするように後ろに隠れた。

 

うっわ、今の絵里ちゃんめっちゃ怖い。

 

心なしか白のリボンで纏めたポニーテールがツノのように見える。

 

「壮大そこを退きなさい。にこにオシオキしなきゃいけない使命が果たせないじゃない」

 

「おおお……落ち着いてください!この事はオレたち4人だけの秘密にしときましょ?勿論オレもこの事を使って脅すつもりも無いですから!」

 

「……ホントに?」

 

バブルヘッドみたいに激しく首を動かし、嘘偽り無いことを文字通り態度で示す。

 

しばらく睨まれ続けていたが、観念したように絵里ちゃんは溜め息をついた。

 

「……分かったわ。壮大に免じて今回の事は不問にするわ」

 

後ろにいたにこちゃんはホッと安堵の溜め息をつき、適当にあしらってから次なる問題へと取り掛かる。

 

「ねぇ海未……いつまでそうしてるつもり?」

 

海未は大木に隠れ、近くでいつでも走れる体勢になってる真姫の質問を無視して警戒体制に入っていた。

 

警戒するあまりキョロキョロと周りを見ているけど、その行動が逆効果になっているの気付いてるのか?

 

そんな様子を見ながら海未の元へ歩み寄る。

 

「そんなに警戒しなくてもいいんだぞ?」

 

「ですが……」

 

「昨日と違ってみんなもいるしオレも近くにいるから……なっ?」

 

安心させるように語りかけ、しばらく葛藤した後に大木の陰から出てきたのを見計らって少し強引にだけど海未の手を掴み、みんなの元へと戻る。

 

強引に繋いでおいて意外にも小さくて柔らかい海未の手にドキドキしてしまったのは秘密だ。

 

「よし!行きましょう!!」

 

「えぇ!それじゃあ行きましょう!!」

 

「出発にゃーっ!!」

 

絵里ちゃんの合図を聞いて凛ちゃんが軽快なステップを踏んだと思ったら先陣を切って走り出した。

 

「凛ちゃん元気やね!!」

 

「そうね!」

 

「よぉしっ!凛ちゃんに続けーっ!」

 

オレたちも少し遅れて凛ちゃんの後を追うようにして、公園内のランニングコースを走り始めた。

 

走っている間に吹き始めたそよ風がとても心地よく、凛ちゃんの後ろを走っていたオレはチラリとみんなを見てみるとみんなも楽しそうに走っていた。

 

視線をメンバーから周りの様子へ移してみるとオレたちのように走っていたり、夫婦でウォーキングしたりお喋りしながら犬の散歩をしたりと日々の生活を楽しんでいるのと同時に周辺の治安の良さに感心する。

 

途中すれ違うオレたちに日本語で挨拶してきたりするなど異国の人間にも友好的に接してくれるので地域みんな同じ考えを持っているんだな……と少し感慨深くなる。

 

その後も心地よいペースで走っていると広場に出た。

 

「うわぁ……!見て見て!こんな所にステージがある!」

 

凛ちゃんがピョンピョン跳ねながらはしゃいでいたので、そちらへ向かうと細部まで彫刻が行き届いた大理石で出来たアーチがある少し大きめのステージがあった。

 

「ここでちょっとしたコンサートでも開いたりとかするのかしら?」

 

「かもしれないですねぇ……」

 

絵里ちゃんの言う通りチェロやバイオリンなどの楽器を演奏する野外コンサートが定期的に開催されてるのかもしれない。

 

それだけキレイに清掃されているステージだ。

 

するとのんちゃんがワクワクした様子でとある事を提案してきた。

 

「みんなでこのステージに上ってみぃひん?」

 

のんちゃんの提案に返事をする代わりにみんな横一列になってステージに上がった。

 

みんなの髪はそよ風の風下へ向かって伸びており、思わず写真に残しておきたいくらいの絵になっていた。

 

「……ちょっとだけ踊ってみない?」

 

今度は真姫がみんなに提案した。

 

それを聞いたみんなは何も言わずそれぞれ顔を合わせてニコッと笑う。

 

どうやらみんなの答えは一致しているようだ。

 

「そーちゃん。いいよね?」

 

代表して穂乃果が聞いてきたので、何も言わずにGOサインを出す。

 

『こんにちは!』

 

「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」

 

みんなそれぞれ踊り始めようとすると、現地の人だろうと思われる3人の若い女性の方がいた。

 

3人は穂乃果たちが今からやろうとしている事に興味を持っているような目をしていて、真ん中に立っていたブロンドの娘が流暢な英語で質問してきた。

 

『あなたたちは日本人なの?』

 

「イエス!ウィーアー、ジャパニーズ…スチューデント!」

 

その本来の英語の口調に対して、穂乃果は片言の英語で答える。

 

するとすぐに隣にいたショートカットの子が尋ねてきた。

 

『何のパフォーマンスをしようとしてたの?』

 

少しネイティブが入った英語で聞かれ、穂乃果や他のみんなでさえも何を言っているのか分からない様子だった。

 

「……なんと言っているのですか?」

 

「とりあえず怒ってはないみたいだけど……」

 

「……それは見れば分かります」

 

……仕方ない。

 

穂乃果の代わりに答えようと口を開いたところで意外な人物が穂乃果に聞かれた質問に答えた。

 

『私たちはμ'sっていうスクールアイドルなの!』

 

『スクール……アイドル?』

 

のんちゃんだ。

 

のんちゃんも現地の人に負けないくらい流暢な英語で質問に答えた。

 

初めて聞いた言葉だ…といった驚いた表情を見せる3人だったが、初めに質問してきたブロンドの娘が笑いながら話した。

 

『何か面白そうね!』

 

『今日本ではスクールアイドルが有名なんよ』

 

『へぇ~!次日本に行くときまで勉強しておくよ!』

 

その後も軽く雑談してから彼女たちは『楽しんで行ってね』『いろいろ見て行ってね』と言い残し、どこか行く場所があるのか立ち去っていった。

 

後ろ姿が見えなくなるとことりと凛ちゃんがのんちゃんの英会話能力について褒めており、当の本人も少し照れ臭そうにしていた。

 

「そろそろ軽く練習しようか。……穂乃果?」

 

「ふぇっ?あっ……、ごめんごめん。ちょっとボーッとしてて……」

 

少しボーッとしていた穂乃果は自分を律するように両頬を叩いて気合いを入れ直し、改めてステージに立った。

 

「よぉしっ!それじゃそーちゃんよろしく!!」

 

「あぁ!!」

 

アメリカの空気に馴染むようにリズムを取り、アメリカの空気に溶け込むようにみんなは楽しそうにステージの上で踊り始めた。

 

 

 

 

 

 

練習を終え、シャワーを浴びてとある物と外出できる準備とを整えてから朝メシを済ませてフロントにカードキーを預けてからロビーで待っているとチラホラとだけど揃って来た。

 

レストランのテイクアウトコーナーに置かれていたコーヒーを飲み終え、みんながいるところへ行くと穂乃果が待ちきれない様子でその場でウズウズしていた。

 

「最初にどこに行きましょうか?」

 

「やっぱり……自由の女神像かな?」

 

「それがいいにゃ!!」

 

ホテルから出てから行き先を聞いてみると自由の女神に行きたいと提案したのはことりで、凛ちゃんが賛成するようにはしゃぐ。

 

「他に意見はありませんか?」

 

「まずは自由の女神を見に行きましょ。時間はたっぷりあるんだから!」

 

にこちゃんが言ったことに同意するようにみんな一斉に頷き、異議は無いようだ。

 

「それじゃ自由の女神像に行きましょうか!」

 

「「「「「「「「「は~い!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

「ハハッ、まさかここまでとは……」

 

「そうですね。大きいことは知ってましたが……」

 

呟きを海未が拾って同意してくれた。

 

電車やフェリーなどを使って自由の女神像の足元までやって来たオレたちは目の前にそびえ立つ巨大な自由の女神を見たみんなは驚きを隠せず、オレも思わず笑いが込み上げてくる。

 

「ここで来た記念としてみんなで写真を撮りましょ!」

 

「いぇ~いっ!」

 

絵里ちゃんが言い出す前に既に穂乃果はことりにカメラを持たせてポーズを決めて写真を撮って貰っており、他のみんなも女神像をバックにして写真を撮っていた。

 

オレもそんなみんなの様子を少し離れたところからカメラやスマホに収めていく。

 

ある程度時間が経つと穂乃果がオレの元に近付いてきた。

 

「どした?」

 

「そーちゃんも一緒に撮ろっ!」

 

オレの手首を掴んでみんながいる輪の中へ引っ張られながら加わった。

 

どうやら集合写真を撮るみたいで現地の人にカメラやスマホを渡したところにオレが合流したみたいだった。

 

「みんな~!そーちゃん連れて来たよ!」

 

「壮くんは真ん中決定やね!!」

 

「そーちゃんの隣もーらいっ!」

 

「ことりももーらったっ!」

 

「あ~っ!2人ともズルいにゃーっ!!」

 

キャイキャイ言いながらどのポジションで撮って貰おうか決めていっている様子を見たり聞いたりしてると女子校の先生ってこんな感じなのかなぁ……と勝手に女子校が勤務先である男の先生に心の底から同情する。

 

『それじゃ撮りますよ~』

 

「せ~のっ……」

 

「「「「「「「「いぇ~いっ!」」」」」」」」

 

__パシャッ!!!

 

撮ってもらったお礼をみんなで言ってからすぐにグループのチャットで今の写真が添付されたメッセージが来た。

 

みんないい笑顔で写っており、あまりにもいい写真だったのですぐに今の写真をトップ画面になるように設定した。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

私事ですが久々に実家に帰りました。

地元のサマースキー大会や駅伝大会に出たりして充実した帰省になりました。

高校を卒業して以来会ってなかった仲間たちに会えて嬉しかったです。

実家に帰れる時は帰った方がいい、と思い知らされた帰省でした。


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Ex.5 ワクワクする理由

自由の女神像を後にしたオレたちは一旦昼メシを取ることに。

 

みんなもそれぞれ食べたい物を注文したのだが、想像していたよりも1サイズ大きいものが出てきた。

 

食べられるだけ食べ、残った物はオレが責任持って食べ尽くすというスタイルで各々空腹を満たしていった。

 

そんな中、ことりはまたしてもチーズケーキ1ホールを注文していてサクサク食べ進めていた。

 

「美味し~い!」

 

「ことりちゃん……またそれ食べてるの?」

 

「うん!今ならチーズケーキならいくらでも食べられる気がするよ!」

 

ことりが幸せそうにチーズケーキを食べてる一方でオレは自分で注文したサーロインステーキに格闘していた。

 

「……もぐもぐ」

 

「壮大くん大丈夫?眉間にシワが寄ってるよ……?」

 

いつの間にか眉間にシワを寄せていたらしく花陽ちゃんは不安そうに心配してくれたのだが、オレが苦しんでいるのは量じゃなくて肉の固さ。

 

噛み切れるような柔らかさじゃなく何回も何回も咀嚼しないと飲み込めないくらい固い。

 

ことりがチーズケーキを完食したと同時にオレも肉を食い終えた。

 

やっぱりウェルダンじゃなくてミディアムレア注文しとけばよかった……。

 

 

 

 

 

 

顎に疲労を感じながらもやって来たのは中心街。

 

みんなであれこれ言いながら歩いていると真姫が近くの店から出てきて、その手には何か飲み物が入った容器が握られていた。

 

「……シェイクか?それ」

 

「スムージーよ」

 

「味は?」

 

「トマト味」

 

「お……おう。そうか」

 

スムージーでもトマトを選ぶなんてこいつはホントブレねぇな……。

 

ずっと見ていたら『飲んでみる?』と聞かれたけど丁重に断りみんなの後ろについていくと、ことりが行ってみたい場所についてみんなに聞いていた。

 

「そーくん!ちょっと行ってみたい場所があるんだけどいいかな?」

 

「みんながいいって言うんならいいんじゃないか?」

 

「わ~いっ!」

 

今にもスキップしそうなくらいルンルン気分になったことりはさらに足取りが軽くなり、先頭に立ってリードし始める。

 

ぶっちゃけ言うとことりが行きたい場所の検討はついている。

 

そしてことりが行きたい場所……服屋に着いた。

 

店内に入ってみると少しばかり高級感が漂う服の店だった。

 

「「おぉ……っ!!」」

 

「う~んっ!2人ともかわい〜!」

 

店内に入って早速我らの衣装担当の力を遺憾無く発揮し、穂乃果と海未の服装をコーディネートしていた。

 

「変わった服だねぇ」

 

「こんな服装恥ずかしすぎます……」

 

ジーンズに白のロングスリーブのシャツの上に黒いジャケットを着込み、赤いスカーフを巻いていて黒のニット帽を被った穂乃果はその場でクルリと回ってみせた。

 

一方海未はというと……パールのネックレスを身に付け、白地のワンピースの裾を両手できゅっと握って顔を真っ赤にさせていた。

 

「似合ってるぞ。海未」

 

「そうですか?」

 

「……むぅ」

 

「もちろん穂乃果も似合ってるぞ」

 

「えへへぇ……。そーちゃんに褒められた」

 

先に海未の着こなしを褒めてしまったので穂乃果がみんなに気づかれないくらい小さくだけどむくれてしまったので、フォローも忘れずに入れておく。

 

その後はというとみんなの着せ替えファッションショー状態になってしまったので、外の空気を吸いに一旦店から出るとのんちゃんが手に持っている物を投げようとしているところを見てしまった。

 

「のんちゃん?いったい何を投げようとしてるんですか?」

 

「にこっちの靴?」

 

いや、何で疑問系なんだ?……って気にするのはそこじゃねぇ。

 

「何でまたにこちゃんの靴を投げようと……?」

 

と、質問するとのんちゃんは近くの電線を指差したのでそちらの方向を目を凝らして見てみると電線には靴が何足か引っかかっていた。

 

確かシューフィティ……だったかな。

 

でもにこちゃんの靴を投げさせるのはいくらなんでもにこちゃんが可哀想だ。

 

なのであらかじめ用意していた荷物からスニーカーを取り出し、のんちゃんに渡す。

 

「のんちゃん。にこちゃんの靴投げるならこれ投げてください」

 

「これは……?」

 

「オレが2年に上がる前まで履いていたスニーカーです」

 

「これ投げてもいいん?」

 

「はい。踵も拇趾の部分もすり減り過ぎてもう履けないので思い切って投げちゃってください」

 

「それなら思い切って行くでーっ!!」

 

のんちゃんが嬉々とした表情で電線に向かってオレのスニーカーを電線に向かって放り投げ、その間ににこちゃんが履いていた靴を本人に手渡す。

 

「ありがとう壮大。助かったわ」

 

「いえいえ。のんちゃんが来たらみんなのところに戻りましょ」

 

少し遅れてオレの使い古したスニーカーを投げて妙にスッキリした表情になったのんちゃんも合流し、みんながまだいるであろう服屋へ戻った。

 

 

 

 

 

それからはみんながそれぞれ行きたい場所を粗方回り、今は穂乃果が昨日から行きたいと言っていたビルの展望台から夜景を見ていた。

 

「これは……すごいな」

 

よく夜景で『宝石箱』や『100万ドルの夜景』に例えられる事が多いが、その言葉がよく当てはまるくらいキラキラと輝いている。

 

「ライブの時もこんな景色がライブで使えたらとても最高なんやけど…」

 

「それは言えてますね」

 

間違いなく注目度はNo.1になること間違いないだろうな。

 

するとことりが溜め息混じりで話し始める。

 

「なんだかどこの場所も良い場所でどこでライブをすればいいのか迷っちゃうね…」

 

「そうですね。最初は見知らぬ土地で私たちらしいライブが出来るのかどうか心配でしたが……」

 

「あっ……、そうか」

 

ことりと海未の何かに気付いたような声を発した人物がいて、みんながその声の正体に向かって視線を向ける。

 

みんなの視線を辿っていくとこの10人の中で唯一夜景を見続けている凛ちゃんだった。

 

「分かったよ!この街にすごくワクワクする理由が!!」

 

「ワクワクする理由って?」

 

凛ちゃんに発言の真意を聞いてみると凛ちゃんの答えはオレたちにとって予想も付かない事を言った。

 

「この街って少しアキバに似てるんだよ!」

 

「この街が?」

 

「アキバに?」

 

「うんっ!!」

 

考えもつかなかった。

 

この街が秋葉原に似ている、だなんて。

 

「楽しいことがいっぱいで!次々に新しく変化していく!!」

 

凛ちゃんは絵里ちゃんや花陽ちゃんに抱きついてみたり、じゃれついてみたり肩に寄り添ってみたりして楽しそうにはしゃぐ。

 

そして最後にことりの肩に寄り添ったと同時にことりも楽しそうに凛ちゃんの考えに同意した。

 

「実は私も少しだけそう感じてたんだ!凛ちゃんもそうだったんだね!!」

 

「うん!!」

 

「言われてみればそうかもね。なんでも吸収してどんどん変わっていく…」

 

「だからどの場所でもμ'sっぽいライブが出来そうって思えたんかな……?」

 

みんな思い思いの意見を言っているを聞きながら夜景を見ていると、上空から冷たい雫が一滴落ちてきたのを感じると同時に夜景が霞んで見えてきた。

 

「降ってきた!」

 

「ホントだ!雨だ!!」

 

「今すぐエレベーターで下に降りましょう!」

 

みんなは一斉に展望台を後にしてエレベーターでみんなと下に降りる。

 

ビルの出入り口まで戻る頃にはオレたちがいた展望台の時よりも雨が強く降っていた。

 

「雨強いですね……」

 

「傘なんて持ってないわよ?」

 

「困ったわね……」

 

天気予報でオレたちが滞在している都市では雨は降らない予報だったので、すっかりその天気予報を信じきって傘なんて持ってこなかった。

 

他にもまだまだ行きたい場所があるらしいことりは落ち込み、他のみんなも傘を持っていないみたいなので雨が止むまでここから動けそうになく途方に暮れていた。

 

「今日はもうホテルに戻った方がいいかもしれないですね」

 

「そうね……そうしましょうか」

 

突然の雨にテンションが落ちているにも関わらず、この雨の中濡れるのを覚悟で飛び出していった人物が1人。

 

「大丈夫にゃーっ!!」

 

「ちょっ!凛ちゃん!?」

 

凛ちゃんだった。

 

みんなの制止の声を聞かず、どんどん街中へ走っていく凛ちゃんを雨降っているにも関わらずみんなで追い掛けていく。

 

最初はヤケクソで飛び出していったのかと思っていたけど本人にとってはどうやらそうでもないらしく、この雨天でもさっき言っていた『楽しいこと』の1つなんじゃないかと思う。

 

気が付けば雨は止み、夜空には満天の星で輝いていた。

 

 

 

 

「………」

 

凛ちゃんを追い掛けたお陰で適度な運動になり、みんながちょうど空腹になったのでこのまま夜メシを食べようってことになったので近くのレストランに入ったのだが、花陽ちゃんがアイドルとしてやっちゃいけないような顔になっていた。

 

「花陽ちゃんどうしたの?」

 

「かよちん!にこちゃんに何か変なこと言われたの?」

 

「何もしてないわよ!?」

 

絵里ちゃんたちはホームシックかどうかを聞いていたが、みんなとこんなにも濃い1日を過ごしているのでホームシックはないだろう。

 

なにせオレはこうなってしまった原因を知っている。

 

っていうかこれだけ長い時間共に過ごしていれば原因は大体分かってくるだろう。

 

「は…ま…が………」

 

「へっ?」

 

「白米が食べたいんです!!!」

 

バァンッ!!!とテーブルを壊さんばかりの力で叩き、アメリカに来てからほとんど口にしていない日本食の名前を出した。

 

「でも、昨日の付け合わせでライスが……」

 

「白米は付け合わせじゃなくて主食です!付け合わせのライスなんて論外です!!」

 

花陽ちゃんは白米に対して熱き情熱と理想を語っているとウェイトレスさんがパンが入ったバスケットを持ってきて、パンを食べながら白米を語るという何ともシュールな光景が出来上がっていた。

 

……仕方ない。

 

これもオレの仕事のうちの1つなんだろうな、と考えながらスマホでこの辺に白米が食べられそうな店を検索してみると1件だけヒットした。

 

「……なぁ、花陽ちゃん」

 

「何ですか?はむっ……」

 

泣きながらパンを食べている花陽ちゃんに救いの手を差し伸べてみた。

 

「この辺に炊きたてでホカホカの白米が食える店あるらしいんだけど………」

 

「どこですかっ!?」

 

差し伸べられた手を掴むどころか無理矢理かつ力ずくで引き寄せるようにして食い付いてきた。

 

「どこにあるんですか!?もしその場しのぎの嘘偽りを言ったとしたらいくら壮大くんと言えどもタダじゃすみませんよ?」

 

笑顔で言ってるけど内容はめちゃくちゃ怖い。

 

やっと白米を食べられる嬉しさから来てるであろう笑顔なんだけど迫力あるし、目が笑ってないからマジで怖い。

 

「それじゃみんなもそこに行くってことでいいかな……?」

 

みんなに問いかけると一斉に頷いたことで場所を白米が食べられる店へと移動する。

 

これでオレの生命は刈り取られなくて済みそうだ。

 

そして数十分後………。

 

「やっぱり日本人は白米に限ります!」

 

さっきまで居たGOHAN-YAを後にし、白米を食べられた事に花陽ちゃんはキラキラ輝いていた。

 

いくらおかわり無料とは言え3杯も食べるなんて余程白米が恋しかったのだろうか。

 

「壮大くん!ありがとう!!」

 

「……どういたしまして」

 

でも、そのお陰でこんなにも屈託のない笑顔を見せてもらった。

 

 

 

 

 

 

が、まさかこんな出来事も一瞬で凍り付く様な出来事が待っていたなんてオレはまだこの時知る由もなかった。

 

 



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Ex.6 迷子なの?

みんなで今日という1日を話しながら歩いていると駅に着いた。

 

改札口でお金をチャージした磁気カードを読み取る部分をタッチし、駅のホームへと向かう。

 

後ろで誰かが改札に引っ掛かった音が聞こえてきて異国の地でもおっちょこちょいな人物っているんだな……って思っていた。

 

が、それで誰が引っ掛かったのかを確認すべきだった。

 

駅のホームに電車が到着してみんなで電車に乗り込み、奥の方へ進んでいくと反対側のホームにも電車がやって来たらしくゾロゾロと車両へと入っていく人混みの中で妙に見覚えのある人物の後ろ姿を見た。

 

いや、見てしまったといった方がいいだろう。

 

何故ならそれは穂乃果の後ろ姿だったからだ。

 

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

どうしよう……。

 

私は駅のホームに設置されたベンチに座り、頭を抱えていた。

 

みんなとはぐれてしまった。

 

私が乗った電車はみんなとは逆方向に進む電車だったみたいだ。

 

宿泊しているホテルの宿の名前も駅の名前も分からない。

 

英語も簡単な単語だけでまともに話せない。

 

そして最も頼りになる彼もここにはいない。

 

………ここにいても仕方ない。

 

そう決意した私は日本語が通じそうな人物を探し出すため駅を出て街に出る。

 

けど、都合よくそんな人物に出会う訳もなく私は駅に出た時の決意がどんどん揺らぎ始めた。

 

もう日本に帰れないのかな……。

 

もうみんなに会えないのかな……。

 

もう彼にも会えないのかな……。

 

最悪の事態が浮かんでは消え、消えては浮かんでを繰り返してとうとう歩く足を止めた。

 

……その瞬間何処からか歌が聞こえてきた。

 

周りを見渡すと私がいる場所から少し離れた場所にある大きな建物の横で路上ライブをしている人がいるようだ。

 

通行人たちの合間を縫ってその人の近くへ行ってみると歌っているのはどうやら大人の女の人で、透き通るような歌声に恥じないとてもキレイだという個人的な印象を持った。

 

そして私はその人の歌を聞き、気が付くと歌い終わると同時にそのお姉さんへ拍手を送っていた。

 

英語で通行人に向かって何かを話すと私を残してそれぞれの目的地へ向かって歩き始めており、その場には私とそのお姉さんだけが残っていた。

 

「……あなたは?」

 

「えっ?」

 

お姉さんはまだ残っている私の存在を不思議に思ったのか私に向かって()()()()話し掛けてきた。

 

「あっ……ごめんなさい!キレイな声だなぁ〜って思ってつい聞いてしまって……」

 

「ふ〜ん……」

 

「……?」

 

お姉さんは私のことを観察するように見るや否や口元を隠しながらクスクスと笑い始めた。

 

……なんでこの人は笑ってるんだろう?

 

私が抱いた疑問はすぐに解決した。

 

「もしかして……迷子なの?」

 

「えっ!?」

 

なんで分かるの!?

 

私が迷子になっていることを当てられ動揺しているとまたお姉さんはさっきと同じように笑った。

 

「やっぱり迷子なんだね……。ごめんね?今あなたを試してたところなんだ」

 

「酷いじゃないですか!」

 

何だかこの人の手の上に踊らされた事に悔しさを感じ、抗議するとごめんごめんと謝ってきた。

 

「でも、あなたみたいに迷子になっちゃう人たまにいるよ?」

 

話を聞く限りだと本来行きたい場所とは真逆の方向へ行ってしまい、道に迷って途方に暮れる人を何人も見てきたらしい。

 

まさに今の私の状況にピッタリと当てはまる。

 

「それで?何処に行きたかったの?」

 

「へっ?」

 

「迷子なんでしょ?私がその場所まで着いていってあげる」

 

「本当ですかっ!?」

 

思いがけない提案に喜びを隠しきれず、ついつい行きたい場所の特徴を挙げていく。

 

けど、そこまで細かく覚えている訳じゃないから『大きい駅』の『大きなホテル』に行きたいって言うとその人にカラカラと笑われてしまい、恥ずかしさが生まれてしまった。

 

けど、それだけで伝わったらしいので私はホッと一安心するように息を吐いた。

 

「それじゃちょっと待ってて。マイクとか片付けるから」

 

「はいっ!」

 

お姉さんがマイクやアンプなどを片付け始め、私は片付くまでの間ずっと待っていた。

 

何度も繰り返し路上ライブをしてきたのか手際よく片付けていき、終わるのに数分もかからなかった。

 

「それじゃあ行こっか」

 

「はい!」

 

 

~Side out~

 

 

 

先にホテルへ戻ってきたオレたちはロビーで穂乃果の帰りを待っていた。

 

絵里ちゃんとにこちゃんと真姫はオレたちより少し離れた場所に座って泣き崩れている海未の介抱を行っている。

 

「ダメ。穂乃果ちゃんのケータイに繋がらない……」

 

一縷の希望を信じて穂乃果へコールしても一向に繋がらかったらしく、ことりが首を横に振りながら戻ってきた。

 

「穂乃果ちゃん大丈夫かな……?」

 

「もしこのまま戻ってこなかったら……」

 

「凛ちゃん。そんなこと言っちゃダメやで?」

 

のんちゃんが凛ちゃんが漏らすネガティブな発言を優しく静止させる。

 

「穂乃果ちゃんは必ず無事に戻ってくる。……違う?」

 

それっきり凛ちゃんと花陽ちゃんは何も言わず、ただただ穂乃果の無事を祈るように両手を組み始めた。

 

「ことり。オレ外の空気吸ってくる」

 

「うん……分かった」

 

ことりに断りを入れてからホテルから出て、空を見上げながら深く深呼吸を繰り返していると隣にのんちゃんがやって来た。

 

「壮くん大丈夫?」

 

「……とは言いづらいですね」

 

今のオレの感情は怒りや呆れの他に情けなさや後悔が複雑に混ざり合い、不快な状態にあった。

 

『なんでチャージ残金の確認をしておかなかったのか』とか『どうしてあの時誰が引っ掛かったのか確認しなかったのか』とか……。

 

ホントは今すぐにでも探しに行きたい。

 

ここはアメリカ……日本とは勝手が違う。

 

穂乃果を探しに行って逆に自分が迷子になってしまったらそれこそ本末転倒だ。

 

探しに行きたくとも探しに行けない自分の不甲斐なさや情けなさに嫌気が差してくる。

 

「クソッ……」

 

「壮くん?」

 

「なんですか?」

 

「血、出とるよ」

 

のんちゃんに指摘されて初めて自分の右手を見る。

 

手を強く握り過ぎて爪が割れ指先からポタポタと血が滴り落ちていて、足下のコンクリートが赤黒く染みていた。

 

「壮くんが穂乃果ちゃんを心配する気持ちは痛いほど分かる。けど責任を全部背負い込まんでもええんよ?だから……待とうよ。無事に戻ってくるその瞬間まで」

 

「のんちゃん……」

 

「さっきも言ったけど穂乃果ちゃんは必ず戻ってくる。壮くんが誰よりも強く信じてあげないでどうするん?」

 

そうだ。

 

悔やんでいる場合じゃない。

 

穂乃果が無事にここに戻ってくることを祈ることだ。

 

「後はもう大丈夫そうやね。寒いし中で待ってよっか」

 

「いえ、ここで待ってます。何だかそうしたい気分なんで」

 

「そっか」

 

のんちゃんは手を擦り合わせながらホテルの中へと戻っていき、オレはホテルへと続く石段に腰を降ろして穂乃果の帰りを待つことにした。

 

穂乃果……無事に帰ってきてくれ!!

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

お姉さんと一緒に自分が宿泊しているホテルがある最寄り駅へ案内してもらっている間ずっとお姉さんとの会話に花を咲かせている。

 

何でもお姉さんはアメリカに来て5年ほど経っているらしく、この都市以外にもさっきみたいに野外ライブをやったけど何だかんだでここが一番落ち着くらしい。

 

そして昔恋人がいて今は別れてお互い連絡は取っていないけど、世界のどこかで生きてはいるらしい。

 

「あなたにはそんな人いる?」

 

「えぇ……まぁ……」

 

「フフッ!だったら大切にしないとねっ」

 

おお姉さんとの約束だぞっ、とウィンクしながら恋バナに終止符を打つと同時に電車のアナウンスが聞こえてきた。

 

「そろそろ降りるよ」

 

「はいっ!」

 

「……あっ!?」

 

突然お姉さんが慌てた様に声を上げ、表情もみるみる青くなっていく。

 

「マイク忘れた……」

 

「えっ?じゃあ……それは?」

 

お姉さんが手にしていたケースを指差すとお姉さんはしばらくケースを見つめてから小さく舌を出した。

 

「てへっ」

 

「もうっ!驚かさないでくださいよーっ!!」

 

 

 

 

電車から降り、改札を抜けると見覚えのある建物がいっぱい建っていてその歩道をお姉さんの後ろにピッタリくっついて歩く。

 

何から何までお姉さんにお世話になりっぱなしはなんだか申し訳ない気持ちになるのでマイクが入ったケースを持つことを提案する。

 

「このマイク私が持ちますね」

 

「ありがとう!助かるよ」

 

改めてホテルに向かって歩き出すとお姉さんが自分の過去を語り始めた。

 

「これでも昔は仲間と一緒にみんなで歌ってたのよ?しかも日本で!」

 

「そうなんですか!?」

 

「うん!」

 

お姉さんの事だから今の私たちみたいに楽しい毎日を送っていたに違いない。

 

「でも色々とあってね~。結局グループも終わりになったんだ……」

 

「それで……どうしたんですか?」

 

「簡単だったよ」

 

「えっ?」

 

簡単だった?

 

それはどういう事なんだろう?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを考えたら……答えはとても簡単だったよ」

 

何か分かるような……分からないような……。

 

そんな曖昧な答えが返ってきたのでその答えを見つけようと考え込んでみても見つからない。

 

お姉さんはそんな私の様子を見て小さく笑ってまた意味深な事を言った。

 

「すぐに分かるよ」

 

……やっぱりお姉さんが言ってる事は難しすぎて分からない。

 

「穂乃果っ!!」

 

お姉さんが言っていたことを理解しようと考え込んでいると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「海未ちゃん!みんなぁっ!!」

 

いつの間にかホテルの前に到着していて、出入り口前にはことりちゃん、絵里ちゃん、真姫ちゃん、凛ちゃん、そーちゃんが待っていた。

 

 

~Side out~

 

 

 

「海未ちゃん!」

 

みんなとまた会える事が一番嬉しいんだろうけど、待っていたこちら側からしてみればどんな思いをして穂乃果を待っていたか……。

 

 

 

「何やってたんですかっ!!!!!」

 

 

 

外の空気が震えるくらい大きく海未が叫ぶ。

 

「……っ!!」

 

穂乃果は悲痛な表情をする海未を見て言葉を失った。

 

海未の顔は目から涙が溢れ出ていて、右手の人差し指で拭う。

 

「どれだけ心配したと思っているのですかっ……!!」

 

「ごめん……海未ちゃん」

 

感動の再会を果たしているみんなを尻目にその場から立ち去ろうとしているお姉さんに目が行ったので、お礼を言いたくて後を追いかける。

 

「あのっ!」

 

「はい?」

 

ホテルから少し離れた場所で追い付き、お姉さんに向かって頭を下げる。

 

「あの娘を……穂乃果をここまで案内してくれてありがとうございます」

 

「そんな大した事してないよ。私の家もこの近くにあるからついでに案内しただけだから」

 

「それでも、です。お礼として足りないかもですけど明日彼女がリーダーを勤めるグループがライブをするんです。よろしかったら見に来ていただけませんか?μ'sっていうグループなんですけど……」

 

「μ's……?」

 

お姉さんにグループ名を告げると、お姉さんは難しそうな顔をしたっきり鼻の下に人差し指の側面を当てながら口元を手で隠して考え込んでしまった。

 

「……あの?」

 

「えっ!?あっ、うん。時間が空いてたら行くよ」

 

それっきりお姉さんはオレに背を向けて街並みへと消えていったのでホテルの自室へ戻るが、お姉さんが何気無くやっていた仕草がオレの中で妙に引っ掛かっていた。

 

………気にしすぎか?

 

モヤモヤした気分で部屋の前まで戻ると、穂乃果がドアの前でしゃがみこんでいた。

 

「あっ……そーちゃん」

 

「ここで話すのもあれだ。部屋、入れよ」

 

廊下で話すともう休んでる人に迷惑かかるかもしれない、と感じたオレは部屋のカギを開けて中に入るように促す。

 

部屋に入ると穂乃果はどこに座ろうか迷っていたけど、ベッドに腰掛けたので穂乃果の前までイスを持っていって穂乃果と向き合う。

 

「あんなところでしゃがみこんでどうしたんだ?」

 

「私リーダーなのにみんなにもそーちゃんにも迷惑掛けちゃって……」

 

なんだ、そんなことか。

 

「いいよ。許す」

 

「なんで?私がはぐれてからずっと険しい顔してたって希ちゃんが……」

 

「いいんだ」

 

確かに心配した。

 

やり場のない怒りで自分がどうにかなりそうだった。

 

けど、それはもう済んだ事だ。

 

「こうして無事に帰ってきたんだし、もういいだろ?」

 

「そーちゃん……ありがとう」

 

「明日本番なんだからそろそろ自分の部屋に戻ってゆっくり休め」

 

「その事なんだけど……」

 

腰掛けたベッドの上で体育座りになってみたり、両手の人差し指でツンツン合わせながらチラチラこちらを見たりして何だか落ち着かない様子。

 

……もしかして?

 

「一緒に寝たいのか?」

 

「……うん」

 

小さい声で返事をして頷いた。

 

はぁ……仕方ないな。

 

「分かった。それなら一緒に寝るか」

 

「やったっ……!」

 

一緒に寝られる事に嬉しさのあまり小さくガッツポーズする。

 

その後、シャワーを浴びてくると穂乃果はオレが使っていたベッドに入って寝てしまっていた。

 

その寝顔を見て間接照明だけを着けてノートパソコンを使って連盟宛に報告文書を送り、オレもベッドに入って眠りにつく。

 

……明日は頑張ろうな。

 

 



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Ex.7 ライブ当日

今回は短めに。


朝起きて二度寝してもなお引っ付こうとする穂乃果を何とか引き剥がし、午前中はテレビ局へ足を運び各分野の担当者の人たちへの挨拶を済ませてからライブに向けての準備をしながら一緒に行動していた。

 

『こんな演出はどうかな?』

 

『そうですね。この演出なら彼女たちの魅力を最大限引き出せると思います』

 

『OK。本番は任せておいてくれ!』

 

『お~い!次はこっちに来てくれ~!!』

 

『今行きます!!』

 

白い歯を輝かせながらサムズアップをする担当者に手を振って答え、次はステージ担当の人の元へと向かう。

 

ステージ担当の人との打ち合わせを済ませたところで一息つける時間が出来た。

 

「はぁ……。キツい……」

 

ペットボトルに入っている水を身体の中に流し込みながらライブ会場を見渡してみる。

 

ライブをするってだけでも様々な人たちが1つになって演者が気持ちよくライブできるような環境を作ってくれている。

 

こうして裏方業を初めて見たけど様々な分野の裏方の人たちがいて初めてライブとして成立できるんだな、と知ることが出来た。

 

時には衝突しそうになってる人もいるけど、それは少しでもいいライブがしたいという向上心の現れなんだと思う。

 

……オレも負けてられないな。

 

「っしゃ!!」

 

気合いを入れながら両膝をパン、と叩きながら立ち上がり次はテレビ局の打ち合わせに向けて指定されたスタジオへと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

一旦ホテルに戻ってみんなを迎えに行くとみんなの表情は明るかった。

 

「壮大くん朝から色々お疲れさま。はい、お水」

 

「ん。ありがと花陽ちゃん」

 

花陽ちゃんが手にしていたペットボトルのミネラルウォーターを受け取り、口の中を湿らせる程度の量を口に含む。

 

「ちゃんとにこの事アピールしてきた?」

 

まだミネラルウォーターが口の中に入っているのでコクコク頷いてから飲み込む。

 

「バッチリ。にこちゃん含めてみんなの事は最大限プレゼンしてきたつもりです」

 

「フフン、さすが壮大ね。褒めて遣わすわ」

 

「はっ、ありがたき幸せ。っと……みんな心と身体の準備は出来てるか?」

 

「「「「「「「「「うん!」」」」」」」」」

 

「よしじゃあ……行こうか!!」

 

9つの声がハモった心地よい返事を聞き、会場へと向かう。

 

ライブをする会場へ入ってからはみんなとは別行動で午前中顔を合わせたスタッフさんと変更点は無いかどうかの確認のための簡単な打ち合わせなどを済ませてからみんなが待つ控え室へと向かう。

 

「お~い、入ってもいいか?」

 

『ちょっと待ってください!今着替えの途中です!!』

 

海未の制止の声でドアを開けることを止める。

 

ドアを開ける前に確認取ってよかった……。

 

もしそのままドアを開け放ったらこの後ずっと頬に季節外れの紅葉を幾重にも咲かせるハメになっていたと考えるとゾッとする。

 

『入っていいわよ』

 

絵里ちゃんのOKが聞こえてきたのでドアを開ける。

 

「……こいつはすごいな」

 

「やっぱりこっちの方にしてよかったわね、ことり」

 

「うんっ!」

 

衣装作りを手伝ったと思われるにこちゃんがことりを褒め称えてクルリ、と回りながら喜びを現した。

 

「んじゃ着替え終えたところでちょっと集合してくれ」

 

みんなをテーブルの近くに集め、これからの大まかな流れを水性のペンでホワイトボードに書き込みながら説明し始める。

 

「この後オレは生放送が行われるスタジオに。みんなはエレベーターを使って屋上に設立された特設ステージへそれぞれ移動。ここまではいいかな?」

 

みんな黙って頷いたので説明を続ける。

 

「その後スタジオにて軽くμ'sの紹介などを終えてから中継の振りを穂乃果に向かって出す。そんで軽く挨拶を済ませてからいよいよライブパフォーマンスって感じだ。今までで何か質問ある人は?」

 

「その間そーくんはどこにいるのかにゃ?」

 

「スタジオでみんなの成功を祈る事になるな」

 

「ウチたちの近くで見られないん?」

 

「そうしたいのは山々なんですけどμ'sの良さを伝えるには9人に任せるのが一番かな、と思いまして。……他に質問ある人は?」

 

今度は一斉に首を振った。

 

これ以上質問がある人はどうやらいないようだ。

 

「最後に1つだけ。今回はドーム開催という日本国内の全スクールアイドルの夢が掛かった大事なステージになるけどそんなことは一先ず頭の片隅に置いといて……今までやって来たように楽しいステージにしよう!」

 

「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」

 

みんな気合十分な返事を返してきた。

 

……これならきっとみんないいステージにしてくれるはずだ。

 

オレは心の中でそんな確証を得ながらスタジオへ向かった。

 

 

 

 

 

 

日付が変わり、深夜とも言える時間帯。

 

部屋に籠ってパソコンにヘッドホンを繋いでディスプレイに向かっていたが、ある程度の見切りがついたので今開いているページを一旦閉じる。

 

「うん。これもみんな頑張ってくれたおかげだ」

 

興奮冷めやまない身体を無理矢理冷やすようにミネラルウォーターを飲みながらヘッドホンを外す。

 

結論から言うと今日のライブは大成功に終わった。

 

海外の人たちが抱いている日本のイメージを逆手に取り、今回の衣装は和服のようにしてみたのだがこれがいいようにハマった。

 

そのおかげで予想よりも遥かに反響を呼んでおり、今ライブの映像が配信されてからまだそれほど時間が経っていないにも関わらず再生数がぐんぐん伸びていっている。

 

動画のトップページにはμ'sの簡単なPR文が書いてあり、それに向けたレスもそれなりに多くそのほとんどがポジティブな内容で占めていた。

 

……そろそろシャワーでも浴びて寝るか。

 

バスタオルに手を掛けようと腕を伸ばした瞬間、スマホから着信音が流れてきた。

 

こんな夜中に電話してくるとは……。

 

思わずしかめっ面になりながらも電話に出る。

 

「……はい。松宮です」

 

『もしもし松宮くん?私よ』

 

「あぁ……アンタか」

 

電話の相手はA-RISEの綺羅 ツバサからだった。

 

『ついさっきライブ映像見たけど素晴らしいステージだったわ。掛け値なしに。それにあなたがしたスクールアイドルのPRもなかなか上手かったわ』

 

「今回のメインはμ'sであってオレはオマケみたいなモンだ。それに穂乃果辺りに電話すれば飛び跳ねるくらい喜ぶと思うけど?」

 

『今そっちは深夜でしょ?そんな寝てる時間に電話したら迷惑じゃない』

 

オレに電話するのは迷惑じゃないのかよ……。

 

まぁコイツの奔放さは今に始まったことじゃないし、もっと奔放な奴に別にいて振り回される事が多いから別にいいけど。

 

『っと、そろそろ出なきゃいけない場所があるから切るわね?帰国したらそっちの話聞かせてよねっ』

 

「ん。会えたらな」

 

『フフッ、会えなかったら会いに行くまでよ。それじゃおやすみなさい』

 

通話が切れ、今度こそシャワーを浴びれると思っていたのも束の間で今度は部屋のドアから誰かがノックする音が聞こえてきた。

 

「はいはい。今出ますよ、っと」

 

「やっほ~そーちゃん」

 

部屋のドアを開けると、廊下には穂乃果が立っていた。

 

「どうした?」

 

「えへへ……。今日もそーちゃんと一緒に寝たいな~なんて思っちゃったり……」

 

照れ笑いしながら手を後ろに組み、オレを見上げる形でおねだりしてきた。

 

けど、ここは心を鬼にして……。

 

「今日はダメ。大人しく自分の部屋で寝なさい」

 

「え~……なんで~?」

 

「なんでも。だから今日のところは我慢して日本に帰ってからにしようぜ。な?」

 

「むぅ~……そこまで言うなら」

 

初めは『納得いかない!』と言った様子で唸ってたけど理解してくれたようだ。

 

それでも納得はしていないようだけど。

 

「理解がよくて助かる」

 

「今日のところは引き下がるけど日本に帰ったらの約束は守ってもらうからね?」

 

「分かった分かった。ライブやって疲れてるんだからそろそろ寝ろよ?」

 

「は~い」

 

穂乃果は少し間延びした返事をしてから自分の部屋に戻っていった。

 

それを見て確認したオレはサッサとシャワーを浴びてから外に出てる間にメイキングしてくれたフカフカなベッドでゆっくりと眠りについた。

 

 

 




最近ホントに時間取れない。

更新スピード激減させてしまって申し訳ないです。


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Ex.8 帰国

アメリカで過ごす最終日は朝早く起きて1人で公園のランニングコースを走って朝メシを食べ、私服に着替えてからみんなとお土産を買ったり近くを観光したりと有意義な時を過ごした。

 

そして今は部屋を隅々まで確認し、忘れ物が無いかを確認する。

 

忘れ物は……無いな。

 

財布やケータイなどの貴重品もジーンズのポケットの中に入っている事を確認してから数日間お世話になった部屋のカギを閉める。

 

手荷物を持ってロビーへ向かい、チェックアウトの手続きを済ませるとみんなが荷物やお土産が入った手提げ袋を持ってゾロゾロとやって来た。

 

とうとうこの街とお別れする時がやってきた。

 

「みんな忘れ物はないわよね?」

 

「無いッス」

 

「ウチたちも無かったで~!」

 

「私たちの部屋も忘れ物はありませんでした」

 

絵里ちゃんの問いかけに各部屋の代表が答えた。

 

きっと忘れ物はないだろう。

 

みんなもそれぞれチェックアウトの手続きを済ませ、表に待たせてあるタクシーへと乗り込んでいく。

 

「私たちは壮大と一緒ですね」

 

「そーくんよろしくね~」

 

「ん。よろしくな」

 

海未とことりと一緒にタクシーに乗るとタクシーの運転手さんがどこまで行くのか聞いてきたので、来たときに降りた空港の名前を答える。

 

それを聞いた運転手さんはエンジンを掛け、アクセルを踏んで推進力を得たタクシーは動き出すと同時に猛烈な眠気が襲ってきた。

 

 

 

~Side 南 ことり~

 

 

「海未ちゃんは誰にお土産買ったの?」

 

「私は両親と弓道部のみんなにですね」

 

「そーくんは?……きゃっ!?」

 

そーくんにお土産の話を振ると私の右肩に頭を預けるように乗せてきて、すぐに規則正しいリズムを刻む呼吸音が聞こえてきました。

 

「眠っちゃってますね……」

 

海未ちゃんが苦笑いをしながらそーくんを呟きました。

 

どうやらそーくんはことりの肩を枕代わりにして眠ってしまったみたいです。

 

こんなに気持ち良さそうに寝ているそーくんを起こすのも気が引けるし、肩を枕にして眠るよりかはいいかな?と思いそーくんの頭を私の太ももへと持っていきいわゆる膝枕で空港まで寝かせてあげることにしました。

 

「ことり!?」

 

「しー……大声だすとそーくん起きちゃうよ?空港まで寝かせてあげて?」

 

「ことりがいいと言うなら止めませんが……」

 

海未ちゃんも最初こそ驚いていましたが、そーくんを起こすまいとことりに注意するのを止めました。

 

「そう言えば今回はそーくんに助けられてばかりだったね」

 

「そうですねぇ」

 

なんとか話を変えることが出来ました。

 

そーくんはラブライブ連盟から特別派遣アシスタントに任命された日から今回のアメリカ遠征やライブを円滑に進められるように計画を練ったり、アメリカでもラブライブ連盟へのメールによる定期報告や献身的なサポートをしてくれました。

 

そのおかげで今回のライブは大成功に終わり、目的のスクールアイドルとしてのPRは出来たんじゃないかなと思います。

 

でも、そーくんのサポートが無ければ今ごろどんな気持ちでタクシーに乗っていたか想像も付きません。

 

「そーくんも知らず知らずのうちに疲れを溜めてしまっていたのかな?」

 

「そうかもしれませんね……」

 

遠くから見るとチクチクしてそうで意外と柔らかい髪が頬に当たり、少しくすぐったく感じながら空港へと向かうタクシーはハイウェイへと入っていきました。

 

そーくん、ホントにお疲れさま。

 

 

Side out

 

 

 

 

 

「そーくん、起きて?」

 

「そろそろ空港に着きますよ?」

 

「んっ……?」

 

ことりと海未に身体を揺すられ、目を覚ます。

 

どうやら知らない間に眠ってしまっていたらしい。

 

まだ重い瞼を持ち上げると視界がタクシーのシートと平行にになっていた。

 

「……!?」

 

状況を理解したオレは急いで身体を起こし、ことりに謝る。

 

「ごめん、ことり!」

 

「ううん、ことりが勝手にしたことだから気にしないで。それよりよく眠れた?」

 

「そりゃまぁ……」

 

ことりの柔らかい膝枕で熟睡出来ない奴なんているんだろうか。

 

それくらいことりの膝枕は最高だった……って違うだろオレ!?

 

うぁぁ……膝枕された身なのに急に恥ずかしくなってきた。

 

あっ、でももう1度してもらいたいな……ってそうじゃない!!

 

「壮大がものすごい勢いでシャットダウンと再起動を繰り返してるんですが……」

 

「フフッ、そーくんカワイイ♪」

 

そんなこんなで空港に着いてタクシーの運転手さんに運賃を手渡す。

 

お釣りを受け取るとタクシーの運転手さんは無駄に白い歯を光らせ、物凄くイイ笑顔を浮かべて親指を下に向けながらサッサと行ってしまった。

 

大変申し訳ない気持ちになりながら空港の中へ入ると先にとうちゃくして待っていたみんなと合流する。

 

「それじゃみんな揃った事だし行きましょうか」

 

みんなで手荷物検査へと向かうが眠さと名残惜しさで足取りは重い様子だった。

 

重い足取りで手荷物の検査を行うところまで歩いていき、1人ずつ手荷物検査をしていくみんなを見ていると見慣れないケースを持っている穂乃果に目が止まった。

 

「穂乃果、それは……?」

 

「うん。迷子になった時にお世話になったお姉さんのマイクが入ったケースだよ」

 

穂乃果がいうお姉さんとはあのお姉さんの事で合っているのか?

 

マイクが入ったケースを見つめながら困った表情をしながら眉をハの字に寄せていた。

 

「これ返したかったのに……どうしよう」

 

「もしまた会う機会が来たらその時に返せばいい」

 

「うん……」

 

日本に住んでいないお姉さんとは顔を合わせる保証は何処にもない。

 

けど、近いうちにまた会える……そんな気がしたんだ。

 

「さっ、飛行機に乗り込みましょ」

 

「そうですね。みんな眠そうですし乗っちゃいましょう」

 

手荷物検査をパスし、いよいよ飛行機に搭乗する。

 

搭乗口近辺にいるゲートキーパーに飛行機のチケットを見せて、飛行機を繋ぐ通路を経由して飛行機に乗り込む。

 

オレはアメリカに来るときと同じ2人掛けの窓際。

 

「やっほ、壮くん」

 

オレの隣に乗るのはのんちゃんだ。

 

「お疲れさまでした」

 

「壮くんもお疲れさま。でも家に帰るまでが遠足やで?」

 

ニシシ、と笑いながらからかわれた。

 

オレは小学生じゃないんだけどなぁ……。

 

「どうでした?今回の旅は」

 

「ん~……いい卒業旅行にはなったかな」

 

卒業旅行という単語で思い出した。

 

今の3年生はもう卒業式を終えて1ヶ月もしないうちに次のステージに立つことになる。

 

こうしてみんなと顔を合わせて何処かへ出掛けたり、些細な事でも笑い合えるような事がなくなるんだろうな、きっと。

 

そう考えると……なんだか寂しい。

 

「そんな悲しそうな顔せんでもええよ」

 

隣を見ると彼女は気丈に笑っていた。

 

「……そんな顔してましたか?」

 

「うん。なんだか寂しいって顔しとったよ」

 

「……」

 

「ウチたちは音ノ木坂から卒業した。それは変えようもない事実なのもたしか。でもウチたちと会えない訳やない」

 

彼女は1度紙コップに入った飲み物を口に含んで飲み込んでから話を続ける。

 

「みんなとは以前よりも接する機会が少なくなるかもしれん。けど、一生会えなくなるわけやない。やろ?」

 

「そうッスね……」

 

離ればなれになるけど会おうと思えばいつだって会える。

 

そう納得して首を縦に振り、返事をする。

 

「おっ、動き出したみたいやね」

 

話し込んでいる内に飛行機の中は満員状態になり、でテイクオフの準備のため飛行機がゆっくりと動き出す。

 

「てなわけで帰国するまでよろしく頼むで~。なんならことりちゃんにされたみたいに膝枕でもする?」

 

「お断りします!って言うか何で知ってるんですかっ!?」

 

「え?だってカードがそう告げてるし……」

 

「タロット真実告げすぎィ!!!」

 

オレのクッソ情けない叫びと共にテイクオフ。

 

日本へ向けて星が輝いている夜空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

テイクオフから13時間後。

 

オレたちは飛行機から降りて日本の地に立った。

 

ベルトコンベアーで流れてきた荷物を取り、引き摺りながら外へと目指す。

 

「……身体重てぇ」

 

「またなの?ホントだらしないわね」

 

アメリカに着いた時と同様に真姫に呆れられてしまった。

 

お前は飛行機慣れしてるからそう言えるんだ。

 

「あっ、そうだ」

 

「ところで真姫ちゃん」

 

「ん?どうしたの2人とも」

 

とあることを思い出したのと同時にのんちゃんも同じように何か聞きたそうにゆっくりと真姫に近づき、真姫の耳元で何かを囁いたような気がした。

 

「曲は……出来た?」

 

「なぁっ!?」

 

奇遇にもオレと同じことを聞きたかったようだ。

 

やっぱりのんちゃんもあの後あのノートの事が気になってたんだ……。

 

「だからあれは関係ないって……!」

 

「ウチはいいと思うけど?」

 

「それについてはのんちゃんに同意だな」

 

「だからぁっ……!!」

 

「そろそろバスが来るみたいだから、みんな行きましょう!」

 

絵里ちゃんは迎えのバスが来るとみんなに告げてきたので穂乃果を先頭に空港を出ようとした……その時だった。

 

「見て見て!本物だ……!」

 

「μ’sだ…みんなカワイイ!」

 

空港からどことなくざわめき声が聞こえてきたのでそちらを見てみるとオレたちとそれほど歳が変わらないくらいの女の子がチラホラと見受けられた。

 

「穂乃果や壮大の知り合いですか?」

 

「ううん。知らないよ?」

 

「オレも見たことないな」

 

穂乃果たちもこの事に気付いたみたいだ。

 

「すごい!カワイイ!」

 

「あっ!こっち見たよっ!!」

 

「みんなカワイイ~!」

 

………どういうことだ?

 

何でオレたちは海外のスーパースターや世界大会で好成績を出したアスリートみたいな扱いをされているんだ?

 

「あの!すみません!」

 

理由を突き止めようと思っていたら、突然1人の女子高生が穂乃果たちの前に現れた。

 

「えっと…なんでしょう?」

 

穂乃果は状況を飲み込めず現れた女子高生に対してそんな風に尋ねるとその女子高生は、自分のカバンから大きな色紙のようなものを取り出してこう言ったのだ。

 

「……サインをください!!」

 

オレはその一言に驚きを隠せなかった。

 

1人の高校生に『サインをください!』なんてそうある出来事じゃない。

 

「あの……μ’sの高坂穂乃果さんですよね?」

 

「……はい」

 

「そちらは南ことりさんですよね?」

 

「はい……」

 

「そちらは…園田海未さんですよね?」

 

「……違います」

 

「えっ!?」

 

「海未ちゃん!何で嘘つくにゃ〜!」

 

海未になぜ嘘をつくのかを凛ちゃんに問い詰められていた。

 

その間に何気無く女子高生の後ろを見てみると……。

 

「何じゃありゃ……」

 

人、人、人。

 

女子高生を中心とした長蛇の列が出来ていた。

 

そしてあれよあれよのうちに即席のサイン会が始まっていた。

 

そのサイン会は5分、10分、20分と経っても一向に終わる気配がない。

 

……一体どうしたらいいんだ?

 

「すみません。あなたが松宮 壮大さんですか?」

 

どうしようか困っていたらいきなり黒いスーツにサングラスを掛けた厳つい人に話し掛けられた。

 

「えぇ。そうですが……」

 

「綺羅 ツバサ様からのお達しでお迎えに上がりました」

 

「はい!?」

 

なんでここでアイツの名前が出てくるんだ!?

 

でも、この機はありがたい話だ。

 

「みんな!キリのいいところで上がって行くぞ!!」

 

みんな今書いているサインを書き終え、オレの元へと来ると厳つい人に案内されて空港前で待っていたバスへと乗り込んだ。

 

……後でアイツから説明を聞かないとだな。

 

 



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Ex.9 帰国後騒動

お久し振りです。




黒服さんが運転するバスは音ノ木坂学院まで送ってもらい、そこからはファンの人に見つからないように穂乃果の家へと向かった。

 

「……周りには人の気配は無い。入るなら今だな」

 

周囲にファンの人がいないことを伝えるとみんなは黙って頷き、穂乃果の家へと入っていく。

 

オレは手荷物を自分の家へ置き、動きやすい服装に着替えてからみんなとまた合流しようと思った矢先に電話が鳴った。

 

ディスプレイに表示されている名は……『綺羅 ツバサ』。

 

特に何も警戒する事もなく電話に出た。

 

「はい」

 

『私よ。電話に出られるってことは空港から抜け出せたってことよね?』

 

「あぁ。お陰様でな」

 

『お疲れのところ悪いけどUTXまで来られるかしら?』

 

「奇遇だな。オレもちょうど聞きたい事があったんだ」

 

『決まりね。待ってるわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました」

 

穂乃果たちに『少し用事が出来た』と伝え、そのまま穂むらで手土産を買ってからUTXへと向かった。

 

出入口には『生徒会長』と刺繍された腕章を着けた女子生徒が来賓用のタグを持って待っており、そのタグを受け取り首から提げるように身に付ける。

 

「いつ帰国されたんですか?」

 

「つい1時間半、2時間前くらいです」

 

「はぁ……ツバサさんったら」

 

エレベーターで綺羅が待っているフロアに向かって上昇している間に聞かれたことを答えると、会長さんは頭に手をやりながら溜め息をついた。

 

何となくだけどこの人とは話が合いそうな気がする。

 

苦労してるな……お互いに。

 

心の中で会長さんに同情していると目的のフロアに着いた。

 

「この先の突き当たりの部屋にいます」

 

「案内ありがとうございました」

 

「いえいえ。では、私はこれにて」

 

会長さんは自分の仕事があるのか再びエレベーターに乗り、扉が閉まると降りていった。

 

会長さんを見送ってから言われた通り突き当たりの部屋まで行き、重厚な扉の前で数回ノックする。

 

『開いてるわよ』

 

綺羅の声が聞こえたので扉の重さを感じながら開ける。

 

「いらっしゃい。そろそろ来るんじゃないかってお湯沸かして待ってたわ」

 

「これ、お土産だ」

 

「もう少し時間掛かるから座ってて」

 

言われた通りソファーに座って来客用の背の低いテーブルの真ん中に箱に入った饅頭を置く。

 

手持ち無沙汰になってしまったのでその間に部屋を見渡してみる。

 

第1回大会の優勝旗とトロフィーのレプリカがショーケースに保管されていたが、第2回大会の最終予選の賞状は得点表と共にショーケースよりも目につきやすい場所に立て掛けるように置かれていた。

 

「はい、どうぞ」

 

湯呑みが置かれる音と綺羅の声で意識を目の前に座る少女へと引き戻される。

 

「あの時感じた悔しさを忘れないようにしてるのよ。でも、今はそんな話をしに来たんじゃないわよね?」

 

「……なんでこんな状況になったんだ?」

 

国民的アイドルグループを差し置いてμ'sのライブ映像がどこ見渡しても流れているのはハッキリ言って異常だ。

 

けれど、もしかしたら目の前にいる少女ならなにか知ってるかもしれない。

 

そう思ってここにやって来た。

 

すると彼女は手を組むように湯呑みを両手に持って話し始めた。

 

「話せば少し長くなるけど……」

 

黙って頷いて話の続きを促し、その様子を見てさらに話を進めてくれた。

 

要約すると最終予選直後はどちらかと言うとマイナスの方でもプラスの方でも盛り上がっていたが、本戦が近付くにつれてマイナスの方の声は少なくなっていったらしい。

 

そして迎えた本戦時にはA-RISEを破ったその実力を遺憾無く発揮したμ'sを否定的に見る人間はいなくなっていた。

 

次のライブはいつなのか心待ちにしていた矢先に今回のライブがあり、今現在に至るという。

 

オレたちが知らない間にそこまで盛り上がっていたのには気が付かなかったな……。

 

「そこで私が貴方に聞きたいことがあるの」

 

「オレに?」

 

「えぇ。今のあなたたちが考えなきゃいけない事よ」

 

今のオレたちが考えなきゃいけないこと……?

 

そう言われてもあまりピンと来ない。

 

「……分からない?こんなに人気が出ててしかも多くのファンの人たちに注目されているのよ?」

 

多くのファンに注目される程の人気があることを踏まえて考えなきゃいけないこと……?

 

もしかして……。

 

「次のライブ、か?」

 

「そうよ」

 

「ちょっ……ちょっと待ってくれ!」

 

制止の声を出し、話の流れを止めて考え込む。

 

絵里ちゃんたち3年生はあと十数日で音ノ木坂の生徒ではなくなる。

 

つまりスクールアイドルとしての活動は出来なくなるということだ。

 

それなのに次のライブの事を考える必要あるのか……?

 

そんな考えを見透かしていたかのように綺羅は首を横に振った。

 

「あなたたちが待ってくれと言っても世間は待ってはくれないわ」

 

「それって……?」

 

「嫌でも分かるわ。そうね……早ければ明日にでも分かるかもしれないわ」

 

明日はみんな1度学校に集まる事になっていて、オレもオレで陸上部の練習が入っているから遅れて合流することなっている。

 

まさか……いや、気にしすぎか?

 

 

 

 

次の日。

 

時差ボケから来る倦怠感と眠さと格闘しながら立華高校へと向かう。

 

校舎の中は期末テストを終え、すぐ近くまで迫ってきている春の大会に向けて練習する部活動やや春の甲子園に選ばれた野球部を応援すべくチアリーディングやブラスバンドなどでどこもかしこも賑やかだった。

 

「そう言えばお前μ'sのライブ映像見た?」

 

「見た見た!マジ鳥肌モンだったわ!!」

 

どこの部の人かは分からないが休憩中なのだろう。

 

ペットボトルのスポーツドリンク片手に歩く男子生徒とすれ違った。

 

「しかもあれアメリカでやったんだろ?」

 

「日本のスクールアイドルが全世界に広めるってすごいよな」

 

「ホントホント!それにしても()()()()()いつやるんだろうな~?」

 

「その時は這ってでも見に行こうぜ!!」

 

その後その男子生徒の声は聞こえなくなったが、オレにとってとてつもない衝撃を残していった。

 

今ここでようやく理解することができた。

 

ファンのみんながどれだけ次のライブを待ち望んでいるか、を。

 

μ'sの活動は終わることになるけどそれだとファンの期待を裏切る事に……?

 

そんな考えが過ってからは陸上部の練習中でもその事が頭から離れる事はなかった。

 

 

 

 

立華高校での練習が終わり、音ノ木坂学院のアイドル研究部の部室に訪ねるとすでにメンバー全員が集合していたが、少し空気が重い。

 

何があったのか聞いてみると穂乃果がヒフミの3人に次のライブはいつやるのかをかなり問い詰められたらしい。

 

「みんな次のライブがあるんだって思ってるんだね……」

 

「これだけ人気があれば……」

 

「当然っちゃ当然かもな」

 

「μ’sは大会をもって活動を終わりにするとメンバー以外には言ってませんでしたね」

 

海未の言う通り確かにμ’sは3年生が卒業するに当たってアイドルグループとしての活動を終わりにしようと決めた。

 

だが、あくまでそれはグループ内での話。

 

ファンの人たちに向けては1度も公言していない。

 

「でも絵里ちゃんたちが3年生だってことはみんなは知ってるんだよね?だったら音ノ木坂を卒業したらスクールアイドルは無理だって分かるでしょ?」

 

「けど、ファンの人にとってスクールアイドルかそうじゃないかって事はあまり関係ない事なんだと思う」

 

「そんな……」

 

あくまでこれはオレの中での推論でしかないけどな。

 

しかし、穂乃果はその推論を聞いて信じられないという表情を見せて絶句する。

 

「実際にスクールアイドルを卒業してもアイドル活動をしている人はいます」

 

絶句した穂乃果を見かねた花陽ちゃんがスクールアイドルとしてのその後の例を出してくれた。

 

「それはどこかのプロダクションと契約して活動を続けてるってことでいいのか?」

 

「うん。スクールアイドルじゃないからラブライブには出場出来ないけれどライブをやったりシングルCDやアルバムCDを発表している例はたくさんあるよ?」

 

「では、どうすればいいのですか?」

 

海未を引き金にみんなでどうすればいいか考え込む。

 

そして、オレは1つの結論に辿り着いた。

 

「……ライブ、やればいいんじゃないか?」

 

「「「「「「「えっ!?」」」」」」」

 

「『ステージに立たない身で何を言ってるんだ』って思うかもしれない。けど、大勢のファンの前でライブをやって今度こそはちゃんと終わることを伝えるべきなんじゃないかな、って。」

 

海外のライブが成功して注目されている今だからこそ。

 

みんなオレの考えに対して返事をすることに戸惑いを見せていたが、今まで何も言わなかった人物が口を開いた。

 

「ウチも壮くんと同じ事考えてた。ちょうどそれ相応の曲もあるし」

 

「なっ!?」

 

チラッと真姫を見ながら話し、何の事を言われてるのかを気付いたらしく止めさせようとする。

 

「ちょっと……!希!!」

 

「真姫ちゃん、いいやろ?」

 

「真姫。オレからも頼む」

 

「……っ!!」

 

オレとのんちゃんの訴えを聞き、しばらく葛藤していたが観念したのか溜め息を吐きながら制服のブレザーのポケットから何かを取り出して長机の上に置いた。

 

それは彼女のイメージカラーである赤……ワインレッドの携帯ミュージックプレーヤーだった。

 

「これは一体……?」

 

「実は作ってらしいんだ。新曲」

 

新曲を作っていた事に事実を知っていた3人以外は驚きを隠せずにいた。

 

「μ'sとしての活動は終わるのにどうして……?」

 

「大会で歌ったのが最後の曲かと思っていたけど、そのあと色々あったでしょ?だから自分の区切りとして一応、ね」

 

ライブで歌うとかそういうつもりじゃなかった、と付け加える。

 

「真姫ちゃんの新曲、聞いてみてもいい?」

 

「いいわよ」

 

穂乃果は許可を貰いミュージックプレーヤーに繋がっていたイヤホンを手に取った。

 

「私も聞いてみたい!」

 

「じゃあ、片耳ずつね」

 

ことりも気になっていたのか穂乃果にお願いして一緒に聞かせてもらうことに。

 

穂乃果は左耳の、ことりは右耳のイヤホンをそれぞれ耳に入れて再生ボタンを押して聞き始めた。

 

「……すっごくいい曲!」

 

「いいな〜!凛も聴きた~い!」

 

「私のソロもちゃんとあるわよね!?」

 

穂乃果の率直な感想に反応して凛ちゃんは聞くことを催促し、にこちゃんは自分のソロがあるかと迫っていた。

 

「聴いてみて!す~っごくいい曲だから!」

 

「凛も聴きたい!凛も〜!」

 

「はい、凛ちゃん!」

 

「ありがとうことりちゃん!にゃは~ん……」

 

イヤホンを入れられた凛は嬉しそうに聞き始め、口にはしないけど絵里ちゃんまでもがソワソワし始めていた。

 

「海未ちゃん!これで作詞出来る?」

 

「はい!実は私も少し書き溜めていたんです!」

 

海未も真姫と同じように歌詞に使えそうなフレーズのストック量を増やしていたようだった。

 

「やってみない?μ’sの最後を伝えるライブ」

 

「凛は大賛成にゃ〜!!」

 

再び聞いたのんちゃんの問い掛けに凛ちゃんは真っ先に肯定した。

 

「まぁ、私は別に構わないけど……?」

 

「そんなこと言って実は真姫ちゃんもライブが楽しみだったりして?」

 

「なぁっ…!そんなことないわよっ!」

 

にこちゃんにからかわれるように聞かれ、顔を真っ赤にしながら反論する真姫。

 

つまりやる気充分、ってところか?

 

みんなも表情を見るからにのんちゃんの意見に賛成のようだ。

 

「………ために」

 

「穂乃果?」

 

「えっ?あっ、ごめん……」

 

何かを呟いていた穂乃果を呼ぶとハッと意識をこちらに戻し、みんなに一度謝ってから声高らかに言う。

 

「こんなに素敵な曲があるんだったらやらないと勿体ないよね!やろうよ!みんなに私たちの最後を伝える……正真正銘のラストライブ!」

 

リーダーである穂乃果の言葉にみんなは頷く。

 

「練習キツくなるわよ!」

 

「ウチら3年生が音ノ木坂にいられるのは今月の終わりまで!!」

 

「それまでにやることは山積みよ!」

 

「よし!そうと決まれば明日から練習を始めよう!」

 

「そうね!時間は限られてくるから練習は明日から始めましょう!」

 

「「「「「「「「はい!」」」」」」」」

 

 

___ガチャッ!

 

 

 

 

みんなの士気が高まっていく最中突然部室のドアが開かれ、とある人物がドアから顔を出してやって来た。

 

「盛り上がっているところちょっといいかしら?」

 

「お母さん!?」

 

理事長だった。

 

「どうかしたんですか?」

 

「あなたたちに話したいことがあるの。出来るなら理事長室で話したいんだけど……」

 

「今から、ですか?」

 

「えぇ」

 

理事長は何とも言いがたい表情をしながら答え、穂乃果はそれを見て理事長のお願いを承諾した。

 

「分かりました。海未ちゃん、ことりちゃん、行こう」

 

「はい……」

 

「うん……」

 

「壮大くんも高坂さんたちとの話が終わったら理事長室へ来てくれるかしら?」

 

「………分かりました」

 

まずは現生徒会メンバーである2年生3人は理事長に付いて行った。

 

 




ちなみに壮大は理事長先生の事は状況に応じて呼び分けしてます。

次回もまたよろしくお願いします。


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Ex.10 キミたちの側に

「穂乃果ちゃんたち何の話をしてるのかにゃあ……」

 

凛ちゃんが座ってるイスで足をプラプラさせながら呟く。

 

穂乃果たちが部室から理事長室へ行ってからそれなりに経つが、一向に戻ってくる気配はない。

 

理事長との話でそんなに揉めているのか……?

 

__ガチャッ……

 

力無く開かれたドアから穂乃果たちがやって来た。

 

「そーくん。お母さんが理事長室に来て、って」

 

「……ん」

 

理事長からの伝言をことりから聞き、アイドル研究部の部室から理事長室へと向かう。

 

その際に穂乃果の顔をチラッと見てみたが、お世辞にもいい顔をしてるとは言えないような表情をしていた。

 

その段階でどんな話をしたかは……オレの中でだいたいの検討はついていた。

 

 

 

 

 

理事長室のドアの前に立ち、ノック数回。

 

『はい、どうぞ』

 

「失礼します」

 

返事が聞こえてきたのでドアを開けて理事長室へと入り、ドアを閉めてから理事長の前に立つ。

 

「理事長」

 

「……まずはことりの親として音ノ木坂の理事長として言わせてもらうわね。みんなを無事に戻して来てくれてありがとう」

 

「いえ。それも命じられた事の1つでしたから」

 

でも、こんな話をしたいのではないくらい分かっている。

 

「さて、ここからが本題ね。さっき高坂さんにも話をしたんだけど……」

 

「「μ'sを続けてほしい」」

 

さっき自分の中で検討をつけた事を理事長とシンクロさせるように言い切った。

 

理事長は少し驚いた表情を見せるが、すぐに元の表情に戻して話を続けた。

 

「高坂さんやことりから聞いたの?」

 

否定するように首を横に振る。

 

「戻ってきた際に穂乃果の表情を見て自分の中で推測しただけです」

 

大勢のファンに向けた正真正銘のラストライブへ向けて盛り上がっていた状態で退室し、戻ってきた時に表情が重かった。

 

そこから推測して最も可能性のある事を言っただけだったが、当たっていたようだ。

 

「A-RISEとμ's。ドーム開催を実現させるにはどうしてもあなたたちの力が必要だとみんなが思っているそうよ」

 

………だろうな。

 

二大スクールアイドルと言えば?と問われれば間違いなく『A-RISE』と『μ's』と返答してくるだろう。

 

ここまで人気が出てくるとドーム開催に向けて期待が大きくなるのも分からなくはない。

 

「とにかく今の熱を冷まさないためにもμ’sには続けてほしいと思っている。だから壮大くんからも何か言ってくれないかしら?」

 

「……理事長の仰ることは分かりました」

 

ですが、と一旦間を置いてから自分の意思を理事長に伝える。

 

__オレは彼女たちの意見を尊重したい。

 

 

 

 

 

 

 

部室へ戻るとみんなの姿や荷物は無く、不思議に思ったオレは何気無く生徒会室を覗いてみた。

 

すると穂乃果が頬杖をついてガラス越しに外を眺めていた。

 

「穂乃果」

 

「そーちゃん……」

 

「みんなは?」

 

「今日はもう解散。明後日にまた集まろうって話になったの」

 

ということは今回の話はみんなに伝わったってことか。

 

「なら、オレたちも帰ろう。な?」

 

「………うん」

 

小さく返事をしてから力無く立ち上がる。

 

音ノ木坂学院から出ても何を話すことも無くただただ歩き続ける。

 

………相当参ってるな。

 

終わりにする、と結論付けたのに出鼻を挫く様に今回の話が出て

きた。

 

ましてや穂乃果はグループのリーダーだ。

 

こうなるのも……無理はない。

 

「真姫ちゃんにね、言われたの」

 

「ん?」

 

「『続けるか終わりにするかのどちらかでしょ?ハッキリしなさい』って……」

 

「……そっか」

 

あの時……みんなで誰もいない海辺へ行った時に『μ'sは私たちだけのものにしたい』と語り、μ'sという存在を誰よりも大切にしてきた彼女らしい発言だ。

 

その後はまた沈黙を貫いている内にそれぞれの自宅に着いたので、今日はそこで別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

今日は朝から雨が降っていた。

 

μ'sの練習は無くとも陸上部の練習はある。

 

だが、この日はイマイチ練習に集中出来ずにいた。

 

「うぉっ!?……がふっ!!」

 

体育館の周回走路を雑巾掛けするサーキットトレーニングの途中でバランスを崩して足を滑らせ、その勢いのまま背中から壁に激突してしまった。

 

「松宮さん!?大丈夫ッスか!?」

 

「あぁ……大丈夫だ。何ともない」

 

少し後ろで走っていた後輩が血相変えて駆け寄ってきたが、特にどこか痛めたわけでもないし足を捻った訳でもないので後輩を先に行かせて少しスピードを緩めて雑巾掛けを続ける。

 

その後もハードルジャンプでは何度も足を引っ掛け、階段ダッシュでは何度も階段の一番上の段で躓いた。

 

「………」

 

全体練習が終わり、個人練習のウェイトトレーニングをやっててもどこか気分に乗れないままだった。

 

……ダメだ、やっぱ集中出来ねぇ。

 

手に持っていたバーベルを床に落とし、天井を仰ぐ。

 

これ以上集中力が散漫していたら怪我しかねない。

 

そう判断したオレはバーベルと付けていたプレートを元の場所に戻してから制服に着替えるため部室へと戻った。

 

 

 

 

 

朝よりも強く降る雨の中、傘を指して歩く。

 

彼女たちは無事答えを見つけられたのだろうか……?

 

昨日から1人になればその事ばかり。

 

考えれば考えるほど坩堝に嵌まっていく。

 

気が付けばいつも帰ってる道ではなく、自分の家とは真逆の方向に歩みを進めていた。

 

「あれ?そーちゃん?」

 

「……穂乃果?」

 

何かの偶然かそこで穂乃果と出会った。

 

何故ここにいるのかを聞くと、穂乃果も気がつけばここにいたらしく何もこんなとこまで似なくてもと2人で笑い合ったがすぐにその笑顔は今の雨空と同じように曇ってしまった。

 

「ねぇ、そーちゃん」

 

「ん?」

 

「……やっぱり続けた方がいいのかな?」

 

オレは穂乃果の問いの答えに詰まった。

 

μ'sの活動を続行させる……それもまた1つの道かもしれない。

 

だが、それはある事にも繋がる。

 

それはあの時誓った約束を破ることになる。

 

あの時身を裂く思いで誓ったあの約束を。

 

「〜♪」

 

なんて返答しようか言葉を選んでいると、どこからともなく歌が聞こえてきた。

 

聞いた事があるような無いような……。

 

でも、優しさと暖かさが籠められた歌声だった。

 

「この声……まさか!?」

 

どうやら穂乃果には心当たりがあるらしく、すぐに手を掴まれグイグイ引っ張られていくうちに歌声の発生源に辿り着いた。

 

「また会えたわね!……そこのお兄さんも!!」

 

その人はアメリカで迷子の穂乃果を保護し、オレたちが宿泊していたホテルに送り届けてくれたあのお姉さんだった。

 

お姉さんが何故ここに……いや、何故日本にいるのだろう。

 

確かあのホテルの近くに住んでるって言ってたのに……。

 

「なんでここにいるんですか!?あの時も突然いなくなっちゃって……!って、あ~っ!?このマイクうちにもあります!ちゃんとお礼も言いたかったんですよ!」

 

「えっ?ごめん……なさい?」

 

お姉さんは穂乃果の勢いに押され、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら一歩後ろに下がりながら謝る。

 

そして穂乃果は何を思ったのか今度はお姉さんの手首を掴んだ。

 

「私の手を掴んでどうしたの?」

 

「私の家ここからすぐ近くのところにあるんです!」

 

「えっ!?」

 

「ウチでお茶だけでも飲んで行ってください!預かってるマイクも返したいですし!」

 

「えぇ〜っ!!?荷物そのままだしぃ~っ……」

 

そのまま高坂家に向かって走って連れて行ってしまい、オレとお姉さんが使ってたマイクとスタンドとスピーカーだけがその場に取り残された。

 

あっ……、これオレが片付けろってやつか?

 

 

 

 

 

「ここです!中へどうぞ!」

 

急いでマイクなどを片付け、穂乃果たちに合流した頃にはすでに高坂家のすぐ横まで来ていた。

 

「いいよ。ここで……」

 

「えっ!?」

 

「また今度ここに来るよ。お兄さんも私の荷物ありがとね」

 

「あっ、はい」

 

持っていたマイクケースとスピーカーをお姉さんに手渡す。

 

高坂家をチラッと見てからオレたちに背を向け来た方を向いて歩き出した……と思ったらまた立ち止まり、再びこちらを向いた。

 

「……答えは見つかった?」

 

「えっ?」

 

何の事を言っているのか分からないが、オレも聞かれた穂乃果も答えに詰まらせているとまたお姉さんが呟いた。

 

「目を閉じて。……お兄さんも一緒に」

 

突然の言葉に少し困惑し、オレたちは見合わせていたがお姉さんの指示に従って素直に目を閉じる。

 

「こう……」

 

「ですか?」

 

「うん、よく出来ました」

 

そして間髪入れずお姉さんはまた呟いた。

 

 

 

 

__飛べるよ、と。

 

 

 

 

何が?と聞こうとした刹那、正面から突風とも呼べる強風が吹き付けてきた。

 

「きゃあっ!?」

 

「なんだ!?何が起こってるんだ!?」

 

突風の強さに耐えられなくなり、持っていた傘が遠くへと吹き飛ばされる。

 

バチバチと顔に当たる雨粒を両腕でガードしながらただひたすらに突風が収まるのを待ち続け、やがて風は穏やかな物に変わっていった。

 

頃合いを見てガードを解くと信じられない光景が広がっていた。

 

「……ここは?」

 

隣にいる穂乃果も言葉にはしないが、同様の考えをしているのかただただ目を丸くさせているばかりだ。

 

太陽が燦々と輝き、様々な花が辺り一面に広がる光景。

 

穏やかに吹く風が花を揺らし、花弁を舞わせ幻想的な世界を構築させている。

 

オレたちの目の前には1本の道が緩やかな坂へと続き、その先にはあるのはどこまでも広がるとても大きな湖があった。

 

「飛べるよ!」

 

湖の畔にはお姉さんが立っていて、オレたちに何かを信じるようにお姉さんは声を張る。

 

「いつだって飛べる!あの時のように!」

 

「あの時?……あっ!!」

 

穂乃果は何かを思い出したかと思えば、オレを置いて下り坂を全力で駆けていく。

 

微笑むお姉さんの横を通り過ぎると文字通り思いっきり跳躍し、風に乗って湖の水平線の向こう側へと消えていった。

 

「無事に飛び越えたみたいだね。じゃあ、次はキミの番だね」

 

穂乃果を見送るとお姉さんはこちらに向かってクルリ、と向き直りオレがいるところまで近付いてきたところで質問をぶつけてみた。

 

「1つ……いいですか?」

 

「うん。1つと言わず何個でも」

 

今まで引っ掛かった事全て聞こう……としたけど、やっぱりやめておくことにした。

 

目の前にいるこの人の正体……なんとなくだけど分かった気がするから。

 

「……やっぱりいいです」

 

「そっか」

 

「じゃあそろそろオレも行きます」

 

もしかしたらオレが戻って来なくて心配してるかもしれないしな。

 

「うん。あの娘によろしくね」

 

「……またいつか会えるといいですねっ!!」

 

そう言ってからお姉さんが喋ろうとする前にオレは全速力で湖に向かって走り出す。

 

畔まで下りきると、そのスピードを跳躍力に変換してその身を空中へと投げ出した。

 

湖を飛び越え、着地してから後ろを振り返るともうお姉さんの姿は肉眼では捉えられない。

 

諦めて前を向いたと同時にさっきと同じように突風が吹き付けてきた。

 

その突風に混じってお姉さんの声が聞こえてきた。

 

 

 

__私はいつでも、キミたちの側にいるよ。

 

 

 

 




お姉さんこと女性シンガーの正体についていろんな考察が立てられてますが、今回はこんな感じにしました。



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Ex.11 答え

__不思議で懐かしい夢を見た。

 

前に見た幼い時の記憶の続きだ。

 

何人もの子どもたちが楽しそうに合唱しているを聞いた後、一度走る前の場所に戻った穂乃果は聞こえてきた合唱のリズムに合わせて水溜まりを飛び越えようとジャンプした。

 

何度も何度も失敗し、何度目かのチャレンジで水溜まりを飛び越えてみせた。

 

『やった〜!出来た〜っ!!』

 

『やったね!穂乃果ちゃん!!』

 

『ほのちゃん!次は一緒に飛んでみようよ!』

 

『うんっ!』

 

小さい頃のオレは穂乃果と2人で水溜まりを飛び越えようと提案し、また少し離れた場所から助走をつける。

 

『『せ~のっ!!!』』

 

2人一緒に地面を蹴り、笑顔のまま踏み切った。

 

 

 

 

 

 

 

目を開けて飛び込んできたのは親の顔よりも見た自室の天井だった。

 

ベッドから起き上がって窓側に立ち、カーテンを開けると昨日の雨が嘘の様な清々しい青空が広がっていた。

 

「そーちゃん!そーちゃんそーちゃんそーちゃぁぁん!」

 

日の光を浴びていると、部屋のドアが開き穂乃果が姿を現しそのままオレに向かってダイブしてきた。

 

オレは穂乃果を受け止め、その場に降ろした。

 

「こんな朝からどうしたんだ?」

 

「出たの!答えが!!」

 

「……どうするんだ?」

 

「やっぱりね、μ’sを終わらせることにしたの!」

 

穂乃果は理由を続けるように話す。

 

「今朝絵里ちゃんから『スクールアイドルであることに拘りたい』ってメールを見て思ったの。『限られた時間の中で力の限り輝くのが私たちμ’sがそうであるべき姿なのかな』って。……ダメかな?」

 

理由を最後まで聞いてから穂乃果の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

いいもダメもない。

 

「お前自身が決めたんだろ?……みんなきっと分かってくれるさ」

 

「うんっ!!」

 

「んじゃ、メシ食うぞ。どうせお前のことだからすぐにでもオレに知らせたくて朝メシ食ってないんだろ?」

 

どうやら合っていたらしく穂乃果は右手を後頭部に当てながら苦笑いをする。

 

「何でもお見通しだね。……って、あれ?」

 

「今度はどうした?」

 

「そーちゃんマイクスタンドなんて持ってたっけ?」

 

指差された部屋の隅を見てみると言われた通りマイクスタンドが置かれてあり、そちらに目を向けた瞬間スタンドのシャフトの部分が小さく輝いた。

 

「……」

 

「そーちゃん?」

 

「何でもねぇよ。ホラ、さっさと洗面所で顔洗ってこい」

 

「……はーい」

 

マイクスタンドに興味を無くしたのか、1秒でも早く朝メシが食べたいのか分からないがオレよりも先に階段を降りていった。

 

完全に姿が見えなくなってから改めてマイクスタンドの方を向く。

 

……お姉さん、彼女は無事答えを見つけることが出来たようです。ありがとうございました。

 

スタンドに向かって小さく礼をしてから一足先に降りていった彼女の後を追い掛けた。

 

 

 

 

 

穂乃果に朝メシを食べさせ、共に音ノ木坂学院へと向かう。

 

2人の手を繋いだ状態で……。

 

まだ小っ恥ずかしくて最初は拒否したんだけど、『手繋ぎたい!』って穂乃果の主張に押されてやむ無く手を繋ぐことになっただけなんだけど。

 

「今日は陸上の練習お休みなの?」

 

「今日どこの部活も練習試合で使える施設が無いからな」

 

「ふ~ん……。運動部が強い部活がある学校も大変だねぇ」

 

そんな話をしていると音ノ木坂学院へと繋がる階段にやって来た。

 

階段の頂点を見ながら思い出したかのように彼女は話し始めた。

 

「そう言えば今日不思議だけど懐かしい夢を見たの」

 

「どんな夢?」

 

「小さい頃そーちゃんと手を繋いで水溜まりを越えた時の夢」

 

奇遇だな……オレも今日その夢を見たんだ。

 

最もあの時はジャンプの最高地点で手を繋いだような覚えはあるが。

 

「だからその夢の続き……って訳じゃないけどこの階段上がりきったらあの時と同じように一緒にジャンプしてくれる?」

 

「……あぁ。いいぞ」

 

「やった♪……それじゃ、行くよっ!」

 

掛け声と共にオレたちは手を繋いだまま階段を走って上がり始める。

 

あの時と違って体格に差があるから穂乃果のスピードに合わせて走る。

 

1段、また1段と徐々に階段の残り段数が少なくなっていく。

 

「そーちゃん!準備はいい!?」

 

「あぁ!お前のタイミングに合わせる!!」

 

「それじゃ行くよ!せ~のっ!!」

 

1番上の段に踏み入れたと同時に大きくジャンプした。

 

空中にいる間にチラッと隣を見てみると、とても幸せそうな笑顔をしていた。

 

そんな彼女を見てるとこちらも自然と笑顔になってしまうのが分かる。

 

そのまま上靴に履き替えて部室に向かって廊下を駆ける。

 

穂乃果は部室のドアの前で立ち止まり、ドアを開けようとするが肩に手を置いて止める。

 

「どうしたの?」

 

「きっとみんな部室にはいないと思うぞ?……きっとあの場所にいる」

 

「あの場所?」

 

「あぁ。μ'sにとってとても大事な場所だ」

 

最初はピンと来なかった様子だったが、やがて言ってることが伝わったのかバッグを部室の中に置いてから部室棟を通り過ぎて階段を上がっていく。

 

「みんな!お待たせ!!」

 

先行していた穂乃果が屋上に繋がるドアを開けると、みんながいい表情をして待っていた。

 

どうやらオレたちが最後のようだ。

 

「遅かったですね」

 

「ごめんごめん。みんなも揃った事だし練習始めよっか!!」

 

「そうね。私もまだスクールアイドルだし!」

 

「にこは別にどっちでもよかったんだけど?」

 

その割に膝頭に絆創膏が貼ってあるのにオレは見逃さなかった。

 

にこちゃんの膝頭の絆創膏を見ていた事に気付いた真姫が耳打ちするように話す。

 

「面倒くさいわよね。ずっと一緒にいると何も言わなくても伝わるようになっちゃうって」

 

「でも、それも悪くないだろ?」

 

「……そうね」

 

みんなが導き出した答え、何となくだけど分かった。

 

「全員異議は無いってことでいいのか?」

 

みんな返答の代わりに沈黙を貫く。

 

「でも、ドーム大会は……」

 

「「「「「「「「………」」」」」」」」

 

花陽ちゃんが発した言葉にみんなの表情に陰りが見えた。

 

μ'sが活動終了することでドーム開催の話が流れてしまうのではないか、と思っているかもしれない。

 

けど、そんな空気を吹き飛ばすのがμ'sのリーダー。

 

「それも絶対実現させる!」

 

「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」

 

「ライブをするんだよ!他のスクールアイドルに有志を集って!!」

 

……とんでもない方法を投下してこの空気を強引にブッ飛ばした。

 

「本気なのですか!?」

 

「今から間に合うの!?」

 

「そうよ!どれだけ大変だと思ってるの!?」

 

海未と絵里ちゃんと真姫の3人は驚きを隠せずにいたが、穂乃果はさらにプッシュする。

 

「でも、もしこれが出来たら面白いと思わない!?」

 

「いいやん!ウチは賛成!」

 

「何だかとっても面白そうにゃ!」

 

面白い事に目がないのんちゃんと凛ちゃんの2人は賛成した。

 

こうなると……。

 

「もしこれが本当に実現したら……これは凄いイベントになりますよ!?」

 

「そうね。本当に実現したら大きなイベントどころじゃないかもしれない!」

 

「ふんっ!スクールアイドルにこにーにとっては、全然不足なしよ!」

 

メンバーのみんなにもやる気の火がついて次々とやる気に満ち溢れていく。

 

「そうだね!世界で1番素敵なライブ!」

 

「確かに今までで一番楽しいライブかもしれませんね!」

 

……話はまとまったな。

 

「花陽ちゃん!!」

 

「はいっ!?」

 

いきなり大きな声で自分の名を呼ばれた花陽ちゃんはビクッ!!と身体を硬直させながら返事する。

 

音ノ木坂学院アイドル研究部新部長として初の大仕事だ。

 

「音ノ木坂学院近辺の……いや、東京都内に存在する全スクールアイドルグループにパソコンで今回の件でメールを送ってくれ」

 

「もう始めるの!?」

 

絵里ちゃんは驚きながら尋ねてきたので、その問いに肯定する。

 

「もちろんです。次回のライブまで時間がない?なら無理矢理時間を作ればいいんです。……そうだろ?穂乃果」

 

「うんっ!今日からライブの日までノンストップで行くから振り落とされないようにね!!」

 

「「「「「「「「おーっ!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

それぞれのブロックに分かれて作業を開始してから1時間が経過した。

 

穂乃果は1人でどこかへ行ってしまったが、直に戻ってくるだろう。

 

オレはというと家からノートパソコンを持ち込んで花陽ちゃんと一緒に対策本部となった部室にてスクールアイドルを抱える学校へのコンタクトを図ろうとしていると、花陽ちゃんに声を掛けられた。

 

「壮大くん。ちょっといいかな?」

 

「ん?どしたー?」

 

「壮大くんに言われてからメールを通じて周辺に存在するグループに送ったら、早速返信が届いたんです!」

 

もう返信来たの?速くねぇか!?

 

こうしてはいられないと考えたオレはみんなに再度収集をかける。

 

最後に穂乃果が帰ってきて全員集まったところで、花陽ちゃんからみんなに向かって説明する。

 

「さっきから返信が何通か来てるけど話を聞いてからどうするか決めたいって言うグループもいるみたいで……」

 

「いきなり私たちから出てほしいって言われてもきっと戸惑うかもしれないわね」

 

「電話を使ってきちんと説明したほうがいいのかもしれませんね……」

 

海未の意見もいい案なんだけど、全部のグループを電話で話すのも大変だ。

 

ただでさえ時間はそれほど残されていない。

 

電話もメールもダメ。

 

……ならば残された手段は1つしかない。

 

「じゃあどうするの?」

 

「会いに行くしかないだろうな」

 

「そうそう。会いに行くしか……はぁ!?」

 

真姫が髪をクルクル巻くのを止めて豆鉄砲でも食らったハトのような顔をして、信じられないと言った様子でこちらを見てきた。

 

残された手段……それは少しでも参加する意思があるグループ全部に会いに行く。

 

「ちょっ!それ本気で言ってるん!?」

 

「本気です。その分行動範囲は限られてきますが、その人たちに直接会ってオレたちの計画を話した方が確率は上がるはずです」

 

「でもどうやって行くの?」

 

ことりがぶつけてきた疑問は穂乃果が代わりに答えてくれた。

 

「簡単だよっ!……真姫ちゃんっ!!」

 

「……何よ!?」

 

「電車代貸してっ!」

 

「「「「「「「「「あぁ~……」」」」」」」」」

 

穂乃果の答えに真姫以外は納得したように頷き、真姫はと言うと……みんなからの視線に耐えきれず顔を真っ赤にしていた。

 

「なんでみんなこっち見るのよっ!電車代なら壮大からも借りればいいじゃないっ!!」

 

「えあ!?」

 

思わず変な声が出てしまった。

 

「なんてこと言い出すんだおめぇはよぉ!!」

 

「言い出しっぺなんだからそれくらい協力しなさいよっ!」

 

「電車代うんぬん言いだしたのは穂乃果だろ!?」

 

「穂乃果の保護者(かいぬし)ならちゃんとリードくらい握っときなさいっ!」

 

「誰が保護者(かいぬし)じゃオラァ!!」

 

「あの~真姫ちゃん?そーちゃん?私は犬じゃ……」

 

「「穂乃果は黙ってろ(て)!!」」

 

その後、何としても電車代を出したくないオレと何としてもオレにも電車代を出してほしい真姫の厳正な討論(こうろん)の結果……。

 

 

 

 

 

「そーちゃん!3グループに分かれて行動しようってことになったけどそれでいい?」

 

「あぁん?別にいいんじゃね?はぁ……いくら貸しゃあいいんだよ……」

 

「やさぐれそーくんになっちゃったにゃ」

 

みんなの電車代を貸すことになった。

 

お金の件はオレが言った訳じゃ無いのに……解せぬ。

 

 

 

 




今回も読んでいただきありがとうございます。

2016年もあと少しですね。



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Ex.12 準備

新年明けましておめでとうございます。


みんながそれぞれのグループに分かれ、都内各地に散らばっている頃オレは理事長室へと赴いていた。

 

「というわけで、μ'sの活動は今年度末までとなりました」

 

理由は勿論μ'sの存続について、だ。

 

「ですが、彼女たちはドーム開催について諦めたわけではありません。むしろ今からドーム開催に向けて最大のアピールをすべく動き出したところです」

 

「そう……」

 

理事長は神妙な顔付きでμ's全員で出した意見を聞いていた。

 

「彼女たちがそう答えたのなら仕方無いわ。……今はそのアピールが上手く行くことを祈るしかないわね」

 

「大丈夫ですよ。彼女たちは様々な困難を乗り越えてきましたから」

 

「妙に説得力あるわね」

 

「目の前で見てきましたから」

 

目の前で数多くの困難を、幾重に立ちはだかる壁を壊してきたのを目撃してきたから分かる。

 

理事長もきっとこう思っているだろう。

 

ドーム開催に向けて彼女たちなら最大限のアピールをしてくれるであろう、と。

 

「壮大くん。最後まであの子たちをよろしくお願いね」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

翌日。

 

練習を終えて午後からアイドル研究部の部室へ行くと、パソコンに向かってマウスを操作している花陽ちゃんとスケッチブックに向かってペンを走らせてることりがいた。

 

「ことり、花陽ちゃん。やっほ」

 

「そーくんおはよ~」

 

「壮大くん。練習お疲れ様」

 

「ん、ありがと。それはそうと花陽ちゃん。今どんな感じ?」

 

「昨日みんなで都内各地に行ったおかげでこんなにもメールが届いたんです!!」

 

興奮気味に話しながらパソコンの前を譲ってくれたので、マウスを操作して下へスクロールさせながら受信メール覧をザッと目を通していく。

 

結果は上々と言った感じだが、まだまだ参加するグループは増えると考えられる。

 

いや、絶対に増えるはずだ。

 

「対応しきれなくなったら遠慮なく頼るんだぞ?」

 

「うん。でも、出来る限り頑張ってみるね」

 

花陽ちゃんはニコッと笑ってそのままメール対応の作業の続きを再開させた。

 

「衣装のデザインは?」

 

「うん!ある程度のデザインは決まってるんだ!」

 

ことりはそう言いながら、衣装のデザインが描かれたスケッチブックのページを見せてくれた。

 

赤を基調とした衣装と黄色を基調とした衣装の2種類がスケッチブックに描かれており、ところどころにハート、ダイヤ、クローバー、スペードの4つのマークが散りばめられていた。

 

「これはトランプの……?」

 

「おぉ~。そこに気付くなんてさすがそーくんだねぇ」

 

「ふむ、いいデザインだな。衣装で使う生地はどうなってるんだ?」

 

「生地はいーっぱい貰ってあるから後は作るだけだよっ。あとそーくん用に衣装……とまではいかないけどネクタイをデザインしてたとこなの」

 

そう説明しながら衣装が描かれたページを捲り、ネクタイのデザイン案を見せてくれた。

 

紺色の無地を基調とし、実際にネクタイを締めた際に心臓部分に当たるであろう場所の向かって右側にはオレンジ、水色、青、白、赤、黄色、紫、若草色、ピンクの音符が記されていた。

 

向かって左側には右側とは逆の順番ではあるが、やはり9つの色で描かれた音符があった。

 

そして大剣には時計回り順でスペード、ダイヤ、クローバー、ハートの順でマークが並んでいた。

 

「どう……かな?」

 

「うん、気に入った。いいデザインだ」

 

「やった♪」

 

ことりはキュッとしながら喜んでいた。

 

何はともあれ衣装については何も言うことはない。

 

手伝いたいのは山々だが、生憎裁縫は得意じゃないのでここは素直に衣装班に任せることにしよう。

 

「それじゃ衣装は任せたぞ」

 

「うんっ!」

 

続いて隣の部屋にて活動しているはずである海未の作詞をしているところに顔を出した。

 

「海未。捗ってるか?」

 

「あぁ……壮大ですか」

 

彼女は小さく笑ってここに来たことを迎えてくれたが、表情だけで作詞作業が進んでいない事は容易に想像つく。

 

……ホントに大丈夫か?

 

「どんなもん?」

 

「今回はスクールアイドルみんなで歌うので、そのスクールアイドルの魅力を最大限に伝えられるような歌を作りたいです。ですが……」

 

「……ですが?」

 

何か問題でも抱えているのだろうか……。

 

「今書いているのとは別にもう1曲あるのは知ってますよね?」

 

「あぁ」

 

アメリカ遠征で見た譜面が書かれていたノートを取り出し、机の上に置いた。

 

「情けない話ですが……こちらの方まで手をつけていると時間がいくらあっても足りないんです。そこで真姫と相談して決めたんですがこちらの作詞は壮大に任せたいんです」

 

「……オレに!?」

 

ちょっと待ってくれよ……。

 

オレに作詞なんて出来やしないって前に言っただろ!?

 

そんな不安を見透かすように片手で口を隠すように小さく笑い、立ち上がってノートを差し出してきた。

 

「はい!壮大ならきっといい詞を書けるはずですからっ!」

 

……マジかよ。

 

一度天井を見上げ、溜め息をつきながらリノリウムの床を見つめる。

 

「やれるだけやってみるけど……お前みたいに上手い詞書けないぞ」

 

「大丈夫ですよ。私たちの事を誰よりも知っている壮大だからこそ書ける詞もあるはずですから」

 

海未の瞳を覗き込むと期待の眼差しが向けられていた。

 

こんな瞳で見つめられると……やらないなんて男が廃る。

 

「分かった。……必ず完成させてやる」

 

「……!ありがとうございますっ!!」

 

海未はとても嬉しそうな笑顔でお礼をしてきた。

 

責任は重大かもしれないけど、それと同時にやってやろうという気持ちも沸いてきた。

 

「んじゃ、ちょっと生徒会室借りるわ」

 

「はい。では生徒会室のカギです」

 

「ん。さんきゅ」

 

海未から生徒会室のカギを借りてからアイドル研究部の部室を退出し、もう1つの楽曲の作詞作業に入った。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

生徒会室にて作業が進めていた時、突如ノックが聞こえてきた。

 

「はーい」

 

メンバーのうちの誰かだろう、と思い気の抜けた返事をする。

 

すると現れたのはメンバーではなく、予想もしなかった者が現れた。

 

「ふふっ、ハロー」

 

「……優木さん!?」

 

「手伝いに来たわ!」

 

そこに現れたのはA-RISEのメンバーである優木あんじゅだった。

 

でも、来たのは優木さんだけじゃない。

 

「こんにちは。松宮くん」

 

「これ、お土産だ」

 

「綺羅!?統堂さんも!?」

 

「私もいますよっ」

 

「UTXの生徒会長さんまで!?」

 

まさかまさかのA-RISEの3人に加え、UTXの生徒会長さんまでもがやって来た。

 

「え?え!?」

 

A-RISEファンなら卒倒しかねないこの状況に頭が追い付かない。

 

すると、UTXの生徒会長さんが説明してくれた。

 

「実は昨日高坂さんがウチに来て今回のプロジェクトを説明してくれて、A-RISEも参加させてもらうことになったんです」

 

またあのバカは……。

 

そんな報告聞いてねぇぞ。

 

「それでさっき南さんや園田さんたちがいた部室に行ったら生徒会室へ行けって言われてきたって訳なの」

 

「そうだったのか……」

 

とりあえず事後報告も無かった穂乃果にささやかな制裁を加えるとして、わざわざ来てくれたのに帰らせるわけにも行かない。

 

「分かった。なら普段グループ内でやってる担当のところに行ってくれ」

 

「は~い。じゃあ私はまた部室の方に行くね~」

 

「じゃあ私もあんじゅと一緒に園田海未がいた部室の部屋に行くとしようか」

 

「私も事務作業やってる方がいらしたのでそちらに行きますね」

 

優木さんと統堂さんと生徒会室さんは再度部室へと向かい、綺羅だけが生徒会室に残った。

 

「ところで松宮くんはここで何をしてたの?」

 

「今回使う曲とは別の曲の作詞。けど、世間に発表するつもりはない」

 

「ふ~ん……」

 

「……何もしなくていいのか?」

 

「私はダンス担当だけど、振り付けは彼女たちに任せようと思ってるの」

 

「ふ~ん……」

 

特に会話するネタが無くても会話するような仲でも無いので、会話が途切れると綺羅はイスを窓際へ運び、生徒会室からの景色をアンニュイな表情で眺める。

 

……やっぱコイツ何をやらせても絵になるな。

 

一瞥してからまた作詞作業を再開させる。

 

しばらく経って作業が少し詰まったのを見計らったかのタイミングで、綺羅が景色を眺めたまま唐突に尋ねられた。

 

「μ’sは終わりにしてよかった?」

 

「……」

 

きっとμ's活動終了についての心境を聞きたかったんだろう。

 

「よかったさ。けど、あんたは少なくともオレと同じくは思ってなさそうだな」

 

「……そうね。そうかもしれないわね」

 

接してきた回数は少ない中で初めて弱音を見せた。

 

μ’sという最高のライバルであると同時に最高の仲間がいなくなることが寂しいのだろうか。

 

……寂しくないならこんなアンニュイな表情はしない、か。

 

「なら、お前らがやってみせろよ」

 

「え?」

 

けど、あんたにはそんな表情は似合わない。

 

「A-RISEが数多くのアイドルグループのトップに立って、『あの時活動終了なんてしなければよかった』って後悔させてみせろよ。あんたなら出来るだろ?」

 

「フフッ……フフフッ……アハハハハッ!!!」

 

始めは口と目を見開き唖然としていたが灯火のように小さく、そしてだんだんと笑いが堪えきれなくなったのか最後には生徒会室に響くくらい大きな声で笑い出した。

 

「そうね。なんで今の今までそんな簡単な事思い付かなかったのかしら」

 

笑いすぎて目尻に光るものが出ていたが、すぐに指で拭いてすぐにいつもの不敵な笑みを浮かべる彼女になった。

 

「決めた。私たちはμ’sよりも輝くアイドルになっていつかあなたたちが復帰したくなるような活躍をしてみせるわ!」

 

そう宣言し、その顔は自信に満ち溢れた顔付きだ。

 

「だったらいつまでもここにいるべきじゃないだろ?」

 

「えぇ!私も振り付けの作業の手伝いに行ってくるわ!」

 

バタン!と力強くドアが閉められ廊下を駆ける足跡が遠くなっていく。

 

やがて生徒会室はまた静かな空間が戻り、屋上から楽しそうな話し声や笑い声がかすかに聞こえるようになった。

 

まったく……ウチの誰に似たんだか。

 

でも……。

 

「やっぱりあんたはアンニュイな表情してるよりも楽しそうな表情してる方が何倍も似合ってるよ」

 

きっと今ごろ屋上にいるメンバーと一緒に振り付けを決めていく作業をしているであろう小柄ながら圧倒的なカリスマ性を持つ少女に向けて一人言のように呟いた。

 

 




エクストラエピソードも終盤。

あと2、3話で終われればいいなぁ……。



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Ex.13 義務

今回は前回の続きです。

では、どうぞ。


~Side 高坂 穂乃果~

 

「……ぐー……んがっ」

 

ダンス練習の休憩中、いつもなら個人アドバイスを送ったりドリンクが入ったボトルを運んだりしているそーちゃんが壁に寄りかかって眠っている。

 

「それにしたってにこたちが練習してるのに堂々と、しかも鼻提灯を作ってまでグッスリ眠りこけてるってどうなのよ?」

 

「にこ。そんな事言っちゃダメよ?」

 

「……分かってるわよ。ここんとこ無理しすぎてるからね、こいつは」

 

「午後からは壮くんの力がどうしても必要になってくるシーンが多くなりそうやし、今はこのまま寝かせといた方がええやん?」

 

絵里ちゃんが小言を口に挟むにこちゃんを諭し、希ちゃんと一緒にそーちゃんを気遣うような優しい目付きでそーちゃんを見る。

 

ここのところのそーちゃんは自分の陸上の練習の他にいろんなところを駆け回っていたり、夜遅くまで何か作業をしているみたい。

 

言い方は少し悪いけど、そーちゃんの献身的な動きのお陰で私たちはライブに向けて集中して練習することが出来ていると言っても差し支えないくらいだ。

 

「壮大の献身的なサポートを無駄にしないためにも最後の仕上げに入るわよ!」

 

「「「「「「「「はーい!!」」」」」」」」

 

絵里ちゃんの合図で練習が再開となった。

 

みんなが所定のポジションに着く直前、そーちゃんがいるところを振り返ってみると笑っているように見えた。

 

 

Side out

 

 

 

「ふっ、あぁぁ……」

 

「そーくん大きな欠伸だにゃ~……」

 

「大丈夫なの?壮大にしか出来ない作業だってあるんだから」

 

「ん~……動いてる内に目ぇ覚めるかもだから大丈夫」

 

午前中のダンス練習をサポートするつもりが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 

みんなオレがここ最近ゆっくり眠れていなかったのを知っていたみたいで、気を遣って音ノ木坂学院から出発するギリギリまで寝かせてくれたみたいだ。

 

その分、午後の作業はみんなよりも働かないとな。

 

そんなこんなでライブ会場作りの待ち合わせ場所であるUTXの前に着いた。

 

「う……おぉっ!?」

 

「これだけの人数が1度に集まるのもなかなか壮観ですね……」

 

まず目に飛び込んできたのはその人数だ。

 

パッと見ではあるが、150人以上はいるだろう。

 

まさかこんな大人数が集まるとは思ってもいなかったので、思わず怯んでしまった。

 

UTXの生徒会長さんから穂乃果に拡声器が手渡され、マイクの音量テストを行ってから声を張り上げる。

 

『みなさんこんにちは!今日は集まっていただき本当にありがとうございます!』

 

ザワついていたのが急にシーン、と静まり返る。

 

『このライブは大会と違い、みんなで作っていく手作りのライブです!自分たちの手でステージを作り、自分たちの足でたくさんの人に呼び掛け、自分たちの力でこのライブを成功に導いていきましょう!』

 

穂乃果の話が終わると、みんなから大きな拍手が起きた。

 

拍手が鳴り止み、それぞれ分担して作業を開始しようとしたところで聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「お姉ちゃーんっ!」

 

「雪穂?それに亜里沙ちゃん?」

 

UTXに通じている通路に、初々しい音ノ木の制服を着た雪穂と亜里沙ちゃんの2人の姿があった。

 

『2人とも~!手伝ってくれるの~っ!?」

 

穂乃果たちも2人の存在に気がつき、拡声器を使って2人に声を掛ける。

 

「うん!」

 

「もちろんです!!」

 

「でも、私たちまだスクールアイドルじゃないのに参加しちゃっていいのーっ!?」

 

『だいじょーぶっ!!!』

 

穂乃果が返事をする前に声を揃えて返事する。

 

うん、みんなのこのノリ嫌いじゃないぞ。

 

 

 

 

 

秋葉原のメインストリートはガヤガヤと騒がしくなってくる。

 

運営委員会や警察の皆様のお陰で今のところ事故なく進んでいる。

 

「これでいい~!?」

 

「もう少し右!……今度は行きすぎ!……OK!!」

 

建物には垂れ幕を下ろしたり、道路にある標識までもが可愛い装飾を施していった。

 

他の場所も見て回ってみると花陽ちゃんが一生懸命息を吹き込んで風船を膨らませているのに対し、真姫がエアーを使って風船を膨らませてるのを見てジェット風船のように吹き飛ばしていたり……。

 

ストリートの歩道では明日ここで路上ライブを開催することをお知らせするチラシを配ったり……。

 

そんな光景を横目にとある場所に向かった。

 

「どうも」

 

「壮大じゃない。準備の方は大丈夫なの?」

 

「まぁそれなりに。オレも手伝いますよ」

 

「そーくん助かるにゃ~!」

 

とある場所とは、ライブ会場に出展している屋台だ。

 

他のアイドルグループの子が屋台を出して事前に会場を盛り上げようって提案してきて、ライブ会場に屋台?と思ったけど意外と馴染んでいて企画を提案された時より違和感は感じない。

 

屋台の中に用意されていたエプロンを身につけてところで、通りかかった女子高校生に声を掛けられた。

 

「あの……」

 

「いらっしゃいませ」

 

「ちょっとお聞きしたいんですけど……」

 

「何でしょう?」

 

「ここの看板に書いてある『白米スムージー』って一体何なんですか?」

 

白米スムージー!?

 

弾かれたように屋台から飛び出し、看板を見てみると確かにそこには『白米スムージー』という文字が書かれていた。

 

これ提案した人、絶対花陽ちゃんだ!

 

むしろ花陽ちゃん以外思い当たらない。

 

大好きなお米をスムージーにしちゃったよ、あの娘!

 

日本人の主食を飲み物にするとか……マジかよ。

 

「……白米スムージー、出来ますか?」

 

思わず苦い顔をしてしまい、それを見た女の子は心配そうな顔でこちらの様子を伺ってきた。

 

……オーダーされたからには要望に答えるのが店員ってもんだ。

 

「少々お待ちください」

 

何故かミキサーの近くに置かれていた炊飯器から白米を少々入れ、バナナと牛乳とハチミツを混ぜてミキサーでよく混ぜる。

 

スムージーの容器に入れ、フタをしてストローを挿して女の子に手渡す。

 

「どうぞ。……もし不味ければ返金もしますし、返品しても構いませんので」

 

白米スムージーを注文した女の子がストローに口をし、スムージーを飲み始める。

 

最初は不安そうな顔だったけど、飲み込むと一気に目を輝かせる。

 

「これ……すごく美味しいです!」

 

「ホントですか!?ありがとうございます!!」

 

よかったぁ……上手く出来てたみたいだ。

 

「明日ここでライブやるからぜひ参加しに来てね!」

 

にこちゃんが女の子たちに明日のPRを付け加えながら見送る。

 

営業スマイルと言うべきか外面向きの笑顔でさりげなく参加を呼び掛けてしまうあたり流石にこちゃんと言わざるを得ない。

 

さすがにこちゃんあざとい、略してさすにこ。

 

 

 

 

 

 

 

「みんな!行くぞ!!」

 

『せぇぇ……のぉっ!』

 

合図と同時に一斉に大きな風船についているヒモを思いっきり引っ張って立ち上げる。

 

『おお〜っ!!』

 

透明で大きなハート型の風船も空気が入れられてゲートと共に立ち上がると、それを見ていた人も引っ張りあげた人も大きな拍手が沸き起こった。

 

「やっと出来た……」

 

ゲートの設立を側で見守っていた穂乃果も、嬉しそうな表情をしながらそう話す。

 

「ところどころ曲がっていたりするけど……」

 

「これも味でしょ?」

 

「えぇ、そうね」

 

絵里ちゃんと綺羅も互いに笑い合う。

 

自分たちで作ったライブのステージ。

 

多少の変なところもあるけど、それがまたいい感じになっている。

 

「そんじゃオレは屋台の片付けの方に行ってきます」

 

「「「いってらっしゃ~い」」」

 

屋台を畳んでいる途中でゲート設立に呼ばれたので、自分のやるべき仕事をするために屋台がある場所へ戻る。

 

「松宮くんっ」

 

「綺羅?」

 

「私もご一緒していいかしら?」

 

「いいけどほとんどやることないぞ?」

 

「いいのいいの♪さっ、行こっか♪」

 

綺羅と一緒に屋台がある場所へ戻り、綺羅と共に撤収作業を進めていく。

 

と言っても彼女はオレのすぐ横で白米スムージーを飲み、オレはオレで売上の勘定するだけなんだけども。

 

ちなみに今日の売上は全てラブライブ!大会事務局へ全額寄付することが決まっており、μ'sを始めとした有名どころのアイドルグループが売り子として販売していたため売上は結構いい額を叩き出した。

 

「みんながいる場所にいなくてもいいのか?」

 

「ん?いいの。私湿っぽい話とか苦手だし……高坂さんがあの場で何を言おうとしてるか分かっちゃったから」

 

確かにオレも立ち去る直前に穂乃果が憂いを伴った表情をしてたのがチラッと見えたけど、それだけで何を言いたいのか分かるなんてな……。

 

「あの時と同じで今でもみんなと同じでμ'sが終わるのは悲しいわ。でも、私たちはそのμ'sの意志を受け継ぎ、見届ける権利……ううん、義務があるの」

 

「…………」

 

()()()()

 

彼女は初めてオレの名を呼び、立ち上がった。

 

「明日はスクールアイドル史に残る最高のライブにしましょ?」

 

オレに向けて手を差し伸べられたので、立ち上がって彼女が痛がらない程度の力で握り返す。

 

「あぁ。こちらこそよろしく頼むな、()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり暗くなっちまったな」

 

「そうだねぇ」

 

「雪穂もオレたちと帰ればよかったのにな」

 

「変なところで完璧主義だからねぇ……」

 

雪穂は『まだ振り付けが完璧じゃないから』ってことで亜里沙ちゃんと一緒に何処かへ行ってしまったので、オレと穂乃果で手を繋いで歩いて帰ってる途中だ。

 

「ところでそーちゃん」

 

「ん?」

 

「μ's活動終了するってみんなに言おうとした時いなくならなかった?」

 

……やっぱり気付いてたか。

 

気付いてたんなら否定のしようがないな。

 

「まぁな。オレがあの場にいるとピーピー泣いてたかもしれないしな」

 

「もうっ!穂乃果泣き虫じゃないもんっ!!」

 

「ウソばっかり。小さい頃から1人でいるのが苦手な甘えんぼで夏穂さんに怒られるとすぐオレの部屋に駆け込んできてた癖に」

 

「違うもん!うぅ~っ!!!」

 

繋いでいた手が離れ、ポカポカ叩かれるけど力が入ってないため全然痛くない。

 

「ほら。とにかく明日に向けて少しでも早く帰って少しでも長く身体を休めろ」

 

「そーちゃん!穂乃果の話はまだ終わってないよっ!」

 

明日に向けてオレたちは足早に帰路につく。

 

オレも明日に向けて準備をしないといけないしな。

 

μ'sの意志を受け継ぎ、その意志の継承を見届けるために……。

 

 

 




次でラストかも。

次回作についてはまだ自分の中で検討しています。



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Ex.14 We are 『SCHOOL IDOL』

いよいよラストです。

では、どうぞ。


今日はとうとうμ’s、A-RISEを始めとした呼びかけに参加してくれたたくさんのスクールアイドルによる、スクールアイドルの魅力を伝えるためのライブが開催される。

 

目覚めは良好、天候は雲1つない快晴だ。

 

ことりがデザインしてくれたネクタイを締め、μ'sメンバーのトレードカラーが刻まれた部分の場所を握り締める。

 

不思議だ……。

 

ただネクタイを握り締めているだけなのに、彼女たちの想いが流れてくるような気がする……。

 

「……よし」

 

準備は出来た。

 

……行こう、ライブ会場へ。

 

ここまで来た道筋のきっかけを作ってくれたあのお姉さんの置き土産であるマイクスタンドと海未から託されたノートを昨夜準備したとある物が入ったアタッシュケースに入れて家を出る。

 

「あら壮大くん。朝から早いわね」

 

「おはようございます、夏穂さん。ライブ前にどうしてもやらなきゃいけないことがありますので。では、いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

夏穂さんに挨拶をしてから朝の爽やかな空気を吸いながら歩き、今日のライブの集合場所となっているUTX高校に着いた。

 

μ's関係者はオレが一番乗りだったが、UTXの出入口付近で小柄な少女が春の暖かな風に当たっていた。

 

「壮大くん、おはよ」

 

「おはよ。何してんだ?」

 

「別に何もないわ。いいライブ日和になったわね、って」

 

「あぁ。そうだな」

 

最高の天候に最高のステージは整った。

 

後はパフォーマンスを披露する彼女たち次第だ。

 

「控え室に案内するわ」

 

「よろしく頼む」

 

ツバサの後に続いて歩き始めると、どこからともなく1枚の花びらが目の前で舞っていたので右手で掴み、広げてみるとそこには1枚の桜の花びらがあった。

 

これって、あの時の……?

 

「どうしたの?」

 

「……いや、なんでもない」

 

瞬間的に過った考えを振り払い、改めてツバサの後に続いて控え室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

カーテンを開けると空は青く澄み渡り、太陽が燦々と降り注いでいた。

 

眩しすぎる日光を浴びて目を覚ました私は、制服に着替えて身支度を始める。

 

「おはよう、穂乃果」

 

「お母さんおはよう!」

 

お母さんが作ってくれた朝御飯を食べ終えたところで、私はとあることに気が付いた。

 

「そういえば雪穂は?」

 

「雪穂なら朝早く出掛けたわよ。あと壮大くんも雪穂よりも早く出掛けたわね」

 

「えぇ?そーちゃんも~?」

 

私が聞くよりも早くそーちゃんが朝早くに出掛けたことを聞き、早く出掛けた事よりも会場に行くまでの短い時間そーちゃんと一緒に行けないことが残念に思えた。

 

そーちゃん成分補給しながら行こうと思ったのにぃ……。

 

残念に思いながらも身支度を済ませ、玄関を出るとそこにはいつものようにことりちゃんと海未ちゃんが待っていた。

 

「穂乃果ちゃん!おはよっ!」

 

「おはようことりちゃん!」

 

「昨夜はしっかり眠れましたか?」

 

「バッチリ!それじゃあ行こっか!」

 

朝の挨拶をしてから私たち3人は、昨日約束したみんなとの待ち合わせ場所に向かう。

 

「そーちゃんったら私たちよりも先にライブ会場に行っちゃったんだって!酷いと思わない!?」

 

「えっとぉ……。今回ばかりは仕方ないと思うよ?」

 

「そうですよ。壮大にしか出来ない仕事だってあるんですから」

 

「ぶぅ~……。そーちゃん成分補給しながら行こうと思ったのにぃ……」

 

「何ですか壮大成分って……」

 

「そーくんイオン的なもの?」

 

「おーいっ!!穂乃果ちゃーんっ!!」

 

待ち合わせ場所へと向かう途中、この場にいないそーちゃんの愚痴を2人にぶつけながら歩いていると私たちが歩いているところから少し離れた場所から凛ちゃんが私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「凛ちゃんおはよう!花陽ちゃんも真姫ちゃんも!」

 

「3人とも早いですね!」

 

海未ちゃんは3人に対し、感心したようにそう話すと凛ちゃんは私たちにあることを話し出した。

 

「昨日かよちんの家に泊まったの!」

 

「へぇ〜!3人で泊まったんだ!」

 

「それに誰かさんが緊張して眠れないからって…」

 

「ち……っ!違うわよ凛っ!!ママが行っていいって言うからっ!!」

 

「………ママ?」

 

凛ちゃんが真姫ちゃんをからかうように話し、当の本人は顔を真っ赤にしながら反論し始めた。

 

ことりちゃんはというと真姫ちゃんがポロっと言った『ママ』という言葉に、首を傾げていた。

 

「真姫ちゃーんっ!頑張ってね〜っ!」

 

「あっ!真姫ちゃんのお母さんにゃ!!」

 

凛ちゃんが指差した方向を見ると、道路の反対側で手を振っている真姫ちゃんのお母さんがいたのでみんなで朝の挨拶をする。

 

「他のみんなのお母さんたちも集めてライブ参加するからね〜!」

 

「お母さんたちも!?」

 

真姫ちゃんのお母さんが言い放った言葉に私は驚きを隠せなかった。

 

ウチのお母さんは特に何も言わなかったから……。

 

それにお店はどうするんだろう?

 

まさかお父さんだけお店に残るってこと?

 

……って、それはないか。

 

なんだかんだでウチのお父さん仕事着のまま毎回大量のサイリウムを持って、超ノリノリでライブ会場に来るし。

 

「それじゃ、行こっか!」

 

凛ちゃんたち1年生組を加え6人となった私たちは、真姫ちゃんのお母さんに手を振ってから再びライブ会場に向けてゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

それからしばらく歩いていると、途中で絵里ちゃんと希ちゃんの2人に出会った。

 

「おはよう!今日は張り切っていきましょう!」

 

私たち6人を見つけた絵里ちゃんは、私たちに向かって挨拶をしてきたので私たちも挨拶をして返す。

 

「おはよう絵里ちゃん!」

 

「じゃあ、行きましょう!」

 

絵里ちゃんと希ちゃんも含め、私たち8人は目的地へ歩き出したと同時に希ちゃんは話し出した。

 

「今日は誰も遅刻しなかったみたいやね」

 

「でも、まだ分からないわよ?」

 

「いいえ。きっと誰よりも早く待ち合わせ場所に行ってるんじゃないかしら?」

 

誰も遅刻していない事を確認した希ちゃんはそう話し、真姫ちゃんがすかさず返す。

 

まだ1人ここに姿を見せていない人物がいる。

 

でも、聞いた真姫ちゃんも薄々は分かっているだろう。

 

私たちが想像した人物はその性格やアイドルへの情熱を踏まえ、メンバーの中で誰よりも早く待ち合わせ場所に向かっているはずだ。

 

「遅いっ!!」

 

待ち合わせ場所について早々にみんなは『やっぱりね……』と言った表情をしていた。

 

にこちゃんは私たちが来るまでずっとこの建物に寄りかかり、私たちを待っていたようだった。

 

「遅いわよ!何分待ったと思ってるの!?」

 

「ずっと一人で待ってたの?」

 

「張り切りすぎにゃ〜……」

 

「いいじゃない!ライブ当日なんだから!」

 

「はいはい。にこもそんなに目くじら立てないの」

 

花陽ちゃんと凛ちゃんの言葉に対し、そっぽを向いてしまった。

 

そんなにこちゃんを宥める絵里ちゃんも今ではすっかり馴染んだ光景だ。

 

「これでμ's全員揃ったわね!」

 

「あれ?そういえば壮大くんは?」

 

「なに?まさかにこたちの晴れ舞台に遅刻したっていうの!?」

 

そーちゃんがいないことを知った凛ちゃんや花陽ちゃんたちは慌て始め、にこちゃんの言葉に怒りの色が込められ始めるが絵里ちゃんが首を振って事情を説明し始める。

 

「心配しないで。壮大はライブ会場に準備しなきゃいけないことがあるって私のケータイに連絡が入ったからきっと今頃会場で待ってるはずよ」

 

「それならよかったにゃ!」

 

「まったく……、これでホントに遅刻だったらラブにこスマッシュの刑にするとこだったわ」

 

事情を知った凛ちゃんたちの表情に安堵の色が浮かぶ。

 

「それじゃあ改めて会場に向かいましょう!私たちは最後まで『スクールアイドル』!!未来のラブライブの為に今出来る全てを出し尽くしましょう!」

 

今日のライブで全力を尽くそうと絵里ちゃんは言った。

 

言い切った。

 

みんなはその言葉に何も言うことはなく、首を縦に振って頷いていた。

 

私を含めたみんなの気持ちはただ1つ。

 

未来の大会(ラブライブ)のために。

 

これから先、多くのスクールアイドルが輝ける舞台への道標を作るために。

 

「よしっ!UTXまで競争よ!」

 

「「「「「「「「へっ?」」」」」」」」

 

唐突に言い放った絵里ちゃんの不思議な言葉に疑問の声を一斉に上げると、絵里ちゃんはUTX高校に向かって走り出しながら突然に私たちに向かってこう言い残していった。

 

「負けた人はジュース奢りだから~っ!」

 

「「「「「えぇっ~!?」」」」」

 

「絵里ちゃんずるいにゃ〜!」

 

「待ちなさい絵里〜!」

 

「みんなには負けへんよ〜!」

 

凛ちゃんやにこちゃん、希ちゃんを始めとして他のみんなはライブ前にも関わらずかなりの力で絵里ちゃんの後ろ姿を追いかけて行った。

 

私はというとそんなみんなの後ろ姿をしばらく眺め、私もみんなを追いかけようとして走ろうとした。

 

「………あれ?」

 

1枚の赤い花びらが私の目の前で地面に向かってヒラヒラと落ち、その花びらを手に取ってジッと見つめる。

 

「これってあの時の……だよね?」

 

疑問形になってしまったが、この花びらは見覚えがある。

 

そーちゃんと一緒に行った不思議な世界で舞っていた物と同一の物だった。

 

花びらを見つめ、お姉さんの言葉を思い出しながら歩き出し、歩くペースを早め、最後には力強く地面を蹴って走り出す。

 

時々ジャンプしたりクルクル回転しながら走ったりと、身体の赴くままひたすら楽しみながら走っていた。

 

「穂乃果!!」

 

走り続けていると、大きな声で私を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

絵里ちゃんの声だ。

 

その声に反応しメインストリート……ライブ会場に向かって視線を向ると私の視線の先に、信じがたい光景が目の前に広がっていた。

 

「μ’sのみんな!待ってたわ!」

 

「待ちくたびれたぞ?」

 

「フフッ。主役はあとから登場ってわけね?」

 

A-RISEの3人を先頭に、後ろにはライブの衣装を身に纏った数多くのの人たちがいた。

 

でも、スクールアイドルだけじゃない。

 

音ノ木坂学院のみんなや雪穂に亜里沙ちゃんなどスクールアイドル以外の人たちもたくさんいた。

 

「これはいったい……?」

 

「見てのとおりよ!」

 

「あなたたちの言葉を聞いて……」

 

「これだけの人数が集まったんだ」

 

私たちの言葉が全国に伝わり、今こうして一同にたくさんの人がこのライブに参加して集まってくれたらしく、みんなもそれを見て感動のあまりに言葉を失っていた。

 

そして、私たちと共にここまで歩みを進めてきた最高のパートナーがついに姿を現した。

 

「……来たか」

 

「そーちゃん!」

 

彼はことりちゃんがデザイン・製作したのネクタイを締め、紐で旗のような赤い布が厳重に巻かれたポールを持っていた。

 

「そーちゃんは知ってたの?」

 

「全然?オレもついさっき知ったとこだ。まっ、そんな事よりもだな……」

 

そーちゃんは布に巻かれていた紐を解き、布が旗となり、ポールを片手に持ってバサッ!!とはためかせる。

 

するとそれを合図に左右にゾロゾロと動き出し、さっきまで道にたくさんの人たちが立っていたけど、ちょうどセンターラインに1本の道が出来た。

 

そーちゃんが持つ旗の真ん中には金の刺繍で『μ's』と書かれ、そーちゃんとA-RISEの3人が中心となって大声で叫び出した。

 

 

 

「μ'sの旗の下に集いし我が同胞たちよ!!!」

 

 

 

「今こそその時が来た!!」

 

 

 

「大会と違って今はライバル同士でもない!」

 

 

 

「我々はひとつ!!」

 

 

 

We are School Idol(私たちはスクールアイドル)!!』

 

 

 

「最高の仲間たちと共に最高のステージを!最高のライブをみんなに見せてやれ!!オレたちみんなの力で!!!」

 

 

 

「うんっ!!!」

 

そーちゃんやA-RISEを始めとした参加者全員の想いが声となり、波となり私たちを包み込む。

 

感動で涙が溢れ出しそうだけど、袖で拭ってからみんなに負けないくらいの大声で私たちからのメッセージを伝える。

 

「……みんな今日は集まってくれてありがとう!」

 

このライブに参加してくれたみんなに向かって、μ’sのリーダーとしてのお礼をみんなに話す。

 

今は絶対話さないといけないシチュエーションだ。

 

私が話し始めるとそーちゃんは静かに私の後ろで旗を掲げてくれた。

 

「いよいよ本番です!今の私たちならきっとどこまでだって行ける!!どんな夢だって叶えられる!!」

 

1度区切ってから、改めてみんなに向かって叫ぶ。

 

 

 

 

「伝えよう!スクールアイドルの素晴らしさを!」

 

 

 

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

μ's9人がいるメインステージから少し離れた場所で旗を掲げはためかせつつ、部屋から持ってきたマイクスタンドと共にライブを見ていた。

 

「~♪」

 

気が付けばオレもみんなで歌っている『SUNNY DAY SONG』を口ずさんでいた。

 

ハート型で透明の風船が割れ、中にたくさん詰まっていた赤と黄色の風船が空高く舞い上がる。

 

心地よい風がみんなのキレイな髪をゆっくりとフワッと揺らし、撫でるように吹いた。

 

みんなは最高の笑顔で輪になって肩を組み、喜びを分かち合う。

 

ライブの結果なんて彼女たちの笑顔を見れば一目瞭然だろう。

 

__お姉さん、見てますか?

 

__彼女たちの最高の笑顔を。

 

__彼女たちが羽ばたいていく姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、そうだ海未。例の件のやつ出来たぞ」

 

「えっ?あっ、ありがとうございます」

 

撤去作業の途中、海未と一緒に控え室へ戻る用事があったのでその際に託された作詞ノートを渡す。

 

ノートを受け取るとそのページを開いて書かれた詞を読んでいき、やがてページが閉ざされた。

 

「最高です。やっぱり壮大に頼んだ甲斐がありました」

 

「そんなに褒めるなよ」

 

「こんないい詞なのなら世に広めた方がいいのでは……?」

 

「いいんだよ。未発表曲くらいあったってバチは当たらんさ」

 

「そうですね……。壮大がそう言うならそうしましょう」

 

ノートを自分のバッグに閉まってまた撤去作業を再開させた。

 

あれはオレたちだけで共有したい曲だからな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

撤去作業を終え、すっかり夕方になってしまったが記念撮影を行うこととなった。

 

のんちゃんのカメラと今日参加してくれた人で持ってきたらしい三脚をお借りし、自動シャッターのタイマーをセットする。

 

「撮るぞーっ!!」

 

「「「「「はーいっ!!」」」」」

 

タイマーを起動させてから急いで最後尾に行き、今日1日掲げていた旗を広げる。

 

「えへへっ♪凛ちゃん、おりゃあっ!」

 

「にゃーっ!希ちゃんやめるにゃーっ!」

 

「いひひっ!」

 

「ふふっ!2人とも重いよ〜っ!」

 

「ちょっとにこ!押さないでよ〜!」

 

「そうよ!にこちゃん押さないでよ〜っ!」

 

「えへへっ♪気にしない気にしな〜いっ!」

 

「みんなふざけないの!……ふふっ!」

 

「えへへっ!」

 

「ふふふっ!」

 

最前列に位置するμ'sの9人は楽しそうにじゃれあい、笑い合っていた。

 

「じゃあみんな!練習した『アレ』行くわよ!……せ〜のっ!」

 

 

 

 

 

『『『『『ラブライブ!!』』』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、不思議な夢を2つ見た。

 

1つ目は雪穂と亜里沙ちゃんが音ノ木坂学院の緑のリボンを身に付け、偉大な先輩方に負けず劣らずの貫禄で入部希望の新入生にこれまでの歩みを語ろうとする夢を。

 

そしてもう1つは見たこともないステージ衣装に袖を通し、大きな花のようなステージで歌い踊るμ'sの姿がオレが作詞した曲を歌う夢。

 

その曲の名前は……。

 

 

『僕たちはひとつの光』。

 

 

 

 

 




これにてラブライブ!~Miracle and Track~完結です。

ご愛読ありがとうございました。

次回作は本編のアフターストーリーを投稿する予定です。

それまではR-18ver.や特別編を読みながらお待ちください。


ここまでありがとうございました!

次回作もまたよろしくお願いします!!


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Special Story
東條 希編 YELL


のんたんおめでとぉぉぉぉお!!!!

と言うわけで東條 希誕生日特別編お届けします!

インスパイア曲は卒業式でもお馴染みになりつつある、いきものがかりさんの『YELL』です。

それでは、どうぞ!


「壮くーん!早く起きんと寝坊助さんになるでー!!」

 

朝早くからエセ関西弁を操り、オレの部屋のカーテンを開け放つ。

 

オレは一度目を覚まし、カーテンを開けた犯人の顔を見てから……

 

「……ぐぅ」

 

二度寝することを試みた。

 

「ちょっと!こんな可愛い彼女が起こしに来てるのにそれはないんとちゃうん!?」

 

彼女はオレが被ってる布団を掴み、引き剥がそうとするがオレも二度寝すると決めたのでこの布団を譲るわけにはいかない。

 

「むう……。こうなったらアレをやるしかない……!!」

 

すると掴んでいた布団を放し、ようやく眠れると思ったがその考えが甘かったことを思い知らされる。

 

「むぐぅっ!?」

 

突然オレの身体が鉛のように重くなり、その原因を探る。

 

するとオレの身体の上で馬乗りになっている彼女を見つけた。

 

「どう?これで起きる気になったやろー?」

 

あ。そこに座られるとあかん。

 

「ほらほ…、ひっ!?」

 

あーもう、やっぱこうなっちまったじゃねぇか。

 

そんでお約束の展開が待ってんだろ?

 

「きゃぁぁぁあ!!壮くんのえっち!!」

 

ーーースッパァァァン!!!

 

ほら見ろ。幼馴染が朝起こしに来てそれに気づいてビンタする。

 

彼女は幼馴染じゃないけど、王道ラブコメのテンプレ的展開になっちまったじゃねぇか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「のんちゃん、痛い……」

 

オレは目の前にいる彼女が作った朝御飯をもそもそと食べている。

 

あぁ、叩かれたところがまだ痛い……。

 

「壮くんが朝からえっちぃ事考えるからやろ!?」

 

「だから若い男の人は毎朝こうなるんですって言ってるじゃないですかぁ……」

 

いくら弁明しても顔を赤くしてそっぽを向く。

 

そんな彼女の名前は東條 希。

 

元μ'sのメンバーで音ノ木坂学院の生徒会副会長さんだ。

 

のんちゃん……、希さんには2年前の音ノ木坂学院の卒業式の日に向こうから告白された。

 

何でも一目惚れだったそうだ。

 

それで告白された時、こんな物好きを好いてくれる人がこの世の中に存在するんだなぁって思ったりもした。

 

それで返事は『YES』。

 

それからオレとのんちゃんの交際が始まったと言うわけだ。

 

ちなみにのんちゃんとは、付き合い始めてから呼び始めた彼女の呼び名だ。

 

最初は顔を真っ赤にして慌てふためいていたのに、最近は慣れてしまったのか特に変わった反応が見られないからどうしようか考えているところだ。

 

「それでのんちゃん今日授業無いんだっけ?」

 

「うん。そういう壮くんだって授業も練習もないんでしょ?」

 

学部は違えども、同じ大学に通うオレたちで週に1日授業も練習もない日がある。

 

それが今日。

 

「それで今日はどうするん?」

 

牛乳が入ったマグカップを傾けながら聞いてくるのんちゃんの問いに、オレは少し悩んでからこう答えた。

 

「久々に何処かに出掛けよっか」

 

 

 

 

 

 

 

「いやー!!遊んだ遊んだ!!」

 

アミューズメントパークに行ってボウリングやダーツをしたり、ゲームセンターにあったエアホッケーで盛り上がったり。

 

何時だったかメンバー全員にオレを加えた10人で遊んだときもそうだったけど、のんちゃんも運動能力が高くてなかなかゴールが決まらなかった。

 

途中でパックが有り得ない軌道を描いたショットもあったりしたけど…。

 

そのあとは思いついた場所に行っては楽しんで、楽しみ尽くしたと思ったらまた別の場所に行ったりして気が付けばもう夕方になりかけていた。

 

「あ、そうだ。のんちゃん?」

 

「んー?」

 

「最後に寄りたい場所があるんだけど、いいかな?」

 

さぁ、今日という日を彩るフィナーレといこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Side 東條 希~

 

壮くんに連れられてやって来たのは、ラブライブ!最終予選の会場となったストリートアーケード。

 

ここにつれてきて一体何をしようって言うのかな…?

 

「のんちゃん……いや、希さん」

 

うちの目の前に立った壮くんは、付き合う前にうちを呼んでいた呼び名に戻していた。

 

「実はあなたに伝えなければならないことがあるんです」

 

しかも、今までで一番真剣な目付きだった。

 

その目を見たうちは何も言い返せなくなっていた。

 

「実はオレ、9月からアメリカに渡ることになりました」

 

「え!?」

 

驚くうちの様子を特に気に止めること無く話を続ける。

 

壮くんの話の内容はこうだった。

 

何でもうちが音ノ木坂を卒業してからアメリカのクラブチームのコーチが壮くんを世界一に導きたいという勧誘をしていて、大年2年までに日本一になれたら渡米すると言う条件で日本に残っていたらしい。

 

それで昨年の日本選手権で優勝したことをキッカケに、そのクラブチームのコーチが来日して壮くんを説得してつい先日壮くんはOKを出したというわけらしい。

 

「それでうちはどんな反応を示したらええの?」

 

うちはいつの間にか目から涙が溢れ落ちていた。

 

このまま泣いて引き留めればいいと言われるのか、それとも無理に涙を拭いて笑って送り出せばいいと言われるのか…。

 

それともここで別れを告げられるのか…。

 

「オレがアメリカへ行っても、オレの彼女としていて支えてくれますか?」

 

お別れの言葉でも、どのような反応をしてほしいかという言葉でもない。

 

目の前の青年は優しい笑顔で両腕を広げていた。

 

うちはその広げられた腕の中に入り…、

 

「フッ!!」

 

海未ちゃん直伝のボディーブローを叩き込んだ。

 

「ぐふぉっ!!何で殴るんですか!?」

 

「バカバカ!勿体ぶるからてっきり『アメリカに行くから別れてくれ』っていう話やと思ったやろ!?悪くない話なら最初から言ってや!」

 

ポカポカと彼の胸を叩く。

 

「返事を聞かせて貰っていいですか?」

 

「そんな意地悪な彼氏の事なんか知りませーん」

 

プイッとそっぽを向いたら、後ろから優しく抱きつかれた。

 

何やこれ…、むっちゃ恥ずかしいやん……!!

 

それに、人だって通ってるのに……!!

 

「ねぇ、人が見てるよ?」

 

「知ってます。それに、関西弁じゃなくなってますよ?」

 

「だったら早く離れてよ……、それに関西弁関係ないでしょ?」

 

「希さんが返事を返してくれたら離します」

 

「もし、返事をしなかったら?」

 

「ずーっと離しません」

 

「それはそれで、いいかも……」

 

「いやいやいや……」

 

そうやっていつもいつも優しくする…。

 

ホントにこの人はいつも卑怯や。

 

だから…、

 

「ええよ。でも、浮気なんてしたらおやつにしちゃうかもしれへんよ?」

 

「それ、ことりのセリフ……」

 

って言いながら解放してくれた。

 

あーあ、もうちょっと抱きついておけばよかった……。

 

「ほな、帰るで?」

 

「あ。あとほんのちょっとだけ待ってください」

 

帰ろうとすると、壮くんが呼び止める。

 

そして時計台のベルが鳴り、アーケードの電飾が白基調のライトからオレンジ色に変わった瞬間…、

 

 

 

 

「んっ……」

 

 

 

彼に唇を奪われた。

 

 

 

 

そして彼は…、

 

 

「オレ、希さんとなら何処までも行ける気がするんです。だからそれまでは一時サヨナラですね。それと、誕生日おめでとうございます」

 

泣きながらそう笑い、誕生石をあしらったペンダントが渡された。

 

 

 

Side out

 

 

 

 

~♪BGM:YELL/いきものがかり~

 

 

 

 

オレはその後、服飾の勉強で留学中のことりとロシアへ留学中の絵里ちゃん、音楽学校の発表会で来れなかったという真姫以外のメンバーに見送られてアメリカへ飛び立った。

 

アメリカに渡ってから最初は、言葉の壁や文化に苦しみながらもメキメキと競技力をつけたオレが大学4年の時に念願の夢だったオリンピックの代表選手に選ばれた。

 

そしてそこで日本歴代最速タイムをマークし、男子短距離史上最年少でファイナルに進出することができた。

 

結果は6位だったが、大健闘だとも言われ日本に帰国した。

 

そして…、オレは高校3年当時から付き合っていた彼女にプロポーズをし、大学を卒業すると同時に彼女との結婚をすることに決めた。

 

ささやかな祝福を受けた彼女は、とても幸せそうだった。

 

その幸せがいつまでもいつまでも、続きますように…。

 

 

 

~Fin.~

 

 

 




初めて誕生日による特別編の投稿でしたね。

構想10分、執筆4時間の割に薄っぺらい内容ですね…、反省です。

んじゃ次回こそ後日談を投稿しますので…。


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『UA1.5万感謝御礼企画』 時には昔の話を

お陰さまでユニーク15,000を越えました。

これも読んでくださった読者皆様のお陰です!

今回のお話は主人公とツンデレお嬢様との出会いのエピソードです。

それでは、どうぞ!!


ーーピンポーン!

 

「はーい!」

 

食材を買いに行こうとした土曜日の夕方に差し掛かろうとしている時間に、唐突にインターホンが鳴った。

 

ネットショッピングでのお買い物もしてないし、親からも海外からのお土産を送ったという話も聞いていない。

 

誰だろう?と思い、ドアを開けると意外な人物が立っていた。

 

「……真姫?どうしたんだ?」

 

「えっと……、今日から明日にかけてパパとママが学会に行ってていなくて使用人の人も急にこれなくなったって……」

 

「だからオレの家に駆け込んできた……と」

 

真姫は涙を浮かべながら、小さく頷く。

 

「だから泊めて欲しいんだけど……、ダメかしら?」

 

涙目に上目遣いでお願いされた。

 

「凛ちゃんや花陽ちゃんの家に行ったらいいじゃねぇか」

 

「お願いしてみたんだけど、今日明日だけは無理だって……」

 

こりゃまた都合が悪いときにぶつかっちまったのか……。

 

1つ都合が悪いことが起きると立て続けに起きるものとはよく言ったものだ。

 

現に目の前に立つ幼馴染も、たらい回し(?)にされて駆け込み寺のようにオレん家にやってきたのだろう…。

 

オレは溜め息をついてから、ドアを解放する。

 

「別にいいけど、これから買い物しに行かないと食べるものがねぇぞ?」

 

「そうなの?」

 

「これから行こうと思っていたときにキミが来たって訳だ」

 

「なら、私も行きたいから一緒に行きましょ?」

 

泊まっていってもいいと解釈し、後ろから後光が見えそうなくらい明るくなった幼馴染の手に引かれて近所のスーパーへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

夜メシはリクエストにお応えして、ミートソーススパにしてみた。

 

オレも最近知ったんだが、ミートソースとボロネーゼの違いはトマトの使用量の差なんだそうだ。

 

ミートソースの方がトマトをふんだんに使っていて、ボロネーゼはトマトの使用量はミートソースの大体半分でパスタの本場イタリアでは基本的にミートソースとは言わないらしい。

 

「ごちそうさま」

 

「意外と食べたな…」

 

普段の1.5倍は食べたんじゃないか?

 

それに本人は気付いていないだろうけど、ほっぺにはさっきまで食べていたミートソースがついている。

 

「食後のコーヒーはいかがなさいます?」

 

「少し甘めにお願いできるかしら?」

 

「へいへい…」

 

 

 

食後のコーヒーを飲んでいるとき、こちらを見ているのに気がついた。

 

「どうした?」

 

「あ、いや…なんでもない」

 

声を掛けたらまたコーヒーが入ったマグカップに視線を落とした。

 

「なんでもないってことはないだろ?さっきからチラチラこっち見やがって…。そんなに話しにくい内容の話なのか?」

 

「そういう訳じゃないけど……、はぁ…。」

 

真姫はマグカップを置いて、一呼吸してから本題を切り出してきた。

 

「あなた、私と初めて会ったときの事覚えてる?」

 

初めて会ったときの事か…。

 

過去の記憶を遡り、答えに辿り着いた時ふと目の前に座る幼馴染を見ると唇をキュッと噛み締め、またマグカップに視線を落としていた。

 

「確か西木野総合病院の子どもの遊び道具とかが置いてあるスペースだったっけ……」

 

 

 

 

 

~Side 西木野 真姫~

 

 

壮大と初めて出会った時の事を思い出していた。

 

あの時のことは私は忘れはしない。

 

まだ4歳くらいの時だった。

 

私はママに手を引かれながら保育園からパパとママが働いている病院に連れて来られて、仕事が終わるまでここで遊んで待っていなさいと言われ、遊び道具が置かれているスペースに一人取り残された。

 

今となってはパパやママには悪いと思っているが、そこのスペースに置かれている絵本や遊び道具は粗方遊び尽くしたのでとても退屈な時間になってしまっていた。

 

何をしようかと迷っていた私だったが、一人の男の子が私がいるスペースに入ってきた。

 

「こーんにーちはーっと……うぉっ!?」

 

その男の子は挨拶をしながらスペースに入ってきたのだが、私を見て驚きを隠せずその場から1歩後ろに下がった。

 

「なぁんだ、おれだけじゃなかったのか…一人だったらここでねてようとおもってたのに……」

 

男の子は一人でぶつくさと一人言を言ってたんだっけ……。

 

「あなたは…、だれ?」

 

人見知りだった私は勇気をもって男の子に聞いてみた。

 

今考えるとあなたは誰?って聞いたら普通は怒るだろうけど、その男の子は怒りもしないで私に名前を教えてくれた。

 

「そうた…、おれは『まつみや そうた』っていうんだ。きみのなまえは?」

 

「にしきの…、まき…」

 

「まきちゃん?うーん、いいづらいから『きーちゃん』だ!」

 

私の事を初対面で『きーちゃん』と呼んだのは後にも先にもこの壮大だけだ。

 

今思うと酷い渾名だと思う…。

 

けど、その当時は西木野総合病院の娘ってだけで色々と制約がかかる生き方だったから、むしろ初めて渾名で呼ばれたことが心地よかった。

 

「きーちゃん、このパズルやってみない?」

 

壮大がとことこと私の隣に座り、手に持っていたのは400ピースのジグソーパズルとパズルをするためのパネル。

 

小さい子どもが来ることの多いこのスペースの隅っこにひっそりと眠っていた物だ。

 

当時の私もチャレンジしてみたが、余りにも難しすぎて出来ずママに泣きついた事もあった。

 

けど、壮大はこのパズルをやってみないか?と私を誘ってきた。

 

もしかしたら、2人でなら出来るかもしれない…。

 

そう思い、私は頷いた。

 

それを見た壮大はパネルを置いて、そのすぐ横にパズルのピースをばらまき協力してパズルを解き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「これ、ここ……」

 

「そっか。ならこれはここじゃない?」

 

パズルを解き始めて1時間くらい経った。

 

残り20ピースくらいになった時だった。

 

「真姫ー!そろそろ帰るわよー!」

 

「壮大!俺が母さんに怒られちまうから早く帰るぞ!!」

 

私のママと壮大のお父さんが私たちがいるスペースに入ってきた。

 

せっかくここまで解いたのに帰らないといけないの?と思い、幼い私は声をあげて泣いてしまった。

 

その姿をママはどうしていいのか分からず、おろおろし始めた。

 

泣いてる私を慰めもせずに、歩いて大人2人のところにいった壮大は帰ってしまうのかと思ったが実際は違った。

 

「とーさん、きーちゃんのおかあさん……でいいのかな?あとすこしでパズルができそうなんだ。もうすこしやらせてください」

 

って言ってくれた。

 

それを聞いたママと壮大のお父さんは、近くにあったイスに座って私たちがパズルを解き終わるまで待ってくれた。

 

そして解き終わったパズルを2人に見せ、そのパズルはしっかりとアクリル板で封をして近くの棚の上に飾ってもらって壮大のお父さんが何故かカメラを持っていて、2人並んで写真を撮った。

 

 

Side out

 

 

 

 

 

「……ってことがあったのよ」

 

そんなこともあったなぁ…。

 

その後、家に帰ったオレと親父は『健康診断だけで何でこんなにも時間がかかってるのよ!!』って親父だけが怒られていた。

 

そして、1年後くらいに真姫の親父さんとオレの親父が高校時代からの同級生だってことを知り、真姫の方が1つ年下だったってことにさらに驚いたり真姫がオレのことを『おにーちゃん』って呼ぶようになったりといろいろあった。

 

でも、何故かあの時だけは帰るなんてこと考えは無かったんだよなぁ…。

 

今となってはその時どう思っていたかなんて分からないけど、きっと声をあげて泣いていた真姫をほっとけなかったんだと思う。

 

「そういえばだけどさ、何でこんな話になったんだ?」

 

すると一度荷物とはまた別のバッグのところに行き、パネルとアクリル板とバラバラになったジグソーパズルを持ってきた。

 

「遊び場の玩具新しくするって言ってて処分されそうになったから、私が無理を言ってパパから貰ったの。……また一緒にやってみない?」

 

「そうだな…、やってみるか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい、ラスト1ピースをここに埋めてっと……!」

 

壮大が持っていた最後のピースを埋めると、パズルはあっさりと完成してしまった。

 

時間にして、ものの10数分で出来てしまった。

 

「子どもの頃はかなり時間かかったのに、呆気なかったわね……」

 

「オレも真姫もそれだけ成長したってことなんだろ?」

 

あの頃に比べて背が高くなり、オレはより大人の男性らしく…真姫はより大人の女性らしく成長した。

 

もちろん色んな体験をしてきて、精神的にも成長した。

 

真姫の場合は精神的に成長しすぎて、思ったことを素直に口に出せない性格になってしまったが…。

 

でも、成長しても変わらないものもあるとオレは思ってる。

 

「そうね……」

 

その1つが、目の前に座る幼馴染の微笑みだ。

 

あの時…、パズルが完成した時の笑い合った顔と同じだ。

 

「ところで寝る場所はどうする?なんなら小さい頃と同じように一緒の布団で寝てみるか?」

 

「あら、別にあなたがいいなら一緒の布団でもいいわよ?」

 

え!?まさかの開き直り!?

 

「ちょちょちょ!!そこは顔を赤くして『はぁ!?何で私があなたと一緒の布団で寝なきゃならないのよ!イミワカンナイ!!』って言うところだろ!?」

 

「別に壮大と一緒に寝るくらいなんともないわよ。それともなに?私の知らない間に付き合ってもない女の子に手を出すような下衆な男に成り下がったの?」

 

「まさか!そんな訳ねぇだろ!?」

 

人間の成長期は男性より女性の方が先に来ると言う。彼女もまた例に漏れずにオレよりも一回りも二回りも精神的に成長っていうか図太くなったというか……。

 

「ならいいじゃない。ほら、さっさと行くわよ?」

 

そう言い残し、オレの部屋に向かうため階段を上がっていった。

 

どうやらオレは、先に成長し終えた彼女には頭が上がらないと言うことを悟った。

 

 

そして次の日、朝起きるとオレの上着を掴んで離さないようにして眠っている姿を見てこの辺は変わって無いんだな……と改めて実感させられるのだった。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

この話を読んでみたいから書いてほしい!という方がいらっしゃいましたら活動報告の方に言ってくれれば、出来るだけ書くつもりでいます!

では、ほんぺんの方もよろしくお願いします!



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『UA3万感謝御礼企画』 そうだ、プールへ行こう

夏ならやっておかねばならない話がある。

というわけで、今話はあるメンバーの妹とのお話。

それでは、れっつごー!


「泳ぎを教えてほしい?」

 

「うん……」

 

いきなり部屋のドアが開いて、また穂乃果が来たのかと思ったら意外や意外。

 

なんと雪穂が訪れたのだ。

 

雪穂の手には勉強道具を持っていなかったので、事情を聞いてみると少し困ったことになったのだそうだ。

 

何でも来週末の休日に雪穂とその友達数人で最近新しくできたレジャープールに遊びに行くことになったのだが、まさか泳げないから行かないという訳にもいかず、つい見栄を張ってしまったのだそうだ。

 

中学まで水泳部だった穂乃果に教えてもらうという案を出したが、まさかこの歳にもなってあまり泳げないというのを姉に知られたくないという意固地が働いて、言い出せなかったようだ。

 

「まったく…、このおバカ」

 

「ぅあいたっ…」

 

雪穂の額にデコピン1発。

 

デコピンされたところを抑えつつ涙目になる雪穂を見て、頭を掻きながら溜め息をついた。

 

「……んで?いつがいいんだ?」

 

「えっ?」

 

「泳ぎを教えてもらいたいんだろ?」

 

「ホント!?」

 

雪穂は嬉しさのあまり、オレに飛び付こうとするが頭を抑えて距離を取る。

 

穂乃果に飛び付かれるのは慣れているのたが、生憎雪穂には慣れていない身なんでな…。

 

「じゃあ…、明日じゃダメ……かな?」

 

「……分かった」

 

「ぃやったぁ!!」

 

普段はクールな雪穂なのだが、無邪気に喜び年相応の笑顔を姿を見てやっぱりまだまだお子様なんだな……と一人思うオレだった。

 

 

 

 

 

 

家の近くのバス停からバスに乗車してからおよそ40分程度かけて到着した先はシーマリンパーク東京。

 

アミューズメントパークと銘打たれるだけのことはあり、面積は東京ドーム3つ分を誇るレジャー施設だ。

 

何でも下見がしたいらしくて今回は下見も兼ねてということらしいのだが、東京ドーム3つ分の敷地だけあってゲートも相当高いし何より人が結構多い。

 

初めて来場したカップルによる記念撮影や、親子連れで一目散に走る子どもとそれを咎める親御さんなどで溢れかえっていた。

 

そんな光景を横目にオレと雪穂は受付を済ませ、それぞれの更衣室へ入る。

 

男のオレは女の子である雪穂とは違い、準備にそう時間はかからない。

 

なので一足先に着替え終えたオレは分かりやすい目印となるパラソルを見つけ、メッセージを飛ばす。

 

パラソルの下に備え付けられているチェアに横たわり、水着の腰の部分にかけているサングラスをつけて天井を見上げる。

 

短い時間だけど眠気が襲ってきて、うとうとし始めたその時……

 

「お待たせ!壮にぃ♪」

 

上から聞き慣れた雪穂の声が聞こえてきた。

 

いつもより楽しそうな声色をしていたので、サングラスを取って目を開けて確認する。

 

「へっ……?」

 

言葉を失った。

 

無垢の象徴でもある白を基調としたパレオがついたビキニを見事に着こなしていた。

 

雪穂は穂乃果よりもスタイルを気にする節があるのだが、オレからしてみれば胸は歳相応なのだがそれ以外はグラビアアイドルのように引き締まって見える。

 

胸の事を差し引いても、あまりにも似合いすぎてこいつホントに今年高校受験を受ける歳なのか?と思ってしまったくらいだ。

 

「壮にぃ、いきなり黙ってどうしたの?もしかして似合わなかったとか……?」

 

「へっ!?あ、あぁ!似合ってると思う……ぞ?」

 

「とか言いつつも、周りの人に私の水着姿を晒さないように立ち位置を変える壮にぃでありましたとさ。きゃーっ!壮にぃの所有物にされるー!」

 

「人聞きの悪いことを言うな!!」

 

所有物発言をした瞬間、近くにいたひ弱な男どもの視線がグリンッ!と効果音が聞こえそうな勢いでこちらに向いた。

 

「ホラ、さっさと行くぞ!」

 

「は~い……。あっ!その前に……、えいっ!」

 

掛け声とともに、にゅっと背伸びをしてオレのサングラスを取り上げる。

 

「何で室内なのにサングラスをかけてるの?」

 

そう言いながら取り上げたサングラスをパレオに引っ掛ける。

 

くそぅ……、そこに掛けられたら取ろうにも取れねぇじゃねぇか。

 

「いいじゃんか。思ってたよりも照明が強くて目がチカチカする」

 

「これくらい普通だって!それじゃ、行こっか!」

 

「やれやれ……」

 

雪穂に手を引かれ、あまり人がいないエリアのプールに連れていかれた。

 

それにしても何で女の子の手ってこんなにも小さいんだろうな……。

 

 

 

 

 

 

「雪穂…、どこまで買いに行ったんだ?」

 

あの後泳ぎのレッスンをしようということになり、一通り泳ぎを見たのだが教えられることはないくらい泳ぎが上手かった。

 

雪穂は『お姉ちゃんみたいに速くて上手に泳ぎたい』と言っていたが、穂乃果は元競泳選手だから雪穂みたいに特別決まった運動をする人じゃない人はあれくらい速く泳げたらその道の人が泣くぞ、と言って渋々だが理解させた。

 

そしてお昼くらいまで泳いで、お昼御飯買ってくると言ったきり戻ってこなかったのでこうして探しに歩いているところだ。

 

すると、前から雪穂が走ってきてオレの身体に埋もれるように抱きついてきた。

 

その瞳には涙が溜まっていた。

 

「雪穂!?どうしたんだよ!!」

 

「うぅ…、壮にぃ……助けて」

 

「オイオーイ、いきなり走り去るなんてナンセンスなことしてんじゃねーよー!」

 

「センパイ!あの子猫ちゃん彼氏連れですぜ!?どうしやすか!?」

 

何があった?と雪穂に聞く前に、明らかに雪穂にちょっかいを出したと思われる2人組のゲスい男たちが現れた。

 

そう言えば凛ちゃんと遊びに行った時もこんな展開だったなぁ…、とオレは溜め息をついた。

 

だが、その溜め息が男たちの怒りの琴線に触れてしまった。

 

「オイ、そこの兄ちゃん。今抱きついているその娘を離したら見逃してやるからさっさとお家に帰りな」

 

「悪いが、それは出来ねぇ相談だな。お前らの方こそ諦めたらどうだ?」

 

オレは雪穂の前に立ち、2人組から見えなくするように立ち塞がる。

 

そして小声で雪穂に管理人さんを呼んでくるように依頼する。

 

雪穂は一瞬だけ顔が青ざめたが、腕で涙をゴシゴシと拭いてオレの指示に従うように走り去っていった。

 

「なんだとゴルァ!?」

 

頭に血が上っている2人はこの場に雪穂がいなくなっていることに気付いていないようだ。

 

よかった……、こいつらが単細胞で助かったよ。

 

「そりゃそうだろう?ナンパした女の子が泣きながら逃げる時点であんたらは脈ナシなの。そんなことも分からないのか?」

 

「言わせておけば言いたい放題言いやがって……!ナメた口聞いてんじゃねぇぞ!!!」

 

『センパイ』と呼ばれたキレた2人組の片割れが拳を振り上げて襲いかかってきたと同時に、視界の隅には雪穂と一緒に管理人さんが走ってくるのが見えた。

 

なのでオレは拳を受け流しもせず、真っ向から拳を喰らった。

 

「ハッ!大した口を聞く割りには反撃もしないなんて、ザコじゃねぇか!」

 

反撃しないことに調子に乗ったのか、更なる追撃を試みようと再度腕を振り上げたところで……、

 

「キミたち!何をしている!!」

 

管理人さんがやってきた。

 

「公共の場で一方的に他人を殴るなんて何考えているんだ!さぁ、キミたちこっちへ来なさい!弁明は管理人室で聞くからな!!」

 

雪穂から事の顛末を聞いていた管理人さんが、主犯である2人組の男たちを凄まじい腕力で掴まえると、ズルズル引き摺って走ってきた方向へと消えていく。

 

「もうっ!!壮にぃのバカ!」

 

そして2人きりになったところで、雪穂は火がついたように怒り始めた。

 

「すみませんでした……」

 

「何で一人であんな危ない目にあってまであんなことをしたの!?もしこれで壮にぃが怪我なんてしたら……!」

 

目から大粒の涙を流し、泣き出してしまった。

 

そんな雪穂を見ていられなかったオレは、雪穂に近づいて優しく抱き締めながら頭を撫でる。

 

「ごめんな…、心配かけさせちまって。でも、雪穂を泣かせたやつを見ていてどうしても許せなくなっちまってさ……。だから、ホントにごめんな?」

 

「やだ、許さない」

 

なんとまさかの発言。

 

オレの腕の中にいるプリンセスはいったい何が御所望なのだろうか……。

 

「オレに何して欲しいんだ?」

 

具体的に何をして欲しいのかを聞くと、雪穂は涙を拭いて少し充血した目を細めて笑いながら答える。

 

「ここの時間が許す限り、私と一緒に遊ぼ?」

 

この要望に拒否権は無いので、オレは黙って頷くことにした。

 

 

 

 

お昼御飯(ここの名物スイーツでもある特大パフェ。お値段なんと2,000円込み)を食べて少し休んだオレたちが向かった先はウォータースライダー。

 

「登ってみたら結構高いね……」

 

「さすが日本最長と名乗りを上げているだけのことはあるな……」

 

順番が回ってくるのを待っている間、列に並びながら落下防止のフェンスから下を覗き込んでみる。

 

終着点である着水用プールでは、随分とハデな水飛沫が上がっているのが見えた。

 

多少の危険もありそうな感じがするが、ここがオープンしてから日が浅いとは言え事故が起きたというニュースは聞かされていない。

 

つまり、あのハデな水飛沫はこのウォータースライダーのフィニッシュを彩る演出だということになるのだろう。

 

「次のお客様、どうぞー」

 

順番が呼ばれたので、乗り口へ向かう。

 

「お客様は2名様でよろしいですか?」

 

「はい」

 

「では、こちらのボードをお使いくださーい」

 

係員のお姉さんから渡されたのは、円の形をしたボードだった。

 

「こちらのボードはカップルやご夫婦、家族連れのお客様にはこちらの専用ボートをご利用いただいておりまーっす」

 

「なぁっ……!?」

 

カップルという単語を聞いた雪穂は頭から湯気が出るほど赤くなっていった。

 

オレたちは幼馴染の妹と、姉の幼馴染の関係なのだが何も知らない人から見たらカップルのように見えるのか……。

 

でも雪穂が嫌なら別々で滑っていくのもいいのだけど……。

 

うーん、どうしたものか。

 

「壮にぃ?」

 

「どうした?」

 

「……どっちが前に乗る?」

 

パレオをキュッと掴み、上目遣いでオレを見る雪穂。

 

「嫌じゃないのか?」

 

「まさか!むしろ嬉しいというか……その……」

 

「ハイハイ!ラブってコメる展開は一部のお客様に対して多大なる迷惑をお掛けしますのでさっさとお乗りになられやがってくださいな?」

 

頬を限界まで引きつつも、目のハイライトさんが消えた係員のお姉さんが急かす様にオレたちをボートへと押し込む。

 

先に並んでいた雪穂が必然的に前になり、オレの身体に背を預ける形で座り込む。

 

雪穂がボートの前にある姿勢をキープするための手綱を掴み、オレは振り落とされないようにするため所謂あすなろ抱きをする。

 

「壮にぃ?変なところ触ったりしたら許さないんだからねっ!」

 

「分かってるよ。オレが雪穂が嫌がるような事するやつに見えるか?」

 

「見えないけど……」

 

なんてやり取りをしていると、後ろにいた係員のお姉さんの何かが切れるような音が聞こえてきた。

 

「み……」

 

「「み?」」

 

「見せつけてんじゃねぇぞゴルァ!!いいからさっさと滑っていきやがりなさいませお客様ァァァァア!!!いいや!限界だ押すね!今だッ!!」

 

係員のお姉さんの魂からの咆哮と共にオレの背中を押し、オレたちを乗せたボードが動き始める。

 

一気に加速したボートは、急角度のカーブやつづら折りを瞬く間に滑り落ちていきそのまま着水用プールに飛び込んだ。

 

「ぷはっ!!」

 

まず先にオレが着水用プールから顔を出す。

 

辺りを見渡し、雪穂の姿を探す。

 

「ぷはーっ!あー面白かったーっ!」

 

すると、オレより1.5メートルくらい先にいた雪穂が何事も無かったかのように水面に顔を出した。

 

「どうする?もう1回乗るか?」

 

「乗る!」

 

雪穂が着水用プールから上がり、ボードはオレが持って2人でウォータースライダーの階段へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

あの後、係員のお姉さんが血涙を流すまでウォータースライダーに乗るだけじゃなく様々なアトラクションを楽しんだオレたち。

 

そろそろ帰らないと夏穂さんに怒られると思い、名残惜しいけど帰ることになった。

 

「雪穂、今日は楽しかった……か?」

 

帰りのバスに揺られながら雪穂に話しかけようとしたが、返事の代わりに何か肩に乗る感覚があったのでそちらを見る。

 

「すぅ……すぅ……」

 

すると、雪穂がオレの肩を枕代わりにして眠っていた。

 

その寝顔はとても可愛く、そして心地良さそうだった。

 

不覚にもその寝顔にときめいてしまったオレは、ポンポンと雪穂の頭を撫でる。

 

「よしよし、今日もたくさん遊んで疲れたろ?最寄りのバス停に着いたら起こしてやるから今はゆっくり寝てろ。……な?」

 

「うにゅ…、そう……にぃ……」

 

オレが言ったことが聞こえたのか定かではないが、雪穂はオレが着ている上着をキュッと掴んで微笑む。

 

また、来ような?

 

今度は穂乃果も誘って…、さ。

 

オレは最寄りのバス停につくまでずっと雪穂の頭を撫で続けた。

 

 

 



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矢澤 にこ編 恋愛写真

ちくしょー!!
間に合わなかったぁぁぁあ!!

と、言うわけで今回の特別編は前回とはテイストを変えてみました。

強いてイメージソングを挙げるとするならば大塚 愛さんの『恋愛写真』です。

あくまでもイメージなのであしからず。




何気なくテレビをつける。

 

すると20代も後半に差し掛かるであろう女性が髪をツインテールにしてリボンで留めて大御所の司会者に突っ込まれているシーンが映し出されていた。

 

『そんなこと言ってホントは彼氏の1人や2人いるんじゃないのー?』

 

『やだぁー!青空はぁ、応援してくれるみーんなが彼氏なんですぅー!!』

 

『いや別に今はネコ被らんでええんやで?』

 

『ちょっ!!何でよぉ!』

 

自分のことを『青空』と呼んだ彼女は芸名で、本名は矢澤 にこ。

 

活動期間は1年と短かったがスクールアイドルの頂点を決める大会、ラブライブにて当時最強と誰もが信じて疑わなかったアイドルグループ『A-RISE』を破り、優勝をかっさらったアイドルグループ『μ's』のメンバーの一人だ。

 

そしてそれと同時にオレの大切な彼女でもある。

 

 

 

 

 

にこちゃんは高校卒業後、プロのアイドルを夢見て芸能界へと足を踏み入れた。

 

そしてここ3年ほど前にブレイクしたドラマで主演を務め、高い演技力を買われて女優に転身。

 

芸人並みにイジりやすい演技派女優として華々しい芸能生活を送っている。

 

そんなにこちゃんだが、今日から3日間オフを貰ったのだそうで朝からオレの家に入り浸っていた。

 

「はぁー…、やっぱあんたの家は落ち着くわねぇ……」

 

ソファーに寝そべり女優としてファンのみなさまに見せてはいけない体勢になっていた。

 

「お腹出てるよ?」

 

「別にいいじゃない。ここんとこ撮影とか映画の舞台挨拶とかでてんてこ舞いだったんだから」

 

「いやその理屈はおかしい」

 

今やテレビをつければにこちゃんを見ない日なんて珍しいくらい有名になっているけど、オフだからってここまで落差があるものなのか?

 

「にこちゃん、準備出来たしそろそろ出発したいんだけど?」

 

「分かってるわよ。それじゃそろそろ行きましょうか?」

 

にこちゃんとオレは家にカギをかけ、車庫に停めてある車に乗り込んだ。

 

オレのバッグに1つのケースを忍び込ませながら……。

 

 

 

 

 

 

 

オレの運転でやって来たのは東京都から遥か北に位置する小さな都市の温泉村。

 

何でも近くに活火山があり、その地熱を利用した温泉が有名なんだとか。

 

にこちゃんがオフと言うこともあり、『それなら思いっきり羽根を伸ばそうよ』って事でやって来たわけだ。

 

「すみません、予約していた松宮と言うものです」

 

「はい、松宮様2名でございますね?お部屋の方に案内致します」

 

宿の女将さんにやって来たことを伝え、女将さんの後についていくオレたち。

 

「にこちゃん、荷物持つよ」

 

「いいわよ。荷物くらい自分で持つわよ」

 

「まぁまぁ、そんなこと言わずに」

 

2人で堂々巡りしていたのだが、やがてにこちゃんが折れたのかズイッとにこちゃんの荷物をオレに渡してきた。

 

「では、こちらになりますのでごゆっくり寛ぎ下さい」

 

女将さんに案内された部屋に入ると、2人で使うには少し広めで窓の外からは青々とした木々や雄大に落ちる滝などが見える。

 

一通り部屋の中を確認したオレは2人分の荷物を置くと、にこちゃんは窓際に設置されたテーブルの上に置かれていた湯呑みに手を伸ばした。

 

「ここまで一人で運転して疲れたでしょ?今お茶入れてあげるから待ってなさい」

 

スプーン一杯分のお茶のパウダーを湯呑みに入れ、お湯を注いでくれた。

 

「はい、お茶よ」

 

「ありがとう、にこちゃん」

 

にこちゃんに入れてもらったお茶を啜る。

 

ふわっとしたお茶の甘味が口の中に広がり、思わずほうっ…と息を吐いた。

 

それを見たにこちゃんは『何よ、おじいちゃんみたいなリアクション取らないでよね』と呆れていた。

 

「メシまでまだ時間はあるけどどうする?」

 

「そうね…、ここはのーんびりとお風呂に入るのも悪くないかもね」

 

お風呂に行くと決めたオレとにこちゃんはお風呂のセットが入ったカゴとタオルと着替えを持って部屋からお風呂場に向かう。

 

「ここって混浴あるのかな…?」

 

「何バカな事言ってるのよ…混浴なんてあるわけないじゃない。もしあったらにこにーのダイナマイトボディで壮大をメロメロにさせてあげるわよ?」

 

ダイナマイトボディ…ねぇ。

 

出来るだけ正面を向きつつ視線だけをにこちゃんのとある一部分を見る。

 

「……フッ」

 

そして思わず鼻で笑ってしまった。

 

「あんた今どこを見て鼻で笑ったのよ!?今なら怒らないから正直に言いなさい?」

 

ギャーギャーとヒステリックに取り乱すにこちゃんが手をブンブン振り回しながら突っ込んでくるが、にこちゃんの頭を抑える。

 

するとにこちゃんは腕をグルグル回しながら抗議の声をあげた。

 

「にこちゃん」

 

「何よ?」

 

「オレはそんなにこちゃんも好き……だよ?」

 

「疑問系で言うなっ!!」

 

 

 

 

 

 

温泉に浸かり身体を暖めたオレとにこちゃんは部屋に戻るとちょうど夜メシの準備ができていた。

 

「お風呂上がりですか?」

 

見た目よりも気さくな女将さんがにこやかに話し掛けてきた。

 

「えぇ。長旅だったものですから温泉に浸かるのもいいかなって思いまして」

 

「あらあら。それはそうと今日はこの近くで小さなお祭りがあるんですよ?夕食を食べ終えたら行ってみてはいかがでしょう?」

 

オレ一人なら行ってたかも知れないけど、にこちゃんはプライベートでここに来てるので人混みができてしまうお祭りに行くのは少し気が引けてしまう。

 

「あはは…、考えときます」

 

なので女将さんの気遣いを無駄にしないような返事をすると、女将さんは部屋から出ていった。

 

「いいじゃない、お祭り。ご飯食べ終わったら行きましょ?」

 

予想とは裏腹にお祭りに行く気のにこちゃん。

 

「でもいいの?もしかしたらバレるかも知れないよ?」

 

「大丈夫よ。普段から変装はいつもつけてるリボンを外すだけで案外バレないものなの。それとも何?にことお祭りに行きたくないって言うの?」

 

「まさか」

 

「決まりね。ほら、冷めないうちに早く頂きましょ?」

 

オレとにこちゃんはイスに座り、普段口にすることが無いくらい豪勢な夜メシを食べ始める。

 

結構量が多かったのでにこちゃんが食べ切れなかった分をオレが食べたので少し腹が苦しくなったのはにこちゃんには内緒だ。

 

そして部屋のカギをフロントに預けてから、宿から歩いて数分。

 

小さな商店街の道路の両端には屋台が何軒も出店していて、歩道の上にかけられているアーケードからは提灯や風鈴が下げられていた。

 

女将さんは小さなお祭りと言っていたが、予想よりも多くの人だかりができていた。

 

にこちゃんの手を繋ぎ、適当に歩いていると急ににこちゃんが立ち止まった。

 

「ねぇ、壮大」

 

「ん?」

 

「あの子…何だか様子がおかしくない?」

 

にこちゃんが言ったことが気になったオレは、にこちゃんが向いている方向を見た。

 

そこには人混みに紛れ泣きじゃくっている一人の女の子がいた。

 

親と一緒に来てはぐれちゃったのかな…?

 

数秒目を離した隙に、にこちゃんは泣いている女の子のところに向かっていた。

 

オレは慌ててにこちゃんを追い掛けた。

 

「どうしたの?」

 

にこちゃんが女の子の目線と同じになるくらいまでしゃがみ、女の子の頭に手を乗せた。

 

「おかあさんと…、はぐれちゃったの」

 

泣きながらもしっかりと説明してくれる女の子。

 

「そっかぁ…、お母さんとはぐれちゃったのかぁ。でもお姉ちゃんがいるからもう大丈夫だよっ!ほら、手を出して真ん中の指とお姉さん指を折り曲げてみて?」

 

「こう?」

 

「そうそう、上手上手。そしてそれを頭のすぐ横に持って行ってみて?」

 

にこちゃんと女の子は中指と薬指を折り曲げ、こめかみの部分まで持っていく。

 

「にっこにっこにー♪はい、やってみて?」

 

「にっこにっこにー…?」

 

「もう一回やってみよっか?はいっ!にっこにっこにー♪」

 

「にっこにっこにー♪」

 

笑顔でにっこにっこにーをやるにこちゃんを見て、泣いていた女の子も真似してにっこにっこにーをやると次第に笑顔が出てきた。

 

「どう?元気出てきたでしょ?」

 

「うんっ!おねーちゃんまほーつかいみたい!」

 

「あ!ようやく見つけた!!」

 

遠くから女の子の母親らしき女性が走ってきて、水を掬うように女の子を抱き上げた。

 

「ゴメンね?知らない人ばかりで怖かったでしょう?」

 

「ううん。そこのおねーちゃんがえがおになるまほーをおしえてくれたからもうこわくないよ!」

 

「笑顔になる…魔法?」

 

女の子の母親は首を傾げるが、女の子の無邪気な笑顔を見てからこちらに目線を向けた。

 

「娘を助けて頂いてありがとうございます」

 

「いえいえ。私は泣いているその子を笑顔にさせたかっただけですから……」

 

女の子の母親の感謝を大人の対応でもって返すにこちゃん。

 

「ホントにありがとうございました!ほら、そろそろいこっか。お姉ちゃんにバイバイは?」

 

「おねーちゃんバイバーイ!」

 

「うんっ!バイバイ!」

 

にこちゃんは親子が見えなくなるまでずっと手を振り続け、見えなくなると静かに手を降ろす。

 

その時の表情はどこか切なさが入り交じっていたような気がした。

 

 

 

 

 

 

お祭りの屋台回りをそこそこに切り上げ、オレとにこちゃんは河川敷の芝生に腰を下ろしていた。

 

「あの子、無事に親御さんが見つかってよかったね」

 

「そうね…」

 

「でも、まさかあそこでにっこにっこにーが見れるとは思わなかったなぁ……」

 

「し…、仕方ないじゃない!あれしか方法が思い付かなかったんだから!」

 

「ちょっと寒くないかにゃー?」

 

「ぬぁんですってぇ!?」

 

普段はお互い多忙のため、こうして面と向かって話す機会がめっきり減ってしまっているのが現状。

 

それでも一度口を開くとまるで昨日まで会っていたかのように会話が展開されるようなこの関係が心地よかった。

 

「ねぇ、にこちゃん?」

 

「今度は何よ?」

 

 

 

 

 

 

「にこちゃんってさ、結婚とかって考えたりする?」

 

 

 

 

 

 

オレはにこちゃんに質問をぶっ込んだ。

 

「へっ!?けけけ…、結婚!?」

 

にこちゃんは物凄く慌てており、手に持っていた巾着袋をその場にポトリと落としてしまったことにすら気が付いていない。

 

「にこは仮にも芸能人よ!?そんな結婚だなんて……!!」

 

「にこちゃん」

 

この質問だけは真面目に答えて欲しい。

 

そう思ったオレは少し声のトーンを落とし、にこちゃんの名前を呼んだ。

 

それを感じ取ったにこちゃんはわたわたと手を動かしたりするのを止め、溜め息1つついてから真剣な表情になっていく。

 

「そうね。確かににこも結婚に対しては年頃になってきてるし、考えてないと言ったらウソになるわ」

 

「そっか…」

 

「でも何でそんなこと聞いたのよ?」

 

にこちゃんの答えを聞いて安心したのも束の間。

 

今度は逆ににこちゃんに質問されてしまった。

 

結婚について聞いておいて今さら隠しても意味なんてないよな…。

 

意を決したオレは着ている上着から1つのケースを取り出す。

 

 

 

 

 

 

「にこちゃん。いえ、矢澤 にこさん。オレと結婚してください」

 

 

 

 

ケースの蓋を開けたと同時に花火が打ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただーいまー」

 

私は今自分が住んでいる家のドアを開け放った。

 

「あれっ?にこちゃん明日にならないとこっちに帰ってこないんじゃなかったっけ?」

 

驚く彼の薬指には私とお揃いの指輪がキラリと小さく輝く。

 

「思ったよりもロケが早く終わったからその日のうちに帰ってこれるようにマネージャーに脅h……頼み込んだのよ」

 

「いやいやいや、マネージャーさん困らせちゃダメでしょ」

 

「いいじゃない別に」

 

私は旅行用カバンを床に置き、彼に抱き付く。

 

 

 

だって……、今日は私とあなたの結婚記念日なんだからっ♪

 

 

 

 

 




次回からきちんと本編を更新していきたいと思います。

あ。でも、そろそろ穂乃果ちゃんの誕生日ですね。

特別編のインスパイア曲探さなきゃ。(使命感)



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高坂 穂乃果編 オモイダマ

気合い入れすぎて字数が14000オーバーになってしまいました。

今回のインスパイア曲は、関ジャニ∞さんの『オモイダマ』です。

昨年の熱闘甲子園のメインテーマにもなったので聞き覚えのある人にとっては分かるかもしれないですね。

それでは、どうぞ!!




ーーーいつからだろう?貴女といれる空間がとても心地よく感じるようになったのは…。

 

 

 

ーーーいつからだろう?貴方が頭を撫でてくれることに心地よさを感じるようになったのは……。

 

 

 

ーーーあれからどれくらい数えただろう?貴女の太陽の明るさに癒されたのは…。

 

 

 

ーーーあれからどれくらい数えただろう?貴方の芯の強さに幾度となく助けられたのは……。

 

 

 

ーーーいつからだろう?

 

 

ーーーいつからだろう?

 

 

 

そんな貴女が……

 

 

 

そんな貴方が……

 

 

 

 

とても愛おしく感じるようになったのは…。

 

 

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

 

「穂乃果ー!お店の暖簾提げてきてくれるー?」

 

「はーい!!」

 

ラブライブ優勝と母校でもある音ノ木坂学院を廃校から守ってから早くも4回目の春がやってこようとしている。

 

私は高校を卒業してから大学に進学せず、実家が営んでいる穂むらという和菓子屋の正式な後継者としてその道を歩むことにした。

 

幼馴染である海未ちゃんには同じ大学に行こうという熱心な勧誘を受けたが、私も自分のことは自分で決められる年頃だ。

 

たまに海未ちゃんを始めとした当時のアイドルグループ……μ'sのメンバーが遊びに来てくれて、その度にお饅頭や餡蜜などを頼んでくれるから商売上がったりだったりもするのはナイショ。

 

そしてその時に必ずと言ってもいい程話題に上がる人物が1人。

 

私はお水が入った桶を持ってお店の入り口の前に立ち、向かい側に建っている家を見上げる。

 

海未ちゃんやことりちゃんよりも付き合いが長く、私が知りうる限りでは最も女の子にモテモテで……将来を私と共に過ごすと約束してくれた私の幼馴染3人の中で唯一の男の子である松宮 壮大くんのお家。

 

成人した私は今でも昔の名残で『そーちゃん』と呼んでいる。

 

私が音ノ木坂を卒業する1ヶ月ほど前、そーちゃんは日本を発った。

 

と言うのも、私たちが高校3年生の時にそーちゃんは全国大会で負け知らずの連戦連勝を繰り返したことが海外の陸上のコーチに見込まれて『本気で世界を目指したい』と言ってそーちゃんは異国の地へと向かっていった。

 

最初こそエアメールでやり取りしていたものの、段々エアメールが来ることが少なくなり2年くらい前から連絡がパッタリと取れなくなってしまった。

 

「そーちゃん…、今頃どうしてるかなぁ……」

 

たまには帰ってきて頭撫でて欲しいなぁ…。

 

って私ってば何考えるの!?

 

ついつい浮かんできてしまった煩悩を振り払うように頭を横に振り、穂むらの暖簾をかけてお店の中に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『OK!少し休憩にしようか!』

 

「だぁー!!クッソキツい!!脚が痙攣起こしてやがる!!」

 

『ホントだよ!コーチはボクたちをイジめるのがホント好きなんだね!!』

 

アメリカのフロリダ州マイアミのとあるビーチ。

 

リゾート地で有名なフロリダの砂浜でオレとこちらに来てから様々な方面からサポートしてくれているコーチとチームメイトでオレの1つ年下の『クリス』の3人は汗にまみれながら砂浜で走り込んでいた。

 

『ハッハッハ!そりゃそうだ!!何せミヤとクリスの苦しそうな表情を見るのが今の生き甲斐なんでな!!』

 

「サラッと外道発言してンじゃねぇ!!」

 

『なんだミヤ?ダッシュもう10本追加されたいのか?』

 

「コーチ。あなたは最高ッスよ!いよっ!世界一!!」

 

『これが噂の「テノヒラクルー」ってやつだね』

 

うるせぇ。

 

鬼畜な運動量を誇るこの練習にプラス10本なんてやってられっか。

 

オレはゴムチューブで結ばれた10kgの重りを乗せた台を外し、パラソルの下のシートに座り込んだ。

 

『ところでミヤ、そろそろキミの母国でナショナルチャンピオンシップがあるってエアメールが届いたのだが今年も出場するんだろう?』

 

するとコーチは話題を変え、全日本選手権の話を持ち込んできた。

 

「あぁ、そう言えばもうそんな時期か…」

 

『確かキミには直前のダイヤモンドリーグで参加標準A記録を突破したから参加資格はあるし、その大会はオリンピック選考レースだって聞いてるぞ。オリンピック代表をいち早く内定させてトレーニングを積むのも悪くないと思ってるけどどう思う?』

 

「勿論出るさ!ついでにそろそろ和菓子が恋しくなってきたしなぁ……」

 

『キミならそういうと思っていたよ。それにしてもワガシならキミのガールフレンド……ホノカって言ったっかな?その子に頼めばすぐにでも送ってきてくれると思うが?』

 

『えっ!?ミヤってガールフレンドいたの!?』

 

今まで口を紡いでいたクリスが『ガールフレンド』という単語を聞いて、勢いよく起き上がりながら食い付いてきた。

 

『あぁ。ミヤには勿体ないくらいキュートなガールフレンドだぞ。後でクリスにもホノカの写真を見せてあげよう』

 

「オイ!!何でコーチが穂乃果の写真持ってるんだよ!!オレコーチにあげた覚えなんて微塵もねぇぞ!?プライバシー何処に行った!?」

 

『ハッハッハ!この前スカウトでキミの母国に行ったときに道案内してもらったスピリチュアルでミコ服を着た女性にミヤの名前を出したら嬉々とした表情をしながら教えてもらったからさ☆』

 

「教えてもらったからさ☆じゃねぇぇぇぇぇえっ!」

 

生まれて始めて目上の人がウザいと思った瞬間だった。

 

あんのスピリチュアルの皮を被ったタヌキめぇぇぇぇえ!!

 

日本に帰ったら覚えとけよこんちきしょぉぉぉぉおっ!!!

 

『こりゃ楽しみだ!さぁ、ミヤ!!早くメニューを終わらせよう?』

 

「やる気になるのはいいけど動機が不純すぎるからな!?」

 

『穂乃果の写真がみたい』という不純すぎて逆に清々しい動機で、クリスは手に持っていたドリンクのボトルを投げ捨てながら立ち上がる。

 

『そうだな。私もクリスにホノカの写真を見せた時のミヤのリアクションが見たいから続きをやろうか』

 

「外道!!ここに外道が2人いる!!!」

 

『『ハッハッハ。何を今さら』』

 

「うがぁぁぁあっ!!!!」

 

コーチとクリスがユニゾンした声を聞いたオレは、台の上の重りを10kgから15kgに切り替えて暴れたい衝動を咆哮に代えてクリスとひたすら砂浜ダッシュを繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

『えっ!?壮にぃ日本に帰ってくるの!?』

 

いろんな意味でハードだったトレーニングを終え、仮住まいのアパートに帰ってきたオレは穂乃果の妹で現役バリバリの大学生である雪穂に無料通話アプリを介して電話している。

 

余談だがコーチは練習後、クリスに穂乃果の写真を見せて『ミヤのガールフレンドがこんなにキュートだなんて……!!』って血涙を流しながら自主的にウェイトトレーニングをしにいった。

 

残念だったな…、クリスもイケメンなんだからすぐに彼女できるさ。

 

「あぁ、次の全日本選手権がオリンピック選考レースでな。ついでに和菓子が恋しくなってきたから家に帰るつもりでいるよ」

 

『ホント!?みんな喜ぶと思うよ!』

 

通話状態だから表情は読み取れないけど、スピーカーから聞こえる雪穂の声を聞く限りじゃ相当嬉しそうだ。

 

「あぁ、でも穂乃果には秘密にしてもらってていいか?」

 

『何で?』

 

雪穂は心底不思議そうな声をあげた。

 

そりゃそうだろう。

 

何せオレがトレーニングに没頭しすぎてエアメールを送ることをすっかり忘れていたなんて口が裂けても言えるわけがない。

 

『どうせ壮にぃの事だし、「どうせトレーニングに没頭しすぎてお姉ちゃんにエアメール送ることを素で忘れてた」なーんて思ってるんでしょ?』

 

「うぐぅっ……」

 

心を読まれたかのように突っ込まれ、図星なオレはぐうの音も出すことが出来なかった。

 

『はぁ…。伊達に生まれたときから壮にぃを見てきてないんだから、壮にぃの考えてることくらい分かるよ』

 

「すんません」

 

『実は言うと私も壮にぃのエアメール楽しみにしてたんだからね?』

 

「返す言葉もございません」

 

自分のせいだとはいえ雪穂に責められるのは何だか申し訳無くなってくる。

 

雪穂でこの有り様だから、もし穂乃果に連絡したら多分オレ泣いちゃうかもな。

 

というか穂乃果が泣いてそれにつられてオレも泣いちゃうと思う。

 

『まったく…、お姉ちゃんには内緒にしておくから日本に帰るまでに言い訳考えときなよ?』

 

「……面目ない」

 

『壮にぃ練習で疲れてるんだから早く寝なさい!』

 

「あぁ、待った!」

 

『何?』

 

最後に一番聞きたかったことを雪穂に問いかける。

 

「穂乃果は元気か?」

 

『うん。私の前では明るく振る舞ってるけど、実は部屋では壮にぃの写真を見つめてたり暖簾出すときに壮にぃの家をボーッと見てたりしてるよ』

 

「そっか…」

 

日本に帰ったらプレゼントを持ってって穂乃果のワガママを聞いてあげよう。

 

「答えてくれてありがとな。じゃ、切るぞ?」

 

『うん。お土産待ってるからね?』

 

ちゃっかりアメリカのお土産をねだる雪穂の声を聞きながら通話を切った。

 

 

 

 

 

『よし。そろそろニホン行きの飛行機の時間だが忘れ物は無いか?』

 

「無いっす」

 

全日本選手権の1週間前。

 

オレはコーチが運転する車でフロリダ空港発成田空港行きのフライトで数年振りの日本へ旅立とうとしていた。

 

クリスには残念だが、オレがいない間コーチのドSメニューをマンツーマンで頑張ってほしい。

 

クリスは『ボクもニホンへ連れてけ』って言ってたけど、インナーマッスルを鍛える用のゴムチューブを手足に縛っておいたのでここにはいない。

 

『ホノカやホノカの妹さんへのお土産は買ったか?』

 

「雪穂にはフロリダ名産のオレンジハチミツは買ったけど、穂乃果には買ってねぇよ」

 

『どうしてだい?まさかホノカに飽きて妹さんのユキホって言うのかい?その娘に鞍替えする気かい!?』

 

「何でそうなるん!?穂乃果にはまた別なことをしてあげようと考えてるだけだ!!」

 

何が楽しくて中年のおっさんにツッコミを入れないといけないのだ。

 

これ以上コーチと話してると練習よりも疲れそうだから会話を適当なところで区切ってサッサと飛行機に乗り込もう…。

 

『ほほぅ…。そのスペシャルな事とオフの時にキミが買った小さいリングケースと何か関係でもあるのかい?』

 

「何でそれを!?」

 

『さぁてね。私にはキミとクリスのプライベートの情報を収集できるライセンスをデフォルトで持っているからね』

 

「嫌なライセンスだなぁ!オイ!!」

 

もういい!!

 

オレはスーツケースのグリップを握り、搭乗口へ向かう。

 

『ミヤ!』

 

コーチが別れ際にオレのニックネームを呼んだので、振り返る。

 

『ナショナルのチャンピオンになってこい!!』

 

コーチの熱き激励を貰ったオレは…、

 

「ああ!行ってくるぜ!」

 

オレを見送るコーチに向かって拳を突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

早いもので残り数日で7月。

 

今年も梅雨の割には雨が降らなかったなぁ…と思い、お水が入った桶とお酌を持ってお店の入口に立つ。

 

「Hey,lady!」

 

「ひゃあっ!?」

 

打ち水をしていたら、スーツを身に纏って日焼けした顔にスポーツタイプのサングラスをかけた長身の男の人に声をかけられた。

 

「What's up?~~~?」

 

目の前の男の人は何て話しているのか分からず、私は英語に流通していそうな人を探す。

 

しかし、朝早くからそんな人は都合よくいる訳ではないので困り果ててしまった。

 

「プッ…、アッハッハッハ!!!」

 

すると英語を話していた男の人は突然お腹を抱えて笑い出した。

 

え!?えぇ!?

 

どういうこと!?

 

穂乃果何か変なことした!?

 

「えーっと…、すみませんどちら様ですか?」

 

目の前の男の人に素性を明かしてもらおうと訪ねるが、またしても笑われてしまった。

 

「ホントいつまで経ってもパニックになると慌てるクセは変わんねぇな、穂乃果。いや、()()()()()って呼べば分かるか?」

 

えっ…?ほのちゃんって…。

 

かつて私は1人の男の子にそう呼ばれていた。

 

目の前の男の人の正体に気付いたと同時に、彼はサングラスを取った。

 

「よっ。こうして会うのは3年振りか?ただいま、穂乃果」

 

「そー……ちゃん?」

 

その人の正体は私の最愛の人であり、今私のなかで最も会いたかった人である…松宮 壮大くんことそーちゃんだった。

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

久々に実家に帰ってきて、一旦身体を休めてから改めて穂むらに立ち寄った。

 

夏穂さんはおやっさんに何か頼んだかと思ったら何と営業を切り上げてにしてしまい、それからはというもの高坂家総動員で3年振りに日本に帰国したオレをこれでもかというくらいのおもてなしを受けた。

 

具体的に言うと夏穂さんが作った和食と親父さんによる出来立ての穂むら饅頭を心行くまで堪能しきった。

 

そして穂乃果は途中までオレの隣に座り、一緒に笑ったりしてたけど夏穂さんにお買い物を頼まれてしまい最初はオレと一緒に行きたいと渋っていたが夏穂さんに睨まれて渋々お使いへ行ってしまった。

 

無理してでも一緒に行けばよかった、と少しだけ後悔している。

 

「それにしても壮大くん高校の時よりもかなり逞しくなったわねぇ~!!フロリダでは元気だった?」

 

「そうですね。大きなケガも病気もしませんでしたね」

 

その間にも久しく食べていなかったお米や味噌汁を口に運ぶ。

 

やっぱり日本食最高やぁあ!!

 

あっちではパスタを中心にした献立だったからマジで美味い。

 

犯罪的に美味すぎて涙が出てきそうなくらいだ。

 

「今回はどうして日本に?」

 

「来週からの全日本選手権のためです。そんで、その大会で来年のオリンピック代表を決めるんです」

 

「あら!そうなの?」

 

「今回はフロリダのコーチも来てないですし、会場も都内ですのでしばらくは家にいるつもりです」

 

「ただいまー。おかーさーん、誰か来てるのー?」

 

無言で座る親父さんとその親父さんの分まで話す夏穂さんに今回帰国してきた理由や滞在期間を話していると学校帰りの雪穂が帰ってきた。

 

「よっ、雪穂。お邪魔しています」

 

「あぁ。そう言えば壮にぃが帰ってくるの今日だったんだっけ?何はともあれ、お帰り壮にぃ」

 

穂乃果と違って事前に帰ることを知らせていた雪穂は意外と素っ気ない態度だった。

 

だが、お兄ちゃんは見抜いてるぞ?

 

「雪穂、頬が緩んでるぞ?」

 

「え!?ウソ!?」

 

顔を赤くして慌てて両手で頬を隠すように当てる雪穂。

 

「そんなツンデレな雪穂にお土産だ。フロリダ名産のオレンジの花から取れたオレンジハチミツを進呈しよう」

 

雪穂のお土産としてオレンジハチミツをあげたが、どこか不満そうな顔つき。

 

聞いてみれば練習拠点としているマイアミのビーチで取れる星の砂とかを期待していたみたいだが、少なくとも近くの雑貨屋にはそんなものは置いていなかったので諦めてもらうしかない。

 

「ぶー…。あ!分かった!つまりこれは『次はもっと高価な物を買ってやるよ』って言う前フリってこと!?」

 

「んなわけ!そろそろいい歳なんだから彼氏にねだりなよ……って、雪穂に彼氏はいないか」

 

「おかーさーん!壮にぃがイジめるー!!」

 

冗談で言ったつもりだったのだが、ホントに彼氏がいないらしくて夏穂さんに泣きついていた。

 

「ただいまー。おかーさーん、頼まれた物買ってきたよー」

 

穂乃果がお使いから帰ってきた。

 

まさかオレがフロリダに行っている間に高坂姉妹は玄関の入り方も同じになっていたとは……姉妹の血って争えないのな。

 

でも…。

 

オレは辺りを見渡す。

 

久々にお邪魔しても嫌な顔1つせず歓迎してくれる高坂家。

 

大会のためとはいえ、日本に帰ってきてよかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

高坂家で夜メシをごちそうになったオレは久々に自分の部屋に入った。

 

まぁ、何故か穂乃果も一緒なんだが…。

 

「えへへぇ…」

 

そんな穂乃果はオレの腕にしがみつくように抱きつく。

 

うん、フロリダに行っていた3年の間でほのっぱいは無事に成長してるな。

 

甘える穂乃果をあしらいながらも自分の部屋に入ると、ホコリ1つない状態で保存されていた。

 

「ありゃ?ホコリとかあると思ってたのに何だかサッパリしてんな…」

 

「それはね!穂乃果がそーちゃんのお部屋掃除担当だったからなんですっ!」

 

ふと呟いた疑問にここぞとばかりに腰に手を当ててえっへん!と成長したほのっぱいを強調するように胸を張りながら答える穂乃果。

 

「どう!?穂乃果偉い!?」

 

「ハイハイ、偉い偉い」

 

「もう!扱いが雑だよー!!」

 

適当な相槌に不満を覚えた穂乃果が抗議を訴えたあと頬をぷくーっと膨らませた。

 

「ありがとな、穂乃果」

 

穂乃果の髪がボサボサにならないように気を付けながら頭を撫でる。

 

「くぅーん…」

 

「お前は甘えん坊な犬か」

 

頭を撫でられた穂乃果は犬みたいな甘えた声を出す。

 

忠犬ハチ公ならぬ忠犬ほのかってか…。

 

「ねぇ、そーちゃん」

 

「ん?」

 

久々の自分のベッドに仰向けに横たわり、穂乃果も自然な流れで寝そべっているオレのすぐ近くに腰を降ろしたところで話し掛けられた。

 

「おかーさんから聞いたんだけど、しばらく日本にいられるってホント?」

 

「ホント。今回帰ってきた主な理由は全日本選手権に出場するためだし」

 

「じゃあさ!!そーちゃんが忙しくなる前にどこか出掛けようよ!!」

 

「あー…、その事なんだけどさ大会終わるまで待っててくんねぇ?」

 

実は大会が終わったあとに伝えたいことがあるんだ…。

 

思わず声にして出そうになった言葉を必死に隠す。

 

「ふーん…、そーちゃんがそう言うならいいよ。大会が終わるまで待っててあげる。……でも」

 

「穂乃……むぐぅっ!?」

 

急に色っぽい表情をして目を閉じたと思ったらオレの口は穂乃果の唇で塞がれてしまった。

 

もしかしてオレ……穂乃果にキスされてる?

 

理性に基づいた思考や浮かんでは消えていく感情もすら穂乃果とのキスの前には無意味で、大気に晒されたドライアイスのように瞬く間に蒸発していく。

 

「プハッ……。ハァ…ハァ…」

 

「ハァ…ハァ…。ほのかぁ……」

 

ほんの数十秒という短い時間にも関わらず、体感的には何十分もキスしていたみたいに息が上がっている。

 

「穂乃果ずーっと我慢してたんだよ?そーちゃんが海外に行ってからずーっとそーちゃんと恋人みたいなことしたいって思ってたんだよ?」

 

穂乃果が着ていたホットパンツや夏用の半袖パーカー、さらには学生時代の穂乃果のトレードマークだった『ほ』と書かれたシャツを脱いでいき、オレの上に馬乗りとなって耳元に近づいてきた。

 

 

 

 

 

「そーちゃんが今穂乃果にしたいこと全て受け止めてあげるから……来て?」

 

 

 

 

 

そして穂乃果の誘惑に理性が弾け飛んだのを最後に、そこから先のことはほとんど覚えていない。

 

次に理性を取り戻したら身体の前面部はマーキングされた跡が残っていて、鏡を見ると目の下にはクマができていた。

 

そして周りを見渡すと朝の訪れを知らせるスズメのさえずりと生まれたままの姿をして幸せそうに眠っていらっしゃる穂乃果がいた。

 

そしてまだ目覚め切ってない段階で頭をフル回転させ、マーキングの跡を少しでも隠すためシャワーを浴びることにした。

 

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

そーちゃんが日本に帰国してから1週間が経った今日。

 

「ゆーきほー!早く早くー!!」

 

「もう!待ってよお姉ちゃぁん!!」

 

この大会で優勝すればそーちゃんは小さい頃からの夢だったオリンピックに出られると聞いて、居ても立っても居られなくなった私は雪穂を引き連れて大会の会場にやってきた。

 

どこで見ようかを決めるため雪穂と一緒に歩いていると、ウォーミングアップをする前のストレッチをしているそーちゃんを見つけた。

 

「あっ!そーちゃーん!!」

 

「お姉ちゃんっ!!」

 

私がそーちゃんの元に向かおうとしたら雪穂に服の裾を掴まれてしまい、つんのめるように立ち止まった。

 

「雪穂!?なんで止めるの!?」

 

「…………」

 

私は雪穂に抗議をすると、無言でそーちゃんを指差したのでそちらを向いた。

 

怒ってるそーちゃんや笑ってるそーちゃん、今までいろんなそーちゃんを見てきたけど最も険しい表情をしていた。

 

「壮にぃは集中してるんだから、邪魔しちゃダメだよ……」

 

「そうだね……。行こっか」

 

「あれ?穂乃果ちゃんに雪穂ちゃん?」

 

「「え?」」

 

観客席に行こうとしたら聞き覚えのある優しそうな声が聞こえてきたので、声が聞こえてきた方角を向く。

 

「花陽ちゃん!?」

 

「花陽さん!?」

 

そこには花陽ちゃんが小さく手を振って立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、凛ちゃん大学でも陸上やってたんだ……」

 

花陽ちゃんは凛ちゃんが高2になったと同時にまた陸上を始めて元気にやっているとは聞いてたけど、凛ちゃんもこの大会に出るなんて知らなかったなぁ…。

 

「ところで穂乃果ちゃんたちはどうしてここに?」

 

「そーちゃんもこの大会に出るからその応援に」

 

「えぇ!?壮大さんニホンニカエッテキテタノォ!?」

 

花陽ちゃんがオーバーリアクション気味に驚き、それを聞いた周りの応援客が私たちに目を向けた。

 

花陽ちゃんは立ち上がってすみません、と周りの人に謝ってから静かに座り直した。

 

「壮大さんは元気?」

 

「うん。でも……」

 

「でも……?)

 

 

 

 

「何だかそーちゃん少し苦しそうだった……」

 

 

 

私は楽しそうに走るそーちゃんも好きなのに、今日のそーちゃんは何だか楽しくなさそうだった。

 

 

Side out

 

 

 

 

 

オレがエントリーした1つ目の種目は200M。

 

今日はその予選のみのレースとなっている。

 

高鳴り過ぎる心拍の音を強引に抑え、スタート地点へと足を踏み入れた。

 

日本国内の大会ではなかなか聞くことはない割れんばかりの歓声が耳に身体に突き刺さる。

 

選手紹介のアナウンスに合わせ、観客に向けて手を挙げたりトラックに向かって御辞儀をしたりしてスタート合図を待つ。

 

『On Your marks……』

 

最早聞きなれたスタート誘導のアナウンスに耳を傾け、クラウチングスタートの姿勢を作る。

 

『Get set……』

 

緊迫した空気の中オレの体内では心臓が大きく高鳴り、その反動で身体が小さく動く。

 

あぁ、もう…!少しは黙ってろオレの心臓!

 

呼吸を浅く繰り返している内に、スターティングピストルが鳴った。

 

反応に遅れたオレは慌ててスターティングブロックを蹴り、トップを走る選手に追い付く。

 

そしてトップを走っていた名前の知らない選手と一進一退の展開を繰り返し、そのままゴール。

 

「ハァ…ハァ…、……チッ」

 

結果を知らせる電工掲示板を見る限りでは2着で準決勝に進出することができたが、自分の中ではかなり腑に落ちないレースとなってしまい知らず知らずの内に舌打ちを漏らしてしまった。

 

こんなんじゃオリンピックなんて到底…。

 

 

 

 

 

 

 

『壮にぃ、ちょっといい?』

 

その日の夜、スピーカーを通じてリラクゼーション効果のあるクラシック音楽を流しながら部屋でストレッチをしていると雪穂がオレの部屋のドアを叩いた。

 

「いいぞー」

 

入室するのを許可するとお邪魔します、と一声掛けながら部屋に入ってくる雪穂。

 

「穂乃果は?」

 

「お姉ちゃんなら壮にぃの応援に行ったら会場でバッタリ会った花陽さんと大会に出てた凛さんと一緒にご飯食べに行ったよ」

 

「そっか。凛ちゃんもあの大会に出てたのか……」

 

「うん。凛さんめちゃくちゃ速かったよ」

 

雑談をしたりしているうちにだんだん雪穂の顔付きが険しいものになっていく。

 

「ねぇ、壮にぃ?」

 

「なんだ?」

 

 

 

 

 

「壮にぃは今、走ることは楽しい?」

 

 

 

 

背中に氷柱を突っ込まれた感覚に陥った。

 

それほどまでに雪穂の言葉は今のオレにとって突き刺すには充分すぎる鋭さがあった。

 

「……どうだろうな。楽しいか楽しくないかは別として、苦しいのは確かかな」

 

「だろうね」

 

今の自分の率直な心情を雪穂に向かって吐露すると、あたかも確信したようにオレの言葉を飲み込んだ。

 

「私は壮にぃがどれだけ厳しい練習を積んできたかは分かんないけどさ、オリンピックを目標にやってきたことだけは分かるよ。それはたぶんだけどお姉ちゃんも同じ」

 

「……」

 

「そりゃ私だって壮にぃがオリンピックに出られるってなったら嬉しいけどさ、やっぱり私もお姉ちゃんも楽しそうに走る壮にぃが見たいよ。だから「雪穂!もういい」…ッ!」

 

これ以上雪穂の話を聞きたくなかったオレは話を強引に遮った。

 

大きな声を出してしまったため雪穂は肩を震わせ、身を引かせてオレとの距離を取った。

 

「……わりぃ、いきなり叫んじまって」

 

衝動的とはいえ大人気ない行動を反省し、右の手のひらを額に当てる。

 

「いや、それは別にいいけど……」

 

申し訳無さと自分の不甲斐無さを呪い、溜め息を吐いて頭をガシガシ掻いてから本音を雪穂に漏らし始めた。

 

 

 

 

~Side 高坂 雪穂~

 

 

「オレ、多分…。いや、多分じゃないな。緊張しすぎてたんだ」

 

「緊張?」

 

ポツリと壮にぃにしてはマイナスな言葉が出てきた。

 

緊張なんて壮にぃから程遠い言葉だと思っていた。

 

お姉ちゃんも緊張なんて言葉とは無縁の人だったから、てっきり壮にぃも緊張なんてしないものだと勝手に思い込んでいた。

 

「緊張しない人なんて珍しいと思うけど……」

 

まぁ、お姉ちゃんみたいな能天気な人は別だけど。

 

「そりゃそうだけどさ、今回だけは失敗は許されないんだ」

 

壮にぃは学生の時から時々自分に何かを強いることがあった。

 

それでも壮にぃは能力が高いからそのほとんどは苦労せず処理できるだろうし、現に今日まで処理してきたはずだ。

 

でも今回ばかりは壮にぃでも負荷が大きかったようだ。

 

初めてのオリンピックに手が届きそうな位置にいて、その重圧は計り知れない。

 

久々に日本に帰ってきてお姉ちゃんに自分の姿を見せたい、きっと壮にぃのことだからアメリカのコーチやチームメイトに寄せられた期待に応えたいって思っていてもおかしくない。

 

でもそんな壮にぃになんて言葉をかけたらいい?

 

私はそんな経験はあまりしてこなかったからどんな言葉を選んでいいのか分からない。

 

そんな考えとは裏腹に無意識のうちに壮にぃの頭を抱えて私の胸に埋めるように抱き締めていた。

 

「雪穂?」

 

「壮にぃは何でもかんでも抱え込みすぎ。私もお姉ちゃんも壮にぃには具体的な言葉をかけることはできないけど、たまには頼ってよ。何も壮にぃは1人じゃないんだからさ……」

 

「……そうだな」

 

「ほらっ!明日もレースがあるんだから早く寝るっ!」

 

私は壮にぃを解放する。

 

そしてそのまま早足で壮にぃの部屋から出ていこうとする。

 

「雪穂」

 

しかし、壮にぃに呼び止められてしまったので振り向くことなく立ち止まる。

 

「ありがとな」

 

私は返事をすることなく壮にぃの部屋から、壮にぃの家から自分の部屋に戻る。

 

抱き締めている時に机の上に目立たないところに指輪を入れるケースを見てしまった。

 

きっと壮にぃはオリンピックが決まったらお姉ちゃんに正式にプロポーズをするつもりなのだろう。

 

いいなぁ…、お姉ちゃん。

 

「ホントに…いいなぁ」

 

今度は自分の枕に顔を埋める。

 

そしてそのまま止めどなく溢れてくる涙に身を任せ、枯れ果てるまで泣き続けた。

 

さようなら、私の初恋…。

 

 

 

 

Side out

 

 

 

全日本選手権2日目の200Mの決勝で優勝し、まずは1つめの種目でオリンピック代表内定を決めることができた。

 

そして全日本選手権最終日の今日は100Mの決勝が行われる。

 

だけど、オレの心はとても穏やかだった。

 

昨日は周りが全く見えずにいたのだけれど、今日は周りの様子が見れるほどの余裕があった。

 

男子100M決勝の競技開始までまだ時間があるため、リラックスしながら会場を闊歩していた。

 

「そーちゃん♪」

 

「壮にぃ!」

 

スポーツドリンクを買おうと自販機に並んでいると、首からメガホンをぶら下げた高坂姉妹が向こうからやってきた。

 

「おっ、穂乃果に雪穂。応援に来てくれたのか?」

 

「うんっ!今日もファイトだよっ!」

 

「言われなくてもそのつもりだっつーの!」

 

わしゃわしゃと少し乱暴に穂乃果の頭を撫でる。

 

穂乃果はひゃーっと小さく叫びながら受け入れていた。

 

「ところでそーちゃん、そーちゃんに会わせたい人がいるんだよ?」

 

オレに会わせたい人?

 

はて……?決して広くはない交遊関係の中でそこまで会わせたい人がいるとは思わねぇんだがなぁ…。

 

思い当たる節を必死に考えていたが、全く思い浮かばなかったので首を傾げながら穂乃果と雪穂に目を向ける。

 

すると、穂乃果と雪穂は笑っていた。

 

「にゃーんにゃーんにゃーん!!!」

 

「うおっ!?」

 

「えへへっ、だーれだっ?」

 

聞き覚えのあるフレーズと一緒に視界がブラックアウトされた。

 

「この声は……凛ちゃんかっ!?」

 

「フフッ…確かに声を出したのは凛ですが、ここにいるのは凛だけじゃありませんよ?」

 

「へっ?」

 

パッと視界が晴れ、後ろを振り向くと勢揃いと言うわけでは無いけれどμ'sのメンバーがそこに立っていた。

 

「みんな……どうしてここに?」

 

「どうしてって…、壮大の応援に決まってるじゃない。それに応急処置室対応は西木野総合病院が担当よ?」

 

「それに凛もこの大会に出ていますし、壮大もフロリダから帰ってきたと聞いてこの日に合わせてみんなで応援に来たんですよ?」

 

「にこも仕事の合間を挟んで応援に来てあげたんだから感謝しなさいよねー?」

 

「私は初日から凛ちゃんの応援に来てて、その時に偶然穂乃果ちゃんと雪穂ちゃんに会って壮大くんが帰ってきてることを知ったんです」

 

「絵里ちゃんや希ちゃんとことりちゃんも来たがってたけど、仕事で来れないからそーくんに気だけを送るっていってたにゃー!」

 

えっ……?そうだったの…?

 

込み上げてくる涙を必死に堪え、真っ直ぐみんなを見据える。

 

雪穂の言うとおりだ。

 

何もオレ一人で戦っていた訳じゃないんだな……。

 

「では私たちは一足先にスタンド行ってますね。凛、壮大頑張ってくださいね」

 

「うんっ!みんなも応援よろしくおねがいしますだにゃ!…じゃあ凛もアップ行くからそーくんも頑張ろうね!」

 

みんなは応援スタンドへと消えていき、凛ちゃんもアップするといって服の中から垂らしていたイヤホンをつけてそのままウォーミングアップへ行ってしまった。

 

そして騒がしかった自販機の周りはオレと高坂姉妹だけが残された。

 

「ねっ、言ったでしょ?壮にぃは1人じゃないって」

 

雪穂が小さく話し掛けてきて、オレはその言葉を噛み締めるように頷

くとその反応に気をよくしたのかみんなの後を追いかけていった。

 

「じゃあ、穂乃果もそろそろ行くね?」

 

穂乃果も雪穂やみんなのあとを追いかけようとするが、穂乃果の小さな手を掴んだ。

 

「えっ…?そーちゃん……どうしたの?」

 

「穂乃果、今日の夜小さい頃遊んでいた公園に1人で来てくれるか?」

 

最初はポカンとしていたけど言葉の真意に気づいた穂乃果は無言で小さく頷き、掴んでいた手を放してみんなの後を追う穂乃果の背中を見送った。

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

『男子100M決勝』

 

会場アナウンスが流れ、決勝に名を連ねた選手たちが次々と紹介されていく。

 

勿論その中にもそーちゃんの姿もある。

 

『On Your marks……』

 

選手たちが一礼してからスタートの姿勢になった。

 

『set ……』

 

会場が沈黙に包まれ、スタートのピストルの合図と共に会場は歓声の爆発に包まれる。

 

「速いにゃ……!!」

 

同じ陸上選手の凛ちゃんが思わず呟くほどの速さを見せるそーちゃんは次々と他の選手を置き去りしていく。

 

「頑張れー!!」

 

「そのままゴールまで行くにゃー!!」

 

みんなの応援が見えない風となりそーちゃんの背中を押していく。

 

そしてそーちゃんは先頭でゴールラインを駆け抜けていった。

 

やった……!優勝だ…!!

 

そーちゃんが勝ったんだ……!!!

 

「そーーちゃーーーんっ!!!!」

 

私は精一杯の大声でそーちゃんに向かって手を振った。

 

そーちゃんにその声が届いたのか、笑顔で私に親指と人差し指、薬指を立ててから拳を握って真上に突き上げた。

 

「あーっ!壮大のやつ!にこのあれパクったー!!」

 

にこちゃんがにっこにっこにーの手の動きを察知して騒ぎ出したのを真姫ちゃんと凛ちゃんが宥めにかかるなどの一悶着があったけど……そーちゃん、ホントにおめでとう!!

 

 

Side out

 

 

 

 

 

大会が終わった夜、一旦家に戻ってから荷物を置いて机の上に置いておいた小さなケースをハーフパンツのポケットに忍ばせて小さい頃遊んでいた公園にやって来たオレはベンチに座って空を見上げて星を眺めていた。

 

優勝してオリンピック代表に内定したという実感がまだ沸いて来ず、何だかフワフワした感じだ。

 

さっきコーチやクリスにも連絡したら実感が沸くかな?と思ったけどなにも沸いてこなかった。

 

「そーちゃん、来たよ」

 

そしてオレが待ちわびていた人がやって来た。

 

「ごめんな?呼び出しといて」

 

「うん……」

 

穂乃果は小さく返事をして、オレが座っていたベンチの隣に腰掛けた。

 

「「……」」

 

やっべぇぇぇぇぇえっ!!!

 

呼び出しておいて何話すか考えてなかったぁぁぁあっ!!

 

「ねぇ…、そーちゃん」

 

先に沈黙を破ったのは穂乃果だ。

 

「ん?」

 

「次は……いつ会えるのかな?」

 

「どうだろうな…、意外とすぐかもしれないぞ」

 

「これからがどんどん有名になってテレビとかで見るたびに思う。

私とは住んでる世界が、見てる世界が違うんだなぁって」

 

「……」

 

「その度に考えちゃうんだよ。そーちゃんにはきっとそーちゃんに釣り合った人が現れる。その時に私が隣にいていいのかなって……」

 

「穂乃果」

 

オレは穂乃果の名を呼び、こちらに向かせる。

 

振り向いた穂乃果の背中に手を回し、強く抱き締めた。

 

「そーちゃん、痛いよ……」

 

「不安なのはオレも一緒だ。だとしてもオレの隣に最も相応しいのは穂乃果しかいないんだよ」

 

「穂乃果、バカだし甘えん坊だから寂しいとすぐ甘えちゃうよ?そーちゃんの夢路の邪魔になっちゃうかもだよ?」

 

「そんなことなんて知ったこっちゃない。オレはお前と共に笑っていたいんだ。意見の食い違いで泣かせてしまうかも知れない!それでも!穂乃果と一緒に笑っていたいんだよ」

 

お互いの気持ちの確認をしたオレは穂乃果を解放し、ハーフパンツの中に忍び込んでいたケースを取り出す。

 

穂乃果の目の前に持っていって、中身を見せるようにケースを開けた。

 

その中身は3ヶ月間フロリダ中のジュエリーショップを駆け回り、ようやく探しだした穂乃果の誕生日……8月3日の誕生石であるクリソベリル・キャッツ・アイをあしらった婚約指輪(エンゲージ・リング)だ。

 

 

 

 

「これからのオレの物語を穂乃果と一緒に叶えていきたいんだ。だから……オレと結婚してくださいっ!!」

 

 

 

 

「はいっ……!こちらこそ……よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

涙を流しながら笑って返事をしたあと、思いっきり飛び付いてくる穂乃果を受け止める。

 

涙目の穂乃果を抱きしめ、そのまま涙に濡れる唇を重ねた。

 

幸せを噛み締めながら強く……そして優しく抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー1年後…、フロリダ州マイアミ。

 

 

『ハッハッハ!オリンピック内定と同時にプロポーズなんてミヤも随分とロマンチストなんだな!!』

 

『しかもプロポーズの場所が子どもの頃の思い出の公園と来た!!やっぱり私が見込んだ選手だけの事はあるよ!!』

 

「帰国早々やかましいわッッッ!!って言うか何でオレがプロポーズしたこと知ってんの!?」

 

『『ハッハッハッハ!!!ミヤの活躍を観にニホンへ行ってたからに決まってるじゃないか!!』』

 

「だったら連絡の1つくらい寄越せや!!」

 

日本に別れを告げて早くも1年が経ち、マイアミに戻ってきてからクリスとコーチの3人でオレとクリスのオリンピック内定が正式に決まったことに対するささやかなホームパーティーでの何故かオレのプロポーズの話になっていた。

 

『いやー、マイアミに戻ってきて首元にキスマークをつけて戻ってきた時はビックリしたよ!』

 

『クリス、ミヤは口ではああ言ってるけどホノカにゾッコンなんだ』

 

『所謂「ツンデレ」って奴だね?』

 

「お前らホントにだぁっとれぇぇぇえい!!!」

 

 

 

 

 

「はー…、ホンットに疲れた……」

 

コーチとクリスの相手でクタクタになった身体を引きずりながら帰宅する。

 

今までならそのまま眠るだけなのだが、今オレの帰る場所にはあいつがいる。

 

「お帰り、そーちゃんっ♪」

 

「ただいま、穂乃果」

 

オレの自慢の妻である穂乃果が笑顔でオレの帰宅を迎え入れた。

 

「またクリスくんとコーチにイジめられたの?」

 

「あの2人がオレのプロポーズ話で盛り上がってそれにツッコミを入れてただけだ」

 

「あはは…、あのプロポーズは未だに思い出すだけでも恥ずかしいんだよねぇ…」

 

「何言ってんだお前。オレの方が恥ずかしいわ」

 

キラリと光る指輪を見つつ、互いに笑いあってあの日の事を思い出した。

 

プロポーズをしたあの後、穂むらに立ち寄ったオレは穂乃果以外の高坂家のみんなに向かって『穂乃果をオレがいるフロリダに連れて行かせてやってください!!』と頭を下げた。

 

すると夏穂さんと雪穂さんは『どうぞ!!遠慮なく持っていって下さい!!』と即答し、親父さんも珍しく『……穂乃果を、よろしく頼む』と高坂家の大黒柱の許しを得て穂乃果と共にフロリダへやって来たのだ。

 

同じ屋根の下で暮らすオレたちはこれからも何度も何度も衝突するかもしれないが、これだけは言えることがある。

 

 

~♪BGM:オモイダマ~

 

 

 

オレと穂乃果ならどこへだって行ける。

 

 

 

今しか見ることができない夢の先の向こう側へ……!!

 

 

 




長文の上に駄文ですみません……。

『自分の中に隠された穂乃果ちゃんへの愛がここまで書き上げてしまった』って感じです。

推しの凛ちゃん編……これ以上の字数越えられる気がしないので、今からチャージしていきたいと思います。


それまでこの小説が続かせないといけないですね……。


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『UA4.5万感謝御礼企画』 壮大に広がる大海のように

UA4.5万感謝御礼企画をアップしましたが『やっぱりこっちの方がいいかな……?』と思い、書き直しました。

一度閲覧になった皆様につきましては大変ご迷惑をお掛け致しました。

こっちが本当のUA4.5万感謝御礼企画です。

それでは、どうぞ!



オレの家で穂乃果と海未、ことりのいつものメンバーで勉強会をしているときのことだった。

 

「壮大、明日からの3日間の予定埋まってますか?」

 

「いや、空いてるけど…どうした?」

 

「合宿に行きませんか?」

 

……は?

 

いきなり何を言い出すんだこの大和撫子。

 

オレは余りにも突拍子もない発言に菜箸を鍋の中に落としてしまった。

 

「なになに?2人で何話してるの?」

 

「海未がいきなり合宿に行かないか?って言い出したんです」

 

「合宿!?」

 

「楽しそう!穂乃果、海にいきたい!」

 

落とした菜箸をお玉で掬い上げながらことりに説明すると、穂乃果が妙にノリノリになって海に行きたいと言い出した。

 

「いいえ、山です!」

 

「海がいい!!」

 

「山です!」

 

「海!」

 

「山!!」

 

「海!!!」

 

「山!!!!」

 

「仕方無いですね…、こうなったらこれで白黒つけるしかないですね……!!」

 

「望むところだよ!!」

 

 

 

 

 

冷やし中華が出来たのでオレとことりは勝負がつかない海未と穂乃果を放っておき、冷やし中華をすすっていた。

 

「おい、まだ決まんねぇのか?」

 

「えぇーっ!!何で!?何でポーカーフェイスが全く出来ない海未ちゃんにポーカーで勝てないのー!?」

 

「フッフッフ……勝負ってのは時の運なんですよ、穂乃果?」

 

「いやいやいや、穂乃果がロイヤルストレートフラッシュ狙って全手札チェンジなんかするからだろ?」

 

オレやのんちゃんが座ってる位置から穂乃果の手札が見えるのだが、フルハウスやら4カードやらどう考えても勝てるような役が出来上がってるのにそれすら捨てるので3カードや2ペアしか出来上がらない海未に負けるんだと思うんだが…?

 

最終ゲームも2ペアの海未に対し、穂乃果は1ペア。

 

これにてオレたちの合宿先は山に決まった。

 

余談だが、どうしても海に行きたかった穂乃果がうみうみ連呼したため海未に怒られながら冷やし中華を食べたのだった。

 

 

 

 

まぁそんなわけで山にやってきた訳だが…。

 

「海未?ここどこ?」

 

海未に案内されてやって来たのは全く知らない山だった。

 

「ここは園田家が所有している山です」

 

園田家すげぇぇぇえっ!!!

 

真姫の豪邸で目立たないけど、海未の家もお金持ちなんだよなぁ…。

 

ただ園田家は超がつくほどストイック一家なのでそんな雰囲気が微塵も感じられないのだが。

 

「さて…、少し歩いた場所にキャンプ場がありますので行きましょう」

 

「「「は〜い」」」

 

海未を先頭にことり、穂乃果、オレの順番で山道をザクザク歩くこと5分ほど少し拓けた場所に辿り着いた。

 

「ここか?」

 

「はいっ」

 

オレたちは山を登ったところにあるキャンプ場にやって来た。

 

近くには川があり、スマートフォンの電波を確認すると都会ほどではないが通話をするには充分の電波があった。

 

4人で協力してテントを2つ組み立て、一時的に荷物テントの中に放り込んだ。

 

「んで?これから何するんだ?」

 

「何って…、特別練習に決まってるじゃないですか」

 

「特別練習!?」

 

最近ホントにどうした!?

 

暑さで脳がやられてしまったか!?

 

「特別練習ってあの同じカードを2枚使ってレアリティを上げるあの特別練習のこと?」

 

「スクフェスの話ではありません!!」

 

……すくふぇす?

 

「最近思うんです。私たちは日本一のスクールアイドルを目指す者として誰よりも強くないといけない……と」

 

あ、すくふぇすっていうやつの話は終わったのね?

 

おにーさん置いてけぼりで話についていけないぜ。

 

ん?ヤレヤレ系主人公みたいなモノローグしてないでツッコミをしろって?

 

やだよ。この状態の海未にツッコミなんてしたところで止まるわけ無いからな。

 

「と言うわけで、とりあえず穂乃果とことりは腕立て伏せ20回を3セットして貰います」

 

「「ええーっ?」」

 

文句を言いながら穂乃果とことりは腕立て伏せを始めた。

 

特別練習と言った割りには随分と強度が軽めのような…?

 

「壮大は腕立て伏せ100回を3セットして貰います」

 

ファッ!?

 

ビックリしすぎて口なら涎が垂れそうになった。

 

「オレもやるの!?」

 

涎を拭いながら海未に詰め寄る。

 

「もちろんです。ぶっちゃけますと今回の特別練習は壮大メインでやろうかと思っていますので」

 

「聞いてないんですけど!?」

 

「言ってませんから」

 

合計で300回とか鬼にも程がある。

 

元々筋肉質なオレにとって300回も腕立て伏せやったらパンプアップで大変なことになっちゃうよ?

 

「壮大もインターハイを優勝して『連覇』という次なるステージに期待されているのですよ?現状維持のままなら連覇することなんて夢のまた夢なんですよ?」

 

反論したいところなのだが、正論だから反対できない。

 

オレは反論することを諦めて腕立て伏せの姿勢を取った。

 

「では、失礼します」

 

するとオレの背中に海未が座り込んだ。

 

「壮大の特別練習、スタートですっ♪」

 

 

~海未'sトーク in 腕立て伏せ~

 

「なぁ、海未?」

 

「はい?何でしょう?」

 

「お前ちゃんとメシ食ってんのか?」

 

「夏休みに入ってからはなるべく決まった時間に食べるようにしてますが…どうかしたのですか?」

 

「いや、背中に乗られた時『あっ、軽いな』っておもってさ」

 

「そうでしょうか?身体を動かすといっても剣道や日舞の朝稽古にスクールアイドルとしての練習に弓道部としての練習ぐらいですよ?」

 

「物の見事に運動量と摂取するカロリー量が釣り合ってねぇじゃねぇか。親父さんや美空さんの期待とかもあるだろうけど、息つくとこ作らねぇと身体壊すぞ?」

 

「大丈夫ですよ。夜はきちんと眠ってますし、μ'sのメンバーと一緒にいるのが何よりの楽しみですから」

 

「……そうか」

 

「もちろん、壮大もその中の1人ですからね?」

 

「……。ほら、100回終わったぞ」

 

「では次はことりを背中に乗せて2セット目突入です☆」

 

「最後の☆の意味は!?っつーかセット間のリカバリー無し!?」

 

そして鬼のような基礎体力強化のメニューをこなしていくオレ。

 

 

 

 

 

~滝行~

 

「………………」

 

「そーちゃん!もうノルマの1時間経ったよ?」

 

「穂乃果、壮大の滝行は2時間です」

 

「2時間!?」

 

「何かそーくん修行僧みたい……」

 

 

 

 

 

 

~短距離ダッシュ in 山道~

 

「ハァッ……!ハァッ……!!」

 

「壮大!ラスト1本です!!」

 

「だぁらっしゃぁぁぁぁあっ!!!」

 

「はい!お疲れさまでした!」

 

「そーくんのスイッチというスイッチ全て入った感じだね…」

 

「うん…。穂乃果たちの3倍の量を平然とこなすなんて…」

 

 

 

 

 

~夜メシの食材集め~

 

「オレは人間を辞めるぞ!海未ィィィィィイッ!!」

 

「ネタを披露しなくていいですから、早くあそこのクマを刈ってきてください」

 

「貴様ァ!オレに見つかった以上生きて帰れると思うなよ!!」

 

「クマーッ!クマクマクマーッ!!(嫌だッ!俺の側オレのそばに近寄るなああーーッ!!)」

 

「ねぇ穂乃果ちゃん、ことりには今のそーくんに石のお面が見えるような気がするんだけど……」

 

「大丈夫だよ、ことりちゃん。穂乃果にもそう見えるから」

 

「今日は熊の肉を使った料理にしましょうか♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

海未考案の基礎体力強化メニューを途中記憶を飛ばしながらも何とか乗り越えたオレは薪になるような木や枝を拾い終え、穂乃果たちが作ったカレーを無我夢中で食らいつくしたオレはテントの中でぶっ倒れていた。

 

あぁ…、もうこのまま寝れそう。

 

「壮大、起きてますか?」

 

海未がオレがいるテントに入ってきたので、オレは首だけを動かして海未を見据える。

 

「……おう」

 

「あとお風呂に入ってないのは壮大だけですよ?」

 

「……風呂あんの?」

 

「はい。壮大がトレーニングに打ち込んでいる間に穂乃果とことりが作ってくれたんですよ?」

 

「……じゃあ入る」

 

「はい。こっちです」

 

のそのそと立ち上がり、疲労と眠気でフラフラになりながら海未の背中についていくとことりが鞴で一生懸命吹いていた。

 

「ことり、あとは私がやりますのでことりはゆっくり休んでいてください」

 

「うん。そーくんごゆっくり~」

 

ことりも欠伸を噛み締めながらテントへと戻っていったのを確認し、海パンを履いた状態でドラム缶風呂に浸かった。

 

「ことりも疲れてんのな……」

 

「穂乃果もことりも壮大ほどの強度ではないですけど、かなりの練習量ですからね…。湯加減はどうですか?」

 

「少し温めなのがまた何とも……」

 

ドラム缶風呂の中でガッチガチに張った足の筋肉を揉みほぐしたり、老廃物が溜まりやすい膝の裏を押したりして血行をよくしていく。

 

ゆーったりと入ったお陰で身体も暖まり、よく眠れそうだと思いつつもテントへと戻ったのだがさっきまでオレがいたテントの中に海未の荷物が置かれていた。

 

「……壮大?どうかしたのですか?」

 

ドラム缶風呂のお湯を捨ててきた海未がテントに戻ってきて、この状況を説明すると海未は頭を押さえながらことりたちのテントへと向かったのだが首を振って戻ってきた。

 

「……ダメですね。穂乃果とことりが熟睡しきっていて話そうにも話せそうにないです」

 

「そうか…。なら一緒に寝るか?」

 

「へっ!?」

 

変な声を出して返事をする海未をちょいちょいと手招きをする。

 

「同じ空間で寝たくないというなら海未はテントで寝てくれ。オレは外で寝るからさ」

 

「待ってください……!」

 

テントから寝袋を引っ張り出そうとするが、海未に肩を掴まれた。

 

「私は別に構いませんので…、えっと……その…」

 

「?」

 

「同じテントで…寝てくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

海未が顔を真っ赤にしながら頼まれちゃ断るわけにもいかないので、寝袋を再びテントの中に入れて奥に詰めるようにして場所を開けた。

 

その開いた場所に海未がもそもそと入ってきて、お互い寝袋の中に入ったのだが…。

 

「……」

 

「……(寝れねぇ)」

 

お互い背を向けている体勢とはいえ、後ろには大和撫子を体現しているような美人さんがいる。

 

寝袋越しでも海未のほんのりとした熱を感じているのだと思うだけで血が沸騰しそうで、身体は疲れてるのに頭だけが冴えてしまって眠れずにいた。

 

「……壮大、もう寝ましたか?」

 

「いや、まだだ」

 

「でしたら、少しお話でもしませんか?」

 

「……そうだな」

 

オレは眠れるまでの少しの間、海未とお話をすることにした。

 

小さい頃の想い出話や普段のみんなの学校生活やらを話していると、不意に海未が1つの質問をオレに投げ掛けてきた。

 

「壮大は私がスクールアイドルをやると聞いてどう思いましたか?」

 

「うーん……」

 

オレは穂乃果がスクールアイドルをやると言い出してきた時の記憶まで遡っていく。

 

アイドルの衣装を着て恥じらいながら歌って踊る海未の姿を想像してアリだ!なんて叫んでた……何て言ったらシャバの空気吸えなくなるよな?

 

余計なことを考えてしまう頭を小さく振って、もう一度思い返す。

 

「正直言うと意外……かな?」

 

「やっぱり壮大もそう思いますか……」

 

外はもう真っ暗で声でしか感情が分からないが、きっと落胆の表情をしているのだろう…と容易に想像できる。

 

「そりゃあ…小さい頃の海未を知ってるからな」

 

今でこそこうやってまともに話せるけど、出会ってから3ヶ月間はオレの姿を見るだけで穂乃果かことりの後ろに隠れたりしてたし海未1人だけの時なんて涙目になりながら『はわわわわ……』なんてしてたんだぞ?

 

初めて涙目にならないでまともに話せるようになったのは小学校1年の時だぜ?

 

その恥ずかしがりやの『みーちゃん』が今こうして成長したのは思い返すと感慨深いな…。

 

「壮大は違うかもしれないですけど、私にとって壮大は産まれて初めてできた同年代の男の友達だったんですよ?」

 

そりゃそうだけどさ……。

 

だからって長期間避けられていたこっちの身にもなってほしいよ。

 

あの当時は穂乃果とことりに『もしかしてオレみーちゃんに嫌われてるの?』ってガチで相談したんだからな?

 

「話を戻すぞ?オレとしてはことりは誘いに乗るとしても海未だけは断固拒否すると思ってた」

 

「私も最初はそうでしたよ。アイドルをやるなんてまた穂乃果の思い付きなんじゃないとばかり思っていました」

 

「でも、穂乃果の熱意に惹かれていった……と」

 

「やっぱり壮大にはお見通しだったんですね……」

 

「最初はことりの例のお願い攻撃を受けたのか、と思ってたけどな」

 

それがまともに効くのは壮大ぐらいだけですよ、と笑われながら言われてしまった。

 

何にせよいつも自分にも他人にも厳しい海未が年相応にはしゃいだり、凛ちゃんやのんちゃんに振り回されたり、穂乃果を叱っても最終的には何だかんだ言って許しちゃう海未の元気な姿を近くで見れるのはμ'sのお手伝い役を引き受けた以前に幼馴染として許された特権なんだと思う。

 

そんな海未も穂乃果やことり同様にオレが陸上に打ち込む姿も応援してくれてるし、何より海未たちの応援はオレにとってかけがえのない活力にもなっている。

 

だからなのかな…?

 

こいつらの前では常に強くあり続けたいって思うようになったのは。

 

「さっ、そろそろ寝ないと明日に響きますよ?」

 

「そうだな。明日も頑張りますかね」

 

「その意気ですよ!では、おやすみなさい」

 

「あぁ。おやすみ」

 

そう言ってオレと海未はお互いに目を閉じ、明日への活力を生み出すために暫しの休息に入った。

 

 

 

 

気付けば海未とオレの互いの手がそうあるべきだ、と言わんばかりに優しく触れ合っていた。

 

 

 

お互いの想いを包み込むように……

 

 

 




2年生回と思わせて、海未ちゃん回。

アニメでも海未ちゃん回は無いって言ったり、テレビアニメ第1期1話が海未ちゃん回だったとか言ってたり…。

私は海未ちゃんがキレイに時には可愛らしく映っていれればそれでいいのです…。注)凛ちゃん推しです。

メインストーリーもことりちゃんのバースデーストーリーも進めていかないとですね。

あ!あとこのお話の直前にアップロードした高坂 穂乃果特別ストーリー『オモイダマ』もよろしくです!

ほな、また…。


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『お気に入り200記念』 μ's with 夏の風物詩

またしても遅れてすみません!!!

またしても言い訳は後書きにて。

では……プログラム、スタートぉ!(ラジオガーデン風)



~Case.1 高坂 穂乃果 『花火』と『浴衣』~

 

「ねぇ、そーちゃん?」

 

空調が効いた部屋で涼んでいるといつものようにドアを開けて穂乃果がやってきた。

 

「どうした?課題の手伝いならやらんぞ」

 

「違うよ!花火やろうよ花火!」

 

「花火ぃ?」

 

そのためにわざわざオレの部屋に来たのか?と思わず顰めっ面になりながら穂乃果を見てみるとその手にはお小遣いで買ってきたであろう花火セットが握られていた。

 

「ねーえー!やーろーうーよー!」

 

「えぇいっ!やめろっ!!揺らすなっ!!!」

 

布団の上に寝転がっていたオレを強めに揺らす穂乃果。

 

止めろと言ってもオレがやると言い出すまで止める気はさらさら無いようだ。

 

って!あ"ー!!さっき食べた夜メシのカレーライスが出てきちゃうぅぅぅぅう!!

 

「分かった分かった!!やる!花火やるから揺らすのやめぃ!!!」

 

「やったー!じゃあちょっと準備してくるから庭で待っててねー!!」

 

オレがしゃーなしに花火をやると言ったら持っていた花火セットを放っておいて自分だけスタコラサッサと出ていった。

 

「……何の……準備だ?」

 

揺らされた反動で三半規管がまともに機能しないまま考え込むが見当がつかず、ただただ首を傾げるしかなかった。

 

 

 

 

「じゃーんっ!」

 

庭にてバケツの中に水を溜めたり袋の中に入っている花火をバラしたりしているうちに白基調で紫陽花の花があしらった浴衣を着て、オレンジいつものサイドテールではなくお団子状に纏めた穂乃果が戻ってきた。

 

「どう…、かな?」

 

「……ん。いいんじゃないか?」

 

くるりと1回転する穂乃果に思わず見とれてしまった。

 

実際かなり似合っているし、滅多にサイドテールを解かないので普段よりも可愛く見えた。

 

「花火、袋の中から出しといたから早くやろうぜ?」

 

「そだね」

 

火をつけた蝋燭のろうを垂らし、固まらないうちに蝋燭を上からガッチリ押さえつけて固定させるとオレと穂乃果は花火を心行くまで楽しんだ。

 

さすがに打ち上げ式の花火はできなかったが、花火の彩りに感激した穂乃果を見て微笑ましいと思ったのはナイショだ。

 

 

 

 

~Case.2 絢瀬 絵里 『麦茶』~

 

 

「壮大、おはよ」

 

「おはようございます。朝早くから自主練ですか?」

 

まだ涼しい朝早くに起きてポストの中身を確認しようとしたら、偶然ランニング中の絵里ちゃんとバッタリ出会った。

 

「えぇ。日中は暑いからこうして朝早くに走った方がいいと思ってね」

 

「賢明な判断です。さすがは賢い可愛いエリーチカですね」

 

「もうっ。壮大までそうやってからかうのね?」

 

ぷくっと汗で湿った頬を膨らませながら拗ねてしまった。

 

「あ、そうだ。絵里ちゃん少しそこで待ってて貰っていいですか?」

 

「いいわよ?」

 

「ありがとうございます」

 

絵里ちゃんの許可を貰ったので急いで台所に行き、冷蔵庫に冷やしておいた麦茶をコップの中に注いでから出来るだけ早足で絵里ちゃんのもとへ戻る。

 

「はい、麦茶です」

 

「気が利くのね」

 

「朝とはいえ走ってると汗で身体の水分が飛んでしまいますから」

 

絵里ちゃんはオレが話している間にお盆に乗せたコップの中身の麦茶を飲み干した。

 

「ふぅっ…。ごちそうさま。もう少しだけ走れる気力が湧いてきたわ」

 

「絵里ちゃん、ファイトですっ」

 

絵里ちゃんはオレにコップを渡し、軽い足取りで走り去っていった。

 

絵里ちゃんが口つけた場所をどうしようか悩んだ末、『こんなことしてるからモテねぇんだ』という結論に辿り着きさっさとコップを洗うことにした。

 

 

 

~Case.3 南 ことり 『夕立』と『えっちぃハプニング』~

 

 

「そーくん、こんにちわっ」

 

夜メシの食材を買って帰る途中、白いワンピースを着たことりと出会った。

 

「おう。今帰りか?」

 

「うんっ♪穂乃果ちゃんと海未ちゃんと一緒に水族館に行ってきたの!ペンギンさん可愛かったなぁ……。ふへへぇ……」

 

「そ…、そうか」

 

ペンギンの愛くるしさにやられてしまったことりはお土産のペンギンのぬいぐるみをギュッと抱き締めてトリップしてしまった。

 

おい、そこのぬいぐるみ。

 

今すぐオレと替わりやがれ。

 

「……むっ?」

 

ぬいぐるみに嫉妬していると突然オレの耳あたりに1滴の水が落ちてきて、ポツポツと雨が降り始めてきた。

 

マズい!夕立が降ってきやがった!!

 

「ことり!!」

 

「ふぇっ?……ひゃぁぁぁあっ!?」

 

オレはことりの手を引き、ここから最寄りの屋根がある場所へと走った。

 

 

 

 

「ことり。いきなり走らせといてあれだけど……大丈夫だったか?」

 

「う……うん。何とか……」

 

何とか雨宿りをすることが出来たオレとことりは夕立が止むのを待ってから2人で歩いて帰る。

 

「でも、ごめんな?せっかく買ったペンギンのぬいぐるみ……少し濡らしちまって」

 

「ううん。そーくんがことりの手を引いて走り出さなきゃもっと濡れてたよ」

 

「そうか?ぬいぐるみの他に濡れてしまったものは……ッ!!!」

 

「そーくん?どうしたの?」

 

「いや…、何でもねぇ」

 

「?……変なそーくん」

 

両腕で抱えるペンギンのぬいぐるみを見ようとしたのだが、すぐにことりとは正反対の方角を向くことしかできなかった。

 

何でかって?

 

……夕立で濡れたことりのワンピースとは別にライトグリーンの布地がバッチリ見えてしまったから。

 

と、だけ言っておこう。

 

 

 

~Case.4 園田 海未 『素麺』と『風鈴』~

 

 

「美空さん。今年も親戚から大量に送られてきた素麺のお裾分けです」

 

「あらあら、いつもすみません。今年もありがたく頂きます」

 

今年も親戚からどう考えても1人では消費できそうにない量の素麺が送られてきたのでお裾分けとして高坂家と南家と回り、最後に園田家にお邪魔してたった今、海未のお母さんである美空さんに素麺を渡したところだ。

 

「ところで壮大さん、折角ですしご一緒に昼食でもどうですか?」

 

「え?いいんですか?」

 

さて、昼メシは何にしようかと思い園田家の門に背を向けようとすると美空さんから昼メシのお誘いを受けた。

 

「えぇ。今は私と海未さんしかいないですし、何より壮大さん汗だくではありませんか」

 

今日も今日とて都心では気温が35℃をこえる『猛暑日』を記録しており、高坂家と南家を渡り歩いてきたので喉もカラカラだ。

 

「……じゃあお言葉に甘えて」

 

「はいっ。では、どうぞこちらへ」

 

美空さんの優しい微笑みに負けたオレは少しだけ申し訳無さを感じつつ、園田家の門を潜った。

 

 

 

 

「あら。母上の話し声が聞こえると思ったら壮大ではありませんか」

 

美空さんの案内で居間に通されると、そこには正座で背筋を伸ばしながら夏休みの課題に取り組んでいた海未の姿があった。

 

「海未、お邪魔します。今年もまた親戚から大量の素麺が送られてきたからそのお裾分けに来たんだが、美空さんが一緒に昼メシはどうだ?って誘われたんだ」

 

海未から少し離れたところに胡座をかいて座り、カクッと頭を項垂れながらここに来た要件を伝える。

 

「ご愁傷さまです…。あと、いつもお裾分けありがとうございます」

 

海未も素麺の苦労を理解したのか苦笑いで慰めと感謝の意を唱える。

 

頭をポリポリ掻いていると視界の隅っこに何やらぶら下がっている物を捉えた。

 

「…風鈴か」

 

視界にちらついていた物の正体は、金魚と花火が描かれていた風鈴だった。

 

「えぇ。これで少しは暑さが紛れるかと思いまして」

 

風通しのよい縁側に通るそよ風に揺られ、チリンチリンと小さく音を立てる風鈴。

 

「風情があると心なしか暑さが和らぐと思いませんか?」

 

「……そうだな」

 

オレにはいまいち侘寂や風情というものは分からないが、風に揺れて音を奏でる風鈴を見るといかにも『和』というのを感じる。

 

「海未さーん!壮大さーん!昼食の素麺が出来上がりましたよー!」

 

「……では壮大の家からのお裾分けを頂くことに致しましょう」

 

何も貰ってすぐに食べんでもいいでしょうに……。

 

重たい腰を上げて、美空さんと素麺が待っている台所へ海未と一緒に向かった。

 

 

 

~Case.5 星空 凛 『水鉄砲』~

 

 

「にゃっはっはっは!とうとうそーくんを追い詰めたにゃ~!!」

 

凛ちゃんが右手で突きつけてくる銃口は、寸分の狂いなくオレの眉間を捉えていた。

 

「そろそろお縄にかかる時間だにゃ~っ!!」

 

「ま……、待ってくれ!!オレにはまだやり残してきたことがあるんだ!!頼む!見逃してくれ!!」

 

「やだにゃ☆」

 

凛ちゃんはオレの命乞いを一蹴し、トリガーに指をかけた。

 

クソッ……!!オレの命はここまでなのか…!?

 

オレはギュッとキツく目を閉じた。

 

…………。

 

あり?

 

何時まで経っても(みず)が襲いかかってこないので恐る恐る目を開けると、焦って何度もトリガーを引く凛ちゃんの姿があった。

 

「にゃにゃっ!?水切れだにゃ~……」

 

一瞬にして形勢が逆転し、今度はハーフパンツのポケットに差していた2丁の拳銃の1丁を抜いて凛ちゃんを追い詰めていく。

 

「ハッハッハァ…!!形勢は逆転したぜ?…さぁ、貴様は一体どんな声で鳴くのか…今から楽しみだぜぇ!!!」

 

「にゃぁぁぁぁぁあっ!?」

 

 

 

 

 

「……なに?この茶番」

 

オレは冷静になって凛ちゃんに向けていた水鉄砲を静かに下ろした。

 

「でもそーくん途中から凛よりもノリノリだったにゃ」

 

「クソッ!確かにやってみれば楽しかったから余計に突っ込みづれぇ!!」

 

いきなり水鉄砲を持った凛ちゃんが家にやって来て『そーくん!近くの公園で一緒に水鉄砲で遊ぼっ♪』って来たから渋々乗ってあげたら思いの外楽しかったので、凛ちゃんの天然毒舌に何も言い返せずにいた。

 

「それに『どんな声で鳴くのか楽しみだ』なんて女子高生相手に言うようなセリフじゃないにゃ…」

 

「うぐぅっ!?」

 

「それだけじゃないよ?凛の武器は水鉄砲1つなのにそーくんの武器は水風船10個に小型水鉄砲2丁に大型水鉄砲1丁ってどう考えても卑怯だにゃ」

 

「ぐふぉぁっ!?」

 

「凛よりもそーくんの方が何倍も子供だにゃ」

 

「すみませんっしたぁぁぁぁあっ!!!」

 

毒舌凛ちゃん語録……、略して毒凛語の餌食になったオレは許しを乞うためバク宙DOGEZAを披露して命乞いにかかる。

 

「じゃあ、お腹空いてきたから冷やし中華食べに行くにゃ!」

 

それで許してくれると言うなら安いもんだ。

 

オレは頭を上げてそれほどお金が入っていない財布を握りしめ、凛ちゃん行きつけのラーメン屋へと足を運んだ。

 

フッ…、凛ちゃんちょろい。

 

「あ。言っとくけど凛は真姫ちゃんみたいにちょろくないからね?」

 

……凛ちゃん。それは言っちゃいけないお約束でしょうが…。

 

 

~Case. 6 西木野 真姫 『天体観測』~

 

 

「ほーらっ、男の子なんだからもうちょっと頑張りなさいよ?」

 

お昼過ぎに真姫から初めて天体観測に誘われたので日付が変わるのを待ってから、2人で高台にある公園へと続く階段を歩いて上っている。

 

ちなみに真姫は既に階段を上がり終えていて、ベンチに座りながらオレが来るのを待っていた。

 

「おまっ!!荷物持ってないからって…!先に行く……なよっ…!」

 

望遠鏡やらスタンドやらを背負っているオレは真姫のさらに後方で息を切らしながら上がる。

 

「だぁーっ!!疲れたぁー!!」

 

背負っていた荷物を静かに下ろしてから、ベンチに座っていた真姫の隣に座り込んだ。

 

「はい、お疲れさま。……って言いたいけど、早速セットしてくれないかしら?」

 

「貴様は鬼か!?」

 

いくら兄みたいな幼馴染だからってその扱いは酷いと思います!

 

「フフッ、冗談よ。はい、スポーツドリンク」

 

お前の冗談は冗談に聞こえねぇんだよ…と心の中でボヤキながら差し出されたスポーツドリンクを受け取る。

 

キャップを開け、ボトルの中身を身体の中に入れてチャージすると真姫がチラチラと何かを気にするようにこちらを見ているのに気がついた。

 

「どうした?……まさかこれ飲みたいのか?」

 

「はぁ!?何で私が壮大が口をつけたスポーツドリンクを飲まなきゃいけないのよ!イミワカンナイ!!」

 

冗談で言ったはずなのに顔を真っ赤にしながら反抗してきた。

 

「ごめんごめん、からかったオレが悪かったよ。だからそんなに怒るなって」

 

「ふんっ!」

 

 

 

 

 

 

真姫のご機嫌取りをトマト料理で手を打ったオレたちは2人きりの天体観測を始める。

 

「あれが織姫星のベガ、そしてあっちが彦星のアルタイルよ」

 

天体観測が趣味のお嬢様が嬉々とした表情で星が広がる空を指差し、その後に夏の大三角最後の一角であるデネブを探す。

 

「……どこ?」

 

真姫はすぐに見つけたのだが、オレはまだ見つけることができずに空を見上げながら見渡す。

 

「ほーらっ、どこ見てるのよ」

 

「だからどこだよ?」

 

「もうっ。だからこっちだってば!」

 

いつまでも見つけられないオレに痺れを切らしたのか、オレの手首を掴んで持ち上げられた。

 

「あれがデネブよ。さっき見つけたベガとアルタイルの3つを結んだのが夏の大三角よ」

 

「お…、おう」

 

意気揚々と夏の大三角や夏の星座のマメ知識を披露しているのをそっちのけ、思っていたよりも小さくて柔らかくて……そして少し冷たいピアニストの手の感触と飛躍的に高まる心音の感覚しか残っていなかった。

 

けれど、無邪気に星について語る幼馴染はその事に気がついていないし、なかなか女の子の手に触れる機会なんてほとんど無いから自然に手が離れるまで繋いでいるのも悪くはないのかもしれない。

 

 

~Case.7 東絛 希 『かき氷』~

 

 

かき氷。

 

子どもに人気なイチゴやメロン、ブルーハワイと言ったシロップをかけて食べたり、おじいちゃんおばあちゃん辺りになると小豆や宇治金時と言った和のかき氷を食べている人もチラホラ見かけたりもする。

 

埼玉県熊谷市の『雪くま』や伊勢路の『あかふく氷』と言った地方限定のメニューも存在し、今や縁日・お祭りには欠かせない日本の氷菓の1つだ。

 

「なぁ、壮くん」

 

「はい。何でしょう?」

 

食器類を中心にした家の大掃除をしていたらかき氷器をみつけ、庭で埃を被ったかき氷器を洗っていたら親戚に贈るために買ったであろう穂むらのお饅頭の袋を持ったのんちゃんと遭遇したオレ。

 

『暑いから涼しくなるまで壮くんのお家に入れたってやー♪』という声のもと、手にかき氷器を持っていたので『だったらかき氷を作ろうじゃないか』という何とも行き当たりばったりな計画の元、かき氷のシロップを買ってきてからガラスの器にかき氷を作っている最中だ。

 

「かき氷のシロップなんやけど、壮くんはメロン味とブルーハワイどっちが好みなん?」

 

「そうですねぇ……。その2つだとブルーハワイの方が好きですかね」

 

「じゃあうちはメロン味のシロップを使おうかな?」

 

「まぁそれはのんちゃんのお好みと言うことでいいんじゃないですか?って言うか何で今それを聞いたんです?」

 

「いやぁ……?べっつにぃ~?」

 

何か含みのある言い方をしたのんちゃんに首を傾げながら、ただひたすらかき氷器のハンドルを回し続けた。

 

 

 

 

「じゃあ、氷が溶けないうちに食べましょうか」

 

「そうやね…。でもその前に…!」

 

のんちゃんの目が怪しく光ったと思ったら、オレの目の前に置かれていたブルーハワイのシロップをかけたかき氷を取り上げられてしまった。

 

「あぁっ!何するんですか!!」

 

「いやな?ちょーっとだけ試してみたいことがあるんよ」

 

試してみたいこと?

 

何なんですか?と言葉にしようとしたら、突然視界が黒く覆われてしまった。

 

えぇー!?何!?何しようとしてるの!?

 

「壮くん、口をあーんって開けてくれへん?」

 

オレは言われるがままに口を開けると、口の中に冷たい物が流し込まれた。

 

うん、冷たい。

 

「さて壮くんに問題です。今壮くんに食べさせたのはメロン味のかき氷でしょうか?それともブルーハワイのかき氷でしょうか!?」

 

「えぇっ!?」

 

何とここでクイズを出されてしまった。

 

え!?どっちだ!?

 

普通に食べさせる事を考えるとブルーハワイ…だよな?

 

いや、待てよ?

 

だったらこんな回りくどいことするか?

 

と言うことはのんちゃんが食べるはずのメロン味?

 

えぇ?どっちだ?

 

口の中に残っているかんみを頼りに答えを導き出そうにもサッパリ分からない。

 

「ごぉー、よーん、さーん」

 

どっちを食べさせたか考えていると、のんちゃんは答えを急かすようにカウントダウンを開始させた。

 

えぇいっ!どっちか分からないし、単純計算で言えば確率は5分5分なんだから勘で答えるしかないっ!!

 

「ブルーハワイっ!」

 

「……あーあ、残念やったなぁ」

 

もはや当てずっぽうに近い感じで答えを言ったが、のんちゃんは少しだけ間を置いてからオレの答えが違うことを知らせてくれた。

 

それと同時に視界がいきなり明るくなり、目の前には少しだけ量が減っているメロン味のかき氷と量が全く減っていないブルーハワイのかき氷が並んで置かれていた。

 

「実はな?試してみたいことって言うのは『目を閉じながらシロップがかかったかき氷を食べると何味を食べさせたか分からなくなる』って事を証明したかったんよ」

 

のんちゃんがオレの目の前のイスに座りつつも、ニシシと笑いながら試してみたいことの種明かしをしてくれた。

 

「でも壮くんのその反応やとホントのようやね」

 

「……だからってオレを使ってやらないでくださいよ」

 

ガックリと項垂れるオレを見てクスクス笑いながら、メロン味のかき氷を頬張り始めるのんちゃん。

 

その反応にどう対応したらいいのか分からなくなったオレは暑さで少しだけ溶けたブルーハワイのシロップをかけたかき氷を頬張り始めた。

 

 

~Case.8 小泉 花陽 『ヒマワリ』と『麦わら帽子』~

 

 

「んーっ!!……はぁ」

 

都心から少し離れた場所にあるヒマワリ畑にやって来た。

 

この事は穂乃果たちも知られていないことなのだが、実はというとオレは何の目的もない自由気ままな旅をするのが好きだったりする。

 

理由をあげるとするなら気分転換に何処かに出掛けようと思い、ネットサーフィンしていたら都心から離れたヒマワリ畑が今見頃のピークを迎えているというネットニュースを見たのでやって来たというのが正しい気もする。

 

目の前にあったヒマワリ畑の入場ゲートに並び、一連の手続きを終えたオレはゲートを潜った。

 

すると目の前に居た麦わら帽子を被った女の子が入場チケットを落とした。

 

「あの~……」

 

「ぴゃあっ!?」

 

ビクッ!!と肩をすくませて驚く女の子。

 

何だか聞き覚えのある声だなぁ…。

 

「チケット落とされましたよ……って、花陽ちゃん?」

 

「えっ?壮大……くん?」

 

聞き覚えのある声をした女の子の正体はμ'sの二大癒しの一人である花陽ちゃんだった。

 

 

 

 

「へぇ~、花陽ちゃんもよくここに来るんだ……」

 

「うん。小学生の時にここで咲くヒマワリに感動してそれ以来毎年来てるようにしてるんだ」

 

ヒマワリ畑にて偶然花陽ちゃんと会って『もしよかったら』とお誘いを受けたので、そのお誘いを快諾。

 

今は雑談をしながらヒマワリ畑を回っているところだ。

 

何でも花陽ちゃんは親御さんの実家がこの近くにあるらしく、今日は特に決まった予定がなかったので小さい頃から来ているヒマワリ畑にやって来たと言うことらしい。

 

確かにここは都心みたいな喧騒もないし、回りを見渡せば山しかないのでここで見る星はキレイに見れそうだ。

 

「ところで壮大くんはどうしてここに?」

 

「オレ?まぁ……あれだ。意味はないただの気まぐれだよ」

 

でも、と付け加えてもう一度回りを見渡す。

 

「なかなかいいところだね。ここ」

 

「フフッ。壮大くんに気に入って貰えてよかったよ。あ!そう言えばこの先に私のお気に入りスポットがあるの。一緒に行ってみませんか?」

 

「おっ!いいね!!じゃあ案内してくれるかな?」

 

「うんっ!私についてきて?」

 

 

 

 

花陽ちゃんのお気に入りだと言う場所に向かって歩くこと数分。

 

「ここが私のお気に入りの場所だよ?」

 

花陽ちゃんが景色を見せるように半身になって片手を広げ、その景色を見ると同時に風が吹いた。

 

「……すっげぇ」

 

オレは感動のあまり言葉を失った。

 

視界に広がるヒマワリ全てが輝くように映え、風が吹いたのと同時にヒマワリが揺れる。

 

「どう……かな?」

 

花陽ちゃんは言葉を発しないオレを危惧して恐る恐る聞いてくる。

 

ここから見る景色は…。

 

「最ッ高!」

 

歯を見せながら花陽ちゃんに向かって親指を立てつつ笑って、また来年もここに来よう、と決めたのはまた別のお話。

 

 

~Case.9 矢澤 にこ 『ラジオ体操のスタンプカード』~

 

 

「うっわ…、ゴミ袋切れてる……」

 

朝起きて貯まってきた家庭ゴミを出そうと玄関の下駄箱の戸を開けると、ゴミ袋がなくなっていたことに気が付いた。

 

でも今日出さないと週末を跨ぐことになるので、何としても今日ゴミ出しをしておきたい。

 

でもこんな朝早くからハナマルストアなどのスーパーは営業していない。

 

「仕方ねぇ…。コンビニで買うか……」

 

解決策を思い付いてから自室に戻ったオレは机の上に置いていた財布をズボンのポケットの中に入れてから家を出て、コンビニを目指して歩き始めた。

 

 

 

「壮大?」

 

ゴミ袋を買ったオレは歩いて自宅へ戻っていると、小さな公園の前を通りすぎようと後ろから声をかけられたので振り向いた。

 

するとスカートにTシャツに身を包み、いつものリボンはつけていないプライベートモードのにこちゃんが立っていた。

 

にこちゃんの首元には紐で通されたカードが3枚ほどぶら下がっているのに目がついた」

 

「どうしたんですか?こんな早くに…。それにその首にかかってるのは……」

 

「ん?あぁ、これのこと?」

 

首にかかっているカードの1枚を見せてくれた。

 

「……ラジオ体操のスタンプカード、ですか」

 

「チビたちが通ってる小学校で配られたらしいのよ」

 

「何だか懐かしいですね」

 

「そうね…」

 

オレたちは昔を懐かしみながら笑いあう。

 

確かオレが小学生だったときは、穂乃果がラジオ体操に出たら貰えるアメやお菓子が欲しいあまり雨の日でラジオ体操が出来ない日にも公園に行こうとして駄々をこねていたっけなぁ…。

 

「お姉さま!ラジオ体操終わりましたわ!」

 

「にこにー!ラジオ体操終わったからスタンプカードちょーだーい!」

 

「スタンプカードぉ……」

 

にこちゃんと話していたらラジオ体操が終わったらしく、にこちゃんの妹たちが向こう側から走ってきた。

 

「はいはい、でもその前に壮大に挨拶しないとダメよー?」

 

「お兄さん!おはようございます!」

 

「そーたー!今度暇なら一緒に遊ぼうよー!」

 

「そーた……」

 

「こころちゃんおはよ。ここあちゃん、虎太朗くん。こころちゃんみたいにちゃんと挨拶しないとにこお姉ちゃんに怒られるぞー?」

 

にこちゃんがお姉ちゃんとして妹たちに注意しながらスタンプカードを渡し、それを聞いた妹たちはそれぞれオレに挨拶してきた。

 

「ここあー!虎太朗ー!!きちんと挨拶しなさーい!」

 

スタンプカードを貰ったここあちゃんと虎太朗くんはにこちゃんの制止を振り切り、スタンプを押す係になっている人の元へ駆けていった。

 

「まったく…、知ってる人にあったらしっかり挨拶しなさいってあれほど言ってるのに……」

 

「まぁまぁにこちゃん。ここあちゃんみたいな年齢なら礼儀正しい挨拶よりもあんな感じの挨拶の方が元気があっていいと思いますよ?」

 

「壮大がそう言うなら……」

 

にこちゃんは何だか腑に落ちないという表情をしながらも納得してくれたみたいだ。

 

「んじゃ、オレはそろそろ行きますね」

 

「引き留めてしまって悪かったわね」

 

「では、また学校で」

 

オレは返事をしてから家へと帰った。

 

 

……夏休みも残り僅か。

 

 

 

 




すみませんっしたぁぁぁぁあっ!!!

実家にいてアルバイトとか高校や中学のクラス会とかが重なって更新する余裕がなかったんですぅぅぅう!!

これからは少しだけ更新ペースあげて頑張りますので!!!



……あと今日無事に23回目の誕生日を迎えることができました。


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南 ことり編 Little Busters

予約投稿されてなかったぁぁぁぁあ!!!

不覚!!

と、言うわけで今回はことりちゃん特別編です。

インスパイア曲はRitaさんの『Little Busters』です!!

どうぞー!!



__なぁにお母さん?大事な話って……

 

__うん…、うん…。もう……や……には言ってるよ。

 

__でも……にはまだ言ってない……。

 

__大丈夫。そのうち言うから…。

 

__ことりにはもう……時間がないから。

 

 

 

 

 

 

「毎日毎日よく飽きずに資料を送ってくるもんだな……」

 

高校3年の夏休み明け。

 

最後のインターハイで2冠を達成し、押しも押されもしない高校最速スプリンターの称号を欲しいままに練習に打ち込んできた陸上から一旦離れ、オレは手に持っていた資料をテーブルの上に乗せてからカーペットが敷かれている床に寝転がる。

 

「もういっそのこと穂むらでオレ限定で募集してくんねぇかな…。そこんとこ雪穂はどう思う?」

 

「それだけ壮にぃに期待がかかってるってことなんでしょ?それにお父さんだってまだまだ現役なんだから当分募集することなんてないと思うけど?」

 

「だよなぁ……」

 

寝転がった視線の先にいてベッド上でファッション雑誌を眺めている雪穂に問いてみたが、あっさり切り捨てられた。

 

なんで雪穂の部屋にいるのかって?

 

進路に関する個人面談から逃げてきて、何処へ逃げ込もうか考えていたらたまたま雪穂を見つけたので匿って貰ってると言うわけだ。

 

「あ、そうだ!いっそのこと雪穂のお婿さんになるって言うのは……ガフゥッ!?」

 

「壮にぃキモい!鳩尾踏みつけるよ?」

 

「もう踏みつけられるんですけど……」

 

冗談で言っただけなのに罵倒付きで踏まれたでござる。

 

解せないっちゃ解せないが、雪穂が着ているシャツの裾から引き締まったお腹やら白のレースに包まれた年相応の双丘の下部分が見えたから役得っちゃ役得だ。

 

「今この場にいるの壮にぃと私だけだからいいけど、ことりさんがもし今の壮にぃと私の話聞いたらきっとことりさん泣くよ?」

 

溜め息混じりでことりの名前を出した雪穂。

 

そう。

 

オレとことりは互いに彼氏彼女の関係にある。

 

どちらが先に告白してきたのか、とか何がキッカケで付き合うことになったのか、とかは今は置いておく。

 

オレもことりも普通に過ごしている筈なのに、凛ちゃんには『そーくんとことりちゃんの回りにお花畑が見えるにゃ』とか言われるし、真姫に至っては『あなたたち2人が一緒にいるところを見ると無性にブラックコーヒーが飲みたくなってくるわ』と呆れられる始末。

 

「……そんなにオレたちイチャついてるように見えるのか?」

 

「壮にぃ。それは『オレにはかわいい彼女がいるぜ~』っていう嫌みったらしいアピールか何かなの?もしそうだったら私の部屋から追い出してもいいんだよ?」

 

「……すんません」

 

あれ?オレ何も悪いことしてない筈なのに何で謝ってるんだろう?

 

「まったく…、ほら。壮にぃケータイ鳴ってる」

 

雪穂に指摘されスマートフォンに目を向けると着信を知らせるイルミネーションが光っていた。

 

「雪穂。ここで電話していいか?」

 

「はいはい。私は一旦席を外すからどうぞごゆっくり~」

 

雪穂に気を遣われ、着信を入れた相手を確認するも無視するわけにはいかない相手だったので折り返し電話をする。

 

ワンコール、ツーコールと繰り返してから相手は電話に応じた。

 

『はーい、ことりですっ』

 

「わりぃ。大学とか実業団の資料見てたから気付かなかったわ。どうした?」

 

『今週末予定入ってる?』

 

オレは白いところが目立つスケジュール帳を取り出し、今週末の欄をチェックする。

 

「予定は入って……ないな」

 

『ホント!?じゃあ……そーくんの全国大会も終わったことだし久々にどこかデートしない?』

 

ことりとデートか…。

 

そう言えばインターハイ出場が決まってからは『競技に集中して欲しい』とことりが気を遣ってくれてたし、進路関係で少しモヤモヤしていたところだったからたまには羽根を伸ばすのも悪くないかな…。

 

「いいぞ。何処に行く?」

 

『えっとね…、ことりが行きたいのは……』

 

 

 

 

 

 

 

 

今週末。

 

昼前に待ち合わせていたオレは少し先に待っていて、大会とか練習とかで読めていなかった文庫本を読みながらことりを待っていた。

 

「そーくん!」

 

スクールアイドル時代のファンの一部から『脳トロボイス』と称することり独特の甘い声が聞こえたので本を閉じて顔をあげる。

 

「ごめんね?もしかして待った?」

 

「全然」

 

待っていないことということを伝えながら小説の本をパタン、と閉じてバッグの中に入れて立ち上がる。

 

「そんじゃ、行こっか」

 

「……」

 

「ことり?」

 

「ふぇっ!?」

 

「何か考え事でもしてたのか?」

 

「えっ!?う、うん!そんなところ……かな?」

 

何だかことりの様子がおかしい気がしたけど、特に気にすることもなく2人でことりが行きたいというところへと歩いていくことにした。

 

だが、オレはそこで気付くべきだったのだ。

 

ことりの返事が無かった時、ことりの目から 一筋の雫が伝っていたことを。

 

 

 

 

 

「うーん!楽しかったぁ!!」

 

ことりが楽しそうに歩いているのを隣で歩き、何気なく空を見上げるとすっかりオレンジ色に染まっていた。

 

服屋に映画館……シメとして遊園地と散々遊び歩いて足が棒になりかけているオレに対してことりはというと、まだまだ行けるよ!という感じだった。

 

……普段から鍛えているというのにどうしてこんなに差があるのだろう?

 

「そーくんは楽しかった?」

 

「ん?楽しかったぞ?でも1日でよくこんなにも歩き回ったなぁって思っていたところだ。また機会があったら誘ってくれ」

 

笑いながら答え、お互いの家に帰るために歩いていたのだがことりはいきなり立ち止まった。

 

「その事でそーくんに伝えとかなきゃいけないことがあるの」

 

「ことり?どうし……」

 

どうした?と聞こうとして琥珀色の目を見たのとほぼ同時にことりの目のハイライトが灯っていないことに気がつき、それを知ってか知らないでかことりは淡々喋り出した。

 

「またの機会なんて無いよ」

 

「……どういうことだ?」

 

「言葉通りの意味だよ…またの機会なんて無いんだよ。2度とね」

 

冗談にしてはタチが悪いし、そして何より笑えない。

 

「……まさかとは思うが『別れてくれ』なんて言うつもりか?」

 

「そーくんは鈍いなぁ…。さっきからそう言ってるのが分からないのかな?」

 

冗談で破局について語ったのだが、それは冗談ではなく本気でオレと別れて欲しかったみたいだった。

 

 

 

 

「じゃあ……そう言うことだから。サヨナラ、『壮大くん』

 

 

 

有無を言わせてもらえず、納得できないままオレは一方的にことりに別れを告げられてしまった。

 

 

 

 

~Side 南 ことり~

 

 

「はぁ…。とうとう……やっちゃった」

 

私は壮大くんに別れを告げた。

 

あれ以上壮大くんと同じ場所にいると決心が揺らぎそうになるので、別れを告げてから壮大くんから早歩きで距離を取った。

 

これでよかったんだよ…。

 

私は込み上げてくる涙を強引に拭き、涙が溢れ落ちないように唇を噛み締めながら家に帰る。

 

秋の夜風がいつも以上に涼しく感じ、少し肌寒かった。

 

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

『……これが私たちが知ってることりに関する情報の全てよ』

 

「そっか。いきなり変な用件押し付けて悪かったな」

 

『いいわよ、別に。私や凛たちから見て最近のことりは何処からどう見ても様子がおかしかったし…。』

 

「真姫。ありがとな」

 

『お礼を言われる覚えはないけど、今度会ったら何か奢ってよね?』

 

真姫との通話を切り、情報を照らし合わせながらメモ用紙に整理していく作業に入った。

 

ことりとの破局から数日後。

 

あの時から少しだけ引っ掛かっていることがあり、そこでオレは現在も音ノ木坂学院に在籍していてμ'sのメンバーの中で最も頭が切れる真姫に極秘で調査を依頼した。

 

どうせ穂乃果たちも一枚噛んでいるだろうしな…。

 

それとほぼ同時進行で真姫の母親である彩月さん経由で比奈さんと電話で話しているところをキャッチし、話の内容からの推論を踏まえながらレポート用紙に書き込んでいく。

 

「さて、どうしたもんか……」

 

「壮にぃ、いるー?」

 

「おーう、いるぞー」

 

自分でもビックリするくらいやる気の無い声でドアの向こう側にいる雪穂に声をかけ、それを聞いた雪穂はオレの部屋に入ってきた。

 

「何してたの?勉強?」

 

オレは返事の代わりについさっきまでペンを走らせていたレポート用紙を見せる。

 

それを怪訝な表情で受け取って目を通していく雪穂だったが、次第に顔を強張らせていく。

 

そして最後の項目を見終えた雪穂はレポート用紙をパサッとテーブルの上に落とす。

 

「壮にぃ、これ…ホントのことなの?」

 

「あぁ。紛れもない事実だ」

 

雪穂に背を向け、必要な書類と必要のない書類を分ける作業をし始めると不意に肩をトントンと叩かれたのでそちらを振り向いた。

 

その直後、破裂音。

 

雪穂に頬を平手で叩かれた、と理解するのに時間はかからなかった。

 

「何で……?何で壮にぃはそんなに冷静でいられるの!?」

 

「…………」

 

「もしかしたら……、もしかしたらもうことりさんと会えなくなるかもしれないんだよ!?」

 

そりゃそうだろうな、と心の中で悪態をつく。

 

何せことりは………

 

 

 

 

高校を卒業と同時に服飾の勉強をしに海外へ行くんだからな。

 

 

 

 

 

 

「壮にぃはそれでもいいの!?」

 

いいわけないに決まっているだろう。

 

だが、ことりは自分の夢を叶えるために大きな1歩を踏み出した。

 

いくら付き合っていたとはいえ、幼馴染とはいえそれを邪魔していいことにはならない。

 

どうしていいのか分からず、この数日間どのくらい悩んだか知らないくせに……!!

 

それでもいいのか……だと……!?

 

「……せぇよ」

 

「壮にぃ!聞いてるの!?」

 

雪穂の声を聞く度にオレの心の中はドス黒い感情で覆われていき…、

 

 

 

 

 

「うるせぇッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 

数日間圧し殺していた感情が爆発し、我慢の限界に来てしまったオレは気が付けば大声で叫んでしまっていた。

 

まさか大声で叫ばれると思ってもいなかった雪穂は1歩後ろへ引き下がった。

 

「それでもいいのかだって!?んなもんいいわけねぇだろうが!!!オレだってことりと別れたことなんて納得いってもねぇ!!それに本当は海外になんて行って欲しくねぇよ!!『ずっと側にいてくれ』って言いてぇよ!!だけど……どうしようもねぇじゃねぇか……!!ことりには大きな夢を掴むチャンスが巡ってきたんだから……!!!」

 

昨年のμ'sの夏合宿。

 

オレはことりに対し、『もし夢を叶えられるかもしれないチャンスを逃してこれからこの先後悔するよりも、チャンスに挑戦してから後悔した方が絶対いいと思う』と語った。

 

ことりは服飾のデザイナーになりたいという夢を叶えるため、一度は断った留学のチャンスをもう一度掴もうとしている。

 

それを『オレの側にいて欲しい』なんてオレの我が儘でことりの夢を、可能性を潰したくない。

 

そんな葛藤を雪穂に語っているうちに涙で溢れ、言葉を詰まらせる。

 

すると視界が暗くなった。

 

顔には柔らかい感触を感じ、耳からは優しくて暖かい鼓動が聞こえてくる。

 

「壮にぃも辛かったんだね…。今日まで頑張ってよく耐えたね……」

 

雪穂に抱き寄せられ、右手で後頭部をポンポンと優しく叩く。

 

「ゆきほぉ……」

 

「今日は特別。壮にぃの気が済むまで私の胸の中で思いっきり泣いていいから」

 

オレは雪穂の暖かい胸の中で声を張り上げ、大声で泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

誰にも相談できない悩みを打ち明け、一頻り泣いてスッキリしたオレは雪穂の側から離れる。

 

もう少し雪穂の胸を堪能したかったけど、これ以上やると今度は雪穂に泣かされるハメになるのでやめておく。

 

「気が済んだ?」

 

「おう。お陰でスッキリしたぜ」

 

「それで……、ことりさんとの関係はどうするの?」

 

「それについてはだな……」

 

オレは悩んでいる途中で辿り着いたけど、すぐさま棄却した1つの結論を答えとして雪穂に説いた。

 

すると雪穂は小さく笑った。

 

「壮にぃらしくていいんじゃない?」

 

「んだよ…。バカにしてんのか?」

 

「べっつにぃ?……ただ、」

 

何だよ?と呟いた言葉を追求しようするが唇に人差し指を置き、そのまま何も言わずにオレの部屋を後にしたため言葉にすることが出来なかった。

 

 

 

 

今はことりさんが羨ましい…、かな?

 

部屋を出ていく際に一滴の雫が頬を伝わせ、小さく呟いた言葉をではこれだけしか聞き取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

それからオレは雪穂に宣言した通りに文字通り身を削りながら努力を積み重ねた。

 

10月の上旬に開かれた国体ではインターハイ時よりもさらに身体を絞り込み、出走。

 

成年と少年のトータルで2番目のタイムで少年の部で優勝。

 

勉強の方でもちょこちょこ授業をサボる事を辞め、授業でやる範囲だけじゃなく予習や復習を繰り返した。

 

極めつけは進路……。

 

「本当にいいんですね?」

 

「はい。オレ自身で決めたことですし、両親もそっちにいますので」

 

クラス担任と陸上部の顧問の先生との進路相談の面談で自分が進む道をハッキリと伝えた。

 

「……お前がそこまで言うのなら俺はもう止めはしない」

 

「前例があるとは言えませんし、この先キミは度重なる苦難が待っていると思いますが松宮くんならそれを乗り越えられるだろう、と信じています」

 

「ありがとうございます」

 

オレは進路相談室から出ていこうとするクラス担任と顧問の先生に頭を下げた。

 

それから年が変わってすぐに進路先のコーチと対談を行い、直ぐ様互いに意気投合。

 

高卒では考えられないほどの大型契約や厚待遇まで持ち込んでくれて、それをよく読んだ上でサインした。

 

契約が終わったその後も着々と準備とトレーニングに明け暮れ……、そして決着の日……。

 

音ノ木坂学院の卒業式当日を迎えることとなった。

 

 

 

 

 

~Side 南 ことり~

 

 

今日の卒業式を以て高校生活に終止符を打ちました。

 

凛ちゃんや花陽ちゃん、真姫ちゃんに雪穂ちゃんに亜里沙ちゃん……さらに一般のお客さんとして来場していた絵里ちゃんたちも来て、私たちの卒業を祝ってくれました。

 

「あ、そうだ。ことりさん」

 

穂乃果ちゃんが言い出しっぺとなり、みんなで何処か食べに行こうと校門から出ようとすると中学校辺りから呼び方を変えた雪穂ちゃんに呼び止められた。

 

「とある方から手紙を預かってるんでした。はい、では確かに渡しましたよ?」

 

そう言って雪穂ちゃんもみんなの輪の中に入っていきました。

 

誰からだろう?と思い、手紙を開くと用意周到にパソコンのキーボードで打った手紙が入っていて、内容は『今から30分後に手紙の差出人が指定した場所に来て欲しい』とのことでした。

 

誰からか分からず一瞬だけ一番馴染みの深い異性の人が浮かびましたが、そんなわけないと思い頭を振りました。

 

でも、せっかく貰ったのだから会わないことには始まりません。

 

「……ことりちゃん?どうしたの?」

 

「ごめんね、穂乃果ちゃん。ことりちょっと用事こなしてから行くから!!」

 

穂乃果ちゃんの制止を聞かず、私は指定されている場所へと走り出しました。

 

 

Side out

 

 

 

 

すっかり春の陽気になり、風も暖かくなってきた。

 

「あのー…、ことりを呼び出したのはあなた……ですか?」

 

後ろからいつ聞いても変わらない甘い声を持つ彼女が、不安そうな声で話し掛けてきた。

 

「……よく来てくれたな。ことり」

 

オレは後ろを向き、ことりと向き合った。

 

「……え?ウソ…。なんで……?」

 

戸惑いを隠せないことり。

 

その『なんで?』には色んな意味が含まれているだろう、と推測する。

 

けど、そんなことはお構いなしにことりに歩み寄る。

 

「まずは卒業おめでとう」

 

「……ありがと」

 

正体がオレだと分かるや否や、かなり冷めた反応を見せる。

 

「……いつ出発するんだ?海外に」

 

「あなたには関係のない話です。だから早く私の前から……」

 

「なぁ…、ことり?」

 

「気安く私の名前を呼ばないで。早く私の前から……!!」

 

 

 

 

 

 

 

「何で自分1人で抱え込もうとするんだ?」

 

 

 

 

 

オレは優しくことりを抱き締めた。

 

「えっ……?」

 

「いつだってそうだ。お前がウソをつくのはいつだって他の人のため…。自分の心を縛り付けて……」

 

「ことりはウソなんか……!!」

 

「じゃあ聞くけど、オレをフッた時に『嫌い』って言わなかったんだ?」

 

オレはことりにフラれた時、『またの機会なんてない』としか言われていない。

 

『他に好きな人が出来た』とか『そーくんの事が信じられなくなった』なんてことは一言も聞いちゃいない。

 

「確かにことりはこれからデザイナーになるという道を歩むことになるけどさ、その夢へ続く道は1人じゃなきゃいけない道なのか?」

 

オレはことりを解放し、ことりの目を見て想いの丈をぶつけた。

 

「ことり…。もう1度だけ言わせてくれ。小さい頃からずっとずっと……あなたの事が好きでした」

 

ことりはオレの告白を受け、蚊の鳴くような声で聞いてきた。

 

「なんで…?どうしてそこまでことりの事を心配してくれるの?」

 

「オレは楽しく笑うことりが好きで…、ことりと一緒にいられる時間が好きで…、子ども扱いするとホントに子どものように怒ることりが好きで…。何よりありのままの姿をオレに見せてくれることりがどこの誰よりも大好きだからだ」

 

我ながらキザったらしく、クサい台詞だと思う。

 

「ホントに…、そーくんはバカだね…。」

 

「そうだな。それについては否定する気はねぇ。自分でも本気でそう思ってるから。でも、1度きりの人生を後悔したくねぇんだ」

 

「ホントに…バカだよ…。だって……人生って1度きりなんだよ?私なんかよりももっともっと魅力的な人に出逢えるかもしれないんだよ?」

 

ことりは涙ながら話し、可愛く整った顔が涙で濡れていく。

 

「知ってるさ、それくらい。…それにことり()()()じゃねぇ…。ことり()()()いいんだよ。だからこそオレはお前と一緒に居たいんだよ」

 

オレは一拍置いてから再びことりに問う。

 

「ことり。お前の本当の気持ちをオレに聞かせてくれ」

 

「私は…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___数年後。

 

ことりは高校の卒業式が終わった次の日から海外に渡ってデザイナーの道を歩み始め、今では自分の名前にちなんだ『SLB』というブランド会社を立ち上げ若きキャリアウーマンとしてバリバリ活動している。

 

オレはというと高校卒業してから海外のクラブチームへ入団するが、競技の壁に何度も何度もぶつかってきた。

 

けれどオレの隣に居てくれたことりの献身的なサポートのお陰で今では世界大会の常連として、日々のハードなトレーニングを頑張っているところだ。

 

 

 

そして今日は…、

 

 

 

 

「そーくんっ♪どうかな?」

 

無垢の象徴でもある純白のウェディングドレスに身を包んだことりがその場でクルリと1回転する。

 

そういうオレは『SLB』史上最高級のタキシードに身を包み、ことりの行動を見ていた。

 

「ん?……いいんじゃないか?」

 

「むー……」

 

差し障りのない感想を言うと、目の前のプリンセスは可愛らしく頬を膨らませて『私、不機嫌です!』というアピールをしている。

 

どうやら本音を答えないと許してはくれないようだ。

 

「最高に可愛いし、似合ってるぞ」

 

「ふへへぇ…。そーくんに褒められたっ♪」

 

何だこの可愛い天使。

 

いや、元から天使か。

 

『では!新郎新婦の入場です!!』

 

おっと、あれこれ考えているうちにしているうちに入場の時間になったようだ。

 

「では、参りましょうか。お姫様」

 

「うんっ!!」

 

 

~♪BGM:Little Busters~

 

 

 

 

オレたちは歩き出す。

 

やがて来る過酷も乗り越え、希望という名の未来に向かって…。

 

 

 




ちょっと…いや、かなり強引な感じでしたけどこれが私の限界です。

本編も含め、今までで1番の難産でした。

来月は絵里ちゃんで、その次すぐに凛ちゃんだもんなぁ…。


本編もちょこちょこ書いていますが、如何せん私自身執筆に対して不調なものでして…。

自分のペースで書いていきますんでそれまで気長に待っていてください。

ほな、また…。



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『お気に入り250記念』 文化祭とメイド喫茶

溜まりに溜まっていた記念ストーリー第1段。

元ネタは某アニメのドラマCDより。

それでは、どうぞ!!


「よし!これで今日の練習を終わる!!各自身体のケアを怠るなよ!!」

 

陸上部の顧問の先生が練習終わりのミーティングを締め、再び校舎の中へ戻っていったのを確認し、陸上部の男子部員が一斉に円を作り始める。

 

しかもここには今受験勉強真っ盛り中の一代前の部長がペラ紙1枚持っていた。

 

「みんなを呼び止めたのは他でもない。今日から約2週間後に控えている文化祭の出し物についてなんだが……」

 

「陸上部で何かやるんですか?」

 

1年生の短距離ブロックの椎名が手を挙げて質問する。

 

「おう。実は我が部の伝統で『メイド喫茶』をやることになっているんだ」

 

『はぁ!?』

 

『今年もやるのか……』

 

1年生が一斉に驚き、2年生は遠い目をしながら呟いた。

 

まぁ、驚くのも無理はない。

 

昨年の今ごろ、オレが1年生の時にも同じ反応をしたし。

 

「メイドのコスプレするんですか!?俺嫌ですよ!?」

 

「そうですよ!!そもそもこんな大人数入る教室なんて無いですよ!?」

 

1年生を中心にメイド喫茶をやることに不満を口にするが、部長は後ろに備え付けられているホワイトボードを裏拳で叩いてこの場を沈ませる。

 

「うるせぇ!!男のクセにガタガタ抜かすな!!……それに、全員が全員メイドをやる訳じゃねぇんだ。メイドをやるのは選抜制だ……」

 

超大真面目な顔付きで語ってるけど、内容と顔付きのギャップを突っ込んだらきっと負けなんだろう。

 

誰も突っ込まずにいると、部長がどこから借りてきたのかくじを引くガラガラを机の上に乗せた。

 

「と言うわけで『誰がメイド喫茶のメイド役をやるのか!?』くじ引きたいかーい!!はい、拍手ー!!」

 

と、こんな男子高校生特有の勢いのままメイド選抜クジ引き大会が開かれた。

 

ルールは簡単。

 

部員の人数に対し、約3割ほどの当たりを引いてしまった者がメイド喫茶のメイドをやるという至極単純なルールだ。

 

口では簡単に言っているが…、

 

「ぃよっしゃぁぁぁぁあっ!!!メイド回避だぁぁぁぁあ!!!」

 

「はい、メイド免除~。………チッ」

 

「なんで今舌打ちなんかしたんですか!?部長!!何はともあれ免除だぁぁぁぁぁあっ!!!」

 

ある者たちはメイド回避を喜び、歓喜の雄叫びをしたり……

 

「はい、メイド決定~!」

 

「嫌だぁぁぁぁぁあっ!!!フリルのついたエプロンドレスなんて着たくねぇよぉぉぉぉぉおっ!!!」

 

「はい、お前もメイド決定~!」

 

「メイドは見るからいいのに自分がメイドをやるなんて嬉しくねぇぇぇぇえっ!!!」

 

……ある者たちは自分の運を嘆くものたちによる絶望の嘆きを叫ぶ、まさに天国と地獄が繰り広げられた。

 

「んじゃ次、松宮の番だな」

 

「うぃーっす」

 

オレはガラガラのグリップの部分を握り、回し始める。

 

文化祭か…。

 

穂乃果たちを呼んで一緒に回るのも悪くねぇかもな……。

 

当日のことを考えながら回していると、急に大当たりの鐘がなっている音が聞こえてきた。

 

「今年1番の犠牲……、もとい大当たりは松宮に決定~!!」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だ!オレはこんなメイド服着たくねぇ!!」

 

次の日の部活終了後、オレは憤りを隠せずにいた。

 

ちなみに今のは衣装を発注・制作している女子部員の手から直々にデザインされたA4のコピー用紙を渡され、目を通すがすぐに地面に叩きつけた際に放った台詞だ。

 

「仕方ないでしょー?呪うなら大当たりなんて引いてしまった自分の豪運を呪いなさい?」

 

「大丈夫ですよ!!センパイは比較的中性的な顔付きですし、身体のラインも細めですし!!」

 

フォローにすらなってねぇ!?

 

「諦めなよ。うちの部の伝統で当番(メイド)になった人がやらないとどうなるか分からないあんたじゃないでしょー?」

 

「うぐっ……」

 

オレは言葉を詰まらせる。

 

うちの部の伝統で当たりクジを引いた人が当日急な事情以外で当番をすっぽかすと退部という伝統があり、数年前に3人ほど退部させられている経験があるらしい。

 

一番始めにメイド喫茶をやると言い出した人をブン殴ってやりてぇ。

 

「不幸だ……」

 

オレは男女平等パンチで有名な某ラノベ主人公の口癖を溜め息混じりで呟いた。

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

「ねぇ海未ちゃん、ことりちゃん」

 

「はい?」

 

「どうしたの?穂乃果ちゃん」

 

練習が終わって更衣室で練習着から学校の制服に着替える時、ふと思ったことがあったので2人に聞いてみた。

 

「そういえば今週末辺りそーちゃんの学校の文化祭の季節じゃない?」

 

「そうでしたっけ?少なくとも私には連絡が来ていませんね。…ことりは壮大から何か聞いたりとかはしてないのですか?」

 

「ううん。何も聞いてないよ?」

 

「なになに?何の話をしてるにゃ?」

 

3人で話していると着替えの途中だった凛ちゃんが話に入ってきた。

 

「そーちゃんの学校の文化祭そろそろじゃなかったかなーって…。凛ちゃんもそーちゃんの学校の文化祭気になるでしょ?」

 

「そーくんの学校の文化祭!?凛も行きたいにゃー!!」

 

「こーら、凛。着替えの途中なんだからはしゃいだりしないの。また転ぶわよ?」

 

「そうだよ、凛ちゃん。着替えの途中で走ったり跳んだりすると危ないよ?」

 

「ん~?みんなで集まって何話してるん?」

 

凛ちゃんがピョンピョン跳ねたり、それを真姫ちゃんと花陽ちゃんがなだめたりしているとみんなよりも先に着替え終わった希ちゃんたちも話の輪の中に入ってきました。

 

「何よそれ。そんなの壮大に電話すれば一発じゃない」

 

希ちゃんたちにも話の内容を説明すると、にこちゃんが最もな意見を提案してきて私たちは一斉ににこちゃんを見た。

 

「…なによ?」

 

「にこちゃんが…!まともな意見を言うなんて……!!」

 

「どういう意味よ!!あまりバカにするとほっぺつねるわよ!?」

 

「もうつねってるにゃ~……」

 

にこちゃんが凛ちゃんのほっぺをつねりながら怒り、ほっぺをつねられている凛ちゃんは涙目になりながら抗議をしていた。

 

一通りのやり取りが終わり、にこちゃんの言う通りにみんなを代表して穂乃果のスマートフォンを使うことになったのでカバンの中から取り出し、スピーカーモードにしてからそーちゃんに電話をかけた。

 

『……穂乃果?どうした?』

 

みんな声を出さず、静かにして待つこと数十秒。

 

電話に出たそーちゃんは何だか機嫌が悪そうだった。

 

「そーちゃん?今時間大丈夫?」

 

『……少しだけなら』

 

機嫌が悪い、というより何だか疲れているような感じだった。

 

もしそーちゃんが機嫌悪かったら言葉遣いも荒くなるしね。

 

っとと!!こんなこと考えてる場合じゃないや!

 

そーちゃんの学校の文化祭の事について聞かなきゃ!

 

「そーちゃんの学校の文化祭っていつ?」

 

『今週の土日』

 

「穂乃果たちもそーちゃんの学校の文化祭見に行ってもいいかな?」

 

『来んな』

 

返事として返ってきたのは、意外にも拒絶の反応だった。

 

『いいか?来るなよ?絶っっっっっっ対来るんじゃねぇぞ!?』

 

一方的に電話を切られ、通話が終了した機械音だけが穂乃果のスマートフォンから聞こえてきました。

 

「壮大は『絶対来るな』と言っておりましたが…」

 

「今の壮大くんの口調からしたらどう考えても…」

 

「フリにしか聞こえなかったにゃ」

 

みんな同じように顔を見合わせ、数分の話し合いの結果今週の土曜日にそーちゃんの学校の文化祭をみんなで見に行くことになりました。

 

でも何でそーちゃんはあれほどの拒否反応を見せたのだろう…?

 

Side out

 

 

 

 

 

 

文化祭当日。

 

学校の正門から校舎入口に向かって伸びていく数々の屋台が並んでいるのを眺めながら、文化祭関連で何回ついたか分からない溜め息をつく。

 

「壮大センパイ!似合ってるじゃないですかそのメイド服!!」

 

「全っ然嬉しくねぇ!!」

 

いつの間にかオレの隣にやってきた後輩ちゃんが目をキラキラ輝かせ、息を荒くしながら近付いてくる。

 

なんかもう…ヤバいってより女として腐ってんじゃねぇの?この娘。

 

「っつーか…、このメイド服スカート丈すっげぇ短いんだけど?」

 

「そりゃ壮大センパイが当たりくじを引きましたからね。それよりもあと5分で開店しますから早くスタンバイしてください」

 

「……へいへい」

 

仕方ねぇ…、もう腹括ってやるしかねぇか…。

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ~!ご主人様っ♪」

 

オレは出来るだけ爽やかな笑顔で入ってきたご主人様……もといお客様を迎える。

 

「うん上出来!さすが壮大センパイ……可愛いです!萌え~ですよっ!」

 

「それにしても、壮大さんってあんなキャラだったか……?」

 

「オイ!先輩の目をよく見てみろ!腐った魚のようになってんぞ!!」

 

「あっはっはっは!壮大マジ面白い!!いやー、今後しばらくあいつをイジるネタが出来たわー!!」

 

裏方でヒソヒソと話している部員たちの会話もバッチリ聞こえている。

 

最後に喋ったやつ今すぐ出てこい。

 

今なら3/4殺しで済ませてやる。

 

っと、また新たな客……しかも大人数で来たか。

 

「お帰りなさいませ~!ご主人様っ♪」

 

「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」

 

「…………」

 

オレは戦慄した。

 

団体客を迎え入れるため、演技とはいえノリノリで来店の挨拶をした。

 

しかし、今回ばかりは相手が悪かった。

 

そこには『絶対来るな』と、あれほど釘を刺したにも関わらずやってきたμ'sのメンバーが全員オレの目の前に立っていたからだ。

 

蔑むような目を向けるもの、すでに大笑いしているのに無駄に笑いを堪えようと頑張るもの、戸惑いを隠せぬものと様々だ。

 

「そー……ちゃん?その格好は……なに?」

 

「……メイド服だが?」

 

穂乃果の戸惑いに答えると、みんなが一斉に口を開いた。

 

「壮大って……実はそんな趣味があったの……?」

 

「ありませんけど!?」

 

絵里ちゃんには変な勘違いをされ…、

 

「気持ち悪い……」

 

「知ってるよ!!」

 

真姫からストレートに言われ…、

 

「最低です…、あなたは最低です!!」

 

「何が!?」

 

海未からは罵られ…、

 

「壮大くん……、無理があるんじゃないかなーって…」

 

「頼むからドン引きしながら言わないで!?」

 

花陽ちゃんも後退りしながら拒絶され…、

 

「そーくん!そのメイド服かわいいね!!」

 

「フォローになってねぇ!!!」

 

ことりにはフォローになってないフォローをされ…、

 

「そーくん、凛の目が腐るからこっち見ないで欲しいにゃ。もしくは凛の視界に入らないところにいて?」

 

「オレにどうしろと!?」

 

凛ちゃんにも拒絶され…、

 

「…………」

 

「目ぇ反らさないで!?」

 

にこちゃんに至っては目を合わせてくれず…、

 

「壮くん…」

 

「のんちゃん……」

 

そして女神ことのんちゃんには…、

 

___パシャ。

 

「これで壮くんが悪いことしたらこれを盾に出来るやんな?」

 

弱味を握られた。

 

「…………すまん。少し休憩貰うわ」

 

「ど、どうぞ……」

 

オレは近くにいた後輩に休憩に入ることを伝え、メイド喫茶が開かれている教室から制服がある陸上部の部室へ全力で走っていく。

 

……流れる涙も拭わずに。

 

 

 

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

「ちょっと言い過ぎたかな……?」

 

「そうですね…。私たちが混乱したとはいえ心許ない発言をしてしまいましたし……」

 

「そーくん物凄く落ち込んでたよね…?」

 

私たちはそーちゃんがいためメイド喫茶には入らず、他のところでご飯を食べてから他の展示や催し物を見て回っていた。

 

絵里ちゃんや凛ちゃんたちも学年別で回ってみたいところがあるらしく、今は私たちの3人だけだ。

 

すると、何やら歓声とどよめく声が聞こえてきた。

 

「何やってるんだろうね?」

 

「この先は…どうやら体育館のようですね」

 

「行ってみよ?」

 

私たちは人が多い体育館に入り、2階に上がって何とか体育館の中が見れるスペースを確保して身を寄り出して確認してみると……、

 

「うらっしゃぁぁぁぁぁあっ!!!」

 

『何ということだ!急遽メンバーに欠員が出たチームに飛び入り参加した2年陸上部の松宮くんの勢いが止まらなーい!!これで今日だけでダンクは10本目ぇぇぇぇえ!』

 

「オラどうしたぁ!?まだまだ暴れたりねぇぞ!!」

 

『もうやめて!相手チームのライフはもう0よ!!』

 

……そこには鬼神と化したそーちゃんが暴れまわっていた。

 

「海未ちゃん、ことりちゃん!」

 

「えぇ!!」

 

「やるしかないようだね……!」

 

(そーちゃんに…)

 

(壮大に…)

 

(そーくんに…)

 

(((私たちがみんなの代わりに全力で謝ろう……!!!)))

 

 

 

こうして立華高校文化祭は幕を閉じた。

 

心に深いキズを負ったそーちゃんは、部員全員に血涙を流しながら訴えかけたことにより立華高校陸上部伝統のメイド喫茶を廃止。

 

その代わり普通の喫茶店にすることになったらしいのだが、それはまたの別のお話。

 

「…………」

 

「そーちゃん!ホントにごめん!!」

 

「壮大!この度は本当に申し訳ありませんでした!!」

 

「…………」

 

「そーくん!ことりたちを許してください!おねがぁいっ!!」

 

「嫌だ」

 

「「「そ…、そんなぁぁぁあっ!!!」」」

 

そして、その原因を作った私たちには1週間口を聞いてくれませんでしたとさ。

 

 

 




次回はUA6万記念ストーリーをお届けします!

ネタはまだ未定です。

次回も頑張ります!

最後まで読んでいただきありがとうございました!


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『UA6万感謝御礼企画』 彼が私で、私が彼で

ネタが思い浮かばずここまで停滞するハメになってしまいました。

今話はタイトルからもはやネタバレ臭がしますが、ラブコメでは定番(?)ネタです。

それでは、どうぞ!






朝。

 

オレは目覚ましよりも先に起きる。

 

ここ最近早く寝ているせいなのか分からないが、スッキリ起きることができている。

 

さらに言えば身体の調子も非常にいい。

 

「さぁ、今日も一日頑張るぜ!」

 

朝からキレッキレの身体を使って勢いよくドアを開けて廊下に飛び出そうとした瞬間に…、

 

「そーちゃーん!!今日も練習見に……んぎゃっ!?」

 

「んがっ!?」

 

ものすごい勢いで穂乃果と激突し、お互い後頭部から床に向かって落ちた。

 

ぐおお…、超痛ぇ……。

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果(?)~

 

「痛たた……」

 

もう!そーちゃんったら!!

 

なんて勢いで飛び出してくるかなぁ。

 

せっかく朝早く起きてそーちゃんを起こしてあげようと思ったのに…。

 

「ちょっとそーちゃ……ん?」

 

あれ?なんだかいつもの声よりも低いような……?

 

そして目の前にはよく鏡で見ている顔をした人間がいるような気が……?

 

「いってぇなぁ…。いつも勢いよく部屋に入ってくるなってあれほど言ってるだ……ろ?」

 

口調こそそーちゃんのものなんだけど、そーちゃんの声にしてはかなり高い声だ。

 

「……なんでオレがそこにいるんだよ?」

 

「そっちこそ…、なんで私がそこにいるの?」

 

「「え?……うぇぇぇぇえっ!?」」

 

なんと!そーちゃんと私が入れ替わってしまっていたのだ。

 

「どどど、どうしよう!?」

 

「落ち着け穂乃果!こういう時は素数を数えるんだ!!」

 

素数って……なんだろう?

 

そーちゃんが提案してきた落ち着かせる方法は私がおバカだから『素数』という単語をを理解できず、取り敢えず深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

「……落ち着いたか?」

 

「う…、うん」

 

私が深呼吸し終えると、初めから割と冷静さを保っていたそーちゃんが問いかけてきたので返事をして首を縦に動かした。

 

「いいか?起きてしまったことを今さら言い争っていても仕方ない。今日は1日ごまかして過ごすしか無いだろう……」

 

「何だかそーちゃん適応早くない?」

 

「立華の古典の授業で今の状況のような題材を使って授業したからな」

 

そ…、そうなの?

 

何だか立華高校の授業って難しい題材を取り扱うんだね…、と心の中で苦笑いを浮かべる。

 

「でも問題なのは穂乃果じゃなくてオレの方なんだよなぁ……」

 

そう言ってそーちゃんは困ったときのクセとして後頭部を掻こうとしたけど、自分の身体じゃないと思い出したのかガックリ頭を項垂れた。

 

「海未ちゃんとことりちゃん。それに希ちゃんにも気を付けないとね……」

 

2人とも幼い頃からの付き合いだし、希ちゃんに至ってはスピリチュアルな力があるのでどのくらい長く私の演技が出来るのか…、そしてそれがいつバレるのか想像しただけで緊張の汗が伝ってくる。

 

「ま、バレた時は説明すれば何とかなるだろ。あとオレの身体使って変なことするなよ?」

 

「それは私のセリフだよ!入れ替わったのを機会にして…、その……下着とか私の身体とか見ないでよ?」

 

「……善処しよう」

 

「返事をする前に何秒か間が空いたのが気になるんだけど…」

 

 

Side out

 

 

 

 

 

オレは入れ替わった穂乃果の身体を操って穂乃果の部屋に戻り、寝間着を脱いでから音ノ木坂学院の制服に袖を通す。

 

ふむ…、穂乃果は思っていたよりも着痩せするタイプなのか。

 

いつも制服とか練習着やらで見慣れているので正確なプロポーションが分からなかったが、思っていたよりもいいプロポーションを持っていたことに感心する。

 

「っと…、穂乃果にあまりまじまじと見るなって言われてたんだったっけ。それに穂乃果の喋り方か…」

 

『オレは穂乃果になったんだ』という一見変わった暗示をかけ、松宮 壮大から高坂 穂乃果に人格をスイッチさせる。

 

……よし。

 

じゃあ…音ノ木坂学院に行きますか。

 

「いってきまーす」

 

オレはいつも穂乃果が登下校で履いているローファーを履き、海未とことりが来るのを待っていた。

 

…それにしても穂乃果は無事に立華に着いたのだろうか?

 

『松宮 壮大』としてしっかり演技出来るのだろうか…?

 

なんて考えてると海未とことりがやって来た。

 

「海未ちゃん!ことりちゃん!おっはよー!!」

 

 

 

 

~Side 園田 海未~

 

なんなのでしょう…、この違和感は。

 

何だか今日の穂乃果は少しおかしい気がする。

 

いつもなら慌てて出てくる穂乃果が珍しく私たちが来るよりも前に準備を終え、私たちを待っていた。

 

それを見た時最初こそ『ようやく私の言うことを聞いてくれた』と思っていたのだが、何だかいつものそそっかしさというか慌ただしさが微塵も感じられない。

 

「そう言えば穂乃果ちゃん。今日の英語の宿題やった?」

 

「ぅええっ!?英語の宿題今日までだっけ!?……ことりちゃん英語の宿題見せて~!!」

 

「うんっ、いいよ~。でも今度はちゃんとやらないとダメだよ?」

 

「ことりぢゃんありがどぉ~!!」

 

「よしよし……」

 

なんだか嫌な予感がしますね。

 

私が朝から嫌な予感がしたときに限ってろくなことにならない事が多いので気を付けなくてはいけないですね……。

 

 

Side out

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

 

そーちゃんと入れ替わった私なのだが、脳がオーバーヒートを迎えようとしている。

 

そーちゃんのクラスでは数学と日本史が練習問題として渡されているプリントの問題がとても厄介なのだ。

 

『正三角形ABCにおいて3つの辺上の点全体の集合をEとおく。Eを2つに分割するとき、どちらか一方は直角三角形をなす3点を含むことを示せ』だったり『仏教が伝来してきたのが西暦538年である根拠となっている書物を2つ答えろ』なんて分かる訳ないよ!!

 

ううう…、こんなことになるならきちんと勉強しておけばよかったよぅ…。

 

それに板書を取っているノートの字がとてもキレイで心底驚いた。

 

これに予習や復習をやったり陸上の練習をやったりしてるんだからホントにそーちゃんってすごいんだなぁ…。

 

私もそーちゃんに見習って元の身体に戻ったら少し勉強したり走ったりしようかな。

 

 

Side out

 

 

 

 

 

「穂乃果」

 

お昼休み。

 

普通ならここで弁当を食べるのだが今日は作ってきていない。

 

我慢するというのも手なのだが穂乃果ならこうするだろう、という推測を元にして購買部に行ってパンを買いにいこうと教室から出ようとしたところで海未に止められた。

 

「海未ちゃん?どうしたの?」

 

「少し話したいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

「いいけど…、長くなりそう?」

 

「そうですね…。少し長くなるかもしれませんね」

 

「じゃあ先にパン買ってきてもいいかな?」

 

「分かりました。一足先に生徒会室に向かってますね」

 

そう言い残して海未は自分の昼メシを持って生徒会室へと歩いていった。

 

 

 

 

「海未ちゃん、お待たせ」

 

危なくあんパンを買いそうになったけど、メロンパンとジャムパンと牛乳を買って生徒会室へ行くと海未だけがイスに座って静かに弁当を食べていた。

 

「えぇ、お待ちしておりました」

 

「……ことりちゃんは?」

 

いつも3人で行動しているのを見ているからなのかことりがいないことに少し違和感を覚える。

 

「ことりなら保健委員の仕事があるってさっき言っていたじゃないですか……」

 

そ、そうだったっけ?

 

海未やことりにバレないように穂乃果の演技をするのに必死だったので、ことりが保健委員の仕事がある事を聞き逃していたようだった。

 

「別にことりに対して疚しい話ではないので関係ないと言えば関係ないのですが、私が話したい用件はこれからです」

 

あまりにもの迫力とプレッシャーで思わずゴクリ…、と生唾を飲み込んで海未の続きの言葉を待った。

 

「わっ!?」

 

すると海未はいきなりテニスボールを投げてきたので、思わず左手で掴んだ。

 

「……やっぱり思った通りでしたね」

 

「えっ?」

 

「普通ならいきなりボールを投げられて咄嗟に反応できる女子高生なんて限られますからね。それに穂乃果ならボールを両手で掴みにいくか、もし片手で掴みにいったとしても完璧にキャッチできる事はないですからね。……貴女は誰なんですか?」

 

一旦言葉を切り、思い切り睨み付けながら手首を掴んでから思いっきり握り締めてきた。

 

「海未……ちゃん、痛いよ……」

 

「それによく見てみれば身体の使い方も違います。それは流石に演技できなかったようですね。整形で顔を変えたのか何なのか知りませんけど、私の目をごまかせると思わないでください!」

 

カッコいい!

 

今の海未カッコいいんだけど痛い!!

 

こいつ下手したらオレよりも握力強いんじゃねぇか!?

 

「海未……ちゃん、放して…。ちゃんと話すから……」

 

「偽物の癖に穂乃果の顔で私の名前を呼ばないでください!」

 

「海未……!オレだ!!壮大だ!穂乃果と入れ替わってしまったんだ!」

 

「ハハハ……ふざけたことを言わないでください!!」

 

自分の素性と要因を明かしたのだが、それを聞いた海未の逆鱗に触れてしまったのか余計に力を込めてきて手の感覚が無くなってきた。

 

「いいから話を聞けッ!!!」

 

掴まれていた方の腕を振り上げ、強引に海未の拘束から解放される。

 

「小さい頃お前の事を『みーちゃん』と呼んでいて!夏の時にオレたち4人で山に行った時に海未と一緒に同じテントで寝たことがある立華高校2年の松宮 壮大だ!」

 

「どうやら本物の壮大のようですね…。それにしてもどうして穂乃果と…?」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…、そう言うことだったんですか……」

 

オレは朝起きてすぐのことを海未に説明すると、溜め息をついて頭を項垂れた。

 

「そういうことだ。悪いんだけど他のメンバーには黙っていてくれると助かるんだが……」

 

「言いませんよ…。取り敢えずフォローはしますからダンスとか何とかついてきてくださいね?」

 

「……申し訳ない」

 

話がまとまったところで、昼休みの終わりを告げるチャイムがなったので生徒会室から教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「1!2!3!4!5!6!7!8!」

 

海未の手拍子のもと、オレはダンスのステップを踏む。

 

今日のダンスレッスンは前に小さいライブで披露した『Wonderful rush』。

 

「穂乃果!ステップが逆ですよ!!」

 

「うんっ!」

 

手拍子を送りながらダンスのステップが逆になっていること指摘してくれる海未に返事をしながら踊り続ける。

 

「はいっ!ラストの決めポーズ!」

 

キュッ!とスキール音が8つ一斉に鳴り、みんなが最後の決めポーズが決まった。

 

「では今日はこれで終わりにしましょう。では各自ペアを組んでクールダウンのストレッチをやりましょうか」

 

「ことりちゃーん!一緒にストレッチするにゃ~!」

 

「花陽。一緒にやりましょ?」

 

「……。にこっち~、えりち~。一緒にストレッチやらへん?」

 

みんな思い思いのようにペアもしくはトリオを組んでストレッチを開始する。

 

何だかのんちゃんがこっちを見ていたような気がしたけど、オレは海未と一緒にストレッチをやり始める。

 

「壮大、いつもは見ている私たちの練習を実際にやってみてどうでしたか?」

 

「めっちゃ疲れた…」

 

足を伸ばすために背中を押してもらっているときに小声で話しかけてきたので、こっちも小声で返す。

 

いつも部活では走ることを中心にやっているのだが踊る時に使う筋肉と走る時に使う筋肉が違うし、慣れないことをやったので非常に疲れた。

 

「けど、案外こういうのも悪くはない……かも」

 

「明日以降も穂乃果と入れ替わってるつもりですか?」

 

「そういう意味で言ったんじゃないんだけど……?」

 

「ふふっ、冗談ですよ」

 

お前の冗談は冗談に聞こえないんだよ……、まったく。

 

海未に対抗して嫌味を言ってやろうかと思ったけど、これ以上会話を続けていると誰かが会話に入ってきそうなので大人しく海未に押されながらストレッチを再開させることにした。

 

 

 

 

 

 

 

夜、本来のオレの部屋で中身が入れ替わったことの感想を穂乃果に聞いてみた。

 

「入れ替わって1日どうだった?」

 

「やっぱりそーちゃんって凄いんだね」

 

「……へっ?」

 

「部活でも勉強でもそーちゃんのものすごい努力を見れた気がしたから」

 

「……うっせ」

 

いきなり褒められたので少し照れ臭くなるので、思わず照れ隠しの言葉を返してしまった。

 

「そう言ってるそーちゃんはどうだったの?」

 

「そうだな……」

 

オレは視線を外し、窓から見える住宅街に目を向けながら呟く。

 

 

「いい経験にはなった……かな?」

 

 

穂乃果の思い付きで始まったアイドル活動。

 

光輝くステージで歌ったり踊ったりするその舞台裏では血が滲むような基礎トレーニングを積み重ねていて、それを笑顔でこなしていく穂乃果たちのことを改めて凄いと実感した経験だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、目を開けると無事に元に戻っていて『自分の身体って素晴らしい……』と感傷に浸っているとスマートフォンに着信が入っていて内容を確認すると…。

 

『無事に元に戻れたん?』

 

と、のんちゃんからのメッセージが入っていて朝から戦慄したのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 




次回以降ですが記念ストーリーを2話ほど更新し、最終章へ繋げていくサイドストーリーを投稿してからいよいよ最終章に入っていきたいと思います。

記念ストーリーのネタはある程度決まってるので、早ければ今月中旬には入れるんじゃないかと思ってます。

それまでは記念ストーリーやサイドストーリーにお付き合いください!

最後まで読んでいただきありがとうございました!



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『お気に入り300記念』 恋に恋する少女の静かな溜め息

※ 注意!

このお話は以下の要素が含まれます。

1.百合表現
2.一部キャラ崩壊

以上の要素が入っていても「OKだぜ!」という方や「このネタどこかで見たことあるけど…、まぁいいや!」というのみの閲覧を強く推進致します。

それでは、どうぞ!


~Side 絢瀬 絵里~

 

週明けの月曜日。

 

希と一緒に生徒会室で雑務をこなしていると真姫が生徒会室に入ってきた。

 

「エリー。それに希もちょっといいかしら?」

 

「あら?真姫ちゃんやん」

 

「生徒会室に真姫が来るなんて珍しいこともあるわね。何かしら?」

 

「エリーと希のデュエット曲が出来たわよ」

 

そう言って真姫はミュージックプレーヤーを私たちに渡してきた。

 

私は真姫と海未に希と歌えるデュエット曲の作詞・作成の依頼をしていて、その曲ができたらしくて私たちがいる生徒会室にやって来たようだった。

 

「今週の土曜日にはレコーディングするからそれまでにはある程度メロディーを覚えといて」

 

今週の土曜日まで時間はあるけど、なるべく完璧にしておきたいわね…。

 

さっそく真姫が私たちのために作ってくれた新曲のメロディーを確認するために希と片方ずつイヤホンを装着し、再生ボタンを押す。

 

「……どうかしら?」

 

「ハラショーよ!真姫!!」

 

私は思っていた以上の出来に仕上がったことに思わず感嘆の言葉をあげたが、希は首を傾げていた。

 

「なぁ真姫ちゃん。歌詞はどうしたん?」

 

希は真姫に手渡されたミュージックプレーヤーの中にインストールされていた新曲を聞いて、歌詞が入っていなかった事が気になって真姫に聞いてみたのだが当の本人は私たちとは別の方向を向いて黙り込んでいた。

 

「歌詞も出来ているんだけど…、みんなが2人に内緒にしておけって」

 

何で内緒にしておかないといけないのか意味が分からない、という表情をして答えてくれた。

 

私たちもそれぞれイヤホンをつけたまま真姫が言ったことに顔を見合わせながら首を傾げた。

 

歌詞は話を聞く限りだと週末のレコーディング前のリハーサルで分かるらしいのだが、いったいどういう歌詞なのかしら…?

 

Side out

 

 

 

 

「うぃーっす」

 

土曜日の夕方。

 

みんなは練習が終わってから絵里ちゃんとのんちゃんのデュエット曲のレコーディングを行うということを真姫から聞いていたでその様子を手伝いに行くという理由を使って野次馬根性よろしく見に行くことに。

 

そしてそのレコーディング室に入ると…、2人のレコーディングを見守りに来たメンバーと歌詞カードらしき物を持って顔を真っ赤にしながら狼狽えている絵里ちゃんと歌詞カードで真っ赤な顔を一生懸命隠しているのんちゃんが立っていた。

 

「こんな恥ずかしい歌詞を希と歌えっていうの!?しかもこの歌詞すごくいやらしいんだけど!?私たちまだ高校生なのよ!?」

 

おぉ…、すげぇ。

 

普段はみんなのお姉さんのようなポジションの絵里ちゃんがあんなに狼狽えてるの見たことねぇや。

 

それにしても恥ずかしい歌詞って言ってもどんな歌詞なんだ?

 

「なぁ。誰かこのデュエット曲の歌詞カードを持ってる人いねぇか?」

 

「あるわよ。……はい、歌詞カード」

 

レコーディング機器の前に座っていた真姫がノールックで歌詞カードを渡してきたので、それを受け取り歌詞カードに目を通していく。

 

「…………ガハッ!!!」

 

「ピャアッ!?壮大くん大丈夫!?」

 

思わず吹き出しながら膝をついてしまい、それを見かねた花陽ちゃんに心配されたけど片手で制して立ち上がる。

 

思っていたよりも破壊力バツグンじゃねぇか!!

 

っていうかこんな歌詞を作った奴の気が知れねぇぞ!?

 

「これ一体誰の考えなん…?海未ちゃん?ことりちゃん?」

 

いや、海未にこんな歌詞を書く度胸はないと思うぞ?

 

つまり…、

 

「どうして~?2人は3年生でしょ?だから大人っぽい曲でもいいんじゃないかな~って」

 

この歌詞の全体的な方針を決めた犯人はことりだろう。

 

だが、いくら2人が大人っぽいとは言えその見解はどうなんだ…?

 

「わ、私はただみんなの意見を……」

 

そして歌詞を書いた本人は今から歌う2人に負けず劣らず顔を真っ赤にしていた。

 

いや、まぁそうだろうなぁ!!

 

恋愛映画でも涙目で見るくらいピュアな海未にあんな過激な歌詞を地力で書けるわけがないからな。

 

大方海未に『ことりのお願い』を連発して書かせたんだろう。

 

その証拠に…、

 

「ちょっとじゃないでしょ!ちょっとじゃ!!」

 

「うぅ…、人としてこんなのはちょっと……」

 

2人はまだ顔を真っ赤にしたまま抗議を続けていた。

 

「みんな遊びはそこまでにしてそろそろレコーディングに入るわよ」

 

真姫が2人にレコーディングに入ることを知らせるのと同時にようやくレコーディング室にみんなが集まっていることを知ったみたいだ。

 

「なんでみんな集まってるのよ…」

 

「真姫が今日の夕方から2人のデュエット曲のレコーディングをやるっていうから手伝いに来た」

 

「そ、そう…。休日までありがとう」

 

「壮くんありがとうな~」

 

オレは素直に理由を伝えると納得してくれたのか特に追及はしなかったのだが、他のメンバーに対しては違った。

 

「ファイトだよっ!」

 

「穂乃果…。応援はありがたいんだけど……」

 

ファイトだけでなんとかなる問題じゃないと思うんだが…。

 

「凛は面白そうだったから見に来ただけにゃ~」

 

「いや、どう考えても首謀者の1人にしか見えないんやけど……」

 

悪気が無さすぎる回答に最早清々しさすら感じてくるな…。

 

「お姉さまたちの秘密の花園…。ユメのランデブー……」

 

「は、花陽?大丈夫…?」

 

残念ながら花陽ちゃんはすでに別の世界へトリップしているから大丈夫じゃないと思うぞ?

 

「あっはっはっは!!お姉さまたち格好いいじゃない!早くにこたちに大人の世界を見せて欲しいわね!」

 

「にこ…、なんだか楽しそうね……」

 

「にこっち…、後で覚えときぃや……」

 

あれ?

 

何だか2人に負のオーラが纏っているようだけど…。

 

うん、気のせいだろう。

 

「まーまーまー!!いいから2人とも早くレコーディングやっちゃいなよ!!」

 

穂乃果に背中を押されながらレコーディング室へと入る2人を見守ったみんなはレコーディング室の中の様子が見れるガラスに集合し、2人の行く末を見守るようにレコーディング室の中に熱い視線を送っていた。

 

オレは真姫の隣に座りながらインカムをつける。

 

「絵里ちゃん、のんちゃん。レコーディングの準備が出来たらサイン出してくださーい」

 

 

 

 

~Side 絢瀬 絵里~

 

 

『絵里ちゃん、のんちゃん。レコーディングの準備が出来たらサイン出してくださーい』

 

私はヘッドフォンから聞こえてきた壮大の声を聞き、後ろを振り返るとみんながガラスにへばりつくように私たちのレコーディングに熱い視線を注いでいた。

 

「あら、すごく期待されてるみたいね。私たち」

 

「『期待されてるみたいね』やないでえりち!?」

 

なんでそんなに冷静でいられるん!?と非難を浴びせてくる希を静かにさせ、私が考えたことを耳打ちで伝える。

 

「えりち!!今言ったこと本気でやるん!?それに壮くんもいるんよ!?」

 

「本気よ。だってあの子たちに振り回されてるだけなんて何だか負けた気にならない?」

 

希はそれはそうやけど…、と戸惑いを隠せずにいたけど腹を括ったみたいでいつもの余裕そうな笑顔は消え、今まで見てきた表情の中で最も真面目な顔付きになった。

 

いっそいい機会だからみんなにも見せ付けてあげようかしら。

 

私たちの本気を……!!

 

 

Side out

 

 

 

 

2人にインカムを通してスタンバイに入ってほしいことを伝えてからしばらくすると、何やら耳打ちしたりのんちゃんがまた狼狽えたりしたかと思ったらいきなり2人ともすごい真面目な顔付きになってオレたちに向かって準備OKのサインを出してきた。

 

それを確認したオレは真姫に伝え、真姫が機械を操作してデュエット曲のイントロを流し始める。

 

絵里ちゃんの透き通った声質とのんちゃんの他のメンバーとは違うどこか独特なクセを持つ声質が妙にマッチしており、何のミスもなく1番を歌い終わった。

 

そして2番に入り、のんちゃんから始まるパートが歌い始まった時からどこか2人の様子が変わっている気がした。

 

オレの隣に座っている真姫は機械を操作しているため気が付いておらず、後ろで立ってみてる残りのメンバーも気が付いていない。

 

オレの気のせいかな?と思っていると、2人の距離がレコーディング開始時よりも明らかに近付いていっている。

 

そしてのんちゃんのパートが歌い終わった時にそれは起きた。

 

(あの2人は……いったい何をしようとしているんだ?)

 

レコーディング用のマイクに向かうのではなく、何故か2人が向かい合う形で歌い始めた。

 

歌自体はマイクを通じて拾えているから問題はないのだが、オレらからしてみれば絵里ちゃんがのんちゃんに向かって何か愛の言葉を囁くような姿勢に見えなくもない。

 

そのシチュエーションを連想させる要素はまだまだいっぱいあるのだが、フラットなテンションのままでは説明できない。

 

何も仕事していなければかなりクるシチュエーションなんだけど、今ハイテンションに身を任せるとレコーディングを中断せざるを得ないから説明しないだけだからなっ!

 

「あの2人は何をしているのですか!?壮大、早くあの2人を止めてください!!」

 

「大丈夫だよ海未ちゃん!!まだセーフだよ!」

 

「やっぱり絵里ちゃんと希ちゃんだと絵になるね~」

 

目の前に繰り広げられる光景を見てこういうことに滅法弱い海未が止めるように申告するも、穂乃果と2人に感心することりの手によって止められていた。

 

っつーか、インカムつけてるんだからオレの言動がそのままレコーディング室へと入るんだからそう簡単に発言なんてできるわけないっての。

 

そうこうしているうちにレコーディングは2番も終わり、いよいよラストに入っていく。

 

「……あの2人さっきから何しようとしてるのかしら?」

 

頬杖をつきながらレコーディング用の機材に付属しているマイクにスイッチを入れようと人差し指を伸ばそうとするが、後ろから現れた腕によって制された。

 

「止めちゃダメだよ真姫ちゃん!!!」

 

「ちょっ!?いきなりどうしたのよ花陽!?」

 

真姫が思わずビックリして後ろを振り向く。

 

オレも言葉には出さなかったけどかなり驚き、真姫と同じように後ろを振り向くとそこには顔を真っ赤にした花陽ちゃんがいた。

 

他のメンバーも反応が様々で2年生組も花陽ちゃんと同じように顔を真っ赤にしており、海未に至っては手で顔を覆って指の隙間から様子を見ていた。

 

凛ちゃんとにこちゃんはそれぞれが思っていた想像以上の光景を見せられ、苦笑いを浮かべながら引いていた。

 

「なんで止めちゃダメなのよ!?」

 

「今ここでスクールアイドル界…、いや!アイドル界の新たな伝説が生まれようとしてるんだよ!?」

 

あー…、ダメだこりゃ。

 

花陽ちゃんの押してはいけないスイッチを押すどころか某名人よろしく高速で連打しまくった末の状態になっているので、いくら説得しても説得に応じてくれない状態に出来上がっていた。

 

「ああっ!!」

 

誰が今の声を出したのか分からないが、レコーディング室の様子から目を離してしまった隙にとんでもないことになっていた。

 

2人で抱き合っており、抱き付かれているのんちゃんの顔は真っ赤でタレ目が特徴のエメラルド色の瞳が妖しく潤んでいた。

 

間奏が終わると絵里ちゃんが唐突にのんちゃんのヘッドフォンを外し、のんちゃんが絵里ちゃんに背中を預けるように身体を回した。

 

そして囁くように歌い始めたところで…、

 

 

 

「なに!?何で隠すの!?」

 

 

 

 

にこちゃんと花陽ちゃん2人協力して真姫からヘッドフォンを取り上げ、それと同時に手で視覚と聴覚をシャットアウトさせる。

 

「そーくんは見ちゃダメにゃあ!!!」

 

「クピィッ!?」

 

オレはというと凛ちゃんのネックツイストで視界を強引に他のところへ向けられつつ、オレの意識を刈り取られそうになっていた。

 

向けられた視線のその先には失神寸前の海未と懐抱をする穂乃果とことりの姿があった。

 

そして薄れゆく意識の中で聞こえてきたのはガラスをバンバン叩く音と、レコーディング室の中で行われている行動を止めさせる怒号だけが聞こえてきた。

 

 

 

 

次に意識を取り戻してからμ'sのメンバーに会ったらみんな比較的頬が痩けているのに対し、絵里ちゃんとのんちゃんだけが妙に肌がツヤツヤしていた。

 

あのレコーディングの後に何が起きたんだ?と、他のメンバーに理由を聞いてみたところ『世の中には知らない方が幸せなことだってあるんだから!!』とみんなマジな顔付きで話し、それに恐怖したオレはそれ以来レコーディング後の出来事に興味・感心を向けることを止めた。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

私自身このような表現は初めてだったので上手くいったとは思ってませんし、かなり難しいですねコレ。

次回も記念ストーリーです。

ほな、また……。



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『UA7.5万感謝御礼企画』 文系・理系・体育会系

文系・理系・体育会系を作品内の人物でやるとどうなるのか?

と、捻りも何もない発想で書いてみました。

では、どうぞ。


Case1.風邪を引いたとき

 

<文系>

 

~Side 園田 海未~

 

「コホッ……!コホッ……!!」

 

私としたことが風邪を引いてしまいました。

 

今は薬を飲んだので熱は少し下がりましたが、それでも頭痛や咳があるのは治りません。

 

「海未、大丈夫?」

 

「真姫…迷惑をかけてすみません」

 

メンバーを代表して真姫がお見舞いに来てくれて、みんなのお見舞いの品を届けに来てくれました。

 

「別に謝らなくてもいいわよ。逆にいつも凛としているあの海未でも風邪を引くこともあるんだ~って知れてよかったわ」

 

「私のことを何だと思っているのですか……」

 

私だって人間ですので体調不良の1つや2つあるというのに…。

 

「フフッ、冗談よ。薬はもう飲んだ?」

 

「はい。とは言っても市販の薬ですけどね……」

 

胃に何か入れておかないと風邪薬の効力が発揮されませんからね。

 

「……ならいいわ。ゆっくり休んでね」

 

「はい、ありがとうございます。…………真姫が帰ったことですし少し眠ることにしましょうか」

 

私は布団を被り、薬の副作用の影響で重くなった瞼を閉じた。

 

 

 

『静かに寝る』

 

 

 

<理系>

 

~Side 西木野 真姫~

 

「コホッ……!コホッ……!!」

 

海未が風邪を引いたと聞き、お見舞いに行った次の日。

 

見事に自分も風邪を引いてしまった。

 

「凛やにこちゃんにバレたら何て言われることやら……」

 

あの2人のことだから『え~?真姫ちゃん風邪引いちゃったの~?お医者さんの娘なのに~?』ってからかわれるに違いない。

 

でもさっき熱を測ったら38℃を越えてるし……仕方ない。

 

「ねぇ、ママ」

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと熱上がっちゃったからお仕事に行く時に一緒に乗せてって貰ってもいい?」

 

「いいわよ。でも部活の仲間のみんなにはちゃんと報告しなきゃダメよ?」

 

「わ、分かったわ……」

 

うぅ…、絶対からかわれる……。

 

 

 

『すぐに病院へ行く』

 

 

 

<体育会系>

 

「へっくしょい!」

 

「わっ!?ビックリしたなぁ……もう。壮くん風邪でも引いたん?」

 

「いえ。オレが風邪引くわけないじゃないですか!!」

 

「ホントに~?心なしか顔も赤いし視点も定まってないように見えるけど?」

 

「大丈夫っすよ。風邪なんて気合いで治すもんだって親父が言ってましたし!!」

 

「ちゃんと病院に行かないとダメやん!ほらうちが連れてってあげるから早く行くよ!!」

 

「嫌です!離してください!!小さい頃に粉薬飲んで盛大に噎せた時から粉薬は嫌なんです!!気合いで治しますから病院に連れてかないでぇぇぇぇえ!!!」

 

 

『根性で治す(治そうとする)』

 

 

 

 

Case2.通信手段

 

<文系>

 

「壮大せんぱーい、お友達さんから手紙を届いてますよー」

 

「手紙?誰からだ?」

 

手紙を受け取り、中身を確認すると差出人は海未からだった。

 

『壮大。大会の遠征に行ってからおよそ2週間になりますが如何御過ごしですか?

久々に手紙を書いたので少し長くなってしまいましたね。帰ってきてからのお土産話を期待してます。 海未』

 

 

「手紙送ってまで心配してくれんのは嬉しいんだけど……電話でよかったんじゃねぇの?」

 

 

『手紙』

 

 

<理系>

 

大会前日の練習が終わり、宿舎に帰ってから携帯電話の電源を入れると1通のメールが入っていた。

 

「メールが1通……真姫から?」

 

『壮大。身体の調子はどうかしら?』

 

「『別に?いつもと同じだよ』……送信っと」

 

するとメールを送信してから1分足らずで返信が来た。

 

『別に壮大のこと全然心配してないけど怪我だけはしないでよね?でも勘違いしないで!壮大が怪我したらパパやママの迷惑になって仕事が増えるだけなんだから!!』

 

「………このツンデレめ」

 

そこは普通に『怪我しないで頑張ってね?』の一言でもいいんじゃねぇの…?

 

『インターネット(携帯電話のメール機能)』

 

 

<体育会系>

 

大会は残念ながら準優勝で終わり、学校から歩いて帰ってきてようやく家に辿り着いた。

 

早く風呂入ってメシ食って寝よう……。

 

 

 

「そーちゃーん!!!!大会どうだったのー!!!?」

 

 

 

「うるせぇぇぇぇえ!!!そんなに叫ぶと御近所さんの迷惑になるだろうが!!」

 

 

「お姉ちゃんも壮にぃもうるさい!夜なんだからもう少し静かにしてよ!」

 

 

「「すみません……」」

 

 

『大声』

 

 

 

Case3.お菓子を食べながらする事

 

 

<文系>

 

~Side 南 ことり~

 

「…………」

 

海未ちゃんと一緒にマカロンを食べようと持ってきたのですが、さっきから海未ちゃんはマカロンが入っていた袋の後ろを穴が開くほど一点に見つめています。

 

「海未ちゃんどうしたの?」

 

もしかしてこのマカロン嫌いだったのかな……?

 

「あぁ、いえ……すみません。このお菓子の後ろの説明書きや原材料名を読んでいたんです」

 

「そうなの?よかったぁ……」

 

海未ちゃんが嫌いなものだったらどうしようかと思ったので、思わず安堵の溜め息が出てきました。

 

「ことりが持ってきてくれるお菓子は美味しいものばかりですから嫌いになることなんてありませんよ。さぁ早く食べてしまいましょうか」

 

「ありがとう、海未ちゃん。では改めて……いただきま~す!!」

 

 

『袋の説明書きを読む』

 

 

 

<理系>

 

~Side 星空 凛~

 

「…………」

 

「絵里ちゃんどうしたのかにゃ?」

 

袋の後ろなんかじっと見つめて何やらブツブツ呟きながら小さく口が動かしていた。

 

絵里ちゃんの声をよく聞いてみると…、

 

「このお菓子100g当たり251kcalで1袋350gだから……878.5kcal。878.5kcalを消費するための運動時間はランニングだと……」

 

「にゃにゃにゃ!?」

 

絵里ちゃんがお菓子の栄養成分を見てカロリー計算と運動で消費されるカロリーの時間を計算してるにゃ!!

 

そして絵里ちゃんは急に立ち上がり凛の腕を掴んだ。

 

「凛!このお菓子食べたらランニングに行くわよ!!」

 

「何か理不尽だにゃ~っ!!!」

 

絵里ちゃんが賢いのか賢くないのか分からないにゃーっ!!

 

 

『カロリー計算をする』

 

 

 

<体育会系>

 

~Side 高坂 雪穂~

 

「ゆーきほー!!」

 

「お姉ちゃんどうしたの?」

 

「お菓子食べよっ!!」

 

「もう…、しょうがないなぁ……」

 

お姉ちゃんは私が今年高校受験だってこと分かってるのかな?

 

まぁでも実際少し息詰まっていたから息抜きにはちょうどいい。

 

しかしお姉ちゃんは一生懸命袋を開けようとするが、お菓子の袋は一向に開かない。

 

「ふんぬぬぬ……はぁっ!!」

 

気合を入れて渾身の力を込めて袋を開けると…、

 

___パァン!!!

 

「「…………」」

 

力が強すぎて袋の中身を床にぶちまけてしまった。

 

「ごめん、雪穂……」

 

「うん……。床に落ちたお菓子片付けよっか……」

 

「うん……」

 

 

『袋を引っ張りすぎてぶちまける』

 

 

Case4.川上から桃が流れてきた時の効果音

 

~Side 園田 海未~

 

「普通に『どんぶらこ、どんぶらこ』じゃないのですか?」

 

桃太郎のお話なら小さい頃絵本で繰り返し読んだので覚えていますし、実際それが正解だと思っていたのですが目の前にいる壮大はやっとまともな答えを言ってくれる人を見つけたような表情をしていた。

 

「やはりμ's1の常識人は海未に決まりだな……」

 

「どういうことですか?」

 

「同じ事をにこちゃんと花陽ちゃんにも聞いたんだけど2人ともネタに走りすぎてまともに答えてくれなかったんだ……」

 

「にこは何て答えたんですか?」

 

「『ドップラー効果』って答えたんだよ」

 

「何でですか!?なんで桃太郎のお話でドップラー効果が出てくるのですか!?」

 

「何でも昨日の漫才の番組でそう答えた芸人がいたんだとさ……」

 

にこも漫才の番組見るんですね……。

 

しかし花陽もネタに走った答えとはいったいどういうことなのでしょう?

 

「花陽はなんと答えたのですか?」

 

「……花陽ちゃんの好物と言えば?」

 

花陽の好物……ですか?

 

花陽は確か白米が好きと言っていましたが……あぁ、そういうことですか。

 

「……『どんぶりご飯』ですか?」

 

壮大は何とも言えない愉快で素敵な表情をしながら頷きました。

 

……花陽、私はこれからはあなたの事を本当に常識人だと見ればよいのですか?

 

 

 

 

Case 5.タンパク質について簡潔に説明せよ

 

<文系>

 

~回答者 矢澤 にこ~

 

「にこたち人間にとって必要不可欠な3大栄要素の1つでしょ?あともう2つは炭水化物と脂質ね」

 

「にこちゃんって他の勉強はお察しですけど、家庭科の知識だけに関してはメンバーの中でもトップクラスですよね」

 

「ふふ~ん!!そりゃ毎日チビたちのご飯作ってるんだからそれくらい知ってて当然じゃない!!」

 

にこちゃんは慎ましいにも程があるくらい小さな胸を張る。

 

「にこちゃん、残念ですけど褒めてないです。それに『にこたち』って言いましたけど何だかにこちゃんを人間の代表にされるとにこちゃんより優秀な人たちにとって不名誉極まりないです」

 

「ぬぁんですってぇ~!?」

 

にこちゃんは腕をブンブン振り回しながら襲いかかってくるが、オレはにこちゃんのおでこの部分を押さえながらにこちゃんの攻撃をあしらった。

 

反撃しようとする熱意をほんの少し勉強に向ければいいのに……。

 

 

<理系>

 

~回答者 西木野 真姫~

 

「アミノ酸で構成された有機物の一種ね」

 

「そう言えば真姫は普段は自炊はしないんだよな?」

 

「そうね…。基本的にはママか家政婦さんが作ってくれるわね」

 

家政婦さんまで雇うなんて真姫の家ってホント豪邸なのな…。

 

「たまには自分で作ってみたら?」

 

でも家政婦さんも彩月さんも不在のときはインスタント食品に頼るって言ってたからそれはちょっとどうかと思ったので、自炊することを提案してみた。

 

「パスタかグラタンなら出来るわよ!!」

 

すると頬をぷくっと膨らませながら拗ねてしまった。

 

パスタかグラタンって基本茹でるだけじゃねぇか。

 

一手間かけようぜ、一手間。

 

「簡単なレシピ教えてやろうか?」

 

「なんで私が壮大から料理を教わらなきゃならないのよ!」

 

何でって言われてもなぁ…。

 

「一種の花嫁修行……?」

 

「イミワカンナイ!!」

 

顔を真っ赤にしながらオレの脛を思いっきり蹴りつけ、早足で立ち去っていった。

 

……そこまで怒らなくてもいいじゃねぇか。

 

 

<体育会系>

 

~回答者 松宮 壮大~

 

「そーちゃんって練習が終わった後いつもシャカシャカ振った飲み物飲んでるよね?」

 

「飲んでみるか?」

 

「えっ!?いいの!?」

 

別に減るもんでもないからさっきまでシェイカーで混ぜていたものを穂乃果に渡す。

 

受け取った穂乃果はシェイカーのフタを取って中身を飲んだ後、少し飲んだら眉間にシワを寄せながら返してきた。

 

「何だか粉っぽい……」

 

「そりゃそうだろ。プロテインだし」

 

「それって外人のスポーツ選手が飲む短時間でムキムキになるやつのこと?」

 

それは筋肉増強剤……ステロイドだっつの。

 

よくプロテインとステロイドを混同してる人が見受けられるけど、ステロイドはドーピングに引っ掛かるスポーツ選手にとって摂取してはいけないものだ。

 

副作用も怖いしな。

 

「プロテインってのはタンパク質の事だ。プロテインを大雑把に説明すると強い筋肉を作るためのサプリメントみたいなもんだ」

 

「へぇ~…」

 

「穂乃果はプロテイン飲まなくてもいいと思うぞ。タンパク質って摂取しすぎると脂肪に変わるし、また海未のギリギリプランやらないといけなくなるハメになるからな?」

 

「うん…、そうするよ」

 

普段から自分のウェイトコントロールくらい自分で管理しろよ、なんて言うのは野暮かな……。

 

 

 




記念ストーリーは一区切り。

いよいよ次回は最終章へ繋げるサイドストーリーを投稿します。


最後まで読んでいただきありがとうございました!!



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絢瀬 絵里編 ありがとう

遅れてすみません!

別作品の執筆が思っていたよりも進んでしまって…。

と、言い訳はここまでにして今回は絵里ちゃん特別編です。

インスパイア曲はいきものがかりさんの『ありがとう』です。


Side 絢瀬 絵里

 

「ねぇ、絵里?」

 

大学で出来た友達とキャンパス内のカフェテリアにて駄弁っていると、紅茶が入ったティーカップを置いて急に話を切り出してきた。

 

「なにかしら?」

 

「最近どうなの?」

 

「どう……って?」

 

主語が抜けているので何の事を言っているのかサッパリ分からず、質問を返すと『またまたぁ、惚けちゃって~』と返ってきた。

 

……もしかして今学期のテストの事かしら?

 

「……まさか本気で分かってないの?」

 

まさしくその通りなので頷いておく。

 

するとこれ見よがしに溜め息をつきながら、本題を話してくれた。

 

「絵里がその話題になるといつも楽しそうに話してくれる『壮大くん』の事よ。最近どうなの?」

 

どうって言われても…。

 

「別に私たち付き合ってる訳じゃないのよ?ただ壮大の家にご両親が帰ってきたから近所に引っ越してきたってことだけよ」

 

「……とは言ってるけどいつもヘトヘトで帰ってくる彼の為にご飯作ってあげてるんでしょ?」

 

「そ、そうだけど……」

 

「だけど……何よ?なにか問題でも起きてるの?」

 

テーブルの反対側からズイ、と身を寄り出して徹底的に問い詰めようとしてきた。

 

私は友達のおでこに手を押し当ててイスに座らせる。

 

「これは根掘り葉掘り聞く必要があるわね……」

 

友達はスマートフォンを取り出し、他の友達に向かってメッセージを飛ばす。

 

あっ…、これ不味いパターンになっちゃった……かも。

 

 

Side out

 

 

 

 

 

 

「壮大!今日みんなでどこか飲みに行くんだけどお前も来ないか?」

 

「あぁ…、すみません。まだ消化できてないメニュー残ってるので…」

 

「……そうか。じゃあまた今度な」

 

「お疲れさまっす」

 

練習終了直後、実業団の先輩が飲み会に誘われたがまだノルマが残っているので丁重にお断りしておいた。

 

聞いてきた先輩が合流した1つの塊になっている団体が『あいつ今日も行かないって~…』だったり『そう言えば今日ってあそこ割引やってなかったっけ?』と言った会話を繰り広げながら練習場から引き上げていくのを聞く。

 

そしてタイム取りに協力してくれるマネージャーさんに合図を送り、力強くスターティングブロックを蹴る。

 

「ラスト!ファイトですっ!!」

 

マネージャーさんの声援を置き去りにするように走り抜け、自然に減速しながらやがて立ち止まる。

 

そしてマネージャーさんの元に歩み寄って手の中に握られているストップウォッチが表示されているタイムを確認する

 

「……うん、設定タイム切れてるな」

 

「どうしますか?もう1本やりますか?」

 

「いや、今日の練習はこれで終わりにするよ」

 

「じゃあ、私監督に報告してから帰りますね。お疲れさまでした」

 

「お疲れ様」

 

マネージャーさんがトテトテと少し危なっかしい足取りで監督に電話しながら更衣室がある建物に向かって走っていく。

 

オレもそろそろ帰るか…。

 

ランニングシューズやウィンドブレーカーが入っているバッグを持ち、スマートフォンを取り出すと1件の着信が入っていた。

 

ディスプレイに表示されている名前を見て、無視するわけにいかない相手だったから少し溜め息が出る。

 

スマートフォンを握ったらまま、トラックの隅に置かれているベンチに座る。

 

電話の主の名前をもう一度見て間違いが無いことを確認してから、通話のボタンを押した。

 

「はい?」

 

『壮大?もしかして……今練習中だったかしら?』

 

相手は自宅マンションのお隣さんである絵里ちゃんこと絢瀬 絵里さんだった。

 

「いえ、今練習が終わったところです」

 

『よかったぁ……』

 

安堵の声色で話す絵里ちゃん。

 

自宅に戻ってきた両親に替わる形で都内のマンションに引っ越したら、お隣さんはまさかの絢瀬姉妹だったの事は衝撃的過ぎだったために2年経った今でも鮮明に覚えている。

 

いつもハードな練習でヘトヘトになってまともな食事が作れずにいたところ、絵里ちゃんがお裾分けとして持ってきてくれたロシア料理を期に無理を言って絢瀬姉妹と一緒にメシを食べている。

 

……ホントに絵里ちゃんには頭が上がらないな。

 

「どうかされましたか?」

 

『突然で悪いんだけど今日急に友達と飲みに行くことになっちゃったのよ。だから今日は亜里沙と2人で食べててくれるかしら?』

 

「分かりました。あまり遅くならない時間に帰ってきてくださいね?」

 

『分かってるわよ。亜里沙も受験生だからそこまで遅くなく帰るつもりでいるわ』

 

その後、軽い会話をしてから電話が切れる。

 

さて…、食材買って帰りますか…。

 

財布の中身を確認しながら近所のスーパーに向かって歩みを進めた。

 

 

 

 

一旦自分の部屋に練習で使ったバッグを置き、練習着を洗濯機に放り込んでからお隣の部屋のインターホンを押す。

 

しばらくすると扉の向こうからトタトタと足音が聞こえてくる。

 

「はーい、あっ!壮大さん!」

 

「やぁ、亜里沙ちゃん」

 

音ノ木坂学院の制服を着ている亜里沙ちゃんがドアを開けてくれた。

 

相変わらず幼さは残しているが、身体はスクスク成長していて今では高校時代のことり並みのスタイルを誇っている。

 

ってそんな解説してる場合じゃねぇやな。

 

「どうしたんですか?お姉ちゃんならまだ帰ってきてないですよ?」

 

「絵里ちゃんなら大学の友達と一緒に飲みに行くから亜里沙ちゃんと2人で食べててって言ってたよ?」

 

「え!?そうなんですか!?」

 

連絡を受けていなかったみたいで亜里沙ちゃんは凄く驚いていた。

 

「って言うわけで今日はオレが作るよ」

 

「手伝います!」

 

キッチンがあるところに行こうとすると亜里沙ちゃんもついてきた。

 

オレは亜里沙ちゃんを片手で制し、その手で亜里沙ちゃんのふわふわな髪の上に置く。

 

「いいよいいよ、亜里沙ちゃんは準備出来るまでゆっくりしてなよ」

 

「はーい」

 

亜里沙ちゃんはリビングに向かってトテトテと歩いていった。

 

「ぃよっし!」

 

久し振りに包丁を握り、気合いを1つ入れる。

 

いっちょ気合い入れて作ってみますかぁ!!

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんのご飯も美味しいですけど、壮大さんが作るご飯も美味しいです!」

 

およそ1時間ほどの戦いの末に出来たミネストローネと棒々鶏を愛くるしい笑顔と一緒にもっきゅもっきゅと食べていく亜里沙ちゃん。

 

こうも喜んで食べてくれると作り甲斐があるってもんだ。

 

「ところで、壮大さん」

 

「ん?おかわりか?」

 

「あはは…、違いますよ。そろそろお姉ちゃんの誕生日なんですけど……何かプレゼントとか考えてますか?」

 

何気無い話題提供のつもりで話したのだろうが、その不変の事実を聞いたオレの回りだけ時間が止まった。

 

絵里ちゃんの…、誕生日?

 

「ああああああ!!やっべぇぇぇぇぇえっ!!!」

 

「わぁっ!?壮大さんどうしたんですか!?」

 

オレは近くの柱まで行き、頭をガンガン打ち付ける。

 

「ウッソォ!?あと何日!?絵里ちゃんが一番欲しいものってなに!?」

 

「お願いですからそれ以上頭を打ち付けないでください~!」

 

オレは亜里沙ちゃんに止められ、ある程度頭を打ち付けてからテーブルに戻る。

 

「すまない…、少し取り乱してしまった」

 

「……何だか視点が定まってないんですけど大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「その発言をしている時点で大丈夫じゃないと思いますけど……」

 

少し回復してきてから亜里沙ちゃんから相談して決める。

 

 

 

その日の夜から絵里ちゃんに秘密で数々の準備を重ね、そして絵里ちゃんの誕生日当日を迎えた。

 

 

 

 

 

Side 絢瀬 絵里

 

 

今日…、10/21は私の誕生日。

 

大学の友達から主に私の好物であるチョコレートを貰った。

 

学校が終わり、夜になってから久し振りにμ'sのメンバー会うために指定されたお店に向かった。

 

そしてそこで盛大に祝ってもらい、みんなからそれぞれのプレゼントを受け取った。

 

ことりは海外にいるため今回の集まりには来られなかったが、穂乃果や海未の話によると後日私のために選んでくれたとっておきの誕生日プレゼントを送ってくれるのだそうだ。

 

でも、今回の集まりでことりの他に欠席者がもう1人。

 

「ねぇ、絵里ちゃん」

 

「どうしたの?」

 

「……やっぱりそーちゃんは来てくれないの?」

 

こっそり聞いてきた穂乃果の問い掛けに私は目を伏せながら無言で頷く。

 

さっきから何度も電話しても『只今電話に出ることが出来ません』という機械的な音声しか聞こえてこない。

 

……もぅ。私の誕生日くらい覚えてくれていたっていいじゃない。

 

っと、いけないいけない。

 

折角私のためにお祝いしてくれてるんだから楽しまないと!

 

 

 

 

「……はぁ」

 

急に現実に引き戻され、思わず溜め息をつく。

 

結局壮大はμ'sの集まりに顔を出すことは無く、楽しい一時も終わりを告げるかのように自宅へと帰ってきてしまった。

 

あ~あ…、壮大からのお祝い楽しみにしてたのになぁ…。

 

少しだけガックリと肩を落としながら自宅のドアを開ける。

 

「あっ!お姉ちゃんおかえり!!」

 

ドアが開く音を聞き付けた亜里沙が私の元にすり寄ってきた。

 

「亜里沙…、ただいま……って!!」

 

もう疲れたから先に寝るね、と言おうとしたら急に亜里沙が私の手を掴んでリビングに連れていかれた。

 

「亜里沙!この手を離しなさい!」

 

少し強めに言い聞かせるように言うが、亜里沙は聞く耳を持ってくれない。

 

「はいっ!あとは2人でごゆっくり!!」

 

亜里沙は私の背中を押し、リビングへ入れるとリビングのカギをかけた。

 

もう!一体なんなのよぉ……。

 

2人でごゆっくりって言われても私と亜里沙しかいないじゃない…。

 

そう思い、普段はご飯を食べるのに使っているテーブルまで歩みを進めると…、

 

「やぁ、絵里ちゃん。お帰りなさい」

 

そこには今私が一番会いたい人がイスに座っていた。

 

何て言おう…。

 

『今まで何してたの?』

 

そう言おうとしたのに…。

 

「……こんな時間に何の用なの?」

 

うぅ…、違う…。

 

 

Side out

 

 

 

「……こんな時間に何の用なの?」

 

あちゃ~…、絵里ちゃんかなり怒ってるなぁ…。

 

実はというとμ'sメンバーで絵里ちゃんの誕生日会には途中からだけど出席することができた。

 

しかし、この日のために用意したプレゼントの受け取りが今の今までズレ込んでしまったので参加できなかったのだ。

 

「実は…、絵里ちゃんにどうしてもこれを渡したくて……」

 

オレはつい先程届いたオレが用意したプレゼントを絵里ちゃんに手渡した。

 

絵里ちゃんは怪訝な顔付きをしながらラッピングを外していき、出てきた物を見て瞬く間に目を輝かせる。

 

「これ…、ネックレス?」

 

パールとアクアマリンをふんだんに使い、10月の誕生石でトレードマークだったアルファベットのRを反対にしたマークを中央にアクセントつけた1品だ。

 

「どう…、ですか?」

 

「ハラショー…!気に入ったわ……!」

 

恐る恐る感想を聞いてみると、絵里ちゃんは気に入ってくれたようで一安心する。

 

だけど、伝えたいのはこれからだ。

 

「絵里ちゃん……」

 

「何かしら?」

 

オレは高鳴る心臓を抑えつけるように深呼吸を繰り返してから絵里ちゃんに伝えたい言葉を言い始める。

 

「オレ…、絵里ちゃんには感謝しても感謝しきれないんですよ」

 

「いきなりどうしたのよ……?」

 

いきなり柄でも無いことを言い出したオレを見て困惑し始める絵里ちゃん。

 

それでも、オレは感謝の言葉を伝えるのを辞めない。

 

「高校の時とは違って実業団に所属して厳しい練習をしながら自炊とかなんて絶対できなかった。きっと厳しい練習に耐えきれなくなって身体を壊していたのかもしれない。でも、絵里ちゃんが作ってくれる食事があるから今こうやってここにいられるんだって思うといてもたってもいられなくなってさ……だから、」

 

オレは絵里ちゃんの後ろまで動き、優しく抱き締める。

 

 

 

 

 

「絵里ちゃん。いつもありがとう。そして……」

 

 

これからもよろしく……。

 

 

 

 

~♪BGM:ありがとう~

 

 

 

「……ぐすっ」

 

オレが自分の中で抱えていたありったけの感謝の言葉を伝えると、絵里ちゃんは静かに涙を流していた。

 

「もう…、泣かせないでよ……」

 

涙を人差し指で拭い、笑顔を見せる。

 

薄暗闇の中、オレと絵里ちゃんの影が1つに重なった。

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきまーす」

 

「壮大!忘れ物よ!!」

 

「え?オレなんか忘れ物しましたか?」

 

「これ!今日1日練習なんでしょう!?」

 

「あぁ…、お弁当か」

 

「まったく…、お昼はどうするつもりだったのよ……?」

 

「うぐっ……」

 

「もう…、肝心なところは抜けてるんだから」

 

「……面目ないです」

 

「今日は練習終わったら早めに帰ってきてよ?」

 

「……分かってますって」

 

「ホントかしら…、今日は2人にとって大事な記念日だって言うこと覚えてるの?」

 

「だから覚えてますって…、うおっ!?もうこんな時間かよ!!それじゃ、いってきまーす!!」

 

フフッ…、いってらっしゃい…あなた。

 

私は慌てて練習へ向かう彼の逞しい背中が見えなくなるまで見送った。

 

そして、私の首元には彼が送ってくれたネックレスが静かに光っていた。

 

 




結構短い(5,000字ちょっと)話ですが、今回はこれが限界でした。

でも、この後すぐに凛ちゃん特別編なんですよねぇ…。

出来るだけ遅れないように投稿します。


最後まで読んでいただきありがとうございました!!




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『バレンタイン企画』Happy Valentine

今日はバレンタインデーですね。

なのでバレンタイン特別編、書きました。

では、どうぞ!



日本全国の高校生にとって2月とは特別な意味合いを持つ1ヶ月間だとオレ個人ではそう思っている。

 

また2月は28日間……4年に1度の閏年だと29日間しかないことも考えるとあっという間に感じてしまう人も少なくはないだろう。

 

そんなあっという間な2月にあっという間にやって来たバレンタインデー前日。

 

立華高校陸上部短距離ブロックの部室では……、

 

「今年も……、この季節が来てしまったな」

 

「おっ、そうだな」

 

何が?と突っ込んだら負けなのだろうか…。

 

重い雰囲気を漂わせつつ、某人類補完計画の総責任者よろしく両肘をテーブルの上に乗せて口元で両手を組みながら話し込む前陸上部副部長とあっけらかんとする部長……そしてこの重たい雰囲気についていけないオレの3人は陸上部の部室の中にいた。

 

何でもこの2人は無事に志望校に合格したらしい。

 

そんで2人とも大学でも競技を続ける意向を示していて、その練習をするために久し振りに陸上部の練習に来た。

 

練習中はまだまともだったのにみんなそれぞれの用事があるため帰宅し、オレも帰ろうとしたときに呼び止められて今に至る。

 

「そろそろサングラス外しましょうよ……」

 

「……それもそうだな」

 

副部長はかけていたサングラスを外し、改めて話し出す。

 

「なぁお前ら……ぶっちゃけ今年はどうなんだ?」

 

「まず妹から貰えるのは確定してるから貰えないという未来は今のところ無いな」

 

「ケッ!これだから妹や姉がいる男は困るんだよ!!」

 

部長に質問し、返答を聞いた副部長はやさぐれてしまった。

 

なら、聞かなければよかったじゃないですか……。

 

「まぁそういうな。お前だってブサメンじゃねぇんだからきっと貰えるさ」

 

「『きっと今年こそ貰えるんじゃないか?』……そんな淡い期待を持った事がないからそんなことが言えるんだよ!!」

 

副部長はやさぐれて身も蓋もない事を言い出す。

 

「そうだ松宮!お前はどうなんだ!?」

 

「今日1つ貰いました」

 

「……ちっきしょう!!」

 

水溜まりが出来るほどの熱い情熱が部室の床を濡らし、悔しそうに何度も何度も拳を床に打ち付ける副部長。

 

「……こうなったら『近所のスーパー全店のチョコというチョコを買い込んでバレンタインで使わせないゾ☆』募金に参加してやらぁ!!」

 

ゆらり、と立ち上がった副部長は血涙を流しながら財布を持って募金活動が行われている立華高校の正門に向かって走り出していった。

 

「……アイツももう少し精神的な余裕があれば彼女の1人や2人出来そうなんだけどな」

 

「そうですね」

 

少なくとも『近所のスーパー全店のチョコというチョコを買い込んでバレンタインで使わせないゾ☆』募金に参加しているようじゃダメだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよ、壮にぃ」

 

バレンタインデー当日。

 

朝起きた時何故か口に甘味を感じたが、特に気にすることもなく寝起きの服装のまま朝メシを作っていると朝だというのにインターホンが家の中に鳴り響いた。

 

誰だろう?と思いながら玄関のドアを開けると、寒さのせいなのかはたまた別の原因があるのか頬を少しだけ赤くしつつもモジモジとした様子の雪穂が立っていた。

 

「はい、これ」

 

「おっ、今年もくれるのか。いつもありがとな」

 

「……別にっ」

 

後ろ手に隠された透明な袋に入れられたチョコレートを受け取り、そのお礼として雪穂の頭を撫でる。

 

雪穂はお礼を言われた照れ隠しで素っ気ない態度を取るが、チョコレートを渡す前よりも顔が赤くなった。

 

「うぅ…、寒いっ!お返し待ってるからね!!」

 

どうやら部屋着の上に防寒具を羽織っただけだったようで、用が済むと寒さから逃れるためにスタコラサッサと自分の部屋へと逃げていった。

 

「寒っ……」

 

そういえばオレも寝起きの格好のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そーくん、おはよ~」

 

「壮大、おはようございます」

 

「ことり、海未。おはよ」

 

雪穂のバレンタインチョコを自室の机の上に置き、朝メシを食べてから制服に着替えて学校に行こうと家に出たらちょうどことりと海未に出会った。

 

「また穂乃果を待ってるのか……」

 

「えぇ…。冬になると待たされる時間が長くなるんですよね……」

 

海未との会話を聞いてあはは…、と同調するように苦笑いすることり。

 

穂乃果も寒いから学校へ行くギリギリの時間まで布団にくるまっていたい気持ちは分からなくはないが、少しはことりと海未の苦労も……分かってたら2人も苦労はしないか。

 

「ねぇ、そーくん」

 

「ん?」

 

「今日は何の日でしょーかっ!」

 

「バレンタインデーだろ?」

 

「せいか~いっ!そんなそーくんには……」

 

手袋を外してゴソゴソと何かを探し出そうとカバンの中に手を突っ込んだ。

 

そしてバッグの中からキレイにラッピングされた少し大きめの箱が出てきた。

 

「ハッピーバレンタイン!!」

 

「おぉ……今年もありがとな、ことり」

 

「うんっ♪」

 

両手で持っている箱を喜んで受け取った。

 

実は毎年凝ったチョコレートをくれることりのバレンタインを少し楽しみにしているのだ。

 

ちなみに去年は厚さ30センチくらいのチョコレートチーズケーキを貰い、4日ほどかかったけど1人で全部食べきった。

 

今年はどんな仕上がりになっているのか今から非常に楽しみだ。

 

「海未ちゃんも渡そうよ!」

 

「えぇ!?今ここでですか!?」

 

「うん!だってことりはもう渡したよ?」

 

ですが……、と言葉を濁らせている。

 

「何か都合でも悪いのか?まさか何も用意してない……とか?」

 

「そういうわけではないんです。作ったには作ったのですが今は自宅の冷蔵庫に寝かせてて……すみません」

 

スカートの裾をキュッと握って顔を真っ赤にしながら早口で説明する。

 

つまり、今は渡せないけど今日中に渡しに来ると勝手に解釈する。

 

「そっか。それなら仕方ないな」

 

「それはそうとそーくん時間大丈夫なの?」

 

「へ?……もうこんな時間!?」

 

ことりに唆されて時計代わりのスマートフォンで時間を確認すると、陸上部の朝練の時間に間に合うか間に合わないかの瀬戸際の時間帯だった。

 

歩いていくと到底間に合わないから急いでロードバイクの鍵を解除し、ヘルメットとサングラスを装着してからサドルに跨がる。

 

「そろそろ時間だから行くわ!それじゃ、またな!」

 

海未とことりに向かって別れの挨拶を済ませてからペダルを一気に踏み込み、スピードを上げながら急いで学校へ向かった。

 

 

 

 

 

思いっきりペダルを踏んだので朝練には間に合い、朝練をしてから教室へ入るとやはりと言うべきなのか教室内がソワソワした空気になっていた。

 

そして遠くからは……、

 

「いたぞ!『近所のスーパー全店のチョコというチョコを買い込んでバレンタインで使わせないゾ☆』募金に参加しておきながらバレンタインチョコを貰った不届きものが!!」

 

「ちぃっ!見つかっちまった!!」

 

「待てやゴルァ!!!」

 

「待てと言われて待つのはエサを貰うときのペットくらいしかいねぇよ……ってお前ら!バレーボールとかダーツの矢を使うのは反則だろ!?」

 

「うるせぇ!『目には目を、歯には歯を、裏切り者には怒りの鉄槌を』ってのがこの世の摂理なんだよ!!」

 

「理不尽すぎる!?」

 

校舎の至るところからありとあらゆる罵倒や怒号が聞こえてくる。

 

__バーン!!!!!

 

「見つけたぞ松宮ァ!!」

 

大きな音を立ててドアを開け放ちながらターゲットを定めに来たのは昨日『近所のスーパー全店のチョコというチョコを買い込んでバレンタインで使わせないゾ☆』募金に大枚叩き、一躍募金活動の名誉会長に就任したらしい副部長とその他の取り巻き数人。

 

「みんな!アイツは今朝音ノ木坂学院に通うメッチャ可愛い女の子からバレンタインチョコを貰った俺たちの敵だ!すぐに拷問室へ連行せよ!!」

 

「覚悟してください松宮センパイ!全てはバレンタインという忌まわしき風潮があるからいけないんです!!」

 

「なんと羨ま……けしからん!!」

 

「ガンホー!ガンホー!!」

 

「我、同胞と大地の力を得て最速の王者を打ちのめさん!!」

 

「■■■■■■■■■■■――っ!!」

 

最後の取り巻き2人……せめて日本語を話せ。

 

オレは熊本弁はサッパリだし狂戦士語に関しては何1つ分かんねぇし副部長を始めとしたここにいる数人は嫉妬や憎しみなどの感情がバーストして目覚めたのか某戦闘民族のような金色のオーラを纏っている。

 

あぁもう……めんどくせぇ。

 

オレはブレザーを脱ぎ捨ててから憎しみの感情をバーストしている連中に向き合い、手招きをする。

 

「来いよお前ら!つまらねぇプライドや精神的負荷なんか捨ててかかってこいやぁぁぁぁあっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー…。疲れた……」

 

学校帰りゆっくりペダルを漕ぎながら1人呟く。

 

副部長たちとのバトルは他の部隊への見せしめも兼ねてグラウンドや学校の花壇に背筋が大地や土に対して垂直になるよう姿勢を正した状態で頭から突き刺して無事に終結させた。

 

その光景を見てからは暴徒による暴動はピタリと止み、バレンタインチョコを渡したくても渡せない恐怖でカチコチに固まっていた女の子は無事に想い人へ渡せられるようになったとか。

 

しかしダメージは凄まじくまともに授業を受けることが出来ず、何度も出席簿の角やチョーク投げのターゲットにされた。

 

いろんなダメージを受けた時は家に帰ってことりや雪穂からバレンタインチョコを食べてから速攻寝るに限る。

 

「お~い!そーく~ん!!」

 

どんなチョコを作ってきたのかワクワクしながら帰っていると後ろからオレを呼ぶ声が聞こえたので一旦ペダルから足を放してから後ろを振り向く。

 

「やーっと追い付いたにゃ!」

 

「凛…、あなた……速すぎ……」

 

凛ちゃんと凛ちゃんに引っ張られて走ってきたのか息も絶え絶えな真姫がやって来た。

 

……あれ?

 

「花陽ちゃんは?」

 

いつも一緒にいる花陽ちゃんの姿がどこにも見当たらない。

 

走ってきたから置き去りにしてきたのかと思っていたけど、花陽ちゃんの助けを呼ぶ声が一向に聞こえないので

 

「花陽なら……」

 

「飼育委員のお仕事で先生やいいんちょーさんに呼ばれちゃったから一緒に帰れなかったにゃ」

 

ありゃりゃ……花陽ちゃんもツイてないな。

 

委員会関係で先生にも呼ばれてるんじゃどうしようもない。

 

きっと引き継ぎとかの事だろうからかなり時間がかかると思うので、少し花陽ちゃんに同情する。

 

「だからかよちんの分も……そーくんハッピーバレンタイン!」

 

「はっ?」

 

「……さっさと受け取んなさいよ」

 

花陽ちゃんの不運に同情していたら凛ちゃんは元気一杯に箱2つを、真姫はツンとした態度でリボンで止められた箱1つを渡してきた。

 

「これ……オレに?」

 

「壮大以外誰がいるっていうのよ……」

 

「えへへ……、何だか少し恥ずかしいにゃ……」

 

呆れながらもそうだ、と肯定する真姫と照れ笑いする凛ちゃんを交互に見る。

 

「ありが……とう」

 

まさか凛ちゃんたちからも貰えるなんて全く思っていなかったら感激のあまり声が出ず、ようやく絞り出した声も詰まり詰まりになってしまい凛ちゃんも真姫も優しい目で笑っていた。

 

「じゃあそーくんまたね!かよちんにもよろしく言っとくにゃ!」

 

「しっかり味わって食べなさいよ?」

 

バレンタインチョコを渡すという用件が済んだ2人は仲良く来た道を帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にこにーはぁ、み~んなのアイドルだからモテてモテて困っちゃうの~」

 

「そうですか」

 

「ちょっと!まだ話は終わってないんだから帰らないでよ!!」

 

オレの腕を掴んで帰らせないように抗議しているのはそこでバッタリ出会ったにこちゃん。

 

仕方ないからもうちょっとだけにこちゃんに付き合うことにする。

 

次もこんな感じだったら容赦なく帰ることにしよう、と心に決めながら話の続きを促す。

 

「街中を歩いてても視線がにこに集まるっていうかぁ、バレンタインだからにこにチョコを渡したいって子が列を作ってるかもしれないなぁ」

 

「そうですか。では、オレはこれにて」

 

「だからまだ話は終わってないんだってば!お願いだからにこの話を最後まで聞いて!?」

 

「ぐぇっ!?」

 

今度こそ帰ろうとサドルに跨がろうとすると今度は襟首を掴まれ、カエルが押し潰された時のような声が喉から漏れる。

 

いきなり気道を塞がれてしまったので当然のごとく激しく噎せてしまう。

 

「ゲホッ!ゴホッ!!……何するんですか!?」

 

「あんたが帰ろうとするからでしょ!?」

 

だからと言って首根っこを掴まないでほしい。

 

お陰で視界が一瞬だけ真っ白になってしまったんだし。

 

「いいから最後まで聞いてよ!!そんなに時間はかけないから!」

 

「仕方ありませんね……ゴホッ!」

 

今度帰ろうとすると何されるか分からないので大人しくにこちゃんの話を最後まで聞くことにする。

 

「でね?そんなにこからチョコを貰えるなんてすっごくラッキーだと思わない?」

 

「そーっすね」

 

「ってなわけで……はい。バレンタインのチョコ」

 

「……へっ?」

 

さっきまでの寸劇の流れをぶった切るようにバレンタインチョコを手渡してきたので面食らってしまい、変な声を出してしまった。

 

「えっ?あっ、ありがとうございます……」

 

「フフッ…、変な顔。そんな壮大の顔を見れてにこもラッキーだったわ」

 

やられた……。

 

オレへのサプライズが成功したにこちゃんは白い歯を見せながらニシシ、と笑う。

 

「ホワイトデーのお返し!ちゃんっっっと待ってるからね?」

 

 

 

 

 

 

「壮くん、やっほ~」

 

「こんばんは、壮大」

 

「今度はしっかり持ってきましたよ?」

 

夜。

 

のんちゃんと絵里ちゃん、そして海未の3人がオレの家にやって来た。

 

もちろん3人とも箱や透明な袋を携えて。

 

「まずウチから渡させてもらおかな?壮くんハッピーバレンタイン!」

 

のんちゃんから渡された箱を受け取る。

 

みんなのと比べるとズシリ、と重量感がダイレクトに伝わってくる。

 

「ウチのスピリチュアルパワーもたーっぷり入れさせて貰ったからきっと美味いこと間違いなしやで?」

 

「あはは……」

 

スピリチュアルパワーたっぷりなら食べただけでいろんな事が起きそうだ……。

 

「次は私ね。壮大、ハッピーバレンタイン」

 

絵里ちゃんのバレンタインチョコは一風変わっていてキャンディーみたいな包装になっていた。

 

「亜里沙と2人でロシアチョコレートを初めて自分で作ってみたの」

 

「亜里沙ちゃんにありがとう。って伝えておいてください」

 

チョコレート好きの絵里ちゃんが作ったものなら美味いに決まっている。

 

それにロシアチョコレートには少し興味があったのでありがたく頂くことにしようと思う。

 

あと亜里沙ちゃんもありがとう。

 

「最後は私ですね。壮大、いつもありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いしますね?」

 

海未から手渡された箱を受け取る。

 

「生チョコですので早めに食べていただけると幸いです」

 

「いつもありがとな、海未。絵里ちゃんものんちゃんもありがとうございます!」

 

改めて絵里ちゃんたちにお礼の言葉を述べてから頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

今年は例年よりも多く貰ったので自室のテーブル上はバレンタインチョコでいっぱいだ。

 

海未にことりに雪穂と言った幼馴染組に加えて今年は真姫、凛ちゃん、花陽ちゃん、絵里ちゃん、のんちゃん、にこちゃんの6人を加えて合計で9つ貰った。

 

1つ1つ確認していくと海未はさっきも言った通り生チョコ。

 

ことりはガトーショコラ1ホール。

 

雪穂とにこちゃんはそれぞれタイプは違うけど一口大のチョコトリュフ。

 

のんちゃんは縦8センチ、横17センチのチョコレートブラウニー。

 

花陽ちゃんはライスパフを使ったバータイプのチョコレート。

 

凛ちゃんはところどころ形が歪だけどハートを型どったスイートチョコレート。

 

絵里ちゃんは亜里沙ちゃんとの合作によるロシアチョコレート。

 

真姫だけは市販だったけどなかなか手が出せないような値を張るブランデー入りの高級チョコレートだった。

 

みんなそれぞれ違いはあるけれどみんなの気持ちが込められたチョコレートには変わりはない。

 

つくづくオレは幸せ者だと感じさせられた1日になった。

 

みんな、わざわざこんなオレのためにチョコレートを用意してくれてありがとな。

 

みんなへの感謝の気持ちを現しながらチョコレートを食べ始める。

 

 

 

食べ始めてから数分後。

 

みんなのチョコレートを少しずつ食べているときにふと気付いた。

 

穂乃果から貰ってなくね?、と。

 

気になったオレはチョコレートを食べるのを止め、穂乃果に電話してみた。

 

『そーちゃんハッピーバレンタイン!』

 

「ありがとう。みんなバレンタインくれたけど今年は用意してないのか?」

 

『ほぇ?私、そーちゃんにチョコレートあげたよ?』

 

「は?オレの記憶にはそんなこと覚えてないんだけど……?」

 

『日付が変わると同時にグッスリ寝てるそーちゃんに1つずつ食べさせたもん!』

 

 

……普通に渡せや。

 

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます!

ところでみなさんはバレンタインデーの思い出はありますか?

私は高校2年の時に女の子2人から1つしか作っていない(本人談)義理チョコを貰ったことがあります。

1つは作中で言うと希ちゃんのようなチョコレートブラウニーを、もう1つはスイートとビターのチョコトリュフを貰いました。

今となってはいい思い出ですね。

え?今年はどうなのかって?

貰えるわけないじゃないですか……(震え声)



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『UA10万感謝御礼企画』 風邪引き壮大

だいぶ前の話になりますがこの小説のUAが10万を超えました。

これもみなさんのおかげです。

長らく執筆していなかったのでリハビリ的な感じで書きました。

それでは……どうぞ!


ベッドの上で横になっていたオレは脇に差していた体温計を抜き取ってから視界に入るところまで持ち上げる。

 

体温計の先端や体温を表示する画面を見ていたら何だか頭がガンガンしてきたし、寒気とかいろんなものがドンとやって来た。

 

けれど咳や鼻水がほとんど出てないのは救いなのかもしれない。

 

「39.1℃…か……」

 

霞む視界の中でようやく見えたデジタル数字は平熱よりも2℃以上も高い温度だった。

 

きっと今のオレの病状は風邪だ。

 

それもかなり重いやつだ。

 

だからみんなに『風邪ひいたから休みます』って連絡しなきゃ……。

 

あぁ、そうだ。

 

昨日寝る時に下に置きっぱなしだったっけ……。

 

携帯電話を取りに手摺に捕まりながら階段を降りていくとまた視界が霞み、手摺に捕まっているのにも関わらずバランスを崩してしまい倒れ込む。

 

意識を手放す直前に見えたのは眼前に迫った階段だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと首の後ろあたりから冷たい何かを感じたので目を覚まし、首だけを動かして確認する。

 

「氷枕……?」

 

氷枕なんて用意したっけ……?

 

確か携帯電話を取りに階段を降りようとして……。

 

「あっ。やっと起きたわね」

 

「にこ……ちゃん………?」

 

タオルケットを持って自室のドアを開けながらやって来たのは音ノ木坂学院の校舎で練習しているはずのにこちゃんだった。

 

「どうして…ここに……?」

 

「話せば長くなるんだけど……」

 

横になっているオレにタオルケットをかけつつそう前置きしてからにこちゃんがオレの家に理由を話してくれた。

 

第1発見者はたまたま朝早く起きてことりと海未と一緒に学校へ行こうとしていて穂乃果だったらしい。

 

オレの家から大きな音が聞こえたから玄関を開けると熱を出した状態で階段から転落して意識が朦朧としているオレを発見。

 

穂乃果の親父さんがオレの部屋まで運んでくれてその間にμ'sメンバー全員に報告したらしい。

 

『みんなで看病しよう!』と穂乃果が提案し『大勢で押し掛けても壮大が困るでしょ?』と絵里ちゃんに止められるも、『だったら代表で誰か看病してあげればいいんじゃない?』と言うことで話が纏まったらしい。

 

看病する人はじゃんけんで最後まで勝ち残った人がする、というルールだったみたい。

 

「……それでにこがみんなを代表して壮大の看病しに来たってわけ。それにしても意外だったわ」

 

「……?」

 

「今日ここに来るまであんたみたいな人は風邪ひかないと思ってたし、もし風邪をひいても平気そうだと思ってたのよ」

 

「オレだって……人間です……よ?」

 

にこちゃんと話していてまたしんどくなってきたので目を閉じる。

 

かといってさっきまで寝ていたので眠れる気配は全然なくてかなりキツい。

 

すると額にひんやりと冷たい感触が感じ取れた。

 

うっすら目を開けると、にこちゃんの手がオレの額に向かって伸びていた。

 

「にこちゃんの手……冷たい………」

 

「あんたが熱すぎるのよ。……少し待ってなさい」

 

そう言ってにこちゃんは立ち上がって視界から消えるが、 生憎それを追う気力は残っていない。

 

オレは目を瞑り、暑くなってきたのでさっきにこちゃんがかけてくれたタオルケットを払いのける。

 

そしたらすぐに寒気が増したので再びタオルケットを頭から被る。

 

このタオルケットにこちゃんの匂いがする……。

 

こんな普通なら考えないようなことが脳裏に浮かんでくるのも風邪のせいだ。

 

にこちゃんがかけてくれたタオルケットを被りながら悶々としているとにこちゃんがいろんな物を持って戻ってきた。

まずは洗面器に張られてた水でタオルを絞ってくれた。

 

「……これ、雑巾じゃ……ないですよね?」

 

「あんたにはこれが雑巾に見えるの?」

 

返答の代わりに首を横に振り、にこちゃんが額にタオルを置いてくれた。

 

冷たく感じたのは一瞬であまり冷たくないなぁ……って思ってたけど、その上に更に氷が詰まったビニール袋を載せてくれた。

 

「あと、これも」

 

にこちゃんが氷をつまんでオレの口元へ持ってくる。

 

「にこちゃんの指……?」

 

ちょっと絵面的にエロくなるんじゃないかな……。

 

それにこのお話R-18指定になってないぞ……?

 

「誰がにこの指を舐めろって言ったのよ。あまり冗談言ってると帰るわよ?」

 

「……すみません」

 

謝りながら口を開け、口の中に入れられた氷をコロコロと転がすように舐める。

 

もし味覚が正常だったらにこちゃんの指の味とかしたのかな……?

 

って、こんなこと考えとる時点で既に正常じゃない気もするけど。

 

「もっと氷食べられそう?」

 

「あと……1つだけ……」

 

氷をもう1つねだり、にこちゃんはオレの口に氷を入れる。

 

こうしてるとまるで餌付けされてるヒナ鳥みたいだ。

 

「ホントはこのまま真姫ちゃんから渡された薬を飲ませたいんだけど……この様子だと朝から何も食べてないわよね?」

 

今度の問いかけには首を縦に動かす。

 

「じゃあ食べ物持ってくるから大人しく布団被って待ってなさい。あと冷蔵庫だけど勝手に開けるわよ?」

 

「いい……ですよ……」

 

 

 

 

 

「壮大、起きなさい」

 

身体を揺さぶられながら声をかけられ、その反動で目を覚ます。

 

いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 

でも、少し眠ったお陰で少しだけ身体を動かす力が戻ったのでヨロヨロと上半身だけベッドから起き上がる。

 

「桃缶……?」

 

「何故かシンクの所にあったのよ」

 

昨日までの買い物で桃缶を買った記憶はない。

 

きっと夏穂さんが置いていってくれたのだろう。

 

「でも、これなら食べられるんじゃない?」

「……たぶん」

 

「じゃあ、開けるからちょっと待ってなさい」

 

パカッと缶が鳴り、中身がにこちゃんの手によって手際良く皿に移し代えていく。

 

「はい。食べられるわよね?」

 

「んぁ……」

 

「何アホ面しながら口開けてんのよ……」

 

聞かれたことに何も答えずにヒナ鳥みたいに口をパクパクさせているとにこちゃんは観念したように溜め息をつきながら桃をフォークで丁寧に4等分にしている。

その内の一つを上手いことすくってから口へ持ってきてくれた。

 

「……うまい」

 

「そう?それならよかったけど……」

 

「それもですけど手際が慣れてると言いますか……」

 

「……チビたちがいるからよ。小さい子って直前まで元気に走り回ってたと思ったらすぐに体調が悪くなったりするでしょ?」

 

にこちゃんの言い分はとても説得力があったけどオレとしては何だか腑に落ちない。

 

「……つまり今のオレは弟くんたちと同レベルってことですか?」

 

「こんな弟いたらいくら身体があっても足りないわよ。食費とか大変なことになりそうだし」

 

酷い言いがかりだ……と思いながら再び口をパクパクさせる。

にこちゃんは『はいはい……』観念した様子でカットしてくれた桃を次々とオレの口の中へ運んでくれた。

 

そんなに食べられねぇだろうなぁ……と思っていた桃缶1つ丸々スパッと食べ切った。

 

そんで真姫から預かってきたという風邪薬を飲んだ。

 

粉末タイプの薬は少し苦手なのが分かっているのか錠剤タイプの薬だった。

 

たっぷりかいた汗を拭いてから着替え終わったら風邪薬が効いてきたのか段々と瞼が重くなってきた。

 

「……眠くなってきた」

 

「風邪薬が効いてきたのね。にこの事気にしなくていいから早く寝ちゃいなさい」

 

「……にこちゃん」

 

何よ、とジト目で見てくるにこちゃんに向かって手を伸ばす。

 

「オレが寝るまで手……繋いでてください」

 

「今日のあんたホントにどうしちゃったのよ……」

 

「ダメ……ですか?」

 

「……しょうがないわね」

 

1度イスから立ち上がったけどオレのわがままを叶えるべく再びイスに座り直し、布団から外へと伸びていた手ににこちゃんの小さな手が重なる。

 

にこちゃんの手は思っていたよりも小さくて肌触りがよかった。

 

「……放したりしませんよね?」

 

「そんな心配そうな顔しなくてもあんたが寝付くまで放さないわよ」

 

「……オレの風邪が治るまで放したりしませんよね?」

 

「そんなに握られてちゃ何処にも行けないわよ 」

 

「…………よかった」

 

意識がドンドン落ちていく。

 

にこちゃんの小さな手はいつの間にか冷たくなくなり、温かくなっていた。

 

薄れゆく意識のなか、にこちゃんの困っているようにもとれるし弟や妹を安心させるようにもとれる笑顔をしていた。

 

苦しいけどたまには風邪ひくのもいいかもしれないな……。

 

眠りにつく間際そんな事を思った。

 

にこちゃん……今日はありがとう。

 

 

 

 

~Side 矢澤 にこ~

 

 

「スー……、スー……」

 

壮大から規則的な寝息が聞こえてきた。

 

はぁ……、ようやく眠ったわね。

 

流石にもういいでしょ……。

 

そう思い、繋がれた手を放す。

 

昼くらいにここに来たと言うのに外を見ればもう夕方だ。

 

早いとこ家に帰ってチビたちの面倒も見なきゃいけないしね。

 

「ゆっくり休むのよ……?」

 

壮大の部屋のベッドの近くに置いた荷物を持ち直しながら呟く。

 

部屋から出る直前に壮大の顔を見ると呟いた事が聞こえたのか分からないけど心なしか顔が緩んだような気がした。

 

ぐっすり眠っている壮大を起こさないように静かに壮大の家を後にする。

 

それにしても手を繋いでてください…か。

 

何だかんだ言って壮大の根っこの部分は甘えん坊なところもあんじゃん。

 

きっとにこだけしか知らない壮大の意外な一面を思い出しながら歩いていると……、

 

「……くしっ!!」

 

…………ん?

 

 

Side out

 

 

 

 

 

数日後。

 

にこちゃんの献身的な看病のお陰ですっかり元気を取り戻したオレはこころちゃんの電話を貰い、何個かのレジ袋を持ってにこちゃんの家の前に立っていた。

 

インターホンを押すとトタトタと玄関に向かってくる足音が聞こえ、やがて足音が止むとドアが開く。

 

「お兄さん!こんにちは!!」

 

「こんにちはこころちゃん。……お姉ちゃんはいるかな?」

 

「こっちです!」

 

こころちゃんのお出迎えで矢澤家の敷地内に上がらせてもらい、そのままにこちゃんの部屋へと通された。

 

「お姉さま!お兄さんが看病しにきてくれました!」

 

「こころ。悪いんだけどすぐに帰らせて……」

 

ほぼノータイムで帰還命令を出されてしまった。

 

布団からひょこっと出ているにこちゃんの顔を見てみると頬は真っ赤で額には冷えピタが貼られ、トレードマークの赤いリボンは部屋のテーブルに置かれていた。

 

つまるところ……オレの風邪をにこちゃんにそっくりそのまま移してしまったのだ。

 

「……とんでもない顔してますね」

「好きでこんな顔してないわよ。それにこんな風になったのは誰のせいだと思ってるのよ?」

「オレのせいだから看病しに来たんじゃないですか……」

 

それくらい嫌ってほどわかってますよ……、もう。

 

「そんなわけで看病しますよ。オレにどうしてほしいですか?」

 

「それじゃあ今日はずっと一緒にいてくれる?」

「いいですよ。にこちゃんが嫌だって言うくらいいますよ。ずぅっとね?」

 

……にこちゃんには申し訳ないけどたまには風邪っていいもんだな。

 

こんな素直なにこちゃん……普段なら絶対見られないし。

 

さてと……、にこちゃんの看病頑張りますかぁ!!

 

気合いを入れるため制服のブレザーとネクタイを外し、長袖のYシャツの袖を捲ってからにこちゃん家の台所へと向かった。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます!

本編はまだ2割くらいしか出来てないので次回投稿はホワイトデー特別編か海未ちゃん特別編になるかもです。



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園田 海未編 Million Films

どうも、こんばんは。

今回は海未ちゃんの誕生日にちなんだ特別編です!

インスパイア曲はコブクロさんの『Million Films』です。

それでは、どうぞ!!


オレのチームでの練習と海未の家業が休みとなった今日。

 

2人で前々から決めていた家の掃除をしていた。

 

「壮大、ここを掃除したいのでテレビを台ごと持っていただけませんか?」

 

「いいぞ。……はぁっ!!!」

 

「ありがとうございます。では、そのまま私がいいと言うまでスクワットでもしててください」

 

「何で!?」

 

「ふふふっ、冗談ですよ」

 

「お前の冗談は冗談に聞こえねぇんだよ」

 

元々海未の方が賢明であったため今ではこのようにオレは海未の尻に敷かれている形になっている。

 

けど、そのおかげで今日の今日まで海未一筋で生きてきた訳だ。

 

「壮大、ここの掃除終わりましたよ」

 

「どっせーい!!!」

 

かなり重いテレビの台を元の場所に戻し、時間を見ると昼メシの時間帯とど真ん中に差し掛かっていた。

 

ようやく休憩できる……そう思い腰を降ろした瞬間だった。

 

「では私が昼食を作っている間に書斎の整理整頓をしてきてください」

 

まさかの書斎の整理整頓を任されそうになった。

 

だが、しかぁし!

 

もう腰を降ろしてしまった以上昼メシ抜き以外の脅しなら意地でも動かねぇぜ!!

 

「えーっ!?休憩させてくれたっていいじゃねぇかよーっ!」

 

「いいから行ってきてください!昼食抜きにしますよ?」

 

「喜んで行かせていただきまぁす!!」

 

昼メシを盾にされてしまった以上書斎の整理整頓をしないといけなくなったし、何より海未を怒らせるとかなり怖いと言うことは高2の秋頃辺りから覚えているので機嫌を損ねないうちに書斎へと向かう。

 

「書斎の整理整頓って言ったってなぁ……」

 

本独特の匂いが立ち込める書斎に入りながら呟く。

 

海未はどうか分からないがオレは少なくとも普段から書斎に立ち入ることはしないのでとりあえず本の上にうっすらと乗っているホコリをハタキでパタパタと叩いて落としていく。

 

ラスト1冊で叩き終わるところで本棚の上に乗っていたアルバムを落とし、そのアルバムがオレの頭にクリーンヒットした。

 

「いっっってぇ……。って、なんだこのアルバム?」

 

見たことないような表紙のアルバムだったので思わず手に取り、パッパッとホコリを手で払う。

 

海未のアルバム……かな?

 

見られたくない写真が入っていたら困るので書斎の整理整頓を終えて昼メシを食べてからお茶の話のネタにでもしてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

「懐かしい物が出てきましたね」

 

昼メシも掃除も終わってまったりとした昼頃。

 

何気無く差し出したアルバムを見た海未から出た第一声がこれだ。

 

つまり、これでこのアルバムは海未の私物だった事が確定した。

 

海未のアルバムの中の写真が気になって気になって仕方ないオレはダメ元で聞いてみた。

 

「どんな写真が入っているんだ?」

 

「なら一緒に見ますか?」

 

「いいのか?」

 

「はい!特に見られて困るような写真はたしか入っていなかったはずですので」

 

海未はアルバムと湯呑みを持ち、オレの隣に腰を下ろす。

 

アルバムを1ページ捲って出てきたのはランドセルを背負い小学校の校門に立っている海未の写真だった。

 

「音ノ木坂小学校の入学式の時の写真だな」

 

「この時はまだ壮大や穂乃果、ことりと知り合ってない時ですね。それにこの時は写真を撮られること事態すごい恥ずかしさを感じててこれが物心ついてから初めて撮って貰った写真なんですよ?」

 

この頃から恥ずかしがり屋だったのか……いや、今も恥ずかしがり屋なのには変わりないが。

 

小学校での授業参観の時に顔を真っ赤にしながら手を挙げている写真や、運動会で1位になって喜んでいる写真が収められていたりしていたペ ージを数枚捲ると今度は小さなトロフィーを大事そうに持った剣道着姿の海未と海未の父親の大地さんの写真だった。

 

「これは剣道の大会で初めて優勝した時の写真ですね」

 

「この頃から海未は剣道強かったんだな」

 

「父と数多く稽古してきましたが未だに勝てないんです……」

 

「精進あるのみだな」

 

「はい!いつか父を越えてみせます!」

 

両手を握って胸の前でギュッとする海未。

 

え?何このカワイイ生き物?

 

邪な考えをしていることなんて知るわけもない海未が大地さんの知らないところで勝利宣言をしたところで数ページを捲る。

 

「中学校の卒業式……でいいのかな?」

 

「そうですね」

 

目の下を赤くしている海未たち3人と囲まれて少し困った表情をしながら頬を掻いているオレの写真が出てきた。

 

「穂乃果やことりなんて壮大と別の高校になりたくない、一緒の高校に通いたかったって泣いてたんですよ?」

 

そうだったのか?てっきり……、

 

「卒業式が終わって4人で帰ってる時にいきなり穂乃果とことりが声を殺して泣き始めたからオレが何か悪いことでもしたんかな?って思ってたわ……」

 

彼女らは3人揃って女子校の音ノ木坂学院に進学し、オレは陸上強豪校の立華高校へ進学した。

 

小学校の時からいつも一緒だった3人と離れるのは心細い上に寂しかったし、もし出来ることならオレも高校も同じ学校に進学したかった。

 

3人は理由は違えど音ノ木坂学院に憧れを抱いており、そんな彼女たちの邪魔をするのはよくないと思っていた。

 

でも、オレが知らないエピソードを聞いて少しホロリと来た。

 

「何だか湿っぽい話になってしまいましたね……」

 

「次は高校時代か……。高校時代って言ったらアレしかないだろう?」

 

「えぇ。壮大の言う通りです」

 

湿っぽくなった空気を吹き飛ばすように笑ってからまたアルバムのページを捲る。

 

そこにはさっきまでのページとは比べ物にならないくらいの思い出が詰まった写真が出てきた。

 

「やっぱり高校ん時の写真が一番多いよな」

 

「そうですね。穂乃果のお陰でかけがえのない仲間たちに出逢えました」

 

オープンキャンパスでやったライブ後の写真や夏の合宿や秋の臨時合宿での一コマ、さらには学校でのやり取りを写した写真まである。

 

「……懐かしいですね」

 

高校時代を懐かしむように呟く海未。

 

μ'sが解散し、それぞれ3年間過ごした学舎を去った今もなお当時のメンバーとの交流は途絶えていない。

 

けれどμ'sとして活動していた時期と比べて格段に会う頻度は落ちているし、メンバー全員集合する機会なんて滅多にない。

 

「みんな忙しい事は頭では分かっているのですがやはり寂しいですね……」

 

海未の呟きに同意するように頷く。

 

今度こそ全員集合してどんちゃん騒ぎをしたいと切に願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

高校の時の話がキリのいいところで切り上がったところで残り少なくなったアルバムのページを捲る。

 

高校卒業後のページとして決して多くはない写真の中で特に目を引いたのは目の回りを赤くした海未がボロボロになっているオレを抱き締めるように支えている写真だった。

 

「……あの時のか」

 

「えぇ。あの時のです……」

 

当時のことを思い出しながらお互いに苦笑いが止まらなかった。

 

あれは彼氏彼女の関係だった海未との結婚を踏み切った報告を大地さんと美空さんにした日の翌日の事だった。

 

「海未に道場に呼び出されたかと思ったらまさか大地さんが仁王立ちしてるとは思わなかったなぁ……」

 

「私と母はその隅っこで待機ですからねぇ……」

 

道場の端には美空さんと海未が大地さんが正座していたのを見てオレには退路がない事を悟り、大地さんの手から放られた竹刀を受け取った。

 

心配そうにこちらを見つめる海未に目配せをしてから竹刀を握り、竹刀の先端を大地さんに向ける。

 

その瞬間オレの回りだけ時間が飛んだんじゃないか?ってくらいのスピードで竹刀を振るってきたので咄嗟に竹刀で防御した。

 

最初は防御してその隙に攻撃をしていたが片や日本最年少で剣道七段を所有している平成の剣豪とまで呼ばれる武人、片や剣道はおろか竹刀すら学校の授業時くらいしか握った事もない若者。

 

結果は火を見るよりも明らかで当時の自分でも青ざめるくらいの量の青アザの跡が身体中に付けられ、逆に大地さんに青アザはおろか掠り傷すら付けられず涼しい顔でオレを見下ろしていた。

 

「今でもボロボロと涙を流してる海未の顔は忘れられねぇな……」

 

「たしかに泣いた記憶はありますが……そんなに泣いてましたか?」

 

「泣いてたよ」

 

そうでしたか?と呟きながら必死に思い出そうと首を傾げる海未。

 

忘れるわけがない。

 

『お前が言ってた覚悟とはそんな程度なのか?あそこで泣いている海未を守りきると言った覚悟もそんな程度なのか?』

 

大地さんがそう問い詰めてきたからだ。

 

その当時は何も分からなかったけど今なら大地さんの気持ちがなんとなくだけど分かる。

 

きっと大地さんはオレの覚悟が本物かどうかを試したんだと思う。

 

オレもオレで大地さんの問いかけに何て答えたかなんてあまり覚えていないけど、結果的に大地さんに内に秘めていた想いを余すことなくぶつけそこでようやく認めてもらえた。

 

その頃にはさっきの写真みたいにボロボロになっていたんだっけ……。

 

「ん。次で最後かな?」

 

「それなら2人一緒に捲りましょうか」

 

「だな」

 

海未の提案に了承するように頷き、2人で最後のページを捲る。

 

そこには純白のウェディングドレスと黒のタキシードにそれぞれ身を包んでいるオレたちの写真。

 

そのすぐ横には園田家と松宮家一同で取った集合写真が大切に保管されていた。

 

「私が和装でいい、と言ったのに壮大と父は『ウェディングドレスを着せよう!!』って言って私の話を聞いてくれませんでしたね。やはり人前で肩や背中を大きく露出させるものではないですね」

 

「いいじゃん、別に。おかげでことりがデザインしたウェディングドレス着れたんだし」

 

実のところ海外勤務のことりから珍しく連絡来たかと思うと『海未ちゃんとの結婚式で着るウェディングドレスのデザインをさせて!っていうかその案件ことりに任せて!!』と直訴してきて、それをたまたま大地さんと美空さんに聞かれてたってだけの話なんだが。

 

でも、ことりがデザインしたウェディングドレスを着て純白のヴェールを被って少し恥ずかしそうに控え室から出てきた海未を見たときはどう言葉にしたらいいか分からないくらいキレイだったことだけは忘れずに伝えておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「夕御飯のお買い物に行ってきます」

 

昼過ぎからやっていたアルバム鑑賞も終わって日が西へ大きく傾いた頃。

 

海未は足りない食材を買いに近くのスーパーへ買い物に行こうと玄関から出ようとしたが、すぐに待ったをかけて玄関から出ようとしていた海未を止める。

 

「オレも行くよ」

 

「壮大も行くなんて珍しいですね」

 

「たまには一緒に買い物しに行きたいんだよ」

 

いつもは海未に買い物を任せっぱなしなのでたまには海未の荷物持ちくらいしてもいいよな?

 

「……ダメか?」

 

「仕方ないですね……。外に出て待ってますから早く準備してきてください」

 

玄関の外で待ってると言ってくれたので私服に着替え、財布をジーンズのポケットに突っ込み急いで外へと向かう。

 

「お待たせ」

 

「そんなに急がなくても私は逃げたりしませんよ?……この先も、ずっと」

 

海未がオレに向かって然り気無く手を伸ばしてきたのでその手を取ってその手の暖かさを感じながら2人並び、時には繋いだ手を大きく振り上げながら近くのスーパーへと向かっていった。

 

 

 

~♪BGM:Milion Films~

 

 

 

買い物帰り、またしても行くときと同じように手を繋ぎながら帰るオレたちの影は限りなく長く伸びていた。

 

 

 




数分遅れてしまったけど許してください!!

メインストーリーの執筆なのですがほぼ手詰まりの状態で少しへこんでます。

なのでもうしばらく特別編の投稿になる予定ですのでお付き合いください。

最後まで読んでいただきありがとうございました!


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『お気に入り400記念』 バカテストinミラトラ

お久し振りです。

今日ようやくここにログインできたのでまずはこちらの話から。

では、どうぞ!!


「壮大くん、忙しい中来てくれてありがとう」

 

いきなり音ノ木坂学院の理事長室に呼び出され、警戒しながら入室すると呼び出した比奈さんがいかにも高級なイスに座りながら出迎えてくれた。

 

「いえいえ。今日は一体どのようなご用件でしょう?」

 

用件を聞くと比奈さんは机の引き出しから1枚の書類入れと問題集のような冊子が12冊をオレに向かって差し出した。

 

それを見て黙って頷いてから受け取り、問題集のような冊子の中身を拝見するが問題と答えが羅列されていた。

 

「……これは?」

 

「スクールアイドルが出演するとあるクイズ大会から出演の依頼を受けて、ユニット内予選を行った際の冊子よ」

 

「……つまり今からそれを採点してくれ、と」

 

「話が早くて助かるわ。もちろんこれはアルバイトとしてちゃんと報酬は出すわ」

 

ふむ、報酬付きの採点作業か……。

 

ただ少し疑問があるので比奈さんに聞いてみた。

 

「何で12冊もあるんですか?μ'sは9人だったはずじゃ……」

 

「2年生のヒデコさん、フミコさん、ミカさんにも一応受けて貰ったのよ。その3人はスポーツで言うとオープン参加みたいな感じだからそこまで気にしなくてもいいわ」

 

ヒフミの3人も受けたのか……。

 

あいつら基本的にスペックが高すぎるから学力もどんなもんなのか知れるいい機会かもな。

 

「話は付けてあるから採点作業は職員室でやってちょうだい。あと、採点が終わったらまた理事長室(ここ)に来てくれるかしら?」

 

「分かりました。では、行ってきます」

 

問題冊子を持って場所を理事長室から職員室に移し、ポケットから赤ペンを出してある意味パンドラの箱とも呼べる問題冊子の採点作業に入った。

 

 

 

問1 次の空欄を埋めて正岡 子規が読んだ俳句を完成させなさい。

『柿くへば ()なり 法隆寺』

解答者:lily white

 

 

【園田 海未の答え】

柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

『法隆寺に立ち寄った後、茶店で一服して柿を食べると途端に法隆寺の鐘が鳴りその響きに秋を感じた』

というのが句意だそうだ。

 

俳句とは全く関係無いが野球のショートのポジションを『遊撃手』と書いたのも正岡 子規だと言われているらしい。

 

 

【東條 希の答え】

柿食へば かわずとぶなり 法隆寺

 

【壮大のコメント】

別の俳句が混ざっちゃってます。

 

 

【星空 凛の答え】

柿食へば キャッチャー今なり 法隆寺

 

【壮大のコメント】

『なり』の使い方が斬新すぎるわ!

 

 

 

問2 スポーツをしている際に足首を捻ってしまった際に行う適切な処置方法を答えなさい。

解答者:printemps

 

 

【南 ことりの答え】

Rest(安静)

Ice(冷却)

Complession(圧迫)

Elevation(拳上)

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

突き指の際によく指を引っ張る人がいるけど、指を引っ張るのは脱臼と骨折だけです。

 

突き指した時に指を引っ張るとやり方によっては症状がさらに悪化する恐れがあるから、絶対にやめましょう。

 

それにしてもスポーツの応急処置まで知ってるなんて保健委員の面目躍如ってところだな。

 

 

【高坂 穂乃果の答え】

ファイトだよっ!!

 

【壮大のコメント】

どんな状況でも打破できる万能な言葉でも大きな怪我では難しいと思うぞ。

 

 

【小泉 花陽の答え】

そこはお米の出番ですね!!!!!

 

【壮大のコメント】

頭文字は合ってるけど……!合ってるんだけど……!!

 

 

 

問3 長さ4~5cm、幅1cmくらいの長方形を幅2mm程度の薄さに切る、火が通りやすい切り方の名前を答えなさい。

解答者:BiBi

 

 

【矢澤 にこの答え】

短冊切り

 

【壮大のコメント】

正解です。

 

火が通りやすいので汁物や炒め物を作る際によく使われます。

 

妹たちにご飯作ってるにこちゃんには簡単すぎましたかね?

 

 

【絢瀬 絵里の答え】

短冊切り

 

【壮大のコメント】

正解です。

 

やはり絵里ちゃんは賢い可愛いエリーチカでしたね。

 

【絢瀬 絵里のコメント】

流石壮大ね、分かってるじゃない。

 

そう!私はポンコツなんかじゃないわ!!

 

 

【西木野 真姫の答え】

満月大根切り

 

【壮大のコメント】

長方形って書いてんだろ!

 

しかもそれ料理じゃなくて猫型ロボットが野球するマンガの技名だからな?

 

 

 

問4 1560年に尾張国にておこなわれた、織田軍と今川軍の合戦の名前を答えなさい。

解答者:ヒフミトリオ

 

 

【ヒデコの答え】

桶狭間の戦い

 

【壮大のコメント】

その通りだ。

 

今川軍25,000兵に対し、織田軍は2,500兵程しかいない圧倒的劣勢にも関わらず様々な策略を経て勝利したことでも有名な逸話も残されているぞ。

 

 

【ミカの答え】

長篠の戦い

 

【壮大のコメント】

長篠の戦いは織田・徳川連合軍と武田軍の戦いの事だ。

 

この戦いで織田・徳川連合軍は火縄銃を用いて武田軍の騎馬隊を打ち破ったというのが定説だが、最近になってその説は覆りそうになっているらしいが果たして……?

 

 

【フミコの答え】

負ける気せぇへん、地元やし。

 

【壮大のコメント】

なんでや!阪神関係無いやろ!

 

 

 

問5 次の英文を日本語訳しなさい。

『He who runs after two hares will catch neither.』

解答者:3年生

 

【絢瀬 絵里の答え】

二兎追う者は一兎をも得ず

 

【壮大のコメント】

非の打ち所がないくらい完璧な訳です

 

 

【東條 希の答え】

彼は二つの膨らみを掴みながら走った

 

【壮大のコメント】

わしわしはほどほどにしましょうね?

 

 

【矢澤 にこの答え】

わしわしだけは……!わしわしだけは嫌だぁぁぁぁぁあっ!!

 

【壮大のコメント】

頑張ってください

 

【矢澤 にこのコメント】

ちょっと!!他人事みたいに言わないでっ……いやぁぁぁぁあっ!!

 

 

 

問6 次の二つの意味に該当する言葉を答えなさい。

①地面を蹴って、空中で体を一回転させること

②目的地に着いたら用事を済ませ、すぐに帰途につくこと。

解答者:2年生

 

 

【園田 海未の答え】

とんぼ返り

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

 

【南 ことりの答え】

ボルトチェンジ

 

【壮大のコメント】

地面タイプだと一方的にボコられるから気を付けるように。

 

 

【高坂 穂乃果の答え】

バトンタッチ

 

【壮大のコメント】

ポケ○ンの技を答えろなんて言った覚えはないんだけどなぁ……。

 

 

 

問7 次の物理現象の名前を答えなさい。

『一様流中に置かれた回転する円柱または球に、一様流に対して垂直方向の力(揚力)がはたらく現象』

解答者:1年生

 

 

【西木野 真姫の答え】

マグヌス効果

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

野球のストレートという球種もボールに強烈なバックスピンを与えて投じるのが有名だ。

 

 

【小泉 花陽の答え】

気分上々↑↑

 

【壮大のコメント】

カラオケで歌うと大体は盛り上がるよね。

 

 

【星空 凛の答え】

ID:Ai2ljNA1

 

【壮大のコメント】

マグヌスニキ、オッスオッス。

 

 

 

問8 紀貫之が平安時代に書いたとされる、日本文学史上初めての日記文学の名前を答えなさい。

解答者:ヒフミトリオ

 

 

【フミコの答え】

土佐日記

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

女性を語り手にして優雅なひらがな文で著述された作品だ。

 

 

【ミカの答え】

未来日記

 

【壮大のコメント】

メインヒロインがあんなにぶっ壊れたヤンデレだとは思わなかったぜ……。

 

 

【ヒデコの答え】

みかん絵日記

 

【壮大のコメント】

……お前、ホントに女子高生か?

 

 

 

問9 小説や劇などの物語でめでたく解決を迎える最後の場面を何と呼ぶでしょう。

解答者:新旧生徒会長

 

 

【絢瀬 絵里の答え】

大団円

 

【壮大のコメント】

正解です。

 

物語はハッピーエンドばかりではなく、悲劇的な結末の場合はカタストロフィーと呼んだりします。

 

そういえば冬にことりが持ってきた恋愛ものの映画で泣いていましたけど絵里ちゃんはあんな感じのエンディングの方が好きなんですか?

 

 

【高坂 穂乃果の答え】

行くぞ英雄王!武器の貯蔵は充分かぁぁあ!!

 

【壮大のコメント】

お前の知識の貯蔵が不安だ。

 

 

問10 『吾輩は猫である』『坊ちゃん』などを執筆した、日本の小説家の名前を答えなさい。

解答者:のぞにこりんぱな

 

 

【東條 希の答え】

夏目 漱石

 

【小泉 花陽の答え】

夏目 漱石

 

【壮大のコメント】

その通りです。

 

正岡子規とも交流があったことは有名ですね。

 

やっと花陽ちゃんのまともな答えが見れて嬉しい……嬉しい。

 

 

【星空 凛の答え】

福澤 諭吉

 

【壮大のコメント】

福澤 諭吉は蘭学者、著述家、啓蒙思想家、教育者ではあるが小説家ではないんだ。

 

 

【矢澤 にこの答え】

1ヶ月暮らしても1,500円くらいは余らせる自信があるわ!!

 

【壮大のコメント】

終盤は海に潜ってモリを突いて食料を調達したり夜通しでチネリ作業をする気ですか?

 

 

 

問11 固体・液体・気体に続く物質の第4の状態であり、気体を構成する分子が電離し陽イオンと電子に別れて運動している状態をなんと呼ぶか。

解答者:作詞・作曲・衣装組

 

 

【西木野 真姫の答え】

プラズマ

 

【壮大のコメント】

正解だ。身近なプラズマ現象だと雷がそうだな。

 

 

【園田 海未の答え】

青いイナズマ

 

【壮大のコメント】

作詞するとき引用しないようにな。

 

訴えられたらほぼ確実にこっちが負けるから。

 

 

【南 ことりの答え】

ベクトル変換

 

【壮大のコメント】

ッエーイ☆

 

 

 

問12 三角形の合同条件を答えなさい。

解答者:ヒフミトリオ

 

 

【フミコの答え】

・3組の辺がそれぞれ等しい

・2組の辺とその間の角がそれぞれ等しい

・1組の辺とその両端の角がそれぞれ等しい

 

【壮大のコメント】

その通りだ。

 

相似条件と混同して覚えてしまう人も多いので注意が必要だ。

 

 

【ヒデコの答え】

・3組の辺の比が等しい

・2組の辺とその間の角が等しい

 

【壮大のコメント】

って言った傍から混同してしまったな。

 

 

【ミカの答え】

・同時に二人の人物と恋愛関係になる

・三者全員がその事実を認識している

・仮に認識していたとしても修羅場になるケースが多い

・最悪の場合男が包丁で滅多刺しされ、女の1人は身体を鋸で切り裂かれる。

 

【壮大のコメント】

Oh……Nice boat.

 

 

 

 

 

 

「……やっと採点終わった」

 

最後の問題に赤を入れ終えたところで赤ペンをポケットに入れ、イスの背凭れに寄りかかって背骨を鳴らすように背中を反らす。

 

「お疲れさま。はい、お茶よ」

 

答案の冊子を持って理事長室へと行こうとイスから立ち上がろうとしたら、湯呑みを乗せたお盆を持った比奈さんがオレが座っている机の上に湯呑みを置いた。

 

「すみません、思ったよりも採点が長引いちゃって……」

 

「それで……どうだったかしら?」

 

「特に成績が良かったのは……メンバー内だと真姫と絵里ちゃんと海未ですね。ヒフミトリオの3人もなかなか成績はよかったです」

 

他のメンバーも悪くはなかったけどところどころ悪ノリした解答があったり、と言ったところだ。

 

「分かったわ。それじゃクイズ大会には絢瀬さんと西木野さんと海未ちゃんを推薦しておくわね」

 

それと今回の採点作業に協力してくれたお礼よ、と比奈さんは報酬を手渡して来たのでありがたく受け取る。

 

「じゃあまた何かあったときはことり共々頼むわね」

 

「あはは……、善処します」

 

比奈さんはそう言ったきり問題冊子を持って職員室から退出していったので、オレもやることがないのですたこらさっさと音ノ木坂学院を後にした。

 

 

 

 

 

そして後日行われた例のクイズ大会では何故か絵里ちゃんとのんちゃんと海未が出てて、のんちゃんのスピリチュアルなパワーが注入された海未と絵里ちゃんがとんでもない力を発揮してその会場の空気を拐っていったという話はまた別のお話。

 

 




3/31と4/1のファイナルライブに参戦し、両日共に感動のあまり泣いてしまいました。

2日目のラストはホントズルいです。

あれは完全に泣かせに行ってましたもん。

μ'sとしての活動はここで一区切りということになりましたが、キャストの方々の活動を精一杯応援していくつもりです。

あっ、でもみもりんとそらまるは5月のライブが終わったらしっかり休んだ方がいいと思ってます。

ではでは最後まで読んでいただきありがとうございました!!


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『UA12.5万感謝御礼企画』 バカテストinミラトラ Ⅱ

「……またですか」

 

とある休日のお昼前。

 

前回の事があったので電話で呼び出された時点である程度予想ついていたとはいえ、音ノ木坂学院の理事長室に入室して机の上に乗っていた物を見て思わず苦笑いしながら発した第一声がこれだ。

 

「ホントにごめんなさいね……」

 

それを聞いてここの理事長である比奈さんが申し訳無さそうに机に目を向けたので、オレも比奈さんに倣ってそちらに目を向ける。

 

机の上には以前と同じように問題冊子が入ったクリアケースが乗せられていた。

 

つまるところ再び採点作業の依頼が来た、というわけだ。

 

「ちなみに今回の受験人数は何人ですか?」

 

「前回の12人に加えてうち1年生で陸上部に所属している娘もよ。確かお兄さんが壮大くんと同じ高校で同じ部活動に所属しているって聞いてるわよ?」

 

部長の妹さんか……。

 

知らない人ならどうしよう、と思ったけど妹さんならまぁいいかな?

 

「んじゃ、サクッと行ってきますわ。また職員室でいいですか?」

 

「えぇ」

 

比奈さんからの返事を聞いて立華高校の制服の胸ポケットから赤のボールペン2本取り出し、右手でボールペンを回しながら職員室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

問1:地学

太陽系で最も大きな惑星は何か。

解答者:1年生

 

【西木野 真姫の答え】

木星

 

【部長's妹の答え】

木星

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

流石に引っかかりませんか。 

 

ちなみにだが太陽は惑星ではなく恒星だから除外だ。 

 

 

【小泉 花陽の答え】 

太陽 

 

【壮大のコメント】

かと思えば面白いくらいに引っかかってくれたな。 

 

 

【星空 凛の答え】 

Alice or Guilty

 

【壮大のコメント】

それ『木星』違いや。

 

 

問2:化学 

熱力学における物質の熱振動の下限、セルシウス度-273.15℃のことを何と言うか。

解答者:2年生(μ'sメンバー)

 

【園田 海未の答え】

絶対零度 

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

あくまでもこの数字は熱力学における下限であって、統計力学にはこれを下回る負温度という状態もあるらしいぞ。 

 

 

【南 ことりの答え】

アブソリュート・ゼロ 

 

【壮大のコメント】

これも正解だ。

 

ただ絶対零度よりもアブソリュート・ゼロの方が格好いいと思ったのはオレだけじゃないはずだ。

 

 

【高坂 穂乃果の答え】 

命中率30はどう考えてもウソだと思う

 

【壮大のコメント】 

ぺディア先生から聞いたんだが……一撃必殺技の命中率は「30+(自分のレベル)-(相手のレベル)」。

 

この数値が30未満になった場合……つまり自分のレベルが相手のレベルよりも下だった場合は絶対命中しないらしいぞ。

 

 

 

問3:日本史

日本神話において天孫降臨の時に、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)天照大神(あまてらすおおみかみ)から授けられた三種の神器を三つ答えよ。

解答者:ヒフミトリオ

 

【ミカの答え】 

『八咫鏡』『八尺瓊勾玉』『 天叢雲剣』

 

【壮大のコメント】

これを正解するとは流石だな。 

 

ちなみに読み方は左から順に『やたのかがみ』『やさかにのまがだま』『あまのむらくものつるぎ』です。 

 

ちなみに『天叢雲剣』は別名『草薙剣(くさなぎのつるぎ)』とも言うのでこっちを書いても正解だ。

 

 

【フミコの答え】 

『波動拳』『昇龍拳』『突進技』

 

【壮大のコメント】

『波動拳で飛ばせて昇龍拳で堕とす』がコンセプト。

 

 

【ヒデコの答え】 

『コラーゲン』『ヒアルロン酸』『グルコサミン』

 

【壮大のコメント】

お前時々17歳とは思えない解答するけどマジでどうした?

 

 

 

問4:日本史

唐の法律にならい、701年に出された律令を何と言うか。 

解答者:3年生

 

【絢瀬 絵里の答え】 

大宝律令 

 

【壮大のコメント】 

正解です。

 

大宝律令は日本国内で史上初となる律と令が揃って成立した本格的な律令です。

 

701年は大宝元年でもあるので年号で覚えやすい語句ですね。 

 

 

【矢澤 にこの答え】

大宝律令 

 

【壮大のコメント】

正解です。

 

この勢いで他の科目も勉強していって下さい。 

 

 

【東條 希の答え】 

唐法見聞録 

 

【壮大のコメント】

全力でボケに走りましたね……。

 

 

 

問5:数学

白銀比の比率を答えよ 。

解答者:1年生

 

【部長's妹の答え】

1:√2 

 

【小泉 花陽の答え】

1:√2

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

黄金比に比べてマイナーだけど日本人はこっちを好む傾向にあるらしく、実は某猫型ロボットも白銀比を意識しているみたいだ。

 

 

【星空 凛の答え】

・火のついた煙草を5本とも口の中に入れたまま火を消さずにジュースを飲む

・ジェバンニが一晩でやってくれました

・この島を救うには桜を枯らせるしかない

・小足見てから昇龍

 

【壮大のコメント】

バッ……!バカなッッッ!!

 

出来るわけがないッ!

 

 

【西木野 真姫の答え】

1:1.414213562373095048801688724209698078569671875376948……

 

【壮大のコメント】

照合するのめんどくさいんで次の問題行きまーす。

 

 

 

問6:現代文

ことわざ『地震雷火事親父』内にある『親父』とは何の事を指す?

解答者:2年生

 

 

【園田 海未の答え】

台風

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

実はこの『おやじ』は漢字であてると『大山風(おおやじ)』だという説が有力らしい。

 

異説として『地震雷火事台風』じゃ面白みがないから『親父』と置き換えた、という説もあるらしい。

 

どちらにせよ面白いよな、ことわざって。

 

 

【南 ことりの答え】

そーくん

 

【壮大のコメント】

おい。

 

オレはそこまで老け込んだ覚えは無いぞ。

 

そもそもことりにこんな事を吹き込んだのは誰だ!!

 

 

【高坂 穂乃果の答え】

そーちゃん!

 

【壮大のコメント】

穂乃果、後でいいから『2人で』屋上に行こうぜ……。

 

久しぶりに……キレちまったよ……。

 

 

 

問7:現代文

『ロリコン』の『ロリ』は『ロリータ』の略。

では『ショタコン』の『ショタ』とは何の略?

解答者:ヒフミトリオ

 

 

【ヒデコの答え】

正太郎

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

元々はアニメ雑誌から誕生した言葉であり、漫画やアニメの幼い少年が好きな人の呼称として使われたのが始まりとも言われている。

 

 

【フミコの答え】

『鉄人28号』に登場する『金田正太郎』

 

【壮大のコメント】

ヒデコの答えの解説の続きになるが、『正太郎』→『ショウタロウ』→『ショタ』ということになったみたいだ。

 

ちなみに『ショタコン』という言葉を作った本人は『語呂が悪い』『少年を愛する人もロリコンと総称していい』と語っているぞ。

 

 

【ミカの答え】

私はショタコンじゃない!!

 

ショタコンじゃないんだってばぁ!!!

 

【壮大のコメント】

解答欄を通して高らかに主張しなくてもいい!

 

 

 

問8:美術 

色彩の三原色を答えなさい。 

解答者:3年生

 

【絢瀬 絵里の答え】 

『赤』『青』『黄』

 

【壮大のコメント】 

正解……と言いたい所ですけど、実は正しくありません。 

 

青緑(シアン)、赤紫(マゼンタ)、黄(イエロー)が正しい色彩の三原色となります。 

 

ちなみに光の三原色は赤、青、緑。

 

これは青緑、赤紫、黄の配合で作ることが出来たりします。 

 

そもそも色は光の反射で認識するものですから、それぞれが対応する関係にあるのは考えてみると当然ですね。 

 

 

【東條 希の答え】 

『真姫ちゃん』『海未ちゃん』『凛ちゃん』

 

【壮大のコメント】

どんな共通点が……?と思ったらメンバーのイメージカラーですか……。

 

凛ちゃんのイメージカラーがイエローじゃなくてターコイズだとしたら正解ですけど……。

 

 

【矢澤 にこの答え】 

『クール組』

 

【壮大のコメント】

そう書くならせめて『真姫』『海未』『絵里ちゃん』って書いてください。

 

海未の髪の色は青緑ではないのでどっちにみち不正解です。

 

 

問9:体育

サッカーの試合にて1人の選手が1試合て(厳密にはその試合中連続で)3点以上得点する記録の事を何と言うか。

解答者:lily white

 

【園田 海未の答え】

ハットトリック

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

ハットトリックの起源はクリケットから来ていて、1イニング3球で3人のバッターをアウトにすること。

 

これを達成したボウラー(投手)には、帽子が贈られその名誉が讃えられたことに因んでいるんだそうだ。

 

 

【東條 希の答え】

ターキー

 

【壮大のコメント】

もしかして正答を分かっててボケてますか?

 

 

【星空 凛の答え】

半端ないって……!アイツ半端ないって!後ろ向きのボールめっちゃトラップするもん!!あんなんできひんやん普通!!!

 

【壮大のコメント】

あれは凄かったな。

 

オレ握手してもらったぞ。

 

 

 

問10:現代社会

年中無休で長時間の営業を行っており、小規模な店舗において主に食品や日用雑貨など多数の品種を扱う形態の小売店の事を何というか。

解答者:printemps

 

【小泉 花陽の答え】

コンビニエンスストア

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

今でこそ『コンビニ』と呼ばれているが、これらの略称が定着する前の1980年代以前には『コンビ』や『深夜スーパー』なんて呼び方もされていたらしいぞ。

 

 

【高坂 穂乃果の答え】

(L○キください)

 

【壮大のコメント】

解答欄を通して直接脳内に……!?

 

 

【南 ことりの答え】

おい、焼きそばパン買ってこい。あっ、あと牛乳もだぞ

 

【壮大のコメント】

Yes!Your majesty!!

 

すぐに買って参りまーすっ!!

 

 

 

問11:体育

バスケットボールのルールで各クォーターやタイムアップ直前に放たれ、ボールが空中にある間に残り時間が0となってからゴールに入るショットの事を何と言うか。(配点 3点)

解答者:BiBi

 

【西木野 真姫の答え】

ブザービート

 

【壮大のコメント】

惜しい!

 

正解は『ブザービーター』。

 

日本バスケットボールリーグと日本プロバスケットボールリーグ全面協力の元でドラマが製作されたりプロバスケットボールプレーヤーが本人役で出演したことで有名なんだが、実は『ブザービート』とはこのドラマだけの造語なんだ。

 

体育が苦手だとはいえ、この機会に正しく覚えておくように。

 

 

【絢瀬 絵里の答え】

(ここで正解しても他の問題で正解しても)同じ2点だピョン

 

【壮大のコメント】

この問題3点なんですけど?

 

 

【矢澤 にこの答え】

バスケが…したいです……

 

【壮大のコメント】

希望は…最後まで捨てちゃあいかん……。

 

ってなわけで最後まで頑張ってくださーい。

 

 

 

第12問:体育

野球のバッターボックスに入る前やバスケットボールのフリースロー前などでよく見かける決められた一連の動きや動作のことを何というか。

解答者:ヒフミトリオ+部長's妹

 

【ヒデコの答え】

ルーティン

 

【ミカの答え】

ルーティン

 

【壮大のコメント】

正解だ。

 

かの有名なメジャーリーガーはシーズン中は試合前の食べる物やウォーミングアップまで全て同じにするほどの徹底ぶりだ。

 

同じアスリートとして見習うところは多いな。

 

 

【フミコの答え】

・ゴール正面に立ち手で狙いを取る

・数歩後ろに移動

・右手を左手に向けて何回か動かす動作

・両手の人差し指を合わせる

・左手の中指から小指までを折り曲げる

・その上にかぶせる右手の中指と薬指の先はやや宙に浮いている状態にする

・右手の親指を内に曲げて、その上に左手の親指を乗せる

・その状態で『手→ゴールポスト→手→ゴールポスト→手』を見る

・数歩下がって、そのまま時間をかけずにキック

 

【壮大のコメント】

誰がラグビー日本代表のプレースキッカーのルーティンを事細やかに書けと言った。

 

しかも細かすぎて恐怖や狂気すら感じるんだが……。

 

 

【部長's妹の答え】

最後に美味しいところだけいただきました。

 

【壮大のコメント】

アレは日本国内がシビれた瞬間だったな。

 

大会期間中不調だったとしても黙って結果を出すのが超一流と言われる由縁なのかもな。

 

 

 

 

 

 

「理事長。やっと終わりました……」

 

作業を始めたのはお昼前なのに、気が付けばすでに外は暗くなり始めていた。

 

「お疲れさま。今回はどうだったのかしら?」

 

「みんな正答は多かったんですけどそれ以上に珍解答がブッ飛び過ぎてました」

 

みんなで打ち合わせでもしたのか?ってくらいブッ飛んだ珍解答を出していたので、中盤辺りから珍解答を見るのが楽しみになっていったくらいだ。

 

「そう……。みんなも前回よりは勉強して挑んでたみたいだしまた次回もこのような機会があったら呼んでもいいかしら?」

 

「えぇ、もちろんです」

 

何はともあれ無事に2度目の採点作業は幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

「あと理事長。これことりに……」

 

「……焼きそばパンと、牛乳?」

 

「都内のパン屋の中でも最高級の焼きそばパンなので味わって食べるように、と伝えといてくれるとより一層助かります」

 

「……そんなことしなかったらもっと早く終わったんじゃないかしら」

 

 




本編の最新話は最速でもGW明けになります。

ではでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。

これからについて活動報告もよろしくです。


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『お気に入り450記念』 ようこそ、音ノ木荘へ

予定を変更してお気に入り450記念ストーリーです。

では、どうぞ。


ここは都内某所にある学生寮。

 

女子9名、男子(管理人兼学生)1名が入居している少し変わった学生寮……その名も『音ノ木荘』。

 

そんな音ノ木荘の1日の始まりは早い。

 

 

 

 

【AM5:00】

 

「おはようございます。壮大」

 

オレは軽く欠伸をしながら練習用のランニングシューズを胴着に着替えた海未が向こうから歩いてきた。

 

「おはよう海未。今日も朝稽古か?」

 

「はい。弓道の大会が近いので少しでも弓を握っていたいので」

 

「そっか。いつ稽古が終わってもいいようにシャワーは浴びれるようにしてあるから」

 

ありがとうございます、と軽く一礼をしてから寮内に備え付けられた弓道場に向かっていった海未を見送っていると今度は紫紺の長い髪をを左右に分けてシュシュで結びつけているのんちゃんが歩いてきた。

 

「壮くんおはよ~」

 

「おはようございます。今日もお散歩ですか?」

 

「うん。今朝は神田明神まで行こうかなって」

 

『朝方の空気はスピリチュアルなパワーに満ち溢れてるから』という理由で朝の散歩が大好きなんだとか。

 

「それじゃ朝ご飯の時間までには戻ってくるから~」

 

手を軽く振って朝のお散歩へと行ってしまった。

 

……あれで入居人の胸をわしわししたがるクセがなければなぁ。

 

っと、オレもそろそろ走り始めないと。

 

ミュージックプレーヤーの電源を入れてからイヤホンを耳に挿し、のんちゃんが歩いていった方向とは逆の道を走り始めた。

 

 

 

 

【AM6:30】

 

シャワーを浴び終えてから昨日の夜から仕込んでいた朝メシを暖め直そうと厨房に行ったら、制服の上からエプロンを着て大きな鍋に入っていたスープの味見をしているにこちゃんとみんなの分の弁当を詰めていることりがいた。

 

「おかえり。このスープに少し手を加えちゃったけどいいわよね?」

 

「にこちゃんがいいっていうなら文句は無いですよ」

 

ここ音ノ木荘で出しているメシはにこちゃんとオレとことりで管理してるけど、ことりやにこちゃんの方が料理が上手いので基本的には2人に任せている。

 

「そーく~ん。お弁当のご飯の量はいつもと同じでいい?」

 

「ん。お願い」

 

「は~い」

 

ことりはオレの弁当箱と杓文字を持って炊飯器のところへトテトテと歩いていき、ご飯を詰め始める。

 

「そろそろ6時45分か……。希と海未も戻ってくるだろうし起きてるメンバーだけでも先に朝ご飯食べちゃいましょ?」

 

「そうですね。じゃあ食器の準備してきます」

 

「ことりも手伝うよ!」

 

 

 

 

【AM6:45】

 

ことりと一緒に食器を準備している間に朝稽古していた海未とお散歩に行ってたのんちゃんが、食堂のテーブルを拭いたり醤油などの調味料を出したりしていると絵里ちゃんと真姫と花陽ちゃんが食堂にやって来て食堂の中が一気に賑やかになった。

 

「それじゃ、いただきまーす」

 

「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」

 

オレの号令でみんなは一斉に朝メシを食べ始め、それぞれ和気藹々とした空気の中が食堂に広がる。

 

「ところで今日は放課後に予定とかあるかしら?」

 

みんな朝メシを食べ終えたところでこの場にいる人を代表として絵里ちゃんがみんなの今日の予定を聞き始めた。

 

「私は今日も弓道部の練習があるので帰りが少し遅くなります」

 

「オレも部活で遅くなります」

 

「私も今日はアルバイトが……」

 

海未とオレは部活が、ことりはメイド喫茶のアルバイトが入っている事を絵里ちゃんに報告する。

 

「分かったわ。他に予定がある人はいるかしら?」

 

「予定ってほとじゃないんですけど今日の夕方辺りに親戚から新米がいくつか届く予定なので誰か受け取ってくれるとありがたいんですけど……」

 

「私がやります!!!」

 

『新米』という単語を聞いて花陽ちゃんが茶碗を片手にビシィッ!!と力強く挙手をして役目を受け持ちたいと願い出てきてくれた。

 

「それじゃ花陽ちゃんよろしく。部屋のカギは開けとくから判子は机の上に乗ってるのを使ってくれ」

 

「分かりました!はぁ~……白いご飯はいいですよねぇ……」

 

白米が大好きな花陽ちゃんは既に送られてくる新米の事で頭が一杯になってトリップしてしまった。

 

「それじゃ食べ終わった事だし……例の2人を起こしに行ってきます」

 

朝メシ後は決まってこの場にいない2人を起こしに行くことが最早朝の音ノ木荘のルーティンと化している。

 

「待って。私も行くわ」

 

「んじゃ、行くか」

 

「壮大と真姫の食器は下げておくわね」

 

「お願いします」

 

席から立ち上がろうとしたところで真姫も例の2人を起こしに行くと言ってくれたので、オレはグラスの中にあるものを入れてから真姫と共にまだ眠っているであろう寝坊助がいる居住スペースへと向かった。

 

 

 

 

【AM7:15】

 

「毎日毎日凛ちゃん起こしに行くけどみんなと一緒に学校に行きたいのか?」

 

「なっ!?ち、違うわよっ!私はただ少しでも早く学校に行って日直の仕事をしたいだけよ!!」

 

今日お前日直じゃないクセに……この間そう言ったら脇腹をつねられた。

 

『みんなと一緒に学校に行きたい』って言えば例の2人もきっと早起きすると思うんだけどなぁ……。

 

なんて考えているうちに例の2人がいる部屋に着き、まずは普通に起こす。

 

「穂乃果~、それ以上寝てると遅刻するぞ~」

 

「凛、起きなさい。また先生に叱られるわよ?」

 

だが、普通に起こしても穂乃果と凛ちゃんは寝返りをしながらも決まってこの言葉が返ってくる。

 

「「……あと5分」」

 

朝起こされた時の定番とも言える『あと5分』。

 

だが、この2人が起きるまでそんな悠長に待ってられるほど朝の時間は長くはない。

 

「もう!毎日毎日起こしてるこっちの身にもなってよ!!」

 

「……真姫、ちょっとこっちに」

 

凛ちゃんを起こそうと躍起になっている真姫をチョイチョイと手招きして一旦部屋の外に出てもらい、食堂から持ってきたグラスの中に入っているあるものを渡す。

 

「これで起こせって言うの?」

 

「あぁ。いつも寝坊しそうになってる2人にとっていいお灸にはなるだろう?」

 

「……そうね」

 

慎重な足取りで穂乃果たちに忍び寄り、起こされてもなお寝続けている2人の背中に向かって手にしていた物をポイッと投げ入れる。

 

「「……冷たっ!?」」

 

いきなり背中に冷たいものを入れられた2人はとんでもない早さで布団を蹴飛ばし、背中に入った物を大急ぎで取り除いた。

 

「もうっ!女の子の背中に氷を入れるなんてひどいよそーちゃん!」

 

「そうにゃそうにゃ!!」

 

起きて早々氷を入れられた事でぎゃーぎゃー文句を言う2人。

 

ほほぅ……?

 

手荒な真似だったとはいえ起こしてもらっといてそんな事を言うのか?

 

「だったら明日から2人だけ魚料理とピーマン料理縛りでもしてやろうか?」

 

「鬼!悪魔!!」

 

「そーちゃんの人でなし!!」

 

「だったら明日からみんなと一緒にメシ食えるように早く起きろ。あと、メシの準備は出来てるから早く食ってくれ」

 

「「……は~い」」

 

まだ文句ありそうな感じだった2人は力無い返事食堂へ向かうため階段を降りていった。

 

 

 

 

 

【AM7:45】

 

「……これでよし、っと」

 

つい2分くらい前にみんなは一緒に音ノ木坂学院へと登校していったのを確認してから音ノ木荘の玄関のカギを閉め、オレの郵便受けの中にカギを入れる。

 

住民の誰が先に帰ってきてもいいようにオレの郵便受けの中にカギを入れておくのが音ノ木荘の決まり事となっているからだ。

 

「さて、オレも学校行かなきゃな……」

 

ヘルメットを被ってから自転車に跨がり、学校に向かってゆっくりとだがペダルを踏んで徐々にスピードを上げていく。

 

ちなみにオレは女子校である音ノ木坂学院ではなく、この辺で最も近くて体育科がある立華高校に通っている。

 

……最も近いと言っても歩いて30分はかかる距離だけど。

 

 

 

 

【PM0:45】

 

午前の授業終了を知らせるチャイムが校内に響き、校舎は一気に騒がしくなる。

 

体育科に在籍している生徒のほとんどは燃費の悪い身体をしていて、寮や自宅から持ってきた弁当だけじゃ足りないので購買のパンやおにぎりなどを求め教室を出ていく。

 

「松宮。学食でメシ食べないか?」

 

教室で食べようかな?と思っていると、1学年上でオレが所属している陸上部の部長がやって来た。

 

特に断る理由も無かったのでご一緒させてもらうことに。

 

 

 

学食について部長は豚の生姜焼き定食を、オレは自販機で牛乳とコロリーメイトを買ってから席につく。

 

そしてことりが詰めてくれた弁当の包みを解く。

 

「今日も弁当か?」

 

「そうですね。大した物は入ってないとは思いますけど……」

 

と、言いつつ何だかんだ期待している自分がいる。

 

期待に胸を踊らせながら弁当箱の蓋を開けると、色とりどりのおかずたちと……海苔で作られたオレの似顔絵があった。

 

「これ作ったやつすげぇな。……お前の似顔絵、似すぎでしょ」

 

……さすがにこれは恥ずかしいぞ、ことり。

 

 

 

 

 

 

【PM5:00】

 

「……ふぅ」

 

部活の休憩時間。

 

スポーツドリンクが入ったボトルとスマホを持ち、タオルを首にかけて風通しのよい木陰に横たわる。

 

そろそろ米が届く頃だけど花陽ちゃんはしっかり受け取ってくれただろうか……。

 

心配しながらスマホのスリーブモードを解除するとメッセージが1件入っていた。

 

中身を確認すると花陽ちゃんからで、『ついさっきお米を受け取りました!でも量が多いので玄関の隅っこに寄せてもらいました。あと印鑑は壮大くんの部屋に戻しておきました』と状況が分かりやすく書かれていた。

 

米の袋は1袋30kgくらいあるので女の子の腕力では持ち上げるのは難しいので、こういった力仕事は基本的にはオレの役目だ。

 

玄関から米を保管する場所まで意外と距離があるのでいい筋トレにはなる。

 

「センパ~イ!そろそろ休憩終わりますよ~!!」

 

「分かった。すぐ行く」

 

休憩時間の終わりが近付いてきていることを後輩が知らせに来たので、花陽ちゃんのメッセージに『分かった。ありがとう』とだけ打って送信して急いで練習再開の準備を始めた。

 

 

 

 

 

【PM7:30】

 

自転車を漕いで音ノ木坂に向かっていると特徴的な髪形をした少女が1人買い物袋を持って歩いていた。

 

「ことり」

 

「そーくん!今日もお疲れさま~」

 

自転車から降りてからことりの学生カバンを預かり、それを背負って並んで歩いていると買い物袋が握られていた。

 

「その買い物袋は?」

 

「これ?にこちゃんに頼まれた焼肉のタレだよ」

 

「焼肉のタレ?」

 

「うん。音ノ木荘では希ちゃんが商店街のガラガラ抽選会で黒毛和牛を当ててきたから『今日は焼肉にしよう!』って話になってるみたい」

 

そういえばのんちゃんは摩訶不思議なパワーがあったんだった。

 

でも、部活でギリギリまで追い込んだ身体に黒毛和牛はありがたい。

 

「そっか。なら早く帰ろうか」

 

「うんっ♪ことり黒毛和牛なんて初めてだから楽しみ!」

 

黒毛和牛が待ってるってだけでオレたちの足取りはすごく軽くなった。

 

 

 

 

 

 

【PM10:05】

 

「ふぃ~……さすが黒毛和牛だな」

 

風呂道具をラックの上に乗せ、バスタオルをハンガーにかけてから物干し竿にかけて自然乾燥を促す。

 

のんちゃんが当ててきた黒毛和牛と親戚から届いた新米のコンビがみんなの腹を満たし、満足気にそれぞれの部屋に帰っていった。

 

オレはオレでその後みんなが使った食器やホットプレートを洗ったり、食堂のテーブルを拭いたり米の袋を運んだりしているうちにもう午後10時を回っていた。

 

でも、オレの1日はこれで終わらない。

 

「さて、と……」

 

バッグの中から英語と数学と物理の教科書と日本史の問題集とノートを取り出し、机の上に乗せる。

 

学校から物理と数学の宿題が出され、英語は予習と復習だ。

 

それらが明日オレが当てられるのでこうして机に向かおうとしているわけ……なのたが。

 

__凛ちゃん!これが最後の一撃だよ!

 

__にゃにゃにゃにゃにゃあ!……やった!穂乃果ちゃん撃ち取ったりィィィ!!

 

……まーたやってるよ。

 

穂乃果と凛ちゃんが朝起きるのが遅い理由が大乱闘して相手が操作するキャラをスマッシュするゲームをやってるからではあり、毎回毎回玉杓子を持って突貫するのだが今日ばかりは違った。

 

__穂乃果……?凛……?

 

__ゲェーッ!?海未ちゃ……うわぁぁぁぁあっ!?

 

__よくも穂乃果ちゃんを……にゃぁぁぁぁあっ!?

 

「…………」

 

さーて、気を取り直して勉強の続きでもすっか。

 

 

 

 

 

【AM1:00】

 

「……こんなもんか」

 

シャーペンを置き、机の上に広げていた日本史の問題集を閉じる。

 

……そろそろ寝るか。

 

そう決めたオレはベッドの上に横たわり、布団を被って目を閉じる。

 

 

 

こうして騒がしくも楽しい音ノ木荘の1日は終わりを告げたのであった。

 

 

 

 

 

【翌日 AM5:00】

 

「おはようございます。壮大」

 

「おはよう海未。今日も朝稽古か?」

 

 

 

 

 

 

学生寮の管理人も楽じゃ……ない?

 

 




こんな学生寮があったら……入寮してみたいですか?

私はことりちゃんか凛ちゃんと同部屋がいいですwww




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西木野 真姫編 CYCLE

まきちゃん(1ヶ月半という盛大にオーバーしてしまいましたが、真姫ちゃん特別編です)

まきちゃん(楽曲はCHERRY BLOSSOMさんの『CYCLE』です!)

まきちゃん(それでは、どうぞ!)



~Side 西木野 真姫~

 

「はぁ……」

 

これで何度目かなんて思い出すだけでも億劫なくらいの数え切れないくらい多くの溜め息を吐き、音楽室のグランドピアノの鍵盤の蓋を閉めてから天井を見上げた。

 

第2回ラブライブ!を終え、にこちゃんを始めとした3年生がここ音ノ木坂学院を卒業して早くも1ヶ月半が過ぎた。

 

ラブライブ優勝で少しくすぐったかった学校内の空気も落ち着きを取り戻し、私はというと新学期に入ってからは真面目に勉強に取り組んでいるつもりではいるがどうも集中出来ずにいた。

 

……今日はもう家に帰ろう。

 

グランドピアノに備え付けられたイスから立ち上がりバッグを持って音楽室のカギを閉め、職員室に音楽室の鍵を返して学校を後にした。

 

 

Side out

 

 

 

 

~Side 星空 凛~

 

「かよち~ん!お待たせしたにゃ!」

 

「凛ちゃん。今日もお疲れさま」

 

2年生に上がったタイミングで陸上部に入部した凛はいつものようにかよちんと一緒にあれこれ話しながら家に帰ってるにゃ。

 

でも、話す内容はいつも決まっていて……。

 

「真姫ちゃん今日も元気無かったにゃ……」

 

「心配だよね……。この前どうしたの?って聞いても『何でもない』の一点張りだったし」

 

「かよちんが聞いてその返答なら凛が聞いても同じだよね……」

 

今となってはかよちんと同じくらい大切な友達である真姫ちゃんの事で凛たちの中では持ちきりにゃ。

 

最初はただ単に体調がよくないだけかと思ってたけど体育の授業もきちんと受けている。

 

でも、凛たちと一緒にいても心ここにあらずって感じだにゃ。

 

凛たちじゃどうしようもできないってのが……ちょっと悔しい。

 

「……そーくんに相談してみない?」

 

「壮大くん?」

 

「うん……。悔しいけど凛たちじゃ真姫ちゃんの力になれないから」

 

「でも……」

 

かよちんが言いたいことは凛にも分かる。

 

高校3年生で陸上も最後の年だし就職か進学かはまだ分からないけど、今年はそーくんの人生にとって大きな分岐点に立っている。

 

そんな大事な時期に真姫ちゃんの事を頼んでも受け入れてくれるかどうか……。

 

「やっぱり壮大くんに悪いよ。壮大くんも今忙しいだろうし……」

 

「ん?オレがなんだって?」

 

Side out

 

 

 

 

 

「ぴゃあっ!?」

 

「にゃっ!?」

 

学校帰りにたまたま凛ちゃんと花陽ちゃんの後ろ姿を見掛け、声を掛けようとする前にオレの名前が出てきたので何の事を話しているのか聞こうと後ろから声を掛けてみたら物凄く驚かれた。

 

「壮大くん!?いつからここに!?」

 

「『でも……やっぱり壮大くんに悪いよ』あたりから?」

 

「もう!凛たちの会話を盗み聞きするなんてそーくんも趣味悪いにゃ~!!」

 

胸の辺りをポカポカ叩いてくる凛ちゃんにごめんごめん、と謝りながらも改めて凛ちゃんたちに向かって今一度聞いてみた。

 

「でもさ……さっきまでしてたその会話もう少し詳しく聞かせてもらってもいいかな?」

 

 

 

 

 

 

「……なるほどねぇ」

 

場所を移して神田駅の高架下にあったカフェにてさっきまで凛ちゃんが繰り広げていた会話の内容を聞いた。

 

「真姫ちゃんに元気がないと私たちも心配だし……」

 

「そーくんが忙しいってことは分かるけど……どうか凛たちのお願い事聞いてくれないかにゃ?」

 

「いいぞ」

 

「「即答!?」」

 

そんなに驚くことか?

 

2人同時にこちらに向かって身を寄り出してきたのでビックリした拍子にカフェで注文した飲み物を落としそうになったが、何とかキャッチして話を続ける。

 

「凛ちゃんと花陽ちゃんが藁にもすがる思いでオレに頼んできたんだろ?」

 

他の誰よりも優しい癖にその優しさを表現するのが苦手な幼馴染が苦しんでいるのをアイツにとって初めて出来たであろう親友たちが心を痛めてるんだ。

 

そんな心を痛めてる親友が頼んでいるのにそれに答えないなんてそんなの男として人として答えないわけにはいかない。

 

「だから後は……オレに任せろ」

 

 

 

 

その夜、オレは久々に真姫のスマホに電話をかけていた。

 

無機質な呼び出し音が3回4回、と繰り返しても一向に出る気配がない。

 

また時間を空けて電話し直そうと思いスマホを耳元から離した瞬間、通話が繋がった。

 

「もしもし、真姫か?」

 

『……何?』

 

一声しか聞いていないけどその声には力が無く、『元気か?』って聞く前から元気がないことは容易に想像がつく。

 

『用がないなら切るわよ?』

 

「今度の土曜日オレに付き合え」

 

『何で壮大の用事に付き合わなきゃいけないのよ?』

 

「そう言うな。いいところに連れてってやるから運動しやすい格好でオレん家の前に来い。んじゃ、また土曜の朝にな~」

 

『ちょっと待って!まだ私行くって決めてな……』

 

真姫がまだ話している途中だけど通話モードを終了させる。

 

他の人ならこんな一方的な約束をされたら十中八九来ないけど、真姫なら何だかんだ文句を言いながら来てくれるはずだ。

 

土曜日に向けてもう1人電話しないとな。

 

きっと協力してくれるであろう人物に電話を掛ける。

 

……何て言って貸して貰おうか。

 

 

 

 

 

 

~Side 西木野 真姫~

 

土曜日の朝……それもまだ太陽が昇っておらず少し薄暗い時間帯。

 

私は久々にμ'sの練習の時に着ていた運動しやすい服装で壮大の家の前に来ていた。

 

「まったく……、いつだって急に言うんだから」

 

いきなり電話かけてきたと思ったらオレに付き合え、なんて言ってたけど何で壮大の用事に付き合わなきゃならないのよ……。

 

つまらない用事だったら許さないんだから!

 

表札のすぐ下に付けられていたインターホンのボタンを押して壮大を呼び出す。

 

家の中から駆け足でこちらにやって来てガチャッとドアが開いた。

 

「よっ、おはよ」

 

「おはよ、じゃないわよ。こんな朝早くから呼び出さないでよ」

 

ごめんごめん、と全然心が籠ってない謝罪を聞きながらまた家の中へと戻っていく。

 

「真姫、ホイ」

 

「きゃっ……!?」

 

家の中からこちらへ何かを持って戻ってきた壮大は私に向かって手に持っていた何かを放り投げたのでビックリしながらも両手で何とかキャッチし、放り投げて来たものを確認する。

 

「……ヘルメット?」

 

渡されたのは自転車に乗る時に被るいくつもの穴が空いたヘルメットで、庭の片隅からはいつも壮大が乗っているような細いタイヤの自転車が用意されていた。

 

「もしかして自転車乗れなかった?」

 

「バカにしてるの?自転車くらい乗れるわよ!」

 

「それならよかった。じゃあ早速だけどそろそろ行くぞ」

 

いつの間にかヘルメットとサングラスを装着し、サドルに腰掛けている壮大を見て急いで私もヘルメットを被りながら聞く。

 

「何処に行くって言うのよ?」

 

「この間も言っただろ?……いいところだって」

 

 

 

 

 

 

 

自転車に乗り始めてだいたい1時間。

 

私と壮大は都心から少し離れた景色が一望できる丘の上までやって来た。

 

朝早い時間帯だったから車通りが少なく、思っていたよりも早くついたのが幸いして太陽はまだ見えていない。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

普段自転車に乗っていない上にμ'sが解散してからまともな運動をしていなかった私は震える脚を奮い立たせ息を切らしつつも壮大の後を追ってここまでやって来た。

 

「だいぶ体力落ちたな」

 

「そんなことない……って言いたいけど……、壮大の言う通りね」

 

μ'sとして活動していた頃は雨の日以外はほぼ毎日かなりの量を練習していたとはいえ体力っていうのは案外早く落ちるものね。

 

それは自分でも薄々分かっていたので最初は否定しようとしたけど、最終的には体力が落ちていることを認めた。

 

ある程度息も整ってきたところで壮大の真意を知りたくて質問を投げ掛けてみた。

 

「……聞かないの?」

 

「お前が最近元気が無いってことを教えてくれた人がいたんだ」

 

「……そう」

 

きっと凛と花陽がμ'sの時のよしみで教えたのね……。

 

「最近胸の奥がポッカリと白くて中身が何もない穴があるような気がするの……」

 

お互いに沈黙を貫いていたけどその沈黙に耐えきれなくなった私は壮大に自分の心をそっくりそのまま伝えた。

 

最初は針で指して空いたような小さい物で、その穴は時間が経つにつれて少しずつ大きくなっていった。

 

穴が大きくなるにつれて『μ'sのみんなとバカやって笑ったりしていたあの頃に戻りたい』という心の迷いが生まれ始めた。

 

心の隙間を埋めようとペンを握っても苦手な体育の授業で身体を動かしてみてもいっこうに埋まることはなく、逆に穴は大きくなるばかり。

 

やがて私はどうすることも出来なくなり、放課後になると音ノ木坂学院に入学したての時みたいに決まって1人きりで音楽室のグランドピアノに向かい続けている。

 

「私はいったいどうすればいいのかしら……」

 

「さぁ?」

 

返ってきたのは無責任とも取れる何の感情も無い返事だけだった。

 

 

Side out

 

 

 

 

「さぁ?って……私の話ちゃんと聞いてたの?」

 

「もちろん聞いてたさ」

 

ムッとした表情で非難した

 

真姫の話を余す事無く全て聞いた上での感想がそれだ。

 

ほぼ自分で答えを言っているような物だから。

 

「どうすればいいか、なんて今さっき自分で言ったようなモンだろう」

 

「どうすればいいか分からないからこんなに悩んでるんじゃない!!」

 

今にも泣き出してしまいそうな顔で悲痛の叫びを上げる。

 

仕方ない……ホントは自分で気付いて貰いたかったんだけど。

 

「真姫、1曲だけ歌わないか?」

 

「……歌?」

 

「そっ、歌」

 

言葉で伝わらないなら歌で伝える。

 

そうやってμ'sは日本一にまで上り詰めてきた。

 

「そうだな……『僕たちはひとつの光』でいいか?」

 

こくこく、と無言で頷いてるのを見てからポケットに忍ばせていたミュージックプレーヤーに手を伸ばす。

 

「歌の詞を感じながら歌えよ?」

 

イヤホンを外して少し大きめのボリュームで『僕たちはひとつの光』のイントロを再生する。

 

『~♪』

 

『僕たちはひとつの光』はメンバーそれぞれの名前を捩った歌詞が言葉遊びのようにところどころ散りばめられたμ'sにとって最後とも言える至極の1曲。

 

その曲の中に真姫がどうすればいいかの答えが埋まっている。

 

「…………」

 

詞を噛み締めながら歌い切り、歌い始める前よりも少しだけ晴れやかな表情をしながらこちらを見た。

 

……ようやく気付いたようだな。

 

人生はゲームやカセットテープとは違ってセーブや巻き戻しなんて出来やしないが、いつ如何なる時でもその思い出に浸ることは出来る。

 

μ'sというグループは解散したとは言え絵里ちゃんたち卒業生とは生き別れた訳じゃないし、昔と違って電話1本メッセージ1通でいつでも特定の人物と繋がることが出来る。

 

人生の中でもかなり短い高校生活というかけがえのない青春(イマ)を駆け巡るなら……昔の思い出を(しがらみ)として囚われてる時間がもったいない。

 

「……分かったか?」

 

「えぇ。壮大に気付かされるのが少し癪だけどっ」

 

今日会ってから初めて見せた笑顔と共に衣着せぬ発言が戻ってきた。

 

……ついさっきまで泣きそうなツラしてたくせによ。

 

と、話し込んだり歌ってりしている内にいつの間にか顔を覗かせ始めた朝陽がオレたちを力強く照らす。

 

「ねぇ、壮大」

 

「ん?」

 

「ありがとう」

 

真姫は素直じゃない。

 

「……別に。お礼を言われる事なんかしてねぇよ」

 

そう思っていたけど、どうやらオレも真姫と同じ部類の人間だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

~Side 西木野 真姫~

 

「~♪」

 

「やっぱり真姫ちゃんの歌は上手だにゃ~!」

 

「そうだね。それに懐かしいね、その歌」

 

「真姫ちゃん真姫ちゃん!今度は凛たちが歌うから真姫ちゃんピアノ弾いてよ!!」

 

「はいはい……」

 

凛と花陽と私だけしかいない放課後の音楽室。

 

私がピアノを弾き、凛と花陽が時間を空けて歌い出した。

 

もう迷わない。

 

もう囚われない。

 

(しがらみ)も悲しみも全部……蹴飛ばしてやるんだから!!

 

 

 

 

 




う~ん、やっぱり小説は難しい。

執筆活動に力が入らなくて苦しんでます。

まだまだ勉強が足りないですね……。


あっ、そうだ。(唐突)
この度5/26を持ちまして活動1周年を迎えました。

まだまだ至らないところが沢山ありますが、これからもどうか私K-Matsuをよろしくお願いします!


2016/5/30 23:26 ラスト1文変更しました。


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『UA15万感謝御礼企画』 帰り道の駄菓子屋さん

たまにはノスタルジックに。

では、どうぞ。


「ほな、また明日な~」

 

「明日の練習遅れるんじゃないわよーっ」

 

「かよちーん!一緒に帰るにゃーっ!」

 

「凛ちゃん待ってよぉ……」

 

今日の練習を終え、みんなそれぞれの家に帰っていく。

 

帰る方向が同じ方向……というよりお向かいさん同士なので小・中の9年間とスクールアイドルを始めてから音ノ木坂学院に顔を出した時は必ずと言ってもいいくらい一緒に帰る穂乃果は家業の手伝いをしなければいけないらしく急いで帰ってしまった。

 

……たまには1人で帰るのも悪くないかもな。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、そうだ」

 

久々に1人で帰ってる途中であることを思い出し、家がある方向よりも少し西側に歩みを進めていく。

 

通りを抜けて道路を何本か跨ぐと細い路地に入った。

 

「ここってこんなに狭かったか……?」

 

道は記憶よりもずっと狭くて2人並んで歩けるかどうかくらい狭かった。

 

記憶を辿って細い路地を歩くと植木の枝に頭をぶつかる。

 

こんなとこ穂乃果に見られたらきっと笑われるだろうな……。

 

細い路地を抜けてからまた2人並んで話しながら進んでいくと小学校が見えてきた。

 

「小学生の時から春になったら先生たちが『今年こそダメかな……』って言ってたっけ」

 

学校の敷地外からでも見える桜の大木を見ながら当時を懐かしむ。

 

他にも当時の給食で好きだった献立や海未が小学4年生になるまで移動教室になる度にホームシック……?みたいになって半泣きになっていた事を思い出しながら小学校の前を通り、しばらく歩みを進めていくと今日の寄り道の目的地についた。

 

学校の帰り道で必ずと言ってもいいくらい寄っていた駄菓子屋さんだ。

 

「…………」

 

無言で駄菓子屋さんに入ってしまった。

 

わざわざ大きな声をかける必要はないけど、足が遠のいたことがなんとなく後ろめたい感じがあった。

 

恥ずかしい話をすると共通の友達や親に話すときにここのお店の事を『帰り道の駄菓子屋さん』って言っていたし実際それで通じてたからここのお店の正式名称は知らない。

 

それでも最後に来たときと雰囲気は全然変わっていなくて、今だけ小学生の時に戻ったような気分だ。

 

強いて変わったとすれば取り扱ってる商品が少し少なくなっていて照明が豆電球から蛍光灯に変わっているくらいだ。

 

「……懐かしいな、ここ」

 

思わず呟く。

 

お菓子やスーパーボールや小さな編み物が出来るおもちゃ。

 

外にはここで買ったお菓子をすぐに食べられるように設置したベンチにゴミ箱。

 

鉛筆や消しゴム、ノートに下敷きといった文房具。

 

ホントに変わっていない。

 

手抜きなんかじゃなく、この形がここの駄菓子屋さんの完成形なんだと思う。

 

ここのお菓子を買っては穂乃果と一緒に食べ比べしてるうちに全部食べてしまってその日の夜ご飯が食べ切れなくて親に怒られた時もあれば、数少ない小銭を握り締めて穂乃果やことりたちとどれを買おうか真剣に悩んで遊ぶ時間が無くなった時もあったっけ……。

 

そんな時代もあったなぁ……。

 

小学校を卒業してからはこの和菓子屋さんに寄ることも無くなり、今日こうして思い出すまで記憶の片隅のホント隅っこに行ってしまっていた。

 

あの頃のようにはいかないかもしれないけどここは1つあの時やろうとも思いもしなかった大人買いというのをしてみようか……?

 

そう思ったオレは改めて店内を歩き回ってみる。

 

おもちゃはもうそんな歳をしていないので無いし、文房具は間に合っている。

 

と、なれば必然的に買うものは決まってくるけどやっぱり悩んでしまって結局あの時と変わってねぇじゃんって1人で笑いそうになっているとあるものを見つけた。

 

「……ラムネ発見」

 

当時は炭酸が強すぎてあまり飲もうとも思わなかった1本70円のラムネ。

 

穂乃果やことりがラムネを飲んでいるところを見て『炭酸飲んで口とか喉とか痛くないの?』って真剣に聞いた事を覚えてる。

 

クーラーが聞いた冷蔵庫からラムネを2本取り出していると扇風機が回りだした音が聞こえてきた。

 

「いらっしゃい」

 

「……どうも」

 

冷蔵庫が開く音を聞き付けたのかおばあちゃんがお店の奥から出てきた。

 

お店は自宅の一部を利用しているので、ガラス戸を開けるとそこでおじいちゃんが缶ビールを煽りながら野球中継をしている事が何回かあった。

 

おじいちゃんは物知りでよく話を聞かせてもらってその次の日学校であたかも自分で仕入れた知識として友達にドヤ顔で話してた記憶もある。

 

けど、どっちにしろ久しぶりすぎてなにを話せばいいのかよく分からん……。

 

悪いことをしてるわけじゃないのになんとなく気まずくなりオレは無言でラムネのビンをおばあちゃんに手渡す。

 

何も言わないけどオレのこと覚えてないのかな? と……自分からは言い出せないのに勝手なことを思ってしまう。

 

「合わせて140円です」

 

「はい」

 

生憎財布の中に10円玉が無かったので100円玉2枚を取り出しておばあちゃんの手の上に乗せる。

 

「はい、60円のお釣り」

 

「ありがとうございます」

 

今の短いやりとりの中にも懐かしい思い出は一杯だ。

 

お金が足りなくて泣き出してしまったことりを優しく宥めたりはしゃぎすぎてお店のものを壊してしまったオレを叱ったり、 天気がよくて暑い日には麦茶を出してくれたり……。

 

お店と同じくらいおばあちゃんには思い出がある。

 

だけど中途半端に大人になってしまったオレと穂乃果はそういう話をすることがすごく難しくてお釣りを貰ってすぐ財布の中に入れてお店を出てしまった。

 

……久し振りにビンのラムネ、飲んでみるか。

 

ささくれの少ない場所を選んでベンチに座ってラムネを飲む。

 

飲んでいる途中でふと気付いたがお店にはオレたち以外のお客さんは来ていない。

 

半分趣味でやってるようなものなんだろうけど『これでやっていけてるのだろうか?』と心配になってくる。

 

「やった!1番乗りぃー!」

 

「何が1番乗りだよ!お前横断歩道でも自転車乗ってたじゃねーか!」

「そうだそうだ!」

 

ラムネを飲み終えると小さめの自転車に乗った小学生くらいの男の子が3人やって来た。

 

自転車のカゴには少し痛んだサッカーボールやバスケットボールが入っていて、着ている服は砂塵を浴びたのかところどころ汚れている。

 

その少年たちを眺めていたらその視線に気付いたらしく、少年3人を代表して1番大きい少年が話しかけてきた。

 

「お兄ちゃん……誰?」

 

「オレか?……オレもあの小学校に通ってたんだ」

 

「ふーん……」

 

分かりやすいと言うべきか素直すぎると言うべきか興味がないことをこれっぽっちも隠さずに生返事されてしまった。

 

「それでここもよく来ててちょっと懐かしくなったもんだから寄ってみたっていうか……」

 

「へぇ……」

 

何とか話を広げようとしても少年は生返事1つだけしか返ってこないので物凄く気まずい。

 

「そうだ。こういうの知ってるか?」

 

あまりにも気まず過ぎるのでついとっさにここのおじいちゃんが話していたことや小学校時代に培ってきた知識を披露した。

 

今は禁止されているけどカードが入ったパックからレアカードを見つけ出す方法やドリンクバーでの美味しい組み合わせや意外な組み合わせなどなど脳をフル回転させて少年たちに伝授していく。

 

「そうなの!?俺初めて知った!!」

 

「すっげー!今度それやってみるよ!」

 

「おい!お兄ちゃんが言ったこと他のやつには言うなよ!」

 

すると少年たちは驚いたりしてとてもいい反応を見せた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

「ん?どうした?」

 

一番小柄な少年が自転車のカゴに入っていたバスケットボールを持ってきてオレに手渡してきた。

 

「指先でボール回すことって出来る?」

 

受け取ってすぐにボールに強烈な横回転を加え、右人差し指に乗せる。

 

「「「おぉーっ!!」」」

 

あまりに素直な反応が返ってきたので様々な技をやってみた。

 

「すげぇ!マンガみてぇ!!」

 

「それどうやんの!?教えて教えて!」

 

「練習すれば出来るようになるさ」

 

「次これでヒールリフトやってみて!!」

 

「へいへい……」

 

 

 

 

駄菓子屋さんの前だと言うのに少年たちと遊んでいたら辺りはうっすらと暗くなり始めていた。

 

「もうこんな時間か……兄ちゃんそろそろ帰るわ」

 

「「「えーっ!?」」」

 

別れを惜しまれるのは素直に嬉しかったけど、少年たちにとってもオレにとってもそろそろ帰らないといけない時間帯に差し掛かっていた。

 

「はいはい。あんたらお兄ちゃんにお礼を言ったのかい?」

 

おばあちゃんがいつの間にか外に出ていた。

 

ずいぶん小さくなっちゃったな……と感じるのは背が伸びたのかおばあちゃんの腰が曲がってしまったのかはたまたその両方なのかは分からない。

 

「「「お兄ちゃん。いろいろ教えてくれてありがとう」」」

 

給食の挨拶みたいに声をそろえてお辞儀してから乗ってきた自転車に跨がり、話しながらペダルを漕いで行ってしまった。

 

「ありがとうね」

 

「えっ?あっ、いや……」

 

今しがた少年たちに教えた知識も基本おじいちゃんの受け売りでしかなかったので、こんなに感謝されては照れくさくてしょうがない。

 

何て反応していいか分からず愛想笑いを浮かべてるとおばあちゃんはさっき買ったラムネのビンを今度は4つ冷蔵庫から出して手渡しながら言った。

 

___今度はほのかちゃんたちも連れておいで、そうたくん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日後。

 

また駄菓子屋さんに行きたくなったので駄菓子屋さんへと向かっていた。

 

だが、今回駄菓子屋さんに行くのはオレだけじゃない。

 

「『帰り道の駄菓子屋さん』かぁ……。懐かしいね~」

 

「そうですね。あそこのおばあさまは元気なのでしょうか……?」

 

「でも『帰り道の駄菓子屋さん』って聞くと何だかほっこりするよね!」

 

「その気持ち、分かります」

 

「あそこのおばあちゃんもおじいちゃんも優しいもんね~」

 

帰り際におばあちゃんが言っていた通り穂乃果たちを連れて。

 

前回来たときは無言で入っておばあちゃんが来るまで無言だったけど今回は入ってからおばあちゃんに向かって声を掛ける。

 

「おばあちゃん。穂乃果たちも連れてきたよ」

 

「「「こんにちは!」」」

 

「あらあら、3人ともキレイになったわねぇ……」

 

店の奥から出てきたおばあちゃんは3人を見て笑顔で感慨深呟き、やがておばあちゃんとの話に花を咲かせ始めた。

 

昔ながらの建物から新しくて大きなビルが次々と建てられていく中、ここの駄菓子屋さんはいつの時代になっても変わらずに大人になっていく子どもたちを温かく迎えてくれる事を切に願うばかりだ。

 

 




どうでしょう?

1人暮らしの方は実家に帰りたくなり、実家暮らしの方は小さい頃よく行ってた場所に行きたくなったのではないでしょうか?

話は変わりますがエクストラエピソードの準備も目下進行中であります。

それまでは特別編で我慢してください……



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松宮 壮大編 dear…

特別編において彼抜きでは語れないでしょう。

と言うわけで今回はこの物語の主役である壮大編です。




もしこれが恋愛映画や小説に出てくる主人公とヒロインのような純愛なストーリーだったらこんな切ない想いをしなくても済んでたのかな…。

 

私は今日も鳴らないスマホを見つめ1つ溜息をついた。

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

「穂乃果。壮大とはもう仲直りしましたか?」

 

「そーちゃんあれから会ってくれるどころか電話にもメッセージにも反応してくれなくて…」

 

海未ちゃんの問い掛けに黙って首を振る。

 

高校2年の終わり頃から正式に交際をスタートさせてから4年の月日が流れた。

 

物心がつく前からずっと一緒にいた彼と生まれて初めてのケンカ。

 

今までケンカらしいケンカをしたことが無くて赤点取りそうになって家に押し掛けて勉強を教えて貰った時も食器やグラスを落として割ってしまった時も叱りはするものの最後は必ずと言ってもいいほど笑って許してくれた。

 

こうなってしまった原因は自分が痛いほど分かっているだけに。

 

 

 

 

『壮大は社会人であると同時に大きな大会を目指すアスリートの一方で私たちはまだ学生です。お互い今までの時のようにはいかないのは当然です。あの優しい壮大でも穂乃果の一言はよほど堪えたのでしょう…』

 

「はぁ……」

 

学校からの帰り道。

 

これで何度目か数えるのも億劫になってきた溜め息をつく。

 

海未ちゃんが言ってた事は正しくて

 

気分転換にウィンドウショッピングをしても高校の時からたまに食べてるクレープを食べても脳裏や記憶にはケンカしたあの日の事がこびり付いて離れてくれない。

 

『え……?急にチーム練習が入った!?その日は前からデートするって約束だったじゃん!!!』

 

『久々のデートって聞いてたから楽しみにしてたのに……!!』

 

『そーちゃんのバカ!走ることが恋人のそーちゃんなんてもう知らないっ!!!』

 

『そーちゃんなんて……大っ嫌い!!』

 

今となってはだけどあまり会ってくれないイライラやフラストレーションがつもりに積もってつい感情的になったとはいえ言ってはいけない事を言ってしまった。

 

それで返ってきた言葉は……。

 

『お前それ本気で言ってんのか?もし本気で言ってんなら今すぐここから出ていけ』

 

悲しみの感情が混じった拒絶の言葉だった。

 

その時はすぐ彼の元から立ち去ったが、時間が経つにつれて謝りたくても謝れない罪悪感で押し潰される感覚に嵌まっていった。

 

「今日どこに行こっか?」

 

「水族館に行きたい!!」

 

「また?そんなにペンギンにハマったのか?」

 

「違うよ?そこの水族館でイカ踊りとタコの躍り食いととナマコの掴み取りやってるの!私ナマコ掴んでみたいの!」

 

「…なんでナマコの掴み取り?」

 

特に興味があるわけでも無い少し高そうなドレスのショーケースを見ていたら1組のカップルが後ろを通り過ぎていった。

 

楽しそうな会話を聞いて、もしあの時ケンカなんてしなかったら…なんてIFの想像をしてしまい涙が出て来そうになった。

 

「そーちゃん……お願いだから返事してよ」

 

チクチク痛む胸の痛みを抑えながら彼の名を呼び、私の心とは正反対の夕焼け空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「監督。ちょっと風に当たってきます」

 

「またか……」

 

チームの監督に少し休憩したいことをお願いすると手を額に当て、呆れるような表情に変わる。

 

「最近口酸っぱく言ってるが体調悪いんなら無理に練習なんかしなくてもいいんだぞ?」

 

「大丈夫です。別に体調も悪くないしどこか痛めてるって訳でもないんで」

 

首からぶら下げるようにタオルをかけ、中の氷が溶けて結露したマイボトルを片手にトレーニングルームから近くの緑地を目指して逃げるように外へ出る。

 

「今より気分がよかったらいい風……なんだろうな」

 

外に出ると渇いた風が吹いていて、トレーニングで火照った身体と滲み出る汗を拭い去るように通り過ぎて行くが今のオレにとってそんなことは些細な事でしかなかった。

 

穂乃果とケンカし、すれ違いの生活を送るようになってから早くも10日が過ぎた。

 

売り言葉に買い言葉……って訳じゃ無いけど何であんな事を言ってしまったのか考えても答えは見つからない。

 

これまで穂乃果とはここまで長引いたケンカをしたことはなく、このままじゃいけないってのは分かり切ってるし毎日毎日送られてくるメッセージや留守番電話に反応してない訳ではない。

 

メッセージを返そうとしたり電話を掛けてみようと思った事は何度もあるが、その直前で変なプライドが邪魔をする。

 

「いつからこんなに女々しくなっちまったんだろ……」

 

「こんなとこで何してんだお前?」

 

「……部長?」

 

緑地に生えてる芝生の上に寝転がり、答えなんてない呟きを漏らしたら立華高校の時から何かと縁がある部長に聞かれていた。

 

「もしかしてサボりか?」

 

「休憩がてらこの風に当たってたんです」

 

「それをサボりって言うんだよ」

 

小さく笑いながらオレの隣に腰掛けてから隣、座るぞと言ってきた。

 

「今日何やった?」

 

きっとトレーニングメニューの事を聞いているのだろう。

 

特に隠す理由も無いので今こうして休憩するまでのメニューを全部話した。

 

すると部長は一瞬だけ驚いた表情を見せた。

 

「無理しすぎて感覚がマヒしてんのかもな……」

 

「え?何か言いましたか?」

 

「いや…何でもない。ところでお前明日オフだろ?」

 

「……はい。オフって言ってもやること無いですけど」

 

「それなら尚更好都合だ。7時に駅前集合な。……たまにはいいだろ?」

 

そう言い残して部長は立ち上がり、オレの元から歩み去った。

 

そろそろオレも戻らないとな……。

 

重たい腰を上げ、我ながら鈍い足取りを辿りながらボトルの腹を強く押して水を口に含む。

 

水を飲み込んでからまだ監督がいるであろうトレーニングルームへと戻った。

 

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

「……ただいま」

 

大学の近くに借りているアパートの自室の玄関で誰もいないことなんて百も承知だけど、ついつい言ってしまう。

 

最近の私の生活は目覚ましを適当に昨日の残り物を温めて食べる。

 

学校に行ってバイトに行って帰ってきて寝る。

 

そのサイクルが私の生活になっていた。

 

学校では今までと変わらない振る舞いが出来ているんじゃないかな?と思う。

 

思うだけでそう見られてるかどうかまでは分からないけど…。

 

海未ちゃんも海未ちゃんでお家でのお稽古や大学での弓道部の練習などがあるので、頻繁には会っていない。

 

でも私の中でそーちゃんの存在はかなり大きいものだったらしく、ノートとにらめっこしてもバイトに精を出してもやっぱりそーちゃんの事が頭から離れない。

 

最後に見たそーちゃんの姿はスポーツドキュメンタリー番組の次回予告の僅かな時間だけ。

 

寂しさを紛らわすためにバイトの時間を少し増やしてもらったり、他の大学に通ってる絵里ちゃんや希ちゃんに長電話してみたりしても寂しさは消えることはなかった。

 

「ダメだ…。気分が乗らないや」

 

今日は授業でレポート課題を課せられ、そのレポートを消化させようと思いノートパソコンを立ち上げてキーボードを叩いていくがどうにも集中できそうにない。

 

仕方ないから今日はもう寝てしまおうかな……。

 

そんなことを考えていたら唐突にインターホンが鳴った。

 

時計を見ればもう夜の11時を回っていた。

 

こんな時間に誰だろう…?と疑問を抱きながら応答する。

 

「はい。どちら様ですか?」

 

『あれ?ここで合ってるよな……?あぁいえ、すみません。高坂 穂乃果さんのご自宅で合ってますか?』

 

声で男の人だってのは分かるけどインターホンに近付き過ぎているためどんな人が来たのか分からない。

 

「えぇ、そうですけど……?」

 

『申し訳ないのですが少し下まで降りてきてもらえませんか?松宮 壮大くんを送ってここまで来たんですが……』

 

なんでそーちゃんが?と聞きそうになったけど、今はそーちゃんと一緒にいる人の話を聞いた方が早いと思い込み、すぐ行くことを相手に伝えてからエントランスへ向かう。

 

するとそこにはそーちゃんよりも大人びた雰囲気を放つスーツを着た男性が顔を真っ赤にして寝ているそーちゃんを背負っていた。

 

ずっと背負わせてる訳にも行かないので部屋に案内し、普段使ってるベッドの上にそーちゃんを寝かせ付けた。

 

「すみません、こちらです」

 

「ありがとうございます。えっと……」

 

「俺は○○と言ってコイツとは高校からの縁なんです。あとコイツからはその名残からか部長って呼ばれてます」

 

スーツの内ポケットからケースを取り出し、名詞を手渡されたので受け取る。

 

「どうしてこちらに?そーちゃんは確か別のマンションに暮らしてるはずじゃ……」

 

「コイツを飲みに誘ったんです。そしたらコイツ酔い潰れちゃって……。家に帰るぞって言ったら『嫌です』って言って聞かなかったから『じゃあ何処に行きたいんだ?』って聞いたらここを教えて貰ったのでやって来たって訳です」

 

「そうだったんですか……。それにしてもそーちゃん酔い潰れるとこ初めて見た……」

 

「えぇ。俺も珍しいモン見せて貰いました」

 

そーちゃんは滅多なことが無い限りお酒は飲まないし、飲んだとしてもここまで酔い潰れるまで飲むことは無かったのでにわかに信じられなかった。

 

どうやらそれは部長さんも同じみたいで楽しそうにケラケラ笑ってた。

 

だけどその直後、部長さんは妙に真剣な顔になる。

 

「実はコイツ相当無理してたみたいなんです」

 

「えっ?」

 

「オフシーズンでもないのに自分の事を追い込んでたんです。それで少し酒の力を借りて聞いてみたんです。そうしたら『一番応援していて欲しい人に寂しい思いをさせてしまった。オレがしっかりしなかったせいで嫌われた』ってずっと自分を責め始めて……」

 

「…………」

 

「それでお前はどうしたいんだ?って聞いたんです。そしたら『しっかり謝りたい。もう1度穂乃果に笑っていて欲しい』って言ったんです」

 

「…………」

 

「コイツは何ともない顔をしながら無理や無茶をする平気で奴なんです。って、それは高坂さんが1番分かってますよね……」

 

そうだ。

 

そーちゃんはいつもそうだった。

 

μ’s結成当初まだ敵対していた絵里ちゃんに啖呵切った事もあれば第2回ラブライブ最終予選直前に私を庇って生死の狭間を彷徨った事もあった。

 

「高坂さん。俺から言えるのは1つだけです」

 

___しっかり話し合ってください。

 

「幸いにもコイツ明日と明後日仕事も練習もオフらしいので……」

 

「……そうします。ありがとうございました」

 

「こちらこそ話を聞いてくださってありがとうございます」

 

そう言い残してそーちゃんの先輩は帰っていった。

 

 

 

 

 

次の日の朝。

 

そーちゃんは頭が痛むのかしかめっ面をしながら寝室から出てきた。

 

「おはよ、そーちゃん」

 

「……ん」

 

「何か飲む?」

 

「……水」

 

「氷は?」

 

「……いらない」

 

コップに水を注いでテーブルに置く。

 

ついでに私も最近ようやく飲めるようになったコーヒーのおかわりを飲む。

 

「…………」

 

「…………」

 

少し前までは普通に会話出来てたのに今は全く出来ない。

 

分かり切ってた事だけど私たちの間の溝は予想していたよりも深くなってしまったらしい。

 

その事に寂しさを感じてしまう。

 

「……そーちゃん」

 

「ん?」

 

「この前は……ごめんなさい」

 

「……なんでお前が謝るんだよ」

 

そーちゃんは悪くない。

 

悪いのは全部私だ…。

 

そーちゃんを苦しめていたのも……私だ。

 

「そーちゃんの先輩が教えてくれたの……。私そーちゃんがここまで苦しんでたなんて知らなかった……!それなのに私……!わたし……!!」

 

自分の身勝手さに不甲斐なさを感じ、涙が止めどなく溢れ出てくる。

 

するとそーちゃんはイスから立ち上がって優しく抱き締めてきた。

 

 

 

 

 

 

今まで何度もこうやって抱き締めてきた。

 

けど今腕の中にいる穂乃果は今までよりも華奢で力の込め具合を間違えば瞬く間に壊れてしまいそうだった。

 

「ごめんなさい…そーちゃんごめんなさい……」

 

「オレも悪かったよ。心のどこかできっと分かってくれるって思ってたんだと思う。でもそれが穂乃果を寂しがらせる結果になってしまったんだと思う。だからオレの方こそ……寂しい思いをさせてしまってごめんな?」

 

「うぅっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!」

 

胸に顔を埋める穂乃果は大声を張り上げて泣き出し、泣き止むまでずっとあやすようにただただ頭を優しく撫で続けた。

 

ただもう一度笑って欲しくて……。

 

 

 

 

「……ぐすん」

 

それから何分経っただろうか……。

 

泣き止んだ穂乃果はゆっくりと離れた。

 

「……寂しかったんだからね?」

 

「返す言葉がございません……」

 

ケンカの原因もこうやって仲直りが長引いた原因はオレにあるのでこの扱いを素直に受け入れるしかない。

 

「今日と明日そーちゃん休みなんだよね?」

 

「そうだけど…?」

 

「仲直りの印として……どこか遊びに行こっ♪」

 

泣いた影響からか目の周りは少し赤いけどいつもの明るい笑顔でニカッ、と笑った。

 

やっぱりこいつに涙なんて似合わない。

 

「笑顔に勝る化粧なし……ってか」

 

「え?そーちゃん今何か言った?」

 

「何でもねぇよ。そんで?何処に行きたいんだ?」

 

「水族館!今その水族館でイカ踊りとタコの躍り食いとナマコの掴み取りやってるんだって!!」

 

「……なんでナマコの掴み取り?」

 

「いいから早く行こうよ!」

 

「その前に着替えさせてくれよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

A smile is the best make-up any girl can wear.

 

Don't ever need teardrops.

 

So……

 

 




インスパイア曲は……予想してみてください。

あっ、そうだ。(唐突)

話は変わりますが壮大の詳しいプロフィール書いてませんでしたね……。

どのタイミングで紹介したらいいのやら……迷ってます。


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『お気に入り500記念』 Friend From Infancy

まともに執筆する時間時間が取れず申し訳ないです。

今回は時間軸でいうとμ's夏合宿直後辺りのお話です。

では、どうぞ。


「ねぇそーちゃん」

 

オレの部屋のベッドを勝手に借りてうつ伏せになって足をパタパタさせながらマンガを読んでいた穂乃果はマンガを一旦閉じてベッドの近くのフローリングにウレタンマットを敷いて太ももの前の部分の筋肉を伸ばすオレの方向を向いた。

 

「どうした?」

 

「明日この近くで縁日があるらしいんだけど2人で一緒に行こうよ」

 

「別にいいけど……」

 

「ふふっ、ありがと」

 

いつもなら『わ~い!そーちゃんとお出掛け~!』ってくらい跳ねるように喜ぶけど今回は小さく笑って喜んだ。

 

「それじゃまた明日ね」

 

「あぁ……」

 

いつもと少し違う穂乃果に引っ掛かりを覚える。

 

しかも何で2人だけなんだろう……?

 

別にことりや海未も誘えばよかったのに……。

 

その答えは見つからずその日ずっと首を捻り続けた。

 

 

 

 

 

お昼頃に連絡があって午後6時に神田明神で落ち合うこととなった。

 

別に家が向かい同士なんだからわざわざ神田明神に待ち合わせしなくてもいい気がするけど穂乃果がそうしたいんなら従うしかない。

 

かといって家にいてうっかり寝てしまって寝坊なんかしたら元も子もない。

 

ってことでオレは一足先に出店の屋台が並ぶ道に来ていた。。

 

縁日と言えば型抜き。

 

夕方前から黙々と作業をし続け、今しがた出来上がった物の上に乗っている粉をフッと一息吹いて屋台のおっちゃんに手渡す。

 

「ほい、おっちゃん」

 

「また兄ちゃんか。……持ってけ泥棒」

 

「どうも」

 

苦虫を噛み潰したような表情をしたおっちゃんに手渡し、出来上がった物の完成度をくまなく見てから配当金が入った封筒と交換してもらう。

 

封筒の中身を開けて中に入っているお金の金額を数える。

 

うん、ピッタリだ。

 

どうやらこの型抜きの出店は一応正当に得た配当金を渡すくらいのお金はあるみたいだ。

 

もう一度やってもう少し搾り取ってやろうかと思ったが、思ったよりも長い時間格闘していたのもあって集合時間の15分前になっていた。

 

「そんじゃオレはこの辺で」

 

「もう来るんじゃねぇぞ……」

 

現地調達で財布の中身がかなり潤ったところで待ち合わせ場所となっている神田明神へと向かう。

 

「お待たせ」

 

しばらく待っていると穂乃果の声が聞こえてきたので振り返る。

 

「………」

 

「どうしたの?」

 

私服で来るものだと思い込んでいたのにまさかの浴衣で来たもんだからビックリしてしまったと同時にいつもの黄色のリボンを外し、頭の上でお団子で纏めているので思わぬギャップが……。

 

って、あれ?

 

「穂乃果1人か?」

 

「そうだよ?」

 

「海未とことり誘ってないのか?」

 

「………」

 

海未とことりの名前を出すと少しだけ表情が曇ったが、すぐにパッと明るくなりオレの手首を掴んだと思ったら抱き着くように身体の中心へと持っていかれた。

 

「そろそろ行こっ!穂乃果お腹空いちゃった!」

 

「おぉう……」

 

 

 

 

「そーちゃん型抜きやらないの?」

 

ブラブラ歩いているとついさっきまでやってた型抜きの出店を通り、素通りした事に疑問を感じた穂乃果が聞いてきた。

 

「ついさっきまで荒稼ぎしてたし『もう来るな』って言われたんだ」

 

「そーちゃん型抜き上手だからねぇ……。いつだったかそーちゃんの家と穂乃果の家でお祭りに来たとき1日中型抜きの屋台に籠ってそこのお金を全て貰ってそーちゃんのお母さんに怒られた事もあったよね?」

 

「あぁ~そんな事もあったな」

 

その時の親父は腹抱えて笑い、高坂家みんなは苦笑いしていた記憶がある。

 

「そんなわけで今日だけはいくらでも奢ってやってもいいぞ」

 

「いいの!?じゃあかき氷と焼きそばとお好み焼きとリンゴ飴と牛串焼き買って!2つずつ!!」

 

「いくらなんでも最初から飛ばしすぎじゃねぇ!?」

 

 

 

 

現地調達したお金でかき氷やたこ焼きやラムネといった定番中の定番の物を食べたり飲んだり、射的やヨーヨー釣りなどで遊んだりもした。

 

そうこうしているうちに通行人が多くなり、人波を掻き分けて歩くのにも苦労しそうなくらいになっていた。

 

「次はどこに行く?」

 

「そうだね……きゃっ!?」

 

「穂乃果っ!」

 

人波に入ろうとしたところ小さな悲鳴が聞こえてきたのでとっさに穂乃果の手を掴み、腕の中に抱き寄せる。

 

「あっ……」

 

「とりあえず固まってやり過ごすぞ」

 

「……うん」

 

しばらくの間オレの腕の中で守っていると人波は収まり余裕が出来てきたので穂乃果を解放して歩き出そうとしたその時、着ている上着の裾を掴まれた。

 

「そーちゃん……」

 

「どうした?」

 

「このまま手繋いだままでいい?」

 

「別にいいけど……どうして?」

 

どうしてこのままがいいのか理由を聞くと上目遣いで答えてくれた。

 

「またさっきみたいな人波が来たらはぐれちゃいそうだし……ダメ、かな?」

 

「……いいぞ」

 

上目遣いでお願いされてしまったら断れる訳がなく、穂乃果の小さくて暖かい手を繋いだまま歩き出した。

 

 

 

 

 

 

その後もいろんな屋台を回ったりしてるとアナウンスで花火が始まる時間をスピーカーを通してお知らせしていた。

 

「そろそろ花火が打ち上がる時間だとよ」

 

「そうなの?じゃあその近くまで行ってみようよ」

 

相変わらず手を繋いだまま花火が打ち上がるであろう河原の畔まで歩みを進めていくが、人が多すぎてなかなか前に進めない。

 

それでもどうにか前に進もうとするが、通り過ぎていく人の身体と穂乃果の肩がぶつかってしまった。

 

「きゃっ!?」

 

「穂乃果!?」

 

穂乃果の短い悲鳴と倒れるような音がしたので後ろを振り返ると、穂乃果が足を抑えながら地面に座り込んでいた。

 

「いったたた……」

 

「大丈夫か!?」

 

「足が……」

 

足の違和感を訴えてきたので足首に触れないように浴衣の裾を捲ってみると痛々しく腫れ上がっていた。

 

どうやらぶつかった拍子に足首を挫いてしまったようだ。

 

「立てるか?」

 

「うん……いたっ!?」

 

立とうとするが痛みで顔を歪め、目尻には涙が浮かんでいた。

 

仕方ない……。

 

意を決したオレは穂乃果に背を向けてしゃがみ込む。

 

穂乃果も察したのか何も言わずにオレの背中に身体を預け、腕を首回りに回したのを確認してからおんぶして立ちあがる。

 

「そーちゃん大丈夫?重くない?」

 

「全然。しっかり掴まってろよ?」

 

「……うん」

 

腫れ上がった足首に響かないように少しゆっくりめに歩き出す。

 

幸いにもここから神田明神までの道のりはそれほど遠くはないので、境内で応急処置を施すことにした。

 

境内の石段に座らせてから近くの屋台の人と交渉して氷を貰い、タオルを腫れ上がった足首の上に乗せて氷が入ったビニール袋を当てる。

 

冷やしてる合間を縫って近くのドラッグストアまで走っていってテーピング用のテープと包帯とハサミを買ってきて、戻ってくるとある程度腫れが引いたら残りの腫れを逃がすようなテーピングを施す。

 

ここでようやく背負ってから今までほとんど喋らなかった穂乃果の重たい口が開いた。

 

「そーちゃんごめん……」

 

「何の事だ?」

 

「私が足を挫いちゃったせいで……」

 

自分を卑下する穂乃果の額を黙ってコツン、と突く。

 

「あうっ……」

 

「穂乃果は何も悪くない。それでも気が収まらないならぶつかってきた奴か穂乃果の事を考えないで人波に突っ込んでいったオレのせいにしとけ」

 

実際にその2つが原因で穂乃果は足を挫いてしまったんだしな。

 

「でも……」

 

穂乃果が何かを言いかけたその時、大きな花火が夜空を照らし始めたのでスマホで時間を確認してみると花火が打ち上げ始める時間になっていた。

 

「すごいな……」

 

「……キレイだね」

 

「そうだな。『花・火』とはよく言ったものだよな。一瞬で鮮やかに夜空を照らして儚く消える……。それをキレイだと思えることが花火のいいところだ」

 

鎮魂の意味もある日本の花火の事について自論を話していると穂乃果が急にクスクスと笑い始めた。

 

「なんか今のそーちゃん詩人みたい」

 

「そうか?」

 

「そうだよ。穂乃果なんてそんなこと考えて花火なんて見たこと無かったもん」

 

「まだまだオコサマってことだな」

 

「あーっ!そーちゃんひど~いっ!!」

 

穂乃果がわざとらしく頬をぷくっと膨らませるがすぐに吹き出し、それにつられてオレも笑って花火が打ち上がらなくなるまで2人でずっと花火を見ていた。

 

 

 

~Side 高坂 穂乃果~

 

「それにしてもさ。どういう風の吹き回しなんだ?穂乃果」

 

「なにが?」

 

帰り道。

 

足を挫いちゃった私を背負って歩くそーちゃんが問い掛けて来た。

 

「どうしてみんなを……ことりと海未も呼ばなかったんだ?」

 

あはは……やっぱり気付くよね。

 

「どうしてだと思う?」

 

でも、簡単には教えない。

 

頭の回転が速いそーちゃんならきっと答えに辿り着けそうな気がしたから。

 

「うーん……オレになにか奢って欲しかったとか?」

 

「違うよ?それも少しあるけど……」

 

「え~?じゃあなんだろうな」

 

そーちゃんは本気で考え始めるけど、うんうん唸るばかりで答えは一向に出てこなかった。

 

「降参?」

 

「あぁ降参だ。いくら考えてもサッパリ分からん」

 

そーちゃんの口から降参の声を聞いて少しだけ優越感に浸りながらも答えを教える。

 

「教えてあげるね」

 

「おう」

 

「寂しかったの」

 

「……寂しい?」

 

寂しかったと言いながらそーちゃんの筋肉質な身体に回している腕の力を少しだけ強める。

 

「何で寂しいんだ?最近はいつも一緒じゃだろ?むしろ前までより仲がいいとオレの中で勝手に思ってるけど……」

 

それについてはそーちゃんと同じ。

 

小さい頃から……ううん、私たちが物心つく前からずーっと一緒で住んでる家も向かい同士。

 

もはや家族同然に育ったと言っても過言じゃないと思う。

 

そーちゃんは相変わらず陸上で忙しいけど今年になってからはスクールアイドルを通じてそーちゃんとより一層関わりが出来た。

 

「そーちゃんを取られることが寂しいの」

 

それでも……寂しかった。

 

「オレを取られる?誰に?」

 

「みんなに、だよ」

 

「みんなって……ことりも海未も入ってるのか?」

 

「うん」

 

今まではそーちゃんの事を誰よりも知ってた自信があった。

 

言ってみればそーちゃんは私のものだった。

 

今ではμ'sみんなのそーちゃんだ。

 

「でも、今日だけ特別」

 

「今日は穂乃果だけのオレだったってことか?」

 

「うん。今日だけは昔からそーちゃんの事を知ってる私と私のことを知ってるそーちゃんだけの時間」

 

「……そっか。楽しかったか?」

 

「うんっ!」

 

私の返事を聞いたそーちゃんは頬を緩ませてからもう一度私を落とさないように背負い直してから2人仲良く家に帰った。

 

またお祭り行こうね……2人っきりで。

 

 




夏ももう終わりに近いですね……。



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『お気に入り550記念』 少し爛れた年末旅行

年内最後の投稿です。

いろんなところのギリギリ(?)を攻めました。

では、どーぞ。


早いものでこの1年も残すところ僅かとなった。

 

近所のスーパーで少し早いお年玉セールのくじ引きで当たった賞で穂乃果と2人温泉旅行に出掛けることになった。

 

ホントは穂乃果のご両親にあげようとしたんだけど、これはオレが当てたんだから穂乃果や雪穂どちらでもいいから連れて行ってきなさいと言われたのでこうして2人でやって来たわけだ。

 

「わぁっ……」

 

「ふーっ……、やっと着いたな」

 

お互いの家から新幹線で3時間半、そこからローカルバスでさらに1時間揺られて着いた先は山間部に構える温泉街だ。

 

「そーちゃん見て見て!雪がいーっぱい積もってるよ!!」

 

「そんなにはしゃいで転んでも知らないぞ」

 

「大丈夫だよ……わわわっ!?」

 

「……言わんこっちゃない」

 

注意しても雪面の上で走るのをやめなかった結果、足を滑らせて華麗に尻餅を突いた。

 

手を差し伸べてると手を掴んで立ち上がり、尻餅を突いた部分に着いた雪をパッパッと払ってからまだ痛むのか尻を擦った。

 

「うぅ……。お尻が痛いし冷たいよぉ」

 

「自業自得だ。ほら、さっさと宿に入るぞ」

 

「は~い……」

 

 

 

 

 

 

「お部屋も広いね!」

 

「2人だけで使うにはちょっと広すぎる感はあるけどな」

 

女将さんに案内されて通された部屋に入り、2人分の荷物を置いて部屋を物色していく。

 

「そーちゃんそーちゃん!」

 

「んー?」

 

「ベランダに露天風呂があるよ!!」

 

「ここの旅館のウリみたいだからな」

 

ここの旅館に来る前に公式ページで少し調べてみたが、ここの旅館は各部屋のベランダに露天風呂が付いている。

 

今日と明日中は雲1つ無い快晴になるとの予報なので、露天風呂に浸かるにはうってつけのロケーションだ。

 

「どうする?もうお風呂入っちゃう?」

 

「ん~……」

 

穂乃果からの提案は悪くないが、この時間から温泉に浸かるのはちょっと早い気がする。

 

それにこの辺は温泉街なのでいろんな甘味処が多いってガイドには書いてあったよな……。

 

「この辺を歩き回るってのはどうだ?」

 

「……うんっ!」

 

オレからの提案に穂乃果は目をキラキラさせながら頷き、さっき脱いでハンガーに掛けてたコートに身を通し始めた。

 

 

 

 

「年末でも結構人いるんだな」

 

「ねっ。みんな私たちみたいにくじ引きの賞品で来たのかな?」

 

女将さんに部屋の鍵を預け、外に出て温泉街の通りにやって来ると大学生みたいな風貌のカップルから老夫婦まで様々な年齢層の人たちが数多くいた。

 

このまま突っ立ってても仕方ないのでとりあえず2人でどんな店を構えているのか歩いて回ることにしてみた。

 

「こう歩きながらいろんな店見てると食べ歩きしたくなってくるな」

 

「その気持ち分かるよ、そーちゃん。そこに美味しそうなのあるけど一緒に食べよ?」

 

穂乃果が指差した先には冬季限定のロールケーキが売っているお店があった。

 

値段も……そこまで高いものじゃないな。

 

近くのベンチに穂乃果を座らせてからそのお店に出向く。

 

「すみません」

 

「はい、いらっしゃい」

 

「この冬季限定のロールケーキと……あと、これとこれもください」

 

店員さんが今注文した品を用意してくれてる間に看板を見てみる。

 

冬季限定のロールケーキはバナナを使ったロールケーキらしく、相当人気なのか強調するように『売り切れ御免』の文字が書かれていた。

 

「はーい、お待たせ」

 

「ありがとうございます」

 

ロールケーキが入った袋を受け取り、近くのベンチに座ってロールケーキを取り出して1つ穂乃果に手渡してから自分の分のロールケーキの包装のビニールを剥がす。

 

「………」

 

食べる前に穂乃果の様子を横目で見ると、包装のビニールこそ剥がしたものの一向に食べる気配がなく視線をオレと手に持ってる別の味のロールケーキを往復している。

 

……食いしん坊め。

 

「ほい」

 

大体半分くらいのところから2つに分けて、少しばかり大きい方を差し出す。

 

「いいの!?そーちゃんありがと!!」

 

もし犬の尻尾があったら千切れそうなくらいブンブン振っているんだろうなってくらい喜んでバナナ味とオレが持ってた別のロールケーキを食べ始めた。

 

「いただきまーすっ!……う~んっ!美味し~いっ!!」

 

なんつーか……この食べっぷり見るだけでハラ一杯になるし、この笑顔見るだけで細かい事とかどうでもよくなっていく気がする。

 

「……隙アリっ!!」

 

「あぁっ!?ちょっ、おまっ!オレの分まで食うな!!」

 

「えへへ~。ボーッとしてるそーちゃんが悪いんだよ~だ!」

 

……やっぱり気のせいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「はふ~……」

 

水面に満月を映し出す露天風呂に浸かると自然と吐息が溢れる。

 

夕方まで温泉街を散策し、戻ってきてすぐに豪勢な夜メシが振る舞われた。

 

普段口にすることが出来ないような品物ばかり出てきたが、温泉街を散策した際に穂乃果がいろんな物を食べ過ぎてしまって夜メシを半分くらい残してしまった。

 

せっかく振る舞ってくれたのに残すのはさすがに可哀想なので、残り半分もオレが何とか胃の中に詰め込んだ。

 

その結果、今の今まで動けなかったくらい食べ過ぎてしまった。

 

そんでその穂乃果はと言うと部屋の露天風呂ではなく、大浴場の方へ行ってしまったのでこうして部屋の露天風呂を1人で満喫しているというわけだ。

 

それにしてもこの露天風呂……天然温泉と謳うだけのことはあり、じんわりとしたお湯の暖かさが身体の芯まで染み込んでくる感覚を感じる。

 

ふわふわとした心地良い感覚に身を委ね、天を見上げると澄んだ空気のお陰で月も星もハッキリと見えると同時に静かな静寂が世界を包み込むような錯覚を覚える。

 

そんな錯覚を味わっていると、露天風呂の入口のドアが開く音が聞こえてきた。

 

別に振り向かなくてもここに来る人間なんて穂乃果しかいない。

 

「やっぱりここにいた」

 

「悪いな。先に満喫してたわ」

 

身体を大きめのバスタオルで巻き、髪もタオルで纏めているだけのほぼ無防備な姿でやって来た。

 

「いつまでも突っ立ってると身体冷えるだろ?……隣、開けてあるから」

 

「うん……」

 

浴槽に浸かる前に1度掛け湯をし、身体に巻いたタオルが緩まない様にしっかり手で押さえながらオレの左隣に腰を降ろす。

 

暖かいお湯に波紋が生まれ、水面に映る月を揺らしながら心地良いじんわりとした温かさに思わず声が溢れた。

 

「ふぅ~……」

 

「はぁ~……」

 

あやかった訳ではないけど、つられるように声が零れてしまった。

 

けど、それだけこの温泉が心地いいんだからこれくらいのリアクションは許してくれよな。

 

満点の星空を眺めていると、唐突に穂乃果の頭をオレの左肩に乗せてきた。

 

ごくごく自然な感じに頭を乗せてきた穂乃果の纏めている髪を伝って水滴が流れ落ち、水面にまた波紋が生まれた。

 

「どうした?」

 

「別に?ただなんとなく……なんとなくこうしたかっただけ」

 

肩に頭を乗せられても不愉快さは感じない。

 

触れ合った肌を通して感じられるお互いの鼓動がオレと穂乃果しかいない空間だからこそ、ほんの僅かな身じろぎすら手に取る様に分かる。

 

でも、そんな2人だけの時間はとても心地良く感じられた。

 

「……星、すごくキレイだね」

 

「空気が澄んでるからな。それに都会じゃないから特有の明るさもないし」

 

「まるで天然のプラネタリウムみたい。……ねぇ、そーちゃん」

 

「うん?」

 

「……もうちょっとくっついてもいい?」

 

「いいよ。お前がイヤじゃなければ」

 

「じゃあちょっと一段上に腰掛けて?」

 

「こう……か!?」

 

言い終わる前に穂乃果はオレの元にさらにすり寄って来たかと思ったら左脚を乗り越え、まるでイスにするような形でもたれ掛かってきた。

 

「ちょっ!?おまっ!!?」

 

「そーちゃんはこういうの……イヤ?」

 

「イヤじゃ……ない」

 

オレより背が低い穂乃果は頬を赤くし、自然と見上げるように聞いてきた。

 

……正直その聞き方はズルいと思う。

 

「……なんか背中が少しスースーするんだよね」

 

「寒いなら湯が流れてるところに行くか?……って、いででででっ!?」

 

内腿を思いっきりつねられた。

 

「痛ぇわ!何でつねったんだよっ!?」

 

「もうっ!もっと適度に暖かいものがあるでしょ!?穂乃果の後ろに!!」

 

適度に暖かいものが……穂乃果の後ろに?

 

「えっと……これで……いいのか?」

 

「うん……。それでいいよ……」

 

穂乃果の胸元辺りに腕を回してあすなろ抱きのように抱き締め、腕を回された穂乃果は耳まで真っ赤になっていた。

 

多分それはオレも同じかも。

 

「そーちゃん……今、ドキドキしてる?」

 

「んなこと聞くなよ……」

 

幼馴染とは言えど年頃の女の子と裸に近い格好で密着してるし、想像以上に細くて華奢で柔らかくてギュッと力を込めると壊れそうで……。

 

それでいて極めつけはタオルが張り付いて身体のラインがハッキリしてる。

 

こんなシチュエーションでドキドキしないわけがない。

 

弾け飛びそうになる理性を抑えつけるのに精一杯だ。

 

「えへへ……」

 

そんな事は知ってか知らぬか方向転換して対面で抱き着かれ、今度は彼女の腕がオレの首に回された。

 

それに伴ってタオルという薄い布地を通し、ほどよい大きさで柔らかい双丘がオレの胸板の上で形を歪ませる。

 

「………」

 

「?……穂乃」

 

「はむっ」

 

「かぁっ!?」

 

「んっ……」

 

「っ……!」

 

「んむっ……」

 

「ぐうぅっ……!」

 

「ちゅっ……」

 

「ぅあぁっ……!!」

 

少し様子がおかしいのでどうしたのか聞こうとした瞬間、舌でチロリと唇を舐めると目が妖しく光り、耳を甘噛みされた。

 

甘噛みされたと同時に背中にゾクゾクッとした何かが走った。

 

その後は首筋に喉元に胸板にと次から次へと口付けされ、その都度その場所から血を吸うように吸い上げられる。

 

まるでキスマークを刻みつけ、『この人は私の所有物(モノ)だ』と主張するようなキスの雨のようだ。

 

「はーっ……はーっ……」

 

「ぷはっ!……そーちゃんっ」

 

「……?」

 

顎を上げて荒げた息を整えようとする呼ばれたのでそちらを見る。

 

ハラリ、と身体と髪に巻いていたタオルが温泉の水面に落ちた。

 

「穂乃果のカラダにも……マーキング……シて?」

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

気が付いたら部屋は暗く、自身は布団の中にあり日付も変わっていた。

 

視線を少し落とすと身体の至るところに多くのキスマークが刻まれ、横にズラすとオレと同じように数多くのキスマークが刻まれた穂乃果が産まれたままの姿で寝息を立てていた。

 

「………」

 

「んぅ……」

 

彼女が寝ているのをいいことに頭を撫でていると感触に気付いたのか、ゆっくりと瞼を上げてこちらをジッと見据える。

 

「そーちゃんのえっち……外道(げどー)……けだもの……色欲魔……性欲(せーよく)の権化」

 

そして弱々しくだけどめっちゃ罵倒された。

 

「穂乃果がやだ、やめてって言ったのにやめてくれなかった……」

 

「お前がマーキングしろ、だなんて誘惑するから……」

 

「でも優しいそーちゃんも好きだけど荒々しいそーちゃんも好きだよっ」

 

「……っ!」

 

「…あはっ♪」

 

ご機嫌な声を出すと、またすり寄ってきてじゃれつくように甘えてきた。

 

それが原因でいろんなところが活性化してしまい、結局お互いキスマークの数が増えることになったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 




2016年もありがとうございました。

2017年もよろしくお願いします。

余談ですが、このお話の感想次第ではR-18ver.も考えます。

見たい方は活動報告などでご一報御添え下さい。


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