魔法少女リリカルなのは―畏国の力はその意志に― (流川こはく)
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第一話『夢と現』

導入のお話です。


 アイリアス=バニングスは不思議な少年だった。

 

 昔から、他人には見えていないようなものが見えているような兆候があった。

 明日の天気を当てられるものは数多くいるだろう。だが、明日の事故を当てることができるものがどれだけいるだろうか。

 それは、よくある幼い子供が持っている子供特有の感性、そう言い切ってしまうには少々一線を画してしまっていた。

 一見意味のないような子供たちの行動と違い、彼の行動には後になって考えてみると理解できるような部分が多々見られたためである。

 

 

 それはアイリアスが四歳の時の話だった。いつも甘えん坊のアイリアスだが、やたらと母に抱き付くようになった。

 それだけでなく、自分の食事やお菓子を少しずつ母に渡そうとしてくるようになった。

 それまでアイリアスが甘えてくる様子を微笑ましく見守っていた両親だったが、アイリアスがいつも楽しみにしているお菓子を切なそうに半分母に差し出している姿をみて、アイリアスの様子が少しおかしいことに気付く。

 

 ――どうしたの、アイリ。あなたの大好きなケーキだからあなたが全部食べていいのよ。ママは自分の分で十分だから大丈夫よ。

 

 アイリアスの両親は、彼が母に喜んでほしいから自分の分のケーキを差し出しているのだと思った。

 しかし、アイリアスの返答は違った。

 

 ――ママの分じゃない!これはいもうとの分なの!

 

 アイリアスの両親は、始め彼の言っている意味が理解できなかった。

 そして少し考えた後、母親に食事を沢山食べさせればおなかが膨れて子供が生まれるのではないかとでも勘違いしていると思い、アイリに笑いながら語りかける。

 

 ――アイリ、ママにご飯を沢山食べさせても子供が生まれるわけじゃないんだよ。

 

 だがアイリアスはいくら話しても聞く耳を持ってくれなかった。

 それから数週間たってもアイリアスは自分の分の食事を母に与え続けた。

 父はそんなアイリアスの様子に困り果てているばかりだったが、母の反応は時が経つにつれ変わっていった。何かしら思うところができたのか、病院へ行くと言い出す。

 そして病院で診断した結果は――妊娠二ヶ月目というものだった。

 

 そこで初めて両親は自分の息子の特殊性に気が付く。

 時々やたら勘の鋭い子供だな、と感心することがあったが、アイリアスは常人では知ることの出来ないことを知る力を持っていたのである。

 だが両親はそんなアイリアスをあるがまま受け入れ、愛情をもって育てた。

 その結果アイリアスは優しい子へと成長していき、家族や友達を大切にする子供となった。

 

 

 そんなアイリアスに第一の転機が訪れるのは彼が八歳の時となる。

 新しくできたという喫茶店に行った帰り、夕食後の家族との団欒の一時に、父が珍しいものを手に入れたと言って一つの宝石を差し出した。

 それは中心に乙女座の刻印が入った水色の雫のような形をした石だった。

「こんな種類の宝石は見たことがないし、どうやって加工したのかもわからないが、なかなか見事なものだろう」そう言って自慢する父をよそに、他の家族は綺麗だといってその宝石を手で弄び、色んな角度で眺めたりした。

 アイリアスもその宝石に興味を持ち、家族同様その石を弄ってみようと手を触れたときにそれは起きた。

 

 突如宝石が青白い光を放ち始め、それに共鳴してアイリアスの体も光り輝く。

 辺りは神々しい光の奔流に満ち溢れ、周りの気配は突然非日常のそれとなる。

 一同は何が起きたのかわからず唖然とした。

 そして暫く経ったのち、一際大きく目の眩むような光を放ったあとには、そこにあったはずの宝石は無くなっていた。

 状況は全く理解できなかったが、アイリアスの家族は彼に何か起きたのではないかと心配して問いかける。

 

 ――大丈夫か!アイリ!

 ――なんともない?!

 

 大丈夫、なんともないよ。そう返したかったアイリアスだが、体が思うように動かない。

 体が横に傾き始め、そのまま倒れこむ。

 

 ――少し、眠るね……。

 

 最後の力を振り絞ってアイリアスはそう呟いた。

 だが、彼が次に目を覚ますのは半年後のこととなる。

 

 

 

 

 その日、アイリアスの夢見はあまり良くなかった。

 

 

 そこは見たことの無い英国のホテルだった。

 そこの一室、大きな会場では何かの発表でもあったのか多くの人で溢れていた。

 そして舞台の上では、金髪の女の子が壮年の男性に花束と人形を渡してる。

 男性の後ろでは、別の女の子がうれしそうに笑っていて、周りの人々はその様子を見て大きな拍手を送っていた。

 そこまではどこにでもありそうな光景だ。

 だが事態はここから急展開を迎える。

 

 突然男性の持っているぬいぐるみが光り始める。

 それは爆発する直前の兆候。

 それと同時に一人の青年が突如現れて、舞台の二人をぬいぐるみの爆発からかばっていた。

 爆発の後、次々と武器を持った人が襲い掛かってきて大乱闘となる。

 青年は爆発の余波でボロボロになりながらも、他のボディーガードと思われる人たちと共に壮年の男性と子供たちを守りながら戦う。

 激しい戦いの後、最終的に青年たちの勝利で終わった。

 だが、その青年はその後倒れてしまう。体中から血が溢れていた。明らかに致命傷だった。

 一人の女の子が泣きながら青年に駆け寄る。

 

「士郎! 死なないで! 士郎っ!」

「――泣かないでくれ、フィアッセ……。――――」

 

 青年は女の子の頭をやさしくなでた後、どこかを見つめて言葉を続ける。

 

「――どうか……泣かないでくれ……桃子。笑って、幸せに……」

 

 最後にそう言い残し、青年はそのまま息を引き取った。

 

 

 

 

 アイリアス=バニングスは、私立聖祥大付属小学校に通う八歳の小学生である。親しい人にはアイリと呼ばれている。いつも忙しそうにしている両親と、五歳年下の妹のアリサの四人で暮らしている。もっとも、家が実業家でかなり裕福なせいもあり、屋敷付の執事やメイドも共に過ごしている。

 

 そんなアイリは最近よく同じ夢を見る。

 外国――おそらくイギリスのどことも知れぬ場所の、誰とも知れぬ人間が自分の夢に出てくるのは不思議な気持ちだったが、毎回悲惨な結末を見せられてはたまらない。

 幽霊が夢枕に立つとしても、せめて知り合いのとこに立って欲しいし、なんの未練があるのかぐらい伝えて欲しかった。

 

 コンコン、とノックの音が響く。

 

「アイリお坊ちゃま、朝ですよ。起きてください」

「起きてるよ~。入ってきて~」

 

 愛らしい翠眼を眠たげに揺らしながら、アイリは入室を促した。

 入ってきたのはバニングス家に仕えるメイドの一人。朝にだらしのないアイリは、朝は大抵このメイドのされるがままとなっている。

 よろよろと寝ぼけながら服を着替え、腰まで伸ばしている金糸の髪を大きく三つ編みに編み込んでもらう。

 最後に髪留めとして、朱い石が嵌め込まれた大きな箱形のバレッタをつけたら完了である。

 アイリはこの長髪を面倒に思い、切りたがっているが、家族が大反対するために切れずにいた。

 

 部屋を出て、家族と一緒に朝食を食べる。

 

「アイリは今日は早いなぁ、いつもはもっと遅いのに」

「昨日もよく寝てたわねぇ」

「あたしがおこそうと思ってたのにー!」

「今日はちょっと変な夢を見たからかな。いや今日というか最近よく見るんだけど……」

 

 アイリは朝に弱かった。そして、寝ることが好きでもあった。特に寝る子は育ついう言葉を知ってからはよく寝るようになった。

 しかし残念なことにその成果は出ていない。

 母親に似た顔と低い身長のせいで、妹のアリサと一緒にいるとよく姉妹と間違えられていることが彼の最近の悩みである。

 アリサは、幼さとあどけなさを含みつつもアイリとよく似た風貌をしており、髪をショートカットにして両サイドで少しずつ結んでいる点が異なっているが、基本的にはそっくりである。

 そんな二人が並んでいると姉妹にしか見えないというのは、仕方のないことなのかもしれない。

 ただ、自分の部屋のクローゼットに差出人不明の女性服がこっそりまぎれこんでいる点が気になる今日この頃である。

 これは将来のアリサの服を早く買いすぎただけに違いない、そうに違いない。そう自分に言い聞かせて、自分にピッタリと思われる服から目をそらす日々が続いている。

 

「今日はどうするの?」

「ちょっと、知り合いと遊んでくる!」

「あたしもついていくー!」

 

 アリサは可愛いなぁ、と頭をなでるとアリサはくすぐったそうに笑う。

 ちなみに知り合いというのは、神社の巫女のペットの狐である。

 そのことがわかっているからかアリサは自分も行くと主張し、アイリも頷く。

 

「昼は、新しくできたっていう喫茶店に寄ってみるから用意しなくていいよ」

 

 そう言い残して席をたつ。

 それが今日一日の朝の話。

 

 

 

 

 時刻は昼過ぎ、神社の付近の林で一匹の狐と戯れていたアイリたちは、空腹を感じて今の時間に気付く。

 

「あ、もうこんな時間か。アリサ、帰るよー」

「わかったー!」

「くぅん」

「久遠もまたね。あ、これ久遠のご飯ね」

 

 そういってアイリは荷物から油揚げを取り出す。

 くー! といって油揚げにかぶりつく久遠の頭を撫でながら、犬もいいけど狐もいいなぁ。同じイヌ科だけどやっぱり全然違うなぁ、と思いにふける。

 自宅の犬屋敷に久遠も混ざっている光景を思い浮かべ頬が緩む。

 久遠が飼い狐ということはすっかり忘れていた。

 

 久遠と別れてから、駅前に新しくできた喫茶店へと向かう。

 

「お兄ちゃんどこいくのー?」

「んーと、最近新しくできた翠屋ってお店だよ」

「みどりってなーに?」

「色の名前だね。僕たちみたいな瞳の色を言うみたいだよ」

「ふーん」

 

 たわいのない話をして翠屋に向かう。

 店では、アイリより少し年上の少年が対応してくれた。

 

「いらっしゃいませ、何名様ですか」

「子供二人でお願いします」

「了解しました。翠屋へようこそ」

 

 メニューを見てシュークリームが絶品という話を思い出した。

 お昼じゃなくておやつの時間に来ればよかったな、と少し後悔したが、頼んだ食事がおいしかったのでその気持ちも吹き飛んだ。

 アリサと共に食事を終えて一息ついたところに、一人の青年がアイリたちのもとへ近づいてきた。

 

「食後にジュースでもどうだい? 本当はコーヒーを淹れてあげたいところなんだけど、まだ子供だからなぁ」

「わーい、ありがとうー!」

 

 アリサは喜んでジュースに飛びつくが、アイリは硬直した。

 なぜならその青年は、最近アイリの頭を悩ませている夢に出てくる青年にそっくりだったからだ。

 

(幽霊? 夢だけじゃなくて、現実に化けて出てきた?)

 

 アイリの思考がパニックになる。

 

(幽霊……どうすれば……。幽霊に聞くものは……、確か……塩だッ!)

 

 アイリはテーブルの端においてあった塩のビンの蓋を勢いよくとると、そのまま青年に向かって中身を振りまける。

 最近見た陰陽師の映画ではこれで妖怪の動きを封じていたことを思い出す。

 

「おっと、危ない」

 

 だが青年はさっと躱してしまった。その動きは素早すぎて、アイリの目にはまるで透明になって躱したように見えた。

 

(消えた――本物!)

 

「アリサ! 逃げるよ!」

 

 アイリはアリサの腕をつかむと青年から逃げるために店を抜け出そうとする。

 しかし、初めにあった少年がスッと入り口に立ち塞がり、逃げられなかった。

 後ろから青年が迫ってくる。動けないアイリに対して青年が手を振り上げ――

 

 コツン、と持っていたお盆で頭を叩いてきた。

 

「こら、食べ物を粗末にしちゃいけないぞ」

 

 苦笑しながら注意するその様子は、まるで生きている人間のようだった。それに、自分に普通に触ることもできる。

 アイリはそこでようやく、青年をまじまじと観察した。

 

「あれ、触れるの?」

「……? そりゃあ、触れるさ」

「…………僕に、何の用があるの?」

「ん? いや特に用があるわけじゃないんだが……。とりあえず戻ってジュースでも飲みなさい」

 

 人違いかな。そしたら謝ったほうがいいかもしれない、アイリは自分の突飛な行動がだいぶ店や青年に迷惑をかけていたことに気付く。

 

「ごめんなさい。その……知り合いに似てて」

 

 夢枕に立たれている幽霊と似てるなんてことは言えなく言葉を濁す。

 

「いや、人違いなのはいいんだが、俺じゃなくても人に急に塩を振りかけちゃだめだからな」

 

 青年は苦笑して頭を撫でてきたが、幽霊と思ってたなんて言うわけにもいかず、只々謝罪する。

 その撫で方が優しくて、何故か悲しくなって。思わず涙が零れる。

 青年はアイリの頭を撫でながら言葉を続ける。

 

「泣かないでくれ。俺は笑った、幸せそうな顔のほうが好きだな」

 

 その言葉は――――とても聞き覚えのある台詞だった。

 

(やっぱり、この人は――)

 

 アイリには目の前の人物がとても無関係には思えなかった。

 

(この人は夢の青年だ。でも生きている。じゃああの夢は――?)

 

「あの! お兄さんはここの喫茶店だけで働いてますか? 他に危ない仕事とかしてないですか?!」

「お兄さんと呼んでくれるのは嬉しいけど、これでも三児の父でね。マスターと呼んでくれると嬉しいかな。それに、危ない仕事ってなんだい?」

「それは……。よくわかんないんですけど、ボディーガード、みたいな護衛関係の仕事でしょうか」

「いや…………、俺は喫茶店のマスター一筋だよ。どうしてだい?」

「それは……、自分でもよくわからないです。でも、もしこれからそんな仕事にかかわりそうなことがあったら絶対断ってください!」

「ははっ、なんだかいきなりな話だな。あー、理由を聞いてもいいかい?」

「それは……」

「それは?」

 

 思い悩む。自分は今突拍子もない事を言おうとしている。

 これまでも多少変な行動をしていたが、これから先は本当に変人扱いされるかもしれない。

 それでも、それでもアイリは目の前の青年に言葉を伝えたった。 

 

「それは……、あなたが殺されるからです。外国の……イギリスの地での護衛の仕事で、あなたは死にます」

 

 辺りに静寂が満ちる。 

 こっそりと二人の話を聞いていた他の店員が突然の強い言葉に息をのむ音が聞こえた。

 

「そうか…………。自分の死を予言されるのは変な気分だが、まぁ、俺はそんな仕事とは関係ないから大丈夫だよ」

「そうですよね……、へんなこと言ってすいません……。でも本当に気を付けてください。どうか、死なないで……」

 

 伝えたいことを伝え、相手も馬鹿にせずにくみ取ってくれた。

 ひとまずは、もうできることはないだろう。

 残っていたジュースを飲み、席を立つ。

 アリサはとっくにジュースを飲み終わり、退屈そうにしていた。

 

「またおいで。もう少し歳くったらコーヒーもごちそうしよう」

 

 ありがとうございます。と返して清算して扉に向かう。

 店を出る前にやはり不安になり言葉を足す。

 

「関係ない話だとは思うんですけど、イギリスで……、もしイギリスに行ったとしたら、クマのぬいぐるみに注意してください。…………変なことを言ってすみませんでした。また明日きます、士郎さん。今度はシュークリームを食べに来ますね」

 

 最後にそう伝えてアイリたちは店を出た。

 

 

 青年や、他に二人の会話を聞いていた女性店員や少年は二人を見送った。

 少し静かになった店の中で、残された人たちが会話を続ける。

 

「不思議な子だったな。変なことばかり言ってたけど、その目は真剣なものだった」

「あなた、次の仕事先は確か……」

「あぁ、アルのところの護衛が入っている。場所は……イギリスだな」

 

 嫌な感じだ。青年はそう感じた。

 まるで底なし沼に足を踏み入れてしまったような、そんな感じがした。

 こんな感じがしたときは、大抵ろくな結果にならない。青年は経験上そのことを知っていた。

 自分の事を調べ上げた刺客かとも思ったが、少年自身もうまく事態を把握していないように思えた。身のこなしを見ても素人のそれだ。

 情報が全体的にあやふやで、簡単に調べられることと、関係者じゃないと知らないようなことが混ざり合っている。

 それに、どちらかというと少年は自分の身の上を心配していた。

 耳に残るのは、自分が死ぬ、と言われたこと。

 仕事柄、死ねと言われたことはあったが、死ぬといわれたことは初めてだった。

 

「何、気にすることはないさ。俺の強さは知っているだろう?」

 

 青年は、家族に心配させまいとそう陽気に振る舞い、仕事に戻った。

 

 だが、それにしても――。

 

 ふとした疑問が青年の頭によぎる。

 

 ――――どうして俺の名前を知っていたんだ?

 

 

 それが今日一日の昼の話。

 そして夜の事件へと続く。

 明日来るといった少年は、次の日も、その次の日も、一月たっても来ることはなかった。

 

 

 

 

 眠い目をこすりながら、高町桃子は朝食の支度を行う。

 体が少し重いのは、夫の士郎が少し前から別の仕事で海外に行っているため、人手不足の仕事を大目に行っているためだ。

 子供たちにあまり手伝わせるわけにはいかないし、店が軌道に乗ったら、お手伝いを雇おうかしら。

 そんなことを思いながらテレビを付ける。

 ちょうどニュースキャスターが原稿を読み上げるところだった。

 

『ニュースの時間です。――――――』

 

 とりとめのないニュースが続く。桃子はあくびをしながら家族分の食器を取りそろえた。

 そういえば、いつもなら自分が起きてくるくらいの時にくるはずの士郎からのメールがまだ来てないな。ふと、そんなことを思う。

 淡々と原稿を読み上げていたニュースキャスターが少し慌てる様子が見えた。何かあったのだろうか。

 

『――――突然ですが、緊急ニュースが入りました。約2時間前、イギリスの現地時間にて13時過ぎにテロ活動が発生しました。狙われたのはイギリスの上院議員のアルバート=クリステラ氏です。犯人グループの目的はわかっていません。なお、――』

 

 なにを――今なんて――。

 桃子は当然のことに動揺しながらも、必死に情報を整理する。

 冷や水を浴びせられたような心境を落ち着かせて画面に食い入った。

 聞き間違いか、だが確かに今アルバート上院議員と……。

 

『繰り返します――イギリスにてテロ活動が発生しました。当時、現場ではクリステラ氏の講演会が行われており――――――逃げ延びた人の証言では、突然くまのぬいぐるみが爆発したと――――』

 

 だが現実は非常だった。

 聞きたくない情報が次々と桃子の頭の中に入ってくる。

 呆然とする桃子の頭の中にふと浮かんだのは、数日前に翠屋で会った少年が士郎に送った言葉だった。

 

『あなたは――イギリスで、死にます』

 

 そんな、まさか、震える指を抑えながら士郎の携帯に電話を繋げる。

 

『――おかけになった電話番号は電源が入っていないか電波がとどかないところにあるためかかりません。御用の方は――』

 

 繋がらない。仕事中だから、電源を切っているのかもしれない。

 何かあったようだし、もう少し落ち着いたら連絡を入れてくれるに違いない。

 家族思いの士郎のことだから、自分に心配させまいとすぐに連絡をくれるに違いない。

 そう思いじっと携帯を見つめる。

 しかし、いくら待っても士郎からの連絡が来ることはなかった。

 

 そして半日が経った時に桃子の携帯が震えた。

 急いで携帯を手に取る。

 士郎からかと期待したディスプレイに表示された番号は、知らないものだった。

 不審に思いながらも、電話を取る。

 

「もしもし、高町ですが」

 

『――お久しぶりです、桃子さん。私はアルバート=クリステラです』

 

 電話からは、事務的な、しかしながら深い悲しみが込められたような声が聞こえた。

 それは、アイリとの邂逅から数日後の話。

 

 

 




主人公はなのは+5歳です。
クロノ君と同い年です。


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第二話『傷を癒す魔法』

原作前その二(四話まであります)


 体が動かない。

 

 右も左も分からない暗闇の中で、高町士郎がまず感じたことはそれだった。

 いつもなら自分の思い通りに動く手足が、彼の命令を全く聞かなかった。

 なぜ動かないのか、そう考えていたら、そもそも自分は何をしていたのか、という疑問にぶつかる。

 自分は――、いつも通り喫茶店で、いや、違う。確か最後の記憶は……。

 アルバートの護衛をしていて、エリスがアルバートに花束とクマのぬいぐるみを渡して……。そうだ、クマのぬいぐるみだ。

 

 ――クマのぬいぐるみに注意してください。

 

 あれを見たときにとても嫌な感じがして……。二人が拍手とフラッシュを受けている中に突入していき……ぬいぐるみを奪ったんだ。

 そのぬいぐるみを人のいないところに投げると、盛大に爆発して……。その爆発を合図に、武器を持った奴らが突入してきて……。

 それから、どうなったんだ……? 

 最後に目に映ったのはフィアッセの泣き顔。

 あぁ、無事守れたのか。そんなことを思う。

 じゃあ、今はどうして動けないんだ。今の状態は? 

 ――あなたはイギリスで死にます。

 

 俺は死んだのか? 

 やり残したことは、山ほどある。妻の桃子のこと、長男の恭也のこと、長女の美由希のこと、そしてまだ幼い次女のなのはのこと。

 家族を残したまま、まだまだこれからっていうときに! 

 気持ちとは裏腹に、体は全く動かない。

 体の隅々まで冷気が行き渡っているように感じた。

 

 ――どうか、死なないで。

 

 そうだ、まだ死ねない。死ぬわけには……!

 

 ふと、自分の手が熱を持っているのに気付く。

 愛おしい熱が自分の手を包み込んでいる。

 

 あぁ、温かいな。

 この心休まる温かさは…………

 

 

 

 

 士郎が目を覚ました時、目に映ったのは泣き顔の自分の妻の顔だった。

 温かいと感じた自分の手を、その両手でしっかりと握っていた。

 

「おは、よう…………、桃子」

「あなた……っ! あなたっ!!」

 

 泣き顔で自分に縋り付く妻の様子を見て、自分がどれだけ心配をかけていたのかを思い知る。

 

「ここは、どこだ……? 俺は……、どうなった?」

「ここは海鳴よ。海鳴大学病院。あなたは……、アルバートさんの護衛で重傷にあって、一ヶ月も眠り続けていたのよっ。お医者様も……っ、いつ起きるかどうかはわからないって……」

「一ヶ月、そうか、そんなに経っているのか。それに、どうりで体が動かないわけだ……。迷惑をかけたな、桃子」

 

 そういって頭を撫でようとしたが、体が動かないためできなかった。

 

「本当よっ! 私たちが……、どれだけ心配したとっ……」

 

 桃子は士郎の手をしっかりと掴んだまま、泣き崩れてしまう。

 士郎は、そんな様子を申し訳なく思いながら、只々涙を受け止めた。

 暫く経って落ち着いた彼女に、問いかける。

 

「なぁ、桃子。以前翠屋に、なのはぐらいの子を連れて来た少年のことを覚えているか」

「えぇ……、覚えてます。けど……」

 

 士郎の質問に対する桃子の顔は暗い。

 やはり、彼女も覚えていたか。

 今となってはあれはやはり予言だったのか。

 あまり、話を真剣に取り合っていたわけじゃなく、申し訳なく思うが、それでも最後の決め手となった。

 そして何より、今自分は生きている。

 

「彼に……、お礼を言いたいんだ……。彼のおかげで……、俺は今生きている。彼は、あれから店に来たか……? 彼に、連絡してほしいんだ」

「あれから店には一度も顔を見せていないの。でも、あのとき一緒に来た子には出会えたわ……」

「あぁ、あの幼い子か。彼女でも構わないさ、どこで会えたんだい。どこの子かわかったかい?」

「えぇ、彼女とは……、少し前に、ここで出会ったわ」

「ここ、というと病院か?」

「えぇ。すごく落ち込んでいて……。何があったのか聞いてみたら、お兄ちゃんがずっと眠ったまま目を覚まさないって……」

「……何だって?」

「あの日、私たちの店に来た日の夜に何かあったらしくて……、それからずっと眠り続けているそうよ」

「それで、店に来ていないというわけか。だがどうして。事故か何かに巻き込まれたのか?」

「それが……、原因不明らしいの。外傷は全くなし、医者も何故眠り続けているのかわからないって……」

「それは、随分と奇妙な話だな」

「えぇ、あなたと同じ……、お寝坊さんな子みたいね」

「……耳が痛いな」

「あとで他のみんなにもたっぷり叱られてね」

「あぁ……、それで、体が全く動かないんだが。俺の体はどうなっているんだ?」

「動かなくて当然よ。お医者様は、生きているのが奇跡みたいなものだ、って言っていたわ。退院するまで、あと数年はかかるって」

「くくっ、確かに奇跡だな。うっ、体に響く。動けないくせに痛みだけは伝えてくるとは……。それにしても、忙しい時期に、迷惑をかけてすまないな」

「本当よ。この一ヶ月間どれだけ大変だったと……。あなたがいなくて、本当に……、私たちには、まだあなたが必要よ……。あなたがいないと、うまく笑えてるかどうかわからないの。一人になると、とても悲しいの……」

「すまないな、桃子……」

 

 そして他の家族も士郎のもとへやってきた。

 彼女らもまた、桃子と同じように士郎にすがり付き、泣き崩れる。

 普段は決して泣き顔を晒さない恭也も、その顔に涙を湛えていた。

 その姿を見て、士郎は再び家族に対して申し訳なく思う。そして、これから出来ることを考え出した。幸い、時間だけはたっぷりあるようだった。

 

 

 

 

 汝は何を求める。何を願う。

 

 ――唐突になんなのさ。急に願いって言われても……。世界平和とか? 

 

 混沌とした世界に終末を与えたいか、それとも秩序ある世界を創生したいか。

 

 ――なに恐ろしいその二択。やっぱり今の無しで! 

 

 悪しき心には悪しき願いを、正しき心には正しき願いを。願え。

 

 ――そもそも、あなたは誰? 

 

 我はヴァルゴ。時には聖石、時には魔石と呼ばれる存在。我は只在るのみ。只望まれるままに。

 

 ――聖石? あぁ、ひょっとしてあの時の石かぁ。まさかしゃべれるなんて……。っていうか今どういう状況? 

 

 適合者よ、何を願う。

 

 ――願い……、結局そこに戻るのかぁ。ん~、急にそんなこと言われてもなぁ。今までの人はどんなことを願ったの? 

 

 ある者は世界に革命を。あるモノは世界への顕現を。

 

 ――うわぁ、全然参考にならない。う~ん……。あ、魔法とか使ってみたいかも! 昔の物語の英雄譚に出てくる魔法とか必殺技とか使ってみたいな! な~んて、ね。

 

 ならば渡そう。知識を、力を。

 

 ――な~んて……あ、あれ、頭の中によくわからない知識が入ってくる! いたっ、いたたたたっ! 何故か物理的に痛いっ!? 

 

 適合者よ。我は只汝と共にある。光を歩もうとも、闇に堕ちようとも。

 

 ――痛いッ! どうにかして~! キャンセル、キャンセルでっ! あれ、宝石が消えちゃった?! 無責任なー! 

 

 そうして少年は、意図せず畏国イヴァリースの技と魔法をその身に覚えることとなる。

 それは現代では異質な力。少年は突如覚えたこの力のことについて、家族にも話せず頭を抱えることとなる。

 

 

 

 

「本当に大丈夫なの? まだ体がふらついたりするんじゃない?」

「いや、もう大丈夫だから。このやり取り何回目?」

 

 あれから目を覚ましたアイリに待っていたのは、家族の抱擁と怒涛の身体検査だった。

 ただ、いくら調べても体に異常はないとのことなので、不思議に思われながらも退院することとなった。筋肉の不調も特になかった。

 アイリにとっては少しの間眠っていただけの感覚だったが、世間では半年も経過していた。

 その事実を知ったときは愕然としたが、それよりも身に着けた神秘の力の扱いに困っていたこともあり、それぐらいの事実はうまく呑み込めた。

 半年というのは案外大きく、妹のアリサも随分と成長していた。何より悲しかったのは、以前はお兄ちゃんと呼んでくれていたのにアイリと呼ぶようになっていたことだ。これに対してはわりと長い間枕を濡らした。

 他にも、久遠が自分のことを忘れていないか心配だったが、半年たった今会いに行ってもちゃんと自分のことを覚えていた。

 なんて、賢い狐なんだ! やっぱり自分の家に招待を……。そう考えて勧誘していたら、飼い主の巫女にたしなめられた。

 そういえば、既に飼い主がいたのだった。口惜しく思う。

 

 久々の外は気持ちがいい。

 そういえば、前回久遠に会った帰りに、翠屋にシュークリームを食べに行くといっていたことを思い出す。

 次の日に行くと言ったのに、半年も後に行くことになるとは……。

 そんなことを考えながら翠屋のドアをくぐる。

 

「いらっしゃいませ、何名様……、アイリアス君?!」

 

 客を出迎えた桃子がアイリの姿を見て驚く。

 

「え、あ、はい。あれ、なんで僕の名前知ってるんです?」

「あなたが寝てる間に、アリサちゃんから聞いたの! それより大丈夫なの?! 目を覚ましたって聞いたけど、体は何ともないの?!」

「えーと、たぶん大丈夫ですけど。アリサと? いつの間にアリサと知り合いに……、僕が寝ている間か」

「病院で知り合ったの。ずっと、あなたにお礼が言いたかったの」

「お礼、ですか? なんの……。ちょっとずっと眠ってたんであんまり、記憶が定かじゃないんです」

「あなたが覚えてなくても、私たちはあなたにお礼を言いたいの。あなたのおかげで、夫の士郎さんが生きて帰ってくることができたのよ」

「士郎さん? 生きて帰って……? そうか、あの夢だ。あの夢で確か……。あれ、士郎さんはそんな仕事をしてないって」

「それは、あの人のついた嘘だったの。子供に変な心配をかけさせたくなかったのよ。それであの後、あの人は仕事でイギリスに行って、テロに巻き込まれちゃったの」

「っ!! そんな!!」

「安心して。無事とはいいがたいけれど、今でもしっかりと生きてるわよー」

「あれは……、そんな。やっぱり……、夢じゃなかったんだ……。士郎さんは、士郎さんは今どこにいるんですか?!」

「あの人は暫く病院ね。家族をこんなに心配させたんだから当分落ち着いてもらわないと困っちゃうわ」

 

 そういって桃子は寂しく笑う。

 

「病院……。僕がいたとこですか? ……お見舞いに、行きたいです」

「あら、ありがとう。そう、海鳴大学病院よ。病室は、そうね。今日はまだお見舞いに行ってないし、美由希となのはについていってもらえるかしら」

「えと、お子さんですか?」

「えぇ、そうよ。あなたより少し年上の女の子と、アリサちゃんと同い年の子なの。仲良くしてくれると嬉しいわ」

「わかりました。えっと、お見舞いに何か持っていかなくちゃ。何かお勧めありますか?」

「やっぱりシュークリームかしら。ただあの人は寝てることが多いから、行ってもタイミングが合わないかもしれないわね。あ、もちろんお代はいらないわよ。あなたも、待っている間に食べちゃいなさい」

 

 

 病院へと向かう道中、アイリは美由希となのはから士郎についての話を聞いた。

 士郎がボディガードの仕事を請け負っていたこと。

 アイリが話した時に、ちょうど同じような案件を請け負っていたこと。

 そして重傷を負って帰ってきたこと。

 怪我が重く、今までのような仕事を請け負うことができなくなったこと。

 退院まで当分時間がかかるであろうこと。

 美由希はアイリに感謝の気持ちを伝えていたが、アイリはその気持ちを簡単に受け取ることができなかった。

 自分がもっとしっかり伝えていれば……、士郎は重傷を負わなかったのではないか。もっと強く、行くなと主張していれば……。

 そんな考えが止まらない。

 士郎に会ったら、何を話そうか。何を話せばいいのか、アイリはそんなことを考えていた。

 

 病院に着き、士郎の部屋へと通される。

 士郎は寝ていた。その体は多くの包帯で覆われ、ベッドの周りには専門的な機械が並べられている。

 

「あちゃー、ちょっと寝てる時に来ちゃったみたいだね。といっても寝てるときのほうが多いんだけど」

「おとーさん……」

 

 美由希は残念そうに、お見舞いのシュークリームを机の上に置く。

 なのはは寂しさなのか、それとも別の感情か、ひどく切なそうな顔をしてぎゅっと士郎のベッド端を掴んだ。

 

「そうですか……、残念です……」

 

 アイリは士郎の姿を目に焼き付ける。

 士郎とは話せなかった。

 自分が不甲斐無いせいで、助けられるはずだった人をこんな姿にしてしまった。

 それでも、幸か不幸か、まだ自分にはできることがある。

 アイリの目には強い意志が宿っていた。

 

「ちょっと看護師さんと話してくるね」

 

 そういって美由希は部屋を出た。 

 部屋には、意識のない怪我人と、罪の意識に悩む少年と、……何もできない自身に嘆く少女のみが残された。

 

 

 

 

 まだ幼いなのはにとって、父親の入院はあまりにも大きな出来事だった。

 それを機に、家族みんなが忙しそうにしている。みんな元気がなくなった。

 父はいつもベッドで寝ていて、兄と姉はいつも練習していた剣術をやめて家の手伝いばかりしている。

 そして母は、自分たちに心配させまいといつも以上に一生懸命で、無理に明るく振る舞って、でも一人でいるときはひどく悲しそうな顔をしている。

 みんな自分の前では笑っているが、自分の見ていないところではとても落ち込んでいる。

 

 一人でいる時間も多くなった。

 そんな時間は寂しくて、自分はいらない子なんじゃないか、みんなに迷惑ばかりかけて、みんなのやりたいことを助けてあげられない。寂しくて、切なくて、そんなことばかり思う。

 だがそれは違うことも知った。自分の家族は、自分を大切に思ってくれている。その愛おしい優しさに包まれながら、なのはは優しい家族に何も返せないことに悔しさを感じる。自分はただ守られて、心配されているだけ。

 父の傷を癒せない。母の涙を止められない。兄や姉の夢の手助けが出来ない。

 そんな悔しさが、家族の前では必死に隠していた気持ちが、眠り続ける士郎を目の前にして溢れてくる。

 側にいるのは自分と全然関係のない人だから、自分の感情を晒け出しても、何の問題も無いんじゃないか、そう思うと言葉を止められない。

 

「わたしはっ、お父さんをたすけたいのに、なんにもできないの……」

「お父さんをたすけたいのに、お母さんをかなしませたくないのに、お兄ちゃんとお姉ちゃんにも好きなことをしててほしいのに!」

「みんなに笑っていてほしいのに、みんなに幸せになってほしいのにっ」

「わたしは、心配ばっかりみんなにかけて、なんにもできなくて……みんな大好きなのに……っ」

 

 なのはの慟哭は続く、それを聞くのは眠り続ける彼女の父と、今日初めて出会う年上の少年。

 彼女の家族は、少年に感謝をしていたようだが、なのはにはなんのことかよくわかっていない。

 父が助けられたといっていたけれど、父は今重傷で起きることもままならない。

 そんな様子のどこが助けられたというのか、そう思わずにはいられない。

 でも、だからといってその少年のせいで父親が怪我をしたとも思っていない。

 それに、とても優しそうな少年だった。女の子扱いして怒られたけど、その雰囲気は終始穏やかなものだった。

 

 そんな少年が、やはり優しげに、いたわるように、なのはの頭を撫でる。

 

「なのはちゃんは優しいね」

 

 父が頭を撫でてくれたことを思い出して涙が溢れてくる。

 父の堅い手とは違い、柔らかな手だけれども温かみが伝わってくる。

 そして少年は優しげに、言葉を続ける。

 

「なのはちゃんがいい子だから、お兄さんが一つだけ願いを叶えてあげる」

 

 そんな、優しい言葉をかけてくれる。

 

「おねがい……なんでも?」

「なんでもいいよ。お姫様になりたいとか、王子様と結婚したいとか。魔法使いのお兄さんがなんでも叶えてあげる」

「ほんと? ほんとにかなえてくれるの? アイリお姉ちゃん」

「うん、……お兄ちゃんね。もちろん、なんでもいいよ。ただし、一つだけだよ」

「じゃあ、お父さんのけがをなおして! お父さんをげんきにしてほしいの!」

 

 なのはは涙を乱暴に服の裾で拭うと、そう願った。

 アイリは片膝を地面につけ、なのはの手を両手で取ると返答した。

 

「その願い、確かに受け取りました。…………明日またお見舞いに来てごらん。お父さんはきっと元気になっているから」

「今すぐじゃないの? 今すぐよくはなんないの?」

「魔法使いは恥ずかしがり屋さんなんだ。だから魔法を使うのは誰も見てないところだけ。みんなが寝静まってからじゃないと魔法が使えないんだ」

「そうなの……。うん、あしたまでまってる!」

「それと、このことは二人だけの秘密だよ。ばれたらなんだってことはないけど、やっぱり恥ずかしいからね」

「うん、わかった! なのはとアイリお姉ちゃんだけのひみつね!」

「お兄ちゃんね。そんな、なんで、って顔しないで」

「うん、なのはよくわかんないけど、お姉ちゃんのことはお兄ちゃんってよべばいいんだね」

「うん、……もうそれでいいや」

 

 そうして、なのはは魔法使いと約束を交わす。

 看護師との話し合いから戻ってきた美由希は、部屋の中の二人の様子がおかしいことを不思議がった。

 最近いつもどこか寂しそうにして、無理に元気振る舞っていた自分の妹が、心から笑っている。

 嬉しそうに、今日初めて会ったアイリに懐いている。

「なにかあったの?」と問いかけても、「ひみつ! ねー、アイリお兄ちゃん!」と言ってとりあってくれなかった。

 本当に自分のいない間に何が……。そう思わずにはいられない美由希だった。

 

 

 

 

 時刻は深夜2時。付近は暗闇で覆われ、人の活動してる気配はない。

 そんな闇の中、アイリは海鳴大学病院に忍び込んだ。一応顔には布を巻いて、誰だかわからないようにしているが、かえって怪しくなってしまっていた。

 目的地は士郎の病室。気配を消して、部屋に潜り込む。

 士郎が起きている様子はない。

 

(士郎さん。ごめんなさい……。僕がもっと、……ごめん、………なさい……)

 

 体中を包帯で巻いて、眠りについている姿を見てると悲しくなり謝リ続ける。

 自分がもっと強く言っておけば、自分がもっと詳しく伝えておけば……。

 胸にあるのは後悔の気持ちばかり。

 

 でも、その怪我は治してみせるから――。

 

 願うのは一つの奇跡。

 

『傷を癒す魔法』

 

 その奇跡を願い、思いを乗せて呪文を唱えていく。

 足元には幾重にも重ねられた魔法陣が現れる。

 自分の体を中心に魔力が迸り、青白い光の本流が上方へ放出される。体の奥の方から、奇跡の力が溢れてくるのがわかる。

 意識を集中し、手のひらを士郎に向けて魔法を発動させる。

 

「空の下なる我が手に――

 ――祝福の風の恵みあらん!」

 

『ケアルガ!!』

 

 士郎の体に輝かしい光が降りかかり、同時に地面から立ち登る。

 周りの空気が渦を巻き、辺りの魔力が流れ込む。

 それはまるで別の世界に迷い込んだかのような、そんな神秘的な時間が続く。

 しばらくその状態が続いた後、青白く輝く柱が消えていき、空気が弛緩してもとの光景へと戻る。

 

 アイリは無事魔法が効いたことを確認すると、音を立てずに部屋を出ようとした。

 だが、入口付近で背後から呼び止められる。

 

「……ちょっと待ってくれないか」

 

 士郎が目を覚ましていた。今ので目を覚ましてしまったのだろう。

 アイリは今さらながら自分の服装を失敗だと思った。見つかったら不審者にしか見えないと、気がついたためである。

 

 どうせなら医者か看護師の格好をしていればばれても大丈夫だったのに……。

 アイリは子供が夜中にいる時点で無理があることには気づかなかった。

 

「こんな深夜に気配を絶った人間が自分に迫ってきた時はさすがに死を覚悟したが、まさか、こんな、傷が治るとは……」

 

 士郎は状況をうまく呑み込めてないみたいだった。

 普通はそうだろう。誰だって混乱するはずだ。

 今の隙に逃げよう。そう思ってアイリが一歩を踏み出すと、また声をかけられた。

 

「待ってくれ、アイリアス君」

 

 心臓が跳ね上がる。

 自分だと、ばれている。

 なぜ……。士郎との面識は一度だけ。それも半年も前だ。

 今ここにいる人間と、自分とを結び付けられるはずがない。

 顔だって隠している。

 声だろうか。今の話だと、自分がここに来た時には気づいていたということになる。

 それで自分の声から判断したのか。

 そう思うと、声をあげることもできずにその場に立ち止まる。

 

「色々と聞きたい気持ちはあるが、まずは御礼をさせてくれ。アイリアス君、ありがとう」

 

 それは、なんに対して?

 自分は、お礼をもらえるようなことはしていない。

 変な話をしてしまって、迷惑をかけて、でももしかしたらそれは未来の出来事かもしれなくて、そしたらむしろもっときちんと必死に話しをしなくちゃいけなかったはずで。もっとなんとでもできたはずなのに。

 

 士郎を見殺しにしていたかもしれなくて。

 あんな幼い子供に、あんなに悲しい顔をさせて。

 

 頭の中がごちゃごちゃになっていく、体が震える。声を上げないようにしようと思っていたはずなのに、自然と声が口から出ていく。

 

「……ごめんなさい……。…………ごめんなさい、ごめ……ん……な……さぃっ……」

 

 アイリは泣きながら謝っていた。

 

「ごめんなさい! 知らなくて……こんな……、……僕はっ! 止めれたかもしれないのにっ! 止められたはずなのに!」

「何も知らなくて! 死んでたかもしれないのにっ! なのはちゃんだって、あんなに悲しませてっ!」

 

 後悔が嗚咽ともにあふれ出てくる。

 その場で泣き崩れてしまったアイリに士郎が後ろから声をかけた。

 

「人は万能じゃないよ。なんでもかんでも思い通りに行くわけじゃない。それに俺だって、守るべきものを守るために戦ったんだ。俺が抜けたら、その分その人が危なくなるかもしれなかった。それなら勝手に抜けるわけにはいかないさ。ましてや、君も事態をよくわかっていなかったんだろう?」

「あの時は、夢で……見て……」

「夢か、それじゃあなおさらどうしようもないさ。夢が正夢かどうかなんて、事態が起こってみないとわからないんだからな。それでも、一つだけ確かなことがあるよ」

「確かな、こと……?」

「あぁ、俺が今生きてここにいる、ということだよ。爆破物を事前に対処できたんだ。クマのぬいぐるみが本当にあってね。確かに怪しかったから遠くに投げたんだが、盛大に爆発してなぁ。あの時は敵さんも対処されたことにびっくりしていたが、多分動いた俺が一番びっくりしていた自信があるな」

 

 カラカラと笑いながら士郎は続けた。

 

「まぁ、他にも爆弾があったりしたんだが、一番厄介なのを対処できたのがでかかったな。無事とはいかなかったが、生還することができた。だから――、ありがとう。君には本当に感謝しているんだ」

「僕は……僕は……っ!」

 

 士郎がアイリの頭を乱暴になでる。暫くそうして、心が落ち着くのを待ってくれた。

 アイリはぐちゃぐちゃな感情をかき集めて、ひとつの形にしていく。ひとつの決意に変えていく。

 

「士郎さん……僕は……強くなりたい。後悔しない生き方がしたい。嫌な夢だって壊せるような、力が欲しい」

「…………意志を固めるには君はまだ若すぎるよ。いや、恭也も君ぐらいの年にはもう自分の意志を固めていたか。俺の周りの子供は早熟な子ばっかりだな……」

 

 そう言って士郎は困った顔をしながら笑った。

 

「そうだな、うちには道場があるんだが、そこに稽古に来るといい。御神の技を教えるわけにはいかないが、心と体の鍛錬をしてげよう」

「!! ……ありがとうございます! 士郎さん!」

「あぁ、これからよろしくな。それと、そうだな。今回みたいな夢はよくみるのか?」

「いえ、見るといっても時々で……。今回みたいなことはめったにないです。大したことないことばっかだし、ほんとかウソかもわからないし……。そうだと思ったら全然関係ないことだってありましたし」

「まぁ、夢だしなぁ。俺がこんなことをいうのはなんだが、あんまり夢にとらわれてはいけないよ。たとえ夢のような結末を迎えたとしても、それは君のせいじゃなくて周りの人たちみんなが行動した結果のひとつなんだから。君が責任感を負う必要はどこにもない」

「でも……」

「それになぁ、君の後悔の言葉は全部俺にそのまま返ってきてなぁ。君に嘘をついて、イギリスに行って、ボロボロになって帰ってきて、それはもう家族に泣かれたんだ。いや、ホント正直人生で一番レベルで辛かったよ」

「ははっ、そういえば、士郎さんは嘘つきでした……。なら、ちょっと泣かれたり怒られたりしても仕方ないですね」

「全くだよ……、本当に……」

 

 本当に――昼間のなのはの慟哭は胸に響いた。

 自分はなんと、駄目な親だったのかと痛感させられた。

 士郎は胸の内でそう続けた。

 

 アイリは涙をそっと拭うと、士郎に笑いかける。

 士郎もアイリに笑いかける。

 それは、この話はこれでおしまいという二人の合図。

 そして話題は次へと流れていく。

 

「そういえば、どうやって俺の体を癒すことができたんだい?」

「うっ、それは……」

「正直な話、君が昼間落ち込んでいるなのはを元気づけるためにあんな話をした時は、なんて残酷なことを言う子供だろうと思わずにはいられなかった。あんな一日経てばばれてしまうような嘘で、あの子の心を傷つけるなんて、とな。あの子は明日の俺の姿を見てどんなに傷ついてしまうのか、と、そんなことばかり考えていたよ。まぁ、実際は違ったし、正直俺も人のことはいえないのであれなんだが」

「あの時起きてたんですか?! あ、あれは……、確かになのはちゃんを悲しませないようにした作り話で……。ちょっとなんでも願いを叶えるとかは、そのですね……。お姫様とか王子様とかはいくら頑張っても……、いや、頑張ってはみますけど……」

 

 アイリはあの時聞かれていたのかと困惑し、自分の言ったセリフを思い出して焦りながらも恥ずかしがり、もごもごと口を動かす。

 士郎はその慌てふためく様子に苦笑しながらも、言葉を続ける。

 

「あぁいや、そこは別にどうだっていいさ。君はなのはの願いがわかっていたし、それを叶える手段もあったんだろう、そして叶える意志もあった。大事なのはそこだけだ。だから、今こうしてここにきているんだろう?」

「はい……。本当のことを言うと、なのはちゃんのためというよりも、自分のために。士郎さんの姿を目に焼き付けたときに、なんとかしたいって思ったんです。なのはちゃんは……、なんだか見ていられなくて。なのはちゃんだって何かの力になれるんだよって。なのはちゃんが願ったから、士郎さんがよくなったんだよって、思ってもらえたらいいなって。そんなことを思って、ついあんなことを言っちゃったんです……」

「その気持ちだけで十分だよ。それにきっとなのはは救われるはずだ。なにせ、奇跡がおきたんだからな」

 

 士郎はそういって笑った。

 そしてその笑顔のまま追及をやめなかった。

 

「それで、実際のところどうやって俺を治せたんだい?」

 

 士郎の興味はもはやそこにあるようだった。目が少年のように輝いている。未知に対する好奇心に満ちた瞳だった。

 

「うっ、実は……その、……魔法使いなんです。ちょっと長い間寝てたんですけど、寝てる間に、こう、ずばばばーんと、魔法が使えるようになっちゃったんです……」

 

 自分でも胡散臭い話を切り出す。話し手も聞き手もどう対応していいのかわからない微妙な顔になった。

 アイリとしても、自分が逆の立場だったら、相手の正気を疑うレベルだ。

 

「信じてないわけではないんだ……、実際に治ってるしな。でもなんというか心の準備がな。てっきり何か怪しい歴史ある霊薬か何かを使ったとか、いや、それでも胡散臭いんだが、そんなところかと思ってたんだが。はぁ……、今までわりと社会の裏側も見てきたつもりだったが、まさか裏側どころか斜め上の方向にも世界が広がっていたとはなぁ。そうかぁ、魔法使いかぁ……。俺ももう年かもなぁ……」

 

 士郎は遠い目をしている。

 さっきまで光輝いて見えた眼差しも、微妙にどんよりと曇って見える。

 未知を期待していたはずなのに、期待以上の答えが出てきたらこれである。

 

「えーと、誰にも言わないでほしいんです。親にも隠してて……」

「む、そうなのか……。親の立場からするとさみしいものだが、気軽に言える話でもないか。わかった、俺の口からは何も言わないよ。何より、恩人だしな」

「ありがとうございます。正直、自分でもこの力をどうしたらいいものやら悩んでて、この年にして人生の盛大な迷子になりました……」

「むしろ今はちょうどいい歳だろう。悪の幹部とかと戦わないのか?」

「笑えないですよ。それに、ちょうどよすぎて困ります。もう少し考えが幼かったら、テレビに出よう! とかしてたかもしれません……」

「あぁ、それはちょっと笑えない話だな。本気で」

 

 そうして二人は雑談を続け、最後にまた明日来ると言い残してアイリは家に戻っていった。

 

 

 

 

 そして次の日、アイリは学校帰りに海鳴病院の士郎の病室へと寄る。

 既に先客がいるらしく、何やら中で話し声が聞こた。

 

「…………本当に大丈夫なの?」

「あぁ、明日から無事に店に戻れるよ」

「けど、昨日まで本当に重傷だったのに……やせ我慢とかしなくてもいいのよ。私たちだけでもなんとかやっていけるわ」

「そんな寂しいことを言うなよ。ほら、もう完全に動けるんだ。それに、色々と考えたんだ。こうして偶々命を拾うことができたが、そのせいで随分と家族に迷惑をかけてしまったとな。まだ店が軌道に乗ってないから俺も自分でできる仕事を頑張ろうと思っていたんだが、今回のことで、俺が抜けると家族にこんなにも傷を残すとしってしまったから。俺には守るべき家族がいるから――、あっち関連の仕事はこれっきりにして翠屋のマスター一筋で行こうと思う」

「あなた……ありがとう……」

 

 すごく入りにくかった。場違い感が凄い。

 また今度出直そうかな……。そう思いドアにかけていた手を引き戻す。

 すると中から声をかけられる。

 

「入っておいで。入りにくい空気を出してすまないな」

 

 士郎の前では気配を隠すのは無理なのかもしれない。アイリは今までのことを鑑みてそう思った。

 思えば、寝てると思って寝てたことはないし、隠れようと思って隠れられたためしがない。

 

「失礼します。えーと、お邪魔します」

「アイリアス君には世話になったな。あぁ、道場の件だが昼は仕事があるから、早朝か夕方にでもうちにおいで。うちの場所はあとで教えるよ」

「アイリアス君いらっしゃい。あなたのおかげでうちの大黒柱が自分を省みることを覚えたみたいなの、ありがとね」

「はははっ、耳が痛いなぁ」

「それにしても……いつの間に二人は仲良くなったの? 昨日は一日中寝てたから話せなかったのよね?」

「それは、えーと……あはははは……、いつの間にかですかね……」

 

 笑ってごまかす。ごまかせるかはともかくとして。

 桃子は訝しがったが、問い詰めるようなことはなかった。

 ふと、士郎のベッドをよく見てみると布団の中でなのはが寝ていた。

 

「あ、なのはちゃん。って寝てますね」

「あぁ、今は落ち着いてるが、しがみついて離れなかったんだ。朝一番で突入してきてから泣いたり喜んだり凄くてな。俺としても、申し訳ない気持ちで抵抗できなくてなぁ」

「あんなにボロボロの姿を見せてたんだから当然よ……。でも、なんで今日に限って朝早くから病院に行こうなんて言い出したのかしら……。普段はあまりわがままも言わなくなっちゃったのに、なんでこんなタイミングで……」

 

 なのはの顔には涙の跡があった。

 でもそれは悲しみの涙だけじゃない。きっと、喜びの涙のほうが多かったはずだ。

 アイリはなのはの頭を優しくなでる。

 光の輪に包まれた綺麗な栗色の髪を、丁寧に丁寧になでる。

 

「なのはちゃんがいい子だから……。優しい子だから、報われたんです。こんないい子なんだもの、守ってあげなきゃ……。僕だって、この子の力になりたい。なのはちゃんには……笑っていてほしい」

 

 なのはには泣き顔よりも笑顔がよく似合う。あの部屋で見せたような、天真爛漫な笑顔が。

 アイリは普段アリサにするように、大切なものを扱うように丁寧になで続ける。

 なのはの髪はやらかいな。そんなことを思う。

 だが、その場には他にも人がいることを忘れていた。

 

「あらあら、……あらあら!」

「はっはっは、なのははもう自分の騎士を見つけたみたいだなぁ」

「え?! いや、その! ちっ、違うんです! なのはちゃんは……えーと、妹みたいで! 同い年くらいの妹がいるんですけど、アリサっていって……、って知ってますよね! とっ、とにかく同じ感じがしたんです!!」

「そんなに否定されると、なのはも傷つくわよー?」

「あ、いや、守りたい気持ちは違わないんですけど! 騎士とかじゃなくてですね!」

「そうだな、騎士というよりも俺の弟子となるんだから剣士といったところか」

「あら! 本格的に教える気なのね。ほんとうにいつの間にそんな仲良くなったのかしら……」

「むしろ剣士というよりも魔法剣士か……。むう、俺も魔法が使えれば……」

 

 ちょっと士郎さん何言ってくれちゃってるの?!

 アイリは心の中で絶叫した。

 

「あなた…………、それはどういう意味かしら」

「ん、どういう意味って…………、あ」

 

 昨日黙っててって頼んだよね。了承したよね?!

 視線で強く訴える。

 士郎は目を反らした。

 

「あなた……、詳しく教えてもらいましょうかー」

「いや、あの……あはははははっ」

「笑ってごまかさないの。あとで詳しく聞かせてもらいますからね」

「あ、僕はそろそろ帰りますね。さようなら!」

 

 自分に飛び火しないようにアイリは素早く撤退した。

 最後に士郎に視線で、「信じてますからね!」と送ったところ、「すまん、どうしようもない」と返ってくる。

 昨日上昇した士郎の評価が暴落した瞬間だった。

 

 




主人公、特訓の日々へ。
クロノ君もこの頃は双子の姉妹にしごかれてます。

なのはさんトラウマちょっと解消へ。


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第三話『告白』

原作前その三


 あれから六年が経った。

 アイリは士郎のもとで、恭也と美由希とともに戦闘訓練を続けている。教えを受けていることから、士郎の事を師匠と、兄弟子の恭也の事を兄と、美由希の事を姉と呼ぶようになった。他にも自己流の魔法訓練も欠かしていない。勉学面でも持ち前の頭脳を発揮し、文武両道の精神を貫いていった。

 一方で身長はあれからも伸び悩み、グングン成長していくアリサに怯えながら日々過ごしている。

 今の身長差は五センチほどだろうか。自分の成長期はどこに……、アリサに身長で抜かれたら立ち直れないかもしれない。そんなことを考える中学生二年生であった。声変わりもまだである。

 

 この数年の間に色んな事があった。

 

 三年前、アリサが小学校に入学した時には、アリサになかなか友達ができないという問題があった。

 アリサ曰く「周りがバカすぎてあわせてなんからんないっ!」とのことだったが、さみしそうな顔をしていたのが印象的だった。

 そんなある日、学校で喧嘩をして帰ってくるという出来事があった。

 顔を腫らして帰ってきたときには何があったか気が気でなく、「誰にやられた!」と厳しく問い詰めるも、「悪いのはあたしなの!」と言って取り合ってくれなかった。

 後に詳しく話を聞くと、なのはと、恭也の友達の月村忍の妹、月村すずかと喧嘩したらしい。そのあとすぐに仲直りをした三人は、今では親友と呼べる間柄に成長し、仲睦まじく過ごしている。

 意外なことだが、幼稚園が違ったためか、それまでアリサとなのはが遊ぶことはなかった。もっとも、アイリが入院しているときに病院で何度かあっただろうし、アイリ経由でも何度か知り合う機会はあったはずだが、意外と人見知りで意地っ張りな幼いころのアリサは、友達を作るのが異常に下手だった。そのせいできっかけでもないと話す機会がなかったのだろう。

 アイリはなのはとは既に知り合いだったが、それを契機にすずかとも友達となった。

 月村すずかはアリサとなのはの同級生で、紫の長髪を純白のヘアバンドでとめている女の子。性格はおとなしめで、勝気なアリサと性格が全然違うのによく友達になれたな、と思わないこともない。元気いっぱいのなのはと三人でうまくバランスが取れているのかも知れない。

 そしてバニングス家と高町家、月村家は家族ぐるみの付き合いをするようになった。

 

 恭也が交通事故に遭うという事件もあった。詳しくは知らないが、女の子を助けてケガをしたらしい。入院中に色んな女の人が次々と見舞いに来る様子を見て、これが最近噂に聞いたリア充という生物か、とアイリは恐れおののいたりしていた。

 後に士郎から治療を頼まれた際に知ったのだが、下半身のケガが相当酷かったらしく、まともに歩けるようになるかも怪しかったらしい。そんなケガを負いながら、まるでいつも通りのように振る舞っていた恭也には驚くやら呆れるやらである。

 前回の反省を踏まえて、夜中にしっかりと医者の格好をして更に狐のお面を被ったうえで治療を行ったのに、恭也には普通にばれてしまった。

 「顔を隠しても後ろ髪の長い三つ編みを隠さないでどうする」とは恭也の言である。

 

 他にも、久遠が女の子に変身したり、大暴れしたりするという事件もあった。これは色々あって何とか無事解決したが、やはり日々の訓練は欠かせないなと思わせる事件だった。

 

 

 そして今、始業式の次の日の土曜日である。アイリは窮地に立たされていた。

 始まりはアリサが風邪を引いたことにある。ただ、アリサはそのことを親友二人に心配させたくないために、無理を押して登校しようとしていた。

 当然そんなことを許すわけもなく、アリサをベッドに押し込めたのだが……「じゃあ私の代わりに行ってきて!」とわけのわからないことを言われた。

 しかも以前心配をかけたときに約束した、なんでも一つだけ言うことを聞くから、という約束事を持ち出されてしまった。

 今日は自分の通っている中学校がたまたま休みなのも後押ししている。

 自分とアリサは身長が違うからすぐばれるだとか、そもそも性別が違うから絶対ばれるだとか主張したが、「あんま変わんないわよ。それとも、約束を守ってくれないの……? お兄ちゃん……」と、上目づかいで目を潤ませて甘えてくるアリサの前に撃沈した。

 これはもう可愛いアリサの願いを叶えるしかない! だって……アイアムお兄ちゃんだからッ!

 と、よくわかんない意識の状態のままアリサの服を借りて、アリサの髪型をまねて家を出たまではよかった。

 バスに乗り、すずかと合流した時に正気に戻る。

 

「あ、アリサちゃん! おはようー」

 

(まずい、よくよく考えると絶対ばれる)

 

 すずかに変人扱いされてしまう。男なのに女装して妹の小学校に行くとか、変人すぎる。一発退場ものだ。そもそもクラスでも男が女装してまぎれこんでたら浮きまくってしまう。

 

(あれ、ひょっとして僕の人生今終ろうとしてる?)

 

 アイリはここで漸く今の自分の状況の際どさに気づいた。

 

「す、すずかちゃ……、すずか! お、おはよう!」

 

「今日もいい天気だねー」と言って話しかけてくるすずかにはこちらを不振がっている様子はない。

 

(あれ、いける? ひょっとして大丈夫なの?)

 

 アイリは初めて自分の女顔に感謝した。そもそもアリサに似てるといわれなければこんなことにはなっていないことは今は置いておく。

 その後もなんとかアリサの真似をしながら雑談をしていると、なのはがバスに乗ってきた。

 

「二人ともおはよー!」

「おはよう、なのはちゃん」

「おはよう、なのちゃ……なのは!」

 

「昨日のテレビみたー?」と話しかけてくるなのはも、こちらを怪しがっている様子はない。この二人がいけるなら、ひょっとしていけるのだろうか。自分の人生をまだ諦めなくてもいいのかもしれない。

 バスから降りて学校へと向かう。

 

「あれ、アリサちゃん背伸びた?」

「えっ?! ま、まぁね! 最近やたら背が伸びてきたのよ! 成長痛で関節が痛くて仕方ないわ」

 

 いつもは鈍いなのはが無駄に鋭かった。今まで成長痛を感じたことがないので完全な自虐である。

 

「いーなぁ。私も早く成長期が来ないかなぁ」

「なのははそのままでいいの! 絶対成長しちゃだめよ! そのままで十分かわいいんだから! 私より大きくなったらだめだからね!」

 

 なんてことを言うんだ。なのはに身長で抜かれたら立ち直れない。

 ただでさえアリサの進撃に悩まされているアイリは、後人の成長に恐れ慄いた。

 

「かわいいって、にゃはは……。恥ずかしぃよぅ」

「なのはちゃんはかわいいよ」

「あ、すずかも今のままで十分かわいいんだから、無理に大人になろうとしちゃだめよ!」

「あ、うん。これは確かに恥ずかしいかも……」

 

 クラスは……三年一組で、座席は窓際の席だったはず。クラス替えしたばっかだし、周りの人との関係が少しおかしくてもきっとばれないに違いない。

 今日は午前で終わりだから、あと4時間の辛抱か……。帰りに二人に遊びに誘われても用事があるからって言ってさっさと帰ってしまおう。

 ある程度の今後の見通しを立てて教室のドアを開ける。

 まわりにも不審な目で見られている様子はない。

 

 よし、いける!

 

 アイリは長い一日の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

「先生、さよーならー」

「はい、さようなら。帰り道に気を付けるよー」

 

 授業が終わり、大変な一日が終わる。

 

「アリサちゃん、すずかちゃん! 私ちょっと家の用事があるから急いで帰らないといけないの! またねー!」

 

 なのはは急いで帰ってしまった。それは自分が言いたかったセリフなのに……。アイリは先を越されてしまってしばし固まる。

 

「アリサちゃん、かえろっか」

「あ、うん」

 

 まぁ、あとほんの少しだから大丈夫か。

 そう思い、校門を出て二人で歩く。

 ただ、こういう時はそううまくいかないものであった。

 

「アリサちゃん、なんだか今日は少し大人っぽいね」

「そ、そうかしら……。あたしは別にいつも通りよ! 気のせいだから、明日からは元通りだから気にしないで!」

「……?」

 

 気が動転してあわあわとしていて、アイリは周りの様子の変化に気が付かなかった。

 いつもならそれなりに人がいるはずの通りには、人の気配がない。いつの間にか傍に黒塗りのスモークガラスの車が止まっている。

 突然車から屈強な大人たちが出てきて、二人に拳銃を突き付けてくる。

 

(――って銃?! まさか、本物?)

 

「動くな、抵抗すると容赦なく撃つ。どちらか片方が抵抗したらもう一人を撃つ」

「な、なによあんたたちは! ふざけないで!」

「アリサちゃん……っ」

 

 すずかはひどく怯えている。突き付けられているの銃の存在感は偽物とは思えない。男たちの態度もどう見ても本物のそれだ。すずかは不安そうにアイリの服を掴んだ。

 誘拐か。自分も、自分というよりも妹のアリサだが、アリサもすずかも実業家の娘だ。金銭目当ての誘拐があってもおかしくない。

 ただ、人払いをして拳銃も持参しての誘拐とは本格的だ。二人一組の時に誘拐するのもうまい。抵抗するともう一人に危害が及ぶことから変に動けない。

 

「いいから乗れ」

「あんた……、覚えてなさいよ!」

「うぅ…………」

 

 車に乗せられながら、ポケットの中を操作して通話音量をゼロにした携帯電話を士郎に繋ぐ。

 これでこの誘拐のことが士郎に繋がるはずだ。あとはなんとか情報を引き出すか。

 

「それで、どこに連れていく気かしら。あたし、これから稽古の時間なんだけれども」

「気の強い嬢ちゃんだな。なに、そんなに遠くはないさ。ただちょっと誰も寄ってこれないようなところだけどな」

 

 二人を捕らえた顔に三本の傷がついた男が答えを返す。この男は顔を隠していない。誘拐をするのに、顔を隠さないということは見られても構わないということ。つまりこの男は……、自分たちを無事に帰す気が無いということだろうか。

 

「ふんっ、パパからお金でもゆすろうっていうのかしら。もし出してもらえたとしても、そのあと絶対うまくいかないわよ!」

「安心しな。お嬢ちゃんには用がないんだ。可哀想になぁ、お前は巻き込まれただけさ」

「どういうこと……? そう、狙いはすずかね」

「そうだ。俺はその紫髪のガキに用があってな」

「すずかに……すずかになんの用よ! こんなか弱い女の子を誘拐して恥ずかしくないの?!」

「か弱いねぇ、本当にそうなのかね……。それにしてもお前は哀れだよ。化物に騙されていることに気付けないなんてな……」

「なんのことよ!」

「細かいことはあとで教えてやる。とりあえずこれからは目隠しをしな。あぁ、へんなことをしないように手も縛っておくか。とりあえず、荷物は没収しておく。携帯とかで応援を呼ばれても面倒だ」

 

 アイリは仕方なく携帯の通話をこっそり切って渡す。睨むのも忘れない。

 ただ、その男が自分の事を憐れそうな目で見ているのが少し気になった。

 無事に帰すと行っておきながら、そんな目を向けてくる意味がよく分からない。誘拐犯のくせに、妙に自分には親切だ。いや、親切というよりも……これは、同情……?

 

 手を結ばれ、目隠しをされてどこともしれない目的地へと連れられて行く。

 薬をかがされ、意識が遠くなっていく。

 最後に見た光景は、こちらを見つめるすずかの顔。ひどく怯えていたのが印象的だった。

 こんな状況だ、怯えていても少しもおかしくない。

 だがその様子は、男たちに怯えているというよりも――――、何故か自分に対して怯えているように見えた。

 

 

 

 

「おい――、どういうことだ。連れてくるのはすずかお嬢様一人のはずだが」

「いや、二人で行動していて離れそうになかったんでね。なんでも、大切な友達らしい」

「友達だと、くくくっ、ははっ、おいおい、あんまり私を笑わせないでくれ。腹が痛くなってくるじゃないか」

「いや、勝気だが随分友達思いのいいお嬢ちゃんだよ。自分だって危ない状況なのに、友達の事を心配出来るやつなんて中々いない」

「そうか、気に入ったならお前に譲ってやろう。好きに処分するといい」

 

 意識が目覚める。手は縛られているが、目隠しはとれていた。隣ではすずかも目を覚ましていた。

 どこかの廃ビルのようだ。何階かはわからないが、下に複数階あるのは間違いない。

 

「――ずいぶん好き勝手言ってくれるわね。あんたが今回の誘拐犯のリーダーかしら」

「おや、目を覚ましたが。喜べ、お嬢さん。今お前の身柄の引き取り先が決まったぞ。殺されないようにせいぜい媚びるんだな」

「ふざけたこと言わないで。自分の未来ぐらい自分で決めるわ」

「車の中でも言ったが、あんたは親御さんのところに戻してやるから安心しろ。俺が用があるのはそこの化け物だけだ」

 

 車で誘拐した時に会話していた男と、リーダー格の男。この二人だけ周りの男たちと雰囲気が異なっている。主犯はこの二人か……。

 自分を女と勘違いしているということは、寝てる間に変なことはされてないということ。すっかりアリサの振りが上手くなってしまったから疑われなかったのか。縄で縛られているけれど、体は普通に動きそうだ。これなら、なんとか出来るか……。アイリはひそかに臨戦態勢をとる。

 

「まぁ、お嬢さんのことは今は置いておこう、それよりも今はすずかお嬢様だ。お久しぶりですね、すずかお嬢様」

 

 すずかの体がびくりと震える。この二人、知り合いか。

 

「…………、おじさん、なんで、こんなことを……」

「いやなに、ちょっと変な噂を小耳にはさんだものでね。月村家の当主があんな小娘になるかもしれないという与太話だよ」

「…………お姉ちゃんが当主になることは、貴方には関係無い話です」

「とんでもない! なぜなら私はあの小娘が生まれる前から当主の座を狙っていたんだよ。あんな小娘には、月村の財も、力も、相応しくないのだ!」

 

 叔父と呼ばれた男は両手を振りかざし、主張する。

 

「ましてや、彼女は人間とのおままごとに夢中なようで。とても当主にふさわしいとは思えませんなぁ。あぁ、おままごとといえばすずかお嬢様もでしたか。姉妹そろって困ったものです」

「っ!! ……やめてっ!!」

「あんた何言ってんの? 頭大丈夫かしら」

「あぁ、お嬢様はまだ説明してないのですかな。それとも、エサにはわざわざ説明する必要はないと。それとも食事の後にわざわざ記憶を消しておられるのですか?」

「やめてっ!! 言わないで!!」

「あんた本当に何言ってんの? いきなりわけのわからないことを言ってすずかを侮辱しないで!」

「今日は本当に愉快だ。すずかお嬢様、あなたはどうやら自称あなたの友人になんの説明もしていないようですな。まぁ、説明をしようものなら、逃げられるから当然といえば当然ですか。仕方ないから私が教えてあげましょう」

「お願いっ! 言わないで!!」

 

 どうも雲行きがおかしい。先ほどから誘拐犯であるすずかの叔父の発言もよくわからないし、すずかは明らかにに誘拐とは別の事に対して怯えている。

 

「そこから先は俺が言おう」

 

 三本傷の男が言葉を続けた。

 

「あんたは……、少しは言葉が通じると思ってたけど、やっぱりこんな男に付き従っているだなんて最低ね」

「あぁ、どう思われようと構わない。だがその男に付き従っている訳ではない。寧ろ機会があれば殺してやりたいくらいだ」

「どういう、こと?」

「単純な利害の一致だ。俺も、その男も、その紫髪のガキとその姉を殺すことで協力しているに過ぎん」

「な、あんたなに言ってんのよ! すずかがなにしたっていうのよっ!」

「何をしたか、か……。そうだな。何をしたかと問われたならその答えは決まっている。そいつは、そいつらは――、俺の妹と婚約者の仇だ」

 

 仇。その男は確かにそう言った。すずかを見るその目はどす黒い復讐に染まっていた。

 

「な、何わけわかんないこと言ってんのよ。すずかが人を、こ、殺すわけ無いじゃない」

「確かに、……そいつ自身が殺したわけじゃない。だが間違いなくそいつらの一族に俺の人生は狂わされたんだ」

 

 男は、懐から銀のナイフを取り出しながら続ける。

 

「そうだな、少し昔話をしよう。お嬢ちゃんにとっても有意義な話のはずだ。……俺は昔、警察官だった。とある事件で連続殺人犯を追っていたんだ。相棒で婚約者だったあいつと一緒に、毎日飛び回って。そしてついにその殺人鬼を追い詰めた……」

 

 

 

 

 だが、かなり内密に動いていたはずなのに俺が突き止めたという情報が漏れていた。その殺人鬼は、俺のたった一人の肉親の妹を人質にとり、自分から手を引けと脅迫してきた。

 妹は気絶しているようだった。殺人鬼の腕の中でぐったりとしていた。怪我しているらしく、いつも着けているお気に入りのチョーカーが血で赤黒く汚れ、地面には少し血が染み込んでいた。といっても、出血死するほどの量には見えない。すぐに手当てすれば助かると思った。

 俺は、俺にとって妹とあいつが全てだったから……。殺人鬼の要望を飲むしかなかった。

 そんな時、あいつが駆けつけてきた。俺の大切だった、婚約者だった女だ。

 

「何してるの?!」

「待て! 妹が人質に取られてるんだ! 不用意に近付くな!」

 

 あいつは、動くなと言ったのによろよろと殺人鬼の方へ向かっていった。

 

「なんで……逃げなかったの……」

「逃げる? 逃げるわけないだろ! こんな状況で俺が逃げたら……」

 

 不用意に、殺人鬼に向かって歩いていく。

 そして何故か殺人鬼もそれを止めなかった。

 異様な光景だった。人質をとってまで俺を遠ざけようとした殺人鬼が、あいつに近づかれて掴みあげられるまでなにもしなかった。

 

「なんで、なんで逃げなかったのよ!」

「逃げる? なんで俺が下等な人間から逃げるなんて選択をしなくちゃならんのだ」

 

 その言葉の向けられた先は、俺ではなかった。

 

「あんな事を繰り返して、逃げなくちゃいけなくしたのは貴方じゃない!」

「ふん、知ったことか。それにお前が教えてくれたお陰でこの男の存在に気づけた。そして弱点もな」

 

 この男は……、何を言っているんだ。いや、そんな、まさか俺の情報を漏らしていたのは――。

 

「だが、お前が来てくれて助かったぞ。正直、この女にはもう人質の価値がなくてな。少し飲みすぎてしまったようだ」

「なんですって! ……なんて事を……」

「どれ、貴様に返してやろう。受けとるがいい」

 

 そういってその男は俺に妹を投げつけてきた。

 突然人質を解放する意味がわからずも、俺はただ受け止めた。

 その妹の体は――異様に軽かった。

 

「なんだ……この不自然な軽さは……」

 

 そして、胸元に二本の小さい刺し傷があることに気づく。

 

「なんなんだ、この傷は……」

「なんだとは、おかしな事を言うな。食事のあとに決まっていよう」

「しょく……じ?」

「貴様らの血を啜った痕だ。貴様の妹の血は聞いていたよりもかなり美味だったぞ」

「血を……啜る……? そんな……化け物みたいなのが、いるわけが……」

「なんだ、貴様は知らなかったのか。我々の事を」

「我々……?」

 

 さっきから、何かおかしい。腕の中でひどく冷たくなっていた妹の体を抱きながらそんな事を思った。

 

「貴方と一緒にしないで!」

「くくくっ、そうか、貴様あの人間に何も説明してなかったのか」

「私は貴方とは違う!」

「そんな寂しいことを言うな。血を分けた兄妹だろうに。それに、あの娘の血のうまさを我に語ったのは他ならぬお前であろう?」

「兄、妹……? 血を……吸っていた?」

「違う! 信じてくれ! 私は決して無理やりしたわけじゃ……あの子は、苦しんでいた私をあの子は助けてくれていたんだ!」

 

 コノオンナハ、ナニヲイッテイル?

 

 それじゃあまるで血を吸っていた事を肯定しているみたいではないか。

 妹の体を見つめる。胸の傷も気になるが、ふと目にはいったのは、お気に入りだからといって俺の前では決して外さなかったチョーカー。このチョーカーをしだしたのはいつからだったか。確か……、あいつが初めてうちに遊びに来た時じゃなかったか……。

 嫌な予感を胸に、恐る恐るチョーカーに手をのばす。

 そんなことがあるはずが……。いや、しかし……。

 

 そして、そのチョーカーの下に隠されていた肌には、――――二本の牙の痕がくっきりと残っていた。

 

 そんな……、そんな……。

 

「あ゛あ゛あ゛あああ、うわあああぁぁぁッッッ!!!!」

 

 

 

 

「その後その二人に襲いかかったが、あいつらを捕まえることが出来なかったし、あいつらに殺されることもなかった。俺は吸血鬼に騙されて……人生で大切なものを全て失った。しばらくは何をすればいいのかわからなかった。だが、あいつらを根絶やしにしなくてはいけないという事だけはわかった。死んだ妹のためにも、一匹でも多くの化け物を退治してやると誓った」

 

 三本傷の男が語った話は、壮絶なものだった。それは一つの悲劇。その語りの節々から、男の深い悲しみと後悔が伝わってくるものだった。

 

「さて、お嬢ちゃん。俺がなんでこんな話をしたのか分かるな」

 

 男の話を聞き、アイリは萎縮した。その男の尋常ならざる気迫に押されたのだ。

 

「じゃあ、あなたは……。すずかがその吸血鬼だって言いたいの……?」

 

 弱気になりながらも、男に突っ掛かる。

 

「ああ、その通りだ。そいつは人間じゃない」

「そんなの、そんなの信じられるわけ無いじゃないッッ!」

 

 男の言葉に真実性を感じながらも、感情で否定する。

 

「なんなら本人に聞いてみるんだな。最も、自称友達に何を話すかはそいつ次第だかな」

 

 男に言われるままに、すずかに問いかける。それは男の言葉を信じはじめていたからか、すずかに笑って違うよとでも言ってほしかったからか。アイリの心境は複雑であった。

 

「すずか……?」

 

 顔を横に向けてすずかを見る。

 すずかは声を殺して泣いていた。

 まさか、今の話は本当? 本当に――人間じゃない?

 

「ごめんなさいっ……。ごめんなさい、アリサちゃん……っ」

 

 泣き続け、謝り続ける。それは、言葉にはしていないが男の言葉を肯定していることに他ならなかった。

 

「謝るぐらいなら、何故近づいた。化け物め」

「友達ごっこは見てて微笑ましいですが、あまり人間を弄んではいけませんよ、すずかお嬢様」

 

 一人は不機嫌そうに、そしてもう一人は愉快そうにアイリとすずかの様子を見ている。

 よほど自分たちの関係が気に入らないのか、滑稽なのか。

 

 ふざけるな。

 どうしようもない怒りがこみあげてくる。

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!

 アイリの胸のうちに込み上げてくるのは、言い様の無い憤りだった。

 お前たちがすずかの何を知っている。すずかとは何年も前から、彼女が幼い頃からの付き合いだ。普段はおっとりしている彼女がすごく優しいことを知っている。とても友達思いなのを知っている。そして、いつも少しどこか臆病だったことを知っている。

 アイリはアリサの振りをする事も忘れて、ただただ思いの丈を叫ぶ。男たちに向かって。そしてすずかに向かって。

 

「ふざけるなッ!! すずかちゃんを貶めるのもいい加減にしろ!! 吸血鬼? だからどうした! ちょっと血を吸うからってすずかちゃんが僕の友達であることには変わらないし、すずかちゃんがすごく優しい子だってことは僕だって、みんなだって知ってる! 種族が違うからって今更疑うものか! 僕の大切な友達だッ!!」

「すずかちゃんも!! ……もっと、みんなを信用しなよ! 秘密を抱えているのは怖いかもしれないけど、君の周りにいる子はそんなことで君から離れて行ったりしない! ……僕の自慢の妹たちはそんなことはしないよ!!」

 

 自分の友達のすずかはこの男が話したような、人間を下等種族だなんて言ってのけるような人間じゃない。

 きっと、自分が人とは違うことでずっと苦しんできたんだ。だから、時々あんな寂しそうな顔をしていたんだ。

 すずかには泣いていてほしくない。こんな優しい子が苦しむなんて間違ってる。

 

「……っ! ア…アリサちゃん……。うぅ……、ありが……とぅ。わたし、アリサちゃんが友達でほんとに……あれ、アリサちゃ……ん? …………あれ、アイリくん?」

 

(あ……。ばれたー! しまったー!!)

 

 思わずアリサの振りをするのを忘れてしまったことにアイリは気付く。

 今明らかに、自分はいつもの自分に戻っていた。

 これは、明日から変人扱いコースに突入してしまったんだろうか。

 いや、でもいくらなんでもアリサの振りをしてアリサの代わりに代弁することも出来なかったし、そう考えるとどうしようもなかったのかもしれない。

 

「ふん、つまらないな。もう少し賢いやつかと思ったが。残念ながら、生かしておいてやるというのは無しだ」

 

 そう言って男は拳銃をこちらに向ける。

 その格好は脅しではなく、明らかに発砲する様子だった。

 だがアイリもいい加減腹が立って仕方がなかった。

 縄を切り、拳を構える。

 

「おや、縄が緩かったか。……まぁいい、死ね」

 

 パンッ

 

 乾いた拳銃の発砲音が響く。

 アイリは銃口と引き金に架けられている指から目をそらさずに体を反らして躱す。

 男との間には距離がある。だがそんなことは関係ない。

 拳に力をため、怒りを込め、気を漲らせる。

 

「はああぁッッ!!」

 

 渦巻く怒りが熱くする!――

 ――――これが咆哮の臨界!

 

『波動撃!!』

 

 拳を振りぬき、遠当ての要領で男に向かって拳を放つ。

 一見、何もないところへ向かっての一撃。だが、それは確かに男へ届く。

 振りかぶった拳に呼応するように光の衝撃が男へとぶつかる。

 男は吹き飛ばされ、何が起こったのかも理解できないまま意識を失いながら奥の壁へと衝突していく。

 激しい音の後、場に静寂が訪れる。残りの男たちは今何が起こったのか理解できなかったのだろう。

 拳銃を持った大の大人が、小学生の女の子に正面から戦って敗れるなんて。

 

 数瞬の後、三本傷の男が声を荒げる。

 

「こいつらを殺せ! 一斉に撃て!!」

 

 他の男たちが向かってくる。

 伊達に鍛錬を積んでいない。拳銃なんかに負けるほど、日々の訓練は軟じゃなかった。

 すずかをかばいながら拳術で応戦する。銃弾をかわし、敵に迫る。剣を武装している男から剣を奪い、振りかざす。

 拳を振るい、相手の銃を破壊し、剣を振るいながら一人、二人と倒していく。

 同士討ちを狙うために、敵の密集している地帯へと突入していく。

 倒した数は十人を超える。

 暫く、思いのまま暴れていると、最後の一人となった。

 

 あの三本傷の男だ。

 

「チッ、同情してお前を生かしていたのは失敗だったか」

「大切な人を信じられなかった時点で、……お前の負けだよ」

「お前に何が分かる! いや、お前だって分かっているはずだ! どうして、こんな化け物と一緒にいられる!」

「決まってるだろ。僕は、すずかちゃんを信じてるからだ!! さっさと……、寝てろッ!」

 

 最後の一人を殴り飛ばし、戦いを終える。

 下の階にはまだ人の気配があるが、ひとまずこの階は制圧した。

 ふぅ、とひと呼吸入れる。

 あとはすずかを連れてここから逃げ出すだけだ。なんなら窓から逃げ出せばいいから、問題なくやれるはずだ。

 

「あの、えーと……アイリ君?」

「あ……、えーと誰のことです? 僕はこのビルに住んでる平凡な小学三年生で……、あ、ほら、ちょっと恥ずかしがり屋だから顔を隠すね」

 

 その問題が解決してなかった。

 手近にいた男がかぶっていた覆面を奪いとってかぶる。

 後ろ髪が隠せてないから無理矢理服の中にしまう。

 

「それで、なにか用かな。このビルに連れられてきたお嬢さん」

「あ、うん。それ続けるんだ。えーと、その、アリサちゃん今日一日中私と一緒にいたよね」

「アリサというのはよく知らないけど、君が一緒にいたっていうならそうなんじゃないかな」

「そうだよね、朝からここに連れてこられるまでの間に入れ替わる時間なんてなかったもんね」

「まぁ、僕は今日は一日中このビルで過ごしてたけどね」

「ってことは、アイリ君ひょっとして今日一日中アリサちゃんの格好をしてアリサちゃんの口調でしゃべってたの?」

「よくわかんないけど、君がそう思うならそうなんじゃないかな」

 

 すずかの容赦のない口撃がアイリの心を穿つ。

 

「その……女の子の姿するの趣味なの? よくアリサちゃんが許してくれたね……。あ、でも似合ってるよ! アリサちゃんと同じくらい可愛いよ!」

「違うから! アリサにやらされただけだから! 殺して!! もういっそ僕のことを殺して! 社会的に殺される前に僕のことを楽にして!!」

 

 するとすずかはくすくすと笑いだす。その空気は柔らかいものとなっている。

 

「あ、からかったな! 僕がどんな思いで今日一日を過ごしていたと思ってるんだ!」

「ふふっ、ごめんなさい。でも可笑しくって。本当にどうしてそんなことになってるの?」

「話せばややこしい話なんだけど、アリサが朝体調が悪くて寝込んじゃったんだ。それで君たちに心配かけたくないからって学校に無理やり登校しようとしてたんだけど、それをベッドに押さえつけていたらいつの間にか、僕がアリサの代わりに登校することに……。朝だし頭が回ってなかったし、アリサが可愛らしく甘えてくるからつい……」

「そうだったんだ……。アリサちゃん大丈夫なの?」

「帰りに携帯で連絡した時には無事回復してたよ。今はもう元気に動き回ってるんじゃないかな」

「よかった……。でもそんな時もちゃんと伝えてほしいな」

 

 そういってすずかは不満そうな顔をした。

 だがそれはすずかにも言えることだ。

 アイリはすずかのこめかみを両手で押さえながら告げる。

 

「ひ、と、の、こ、と、を、言えるのかなぁ~~!! 別に秘密をばらさなきゃ友達じゃないとかは言わないよ。でもずっと不安を抱えていたんだったら、僕たちが君の助けになれるんだったら、それを少しずつでも話してほしかったかな!!」

 

 ぐりぐりと頭を押さえつけて伝える。

 

「ご、ごめんなさ~~い。私、その不安で……」

「まぁ、さっきもいったけどアリサもなのちゃんも優しい子だから、すずかちゃんから離れていくことは絶対にないよ。そこは二人のことを信じてほしいかな」

「アイリ君……」

「まぁ、いい機会だから……、……ッ!! 下の階から人が来る! すずかちゃんは隠れてて!」

 

 下の階が騒がしい、それよりもこちらに向かってくる気配が一つある。

 静かで、速い。偶々気が付かなかったら部屋に突入されるまでわからなかったかもしれない。

 明らかにさっきまでいた敵よりも強い、本物の戦士の気配を感じる。

 

 扉に向かって剣を構える。扉を開けた瞬間に不意打ちの初撃で叩いてやる!

 気配は扉の前で止まる。扉は開かない。ノブに意識を集中する。

 

 ノブが回らない。

 ……回らない。

 ……回らない。

 

 ――回った。

 

 完璧なタイミングでドアの隙間に向かって剣を振りぬく。

 

(獲った!)

 

 だがその時思いもよらないことが起こる。

 ドア自体が激しい音とともにこちらに向かって吹き飛んできた。

 

(ノブの動きはフェイクかッ!!)

 

 アイリは舌打ちをしながら飛んでくるドアを避ける。

 だがそれは致命的な隙となり、侵入者の攻撃を許すこととなる。 

 

「ハッ!!」

「くッ!」

 

 かろうじて剣で受ける。だが剣は砕かれ、体は吹き飛ばされる。

 アイリは急いで傍に転がっていた他の剣を拾う。

 敵は二刀の剣士が一人。覆面で顔はわからないが、明らかに場馴れしている。

 だが二刀相手の練習は散々積んできた。ここは絶対に負けられない。

 

「少年兵、いや少女兵か。嫌な世の中だな」

 

 敵はそう呟き、攻めてくる。速い。左右時間差で刀がやってくる。二刀の網を掻い潜り、剣を持っていないほうの拳を最短距離で放つ。

 だが相手は刀の柄で攻撃を防ぐ。追って剣を思い切り振りぬく。

 相手は片方の刀でいなしながら最小の動きで躱し、もう一つの刀でこちらを切りつける。

 体を無理に捻り躱す、が、躱しきれず皮一枚切られる。

 一合一合重ねるたびにわずかに押し負ける――強い。

 こちらよりも明らかに攻撃の手数が多い。それに武器が相手の攻撃に耐えられない。攻撃をいなせない!

 また武器を砕かれ、急いで他の剣を拾う。

 

 力で押し負ける。速さで届かない。技術でも劣る。

 それでも、引けない。

 

「はあぁぁぁッ!!」

 

 純粋な剣技で勝てなくとも、勝負には勝つッ!

 

 ひるがえりて来たれ、幾重にも――その身を刻め――ヘイスト!

 たゆとう光よ、見えざる鎧となりて――小さき命を守れ――プロテス!

 

 速度増加と防御強化の呪文を言葉には発せず発動させ、重ねがけを行う。

 体に満ちた魔力とともに突撃する。

 

「たあァァッ!」

「っ、速いッ!!」

 

 突然速くなったこちらの攻撃に対応が遅れる侵入者。

 

 この機を逃すか!

 

 流れるように攻撃を叩き込む。落ち着く時間なんて与えない。

 このまま決めるつもりで連撃を与えていく。

 こちらの攻撃が相手に通るようになった。

 相手の体に徐々にダメージを積み重ねていく。

 いける、このままなら――

 そう思い突貫する。しかし、そう上手くはいかなかった。

 

 ――御神流――『貫』

 

「がはっ!!」

 

 突然相手の攻撃がこちらの防御をすり抜けて直接体に叩き込まれる。あまりの威力に吹き飛ばされ、距離が空く。

 ダメージはあるが、まだいける。それよりも今の技は……。

 

「御神流……」

 

 最悪だった。士郎からは御神流が相手になったら逃げることだけを考えろと言われている。

 戦ったら、負けないのが御神流だと。相手を倒すことを貫き通した流派だと。

 

「知っているのか。ならば話が早い。――御神不破流の前に立ったことを、不幸と思え」

 

 それでも、負けられない。

 逃げるわけにもいかない。

 引くわけには――いかない!!

 

「僕は……勝ってみせる。――我に合見えし不幸を呪うがよい、星よ降れ!」

 

 ――御神流奥義之壱『虎切』

 ――『星天爆撃打!』

 

 斬撃が迫ってくる。威圧か斬撃か、衣服が切り刻まれる。魔力で保護した体にもダメージがのしかかる。

 だが、こちらも負けていない。

 上方からの強烈な衝撃波。三日月を具現化したような青の衝撃を相手の頭上から叩き込む。

 それは相手の体に確実にダメージを与え、頭部の覆面を破壊する。

 

「っ、この技は!!」

 

 明らかに動きが鈍った。確かに相手にダメージを与えている。このまま、突っ込む!

 アイリは追撃をしようと剣を振りかぶり――

 

「――兄さん?」

 

 その顔が見知ったものだと気が付いた。

 

 

 

 

 下の階で暴れていた士郎と合流してアイリたちは一息つく。

 もちろん士郎は下の階をすべて制圧していた。

 

「助けに来た人が人質に襲い掛かってくるとか何考えてんの! 何回死にかけたと思ってるんだ!」

「いや、それは申し訳なく思っている。それにしても、強くなったな。俺と打ち合えていたんだから大したものだ」

「終始押されてたよね?! 体中ボロボロだから! ってか覆面なんかしないで普通に来てくれれば切りあうこともなかったのに!」

「ちょっと誘拐犯が月村の関係らしくてな。俺のことがばれているかもしれないから顔を隠してたんだ。それにそれはお前にも言えることだぞ。なんで覆面なんかしているんだ」

「うっ……、いや、僕はその、このビルに住まう平凡な小学三年生だから……です」

「いや、お前は自分の家があるし、中学二年生だろ。というよりもなんだその服装は」

「服装のことはほうっておいて! 結果的にすずかちゃんが助かったんだからいいでしょ!」

「あ、その、助けに来てくれてありがとうございました! アイリ君もありがとう! えーと、なんでここがわかったんですか?」

「アイリが機転を利かせて俺に連絡してくれてな。ここの場所は忍ちゃんがすずかちゃんの携帯につけている発信機を追ってきたんだ」

「すずかちゃんも無事でよかった。忍に連絡したから、のちにこちらに直接迎えに来るだろう」

 

 そう聞くと、すずかはぺたんと地面に座り込んだ。

 

「あれ、私、腰が……」

「あぁ、気にしないでそのままでいい。緊張の糸が切れたんだろう」

「師匠が御神流とあったら逃げろって言ってたのに、逃亡不可イベントで遭遇とかありえないからっ! 草むらから野生の御神の剣士が現れるとかひどすぎるでしょっ!」

 

 アイリの愚痴は止まらない。今日の星占いを見ると絶対に星一つで絶対に部屋から出ないように、と出てくるに違いない。

 

「技は教わっていなくともお前も御神の剣士の一員なんだから、それぐらいの不条理は押し通せ」

「兄さんは無理難題をおっしゃられる!」

「はっはっは、まぁ実戦は最大の訓練と思うんだな。それにしても……」

 

 そういって士郎はアイリの姿をじっと見る。

 恭也がそれに続く。

 

「あぁ、それにしても……お前は随分色っぽい姿をしているが、趣味なのか?」

 

 二人の視線がアイリにそそぐ。私立聖祥大付属小学校の女児用の制服が切り刻まれて、アイリの素肌がところどころ露出している。

 脚なんかは隙間から脚線がまるわかりだった。

 

「半分は兄さんのせいなのに! どちくしょーっ!!」

 

 アイリは窓から逃げ出した。

 

「少しいじりすぎたか」

「いや、でもほんとに女の子にしか見えなかったぞ。学校ではさぞかしもてるだろうなぁ……男に」

「アイリ君、かっこよかったな……」

 

 背後ではそんな会話が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 アイリは直接家に帰ろうと思ったが、ボロボロの服をアリサに見せるわけにもいかないため、制服を買うために美由希にこっそり増援を頼みに行った。

 だがそれは完全に失敗だった。

 こっそりと窓から忍び込んだのに美由希が大騒ぎをしてしまったのだ。

 

「アリサちゃん! どうしたのその姿! ひどい!! 何があったの!」

「どうしたの~、お姉ちゃん。そんなに騒いでー。あ、アリサちゃん! どうしたの! ひどい!! 何があったの!」

 

 同じ反応しかできないのか、と思わずにはいられない。

 そしてなのはにばれないためにこっそり入ったのに、すべて無駄になってしまった。

 

「こんなに服をボロボロにされて……まさか、……男の人にひどいことされたの?」

「お姉ちゃん、ひどいことってなに? アリサちゃんに何があったの?!」

「女ったらしのイケメンに襲い掛かられました。そして僕はアリサじゃないです」

「ひどいっ! アリサちゃんいくら相手がイケメンだからって小学生に襲い掛かるような人を許しちゃだめだよ!」

「アリサちゃん自分がアリサちゃんじゃないとか言わないで! 正気に戻って!」

 

 死にたい。確実に選択肢を間違えた。服を着替えてから来るべきだった。この家にも着替えを置いてあるのに、気が動転してて頭がまわらなかった。

 

「死にたい……。今日一日をやり直したい……」

「アリサちゃん死にたいとか言わないで! 辛いことがあってもいいこともきっとあるから!」

「アリサちゃん~~~」

「ハハハハハ……」

 

 そうしてアイリは、自分で今日一日アリサと入れ替わっていたことを説明することとなる。

 なにこの地獄。アイリは今日一日の努力が完全に無駄になってしまったことを感じながらそう思った。

 

「えーー?! 今日のアリサちゃん、アイリ君だったの!? 全然気が付かなかったの……」

「アリサちゃんそっくりとは思ってたけど、一日入れ替わっててもばれないなんて、ほんとそっくりなんだねぇ」

「その言葉は僕の心を深く傷つけていることを忘れないでください」

「あ、でも可愛いよ~。こんなかわいい弟分を持って私は幸せだなぁ~」

 

 そういって美由希はアイリに抱き付く。

 

「あ、お姉ちゃん私も! アイリ君可愛いよ!」

 

 なのはもアイリに抱き付く。もうされるがままである。

 

「それで、どうしてこんなにボロボロなの? ほんとに男の人にひどいことされなかったの? こんなに可愛いんだからなにかひどいことされたんじゃ……」

「ちょっと誘拐されたんですが、最終的にお宅の長男に襲い掛かられました」

「えぇっ?! 恭ちゃんに?! し、忍さんというものがありながら、……なんてアブノーマルな……。そんなだったら私にも……ブツブツ……」

「誘拐って?! 大丈夫だったの?!」

 

 美由希が何やら言っているけど、声が小さくて聞きとれない。

 

「いや、小太刀二刀を持って襲い掛かられました。なんなのあの人、怖すぎるんですけど」

「え?! あぁ、なんか行き違いがあって戦っちゃったんだ。うん、よく生きてたねー」

 

 そう言ってアイリの頭を撫でる。あぁ、人の優しさが心に沁みる。

 年上っていいなぁ、と思いながらアイリはギュッと美由希にしがみついた。

 

「こっ、これは! 恭ちゃんグッジョブ!」

「あー、お姉ちゃん私も~」

 

 

 そうして着替えにたどり着き、無事制服を脱ぐことができた。

 微妙に二人が残念そうな顔をしていたのは気にしない。

 その後、無事制服を買うことができた。

 アリサに今日の誘拐事件がばれるという最悪の事態は避けることができたといえる。

 

 高町家に戻ると、士郎と恭也、忍と忍のメイドのノエル、そしてすずかが待ち構えていた。

 なのはが勢いよくすずかに抱き付く。

 

「すずかちゃん! 誘拐されたって聞いたけど大丈夫だったの?! 怪我はない?!」

「大丈夫だよ、なのはちゃん。私は……本当に大丈夫、だよ……」

 

 すずかの身を案じて質問を浴びせる。

 すずかは泣き出してしまった。

 あんなに怖い目にあったんだから当然ともいえる。

 後を引かなければいいんだけど……。二人の姿を見ていると心配の気持ちが湧いてくる。

 

「恭ちゃん、アイリちゃんいじめたんだって? ダメだよ、こんな可愛い子いじめちゃ」

「それは確かに申し訳ないと思っているが、アイリは中々強かったぞ。お前も今度真剣で戦いを挑むといい」

 

 物騒な話が聞こえてくる。

 

「それよりも、誘拐の関連でアイリと話しておかなくてはいけないことがあってな。ちょっと借りていいか」

「ちゃんと返してよー。今のアイリちゃんすごく可愛いんだから」

「それはアイリに聞いてくれ。アイリ、ちょっと道場に来てくれ」

 

 アイリは恭也に連れられて道場に着いていく。後ろには忍とノエル、少し離れてすずかが付かず離れずでうろついている。

 十中八九月村家の一族の問題についてだろう。

 自分が聞いてしまった、人に話せない類の秘密だ。

 道場に着き、扉を閉めると忍が声を発した。

 

「久しぶりだね、アイリ君。まずは、すずかを助けてくれてありがとう。あなたたちに何事もなくて本当によかったよ」

「それは完全に成り行きでしたし、すずかちゃんに聞いてると思うんで、できれば僕の姿については掘り下げない方向でお願いしますね」

 

 忍はアイリの言葉に苦笑して続ける。

 

「今日は君が入れ替わっててくれて本当によかったよ。あいつらについては対処したから安心して。これからはこんなことは起きないはずだから。それに、私が何よりもお礼を言いたいことは、すずかの心を守ってくれたこと。君が心からすずかを友達だと思っていると言ってくれて、すずかは救われたはずだよ」

「あ、できれば恥ずかしいんで僕の言動についても掘り下げない方向でお願いします。すずかちゃんに聞いたんですか?」

「すずかに聞いたのもあるけど、すずかにはもしもの時のために録音端末を持たせてるの。かっこよかったよー。さすがは平凡な小学三年生だね」

「掘り下げないでって言ってるでしょ?! なんでそこチョイスしたの?!」

 

 忍はクスクスと笑って誤魔化した。

 

「と、まぁ雑談はこのくらいにしておいて、なんで呼ばれたかはわかっているでしょ?」

「それは……、聞かれたくない一族の話とかですか?」

「そう、その話。アイリ君がいい子だっていうのは知ってるし、私たちのことを何とも思ってないことはわかってる。それでも、私たち夜の一族には、自らの素性がばれたときに相手と契約を結ぶよう掟があるんだ。私は月村家当主として契約をあなたと結ばなくてはならないの」

「契約……ですか?」

「そう、契約。道は二つかな。一つは、私たちの一族の記憶を消し去って今まで通りに生活してもらう」

 

 そういって忍は指を一本立てる。

 

「記憶を……、消し去る? そういえばあの男がそんなことをいっていたような……。それは二人のことを忘れてしまうってことですか?」

「そんなに深刻に考えなくていいよ。私たち自体の記憶を消し去るわけじゃないの。私たちが夜の一族だという記憶だけを消し去るの。だから私たちとも今まで通りの関係を築けるはずだよ」

 

 それは……、確かに今まで通りかもしれないけど、なんか嫌だな。今までと同じようで、決定的に何かが違う気がする。

 続いて、と忍はもう一本指を立てる。 

 

「もう一つは、私たちと共に生きてもらう。生涯秘密を洩らさないことを誓い、共に生活してもらう」

「え、それってどういうことです?」

「まぁ、簡単な例を挙げると、結婚かなぁ」

「はぁ、結婚ですか。結婚ねぇ……って、ええええええっ?!」

 

 結婚?! いくらなんでも話が飛躍しすぎている。中学生にして結婚とか。

 突然のことに意識が動転する。

 

「いや、あのその、結婚はまだちょっと早いかなぁとか思ったり。もっと自分を磨かないと……。それに僕は恋愛結婚がしたいなぁ、とか思ったりですね、えーと」

 

 混乱して錯乱して困惑する。

 誰だっていきなりそんな話を振られたら動揺するに違いない。

 

「あら、アイリ君はもう十分かっこいいよ? それに可愛いし。少なくとも私は好きだよ? それに婚約してから育む愛があってもいいんじゃないかな」

「え、あの、その」

 

 アイリは顔が真っ赤になっていくのが分かる。まさか一日の終わりにこんな出来事が待っているなんて。本当に色々ありすぎる一日だ。

 頭が混乱している。色んな事が頭を回って逆に頭が働かない。

 今日の不運は今この時のための神様の試練だったのかもしれない。

 忍はとてもきれいな人だし、すずかの姉だけあって優しそうな人だ。こんなきれいな人と結婚だなんて、考えただけで幸せな気分が溢れてくる。

 自分はひょっとして今世界一幸せな男なのかもしれない。

 気恥ずかしい気持ちもあるけど、やっぱり幸せな思いが止められない。

 何はともあれちゃんと答えないと。

 忍のほうからこんなに寄り添ってくれているけど、やっぱり自分の方からも気持ちをちゃんと返さないと不誠実だ。

 

 ここでいかなきゃ――男じゃない!

 

「あの!!」

「あら、どうするか決めてくれた? できればもっと考える時間をあげたいんだけど、ごめんね、急で」

 

 アイリは、忍の手を両手で強く掴む。

 顔が熱い。頭がフラフラする。

 でも、言わなくては。

 

「あの!! 幸せにしますから!! 大切にしますから! 僕と結婚してください!!」

「…………へ?」

「え?」

「あら……、あー、そういうこと。あー、うん、その、ごめんなさい!」

「え?」

「私、恭也と付き合ってるんだ」

 

 神は死んだ。

 

 

 

 

 呆然と立ちすくむアイリの横で、二人が会話している。

 会話がアイリの耳を通り抜けていった。

 

「……お前は鬼か」

「やっぱり、私が悪いのかな」

「ほとんどお前が悪い。お前が自分と契約しろと迫っていたんだろう」

「あー、やっぱりそうだよね。私としてはすずかの相手になってほしかったんだけど」

「ならそう説明しておけ。見ろ、この光の消えた目を。こいつの心は今傷だらけなんだから最後の一撃になってしまっただろ」

「これは、男にひどいことをされた女の子のような目だね」

「繰り返すが、とどめはお前だからな」

「ほんと、どうしよう。今からすずかを、っていって大丈夫かな」

「お前は傷口に塩を塗りたくるのが趣味なのか。告白した女に別の女を紹介されるとか笑い話にもならないぞ」

「そうよねぇ、まぁ婚約はできればしてもらいたかった程度だし、アイリ君が私たちのことを話さないって誓ってくれるだけでいいや」

「始めからそうしておけば話はこじれなかったのにな」

「アイリ君、私たちの秘密をずっと黙っててくれるかな」

 

 あやふやな意識のままで頭をコクン、と動かす。

 

「あ、反応があった! よかった~。これで契約は成立だね!」

「哀れな……」

 

「ど」

「ど……?」

「どちくしょう――ッ!!」

 

 アイリは逃げ出した。

 

 逃げ出した先はなのはの部屋。

 なのはに抱き付きながら、年上なんてー! と泣いているアイリを、なのはは驚きながらも慰めた。

 

「わわっ、どうしたの、アイリ君?! なんで泣いてるの? ひどく悲しそうな目をしてるの。泣かないで!」

 

 小三に慰められる中二という構図は気にしない。 

 部屋の扉の隙間から色んな人がこっそりと覗いていたことも気にしない。

 アイリはそのまま泣き疲れて寝てしまった。

 

 今日は、本当に厄日だ。

 

 

 




作戦名:テンプレ大事に。

「きゃあっ! やめて! 私に酷いことするつもりでしょ!」
「へっへっへ、叫んでも誰も来ねぇよ!」
「まてーい!」
「何奴?!」
「貴様に名乗る名前は無い! とおッ!」
「うわー!」
「真面目に生きていれば、こんな風になることもなかったろうに……」
「素敵! 抱いて!」

ここまでテンプレ。

FFTのCHAPTER2での

アグリアス「今さら疑うものか! 私はおまえを信じる!!」

は名場面です。


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第四話『それぞれの一日』

原作前その四


 高町なのはは幸福だった。

 

 なのはには、物心ついた時からいつも一緒にいる男の子がいる。

 男の子なのに可愛らしくて、すごく優しくて、でもどこか少し抜けている。そんな印象の少年だ。

 その男の子はいつもなのはを助けてくれた。

 寂しいときには一緒にいてくれて、困った時には一緒に悩んでくれた。

 なのはにとっては遠いはるか昔、おぼろげな断片でしかないけれども、父を救ってくれた少年という記憶がある。

 父が遠い手の届かないところへ行ってしまうところを、自分たちのところに戻してくれた人。

 ボロボロになった父親を、もとの元気な姿に戻してくれた人。

 今となっては、ただの少年がどうやって父を救ったという話に繋がっているのかは、思い出すことができない。

 ただなのはの中では、その少年は自分がピンチの時に救ってくれるヒーローのような存在だった。

 

 そんな男の子が自分を頼ってくれた。

 どうしてかは分からないけれども、ひどく傷ついていて自分に甘えてきてくれている。

 その際に感じた気持ちは、なのはにとってはなんともいえないものだった。

 

 この所なのははずっと思い悩んでいた。

 それは漠然とした不安。

 幸せな家族と友達に囲まれ、衣食住も学校生活だって満足している。

 寂しくなる理由なんてどこにもないはずなのに、悲しいような、苦しくなるような、行き場のない気持ちが胸の奥から出ていかない。

 なにかやらなきゃ、という思いが沢山あるのに、その思いの行き先が見当たらない。

 自分の周りの人たちは、少しずつやりたいことを見つけ、一歩一歩進んで行っている。

 自分は――何がしたいのだろう?

 母親の後を継いでパティシエ? それとも趣味の写真を活かした映像監督?

 どれもしっくりとこない。

 他の人たちは歩き続ける中で、自分だけが立ち止まっている。自分だけが取り残されている。

 いつも一緒にいる人たちのはずなのに、その距離がすごく遠い。手を伸ばしても、さわれない。

 自分もそちら側に行きたい。歩きたい。

 なにかしたいことがあるはずなのに、それがわからない。

 それは、涙を流し、声を大にして叫びだしたいほどの嘆きとなって彼女を蝕んでいた。

 

 そんななのはが男の子に頼られた時に感じた感情、それは確かな喜び。そしてその時、なのはは確かに自分の目標に触れた気がした。自分の夢がわかった気がした。

 

 ――人を助けることがしたい。人を守る仕事に就きたい。誰かに、必要とされたい……

 

 そんな誰もが一度は思うような気持ち。そこがなのはの心の原動力だった。

 いつも守られてばかりだったなのはだからこそ、その思いは人一倍強いものだった。

 

 その気持ちは、真っ暗な闇の中で答えを探し続けていたなのはの心の中で、確かな光となって輝き、なのはの心を優しく癒しはじめていた。

 

 それは高町なのはの夢の始まり。

 自分の気持ちに向き合うことができた、大切な思い出だ。

 

 

 

 

 アリサ=バニングスは混乱していた。

 

 その日、アリサは体調を崩した。

 執事の鮫島が言うには、軽い熱が出ているだけなので、暫く安静にしていればすぐによくなるだろうとのことだった。

 それくらいならば、休まずに学校に行っても大丈夫だろう。

 そう思って朝の支度をしようとしたが、彼女の兄が黙っていなかった。

 

 アリサには五歳年上の兄がいる。

 もう中学二年生になるけれども、自分とあまり身長が変わらないことを気にしている愛らしい兄だ。

 やたら自分を甘やかしてくるこの兄は、けれども譲らない時は決して譲らない頑固な性格も兼ね備えている。

 

 そんな兄が今回は意見を曲げる気がなかった。

 暫く言い合いをした後に、売り言葉で自分の替わりに行ってきて! と言ってしまう。

 思えば、熱があることもありあんまり頭が回っていなかった。

 しかしふと、これはひょっとして案外ありなんじゃないだろうか、と思った。

 これは兄の可愛く着飾った姿を見れるチャンスかもしれない。

 そう思ってからの行動は早かった。

 色々と言い訳をして反論する兄を丸め込み、甘えておねだりをする。

 暫くすると兄は折れてくれた。お兄ちゃん呼びが効いたのかもしれない。

 

(これは熱を出したかいがあったわ)

 

 確かな手ごたえを感じてアリサはほくそ笑んだ。

 せっかくだから、兄に自分の制服といって、母が兄用に買っていた私立聖祥大付属小学校の女児用の制服を渡す。

 まさかこの服が日の目を見る時が来るとは思わなかった。

「もしもの時のために、あなたにこの服を託します。いつか、機会があればアイリに……」そう言って、自分に兄の女性用の服を渡してくる母の姿を思い浮かべる。

 

(ママ。あたしはやったわ! やり遂げたのよ!)

 

 達成感とともに、兄の髪型を弄り自分が普段している髪型に整える。

 普段もよく兄の髪をいじくっているけれども、自分と同じ髪型にするのは少し気恥ずかしい。

 服と髪を弄り、ちょっとした化粧をして雰囲気を整えると、わりと自分によく似ていた。

 もっとも、その顔はリンゴのように真っ赤に染まっていてとても愛らしかったが。

 

 満足のいく出来だったので、笑顔で送り出す。

 ちなみに、一連の様子をこっそり鮫島に頼んで撮影してもらっている。

 海外出張中の両親へのいいプレゼントになりそうだ。

 

(アイリの土産話が楽しみだわ。早く、お昼にならないかしら。そのためにもさっさとよくならないとね)

 

 アリサは最速で回復しようと即座にベッドへと潜り込んだ。

 

 

 

 

 昼を過ぎて暫く経っても、兄は帰ってこなかった。

 恥ずかしがりやな兄が、あの姿で寄り道なんてするわけがない。

 何故すぐ帰ってこないのか。

 無事今日一日アリサになれたのか。それとも自分の想像だにしないおもしろイベントにでも遭遇しているのか。

 詳細が知りたいというはやる気持ちを抑えながら、兄の携帯に電話してみようか、それともおとなしく待っているかと悩むことを繰り返す。

 体調はもう全快だ。メールでやりとりした時には兄は問題なく過ごしてるといっていたけれども、放課後になのはにでも連れまわされているのだろうか。

 せめてメールだけでも送ってみようかと思い直す。

 

 そんな時、屋敷に一本の電話が入った。

 部屋から出て電話を取ると、それは高町士郎からだった。

 

「もしもし、バニングスですけど」

「あぁ、アイリか。俺だ、士郎だ。急ぎで済まないがデビットさんに代わってくれ。大切な話があるんだ」

 

 士郎の口調は鋭い。

 いつもの陽気な雰囲気とは違った様子を感じ、士郎は兄と話すときはこんな感じで話しているのか、と普段は知ることのできない情報にアリサは驚いた。

 

「パパは今海外出張中です。ママも一緒についていってます」

「……そうか、困ったな。なんともタイミングの悪い」

「それと、あたしはアイリじゃなくてアリサです」

 

 間違えちゃだめですよ~。とふざけながら続けるも相手からの返事が返ってこない。

 

「……? もしも~し?」

 

 突然相手の反応がなくなってしまった。

 回線が途切れた? そう思い、しばらく電話越しにもしもしとささやき続ける。

 暫くすると反応があった。

 

「……………………そこにすずかちゃんはいるかい?」

「え? すずかですか? 一緒じゃないですよ?」

「…………今どこにいるんだい?」

「家ですけど。士郎さんうちの電話にかけてきてるのにどうしたんですか?」

「……少しアイリに代わってもらえるかい?」

「あ……、今ちょっと出かけてていないです!」

「…………そうか」

 

 士郎からのとりとめのない質問が続く。

 一体どうしたというのか、父と話があると言ってたのに、自分に質問ばかりしている。

 

「ちなみにアリサちゃん。――――今日は学校へちゃんと行ったかい?」

「――!」

 

 士郎の突然の質問にアリサは息をのむ。

 質問の形はとっているけれども、その実ある程度の確信をもっている。そんな空気を感じた。

 兄は無事やり切れそうだといっていたけれども、ふとした拍子でばれたのかもしれない。

 士郎が言ってきているということは、放課後翠屋にでも行ったのか。

 なんでそんな無茶を……、アリサは兄のうかつな行動に頭を抱えた。

 

「うっ、それは、その……」

「あぁ、いや責めているわけではないんだ。まぁ理由はあとで聞くとして……、むしろ今回は正直助かったかもしれない」

「へ? どういう意味です?」

 

 士郎の話がいまいち要領を得ない。

 すると士郎の後ろから声が聞こえる。

 

 ――父さん、周辺の地理は把握した。恐らく付近の建物に伏兵は潜んでいないと思う。裏口から突入しよう。

 

(え、なに? どういう状況?)

 

「士郎さん! 何してんの?!」

「――詳しいことは後で話すよ。またあとでな!」

「ちょっと士郎さん?!」

 

 そういって電話が切れてしまった。

 

「ちょっと、どういうことなのよー!!」

 

 アリサが事の詳細を知るのは数時間後のこととなる。

 その間色んな事を考えて顔を青くしたり赤くしたりしていたことはここでは割愛する。

 

 

 

 

 月村すずかは緊張していた。

 

 ――最近家の周囲でおかしな動きが見られるの。念のため、注意しておきなさい。

 

 姉にそう警告されたのは今朝のこと。

 まさかその脅威がその日のうちに自分に迫ってくるとは思ってもいなかった。

 それも、親友のアリサを巻き込むという最悪の形で起こってしまった。

 自分とアリサを狙った突然の誘拐。一見二人を同じように扱っているが、明らかに自分に対して厳重に狙っている。

 そしてその予感は的中する。狙いは自分だった。自分と一緒にいたばっかりに、アリサを巻き込んでしまった。

 

「可哀想になぁ、お前は巻き込まれただけだよ」

 

 本当にそうだ。アリサみたいないい子が、こんな事件に巻き込まれてしまうなんて。

 

「すずかに何の用よ!」

 

 アリサは優しいな。

 原因の自分に恨み言を言うでもなく、彼女自身の事よりも友達の自分の事を心配してくれている。

 こんな酷い状況だけど、アリサがいるだけで頑張れる気がした。

 

「それにしても哀れだ…………。化物に騙されていることに気付けないなんてな…………」

 

 その言葉を聞いた瞬間、心が止まった。

 何を言われたのか分からなかった。

 いや、本当は分かっている。でもまさか、そんな……。

 まさか、この人たちの目的は……。

 この人たちは、全てを知っている。自分のことを、自分の一族のことを。

 そして……それを隠す気がない。

 目の前の、大切な親友に対しても。

 

 嫌だ、やめて! お願いだから!

 

 目の前のアリサは本当にいい子だ。

 友達思いの、優しい子だ。

 自分とは……、大違い。

 友達を騙し続けている自分とは。

 真実を知ったとき、アリサは……、自分の友達でいてくれるんだろうか。

 アリサは確かに優しい。でもそれは、友達だから。

 じゃあ、友達じゃなかったら?

 その前提条件が崩れてしまったら?

 薄れゆく意識の中で、すずかはアリサに対して恐怖を覚えていた。

 

 

 

 

 ザー。

 

 小さな女の子が三人、仲よく映画を見ている。

 雰囲気を出すためか部屋の明かりを落とし、三人でソファで寄り添っている。

 

(あぁ、懐かしいな。これはいつの記憶だろう?よく思い出せないや)

 

 昔はこうして時々アリサの家で映画鑑賞会を行っていた。

 

(そういえば最近はしてないな、なんでしなくなっちゃったんだっけ……)

 

 すずかはそんな事を思いながら、映画を覗き見ようとする。

 しかし夢の中だからか、体が全く動かない。

 テレビはちょうど今の自分の向きと反対側。

 今はこの子たちと向かい合って立っているという状態になる。

 自分のことは見えていないはずなのに、まるで自分が見られているかのような錯覚に陥り少し気恥ずかしくなる。

 

 ザー。

 

 後ろのテレビからは砂嵐の音しか聞こえない。

 こんな状況では、なんの映画か確認することができない。

 いや、夢の中だから自分が忘れてしまった内容の映画を映せないだけなのかもしれない。

 

 ザー。

 

 耳障りな音が響く。

 

「怖いよ、アリサちゃん……」

 

 そう言ってなのははアリサの服の袖を掴む。

 あぁ、ホラー映画を見ているのか。どうりでアイリがいないわけだ。彼はホラーが大の苦手だから。

 きっと再生されたものがホラーだとわかった瞬間に逃げ出したに違いない。

 そう考え、少し可笑しくなる。

 

 三人の顔には恐怖が浮かんでいる。

 年齢制限があるような映画ではないはずだけれども、やはり幼い自分たちには相当怖いものなのだろう。

 自分も一緒にソファに座って、怖くないよ、大丈夫だよ、と三人の心を落ち着かせてやりたい。

 でもこれは夢の中で、過去の出来事で、体を動かすことができなかった。

 

「こんなのがいたなんて、もうだめなの。世界は終わりなの……」

 

 なのはは涙目でそう零す。

 この頃はフィクションの意味もよく知らず、映画を見てはあんなとこに行きたい、こんなことをしたいとよくみんなで語り合っていた。だからきっとこのホラー映画のことも信じてしまっているんだろう。その様子は、不謹慎ではあるけれども、少し微笑ましい。

 

 ザー。

 

「だ、大丈夫よ! なのはもすずかもあたしが守ってあげるわ! だから泣いちゃだめよ!」

 

 あぁ、アリサちゃんは昔から思いやりのあるいい子だったんだなぁ。

 その言葉を聞いたなのはの顔色が明るくなる。

 けれども、幼いすずかの顔色はまだ悪い。

 

 私はわりとホラーとか平気だと思っていたんだけど、昔は違ったのかな。

 すずかは過去を思い出そうとして、でもやっぱりそんな時のことは思い出せなくて諦めた。

 

 ザー。

 

 それにしてもこの砂嵐の音はどうにかならないものか。内容が思い出せないなら、無音でもいいじゃないか。

 後ろに振り返ってテレビの音量を切ってしまいたくなる。

 

 ザー。

 

「それに、安心しなさい」

 

 ザー。

 

 アリサの声が続く。

 この後彼女はなんと言ったんだったか。

 思い出せない。

 

 ザー。

 

 ザー。

 

 ザザザザザ―――

 

 思い出せない。思い出したくない。

 

 ザザザザザザザ――――

 

 確かあの時アリサは……

 

 ザザ

 

 ――なのはもすずかもあたしが守ってあげるわ。だから泣かないで。それに、安心しなさい。怯えなくていいの。あんなやつらはあたしが――

 

 

「吸血鬼なんて、あたしが全員蹴り飛ばしてあげるわ」

 

 音が止む。

 あたりに静寂が満ちる。

 あぁ、そうだ。この時見てた映画は――。

 

 思い出し、膝をつく。

 だから自分は、あんなに怯えていたのか。

 

 悲しみに暮れるなか、ふと体を動かせたことに気付く。

 しかし、もう後ろの映画を確認しようという気にはならなかった。

 それでも、アリサとなのはの傍には行きたかった。

 行って、二人の温もりを感じたい。

 そう思い手を伸ばす。

 

 すると、手はなにか透明の壁にぶつかった。

 目の前に何かがある。

 これは何? これのせいでこれ以上前に進めない。

 何かないかと周りの様子を探ってみる。

 左右には不自然な壁があり、後ろにテレビがあるはずの空間には何もなかった。

 それはまるで閉ざされた空間のようだった。 

 

 視線を正面に戻す。

 三人の怯えた視線と重なった。

 さっきから、やたらと視線が重なる。

 それに、自分の動きに合わせて視線がこっちに動いているように思える。

 その事実は、すずかに一つの結論を導きだした。

 

 まさかここは――。この子たちが怯えているものは――

 

 そして世界が暗転した。

 

 

 

 

 誘拐犯の正体は叔父だった。叔父と、復讐者。

 でも、そんなことはどうだっていい。

 アリサに、自分の正体をばらされてしまった。

 絶対に知られたくなかった自分の秘密を、絶対に知られたくなかった友達の一人にばらされてしまった。

 いや、アリサだけじゃない。自分とアリサの関係が崩れたら、他の親友だって何があったのか知ろうとするに違いない。

 自分の、あの温かかった日々は、もう戻ってこない。

 

 只々、謝罪を繰り返す。

 騙し続けてきたことを、友達ごっこだったことを、親友の気持ちを踏みにじっていたことを。

 あぁ、本当に……どうして自分は普通の人とは違って生まれてきてしまったんだろうか。

 そのせいで、友達一人作ることができない。

 

 いや、自分だけではない。

 自分がそうだと知られてしまったら、姉のことだってばれることになる。

 姉は、なのはの兄の恭也と恋人同士だ。

 姉は、自分の一族のことを伝えているのだろうか。

 姉と恭也の関係は自然体だ。そこは疑いようはない。でも、恭也には全てを伝えているのか、恭也は全てを受け入れているのか――。

 自分は、とても恐ろしくて秘密など話せない。

 姉は……、話せたのだろうか、話したのだろうか。

 

 どちらにせよ、もはや関係のないことだった。

 全ては過ぎ去ってしまった過去のこと、今はもう、触れることのできない思い出となってしまった。

 思い返してみれば、この数年間は夢のような日々だった。

 毎日が光り輝いていて、一日が終わるのがもったいなくて、明日になるのが待ち遠しかった。

 

 明日からは、また一人っきりの日々が始まる。

 記憶は消せても、もう元の関係には戻れない。

 涙が止まらない。自分にできることは、ただ謝り続けることだけ。

 

「ふざけるな……」

 

 あぁ、アリサが怒っている。

 こんなに起こっている姿を見るのは初めてかもしれない。

 なのはと喧嘩した時だって、不機嫌な様子ではあったけど、こんなにも怒りを露わにしてはいなかった。

 

「ふざけるな……ふざけるな……ふざけるな……」

 

 あんなにも優しい子を、こんなにも怒らせてしまうなんて。本当に、自分はどうしようもない……。

 そんな思いを抱えるすずかに、アリサの……、アイリの心からの叫びが突き刺さった。

 

「ふざけるなッ!! すずかちゃんを貶めるのもいい加減にしろ!! 吸血鬼? だからどうした?!  ちょっと血を吸うからってすずかちゃんが僕の友達であることには変わらないし、すずかちゃんがすごく優しい子だってことは僕だって、みんなだって知ってる! 種族が違うからって今更疑うものか! 僕の大切な友達だっ!!」

 

 ――あぁ、この子は……どこまで優しいんだろう。

 

 涙が止められない。先ほどまで流していたものとは全く性質の違うそれが、目から次々と溢れてくる。

 優しさで溢れたこの子は、自分の思っていた子じゃなくて、その子の愛らしい兄の方だったけれど、それでも……自分の事を大切に思ってくれていた。

 自分の秘密を知ったはずなのに、種族なんて関係ないって……。自分の怖さを知ったはずなのに……、自分を信じているって。

 いくら感謝しても、感謝しきれない。

 先ほどまで感じていた真っ暗な闇が、いつの間にか温かな太陽の光でかき消されている。

 

 あぁ、温かい。

 あぁ、眩しい……。

 この子は、本当に……。

 

 ――私は、本当に、友達に恵まれた……。

 

 

 

 

 過ぎ去ってしまえば、嵐のような一日だった。

 浚われて、自分の秘密を親友にばらされ、その親友は実は人違いだったけど、自分の事を受け入れてくれて……。

 その親友は実はすごく強くて、自分の事を守ってくれた。

 その温かい瞳の中に映る輝きに魅せられたのは、すずかだけの秘密だ。

 

 そして、すずかは決意する。

 アイリにもらった勇気を、振り絞ってみようと。

 自分の親友を信じてみようと。

 心臓がバクバクいっている。

 この機会を逃したら、臆病な自分はきっともう二度と打ち明けようと思えなくなる。

 この機会を逃したら、きっと一生後悔する。

 

 事件のあった日の夕方、すずかはなのはとアリサを呼び出した。

 それは、今日起きたことを二人に説明するため。

 そして――

 

「なのはちゃん、アリサちゃん。二人に大切なお話があるんだ。大切な、とても大切なお話…………」

 

 

第三話の裏『告白』

 

 




そして原作へ

原作時主人公14歳の中学二年生。
特訓して魔法無しでもかなり強い子に成長しました。


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第五話『始まりの物語』

やっとこさ原作突入一話目。
こちらユーノ君の説明会会場になります。


‘助けてっ! どうか、この声が聞こえているあなた。お願いです! 僕に力を……’

 

 それは小さな願いでした。

 願ったのは異界の少年。

 受け取ったのは、不屈の少女。

 

 そして、出会ったのは魔法の力。

 それは、多くの人々の運命を変えることとなった出会いの話。

 

 

第五話『始まりの物語』

 

 

 始まりは何だったのだろうか。

 夜、助けを呼ぶ声に導かれた時か。

 昼、傷ついたフェレットを助け出した時か。

 それとも、昨夜、化け物と戦う少年の姿を夢に見た時か。

 きっかけは何であれ、なのはが今杖を手に取り、異形の化け物と対峙しているという事実は変わらなかった。

 

 高町なのはは、私立聖祥大附属小学校三年生の平凡な少女である。両親と兄と姉の五人家族の末っ子で、母親譲りの栗色の髪をツーテールにとめ、藍色の瞳の中に、まっすぐとした信念を持つ可愛らしい少女だ。

 そんななのはが、夜中布団に入って寝ようとした時だった。

 

‘助けて……’

 

 どこからか、声が聞こえた。

 

「誰なの? どこにいるの?」

 

 周囲に人影はない。それも当然だ。ここは自分の部屋なのだから。

 

‘助けて……。この声を聞くことの出来る誰か……。早く、僕の所へ……’

 

 明らかに異常だった。

 頭の中に直接声が聞こえてくる。何故か声の持ち主がいる方角がわかる。

 普通の人なら、怖くて震えていたかもしれない。

 だが、なのはは進んだ。助けを求める声のもとへ走り出す。

 誰かが助けを求めていて、自分は向かうことが出来る。理由はそれだけで十分だった。

 

「ここは……、昼間の病院?」

 

 声の先は、槙原動物病院だった。

 ただ、昼間とは違う点が一点。

 病院の腹の部分に大きく空いた謎の空洞が、何か特別な事態が起きている事を物語っていた。

 

「きて……くれたんだね……」

「あ、うん。え……? えーッ?!」

 

 声にふりかえると、そこにいたのは昼間助けたフェレットだった。

 首に赤い宝石をぶら下げ、こちらに向かって話しかけている。

 

「えー?! 昼間のフェレット?! しゃ、しゃべれるの?!」

「時間が無いんです! どうか僕に力を貸してください! お礼は必ずしますからっ!」

「そんな事言ってる場合じゃ無いでしょーっ! 力って……、とにかく何すればいいの?!」

「あなたには資質があります。どうか、僕に力を貸してください。魔法の力を!」

「ま、魔法……?」

 

 いきなりおかしな話になった。いや、フェレットがしゃべっている時点で大分おかしいことには気付いている。

 自分はもう小学三年生だ。世の中に対しての分別はついているつもりだ。いや、……つもりだった。まさか世の中の方がずれていたなんて……。

 少し離れた所で、真っ黒で大きな化け物が動いているのが見える。きっとあの化け物が病院を壊したのだろう。

 あんな化け物がこっちにやって来たら、とてもじゃないが対抗できない。

 

「これを持って、僕のあとに続いて起動ワードを唱えて!」

「起動ワード? よくわからないけどっ、わかった!」

 

 そういってフェレットは首にかけていた宝石をなのはに差し出す。

 

「我使命を受けし者なり」

「わ、われ、使命を受けしものなり……」

「契約のもと、その力を解き放て」

「えと、けいやくのもと、その力を解き放て……」

「風は空に、星は天に」

「風は空に……星は……天に……」

「不屈のこころはこの胸に」

「不屈のこころはこの胸に!」

「この手に魔法を……」

「こ、この手に魔法を……!」

 

『レイジングハート、セット・アップ!』

 

《Standby ready setup.》

 

 宝石から桜色の魔力が立ち昇る。

 その光景に、フェレットが声を洩らす。

 

「すごい魔力だ……。AAクラス、いやAAAレベルはあるかもしれない……! 落ち着いてイメージして! 君のだけの魔法の杖の姿を! そして君の身を守る防御服の姿を!」

「えーと、えーと! いきなりそんなこと言われても~!」

 

 桜色の光がなのはを包み込む。

 宝石を核に、白と金をベースにした錫杖のようなものが現れる。

 なのはの姿も、今着ていた服から、私立聖祥大付属小学校の制服に似た形のそれへと変身する。

 とっさにイメージした姿が、制服の姿だったのは仕方のないことだった。

 

「成功だ!」

「服が変わったー?! あの服、お気に入りだったのに……」

「今の服は魔力で作り出しているだけです! 魔法を解けば元に戻るから。それよりもあっちを!」

 

 ヴォォッー!

 

 事態についていけないなのはが混乱していると、化け物がこちらに注目していた。

 視線が合う。

 気が付いたら、完全にこの化け物と戦う流れになっていた。

 

「ええっー……」

 

 そして相手は待ってくれなかった。

 

「きますっ!」

「え、まっ……!」

 

 その巨体を回転させ、勢いをつけてなのはに突撃してくる。

 

(あ、逃げれなっ……。もう、ダメッ!)

 

 痛みを覚悟し、とっさに両手で体をかばう。

 

《Protection.》

 

 突如手にした杖が音を発し、なのはを中心とした障壁を展開する。

 化け物は障壁にはじかれ、その体をバラバラに飛び散らかした。

 

(なんなの一体……。でも今のうちに、立て直さないと……)

 

 距離を開けて逃げる最中、フェレットが説明をしてくれた。

 

「僕たちの魔法は、精神エネルギーを糧としたプログラムからなる方式です」

「そしてあの化け物は、忌まわしい力によって呼び出されてしまった思念体……。僕たちは、あの化け物のもとを封印しなくてはならないんです」

「えっと、よくわかんないんだけど……どうすればいいの?」

「その発動体――レイジングハートがあれば、攻撃や防御の基本魔法はさっきみたいに願うだけで発動します。より大きな力、封印魔法には……呪文が必要なんです」

「呪文……」

「心を澄ませて……あなたならわかるはずです」

「心を澄ませて……呪文を……」

 

 そして先ほどの化け物がまたなのはに襲い掛かる。

 大丈夫だ。さっきと同じようにやれば……。

 なのはは心を集中させる。

 

《Protection.》

 

(大丈夫、きっとできる。この子を、封印して見せる!)

 

「リリカル、マジカル、封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード。――シリアルXXI封印!」

 

《Sealing mode, setup.》

 

 桜色の光が網のように化け物に絡まっていく。

 魔力が化け物を包み込み、徐々にその力を取り除く。

 

 ヴォォォォー!

 

 最後に悲鳴を上げ、その姿は小さな、青いひし形の宝石へと変化する。

 

「やったっ」

 

《Receipt number XXI.》

 

「終わったの……?」

「はい、本当にありがとう……。これで、二つ目……。はやく、全部あつめないと……」

 

 封印したのを確認すると、フェレットは倒れこんだ。

 すると、微妙に違和感の感じていた空気が消えていった。結界かなにか、そんなものを展開していたのかもしれない。

 

「そう……よかった……」

 

 落ち着いて辺りを見回すと、塀は壊され、地面は陥没して、電柱は倒れている。

 そして遠くにサイレンの音が聞こえる。

 

「ご、ごめんなさ~い」

 

 なのはは逃げ出した。

 

 

 

 

 ここは近くの公園、あたりには誰もいない。

 なのははフェレットに話を聞くためにも、ひとまずここへ抜け出した。

 

「えっと、自己紹介しよっか」

「あ、はい」

「えへん。私、高町なのは。小学校三年生! 家族とか仲良しの友達には、なのはって呼ばれてるよ」

「なのは……。僕は、ユーノ=スクライア。スクライアは部族名で、ユーノが名前です」

「ユーノ君かぁ、よろしくね」

「……すみません。僕のせいで……あなたに迷惑をかけてしまいました」

「えと、なのはでいいよ。それに、わたしは大丈夫。詳しいことは……、帰ってから話そっか。実は今日、ユーノ君のこと飼っていいってお父さんたちに許可をもらったんだ!」

「飼う……、あ、うん。えーと、おねがいします」

 

 そしてなのはこっそりと、出てきたときと同じようにこっそりと家に入ろうとして、恭也に見つかった。

 

「おかえり」

「あ、……お兄ちゃん」

「こんな夜分遅くに、どちらまで?」

「う、それはその」

「黙って勝手に家を出たりして、ばれないとでも思っていたのか?」

 

 なのはの家族は、実家に道場があることも関連しているのか、気配を読むということに長けていた。この調子だと、他の家族にもばれているのかもしれない。

 ちなみにその力はなのはには備わっていない。むしろ、なのははひどく運動音痴だった。だがそれはまた別の話。

 

「ごめんなさい……」

「心配したんだぞ」

「うん、お兄ちゃん。心配かけてごめんなさい……」

「まったく……。それで、なんで急に飛び出したりしたんだ?」

 

 キュゥ。

 

 なのはの後ろ手に抱えられているユーノが小さく鳴いた。

 

「ん、そいつは……そいつを連れ出しに行ったのか」

「うん、その、ユーノ君っていうの!」

「ほー、そいつが……」

 

「へー、可愛いねー!」

 

 玄関から美由希が出てきて、ユーノを抱きかかえる。

 

「美由希。そっちはどうだったんだ?」

「あー、うん。……問題なかったよ」

「問題ないわけないだろう。お前の腕は信用しているが、だからといって話は別だ。警察には連絡したのか?」

「けっ、警察?! お姉ちゃんどうしたの?! 何があったの?! 大丈夫?!」

 

 突然の不穏な単語になのはは不安になる。

 自分のいない間に家で何か事件があったらしかった。

 

「あー、いや。ほんと何でもなかったから大丈夫だよ。いやほんとに。いつの間にか私の部屋に誰かが潜り込んでる気配がして、一体誰が、って思ったんだけど……」

「む、知り合いだったのか。しかし、俺たちに気付かれずに潜り込むとは……、一度手合わせ願いたいな。今度紹介してくれるか?」

「あー、うん。知り合いというか、……アイリちゃんだった。なんでかわかんないけど、アイリちゃんが私のベッドで泣きながら寝てた。とりあえず今はそのまま寝かせてるよ」

「何、アイリが? いや、寝てるって……どういう状況だ」

 

 恭也は頭に手をあててため息をついた。

 

「え、アイリ君きてるの? なんでなんで??」

「それは私が聞きたいかなぁ。でも、可愛い弟分の無防備な姿を見れて私的には満足かも。手を差し出すと、ぎゅー、ってにぎってくるんだぁ」

「なにがあったか知らんが、なんだかんだであいつはお前に一番懐いているのかもな」

「えぇっ?! お、お姉ちゃん、前、年上が好きって言ってたのに!」

「年上じゃなくて、恭ちゃんみたいな人が好きって言ったんだよ、なのはー。それとも、私が年下好きだと問題あるのかなぁ~~」

「お、お姉ちゃーん!」

「いや、お前、兄の前でそういうことを言うか……」

 

 場が混乱していた。

 奥から士郎と桃子が合流してからは更に賑やかになる。

 結局ユーノを家族総出で歓迎して、色々と世話をするための話し合いやら準備やらで、その日なのはとユーノは話し合うことができなかった。

 

 

 

 

 清々しい朝。

 高町家は朝食はいつも家族みんなで仲良く食べることとなっている。

 もっとも、六年前からは時々士郎の弟子のアイリが朝練の後にご相伴に与ったりしている。

 だが少なくともそれは朝練があった時であって、何の用事もなしにアイリが朝の食卓にいることは稀であった。

 だから今回はその稀なケース。

 食卓に追加された、半分アイリ専用となっている椅子を美由希の椅子の横にくっつけて、片手で美由希の服の裾をつかみながら、もう片手でご飯を食べるという器用なことをしている。

 ちなみに食卓につくまでもひな鳥のように美由希の後をついて回り、美由希が着替えたりしているときは恭也の周りをついて回ったりしていた。

 さすがの美由希も、こうも自分にべったりとされると気恥ずかしかった。恭也もいつもと違うアイリの様子に戸惑っていた。

 

「えーと、美由希。その、いつの間にアイリちゃんを連れ込んだの? 私的には、その、いいとは思うんだけど……。そんなにオープンなのは、ちょっと心配になってくるわ……」

「えええっ?! 違うっ、違うよかーさん! いや、確かに昨日は一緒に寝たけど、そういうんじゃないから!」

 

 事情を全く知らない桃子は困惑しながらも、ただただ現状を受け入れ、盛大に誤解していた。

 

「そんなことよりも美由希。なんでアイリはお前の部屋にいたんだ。というよりも、なんでそんな状態になってるんだ」

 

 「そ、そんなことー?!」と、抗議の声を上げる美由希を無視して一同は説明を促す。

 

「うぅ、恭ちゃんが冷たい……。えと、私が聞いた話もだいぶぼんやりした話になるんだけど……」

 

 そう前置きを置いて、美由希が事の次第を説明する。

 

 

 始まりは昨日の夜の事だった。

 

「夜寝てる時に夢を見たんだって。誰か、小さい子供の声が、助けて……、助けて……って。誰なの? どこにいるの? って聞いても助けて……としか返ってこなかったらしくて。それでしばらくしたら、その声もしなくなったんだって。どうしたんだろうって思っていたら、泣いてる金髪の、民族衣装みたいな服装の子供が現れたんだって。その子に近づいて、どうしたの? 大丈夫? って聞いたら、その子が返事をしたらしいんだ。すごく恨めしそうな声で――どうして助けてくれなかったの? ――って」

「ホラーはちょっと……。そういうのは苦手……」

 

 なのはは、途中まで自分にも身に覚えがあるような話を聞きながら、その話に恐怖する。

 後ろではユーノが微妙に冷や汗を流していた。

 

「そこで、うわあああっ! て飛び起きたんだって。でもアイリちゃんの悪夢はまだ終わってなかったんだ。なんだか屋敷がひどく静かな気がして……、怖くなって家族のとこに行ったんだって。でも家にいるはずの家族がみんないなくなってたんだ。どこの部屋にも、だれも。明かりだけはさっきまでいたみたいについているのに、人間だけが抜け落ちてたんだって。私じゃないからわかんないんだけど、夢かと思って自分を傷つけたりもしたけど、ちゃんと痛かったってさ」

 

 そう言って、アイリの右手に目をやる。よほど強く傷つけたのか、そこには包帯が巻かれ、血が滲んでいた。

 

「それで屋敷を飛び出して、繁華街に行ってもコンビニに行っても誰もいなくて、街は死んだように静かで。どこにも人がいなくなっちゃって世界に自分一人だけになっちゃったんだって。そのままふらふらと、うちまでたどり着いたのはいいんだけど……、やっぱりうちにも誰もいなかったらしくてさ。私の部屋を確認した時にそのまま気絶しちゃったんだってさ」

「いくらなんでも怖すぎるの……。まだ朝なのに、今日寝るのがすごく怖くなっちゃったの……」

「少なくとも、うちは昨夜は家族全員家にいたはずなんだがなぁ。まぁ、せっかちな子が一人ユーノを連れ出しに出かけたりはしてたが」

「そうだな。少なくとも、アイリが美由希の部屋に来る前の時間だろう? その時は間違いなく部屋にいたはずなんだが……」

「それは、ごめんなさ~い。昨日お兄ちゃんにたっぷり怒られました」

「なんていうか、怖い話ねぇ。それで今日はアイリちゃんがそんな調子なのね」

 

 美由希の説明したアイリの恐怖体験は、かなり怖い部類に属するものだった。

 アイリが幼児退行してしまったのも納得がいった。

 なのはは、家族ともどもその夢に恐れおののく。

 その後ろでは、ユーノが滝のような汗を流していた。

 

(まさか、なのは以外に魔法の適正者がいたなんて……。僕が張った封時結界の中に取り残されている人がいたなんてーー!!)

 

 ユーノは心の中で絶叫していた。

 自分が最後の力を振り絞って張っていた結界がこんな問題を起こすとは思ってもいなかった。

 

(――うぅ、いつか謝らないと)

 

 反省が続く。自分のせいでジュエルシードがばらまかれてしまったし、反省することだらけだ。

 というよりも、自分の正体をばらすわけにもいかないし、謝罪出来る時がくるんだろうか。

 ユーノは申し訳ない顔をしながらアイリを覗き見た。

 じとー、っと自分を見つめるアイリと視線が重なる。

 

「…………なのちゃん、そのフェレットどうしたの?」

 

 今日初めてアイリが口を開いた。

 やたらボーッとしていたが、大丈夫そうな雰囲気ではあった。美由希が何とか頑張ったのかもしれない。

 

「あ、うん。ユーノ君っていうの。昨日からうちで飼うことになったんだ!」

「そうなんだ。むむむ……」

「どうしたの? アイリ君?」

「……そのフェレット、普通のフェレットじゃないんじゃないかな」

 

 その言葉に、なのはとユーノはビクッ、と体を震わせた。

 

「えっと、な、なんのこと?? ユーノ君はどこからどう見ても普通のフェレットさんだよ!」

 

(僕の事に気づいてる? いや、気づきかけてる? この子は一体……)

 

「む、アイリが気になるなら何かあるのかもしれないな。確かに、よく見てみると普通のフェレットとは品種が違う……」

 

 なのはの家族は、アイリの感がやたら鋭い事を知っていた。そのアイリが何かあると言うのだから、ユーノについて注目しだした。

 

「変な感じはするけど、嫌な感じはしないから大丈夫、だとは思う……。でもなんかもやもやする」

 

 本人もよくは分かっていないらしかった。

 

「キュ、キュー!」

 

 ユーノはごまかすように鳴いた。

 

「まぁ、いっか……。嫌な感じはしないし……」

 

 アイリは追及を諦めたようだった。

 

「お前たち、そろそろ学校に行く時間だぞ」

「あ、もうこんな時間!」

 

 いつの間にかだいぶ時間が経っていた。

 

「アイリちゃん、学校に行くから離してほしいんだけど……」

「ついてく……」

「いや、さすがにうちの学校が緩くても中学生を連れていくのは不味いよーな……」

「ついてく」

「うぅ……あ、そうだ! 恭ちゃんの方についていきなよ! 恭ちゃんは大学生だから、授業に中学生がいてもきっと問題ないよ!」

 

 名案が浮かんだとばかりに、美由希は指をたてて立ち上がる。

 恭也は、成る程、一理ある。とつぶやいたあとに静かに席をたった。

 

 ――御神流奥義、『神速』

 

 それは目にも映らない超神速での歩行術。

 その動きの前には全てのモノが置き去りにされる。

 そして恭也は美由希を置き去りにした。

 

「恭ちゃんのバカーっ!」

 

 服を掴まれて逃げられない美由希はただただ叫んだ。

 

 

 

 

(あれは僕らの世界の古代遺産なんだ。本来は手にした者の願いを叶える魔法の石なんだけど、力の発動が不安定で……大抵は昨日みたいに暴走してしまうんだ)

 

 学校へ向かう間、ユーノから念話を教わったなのはは、授業を聞きながらユーノと会話していた。

 

(なんでそんな危険物が散らばってるの? まだ他にもあるみたいな事言ってたよね)

(僕のせいなんだ……。僕が発掘したジュエルシードが移送作業中に、事故か何らかの人為的災害が起こってこの地に降り注いでしまったんだ。ジュエルシードは全部で21個。今のところ回収できたのはたったの二つだけ……)

(あと19個かぁ……。それってユーノ君が集めないといけないのかな。ユーノ君のせいでばらまかれたとは思えないんだけど……)

(あれを見つけたのは僕だから。最後までしっかりと管理して封印しておかないと……)

(……真面目なんだね、ユーノ君は)

 

 なにか悩みや問題がある時、一人で抱え込んでしまう性質を持つなのはは、ユーノの気持ちが少し理解できた。

 きっとユーノは自分が何とかしなくちゃいけないと思っている。他の人に迷惑をかけないために自分だけで対処しようと考えている。

 

(あと五日もあればなんとか魔力も回復するから……、申し訳ないけど、それまでなのはのうちで休ませてほしい)

(回復したらどうするの?)

(僕一人でジュエルシード集めを再開するよ。これ以上迷惑はかけられない)

(私じゃ……、力になれないかな?)

(確かになのはの魔力と潜在能力はすごいよ。でも……昨日みたいに危ないこともあるかもしれない)

(だって、もう知り合っちゃったし、話も聞いちゃったもん。それに、ほっとけないよ。ユーノ君、他に助けてくれる人いないんでしょ? 一人ぼっちの寂しさは、少しわかるんだ。だから、私にもお手伝いさせて)

(なのは……)

(困っている人がいて、助けてあげられる力が自分にあるなら、その時は迷っちゃいけない。これはお父さんの教えなんだ)

 

 そうしてなのははユーノの手助けをすることを決めた。

 昨日から、自分が魔法使いの仲間入りをしたり、変な化け物と戦ったりと信じられないことばかり起きている。

 それでも、自分の信じる思いを貫くために。魔法の力を手にしてただ守られるだけじゃなくなった少女は、新しくできた友達を助けるために、そして海鳴の平和を守るために進み出した。

 

 

 

 

「ユーノ君っ、この感じは?!」

「間違いない、ジュエルシードが発動してるっ」

 

 放課後、ジュエルシード探しに繰り出したなのはとユーノは、異質な気配を感じとりその場へ向かう。

 向かった先は丘の上の神社。その麓にたどり着く。

 

「この石段を登るのはつらいかも……」

「なに言ってるんだ! 急がないと……、あれ……、ジュエルシードの暴走する気配が、消えた?」

「えっ? どういこと、ユーノ君」

「僕にもよく分からない……。一度発動したジュエルシードが自然と落ち着くなんて……。とりあえず、行ってみよう!」

 

 長い石段を登り頂上に着いた時に二人が見たものは、いつもと変わらない趣の神社だった。

 

「やっぱりなんともない……、気のせいだったのかな」

「そんなはずは……。なのはだけじゃなくて、僕だって確かに感じたんだ……」

「あ、誰かあそこにいる! ユーノ君念話に切り換えて!」

 

 神社の奥の木々の向こうから、人が現れた。

 

「あの……、ちょっと話を聞いてもいいですか? って、アイリ君?」

「へ? あぁ、なのちゃんか。どうしたの、こんなとこで?」

 

 奇しくも、そこにいたのはアイリだった。

 朝見かけたような、どことなく不安定な姿ではなく、しっかりとしたいつもの様子だった。

 

「アイリ君こそ、こんな所でどうしたの? まだ風芽丘学園は授業でしょ?」

「うっ、なぜ僕が高校に行ったことを……」

「なんでもなにも、朝ずっとお姉ちゃんにべたべたしてついていってたよ……」

 

 なのはは少し不機嫌になりながら答えた。

 

 

 

 

 なのはの言うとおり、アイリはさっきまで風芽丘学園にいたのだ。

 ユラユラとしながらも美由希のそばを離れず、なんだかんだで一緒に授業を受けたりしていた。

 周りは美由希が小さい男の子を付き添って学校に来たことに驚いたが、その男の子が美由希にしがみついて離れないことに大層驚いた。

 

 ――高町さん、彼氏連れ?! なんかぼーとしてるけど可愛い子だね。いいなぁ。

 ――そんな、年下好きだったなんて……。高町さん狙ってたのに……。

 ――あれ、でも前かっこいい男の人と二人で買い物してるとこ見たよ?

 ――清楚だと思っていたのに、意外と肉食系なんだ。

 ――あんなイチャイチャして……、妬ましい。ぐぐぐ……。

 

 そしてあるがままに二人を受け入れた。アイリの分の椅子を美由希の机の横に用意してあげるくらい協力的だった。

 教師さえ見て見ぬふりをした。美由希は心の中で泣いた。

 そして、ついさっき、アイリの意識がようやく復活した。

 

「あれ、ここはどこ……。ん、人がたくさん……高校生? なんでこんなとこに……。うわああっ、姉さんなんで僕の手握ってるの?! 恥ずかしいよ!」

 

 そして盛大に混乱した。ちなみに、美由希がアイリの手を握っていたのではなく、アイリが美由希の手を握りしめていたことには気づかなかった。

 

 ――姉さん? 確か高町さん、下は妹しかいなかったはずじゃあ……。

 ――じゃあ、実の姉妹じゃないってこと?

 ――いくらなんでも、アブノーマルすぎるでしょ……。

 ――落ち着け。普通に考えて妹の彼氏とか言うオチだろ。

 ――待って! 今のは私に言ったのかもしれないわ。

 

「ちっ、違うから! これはアイリちゃんがっ!」

「っていうか、ほんとここどこ?!」

「アイリ君、ここは風芽丘学園だよ」

「あれ、那美さん?」

 

 声をかけてきたおっとりとした少女は神咲那美。

 アイリは彼女とは、実はかなり昔からの顔なじみだった。

 彼女は、アイリの昔からの友達、狐の久遠の飼い主だったのだ。

 ちなみに、学年は三年生。二年生の美由希のクラスには本当に顔を見に来ただけらしかった。

 那美の姿を見たアイリは、昨日の悪夢を思い出した。

 金髪の恨めしそうにこちらを見ている少年の姿を。

 

 そうだ、お祓いに行こう。今すぐにでも。

 

 神社の巫女をしている那美の姿から、自分についている悪い気を祓ってもらうよう神頼みすることを思い立った。

 そして、そのまま学校から抜け出し、神社へとやってきたのである。

 背後では「こんな空気にしたまま放置しないでー!」という美由希の悲鳴が聞こえた気がした。

 

 神社に着いて念入りに神頼みしたアイリは、道の脇に青い宝石が落ちているのに気がつく。

 

「まさか、さっそく神様が僕に何かのアクションを……。こんなきれいな宝石が落ちているなんて珍しい」

 

 その普通では中々ありえない状況に、アイリは驚きながらも受け入れた。

 

「うん、これは中々きれいな宝石だ。青くて……、ん……なんか青い宝石にはいいイメージがないような……。寧ろ相性が最悪なのでは……」

 

 アイリの頭に浮かんだのは、自分を半年の昏睡に追い込んだ青色の聖石。大きさはだいぶ小さいし、形も違うが、どことなく雰囲気が似ている気がする。そう、どことなく普通の宝石にはない吸引力を感じる。

 

「いや、まさか……。ねぇ……」

 

 その時、アイリの手の中で宝石が光り輝く。それはジュエルシードの暴走が始まった合図だった。

 

「やっぱりーー!! 神様あんまりだーー!!」

 

 周囲に異常な魔力が満ち溢れる。そしてアイリを侵食しようと宝石が迫ってくる。

 以前の時は、ただ受け入れるしかなかった。だが、今の自分には力がある。

 

「やられるか!

 心無となり、うつろう風の真相……

 不変なる律を聞け…不変不動!」

 

 先手必勝で、相手を行動できなくする技を叩き込む。宝石は完全に発動する前に光を失っていき、元の状態へと戻っていく。

 

「更に、追い打ちだッ!

 青き海に意識薄れ、沈み行く闇……

 深き静寂に意識閉ざす……夢邪睡符――ッ!

 眠れ! 深き夢の中へ!」

 

 次いで相手を眠りに追いやる技を打ち込む。物質に効くかは不安だったが、宝石は完全に沈黙し辺りは元の平穏を取り戻した。

 アイリは宝石が力を失ったのを確認してから、それを拾いあげる。

 

「むう。六年間の努力の成果か、こんなにあっさり対応できるようになるとは……。というかこんなものが落ちてるとか危険すぎるでしょ。念入りに保管しておくか」

 

 アイリはジュエルシードを握りしめ決意する。

 そして後ろから声をかけられた。

 

 ――あの、ちょっと話を聞いてもいいですか……?

 

 

 

 

「それで、アイリ君はなんでこんなとこにいるの?」

「なんでって、神社にいるんだから神頼みに決まってるじゃない。金髪の少年に取りつかれて困ってるんだ」

「そういえば、朝もそんなこといってよーな……」

「なのちゃんこそ、なんでこんなとこいるのさ?」

「うっ、私は、その……」

 

(なのはっ! その子の手にジュエルシードがある! その子がジュエルシードを持ってる!)

(え? にゃあー! ほ、ほんとだ! ど、どど、どうしようユーノ君!)

(あれはホントに危険なんだ! 特に人間が発動させたらどんなひどい暴走になるかわからない)

(にゃあああーー! どうしよう! どうしよう!)

(落ち着いて、なのは。それとなくその宝石を渡してもらおう)

(そ、そうだね。よーし)

 

「おほん。アイリ君、いい天気だね!」

「……? うん、そうだね? どうしたのいきなり」

「う、うん。えーと、その……。あー! アイリ君なに持ってるの?!」

「あ、えーと……性格の悪い神様からのプレゼントかなぁ」

「よく意味が分からないよ……。あ、その石きれいだね! なのは気にいっちゃったなぁ。ねね、アイリ君、それ私にくれないかな?」

 

 なのはは自分で言ってて少し気恥ずかしくなりながらもアイリにおねだりしてみる。

 普段何かと自分に甘いアイリのことだから、きっとすぐに渡してくれるはずだった。

 

「ダメ」

「え゛……?」

 

 だがアイリの返答は否。予想外の状況になのはは困惑する。

 

「え……、その……。なのはその石欲しいな……」

「ダメだよ、なのちゃん。この石はあげられない」

 

 もう一度ねだってみるも、アイリの返答は頑なだった。

 

「なのちゃんが欲しいなら、似たようなもの今度探してあげるから。でもこれはダメ。これなんか嫌な感じがするから」

 

 あ、これはダメなやつだ。

 自分に甘いアイリだが、その実、頑固で譲れないことは決して曲げないところがあることをなのはは知っていた。

 そして明らかに今は、自分の意思を曲げる気がない。

 

(ユーノ君、これ無理なやつだよ)

(なのは何言ってるの?! 諦めないでよ! ほんと危ないんだってば!)

(うぅ、でも……。それになんかジュエルシードも落ち着いてるよ?)

(それはそうだけど……。でも今たまたま落ち着いているだけなのかもしれない。何か他に理由をつけて渡してもらおう)

(他にかぁ、うーん。何かあるかなぁ)

(持ち主が探してるとかは? 実際そうなんだし、それでいってみようよ)

(あ、そうだね! ユーノ君頭いいっ!)

 

「実はね、それを落とした持ち主が困ってるの!」

「……なのちゃん、さっきからなんか挙動不審じゃない? っていうかそのフェレットはどうしたの?」

「きょ、挙動不審じゃないよ! それにこの子はユーノ君だよ! 昨日からうちで飼ってるって朝説明したでしょ!」

「いやなんか時々黙り込むし……。それに朝のことは言わないで」

 

 そう言って、アイリはユーノをじっと見る。

 

「なのちゃん、そのフェレット、なんか普通じゃない雰囲気がするんだけど……」

「ななな、なんのこと?! って今はユーノ君のことはいいの! その宝石を持ち主に返すから渡して!」

「うーん、まぁ嫌な感じはしないからいいけど……。ユーノがなんか変なことしてきたら相談してね?」

「え、宝石を渡してくれるの?!」

「いや、それはダメ。どうしても持ち主に渡したいっていうなら、その人を連れてきて。直接渡すから」

 

(なのは、この人やたら勘が鋭いんだけど。魔法関係者とかじゃないよね?)

(アイリ君は昔から異常に勘が鋭いんだよね。あと、魔法なんてファンタジーなものは地球には無いはずだよ)

(ファンタジーというよりもどちらかというと科学なんだけど……。でもデバイスも持ってないみたいだし、多分魔法使いの素質があるだけの子供かな)

(え? アイリ君も魔法使いの素質があるの?)

(うん。昨日の夜も、寝ていたけど僕の声が届いていたみたいなんだ。それに近くで見てみると、結構な魔力を秘めてるのがわかるよ)

(そうなんだー。あれ……、アイリ君が聞いたっていう、なんで助けてくれなかったの? っていう声ユーノ君の声だったの?!)

(それは違うから! それはこの子の夢の中の出来事だよ! 僕そんなこと言ってないからね!)

(そ、そうだよね。ユーノ君優しいから、アイリ君を怖がらせることなんてしないよね)

(…………)

(あれ? ユーノ君どうしたの? ……ゆーのくーん?)

(……………………うぅ……。なのは、実は……)

 

「なのちゃん?」

 

 ユーノとの念話に集中していたなのはは、アイリが不思議そうな目でこちらを見ているのに気が付かなかった。

 

「なのちゃん、どうしたの? やっぱり調子悪いの?」

「にゃ、な、何でもないよ」

 

 アイリはなのはの前髪をかき上げ、自分のおでことくっつける。

 

「んー、熱はないね。でもほんとに大丈夫? 家帰れる?」

「あ、うん。だ、だいじょぅぶ……」

 

 なのはは突然アイリが身を寄せてきたので恥ずかくなった。顔が熱を帯びているのがわかる。赤面しながらもなんとか返す。

 

「じゃあ、無理しちゃだめだよ。またね」

「あ、また今度……」

 

 そしてそのままアイリは帰っていった。

 

(なのは、帰しちゃだけだよ!)

(あ、つい……。でもきっとアイリ君は渡してくれなかったと思うな)

(確かにあの調子だと渡してくれなかったかも……。じゃあ今度僕がこっそり回収してみるね)

(お願いね、ユーノ君)

 

 高町なのはの手にあるジュエルシードは二つ。所在を知ることができたのは一つ。

 まだ見ぬジュエルシードはあと18個。

 なのはの冒険はまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 なのはが家に帰ると、桃子はやたら慌てており、美由希はだいぶ消耗していた。

 そんな家族の様子を不思議に思いながらも、食卓につく。その日の夕食は赤飯だった。

 

「おぉ、赤飯か~。久し振りだなぁ」

「えぇ。その……美由希のめでたい日だからね」

「へ、私? なんで私? 今日何かの記念日だっけ?」

「美由希……。その……、シーツは洗っておいたからね……」

 

 美由希は初め何を言われたのか理解できなかった。

 だが唐突に思い出す。

 シーツ……。昨日アイリが潜り込んでいたベッド。そのアイリは腕から血を流していて、手当てをしたが、シーツには血が染み込んでしまっていた。

 二人で寝た血の付いたベッド。そして妙によそよそしい母の姿。その様子からとんでもない勘違いをされていることに思い至る。

 

「違うっ! 違うから!! ほんとに違うからーー!!」

 

 美由希への勘違いは止まらない。

 




恭也にとって美由希はあくまで妹。
美由希にとってアイリは完全に弟分で対象外。
アイリにとってなのはは完全に妹分で対象外。
小学3年生に惚れる中学生なんていませんよ(いないとは言ってない)。


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第六話『人の夢と書いて儚い』

プール回。2.5話のあれです。


「ジュエルシード、シリアルXX! 封印!」

 

≪Sealing.≫

 

 ここは夜の小学校。ジュエルシードの気配を感じたなのはとユーノは、封印するために家を飛び出した。家族にばれないように窓から、文字通り飛行魔法で飛んでいった。

 

「ふー、順調に封印出来てるね」

「うん、この調子で頑張ろう。なのは」

「あ、ユーノ君明日のことなんだけど、実は新しくできた温水プールに行こうって話になってるんだ」

「そうなの?」

「うん。それで、せっかくだからユーノ君も一緒に行こうね」

「え」

「アイリ君も来るから、着替える時にこっそりジュエルシード回収できるかもよ」

「えと、うん。そうだね……頑張るよ」

 

 次なる舞台はレジャー施設。

 その地に眠る、叶わぬ願い。

 たとえ正しく叶わなくとも、願望器は願いを汲み取っていく。

 多くの人を巻き込みながら、その魔法の石が巻き起こす奇跡とは……。

 

 

第六話『人の夢と書いて儚い』

 

 

 その日の放課後、なのはは親友のアリサとすずかとともに、かねてより楽しみにしていたレジャー施設へと向かった。

 

「すずかちゃーん! こっちですー!」

 

 声をかけてきたのは、月村家のメイドのファリン。

 現場には、既に他の面子が集合していた。月村家のメイドのノエルとファリンの姉妹。監視員として働くことになっている忍と恭也。そしてユーノを抱えた美由希とアイリがいた。

 恭也は、仕事の打ち合わせがあるからと一人先に入っていった。

 

「プール楽しみだね」

「泳ぐの大好きー!」

「あたしは、泳ぎを教わらないと……」

「アリサお嬢様、私がお教えいたしますよ」

 

 一様にプールに思いを馳せている。だが、アイリの顔は暗い。暗いというよりも赤かった。顔を赤らめながら、その小さな体をなんとか美由希の陰に隠そうとしていた。

 

「あれ、アイリ君どうしたの? 体調悪いの?」

「アイリったら、朝から僕は行かないーって騒いでたのよね。あたしが美由希さんに頼んで無理やり連れてきてもらったのよ」

「前は楽しみにしてたのになぁ。アイリちゃんどうしたのかな」

「うぅ……」

 

 アイリは別にプールが嫌いというわけではない。むしろ、以前は温水プールを楽しみにしていた。

 だが、この場にいる忍とつい最近気まずい思いをしたばっかりで顔を合わせるのが辛かった。

 

「アイリ君、その……前はゴメンね。アイリ君は魅力的な子だから、きっといつかいい出会いがあるよ。私とは、その、前みたいに話してくれると嬉しいなぁ、なんて」

「あ……、僕の方こそ、変なこと言っちゃって……ごめんなさい。その……が、頑張ります」

 

 気まずい雰囲気を作りながらも、忍はアイリと仲良くなろうと歩み寄る。

 事情を知らない周りの人々は、二人の作り出す空気に驚愕した。

 

(すずか! どういう事?! アイリと忍さん何かあったの?! いつ?いつの間にそんなことがあったの?! っていうか忍さん恭也さんと付き合ってたんじゃなかったの?!)

(わ、私は細かいことは知らないんだけど、私が誘拐されたときに何か悲しいすれ違いがあったみたいで……)

(あ、アイリ君が……。そんな、忍さんが好きだったなんて……)

(忍さんは凄いなぁ。私にもその魅力を分けてほしい……)

 

 気になりはしても、さすがに本人に直接尋ねるのは気がひけた。それに、話を聞く限り報われない類いの恋だったようだ。

 そうしているうちに入場し、更衣室前までたどり着く。

 

(なのは、僕はアイリについていくね。機会があればジュエルシードを確保するから!)

(うん。ユーノ君お願いね)

 

「あれ、ユーノどうしたの? 僕と一緒に行きたいの?」

「キュー」

「あははっ、可愛いなぁ。じゃあ一緒にいこっか!」

 

 ユーノを連れて、アイリは男子更衣室へと消えていった。

 

「うぅ、ユーノ君が羨ましいかも……」

「我が兄ながら、あんな無邪気な顔をされると気恥ずかしいわね」

「あはは……」

「あの子、男の子だけどすごく可愛いわよねー。男子更衣室で着替えて大丈夫なのかな」

「あ……」

 

 忍の指摘に、なのはは慌ててユーノに念話を繋ぐ。

 

(ユーノ君、そっちなんだけど……、混乱なんかしてないかな?)

(あわわ、なのはっ?! な、なんでもないよっ! 何も見てないから!)

(ユーノ君どうしたの?)

(なんでもないからっ、またあとでね!)

(ユーノ君? ……念話切られちゃった……)

 

 一同は、水着に着替えてプールに集まる。先に入った恭也も監視員姿で合流した。

 

「お姉ちゃん水着似合ってるよ!」

「あら、ありがとう。恭也はどう思う?」

「別に……いいんじゃないか」

「恭也さん、監視員姿かっこいいです!」

「おー、恭ちゃん監視員姿似合うー」

「む、そうか……。自分ではよくわからないな」

「恭ちゃんこっちはどう? みんなの水着姿は?」

「まぁ、その、なんだ……」

「あたしはどうですか?」

「あぁ……」

 

 アリサが身をねじって恭也に問いかける。

 女性だらけの場で、流石の恭也も気圧されていた。

 この場にいるのは美女ばかり。普段女性に囲まれることの多い恭也だったが、流石に水着の美女に囲まれるのは気恥ずかしかった。

 そこへ、遅れてユーノを伴ったアイリがやってきた。

 

「お待たせ。ユーノがなんか暴れちゃって……」

「あ、アイリ君。その水着似合ってるよ!」

「ありがと、なのちゃん」

「いや、似合ってはいるけど……」

「なんか、背徳的じゃないかしら」

 

 ユーノを胸に抱いたアイリは、空色のホットパンツの水着姿で登場した。中世的な丸みの帯びた体を惜しげもなく晒しており、その胸は膨らんでいないながらも幼い顔と相まって白い肌が妙に艶めかしい。

 アリサと似た顔をしていることからも、並ぶと姉妹にしか見えなかった。

 胸の中ではユーノが顔を真っ赤にしていた。もっとも、フェレットの顔色を判断できるものはいなかったが。

 

「アイリ、これを着てろ」

 

 そう言って、恭也は自分の着ているパーカーをアイリに着せる。

 

「え、なんで? 兄さん。泳ぐのに邪魔だよ」

「いいから、着てろ。絶対に脱ぐなよ」

 

 恭也は有無を言わせずアイリに服を着せた。アイリは不満を漏らしながらそれに従う。

 

(ユーノ君、ジュエルシード確保できた?)

(へ? あああ! 忘れてたー!)

(忘れてたって……。何のためにアイリ君についていったの……)

(その、いろいろあって……。でもあの子がペンダントにしてたジュエルシードをよく見てみたんだけど……、なぜかちゃんと封印されてるみたいなんだ。僕の知ってる封印方法とは違う感じだったけど)

(そうなの? たまたましっかり封印されてたのかな)

(全部同程度の封印しかされてないはずなんだけど……。それに前神社では確かに発動していたんだ……)

(それってどういうこと?)

(僕にもよくわからない……。でも、あのジュエルシードは普通にしてたら発動しないはずだから、しばらく放置しててもいいのかもしれない)

(そうなんだ。まぁ、それはよかったのかな。また夕方からはジュエルシード探しするね)

(ありがとう、なのは)

 

 なのはと念話しながら、ユーノは別の事を考えていた。それは、魔力を探る能力に長けたユーノだからこその気付き。

 

(なのはは気付いていないようだけど、この場所にはかすかに魔力の残滓がある。誰かの強い願いにジュエルシードが反応しようとしている? でもこんな場所で何を願うっていうんだろう)

 

「美由希、昨夜も話したが荷物周りには気を付けるんだぞ」

「うん、分かってるよ、恭ちゃん」

「どうされたんですか?」

「実はここのプール、近頃女子更衣室が荒らされたり、着替えや水着が無くなる事件があって……。更衣室事件の犯人は捕まえたんだけど、念のためね」

「それは物騒ですね……」

「でもせっかく遊びに来たんだし、楽しんで行ってね」

「はーい!」

「すずかちゃん泳ぐの速いんだって? 私と競争しようよ」

「負けませんよ!」

「アリサお嬢様はこちらで泳ぎの練習をしましょう」

「あ、お願いします!」

 

 各々思い思いにプールで遊ぶ。

 ウォータースライダーを楽しむものもいれば、付属の温泉を堪能するものもいた。

 なのはもひとまずの休息を楽しんだ。

 思えば、ここのところとんでもない出来事ばかり起きている。一週間前の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。そんなことを思い、なのはは一人苦笑した。

 

「こちら高町です。――はい、わかりました。すぐに向かいます」

 

 恭也が無線で見回りの連絡を受けて、プールサイドを発った。その様子を眺めながら、小さい浮き輪を駆使してゆったりと泳いでいたユーノは、ひそかに警戒していた。

 

(嫌な予感がする。ジュエルシードが発動する予兆を感じる……。もしかして、外部からの刺激を待っている?)

 

(なのは、ちょっと僕は付近を見てくるね)

(大丈夫? 迷子にならない?)

(大丈夫だよ。ちょっと行ってくる)

 

 そして恭也に引き続き、ユーノもその場をあとにした。

 だが、事件はプールで起こる。なのはは少し離れた部屋で休憩しており、ユーノは遠く離れていたため、二人はジュエルシードの発動に間に合うことが出来なかった。

 

 ――キィィィイン――

 

「これは、ジュエルシード?! こんなとこで発動?!」

 

(なのは! ジュエルシードが発動してるっ。急いで決結界を張ったけど、上手く範囲指定が出来なかったから取り残されている人がいるかもしれない!)

(えぇっー! ど、どうしよう! とりあえず発動してる場所に向かうね!)

 

 なのはが現場に着くと、そこには水が意思を持って人間を襲っている光景があった。

 

(やっぱり何人か結界内に取り残されちゃってる……いったい誰が……。って、にゃあああ! アリサちゃんにすずかちゃんにアイリ君!)

 

 そこにいたのは、全裸のアリサとすずか……、そして、全裸で水のお化けと戦っているアイリだった。

 それを見たなのはが思った心境は言うに及ばず。

 

 どうしてみんな水着を着てないの?

 

 

 

 

 アイリは当初泳ぐ気満々だったが、パーカーを着せられたせいで泳ぎにくくてしかたなかったので、仕方なく浮き輪の上に乗っかって水の流れに身を任せていた。

 暫くそうしてぷかぷかと漂っていたら、気持ちがよくなって寝てしまう。

 しかし、それも突然の大波によって起こされてしまうことになる。

 

「ごぼあぁっ! ……ごほっごほっ……、一体何が……、波のプールとか設定されてたのかな……」

 

 そしてアイリが見たものは、波よりももっと巨大なもの。

 それは物理法則を無視したかのように空高く伸びた水柱だった。

 

「おぉ、これは壮観……。え、これどうやってんの?」

 

 水が変な形を保って固定していることにアイリは驚く。

 その時、その水に向かって突入していく人影が目に入る。

 普通なら、そのよくわからないアトラクションに向かって遊びに飛び出した子供と思ったかもしれない。

 でもその少女は、というか自分の妹は、全裸だった。

 

「私の水着返せーっ!」

「アリサなにやってんの?! こんなとこで裸になっちゃだめだよ! ほんと何してんの! アリサは可愛いんだから変な人が寄ってきたらどうすんの!?」

「あ、アイリ! ち、違うわ! あたしは別に脱ぎたくて脱いだわけじゃ……」

「アリサちゃん……っ、あの水の上の方に私たちの水着があるよ!」

「うわっ! すずかちゃんまで?! 女の子が人前でそんなはしたない恰好しちゃだめだよ!!」

「きゃああっ! アイリ君、これは違うの! えと、その、取りあえず、こっち見なぃで……」

 

 アイリは慌てて着ているパーカーをすずかに着せ、アリサを人目から守るためにしっかりと抱き寄せた。

 可愛い妹の肌を衆人の目に晒すなど、あり得なかった。

 

「アリサ、家に帰ったらお説教ね。人前で裸になるなんて……、世間には怖い大人がいっぱいいるんだよ? アリサが考えもしないようなことをされるかもしれないだから。大体、姉さんや兄さんだってなんで止めないんだか。いくらなんでも悪ふざけが……って、あれ? なんか周りに誰もいなくない?」

 

 問いかけるも、力強く抱きしめられているからか、顔を真っ赤にしているアリサは答えられそうになかった。

 代わりにすずかが答える。

 

「急に誰もいなくなっちゃったの! それでなんかプールの水が急に襲ってきて……私たちの水着を取ってっちゃったんです!」

「人が急にいなくなったって、そんな馬鹿な……。いや確かにこの場には誰もいないんだけど。う、なんか嫌な記憶が……。それで、襲ってきたっていう水は、あの物理法則を無視したやつ?」

「あれです! あれが私たちの水着を……」

「あれ、なんかこっちに向かってきてない?」

「心なしか大きくもなっているような……」

「とりあえず逃げるよっ! って、あれ、足がなんかに掴まれてる?!」

「私もー?!」

 

 ザバーンッ!!

 

 大量の水が三人の上から降りかかる。

 上も下もわからないような浮遊感からなんとか抜け出し、水上に顔を出す。

 

「ゴホッ! 二人とも大丈夫?!」

「ケホッケホッ、あたしは大丈夫~」

 

 アイリがしっかりと抱きかかえていたアリサは無事だった。

 

「かほっ、無事、です……」

 

 次いですずかが顔を出した。

 

「よかった。って、あれ、すずかちゃんパーカーが無くなってるよ」

「きゃっ、ほ、ほんとだ。また……。って、あ、アイリ君……、その、……アイリ君も……」

「へ? ……って、うわああぁぁっっ?!」

 

 すずかだけでなく、アイリの水着もまた、水の化け物に奪われていた。

 思わずその場でしゃがみこむ。

 

「あ、アイリの水着もあの水の化け物の中に!」

「ええぇ……、なんなのあの水。ほんとに……」

 

 アイリは水着を取り返すために、仕方なく水の化け物に向かって相対する。正直、水着を狙い水の触手をうねうねと動かしている化け物は銃を手にした誘拐犯よりも相手をしたくなかった。気持ち悪さ的な意味で。

  

「二人とも少し離れてて……あれとは僕が戦うから」

 

 それでも、この二人をこんな不審物体に関わらせるわけにはいかない。

 水の化け物とは、水中から一直線に繋がっている。

 ならば、直線の水ごと弾き飛ばす!

 

 ――大地の怒りがこの腕を伝う!

 防御あたわず! 疾風――

 

「ハアアァッ、地裂斬ッッ!!」

 

 地面に沿って直進する衝撃波を放つ。

 それはプールの水を左右に弾き飛ばしながら、水の化け物に直撃する。

 

 ヴオオォォォッー!

 

 悲鳴を上げながら、水の化け物がはじけ飛ぶ。

 アイリを起点として一直線にプールの底が露出していた。それはまるで過去の偉人が海を割ったかのような光景だった。

 化け物の消失と共に、空から大量の水着が降り注いできた。

 

(あの化け物が抱えていたのか。これだけの水着をよくもまぁ……)

 

「ふー、なんだったんだ一体……。とりあえず恥ずかしいから水着を……」

 

 そうして自分の水着を探そうとしたアイリは、確かに見た。

 今さっき倒した水の化け物と同じものが、色んな所から集まってくるのを。

 そしてその奥で、二本の足で立ちながら怪しい魔法陣を展開しているユーノを。

 

「え、ユーノ? なんで……? ふにゃ……、あれ? 急に……ねむ、く……」

 

(まさか、犯人はユーノ? なんで、水着なんて……)

 

 多くの疑問を残しながらも、アイリはそのまま眠りについてしまった。

 

 

 

 

(なのは、三人ともとりあえず眠らせたよ)

(ナイスだよユーノ君!)

 

 三人に姿を見られる心配のなくなったため、なのははバリアジャケットを装着してその場へと現れる。

 そしてその場を見回す。

 裸で倒れている友達が三人。あたりに散らばる大量の水着。そしてジュエルシードの暴走体なのか、複数の水の化け物。

 

「ユーノ君、いまいちよくわかんないんだけど……、なんでジュエルシードが水着を集めてるの……」

「あ、と、その……想像なんだけど、ジュエルシードを発動させた人間の願いが、そうだったんじゃないかな。多分、捕まったっていう更衣室荒らしの願いとか興味とかの強い意志に反応して、その……それで多分女の子の水着を集めたいっていう願いをくみ取ったのかな……」

「えぇー……、強い意志って……、なんでもいいの?」

「それは僕に言われても……、とにかく、封印しないと!」

「うん。目標がたくさんあるんだけど、どうすればいいの?」

「一つ一つ、封印していくしかない。時間がかかるけど、頑張ろう」

 

《You can. If that's what you desire.》

「レイジングハート?」

《Imagine you're about to strike. 》

「うん、いくよ! レイジングハート!」

 

 なのははレイジングハートを構えて魔法を発動させる。

 すると全ての魔物に魔力拘束が発動する。

 

「これは?! こんなこと、まだ教えてないのに……」

「いくよ! レイジングハート! 許されざるものを封印の輪に……ジュエルシードシリアルⅩⅦ、封印!」

《Shooting.》

「シュ――トッ!!」

 

 杖の先から砲撃が放たれる。

 それは複数の化け物を同時に補足し、砲撃に包まれた化け物は悲鳴をあげながら宝石へとその身を変えていく。

 見覚えのある宝石をレイジングハートにしまうと、辺りに散らばっている水着が動き出して各地へ散っていった。

 

「ユーノ君、これはどういうこと?」

「魔法が解けたから、水着が持ち主のところへ戻っていってるんだ。何はともあれ、これで解決だよ。なのは」

 

 その場に残る願いの残滓ごと、ジュエルシードは封印された。

 名も無き男の切なる願いは、魔法少女の手によって暴走することすら許されなかった。

 

 

 

 

 アイリとアリサとすずかは、プールサイドで目が覚めた。

 

「あれ? あたし寝ちゃってたの?」

「いつの間に……」

「あははっ、三人ともぐっすりだったよ」

 美由希がそう答えるも、三人にはいつ寝たのかの記憶が定かではない。

 寝ぼけて、目をこする。周りを見回しても、変な水の化け物がいるなんて事はなかった。それに、水着だってちゃんと身に付けている。

 

「あれは、夢? ……何か非常にあれな夢を見た気がするわ……」

「は、恥ずかしくて確認できない……」

 

 アリサとすずかは顔を赤らめ、必死に思い出さないようにしようとしていた。

 だがアイリは違った。何故か寝てしまったけど、確かに覚えていた。あのよくわからない水の化け物、そしてそれを操っていたユーノの姿を。

 じっと、なのはの肩に止まっているユーノを睨み付ける。

 思えば、初めて会った時から少しおかしな感じがするとは思っていた。まるで、人に変化することのできる久遠を相手にしているかのような錯覚を覚えた。

 

 ――妖怪。

 

 アイリはユーノの正体に辺りをつける。

 じゃあ、なのははユーノにとり憑かれている?

 いや、妖怪にだっていい妖怪はいる。久遠がそのいい例だ。むしろ妖怪の実物は久遠しか知らないからあまり参考にならないが。

 嫌な感じはしない……。じゃあ、いい妖怪なんだろうか。でも、色んな水着をあんな風に集めている姿を見るとどこか不安になってくる。

 動物だから……、半分本能のままに動いてる?

 でも、人間の女の子に興味を持つなんて……もしかして久遠みたいに変身できる?

 ユーノは今何歳だろう。フェレットってイタチの仲間だから、人間換算すると相当歳いってるんじゃ……。

 もし成人男性にでも変身して襲いかかられたら……。アイリは嫌な想像をして背筋が寒くなる。

 なのはは大丈夫なのだろうか。もしかしてもう既に……、いや、たとえ妖怪が相手だろうと恭也と士郎がなのはに不埒な真似を許すわけがない。

 なら、純粋に女性の服に興味があるだけだろうか。犬が何でも物を集めるみたいにそういう習性があるんだろうか。

 わからない……。今までただ可愛いとだけ思っていたのに、素直にそのままの姿を見ることが出来なかった。

 というよりも、あんなに可愛いのに中年男性にでも変身されたらトラウマになるかもしれない。

 

(なのは、なんかアイリが顔を赤くしたり青くしたりしながらこっちを見てるんだけど……)

(えっ? あ、ほんとだ。えへへ、あんなに真剣な目で見られると恥ずかしいな)

(いや、どちらかというと疑いの目で見られてるような……)

(えええ?! な、なんで?! も、もしかして起きてたとか?)

(それは無いよ。それに眠らせてからは結界の外に出したから僕たちの事はばれてないはずだよ)

(良かった~。なら、なんでかな)

(わからない。でも、もしかしたら何かに気付きかけてるのかもしれない)

(そっか。アイリ君勘が鋭いしなぁ。じゃあこれからはもっと気を付けていかないとね)

 

 二人は微妙なすれ違いに気付けない。

 それが吉と出るか、凶と出るかはまだ誰も知る由がない。

 

 

 

 

「アイリ君何してるの?」

「うん、ちょっとした実験をね」

 

 なのはの部屋には、色々な物が並べられていた。

 ドッグフード、ほねっこ、メスのフェレットの写真、アリサの写真、ページが破かれた女の人の水着写真(父の書斎から失敬した)、アイリの部屋でタンスの肥やしになっていたキュロットスカート、さっきまでアイリが着ていたシャツ、などなど。全部アイリが自分の家から持ってきた物である。

 

「よし、じゃあユーノを部屋に入れていいよ」

「あ、うん。ユーノ君、入ってきていいよ」

「キュ」

 

 なのはの声につられてユーノが部屋に入ってくる。

 そして部屋の様子を見て固まった。

 

(なのは、これってどういうこと?)

(にゃはは……、私にもよくわかんないんだ。とりあえず頑張って! ユーノ君!)

 

 なのはに聞いても苦笑いで返される。

 一つわかることは、自分はアイリに何かを試されているということ。それならば、自分に出来ることは無事にこの試練をのりきることだ。

 部屋を見渡す。大まかに見て、写真か、食品か、服か……。

 まず食品に目をやる。しかし、ドッグフードなどを食べる気にはなれない。自分の体にはでかすぎるほねっこなど論外だ。

 服は正直どうでもいい。ただ、スカートは気にならないけど、シャツの方からは爽やかないい匂いがした。

 となると、やっぱり写真か。

 正直、フェレットには変身しているだけなので、他のフェレットの良し悪しがわからない。というより、他のフェレットの写真を見せてどうしようというのだろいうか。さすがに写真と現実を混同してるような演技はしたくなかった。

 他の写真に目をやる。綺麗系な女性が写った水着写真だ。そんな物が紛れているとは思わず、恥ずかしくなって少し声が漏れる。とっさに近くにあった布切れに顔を埋め、体を震わす。

 

 キュー

 

 なるべくその写真を見ないようにして、最後の写真に目をやる。そこに写っていたのは、はにかんだ笑顔の可愛らしい少女、アリサだった。

 それを見て、ユーノはようやくこのよくわからないテストに納得がいく。アイリが試していたのはアリサの事を大切に思っているか、その一点だったのだ。

 そうとわかれば、アリサの写真をさっきまで顔を埋めた布のところまで運び込み、布の上で写真を小さい舌で舐め続ける。

 

 キュキュー♪

 

 全力を尽くした、と自画自賛したユーノが顔をあげると、なにやら顔を青くしたアイリと目が合う。

 

 キュ?

 

「ひっ」

 

 あれ、気のせいかなんか怯えてないだろうか。

 一本前へ歩く。するとアイリも一歩下がった。

 もう一歩歩く。アイリは二歩下がった。

 もっと近づこうと前傾姿勢をとる。

 するとアイリはなのはを抱きしめて窓から飛び出した。

 

(ちょっと、ここ二階なのに?!)

 

 慌てて窓に駆け寄ると、アイリは遠くの家の屋根の上を飛び回っていた。

 

(な、なんて身体能力だ。魔法を使っているわけでもないのに……)

 

 ユーノはただ呆然と見送った。

 

 

 

 

「なのちゃん、その、ユーノになんか変なこととかされてないよね」

 

 実験は失敗だった。

 いや、違う……実験自体は成功だったのだ。期待していた結果にならなかっただけで。

 まさか食べ物やメスのフェレットには全く目を向けず、自分の服の匂いを嗅ぎまわり、アリサの写真を舐めまわすとは思わなかった。

 

「へ? 変なことって?」

「たとえば……押し倒されたりとか。下着を盗まれたりとか……」

「ふえぇ? 下着って……、そんな変態さんみたいなことユーノ君はしないよ。それに、いくらなんでもユーノ君みたいにちっちゃい子が押してきても何ともないよ」

「何とも無いならいいんだけど……何かあったらすぐに僕を呼んでね。すぐ助けに行くから! それに僕だけじゃなくて兄さんや姉さんも……、誰でもいいから絶対に助けを呼んでね!」

「嬉しいけど、なんでユーノ君がなのはを傷付ける話になってるのかがよくわかんないよ……」

「何かあってからじゃ遅いんだよ! とにかく、ユーノには気を付けてね!」

 

 動物というのは、本能で動くからある意味質が悪いのだ。

 

(何か対策をとらなくちゃ……)

 

 アイリは強く決意した。

 

 

 

 

 その日の晩、アイリは高町家の夕食にお邪魔した。とある提案をするためである。

 

「師匠、動物を飼うのって初めてですよね」

「ん、まぁそうだな。正直事あるごとに調べものをしている状況だよ」

「動物を飼うにあたっては、後々のためにやっておいた方がいいことが多々あるんです」

「あぁ、予防接種とかだな。今度獣医さんに頼む予定だよ」

「それもありますけど、他にも大切な事があるんです」

「そうなのか? 調べた感じじゃあ他になんかあるように思えなかったが……」

「それはペットによりけりだと思います。うちの場合はしないことが多いんですけど……。でもユーノには必要かもしれません」

「ほー、さすがは沢山ペットを飼っているだけはあるな。で、結局何なんだ?」

 

 そう言われてアイリはユーノをちらりと見る。

 そしてとんでもないことをいい放った。

 

「去勢しましょう」

 

 ユーノは今、人生最大のピンチだった。

 




魔法少女リリカルすくらいあ――始まります。

恭也さんは原作通り壊れた配管の温水攻撃に遭ってます。


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第七話『運命の出会い』

巨大樹編。少しだけメタ要素含みます。


 恐ろしい宣言をされてからのユーノの行動は早かった。

 念話でなのはに自分を助けるよう頼み込みながら、他の人への無害アピールを必死に行う。

 なのはは去勢ということについてよくわかっていなかったが、アイリの「動物にはよく行われることだから」という説明と、ユーノの「死んじゃうようなもんだから! 絶対に無理だよ!」という懇願に挟まれて、なんだか必死なユーノの味方についた。

 そしてその結果……、あざとい仕草を繰り返して甘えてくるユーノにはアイリも引き下がるしかなかった。「ぐぬぬ。もう中身とかはもうどうでもいいや……」とは、骨抜きにされる直前の言。

 基本的に動物には甘々なアイリには、本気のユーノの相手は酷すぎたと言える。

 

 

第七話『運命の出会い』

 

 

 そんな感じで次の日のこと。

 アイリはせめてユーノのことについてもっと詳しく知っておこうと、美由希にくっついて図書館までやってきた。

 

「珍しいね、アイリちゃんが図書館に行きたいっていうなんて」

「うん、ちょっと調べ物ができたんだ」

 

 そう言ってアイリが手に取るのは、妖怪大事典という胡散臭いハードカバー。

 美由希は苦笑して見なかった事にした。

 

「さっき知り合い見かけたから、ちょっと行ってくるね」

 

 そう言って美由希はどこかへ行ってしまった。

 

 ――はーやーてーちゃーん! 久しぶり~!

 ――あ、美由希さん! お久しぶりです。

 

 ページを捲る。探すのはイタチの項目。

 最も代表的なのは、鎌鼬だろうか。

 真空波で人でもなんでも切りつけるという妖怪だ。

 切られた人は切られた瞬間に気付くことはできず、また不思議と痛みもないため、あとになって切られたことに驚くとのことだ。一説によると、スリーマンセルで行動しているらしい。

 ユーノは、他の仲間と共に行動しているようには見えない。だから違うとは言わないが、一応心に留めておこう。

 他には、……くだ狐。こういうのもいるのか。

 名前は狐ってついてるけど、イタチなのか。

 何々、人に取り憑きその精気を食らって祟り殺す力を持つ、と。

 人間にとり憑いて意のままに操ったり、小物や富をかき集めてきたりとわりと自由自在……か。

 どちらかというとこちらが近い気がする。水を操ってたり、水着を集めたり……。

 割とおっかない力を持っているみたいだけど、普段は大人しい性格で人に懐くものが多いらしい。

 ユーノもちょっとすけべなだけでそういう存在だとわかると、少し安心する。

 

 ひとまずの情報収集ができ、本から顔を上げる。すると自分のそばに戻って読書していた美由希と目が合う。その隣では知らない女の子が読書していた。

 車いすに乗っている、ばってんのヘアピンで茶髪の前髪を留めているショートヘアの女の子だ。

 

「あ、調べ物はどんな感じ?」

「うん順調だよ、姉さん。あとはもうちょっと細かく乗ってる本を探してみようかなぁ。それで、その子はどちら様?」

「この子は私の図書館友達。はやてちゃんっていうんだ」

「は、はじめまして。私は八神はやて言います。ひらがなみっつで、はやてです」

「はじめまして。僕はアイリアス=バニングス。アイリって呼んでね」

「うん。えと、アイリ……君? よろしくなー」

 

 アイリははやてとすぐに仲良くなった。

 アイリにとって年下の子は、アリサを連想させるためすぐに心を開ける対象だった。

 はやてにしても、知り合いの美由希と親しい様子であるし、その雰囲気もやわらかいことから、すぐにアイリと打ち解けた。

 はやては特殊な事情を抱えていることから、あまり人と知り合う機会が少なかった。そのために人との繋がりに飢えていたという事実も関係しているかもしれない。

 

「でも美由希さん、姉やんってどういうことなん」

「あぁ、アイリちゃんはうちの道場での弟弟子なんだ。もう六年にもなるかなぁ。今や家族の一員みたいな感じかな」

「あはは、恥ずかしぃなぁ。でももう六年かぁ。ちっちゃい頃に容赦なく山籠もりに連れていかれた日々が懐かしい……。今も時々連れていかれるけど」

「えぇっ!そんな昔から道場通いしてるん? うちとあんま変わんなそうなのに、すごいなぁ」

「へ? あ……、ごめんねはやてちゃん。ちょっと勘違いしてた。はやてちゃん中学生なんだね。どこの中学?」

「ほぇ? 私は小学生ですけど……、小学三年生です。こんな足だから、学校にはちょい今いけてないんやけど」

「あれ?」

「へ?」

 

 場に静寂が訪れる。

 何か認識が食い違っている気がした。

 そこに、美由希が笑いながら補足する。

 

「アイリちゃんは中学二年生で、はやてちゃんは小学三年生だよ。まぁ、どちらかというと……アイリちゃんが小さいんだけど……」

「えぇ?! アイリ君そんな年上やったん?! さ、詐欺や!」

「詐欺?! ひ、ひどい……」

「大体そんな女の子みたいな顔して、髪も美由希さんとおそろいの三つ編みで仲良し姉妹みたいな雰囲気を漂わせてたから、男かどうかもわかんなかったんや!」

「そこから?!」

 

 ガーン、とアイリはショックを受ける。

 はやては大人しそうな子だったのに、仲良くなると容赦が無かった。一方で美由希は、仲良しと言われてどことなく嬉しそうにしていた。

 暫し雑談を続け、本の話に話題が戻る。

 

「それでどんな本探してるん?」

「妖怪が出てくる本かな……具体的にはくだ狐っていう妖怪なんだけど」

「あ、私そんな感じのが出てくる本読んだことあるかも。本と言うか、漫画なんやけど。えーと、確かあっちの棚に……」

「え、本当? それは助かるかも!」

 

 喜んで、はやてに着いていこうとするアイリ。

 だがその時、地面が揺れた。

 

「わ、地震?! 大きい!」

「はやてちゃん、私に掴まって!」

「あ、はいっ!」

 

 しばらく地震が続く。

 こんな大きな地震は生まれて初めてだった。

 しっかりと耐震加工してある図書館の設備も、悲鳴をあげている。本棚から本がバサバサと地面に落ちていく。

 たっぷり一分ほど経っただろうか、ようやく地震がやんだ。

 

「スゴい地震だったね。アリサ大丈夫かな……」

「今ので恭ちゃんの盆栽村が全滅したんじゃないかな……。私、今日家に帰りたくない……」

「外も大混乱なんじゃないやろか」

 

 その言葉につられ、ふと窓から外を眺めてみる。

 窓から見えた光景は、異常の一言だった。

 所々コンクリートがはがれ、地面から植物の根がむき出しになっている。植物の根が所々の建物に絡みついている。何よりも圧巻だったのは遥か天高くそびえ立つ一本の木だった。何十メートルあるのか、いや何百メートルかもしれない。付近の建物よりも遥か高みに、その木は突然に現れた。

 

「姉さん、事件です……」

「さすがに、私もこんな時はどうすればいいのかわからないよ……」

「あわわ、なんやあれー?!」

 

 普通ではあり得ない光景、あまりにも突拍子もない事が起こるとかえって冷静になるらしかった。

 

「とりあえず、あれを切り取って持ち帰れば兄さんの機嫌も良くなるんじゃない?」

「いやぁ、あれは確かに不思議な木だけど盆栽としてはどうだろう……。私は全然わかんないんだけど、いい感じに曲がってるやつじゃないと恭ちゃん喜ばないんじゃないかなぁ」

「はわわ、もう世界は終わりや……。せめて、死ぬ前に家族が欲しかったなぁ」

 

 全員現実逃避をしていた。

 一人とても切ないことを言っていたが。

 

「それで現実問題、あれはどうにかしないと……。アイリちゃん何とか出来るんじゃない?」

 

 美由希はアイリが特殊な魔法を使えることを知っていた。それは修行の際のちょっとした事件でばれてしまったためである。海鳴でアイリが魔法を使えることを知るのは、士郎と桃子、恭也と美由希、那美と久遠の五人と一匹。わりと高町家にはバレバレであった。

 

「へ?あれって個人で何とか出来るレベルじゃないんじゃ……? 自衛隊とか呼ばな……。自衛隊って110番で来てくれるんやろか」

「急に変なこと言い出して……姉さんは少し疲れてるんだよ。何か最近気苦労が絶えないって言ってたし。…………あわわ! あ、いや、疲れてるのははやてちゃんだよ! あんな木がいきなり生えてくるわけないでしょ! 常識的に考えて!」

 

 アイリははじめとぼけようとしたが、美由希からの無言の圧力が段々大きくなってきたので、矛先を変えた。何が美由希の怒りに触れたのかはアイリにはわからなかった。

 

「いや、あんなってゆーてるやん。アイリ君もめっちゃ見えてるやん」

「うぐぅ。それは盲点だった……。じゃあ三人で同じ夢を見てるんだよ。これなら何もおかしいところは無いでしょ」

「じゃあ夢でいいから、アイリちゃん何とか出来ないかな」

「夢でいいなら、何とかなるかも……」

「何かこの会話おかしくないやろか」

 

 三人は外に出て、見晴らしのいい場所に移動した。

 そこからは町が一望できた。そして、巨大樹が街を侵食している様子がよく見えた。

 

「それで、どうするんや?」

「うん。こんな時のために、練習してたセリフがあるんだ」

 

 そう言ってアイリはどこからともなく、三つの赤色の砂の入った筒を取り出す。

 巨大樹に向かって指差し叫ぶ。

 

「お前に相応しいソイルは決まった!」

「そ、そのセリフは! 最後の幻想物語アンリミテッドの……!!」

 

 それは火曜日の夕方18時30分に放送されていたアニメで、主人公がよく口にする決め台詞だった。

 主人公はこの台詞と共に銃を撃つ。

 独自の銃と各々特色のある魔弾を三発組み合わせることにより、様々な召喚獣を呼び出す力を持っていたのだ。

 

「灼熱の牙、カーディナルレッド」

 

 そう言って筒の一つを指先で上空へ弾く。

 

「紅蓮の疾風、ダーククリムゾン」

 

 もう一つ、弾く。

 

「そして、鋼の力……バーントシェンナ」

 

 最後の一つを弾く。三つの筒は空中で砂を絡めあい、砂は一つに混じり合う。

 

「この組み合わせは……まさか、イフリート?! でも、魔銃もないのに召喚できるんか?!」

 

 はやては緊張してその様子を見守る。

 空中を舞っていた砂が、暫く上空を漂った後重力のなすがままに地面に落ちる。

 何か起きる気配はない。

 静かな風が吹き、雑然と地面にばら撒かれた砂をどこかへと巻き散らかしていった。

 

 場には静寂が満ちる。

 はやては一瞬でも信じた自分が恥ずかしくなって赤面した。アニメの話を信じてしまうなんて自分もまだまだ子供だったと再認識してしまった。

 

「うぅ、騙された……。アイリ君もいたいけな女の子を騙すなんてひどいやん」

 

 そう言ってアイリを睨むが、アイリの反応はない。まだぶつぶつと何かを呟いている。

 なんでかはわからないが、その顔は真剣なものだった。

 

「アイリ君、もういいんや。もう十分騙されたから、素直に私に怒られよーな」

 

 その言葉にもアイリは反応しない。よく見ると、額には汗が浮かんでいる。

 一体何が?

 訝しがるはやての目に、突如光が飛び込んできた。

 

「な、なんや?!」

 

 とっさに閉じた目を開いてみると、アイリの体を中心に白い光の魔法陣が展開されていた。

 

「な、一体……?」

 

 はやてには目の前の事象が理解できなかった。

 まだアイリのいたずらが続いてる?

 そう思い込むには、目の前の出来事はあまりにも非常識過ぎた。

 

「創世の火を胸に抱く灼熱の王……、

 目の前の巨大樹を灰塵に帰せ!」

 

 大地から炎が吹き出す。

 巨大樹の根に被さるように街の至るところから炎が立ち上がっている。

 

「いでよ召喚獣……焼き尽くせ、イフリートォォ!」

 

 ウオオオォォォ!!!!

 

 一際大きな火柱が上がり、中から巨大な炎の精霊が現れる。口からは炎が溢れ、その姿は全てを焼き尽くす炎の化身そのものだった。

 

「な、な、な、なんやこれ……」

 

 はやては腰を抜かして只々目の前の光景を眺める。

 さっきまでは、笑い話だったのに、途端に笑えなくなった。炎が街の植物を焼いていく。本体の巨大樹に、炎の精霊が飛び込んでいく。

 あり得ないほどの火柱が上がり、それが消えたときには巨大樹が無くなっていた。

 ふと、空からゆっくりと光の塊が地面にゆっくりと落ちていっているのが見える。遠すぎてよく見えないが、中に人影が見えた気がした。

 巨大樹の消滅を確認してから、炎の精霊が姿を消す。街にはいつも通りの光景が戻った。多少地面が壊れたりしているが、そこには巨大樹も炎の精霊もいない。

 

「ふぅ、疲れた。姉さん、後でシュークリーム奢ってね」

「はいはい、何個でも奢ってあげるよ」

「ほんと!? 姉さん大好き!」

「あはは、直接言われると結構恥ずかしいかも……」

「何をほのぼのしとるんやー!!」

 

 何事もなかったかのように振る舞う二人を前にはやては吠えた。

 

「はやてちゃんどうしたの?」

「はやてちゃんは図書館で急に眠りだして、今起きたんだよ?」

「そ、そーかー。どうりで……って騙されへん! なんなん今の! イフリートか?! イフリートなんかッ?!」

「はやてちゃん、アニメと現実をごちゃ混ぜにしちゃダメだよ。しっかりしているようで、まだまだ可愛いところもあるんだね」

「えへへ、そんな恥ずかしいな~。……ってだから騙されへん! なんなん今の?!」

 

 さすがに、無かったことにするのは無理があったようだった。仕方なしに、アイリはちょっとした召喚魔法が使えることだけを説明する。

 

「世の中広いなぁ。魔法かぁ……。まさか実在するとはなぁ」

「ん、はやてちゃんもなんかしらの超常現象に関わりがありそうだけど?」

「へ? なんのこと?」

「その足……、多分なんかの呪いかよくわかんないものに取りつかれてるから動けないんだよ」

「……なんやって?」

「スゴい強力な呪い。まるで産まれたときからついてたみたいに体と一体化してる。素人が下手に手を出せないよ。それに、何て言うか丸いナイフみたいだ」

「丸いナイフ?」

「そう、本来傷つけることだけが目的のはずなのに、それをよしとせずに刃を丸くして抵抗している。だけどそれがかえって痛みを伴ってしまっている。うまく説明できないけど、そんな感じがするな」

「……本当は私を傷つけたくないけど、どうしようもないから傷つけてしまっているってこと?」

「そんな気がする。何か心当たりある?」

「……心当たり……あるような、無いような……」

「まぁ、最悪の事態になるようだったら、僕が無理矢理にでもなんとかするよ。その時は連絡ちょうだい。できれば時間経過でよくなるのが一番なんだけどね。それに、ただの呪いだけじゃなくて祝福のような気配も感じるんだ」

「なんとか……うん。どうしようもなさそうな時は連絡する。ありがとな、アイリ君。少し気が楽になったわ」

 

 そうして三人は解散した。

 巨大樹から出てきた光りに桜色の光線が向かっていくことに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 巨大な揺れとともに、ジュエルシードの発動をなのはは感知した。

 

(まさか、やっぱりあの男の子が持っていたのはジュエルシード! 私、気づいてたのに……。発動を阻止できたはずなのに……)

 

 なのはは昼間応援していた少年サッカーの男の子が、ジュエルシードらしきものを持っていたことに気がついていた。しかし、疲れていたこともあり、勘違いかと思い直して家に帰って寝てしまったのだった。

 なのはが目にしたのは街のあちこちから飛び出している巨大な植物の根。そしてそれらの根源である巨大樹だった。

 

「ユーノ君、あれはどうすればいいの……?」

 

 今までにない規模のジュエルシードの発動。なのはには正しい対処法がわからなかった。

 

「多分あれは人間が発動させてしまったんだ。あれほどの規模となると……、どこかに核となる部分があるはずだから、そこをなんとか探して接近してから砲撃を打ち込むんだ!」

「探して、撃ち込む……」

 

《Area Search.》

 

 レイジングハートがなのはの意思を汲み取り、探知魔法を発動させる。

 その時であった。街のあちこちから火柱が立ち上った。

 

「ユーノ君! これは?!」

「わからない! でもこれはさっきのジュエルシードとは別ものだ! 始めのジュエルシードに共鳴して、他のナンバーも発動したのかもしれない!」

「そ、そんな……。海鳴の街がボロボロになっちゃう! ユーノ君! 結界は張れないの?!」

「ゴメン、なのは……。魔力が全然回復してないんだ。少なくとも明日にならないと結界は張れない」

 

 悲壮感を漂わせる二人に、更なる驚愕が走る。一際大きな火柱の中から、炎の巨人が現れたのである。

 

「な、何あれ……」

「あれは……、何て純粋で暴力的な魔力の塊だ……。それでいて生命力に満ち溢れている。まさか……幻獣? ……実在したのか……」

「ユーノ君幻獣ってなに?! あれはなんなの?!」

「あれは……お伽噺の中の存在だよ。強力な単一能力を司った魔力の塊の生命体。僕らの世界の外に存在するらしいということだけが確認されている存在……。存在そのものがあやふやだけど、歴史上何度か確認されたことがあることから、幻の獣って呼ばれてるんだ……」

 

 その圧倒的な威圧感に、なのはの体が自然と震える。初めて戦ったジュエルシードの暴走体とは比較にならない、恐ろしい存在感を感じる。

 この巨人と戦う? 無理だ、とても敵わない。でも、このままじゃ海鳴の街が破壊されてしまう。

 なのはは震える手を押さえつけ、杖を炎の巨人へと向ける。

 この街にはなのはの大切なものがたくさんある。決して引くわけにはいかない。

 

「なのは、逃げて。君だけなら転移魔法で今のうちに逃がせる」

「冗談! 私は引けないよ。私の後ろには大切なものがいっぱいあるんだから!」

 

 勝てるとは思えない。それでも、二人は前に進んだ。

 その時である。炎の巨人が動きを見せた。巨大樹に突っ込み、灼熱の炎を立ち上らせて巨大樹を消滅させたのである。

 

「な、仲間同士で戦ってるの?」

「いや、多分あれは敵同士なんだ。始めに出てきた巨大樹を倒すために炎の幻獣が現れたんだと思う……」

「じゃあ、私たちの仲間って思っていいのかな……」

「それは……、わからない……」

 

 言葉通り、ユーノにはなにもわからなかった。ただわかるのは、あの二つの存在が敵対していたということ。その次の矛先がどこに向くか、それがわからない。

 

 息を飲んで展開を見守っていると、炎の巨人は用は済んだとばかりに消えていった。

 何事も起きなかったことに二人は深い深いため息をついた。

 

「消えてくれて本当に良かった……。とてもじゃないけど、今の僕たちじゃ太刀打ちできない」

「あ、ユーノ君! ジュエルシードが落ちてってるよ! あれは……、中に二人の人がいる。やっぱり誰かが発動させたんだ」

「回収しよう! ……でも、一つだけ? 炎の幻獣を呼び出した分が無い……。いや、そもそもジュエルシードで幻獣が呼び出せるんだろうか……」

 

 思考にくれるユーノ。しかし、いくら考えても答えは出なかった。

 

 手に入れたジュエルシードはこれで五つ目。徐々に手に入れるのが難しくなってきているのを感じられる一戦だった。

 

 

 

 

 心臓がバクバクとうるさいくらいに鳴り響いている。平然とした様子で別れたつもりだけれど、ちゃんとできただろうか。

 

 ――魔法。

 

 何と魅力的な響きか。

 今まで自分の中の世界は非常に狭かった。

 自宅と、病院と、図書館と。狭い世界の中の、更に狭い範囲でしか活動していない。

 それがどうだろう、今日の出来事は。

 今までの常識を、まるで紙を破るかのように簡単に破壊していった。

 今まで狭い狭いと思っていた世界が、無限の広がりを見せている。

 興奮が冷めやまない。今日の日のことは当分忘れられそうになかった。

 

 それに……、自分の身に宿っていると言われた呪い。

 言われてみれば、原因不明と言われ続けた足の病。陳腐だが、なにか医学的な要素以外の面で――呪いのせいで動かないと言われてしまったら、少し納得してしまう。

 なぜ自分にそんなものがかかっているのかはわからない。だが何もかもがわからないでいる状態からは一歩前進だ。

 そして何より……祝福。アイリが言うには、呪いだけじゃなく、加護もかかっているという。

 そして、それには少し心当たりがあった。自分が物心ついたときから側にある一冊の本。

 鎖で閉じられていて中を見ることが出来ないが、不思議と無視できない吸引力がある。

 自分にもこれから何か良いことが起こるのだろうか。いや、仮に起こらないとしても、起こるかもしれないと思い続ける事ができるだけでも日々を大切に過ごせる気がする。

 

 今日は本当に良い一日だ。

 

 八神はやてはそっと家路についた。

 

 

 

 

 その日の夕方。

 神社に寄り久遠と遊んだ帰り、アイリは道端で一人の少女と遭遇する。

 

「すみません、その胸のペンダント……」

「ん、どうしたの? 僕になにか用?」

 

 癖のない金髪をツーテールに纏めた、綺麗な赤色の瞳の少女。だが、その瞳はどこか寂しげに見えるのは気のせいだろうか。

 

「やっぱり、ジュエルシード……。それを渡してもらいます」

 

 その言葉と共に、どこからともなく取り出した黒く頑強な杖を向ける。杖の先から黄金の魔力光が刃を形作っている。それはまるで鎌のような形をしていた。

 そしてその少女の瞳は実直だった。曲がることを知らない、素直で不器用な性質の様だった。

 

「この宝石のことを知っている? 君は一体……」

 

 少年は一足先に異界の少女と出会う。この出会いが、この先の運命を変える一端となるのだった。




一応この世界では、ファイナルファンタジーアンリミテッドのアニメはあってもファイナルファンタジーのゲーム自体はありません。
そしてこの世界でもFFUは打ち切られます。全て映画が悪いんや……。

ちなみにユーノ君は素で物知りです。学者だから?
ユーノ「何でもは知らないよ。知ってることだけ」


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第八話『猫と犬』

自宅に林のある豪邸恐るべし。


 ふと、自分が今夢を見ているとわかる。

 明晰夢だったか。普通では珍しいことでも、自分にとってはわりとよくある事象だ。

 

 そしてここは……、高台の先の平原?

 高台の共同墓地の先にある、人気のない静かな平原。ここからは壮大な青空と、雄大な海の両方を見ることができる。

 そんな平原に、一人の男の子と女の子がいる。

 

(あれは、なのちゃん?)

 

 女の子はなのはだった。でも隣りの男の子は見たことがない。

 

「なのはは、クロノ君と一緒にいる時間、好きだな」

「ぼくも、……なのはとの時間は楽しい」

 

 二人の作り出す空気は甘い。

 これは、いつの間に……。いや、確か前にアリサがなのはがラブレターを貰ってたと騒いでいた時があったな。

 自分の妹分が、自分の知らないところで少しずつ大人になっていくのを寂しく思う。

 

 場面が切り替わる。

 夕焼けの空の下を、二人が歩いている。その二人の手は、互いの温もりを感じ合えるようにしっかりと握られていた。互いに求めあっているのがわかる。

 ふと、なのはがクロノと呼ばれた少年の首に両手を絡めて抱きつく。

 

「ねぇ、なのははクロノ君にとっては普通の友達なのかな」

「……なのはは、ちょっとだけ特別」

「ちょっとだけ?」

「……ううん。ほんとは……とっても」

 

 えへへ、とニヤけるなのは。その艶付いた姿を、今まで見たことがあっただろうか。

 

 世界がぼやけていく。これは目が覚める前兆。

 幸せそうななのはの姿を目に焼き付けながら、アイリの意識は浮上していった。

 

 目が覚めてすぐ、アリサの部屋に突入してアリサを強く抱き締めたのは全くの余談である。

 

 

第八話『猫と犬』

 

 

 本日は晴天なり。

 なのはは今日、すずかの家でお茶会の予定が入っていた。兄の恭也とユーノと共に、バスですずかの家へと向かう。

 

「ようこそお出でくださいました。恭也様。なのはお嬢様」

 

 迎えたのはメイド長のノエル。

 後について屋敷にはいると、そこには今日集合するメンバーが既に全員揃っていた。

 屋敷の主の忍にすずか、アリサにアイリ、窓際にはメイドのファリンが、そしてアイリの足元には一犬のシルバーアッシュの大型犬がいた。

 既にいる面子は優雅に紅茶を飲んでいる。なのはと恭也も紅茶を頼んだ。

 

「みんなお待たせ~! あれ? えっと、その犬は……、ジョンソン?」

「うん、そうだよ。最近ユーノとか久遠とかとばっかり遊んでたから、連れてきちゃった」

「あ、ユーノ! こっちおいで~」

 

 一緒にいたのはバニングス家で飼われている沢山の犬のうちの一匹、名前をジョンソンという。

 アリサはユーノを見つけると、ユーノに構いだす。

 ジョンソンが少し不機嫌になったのに気づいたのは、アイリとユーノだけだった。

 ユーノは辺りを見回す。目の前には手をわしわしとさせているアリサが、下には不機嫌な感じの大型犬と好奇心旺盛の猫たちがいる。

 

(猫ってネズミを食べるけど……、イタチは大丈夫だよね? イタチもネズミを狩る側だから、猫がイタチを狩ったりしないよね?!)

 

 ユーノはまたもやピンチだった。

 その時ふと、ユーノはアイリの胸元にジュエルシードのペンダントがないのに気づいた。

 いつも付けていたのに、今日は付けていない。一体どうしたのか気になり、なのはに尋ねてもらう。

 

「あの、アイリ君、。ジュエ……いつも着けてたペンダントはどうしたの?」

「あぁ、あれ? 持ち主に返したよ」

「へー、そうなんだ。持ち主が見つかってよかったね。……って、ええええーー?!」

 

 予想外の返事になのはは驚愕した。

 

(ユーノ君! 返してもらったの?!)

(僕じゃない! 僕は返してもらってないよ! きっと誰かに騙されて取られちゃったんだ!)

(そ、そんな~。せっかく一つは場所がわかってたのに……)

(それよりも暴走の危険があるよ! アイリが持っていたときはなぜか封印状態にあったけど、いつまた暴走するかわからない)

(そっか。じゃあ騙して持っていっちゃった人のことを聞いておかなくちゃだね……)

 

「えと、その持ち主ってほんとの持ち主だったのかな? アイリ君って単じ……素直だから、騙されて取られちゃったりしたんじゃないかな……」

 

 国語の苦手ななのはには婉曲に聞くということは難しく、かなり直接的な質問になってしまった。

 アイリはいきなりな話に少し驚きながらも、気にせず返す。ただ、その内容はなのはとユーノにとって驚愕のものとなる。

 

「あははっ、それは無いよ。ちょっと興味を持ったって感じじゃなくて、始めからペンダントが目当てだったみたいだし。……まぁ、確かにちょっと物騒だったけど……。それに、あの宝石のことをよく知ってるみたいだったしね。ジュエルシードって名前なんだって、あれ。宝石の種だなんてセンスいいよね」

「…………え?」

 

 突然の話に戸惑いを隠せない。

 アイリは今何て言った?

 なぜアイリがジュエルシードの名前を知っている?

 いや、ジュエルシードのことを知っている人間がいる?

 

(ユーノ君……他に一緒に探している人って、いないんだよね?)

(いないよ……。それに、あり得ない……。ジュエルシードは僕がたまたま運んでいただけなんだ。それが偶然事故に遭って、無作為にここにばら蒔かれてしまった。そのことを知る人間なんて、いるはずか無いんだ……)

 

 言い様のない不安が二人を襲う。正体の見えない何者かが、この地に潜り込んでいる。

 だが今の二人に出来るのはなるべく早く全てのジュエルシードを集めることだけ。警戒はすれど、他にできることはなかった。

 

「じゃあ私と恭也はあっちの部屋にいるから」

「あ、うん。わかったよ、お姉ちゃん」

「あぁそれと、アイリもこっちに来てくれないか? ちょっと話しておきたい事があるんだ」

 

 意識を戻すと、恭也たちが別の部屋に行くらしかった。アイリは普段は自分達と遊んでいるのに、恭也たちと一緒とは珍しい。

 

「え、兄さんと忍さんの中に僕を放り込ませるだなんていじめ? 僕に対するいじめ?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……。というか、いい加減忍とぎくしゃくするのをどうにかしろ。さっさと普段通りに戻せ」

「あ、いやその……。あはは……」

「いいから行くぞ」

 

 そう言って三人は別の部屋へと向かった。

 しかし、残された者たちは出ていった三人に興味津々だった。

 

「修羅場?! 修羅場なの?! 今あっちで忍さんを巡って壮絶な戦いが起きてるのかしら?!」

「あはは、それは無いと思うけど……、お姉ちゃんは一応ちゃんと恭也さんと付き合ってると思うよ?」

「じゃあすずかがあたしの家族になる可能性は薄そうね。むー、お姉ちゃんが欲しいのにー。なのはにはもうお姉ちゃんがいるじゃない!」

「えーと、お姉ちゃんが後からできるのってかなり大変なんじゃないかな」

「にゃはは、忍さん自分のことをお兄ちゃんの内縁の妻って言ってるしね。そ、それに! アリサちゃんがお姉ちゃんが欲しいっていうなら、その……なのはのことお姉ちゃんって思ってくれてもいいよ!」

「へ? ……いや、なのはがお姉ちゃんとかはちょっとあり得ないわ……。想像すらできないわよ……」

「にゃあああ!! なんでーー?!」

 

 なのはは上半身をテーブルにもたれかけてふてくされた。

 

「というか、やっぱり気になるわね。ちょっと覗きに行ってくるわ」

「ダメだよ、アリサちゃん! た、確かにちょっと気になるけど……」

「あ、なのはも行く!」

「なのはちゃんまで……」

 

 三人はそのままこそこそと部屋を出ようとした。が、その場にはファリンがいることを失念していた。

 

「ダメですよ、三人とも! 私がちゃーんと見張ってますからね!」

 

 両手を広げて通せんぼするファリンを前に三人は仕方なく諦める。ただ、なのはには魔法の力があった。マルチタスクを駆使して、普通に振る舞いながらも奥の部屋の様子を探るという器用な事をしていた。

 意識を傾け、耳を澄ます。中の会話が聴こえてきた。

 

「それで、最近のなのはのことなんだが……」

「なのちゃんの?」

「最近だいぶ忙しそうにしていてな、それに黙って夜中に出かけてもいるようだ」

「夜中に? それは確かに心配かも……。あ、でも心当たりはある、かも」

「本当か!」

 

(にゃー! 夜に出かけてるのばれてるー! っていうか心当たりって?! もしかしてばれてる?!)

 

「なのちゃん、最近学校でラブレターもらったみたいだよ」

「なんだと……」

 

(な、な、な、なんで知ってるのー?!)

 

「だからその子と遊んでるんじゃないかなぁ。兄さんとか、家族に話すのはちょっと恥ずかしいんじゃない?僕 もちょっとその男の子に心当たりがあるし。確か名前はクロ……、いや、僕が言うのはフェアじゃないか……」

「なのはが……いつの間にかに、彼氏を……」

 

(あの話はちゃんと断ったの! っていうか心当たりって誰?! 名前! 名前を教えて!)

 

「だが、夜遊びというのはいただけない……」

「ん~それは僕も初耳だなぁ、なのちゃんだからおかしな事はしていないと思うんだけど……」

「とりあえず一度顔を合わせておく必要がありそうだな。それと、お前はいいのか? アイリ」

「結構寂しいけど、悪い子ではなさそうだったし大丈夫じゃないかな……。っていっても、面識は無いんだけどね。なのちゃんの彼氏に変なことしたら嫌われるよ?」

「そういう意味で聞いたんじゃないんだが……。それに、たとえなのはに嫌われようとも、あいつに相応しくない男を側に置かせるつもりはない。それが兄の使命というものだ」

「かっ、カッコいい……!! さすが二人の妹を持つものは威厳が違う……!」

「実質三人みたいなものだが……まぁそういうことだ」

「何か大切なことに気づけたよ、兄さん! 僕もアリサの付近をうろついている男をチェックしておかないと……。いや待てよ、確か前入れ替わったときに妙に僕に絡んできたやつがいたな……。……ダメだっ! 興味が無さすぎて顔を思い出せない!」

 

(は、話がとんでもない方向に進んでるー?! 誰?誰なのクロ何とか君! そしてアリサちゃんの友達、お兄ちゃんのせいでごめんなさいー!)

 

 ――キィィィィン――

 

(この感じはジュエルシード?! そんな、今アリサちゃんもすずかちゃんもいるのに!)

(なのは! 僕がひとまず先に行って結界張ってるから後からついてきて!)

 

 ジュエルシードが放つ独特の波動。

 それを二人は感じ取り即座に動き出した。

 

「あ、ユーノ! どこいくのよ!」

「わ、私探してくるね!」

「大丈夫? 一緒に行こうか?」

「大丈夫! すぐ済むから二人はここにいてー!」

 

 なのははユーノの後を追って、林の中を進んで行った。そしてそこで見たものは、超巨大な子猫だった。

 

「ユーノ君……、これはいったい……」

「多分、大きくなりたいっていう願いが発動されたんだと思う……」

 

 にゃあああ。

 

「とりあえず、いつもみたいに封印しよう!」

「え、いつもみたいに? でもいつもと違ってこの子には実体があるよ? ……痛いんじゃないかな」

「少し痛いかもしれないけど、レイジングハートが非殺傷設定にしてあるから命には別状は無いはずだよ。それに、放っておくともっと酷いことになる」

「なら、やるしかないのかな……。よし。リリカル、マジカル……」

 

 だが、なのはの魔法よりも先に割り込んできたものがあった。

 空から電撃が子猫に降り注いだのだ。

 

「雷?! こんなに晴れてるのに?!」

「違う! これは魔法攻撃だ!」

 

 ユーノはそう言って、空を見上げる。

 二人の遥か上空には、金髪の髪をなびかせた少女がいた。何か喋っている。

 

(綺麗な髪に、綺麗な瞳。でも、どこか寂しそう……)

 

 なのはは、一瞬その少女の瞳に心奪われた。

 

「同型の魔法使い……。目的は不明。脅威かは、わからない。手には……インテリジェントデバイス」

 

 少女は一瞬なのはたちに目をやったが、すぐに子猫へと向き直した。

 

「いくよ、バルディッシュ。フォトンランサー」

《Photon lancer full auto fire.》

 

 雷が子猫に容赦なく降り注ぐ。それを見てなのはは硬直を解いて動き出す。

 

「ダメ!! なんでこんなことするの?!」

「ジュエルシードは……頂いていきます」

「え、だってあれはユーノ君の……。なんで……、なんでジュエルシードを集めてるの?!」

「話しても、きっとわからない」

 

 そう言い放ち、雷撃をなのはに放つ。

 

「邪魔するなら、容赦はしない」

「なんで、こんな……!」

 

 なのはは少女に向かってレイジングハートを向ける。

 しかし、戦おうという意思は沸いてこない。ただ、知りたい。なんでこんなことをするのか。なんで……、そんな寂しい目をしているのか。

 

 黄金の魔力刃が迫る。

 レイジングハートでとっさに防御する。空中に飛び立つも、すごいスピードで魔力弾が次々とやってくる。

 逃げて、回避し、ひたすら飛び続ける。牽制に桜色の魔力弾をばらまきながらも動きは止めない。

 今までの敵はみんな大型で動きもそれほど大したことはなかった。だから基本的に魔力任せの攻撃で全て済んでいた。たが、この少女は……。

 

(はやい……!! それに何より、うまい。私の行動が先読みされてる。私より、ずっと戦い馴れてる!)

 

 思えば、才能は飛び抜けていようとなのはは魔法初心者である。まだまだ知らないことも多いし、自分で出来ることですらよく把握できていない。魔法に出会ってから特訓は毎日欠かさずしていた。でもそれは、ジュエルシードの思念体を想定してのこと。対人戦なんて考えたことすらなかった。

 それに対してこの少女はどうか。そのスピードも然ることながら、数多くの魔力弾を巧みに操り自分を追い詰める手腕は見事としか言いようがない。次の行動を相手に読ませる事もない。なのはは終始後手に回った。

 その戦いも、長くは続かない。

 

「あっ!」

 

 ちょっとした気の緩み。死角からの攻撃にも驚異的な空間把握能力で対応していたなのはだが、フェイントを織り混ぜた攻撃で致命的な隙ができる。

 そして少女はその隙を見逃さなかった。

 

「アークセイバー!」

《Arc Saber.》

 

「ぐっ…うっ…!!」

 

 飛んでくる刃を辛うじて防御する。だが、その至近距離にある魔力刃が爆発し、直撃する。

 

《Saber explode.》

 

「か、はッ!」

 

 なのはは空中から地表へと叩きつけられる。ろくに受け身もとれずに背中からぶつかった。

 痛みを堪えつつ、上空にいる少女に目をやる。そしてその視界には、少女ではなく巨大な黄金の魔力塊が映った。

 

「あ………………」

「――――――――ごめんね」

 

 砲撃が迫る。

 避けないと……!

 だが体が動かない。電撃で体が麻痺していた。

 視界の全てが、黄金で染まる。

 

「きゃあああああッッーー!!」

 

 意識が……飛ぶ……。

 最後に見たのは、やはり寂しそうな瞳。

 

(どうして……、そんな寂しそうな顔をしているの?)

 

 その訳を知りたい。ちゃんと、話をしてみたい……。

 無意識に手を伸ばすも、途中で力尽きる。

 かすかに残された意識も、すぐに闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

 ピクン、と体を揺らす。

 何か嫌な感じがする。かつて経験したことがあるような、不吉な予感を感じる。

 

「誰? ドアの向こうにいるのは?」

 

 アイリはその元凶が扉の向こうに隠れていることを感じ取った。

 

「へ? 誰か来たのかな。ファリンに引き留めといてって頼んでたんだけどなー」、

「確かに気配を感じるな。だが、これは恐らく……」

 

 扉をコツコツと叩く音が聞こえる。

 しかし、その打点が異様に低い。地面すれすれの所が叩かれている。

 

「ノエル、開けてみて」

「かしこまりました。お嬢様」

 

 ノエルが扉を開けると、銀色の物体が勢いよく飛び込んできた。そのままの勢いでアイリに覆い被さる。

 

「うわわ、何事?! って、ジョンソン?」

 

 その正体はアイリの飼い犬のジョンソンだった。

 アイリに甘えながらも、口から何かくわえていたものを取り出してきた。

 

「あれ、何だろうコレ?」

「何やら人為的な形のようだが、宝石か?」

「ん~、何か見たことあるような……。あぁ! あの嫌な感じがする宝石だ! あれ、でも確かにあの子に渡したはずなのに……。ん? よく見ると中に書いてある番号が違う」

 

 アイリが前に手にした宝石の番号はⅩⅥ。今回のはⅩⅡ。仮にその番号の数だけ宝石があるとしたら、少なくとも16個の宝石があるということか。今回何個無くしてしまったのか知らないが、この嫌な感じのする宝石がばら蒔かれているというのは案外問題なのではないだろうか。

 思考していると、青い宝石が輝きだす。

 

「ま、またー?!」

 

 咄嗟のことで反応が遅れる。すると、宝石はジョンソンの中へと消えていき、ジョンソンからボフンっと煙が上がる。

 

 煙が消えた後に出てきたのは、銀髪の姿の青年だった。何故か服は着ていない。

 

「あらら、これって何事?」

「この気配は……、先ほどの犬だな。まさか人化出来るとは……」

「いやいや、ジョンソンはそんなこと出来ないから! 普通の犬だから!」

 

 わぉーん。

 

 一鳴きして、アイリにのし掛かり顔を嘗め回す。その行動は、犬が飼い主に甘える普通のしぐさ。だがこの場合、中学生に襲いかかる裸の大人にしか見えなかった。アイリは涙目になった。

 

「た、助けて……、兄さん」

「む、しかし……。その男はお前の飼い犬なんだろう? あまり手荒な真似はな……」

「……ゴクリ。ノエル、お願いね」

「了解しました」

 

 そう言ってノエルはどこからともなくビデオカメラを取り出す。主に忠実なこのメイドは平常運転であった。

 男にのし掛かられて涙目のアイリだったが、ふと足に何やら熱いものが押し付けられているの感じた。

 一体何が……? そう疑問に感じて視線をやったアイリだったが、それを見て固まる。それは予想だにしないもの。ジョンソンのいきり立った一物であった。

 大人の人間サイズにしても大きなそれが、アイリの足の間で脈打っている。

 

 ハッハッハッ……。

 

 ジョンソンの息遣いは荒い。

 

「へ、あ、……、ジョンソン?」

 

 理解が追い付かない。ひょっとして、ジョンソンは発情してる? そしてその対象は……自分?

 かつてない恐怖がアイリを襲う。ここまで貞操の危機に直面したことがあっただろうか。

 

「だ、ダメ! ジョンソン待てッ! マテ!!」

 

 ジョンソンは言われた通りに、アイリに体を擦り付けるのをやめる。ただ、その顔は酷く切なそうである。

 

「そ、そんな切なそうな顔をしたってダメなものはダメだから!」

 

 くぅん。

 

「だ、ダメだから……。そんな……悲しそうな顔しないで……」

 

 ワン!

 

「え、自分に任せてればいいって? でも、やっぱり僕は女の子が好きかなーなんて。あ、そんな顔しないで……。うぅ……」

 

 アイリはその性格と容姿から学校では人気者であった。

 学校は男子部、女子部と分かれているため女子との交流は薄いが、男グループで勝手に集計されている「土下座して頼みこんだらやらしてくれそうな人ランキング」において、女子をさしおいて一位に輝くという本人としては非常に不名誉な称号を持っていた。

 そんなアイリが、愛犬にこんなに本気で攻められてその気持ちを無視するなんてことは出来るはずが無かった。

 目からポロポロと涙を流しながらも返答する。

 

「その、お手柔らかに……」

 

 その言葉を契機に、ジョンソンがアイリの上に飛びかかる。あわや大惨事か、という時に妨害の手が入った。

 

「アホかーー!!」

 

 キャウーーン!!

 

 忍がジョンソンを蹴り飛ばしたのだ。

 

「じ、じの゛ぶざ~ん゛!!」

 

 アイリは溢れ出る涙をそのままに忍に抱きつく。

 

「おーよしよし。怖かったんだね」

「じの゛ぶざん゛!!ごわがっだよーーっ!!」

「押しに弱いっていうのは考えものだね……。自分の体は大切にしないとダメだよ? それと、恭也はあとでお話しがあるから」

「何が言いたいかはわかるが、それは俺のせいなのか?」

「兄妹にちゃんと貞操概念を教えてるのか不安になっちゃったよ……。美由希ちゃんは大丈夫として……、なのちゃんにはきちんと教えてるの?」

「なのはには、男に言い寄られたら俺に報告するように言っている。それに、なのはには多分好きな男が……、いや、違うか。他の男と付き合っているんだった。だが俺は聞いてないぞ。一体いつの間に……。まさか、言い寄られたから仕方なく付き合ったりなんかしてるんじゃ……」

 

 恭也は話しながら段々と不安になっていった。アイリの例がある。まさか言い寄られて断れなかったんじゃ……。嫌な予想に顔が青くなる。

 

「確かめた方がいいんじゃない?」

「今夜にでも確認しよう……」

 

 二人が顔を引き攣らせている間に、アイリの意識は回復した。そして気になるのは吹き飛んでいった自分の愛犬。何だかんだでやっぱり愛犬の様子が心配だったのだ。

 吹き飛んだ先に行ってみると、ジョンソンは元の犬の姿で伸びていた。側には先ほどまで無かった青い宝石。どう考えても、この青い宝石のせいでジョンソンが変身してしまったのだろう。発情の件に関しては……、急に同じ種族と認識してしまったからに違いない。性別のことは置いておいて。

 アイリは以前よりも念入りに封印処理をした。

 ひょっとして、あの時のユーノもこの宝石のせいでおかしくなったんだろうかとも思ったが、やっぱりユーノのケースは少し違う気がした。

 勘でしかないのだが、ユーノ自体が何か特殊な気がしたのだ。

 

「これどうしよっかな……。明らかに危険物質ってわかったし、どう処理したものか」

「あ、私それ凄く気になるな。出来れば忍さんに託してくれると嬉しいかも!」

「あ、うーん……どうしよう。……やっぱり、ダメ。これは何か結構嫌な感じするから、僕が持ち主に返すまで保管しとく」

「ガーン」

 

 アイリはあの少女に渡すまで自分で管理しておくことに決めた。いつ会えるかはわからないけれど、渡す際には小言の一言でも言ってやろうと思いながら。

 

 その時である。部屋にファリンが駆け込んできた。

 

「お姉様! なのはちゃんが……なのはちゃんが倒れちゃったんです!」

 

 それは突然の知らせ。急いで駆けつけると、既に手当てはされていたがなのはが起きる気配はない。

 体には、不自然な泥のあとと打撲痕。

 

「なのはに聞くことが増えたな……」

 

 恭也は心配しつつも、そうこぼす。

 

 その後、無事回復したなのはだが、その口から真実が漏らされることは無かった。

 それはユーノと魔法を洩らさないように約束したためか、自信の信念のためか、それとも……、今日出会った少女と再び会い、話し合ってみたいがためか。

 

 その心の内を知るのは、本人のみである。




圧倒的戦闘力のフェイトそん。
映画版とかの二人の戦闘見るとガンダムレベルの戦闘ですよね。空中での爆発とか。
機動力とかみるとガンダム超えてますが。

冒頭の夢はリリカルおもちゃ箱の世界です。
ロストロギア級を自分で作り出すことのできるクロノ君の物語になります。


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第九話『休息と九個目』

プールとか温泉とかなんかそんなんばっかな気がする。


 快晴の空。

 澄み渡る空気。

 ここは海鳴温泉地。なのはたちは大型連休を利用して毎年恒例の温泉旅行に来ていた。

 メンバーは高町一家にバニングス兄妹、月村姉妹に月村家に仕えるメイド姉妹、そして今年から参加のユーノの計9名と一匹である。

 

「到着~!」

「待って、アリサちゃんー!」

「あ、おいてかないでー!」

 

 ちびっこたちが我先へと旅館に向かう。

 何より目的は温泉である。

 部屋から浴衣を取り出して、大浴場へと向かう。

 ただここで問題が一つ。

 アイリがどちらの風呂に入るかである。

 去年も一騒動あったのだ。小学校を卒業したばかりだし小さいし構わないだろうと、アリサの強引な説得で女湯に入れられたのだ。

 もちろん平静ではいられなくて、顔を真っ赤にして途中でのぼせてしまったのはほろ苦い思い出である。

 アイリとしては、普段から時たまアリサと一緒に風呂に入る事もあるため、年下勢と一緒に風呂に入る事には何の抵抗もない。

 ただ、年上勢は別である。誰もが皆、かなりの美人だ。そんな中に裸で突入する勇気はアイリにはなかった。

 

「じゃあ、僕は男湯に行くから」

 

 アイリはさっと身を翻し、男湯へと向かう。

 だが、アリサに服を掴まれた。

 

「アイリはこっちに決まってるじゃない! あたしと一緒よ!」

「いやぁ……、流石に中学生が女湯に行くのはまずいって。アリサが男湯にくればいいじゃん!」

「だってみんな女湯じゃない! せっかくだからみんなで入りたいわよ」

「その中に師匠と兄さんをいれてあげて! お願いだから」

「あぁ、俺と桃子は少し付近を散歩してくるよ。みんなは先に入るといい」

「じゃあ、恭也さんが女湯に入ればいいわけね!」

「アリサ……、お前は俺を社会的に殺す気か」

「いやそれ僕も同じだから。僕も行かないからね」

 

 議論の末、アイリは男湯に入る権利を勝ち取る。

 それを残念がる女性一同。すずかだけは少し恥ずかしそうに顔を赤らめていた。アイリはわりとアウェイだった。

 アリサはせめてもの抵抗にユーノを女湯へと連れ込んだが、アイリにはその事に文句を言う気力は残っていなかった。

 

 

第九話『休息と九個目』

 

 

「兄さん背中流してあげる」

「あぁ、ありがたい」

 

 アイリは恭也の逞しい傷だらけの背中を見て思う。自分も五年後には、こんな背中になっているのだろうかと。そして五年前を思い浮かべる。五年前の恭也の姿を思い浮かべて、絶望した。

 

「いいなぁ……。僕も鍛練してるのに、なんでこんなに格好に差がついてるんだろう……」

「だが筋力は中々のものだろう。むしろその体でそれだけの力が出せるのが不思議だ」

「でも、見かけも重要だよ。プロテインでも飲もうかなぁ」

「見せかけだけの筋肉はどうかと思うぞ。第一お前には似合わん」

「こ、根底から否定された……」

「それにこんな傷だらけな体を羨ましがられても困る」

 

 言葉の通り、恭也の体には所々傷があった。それは歴戦の戦士の証。固く引き締まった体に走る傷痕はだが決して不格好なそれではなく、むしろその肉体に魅力を与えていた。

 アイリは何だか悔しくなって恭也の二の腕をぺちぺちと叩く。

 

「ずるい! こんなに太くて逞しくて……。ほんとどうしたらこんなになるの?」

「知らん。気がついたら勝手になっていた。経験の積み重ねだろう。お前だって俺ぐらいの年になったらこれぐらいになってるかもしれないぞ」

「ほんとかな……。いや、兄さん僕ぐらいの年の時から既に結構凄かったよね。よく一緒にお風呂に入ってたから覚えてるよ!」

「そうだったか? あんまり覚えてないな……」

「昔はよく風呂場で組み合ってたじゃん。その時泣かされたの覚えてるからね。始めは優しかったくせに、途中から容赦なくてさ」

 

 バシャーン!

 

 露天風呂の壁の向こうで何か慌ただしい音がした。

 

「そうだったか?」

「始めは凄い優しかったのに、途中から弄んできたじゃん!」

「あぁ、あの時の話か。あれは、お前の反応が思いの外良かったからな。つい、楽しんでしまった」

 

 ーーぐはっ!

 ーー忍お嬢様、お湯に血が……。

 

「やられた方はたまったもんじゃないからね、全く……」

「それにお前だって案外、……確かに一見柔だが……ほら少し固くしてみろ」

「え、ちょ、ちょっと! 比べられるの恥ずかしいんだけど」

「どうせ俺たちしかいないんだ。構わんだろう」

「むぅ、強引だなぁ……」

「ほら、握っててやるから」

「はぁ……ちょっと待って…………どう?」

「ほう。やはり大分固いじゃないか」

「そう言いながら思いっきり握りしめないで! 痛いから! 力込めないで!」

 

 ガラガラガラガラッ!

 

 隣で何やら桶が大量な転がる音がした。

 ーー恭ちゃんッ!!

 ーー美由希お嬢様、備品が……。

 

「そもそも固さも太さもさしたる問題じゃないだろ」

「それは持ってるからこその発言だよ!」

「それにお前の体には不釣り合いだ。その体で一部分だけごつかったらなのはが泣くぞ」

「また全否定……。なんでなのちゃん? なのちゃんだって僕が逞しかったら喜んでくれるに決まってるよ!」

「確かにあれは受け入れるだろうが……喜ぶかはまた別問題だ」

「ぐぐぐ……内心では否定されるって、男としてどうなんだろう……」

「まぁお前はまだまだこれからだ。相手なら好きなだけしてやるから経験を積むんだな」

「むぅ……うまくごまかされた気がする。じゃあ今からいつものする?」

「構わんさ。じゃあそこの岩場でやるか。ほら、握れ」

「うん。今日こそは勝ってみせるよ!」

 

 ミシッ、ミシミシミシ……。

 

 何やら竹製の壁が悲鳴をあげている。

 反対側から強く押されてるかのように音を立てている。

 

 ーー忍さん押さないで下さい!

 ーー美由希ちゃんだってそんなに寄りかかったら……! あ、ちょっ、ダメーッ!!

 

 バッターン!!

 

 突如、男湯と女湯を隔てていた壁が倒れ込んできた。そしてその壁にへばりついて倒れてきた女性が二人。

 

「…………何してるんだ? 美由希、忍」

 

 恭也とアイリは突然のことに固まった。岩場を机に見立てて腕相撲をする姿勢のままで。

 

 

 

 

 アイリたちが長風呂をしている間、先に上がったなのはたちは廊下で知らない女性に絡まれていた。

 

「へー、あんたが内の子をあれしちゃってる子かい?」

 

 橙色の長髪の女性。額には赤い宝石のアクセサリーがつけられている。旅館の浴衣からはその豊満な体が見え隠れしていた。

 その視線の先には確かになのはがいる。だが、なのはにはこの女性に心当たりはなかった。

 

「えっと、その……、人違いじゃないですか?」

「ふ~ん、そう?」

 

 口では否定しつつも、絡むのをやめない。なのはのことをじろじろと観察してくる。嘗め回すように眺めたあと、ようやくなのはに絡むのをやめた。

 

「あっはっは! 人違いかもねぇ! いや~悪い悪い!」

「ほっ、そうですよね……」

 

 なのはもやっと気まずい雰囲気から脱却できて人心地ついた。だがその時、頭に直接声が響いてきた。

 それは、最近なのはが感じ取れるようになった魔法の力。その魔法の力で、目の前の女性の声が伝わってくる。

 

(……今日の所は挨拶だけね。いい子は部屋で大人しくしてな。あんまりおいたが過ぎると、……ガブッといくよ!)

(……っ!!)

 

 それは魔法関係者であるということ。そして自分のことを知っていて、尚且つ自分に敵対意志がある。

 そこから導き出せる答えは、……この前の少女の関係者か。

 なのはは自然と体が固くなる。肩の上ではユーノも最大限の警戒をしていた。

 

「あっはっは、じゃあねぇ~」

 

 そう言って手を振り去ろうとしたが、なのはの後ろにいるアリサに気付く。

 

「ん、あんたは……。聞いてた容姿とそっくりだね。あんたが内の子を助けてくれた子かい! いやぁ、あんがとね。おかげで幸先いいスタートがきれたよ!」

「なんのことですか! あたしはあなたの事なんて知りません!」

「あー、あたしじゃなくてね……あたしの身内があんたの世話になったんだ。金髪で目の色が赤色の子だよ。あの子の嬉しそうな顔は久しぶりに見れたんだよ。だからあたしもお礼が言いたくてねぇ」

「え、あの、その……」

 

 なのはに対してやたら失礼な女性に食って掛かったアリサだったが、自分に対しては感謝の念を示してきたことに泡を食う。

 

「その……、やっぱり記憶に無いです……」

「ありゃりゃ。聞いた感じとそっくりの姿だったんだけど、人違いかい。そりゃあ混乱させちゃったかねぇ。悪いね。今のは忘れてちょうだい」

 

 そう言うと、今度こそ本当に立ち去った。

 怒りのやり場を見失ったアリサは「なんなのよー!」と廊下で叫び声をあげることとなる。

 

(やっぱりあの子もジュエルシードを集めてるんだ……。これからジュエルシードをめぐってぶつかり合うことになるのかな……。どうして集めているかわからないけど、なんとかお話できないかな……)

 

 なのははあの綺麗な赤い瞳の少女に想いを馳せる。ジュエルシードを集めている理由。悲しい瞳の理由。どうしてあんなに戦い馴れているのか。

 ……初めて出会った自分と同じ魔法少女。魔法について語り明かしたい。お互いの事について知り合いたい。話したいこと、聞きたいことが山ほどある。もう一度会いたいと、強く思った。

 

 再開の時は想像していたよりも遥かに近い。ジュエルシードがそこにある限り、なのはと少女は廻り合い続ける事となる。

 

 

 

 

 遊び倒して日が暮れて、夕食を食べた後、一同は思い思い過ごす。

 ちびっこグループは昼間の反動か、ファリンが話しを寝聞かせたらすぐに夢の中へと突入していった。

 大人グループは夜こそが本番とばかりに、お酒を飲んでどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。その際に、忍と美由希の頭にたんこぶが出来ていたのはご愛嬌である。

 そしてアイリはというと、ジュースと間違えてお酒をガブガブ飲んでしまい、盛大に酔っぱらっていた。

 酔っぱらった勢いで部屋から飛び出し、たまたま遭遇した橙色の毛の大型犬に絡んでいた。

 

「かわいいよぉ~。いいないいな。うちでもこんな大型犬飼いたいな~」

 

 酔っぱらいながらも、その犬をあやす手つきは玄人のそれである。不躾な様子で絡んでいってはいたものの、そのテクニックと愛情は飛び抜けていた。

 突然の接触に最初は驚いていた犬であったが、途中からは腹を見せ、されるがままであった。

 

「かわいいな、かわいいな。飼い主は誰なんだろう。色々語り明かしたいな~」

「わふ~ん」

 

 犬も自分を褒められて嬉しそうである。アイリの撫で技も大したことから、すっかり警戒を解いてアイリに懐いていた。

 

「かっわい~な。かっわい~な。む……、不穏な気配。でもいーや~。頭がふわふわしていい気分ー。ね~! みーちゃーん」

 

 初めて会った犬に勝手に名前をつけるぐらいに自由であった。

 みかん色だからみーちゃんである。酔っぱらいに細かいことを聞いてはいけない。

 

 突如、されるがままだった犬がガバッと起き上がった。それは飼い主からの念話を受け取ったためである。

 この大型犬は金髪の魔法少女、フェイトの使い魔であった。昼間の橙色の髪の女性でもある。

 名前をアルフという。みーちゃんは掠ってもいなかった。

 

(アルフ、ジュエルシードの位置が特定できたよ。今どこにいるの?)

(さすがあたしのご主人様! あたしはちょっと今、酔っぱらいに絡まれてるよ……)

(大丈夫? 男の人?)

(男というよりは男の子かねぇ。多分フェイトが会ったっていう子だよ。それにあたしは今犬の姿だから変なことされてるわけじゃないよ)

(ならいいんだけど……。なるべく現地住民に魔法をばらさないようにね)

(わかってるって。何とか撒いてそっちに合流するよ)

(いいよ、私一人で大丈夫)

(でも……、前に会ったっていうジュエルシードの探索者だって近くにいるじゃないか)

(あの子なら大丈夫。戦いなれてない様子だったし、戦っても私が勝つよ)

(そりゃあフェイトの腕を信用してないわけじゃないけどさぁ……)

(あの子が来たよ。また後でね)

(あ、ちょっとフェイト! ほんとに大丈夫かい?!)

 

 アルフは急いでフェイトの周りの状況を観測する。

 フェイトは例の魔法使いと対峙していた。

 

 ――賭けて、フェイトちゃん! お互いの持ってるジュエルシード、一つずつ!

 ――構わない。勝つのは私だから……。

 

「みーちゃん急に立ち上がってどうしたの~?」

「うぅぅ……、ちょいとフェイトに合流したいから離してくれるかい? …………あ」

「みーちゃんしゃべれるの? すごいな~」

 

 いきなり声を出してしまい、魔法バレの恐れがあったアルフだった。けれど、酔っぱらったアイリはそれを普通に流した。

 内心冷や汗を流しているアルフだったが、一度喋ってしまったものは仕方がない。割りきって再度アイリに離れるように頼もうと思った。

 

「あー、それでだねぇ……ちょいと離してくれるかい? あたしも用事があるんだよ」

「みーちゃん! 僕の名前はアイリアスだよ! アイリって呼んでね!」

「あー、アイリだね。あんたの事はフェイトから聞いてるよ。それとあたしはアルフっていうんだ。みーちゃんじゃないからね」

「むー、みーちゃんじゃなかったか~。じゃあアルちゃんだね!」

「それでいいよ……。いい加減離しとくれ。あたしはフェイトのところに行って、ジュエルシードを回収しないと……」

「フェイト? なんか聞きおぼえがあるような~。無いような~。…………あ! あの金髪のかわいい子の名前と同じだ!」

「いや、多分本人じゃないかねぇ。というか大丈夫かい? ほんとなんでこの子は酔っぱらってるんだい。まだ幼いだろうにお酒なんて十年早いよ、まったく。――――ッ!!」

 

 その時、空に金色と桜色の砲撃が輝いた。

 それは激しい戦闘が行われている事に他ならない。

 アルフは自分の主人の事を信頼している。一番側で彼女の頑張りを見てきた。

 まだ本当に幼い頃から、只ひたすらに強くなろうと努力してきた姿を知っている。

 それがアルフにとって気に食わない彼女の母親のためだとしても、フェイトが幸せになれるなら……。そう思って感情を飲み込んでいる。

 そんな彼女の努力が、平和な地で当たり前に甘やかされている子供なんかに負けるわけがない。

 負けるわけがないと、信じてはいるが……、彼女の事を心配する気持ちは別物である。

 

 ハラハラとした気持ちで空を見上げる。思えば、前回は戦闘に参加してこなかったらしいが、使い魔を連れていた。

 それに、只戦うだけでなくジュエルシードを確保しながら戦わなくてはいけない。

 ジュエルシードが暴走でもしたら、それの制御も平行して行わなくてはいけない。

 やっぱり、戦わなくていいと言われていたとしても、ジュエルシードの確保だけでも自分がしておこう。

 そう思い動くが、やはり自分にしがみついているアイリに気をとられた。

 

「悪いね、あたしは行くよ。ジュエルシードだけでも確保してフェイトの負担を減らしてあげなくちゃね」

「行っちゃうのアルちゃん? ジュエルシード? なんか最近聞いたことがあるような~。無いような~」

「またそれかい。ほんと酒は控えときなよ。じゃあね」

 

 そう言ってアイリを振り払い、フェイトのもとへと向かうため脚に力を込めた。さぁ行こう、と爪先を蹴り出す瞬間にアイリの言葉が耳に入る。

 

「あ! 思い出した。これのことかぁ」

 

 そう言って、何でもないことのように懐からⅩⅡと印の入った青い宝石を取り出していた。

 

「へ? …………はあああッ?!」

 

 それは確かにジュエルシードだった。厳重に封印処理がされていて、魔力が全く漏れ出していないから気付けなかった。

 しかし、その特徴的な形、そして中央に刻まれているシリアルナンバーはそれがジュエルシードであることを悠然と物語っている。

 

「な、ちょっ……あんたそれどうしたんだい!」

「ん~、どうしたんだっけ? 確か……ひろったような~、おそわれたような~」

 

 ひょっとして、フェイトが現地の魔法少女と戦っている間に落とした? 自分の気付かないうちにアイリが拾ってた?

 

(フェイト! フェイトぉ!!)

(…………何? 今戦闘中だから手短にお願い)

(フェイト、ジュエルシードを落としてるよ! 回収しなきゃ!)

(……? アルフ何言ってるの? ジュエルシードは私が確かに確保してるよ。もう封印も完了してる。後はこの子を退けるだけ)

(え、本当かい? 本当に持ってるのかい?)

(そうだよね、バルディッシュ?)

《Yes, sir.》

(それならいいんだけど……。また後で連絡するよ)

(うん、またね。アルフ)

 

 フェイトは確かにこの地にあるジュエルシードを確保している。となると、目の前にあるこれは?

 まさか感知できなかった別のジュエルシード?

 

「どうしてジュエルシードを持っているのかはこの際置いておくとして、それをあたしにくれないかい?」

 

 原因なんてどうでもいい。要はジュエルシードがここにあるという結果だけが重要なのだ。

 以前渡してくれたというアイリなら、また渡してくれるかもしれない。そう思い尋ねが返事は否。アルフの期待は裏切られる事となる。

 

「ダメ!! これは危ないやつだからアルちゃんがもっちゃダメ!」

 

 それは自分の身を思いやっての発言であった。

 一般人であるアイリからすると、怪しげな力を解き放つ宝石を知り合いに渡したくないという思いはごく自然といえる。

 だが、アルフの目的はそのジュエルシードだ。それを回収するためにこの星にやって来たのだ。

 

「それが危ないやつだってのは何となくわかってるよ。でもあたしにはそれが必要なんだ! 渡してくれないなら、力ずくでも戴くよ!」

 

 そう言って臨戦態勢をとる。

 つられてアイリも構えた。アルフの殺気で一気に酔いがさめる。条件反射的に意識と体が戦闘態勢へと切り替わった。

 

「む、最近しつけはしっかりしなきゃいけないって学んだばっかだからね。悪いけど、本気でいくよ」

 

 そう言って凄むアイリからは確かな迫力を感じる。

 魔法使いではない只の現地住民のはずなのに、決して侮ってはいけないとわかる。

 じりじりと距離を詰め、勢いよく襲い掛かる。

 魔力で強化した自慢の斬撃は、しかし、アイリの両手に握られた両刃の剣に防がれた。

 

「なっ?! どこから出した?!」

「ここならバレて困る人はいないし、こいつを使える。ホラホラホラッ!!」

 

 繰り出される斬撃は、その小さな体からは想像できないほど速く、重い。握られている重厚な剣だって体には不釣り合いな大きさなのに、自然体で振るわれている。

 

「な、こんな……魔法使いでもない子供なんかに、負けられるかァァーッッ!!」

 

 魔力と強靭な肉体を駆使して戦う。拳を振るい、体当たりをしたり魔力弾を放ったりとあらゆる攻撃手段を用いる。

 だが、倒せない。始めは魔力を使った攻撃に驚いている様子だったが、すぐに慣れられてしまった。年齢のわりに恐ろしく戦い馴れている。

 それに、アイリからの攻撃は非殺傷設定がされていない。非殺傷という概念自体が存在しないから仕方ないのだろうが、一撃一撃に込められた力が恐ろしい。

 たまらず、空に退避する。

 

「はぁッ、はぁッ……なんなんだいホントに!」

 

 フェイトからは、アイリがこんなに強いなんて聞いていない。いや、フェイトの口調だと本気で戦うような事態にはならなかったらしい。寧ろ協力的だったと聞いている。

 だが、これも一つの結果だ。ちょっとしたことで、争い合う事になる場合だってあるのだ。自分とアイリは別に知り合いでも何でもない。意見がすれ違ったら、争うことでしか解決できない。

 

「犬なのに空を飛ぶなんて、ずいぶん器用なんだね。それもさっきから使ってる怪しげな力の一つなのかな」

「さてね! 上空には攻撃できないだろ。こっから攻撃させてもらうよ!」

「確かに上空に逃げられると面倒だけど、その力に頼りきるのはどうかと思うよ。いくらでも使えるわけじゃないんでしょ?」

「あんたを倒すぐらいはもつさ!」

「…………ホントかな」

 

 その言葉と共に、持っていた剣を上空に向けて構え詠唱を始めるアイリ。

 

「呪文詠唱?! そんな、魔法はこの世界には無いはずなのに……。いや、違う! 魔力を感じない。でもこの威圧感は……一体何なんだいッ!」

 

 ――死ぬも生きるも剣持つ定め……

 ……地獄で悟れ――

 

『暗の剣!!』

 

 ザクッ!!

 

 アイリが剣を振りかざした瞬間、アルフの体を巨大な剣が貫いた。どうやってだとか、いつのまにだとか、何故か物理的なダメージがないだとか、疑問は幾らでもある。だがそれよりも、何よりも問題なのは……自分の魔力に直接攻撃されたことだ。

 

「ガハッ……!」

 

 地面へと落下する。アルフはフェイトの魔力によって世界に維持されている使い魔である。そんなアルフにとって、魔力とは己れの生命線そのもの。

 魔力に直接攻撃をするなんて話は聞いたことが無かった。だからこその油断。

 普通の攻撃なら、いつもなら喰らった上ではね除けていた。だから喰らうこと自体が致命的な攻撃はアルフにとって初めてだった。

 

 アイリの足音が迫ってくる。

 もう、戦えない。魔力の回復に努めるので精一杯だ。

 

(ごめんよ、フェイト……。あたしは……ここまでみたいだ)

 

 自分たちがしているのは悪いことだっていうのはわかっていた。そもそも、この地にロストロギアがばら蒔かれたのだってフェイトの母親が関与している可能性がある。

 だから、負けた時の事は覚悟していた。

 脳裏に浮かぶのは優しい自分の主人の姿。自分が消えることは構わない。だが、自分が消えたことでフェイトが悲しむのは堪らなくつらかった。

 

 瞳から涙が溢れ落ちる。

 

 その涙は――アイリの手によって拭われた。

 

「ごめんね。でもやっぱりこれはあげられない」

 

 その手は慈愛に満ちていて、アルフを害そうとする意思は感じられなかった。

 

「あたしを……どうするんだい?」

「どうもしないよ。僕は自他ともに認める大の犬好きなんだから」

「ははっ、なんだいそりゃあ……。あたしに告白かい? でもまぁ……見逃してもらえるなら助かるよ」

「そういうのは人間に生まれ変わってからにしてね。僕は犬とそういう関係になるつもりは一切無いから。いや、本気で」

 

 アルフは人化する事が出来るのだが、話がややこしくなりそうだから黙っておいた。

 

「ようやく酔いが覚めたみたい。ってかここはどこだろ。旅館まで帰れるかな……」

「旅館はあっちの方向だよ。こっからそんなに遠くない」

「そうなの? ありがと。また来年ね、アルちゃん」

「いや、あたしは別にここに住んでいるわけじゃないんだけど……」

「そうなの? じゃあ、また会う機会があったりするのかなぁ」

「あたしとしては、会いたいような、会いたくないような微妙な気分だよ」

「そんな寂しいこと言わないでよ。この宝石はフェイトちゃんにあげないといけないから渡せないけど、ほねっことかドッグフードとか用意してあげるからさ」

「あぁ、確かにこの世界の犬用のご飯はかなり美味しかったねぇ。……………………ん?」

 

 今アイリはとんでもないことを言わなかっただろうか。

 

「ねぇアイリ。今のセリフもう一回言ってもらえるかい?」

「へ? 犬まっしぐらのこと? あれはうちの飼い犬にも大評判でさ。特に……」

「そっちじゃないよ! いや、そっちも微妙に気になるけどフェイトの事だよ!」

「……? アルちゃんフェイトちゃんのこと知ってるの?」

 

 この酔っぱらいは、自分がフェイトの名前を出していたことをすっかり忘れているらしかった。となると、自分とフェイトの関係に全く気付いてないに違いない。

 

「フェイトはあたしのご主人様だよ……」

「え、そうなの?! スゴい偶然だね! フェイトちゃん元気してる? 怪我とかしてない? 物騒なことしてない? 前会った時鎌振り回してたんだけど」

 

 少し間の抜けたアイリの問いに、アルフの緊張は一気に弛緩していった。

 

「元気だよ。ちょっと責任感が強くて危なっかしいから、しっかり見てないといけないけどねぇ。物騒なことは、まぁあれだよ、あれ」

「フェイトちゃん僕の妹と同い年ぐらいだと思うんだ。海鳴に住んでるなら、一回僕の家に遊びに来てくれると嬉しいな。もちろんアルちゃんもね」

「一応住んでるのは隣町だけど……あたしたちには遊んでる暇はないんだよ」

 

 昼間会ったのは妹だったのか。アルフは以前会った少女とアイリを見比べて、ぱっと見でそっくりだと反芻する。

 

「むぅ、そーかー。そういえばフェイトちゃん前も忙しそうだったなぁ。何してるのかは知らないけど、手伝えないのかな」

 

 あんたがよく持っている宝石を必死になって集めてるんだよ!

 そう叫びたかったアルフだが、流石に自制した。

 でも欲しいことは伝えておかなくては。

 ため息をつきながも問いかける。

 

「結局ジュエルシードは渡してもらえるのかい。それが最大の手助けになるんだ」

「え、ジュエルシードを? うーん、これって結構危なかったりするんだけど保管とか大丈夫?」

「そこらへんはあんたよりも確りしてるさ、心配しなくても大丈夫だよ」

「なら、まぁいいかな……」

 

 ⅩⅡと描かれたジュエルシードはアルフの手に渡った。

 

「というよりも、あんな危険なのばら蒔かないで欲しいんだけど。あれって何個あるの?」

「いや、ばら蒔いたのはフェイトじゃなくて……恐らく鬼ババじゃないかね。フェイトは回収しているだけだよ。んー、個数ね。確か全部で21個だよ」

「うわぁ、聞きたくなかった……。予想よりも更に増えたよ」

 

 悪化した事態にアイリは思わず天を仰いだ。

 その後、アルフはジュエルシードを見つけた際に連絡してほしい住所を伝える。

 アイリは出来ることならば、そんな厄介な事にならないことを祈りつつ話を聞いた。

 

「ちなみに今何個集めたの?」

「んー、二個……いや、五個かな」

「それって大分違うよ、ってか少ない! 半分も回収してない!」

「もう五個も回収したんだよ! これって結構大変なんなんだよ!」

「知ってるから! 身をもって体験してるから! ってかそのうちの二個は僕のじゃん!」

「そ、それは、まぁ感謝してるけどさ」

「ほんとお願いね! 特に動物に食べられないようにね!」

「動物が発動した方が、魔力の方向性が単調だから対処が楽なんだけど……」

「なら、すぐに現場に駆けつけてね! 僕が襲われてたら助けてね!」

「あんたは何大声で情けないこと言ってんだい。ってかあんたはあたしより強いじゃないか」

「いや……時と場合によりけりで……。相手が好意をよせてきたら殴れないわけで……。僕は犬好きなわけで……」

「あたし相手に剣を振りかざしといてよく言うよ、全く」

「う、それはともかく頼むね。何かもうそういう状況になったらフェイトちゃん家に強制転送させるからね」

「うーん、助かるんだか……迷惑なんだか」

 

 情けない話をしながらも、話をつめていった。

 ただ、残されたジュエルシードは16個ではなかった。

 限られたパイを狙っているのはフェイトだけではないのだから。

 現在のジュエルシードはなのはが四つ。フェイトが五つ。

 本当に残されたジュエルシードは12個。

 事態は少しずつ、しかし確実に進展していっていた。




しばらくしたら、魔力吸い出す人が現れますが、それはまた別の話。
ってか使い魔とか魔力蒐集されたらそのままアウトですよね。
殺しはしないって言ってたけど、シャマルさんがついうっかりとか……。

追伸:映画版だとアルフもばっちり蒐集してたわ。手当してるって言ってたから多分手加減はしてくれたんでしょう。


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第十話『次元の震動』

なのは VS フェイト、三度目の衝突。家政婦は見たかもしんない。


「なのちゃんの様子がおかしい?」

 

 アリサは最近感じていた疑問を兄にぶつけてみる。少しでも何かしらのヒントが得られればと思っての行動だった。

 

「そうなのよ。最近いつも上の空で、何か悩んでるみたいだし……。でもあたしたちには何も打ち明けてくれないのよ!」

「なのちゃんが悩みねぇ。アリサたち関連じゃないとしたら、クロノ君と何かあったのかな」

「……? 誰よ、クロノって」

「誰って…………なのちゃんの彼氏だよ」

「へ? ………………はあああっっーーーー?!」

 

 あまりの音量に付近にいた飼い犬たちは起き上がり、窓辺にいた小鳥たちは空へ飛び立った。

 だがアリサにはそんな周囲の情報は入ってこない。

 

(なのはに……彼氏? 彼氏っていったらあれよね。恋人の事よね。なのはに……恋人? ……一体誰が! いつのまに……。あたしのなのはが?! ……いや、そもそもなんでなのははあたしに紹介してくれないわけ? な、悩んでたのって彼氏の事? そんなの……、あたしじゃ力になれないじゃない!!)

 

 バニングス家の朝は忙しなかった。

 

 

第十話『次元の震動』

 

 

 朝のホームルーム前にて。

 

「ねぇなのは、あたしに何か報告しなきゃいけないことがあるんじゃない?」

「にゃ、な、なんのこと?」

 

 魔法の事を親友にも黙っているなのはには心当たりが多々あった。最近急に秘密が増えてしまって、国語力の無い自分としてはどうごまかしたらいいものかわからない。

 

「別に報告しなきゃいけないことなんて無いよ? ど、どうしたのアリサちゃん?」

「へぇ、そう……ふ~ん」

 

 なんにも無いと言ったのに、アリサは納得してない様子だった。その様子になのはは少し疑問を覚えた。

 

 

 昼休み、屋上での昼食時にて。

 

「ねぇなのは、最近何か人には言えないような悩みを抱えてるんじゃないかしら」

「ななな、なんの事?! なのはは別に心配事なんて無いよ!」

 

 嘘だった。ジュエルシードの破壊から街を守れるか不安だった。金髪の少女――フェイトに対抗できるか不安だった。そして何より、フェイトについてもっと知りたかった。お互いの事を知り合って、友達になりたかった。

 そのためにも、フェイトときちんと話し合うためにはどうすればいいのか、ずっと思い悩んでいた。

 それこそ親友に心配させてしまうぐらいには。

 

 

 放課後、教室にて。

 

「ねぇなのは、あたしに紹介したい人がいるんじゃない?」

「にゃー!! な、ななな、何言ってるのアリサちゃん!!」

 

 ここにきて、なのははアリサが既に何かを知っていることを前提に話していることに気付く。

 自分がフェイトの事を考えているのがばれていた。友達になって、親友にも紹介したいという思いが筒抜けであった。

 いつの間にバレたのかわからないが、そこまでバレていたのならもう隠しておくことは出来ない。幸い魔法関連の事じゃないから隠さなきゃいけないことでもない。

 姿勢を正し、答え直す。

 

「うん、実は……ずっと気になってる子がいるの。今まで黙っててごめんね」

「そ、そそそ、そう。ふ、ふ~ん。別に、動揺なんてしてないわよ。えぇ、してないったらしてないわ。それで、ど、どんな奴なのかしら?」

「あ、うん。実はあんまり自分の事話してくれなくて……。凄く強くて、冷たくて。なのはのことを全然見てくれないけど、凄く寂しそうな眼をしてるの。だから、もっと知りたいんだ。あの子のこと。もっと、仲良くなりたいんだ」

 

 アリサは思った。何故そんな自分を見てくれなくて冷たい奴を好きになったのかと。いや、強いってなんだと。変な人に絡まれているところを助けられでもしたのかと。

 あれか、自分を見てくれないから逆に意識しちゃうとか、吊り橋効果とか、自分が支えてあげなくちゃダメなんだというようなダメ男に引っ掛かる感覚か。

 ドラマならそんな展開には興味津々で眺めていたかもしれないが、実際に知り合いがそうだと驚愕を覚える。

 というよりも、なのはがダメ男に引っ掛かってしまったことが衝撃的であった。

 普段からぽわぽわしてるこの子のことは、近くにいる自分がもっとよく警戒してあげなくちゃいけなかったのだ。

 後悔しても始まらない。まずはクロノとやらに会わなくては。アリサは一人決意を新たにした。

 

「そう、わかったわ。何はともあれ、あたしもそいつに会いたくなったわ。なのは、放課後空いてるわよね」

「にゃ、あ、その、放課後は……ちょっと用事が……」

「アリサちゃん、今日はバイオリンのお稽古が夜まで入ってるよ。なのはちゃんに着いていくのは無理じゃないかな」

「あ、むむむ……!! 今は稽古よりなのはの方が大事よ!」

「にゃー!! なんでそんな大事に?! 別に大丈夫だから! それに別に危ないことなんて、……あ! えと、その、あんまりしてないから!!」

「へ?」

「え?」

 

 アリサどころか、すずかまでもがなのはに対して不審な目を向けた。なのはは喋っているとどんどん墓穴を掘っているのを実感した。

 なので、これ以上悪化する前にこの場から逃げることを選択した。

 

「アリサちゃん! すずかちゃん! また明日ね! ばいばいー!!」

 

 普段の運動音痴っぷりはどうしたと言わんばかりの見事な逃げっぷりであった。

 

「逃げたわね」

「逃げちゃったね。それで、アリサちゃん。なのはちゃんが何に悩んでるか知ってるの?」

「間違いなく、今話した奴のことで悩んでるわね。全く、いつの間に……」

「アリサちゃん、なんかその人に対してあたり強くないかな。知ってる人?」 

「知らないわよ! 知らないけど、知り合ったらボコボコにする自信があるわ」

「やっぱりあたりが強いよ……。なんでそんな怒ってるの?」

「すずかは悔しくないの?! なのはが変な男に引っ掛かっちゃったのよ!!」

「引っ掛かったってそんな言い方、というより男の子なの?」

「男に決まってるでしょ!! なのはの彼氏なんだから!!!!」

「え、……ええーーっ?!!!」

 

 あまりの展開に流石のすずかも動揺した。なのはが友達を作りたがってる話かと思ったら、全然違う内容だった。

 

「えと、えと。アリサちゃんの勘違いとかじゃないのかな? 友達を作ろうとしてるだけじゃない?」

「アイリから聞いたし、恭也さんにも確認とったわよ! 最近そいつと夜遊びばっかしてるって苦々しい返事が返ってきたわよ!」

「そ、そんな……なのはちゃんが……。私、なのはちゃんはてっきり……――君が好きだとばかり思ってた……」

「ん、何か言ったかしら、すずか。とりあえず、今出ていったのだってそいつに会いに行ったに違いないわ」

「そうだとしても、なのはちゃんがその人を好きなら邪魔しちゃダメだよ。やっぱりちょっと信じられないけど」

「何言ってるのよ! 軽く聞いただけでもダメダメなやつじゃない! たとえなのはに怒られたって、あたしの目の黒いうちはあの子を不幸になんてさせないんだから!」

「あ、アリサちゃんってあれだね。……イケメンってやつだね」

 

 アリサの熱意にすずかは顔を赤らめた。やはりアリサはこうでなくては。熱血こそが自分の親友の持ち味だ。

 アリサとなのはとすずか。

 きっかけこそはケンカがスタートだったが、今では本当に相手のことを大切に思い合える、かけがえの無い関係になった。

 その関係はちょっとやそっとの秘密なんかでは少しも崩れないことは、身をもって知っている。

 なのはが本当に何を隠しているのかはわからないけれど、秘密を抱えているからって自分たちの関係が変わることなんて無い。

 ならば、自分はただ待とう。最近になってやたら忙しそうななのはが、秘密を話してくれるまで。

 それがどんな内容であれ、なのはの味方になってあげよう。怒るのがアリサの役目なら優しく手を握ってあげるのが自分の役目だ。

 横で色々とせわしなく動いている親友を見ながら、すずかはそんなことを思った。

 

「よし。あたしは夜まで稽古だけど、頼りになる助っ人を呼べたわ」

「あ、ごめんアリサちゃん。少しぼうっとしてた。誰を呼んだの?」

「ふっふっふ。事情を知ってるアイリと恭也さんになのはの後をつけてもらうことになったわ」

「後をつけるって……。そんなことしたらなのはちゃんに怒られるよ?」

「あの二人なら万が一にもばれることなんて無いわよ。まぁアイリは渋ってたけど、恭也さんにはノリノリで賛同されたわ!」

「恭也さん……やっぱり妹の彼氏とかって気になるのかなぁ」

 

(アリサちゃんに彼氏が出来たときも、きっと同じような事が起きるんだろうなぁ。今度はアイリ君が主催で)

 

 すずかは兄貴分のメンバーの暴走に、そっとため息をついた。

 

 

 

 

「ふむ、何か目的地があって動いているようには見えないな」

「うーん、どこかに行くというよりも誰かを探しているっていう方がしっくりくるかな」

「となると、そいつがなのはを誑かした男か」

「いや、誑かしたって……。なのちゃんはあんなに可愛らしいんだから、そろそろ彼氏の一人ぐらいいておかしくないよ」

「いや、あの後考え直してみたが、やはりなのはが急に見知らぬ奴を恋人にするなんておかしい。ならば、その男を確認しておく必要がある」

「おかしいって……。もう思春期に入るんだから好きな男の子ができてもおかしくはないと思うけど、……って痛ぁっ!!」

 

 何故か恭也に頭を叩かれ、アイリは涙目になった。

 わけもわからず叩かれたことに抗議の目を向けるが、恭也はその視線を素知らぬ顔でスルーした。

 

「む、動くぞ。というか、いつの間にかユーノがいるな。どうやって来たんだ?」

「うぅ、なのちゃんがこっそり学校に連れていったんじゃない? 兄さん今日は朝から講義だから家にいなかったんでしょ?」

「確かにそうかもしれないな。だがこんな街中で放し飼いとは……。ユーノは確かに賢いが、迷子になったらどうするつもりだ」

「動物は人の気配に敏感だからね。念のためもう少し離れておこうよ」

 

 達人に片足を突っ込んでいる者たちに隙はなかった。その尾行はばれることなく、日が暮れて夜に突入するまで続いた。

 

 

 

 

(結局ジュエルシードは見つからなかったね)

(うん、この近くにあるのは間違いないんだけど)

 

 結局なのはは誰と合流するわけでもなく、只ひたすらに街中を歩き続けただけだった。

 

「アイリ、どう見る?」

「う~ん。その男の子って訳有りなのかも。なのちゃんもどこにいるかよくわかってない? 家を知らないみたいだね」

「だからってこんな人混みの中を探し回るものなのか? それに日が暮れても繁華街にいるのはどうかと思うぞ。変なやつが出ないとも限らない」

 

 そう言う恭也の後ろには、頭を叩かれて気絶している男の山があった。

 

「いや、なのちゃんをちょっと意識したっぽい男の人を闇討ちしていくのは止めようよ。こんな時間に子供一人が歩いてる事に気になっただけかもしれないじゃん」

「安心しろ。無闇に攻撃しているわけじゃない。下心を持ったやつだけをやっている」

「えぇ、ホントかなぁ。っていうか僕に道を尋ねてきた人も倒したよね? 確かに一緒に来てくれってしつこかったけど、やっぱり無闇やたらに攻撃してるじゃん!」

「いや、お前な……。そいつはどちらかというと真っ黒だ」

 

(なのは、今日はもう帰った方がいいよ。もうすぐ夕食の時間だ。後は僕一人で見て回るよ)

(大丈夫? ユーノ君)

(大丈夫さ。僕の分のご飯残しといてね)

 

 キィーーン

 

 その時、周囲を一迅の魔力が流れていった。

 

(この感じは人工的な魔力波……。誰がなんのために? まさか、前の子が無理やりジュエルシードを起動しようとしてる?!)

(どういうこと?! ユーノ君!)

(魔力粒をあてて無理やりジュエルシードを活性化させて位置を特定する気だ! なんて無茶苦茶な……)

 

「兄さん、なんだかピリッとしない?」

「いや、何も感じないが。何か感じるのか?」

「なんかぞわぞわする」

 

 ――キンッ――

 

 そしてジュエルシードが活性化しだした。

 

(ジュエルシードが! こんな無茶苦茶な! えぇい、封時結界発動!!)

 

「兄さん、なんかまずいよ。なのちゃんを連れて一旦離れよう。……兄さん? ちょっ、兄さん足が消えてるよ?!」

 

 信じられないことに、恭也の下半身が消えていた。いや、下半身どころか、どんどん体全体が消えていっている。

 

「違う! 消えてるの……お前の……ッ!!」

 

 とっさに恭也はアイリに手を伸ばすが、その手はアイリの体をすり抜けていった。あまりの事態に混乱をするも、状況はどんどん変化していく。

 足から消えていった恭也の姿は、腰へ、上半身へと進んでいき、やがて完全に消えていった。

 

「ちょっと、冗談でしょ? いくらなんでもこれはないよ……」

 

 付近にはあれほどいた人影が全くない。最後の恭也の言葉を信じるならば、消えたのはどうやら自分の方らしかった。それか、やはり自分以外が消えたか。

 どちらにしろ、自分だけが今まで側にいた人たちから遠ざけられたのは間違いなかった。

 

「この状況なんかデジャヴなんだけど。あれって夢じゃなかったのか……。もしかして今が夢? 悪夢? 立ったまま寝てた?」

 

 現実逃避していても始まらない。あの時はどうやって戻ったんだったか。確か、時間経過だった気がする。何分気絶している間に戻っていたからよくわからなかった。

 仕方なしに周囲を探る。何かしらの手懸かりがあるかもしれない。

 

「っていうかなんで僕だけ……。やっぱり呪われてるの? もう一回お祓いに行こうかなぁ」

 

 こんな状況に陥りだしたのも、あの時民族衣装を着た男の子の夢を見てからだ。

 あの時助けてと言われたのに助けられなかったから、あの男の子の無念が自分を縛り付けているのかもしれない。

 

「うん。明日那美さんに本格的なやつを頼もう」

 

 那美は日本でも数少ない本物の霊媒師である。

 その実力は、彼女目当てに遠く県外から、いや、日本中から人がやって来るほどである。

 

 ――サンダースマッシャー!!

 ――ディバインバスター!!

 

 ふと、何か聞き覚えのある声が聞こえた。

 でもどこから聞こえた?

 自分以外にも人がいる?

 そう思い周囲を見渡すと、遥か上空に人影が二つ見える。

 暗闇の中、空に浮かぶ人影なんていう見つけにくいにも程がありそうなものに気づけた理由は簡単である。

 その人影が光を放っていたからだ。

 いや、光というよりも光線か。桜色と、金色の光がそれぞれの人影から地上のとある一点に向かって放たれている。

 

「Wow、Exciting……」

 

 あまりの光景に呆けるしかない。いくらなんでも、自分の街を舞台にして空を飛び回ったり光線を撃ち放ったりするのは勘弁してほしかった。一般常識的に。

 アイリは自分の事は一先ず置いておいてそう思った。

 そういえば、少し前の巨大樹の事件もわりとあり得ない感じだったが関連があるんだろうか。

 疑問に思いながらも光線が何を撃ち抜いていたのか気になり、建物を上り視界が良好な位置へと移動する。

 

「あれって……まさか、ジュエルシード?」

 

 来る途中で拾った双眼鏡を覗き込んで見えたものは、最近よく目にする青色の宝石であった。

 

「なんでジュエルシードに対して砲撃を? それに、さっきの二人はジュエルシードを無視して離れたところで高速移動しながら戦ってるし……。本当にどうなってんの」

 

 先程協力してジュエルシードに攻撃していた二人は、上空をそれぞれ特徴的な光の粒子を巻き散らかしながら飛び回って戦っている。

 

(空に浮かぶって発想はあったけど、翔びまわるっていう発想はなかったな。地上戦ばっかり考えてた……。やっぱり実戦となると、想定外の事ばっかりだ)

 

 アイリは改めて自分の力の使い方を見直すことにした。非現実的な光景とはいえ、自分も片足突っ込んでいるのだから有効活用しない手は無かった。

 今まで自分が魔力を使うとなると、単純な自己強化か特殊な補助魔法か、そして大抵は固定砲台になるかだった。

 上空の二人のように魔力自体で移動したり、前回のアルフのように魔力に特徴をつけずに飛礫のように打ち出したりと、魔力の使い方は奥が深そうだ。

 

 密かに新たな練習メニューを考えていたら二つの光体が地上に、というよりもジュエルシードの元へと突き進んでいた。

 互いに掲げる杖を突き出し、ジュエルシードを挟んで衝突していた。

 

(ん、あれは……フェイトちゃん? それにもう一人は……あの顔は……なのちゃん?!)

 

 まさかの知り合いである。いや、フェイトに限って言えば確かにジュエルシード絡みで知り合った。ジュエルシードを探していると言っていたから、これがその現場なのだろう。だからってよくわからない空間を作り出さないでほしい。巻き込まれたほうはたまったものではなかった。

 フェイト自身が怪しい光の鎌を振り回していたこともそうだが、アルフが喋ったり飛んだりしている時点で彼女たちは超常に関わりがあっておかしくはないのだ。

 

 だがなのはは違う。

 彼女とはもう六年の付き合いになる。それもただの六年ではない。彼女が三歳から九歳になる間の六年という、彼女の人生の大部分を共に過ごしてきた。

 アイリの中では、なのははアリサと同じく目に入れても痛くない大切な妹のような存在だ。

 なのはの事はなんだって知っていると思っていた。最近はそれが覆されてばかりだ。

 最近夢で知らない男の子と仲良さげな光景を見せられた時も大分切なくなったが、今回はどうしたものか、まるで実感がない。

 大切な妹分が、今まで見せたことの無い真剣な顔で、今までその片鱗すら見せなかった力を奮い、最近になって現れた異質な宝石を巡って争っている。

 

 これは夢か。

 腕を抓るが痛みを感じない。

 ならばやはり夢か。

 痛くはないが、抓った痕は赤く染まっていた。

 どうも現実味がない。それもこれも、この空間がまるで現実的じゃないからだ。人は消え、車は止まり、なんの音も発せられることはない。

 閉ざされた空間で存在感を出すのは二人の少女とジュエルシードのみ。そんな空間で混乱しないわけがなかった。

 

 ――トクン――

 

 ――トクン、トクン――

 

 ――トクントクントクン……キィーーーン――

 

 その時、世界が揺れた。

 今までのジュエルシードの発動とは一線を画する。本当の発動の予兆。

 暴走した光が辺りを包む。なのはとフェイトはたまらず弾き飛ばされ、近くの建物に叩きつけられた。

 地面が激しく揺れる。心なしか空間も歪んで見える。

 

(これはっ、よくわからないけど本格的にまずいッ!!)

 

 作り物の空間が悲鳴をあげている。それほどの力がジュエルシードを中心に渦巻いていた。

 

「ダメ!!」

 

 フェイトが駆け寄り、ジュエルシードの暴走を抑え込もうとする。

 杖を突きつけるも、既に杖はボロボロにヒビが入っていた。

 そのまま自身の両手でジュエルシードを抱え込む。手からは血が飛び散り、それがどれだけ大変なことかうかがえた。

 

「とまれ……とまれ!!」

 

 呪文のように同じ言葉を繰り返す。

 だが、少し弱まった程度で暴走が止まる気配はない。フェイトの顔色が絶望に染まる。

 

 このままでは暴走を抑えられない。

 誰もがそう判断した時、フェイトの体を不自然な風が吹き飛ばした。突然の事に、ジュエルシードを手放してしまう。

 抑圧された力が取り除かれたジュエルシードは、更なる光を放ち暴走しようとしていた。

 

 その時である。不意にジュエルシードが巨大なクリスタルの柱に貫かれた。

 

「あれは……?」

 

 その場にいたフェイトとなのは、ユーノは何が起きているのかがわからなかった。ただ一人アルフだけはこの現象に見覚えがあった。

 

「あれは……!!」

 

(あれは、あの魔力を感じない不思議なプレッシャーは……! あたしが最近受けた技にそっくりだ! ならこの現象は、アイリが起こしてるのかい?!)

 

 周囲を見渡す、鼻も駆使して付近の気配を探る。

 

(――いた!)

 

 少し離れたビルの屋上に、確かにアイリの姿がある。両手で剣を掲げ、目をつぶってこちらに意識を向けている。なぜこの空間にいるのかはわからないが、今はどんな助けでもほしい。あの時のように、魔力を弱めることができれば自分たちで封印できるかもしれない。

 

 アイリが剣を降り下ろす。

 それに連動してジュエルシードにクリスタルの結晶が降り注ぐ。

 

 ――命脈は無常にして惜しむるべからず

 ――葬る――

 

『不動無明剣』

 

 それはどんな奇跡か。

 地面から生えたクリスタルに貫かれ、激しく光を放った後に残ったジュエルシードは、今までの事が嘘のように魔力の放出をやめていた。

 それどころか完全に活動を停止し、封印処理がほどこされていた。

 

 フェイトはふらつきながらも、ジュエルシードを掴み取った。その後崩れ落ちる体をアルフが支える。

 フェイトを抱え込み、なのはとユーノにひと睨みしてから無言でその場から立ち去った。

 

 

 

 

(なんとかなったかぁ。ホントに何が起きてるのさ……。ん、フェイトちゃんを抱えた女の人がこっちに向かってくる。なんでわざわざこっちに……。あれ、ひょっとして僕に気づいてない?)

 

 橙色の髪の女性はぴょんぴょんとビルを飛び回り、アイリの前に着地した。そして、まるで顔見知りかのように気軽に話しかけてきた。

 

「ありがとねアイリ! ホント助かったよぉ。まさかジュエルシードがあんな危ないものだったなんて……」

「え、あ、はい。どういたしまして? それでその、ここはどこ? あなたは誰?」

「何言ってんだい。あたしのこと忘れちゃったのかい? 大好きって言ってくれたのに」

「ええええッ?! えと、人違いじゃないですか?」

「間違えるわけ無いだろ。あたしは匂いで人を判別できるんだ。あんたの妹とシャッフルしても見分けがつくよ」

 

 自分の妹のことも知っている。となると、本当に顔見知りかもしれない。だが、よく顔を見てみてもやはり身に覚えが無い。

 告白と聞いて微妙に自分の黒歴史が思い出されたが、彼女とは全然違う風貌である。スタイルが抜群な事を除いたら。

 でも、心なしか彼女の事は知っている気がした。何か非常に、なんとも言えない親しみを感じていたのだ。

 よくよく見てみても、やはり知らない顔だ。だがこの親近感は何だろう。この、頭を撫で回したくなるような感覚は。

 

「あなたとは、どこかで会ったような気がする……。僕たちはいつ知り合ったんですか?」

「いつも何も、つい最近だよ。あんなに絡んできたのに何を言って……あぁ! 今は人型だったね!」

「へ? 人型?」

「あたしはアルフだよ。犬のアルフ。温泉宿で会っただろう?」

「えと、アルフ……犬の……。ええッ?! アルちゃん?!」

 

 最近は人間になるのが流行っているのだろうか。かつて犬として出会ったアルフが、今度はやたらセクシーな女性になって目の前に現れた。

 そういえば、以前人間になってから出直して来い的な発言をした気がする。

 まさか、本気にしてジュエルシードを使って人間になっちゃった? となると、ひょっとしなくても自分のせいだろうか。 

 アイリは内心でだらだらと冷や汗を流す。

 

「えと、ほ、本日はお日柄もよく……」

「何言ってんだい。もう日も暮れて真っ暗じゃないか」

 

 会話が致命的に下手くそだった。

「あ、えと、ご、ご趣味は……」

「趣味と言われるような事はないねぇ。好きに食べて好きに寝て、フェイトの役にたつことぐらい?」

「あ、僕も寝るのは好きです。奇遇ですね!」

「……?」

 

「ってか前と同じ感じでしゃべっとくれよ。なんかムズムズするんだ」

「えと、はい。……ふー。アルちゃんなんで人間の姿してるの?」

「あぁ、あたしは使い魔だからね。ベースは犬だけど、人型にもなれるのさ」

「それって前から?」

「そりゃそうさ。ちっさい頃からそうだよ」

「そっか! それはよかった!! いや、ホントに」

「ん、なんだいそりゃあ?」

「あはは、なんでもないよ。それで、ちょっと聞きたいことが山ほどあるんだけど……」

「あぁ、構わないよ。あんたならフェイトの邪魔をすることも無いだろうし」

 

 聞きたいことは多々あるが、要約すると二つに絞れる。今までの事もこれからの事も、その原因に集約される。

 明らかに異質な存在。異質な世界。日常を侵食する非日常。

 その原因の一端は間違いなく目の前の二人だ。

 

「そっか、ありがとう。なら、教えて欲しい。……ジュエルシードについて。それに――――君たちについて」

 

 嘘やごまかしは許さない。

 アイリはそれまでの緩い空気を一変させ、視線を鋭くしてそう問いかけた。

 

 

 

 

「ジュエルシード、取られちゃったね……」

「今回は仕方ないよ、なのは」

 

 残された二人の雰囲気は暗い。

 二人の心中は複雑であった。

 

(あの空間の揺らめきは……、なのはとあの女の子――フェイトの魔力の衝突の影響? いや、それにしてはおかしい。あれはあまりにも巨大過ぎる。もしかして、あれこそがジュエルシードの本来の力なのかも……。たった一つであの魔力なんて。なら、あれを集めているフェイトの目的は一体……)

 

 ユーノは自分の発掘したロストロギアについて今一度考えていた。

 壊れた願望器。だが、壊れていても内包する魔力は大したものだ。あれは個人が手にしていいレベルを越えている。なんとか封印して、しかるべき場所へ渡さないといけない。

 でも、自分たちだけで本当に集める事ができるんだろうか。

 ユーノの未来予想図は決して楽観視できるものでは無かった。

 

 

 なのはも思い悩んでいた。

 

 ――教えてフェイトちゃん! どうしてこんなことをするの?!

 ――私は……。

 ――フェイト、言わなくていい! 甘えられた環境でぬくぬくと生きてきたやつなんかにフェイトの事がわかるはず無い!!

 ――ッ!!

 

(甘やかされた子供、か……)

 

 自分は確かに家族にも友人にも恵まれている。少し寂しい時期はあったけれど、今のこの環境になんの不満もない。

 だからってそれを理由に諦めたくなかった。

 確かに自分とフェイトにはなんの関係もない。寧ろジュエルシードを巡る敵対者と言ってもいい。

 でも、なんでだろうか。フェイトの事がとても気になるのは。

 あの寂しい瞳を、何とかしてあげたいと思うのは。

 理屈じゃなかった。

 

(今度こそ、ちゃんと話し合いたいな……)

 

 ジュエルシード集めの傍ら、なのはの意識はフェイトへと移っていった。

 自分の中の気持ちをうまく表現できずに、燻る気持ちをその胸に。

 なのはは己の小さな手のひらをじっとみつめた。

 

 

 

 

 アイリを捜索していた恭也に、一通のメールが届く。

 

『無事です。ちょっと外泊します。適当にアリサに修行とかなんとか言っといてください。僕が怒られない感じでお願いします』

 

 散々人に心配させておいて何だそれは、と訝しがる恭也にもう一通メールが届く。

 

『なのちゃん、まさかの魔法少女でした』

 

 恭也はますます混乱した。

 どういう事か説明しろとアイリに電話を繋ぐが、ブチッと切られてしまう。

 眉間に深く皺を寄せながらも、今度会ったら問い詰めてやると誓った夜の事だった。




アイリ、フェイト組に合流。確信に一歩迫ります。


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第十一話『交差する運命』

管理局登場の回。
冒頭の夢はリリカルなのはINNOCENTより。


「フェイト、アリシアを見なかったかしら?」

「お姉ちゃん? そういえば今日は見てないかも」

「ま、まさか誘拐でもされたんじゃッ! あの可愛さだもの、十分にあり得るわ!」

「母さん、誘拐とかはいくらなんでも……」

「あぁ! もちろんフェイトもとっても可愛いわ! お母さんなら二人ともお持ち帰りね。でも他の誰かが誘拐するならコンパクトなアリシアの方が危ないかも……」

 

 これは、フェイトとその家族だろうか。

 多分母親。そしてこの場にはいないけど、恐らくもう一人姉妹がいるのだろう。仲睦まじい平凡な、だけど幸せに溢れた家庭に見える。

 

(今とあまり変わらない姿だ。つい最近の出来事? それとも未来の?)

 

 場面が切り替わる。

 フェイトは見慣れぬポットの中に、フェイトに似た女の子はこれまた見慣れぬ未来的な電子盤を操作して何かを行っている。

 

「フェイト、調子はどう?」

「うん、問題ないよ。お姉ちゃん」

「あら、テストプレイももう終わりかけね。さすがは私の娘たち、いえ――さすが私の愛娘たちね」

「えっへん!」

「え……えっへん」

「プレシア、勝手に仕事を抜け出さないでちょうだい!」

「こ、これは違うのよ。リンディ」

 

 何かの実験をしてるのか。なんだかひどく楽しそうだった。フェイトも今まで自分が見てきた顔とは全然違う。自然な笑顔だ。

 

(よかった。あの子もこんな風に笑えるんだ)

 

 再度場面が切り替わる。

 

 崩壊する城の中、プレシアと呼ばれていたフェイトの母親が声を荒らげる。

 

「もうたくさんなのよ! あの子を亡くしてからの暗鬱な日々も。あのお人形をアリシアの代わりに扱うのも」

 

 杖を振りかざし、髪を振り乱し叫ぶ。

 

「聞いていて? あなたの事よ、フェイト。アリシアの記憶をあげても、あなたは決して私の可愛いあの子にはなり得なかった欠陥品。いいことを教えてあげるわ、フェイト。私はあなたの事がずっと、ずっと――大っ嫌いだったのよ!!」

 

 ――これは、ナンダロウ。

 

(なんでこんな……。こんなのって……。これがフェイトちゃんがいつも悲しそうにしている理由?)

 

「私は……アルハザードですべてを取り戻すのよ!」

 

 世界が薄まっていく。

 もっと知りたいという思いとは裏腹に、意識は夢から浮上していった。

 

 

第十一話『交差する運命』

 

 

 ――ッ!!

 

 ソファから跳ね起きる。

 隣のベッドにはまだ眠っているフェイトがいる。規則正しく胸が上下に動いていた。髪をおろしたフェイトは、金髪なのも相まってアリサを連想させた。

 

(そうだ、あのあとフェイトちゃんの怪我を癒して……事情を聞いて、夜遅くなったからそのまま泊まったんだ)

 

 多くの事を聞いた。

 

 この宇宙には次元世界と呼ばれる別次元の世界が多数広がっていること。

 そこの管理世界と分類されているところでは、科学の発展と共に魔法という技術が発達していること。

 ここ一連の不可思議な事件の元凶は地球に降り注いだジュエルシードであるということ。

 ジュエルシードは壊れた願望器で、周囲の願いを汲み取りながら暴走し、その被害は地球全体に及ぶであろうこと。

 フェイトたちは母親の命令でジュエルシード集めをしていること。

 ジュエルシードを回収している過程で、現地の魔法少女と敵対関係になっていること。

 ジュエルシードを集めきるまで、その少女と対決し続けることになるであろうこと。

 

 色々な事を知った。

 だがその中には、フェイト自身についての説明が異様に少なかった。

 

 母親との関係は?

 姉は今何をしているのか?

 なぜ、アルフはフェイトの母親をあの女と呼び嫌悪するのか。

 なぜ、フェイトはそんなに寂しそうな顔をしているのか。

 

 まだまだ知らないことが多そうだ。

 

「起きたのかい」

「アルちゃん、おはよう」

 

 アルフは犬の姿から人型になる。本当に変身は自由自在のようだった。

 

「それにしても、まさかあんたが治癒魔法を使えるなんてねぇ。それもかなり高度なやつだ。よくわかんない技は使うのは知ってたけど、魔法も使えたんだね」

「僕のは多分アルちゃんたちが使ってるのとは少し違う。でも回復の効果はしっかりしてるはずだよ」

「それは昨日確認してるよ。あんたといいあの子といい、この星には魔法文化は無いはずなんだけどねぇ」

「僕は、多分あくまで例外。あの子は――なのちゃんは、正直わからない」

「ひょっとして、知り合いの子かい」

「うん。妹みたいな存在の子かな」

「そっか……。フェイトの事を気にかけてくれてる優しい子なんだろうけど、今は敵同士でしかないよ。アイリには悪いけど、フェイトの邪魔をするならぶっ飛ばすまでだ」

「うん、わかってる……」

 

 アルフは本当にフェイトを大切に思っているらしい。フェイトに今何が起きているのかはわからない。ほっとけないような寂しい目をして、傷だらけになってまで何を求めているのかはわからないけれど、少なくともアルフのような自分の絶対的な味方がいることはフェイトの心を守っているはずだ。

 

 それに、アイリはフェイトのことも心配だったが、なのはの事だって気がかりだった。

 

「なのちゃんはいつから魔法が使えたんだろう。ずっと見守ってきたはずなのに、全然知らなかったな……。それに、なんでジュエルシードを集めてるんだろ」

 

 思えば、アイリが初めてジュエルシードを手にした現場になのはは突如現れた。明らかに何かしらの目的を持って神社にやって来て、アイリが持つジュエルシードを執拗に欲しがった。

 あの時には既に全てを知っていたのだろう。

 ジュエルシードが海鳴に降り注いだことを。そして、ジュエルシードの正体についても。

 

「あの子、魔力量はすごいけど戦い慣れてる感じじゃなかったね。多分魔法を習ったのも、ジュエルシードについて教えてもらったのもあの使い魔からじゃないかい」

「使い……魔?」

 

 使い魔。アルフみたいな存在のことか。だけどなのはの近くにアルフのような人語を解する存在がいただろうか。

 

「あのネズミみたいなやつの事だよ。知り合いなら存在は知ってるだろ」

「あ……」

 

 なのはについての疑問の最後のピースが埋まる。

 突如現れた不思議な感じのするフェレット、ユーノ。

 彼が全ての始まりだったのだ。賢い、賢いとは思っていたが、まさか異世界からの来訪者だったなんて想像だにしていなかった。

 なのはにも、そしてユーノにも聞かなくてはいけないことがたくさんありそうだった。

 

 その後、アイリは起きたフェイトに頼み込み、フェイトの母親のいる時の庭園に一緒に連れていってもらうことになる。あわよくばプレシアと話をしてみたいという思いを胸に秘めながら。

 

 

 

 

■次元空間内 次元空間航行艦船 アースラ

 

「先程の次元震の影響ですが、特に重要なものは無さそうです」

「そう、それはよかったわ。小さくても次元震だもの。最大限の警戒であたって頂戴」

 

 巨大な戦艦に乗っているクルーは、先程の揺らぎを捉えていた。

 ここは次元空間内。乗っているは次元世界を束ねる時空管理局員。ここから地球上の日本の一点、海鳴市について警戒網を敷いていた。

 

「二組の捜索者についても以前捜索中です」

「彼女たちがジュエルシードを探しているのなら、すぐに会うことになるでしょうね。その時はよろしくね。クロノ執務官」

「任せてくださいよ、艦長。僕はそのためにいるんですから」

 

 事件はもはや小数の人間の手におさまらない。

 組織の介入するところとなる。

 

 

 

 

(やっぱり、フェイトちゃんと話し合いたいんだ)

(なのは……)

(ジュエルシード集めが大切なことはわかってるよ。でも、やっぱりあの子のことほっとけない)

(うん、なのはならそう言うと思った。……いいよ、なのはの好きにして。後悔しないようにしてほしい)

(ありがとう、ユーノ君……)

 

「なのはーっ! 詳しく話を聞かせてもらうわよ! 昨日も例の子と会ってたんでしょ!」

「にゃー! あ、アリサちゃんなんで知ってるの?!」

 

 次の日の学校、なのははアリサに捕まって問い詰められることとなる。

 

「なんで知ってるなんてどうでもいいのよ! あたしにも紹介しなさいよ! 蹴っ飛ばしてあげるから!」

「アリサちゃん……それじゃあよけい紹介したくなくなるよ……」

「け、けるって……なんでー?!」

「なんででもよ! 今日の放課後会いに行くわよ」

「あ、放課後はちょっと予定が……」

「だからそいつと会うつもりなんでしょ! あたしも行くわ」

「アリサちゃん、無理矢理はダメだよ。なのはちゃんが紹介してくれるまで待とう?」

「すずかちゃん……!」

「あー、もう仕方ないわね! でも必ず紹介しなさいよ!」

「あ……、うん!!」

 

 なのはは友人に支えられ、己れの信じる道を突き進む。

 

 

 

 

■時の庭園 主の間

 

「駄目よ。私はそんな人間に興味はないの。さっさと帰してきなさい。見ず知らずの人間をこの庭園にあげないで」

「でも、その人はジュエルシード集めに協力してくれていて……。母さんと話がしてみたいって……」

「何度も言わせないで。私はこの庭園から消せと言ったのよ。あなたがしないなら私がしてもいいの。報告はその後に聞くわ」

「……わかりました、伝えてきます。……ごめんなさい、母さん」

 

 フェイトの顔色は暗い。

 母親を前にして、甘えることもできずに、傷つけられても離れることもできずに、只々母親がいつか自分を見てくれることを期待している。

 しかし、今日もまた自分を見てくれることは無さそうであった。

 

 

 

 

「しかし、あんなやつと話がしてみたいなんてあんた変わってるね」

「あんなやつって……フェイトちゃんの母親でしょ。ダメだよ、そんな言い方したら」

「母親ならッ、母親ならフェイトをあんな悲しませたりするもんか! あたしはあいつが大っ嫌いなんだ!」

 

 やっぱり、フェイトと母親の関係は歪らしい。主思いのアルフがいきり立つ程に。

 

「ねぇ、フェイトちゃんにさ……姉妹っている?」

「ん、なんだい急に。フェイトは一人っ子のはずだよ」

「そう……。変なこと聞いてごめんね」

 

 フェイトに姉妹はいない? じゃあ、アリシアは?

 朝の夢が思い起こされる。

 夢の中で出てきた少女、アリシア=テスタロッサ。彼女が全ての鍵を握っている気がする。

 

(フェイトちゃんの母親に事情を聞ければいいんだけど……)

 

 先にプレシアに面会していたフェイトが戻ってきた。だがその顔色を見るに、受け入れられたわけではなさそうだった。

 

「ごめんね。やっぱり会えないって……」

「あー、うん。そんな気はしてた。気にしないで」

「それでね……できれば早くここから出てほしいって……」

「そっか……。迷惑かけてごめんね」

「あの鬼婆の事だからそう言うだろうと思ったよ」

「私はまた母さんに報告しに行かないといけないから……、アルフお願いできる?」

「あたしもフェイトがあの女と一緒にいるのが心配だから残るよ。悪いけど、転移ポートを使ってもらえるかい」

「転移ポート?」

「そう。あっちの部屋にあるから。最後にとんだのは第97管理外世界――あんたらでいう地球のあたしたちの住みかだからボタンを押すだけでいいはずだよ」

「わかった。ありがとね」

 

 二人を見送り、隣の部屋に向かう。

 

(やっぱり無理だったか。でもフェイトちゃんに姉妹がいないっていうのはどういうことだろう。アリシア=テスタロッサの名前はどの場面でも出てきたのに……。いや、最後の場面のあれは……。あれが一番近い世界だとしたら……。アリシアは既に死んでいる? そしてフェイトちゃんは……実の子供じゃない?)

 

 嫌な想像を胸に転移ポートを操作する。

 

「このボタンを押せばいいのかな」

 

 特に何か設定することもなく、ポートの中に立ちスイッチを押す。

 転移ポートは特に問題無く動き出したように見えた。

 

「こんな機械で移動するなんて変な感じだなぁ」

 

 ジジジ――

 ジジジジジジ――

 ジジジ――Error code 011. System restart...

 ..........Condition all green. Count start.

 Ten, Nine, ignition sequence start,

 Six, Five, Four,Three, Two, One, Zero,

 All engine running,

 Lift off――

 

『転移します。ご注意ください』

 

 フィン。

 

 次の瞬間には、辺りの景色が入れ替わっていた。それまでの人工的な建屋の中から、緑溢れる自然の中へと一瞬でワープした。

 

「おぉ、ほんとに跳んだ。でも住みかって言ってたのに屋外なのは一体……。ここは海鳴のどの辺り?」

 

 現在位置を把握するため、念のため透明化になる技をかけてから空を飛ぶ。

 その目に写ったものは、見渡す限りの自然。見たことの無い大地。見たことの無い鋭角の山。四枚の翼を使って飛行する地球上には棲息してなさそうな鳥の群れ。

 

 明らかに海鳴の地ではなかった。

 

「ここどこぉーーッ?!!!」

 

 地球から遥か彼方、ミッドチルダの一地方。かつてテスタロッサ家が暮らしていた地、アルトセイムにてアイリの絶叫が響いた。

 

 

 

 

「フェイト、私はあなたになんてお願いしたのかしら」

「ジュエルシードを集めてくるように、って……」

「違うわ、フェイト。全然違う。私はね、ジュエルシードを全て集めてくるようにとお願いしたのよ。それで、あなたが今持ってきたのはいくつなのかしら?」

「…………ごめんなさい、母さん」

「あれだけ時間をかけてたったの六つ。これじゃあ母さんも、あなたを誉めるわけにはいかないの。わかるわね、フェイト」

「……はい」

 

 アイリと別れた後、主の間にて報告を行ったフェイトに待っていたものは労いの言葉ではなく、罵倒のそれだった。

 アルフと共に、こんな短時間でジュエルシードを六つも確保したんだから今度こそ誉めてもらえるに違いないと、そう話し合っていた時が遥か昔に思える。

 

 体に鞭が走る。

 鞭とは本来、拷問、調教のために用いられる道具。致命傷を与えること無く、しかしながら最大限の苦痛を与えることができるのが特徴の武器だ。

 その鞭が、母親の手によって容赦なく娘に襲いかかる。

 

「ああああァァアアッッ!!」

 

 声を抑えようとしても悲鳴が止められない。

 そうだ、母はいつも自分に厳しかった。たったこれだけの成果だから、母を失望させてしまった。厳しい母の期待に応えるためには、もっと頑張らないと……。

 

(厳しい? 違う。母さんはとっても優しかった。愛情に満ち溢れていて、私もそんな母さんが大好きで……)

 

 飛びそうになる意識が鞭で打たれる痛みで戻る度に、そんなことを思う。

 

(そうだ、母さんは……ほんとはとても優しいんだ。だから、悪いのは私……。私がもっと頑張らないと……)

 

 フェイトへの体罰は、プレシアの気が晴れるまで続けられた。

 

 

 

 

■ミッドチルダ南部 アルトセイム

 

「これって本格的にまずいんじゃない? 迷子ってレベルを越えてるよ。どう考えても地球じゃないよね。これ帰れなくない? ってかなんで一方通行なの? ちゃんとこっちにも同じ機械置いとこうよ」

 

 アイリはアルトセイムでどうにか帰還の手懸かりがないか探る。遥か上空まで昇った際に、遠くに一軒の山小屋が見えた。

 山小屋があるということは、文明があるということ。人型かはわからないが、知的生命体があるということ。右も左もわからない状況の中、現地住民とのコンタクトに希望をかけてアイリはそこへ向かった。

 

 だが、アイリを待っていたのは無情な答え。遠目にはわからなかったが、近付いてみるとよくわかる。

 

「この小屋は、もう長い間人の手が入ってない……」

 

 外装のあちこちに埃が溜まり、草が戸に絡み付いている。一日や二日ではない。もっと長い間放置された、死に家だった。

 希望を持っていただけに、失望も大きい。少なくとも、上空から見上げた際には付近に人工的な建物は無かった。

 だからどんなに些細な情報でも、ここがどこだか知るためには目の前の小屋を調べる他無かった。

 

 シダをむしり、扉を開ける。

 簡素な外装と同じように、内装もまたシンプルであった。シングルベッドに、机が一つ。ベッドの横に小柄な棚が一つ。もともと人が長期的に住む目的で建てた家ではなさそうだ。

 

 机の上には綺麗な装飾の本が置いてあった。

 側に置いてあるペンを見るに、日記の類いか。中を覗き見るも、自分の知らない言語であり読めなかった。

 

「まぁそうだよね。逆に日本語で書いてあったらビックリだよ」

 

 仕方なしに他のものを探る。

 特に意識もせずに、棚の上で伏せられた写真立てをめくった。なんの気兼ねもなしにやった行為。だが、その行為の結果はアイリに驚愕を与えた。

 

 写っていたのは三人の女性。

 金髪の幼い子供と橙色の髪の少女。

 そして二人を抱きしめる、優しげな笑みの亜麻色の髪の女性。

 

「これは……。小さい頃のフェイトちゃんにアルちゃん? じゃあ一緒に写っているこの人は……一体……誰?」

 

 そこはプレシア=テスタロッサの使い魔であり、フェイトの家庭教師でもあったリニスの眠る地。この時のアイリは、その事を知るよしもなかった。

 

 

 

 

(なのは、ジュエルシードが発動してる!)

(うん。それに……あの子もいるね)

 

 ジュエルシードの気配と、それと戦う魔導師の気配。四度目の邂逅。今度こそ話を聞きたい。

 その為には、示さないと。自分の思いを。自分がただの甘やかされた子供でないことを証明しないと、話を聞いてもらえない。

 

 ジュエルシードは樹木の暴走体という形をとって発動していた。前回と違い、街を壊して回るほどの規模ではない。だが思念体が乗り移り、意思をもって活動していた。

 

 この場にはなのはの他にフェイトがいる。ユーノにアルフだっている。四人の手にかかれば、封印までは一瞬だった。

 前回暴走させてしまった反省を踏まえ、ジュエルシードに直接魔力をぶつけることがないよう距離をとる。

 

「勝った方が手にいれる。それでいい? フェイトちゃん」

「かまわない。君じゃ私には勝てないから……」

「私が勝ったら、きちんとお話ししてもらうからねッ!!」

 

 杖を振りかざし衝突する二人。

 魔力を杖に込め、互いに相手に向かって突撃する。

 

 空を高速移動で飛行し肉薄する。互いの距離が限りなく近くなったその瞬間、全くの予想外の事態が起こる。

 それは第三者の介入。空から閃光のような衝撃が二人の中間に降り注ぎ、中から現れた少年が両側の杖をそれぞれの方向の手で抑え込んだ。

 

「ストップだ。ここでの戦闘は危険すぎる」

「なッ!!」

「……え?」

 

 自分の攻撃が簡単に止められたことに、二人は動揺を隠せない。二人の攻撃を同時にあしらった少年の勧告は続く。

 

「こちら時空管理局執務官、クロノ=ハラオウンだ。二人とも、武器を納めろ。話を聞かせてもらおうか」

「時空管理局! やっと来てくれた!」

「チッ、厄介なのが……」

 

 明らかな格上の風格を現す少年を前に、なのははどうすればいいのかわからなかった。だが、ユーノが喜んでいる姿を見るに味方なのだろう。

 ならば、応戦することなく素直に言うことを聞いておいた方がいい。なのはは言われた通りに杖を下げた。

 

 しかしフェイト陣営は違った。なのはにとって味方ということは、フェイトにとって敵ということだ。

 アルフが死角から攻撃する。

 クロノは難なく防ぐが、その隙にフェイトが拘束から脱け出しジュエルシードに手を伸ばす。

 クロノは即座に対応し、速効性の魔力弾を連射して仕掛ける。ジュエルシードに気をとられていたフェイトは避け切れずに直撃し、墜落した。

 

 追い討ちをかけようとクロノが杖を向けた時に、なのはが動き出した。フェイトの前に立ち、両手を広げて彼女をかばった。

 

「ダメーッ!! 撃たないで!!」

「…ッ。君は……彼女と戦っていたんじゃないのか!」

「そうだけど、違うの!」

 

 少しの躊躇い。その隙にアルフがフェイトを連れて今度こそ逃げ出そうとする。

 

「逃がすか!」

 

 杖を向ける。

 その一振りでアルフは一瞬にしてバインド魔法で拘束された。クロノの杖先に一瞬で魔力が集まり、アルフたちを射線上に捉える。

 

「そんな、速すぎる! せめて……フェイトだけでもッ!!」

 

 その瞬間、周囲一帯の空間が激しくぶれた。

 

「くッ、なんだ一体!」

『クロノ君! 次元転移反応!! なにか来るよ!!』

「なんだって?!」

 

 突如空間に画面が投影され、そこに映る女性がクロノに忠告を行う。

 次の瞬間、クロノの頭上に一人の人間が降ってきた。咄嗟のことで対応できず、降ってきた人間と頭同士をぶつけることになる。

 

「くッ、何が……ッ!!」

「痛ッたーッ!!」

「え? ……アイリ君?」

「アイリ!!」

 

 降ってきたのはアイリアス=バニングス。

 アルトセイムから無事地球に帰ってきた瞬間の出来事であった。

 

 

 

 

「この写真の人は……誰だろう」

 

 写真のフェイトは幸せそうに笑っている。フェイトの家族は母親とアルフと、恐らく姉と。では写真の女性は……。

 とても親密そうだ。誰かはわからないが、彼女もまたフェイトにとって大切な人の一人なのだろう。だが、この山小屋の状況を見るにここの住民はもう……。

 

《Wait...》

 

 誰もいない空間に、自分以外の声が響く。

 

「え、誰?! どこにいるの?!」

 

 辺りを見回すも、やはり誰もいない。

 

《Please look on the shelf, sir》

 

「棚から聞こえる……。もしかして、この宝石? でも何語? 英語のような、違うような。なんとか翻訳してもらえないかな……。確かアルちゃんは地球のことを第97管理外世界って言ってたような。翻訳。変換。search。第97管理外世界。地球。日本。Japan。ヤーパン。OK?」

 

《One moment, please.........now searching.........well...これでどうでしょう?》

 

「おお、すごい! 合ってるよ! それで君はこの金色の宝石ってことでいいんだよね」

《ええ、その通りですよ。私はマイスターリニスに作られたインテリジェントデバイスです》

「インテリジェントデバイス? それにリニスって誰?」

《インテリジェントデバイスとは人工知能を持って持ち主の魔法行使をサポートする魔導具です。そしてマイスターリニスは私を製作してくれた科学者。そちらの写真に写っている亜麻色の髪の女性になります》

「魔導具……。じゃあここはフェイトちゃんがいた世界……。リニスさんはフェイトちゃんとどういう関係? 今どこにいるの?」

《マイスターリニスはフェイト=テスタロッサの魔導の師です。ですがもう、一年以上前にお亡くなりになりました》

「フェイトちゃんの師匠……。でもやっぱりもう……」

 

 フェイトの味方であった女性はもうこの世には居なかった。ある程度は想像できたことだったが、実際に言葉にされるとやはり切ない。

 

《……私を連れていってください。私はマイスターリニスの願いを叶えたいんです》

「リニスさんの願い?」

《マイスターリニスの願い。それは、愛しい生徒たちと意地悪なご主人様に幸せになってもらうことです》

「な、なんだかずいぶん私怨が紛れ込んでいるよーな……」

《ですが事実です。彼女の主人は決して誉められた存在ではありませんでした。それでも、マイスターリニスは最期まで彼女の主人が幸せになってくれることを願っていました》

「あははは……。それでリニスさんのご主人様ってさ、もしかしてだけど、プレシア=テスタロッサって名前だったりする?」

《はい、その通りです。彼女と面識が?》

「直接あるわけじゃないんだけど、間接的にね」

《ならばいい噂は聞かないでしょう》

「あはは、まぁね」

《ですが彼女にも事情があるのです。繰り返しますが、彼女の行動は決して誉められたものではありません。ですがせめて自分だけでも、彼女の味方になりたい。彼女を絶望の運命から救い出したい。それがマイスターリニスの願いでした》

「プレシア=テスタロッサの絶望……」

《机の上の日記をご覧ください。決して見ていい気分のするものではありませんが、真実が綴られています》

「あぁ、あれちょっと読めないんだ。知らない言語でさ。せめて辞書があればいいんだけど……」

《……そういえばあなたは管理外世界出身のようでしたね。ならば、私が翻訳を……。いえ、やはりここはあなたが直接自分で知るべきでしょう。学習ツールを渡しますからミッドの言語を習得してください。マルチタスクを使えばそこまで時間はかからないでしょう》

 

 そう言うと、金色の宝石は日記を自身の中に収納した。

 物理法則を無視した現象に今更驚いたりはしない。アイリ自身も似たりよったりなことが出来るのだから。

 

「まぁ、自分で読めるに越したことはないんだけど……マルチタスクってなに?」

《……それだけの魔力を秘めながらマルチタスクも知らないとは、あなたは一体……。そもそも、管理外世界の住人のようですがなぜミッドチルダに?》

「……どうやら情報の摺り合わせが必要みたいだね……」

 

 

 そうして、アイリはその場で一通りの情報交換を行った。

 

《あなたは私たちの魔法については完全に初心者だったのですね。それで事故でこの地にやって来たと》

「うん。今度アルちゃんに会ったら文句を言いまくってあげないと」

《……できればお手柔らかにお願いします。こちらの魔法は私が教えていきましょう。そちらの魔法についても、私は魔力運用の補助として役立てるはずです》

「ありがとね。えーと」

《私の名前は……、いえ、出来れば名付けをお願い致します》

「え、僕が? 急に言われてもなぁ……」

《私は武器にもなれますよ》

「武器……。今使ってる剣があるんだけどさ、それと一体化できたりする?」

《剣ですか……、恐らくですが領域を重ね合わせることは可能でしょう》

「そっか、じゃあ決まりだ。君の名前はセリス。Save the Queen with Rynith……よろしくね、セリス」

《セリス……了解しました。以後、よろしくお願いしますね、マスターアイリ》

「うん、こちらこそ!」

 

 

「でもどうやって地球に戻ればいいんだろ」

《マスターは移動魔法を習得していないんですか? 確かに高度な魔法ですが、単独行動をするならば何かしらの補助魔法の習得をしておくことをお勧めしますよ》

「いや、だから迷子なんだってば。移動魔法は覚えてるんだけど、転移先がわからないからどうにもならないよ」

《どうやらマスターはだいぶ優秀なようですね。転移先……姉妹機のバルディッシュの所在ならわかります。そこならどうでしょう》

「バルディッシュ……。聞いたことないなあ」

《フェイトのデバイスです。フェイトの近くに跳べば問題が解決するのではないですか》

「それだ! 魔法の行使は僕が行うから、座標指定をお願い!」

《了解です》

 

 意識を集中して魔力陣を構築する。デバイスのサポートはアイリの魔力運用をはるかに容易にさせた。

 

(すごい……全然負担にならない。これならいくらでも魔法が使えるかも……)

 

 ――行方知らぬ風たちよ

 汝を天高く舞いあげ運び去らん

 平行の空なす回廊へ――

 

『ダテレポ!!』

 

 

 

 

■海鳴海浜公園付近

 

「アイリ君……なんで……。まさかアイリ君も魔法使いになっちゃったの?!」

「なのちゃんには……、いや、なのちゃんとユーノには後でたっぷり話を聞かせてもらうから」

「ぼ、僕の事がばれてる……」

 

 突然の知り合いの出現になのはたちは慌てた。

 それに対して冷静に見えたアイリだったが、実はアイリも動揺していた。フェイトの側に跳んだはずなのに、目の前にはなのはたちがいたり、夢で見たクロノがいたり、アルフが何やら魔力で拘束されていたりと状況がよくわからない。

 以前なのはとフェイトが対立していたことからその延長とも思えるが、なのははフェイトたちに背を向けてクロノと対立している。

 

「これ、どういう状況?」

「今だ、逃げるよフェイト!」

「させるかッ!」

 

 状況を把握しようとするアイリの傍らで、アルフたちが動き出す。アルフが力任せにバインドを破り、フェイトを連れて逃げだす。クロノは今度こそ魔力弾を放ち、背を向けるアルフを攻撃する。

 アイリは状況がわからない。だがフェイトたちを攻撃させるわけにはいかなかった。

 

「闇を返す光よ……リフレク!」

 

 即座に二人との間に魔力壁を張る。二人に直撃するはずだった攻撃は、しかし、そのままクロノへと跳ね返っていく。

 

「反射だって?!」

 

 急いで追撃に用意していた弾で相殺する。その隙に二人は今度こそ逃げ出した。

 

「追跡! 急いで!」

『ダメ! 複数回転移してるし、痕跡も消されてる。逃げられちゃう!』

 

 クロノは急いで画面の向こうの女性に指示を出すも、その答えは芳しくない。

 

「まぁいい……。少なくとも一組は残ってる。彼女から詳細を聞こう」

 

 そう言い、クロノはなのはへと向き直る。

 その後、アイリに顔を向け問いかける。

 

「だがその前に……君は何故邪魔をした。これは立派な捜査妨害だ。それだけの魔法技術を持ちながら犯罪行為に手を貸す気か」

 

 アイリにはクロノの言葉が理解できない。アイリにわかるのは、クロノがなのはと親しくしていたということ。そしてフェイトとアルフに杖を向けていたということだけだ。

 

「捜査だ妨害だとかよくわかんないけど、いい年して魔法だなんだって言い出すのはどうかと思うよ。それに、女の子に暴力奮って正義気取りのつもり?」

 

 そう言って剣先をクロノに向ける。

 

「何を呆けているつもりかは知らないが、僕は時空管理局執務官でさっきの二人は重要参考人だ。それに正義をうたっているわけじゃない。正しくあろうとしているだけだ」

 

 返して杖先をアイリに向ける。

 

「わけの分かんない肩書をだらだらと……、中二病にはまだ早いんじゃないの? クロノ君だっけ。僕は君に言いたいことが沢山あったんだけど……。とりあえず、一発殴らせろーッ!」

 

 クロノに向かって剣を振りかざす。

 セリスの補助によって非殺傷設定を組み込まれたことから、致命傷を避けるといったことをせず思い切り剣を振るえた。

 

 クロノは杖で受けつつも、力で押されていく。

 

「殴るどころか斬りかかってきてるじゃないか! それに君の方こそ言ってることが意味不明だ!」

「うるさい! 君に対する恨み辛みが積み重なってるんだよ! これはアルちゃんの分! これはフェイトちゃんの分! これはなのちゃんの分!! そしてこれは兄さんの分!!」

「誰だ?! 明らかに数が多いだろ!」

 

 クロノは連撃にはじかれて吹き飛ばされる。

 その勢いのまま、空中へと退避する。空中に移動したクロノに、アイリの追撃の手が止まない。

 

「星よ……彼の頭上へ降り注げ! メテオレインーッ!」

 

 燃え盛る巨石がクロノの上空に現れ、超特急で降り注ぐ。クロノはとっさに多重魔力障壁を展開して防ぐが、威力に押され一撃ごとに地上へと押し返される。

 何枚か破壊されたところで追撃が止んだ。

 

「君だって魔法を使ってるじゃないか!」

「これは剣技だッ! 御神の剣士の亜流の技だッ!」

 

 絶対嘘だ。横で見ていたなのはは思った。今まで自分の家族がそんな不思議技を使ったところを見たことがない。

 

 クロノは今一度アイリを観察する。

 行動はともかく、発言は明らかに管理世界の住人のそれではない。

 

「まさか本当に現地住民なのか? 魔法文化はないと聞いたが……例外か。思惑は知らないが、無力化させてもらう。ストラグルバインド!」

 

 地面から青色の魔力鞭がアイリに巻きつき、その行動を厳重に封じる。

 

「うわ、何これ?! 動けない?!」

 

 手足の動きを完全に封じられたアイリは、しかし戦う意思を止めない。

 

「悪いけど拘束させてもらう。君にも聞きたいことがいくつかある」

 

 クロノは杖をカードに戻し、戦闘態勢を解除した。

 クロノは油断していた。バインドで拘束したからもう大丈夫だろうと。アイリの眼光はまだ死んでいなかったというのに……。

 

 ――人が為した陰ならば

 陽で治せぬ道理無し! 病は気から!

 

『気孔術!!』

 

 アイリの体を中心に白く光輝いたと思ったら、体を拘束していたバインドが消滅していた。

 

「なんだって?!」

 

 アイリは続けて攻撃に移る。

 戦闘態勢を崩していたクロノは一歩出遅れる。

 

「これは、これは……! なのちゃんと君の甘い空気をたっぷりと見せつけられたこの僕の分だーッ!!」

 

 剣を振りかぶり、技を放つ。

 

 ――天の願いを胸に刻んで……心頭滅却!

 

『聖光爆裂破ーッ!』

 

「何のことだああああっー!!」

 

 空から降り注ぐ極光がクロノを包み込む。

 見に覚えのないことだとか、全然心頭滅却してないじゃないだとか、様々な思いを胸にしながらも直撃を受け大ダメージを負う。

 

 クロノはフラつく体を杖を取り出して支えた。

 

「くっ、言ってることは意味不明なのに強い……」

 頭の中で戦闘シミュレーションを行う。

 この少年は強い。もしかすると取り押さえられないかもしれない。

 確実性を期すためにアースラに増援を頼むことが頭によぎる。

 

 一方、アイリはヤル気満々であった。

 

「そしてこれも! 大切な妹分を取られたこの僕の――」

 

 ゴンッ!!

 

 その時、場の空気にそぐわぬ音が聞こえた。

 何か、硬い鈍器で頭を殴り付けたかのような音だった。

 

 ……バタン。

 剣を構えた姿勢のまま、アイリが地面に倒れる。その背後には、笑顔でレイジングハートを振りかぶった姿勢のなのはがいた。

 

「アイリ君が迷惑をかけてすみません」

 

 言葉は丁寧だが、何故か目が笑っていない。ユーノはなのはの笑顔を引きつった顔で眺めていた。

 

「あ、いや……協力感謝する。こちらこそろくな説明もなしに済まない」

 

 その後、出るタイミングを見計らっていたのだろう、空間にモニターが現れた。そこに映った緑髪の女性が言葉を続ける。

 

『お二人とも、事情を聞かせてもらいたいから一旦こちらに来てもらえないかしら? えと、そこで伸びてる子も一緒に……。クロノ執務官、案内をお願いしますね』

「了解です、艦長。二人とも聞いた通りだ。悪いようにはしない。ついてきてもらえるか」

「あ、はい」

「僕も問題ありません」

 

 なのはは思う。何やらよく分からない展開になってきたと。三人目の魔法使いに、不思議な技を使う友達。それに怪しげな組織まで登場してきた。

 だが、そんなことは今のなのはの中ではわりと些細なことだった。

 

(アイリ君の誤解をなんとしても解かなくちゃ……)

 

 不屈の少女は挫けない。




アイリ君ついにデバイスを入手。
ここら辺から他の魔法とかから引っ張ってきたりするインチキ詠唱が始まります。
だってテレポとかムーブアビリティだし……。
リミット技とか気孔術とか詠唱無いんだもの……。
詠唱こそがFFTの醍醐味だというのに……。


夢の中のINNOCENTは公式設定の完全平和な平行世界です。
ロストロギアとか、世界の危機とかはありません。

ちなみに前回の夢はリリカルおもちゃ箱です。
クロノ君がヒロインのゲーム原作です。


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第十二話『残された思い』

一度目の夢はStrikers前に起こるクロノ君の結婚式。
二度目の夢はおもちゃ箱でのクロノ君。



「おめでとう!」

「おめでとう! 二人とも!」

 

 ここは教会か。平素なら厳かな雰囲気を漂わせているだろう空間も、今は祝福の言葉で包まれている。

 

「本当に……立派になったわねクロノ。お母さんは嬉しいわぁ」

「お幸せに。お兄ちゃん」

 

 緑髪の女性リンディ=ハラオウンと、金髪の少女フェイト=テスタロッサが賛辞を送る。

 答えるのは長身の男性。緊張と照れを隠すためか、少し顔に力が入っている。

 

「ありがとう。二人とも……」

 

 傍らには一人の女性がいる。その女性が、長身の男性クロノ=ハーヴェイの伴侶なのだろう。その顔は、ヴェールに包まれていて見ることができない。

 

(ん……? 突っ込みどころが満載なんだけど……。とりあえずなんでこの三人が家族なの? みんなファミリーネーム違くない?)

 

「さぁ、みんなへのお披露目だ。行こう」

「うん、分かったよ。クロノ君」

 

(クロノ君がいるってことは……その相手はもしかしなくても……)

 

 アイリは横の女性について意識を向ける。想像通りなら、その女性は自分が良く知る相手。自分の家族同然の少女。

 

 クロノは女性の手を取り、花道へと進みだす。

 風で捲れたヴェールから見えた横顔は、幸せに包まれた茶髪の女性。

 

「これからもずっと、よろしく頼む。エイミィ」

 

 

第十二話『残された思い』

 

 

「誰だあああぁぁぁああッッ!!!!」

 

 アイリは絶叫を上げて飛び起きた。

 

「にゃああああっ!!」

 

 つられてアイリの看病をしていたなのはも叫ぶ。

 傍には他にも複数人いた。床は畳で、今の自分は布団の中。その割には傍に鹿威しがあったり、桜の木が埋まってたりとわりと景色が崩壊していた。

 ここは次元航行船アースラの一室。アースラの責任者と、現地での関係者がこの一室に集結していた。

 意識を取り戻したアイリにクロノが話しかける。

 

「起きたか……。君のことは大体彼女から聞いた。現地住民ということも調べが付いている。だが……その宝石はデバイスじゃないのか。一体どこで手に入れた?」

「…………この二股男」

 

 襲われたことを水に流して問いかけてきたクロノに対して、アイリの返答は辛辣だった。

 まだ意識が夢の中から戻ってきたばかりであり、先ほどの光景が脳裏に焼き付いていたためである。

 

「あらあら……。そうなの? クロノ」

「クロノ君って意外とやり手だったんだねー」

 

 傍にいた緑髪の女性リンディ=ハラオウンと、茶髪の女性エイミィ=リミエッタは面白い話を聞いたとばかりにクロノをからかう。

 その声を聞いたアイリは、二人に目をやった。そして、そのうちの一人の女性が、夢の中よりも大分若い様子ではあったがクロノと共にいた女性であったことに気づく。

 

「あッ! あなたは……」

 

 始めは驚いた風だったが、すぐなんとも言えない表情を向ける。クロノの横にいる姿を見ていられなくて、顔をそらす。

 

「え、何その反応ー?! あたし?! その一人ってあたしなの?!」

 

 エイミィはたまらず叫んだ。

 

「違う! 冤罪だ! 名誉毀損だ! 僕はそんなことはしていない!」

「あ、私も違う! 私クロノ君と付き合ってなんかいないよ!」

「あらあらクロノ、修羅場なのね。お母さんは悲しいわぁ」

「母さん、だから違うとッ!! 君も適当なことを言って話を反らすな! そのデバイスはどうしたかと聞いてるんだ!」

 

 

 一騒動落ち着いた後に、クロノが話をまとめる。

 

「つまり君は次元震の影響で空間転移して異空間に漂流していたが、そのデバイスと出会いこの世界に戻ってくることができたと、少し信じがたいがそういう事だな」

「次元震っていうのはよく分からないけど、空間の歪みみたいなのの事を指してるのならその通りだよ」

「確かに昨日の次元震の影響なら辻褄が合うよ。そのデバイスについては本人から詳しく話を聞ければいいんだけど……」

《私はマイスターに作られたあとずっと放逐されていたデバイスです。残念ながら何の情報提供もできそうにありません》

「その製作者っていうのは誰なんだ」

《残念ながらそのデータもありません。最低限のデータと魔法のみが登録されている状態です》

 

 その返答を前に、クロノは顔をしかめる。

 結局は何も分からないということだ。

 

「それにしても……、アイリ君は強いわねぇ。うちのクロノと競り合えるんだもの。今14歳なのよね。どう? うちに就職する気はないかしら」

「いや、正直時空管理局っていうのもよく分からないんでなんとも……。というかぶっちゃけ、あなたたちはなんで地球にいるんですか?」

「あら、そうだったわね。なのはさんたちには説明したんだけど、あなたには忘れてたわ」

「そうだ、なのちゃんだ! なのちゃんにはたっぷりとお話やら説教が……」

 

 その言葉を聞いてアイリはなのはを見る。なのはと、その横にいる少年を見る。今まで気にならなかったが、この少年とどこかで会わなかっただろうか。

 何かとても大事な場面で会った気がする。

 じっと見つめてみるも、分からない。

 

 アイリの視線に気付いた少年が声をあげた。

 

「あ、僕は……。えと、はじめましてじゃないんですが、ユーノです。ユーノ=スクライアです」

 

 ――どうして……

 

 何か、どこかで聞いたことのあるような声じゃないだろうか。

 

 ――ねぇ、どうして?

 

 会った記憶は無いはずなのに、その声が耳を離れない。

 

 ――どうして…………助けてくれなかったの?

 

 そうだ。この少年は、自分に取り憑いていた――。

 

「きゅ~」

 

 その事実に気付いた時、アイリは目を回して倒れた。

 

「ちょっ、なんで?! 気絶してるー!!」

「ユーノ君何したの?!」

「し、知らないよ!」

「…………ふう、続きは起きてからだな」

「仕方ないわね。とりあえずなのはさんたちだけでも先に送っときましょうか。さっきも言った通り、一晩じっくり考えてみてね」

「あ、でもアイリ君が……」

「彼も後で帰すから心配はいらない。とりあえず君たちだけでも帰るといい。僕が送ろう」

「はい……」

 

 

 なのはとユーノは海鳴へと戻る。

 ジュエルシード集めは時空管理局が行うから、今までの日常に戻るようにと、そう言われてしまった。それでいいんだろうか。自分の街の事なのに、自分が始めたことなのに。

 

 なのはは、ここで行動を止めたくなかった。

 

 それに、ジュエルシード集めをやめるとフェイトに会えなくなる。

 あの子と分かり合えないままは嫌だ。

 ならば――答えは決まっている。

 

 なのははその日のうちにユーノに自分の想いを、これからどうしたいかを打ち明けた。

 

 

 

 

「うぅ……、ごめんなさいごめんなさい……。成仏してぇ」

 

「艦長……、なんかアイリ君うなされてますよ?」

「成仏ってどういう意味だったかしら」

「確か、死者が現世から天の国に向かう事だったと思います」

「じゃあユーノ君は実は死者だったのかしら。なら無念はジュエルシードを集められなかったことね」

「母さん、縁起でもないことを言わないでくれ」

 

 残されたアースラスタッフは好き勝手話していた。

 

「ダメだよ。クロノ。そんなのってないよ……」

 

「あ、クロノ君が出てきたみたいだよ」

「なんでこの子の夢に僕が出てくるんだ……。そしてなんで微妙に親しげなんだ……」

 

「クロノ、そんなのダメだ! 僕は、君にならなのちゃんを任せられるって思ってたのに……」

 

「おぉ、クロノ君高評価だよ」

「いや、だから……」

「高評価というか、振り切ってないかしら」

「いや、だから夢の中の僕は一体どうなってるんだ……」

 

「く、クロノ裏切ったな! 僕と低身長同盟を組んでたのに……。しばらく会わなかったらそんなにおっきくなって……」

 

「おぉ、よくわかんないけど時間が跳んだ」

「よかったわねぇ、クロノ。夢の中だけど背が大きくなって」

「母さん、別に僕は背が低いことを気にしたりなんて……」

 

「よかったね、なのちゃん。クロノがずっと一緒にいてくれるって! あれ、なのちゃんなんでそんなに顔を赤らめてるの? ん、なにその首下にたくさんついてる赤い痕は。え、どういう事? ちょっと待って。それってキスマー…… く…………クロノーーッ!!」

 

 ガバッ!

 アイリは布団から飛び起きて叫ぶ。

 

「クロノーーッ!!」

 

 その夢の内容はよく分からなかったが、アイリがどんな心境かは改めて聞くまでもない。

 

「……ん、ここはどこ? なんか非常に重要な夢を見ていたような……」

 

 周囲を見回すも、見慣れぬ光景。

 アイリが混乱している間に、リンディが話をしだした。

 

「起きたのね、アイリ君。それで私たちがいる理由なんだけど……」

「あ、リンディさん……。あれ? 大きい?」

「大きいって……何を言ってるんだ君は」

「へ? クロノ? あれ……小さい? …………ああっ! えと、何でも無いです!」

「何でもないならいいんだが……」

「でもなんかクロノに何か言わなくちゃいけなかった気がするような……」

「何でもないならいいんだが!」

「うーん」

「……話を戻していいかしら」

 

 

「なるほど。イデア……じゃなかった、ジュエルシードを回収、管理するために来たんですね」

「あぁ、あれは危険なものなんだ。高町なのはたちにも説明はしてある。あとは僕たちが責任をもって回収にあたると」

 

(となると、フェイトちゃんたちとは完全に敵対関係の組織になるわけか)

 

 アイリは情報を集約して、要点を摘み取る。

 

「それで、あの時逃げたもう一組の魔導士について知っているかしら」

「…………知らないです。というか、なのちゃんが魔法使いだったことも知らなかったです。なのちゃんが魔法少女だったなんて……。っていうか魔法使いって地球上では一応空想の中の話なんですけど」

「君だって魔法を使っていただろ」

「あれは剣技だって言ったじゃん」

「納得できるか! それにその前にも転移魔法やら反射魔法やらを使っていただろうが!」

「…………てへ」

「君ってやつはーッ!!」

 

 真面目に話しているなかでおちゃらけてくるアイリにクロノは怒声をあげる。

 

「大体なんで君は僕に対してやたら親しげなんだ!」

「え、あれ? そういえばなんでだろ。……あー、君がなのちゃんの彼氏だからかな。なのちゃんが君の事信頼してるし、一応信頼できそうな人物だからだよ」

「おー、やっぱりクロノ君高評価だね。でもいつの間になのはちゃんと付き合ったの?」

「だ、だから誤解だ!」

「でもあの子クロノ君の好みそうな子だよね~」

「エイミィ~、怒るぞ」

 

 そのクロノたちの様子からは、ごまかしのような気配はない。本当に身に覚えが無さそうだった。

 

(あ、これ何時もの全然関係ないパターンかも……。なのちゃんのことでテンパってて早とちりしたけど、未来とかいうレベルじゃなくて全然関係ないやつだ)

 

 今までの勘違いを思い起こし、アイリは冷や汗を流した。

 

「あ、なのちゃんの件はちょっと無視しておいて! でもクロノの事多分信頼してるから! クロノの事勝手に名前で呼ばせてもらうから僕の事もアイリって呼んでね!」

「はぁ……、分かった。よろしく頼む、アイリ」

 

 疲れきった表情のクロノ。一方で同年代の友達ができて嬉しそうな表情のアイリ。

 並べてみると対照的な図となった。

 

「それはそうと、ジュエルシードの捜索は時空管理局が行うから後は任せてくれ。万が一見かけたら僕たちにすぐ連絡してほしい」

「あー……うん。分かったよ」

「あら、あなたはあっさり引き下がるのね。なのはさんたちは色々と食い下がってきたんだけど」

「うーん、まぁ正直全然実感がわかないですし。僕にできることも無いですしね」

「まぁ、なんだ。実際その通りだ。対象がロストロギアである以上素人が手を出すべきじゃない」

「なら、一応連絡先だけ交換しとこっか」

 

 アイリは教えられた番号を携帯に登録する。

 電波やら番号やらどうなっているのか不思議だったが、アースラスタッフによって魔法式を打ち込まれたら解決した。携帯会社に喧嘩を売っている技術である。

 

「じゃあ海鳴に戻るのは自分のデバイスで出来るから! ジュエルシード集め頑張ってね~」

「ああ、ってちょっと待て。一応繋がるか試しておこう。今そちらの携帯にかける」

 

 ルルルルル……

 

「おー、かかった! 着信相手は……クロノ=ハーヴェイ。うん、間違いないね。じゃあ、今度こそさよならー!」

 

 そう言ってアイリは消えていった。

 だがその台詞は、クロノにとっては聞き逃せないものだった。

 自身の名前の言い間違い。だがその名前を、目の前の少年が知っているわけがなかった。

 

「なっ?! ちょっと待て!!」

 

 クロノの言葉は消えていった背中には届かなかった。

 

 

 

 

「あらあら、あの子クロノの名前間違えて覚えていっちゃったわね」

 

 リンディの軽く呟いた言葉に、しかしクロノもエイミィも後に続かない。

 

「…………そういえばさ、クロノ君……あの子に自己紹介ってしたっけ?」

「…………よくよく考えてみると、していないな」 

 

 二人の雰囲気にリンディは疑問を覚えた。

 

「あら? 何か聞いたことのある名前だったのかしら?」

「クロノ=ハーヴェイは……クロノ君が時々使ってる偽名の一つです……。クロノ君、あの星に行って使ったことある?」

「……一度だけある。数年前に、グレアム提督の国に行った際だ」

「なら、その時に会ってたりしたのかしら?」

「いや、そんなはずは……。ゼロではないが、少なくとも記憶にはないです」

 

 微かな不信感が三人を包む。

 アイリについて今一度意識を巡らす。

 アイリの人間性には問題が無さそうではあった。そして今まで魔法に関わっていないながらも、その内に秘める魔力量は決して少なくない。むしろ、かなり上位に位置するのではないだろうか。

 あのデバイスについては謎だが、出会い方についてはおかしい点は見当たらない。高町なのはの証言もある。先日初めて魔法に触れたというのは本当だろう。

 総合的に判断して、今回の事件に関与している可能性は非常に低い。

 

「まぁ多少不審な点はあるが、彼がこちらにコンタクトをとらない限りもう出会うこともないだろう」

「…………そうかしら」

 

 そうまとめたクロノだが、リンディが口を挟んだ。

 

「何か気になる点でも?」

「少なくとも一つ。あの子は嘘をついているわ」

「え……嘘、ですか?」

「嘘………………なるほど、確かにそうだ。少し怪しいな」

「クロノ君分かったの?」

「あぁ、さっきの質問でアイリはあの黒衣の魔導士たちを知らないと言った。だがそれはおかしい」

「そう? なのはちゃんもよく知らないって言ってたしおかしくないんじゃない?」

「いや、彼女が知らなかったとしてもアイリは知り合いだったはずだ。彼が転送してきた時、あのオレンジの狼の使い魔は確かにアイリの名前を呼んだ」

 

 クロノに言われて、エイミィもその事実に気付く。

 

「あーっ! 確かにー!! あれ、それってどういう事?」

「アイリはジュエルシードの事を知らずに、あの二人組と個人的に知り合いだったか、もしくはあの二人がジュエルシードを集めていることを既に知っていたのか……。どちらにせよ、僕たちの事を完全に信用しているわけではなさそうだ」

「まぁ、現地住民からしたら怪しすぎる話だものねぇ」

「へー、素直そうな子だったけど、案外そういうとこはしっかりしてたんだね~」

 

 アイリに対する警戒を一段階上げる。

 唯の一般人なら何の警戒もすることは無いのだが、

アイリは自称剣技とやらでアースラの主戦力であるクロノと接戦してみせた。

 魔法についてはあまり知らないようであったが、力を持っているということはそれだけで警戒の対象となる。目的が分からないのなら尚更である。

 もしかしたらまた遭遇するかもしれない。願わくばその時の関係がいいものである事を。クロノはアイリが消えていった空間を眺めながらそう思った。

 

 

 その夜、なのはとユーノは時空管理局アースラに自分たちもジュエルシードの回収に協力させて欲しいと願い出る。

 自分たちの戦力を売り込むなのはたちと、ジュエルシードを狙う敵対者に備えて戦力強化をしたいアースラの思惑は合致し、その願いは受け入れられる。

 

 なのははその後、アースラに直接乗り込み十日間程ジュエルシード集めに集中することになる。

 その成果はジュエルシードNo.ⅧとⅨの二個。同期間でフェイトの集めたであろうジュエルシードはNo.ⅡとⅤの二個。

 地上はもう十分に調べつくされたと言える。となると、残りの六個はおそらく海の中。

 最後のジュエルシードを巡って、二組の衝突の時は近い。

 

 

 

 

 アースラから帰還した次の日、なのはに話を聞こうと高町家に向かったアイリだったが、なのは不在の連絡を受ける。何でもやりたいことがあるから泊まり込みで出かけているらしい。

 そう告げる桃子の言葉に、アイリは納得がいかなかった。

 

「だからって泊まり込みでどっか行くなんて危ないよ。師匠や兄さんは了承してるの?」

「無理矢理納得させたの。なのはの事は心配でたまらないけど、あの子が自分で決めた事だもの。応援してあげないとね」

 

(多分行き先は時空管理局かな……。やりたい事ってジュエルシード探し? 責任感の強い子だとは思ってたけど、全然分からない怪しげな組織に飛び込んでいくなんて……。多分クロノとかリンディさんはいい人だと思うんだけど、だからってなぁ)

 

 クロノから、ユーノが夢に出てきた民族衣装の男の子であること、ユーノがジュエルシードを事故でばら蒔いて、それを回収するためになのはが飛び回っていたことを聞いたため、ジュエルシード集めを途中で止めるのが嫌だったのだろうとあたりをつける。

 

 なのはには暫く会えなそうである。もう一組の探索者、フェイトに会うべくマンションに行っても外出中であった。ちなみに部屋の鍵は開けっ放しで不用心極まりなかった。

 何か事件が起こりそうな気がしてならないのに、誰とも連絡がとれないのは嫌な感じである。

 自分に他に出来ることといったら、セリスに習った魔法の練習か、ミッドチルダの言語の修得か。

 習いたての分割思考魔法のマルチタスクを駆使して、言語の修得に力をいれる他無かった。

 気になるのはやはりあの遺された日記。同封された手紙は、どうやらフェイト宛らしいことだけは分かった。

 しかし、セリスは決して気持ちのいい内容ではないと言った。フェイトに関する事なだけに、出来るだけ早く知りたくもあり、知らないままでいたくもある。それでも、恐らく自分は知らなくてはいけない。知らなかったら後悔する。そんな予感がした。

 

 一週間以上かけてそれを解読した結果、アイリは残酷な真実を知ることになる。そして悩んだ末、一つの重大な決断をすることとなる。

 

 

 

 

■リニスの日記、一部抜粋

 

 

 ――これはプレシア=テスタロッサの使い魔である私、リニスの想いを綴った記録です。これを誰かが読んでいる時には、恐らく私はこの世にいないでしょう。これを読んでいる貴方、どうか私の主人と生徒たちを悲しみの連鎖から解き放って下さい。しがない山猫の、最期の願いです――

 

 

○月δ日

 

 フェイトは本当に優秀な生徒です。出来ることならば急ごしらえの戦闘訓練などでなく、基礎からじっくりと教え込みたい。あの子は成長すればプレシアの娘としての名に相応しい魔導士になるでしょう。アルフもフェイトの支援をしようと補助魔法の修得に力をいれています。拾った時はあんなに小さかったのに、こんなに大きくなって……時間の流れを感じますね。

 フェイトもアルフも本当にいい子です。だから、この子の家族で問題があるのは母親の方。

 プレシアがなぜフェイトを拒むのか、私には分かりません。ですが、親子の関係がこんなに冷えきったものだなんて悲し過ぎます。どうにかして仲良くなってもらいたい。

 

 

○月φ日

 

 プレシアの様子を見に行った際に、彼女が吐血しているところを目撃してしまった。普段から体調が悪い様子でしたが、まさかそんなに体を壊していたなんて……。

 こっそり血液のサンプルを採取させてもらいました。付近の医者に見せてみようと思います。できれば本人に行ってもらいたいんですが、プレシアは決して研究以外に時間を割かないでしょう。何もないといいんですが……。

 

 

×月π日

 

 何て事でしょう……。プレシアの研究室の奥でとんでもないものを見てしまいました。あれは……ポッドの中で浮かんでいるフェイトに似た少女は……。

 アリシアとは誰ですか、プレシア。なぜその名前をそんなに愛おしそうに呼ぶのですか。

 それに、今まで気にしていませんでしたが……貴女はそこまで身を削って……一体何の研究をしているのですか?

 

 

×月γ日

 

 プレシアと口論した回数は数知れませんが、これ程大きなものは無かったでしょう。

 プレシアが行っていたのは禁断の研究、死者蘇生。フェイトもその研究の一端として産み出されたアリシアのクローン。フェイトの持っている記憶も……アリシアの記憶を転写したもの。

 私も、アリシアが飼っていた山猫をベースにした使い魔みたいです。

 フェイトにとってのプレシアは優しかった母親である一方、プレシアにとってのフェイトは……アリシアになれなかった出来損ないでしか無かったようです。

 死者蘇生など不可能であること、フェイトもアリシアとは違ってもプレシアの大切な娘であること、いくら話しても受け入れてもらえませんでした。

 戻れない過去を目指しても、誰も幸せになどなれないというのに……。

 

 

×月μ日

 

 プレシアの容態について、医者に診断結果を聞きに行きました。

 その結果は、重度の肺血腫。全身に転移している可能性があり、今すぐ集中治療しても二年後の生存確率は10%以下であるとの事。

 悪い話は続くとはよく言ったものです。プレシアが研究を急いでいたのは、自分の死期を悟っていたからかもしれません。だとしたら、アリシアと再会することがプレシアの最期の望みだとしたら……私はそれを妨害できるのでしょうか。私は、何をすべきなのでしょうか。

 

 

△月ν日

 

 分からない。

 フェイトに真実を打ち明けて、ここから連れ出しても私の命は長くない。もともと、フェイトを一人前にするまでがプレシアとの契約です。契約が切れて魔力供給が無くなったら私は消える。プレシアから離れては、その僅かな期間もフェイトを支え続けることはできない。フェイトは悲しい真実を知ってしまうし、プレシアから離れるのも辛いでしょう。それに、プレシアは最後まで運命に裏切られたままになってしまう。

 プレシアに賛同して、研究を続けさせてもフェイトの未来は暗い。フェイトとアルフはきっと不幸になる。それは研究が成功しようと失敗しようと変わりません。あの子にプレシアが振り向いてくれることは、決して訪れない。

 そして今こうして悩んでいる間にも、私を維持するためにプレシアは寿命を削っていっている。本当に、どうすればいいのでしょうか。悩んでも、悩んでも、いくら悩んでも分からない。

 

 

△月τ日

 

 私は、プレシアを裏切れない。あの人には幸せになって欲しい。でもそれは恐らく叶わぬ願い。そしたら、私はフェイトに何をしてあげられるのでしょうか。

 今日あの子にいつか友人を作るといいと話したら、「友達はいらない」という返事が返ってきました。私とアルフがいれば友達はいらないと言うフェイトに、私が消えるという残酷な真実を告げられませんでした。なぜあの子があんなに寂しい瞳をしなくてはいけないのでしょうか。あんなに優しくて、がんばり屋で、家族思いのフェイトをあんな顔にさせたのは……やはり今の環境がおかしいからでしょう。私は……フェイトに言葉を返せませんでした。必死で心を殺している頑張っているあの子を、邪魔していいものか分からなかったから……。

 ……言い訳ですね。でも、それでもどうかあなたに、いつかあなたにも、嬉しい時に一緒に笑って、悲しい時に一緒に悲しんで、同じ速度で一緒になって歩いてくれる、まっすぐに向き合ってくれるような、優しい友達が……できるといいと願っています。

 

 

□月κ日

 

 せめて私がフェイトにしてあげられることは、残された時間であの子に強さを教えること。あの子がつらい運命に少しでも立ち向かえるように、少しでも良い未来に進めるように。

 あの子を少しでも支えてくれるよう、デバイスを念入りに調整しましょう。お願いします、バルディッシュ、そしてアルフ。どうか、これから来るフェイトの絶望を、少しでも和らげて下さい……。

 もう本当に時間がありません。フェイトはもうほぼ一人前、バルディッシュももうすぐで完成。バルディッシュが完成したら、その時が私が彼女たちの前から消えるときでしょう。

 それまでに、どんな些細なことでも、フェイトのためになることをしなくては。プレシアを、プレシアに、幸せになってもらえるようなことを、しなくては……。

 

 

□月α日

 

 今日はフェイトが一人前になった記念すべき日です。それと同時に、私が彼女たちの前から姿を消す日でもあります。

 結局、今日までプレシアの考えを変えることは出来ませんでした。プレシアのフェイトに対する態度は冷たいまま。だけど、プレシア。私の意地っ張りなご主人様。

 あなたはフェイトを結局娘として認めてはくれませんでしたね。でも、気付いていますか? あなたは認めまいと必死だったことを。

 フェイトの笑顔を見るたびに、フェイトの優しさに触れるたびに、フェイトの一生懸命な愛情を見るたびに、あなたは揺れていたはずです。だから必死に自分から遠ざけているのでしょう? だから必死に――あの子につらくあたっているのでしょう?

 

 私のプレシアとの契約の対価は、フェイトと一緒に食事をして、一日だけでも、フェイトに優しく接することにしてもらいましょう。せめて私が消える最後の記憶だけでも、二人には本当の家族のように……。できることならば、私がいなくなることでフェイトとプレシアの距離が少しでも近づいて、本当の親子になってくれれば。どんな形でもいいから、皆が少しでも幸せで、笑顔になれるような未来を……。

 

 バルディッシュの残ったパーツで私のデバイスにAIを組み込みました。私が消えた後に、誰かに私の想いを伝えてもらうために。出来ることならば、フェイトを知っている人に想いを託したい。時の庭園の転移ゲートに細工をさせてもらいましょう。プレシアと、フェイトとアルフ以外の誰かが利用したらここに跳ぶように。

 全てが終わってしまう前に誰かがこの本を手にすることを願っています。

 

 もう私には祈ることすらできません。

 それでも、願わずにはいられない。

 あぁ、愛しいフェイト、かわいいアルフ、そして意地悪で偏屈で、ちっとも優しくない私のご主人様。どうか、どうか幸せに……。

 

 それだけが、私の心残りです。

 これを読んでいる誰か、押しつけがましい話ということは分かっています。それでもどうか、どうか私の大切な人たちをよろしくお願い致します。

 

 リニスより




管理局本格参戦。
なのは管理局の指揮下に。
アイリ、行動方針を決める。

以上の三本でお送りいたします。


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第十三話『衝突と邂逅』

海のジュエルシード争奪戦の回。


「……アルカス・クルタス・エイギアス……

 煌めきたる天神よ。今導きのもと、降りきたれ。

 バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 

 海鳴市の海上で、フェイトは大規模魔法を構築していた。

 残されたジュエルシード六つ。海の中に眠るこれらのジュエルシードを見つけるためには、遥か広域の海に魔力を叩き込み強制的に発動させるしかない。

 幸いなことに、フェイトの魔力資質は雷。広域の海に魔力を行き渡らせるにはもってこいの資質だった。それでも、人一人で行うには余りにも無茶な行為ではあったが。

 

「撃つは雷、響くは轟雷。アルカス・クルタス・エイギアス……!」

 

 海に大量の雷を撃ち込む。

 一つ、二つと、海からは暴力的な力の波動が解き放たれ、すぐに六つ全てのジュエルシードが暴走を始めた。

 時期はまだ春なのに、強烈な台風に直撃されているかのように海が荒れ狂う。

 

「行くよ、バルディッシュ。……がんばろう」

 

 フェイトは愛機バルディッシュと、使い魔のアルフと共に暴風域に突入していった。

 それは母のために、自分のために。ジュエルシードを届けて、母に優しい頃の姿に戻ってもらうために。

 

 

 

 

「駄目だ。認められない」

 

 アラートを聞きブリッジに集合したなのはは、現地の映像を見てフェイトの手助けを申請したが、クロノに却下される。

 

「なんで?! だってフェイトちゃんが危ないよ! それに暴走したジュエルシードがどんなに危険かってことはクロノ君が説明してくれたのに!」

「私たちは最善の行動をとらなくてはいけないの。そして行動を起こすときは、今じゃないわ」

「あの魔導士は明らかに無理をしている。あんなに魔力を放出して、無事に全てのジュエルシードを封印できるとはとても思えない」

「じゃあ……ッ!!」

 

 クロノの言葉から、なのははよりフェイトの元へと行かなくては行けなくてはと思う。クロノの言葉は自分の行動を後押しするものだと。

 だが、それは違った。

 

「だから僕たちが行くのは……彼女が倒れた後だ」

「ッ!! ……そんなッ!!」

 

 現実は非情だった。

 時空管理局の出した答えは、フェイトを見殺しにするというもの。

 それでは何のために、ここにいるのか分からない。自分がここにいるのは、勿論海鳴の街を守りたいという思いはあるけれど、でも他にも、フェイトのことが気になるから。

 あの綺麗な悲しい瞳をした少女のことが放っておけないから。あの少女と――気持ちを分け合いたいからだ。

 

 ――あぁ、そっか。ようやく分かった……。自分の気持ち。どうしてこんなにあの子のことが気になるのか。どうしてあの子のことを思うと、こんなにも心がざわめくのか。

 

 私はきっと、あの子と――――

 

 ――――友達になりたいんだ。

 

(なのは、行って! ここは僕が抑えるから!)

(ユーノ君!)

 

 ユーノの助けを得て、なのはは現地へと跳んだ。

 それは局の規律を破る行為。だけどそこに後悔はなかった。

 

「高町なのは、勝手ながら指示を無視させてもらいます!!」

 

 

第十三話『衝突と邂逅』

 

 

 海鳴海浜公園。その海岸沿いにアイリは立っていた。

 海は荒れ狂い、空へ伸びる渦が幾重にも見える。その中で、少女と狼が地場の暴力に対抗して飛び回っていた。

 

 ――これは多分、最後までもたないな……。

 

 客観的に、そんなことを思う。

 

《助けに行かないのですか?》

「本当に危なくなったら助けるよ。でも……」

 

 ジュエルシード集めの手助けをすることが本当にフェイトのためになるのか、それが分からなくなってしまった。

 フェイトの望みと、プレシアの望みは決して交わることがない。フェイトがプレシアの助けをすればするほど、フェイトは自分の望みから離れていく。

 かつてリニスが負った苦悩を、今はアイリが負っていた。

 

 少ししたら、フェイトがジュエルシードの暴走に飲み込まれ始めてきた。やはり無茶だったのだ。それは初めから分かりきっていた。それでもフェイトは止まらなかった。それが、その思いが、逆に悲しい。

 

 その時、空から一人の少女が降ってきた。

 

「あれは……なのちゃんか」

《彼女もこの光景を見ていたのでしょう。管理局がフェイトの支援をするとは思えません。きっと独断ですね》

 

 なのははいつだって変わらないなと思う。

 まっすぐで、優しくて、どんな時でも自分の気持ちを忘れない。

 きっとなのはもフェイトのことがずっと気になっていたんだなと、自分と同じ気持ちだったんだなと思うと、嬉しくもあり気恥ずかしくもある。

 

 視線の先では、なのはとフェイト、ユーノとアルフが力を合わせて力の波動を抑え込んでいた。

 

「ははっ」

《……? どうしましたマスター?》

 

 フェイトとなのはが手を取り合っている姿を見ると、自分の悩みなんて吹き飛んだ気がした。フェイトは不幸なんかじゃない。フェイトの周りには、あの子のことを大切に思ってくれている子がいる。なら、きっと大丈夫。フェイトの横に、なのはがいれば。

 

「何でもないよ。でも少し吹っ切れたかな。そうだね、今は目の前の嵐から彼女たちを助けよう」

《了解です。頑張りましょう!》

 

 その言葉のあと、アイリもまた海上へと飛び立っていった。

 

 

 

 

「これは、この調子ならジュエルシードを全部封印できるかもしれないな」

「ええ、そうね。でもあの子には悪いけど……」

「はい。封印が完了したら僕も出ます。ジュエルシードも、彼女の身柄も逃がしません」

「ごめんなさい、クロノ。嫌な役をやらせてしまって……」

「構いません。僕は時空管理局員で執務官ですから。恨まれるのは、慣れてます」

 

 アースラで現地の様子を伺っていたクロノたちは、介入のタイミングを図っていた。

 そこにエイミィの声が響く。

 

「現地に広域魔力反応! なにこれ?! 広すぎっ! 前に張られてた結界魔法の空間を完全に包み込んでる!」

「なんだって?! 発信源はどこからだ!」

「今探してる! …………ッ見つけた! 海上にいるこの子だ! ってこれアイリ君だ!!」

「何?!」

 

 モニターに映った姿を凝視する。アイリは海上で以前持っていた剣を掲げて、呪文を唱えていた。

 

「天体の運命をこの手に委ねよ……」

 

 空間全方位型の上位魔法。あり得ない規模の範囲魔法。それが魔法初心者であるはずのアイリによって発動されている。

 

「我は汝、汝は我なれば……」

 

 空間内のジュエルシードによって引き起こされた現象の全てに光が差し込む。

 

「アイリ君?!」

「アイリ!!」

 

 現地ではこの現象の原因であるアイリに全員が気がついていた。

 白色の魔力光を煌めかせながら、アイリの最後の言霊が放たれる。 

 

「月よ、星よ、その威を示せ」

 

『星天停止』

 

 光が空高く延び、雲を全て薙ぎ払う。

 雲一つない空には、昼間にも関わらず星が輝いていた。

 幾つもの星が絶えず廻り続けている。

 

「星が、動いてる? あんなに速く……。どうして?」

「違う。これは、動いてるのは……星じゃない。動いてるのは、多分この空間の方」

 

 もとはジュエルシードを狙う対立者同士であることを忘れて、二人はその場で立ち止まる。

 もっとも、なのはには大分前からその意識は薄かったが。

 

 世界が廻る。光が満ちる。

 ジュエルシードによって引き起こされた現象の全てが、その動きを止める。

 波は収まり、風は止み、フェイトたちを襲っていた水も海の中へとその姿を消した。

 

 動きが止まり、光がおさまった後に残るのは波一つない海原。

 そこから、六つのジュエルシードが浮上する。

 それらは全て完全な形で封印されていた。

 

「馬鹿な、空間内全てを対象にした攻撃魔法だって!」

「正確には、多分封印系だろうけど……でもすごいよ!」

「やっぱり逸材ね。なのはさんもだけど、二人ともアースラに来てくれないかしら」

 

 モニター越しにアイリの魔法を眺めたアースラスタッフは、魔法に深く関わっているからこそ、アイリの魔法の非常識さに驚いた。

 

 画面の中では、五人が集まり、六つのジュエルシードもそこに漂っていた。

 

 

 

 

「フェイトちゃん、私、自分の気持ちに……やっと気付いたんだ。なんでフェイトちゃんのことがこんなに気になるのか。私は、フェイトちゃんと気持ちを分け合いたいんだ。フェイトちゃんと……友達になりたいんだ」

「……っ!!」

 

 なのはの言葉に、フェイトの冷めきった心が揺らぐ。

 

「僕も、フェイトちゃんのことは放っておけないよ。見てて少し危なっかしいしね」

 

 アイリの言葉に、プレシアのためだけに生きようという意思が鈍る。

 

「なんで、なんで君たちは……」

 

 久しく感じていなかった温かな感情。リニスが消えてから、もう感じることが無いと思ってた気持ち。

 

 ――でも、ダメだ。私は……母さんのために……。母さんに笑顔になってもらうために……。

 

 その時、雲一つない空の空間から紫電が溢れ出した。通常ではあまり見られない属性の雷。だけど自分にはとても身に覚えがあるこの雷は……。

 

「母さん……?」

「え?」

 

 その雷が、容赦なく自分に降り注いできた。

 魔力をほとんど消耗している今の体では、防ぐことも避けることも叶わない。もとより母が自分に対して放った攻撃なら、母の意思なら防ぐつもりも無かった。

 来るべき衝撃に備えて、目を閉じて身を堅くする。だが、いつまで経っても来ると思われた衝撃はやってこない。

 

「アイリ君っ!」

 

 なのはの声に目を開くと、アイリが電撃を受けて墜落していた。

 自分だけでなく、彼にも雷が降り注いだらしかった。でも確かに自分にも攻撃は来たはずではなかったのか。

 

 不思議に思い上を見上げると、どこかで見たことのある魔法障壁が自分を守っていた。

 これは、どこで見たんだったか……確かつい最近……そうだ、この障壁は、アイリがあの執務官からの攻撃から自分を守ってくれた時の……。

 

 そこまで考えて、少しおかしいことに気付く。母の攻撃を防ぎきることのできる障壁を展開できるなら、なぜアイリは今墜落している?

 いや、正確には違う。なぜその障壁が――自分の頭上にのみ展開されている?

 

 まさかアイリは、攻撃を受けることを承知で自分を助けたのだろうか。

 

 ――どうして。

 

 どうしてこんなにも自分に優しくしてくれるのか。ろくに母の役に立つことすらできない自分を。

 

「どうして……」

 

 分からない。アルフとリニス以外にこんなに優しくしてもらうのは初めての経験だった。

 

 下ではなのはが、海の中に沈んでいったアイリを救出しに向かっていた。

 アルフが、突如現れた執務官とジュエルシードを奪い合っていた。

 

「フェイト! 何してるんだい、逃げるよ!」

「あ、うん……。そうだね、私は……行かないと。母さんのために……」

 

 

 アルフは、今までに無い反応を見せるフェイトに嬉しくもあり、悲しくもあった。

 

(フェイトがあんな顔をするなんて。アイリは……いや、あの子らは。プレシアなんかじゃなくて、あの子らがフェイトの側にいてくれたならどんなにいいか!)

 

 あんな、迷子みたいな顔をするなんて。自分は、フェイトを支えられているのだろうか。フェイトを守ってあげられているのだろうか。

 

(……やっぱり無理だよ、リニス……。あたしじゃあ……、あたしだけじゃああの子を幸せになんて、できないよ。助けておくれよ……リニス……)

 

 アルフもまた、運命に嘆き悲しむ者の一人だった。

 

 

 

 

「なのはさん、ユーノ君。なぜ自分が叱られているか、分かりますね」

「うぅ、……はい」

「はい……」

 

 アイリとジュエルシードの半分を回収してアースラに戻ったなのはたちに待っていたのは、リンディの説教だった。

 

「そうだよ! だいたい泊まり込みで危険物探しを手伝うなんて!」

「貴方もあっち側です!」

「ガーン」

 

 リンディの横でなのはたちを責め立てようとしたアイリだったが、リンディになのはの横に並ばされた。

 

「指揮や命令を守ることは、集団で行動する時の最低限のルールです。それが破られれは、自分だけでなく周りにも迷惑が行くことになります」

「はい……」

「まぁ、今回は得ることもあったことですし不問としましょう。ですが、次はありませんよ?」

「分かりました……」

「それで次の議題だが……。アイリ、君はあの魔導師を知っていたな? いや、より詳しく言うと……あの魔導師がジュエルシードを集めているのを知っていただろう」

 

 クロノからの追求がアイリに突き刺さる。

 

「な、なんのこと? 僕は別に彼女のことなんて知らないよ?」

「証拠は幾つかある。君の彼女たちに対する態度。あの使い魔が君の名前を呼んでいたこと。君が以前あの二人の名前を出したこと。そして君が以前手にしていたジュエルシードの行方だ。君が持っていたNo.ⅩⅥのジュエルシードは、一体誰に渡したんだ」

 

 クロノからの問いかけに答えることができない。目を背け、下を向く。しかし、答えないということは、認めてしまっていることでもあった。

 

「答えないなら、それでいい。だがこれだけは聞かせてもらうぞ。君は、プレシア=テスタロッサを知っているか」

 

 思いがけずにその名前を出されたことで、反射的に顔を上げてしまう。そして即座にそれが失敗であったと覚る。

 

「黒、か……。エイミィ! プレシア=テスタロッサのより詳細な人物データと足取り、その後の家族構成を調査してくれ!」

「了解! 任せといて~、クロノ君」

 

 阿吽の呼吸で執務をこなす二人を横に、なのはが疑問の声をあげる。

 

「あの、プレシア=テスタロッサって誰ですか? フェイトちゃんと、同じ名字みたいですけど……」

 

 いきなり出てきた重要そうな扱いを受けている名前に、なのはが疑問を覚えるのは当然のことだった。

 

「プレシア=テスタロッサは僕らと同じ管理世界の住人だ。次元航空エネルギーを研究開発していた大魔導師だ……いや、だった。実験が失敗してからの詳細はよく分かっていない。そして先程アースラとアイリ、そしてフェイト=テスタロッサに対して次元干渉攻撃を仕掛けた人物でもある」

「そんな……あの時フェイトちゃん、母さんって……その、少し怯えてた……」

「母親、ね……。少し、嫌な事件になるかもしれないわね」

 

 会議室の雰囲気は暗い。フェイトに対するプレシアの扱いに不安を覚えたためだ。

 

「まぁ、フェイトさんもプレシア女史もあれだけの魔力放出を行った後だから暫くは動けないでしょう。アースラのシールド強化もしなくちゃいけないし、こちらも少し休養しましょう。なのはさんには一時帰宅を許可します」

「え、でも……」

「ご家族も学校も心配するわ。帰れる時には帰っておかなくてはダメよ」

「あとアリサとすずかちゃんもね。事情ちゃんと説明してないんでしょ? 毎日のように心配してるから」

「あ、うん。二人にも心配かけちゃってたんだ……」

 

 なのははユーノとリンディと共に、ひとまず海鳴へと帰還した。

 最後の戦いを前にした、最後の休息だった。

 

 

 

 

 アイリも続けて海鳴へと転移すると思いきや、その場に残り続けた。クロノはそのことに疑問を覚える。

 

「ん? どうした。君は戻らないのか?」

「クロノ……。プレシアさんの罪は、重くなるのかな」

「なんだ、いきなり。そうだな……、少なくともロストロギアの強奪に、管理局の船への攻撃で刑事的な罪状が、それとフェイト=テスタロッサへの扱いに対しても民事的な罪状があげられる可能性がある。前者は決して軽いものではない。場合によっては数百年規模の罪になる」

「数百年、か……。プレシアさんにそんな時間はあるのかな」

「少なくとも、死ぬまでは刑務所の中だろう」

「それは多分、違うよ」

 

 アイリの確信めいた言葉に、クロノは疑問を覚える。

 

「どういうことだ?」

「プレシアさんは、多分もう死ぬ寸前だと思う。死にかけている体を動かしているのは、母親としての最後の意思の力。でも多分、それももう限界……」

 

 聞き捨てならない話だった。

 何より、アイリはこちらが思っていたよりも多くのことを知っているのかもしれない。

 

「なんだって?! それに、母親としての意思だって?! フェイト=テスタロッサが虐待を受けているかもしれないことは、僕たちよりも君の方がよく知っているんじゃないのか!」

「フェイトちゃんへの扱いが酷いのは、多分彼女が自分の娘だって認めたくないから。彼女を認めたら、プレシアさんの中で大切な何かが折れてしまうから。だからその事実を認められない。認めるわけには行かない。自分のためにも、アリシアのためにも」

「アリシアだって?」

「アリシア=テスタロッサ。26年前に亡くなった、プレシアさんの娘。プレシアさんの絶望の始まり」

「それが今回の事件に関係しているのか? フェイト=テスタロッサも一連の事情を知っているのか?」

「フェイトちゃんは多分何も知らない。アリシアのことも。プレシアさんの目的も。自身の残酷な真実についても」

「……君はなぜそんなことを知っている」

 

 クロノはS2U――愛用のデバイスをアイリに向けてそう尋ねる。アイリの話を信じるならば、彼はこの事件の全容を知っているということになる。だがそれはおかしい。彼はなのはと同じ、偶々ジュエルシードが降り注いできた街に住んでいた現地住人に過ぎないはずだ。

 そんなアイリが、相手方の状況や目的まで精通しているのはおかしい。ましてや、フェイトの知らない事実まで把握していたとなると、プレシア本人と面識がある可能性がある。だがそしたら、プレシアに攻撃を受けた理由も分からないし、墜落して管理局に収艦されることをプレシアが黙って見ていた理由も分からない。

 

「答えてもらおう。君はなぜそんなことを知っている」

 

 そう問い詰めると、アイリは少し悲しそうな目を向けて答えた。

 

「託されたから……。プレシアを助けてって。フェイトとアルフを助けてって。困っちゃうよ、ほんと。押しに弱いのって人生損だなぁ」

「何、一体誰から……! 待てッ!!」

 

 言うだけ言って、アイリは消えようとしていた。

 逃がすわけにはいかず、杖に魔力を込める。

 

「あ、僕は無力で無関係な一般人なんで。管理外世界の現地住人に対しての管理局員の感情的で能動的な魔法攻撃はよくないと思います!」

「何をぬけぬけと……。君が無関係なわけが無いだろう!」

「まぁ、何かあったら携帯かなのちゃんに連絡してよ。大体は協力するからさ」

「だったら今すればいいだろ!」

「今はダメ。なんか嫌なことが起きてる気がするから。だからまた今度ね」

「またわけの分からないしことを……あ、コラ待てッ!」

 

 クロノの呼び止めを無視して、アイリは消えてしまった。

 連絡先は知ってるし、何だったらなのはに家の場所を聞くことだってできるから追跡は容易い。だが、今聞いてもはぐらかされてしまう可能性が高い。ならば今は情報を整理しよう。

 

「エイミィ、条件に追加してくれ。アリシア=テスタロッサについて。26年前の事故について。そして……フェイト=テスタロッサの戸籍について」

 

 

 

 

 アルフは我慢の限界だった。先だっての二個と、今回の三個。計五個の追加のジュエルシードを持ってきたフェイトに待っていたのは、またもや失意の言葉と過激な虐待。

 プレシアがフェイトの実の母親だとか、フェイトがプレシアのことを悪く言うと悲しむだとか、そんなことは頭から消し飛んでいた。

 只々あのどうしょうもない魔導師を殴り付けたかった。プレシアがいる部屋のドアを蹴破って叫ぶ。

 

「プレシアーッ!! あんたは、なんであんなことが出来るんだッ!!」

 

 力任せに殴り付けた拳は、プレシアの障壁に阻まれる。

 この魔導師なら、ただ殴られるようなことは決してないだろう。だが、どうしても一言言ってやりたかった。

 魔力を全て障壁の破壊に費やす。こんな壁越しでなく、直接怒鳴り付けてやりたかった。

 

「バリア……ブレイクッ!!」

 

 パリンッ、とひび割れる音と共に障壁が崩れ落ちる。その勢いのままプレシアに掴みかかり叫ぶ。

 

「なんであんなに頑張ってる子にあんな酷いことが出来るんだよッ!! あの子はあんたの娘で、あんたはあの子の母親だろッ!!」

 

 しかし、目の前で怒鳴り付けた言葉もプレシアには届かない。

 

「邪魔よ」

 

 そう言ってアルフの腹部に手をやると、恐ろしく貫通力のある魔力波動を放つ。

 

「カハッ……」

 

 巨大な魔力を杖に費やして呟く。

 

「あの子は使い魔の作り方が下手ね。無駄な感情が多すぎるわ」

 

(ダメだ、やっぱり勝てない……。せめて一発……、思い切りぶん殴ってやりたかったな……)

 

「消えなさいッ!!」

 

 時の庭園を直線上に全て破壊するエネルギーが、アルフ越しに放たれる。

 全ての壁を貫通し、アルフの体はそのまま次元空間へと投げ出される。

 体は一瞬にしてボロボロだ。もとより、自分の力ではプレシアに勝てるはずが無かったのだ。

 

「…………でも、そこだけは……私に似たのかもしれないわね……」

 

 遥か遠くの穴の先から、そんなプレシアの言葉が聞こえた気がした。

 

(どこでもいい……。転移しなくちゃ……。まだ、死ねない……。あたしが死んだら、フェイトはホントに一人ぼっちだ)

 

 最後の力を振り絞って、がむしゃらに転移する。

 次元空間に残っていても、待っているのは死のみだ。ならば、どこだろうとここよりかは生きる可能性がある。

 多くの血が流れている。体が酷くだるい。

 

(でもこれはもう、ダメかもしれないね……)

 

 体中から力が抜けていくのが分かる。魔力も体力も使い果たしてしまった。意識が、急速に消えていく。

 残り少ない意識の中で、体が地面に横たわっているのが分かる。少なくとも、地上に転移することには成功したらしい。でもこれが限界だった。もう一歩たりとも動くことも、瞼を開くこともできない。

 急速にやって来る死の気配に、なんの抵抗もできなかった。

 

(あぁ、この感覚は懐かしいね……。あの時も、死病に侵されて群れから追い出された時も、こんな風に何もできなくて……。最後の力を振り絞って必死に助けを呼んだら、一人の女の子が来てくれたんだっけ……)

 

 もう、助けを呼ぶことすらできないよ……。ごめんね、フェイト……。

 

 このままの状態で眠りに着いたらもう二度と目覚めないだろうと分かりつつも、意識は闇へと沈んでいった。

 

 ――ちょっとあんた大丈夫?! しっかりしなさい!! 鮫島! 動物病院の手配! 急いでっ!

 

 意識が消える直前に、以前どこかで聞いたことのある声が耳を通り抜けていった。だが、アルフがそれに気付くことはなかった。

 

 

 

 

「ゴホッ……」

 

 咳付いた手に血が混じる。もう咳をする度に血を吐いていた。

 自分に残された時間がもう本当に残り少ないことが分かる。

 

「やっぱり、あの子では駄目ね」

 

 集まったジュエルシードは11個。残りの10個は恐らくは全て管理局が確保しているとみていいだろう。

 これでは足りない。

 自分の目的である失われた都、アルハザードに辿り着く扉を開くためには最低でもあと三個。出来ることならそれ以上は欲しい。

 そのためには、管理局から奪わなくてはいけない。しかし、あの管理局がそう簡単にジュエルシードを渡すとは思えなかった。

 

「なら、餌がいるわね」

 

 あの子には最後の仕事をしてもらうとしよう。

 次、管理局の前に姿を現したら恐らくもうフェイトは戻ってこれないだろう。

 管理局がそう何度も取り逃がすとは思えない。先程の次元干渉攻撃で、自分の素性がばれた可能性も高い。

 となれば、次はあちらも万全の体制で当たってくる。

 フェイトと一緒にいるのもこれで最後だ。これ以降は賽の目がどう転がろうが、あの子と一緒にいることはない。

 あのアリシアの失敗作を娘と呼ぶこともなくなる。

 あの紛い物に母さんと呼ばれることもなくなる。

 もう二度と…………あの子と顔を合わすことは無くなる。

 

「フッ、くだらないわ」

 

 些細なことだ。それよりも、舞台はいよいよ大詰めだ。

 逃げ切ればいい。何を犠牲にしてでも。

 どうせ――片道の予定なのだから。

 

 

 

 フェイトに最後の仕事を任せようと、主の間に戻る。

 あれだけ痛めつけたのだから、まだ寝ているだろう。叩き起こして、管理局にぶつけなくては。アリシアのために。

 そう思い扉を開けた光景は、少し想像していたものとは違った。

 

 床で寝ているフェイト。その身にかけられたアルフのマント。

 そこまではいい。だがその横に、この場にいるはずのない少年が立っていた。

 

「あなたは……確か海のジュエルシードを封印した魔導師ね。痛めつけたと思ってたけど……それに、どうやってここに辿り着いたのかしら?」

「初めまして、プレシア=テスタロッサ。僕はアイリアス=バニングス。いきなりだけど、少しお話をしようよ。あなたとフェイトと、アリシアについて」

 

 

 少年は魔女と邂逅する。

 互いに曲げれぬ意志を胸に秘め、最後の時への最初の一歩を踏み出した。




ジュエルシード回収完了。
アルフ離脱。
アイリ、プレシアと接触。

以上の三本でお送り致します。


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第十四話『決戦前夜』

少女一時帰宅中。


「と、そんな感じの10日間だったんですよ~」

「ほー、それは大変だったんですなぁ。ボーイスカウトですか」

 

 なのはは一時の間海鳴へと帰還していた。実家に帰ると、一気に日常に戻ったことを実感する。もっとも、横に家族と会話しているリンディがいるせいか未だに魔法に関わる世界から帰ってきていない感じもしたのだが。

 

「これ、うちの店の売れ筋商品なんですよ。よかったらどうぞ~!」

「あらあら! ありがとうございます。私甘いの大好きなんですよ~」

「このシュークリームなんて特に絶品ですよ。桃子の一番得意なお菓子でしてね」

「まぁ、そうなんですの」

「異世界の人の口に合うといいんですけど……」

 

 ブーッ!!

 

 なのはは飲んでいた紅茶を吹き出した。

 今自分の母はなんと言っただろうか。異世界なんて単語が聞こえなかっただろうか。

 

「え……と、あぁ、私は出身はイギリスなんですよ。日本に来てまだ日が浅いからですか、日本語が正しく聴き取れなかったりしたかもしれません」

「こら、桃子。リンディさんが困っているだろ。こういうのは秘密にしておかなくてはいけないんだぞ」

「え、そうなの? ごめんなさいね。私ったら……」

「そうだよ、かーさん。場合によっては魔法使いは自分の正体がばれたらオコジョにされちゃったりするんだから」

「そういう事もあるのか。俺も父さんも母さんもそちらには疎いからな……。オコジョ化か、恐ろしいな……。案外ユーノも元は人間だったりしてな」

「はっはっは。さすがにそれは無いだろう、恭也」

 

 談笑する家族を前に冷や汗が止まらない。

 何かがおかしくないだろうか。

 ちらりとユーノを見ると、見ていて気の毒になるくらい動揺していた。

 

(ななななのは、どういうこと?! なんでみんな魔法のこと知ってるの?!)

(私だって分かんないよ! っていうかユーノ君はずっと私と行動してたでしょ!!)

(なのはさん……。魔法の無い世界で魔法のことを吹聴するのは推奨されませんが、何も家族にまで絶対に隠し通せとは言いません。ご家族が理解してくれるならそれに越したことはないですから。でも……既に説明していたのなら、そのことは伝えてほしかったです……)

(違いますから! 何も説明してないです! そもそも、地球じゃ魔法とか言っても信じてもらえな……、そうだ! みんなが魔法を信じてるのはおかしいよ!)

 

「みんなどうしちゃったの? ま、魔法とか……そんなのあるわけ無いよ!」

「大丈夫。分かってるよ、なのは」

「お姉ちゃん……」

「私はなのはの味方だから。なのはの言葉も信じてるから」

「うん、うん!」

「だから、あとでこっそり変身した姿見せて欲しいな」

「全然分かってないー!?」

 

 家族の中ではもう完全に自分は魔法使いになっていた。普通こういうことは突拍子もないことを言い出す方がおかしくて、周りが常識的なことを言って認めないとかそういう感じでは無いのだろうか。なぜか立場が逆転している気がする。

 おかしい。自分がアースラに行く前は確かに普通だったのに……。早朝の訓練も、ジュエルシード探しも家族には見つかってないはずだ。ましてや、アースラに搭乗してからは尚更ばれるはずが無い。

 自分が魔法使いだってことは家族だって友達だって知らない。

 

(知らない? 誰も? ……本当に?)

 

 そこまで考えて、頭の中に少し前に別れた少年の姿が思い浮かぶ。

 

「あーーっ!!」

 

 間違いない。アイリが話したのだ。そういえば、説教されるのが嫌で逃げたままだった。口止めを頼んでいない。

 急いで電話で連絡してみるが、繋がらない。

 仕方なく、家族をごまかそうと言葉を繋ぐ。

 

「アイリ君でしょ! アイリ君が変なこと言ったんでしょ!! だ、ダメだよ。アイリ君の冗談を信じちゃっ! アイリ君たまにお兄ちゃんの真似して真面目な顔して嘘つくんだから!」

 

 アイリがどんな説明をしたのか知らないが、少なくともいきなり魔法とか言い出すよりは自分の言葉の方が信じてもらえるはずだ。……はずだった。

 

「そうは言っても、俺は以前魔法使いに会ったことがあるしなぁ」

「えーっ?!」

 

 衝撃の事実が父の口から放たれる。初耳だった。魔法という、わりと現代の価値観を壊す存在に既に出会っていたと言うのだ。というよりも、魔法が地球にも存在していたことに驚きだった。

 

「え……それって、どういう……」

「あぁ、そういうことなら俺も数年前に出会ったな」

「えぇーーっ?!」

 

 次いで、兄も会ったと言う。なんだろう。兄は凄い剣士だから、ひょっとして裏の世界とかでは案外普通に存在したりするのだろうか。

 

「あ、私も半月前ぐらいに会ったよ。あの時はお菓子代が効いたなぁ」

「えええええ――っっ?!!!!」

 

 姉は……。ええと、姉は……。綺麗だから魔法使いにナンパでもされたんだろうか。

 いきなりな情報に頭がついていかない。

 

「どどどどういう……」

「なのは」

「な、何? お父さん……」

 

 士郎が少し真剣そうな顔をする。

 いつも陽気な姿ばかり見せていたから、そんな顔を見るのは久しぶりだった。

 

「父さんたちはいつでもなのはの味方だ。どうしてもやりたいことがあるんだろ? 応援してるから、必ず元気な姿で帰ってくるんだぞ」

「あ……」

 

 本当に、自分の家族は優しい……。

 何も言わず、自分を支えてくれる。

 きっと危ないことがあるであろうことも、自分の手の届かない所に行ってしまうであろうことも分かった上で、後押ししてくれる。

 

「……うん」

 

 なのははそんな家族の一員であることが誇らしかった。

 なのはの隣で話を聞いていたリンディはその様子をじっと見ていた。

 そして士郎の気迫に感じるものがあったのか、偽りの姿を捨てて真摯な態度でなのはの家族に向かい合った。

 

「不実を語ったことをお詫び申し上げます。……私たちはとある事件を追っている最中です。……危険が無いとは言えません。ですが、お子さんは必ずや無事にお返しすると約束致します」

 

 子を思う気持ちは、リンディも痛いほどよく分かっていた。なぜならば彼女もまた、一児の母なのだから。

 

 

第十四話『決戦前夜』

 

 

 時の庭園の主の間にて、アイリアス=バニングスとプレシア=テスタロッサは対立していた。

 

「アリシア……。そう、もうそこまで辿り着くなんて、管理局にも優秀な人材がいるようね。あんな組織に眠らせておくには少し惜しいわ」

「僕は管理局員じゃないよ。ただの現地住人だ」

「何ですって……ふざけてるの? ただの現地住人ごときがここに来られるはずが無いわ」

「まぁ、正確には現地の魔法使いでもあり、フェイトちゃんの友達でもあるよ。ここにだって一度来たことがあるんだ。あなたに追い出されたけどね」

「……そう……そういうこと。あなたが以前フェイトが言っていた協力者だったのね」

 

 以前フェイトが自分に会わせたいと言ってきた少年か。管理局員じゃないというのなら都合がいい。つまり、まだ管理局はここの場所を把握していないということだ。この少年を始末すればここの情報が漏れることもない。

 プレシアはそこまで考えて、ふと違和感を感じる。

 

「おかしいわね。あなたはどうしてここに来れたのかしら」

「変かな? ここに一度来たことがあるんだから、もう一度来れてもおかしくないと思うよ」

「呆けないで。この庭園は定期的に次元空間を移動しているの。あの時とは場所が違う。一度来たことがあるからといって、再度来れるものではないわ」

 

 移動した座標をリアルタイムで把握しているのは、自分とフェイトのみ。そしてフェイトはここでずっと眠っている。この少年がここに来れるわけがないのだ。

 

「ありゃ、そんな仕組みになってたのか。……まぁ、細かいことはいいじゃない」

 

 確かにそうだ。疑問は残るがこの目の前の少年を消せばそれで終わる話だった。

 

「そうね。わざわざ来てもらって悪いのだけど……退場してくれるかしら」

「……物騒だね、プレシア=テスタロッサ。僕は話し合いに来たって言ったけど?」

「残念だけど、私は話すことは無いわ。……さようなら」

 

 杖に魔力を込める。

 

「成し遂げたいことがあるんじゃないの? 僕は魔法使いだからね。どんな願いも、一つだけ叶えてあげる」

 

 ピクリと、指先が動く。

 

 ――くだらない。

 

 思わず反応してしまった自分が滑稽だった。こんな誰とも知れない子供の戯れ言に惑わされるほど、追い詰められていたとは思わなかった。

 

「あなたには無理よ」

 

 この世界の誰でも無理なのだ。それが長年の研究の結果で分かった残酷な真実。だからこの世界を捨てると決めた。どんなに低い可能性だとしても、望みのある世界へ旅立つと決めたのだ。

 

「でもあなたは決して褒められた種類の人間じゃないみたいだから、対価はもらうよ」

 

 目の前の少年は、勝手に話を進めていた。本当にくだらない。叶えられるはずは無いのだ。

 

「フフッ、対価……ね。本当にアリシアを生き返らせることができるんだったら、なんでも払ってあげるのに。私の財産だろうが、この庭園だろうが。あぁ、そこの失敗作を付けてもいいわね」

 

 そうだ。もしまたアリシアが目を覚ますなら、他に何もいらない。自分とアリシアだけいればいい。

 

「そう……、なら対価はあなたの残りの人生の半分かな」

「……何ですって?」

 

 この少年の意図が分からない。寿命をもらうだなんて、死神にでもなったつもりか。

 

「あなたの残りの人生を半分もらうと言ったんだ。いいでしょ? どうせ今にも尽きようとしている命なんだから」

 

 ……やはりこの少年はおかしい。

 自分が死に瀕していることを知る人間などいるわけがない。それはフェイトにも黙っていたことだ。

 

「あなた……何者?」

「ただの魔法使いだよ。ね、悪くない条件でしょ? あなたは残りの人生の半分をアリシアに……、もう半分をフェイトちゃんに注げばいいだけなんだから」

 

 ――――殺す。

 

 反射的に魔力を解き放った。

 手加減など考える余地の無い、殺傷設定の攻撃を目の前の少年にぶつける。

 フェイトも巻き込んでしまうが別に構わないだろう。運がよければ生きてるはずだ。

 

「私の残りの人生も、優しさも! 全てアリシアのものよ! あんな人形に与えるものなんて何一つだって無いわ!!」

 

(不用意にここへ来たことを後悔しながら死んでいけ)

 

 そう思うも、攻撃が少年に届くことはなかった。

 

 キンッ

 

 魔法は何かの障壁にぶつかって暫くした後、攻撃を放ったプレシアの元へ跳ね返ってくる。

 

「何ですって……。くッ!!」

 

 急いで障壁を張って防ぐ。

 以前も目の前の少年は魔法攻撃を弾く障壁を張っていた。どうやら、防御魔法に長けているのかもしれない。

 あの時は魔法を散らすので精一杯だったのに、今回は完全に反射してきた。

 

 目の前の少年を睨み付けると、その足元に額に紅い宝石をつけた緑色の小型獣がいることに気づく。

 その姿は、フェイトの忌々しい使い魔を連想させた。どうやら今の障壁は、少年ではなくこの獣が張っていたらしい。

 でもどこからやって来たのだ。確かにさっきまでいなかったはずだ。

 

「ありがとう、カーバンクル。でも、もう戻っていいよ」

 

 そう言って少年は緑色の獣を魔方陣に乗せて転移させる。

 あれは送還陣か。となると、目の前の獣は召喚獣なのだろう。

 

「召喚のレアスキル……多才ね。でも下げてよかったのかしら?」

「まぁ、巻き込むわけにはいかないしね」

「巻き込む? 何を言って……」

 

 突如、少年の周りに膨大な魔力が渦巻いた。

 その密度はあまりにも大きい。

 足元から練られる魔方陣が少年のみならず、フェイトや自分のもとまで伸びて青白く光輝いている。

 

 ――不味い。自爆する気だ。

 

 直感的にそう思った。

 あれは個人で制御できる域を越えている。一度発動してしまったら術者を中心に破壊の渦に飲み込まれ、次元震すら起きるかもしれない。

 持てる魔力を全て防御に回せば、自分一人なら耐えることは出来るだろう。だが次元震が生じたとなると、管理局にこの場所が特定されてしまう。

 

 いや、問題はそんなレベルではない。

 この魔法が発動したら、アリシアが危ない。

 

「……なりし…………よ……」

 

 詠唱が響く。

 発動させるわけにはいかない。

 急いで体中の魔力を集める。

 

「ゴホッ……」

 

 吐血するが、構わない。

 何としても発動を阻止しなくてはいけない。

 しかし……、一歩間に合わない。

 少年の魔法は発動され、辺りは青白い光に包まれる。

 プレシアは妨害も防御も出来ないまま光に飲み込まれていった。

 

 

 

 

(あれ、ここはどこだ? あたしは……)

 

 確か自分は、死んだんじゃなかったのだろうか。となると、ここは死後の世界か。

 酷く体がだるい。自分の体じゃないみたいだ。

 

「ーーッ!!」

 

 突如として、体が痛みを訴えてきた。痛い、痛い……なんて痛いんだろう。

 この痛みが、今自分は確かに生きているということを証明していた。

 

「あ、気がついた?」

 

 声につられて目を開けると、一人の金髪の少女がいた。

 その姿は自分のよく知る人物に似ていた。しかし、どことなく漂わせる雰囲気が異なる。

 

(アイリ? ……いや、違う。この匂いは……あたしはこの子に会ったことがある。……そうだ、この子は温泉の時にあの栗色の髪の子と一緒にいた……)

 

「あんた本当に危なかったんだからね。自分の体は大切にしないとダメだぞ」

 

(この子が助けてくれたのか……)

 

 そうだ、この子はアイリの妹で、フェイトのことをやたら気にかけている栗色の髪の魔導師の子の友達だ。

 自分の体には所々治療された痕があった。きっとこの子が治療してくれたのだろう。

 この子も、アイリも、栗色の魔導師も、この地の住人はとても優しい。なんの見返りも求めずに、困っているからという理由で助けてくれる。

 栗色の魔導師――名前を何て言ったか……そうだ、なのはだ。高町なのは。彼女は敵対関係にあるはずなのにいつもフェイトのことばかり気にしていた。自分やフェイトが突き放しても決して諦めずに、フェイトの隣に立とうとしてくれた。

 アイリだってフェイトを陰ながら支え続けてくれた。他人の感情に臆病になっていたフェイトに、温かみを教えてくれた。

 アイリの妹だって、見ず知らずの自分を無償で手当てしてくれて、傷ついた自分の心配をしてくれている。

 

 やっぱり、あの母親の元にいてもフェイトは幸せになれない。優しさの欠片もないあの女の側にいても不幸になるだけだ。

 人の優しさに触れると、そのことをより一層実感する。

 どうせもう逃げられない。ならば何もかも手遅れになる前に、アイリやなのは……そして管理局に助けを請おう。

 それがたとえフェイトに恨まれることになろうとも。いつかフェイトに明るい未来が訪れることを願って。

 

「大丈夫? 無理しちゃダメだぞ。食べやすいように軟らかいごはん置いておくから、元気な時に無理せず食べてね。首輪してないみたいだけど、毛並みがいいから誰かのペットなのかな……。ご主人様探しもしてあげるから、しばらくは安静にして傷を治しちゃいなさいよ」

 

 少女の温かな優しさに包まれながら、アルフは再び夢の中へ、久しぶりの穏やかな眠りについた。

 

 

 

 

「なんで……攻撃してこなかったのかしら……?」

 

 アイリの放つ光に包まれたプレシアであったが、なぜか魔力暴発に曝されることはなかった。

 それどころか場に満ちていた魔力もすべて消滅していた。光が収まった空間は、依然として今までと同じ光景を保っている。となると、先程の魔力は威嚇だったのかもしれない。自分はいつでもこの場を破壊できると、目の前の少年はそう伝えてきたのだ。

 

「もとより、攻撃する予定じゃなかったしね。言ったでしょ? 僕は話し合いに来たって」

「そう……ならその話しは終わりね。お断りよ。私はあの子にあげるものなんて何もないの。成すべきことは自分の力で成し遂げるわ」

「それは、アルハザードで?」

「…………そうよ」

 

 もはや理由は問うまい。この少年はすべてを知っているという前提で考えたほうがいい。

 自分の最大の障害となるものは、あのジュエルシードの探索者たちでも、時空管理局でもない。目の前のこの少年だ。

 言動からしてフェイトのために行動しているのだろう。となると、自分の行動はさぞかし許せないに違いない。

 目の前の少年を排除しないことには、自分の目的は達成されない。

 

 ……連戦が体に響く。次元干渉攻撃を三発も放ち、フェイトの使い魔と戦い、先ほどもだいぶ魔力を消耗した。

 病気に侵され続けてきたこの体はもう限界だ。

 それでも、止まれない。

 あとほんの少しなのだ。

 あと少しですべてを取り戻せる。

 

 そのまま戦いになるかと思われたが、少年は両手を上げて降参の意思を示した。

 

「だから戦わないって。邪魔もできるだけしない。フェイトちゃんと貴女の意思を尊重するよ。……まぁ、僕にできることは貴女の意思が変わってくれるのを待つだけかな」

「……それは本当かしら」

 

 この少年が何を考えているのかは分からない。だが、未知数の戦闘能力を秘めているのは間違いない。

 どんな思惑があるにしろ、積極的に戦わないと言うならその誘いに乗った方がいいだろう。

 どうせ、次に次元攻撃をした時に位置を補足される可能性が高い。

 それならば今はできるだけ戦いを避けよう。

 

「邪魔をしないと言うのなら、消えなさい。この子も、あと数日で好きにしていいわ」

「…………そうさせてもらうよ。僕の言葉、忘れないでね。プレシア=テスタロッサ」

 

 少年はそう言い残し、白色の魔力光を煌めかせながら消えていった。

 場に残るのは、プレシアとフェイトのみ。

 色々と思うところはあるが、残された手は非常に少ない。今はフェイトを起こして管理局にぶつけさせることにしよう。

 

「……起きなさい、フェイト。私のかわいいフェイト……」

 

 フェイトを起こしている傍ら、最後にもう一点だけ気にかかったことがあった。

 あの少年の魔力光は、確かに白色だった。それは海上の時も確認している。

 では、さっきの膨大な魔力を放っていた時の青白い魔力光は一体……。

 

 その魔力光が、どことなくジュエルシードの放つそれと似通っていることが気にかかった。

 

 

 

 

「うへぇ、着信がたっぷり……」

 

 アイリが時の庭園から海鳴に戻って携帯電話の電源を入れたとたん、携帯電話が揺れ続けた。

 

 着信――高町なのは20件。

 着信――アリサ=バニングス2件。

 着信――クロノ=ハーヴェイ46件。

 他メール数件。

 

 不在着信の連絡が大量にあった。

 とりあえずクロノのことは放っておいて、なのはがこんなに自分に連絡を取りたがるなんて珍しかった。

 そもそも、別れてから半日も経っていない。一体なんの用があるというのか。

 一緒に来ていたメールを確認する。

 

『アイリ君お父さんたちになのはの事しゃべったでしょ! リンディさんに来てもらってごまかしてもらおうとしてたのに全部台無しになったんだよ!』

 

 ……これも置いておこう。

 アリサからは何の連絡があったのだろうか。

 

『今どこにいるの? ちょっと色々あって、大型犬を一匹うちで保護することになったから。庭にでっかいのがいるからびっくりしないでね』

 

 画像が添付されている。

 開いてみると、なるほど、これは大きいと思わざるを得ない。

 自宅で飼っている大型犬よりも二回りは大きい。横たわっていて全容は分からないが、その橙色の巨体は圧倒的存在感を放っている。額に赤く光輝く宝石も特徴的だ。

 

「ってアルちゃんじゃん! 何でだ!!」

 

 時の庭園で会わないと思っていたら、自分の家にいたとは……。

 怪我してる様だが、何かあったのだろうか。 

 いや、何かあったのだろう。プレシアと。

 自宅でアリサが看病してる経緯は分からないが、怪我をした理由は推測できる。

 

(すれ違いになったのか……)

 

 それが良かったのか悪かったのかは分からない。アルフがアリシアのことを知ったら、余計にプレシアに突っかかっていったに違いない。

 だが、どちらにせよアルフがプレシアを見限ったのは確定だ。これであちらの陣営はプレシアとフェイトのみ。

 フェイトがプレシアから離れようとすることは無いだろうが、プレシアはフェイトを容易く切り捨てるだろう。

 

 プレシアの意思は固い。恐らく、第三者の自分が何を言っても心動かすことは無いだろう。

 プレシアの心を動かすことができるのは、あくまでフェイトだけだ。自分は、そのために出来ることをするしかない。

 

「本当に、儘ならないなぁ」

《……苦労をかけます》

 

 見上げた夜空は雲で覆われていて、暗鬱とした心の内を現しているかのようだった。

 

 

 

 

 次の日、学校から帰ったアイリはわりと困っていた。

 昨夜も今朝もアルフが寝ていたために、怪我人を無理に起こすわけにはいかなかったアイリは帰ってきてから話を聞こうと思っていた。だが、学校から帰ってきたら自宅の中のアルフの小屋の前に怪しいディスプレイが浮かんでいる。そこに映るのは我らが執務官殿だ。足元にいるフェレット状態のユーノと、アルフと共に何やら話し込んでいる。

 

 お前ら人の家で何やってるんだ! そう叫べたらどれだけいいだろう。

 フェレットと映像ディスプレイに住居不法侵入が適用されるのかは分からなかったが叫びだしたかった。

 後ろめたいことがある自分は、ただ何事もなかったかのように気配を殺して家に入るのみである。アルフにはまた時間のある時に話を伺えばいいだろう。そうだ、何も今でなくてもいい。

 ここはひとまず隠れるんだ。部屋でひっそりと時間が経つのを待とう。

 二人にばれないようにこっそりと家に入る。

 

 カランカラン

 

 バニングス家では、セキュリティ強化の意味も含めて玄関を開けると音が鳴るようになっている。そのため、誰かが扉を入ったら中にいる人はすぐに分かるようになっていた。

 

 ――あれ、アリサちゃんだれか来たみたいだよ?

 ――あぁ、呼び鈴も鳴らなかったし、今の時間帯だとアイリが帰ってきたんでしょ。

 ――へぇ、そう……アイリ君が……。それはいいことを聞いたかも……。

 

 ――――詰んだ。

 直感でしかないが、アイリはそう確信した。

 

 

 

 

 夕方の高町家。なのはの部屋にて、アイリは吊し上げられていた。

 その場にはなのはとユーノ。映像越しにはアルフとクロノがいた。

 

「アイリ君、何か言い訳はある?」

「えと、それは何に対してでしょうか……」

 

 最近わりと後ろ暗いことだらけだったアイリは、心当たりを探った。

 

「もちろんなのはのこと魔法使いだってばらしたことに決まってるでしょ!」

 

 なのははどうやら、自分が魔法少女だとばれたことにお冠のようだった。

 

「えぇー。でも僕も別に言いふらしたわけじゃあ……。なのちゃんがフェイトちゃんと市街地でジュエルシード放ったらかして戦ってた時に巻き込まれた時に、ちょっとなのちゃんがリリカルマジカルだったよって兄さんに教えただけなのに……」

「にゃあああ! あの時いたの?! あ、でも確かに次元震に巻き込まれたって……。待って! あの時の変なクリスタルってアイリ君がやったの?!」

「な、何の事? 僕はただの剣士だから、魔法関係の技なんて使えないからね」

「あれ、確かに順番的にそうかも……? 魔法に出会ったのって次元漂流してからだって言ってたし……。でもクロノ君と戦ってた時も剣技とか言って無茶苦茶してた気がするの……」

「気にしないで! とりあえず、僕はその後は特に何もばらしてないから! ってか、そもそも黙って危ないことしてたなのちゃんが悪い!」

「うっ、それは……」

 

 始めの勢いは何のその、アイリとなのはの攻守は今完全に逆転していた。

 このままの勢いでうやむやにするしかない。そう思ったアイリは、さらに言葉をつめようとした。

 

『あぁ、あの時はありがとねアイリ。代わりに封印してくれて本当に助かったよ』

 

 しかし、アルフの言葉にすべてが台無しにされる。今まで無関係を装っていただけに、悪化すらしたかもしれない。

 

「アイリ君……どういう事……?」

 

 上目遣いで覗き込んでくるなのはに、可愛い以外の感情が浮かび上がってくるのは何故だろうか。冷や汗を流しながら、アイリはそう思った。

 

『少しいいか』

 

 クロノが言葉を挟んだ。

 

『アルフから現状について大体の話しは聞いた。こちらが集めている情報と照らし合わせても、概ね真実だろう。…………テスタロッサ家の子供についての裏付けも取れた。これからは、ロストロギアの探索改め、プレシア=テスタロッサの捕縛で捜査が進められていく事になる』

「あ……、その……フェイトちゃんは……」

『フェイト=テスタロッサはプレシア=テスタロッサに親子という関係を盾にいいように使われているだけだろう。ひとまずは、武力制圧した後に保護する形になる。処罰の裁定はその後だ』

「…………フェイトちゃんと戦うの、私にやらせてもらえないかな」

 

 なのはは緊張した趣で話し出した。

 

「フェイトちゃんと、しっかり話し合いたいんだ。まだ、友達になってっていう返事もらってないし……。あの子と、本気でぶつかり合いたいの。きっとすべてはそれから、それから始まると思うんだ」

『なのは……』

 

 あくまでフェイトを主体で考えるなのはに、アルフは思わず声が漏れた。なのはが本当にフェイトを大切に思っている気持ちが伝わってきたからだ。

 

『相手の目的はこちらのジュエルシードだ。フェイト=テスタロッサを誘き寄せて戦うということは、ジュエルシードをかけて戦うということになる。彼女は本当に強い。君に彼女が倒せるのか?』

「……勝つよ、絶対。私とレイジングハートが勝ってみせる」

『………………そうか。なら彼女は君に任せる。僕たちはプレシア=テスタロッサの捕捉と捕縛に全力を注ぐ』

「ほんと?! ありがとうクロノ君!」

『べ、別に君のためじゃない。僕たちだって自由に動けるからだ!』

 

 二人は何やらいい雰囲気である。だが、アイリは些か唐突ではあるけれどどうしても言っておきたいことがあった。

 

「ねぇクロノ、話しの輿をおって申し訳ないけど何で僕は普通にこの場に巻き込まれてるの? 僕はどちらかというと、フェイトちゃんの方に付きたいんだけど……。いや、プレシアさんの目的を叶えるってわけじゃなくてね、あくまでフェイトちゃんの手助けをね」

『ユーノ。そこの馬鹿を念入りに縛ってアースラに転送してくれ』

「あ、え~と……分かった!」

「え、ちょっ待っ……!」

 

 ユーノの手際よいバインドでがんじ搦めになったアイリは、これまた手際よいユーノの転送魔法でアースラへと飛ばされた。

 

『さて、対決は明日の朝に行ってもらう予定だ。…………君には期待してる』

「うん! 任せて!」

 

 こうして最後の決戦の前夜が過ぎていった。




明らさまな伏線がッ!!
……スルーして下さいw



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第十五話『譲れぬ思い』

物語もそろそろ佳境です。


■5月11日 5時55分 海鳴海浜公園

 

 公園は市民の憩いの場であり、それは一日のどの時間を切り取っても変わらない。

 朝も昼も夜も、それぞれの時間にそれぞれの顔を見せる。そしてそれは早朝であったとしても変わらない。早朝の海鳴臨海公園では、いつもならば幾人かの市民がそれぞれの一時を過ごしているはずだった。

 だが今現在、この場所にいるのはなのはとユーノ、そしてアルフのみである。

 その原因はユーノが公園の周囲一帯に広域結界を張っているからに他ならない。魔力を使った特異な結界。普通の人は認識することすら出来ずにその結界に拒絶される。

 一方で、魔法関係者なら侵入することは容易い。もとより、ユーノは侵入者を受け入れるのが目的で張っていたのだ。

 

「出てきて、フェイトちゃん。ここなら……いいよね」

 

 そんななのはの呼び声に応えて、闇の中からフェイトが姿を現す。

 目には寂しい決意の光を湛えて、愛機バルディッシュを展開させていた。

 

「フェイトっ! もう止めよう! あんな人の側にいてもフェイトは不幸になるばっかりだよッ!!」

 

 アルフの慟哭が響く。

 しかし、アルフの思いとフェイトの思いは交わる事は無い。お互いがお互いの事を大切に思っているのに、すれ違い続ける。

 フェイトは、アルフがどうして母から離れていったのか知るよしもない。プレシアとアルフが戦った事も、その理由も知らない。ただ、プレシアからはアルフはもう辛いのが嫌だから逃げ出したとだけ聞いている。

 それで構わない。アルフにはずっと迷惑をかけてきた。不甲斐ない自分のサポートをするのは、さぞかし大変だっただろう。アルフが幸せになれるんだったら、それは自分の側でなくても構わなかった。

 

「アルフ……私は不幸なんかじゃないよ。私には母さんがついてくれているし、離れ離れになってもアルフが元気でいてくれれば、私はきっと大丈夫……」

「大丈夫なもんかッ!! フェイトはもうずっと笑ってない! 今までだって苦しんでたのに、リニスが消えちゃってからはずっと泣き続けてるッ!!」

「…………そんな事ないよ。私はもうそんな泣き虫じゃない。……それに母さんは約束してくれた。この事件が終わったら何でも一つお願いを聞いてくれるって……。だから、優しい母さんに戻ってもらうんだ。私とバルディッシュで、温かな過去を取り戻すんだッ!!」

 

《Scythe form, get set.》

 

 悲痛な感情を言葉に乗せ、フェイトは戦闘体制をとった。

 

「違うよ……。それはきっと間違ってるよ、フェイトちゃん。そんなの、本当の優しさじゃないよ!」

 

《Stand by ready, setup.》

 

「きっとフェイトちゃんの世界はまだ始まってもいないんだよ……。世界は、空は本当に大きくて雄大で……辛いことも大変なこともいっぱいあって……、それでも前に向かって進み続ければ目の前の光景はいくらでも広がっていくんだから!」

 

 なのはもデバイスを変化させ、白色が映えるバリアジャケットを羽織りながら叫ぶ。

 

「私がその光景を見せてあげる。一緒に歩いて、一緒に飛んで! 切っ掛けはきっとジュエルシードだから……全部かけよう。お互いが持ってる、全部のジュエルシードを。やろうよ。最初で最後の――文句無しの真剣勝負!」

「……構わない。勝つのは、私だから……」

 

 それは奇しくも、以前と同じ台詞だった。

 だが、その言葉にのせられた思いは測り知れない。

 一人の少女の今後の人生をかけた戦いが今始まる。

 何度も衝突してきた少女たちの、最後の決戦の火蓋が満を持して切って落とされた。

 

 

第十五話『譲れぬ思い』

 

 

 アースラでは、管理局員及びアイリがモニター越しに二人の戦いの様子を見ていた。

 アイリは結局あの後一時帰宅も許されず、事件には関与していないものの重要参考人扱いを受ける。不自由はさせない代わりに、事件が終わるまで身柄はアースラ預りとなった。

 またこの戦闘を始めるにあたって、アイリは二人の勝負に手を出さないことを約束させられている。

 

「いい子でしょ。あの子うちの娘なんですよ」

「確かに彼女は心優しいが、君の娘では無いだろう」

「まぁ妹分であるのは間違いないんだけど、なんかこう成長が嬉しいというかね、胸に込み上げてくるものがあるというか」

「……君たちは血の繋がりは無いように思えるが、かなり親しかったりするのか?」

「なのちゃんが3歳の頃から面倒を見てるんだ。昔から、他人の事を思いやれるいい子でね~。……なぜか最近になってやたら暴力的になってきたんだけど。どっかのフェレットに化けた少年に唆されて、怪しげな力を使うようになったり、どっかの真っ黒な少年の口車に乗せられて、怪しげな組織に身を寄せたりして……兄貴分としては気苦労が絶えないかな……」

「なっ、僕は別に彼女を騙してなんか…ッ!」

「ほらほら二人とも、なのはちゃんの雄姿を見なよ。あの子に負けてないよ」

 

 モニターの先では、桃白の閃光と金色の閃光が流星のように空を飛び回っている。

 光の通り過ぎた後には幾重の爆発が遅れて生じ、時折閃光同士が激しく衝突している。

 空を縦横無尽に翔け回るその姿は、もはや素人のそれではない。ここにきてなのはは将来の一流魔導師の片鱗を見せつつあった。

 アースラスタッフはその成長を感心の念で眺めていたが、一方でアイリの心境は複雑であった。

 

「どうしてこんなことになったんだろう……。おかしいな……なのちゃんは将来の夢はお嫁さんって言うような平凡な女の子だったはずなのに、何故あんな殺伐とした世界にどっぷり浸かってるんだろう。……どこの黒助が悪いんだろう。誰かが責任を取って引き取ってくれなかったら、どこかの執務官を殴り倒してしまうかもしれない」

 

 そう言って横のクロノを覗き見る。

 ちなみに、なのはが以前その台詞を言った際にアイリの事をちらちらと見つめていたことにアイリは気付いていなかった。

 

 どうやらクロノとなのはは夢の中のような関係では無いようだが、だからといってそうならないとは限らない。それに多少堅物な感があるが、クロノは優良物件な感じがした。

 なのはのためにも、最大限のアシストはしておこうとアイリは思っていた。

 

「いや待て。何でそうなる。……そもそも、責任と言うのなら元凶はユーノだ」

「うーん、ユーノはなぁ~。出会いが最悪だったことは置いておいても、信じてなのちゃんを託せるかと言われたら厳しいかも。まだ子供だけど、フェレットになれることをいいことに黙って毎日女の子とお風呂に入ってるみたいだし……、なんか女の人の水着を集めるのが趣味みたいだし……。いい子だとは思うんだけど……どうもなぁ」

「なんだって?! あのイタチ管理外世界なのをいいことにそんなことしてたのか?!」

「あの子可愛い顔しておいてむっつりだったのかぁ。意外だ」

 

 アイリのユーノに対する印象はあまりいいものではない。その一部の間違いが正されること無く、ユーノに対する勘違いは広がっていった。ユーノは後日この誤解を解くのに多大な労力を要することとなる。

 

 その頃、モニターの中では桃色に輝く砲撃が写し出されていた。

 

 

 

 

(初めて会った時は、魔力が大きいだけの素人だったのに……今は違う。恐ろしいスピードで強くなってる。もう本当に気を抜けない)

 

 フェイトにとって、魔導師としてのなのはは今まで脅威たり得なかった。だが会う度になのはは強くなっていった。

 スピードでは自分が勝っている。手数でもだ。それでも攻撃が通らない。幾つか軽い攻撃は通っても、本命打はあたらない。

 目が恐ろしくいいのか、あたるだろうと思った攻撃も紙一重で躱される。

 

(これならッ!!)

 

 フェイントの攻撃をばら蒔きながら、なのはの死角に回り込む。誘導弾を駆使して、なのはの目の前から攻撃しているかのように惑わす。

 なのはからは自分の姿は完全に見えていない。

 僅かな罪悪感と供に、背後からバルディッシュを振り下ろした。

 

 ギィィィンッ!!

 

 しかし、その攻撃はあたらない。

 直撃かと思われた攻撃は、前を向いたままの状態のなのはが張ったシールドに防がれていた。

 

「なっ?!」

 

 フェイトは体制を立て直すため後ろに下がろうとしたが、バルディッシュが動かせない。バルディッシュの刃がなのはのシールドに噛み込まれている。

 こんな芸当偶然ではあり得ない。狙ってやったとしか思えなかった。

 

(ホールディングシールド! 死角からの攻撃を完全にッ! ……この子は、ただ目がいいんじゃない――――空間把握能力がずば抜けているんだ!!)

 

「……掴まえた」

《Cannon mode. Divine buster, stand by.》

 

 なのはの杖先が光輝く。

 

「ディバイ――ン、バスタ――――ッッ!!」

 

 ゼロ距離での砲撃を受け、フェイトは海面へと叩き付けられた。

 

 

 

 

「ぷはっー!」

 

 フェイトは水面から顔を出し、思いっきり息を吸い込んだ。

 

「こら、――。お風呂の中で遊ばないの」

 

 プレシアが、そんなフェイトを優しくたしなめる。

 

「ごめんなさ~い。でも、かなり長い間水の中にもぐれるようになったよ!」

「あら、凄いわね。って、だから危ないからお風呂で遊ばないの。ほら、こっちに来なさい。髪を洗ってあげるから」

「はーい!」

 

(これは、昔の記憶だ。母さんがまだ私に優しかった頃の記憶だ)

 

「――もいい加減自分の髪ぐらい自分で洗えるようにならないと駄目よ?」

「別に洗えないわけじゃないもん! ただ、自分で洗ってると目にシャンプーが入ってくるからイヤなだけだもん!」

「フフっ、それじゃあきちんと出来てるとは言えないわね」

 

 プレシアは苦笑しながらも優しくフェイトの髪を洗い流す。

 

「ねぇ、――。そろそろあなたの誕生日でしょう? 何か欲しいものはあるかしら」

「ん~、急に言われてもなぁ。こんど考えとくね!」

「えぇ、よろしくね。母さまもできる限りお願いを叶えられるよう頑張るから、何でも言ってちょうだい」

「うん! ほんとに欲しいものを精いっぱい考えてみる!」

 

(そうだった。誕生日のプレゼントを母さんが用意してくれるって張り切ってたんだ。私は結局、何を頼んだんだっけ?)

 

 思い出そうとしても、記憶が昔過ぎてかよく思い出せない。

 

(何か、母さんが凄く困ってた気がする。私は何を頼んだんだろう。誕生日に何を貰ったんだっけ。……あれ? 私は、誕生日を……向かえたんだっけ……?)

 

 何をおかしな事を考えているのかと自嘲する。ずっと昔にした約束だ。その時の誕生日などとうに過ぎている。

 少し、ぼうっとし過ぎているのかもしれない。

 

「ほら、こっちにいらっしゃい、――」

 

 そうだ。しっかりしないと。自分がしっかりしないでどうするのだ。

 

「どうしたの? そんなところでぼうっとして。ほら、母さまのところへおいで――アリシア」

 

 

 

 

「――っ!!」

 

 フェイトは海面から飛び出し、思い切り息を吸い込んだ。

 

(何を呆けているんだ。今は戦闘中だ)

 

 自分の手が掴んでいるのは、母の手ではなくリニスの残したバルディッシュ。自分の目の前にいるのは、母ではなくジュエルシードを巡って敵対する魔導師だ。

 意識を引き締め、再びなのはと相対する。

 しかし、一度崩されたペースは中々巻き返せない。

 巻き返せないと言うよりも、戦況が変化して削り合いへと突入していった。

 

(あの子……本当に防御が硬い。このまま削り合いは危ないかも……まだ未完成だけど……アレで攻めてみるか……防御の上から撃ち抜く一撃を。接近したクロスレンジで攻めてみよう)

 

 今まで飛び回っていたフェイトは空中で静止し、気持ちと意思を切り替えた。

 

「バルディッシュ、ザンバーフォームを」

《Yes, sir. Zamber form.》

 

 そして魔力を電熱の剣へ変換し、いざなのはに飛びかかって近接戦闘へとシフトしようとした時に互いの間の空間にディスプレイが現れた。

 

『あーテステス。これちゃんと表示されてる? フェイトちゃんに聞こえてる?』

《――――。》

『なら大丈夫かな。んーでもなぁ、これ絶対に後で怒られるよね? 大丈夫? いや、ダメな未来しか見えないけど……』

 

 そこに映し出されたのは自分を時々助けてくれていた少年。

 以前母親の攻撃から助けてもらった際に、管理局に収艦されたはずの少年だ。

 今は管理局に身を寄せているのだろうか。

 自分に一体何の用があるというのか。

 

『フェイトちゃんに伝言ね。フェイトちゃんの「一番得意なこと」は何? フェイトちゃんの一番の武器、そしてバルディッシュの一番の強みは何かを思い出して。……今まで鍛え上げてきた君の強さを信じて、だって』

『君はなんで敵に助言しているんだ!』

『え、ちょっ……なんでデバイスを変型させッ……!』

 

 ザー――――。

 

 映像は少し乱れた後消えていった。消える直前に執務官が少年に殴りかかっている姿が映った気がした。

 突然ではあったけれど、その少年の言葉は何故か心に響いた。

 

(…………そうだ。私は自分の武器をまだ出し切ってない。できることを、ちゃんとやろう。相手の反応が素早くても更に認識の外からの攻撃を。速度とシャープショットで圧倒してみせる!)

 

 あんな風に指導されたのは久し振りだ。

 フェイトは、その少年の助言がまるでいなくなった自分の先生のようだと思いながらも、意識を再び入れ替える。

 先ほどまでの弱気で後ろ向きな気持ちから、少しだけ前向きな気持ちへ。

 自分の持てる力を目の前の少女にぶつけよう。

 

「いくよ……」

「……うん。きて、フェイトちゃん。何度でもぶつかり合おう。言葉と気持ちが伝わるまで、何度でも。私だって……絶対に諦めないから!」

 

 フェイトは体制を立て直し、雷刃の剣を戦斧に戻して再びなのはと激突する。今までで一番速く、一番鋭く。

 なのはもそれに応えて飛翔し、時には砲撃を、時には頑強なシールドを展開してぶつかり合う。

 

 戦闘は佳境へと突入していった。

 

 

 

 

 アースラのブリッジで、アイリは頭にたんこぶを作り正座させられていた。

 

「手は出さないと約束したはずだが?」

「だから手は出さないで、口だけ出したのに……」

「屁理屈を言うなッ!」

 

 ガンッ! っとクロノが再びアイリの頭にS2Uを振り下ろした。アイリは恨めしそうに自分の胸元のデバイスを見つめたが、セリスは何の反応も返さなかった。

 エイミィがモニターを観察しながら告げる。

 

「フェイトちゃんの動きが結構良くなってる。さっきまではなのはちゃんが押してたけど、今はどっちが勝ってもおかしくないよ」

「本当に余計な事を……。なのはがまっすぐ戦う事だけに意識を向けられているのがせめてもの救いか」

「なのはちゃんには、あの事を伝えてないもんね……」

「……アイリ、正直に答えてくれ。君はフェイト=テスタロッサの出自について知っていたな?」

「うん、知ってたよ。彼女のことも、アリシアのことも……」

「そして知っている理由を話すつもりも無い。……そうだな?」

「申し訳無いけど……。ゴメンね、あやしくて」

「全くだ。そもそも君の立場は微妙なんだ。管理外世界の住人で、魔法についても偶然に出会った。そして管理局に対して敵対の意思を示しているわけでもない。明らかに今回の事件の一被害者に過ぎないはずだが、何故か事件の全容を知っている可能性がある。あくまで無抵抗じゃなかったら何らかの理由を作って無理矢理にでも拘束しているところだ」

「うーん、そこのところは感謝してるよ。クロノは優しいね! メチャクチャ拘束されたような気はするけど」

「別に優しくはない。これ以上少しでも変なことをしたら本当に独房にでも突っ込んでおくからな」

「あんまり無断外泊ばかりしてたら、実の妹の雷が落ちるから勘弁かなぁ。っていうか、もしもの時はごまかすのに協力してね。なのちゃんと違って魔法使いってバレてるわけじゃないから説明よろしく!」

「何と言うか……君は案外いい性格をしているな」

 

 なのはの秘密はバラしておきながら自分の秘密は隠し通そうとするアイリに、クロノは少し呆れながらも同意したのだった。

 

 

 

 

「あれっ、動けないッ!! バインド?!」

 

 フェイトの攻撃を避け続けていたなのはだったが、ある空間を通った瞬間に四肢を拘束される。フェイトが設置したライトニングバインドだった。

 止まった的。動かせない体。無条件に相手を攻撃できる最大の好機。

 この最高の好機を前に、フェイトはすぐさま攻撃に移るような真似はしなかった。

 僅かなダメージではダメだ。本格的なダメージを通さなくてはこの少女には勝てない。この戦いの中で、その事を実感していたためである。

 フェイトはその拘束時間を利用して、自身の最大攻撃呪文の詠唱に入る。

 自分にとっての最後の切り札――フォトンランサー、ファランクスシフト。

 発射口となるスフィアを次々と空中に出現させていく。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。

 疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ……」

 

 一つ、二つ、五つ、……十……二十……三十……。

 出現が止まらない。最終的に計三十八個ものスフィアが現れる。

 一つ一つが今までのフォトンランサーのスフィアと同質の存在。そこから雷撃の槍が秒間七発、四秒間連続で発射され続ける。

 合計にして1064発のフォトンランサーを放つことにより、どんなに相手が堅かろうと防御ごと削り取るフェイトの技の集大成だ。

 そのかわりに、この技は魔力を大量に消費する。この技を耐えられたら、もはや自分に戦える力は残っていない。

 

(問題ない。この技で倒せない相手なんていなかった。リニスから教わった、私の必殺技だッ!!)

 

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。

 フォトンランサー・ファランクスシフト。

 ――撃ち砕け、ファイア――ッ!!」

 

 空が金色に光輝く。

 幾重もの雷が下から上へと、自然の理を反するかのように突き進んでいった。

 

 なのはは動けなかった。バインドから抜け出すことが出来ずに、シールドを何枚も展開する。

 しかし、そのマルチシールドも全て破壊される。一撃一撃が鋭く、とても全ては防ぎきれなかった。

 なのはの体に槍が刺さる。一度シールドが崩れたら止まらない。二本、三本と体にフォトンランサーが突き刺さっていった。

 

 爆発が続く。

 もはやなのはの体は魔力と水蒸気によって作り出された煙幕で確認することは出来ない。

 フェイトは最後の一つを投擲する。とりわけ魔力を込めた、巨大な雷槍だ。

 放たれた槍は煙幕の中心へと吸い込まれていった。

 

「スパーク、エンド……ッ!!」

 

 全ての力を出しきった。

 バインドで拘束からのファランクスシフト。自分の必勝パターンだ。

 ただ、やり過ぎてしまったかもしれない。相手の事を気にしている余裕など無かった。それほどの接戦だった。

 自身の出来る最大の攻撃を完全に与えた。非殺傷設定だが、死なないだけで後遺症が残るかもしれない。

 やり遂げた後に残るのは、相手に対する配慮の心。

 自身の目的のために踏み台にしてしまった少女の事が気がかりだった。

 

 煙が晴れていく。

 あの少女が墜落した様子は無い。

 ならば、まだ意識は残っているという事か。

 しかし、いつ意識を飛ばして海に落下してしまうか分からない。

 フェイトは、対決した少女が遥か上空から海に衝突してしまわないように下に回り込もうとした。

 その時に気付く。気付いてしまう。

 自身の体が、バインドで拘束されている事に。

 

「なっ、バインド?! そんな、まさか……ッ!!」

 

 晴れていく煙の中で、桃色に光る遥か巨大な光球が徐々に姿を現した。

 

「……そんな……」

「受けてみて、私の最後の力。ディバインバスターのバリエーション……」

 

 場に散らばっている魔力が、少女の杖の先に収束していく。

 それはあまりに大きく、今までの魔力砲など比較にならない規模で、全てを飲み込む圧力で……。

 

「そんな……」

「スターライトォォオ――」

 

 今までの戦いで全ての魔力を注ぎ込んだフェイトからしたら、この段階でのこの威力の攻撃はあまりにも非常識で……。

 

「……そんな……ッ!!」

「ブレイカ――――――ッッ!!!!」

 

 視界の全てが、桃色の魔力光で満たされた。

 

 

 

「死んだか……?」

 

 モニターで様子を見ていたクロノは、思わず呟いた。

 先打ちのフェイトの攻撃もあり得ない威力だったが、その後のなのはの攻撃はもっとヤバい。

 あれは砲撃系魔法の極致の一つ、収束魔法だ。

 いつの間にそんなものをという気持ちもあったが、今はそれの直撃を食らったフェイトの容態が心配であった。

 

「な、なのちゃんが人殺しに……? え、フェイトちゃん……え?」

 

 アイリは顔面蒼白で顔を震わせていた。

 妹分が友達を殺す現場を目撃してしまった。

 

「二人とも落ち着いて! 非殺傷設定なんだし、大丈夫だよ。…………多分」

 

 フォローするエイミィも、少し不安げである。

 モニターの中では、海へと墜ちたフェイトをなのはが救出していた。

 

「あ、ほら! 目を開けた! 生きてるよ!」

 

 エイミィの指摘通り、フェイトの意識は残っていた。

 バリアジャケットはボロボロで、魔力残量はゼロに等しい。バルディッシュも待機状態へと戻っていた。それでも息はあった。

 

 一つの勝負が終わった瞬間であった。

 

『私の……勝ちだよね、フェイトちゃん』

『…………うん』

 

 勝負の確認をするなのはに、フェイトは様々な思いを秘めながらも同意した。

 そしてそれは、ずっと続けてきたフェイトの孤独な戦いが終わってしまった瞬間でもあった。

 

《Put out.》

 

 バルディッシュから11個のジュエルシードが排出される。

 なのはにとってすべての始まりのジュエルシード。フェイトにとって母が望み、母に与えたかったジュエルシード。

 戦いの果てにそれを手にしたのはなのはだった。

 その様子を眺めながら、クロノが警報を鳴らす。

 

「来るぞ。エイミィ、最大警戒体制だ」

「うん。了解、クロノ君!」

 

 執務官たるクロノは正義を目指す青い若者であるが、決して蒙昧ではない。

 これ程の事件を起こした首謀者が、ジュエルシードがただ渡されるのを見逃すわけがないと睨んでいた。

 

 そしてその読みは的中する。

 

「次元跳躍攻撃、来ます!」

 

 アースラクルーのランディが叫ぶ。

 前回の攻撃があってから、アースラのシールド強化を突貫で行っていた。

 だが、所詮は付け焼き刃。

 大魔導師であるプレシアの本気の攻撃を相手にして無傷というわけにはいかなかった。

 大きな振動がアースラを襲う。

 10秒にも満たない間だが、アースラの機能が一部停止し行動不能となる。

 その時、アイリがぼそりと呟いた。

 

「……現地も危ない」

 

 クロノはアースラへのダメージを確認しながら、横にいるアイリの言動を反芻した。

 確かにその通りだ。本当にジュエルシードを狙うなら優先度はアースラよりも現地の方が高い。

 

 咄嗟に見つめたモニターの中では、アースラに降り注いだような紫電が今にも二人に降り注ごうとしていた。

 

「セリス、座標は分かるよね」

《問題ありません》

「じゃあ、大丈夫かな……」

 

 その瞬間、アイリの姿が消えた。

 一体どこに、という問いの答えはすぐに表れた。

 現地の映像にその姿が映っていたからだ。

 

 ――静寂に消えた無尽の言葉の骸達

 ……闇を返す光となれ!

 

《リフレク》

 

 戦闘が終わって疲弊した二人に直撃するかと思われた次元跳躍攻撃だったが、アイリの放つ光の魔法障壁とぶつかり合う。

 バチバチと激しい音をたてながらも、障壁が破れることは無い。攻撃を四方八方へと弾きながらも、なのはとフェイトへと紫電を通さない。

 暫く攻撃が続いたが、終に紫電が二人に直撃することはなかった。

 

 クロノはそんな一連のアイリの行動を驚愕の目で見ていた。

 アースラに対するものに比べれば大分威力が抑えられた攻撃であったが、それでもかなりの威力の攻撃を防ぐ障壁を一瞬で作り出したこと。そして転送魔法と防御魔法を同時並行的に行使したこと。それに何より――一連の動作が疾いこと。

 次元転送魔法はかなり高度な魔法に属される。大がかりな機械や術式を使えば汎用性は高いと言えるが、逆に個人で使うとなるととたんにハードルが高くなる。

 ユーノが実践レベルで使いこなせているのだってかなりの実力者に分類される。

 しかし、それでもあくまでそれは転移自体の話であり、同時に他の魔法を構成するなど無茶苦茶であった。仮に戦場へ転移するならば遠く離れた所に転移するか、息のあった相方に臨戦態勢をとってもらっておくか、ともかく、アイリは普通はツーマンセルで行う行動を一人で賄っていたのだ。それもそれらを一瞬で行使した。

 

 クロノはここで改めてアイリの魔法の才能を認識する。そして同時に、それを危うくも思う。アイリが突如降って湧いた力に溺れてしまうのではないかと不安に思った。

 同じように才能の塊であるなのはについては、共に過ごした十日間である程度の信頼が置ける事は分かったつもりだ。彼女はただ自分の街と、相対する魔法少女の心配ばかりしていた。

 ならば、彼女の兄を自称するアイリも恐らくは心優しい人物なのかもしれない。今までも、力に酔っているような様子は見られない。

 だが、先入観は禁物だ。力を持つという事は、力に振り回されないようにする義務を発生させる。そしてアイリが負う義務は恐らくかなり重い。

 

(やはりアイリにはこの事件が終わったら、管理局の戦技訓練に参加させて心身を鍛えさせるか……。艦長も管理局に抱えたがってるし、丁度いいかもしれないな)

 

 何だかんだ言っていても、クロノの本性は世話焼きであった。

 そんな事を思っている間にも、事態は動く。

 現場をモニタリングしていたアレックスが唐突に悲鳴をあげた。

 

「現場にて次元転送反応! ジュエルシードが転送されていきます!!」

「直ぐに追跡だッ! そこがプレシア=テスタロッサの居場所だ!!」

「…………ッよしッ!! クロノ君、追跡完了! 座標軸特定したよ!」

「尻尾を掴んだぞ、プレシア=テスタロッサ……。武装局員は転送ポートへ待機! なのはたちはフェイト=テスタロッサを連れてアースラに一時帰還だ! これより、プレシア=テスタロッサの要塞の拿捕に移る!」

「了解!」

『了解!』

 

 クロノは各員へ次々へと指示を出しながらも、状況の把握に努める。

 

(次元転送をしたらこちらが動くことは分かっていたはずだ……。それでも行ったという事は、居場所がばれても問題ないと思っているのか? それほど迄に追い詰められているのか、それとも…………管理局が攻めてきても追い返す自信があるのか?)

 

 クロノは暗闇の中を手探りで進まなくてはならない時のような不安を感じながら、じっとモニターを睨み付けた。

 嫌な予感がどうしても拭えなかった。

 

 

 

 

 フェイトたちがアースラに収艦され、武装局員が時の庭園の各施設を次々と制圧していく。道中には障害も妨害もなく、不自然なほどスムーズに進行していった。

 そしてついにプレシアのいる主の間にたどり着く。

 その光景を見ていたリンディはフェイトに対して、自分の母親が逮捕される場面を見せるのは酷だと別室での待機を進言するが、フェイトはそれを拒否した。

 フェイトはどんな結末になったとしても自分の母の姿を見届けたかった。

 モニターの先では、プレシアが主に座って不敵な笑みを浮かべている。

 

『プレシア=テスタロッサ! 時空管理法違反及び、管理局艦船への攻撃の容疑で逮捕します!』

 

 武装局員がプレシアに杖を向ける。

 庭園の奥へと次々と局員が足を踏み入れる。

 そして、ついに――――それを見つけた。

 

 生体ポットに浮かぶ、金髪の少女を。

 

「え……?」

 

 それは誰の漏らした声だったのか。

 それを目にしたすべての人間の意識が一瞬止まる。

 金色の長髪に、白魚のような肌。目は閉じられていて分からないが、顔の造形はフェイトと瓜二つ。

 

 フェイトそのものといえる人間が、生体ポットの中で静かに漂っていた。

 

『私のアリシアに触らないでッ!!』

 

 紫電が空間を走った。

 プレシアが突如激昂して、ポットの付近にいた武装局員を魔力波で弾き飛ばす。

 

「あり……しあ……?」

 

 フェイトはその様子をただ呆然と眺めていた。

 初めて聞く名前なのに、何故か耳を離れない。

 フェイトの中の何かが、警鐘を鳴らしていた。

 

 ――見ちゃいけない。

 

『もういいわ……。もう終わりにする』

 

 プレシアが杖を振るうと、時の庭園に仕掛けられたトラップが発動した。

 庭園全域を強烈な電撃が襲う。

 

『があぁぁッ!!』

 

 その電撃のあまりの威力の高さに、武装局員は為すすべなく全員戦闘不能へと陥る。その攻撃力に対して事態を重くみたリンディ主体のもと、すぐに武装局員のアースラへの緊急送還が行われた。

 その場に残っているのは、またプレシア一人に、いや、プレシアと一人の少女のみとなった。

 

『もう終わりにするわ……。この子を無くしてからの暗鬱な時間も、この子の身代わりの人形を娘扱いするのも』

 

 ――聞いちゃいけない。

 

『ねぇ、聞いていてフェイト? あなたの事よ。せっかくアリシアの記憶をあげたのに、似ているのは姿だけ……』

 

 プレシアはアリシアのポットを愛おしそうに撫でながら言葉を続ける。

 

『アリシアはもっと優しく笑ってくれた。時々わがままを言うことはあったけど、アリシアは私に温かな心を運んでくれた……私を幸せにしてくれた……』

 

 あまりの事実に、フェイトは茫然自失状態に陥る。

 母が何を言っているのか分からない。分かりたくない。

 エィミィが顔を下に伏せながら補足をした。

 

「プレシア=テスタロッサはヒュードラの駆動炉の実験の際に一人娘を無くしてるの……。その子の名前はアリシア=テスタロッサ。その後プレシアが取り憑かれたのが禁じられた秘術、死者蘇生の研究……。フェイトって名前はね、その一環の記憶転写型人造生命技術の名称……プロジェクトF.A.T.E.から来てるの……」

 

 ――知っちゃいけない。

 

『よく調べたじゃない。ええ、その通りよ。そこの失敗作は文字通り人の形をしたお人形。アリシアの出来損ない。あぁ、そうだ。いい事を教えてあげるわ、フェイト。私はねぇ、あなたを造み出してからずっとあなたの事が――――』

 

 ――気づいちゃ、いけない。

 

『大っ嫌いだったのよ』

 

 プツン、と……。

 フェイトは自分を構成していた最後の要素が、自分を支え続けてきた細い細い糸が切れてしまった音を聞いた気がした。

 

「――トちゃん! しっかりして、フェイト――!!」

『私は旅立つのよ、――ザードへッ! アハハハハッ、アハハ――――!』

 

 手から溢れ落ちたバルディッシュが、地面にぶつかり砕け散った。それはまるで、今のフェイトの心情を表しているかのようだった。

 何も考えられなかった。

 自分は一体……。今までの人生は一体なんだったのか。今までの努力は一体なんだったのか。

 崩れ落ちていく中で、フェイトは自分の生きる意味をすべて無くした虚脱感に包まれていた。

 

 ジュエルシードに端を発した事件は、ここに来て終局へと迫っていった。




別にユーノ君アンチとかじゃないんです。
ただ、なんか巡り合わせが悪いというかなんというか。

以下念話内容。
セリス「私にいい考えがあります」
アイリ「ふむふむ」
セリス「手出しは禁止されましたが、口出しは禁止されていません」
アイリ「な、なるほど!」

結果は推して知るべし。

なのはVSフェイト戦終了です。
次からはフェイトとプレシアさんのお話。


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