ゼロの使い魔で転生記 (鴉鷺)
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原作開始前 第一章
プロローグ


にじファンから転移です。投稿ペースは謎。ゼロ魔の世界観が大好きなので描いてみました。


 今日オレは死ぬことになるだろう。

 なぜ唐突にそんなことを言うかというと、本を買いに行く途中、信号が青になり、よし発進…と思いアクセルを踏み込む。十字路の中心でそれは起こった。トラックが信号無視をして突っ込んできたのだ。運動エネルギーに従い自身の車にそのありあまる力をぶつけようとしている。こんな状況になっても走馬灯なぞでやしない。自身の人生がいかに淡白だったかを死ぬ間際に悟るとは滑稽だな。

 ただゆっくりとトラックが突っ込んでくるのが見える。あまりにも長い時間だ。死ぬ間際だというのにオレは無駄に冷静にことを受け入れた。諦めたと言い換えてもいいかも知れない。

 ふとトラックの運転席を見ると居眠り運転のようだ。運転手が眠ってやがる。なんてしょうもない理由でオレは命を落とすんだろうか。

 まぁ死んでも悔いは…ないことはないが、いい20年間だっただろう。スポーツをしたり勉強をしたり。しかし夢など持っていなかった。心残りはないでもないが。ただ月日は過ぎていくだけで、これからを怠惰に過ごし、意味もなく目的もなく過ごすよりゃ、死んだほうがましかな、と思い目をつむる。

 来世があったなら夢を、一生涯をかけてかなえるための夢を持ちたいもんだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 まぶたを光が差す。オレは…生きていたのか。今生の終わりのようなことを頭の中でほざいたがまだ今生にもチャンスはあるらしい。そんなことを思う。が、泣き声がする、それも自分から、そして体の違和感。

 

「おめでとうございます。元気な男の子です」

 

 なんだ? 子供が生まれたのか? まぁ重傷で生きてたならここは病院だからな。そう違和感を放り投げる。俗に現実逃避という。

 

「おお、そうか、名前は何にしようか」

 

 大人の男性の声が聞こえる。視界に映らないその男性はしばし黙考ののち、

 

「よし決めた。お前の名前はレイジ。レイジ・グスタフ・フォン・ザクセスだ」

 

 なかなか外国チックな名前だな。そういうのが今流行りなのか。

 

「よい名前ですね。グスタフ様」

 

「そうか?それは良かった。サラこの子のこと頼むぞ? 私は仕事にもどらねばならんのでな。来月には妻が子供を産む予定だ。まぁ本妻と妾の軋轢はないから問題はないだろう」

 

「そうですね」

 

 優しい声がして、体がぬくもりに包まれる。眠たい。そう思って意識を手放す。このときのオレはまだ知らない。分かっていなかった。いや知っていたかが事実から目をそらしていたのかもしれない。オレの体の違和感を。目がまだ開かないことをいいことに。



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第一話 現状把握

 オレが生まれること数ヶ月。オレは三日ほど今生の母であるサラなる人の腕の中で現実逃避を続けたが、状況の打開、解決には繋がらないとわかっていたので、この現実を受け入れることにした。この数ヶ月はこの世界(髪の色が赤青緑などだから)の文化、生活水準を考察することにした。見たところオレがいた現代のような電化製品もなければ車なんてものもない。しかし、魔法があった。

 魔法それはロマン。

 若干オタク気質であった前世の自分。であるからにトリップものを読んだこともある。が、まさか自分がその現象に巻き込まれることなどついぞ考えなかった。まぁ起こってしまったもんはしょうがない。と楽観的に考えるしかない。悲観的に考えたって物事は好転しない。そう三日目に割り切り、この不可思議な現象からは目をつむることにした。

 そんなわけでオレはこの前世の記憶を持った状態のまま、この前世の知識を生かすことを考える。日がな一日ベットの上でゴロゴロと赤ん坊の生活を送った。そんなある日イベントが発生した。なんでもオレの母は妾らしい。そう、妾そんな一夫多妻制なんてなんぞやるなんてなんてやつだ。けしからん。と思うがこの世界でおかしいことではないのだろう。

 前世の常識と今世の常識をすり合わせ、最良のオレの常識をつくることで納得することに。妾ってことは本妻がいるってことであり、その本妻との不和はあるのか気になったが、今日ないことが分かった。

 なぜなら今のオレと同じくらいの子がその本妻(推測)とやらに抱かれてオレのところまで二人(正確には三人だが)で来たからである。

 

「サラ。あなたの息子はこの子ですね?」

 

「はい、レイジ・グスタフ・フォン・ザクセスといいます。ユリア様」

 

 どうやら、本妻(仮)の名前はユリアというらしい。そうベットの上で寝ているオレを覗き込む女性(ユリア)を目にしつつ、考える。

 

「歳は私の娘と同じなので、跡継ぎ問題はどうしましょうか」

 

「それはグスタフ様の一存でございましょう」

 

「まぁ、そうね。貴族とはいえゲルマニアの伯爵家なのですから。

 グスタフは優秀なほうなどと言いそうですが、ね」

 

 どうやらオレと同い年の娘さんがいるようだ。早く会ってみたい。まぁ会話ができるとは思わないが。ん? ゲルマニア? どっかで聞いたような。オレは引っかかりを覚え記憶をさぐる。

 

「あらあら、またこの子は難しそうな顔して。」

 

 そういいつつオレの頬をなでる母。どうやら顔に出ていたらしい。

 

「この子、レイジはいつもこんな顔をするの?」

 

「はい、それにあまり泣かないんです。不思議で…」

 

「利発な子に育ちそうね。そうだ、ここに来たのはこの子をレイジに会わせることもあるんだけど、今から仕事なのであなたにこの子の面倒を見てほしいの」

 

「はいわかりました」

 

「それではお願いね」

 

 そう言い、部屋を出ていく。

 

「さぁ、ティナちゃん。この子が私の息子のレイジよ」

 

 そういいオレの隣に寝かせる。オレはその子、ティナを見る。オレの真っ赤な血のような髪ではなく、輝く金髪だった。



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第二話 適応

「フィー、行こうか」

 

「レイちゃん、今行く~」

 

 オレの言葉に反応する、ティナ・フィーネ・フォン・ザクセス三歳。

 

「今日は何する?」

 

「んとね。おままごとしよ」

 

おままごと…。精神年齢23のオレにおままごとをさせるとは、いいでしょう。何事も全力だ。そしてその笑顔には負ける。

 

「いいよ」

 

「じゃあ、わたしがおよめさんね」

 

「ぼくは?」

 

「レイちゃんはフィーのおくさんね」

 

 奥さんが二人になったぞおい。オレらの家庭(本妻、妾)じゃねーんだから。

 

「それをいうなら、おむこさんじゃないのか?」

 

「いいの!」

 

「そうかい」

 

 お嫁でいいらしい。

 

「あらあら、ティナはレイジのお嫁さんになるの?」

 

「うんっ!!」

 

 外野が見てる分には微笑ましい光景なのだろう。現にティナの母。ユリアさんはほほ笑みながら話しかけてきた。オレとしてはこんな回答されると苦笑いしかできない。オレはロリコンじゃないのだから、どっちかというと親の気持ちに近いんじゃないだろうか。

 まぁ生まれてから三年で分かったことは、この世界には魔法がある。なぜならば、有名なライトノベルである、ゼロの使い魔の世界だろうからである。ゲルマニアと聞いて引っかかってはいたので、親たちの会話を聞きそのことを確信。

 今現在はガキンチョなので何もできない。特に何をする気もないのだが。杖を持ち魔法を使わせてもらえるようになるのは5歳からのようだ。待ち遠しい。ま、焦っても詮のないことだ。5歳までにここの文字を把握しておこう。この計画によりオレは母に絵本を読んでもらうことにした。絵本は文字を覚えるのに便利である。あと文字はそこまで難しくはない。英語の文法に似ているところもあるし。

 まぁそんなこんなで今はフィー――ティナとだいたい毎日遊んでいるわけだ。家の庭はどこぞの芝グランドのようである。最近はおままごとにフィーははまっているようだ。オレも童心に帰って、なんて考えず作り笑顔を張り付けつつときどき本気で頬がゆるむが。この世界にも慣れたものである。

 ま、原作は覚えていることなんてほぼ皆無になりつつある。主要人物くらいしか覚えていない。それで十分かもしれないが。

 

「レイちゃんどうしたの?」

 

「いや、ちょっとかんがえごとをね」

 

「ふーん。あ、はいご飯ですよー」

 

「お、ありがとうフィー」

 

 そういい頭をなで、フィーが目を細めるのを見てこちらも、ほほ笑む。この光景を見たユリアさんは、子供どうしとは見えなかったそうだ。



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原作開始前 第二章
第三話 魔法


 ついに魔法が使えるようになる5歳の誕生日の日。来年からは誕生日は社交も兼ねるとか何とか。

 

「レイジ、杖の契約をしなさい」

 

 父であるグスタフ・ザール・フォン・ザクセスが、20サントほどの杖を渡しながらそういう。

 

「分かりました。因みにどのくらいかかるものなのでしょう」

 

「そうだな、私は確か一月ほどかかったかな。まぁ気長にやりなさい。ティナもいることだ」

 

「分かりました。では、」

 

 そう言いオレは父の部屋から踵を返して出る。なるほど一月ね。まぁ気長に行こうか。

 

「ねぇレイちゃん。杖貰ったの?」

 

 廊下を歩いていたらそこにティナ…フィーが現れた。

 

「ああ、ほらこれだよ。」

 

 そういいフィーに杖を見せる。

 

「これが杖かかぁ」

 

「ま、フィーも一月後くらいには貰えるさ。そんときオレはもう杖との契約は終わってるだろうがね」

 

 そう言いフィーの頭をなでる。

 

「むぅー。フィーも早く杖ほしいなー」

 

「こればっかりはオレにはどうしようもできないな。我慢だ」

 

フィーのだだを頭をなでつつ苦笑いで聞く。

 

「それより、今日はどうするんだ?」

 

「レイちゃん絵本読んで」

 

「了解、なら部屋に行きますか」

 

 フィーはまだ字がしっかり読めない。ある程度なら読めるのだが…。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 杖の契約を始めること二週間。杖との契約ができた。魔法はユリアさんが家庭教師が来るまで教えてくれるそうだ。因みにユリアさんは水のラインである。父は風のトライアングルだそうだ。

 

「レイジ、杖の契約はできましたね?」

 

「はい」

 

「では初めに基本であるコモンマジックを覚えましょう」

 

「分かりました」

 

 ついに魔法をこの目で見ることができるのか。あかりのつけ消しは一応魔法だがリモコンみたいだから実感がない。

 

「では、まずはじめにレビテーションから、レビテーション」

 

 レビテーションからそう言い庭の小石を30程の高さに浮かせてとどめる。

 

「おおー」

 

「おおー」

 

 感嘆の声を上げる。オレのまねをしてよこにいたフィーも感嘆の声を上げた。

 

「ではやってみなさい」

 

「わかりました。レビテーション!」

 

 若干りきみつつもレビテーションと口にする。すると、先ほどの小石がユリアさんが上げた30サント程の所まで上がった。

 

「おおーすごい」

 

 素直に驚きである。魔法をはじめてつかった時の感動。

 

「あら、一回で成功ですか。グスタフと同じトライアングルにはなりそうですね。では次に…」

 

 それから一週間ですべてのコモンマジックを修得することに成功。魔法の練習のせいでフィーのことをほおっておいてしまったので、虚無の日にユリアさんとフィー、オレで街に買い物に行くことで納得してもらった。涙目で見られたら嫌なんて絶対に言えない。

 

「レイジ、コモンマジックを覚えたらしいな。ん?ティナが涙目なのは…あぁ」

 

 そこに父登場。フィーの涙目に目が行ったが何やら納得したらしい。

 

「はい。父上、拙いですがなんとかすべてをしっかり発動できるようになりました」

 

「ほほぉ、私なぞ、一月かかったぞ?」

 

「そ、そうなんですか」

 

「ユリアからみて、レイジはそうだ?」

 

「何年かに一人の神童ではないかしら」

 

「神童か…私も鼻が高いな!!」

 

 といい、笑う。神童ね…。そりゃそうか…。

 

「それより、ユリアさん虚無の日はまだですから、系統魔法の適正を見ませんか?」

 

 魔法と言えばこれ、系統魔法。

 

「そうね。ではまず、風のウィンドから唱えてみなさい」

 

「分かりました。…『ウィンド』」

 

 風が吹くイメージをして呪文をつぶやくすると、ビューっとなかなかの風が吹いた。

 

「おお、私と同じで風に適性があるな」

 

「次は火です」

 

「…『発火』」

 

 今回もしっかりとイメージをし、唱える。すると火が出た。頼りないと感じてしまったのはここだけの話。

 

「火にもありか…。次は水だな」

 

「…『コンデンセイション』」

 

 水の魔法のイメージはやはり空気中の水蒸気を凝結させる感じか。結構大きな水玉ができた。おお、なかなかだな…。サバイバルでも水には困らないな。

 

「水は風並みに適性がありそうだ…」

 

「レイちゃんすごいね」

 

 純粋にほめてくれるフィーは水球をツンツンつついている。なんだこのかわいすぎる動物は!!父親は何か難しい顔になりだした。

 

「次は土だから…。『錬金』」

 

 これは石が金属光沢をはなつ。青銅だろう。

 

「これって一応全部に適性あるんですね?」

 

 そういいつつ、二人を振りむく。

 

「あ、ああ。すごいなレイジ」

 

「すばらしい。しかし、全体的に伸ばすか否か。どうします?」

 

 手札は多いほうがいい。よって

 

「全体的に伸ばします。一応風中心で」

 

 なぜ風中心かといわれると、偏在があるからである。スクエアになれば偏在を使える。

 

「なるほど、分かりました。

 今日は終わりです。明日か明後日には講師が来るそうです」

 

「わかりました。ありがとうございました。フィー、今日は時間あいたから、なにかしようか」

 

「んーとね。」

 

 考え始めるフィーを見つつ今後の方針を考える。魔法もそうだが、オレはモヤシにはなりたくないから体も鍛えなきゃいけない。明日あたりから早朝ランニングとかするか?筋肉はまだつける必要はない。身長が伸びなくなっちまうからな。よし、軽くランニング位するか。結論が出たところでもう一度フィーをみる。まだ愛らしい顔を真剣そのものの顔にして考えているようだ。頬がゆるんでしまう。そんなオレたちを見てどう思ったか父親たちは、

 

「おい、レイジなんだその娘を見るような目は」

 

「え?」

 

「グスタフ、今に始まったことではないわよ」

 

「いや、まぁそうなんだが…」

 

 どうやら、おっさんの目になっていたらしい。まぁいいかどうせ精神は25だ。25でおっさんとは言えないだろうが。そう思いつつも親には苦笑いを返しておく。



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第四話 誕生会と辺境伯

 魔法を習い始めて早一年がたとうかとするころ。当然と言えば当然なのだが、妾の子と言ってもオレは貴族であるからにして、一応ではあるが社交界の基本は習っているわけである。数えで6つの子供であるが。つまり何が言いたいかというと、一年たったのだから6歳の誕生日があるわけである。そこに今回は父の知り合い他の貴族を招待して、オレの誕生会兼お披露目会というパーティーを開くそうだ。そんなパーティー嬉しくない。まぁそんなオレの心境はいざ知らず、貴族に生まれてしまったものの一応の務めを果たさなければならないわけである。

 ノブレス・オブリージュだっけか。常に余裕を持って優雅たれ。

 なんか違うがまぁいい。

 そんな、あまり自分の糧にならなそうなガキの誕生会のことよりも今は魔法である。魔法を始め一年で驚異的な成長スピードを見せるオレである。なんでも魔法はイメージが大切なのだそうだ。

 イメージ―想像力―

 イメージしろ!!

 ならばこのもと20歳の今では、そろそろ26歳の脳みそ君をもってすれば容易にイメージできる。今は火以外がすべてラインクラスである。中でも風はオレのお気に入りなので毎日練習としている。一年前に決めたランニングも継続中であり、今ではこの年にしては、ありえないんではないかというくらいの足の速さと持久力を持っている。あとは父に書庫を貸してもらったりをしている。

 この誕生日が終わったら剣術やらの武術を教えてもらえるよう父に掛け合うつもりである。ま、オレのことはいい。

 ティナことフィーであるが、オレの5歳の誕生日2ヶ月後にはやっと杖と契約してオレと共に魔法の練習をしている。オレの魔法を見ていたせいか、なかなか素質があり想像力が培われたようだ。オレと同じで風が得意であるがまだラインには達しない。が、あと半年もあれば到達するのではないかとオレは思う。父も鼻が高いだろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 魔法の修業に明け暮れること一月ちょい。オレの誕生日の日、やってきました誕生会。来る人の名前とかは聞いていない。因みにフィーは来月に同じことが控えているので今日は自室で待機である。オレの家のダンスホールに既に皆が集まったようだ。父であるグスタフがオレの手を引く、自分で行けるのだが…。

 

「本日は息子の生誕記念日にお越しくださり誠にありがとうございます。ほら挨拶しなさいレイジ」

 

 大仰に挨拶をした後にオレにふる。

 

「この度は私の誕生会なるものにご参加くださいましてありがとうございます。レイジ・グスタフ・フォンザクセスと申します。六歳になります」

 

 ちょっと、ガキ臭くはないがまぁいいだろう。社交辞令の拍手が起こってるわけだし。

 

「では、この会をお楽しみください!!後ほど舞踏会ですのでそれまで後ゆるりと」

 

 そういい。オレの父は背を押す。先までの静さとは打って変わって、各々が貴族どうしでしゃべったりしている。その光景をご飯を食べつつ見ていると、そこへ30代くらいの赤毛のおっちゃんが、オレと同い年くらいの赤毛のお譲ちゃんの手を引いてきた。どことなく他の貴族も赤毛のおっちゃんのことを気にしているようだ。

 

「誕生日おめでとう。レイジ君」

 

「お初にお目にかかります。ツェルプストー辺境伯、それと…」

 

「キュルケ、挨拶しなさい」

 

「はい。おとうさま」

 

 ここはゲルマニアであるし、領地は隣とは聞いていたので来ることは予想できたが。

 

「わたしのなまえは、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。七歳」

 

 七歳なのに若干高圧的である。これもこの子の性格のなせるものなのだろうか。

 

「はじめまして、自分の名前はレイジ・グスタフ・フォン・ザクセスです。六歳です。一応一つしたということになりますね」

 

 当たり障りなさそうだと思う対応をする。

 

「噂はかねがねグスタフから聞いてるよ」

 

「噂……ですか」

 

「そう、噂。なんでも全系統に適性があるんだとか」

 

「はい。確かに適性はありますが、適性があるものなら珍しくはないんではないでしょうか」

 

 そう別に適性ってだけなら結構いる。使えるかどうかはどうも違うが。

 

「そう、適性だけならば…だ。しかし、君は全系統が使えるそうじゃないか」

 

オレ達の会話を聞いていて、この情報を知らなかったろうおっさんたちはひそひそ話をしつつ耳をこちらに傾ける。

 堂々と聞けよ。

 

「確かに、一応ですが全系統を使えます。扱えるとなると疑問を挟む余地が残りますが」

 

「そうかそうか」

 

 はっはっは、と笑うツェルプストー辺境伯。なんだ?

 

「私は六歳で、そんなことばの言い回しをする子をはじめてみたよ。なるほど使えるが扱えないね。面白い」

 

 確かに、六歳児が言うことじゃないな。ボキャブラリーも多いし。どう返すか。

 

「すいません。社交の場は初めてなもので」

 

 苦笑いで流すことにする。

 

「ふむ。まぁそうか」

 

 納得を口にするが顔は納得したようには見えない。

 

「わたしの用は終わった。レイジ君。キュルケの話し相手をしてやってほしい。同い年の子があまりいないのでね。しかも異性となると…。では、私は他の者と話しておく」

 

 そう言い残し、キュルケを置いて行った。おい、どう会話すりゃいいんだ。自慢じゃねーがオレも同年代だとフィーくらいしか喋ったことないって。

 まぁいい。ここは無難な話題を……。

 

「レイジって呼んでいい?」

 

 と当たり障りのないだろう話題を模索しているところに声をかけてきた。

 

「ええ、別にかまいません。こちらはどうお呼びすれば?」

 

 一応年上なので敬語で聞く。

 

「わたしもキュルケでいいわよ。あと敬語が似合ってないわ。普通に話していいわよ」

 

「そうか? なら、そうさせてもらおうかな。オレも敬語はそこまで好きじゃない。公私混同する気はないがな」

 

 堅苦しい敬語からの解放を許可された。

 

「それで、さっきおお父様が言っていた、全系統に適性があるっていうのはほんとなの?」

 

「ああ、本当だ。というか、なんで辺境伯に嘘教えなきゃならんのだ。オレの父も懇意にしてもらってるんだ」

 

 領地がとなりということもあり結構父は辺境伯と仲がいい。時たま、ヴァリエールという単語を耳にする。洗剤ならば気が楽だったろう。

 

「まぁ、そうね。それでどの系統が得意なの?」

 

「風が一番得意だね。次点で水と土。一番苦手なのが火だね」

 

「へぇー、私は火が得意なの。もうラインなのよ? すごいでしょ」

 

 オレも火以外ラインだが……。という言葉は飲み込んでおく。

 

「へぇ、そりゃすごいな。火がラインなんて、オレは火はまだドットだよ」

 

 事実なのでそう返す。

 

「すごいでしょ?教えてあげてもいいのよ?情熱の火の魔法」

 

 火が情熱かどうかは置いておいて、そこまでオレ的には火はそこまで魅力的とは思わない。やっぱ風の偏在ができるようになりたい。何年かかるか分かったもんじゃないが。

 

「ぜひっと、言いたいところだが遠慮しとくよ。オレは自由な風が好きなんでね」

 

「あらそう?残念ね」

 

 全然残念そうじゃない。

 そんなこんなでこの後にはちょこっと貴族のおっさんたちがオレに話しかけてきたが、当たり障りなく返して舞踏会になる。舞踏、一応貴族の基本事項として練習はしていたが、初めて対外的に踊る。舞踏は嫌いなんだよ。しかし、一回は踊らなきゃいけない。いちおうはメインなのだから。

 まぁどうせ相手は唯一の異性の子供であろうキュルケになるだろうことは確定事項だろう。

 

「レディ、私と踊っていただけますか?」

 

「ええ。」

 

 レディには全然歳が足りないが一応言う。キュルケも踊ってくれるらしい。ここで嫌だと言われたらどんだけ恥をかいたか。音楽が演奏される。

 

「あら、お上手ね」

 

「そりゃどうも」

 

 軽口をたたきつつ一曲踊り終わり。父の所に行き、

 

「父さんぼくもう眠たい」

 

 といいつつ目をこする。自分の行動をはたから見たらさぞ鳥肌もんだろう。

 

「おお。もうこんな時刻か。わかった。下がっていいぞ。後は私がやっておく」

 

 おやすみなさい。そう返しダンスホールを後にする。全く貴族相手は疲れることこの上ない。まだゲルマニアだからましなんだろう。トリステインとかだったら、どうなっていたことやら。今日は疲れた。フィーももう寝ているだろう。明日にでも父さんに武術について言おうかな。自室のドアを開け、魔法で明かりをつけ、寝巻に着替えあかりを消して、いざ夢の世界へと思い布団に入ろうとしたら。フィーが寝ていた。

 ときどきフィーはオレと一緒に寝たがる。昨日も一緒に寝たんだがな。そう思い苦笑いしつつも、寝ているフィーの頭を撫でオレもその横に寝る。寝るまではそう時間はかからなかった。



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第五話 修行・タンケン

 オレのお披露目会という名の誕生会が終わりはや二月が経つ。一月前にはフィーの誕生会があった。聞くところによるとフィーは父にずっとくっついていたそうだ。

 まぁその気持ちはわからんでもない。オレもほんとの六歳ならそんな感じだったんじゃないかと思う。そんな波乱な二ヶ月間を過ごし落ち着いてきた今日、やっと剣術、武術の先生が来るやらいい。因みに魔法の先生はいるにはいるが、仕事とかであまり家に来ない。が、オレは別に問題なく成長中なので来た時には適当に質問をするだけである。オレは剣術だけじゃなく、ガントレット(手甲)とかグリーブ(足甲)とかでも、攻撃ができるようにしたいので、剣術を習うというよりも武術を習う。一応はブレイドで素振りまがいのことはしていたんだが。

 父は特に貴族だからこんなことしなくていい…などとはい言わずに了承してくれた。言ってきたらきたらで、言い訳は用意していたんだが…。きゆうだったようだ。

 

「お初にお目にかかります。レイジ様。私目がレイジ様の武術を教えさせていただくベルト、ベルト・リッターでございす」

 

 リッターってことは騎士ということであり、名字がないということは貴族ではないということである。生粋の叩き上げで実力だけで騎士になった人である。ゲルマニアならではか。まぁトリステインとかでは珍しいだろう。

 身長は180を超えているだろう。腕は丸太のように太い。歳は20代だろう。

 

「はじめまして、オレの名前はレイジ・グスタフ・フォン・ザクセスだ。今は6歳だな。剣術だけじゃなく武術…格闘術を教えてほしい。よろしく頼む」

 

「分かりました。しかし、剣術だけでなく格闘術もですか。理由を聞いても?」

 

 まぁ疑問に思うのかね。

 

「杖がいつも手元にあるとは限らない」

 

 当たり障りのない答えを返しておく。

 

「なるほど、ではまずこの剣で素振りをしてください。基礎ができてないとうまくいきませんしね。と、その前に体をほぐしましょう」

 

 基礎が大事。ごもっともである。それから体操をしてから素振りを行う。上段からの切り下ろしの繰り返し、100回位で腕が上がらなくなってきた。

 

「今日はここまでにしましょう。レイジ様も続行は不可能かと」

 

 刃のつぶれた剣を地面にさして肩で息をつきつつ

 

「わかった。うげー腕が棒だ…」

 

 魔法の練習の後でやったからよかった。こんなの杖が持てなくなる。両腕をだらりと下げていると。

 

「なかなか、レイジ様は筋がいい。最初の疲れがたまっていないときはしっかりした剣筋でしたよ」

 

 ほめられた。オレはほめられて伸びるタイプだろう。だって自称ドSだし。アホなことを考えているとオレの心のオアシスフィーがとことこ小走りに来て

 

「『ヒールリング』」

 

 ヒールをかけてくれた。これで少し楽になり握力が杖を握れるぐらいにもどる。

 

「すまないフィー。ありがとう」

 

 そう言い笑いかけ頭をなでてやる。フィーの頭の位置はあまり変わらないのだが。フィーは気持ちよさそうに目を細める。愛い奴め。

 

「では、私はこれで次は一週間後に」

 

「ああ、ありがとうベルト。フィーどうした?そろそろ夕食じゃないか?」

 

 辺りは茜色に染め上げられている。 

 

「レイちゃんが剣振ってるとこみてたの」

 

「そうか。どうだった?オレの剣を振ってるとこは」

 

「かっこよかったよ」

 

「そっか。ありがとう。明日は魔法の練習をしような?」

 

 まぁ剣の素振りもするんだが。そう言えば、筋肉疲労は治ったが超回復だったかそれはどうなるのだろうか。

 

「よし。フィー家に入るぞ。夕食だ。オレ腹へっちゃった」

 

 そう言いフィーの手を引き歩く。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 あけて翌日、若干の筋肉痛と闘いながら朝食をとる場につく。

 

「レイジ。武術の方はどうだ?」

 

 父がそう質問をオレに投げる。

 

「まだ初日なので基礎訓練…素振りしかしてませんが、体を動かすのはいいですね。朝起きたら両腕筋肉痛でしたが」

 

「なるほど。」

 

 それきり、会話はなくなる。静かに食事をするのが常であるからこれが普通なのだが。朝食を食べ終わり日課になったランニングに出かける。30分ほど走り家にもどるとフィーが庭にいた。今日は勉強しなくていいのか。珍しい。いつもは昼間では家で座学なのだが。かくいうオレも座学、父の書庫アサリをしている。

 

「フィー今日は勉強はいいのか?」

 

「うん。今日はレイちゃんと一緒にいる」

 

 どうやら座学は今日はおやすみらしい。

 

「そうか。なら早速魔法の練習するか」

 

 そう言い魔法をできるものを片っ端から唱えていく。『エアハンマー』やら『エアカッター』、『錬金』で青銅と作る。青銅のゴーレムと2体出し、戦わせる。

 これでいちおうは操作技術のアップになるとは、魔法の先生談である。『ヒールリング』は後回し。『ファイヤーボール』を最後に出す。フィーは風と水を使う。

 フィーは『エアカッター』も一応使えるが、使う機会が来てほしくないものである。これらを五回繰り返すころには昼になっていた。続きは午後か。

 昼食を食べ午後一番にやることは剣の素振りである。前回は100強で終わってしまったが今日はいかに。30分かけて振り、結果は157回であった。ものすごい成長率である。

 フィーに『ヒーリング』をかけてもらい杖が持てる握力にもどったら自分で『ヒーリング』をかける。すると、握力が大分もどる。続けてもう一度素振りを始める。それを繰り返す。時間を忘れただ無心に、振り下ろす。全身を使うことを意識して。そんなことをやっていると、時間が過ぎるのは早いもので夕焼けが見え、手を止める。辺りを見るとフィーはどうやら寝てしまったようである。木にもたれかかって膝を抱え眠っている。

 自分の腕にヒールをかけ、フィーをおんぶして家に入る。そろそろ夕食である。今日は飯がうまいだろう。思わず鼻歌を歌いそうであるくらい、気分は晴れ渡っていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 あけて翌日前日よりも凄まじい筋肉痛が襲い手にものが触れるだけで激痛がはしる。

 ちょ、調子にのりすぎた。

 

「どうしたの。レイジ食べないの」

 

 食事に手をつけない俺を不審に思いユリアさんが話しかけてくる。

 

「いえ、筋肉痛で食器が持てないんです。昨日午後からずっと剣を振っていたんで。」

 

「なるほど、だれか食べさせてあげなさい」

 

 そういうとメイドの一人がこちらに来て食べさせてくれる。これなんてプレイ? これをみてフィーが若干目を輝かせていたのは見なかったことにする。朝食も終わり今日もランニングに繰り出そう。そう思うも歩く衝撃だけで腕が痛い。『ヒーリング』をかけてもらうか…。

 

「フィー。腕に『ヒーリング』をかけてくれないか?」

 

「わかった。はい。」

 

 そういいオレの腕に『ヒーリング』をかける。さっきよりもずいぶん楽になった。魔法は素晴らしい。改めて魔法の利便性を感じた。

 ランニングから帰ってきたらなんと久しぶりに魔法の先生がいた。

 

「ミスタ・シード。お久しぶりです」

 

「おや。レイジ君、どこへ?」

 

「いえ、朝の日課のランニングです」

 

「ああ、なるほど」

 

「それでミスタは今日来る予定でしたっけ?」

 

「ええ、正確には来る予定になったんですが」

 

「ふーん。父さんにようですか。今は執務室でしょうね」

 

「なるほど、感謝します。しかし、レイジ君。

あなたまさかまた魔法を開発したとかはいわないでしょうね?」

 

 そう、過去に3度ほど魔法の開発もどきをやったのだ。

 

「いえ、まだ開発なんてしませんよ。いまは武術に興味シンシンですから」

 

「ふむ、まぁいいでしょう。では」

 

 そう言い家の中に消えていく。そろそろ完成しそうなんだよね。新しい魔法。いやーあれはなかなか使えるね。戦闘でだが。問題点はそれなりの地力が必要ってことか。そう問題点を上げていくところで

 

「レーイちゃん。今日もお母さんが、遊んで来いだって」

 

 なに? 今日もだと? それは珍しい。ミスタ・シードが関係ありそうだが。まぁいいか今日はどうしようか。

 

「今日はフィーの好きなことしようか」

 

 昨日暇させてしまったのでフィーにゆだねる。

 

「んーなら今日は森に行こう?」

 

 森。オレの家から街とは反対方向にある木々がうっそうと生い茂る。森に行くまでは歩いて10分ほど。まぁ小動物しかいないし、いいか。何か発見があるかもしれないし。

 

「よーし、なら今日は森を探険だな」

 

「やった。今日はリスさんみつけよ」

 

 嬉しそうに笑う。リスか。見つかるか?

 歩くこと20分、森につく。どうやら思ったより時間がかかったらしい。

 

「よし、手を離すなよ?迷子になっちゃうから」

 

「うん。離さない!!」

 

 元気がいいことだ。掘り出し物がないかディテクトマジックをしつつ歩く。フィーは木を一生懸命、目を凝らしてみている。森の奥へまっすぐ歩くこと十数分、ここら辺からは未体験ゾーンである。さらに歩くこと10分弱二人が同時に声を上げる。

 

「お?」

 

「あ!」

 

「どうした?」

 

「リスさんがいたの。ほら、そこ」

 

 そう言い嬉しそうに指をさす。するとリスが一匹木の実をほおばっていてほおを膨らませていた。

 

「レイちゃんはどうしたの?」

 

「ああ、ディテクトマジックが反応したんだ。

 魔法の痕跡見たいのがあるかもしれない。…そこかな?」

 

 ディテクトマジックに引っかかっるのは魔法的要素があるものと基本相場が決まってる。まぁこんな宝探しみたいなのにはディテクトマジックは使わないんだが。そう思いつつもオレは使う。なぜならロマンだから。いつまでも心は少年でありたい。くだらないことを思いつつも土魔法でディテクトマジックで反応した近辺の土をどけていくすると。

 

「ん?剣?なんだこの短剣?」

 

 掘り出し、汚れを払うと汚れ一つないのではと思わせる短剣が二本あった。これは硬化魔法の跡があるってことは、『固定化』と『硬化』魔法に反応したのか。しかし、なぜこんなところに。そう思い剣を鞘から引き抜く。一本目は両刃であり、もう一本は片刃であった。刀身に傷一つない相当強い硬化魔法であろうことはわかる。そう思い剣を調べようとするとき。

 

「ひぃ!」

 

 フィーの悲鳴が聞こえ服が引っ張られる。何事かと振り返ると。

 

「オー……ク!?」



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第六話 オーク

オークをみて初めに思うこと感じることはなんだろうか。恐怖?

 

オレは豚顔に驚愕した。本当に豚鼻である。がものすごく眼力がある。

 

そんな現状には全く役に立たない考え事を思考から追い出し、最良の判断を模索する。

 

ピリピリとした無言の睨み合いの均衡を崩したのはオレである。

 

オレは睨みをきかせつつ

 

「フィー、父さんたちにこの事を知らせてくれ」

 

声を出来るだけ絞りオレの後ろにいるフィーに声をかける。

 

睨み合うオレとオーク。互いに牽制する。

 

相手の得物は棍棒のようなものであり鈍器であることは確実。

 

「で、でも、レイちゃんは?」

 

その心配はもっともだが…

 

「オレは大丈夫だ。だからフライで最速で父さんたちにこの事を知らせてくれ」

 

大丈夫の根拠はない。

 

ただフィーを安心させるためだけに、オレはフィーだけは何がなんでも守りとおす。

 

「けど…」

 

フィーの声が鼻声になってきた。

 

泣かないでくれ…これはオレのくだらない意地だが…。

 

この時自分も『フライ』で逃げるという手段が忘却の彼方へと追いやられていた。

 

「オレは大丈夫だから、さぁ行く―」

 

そこで状態にシビレを切らしたかこちらに唸り声をあげ突っ込んでくるオーク。

 

動きは鈍重。彼我の距離、目測で10メイル。

 

「行け!フィー!!」

 

「でも、」

 

「行くんだ!! フィーネ!!」

 

「絶対帰ってきてよ!?」

 

「ああ、約束する。オレはお前に嘘は言わない」

 

そこでようやくフィーは元来た道を駆け出す。オークの視線がフィーにいく。

 

「お前の相手はオレだ!!『エアハンマー』!!」

 

オレの魔法がオークにあたり怯む。吹き飛ばないのか…。

 

その隙にフィーはフライでこの場を離脱。第一段階完了。

 

獲物を逃したことに怒りを覚えたかオークの注意がオレに向く。

 

最速で助けが来るのは、10分位か…。

 

「これから楽しいパーチーの始まりってか?」

 

そんな軽口を叩くが額から頬へと汗が伝うことがわかる。

 

右手に杖をもち、左手に先ほど見つけた二本の短剣をもち右半身を前に半身に構える。

 

オークは愚直に突進から棍棒を上段から振り下ろす。

 

それを余裕をもってバックステップで回避しつつ、魔法を唱える。

 

次は殺傷力のある魔法。

 

「『エアカッター』!!」

 

狙うは急所であろう首。

 

見事命中。が、オークの首にかすかな傷を残すだけ、もっと精神力を練り上げろ!!

 

もっと鋭く!!もっと速く!!

 

オークを中心に円を描くよう走り、魔法を放つ、避けられる。後ろの木が倒れる。

 

もっと速く!! もう一度放つ、浅い傷を作るだけ。

 

もっと鋭く!! もっともっと精神力を、そう思い練り上げようとするが、それがいけなかった。

 

練り上げようとしたとき足が止まってしまった。ここが好機とオークは突っ込んでくる。

 

またも上段からの叩きつけ

 

「やばっ!」

 

なんとか間一髪後ろに下がり避けるが、運悪く杖が折られてしまった。

 

「これはマジでヤバイぞ…」

 

知らず知らずにそんなことを言ってしまう。杖がないとオレは何もできないのか?

 

ならもう逃げてもいいんじゃないか?

 

無理に戦う必要はないじゃないか?

 

そんな弱気な疑問が頭の隅を掠める。

 

「いや、ここで逃げたら次も逃げるぞ。逃げの人生でいいのか?」

 

自分に言い聞かせ奮い立たせる。実際は別に逃げても良い。

 

しかし、オークの方が速力は高いので逃げきれるかは謎である。

 

だが普通なら確かにここで逃げた方がいいだろう。

 

六歳児にこなすことのできることじゃない。

 

横薙ぎに振るわれた棍棒を避け、相手を見直す。

 

だが、まだ武器がある。

 

逃げの人生なんて前世だけで十分だ。 守る力を行使するぞ。

 

左手にある二本の短剣を両方鞘から抜き放ち、左手に片刃を逆手に持ち、

 

右手には両刃の短剣を順手に持ちオークに向かって構える。自然とその構えを取った。

 

誰かが言った。

 

戦場で生き残るのは臆病者だと。

 

「いくぞ!!畜生!!覚悟はできたか!?」

 

アドレナリンが出まくってやがる。この高揚感はなんだ? 

 

自然と何故か口元がゆるむ。どうやらオレは相当な戦闘狂なのかもしれない。

 

オークが懲りずに唸り突っ込んでくる。

 

大上段から大振りの一撃、絶大な威力を持った一撃が迫る。

 

極限状態のせいか、相手の攻撃の軌跡が見える。これが達人状態ってやつか。

 

オークの棍棒はオレの腕力では受けるのは不可。

 

ならば、オレは今までとは違い踏み込む。

 

右足で開き気味に踏み込み、右手の両刃の短剣を力の限り右から左に振り抜くよう振るい、棍棒を体の左側を通過させるようにする。

 

棍棒が地面を叩き大地が揺れる錯覚。

 

棍棒を振りきり死に体になったオークの首目掛け、

 

左手に逆手で持った片刃の短剣を左下から右上へ振り抜く…。

 

拍子抜けするほど滑らかに刃が通過した。オークとオレの位置が入れ替わる。

 

即座に振り向く、

 

そこには首がずれ倒れながら血の雨を降らすオークだったものがあった。

 

倒れるのを見届け。骨までも両断する硬化魔法の強固さに助けられたのだろう。

 

「終わった…」

 

知らず口をつき言葉がでる。

 

少し離れた場所に大の字に寝ころがり、乾いた笑いがでる。

 

初めての殺しには特に感じるところはなかった。

 

殺らなければ殺られる…ただそれだけ。そこに、

 

「レイジ!! どこだ!?」

 

父さんが到着したらしい。

 

「父さん」

 

上体を起こしながら呼ぶ。

 

「レイジ!! 怪我はないか!?」

 

そう抱き締めながらいう。心配してくれるのは素直に嬉しい。

 

「大丈夫です。かすり傷ひとつありませんよ」

 

軽口を叩き肩をすくめる。まだテンションがおかしようだ。

 

そこで父さんは気づいたらしい。

 

「これは…レイジがやったのか?」

 

「ええ、死ぬかと思いましたよ。『エアカッター』が通じないんだもの」

 

「そうか、いや詳しい話はあとで聞こう。ティナが待ってる。心配してる」

 

何を思ったか話題をすぐに変える。

 

まぁいい、難は去った。フィーはしっかり役割を果たせたようだ…。

 

そう思いオークを倒した妙に手に馴染む二本の短剣をみる。

 

血油がついているかと思ったが、なんのことはない鞘から抜き放った光沢のままだった。

 

これは、この剣には何かありそうだ。

 

二本の短剣を鞘にしまった所で意識がはっきりしなくなる。緊…張…の糸…が…。



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第七話 青天の霹靂

意識が覚醒する。

 

「ここ…は?」

 

上体を起こしながら辺りを見渡す、見えるのは見慣れた家具たち。

 

オレの部屋である。どうやら気を失ったようだ。

 

そこでフィーが一緒に寝ていることに気づく。フィーには無理させたか…。

 

まぁ生き残れたので良しだ。こういうときは楽観的になろう。

 

なんたってオー クを倒したんだから。そこで部屋の扉が開く。

 

「おお、目が覚めたか」

 

「はい、ありがとうございます。父さん」

 

「何、礼には及ばん。子を助けるのは親の役目だ。それに」

 

「そうよ。レイジ、心配したんだから」

 

そう言い、帝都で平民部隊の隊長をやっていた、

 

母―サラ―が父の後ろから来てオレを抱き締める。

 

「母さん…」

 

「しかし、六歳の身で単身オークを討伐するとは、

 規格外だと思ってはいましたが、これほどとは…」

 

さらに続いてユリアさんが現れ。

 

「レイジ君。私は素晴らしい生徒を持ったよ。今回のオークはなかなか強敵だったろう」

 

ミスタ・シードが部屋に入ってくる。まるでオークを知っているように言う。

 

「ミスタは…知っていたんですか?…オークのことを」

 

「ええ、今日伯爵に会いに来た理由です」

 

「成る程、だから…。ん?しかし、今回のオークってどういうことですか?」

 

「ああ、今回のオークは特別だったのさ。ラインのメイジが討伐依頼を受けたが…」

 

ミスタ・シードでなく父が答え、

 

「普通のオークはラインなら結構簡単な相手なんです。そうですね…。

 ライン…レイジ君の『エアカッター』であればかなり効果があるでしょう」

 

ミスタ・シードが補足する。

 

「けど、かすり傷しかつけれなかった」

 

「ええ、先に言った依頼を受けたラインの方もそうおっしゃていました。なので…」

 

「ラインであるお前には討伐不可能だと思っていたんだが…」

 

オレは討伐してしまったわけだ。

 

「それで、トライアングルである父さんにお鉢が回って来たわけですね?

 しかも、自身の領地ですからなおさら」

 

「そうだ。まぁその依頼ももうないがな。」

 

一体だけだったのだろう。確かにあんなカッチカチのやつが複数体いるのは勘弁したい。

 

「なにはともわれ、無事で何よりです」

 

ユリアさんの言う通り無事で何よりである。

 

「そうだな。そういえばレイジ、あのお前が持っていた二本の短剣はなんだ?

 強力な『固定化』と『硬化』魔法がかかっているが」

 

「今日森で土に埋まっていたのを掘り出したものです。

 その短剣でオークの首をはねました」

 

しかし、凄まじい切れ味だった。

 

「成る程、何を思って埋められたものか、あるいは場違いな工芸品か」

 

思案顔になる父。

 

「そういえば、レイジ君。杖はどこへ?」

 

杖…そういえば折られたな。かすっただけなのに。今思えば凄まじい力である。

 

「それなら、オークに折られました」

 

「なに?折られたならば新調しなくてはな」

 

杖ってのは木杖じゃなくてもいいんだろう。

 

「父さん。ぼくはあの短剣を杖にしたいです」

 

軍杖も剣みたいなもんだ。

 

「む、そうか?まぁレイジがいいならばいいが…」

 

「あの短剣は妙に手に馴染むんです。だから」

 

「わかった。珍しくお前からの頼みだ。いいだろう」

 

「あ、フェイクとして適当な木杖も欲しいです」

 

「…お前は何かと戦うのか?まぁいいが」

 

若干呆れ声で言う父。が、子供に甘いな。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

開けて翌日、日課としている朝のランニングを終えると、母が玄関口にいた。

 

何事かと思い、

 

「母さん、どうしました?」

 

「あなたが剣を習い出したと聞いてね」

 

成る程、稽古でもつけてくれるのだろうか。

 

帝都で平民部隊である抜剣隊なるものを率いていたものとして。

 

「稽古ですか?」

 

「まぁそうよ」

 

「けど、自分はまだ剣の稽古、といっても素振りを一週間もしてませんよ?」

 

「構わないわ」

 

そう言い刃の潰れた二本の短剣をオレに渡す。長さがあれらとほぼ同じくらいである。

 

「どこからでもいいわ。かかってらっしゃい。

 実践稽古でしか得られないものもあるわ。基礎も大事だけれど」

 

その事を聞きオレは素直に構える。

 

構えは、オークにしたのと同じ右手に順手左手に逆手、左半身を前に半身で構える。

 

左手で受け流すなり防いで右のカウンターか、

 

対オーク戦でやった右で受け流し左できめるか…これもカウンターだが。

 

「きなさい」

 

さてどう攻めるんだ?対人戦は基本読みの勝負である。

 

相手の得物はロングソード両手持ち。正眼のかまえ。

 

「行きます」

 

まず、一合目!!

 

右の袈裟斬り、はじかれる。

 

続けて左のから右へ一文字。

 

これは受けられる。つばぜり合いになる。右手を引き絞り突く。

 

左足を引き半身になり避けられると同時に力もそらされ、前のめりになる。

 

首に剣をそえられる。

 

「まだまだね」

 

「そりゃそうですよ。年期が違う」

 

 

「何言っているのよ。私はまだ30にもなってまいせん」

 

「それは…そうですけど」

 

なんかその指摘は違う気が

 

「まぁいいわ。構えがカウンターします。って言ってたけど」

 

うげ、そんなこともわかるのか。

 

「な、なるほど。助言などありませんか?」

 

「そうね。まだまだ荒削りであるし剣筋が素直ね。

 虚実を織り混ぜなきゃ。あとは構えを自然にしないとね」

 

成る程成る程。荒削りはしゃーないだろう。これからよくなっていくだろう。

 

虚実ってのは対人戦を多くやれば付くんじゃなかろうか。構えは…要検討。

 

「成る程、参考になりました。ありがとうございます」

 

「どういたしまして、私はまた帝都にグスタフ様と行かないとならないから。

 よろしくね」

 

なにがよろしくなのかは、いまいちわからんが。父さんも帝都に行くのか。

 

ミスタ・シードに連れられてだろう。

 

新種かなんか知らんがオークの報告があるんだろう。

 

「わかりました。いってらっしゃい」

 

そう言い部屋に行き件の短剣二本を持ち部屋をでる。

 

杖契約が完了するまで魔法が使えないのが痛いな。

 

ま、そのかわりに体操とかして体の調整をしよう。あと素振り。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

母と父が帝都に出立して小一時間ほどたったろうか。オレが剣の素振りをしていた。

 

フィーは部屋でお勉強だそうだ。

 

そんな折りに三人のマントをまとった人が訪ねて来た。

 

近づくにつれ三人の輪郭がはっきりする。

 

なかなか独創的な思考の持ち主のようである。

 

ゴツいマッチョ三人組である。顔もゴツい。年の頃は25過ぎ30弱位か。

 

「どうしました? この屋敷に用がお有りで?」

 

「フム。」

 

そういい、いきなり杖を取り出す。オレの警戒レベルが跳ね上がる。剣を構える。

 

「おい、詠唱をやめろ!」

 

殺すぞと言わんばかりに睨みつけ言う。

 

「待ちたまえ、危害はない」

 

杖を取り出した隣のやつが言う。

 

「なにを……」

 

はたして放たれたのは『フレイムボール』。上空に…。

 

 

そこで唐突に魔法を放ったやつが吠える様に声を出す。

 

「小生の名前はダイヤ!!」

 

「俺の名前はルビー!!」

 

「僕の名前はサファイア!!」

 

続けざまに名乗りを上げる三人。

 

「人呼んで、宝石兄弟!!!!」

 

三人声を合わせそう言うなりポーズをとると、

 

丁度三人後ろに『フレイムボール』が着弾爆破の演出。

 

「……そ、それで、どんな用だ?」

 

気を取り直し聞き直す。すると、

 

 

「兄者、反応が薄いようでござるが?」

 

ルビーと名乗りをしたやつがダイヤとやらにヒソヒソ大声で話す。

 

「む、なぜだ?子供には受けが良いはず……」

 

聞かれた方もさも不思議だと聞き返す。そこへ最後のサファイアだったか、が

 

「兄者たち。だから、言ったではないか。やはり、演出は竜巻がいいと!」

 

そういう問題ではない。

 

いかん、話が平行線をたどる。

 

「おい、あんたたち結局何しに来た」

 

そこでようやく、口論をやめ。

 

「失敬、失敬。小生たちは宝石兄弟。人呼んでジュエルブラザーズだ」

 

英語にしただけだろ。という言葉は飲み込みつつ、

 

「さっき聞いたし、それどうせ自称だろ」

 

驚愕に見開く6つの目。

 

「なぜそれを!?」

 

「うるさい。勘だ勘。それでここになんのようだ?」

 

「用とは…」

 

言葉を区切り、間をあける。なんだ?

 

「兄者」

 

そこで耳打ちするルビー。

 

「そうだった! この近辺に出現したオークを討伐しに来たのだ!!」

 

どうやら思い出したらしい。いちいち叫ばんでほしい。

 

「成る程、あんたら察するに傭兵メイジかなんかだな?

 ご足労ありがとう、と言いたいが、

 昨日討伐されました。お疲れさまでした。目的は達成されました。

 直ちに帰還してください、このやろー」

 

早く家に帰れ。情操教育に不適当だ、お前らの格好は、上半身半裸野郎共。

 

「な、なん…だと!? 噂にはラインでは敵わん敵と聞いて、楽しみにしていたんだが」

 

「あんたら、トライアングルなのか?」

 

「そうとも、俺たちはトライアングルなんだぞ?すごいだろボウズ」

 

そんな言葉遣いで良いのか?

 

「へースゴイスゴイ。じゃ、目的ないなら帰ってください。お願いします。いやマジで」

 

「仕方ない。目的がないとなるとどうしようもない。今回は骨折り損だったな。

 金にならんと意味がないしな」

 

「じゃあなボウズ」

 

そう言い、来た道を引き返す。

 

なんなんだあいつら?疑問が尽きないが、それを押し退け素振りを再開する。

 

終わったのは辺りが暗くなり、侍女が声をかけてからだった。あ、昼飯食ってない。



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第八話 サンドバッグ

変態兄弟来襲から二週ほど過ぎた昼下がり。

 

杖として短剣が契約されたことがわかった。理屈でなく感覚で。

 

「杖の契約がやっとできたか……」

 

魔法のある生活に慣れると不便で仕方がない。

 

なんとまぁ人間は楽をしたがるものなんだか。

 

短剣両方が杖なのだろうか。試しに呪文を唱え、魔法をだす。

 

結果としてはどちらも杖として機能するようだ。

 

二本一対なのだろうか?

 

この短剣にはまだ謎がありそうである。

 

異常な強度の『固定化』と『硬化』魔法がかかってある。

 

この二週ほどでわかったことはオレ以外は鞘から抜剣できないことぐらいであり、

 

その理由も未知のまま。

 

まぁ単純に使用者だから、という理由だろうか…。

 

ま、今考えても栓なきことと割りきり、

 

武術の師であるベルトを契約したばかりの杖で、アクセサリーをいじりつつ待つことにする。

 

「素振りの方は続けていますかな、レイジ君」

 

二週前とは違い僅かながらも砕けた呼び方になっているのは、

 

オレがそう呼んでくれと頼んだから。

 

正確には、「様なんて敬称要らないよ。互いに貴族なんだ」と言ったからである。

 

最初は渋っていたが、押しきった。

 

「ああ、勿論だとも他にやることもなかったしね」

 

杖の契約は短剣を腰の後ろで特殊なベルト(作ってもらった。)に

 

交差させる様にさしており、その状態で刃の潰れた直剣の素振りを行っていた。

 

「成る程、いかほど振れるようになりましたか?」

 

一つ頷き質問をさらに継ぐ、

 

「千はいけるようになりましたよ。まぁ昨日のことですが…」

 

初日の百の十倍である。

 

「やはりレイジ君、あなたは規格外だ。その成長速度は目を見張るものがある」

 

「けど、所詮素振りの回数だ」

 

「いえ、基礎があればこその技です」

 

「まぁ、そうか。それで今日は何をやるんだい?」

 

この自嘲話はおしまい。と、区切り今日やることへ

 

「そうですね。剣を振る、というだけの基礎はできました。

 剣術だけならこれから簡単な打ち込みなどですが、レイジ君は武術、

 とりわけ徒手空拳においても学びたいと言っていましたので、

 今回は脚や拳を鍛えるメニューをしましょう。なに簡単なことです」

 

朗々と長ったらしく説明をし、結果。徒手空拳用の修行らしい。何をするんだろうか。

 

「今言うものを用意してください」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

用意したのは縄、牛革をなめしたもの。本当何をやるんだ?

 

「これは私がやっていたことなのですが、

 サンドバッグなるものを作っていただこうかと」

 

成る程サンドバッグね。ここにもそんなものがあるのか。

 

「理由は相手を殴るなり蹴るなりしたらならば、こちらにもダメージ、反動がきます。

 わかりますか?」

 

作用反作用のことだろう。

 

「ああ、確かに反動がくるな」

 

「そう、ですのでせっかく攻撃したのは良いが、

 こちらの手や脚が壊れてしまわないように鍛えるのです」

 

「つまり、自身の耐久度が攻撃力に繋がるわけだ」

 

「はい。ではサンドバッグを作りましょう」

 

そう言われ納得し、サンドバッグを作る。

 

てか、牛革袋状にしなきゃならんじゃないか。誰かに頼むか…。

 

「おーい、イリス」

 

「はい。なんでございましょう」

 

イリス―オーク遭遇事件から側に仕え始めた侍女である―に縫えるか聞く。

 十代中盤の子である。愛想はそんな良くはない。

 

「この牛革を長方形の袋になるように縫ってくれない?」

 

「わかりました。道具を取りに行って参りますので少々お待ちを」

 

そう言い残し屋敷に姿を消した。縫いあがるまでどうすんだ?

 

「レイジ君。縫い上がるまで、素振りをしましょう。これからは横薙ぎも追加で」

 

「わかりました」

 

そこに勉強が終わったのかフィーがイリスと現れた。

 

「レイちゃん何してるの?」

 

「サンドバッグってやつを作ってるのさ。まだ原型すらできてないが」

 

「ふーん。あ、杖は契約できた?」

 

「ああ、ついさっきできた」

 

「明日からは魔法の練習出来るね!!」

 

にこにこ笑いながらそう言う、

 

「そうだな。一緒にやろうか」

 

「うん」

 

「あ、そうだこれ」

 

そう言い、フィーにペンダントを渡す。

 

マジックアイテムであるペンダントであり、

 

原動力は以前ディレクトマジックで見つけた風石をオレが加工したものである。

 

「よし。オレは今から素振りをする!危ないから離れててな」

 

オレの言葉に頷き離れる。

 

オレの素振りをみるときの定位置。木陰に木に背を預けながら座り込む。

 

それをみて、剣を振るう。イメージはオークを真一文字にぶった切るイメージ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

振り続けること一刻(二時間)ほど、そこでイリスは牛革がしっかり縫えたことを知らせ

る。

 

それに『固定化』をかける。

 

「よし、中には砂を入れるんだ」

 

ベルトの指示で砂を『錬金』し、牛革にぶちこむ。

 

縄で口を固定その接合部の口を『錬金』で鉄に変え『固定化』をかける。

 

あとはどこに吊るすかであるが…。めんどくさいのでつくることにした。

 

魔法で鉄の柱を『錬金』柱から腕を一本だし、

 

そこにレビテーションで縄を引っ掻け、

 

返しをつくりサンドバッグ他に『固定化』をかける。これで完成。

 

「こんなもんかな?」

 

「よろしいのではないでしょうか」

 

「これがサンドバッグ?」

 

納得いくようにできた。

 

よし、鍛えるぞ!!っと意気込んでいたのは、つかの間。ユリアさんが出てきて、

 

「玄関先には不適当なので裏側につくりなさい」

 

その言葉で、もう一度裏で同じものをつくるはめになったのである。



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第九話 街

オーク討伐という一大イベント―前世でいう9月ごろ―から

 

早数ヶ月そろそろ新年を迎えるだろうか。

 

いや基準がどこにあるかは知らないが、どうしても元旦なるものを意識してしまう。

 

20年間そのような環境で生きてきたから慣れはなかなか抜けないものである。

 

そんな冬のある日。自身の領の街、正確には父の領の街であるが。

 

今日はそこ―コメス―にフィーの申し出を受け出かけるのである。

 

勿論侍女付きである。イリスとフィーの侍女クララである。

 

二人とも武術を習っているんだとか、なので子供のおもりもできるというわけだ。

 

オレはおこずかいとして持たされた、

 

1エキューとフィーのおこずかい1エキューを袋に入れ、

 

腰にしっかりと短剣を交差し固定し、杖を腰に差す。

 

マントをつけて完了。

 

フィーは厚手の白いワンピースと帽子にマント姿である。杖は太ももにある。

 

「よし、行くか」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

街に向けて馬車で20分ほどで着く交易の街コメス。

 

一応は諸国との貿易をしているので、

 

トリステイン方面からの商人がツェルプストー領を通り、

 

ここを経由するかたちで帝都などに行く。

 

「フィー、今日は街で何をするんだ?」

 

オレもついでに買いたいものを買うか。

 

「今日はね、お洋服を買いに」

 

なるほど、女の子らしい用事だ事だ。

 

「なるほど、なら洋服を見た後にでも昼食にするか……」

 

そういい窓の外を見る。窓には森―アルデンの森―が映っていた。

 

あそこはの深部は魔物怪物が跋扈しているそうだ。

 

ちょっと興味がある。

 

もっと魔法武術の腕を上げた後にでも行ってみるのも一興だな。

 

そう思い口元がつり上がる。

 

「あ、レイちゃんわるい顔してる」

 

「え?い、いや、べつに悪い顔か?」

 

「うん、なにか面白いモノ見つけた時の顔してる」

 

フィーには分かるらしい。

 

「まぁ、面白いかはともかく、興味がわいたことなら見つかったよ」

 

「どんなの、どんなの」

 

「まだフィーには早いさ」

 

フィーの魔法の技量はつい先日風と水がラインになったばかりである。

 

オレもオークを倒してから武術の修行をしつつも、

 

魔法を修行して二月ほど前に風がトライアングルになったばかりである。

 

まだ親には言って無いが…。

 

「むぅー。レイちゃんの意地悪」

 

むくれるフィーを横目で見つつ苦笑いする。

 

「ま、許してくれ、デザート買ってあげるから」

 

「ほんと!?」

 

デザート進呈で機嫌が右肩上がりに直る。

 

これくらい安いもんである。なにドニエぐらいだろうか。

 

 

 

街に着き大きな貴人用の店に入りフィーのお眼鏡にかなう服を探す。

 

フィーは時折オレに感想を服を着て聞きに来る。全てにあっている。

 

フィーに似合わないものなどほぼ皆無ではないだろうか。

 

と真面目にアホなことを考えていると。

 

「レイちゃん。買ったよ」

 

どうやら買い物が終わったらしい。

 

「よし、なら今日は何が食べたい?」

 

昼食何にするか。

 

「極楽鳥の蒸し焼きがいい」

 

久しぶりに極楽鳥かあれはおいしい。鶏的な感じである。

 

「いいね。よし、それがある店に行くか」

 

そこで、ふと振り返る。

 

そこは、横幅3メイルほどの通路に雑踏が広がっているだけ、

 

であるが、脇道が何本もある。街の光と影の境界線。

 

その脇道の1本を睨む。時間にしてわずか一秒。

 

首の方向をもとに戻し、極楽鳥が料理として出されるだろう店を探す。

 

あそこは何かある…。そう感じながら。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

腹ごしらえを終え午後、オレはアクセサリーショップ…、

 

とりわけ魔法関係の店に足を運んだ。

 

理由としてはマジックアイテムの考察である。

 

家の書庫での知識だけでは物足りなくなる。

 

それともう一つが、そう思いつつ一軒の店を訪ねる。

 

「ここに指輪、もしくは腕輪ありますかね?マジックアイテムの」

 

「へい、いらっしゃいませ。

 貴族の坊ちゃま。指輪腕輪はありますが、

 マジックアイテムとなるとさすがにうちでは扱ってやせんねぇ。はい」

 

壮年のひげ親父が出てきた。マジックアイテムは貴重だからまぁしょうがない。

 

「そうか、魔法にゆかりのある指輪か腕輪はあるかな?」

 

「それなら、ありまさぁ。

 貴族のかたから買い取った商品でして、何かしらあるとは思いまさぁ。

 その方は地面に埋まっていたとか何とか」

 

地面に埋めっていた…。

 

オレが言えたことじゃないが何してたんだ?地面の中を探し物か?

 

いや、ただ単に落し物を探してたら偶然…みたいな感じだろう。

 

オレみたい発掘目的では、やらんだろう。

 

「そうか、みせてくれ」

 

親父は一度カウンターの奥に引っ込みもどってきた指輪である。

 

それを見せてもらい、

 

ディレクトマジックをかけると『固定化』の呪文が掛けられていた。

 

それも強力な、あの短剣の『固定化』に比肩しうるほどの。

 

これは…。

 

「これはいくらだ?」

 

「金貨50枚新金貨で150枚でさぁ」

 

50エキューだと?高いのかどうなのか…。

 

いや装飾品としての価値はない。シンプルすぎる何も細工のない指輪だ。

 

よほどの物好き出ない限りこんなの買わない。

 

だから、見つけた貴族も売り払ったんだろう。

 

そう考察していると考察している、沈黙を何やら勘違いしたのか。

 

「40でいかがでどうでしょうか……」

 

値切りがなぜかできた。

 

「いいだろう。40だ」

 

そう言いオレは親父に貰ったこずかい以外に持ってきた今までためていた、

 

こずかいの約6割を使い指輪を買った。

 

店を出るときこれが何か楽しみで、細く笑んだ。

 

今日はこれで終わり、

 

そう思い店先で待たせたフィーとクララと共に街を後にする。

 

帰りの馬車の中でまたフィーに「レイちゃん、また悪い顔してる」

 

と言われたのはまた別の話。



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原作開始前 第三章
第十話  再び


季節は巡る。巡り巡って、ついに来てしまった二度目の誕生会。

 

今回は前回よりも小規模ではある。が、素直に喜べない。

 

だって、社交なんていやだもの。

 

しかし、オレは貴族、やらねばならないことがある。

 

今回はフィーも出席するようである。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

前と同じ感じで開式の辞的文句が述べられ、各々歓談する。

 

昨今の情勢やらなんやらを、少し耳を傾けてみる前に

 

「レイジ、お久しぶりね」

 

そういい、キュルケが現れる。八歳になるお嬢さんである。

 

「ああ、キュルケか、久しぶりだな」

 

「レイちゃんこの方は?」

 

そこにフィーが登場する。てか、初めて会うのか。

 

「フィーこの人はお隣さんのツェルプストー辺境伯の令嬢の…」

 

「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ、

 あなたは?」

 

「わたしは、ティナ・フィーネ・フォン・ザクセンです。レイちゃんとは同い年です」

 

「同い年?…ああ、なるほどね」

 

納得してうなずいている。

 

「あなた、魔法は得意で?」

 

自分の自身のある魔法についてキュルケは早速話を持っていく、

 

去年は確か火のラインだったか…。

 

「わたしはレイちゃんほど得意じゃないですけど、風と水がラインです」

 

「…へぇすごいわね。私も火がラインなのよ。もうそろそろトライアングルね」

 

うんうんという感じに頷きながら語る。

 

結構負けず嫌いのきらいがあるのかもしれない。

 

いや、オレも人のことは言えない。オレもとにかく負けず嫌いである。

 

「ラインなんですか…。すごいですね」

 

純粋にほめるフィー。邪心がない。

 

「あ、ありがとう。あなたもラインなんてすごいわね」

 

若干純真なフィーにおされぎみであるキュルケ。

 

「けど、レイちゃんの方がもっとすごいんですよ!」

 

ここでオレにお鉢がまわる。

 

「そうなの?」

 

「はい、レイちゃん最近火もラインになったんです」

 

確かに最近やっと、

 

火がラインに上がったことは事実であり、戦術の幅が広がった。

 

いや、別にまだ本格的な魔法での戦闘はあれっきりだが…。

 

「火も?ってことは他もラインなの?」

 

そこで些細なこと―別に些細ではないが―を発見し聞いてくる。

 

「ああ、去年から火以外はラインだったな。いやー火はどうも苦手で……」

 

「あなた…、去年はそんなこと言ってなかったじゃない」

 

「いや、聞かれなかったし…」

 

「そうだっけ?」

 

「ああ、火はドットだなぁ、スゴーイって言っただけさ」

 

「た、確かにそれだけだったような……」

 

「ね? レイちゃんすごいでしょ?」

 

「……そうね、すごいわ……」

 

若干落ち込み気味で無垢なフィーの言葉にこたえる。

 

「まぁ、気にするな。いずれは火のトライアングルになれるさ」

 

一応紳士……としてフォローを入れておく、

 

オレが既に風はトライアングルなんて言えない。

 

「そうね。前を向いてなきゃ私じゃないわ」

 

オレのフォローが功を奏したのか、元気になりフィーと会話を開始する。

 

オレはそれを見つつ意識は貴族たちの会話に集中する。

 

こういう社交の場は情報が流れやすい。酒場とかもしかり、酒は人を饒舌にする。

 

「き……ん、ア………の…に、…物…、た……うに……した。と、…きます。」

 

「ええ、その…は私……およん……す。」

 

「何……前触れ……うか…。」

 

「さぁ、まぁ私…………接し…ない………。」

 

なんだ?一層ひそひそ話す貴族を横目で注視する。

 

「レイジ、あなた何ボーっとしてるの?」

 

貴族の話に聞き入っていると、目の前からキュルケの声がかかる。

 

「いや、なんか。胸騒ぎがするだけさ」

 

「そうなの? まぁいいわ、ご飯の食べすぎでしょ?」

 

笑いながら言う。

 

「レイちゃん疲れたの?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

フィーも心配なようだ。いけない、しっかりしなくては。

 

「…、あ、大丈夫と言えば、あのときも大丈夫って言ってたね。かっこよかったよ」

 

「? あのとき?」「どのとき?」

 

キュルケとオレの疑問が被る。

 

「あれ、さっき言いかけたオークとあったときの話で、

 わたしに父さんたちを呼ばせにいかせたときのこと」

 

あー、そんなこともあったな。

 

などと、うっすら思い出すのではなく、あれは今生で一番鮮烈に記憶に残ってる。

 

「オーク!? 人間の子供が好物の?」

 

「ああ、そうだ。話せば長くなるので割愛。あいつはありえなかったね。

 いやほんと、生きてるのが不思議だよオレ」

 

「割愛…。けど、オークってラインの力量があれば簡単に、

 とはいかないけど倒せるはずよね?」

 

「あいつ、なんか他のオークと違うらしいんだよ。

 詳しいことは知らんが突然変異種ってやつじゃないか?」

 

「それで、あのときレイちゃんが言ったの。≪オレはお前には嘘はつかない≫って」

 

そんなことも言ったような気がする。

 

「へぇ、かっこいいこと言うじゃない」

 

キュルケはにやりと笑う。

 

「そう思うならニタニタ笑うな、下品だぜ。レディさん」

 

「いやね、冗談よ。」

 

なにがだよ。

 

 

 

ダンスが終わり、そろそろ、日をまたぐ頃だろうか、

 

オレは新鮮な空気を吸うため一人庭にでて、満月を見上げる。二個ある満月を。



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第十一話 胎動

40歳前後だろうか、の男性が少し落ち着きのない様子で立っているのは、

 

男性の自宅―豪邸―の前である。

 

そわそわと、なにかに急かされるように、額に汗を 浮かべている。

 

そこへ空の彼方から風竜が飛んできて男性の前に着陸する。

 

その背には20代とおぼしき外見の長身痩躯の男性が、目深にツバの広い帽子を被り、

 

耳はおろか、鼻もギリギリ見えるかわからないほどであるが、

 

まるで気にせず風竜の背より地に舞い降りた。

 

「首尾はいかがか」

 

壮年の男性が声をかける。

 

「まぁ上々といったところだ。が、一つ気がかりなのは……」

 

金髪が方にかかるほどの青年がそれに答える。

 

「気がかりとは……?」

 

「ああ、一年ほど前、

 

丁度計画の途中報告したやつがやられたのだ。私の魔法を破り……な」

 

「なんと!! いえ、確かに”その”ようなことは噂として流れませんでしたな」

 

青年の言葉に壮年の男性が驚きの声をあげる。

 

「まぁ、それはいい。

 計画の数の倍用意する。報酬は弾ませろよ?

 近々そいつらの様子見だ。その数を作るにはまだ時間がかかるが」

 

「おお!それはありがたい。報酬は弾まさせていただきます。ささ、中へ」

 

青年は男性の声に従い屋敷に入っていく。

 

そこに壮年の男性が声をもう一度かける。

 

「因みに破られたのはどこでかわかりますか?」

 

その質問に青年は振り返えらず歩きながら、

 

「ああ、それなら。――とか言うところだ」

 

「フム、成る程。では、中で計画を詰めましょう。もっと綿密にしなければ……」

 

青年の返答に納得したのか、そう言い、彼もまた歩き出す。汗は止まっていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

フィーの誕生会が密やか…ではなく、なかなか盛大に、

 

いやまぁオレと同じくらいの規模で行われた。

 

そこには何故かオレの誕生会からオレの家に居座ったキュルケも出席した。

 

両親が帝都に仕事なんだとか。

 

まぁフィーの誕生会はつつがなく、何事もなく終わり翌日。

 

オレはいつものように、 ランニングのあとに

 

――もう座学で習うことはほぼないので、いや、領地経営とかはならわにゃいかんが、

 

いつもどおりに魔法の修行を開始する。

 

一月前からキュルケが一緒である。

 

「レイジ、今日は何をするの?」

 

いつもは『ファイヤーボール』などで、

 

的当て等だが昨日突如閃いた新魔法(仮)をやる気である。

 

「オレは今日、新魔法を試そうかと」

 

「へぇ、どんなの?」

 

残念ながら火ではない。

 

「残念風スペルさ」

 

「なによそれ、意味ないじゃない」

 

「オレには意味あるからいいのさ。まぁいい、よし」

 

一声掛け声と共にルーンを唱える。

 

イメージするのは槍。

 

願うは絶対なる鋭さと絶対なる速さ。

 

掲げた手のひらの少し上に空気が槍の形に収束、およそ2メイル。

 

「あら?『エアスピアー』じゃない」

 

なんだとばかりに言うキュルケ。

 

が、まだこれで終わりではない。

 

収束した槍の穂先に向かい螺旋状に空気が巻き付く。

 

蛇が木に巻きつくように何重にも。

 

「よし、行くぞ」

 

そう言い斜め後ろに跳ぶ、ゆうに3メイルほど跳躍、腕を振り下ろす。

 

槍が斜め下射出された…瞬間にほぼ同時に地面に着弾。

 

高空から巨大な質量体が落下したのではないか、という程の凄まじい衝撃が辺りを襲う。

 

どうやら成功のようだ。着弾点は直径3メイル程のクレーターを形成している。

 

深さはそこまではない。50セント程だろう。

 

名付けて『ウィンドジャベリン』。

 

そのまんまであるが、勿論水平に投げることも可能。

 

『風』『水』の組み合わせで

 

『ジャベリン』と言うラインスペルの上位互換である。

 

何故なら、まずトライアングルスペルである。

 

次に風はほぼ見えない。更に速さと鋭さが桁違い。

 

着地しキュルケに聞く。

 

「どうかな?『風』『風』『風』の『風』三乗のトライアングルスペル。

 

コンセプトは必中必殺だ。名付けて『ウィンドジャベリン』」

 

ドヤ顔になってないか心配である。

 

キュルケをみると開いた口が塞がらないのか、

 

オレがつくったクレーターを見ている。

 

オレの侍女であるイリスは慣れたものでいつものまま。

 

「キュルケ~。どうした?」

 

ここでキュルケが放心状態から復帰する。

 

「え、ええ…凄まじい威力ね。破壊の火よりも破壊できるのじゃないかしら……」

 

まぁこの魔法は完全戦闘用だからな。対多にも有効である。

 

「うんうん、だよね。いやー、なかなかいい魔法ができたね」

 

オレは上機嫌で頷きつつ、土魔法でクレーターを更地に戻す。

 

一発でこれほどまでうまくいくとは…こいつとは相性がいいかもな。

 

『ウィンドアクセル』のときも一回だったか。

 

「素晴らしい魔法ができたついでにオレ印の魔法を見せてしんぜよう」

 

ふっふっふっと合わない笑いをしながらキュルケに言う。

 

「ぜひ、火のスペルを!!」

 

「そうがっつきなさりませんようお願いします」

 

動転から一転興奮したものいいでオレに迫る。

 

変な意味ではない。

 

「では」

 

そういい。火のスペルなんかあったか?と思い出す。

 

ああ、あれがあった。まだオレでは威力が微妙であるが…。

 

「よし」

 

掛け声と共に20メイルほど離れた所にくぼみをつくり、水を張る。

 

そして、『フレイムボール』オレの出力全開で、

 

そのくぼみに向けて放ち、『エアシールド』をオレたちの前に展開、

 

次の瞬間、若干ショボいが爆発のようなものが起こる。

 

爆発というほどの規模ではない。

 

「……こんなのだ!!」

 

さっきのがすごすぎた! 反応が薄い!!

 

「何で爆発したの? 火の秘薬は使ってないわよね?

 いえ、その前に水があるのに爆発? ねぇ、レイジどういうこと!?」

 

横を向くとぶつぶつと言葉を並べ最終的にオレに説明を求めた。

 

「正確には爆発までは起きてない。もっと高温の『フレイムボール』を打ち込めば爆発させることができる。簡単に言うと水蒸気爆発って現象さ。一気にドカン」

 

「水蒸気爆発……聞いたことないわね」

 

そりゃないだろう。そんな概念ここにはないだろう。

 

「物質の状態変化を利用した技だな。簡単には言うと液体とまぁ水だね、

 と気体、いわゆる空気ではそのものの体積、大きさが変わってくる」

 

そこで一度言葉を切る。

 

「それで?」

 

「それで、液体よりも気体の方が、体積が大きいわけだ」

 

「成る程」

 

「で、液体を熱で一気に気化させる。

 すると爆発的に体積が一気に増え、ボカン。となるわけだ」

 

まぁ詳しいことは知らないが…。と付け加えとく。何事にも保険を。

 

「ふーん、まぁ要するに水に火をぶつければいいわけね?」

 

「まぁそうだが相当な高温じゃないとこんな現象起きない。

 それに指向性がないから、危ないことこの上ない。おすすめはできない技だ」

 

「そう、残念ね。けどいつか使えそうね」

 

「まぁ覚えておいて損はないんじゃないか?手札が多いことに越したことはない」

 

そういいこの話は流れた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

昼飯を食べ、武術の修行へシフトする。

 

キュルケはフィーと魔法を修行。

 

フィーにはオレ印の魔法をいくつか伝授してある。

 

風の刃を二つだし放つフィー。

 

『ウィンドカッター・ツイン』である。

 

連続詠唱より、より正確に誘い込み敵に当てることや、

 

二刃目を一刃目の後ろに隠し奇襲。など、戦術の幅が広がること請け合い。

 

とは、オレの談であり信用に値するだろう。

 

うむ。

 

オレの場合トライアングルなので

 

『ウィンドカッター・ツイン』の上位互換の

 

『ウィンドカッター・マルチ』なるものをつくり、目下修行中である。

 

いまだに最大数三刃。髭剃りには使えないので注意が必要だ。

 

「さて、」

 

サンドバッグに向き、徒手空拳の動きをする。

 

右ジャブ左ストレート右ハイ左回し蹴りハイ、

 

右足で踏み切り右ハイを叩き込むよう繋げる。

 

などの動きを一刻ほど黙々と行い、次は半刻ほど魔法も使い体術を磨く。

 

具体的には先の右足で踏み切り右ハイを叩き込んだら終わりだったものが、

 

魔法で重力が無視でき、更なる連撃へと繋がる。

 

短剣を使って切れないのが難点ではある。

 

まぁベルトに相手してもらうときに使うが。

 

まだ勝った試しがないのは、遺憾である。

 

いつ勝てるのやら、こっちはブレイドもありなのに…。

 

まぁオレの連敗記録はおいておいて、

 

徒手空拳のあとは、日が暮れるまで無心に剣を振るう日と、

 

双剣での型を模索する日を交互にするようになった。

 

今日も日が暮れる頃、フィーに声をかけられる。

 

「レイちゃん。ご飯だよ~」

 

「あー、わかった」

 

そういい、額の汗を拭い、空を仰ぐ……。

 

ん? 伝書梟か。

 

空にこちらに向かう黒点を視認、正体を確かめ一息。

 

どうせ帝都からだろう。

 

昼によく来るのを見かける。

 

そう思いフィーとキュルケの方に剣を肩に担ぎ向かう。

 

「不釣り合いね」

 

キュルケがオレをみて、正確にはオレと剣をみていう。

 

「うるさい。オレはまだ130サントだ。こいつは100ちょいくらいかな」

 

そう言い、ひょいと剣を掲げる。

 

「よく持てるわね。その体躯で」

 

「まぁ、持てるもんはしゃーなしだ。飯だろ? 行こうぜ」

 

若干粗暴な物言いでそう返す。

 

「レイちゃん。また新しいの教えて!!」

 

「ああ、風魔法を教えようじゃないか」

 

そう、笑いながら返す。

 

「あなた…いえ、何でもないわ」

 

キュルケは何かを言いかけたが取り消した。

 

「ん?言いたいことは言っとけよ? ストレスは美容の大敵だ」

 

そう言いフィーが握ってきた手を引きながら返し、屋敷に歩いていく。

 

「あ、ちょっと待ってよ」

 

キュルケも慌てて着いてくる。

 

さて、フィーには何を教えようか。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

とある豪邸の一室。そこにきらびやかに着飾る。

 

壮年の男性と顔を覆わんばかりに目深に帽子をかぶる若い男がいた。

 

「施策の方は?」

 

壮年の男が口を開く。

 

「大丈夫だ。直ぐに動くさ。それよりも、お前も策があるんだろ?」

 

青年は自信に満ちた声でいう。

 

「策……と言いますか、気になる事を調べるだけです。

 懸念事項は全て摘み取りませんと」

 

「まぁそうか。私は研究の成果が見ることができればいいのだから」

 

「では、諸侯にも声をかけておきます。可能性のある諸侯に」

 

「ふむ、次会うときは、お前の念願叶う日が確定する。まぁ気長に待て」

 

「わかりました」

 

「では、また会う日まで」

 

「吉報をお待ちしております」

 

そういい会話をしめ、

 

金髪の青年は、来たとき同様風竜にまたがり、空の彼方に消えていった。

 

残された壮年の男性は、顔に様々な影がかかっていた。





以下オリジナル魔法説明。

『(魔法名)』(系統の組み合わせ) ※(直訳)
・魔法の説明



『ウィンドジャベリン』風風風 ※風の投げ槍
風三乗のトライアングルスペル。『エアスピアー』の完全上位互換であり、風を槍状に固め、風を螺旋状に幾重にも纏わせ、高速射出する。貫通力・速度その他の魔法の追随を許さない。スクエアスペルになると…。

『エアカッター・ツイン』風風
『エアカッター』を二個出す。

『エアカッター・マルチ』風風風
『エアカッター』を複数出す。主人公は現在三個出せる。

『ベイパー』水火火 ※蒸気
水蒸気爆発、トライアングルでも発動可能だが、威力・利便性がいまいちな魔法。


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第十二話 不倶戴天

夕暮れ、フィー、キュルケと共に食堂に向かう。

 

そこには、険しい顔をした父がいた。

 

オレなにかやらかしたっけ?

 

と、若干ビクつきかけるが押しとどめる。

 

転生したオレ自身の実年齢よりも父の方が年上なのは変わりないのだ。

 

「小父様、どうなされました?」

 

キュルケも気になったのか声をかける。

 

「おお、キュルケ嬢。いやなに、魔物がアルデンの森に大量に出現したという、

 閣下からそれにかかわる文を貰ったのだ。

 それに伴い私がアルデルの森の魔物討伐を編成しろとおっしゃられている。

 魔物の数が凄まじいらしい……。

 なので、明日からアルデンの森に接する諸侯に文を出し討伐に協力してもらう」

 

どうやらアルデンの森

 

―ゲルマニアの南に位置するトリステインも若干かかっていた気がする―

 

で魔物の大量発生が起きたらしい。

 

「それならば、そこまで悩む必要はないのではないですか?」

 

そう、別に閣下の勅命みたいなもんだ。

 

しっかり諸侯は編成され討伐部隊となるだろう。

 

「ああ、それだけならば問題ないのだが……」

 

なんだ?それ以上に何が…。

 

「報告によると、ドットのメイジでは傷がつけられなかったそうだ。

 ラインメイジでも傷を少々つけるにとどまり撤退したとか……」

 

おいおい、それって完璧あのオーク再来ってことじゃないか…。

 

「父さん、それは……」

 

「ああ、お前の思う通りだ。

 さらに、アルデンの森は数多くの領に接しているほど広大」

 

「ええ、確かに……」

 

何が言いたいのだろう。

 

「トリステインにも接している。接している場所は……

 キュルケ嬢の家と因縁深い。ラ・ヴァリエール公爵領だ。

 そこに使いを出さねばならない。協力をしろとの指示だ」

 

この際トリステインの最大有力貴族との仲も取り持つのか。

 

それは……。

 

「しかし、私は兵の編成をしなければならない。だから」

 

そこでオレを見る。まさか、そのまさか……。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「はぁ~」

 

馬車の中盛大な溜息をつく

 

「どうしたの溜息なんてついて。福が逃げるわよ」

 

「そうです。レイジ、シャキッとなさい」

 

「わかりましたとも……」

 

トリステインとゲルマニアは別段仲は良くない。

 

どちらかと言うと不仲である。

 

トリステインが一方的な論理でアホを言うからであるが。

 

とりわけ領が接する。

 

フォン・ツェルプストーとラ・ヴァリエールは仲が悪い。

 

呉越である。

 

不倶戴天である。

 

殺し合いも何回もしてきたことだろう。

 

そんなのが手を取り合い仲良く魔物退治だ~。などとうまくいくはずがない。

 

なのでオレの家の出番である。

 

特に因縁があるわけでないので、門前払いはないだろう。とは閣下の言だ。

 

閣下はしその血が欲しいのか、トリステインで産まれた――オレと同じくらいだったかの姫様を狙っているんだとかなんとか。

 

とんだロリコンである。口が裂けても言えないが。

 

オレの家からの使者はユリアさんと一応は嫡子のオレ、なぜかキュルケである。

 

お前は家に帰れ。火に油を注いで、さらに水を注いだみたいになるだろ。

 

相容れないもんを合わせていいのか? まぁいい。オレ知らね。

 

フィーはお留守番である。

 

一緒に行くと駄々をこねていたが、

 

父が私を一人にしないでくれとばかりに娘に泣きついていた。

 

いや、比喩であるが。

 

それで渋々本当に不承不承諦めた。

 

一応危険がないとは言えないから。ま、よかったんじゃないかと。

 

オレの癒しは失われたが。

 

「というか、キュルケ、お前なに普通について来てんだよ」

 

馬車に揺られながら、先の持ったことを口にする。

 

「いいじゃない。楽しそうなんだもの」

 

「おい、旅行じゃねぇーんだぞ」

 

「それにトリステインに行ったことないのよね」

 

いや、だから旅行じゃねーから。

 

「ユリアさんいいんですか? ヴァリエールにツェルプストーを会わせて」

 

「まぁ、いいでしょう。流石にそこまで冷酷とは聞いていません」

 

あ、そうですか。

 

「ユリアさんが言うならいいです。おい、キュルケおとなしくしてろよ?」

 

一応釘をさす

 

「分かってるって」

 

絶対わかって無い。目が輝いてる。

 

もう一度溜息をつく。ホント大丈夫かよ。

 

馬車に揺られそんなことを考えつつ、行路はラ・ヴァリエール公爵家へ。

 

速達で会うむねは伝えてあるから、いいかもう。

 

そう思い目をつむり、何か新しい魔法がないか考え始める。

 

新しい魔法、要は既存の魔法の発展版である。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ラ・ヴァリエール領に入り、半日馬車で進む。

 

するとそこには巨大な屋敷が建っていた。ここは城かっつうの。

 

「ここが、トリステインの名家である、ラ・ヴァリエール家。壮観だ」

 

「私の家よりも大きいわね。父様に言っとかなくちゃ」

 

そんなとこで、対抗心を燃やすな。

 

「何をしているんの、いきますよ」

 

ユリアさんに言われ歩きだす。

 

門をくぐると初老の壮年の女性と執事が迎えた。

 

「ようこそお出で下さいました。私はカリーヌ・デジレ・ド・マイヤールでございます」

 

「これはお出迎えありがとうございます。

 私はユリア・アンニャ・フォン・ザクセスと申します。お初にお目にかかります。

 ヴァリエール公爵夫人」

 

「話は主人と共にしましょう」

 

そう言いオレとキュルケを一瞥して、踵を返す。

 

なんだ、あの威圧感。

 

「ユリアさん。交渉はユリアさんに任せます」

 

「勿論です」

 

大事な交渉であるからにガキンチョのオレとキュルケは、

 

夫人の隣にいた執事の案内のもと、一室に案内される。

 

「少々お待ちを」

 

そう言い残し執事が部屋を出て行った。

 

「なんか……。圧倒されちゃった」

 

さっきの夫人の一瞥のことを言っているのだろう。

 

「ああ、あれはなんだ? トリステインの夫人はああなのか?」

 

「それは…、ちょっとやね」

 

ちょっとどころではない。

 

「まぁいいや」

 

そう言い高そうなソファーに腰を下ろす。

 

「私たち何やるの?」

 

「いや、特に何もやらんだろ…。父さんは他の国も見て勉強だ。

 とか言ってたが、公爵家だけ見ても勉強にはならんな」

 

そこで部屋のドアが開く、すると桃色の髪色をした。

 

姉妹がやってきた。確か……名前は。

 

「カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。

 よろしくね」

 

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。よ、よろしく」

 

物腰柔らかそうな人と、

 

若干高飛車な感じをすでに纏わせたオレと同い年ぐらいの子が現れ、

 

自己紹介をする。ラ・ヴァリエール公爵の娘のようだ。

 

「自分はレイジ・グスタフ・フォン・ザクセスです。よろしくお願いします」

 

「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーです」

 

オレらも名乗る。キュルケの名前を聞きちっちゃいほうが柳眉を逆立て、

 

「ツェルプストーですって!?」

 

大きな声を上げる。

 

「まぁ、ルイズ。家名だけで人を判断してはいけませんよ」

 

その声を聞きカトレアさんがルイズを宥める。

 

「……それで、ツェルプストーがなんでいるのよ」

 

「私が、このレイジの……ザクセスの家にちょうどいたからよ」

 

さも当然だとキュルケはいい返す。当然ではない。

 

「ふーん。なに? あんたたち許婚か何か?」

 

「いんや、違う。ただこいつの両親が仕事に出ていないからオレの家にいただけだ」

 

「そうそう。私は人の一番はとらないわ」

 

「まぁ仲がよろしいわね」

 

そこでカトレアさんが食いつく。

 

「まぁ、わるくはないな。わるかったら付いてきてないだろうし」

 

「私もレイジこと好きよ」

 

「それは望外の喜びだ。大体”も”ってなんだよ」

 

「あら、ちがくて?」

 

「ま、好きか嫌いかでいえば好きだな」

 

そこでカトレアさんがコロコロ笑って、ルイズが真っ赤に顔を染めているのがわかった。

 

「なななな何言ってるのよ!! あなたたち!!」

 

「そう怒鳴りなさんな。これはただのコミュニケーションさ」

 

な、といいキュルケにふる。

 

「そうね。週一位でこのやり取りをするわね。まぁほぼ毎日フィーネとあなたでやってるけど」

 

「そうだっけ?」

 

「そうよ」

 

そこでカトレアさんが疑問を挟む。

 

「フィーネちゃんと言う子は?」

 

「それなら、オレの……なんだろ? 妹……でもないし」

 

うーんと首をひねる。

 

「レイジの腹違いの兄妹よ」

 

「あら、そうなの。今日は?」

 

「今回は家で留守番。

 父上が親バカで、フィー大好き過ぎてたまにオレにあたってくるから、

 堪ったもんじゃないよ。トライアングルスペルを放ってくるからな」

 

「まぁ」

 

「トライアングル……」

 

「けどあなたも、最近は返り討ちで捕縛ができるようになったじゃない。『プリズン』って魔法」

 

オリジナルもクソもない。

 

「いや、それまでは超必死こいて逃げてたからね?『プリズン』だって土メイジなら誰でもできるだろ。ただ牢屋の形にして錬金で鉄に変えるだけだ」

 

だがそれが難しいんじゃない。動いてる相手を捉えるのは。というキュルケ。

 

「レイジ君は土メイジなの?」

 

この質問に答えたのはオレでなくキュルケ。

 

「いいえ、こいつったら、全系統が扱えるのよ」

 

「おい、勝手に言うなよ」

 

「全系統が使えるなんてすごいわね。」

 

「全系統!?」

 

ヴァリアール姉妹は同時に驚く。

 

「え、いや、まぁ、一応は」

 

「一応じゃないでしょ。全部ライン以上のくせして」

 

どんどんオレの情報をばらしていくキュルケ、こいつ楽しんでやがる。

 

「お前も火はラインだろ」

 

無駄な争いが勃発しそうなときに、

 

ヴァリエール公爵夫人が部屋に入ってきて、オレを見るなり。

 

「あなた、ランクは?」

 

と、のたまう。

 

「え? ……か、風のラインです」

 

ははは、と乾いた笑いと共に虚偽を言う。

 

「なるほど、嘘はいけませんよ。先の話は聞こえておりました」

 

一瞬で嘘を見抜き、嘘は極刑とばかりの眼光でオレを見据える。

 

てか、結構大声だったのか、気付かなかった。

 

オレが乾いた笑みのまま固まっていると、

 

「レイジ……、ごめんなさい」

 

なぜかユリアさんが来て謝られた。おい、なんだこの状況。

 

「そういうことなので、少し手合わせをしましょう」

 

そう言い踵を返す公爵夫人。おい!! どういうわけだ!!

 

「ちょ!! 待って下さい!! なぜこんな急展開に!!!」

 

「レイジ、理由としては、ゲルマニア……もといツェルプストーには手を貸したくない。

 どうしても手を借りたければ、儂を納得させて見せろ。ですって」

 

納得ってなんだ? なぜそれでオレが戦う理由になるんだ!?

 

ガキのオレと戦って何になるんだよ……。

 

「納得する簡単な条件は公爵との決闘で勝ったら、だから。

一番魔法が使えるあなたにやってもらうことになったの」

 

「なるほど………。なるほど」

 

ぜ、全然納得できねぇー!!主にオレが。

 

「がんばってね、レイジ」

 

そういい爽やかな笑顔と共に肩をポンポン叩きサムズアップするキュルケ。

 

「気の毒に…」「ちぃねえさま、お母さまじゃないだけましよ」

 

そう憐憫の目で見る姉妹。ここでオレは気づく。

 

オレを行かせた理由に。このことを予期していたのか……父よ。

 

いや謀られたのかもしれない。



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第十三話 対峙

ラ・ヴァリエール公爵の言うことを聞き、公爵―40代くらいの金髪―の間が、

 

15メイルほど離れたところに向かい合い、杖をとりだす。

 

他4人は離れたところで見ている。

 

「なるほど、君が噂の……」

 

「どのような噂かは存じ上げませんが」

 

「ふむ、まぁいい。どこからでもきたまえ。先手は君からだ」

 

いい大人が何をたくらんでやがる。そう思いつつも腰の片刃の短剣を左手で抜く。

 

「では、お言葉に甘えて」

 

そういい、『エアハンマー』を放つ。まずはジャブ……。

 

公爵は杖を一振りし、岩の壁をつくる。系統は土か。

 

「次はこちらから」

 

そう言い、呪文を唱える。

 

おい、これは別にターン制じゃねぇぞ。そう思い公爵めがけ駆け出す。

 

相手の呪文が完成、ゴーレムが二体現れる、無手。

 

色的には鉄製……。ブレイドを発動。

 

踊りかかってくる一体の攻撃を右手で抜き放ったもう一本の短剣で受け、

 

こぶしを受け流し、

 

すぐさま二体目のゴーレムがこちらに殴りかかり、攻撃してくる。

 

それをバックステップでよけ、右腕を引き絞り、前に突きを出す。

 

3メイルほど前のゴーレムの頭をオレの“伸びた”ブレイドが貫く。

 

すると動きが止まり、土にもどる。

 

「なんと!?」

 

驚愕の声はだれが上げたのだろうか。

 

続けて再度こちらに向かってきた一体目のゴーレムには、

 

左で同一の突きをくらわし、破壊。

 

すぐさま、また駆け出し……。『エアカッター』を足めがけ放つ。

 

それもまた岩の壁に阻まれる。

 

が気にせず突っ込み、体術勝負に持ち込む、力では勝てないが素早さで…。

 

が、またゴーレムが現れる。

 

今回は5メイルほど、先は1,7メイル位だったが。

 

ゴーレムの叩きつけられる拳を、思い切り横っとびに回避し、地面を転がり衝撃吸収。

 

どうする? こいつにはブレイドは効かないぞ。

 

一昨日開発したやつは……駄目だ威力が抑えられない。

 

なら、ゴーレムを見つつ『エアスピアー』を詠唱、発射。

 

が、今度は先よりも強度が増したのか硬質な音が響いただけ。

 

ちっ。どうする。オレは風以外はまだライン。

 

いや、この年でラインってのは優秀なんだがいかんせん場数が違いすぎる。

 

やはり、風だと速さくらいしか……。

 

あれを使うか……。まだオレが使えこなせてない『ウィンドアクセル』を。

 

そうと決めてゴーレムからの追撃をかわす。

 

「君では勝てんよ」

 

「あたりまえでしょ!! 経験が違います!!」

 

何をあたりまえなことを言ってやがる、頓珍漢が!

 

「諦めたまえ、このゴーレムは壊せん」

 

「諦めたら、そこで試合終了ですよ!!」

 

それにオレは壊さない唯一勝てるだろう。

 

貴族が苦手な近接戦闘、クロスレンジで決める!!

 

そこでオレの体を風が包む。行くぞ!! 『ウィンドアクセル』!!

 

魔法発動の瞬間、体が一気に軽くなり、公爵の方に踏み込む。

 

次の瞬間ゆうに15メイルあったろう距離を詰め、右の短剣で突きを放つ。

 

これが今のオレの体術の最速。

 

難点としては、自分の目が追い付かなかったら意味がないこと。

 

勝利を確信…。

 

ガキィン!!

 

その確信は砕かれる、剣が打ち合った音によって、驚愕。

 

体勢を立てなおそうとして、

 

「チェックメイトだ。」

 

そう言いこちらの首に杖にを当てた公爵が目に入った。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「はぁ~!!?」

 

部屋ににオレの間抜けな叫び声だけが響く。

 

 

「ってことは、最初っから討伐隊は断る気なかったってことですか!?」

 

「そうとも、森の魔物を倒さねば、領民が危機が及ぶ。申し出を断る理由は」

 

間が開く

 

「あなた」

 

夫人が一声かける。

 

「断る理由などなかったのだよ」

 

「何だ……。オレは骨折り損か」

 

そうガックリ肩を落としてソファーにもたれかかる。

 

「いやいや、いい勝負だった。ゲルマニアの神童とやらの噂を聞いていてな。

 気になったものだからつい、昔の血が騒いで」

 

おい、昔も何も壮年のおっさんが何言ってやがる。

 

まだまだ現役だろう。働き盛りのくせしやがって。

 

「しかし、ラインの威力の風魔法じゃないですね。トライアングルといったところですか?」

 

鋭い夫人。そのとおり。

 

「はい、そうですね。はい」

 

「それにしてはラインスペル以下で戦っていましたね」

 

「いえ、トライアングルになったばかりでして」

 

逃げの一手

 

「まぁいいでしょう。しかし、最後の魔法は何ですか?」

 

「風で自分を押して瞬間的に移動することを目的としたものです。

 距離は15メイルほどですが……。それよりもヴァリエール公爵は剣術が相当なレベルな のでは?」

 

「まぁ、昔は剣で儂に勝てるものなしと、言われていたからな」

 

なんだそれ、騎士団にでもいたのか?

 

「しかし、レイジといったか、その年でそこまでとは神童という噂は伊達ではないな。」

 

「そうですね。ルイズにも見習わせたいです」

 

ルイズは夫人の言葉で下を向く。

 

そう言いオレをほめてくれる。負けたがほめてくれるとは。

 

いや、そもそも、オレはまだ7歳ちょいのガキだからな。

 

気を取り直し帰ったら修行に勤しむとしよう。

 

「おほめにあずかり光栄です」

 

そういい頭を下げる。そういえば、ここルイズは虚無なのだろうか。

 

「うむ、今日は晩餐会としよう。それまで旅の疲れをいやすといい」

 

そういい立ち上がる公爵と夫人。

 

「ありがとうございます」

 

そういい。オレたち三人は頭を下げた。

 

しかし、疲れた。

 

なんて茶番につき合わせてくれるんだ。

 

ユリアさんも知った上でオレをはめたとは。

 

ユリアさん的にもオレの実力が見たかったのかもしれない。

 

実力主義のゲルマニア伯爵家夫人として。

 

キュルケがルイズに何かちょっかいを掛けている。

 

それをカトレアさんはほほ笑みみている。

 

その光景をオレはソファーにグッタリもたれかかりながら見ていた。




というわけで、対ヴァリエール公爵でした。

因みに前話でカリーヌさんが一瞥したのも、レイジの噂を聞いていたからですね。
ユリアさんも完璧に実力主事のゲルマニアで次世代でもやっていけるのかの、検査的な目線あったわけで、公爵も乗り気だったから。ということでの試合になったわけです。

因みに伸びるブレイドはドゥドゥーの技と一緒です。
『ウィンドジャベリン』は威力がおかしいので、殺しありでない限り封印ですね。


以下オリジナル魔法説明。

『ウィンドアクセル』風風
風で自身を押し、瞬間的に瞬発力を上げる。


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第十四話 『錬金』

ヴァリエール公爵家で一晩過ごし、もう用はないので朝、帰路につく。

 

「お世話になりました」

 

そう言いオレたちは頭を下げる。

 

「いや、昨日はいいものが見れたからこちらもよかった」

 

オレは良くないが。

 

「では、トリステインの討伐隊はそちらにお任せいたします」

 

「うむ」

 

そういい会釈をして馬車に乗り込む。

 

馬進み、景色は流れて、けつ痛し。

 

馬車はしりが痛くなるから嫌である。自動車が恋しい。せめて、自転車、自転車かぁ。

 

そう思いつつ車窓を流れる景色を見つめる。

 

「レイジどうしたのよ」

 

そんなたそがれているオレにキュルケが声をかける。

 

馬車の移動は暇なのである。携帯ゲーム機とかないから。

 

「いや、景色を見てるのさ。あと尻が痛い」

 

いかんな、今日はどうも前世を思い出す。疲れのせいだろうか。

 

サスペンションが恋しい。

 

「景色なんて見ててもつまらないじゃない。お尻が痛いことには同感ね」

 

つーか、もっといいシートにしようか……。

 

ソファーみたいなの、……いい案だな。

 

「まぁ暇すぎるのは否めんな」

 

あと家までどれくらいかかることやら…。暇である。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「わたしは帰ってきた!!」

 

そう叫び、両手を広げる。

 

「……どうしたのよ急に」

 

ツッコムか否かの逡巡をし突っ込むことに決めたキュルケが声をかけてくる。

 

「いや、言いたかっただけ。馬車の中は陰鬱すぎたから」

 

「まぁそうだけど」

 

「そんなこたぁどうでもいいんだよ。まだ昼だ! オレは修行を開始する!」

 

そう意気込み、いつもの場所に行こうとすると。

 

「ユリア、レイジ、帰ったか」

 

父が登場した。

 

「ええ、協力してくれるそうよ」

 

「ああ、知っている。梟便が来たからね。

 ところで、レイジお前も討伐隊に加えるからな」

 

「え゛? なぜですか?」

 

「ヴァリエール公爵との決闘、

 もといお前をこの討伐隊に加えるかどうかの試験結果だ」

 

「ちょっと待って下さい。それじゃあの決闘は」

 

「そうとも、無理を承知で手紙に書いてみたのだ。したらば、公爵も乗り気だったというわけだ」

 

「……なにも他国の公爵様に頼むことじゃないでしょう」

 

「お前は、常に力量を隠しているじゃないか。

 だから、閣下からの文もあることだしお前は本気を出してくれると思ったが……。

 まぁいい、公爵のお墨付きも貰ったことだ。

 これを期に領民を守るという、貴族の仕事の手伝いをしてみるのもいいだろう。

 お前は貴族でありトライアングルなんだ」

 

「はぁ…。分かりました。謹んでその命、承りました」

 

ため息を一つ吐き承諾の意を表す。

 

「よし、討伐は複数に分かれてアルデルの森を包囲するような形で行う。

 お前は私の指揮下のもと編成する。といっても三人ひと組だ。気負うなよ」

 

そういいオレの肩を叩く。

 

「それで、いつ頃開始なんですか?そのアルデルの森での魔物討伐は」

 

「そうだな。時期を合わせるとのことだから。

 まぁ一月後くらいか。兵糧などの準備もあるしな」

 

「そうですか。では」

 

父の言葉を聞き終え、オレは定位置にむかう。

 

そこに、屋敷からフィーが出てくる。

 

「レイちゃん!」

 

「おぉ、フィー。元気してたか?」

 

「うん!」

 

元気がいいのは何よりだ。そう思いフィーの頭をなでる。

 

「オレはこれから魔法の練習するけどフィーはどうする?」

 

「わたしもやる!」

 

「私もやるわ」

 

そこでキュルケも参加の意を表する。

 

「よし、じゃあ何から練習しようか」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

『錬金』、という魔法は便利である。

 

いや何がすごいって物体の構造を書き換えることができるわけであり、

 

様々な形に変形も可能ということである。結局何が言いたいかというと…。

 

「ここにサドルをさして…、『錬金』」

 

『錬金』っていうか連結、溶接である。

 

「できたあああああああ!!」

 

ヴァリエール家へのチョーわくわくした旅時から二週間。

 

着々討伐隊の編成難度の準備ができているようで、

 

あわただしさが増してきたある日の昼下がり、オレは歓喜の声を上げた。

 

「レイちゃんどうしたの?」

 

そこに不思議そうな顔をしたフィーが声をかけてきた。

 

「いやー、自転車初号機ができたんだよ!」

 

いつもは自称クールキャラであるオレは興奮気味に作品を発表する。

 

何せイメージだけで一から作り上げたものだから、喜びもひとしおである。

 

「それって、前に行ってたやつ?」

 

「そうともさ、これで気軽にサイクリングってもんだ!」

 

「レイジ、完成したの?」

 

そこに離れていたキュルケも会話に加わる。

 

「よし、早速乗ってみるか」

 

そう言いオレはハンドルを握りサドルをまた議決を下ろしペダルを踏みしめ、

 

こぐ、こぐ、が重い。非常に重い。そこで気付く。

 

「はっ! 鉄なのがいけなかった!!」

 

『錬金』で鉄製のフォルムであるからに軽いわけがない。

 

車輪も別にゴムじゃないことにここで気付く。ホイールだけである。

 

「オレとしたことが……しくった!!」

 

雄叫びを上げ、『錬金』を唱える。

 

「アルミになれぇえええ!!Alぅぅぅぅぅぅ!!」

 

心の底から楽したいと思いながら。

 

怪訝そうにこちらを見るフィーとキュルケを無視しながら。

 

すると、自身に変化が起きることを感じ取る。

 

この感じ!?

 

そこで自転車コ通称チャリンがしばし発光。自転車を持つ、

 

「おお!軽くなってる。これは成功か?

 しかも、多分にしてトライアングルになったな」

 

流石『錬金』万能である。

 

オレの強い願いがオレとまた一段強くさせたらしい。

 

若干、いやかなり残念な原因で、トライアングルになったろうオレは、

 

「クリエイトゴーレム」

 

ゴーレムを最大出力でつくった。

 

するとやはり、前までとは違い最高5メイルほどだったゴーレムが、

 

今ではゆうに10メイルはあるだろう。巨大なり現れた。

 

「レイジ…これ」

 

「ああ、どうやら今のでランクアップしたらしい」

 

「何よそれ……私はまだトライアングルになれてないって言うのに」

 

「レイちゃんすごーい!」

 

それぞれの感想を聞きながしつつ、ゴーレムを自壊させ土に戻す。

 

あとは。

 

「『錬金』」

 

もう一度『錬金』の呪文を唱え、

 

「ゴムをつくって装着完了!!」

 

『固定化』をかけ、これで完成。先ほどと同じようにまたがりペダルを踏みしめ、

 

こぐ先ほどとは比べ物にならないくらいこぎやすくなっていた。

 

これはいいものができたな!!

 

そういえばこの世界に天然ゴムとかあるんだろうか。

 

自転車は馬よりゃ遅いがなかなか快適だ。

 

もっと試行錯誤が必要だが……。初号機はこんなもんだ。

 

売りに出すか?これは平民に売れるんじゃなかろうか。

 

が、たしか何歳までだっか……に乗らないと平衡感覚がどうとかって聞いたことが。

 

まぁ魔法と違い、やればできることは確かなんだ。

 

気を長く持とうじゃないか。

 

風と受けつつそんなことを考えていた。




今回は深く考えない回です。魔法はアバウト。


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第十五話 討伐部隊

チャリンコを作成して二週がたち、ついにアルデルの森に遠征をする時を迎えた。

 

フィーとキュルケはお留守番。

 

オレはオレでそれまでにまた新たに何かないか、模索検討していたわけであるが、

 

風スペルの応用をまたも思いつくことに成功したわけである。

 

風大好き。

 

まぁオレの個人的な事情をいざ知らず、

 

聞くところによると魔物怪物の数は数百とか何とか……。多すぎだろそりゃなんでも、

 

いやそれほどアルデルの森は広大ではあるのだが。

 

オレの―父の―討伐部隊のノルマは100体といったところか。

 

メイジもライン以上限定でありトライアングルも多く集まったとか。

 

スクエアは2人ほどらしい。総勢20名ほどのメイジ部隊ができたわけである。

 

一人当たり5体狩れば、いいそうだ。

 

「では、全員グループに分かれたまえ」

 

父の指令のもとメイジが3、4人のグループを作っていく、そこで

 

「やぁ、君と一緒のチームみたいだ。君何歳? まだ小さいけどラインなんて優秀だね。

 あ、因みにボクはトライアングルで10歳なんだ。よろしくね」

 

俺よりも身長の高い子が話しかけてきた。

 

10歳でトライアングルなんて超絶優秀じゃないか…。

 

そう自分のことは棚上げにして相手を見る。

 

「…失礼、あなたは女性で?」

 

一人称がボクだったもんだから男かと思ったら…。

 

「ああ、そうだけど? なにかへんかな?」

 

一人称が変だ。とは言わない。

 

「いや、中性的な顔立ちをしていたもので。あ、因みに自分は7歳ですね。

 そちらもトライアングルなんてずいぶん優秀でいらっしゃる」

 

そこで目の前の女の子がくすくす笑いながら、

 

「君、敬語が似合ってないね。雰囲気でわかるよ」

 

敬語が似合わない貴族……。

 

「そ、そうですか?」

 

「そうさ、それにボクたちは年が近いんだ。気張る必要はない」

 

「…なら、遠慮なく」

 

「そうそう、そっちの方が自然だよ。あ、そうだ、まだ名乗って無かったね。

 ボクの名前はフィルグルック・ベラステ・フォン・ゼルギウス・グビーツ。

 好きなように呼んでくれてかまわないよ。今回は父に言われてね」

 

男児でないのに大変なことである。

 

「自分の名前はレイジ・グスタフ・フォン・ザクセスだ」

 

「へぇ~噂のレイジ君。レイジって呼ぶよ」

 

また噂か。

 

なんだって貴族は噂を流したがるんだ。しかも誇張して。

 

「構わない。オレもフィルって呼ぶ。

 どんな噂のレイジか知らないが、レイジはオレ以外聞いたことないな」

 

そこで、大人の声が割って入ってくる。

 

「おいおい、私たちは子供のおもりか?」

 

「全くくじ運がないぜ」

 

どうやら、オレたちの班の人のようだ。

 

まぁおもりみたいなもんだろう。と、思うのは仕方ない。

 

「まぁいい、パパっと20体倒そうぜ。いいだろお前らも」

 

そういい、オレとルックを睥睨する。

 

「かまわない」

 

返答する。この言葉使い、貴族じゃないな…。

 

「なら行くか、行くぞアンディ」

 

睨みをやめ、相方っぽいやつに話しかけ歩き出す。

 

「おーけー、クルトどっちが多くやれるか競争といこうぜ?」

 

「いいね、負けた方は酒をおごりな」

 

そういい、余裕綽々の体で森に分け入っていくのをオレとフィルは追っていく。

 

「なんだか、粗暴そうな人たちだね」

 

「まぁみたところによると、傭兵メイジだろ」

 

傭兵メイジといえば変態三兄弟がいたが。

 

あれは強烈だった。思い出し、若干辟易する。

 

「そうだね、あの人たちラインかな?」

 

オレの様子に気づかず、20代半ばのコンビについて考察しだす。

 

「さぁ、どうだろう。まぁ頼りにしてるぜ? トライアングルさんよ」

 

フィルにそう言う。

 

そこで思う。ラインなら、あいつの相手は厳しいぞ…。

 

何せ当時ラインなりたてだったが、

 

ラインの『ウィンドカッター』が浅い切り傷だけだったのだから。

 

オレの懸念をよそに二人は森を闊歩している。

 

てか、オークだけで数百もいるのか?

 

胸中に様々な疑問が浮かぶ中。森に入り十数分最初のエンカウント。

 

森のあいた空間。

 

「おっと、オークだ。数は1、2……5体か」

 

そう声をひそめてクルトだったか…が言う。それに、

 

「5体なら前にやったことあるな」

 

アンディというやつが口の端を釣り上げて笑いながら返答する。

 

「おい、ガキ。お前らは待ってな」

 

クルトがそう言い杖を構える。軍杖のような杖。

 

一方アンディも同じような杖を抜き、先に完成したのはクルト。

 

二人して詠唱、『ウインドカッター』が発動。

 

オークの頸動脈ねめがけ飛翔する。

 

それに合わせゴーレムが10体出現。手には槍やら剣を持っている。

 

色から鉄製と判断。

 

そいつが、オークめがけ突っ込む。

 

が、『ウインドカッター』は浅く首を切りつけるだけやはりライン。

 

フィルの予想通りであり、致命傷には遠い。

 

「なにっ!?」

 

驚きの声を上げる。まぁふつうは切れるからな深く。

 

続けざまに10体のゴーレムが5体のオークに踊りかかり、

 

槍持ちが顔めがけ刺突を繰り出す、オークの頭を貫き絶命させる。

 

が、有効な攻撃が通ったのはここまで、魔法に気づいたオーク4体が

 

ぴぎぃ!ぶぎぃ!

 

やらの声を上げ仲間を亡きものにしたゴーレムに鉄槌を下す。

 

インパクトと同時にゴーレムは土に変える。これで相手との数は4:6である。

 

「どうやら、鉄は効くのか」

 

第一回の攻防を見たオレがぽろっと言葉を漏らす。

 

それに耳ざとく聞きつけ

 

「それってどういう意味?」

 

フィルが聞いてくる。

 

「ああ、風のライン魔法じゃ効かないんだ。正確には致命傷が与えれないんだが、

 いや、目とかの弱点ならあるいは。まぁオレは前にこいつと闘ったことがある」

 

「へぇ、“突然変異種”?」

 

「ああ。トライアングルになると、

 もっと深く肉と切れるから有効な攻撃になりうるが」

 

「けど、ボクの系統は水だから攻撃に向かないな~」

 

残念、と、肩を落とす。

 

「水か、まぁいいや。オレがやる」

 

そう言いちょうど全滅させられたゴーレムと残り2体になったオークを見た。

 

「怖い顔だ」

 

フィルの言葉を無視して日本の短剣を抜剣。

 

『ウィンドアクセル』を唱え二体のオークの間を駆け抜ける―瞬間ブレイドを発動。

 

「お兄さんたち、終わったよ」

 

そう驚いているアンディとクルトに声をかける。

 

その言葉と共にオークの首が落ち、血が噴き出す。

 

刀身を確認異常なし。くるっと剣を回し、納剣。

 

チンッと小気味いい剣をしまう音が響いた。




というわけで、新キャラ、フィルグルックであります。金髪。ボクっ娘ですね。身長はレイジよりも10サントほど高い145サントほど。無駄設定とか言わない。
名前はドイツ語で、一応物語的にも意味のある名前です。

因みに槍が普通に効いたのは質量があるからです。


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第十六話 竜と槍

討伐一日目が終わる夕刻のとき、野営の場所に各々の班は戻り始める。

 

オレの班も例外ではなく、野営地にもどる。戻ると辺りは既に闇に包まれていた。

 

「しっかし、すげぇな。レイジ」

 

「そうだぜ全く」

 

そう声をかけてくるのは、アンディ&クルト。

 

あのオーク首チョンパの一件から妙に絡んでくる。

 

「そうか?」

 

「そうだぜ、お前トライアングルなんだろ?」

 

「その年でそれとはおそれいるねぇ」

 

オレの雑な返事を気にせず話を進める。

 

「しかし、レイジ。ボクも驚いたよ。

 今日は班のノルマの20体のオークやらトロール、オグルを倒すんだから」

 

「そうか?ただブレイド振り回してただけだぞ」

 

「それがすげぇえんじゃねぇかよ」

 

「どうだ!? 今日はいっぱいいっとくか!?」

 

「オレはまだ未成年だ!!」

 

なんともまぁ残念な大人である二人。子供に酒を進めるな。

 

「ボクも遠慮しよう」

 

「そうか、ならしゃーねぇ。アンディ行こうぜ!」

 

そういいクルトはどこへ消えていった。

 

「しかし、君にはホントに驚かされてばかりだな。

 最初のときも何かやるとは思ったけど」

 

「何やると思ったんだよ」

 

溜息を一つ吐き、

 

「そんなことより飯行こうぜ」

 

「そうだね。ボクらの班のノルマは今日で終わりだけど」

 

「ああ、明日も森に繰り出すぞ」

 

「……楽しそうだね」

 

「勿論、いやぁ戦いが楽しくてしゃーない。オレは戦闘狂の素質があったのかね」

 

「まぁあんなに喜々として戦場に繰り出す人はボクは知らないな」

 

半笑いでオレの発言に同意するフィル。

 

「明日のためにも、腹ごしらえだ」

 

「そうだね」

 

 

 

食堂にて父を発見。声をかける。

 

「父さん」

 

「ああ、レイジ。怪我はないか?」

 

「ええ、傷一つありませんよ」

 

「それは良かった。おっと、そちらは?」

 

「申し遅れました。

 レイジと同じ班のフィルグルック・ベラステ・フォン・ゼルギウス・グビーツと

 申します」

 

フィルが父に挨拶をする。

 

「おお、グビーツ候のご息女ですか。私はグスタフ・ザール・フォン・ザクセスです」

 

「はい、父より聞いております。この討伐隊の指揮官であると」

 

「なるほど、ところで、レイジはうまくやれていますかな?」

 

オレの動向が気になるらしい。まぁ親としては当然ではあるが。

 

「はい。それはもう、獅子奮迅の勢いで、魔物をなぎ倒しております。

 わたしも何度か助けられた身」

 

「おい、フィル。嘘言うな」

 

「何、ほんとのことじゃないか」

 

「そうかそうか、そこまで活躍していたのか。

 わたしも鼻が高い。が、無理はするなよ?」

 

「勿論自分の限界は心得ております。」

 

「そうか、ならば結構。明日に備えて英気を養え」

 

ではな、と言い人ごみに消えていく。人の数が若干減っているが。

 

「いい父さんじゃないか」

 

「ま、そうだな」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

翌朝、またも森に分け入る。

 

クルト、アンディもしっかり一緒に来るそうだ。

 

二日酔い気味ではあるが。まぁ、そんな二人は頭を押さえながらくる。

 

「無理しなくてもいいぞ」

 

一応声をかけておく

 

「へっ、ガキンチョは自分の心配だけしてな」

 

憎まれ口をたたく余裕はあるようだ。

 

「そうかい」

 

そこで会話は途切れ、歩きに専念する。

 

歩き続けること半刻(1時間)ほど、唸り声を耳が拾う。

 

「いるぞ」

 

声を殺し、唸り声が聞こえた方に向かう。

 

そこには、頭をつぶされたであろう人が4個転がっており、

 

オークの死体が2個、健在なオークが7体。

 

その7体は丸太のような腕で人を持ち上げ、かぶりつく。骨の砕ける不快な音がする。

 

しかし、食事中が好機。剣を二本抜剣し、気をてらう。

 

「クルトがゴーレムで陽動。オレがしとめる」

 

作戦というのもおこがましい作戦を立案。三人は頷く。

 

フィルは基本治癒に専念してもらっている。クルトが杖を抜き詠唱ゴーレムを5体展開。

 

オークたちの視線がゴーレムに向き、こちらが目線から真後ろになる。

 

さぁて、今日一回目の狩猟の始まりだ。そう思い、口が弧を描く。駆けだす。

 

まずは一体。『エアスピアー』を発射。

 

一番近くのオークの後頭部に吸い込まれ、穴を穿つ。

 

まだ、ゴーレムとの戦闘に気をとられ気付かない。

 

さらに詠唱。次は『エアカッター』。

 

トライアングルに上がり骨は無理だが肉なら断てることは、昨日検証済み。

 

狙いはやはり首。オークの首に吸い込まれ……首半分を切断、血しぶきをまき散らす。

 

そこでオレの存在に気づくオークたち。だが、もう遅い。

 

オークにむかい少し飛びあがり、ブレイドを発動、短剣にまとわせる。

 

腕を頭の上に交差し、ブレイドを伸ばしながらXを描くよう同時に振り抜く。

 

ブレイドのレンジは今のオレで5メイルほど。

 

オークたちは3体ほどが切り裂かれ絶命必至。

 

残り二体。

 

振り抜いた右手のブレイドを右下から左上に切り上げ、

 

オークをさらに一体切り裂き、右のブレイドを消しながら、

 

右腕をたたみこみ左腕を引き絞りラストのオーク目がけ刺突。頭を貫き戦闘終了。

 

「また詰らぬモノを切ってしまった」

 

などと言い、カッコつけつつ、

 

剣をくるりと回し、腰の特製ベルトに納剣する。

 

「おぉ!!」

 

アンディが感嘆の声を上げる。

 

「バカだね、レイジ」

 

おい、バカとはなんだ。

 

「へいへい、お嬢さん。バカってどういうこったい」

 

変な口調になりながらフィルに声をかける。

 

「一人で突っ込むメイジが君以外にどこにいるんだい?そんな君はバカだね」

 

「くっ、前半はいいが、後半はなんだ?バカじゃなくて勇気があるってことだろ」

 

「それは勇気でなく蛮勇じゃないかな?」

 

「いーや、勇気だね。もうそれはイーヴァルディの勇者のようだね!」

 

「イーヴァルディは平民だよ」

 

「いや、確かにそうだが…論点が違う」

 

そんな言い合いを血だまりの中でする。そこに

 

「まぁいいじゃんかよ」

 

そういいクルトが止めに入り。

 

「レイジ、おめぇ、すっかり嫁に尻に敷かれてるな」

 

「尻に敷かれてなんかないぞ!!」

 

「否定するとこはそこなのかい?」

 

呆れ顔をするフィル。オレはしくタイプのはずだ!!

 

そこでオレの耳に悲鳴のようなものと唸り…。今までとは比べ物にならないほどの唸り。

 

「!?」

 

辺りを険しい視線で見渡し悲鳴らしきものが聞こえてきた方へ視線を移す。

 

「どうかしたのかい?」

 

「聞こえなかったのか?」

 

「なにが?」

 

どうやら聞こえなかったらしい。風のメイジは音に敏感と言うが…。

 

「悲鳴…らしきものが聞こえた。こっちだ。行くぞ」

 

そういい駆けだす。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「お、おい。待てって!」

 

制止の声を振り切り、木々の間を駆ける。

 

クルト、アンディが追い付く。フィルはフライで追いつく。

 

走るごとに悲鳴が聞こえ、二分後には三人も悲鳴と唸りが聞こえたらしい。

 

「おいおい、こりゃ、やべぇんじゃねーの?」

 

アンディが若干声を震わせて発言する。

 

「どうした?」

 

もう一息で目標地点に出る。

 

「この声は、多分」

 

そこで森が開けた場所にでる。半径40メイルほどの空き地。

 

ところどころ地面が焦げている。上を見る。

 

そこにいたのはドラゴンであり、体表は紅蓮。

 

火竜がそこに滞空していた。体長は8メイルほどか。

 

「ほぉら……。予想どおりだ」

 

予想が当たったが全然嬉しそうじゃない。

 

いや、オレも若干ビビってる。

 

なんだあの雰囲気は…。ぎょろりとこちらに目線が移る。

 

「なるほどな。火竜かよ」

 

「おい! 大丈夫かあんた!」

 

そこで火竜にやられたであろう班を発見し声を上げるクルト。

 

「フィル! けが人の応急処置を、生きてるかもしれない!!」

 

「わかった!」

 

そこで火竜がブレスを放つ。が、それをオレが『ウォーターシールド』で防ぐ。

 

暖かい水蒸気に包まれ視界が悪くなる。しまった、これは悪手だった。

 

羽を羽ばたかせる音だけが頼りになってしまったのである。

 

自分の行動を反省していると、治療をされ意識が戻ったメイジが口を開く。

 

「あい……つ、には、魔……法が、きか……ない」

 

「それはどういう」

 

「全部……跳ね返……される……んだ」

 

その瞬間前方斜め上の蒸気が歪む。

 

ブレス!

 

そう判断し、次は得意な系統である風の『エアシールド』を発動。

 

熱風からオレ達をなんとか守りきる。このままだと、じり貧だぞ!!

 

どうする!? 相手は魔法が効かない……。跳ね返してくる……。

 

跳ね返り、反射……。

 

まさか、先住魔法か!?

 

ということはこの火竜は韻竜なのか!?

 

まぁいい、たしか突破方法があったはずだ。

 

勝利への光明が見え、先までの脅えが消え去り、不敵な笑みが張り付く。

 

こんな命の危機があっても笑えるとは……オレは相当だな。

 

そう思いつつ駆けだし、

 

『エアカッター』をこちらに敵の対象を移すよう火竜目がけ放つ。

 

命中。が、不可視の壁に阻まれ、

 

その魔法がこちらに返ってくるのを、『ウインドアクセル』で避ける。

 

どうやら火竜の対象がオレに移ったようだ。その目は瞳孔が縦に割れていた。

 

次の瞬間ブレスを放つ。

 

おいおい攻撃方法はそれしかないのか?

 

そう思いつつも、今度は『ウインドアクセル』が効いているので避ける。

 

それに守る味方も離れた位置で霧の中である。

 

挑発するために『エアスピアー』を撃つがやはり跳ね返る。

 

相手は滞空こっちは地面、飛んだらやられる……。対空魔法は風に多々あるが。

 

オレの全力で反射の壁を貫けるか否か。

 

それが賭けである。反射は想定以上の威力には意味がない。

 

だが、この状況を切り抜けるには……、しゃーない。乾坤一擲。大博打だ。

 

そんな算段を敵のブレスを避けつつ考える。

 

そして、オレの開発したオリジナル魔法。『ウインドジャベリン』を詠唱。

 

もう一度ブレスを避け……詠唱完了。投げ槍の体勢。

 

狙うは火竜の胴体。当たれば吹き飛ぶ。そう信じて……。

 

「万象を穿て!!」

 

オレの願いの叫びと共に『ウインドジャベリン』が射出され、刹那の後に

 

30メイルほど前方の上空にいた火竜に直撃。跳ね返ったらオレの死は免れ得ない。

 

なぜならそういうコンセプトだから。が、オレは死ぬには早いらしい。

 

反射を突き抜け一条の線となり、火竜を貫通。その体にはきれいな大穴が穿たれた。

 

「いやっほおおおおお!! ざまぁみやがれ!!」

 

そう叫び声をオレは上げ大の字に地面に倒れる。と同時に火竜も地面に落下し衝突。

 

鈍い音を響かせた。

 

やはり『ウインドジャベリン』は破格の強さらしい。

 

やっと、水蒸気の霧が晴れてきた。

 

「お前は」

 

「かっかっかっかっか!!」

 

クルトは呆れアンディは大笑い。何が楽しいのか。

 

オレもアンディにつられ大笑い。二人で爆笑した。

 

フィルは意識を取り戻したらしいメイジ一人に『治癒』をかけつつ、

 

どうやら助かったのは一人のようである。こちらもクルト同様呆れ顔で、

 

「君はほんとに規格外だよ。レイジ」

 

「ま、まあ野営地に返ろうぜ。ぷふ」

 

「そうだね。この人も届けなきゃいけないから。それにしても、なぜ笑っているんだい?」

 

「これは笑うだろ。なぁアンディ」

 

ひーひー笑いながらアンディにふる。

 

「そうだよ、こりゃ笑うしかない。くっく」

 

こっちも同じ感じにこたえる。オレたちを見てさらに呆れるフィル。

 

「はぁはぁ。んっんー。よしもう大丈夫。行くぞ」

 

それから、野営地を目指して歩く。

 

けが人はクルトがレビテーションをかけている。

 

帰りに一度トロールとオークが何やらいざこざをしているところに出くわし。

 

オレが、その中間に割って入りブレイドでトロールとオークを殲滅した。

 

結構いた。

 

数はアンディが数えたらしい。オレは殲滅に忙しくてそんなことみてなかったが。

 

それ以降は何もなく野営地へと戻ってこれた。太陽の位置的にちょうど昼過ぎだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

火韻竜なんぞは一体だけだったようで、いや、そもそも竜がこいつだけだったようだ。

 

そう、けが人を野営地に連れてきて、その日はもう森に入らず過ごした後の、

 

夕食のときに父に言われた。それと共にこの討伐隊の規定数を討伐したらしい。

 

因みに討伐数はダントツでオレが多かったそうな。

 

調子に乗りすぎたか。別にサバなんて読んでないから。




とうわけで、反射も貫通する。
オリジナル魔法『ウインドジャベリン』です。
一応主人公の代名詞にしようと思ってました。
これからは若干主人公無双の感が入ってきます。

クルト&アンディは傭兵メイジですが、完全に魔法使いスタイルであり軍杖なんてのはハッタリ、ブラフです。俺は接近戦闘できるぜ?的な。


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第十七話 白毛精霊勲章

討伐隊は目標規定数狩り終えたので二日で解散。

 

人数は半数ほどになっていたが。

 

聞くところによると、

 

竜種がでたのはオレたちのところだけであり、とても割を食っている。

 

フィルとは帰路に就く際別れた。なんだかんだで二日でとても仲良くなった。

 

なかなか大人びは少女だった。とても10とは思えない。

 

人のことは言えない身ではあるが。

 

まぁそんな益体もないことなどほおっておいて、フィーとの修練に励むことにする。

 

キュルケはまだこの家にいるようであるが、

 

そろそろ仕事が終わるらしいとの手紙が来たとか何とか。

 

オレは『ウィンドジャベリン』の威力が、異常ということがわかったので、かなりご機嫌である。

 

そんないつもの生活にもどったある日、一通の手紙が来たわけである。

 

それが閣下からの授勲の指示である。

 

「レイジ、閣下から勲章が授与されるようだぞ!!」

 

「え?」

 

そうすごくテンションが上がった父が話しかけてきた。

 

「日程は一月後だ。なんでもお前が討伐数が一番多かったそうだ」

 

「そ、そうなんですか」

 

やっぱ、調子乗りすぎたようである。父はとても喜んでいるが…。

 

「レイちゃんすごいね。勲章だって!!」

 

フィーは自分のことのように喜んでくれている。

 

「レイジ、あなたまた何かやらかしたのね?」

 

何かやらかすってのは、なんか悪いことやらかしたみたいだからやめろ。

 

「ああ、討伐隊で暴れまわってやった」

 

「ふーん、そう言えば、どんな魔物を討伐したの?」

 

「そうだな、オーク、トロール、オルグ等だ。あーあいつもいたな」

 

「あいつって?」

 

「火竜」

 

「なるほど、火竜ね。火竜ですって!?」

 

「おい、どうしたそんなに驚いて」

 

「レイちゃん、竜倒したの?すごいね」

 

そう言い抱きついてくるフィーの頭を撫でつつキュルケの文句を聞く。

 

「だって、火竜よ!? スクエアでも難しいとかいう話じゃない!?

 それをあなたは。はぁ……」

 

勢いが竜頭蛇尾に小さくなり、果てはため息をついた。

 

「おい、なんだ。その溜息」

 

むっとして聞き返す。

 

「いえ、もうあなたの武勇伝には賞賛でなく呆れただけよ」

 

「おいおい、なんだそりゃ」

 

どうやら呆れたらしい。そういえば、

 

「そういえば、呆れるといえば、フィルもよくオレの行動には呆れてたな」

 

ふと思い出しフィルのことをポロッとこぼす。

 

「レイちゃんそれだれ?」「レイジ、それだれ?」

 

「ああ、討伐隊で同じ班になった、グビーツ家の長女で名前はフィルグルック。

 略してフィル」

 

「なるほど、それでその人女?」

 

「ああ、10歳で水のトライアングルっていってたな」

 

「トライアングルですって!?」

 

キュルケはトライアングルに反応。

 

「ふーん。レイちゃん、おいたはだめだよ?」

 

何を言ってるんだかフィーは…。またキュルケに毒されたな…。

 

「おいたなんてするわけないだろ?」

 

そう返答し、もう一回頭をなでてやる。やれやれ、これから大変だ…。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

勲章授与の日ヴィンドボナ。王城、謁見の間。

 

そこには討伐隊の各隊の指揮官が集っていた。

 

その中にレイジの姿もあるわけである。

 

今日集まったのは他でもない、

 

その討伐で功績をあげたものを表彰する場への参列のためである。

 

噂は飛び交う。

 

「こたびの討伐で討伐数が一番の者は名の通った若い傭兵だとか」

 

「いやいや、老練な傭兵だとか」

 

「いやいや、年端もいかぬ子供だとか」

 

など様々な噂が飛び交う中、唐突に噂は終わりを迎える。

 

「静粛に!!」

 

アルブレヒト3世が姿を現したのである。

 

そこで3世が指示を出す。

 

「では、勲章を授与する」

 

そう言い3世は名前を呼んだ。

 

「レイジ・グスタフ・フォン・ザクセス」

 

「はい」

 

3世の声を聞き、高い声が場に響く。

 

「貴殿に白毛精霊勲章を授ける」

 

貴族たちは驚愕で目を見開く。

 

誰かが言った。年端もいかない子供だと。

 

それが現実であったのだ。

 

「こたびの討伐において、もっとも多くの魔物をほふった証としてこれを授ける。

 

記録上では、オーク20、トロール12、オルグ6、火竜1とあるが、間違いはないな?」

 

「はい」

 

この数値にまたも貴族たちは耳を疑う。火竜?何を言っている…と。

 

「では、白毛精霊勲章を授与する」

 

しかし、アルブレヒト3世は気にしたふうもなく、勲章をかけた。

 

一人をのぞいて唖然としながらも拍手をする貴族たち。

 

レイジの父である。グスタフは笑顔で授勲を見守っていた。

 

レイジは授勲が終わりささやか―と言っても豪華だが―料理を物色していると、貴族に話しかけられる。

 

全部が全部、ことの真偽を確かめるものであるのは仕方のないことなんだろうか。

 

早くこんな場は終わってほしいそう願っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

明けて翌日、見知った顔を発見したので声をかける。

 

「よぉ、フィル。来てたのか」

 

「やぁ、レイジ勲章おめでとう。領地が近くだからね。同じ班員だったしね。」

 

「ふーん。そうなのか。まぁ、昨晩はめんどい会食なんぞが催されもしたが、

 なんだかんだ言って章はうれしいな」

 

「そりゃ、だれでも勲章となればうれしいだろう」

 

「それにオレはほめられて伸びるタイプなんだ」

 

口角を上げてフィルをみやる。

 

「君は、よくあくどい顔をするな」

 

「あくどいとはなんだ。とてもいい顔だろうが」

 

「それをいい顔と表せるのは相当だよ」

 

「そうか? ん?」

 

会話をしている最中に兵士が駆け込んでくる。それもかない大慌てで。

 

「どうしたんだろうね?」

 

「さぁ」

 

その後も何分かフィルと話しに花を咲かせていると、

 

兵士が戻ってきたので聞いてみる。

 

「ちょっといいか、何を慌ててたんだ?」

 

「あ、いえ、グビーツ邸が火事になりまして」

 

グビーツ。

 

「そ、それは、本当かい!?」

 

フィルはグビーツ侯爵の一人っ子である。

 

「は、はい。ですので陛下に水メイジの派遣をと」

 

そこまで聞くとフィルは駆け出す。

 

「おい!フィル。まさか、家に家族でも残ってたってのか!?」

 

フィルに追いつき並走しつつ声をかける。

 

「ああ、ボク以外は家だ」

 

なぜ女の子一人で来たんだ、という疑問は飲み込む。護衛はいるだろうから。

 

「ここから、領まで何分だ!?」

 

「馬で半刻だ」

 

「よし、駅で馬を借りて飛ばしていくぞ!」

 

「わかってる」

 

駅とは馬を金を出して買える。もしくは借りれるところである。

 

 

 

駅で馬を借り飛ばすと、すぐに黒煙が舞い上がっていることが確認できた。

 

「おいおい、やっべーな。家には両親がいたのか?」

 

「……両親、ああ、そうだ。」

 

「因みに水メイジではないのか?」

 

「父は土のドットだ。」

 

「それは」

 

ドットじゃ高熱の火は防げないな。

 

馬を飛ばし半刻ほどフィルの家に到着、まだ消火部隊は来てないのだろうか。

 

まぁ部隊編成とかいろいろあるからな。

 

家全体が燃えている。家の大きさがオレの家の比ではない。

 

ヴァリエールより若干小さいくらいだろうか。

 

こんな規模が全体が燃えているなど、明らかに人為的に起こされた火事である。

 

貴族それも古くからの貴族だ。

 

妬みやら嫉みやら、いろいろ持ったやつはごまんといるのだろう。

 

それが貴族だからしかたないのか。

 

「フィル、家に突っ込もうなんて思うなよ」

 

「分かってるさ。だけど、消火はボクでもできるから」

 

そういい『ウォーターフォール』を詠唱。

 

「ならオレも参加しようかな。消火活動」

 

そう言い、詠唱をする。

 

オレは基本的に戦闘特化で訓練しているので、

 

『ウォーターフォール』などの技は覚えていない。有効活用はできそうであるが。

 

これを機に覚えてみるのもいいかもしれない。

 

大して時間をとるわけでもないのだから。

 

「ありがとう」

 

気にするな。そう言い返しオレも消火作業へと意識を向ける。

 

消火が終わったのは、

 

オレたちがフィルの家―グビーツ侯爵邸―についてから、

 

実に4刻ほどたった時だろうか。消火部隊が来て3刻半ほどあとである。

 

家は半焼…といっても柱が建っているだけである。

 

全焼の基準はどんなだったか。確か、倒壊したらだったような。

 

そんな益のない思考を繰り広げつつグビーツ邸跡をみる。

 

そこから視線をずらし、ただ、たたずむ少女を見やる。

 

「フィル、お前親戚の家に行くのか?」

 

オレの質問に数泊遅れて振りむきながら、

 

「いや、親戚はいないんだよ。父は一人っ子だったらしい。

 後は…知らない。分からない」

 

その顔には涙は見られなかった。無表情。やせ我慢なのだろうか。

 

「……そうか、よかったらうちに来ないか?」

 

「え……?」

 

「あの班になったのも何かの縁だ。

 それにオレは近くの人には優しくするくせがあるんだ。

 まぁ…単なる偽善さ。嫌なら無理にとは言わない。」

 

まぁデマを混ぜ込んであるが。そこでまた家の方に向き直るフィルはいった。

 

「君はお節介だな。だけど、悪いね」

 

「そうか、なら家に来るんだな。父さんも喜ぶぜ?こんな美少女が娘になるんだ」

 

「なら、ボクは君の姉かな?」

 

「ゲッ……」

 

「なんだい不満かい?」

 

「フィルが姉は、なんか違うな」

 

「まぁレイジは大人びているからね」

 

「そうか?」

 

「そうさ」

 

そこで馬をつないでいた木の方に歩きだして、あることに気づく。

 

「フィル、こういうときは、悪い、じゃなくありがとうだ」

 

「そうか、確かに。ありがとう」

 

まぁまだ決まったわけではないが。

 

さて、父さんにどう説明するか。いや、そのまま言えばいいか。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

とある屋敷の一室。5人の男性が机を囲っている。

 

「計画の方は?」

 

「ああ、大丈夫だ。

 着々と進んでいるし、進めているそうだ。それより集まったものは4人か」

 

「こんなところでしょう。にわかには信じがたい眉唾ものですよ?」

 

「まぁ私も彼らの立場なら信じんかもしれんな」

 

「でしょう?"エルフ"の力を借りてだなんて」

 

「しかし、あれは確かに先住魔法でないとできません」

 

「では、始める。我ら"リベリオン"の最初の会を」



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原作開始前 第四章
第十八話  平穏


勲章授与の翌日フィルの家が半焼ないし全焼して、行き場のないフィルを、オレは家に来る事を誘ったわけである。

 

父に頼むと二つ返事で了承が出た。

 

グビーツ領であるが、帝国預かりになったようである。

 

戻る日が来るかは、しらないが。季節は巡る。春夏秋冬巡ってやってくる。

 

それは何か……オレの誕生日である。九歳である。

 

そろそろ、もういいんではないか。しかし、そうは問屋が卸さない。

 

一昨年の討伐隊の功績のせいか、オレの名前は若干有名になったのである。

 

なんでも、子供の皮をかぶった悪鬼羅刹だとか……。おい、オレに謝れ。

 

今なら『ウィンドジャベリン』屋敷に打ち込むだけで許してやるから。

 

まぁそんなことはどうでもいい。

 

誕生日がいつにもまして大きく開催されるわけである。

 

まったくもって面倒この上ない。

 

オレはやりたいことがあるっていうのに。まだ風はトライアングルのままである。

 

早くスクエアになるには、やはりキーがいるな。

 

代わりに水がトライアングルに上がったが。

 

火はラインであり土はトライアングル。なかなかである。

 

「レイジ、久しぶりね。」

 

誕生会の会式の辞的なものが終わり、

 

貴族のあれやこれやの話を聞きながしていると、

 

久しく聞いていなかった声を聞く。

 

「キュルケか。おひさ」

 

キュルケは勲章授与を終え帰ってきたら家に帰っていたそうだ。

 

それからは去年の誕生会間でしか会っていない。

 

「おひさ? まぁいいわ。で、その人は?」

 

その人とはフィルのことである。

 

「ボクはフィルグルックだよ」

 

養女になり名前に若干の変化。

 

「あら? レイジに姉なんていたかしら」

 

「ボクはここの養女さ。おととしからね」

 

「一昨年? 去年の誕生日にはいなかったみたいだけど?」

 

「ああ、その日は部屋にこもってたからね。なんだか気が引けて」

 

「オレはいいっていったんだがな」

 

そこでフィーも会話に加わる。

 

「フィルお姉ちゃんは優しいんだよ」

 

フィーはかなりフィルに懐いている。

 

仲のいいことは大事である。

 

「ふーん、そうなの」

 

そういいキュルケはまじまじとフィルをみる。何を考えているのやら。

 

「なにかな?」

 

フィルも無言の視線に耐えられなくなり、聞く。

 

「いえ、あなた。トライアングルなんですってね」

 

なるほど…。

 

「そうだけどなにかな?」

 

「私ももうそろそろ10になるので、それまでにはトライアングルを目指しているんです」

 

「そうなのかい? 頑張ってね。」

 

「キュルケはトライアングルになってなかったの?」

 

唐突に話に割って入るフィー。何が言いたいかと言うと、

 

「わたし、やっと最近、風がトライアングルになったの。レイちゃんのおかげ!」

 

である。これは嫌みではない。単なる自己報告である。

 

他に意図はない。そこにフィーの怖さがある。

 

キュルケもそれは把握しているのであたることはできない。

 

キュルケは衝撃を受け力をなくし、へたり込む。

 

「私だけ……ライン」

 

「おいおい、その年でラインはすごいんだぞ?」

 

自覚あんのか? というが周りはトライアングル以上が集っている。

 

まぁ劣等感を感じるなと言う方が無理である。

 

「そうだよ。まだ先は長いんだ。きっとすぐになれるさ」

 

「そうよね? ええ! きっとそうだわ!!」

 

そう励まされ自己で励まし立ち上がる。その目には希望の光が宿っていた。

 

「まぁがんばれ、オレも火だけはラインだからさ。一緒にがんばろぉーぜ」

 

「だけ……って聞こえた気がしたけれど。気のせいよね?」

 

フィーは追い打ちを掛けることが好きなようだ。

 

「違うよ。レイちゃんは水もトライアングルになったんだよ」

 

「そ、そう。もう何も言わないわ。レイジには何言ったって通用しないから」

 

「それは言えてるな」

 

「なに便乗してんだよフィル」

 

そこで意見が一致し急に仲良くなった女二人と元からよかった女の子一人で、

 

キャッキャと会話が盛り上がっていった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

フィーの誕生会は執り行われない。

 

なぜなら、そこまで売りに出さなくていいからである。

 

いや、この年でトライアングルなんだからものすごい才能ではあるのだが、

 

いかんせん、オレというものがいるから、あまり注目はされてない。

 

素晴らしくいいことである。

 

オレという隠れ蓑があるからまず狙われない。

 

が、オレのアキレス腱でもある。まぁ対抗手段は去年から講じてあるのだが…。

 

「よし、フィー、フィル。練習すっぞ」

 

「はーい」

 

「了解」

 

対抗手段とは簡単に言うと自分でも戦えるようにしておくことである。

 

戦いと言っても魔法だけなのだが。ブレイドも練習中。

 

内容はいたってシンプル。オレとの二対一での模擬戦である。

 

実戦練習は物になることが多い。

 

オレは威力を最小に絞りに絞って魔法をうつ。

 

『エアカッター』『エアハンマー』『ウォーターウィップ』など様々。

 

基本攻めでなく守りに特化させる形でやっていく。

 

フィーが得意とするのは『ジャベリン』『ウィンディアイシクル』他。

 

水魔法と風を組み合わせたのが得意、好きなようである。

 

時には父が指導している。

 

まぁそこそこの成果は上がることだろう。

 

何もしないより何かした方がいいに決まってる。

 

フィルは完全に支援タイプの用で『ウォーターシールド』などをしつつ、

 

『ウォーターフォール』などで動きを止めつつフィーに決めさせる。

 

という型が最近多い。まぁ負けてはやらんが。

 

オレの修行はと言うと、風、火以外は順調なものである。

 

武術は今は力がないので攻めには向かないが成長すれば、

 

戦術も増え自身から攻撃していけるようになるだろう。

 

ベルトもそこら辺は言っている。力が付いたらよくなると。

 

まぁ力がまだないなりに小手先の技術は無駄に上がったのである。

 

力のないオレは素早さを求めたわけで、空中でも素早く動きたいわけである。

 

そこで考え付いたのが『マテリアルエア』という魔法である。

 

この魔法は風の魔法ある。なかなか汎用性は高いだろう。

 

対竜種とかにもいいな。

 

そんなこんなで月日は流れオレの誕生日から2ヶ月後。

 

ある変態達との再会が待っていた。



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第十九話  依頼

オレの誕生日という毎年行われてきたイベントが終わり、早二ヶ月経過した。

 

もうすでにこの世界、ハルケギニアに来て九年経つわけである。

 

小学校と中学校を卒業できるくらいの年月が経過したわけであるが、

 

九年皆勤や高校での十二年皆勤など、冗談じゃないかと思ってしまったものである。

 

風邪も引かないなんて機会でもありえないね。

 

オレの場合隙あらば休む。という少々残念なことをがんばっていたもんである。

 

が、興味を持ったものには時間を忘れて打ち込むことをしてきたし、

 

ネットをすることにより様々な情報を得れてこれたわけである。

 

膨大な量を、何より簡単に。

 

しかし、今生はそんな便利グッズがあるわきゃない。

 

あるとすれば主人公である。

 

そうそう、サイトが持ってくるか否かである。が、パソコンはあるがネットが。

 

ということだし、バッテリーもすぐ切れるだろう。だってノートだし。

 

原作の知識はもうほぼ皆無と言っていい。

 

まぁ主人公の名前がスッと出てこないほどである。

 

この世界に来てオレも必死だったわけで、特にフィーについては――。

 

閑話休題。

 

まぁ何が言いたいかと言うと、この世界でも情報が命というわけであるが、

 

その情報を持つのが国境や領地を頻繁に越えている商人。

 

あるいは傭兵ということになるわけだ。

 

とりわけ我が領のコメスという街は立地条件がよく、

 

人がよく行きかいそしてなによりもモノが行きかうわけである。

 

合法非合法問わずに。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「じゃ、行ってくるわ」

 

「気をつけてね~」

 

「ああ」

 

そうフィーと会話を終え、愛車にまたがる。

 

その名も。特に決めてないので初号機で。

 

こいつを作ってから早二年が経ち、改良をひたすら加え続けて今に至る。

 

初期と違うのがまず最高速度である。

 

風石の力を流用することを思いつき、車輪とハンドルに搭載。

 

時速を底上げ。前方からの風圧を後方に流す。

 

さらに車輪をMTBっぽくして、このハルケギニアの荒れ地もなんのその。

 

今度土の修行も兼ねて街まで舗装してやろうか……。いい考えだ。

 

車輪も大きくし、変速も付けといた。

 

時速は100は軽く行くことが可能。体感でだが。

 

まぁ馬よりは早いことは確かである。

 

因みにこのチャリであるが、

 

フィーとキュルケにねだられ二号機と三号機を作成した。

 

フィーもキュルケもすぐ乗れるようになった。

 

まぁオレまで速度はださないのであるが。

 

一応は同じ機能を付けたので、だいたい馬と同じくらいは楽にいける。

 

フィルは馬でいいそうだ。生き物とたわむれるのがいいとか言っていたが。

 

まぁそれで駆りコメスの街に行く。数分で到着することができる。

 

楽になったもんだ。人は楽にすぐ慣れてしまう。

 

街中では自転車に乗れないのでそこらへんに置く。

 

そして土を魔法で車輪の穴にとおして『錬金』『固定化』をかけ、

 

簡易的なカギをかけ街に繰り出す。

 

今日街に来た理由としてはずっと前から気になっていた街の裏に進行するためである。

 

表向きの理由はただの買い物である。

 

街を進み裏路地に入る。そこでローブをまとい、奥へ進む。

 

テンションがうなぎ登りである。危険は刺激的だ。

 

何回か曲がりついた先には、酒の絵が描かれた看板。

 

中からは昼間だというのに人の騒いでいる声が聞こえる。

 

酒屋か…。そう思いつつも扉に手をかけ開ける。

 

なかは普通の酒場。だがなぜこんな隠れてやっているのか。

 

疑問が尽きないがカウンターの店員らしき人物に話しかけようとして、

 

カウンターにどこかで見たことのある三人の筋肉達磨のおっさんがいた。

 

そいつの一人がオレに気づき話しかけてきた。

 

「あんた、ちっせーな。飯ちゃんと食ってんのか」

 

「ん?兄者どうした」

 

「ああ、ちっこいやつがとなりに来たんでな」

 

「ふむ、おお? ほんとだ。あんたチビだな」

 

おいオレはまだ10だからこの身長は仕方ねーだろう。

 

「しかし、ローブをかぶっているとは訳ありの者でござるな?」

 

ふふん、と得意げに筋肉達磨の一人が言いだす。

 

「そうだな、まぁ訳ありだ。あんたらもだろ?」

 

頑張って声を低くしてみつつ返答。

 

「ま、ここにいる連中は多かれ少なかれ脛に傷を負ったものたちだ。

 まぁ小生たちは」

 

「ダイヤの旦那。依頼が入りましたぜ」

 

依頼?

 

「うむ、聞こう」

 

「なんでも、ヴァッツ山に竜種が数匹現れたって話でさぁ。

 そいで退治してほしいってことでさぁ」

 

竜種が数匹? ワイバーンとか? ヴィッツ山のふもとがここから馬で1日くらいだな。

 

「ふむ、金は?」

 

人差し指を立てつつカウンターのおっさんは

 

「一頭1000エキューでさぁ」

 

「1000!?」

 

1000エキューとかどこの貴族だよ。

 

「なるほどな。分かった引き受けよう。ドラゴン退治」

 

「では、ヴァッツ領領主様に一応言っといてくだせぇ。金はその人なんで」

 

ヴィッツ領はそこまで豊かではない。そんな金どっから捻出したんだ。

 

まぁ、当たりはつくが。竜退治か。実戦にはもってこいだな。

 

「なぁダイヤのおっさん。オレもそれに連れてってくれよ」

 

にいッと笑い190メイルはあろう巨漢を見上げる。

 

「子供。ボウズお前遊びじゃないんだぞ」

 

「わかってるさ。オレはこう見えてもトライアングルなんだ。あんたらと同じ……な」

 

最後の言葉で眉間にしわが刻まれる。

 

「なぜ……それを知っている?」

 

その質問をおどけて答える。

 

「おぼえてないのか? オーク退治のときあったじゃないか。

 まぁ正確にはオレは追い返しただけだけどな」

 

少々の沈黙。

 

「ああ、あのときの、久しぶりだなボウズ。

 それと小生はまだ三十路を越えてなどない」

 

「それでボウズはこんなとこ来てどうした。親に勘当されたか?」

 

ぶわっはっはっは。と笑いながらそんなことを聞いてくる。

 

「ああ、あれから親父には感動されっぱなしだ」

 

「ふむ、まぁいいだろう。金は」

 

「ああ、オレの殺した数の分の一割くれればいい」

 

「ああ、それならまぁいいだろう。出発は明日の明朝。この街の西門に集合だ」

 

「りょーかい」

 

そう手を振り、椅子から立ち踵を返して出口に向かい思う。

 

楽しくなりそうだ。オレの魔法を実戦で試すことができる。

 

またフィルにあくどい顔だと言われそうな顔をしつつ、

 

裏通りから本通りにでる、前にローブを脱ぎ顔の緩みを直して、

 

「なんかお土産買ってくか」



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第二十話  父と母

変態三兄弟(仮称)と別れ、コメスの街で適当にお土産をみつくろい、家にもどる。

 

時刻は出発して1刻ほどたったあたり、

 

いわゆる昼過ぎの少々暖かくなってきた時刻である。

 

こずかいで買ったお土産をフィーとついでにフィルにも渡す。

 

オレは明日の竜種退治に備え、魔法の点検をする。

 

念入りに半刻ほど行い異常はなし。

 

次点で短剣双剣でのイメージトレーニングをしつつ体を動かす。

 

夕刻まで行い今日の修行は一応ここで終わり。

 

夕食を食べ、明日のことについて父に報告。

 

勿論竜種退治などとは言わない。ヴィッツ山に行きたいという。

 

どうやら表では竜種の発生は聞かれていないようであり、

 

父は簡単に了承してくれた。まぁオレの頼みは基本通るのでいいのだが。

 

旅は3~4日間かかるので食料だけ持っていく。

 

準備ができるとオレは明日に胸を高鳴らせ眠りにつく。

 

 

 

翌日、明朝。オレはMTB(マウンテンバイク)に籠を取り付け、

 

そこに荷物をぶち込み、サドルにまたがり。いざ行かん。と思ったところで声がかかる。

 

「レイジ、ボクも一緒していいかな?」

 

フィルである。馬をひいてきている。

 

「お前。旅の支度はしてあんのかよ」

 

「ああ、昨日のグスタフさんに聞いてね。用意したんだ」

 

用意周到である。

 

「あっそう。なら早く行くぞ。ちゃんとついてこいよ」

 

まぁ父の許可が出ているならいいか。

 

「わかってるさ」

 

そう言い馬上の人となるフィル。

 

10分弱で街に着き、西門に向かう。

 

そこにはすでに変態が待っていた。いつも通りの上半身裸である。

 

「すまん、変態兄弟待ったか?」

 

失礼なことを言いつつ声をかける。

 

「む、俺達は変態じゃねぇ。宝石三兄弟だ!」

 

「わーった、わーった。で出発いいのか?」

 

「僕らはいいけど、そこの子とその乗り物? は?」

 

「ボクはフィルグルックだ。フィルって呼んでくれ。

 今日はレイジについて行くだけさ。この乗り物は自転車とかいったかな」

 

「そうだ、馬よりはやい」

 

「そいつはすげぇな」

 

「ふむ、まぁいいが。小生らは命の保証はしないぞ」

 

そういえば、竜種退治だった。

 

「いいよ。レイジが守ってくれるから」

 

「ま、そうだな。オレが守ってやるよ」

 

にぃっと笑いフィルを見やると同じ感じの笑みをオレに送ってきた。

 

こいつ…。

 

「ならばよし、では早速ヴィッツへ行くとするか」

 

そう言うや、馬を走らせる。

 

「行こうかレイジ」

 

はいよ、と言いオレもペダルを踏み込む。

 

ギアは5段方式の3であり、大体これで最高が7~80である。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

昼食をはさみつつ進路を北に進める。いい加減疲れてきた。

 

やっぱ馬でこればよかったんじゃね?そう思ったころに、

 

「もうそろそろ着くぞ」

 

そうダイヤ長男が声をかけてきた。

 

「やっとか」

 

ヴィッツ山ふもとの村に夕刻時―空は茜―にやっと到着。

 

ひたすらに街道沿いを北に向かっていったわけである。

 

帰りは一人で飛ばして帰ろう。そう一人新たに誓いを立てつつ。

 

村に泊まれる場所はないか聞く。

 

まぁオレとフィルは貴族なわけであるからに、

 

村人も喜んで、表面上は迎えてくれたわけである。

 

まぁ、竜種の被害で山にコークスを取りに行けないから、

 

その問題が解決すればうれしいのは当然だろうか。

 

この村の名前は聞くところによると、コークと言うらしい。

 

完全にコークスからきている。

 

最近ゲルマニアでは産業が盛んになりつつあるのである。

 

その最たるものが鉄鋼である。

 

自称宝石三兄弟とは一旦別れる。

 

なんでも領主の屋敷に行って契約を結んでくるんだとか。

 

まぁそこはあいつらに全て放り投げ、オレとフィルは旅の疲れをいやす。

 

明日は山登りであるからにして体力を回復しなければ。

 

「しかし、君はまた竜種と闘うのかい?」

 

「どうしてだ?」

 

「いや、あの一件で懲りたかと思ったから」

 

「何言ってんだ。懲りてないね。むしろもっとやり合いたくなった」

 

やれやれというあきれ顔をしている。

 

「君はほんとに戦闘狂いだな」

 

「いいじゃん。ヘタレより全然いいね。

 戦場で生き残るのが臆病者なら、オレは戦場で武勲を立てる勇猛になる。

 まぁ死んだら元も子もないから引き際は考えなきゃいけねぇ。

 父さん母さんが悲しんじまう」

 

「ま、それはそれで君らしいね」

 

そこで何分かボーっとしていると、唐突にフィルが口を開く。

 

両親……か。

 

「君は……レイジは両親についてどう思う。」

 

「オレの両親は知ってると思うが、貴族であり伯爵であるところの父と、

 平民でだが剣術の才を買われ、父さんが部隊に組み込んだとか何とか。

 父さんも昔は軍杖を振りまわしていたらしい。

 そこで負けたらしい。母さんに……。と、いっても剣だけの戦いだったそうだが。

 それが馴れ初めであり、剣について語るうちに意気投合。今に至るわけだ。

 両親についてと言ったが、オレは別に妾の子などと言うレッテル……。

 ま、今じゃそんなこと言われないが。

 そんなビハインドは気にしない。両親ともとてもいい人だ。

 人間的に腐ってるやつは貴族には多いが、父さんは汚職もしないしな」

 

そうだね、と相槌をうちオレの話を聞くフィル。

 

「母さんは平民について教えてくれる。

 そこがいいとこかな、偏見は多角的にものを見ることができれば緩和されるはずだ。

 両親と言っては何だが、親としてならユリアさんもだな。

 あのひとはオレに貴族の嗜み。

 貴族のなんたるかを教えてくれた。それになにより度量が広い」

 

「君の両親はいい人だよね」

 

「フィルんとこはどんなだったんだよ」

 

火事で亡くなっている侯爵について聞くのは初めてのことである。

 

思えば10で両親を亡くすなど考えたことがなかった。

 

前世ではオレが先に死んでしまったわけであり、とんだ親不孝者である。

 

「そうだな。父は優しかった……。だがいつもボクを見てボクなど見ていなかった。

 歳をとるごとに母に似ているという。父はボクでなく母をボクを通してみていた。

 だからボクは小さいなりに考え、父に自身を見てくれるように勉強を重ねた」

 

だから、あの歳でのトライアングルなわけか…。

 

「だけど、結局それは叶わなかったかな」

 

「そうか」

 

「レイジ、君はボクをみてくれるだろう? ボク自身を」

 

「そりゃそうさ、フィルはフィル以外の何者でもない。オレの大事な家族さ」

 

「家族か」

 

「そう、フィーも父さんたちも、そう思ってる」

 

そこで会話は途切れる。不思議と落ち着く。ゆっくりと時が流れる。幾分か後に

 

「フィル、オレは明日に備えて寝るから、フィルも早めに寝とけよ」

 

そう言い村長に貸してもらった一室のベットに寝転がり布団をかける。

 

「そうだね。ボクも寝ようかな」

 

フィルもどうやら寝るようで隣のベットに入る。

 

「おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

 

 

父と母か……。前世のことを少し思い返す。そこで気づくことがある。

 

ホームシックはまだ起こるらしい。

 

そう頬に当てた手が湿ったの感じながら思ったのである。

 

オレはとんだ親不孝もんだ。



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第二十一話 ワイバーン退治

開けて翌日、朝起き家の外に出ると、ちょうどそこに三兄弟が姿を現した。

 

「よく寝れたか」

 

「ああ。そういえば昨日から思ってたが、あんたら一番最初の雰囲気とは違うな」

 

一番初め、屋敷の前で素振りをしているオレの目の前で、

 

なんのマネか無駄に凝った演出をしていて変人だと断じたものだが…。

 

「ん? 最初と言うと。何年か前のときか?」

 

「ああ」

 

「あれは、依頼中でなかったからな。それに今回は竜種が相手であるからな」

 

「ふーん。仕事はしっかりやるってことか」

 

まぁ納得しとく、そこまで気になることでもないので。

 

「それはそうと、目撃情報によればワイバーンだそうだ。

 一体1000だが、お前は100でいいんだろ?」

 

金を気にするたちなのか…。

 

「それでいい。フィルには倒せないだろうしな。溺死くらいさせれるか?」

 

半笑いでフィルに聞いてみる。

 

「難しいかもしれないね。動きが速いと、とらえられない」

 

そっすか、と自分から聞いたのに、気のない返答をする。

 

「まぁいい、行くぞ。時間は有限だ」

 

そう言いダイヤたちは歩きだす。

 

まぁオレも新魔法が試せりゃいいだけだしな。

 

「行こうか」

 

「ああ。」

 

 

 

森に入り、山のふもとから山を登っていく。

 

情報によると洞窟をねぐら、巣にしているとのことだ。

 

洞窟を釜にして釜焼きをして外に出すとか。しかし、焼き殺してはいけない。

 

ワイバーンの一対の翼爪を提示すると金になるとのことである。

 

因みになぜ正規にこのことを頼まないかと言われれば、

 

いろいろと後ろ暗いことをしているとかで、正規軍には見せたくないんだとか。

 

ダイヤの変態に聞いたことである。

 

登山中は三兄弟が真面目に周囲を警戒しているのをみると、

 

あの衝撃的な初見を残念に思う。

 

オレはと言うと三人の後をフィルと話しながらついていっているだけである。

 

羽ばたく音がすれば一番早く感知できるので、索敵は楽なもんである。

 

ダイヤが土。ルビーが火。サファイアが水。風がいない。

 

エメラルドあたりが風だろうか。

 

風は一番汎用性があると思うのだが。

 

つーか、宝石の色のイメージで決めたかのような感じである。まぁ偽名らしいが。

 

「フィル、さっきからなんで手首。

 てか、腕輪を握ってるんだよ。そう言えばいつも付けてるけど」

 

右腕に着けた腕輪を、今日の朝からちょくちょく握っているフィルに聞く。

 

「ああ、昨日の会話で思ったんだ。家族は大切にしなきゃいけないかなと」

 

「?」

 

「これは、今はいない母の形見……。

 というか、母の家に伝わっていたらしい腕輪とのことだ」

 

父が言っていた。そう言い前を向く。

 

「ふーん。そりゃ大切にしなきゃな。形見なんだから」

 

「ああ、昨日改めて思ったよ。これは唯一だとね」

 

「オレも形見つくろうかな」

 

そう前を向きつつ肩をすくめて考える。

 

思い返せば、オレは基本危険と仲がいいのだから。

 

「そうだな。この指輪にしようか」

 

そういい、何年か前に買った右手の指輪を見つつ、つぶやく。

 

「それ、いつもしてるけど、なんなんだい?」

 

「ああ、オレの短剣と同じ臭いがするから買ったんだ。しかも、これは杖なんだぜ」

 

腰の短剣をこつきつつ答える。

 

「君は杖を何個持つ気なんだい?」

 

「いやいや、オレの杖は短剣二本とこの指輪の三つだぜ?」

 

「普通は一本だけどね」

 

いやいや、手札はやっぱ多いほうがいいからな。

 

ま、いいじゃん。そう言い、前の三人組を追いかける。

 

くだらない会話をフィルとしつつ、木々の茂った山道、けもの道を進むこと半刻ほど、

 

そこでワイバーンの巣とかなんだとか言われている洞穴を発見。

 

数年前に廃鉱になったとか。洞穴の前にワイバーンはいない。

 

「ここだ。ルビー。『フレイムボール』だ」

 

「承知」

 

そこでルビーが『フレイムボール』を詠唱し、廃鉱内に向け撃つ。

 

数拍後にワイバーンの叫喚がオレの耳に届く。

 

「どうやら、ほんとにいたようだな。おねんね中だったのか?」

 

「さて、仕事の時間だ」

 

オレのボケを華麗にスルーしてダイヤがルビサファに言う。

 

ようは翼を壊さなければいいわけだ。流石にあの竜種よりは弱いだろう。

 

何より反射など使わない。比較的楽である。ドラゴンに比べればの話であるが。

 

しかし、空を飛んでいるのでめんどくさいことこの上ない。

 

とのこと。空対地攻撃はうっとおしい。メイジじゃなかったら手も足も出ない。

 

「フィルは隠れてろよ」

 

フィルに声をかけつつオレも戦闘態勢に入る。

 

抜剣し詠唱を開始する。

 

そこでワイバーンが5匹ほど次々と洞穴から出てきた。

 

声の数より少ないな。

 

そう思いつつも、気にしずに魔法をかける。

 

『ウィンドアクセル』を自身にかけ、駆け出し、跳ぶ。

 

その前にもう一つ詠唱発動。

 

跳ぶが『ウィンドアクセル』の力も借りて10メイル弱の跳躍。

 

因みに『ウィンドアクセル』は一定時間かかっている状態にすることが可能。

 

ワイバーンの滞空位置は25メイル前後であり、オレのブレイドの範囲外。

 

が、さらにオレは空中で跳ぶ。フライではない。

 

空を蹴りさらに跳躍。も一つおまけに、再々跳躍。

 

ワイバーンとの高度が逆転するときに下からブレイドで胴体を縦に斬り裂く。

 

さらに空で体を逆さにし、空を蹴り地面に向かい再加速し、二体目を上段からぶった切る。

 

魔法で制止をかけつつ着地。空を蹴るのに用いた魔法は『マテリアルエア』と命名。

 

この魔法は風魔法によくある<空気を固める>ということができるところに目をつけて、考え付いたわけである。

 

フライでいいんじゃないかなんて言われたが、、

 

あれは三次元移動があまり素早くできないし、何より急に方向転換ができない。

 

慣性により若干のラグがある。

 

それに比べ、『マテリアルエア』はラグが身体能力依存なので、

 

慣れれば相当カクカク移動できるわけである。

 

この魔法を連続発動することで空中を歩行可能であり、

 

先のように複数ジャンプも可能になるわけである。

 

またもオレの新魔法がいい出来で、今回はうまくいったので、この二体の翼爪を頂く。

 

これで200エキューである。ちょろ甘だな。

 

真っ二つの二匹のワイバーンの翼爪を、はぎとりに移行しようとしたところ。

 

他三体も三兄弟の絶妙なコンビネーションにより、駆逐された。

 

「オレもう新魔法を実戦レベルで使えることがわかったから、この二匹でいいわ」

 

そう、三兄弟に伝え、剥ぎ取りフィルのところにもどる。

 

「君はまたバカをやっていたね」

 

バカとは失敬だな。

 

「おい、フィル。バカとはなんだ、オレの崇高なる戦いにケチつけるのか」

 

「いや、争いは何があっても崇高ではないと思うけど」

 

ごもっともである。

 

そう思いつつ三兄弟が息を合わせワイバーンを殲滅しているのをみる。

 

「ま、そうだな。戦いはいけねぇな。

 けど、戦いはなくならない。この世界が滅ぶまで……な」

 

動物は争い続ける生き物である。理由なんて後付けなことが多そうだし。

 

「そうだね。それにしても、なんで君は何時も接近戦をするんだい?

 『ウィンドジャベリン』を使えばいいじゃないか」

 

疑問はわからんでもない。しかし、

 

「『ウィンドジャベリン』を使うよりも、

 『ウィンドアクセル』と『マテリアルエア』を併用した方が、効率がいい。

 それに、破壊力の桁が違う『ウィンドジャベリン』を使ったら、

 翼爪まで吹き飛びそうだ」

 

簡単な話金にならないのはちょっと。てことである。

 

「お金に困ってるのか?」

 

「いや、だけど貰えるもんは貰う主義だ」

 

貰えるものは貰っとく。

 

「なら、ボクも貰ってもらおうかな?」

 

「……何言ってんだよ。もううちに貰われてんじゃんか」

 

まぁそんな意味でないことは百も承知であるのだが。

 

「そうだったね」

 

真顔でシレっとそんなこと言うなよな。そう心の中で悪態をつきつつも三兄弟が、

 

ワイバーン撲滅し終わるのを見届けたのである。




オリジナル魔法紹介
『マテリアルエア』風風風
風系統によくある空気を固めて何かをする。
という性質を足場にすることを考えた魔法である。
フライとの差別化。
立体軌道が身体能力依存であるが、思いのままできること。
『エアシールド』のように空気の壁を作ることで、
敵の攻撃も防ぐことができる。連続発動可


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第二十二話 親と子

三兄弟が撲滅を遂行すること腹時計で10分くらい。

 

ワイバーンは全体駆逐されたようで洞窟の奥からは声は聞こえない。

 

念のためもう一度ルビーが『フレイムボール』を放つが依然反応なし。

 

次の情報のもとさらに森へ分け入っていく、

 

することもないのでオレとフィルもついて行く。

 

「ボウズ、さっきのワイバーンはどうやって倒したんだよ」

 

サファイアが気になっていたのか聞いてくる。

 

「あぁ、魔法で倒した」

 

抽象的に答えておく。

 

「そんなことじゃない。それは見てた。ブレイドで倒したんだろ?」

 

そこまで見たなら答えはブレイドだ。

 

「じゃぁ、ブレイドで倒した」

 

「いや、ちがうって。倒し方だって!」

 

「落ち着けって、牛の乳でも飲んで落ち着け」

 

カルシウムは大事だぞ。元気のもとだ。多分。

 

「ファイ、やめろ。仕事中だ」

 

そこでダイヤのおっちゃん(自称20代)がファイ――サファイアのことを止める。

 

「了解。」

 

それに渋々従うサファイア。やはり、リーダーはダイヤ君か。

 

思えばオレも精神年齢だけなら、三十路まっしぐらだな。29だもの…。

 

「レイジ、どうしたんだい。そんなしぶい顔して」

 

オレは現実逃避するために渋い顔をしていたようだ。

 

「いや。なんでも」

 

曖昧に反しとく、精神年齢29と言って誰が信じるかっての…。

 

案外フィルは合点が言ったなどと言いそうだが。

 

「ま、そういうならいいよ」

 

歩くこと幾ばくか。またも目的の場所に到着。

 

時刻は既に昼に差しかかるかというところ。

 

ちょうど太陽は南中だろうか。昼飯はこの戦いが終わってからのようだ。

 

またもルビーが洞窟、今回は天然のに『フレイムボール』を撃つ。

 

洞穴の奥からまたも数匹の鳴き声が聞こえてくる。

 

数秒後ものすごい勢いで洞窟から空に飛び出してこちらを見下ろす。

 

先ほどの個体よりもかなり大ぶりである。それが1体と他5体。

 

「いつも通りだ」

 

「承知」「了解」

 

オレとフィルは見物しようかを思っていたら、

 

一番大ぶりの奴がオレ達は弱者と思ったようでこちらに急降下からの口をあけ…。

 

ブレスを放つ。

 

しょうがないのでオレも『エアシールド』でフィルと自分を守るように展開。

 

ブレスを後方へ受け流そうと思ったが、山火事が起きると思い受け止める。

 

着弾炸裂音が響き、続いて上空を飛翔音が駆け抜ける。

 

「おっさん、オレこいつ、潰すからあとよろしくぅ」

 

そう言い右手の短剣を構える。

 

さてさて、リーダーさん運がなかったな。そう思い顔の筋肉が弛緩する。

 

ワイバーンの位置は上空30メイルほど、まずほとんど魔法もかわされてしまう。

 

しかし、『ウィンドアクセル』と『マテリアルエア』を詠唱。

 

ワイバーンめがけ翔ける。一気に三度の連続跳躍。その直後に、

 

右腰だめで剣を、

 

ブレイドを構え右下から左上に胴体から首を切り飛ばすよう剣をふるう。

 

が、すんでのところで相手は羽ばたいてさらに上方にかわす。

 

ブレイドのリーチをもっと伸ばせばよかった。

 

そう思考しつつも相手のブレス攻撃を空気の塊を足場に跳躍してかわし。

 

『エアカッター・マルチ』を詠唱し、

 

ワイバーンの前方上下左右に逃げ道をふさぐように、一斉発射。

 

流石にこれは避けれずに翼膜が切り裂かれバランスを崩し落下してくる。

 

しかし、ワイバーンはまだあきらめていないようで口をあけ火をちらつかせる。

 

ブレスの兆候気付くと、前方に空気の壁を展開。

 

『マテリアルエア』を壁に使っただけである。そこに着弾。爆発。

 

ワイバーンに連射機能はないようでそれでおしまい。

 

インターバルが若干だがいるらしい。

 

攻撃が打ち止めされ、ただ落下してくるワイバーンの首をブレイドで切る。

 

数拍後にドシャッという音が響き、ワイバーンは死体へとなった。

 

オレも着地し、翼爪がいかがなものか点検、異常なし。

 

ワイバーンの親玉的なやつがやられたので、

 

他の兄弟と闘うワイバーンたちは取り乱し、兄弟の連携の前に崩れ去っていった。

 

「任務完了」

 

そう、口にするダイヤ。

 

「もう、ワイバーンはいないのか?」

 

もう終わりなのか、案外簡単だった。

 

やはり『ウィンドジャベリン』など使わなくても楽に行くもんだ。

 

あれは切り札的ものだからな。

 

「ああ、情報はこの二つだ。なので帰投する」

 

「そっすか。なら帰るか」

 

そういい歩きだす。

 

「金を貰うまでが仕事である」

 

迷言をスルーして帰りの道を、きた道をそのまま引き返していく。

 

 

 

 

帰りの道は、特に何をするでもなく。

 

フィルと雑談を時たまして、川のほとりで飯を食い。

 

なにもイベントが起きることなく村につくことができた。

 

村で兄弟にオレの翼爪を渡し、明日の朝、

 

今日を同じ時刻に来ることを言われ、村長宅で夕飯にありつく。

 

あいつらは金にはルーズそうじゃないから。

 

ちゃんと持ってきてくれるだろうことを信じて。

 

村長はしきりにお口に合うかどうか。

 

などと言っていたが、まずくなんてないので、気にするな。と言っておく。

 

一応は村の産業の危機を救ったのだから飯くらいもらってもいいだろう。

 

まぁ、今日は、そこそこ疲れたので早めになるか。と思い布団に入ろうとした矢先。

 

またも昨日と同じでフィルに話を振られる。

 

「レイジ、君は親のために子は何かをやるべきだと思うか?」

 

「なんだ、突然藪から棒に」

 

そう言いつつも聞く体勢を整える。

 

「昨日思ったんだ。両親は大事にしなくちゃいけない。

 だから子は親のために生きなければならないのかと」

 

「やけに、思いつめているが、そんなことはないだろ。

 なんで親のために生きなきゃいけない。確かにこの命は親に貰ったものだろう。

 だが、貰ったもんはどう使おうが子供の勝手だとオレは思う。

 悪いことなんてどこにもねぇよ。人生生きて6、70だ。

 それを自身のために使わないなんてありえない。

 ま、親孝行の一つや二つは必要だけどな」

 

そう最後に肩をすくめて見せた。

 

「そういう考え方もあるのか。君の考えは独創的だ。

 普通の貴族なら一族のためと言い頑張る。

 けれど、君は自身のしたいように生きている。君を見てるといつも感じるよ」

 

「そんなことはない。オレだっていっぱしの貴族さ。

 一族のためと言ってやることはあるだろう」

 

「そうかも知れない。けど、君は自分に嘘を言わない。嫌なことは口にする」

 

なんだか重い話だぞ。

 

「まぁ、嫌なもんは嫌と言いたいお年頃なのさ」

 

「それに比べボクは、今まで父のために頑張ってきた。親の願いをかなえる。

 それが、子の使命だとね。ホントの気持ちは言わない。

 親にも嘘を吐き、他人にも嘘を吐き、そして、自分にも嘘を吐いて生きてきた」

 

「おいおい、今ここで言ってることは嘘なのか?」

 

その言葉で一瞬虚を突かれたような顔になるフィル。

 

「……いや、これはホントの気持ちさ」

 

「ならいいじゃねぇか。過去より未来を見ようぜ? 変わろうと思ってるんだろ?」

 

「どうして」

 

「だって、今本当の気持ちを話してくれたじゃねーか。

 それなら変われるさ。オレが保証してやんよ」

 

そういい、にぃっと笑う。

 

「君は何時もそうだ」

 

小さな声でぽつりとつぶやく。

 

「何がいつもだよ」

 

「いや、何でもない。ありがとう」

 

何でもないならいいか。まぁフィルの顔もよくなったしな。

 

つーか、オレ年下なのに何言ってんだよ。はたから見たら変だな。

 

ま、いいか。フィルが納得したなら。そう思い布団にもぐりこむ。




『エアカッター・マルチ』ですが、四枚刃になりました。
別に髭はそりません。


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第二十三話 フィーとフィル

ワイバーン退治が終わった日の翌日。

 

昨日とほぼ同時刻であろう時間にオレは起床し、三兄弟を待つことにした。

 

フィルはオレの少し前には起きていた模様である。

 

二人で村長の家の玄関先で待つこと数分。

 

三兄弟が姿を現す。やはり、金にはしっかりしている。

 

パクるかもとの心配はいらぬ心配のようであった。

 

「ボウズ。いや、レイジ。報酬の300の金だ」

 

そう言いダイヤはパンパンに膨れた袋をオレに向けて放り投げる。

 

それをたたらは踏まずに両手で受け取る。袋の口を緩め中を確認。

 

300枚あるだろうの新金貨ではない金貨がこれでもかと袋の中には溢れかえっていた。

 

「うひょ~、こんなに金貨あんの見たことないかも」

 

いや、白毛精霊勲章の年金はあるのだが。

 

確か年に200エキューだから、それよりも稼いだわけだ。

 

一日にして大金を掴んでしまった。

 

しかし、父には言えないな。何で得たのか聞かれるし。

 

「確かに渡したぞ。ではな」

 

金を渡したことで役目を終えたダイヤが身をひるがえしてこの場を後にする。

 

それに続き、サファイアも踵を返してダイヤに追従する。

 

ルビーはこっちにニヤッと笑い、

 

「またどこかで会うかもな」

 

「そりゃ、どっかであうだろ」

 

そう言っただけでルビーはほか二人の後を追っていった。

 

「レイジ、そのお金は何に使うんだい?」

 

「いんや、決めてないな」

 

「貯めとくのかい?」

 

それもいい。金はあって困ることはない。しかし、

 

「そうだな、200エキュー位この村に寄付でもしてやるか」

 

かなり上から目線だが、やるんだからいいだろう。

 

「そうかい、君がいいならそれでいいさ。

ボクもこの二日でいろいろ感じられたからいい経験になったから」

 

「ま、金は肥料ってやつといっしょだな」

 

そこでフィルは首をかしげる。

 

「肥料? なぜだい?」

 

「肥料ってのはばらまくと栄養になるが、一か所に固めると臭いだろ?

 そういうことだ」

 

そこで合点がいったのか頷きをオレに返す。

 

「なるほどね」

 

「それに、ヴィッツ領は豊かじゃなかった。

 最近は炭鉱がありコークスがとれるが、それも一年もたたない。

 子爵であんな大金用意できないね。大方、先見の目ってやつで見た。

 投資対象だから今回金を出したわけだ。皇帝に納める金額を改ざんしていてな」

 

だから、正規軍には頼まないんだ。そう付け加える。

 

「確かに、こんな辺鄙なところの領主が、

 しかも普通の子爵が大金をパッと出せる様なものじゃないね。

 けど、ここはゲルマニア、金で地位などを買ったっていう可能性は?」

 

「そりゃないね。ヴィッツ領は、近年と言っても三世代くらい前から全く変わらないし、

 なにより、古い貴族だ」

 

「まぁそれなら、納得はいく理由かな」

 

まぁ、こんなどうせ俺たちが介入できない問題を考察しても意味はない。

 

ここでこの話切り上げ、村長に200エキューを村のためにでも使ってくれと言い。

 

残りは自分が持って帰ることにする。100エキューになり、かなり袋の重量が軽くなる。

 

「村民の心も羽が生えたようだが、オレの報酬も羽が生えたな」

 

「そうだね。そろそろ、帰ろうか。家に着いたら日が暮れてしまうよ」

 

オレは自転車を飛ばせばそんな心配はないがフィルを一人にして帰らせるなんてことは

 

自称紳士であるオレには無理なので、しょうがないからフィルの馬の速度に合わせる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ザクセス家の家に着いたのは日がとっぷり暮れてしまった後のことである。

 

やはり、何時間も自転車をこぐのはつらいものがある。

 

途中で舗装もされていないのに両手放し運転の練習をしてしまった。

 

そのおかげか、街道くらいならば手を離すことができるようになった。

 

実にくだらないスキルがまたオレに追加されてしまった。

 

門兵に声をかけ中に入れてもらい家の中に入りフィルと別れ、

 

風呂で一服して着替えベットへ直行。

 

そのまま倒れこみ睡魔に身をゆだね、意識を手放す。

 

 

 

翌日起きたのは太陽が天高く昇ろうかとするころ合い。

 

完全にダメ人間の活動開始時刻である。

 

まぁまずは帰ったことを父に報告し、フィーにも報告をして日課にもどろうか。

 

そう思考を巡らせていると、

 

「帰ったか、レイジ」

 

「父さん。昨晩に帰りました」

 

「そうか、フィルに聞いたよ。ヴィッツはどうだった」

 

「ええ、炭鉱がありそこでコークス、鋼鉄の原料を採掘していました。

 

これからの一大産業になってくるやもしれません」

 

コークスと言えば様々なものに活用される。

 

時代が進めば活用法が多岐にわたることだろう。

 

「なるほど、うちの領には山等はないからな。残念だ」

 

「ええ、まったくです。」

 

「よし、ティナにも帰ったことは伝えておけよ。あいつはお前に大層立腹だ」

 

そう言い残し父はオレの部屋を退去していき、

 

入れ替わりざまに小さな金が飛び込んできてオレにタックルをかます。

 

たたらを踏みつつも倒れるのを堪え、

 

「おい、危ないじゃないかフィー」

 

そう言いつつもタックルから抱きついた体勢になったフィーの頭を撫ぜる。

 

「レイちゃん。なんでかってに行っちゃうの?わたしに言ってくれればよかったのに」

 

「う、い、いや。それは、フィーにはつらいかと思って」

 

「もぉう。次からはちゃんとわたしにも言ってよ?

 フィルお姉ちゃんはいっしょだったのに」

 

「悪かったって、次から何かあるときはフィーに必ず一言言ってからにするから。

 そんな顔スンナって。なんか言うこと聞いてやるから。

 それにフィルは勝手についてきたんだ。オレは何も言ってない」

 

臨時収入も入ったことだし。つーか、よく察知できたなフィルの奴。

 

オレの言葉を聞き顔を笑顔に瞬時にシフトして、

 

「ほんと!?じゃあね。なににしようかな」

 

そう言いあれやこれやと言いながら考え始め出すフィー。

 

「フィー別に今決めなくてもオレは逃げやしないさ。それよりご飯が」

 

「あ、そうだね。もうそろそろ昼御飯だしね」

 

そう元気いっぱいオレの手を引き食堂に手を引いていくフィー。

 

その後頭部を見つつ、やはりフィーに何も言わなかったのは失敗だったな。

 

髪の毛はうれしそうに弾んでいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

昼食をレイジ達が食べ終わるとレイジはいつものように飽きずに、

 

今日もせっせと修行に勤しむ。勉学の方はいいのかと聞かれるが、

 

レイジにとってこの時代程度の勉強、

 

算術などはただのクイズなので取るに足らないものである。

 

フィーはフィーでレイジに分からないこと+αで様々な無駄知識を仕込まれている。

 

ただ単にレイジが話したかっただけなのだが、

 

フィーはその話がお気に入りの用で、ちゃんと聞き入っている。

 

フィルはフィルで小さなころからのたゆまぬ努力のおかげで、勉学は問題はない。

 

レイジにとって新たな知識として吸収されたのが、貴族としての振る舞いである。

 

しかし、それも幼年のときに全て覚えてしまっており、今更やるものでもない。

 

ゆえに、レイジは一日のタイムテーブルを自分の好きなように決めることができる。

 

フィーもフィルも似たようなものだが。

 

しかし、レイジがアホみたいに修練に励む姿を見つつ、

 

木陰で二人は本を読んだり、女の子の話に花を咲かせるのである。

 

「お姉ちゃんとレイちゃんは三日前からどこ行ってたの?」

 

フィーが自身がついて行っていない出来事について聞く。

 

フィルは本にしおりをはさみこんで閉じて、

 

「ヴィッツ領のコーク村に行ってきたのさ」

 

「何しに?」

 

そこでフィルはニヤッと笑い。

 

「ワイバーン退治さ」

 

レイジからフィー他には言うなと言われていたにもかかわらず、

 

フィルはフィーに対してなんのてらいもなくばらす。

 

「へぇ~。ワイバーンって竜種の?」

 

それを聞いたフィーも特に驚いたふうに聞かずにワイバーンについて聞く。

 

「ああ、竜種の中でも下位の種族だけどね」

 

「ふーん。レイちゃんは倒したの?」

 

「そうだね、3匹ほど倒したかな」

 

「どんなふうに!?」

 

フィーはレイジのことが大好きである。

 

なのでレイジが活躍する話を聞きたがる。

 

フィルもそれは二年前の討伐隊の話を、

 

根掘り葉掘り聞かれたことにより感じていた。

 

だから、フィー対してばらしたのである。

 

それにフィーは流布はしないことは知っているということもある。

 

「そうだね。今回行った目的はレイジとしては、

 実戦でオリジナル魔法が有効的に使用できるか否かを測りに行ったと言っていた」

 

まぁ要するに実験だ。そう付け加える。

 

命を使う実験だったことは否定できないが、

 

野生の生物であり、炭鉱付近に巣なんぞ作ってしまったのが運のつきである。

 

人権もとい竜権なんぞ存在しない。

 

もっとも人権も存在は薄い、ないといっても過言ではない。

 

人権の基準など貴族の尺度が基準であるからに平民の人権なんぞ保証はされていない。

 

「それで、それで?」

 

フィーはそんな些細なことを気にせず先を促す。

 

「それで、レイジは、新魔法『マテリアルエア』っていう魔法を使ったわけだ。

 『風』の三乗スペルらしい。これが面白いんだ。

 風の空気を固めるってところを利用し、空中で自身の足場を作りだす。

 そこを蹴って跳ぶわけだ。しかも、『ウィンドアクセル』も併用してね。

 こんなの魔法されたら当てられないよ。縦横無尽に空を駆け抜けていたね」

 

「おお~!すごい!!今度教えてもらおうかな」

 

そう目を輝かせフィーはフィルの話に聞き入る。

 

「その、自身が作ったオリジナル魔法を並列で使用し、

 空を駆けワイバーンを一呼吸で二匹ブレイドで切り裂いたわけだ。

 もう一匹はリーダーでちょっとした攻防の後にブレイド切っておしまい」

 

「レイちゃんすごいな~。わたしと同い年なのに」

 

そこでフィーが羨望のまなざしをレイジに向ける。

 

「まぁレイジはすごいだろう。規格外としか言いようがないよ。

 あんな子供何百年に一人とかの確立だろうね。

 けど、フィー、君も何年かに一人の逸材さ」

 

そんなフィーの声をフィルは肯定しつつ、フィーも慰め、頭をなでる。

 

金髪の美少女二人が寄り添い片方は頭をなでている。なかなか絵になる画である。

 

どちらも金髪であり、知らない人が見たならば確実に姉妹と考えてしまうはずである。

 

「そうかな?わたしもそんなにすごいかな」

 

「そうさ、君はその年でトライアングルなんだ。もっと誇るべきだ。

 それにレイジとは比べてはいけない。彼は私たちとは何か違うからね」

 

そう口にしつつ、貴族らしからぬ多々の発言を思い出す。

 

「そうだね。レイちゃんは物知りだもんね」

 

そこで一泊置き、フィーはフィルに向き直り、

 

「フィルお姉ちゃんはレイちゃんが好きなんだよね?」

 

そう無邪気に聞く。その問いの意味はなんだろう。

 

家族としてか、はたまた異性としてか。その思考に一瞬の停滞。

 

「……そうだね。ボクはレイジが好きだよ」

 

「そうだよね。

 なんだか、今日のお姉ちゃんは前と違う感じでレイちゃんを見てるから」

 

そんな顔に出ていたかと思いつつ、

 

「そうかな?自分では気づかないもんだな」

 

そう自嘲気味に曖昧な笑みを浮かべる。

 

「そうそう。乙女だよ。乙女の勘だよ」

 

そう純粋無垢に笑みを浮かべるフィー。

 

「フィーもレイジが好きなんだよね?」

 

フィルも分かり切ったこととはいえ、お返しに聞き返す。

 

「そうだよ。大好き!!」

 

そう声を張って一切の淀みなく言いきる。

 

そこがフィルには少し羨ましかった。そして純粋な疑問が口をつく。

 

「なぜだい?」

 

「だって、強いし、頭も良い! 何より、わたしを好いてくれてるのがわかるから」

 

その言葉を聞きフィルはまた一瞬固まる。

 

“私を好いてくれているのがわかる”

 

この言葉は前にレイジからも聞いたことがある。

 

この家に来たばかりのころにフィーとの仲の良さが気になり聞いてみたのだ。

 

“フィーは好きか”と。

 

答えは勿論イエス。よどみも何もなく言い切った。

 

さらに理由を追求したら、フィーについての様々な素晴らしい個所を熱く語り。

 

最後に“オレを好いてくれるのがわかる。ま、自惚れかもしれんがな”

 

そう言った。そんな信頼関係がうらやましかった。

 

嘘でできた自身に信頼などあるはずもないのだから。

 

だが、その後にレイジは“ま、フィルも好きだぜ?”

 

そうニヤリと冗談めかしく言い放った時には、

 

驚きで頭の中が真っ白になってしまったものである。

 

それから気になり始めたのかもしれない。あの貴族らしからぬ言動。

 

しかし、民のことはしっかり思うことを忘れていない。

 

そんな彼を。そう思考を巡らせる。

 

「なるほど、レイジは非のうちどころがないね。

 やっぱりボクはレイジが好きなようだ」

 

そう言い、最後はポツリとつぶやく。そんなことは伝えられないとわかっていても…。

 

「だよね~」

 

そんなフィルの返答を聞き、フィーは上機嫌になりつつ、はっとなり、フィルに対して、

 

「けど、レイちゃんは渡さないよ?」

 

「それは残念だ。しかし、一夫多妻は認められているよ?」

 

「その場合はわたしが本妻ね」

 

「わかってるよ」

 

フィーの微笑ましさに笑いかけつつ、返答をする。

 

そこに一匹の梟が足に手紙をくくりつけ飛んでくる。

 

フィルの前に着地する。

 

フィルそれを、手紙を梟の足から取りざっと読み、内容を記憶する。

 

「それ誰からの手紙?」

 

フィーが気になったのかフィルに聞く。レイジは剣を少し遠くで振りまわしている。

 

「ああ、これは昔の友達さ」

 

フィルはそう返し、手紙をきれいに折りたたみポケットにしまいこむ。

 

そして、

 

「ボクたちも修練でもしようか」

 

そう言い腰を上げる。それにならいフィーも起立。庭の真ん中の方へと歩んでいく。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

とある邸宅に一通の手紙が届く。

 

内容は

 

≪一年後に全ての準備が整う。≫

 

そう短く一言だけ書かれていた。

 

その手紙を持った壮年の男性は、長方形の長机に座った、

 

きらびやかな衣装に身を包んだ貴族に対して声を発する。

 

「今、手紙が来た。一年後が我らリベリオン決起のときである」

 

その声に各々は声を上げる。

 

「一年だ。これまでの十余年に比べればたやすい時間。

 

待とうではないか。今は雌伏のときである」

 

そう壮年の男は口を弧の字に歪ませる。それに伴い他の貴族も口元が歪む。

 

「後一年、後一年で、皇帝は……死ぬ」




なんだか、ダークな感じになってきたようなそうでないような。
リベリオンの目的が明らかになったわけです。
いろいろ、しっかり伏線張って回収できたらいいです。
こ、細かいところは気にしないでください(笑)


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第二十四話 武闘

ワイバーン退治からさらに数ヶ月が経つころ。

 

季節は夏が終わり、秋の気候になってきたような気がしないでもない。

 

まぁここは日本とは違うし、

 

元いた地球とも気候区分などが違う可能性は大いにあるのだが、

 

大体の四季は感じられる。

 

しかし、寒くなるのはゲルマニアでも北や東の方に位置する地域である。

 

雪などトンと見ない。魔法で見ることはできるが。

 

これは元の地球と同じ気候故なのか、はたまた別の理由があるのかは謎である。

 

時間があったなら調べてみたい気がしないでもない。

 

そんなことを無駄ではないが特に役にも立ちそうにないことを、

 

日々考えて修行などに精を出す。

 

剣の修行、魔法の修行を日々繰り返しつつ、

 

そろそろ領地経営もかじっていこうかという時期。

 

「ベルト。父さんから聞いたんだが、リッターの武闘会にでるんだってな」

 

久しぶりにオレの剣術、武術の師である

 

ベルト・リッターに先日小耳にはさんだことを聞く。

 

リッター武闘会とは名前のままであるが、

 

ゲルマニアのリッター<騎士>の勲章を受勲したものでのトーナメント制の大会である。

 

なぜこんなものがあるというかと、

 

ゲルマニアの人は楽しいも好きであり、お祭り好きということもある。

 

あとは閣下も絡んでるとかどうとか。

 

「そうです」

 

間接に答えを返すベルト。

 

「ん? けど、あれって基本メイジしか出てないじゃん。前の大会も出てなかったし」

 

そう、リッターの称号をもつものは平民にもいるが、

 

勿論貴族もその称号をもつものがいる。

 

なので必然的に大会ではメイジ、

 

貴族が有利になりあまり平民のリッターはでてもあまり活躍できない。

 

メイジ殺しの異名があってもである。

 

「そうなんですが、今回はレイジのおかげで出場する気になったのです」

 

「なんでオレなんだ?」

 

オレは特にないもしていないような…。

 

「今やっている訓練です。レイジも成長しているように、

 私もメイジとの戦い方を学ぶことができるというわけです。

 それに先日公務での活躍も相まっての駄目押しです」

 

「なるほど、確かにメイジとの戦いはいろいろと研究になるよな。

 ベルトは一応メイジ殺しだけど」

 

「メイジ殺しと呼ばれていても、それはただのメイジ相手ですからね。

 リッターともなろうメイジはそう簡単にはいきませんよ」

 

リッターの称号を持つメイジとただのメイジではその差は歴然である。

 

ドットでトライアングルに勝つことなんてザラらしいし。

 

「けど、オレとの訓練でそんなに勉強になることはないんじゃないか?」

 

自分のことだ。そこまで自身ができているとはあまり思わない。

 

「いえいえ、レイジの魔法と武術の使い方は他のメイジにはないですし、

 何よりそんじょそこらのメイジなど簡単に鎮圧できるでしょう。

 たとえ相手がスクエアであったとしても」

 

ベルトの目にはオレはなかなかの使い手に移っているようだ。

 

なかなか嬉しい。

 

「そんなもんか?」

 

照れ隠しとしてそう言っておく。

 

「そうですとも。さぁ、おしゃべりは終わりです」

 

そう言いベルトは木剣を構えなおす。芯には鉄が入っている。

 

おもさは実剣と大差はないだろう。自然体な構えどこにも力みは生じない。

 

「了解。次こそは一撃入れてやるぜ。魔法は使わない」

 

そう言いオレも二本の短剣使用の木剣を構える。

 

体は半身、右手は両刃を順手に、左手は逆手に片刃を。

 

数瞬ののち先に動いたのはベルトであり、

 

右手に持った木剣で右からの横薙ぎそれをバックステップでかわす。

 

着地と同時に既にこちらにもう一度踏み込み

 

剣をなぎ払おうとするベルトに向けこちらも一歩踏み込む。

 

その時に左右両手の握りをどちらも逆にし、

 

逆手になった右の短剣で受け止めようとする。

 

が、それをやめ少し体を浮かし、二戟目を右で受け2メイルほど吹き飛ばされる。

 

やはり受けきれない。

 

「いい判断です。体格が敵わないものの太刀は受けてはいけません」

 

そう、言い評価を下しつつも、さらにベルトはオレに詰め寄り、さらに上段からの唐竹。

 

それを次は両足を開き右も順手に握り変え、両の短剣を交差し受け止める。

 

重い衝撃が全身を駆け抜ける。

 

相手は重力も味方であり、

 

そもそも力の差が圧倒的なので受けとめ続けるだけで精一杯である。

 

そんなオレに対してベルトはさらに追撃を加える。左手のボディーブローを振るう。

 

それを感知しつつ両手で無くなったベルトの剣をオレの右に流しつつ、

 

オレは左に転がるように剣とブローから避け、すぐさま立ち上がり、相手を視覚する。

 

「よく避けました。前はヒットしたんですが」

 

「もうヒットはしたくないっての」

 

「まぁそうですね」

 

そう言いつつも、オレは思う。

 

やはりベルトは強い。

 

オレが武術―主に剣術だが―だけなのもあるが、

 

魔法を使っても苦戦をさせるだけである。魔法ありならば一本はとれるのだが…。

 

「ベルトの壁はたけぇーな」

 

そうぼやきつつ相手の隙を攻撃を避け受け流しながら探る。

 

前までならば、先にボディブローをくらってダウンだったが、

 

今回はそれを避け光明を見出すために耐える。

 

耐えた先にあるはずだ。一瞬の隙が。

 

数合の剣戟を交えた時オレは隙を自ら作る。

 

その隙を見逃さずにベルトは切りこんでくる。

 

その横薙ぎをオレはそのさらに下に潜り込み避ける。

 

あぶなねぇ、髪かすった…。

 

そう冷や汗をかきつつオレの思考は加速する。

 

避けるときに地面に着けた右手を短剣ごと握りしめ

 

オレ渾身の右ストレートをベルトのボディにかます。勝った!!

 

 

 

 

 

 

 

「うげぇ、ありゃないぜベルトさんよぉ~」

 

そう言い自分の腹に『ヒーリング』をかけつつ文句を言う。

 

「狙いは良かったですね。しかし、私も剣で家族を養っている身。

 歳はの行かぬ少年に一本くれてやる気はありません」

 

そう、きっぱり言い切るベルト。

 

「大人げないぞ~」

 

そう反論するのはフィーである。いつものことなのだが…。

 

「あぁ、だいぶ良くなった」

 

腹をさすりつつオレは立ち上がる。

 

「しかし、やっぱりレイジも負けることがあるものなんだね」

 

そう言いつつ、何度目かというフィルの声を聞く。

 

いつも同じことを言いやがるからな。

 

「言っただろ。オレは完璧超人じゃねぇんだよ」

 

半目になりつつ同じ身長になったフィルに言い返す。

 

「いやいや、普段の君は完璧超人を地で言ってるからね?ね、フィー」

 

「レイちゃん、何でも出来るもんね~」

 

オレの言葉を否定し始める。フィルとそんなことは気にしないといった体のフィー。

 

いつもの光景ではあるのだが。

 

「あー、もういい。オレは修行にもどる」

 

人海戦術で来たフィルに白旗を上げつつオレはまたベルトと向き合う。

 

「君はまだやるのかい?」

 

若干呆れた声が聞こえてきたがオレの耳のフィルタリングにかかる。

 

うるさい、オレは修行をしたいんだ。ワーカーホリックだコノヤロー。

 

「次は、魔法ありだ」

 

そう、オレは宣言しとく。特にする必要はない。気分でする。

 

オレは気分屋であるからに…。

 

『エアハンマー』を一瞬で詠唱し正面に何の小細工もなしに撃つ。杖は指輪。

 

案の定ベルトはまるで見えているかのように避ける。

 

しかし、オレの放った『エアハンマー』の面積よりもかなりの余裕を持って避ける。

 

これが風メイジなどならある程度は感覚でわかるので不可視でも避けやすい。

 

しかし、これはただの様子見である。本命は次だ。

 

そう思い『エアハンマー』を撃った直後にまずは『ウィンドアクセル』を掛ける。

 

「ベルト。オレはお前が公務に迫られているときに一段階パワーアップしたのだ」

 

「なるほど、それがそのパワーアップですか?」

 

そう言いオレに切り込んでくる。

 

オレは無駄にかませっぽいセリフを吐きつつ返答は呪文の詠唱で返しておく。

 

詠唱は一秒もかからないが、しかし少しは時間がかかるので。

 

まず一太刀目を魔法の力をかり大幅に後退し、詠唱が完了。

 

「いんや、こいつじゃない。『エアハンマー』が本命だ」

 

そうニヤリと笑い追撃に来るベルトめがけ剣を杖代わりに振るう。

 

「『エアハンマー』は先程避けましたよ。!?」

 

そこでベルトは気づいたようだ。空気がベルトを中心に四方が歪み、

 

「これは……!?」

 

四方から『エアハンマー』がベルトに叩きこまれる。威力は弱くしているが。

 

四つの『エアハンマー』はベルトを中心に交わり、通り抜け若干の竜巻を発生させる。

 

規模は相当小さいので竜巻はできたらすぐにそこで消える。

 

「ベルト大丈夫か?」

 

やはり、魔法ありだと簡単にいってしまったか…。

 

今まではそうでもなかったんだが。

 

そんなことを思いつつもベルトに声をかける。

 

「……はい大丈夫です。」

 

そう言い膝をついた状態から立ち上がる。

 

「ま、一応『ヒーリング』はかけとくぞ」

 

そう言いベルトに『ヒーリング』を掛けておく。

 

「しかし、今の魔法はなんですか?見たことがありませんね。

 一度に多面的に攻撃するなんて、複数のメイジと戦っているようですよ……。

 それとその前の動きが速くなる魔法」

 

不覚をとったこと若干悔しいのかオレに解説を求める。

 

「そりゃ、見たことないだろう。オレがつくった魔法だからな」

 

「魔法を新たにつくったんですか?」

 

「ああそうさ、まず動きが速くなるのが『ウィンドアクセル』な。

 効果は簡単に言うと動きを速くする。

 で、四方からの『エアハンマー』の攻撃だが、

 あれはオレのオリジナル魔法である『エアカッター・マルチ』から発想を流用した

『エアハンマー』。名前は…そうだな。『タービュランス』ってのでいこう」

 

最後に一つ頷く。

 

「フィルグリック嬢の意見がわかりましたよ」

 

そうオレの説明を聞いたベルトは言った。おい、なぜフィルの味方をする。

 

「ま、いいや。今日はこれで終わりな。もう夕暮れになるだろう」

 

「そうですね。では、また予定ができたらばきます」

 

そうお辞儀をしてコメスに帰ろうとしたベルトを、

 

「あ、そうだ。ベルトさん。武闘会は何時にあるのかな?」

 

そう呼びとめフィルは武闘会の日程を聞く。

 

「そうですね。ラドの月の第四の虚無の日です」

 

「そうなんですか。予定があったらヴィンドボナに行きますね」

 

どうやらフィルは武闘会に興味があるようだ。

 

「そうですか、活躍できるようがんばります」

 

そう笑って今度こそ馬に乗り街の方に駆けていった。

 

「フィルは武闘会に興味あったのか?」

 

「いや?ただ貴族の子女に今人気だというスイートロールを食べてみたくなってね」

 

「あ、そだね。スイートロールはヴィンドボナにしか売って無いって話だしね」

 

訂正、武闘でなく砂糖に興味があったようだ。

 

オレは元々行く気だったんだが。おもりをさせられそうである。

 

オレも同じ年の子供だっつうのに。

 

はぁ、そう溜息をつきつつ、屋敷に入っていく二人を見つつ。

 

ふとアホなことが頭をよぎる。

 

「あれ、オレ男友達いなくね?」

 

重大かもしれないことに気づいてしまった今日、ラドの月、第二週、三日目。




というわけでベルトとレイジの訓練風景みたいなものです。
レイジの男友達はいませんね。
まぁ嫉妬の対象なんで友人じたいできないんですが。
次回は首都ヴィンドボナでの話。

以下オリジナル魔法紹介

『タービュランス』風風風 
ある対象の四方に『エアハンマー』を出し同時に打ち出し封殺して攻撃する。メイジならば上にフライで飛べばいいし、何らかの魔法で防げる可能性があるが、飛んだ場合無防備になるので追撃が容易であり、『エアハンマー』をさらに四方のみでなく上からも出せば上への逃げ道は潰れるのでなかなか有用な魔法。殺傷力は『エアカッター・マルチ』に劣る。

風のオリジナルが多いですが、一応他の系統も考えているんですが…。
如何せん風魔法が好きなもので。


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第二十五話 スイートロール

ベルトから武闘会のことについて聞き、フィーとフィルも武闘会に行くことになった。

 

ホントの目的は帝都でしか売っていないスイートロールを食べることである。

 

取り寄せればいいのにと言ったのだが、現地で食べるのがいいという解答により、

 

オレの提案もとい愚痴は流されることになった。

 

女の子が甘いモノ好きなのは万国共通なのだろうか?

 

このままだとキュルケも誘いかねない勢いである。

 

父とユリアさんは仕事で来れないらしい。

 

あとはオレがいるから大丈夫だろうという謎の期待をオレに授けて。

 

オレはまだ九のガキなんだが…。そこまでの信用はうれしいが、なぜか納得いかない。

 

お付きの者は着いてくるが。

 

「イリス、なんで父さんたちはオレをあんなに信用してると思う?」

 

「それはレイジ様が早熟でいて、なおかつ魔法の腕もあり、

 大人のような振る舞いができるからなのではないでしょうか」

 

「そんなもんなのか?一応貴族の、伯爵家の子女だぞ。あっさりしすぎだろ」

 

「これはあくまで私の予想でございますゆえ、

 詳しいことはグスタフ様に伺ってください」

 

「ま、そうか」

 

付きで来た侍女であるイリアに父の思惑を聞く。

 

「レイちゃん。そんなこといいじゃない。

 そんなことよりスイートロールの話をしようよ」

 

「フィー、それはベルトの話を聞いてから何回目なんだよ」

 

「スイートロールは――」

 

聞いちゃいない。フィーの話を右から左に聞き流しつつ相槌を適度に打つ。

 

フィルもフィーと話している。

 

一つ深く溜息を吐き前方に見える帝都の影を見つめる。

 

 

 

 

 

「武闘会は明日から開催されるから、今日の午後はフリーだな」

 

明日から帝都の特設ステージで開催される武闘会であるが、

 

今年は二日間で行うようである。

 

「そうなの?じゃ、早速スイートロールのお店に行こうよ。ね、フィルお姉ちゃん」

 

そういいフィーはフィルの手を握り大通りを歩きだす。

 

オレもその後に続いて歩き出す。イリアは前の二人の後に追従している。

 

歩くこと数分、

なにやら商店が立ち並ぶ中一角だけ華やかな店に華美された人たちがいるところを発見。

 

見るからに自分は貴族ですと言っている格好である。

 

噂の店、スイートロールとやらの店なのだろう。

 

明日が武闘会ともあってかかなりの貴族の子女でごった返している。

 

パッと見オレ達と同世代のガキンチョもちらほら見受けられる。

 

「あ、あそこだね!」

 

店を発見でき、嬉しさ指数が上昇したフィーはフィルの手をぐいぐい引っ張っていく。

 

「フィー、落着きなよ。スイートロールは逃げないよ」

 

売り切れにはなるかもしれないがな…。などと言う意地悪い発言はしない。

 

フィーにそんなこと言えない。

 

「落ち着けフィー、みんな並んでるんだ。順番に買えばいいじゃないか」

 

「わかった」

 

そういいフィーは列の最後尾であろう場所にフィルを引き連れていく。

 

店の名前はフルース・ゴエ。

 

そして看板には、なぜかドヤ顔を決めるここのシェフであろう男の人の絵と、

 

スイートロールと思しきものが描かれている。

 

価格は一つ1エキューである。

 

ぼろ儲けじゃねか。まぁ砂糖は高価なものなのだが、

 

この値段は貴族の子女とか大商人とかの子供が買う値段だわな。

 

最後に注意書きとしてお一人様一つまでと書かれていた。

 

オレは並ばずに他の商店を冷やかして待つこと数十分。

 

手にスイートロールの入れ物を持ち顔に花を咲かせたフィーと、

 

心なしか本当にうれしそうな顔をしたフィルと、

 

なぜかその手にスイートロールを持ったイリス。

 

さらにどこから現れたかこれまたスイートロールと持ったキュルケが出現した。

 

「フィー、フィル買えたのか?」

 

いや、まぁ手に持っているんだから買えたんだろうが。

 

「ああ、買えたよ。なかなか、大きいものなんだね」

 

フィルの返答。確かにパッと見20サントほどある。

 

「へぇー、宿屋で食うのか?」

 

「そうだよ」

 

フィーが返答。

 

「なら、宿にもどるか」

 

そう言いオレは踵を返しつつ宿屋に向かおうとする。

 

「ちょっとレイジなに私を無視してるのよ!」

 

そこまで完全スルーを決め込もうとしたキュルケは突如声を上げる。

 

「おっと、お嬢さんこれは失礼。どちらのかたで?」

 

さも初対面で今まで気づいてなかったようにふるまう。意味は特にない。

 

「何言ってるのよ」

 

半眼でオレを睨むキュルケに

 

「で、キュルケはどうしてここに?」

 

話が進まないのでオレが折れてやる。

 

「決まってるじゃない。スイートロールを買いによ」

 

そうピシリと言い切る。

 

「そんだけか?」

 

「キュルケは、武闘会も見に来たんだって~」

 

質問に答えたのはキュルケではなくフィー。

 

「そうなの、ベルトさんが出るって聞いてね」

 

キュルケは無駄に居候していた時期に数度ベルトとあっている。

 

いやそんなことより、

 

「なんでそんなこと知ってんだよ」

 

「あらやだ、小父さまが教えて下さったのよ?」

 

「そういえば、父もそんなこと言ってたかな。キュルケ嬢にも知らせてやろうって」

 

そうすか。

 

「ふーん。で、一日早く来てスイートロールを買いに来たわけか」

 

「だって、今話題のお菓子よ?これを逃がす手はないわよ。ねぇ~」

 

「ねぇ~。」

 

フィーと一緒に笑いあうキュルケ、それと微笑ましい光景だという感じに見るフィル。

 

オレは若干の呆れを顔に張り付ける。また騒がしくなるな……。

 

女三人寄れば姦しいとはよく言ったもんだ。

 

これで人海戦術では勝つことは不可能である。オレの意見は通ることはまれである。

 

フィーの裏切りがあれば通るんだが。

 

まぁ特に用事もないので気にしない。この三人娘に合わせる。

 

「まぁいい。早く宿に帰るぞ。キュルケは宿決まってんのか?」

 

「いえ、ちょうどよかったと思ってね」

 

「何がちょうどだ、分かっててやってんだろ。つーか、侍女はどうしたんだよ」

 

「侍女はいるわよ~」

 

「どこにだよ」

 

「家よ」

 

「それはいるとは言わん。お前の父は放任主義なのか?」

 

「いいえ、レイジが守ってくれるって信じてるのよ」

 

「オレはそこまで万能じゃない。全知全能じゃないっつうの」

 

そこで会話のドッチボールをやめ、

 

おもいっきり深いため息をこれ見よがしにしてやり、

 

「わーったよ。ならお前はこれ着けてろよ。ついでにフィーとフィルの分もある」

 

そう言いつつ明日くらいにベルトと共に渡そうと思っていたペンダントを渡す。

 

ついでにイリスの分も。

 

フィーには二個目なのだが一つ目はオレが回収して、

 

この新たなペンダントに生まれ変わったのだ。

 

「なにこれ?」

 

フィーには説明済みである。フィルはフィーに聞いたかもしれんが、

 

「簡単に言うならば風石をマジックアイテム化したものだ」

 

「へぇーどんな?」

 

「効果は単純、風石の力を使い『エアシールド』を展開するんだ」

 

回数制限ありだ。と付け加える。

 

「すごいじゃない。因みにどれくらい耐えれるの?」

 

「そうだな。今のオレの『エアシールド』より若干強度は下がるが、

 ラインの魔法なら完全に防げると思うね」

 

「それはすごいわね。これで数回とはいえ『エアシールド』が発動するなんて」

 

「ついでに言うとペンダントの周囲三メイル位に、

 魔法の反応があった場合なども自動で発動すると思う」

 

「レイジ、君はまた阿呆なことをしてたんだね」

 

オレのマジックアイテムにケチをつけるとは。

 

「なんだ、阿呆と罵るのならオレの努力の結晶を返したまえよ」

 

「いや、君に阿呆はほめ言葉さ」

 

そう大仰に肩をすくめて見せるフィル。

 

「そうかい。まぁいい。腹減ったし帰るぞ。今度こそ」

 

そう言い残しオレはズンズン大通りを闊歩していく。

 

 

 

 

宿に着くころには夕食時になっていた。

 

夕食を食べ部屋に入る。二つ部屋をとりオレ一人と女子の区分わけである。

 

「レイちゃんちょっと来て~」

 

フィーに呼ばれ女子部屋へと潜入する。

 

スイートロールが一つでてそれをイリスが切り分けていた。

 

「オレにもくれるのか?」

 

若干の期待を込めて質問をする。興味がないというのは嘘になる。

 

「そそ。お一つどうぞ」

 

キュルケがスイートロールを切り分けたものをオレに渡す。

 

一口かじる。次の瞬間砂糖の確かな甘みとその甘みがすっきりと舌に残らず消えていく。

 

そして、砂糖に包まれた生地のしっとりとして、

 

それでいてふわふわな感じがたまらない。

 

まさに、スイートレボリューション……!!

 

「うまいな」

 

そんな言葉が自然とでてしまった。

 

「くっ! オレの負けだ」

 

完敗である。正直そんなだと思ってました。やるな、フルース・ゴエ。

 

オレのたまにつくる洋菓子とは比べ物にならんうまさだ…。

 

そんなオレをみて

 

「レイジは何に負けたのかしら」

 

「いや、分からないな」

 

「きっと自分にだよ」

 

「流石ティナ様分かっていらっしゃる」

 

そうしきりに頷くイリス。お前はオレの何を知ってるんだよ。

 

そう突っ込みたくなる光景だった。




因みにフルースとはドイツ語で川という意味です。


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第二十六話 リッター

スイートロールという強敵に敗れ失意のうちに自分の部屋へと帰り、

 

戸締りも早々にベットの布団に潜り込み熟睡した翌日。

 

「いや~、今日はよく寝たわ」

 

朝宿から出てオレは第一声を伸びをしながら発する。

 

「ここはなかなかの布団を使っていたわね」

 

それに追従してキュルケも感想を言う。

 

「ま、そんなことよりベルトのとこ行ってこのペンダント渡すぞ」

 

ベルトはメイジではないので魔法を感覚で少しも感知できない。

 

風メイジなどと当たった時など一方的だろう。

 

いくらオレと何度も修練をしているとしても、オレとはリッターは錬度が違う。

 

まあベルトがペンダントは使わないというのならそこまでなのだが。

 

歩く道は大通りであり、帝都の街の少し郊外の場所に土メイジで造らせたらしい、

 

石畳の正方形のステージとそこをみるためのスタンドに続く道である。

 

そこに選手控室的なのが近年つくられたとか。

 

そこにベルトはいるだろうからオレ達は激励もするためにおもむく。

 

「ベルト、いるか?」

 

垂れ幕のかかった選手控室を覗き込みながらベルトを呼ぶ。

 

「これはレイジ、よく来てくれました」

 

オレに気づいたベルトは控室から出てきた。

 

「みなさんお揃いで。これは私は頑張らねばなりませんね」

 

そう少し表情を柔らかくしてオレ達をみる。

 

みな異口同音に激励の言葉を掛ける。

 

「ところでベルト、奥さんと子供はどうしたんだよ」

 

「それならば、選手の身内専用の観戦席にいます」

 

「そうか、これはますます負けられないな」

 

そうオレは意地悪そうに笑う。

 

「まったくですよ。ふがいないところなど見せられませんしね。

 ところでレイジその笑いは何ですか?」

 

「レイちゃんの笑いは二種類に分けられるんだよ」

 

ベルトの質問に答えるのはオレではなくフィーである。

 

しかもなぜかオレの笑いの区別の仕方を二種類に大別されてである。

 

「そうかな?ボクはレイジの笑い方は三種類あると思ったけど」

 

こっちはこっちで何かしら意見があるらしい。

 

「私は二種類だと思うけど?」

 

キュルケまで乗ってくる。

 

「おい、オレの笑い方の区別なんて今はいいんだよ」

 

半眼で二人を睨みつつ、

 

「ベルト、これをお前にやる」

 

そう不遜に言いながらペンダントを渡した。

 

「ペンダントですか」

 

「ああ、その中に風石が入ってる」

 

「風石なんて高価なものを?」

 

「そいつはもとではタダだ。気にするな。オレが発掘したやつだからな」

 

他の部分は全て『錬金』で作ったしな。

 

「なるほど、ではあり難く。しかし、何故風石なのですか?」

 

「よくぞ聞いたベルっち」

 

「ベルっち?」

 

「説明しよう! そのペンダントは風石からも分かる通りマジックアイテムである。

 効果としては魔法的なものが、ペンダントの半径三メイルいないに入ったならば、

 自動で『エアシールド』を展開し魔法等を防御してくれるのだ」

 

「成程。また珍妙なものを作ったということですね?」

 

「おい、珍妙とは失敬だな」

 

「いえいえ、褒め言葉ですよ」

 

そう言いつつもベルトは首にペンダントを掛け首から服の中に入れる。

 

「…ベルト的にはこれはありなのか」

 

ふんふん頷きベルトをみる。

 

「なにがありなのですか?」

 

「いや、マジックアイテム使うなんて卑怯だ。

 とか言うかと思ってね。騎士道精神みたいな」

 

「ああ、それなら理由は簡単ですよ。使えるものは極力使えるようにするんです。

 そして、あいては、メイジですから」

 

「なるほどね、時間をとらせて悪かったな。オレらも試合見てるからな」

 

「頑張らせていただきます。ペンダントありがとうございます」

 

そこで会話は終了。踵を返し貴人用の観戦席へと歩みを進める。

 

「ベルトさんはなかなかいい性格をしているかもね」

 

先の会話についてだろう。フィルは話をしだす。

 

「そうかもね。私でも使ってるもの」

 

「そうかもな」

 

「だね」

 

ま、オレも使えるもんは使う主義なのは同意だね。

 

 

 

 

「第一試合はフォルカーって人と闘うみたいだね」

 

「へぇー。その人はメイジなのか?」

 

「それはわからないな」

 

「そりゃそうか」

 

フィル、フィー、キュルケ、イリスと眼下に広がる

 

闘技場を見つつベルトが出てきたので、ついでに相手の名前から適当に連想する。

 

全員ファーストネームしか書かれていないトーナメント表を見ながら、

 

無駄に考察を重ねる。相手の得物はベルトと同じ剣である。

 

オレはそこまで世事に対しての知識はない。

 

なぜなら、日がな一日修行に明け暮れているからである。

 

そんなくだらないことで頭を無駄遣いしていると試合開始の鐘が鳴る。

 

 

ベルトは思った。

 

何を考えていたかと言うと唯一の弟子であるレイジのことをである。

 

レイジは奇妙な子供だ。飲み込みは異様に早く。

 

ときに言葉遊びをするし、皮肉というものも吐く。

 

齢十でここまで成熟した子供をみるのは初めてである。

 

いや、他の大人たちもそう思うだろうことは否定できない。

 

普段は子供っぽいことなどをする。

 

しかし、修行となると目が変わる。顔が変わる。

 

喜々として剣を振るい魔法を飛ばす。

 

今までメイジとは何度か命のやり取りをしたが、

 

10になったレイジには勝てる気がしない。

 

レイジはメイジが最も苦手であろうショートレンジからクロスレンジも、

 

かなりのレベルでこなせるのだから。

 

そんなメイジと何度も試合形式で対戦しているのだから

 

自然とベルト自身の地力も上がってくる。魔法の効率的な避け方他。

 

そこで、意識を眼前の対戦相手に向ける。得物は剣。名前はフォルカー。

 

剣一本でリッターにまでなったベルトと同じ猛者である。

 

歳は三十路を過ぎて何年か…。

 

そこで鐘が高らかに響く。

 

 

 

 

 

鐘が鳴ると同時にベルトとフォルカーなる人物は踏み込む。

 

一戟目はどちらも上段の振り下ろし。

 

刃引きしてある剣だが当たれば大けが間違いなしである。

 

数合打ち合う中でベルトが押し始める。

 

速さは互角だが、力はどうやらベルトに分があるようだ。

 

そんなことを思いこの勝負はベルトの勝ちだな。

 

キィンという金属のぶつかる大きな音の数拍後に終わりの鐘が鳴る。

 

 

 

 

昼食事に

 

「ベルトはやっぱりつよいわね」

 

アピールしようかしら。

 

などとふざけたことをぬかしながらキュルケはベルトに話しかける。

 

「レイちゃんなんでそんな顔してるの?」

 

「あ?いや、キュルケがまたバカやってるなと思ってな」

 

「何がバカよ」

 

キュルケの講義を聞き流し、オレがベルトに尋ねる。

 

「ベルト、次は決勝だろ?」

 

「はい、そうです。」

 

「なら、それを勝てばメイジ以外のリッターではベルトが一番強いわけだ」

 

ま、今でもベスト2だけどな。と付け加える。

 

「そういうことになりますね」

 

照れ隠しの苦笑いを見て

 

「なんなら優勝しろよ。メイジの一位も倒してな」

 

そうニヤリと笑う。

 

「それができたら、私は平民のヒーローってとこですね」

 

珍しくベルトもニヤリ顔をしている。

 

「ペンダントで不意を突けばいけそうな気がするけどな。

 

一時的に魔法効かないわけだ。当然クロスレンジで潰せばいい」

 

「ペンダントがカギを握るわけだ」

 

「ま、この策は次の決勝に勝ってからだな」

 

そう締めくくりブイヤベースを胃に流し込む。

 

 

 

ベルトはなんとか平民リッタートーナメントで優勝することができた。

 

明日はメイジリッターとのエキシビションマッチである。

 

なんだかんだいって盛り上がる首都の一大行事の幕引きの試合。

 

平民の注目度が高い。

 

英雄が生まれるかもしれないからというのもあるが、

 

一応は魔法にも抗えることが示されるからでもある。

 

夜にベルト優勝祝賀会をしてこの世界に来て初めて酒を飲み、

 

オレの体は酒をかなり飲んでも素面で行けることが分かった。

 

他は寝てしまって部屋に運ぶのに『レビテーション』で済ませ。倒れるように床に着く。

 

 

明けて翌日。正午からの試合を控えるベルトは既に控室的なところに行ったのであろう。

 

姿はなかった。時刻は太陽の位置から大体10時過ぎくらいか…。

 

その後にフィーとキュルケをすでに起きていたイリスとフィルが起こし、

 

遅めの朝食をとり、会場へ向かう。

 

会場には溢れんばかりの人で占められていた。

 

下手したら数秒で終わる決着のために御苦労なこった。

 

自分のことは棚に上げ思ってもないことが頭をよぎる。

 

 

対戦相手はダニエルという人物である。見た目は三十後半。

 

しかし、メイジには珍しくかなりゴツい体躯である。

 

昨日の試合を見る限り風メイジという感じか。

 

ラインレベルの魔法というのがオレの感想である。

 

 

 

試合の鐘が響く。

 

機先を制したのはダニエルであり、

 

詠唱が短い『エアカッター』を開始早々ベルトに向けてはなつ。

 

ベルトはそれを半身にすることで避け、石畳を駆け出す。

 

因みに避けれる場合は一応ペンダントの効果は発動しないようにもできる。

 

ベルトの突撃に慌てる仕草は見せずに後退して飽くまでも距離を保つらしい。

 

縦横無尽にステージを動き回る。

 

魔法の補助のおかげでベルトの走りと同速までもっていけるようである。

 

そして、『エアカッター』を定期的に撃つダニエル。

 

それを紙一重で避けるベルト。

 

「こりゃ、根競べか?」

 

半笑いで声を漏らす。

 

「さて、どちらが根競べに負けるだろうか」

 

「ベルトー!! 頑張ってー!!」

 

「ベルっち頑張れ~」

 

それぞれの思いを吐露しつつ観客がワーキャー言っている試合をみる。

 

 

 

はたして数分間同じ撃っては避けを繰り返してはいたが、

 

ここでメイジのダニエルが根競べに負けた。

 

先にどちらが負けるかなどと言ったが、

 

確実にダニエルが根競べに負けることは分かっていた。

 

フィルもどうせそれをわかっていながら口にしたのだろう。

 

根競べというのは要するにベルトはどれだけ体力が持つかであり、

 

ダニエルはどれだけ精神力が持つかである。

 

ラインメイジがドットスペルとはいえ十数発も『エアカッター』を

 

撃っていればすぐに枯渇してしまうのは目に見えている。

 

それに比べ、ベルトの場合『エアカッター』はほぼ見切りで避けれてしまうわけである。

 

ダッシュもかけ足に速度を落とせばかなりの間走れる。

 

そうベルトは訓練してきたのだ。

 

根競べは終わり、ショートレンジ、クロスレンジでの切り合いになる。

 

メイジの方は軍杖にブレイドを纏わせベルトに対抗する。

 

ここにきて、メイジの空気が変わる。これまで以上に遠くへ後退し、スペルを詠唱。

 

ベルトは刃引きの剣を丸太のような腕でもってして振るう。

 

接近戦ではやはりベルトに一日の長があるらしい。数合打ち合う。

 

ベルトはそうはさせじと駆け出すが、位置が離れすぎている。

 

あと数メイルのところでスペルが完成。突如メイジの周りの空気が渦巻き竜巻になる。

 

「あれは…。」

 

「ありゃ、『ストーム』って魔法だな。単純に竜巻を作る魔法だな。」

 

高さは20メイルはあろうかという竜巻が発生。

 

数秒間会場を風が支配する。この魔法がダニエルの切り札的なものなのだろう。

 

しかし。

 

風の渦がやむ、そこには常と同じ様子で立っているベルトがいた。

 

メイジが驚愕の顔をする。

 

ベルトの口が動く。

 

「ありがとう、レイジ」

 

「どういたしまして」

 

風に乗ってきた礼に返答を返しておく。

 

 

 

 

「おめでと~」

 

「おめでとう。あなた」

 

「ありがとう」

 

大会の表彰式も終わり全てのイベントが消化された夜。

 

ベルトの妻のアニカと息子のレオンも交え、

 

八人で宿屋を貸し切りパーティを二日連続でした。

 

費用は全部オレもちで。ベルトは遠慮したがオレが押しとおした。

 

「レオンは今いくつになったんだ?」

 

そうさっきからアニカさんのところにずっといるレオンに声をかける。

 

「ほら、レオン。レイジ様にご挨拶しなさい」

 

「様はよしてくれ。せめて君にしてくれ」

 

様という敬称をつけられるのはなんかむずがゆい。

 

「わかりました。レイジ君でよろしいですか?」

 

「それで頼む」

 

「さ、レオンご挨拶なさい。」

 

再びレオンに声をかけるアニカさん

 

「レオン、4歳になりました。」

 

「お、もう4歳か。ときが経つのは早いな~。」

 

そういいつつもレオンの頭をなでる。

 

髪色はベルトの茶色とは違いオレンジっぽい色であることからアニカさんのだろう。

 

「レオンのとうさんはリッターの中で一番強いんだぞ」

 

酒が入りテンションがハイなベルトを見ながらレオンに言う。

 

「うん。とうさんとっても、かっこよかった」

 

キラキラ目を輝かせ自身の父を見る。

 

そこでいっぱいグラスと傾け飲み干す。

 

新作の麦酒らしい。なかなか苦味がある。オレはワインのがいいな。

 

 

 

麦酒をちらりと見て昔を思い出した。

 

二十歳になった日に親父と酒を酌み交わしたっけな。

 

最初のいっぱいはこれと同じ感じに苦かった。

 

その時の親父の喜びようといったらなかった。自然顔はほころぶ。

 

一変、すぐに表情は曇る。

 

「レイちゃんどうしたの?」

 

そこに、昨日のあり様を見てオレがフィーに酒禁止令を発行し、

 

それを守っているフィーが話しかけてくる。

 

「うんや、なんでもないよ」

 

「ほんと?暗い顔してたよ」

 

フィーには分かってしまうのだろうかオレのポーカーフェイスは、

 

「暗い顔か。そうだな。最近フィーがオレ離れしていってしまっているからな」

 

そう嘘でごまかしつつ、泣きまねをしとく。

 

「そんなことないよ。レイちゃんから離れるなんてありえないよ」

 

嬉しいこと言ってくれるじゃないか。

 

「そっか、ありがとう」

 

そう言いフィーの金色の髪を撫ぜる。

 

オレの言葉にキョトンとした顔をする。

 

ありがとう。フィーオレは今ここに生きている。



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第二十七話 オーク退治

リッター武闘会から二月程経過した時。

 

秋の気候は深まり、

 

気温は日に日に下がってくることを肌に感じながらも日がな一日修行に明け暮れる。

 

オレのストレスの発散の仕方がもう訓練になってきたんじゃないかと思うくらい訓練、

 

修行は面白い。フィルにはよくバカだと言われるが気にしない。

 

そんな無駄な思考をしつつもサンドバッグを蹴り殴りボコボコにしている。

 

そろそろガントレットとかが欲しくなってくる今日この頃である。

 

こんなことなら、ドラゴンの鱗とか剥ぎとっときゃよかった。

 

オレもハンターにならねば。

 

ドゴンとひと際大きな鈍い音を響かせ額の汗をぬぐう。

 

「今日もいい汗かいたぜ」

 

そうキャラに合わない。爽やかキャラを演出する。

 

「レイジ、父が呼んでるよ」

 

「んあ? 了解」

 

フィルに返答しつつ屋敷向かう。

 

「今日は何だ?」

 

「聞いてないな」

 

肩をすくめオレの質問に答える。

 

「ま、いい父さんに聞きゃいい話だ」

 

 

 

 

 

「領の村に魔物が出たとの報告だ。レイジ、お前が行って討伐して来い」

 

何かと思えば魔物の討伐である。

 

「了解しました」

 

そう二つ返事で言い踵を返し戸に手を掛けたところで、

 

「フィーも連れてってやれ」

 

「どうしてまた」

 

「フィーからの願いだ。レイジだけずるいとな」

 

何がずるいんだよ。

 

「まぁ、オレとしてはいいんですが」

 

「ならボクも行くよ」

 

「そうしてくれると助かる。まぁ、これも貴族の社会勉強の一環か」

 

ま、オレが守ればいいや。いざとなれば囲めばいいわけだし。

 

のほほんとしたもんだ。慢心ってのはこういうことを言うんだろうか。

 

などと思いつつも気にしない。

 

偏在が使えりゃいいんだがオレはまだトライアングルだしな~。

 

ま、なんとかなるか。楽観論で考えるとしますか。

 

 

 

翌日、朝日がまぶしい時刻に馬車に乗り込み三人+一人(イリス)で村に向かう。

 

村までは馬車で3時間ほどの距離である。馬車遅っそ。

 

事前情報によるとオークが群れているらしい。

 

「フィー確認だがフィルのそばを離れるなよ」

 

「大丈夫。お姉ちゃんは私が守るから」

 

元気よく承諾された。斜め上にそれた解答ではあるが。

 

「よろしく頼むよ、フィー」

 

笑ってフィーをなでる。

 

仲の良い姉妹だな。

 

そんな光景を馬車の向かいの席から半眼でみる。

 

「ま、いいか」

 

また、何度目かの溜息と共に投げ槍気味な言葉が口をつく。

 

ちゃんと、オレ特性ペンダントは持ってきているようだしな。

 

そう思いのどかな麦畑をみる。すでに刈り取られた跡であるが。

 

ウトウトしてきた昼ごろにようやく目的の村までの行路を終える。

 

日帰りにする気満々なので早速オレは村長に話を聞くことにした。

 

「村長、ここにオークが出たと聞いてきた」

 

初老の男性はその言葉を聞き顔に生気を取り戻す。

 

「おお、貴族様。ありがとうございます」

 

「気にするな。これも上に立つ者の仕事だ」

 

ガキのオレがなんか上からの会話に、

 

自分自身違和感を感じないでもないが気にしないで続ける。

 

「村の近くの林の奥の洞窟に村の狩人が見たと。

 どうやらそこに住み着いたらしく、

 幸い人的被害は出ていないのですがそれも時間の問題かと」

 

どうやら、オークは林の動物で今は腹を満たしているようだ。

 

しかし、オークは一応手だれの兵士5人に相当するらしい。

 

まぁ、その兵士は非メイジだろうが。

 

「成程、数はわかりますか?」

 

これも重要なことである。

 

「数はそのものによると10前後とのことでした」

 

あからさまに心配し始めた村長。子供三人だから無理もないだろう。

 

「10匹ですか…。ならいいですね。すぐに終わらせてきます」

 

そう真顔で言い林の方へと歩を進める。

 

「あ。案内を頼めますかその狩人に」

 

「分かりました」

 

洞窟の位置がわからんのからな。これはうっかりだ。

 

待つこと一分ほど、

 

「私がオークを見つけた狩人です」

 

「よし、行くぞ。フィーたちも来るのか?」

 

「何を言ってるんだレイジ。当たり前じゃないか。」

 

さも、心外とばかりにフィル。

 

「何言ってるのレイちゃん。あたりまえじゃないか」

 

フィルの口調を真似つつフィーも同意。

 

「そうかい」

 

そこで、フィーの目を見て、

 

「フィー、ここからは戦場だ。血が流れる。

 命が消える。それでも来るのか?それを目の当たりできるのか?」

 

「これは、フィーの覚悟しだいだね。これからどうありたいかというのもあるけど」

 

「そうだ、フィーがいやならオレは全部被る。フィーは光でオレは影として」

 

そこまで言ったがフィーはオレの目をしっかり見返して、

 

「大丈夫、光も影もしっかり見とかなきゃ、いい為政者になれないから」

 

「そうか」

 

フィーの言葉を聞き頭を一撫でして、狩人に先を促す。

 

歩くこと十数分、例の洞窟がその口をあけていた。見張りのオークは2体。

 

一応見張りをつけるという概念はあるんだろう。

 

ま、そんなの関係ないがな。

 

「これからオレは、『エアカッター』で2体をやる。

 見たくないなら、目をつぶってろ、すぐ終わる」

 

そこで、思い直す。

 

「蛇足だったか」

 

そう言い、『エアカッター・ツイン』を詠唱。

 

風の刃をそれぞれの首へ叩きつける。頸動脈から威勢よく血が噴き出す。

 

この光景を見るのは何度目か。フィーをチラ見する。

 

そこには、初めて生き物の死に直面した子供の顔だったが、しっかしと見ている。

 

覚悟は確か。オーク2体を倒し、見張りがいなくなり洞窟の前へと一人飛びだす。

 

音に敏感な風メイジの福次効果をいかんなく発揮。

 

洞窟内にはぱっと聞いただけで10体か。他に狩りに出かけている可能性もあるが。

 

まぁいい。そう思い魔法を詠唱。『フレイムボール』を洞窟内へ打ち込む。

 

その後に洞窟の出口の部分に『ファイヤーウォール』もかけとく。

 

オークの悲鳴が響く。

 

外に出ようと足音が近づく。しかし、洞窟の入り口は火の壁となっている。

 

そこで一度足音が止まるが、

 

死に物狂いのせいか、『ファイヤーウォール』を突破する者もあらわれる。

 

そこをオレが『エアカッター』で首を狙っていく。

 

また一体また一体としたいが量産されていく。

 

最初の攻撃を仕掛けてから数十秒で辺りは、

 

タンパク質の焦げた独特の鼻を突く臭いと鳥のさえずりだけになる。

 

オレが殺したオーク全てを土魔法であけた穴に入れ上から土を掛け後始末も完了。

 

今回のオークは今までの突然変異種と違い全ての能力が低く感じた。

 

突然変異種の発生の原因は。

 

「レイジ、また見事にむごいことしたね」

 

そこまで気にしたふうでもなくオレに話しかけるフィル。

 

「フィーの様子は?」

 

「大丈夫だよ」

 

オレの質問に答えたのは当の本人。

 

「そうか、無理はすんなよ」

 

「うん」

 

「この世は弱肉強食だ」

 

オレはここまでいろいろと生物を殺めてきたが。

 

「帰るか」



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第二十八話 閑話

レイジ一行のオーク退治も何事もなく済み、

 

季節は移りそろそろ冬の冷え込みも越え、

 

暖かさと春が顔を出してきたであろう季節。

 

レイジの家、つまりはフォン・ザクセス家の邸宅で来月の末に迫っている

 

レイジの10歳の誕生日会

 

(レイジとしては、もうそんなことしなくていいと言いつ続けている)が始まろう頃。

 

またも親の都合に振り回される子がフォン・ザクセス家に居候に来ていた。

 

「ちゃお!! レイジ、フィー、フィル。元気してた?」

 

馬車から降り最初に言う言葉かそれかと、レイジは思う。

 

「こっちは三人とも元気だったよ。レイジなんて元気過ぎておかしくなってたよ」

 

キュルケの挨拶に修行バカをおちょくりつつ返答する。

 

「おい、オレを変な奴に勝手にしてんじゃねぇ」

 

「キュルケは元気してたの?」

 

レイジの言は知らずとばかりにフィーもキュルケ質問を返す。

 

「私は勿論元気よ。トライアングルにもなったしね。」

 

キュルケも特に変わりはないようである。

 

「そう言えば、トライアングルになったのか」

 

どこか、なぜか悔しさをにじませそんなことを言い出すレイジを見て、

 

「気にしないでくれ、レイジは全然、スクエアになれないから落ち込んでるのさ。

 モチベーションがどうとか言ってるよ、最近は」

 

「けど、火もトライアングルになったよね」

 

レイジは火こそランクが上がったが、

 

得意である風がいまだにトライアングルのままであることを嘆く、

 

「まったくだ。これで全系統トライアングルだがオレは風がスクエアになったほうがよかったね」

 

「高望み、とは言えないのがレイジの怖いとこね」

 

若干引き気味にレイジをほめる(?)キュルケ。

 

こいつはどこを、何を目指しているのか皆目見当がつかない。といった具合に。

 

そこで、気を取り直しレイジは、

 

「まぁいいや。キュルケも家でゆっくり知ってくれ。勝手知ったるなんとやらだろ?」

 

「そうさせてもらうわ。積もる話はあるかもしれないから」

 

その言葉にうなづきつつオレは修行にもどると、言い残しレイジは裏庭へと消えていく。

 

「いつもああなの?」

 

その姿が消えた時にキュルケが疑問を口にする。

 

「あとは、修行のことかな?」

 

「それなら、レイちゃんは基本毎日飽きずにやってるよね」

 

さもこれのどこがおかしいのかと二人は息を合わせる。

 

「こんな修行する子供なんて私の知っている中でもレイジだけよ」

 

「へぇ~」「そうなんだぁ」

 

「もうレイジって普通のメイジじゃ勝てないでしょ?」

 

「そうだね。たぶん無理なんじゃないかな。試したことないだろうけど」

 

「レイちゃんすごいもんね。お父さんももう勝てなくなってるから」

 

もう何も言うまい。そんなふうにキュルケは額に手を当て首を振る。

 

そこで、微かにがぶつかる音がする。

 

「この音って」

 

まさかね。そう思いつつも可能性を否定できない。

 

「あ~、レイジがサンドバッグ相手にしてる音だね」

 

それを聞き、盛大に溜息をつくだけだった。

 

 

 

 

「第一回!! 緊急レイジについての座談会!! 開催!! はい、拍手」

 

パチパチと三人分の拍手が虚しく部屋に響く、正午を過ぎて幾ばくか。

 

「というわけで、レイちゃんについて話します」

 

「特に、することとかないからね」

 

ちょっと笑い気味にフィルが承諾の意を示す。

 

「まぁ、いいわ。レイジについては面白い話が数多ありそうだから」

 

こちらキュルケも不満はない。

 

そして妙にテンションが高い

 

「じゃあ、レイちゃんのこと好きなんだけど、ここがダメ!!」

 

フィーのテンションがうなぎ登り。レイジが一番好きであろう人である。

 

「じゃわたしから。レイちゃんは修行修行で全然遊んでくれないとこ」

 

「そうだね。もろ手を挙げてフィーに賛成かな」

 

「これはレイジが好きって前提の上にあるの?」

 

「え? それは勿論。キュルケも好きでしょ?」

 

「まぁ好きか嫌いかで言えば好きよ」

 

「ならいいじゃないか」

 

「まぁ、そうね」

 

キュルケは釈然としないままに議論。レイジの駄目だし作業に加わっていく。

 

途中から、羊皮紙に列挙し始める。

 

実はなかなかレイジへの駄目だしの量は多いようである。

 

終盤に近付くにつれ議題はレイジ賞賛に変わって行った。

 

そして、キュルケ曰くレイジはモテるらしいことが分かった。

 

キュルケ的には茶々を入れたかったのだが、フィーもやっぱり?とちょっと喜んでいた。

 

レイジが認められる、好かれることが自分のように思うのだろう。

 

そこでキュルケも感づく、「この子は純粋だ」と。

 

それもそのはず、フィーはレイジもしくは父が必要だと思ったことしか教えられてない。

 

世間には疎くはないがどこかしら知らないことがある。

 

それはフィーの年齢を加味しての知識であるから仕方ないだろう。

 

レイジは例外的に“それら”の事情は知っている。

 

 

 

 

 

議論も終わるころ、黄昏の空になったころにレイジが部屋に修行を銘打った鍛錬を終え、

 

女子会に加わる。そこで再び思う。

 

やっぱ、男友達が欲しいと。原作に主人公と仲良い奴いたような。

 

そう確かギーシュだっけか。

 

おぼろげな記憶を掘り起し、そう若干黙考する。そこに羊皮紙が一枚手渡される。

 

「これは?」

 

疑問に思いつつも受け取る。

 

「それ、できれば全部直してね」

 

三人に笑顔で言われた。そこにはレイジにとって絶句する文字の列挙だった。



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原作開始前 第五章
第二十九話 始動


オレの誕生日も無事(?)終え、さらにフィーの誕生日も終えたころ。

 

帝都より書状が届いた。内容としては<リベリオン>なる反乱組織、

 

謀反の企てをつかんだとのことである。

 

因みにこの書状は領地持ち貴族に送られたようだ。

 

こんな書状送って、<リベリオン>とやらの関係者に知られるだろうに。

 

まぁ、意図的にではあるだろうが、それとも<リベリオン>自ら流した情報なのか。

 

全容を見定めるにはまだ時期尚早だろう。いやはや古今東西謀反は絶えないのか。

 

理由としては、上司の無能さ。部下の野心などだろう。

 

オレが思うに前者はあまりない気がする。このゲルマニアにおいては。

 

ま、若干皇帝陛下は慎重すぎるところもあるかもしれないが、それもまた一つの政策か。

 

 

 

「レイジ。帝都に向かうぞ」

 

「急にまたどうして」

 

いや、理由はわかってはいるが、そんな焦るほどのことなのか。

 

「お前にも文については言っただろう。それ関連だ」

 

「やっぱりか」

 

「分かればすぐにしたくしなさい」

 

「了解。オレだけですか?」

 

そこで一瞬間が開くが、

 

「ついでだ、フィーたちも一緒に連れていく」

 

珍しいことに姉妹を連れていくらしい。

 

「因みに、なぜです?」

 

「久しぶりに、帝都に行きたいだろうと思ってな」

 

成程、一つ頷いた。

 

「分かりました。用意をしてきます。フィーたちに伝えてから」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

その次の日にオレ達は帝都に向けて出発した。

 

帝都で何が起こるかも知らずに。

 

 

 

 

 

「うっはぁぁぁ」

 

馬車から下りた第一声はそんな気の抜けた伸びの声である。

 

声の主は勿論オレ。

 

「レイジ。行くぞ」

 

「了解です。またあとでなフィー、フィル」

 

父に促されオレもそれに続く。手を振りつつ。

 

「じゃあ、またあとでね」

 

フィーも笑って手を振る。

 

フィルも酔いでもしたのか、元気なさげに腕輪を着けた方の手を振る。

 

馬車酔いとはまたどうしたことか。

 

 

 

閣下に謁見をし終わり、と言ってもオレはずっと頭を垂れてたわけだが…。

 

非常に睡魔との戦いは熾烈を極めた。いや、なかなかいい勝負だった。

 

どうやら夜に反乱についてのアダルティな会議があるとのことで

 

オレは帝都にある別邸で待つであろう、フィーたちのもとへと足を向ける。

 

時刻は真昼間である。なんか土産でも買って行ってやろうか。

 

そう思うも考え直す。あいつらと買い物した方がいいかな。

 

そんな思考をしつつマントをなびかせ、大通りを歩く。

 

貴族の子弟もなかなかいるようである。それも今回の召喚のせいか。

 

今年になってもフルース・ゴエは繁盛しているようである。

 

何が人気なのだろう。店長の行動はちょっと迷走気味であると思う。

 

そんな無駄なことを考えていると向かいから最近知り合った人を発見。

 

特にこれからすることもないので、声をかけることにする。

 

「ウィンダ!」

 

手を挙げ声をかける。

 

「? あぁ、レイジ。久しぶりだね」

 

そう言いつつこちらに視点を合わせたのは、オレと同じ年である緑髪の少年である。

 

そう、少年なのだ。この世界初の男友達である。

 

「お前んとこも呼ばれたのか?」

 

「そうなんだよ」

 

「まぁ、お前はオールラインだからいると良いんじゃないか?」

 

ちゃかし気味に背中を叩きながらウィンダに言う。

 

「よく言うよ。君は僕より上だろ?」

 

「それはそうだな」

 

自然と笑いがこぼれる。あぁやっぱ男子と話すのはいいなぁ。

 

ハーレムに憧れた現代のころが懐かしいぜ。

 

「そうだ。僕はフルース・ゴエのスイートロールを食べようかと思ったんだけど、

 一緒にどうだい?」

 

「おーらい。万事良好。お供するぜ」

 

にぃっと笑いウィンダの後に続く。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

グビーツ候、いや、元グビーツ候は高揚していた。

 

「みなの者、<リベリオン>始動の時である」

 

そう円卓を囲む人間の中で一人立ち演説をする。

 

「苦節10余年、アルブレヒトに恨みを抱きよくぞ。

 耐え忍んできた。しかし、時は来たれり。今反旗を翻す時である」

 

そこに30~40歳ほどの数人のマントを着た人が賛同する。

 

「明日をもって我らの目的を果たす」

 

そう言い終え元侯爵は席をはずす。豪華な料理が並べられた円卓を後にして。

 

廊下を進む。そこで、

 

「ルクス。明日開戦だ。短期決戦でいく」

 

「りょーかい。実験は進んだよ。いやぁ~良い実験ができた」

 

歳は二十代、いや下手したら十代後半なのでは、と思われる金髪の青年が答える。

 

「ふん、利害関係の一致だ」

 

「まぁいいさ。あんたらが成功しようが失敗しようが、データはとれるしな」

 

そう言い残し青年は闇に消えていく。

 

それを複雑な表情で見送り再び歩き出す。

 

一室に入り、

 

「待っていてくれ。明日で終わる。私の怨嗟が終わる」

 

そう言い抱き締める。侯爵と同じくらいだろう。女性を。




書きためはここまで


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第三十話  反乱勃発

 夜。

 フィーが既に寝てしまい、オレとフィルだけが子供の部屋で起きている。

 オレは何か新魔法が作れないか考えている。

目を閉じてじっとしているので、座って寝ているとも思われているかもしれない。

フィルは明りをつけ、何やら本を読んでいる。

 

「なあ、明日はどうするんだ?」

 

「どうするとは、予定のことかい?特に決まってはいないね」

 

「そうか。なら、一度フィルのもと家があった場所に行って、花でも添えていこう。前回は、しなかったしな」

 

「……そうだね。それもいいね」

 

「なら、決まりだな。フィーは……。まぁ本人に聞くか」

 

「多分、行くというだろう」

 

 フィルは柔らかく笑いフィーを見つめる。

 

「そうと決まれば、オレはもう寝る。フィルも適当なところで寝とけよ」

 

 そう言い残しベッドの中に潜り込む。因みに、フィーとフィルは同じベッドで眠っている。

 

 

 あけて翌朝、今日の天候は快晴。

なかなかのピクニック日和である。

まぁ天候は快晴だろうが、このゲルマニアには若干の雲がかかっているのだが。

父さんは今日も朝から反乱軍についての話し合いだそうだ。

連日連夜お疲れ様である。

大事な時に動けるように体調管理もしといてほしいね。

朝食を食べ終え、一旦部屋へ戻る。そして、

 

「フィー、今からフィルの家の跡地に行くがついてくるか?」

 

 オレの質問を聞くと、うんうんと元気いっぱいに首を縦に振る。

 

「そうか、なら用意としておいてくれ。馬で行くからな。」

 

 そう言い、素早く持ち物を選別。一対の短剣と10エキュー程。

 

「フィルは馬車を用意しといてくれ」

 

「了解。」

 

 

 

「何をしていたんだい?」

 

「ちょっと、花を買いにひとっ走りさ」

 

 そういい、一束の花束を見せる。

 

「それ何に使うの?」

 

「あぁ、フィーには言ってなかったが、まぁお参りみたいなもんさ。そのための花さ」

 

「ふーん。なるほど~」

 

 納得したようだ。

 

 

 馬上にて、

 

「そういえば、レイジ」

 

 唐突にフィルが質問をなげかけてくる。

 

「んぁ?」

 

「国内が、というよりお偉い方が反乱軍がどうだとか言っている時に、郊外に出て大丈夫なのかい?」

 

 至極もっともなことである。

 

「あー、そうだな。まぁいいんじゃないか」

 

 知らんが、そう最後に付け加える。

 我ながら無責任なやつである。

 まぁ何が来ようとも、守ることは決めているが。

 

「そうか、レイジがいいのならいいよ」

 

 なにやら、良いらしい。そこまでオレのことを信頼しているのか。

 

「何かあっても、レイちゃんが守ってくれるよね~」

 

 フィーはフィーでなかなかのんきである。

 

 

 グビーツ邸跡地。すでにここは国の管轄である。

 フィルの元住んでいた家だ。

 焼失してしまった邸宅の前に花束を置き黙祷を捧げる。

 オレが白毛精霊勲章を授与した日だったかに、その次の日だったかに焼失してしまった家である。

 聞くところによると侯爵の遺体は見つからなかったそうだ。

 火の勢いは強かったので全て燃えてしまったのだろうか。

 いや待て。

 骨まで燃え尽きるのか?

 答えは否だ。

 親戚の火葬の際に遺骨を見た覚えがある。不思議に思い調べてみたことがあった。骨は火災では燃えないとだけは覚えている。詳しいことは忘れてしまっている。結局軟骨は燃え尽きたとしても通常の骨は燃え尽きるはずがない。なのに、見つかっていないのだ。

遺骨が……。

 

「フィー、フィル戻るぞ」

 

 嫌な予感がひしひしとする。この悪寒はなんだ。

 

「どうしたのさ」

 

「レイちゃんどうしたの? 具合でも悪いの?」

 

 フィルは怪訝な表情を見せ、フィーは心配そうにオレを見る。

 

「いや、嫌な予感がする。そうだな具体的には――」

 

 特に具体例も考えていなかったが、何気なく焼失した邸宅跡を振り返る。

すると突如として邸宅跡よりも遠くの地平に何やら蠢く影がかなりの数目視できた。地平だけでなく空にも翼竜らしき影が確認できる。続けて風に乗り不快な魔物の奇声が聞こえてくる。

 

「あれは……」

 

「おい、ぼさっとするな。早く帝都に戻るぞ」

 

 これはやばい。ついに進撃を開始したというわけだ。

 リベリオンか、オレの魔法並みのネーミングセンスだ。

 

 その後は三人とも馬上の人となり一目散に帝都のお偉い方が集う場所へと駆けていく。その際フィルとフィーとは別れる。オレ単身の方が行動が早いので先行したのだ。

 

「父上!!」

 

 国の重鎮が卓を囲う中に一応皆が見知ったオレの乱入だ。

 

「レイジ! 今は会議中だ」

 

「会議なんてしている場合じゃありません。リベリオンが動き出しました!!」

 

 オレの言葉を聞き大人全員が驚きの表情を浮かべる。

 

「今頃は既にグビーツ領を抜けるかもしれない場所です。百は確実にいました。多分全部魔物です」

 

 グビーツ領はここから早がけで一時間もしない位置だ。

 

「なんだと!?」

 

 貴族たちはざわめき立つ。

 

「静かにせい!!」

 

 しかし、それも数秒ほど。閣下の一喝により場は静まり返る。

 

「われらが狼狽えてどうする。レイジ・フォン・ザクセス。そなたの言ったことは誠か?」

 

「誠にございます閣下。自分はフィルグルック嬢。元グビーツ家の長女とグビーツ邸宅跡に赴いたところ。地平より影が大量に見えたのでございます」

 

「魔物の群れといったがその理由はあるのか」

 

「はっ! 自分は風のトライアングルです。風に乗った声が全て魔物の声だったからであります」

 

 これで一応はすべての情報を提供したことになる。

 

「わかった。ならばこれより軍を編成。魔物の群れが帝都に入る前に全軍を持って殲滅する!!」

 

 聞くが早いか、閣下はすぐさま支持を飛ばす。

 

「ははっ!!」

 

 一同が一糸の乱れもなく返事をする。そしてすぐさまに各々の役割が決めてあったのか移動を開始する。

 

「レイジ・フォン・ザクセス。よく知らせてくれた」

 

「感謝痛み入ります」

 

 そういって閣下に対し一礼して父のもとへ向かう。

 

「父さん。これからどうするの?」

 

「そうだな。お前はティナたちを守ってあげなさい。といっても魔物は帝都には侵入できないだろうがな」

 

 父はオレの頭をぽんぽんと叩く。

 

「父さんは戦いへ?」

 

「ああ。私は仮にもトライアングルなんだからな。なあに心配することはない」

 

 父はふっと笑う。何やら旗が立ったみたいな気がしてならない。

 

「父さん、これを」

 

 オレは父にベルトに渡したものと同じ風石と使ったマジックアイテムを渡した。これは自分用だが、オレは別に今回戦場には駆り出されないので父に託す。

 

「ありがとう」

 

 父は礼とともに足早に、軍が編成されるだろう場所に向かっていった。

 その背を見送り、別邸へと向かおうかとした時フィーとフィルが現れた。

 

「どうなったんだい?」

 

「軍を編成して殲滅しに行くらしい。今回オレはお留守番だ」

 

「レイちゃんは戦いに行かないの?」

 

 少々心配そうにフィーがオレに聞いてくる。

 

「ああ今回はお休みさ」

 

 フィー頭を撫でつつ別邸へと向かうため歩き出す。

 

 

 場所は移りフォン・ザクセス別邸。

オレは先のグビーツ邸跡で気がかりになったことを考えていた。侯爵はまだ生きているという可能性が浮上した。だが、なぜ死んだことにしたんだ。何かが足りない。決定的な何かが……。

 このことは脇に置いておくにしても、本当に帝都には何も起こらないのだろうか。というよりもリベリオンの目的が曖昧なのだ。何がしたいのか全くわかっていない。まだ悪寒を感じる。グビーツ候の生死、リベリオンの目的、魔物の群れ、統率された魔物。

魔物が統率られることなどあるのか? 

いや、ドラゴンやワイバーン、グリフォン、マンティコアも魔物であり、統率が取れている。しかし、いずれも使い魔として契約されていることが大多数だ。そして人間が統率の指揮をとっている。

 魔物は誰かに操られているのか? 

そう考えるのが、妥当性が高いか。魔物の群れといえばアルデルの森で大規模の討伐が行われた。あれは関係あるのだろうか。関係あるのだとすれば今回も突然変異種というような強力な魔物ということになる。しかも反射を使ってくるものも出てくるかもしれない。

 幸いだがオレには反射を貫く術がある。

 そもそもなぜ突然変異種なんぞがいるかだ。しかし、いくら考えても謎だ。

人為的に生み出されたのかが問題だが。人為的なら確実に今回作った本人が絡んでくるだろう。宣戦布告するくらいだ。自信があるんだろう。あるいはオレたちに傲りを感じているか。その時は何が違ったかを教えてやる。

 リベリオンの目的はいたずらに帝国を混乱に陥れることなどではないだろう。それが目的なら別に宣戦布告する必要がない。各地で適当に魔物で襲撃でもさせればいいのだ。

ならば本当の目的は何か。帝都を攻めるんだ。帝都に目的はあるはずだ。一番思いつくのは閣下に恨みがあっての復讐ってとこか。閣下は大粛清をしているから、恨みはそこら中に転がっているだろうし。

 敵を作るのがお好きだな。

 ……本当に目的は閣下への復讐なのかもしれないな。

 粛清によって閣下の親族だけでなく巻き込まれた貴族もいるらしい。粛清の対象の線引きはイマイチなところは解せない。

 そりゃ、巻き込まれたら恨んだって仕方ない。

粛清の年はオレの生まれた時分だったはずだ。

 

「フィル聞きたいことがあるんだが……」

 

 思考を中断して顔を上げる。するとフィーはベッドで寝転んで本を読んでいるがフィルはいない。イリスは相も変わらず椅子で編み物をしている。

 部屋から出て、何度か別邸内で名を呼ぶが返事が返ってこない。

いない? もう戦闘が始まるんだぞ。いくら帝都内が安全だとしても……。

ここで自身の悪寒が回帰する。

 何か起こる。

 具体性の欠片もないただの感がオレ自身にそう言ってくる。もとの部屋の戸だけ開けて

 

「フィー部屋から出るなよ」

 

「どうしたの?」

 

「嫌な予感がする」

 

「……わかった」

 

「心配するな、絶対戻ってくるさ」

 

 フィーが不安そうな顔をするので、微笑みを返し安心させるように努める。

戸を閉めたあとに素早く『固定化』の魔法を全力で部屋にかける。その後オレは駆け出す。何かに急かされる。同時に装備の確認も怠らない。一対の短剣は常に腰にある。

 

 フィル、お前どこ行きやがった。




何と何ヶ月前かに、この話が書かれていたが途中で止まっていたようです。確実に某所の閉鎖で、モチベが下がったに違いないことは疑う余地がないですね。
そろそろ原作前での大きな山になるんでしょう。(傍観


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第三十一話 通称ジュエルブラザーズ(自称)

 フィルを探すこと数分。驚くべきことにフィルは大通りを城に向かって歩いていた。

 

「フィル!!」

 

 オレの呼びかけにフィルは気づいたようで、いつも通りにゆったりとこちらに振り向いた。オレはフィルに向かい歩を進める。

 

「フィルに聞きたいことがある」

 

 このような場面でいうことではないだろう。普通は、危ないから別邸に戻るぞ。などと声をかける場面だ。昼を過ぎそろそろ本格的に接敵するだろう頃合だ。

 

「何かな?」

  

 フィルはフィルで常のペースを保ったままだ。

 

「お前の母は、皇帝陛下の粛清の時の犠牲者か」

 

 先ほど黙考の末に気になったことを聞く。いままで何年も共に過ごしてきたが、オレはフィルの母について、腕輪が形見であることくらいしか聞いたことがない。実際あれこれ故人について聞くのも気が進まなかったというのもある。

 

「……そうだね。それがどうしたんだい?」

 

 フィルは一瞬の間を置いてからオレの質問に肯定した。これによりオレの疑念は十中八九真実だろうと憶測がついてしまった。

 最後の質問だ。これは既に憶測を真実へと導く質問ではない。だが事実確認である質問であろうと、聞かないわけにはいかない。

 

「フィル。お前の父は生きていて、リベリオンにいるな。お前オレたちを謀ったな」

 

「よくわかったね。そうさ、父は生きている。そしてリベリオンの頭目さ。理由を聞いても?」

 

 フィルは観念したとばかりに大仰に肩をすくめてみせる。謀った事に対してはノーコメント。目が一瞬泳いだのだが。

 

「あぁ、だがそこまで深く考えちゃいない。まず疑問に思ったのは今日の朝グビーツ邸跡に行った時だ。人の骨ってのは、家の火災程度じゃ跡形もなく燃え尽きるってことはないのさ。だが、侯爵の遺骨は見つからなかった」

 

 これは朝に思ったことそのままである。

 

「次にリベリオンの目的だ。そもそも聞いたこともない組織だったんだ。急に出てきておかしなことに、帝国の混乱なら各地を荒らせばいいのに帝都を攻めた。ということは帝都に目的があるわけだ。そして帝国にいる人物で恨みをもたれる人物、といえば皇帝陛下が高確率だ。なにしろ大粛清っつう凄まじいものを行ったんだからな。しかも皇帝の親族だけでなく一緒にいた貴族も巻き込んだらしい。」

 

「だけど、それだけじゃボクが間者で父が生きていることにはつながらない。例え母が粛清の被害者であったとしても」

 

 オレの穴がある推理はまだ続く。

 

「そうかな。フィルはオレに一度言ったろう。父はボクでなくボクを通して母を見ていると。しかもフィルのボクという一人称は、父からの期待という圧力で一人前になろうとした証拠だ。しかし問題はそこじゃあない。侯爵は君に奥方を重ねていたほどに愛妻家だ。いや、執着していたんだろう。それほどに愛していた。そして大粛清の被害にあった。これじゃあ恨みを抱いても仕方あるまいよ」

 

 フィルは驚きの表情になる。

 

「そんなことよく覚えていたね」

 

「そういえば手紙もしてたな。友人に」

 

 もう友人宛だとは思わない。思い起こせばフィルは友人の話を一度もしたことがなかったのだ。オレは特に気にも留めていなかったから、今まで気づかなかったんだろう。

 

「そうともあれは友人ではなく父としていたのさ」

ここでオレは表情を緩める。

 

「それで、お前は何しに城に行くつもりだったんだ?」

 

「父に会いに」

 

 オレの表情は今驚愕に染まっているだろう。

 

「何!? グビーツ候が城にいるのか!?」

 これは予想外だ。いや、考えてみれば自分で復讐をしたいに決まっている。フィルは無言で頷く。

 

「その前に父の目的とはっきりと言っておこう。それにまだ父はついていないだろう」

 

「……ああわかった。話してくれ」

 

「まず君を最初に知ったのは、アルデルの森での討伐の時ではないのさ」

 アルデルの森が最初の接触なことは確かだが、それよりも前に伝聞で聞いたのだろう。この場合オレの神童という噂ではない。

 

「ということは……オークか?」

 

 オーク、オレの初めての戦闘からになる。フィルは頷きつつも続ける。

 

「君は突然変異種と呼称しているが特に正式名はないんだ。作った人物から言わせればね。彼は実験好きでね」

 

「彼?」

 

「エルフさ。エルフの名前は確かルクス。母のスキルニルを提供したやつだ」

 

「スキルニルだと!? なら侯爵夫人の、お前の母の血を得ていることになるぞ。……最後は見届けたということか」

 

 スキルニルとは血を媒体とし、人物にそっくりそのままなるという古代魔法人形だ。

 愛する妻の最後を看取ったのだ。絶望はより大きかったのだろう。

 

「話を戻そう。オークはエルフの薬により強化されていた。しかし、君は倒してしまったんだ。簡単に」

 

 短剣でひと振り振り抜いただけであっさり首が落ちたことを思い出す。もともと埋葬されていた短剣だ。しかも強力な魔法がかけられていた。

 

「そこで君は少々警戒された。そのためにボクがアルデルの森の討伐に参加し、君に接触したのさ」

 

「じゃあ火事はどうなる。故意に行われたことなのか?」

オレ自身質問はしたが答えは出ている。

 

「ああ、父が火をかけた。その後行方を眩ませ、粛清により皇帝に対し恨みを抱えた貴族で徒党を組んだ。しかし、皇帝を討つなど万に一つも可能性はない」

 

「そこで、エルフの力を借りたわけか」

 

 エルフの薬によりどういうわけかエルフの言うことは聞くのだろう。薬を使った魔法なのかもしれない。

 突然変異の魔物に群れを形成させ、今日帝都を強襲する。その隙に乗じて貴族たちは悠々と城に向かうわけだ。なにせ閣下は全軍で叩けと命令したのだ。当の閣下は城で護衛はいるだろうがそう多くいるまい。やはり閣下への復讐が目的か。

 ここまで読んでいたのか……。

 読んでいなくともエルフの反射でひとたまりもないだろう。

 

「計画は何年も前から進められていたのさ」

 

「……フィルなんでオレにこのことを伝えた」

 

 オレの質問にフィルはふっと笑った。

 

「ボクはね。始めは父の手駒として君の家に転がり込んださ。だけど、過ごして行く内に、君の話を聞くうちにボクは、変わった」

 

 フィルはどんな思いで敵地だろうオレの家にいたのか。

 フィルはどんな気持ちでオレたちと日々を過ごしたのだろうか。

 

「ボクはね。父のためではなく自分自身のために生きたいと思ったのさ。それを思わせてくれたのは君さ、レイジ。そのために父を止めに行く。母こんなこと望んじゃいないだろう。なんとなくわかるよ」

 

 フィルは落ち着いている。父を止めに行くのだ。衝突は避けられないと知っていながら。何故今になって思い立ったかはわからない。父の居場所を知らなかった、知らされていなかったのかもしれない。ならば今回は計画を止める千載一遇のチャンスになるだろう。

 

「オレは別にそんな大層なことは言ってないけどな。それに止めに行くならオレも連れてけよ。力になること間違いなしだ。家族だろ?」

 

 そうさ少々のことを騙されていたって気にやしない。家族なんだから。いつもの調子が戻ってきた。オレはフィルに、にひっと笑い返す。

 

「ふっ、やはりボクは君に執心のようだ」

 

 どうやらフィルはオレと動向を共にするらしい。

 

「そいつはありがてぇ。こんな美少女に想ってもらえるなんて望外の極みだね。まずは一人称から直したらどうだ?」

 

 フィルの一人称であるボクは父にただ認められたかったのだろう。母とは違う自分を見て欲しかったという気持ちの表れ。

 

「そうしてみるかな」

 

 フィルもいつもの調子が出てきたようだ。

 その直後どこからともなく風切り音が聞こえる。

 なんだ……?

 と思った瞬間何かが刺さる音と共に何かの鈍い肉を裂く音聞こえたのだ。

 目前で。

 

「フィル!? おいしっかりしろ!!」

 

 風のメイジのくせに、オレは周囲の警戒を全くと言っていいほどしていなかったのだ。

フィルの背に魔法で作られた先端の尖った岩が刺さっていた。急所は若干逸れていて即死ではない。しかし、右腕が吹き飛んでいる。すぐに応急処置をしなければいけない状態なのは火を見るより明らか。

 そう判断し終えた瞬間に再度風切り音が聞こえた。その時は反射的にフィルを担いでその場を飛び退いた。焦り混乱した頭で最善を考える。結果敵勢対象をなくす方が良いと結論を出す。結論を瞬時にだしフィルをその場に素早くおろしつつも、指輪の杖を使って自身でも最も強固な『プリズン』をフィルの周りに出現させる。その動作をしつつも屋根の上から降りてきた三人の容姿を目に留める。

 

「くそっ!! なんでお前らがいるんだ。変態兄弟!!」

 

 オレの目の前に現れたのは宝石三兄弟だった。

 

「我らは変態ではない。上半身裸だと気持ちがいいだけだ」

 

 心外そうにサファイアが口を開く。

 くだらないジョークに付き合っている暇はない。確か全員がトライアングルの猛者だ。しかも、裏では意外と有名ななんでも屋と聞いたことがある。分が悪い。だが引くわけにいかない。素早く『エアカッター』を唱え先頭のダイヤに、めがけ打ち込む。しかし簡単に防がれる。

 

「おい、ボウズも殺せと依頼が来ている」

 

 ダイヤがサファイアに注意する。続けざまにルビーがオレに向かって

 

「そんなわけで殺されてくれ」

 

 クソ、何なんだこいつら、依頼だと?

 

「誰に雇われた!!?」

 

「グビーツ侯爵」

 

「何っ!?」

 

 依頼主を答えることにも驚きだが、その依頼主にも驚きだ。我が子を手にかけようってのか……。

 自分の子供を殺せだと?虫唾が走る。反吐が出る。ふざけるなよ。どんな高尚な理由で殺そうってんだ。

 自分でもわかるほどにオレは怒りが芯からこみ上げてくる。ハルケギニアに生まれついて初めてと言っていいだろう心の底からの怒りだ。

 

「てめぇら……オレたち家族の生活はこれから始まるんだ!! 邪魔すんじゃねぇ!!」

 

 怒りが全身を駆け巡る。感情の爆発は魔力の上限を底上げする。底上げされた魔力はトライアングルからスクエアへと変貌を遂げる。

 推測としては、もう一歩のところだったのだろう。この怒りがトリガーとなりスクエアへとあげたのだ。

 手加減はしない。全力で殺す。トライアングル三人など敵ではない。

 叫んだと同時にオレは指輪を杖として『ウインドジャベリン』を詠唱しつつ、三兄弟からの攻撃を避ける。

 『ウインドジャベリン』はトライアングルからスクエアのスペルとなり変化が生じた。

 風の螺旋はさらにうねりを増し、鑓の周りには雷が這うように形成される。その鑓の様はさながらに神の鑓だ。三乗のスペルを四乗に強化した結果だろう。

 オレは雷鑓を構え、一番動きの遅いサファイアに『ウインドアクセル』で持って斬りかかる。交錯は一瞬サファイアの首が胴から離れる。しかし血は噴出さない。雷鑓の電熱により切り口が一瞬で焼き止められたのだ。

 

「ファイ!! よくも!!」

 

 どうやらサファイアを殺されご立腹のようだ。だが、こんなんじゃ終わりはしない。翻ってダイヤに向かう。

 流石はダイヤだ。オレが到達するよりも早く、最速の突きを魔法で防御の壁作り防御する。が雷鑓の突きにより、いとも容易く貫かれ首から上が消失する。

 防御なんて出来はしない。鉄なんぞじゃオレの怒りは止まらんぞ。

 残ったのはルビーだ。ここでルビーは分が悪いと思ったのか、逃走に移行する。屋根に飛び上がってまこうという魂胆らしい。オレの『ウインドジャベリン』が接近専用だと勘違いしたのだろう。しかし本分は投擲武器だ。

 必中必殺。

 朝とは違い厚い雲がかかった空へと、オレは飛び上がっている最中のルビー目掛け全力で投擲する。

 瞬間、雷鑓はルビーの体を跡形もなく消し飛ばし、雲を突き抜け彼方へと消えていった。

 オレはそれを見届けもせずにフィルのもとへと向かう。魔法を解除し、水の魔法を掛ける。『ヒーリング』はスクエアであればちぎれた腕もすぐであればつながるらしい。   

 オレはトライアングル。だが腕は幸い近場に転がっていた。一応腕の位置に千切とんだ腕を置く。

 一目見てフィルの状態が危ういことがわかる。血が流れすぎている。これでは出血多量で死んでしまう。衣服は真っ赤に染まっている。

 

「フィル!! 大丈夫か!? 安心しろ俺が助けてやる!!」

 

 オレの呼びかけにフィルは薄目を開け反応を返す。

 

「あぁ……。大……丈……ゴホッ」

 

 フィルが言葉を喋りかけ吐血する。岩の槍が肺に刺さったのだろう。

 

「フィル!! 喋らなくていい!! 体力が持たなくなる!!」

 

 オレは『ヒーリング』をかけ続ける。

 

「君の……焦っ……た顔……なんて……初め……て見る……よ」

 

 なおもフィルは口を閉じない。荒い息も途切れることはない。

 

「フィル……大丈夫だ。オレが助けてやるって、安心しろ」

 

 オレは無理に笑い顔を作る。ぎこちない笑顔だろう。

 

「わた……しは……君……と過ご……せて……よか……ったよ」

 

「おいおいおいおい!! まだこれからだろ!? オレたちはこれから始まるんだよ!!」

  

 フィルはふっと笑う。目は虚空を見つめており焦点があっていない。

 

「君に……逢え……てよかった。わ……たし……は君…………」

 

 最期の言葉は声が出ていなかった。口だけが動いていた。

 

「まだだ!! 言い逃げなんてさせやしないぞ!!」

 

 瞬間オレの中に強大な力が湧き上がる。水もスクエアへと上がったと理解した。

 これで!!

 

「これで!!」

 

 必死で『ヒーリング』を掛ける。千切れた腕が接合される。しかしそれが彼女の最期の生命だった。

 もうフィルから荒い吐息もすやすやと寝ている吐息も聞こえやしない。

 もうなにも聞こえやしない。

 オレの頬を雫が伝う。

 唇を噛み締め、血が出る。

 声を押し殺す。

 そうしていたのも僅かな間。フィルの遺体に再度囲いを作る。そして城へと駆け出す。

 慟哭はしない。まだやらなきゃいけないことがある。

 待ってろフィル。終わらせてやる。

 

「クソッ!!」

 




書いていて推理作家ってすごいってことを思いました。
サブタイになった変態三兄弟は即ご退場。

以下オリジナル魔法紹介。
『ウインドジャベリン』風風風→『ブリューナク』風風風風

基本的に『ウインドジャベリン』の完全上位互換で、速度、破壊力、範囲共に向上。単純に『ウインドジャベリン』にさらにうねる風を加え、雷撃を纏わせた。
『ウインドジャベリン』では当たった相手がミンチになるが『ブリューナク』では消し炭か消失。威力的に対城魔法ですね。

感想お待ちしております。


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第三十二話 決戦

あっさり塩味


 ゲルマニア帝国首都ヴィンドボナにある皇帝の城は街よりも少々高い位置に建立されている。レイジ・フォン・ザクセスはその城内を駆ける。その目は獲物を見つける猟犬のようだ。いや、そんな生易しいものではない。獲物を骨まで喰らう狂犬といった方が似つかわしいかもしれない。レイジは現在一種のタガが外れてしまっている。

 城内を駆けていると廊下には何人かの衛兵が倒れている。どれも一方的にやられたような状態だ。侯爵はドットのメイジだ。よって徒党を組んだ貴族の中に高位のメイジがいたのかもしれないし、エルフの先住魔法――精霊魔法の反射の餌食になったのかもしれない。

おそらくは後者。

 レイジはそう結論付け足を早めた。

 

 時を同じくして場所は謁見の間。皇帝であるアルブレヒト3世はこの争いの趨勢を考えつつも、リベリオンの真の目的が自身にあるのではないかと考える。理由は至極簡単だ。彼が皇帝の座につけたのは、政敵はもとより親族も手にかけるか、幽閉をしたからである。通称大粛清なのだが、これにより皇帝の座には着いたが、すべての貴族と良好な関係が築けなくなったのだ。

 突如として謁見の間へ通ずる扉が開かれる。開かれた扉の向こうには貴族が5人程立っている。内ひとりが女性。そしてもう一人、目深かの帽子をかぶった細身の人物もいる。皇帝にとって予想が悪い予想が当たったという知らせにほかならない。

扉が開かれたあと一瞬の後5人ほどの親衛隊員がアルブレヒト3世の盾になるようにして前へ出る。

 

「閣下。お久しゅうございます」

 

 最初に口を開いたのは壮年の男性だ。

 

「ふむ。私は夢の中にいるのだろうか。死んだと聞いたものたちがこのように目の前に現れるとは」

 

 アルブレヒト3世は壮年の男に答える。

 

「私たちは死んではおりませんよ閣下。それに骸を晒すのは閣下でございます」

 

 壮年の男は尚も口を開き、あまつさえ皇帝を殺すといったのだ。親衛隊のメイジにも緊張が走る。

 

「ほほう。ドットとラインしかおらん貴様らにこの私が殺せると? 元グビーツ卿」

 

「もちろんでございます閣下。といっても間接的にですが」

 

 元グビーツ侯爵は不敵に笑った。それが合図となり、アルブレヒト3世は親衛隊に攻撃を開始させる。すると目深の帽子をかぶった人物が一歩前へ踏み出し、手を前に出す。

すると親衛隊が放った魔法が全て跳ね返ったのだ。

 

「せ、先住魔法!?」

 

 親衛隊のひとりが驚きの声を上げる。

 跳ね返った攻撃魔法は発動者へと逆に猛威を振るう。驚天動地の出来事に親衛隊の三人が自分の魔法によって死傷した。ついで避けた親衛隊の二人は他の貴族の攻撃を受ける。そして隙を見て反撃に転じるも、その攻撃すべてが自身に跳ね返ってくるのだ。

 悪夢を見ているのではないだろうか。と二人は同じことを思ったに違いない。

 このままではジリ貧になる、打開策を見出さねば。と考えた瞬間。

 

「グビーツ侯爵はどいつだ!!」

 

 子供の、しかし怒りのこもった咆哮が謁見の間へ通じる廊下から届く。

 謁見の間にいる全員が声のした方向へと目を向ける。

 アルブレヒト3世は何故元グビーツ侯爵がここにいると知っていると思った。

 グビーツ侯爵も違う意味で驚いた。レイジ・フォン・ザクセスもフィルグルック同様に殺しておけと依頼したはずなのだ。しかしここに現れてしまっている。

 神童と言われていても所詮子供と甘く見た結果だ。

 レイジは貴族の上を軽々飛び越え親衛隊との間に割り込む。

 

「グビーツ侯爵はどいつだ」

 

 再度怒りのこもった声、しかし落ち着いた声で質問をする。

 元グビーツ侯爵は宝石三兄弟の失態に舌打ちしつつもレイジに答える。

 

「私が元グビーツ侯爵だが、レイジ君でいいのかな?」

 

 優位性を見せようと元グビーツ侯爵はレイジの名を口にする。

 レイジは声に怒気を孕ませつつも今度は皇帝へと質問する。

 

「この謀反者は生け捕りですか閣下」

 

 アルブレヒト3世は乱入者の驚きから覚め答えを返す。

 

「頭目であるだろう元グビーツ侯爵だけは生かしておいてくれ」

 

 淡々と答えを返す様は既に皇帝へ戻っていた。

 首謀者だけ残すというのは見せしめとして、公衆の面前で処刑するためである。

 

「……分かりました」

 

 言った瞬間詠唱とともにレイジは『エアカッター・マルチ』を元グビーツ侯爵と女性以外の首を狙い打ち込む。しかしルクスへ放ったモノだけが反射の壁によってレイジに向かって跳ね返る。レイジは跳ね返った自身の魔法を、焦ることなく防御魔法で防御する。他の貴族はレイジの『エアカッター』に対処できずに首と胴が永遠に分かれている。

 

「エルフ……お前がルクスか」

 

 フィルから聞いたことを確認する。

 

「おやおや? どうして君が俺の名を知ってんだ? ああ嬢さんに聞いたのか」

 

 エルフのルクスは疑問を自己完結させた。

 

「君があのレイジくんなんだろ? いや~よく弱くなっていたとは言え反射を貫けたね~」

 

 ルクスは余裕たっぷりにレイジに話しかける。

 

「……あの火竜は韻竜じゃなかったのか」

 

 アルデルの森にてレイジが葬った火竜。あの火竜は反射を使ってきた。それもこのルクスというエルフの実験の一環だったというわけだ。

 

「オレにとってはそんなことはどうでもいい。元グビーツ侯爵」

 

 レイジはルクスとの会話を中断し言葉を元侯爵に向けた。

 

「なにかな」

 

 元侯爵は余裕を持った表情を作っている。その実内心では冷や汗が止まらない。所詮子供どころの話ではない。ここにきたということはあの三人を倒してきたということだ。

 

「あんた自分の子を手にかけたな」

 

「それがどうした」

 

 どうとも思っていない口調だ。

 

「何故そんな下衆な真似をした」

 

「ふん、あいつはコマだ。私の悲願を達成するためのな」

 

「その悲願ってやつは、娘の命をコマとして扱えるほどの価値があるってのか!?」

 

 レイジは感情を抑えきれないでいる。精神年齢は数えて30過ぎにもかかわらず、感情でモノを言っている。いや、彼の正義ゆえか。それに誰でも許すことのできないことはある。

 

「子は親に尽くす。私はあいつに何もかも与えてやっていたのだ。それなのに何がもう私にはついていかないだ。子供は親の言うことだけ聞いていればいいのだ。まぁ子供がわかるわけもないか」

 

 貴族として幼少期の大事な時期を過ごしたならば、レイジ自身一族のために尽くして死ぬのなら本望とでも思っただろう。しかしレイジの性格形成は既に産まれた時からなされている。だから一族に尽くすだとかは毛ほども思ったことはない。ただ大事だと思う家族には尽くすと決めているだけだ。

 

「分かりたくもねぇな、そんな極論。それでフィルを殺して、閣下を殺してどうするんだ。そこの横でただ佇む奥さんと逃げて生きるのか? スキルニルという似て非なる人間とともに!?」

 

 スキルニルによって姿はフィルの母であることは間違いない。フィルが成長したらこうなると思わせるほど似ている。しかし感情というものがその瞳には載っていない。外見は粛清時のままなのだろうか。それとも年を経ているのだろうか。フィルと同じ金の髪はフィルと違い長く伸ばされている。

 

「そうとも、私はヘルミナと共に生きるのだ。だが私の感情はそれでは収まりがつかない。一度は娘にヘルミナの姿を見た。だが、お前とあって変わってしまった。変えられてしまった」

 

 元公爵の口調は落ち着いているが表情からは狂気を感じる。

 

「狂ってやがる」

 

 親衛隊の一人が呟く。レイジだって同じことを思った。しかしこれは皇帝の粛清によって始まった悲劇の連鎖だ。連鎖はどこかで止めねばならない。レイジはフィルの意思を受け継いでこの連鎖を止めるために来たのだ。

 

「お前にはわかるものか、神童などと持て囃され、周りにはよき理解者が多くいる。私には彼女しか認めてくれるものがいなかった。そう、ヘルミナだけが私の努力を認めてくれたのだ。だが殺されてしまった。スキルニルでいくら外見をヘルミナにしたところで彼女は戻ってこないのさ!!」

 

 元侯爵の狂気を孕んだ声は次第に大きくなる。理解者がただの一人しかいなかった。そのことはレイジにはわからない。だがこの人も歪んでしまったのだとだけは感じた。

 

「だからヘルミナのためにヘルミナの願いを叶えるために私は生きてきた!!」

 

 大仰に振舞う侯爵は完全にただの理想を語る理想論者だ。しかし現にここまで皇帝を追い詰めている。後一歩なのだ。強力な見方であるエルフがついている。相手の魔法は効くことはない。反射の前では物理的な攻撃だって通用しない。

 

「それで、夫人はあんたに復讐を頼んだのか? 願ったのか?」

 

 レイジはフィルの言葉を思い出した。

 

“母はこんなこと望んじゃいないだろう”

 

「なに?」

 

 元侯爵気分を害されたとレイジを睨む

 

「復讐という手段を夫人は望んだのか? 夫人は娘の幸せと、何よりあんたの幸せを望んだんじゃないのか!? 少なくともフィルにはそう感じると言っていた!!」

 

 一瞬薄目になる。

 

「そうだったかもしれない。だがそうでなかったかもしれない。もう覚えちゃあいないんだよ。私は自分の感情にケリをつけるために来たのだ。それに今ここで死んでいった諸侯に申し訳が立たない。妻の意思などもう些細なことだ。大勢は動いているんだ」

 

 矛盾している。妻を愛している、一緒に生きていくと言ったにも関わらず、妻の言うことは関係ないときている。

 

「結局エゴか!? それによって何人の命がなくなると思ってんだ!!」

 

 アルデルの森で既に死者が出ているのだ。そして今回はその比ではないほどの大量の魔物。死傷者が増えるのは明らかだ。

 

「それがどうした!! 反逆者の誹りなんぞいくらでも受けてやろう!! だが、私が勝ったならばどうなるかな!? 楽しい話は終わりだ!!」

 

 アルブレヒト3世はこれまで強権でもって政策をしてきたことが多くある。その最さる例が粛清なのであるが、このことにより少なからず国内外に敵はいる。元侯爵が皇帝のことを殺した後に、洗いざらい誇大表現で打ち明けたならば、国民は愛する妻のために皇帝を討った人物と持て囃すだろう。もともとゲルマニアは利害関係の上に成り立った国家だ。皇帝への忠誠心ははっきり言って高くない。よってことの詳しい顛末は勝った者によって語られる。勝った者が自分の正義を是とできるのだ。

 

「あんたは歪んでいる!!」

 

 レイジは最後に吐き捨てるように言った。

 現在倒すべき相手はエルフであるルクスだ。エルフであるルクスの精霊魔法は驚異的だ。しかも室内なのでレイジの『ウインドジャベリン』が投擲できない。

 『ウインドジャベリン』は投げることにより実際に突きを繰り出すよりも速度が出て威力が上がる。射出と同時に風の後押しを受け一瞬で加速し、刹那に大穴を穿つのだ。

 だが、レイジに反射の壁を超える手段はもうそれしかないのだ。

 反射はほぼ万能。

 しかし許容量を越えた攻撃に対しては意味をなさない。つまり『ウインドジャベリン』の攻撃力がルクスの用いる反射よりも、高くないといけないのだ。

 レイジは素早く詠唱をしつつルクスと元侯爵の魔法を避ける。ときには親衛隊の人の防御魔法にお邪魔する。

 詠唱の完成とともに再び雷鑓がレイジの右手に握られる。雷電の音を撒き散らしながらも、ルクスと元侯爵の魔法を斬り伏せて接近する。そしてレイジは裂帛と共に雷鑓をダイヤに突き立てたように突き出す。

 反射の壁に激突。激しいスパークによる拮抗状態。しかし、反射の効力が切れるかと思われた瞬間。レイジは後方へと吹き飛ばされる。飛ばされつつも受身を取って構えなおす。

 

「いやはや、凄まじい魔法だな~それ。まるで悪魔の力のようだよ」

 

 ルクスは初めて驚きの表情をする。そして自身の反射を劣化しているとはいえ、破った魔法だろうと考えた。

 

「それに君の腰にある一対の短剣からも悪魔の力を感じるよ」

 

 逆にこれにはレイジが内心驚く。エルフが悪魔の力と呼んで忌み嫌っているのは虚無の魔法に対してだ。

 

「……閣下。城を少々破壊してよろしいでしょうか」

 

 レイジはこの場にいるルクス以外が驚くことを言ってのける。ルクスは興味津々といった様子で帽子をかぶりなおす。

 

「なぜだ」

 

 アルブレヒト3世もこれには理由を尋ねたくなる。

 

 

「自分の魔法は威力の桁が違います」

 

 レイジはルクスと元侯爵を睨み警戒しながらも皇帝へ質問の答えを返す。

 

「反射を破れるのか」

 

 唯一この場で反射に対して一矢報いることができるのはレイジだけだ。親衛隊といってもその実トライアングルメイジだ。スクエアメイジは魔物討伐に出払っている。そもそも親衛隊のトライアングルメイジ5人で歯が立たないなどという事態は、完全に予想の埒外だったのだ。

 

「……はい。破ってみせます」

 

 レイジは間を少し置き、強い意志の感じる声で呟いた。

 

「ならばよし。やれ」

 

 返事を聞いた瞬間レイジはまだ右手に持ったままの状態の雷鑓を投擲する構えにする。元侯爵の位置を確認。ルクスとは少し離れている。余剰被害は出ないだろう。

 レイジの構えを見た瞬間、ルクスは自身の第六感が危険だ言っているのを信じ、反射の壁を瞬時に展開する。そして自身は地面に這い蹲るようにして身を伏せる。

 その直後反射の壁は一瞬の拮抗をせずに貫かれた。しかしレイジが雷鑓を投擲した高さが胸当たりだったので、ルクスの帽子は消し飛んで、ルクス自身には背中に裂傷と火傷を負うにとどまった。廊下の突き当りは風通しのいい大穴が空いてしまった。

 

「いっつ~、こいつはすごい。俺の反射が全く意味をなさないとは。悪いが死にたくないんで俺はサハラに帰らせてもらうぞ」

 

 背中を痛がりつつも、ルクスは素早く精霊魔法を唱え、謁見の間の壁を破壊して飛び立った。残された元侯爵は意味を理解できずに唖然とした。

 レイジは第二射の詠唱をルクスが飛び出た瞬間に完了。自身もルクスについで破壊された穴から外に出るが、もう何百メイルもの先の空にルクスはいた。射程としては確実に届くが、ルクスの駆る風竜は、一定の機動でなく上下左右の移動を繰り返し、狙いが定められないようになっていた。

 レイジは仕留められなかった悔しさを吐き捨てるようにして、ルクス目掛け雷鑓を投擲した。よけられたのか外れたのか。戸にもかくにもルクスにはあたってはいなかった。しかし、ルクスを通り過ぎたところに運悪く飛竜がいた。その飛竜は雷鑓で横っ腹に大穴を穿たれ地表へと落下していった。

 風竜の飛行速度に魔法で追いつくことは不可能だ。レイジは諦める他なかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「勘弁してくれよ」

 

 ルクスは城から風竜にまたがり全速力でサハラを目指した。しかし、レイジの最後っ屁が風竜に掠ったのだ。それによりルクスの風竜は一時、傷を癒すことにし、地上へ降り立っている。

ルクス自身の傷はもう癒えている。精霊魔法は系統魔法よりも効果が強い。飛行中に完治させたのだ。風竜もすぐに治せる。

 

「あんのガキ凄まじい精神力だな」

 

 ルクスはため息を一つ付いた。そして

 

「今回はなかなかにいい実験だったな」

 

 ルクスの気持ちはすでに新たな実験へと写っていった。彼はまだまだ若い部類のエルフ知的好奇心は収まらない。しかし彼の直感が告げている。長らく黙って留守にしていたことを叔父と妹に怒られるだろうと。そのことが少し彼の帰りの足を鈍くさせた。

 




年末年始は忙しくなるんで更新しない可能性が高いです。ご了承を。

子供に頼ってしまう皇帝ですが、別に皇帝といっても最強じゃないんで、しょうがないですよね普通。

撤退の機会を逃さないルクス、次の登場は大分先。


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第三十三話 別離

 彼方に消えゆく風竜とルクスの影をレイジは少しの間、睨み続けた。

 口惜しさも残るが元侯爵が残っている。トライアングルメイジを突破し、皇帝へ刃を突き立てることは、元侯爵には既に不可能なこととなってしまった。実際皇帝の首を取る計画上、ルクスの精霊魔法が要だったのだ。しかし、肝心要のルクスはレイジのスクエアクラスの魔法となった『ウインドジャベリン』の前に尻尾を巻いて逃げてしまったのだ。ルクスは若い部類に属するエルフだ。まだまだ奢りと実力があっていなかったということもある。

 レイジは外へ飛び出した穴から謁見の間へと戻っていく。

 

「エルフは」

 

 皇帝がエルフの安否についてレイジに問う。

 

「申し訳ありません閣下。取り逃してしまいました」

 

 若干申し訳なさそうにアルブレヒト3世に答えを返す。

 元侯爵はというと既に怪我をしていない二名の護衛により取り押さえられていた。夫人はただそこに佇んでいるだけだ。レイジはそんなスキルニルの姿をみて、複雑そうな表情を少しする。

 

「私はまだ!!」

 

 元侯爵の戦意は依然衰えていない。しかしここ決戦の趨勢は決している。杖を取り上げられてしまっている。頼みのルクスも既に彼方に消えていった。

 レイジは元侯爵に憎悪を感じていた。

 何が復讐だ。

 何が気持ちが収まらないだ。

 何が何が……!!

 

「クソッ」

 結局自分だって復讐に来ている。

 レイジは誰に向けてか言葉を吐き捨てた。

 

「閣下、魔物の殲滅に行ってまいります」

 

 レイジはその悪態を最後に、閣下を真正面から見据えた。その目は子供のそれではない強い意志が映っていた。

 

「体調は大丈夫なのか」

 

 アルブレヒト3世はレイジの大技により消耗した精神力を心配した。魔法が使えなくなってしまっていたのなら、わざわざ将来有望な少年を無意味に戦いに放り込むこともない。といっても今さっきまさに戦いに放り込んだ。もとい乱入したレイジを頼ったのだが。

 

「お気遣い感謝致します。しかし問題ありません」

 

 レイジは一瞬の虚をつかれた。一家臣にすぎない自分を気遣ってくれるとは思いもよらなかったのだ。それでもレイジは子供にあるまじき目の意志の強さを感じさせ、再び、正確には三度向かおうという。その言葉に皇帝は首肯だけで答えた。その動作をレイジは見た直後駆け出した。

 実際レイジの精神力はほぼ使い切ってしまっている。勿論のこと『ウインドジャベリン』なんて大技は使うことはできないし、『エア・カッター』であっても3回程放てるかどうかという程なのだ。しかし、レイジはブレイドが使える。ブレイドは杖に魔力によって刃を作る魔法だ。作ってしまえばあとは魔力供給の必要ない。長さを変化するためには魔力の操作が必要となるので精神力が必要となってくるのだが今回はそんなことはしない。といっても魔法がままならないことに変わりはない。だがレイジは駆けた。

 レイジの目的地は父が戦っているだろう戦場だ。

 

 

 レイジが帝都を飛び出すと平原で未だに戦闘が行われていることが確認出来た。帝都を飛び出した勢いのままレイジは走る。日頃の体力作りがここで活きてくる。

 近づくに連れ戦いの凄惨さを物語る音や匂いがレイジの感覚器官を刺激する。殲滅隊となったメイジの怒号や悲鳴などが飛び交い、魔物たちの奇声が混じり合っている。タンパク質を焦がす鼻につく悪臭。魔物の体臭。その他諸々の異臭。レイジにはここが別世界か 何かかと錯覚させられるほどに大量の屍だった。

 平原は魔物とメイジの死体に溢れかえっており、ある一帯は血により地面がみえなくなっている。しかし一目見る限りではメイジの死体はそこまで多くはない。魔物の死体の方が圧倒的に多い。一番多くの死体はオークだろうか。中には今なお竜に跨り空にいるメイジたちが倒したのか、切り傷だらけの竜種の死体も見受けられる。

 そして戦いは佳境を過ぎ、徐々に収束していた。戦線と呼べるものはないようで個々人が魔物相手に奮闘している様が多い。中には固まって動くところもあるにはある。見た感じでは魔物の数は減り残すところ数十といったところだろうか。

 レイジは周りを素早く見渡し父の無事を確認し、そこへ駆けていく。

 

「父さん!!」

 

 レイジの父であるグスタフが風魔法によって魔物を蹴散らしたのを見計らい、レイジは声をかけた。

 

「レイジ!? どうしてお前がここに!?」

 

 レイジはグスタフにフィーネとフィルグルックの護衛を仰せつかっている身だ。

 

「理由はあとで説明します! まずは魔物の殲滅を!」

 

「わかった」

 

 グスタフは自分の息子を見て瞬時に何かあったと悟り、詮索を後回しにした。話し合っている暇などないのだ。話し終わったと同時にオークからの攻撃がレイジ達を襲った。グスタフとレイジは共に散開し攻撃を避けた。避けたグスタフの『エア・ハンマー』によってオークは大きく怯む。続けざまにレイジは自身の150サント弱の身長の倍はあろうかという魔物を、一対の短剣に魔力を纏わせたブレイドで斬り伏せた。

 息の合った親子を止められる魔物はおらず、結局十数分という時間で残っていた魔物の殲滅が完了した。

 

 翌日昼過ぎ。怪我をしていない土メイジが集められ、魔物の死体処理に尽力しているころ。レイジは先の戦闘で亡くなった者たちの遺体が並べられている場所に足を運んでいた。特段理由はない。知った顔がいるかもしれない。そう思っただけだ。その横にはレイジの母であるサラの姿も見られた。彼女とは昨日の戦闘終了後別邸で鉢合わせたのだ。

 レイジは殲滅隊の詳しい人数は聞いていない。しかしこの遺体安置所には数十の死体が安置されていた。死体の数が元侯爵の反乱がどれだけの人命を奪ったのかうかがい知れる。中にはまだ若い人の死体だってある。フィルグルックの姿はこのなかにはない。朝早くに彼女の遺体はフォン・ザクセス邸へと運ばれた。彼女は既にフォン・ザクセス家の一員だったのだ。彼女はフォン・ザクセス一族の墓に入れられることになる。

 ふと、レイジはある遺体の前で足を止めた。レイジより少々体格が小柄な少年の遺体だ。少年の腹部には、致命傷となっただろう大きな傷が残されている。何かに抉られたのかその腹部は、一部分がごっそりと削げ落ちている。

 

「ウィンダ……」

 

 レイジは少年――ウィンダの名をポツリと呟き、しゃがんで手を握る。その手はとても冷たく暖かな血が通っていたものだとは到底信じられないほどだ。

 サラはウィンダという少年のことは知らない。しかし、レイジにとって大きなものが失ったことだけは、自分の息子の小さな背中を見て感じ取っていた。彼女自身友人を亡くしたことがある。

 彼――ウィンダはレイジにとっては初めての友人だった。そもそもレイジに友好的なのは貴族の息女が多い。貴族の子息はレイジのことを完全に目の敵にしていた。レイジは彼らにとっては、気になるあの子の気になる鬱陶しい存在なのだ。

 なまじ魔法の腕は彼らよりも数段高いために喧嘩などは売られないが、完全に仲間内からはじかれた存在だ。

 そんな中初めて友好的な感情を持っていたのは、レイジがいなければ確実に神童と謳われていただろうウィンダだ。ファーストコンタクトからしてウィンダはレイジに興味を持っていた。

 自分と同い年の少年が自身らよりも頭ひとつ抜け出る才能が気になったのだ。そして話をしてみればどうだろうか、なかなか癖のある性格をしているが、子供間の噂に聞く悪い人ではなさそうだ。とは彼の初見の所見だろう。

 すぐさまレイジとウィンダは打ち解けた。レイジとしては誕生会に来るちょっと頭のいい子という認識だ。待ちに待ち望んだ同性の友人。そして今生での初めての友人。ウィンダにとっては自分の知らない物の見方を語ってくる面白い友人だった。二人は特段長い付き合いをしてきていない。しかし両者ともいい友人だと感じていた。これからも共に多くの時間を共有するだろうと思っていた。

 昨日だって帝都で再会して楽しくお茶をしたのだ。常である近況報告から始まり、最近あったバカ話。それを夕食になるだろう頃合まで語り合った。

 だがウィンダ死んでしまったのだ。ようやくレイジは、もうこの友人と過ごせないという考えに至った。

 レイジはふと思う。彼は何系統が得意だったろうかと。ウィンダの得意系統は風だ。奇しくもレイジと同じだ。そしてそのランクはラインだ。この年でラインなんて天才だ。だが、そうだが、オーク突然変異種は風のライン程度では浅い傷しか付けることができない。自分がそうだったのだ。しかしレイジは運良く文字通り斬り抜けた。

 

「辛いな」

 

 レイジはウィンダの手を放してしゃがんだまま小さく呟く。出会いは偶然だ。だが別れは必然だ。それが今になっただけだのことだ。

 レイジは前の人生で親しい人が亡くなるところなど経験していない。親の死別もなければ、友人との死別の経験だって皆無だ。昨日は大切な家族が奪われた。そして――時間にして昨日だが――今日は大切な友人を奪われたのだ。いくら大人の精神を持っているからといって、この感情を許容できるほどレイジの心は枯れてはいない。

 ここにきてようやくレイジは一連の顛末を心で理解した。

 昨日は我慢できていた声がレイジの口から零れる。昨日は感情をせき止めたダムは感情の濁流に流され、瞳からあふれ出る。

 彼女の時はまだレイジには直ぐにすべきことがあった。しかし今日は違う。緊張の糸などとうに切れていたのだ。今この瞬間まで自分の感情を騙し続けていたのだ。

 レイジは後ろから包まれる感覚を覚えた。それは錯覚ではない。彼の母であるサラが彼を包むように抱きしめていたのだ。サラは自分の息子の姿を見ていられなかった。サラにとって初めてといっていいほどの、大きな感情の発露を目撃したのだ。そして赤子以来の泣き声だ。

 

「辛い時は泣いてもいいのよ?」

 

 サラそう言ってそっと頭を撫でる。サラの抱擁はレイジに不思議な安らぎを与えた。

 

「母……さん」

 

 そしてレイジは前世と今生を過ごしてきて、初めて母の大きさと親しきものとの別れを知った。

 




次回原作前五章終了。


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第三十四話 新たな

 反乱が鎮められてから数日後。レイジ・フォン・ザクセスは絞首刑場に来ていた。今日の南中する時刻に元侯爵であるファインド・アルベルト・フォン・ゼルギウスは公開処刑される。あと四半刻ほどだろう。皇帝の首を狙ったのだ。死刑が確定しているのも当然といえば当然だ。レイジは自分の手で引導を渡すことができないことで、少々複雑な気持ちになっていた。

 元侯爵の死刑が執行された後、既に修繕され終わった謁見の間にて、レイジの皇帝を助けるという活躍。その後の平原での戦いに伴い、リッターの称号を与える式が催されることになっている。白毛精霊勲章は既に受け取ってしまっていることと、皇帝の意向によってリッターの称号を任命されることとなったのだ。

 レイジとしてはそれほど嬉しいことではない。通常ならば欣喜雀躍狂喜乱舞するほど喜んだかもしれない。しかしレイジにとって大きな存在が失くなったのだ。喜ぶべきところなのだが素直に喜びの気持ちを表せるはずもない。

 元侯爵のそばに付き従っていた夫人――スキルニルはレイジが平原での戦闘に駆けていった後、少ししてからバラバラに崩れ落ちてしまった。ルクスの魔力供給が立たれてしまったのが原因ではないかとレイジは考えている。もとは彼の用意したスキルニルなのだから。

 とりとめもないことをレイジが考えていると周りには帝都を騒がせた者を一目みようと都民が集まってきた。この娯楽の少ない時代なのだ。少々の刺激が欲しくなるのだろう。レイジも自身の指定されている場所に着席する。

 その数分後にアルブレヒト3世が声を発した。

 

「連れてこい」

 

 すると元侯爵は憔悴しきった顔で、どことも見ぬ焦点の合わない視線を迷わせながら、兵士に連れられ歩いてきて、絞首台に上がっていく。

 

「この者は我の首を取ろうと画策した国家的な反逆者であり、此度の帝都を混乱に陥れた張本人だ」

 

 大きな声ではない。しかし皇帝の声は集まった民衆全てに届いているだろうと感じさせるほどの力がこもっていた。皇帝の声明により事実を知った民衆は口々に元侯爵を罵倒する言葉を投げつける。

 レイジはこれがもし元侯爵が勝っていたならば、逆の立場になっていただろうと考えた。民衆とは実に単純な生き物なのだ。上の意見を鵜呑みにする。

 それはそうだ。そうなるような印象操作を上がするからだ。一概に民衆が須らく能無しとは断じきれない。いつの時代も為政者は自身の良いように情報を隠蔽し、捏造する。

 レイジは自分の考えを反芻して自嘲した。

 レイジの考え事などいざ知らず、元侯爵の頭に麻でできた袋が肩の位置までかぶせられる。そしてその首に縄がかけられる。刑が執行される。元侯爵の立っていた場所は下に開き、彼を中空に吊るす。首の骨が折れる音がレイジの鼓膜を揺らす。風のメイジとしての特徴として、気配や音を察知しやすくなっていることに原因がある。横の貴族たちは特にリアクションを示さない。レイジは若干しかめる程度の反応をした。既に元侯爵の体は力なく吊るされていた。

 

 時は過ぎ場所は謁見の間に移る。そこではレイジのリッター叙任式が執り行われていた。その場には先日呼び集められた有力貴族が左右に並んでおり、中にはツェルプストー辺境伯の姿も見受けられる。レイジは左右に居並ぶ諸々の貴族に緊張もせずに、堂々と闊歩する。そして皇帝の前で腰の杖――儀礼用として新しく買った長い杖を抜き、跪いて杖を掲げる。その杖を皇帝が受け取り、レイジの肩に置くように添え、騎士叙勲の文句を発する。

 

「我、ゲルマニア帝国皇帝アルブレヒト3世、この者に祝福と騎士たる資格を与えんとす。高潔な魂の持ち主よ、比類なき勇を誇るものよ、並ぶものなき聡し者よ。汝、始祖と我と祖国に揺るがぬ忠誠を誓うか」

 

「誓います」

 

 レイジは淀みなくはっきりと答えを返す。

 

「ならば始祖ブリミルの御名において、汝を騎士に叙する」

 

 その言葉のあとに左右の肩を杖で二度叩く。その瞬間からレイジは一人の騎士――リッターとなった。

 

 叙勲式の後の会食の際にアルブレヒト3世はレイジに話しかけた。

 

「今回は苦労をかけたな」

 

「とんでもございません。ゲルマニアに属する貴族として当然のことを、したまでです」

 

レイジは少々恐縮しながら返答をした。思ってもないことだ。

 

「そうだな。レイジ・フォン・ザクセス貴殿に二つ名を授けよう。あの強力無比な魔法に因み「雷鑓」という二つ名を授ける」

 

 雷鑓、『ブリューナク』を見たままの、なんともひねりのない二つ名だがそこがレイジとしては気に入った。

 

「はっ! ありがたく受け取らせていただきます」

 

 そう言ってレイジは頭を垂れた。

 

「一つ宜しいでしょうか」

 

「申してみよ」

 

「私がリッターであることの公表をしないで欲しいのです」

 

 レイジがリッターになったことは現在さきの叙勲式にて参列したものしか知らないことだ。しかし明日には大々的に発表しようとしていた。なにせ最年少リッターの誕生なのだから。しかしレイジとしては特に目立ちたいという願望もないので内々で済ませて欲しかったのだ。広まればいらぬ嫉妬を買うことが確定しているのだ。

 

「なぜだ」

 

「いらぬ妬み嫉みを受けたくないからにございます」

 

「ふむ。まあいいだろう。お前に助けられた私だ。それくらいの便宜ははかってやろう」

 

 アルブレヒト3世は手を叩き、今日の叙勲式でリッターとなったものの名は伏せるようにという命を下した。よくも抽象的な理由で頼みをきいたものである。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 皇帝への反乱。帝都への侵攻の騒ぎの数ヵ月後。レイジの頼みはしかと受け止められ、あの日の叙勲式での叙勲者は噂によると謎のままだ。レイジはその日から変わらず鍛錬を続けていた。

 もう大切なひとを失うわけにはいかない。

 その一心でレイジは自分を鍛え続けた。しかし彼はまだ子供で体の出来上がっていない子供が無理を出来るはずもないことは、レイジ自身理解している。いくら魔法によって若干の筋力疲労が回復するとしても無理はできない。焦る気持ちを抑えながらも限界ギリギリまで鍛える。レイジにとって初めての喪失は心を深く抉るものとなったのだ。

 レイジはスクエアクラスになった『ウインドジャベリン』を『ブリューナク』と命名した。もともとのレイジの精神力が規格外かつ桁違いで、精神力の扱いが上手いにもかかわらず、この魔法はそんなことはお構いなしに喰らい尽くしていく。『ブリューナク』は生成時に魔力を大幅に消費し、さらには投擲する際にも大きく魔力を消費するかなり、燃費の悪い魔法となっている。しかし威力は絶大であることには変わりはない。それに投擲せずに槍として振るうことも可能なのだ。投擲により威力が上がるが、通常の槍として扱った際でも相当な威力の魔法となる。

 現在のレイジは三本までなら生成、投擲を行える。射程は投擲された雷鑓の精神力が熱、光、音などのエネルギーロスによって尽きるまでである。威力もそれに伴って落ちてくる。レイジが投擲したら最後、超音速で一直線に突き進む。超音速の影響により周りにはソニックブームが形成され、見た目よりもかなり大きな点として攻撃する。

 この魔法を皇帝は利用しようとした。そこでスクエアメイジに教えるようレイジに命令したのだ。レイジは渋々この魔法のスペルを教えたはいいが、結局『ブリューナク』という雷鑓にできるものはいなかった。みな最初の生成段階で精神力を使い果たしてしまい、雷鑓の姿を顕現させることすらできなかったからだ。あと一歩のところまでなら数名のメイジが到達した。

 結局、スクエアメイジであっても失敗する魔法であると皇帝は諦め、完全にレイジの固有魔法となっている。

 レイジの叙勲式の頼みを聞いたのは『ブリューナク』のスペルを聞き出すためだったわけだ。それも結局は徒労として終わったのだが。

 下位互換の『ウインドジャベリン』の存在は聞かれていないのでレイジは伏せておいた。こんな戦術戦略魔法が世に蔓延ったならばどうなるか、考えただけでゾッとしたのだ。

 といってもレイジ並みの空気の圧縮と速度を出すとなると『ウインドジャベリン』であっても、スクエアメイジの精神力を使い果たすことになる。

 

 レイジはここ数ヵ月猛特訓といっていいほどに修行の密度を上げた。そんな彼を一番心配していたのはフィーネだろう。日が落ち、あたりが暗くなるまでレイジは自分を鍛えることに没頭した。フィーネはレイジと違いまだ精神が子供だ。遊びたい盛りなのだ。フィーネだってフィルグルックが亡くなってからは、かなりの落ち込み具合だった。姉と慕った彼女の死を受け入れるのには時間がかかった。しかしレイジと違い時間が心の傷を癒した。逆により一層レイジにべったりくっついている。時たま、ふらりと現れるキュルケに相手をしてもらってもいる。キュルケがレイジに対してリッターになったと言わないことを鑑みるに、ツェルプストー辺境伯は皇帝の命令に従っていることがわかる。

 レイジはフィーネと自分の家族を守るために強くなるとフィルグルックの墓前に一人誓った。だが焦る気持ちが先に行き過ぎている。体が出来上がっていないのだから結局は劇的な成長はほぼ起こらない。

 レイジはある考えを最近持つようになった。それがわかったのかフィーネはレイジに質問をした。

 

「レイちゃんどうしたの?」

 

 フィーネにとっては無二の兄妹だ。

 

「どうもしてないけど。どうして?」

 

 レイジはいつものように優しく答える。

 

「レイちゃん何処かへ行こうとしている」

 

 悲しそうな目で訴えかける。

 

「オレはお前を残して何処へもいかないさ。どこかへ行ったって必ず帰ってくる」

 

 レイジはフィーネにそんな顔をして欲しくはない。だが、何処へ行かないという保証もない。

 

「ほんとう?」

 

 だが何処かへ行ったとしても必ずフィーネのもとに帰る。レイジは気持ちに踏ん切りをつけた。

 

「ああ、オレはお前に嘘は言わない」

 

嘘は言わない。だが多くは語らない。大人はズルい。

 

 

 

「父上」

 

 レイジが父のことを父上と呼称するときは、基本的に他人の目がある場か、かしこまったときに用いる。

 

「なんだ。えらくかしこまって」

 

 レイジの父の執務室でレイジは話を切り出した。

 

「私は国々を見て回りたいと考えています。魔法学院入学までには戻ってきますので、旅をさせてください」

 

 11になろうかという子供が一人で旅などできるはずもない。普通ならばそう言われ却下される。

 

「ティナ、フィーネのことはどうするんだ。あいつはお前にべったりだ。一時の別れとはいえあいつは悲しむぞ」

 

 父グスタフはノーともイエスとも言わずにフィーネについて言及した。

 

「それは承知の上です。しかし私は世界を知り、強くなりたいのです」

 

 レイジは知っている。未曾有の戦いが起きることを。そこで生き残るには強くならねばならない。リッターとなったレイジに関わるなということは無理なのだ。

 

「そうか……お前が初めて私に願ったことだ。可愛い子には旅をさせろという言葉もある。いいだろう、だが条件がある」

 

 グスタフはゆったりとレイジに許可を出した。

 

「なんでしょう」

 

「月に一度でいいから手紙を出せ。フィーネ宛にだ」

 

 レイジは全く予想外な条件で一瞬ほうけてしまった。

 

「……分かりました。月に一度、必ずフィー宛に手紙を出します」

 

「ところでレイジ。あてはあるのか?」

 

 レイジは一応初めにラ・ヴァリエール公爵のもとへ手紙を出す予定だ。ゲルマニアはいつでも見ることができる。トリステインは波乱の舞台だ。しっかりと見ておく必要がある。

 

「ラ・ヴァリエールに少々お世話になろうかと……」

 

 ラ・ヴァリエール公爵家とはアルデルの森にて共闘して魔物を駆逐した仲だ。そしてその共闘の申し込みに行ったのはレイジだった。

 

「なるほど……まずはトリステインからか。ならば私が一筆書いてやろう。なにかわいい息子のためだ」

 

 グスタフはそういうや羽ペンをインクにつけて、紙に文字を書き始めたのだった。

 

 

 それから二週間ほどあとに返答の手紙が帰ってきた。内容を約すと了承とのことだ。

 出発することになった朝。レイジはフィーの部屋に来ていた。今回の旅について納得してもらうためにフィーを説得するためだ。

 

「フィー。わかってくれ。必ず帰ってくる。だから」

 

「どうして、どうしてレイちゃんはそうやって、いつも一人で行こうとするの?」

 

 フィーの言葉はレイジの胸を心理的にえぐる。ぐうの音も出ない。振り返ってみれば確かにレイジは一人で何でもこなして来た。こなせていた。そしてこれからも大抵のことは一人で全て片をつけるに違いない。

 

「フィー……」

 

 フィーの表情は布団にくるまっているので定かではない。

 

「約束して、必ず帰ってくるって」

 

「わかった。約束しよう。オレ、レイジ・フォン・ザクセスは必ずティナ・フィーネ

・ザクセスのもとに帰ってくる。必ずだ」

 

 フィーは目から上だけ布団から出してレイジの言葉を聞いた。

 

「もういいよ。キュルケが言ってたの。好きな男の子の頼みを聞いてやるのが女の勤めだって」

 

 レイジはフィーの言葉を聞いて心の中でキュルケに苦言を呈した。だが今回はキュルケの恋愛観に感謝である。

 

「そうか、ありがとうフィー」

 

 久しぶりにレイジは心からの笑顔をフィーに向けた。それをみてフィーはまたも布団の中へと潜り込んでしまった。

 レイジは再度可愛いフィーネのために、必ず戻ってくるという意思を固めた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 フォン・ザクセス邸とは雲泥の差がある巨大な屋敷。ラ・ヴァリエール邸。レイジは二度目となるこの邸宅を見て再度デカいと感じていた。そして正門の前でレイジは父から借り受けた馬から飛び降りた。持ってきたものはレイジが旅に必要だと思ったものが数点だ。当分はラ・ヴァリエール邸で過ごすことになるので必要はない。

 

「お久しぶりです。ラ・ヴァリエール公爵夫人。この度は私を受け入れて下さりありがとうございます」

 

 またも出迎えは夫人であった。前と変わらぬ厳しい眼差しだ。

 

「お久しぶりですレイジくん。噂はかねがね聞いていますよ。いろいろと」

 

 挨拶を早々に屋敷の中へと通され、一室へと執事に案内される。

 

「ここがレイジ様のこれからのお部屋になります。わからないことがあれば使用人に

気軽に聞いてくださいませ。後ほど使いを出します故、部屋でお待ちを。ではごゆるり

と」

 

 レイジに用意された部屋は、自分がフォン・ザクセス邸で使っている部屋の1.5倍ほどもある大きな部屋だった。流石はトリステインの名門であるラ・ヴァリエール公爵家である。レイジは馬にくくってあった荷物を床に並べておいた。そして部屋の中をくまなく探索すること十数分。使用人がレイジの迎えに来た。

 使用人に連れられた場所は待合室だ。

 そこには長女を除く家族4人が勢ぞろいしていた。長女のエレオノールは既にアカデミーに入っているのでここには現在いない。次女のカトレアは魔法学院に行っているはずの年であるが、持病によって自宅で療養中だ。三女のルイズはレイジと同い年だ。

 

「よくぞ来た。レイジくん」

 

 初めに声を発したのは公爵だった。前にも増して威厳をにあふれた顔だ。今回はモノクルをかけている。

 

「この度は私の居候を了承してくださりありがとうございます」

 

 レイジも公爵に再度お礼の言葉を述べる。

 

「おお、そんなに気張る必要はない。もう儂たちは家族同然なのだから」

 

「そうです。こどもなのですから気を使う必要はありません」

 

 続いて夫人も声を出す。

 やはり大貴族ともなると腐りきっているか、度量が広いかのどちらかなのかとレイジは思った。

 

「感謝します」

 

「して此度の目的は?」

 

 公爵としては文面だけでなくレイジ自身の口から聞きたかったのだろう。

 

「私は世界を知らなすぎます。だから見聞を広めたいと思いました。そして己の大切なものも守れぬ弱きものです。その弱さを砕き強きものとなりたいのです」

 

「あいわかった。レイジくん。君は変わった」

 

 公爵は大きくうなずいた。公爵はゲルマニアの反乱の顛末は耳に挟んでいる。

 

「レイジくん。自分の家と思ってくれたまえ。私は仕事に戻るとする。だが、私の小さなルイズには手を出すなよ」

 

 公爵は高笑いしながらマントを翻して部屋から出ていった。それに続き夫人も部屋から退出した。ルイズは公爵の発言に顔を真っ赤にして俯いてしまった。最後のあまりにもブッ飛んだ発言にレイジも思わず、カトレアには手を出していいのだろうか、と考えてしまった。

 

 残ったのはレイジ、ルイズ、カトレアの三人だ。

 

「お久しぶりね。レイジくん」

 

 夫人が部屋を出て直ぐに口を開いたのはカトレアだ。笑顔で再開の挨拶をする。前にもまして女性らしいプロポーションであり、とても柔和な雰囲気だ。

 

「ええ、お久しぶりですカトレアさん。それとルイズも」

 

 レイジも笑顔で答える。

 

「ひ、ひさしぶりね! 全く父様ったら何を言っているのかしら!!」

 

 まだルイズは紅潮しているようだ。四年程前に会ったときとあまり変わらないようだ。

 

「そりゃかわいい娘に手を出されれば怒るだろう」

 

 レイジの父グスタフもフィーネにそんなものができれば迷わず決闘で叩き潰すだろう。もちろんレイジも加わってだ。

 

「レイジくんは私を可愛くないと言いたいの?」

 

 レイジの言葉にカトレアが耳ざとく反応した。心外だという蠱惑的な演技も堂に入っていた。

 

「いえいえ、カトレアさんは可愛いではなく美しいんですよ」

 

 レイジはカトレアのいたずらに臆面もなく切り返した。レイジは大体こういうことは素ではなく計算してやっている。この切り返しにはカトレアも少々の恥じらいを見せた。まさかルイズと同い年の子がこのような返答をするとは思わなかったのだ。

 

「ちょっとレイジ!! あなた私のちいねえさまにちょっかいかけちゃダメよ!!」

 

 ルイズはこのことにご立腹のようだ。レイジはルイズを少々小馬鹿にするような、しかし誰が見てもワザとやっているとわかるテイで切り返した。

 

「落ち着けって、そんなんじゃあいつまでたっても子供のままだぞ」

 

 ルイズはレイジに小馬鹿にされ今度は違う意味で顔を真っ赤にした。

 

 

 

 

「カリーヌさん」

 

 レイジを歓迎する晩餐の後。レイジはラ・ヴァリエール公爵夫人に声をかけた。名前呼びであるのはそうして欲しいと頼まれたからだ。

 そう、レイジがラ・ヴァリエール家に居候する最もな理由を完遂するに向けてのファーストトライだ。

 

「なにかようですか?」

 

 カリーヌ・デジレ・ド・マイヤールはレイジの目を見つめ言い返した。その目力は相当なものだ。

 

「オレを、自分を鍛えて欲しいんです」

 

 レイジはストレートに言葉を発した。

 

「何故です? いえ、なぜ私なのですか?」

 

 普通ならば前に負けた公爵に頼むものだろう。しかしレイジはカリーヌに頼んだ。

 

「公爵は仕事で忙しすぎます。カリーヌさんにも仕事がありますが、公爵ほどではありません。何より風のスクエアメイジだ」

 

 ここにきてカリーヌの眉が動いた。そしてレイジの目を先とはまた違った目で見返す。しかしレイジに一片の怯みも懐疑の念もない。カリーヌはレイジが自分のことをスクエアメイジであると、確信を持っていることがわかった。

 

「どこでそれを?」

 

 カリーヌは自身がスクエアメイジであることを認めていると取れる返答をレイジに返す。レイジは心の中で安堵のため息をつきつつも最後のダメ押しをする。

 

「風の噂ですよカリーヌさん。いえ、「烈風」のカリン殿」

 




原作前五章終。続いて原作前六章です。六章はレイジが魔法学院に入るまでの閑話とラ・ヴァリエール家での話を少し書いていきます。七章にて魔法学院一年生編です。


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原作開始前 第六章
第三十五話 ラ・ヴァリエール家でのひと時 その1


「そうだ、トリスタニアへ行こう」

 

 レイジ・フォン・ザクセスがトリステインのラ・ヴァリエール公爵家に居候して、早半年が経っていた。

 

「何よレイジ。唐突に」

 

 ルイズはレイジの唐突な発言に自身の構えていた杖を下ろした。ルイズは今レイジに魔法を教わっているところだ。

 レイジは半年の間少々の休みと残りは全て修行に当てた。

 言うまでもない。カリーヌ――カリンを師と仰いである。

 レイジが「烈風」カリンと正体を看破していたのは、当たり前であるが転生者という異常性故だ。

 「烈風」カリン。先代のマンティコア隊隊長を務め、国内外にその勇名を轟かせた風のスクエアメイジだ。しかし隊長を辞した後の消息は今まで知っているものは極一部に限られる。マンティコア隊隊長時代は鉄の掟という合言葉に、隊員達を震え上がらせていたそうだ。数々の伝説はどれも眉唾物のようであることで有名で、トリステイン貴族ならば誰でも知っているだろう人物である。

 レイジがカリーヌに教えを請うた次の日。レイジと鉄仮面をつけ、カリンとなったカリーヌは激闘を繰り広げた。といってもカリンはかなりの余裕を持っていた。

 魔力量はレイジの方が上である。しかし、圧倒的な経験から繰り出される正確で強力無比な魔法にレイジは翻弄された。

 レイジは対人戦、とりわけ対メイジ戦の経験がかなり少ないのである。魔物との戦闘ならば小さな頃からやってはきたし、動きも魔物ゆえ単調だ。

 ただ歴戦の「烈風」相手には分が悪かった。それでもレイジは精神力と、豊富なオリジナル魔法を駆使し食らいついた。結局レイジはカリンに一矢は報いたものの、惨敗したのだった。

 しかし、伸びしろのあるレイジを見てカリンはレイジに修行をつけてくれることを約束した。

 条件はルイズに魔法を教えることと、カトレアの病気を治す方法の模索だ。

 レイジとしては、前者は無理だとわかりきっているのだが、コモンマジックもできないのは流石に不便だと思った。そこで虚無の存在を一切隠し、爆発という現象がおかしいことを説いた。そもそも魔法はスペルを唱え失敗したならば、なんの現象も起こりはしない。  

 ましてや爆発などという現象も起こらない。

 レイジは修行の空き時間を用いて、ルイズにそのことを何回か聞かせてた。結果、完璧とはいかないまでもコモンマジックならば成功するようになった。それも最近のことになるが。

 後者は奇病とされるカトレアの病を治す方法を探すのだが、これはレイジが水のスクエアでもあるということで課せられたものだ。この半年公爵家の書庫にてそれらしき本は読んだが、これといった成果は挙げられていない。ただカトレアの健康診断をほぼ毎日行っている。それでもさっぱりであった。

 一方のレイジ自身のことでは、この半年で対人戦の極意をカリンから学んでいた。戦いの基礎は出来ているので、あとは戦いの知識を得、相手の動きを読むことだ。魔法に関しては豊富な技の量を活かしての搦手を基本として教わっている。半年してもレイジはカリンに一度として勝ってはいない。しかし着実に差は縮まっているだろう。いかんせん体がまだ出来上がってないことが大きな障害となっている。それでもそこらの軟弱な貴族を一掃出来るだけの力はある。

 レイジはカリンに一度だけ『ブリューナク』を見せたことがあり、スペルも教えた。予想と違ってか予想通りか、カリンは『ブリューナク』の顕現から投擲までを行えた。しかし二本目を投擲すると精神力が切れてしまった。とカリンは答えた。しかしまだ余裕があったようにレイジには見えた。

 カリンはレイジに『ブリューナク』の使用を禁止した。と言っても例外的に使うことも許可はしていた。己の正義を全うする時のみ使用しても良いとのことだ。

レイジとしてもこんなオーバードマジックを使う場面は、そうそう現れないだろうと考えていたので、カリンの言葉には首を縦に振った。

 レイジはルイズとその横で不思議そうな顔をしたカトレアに返事を返した。

 

「いやさ、修行ばっかでオレはいいんだけど、たまには世界を見て回らなきゃいけないと思ってな」

 

 レイジはこの半年ずっと公爵領内にいた。たまに報告される魔物退治を任させる以外は屋敷の敷地内に出ることもあまりない。

 

「それでトリスタニアで何をするのかしら」

 

 カトレアはゆったりとレイジに具合的な目的を聞いた。

 

「特にないですね。まぁとにかく街を回ってみたいんですよね」

 

 レイジとしては具体的な目的を持っていない。ただ街の人々に触れるだけでもいい経験になると思ったのだ。ゲルマニアとは違った風土があるのだから。強いて挙げるならば魔法衛士隊の訓練風景を見ることくらいだろう。

 

「けど、修行とやらはいいのレイジ」

 

 ルイズはこの半年レイジが修行大好きな人間であることを把握した。そして母の許可はとったのかという意味でもある。

 

「大丈夫だ、問題ない。明日から数日カリーヌさんは仕事で、オレには構ってられないそうなんでな」

 

「それなら安心ね。私も最近トリスタニアに開店したスイートロール店に、行ってみたかったの」

 

 ルイズはそう言って一人スイートロールを頬張る妄想に浸って顔をだらしなくさせた。

 

「カトレアさんは体調の方が良ければ一緒にどうです?」

 

 レイジはカリンに弟子入りする際に、自身のランクをカリンに明かしている。現在レイジの水はスクエアクラスだ。レイジはカトレアの体調管理のために、ここ半年レイジ自身も治療にあたっているので、簡易的な主治医みたいなものになっている。

 

「そうね。最近は体調の方も良好だし、レイジくんもいるから私も一緒させてもらいましょうかしら」

 

 カトレアは人差し指を唇に当てて考えつつも、レイジの誘いにのった。

 

「任せてください。何があってもオレが守りますよ」

 

 レイジは胸を張って発言した。12歳も半ばまで来てレイジの身長は160サントを超える程にまで伸びている。よってカトレアとの身長差はほぼ皆無だ。

 

「そうと決まればお父様とお母様に頼んでくるわね!!」

 

 ルイズは既に明日のことで頭がいっぱいなのか両親の許可をもらいにトコトコ駆けていった。

 

「はりきってるなぁ」

 

 レイジはルイズの桃色の髪が揺れるのを見送りつつ呟いた。レイジは自分が発案したにもかかわらず、そこまでテンションが上がっていない。

 

「あら、私も楽しみなのよ。なにせ初めての領地外だもの」

 

 カトレアはレイジの横顔を見て悪戯っぽく言った。

レイジの時が一瞬止まる。

 そういえば領地の外に出たことなかったのか。

 

「……そうですね。いい経験になると思いますよ」

 

 レイジは少しの間、落雷が落ちてこないかの危惧を感じていた。

 

 

 

 

「では、お父様お母様行ってまいります」

 

「行ってきます」

 

「行ってまいります」

 

 順にカトレア、ルイズ、レイジと出かけの挨拶をする。昨日のレイジの心配は杞憂だったようだ。

 

「レイジくん周りの警戒を怠ってはいけません。何があるかわからないのですからね」

 

 今日の公爵夫人はカリンではない。カリンならばもっとどキツイことを言ってくるだろうとレイジは思いつつ返事を返した。

 

「気を付けていきなさい。レイジくん娘たちを頼んだぞ」

 

 公爵がレイジをかなり信用していることが伺える。妻であるカリーヌにシゴかれているのだ。そして最初から一矢を報いるほどの実力。戦闘能力は相当な信頼を置いている。それにルイズとカトレアとも仲が良いことも一因を担っている。メイジの使用人も付けておくことはするが基本的に戦闘力はかっている。

 

「了解しました。何があっても必ず守ってみせます。では」

 

 そういってレイジはルイズたちの乗る馬車の中へ入り戸を閉める。馬車の御者台には公爵家の使用人が乗っており、レイジが中に入るとともに馬車を発進させた。

 

 

 

 道中特にこれといった出来事も起こらずに王都トリスタニアに到着した。

 現在このトリスタニアにある王城で執政を行っているのはマザリーニ枢機卿だ。王妃であるマリアンヌがトップであるが執政の大半は枢機卿が行っているらしい。マリアンヌは家臣らからは女王陛下と呼ばれてはいるものの、実際のところは女王に即位はしていない。

 その王妃の娘がアンリエッタ姫であり13歳くらいだろう。ルイズとは幼馴染である。

噂によるところのアルブレヒト3世が狙っているという子である。レイジは未だ見たことはない。

 

「最初はルイズの行きたいと言っていた店に行きましょうか」

 

 レイジはカトレアに確認を取った。

 

「そうね、そうしましょうか」

 

「ありがとう、ちいねえさま!」

 

 ルイズはレイジの対面で横に座るカトレアの腕に抱きついた。

王都と言っても道は大きくない。むしろ馬車が通ろうものなら、すれ違うことでせいいっぱいではないかというほどの狭さだ。

 公爵家の家紋が入っている馬車だ。道行くものがモーゼの十戒のごとく割れる。そのこともあり直ぐにルイズお目当ての店までつくことができた。御者に馬車を止めさせ、レイジたちは馬車から降りる。

 レイジは小さな声とともに体のストレッチをする。そして件の店の看板を見ると「フルース・ゴエ」とあった。

 どうやらゲルマニアで成功を収めチェーン店化させたようだ。

 店を見るとみな貴族であることがマントをつけているのでわかる。もちろんレイジたちも着用している。カトレアとルイズは麦わら帽をかぶっている。どこぞの職人が作ったものだとレイジは聞かされたが覚えていない。

 

「ついにこの日が……たのしみ!!」

 

 ルイズは列に真面目に並ぶと興奮を言葉にした。どうやらトリステインでもスイートロールは貴族の子女に人気のようだ。ルイズの好物はクックベリーパイだが、今は新商品に目を奪われている。

 

「あらあらルイズったら」

 

 カトレアはそんなルイズを微笑ましげに笑って見ている。

 

「落ち着けルイズ、スイートロールは逃げないって」

 

 完売はするかもしれんがな。などという意地悪い言葉をレイジは飲み込んだ。

 

「まだかしら……」

 

 ルイズはどうにか興奮を抑えつつ列にて待つこと幾ばくか。ついにルイズの買える番になった。ルイズは迷わずにスイートロールを二つ注文した。

 スイートロールの形状はドーナツをホールケーキ並みに大きくしたものだ。そのドーナツに高級な調味料である溶かし砂糖をかけただけ、というとてもシンプルなよそおいだ。しかしそこらのドーナツとは違いしっとりとしており、とても砂糖が絡みつき甘さが生かされている。

 独自の製法であることには違いない。レイジはルイズがスイートロールにぱくついている姿を視線の端に置きつつ、自身も切り分けられたスイートロールを頬張る。感想としては前に食べた時よりも美味しくなっているといるなぁ。という普通の感想だった。

 ルイズにも好評なようでご飯もあるのにもかかわらず、半ホールも食べてしまった。カトレアはレイジと同じ量を美味しいと言って食べていた。街での食事なども人生初体験だろう。

 スイートロールを食べ終わり、レイジたちは魔法衛士隊の演習場へと足を運んでいた。

そこではヒポグリフ、マンティコア、グリフォンの姿は見れないのだが、みな一様に軍杖を持っており、なにやら口をモゴモゴとして魔法を打ち合っている風景が繰り広げられていた。相手に魔法を悟らせないための練習だろう。レイジはこの技術を既にカリンに教わっていた。

 ふと横目でルイズを見ると、なにやら忙しなく顔を動かしている。誰かを探しているようだ。

 

「ルイズは多分ワルド子爵をさがしているのね」

 

 レイジの視線に気づいたカトレアが小声でレイジに話しかけた。

 

「ワルド?」

 

 レイジは聞き覚えのある名前に疑問符を浮かべ聞き返した。

 

「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。ルイズの許嫁よ。と言ってもお父様の冗談半分らしいけれど」

 

 カトレアはそうやってキョロキョロするルイズを優しい目で見つめた。

レイジはこのことを聞いてようやく古い記憶をサルベージに成功した。といっても敵対関係になるということしか思い出せなかった。いつどこでどうしてというものは諸々忘れ去ってしまった。

 

「なるほどね」

 

 レイジはカトレアの話を聞き納得した。すると一人の少々口ひげを伸ばした男性が、レイジ立ちの方へと小走りに向かってきた。どうやら件のワルド子爵だろうとレイジはあたりをつけた。

 ワルド子爵の体は引き締まり、身長は180サントを超える程度ということがわかる。現在のレイジより頭一つ分背が高いことになる。

 

「ルイズ!! ああ僕のルイズ!! どうしたんだい魔法衛士隊の訓練を見に来るなんて珍しいじゃないか」

 

 予想通りワルド子爵であり、ルイズを見つけ訓練を少しの間抜けてきたらしい。ワルドは優しい笑みを浮かべルイズへ声をかけた。

 

「し、子爵様。きょ、今日は友人が訓練風景を見たいといったので……」

 

 ルイズはそんなワルドに顔を赤らめて、どもりつつもなんとか答えを返した。ルイズは答えながら、ちらりとカトレアの横に並ぶレイジの方を見やった。

 

「カトレアさん。あれはルイズなんですか?」

 

 レイジとしてはルイズの乙女モードに薄ら寒いものを感じた。常とは違った印象はレイジにそう感想を持たせた。

 

「おお、そういうことか。カトレア嬢。お屋敷にいなくても大丈夫なのですか? それと……ほう、いい目をしている」

 

 転でルイズから後方へとワルドは目を移す。そこでカトレアの姿を見たワルドは驚きとともに心配の旨を述べた。最後にワルドはレイジの目を見たあとに目を細めて言った。

 

「はい、最近は体の調子はとてもいいですから」

 

 カトレアが大丈夫な旨を伝える。

 

「それはどうも」

 

 レイジとしてはそこまで自分にとって重要な人物でないので、適当に返答をしておく。

 

「どうだ、見ているだけだはつまらないだろう。グリフォン隊副隊長として将来入るかも

しれない衛士隊を紹介しようじゃないか」

 

 ワルドはレイジのぞんざいな反応を、気にもとめずにレイジに提案した。レイジが断るより早く、となりのカトレアがレイジに言葉をかけた。

 

「レイジくん。いい機会だから見てみましょう」

 

「……カトレアさんがそういうのなら。ミスタ・ワルドお願いできますか?」

 

 結局レイジはカトレアの提案に首を縦に振った。レイジとしてはゲルマニアの伯爵家の息子なのだから、この先何があろうともトリステインの魔法衛士隊なぞには入る予定はない。

 

「いいとも。さぁ付いてきたまえ」

 

 ワルドはつば広の帽子をかぶり直しルイズの手を引いて歩き出した。ルイズはとてもしおらしくしており、満更でもないようであった。

 珍しいものが見れたな、とレイジはひとりゴチた。 

 カトレアとしてはこうなることは予想通りなので妹の微笑ましい劇を見守るのみだ。

レイジは魔法衛士隊の訓練風景を特に感動もせずに見ていた。それもそのはず、どれもこれもこの半年で烈風様に教えてもらったことばかりなのだから、特に吸収すべきだと感じるものもなかったのだ。ワルドは説明を一応挟んでいるがレイジにはほぼ全スルー。

 一方のルイズは、愛しのワルドの話を集中して聞き入っている。カトレアは初めての体験ばかりなので目を輝かせていた。

 

「レイジくんといったか、なにやら魔法衛士隊に興味があると思いきや、そうでもないのかね?」

 

 ワルドはレイジの冷めた目線に気づき問うた。

 

「いえ、興味はあったのですが、今見ていたものは全て既知のものでしたので」

 

 レイジは正直に答えた。

 

「ほう。知識は豊富なようだ。ならば訓練に参加してみるかね?」

 

 ワルドの目が細められ、気になっていた腰の一対の短剣を見つつレイジに提案をする。

 

「子爵様!! 今の訓練は模擬戦ではありませんか!! レイジはまだ私と同い年ですよ。危険ではないですか?」

 

 ルイズはワルドの提案に驚いて抗議した。カトレアはワルドの発言に驚いたものの、面白そうなのでレイジに参加して欲しいという顔だ。

 

「大丈夫さ、安心してくれルイズ」

 

 そもそもカトレアは知っているがルイズはあまり知らないことなのだが、レイジは現在行われている衛士隊の訓練よりもハードな模擬戦をカリンと行っている。今更こんなものに臆する道理はない。

 カリンとの訓練をおこなっていなかったとしても、レイジはこの程度の模擬戦で臆しはしないが。

 

「因みに何をするんですか?」

 

 レイジはワルドの提案に素直な疑問を返した。

 

「今はちょうど模擬戦のようだから、模擬戦かな。そうだな相手は僕がしようじゃあないか」

 

 ルイズは声を上げる。これまたルイズ以外知っていることなのだが、レイジがスクエアであるという事実を、ルイズは知らない。

 

「子爵様!! 手加減をして下さいませ!!」

 

 もちろんワルドとて手加減をするつもりで申し出たことだ。ワルドとしては将来有望そうな少年に興味を持ってもらいたくて、という表向きの理由での提案だ。

 

「もちろんだとも、さあこっちへ」

 

 ワルドはマントを翻して、レイジを招き一人で演習場へと入っていった。

 

「オレはやるともやらんとも言ってないんだが」

 

 レイジは一人ぼやくも、既にレイジ以外はレイジが参加する気満々だ。

 レイジは半ば強制的にワルドのあとを付いていくことになった。ヴァリエール姉妹も近くで観戦できる位置に移動した。

 渋々ながらも、実はレイジとて自分の実力の把握をしておきたかったので、いい機会だとも思っていた。

 ワルドは隊長らしき人物に話をしている。すると隊長はグリフォン隊に小休憩を命じた。

 これにより大きなスペースの確保に成功したわけだ。隊員は小休憩を言い渡されるも広場の端で、ワルドとレイジの模擬戦を観る気まんまんだ。毎日の訓練の息抜き程度の娯楽というわけだ。

 

「ルールは、そうだな。杖を落とすか、降参の宣言でどうかな?」

 

 ワルドはレイジに試合のルールを説明した。このルールはレイジが訓練で行っているものと差異はない。レイジはワルドに首肯をした。

 

「では、はじめよう。どこからでもかかってきたまえ」

 

 ワルドはどうやらレイジに先手を譲る腹積もりらしい。子供相手であるから当たり前である。レイジは短剣を一本引き抜き、まずはジャブとして『エア・・ハンマー』を唱えた。口を極力動かさない魔法衛士隊の詠唱と同じやり方である。これにワルド感嘆しつつも『エアシールド』で防ぐ。

 

「知識だけでない……というわけかな?」

 

 ワルドはレイジに言葉をかけるが、レイジは無愛想な表情を崩さない。

 

「ふむ、こちらからもいかせてもらうよ」

 

 ワルドはレイジに対して同じように『エア・ハンマー』を唱えた。手加減されているとはいえ、スクエアクラスの強力な魔法で、風故に目視は難しい。しかしレイジも同じように『エア・・ハンマー』でワルドの魔法を相殺する。衛士隊の面々も「やるな」などと感心している。難しいといっても風のメイジにならば感じ取れる。レイジは相殺する魔法を唱えた瞬間、前へ一足飛びに踏み込んだ。これによりワルドとの距離はクロスレンジまで詰め短剣の峰で斬りかかった。

 数合を交える間にワルドは新たな魔法を完成させレイジに放ってきた。しかしレイジは近距離ということもあり、スペルを聞き取っていたので、何が来るかは予測済みである。

 余裕を持って『ウインド・ブレイク』を避ける。

 レイジは数合の斬り合いと魔法の攻防で、ワルドはやはり手練のメイジだと感じた。

一方のワルドは自身の初撃が相殺されたことにも驚いたが、斬り合いでも普通のメイジなど敵ではない腕だと感心した。そして斬り合いでの最後に放った『ウインド・ブレイク』を悠々と避ける姿は確実に戦い慣れしているだろうと感じ取っていた。

 ワルドはレイジのことを無愛想な子供から、冷静な子供と心の中で改めた。

 

 結局模擬戦の勝者となったのはワルドだった。トリスタニアにあるヴァリエール公爵の別邸に向かう際の馬車の中で、不思議に思ったカトレアはレイジに質問をした。

 

「レイジくん、どうしてわざと負けたのかしら」

 

「どういうこと、ちいねえさま」

 

 ルイズはなぜ自分の姉がそのようなことを言うのか理解できなかった。子供でありながらもワルド子爵に善戦した。というのがルイズの見解だ。しかしレイジは先の模擬戦でラインスペルまでしか使用していない。それをカトレアは不思議に思ったのだ。

 

「そりゃ能ある鷹は爪を隠すもんですからね」

 

 レイジはそれっぽいことわざでお茶を濁した。それに自分の今の実力がどの程度なのかの把握が目的だったのだから。

 

「トライアングルのスペルまで位使っても良かったんじゃないのかしら」

 

 カトレアはまだ腑に落ちないといった風に小首をかしげる。カトレアの発言にルイズはなるほどと思った。ルイズ自身、許嫁のワルドに夢中だったのでそこまで気にしてはいなかったが、確かにレイジはトライアングルまで使えるはずにもかかわらず、使っていなかったと思い出した。

 

「まあまあ、それはまた今度にしましょう。どうやら別邸に着きましたよ」

 

 レイジは話をそうそうに切り上げ姉妹の荷物を持って馬車を降りた。公爵家の使用人が別邸で荷物をレイジから受け取る。

 既に夕刻の時だ。そろそろ夕食の時間だ。既に別邸に来ている使用人たちによって食事の用意はなされている。明日には王都を出発する予定になっている。

 レイジは、今日は早めに寝るか、と思った。

 




いろんな感想お待ちしてます。


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第三十六話 ラ・ヴァリエール家でのひと時 その2

 オレ――レイジ・リッター・フォン・ザクセスがヴァリエール公爵家に居候を初めて、あっという間に一年が過ぎ去っていくことを感じていた。正確にはあと二月ほどで一年経つことになる。

 光陰矢の如し。

 いつもと変わらずに朝っぱらから公爵邸の付近を、ランニングしていから帰ってきたところで、カリーヌさんに今日の訓練は休みだと聞かされる。何かあったのかと聞くと、どうやらルイズの幼馴染である姫殿下がお忍びで遊びに来られるそうだ。名前はアンリエッタといったはずだ。まだオレ自身あったことがないので、一度拝謁したいもんだと思った。

 

「ルイズ、今日は魔法の練習はしなくていいだろ?」

 

「そうね。アンが来るものね」

 

 ルイズはアンリエッタのことを愛称で呼ぶらしい。様は付けないでいいのか疑問だ。 

ルイズも前にアンリエッタに会った際とは違いコモンマジックならば使えるように

なっているので見せたいのだろう。杖を握りしめている。

 予定では昼過ぎに来て二泊していくらしい。現在は朝食を食べた少しあとだ。ルイズはかなり気が早いことがわかる。

 王妃は政務が忙しいのか一緒には来ないとのことだ。

 

「オレは現れないほうがいいか?」

 

「一応レイジのことも紹介してあげるわ」

 

 ふん、感謝しなさい。と言いたげな顔でオレの質問に答える。

 

「そうかい。ありがとうございま~す」

 

 やる気のなさそうなオレの返答に、ルイズは眉の角度を変えた。

 

 

 

 昼下がり、ランチを食べて午後の陽気な太陽の日差しをヴァリエール邸の木陰でやり過ごし、カトレアさんの飼っている動物たちとウトウトしていると、正門から声が聞こえたので、オレは眠気を払い立ち上がった。

 

「ルイズ・フランソワーズ!! お久しぶりですわ!!」

 

「アン!! お久しぶりね!!」

 

 少女たちは名前を呼び合って熱い抱擁を交わしていた。

 オレはそんな光景を見つつも欠伸を噛み殺した。若い子は元気があっていいなと感心していると、ルイズとアンリエッタがこちらにやってきた。アンリエッタは既に未来に男を虜にするだろうと予期させるほどに美少女だ。ルイズと並んでも遜色がない。

 

「紹介するわ。はいレイジ自己紹介」

 

 紹介すると言っておきながら、自己紹介させるとはどういう言い回しだ。

 

「レイジ・フォン・ザクセスです。以後お見知りおかなくていいです」

 

 オレはそう言って浅く会釈した。

 

「まあまあルイズったら、まさかあなたの婚約者!?」

 

「ちちち違うわよ!! レイジは勝手に居候しているタダ飯食らいよ!!」

 

 ルイズはアンリエッタに言われたことにカミカミになりながらオレを罵倒することをわすれない。タダ飯ぐらいというがオレが魔物退治で得た金は、全て公爵家に還元しているのでタダ飯食らいでは決してない。

 

「そうなのですか?」

 

 アンリエッタはオレに質問をする。

 

「ええ、オレが勝手に上がり込んでいるだけですよ。一応言っておきますが、別に親とかには勘当なんてされてませんよ」

 

 オレは事実を述べる。

 

「そうなんですか。またルイズを攻める武器が手に入ったと思ったのに」

 

 後者のつぶやきはどうやらかなり小さな声で言われたようで、ルイズは気付いていなかった。そしてこの言葉によって彼女らの関係をあらまし把握した。

 

「それよりアン。今日は何して遊ぶの?」

 

 自己紹介も終わったのでオレは、カトレアさんの奇病解決のための方法を模索でもしようかと書庫へ足を進めたが、少女にマントを掴まれ首を軽く絞められた。

 

「おい、なにすんだ」

 

 ルイズを軽く睨め付ける。しかしルイズも慣れたもので、涼やかに宣言した。

 

「レイジ。今日は私たちの護衛よ。光栄に思いなさい」

 

「そんな栄誉な護衛は勘弁願いたいですね。一介の子供には荷が勝ちすぎますよ。フロイライン」

 

 なんのことはない。ただ単にオレとしては面倒なだけだ。それにどうせ公爵邸内、もしくはその庭で遊ぶだけなのだ。護衛など必要あるはずがない。そう思って渋い顔をした。

 

「まあまあ、そう言わずにレイジも遊びましょうよ」

 

 ルイズに続きアンリエッタも遊びの相手しろと言ってきた。

 

「何をするんだ?」

 

 そこまで言われては仕方がない。カトレアさんの奇病は焦ったところで解決はしないのだし、たまには肉体年齢相応のことをやるのも一興だろう。

 

「そうね~、乗馬なんてどうかしら」

 

 それは遊びの範疇を逸脱してると思うが。

 

「乗馬ですか、わかったわ」

 

 アンリエッタはルイズの提案に首肯しつつ答える。確かに乗馬なら屋敷の外に出たほうがいいだろう。別に遠乗りではないだろうが護衛がいたほうがいいことは間違いない。

それに久しぶりにイリアスに乗らなければならないし。

 

「それでルイズ、どこまで行くのかしら」

 

「そうね、ちょっと遠いけれどサントールの街まで行きましょう」

 

 サントールというと街道沿いに馬で一刻程かかる位だ。結構遠いところまで行くんだな。往復で二刻とはかなりハードだろうに……。

 オレの面倒だという気も知らずにルイズとアンリエッタは気分上々だ。早速ルイズは公爵とカリーヌさんに許可を貰いに駆けていった。

 さて、オレもイリアスに鞍とかを装着するか、と歩きだそうとしたところで姫に呼び止められる。

 

「赤い瞳に赤い髪の毛。ゲルマニア出身ですか?」

 

 トリステインでは赤髪赤目は珍しい。ゲルマニアはトリステインほど珍しいワケではないことからの推測だろう。

 

「はい、そうですが、なにか?」

 

「いえ、ルイズが男の子と仲がいいなんて驚いたんです。それもゲルマニア出身となると」

 

 確かにトリステイン貴族ではゲルマニアを下賎だと蔑む傾向がある。それもトリステインでは、ゲルマニアを新興国家と思っており、歴史のなさを指摘してのことだ。総じてこのことにこだわりを持つ者は年長者の確率が高い。

 

「まぁ、トリステイン貴族では珍しいかもしれませんが、あなたもオレのことは別に蔑まないでしょう。ルイズも細かいことに気にしないんでしょう。オレは別に蔑まれたって気にはしません。例外はありますが」

 

「なるほど、そういう考え方もあるんですね」

 

 アンリエッタは神妙な顔で頷いた。この娘は既に人の上に立つための、帝王学を学んでいるのだろう。

 

「許可をもらえたわ!!」

 

 そのときルイズは大声でオレたちに向かってそのことを伝えた。

 

 

 

「ド・セイユ子爵、今日はお願いします」

 

 オレは二人の護衛を任された子爵に一応挨拶をしておく。聞くところによるとトライアングルのメイジだそうだ。火の魔法が得意だそうで、姫の全行程の護衛役である。

 

「いえいえ、こちらこそ。仕事ですからね」

 

 物腰の柔らかな人だ。トリステイン貴族にしては珍しいのか、ただ単にそこまで爵位が高くないからなのか。

 

「レイジ!! 行くわよ!!」

 

 ルイズはオレに声をかけてから鞭をいれる。ついで王女もルイズに続いて出発する。オレもそれに続いて父から借り受けた馬――イリアスを出発させる。最後尾に子爵が続く。

 少し間場上の人でいると、ルイズとアンリエッタは並走して話をしている。貴族の嗜みなので、乗馬くらい王女でも簡単にできるというわけか。なかなかやんちゃな王女様なのは分かっていたことではある。結局オレはほぼ無言で一刻馬の上にいた。手綱をほぼ話した状態で体幹を鍛えつつ、周囲の警戒をしつつでそこまで暇ではなかった。

 サントールは典型的な街道沿いに栄えた街だ。街には複数の酒場や宿屋が有り、行商も多くいる。そして近くでブドウが栽培されていることもあり、ワインが美味しいことでも有名だ。オレは前世では下戸だったが今世では上戸である。これは嬉しい誤算だ。この時代では飲料水といえばワインなのだ。そこで下戸だったら目も当てられない。

 サントールに到着したルイズ一行であるが、特に目的もないらしく厩に馬を預けて街をぶらつく。オレとしても特にしたいことはない。子供のお守りは大変だな。自分のことは棚に上げてそう考えながら歩いていると、珍しく本を売っている行商がいたので、オレはルイズたちによる旨を伝え一旦別れる。

 

「貴族の坊ちゃん。なにか興味が湧きましたかな?」

 

 壮年の男性がオレに気づいて話しかける。

 

「そうだな……」

 

 オレは行商が並べている背表紙を流し見た。その中に古語で書かれた書物が一冊紛れていた。題目は秘薬とのことだ。

 

「おじさん。こいつはいくらだ」

 

 そう言ってオレは古語で秘薬と書かれた埃っぽい本を手にとった。

 

「その本は傷んでいますから20スゥでいいですよ」

 

 それに古語ともなると買い手がいないんです。という理由も付け足した。確かに古語なんて貴族しか習わないだろう。貴族でも余程のもの好きしかこんな古書を買わない。

 

「よし、買おう」

 

 オレは20スゥを財布から取り出すと行商に渡した。

 

「毎度~」

 

 オレは古書を脇に抱えるとルイズたちが歩いて行った方へと足を向けた。少しするとルイズとアンリエッタはカフェでお茶をしていた。乗馬を二時間も続ければ小腹も減る。

 

「あら、レイジ、何を買ったの?」

 

「ほれ」

 

 ルイズに表紙を見せる。

 

「……古書じゃない。ん~なんだったかしらこれ」

 

 ルイズは古語を勉強中のようで読めないらしい。しかし見たことはあるらしい。

 

「これは秘薬と読むのよ、ルイズ・フランソワーズ」

 

 アンリエッタはルイズとは違ってスラッと読んで見せた。ふふんとアンリエッタは胸を張る。してやったりといったところか。

 ルイズはアンリエッタに負けて悔しげに残りのケーキを平らげた。

 帰りも行きと同じ感じでいたところ、7割程の行程を終えた位置で何やら焦っている領民を見つけた。このあたりの村人だろう。ルイズはあまり気にも止めていなかったが、オレは一応声をかけた。領民が困っていたら助けるのが、その地を治めるものの勤めだ。オレは別に治めている一家ではないが。

 

「どうした?」

 

「貴族様!! 村に鬼が出たのです!! どうか私の村を助けてください!!」

 

 鬼とはオーク鬼なのかコボルトなのか。はたまたオルグ鬼か。

 

「なるほど、ならオレが行こう。ルイズたちは先に帰っていてくれ。ド・セイユ子爵、お願いします」

 

「え? あなた一人で行くのですか?」

 

「危険です。私も行きましょう」

 

 アンリエッタは自分と同じ位の年齢であるオレが、一人で行くことに疑問を持ったようだ。子爵もついてくるというが。

 

「早く帰ってきなさいよ。今日はご馳走なんだから、行きましょ、アン」

 

 ルイズは対称的な反応だ。オレがそこらの魔物に負けないことを知っているからこその反応である。ルイズだってオレがたまに魔物討伐をしていたことを聞いているのだ。聞いたのは前にトリスタニアに行った帰りの馬車の中でだが。

 

「い、いえ。しかし」

 

 子爵は一応預かった身として躊躇している。

 

「大丈夫ですよ。子爵殿。それにオレではなく彼女たちの護衛でしょう」

 

「……分かりました。王女の御身の方が大切でありますから、お気を付けて」

 

 子爵の言葉を最後に三人は帰りの途についた。

 村人は子爵が来てくれると思ったのだろう。しかしあれよあれよという間に決まってしまったので口が出せずにいたらしい。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

 子供一人に任せてもいいのかという不安を隠しきれていない。

 

「ああ、万事良好だ。それで、あんたの村の位置はどこだ。後ろに乗って案内してくれ」

 

 村人を後ろに乗せて道案内をさせる。

 走り出してものの数分で村を発見した。どうやらコボルトの群れらしい。男たちでどうにか持ちこたえているといった雰囲気だ。

 コボルトの数は20程である。

 

「みんな!! 貴族様が来てくださったわ!!」

 

 村人は一応に歓喜する。ついで落胆。貴族と言ってもオレはまだ子供なのだから、落胆されるのは仕方のない。オレは馬のイリアスから飛びおりて、コボルトと村人の間に入る。

 

「さがってろ!! ひと振りで終わらせる!!」

 

 オレの声を聞き村人は一斉にオレより後方に駆け出す。子供といってもメイジだ。そこらの村人よりも強力な武器である魔法を持っていることに変わりはないと、彼らも理解しているのだろう。

 コボルトは村人の急な反転に少し勢いを落とすも、人間の子供であるオレ一人がこちらを向いているだけだと把握して、追撃を開始する。

 20匹程が一斉にオレに向かってくる。オレは特に気圧もされずに、短剣を一本抜いて刀身にブレイドを形成。そしてタイミングを測りすべてのコボルトが射程内に入ったところで右から左に短剣をひと振りする。

 コボルトは一斉に首から上を切り離されつつ、慣性に従いつつ前のめりに倒れる。

なかなかに壮観だ。

 剣を仕舞おうとすると、どうやらまだ生き残りがいたらしい。周りのコボルトとは少々容姿が違い杖を持っている。

 コボルト・シャーマン。どうやら村を襲わせたのはこのコボルト・シャーマンの仕業のようだ。

 コボルト・シャーマンは口語によって魔法を発動する。精霊魔法を駆使するためにはその場所での契約が必要なのだが、どうやら子分たちが戦っている最中に契約していたようだ。

 

「よくも、けちな魔法で我が同胞を!! 我契約せし土よ!! 礫でもって――」

 

 コボルト・シャーマンの詠唱を待ってやる必要もないので、オレは先より更に伸ばしたブレイドで首を切り飛ばす。オレとコボルト・シャーマンの間は優に20メイルは離れていた。それなのにコボルトの首は胴を離れて中空に舞う。

 

「早口の練習が必要だな」

 

 オレはそう言って肩をすくめる。周りには静寂。どうやら敵はもういないようだ。

 

「それじゃあそういうことで、また何かあったらヴァリエール家まで一報を」

 

 オレはそれだけ言い残しイリアスに乗る。村人の呆けた状況を放置して、ルイズたちに追いつくべく襲歩気味に飛ばした。

 結局オレが追いついたのは公爵家が見える位置になってからだった。

 

「怪我はありませんか?」

 

 オレは子爵の隣に並走するように馬をつけた。子爵から怪我の心配をされたが返り血ひとつついていない乗馬用の衣服を見せた。

 

「怪我がなくてなによりです。鬼とはなんだったのですか?」

 

「コボルト20前後とコボルト・シャーマン一匹」

 

「なんと、コボルト・シャーマンとは珍しい。君はなかなかの腕ですな。いや私もまだまだ見る目がない」

 

 子爵はそう言って笑った。その笑い声に気づいて前の少女二人が振り向く。

 

「レイジ、お怪我はありませんか?」

 

 アンリエッタは子爵と同じセリフをいう。彼女は水のメイジなので怪我があるならば治すという意思表示だろう。オレは子爵にやったように服を見せた。

 

「結局、魔物は何だったの? オーク鬼?」

 

 焼き回しのようなセリフの二度目はルイズからだ。

 

「コボルト20とそのシャーマン1だ」

 

 二人は感心した表情をした。

 

「お強いのですね」

 

「シャーマンって普通のと何が違うの?」

 

 アンリエッタは感心を声に出した。ルイズはあまり聞かないシャーマンについて聞いてきた。

 

「そうだな、先住魔法を使ってきたり、人語を解したりできる個体もいるらしい。今回は両方できたやつだ」

 

「へぇ~」

 

 ルイズは相槌を打った後に、興味をなくしたのかアンリエッタとのおしゃべりを再開した。

 信頼なのか薄情なのか悩む反応だ。

 

 

 

 開けて次の日、オレはルイズ達とは違い、庭で朗らかな日に当たりながら、昨日買った古書に目を通していた。古書にはオレの既に知っている有名な薬のつくり方から知らない薬のつくり方まで様々なものが表記してあった。

 その中で特に目を引いたのは古書の題名と同じで、秘薬と題された薬だ。この秘薬の初めの説明に万病に効果を発揮し、服用したものの病は明くる日には良くなっているだろう。と書かれていた。

 とてつもなく抽象的な眉唾物の薬のである。それも材料が馬鹿げている。水の精霊の涙と初めにあり、ほかには山の奥地にしか自生しない希少な草花が数点書き記されていた。書かれている草花はそれも流通などしておらず、骨を折って取りに行くものばかりだ。中には魔物の巣窟に自生するものもある始末だ。

 魔物はまだオレにとってはどうにかなる。しかし水の精霊の涙となるとハードルが跳ね上がる。

 水の精霊の涙とはラグドリアン湖に昔からいる水の精霊の体の一部のことであり、精神生命の原料となることが知られている。モンモランシ家がそれで何やらしようとしていたらしい。

 

「これは面倒なことになるな……」

 

 知らず知らずに言葉がこぼれてしまっていた。

 

「なにが面倒なのかしら」

 

 そう言ってオレが目を落としている古書を覗き込んできたピンクブロンドヘアーの女性。

 

「カトレアさん。ちょっと調合しようとしている薬の材料が、面倒ものばかりなんですよね」

 

 オレは顔を上げて横に座ったカトレアさんを見ながら材料一覧を指差す。

 

「へぇ~どれどれ、水の精霊の涙。って最初からとても難関ね」

 

 カトレアさんは苦笑いした。

 

「ほかにも魔物の巣窟のど真ん中か、そこを抜けるしかないとこに自生する草花なんです」

 

「ほんとね。けれど全てトリステイン内で取れそうね」

 

「まぁそこだけが唯一の救いですかね」

 

 オレは肩を竦めてみせ、本を閉じる。

 

「今日はルイズたちとは遊ばないの?」

 

「今日はボートに乗ると言っていたのでオレは遠慮しました。それよりカトレアさんの体調はどうですか?」

 

「今日はもう大丈夫よ。だいぶ楽」

 

 昨日カトレアさんは持病によりアンリエッタの前には姿を表せなかったのだ。時たまこう言う事が起こる。

 その後はカトレアさんと動物と戯れた。

 結局オレがアンリエッタと過ごすことは初日以外なかった。三日目は草花の自生地域を調べに書庫にこもっていたことが原因である。

 次にアンリエッタと会うことになるのはいつになるだろうか。

 多分にしてサイトが召喚されるまでは会うことがないだろう。

 




ひと振りで終わらせる!!(ふた振り)

一人称と三人称、どちらがいいんでしょうか。やっぱり三人称ですかね。

感想待ってます。


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第三十七話 ラ・ヴァリエール家でのひと時 その3

戦闘描写がけっこう長いです


 ヴァリエール公爵邸が見える平原で二人のメイジが対面していた。日中の暖かな日差しがでている。

 顔の鼻から顎辺りまでを仮面で覆ったメイジと、背丈は仮面のメイジよりも少々高いが、まだ幼さが随所に見られる顔立ちの少年だ。二人の睨み合いにも似た様子は見る者の息を詰まらせるには十分だろう。

 二人の中間で壮年の男性は二人の試合の合図をした。

初めに攻撃を仕掛けたのは――――。

 

 

 

「レイジ。もうあなたに教えることは全て教えました。集大成を見せてもらうために、来

週に最後の試合を行います。日程は虚無の日です」

 

 よろしいか。そう仮面を装着したカリーヌもとい、カリンはレイジに言った。

 

「……分かりました。万全でもって臨みます」

 

 レイジはカリンに答える。

 既にレイジがカリンに弟子入りしてから1年強が経っていた。レイジはこの一年カリーヌが仕事でないときは、多方を修行に割いてもらったのだ。戦いの基礎は既に幼少より習ってきていたので、カリンに学んだのはメイジとしての戦闘法だ。今日まで幾度となくレイジはカリンと模擬戦をしてきたが、結局勝てずじまいだ。

 負けず嫌いのレイジとしてはこの結果は素直に受け入れることができない。いくら相手が歴戦のメイジであり、こちらが年端もいかぬ子供だとしても精神力という面では勝っているのだ。そして戦闘も既に何十回と重ねてきている。レイジは優っている部分がありながら、勝てない自分に対して憤りを感じている。

 

「オレに足りないものは何だ……?」

 

 レイジはカリンが屋敷の中に入っていったあとも、少しの間その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

「聞いたわ、レイジくん」

 

 カトレアが食事のあとにレイジへと話しかけた。

 

「なにをですか?」

 

「来週の虚無の日にお母様との最終試験をするのね」

 

 今さっき言い渡されたばかりなのにカトレアは耳が早いと感心しつつも、レイジは同意を返す。最終試験とは初耳である、とも思う。

 

「ええ、そうです。長かったよ。この一年」

 

「そうね。……試験に受かったらどうするの?」

 

「そうだなぁ。当初の第一目的は達成されたわけなので、第二目的である国々を見て回りたいと思ってます」

 

 レイジは来週の虚無の日のことと、これから公爵に話に行くことで頭がいっぱいだったので、カトレアに意識をあまり向けれていなったこともあり、些細な機微に気付けなかった。

 

「寂しくなるわね」

 

 ちょっとだけ寂しげにカトレアは言う。カトレアにとっては弟の様な存在だったのかもしれない。

 

「オレは別にこの世から消えるわけじゃあないんだ。いつでも会えますよ」

 

 レイジは笑みを浮かべて言った。レイジとしても別に今生の別れでもないのだから、そこまで気に止む必要を感じなかった。

 

「あっ! レイジお父様が呼んでいるわよ」

 

 ルイズがレイジを見つけて声を掛ける。

 

「ああ、今行く」

 

 レイジはルイズとカトレアと分かれて公爵の執務室へと向かった。

 

 

 

「なんでしょうか」

 

 レイジを迎えたのは公爵のみならず、公爵夫人も一緒であった。レイジは前に一度、訓練の休憩時にポロっとカリンに零したのだ。古書のことについてを、別段隠してやる必要はないのだが、言い出す機会が結局はその時のみだっただけのだ。

 

「レイジくん。秘薬の研究をしていると聞いた」

 

 レイジはそこで、自分の頼みと公爵の頼みの目的は同じだと悟った。

 

「はい、カトレアさんのためです」

 

 レイジは公爵の目をしっかりと見据えて言った。

 

「すまないな。……それでどうなんだ?」

 

「秘薬を手に入れるのにはかなりの労を要するでしょう。効果も未だわかりません。なにせ古書に記されているだけなので」

 

 レイジはここで一呼吸おいた。

 

「オレからも頼みがあります。次週の試験を突破し次第、オレは秘薬の材料を採取しに行こうと思っています」

 

「そこまでしてくれなくてもいいのだぞ」

 

「当初の予定通り、オレの修行をつけてくださるかわりなのです。それにオレにとっても、この短い間でも家族だったのです。家族を助けるのに理由なんて必要ありません」

 

 レイジは淀みなく言い切る。公爵はレイジの言葉を聞いて感動した。

 

「やはり君は実にいい男だ。儂にできることがあるならば言ってくれ、なんでもしよう」

 

 愛するわが子のためだ。親ならばそう言うだろう。

 

「でしたら、オレが材料を取ってくる間に、病気を患っている犯罪者を見繕ってください。多いに越したことはありません」

 

 レイジは秘薬の効果の確実性を確認するための、人体実験を考えていた。そのための病気の犯罪者だ。

 

「……よかろう。手配しておこう」

 

 公爵は一瞬の間の後に深く頷いた。レイジの要求の意味を理解しての許可だ。

 

「話はこれだけだ。来週の虚無の日は儂が見届けることになる。君の成長を見せてくれ」

 

「了解しました。ご期待に添えるよう万全の体調で望みます」

 

 レイジは一段とかしこまって答えて、部屋から退出した。

 

「病気の犯罪者か……。儂の管轄内で何人いることやら」

 

 公爵は自身の領地の拘置所のことを考えた。このハルケギニアの医療技術は魔法頼みであり、その魔法は貴族のみに許された技術だ。平民が病を患えば、医療機関が整っていないこの世界では、魔法に頼るためにお金を集めねばならない。その過程で彼らは犯罪に手を染めることも希ではない。

 

「レイジを全面的に信頼するの?」

 

 公爵夫人は夫に確認した。公爵自身水のスクエアなのだ。娘を救うという目的のために猛修行した結果そのランクとなったのだ。結果は現状が物語っている。

 

「お前も認める少年だ。何、暗中模索するよりも光明があったほうがいいだろう」

 

 それに、仕事がある。そう締めくくった。その目は信頼している目だ。この一年レイジと人となりを見た公爵自身の判断だ。そして公爵夫人も同一の意見である。

 

「カトレアとルイズには黙っておくわ」

 

 糠喜びはさせられない。確実に治るとわかった時のみ教えることにする。それはレイジにも言ったことだ。

 しかし、カトレアはレイジが秘薬を作ろうとしていることを薄々気づいている。例えどれだけ難題を抱えた材料だったとしても。

 

 

 

 

 虚無の日。公爵邸付近の平原で二人のメイジが対峙している。レイジは軽い深呼吸をした。昼過ぎの太陽が眩しい。

 最終試験なのだ。負けるわけにはいかない。

レイジが戦闘の間合いとして唯一クロスレンジでの格闘が有利である。少年といっても鍛えている男だ。現役を離れて早何年の女性に力で競り負けることはない。

 剣さばきはいまだ及ばない。やはり近接格闘で押し切るしかないとレイジは心に決めた。

 レイジの軽い深呼吸の後、公爵は開始の合図のため声を上げた。

 

「はじめい!!」

 

 合図の直後、双方は同時に魔法を撃ち合う。それは同じ魔法『エア・カッター』だ。簡単な詠唱による先制攻撃。しかし双方の攻撃は互いに相殺する。魔法の威力は同じ。

 レイジは魔法の詠唱をしながら「烈風」目掛けて駆ける。カリンはレイジの行動に一切の動揺を見せずに、待ち構えるようにしてその杖にブレイドを纏わせる。レイジもブレイドを両の短剣へとかける。二人の距離が5メイルを切った瞬間レイジは左から右に真一文字に短剣を振り抜く。しかしその伸びたブレイドは、ブレイドによって受け止められる。 レイジの予想通りだ。レイジはそのまま左のブレイドで杖を押さえ続け、右のブレイドを突き出した。だが、その瞬時の連撃も身を軽く捻る程度で避けられ、「烈風」距離を取られる。

 レイジは再度突撃しようとしたが、空気のゆらぎを感知して横っ飛びに跳ぶ。先までレイジのいた場所は地面が抉り取られている。

そんなことは見向きもせずにレイジは『マテリアルエア』を前面に展開。

直後空気どうしがぶつかるのを感じとる。絶え間無い烈風を『プリズン』で自身を囲うようにして防ぐ。

 『プリズン』は数秒でボロボロの状態になる。しかしその中からレイジの姿が消えている。カリンは瞬時に『フライ』で空中に跳躍する。

 その直後地面が十字に切り裂かれレイジが飛び出る。その飛び出たレイジめがけてカリンは『エア・ハンマー』を『フライ』をした状態で放つ。レイジは自分の鼓膜に空気の揺れる音が届くと反射で、後方に跳躍して空を仰ぐ。

 カリンはレイジの回避行動の最中、更に魔法での追撃をする。杖をレイジに向ける。その杖は火花、雷撃を生成し、レイジめがけて一直線に向かう。その雷撃はレイジの唱えた『ウォーター・シールド』によって大地に流され霧散する。

 レイジは水壁の影で魔法を詠唱する。全方位型の『エア・カッター』である『エア・カッターマルチ』だ。

 上下左右前方後方より風の刃がカリンを襲う。カリンは『エア・シールド』を発動。風の刃を全て流れるようにして防ぎきり、地上に着地する。風の刃全ての軌道を読むことは今のレイジには無理な芸当だろう。

 レイジは詠唱後追撃を仕掛けるために距離を詰め、呼気とともに再度ブレイドでもって斬りかかる。

 

「はっ!」

 

 ひと振り目の右からの袈裟斬りは避けられる。二度目の左からの切り上げはブレイドで防がれ、鍔競り合う。

 ここでようやく戦いでお互いがその場にとどまった。互いに無言でタイミングを図る。しかしこうなるとレイジは右手の短剣で攻撃するしかないが、攻撃をする挙動と共に避けられるのは常だ。

 もしくは……。

 二人の頭上に『エア・カッター』が表れ、レイジに襲い掛かる。レイジはカリンの杖を弾くようにしてカリンから距離を取り、風の刃から逃れる。が、風の刃はレイジが避けた位置に飛んできたのだ。レイジは焦りつつも短剣で風の刃を受け止める。受け止め終わった刹那、カリンのブレイドによってレイジの短剣一本が手元から弾き飛ばされる。

 

「ッ!」

 

 ここでレイジの無表情に焦りが浮かぶ。しかしレイジは右の短剣を構え直し、魔法を詠唱する。

 

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 

 次の瞬間レイジが5人になる。風のスクエアの真骨頂である『偏在』だ。カリンも同様に『偏在』を唱え、本体含め6人。

 11のメイジが一斉に杖を相手に向けて雷撃を打ち出した。雷撃は各々ぶつかり合う。しかし一人分多いカリンの雷撃が徐々にレイジたちへと迫る。

 本体であるレイジは雷撃の打ち合いから抜けると、一瞬で再度『ウォーター・シールド』を前面に展開した。極太の雷撃を数秒耐える。しかしそれだけあれば十分。他4人のレイジも水壁を重ねて詠唱する。

 水壁の厚さが増す。

 雷撃の熱により水は水蒸気へと一気に気化され、辺りに霧が発生する。水壁の気化だけでなく、レイジの魔法も相まっての霧だ。

 これで互いに視覚に頼っての敵の補足は難しい。しかし、風メイジは音に敏感だ。どちらも攻め手を欠く。

 しかしレイジはここで迷わず5人同時に『ストーム』を唱える。かなりの大きさの竜巻がカリンの『偏在』3人を飲み込む。しかし、魔法の発生源を特定されレイジの『偏在』も2人が風の刃の餌食となる。レイジの竜巻により辺りの霧は吹き飛んだ。

レイジは相手の被害状況を見て内心ボヤキたかった。奇襲による最低条件は満たしたが、結局頭数は同じだ。

 3人どうし両者は睨み合う。

 睨み合いは一瞬の後には終わり、先にレイジが散開、カリンはそれを見て密集体系で前後左右に死角を消すように背を合わせる。

 レイジはここで3メイル程の鉄製のゴーレムを同時に作り出す。手には巨大な剣と盾を持っている。カリンからレイジを目視できない。ゴーレムは作り出されたと同時にカリンへ向けて走り出す。カリンはゴーレムに対して『エア・カッター』を連続で打ち出す。巨大な鉄製の盾と体が数回で半壊になる。それでも突撃は止まらない。カリンはゴーレムの予想外の耐久力に、足へと攻撃を移す。

 その瞬間レイジ2人が空中より飛来する。しかし虚を突かれたにもかかわらず、カリンは平然とレイジのブレイドの攻撃を迎撃する。

 風をまとった杖がかち合う剣戟音。

 その瞬間残ったカリン1人がレイジ2人を屠る魔法を放つ。レイジの『偏在』が消失すると同時にまたカリンの『偏在』たちも地面より突如現れた刃によって斬り裂かれ、大気に融けあうように消えていく。

 数秒後レイジは刃を出した位置とは違った位置から、地上に出る。

 これで『偏在』をどちらもなくしたことになる。レイジの心に焦りが濃くなる。カリンの顔色は仮面に隠されて覗い知ることができない。レイジはカリンの下へ駆けた。

 やはりクロスレンジ、近接格闘で決めるしかない。

 カリンの放ってくる魔法を曲芸師のように、魔法を駆使し避け続けながら接近する。最後の一歩は空中で空気を蹴っての接近だ。圧倒的な速さで迫るレイジの剣をカリンは後ろに押されながらも受け止める。レイジは先にした鍔迫り合い時の余裕の表情は消えて、眼光が静かに鋭く刃のように研ぎ澄まされている。カリンはその目を見てレイジが攻撃に急いていることを見抜いた。今なお力の限り押し込もうとしてくる。カリンは仮面の下でふっと唇を弧にした。その笑はどこか懐かしむ笑でもあった。

 レイジはこの接敵で決めると考えるあまり大事なことを忘れていた。格闘戦の際に注意するべきは緩急や虚実を織り交ぜ、相手の翻弄をすることだ。レイジの武術の師であるベルトの言っていることである。今は一直線に突進してしまっている。そのことを看破したカリンは鍔迫り合いの力を消す。レイジの前へ前へという意思と同じように体は前へ傾く。カリンは死に体になったレイジの背に体重を乗せ、肘を落とした。実際に当たったのは腰だ。レイジは最後の悪あがきでつま先のみの力で跳躍を試み、失敗した。

 肘を食らいレイジはうつ伏せに倒れる。叩き付けられレイジは息を詰まらせた。その首元には杖が添えられていた。

 

 

 レイジはカリンの手を握って立ち上がった。

 

「レイジ、あなたは焦りすぎて基本を忘れていました。それが今回の敗因です。いくら身体能力や魔法の技術が高いからといって基礎をないがしろにしていけません」

 

 わかりましたか、とカリンはレイジに言う。

 

「……はい」

 

 また勝てなかったことに落胆の色を濃く残しているレイジ。

 

「まあ、それはいいでしょう。あなたはまだ若い。これから十年後、あるいは数年後には私を超えているでしょう。もちろん精進し続ければ、の話ですが」

 

 カリンにしては珍しく褒める方向の話をレイジにした。

 

「あなたに私の二つ名を譲ります。それだけの力はあなたに付きました。それとこれも授けましょう」

 

 レイジはカリンの言葉を聞いて、意味を咀嚼するのにかなりの時間を要した。 

 二つ名とは「烈風」のことだ。

 オレに譲るだって……。

 レイジは意味を理解すると声を出していた。その手には知らず知らずのうちに受け取っていた、カリンと同じ鉄仮面を握っている。

「それは、どういう意味でしょうか」

 レイジは自分の質問を我ながら阿呆だと感じた。衝撃がでかすぎて整理できていない。

 

「修行はこれにて終了です。そして「烈風」の名をあなたに授けます。私はもう無茶できる年ではありませんしね」

 

 カリンは仮面を外し、レイジに笑いかけた。 

 レイジが初めて見たカリン――カリーヌの笑顔だった。

 

「いや~。あっぱれだ、レイジくん。ここまでとは想像できていなかったよ。妻からの試験合格の品みたいなもんだ。なに気にする必用はない」

 

 公爵は朗らかに笑った。レイジもその笑につられ笑いの表情になった。

 

「付けてみなさい」

 

 そう言われレイジはおずおずといった調子で鉄仮面を装着した。

 

「これは……すごい。全く呼吸の邪魔にならない」

 

 レイジはいつもカリンの仮面を見て、息は苦しくないかと思っていたが、そういうことかと納得した。思えば仮面を止めるために、後ろに固定するものもない。

 

「それは特注のマジックアイテムです。魔法により顔の形状に変わります。そして呼吸を阻害することもありません」

 

 カリンは簡潔に仮面の説明をした。

 

「うむ、似合っているではないか」

 

 公爵はレイジの仮面姿を見て頷いた。

 赤髪が赤目に掛かるくらいのレイジの鼻から顎にかけては仮面で覆われている。

 

「烈風の再来と読んでも過言ではないな。どれ、今日はご馳走にしようじゃないか」

 

 公爵は終始ご機嫌で屋敷へカリーヌと共に帰っていった。

 レイジはその後ろを不思議な気持ちでついていった。仮面をつけたまま。

 装着している感じが皆無な故に、仮面をつけていることを忘れたレイジは、ルイズに言われるまでその仮面をつけたままだった。

 




ん? 今なんでもす(ry
レイジの敗因は若さゆえの過ち。認めたくはないもの。


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第三十八話 フォン・ザクセス家のひと時

 わたしは今日も規則正しい時間に起床する。そして寝ぼけまなこを擦っていると、使用人であるイリスが、いつもの時間にわたしの部屋へと入ってくるのだ。わたしの部屋といっても今はというだけで、つい数ヶ月前まではレイちゃんが使っていたのだけどなぁ。レイちゃん……今どこでなにしているんだろう。先月の手紙にはどこかの公爵家で力をつけていることと、そこの姉妹の話が書かれていた。

 わたしの勘が告げている。とりわけ姉が危険な人物であると……。手紙の内容から考えるとレイちゃんは殆ど毎日姉の寝間着を見ていることになる!! わたしのも見たことあるくせに!! これはやはり由々しき事態であるとわたしは考えつつも、イリスに着替えを手伝ってもらう。

 

「ティナさま。着替えが終わりましたよ」

 

 イリスはわたしの顔を見て少々怪訝な表情をした。どうやらわたしの考えは顔に出てしまっていたよう。

 

「ありがとう、イリス」

 

 わたしはお礼を言って、食卓へと向かう。今日は久しぶりにキュルケに会うのだ。この際なのでわたしの愚痴をいっぱい聞いてもらおっと。

 

 

 

 

 昼を過ぎたころ。わたしは部屋で本を読んでいる。レイちゃんの部屋にあった本で、読んでいるがあまり理解できたとは言えない。そんなときお父様がわたしを呼んだ。どうやらキュルケが来たようだ。一度わたしもキュルケの家におじゃました事があるが、キュルケとしてはこっちに来る方が好きな様子。

 

「はぁい。元気してる?」

 

 慣れたもので砕けた調子でキュルケは再開の笑顔で挨拶をする。

 

「元気してるよ」

 

 わたしも久しぶりの再会に笑顔で答える。

 

「レイジは……ああそういえば家出だったわね」

 

 キュルケはふっと笑ってレイちゃんのことを思い出したように言った。どうやら辺境伯様には伝わっているようだ。家出なんていうのはキュルケくらいだと思う。わたしはキュルケの冗談に、くすっと笑ってしまった。

 

「そうそう、ちゃんとわたしの言ったとおりレイジにいってやったの?」

 

 キュルケは部屋へ向かう途中で思い出したようにわたしに問いかけた。

 

「もちろん言ったよ」

 

 にひっとした笑いがわたしの顔に現れる。

 

「どういう反応してた?」

 

 キュルケはレイジの反応に興味を持った様子で、わたしに問いかける。

 

「なんか渋い顔を一瞬した後に、笑ってくれたよ」

 

 あの渋い顔はいったいなんだったのかはちょっとわかんないけど、久しぶりにレイちゃんの笑顔を見れたときは、思わず見とれてしまって顔が熱くなってしまった。

 

「なぁんだ。やっぱレイジね。……けど渋い顔ってもしかして私に対してじゃないでしょうね」

 

 キュルケは少し落胆し、肩を落とす。けれど、やっぱレイちゃんとはどういう意味だろう。わたしは椅子に座りながらそのことをちょっと考え、わからなかったのでキュルケに聞いた。

 

「キュルケ、やっぱりレイジね、ってどう言う意味?」

 

 キュルケはわたしの質問にちょっと驚きつつも答えをくれた。

 

「そうね、レイジはなんかそういうことに対しての反応が、周りの男の子とは違うのよね。私の色気も全く通じないしね」

 

 キュルケは最近さらに大きくなった胸を寄せて上げた。確かにキュルケのそんな行動を見た男の子達は目をそらしたり、顔を赤くしてしまう。わたしも少し羨ましいと思っている位の発育の良さだ。男の子なら気になるのも当然なのかもしれない。

 

「確かに、不思議だよね~」

 

「フィーはいつものんびりしているわよね。あなたも私と違った方向でモテるのよ?」

 

 理解しているの? と言いたげなキュルケ。けれど、わたしにはそんな恋愛ごとは初耳だった。

 

「え? そうなの?」

 

「そうよ」

 

 キュルケはわたしに何か言いたげな表情になる。

 

「ん~、けどわたしはレイちゃんよりいい人なんて見つけられないだろうから、その子達には諦めてもらうしかないよ」

 

 わたしは苦笑する。

 

「……レイジよりもいい人か。性格はちょっとバカなところはあるけど、しっかりものには変わりないだろうし、なによりも強いのよね」

 

 守って貰うなんて素敵じゃない。とキュルケは最後に付け足した。

 

「わたしもトライアングルだけど、レイちゃんはスクエアだからね」

 

「ちょっと待ちなさいな、フィー」

 

 キュルケは目を閉じて眉間を指で揉む。

 

「どうしたの?」

 

 何が言いたいのだろうか。

 

「スクエアですって? いつなったのよ!!」

 

 キュルケの予想以上の圧力にわたしはたじろいでしまった。

 

「え、えええーと。あの反乱のときになったって言ってたよ」

 

「反乱? 帝都で起こったあれ?」

 

「そうそう」

 

 キュルケは少々落ち着きを取り戻す。

 

「じゃあレイジは参加していたの? 殲滅軍に?」

 

「らしいよ」

 

 わたしもお父様に聞いただけで、レイちゃんには直接聞いていなかったけど、レイちゃんがリッターを叙勲したので、間違いはないだろうと思っていた。

 

「なーるほどねぇ。まぁレイジだったら一も二もなく参加しそうなことは確かね」

 

 キュルケはレイちゃんを何だと思っているのだろうか……。確かにどこか戦いを好む傾向があるけど。……こう思うと確かにレイちゃんならば真っ先に参加しそうだ。けれど、そのときはわたしたちを守るようにお父様から言われていたらしいので、わたしたちのところにとどまったということなのかな。

 

「そうかもね、それで、そのときにいっぱい活躍したから騎士になったってことも聞いたよ」

 

 レイちゃんにはキュルケになら言っていいと言われていたので、わたしはレイちゃんが騎士に叙されたことをキュルケに伝えた。

 

「……騎士? それって閣下に認められてなる騎士のこと?」

 

 キュルケは驚きの連続に目を白黒させている。

 

「そうだけど?」

 

「ってことは、そのとき話題になった騎士に叙された謎の人物。確か二つ名は公開されていたわね。……「雷鑓」はレイジだったわけ!?」

 

 事態の全容が見えキュルケは再度驚きの表情を濃くしている。

 

「うん」

 

 わたしは笑顔で頷く。

 

「はぁ~。なるほどね。お父様に聞いても教えてくれないから、誰かと思えば身近な人物だったわけね」

 

 また表情を変えるキュルケ。

 

「そういえば、今日はまたお父様の用事で?」

 

「そういうこと、まったく困っちゃうわ。お父様たちはまた家を空けるって言うし、帝都よりこっちに来たほうの気が楽なのよね」

 

 キュルケはゲンナリとした表情で言う。ジグソーパズルをするだけでは確かにつまらない。

 

「そうなんだ、大変だね」

 

 本当にたいへんだ。それに比べてわたしのお父様は、たまに仕事で屋敷を開けるけど、お母様がいるし、サラさんだっているからそんなことはないな。三人ともいなかったとしてもレイちゃんがいれば、お留守番できるんだけどね。

 

「全くだわ。フィー今日は何をする予定なのかしら」

 

 と聞かれても特に考えていなかったので正直に答える。

 

「ん~。特に考えてなかったけど、キュルケは何がしたいの?」

 

「そうね。レイジじゃあないけど、魔法の練習でもしようかしら、来年には魔法学院に行かなきゃならないし」

 

 そういえばキュルケはもうそろそろ15になる。来年にはヴィンドボナ近郊にある魔法学院に行くことになる。わたしもレイちゃんと一緒に行くことになるけれど、一年遅いのでキュルケは先輩ってことになるかぁ。

 

「キュルケは学院でなにするの? 男漁り?」

 

「ちょっとフィー、どういうことよ」

 

「え? レイちゃんが言ってたよ。どうせキュルケは学院に行ったって男漁りしに行くだけだぞって」

 

「なんてこと言ってくれるのよレイジ」

 

 いかにも心外だという感じだが、少なからずその気はあるようだ。いつもと変わらないなあ。

 

「なにがおかしいのよフィー」

 

 わたしはくすくすと笑ってしまったようだ。

 

「別にわ、笑ってないよ?」

 

 語尾が疑問になってしまった。

 

「なんで疑問になるのよ。というより、やっぱり笑ってたんじゃない」

 

 キュルケは半眼で見てくる。よくレイちゃんに言い負かされた時に向けている目だ。

 

「それより、魔法の練習でしょ」

 

 わたしはこの話をここで切り上げレイちゃんが使っていた――今も私が使っている広場へと歩き出した。

 

 

 

 夜、わたしの部屋でキュルケと乙女の座談会を開いた。部屋に来るときにイリスもいたので一緒に机を囲んでいる。

 

「結局レイジはなんで家出なんてしたのよ」

 

「家出じゃないよ。わたしは聞かされてないからよくわかんないけど」

 

「レイジ様はどうやら自分の不甲斐なさを嫌っていたご様子。なので、自分を鍛えるために家を一時的に出たと聞いております」

 

 イリスが訳知り顔でわたしたちに説明する。

 

「誰に聞いたのイリス」

 

「そうよ」

 

「使用人の内輪で聞きました」

 

 それは信用に足るものなのだろうかと思ってしまう。

 

「けどレイジって自分で鍛えてたわよね。かなり」

 

 確かにレイちゃんは他の男の子達とは比べられないほど体や魔法を鍛えていた。

 

「そうだよね」

 

「あれより鍛えるってどんだけよ」

 

 キュルケは半笑いで遠い目をした。

 

「どこかにいいお師匠でも見つけたのかな」

 

 一体どんな人だろう。

 

「使用人のあいだではラ・ヴァリエール邸に現在滞在しているとのこと」

 

 ヴァリエールってたしかトリステインの名門のところだよね。そういえば一回レイちゃんとキュルケも行ったんだった。レイちゃんの手紙には一言もヴァリエールなんて書いてなかったのに。一体どこでその情報を仕入れてくるんだろう。

 

「ヴァリエール!? またまた面倒なところにいるわね」

 

 キュルケは仇敵ともいえるヴァリエールと聞いて驚いた。自分が行っていたことは忘れたんだろうか。

 

「それも使用人内での話なの?」

 

「そうでございます」

 

「どういう使用人よ。どこかの機関か何かなの?」

 

 キュルケも情報収集能力が高い使用人たちに呆れ顔。

 

「お褒めいただき光栄です」

 

褒めてない。

 

「褒めてないわよ」

 

「けどレイちゃん酷いんだよ。どこにもいかないって言ったのに、直ぐに旅に出るとか言うんだもん」

 

「レイジはワルよね~。多分どこっていうのは、永遠の別れって意味でとったのかもしれないわね」

 

 確かに今思えばそんな感じだったかもしれない。レイちゃんはフィルお姉ちゃんのことをずっと引きずってたし……。

 

「けどレイちゃんがどんどん遠くに行っちゃうような感じがしたのも事実なの」

 

 あのときの言葉はわたしの感じたことを素直に言ったもの。どこか遠くへ消えていってしまう。わたしにはそんなことは耐えられない。ずっと横にいたレイちゃんから離れるなんてできない。そう思うとついつい俯いてしまう。

 

「……白毛精霊勲章、騎士、そしてスクエア。そして突然の旅。確かに離れていってしまいそうよね」

 

 キュルケはさらにけど、とつなげた。

 

「けど、レイジは多分あなたの下に帰ってくるわフィー。だってレイジったらフィーのことしか考えてないってくらい私に話すのよ。あなたのことを聞いてないことまで全部。それがもう鬱陶しいけど羨ましいのよね。それくらいあなたを大事にしてるのよ。だから大丈夫あなたは待ってればいいのよ。男の帰りを待つのが女の勤めでしょ?」

 

 キュルケが励ましてくれる。本当にそうなんだろうか。わたしはただ待つだけでいいんだろうか。

 

「そうでございますティナ様。レイジ様の行動理念は大切なものを守るということです。レイジ様の一番大切な者それはあなたです。ティナ様。ですからレイジ様はからなず帰ってきますよ。ただ何もしないなんてことはよくはありませんがね」

 

 今までと同じようにすればいい。そういうことなのだろうか。わたしはただ待つだけでいいのだろうか。答えは否だ。ただ待つだけではダメだ。わたしも成長しなければいけない。レイちゃんが帰ってくるのを信じるけど、わたしも一人で立てるようになろう。そうすればきっとレイちゃんが褒めてくれるに違いない。

 顔を上げたときわたしはきっと笑顔だっただろう。

 



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第三十九話 秘薬の材料集め

 カリンの試験に合格し、「烈風」の二つ名とともに仮面をもらったレイジは、次の日には馬上の人となっていた。試験の夜に旅の準備を完了し、カトレアとルイズに少々の別れを告げて旅立ったのだ。

 最初の材料集めとして、レイジは公爵の紹介状を持ってラグドリアン湖の管理をしている、ド・モンモランシ伯爵邸へと来ていた。まずは一番難題であろう水の精霊の涙を求めてということだ。

 応接間でレイジはモンモランシ伯爵に挨拶をしつつ、ヴァリエール公爵より賜った手紙を渡した。

 

「なるほど、ヴァリエール公爵からの頼みとあらば、仕方あるまい。それに娘にも水の精霊を呼べるようになってもらわねばならんからな」

 

 伯爵はひとつ頷くと娘の名を呼んだ。すると数秒後にルイズと同じぐらいだろう年で、金髪縦ロールの少々のそばかすが顔にある少女が、応接室へと現れた。

 少々おずおずといった感じでレイジの前へと歩み出て自己紹介をした。

 

「モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシです」

 

 レイジももう一度自己紹介をした。

 

「レイジ・フォン・ザクセスです」

 

 簡素な自己紹介も終わり伯爵は本題に入る。

 

「モンモランシー。ラグドリアン湖にて水の精霊を呼んでもらう」

 

 それを聞きモンモランシーは両の手をギュッと固くに胸の前で握った。察するに前々から言われていたことなのだろう、とレイジは思った。

 

「わかりました」

 

 時刻も昼を過ぎたばかりだったので伯爵先導のもと、一路ラグドリアン湖へ馬車で一刻程かけて向かった。

 

「レ、レイジはゲルマニアの貴族なの?」

 

 モンモランシーが馬車の移動中に、先程から疑問に思っていたことをレイジに質問した。

 

「ああ、そうだよ」

 

「そうなんだ」

 

 馬車の中での会話はこれで終わってしまった。ほどなくして三人を乗せた馬車は湖畔の村に着いた。レイジは馬車から降りて湖を見た。その湖は太陽の光を反射して七色に輝いているように見える。それほどに美しい湖だった。

 

「領主様どうなすったんで?」

 

 村長らしき人物が伯爵に話しかける。

 

「きにするな。精霊に会いに来ただけだ」

 

 レイジは精霊にそんな態度でいいのかという疑問を持ったが、古くからの付き合いがあるのだから、いいのだろうと思い込んだ。

 三人は湖畔へと足を向ける。レイジは再度ラグドリアン湖の澄んだ水を見て感嘆した。

 

「では、モンモランシー教えた通りにやってみなさい」

 

 伯爵はモンモランシーの肩を軽く叩いてあげ、自身の使い魔を彼女の目の前に移動させた。モンモランシーは針で指を指し、血を少々出す。その血を伯爵の使い魔に一滴だけ垂らす。

 

「お願い。旧く、えらい精霊のところに盟約の一人が話をしたい、って言ってると伝えて欲しいの」

 

 伯爵の使い魔はモンモランシーの言葉を聞き湖へと潜っていった。

 使い魔が湖面より顔を出したとき湖が光を発する。

 

「わたしは、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。旧き盟約の家系です。わたしたちに分かる姿と言葉で返事をしてください」

 

 モンモランシーの言葉を聞くと湖面が蠢き、モンモランシーと水で同じ姿を模した姿に変わる。

 

「初めて見る単なる者よ。貴様の話とは何だ」

 

 モンモランシーは精霊に気圧されてしまった。レイジはそれを見て言葉を代わりに返した。

 

「私が話します」

 

 水の精霊の意識が横に立っていたレイジへと向く。

 

「話してみよ」

 

「単刀直入に言います。私の家族が奇病を患っているので、治すための秘薬の調合に、あなたの体の一部をいただきたいのです」

 

 レイジは小細工なしに水の精霊に頼んだ。しばしの沈黙の後に精霊は答えを返した。

 

「いいだろう。ただし条件がある」

 

「なんでしょうか」

 

「ここより東の湖畔の洞窟、100リーグほどか……に住まう魔物が暴れまわっている。その影響で血が湖に流れ込んできている。その現況である魔物を討伐してきたならば、貴様に我の一部をやろう」

 

 レイジは何を言われるかと思っていたのだが、魔物討伐という簡単なことでいいのかと、胸を撫で下ろした。

 

「分かりました。今日中にはその魔物、討伐してみせましょう」

 

「魔物は水竜だ。頼んだぞ」

 

 水の精霊はそう言い残し水面に消えていった。

 レイジは精霊の最後の言葉を聞いて楽しみだという感想を抱いた。レイジが水竜と戦ったことなどない。水竜は竜種の中でも巨躯を誇るという。しかし、負ける気なぞさらさらないなにせ彼は「烈風」なのだから。

 

「水竜!? 無茶よ、レイジ!」

 

 モンモランシーは水竜と聞いてレイジにやめるように言った。伯爵も同じ考えのようだ。

 

「問題ない。東の湖畔の洞窟か。よし。伯爵達は戻っておいてください。自分が直ぐに始末してくるので、心配ご無用」

 

 レイジはそう言い残して、一人湖沿いに馬にまたがって東へと進んでいった。

そのなんの迷いもない動きに、伯爵とモンモランシーは呆気にとられて、止める間もなかった。

 

「なんてことだ。なにかあったら私が公爵に言われるのだぞ」

 

 伯爵は直ぐに邸宅へと戻り、隊を編成することを決めた。水竜に子供のメイジが勝てるはずがない。そういう当たり前の考えだ。

 

「お父様……」

 

 モンモランシーもレイジの後ろ姿だけ見て心配そうに伯爵へと話しかける。

 一方のレイジは久しぶりの大物の魔物との戦闘で、カリンに負けた腹いせを晴らそうとしていた。例えそれが巨大な竜相手だったとしても、だ。

 

「暴れる水竜か、一体どんなやつなんだか」

 

 レイジは馬に鞭打ち湖畔を疾走していった。結局例の東の湖畔にある洞窟を見つけたのは半刻強馬を襲歩させたところだった。

 その洞窟の入口は優に20メイルはあるほどに巨大だった。レイジは馬を茂みに入れて降りる。屈伸を数回して洞窟の中へと足を踏み入れる。洞窟の入口からは陸がない。よってレイジは『フライ』で移動することにした。明かりは付けず、風と音のみを頼りにレイジは洞窟を進んでいく。進むにつれ、ある位置から腐臭が漂うようになってきたのを、レイジの鼻は捉えた。

 レイジは水竜の食べカスの腐敗臭だろうと当たりをつけた。洞窟を進み続けると大きな空洞にたどり着く。そこは太陽の光が所々に差し込んでいるが、暗い場所でもあった。そして洞窟の最奥であり、初めて陸がある。一面砂浜のようだ。そして動物の骨などが散乱している。

 予想通り水竜の寝座といった様相だ。レイジは片膝をついて糞に手を近づけた。糞は新しいものだが冷え切っており、先まで水竜がいなかったことを物語っている。

そこでレイジの耳が巨大な物体が水を移動している音を拾う。レイジは短剣を腰から引き抜いて臨戦態勢へと移行する。移行してから十数秒。

 それは現れた。レイジの暗順応をした目に、20メイルはあろうかという程の巨体を映した。その口には巨大な何か特定できない生き物がくわえられている。その姿はどこかワニのようだが、足はヒレの形状をしている。しかしそれを器用に足換わりにしてレイジを睥睨する。

 水竜にとってみれば招かれざる客という立場で有り、不法に侵入してきた人間なのだ。水竜はくわえたものを落として、耳をつんざく咆哮をした。

レイジはその咆哮を『サイレント』で防ぎつつ、大きさに仰天した。水竜は再度息を吸い込む。

 レイジは砂の上を横っ飛びに跳ぶ。いつもよりも距離が出ない。ため、『マテリアルエア』を使って距離を稼ぐ。レイジが先までいた場所には、水竜が放った高圧縮の水が砂を抉りとっていた。

 レイジはそんなことはお構いなしに短剣にブレイドを纏わせ、『マテリアルエア』を並行して使って水竜に接近。水竜は水の高圧縮弾を幾重に繰り出すが、全てレイジに立体機動に躱される。レイジは水竜の圧縮弾を危なげなく躱して懐に潜り込む。水竜が圧縮弾を放つのを見て、それを避けながら交錯する瞬間、伸ばしたブレイドを水竜の首めがけて振る。すると、抵抗など感じないとばかりに刃は水竜の首を両断。

 あたり一面に血の雨を降らせる。

 レイジは『エア・シールド』で雨が止むまで自分を覆った。そしてその血が湖に流れないように魔法を水面にかけた。

 短剣についた血を水で洗い流して風で乾かして納める。そして青白い水竜の犬歯を切断した。

 レイジは洞窟を出て来た道を馬にまたがり帰っていった。

 

 

 

 レイジは元の村へと戻り湖に叫ぶ。

 

「水の精霊!! 水竜は約束通り討伐したぞ!!」

 

 すると数秒後に再度モンモランシーの姿をした水が湖面より浮きだす。レイジは水竜の犬歯を二本地面に転がした。

 

「……なるほど、嘘ではないようだな。よかろう。貴様に我一部分をやろう」

 

 そういうや精霊の一部が弾けるように水滴をレイジに向けて飛ばした。レイジはそれを持っていた瓶で受け止める。

 

「感謝します」

 

 レイジの礼を聞いたが最後。精霊は湖の中へと消えていった。

 

「これで難題一つをクリアってとこか。楽に取れて万々歳だな」

 

 レイジは借りた馬を村人に返して、歩いてモンモランシ伯爵邸へと帰ることにした。その際瓶に『固定化』をかけるのを忘れない。

 レイジが帰りの道を歩いているとメイジの駆る馬が、数匹前方より疾駆してきた。

 

「……レイジ様ですか?」

 

 馬上のメイジは少々当惑しながらも、自分の聞いた容姿にそう人物を発見したので問うてみた。

 

「そうだけど、あんたは?」

 

「モンモランシ伯爵様よりあなた様の保護を頼まれました。セネルです」

 

「? 保護? ああ水竜ならもう討伐したから、今から屋敷に向かうところだ」

 

「え? そ、それはどう言う意味で?」

 

「いや、だから水の精霊の涙は頂いたから、伯爵邸に戻るんだよ」

 

 レイジは頭のがうまく回転していないセネルに、鬱陶しげに声をだした。馬で往復一刻以上も襲歩したのだ。そしてこれから伯爵邸への道も歩きなのだ。体力があるからといって別に疲れないわけではないのだ。

 

「ああ、そうか。いやあたりまえか。伯爵にもう戻ると伝言してくれ」

 

 レイジはなにやら一人納得して、セネルと一緒に来た一人に伯爵への伝言を頼んだ。その一人は馬首を翻して再度馬を駆けさせた。レイジはそれを見つつ、セネルの馬にちゃっかりと乗せてもらい帰りの途についた。

 

「レイジくん、どこか怪我はないかね?」

 

 伯爵はレイジを見た瞬間、真っ先この言葉をかけた。

 

「心配ありがとうございます。しかし自分は怪我ひとつしていないのでご安心を」

 

「そ、そうか」

 

 伯爵はそれきり喋らなくなってしまう。

 直ぐに食事の場も、誰も声を発しない。食事の音だけが響く。

 食後レイジは明日にはここを出る旨を伯爵に伝えて、割り振られた部屋で睡眠を取った。

 

 

 明けて翌日の明朝レイジは朝食をいただいてから、父の愛馬であるイリアスを撫でる。伯爵だけが見送りに出てきた。

 

「つかぬことを聞くが、君が水竜を?」

 

 どうやら昨日の晩からずっと気になっていたことを聞きに来たようだ、とレイジは理解した。

 

「もちろんです」

 

「魔法で?」

 

「魔法で、です」

 

「それは……すごいな」

 

 驚天して言葉が出てこなかったらしい。

 

「ありがとうございます。では」

 

 レイジは伯爵に一応の礼を言うとともに馬に鞭を入れ、駆け出した。

次に向かうべきは、グリンデル山だ。そこの頂上に自生する千年草と呼ばれる薬草がお目当てだ。グリンデル山には多くの亜人系の魔物が住んでいることで有名で、滅多に人は近づかない。

 レイジは馬で一日かけて麓の村まで駆けた。その翌日、レイジは馬を村人に預けて一人で、村人に止められつつも山へ分けいった。レイジは一日かけて山の頂上まで行き、資料に書いてあった特徴の通りの千年草を採取した。採取後すぐに『固定化』をかけて麻袋にしまう。この山での魔物との戦闘は数十に及んだ。しかし全てをブレイド一本で斬り伏せ、山を闊歩したレイジにとっては、山登りが若干こたえる程度だった。

 

 

 三つ目の素材はガイゼル峠に自生する竜胆と呼ばれる花である。竜胆は洞窟内に咲くと言われている。ガイゼル峠もよほどのことがない限り避けられる峠である。ここも魔物の巣窟として有名で、中にはミノタウロスの目撃情報もある。レイジは、竜胆という花は光合成を必要としないのか疑問に思ったが、その疑問を押さえ込んでガイゼル峠に向かった。

 レイジはグリンデル山の村より暁の時刻に出発して、半日かけ峠の村まで来た。村で一晩明かした後に、レイジは峠を駆け上がる。その都度邪魔をするオーク鬼やらコボルトを斬り殺しながら進む。登頂する頃に獣道を発見したレイジはその獣道を切り開いて進む。すると高さ5メイル程の洞窟を発見し、迷いなく中へと突入する。洞窟の奥地で日の光が一条だけ差す場所に、レイジの目的の竜胆が咲いていた。

 そこへ更に洞窟の奥から牛頭の亜人。ミノタウルロスが鼻息荒く、レイジに向かって手に持った大斧で斬りかかる。レイジはそのミノタウロスの重撃を、余裕を持って躱し、心臓にブレイドで伸びた短剣を突き立てる。しかしミノタウロスは再度大斧を振り上げる。 それを見たレイジは大斧を持ったミノタウロスの腕を斬り飛ばし、正中線に沿って唐竹割りを決める。

 レイジは竜胆を採取し、ミノタウロスの死体が残る洞窟をあとにした。竜胆にも『固定化』を忘れずにかける。

 

 

 最後となる薬草は当初どこにあるかも分からなかったが、コボルトの群れの祭壇に希に供物として置かれていることが多いとのことを、旅の途中で情報収集時に知った。よってレイジはコボルトの発見があった場所を手当たり次第に探した。祭壇を作ると言われているシャーマンを見つけ出すまで、コボルト狩りをした。そのせいもあり、一躍謎の仮面メイジは平民の話題をさらっていった。

 結局その供物であるアースハーブは、9個目の群れを消滅させた時に見つけた。

 それはレイジが水の精霊の涙を得てから、実にひと月後のことだった。

 




後半怒涛の端折り


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第四十話  秘薬の人体実験と修羅場

 レイジは秘薬に必要だとされる材料を集め終わり、ヴァリエール邸へと戻っていた。ヴァリエールの屋敷をレイジが離れてから、ひと月と数日という以外に短い期間で材料が揃うと思っていなかった公爵は、目を点にしてレイジを迎えた。

 

「材料を集め終わったのでこれより秘薬の調合を開始します」

 

 レイジがヴァリエール邸に帰ってきた時刻が昼過ぎということもあり、レイジは公爵に一言言うと、前と同じ部屋にこもってしまった。結局、レイジが再度公爵の前に現れたのは日がもう一度昇る頃だった。

 

「例のものは用意されていますか?」

 

 レイジは数本の瓶を持って公爵の執務室へと来ていた。

 

「ああ、一応は数名用意した。バスティーヌと言われる監獄に収容してある。ここから馬で一刻弱程のところだ」

 

 公爵はそう言ってレイジに地図を渡した。そしてさらに続けて

 

「薬は……できたのか?」

 

 公爵にとって一番気になることなのだ。聞きたい気持ちでいっぱいだったのだろう。

 

「ええ、一応形として秘薬を古書通りに調合しました。これからバスティーヌで実験をしたいと思います」

 

 レイジは公爵に返答してから、直ぐにバスティーヌへ向かうことを告げた。結局姉妹との再会はまた引き伸ばされることとなった。

 レイジは公爵の執務室から出て直ぐ、イリアスに乗りバスティーヌと呼ばれる監獄へと向かった。

 バスティーヌは森の奥地に建設された監獄だ。森そのものが監獄という様相を呈しているため脱獄を試みる者は多い。しかし、その森の街道は一本しかない。その街道より外れて森の中に入ったが最後、魔物の巣窟となっている森に飲まれて、平民もメイジも早期に骸を晒すことになる。そもそもメイジは杖を持っていないので平民よりも虚弱かもしれない。

 さらに一本しかない街道には数個の検問が設けられており、決して生きての森からの脱獄を許さない。この監獄から出るとき、すなわち死んだときか死ぬことを覚悟した時とまで言われているほどだ。このことよりトリステイン有数の監獄を誇っている。

 レイジは自分の知識と照らし合わせて森の街道を進む。なぜ街道に魔物が近づかないのかはただ単に街道が高く、厚い壁に囲われているだけだ。

 街道を進むこと数分レイジは数個の検問を公爵の印をみせて通り抜ける。森のほぼ奥地に鋼鉄でできた門扉が突如として現れる。レイジは門番に話をして中へと入れてもらう。

 

「ようこそ、このようなしみったれた場所へとお越しくださいました」

 

 手でゴマをすった男がレイジの前へと現れる。

 

「あなたは?」

 

「ここの監獄長を務めさせていただいております。タントワーヌと申します」

 

 手を揉む男はこの監獄の統括を行っているそうだ。糸目をしている。レイジと身長は変わらないくらいだ。

 

「なるほど、自分はレイジ・フォン・ザクセスだ。公爵より、内容は聞かされているか?」

 

「ええ、もちろんですとも。実験……用意させていただいております。はい」

 

 レイジはこの監獄長は自分には合わない人物であると感じた。しかしそのような瑣末なことは気にせずに、レイジは早速秘薬投与実験を開始しした。

 

 

 五人の被験者の性別はバラバラだが、症状がカトレアと似通っている人物をレイジが選んだ。一人目は中肉中背の平民の男性。彼の症状は突然の胸痛、乾いた咳、呼吸困難が起こるとのことだ。レイジはカトレアの病状の位置的に、同じゆえに彼に秘薬を与えた。彼は秘薬を不審げな表情で飲み干す。

 レイジは症状について聞くと、嘘のように体が楽になったと答えた。どうやら薬としての効果はあるようだと理解して、レイジは二人目の投与に取り掛かる。

 結果としては、レイジが今回持って来た秘薬は全部で五つであり、五人に秘薬を飲ませると全て体の調子が良くなったとの回答だ。彼らはレイジ自身が治すことが難しいと考えた患者ばかりだ。それぞれその効果が現れるのに時間的違いが見られたが、結果は同じ、体から病魔がいなくなったとの回答だ。外的損傷は治ることはないが、体の内に巣食う病気はどうやら現段階ではなくすことができるとの結論に至った。

 レイジは毎日この監獄へと通い続けた。服用後に副作用が突発的に発生しないかの検査を毎日彼ら被験者に質問を交えつつ、魔法で検査する。それを紙にメモしていく。それをくり返し行う。

 レイジは秘薬の効果は本物であると考えるも、古書の通りに副作用がないとは限らない。と念には念入れて毎日3ヶ月間監獄へと通い続けた。レイジとしても別に前世で薬学部や医学部に通っていたわけではないので、何時頃までこの観察を続けるかという目処も立っていない。しかし秘薬を使って3ヶ月が経った頃にレイジはこの検査に区切りをつけた。

 最後のメモは「実験開始より3ヶ月。被験者全てが、魔法による検査で健康状態だと出た。よってこの秘薬は万能薬である。ただし、副作用については以降に発症する可能性は捨てきれない」と締めくくった。レイジは公爵に実験の資料を見せ、どうするかを公爵に託すことを決めた。

 そう決意していつものように、日が没しようかという頃、レイジは公爵邸へと帰宅した。

 

「実験の資料がまとまりました。目を通して見てください」

 

 レイジは夕食を共にしたあとに公爵のもとへと来ていた。その手にはこの3ヶ月のすべてが記録してある本となった資料がある。

 

「わかった。今夜中に目を通しておく」

 

 

 

 

 レイジは久しぶりに、自室でゆったりとした時間を過ごしていた。この3ヶ月は公爵邸にいながらも、被験者のことばかり考えていて、ろくに寝てもいないような気がした。そしてヴァリエール姉妹ともあまり話をしていない。

 明日は久しぶりにルイズたちと話すのもいいな、と考えてレイジは眠りの中に沈んでいった。

 が、レイジは夜中に唐突に起こされた。レイジは自室の扉の開く音を感知するやいなや布団から飛び起きて、枕元の短剣に手をかけた。これは既に旅からの癖となってしまっている。

 

「カトレア……?」

 

 雲のない月が眩しい夜。窓からの月華を受けて、カトレアはレイジの部屋の扉前に立っていた。レイジは侵入者が誰かを把握したと同時に、短剣を枕元に戻した。

 

「どうしたんだ? こんな夜更けに」

 

 レイジはカトレアのネグリジェ姿を見て、不思議に思い質問をした。カトレアは申し訳ないといった調子で答えた

 

「……レイジ、あなた私のために危険なことをしていたのよね」

 

 レイジはこんな時間にそこまで切羽詰って話すことなのか、と思ったがしっかりとこたえる。

 

「……そうだが、急にどうしたんだ」

 

 レイジは全く理解が追いついていない。もともとカトレアの行動は突飛なものが間々あったが今回はそれに輪をかけている、とレイジは感じている。こんな夜更けにレイジの部屋に来るなんてことは過去に一度もなかったのだ。レイジはさらに眉をひそめる。

 

「どうして、あなたはそこまでしてくれるの?」

 

 レイジはこの言葉を聞いて公爵にいった言葉と同じ言葉を返そうとしたが、カトレアはさらに言葉を重ねた。

 

「レイジが私を家族と思っていることは知っているわ。だから危険を冒してまで、あの秘薬を作ってくれたのでしょう?」

 

「ああ、そうだ」

 

ここに来てレイジはカトレアが不安で胸が張り裂けそうになっていると、その表情から理解した。

 

「私の病気は本当に治るのかしら、前までとは違う。私には焦がれる人がいるの、本当は秘薬を使ったって治らないかもしれない……」

 

 カトレアはレイジの夕食時の様子から、どうやら秘薬の使用目処がたったと感じたようだ。

 そのためこの晩にこうしてレイジの下へ来た。治るという希望と、もしこのまま一生治らないのではないかという狭間で、不安に押し潰されそうなのだ。今までスクエアのメイジが何人もカトレアの診察を行ってきたのだ。それはすべてが失敗に終わった。今現在最後に残された希望は、レイジの調合した秘薬だけだ。これから違った方法が見つかるかもしれない。だが見つからないかもしれない。

 

「……きっと治るさ。だから心配しなくていい。オレが保証するよ」

 

 レイジは力強く頷いてみせた。そして一年前と変わらない、しかしレイジにとっては、とても弱々しく小さく見えたカトレアを抱きしめた。実際レイジとカトレアの身長の大小は逆転しており、レイジの身長の方が高くなっている。初めてみるカトレアの不安げな表情と、月光が乱反射している彼女の目は、レイジの庇護欲をこれでもか、というくらいに刺激したのだ。

 

 

 翌朝。レイジは昨夜のことを思い出し、若干赤面をして朝を迎えた。軽いため息を一つ吐き、ベッドから降りるべく手をベッドにおいた瞬間、レイジの顔は赤から青へと豹変した。

 その後、刹那のうちにレイジは昨夜のことを反芻した。カトレアを抱きとめたあと、カトレアは安心したのか寝てしまったのだ。レイジは仕方なく彼女を自分のベッドで寝かせ――。

 そこまで考えたとき、無慈悲なことに扉を誰かがノックしたのだ。

 

「レイジくん。ちょっといいかな?」

 

 声の主は公爵であると瞬時に理解したレイジは焦った。

 

「ちょ、ちょっと少々待ってください」

 

 レイジは慌てすぎて、重複表現をしてしまう程に動揺している。

 レイジは考える。

 この場合どう取り繕えば、自分の首は繋がり続けることができるのかということを。特に何もしていないとは言え、親の前で娘を部屋に連れ込んだように見えるシュチュエーションは非常にまずい。例え責がレイジになくても、この場合テンパってしまうのは仕方のないことだろう。

 

「レイジくんもういいかね」

 

 公爵はそう言ってドアを開ける。

 結局レイジはカトレアに布団をかぶせるという、至極お粗末な方法しか取れなかった。

 

「どうしました?」

 

 レイジは表面上平然を装う。内心は吹きすさぶ烈風で大渦巻きが発生した大海原のような荒れ模様だ。レイジの心臓は警鐘の早鐘をやめない。レイジは今生一番緊張しているに違いない。

 

「昨夜読ませてもらったよ」

 

「はい。秘薬はどうしましょうか」

 

「そのことなんだが、カリーヌと話し合って決めたのだが、今日にでもカトレアに与えてやってはくれないか。これまで何人もの優秀なメイジがカトレアを見てきたが、成果は上がらなんだ。これからもそうなる可能性が高い。この秘薬は今のところ副作用は無いようであるしな」

 

「分かりました。カトレアさんには自分が言っておきます」

 

「うむ」

 

 ではな。と言い残し公爵はレイジの部屋をあとにした。

 レイジは盛大な溜息と共に胸をなで下ろした。直後カトレアから声が漏れ、上体を起こし、辺りをキョロキョロと見渡したあとに、顔をルイズのように真っ赤にした。レイジはその姿を見て、やっぱ姉妹だなぁと脱力しながら思った。

 

「ああ、そうだ。秘薬の投与は今日の昼にカトレアの部屋で行うことに……する」

 

 公爵はレイジの気の緩む隙を、待っていたのではないか、と思うくらいにタイミングよく、顔だけレイジの部屋を覗き込んできた。

 レイジはこれが乾いた笑いか、という感想を初めて自分の笑い声から感じた。

 それも一瞬。公爵のモノクルが落下する音だけが部屋に響く。

 カトレアは顔だけを布団から出している状態だ。顔は未だに熟れたりんごのように真っ赤だ。

 三人は数秒間――レイジにとっては数時間の硬直の後に、公爵はモノクルを拾い上げて静かに扉を閉めた。扉の外では公爵が夫人の名を呼んでいるのがレイジには聞こえた。レイジはもう一度大きなため息を吐いた。

 

「完全に墓穴を掘ったな。穴があったら隠れてぇ。あ、オレの掘った墓穴に隠れればいいのか。それだと結局墓穴になっちまう」

 

 レイジの心は既に、台風が過ぎ去った後の空のように晴れ晴れとしていて、冷静になっていた。発言は冷静さを微塵も感じさせることはないが。

 カトレアは初めて見る、動揺しているレイジの挙動に戸惑っていた。どうしてそこまで慌てているのかがわからなかったのだ。

 結局レイジは気まずい雰囲気を自分だけ感じつつも朝食を皆でとる、という命の危機はさったものの、非常に息苦しい拷問状態になっていた。公爵の表情をチラリと伺うと、公爵はいつも通りの表情をしていた。それがレイジには憤然とした表情のように感じた。その後レイジはカトレアの動物たちと戯れて今朝の出来事を一時的になくそうと奮闘した。 

 

 その甲斐虚しく、昼にカトレアの部屋にて公爵と公爵夫人とで秘薬の投与をする時間となった。

 

「え~。これからカトレア嬢にはこの秘薬を飲んでいただきます。よろしいでしょうか」

 

「……分かりました」

 

 レイジはカトレアの返答を聞くとともに、彼女に再度調合し直した液状の秘薬を渡した。カトレアはその秘薬を一口に口に流し込む。

 

「効果が現れるのには個人差があるので待ちましょう」

 

「わかった」

 

 レイジの説明に公爵は頷く。

 

「なにか体の変化があれば言ってください。こちらも一応は『水』の魔法で見ておきますが、やはり自分の体は自身が一番わかるでしょうから」

 

 ただ無言で待つこと半刻ほど、レイジは一度も後ろを振り向かずに、カトレアに『水』魔法を使っていた。そうするしかレイジとしては、この痛々しい空気を耐えることができなかったのだ。といってもそれを意識しているのはレイジだけなのだが。

 

「胸の痛みが無くなったわ」

 

 レイジも『水』魔法をカトレアに行使しているときにある違和感が消失したことを感じていた。

 

「確かに、無くなったと思います」

 

「なに!? 本当かそれは!!」

 

 公爵はそう言ってレイジに教えてもらった『水』魔法を行使した。公爵の目から涙が流れでて、カトレアを抱きしめる。公爵夫人のカリーヌもその二人に加わり親子で抱きたっていた。レイジはその光景を見て、軽い笑みを浮かべて部屋を出てその扉の横の壁に寄りかかる。

 

「一段落ってとこか……」

 

 レイジは知らず知らずのうちに言葉をこぼしていた。

 

「何が一段落なのよ」

 

 そこへ座学の勉強をしているはずのルイズが現れた。レイジはルイズを横目で見て部屋を親指で指した。

 

「入ればわかる」

 

 ルイズは疑問符を浮かべながらカトレアの部屋へと入っていった。

 

「ちいねえさまの部屋がどうしたのよ」

 

 ルイズは扉を開け部屋に入ると、両親がカトレアを泣きながら抱き合っているのを見て察し、自身もその輪に加わった。

 レイジはとても重要なことをこの時失念していた。

 親子の抱擁を部屋の外で待っていたレイジは、公爵に中に入るように呼ばれた。中に入ると泣き疲れたのか、ルイズはカトレアの腕に抱かれて眠っていた。

 

「娘の病気を治してくれて感謝のしようもない」

 

 公爵はそう言ってレイジに頭を下げる。感謝の形をしっかりと表せるのだからそんじょそこらの似非貴族とはやはり格が違う。

 

「頭を上げてください公爵。前にも言いましたが、家族を助けるのに理由なんていりません」

 

 レイジは少々恐縮しつつもそう返す。公爵もそれを聞いて頭を上げる。

 

「ところでレイジくん。今朝の事なんだが」

 

 レイジはその言葉を聞いた瞬間、全身の汗腺から汗が噴出した。

 公爵の表情は先とは一変笑いの欠片もない。

 レイジは死を覚悟した。今のレイジでは先代の「烈風」には勝てない。つまり逃げることができないのだ。逃げだけに徹するのなら可能性はあるが、余裕を持てるほどでもないこともまた事実。

 長い沈黙のあとに公爵はニヤリッとした笑みを浮かべて言い放った。

 

「レイジくん。よくぞ既成事実を作ったな!! 予定にはまだ早いが婚約指輪をやろう!!」

 

 公爵はそう大きな声でのたまった。レイジの理解が追いつかない。

 婚約指輪? なぜ? 婚約ってあれか、結婚を前提にお付き合い的なあれか?

 

「カリーヌ」

 

「トリステイン一の造形師に作らせた白金の指輪です」

 

 どうぞ、と理解の追いつかないレイジとカトレアに指輪を渡した。

 

「ちょっと待ってください。オレはフォン・ザクセスを継ぐ気なのです。いくら公爵の頼みであってもラ・ヴァリエール家は継げません!!」

 

 レイジは一気に物事を理解して声を上げた。婚約の理由はわかる。しかし所々の問題が残っている。

 

「それは分かっておるよ。別に君に婿に来てもらうのではない。カトレアを嫁にもらってもらうのだよ」

 

「しかし、父にも相談しなければ――」

 

 レイジの最もな言い分に公爵は最後まで聞かずに答えを返した。

 

「グスタフ殿とは話は既についておる」

 

 手回しの速さにレイジは驚嘆した。

 

「ああ、そうなのですか」

 

「なんだ? カトレアは不満か」

 

 レイジとしては不満などあるはずがない。所々の問題がないのなら、女性としても魅力的であるカトレアとの婚約を、特段断る理由もない。

 

「いえ、光栄です」

 

「これからもよろしくおねがいするわね、レイジ」

 

 そう言ってなんの驚きも見せずにカトレアは、レイジの頬にキスをする。カトレアは前々からこのことを聞かされていたのだ。

 レイジは秘薬探しの旅を終えたあとに、カトレアが突然に名前呼びにしろ、と言ってきた理由を理解した。

 

「昨夜はお楽しみだったようじゃから、孫の顔は早く見れそうじゃな」

 

「あとはエレオノールが早く結婚すればいいのですが……」

 

 公爵は高笑いをし、夫人の方は長女の婚期を心配している。

 

「一応言っておきますが、昨晩は別にお楽しみなんてしてませんからね」

 

 レイジは今できる最大限の抵抗をした。

 この晩は豪勢な夕食になった。その理由を聞いたルイズは、レイジに癇癪を起こしたのだった。

 




昨夜はお楽しみでしたね(ニッコリ


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第四十一話 アルビオン漫遊

 レイジはカトレアの病気を秘薬で治療した翌日。当初の目的通り諸国漫遊を実行に移すことにした。結局レイジは受け取った婚約指輪を未だに手につけておらず、箱の中にしまったままである。

 カトレア手を出していないのはヘタレであるが故か、まだレイジとしてはその段階に至ってない故か。

 答えは後者よりであり、レイジの目的には、言ってしまえば現段階では必要のない存在なのだ。現在のレイジ自身の至上命題は知識を付けることにある。これから未来でゲルマニアの伯爵として、激動の時代に必要な知識だ。結局情報は一番の武器になりうるということである。

 持ち物は杖である一対の短剣と、少々の食料と幾ばくかの金銭だけだ。そして「烈風」の仮面も忘れない。貴族の証のマントは羽織らない。

 レイジはこの旅の相棒であるイリアスを撫でる。イリアスもすっかりレイジに懐いており、レイジに撫でられると小さな嘶く。

 

「この一年と半年、お世話になりました。といってもまた会う機会は大いにあるでしょうけど」

 

 レイジは苦笑しつつ一時の別れの挨拶をする。

 

「いってらっしゃい」

 

 カトレアは笑顔でレイジを送り出す。病気は本当にどこかにいったようで、カトレアの体調は非常に良く、魔法も行使しても体に負担はないようだった。

 

「いつでも帰ってきなさい。ここはもう君の家なのだからな」

 

「自身の力を過信してはいけませんよ」

 

「……元気でいなさいよ」

 

 順に公爵、夫人、ルイズが挨拶をする。いまだルイズはカトレアを取られたとヤキモチを焼いている。レイジはそんなルイズを微笑ましく思いつつも再度別れの言葉を発した。

 

「では、行ってきます」

 

 レイジはその言葉とともに馬に飛び乗りイリアスに駆け出させた。

 ヴァリエール一家はその姿が見えなくなるまで見ていた。

 

「しかし、いい顔つきになった」

 

「もともと面構えは子供とは思えませんでしたからね」

 

 公爵と公爵夫人は初めてレイジとあった時を思い出していた。あの時ザクセス伯爵に言われて、興味本位で杖を交えた公爵にとっては、感慨深いことが多いのかもしれない。

 一方のカリーヌも初めての弟子として鍛え上げたのだ。思い出が少ないわけがない。

 

「行ってしまったわね」

 

 カトレアは少し寂しげに振り返らないレイジの背を見つめてポツリと零す。

 

「……ちいねえさまはレイジをいつから? それに離れたくないのなら引き止めればいいと思うの」

 

 ルイズは自分の慕った姉が誰かに取られることは未だに受け入れがたいことだったが、気になったことを聞いた。ルイズにとっては、レイジだけがカトレアに恋愛感情があるのならば、まぁ納得の範疇だ。なにせ自慢の姉なのだから。しかしどちらかというとカトレアの方がレイジを好いているをルイズには映った。

 

「いつだったかしら、わからないわ。人を好きになるのは突然じゃあないの。彼と共に過ごすその過程の中の、いつのまにか好きになっていたのね。それに彼は私が引き止めたって旅に出てしまうわ」

 

 恋の始まりはきっかけがあればいつの間にか訪れる。

 ルイズは慕う姉の言葉の意味を頭の中で考えていた。なぜこんな魅力的な姉の頼みを振り切って行ってしまうのかを。

 

 

 

 レイジは当初は、始めはトリステインを漫遊でもしようかと思っていたのだが、秘薬の材料を集める過程でほぼ各地を回っていたことに気づいて、アルビオンに目的地を変えた。

 

「天空の大陸か、いったいどんな感じなんだか」

 

 レイジがアルビオン行きのフネに乗るために、一路ラ・ロシェールへ向かっていた。

ラ・ロシェールはスクエアメイジが岩より切り出した家々が有名な場所だ。古代の世界樹を切り抜いて作られた立体的な桟橋に多くのフネが停留できるようになっている。レイジは明朝の出港の手続きを済ませて、それに備えるために宿屋の部屋にて眠りについた。

 翌朝。快晴風向きは追い風、と非常によい天候となってレイジは胸を躍らせていた。天空の大陸をこの目で初めて見るのだ。心が踊らないことがあろうか。

 レイジはイリアスと共に乗船する。勿論人と馬の乗る場所は違うが。レイジは出港してから船尾で空が流れていくのを見ていた。風石とは凄いものだと感心を新たにしつつ眼下に広がる自然をなんとはなしに眺める。久しぶりに一人の落ち着いた時間だ。そしてこの怒涛の数ヶ月を振り返ってから、故郷に残した大事な妹のことを考えた。毎月手紙を送ってるのだが、それでもこうして考えると顔が悪くなる。

 

「好きなおとこのひと……ねぇ」

 

 レイジはフィーネの別れの言葉を思い出して、ニヘラっと笑う。ヴァリエールの人々には見せなかっただらし無い顔だ。

 結局レイジはそのままアルビオンの港町ロサイスへと到着した。そんなことを船尾でしていたのだから下からアルビオンの大陸見る第一の機会を逃してしまった。レイジは肩を落とし、帰りに見るかと気を新たにした。

 レイジは初めにロサイスより北に二日馬でいった場所に、アルビオンの王都であるロンディニウムに向かうことにした。王城はハヴィランド宮殿であり、王都の中心に位置している。ロンディニウムだが、トリスタニアと少々似ているが、レンガの色使いなどがおとなしめなのが特徴だろう。アルビオンはトリステインほど見栄っ張りではないのかもしれない。

 

「ここが天空の城か……なっつかしいなぁ」

 

 レイジは自分で言って何かを懐かしみつつ、ブラブラと宿屋を拠点としながら一週間ほど王都をぶらついた。やはり王都というだけあって貴族の数が多い。

 国王、と言っても現在その地位についている者はいない。前国王のジェームズ一世が国王の座を降りた後は息子のウェールズ・テューダー王子に渡る予定だ。しかしまだウェールズは子供ゆえ戴冠をしていない、というのがこの国の現状である。そのため王権派に変わる新たな勢力が生まれるのではないかとは批評家たちの間ではもっぱらの噂だ。

レイジも薄らとした記憶でアルビオンについて思い出していた。

 そう、確かアルビオンは滅びの道を歩む。

 レイジは時代の奔流は止めることができないかもしれないと感じていた。いくら強力な魔法を使ったところで、やはり数というものには勝てない。レイジは一週間経った朝に王城に立つ旗を見て思う。

 それも数秒のこと、レイジは次の目的地、サウスゴータ地方のシティオブサウスゴータへと馬で駆けていく。

 レイジは数日かけ、幾らかの街に止まりつつもシティオブサウスゴータへと着た。シティオブサウスゴータは人口4万を数えるアルビオン有数の大都市である。円形状の城壁と内面に作られた五芒星形の大通りが特徴的で、始祖ブリミルが初めにアルビオンに降りた土地として有名だ。

 シティオブサウスゴータは王都と何ら遜色ないほどの大都市である。ここの家々も王都と同じような配色のレンガで作られたものが散見された。ここサウスゴータは巨大な土地であるが故に、領主であるモード大公はあまり政治に参加せずに議会に任せきりだったという。そしてモード大公は、理由は定かではないが国家反逆の罪でジェームズ一世に処刑されている。その後は結局変わらずに政治は議会が行っている状態である。レイジは数日ゆっくり来たといっても、長旅で疲れを一時癒すために、かなりの時間この様々な施設が揃ったシティオブサウスゴータで過ごした。ついでに旅でさらに北へ進むと大きな都市がほぼなくなるため、食料を買い込む。

 レイジはサウスゴータから北へ行く。何日かの旅路の後にアルビオン北部の高地地帯へとレイジは来た。この高地地帯にはトロール鬼が多数棲息していることで有名で、街から離れた場所には行かないという取り決めもある。その高地地帯の入口の町、インバスへとレイジは足を踏み入れた。その町はシティオブサウスゴータに比べるとひどく寂れている。アルビオンでもほぼ一番北といっていいほどの極地だ。人は少ないだろう。何よりも危険な鬼が多数多様に棲息している。好き好んでこんな場所に住まう人の気がしれないとレイジは人ごととして考えた。しかしそのトロール鬼は殺戮を好むという厄介な習性を持つ。何故か人間の戦いに参加するといったお茶目さんまでいるらしい。レイジは前段階で仕入れた知識と町の景観を見比べ、宿屋を探すことにした。寂れた小さな町といっても街道沿いにある町なので、宿屋は比較的簡単に見つかった。レイジはその日も日が暮れていたこともあり、宿屋で食事を頂いてからベッドの上で微睡んでいた。

 

「鬼が出たわ!!」

 

 町の人が叫ぶ。レイジはその声で微睡みから一息に覚醒した。

 

「どうしたんだ?」

 

 レイジは未だ酒場の状態のカウンターで、接客している宿屋の店主に事情を聞いた。

 

「ん? ああ、どうせトロール鬼だろう。よく出るんだよ。この辺ではね」

 

 店主は落ち着き払った様子でそう答えを返す。周りを見ると他の酔っぱらいもそこまで騒いではいない。

 

「いつもこんな感じなのか?」

 

「ああ、そうさ。常駐しているメイジの方が退治しなさるからな」

 

 レイジはその内容に一応の納得をした。

 

「ふーん」

 

 人は環境になれるというが、命の危機だというのにのんきなんだな、とはレイジが素直に思ったことだ。そんなことを思っていたからだろうか、宿屋の扉付近が派手に吹き飛ぶようにして壊れた。それを見てレイジは持っていた仮面を付けつつ、店主にもう一度質問する。

 

「あれもいつものことなのか?」

 

「いや、っかしいなぁ。メイジの方はどうなさったんだ」

 

 店主は混乱してなんの打開策にもならないことを口走る。その直後酔っぱらいも素面のものもすべてが悲鳴を上げる。前門のトロール鬼、後門の行き止まり。

 

「メイジはいつも何人いるんだよ。あとランクは」

 

「え? ああ、一人だ。ランクは……トライアングルだったはずだ」

 

 レイジはその言葉を聞くと納得した。宿の外では複数のトロールの呻きが聞こえる。トライアングルメイジ一人では厳しいかもしれない。

 

「オレはこういう星の下に生まれたのかもしれないなぁ」

 

 レイジは諦観の念と共に腰の短剣を抜き放ち、人の波をかき分けて、宿に押し入ってきたトロールの首を両断した。

結局レイジは偏在を使って一気にトロールを斬殺した。偏在がもどるとメイジらしい人物の死体を見たとのことだ。

 

「こんな場所に常駐メイジ一人とか気がおかしいな」

 

「せめて三人だろ。スリーマンセルこそ至高」

 

「一人じゃ今回みたいなことは対処できない。けどこれまでは、ここまで多くのトロールが襲ってこなかったのも事実だな」

 

 素体のレイジは物事の収束後に町の人に聞いたことを交えて意見を話す。

 

「なにか、あるんじゃないか? あの高地」

 

「まぁそう考えるのが妥当か」

 

「お? ならパパッとズバッとやっちゃいますぅ?」

 

 レイジの偏在三人は話し合う。その光景はかなりシュールなものだ。しかも三人とも仮面をつけている。

 

「けど深入りしすぎはどうなんだ」

 

「オレの旅の目的は世界を知ることだぞ。一々各地で勇者の真似事なんてしてられないぞ」

 

「え~、いいじゃねぇかよ。トロールだかトトロだか知らねぇが、どうせ今回もブレイド一本で終わっちまうさ」

 

 レイジの偏在ひとりが慎重に物事を見るべきだと訴え、もうひとりが、それに若干賛同する。最後のひとりは高地へ突撃案出す。

 三人よれば文殊の知恵とは言うが、実際は同じ人物ゆえに一人なのだ。

 結局偏在のレイジは、素体のレイジの意見を尊重することとなり、疑問を残しつつも領主に常駐人数を増やすように頼んでもらうことで合意した。

 レイジは翌朝に領主の元へ手紙を出すよう、町長に話をした。そのメイジが来るまで自分がこの町を守るというサービスも買って出た。

 結局あの晩以来トロール鬼が現れることはなかった。代わりにはぐれオグル鬼が一体だけ町の近くの街道を横切っていったと、偏在のレイジは素体に対して言った。レイジは自分の偏在の表情を見て、横切ったオグル鬼を殺ったことを悟り、ため息を吐いた。

 レイジが警邏の任を自主的に行ったのは5日ほどだ。あの出来事から5日後に来たメイジは2人という数字だった。それぞれランクはトラングルとのことで、片田舎の領主はかなりの絞り方をして捻出した人材だろう、とレイジは思った。レイジは警邏の任をといてから次の日には再度シティオブサウスゴータへと相棒のイリアスと向かった。

 帰りのシティオブサウスゴータでまたもレイジは小金稼ぎをしつつも、もう一度大都市を見て回った。

 するとレイジは町の賑わいが、前よりも大きなものだと気づいて、理由を考える。そして始祖の降誕祭が間近に迫っていることを悟った。確かに最近めっきり寒くなったと思ったところで、空からしんしんと雪が降って来る。レイジはなんてタイミングだと思う。

レイジは始祖降誕祭をサウスゴータで迎えることとなった。その祭りも終わり、レイジは王都ロンディニウムへと行きと変わらない日程で踏破し、港町ロサイスへと戻ってきた。ロサイスは初めに来た時とは違った景色を見せている。そのロサイスで一番ラ・ロシェールに近づく時まで待つ。アルビオンからラ・ロシェールへ行くのに近づくのを待つ必要はないが、レイジはなんとなく待った。

 レイジはアルビオン大陸から離れていく船の船尾で、アルビオンが「白の国」と呼ばれる理由をはっきり理解した。

 

「確かにありゃ真っ白だな」

 

 レイジはそんなことを呟きつつも、アルビオンで見てきた様々なことを、紙にまとめるため船室へと戻っていった。

 大陸を下から包む雲は、それ自体が大陸を浮かせているのではないかというほどに大きく、キレイに光を反射していた。

 



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第四十二話 ファンガスの森の出会い

 レイジはアルビオンよりラ・ロシェールへ帰着した後に、トリステインを再度見て回ることにした。カトレアのための秘薬作り時に既に大半の土地を相棒のイリアスを巡ったが、流石にトリステイン全土を網羅できてはいない。そのため、未だ行っていない場所へと赴く。その土地土地での治め方などを直で見、参考になるところを記録していく。

 レイジは春を迎える頃にトリステインからロマリアへ向かった。ロマリアではこのハルケギニアの宗教、ブリミル教の本山がある。教皇がこのロマリアという宗教国家の枢軸をになっている。このロマリアから様々な名目で枢機卿が送られることがある。その一例がトリステインのマザリーニ枢機卿だろう。

 レイジは特段ブリミル教を信仰してもいないので、ロマリアは適当に有名どころを回るだけにしたのだった。といってもいくばくかの日数はかかったが。

 レイジは最後の漫遊地であるガリアに虎街道から向かった。ガリアはハルケギニア最大の国である。現在の王は数ヶ月前に亡くなったガリア王に変わり、人心が向いていなかったジョゼフⅠ世、通称無能王である。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 レイジはガリアを粗方見て回っていた。ガリア入りしてふた月は経った頃だ。レイジはガリアに入国してすぐに、オルレアン公つまり、王の弟であるシャルル公が暗殺されたと耳にした。

 レイジはシャルルが暗殺されることは覚えていたが、前世からいつどこで暗殺されるかは知らなかった。知っていたとしてもレイジの取れる行動はなかっただろうが。

 レイジがその噂の真偽を、どこぞの誰かと語らうこともなく是としてひと月ほど。

 彼は旅の途中でファンガスの森にほど近い村に来ていた。この村はもともとファンガスの森に隣接するように集落を形成していたのだが、どこかの研究好きなメイジが森を基点として研究を続けていたのだ。その研究とは人造合成獣、キメラの作製だ。その中でもキメラドラゴンなるものを作り上げたようだ。研究は実を結びキメラドラゴンは誕生したのだが、その誕生の代償として製作者のメイジはそのキメラに食い殺されたとのことだ。そのせいか、もともと魔物の多かったファンガスの森にキメラドラゴン以外の人造合成獣も蔓延るようになった。そのため村は危険な森から離れるようになった。狩りに行けば逆に狩られることが目に見えているのだから。

 

「『烈風』様!! どうかお願いします。もうわしら狩人として生きてきたもんは、農耕ではとても暮らしてけやしないんです」

 

 レイジが宿泊をさせてもらったこの村の村長が、レイジのフェイクの杖を見てメイジだとわかったのか、レイジに頼み事をしてきた。レイジは仮面のメイジとして、村人が困ってきたら少しの手助けから、魔物の巣の撲滅まで行ってきた結果か、民衆にちょっと知れた人物となっていた。といっても鉄仮面をしていたらの話だが。

 

「はぁ、もう一度詳しく話してください」

 

 仮面を着用しているレイジは必死な村長を見て、必死な理由を明確にするため聞いた。

 

「先にも言いましたが、わしらが元々住んでいたのはファンガスの森の近くなんです。しかし数年前にその森に合成獣が蔓延るようになったのです。そいつはわしらの弓などものともしなかった。だからこうして森を離れて狩りでなく農耕で生計を立てているのです。だども、農耕の仕方がわからない。税は収めなきゃならない」

 

 元々この村の住人は森で取れる様々な資源などで税を収めていた。狩りばかりしてきた人々が、ノウハウもないのに農耕などで安定した税を収めていけるはずもない。そのため領主は埋め合わせを要求してくるのだ。

 

「それで、ファンガスの森にいるキメラを退治してくれってことか? 自分たちがあった生活に戻すために」

 

「はい」

 

 レイジは先に聞かされたメイジの研究所のことを思い出した。人造合成獣なるものはレイジとて想像できる。確かにこのままいけばこの村は崩壊が未来に待っているだろう。

 レイジはため息をついてから口を開いた。

 

「分かりました。どれだけ殺せばいいんですか?」

 

「おお!! ありがとうございます!! キメラドラゴンは確実に屠っていただきたい。あとは――」

 

 

 レイジはそのまま村で一晩夜を過ごした。体が慣れているためレイジは定時に起床する。大きく伸びをする。天候は絶好の狩り日和である。レイジは早速朝食のあとに『烈風』の仮面を装着して、森へ向かって歩き出した。相棒のイリアスは村で留守番だ。

 レイジがファンガスの森に差し掛かったところ、一人の少女が看板の前に棒立ちでたっていた。少女は真っ青な長い髪を持ち、手に身の丈を超える杖を握っている。靴はブーツで、ズボンは乗馬用の白いズボンだ。上にはレイジの髪のような赤い上衣を着ている。どう見ても貴族のお嬢さんであるとレイジは訝しげに思った。

 看板には「この先立ち入り禁止」とだけ書かれている。

 

「やぁ、お嬢さん。こんなところで何を?」

 

 レイジは珍しく爽やかに言葉をかけた。少女は一瞬肩を大きく震わせると、レイジの方へと振り返った。その顔には濃い影が差して要るように感じられた。髪色が違うだけでレイジの妹のフィーネと若干似ている顔立ちだ。

 

「え、あの武者修行……?」

 

 仮面の男の突然の登場に驚きつつも、少女は疑問符付きの回答をした。

 

「なるほど武者修行か、オレもそのくらいの頃に武者修行とか言って修練に明け暮れたなぁ」

 

 レイジは少女の言葉が冗談であるとわかっていながら、昔のことを思い出した。

 

「で、ホントの理由は?」

 

 再度質問をする。すると少女は数秒目を泳がせたあとに観念したのか、本当のことを言った。

 

「……キメラドラゴンを退治してこいって言われたんです」

 

 レイジは少女の本当だと感じる答えに、驚愕する。10歳そこそこの子供が人造とはいえ、ドラゴンの討伐を命ぜられたのだ。この少女がそこまで腕が経つとは感じられないレイジとしては、その命令したモノに対して心の中で憤慨した。

 これではまるでテイのいい死刑である。

 

「なるほどな。君はキメラドラゴンを退治するまで帰れないのか?」

 

 少女は無言で頷く。ますますレイジとしては腹が立ったが、腹の中だけに抑える。

 

「なら、オレもそのキメラドラゴンを退治しに来たから一緒に行こう」

 

 レイジはこの少女一人くらいならば守ると決めた。少女は一瞬迷うも、やはり不安なのか首を再度縦に振った。

 

「よし、決まりだ。安心してくれ、オレはこう見えてもスクエアメイジだからな」

 

 レイジは自身から滅多に言わない、魔法のランクを口に出した。これも少女の不安を紛らわせるための一環である。少女はレイジの発言を聞いて驚いた。レイジも鼻頭から下は隠しているといっても、目元で年齢の判断はできる。まだまだ若い青年といった人物が、スクエアであることに驚いたのだ。

 二人は森の中を淡々と歩く、歩き慣れていないのか少女は、所々で躓きつつもレイジについて行く。レイジも少女のペースに一応合わせて、ファンガスの森の中を闊歩していく。森に入って数分した時最初の襲撃が訪れた。その頭部はオオカミの形をしている。だが通常のオオカミと違い体は一回り大きく、頭部が二つある。

 レイジはこれがキメラか、と思いつつも何故三頭でないのかと疑問に思った。思いつつも素早く腰の短剣を抜き、ブレイドを刃に這わせる。

 少女は初めて見る凶暴な魔物に怯えてしまっている。キメラが怯えている少女めがけて跳躍する。少女から小さな悲鳴が漏れる。レイジは飛びかかってきたオオカミもどきを、ブレイドで二枚おろしにする。血の雨も魔法で防ぐ。

 少女は鮮やかな一撃にあっけにとられつつ、レイジを見上げた。

 結局それから何度かキメラに遭遇して、それをレイジが退けたり、少女に戦わせたりした。常時レイジの『エア・シールド』で守られている少女に、傷をつけれる魔物など存在せず、結局少女の魔法にやられていくだけだった。

 レイジは風メイジとして、空気の震えに敏感なこともあり、魔物は尽く肉塊へと替えられた。

 何度かの戦闘の後にレイジが茂みに向かって声をかけた。

 

「あんた、そこで何してるんだ?」

 

 少女は突然のことにレイジの見た茂みを見やると、一人の活発そうな女性が出てきた。

 

「いつからバレてたんだい?」

 

 おかしいな、といった調子で女性は出てくる。その手には弓を持っており、背には矢筒を背負っている。

 

「最初からだ。で、あんたはなにしてんだ?」

 

 メイジ相手にぞんざいな口の利き方をする者はそういない。と言ってもレイジそんなことは気に止めるほど狭量ではない。

 

「あたしはこの森で狩りをしてんのさ」

 

「狩り? こんな危険な森でか?」

 

「そうさ、獲物は獲り放題だよ。それよりあんたたちは何しに来たんだい」

 

「そうだな。武者修行だ」

 

 レイジは少女のジョークをそのまま流用した。

 

「悪いことは言わない。こんな森でやるもんじゃないよ。なんたってキメラドラゴンがいるんだからね」

 

 レイジと少女はキメラドラゴンという言葉に反応する。

 

「そのキメラドラゴンを退治しに来たのさ」

 

 女性は迷いなく言い切るレイジの言葉に一瞬あっけにとられた。

 

「なるほどね。確かにメイジ様にゃあ出来そうなことだね」

 

 納得したように女性は頷いてみせた。

 

「あんたキメラドラゴンの場所を知ってるのか?」

 

「いや、知らないよ」

 

 レイジはそうかとだけ呟いて歩き出した。

 結局その日の日が沈むまでにキメラドラゴンを見つけることができずに、キメラを数十体狩るだけにとどまった。そして、あれから行動を共にした女性――ジルのネグラへと少女とともにおじゃました。ネグラは洞窟内であり、寝床のようなわらが敷かれた場所や、様々な器具がおかれた台が置かれていた。

 

「メイジ様にはしけた場所だろうがくつろいでくれよ」

 

 ジルは快活に言って夕食の準備を始めた。

 

「いいところだな」

 

 レイジは洞窟内を見渡してお世辞抜きで言った。

 

「そうだろ? ホントはもっとしっかりしたとこに住んでたんだけどね」

 

「そこはどうしたんですか?」

 

「あたしが家から離れていた時に、魔物に襲われたのさ。そこには家族だったものがあったよ。家族全員が何かに食い荒らされたあとだったよ。父は半身が食われていて、母は内臓を食われていた。妹なんて片腕しか残っちゃいなかった」

 

 ジルは奥歯をギリっと噛み締めながら言った。

 

「それより、シャルロット。あんたはどうしてこんなとこにいるのさ。『烈風』と兄妹ってわけじゃあないだろう?」

 

 少女――シャルロットは水を向けられて少し言いよどんだが、言ったことをもう一度言った。『烈風』とはレイジが仮面着用時に名乗る名前だ。

 

「……キメラドラゴンを退治しに」

 

 ジルは目を見開いてレイジを見る。レイジは肩をすくめてみせた。

 

「どうしてあんたがそんなことをしようっていう話になるんだい」

 

 レイジは聞かなかったがジルの言う通り、元を聞かないことには彼女の根本的な問題解決はできない。

 

「わたし、父さんを殺されたんです。母さんも心を奪われてしまったんです。わたしはもう一人ぼっちになっちゃったんです。生き残ったわたしにキメラドラゴンを退治しろって下知がくだったんです」

 

 シャルロットは徐々に声を震わせ、終いにはすすり泣きを始めた。

 

「なるほどねぇ。それで、キメラドラゴンを倒しに来たわけかい」

 

「わたしは戦ったことなんてなかったんです。ドラゴンなんかに勝てるわけがない」

 

 どこかのアホは除くが、10歳そこらの子供にドラゴンを殺せというのは無理がある。

 

「ならそのまま殺されるの?」 

 

 ジルは諦観した調子のシャルロットに質問をした。

 

「そうだ。キメラドラゴンなんざ、朝飯前だ。ここにはジルとシャルロット、そしてオレがいる」

 

 レイジとジルの言葉にシャルロットは顔を上げた。

 

「ドラゴンを倒せるの?」

 

 希望の光を見てシャルロットは前向きな疑問を口にした。

 

「最初から諦めるのは性に合わないからね」

 

 ジルはやる気だ。

 

「やるまでもなく楽勝だ」

 

 レイジは幾度となく戦闘を繰り広げてきた自負から言う。二人の言葉にシャルロットの目から流れ出ていた涙はとまっていた。

 

 

 開けて翌日。レイジたちはファンガスの森へと繰り出した。今日もレイジを戦闘としてシャルロット、ジルの順で歩く。

 結局その日もキメラドラゴンには会えずじまいで夕刻になる。

 

「そういえばあんたら何歳なのさ」

 

 昨日と同じ洞窟――レイジの魔法によって大空間となった洞窟で、ジルが唐突に質問した。

 

「12歳」

 

 シャルロットがはじめに答え

 

「14歳」

 

 レイジが続き

 

「19歳。って『烈風』、あんた14なの? あたしゃてっきり同じか年上かと思ってたよ」

 

 ジルが最後に言って、レイジの年齢に驚愕する。

 

「わたしもジルさんくらいかと思ってました」

 

「そうか? まぁこの仮面のせいもあるかもな」

 

 そう言ってレイジは食事以外、外さない仮面をつついた。

 

「昨日から気になってたけどその仮面なんなのさ」

 

「わたしも気になります」

 

「これはオレの魔法の師匠にもらったものだ。師匠に教えてもらうものを全て教えてもらった証だ」

 

「そうなんですか」

 

 シャルロットとジルは納得したように頷く。

 

「そういえばレイジはどうしてこの森に?」

 

 ジルは昨晩シャルロットの理由を聞いたが、レイジの理由を聞いていないことを思い出して質問をした。

 

「オレは近くの村の人にキメラドラゴンを退治してくれって頼まれただけだ」

 

「あんた家族はいないのかい?」

 

 ジルは家族を失う悲しみを知っているからの質問だろう。シャルロットも似たような表情だ。

 

「いる。だけど今は世界を見て回って、知識をつけるために旅をしている。これも貴族として特権階級の人間としての義務だ」

 

 まぁ国は違うがな、と最後に付け加える。

 

「えらく高尚なことをしてるんだね。あたしには真似できない精神だね」

 

「権利を得るものは必ず義務を果たさなければならない。それが為政者の勤めだ」

 

 レイジは当たり前のことだと言った調子だ。そんな彼にシャルロットは優しく貴族の鑑だった父を見た。12の時には既にスクエアのメイジとなったシャルロットの父、シャルル。彼もまた特権階級の利権だけに囚われない人物だと、シャルロットには感じられていた。

 

「……父さん」

 

 シャルロットは小さく呟く。レイジはその声を聞いた。

 

「シャルロット、君はキメラドラゴンを退治したらどうするんだ」

 

「そうさ、父を殺され、母の心を奪われて悔しくないの? あたしは奪われたのが悔しくてこの森の合成獣を駆逐するまで、復讐を続けるよ」

 

 ジルはこの森にとどまり続ける理由を言った。

 

「…………」

 

 シャルロットはジルの言葉を聞いて俯いてしまった。

 

「助けてやんなよ。母さんを」

 

「でも、母さんはもう……」

 

 シャルロットの母はエルフの薬によって心が奪われてしまっている。

 

「ま、どちらにせよ今は雌伏の時だろうな。実力をつけてからが本番だ」

 

 レイジは最後にそう締めくくった。

 

 

 またも明けて翌日。シャルロットは昨夜とは違い、覚悟をした顔つきになっていた。彼女はどうやら、母の心を取り戻すための戦いをするようだ。彼女の心は父を殺した憎き伯父への憎悪で満たされている。

 レイジはそれを感じつつも、特別諭すことはしなかった。彼女自身が決めた道なのだ。外野であるレイジがとやかく言う立場ではないためだ。今現在のレイジの目的はキメラドラゴンの滅殺なのだから。

 この日は朝から鉛の雲が立ち込めていた。お世辞にも天気がいいとは言えない。昨日通り彼らは隊列を組んで歩く。昼になろうという頃に彼ら三人の前にそれは現れた。

 レイジが右手で静止の合図を二人に送る。そして木の向こう側を伺うと、そこには無数の顔があった。狼、熊、豚、豹、馬などの多種多様な顔がある。レイジは世にも奇妙な生物――キメラドラゴンを見て眉間にしわを寄せた。

 生命を馬鹿にしているとしか言い様がない、今まで以上にそう思わずにはいられなかった。レイジの怒りの行き場は結局どこにもない。研究していたメイジは既に殺されているのだから。

 

「どうしたんだい? ……っ!?」 

 

 ジルはレイジのように木の陰からその先を伺い、絶句した。シャルロットも同様にキメラドラゴンを見て、今まで倒したキメラが赤子のような感覚に襲われ、恐怖で吐きそうになってしまった。しかし同時に生命を貶めている生物に怒りの感情を抱いた。

 

「あれは……」

 

 ジルが絶句から覚め、無数に生える頭のひとつを凝視した。その顔は人間の少女の顔だ。

 

「まさか」

 

 レイジはジルの反応に一昨日の話と照合した。

 

「そのまさかさ。あれは妹の顔だ」

 

 ジルは怒りの形相をキメラドラゴンに向けている。

 

「え……」

 

 シャルロットは状況に追いつけていないようだ。

 

「あれはあたしが殺る。あんたらは手を出さないでくれよ」

 

 ジルはそう言って茂みを移動した。レイジはむざむざ殺されるのを見て置けるわけではない。レイジはジルを守る用意だけをしっかりとしておく。

 ジルがキメラドラゴンの目の前へと躍り出る。それに気づいたキメラドラゴンはジルの方へ向き、ブレスを吐こうと口を開ける。レイジはすぐに『エア・シールド』が展開できるようにした。しかし、その大きく開けた口からはただの息しか出なかった。ジルは手に持っていた矢を弓につがえ、ドラゴンの頭めがけて放った。

 見事流麗な動作から放たれた矢はキメラドラゴンの頭を捉える。瞬間矢が刺さった部分が凍りつき、バラバラに砕け散った。ジルの切り札である凍矢だ。ジルはキメラドラゴンを倒したと言う安堵から緊張を解く。しかし、キメラドラゴンの中枢は頭ではなかった。キメラドラゴンは無数の頭のうち一つを失いつつも、ジルに攻撃を仕掛けた。

 剛爪から繰り出される攻撃は人が受ければ致命傷間違いなしだ。しかし振るわれた爪はレイジの魔法によって止められた。

 

「行けシャルロット。内側に魔法をぶち込んでやれ」

 

 レイジはシャルロットに指示を出した。シャルロットは生命を貶めているこのキメラに怒りを感じていた。父の命と母の命を弄んでいる伯父が重なる。

 魔法の威力は感情によって増幅する。シャルロットは復讐の第一歩をキメラドラゴンの、レイジによって大きく開かされた口腔へと、『ジャベリン』を打ち込むことによって踏み出した。

 大きく口を開けられたジルの妹の頭部から喉・胃を突き抜け、シャルロットの魔法は内部から攻撃した。少女の口からキメラドラゴンの血が溢れ出て、小さな地響きとともにキメラドラゴンは大地に倒れた。

 レイジがワザと彼女に止めを刺させたのは、これから起こることへの第一歩だと感じたからだ。

 レイジはその後、涙を貯めたジルとキメラドラゴンの爪を持ったシャルロットの護衛を洞窟までした。ジルはキメラドラゴンがいなくなったが、まだこの森で狩りを続けるらしい。理由は変わらず、キメラの全滅だそうだ。

 レイジもできれば全滅まで手伝ってあげたいが、そろそろ旅の続行をしなければ、魔法学院入学前の諸事情が色々できなくなるので、激励だけ送った。

 シャルロットは依頼の報告をしに帰るとのことだ。その顔つきはここ数日で、怯えた少女から、多感でない少女へと変わっていた。最後のキメラドラゴンを倒した時の覚悟の表れだろう。髪はボサボサで乗馬服は汚れてしまっているが、精神的な成長は著しいようだ。

 レイジとシャルロットは最初にあった立て看板の位置で別れの挨拶をした。

 

「じゃあな。また縁があれば会うだろう」

 

「『烈風』さん、些細なことまでありがとうございました」

 

 レイジは仮面をとって頑張れよ、とシャルロットの肩を軽く叩いて、村へ歩き出した。

 シャルロットは歩き出したレイジの背を見た。

 

「どうして、止めないんですか?」

 

 シャルロットはどうしても気になった。覚悟したのは復讐だ。そのことを把握している人は物語では決まってこう言う。「復讐なんてなにもうまないからやめろ」と。

 

「? ああ、復讐がどうこうってか?」

 

 レイジはシャルロットへ向き直り質問の意図を察した。

 

「別にいいんじゃないのか。その道は君が選んだ道だ。一瞬道が交わったオレがとやかく言うようなことじゃあない。それに復讐は何も生み出さなくはないさ。だがその手は否応なく濡れることになる。そして目的は忘れるな。憎い伯父と一緒になりたくないならば」

 

 何でとは言わない。レイジは再度村へと向き直って歩き出す。彼の手は既に血で真っ赤だ。常道とは少し違っていることは確実だ。彼もまた復讐をしようとしたのだから。

 

「不思議な人……」

 

 シャルロットはレイジの背を見て呟き、キメラドラゴンの爪が入った袋を背負って歩き出した。

 

 

 




次回で原作前六章終了です。


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第四十三話 帰還

 季節はそろそろ冬に差し掛かろうという日。レイジ・フォン・ザクセスは産まれ育った家へと帰ってきた。彼がこのザクセス邸を出てから何日がたっただろうか。

 現在彼はこの家を出る時とは、外見も中身も見違えるように成長したことは確かだ。表情は陰鬱とし希望を失っていた目が、光を取り戻し前をしかと捉えている。

 外見面では身長も170サントを優に超え、かなりいい体格になっている。魔法の腕だってそこらのメイジが束になったとしても敵いはしないだろう。そして何より、各国の各地の民の声、貴族の治め方などと見聞きしたことによって、自身の領地になるだろうフォン・ザクセスを豊かにする方法を考えることができた。いい部分は取り入れ悪い部分は徹底的に排除する。

 国とは人なのだ。ならば領とはまた人なのだ。何事も人民なくして政治はできない。

 

 

「フィー、久しぶりだな。もうすっかり美人になってるな」

 

 レイジは帰って来て初めにフィーネの元へと向かった。一番心配をかけたのは彼女なのだから。手紙を毎月送っていたとしても心配なことに変わりはない。

 

「レ、レイちゃん!!」

 

 美人と評されたフィーネだが、実際は未だに可愛いと言ったほうがしっくりくる。そんなフィーネはレイジの帰りを聞かされていなかったのか、一瞬驚いたあと彼に飛びついた。彼の外見は変わっているがそれでも面影は濃い。

 

「おいおい、フィーの甘えん坊はなおってないのか?」

 

 レイジは苦笑しつつもしっかりと受け止め、抱きしめる。

 

「私はずっと甘えん坊だよ」

 

 フィーネの顔はちょうどレイジの胸のあたりに位置しており、幸せそうに抱きついている。

 

「感動の再会のところ悪いんだけど」

 

 レイジは唐突に入ってきた第三者の方を見た。

 

「なんでキュルケがいるんだよ。夏季休業はもう終わってるぞ」

 

 キュルケが扉のところに立っていた。ヴィンドボナ魔法学院はトリステイン魔法学院と同じ方式をとっている。そのため夏季休業が存在するのだが、現在は冬に差し掛かる月だ。なのでキュルケは本来ならば、学院にいるはずである。

 

「ちょっと事情があったのよ」

 

 肩をすくめてみせるキュルケ。

 

「あのね、キュルケったら5股かけたの。それが問題になったんだって」

 

 フィーネはレイジに抱きついたままキュルケのちょっとした事情を話した。

 

「なんだそりゃ、どんだけ股にかける気だよ。お前は世紀の大泥棒かよ」

 

「そうね、あえて言うなら恋泥棒ね」

 

 キュルケは全く反省していない様子で、また懲りてもいないようだ。

 

「それよりレイジ、あなたかなりいい男になってるわね。私と熱い夜なんて過ごさない?」

 

 キュルケは深いV字からのぞく、豊満な胸をことさら強調してみせ、レイジに流し目をした。

 

「熱帯夜はこの時期にならないぞ」

 

 レイジはキュルケの意図を察しつつも、すっとぼけた返答をした。

 

「つまらないわね、この年の多感な男どもは簡単に色めき立つっていうのに、変わらないわね」

 

 そういって笑顔を見せた。学院で同じ手に何人の哀れな男達が犠牲になっただろうか、とレイジは考えたが途中でそれを打ち切った。

 

「胸程度で興奮するのはまだまだガキってこった」

 

 御年35歳の少年はしたり顔で言い切った。

 

「レイちゃんは胸だけじゃ興奮しないの?」

 

 純粋なフィーネはレイジに質問する。キュルケに男なんて胸をちらりと見せれば落ちると言われていたのだが、本丸であるレイジに聞かないのであればその知識は無意味だと思ったからだ。

 

「え? そうだな、唐突に見せられても変な奴だと思うだけかな」

 

 レイジとしては唐突に見せられたら、見せてきた相手を痴女扱いする。貞操観念の薄い輩は総じて軽薄だという持論からだ。と言っても相手の性格やこれまでの経緯などから理由が類推できれば、そんなことは思わないのだが。この場合キュルケは前々からこんな感じの性格であるというが分かっており、相手をからかうためだけに行っているのがわかっている。

 

「流石レイジね。可愛げの欠片もないわ」

 

「悪かったな。そうだ、オレは父さんのところに帰ったという報告に行くから」

 

 レイジはそう言って名残惜しそうなフィーネに苦笑いしつつも、彼の父の執務室へと向かった。

 

 

「父さん、今帰りました」

 

 レイジは執務室の戸を開けて第一声にそう発した。

 

「そうか、無事帰ってきてくれて私は嬉しいぞ」

 

 グスタフは仕事を中断して、息子の成長した姿をまじまじと見た。

 

「ほう、顔から影が消えたな」

 

 出立のときはレイジの顔に濃い影があったのだが、それが消えている。『烈風』との修行に明け暮れるうちに、鬱屈した気持ちを精算できたのだろう。レイジは過去を振り返るだけでは成長できないのだとわかったのだ。

 

「そうでしょうか?」

 

 レイジとしては自身のことであるが、出発時にそこまで影が差していたとは知らなかった。

 

「そうさ、だが過去を見続けてはいけないが、時には顧みることも大事だ。今の自分は過去の自分の積み重ねだ。決して過去の自分を否定してはいけない」

 

 どうやらグスタフはレイジの悩みに気づいていたらしい。レイジはフィルを守れなかった自身を、ずっと責めていたのだ。だが、この数年で幾百もの経験をして、過去を今一度過去と出来たのだ。思えば各地でほぼ無償の人助けをしていたのもその罪滅ぼし、気を紛らわそうとしていたのかもしれない。

 

「分かりました。自分は過去を、今後の自身の糧とします」

 

「うむ」

 

 グスタフは深く頷いた。

 

「ところで父さん。婚約の件なのですが」

 

 グスタフは露骨な反応を見せた。一瞬目が泳いだのだ。

 

「ん? ああカトレア嬢のことか」

 

「そうです。何故オレに許可なく婚約を受けたんですか」

 

 レイジは未だ納得いっていない。確かにカトレアは器量がよく、結婚するのは吝かではないのだが、レイジにとっては婚約などただの枷だ。

 

「ヴァリエール公爵からの打診だったんだよ。さらに閣下も一枚かんでいる」

 

「閣下がですか……?」

 

「そうだ。閣下は我ゲルマニアに始祖の血を入れようと画策していることは知っているだろう?」

 

 確かにアルブレヒト3世は、グスタフが言うようにゲルマニアの立場向上のために始祖の血を求めている。一番手っ取り早いのが王族どうしの婚姻だ。しかし、未だトリステインの王女は子供だ。翻ってアルブレヒト3世は40前の、言ってしまえばオヤジである。と言っても何年か経てばアンリエッタも立派な女性となるのだが。しかしそれにはゲルマニアが、トリステインに政治的な譲歩を引き出されることは確実だ。いくら国力がゲルマニアの方が上だからといって、始祖の血が入っていないだけで格が下になってしまう。それほどまでに始祖とは、ハルケギニアの人々にとって強大で崇高な者なのだ。

 

「……旧くから代々続く公爵家。なるほど、確かに始祖の血が入りますね」

 

 レイジは不本意ながら一応納得した。

 

「しかし、アンリエッタ姫と婚姻を結ぶのでしょう?」

 

 レイジはアルブレヒトがエラく始祖の血を欲していることは知っている。だから、軍事同盟か何かを結ぶ代わりに、アンリエッタ姫を妻にすると思っていたのだ。レイジはトリステインとゲルマニアの戦力を鑑みて出した答えだ。今やゲルマニアの国力は圧倒的であり、ガリアに並ぶほどに成長している。

 実際のところアルブレヒト3世は狙っている、というかなり確証がある噂程度にしか過ぎない。しかし、アルブレヒト3世も世継ぎを欲する年齢だ。近いうちに計画を実行に移すのだろう。

 

「ああ、そのつもりらしい。まぁレイジ、一種の保険だな。私としては、色恋は自由にして欲しいんだが、閣下の頼みとあらば勝手が違う」

 

「なるほど、保険ですか」

 

 レイジはここで考える。ただの伯爵家に始祖の血を入れる意味は?

いや、そもそもアンリエッタをその手にするのならば、この婚約は閣下的にはかなりどうでもいいことになる。逆にアンリエッタとの婚姻が成立しなければ、この婚約は重要なものとなるはずだ。しかしおかしいことが一つある。伯爵家に始祖の血を入れても意味だろう。

 ここまでレイジは考え、ため息をついた。

 

「養子には行きませんからね」

 

 レイジはそう言い残してグスタフの執務室を出ていった。グスタフは面食らったように唖然とした。息子の頭の回転の速さに驚嘆した。そして、レイジと瓜二つなため息をついたのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「キュルケはトリステインの方に留学なのか?」

 

 レイジは父との再会を終えて、またフィーネたちがいる部屋へと帰ってきた。母であるサラは現在不在とのことだ。フィーネの母ユリアもまたしかり。

 

「そういうことになるわね。魔法学院の卒業と言う肩書きはやっぱり欲しいものね」

 

 そもそも貴族の子女は、須らく魔法学院を卒業しなければならない。よってキュルケはガリアより近い、トリステイン魔法学院へ行くとのことだ。

 それゆえか、フィーネもキュルケに誘われて同じ所に行く。フィーネがトリステインに行くのならばレイジに選択の余地はない。彼もまた彼女たちと同じ所に行く気なのだ。

 

「レイちゃんも行くでしょ?」

 

「フィーも行くんだろう。なら行く他ない」

 

「楽しみね。どんな男が待ってるのかしら」

 

「好きだなお前も……」

 

 レイジはちょっと呆れてしまう。問題を起こした行動をまた行う気なのだから、呆れない方がおかしい。

 

「情熱は冷めないわ!!」

 

「そうかい。迷惑はかけるなよ」

 

 レイジはため息を大きく吐いた。表情は呆れているが、レイジは旅の途中で見た魔法学院、物語の舞台となる魔法学院に心の中では胸躍らせていた。

 




珍しく?かなり短くなってしまった。
次回からすぐに終わる一年時編です。


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第四十四話 魔法学院と怪事件

 冬の肌寒い空気が今なお残るが、春の日差しが眩しく暖かくも感じる季節。各国の魔法学院では新たに入学する貴族の子女を迎え入れていた。というのも魔法学院は全寮制であるからに、既に部屋割りなどは決められているのだ。

 トリステイン魔法学院は本塔と周りの五角形の頂点にある五つの塔からなる学院だ。それぞれに土水火風、寮塔となっている。

 留学生であるレイジ、フィーネ、キュルケもその例にはもれず、入学の手続きを済ませた後、割り振られた各々の部屋へと歩みを進めていた。

 そもそもレイジが魔法学院から、何かを学ぶということはほぼ皆無だろう。貴族子女は魔法学院を卒業しなければならない、などという規定がなければ通っていなかったかもしれない。いや、フィーネが通っていたならば迷わず通っていたことは否めない。

 結局レイジが魔法学院ですべきだと思っていることは、コネクションを増やすことである。人間関係が多いほど情報も多く得れ、後々役に立つのだ。やはり情報とは古今東西最大最強の武器足りえるのだから。

 レイジにしては珍しくマントを羽織っており、肩で風を切って魔法学院の廊下を歩く。マントには鎖骨あたりの結び目に、魔法学院の意匠があしらわれている。男子寮は本塔にありレイジの部屋は5階にと高所とのことだ。自身のドアの前で預かった鍵を使って開ける。別に鍵なぞなくとも魔法で開閉錠できるが、これもまた様式美ということだろう。

 

「やぁ、はじめましてだね。隣室になるギーシュ・ド・グラモンだ。よろしく頼むよ」

 

 そう思って扉を開こうとした時に声をかけられたのでレイジは声の主へと向き直った。ミディアムの金髪に少しウェーブがかかっており、口には薔薇を咥えている。

 トゲが危ないだろう。

 レイジはそう思ったが口には出さずに自己紹介を返した。

 

「はじめまして、レイジ・フォン・ザクセスだ」

 

 レイジはギーシュに手を伸ばした。

 

「フォン? 君はゲルマニアからの留学生かい?」

 

「ああ、そういうことになる。オレの他にも女子が二人留学してきてる」

 

「ふむ」

 

 レイジはギーシュを再度見てやはりキザったらしい口調だな、と心の中で苦笑いした。

 これもある種のアイデンティティである。

 また後でと言うセリフとともに、レイジは部屋の中へと入っていった。

 学院長であるオスマンからの入学の挨拶も早々に終わり、各員は早速割り振られたクラスへと分かれていく。レイジもその波に従って、自身のクラスへとどうやら同じクラスのギーシュと肩を並べて行く。

 すると前に人だかりを発見した。ギーシュとレイジは何だ、とばかりにその人だかりに割って入って、中心にいる人物を見た。腰まであろうかというほどの長いピンクブロンドヘアーの小さな少女がそこにいた。

 

「あ、レイジ」

 

 ルイズは知人を発見して声を上げた。公爵家の令嬢であるルイズは、その類まれなる可憐さと肩書きから男子に囲まれ目を回していたのだ。取り囲んでいた周りの男子は、お目当ての少女が発した名前の人物を一斉に見た。ルイズには既に手紙でこの学院に来ることは伝えてある。

 

「久しぶりだな」

 

「知り合いなのかい?」

 

 ギーシュはゲルマニアの貴族であるレイジと、名家ヴァリエール家の令嬢であるルイズとの接点が、皆目見当つかずにレイジに質問をした。その質問にはギーシュだけでなく周りの男子も興味津々だ。

 

「ああ、何年か居候させてもらったんだよ」

 

 レイジはそう言って肩を竦めてみせた。

 

「それだけじゃないでしょ」

 

 ルイズは結局あの別れ以来会っていない、レイジを半眼で睨みつけた。

 

「そうだ。カトレアはあれから大事ないか?」

 

 政略的な面があるにせよ、婚約者は婚約者ということで具合を聞く。

 

「大丈夫よ。あんたの秘薬は本当に効果があったみたい」

 

 何故かルイズは少々悔しそうな顔をする。自身に力があれば大好きな姉を直せたと思っているのだろう。実際のところカトレアの症状は完全に治っている。魔法学院に一緒に行こうとルイズが言うものの、結局公爵に大事をとって家に残されたのだ。

 

「ふーむ」

 

 ギーシュはどこか納得した表情でうなった。

 その後ルイズと少しだけ言葉を交わして、それぞれのクラスへと向かった。

 ルイズとフィーネはイルのクラスで、キュルケはソーンのクラス。レイジとギーシュはシゲルのクラスとなっている。

 

 広場にてお茶をダラダラしている最中に、何日かですっかり意気投合したレイジに、ギーシュは唐突に発言した。

 

「レイジ、君って有名なんだね」

 

「なんだ唐突に」

 

 ギーシュの唐突な発言にレイジは疑問を持つ。

 

「ゲルマニアのレイジ・フォン・ザクセス、といえば昔、神童と言われているのを聞いたことを思い出したよ」

 

 そんなこともあった、とレイジは昔を思い出すように頷いた。

 

「ああ、確かに言われてたな」

 

 しかしトリステインまで、その名が広がっているとは思いもしなかった。ヴァリエール公爵家は隣接しているので知っていて不思議ではない。しかしトリステインの名家ではあるが、グラモン家にも届いてるとは思わなかったのだ。

 

「父上が杖を持たせてくれてから、何年かあとにそれを言ってきたんだよ。ゲルマニアの貴族なんかに負けるな、とね」

 

 ギーシュの父は軍の元帥を務める人物世情は自然と耳に入ってくるのだろう。そして、息子を鼓舞するためのダシにレイジはされたというわけだ。

 

「へぇ、それでギーシュは魔法の腕が上がったのか?」

 

 ギーシュは肩を竦めて見せた。

 

「まぁ、少々ね」

 

 どうやらそこまで効果はなかったようだ。

 

「実際にオレにあった感想は?」

 

「噂に偽りなしって感じだよ。最初はゲルマニア貴族で性格が悪い奴だろうと思っていたが、そんなことはなかったよ」

 

「そいつは良かった。これからもよろしくな」

 

 レイジはにぃっと笑って言った。

 

「こちらこそ、君といるとさらに女の子に会えそうだからね」

 

 実にギーシュらしい理由だった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 学院入学から半月ほど経過した頃、フレッグ舞踏会が催されることとなった。この舞踏会は毎年行われ、主に新入生の歓迎会といった風な捉え方がされている。

 学院入学から半月も経つと大体がグループを形成している。仲良くなった者どうしでつるむのはどこも変わらないようだ。舞踏会は男女で踊ることとなる。貴族の子息たちはお目当ての息女に猛烈にアタックをかけている。大体が歯の浮きそうなセリフの押収なのだ。特にギーシュなぞ目も当てられないほどに、キザったらしく言葉を発していた。

 

「ああ!! そこに麗しく咲く一輪の薔薇であるフロイライン。どうか僕と一曲踊っていただけないだろうか」

 

 ギーシュは薔薇が好きなようで、大体薔薇と言う花を引用してはその甘いマスクで声をかけている。それも入学して大体毎日飽きずにナンパしているのだから、彼のメンタルは相当なものだろう。その精神力を魔法に活かせば更なる飛躍が望めるんじゃないか、とレイジは傍観者であるがゆえに思っていた。それと同時にフィーネを誘うかという思い。体重をかけていた壁から離れた。

 

「やぁレディ、一曲踊ってくれないかい」

 

 レイジは簡素なフィーネに誘い文句を言った。

 

「喜んで」

 

 レイジとフィーネが一曲踊り終えた頃。レイジは上級生同級生問わず、男子生徒に囲まれたまるで女王のようなキュルケを発見し、声をかけようと思い歩を進めたが、どこからか風の揺らぎという違和感をもった。魔法を行使しようという前兆のようなものだ。そう感じる元を見た瞬間に完全に魔法が発動したのを感知した。かなり出力の弱い『エア・カッター』だと看破し、杖である指輪によって瞬時に風の刃を霧散させる。スクエアメイジのレイジにとってはこの程度の魔法にしっかりとした魔法を使うまでもないのだ。

 しかし、瞬時に起きた魔法に対処はしたが完全には間に合わず、その風の刃によって局部以外のドレスを切り裂かれたキュルケを見て、男子生徒は各々の驚きの声を上げつつも紳士ゆえ食い入るように見、女子生徒は悲鳴を上げた。

 ドレスを裂かれたキュルケはどうということはないという表情をしているが、レイジには見えた。その目に怒りの炎を燃やしていることを、と思うと同時に適当なカーテンをキュルケに放り投げた。

 

「あら、ありがとうレイジ」

 

 にこやかな表情で礼をするキュルケ。レイジはちょっとため息をつきたくなった。キュルケはどうやらかなりキテいるようだ。これはどこかで小火または火事が起こるという悪寒をひしひしと感じつつ、その衣装のまま壁際のソファに座るキュルケを見た。

 キュルケは入学してからこの短い期間で既にクラスでの地位を確立いていた。圧倒的なプロポーションによって、男子生徒の目線すべてを釘付けにしているのだから、嫉妬深いトリステインの女性にはさぞ鬱陶しい存在だったろう。

 キュルケは入学してそうそう三股をかけていたのだ。

 一人目はすれ違いざまの流し目。

 二人目はワザと胸を押し付ける。

 三人目は足を組んだだけ。

 その所作一つで彼らはキュルケに交際を申し込んだ。キュルケも役所の人が手続き印を押すように、その申し出を了承したのだ。彼ら三人は途端に決闘騒ぎを起こした後、三人目の勝利で騒ぎが終わると思われたが……。

 キュルケは四人目を作っていたのだ。完全にトリステイン男子を手玉にとって遊んでいる、と傍から見ていたレイジは苦笑いした。そしてゲルマニアの魔法学院でも、同様のことを重ねてきたに違いないとも思ったのだ。

 レイジはそれだけで終わるが、キュルケに好きな人を弄ばれた少女たちは煮え湯を飲まされた気分に収まりがつかなかったのだ。それゆえのこの注目が集まるだろう舞踏会を狙って恥をかかせる計画だったのだろう。本当は彼女らは服を全部切り裂く予定だったのだが、レイジに阻止されてしまったというわけだ。などと原因の考察をしていると、キュルケの前に一人の少年が立っていた。トリステインの純情ボーイにしては珍しく、きわどい衣装となったキュルケの前にいるのだ。

 レイジは気になって遠巻きにその二人のやり取りを観察した。すると少年は懐から何かをキュルケに見せた。キュルケはその手にある何かを見たあと、会場を見渡し、ある一点で止まった。レイジもその止まった一点を見た。そこには珍しい長い青い髪を後頭部で結っている、背丈の小さい少女がいた。それを見てレイジは眉をひそめた。それも一瞬で、すぐに思い出す。あの時ファンガルの森で出会った少女――シャルロットだったのだ。そして同時に、あれがタバサであることも気づいたのだった。その後もう一度キュルケを見たが、どこかに少年は消えていしまっていた。

 結局それからは舞踏会自体なあなあのうちに終わってしまった。

 

 翌日の夜中、レイジはキュルケに呼び出しを食らった。

 場所はヴェストリの広場だ。

 

「おい、キュルケ。こんな夜更けになんだってんだ」

 

 レイジはかなり鬱陶しそうな表情を隠そうともしていない。キュルケにこんな態度が取れる学生は彼くらいだろう。

 

「悪いわね。決闘の立会人をしてもらいたいのよ」

 

 キュルケは悪びれずにそうのたまった。

 

「わたしからもお願いします」

 

 キュルケに続き、青髪の少女タバサが口を開いた。最小限の言葉だ。レイジはそれを聞いてちょっと雰囲気が変わったな、と感じた。

 

「決闘だと? 理由を言ってみろよ」

 

 レイジは了承する前に決闘の理由を問うた。

 

「あなたも知ってるでしょう? 昨日赤っ恥をかかされたのよ、この子に」

 

 そう言ってキュルケは杖を胸の谷間から抜いた。

 

「わたしの本をこの人が燃やしたんです。全部こげてました」

 

 タバサはそう言って身の丈を超える杖を構えた。

 

「なるほどねぇ。一つ言っとくがキュルケ、お前のドレスと切り裂いた魔法はこの子がやったんじゃないからな」

 

 レイジは魔法を行使した人物を見てはいないが、感覚でわかっているのだ。

 

「え? どういうことよ」

 

 さすがのキュルケもレイジの言葉は信頼に値するようで、聞き返す。

 

「オレがお前より魔法がうまく使えることは知ってるだろ?」

 

 無言で頷くキュルケ。

 

「この子はその魔法を使った奴とは感じが違うんだよ」

 

 なぜそんなことが分かるのか、とキュルケは言わない。

 

「でだ、キュルケは人の大事なものは奪わない主義だ。それにこいつはこう見えてもトライアングルだからな、焦げる程度じゃないぞ」

 

 レイジは続けてタバサの方を向いて話す。

 

「……」

 

 タバサもレイジの言わんとすることがわかったらしい。

 

「な~んだ。勘違いってこと?」

 

 キュルケは興が冷めたというふうに落胆した。

 

「どうして一番は奪わないんですか?」

 

 タバサはさらに理由が欲しいようだ。それはそうだ、付き合いのない人物の性格や主義など知るわけもない。

 

「命のやりとりになっちゃうでしょう? そんなのめんどうじゃない」

 

 キュルケはそう言って微笑んだ。タバサもキュルケの笑につられ微笑む。

 

「あなた、そうしている方が可愛いじゃない」

 

 レイジは顛末を見て、やれやれといった調子でため息をついた。そして後方の茂みで声がするのを耳聡く聞き取った。聞き取った彼は茂みに隠れたモノからは消えたような速度で移動して後ろに回り込み、茂みから全員を広場にと放り投げた。

 少年少女らの悲鳴が広場に響く。

 彼らの目の前には怒りの炎を目に灯したキュルケと、冷厳な目をしたタバサがいる。そして後方にはいつの間にか自分たちの後ろに回り込んだ、口角を釣り上げる赤い悪魔がいた。

 ことの顛末を簡潔にまとめると彼らは髪と服を燃やされて塔から吊るされたのだった。

 翌朝。彼らは無事救助された。犯人を聞いた先生には全員が自分でぶら下がったと供述している。ゆえに、このことをしでかした犯人は不明のまま流されたのだった。

 




 タバサは最低限は話すようになっています。これは原作よりも喪失の度合いが下がった影響です。あと髪切ってませんし、メガネもかけていません。
 次は原作開始と行きたいところですが、まだ一年生編をやるかもしれません。ルイズとかとの絡みがほぼ皆無なんで、そこらのエピソードが思いついたらそっちを書きます。
 

 なんとなくSAOの二次も始めたんで、興味があったら見ていただけると嬉しいです。
 まぁ現状一話だけなんですが(笑)


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第四十五話 ルイズ

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはそろそろ慣れ親しんだと言っていい、この学院の朝日差し込む自室で可憐な顔に似合わぬため息をついた。理由は至極簡単なことだ。彼女は今魔法学院にいる。そう魔法を教えるための学院だ。しかし彼女は系統魔法と呼ばれる魔法を唱えることができても、ついぞ爆発しか起こることがないのだ。

 将来兄になるかもしれぬ神童、麒麟児と謳われている少年にも理由を訪ねたことがある。その時返されたのが、「魔法を失敗した時、それは何も起きない時だ」と言われたのだ。つまり彼が言わんとすることは、ルイズが魔法を失敗しているのではないと、暗に語っているのだ。その後に魔法とはなんたるかを彼にレクチャーしてもらい、なんとかコモンマジックだけ発動することに成功している。

 その時の喜びは彼女にとって至上だった。だがしかし、結局系統魔法が使えないことに変わりはない。ルイズは系統魔法ができるようになりたいのだ。そうすれば最近影で囁かれるようになった、忌々しいあだ名を払拭してやれるのにと思っている。そのために、座学は先生にも優秀だと褒めてもらえるほどに勉学に勤しんでいる。しかし現状頼りにした少年は、どうすれば系統魔法が使えるようになるのか聞くと、「時が来ればわかる」と言う、至極意味のわからない発言しかしない。つまりどういうことなのかを、はっきりと言って欲しいのがルイズの性格だ。フラストレーションを内へ内へと押しやっていくことしか今はできないのが彼女にはストレスを与えていた。

 そうして今日も彼女は重い腰をあげ、教室へと赴いた。

 今日のルイズが受ける授業は『風』の魔法についての授業だ。風の魔法など二年弱共にした少年が嫌というほど、ルイズに魅力と残念なところを語っているのでほとんど聞き流しているような状態だ、ということはなく、一応は教師であるミスターギトーの話に耳を傾ける。しかし彼の話は聞けたものではない。なにせ風がいかに素晴らしいかを延々と語るのだから、狂信的な風の賛同者でなければこの授業は楽しくはあるまい。

 風をこよなく愛する少年ですら、「あいつの言うことは盲信だ」と切り捨てるほどだ。いや、風が好きだからこそ、欠点も含めて見ないものはクズだ、とも言っていたような気もする。ルイズは周りにはバレないようにため息をもう一度つく。それは深窓の令嬢のように儚いものだった。

 そんな億劫な授業も終わり、各々は形成されるグループを作って教室から出ていく。

 そんな中ルイズに彼女の父や姉同様の、煌びやかな金髪の少女――ティナが声をかけてくる。これはいつものことだ。彼女はルイズとは違いあぶれ者という類の人間ではない。座学は優秀だし、魔法だってルイズとは違い才能に溢れている。そしてなにより快活な笑が特徴だ。彼女は常日頃から笑を絶やすことがあまりない。

 ルイズは彼女と連れ立って、彼女の兄がいるであろう広場へと向かった。この広場では授業終わりの貴族子女が、優雅にお茶に興じている場所だ。彼女の兄はよく一緒にいる金髪がウェーブしている少年――ギーシュと少々ふくよかな少年――マリコルヌ、さらにはこの学園の魔性とでも言うべきルイズの天敵の、長髪赤髪の褐色女性――キュルケと席を共にしていた。ルイズはそれを見て眉間にしわを寄せた。そもそもルイズのヴァリエール家とキュルケのツェルプストー家は旧知の敵である。この反応は当然のことだろう。であるからに、ルイズはティナに急用が出来たと言って部屋へと戻ったのだ。あそこにいたら馬鹿にされることは目に見えていると思ったからだ。

 実際はティナの兄であるレイジがいるのでそのような事態になりはしない。ルイズの悪口を言う時は本人の目の前と、レイジの聞こえる範囲以外でと暗黙の了解がある。

 それもそのはずルイズ本人はトリステインの旧家ヴァリエール家の娘である。一方のレイジはゲルマニアの伯爵家の長男なのだが、スクエアメイジであると鼻高々に宣言しているギトーを楽々と倒してみせたのだ。その時レイジが本気を出していないということは、その決闘を見た人々ならば確実にわかるほどだ。その後何かと裏で画策したギトーに唆された生徒たちが、度々レイジに戦いを挑んでいって華々しく敗れるという結果だけが残った。

 これによりレイジは自発的な行動は一切していないにもかかわらず、アンタッチャブルな存在となり、学院を影から統べているとまで言われている。さらにそのレイジはヴァリエール家と交友があると実しやかに囁かれているものだから、触らぬ神に祟りなし、ということになっているのだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 季節は過ぎ去る。冬の肌寒い季節となり、使い魔召喚の儀という実質的な二年への進級試験が間近に近づいてきたこともあり、皆が皆少々浮かれ調子といった空気が魔法学院の一年生を覆っている。中には上級生が召喚した使い魔を見て、自分もあれがいいやら、私だったらあれがいい、などと談義している。

 使い魔は自身の系統のモノが召喚される。将来の道がある程度決まると言っても過言ではないのだから、少年少女にとっては気が気ではないだろう。

 かく思うルイズも系統魔法も使えない自分にはどのような使い魔が召喚されるのか、という思いで気が気ではない。

 そんなルイズは今まで苦労が一度も付随してこなかったのではないかと思う人物を見た。半分は嫉妬、半分は羨望といったところだろうか。彼はすごい使い魔を召喚するだろう。幻獣を召喚したって驚かない。

 ルイズ自身彼――レイジには複雑な思いを抱いている。もちろん恋愛ごとではない。レイジとあったのは何歳だったか。しかしその時の彼は強烈なインパクトを与えていった。自分とは違い魔法の才能に満ちあふれた少年。嫉妬せずにいろという方が無理だろう。

 そしてもう一度あったとき、レイジはさらに成長していた。座学もおろそかにせず、ルイズ自身頑張っていたと思うことでさえ、教えられてしまう始末だ。しかし彼のおかげで今までできなかったコモンマジックを使えるようになったことも事実だ。

 さらにそれから一年ほど経ったあとに、姉の病気が治り婚約したと言うことを聞いたとき、ルイズは自分のことのように喜んだ。だが、同時に自分の姉を誰かに取られてしまうと言う寂しさと妬ましさもあった。

 まだ結婚することは決まったことではない、それは長女であるエレオノールが何度も婚約解消をしているからだ。しかしそれは姉の性格によるところが大きい。それに比べ彼らはどうだろうか。魔法の才能あふれる二人、何者からも守ってくれそうなほどの彼、天然なところがあれだが、それ以外非の打ち所のない姉。美男美女、想像するだけでお似合いだ。

 これからから来る複雑な思いは年月が積み重なって出来たのと同様に、一朝一夕でどうこうなる感情ではない。彼に憧れもあれば妬みもある。二律背反の気持ちは学び舎を共にしたところで解消されていない。しかし彼に悪意なども持ち合わせてはいない。自身の盾となっていることを知っているのだから。

 そして第一学年も末期になる頃、やっとのことルイズは、彼の言葉の真意をうっすらと感じていた。

 




なんと会話ゼロというね、何とも言えない構成になりました。
一応レイジが関わったことによる、ルイズの立ち位置や心境の変化などを描写したつもりです。
やっと原作突入です。


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原作第一巻
第四十六話 春の使い魔召喚


 おれ、平賀才人の朝は早い。なぜなら一週間ほど前にパソコンが壊れてしまったのだ。それの受け取りが今日なのだ。休日の起床定時である早朝12時――正午に起きると、ブランチが既に用意されている。そんなことを思いながら食後、太陽が目に沁みるのを感じつつも、おれはどこぞのネズミーランドよりも、ワクワクとドキドキが味わえる秋葉原へと繰り出した。

 おれはパソコンを預けた電気屋でパソコンを受け取り、ぶらつく用事もないので帰宅しようとした。出会い系サイトに登録したすぐ後にパソコンが壊れたものだから、この一週間がどれほど長かったかは想像に難くない。

 平凡な毎日に一つの刺激。それが出会い系サイトでの彼女作りだ。だからやっとインターネットができることに、おれはウキウキしていた。まだ見ぬ彼女とあれやこれやをする妄想しつつ。

 だが、帰りの道に奇妙なものが現れた。一言で言い表すなら鏡が浮いていた。

 すごく気になる。

 おれは持ち前の好奇心を活かしてその鏡らしき物体を観察した。

 厚みはないし、こんな自然現象も聞いたことがない。

 気になる。おれは率直にそう思い、道端に転がる石を試しにそこに投げ込む。それは鏡に当たり跳ね返ることなく中へ消えて行った。

 鏡の後ろを見るとそこに石はない。つまりこの鏡みたいな通路はどこでもドア的なやつなのだ。

 面白い。純粋にそう思い、この物体の向こう側が見たくなった。

 おれは意を決してその物体の中へと飛び込んだ。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 トリステイン魔法学院

 春も初旬今年も第2学年への進級試験を兼ねた、使い魔召喚の儀が執り行われようとしていた。

 学院内の広場の一つであるアウトリの広場に新2年生が集まっていた。集まった少年少女たちの目線は、今回の使い魔召喚の儀の監督係のコルベールへと向いていた。

 

「みなさん。春の使い魔召喚は伝統あるとても神聖なものです。どのような使い魔が召喚されたとしても、その使い魔はあなたのパートナーに相応しいと始祖が定められたのです。使い魔と心を通じ合わせれるようにしましょう。」

 

 コルベールは一呼吸置いてから一人の生徒の名を呼んだ。

 

「では、はじめにレイジ・フォン・ザクセスくん」

 

「はい」

 

 呼ばれた赤髪赤眼の青年はコルベールの元へと歩いて行く。この学年の最初の召喚者となるにもかかわらず、その顔に気負いも緊張もない。

 

「サモン・サーヴァントを」

 

 レイジはコルベールに促され、学年全員が注目する中で呪文を発した。

 

「我が名は『レイジ・フォン・ザクセス』。五つの力を司るペンタゴン。我の運命(さだめ)に従いし、"使い魔"を召還せよ」

 

 唱え終わると同時にその場にかなり大きな鏡面が出現した。どうやらレイジの使い魔はかなりの大きさのようだ。

 広場に集まった生徒からどよめきが生まれる。

 コルベールは何か不測の事態の時のために、杖を構える。

 鏡面が出現してから数秒後、そこから凄まじい勢いで何らかの巨体が跳び出す。

 

「あれは……」

 

 レイジは空を駆ける巨躯を見上げた。逆光でその全ては見れないが、シルエットだけでそれがドラゴンだとわかる。レイジの口元が少しだけ緩む。

空の数回旋回した後、漆黒のドラゴンはレイジの目の前へと降り立った。その巨躯は10メイル程もある。

 

「お前はオレの使い魔になってくれるか?」

 

 レイジは黒竜にそう問うた。黒竜は数秒間レイジを見つめてから頷いた。

 レイジはそれを見るとふっと笑い、

 

「我が名は『レイジ・フォン・ザクセス』。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 そう言って黒竜と契約を交わした。

 

(おれは黒韻竜、アンヴァル。マスター、これからよろしくお願いする)

 

 レイジは念話と内容に一瞬驚くが

 

「ああ、よろしくな」

 

 ニっと笑ってそう言った。レイジとしては韻竜の存在は知っていたのでそこまで驚くことはない。

 

「レイちゃん、この子は?」

 

 レイジは無事に『コントラクト・サーヴァント』を終えると呼ばれる前の位置へと戻った。数人の特に親しい面々の思いを代表するようにフィーネは疑問を口にした。今フィーネは最近し始めたハーフアップという髪型をしている。レイジが聞くところによるとキュルケに結ってもらっているのだとか。

 

「ああ、黒韻竜のアンヴァルだと。アンヴァー、紹介するオレの妹と友達だ」

 

 アンヴァーとはレイジがアンヴァルに付けた愛称である。

 レイジはフィーネの疑問に答えてから、アンヴァルにフィーネ達を紹介した。

 アンヴァルは少しだけ頭を下げてから広場で横になった。

 

「しかし黒韻竜を召喚するなんて流石……ね?」

 

 一同はキュルケのこの一言で言葉を反芻した。この世界に竜は存在する。しかしただの黒竜ではない。そもそも黒竜自体珍しいのだがこの際彼の規格外の度合いと鑑みてもまあ納得だったのだが、絶滅したと言われる韻竜となると話は違う。

 

「韻竜は絶滅していると言われています」

 

 そうキュルケたち一同の停止のなか、キュルケの横にいた小柄な少女は口を開いた。

 

「そうよ!! これはすごいことよ!?」

 

 キュルケとルイズは興奮しつつもレイジにまくし立てた。

 

「韻竜ってのはどう違うんだい?」

 

 そんなすごさがいまいちわかっていないのか、ギーシュはレイジに疑問を投げた。

 

「韻竜は他の竜とは違って精霊魔法が使えるんだとか。まぁオレも書物で読んだ知識しかないからな」

 

 レイジはそう言って横になっているアンヴァルを撫でる。実際のところレイジも韻竜についてあまり詳しくは知らない。

 

「アンヴァーちゃん。わたしも撫でていいかな?」

 

 フィーネはアンヴァルを撫でるレイジにくっつきながらも、この黒竜と触れ合いたいようだ。

 アンヴァルはそんなおっかなびっくりのフィーネを見て、頭を差し出した。

 

「フィーネ、アンヴァーを仲良くするのは良いが自分の使い魔を召喚してこいって」

 

 レイジはそんなフィーネを見て苦笑いした。

そんなことをやっている中でも着々と使い魔は召喚されていった。

 キュルケはサラマンダーを召喚し、タバサも風竜を召喚。ギーシュはジャイアントモール、所謂大きなモグラを召喚している。見た瞬間一目ぼれでもしたのかギーシュはモグラ――ヴェルダンテに抱きついている。

 フィーネも無事召喚を成功させた。召喚に答えたのは純白の体毛に包まれた聖獣であるユニコーンだった。ユニコーンは無垢なる乙女しか乗ることを許さない幻獣である。

 金髪の美少女とユニコーンの『コントラクト・サーヴァント』はとても絵になっていた。

 使い魔召喚の儀もいよいよ大詰めを迎える。一人の生徒以外全ての者が自身のパートナーである使い魔を召喚し、各々で触れ合っている。レイジの使い魔であるアンヴァルとタバサの使い魔であるシルフィードも追いかけっこのようなものをして、大空を飛びまわっている。レイジとしてはアンヴァルが遊び回っているのは最初の印象とは少々違った感覚だ。以外に精神年齢が低いのかもしれない。もしくは面倒見がいいのか。

 

「ルイズ、自身を持て。お前に相応しい使い魔が必ず現れる」

 

 レイジは二匹の竜を見上げた後に、隣で緊張して震えているルイズにそう声を掛けた。

 レイジは知っている。ルイズがどれだけの努力をしてきたかを。そして彼女に相応しい、少し抜けていてエロいことに興味シンシンだが、人一倍も勇気を持ち合わせている少年を。

 ルイズは大きく深呼吸を一回だけした。これまで人一倍をしてきたのだ。その努力に見合うだけの使い魔が出ることを、祈るような気持ちでルイズは口を開いた。

 

「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ。神聖で美しい強力な使い魔よ。私は心より求める。我が導きに答えたまえ!!」

 

 定型的な口上ではなかったが、問題なく魔法は発動した。2メイルほどの鏡面がルイズの目の前に現れる。辺りでもコモンマジックしかできないルイズが、どんな使い魔を召喚するのかに注目していた。

 鏡面が出現してから幾ばくかの静寂。

 

「のあああああ!!」

 

 それを切り裂くようにして一つの悲鳴が広場に届く。

 何やら四角い板を持った変な格好の少年が鏡の中から飛び出してきたのだ。

 

「なんだ? 平民か?」

 

 生徒たちは、ルイズが呼んだ少年を見て疑問を口々に零す。貴族の証であるマントはなく杖もパッと見たところ持っていない。手には謎の板を持っているだけだ。

 

「おお、ミス・ヴァリエール。『ささ、コントラクト・サーヴァント』を」

 

 コルベールは一度で召喚できたことに満足して続きを促した。呼び出された少年は未だに事の全容が把握できておらず、視線を様々な方向へと向けている。

 

「お、おい!! よくわかんないけど、ここはどこなんだ?」

 

 少年が大声を上げる。彼にしてみれば突如として大人数の前に呼び出されたのだ。混乱するなと言う方が無理である。

 

「うるさいわね!!」

 

 ルイズは、言葉は分からないが大声を出した少年を一喝した。

全くわけがわからない。自分だってレイジ達のような使い魔を召喚して今まで影でバカにしてきた生徒を見返そうと思ったのに。ここ何年もの努力は一体何のためにしてきたのだろうか。母や父のような立派な貴族になるための第一段階の使い魔召喚の儀。そう思って今まで目標にしてきた。いざ召喚してみれば、使い魔として呼び出されたのは何の変哲もない平民の少年だ。ルイズは泣きたい気持ちを必死にこらえた。

 

「ルイズ」

 

 レイジは混乱しているルイズの両肩に手を置いて名前を呼んだ。ルイズは潤んだ瞳でレイジを見る。レイジの顔に一片の動揺もない。平民が使い魔と言う前例は聞いたことがない。

 ルイズには、レイジは前例のないこの事態を予期していたかのように感じた。

 

「大丈夫だ」

 

 ルイズにとってこの落ち着く声音が、今回ばかりは気に障った。

 

「何が大丈夫だっていうの!? 私は努力を怠ったことなんてない! なのにどう……して…………こんな」

 

 レイジはルイズの態度を見てその心情を察した。レイジ自身魔法が使え、使い魔もこれ以上ないほどの立派な黒竜を召喚したのだ。何の変哲もない平民を召喚したと思っているルイズにとっては快くないだろう。

 

「……そうだな」

 

 誰にも聞こえないだろう声量でレイジは呟く。

 

「ルイズ、この後時間をくれないか? そろそろ話すべきことだ」

 

 レイジは数瞬の間の後にルイズの潤んだ瞳をまっすぐ見抜いて言った。

 

「……わかったわ」

 

 ルイズはレイジの強い意志を読みとって首肯した。

 この間召喚された少年は、目の前の少女の突然の涙に若干面食らっていた。

 

「コルベール先生。少々お話が」

 

「ん、なにかね」

 

 ことはデリケートなものだと見て、静観していたコルベールはレイジの呼びかけに反応した。

 

「召喚されたこの少年の身柄は自分が見ます。なのでルイズに少々時間を与えてやってください。心の準備がいると思うんです」

 

「ふむ、まぁ君ほどの者が見ていてくれるのなら、いいでしょう」

 

 コルベールは少々悩んでからそう言ってレイジの提案を了承した。

 

「ありがとうございます」

 

 コルベールはレイジの礼を受けた後使い魔召喚の儀の終わりを告げた。

 

 

 

「あの~、それでここはどこなんでしょうかね」

 

 平賀才人と名乗った少年は、自己紹介の後に一番最初から気になっていたことを質問した。

 

「ここはハルケギニアのトリステインにあるトリステイン魔法学院だ」

 

 現在魔法学院のとある一室には召喚された少年才人とその主であるルイズ。その部屋に招いたレイジの三人がいる。部屋には『サイレント』で室外には何も聞こえないようになっている。

 因みに才人は椅子に括りつけられている。

 

「なるほどなるほど~」

 

 才人は納得したのかそう呟いた。その実理解が追い付いていないだけである。

 

「納得してくれたのならいい。本題に入る」

 

 レイジは才人の反応を見て話を進める。元の世界の住人だろうと今はルイズに話をする方が大切なのだ。

 

「まずルイズ。ルイズが魔法を唱えると爆発が起こるよな」

 

 ルイズは何をいまさらといった表情で、しかしレイジの問いに真面目に答える。

 

「属性魔法を唱えるとなぜか全部爆発になるわ。これはおかしなことなのよね?」

 

「そうだ。前にも説明した通りこれはおかしな現象だ。普通呪文を唱えて失敗した場合何も起きない」

 

 才人は突如始まった魔法がどうだのという会話を聞いて背筋に電流を走らせていた。

 

「それで?」

 

「実はルイズは魔法を何度も発動させている」

 

 レイジはルイズの疑問から一泊置いてそう告げた。

 

「え!?」

 

 驚くルイズをしり目にレイジは話を更に進める。

 

「ルイズは属性魔法を使うことはできない。だが『爆発』という魔法を使っていたんだ」

 

「それって『爆発』自体が魔法ってこと? けどそんな魔法聞いたことない……」

 

 ルイズは伏せ目がちにそう否定する。

 

「いや、あるはずだ」

 

 しかしレイジは間髪いれずに、ルイズが考えることを促した。

 

「…………虚無の魔法」

 

 恐る恐るといった表情でルイズは最後の魔法の種類を答えた。

 

「そうだ。虚無の魔法だ」

 

 レイジはルイズの目を見て断言した。

 

「けど、虚無の魔法はおとぎ話の中の魔法のはず……」

 

「いや、歴史上一人だけ使えた人物がいる」

 

 ルイズの鼓動は加速しレイジの言葉を頼りに答えを導き出す。座学の努力を怠らなかったルイズだからこその早さだろう。

 

「始祖ブリミル」

 

 レイジは一つ頷いた。

 

「始祖ブリミルの子供はそれぞれの国の長となった。そしてその血を引くのが現在の王家の人々であり、公爵家をはじめとする貴族だ」

 

 レイジは謎を紐解いて行く。魔法が遺伝することは周知の事実だ。

 

「……つまり私はブリミル様のお力を?」

 

 ルイズは未だ現実味がないのか唖然としている。

 

「虚無の魔法使いには特徴がある。まず属性魔法が扱えないこと。そして使い魔にはある特殊なルーンが刻まれること」

 

「私と同じ……」

 

「そして始祖ブリミルの使い魔は人だったそうだ」

 

 レイジの言葉にルイズは顔を上げ、今まで置いてけぼりを喰らっていた才人を見やった。

 

「ルイズ、言っただろ。必ず相応しい使い魔が現れると」

 

 レイジは柔らかな笑みをして、ルイズの肩を軽くたたいた。

 

「今はまだ足手まといかもしれない。だが、主人と使い魔二人三脚で成長していけばいいさ」

 

 レイジはそう言うと腰掛けていた椅子から立ち上がる。

 

「あとは自分で決めるんだ。それと虚無の魔法については他言無用だぞ」

 

 レイジはそう言い残すと部屋から出て行った。

 レイジが部屋の外に出ると案の定と言うべきか、そこにはフィーネをはじめとした面々がいた。

 

「なんだみんな」

 

「どうなったの!?」

 

 キュルケが食いぎみに質問をした。

 

「聞いてりゃわかるさ」

 

 そう言ってレイジは壁を背もたれにした。

 それを見て全員が壁に耳を当てる。

 ルイズと才人は幾らかの言葉を交わしていた。

 

「……我が名は『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』。――――」

 

 レイジは契約をし終わる前に部屋の中へ向けた意識を戻した。

 

 

 やっと始まるのか……。いやもう始まったのか。

 




最終更新から早何ヶ月。お待たせしました。
半年以上の期間が開いてしまったので、文に違和感がありそうです(^^;;
モンスターを狩ったり、育成して戦わせたり、太平洋に浮かぶ某島で車をかっ飛ばして事故ったりサツに追われたり、モビルスーツを操って格闘ゲームをしたりとね……www

ルイズは原作と違い身近に魔法の出来不出来を思い知っている分、努力は欠かしていません。勿論原作のルイズもそうだったでしょう。
レイジの思わせぶりな知る時、はこのタイミングとなりました。
彼の予定(教典をルイズが受け取る辺り)とは違いますね。
ルイズもこれでひとまずの納得を持って才人との契約を果たします。今は半信半疑でも信じてみよう、というスタンスです。


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第四十七話 決闘

 使い魔召喚の儀の次の日。平賀才人は業務員が眠っている部屋で目を覚ました。

「夢じゃ……なかったか」

 サイトは昨日起きた未知の現象が、夢のなかで起きた自分の妄想なのではないかとまだ疑っていた。寝る前に教えられたこの世界の簡単な常識もすでに彼の頭の中にはない。

 あぁ、夢なら早く覚めてくれ

 サイトはそう思わずにはいられない。しかし自身の左手に刻まれた刺青のような紋章が現実だと語っている。せっかく電気屋でパソコンを修理して、新たなる出会いが待っていると思った矢先に異世界に飛ばされたのだ。

 はぁ、と大きなため息を吐く。しかし彼は指を顎に当てて何かを閃いた。

「ん? ある意味新しい女の子との出会い、しかもとびきりの美少女!!」

 サイトは一瞬前までの落胆が嘘のようにテンションを上げた。ある意味新しい形の出会いであるには違いない。彼には出会いがあればそれ以外は些細なことになったのかもしれない。これから起こるだろう困難など露知らず、彼の心は踊りだしていた。

 朝食は学院に在籍する学生が食べ終わった後、サイトは学院の業務員とともに残り物を食べた。サイトの扱いに関してはレイジがかなり口添えしており、ぽっとでのなんのスキルも持たないただの使い魔で、平民である少年の扱い方としては優遇されている方だ。

 ルイズは初めサイトを同じ部屋で寝る気だったのだが、レイジたちがそれを咎めた。使い魔なのだから同じ場所で寝るのは当たり前なのだが、一応は若い男女である。何かが起きても困ると考えたレイジはルイズの案を却下した。親の口約束とは言えルイズにも婚約者がいるのだ。

「シエスタは結構ここで働いて長いのか?」

 サイトは昨日知り合った少女のメイドと洗濯を行いつつも、色々と話を聞いていた。彼女はこの世界には珍しい黒髪黒目、彫りが浅めで東アジア系と白人との日本寄りのハーフを連想させるような容姿であったため、サイトとしては少々親近感が沸いたのだ。

「そんな長くありませんよ。一年ほど前だったと思います」

「ならシエスタはおれの先輩だな」

 そう言ってサイトは笑う。久しぶりの女の子との会話に彼のテンションは上がりっぱなしだ。

「先輩だなんてそんな、同じくらいの歳なのでそういうのはなしにしましょう」

 サイトはシエスタの謙遜した態度に、自身の主とは違いなんていい子なんだと心の中で感嘆した。

 などと思っていると爆発音が学院内に響いた。

「な、なんだ!?」

 サイトは驚き反射的に口に出していた。

「多分ミスヴァリエールの魔法ではないかと」

 一方のシエスタはなれたものと言わんばかりの態度だ。一年次のルイズは何事にも挑戦という姿勢だったため、学院にはかなりの頻度で爆発が起こっていたのだ。レイジも特に止めようとしなかったため学院の職員はすでに慣れっこであるし、彼女に魔法を唱えさせるのを抑え気味にしていたのだが、今日は新学年はじめの授業とあってかルイズのことを知らない教師が魔法を使って見せろと促したのだろう。

「……どんな魔法だよ。室内で爆発って」

 サイトは音のした方を見て戦慄した。

 

 

 時刻は進み午後。昼食後のティータイムの時間。

本日の授業は午前だけとなっており、二年生は一様に昨日召喚したばかりの使い魔たちとの親交を深め合っていた。あとはお披露目会という側面もある。

 その中でも一際目立つ集団があった。

「レイジ、何度見ても君のアンヴァーはとても美しいね。ボクのヴェルダンテにはかなわないが」

 そう言ってギーシュ・ド・グラモンは自身の使い魔であるジャイアントモールを撫でた。それを横で見る少女は少しだけ引いていた。

「どうも」

 レイジはギーシュのキザったらしい親バカっぷりに苦笑いをしながらも黒韻竜のアンヴァルを見た。その巨体は10メイルはあり、これでまだ成長中だというのだから驚きだ。アンヴァルは竜種の中でも若いらしい。

 と昨夜アンヴァル自身から教えられたことを片隅に考えつつ同じ韻竜であるシルフィードを見た。彼女も竜種の中ではとても若い方でアンヴァルよりも若いらしい。そのためか同じ竜種であるが故かこの一日をとってみても一緒にいる時間が多い。この二匹に加えキュルケのサラマンダー、フレイムも仲がいいようで地上にいるときはよく三匹で顔を合わせている。しかしフレイム以外は飛べるため、飛んでいる姿を見るフレイムにはどこか哀愁が漂っているように見えた。

「レイちゃんみてみて」

 フィーネはそう言ってユニコーンをブラッシングしている。ユニコーンもご主人に手入れをしてもらっているのが気持ちいいのか、かなり警戒心がない。

「とっても似合ってるぞ」

 レイジはそんな無垢な少女と神獣との一面を見て顔をほころばせた。それはもう誰が見ても兄バカだと分かるほどに。

「私の使い魔が見当たらないんだけど」

 紅茶を飲んだルイズは思い出したようにそう口にした。

「サイトなら給仕の手伝いをしてると思うが」

 そう言ってレイジは立ち上がって周りを見渡した。それにつられてルイズも周りを見渡し、給仕のメイドに鼻を伸ばしているところを発見した。これにルイズの眉はつり上がった。

「ちょっとバカ使い魔! なにやってんのよ!!」

「へ?」

 ズカズカといった様相で登場したルイズにサイトは虚をつかれた顔をした。

「ルイズ、君の使い魔には品がないね」

 ギーシュはサイトの間の抜けた顔を見て口を開いた。その横には一年生の女子がよりそっている。

「はぁ? なんだお前」

 サイトは初対面の相手から言われるには失礼な発言に表情を改めて、ギーシュを睨みつけた。

「平民の君が貴族であるボクにそんな口の利き方をしていいと思っているのかい? そう思わないかいケティ?」

 サイトの睨みなどまったく効いていないギーシュは隣の女子生徒に顔を向けた。

「そうよ、ギーシュさまに失礼よ」

 ギーシュはお前呼ばわりされたのが少し癪に障った。

「女を連れて偉そうにしやがって、どうせ親の金で散財してるだけのくせに」

 サイトはサイトでギーシュのキザったらしい振る舞いが気に入らないようで、ボソリと口を滑らせた。

「ルイズ、使い魔の躾が足りてないんじゃあないかな?」

 サイトの文句にギーシュは眉根を釣り上げた。

「しょうがないでしょ、昨日は『コントラクトサーヴァント』のときくらいしか一緒にいなかったのよ」

「文句があるなら直接言いやがれ、軟弱金髪わかめ!」

 無視されたと思ったサイトはさらに言葉を重ねた。これにはギーシュの堪忍袋の尾が切れた。

「もう怒ったぞ。決闘だ!!」

「やってやるよ、貧弱軟派貴族!!」

「でも決闘は生徒同士では禁止されてるわよ」

 場違いでおっとりとした声でキュルケがギーシュに言う。

「この平民は生徒じゃない」

 ギーシュは即座にそう言い返す。

「確かに」

 これにキュルケは納得した。

「待て待て!」

 遅ればせながらフィーネとユニコーンに見入っていたレイジが、大きな声に気付いてこれを止めに入った。

 今日は午後が丸々休みなのだ。なのにこんなくだらないことで騒がれてはたまったものではない。

「止めないでくれ、我が友よ」

「そうだ、止めんな!」

 二人共頭に血がのぼっているらしく、顔を真っ赤に怒っている。

「話を聞け」

 レイジはそんな二人に対して底冷えする声を出す。ギーシュはこの声を聞きすぐに顔から血の気が引いたが、サイトは未だに冷静になっていないようだ。

「なんだよ、あんたも決闘するのか? それなら受けて立つぞ!」

「君、その言葉を取り消したまえ!!」

 すぐ先まで敵対していたギーシュが逆にサイトに助言を送っている。

「なんでだ……よ。すみません……」

 レイジの出す雰囲気を遂に感じ取ったサイトはなぜか頭を下げた。

「……ギーシュ、いつも言ってるだろ。平民というだけで見下すなと」

「ああ、そうだったね。すまない」

 これにはたとしたギーシュは確かに自身の悪癖がまた出てしまったと思った。

「次にサイト、お前もお前だ」

「何が」

「昨日も少し話しただろ。貴族ってのは短気なんだ。平民の命なんて虫と同じだと考えてる奴が多いんだよ」

「そういえば」

 昨日のことを思い出して、サイトは相槌を打った。

「お前がこのハルケギニア以外から来たことは昨日聞いた。だが、このハルケギニアから戻る方法が分かるまで生きていかなきゃいけないんだろ」

「はい」

 サイトは勢いを完全に殺され素直に返事をした。

「なら、郷に入りては郷に従え」

 サイトの返事にアドバイスを加えた。サイトは首を縦に振った。

「よし、改めて決闘のルールを決めよう」

 サイトのその首肯に満足したのか、レイジは笑顔で宣った。

 え? 

 ギーシュやサイト他の面々も驚いた声を重ねてあげた。

「ギーシュ、今従前に操れるワルキューレの数は?」

「四だが」

 レイジの勢いに押されギーシュはすぐさま答えてしまう。

「よし、なら四体だな。みんな付いて来てくれ」

 レイジはそう言うとヴェストリの広場へと向った。

「レイジなんでまだ決闘を?」

「そうです。レイジさんの説教で彼らは否を認めました」

「そうよ、それにただの平民がメイジに勝てるわけないじゃない」

 キュルケとタバサが不思議そうにレイジに尋ね、ルイズも続いた。

「ギーシュはドットの中でも悪くないが、所詮ドットだ。魔法による連携がまだまだ甘い。訓練の一貫さ。サイトは一応使い魔なんだ。主を守れるようになってもらわなきゃな」

 

 

「ルールは簡単。ギーシュはサイトの剣を手から落とせば勝ち、サイトはワルキューレ四体を倒せば勝ちだ」

 ヴェストリの広場では決闘という名の訓練が始まろうとしていた。ギーシュの目の前にはすでに青銅の棒を持ったワルキューレが四体並んで立っている。一方のサイトの手にはレイジが錬金した鉄の片手剣が握られており、左手の甲がほのかに、確かな光を帯びている。彼らの間は20メイルほど離れている。

「わかったよ。平民君悪いが手加減はしないよ」

 ギーシュが了承した。

「わかった。そんなのいらねぇ!」

 続いてサイトも了承。

「では、はじめ!!」

 レイジの掛け声で動き出したのはギーシュのワルキューレだ。四体のゴーレムはサイトを囲うようにして散開。扇状に展開しサイトを徐々に追い詰めていく。

 サイトは散開した敵を見据えて、自身のうちから湧き上がる不思議な力に内心驚いていた。剣など振るったこともないが、今の自分には目の前のワルキューレを簡単に屠ることのできる力があると確信した。使い魔は主を守るのが使命だ。

 女の子を守るナイトさまになってやるよ!!

 サイトは自身を鼓舞して一番右にいたワルキューレに向けて駆け出した。5メイルはあった距離を一息に踏み込んで右から袈裟斬りに振り抜く。ギーシュのワルキューレは棒で防御の体勢を取る。しかしサイトの剣はその棒を両断した。袈裟斬りのあとすぐさま逆袈裟斬りで一体目のワルキューレを叩き切った。後ろと横から迫る金属音にサイトは振り向いて、三つの棒の突きを二つ躱すが、一つは胸に受けてしまった。

「うっ……まだまだ!」

 気合いを入れ直すようにしてサイトはワルキューレの各個撃破を狙う。しかし先とは違いワルキューレの動きは連携を取っており、サイトに反撃の隙を与えない攻撃間隔だ。ワルキューレの数が減るとそれを操作するギーシュの負担も減るのだ。

「なかなかやるじゃないか」

 ギーシュも先手は取られワルキューレ一体を失ったものの、動きが素人のそれとわかると数の優位をうまく使って立ち回り始めた。その結果サイトは反撃の機会をなかなか見つけられないままジリジリと体力を減らしている。

 サイトの左手の光はまだ消えてはいない。しかし確実に開始した当初の光り方よりも弱弱しくなっていることは明らかだった。

「くそ! なめられたまま終われるかよ!!」

 サイトはギーシュの先方の前に何度か打撃を受けるも歯を食いしばって立ち向かう。

 こんな軟弱な見た目のやつ負けてたまるか!!

 サイトの気持ちが声に出すことによってふたたび高ぶりを取り戻す。

 左手の輝きが増し三体の連携で攻撃してきたワルキューレの一体をいままでの動きが嘘だったかのように滑らかな動きで躱し、そして剣を振るった。突如の動きの変化にワルキューレは着いていけない。ギーシュの焦りのようにワルキューレが再度左右同時にサイトめがけて飛び込んだ。しかしサイトはその左右からの攻撃を避け横薙ぎの一閃で二体同時に切り裂いたに見えた。

 やった!

 サイトは心の中で勝利を確信する。だがそれはとても大きな油断。

 だが最後の一閃はサイトが出すにはまだ大振りすぎる攻撃だった。二体の攻撃を避けてからのわずかな隙でワルキューレの内一体はサイトの攻撃を、エモノを犠牲にして致命傷を避けていた。大振りすぎる攻撃をした付けで技後の隙が著しく発生し、致命傷を避けたワルキューレは体勢の不安定なサイトにタックルをして抑え込み、手から剣を奪い取り、彼の首に添えた。

「そこまで、勝者ギーシュ」

 レイジは固唾をのんで見守っていたギャラリーの静寂を破り勝者の名を口にした。

 それと同時にギーシュがこんなにも強くなっていることを知らなかったギャラリーは彼に祝福の言葉を送っている。一方のサイトは誰からも期待はされていなかったものの見事な奮戦に数名が声をかけた。

「サイト、あんたはよくやったわ」

「戦いの素人の平民がメイジであるギーシュにあれだけ善戦したのはすごいことだ」

 ルイズはメイジとの決闘で軽い打撲程度のけがで済んでほっとしていた。レイジも剣も握ったことのない素人がルーンの力を使ったとはいえ最後の一体まで追い詰めたのは褒めることだと思っていた。

 ギーシュはここ半年ほどレイジと朝の鍛錬を行っていたことが勝因だろう。努力が嫌いそうな彼が鍛錬を始めたのは、単に同い年の者が毎日鍛錬を行っていることに驚き、強さは才能だけでないと感じたからだろう。

「だけど負けた」

「そうだ、だが次がある。お前は生きているんだ」

「? そうだな。レイジ、あんた強いんだろ? おれを鍛えてくれよ。負けたまんまじゃ終われねぇ!!」

「ああ、いいぞ」

 レイジは座り込んでいたサイトに手を伸ばす、サイトもその手を取って立ち上がった。

「君、サイトといったかい? いい戦いだったよ」

 ギーシュは先も隣にいた少女を隣に侍らせてサイトの前に現れた。レイジはモンモランシーはいいのか、と遅い疑問を抱いた。

「……悪かったな。貧弱軟派貴族っての取り消すよ」

 そういってサイトはギーシュに手を伸ばした。

「こちらこそ平民というだけでなめていたよ。君には気概が感じられる。仲良くできそうだ」

 ギーシュも奮戦した戦士に敬意を払いその手を取り、互いに握手をした。

「ギーシュ!!!」

 そんな男の友情に水を差すような少女の声がした。ギーシュの肩が跳ね上がる。恐る恐る彼は背後の声の主を確認した。確認するまでもなくわかってたが。

「モ、モンモランシー。こ、ここれはだね――」

 ギーシュはしどろもどろになりながらも背後にいた金髪縦ロールの少女に弁明を試みた。

「その子とまた一緒にいる理由は後で聞きます」

 だがギーシュの決死の言い訳を華麗に無視し、彼の首根っこを掴むと肩をいからせどこかへ引きずって行ってしまった。

「……あの子は?」

「ギーシュの彼女さ」

 サイトの短い質問に、レイジもまた簡潔に答えたのだった。

 




ギーシュ強化計画。サイト強化計画。
前話の最後にルイズとサイトはコントラクト・サーヴァントを終えており、その後にレイジを交えた三人で話を少しした状態です。
サイトと話す言語は、サイトには日本語にレイジたちにはハルケギニアの言葉となって聞こえていることにしています。
原作でもそこの描写がなかった気がするので。
あれば教えていただけると描写を改善したいと思います。
レイジが第一話でハルケギニアの言葉がわかったのは......ご都合ですね。


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第四十八話 メイジの次元

まことにお待たせしました。


「間違いありません。やはり彼のルーンは……」

「うむ、彼は伝説の使い魔……ガンダールヴじゃ」

 神妙な顔でオスマンは映し出された使い魔の少年を見た。

「王宮に指示を仰ぎましょう!」

 禿頭の教師コルベールは世紀の発見に少々興奮気味に話す。

「駄目じゃ。ガンダールヴは始祖ブリミルの魔法を行使するまでその身を賭して守ったといわれておる」

 ここでオスマンは一つ間を開けた。

「……始祖ブリミルの魔法は強力じゃったが、詠唱は長かったと聞く。その時間を守るためガンダールヴは盾となり数多の敵を倒した」

「はい、千人もの軍隊を一人で退けたといわれるほどに……」

 コルベールもオスマンの言っていることは知っていた。

「して、彼は本当に何の変哲もない人間だったのかの?」

「そうです。どこからどう見ても平民の少年でした」

「……この件は他言無用じゃミスタ・コルベール」

「か、かしこまりました」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「これからは一人の女性を愛することを誓うよ」

「オレに誓われても困るんだが」

 モンモランシーに連れて行かれたその後ギーシュが戻ってくると、頬が少しの赤くなっていた。レイジとしては完全に自業自得だと思って見ていたが、フィーネはギーシュに魔法をかけてあげた。

「ありがとう、フィーネ。感謝するよ」

 レイジはフィーネを撫でる。なんてやさしい子なのだろうか。レイジは無駄に感動していた。

「ところで、きっちり絞られたようだな」

 レイジがギーシュに向かって呆れたように話す。

「そうだね……」

 ギーシュは思い出したくないのか、レイジに指摘されると身震いをし、乾いた笑いが彼から零れた。

「お前もこりないよなぁ」

 レイジはギーシュの日々の行いを振り返って苦笑いをした。毎度毎度モンモランシーに折檻されているというのにこの始末である。いや、こんな浮気性のギーシュをずっと慕っているモンモランシーも奇特な人物だと他人事ながら思う。

「バラという存在は等しく皆に愛でられなければならないのだよ」

 そう言ってギーシュはバラ状の杖にキスをしてみせた。キザったらしいその行為に惹かれてしまう女性は間々いるのだから世の中分からないものだ、とレイジは思った。

 レイジはまた繰り返しそうだな。と言おうとしたが心の中に留めておいた。

「そういえばサイト、といったかな。彼は?」

「さっきの決闘で打撲程度の怪我はしたからな。今日はあいつの部屋で休ませてるよ」

 青銅の棍で突かれたり叩かれたりしたのだ。打撲程度の怪我は当たり前にする。さらにガンダールヴの能力により無理に引き上げられた身体能力の影響もあってから、体に力が入らなくなっており、フラフラと今にも昏倒しそうな状態だったのだ。

「そうか、機会があればいろいろ交友を深めようと思ってね」

「そいつはいい心がけだと思うぞ。人の上に立つものの務めの一環だ」

 珍しいことをいうギーシュにレイジはいい傾向だとうなずいた。

 サイトは学院職員の寮の中で自室に割り当てられた部屋のベッドの上で目を覚ました。

 翌日。

「うっ」

 彼は体を起こそうとしたが体中からくる鈍痛で顔を歪めた。

「あぁ、おれ決闘したんだっけか」

 サイトは自身が倒れる前の出来事を思い出した。体が動かせないためサイトはシミがない天井をぼうっと見ていた。

「気が付いたか」

 扉が開閉する音がしたためサイトは首だけ動かして扉を見やると、そこには真紅を思わせる髪と眼をした自分と同じくらいの年齢の少年と、桃色の髪をした少女をその目に捉えた。レイジとルイズである。

「体の調子はどうだ」

 レイジは備え付けの椅子を二つ持ってきてベッドの横に腰かけた。もう一つにはルイズが座る。そんなルイズの姿が人形みたいだとサイトには感じられた。

「どうもこうもねぇ。どこもかしこも痛ぇ」

 自分の今の情けない恰好を笑い飛ばそうとする。彼の動けない理由は別に怪我ではない。筋肉痛、ただそれだけだ。普段の運動してなかったことがこんなことになるとはサイトは思いもしなかった。

「昨日の決闘で無茶するからよ」

 少しだけ呆れた声音でルイズが口を開く。

「でだ、今日来たのは他でもない。ルイズとサイトお前たちに話しておくべきことがあると思ってな」

 軽い口調でレイジは本題に入る。

「レイジが前に言っていたことね」

 レイジは少し早いとは思うがな、と零した。

「そうだ。ルイズは今まで魔法の才能がないと思ってきただろうが、それは違う」

 レイジはそう切り出した。ルイズは前にそのことを聞いていたので無言で話の続きを待った。

「サイトのルーンを見て見ろ」

 そう言ってレイジはサイトの左手の甲をルイズに見せた。

「次にこれを見て見ろ」

 そういって取り出したのは一冊の本だ。とても古い本でありそれは装丁からもうかがえた。レイジはその書物の中の一ページを開いて示した。

「これは……」

「同じルーン……」

 そうだ、とレイジは言う。

「この書物には始祖ブリミルについて記してある。その中の一説にこうある」

 レイジはさらにページをめくる。

 

『祖は重厚にて長大なる祝詞を発する。さすらば世界を光が包み、仇名す者は消えゆくのみ。これすなわち初歩の初歩の初歩――』

 

「重要なのは世界を光が包み、仇名す者は消えゆくのみ。という点だ」

「祖はブリミル様で祝詞は呪文の詠唱……」

 ルイズは確認の意味も込めて声に出す。レイジもルイズの言葉に首肯した。

「ルイズの魔法は全て爆発する。それには光が伴い爆発させることにより標的は消える」

 表現が違うだけで起きていることはこの書物に書かれていることである。

「レイジがいうことは本当なのね」

 ルイズは言い表せない感情を顔にする。

「それで、おれとの関係は?」

「お前はルイズの盾となり剣となるべくしてこの世界に召喚されたということだ」

「そんなそっちの都合でか?」

 ふてぶてしくサイトは言い返す。

「こちらに呼んだのはこちらの意思だが、こちらに来たのはお前の意思であるはずだ」

 レイジはサイトの言い分に正論を叩きつけた。実際サイトがあの日不可思議な鏡に触れてさえいなければこの世界に来ることもなく、今頃元の世界で出会い系サイトを閲覧していただろう。

 そうこの事態を望む望まないにしても選んだのはサイト自身にあるのだ。

「それは……!!」

 サイトもそのことをわかっているようで、言い訳はそこで途切れた。

「ルイズ、このことはオレたちだけの秘密だ」

「どうして? 私はブリミル様のお力を扱える。それは素晴らしいことじゃない!」

 レイジはサイトが理解したことでルイズに向き直る。

「今は平和な世の中だ。それにお前はヴァリエール公爵家の三女という護りがある。勿論オレだってお前の身内になるんだからでき得る限り護ってやる。だが、オレはこれからもゲルマニアの貴族だ。トリステインの貴族であるお前をいつまでも護りつづけることはできない。それはお前のお父上であっても同じこと」

 レイジはカトレアとの婚約をしているが、結局この三年間が終わればゲルマニアに帰る身だ。いつまでもトリステインに居続けるわけにはいかない。これはどれだけ功を重ねようとも変えられぬことなのだ。

「そして必ず戦争は起こる。その戦争が起こった時お前が始祖の生まれ変わりだと知られていたら、祭り上げられ旗頭として前線に派遣されることは確実だ。その決定は国が行うもの。いくらお父上が強大な権力を有していたとしても覆ることは難しいだろう」

 国の決定にこの貴族社会でどれだけの発言権があろうとも、謀反を起こすほか覆す方法はない。それがこの世界の国と貴族の関係だ。

 現在のこの国の王族はアリエッタのみだ。ルイズと幼馴染でもある彼女がルイズに酷なことをさせるとは考えづらいが、彼女に老練な貴族たちに立ち向かうだけの力はない。冠を被らされてもお飾りの女王になるだけだ。

 貴族は自身の沽券利権が守れるのならば、いたいけな少女ですら敵の眼下にぶら下げるだろう。

 トリステインはその傾向が色濃い。古くからある国はしきたりや慣習を重んじる。それは尊いことかもしれない。だがそれに彼らは固執する。我が身かわいさの余り変革を受け入れられないのだ。今ある自分自身の地位が脅かされるのではないか。それが貴族というものなのだ。

「どうして戦争が起こると言えるの!?」

「近頃アルビオンが軍備を増強していると伝手から聞いた。ガリアも同様だ」

「それをさせないための姫様と王子様の結婚でしょ!?」

そのための政略結婚。

「悪いが、閣下もアリエッタ女王を欲している」

「!!」

 これはレイジが耳にした噂だ。アルブレヒト3世はまだ世継ぎができていない。さらにはゲルマニアの国という特性上アリエッタは喉から手が出るほどほしい存在なのだ。ゲルマニアの皇帝には始祖ブリミルの血が流れていない。この一点において経済的にも豊かなゲルマニアが他国よりも劣る部分である。

「まぁいろいろあるが今はまだお前はなんの力もない子供だ。目立つ必要なんてないさ。その力が知られるときは本当に周知されるべきときであるはずだ」

レイジとて多数から見れば子供だろう。しかし理不尽に抗えるだけの力を有している。

「……わかったわ」

ルイズはしぶしぶだが納得した。

「話は終わりだ。ああ、それと明日は日の出前に起きろよ」

「なんでだ?」

「強くなりたいんだろ?」

 レイジはそう言い残すと部屋から去って行った。

 翌朝、筋肉痛が治りきっていないサイトの悲鳴が学院に木霊した。

 事件が起きたのはそれから2日あとのことだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 レイジがいつものように朝目を覚ますと何やら職員が騒がしく駆け回っている。レイジは疑問を抱きつつも広場にでるとその疑問は氷解した。

 大穴が空いているのだ。

「なんだありゃ……場所的に宝物庫か」

 レイジは模造刀を振りながらぼうっと穴を見やってどのような場所かを思い出した。

 何が取られたのやら、大したものはなかったはずだが……ん?

 レイジはそんな悠長なことを考えて普段通りの訓練に戻ろうとしたとき、またも何か引っかかりを覚えた。

 そして知った声を聴いた。

「レイジ、頼みがあるの」

 そう言ってルイズはレイジに駆け寄る。

「なんだ? 珍しく早起きだな」

「フーケが出たわ」

「……フーケ?」

「最近貴族をターゲットに盗みをしているっていうトライアングルクラスのメイジよ」

 レイジはそのフーケという単語で記憶の底から情報をサルベージした。そういえばそんなことがあったな。とレイジは思い出した事柄を考えていたら返答が遅くなった。

「それがあれか」

 そう言ってレイジは先ほども見ていた穴を見やる。

「そう、私たちが奴を捕まえるの」

 わざわざ面倒事を引き受けるのはどうしてだったか、曖昧な記憶であるこの事柄を完全に思い出しきれないでいた。レイジはルイズの後ろに控える知人たちをみながら質問をした。

「別にいいがルイズのほかに誰が行くんだ」

 別にいいなどという軽いノリで、トライアングルクラスのメイジの捕縛に向かうものなどそうそういないだろう。だがレイジはトライアングルであったとしてもスクエアだったとしても後れをとるつもりなど微塵もなかった。

「サイトとキュルケ、タバサにギーシュ。そして引率のミスロングビルよ」

 ルイズにいる人全員じゃないか。レイジはそう思いつつも全員の顔を見終えてから言った。

「なんでキュルケ……は置いといてタバサがいくんだ」

 純粋な疑問だ。確かにキュルケとの仲はいいが無理していくほどでもない。彼女はトリステインの貴族ではないのだから。

「私が原因だからね」

 そんな元凶であることを誇るなと、レイジは呆れた表情になる。正確には元凶ではないのだが、ある意味幇助したようなものである。それはレイジの知らぬところ。

「トライアングルメイジが多い方が何かと便利です」

 これに応えたのはタバサだった。静かに言った言葉にとは裏腹にレイジの瞳を力強く見つめていった。

「まぁ相手はトライアングルのメイジらしいしな。分かった、ちょっと待っててくれ」

 レイジはそういうと『フライ』の魔法で飛び上がり、女子寮の一室の前で止まって窓をノックした。

「……レイちゃん? なあに?」

 眠たそうな瞳でフィーネは目の前に浮遊するレイジに要件を聞いた。

「これから野暮用でちょっとの間でかけるから――」

 そこまで言い終えるとフィーネの瞼は完全に開いた。そしてレイジは次に聞くセリフを完璧に予想した。

「わたしも行く!」

 彼の予想疑わずフィーネは同行するようだ。

「遊びじゃないんだぞ……」

 レイジはフィーネの着替えに背を向けてから苦笑いして呟いた。

 

 

「ちょっとどういうこと」

「わたしも行く!」

「というわけだ」

 ルイズはレイジにお姫様抱っこされるフィーネを見てため息をつく。

まぁレイジを除けば魔法の腕だけ見るならばフィーネが二番手なのは間違いない。それに戦力が増えるのはいいことだと前向きな考えに変更した。

「そうだ、8人ならタバサとオレの竜に乗り切れる。逃げられでもしたら面倒だろ。タバサ頼めるか?」

「わかった」

 数分後眠たそうな顔をしたシルフィードが広場に着地した。

「案内役はミスロングビル、お願いします」

 レイジは竜の集まる数分の間にあらかたの事情をルイズたちから聞いた。アンヴァーにはレイジ、フィーネ、ルイズ、ロングビル、サイトの

五人。シルフィードの方にはタバサ、キュルケ、ギーシュの三人だ。

「頼むぞ、アンヴァー」

 そう言ってレイジは黒竜の首筋を撫でてやる。アンヴァーは喉を鳴らして飛び上がった。

 目的の場所にはすぐに着いた。馬と竜とではそもそもの速さが違うためだ。サイトは命綱なしに地上百メイルもの上空にいることに終始ビビっていた。目的の村の近くの森の中にフーケが潜んでいるとの情報が村から得られているらしい。

「やけに手際がいいですね。盗まれたのは昨晩でしょ?」

 この場所は馬で往復六時間ほどの場所だ。

「え、ええ。必死でフーケのゴーレムを追いましたからね」

 レイジはへぇ、と相槌を打って納得したような表情になる。

「ま、いいか。例の小屋を探して乗り込もう」

 例の小屋と称された小屋はすぐに見つかった。外の茂みから確認できる限り、中に明かりは灯っていないし、人の気配もない。

「先生、オレと小屋の中を確認しましょう。みんなは合図があるまで待っててくれ」

「え!?」

 レイジはそう言ってロングビルを連れ出す。ロングビル以外は満場一致でレイジの意見に首を縦に振った。

「行きますよ」

 レイジはロングビルの手首を強引に掴んで、こそこそすることなく進みなんの躊躇もなく小屋の扉を開けた。

 中は何の変哲もない小屋だ。

「先生も探してください。…………盗まれたのはこれか?」

 レイジは小屋の中に置いてある箱を両手で慎重に開けた。『アクティブ・エアー・アーマー』を展開しているのでブービートラップではレイジに傷など与えれはしない。トライアングルの全力だとしてもこの風の装甲を突破することは無理だろう。

「破壊の杖……ねぇ」

 中身を確認したレイジは名前をつぶやいて失笑した。

「フーケが出たわ!」

「ロングビルはどこえやら」

 レイジはニヤリと笑みを浮かべてから小屋の外へと出た。

「杖を置きなさい!!」

 そう声を発したのはロングビルだった。レイジはこれに従い破壊の杖を地面に下ろした。

「先生、これはどういった嗜好で?」

 トライアングルクラスの造るゴーレムには少々彼らでは相性が悪かったようだ。

 ドットのギーシュのワルキューレが通用するわけもなく、タバサの風魔法では威力が足りない。キュルケも同様。サイトの剣は先日の虚無の日に新調したらしいが、それでも自己再生を持ったゴーレム相手では無理だったのだろう。

 扉を出た時には片膝をついたゴーレムが立ち上がっていた。

「私がフーケ、土くれのフーケよ!」

 険しい目つきをしたロングビルはそう名乗り出る。その杖はレイジの方を向いている。

「ごめんなさいレイジ」

 キュルケは申し訳なさそうに謝罪した。

「気にすることなんてないぞ」

 レイジがそういうとフーケだけが一息に上空に吹き飛ばされた。

「流石だ、フィー」

 そもそもゴーレムの術者がいるのならばそちらを叩く方が圧倒的に簡単だ。わざわざ人形ごっこに付き合う必要などない。そのことをレイジはフィーネに何度か教えていたのだ。

「一瞬で!? くっやれゴーレム!!」

 フーケは自身が吹き飛ばされたことに驚愕しつつもの『フライ』で体勢を整えゴーレムに命令を下す。叩き潰してしまえと。

「なめられたもんだ」

 レイジはそう呟くと腰に差した二本の短剣を引き抜きそのまま振り抜く。その斬撃は一瞬にして六回。短剣の長さでは絶対に届かない距離にいるはずのゴーレムは、一歩踏み出す間もなく切り刻まれ、その機能を停止した。

「っ化け物め!」

 フーケは常軌を逸した場面を見て逃げることを選択。その選択の速さは見事なものだっただろう。流石は巷を騒がせるだけの盗賊だ。

 だが逃げる速度は実に遅い。まるで芋虫だ。

 レイジはフーケが逃走を開始したと同時に跳躍し、空中をまるで地面を走るのと変わらぬ速度で駆けた。

 レイジにとって『フライ』の魔法など必要ない高度である。

 サイトたちからしたらフーケの罵り声が聞こえた次には、すでにレイジがフーケを捕えたところだった。

「事情は学院で聞かせてもらおう」

 レイジは捕まえたフーケにそういうと足と手に風の錠をかけ、杖を没収した。

「クソ……!!」

この場の全員が一様に思う。彼は次元が違うのだ、と。




感想とか質問待ってます。
いやですね、リアルが忙――――。


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