Fate/the alter (zaregoto)
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#00 訪れ

 久しぶりにあの人の夢を見た。真っ黒な服を身に纏った、俺にとっての正義の味方の夢だ。

 

 この夢を見るのはおよそ10年振りであった。それまで、彼のことを忘れてしまったわけではなかった。ただ、彼に追いつくべくただただ走り続けていたら、結果的に彼になることが目標ではなく、自らが思う正義を目指すようになっていたのだ。なので、あのときに救ってくれた彼と同じになったとは、あまり言えない。

 

 あのときは最悪だった。いや、最悪なんて生ぬるい。

 

 それは絶望。もはや、絶望そのものを形態化したようなものであった。

 

 その場にいた人間すべてが死に絶えた。ただ一人、この俺を除いては、であるが。もちろん、この俺もほぼ危篤状態であった。息をすることすら苦行に思え、このまま死んでしまったほうが、楽なのではないかと錯覚するほどであった。

 

 そのとき、彼は現れた。仰々しい箱を片手に、彼は現れたのだ。

 

 俺は、安心したのだろうか。そこから、俺の意識は事切れた。

 

 彼が何をしたのかはわからなかった。しかし、あの状態からほぼ全快状態にまでもっていくような所業は、もはや奇跡の類であった。

 

 そう・・・。彼は、この俺にとっての正義の味方だったのだ。

 

---------------------------------------

 

 キリツグは、成田空港に降り立った。真っ黒な服を身に纏い、はっきりいってその場で思いっきり浮いていた。

 

「ここがニッポンか。なるほど。なかなかどうして、平和なところじゃないか。緊張感がない。ハハ、こんなところで聖杯戦争が行われていたと思うと、いささか疑いを覚えるな」

 

 心の底からの笑ではないと思う。形式的な愛想笑いを浮かべていた。この格好でそういう行動をしていると、不気味さに拍車がかかる。

 

「冬木へは、どう行くのか・・・。タクシーとかは、苦手なんだよなぁ。長くいるようなら、移動手段を購入しないとな」

 

 彼の名前はキリツグ・E・ペンドラゴン、かの有名なアーサー王の血筋、とされているが、真偽は不明だ。だが実際に彼はアーサー王の生まれ故郷である、英国西南端の半島コーンウォールにある小さな村出身であるのは確かなのだ。

 

「さて・・・意を決しないと、な」

 

 キリツグは目的のために歩き出した。

 

**********

 

 あれからかなり時間がたったが、やっとこさ冬木の地に降り立った。いくつもの車を乗り継いで、やっと着いたのではあるが、日本というのはなんて複雑な土地なのだろうと、少しゲンナリしていた。

 

「あの人の、いる場所・・・。確か、あの人、アインツベルンの関係者だったはずだ。だからこそ、俺はここにいるのだが」

 

 俺がいるのは、深い森の入り口。アインツベルンの森とでも言うのだろうか。普通に存在している森とは、少しばかり違っている。

 

 情報によると、前回の聖杯戦争で拠点にしていたとされている場所だ。なんとまぁ、堅苦しいイメージの強いニッポンで、これほど大きな場所を所有できるとは、アインツベルンはさすがに名家なだけある。

 

 ちょうど目で見て、森とそうでないところの手前に立っていた。意を決して足を踏み入れる。しかし、キリツグは、妙な感覚に襲われた。なんというか、鋭い針でチクチクと刺されているような感覚だ。なるほど。

 

「結界・・・か」

 

 そう、結界である。それも複雑な。相当高名な魔術師によるものだろう。この森全体に貼られているのだと思うと、少し寒気がする。とんでもない魔力量に、だ。

 

 侵入者除けのコレがあるとうことは、だれか人が存在しているということ、だ。魔力探知型の結界なので、そっち関連の者限定の結界だろう。

 

「あの人がこれをかけたのか・・・。まあ、あれだけのことをやってのけたのだから、こんなこと、簡単なんだろう」

 

 魔術師殺しと吟われた人だ。だからこそ、魔術のことも理解しており、そういう呼び名がついている。でも、あれから10年。まだ、敵がいるということなのか。それとも、、、。

 

 キリツグはよし、と一息入れ、森に足を踏み入れた。

 

***********

 

「・・・かわいいネズミが入り込んだみたい。なんらかの意志があってこの森のここに、来てるみたいね。一直線にこっちに向かってる」

 

 少女は、ティーカップを片手にメイドであろう人にそう言った。

 

「どうする?イリヤ・・・。私たちが行ってもいいけど」

 

 中世にタイムスリップした、と言っても過言ではないくらい煌びやかな装飾を施した部屋で、おそらくここの主人であろう少女とそのメイド二人が話していた。

 

「どうしよっかなー。始まるまで暇だし、私が行ってもいいんだけどねー。でも、そこまで骨のあるヤツじゃないと思うけど」

 

 小悪魔のような表情で、あからさまに迷ったような素振りをする少女。そして、紅茶を一口すする。

 

「だめです!お嬢様自らがお行きになるなんて・・・。いけません!私たちが行きます!」

 

「えー、セラは心配しすぎなんだよ。大丈夫だってば、バーサーカーも一緒だし」

 

「ですが・・・」

 

 その時、少女は驚いたような表情を浮かべた。

 

「あれ?どうして?なんで?」

 

「どうしたの?イリヤ」

 

 怪訝な顔を浮かべながら、言う。

 

「もうここに着いたみたい。おかしいなぁ、さっきこの森に入ったばかりなのに」

 

「なんと・・・!?」

 

「へー、すごいねー」

 

 森の入り口にいた侵入者の反応が、一瞬にして自分の城の近くに移動していたのだ。これには少女も、素直に感心した。

 

「じゃあ・・・お迎えしてあげよう。ここに来てから、初めてのお客様だもの、丁重にしてあげないと、ね」

 

 少女は啜っていた紅茶を置き、席を立った。そのあとに、メイドも続く。

 

 少女は少なからず、侵入者に対し期待感を抱いていた。

 

**********

 

「うへー・・・、でっかいなー」

 

 目の前にはドが付くほど大きな城が存在していた。いや、この日本にこんな本格的な城があること自体、おかしなことなんじゃあないだろうか。やはり、アインツベルンはおかしい。

 

「探し回るのも面倒だから、魔力の中心に飛んでみたんだが、まさかこんなもんがあろうとは。無駄な魔力使わなくても、すぐに見つかったのかもしれない。それにしても、すげぇなあ、アインツベルン」

 

「すごいでしょ?」

 

 どこからか、声がした。幼い、女の子の声だ。ふと前方に目をやると、それは城の門の向こう側からしているようだった。

 

 なんでこんなところに。

 

「ああ・・・さすがアインツベルンだよな。やることの規模が違う。まさか城ひとつ建てちまうなんて」

 

 この城の大きな扉が開く。ゆっくりと仰々しく開くそれの先には、少女と二人の女性がいた。

 

「ようこそ、アインツベルンの城へ」

 

「あ、おお、おう。これはこれはどうもご丁寧に」

 

 丁重な扱いを受けたので、こちらも一応礼儀を正しくしておく。だが、二人の女性と、その後ろのなにかが発する殺気によってそれは相殺されている。

 

「なんだか、お前勘違いしてるぜ?アインツベルンのお姫様。俺は戦いに来たわけじゃあないんだが」

 

「そうみたいね。サーヴァントの気配もないし、見れば令呪の発現もない。じゃあ何をしにここへ来たのかしら」

 

 この少女から聖杯戦争という単語が発せられたことに驚いた。しかし、恐らく彼女もアインツベルンの関係者。おかしくはないだろう。

 

「へぇ・・・お前、聖杯戦争を知ってるのか。それとももしかして参加するのか?だとすれば、前回からまだ10年しかたってないのに、アインツベルンはやる気だな」

 

 少女は俺のことを見据える。無表情で。

 

 あー、無駄話はすんなってわけか。

 

「人を探しに来たんだ」

 

「人?」

 

 少女は表情を変えた。先ほどの俺を疑ったような表情はそこにはないが、訝し気な語調であることは変わっていなかった。

 

「前回の聖杯戦争の参加者で、生き残ってるらしいんだけど」

 

 少女の顔は表情を失っていく。どうやら、この子はそれに心当たりがあるようだ。

 

「衛宮切嗣ってしってるか?確か、前回はアインツベルン陣営で参加していたはずなんだけど」

 

 そう言い放った後、しばしの間が空いた。風がゴォーっと音を立てながら二人の間に流れた。

 

「あは・・あはははははは」

 

 少女は突然笑いだした。まるで、この男は何を言っているのかしら、とでも言いたげに。すこし、狂喜じみていた。

 

「どうした?いきなり笑い出して」

 

「いえ?ただちょっとおかしくなっちゃって」

 

 目に涙を浮かべながら、ごめんなさいと形式上の謝罪を述べた。

 

「あはは・・・、アナタ名前は?」

 

「は?なんでそんなこと」

 

「いいから・・・はやく」

 

「俺は・・・」

 

 少女の真剣な面持ちに、一瞬言葉に詰まってしまった。気をとりなおして、もう一度言う。

 

「俺は、キリツグ。キリツグ・E・ペンドラゴン」

 

 驚いた、のだろうか。微かに頬の動きが見えた。とはいえ、反応したということは、この子は切嗣を知っている。

 

「そう・・・あなたキリツグっていうのね。あなたの言う切嗣との関係は?」

 

 少女の声に、少なからず重みを感じたのは、気のせいなのだろうか。気のせいということにして、言葉を紡ぐ。

 

「あまり関係はないんだがな。過去に命を救ってもらった礼があるんだ。そのときのことを忘れないためにも、彼の名前を借りている」

 

 あまり過去は語りたくないが、真剣な表情からして、適当なことを言えば、本当にやられてしまうだろうと、感じた。

 

「ふふ・・・そういわれてみれば、あの男に似てるかも」

 

「なんだ、やっぱり知っているんじゃないか・・・じゃあ」

 

 その瞬間、俺の体は聞いたことのないような音を上げながら、後ろへ吹っ飛んだ。

 

「ッカハ・・・!?」

 

 見れば先ほどのメイドが俺に向かって蹴りを入れているではないか。

 

 なんだ、俺は蹴り飛ばされたのか。

 

「っつつ・・・いてぇなあ。いきなり何すんだよ」

 

 魔術による身体の補強を施していたことと、寸前に勢いを殺す体制になれたので、痛みはさほどではないがそれでも、痛いことには変わりなかった。

 

「だってあなたキリツグなんでしょう?だったら・・・」

 

 少女の後ろからナニカが現れる。徐々に姿をあらわにするナニカは、想像以上の威圧を向けながら、俺に正対していた。

 

「殺すね」

 

「うお・・・っちょ!?」

 

 ナニカは俺に向かって吹っ飛んできた。確かな殺気を孕みながら。目にも止まらぬ拳戟。それらを間一髪で避け続けた。先程かけた魔術のおかけで、動体視力は上がっているが、、、。

 

 この巨体でどうやってそんな動きができるんだ。くそっ!

 

「これ、もしかして狂化の魔術なのか・・・。こいつ・・・サーヴァント、バーサーカーか!」

 

「ご名答、でもすごいね。バーサーカーの攻撃をかわすなんて。ふふ、面白いお兄ちゃんだなぁ」

 

 ニコニコと笑いながら、バーサーカーに命令を下している。

 

「ははは、これでもギリギリなんだ。英霊相手にそんなできるかよ・・・っとうわっ!?」

 

 足を挫いて、躓いてしまった。まさに、終わり、の情景である。要するに、フラグがたった、と言えよう。そのフラグが生を意味するのか、死を意味するのか。

 

「ててて・・・まったくこんなところで終わりなのか?」

 

「お兄ちゃん、ドジっ子だね。こんな状況で緊張感がほぐれるようなこけ方だったよ」

 

 確かに、俺も後ろのメイドたちも俺の行為に、緊張感というか、殺気が微かに和らいだ気がした。あくまでも、気がした、のである。そいつらが俺を殺そうとしていることに変わりはない。

 

「うっせぇ、ほっとけ。・・・なぁ、殺す前に切嗣がどこにいるか教えてくれないか?」

 

 まぁ、殺される気はさらさらないがな。

 

 少女は少し考え、バーサーカーを静止させた。

 

「あっちにいるよ」

 

 そう言って少女は上空を指さした。

 

「あ?あっち?」

 

「うん。お空の上」

 

「待てよ・・・えっと・・・」

 

 少女は笑顔でこう言った。

 

「切嗣はね、死んじゃったんだ」

 

 




9.25改変


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Staynight篇
#01 青年の名


 俺はあの災害のあと、聖堂協会に保護された。誰一人身寄りもなく、まさに天涯孤独な状態であったからだ。故郷の村も、なにもかも、俺には残っていなかった。

 

 しかし、なぜ俺が。確かに魔術の素養はあったものの、特筆すべきものではなかったはずの俺が、どうして保護されたのかというと、それは故郷にあったはずのものがなくなっていたからであった。

 

 それは聖剣の鞘、とも呼ばれる、聖遺物。

 

 アヴァロン。かつて、アーサー王が聖剣エクスカリバーを納めていた鞘である。アーサー王の故郷とされる村にあった、とされているものであったのだ。真実は分からない。しかし、聖堂協会がここまで動くとなると、確かに俺の側にあったのだろう。

 

 さらに俺はアーサー王の子孫と推測された少年だった。確実性はないものの、俺自身がアーサー王の聖遺物であることは、言うまでもない。本当に俺がそんな存在であったのならばの話だが。

 

 聖堂協会に保護されたはいいが、俺は全く魔術に対する知識を持ち合わせていなかった。父も母も、魔術師ではなかったように思える。本当はどうかは分からないが。

 

----------------------------------------

 

 俺は冬木の町を歩いていた。というよりも、途方に暮れていたといった方が正しい。あの少女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンから言われた衝撃の事実。

 

 衛宮切嗣の死。それは俺にとっては目的をいきなりむしりとられた行為に他ならなかった。切嗣に救われ、切嗣を追い、切嗣を目指した俺にとって。

 

 ヒーローの死というものは、それをそう見ていた人間にとって人生の転機のようなものだ。それを良い方に向かわせるか否か。それができるのは自分だけなのである。

 

「俺はなんのために、魔術を学んだんだろうな。まぁ切嗣と会うためだけに魔術を学んだわけじゃあないけど」

 

 それでも、目標はあった。切嗣とともに人を救う。それが俺の目標であった。彼と同じ舞台に立てば、俺もヒーローになれるんじゃあないかと、そう確信していたからだ。

 

********

 

「お兄ちゃん、ううん、キリツグって呼ぶね」

 

 イリヤスフィールは笑顔になって俺に言った。

 

「あなたも殺さなくちゃいけないみたい。キリツグっていう名前だし、それにどことなくあの男に似ているし、それに」

 

 彼女の笑顔は、この状況でなければ、ほほえましく、無邪気にしている少女のもののはずだった。しかし、いまの彼女の笑顔からはひどく不気味さが感じられた。感じられるほど、俺は恐れていた。彼女の中にある。底知れない闇に。

 

「今は凄く暇なの。まだサーヴァントも揃いきってないから、聖杯戦争はまだ始まらない」

 

 戦いに飢えている。まったく、どこの闘士だよ。

 

「だったら俺もサーヴァント召喚しないとな。俺にだって聖杯戦争に参加する権利くらいあるはずだ。そうすればもっと楽しくなると思うぜ?お前にとっては、だがな」

 

 声をひきつらせながら言った。俺にとって今できる最大のことであったのだ。

 

「うーん、じゃあキリツグは私に殺されてくれる?聖杯戦争が始まったら」

 

 またこれだ。どうやら、イリヤスフィールは、よほど切嗣のことを恨んでいるらしい。いったい、何があったのか。

 

「そうだな殺されるかどうかは分からないけど、お前を退屈はさせないつもりだ。これでも一応魔術師なんだ。魔術師のプライドなんて持ち合わせたつもりはないが、男としてはこんなところで犬死にはできないんだよ」

 

 そう言った俺の言葉を聞いたイリヤスフィールは、殺気をおさえた。俺でもわかるくらいに、ここ一帯の空気が変わった。

 

「分かった。うん、じゃあまだ殺さないでおいてあげる。それにまだお日様がでているもの。できれば戦争はしたくないものね」

 

 万事休す、とはこのことだ。寿命が縮まった気がする。

 

「そいつはありがとうな、お嬢ちゃん。お前の慈悲に感謝するよ。これで貸し1だな」

 

 手をフラフラとして、体の緊張をとく。まだあの状態が続いていたら危なかった。どちらにとっても、だ。

 

「私のことはイリヤで良いよ?どうする?お茶でも飲んでいく?」

 

 イリヤは後ろに手を回し、不気味ではない、無邪気な笑顔を向けた。アインツベルンの老害はこんな少女にまで、こんなことをさせるのか。そう思うと、腹のそこにあった何かがふつふつと煮えていく音が聞こえるような気がした。

 

「いや、遠慮しておくよイリヤ。このあとはやることがあるんだ。わるいな」

 

「そう、つまんない。まあいいわ、もう一人のお兄ちゃんに会ってくるから」

 

 彼女の口からはもう一人と放たれた。もう一人、俺と同じ?いや、そうそうそのような状況になる人間なんていない。であれば、切嗣の

関係者なのだろうか。

 

「もう一人って、どういうことだ?」

 

 考えるのをやめ、素直に聞いてみることにした。これ以上考えていても、答えはでないと、そう悟ったからだ。

 

「この町にね、切嗣の息子っていう人がいるらしいんだ。つまり、私の弟なの。ふふっ、早く会いたいなぁ」

 

********

 

「衛宮士郎、か」

 たしかにイリヤはそう言っていた。衛宮士郎、衛宮。そんな名字二つとないだろう。切嗣の関係者であることを示している。しかし、彼は天涯孤独だったはず。それに、人となりを聞いている感じだと、誰かと結ばれ、子を成すなんてこと、あまり思えないんだが。

 

 これほど切嗣のことを語っている俺なのだが、実際に彼に会ったことは過去一度しかない。救われたあの日、一度だけだ。なのになぜこれほどまでに彼のことを思い続けられるのか、自分にさえ分からない。この感情が恋だと言われたのなら、そうなのだろうと納得してしまうだろう。いや・・・納得しちゃあだめなんだろうけど。

 

「会ってみる他ないのか・・・いや・・・でもなぁ」

 

 若干の引け目を感じる。彼の息子であるという士郎くんのことは知らなかった。ということは、魔術とは一切関係のない人なのだろう。俺が接触するということは、彼を巻き込むということになる。

 

「巻き込むのはだめだ。こんな世界に、彼を連れてくるわけにはいかない。切嗣だってそうしたから、彼のことは知られていないんだ」

 

 だとしたら、これからどうするべきなんだろう。聖杯戦争には参加するつもりはなかったけど、イリヤと約束してしまったからな。願いはないけれど、参加するしかないだろう。約束は大事だ。

 

 空は赤みを帯びてきていた。もう日が傾いている。こちらについてから、もうそんな時間が経っていたのか。アインツベルンの森にいた時間が長かったせいなのだろう。

 

「まずは、どこを拠点にするべきか。日本はよくわからないからなぁ。俺のいた国よりは治安はいいだろうけど、野宿だけは避けたいよな」

 

 この町のことを知ることも必要だろう。戦っていく上で、戦地状況を知ることは重要だ。こういうとき、俺のことを知っている人間がいれば楽なんだろうな。

 

 いや・・いる。俺のことを知っている人物が一人。魔術教会から派遣されたあの男。俺的には、あの男に頼りたくはないんだが。やむを得ないだろう。

 

「というか、あいつも前回の聖杯戦争の参加者だったはずだ。初めからあいつのところに行けばよかったんじゃないか。いや・・・でもなぁ」

 

 あの男は初めて会った時から信用できなかった。信用にたることをされなかったし、してくれるような人間でもなかっただろう。

 

「行ってみるか・・・」

 

********

 

 あの男のいる教会は、先ほどいた場所からそう遠くない場所にあった。異様な雰囲気を放つ教会。協会がこんなものでいいのか、と思うくらいの場所だった。

 

 俺は教会の門扉をたたく。静寂の中に響く音。不気味そのものだ。本当に来て良かったのかと、俺は内心後悔していた。

 

「邪魔するぞ」

 

 ギイという音を立てながら扉を開く。中は普通の教会だった。いや、ここは普通の教会なんだろうけど、あいつがいるって時点でもう普通じゃないことは確かだった。

 

「おや、これはこれは」

 

 天井から差し込んだ光のもとにその男は立っていた。

 

「久しぶりだな、コトミネ」

 

「だれかと思えば、聖堂教会の異端児ではないか」

 

「うるせぇな」

 

 言峰綺礼。聖堂教会から派遣された第5次聖杯戦争の監督役であり、前回の生き残り。加えて、目が死んでいる男。

 

「なぜ君がここにいる。観光かね?」

 

「馬鹿言うな、俺は切嗣を訪ねてはるばるここ日本まで来たんだよ。観光ってのもあながち間違いじゃあないが、楽しみに来たわけじゃあない」

 

 切嗣、という単語を耳にしたコトミネは、一瞬表情が歪んだ。しかし、すぐに元のいけすかないものへと、戻っていた。

 

「ふむ・・・なるほど。しかし、衛宮切嗣は・・・」

 

「知ってるよ、死んだんだろ?ついさっき聞いたところだ」

 

 淡々とした口調のまま、俺を見据える。

 

「では、なぜここに。目的がなくなったのであれば、早々にロンドンへ帰ればよかろう。まさか、聖杯戦争に参加するとでも言うのではないだろうな」

 

「そのまさか、だよ。わけあって俺も聖杯戦争に参加しなくちゃあならなくなった」

 

 それを聞いたコトミネの変わらない表情は、若干変化したように見えた。

 

「だから、宿を提供してくれ。俺は今どこにもいくところがない」

 

「だれにも頼ろうとせず、協会から逃げ出した君が、まさかこの私を頼ろうとするとはな。面白い。しかし、君の面倒なぞ、見ていられないし、見る筋合もない」

 

 平然と俺を拒絶した。まるで呼吸をするかのように。生理現象なんだろうなこいつにとって。人を苦へと陥れる行為は。

 

「俺だっていやだよ。あんたなんかに頼る行為はな。だが、頼りだった切嗣が死んでいた今、俺の知り合いはお前しかいない」

 

「それこそ筋違いだと思わんかね?面倒を見ている弟子であるならまだしも、なぜ君の面倒を見ないといけないのだ」

 

 この阿呆は何をぬかしているのだ、とでも言いたげな表情で続ける。

 

「聖杯戦争の参加者を保護するのは、監督役の務めだろ」

 

「それは、聖杯戦争に敗退、または棄権したらの話だ。君は敗退も棄権もしていない、さらに参加すらまだしていないのだからな」

 

 こいつは阿呆あろうにも関わらず、馬鹿でもあるのか。かわいそうに、とでも言いたげな表情だ。まぁ、そんなこと一切言ってないんだが。

 

「それは・・・そうだが」

 

 こんな問答を続けていても埒が明かないのは明白だった。この男に俺を救う意志は微塵も存在していない。まったく、聖職者の風上にもおけない野郎だ。

 

「しかし、君の知り合いであった者の近親者ならばこの町にいるぞ」

 

「は?衛宮士郎くんのことか?俺は彼をできるだけ巻き込みたくは・・・」

 

 一瞬、士郎くんの事を言ったのは間違いだったか、と思ったがコトミネは、気にしている素振りを見せなかった。

 

「時臣氏の忘れ形見がこの町に住んでいる。その娘なら君も知ってはいるだろう」

 

 時臣。・・・そうか、遠坂時臣。前回の聖杯戦争で亡くなった遠坂家の当主。

 

「遠坂・・・凛、だったか?そういえば、そうだったな。いやでも、しかし、面識はない。一度彼に写真を見せてもらったが、、、」

 

「だったらそちらをあたりたまえ、迷える子羊よ。神を信仰していない君に、神がほほ笑むと思うか?」

 

 そう言われ、俺は教会を追い出された。

 

********

 

 そうして現在に至る。行く場所は決定したものの、どこにあるかを聞き忘れていた。この町のどこかにあるのだろうが、如何せん広すぎた。

 

 時臣氏の娘、遠坂凛に会うために俺は・・・道に迷っていた。

 

 時臣氏と出会ったのは、俺がまだ聖堂教会で保護されていた時だ。たまたま宝石魔術を独学で勉強していた時、その人と出会い、ご教授を受けた。俺にとってはいけ好かないオヤジだったが、魔術の腕は一流だった。さすがは御三家のひとつに属するだけのことはあった。なぜその時俺に宝石魔術を教えてくれたかは謎だ。そんな人には見えなかったが。人は見かけによらないということだったのだろうか。

 

 歩みを進めていくうちに辺りは夜になっていた。いよいよ宿を探さなければならない時になっていたのだ。早く、遠坂低を見つけないと。

 

 そう思い、俺は坂を上り、上からこの町を見ることにした。御三家のひとつの家だ。他とは一線をかくすものであるに違いない。イリヤのお城然り、だ。

 

「あれは・・・学校か?」

 

 歩いていくうちに学校らしき場所に着いた。学校へは通ったことがないから、とても新鮮だった。しかも日本の学校は海外のものとは少しばかり違っていると聞く。

 

「ん?」

 

 音がした。いうなれば剣戟の音。戦闘音。平穏なこの町には似つかわしい、戦争の音だ。それも、この学校の中から。

 

 俺は意を決してこの中に入った。関係者ではない俺にとっては不法侵入他ならないが。それでも、音の主を知りたかった。

 

「誰だ!」

 

 男の声が響いた。警備員に見つかったのかと肝が冷えたがそうではなかったらしい。そのすぐあと、見知らぬ青年が走って行ったのだ。俺と同じように不法侵入でもしたのだろうか。

 

 いや違う。これは、魔力の波形。

 

「まさか・・・」

 

 すぐに門をよし登り音のした方へと急いだ。どうやらグラウンドだったらしい。だったというのも、クレーターのうよな穴ぼこだらけで、グラウンドとよぶには少しばかり、気が引けたからだった。

 

 俺の予想は的中していた。ここでは戦争が行われているようだった。それもただの戦争ではない。そう、聖杯戦争だ。

 

 俺はすぐに逃げていった青年の方へと向かった。

 

********

 

「カハッ・・・」

 

 俺は青いタイツの不審者に蹴り飛ばされた。常人のそれとは違う、明確な殺意。それを孕んだ一撃だった。

 

「わりぃな坊主・・・見られたからには、生かしちゃおけねぇんだよ。大丈夫だ、苦しむ暇もなく、お前を殺してやる」

 

 俺の命はここで終わる。じいさんの夢を達成できぬまま、俺は終える。なにもできない。そうならないために、毎日鍛練をかさねていたのに。俺の人生はなんだったんだ!

 

 そう思った、時だった。

 

「な・・・!?」

 

 ものすごい速さで何かが飛んできた。あれは、黒板消しか?

 

 青タイツに直撃し、黒板消しらしきものは粉々に砕け散った。

 

「大丈夫か?兄ちゃん。間一髪だったな」

 

「あ、あんたは・・・」

 

「まあいいじゃないか。とりあえずこの場をなんとかしねぇと」

 

 俺を救った男は、じいさんに似ていた。風貌がそうさせるのか。いや違う、この感覚は違う。まるで、ヒーローに出会ったかのような感覚。

 

「お前、何者だ!」

 

 チョークを持ちながら、男は名乗った。

 

「キリツグ・E・ペンドラゴン。正義の味方だ」

 

 その時、青年、衛宮士郎の目には彼が目指す男、衛宮切嗣と重なって見えていた。

 

 

 

 




9.25改変


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#02 剣の英霊

 その日は酷い大雨になった。

 豪雨が降り、雷鳴が轟いた。しかしそれでも、そのようなことは問題ではない。問題なのはこの状況であった。

 まるで地獄の再現。道々には人であったものが、数多く転がっている。辺りを見回しても、生命力を発している生物は草木を含め、存在していなかった。 

 

「これは、どうして。どういうことだ」

 

 漆黒に染められたコートを見にまとった男は愕然としていた。その男の課せられた使命は、決められたものを受けとるだけの至極簡単なことだったはずだったのだから。

 男は村であった場所を歩く。死体を越え、状況を把握する。そのときであった。

 

「---エミヤキリツグ・・・」

 

 突然、背後から声をかけられた。気配も感じられず、そこらじゅうにあった死体が起き上がったのではないか、と思ったほどであった。

 居たのは白い礼装を見にまとった女たちであった。

 

「これが例のものです」

 

 渡されたのは木箱。古びた、ただの木箱であった。

 こんなものをてにいれるために、このような状況を作り出したのか?このものたちは。

 

「我々はこの事態の後始末を行います。では、あなたは城へお帰りください」

 

 淡々とした口調で話続けた。

 そうして、彼女らは辺りに散らばっていった。

 

「くそ、どうしてこんな」

 

 男から後悔が消えることはなかった。まったく関係のない村であるのにも関わらず、彼は自分のことのように感じているのだ。

 

「誰だ!」

 

 倒壊した家屋から突然音がした。まるで生命力を感じなかった村なのに、それは生き物が動く音だったのだ。

 

「だ・・れか」

 

 地獄の中にある希望とはこのことだったのだろう。音の先には、まさに虫の息である少年が現れたのだ。

 

------------------------------

 

「なんで、ここに。どうして俺を?それにキリツグって・・・」

 

「一度にいっぺんに質問するな。俺は一人しかいないんだよ。いいか?いま必要なことはどうやってあの変態青タイツから逃げおおせるかってことだ」

 

 青年は凄まじい戸惑いの色を見せていた。青タイツにいきなり襲われ、殺されそうになったのだ。それをいきなり現れた黒い男に救われたのだ。戸惑わない訳がない。

 

「逃がすと思うか?わりぃが、これも命令なんだよ。早く死んでくれればそれですむんだよ」

 

「こんなとこで死ぬわけにはいかない。俺にも、この子にも確かに未来があるからだ。明るいか暗いかなんて分からねぇ。それでも、未来ってのは全ての人間にあるんだよ!」

 

 青タイツはニヤリと頬をあげた。辺りの空気が変わる。

 

「そうかよ、確かにそうだ。それがお前の覚悟ってわけだ。だったら俺も本気で相手にしないと、お前に悪いよなぁ!」

 

 青タイツは手に持った赤い槍を構えた。目に見えるほどの闘気が槍からは発せられていた。あれをもらったらまずい、並の人間でもあんなのくらったらひとたまりもない。魔術で強化されている俺の体でもただじゃ済まないだろう。

 しかしこの感覚どこかで・・・。

 

「お前、もしかしてサーヴァントか?」

 

「なんだ、お前わかってなかったのか?俺はてっきり、聖杯戦争の参加者だと思ってたぜ」

 

「サーヴァント?聖杯戦争?なぁ・・・あんたらいったい何を・・・」

 

 少年は先程よりもさらに戸惑っていた。

 

「槍ってことはランサーか・・・。なるほど、俺なんかじゃかなわないな・・・」

 

「おとなしくやられてくれるか?坊主ども」

 

 そんなわけあるか。こんなところでやられるわけにはいかないんだよ。

 心の中でそう叫んだ。英霊であるとわかってしまったがゆえに、先ほどまでの威勢はどこかへ消えていた。しかし、それでもやられるわけにはいかないんだ。

 俺は今持っている宝石すべてを床一面にばらまいた。

 

「何をしてんだ?」

 

 あっけにとられているランサーを後目に俺は続けた。

 この方法は時臣氏から学んだ、やってはいけないこと。宝石魔術に使うこれらはひどく高価であり、中には家丸ごと一軒買えるくらいの値段の物さえあるのだ。さらに宝石は高ければ高いほど良い。それは純度の高さによって魔術の高等さが変わるからだ。

 なので時臣氏は釘を刺した。まぁ、遠坂たるもの常に優雅足れだとかなんかで、優雅さに欠けるからだと言っていた。俺にはよくわからないが。

 

「俺はお前には勝てないよ。あんたは並の英霊じゃあない。わかった、だからこそ・・・」

 

 散らばった宝石一つ一つに意識を集中する。数にして約10個。できない数じゃあない。

 

「逃げる!!」

 

 宝石に魔力を込める。それも限界を超えるほどに。

 その瞬間、宝石一つ一つが連鎖したかのように輝きだし、爆発した。

 

「なっ!?」

 

 その爆発はもはや、想像できる爆発を超えていた。廊下は木端微塵に崩れ落ちた。

 

「うひゃーやりすぎた。さて!逃げるぞ少年」

 

「え!?お、おい!いいのかよこんなことして!」

 

「いいんだよ!エセ神父がなんとかしてくれる」

 

 俺は少年とともにその場から、文字通り一目散に逃げ出した。

 

********

 

「ここだ、ここが俺の家」

 

 逃げている最中に少年の家へ行くという結論を得たので、現在は少年宅の門の前にいる。全速力で走ってきたので、二人とも肺はショート寸前だった。

 

「なぁ・・・あんた。あんたも魔術師なのか?」

 

「は?あんたもって、少年君も?」

 

 門を開きながら少年は言った。どうやら、彼は無関係ではなかったらしい。なんだ取り越し苦労だったのか、とまでは言わないが、表情がこわばっていたことには自分でも気づいていた。

 

「ああ、見習いでもない素人よりも素人だがな」

 

 なるほど・・・。すたれた魔術の家系かなんかなのか。道理で、魔力量もお粗末なわけだ。

 

「あと・・・あんたキリツグって言ったよな。切嗣・・・、衛宮切嗣とはいったいどういう関係なんだ?」

 

「さすがに、衛宮切嗣は知っているか。いや・・・命の恩人なだけだよ」

 

 この少年でも流石にあの衛宮切嗣のことは知っているらしい。確かにあれほど魔術師らしくない魔術師はいないからな、ほかを探しても。時臣氏も、切嗣に対しては憤慨していたっけ。

 

「知っているも何も、切嗣は俺の親父だ」

 

「・・・へ?」

 

 今、聞き捨てならないことを聞いたように思えた。なるほど切嗣の息子。・・・は?

 

「ちょ、まて・・・。じゃあお前は・・・」

 

「何がじゃあなのかは分からないが、俺は衛宮士郎だ。よろしく」

 

********

 

「つまりなんだ。俺は初めから間違っていたってことか?」

 

「いや、助けてくれたことには感謝してるよ」

 

 衛宮邸でお茶をすすりながら俺は、彼に、彼は俺に、今までのことを話した。

 

「違うんだよ、俺はお前を巻き込まないつもりで。いや、切嗣は魔術師であることを打ち明けてて、そうか、すでに巻き込まれてたってことになるのか」

 

「あ、ああ。いや、巻き込まれているわけじゃあない。俺は自分の意志でここにいるんだ。じいさんの跡を継ぐために」

 

「じいさん?」

 

「あ、いや」

 

 始めらから間違っていた。そう言ってしまうと、ほんとにそうなってしまうのが癪だ。しかし、結果的に彼に会い、彼を救えたことは行幸であったのだろう。今晩のあの時間に、俺が学校へ行っていなければ、彼を救えなかった。こう思えば、まだ救いがある。

 

「キリ、いやペンドラゴンさんは」

 

「キリツグでいいよ。その方が呼びやすいだろ」

 

「じゃあキリツグ、聖杯戦争のことはわかった。それはいいんだが、あのランサー?だったか。アイツはどうなったんだ?」

 

 士郎は不思議な顔をしながら、俺に聞いた。確かにそうだ。アイツはあのあとどうなったんだ?名は知らないが聖杯の座に呼ばれた英霊だ。その全てのサーヴァントが並のものではないだろう。故にあれくらいの事でやられるような・・・・。

 

「そうだ。まだアイツは生きている。確実にだ。だったら、始めにやることは、目撃者の・・・・」

 

「キリツグ?」

 

 その時外で轟音が轟いた。恐らく門扉が破れたのだろう。俺たちは交わす言葉もなく、急いで外へ向かった。

 

「ったく、こんなところにいやがったのか坊主ども」

 

 そこには、まったくの無傷の状態で仁王立ちしているランサーがいた。

 

「よぉランサー。怪我でもしてたらどうしようと思ってたんだ。そのぶんなら大丈夫みたいだな」

 

「あたりめぇだろうが、バカ。あの程度俺には屁でもねぇよ。お前こそ大丈夫か?足が震えてるぜ?」

 

 ランサーは見抜いていた。俺が感じている恐怖を。まったく、俺が何に恐怖を感じているのか知っているのにも関わらずだ。殺気を垂れ流しにしてるくせに。

 

「悪いな、こいつは武者震いだ」

 

 そう言ってポケットに手を突っ込む。先程確認した残りひとつの宝石を掴む。

 

「士郎」

 

「え?」

 

 俺はランサーに感ずかれないように、士郎へ耳打ちした。

 

「俺が宝石を投げたら、それと同時にあの蔵に走れ。そのあとは俺が何とかする」

 

「何とかって・・・、分かったよ」

 

 そう言った瞬間に俺はランサーに向かって宝石を投げつけた。時間を置いていたら、ランサーにバレると思ったからだ。

 

「なっ!?はやっ」

 

「くっ!?」

 

「走れ!」

 

 そのまま蔵へ逃げ込み、鍵をした。しかしこのままでは先程の門のように木っ端微塵にされてしまうだろう。

 

「士郎さっきいってたよな?お前の魔術は強化の魔術だって」

 

「あ、ああ」

 

「それでこの門を強化するんだ。少しだけ耐えられればいい」

 俺は士郎に状況を説明する代わりに、士郎の事を話してもらっていた。その中で強化の魔術を使えることを聞いていたのだ。さらに、それしか使えないということも。

 

 蔵の反対側をぶち壊し、士郎だけでもこの場から脱出させないと。そのあとは。、、、。そのあとは、あのサーヴァントと戦わなければならない。つまり、俺自身もサーヴァントを召喚するということだ。

 

 しかし、残念なことに聖遺物も、あまつさえ、召喚の魔方陣もない。どちらも、この短時間でできることではなかった。

 

 その時、俺は気づいた。足元の違和感に。足元から感じられる、微かな魔力。

 

 俺は強化をしている士郎を後目に、足元を確認した。月明かりのみの視野だが、それはなんなのか、確実に理解できた。これは。

 

「これは、運命なのかもしれない」

 

「え!?なんだって?」

 

 俺は、唱える。言葉を紡ぐ。 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 紡ぐ。記憶の中にある、言葉を。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 触媒も、何もない状態。それでも、今はこうするしかなかったのである。

 

――――告げる。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 慎重に。

 

「誓いを此処に」

 

 且つ迅速に。

 

「我は常世総ての善と成る者」

 

 本当はこんなはずじゃなかった。俺はここに戦争をしにきたわけじゃあない。確かに、イリヤと約束したが、それでもだ。前段階としては、切嗣に会いに来たのだ。

 

「我は常世総ての悪を敷く者」

 

 しかし、今更後悔しても遅い。もう、すでに運命は決定している。これは偶然なんかじゃあない。あの場所あの時間に士郎に出会ったのは、必然だったのだ。

 

「汝三大の言霊を纏う七天」

 

 ここに命運は決した。この戦争に足だけではなく、からだ全体を突っ込んだのだ。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 と、同時に扉が破壊された。士郎は後ろへぶっ飛ぶ。しかし、陣に変化はない。

 

 失敗した!?神秘を呼ぶ触媒もない召喚ではやはり、無理があったのか?

 

「なかなか手間取ったぜ。あの坊主の強化だろ?やるじゃねぇか」

 

 死が近づいてくる。着々と俺の死期が迫る。

 

「こんな、ところで!」

 

 その瞬間左手の甲に、痛みが走った。同時に噴煙がまう。

 

「な!?こりゃあ」

 

 徐々に靄が晴れていく。

 

 それは聖杯の神秘。

 

 銀の甲冑を纏い、金髪で、碧眼の少女が、そこにはいた。

 

「問おう、あなたが私のマスターか?」

 




9.25改変


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#03 丘の上の墓標

 俺の記憶は曖昧だった。

 

 あのとき、彼に会ったことは覚えている。それ以前、自分が何をしていたのか、覚えているのか?明確に、と問われたら答えられないと思っていた。

 

 俺はどこから来たのか、どこで生まれたのか、何が好きなのか、何が嫌いなのか。俺が俺をいきる上で必要な情報が所々欠けていたのである。

 

 もしかしたら、俺は何者でもないのかもしれない。そんなときに俺にいきる希望を与えてくれたのが、切嗣の存在であった。

 

 切嗣という英雄の存在。

 

 彼の噂は予々聞いていた。魔術師らしからぬ男。破綻者。魔術師殺し。いい噂は聞かなかった。故に、俺は耳を背けた。彼の存在は俺の中で唯一無二の英雄であったからだ。そう思えたのは後からで、当時はそんなこと考えていなかった。無意識に必要な情報のみをインプットしていた。

 

 まるで機械のように、都合のよいもののみをダウンロードした。

 

 そうしなければ、壊れると分かっていたのだろう。体が勝手に動いていた。切嗣の存在に近づくべく、俺は日々修行に明け暮れていた。それが己が己足る所以なのだろう。俺が完成したのは、恐らくそのときであったからだ。

 

*******************************

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ参上した。問おう、あなたが私のマスターか?」

 

 靄のなかから現れた騎士。セイバーのサーヴァント。三騎士の内の一画である。俺は、ギャンブルに勝ったようだ。最優のサーヴァントを引き当てることに成功した。

 

「そうだ。とりあえず、あのサーヴァントを退けろ。俺たちを救うんだ」

 

 まさに行幸。ここでこのサーヴァントを引き当てる俺だ。人生における運を使いきったといってしまっても、過言ではないだろう。しかし、やはりセイバーだ。ステータスが半端じゃあない。

 

「了解した」

 

 そういい放ったセイバーはライサーに文字どおり突っ込んだ。何かを掴みながら、なんとか黙視できる速さで。

 

「くっ!?」

 セイバーの発する圧力に、ランサーは圧されていた。直接攻撃が通ったわけではない。しかし、彼が後ずさっているのは確かだ。

 

「覚悟しろランサー!」

 

「貴様、セイバーのサーヴァントだな!?」

 

 あちらはセイバーに任せて、今は士郎だ。扉ごと吹っ飛ばされたのだ。怪我は重症ほどではないだろうが、放っておくのはまずいだろう。

 

「士郎!無事か!?」

 

 そこで俺は驚くべきものを見た。

 

「あ、ああ」

 

 無傷で士郎は座っていたのだ。無傷、かすり傷ひとつもなかったのだ。士郎は治癒の魔術は使えないはず。なのにも関わらず、あったであろう、あるはずの傷は完治していたのである。

 

「・・・どこか、痛いところはないか?」

 

「いや、まったく。俺、こんな頑丈だったかな?」

 

 外も内も無傷。まさに神秘。笑いながら俺に話しかける士郎を、俺はただただ凝視していた。

 

「とりあえず、ここから離れよう。あれに巻き込まれたらまずい」

 

 そう言って、あの戦闘を見やる。まるで戦争そのものだ。これが聖杯戦争。なるほど、間近で見ればそのすごさが分かる。

 

「これが・・・」

 

「さっき話した聖杯戦争だよ。怪我しないうちに離れないと」

 

 もう一度念を押しておく。それは彼の顔が驚きから別のものへと変わっていたからだった。

 

 覚悟、あるいは闘志。まるで魔術師の顔ではなかったのだ。

 

「変なこと考えてないだろうな、士郎」

 

「・・・あの子、女の子だったよな。なんで、女の子が」

 

 なるほど、そういうことか。正義の味方。

 

「あれは女の子でも、英霊だ。さっき話したろ?神秘の権化、俺たちが太刀打ちできる存在じゃあ・・・」

 

 そう話している最中に士郎は土蔵を飛び出した。

 

「あ!おい!士郎!」

 

 俺もそれに続いた。激闘を繰り広げる二人の英雄。それを眺める士郎。なんだか、絶妙な構図が広がっていた。

 

「くっ!下がってください!」

 

「士郎!」

 

 セイバーにも釘を刺される士郎だった。それでも士郎のやる気は削がれていない。

 

「くそ。こんなこと続けていても埒があかねぇ。ここでお前を打ち倒すには!」

 

 ランサーは何かを始めようとしていた。それがなにか。気付いたのは俺とセイバーの二人。

 

「受けてみるか、我が必殺の槍を!!」

 

 ランサーはセイバーに向けて槍を構える。

 

「やはり宝具!マスター!彼を下がらせてください。巻き込まない保証はない!」

 

 セイバーの表情には鬼気迫るものがあった。たとえ最優のサーヴァントであっても、あれがヤバいことは理解できている。この俺でも分かるんだ。サーヴァントならそれ以上に理解できているだろう。

 

「お前にも宝具の使用を許可した方がいいか!?」

 

「いえ、私なら、なんとかなります!ですから早く!」

 

「おうともさ!行くぞ士郎!」

 

「な、何を!」

 

 士郎を無理矢理連れていく。この青年は状況を理解できていない。あれほど言ったのにもだ。巻き込んでしまった俺が言うことじゃあないが、なぜ君なんだ!

 

「へっ、言うじゃねぇかセイバー。俺の一撃。受けきれるか?」

 

「受けきらなければ、この聖杯戦争勝ち残れない!こいランサー!」

 

「そりゃあそうだ。だが、ここでやられてしまっては、もともこもないぜ?」

 

 ランサーの内魔力が急激に上昇していく。彼の赤い槍の赤さが更に増していくように見えた。

 

 これは、本当にヤバい。ここで、セイバーが?令呪を使ってでも、宝具を使わせた方がいいのか?

 

「その心臓、もらい受ける!!」

 

 これは、まずい!

 

刺し穿つ(ゲイ)----」

 

「セイバー!!」

 

「----死棘の槍(ボルグ)!!」

 

 俺の叫びと同時に、槍が放たれる。轟音をたて、大地を抉り、その槍は一直線にセイバーの心の臓へと向かっていく。

 

「くっ!?」

 

 一瞬だった。彼の放った槍は確かにセイバーへと届いた。しかし、何かがおかしかった。

 

 ランサーこそがそれがなんなのか理解していた。

 

「貴様・・・防いだな。この俺の必殺の槍を!!」

 

 そう。セイバーは生きていた。必殺の槍であるはずの宝具による攻撃を、セイバーは防いだのである。いや、正確にはいなした、といったほうがいいだろう。並外れた反射神経により、その勢いを殺し、軌道をそらしたのだ。

 

「くっ・・・流石だなランサー」

 

 それでもセイバーの表情は苦かった。鎧が少しだけ欠けている。衝撃を殺すだけで、これだ。流石は英霊だ。俺たちがかなう相手ではない。

 

「けっ・・・必ず殺さなきゃあ意味がねぇ。だからこその必殺なんだよ。さらに、俺のマスターは臆病でな。これが通じなきゃ、潔く退散しろとの命令だ」

 

「逃がすと思うか?ランサー」

 二人の間に見えない火花が散る。

 

「いいよ、セイバー。さあアイルランドの御子。今すぐここから去れ」

 

「な!?マスター!」

 

 あからさまに驚いた表情を俺に向け、すぐ視線をランサーへと戻した。

 

「へぇ今のでもう分かっちまったか。そして物分かりのいいマスターらしいな。俺のマスターとは違って」

 

 セイバーは見るからに悔しそうな顔を俺に向けた。

 

 その顔は、ただの少女のものだ。こんな状況じゃあなければだがな。

 

「・・・・」

 

「そうにらむなよ、セイバー。お前だってその体じゃあランサーに負けちまう可能性だってある。相手が退いてくれるっていってるんだ。ここはそうしてもらおうぜ」

 

「へっ、よく状況を把握出来てるじゃねぇか。ま、俺だってこんな横槍が入っていなきゃ、お前と決着をつけるさ。じゃあな坊主ども、セイバー。次会うときまでにやられてんじゃねえぞ」

 

 逃げていくランサーのその背中は、逃亡者のものではなかった。彼の瞳からも勝機も闘気も消えていなかった。

 

 流石は英霊、というわけだ。

 

「何故ですか、マスター」

 

 セイバーの表情は以前曇ったままだ。その上この俺を睨んでいる。悔しそうに見上げるその顔を、可愛いと思ったことは口に出来ない。したら恐らく、いや確実に殺されるだろう。

 

「いいじゃないかセイバー。聖杯戦争は始まったばかりだ。まぁその前に、そこにいるヤツが動かなかったからっていう理由もあるのだけれどな」

 

「・・・・」

 

 そうなのである。つまりは第三者がいたから、敢えてランサーを逃がしたのだ。あれが、もしランサー側の人間だったら、俺たちのほうがやられていたろう。

 

「よくわかったわね、セイバーのマスターさん」

 

 門扉の向こうから、真っ赤な服を着た、女の子があらわれた。真っ赤な男を引き連れて。

「どうする、凛」

 

「よしなさいアーチャー、あの人なかなかやるようだし。恐らく互角の闘いになるでしょう。更にセイバーを引き連れて。まぁ、あのお荷物・・・って、衛宮くん?!」

 

 士郎の方を見て、リンと呼ばれた少女は驚愕した。ここにいるはずない人間を見たような、そんな顔で。

 ん?まてよ?リンだと?

 

「お前、遠坂!?何でこんなところに?!」

 

「それはこっちの台詞よ!まさか、さっきまで学校にいた生徒って・・・」

 

「あ、あぁ。それは恐らく俺のことだ」

 

 一瞬にして、空気が軽くなった。シリアスムード全開だったのに、やはり子供はすごいな。

 

「あー、内輪ネタで盛り上がっているところ悪いんだが、そろそろ俺の話も聞いてもらっていいかな?遠坂凛さん?」

 

 終わりそうになかったので、釘を指しておいた。さすがは俺だ。空気の読める男である。

 

*******************************

 

「なんでこうなった」

 

 落胆したような声で遠坂は言った。それもそのはずだろう。今自分は敵地のど真ん中にいることになる。彼女はそこで、美味しいほうじ茶を啜っているのだ。

 

「話は分かったわ、あなたが私の父の知り合いで、その繋がりで私を訪ねようとした、と」

 

「その通り」

 

「あなたは私が聖杯戦争に参加すると、思ってなかったの?」

 

 表情そのままに遠坂は聞いた。

 

「それは思っていた。だけど、それでも俺には頼れる場所がなかったんだよ」

 

「それでもよ!あなた、敵陣のど真ん中に飛び込んでくるつもりだったわけ?」

 

 遠坂は憤慨した。何に怒っているかってのは理解できる。しかし、だ。それでも俺には、拠り所ってのが必要だったんだ。

 

 言い終わったあと、彼女は再度ほうじ茶を啜る。というより、場を繋ぐために無理矢理喉に通しているようにも見えていた。

 

「それはお前も同じだろ。今お前は、敵陣のど真ん中にいる。違っているか?」

 

「それは!・・・そうだけど」

 

 痛いところをつかれた、というような表情だった。まぁ、それもそのはずだろうな。勝手に入ってきたのも、彼女自身だから。

「ま、お前と士郎が知り合いだってのはわかった。だからといってはなんだが、同盟を組まないか?」

 

「え?」

 

 そう。同盟だ。これは先程思いついた。自分はあまり徒党を組むことは好まないが、今回は小さな戦争である。何も、一組のみで挑む必要もないだろう、と考えていたのだ。

 

 遠坂は少し考えたあと、決心したような顔をして言った。

 

「いいわ、キリツグさん。同盟を組みましょう。でも2つだけ条件がある」

 

「条件だと?」

 この場合、そんなこと言ってられないだろうと思うのだが、これも彼女の性格故だろう。遠坂たるもの常に優雅たれ、か。

 

 この子はどこか優雅さに欠けるのだがな。

 

「ええ。まず始めに、教会に言って衛宮くんのこれからを相談すること」

 

「えー、あの根暗神父に?」

 

 また会わなきゃならないのか。

 

「次に、あなたの事を事細かく教えること、わかった?」

 

 俺の返答をことごとくスルーして、二つ目の条件を述べた。

 

「なんで、俺の事を」

 

「さっき聞いたけど、あなたは色々とわからないことが多いのよ。キリツグ・E・ペンドラゴンさん、ペンドラゴンって、アーサー王のファミリーネームよね?」

 

 その時、セイバーが反応したように見えたが、敢えてスルーしておく。

 

 俺の事を、か。なるほど、この子は頭がいい。俺の黒い部分を理解している。自分自身でも、分からないことが多いが、分かっていることだけでいいか。

 

「まあな、それも含めて話すよ。俺は--------」

 

*******************************

 

 士郎と遠坂、そしてアーチャーは教会へ行った。俺はできれば会いたくなかったので、同席はしなかった。渋々、凛もそれに同意した。そんなときに、俺は何をしているかと言うと、俺はこの町の墓所へと歩いていたのだ。

 

 時間はすでに遅いが、今回起こったことを整理すると同時に、気持ちを落ち着かせるにはちょうどいいと考えたのだ。

 

 気持ちが落ち着くかは、わからないが。

 

「キリツグ、どうかしたのですか?」

 

 気づけば、歩みを止めていた。知らないうちに、物思いに耽っていたのだろう。我ながら、恥ずかしい行動だ。

 

「いや、何でもないよセイバー」

 

 初めは誰の同席もいらないと、セイバーの提案を拒否したのだが、セイバーの希望と言うか、強制的なものというか、そんな感じのやつで、無理矢理着いてきていた。

 

「そういえば、今日は月が綺麗なんだな」

 

「ええ、今宵は満月のようです」

 

 セイバーも月を眺めながら言った。

 

「ん?なんでこの世界の者ではない英霊が、そんなこと知ってるんだ?」

 

「我々サーヴァントは、聖杯の座に着いた際に、舞台上の情報がインプットされます。ですから、日常生活には困らないのですよ」

 

「便利なんだなー、聖杯ってのは 」

 

 神秘を呼び出す聖杯だ。それくらいの事簡単にやってのけるのだろう。

 

「着いた」

 

 話しているうちに、目的地に着いた。

 

 丘の上にある彼の墓の前まで、俺はゆっくりと急いだ。

 

「よう、切嗣」

 

 かつて救われた英雄が眠る、石の塊の前に、俺とセイバーは立っていた。両人とも、複雑な表情を浮かべながら。

 




9.25改変


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#04 願いの価値

 ある満月の晩、少年と男が縁側に座っていた。涼しい風が流れ、風鈴が鳴り響く。

 

 男は最近まで、常に戦っていた。

 

 それは、彼の信じる正義のために。

 

 それは、彼を信じる者のために。

 

 しかし、彼は守りきることができなかった。信じるべき正義も、信じてくれた者たちも。

 

 最後の力を振り絞り、彼は最後に残った彼の正義(彼女)を守ろうとした。それでも、彼には守れなかった。

 

 彼は酷くやつれていた。年相応ではない内面的なものだ。彼は文字どおり、精も根も尽き果てていたのである。

 

「じいさん?」

 

 少年は心配そうに彼を見た。まるで淀みを知らない純真な表情であった。

 

 彼は何でもないよ、と少年の頭を撫でながら言った。少年はくすぐったそうに体をくねらせる。彼は少年を無意識にあの子と重ねていた。雪のように白い、彼の娘。もう届かない、彼の信じる者。彼を信じた者。

 

 月の光が二人を照らす。

 

「ねえ士郎、僕はね、正義の味方になりたかったんだ」

 

 彼は話す。彼自身の思い。叶えることができなかった悲願。自らの中に潜む泥を吐き出すかのように、生き生きと。

 

 そして少年は受け止める。彼の信じる正義(願い)を、自らの意思とを重ねて。

 

「なら、俺が代わりになってやるよ」

 

 その言葉がこの男を救ったのは言うまでもないだろう。

彼は、力なく微笑んだ。

 

**********************************

 

「ここが、切嗣の墓」

 

, 衛宮家の墓と書かれた石の塊の前に黒い服に身を包んだ男と甲冑を纏った少女が立っていた。

 

「なあ切嗣、俺、あんたを追ってここまでやって来たんだ。あんたと張り合えるくらいの力をつけて、さ」

 

「キリツグ」

 

「あん?」

 

 居たたまれなくなったのか、セイバーが声をかけた。

 

「このお墓は切嗣のものなのですか?」

 

「ああ、お前は知らないと思うけどな」

「いえ、知っているのです」

 

「あ?」

 

 セイバーは続けた。

 

「彼は前回の聖杯戦争でマスターをしていました」

「知ってるさ。そのくらいはな」

 

「彼は、私のマスターだったのです」

 

 会話という会話をしたことは、数えるほどしかないですが、と少女は言った。

 

「というと、セイバーはアーサー王なのか?」

 

 セイバーはそんなことまで知っていたのか、と言いたげな顔を向けた。

 

 彼は知っていたのだ。しかし、衛宮切嗣が、どんなことやっていたかまでは知り得ないが。

 

まあ、事前調査は基本だろう。どんなサーヴァントといたのかは知らなかったが、アーサー王を召喚していたのは、後々わかった。

 

「でもまぁ、アーサー王が女の子っていうのには驚いたけどな、今の一瞬」

 

 キリツグはニカッと微笑んだ。

 

 反対にセイバーは困ったような顔をしている。

 

「私はまだあなたのことを知りません。ですが、あなたは切嗣と似かよった場所は見当たらない。一瞬だけ、あなたを間違えそうになりましたが、それでもあなたは彼ではない。会話をしていくうちにわかったことです。あなたに切嗣のような残酷さは感じられない」

 

 墓石を眺めながらそう言った。表情は、どこか寂しさを孕んでいた。

 

 これは、悪口、ではないな。彼女は純粋にそう感じている。悪意は感じられないが、少しばかり恨みを感じる。

 

 俺はそれに対し、反論を開始した。

 

「あの人は、本当にそんな人だったのか?そこに疑問がわくよ。俺にとってのヒーローはあの人なんだ。たとえどんな人間であったとしても、だ」

 俺の反論に対し、驚きながら、少し怒ったように反論しかえした。

 

「あなたは知らないのです。彼が行ったことを。どんなことをしていたのか。それは騎士道、いえもはや普通の人には到底できないようなことをやっていたのですよ?」

 

 俺だったら英霊の尺度でものを話すなと、言うが、これは恐らく、話の腰を折る発言になるだろうから、やめておいた。それでも、反論は続けた。

 

「それはあの人にあの人なりの決意があったからなんじゃないのか?だから聖杯戦争に参加したんだろ」

 

 ああ言えばこう言う、というのはこういうことをいうのだろうとその時感じた。セイバーはどうしても切嗣のことを認められないらしい。前回、いったい何があったのか。さすがに気になるな。

 

「私には理解できないのです。勝負事に勝ちたいからといって、人の道を外れるような行為を行うなど、言語道断です」

 

 正直、カチンときている。度重なる切嗣への暴言、とまではいかないが、それに準ずることを言うセイバーに対してだ。 

 

「はぁ、お前、本当に王様なのか?」

 

 セイバーはその言葉に表情を変えた。堪忍袋の緒というのを間近で見られたような気がした。

 

「それは、どういう意味ですか」

 

「いや、まぁ、その、なんだ。お前みたいな頭が堅くて、本当の正義も知らないようなやつに、よく王様が勤まったもんだ、と」

 

 しどろもどろになりながらも、答える。セイバーの圧が予想以上に凄かった。

 

「それは聞き捨てなりません、マスター。確かに私はブリテンを救うことはできませんでした。しかし、あなたのような一般人に言われたくはありません。私が王であることを否定しては、私とともに戦ってくれた者たちを裏切ることになる」

 

「否定してるわけじゃねぇさ。ただ疑問に思っただけだ。だが、そんなものは俺の妄想だよ。ただのこじつけだよ。だけどな、俺がお前みたいな王様のことを理解できないように、切嗣だってお前のことを理解できなかったんじゃねぇかなぁ」

 

 理解できない。そう俺が言った瞬間、セイバーの勢いが急になくなった。

 

「それは、彼は理解できないというよりも、しなかったの方が近くて」

 

 急にセイバーの声が小さくなった。どうやら、図星だったらしい。この子にも思うところがあるわけだ。

 

 そのまま、少し俯いてしまった。

 

「だから、その分もお前が切嗣のことを理解するべきだったんだよ。前回の聖杯戦争でどんなことがあったかは知らんが、俺があの人のサーヴァントだったなら、まずはマスターを知ることから始めるさ。ま、こんなのはただの一般人の、浅はかな考察なんですがね」

 

 それから、しばしの沈黙が流れた。セイバーには考える。もちろん、この俺にも。

 

 その時、遠くの方から、微かに魔力を感じた。一度感じたことのある魔力だ。恐らく、凛のもの。

 

「これは、凛の魔力だ。何かあったのか」

 

「ええ、どこかで、戦闘でも」

 

 なるほど、聖杯戦争が行われているってわけか。今夜は忙しい日だな。

 

「それに、この感覚、どっかで」

 

 つい最近感じたことのある魔力。強大で底知れない魔力の波形。いや、まさか。

 

------別のお兄ちゃんに会ってくるから。

 

 その時、脳裏によぎったのはあの少女。

 

 切嗣を殺すためにやってきた、あの子だった。

 

「急ぐぞ、もしかしたら士郎、死ぬかもしれない」

 

「それは、なぜ」

 

「とにかく急ぐんだよ。悪い予感はいつの時代でも当たるもんだろ?」

 

 俺たちは切嗣を背に戦闘の場へと走り出した。

 

*************************************

 

 教会を少し行ったところにその場所はあった。場所というよりも、ただの道であったのだが、そこは確かに戦場として成り立っていた。

 

 死地。死の匂いが漂っている。士郎と凛、そしてアーチャーが、斧を持った大男と対峙していた。

 

「無事か!士郎!」

 

 俺たちは急いでそばに寄って行った。

 

「キリツグ!」

 

「遅いわよ!あんたたち!」

 

 まさに虫の息といったところだろうか。彼らの姿はぼろぼろで、よくもここまで生き残れているということだけが、ただただ奇跡だった。

 

 目の前にいるのはあのときのサーヴァント。

 

「あ、さっきぶりねキリツグ」

 

 先ほどぶりの少女、イリヤスフィールは笑顔でそう言った。

 

「ちゃんとサーヴァントを召喚したんだ。約束、守ってくれたんだね」

 

「ああ。約束は守るためにあるからな」

 

「約束って何よ」

 

 凛は怪訝そうな目をこちらに向けていた。まあ、ついさっきまで戦っていた敵と、楽しそうに会話しているんだから、そうなるのも当たり前だろう。だがしかしだ。楽しそうなのはイリヤだけで、俺はまったく楽しくなんかなかった。

 

 俺はセイバーにアイコンタクトを送る。バーサーカー撃て、と。セイバーは頷き、対象に突撃した。

 

「はぁぁぁぁぁー!!」

 

「■■■■■■■■■■ーー!!」

 

 セイバーとバーサーカーの得物がぶつかり合う。火花を生みながら、戦闘を行っていく。

 

「俺はあの子に殺される約束をしたんだよ、不本意ながらだけどな」

 

「あなた、何を言って!?」

 

 凛の表情はますます怪しがっていった。

 

「キリツグ!大丈夫なのか!?セイバーは!」

 

「大丈夫だろ。なんたって、王さまだからな」

 

「は?」

 

「いや、こっちの話さ」

 

「もう!よくわかんないわよ!アーチャー!あんたも援護を!」

 

 アーチャーはちらりとこちらを眺め、不機嫌そうに持っていた双剣を構えた。

 

 ん?双剣?

 

「おいまてよ。あいつ、確かアーチャーだったよな。何で剣を。しかも近接戦闘型のもんをもってんだよ」

 

 そうだ。アーチャーといえば弓。遠距離に優れた英霊だ。英霊は自身の偉業や、装備などの性質によってクラスを振り分けられる。しかし、アーチャーであるはずの彼が刃を手にしていたのだ。

「知らないわよ」

 

「知らないわけないだろ。アイツの真名を聞いたんだろ?それがなんなのかは聞かないが、あれはおかしいだろ」

 

「しょうがないのよ、だって彼記憶を失っているもの」

 

 遠坂は淡々と言ってのけた。おそらく、それはとてもたいへんな事態だ。まぁ相手には真名を知られることはないが、自分も知ることはできない。

 

 彼がどのような人間であり、どのような神秘をはらんでいるのかがわからないのだ。これが、たいへんな事態ではないはずがない。

 

「それにしても、触媒から何が召喚されるかくらいわかったはずだ。それじゃないにしても、その触媒に関係しているやつくらい創造できたはずなんだが」

 

「悪かったわね!触媒は使わなかったのよ!宝石でブーストして、無理矢理召喚したの!」

 

 それを聞いて驚いた。まさか、この娘はおれと同じことをしていたらしい。触媒無しの召喚。俺以外にも行った人物がいたとは。

 

「ま、まぁいいか。とにかく、アイツを退けないと」

 

「ぐぁ!」

 

 そう思い戦闘へと視線を向けた。向けられた先には、方膝をついているセイバーの姿があった。

 

「セイバー!!」

 

 これはまずい。そう確信した瞬間だった。

 

 俺の横から、人が飛び出していた。

 

「!士郎!?」

 

 バーサーカーによって振り上げられた斧が、セイバーに届くであろう刹那の瞬間、士郎はその間に割って入った。

 

 飛び散る血。はみ出した内臓物。バーサーカーによってなされたそれは、士郎を人間からそうでないものにしたのである。

 

 そこにいた人間は彼が何をして、何をされたのか、まったく理解できなかった。

 

****************************************

 

 ここはどこだろう。ここは、いったい。

 

 視認できる限りでは、村のように見えるが、人の姿はない。ゴーストタウンとでも言えるだろうか。

 

 いや、そうではなかった。一人、人影があった。

 

 古びた箱を大事そうに抱えた少年が、噴水だろうか、その前に座っていた。虚ろな目で虚空を見つめている。

 

 しかし、彼を見つけた瞬間に、辺り一面が火の海になった。無惨にも家屋は崩れ、噴水は壊されていた。それでも少年はそこを動かない。

 

「おう・・・・・・・さま」

 

 少年が何かを呟いた。目から涙を流しながら、まるで肉親を思うかのようにいとおしげに呟いた。見た限りでは、それだけが感情という感情を孕んだ行動であった。

 

「僕は・・・」

 

 その瞬間、彼の感情が頭の中に流れ込んできた。

 

 言葉には言い表せない、絶望の感情。色で表せるなら黒。漆黒だ。このままでは、きっと俺が俺という存在を理解できなくなる。

 

 俺は誰だ?

 

 俺は衛宮士郎だ。

 

 違う。それはじいさんがくれた名前だ。

 

 じゃあ、俺は、誰だ。

 

 何かがグルグル回る。

 

 感じてはいけない何かを、今俺は、感じている。

 

 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろきえろキエロ。

 

 そう。あたまのなかでいのった。

 

 そしておれのいしきはとけていった。

 

 

 まっくろなやみのなかに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目です!士郎!!」

 

 光が響いた。

 おそらく、物体とよばれるものはもうそこにはなく、あるのは現象や感情とか、形のないものだった。一色だけしか存在しなかった世界に、あらたな色が混ざる。

 

 君は誰だ?俺を呼ぶ君は誰だ。

 

 光が差し込んできた。まるで太陽が上がるかのように、差し込んできたのだ。俺はそれに向かって、歩く。

 

 いや、歩いているのではなく、向こうから近づいているのかもしれない。

 

 それでも、それは、確かな形をもって俺を導いていた。

 

 

 

 

 

 




9.25改変


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#05 混沌たるは我が胸中

「は?もう聖杯戦争が?!」

 

 仰々しい書物に囲まれた一室で、俺はまるでお笑い芸人のように大袈裟に驚いていた。薄暗く、話しかけている対象の顔もうまく視認できないほどだ。

 

「ああ。前回からまだ10年ほどしかたっていないのにも関わらずだ」

 

 その男、ロード・エルメロイ二世。初代の名を受け継いだ偉大な魔術師だ。魔術協会から逃げ出した俺は、この人に面倒を見てもらっていた。

 

「ミスタウェイバー、聖杯戦争が起こるのは分かった。だけど、なぜそれを俺に言うんだ」

 

「お前に向かってほしい。その地へ。冬木の地へと」

 

 この男はとんでもないことを言い出した。俺にはるか遠く、日本の冬木の地へと向かってほしいと、そう行っているのだ。まだ見習いの身であるこの俺にだ。

 

「嫌だ。絶対に行きたくない」

 

「命令だ。行け」

 

「あんたが行けばいいだろ!?」

 

「私はいけない。この時計塔の管理をしなければならないからな」

 

 俺にはそれを理由に、ただ行きたくないだけだとしか思えないけどな。

 

「お前には、目的があると言ったな」

 

「あ?あぁ。まぁな」

 

「その目的を果たしに行けばよかろう。衛宮切嗣に会えるのは今回だけかもしれんぞ?」

 

「確かに、そうかもしれないけど」

 

「だったら、つべこべ言わず向かえ!参加しろとは言わない。ただ、現界する大聖杯の状態を見てきてほしいだけだ。お前の報告によっては、私の行動の指針が明確化する」

 

 真剣な表情で話した。

 

「あー!分かったよ!向かえばいいんだろ?!」

 

「気を付けていけよ、それと、監督役には気を付けろ」

 

「監督役って、誰?」

 

 聖杯戦争には監督役が存在し、その戦いを補助し管理する。

 

「言峰神父だ」

 

********************************

 

 俺は縁側でボーッとしていた。何かをしていたわけではなく、何をしていたんだ?と聞かれたならばそう答えるだけだ。切嗣もここで座って休んでいたのかと思うと、なにかおかしいものが込み上げてくる。

 あれから一睡もできなかった。元々寝付きのいい方ではなく、あんなことが起きた日だし、眠れないのも当然だろう。

 グーグー横で寝息を立てている遠坂は、純粋にすごいと思った。いつの間にか寝てしまっていたのである。

 これからのことについて、ここで遠坂と話していた。士郎があんなことになってしまい、士郎を巻き込まないという選択肢は消え失せてしまったのだ。

 元々、巻き込まれていたがそれでも今回のあれは、確実に聖杯戦争に巻き込んでしまった。更にイリヤのこともある。あのこがいる限り、士郎の無事は保証できない。

 士郎を巻き込まず、言峰のところで保護させてもらう選択肢しかないが、彼はそれを拒んだらしい。まぁ、彼のあの性格だ。それはないと思ったが、言峰のやつめ。一般人も保護できるんじゃねぇか。

 

「今日は騒々しい一日だったな。ロンドンから来て、まだそれほどたってないはずなのに、一週間くらいここにいた気がする。そう思わないか?アーチャー」

 

 俺は誰もいない空間に声を投げ掛けた。一般人から見られたらおかしいやつのただの独り言のように見えるかもしれない。だが、俺には分かったのだ。そこにいる、赤銅色の肌を持つ、名もない英雄のことを。

 

「ふん。私はお前のことなどはしらん」

 

 アーチャーはふて腐れたような顔で姿を見せた。

 

「まあそうだろうな。あの同盟もお前はきっと反対だったんだろう。何も言わなかったがな」

 

「よくわかっているじゃないか」

 

「正直、あの同盟には意味はない。無理矢理意味付けさせるとするならば、士郎の無事を約束させるためだ」

 

 彼らの痴話喧嘩を見ていれば、彼らに面識があったのは明白だ。同じ学校ならば、いろいろ安心だ。俺が昼間の学校に乗り込むことはできないからな。

 

「何故あの小僧にこだわる。お前は私のような人間だと思ったのだがな」

 

「というと?」

 

 アーチャーは言うべきか言うまいか迷ったような表情をしたが、決心して話始めた。

 

「お前は大を救い、小を捨てる現実主義者のように思えたのだよ。あの小僧が死んだところで、お前には関係のないことだ。戦闘において見せたお前の冷静な態度は、それを揶揄していたように思えたのだが、どうやら違うのだろうな」

 

「別に違わねぇよ。俺は現実主義者だ。だが、あの子は切嗣が守った子。切嗣が成したことを無駄にするわけにはいかねぇよ」

 

 切嗣の正義を無駄にするわけにはいかない。そう思っての行動だった。

 アーチャーの言うように、俺は現実主義者だった。10000を救えるなら、100を犠牲にすることすら厭わない。これが、俺の正義。まあ、こんなの正義でもなんでもないと自分でも思っている。しかし、それとこれとは話が別なんだよな。

 

「ふん。私には関係のないことだ」

 

「だったら言わなくてもいいだろ。お前、どことなく不器用だよな、アーチャー」

 

「うるさい」

 

 そう言ってアーチャーは消えてしまった。文字どおり、霞のように消え去った。とはいっても、おそらく俺のことを監視しているだろう。横にいるのは、マスターだからな。

 俺は寝息をたてる凜の方を向いた。なんというか、寝ていたら可愛いのに。

 そう思って、俺は何故か凜に手を伸ばした。言うなれば出来心が正しいだろう。と、同時に凜が目をさました。

 

「あ」

 

「え?」

 

***************************

 

 頬をパンパンに腫らせながら、お茶を啜っていた。隣にはセイバー。前方には赤い悪魔、もとい遠坂凜がいる。

 

「大丈夫ですか?マスター」

 

「命に別状は、ないと思う」

 

「あんたが悪いのよ。レディーにセクハラするから」

 

「レディーは急にビンタをかまさない」

 

「うるさいわね!」

 

「できれば年上に敬意を払ってもらいたいのだがね」

 

 ヤレヤレといったような形で俺は再度お茶を啜った。

 

「知らないわよ、そんなこと。あなたの年は?」

 

「あ?多分20」

 

「なによ、多分って」

 

 怪訝そうな顔で凛は訪ねた。

 

「別に関係ないだろ。必要なのは今後のことについてだ」

 

 話そうとしなかったキリツグを表情を変えず、見つめる凛。そんなことを気にもしないセイバーはお茶請けをパクパクと食べていた。

 

「ふぉんふぉとふぁ(今後とは?)」

 

「口の物を飲み込んでから言え、セイバー」

 

「んく・・・はい」

 

「はぁ・・・。まあいい。今現在分かっている情報を各々出していこう」

 

 現在存在しているのを確認したサーヴァントは4体。セイバー、ランサー、アーチャー、そしてバーサーカー。

 ランサーのマスターは未確認。バーサーカーは言わずもがなだろう。

 

「って、情報少ないな」

 

「しょうがないでしょ。聖杯戦争はまだ、始まったばかりなんだから」

 

「まぁ、そうか」

 

 時刻は朝の8時。学生ならもう、登校している時間なのだろうが、眼前の女は一切そのような行動は見せない。

 

「ん?」

 

 どこかで異音がしたように思えた。気のせいかと思ったが、セイバーもそれに気づいていたようで、その方向に目を向けている。

 

「あ、士郎か」

 

「はい。そのようです」

 

 セイバーは、私が見てきます、と言い残し士郎の眠っている部屋へと向かっていった。

 それを見た凛は、気をてらったかのように、口を開いた。

 

「思ったんだけど」

 

「ん?なんだ?」

 

 それとなく深刻な表情で話始める。

 

「衛宮くん、彼は異常だと思うの」

 

 異常。凛は確かにそう言った。

 そう。彼は異常だ。俺もそう思っていた。しかし、俺は凛の見解を聞くために敢えて訪ねてみた。

 

「何が異常なんだ?俺にはただの高校生にしか見えないのだが」

 

「いろいろ、よ。彼は破綻しているわ。それも、人間としてね」

 

「なるほどな。それで?」

 

「自分であんな死に突っ込むようなことして、彼は聖杯戦争に参加していないのにも関わらず、よ?確かに巻き込まれちゃったのはそうだけど、それでもよ。あれは普通の人間には出来ないことよ」

 

 確かにそうだ。彼の中の正義の味方像が、ああいうことをいうのならば、あれは確実に破綻した行動だ。

 

「しかもあの回復力よ。バーサーカーの一撃で、彼の体は真っ二つになった。私も、ああやってしまった。こうさせないために、あの陰険神父のところへわざわざ行ってやったのに。そう思ったわ」

 

 一呼吸おいて、凛は続けた。

 

「だけど、彼の傷は、まるで元からそんなことなかったかのように治っていった。あんなの、並みの魔術師でも無理よ。まるで奇跡ね。ま、彼にその意識があって、バーサーカーに突っ込んでいったんなら、はじめから説明はつくけど」

 

「アイツは隠し事ができるタイプじゃあないだろうな」

 

「そうよ。だからおかしいの。魔術じゃなくて、あれは魔法。等価交換の原則に乗っ取っていない、次の次元のものよ。言うなれば治癒じゃなくて、蘇生ね。あのとき彼は確かに死んでいたもの」

 

 そうだ。アイツはあのとき確かに死んだ。けれど、俺とセイバーが駆け寄って、肩を抱き上げた時にはもう、その痕跡がなかった。まるで、それが、なかったものであったかのように。

 

「ははっ、それがアイツの宝具なのかもな」

 

「笑い事じゃないわよ。彼の中の魔力量だってそれほどない。私だって探知できなかったのだもの。それなのに、あれは」

 

「なるほど、奇跡ね」

 

 もしかしたら、本当に彼は宝具を持っているんじゃあないだろうか。いや、現存していて、能力を発揮できる宝具なんてそうそう存在しない。確か、魔術協会にはそんな宝具があった気もしたが、それはいいだろう。今は、今だ。

 

「遠坂、キリツグ」

 

 その時、襖の奥から士郎が顔を出した。昨日の夜、あんなことがあったなんてことを感じさせない表情で。

 

「かなりのお寝坊さんね、衛宮くん」

 

「あぁ、すまない。いろいろと」

 

 凛が似合わないことを口にした。彼女なりのボケなのだろうか?いや、素でやっているのかもしれない。

 

「傷はどうだ?」

 

 凛のことはスルーして、士郎に訪ねた。

 

「傷?いや、それはない。そうか、昨日のことは本当にあったことなのか。セイバーを見て、夢じゃなかったことは分かったけど、にわかには信じられないな。俺が死にかけたなんて」

 

 正確には死んだんだけどな。それは言及せず、聞いてみた。

 

「なぁ士郎」

 

「ん?なんだ?」

 

「お前は、本当に強化の魔術しか使えないのか?」

 

「え?ああ。そうだけど、それがどうかしたのか?」

 

「いや、なんでもない。病み上がりのとこ悪いが、飯作ってくれ。腹がへって大変だ」

 

 士郎は、しかたないな、といった表情で台所へと向かった。セイバーもそれにトコトコと続いていく。

 今はいいだろう。それに追及しなくても。けれど、恐らくだが、彼のあの回復力には聖杯が絡んでいる。そう思えて仕方なかった。

 

***************************

 

 やってしまった。しかし悔いはない。あの下品な男をこの手で始末出来てよかった。

 黒いローブに身を包んだ女が足を引きずりながら、雨のなか森を歩いていた。現代にいては、とても目立つような格好。魔女のような格好だ。絵に書いたように。

 

「はぁ、、はぁ、、」

 

 かなりの魔力を消費してしまった。このままでは、私は消える。悲願を達成出来ずに、私の第2の生涯は幕を閉じる。

 

「くっ、、、このままで、、うっ、、」

 

 足を挫き、その場に倒れこんでしまった。

 雨が、女の顔に降り注ぐ。弾丸のように降り続ける雨は、私の今を確かに表していた。

 

「終わりね、、、。もう」

 

「何が終わりなんだ?」

 

 女が自分の終わりを感じた瞬間、頭の上から声を投げ掛けられた。

 

「あなたは」

 

「酷い怪我をしてるじゃないか。大丈夫か?」

 

「黙りなさい、あなたには関係のないことでしょう」

 

 女はその存在に冷たく接した。安い同情など、今の彼女にはなんの効果もなかった。むしろ、逆効果だ。

 

「まぁ、関係ないけど、正義の味方としたら、あんたを放ってはおけないんだよな」

 

 そういって、その男は手を()()べた。

 

「来いよ。俺が救ってやる」

 

 女は、その申し入れを、何故か受け入れてしまった。

 手を掴む。その手は大きくて、豆だらけで、とてもとても、暖かかった。

 

 



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#06 二人目

 石が飛んでくる。小さいけど、当たったら痛い。

 

「やーい!捨て子捨て子!」

 

 近所の子供に、僕はいじめられていた。子供らしいいじめだ。陰湿なものではないが、それはそれで堪える。

 反撃は出来ない。したら、またやられる。倍にして返される。それは嫌だ。だから僕はずっと耐えている。

 

「こら!やめなさい!」

 

「うぁー!貧乳がでたぞー!!」

 

「だっ、だれが貧乳ですか!」

 

 その時、助けがきた。いつものことだ。こうやって行為が終わる。そして、また、同じことが始まる。

 

「また、やられていたのですか?」

 

「、、、、」

 

 お姉さんは僕に訪ねるが、僕は答えない。答えても、結局何も変わらないからだ。

 

「やり返せ、とは言わないけれど男の子でしょ?何か思うところはあるんじゃないんですか?」

 

「貧乳のお姉さんはどうして、僕を助けてくれるの?村の人たちは誰も助けてくれないのに」ゆ

 

「ひっ、、、」

 

 明らかに引き吊った顔で、僕を見据える。僕も、お姉さんの顔を、目を一点に見つめた。

 

「同情ってやつ?僕、そういうのはいらないよ。そんなものもらっても、お腹はいっぱいにならないから」

 

「同情って、、、可愛くない子ですね。違いますよ」

 

「じゃあなんなの?」

 

 お姉さんは無い胸を張って、宣言した。

 

「私は王様なんです」

 

***************************

 

「行ってらっしゃい」

 

「ああ。キリツグも」

 

「キリツグ、本当によろしいのですか?」

 

 セイバーは、申し訳なさそうに俺を見つめていた。

 

「言ったろ?士郎を守れって。またイリヤに会ったら、今度こそあんな奇跡は起きないだろ。あることがないから、奇跡なんだから」

 

「俺は、一人でも大丈夫なんだが」

 

「お前は黙って従ってろ。また、あんな風に特攻されたら、たまったもんじゃないからな」

 

 士郎は何か言いたげな顔をしたが、自分が迷惑をかけたことは自覚しているようで、口を閉じた。

 

「ほら、行くわよ二人とも」

 

 凛はすでに門付近まで歩いて行っており、こちらのことはお構い無しだった。さすが、遠坂凜だ、とでも言っておこうか。赤い悪魔め。

 

「はやくいけ」

 

「ああ、じゃあ」

 

「キリツグも、ご武運を」

 

 そういってセイバーは霊体化し、士郎は歩みを進めた。

 武運って、戦いに行くわけじゃないんだから。あ、でも聖杯戦争は常時行われてるのか。気を付けるにこしたことはない、か。

 学校に行こうと言い出したのは凛だった。士郎は病み上がりだし、今日は休んだほうがいいんじゃないかと提言したが、学校で確認したいことがある、といって聞かなかった。

 そうして、誰もいなくなったあと、俺も足を動かし始めた。向かう先は、特になし。ただ、一人で考えたいと思っていたのだ。士郎たちには周辺の調査と言ったが、そんなことをするなんてサラサラなかった。いや、そういうわけでもない、か。多少は敵マスターを探す努力をしよう。

 

「さて、どこへいくか」

 

***************************

 

 たどり着いたのは、ちょっとした繁華街だった。まだ昼間なので、買い物袋を抱えた奥様方が行き交っている。

 

「どうするか」

 

 考え事をしようにも、ゆっくり座れるところも知らない。士郎に町のことを教えてもらえばよかったかな。

 

「ん?」

 

 俺の目線の先には、なんだか見知った顔がいたのである。

 その、少女はたい焼きのお店の前で物欲しそうに立ち尽くしていたのだ。

 

「イリヤ」

 

 俺はたまらず声をかけた。イリヤは、俺に気づき、唐突だったようで、ほほを赤らめてしまった。

 

「キ、キリツグ?!」

 

「昨日ぶりだな。どうした?たい焼き食べたいのか?」

 

「べ、別にそんなこと」

 

 そう言った瞬間イリヤのお腹が鳴り出した。

 

「あ」

 

 赤かった頬は更に赤みをまし、イリヤは顔を伏せてしまった。

 

「いーよ、買ってやる。丁度俺も腹が減ってたところなんだよな」

 

 たい焼き屋の大将にたい焼きを二つお願いした。

 

「ほらよ」

 

 イリヤは伏せた顔をちょこっとあげ、たい焼きを確認したあと恐る恐るそれを受け取った。

 

「あ、ありがとう」

 

「おう。どういたしまして」

 

 辺りを見回すと、丁度よい公園が見つかったので、二人で座って食べることにした。

 

「どうだ?美味しいか?」

 

「これがタイヤキ。甘くて美味しい」

 

 目をキラキラさせながら、パクパクとたい焼きを頬張っていく。

 なぜ、ロンドンで育った俺がたい焼きのことを知っているのかといえば、それは俺の師匠に原因があった。俺の師匠は無類の日本好きであり、彼の部屋には日本特産のものがたくさんある。というか、日本に限らずあらゆる世界のものがたくさんあったのだ。よくわからないゲームのTシャツも置いてあって、なんだか、よくわからないことばかりだった。そのTシャツを重宝している。なんでも、思いでの品、だとか。

 

「金くらい持ってないのか?アインツベルンのご令嬢は」

 

「買い食いはセラが許してくれないの。でも、敵の私にこんな親切にしてくれるなんて。助けてあげないよ?私はあなたを殺すんだから」

 

「別に今じゃないだろ?殺気も出てなかったし。俺は、平和が一番だ」

 

 イリヤはキリツグの顔を凝視した。目を一点に見据える。

 

「な、なんだよ」

 

「そんな人が、聖杯戦争に参加するなんて、なんかおかしいね。話が矛盾してるよ」

 

「お前なぁ、、、」

 

 もとはといえば、イリヤとの約束でこの戦争に参加したんじゃないか。まぁ、本当はそれだけじゃないのか知れないけれど。

 そうしていると、突然イリヤのたい焼きを食べる手が止まった。

 

「どうした?」

 

「もしかしたら」

 

「ん?」

 

「もしかしたら、こんな日常もあったのかなぁ」

 

 イリヤはどこか遠い目をして、話し始めた。

 

「どこかで間違えてなかったら、お父さんとお母さんと、それとお兄ちゃんと一緒に、こうやって公園でタイヤキを食べられたのかなぁ」

 

 彼女の中の叫びが、言葉となって表れていく。

 

「普通に学校に行って、普通に恋をして、それで、それで」

 

「イリヤは、どうしたいんだ?」

 

「え?」

 

 驚いたように声をあげ、俺の方を向いた。

 

「これから、どうしたいんだ?」

 

「わた、しは」

 

 イリヤの迷いは、俺の目から見てもはっきり分かった。この子は、年相応の女の子なんだ。セイバーのような、英霊とは違う。あるべき生活が、与えられるべきなんだ。

 

「私は戦うわ。シロウとキリツグを殺して、フクシュウするの。それで、、それで」

 

「そうか。俺は受けてたつよ。約束だもんな」

 

 そういって、俺はイリヤの頭を乱暴に撫でる。

 

「あぅ、、」

 

「でも、辛くなったら言え。俺が救ってやる。必ず」

 

 俺も俺の思いを口にする。

 

「救って、これでもかっていうくらい幸せにしてやるよ。約束だ」

 

 イリヤは俺の目を見つめ続けた。俺もそれに答える。

 

「ふ、ふん!助けてって言うのは、キリツグのほうなんだから!、、、、、、でも」

 

 ほほを赤く染め、プイッとそっぽを向いてしまった。

 

「約束、だよ」

 

「ああ、約束だ」

 

 そういって俺はイリヤに小指を差し出す。

 

「なあに?」

 

「指切りをしよう。イリヤも小指を出して」

 

「ユビキリ?」

 

 恐る恐るイリヤは小指を出した。その指と俺の指を俺は優しく繋ぐ。

 

「指切った」

 

「ゆび、繋がってるよ?」

 

「これで契約が完了した。そうだな。目に見えない令呪みたいなもんだよ」

 

 怪訝そうに自分の指と俺の指を見るイリヤ。ま、こんな習慣あっちにはないだろうからな。

 

「約束を破ったら、針を千本飲まなきゃいけないんだ。俺も大変な契約を結んじまったよ。イリヤは嫌か?」

 

「ううん。嫌じゃない、、、。分かった!針千本だからね!私がピンチの時には助けてよね」

 

 笑顔になるイリヤ。

 この子は、笑顔が似合う。心からの笑顔。俺は、この笑顔を守らなきゃならない。

 

「じゃあね!キリツグ、今日は楽しかった!」

 

「ああ。俺も楽しかった。また、な」

 

「キリツグは優しく殺してあげる!」

 

「あ、ああ。お手柔らかに頼むよ」

 

 そういってイリヤは去っていった。恐らく俺にとっても、彼女にとっても、心が安らいだ時間だっただろう。

 そう願いたい。

 

***************************

 

 そろそろ、夜になるころだった。俺はまだ、公園に一人座っていた。言い尽くせる限りの平和。ここが、戦場になるなんて、誰が思うのか。

 いや、戦場にするのは俺たちだ。俺たちが勝手に戦場にしてしまう。勝手だよな、ほんと。

 

「おい、お前」

 

「ん?」

 

 突然声を掛けられた。声がした方向には、ライダースーツを着こんだ、金髪の青年が立っていた。

 

「な、なんだ?」

 

「先程からここにいるが、何をしている?」

 

「いや、別に。ただボーッとしてただけなんだけど」

 

 不敵に笑う青年だった。

 

「面白い魔力を感じたのだが、勘違いのようだな」

 

「え?なんだって?」

 

「よい。こちらの話だ。してお前は、酒は行ける口か?」

 

 高級そうなワインを片手に、そういった。

 

「今宵は満月、共に月見酒でもしないか?よもや、王の誘いを断るわけではなかろうな」

 

「王って、、、。いいよ。お供します。王さま」

 

 なぜか、王さまであることに不思議を思わなかった。そうであることが当たり前。そんな感じがしたのだ。

 

「ほら」

 

 ワインだろうか。お酒の入ったワイングラスを渡される。俺はそれを恐る恐る口にした。

 

「う、旨い」

 

「だろう。我が知るなかで最高級の酒だ。不味いはずがない」

 

 なんだろう。濃い味なんだけど、しつこくない。滑らかな舌触り。美味しい酒っていうのは、こういうことを言うのだな、と純粋に思った。

 

「お前は、なぜここにいる」

 

 先程と同じ質問。しかし、この質問は別のものだ。そう肌で感じ取った。

 

「俺自身のためだよ。俺は、自分の意思でここに来た訳じゃないけど、それでも来てよかったと思っている。知ることができなかったことを知れた、というか」

 

「ほう」

 

「王さまはどうしてここに?」

 

 月明かりに照らされた王さまは、神々しく、直視することさえも憚られるだろうと思ったほどだった。

 

「本来ならこのようなことは、ありえないが、許す。そうだな、我はこの世の人間を見ているのだよ」

 

「この世の、ね」

 

「我のいた時代には、どのような階級の人間であっても、役割というものがあった。しかしどうだ。この時代の人間は」

 

 王さまの言葉は、酷く心に響いた。彼の言葉そのものが、ひとつひとつ重みを持ち、俺という存在に強く、働きかけていた。

 

「多すぎる。そう思わんか」

 

 彼が言おうとしていること。なんとなくそれが分かった気がした。確かに、そうだ。俺も、そう思う。

 

「そうだな。確かに多い。それで?王さまはどうしたいんだ?」

 

「どうする、か。減らすしかないだろう。この世の人間は、害悪でしかない」

 

 金言。そうであると思えて仕方なかった。この男の言っていることは酷く破綻している。殺す。そう言っているのだ。しかしそれでも、この男の言葉は、重い。

 

「極端すぎないか?でも、まぁ、流石王さまだけあるよな。ひどい説得力だ」

 

「当たり前だ。我は最高にして最古の王だ。正しくないわけなかろう」

「ははっ!あんた面白いな。要らないやつは殺してもいいけど、俺の大切な人は殺させないぞ?そうなるんなら、俺はあんたに立ちはだかってやるよ」

 

「ふん。貴様のような小物が何を言う。しかし、面白い。よい。許す。そのときは、この我直々に相手をしてやろう」

 

「でも、まだそのときじゃあないんだろ?今はこの酒を味わっていたい」

 

 安心、とは違うんだろうけどなんだかそんな感じの思いを俺は心に産み出していた。この男の包容力は半端ない。

 

「いつの時代も、この月は変わらん」

 

 夜が更けていく。イリヤといたときとは違う、安らぎ。こういうのもアリなんだろう。なんというか、楽しかった。

 

***************************

 

 そのすぐあと、月が陰り、厚い雲に覆われてしまったため、月見酒はお開きになった。また酒を飲ませてくれるか?と聞いたら、気が向いたら、と言われた。流石は王さまだ。抜かりはない。どこのサーヴァントかは知らないが、あの人なら臣下とやらになってもいいだろう。そう、感じた。

 そう。彼はサーヴァントだ。目にした瞬間それに気づいた。彼の纏うオーラが、それを感じさせていた。セイバーのような、神々しさだ。どこかの国の王さまなんだろう。おそらく、彼が今回の聖杯戦争、最大(さいだい)の壁になるのだろう。

 

「ん?」

 

 てくてくと帰路についている最中、滴が頬に伝った。雨だ。そう思った瞬間には、みまごうことなき雨へと変貌していた。

 

「うわー。やべぇ。早く帰らないと風邪ひく」

 

 山を横切っていたので木々に雨が遮られていたが、体がびしょびしょになるのも時間の問題だ。そう思った矢先だった。

 

「ん?あれは」

 

 目の前に、誰かが倒れている。その人は、なにかを呟いていた。

 

「終わりね、、、。もう」

 

 終わり、と言った。俺は訪ねずにはいられなかった。

 

「何が終わりなんだ?」

 

 俺の声に気付いたその人は力なく顔を上げた。

 

「あなたは」

 

 女の人だった。よく見たら身体中に傷があり、いまにも死にそうなほどか細い声だった。

 

「酷い怪我をしてるじゃないか。大丈夫か?」

 

「黙りなさい、あなたには関係のないことでしょう」

 

 冷たくあしらわれた。けれど、そんなこと関係ない。目の前で困っている人がいるなら、助けるほかないだろう。

 

「まぁ、関係ないけど、正義の味方としたら、あんたを放ってはおけないんだよな」

 

 そういって、俺は手をさしのべた。

 

「来いよ。俺が救ってやる」

 

 女は恐る恐る俺の手を握り、そのまま意識を失ってしまった。なるほど、早く帰らなければならない理由がもうひとつ増えたわけだ。

 俺は最大限、急ぐべく体に、特に足に補強の呪文をかけた。

 



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#07 日常に潜む闇

「逃げなさい!■■■■ー!!」

 

 王さまは俺を背に、そう言い放った。

 逃げ惑う民衆の中、僕に聞こえるようにできる限り大声で言った。剣を片手に、何かと戦っている。

 

「っく!」

 

「王さま!王さまも逃げないと!殺されちゃうよ!!」

 

「私はいいのです!早く!あなたがっ・・・!?」

 

 僕のほうを向いた瞬間、王さまのお腹から、何かが生えた。赤黒い液体がべっとりと付いた何かが。

 

「は、やく・・・。逃げ・・・」

 

「・・・・ひっ!」

 

 僕は一目散に走った。

 走って、走って、走って、走って。

 僕は、誰かの建物の中に入った。

 王さまが、死んだ。王さま。

 

「死んだ」

 

 どす黒い何かが、僕の中に渦巻く。ぐるぐると。

 死ぬ。死んでしまう。命が終わる。王さまの命が消えてしまった。

 その瞬間、建物がいびつな音をたてた。家具が、岩が、いろいろなものが降ってくる。

 そうして僕の意識が途切れてしまった。

 

******************************************

 

「あんた・・・いったい何を考えてるのよ!」

 

 帰ってくるなり、俺は凛からお説教をくらっていた。ものすごい剣幕である。なるほど。この女から男の匂いがしないのは、このせいか。

 

「いやー、こんなことになるとは思ってなかったんだよな」

 

「どこをどう間違えれば、サーヴァントを拾ってくる選択肢にいきわたるのよ!」

 

「失敬な、ペットじゃないんだぞ。救ってきたと言え」

 

「どっちでも同じよ!」

 

 そう。この俺が雨の森で助けた女の人は、なんとサーヴァントだったのだ。雨だったのと、この人の魔力が微弱だったのがこの結果なのか。

 

「そこまで怒らなくてもいいんじゃないか?遠坂」

 

「士郎は黙ってなさい!!」

 

 凛に一喝され、急にしおらしくなってしまった士郎だった。もう少し粘ってくれよ士郎・・・。

 

「でも大丈夫なんじゃないか?多分、この人はぐれサーヴァントだろうし」

 

「え?」

 

 そう。先ほど気づいたが、このサーヴァントにはパスが通っていない。マスターによる魔力供給がないのだ。だからこそ、これほどまでに弱体化していた。だからこそ気づけなかった。うん。そうだ。

 

「そうなの?」

 

「ええ、そうよ」

 

 先ほどまで眠っていたサーヴァントが、目を覚まし、そういった。

 

「マスターを殺し、無理やり契約を解除してきたのよ。それで弱っているところを、そこの坊やに助けてもらった。ほんと、迷惑な話よ」

 

「お、お前な」

 

「あなた、クラスは?」

 

 敵対者という目を向けたまま、凛は訪ねた。

 

「キャスターよ」

 

「それにしても、そのエルフ耳。英霊ってのはすごいんだな」

 

「なっ!?」

 

 俺はキャスターの耳を凝視していた。次の瞬間俺はキャスターの拳によって後方に吹っ飛ばされていた。

 

「ぶべらっ!?」

 

「な、何をしているの!?」

 

 キャスターのはずなのに、とても拳が重かった。

 

「ったく、自業自得よ。とにかく!あんたはいますぐここから出ていきなさい。さもないと」

 

「さもないとなんなのかしら?小娘」

 

 痛みに耐えて、顔をあげると一触即発の空気が流れていた。

 

「ま、まぁいいじゃないか、遠坂」

 

「あんたは黙ってなさい!」

 

 またも一喝される士郎。不憫で仕方ない。

 

「だったらさ」

 

「ん、何よ?」

 

 キャスターも不思議な顔をして俺を見つめる。

 

「俺のサーヴァントになればいいんじゃないか?」

 

****************************

 

「あんたにはセイバーがいるじゃない!2体のサーヴァントなんて、ルール違反よ」

 

 先程から話は硬直したままだった。

 

「ルール違反じゃあない。ただ、イレギュラーなだけだ」

 

「イレギュラーを許していたら、ルールなんてあったもんじゃないわよ!」

 

「これただ一度だけだ。、、、多分だけど」

 

「あの神父なら、許してくれそうだけどな」

 

 そんな問答を続けている最中、セイバーが風呂から帰ってきた。

 

「良いお湯でした。お先に失礼し、、、」

 

 この状況を見て、セイバーは固まってしまった。

 

「えっとだな、セイバー、これは」

 

「かわい、、、んんっ!」

 

 セイバーを見たキャスターが、何か言いかけたが、まあいいだろう。すぐに、元に戻ったのでスルーすることにした。

 

「あなたがセイバーのサーヴァントね。私はキャスター。あなたのマスターのサーヴァントになるものよ」

 

「ちょっ!?」

 

 あからさまに驚いた凛。しかし、セイバーは動じなかった。

 

「キャスター、ですか。よろしくお願いします」

 

「セイバーも!なんなのよ!」

 

「我々の陣営が強くなるだけです。何か問題でもあるのですか?凛」

 

 セイバーがこう言ってくれたので、凛も行き場を失ってしまったようだ。

 

「もういいわよ!好きにしなさい!」

 

「なんだ?凛。俺のことを心配してくれるのか?」

 

「ち、違うわよ!イレギュラーとして、協会側から始末されるようなことがあったら、たまったもんじゃないからよ!それに私たちは協力関係!あんたがそういう風になったら、私たちにも被害があるかもしれないの!わかった!?」

 

 一気に話しすぎて、あからさまに息切れしている。

 これが照れているなら、可愛いんだけど。

 

「マスター、契約を」

 

 そう言ったのはキャスターだった。

 

「おう」

 

 簡易的に契約を結ぶ。すると、セイバーの令呪があるのとは、反対側の手に令呪が浮き出てきた。

 

「これでよし。よろしくなキャスター」

 

「ええ」

 

「もう、本当に知らないわよ。いいわ!今日手にいれた情報を伝えるわね」

 

 諦めたように残念な表情を浮かべた凛だったが、ずっとそうしているわけにもいけないのは、分かっているようで、すぐに話を切り替えた。

 

「今日っていうと、学校で何かあったのか?」

 

「ああ。学校に結界が張られていたんだ」

 

「おそらく、結界内の人間を魔力に変える類いのモノね。士郎も感じたでしょう?あの違和感を」

 

 確かに、俺があの夜、ランサーとアーチャーの戦いを目にするために、学校へ侵入したときも、確かに違和感はあった。しかし、あの違和感に、そこまでの力はなかったはず。

 

「きっと、あの結界の完全生成には時間がかかるはずよ。違和感は日に日に強くなっている。初めて魔力を感じたのが4日前だから、設置されてから4、5日は経っているんじゃあないかしら」

 

「ないかしらって、、、。起点は探したのか?その結界を形作っている」

 

「ええ。でも考えるに、複数箇所存在していると思うのよ。あれほど大規模な結界だもの」

 

 なるほど。そう考えればそうなのか。あのとき、地脈に直接リンクされていたと考えれば、あのときの小さかった魔力は説明がつく。地脈の魔力に隠れていたのだろう。

 

「あと、、、」

 

 そのとき、凛に一喝され続けていた士郎が重い口を開いた。

 

「俺の友人が、襲われた」

 

「襲われた?なんだか漠然としてるな」

 

「ああ。俺がもし、この件に関わらなかったら、ただの、事故としか思わなかっただろう。だけど、今回は違うんだ。そう、感じる」

 

 士郎の深刻な表情から察するに、仲の良い友人なのだろう。正義に敏感な士郎だ。コレ、絡みの事柄ならば、士郎は気に止めないわけがない。

 

「体の血が抜かれていたんだ」

 

「正確には、精気ね」

 

 凛が口を挟む。

 

「おそらく、彼女はサーヴァントに襲われたんでしょう。今回の結界との関係性はまだ小さなものだけど、他人を犠牲にして、力を得るということは一致しているし。まったく、あの結界もそうだけど、三流魔術師のやることよ」

 

「血を吸うことで、精気を奪う英霊か。思い当たるので言えば、串刺し公としても名高い、ヴラド・ドラクル伯爵とかだろう」

 

「串刺し公?誰なんだ?」

 

 ハテ?とでもいったような顔で俺に問いかける士郎。仕方ないか、知識の浅い、ただの学生なんだから。

 

「ワラキア公ヴラド三世。15世紀のワラキア公国の君主だった人だ。後のドラキュラのモデルになった人物だよ」

 

「その、ヴラドって奴は血を飲んでたのか?」

 

「いや、ドラキュラに関する過去の人間ならもう一人いる。血の伯爵夫人、エリザベート・バートリーだ」

 

「あなた、よく調べているわね」

 

 キャスターが感心そうに俺を見ていた。

 

「まあな。師匠の部屋には、沢山の本があって、手当たり次第に読んでたんだよ。まさか、こんなところで役にたつなんて、な」

 

「それで、、、そのエリザベートってのは?」

 

「悪い悪い、、、。確か、ハンガリーの貴族で、少女を惨殺した人間だ。その惨殺っていうのも、若い女の血を浴びると、美貌が保たれるってのを信じての行動だったんだ。浴槽一杯に、アイアンメイデンっていう拷問器具で出した血を浸し、そこに入る。この二人がドラキュラっていう物語のモデルなんだよ」

 

 結構スプラッタ全開な話になってしまった。キャスターは物怖じしていないが、凛や士郎、なんとセイバーまでも、若干引いてた。

 

「と、とにかく、そういう可能性もあるから、要心しろよって話だ。分かっているのといないのとじゃあ、違うだろうが」

 

「え、ええ、そうね。とにかく、明日も結界の調査ね。そこで、キリツグ。あなたにも来てもらいたいのだけど」

 

「俺?入れるのか?」

 

 答えはノーだろう。日本人なら怪しまれることはないが、俺は金髪の外人だ。必ず目立つ。

 

「人が居なくなってから、行動するから大丈夫よ。でも念のために、士郎に学校指定のジャージを借りておきなさい」

 

「あいよ。分かったな?士郎」

 

「ああ」

 

 3人はこれからの事を決定した。しかし、彼らはまだ知り得なかったのだ。これから、起きる惨劇の鐘が、警鐘をならしているということを。

 

************************************

 

「聖杯戦争とな。あやつら、面白いことをする」

 

 レンガ造りの一室で、ローブを被った老人たちが大きなテーブルに一同に会していた。中心には、何やら小さな瓶。中には、何かが入っていた。

 

「あの魔術師たちに出来たのだ。我々に出来ないわけがない」

 

「聖杯に貯まった魔力を使い、願いを叶える。万能の願望器か、カハハなるほどのぅ」

 

「そして、ここにあるのは、かの有名な王の血族の血液である。これは紛れもない、聖遺物足るであろう」

 

 おそらく、一番偉いであろう老人が小瓶を掲げた。

 

「本当に、やるのですか?私は責任を負えませんが」

 

 中の慎重そうな老人が言った。

 

「この神秘、試す価値はあろう」

 

 そうして、老人の中の何人かが、英霊召喚の義を執り行った。

 

 しかし、それらは失敗に終わった。

 

「何故だ!何故成功しなかった!、、、なんだ。これはなんだ!?」

 

 老人たちは、黒いナニかに飲み込まれていく。

 

 そうして、その場には誰もいなくなったのであった。

 

 しかし、それから凡そ60年後、その不安定な召喚によって擬似的に産み出されてしまったのである。

 

 一人の赤子の泣き声と共に。




8.24改変完了。


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#08 三姉妹の末女

 木製の家屋に、一人の少女と老人がいた。二人は、何かを話しているようだった。

 

「ということは、これが令呪というものなのですか?おじいさま」

 

「ああ。儂も、詳しくは知らぬがな」

 

 見れば、少女は上半身を露にしていた。端から見れば、ただのセクハラのようだが、二人の顔からは、そのようなものは感じられない。それどころか、それとは真逆の真剣な表情が見受けられた。

 

 露になっている少女の背中には、何やら刺青のようなものが見える。

 

「もう、よろしいですか?」

 

「ああ、すまない」

 

「いえ、教えてくれと言ったのは、こちらですから」

 

 老人に断りを入れ、衣類を羽織る。

 

「しかし、まさかあのような者がサーヴァントだとは」

 

「儂も驚いたよ。一見、ただの赤子。それがあの英霊、なのかもしれないがな」

 

「おじいさまが仰られる通りならば、あと6騎のサーヴァントが現界するはずなのですが」

 

「しかし、そのような者は見当たらない、フム」

 

 老人は、少し考えるような素振りをした。

 

「起こるはずのない事象なのだ、これは。イレギュラー、そう言ってもよいだろう」

 

「イレギュラー、ですか?」

 

「ああ」

 

 何が起こるか分からない、と老人は付け加えた。

 少女は、傍らにいる赤子をみやった。

 

「私は、この子を守ります。この子がサーヴァントならば、いつか来る戦いのために」

 

「それがよかろう。しかし、エミリアよ、お前はこの赤子への接触を禁ずる」

 

「な、何故ですか!?この子は、まだ赤子なのですよ!?」

 表情を変えず、老人は続けた。

 

「お前が主であると、悟られぬためだ。これも、いつか来る戦いのためなのだよ」

 

「分かり、ました」

 

 悲しそうに赤子を眺めるエミリアと呼ばれた少女。わずかながら、母性本能が働いたのだろうか。

 

「この子は、儂が育てる。サーヴァントではなく、一人の人間として。お前のように、優しい子になるようにな」

 

 老人が微笑んだ。それに呼応して、少女も微笑んだ。

 

「しかし、名はお前が決めるのだ。よいな」

 

「は、はい」

 

 エミリアは赤子を見る。

 名をつけるというのは、とても重要だ。

 

「そうですね、、、あなたは、あの人のお墓の前に召喚されたあなたは―――」

 

*********************************

 

 キリツグとキャスターは穂郡原学園の校門へ来ていた。

 キャスターは婦人服に身を包み、方やキリツグはとてもとても目立つ格好をしていた。

 

「やっぱり目立つよなぁ。なぁ?キャスター」

 

「そうね、その髪色と目の色でも明らかに目立つのに、その格好だもの。異様よ」

 

 士郎からジャージを借りようと思ったのだが、士郎曰く、ジャージは学校にあるとのことで、夏用の体操服を借りたのだ。

 言っておくが、今は冬である。

 

「たいっへん寒いんだよ!アイツは何を考えてるんだよ!」

 

 言わずもがな、遠坂のことである。

 彼女にも彼女なりの配慮ってもんがあるんだろうが、これは配慮でないと、俺は思う。まあ、嫌がらせでは、、、ないよな。

 

「なにも考えてないのではなくて?」

 

「だろうな、、、」

 

 キャスターと二人で納得し合う。

 二人は校門をくぐった。前よりも大きくなっている違和感。凛が言っていたのは、当たっていたようだ。

 

「これはまずいな。明日にでも発動しそうな感じだが」

 

「そうね。でもまだ不安定よ。発動すれば、人間の精気を吸いきれないわ」

 

 誰もいない学校は、どことなく哀愁が感じられた。校舎をよく見ると、前に俺がぶっ壊した廊下が見えた。少し直ってきているが、まだ危ないだろう。逃げるためとはいえ、悪いことをした。

 

「キャスター、結界の起点を探してくれ」

 

 気を取り直して、キャスターに頼んだ。

 

「ええ。、、、かなりあるわね。これを消すのは骨がいりそうよ」

 

 キャスターが言うには、学校の至るところに魔力の痕跡があるそうだ。取り付けた際では、微弱で凛でも感じられるかどうかのところだろう。

 キャスターならば、この魔力でも見つけることが出来るだろうが。

 

「一個一個やっていくしかないだろう。まぁ、その前に凛たちと会わないとな」

 

「あの小娘、こんなになるまで、放っておくなんて」

 

「しょうがないだろ。俺も凛もただの魔術師なんだからな。お前とは違うんだよ。あ、そう言えばさ」

 

 ここで俺は、昨日聞けなかった事を聞くことにした。

 

「なに?」

 

「お前の真名はなんなんだ?聞いてなかったなと思って」

 

「そうね。わかったわ」

 

 少し渋っているように思えたが、それでもキャスターは教えてくれるようだった。

 

「私はメディア。コルキスの王女、メディアよ」

 

 メディア、か。これは、よく知らないな。裏切りの魔女であることは知っているが、それ言うと怒りそうだ。あまり深くは聞かないようにしよう。

 

「そうか。改めてよろしくな、メディア」

 

「あら、あなたは私のことさえも調べているのかと思っていたのだけれど。知っているのではなくて?」

 

 知っていることを言ったら絶対怒る。それ以外は知らないんだが。

 

「ま、俺に必要なのは昔のお前じゃなくて、今のお前だからな。なにやってても、気にしないよ。自分のパートナーのこと信頼できなきゃ、この戦争勝ち残れないさ」

 

 一度驚いたような顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。

 

「そう、、、。賢明ね、前のマスターよりは好感が持てるわよ、あなた」

 

「そいつぁありがとう。さ、行こう」

 

 一瞬微笑んだように見えたが、気のせいか?

 俺はキャスターを引き連れて、中へ進んでいった。

 

*********************************

 

「来たわね、来たところ悪いけど士郎を追ってちょうだい」

 

 やっと、みつけた凛は女の子の介抱をしていた。女の子は酷く衰弱している。

 

「一体、何があったんだ?これは、一体」

 

「サーヴァントね。結構な機動力から見れば、恐らくアサシンかライダー。まったく、士郎ってばそれを追って森に入っていっちゃったのよ」

 

「アイツ、、、あれほど言ったのに!セイバーは?」

 

 辺りを見てもセイバーの姿は見当たらない。

 

「分からないわ。いきなり居なくなっちゃったのよ。あれは、とかいって」

 

 セイバーもセイバーだ。そんなことするやつには見えないが、よほどのことがあったのだろうか。

 とにかく、今は士郎だ。

 

「おっしゃ、行くぞキャスター。凛はその子を」

 

「分かったわ。ったく!アーチャーのやつも、何処行ったってのよ!英霊ってのは、あんなやつばっかなの?」

 

 グチグチと文句を垂れる凛を後目に、森へ進んでいった。

 見れば、確かに人が通った後と、わずかながら魔力の痕跡がある。

 

「急がないと、あの坊や、死ぬわよ」

 

「分かってるよ!くそ!急ぐ!」

 

 そう言って、俺は足に魔力を込めた。

 

「あなた、それは」

 

「あ?なんだよ」

 

「そのカードよ、1枚1枚に膨大な魔力を感じるわ」

 

 見せてはいないが、キャスターにはばれてしまったようだ。

 俺は宝石魔術の他に、カードを使った魔術も使う。協会から逃げ出すときに、かっぱらってきたもんだ。これがなんなのかは、分からないが、大変重宝している。

 

「いずれ話す。今はそんなことを、、、」

 

 とかなんとかやっている間に、どうやら求めていた場所についたようだ。

 そこには、腕から血を流す士郎がいた。そして、本を持った青年と目をおおった女。あれが恐らくサーヴァント。

 

「士郎!無事か」

 

「キリツグ、助かった」

 

 士郎は満身創痍。遠くでは分からない、細かい傷で一杯だった。

 

「くそ!仲間を呼んだか、衛宮め。やれ!ライダー」

 

 青年は俺たちにサーヴァントをけしかける。

 

「ここで確実に殺します。シンジ、宝具を使用します」

 

 そう言って、ライダーは目をおおっていたものを外した。

 宝具?まさか、魔眼の類いか?!

 

「士郎!キャスター!アイツの目を見るな!」

 

「フン、遅い」

 

 運悪く、サーヴァントの目を見てしまった俺たちは、体が石のようになり、身動きが取れなくなってしまった。

 

「、、、、!」

 

 士郎と俺は、口も動かせなくなった。

 

「これ、は、石化の、、、!」

 

「さすがキャスターですね。口なら動かせるようですが」

 

 まずい。これは、結構まずい。令呪を使用して、セイバーを呼び寄せたいのだが、声も出せないこの状況では!

 

「やれ!ライダー!!!」

 

 青年が叫ぶ。俺たちは、死を覚悟した。

 死ぬ?俺が?

 切嗣に救ってもらったこの俺が、命を落とすのか?

 

 それは、、、、ダメだ!!

 

 迫り来るライダー。それに呼応して、俺の内魔力が上昇していく。俺の持てる最大限の魔力を、口の感覚神経へと向ける。これ以上魔力を行使すれば、俺は死ぬ。だが、ここで、こんな形で命を落とすくらいなら!!

 

「、、、せ、、い、」

 

 ものすごい速さで迫るライダー。

 

 まだだ!まだ足りない!

 

 その時、何故か士郎の魔力が急激に上昇した。

 その上昇に伴い、石化の枷がとける士郎。

 

「ッカハ!?なんで!?」

 

 それに驚いたのか、ライダーは足を止めた。

 

「なぜ、私の石化が解けたのですか」

 

 その時だ。

 その時、頭上から1本の槍、のようなものが、降り注いだ。

 

「悪いが、それは私の協力者なのでね。殺されては困るのだよ」

 

 赤い外套に身を包んだ、褐色の男。

 

「ア、アーチャー?」

 

「フッ、だらしないぞキリツグ。それに魔女。お前ならばなんとかなったのではないか?」

 

 俺とキャスターに言葉を投げ掛けるアーチャーだった。

 

 青年の顔は、みるみるうちに焦りの色を見せ始めた。

 

「-----------」

 

 何かを口にしたキャスター。それに呼応して俺の石化が解けた。

 

「もう少しで解けたのよ、このくらいの魔術。それにアーチャー。私を魔女と呼ばないで。、、、殺すわよ」

 

「ホウ、やってみるかキャスター」

 

「お前ら、喧嘩してる場合じゃねぇぞ!さぁ。これで形勢逆転だ。どうする?偽物のマスター」

 

 ライダーのマスターは顔を酷く歪ませた。

 

「くっ!に、逃げるぞ!ライダー!」

 

「逃がすと思うか」

 

 アーチャーが言う。

 目をおおいなおしたライダーは、冷静にマスターの元へ寄っていった。

 

「逃げますよ、シンジ」

 

 と、同時にライダーの周りの空気が変わる。

 まさか、、、これは。

 

「避けろ!お前ら!」

 

「騎英の、、、」

 

 ライダーの魔力が、形を成していく。

 

「手綱!!」

 

 天馬が姿を表し、ものすごい速さで俺たちに向かって特攻していった。

 間一髪で、俺たちはそれをかわした。

 

 彼女たちの通った後には、道が出来ていた。地面は抉れ、木はなぎ倒されていた。酷い破壊力である。

 

「こ、これは」

 

 驚きの表情を隠せない士郎だった。

 

「なるほど。ライダーたる所以は、あのペガサスか」

 

 そう言ったのはアーチャー。

 

「そうか。石化の魔眼、ペガサス。アイツ、ゴルゴン三姉妹の末娘、メドゥーサ」

 

 天馬の飛んでいった方向を眺め、命の危険を感じたものの、情報を手に入れられたことに少なからず喜びを感じていた。

 

******************************

 

 教会近くのある森の中に、セイバーと、ある男がいた。

 

「やはり、あなたでしたか」

 

「、、、、」

 

 セイバーはその男のことを知っているようであった。友人関係ではなさそうだ。それは、彼女の目が語っていた。

 

「アーチャー」

 

「久し振りだな、セイバーよ」

 

 月夜に照らされながら、金色に輝く男と、金色を手にする少女は、瞳を交わらせていく。



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#09 knocking

 間違っていた。

 

 私は、公にはなってはいないものの、優れた血統の直系にあたる。そう、祖父からは告げられていた。昔から、いや今でもそれを心に置いて、生きていた。胸を張って言える事だ。

 

 しかし、今私は、そのことを今日のこの日ほど疎ましく思うことはないだろう。

 

 私がこの血に縛られていなければ。振り回されていなければ。生まれて来なければ、この運命は変えられただろう。

 

 命が消えるその瞬間まで、エミリアはそう思い続けていた。正体不明の敵に、腹部を刃物で刺されながら。敵から距離をとり、無理矢理刃物を抜いた。

 

「う、あぐぅ、、、!!」

 

 酷い激痛が、彼女を襲う。それでも彼女は膝をつかなかった。余命僅か。自分自身で分かる、最後のこと。それでも、彼女は諦めなかった。

 

 間違っていたとしても、後悔はしないように。

 

 この瞬間に出来る、全てを彼女は行おうとしていた。

 辺りを見回す。焼け野はら、ほどではないが、炎に包まれているのは確かである。生存者を探した。しかし、それは無意味になった。命という命が感じられないのだ。

 

「それ、でも。あの子、、、だけは!!」

 

 彼女は左手を天へと向けた。

 

「令呪において命ずる!私のサーヴァント、生きなさい!!そして!幸福になりなさい!」

 

 三画あった令呪は、残り一画へ。エミリアは、残った令呪見て思った。

 もしあの子が本当にサーヴァントならば、私が死ねば、あの子も消える。あの子を救う方法は、1つしかない!

 

 村の中心には、一際輝く場所があった。それは、数多くの魔術師が求めた聖杯の輝きに他ならなかったのである。

 度重なるイレギュラーにより、出現してしまった聖杯。しかし、偽りと言っても、聖杯は聖杯だ。やってみる価値はある。

 

 少女は敵を睨み付けながら、言い放った。

 

「私は!あの子を救う!お前がどれ程恐ろしい化け物なのだとしても、私はお前を打ち砕くッ!」

 

 少女は目の前の敵に向かって、そして聖杯に向かって走り出した。

 

************************************

 

「これで終わりだ」

 

 俺は最後の起点に手をかざし、それを解除した。

「お見事ね。やれば出来るじゃない」

 

「うるさいな、出来るっていったろが」

 

「あら。何度か失敗したのは誰かしら?」

 

「う、くぅ、、、」

 

 そんなことをしていると、遅れて凛とアーチャー、更に士郎がやって来た。

 

「こっちは終わったわよ。そっちは?」

 

「こっちも、今終わったところだ」

 

 校内に存在する結界の起点を、二組に別れて解除していたのである。それも、今終わり、校内全体に広がる違和感はきれいさっぱりなくなった。

 

「キャスターの呪符は効くわね。めんどくさい手順を踏まずに、こうも簡単に解除できるなんて」

 

「伊達にキャスターを名乗っているわけではないのよ」

 

「これで、ここは大丈夫なのか?」

 

 士郎が不安そうに聞いてきた。

 

「そうだな。とりあえずは、だが。しかし、アイツらが同じことをしないとは限らないから、警戒は必要。それよりも、、、」

 

「どうかしたの?」

 

 凛が不思議そうに問う。

 

「ライダーのマスターの持っていた本。あれは恐らく偽臣の書だ。マスターは他にいると見える」

 

「なるほどね。だから信二みたいな三流の魔術師にも、サーヴァントを扱えたのか」

 

「なぁ、なんなんだ?その偽臣の書ってのは」

 

「令呪を一画使って、マスター権を一時的に他人に譲渡できる代物だ。マスターの代役みたいにな」

 

 説明をし終わると、凛だけが訝しげな顔を浮かべていた。

 

「凛?どうした?」

 

「、、、いえ。なんでもないわ。今日の所は帰りましょう」

 

「そうだな。士郎、腹へった。な、セイバー、、、って、あれ?」

 

「帰ったらまず、セイバーにお説教しないとよね。彼女がいれば、今回の件は、いくらか簡単に済んだんだもの」

 

 俺たちは、月明かりに照らされながら衛宮邸へと帰った。

 

*********************************

 

「士郎!これはどーいうことなのかしら!?お姉さん、不純異性交遊は許しませんよー!!」

 

 帰宅した俺たち、というよりも士郎に待っていたのは虎の咆哮だった。

 藤村大河。士郎たちの学校の教師で、切嗣とも接点があったらしい。

 

「いや、だから藤ねぇ。さっきもいったろ?ここにいるキリツグはえーっと、切嗣を頼ってこの家に来て、遠坂は家がリフォーム中でその間、ホテル暮らしってのも可哀想だから、俺が呼んだんだよ!」

 

「遠坂さんのことは分かりました!だけど!この人!切嗣さんを頼ったキリツグさんって何よ?お姉さん、頭がゴチャゴチャで!」

 

「それはぁ!」

 

 いよいよ、士郎が可哀想なので俺も助け船を出そう。

 

「あー、えっと大河さん、だっけ?」

 

「んん!?はい、そうですが?」

 

「実は俺の両親が、貴方が知っている衛宮切嗣さんに大変よくしてもらっていたんですよ。それで、彼のような人に育って欲しいってことで、名前をそのまま貰ったんですよ。だから俺の名前はキリツグ。キリツグ・ペンドラゴンなんです」

 

 一瞬、大河の顔が止まる。どうやら、彼女の中での状況整理が始まったらしい。それも終わったようで、笑顔に変わった。

 

「つまり、あなたは切嗣さんに恩返しにきたと!」

 

「えーっと、あー、、、、うん。そうです」

 

 本来の目的はそれなんだが、今言ったことはその事じゃないし!考えることを放棄したのか。本当に教師か!?

 とまぁ、都合がよいので心のなかで突っ込むだけにしておいた。しかし、だ。

 

「、、、、、、」

 

 こう見ていると、切嗣は魔術社会で広く知れ渡っているものとは酷くかけ離れている。いや、恐らく切嗣の本当ってのは、こういう平和なものなんだろう。

 そう感じてしまうと、目頭が熱くなってきた。

 

「平和の代償、か」

 

「どうかしたの?マスター」

 

 俺の様子に気付いたのだろう。見かねたキャスターは、俺に声をかけてくれた。

 

「ん?いや、なんでもないんだよ。なんでも、ない」

 

 そうだ。なんでもないんだ。彼は、もうここにはいないのだから。

 

 俺たちは大河を含めた数人で夕食を食べた。ここ最近ゴタゴタしていたので、ゆっくり食事をしたのも久しぶりのような気もした。今は、士郎とセイバーが食器を片付けている。

 

「大河は帰ったのか?」

 

 いつの間にか居なくなっていたので、士郎に聞いてみた。

 

「ああ。なんか、実家で用が有るみたいでさ。というか、その最中に寄ったらしいんだよ。わざわざ夕飯を食べに」

 

「じゃあ、心置きなくセイバーに理由を聞けるな」

 

 大河が居たので、聞けなかったが、今なら大丈夫だろう。

 セイバーが急にいなくなったわけを。

 

 あのあと、大河がやって来てセイバーも遅れて現れた。だから、話ができなかったのだ。というより、それより大河を対処する方が大変だった。

 

「、、、分かりました」

 

「セイバーは、何をしていたの?」

 

 凛が少し怒ったような口調で問いただした。

 

「人と、会っていました。いえ、ただの人間ではなく、英霊です」

 

「無事でよかったな」

 

 嫌みっぽく言ってみたが、セイバーは気付かない。

 

「前回の、聖杯戦争に参加していた英霊と、会っていたのです」

 

「え!?ちょっ、、、待ってセイバー。今、一気に疑問点が増えたのだけど!?どういうこと!?セイバー、この聖杯戦争、2回目なの?」

 

「はい」

 

「なんで言わなかったのよ!?」

 

「聞かれなかったので」

 

 お前、機械じゃないんだから。

 

「、、、キリツグは、さほど驚いてないみたいね。まさかとはおもうけど、知ってたの?」

 

「まあ、そのまさかです」

 

「あなたも!なんで言わないのよ!」

 

「別に、言ったところでどうにもならないだろ。2回続けて参加するなんて、稀有なこと、そうそう起きないからな。でも、起きたわけだ」

 

 前回の参加者。つまり、今回のアサシンだと推測できる。なにせ、ここにいる3人。イリヤのバーサーカー。青タイツのランサー。そして、あのライダー。消去法から言って、最後のアサシンが妥当だろう。

 

「前回の、アーチャーでした。英雄王ギルガメッシュ、それが彼の真名です」

 

「バビロニアの半神半人の王か。まさか、人類最古の王が、アサシンとは」

 

「あり得ます。彼は宝具として、多くの宝具を貯蔵しているのです。彼の蔵の中に」

 

「原初の王だから、あらゆる宝具の原典を持っているとかか?」

 

「え?!そんな!、、、どんなチートキャラよ、まったく」

 

 凛は目を丸くして言った。

 

「つまり、これで7騎のサーヴァントが出揃ったわけだ。ここからが、本番、か」

 

 やっと、聖杯戦争というものが始まったらしい。7人のマスターとそのサーヴァントによる殺し合い。ま、今回は6人なんだけど。

 

 ピンポーン。

 

 シリアス濃厚な話をしているその時、玄関の呼び鈴が鳴った。

 

「誰だ?こんな時間に」

「こんな時間って、まだ7時じゃないか」

 

「まぁそうか」

 そう言って、士郎は玄関に急いだ。

 

 、、、、、、、。

 

 声は聞こえないが、立ち往生しているらしい。時間がかかっている。

 俺がここに住まわせてもらうと分かった時点で、俺はこの屋敷に簡単な結界を何重にもしてかけた。並の魔術師では破れないだろう。サーヴァントならば分からないが、キャスターにも以前誉められたので、多分大丈夫だ。

 だからこそ、ここまで緊迫した空気になる必要はないのだが。

 

 みんな無駄に神経を尖らせている。

 これも、いよいよ、始まったからだろう。

 

 そんなことを考えていると、トコトコと二つの足音が聞こえてきた。

 

「えっと、来客だ」

 

「ま、間桐さん」

 そこにいたのは、紫色の髪の毛の、大人しそうな女性だった。

 

*********************************************

 

「間桐桜です。みなさん、よろしくお願いします」

 

「いや、これはこれはどうもご丁寧に」

 

 彼女は士郎の家によく来ているらしく、久し振りに来て、このような大所帯になっていたことに初めは驚いていたが、落ち着いてきたようだ。

 

 凛が彼女のことをチラチラと見ていることは気にしないでおこう。

 

「キリツグさんは、先輩のお父様と御関係があるのですか?」

 

 いきなり突っ込んだことを聞いてきた。

 

「そうだな、彼は命の恩人だ。理由は聞かないで欲しい」

 

「え。す、すみませんでした。出過ぎたことを」

「いや、いいんだよ。切嗣を知っている人間からしたら、謎だからな」

 

 とても優しそうな女の子だ。話していて、そう感じられる。

 

 しかし妙だ。何かを感じる。別の何か。彼女の中に。間桐と言ったので、恐らくマキリの蟲ジジイのところだろう。先程出会ったライダーのマスターも間桐と言うらしい。そして、彼の偽臣の書。

 

 ひとつの選択肢として、彼女がライダーの本当のマスターとして心に留めておくとする。もし無関係だったとしたら、悪い。

 

 あのジジイがまさかこの聖杯戦争に参加していることは、恐らくないだろうが、そういう選択肢もあり得る。

 

 また、もしこの子がジジイの実験体になっていたとしたら。その可能性も大いにある。俺にやろうとしていた妙な魔術。それがこの子にされていたとしたら。

 

 この子も、救ってやらないと、いけないかもしれない。

 

「でも驚きました。こんなに大勢いたこともそうですけど、遠坂先輩もいらっしゃったなんて」

 

「ええ、、、」

 

 それはそうと、凛は心ここに有らずという状態だ。

 これは、心配?いや違う。これは、恐怖なのか?凛はこの子に恐怖している。そうなのか?

 

「桜、今日はどうしてこんな時間に?」

 

「いえ、兄さんのことなんですけど」

 

「慎二が、どうかしたのか?」

 

 士郎の表情が若干強張る。恐らくあの場にいた者は皆顔をしかめるだろう。

 

「兄さんが帰ってこないので、もしかしたら、先輩の家に来ているのかと思いまして」

 

「来てないよ」

 

「そう、ですか」

 

 この子はただ自分の兄を心配しているだけなのだ。

 

「、、、、!?」

 

 その時、俺の脳内に妙な感覚が襲った。

 魔力の波。風に、空気に乗って届いてきている。ここにいる全員がそれを感じていた。

 

 全員が。桜を含めた全員だ。

 

「これは」

 

「この嫌な感じ、感じたことがある。これは、学校のやつと同じ」

 

「ああ。何故気づけなかった!!学校はフェイクだ!本丸は別の所に!」

 

「慎二のやつ、やってくれたわね、、、。ぶん殴るだけじゃ済まさないんだから!」

 

 俺たちは、桜に帰ってもらい魔力の発信源へと急いだ。

 

 

 

 

 

 



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#10 黒い大群

 とある魔術師の住む一室。そこでキリツグは書類の整理をしていた。

 

「まったく。あのお師匠様、真面目そうに見えて以外といい加減なんだよな!」

 

 山積みになった紙。

 内容は様々だ。魔獣、新たな魔術のことなど。まぁ確かにこれなら嫌になるのも当然だろう。

 

 そのなかに、一際異彩を放つ物があった。どうやら、日本のゲームのようだった。俺はそれの題名を読み上げる。

 

「アドミラナブル大戦略、、、?」

 

 あの人は確かに多趣味だが、これはどうだろう?明らかに彼の趣味からは外れている。

 

 その時、部屋の扉が開いた。

 

「終わったか?」

 お師匠様の登場だ。

 

「まだ終わってないですよ。こんな量、一人じゃできませんて!」

 

「終わらせなければ、修業には付き合わせんぞ」

 

「くっ、、、」

 

 この人は、、、。

 

「あ、お師匠」

 

「なんだ?」

 

「これなんですけど」

 そう言って、俺はそのゲームを彼に見せた。

 

「なんなんです?師匠、ゲームとかやるんですか?」

 

「おお、そんなところにあったのか」

 

 彼は明らかに顔色を変え、それを手に取った。

 

「唯一の娯楽だ。お世辞にもうまいとは言えないがな 」

 

「日本嫌いの師匠が日本の物を持ってるなんて」

 若干、微笑みを浮かべた。

 

「これは、私の尊敬する人の物だ」

 

「尊敬する人ですか。師匠にもそういう人いるんすね」

 

「尊敬というか、私はその人の臣下なのだよ」

「臣下!?師匠が?へー、、、」

 

「、、、なんだ?」

 

「いや、以外だなって。どんな人なんですか?」

 

 ゲームを優しそうに眺めている。師匠もこんな顔するんだ。

 

「いずれ話そう。今はそれを終わらせてしまえ」

 

「へいへい」

 俺は嫌々ながらも目の前の敵に挑むことにした。

 

***********************************

 

 俺たちがたどり着いた頃には現場は騒然となっていた。

 

 瀕死の人間たち、それを見ようと群がる野次馬。

 

「こんな町のど真ん中でやったのかアイツ」

 

「この結界は人の命を奪ってしまうものよ。この程度の魔力なら、恐らく死者はいないでしょうが、危ないことにはかわりないわね」

 キャスターが冷静に判断する。それを聞いた士郎はキャスターにくってかかった。

 

「そんなに冷静に判断している場合か!遠坂!これは術者を倒せばどうにかなるのか?」

 

「そうね。でもこんなところじゃ戦うことは無理よ。教会もこれは見過ごせないでしょう」

 

 凛はそう言って辺りを見回した。

 

「恐らくやつらは、この結界の中のどこかにいるはず。結界が未完成過ぎて中にいないと維持できないと思うのよ。さらに、この辺りで目立たず、回りを確認できる場所」

 

「つーことは、屋上か」

 

「そうね。アーチャー!」

 

 凛は叫び、アーチャーが霊体化を解いた。

 

「辺りのビルをあたってちょうだい。私たちは手分けして地上から探してみるから」

 

「了解した」

 

「キャスターも上から頼む」

 

「分かったわ」

 

 そう言ってアーチャーとキャスターは姿を消した。

 

「じゃあ私たちも別れましょう。士郎はセイバーと、私はキリツグと行くわ」

 

「分かりました」

 

「分かった」

 

 士郎たちもその場から走っていった。

 

「俺たちはどこをいく」

 

「そうね、慎二のことよ。どうせ私たちでも考えつくような場所に起点設置しているはず。本命は学校の方だったから、こっちは手を抜いているでしょう。でも、気は抜かないで。今の私たちに、サーヴァントはいないんだから」

 

「よく考えてるな。流石だ。お前に従う」

 

 この子は優秀だ。流石は遠坂。御三家に数えられるだけある、というものだ。良い師につけば、もっといい魔術師になれるだろう。

 

 俺たちもその場を離れた。

 

「なあ凛」

 

「なによ」

 

 探している最中だが、今思い付いたことを言ってみる。

 

「これが終わったら、ロンドンに来ないか?」

 

「はぁ!?なんであんたと一緒に」

 

「別に俺と一緒にとは言ってないだろ。勘違いするな」

 

「か、、、。そうね、その選択肢もあるわね」

 

「俺は時計塔にいる」

 

「え、時計塔って、あの時計塔?」

 

「ああ」

 

 凛は驚いたように目を丸くした。

 

「なんでそんな目で見る」

 

「あんた、そんなタイプに見えなかったから。真面目に魔術を学ぶ人には、ね」

 

「失敬な、俺だってちゃんと学んで、、、ないけどな。ちゃんと所属してる訳じゃない」

 

「やっぱり、、、」

 

「それでもちゃんと師はいる。その人の弟子として、魔術を学んでるんだよ。ちなみに、お前のオヤジ、遠坂時臣氏からも魔術を学んだよ。宝石魔術な」

 

 遠坂はさらに驚いたように俺を見て、歩みを止めてしまった。

 

「お父様に、会ったことがあるの?、、、いつ?」

 

「具体的には覚えてないが、今のお前よりももっと小さい頃だ。こっちで言う小学生にもなってなかった気がしたな」

「そういえば、お父様言ってたわ。一人、とてつもない素養をもった魔術師の卵がいたって。私にもそうなってほしいって」

 

「それが俺だって言うのか?まさか。あの人、終始俺のこと見下したような目で見てたんだぞ?でもまぁ、普通に扱えるまで教えてはくれたが」

 

「加えて、とてもふざけたやつだって言ってたわ。この才能が埋もれるのは惜しい、多くの事を学んで欲しいって」

「なるほど、俺はふざけてるもんなー」

 

「ということは、あなた私の兄弟子にあたるのね」

 

「弟子って呼ばれるほど一緒にいたわけじゃなかったけどな」

 

 俺とあの人がいた時間は本当に少なかった。それこそ、ほんの1週間程度だっただろう。今思えば、それほどの時間であそこまで扱えるようになったのは俺の実力だったのだろう。というより、彼の教え方がうまかっただけのことかもしれない。

 

「ロンドン、良いかもしれないわね」

 

「本当か?」

「ええ。あなたの師匠に会ってもみたいし。名前を聞いてもいいかしら?」

 

「ロード・エルメロイ2世」

 

「ええ!!??あ、あのロード・エルメロイ2世!?」

 

「あ、おお、その人だけど」

 

「プロフェッサー・カリスマとしても名高く、彼の教えをこうた者はいずれも偉大な魔術師で!いずれの弟子も時計塔の王冠(グラント)を授かったと言われるほど偉大な師としても有名な!」

 

「そうなのか?詳しいなお前」

 

「そうなのかって、あんた弟子なのにそんなこともしらないの?」

 

「興味ないからな。弟子と言うよりも雑用みたいな感じだったし」

 

 実際あの人から直接学んだことはなく、彼のそばで自分で吸収したといった方が正しいかもしれない。それでもわざと教えるべきことは、自らやって見せてくれているので、修業にはなっている。

 

「なんの話してるの?キリツグ」

 

 凛との会話の最中、やって来たのはアイツだった。

 

「イリヤ」

 

***********************************

 

「キャスターからの報告なら、ここに微かな魔力の痕跡があると」

 

「そうだな。、、、なぁセイバー」

 

 点検中なのか、建設中なのかは分からないが、簡単に入れたビルに俺たちはいる。慎二が指導で行動しているなら人間の領分で事を行っているだろう。人がたくさんいる場所にわざわざ入っていくほど、慎二もバカじゃないだろう。

 

 その最中、今ではないと分かってはいるが、二人きりになれることも少ないと思うので、聞いておこうと思う。

 

「なんですか?士郎」

「最近のことなんだが、お前の夢を見るんだ」

 

「私の、夢を?」

 

 そうなのである。セイバーがやって来てからと言うもの、彼女の生い立ちだろうか?現代とは似ても似つかわしい街並みのなかを往来するセイバーを見ているのだ。

 

 はじめは気のせいだと思った。しかし、毎晩それが続いていたのでさすがにおかしいと思ったのだ。

 

「戦場を走るセイバー、お前、本当に王様だったんだな」

 

「疑っていたのですか?」

 

「いや、疑っていた訳じゃないんだ。ただ、現実味がなかっただけだったんだ。でも毎晩それが続くもんだから、な」

 

 俺たちは関係ない者だ。彼女のマスターはキリツグであり、俺じゃない。キリツグ曰く、パスが通っていれば、そういうこともあり得るらしい。だからこそ、おかしいのだ。俺たちにはそんなものない。

 

「言っていなかったのですが、、、」

 

 その時、セイバーが口を開いた。

 

「なんだ?」

 

「私が前回の聖杯戦争に参加していたことは、先程聞きましたよね?」

 

「ああ。それがどうかしたのか?」

 

「その時の私のマスターは、切嗣だったのです」

 

 おかしいと思った。キリツグってことは、また同じ人間と聖杯戦争を行っていることになる。だから、聞いてみた。

 

「同じマスターと、また戦っているのか?」

 

「いえ、あなたの父上、衛宮切嗣です」

 

 瞬間、俺は心臓を何かで突き刺されたような感覚に襲われた。

 

**********************************

 

「なんであなたがここにいるの、イリヤスフィール」

 

「あれ?キリツグたちも同じ目的で来ているのかと思ってたんだけど」

 

「目的ってなんだ?」

 

 バーサーカーの方に座ってニコニコしながら言った。

 

「ライダーの討伐よ」

 

「討伐?教会からお達しが来たの?」

 

「ええ。ライダーを討伐したグループには、令呪を一画プレゼントされるらしいわよ。私はそんなの興味ないけど、暇だったから」

 

 さらっと怖いことを言った。暇だったから、戦場にやってきたというのだ。まぁこの普通の町を戦場にしてしまったライダー陣営の方が、恐ろしいが。

 

「アイツも動いたのね」

「さすがにこれじゃあアイツも目を背けられないか。イリヤと共闘できるのは嬉しいな」

「共闘?何をいっているの?」

 

 イリヤが不思議そうにこちらを見た。

 

「私は別に、共闘する気はないけど。あなたたちも勿論倒すわ」

 

「さ、さいですか」

 

 ま、そんなことだろうとは思ったけどな。

 

「さ、早くいこ、、、ん?」

 

「どうしたのよ、キリツグ」

 

 妙なざわつき。心臓を擽るような、感覚がやってくる。遠くからやってくる、何かを発見した瞬間に、それは襲ってきた。

 

「なに、、、あれ」

 

 イリヤも凛も視認できたらしい。

 見えるのは、黒い、群衆。

 

 人型のものから、獣型のものまで。形は様々だ。それは、こちらに向かっていた。

 

「サーヴァント?いえ、あれは違う。根本的に何かが。まるで、あれは」

 イリヤは体で感じているようだ。あれを。

 

 アレから向けられるのは、悪意。この世に存在する全ての悪意が俺たちを襲っていた。

 

 俺は、あれを感じたことがある。

 どこかで、、、。遠い昔だ。

 

「う、、、、、、がぁ、、、」

 

「き、キリツグ?いったい、どうしたの」

 

 だめだ。だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ。

 

 死ぬ。

 恐れを感じ、その他全ての感覚が麻痺していくなか、その認識のみが先走っていた。

 

 体の汗腺からは、大量の汗が吹き出す。

 

「キリツグ!どうしたって言うのよ!」

 

「リン!キリツグ!来るよ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁあああぁぁ!!!!」

 

 僕は、言葉をなくし、叫びだけを口から吐き出していた。

 

********************************

 

 俺は階段をかけ上る。そして、屋上の扉を勢いよく開いた。

 

「遅いじゃないか!衛宮」

 

「慎二、、、!!」

 

 かつて友人だった彼らが睨み合う。

 大きく光る、月の下で。

 

 

 

 

 



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#11 亡霊

「ん、、、ここは」

 

 目を開けると、そこには一面の黒い世界が広がっていた。

 どうやら俺は意識を失っていたらしい。回りを見ても誰もおらず、いるのは俺だけだった。

 

「どこなんだ、ここは。空間転移魔術でも使ったのか」

 

 それにしても、だ。場所が奇妙過ぎる。俺以外誰もいないどころか、何もないのだ。

 

 仕方がないのでとりあえず、前に進んでみることにした。しかし、どこまで歩いてもあるのは、何もないという証明だけ。景色も変わらないので、本当に進んでいるのか不安になってくるほどであった。

 

「俺は、いったい」

 

「よう」

 

 不意に、背後から声をかけられた。

 

「、、、!?」

 

 急いで後ろに振り向くと、そこには同い年くらいの少年が立っていた。

 

「何をそんなに焦ってるんだ?」

 

 姿が奇妙だった。上半身は裸で浅黒く、何やら魔方陣のようなものが入れ墨されていた。

 

「お前、、、」

 

「、、、」

 

 不思議だ。何故か、彼からは親近感がわく。今しがた、奇妙だと思ったばかりなのに。

 

「お前は誰だ」

 

 耐えきれず言ってしまった。

 

「俺か?そうだな。俺は、お前だよ」

 

******************************************

 

「どうしたの!?キリツグ!」

 

 右にいたキリツグが、あの黒い大群を見たとたんおかしくなった。目の焦点があわず、先程から何かをブツブツと呟いている。が、早口かつ、小さすぎて聞き取ることはできなかった。

 

 とりあえず、あれがなんなのか確認しないと。

 

 そう思い、それらに近付こうとする。が。

 

「やめておいた方がいいかもよ、リン」

 

 イリヤによる静止が入った。見れば、先程のヘラヘラした表情が一変、真剣な、より危機感を感じさせるものに変わっていた。

 

「イリヤ、あれがなんなのかわかるの?」

 

「分かんない。だけど、きっと危ないわ。無闇に近づかない方がいいと思う、、、けど」

 

 しかし、それらは確実にこちらを向かっていた。時間がたてば、いずれここにやってくる。それは事実だった。

 

「逃げた方がいいかも」

 

「そうね、賛成。いくわよ!キリツグ!、、、キリツグ?」

 

 彼の事を呼んだが、反応がない。

 

「聞こえてないのかしら、、、キリツグ!もう!行くわよ!」

 

 近くにより、肩を触ろうとした、。しかし。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「っきゃ!」

 

 キリツグ本人にてを払われてしまった。

 

「っつー!何するのよ!、、、キリツグ?」

 

 彼の方を向くと、彼は明らかにおかしかった。何かに怯えているような、そんな。

 

「るな、、、く、、くるなくるなくるなくるなくるな」

 

 私は正直、その状態の彼に恐怖した。あの、キリツグをこんな状態にするやつらもあれだが、これほど怯える彼を見て、私にも恐怖が伝染してきたのだろうか。

 

 私には、その場で彼をただ眺めるしかできなかった。

 

*******************************************

 

「どうした!衛宮!お前のサーヴァント、弱いんじゃないか!?」

 

「黙れ、慎二!いますぐ結界を解け!」

 

「はん!誰がお前の命令なんか!やれ!ライダー」

 

「く!セイバー!」

 

「っく!!」

 

 キャスターの情報通り、ライダー達は私たちが入ったビルの中にいた。

 

「?!どうしたんだセイバー」

 

 士郎が心配した目で私を見ている。先程から、体の自由が効かない。いや、全力が出せない、と言うべきだろうか。とにかく、よい状態ではないことは確かであった。

 

「いえ。士郎はあのマスターだけを狙ってください。サーヴァントは私が何とかします!」

「分かった!トレースオン!」

 

 士郎が、アーチャーの使う短剣を投影した。

 

「士郎、それは?」

「これか?いや、初めてアイツらに会ったとき、咄嗟にやったら出来たんだ。何故なのかは、分からないけど」

 マスターの対処を頼んで今更なのだが、士郎にはこれから剣の鍛練を積んでもらおう。彼が、自らこの戦いに足を踏み入れるのであれば、彼自身、戦うこともやむ無しだろう。

 

 その時、ライダーが突っ込んできた。

 

「くっ!!」

 

 私は右に飛び、士郎は左に飛ぶ。丁度よく別れ、士郎は一目散に敵マスターへと突っ込んでいった。

 

「っひぃ!!ら、ライダー!!」

 

 敵マスターがこれに対し悲鳴をあげ、思わずライダーを呼んでしまった。その瞬間、ライダーの視線が私からずれる。

 

 私は、この瞬間を見逃さなかった。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 

 私の剣からの剣撃が、ライダーに飛ぶ。マスターに気をとられていたライダーは、これに対処することができず、まともにくらってしまった。

 

「くあっ!」

 

 小さな呻き声をあげ、飛んでいく。しかし、すぐにライダーは体勢をたてなおした。

 

「精気をいただいたお陰でしょうか。今のはヒヤッとしましたが、効いていませんよ」

 

「何!?」

 

 ライダーは、まったくの無傷だった。ライダーのいった通り、彼女の仕掛けた結界によって、不完全ながらも大量の魔力を供給できたお掛けで、彼女の持つ最大限のステータスへとなっていた。

 しかし、私は逆に、体の自由が効かない。これは、対等どころか不利な状況にあたる。

「今度はこちらから行きますよ!」

 

 ライダーは鋭利で大きな針のようなものを構え、ものすごい速さで、セイバーに向かって特攻した。

 

 セイバーはギリギリでそれをいなすことに成功した、が、彼女の猛攻は尚も続く。

 

 しかし、セイバーにも利があった。

 

 それは、彼女の剣を覆っている風の膜、風王結界(インビジブル・エア)である。これにより、セイバーは自分の剣を隠すことと同時に、太刀筋さえも隠しているのだ。しかし、これを行うことは、そこにも魔力を消費していることになる。

 

「見えない剣、というのも中々手強いですね。しかし妙です。最優のサーヴァントであるセイバーが、私に圧されていると?何か、問題でも起こったのですか?」

 

「、、、」

「だんまりですか。いいでしょうこれならば、対等に戦える。いや、それ以上だ。今なら貴方を超えられる!」

 

 方法がないわけでもない。

 

 それは、私の鎧、そしてこの刃を覆っている結界を解き、宝具のみに使うことだ。

 そうすれば、当たり前だが、私は丸腰になり食らえば重傷になってしまう。しかし、今はそんな悠長なことを言っていられない。

 

 私は、念話でマスターに話し掛けた。

 

「マスター!ライダーを見つけました!願わくば、宝具の使用許可を!、、、マスター?マスター!?」

 

 キリツグからの反応はなかった。それどころか、集中してみれば、彼とのパスを感じない。

 

「どうなっている。これは」

 

「どうやら、本当に問題が起きているようですね。ですが、手加減は出来ませんよ。、、、私にも使命がある」

 

「く!どうすれば」

 

 すると、ライダーは急にセイバーと距離を取った。

 

「次で終わらせましょう。私の持つ最大の宝具で!」

 

 まずい。宝具がくる。これは!

 しょうがない。こうなってしまっては、生き残る道はひとつだ!

 

 セイバーは魔力を全て、自らの剣に注いだ。それと同時に、彼女の鎧が消えていく。そして、彼女の剣が、いよいよ姿を表した。

 

 黄金に輝くその剣。その剣の、名は!

 

「行きますよ!セイバー!騎兵の(ベルレ)、、、」

 

「見せてやろう!我が宝具!その実体を!約束された(エクス)、、、」

 

 二人は、視線を交わらせる。そして。

 

手綱(フォーン)!!」

 

勝利の剣(カリバー)!!」

 

 二人の攻撃が、ぶつかり合った。

 

*********************************

 

「つまり、ここは俺の夢の中なんだな?」

 

「なんだよ気づいちまったのか」

「ま、これだけおかしいとな。しかしいつの間に気絶したんだ?どのタイミングで?よく思い出せない」

 

 俺たちは未だ、あの空間で会話を続けていた。

 

「今すぐここからでないと。というか、目をさまさないと」

 

「そう焦るなよ。時間はたっぷりあるんだ」

 

 ニヤニヤと俺に笑いかけてくるソイツ。妙に安心するんだが、それと同時に嫌悪感も沸いてくる。

 

 さっきコイツがいっていたことが本当ならば、コイツは俺の意識が生んだ空想の産物。無意識に俺は、俺を産み出してしまったのだろうか。だとすれば、この感情は自己嫌悪。または同族嫌悪。そういう、内面的な感情だろう。

 

「お前、思い出さないのか?」

 

「あ?何を」

 

 突然話し掛けてきたコイツ。今までとは違い、真剣な?表情だ。

 

「お前が、俺をだよ」

 

「何を、言ってる」

 

「何も?俺が一番おかしいと思っていることを聞いただけだぜ?」

 

 心臓の鼓動が激しくなり、それに比例するかのように、呼吸も荒くなる。

 

 息がし辛い。でもここは夢の中だ。こんなこと、あり得ない。

 

「あり得なくはねぇよ。ここの主導権は、今は俺にある」

 

 ナチュラルに思考を読み、不敵な表情を見せつけてきた。

 

「黙って、ろ。はぁ、、はぁ、、はぁ」

 

「思い出せ。この俺を!!」

 

 瞬間、何かを思い出したかのように、俺は俺の意思とは関係なく、ソイツの首を掴んだ。

 

 だめだ。もう、意識が。

 

 俺の体が、他の何かに浸食されていくような感覚だ。だが、悪い気はしない。

 

 意識が薄れていく中、俺は俺が握っている黄金の剣を目にした。しかし、そこで俺は完全に目を閉じてしまった。

 

*********************************

 

「なんなの?!今のは爆発音は、もしかして誰かの宝具?」

 

 キリツグの異変を目の当たりにした瞬間、遠く離れた所から爆音が響いた。神々しい光を放ちながら。

 

 しかし、今はそれどころじゃない。逃げることが最優先だ。目の前の黒い大群から。

 

「もう!早く行かないと!キリツグ!」

 

 私がキリツグに声をかけた瞬間、キリツグが輝かしい光に包まれた。

 

「何なの!?」

 

 光が晴れる。そこには、まるでセイバー(・・・・)のような格好をしたキリツグが立っていた。

 

「何よ、それ」

 

 その姿は、人間というより、まるでサーヴァントのような。剣を片手に、鎧を着て、西洋の騎士のようだ。キリツグは虚ろな目をして、目の前の黒い大群を見据えていた。

 

「リン。キリツグは、いったいどうしたの!?」

 

 心配になったイリヤが、バーサーカーとともに駆け寄ってきた。

 

「わっかんないわよ!あれをみたらいきなり、こんなんなっちゃって!」

 

「あれじゃあ、まるでサーヴァントね。どんな魔術なのかしら」

 

 二人で話していると、キリツグに動きがあった。持っていた剣を構える。その剣のシルエットは、どことなくセイバーが持っているものと似ていた。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)、、、」

 

 エクスカリバー。確かにキリツグはそう呟いた。その瞬間、剣を降り下ろした。物凄い光が、私たちを包み込んだ。

 

「くっ、、、!」

 

 砂煙が舞い、木々は薙ぎ倒され、彼のはなった剣撃に沿って、ある意味道が出来ていた。

 彼がやったのか、自然にいなくなったのかわからないが、黒い大群はいなくなっていたのである。

 

「いない、、、?やった!やったじゃないキリツグ!、、、キリツグ?」

 

 キリツグはまだ、棒立ちだ。

 

「キリツグ!」

 

 叫んで、駆け寄ろうとした。

 

「、、、う、さま」

 

 キリツグは何かを呟き、そのまま前に倒れ混んでしまった。

 

 近くまで寄り、彼を抱き抱える。すると、彼の身に付けていた鎧が、フッと霞のように消えていった。

 

「これは、、、」

 

「キリツグ、大丈夫?」

 

 イリヤも寄ってきて、状態を確認する。

 

「分かんない。目をさましたら、いろいろ聞かないと。その前に、ライダーがどうなったか調べないと」

 

 凛の目は、先程爆音が響いた方向へと向いていた。

 

*********************************

 

「う、くぅ、、、」

 

 私が押し負けた。

 宝具をもってしても、今の状態のセイバーには全力のライダーの宝具は勝つどころか、相殺すらできなかった。

 

「大丈夫か!セイバー」

 

 敵マスターのほうへ行っていた士郎が戻ってきた。

 

「ええ。しかし、この状態は、非常にまずいです」

 

「まさか、私の宝具が、貴方に勝つことが出来るとは。更に言っておきますが、このレベルのものを、まだ1度放つことができます」

 

 絶体絶命とは、この事だ。ならば、私の命に変えても、士郎は守らなければ!

 

「士郎!あなたは私の後ろに!あれがもう一度きます!」

 

 そう警告した瞬間だった。明後日の方向から、我々の攻撃以外の爆音が響いた。

 

「!?」

 

 ライダーの注意が、削がれた。今なら、逃げることが!

 セイバーは士郎を掴み、移動しようとした。しかし、それを意味をなさなかった。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 ライダーの背後に現れたキャスターが、自身の持っていた短剣を突き刺したのである。

 

 

 



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#12 平和へ向けて

 絶望という絶望が、僕を襲う。

 

 様々に形を変えて、確実に僕を殺そうとしている。このなにもない空間で、僕はただひとり、佇んでいた。

 

 人も、動物も、植物も、建物も、何もかもが存在を拒否されていた。それを行っているのは、僕なのか、それとも他のなにかなのか。わからないけれど、残念な気持ちでいっぱいなのは、そういうことなのだろう。

 

 僕は罪を犯した。償いきれないほど、大きな罪である。

 

「「僕には、生きる価値なんてない」」

 

 口から出したのか、それとも心で思ったのか、その認識すら危うい世界で、そう認識した。

 

 すると、前方に何かがあることに気がついた。あれは、、、。

 

 不思議に思い、恐る恐る近づいてみた。

 

「うっ、、、ぐすっ、、、」

 こどもが、泣いていた。なんの存在も感じられなかった世界であるのに、また、現在もそうであることは変わらない世界であるだろうに、僕は、そのこどもに声をかけた。

 

「どうしたんだい?どうしてここに?」

 

 自分が思える最大限の優しさで接する。とは言え、こどもは好まないが。

 

「、、、」

 

 こどもはこちらを向いた。外見から推定される年齢性別は6,7歳の少女。金髪をなびかせながらこちらを向いた。

 

 そして、僕の顔を見たまま、静止した。

 

「ま、迷子かい?」

 

「、、、、、、」

 

 問うてみても、返答をする気配はない。

 

 困ったなぁ、と思いながら辺りを見回してみる。かわらず、真っ暗な世界がどこまでも続いていた。

 

 すると、不意に、不意に声が投げ掛けられた。

 

「■■■■」

 

 とても懐かしい、声だ。恐らくというか、この空間には確実に僕と、この子以外は存在しないだろうから、この声は、、、。

 

「き、君は、、、?」

 

「、、、、フフッ」

 

 先ほどと同じように、僕を見つめたまま、そのまま、はにかんだ。

 

 僕は、この笑顔を見たことがある。そう思ったときだった。彼女が、手を伸ばした。

 

「!?」

 

 僕は一瞬身構えたが、それをする必要はないとすぐに悟った。

 

 伸ばされた手は僕の頬へと置かれ、そのままいとおしそうな表情で僕を見ているのだ。

 

 どこか懐かしい、その子は僕から離れない。

 

「僕は、君とどこかで会ったことがあるの?」

 

「大丈夫よ」

 

 優しさを孕んだ、彼女の言葉が僕に届く。ドクドクと、血液が身体中に循環している音がわかるくらい、音が止んだ。その前も、音すら存在していなかったように思えたが、これは、それ以上集中しているということに他ならなかった。

 

「安心しなさい。大丈夫、大丈夫だから。安心して、目をさましなさい。あなたはもう、一人じゃないでしょう」

 

「君は、、、」

 

 誰なのかは分からない。分からないけれど、これは。

 

 心のそこからの信頼感。そして、安心感。この少女はそれらすべての善なる感情を兼ね備えていた。

 

 僕は、、、。僕は。僕は。僕は。僕は。

 

 必要ないわけじゃない。だけど。

 

「まだ一緒にいてあげられる。だけど、そろそろ一人立ちしなきゃね。■■■■」

 

 捨てた名前を彼女から告げられる。

 

 そうか。そうなのか。彼女は。彼女は!

 

「、、、!?」

 

 彼女が何者なのか。それが分かった瞬間、目の前が光に包まれた。僕は、一瞬でそれに飲まれてしまった。

 

**********

 

「キリツグ!キリツグ!」

 

 誰かに、肩を揺らされている。うっすらと視認できるので、きっと凛だ。

 

「凛か」

 

「よかった。起きた、、、」

 

 僕の顔を見て、安堵の表情を浮かべた。

 

「大丈夫?キリツグ」

 

 イリヤも心配そうに僕を眺めている。

 

「ああ。大丈夫だよ」

 

「、、、キリツグ、どこか変わった?」

 

 今度は不思議そうに僕を見ているイリヤ。

 

 僕が、変わった?いや、それは。

 

「僕のどこが変わっているの?」

 

「僕?」

 

 僕以外の二人が不思議そうに顔を見合わせた。

 

「あなた、僕なんて言ったことあったかしら?」

 

「えっ、、、」

 

 そうだ。僕はいつ、僕であると思っていた。いや、僕という自分は、すでに捨てたはずだ。

 

「そうだ。俺は、俺なんだ、、、、」

 

「大丈夫なの?本当に」

 

 俺は、大丈夫なのか?大丈夫、、、のはずだ。そうでなければ、おかしい。もう、迷わないと決めたのだから。

 

「あぁ。大丈夫だよ。そんなことより、どうなったんだ」

 

「そうね。状況を説明したいけど、結構色々あったから、とりあえずみんなと合流しましょう。それからよ」

 

 そこから移動するため、腰をあげた。しかし、体制を崩し、また倒れてしまった。

 

「ぐへっ」

 

「だ、大丈夫?!」

 

「あぁ。気にすんな。さぁ、行こう」

 

「え、ええ」

 

 正直なことを言うと、四肢に感覚があまりない。しびれていると言えばそうであると言えるが、そうでない感じもある。この体に、ぴったりフィットしていないような感覚があるのだ。

 

「何があったんだ。俺は、いったいどこから覚えていない。それすら分からない」

 

**********

 

「う、うわぁぁぁ!!」

 

「やめろ!慎二!」

 

 そこには圧倒的に不利な状況があった。間桐慎二は、今この戦争で敗退しようとしているのだ。

 

「くそっ!くそっ!ライダー!なんでそっち側にいる!?」

 

「すみません、シンジ。キャスターに令呪を奪われてしまったようです」

 

「そうね。あなたは詰み、よ」

 

 冷や汗を流し、ビルの屋上の縁まで走る慎二。正気を失ったように半狂乱である。

 

「ライダー、あなたにあれを殺させてもいいのだけれど」

 

「、、、、、、」

 

「くっ!やめろ、キャスター!それは、、、俺が、俺が許さないぞ!」

 

「別にあなたの命令に従う必要はないわね。まぁ、マスターと連絡がとれないから、この行為は独断なのだけれど。いいわよね」

 

 キャスターは手に魔力を貯める。慎二は縁に立ち、今にも飛び降りそうだ。

 

「やめろ!だめだ!慎二!逃げろ!」

 

「ぇ、衛宮ぁ、、、」

 

 悲痛で、小さな叫びが俺に届く。いつになく弱々しいその声は、彼が彼であるということを疑問に思わせるような感じだった。

 

 咄嗟に、慎二を守るような形で、慎二を背にキャスターに対し立ちはだかった。セイバーは俺のサーヴァントではないし、ライダーも今はキャスターの支配下にある。

 

「俺がやらなきゃ、誰がやるってんだよ!」

 

「そう、じゃあ死になさい。あなたの正義とやらを抱いて!」

 

「士郎!」

 

 セイバーが叫んでいる。しかし、動くそぶりは見せない。否、動けないのだろう。

 俺は、ここで死ぬのか?キャスターの魔弾を受けて、命を落としてしまうのか?嫌だ、、、。そんなの、だめだ!

 

「----------投影(トレース)開始(オン)!」

 

 アーチャーの持つ双剣を投影出来たのは、奇跡だと思っていた。バーサーカーにやられた時、一瞬だけそれを投影することができた。しかし、それは脆く、弱く。だからこそ、俺は大怪我を負ったのだ。

 

 それから想像した。サーヴァントもいない俺の最後。いつか、本当に死んでしまう時が来る、のではないかと。

 

 しかし、切嗣にもらった命を、無下に捨てるわけにはいかない。あの大災害で死んでしまった、幾千の命を背負っていると思うと、余計にそう感じる。

 

 何故俺なのか。

 

 俺でなければならなかったのか。

 

 そう考えない日はなかった。

 

 しかし、あのとき、俺の恐怖心は、希望へと変わった。

 

『俺が代わりになってやるよ』

 

 あのときの切嗣の顔は忘れられない。どこか嬉しそうで、しかし悲しそうだった笑顔。

 

 切嗣を救いたい一心で、そう言ったのだが、あれは自分を肯定していたのだろうと、思う。子供ながらに、俺はあのとき完成したのだ。

 

 俺は自らが思う最強の剣を創造する。

 

 俺の思う正義。光。希望。それらすべてを内包した、勝利の剣。

 

「ハァッ!!」

 

 キャスターから、魔弾が放たれる。サーヴァントでは受けきれる程度の魔力量。しかし、ひとたび人間がそれを受ければ、大怪我は免れない。

 

「目の前で、人が死んでいくのは!もう見たくないんだよ!」

 

 そして、投影が完了する。

 

 迫る魔力の塊を打つべく、創造された一振り。

 

 それはまさしく、約束された勝利の剣(エクスカリバー)であった。

 

「なっ!?」

 

「あれは、私の、、、」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」

 

 剣に接触すると、魔弾は弾け、爆発した。

 

「あれは、セイバーの」

 

 煙が舞い、それが晴れていく。

 

 そこには、うずくまる青年と、剣を構えた青年がいたのである。

 

「その程度の投影魔術で、私のを受けきったというの?!」

 

 しかし次の瞬間、士郎が創造した剣は粉々に砕け散ってしまった。

 

「う、うがぁぁあぁぁあぁ!!!」

 

 それと同時に、士郎にものすごい激痛が襲った。四肢が千切れてしまうのではないかと思われるほど、強い強い痛み。

 

 士郎は、その場にうずくまってしまった。

 

「無理な投影だったようね。あなた、魔術回路がズタズタじゃない」

 

 そう解説するキャスターだったが、士郎には、それどころではなかった。

 

 止まない痛み。アーチャーのものを投影するとき以上に、それは尚も襲う。

 

「キャスター!それ以上は、私が許さないぞ」

 

「あら、セイバー。私たちは同じマスターを持つ同志よ。マスターの不利益になることは避けないと。それを阻むのであれば、誰であろうと殺すわ」

 

「マスターが、それを望むと思うか!」

 

「あの人は、そういう人間よ」

 

「黙れ!」

 

「それに今のあなたじゃあ、私を倒すことは出来ないわ。そのボロボロの体で、何ができるというの?」

 

 セイバー達の口論が、段々と遠くなっていく。まずい。これは、本当に。

 

 士郎が自分を諦めかけたその時だった。

 

「やめとけ、キャスター。それにセイバーも」

 

 微かに見えた彼は、俺が目指した男と重なって見えた。

 

**********

 

「士郎!」

 

 凛が叫ぶ。

 

 屋上に着くや否や、目を疑うような光景が広がった。

 

 士郎に攻撃しようとしているキャスターに、それを阻もうと剣を向けるセイバー。キャスターの傍らにいるライダー。

 

 どこでどうなって、こうなったのか、さっぱり見当もつかなかった。

 

「、、、、、、ふん」

 

 少しセイバーを睨んだあと、キャスターは士郎に向けていた手を下ろし、そのまま霊体化した。

 

「マスター!」

 

 セイバーが、俺に向かって走ってきた。

 

「何があった」

 

「あなたとのパスを感じなくなり、魔力供給が絶たれたのです。しかし、それでもこの場をやり過ごさなければならないと思い、宝具を使用しました。、、、そんなことより、士郎が!」

 

「分かった。その前に、パスを繋ぎ直す」

 

 キリツグはセイバーの額に手をおいた。

 

「これでいいだろ。士郎を頼む」

 

「わ、分かりました」

 

 その行為が嫌だったのか、恥ずかしかったのかは定かではないが、少し動揺したセイバーだったが、士郎の元へと向かった。

 

「さてと、次はお前に聞こうか。ライダー」

 

 俺は、一人になったライダーへ向けて言った。そのライダーからは、表情が読めない。

 

「何があった」

 

「、、、キャスターの宝具ですよ。それで、無理矢理マスターとの契約を切らされたのです」

 

「なるほどな。キャスターも宝具を使ったのか。あとで、それについても聞かないと。、、、それでだ。だからキャスターは、間桐を殺そうとしたのか」

 

「ええ」

「それを、士郎が立ちはだかった、と。、、、士郎らしいな」

 

 そのことは、容易に想像がついた。しかし、俺はキャスターの行動には賛成だった。元凶を叩かなければ、いずれまた起こる。だからこそ、協会も動いたのだ。

 

「士郎、、、俺たちはいずれ、敵同士になるのかもな」

 

 そう小声で呟き、俺は間桐の元へと向かった。

 

 彼はガタガタと震え、うずくまっていた。

 

「おいクソガキ」

 

「ッヒィ!!」

 

 あからさまに驚いたような声をあげた。

 

「お前の元凶は、今どこにいる」

 

「な、なんだよ!なんなんだよ!!お前ら!」

 

「黙れ、聞かれた事だけに答えろ。でなければ殺す」

 

「なっ!」

 

「や、やめてくれ、キリツグ」

 

 痛みを圧し殺して、声を発する士郎。しかし、俺は士郎に耳を貸すことをしなかった。

 

「お前が考えたことじゃないだろ。お前みたいな三流が、一人でできることじゃない。これは、学校に仕掛けられた物とは少し違う。これほど大規模な魔方陣をお前ごときが。、、、言え。マキリ・ゾォルケンはどこにいる」

 

「ゾォルケン、、、?」

 

 不思議そうな目を向ける慎二。どうやら、こちらの呼び名は知らないようだ。

 

「分からなかったか。なら、こっちはどうだ。、、、間桐臓硯はどこだ」

 

**********

 

「ん、、、くぁ!!」

 

 士郎は寝室で飛び上がりながら起床した。しかし、体の痛みは治っていなかった。激痛とまではいかないだろうが。

 

「おはようございます。士郎」

 

「、、、セイバー」

 

 傍らではセイバーが、ちょこんと正座していた。

「俺はどうなった」

 

「、、、リンの見解では、投影を行った際、魔術回路を損傷してしまったようです。だから、外見的な傷はありませんが、、、」

 

 そうだ。俺は奇跡を投影したんだ。セイバーの剣を投影できた。しかしおかしいのは、あのとき、失敗すると思わなかった事だ。確かに不完全だったために、少ない威力で剣は破壊されてしまった。

 

「セイバー、すまなかった」

 

「?」

 

 なんのことを言っているのだろう、とでも言いたげな表情で俺を見た。

 

「俺の力がなかったばかりに」

 

「それは、、、」

 

 遠くをみるような目で、俺を見つめるセイバー。

 

「そんなことないです、士郎。あなたは、あなたなりに頑張ったと思います。けれど、サーヴァントと戦うのであれば、あのようなことは二度としてほしくない。マスターがやって来なければ、今頃は、、、」

 

 セイバーは想像しているのだろう。俺がいなくなった世界を。だからこそ、遠い目、なのか。心配してくれるのは嬉しいが、俺は戦力にはならなかったと言っているのと変わらなかった。

 

 確かに、サーヴァントと戦うのなら、もっと鍛える必要がある。

 

「セイバー」

 

「なんでしょうか」

 

「俺に、剣を教えてくれ」

 

「剣を、ですか」

 

 剣の英霊であるセイバーに教えてもらえるなら、これ以上の師はいないだろう。

 

「、、、分かりました。あなたのことを鍛えましょう」

 

「すまないな、セイバー」

 

 セイバーに感謝を述べ、一呼吸置く。置いたのだが、それ以上会話が続かなくなってしまった。

 

 、、、俺は、セイバーとどんな話をしていたのだろう。いや、あまり話をしていないのかもな。セイバーとの稽古で、少しは話せるようになりたい。

 

「体の具合はいかがですか?」

 

 耐えかねたのか、セイバーから話しかけてきた。

 

「若干痛みはあるけど、動けないほどじゃあ、、、っつつ!」

 

 士郎は痛みから、体をよろけてしまった。それをセイバーに受け止められる。

 

「あっ、いや、すまん」

 

「いえ。そんなことより、肩を貸しましょう。居間で皆さんが待っています」

 

 士郎は自分一人だけ恥ずかしがっていたことに、さらに恥ずかしがっていた。しかし、さらにさらにそれを増長させることがあった。

 

「、、、、、、」

 

「うわぁぁぁ!」

 

 襖の隙間からキリツグがにやついた顔で覗いていたのである。

 

「どうかしましたか?士郎。、、、ん?マスター!いたのですね」

 

「オー。いたよいたよー」

 

 さらにニヤニヤしてそう言う。

 

「な、なにもなかったぞ、キリツグ」

 

「知ってる知ってる。ずっと見てたからな」

 

 終始にやけた顔で話続けた。しかし、急にその表情がなくなった。

 

「さて、行くぞセイバー」

 

「分かりました」

 

 そう言ってその場を去ろうとするキリツグ。俺は慌てて呼び止める。

 

「き、キリツグ!どこかへいくのか?」

「ああ」

 

「どこへ」

 

 俺の顔をじっと見つめ、言った。

 

「間桐桜を救いに」



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#13 本当の戦い

 今日は日曜日で、街は人で賑わっていた。いや、この賑わいは恐らく別のものも含まれているのだろう。

 

 昨晩の事件、ライダー陣営が行った結界魔術だ。更に、謎の爆発。当事者であるキリツグたちは、その現場へと向かっていた。

 

「ま、こうなるわよね。似非神父も大変だわ」

 

 凛はそんなことを呟いた。ふざけて言ったのだろうが、顔はふざけていない。それもそのはずだろう。これから最終的に向かうのは、彼女の『妹』のところなのだから。

 

 間桐桜。

 

 形式上は、間桐家の人間で、間桐慎二の妹である。しかし、それは形式上は、だ。実際は、前述の通り、凛の妹なのである。

 

 凛によると、第4次聖杯戦争が始まる少し前、間桐の家との同盟がまだ続いていることを示すため、養子に出されたとか。間桐の家では後継者不足もあり、喜んで迎えられた。

 

 しかし、それも形式上だったのである。

 

 間桐慎二によると、何やらよくないことをさせられているらしい。時臣氏は、そうなることを承知の上で養子に出したのだろうか。人の価値観は、人それぞれだが、やはりあの人は優雅さに欠ける。残念なことに、それは凛にも受け継がれているようだ。うっかり、とか言うと、凛に怒られるだろうけど。今はふざけていられない。

 

「まずはコトミネに会おう。教会にいなかったから、恐らく現場にいるだろう。監督役は大変だからな」

 

「本当に、桜も巻き込まれているのか?何かの、、、間違いなんじゃないか?」

 

 士郎が心配そうにたずねた。

 

「確実に巻き込まれている。初めてあのこに会ったとき、おかしな感じがしたんだよ。たぶん、俺が昔、あのジジイに会ったときに感じたのとおんなじだ。、、、えげつないことされてないといいが」

 

「やめなさい。やめないとぶん殴るわよ」

 

 凛からのお説教。もう、ふざけたことは言わないようだ。否、言っても意味がないことに気づいたんだろう。

 

「、、、行こう」

 

**********

 

「コトミネ!」

 

 keepoutと書かれているテープの先にいるコトミネに声をかけた。ガヤガヤとうるさかったのだが、それで気づいてくれたようだ。

 

「、、、お前たちか。何のようだ」

 

 いつものように冷たい目で俺たちをみる。

 

「ライダーを討伐した。報酬を渡せ」

 

 昨晩、俺たち以外のマスターに伝えられた任務。ライダーの討伐。実際には、討伐、してはいないが、それと同様の事をしたので、報酬に値するだろう。

 

「フン、、、証拠がないな。お前がやったとされる根拠は?」

 

「令呪を奪った。俺がもうあんなことはさせない。、、、キャスター、見せろ」

 

 キャスターが霊体化を解き、腕を見せた。そこには、確かに令呪がある。

 

「サーヴァントがサーヴァントを使役するのは、ルール違反ではないのか?」

 

「あんときはそうするしかなかったんだよ。令呪は他の誰かに譲渡するか、使いきらせる。それがダメなら、自害させる。それでいいだろう」

 

 コトミネは少し考えたあと、納得したような顔になった。

 

「いいだろう。しかし、約束は守れ。ただでさえお前は2体のサーヴァントを保持している。パワーバランスを考えると、戦争として成り立つか、、、」

 

「分かってる。、、、急いでるんだ」

 

 やれやれと言ったような顔で、自分の腕をまくった。そこには、無数の令呪が。

 

「さあ、腕を出せ」

 

「、、、悪いが、俺じゃないんだ」

 

 不思議そうに尋ねるコトミネ。

 

「ん?では誰だというのだ」

 

「ああ。それはな、、、」

 

 今この瞬間から、桜救出作戦が実行される。、、、なんだか、安っぽいかもな。それでもやらなきゃならないんだろう。

 

**********

 

「く、、はぁはぁ、、、うぅ、、、、ああ!!」

 

 薄暗い部屋の中に、声が響く。女性の声。酷く苦しそうに喘いでいる。

 

「やはり、慎二なぞにまかせたのが間違いじゃったのかのぅ。前回の時といい、なんなのじゃ」

 

 しわがれた声も響いていた。大きく反響し、響く。

 

 さらには、ガサガサと何かが蠢くような異音も響いていた。

 

「おじい、、、さま」

 

「お前もお前じゃ。未だに間桐の魔術に馴染まぬ」

 

 間桐蔵俔。またの名をマキリ・ゾォルケンその人が、桜の沈む蟲蔵を覗きこんだ。

 

 桜はもう忘れていた感情を抱き始める。

 

 怖い。痛い。もう、慣れたはずなのに、どうしてこんな感情を?どうして。どうして。こんなの、平気なのに。なのに。とても、怖い。

 

 怖いのか?お嬢ちゃん。

 

 桜は、自分の頭の中に響く声に、自分を疑った。痛みによる幻聴かとも思えたが、その声の主は話続ける。

 

 怖いよなぁ。当たり前さ。アンタ、やっと人並みの生活を送れるようになったんだ。あの頃とは違う。尊敬する人がいて、守りたい毎日があって、、、。ハハッ、アンタはもう人外には戻らないのになぁ。

 

 相手を煽るかのような口調を続ける。たまらず、桜は抗議した。

 

 怖くなんかない!私は、耐えてみせる。耐えて、それで、また、先輩と!

 

 ソイツは無理なんじゃねぇかなぁ。

 

 声は残酷に話続ける。

 

 あの妖怪は、今回の聖杯戦争は見限った。恐らく、次の世代に持ち込む気だぜ?その為には、間桐の血を絶やすことは出来ない。だからこそ、アンタはまたここに入れられ、調整されているのさ。

 

 そんな。、、、そんな。

 

 絶望が、モゾモゾと動き回る。這いずり回り、私の体を凌辱していく。意識が飛ばなくなっただけ、それに慣れてきたということなのだろう。

 

 それでも、この感情には慣れない。内面的な絶望。黒く深い闇。家族を失い、姉を失い、自分を失ったこの絶望。でも、失いたくない。もう、なにも。、、、先輩。

 

 ここにはいない、憧れの人を思う。

 

 ハハッ、今のアンタの姿を見てみろよ。そんな姿、その先輩とやらが振り向いてくれんのか?俺が先輩だったら、振り向いたりしねぇよなぁ。むしろ、走り去る。

 

 何でそんなこと言うの?!私はこんなに頑張っているのに!酷い。酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷いぃぃぃぃい、、、、!!!

 

 そうだ。それだ!それを俺にぶつけろよ。昔の知り合いはヘタレでよぉ。そういうのをぶつけてくれなかったんだよなぁ。俺にとっちゃ、そういうのは大好物だ。

 

 黙れ、、、。黙れぇぇぇぇ!!

 

 桜の感情が爆発しようとしたとき、蟲蔵に続く扉の開いた音がした。

 

 チッ、、、。来たか。まぁいい。種は蒔いた。1つ心配なのは、こいつの中のモンだろうな。それは、アイツがなんとかしてくれるだろうが。

 

 『偽り』の大聖杯だったとしても、仕組みはおなじなんだよなぁ。本家本元に負けないようにしないと。

 

 彼女の中の影が、フウッと消えていく。それと同時に、彼女の意識も闇のそこへと落ちていった。

 

**********

 

「じ、じじい!」

 

 間桐慎二は蟲蔵の扉を開いた。いつものように薄暗く、気味の悪い場所だ。できる限りなら近づきたくないが、今回は状況が状況だ。

 

 桜がどんなことになっているかを、やんわりと教えたのだが、その後あのキリツグとかいうヤツに問い詰められ、知っていることを全て吐かされた。

 

 その上での作戦だ。まったく!何で僕がこんなことをしなくちゃならないんだ。こいつは、間桐の人間じゃないのに!ない、、、のに。

 

「なんじゃ、慎二ではないか。ここに近づくとはめずらしい。さて、今回の聖杯戦争に敗退した、言い訳、考えてきたんじゃろな」

 

 普通の顔で話しかけてきてはいるが、そこには凄味があった。一瞬気圧されそうになるが、保身のため、気をとりなおして言う。

 

「僕は負けていない」

 

「なんじゃと?」

 

 そう言って、自分の腕をまくった。そこには、1画の紋様が描かれていたのである。

「それは、令呪。どこでそれを」

 

「敵マスターから奪い取ったんだよ。分かったろ?だから早く桜を蟲蔵から出せ」

 

 ビクビクしながらそう言う。

 

 そう。これは本物の令呪ではない。まったく効力もない急造のものであるのだ。しかし、令呪であることは本当だ。

 

 

 

 これを手に入れた経緯は、数時間前に遡る----------

 

 

 

「俺が手に入れるはずの令呪を、間桐慎二にやってくれないか?」

 

 そうコトミネに言ったのは、キリツグという僕を倒したマスターだ。何を言うのかと衛宮達の後ろから見ていたが、まさかこんなことを言うとは。

 

「、、、この少年は」

 

「分かってるよ、今回の犯人だ」

 

 そう言って、僕の方を睨んだ。

 

「また問題を起こされても困るが、、、」

 

「大丈夫。俺たちがそんなことさせない。理由は聞かないで、受け入れてくれないか。、、、もしあれだったら、用が終わったらこの令呪は返す」

 

 そう続けるキリツグ。しかし、僕は、、、。

 

「それでも無理だな」

 

「んだよ!分からず屋!いいじゃねーか、そのくらい!」

 

「無理なものは無理だ。しかし、ダメだとは言っていない」

 

 そう告げられたキリツグは、怪訝そうな顔をする。

 

「どういう意味だ?」

 

「この少年、間桐慎二は魔術回路をもっていない。令呪を受け取ったところで、サーヴァントを操ることは出来ないのだよ」

 

「は?じゃあどうやって、、、!成る程、だから偽臣の書というわけか」

 

 勝手に納得されても困るのだが、その通りなのである。僕は、魔術の血統に恵まれながらも魔術回路を持っていなかった。僕の代ではもうすでに、そうなってしまったのである。

 

「なんだよ、、、じゃあ計画が台無しじゃねぇか。どうすれば、、、いや、待てよ?」

 

 そう言って、僕は命令された通りに、じじいの前にいるのだ。

 

 しかし、じじいも僕が魔術回路を持っていないことを知っている。目の前で起こっていることが、おかしいことだとは気づいているはずだ。

 

 けれど、じじいはなんの反応も示していない。これは、この小僧はそのような嘘をついて、なんの意味があるんだ、という意味なのだろうか。もしくは、キリツグが施した『あること』が功を奏したのだろうか?

 

 彼が行ったのは、疑似魔術回路の埋め込みだ。魔術回路を持たない人間でも魔術が使えるという代物であるのだが、これは有限なのである。1度魔術を行使すると、魔術回路が壊れてしまうのである。

 

 しかし、どちらにしてもおかしいことにかわりないだろう。何せ、魔術回路を持たない人間が、一晩でそれを手に入れるのだ。よほどの奇跡がなければありえない。

 

 それでも興味を示さないのは、本当に僕のことはどうでもいいのだろう。別にこのジジイにどう思われようとも、まったく意に介さないが、しかし憐れみの目で見られるのは嫌だ。

 

「、、、まぁいいじゃろ。桜を部屋で寝かせてやれ」

 

 考えていたのだろうか。いや、気が変わったと表現した方がいいのかもしれない。ジジイは蟲をどかした。その中から、桜が顔を出した。

 

 僕は蔵の底へ降りて、桜のもとへ駆け寄った。

 

 これでやっと、僕の役目が終わる。

 

「もういいぞ!キリツグ!」

 

**********

 

 間桐慎二の声と共に、俺は蔵の壁を破壊し、中へと入った。

 

「、、、なんじゃ」

 

「けっ、、、辛気くせぇ場所だ」

 

 ゾォルケンは動じていないようだが、驚いているとも取れるかもしれない。

 

「久し振りだな、蟲ジジイ」

 

「、、、だれじゃお前ら。何のよう、、、いや、そうか」

 

 そう言って、蟲蔵の底にいる桜を一瞥した。ゾォルケンはニヤリと笑った。

 

「お主、協会の異端児か、、、。大きくなったのぅ」

 

「あそこから抜け出せたお陰で、ここまで大きくなれた。そう言う意味では、あんたに感謝しなきゃいけないかもしれないな。だが、、、!」

 

 そう言って、一瞬でゾォルケンの手前までステップする。俺は拳を振り上げ、振り抜いた。

 

「それとこれとは話が別なんだよ!」

 

 対応できなかったゾォルケンは、まともにそれをくらってしまった、、、かに、見えた。

 

「?!」

 

 振り抜いた拳は無数の蟲たちに遮られ、ゾォルケンには届いていなかったのだ。

 

 蟲たちはそのまま俺の体を這いずろうとしている。俺は急いでそれを振り払い、またゾォルケンとの距離を取った。

 

「桜!」

 

 蟲蔵の底から、慎二に支えられ出てきた桜に、遅れてやってきた凛が駆け寄った。

 

「桜!桜!ねえ、桜ってば!」

 

「気を失ってるだけだろ。多分大丈夫だ。日頃こんなことをされていたなら、恐らく生きている」

 

「うっ、、、」

 

 目に涙を潤ませながら、桜を抱き寄せる凛。そのまま凛は慎二を見た。

 

「な、なんだよ」

 

「あんたにこんなこと、本当は言いたくないけど。でも、それでも、慎二、ありがとう」

 

 凛からの突然の感謝に慎二は唖然とした。慎二からしたら、それはとても貴重なことだった。なにせ、彼が知っている凛は、優雅で、美しく、そして気高い女だ。その女が見せた涙を、慎二はまじまじと見ていた。

 

「僕は自分のためにやったんだ。さ、桜は関係ない!」

 

 ツンデレともとれるそんな対応は、少なからず慎二に好意を抱かせ足るものになった。

 

「分かってるわよ、でも感謝してるわ」

 

「くっ、、、!!」

 

 そんな光景を背後に、俺はゾォルケンと対峙する。

 

「慎二よ。よもや、遠坂の倅と、手でも組んだのではあるまいな」

 

「だまってろよジジイ。あっちはあっちで青春してるんだ。さぁ、、、。俺たちも青春しようか。、、、セイバー!」

 

 セイバーが霊体化をとき、俺の横へ並んだ。

 

「キリツグ、私は行けます」

 

「あぁ、行こう。聖杯戦争始まって以来の、初めての共闘だ。胸が踊る」

 

 考えれば、セイバーと共に戦ったことはいままでなかった。偶然がそうさせたのだろう。

 

「おじいちゃん相手に気が引けるが、どう見てもあんたは、か弱いおじいちゃんって顔じゃないよな」

 

「、、、ここで死ぬわけにはいかんのじゃよ。桜にはこれから、介護をしてもらわなくてなならんからな」

 

 その言葉と同時に、セイバーが猛攻を仕掛けた。それでも、ゾォルケンの操る蟲は大量かつ、強度があり、セイバーでも抜けきれない。恐らく、生身の人間だから、手加減でもしているのだろうが。それだけではないように思える。

 

 こいつ、本当にジジイなのか?

 

 そう思えるくらいセイバーの攻撃に対応していた。しかし、セイバーはサーヴァント。剣の英霊だ。押されることはない。次第に、ゾォルケン自身にも攻撃が通るようになっていた。

 セイバーは、1度蟲と距離を取ると、キリツグの方を見た。

 

「セイバー、大丈夫か?」

 

 セイバーに声を掛ける。

 

「ええ。これくらいのものならば。しかしマスター。なんだか、嫌な予感がします」

 

「それは俺も同じだよ。あのジジイからは、嫌な感じしかしねぇ」

 

「いえ、そういうことではなく。、、、まるで霞を切っているかのように、手応えがないのです」

 

「手応えが、、ない?どういうことだ、、、」

 

 それを聞いていたのか、ゾォルケンはニヤリと笑って、言った。

 

「手応えがないのは当たり前じゃよ」

 

「どういうことだ!」

 

 セイバーが吠える。

 

「儂はおらんからのぉ。ここには」

 

 そう言って、自身の心臓部をとんとんと指差す。

 

「儂はほれ、今は遠坂嬢の腕の中じゃ」

 

「なにを、言っている」

 

 その瞬間、俺の中の彼女への違和感と、ゾォルケンの言いたいことが、ガッチリと合わさってしまった。

 

「貴様、、、まさか!」

 

「儂の孫に対して、言うことではないのじゃが、桜はまだ、人質なのじゃよ、儂の」

 

 間桐桜の中には、ゾォルケンがいる。そういうことを言っているのだ。だとすれば、俺たちがしていることは。

 

「桜を殺されては、意味がなかろう?儂も殺したくはないんじゃよ。失うには惜しい、検体じゃからな」

 

 その言葉に、凛が口を開いた。

 

「こんのジジイ!さっきから聞いていればこう偉そうに!桜はあんたの玩具じゃないのよ!それに、私は桜をあんたなんかにわたしたわけじゃないんだから!」

 

「お前の父親がしたことじゃ。お前は関係ない。もらったものをどうしようと、儂の勝手じゃ」

 

 こんな時に、こんなことを思うのは、いささか不躾なのだろうが、やはりそういうことをされていたのか。しかし、自らを入れる何てことをするとは思っていなかった。桜の中に、ゾォルケンがいる。あいつはまだ、それがどういうものなのかは言っていないが、恐らく、それが本体。だからこその、儂はおらん、なのだろう。

 

「今回は見逃しておいてやる。じゃから桜を置いて、ここから去れ。慎二、貴様もじゃ」

 

「くそっ、、、」

 

 正直、手がない。後ろに控えている士郎、アーチャー、更にはライダーの意味もなくなってしまった。

 

 ここは、このまま去った方がいいのだろうか。いや、それはだめだ。恐らく、俺たちがまたやって来ることは、ゾォルケンも理解している。完全に調整されてしまえば、もはや、救いだしたところで意味はない。壊れきってしまう。どうしようもないくらいに。

 

 ならばどうする。

 

 考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ、、、、。

 

 幾分かの間が開いたあと、ゾォルケンが口を開いた。

 

「もはや儂と桜は、言ってしまえばマスターとサーヴァントのような存在じゃ。桜は操り人形と言ってしまっても過言ではないじゃろうよ」

 

 凛が、声もなく怒りを露にしている。まさに鬼の形相。

 

 まてよ?そうだ。キャスターの宝具って確か、、、。

 

「キャスター!」

 

 俺はすぐにキャスターを呼んだ。キャスターは霊体化をとき、姿を現した。

 

「何かしらマスター」

 

「ひとつだけ聞く。お前の宝具は、契約を打ち破るものなのか?」

 

 俺とゾォルケンを見比べたあと、口を開く。

 

「いいえ。私の宝具は対魔術宝具であり、魔術そのものを打ち破る宝具。だからこそ、令呪による契約を断ち切ることができたの。まぁ、サーヴァントの宝具のような、神秘性の高いものはそうそう出来ないだろうけれど」

 

「それを、桜に放て。塵も残さず、あの子の中の蟲をけし去るんだ。恐らくだが、もうあのジジイは人間ではなく、魔術そのものといってもいいだろう。ならば、、、!」

 

 ならば、桜を傷つけず、ゾォルケンのみを消し去ることができるかもしれない。しかし、意味がないかもしれない。あれを魔術と判断されなければ、効果がないからだ。

 

「、、、何をこそこそと話しておるのじゃ。儂の言ったことが聞こえなかったのか?早くここから、、、」

 

「いや、お前はここで倒れるんだよ」

 

 虚勢をはる。はらなければ、作戦がばれる。もはや、キャスターを呼んだことでそれは分かられているかも知れないが、それでもだ。

 

 下手な動きをせず、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を桜へと突き刺した。

 

「、、、なんじゃ!?」

 

 少し間が開いた後、ゾォルケンの肉体が形を成せなくなっていた。まるで粘土のようにドロドロとしており、終いには生命であったという面影すらなくなってしまったのである。

 

 そして次の瞬間、桜を刺した傷痕から何かが飛び出した。

 

「き、、、貴様らぁぁあ!!!」

 

 一匹の小さな蟲だ。そこから、ゾォルケンのものとされる声がする。これが、ゾォルケンの本体?まさか。

 

「チェック、、、だな」

 

「無様ね、、、こんな姿になるまで生にすがろうとするなんて。同じ魔術師として、遺憾の意を露にせざるを得ないわ」

 

 キャスターが侮蔑の目を、目の前の蟲に向けている。

 

「くっ、、、アサシン!儂を連れて逃げろ!、、、アサシン?」

 

 突然ゾォルケンがそう叫んだ。、、、アサシンだと?ということは、こいつもマスターなのか?

 

「アサシンならば既に倒したよ。マキリ・ゾォルケン」

 

 破壊された壁から、アーチャーが顔を出し、そう告げた。

 

「アーチャー、、、悪かったな、雑用を任せて」

 

「気にしなくていい。そのお陰で、ネズミがかかったからな。というわけだ。貴様は、詰んでいるのだよ既に」

 

「くっ、、、覚えておけぇぇぇ!!」

 

 そう叫び、ゾォルケンは姿を消した。

 

「、、、!逃がすか!」

 

「追わなくていい。キャスターの宝具を食らったんだ。もうもたない」

 

 凛は怒りの表情で言ったが、俺がそう言ったため、勢いを失ってしまった。

 

「、、、そんなことより、桜よ。この子を、、、士郎の家へ運びましょう」

 

「そうだな、、、」

 

 わずかな時間で、桜を奪い返すことに成功した。しかし、何かがおかしい。まだ、キリツグの中からは不安が消え去ることはなかったのである。

 

**********

 

 ボロボロになった館に、一人の青年が佇んでいた。

 

 体には刺青。まるで普通ではなかったのである。

 

「うっくぁぁぁぁ、、、。よく寝た。アイツは器を都合よく洗浄してくれたわけだ。さすが王さまだぜ」

 

 そう言って、刺青を隠すように服を羽織る。

 

「さてと、、、本当の戦いはここからだ」

 

 館の扉まで歩き、そしてあける。

 

 そして、こう言った。

 

「サーヴァント、アヴェンジャー、召喚に応じ、、、いや、無理矢理参上した。まぁ、ひとつだけ席が空いていたからな」

 

 青年は歩き出す。この世全ての悪を背負いながら。

 

 

 




11.20改変


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#14 束の間の休息

このお話で、前半戦終了となります。

アニメで言えば、1クール目が終わります。

ラストまで付き合ってくれると、嬉しいです。


 幸福とは、いったいどういう認識から、そうであるとされるのだろうか。例えば、お茶の中の茶柱とか、土手で見つけた四つ葉のクローバーとか。そういう、小さな幸福は、たぶん誰もが幸福だ、と認識できるだろう。けれど、大きな幸福は違う。

 

 大金持ちになることが幸福。人生の伴侶を見つけることが幸福。そういうような大きな幸福は、人生観によって大きく認識が食い違うだろう。

 

 まぁしかし、幸福というものすらを学ばずに生きてきたのであれば、それはその人にとって幸福ではなく、ただの出来事であり、万人が思うであろう認識は発生しない。

 

 それでも、この一時は俺にとって幸福だ。生きてきた中で、最もと言ってもいいかもしれない。協会から逃げだしてから、師匠のもとで修業を積んで。その中で、良いことはあったかもしれないけど、幸福であった時はきっと、なかったと思う。

 

「キリツグ、キャスター、おはよう」

 

 俺たちが間桐邸から桜を救いだしてから、およそ3日が経った。俺は士郎の家の縁側でキャスターとのんびりしていた。

 

 絵に書いたようにボーッとしていたところで、士郎に声をかけられた。士郎の体からは、ほんのり湯気がたっていた。

 

「あら坊や、早いわね」

 

「まあな。朝の鍛錬と、セイバーと剣の稽古だ。キリツグたちは?」

 

「俺たちは・・・そうだな、ボーッとしてた」

 

 他に言い換える言葉が見つからなかったので、やっていることをそのまま言ったが、士郎は苦い顔をしていた。

 

「そ、そうなのか。今から朝御飯作るから待っててくれ」

 

「ああ。悪いな」

 

 ライダー戦後、士郎にも思うところがあったらしく、現在はセイバーから剣技の教えをこうていた。彼には戦ってほしくないのだが、まぁ、彼がそうしたいなら止めはしない。それを眺めるアーチャーの目は、気になるけれども。

 

「マスター」

 

「あん?なんだ」

 

 不意に、キャスターから声を掛けられた。

 

「この聖杯戦争は、いったいどうなるのでしょうね」

 

「さあな。この状態が続くなら俺は嬉しいけど。まぁ、英霊からしたら、たまったもんじゃないんだろうな。自身の野望が、いつまでたっても成就しないんだから」

 

「そうね・・・・・・」

 

 そう言ったキャスターをふと見ると、どこか遠い目をしていた。何かを諦めたような目、なのか?いや、彼女からはそういうマイナスの感情は感じられなかった。

 

「キリツグさん!」

 

 そんなとき遠くの、門のところから声を掛けられた。

 

 青年が走って近づいてくる。

 

「おお。慎二か」

 

 間桐慎二であった。

 

「おはようございます!早いんですね」

 

「ま、まあな。お前、敬語やめろよ気持ち悪い」

 

「いえ!あなたは僕の師匠のような人ですから」

 

「俺はなんもしてないぞ」

 

「いえ!あなたは僕に、『道』をくれたんだ」

 

 あの戦いの中で、慎二に埋め込んだ疑似魔術回路。それは驚くべきことに、慎二の体にとてもよくマッチングしていたのである。

 

 実は、彼の家系の魔術回路は途切れたわけではなく、体の奥底に沈んでいたらしい。故に魔術回路がないものだと、認識されてしまったのだ。しかし、俺が埋め込んだ疑似魔術回路のお陰で、眠っていた回路が目覚めたらしい。

 

 それから、こんな風に俺を師匠のように仰いでいる。うっとおしいったらありゃしない。ミスタウェイバーも、こんな風に感じているのだろうか。いや、俺はこんなにうっとおしくないと思う。そう願いたいな。

 

「まぁ、お前がそう思いたいなら、勝手に思えばいい。それよか、今日はいったいどうしたんだ?」

「桜を迎えに来たんです。桜がいないと、家が汚くてしょうがなくて・・・」

 

 自分でやれよと思ったが、俺も誰かにやらせるだろうと考えてしまったので、言わないでおいた。

 

「居間にいるから、行ってこい。ついでに朝飯も食べていけよ」

 

 自分で作ってるわけじゃないのに偉そうだな、と感じた。自分でな。

 

「はい!では、また!」

 

 慎二は意気揚々と走り去っていった。

 

「アイツは・・・丸くなったのか?」

 

「気持ち悪いくらいにね。それでも、あれがあの坊やの本質なのかもしれないわ。士郎が言っていたでしょう?根は優しいと」

 

 慎二が行ったあと、そんな会話をした。

 

 もしあれが慎二の本質で、前の慎二が少しおかしかったのだとしたら、何が彼をそうさせたのだろうか。いや、言うまでもないかもしれない。きっと、魔道がそうさせたんだ。自分が魔術を使えないから、プライドの高いアイツの精神は歪んでしまった。

 

 まぁそれでも、今は元に戻ってるのか。しかし、元に戻った方法も魔術だなんて。皮肉も甚だしい。

 

「そう、願いたいな」

 

 希望と願望を込めて、そう呟いた。キャスターはそう言った俺を不思議そうに見つめる。俺も対抗して見つめたが、俺の方が先に折れて、というより恥ずかしくなって、目をそらしてしまった。それを見たキャスターはクスリと笑った。

 

 すると、居間の方からガヤガヤとした声が響いてきた。どうやら、慎二が居間に着いたらしく、凛と一悶着繰り広げているらしい。

 

 耳を澄ませて聞いてみる。

 

「ちょっと!あんたまた来たの!?」

 

「五月蝿いなぁ、遠坂は!僕はキリツグさんと、桜に会いに来ているんだ!別に君に会いに来てるわけじゃない!」

 

「そんなこと百も承知よ!もしそうだったら寒気が止まらなくなるわ!」

 

「な、なんだとぉ!?」

 

「に、にいさん」

「ほら、慎二も遠坂も、いい加減やめろよ。桜が困ってるじゃないか」

 

「衛宮は「士郎は黙っていなさい!」いろ!」

 

「もう、にいさんも・・・ね、ねえさんも」

 

 とまぁこんな具合だ。普通の日常、なのだろうか。俺はこんな平和で過ごしたことがないからあまり理解が及ばない。けれど、幸福であるということは分かる。何せ、今まで感じたことのないものだからだ。

 

「あの子達も、まだ子供ね」

 

「そうだな。・・・聖杯戦争のせいで、アイツらは争うことになった。もし、聖杯戦争がなく、更に言えば魔術というものがなかったならば、アイツらは普通にいられたのだろうか」

 

 ふと、そんなことを口走ってしまった。魔術の否定を、吐いてしまった。魔術の大先輩であるキャスターは言った。

 

「そうとも限らないわよ。魔術がなくても、争いはある。常にどこの時代、世界でも。それがなくなったときは、きっとこの星から人間がいなくなったときね。そもそも、あの子達の繋がりは、魔道よ。なかったとしても、ああいう風な光景が存在するとは限らないわ」

 

 確かに、そうだ。争いはなくならないし、人間の本質も変わらない。変われないから、今もこうして普通に生きているんだ。

 

 それは少し、寂しいのかもしれないな。

 

「ところでマスター」

 

「何?」

 

 俺が押し黙ってしまったところを見計らって、キャスターが口を開いた。

 

「あなたが聖杯にかける思いは、なんなの?」

 

「つまり、叶えたい願い、ってことか?」

 

「ええ。参加して、更に二人のサーヴァントを使役するようなマスターだもの。思いの丈はあるのでは?」

 

 俺は考える振りをした。考える必要などなく、俺の願いは決まっていたからだ。

 

「あー、キャスターには悪いけど、俺にそういうのはないんだ」

 

 キャスターは、声もなく驚いた。

 

 そう。願いがないということが、願い。言い方がおかしいかもしれない。しかし、特にないのだから仕方がない。

 

「元々参加する意思はなかった。それが、イリヤスフィールと出会って、成り行きで参加することになった。そもそも、ここに来たのだって切嗣っていう士郎の親父に会うためだしな。まぁ、俺の目的の根本には、聖杯戦争の調査があるんだが」

 

 ミスタウェイバーに言われたからってのが大本命なんだが、しかし切嗣に会いに来たってのが本命なのかもしれない。

 

「つくづく、あなたは面白い人ね」

 

「ああ?!なんだよ」

 

 キャスターは口に手を重ねて、婦人がやるような笑い方をした。正直ばばくさいと思ったが、言ったら恐らく殺される。

 

「士郎も言っていたわ。自分に願いはないと。この聖杯戦争を止めることが自分の願いだと」

 

「アイツは参加してないぞ?」

 

「もしも、の話よ。二人で話せる機会があったのでね。そういう類いの事を聞いたの。でも」

 

 キャスターは少し話すのをためらった。

 

「なんだよ。どうかしたのか?」

 

「彼は、異常よ。あなたの言う願いはない、と彼の言うそれとは、恐らく根本的なところが違う。彼はそのあとも続けて言ったわ。自分の知らないところで人が死ぬなんて耐えられない、と」

 

 キャスターは無表情だった。しかし、声色、彼女の纏う空気感が、それをそうとはさせなかった。

 

 前から思っていたことだった。彼の、衛宮士郎の異常性。死地に赴くのを躊躇わない、彼の心。彼がキャスターに言ったことは酷く破綻している。それは、彼の異常性をとてもよく表している言葉だった。

 

 正義の味方。彼の目指す、目標だ。しかし、夢と目標は違う。夢は、見るものと思いを馳せるものであり、必ずしも叶うわけではない。彼は、彼の完成形として正義の味方という存在を心に秘めている。死んだ、切嗣を追うように。

 

 果たしてそれが良いことなのか。俺も一種の憧れのようなものがあった。しかしそれは、幼少期だけだ。現在は少し違う。もし彼が生きていたならば、彼の隣で共に戦地へ赴きたいと。そう思っているだけであり、彼になりたいとは、あまり思っていなかった。

 

 まあ、士郎が見ているのは、切嗣の正義の味方という外観なのだと思う。あの人は、誰よりも人間らしいはずだ。

 

「アイツは、人間の身でありながら、英雄のそれとまったく違わないことをなそうとしている。しかしアイツはただの人間。実に中途半端で、どうしようもなく下らない。アイツの投影は、そういうことなのかもしれないな」

 

「と言うと?」

 

「アイツは英雄にはなりきれない。言いたくはないがただの偽物だ。それがアイツの投影の根源」

 

 しかし、本物になろうとする意識なある分、偽物は本物よりも本物だ。それでも彼の場合は、ただの理想。完全な偽物ではなく、なりたいと思うだけだ。

 

「・・・こんな話はやめよう。そろそろ朝飯ができる頃だ」

 

「そう、ね。そうしましょう」

 

**********

 

 賑やかな朝食を終えると、学生組は学校へ行った。色の濃い集団がぞろぞろと。変な噂たてられても知らんぞ?

 

 ともかく、今家には俺とセイバー、キャスター、更にライダーの4人だ。こっちもこっちで濃いけどな。こんな英雄様たちと、1つ屋根の下で、とか。聖杯戦争様様ってわけだ。

 

 ライダーは朝食の片付けをしていた。姿はあのコスプレみたいなやつじゃなく、普通のお姉さんって感じだ。そう。みんな、普通の人間なんだよなぁ。聖杯戦争なんかなきゃ。まぁ、聖杯戦争がなかったらこんな状況は生まれなかったんだから、なんとも言えない。

 

 ちなみにライダーがなぜまだここにいるのかと言えば、それは慎二が魔術回路を手にいれた事に起因していた。魔術回路を手にいれたということは、サーヴァントを使役する方法を得たということに他ならない。故に、今あの令呪はライダーのものとなる。ま、これはコトミネとの約束に反することになるんだけどな。

 

 ざまぁみろってわけだ。

 

 緑茶を飲みながら物思いに耽っていると、セイバーがこちらをちらちらと見ていることに気がついた。

 

「どしたんだ?セイバー」

 

「い、いえ。なんでもないです」

 

 なんか取っつきにくいな。ふむ。

 

「なんでもないことないだろ。なんかこう、モヤモヤするから言ってくれ」

 

「は、はい」

 

 意を決して、セイバーは口を開いた。

 

「あの、ズボンのチャックが開いています」

 

 えぇぇぇぇぇえ!?

 

 ズボンのチャックのこと??俺はてっきりシリアスパートに行くもんだと思ってたんだけどぉ!それがチャックかよ!確かに、俺の剣がこんにちはしちゃいそうだけど。あ、パンツをはいていないわけではない。決して。

 

「な、なんのことを言っているのかなセイバー。これはその、ファ、ファッションだよ!」

「せ、聖杯からはそのような破廉恥な情報はもらえなかったのですが」

 

「あったり前だろ!人々の意思というものは、絶えず変化していくのだよ!変化なくして、改革はない!」

 

「そ、そうなのですか。勉強になります。、、、なるほど」

 

 何がなるほどなんだぁぁぁぁ!!

 

 俺は急いでチャックをあげた。

 

「キリツグ、あなたはそのような趣味趣向をお持ちなのですね」

 

 洗い物を終えたライダーが、背後から寒々しい声色で投げ掛ける。前方は奇異な目を向けるセイバー。まさに前門の虎、後門の狼。いやさ、前門の獅子、後門の蛇ってわけか。

 

 笑えねぇよ。

 

 




休息編はまだ続きますです


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#15 休息の終わり、終わりの始まり

アニメで言うと2クール目。
最終話まで、あと少しです。


 あのあとは大変だった。

 

 セイバーはなぜか、なぜか目をあわせてくれないし、ライダーはライダーで、俺から視線をはずそうとしない。魔眼殺しをかけているので、俺が石になることはないが、石になってしまいそうで怖い。いやさ、石になるというか、凍りつくというか。冷ややかすぎる目ということだ。

 

 そして今はセイバーとともに、溜まりに溜まった洗濯物を畳んでいるのだった。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 たいっっっっっへん!気まずい!顔をうつむかせ、こちらを向かない。どうしようもないくらい、セイバーが俺を拒否している。

 

「セ、セイバー」

 

「・・・・・・」

 

「あ、あのぅ」

 

 またか?またチャックが御開帳してるのか?いや!それはないはずだ。あのあと、チャックが壊れてしまうのではないかと感じさせるくらい上げた。だから、俺の聖剣が抜刀されていることなど。いや、もしかして、それのやりすぎでチャックこわれた???

 

 そう思い、自分の股間を確認する。とくに何もない。・・・股間を確認するって、文字にするとなんか、変態みたいだ。

 

「キリツグ」

 

「ふ!ふぅへいっ!!」

 

 突然声をかけられたので、ちゃんと返答することが出来なかった。吸い込んだ息が変なところに入ったのか?・・・とてもどうでもいい。どうでもいいけど、セイバーの表情はどうでもよくなかった。

 

「・・・ギャグパート続行ってわけじゃないみたいだな。シリアスパートにしたいわけか」

 

「私は、分からなくなりました」

 

「あ?なんのことだ」

 

 いつになく真剣な表情。いや、もしかしたらさっきもそういう話をしたかったのか?それを俺の聖剣が邪魔をしたのか?だったら、悪いことをしたな。

 

「士郎の学校での戦いの時、アーチャー、ギルガメッシュと会っていたことは言いましたよね」

 

「そんなこと言ってたな。別に俺は気にしてないけど」

 

 ワイシャツを畳む手を止めて、こちらをむくセイバー。

 

「あのときに、ギルガメッシュから言われたのです」

 

**********

 

「お前は、英雄王!なぜここにいる!」

 

 月を背に、堂々と立っているのはあの英雄王であった。彼は前回の参加者であり、旧知と言えば旧知の仲。自分と同じように召喚されたのかという驚きと、あのあと、どうなったのかという純粋な興味が混在していた。

 

「やはりお前だったか。ふむ、なるほど」

 

 英雄王はニヤリと笑い、ゆっくりと近づいてくる。それと同時にセイバーは身構える。

 

「戦いに来たわけではない。ただ、あのときのように話をしようと思ってな。今回は、酒はないが。征服王もおらぬことだし」

 

 そうは言われても、おずおずと戦闘体勢を解くような仲ではない。未だ見えない剣を構えながら、話を聞いた。

 

「もう一度聞こう、セイバー」

 

 そう、ギルガメッシュに告げられ一瞬身構えをとく。

 

「お前にとって、王とは」

 

 あのときと同じ質問。征服王から告げられたのと。

 

「何を、いまさら」

 

「いまだからこそだ。我はお前の真意を問いたい。他ならぬ、お前の、な」

 

 そう言ったギルガメッシュは、何かを含んだ言い方だった。

 

「私にとって、王とは・・・」

 

 そう考えた瞬間、何かが頭の中を覆った。そして、何も考えられなくなる。いや、思い出せなくなるといった方がいいだろう。

 

 自分が駆け抜けたブリテンの地を。共に戦った、盟友を。

 

「どうした、騎士王。話せないのか?」

 

 急かす英雄王などは頭になかった。今あるのは、あの時代を思い出せないという混乱。

 

「ふん、やはりか」

 

「どういう、意味だ」

 

「お前は、お前ではない。実に滑稽だ。そのような下等なものに成り下がりおって。興醒めだ」

 

 そう言って、英雄王はその場から去ろうとしている。しかしそれをみすみす逃すセイバーではなかった。

 

「逃がすと思うか、英雄王」

 

「逃げるのではない。見逃すのだ。我の興味はもはや、貴様にはない。とくと、往ね」

 

 刹那、英雄王の背後の空間が歪んだ。そしてその中からは、数多くの武器という武器が姿を表す。

 

「貴様を潰すことなど容易だ。今の貴様ならばな。しかし、それは面白くない」

 

 英雄王の輝きが、目を眩ませる。ここで挑んだとしても、負ける。それは誰から見ても明白であった。

 

「貴様のような、贋作ではな」

 

**********

 

「贋作?」

 

 セイバーは不安を孕んだ顔でギルガメッシュとの会話の一部始終を話した。

 

「分からないのです。私という存在が、なぜここにいるのか」

 

 今まで見せたことのない顔で、話す。

 

「確かに私の願いは、ブリテンの救済。しかし、それに至るまでの経緯が思い出せない。まるで経験したことがないかのように、記憶に存在していないのです」

 

「もしかしたら、召喚に失敗していたのかもしれないな。そのおかげで、記憶を所々失ったのかも」

 

 一応フォローしておく。しかし、今のセイバーには全く意味がなかった。

 

「戦う意味も、見出だせない。しかし私はセイバーであり、マスター、あなたのサーヴァントである」

 

 そう言って、俺の目を一点に見つめた。

 

「私は、誰だ」

 

 その瞬間、何かが俺の中でくっついた。失った記憶なのか、しまいこんでしまった記憶なのかは分からない。しかし、目の前にいる一人の少女が、今は堪らなく愛しく、それと同じくらい悲しく思えたのだ。

 

「セイバーは、セイバーだ」

 

 俺がこんなこと言うのはおかしい。けれど、言わずにはいられなかった。

 

「お前がどこの誰だろうと、俺には関係ない。セイバーはセイバーで、アーサー・ペンドラゴンなんだろ?だったらそれでいいじゃないか」

 

「私は、私」

 

「そうだ。お前は、お前だ。例え偽者だったとしても、俺にとってはお前がアーサー王なんだ。最優のサーヴァント、セイバーなんだよ。それを、忘れないでほしい」

 

 少しだけ、セイバーの表情が柔らかくなる。それを見て、俺の心も暖かくなっていった。

 

「だが、あなたは前に、私は王には向いていないと言った」

 

 不貞腐れたように言うセイバー。

 

「それとこれとは話が別だ。確かにお前が、アーサー・ペンドラゴンという一人の少女であることは認めた。しかし、お前を王と認めたわけじゃない」

 

「あなたには、王がなん足るかを理解できているのですか?」

 

 セイバーから問われる。確かに、いきなりそう言われたら言葉がなくなる。ふむ。

 

「王とは、孤高であり、更に独裁的だ。それでも民に信頼され、愛される者こそが、真なる王。まぁ、その二つは一見したら実に相対的なんだがな。だけど、そういうことなんだ。王さまってのは、見る人間全てが、見とれられなければならない。王とはつまり、才能の1つ」

 

 あ、これじゃあセイバーを真っ向から否定していることになるじゃないか。まぁ、でも1度批判しているんだから、今更意見を違えるのは、違う気がする。

 

「それは、民を愛していないということですか」

 

「違う。王が民を愛するんじゃない。民が王を愛するんだ。出なければ、王政は実現しない」

 

「・・・・・・」

 

 いっそう重苦しい空気が流れ始める。話題が話題だけに、シリアスになるのは当然なんだが、更に加えてセイバーの信条まで抉っているわけだ。なんというか、好感度下がりまくりじゃないか?俺。

 

「あー、いや、まぁ、そのなんだ。つまりは人それぞれってわけだ」

 

「あなたは」

 

 セイバーが口を開く。批判の嵐が来るかと思ったが、表情からはそれが伺えない。

 

「おかしな人ですね。私を蔑んだり、擁護したり」

 

「いや、蔑んだりはしてないつもりだけど」

 

 覇気がなかった。そのくらい、彼女はまいっていたらしい。嘘でも持ち上げた方がよかったか?いや、それはよくない。セイバーにとっても、俺にとっても。

 

「そうだ、セイバー」

 

「ん、なんでしょうか?」

 

「街へ行こう」

 

*********

 

「というわけで、来たぞ」

 

「何がというわけなのか、全く理解できないのですが」

 

 俺の後ろには、無理矢理連れてきたライダーと、セイバーがいる。息抜き、という呈でここまでやって来た。留守番はキャスターに任せてある。本当なら、キャスターも一緒に来てもらいたかったのだが、キャスターからの答えはnoだった。

 

「ま、あれだな。現地調査を兼ねた、息抜きだ」

 

「息抜きなどと、こんなことをしている間にもどこかで戦いが」

 

 そう言うセイバーだが、表情は柔らかい。こうやって見ていると、本当に普通の女の子みたいだ。

 

「前にも言ったが、ほとんどのサーヴァントはこちら側の陣営にいる。多分大丈夫だろ。多分だけど」

 

「私は本を見たいのですが、どこかいい場所を知っていますか?」

 

 ライダーは普通に乗り気だった。

 

 

 

 歩いておよそ30分くらい、ライダーお目当ての古本屋を見つけた。店構えはTHE古本屋で、店名も古本屋である。もう少し捻りを加えてもバチはあたらなかったのではないだろうか?

 

 というか、歩くだけでお目当てのものが見つかるとは思っていなかった。適当に歩いていただけなのに。

 

「よってもよろしいですか?」

 

 目を輝かせながらそう言うライダー。紫色の髪を風に靡かせ、その問いの答えも聞かず店内へ入っていった。

 

「あっ、おい!」

 

「行ってしまいましたね」

 

「割りと常識人だと思っていたが、やっぱり英霊か」

 

 どっかおかしいって意味だ。

 

「それは、いったいどういう意味でしょうか?」

 

「それは!どっかおか・・・なんでもない」

 

 話の流れで言ってしまいそうになった。しかし、セイバーの表情を見て我にかえった。

 

「マスター」

 

「ん?なんだ?」

 

 セイバーの表情は弱冠曇っている。自分がおかしいのだ。当たり前。俺もそんな時期があった気がする。

 

「どうして、街に?」

 

「んー、そうだな」

 

 正直、意味がなかった。良いように言えば、セイバーの気を紛らわせるためだし、悪く言えばただ暇だっただけだ。悪いのかは分からないが。

 

「普通に休息だよ。気を張り巡らせていても疲れるだけだしな。今日は思いっきり楽しんでくれ」

 

「はぁ・・・」

 

 セイバーが困っている。まぁそりゃそうか。いきなり連れてこられて、楽しんでくれ!と言われても楽しめるわけがない。俺は絶対無理だ。やっている側が言うことではないけど。

 

「とりあえず、俺たちも入ろう」

 

「ええ」

 

 俺たちも店内に入っていった。

 

 

 店内も普通の書店には並ばないような本がたくさんあった。ライダーは、それらをじっくりと見回っていた。

 

「どうだ、ライダー。お目当ての古本は見つかったか?」

 

「目当てというものは、これといってはないですが、これほどの古きよきものを見るのは好きです。こういうようなものに囲まれて、仕事をしてみたいものです」

 

「ライダーみたいな女の子がここで働いてたら、1日で大繁盛するかもな」

 

 それを聞いたライダーは、不思議そうな顔で俺を見る。

 

「な、なんだよ」

 

「いえ。あなたは、私を恐れないのですね。更には私のことを女の子、と。そのような背格好には見えないと思うのですが」

 

 確かに、数日前までは殺しあっていた仲だ。端から見れば異様な光景。俺達の関係を知っていればの話なのだが。

 

「これでも、死地は潜り抜けてきたつもりだよ。あれしきのこと、怖くもなんともない」

 

 少し、嘘をついた。

 

「そうですか。面白い人ですね」

 

 そう言って、ライダーは微笑んだ。メデューサといえば、蛇の化け物として有名だが、今の彼女がそうだと誰かに言われたとしても、些か疑問を覚える。というか、まったく信じないだろう。

 

「そう言えば、騎士王は?」

 

「ん?あぁ。セイバーなら、ほら、あそこだ」

 

 セイバーは洋書のコーナーで、ある本をかじりつくように見ていた。いや、見いっていたという方が正しいだろう。

 

「あれは、何を読んで?」

 

「アーサー王伝説の原本だ。俺が見つけて、言ったらあんな感じ。自分がどんな風に描かれているのか、気になるんだろ」

 

 それはデマカセだった。セイバーは、自分の記憶を取り戻そうとしているのだろう。とは言っても、あれは物語。恐らく、彼女の望むような内容ではないだろう。まぁ、どんな風なのか気になるってのは、少しはあるんだろうが。

 

「そうですか。それは面白い体験ですね。私の場合は、神代のことなので概ねは人間の想像です。それに、自分が化け物として描かれているものを見ても、ね」

 

「そりゃ、そうだわな」

 

 これに関しては苦笑いするほかなかった。

 

「私はもう満足なのですが、セイバーは」

 

「ああ。ちょっと呼んでくるよ」

 

 そう言って、セイバーの方へと近づいていった。

 

「セイバー?」

 

 返事がない。それほど集中しているのか?

 

「セイバー」

 

「私は・・・」

 

「ん?」

 

 意味深な表情を、俺に向ける。

 

「私は、どうすればいいのでしょう」

 

「は?どういう」

 

「これは、確かに私の物語だ。しかし、私は英雄ではない」

 

 おかしなことを言い出した。

 

「何いってんだよ。お前は英雄だ。だからこそ、聖杯から呼び出されて、ここにいるんだろ」

 

「英霊ではあっても、英雄ではない。現に、私はブリテンを救うことができなかった。騎士たちからの信頼さえ、もはや」

 

 またヒステリックになりだした。セイバーって、こんなやつだっけ?召喚された直後はまだ普通だったのに。

 

 変化が見られるようになったのはライダーと学校で会ったあと。つまり、セイバーがギルガメッシュと話をしたあとということになる。それほど、ギルガメッシュの言葉が響いたのか?いや、まあ、神代の英雄だからな。言葉の一つ一つが金言そのものなんだろうが。

 

「もう、出ましょう。すみません、こんなことを言って」

 

「いや・・・あ、あはは」

 

 もはやなんというか、笑うしかなかった。

 

 

 古本屋をあとにしたあとは、その辺を適当に歩いてみた。お洒落な喫茶店に行ったり、ゲームセンターというものに行ってみたり、できる限り、普段は出来ないようなことが出来る場所を回っていった。

 

 それでも、セイバーの顔は変わらず暗い。

 

 俺とライダーは、ただ困ることしかできなかった。

 

 そして日も傾き始めてきた頃、俺たちはあの公園にたどり着いた。ここは、イリヤとたい焼きを、王さまと酒を飲んだ場所だ。故に、俺からしたら印象深い場所だった。

 

「疲れたー」

 

 ベンチに腰を掛けながら口から溢す。

 

「そうですね。今日はいい気分転換になりました」

 

 そう言うライダーだが、視線はセイバーの方へ。ライダーもライダーなりに、セイバーが心配なのだ。

 

「これでは、いつまでたってもあのままですね」

 

「ああ。正直いって困る」

 

「それは・・・」

 

 ライダーは、その言葉自体が困るとでも言いたげな表情だ。

 

「まぁ、そのうちなんとかなるさ。アイツはあれでも王さまだ。なんとかなる、というかなんとかするよ」

 

 

 その瞬間だった。

 

 

 暗い暗い、嫌な感じが流れてくる。言うなれば闇。それは俺の心臓の鼓動をはやめ、あたりを一気に違う場所へと変貌させるかのようだった。

 

「これは」

 

 感じたことがある。これは、ライダーを探していたときに似ている。記憶のない、あのとき。これを機に、俺は意識を失った。しかし、今回はそのようなものは感じなかった。確実にそれが何かを視認できる。

 

「あれは、人でしょうか」

 

 ライダーの向ける視線の先には、人影がひとつ。それも、どこか見覚えがある。

 

「マスター!これは、一体」

 

 セイバーも、変化を感じたのか武装をする。そして、剣を構えた。

 

 あの人影は、日常的に、どこかで、いや。あれは。

 

 

 俺か?

 

 

「キリツグに、そっくりですね。肌は浅黒く、奇妙な入れ墨も施されているようですが」

 

 ライダーは、冷静に判断しているがこれが何なのかまったく理解できない様子だ。

 

「生き別れの兄弟か何かか?面白くねぇんだよ。こんな禍々しい魔力。封印指定もんだぞ」

 

 その俺に似たナニカは、まるでこの世界にある、全ての悪を身に纏ったような感じだ。そのくらい、禍々しい。

 

「よう、数日前振りじゃねえか」

 

 馴れ馴れしく、その()は、俺に話しかけてくる。

 

「悪いが、俺はお前に会った記憶なんてものはない」

 

「あ?まさかあれしきのことで記憶が飛んだってのか?血相かいて俺のことを探しているのかと思っていたが、そうでもねぇみてぇだな」

 

「なんでお前を探さなきゃならないんだよ」

 

 ()は、俺に対してニヤリと笑った。

 

「そりゃあお前、俺が、お前だからだよ。言ったろ?あの時に。いや、記憶が飛んでんだったな」

 

 おかしなことを言う。お前が俺?何を。

 

「ククク。このおかしな聖杯戦争が、あまり進んでないようなんでな。俺が出てきてやったってはわけだ。言うなれば俺は、ラスボスみたいな存在だ」

 

「自分で自分をラスボスというな。寒いぞ」

 

「ハハッ!ちげぇねぇ!」

 

 高らかに大声をあげて笑う。どこか奇妙で、しかし見たことがある。どこで。

 

「貴様!何者だ!」

 

 堪らずセイバーが叫んだ。それに対し、ソイツはすぐに答えた。

 

 

「俺は第7のサーヴァント、復讐者(アベンジャー)この世全ての悪(アンリマユ)。この一件の黒幕だ」

 

 

 アンリマユが名乗りをあげた瞬間、戦士たちの休息は終わりを告げた。



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#16 虚偽なるもの

「アンリマユ?!アンリマユだと!?」

 

「ご存じなのですか?マスター」

 

「知っているもなにも・・・まさか」

 

 影が自らの正体を明かした。

 

 知っているどころの騒ぎじゃない。こいつはお師匠の目的そのものだ。お師匠がやっとのことで導き出した、1つの結末。それが・・・。

 

「黒き・・・聖杯!」

 

「なんだ。知ってるんじゃねぇか。俺達の仕組みを」

 

 ヘラヘラと笑う俺に似た悪意の塊の背後から、ナニカが溢れ始めていた。

 

「俺達からしたら、早いとこ戦争をやってくれないと困るんだよ。そうしないと、復讐ができない」

 

 ナニカは、動物や人間、更にはわけのわからないものにさえも姿を変えていく。

 

「まぁ、この聖杯は本物とはほど遠い偽物なんだけどな」

 

「一体どういう意味だ!」

 

 軽い悪意を孕んだ表情で、 俺達を見据える。

 

「そのままの意味だ。まぁしかし、本物になろうとしたあげく、こいつは本物以上の力をつけちまった。この地に残っていた第4次の情念とか、そういう、非科学的なもんのお陰でな」

 

 目の前の男は何を言っているんだ。この聖杯戦争が偽物?だとしたら、こんなもんとんだ茶番じゃないか。

 

「大丈夫だぜ?必要なものは揃っている。あとは、英霊の霊力とかそういうものが必要だ。つまり、普通の聖杯と変わらんわけだ。カハハ」

 

「何を世迷い言を!キリツグ、ここは私が行きます。その間に、キャスターに連絡を!」

 

「アッ!おい!待て!迂闊に近づくな!」

 

 俺の制止も聞かず、黒いものへと接近していくライダー。確かに、アヴェンジャーは最弱のサーヴァントだと聞いている。しかし、アンリマユは!

 

 しかし、ライダーが言ったことも一理あった。この間に、キャスターに!

 

「この程度の怪物!これならば」

 

 一見、圧倒しているかのようだ。しかし、実際はそうではなかった。減る怪物よりも、増えるスピードの方が早かったのだ。キリツグは思った。やられる、と。

 

「退け!ライダー。このままでは無理だ!」

 

「くっ!確かにそのようですね。しかし!」

 

 尚も戦闘をやめようとはしない。否、増え続ける怪物故に、自分の攻撃をやめる瞬間が見出だせないのだ。

 

 次の瞬間、ライダーが、怪物に飲まれた。

 

「ッカハ!?」

 

「ライダー!」

 

 セイバーが叫ぶ。それでも、怪物はライダーに覆い被さったままだった。

 

「くそ!やむ終えん!令呪をもって命ずる!キャスター、今すぐここにこい!」

 

 この戦争で、俺は初めて令呪を使った。しかし。

 

「・・・なんだ?なぜなにも起こらない。令呪が反応しない!?」

 

「それはお前が、変わり始めている証拠だ。お前の変化故に、お前とお前のサーヴァントのパスが綻び始めている」

 

「何を!私はマスターのパスを感じるぞ!」

 

「当たり前だろ。お前は、アーサー王なんだからな」

 

「お前、さっきから言ってることがよくわかんねぇぞ!」

 

 不気味な空気が流れる中、怪物がライダーから離れていった。離れる?なぜだ。なぜわざわざそんなことを。ライダーが反撃したわけでもなく、ただ、ライダーが動けるように。

 

 怪物が退いた先には、やはりライダーがいた。しかし、何か様子が変だ。

 

「・・・・・・」

 

「ラ、ライダー?一体、どうし・・・」

 

 その瞬間、セイバーが動く。俺はそれに気をとられ、何が起こったかを理解できなかった。しかし、次の瞬間、それが何なのかよく理解できた。

 

 セイバーとライダーが、武器を合わせているのだ。まるで、二人が敵同士であるかのように。まあ実際は敵同士なんだが、今回は共通の敵ということで。そんなことをいってる場合じゃない!

 

「いきなり何をする!ライダー」

 

「・・・・・・」

 

 返事がない。もはや、生気を感じない。この感覚はまるで、あの影のような。いや、まさか!?

 

「そのまさかってやつだ」

 

「アヴェンジャー・・・」

 

 相手の思っていることを読んだかのごとく、タイミングよくそう言った。

 

「こいつはもうお前のサーヴァントじゃねぇ。俺達のサーヴァントだ」

 

「闇に、飲まれたってか?馬鹿をいってんじゃねぇ!」

 

 しかし、それは目の前にある。目の前にあるのが真実であった。令呪は慎二が持っているので、そこまでは分からないが、ライダーは完璧に正気を失っている。

 

「セイバー、気を抜くんじゃねぇぞ。お前もあんな風になったら、どうしようもないからな」

「それは、分かっていますが!くっ!」

 

 セイバーとライダーは一旦離れた。ライダーの背後には、アヴェンジャーと怪物。いや。これは万事休すか?

 

「お前が本物になったんなら、こんな状況覆せるんだぜ?早いとこ思い出せよ。お前の悪意を、俺に見せてくれ」

 

「うるせぇぞ!くそ!どうすれば」

 

 わけのわからないことを言うアヴェンジャーをあしらう。しかし本当にまずい。逃げるにしても、コイツらを放ってはおけない。民間人に被害が被ることは避けなくては。

 

 次の瞬間、ライダーと怪物が特攻してきた。俺とセイバーが身構える。

 

「セイバー、令呪を使う。最大火力で宝具を!」

 

「わかりました!しかし、被害がどうなるか」

 

「コイツらが散り散りになることの方がまずい」

 

 相談している間にも、ライダーたちは近づく。

 

「くっ!やるぞ!」

 

 そう、覚悟をした瞬間だった。

 

 目が眩みそうな輝きと共に、その人はあらわれた。

 

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)

 

 

 数々の武器を召喚させ、あらわれた。

 

「我の庭で何をしている、雑種」

 

 あの日、この場所で酒を酌み交わした、金色の青年だった。

 

**********

 

 全員で家に帰っている道中、慎二に異変が起きた。

 

「くっ!う、腕が」

 

「どうした?慎二」

 

 見れば慎二の腕にあるはずの令呪が消え始めていた。

 

「慎二それ、令呪が」

 

 遠坂がそれを発見した。

 

「どうなってるんだ!ライダー!ライダー!くっそ!」

 

「慎二、またあんた変なこと」

 

「今回は知らない!でもなんで!」

 

「兄さん。ライダーに異変が起きたのではないですか?」

 

 桜が慎二のことを心配している。いや、これはライダーなのか?まぁ、そうだろう。

 

「ライダーとは念話が出来ない。何かあったんだろう。急いで衛宮の家へ戻ろう」

 

 驚くことに、慎二が先頭をきっていた。こういう言い方は失礼かもしれないが、彼からこのような言葉が出ることは、ほぼありえない。キリツグとの出会いが、彼を変えたのか。俺が、じいさんと出会ったように。

 

「そうね。アーチャー、急いで向かいなさい!」

 

「了解した、凛」

 

 霊体化を解き、その場から飛び立とうとした瞬間だった。アーチャーが、何かを察したかのように、その場に止まった。

 

「・・・どうしたのよ。早く行きなさいよ」

 

「残念だが凛、それは出来ないようだ」

 

「どういうこと、アーチャー」

 

「そういうことだぜ、嬢ちゃん」

 

 薄暗い道の先、人影がひとつ。

 

「お前は、ランサー?」

 

「おう。久し振りだな坊主」

 

 青いタイツに身を包んだ、槍兵が現れたのである。

 

「ランサー!?何の用があって」

 

「まぁ、そりゃあ戦争だろ。見たところ、セイバーと黒いマスターはいねぇようだが」

 

 そう言って、ランサーは槍を構えた。

 

「下がれ凛」

 

「え、ええ。大丈夫なの?アーチャー」

 

「当たり前だ」

 

「へっ、言ってくれるじゃねぇか。まあいいさ。弓兵ごとき、俺の槍の錆びにしてやる」

 

「その言葉、そっくりそのまま返してやる。こい、ランサー」

 

 すぐにでも、戦いを始めてしまいそうな空気だ。

 

「やめろ!こんな民家が多い場所で」

 

 俺は堪らず叫んだ。

 

「ふん。そのようだ。行くぞランサー」

 

「あいよ。次にぶちのめすのはセイバーだ。そうあのマスターに伝えておけ、坊主」

 

 そして闘気を駄々漏れにさせながら、どこかへ飛び去っていった。

 

「いいのか?遠坂」

 

「いいわよ。とりあえず、家へ戻りましょう」

 

「その心配は必要ないわ」

 

 どこからか声が響いた。妖艶な女の声。

 

「キャスター?どうしてここに」

 

「どうしてって。異変が起こったからに決まっているでしょう」

 

 その声と共に、キャスターが霊体化を解いた。

 

「マスターとのパスが揺らいでいる。何かがあったのでしょう」

 

「待てよ。それって、一緒にいなかったってことか?」

 

「そうね。マスターたちは、出掛けていった。私を置いてね」

 

 なんだか、含みのある言い方だがこれで家へ帰る必要はなくなった。

 

「場所は分かるのか?」

 

「少しなら。けれどあなたたち全員を連れていく必要はないわね」

 

「だ、だったら僕を連れていってくれ!」

 

 そう言ったのは慎二だった。

 

「慎二だけじゃ危ない。俺たちも」

 

「衛宮は黙ってろ!ライダーは僕のサーヴァントだ。マスターの僕がいかないでどうする。それに、キリツグさんに何かあったなら・・・」

 

「慎二・・・」

 

 関心したかのように呟き眺める遠坂。

 

「だったら私も」

 

「桜はだめだ。お前は衛宮たちと一緒に・・・」

 

 桜もそう言ったが、慎二に制されてしまった。しかし。

 

「ライダーは元々私のサーヴァントです。兄さんがいくと言うのなら、私だって!」

 

「桜、お前」

 

 慎二なりの心配だったのか。しかし、それも桜によって制される。慎二の変化が、桜にも影響したのだろうか。いい変化だ。

 

「分かったわ。あなたたち二人を連れていくわ。残りの二人は、帰っていなさい」

 

「そんな!俺たちだって」

 

「いいの?鍵を開けたまま出てきたのだけれど」

 

「な!?」

 

 忘れたのか、計画通りだったのか分からないが、確かに帰らないと。しかし。

 

「いいわよ。キャスターに任せましょう。それに、キリツグだっているんでしょ?だったら大丈夫よ」

 

 そう言い切る遠坂だった。

 

「えらくキリツグの事を信頼しているんだな」

 

「ま、まあね。とにかく行くわよ士郎」

 

 そう言って、俺たちはその場を離れた。

 

 そして、3人が見えなくなる所まで来た。

 

「本当によかったのか?桜だって・・・」

 

「あの子がああやって自分から言ったのよ。あの子の意見を尊重してるだけ」

 

 そうは言っているが、顔は心配していた。

 

「アーチャー、聞こえる?」

 

 遠坂は念話で話しかけた。

 

「私はここだ、凛」

 

 すぐ背後からその声はしていた。驚き、振り向けばそこにはアーチャーがいたのである。

 

「アーチャー?なんでここに。あんたは、ランサーと」

 

「もちろんだ。どうやら、戦闘が目的ではなく、足止めが目的だったらしい。もしくは、特定の誰かをキリツグの元へと導くために、私との戦闘を装った、とでも言えようか」

 

 見たところそのようだ。彼の体には傷という傷が見当たらなかった。

 

「もっとも、それはヤツのマスターの命令であり、ヤツ自身の目的ではなかったようだが」

 

「どういう意味よ、アーチャー」

 

 アーチャーから告げられたのは、思いもよらないことであった。それ故に俺たちはそれを告げられたのにも関わらず、ただ呆然と立ち尽くしてしまった。

 

「どうやら、これは聖杯戦争ではないらしい」

 

*********

 

「お、王さま?」

 

「ギルガメッシュ!」

 

「え?」

 

「え?!」

 

 マスターと私は、同時に違うことを叫んだ。

 

「おま、ギルガメッシュって、この人が、お前の言った?」

 

「え、ええ。いや、それよりも、マスター!この男と顔見知りだったのですか?」

 

 二人して困惑していた。この状況もだが、マスターがこの男と知り合いであったなんて。

 

 マスターから伝えられていなかったことに、セイバーは少し憤慨していた。少し憤慨というのも、おかしな話だが。

 

「まさかあんたがギルガメッシュだったとはなー。久し振り」

 

「フン。貴様、我が誰か判らずに酒を酌み交わしていたというのか?不敬。しかしよい。今宵は許そう」

 

「マ、マスター」

 

 マスターが、ギルガメッシュと気兼ねなく話している。何も考えていないマスターもそうだが、そのように扱われているギルガメッシュも満更ではなさそうな。いや、ただ興味がないだけ?であれば、すぐにやられてしまっているはず。

 

 その時、セイバーには彼らが同じ場所に立っているように見えていた。自分を外して。

 

「久方ぶりだな、セイバー」

 

「何のようだ!ギルガメッシュ!」

 

「そう憤るな、器が知れるぞセイバー。いや、貴様は、違ったのだったな」

 

 あのときの話がよみがえる。彼の言った偽物ということの真意。今なら聞き出せるかもしれない。しかし、状況がそうはさせなかった。

 

「助けてくれたのはいいが、王さま。あんた、今回の戦争のサーヴァントだったんだな」

 

「おかしなことを言うではない。我は、我の回りにいる蝿を潰しただけにすぎん。救った覚えはない」

 

「ツンデレかよ。・・・まあ、いいか。あんた、あれをどう見る」

 

 そう尋ねられると、考える素振りもなくすぐに答えた。

 

「なに。あれはただの泥だ」

 

「泥?」

 

「ああ。聖なる杯に溜められた、忌々しい、本性」

 

「本性・・・。いったい、誰の」

 

 私がそういうと、ギルガメッシュは私を見つめた。

 

 そうして、ひとつ間をおき答える。

 

「人間だ」

 

「ったく、あぶねぇじゃねぇか」

 

 砂煙の舞う中、アヴェンジャーが姿を現した。同時に、影の怪物も再び現れ始めた。

 

「英雄がこんなことしていいのか?」

 

 不敵な笑みを浮かべ、そう訪ねる。

 

「黙れ。貴様ごときの顔を、我に向けるでない。とく頭を垂れよ」

 

「へいへい。だが、今回は退かせてもらうぜ。あんたが出てくるなら話が変わる」

 

 現れた怪物を消し、その場を去ろうとする。

 

「逃がすと思うか、下朗」

 

「俺は最弱なんだ。最優のサーヴァントと、最強のサーヴァントが相手じゃ、結果は見えている。ま、勝つことが目的じゃあないんだがな。今回は、お前らに譲ってやるよ」

 

 ニヤニヤとほくそ笑みながら、アヴェンジャーは闇へと溶けていく。英雄王は逃がすまいと、その闇に対して宝具を放った。

 

「無駄だぜ英雄王。とにかく今は退く。それと、キリツグ」

 

 アヴェンジャーはマスターへと声を掛けた。

 

「・・・・・・」

 

 マスターは声もなくそれに応じる。

 

「お前の本当を知りたかったら、俺の所に来い。無論、一人でな。来なければならないということはない。ただ、お前が変化を望むなら、俺を探せ」

 

 その瞬間、我々と敵との間に新しい影が現れた。

 

「ん?なんだ?」

 

 砂煙が舞う。英雄王を除く全員が、それを固唾を飲んで見守った。

 

「あら、もう終わり?」

 

 現れたのは、キャスターと、間桐兄妹であった。

 

「キリツグさん!ライダー!」

 

 慎二が叫ぶ。

 

「あらら。タイミングよく、器の方から来てくれたのか。天は俺に味方している」

 

 霊体化寸前であった体をアヴェンジャーは元に戻し、完全に実体化した。

 

「架空元素・虚数の属性をもつ魔術師はそういない。さらに言えば、間桐のもつ吸収の魔術。俺たち側他ならない」

 

 何かを呟いたアヴェンジャー。次の瞬間、アヴェンジャーは桜の背後へと現れた。

 

「だから、お前を貰うぞ」

 

「え?!」

 

「さッ!?」

 

 影が、桜を包む。そして、何も見えなくなった。

 

「桜!」

 

「よっと・・・」

 

 アヴェンジャーはまた、距離をとる。

 

「キリツグ!もうひとつ追加だ。俺の話を聞きたかったら、尚且つこの娘を救いたかったら俺の所に来い。もう一度いうが、一人で、な」

 

「ま、待て!」

 

 慎二が勢いよく叫ぶ。そして、全速力でアヴェンジャーに向かっていった。しかしそれも空しく、空振りに終わった。

 

 そして、何もいなくなった。

 

**********

 

「私のせいよね。私としたことが、彼女の属性のことは知っていたのに。だからこそ、使えると思ったのだけれど」

 

 ギルガメッシュを除く俺たちは帰路についていた。あのあと、ギルガメッシュはさも興味をなくしたかのように、何も言わず消えていった。彼が現れたのは、何故なのか。俺たちを救うため?ただの気まぐれ?今となっては、確かめる術はなかった。

 

「キャスター!お前のせいに決まっているだろ!何故守らなかった!お前はサーヴァントだろ!」

 

「やめろ慎二。あれは誰のせいでもない。なるべくしてそうなった。おそらくそうなんだろう」

 

 蟲爺の一件のさい、気づくべきだった。彼女の中に秘めるもののことを。違和感ってのは、それだったのか。ライダー戦のときに出会った黒い大群。それのことを覚えていなかったことが、今回の失敗の原因。誰のせいでもないとは言ったが、そういう面では俺のせいなんだろう。くそ!折角あの子を救えたのに。あの子を救い出せたのに。水の泡になってしまった。

 

 しかし、アヴェンジャーの言ったこと。その真意を確かめたい。もちろん、彼女を救いたいってのが一番だ。しかし、それと同じくらいか、ヤツの知っている、俺のことを知りたかった。

 

「こんなことは、だめだな」

 

「マスター」

 

「ん?」

 

 キャスターがローブの頭の部分を脱いで、こっちを向いた。また、あの顔だ。何かを諦めたような顔。

 

「アナタ、救いにいくのよね?」

 

「あたり、まえだ。もちろん、ひとりでな」

 

 言葉に詰まった。救うため?それとは違うことも考えてた自分が恥ずかしかった。いや、それでも、俺は。

 

「キリツグさん、僕も」

 

「駄目だ」

 

「何故!?桜は僕の妹で・・・」

 

「俺たちは人質を取られているのと同じだ。相手の条件を飲まずして行ったところでどうなる?どうなるかわからないだろ」

 

「それは・・・」

 

 慎二の熱い心を目の当たりにした。士郎の言った、根はいいやつってのも、案外真実味が出てきた。

 

「とにかく、1度帰って、作戦会議だ。士郎に言えばどうなるか目に見えているが、言わないわけにはいかないだろう」

 

「士郎の性格を考えると・・・」

 

 セイバーが心配そうな目で俺を見つめる。

 

「大丈夫だよ、セイバー。なんとかなるさ。いや、なんとかしなきゃいけないんだ」

 

 俺たちは、その場を去ることにする。先程まではあれほど賑わっていたのに、今では気持ち悪いほど静かだ。

 

 これから、どうすればいい?彼女を救ったあとは?もし、あの影の正体が・・・。いや、そこまで考えるのはやめよう。考えるのを完了してしまったら、きっと分かってしまう。

 

 彼らの背後では、大きな月がうすら笑っているかのように光続けていた。

 

 



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#17 記憶

「・・・・・・う、ん」

 

 暗い暗い場所で、少女は目を醒ます。風が不気味なほどに音をたて、吹きすさぶなか、少女は辺りを見回した。

 

「ここ、は?」

 

 少女の頭は理解に及ばなかった。確か、あのときキリツグさんの所へ行って、それで。

 

 そこから先が曖昧だ。しかし、眠ってどれくらいたったのだろう。扉もなければ、窓もない。そんな場所ゆえに今がいつなのか、はっきりとわかることはなかった。

 

「よぉ、目ぇ醒ましたか」

 

 不意に、背後から声をかけられる。驚いて振り向くと、その瞬間うっすらと明かりがついた。

 

「あなた、は?」

 

 そこにいたのは、見知った人間だった。いや、似ているだけだ。だからこそ、誰だと問うたのだ。

 

 それはキリツグに似ていた。体は浅黒く、奇妙な入れ墨を施されているが、それでも似ていた。容姿だけではない。何故か別のなにかも似ているように感じたのである。

 

「俺は、お前を理解するものだ」

 

**********

 

 キリツグはまたも縁側で遠坂と二人でいた。しかし今回は、遠坂は眠っていない。グーパン食らわされる心配はないだろう。

 

「いやー、静かだなぁ」

 

「・・・・・・」

 

 遠坂に聞いてみる。しかし、応答はない。

 

「ここにいるのは俺ひとりかなー?」

 

「あなたは」

 

 遠坂は口を開いた。先ほど起こったことを話してから初めて口を開いた。

 

「あなたは、なぜ守れなかったの」

 

「・・・・・」

 

 声のトーンは普通だ。端から見れば、普通の、ただの、どこにでもありうる会話。しかし、状況を知っているキリツグからすれば、それは悲痛な叫びに他ならなかった。

 

「いえ。違うわね。あれは、私のせいよ。私の誤り」

 

「違うな。あれは、俺の失敗だ」

 

 今度はシリアスな声のトーンで話す。

 

「俺が気を抜いたからだ。言い訳にしか聞こえないだろうが、あのときは桜のことは考えてられなかった」

 

 遠坂が何を思っているか分からない顔をこちらに向けた。

 

「大丈夫さ。俺がなんとかする」

 

「でも」

 

「しなきゃならんのだよ。そうしないと気がすまない。そういうもんだろ?男ってのは」

 

 遠坂の瞳に滴が溜まる。

 

 そうだったな。この子も、まだ、ただの女の子だった。

 

「それで悪いが、士郎のことを頼む。あれは、恐らく耐えられないだろう」

 

 アイツもどうしようもなく男なんだが、異常なほどに正義の執行者だ。アイツの性格上、助けにいく他、考えることはないだろう。

 

「ええ。分かったわ。ありがとう、キリツグ」

 

「それは、俺が帰ってきたときに取っておいてくれ」

 

 そして俺は縁側から庭へと出る。

 

 サァーっと、優しい風が吹いた。

 

「キリツグ・・・・・・桜を、お願い」

 

 そう言われた俺は、遠坂の方に向き直した。そして、サムズアップポーズをして、衛宮邸を出た。

 

 背後に弓兵の魔力を感じながら。

 

**********

 

「まさかここまで事が早く進むとはな」

 

 そこは教会。対峙するのは神父と入れ墨の男。

 

「はじめは驚いたぜ。お前みたいな神父が、俺みたいな反英雄に話をもちかけるなど。神様には程遠いが」

 

「神とは、それぞれの中にあるものだ。形をもつものではない」

 

 薄暗い礼拝堂で語り合う二人だった。入れ墨の男は不適な笑みを浮かべる。

 

「あんたの願い。この偽聖杯が本物になり得たならば、叶えられるだろう。だが、これは違うものだ。アインツベルンの物ではない。故にちゃんとした器も存在していない。アインツベルンのガキを器に出来るかどうかも、わからん」

 

「心配はいらないだろう。時が来ればいずれな。お前のほうは、器足り得るものを手に入れたのだろう?」

 

 今度は神父が笑った。

 

「やっぱりか。あれをよこしたのはお前だったのか。なるほど、だからこそ、ここまで早く事が進んだわけか」

「私の愉悦のためだ」

 

「ふうん。まぁいい。ここで俺は失礼するよ。恐らくだが、客人が来るはずなのでね」

「ああ。よい夜を」

 

 そう言って、入れ墨の男は礼拝堂を後にした。そのすぐあと、奥からは重々しい足音が近づいていた。

 

「ふん。あのような泥と手を組むなど。貴様も落ちたものだな」

 

「ギルガメッシュか」

 

 ライダースーツの青年、英雄王ギルガメッシュが現れた。

 

「事と次第によっては、貴様の命もここまでだ。この我を、飽きさせてくれるなよ」

 

 それだけ告げてギルガメッシュは霊体化していった。

 

「飽きる、か」

 

 神父は遠い目でどこかを見る。

 

「既に私は、この世界に飽きているのかもしれないな、衛宮切嗣よ」

 

*********

 

「なぁそろそろ姿を現してもいいんじゃないか?アーチャー」

 

 キリツグはなにもない空間に声をかけた。既視感。まぁいいか。

 

「勝手な行動は許さないとあの男に釘を指したのにも関わらず、お前は一人で行動か?キリツグ」

 

 霊体化を解いたアーチャーからそう言われた。

 

 あの男とはもしかしなくても士郎のことを言っているのだろう。まぁ、そうだろうな。これじゃあ、言ってることとやってることがおかしい。

 

 しかし今回のこれは、士郎の無鉄砲とは違う。勝算ありきのものだ。それがなければ、一人では行かない。

 

「お前もいるじゃないか」

 

「ふん」

 

 アーチャーはキリツグから視線をはずし、遠くを見るような目で話始めた。

 

「お前は、私と同じ存在だ。それはお前が言っていたこと。それに加えて境遇も似ているとはな」

 

「アーチャーは、分かっていたのか?俺のことを」

 

「薄々はな。お前も気付いてはいたんじゃないのか?」

 

 気付く、か。確かに気付いてはいたのかもしれない。だが、誰からも言葉にされなかった。だからこそ、現実を目の当たりにすることはなかった。しかし、アヴェンジャーの言葉で、それは確実性をおびはじめた。あのときは、なにも分からない振りをしたんだが。

 

 セイバーも、いたしな。

 

「さあな。それを確かめるために会いに行くだけだ。アーチャーも、教えてくれるのか?」

 

「時が来ればだ。しかし、教える前に私の悲願は達成されるのかもしれん。いや、達成させると言った方が適している」

 

 アーチャーの顔は見えないが、声はどことなく寂しそうだ。

 

「ともかく、まだ俺たちは協力関係ってことでいいのか?」

 

「それは、お前が決めることさ。私はしがない弓兵。記憶喪失の名もない英雄を演じるだけだ」

 

 アーチャーの願い。彼の口から告げられない限り、確証は持てないが恐らく、その願いは俺の決めたこととは相反しているはずだ。こういうところは似ているのか?いや。

 

「お前、面倒くせぇな」

 

「五月蝿い。お前に言われたくないな」

 

「まあいいか。とりあえず霊体化しとけ。一応一人で行くってことになってるからな」

 

 そして、アーチャーは何も言わずに霊体化していった。

 

 また、俺一人の空間が出来上がる。

 

 俺はこれから、どうすればいい?話を聞いたとしてどうにかなるわけでもない。

 

「本当に、儘ならないな」

 

 俺は、アヴェンジャーの元へと急ぐ。

 

**********

 

「俺は行く!キリツグがそうしたなら、俺だって」

 

 衛宮邸では士郎が深夜にも関わらず叫んでいた。

 

「行かせることはできないわね。アナタが行っても足手まとい。それに一人でということだったしね」

 

「遠坂は、心配じゃないのか?」

 

 そう問われる凛の心のなかはぐるぐると回っていた。

 

「心配よ。当たり前じゃない。だけど、私はキリツグを信用してるは。彼なら必ず桜を助け出してくれる、はずよ」

 

 確証はなかった。だが、今はそう思うしかなかった。

 

「士郎。マスターを待ちましょう」

 

「セイバーも!?俺だって、キリツグを信用してるさ!だけど、何かしないわけにはいかないんだよ!」

 

 悲痛な叫び。士郎から発せられたのは力を持たないものの叫びなのか。

 

「少し黙っていなさい、坊や。アナタのそれは心配なんかじゃないわ。自らの正義が執行できない悔しさ。そうなんじゃないの?」

 

 キャスターの言葉は、士郎の心を抉った。士郎自身はそんなこと思っていない。しかし、それでも彼の心は抉られていたのだ。

 

「そんなこと・・・」

 

「僕たちにはキリツグさんを待つ義務がある。衛宮。少し黙れ」

 

 慎二がそんなことを言った。かく言う慎二も動きたくてしょうがないと言った様子だった。

 

「私たちはここを守るの。彼らの帰ってくる場所をね。それに、アーチャーも向かったわ。多分、大丈夫」

 

 力を持たない俺の心は荒んでいた。こういうときに役に立てない事ほど、悔しいことはない。俺はなんのために鍛錬を、セイバーと稽古をつけていたんだ?

 

 こういうときのためじゃないか!

 

「俺は、行く。行かなければならない。でないと、俺が、俺の心が、壊れてしまう!」

 

「士郎!」

 

 士郎は叫んだ。心の内を叫んだ。彼を彼足らしめているものが、声を発した。

 

 そんな討論を繰り広げているなか、ソイツは現れた。

 

「さすがだねぇ坊主。男じゃねえか」

 

「?!」

 

 なにもない所から声がする。この声は・・・。

 

「ランサー!あんたは、また来たの?!」

 

「おうおうそう叫ぶなよ、嬢ちゃん。今回は、いや、今回もか。争うために来たわけじゃねえ。マスターの命令じゃねえしな。単独行動だ」

 

 ランサーが肩に槍を抱えながら、現れた。

 

「キャスター!あなたも何故気付かなかったの?!」

 

「何もしてこなかったから。何かをしていたら、即殺していたわ」

 

「おう、怖ぇ怖ぇ」

 

 ランサーはヘラヘラと笑う。俺達が戦闘態勢をとっているなかだ。流石は英雄というべきか。確か、クーフーリンと言っていたか?ケルトの英雄。

 

「話がある、坊主」

 

「な、なんだよ」

 

 一呼吸おいて、ランサーは答えた。

 

「お前のプライドを折らない闘い、手伝ってやるよ」

 

**********

 

「ここで間違いないだろう」

 

 アーチャーが霊体化を解かず俺にそう告げた。目の前にあるのは古い洋館。知れ渡っているのならば、お化け屋敷とか、そういう風な呼び名がついていることだろう。それほど、ここは奇妙だった。

 

「確かに、風情は出てるな」

 

 俺は恐る恐る近づき、洋館の扉のノブへと手をかけた。

 

「・・・・・・」

 

 扉はギィという音をたて、開く。

 

 中も風情を裏切っていなかった。壊れた家具に、ホコリの匂い。人が住むには少し大変そうだ。

 

 俺は辺りを見回した。月明かりだけだ洋館内を照らしている。

 

「来たぞ、アヴェンジャー」

 

 俺は叫んだ。高い天井だからか、声が反響していた。

 

「おう、よく来たな」

 

 更に薄暗い、数ある部屋の一室から、声がした。

 

「こっちへこい」

 

 俺は声のする方向へと向かった。

 

 その部屋の扉を開く。そこは大きな窓があり、月の強い光が差し込んでいた。

 

 アヴェンジャーは部屋にある椅子にあぐらをかきながら座っていた。こいつ、器用なことをする。

 

「よくここが分かったな」

 

 不敵な笑みを浮かべ、そう言った。

 

「まあな」

 

「そこにいるアーチャーのお陰か?」

 

 気付かれている。まぁ当たり前か。最弱とはいえこいつもサーヴァント。

 

「バレたか。まぁいいさ。アーチャー、出てこい」

 

「了解した」

 

 そう言われアーチャーは霊体化を解いた。

 

「約束とちげぇなぁ。確か一人でこいと言ったが」

 

「勝手に着いてきたんだ。仕方ないだろ」

 

「へぇ?まあ、一人でこいって言ったのは、お前のためなんだがな」

 

 アヴェンジャーは胡座をとき、椅子に座り直した。とは言っても礼儀のなってない格好にはかわりない。

 

「さて、桜を渡せ」

 

 そう言ったのだが、アヴェンジャー少しおかしな顔をした。

 

「あ?ちげぇだろ。お前が言いたいのは、『俺のことを教えろ』じゃないのか?」

 

「それも知りたいさ。だが、それは2番目だ。桜を救わにゃ、意味ないだろ」

 

「偽善者ぶるなよ、お前のクセに。・・・・・・まぁ、いい。桜はこの奥にいる」

 アヴェンジャーとキリツグはにらみあった。キリツグは明確な嫌悪。しかしアヴェンジャーの視線は、それとは違う。いや、これも嫌悪なのだろう。言うなれば、同族嫌悪か。

 

「急がなくても、大丈夫。なにもしていないんだからな。まぁ、流石に彼処にずっといるのは体に悪いが」

 

 そのやり取りを見ているアーチャーは、ずっと黙りこくったままだった。話に入れないのか、入ることをしないのか。アーチャーの場合は後者だろうが。

 

「とりあえず聞いとけ。お前のためにはなる話だからな」

 

 キリツグは人知れず息を飲んだ。

 

「じゃあまず、どこから話そうか。そうだな。俺が生まれたときから、だな」

 

*********

 

 俺達が生まれたのは第三次聖杯戦争の最中。アインツベルンが無茶な方法でサーヴァントを召喚した結果、アヴェンジャーという悪の塊が産まれ出でた。

 

 しかしまぁ、お前も知っている通り、俺は最弱のサーヴァント。英雄がぞろぞろいるこの聖杯戦争で生き残れるはずがない。

 

 アインツベルンの策略もむなしく、俺はすぐに敗退し、聖杯へと帰っていったわけだ。

 

 だが、そこからが間違いだったのさ。

 

 もちろん、俺という悪を呼び出した時点で、間違いは起きていた。しかし、聖杯へと帰ったことで、それは完遂された。

 

 俺という悪が、聖杯を汚染した。

 

 それ以降、英雄とされない者さえもがサーヴァントとして召喚されるようになったってのは、まぁ関係ないか。

 

 第三次は、聖杯の「器」が破壊されたことにより終結した。

 

 そして、ここからお前の物語が始まる。

 

 聖杯戦争の関係者として裏方に徹していたある魔術師が、聖杯のかけらを手にいれた。無論、偶然ではない。自らの意思で探し、見つけ出した。

 

 その魔術師は、それを故郷へともって帰り、これを利用できないかと考えた。

 

 故郷には数人の魔術師がいてな。魔術師たちはこのかけらを使って、擬似的な聖杯戦争を起こせないかと考えたのさ。

 

 聖遺物なら問題なかった。なんせ、そこは騎士王アーサー・ペンドラゴンの生まれた地とされる場所であり、そこにはあの、聖剣の鞘が存在していた。

 

 まぁ、今その場所はなく、鞘も紛失したとされているが。

 

 魔術師たちは、聖杯召喚の儀を執り行った。

 

 しかし、失敗に終わった。名もない魔術師の集まりだ。高貴な家柄の者など一人もいない。失敗は、目に見えていた。さらに、歪んだ聖杯ならざる物が産まれてしまい、魔術師たちはそこに飲まれてしまった。

 

 この騒ぎは、誰の目にも止まることなく、終わりを告げた、かに見えた。

 

 それから約70年後、ある英雄の墓の前に、一人の赤ん坊が召喚された。

 

 生まれた、とか置き去りにされた、とかじゃない。召喚されたのだ。つまり、あの時に行われた召喚の儀は成功していたのさ。数人の魔術師の命と、70年でコツコツと組み上げられてきたエネルギーによって。

 

 そいつは、サーヴァントだった。

 

 1本の剣、聖剣を抱えながら産声をあげた。

 

 そう、そいつは騎士王アーサー・ペンドラゴンその人だった。

 

 

**********

 

「・・・・・・」

 

「なんだ?それほど驚いていないようだが」

 

 キリツグは、アヴェンジャーの話を聞いても表情ひとつ変えなかった。依然として、姫を救う騎士のような面持ちである。

 

「驚いてないってのは、嘘だ。今じゃ、俺んなかの何かが、こう、グルグル回ってるよ」

 

「ふうん・・・」

 

 アヴェンジャーは面白くない、とでも言いたげな顔を向ける。

 

「まぁいい。その先を話そうか。もしかしたら、ここからお前の記憶と一致していくだろう」

 

**********

 

 赤ん坊として召喚されちまったのは、魔力の不足と儀式が不完全だったためだ。ただ、呼ばれている最中に退行したわけじゃない。そいつは元々赤ん坊だったんだよ。

 

 まだ物心もつかない、純粋な光と闇を持つ生命に、俺たちは目をつけた。正規の聖杯ではない故に、俺達側からの接触も容易だったのさ。だからこそ、その時の状況と、「これから」を考え、赤ん坊の時代から召喚した。

 

 もちろん、英雄アーサー王じゃない。ただの赤子のアーサーだ。王でもなければ、英雄でもない。さっきいったろ?英雄じゃないものでも召喚されるようになったって。こういうこともあったのさ。

 

 だからこそ、何色にでも染まるはずだと考えた。俺たちはその赤ん坊を、泥に浸した。

 

 しかし俺たちの泥を一身に受けた赤ん坊は、あろうことか受肉してしまった。これは、俺たちにとっても計算外だった。こんなことになろうとは。他のサーヴァントを召喚させようにも、魔力もなにも残ってない。故に俺たちは、その事象を放棄し、次の機会を待った。

 

 だがここでひとつ問題が起きる。それは、アーサー王のいる時代の未来だ。アーサー王になりうる人間が召喚され、受肉されてしまっては、誰がアーサー王になる?

 

 しかし、それは些細なことだった。

 

 本物のアーサーの家族は、息子の失踪に嘆き、それを打ち払うかのように、また子を成した。

 

 次の子供は女の子。

 

 名をアルトリア。アルトリア・ペンドラゴン。

 

 その娘が、今現在どのように扱われているかは、容易に想像できるだろう?

 

 歴史には強制力というものがある。あるひとつの転機に至るまでに、無理矢理アーサー王という存在を作り上げたのだ。それが、アーサー・ペンドラゴン。今の歴史のアーサー王だ。

 

 何故聖杯戦争におけるアーサー王は女なのか。それは、まぁ、俺たちの仕業ってわけだ。

 

 だが勘違いするなよ?俺達が無理矢理作り出した訳じゃない。歴史がそうさせたんだ。

 

 それに、お前がここに来なければ、アルトリアは産まれなかった。言い方は悪いが、アイツはお前の代わり。でもよかったじゃないか。兄妹が、遠く離れたこの土地と、時代で出会えたのだから。

 

**********

 

「なるほどな。やっぱり俺は、ただのにんげんじゃあなかったのか」

 

「いろいろと匂わせていたつもりだったんだがな。お前が違うものに染まっていったおかげで、お前の中の俺たちは、さっぱりお前への干渉ができなくなっていった」

 

 外は強い風が吹いているのか、窓をガタガタと震わせていた。

 

「どういうことだ?この世全ての悪が、俺の中にいたってのか?」

 

「黙って聞いてろ。最後まで話してやる。お前が自分を保っていられるか、それが問題なんだが。まぁ、それは心配いらないか」

 

**********

 

「ランサー・・・。ランサー!」

 

 士郎は走っていくランサーの背中をやっとのことで追いかけられていた。その背中に対し、声を投げかける。

 

「なんだよ坊主」

 

 うるさいとでも言いたげに、気だるそうに答えた。

 

「お前は、なぜ俺に協力する?」

 

 それを聞いたランサーは足を止めた。いきなり止まったので、背中にぶつかってしまった。

 

「っ・・・!急に止まるなよ!」

 

「俺はただ、あの男が気に入らないだけだ。いや、目的もあるんだろうがな。それは、達成出来てから話すことにする。それまでは、不可侵だ」

 

 士郎の目を一真に見つめ、そういった。

 

「ランサー・・・。何か、あるのか?」

 

「言ったろ?不可侵だと。先を急ぐぞ。あの黒いマスターが、どうなるか。もしかすれば、お前にかかってる」

 

 それ以降は、言葉を交わさずに走る。

 

 この男は、悪い奴じゃない。根拠はないが、そう思った。走る背中を追いかけながら。

 

 ランサーの目的。この男なりの正義があるのか。そうであると信じていたい。



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#18 決意

投稿日を間違えてしまい、未完成のまま投稿してしまいました。
申し訳ありませんでした。


「ねぇ、セイバー?」

 

 人の少なくなった衛宮邸で、凛がセイバーに問いかけた。

 

「なんでしょうか、凛」

 

「私はどうすればいいのかしらね」

 

「・・・いきなり、どうしたのですか?」

 

 凛の顔は相も変わらず暗かった。声色は、言わずもがな、である。

 

「結局、士郎を止めることが出来なかった。キリツグと、約束したのに」

 

 士郎を止めると、約束した。キリツグにそう言った。桜を救う代わりに、というわけではないが、こういうことになると、私という存在に、いささか不機嫌になる。

 

「仕方ないです。士郎は、ああいう人ですから」

 

「それでもよ。私は、私として、士郎を止めておくべきだった。それは変わらないでしょう?」

 

「それは・・・。しかし、今はランサーが共にいます」

 

「そんなこと、信用ならないわよ」

 

 桜が拐われてから、凛の様子はおかしかった。実の妹がそうなってしまったのだ。そうならないはずがない。しかし、凛だ。凛ならば、士郎と共に行くと言うだろうと思ったのだが。

 

「凜は、行かなくてよかったのですか?」

 

「行きたいか、と聞かれていたら、行きたいと答える他なかったわ。だけど、彼は自分が救うと言った。どこぞの英雄みたいにね」

 

 どこか遠くを見つめる。その時、その先にキャスターが現れた。

 

「まだまだ幼いわね、小娘」

 

「キャスター」

 

 キャスターはいつものローブではなく、この時代の人間が着るような服に変わっていた。

 

「うるさいわね、しょうがないでしょ。実の妹なんだから。あんたも同じ立場になれば・・・」

 

「そんなもの、まだ私が青い頃に捨てたわ。いえ、捨てられた、と言うべきね」

 

 そう言って、座布団に正座した。

 

「遠坂凛。あなたはそんな小娘だったかしら?」

 

「キャスター」

 

 セイバーがキャスターを見る。

 

「あなたは、そんな弱い女だったのかしら?」

 

「わたし、は」

 

 凛は俯く。そして、口を閉じた。

 

「ちょっとセイバー」

 

 キャスターが凛に聞こえないくらいの声でセイバーを呼んだ。

 

「なんですか?キャスター」

 

「あの小娘を見ていなさい。あの子、危ないわよ。すごく」

 

「危ない?」

 

「ええ。どこか不安定。まるでなにか悪いものに晒されたみたいに。だから、見ていなさい」

 

「え、ええ」

 

 セイバーは不思議なかおをして、凛の側へいった。

 

「これであの妹が死んででもしたら、大変よ。マスター、はやく帰ってきなさい」

**********

 

「話はもう終わりか?」

 

 

 洋館の一室、キリツグ、アヴェンジャー、アーチャーの3人はまだ、佇んでいた。

 

 

「焦るなっていったろ?まだまだ物語は続く。終わりへとな」

 

「いちいち意味深なことを言うんだな、お前」

 

「当たり前だろ。俺はアヴェンジャー。この世全ての悪(アンリマユ)だ。そうせざるを得ないんだよ」

 

 二人の会話を眺めるだけの、アーチャーは何を思っているのか。キリツグは、ふと、そう考えた。

 

 いや、今はそんなことどうでもいいか。まずは、聞くことが先決だ。

 

 

**********

 

 その子どもは、皮肉なことにアーサーと名付けられた。その後、マスターの知人である、とある魔術師に育てられた。

 

 名もない魔術師。しかし、関係ないわけではなかった。その魔術師は、さっき言った偽聖杯召喚の儀に携わった魔術師の近親者だった。

 

 彼はアーサーを見て思った。この子はサーヴァントだと。子どもながらに見た、あの事件から聖杯戦争について調べていたからだ。

 

 この子の召喚には責任がある。魔術師はそう考えた。しかしマスターに選ばれたのは自分の孫。エミリア・ペンドラゴン。孫から戦いを遠ざけるためにその魔術師は、赤ん坊を人間として育てた。はじめは、サーヴァントが成長するのだろうか、という疑問があったが、その赤ん坊はすくすくと成長していった。

 

 当たり前だよなぁ。なんせ、そいつは受肉してるんだから。だが、成長していくごとに魔術師は、そのガキの中にある途方もないものに気づき始めていた。そうだ。そいつのなかには俺達が入ってる。聖杯戦争について調べていたといっても、この世全ての悪(アンリマユ)のことまでは知らなかったんだろうな。

 

 それからおよそ1年。ある事件が起きた。村の中にいる家畜が一匹残らず殺されていたんだ。村人は犯人を探した。だが、見つからなかった。それもそのはずだ。犯人は産まれて1年のガキだったんだから。しかし、村人の一人が犯行現場を目撃した。小さな影が、刃物をもって徘徊していたんだ。

 

 それから村人による魔女狩りのようなものが始まった。対象者はただひとり。一人の子どもだ。魔術師は、実を言うと気付いていた。誰が犯人か。しかし、言い出せなかった。いや、言っても意味ないことを分かっていた。子どもにあんなことが出来るか、と。それでもバレてしまったんだから仕方ない。

 

 子どもの身をあんじた魔術師は、自分が命令したと言った。それから怒りの矛先は、言うまでもないだろう。その後、魔術師の行方は分からない。どこかでのたれ死んだか。それとも村人に殺されたか。まぁ、それから元の状態に戻ったんだから後者が正解なんだろう。

 

 ここで種明かしをしておくと、それをやったのはアーサーじゃない。アーサーの中の俺達がやらせた。子どもにはまったく意識がない。いや、それ以前からその子どもからは意識というか、意思というものが感じられなかった。

 

 そいつは途方もなく空っぽだ。何色にでも染まる。俺たちの計画は成功へと進んでいた。しかし、一人の少女がそれを食い止めた。

 

 エミリア。彼女がその子を人知れず引き取り、育てた。祖父の訃報を聞き、ロンドンから帰ってきたからだ。祖父の遺志を継ぎ、彼をサーヴァントとしてではなく、人間として育てるために。

 

 それから、子どもへの干渉が出来なくなっていった。よかったな?今のお前がいるのは、エミリアのおかげだ。まぁ、そのことすらお前は覚えてないだろうが。

 

 村外れに小屋を建て、二人で暮らした。愛情によって、アーサーの人間性が生まれるまで、だ。

 

 だが、俺達はそれをよしとしなかった。干渉が完全に出来なくなったとき、数年で貯まった魔力を全て使うことを決意したのさ。

 

 アーサーが4つになる頃、俺達は影を召喚した。俺たちの分身。それぞれサーヴァントのクラスを適応させた不完全なサーヴァント。それらを村に解き放ち、村人を殺させ生命力を奪った。

 

 エミリアは思った。聖杯戦争が始まった、と。まぁ、こんなもの聖杯戦争でもなんでもない。言うなればただの殺戮だ。それでも彼女の中の正義は燃え盛った。村人を救うために影へと立ち向かった。所詮俺たちの複製品だからな。倒そうと思えば倒せる。だが、数が数だった。

 

**********

 

「どうなっているのですか。これは。あれが英霊?バカなことを。あんなもの!」

 

 エミリアは6体のサーヴァントと対峙していた。サーヴァント。いや、あれは影だ。

 

「お前一人で俺たちに勝とうってのか?」

 

 6体の影の後ろから全身入れ墨を施した男が現れた。

 

「お前の仕業か!マスター?いや、それともサーヴァントか?!」

 

「マスターでもありサーヴァントでもある。大丈夫さ。それでも状況が変わらない。さぁ、死合おう」

 

 6体の内の双剣を持ったものが、猛攻を仕掛けてきた。エミリアは、アーサーが召喚された時に持っていた剣を構え、その猛攻を受けきる。

 

「ほう?それは聖剣か?なるほど。あれが受肉した際に共に現れたか。なるほどなるほど。それを使えるということは、お前、あれの血筋か」

 

「黙れ!関係のないことだ!今すぐ聖杯にもどれ!さもなくば、私がお前を討つ!」

 

「カハハ、怖い怖い。さぁ、お前らも行け。早く兄弟を迎えに行こう」

 

「くっ!?」

 

 6体による同時攻撃。一つ一つの力が弱くとも、これでは!

 

 エミリアは絶体絶命だった。しかしその時、森のなかから僅かな気配を感じた。

 

「ん?」

 

 その気配の先から石が飛んできた。その石をサーヴァントのリーダーは、その方向を向かずに掴んだ。

 

「アーサー!」

 

「逃げて!母さん!ここは僕がやる!」

 

 現れたのはアーサーだった。何故だ!?隠れていろと言ったのに。

 

「駄目だアーサー!あなたは来てはいけない!」

 

「おやおや、これはこれは。よぅ、兄弟」

 

 アーサーは木の棒を構え、リーダーに視線を向けていた。

 

「うっ・・・」

 

「どうした?お前、足が震えているぞ?」

 

「ふ、震えてなんか。やぁぁぁぁぁ!!」

 

 アーサーが殴りかかる。しかし。

 

「ふん」

 

「ぐはっ!?」

 

「アーサー!」

 

 アーサーは後ろに吹っ飛ばされ、一本の大木に叩き付けられてしまった。

 

 私はアーサーに駆け寄り、抱き寄せた。

 

「駄目でしょう。あそこから出てきては。隠れていろとあれほど言ったのに」

 

「でも、母さんが、危険だと思ったんだ。そうしたら僕の中のなにかが・・・」

 

 そう言うアーサーを突き飛ばした。

 

「兎に角逃げるのです。あなたは、生きろ」

 

 突き飛ばされたアーサーは悲しいかおをした。

 

「嫌だよ!僕は母さんが、いや王さまがいなくなったら、僕はまた一人になる!そんなの嫌だ!」

 

「大丈夫です。言ったでしょう?私は王さまですから」

 

 そう言った私の顔を眺め、走り去る。逃げる背中を見届ける。しかし、アーサーはまた振り返った。

 

「逃げなさい!アーサー!!」

 

 彼に聞こえるくらいの声で叫ぶ。その最中にもサーヴァントからの攻撃はやまない。

 

「っく!」

 

「王さま!王さまも逃げないと!殺されちゃうよ!!」

 

「私はいいのです!早く!あなたがっ・・・!?」

 

 腹部に激痛が走る。恐る恐るみやると、短剣が突き刺さっていた。

 

「は、やく・・・。逃げ・・・」

 

 ぬかった。気を抜いた瞬間、背後からひとつきだ。

 

「う、あぐぅ・・・!!」

 

 酷い激痛が、彼女を襲う。それでも彼女は膝をつかなかった。余命僅か。自分自身で分かる、最後のこと。それでも、彼女は諦めなかった。

 

 辺りを見回す。焼け野はら、ほどではないが、炎に包まれているのは確かである。生存者を探した。しかし、それは無意味になった。命という命が感じられないのだ。

 

「それ、でも。あの子・・・だけは!!」

 

 彼女は左手を天へと向けた。

 

「令呪において命ずる!アーサー、生きなさい!!そして!幸福になりなさい!」

 

 三画あった令呪は、残り一画へ。エミリアは、残った令呪見て思った。

 

 もしあの子が本当にサーヴァントならば、私が死ねば、あの子も消える。あの子を救う方法は、1つしかない!

 

 村の中心には、一際輝く場所があった。それは、数多くの魔術師が求めた聖杯の輝きに他ならなかったのである。

 

 度重なるイレギュラーにより、出現してしまった聖杯。しかし、偽りと言っても、聖杯は聖杯だ。やってみる価値はある。

 

 少女は敵を睨み付けながら、言い放った。

 

「私は!あの子を救う!お前がどれ程恐ろしい化け物なのだとしても、私はお前を打ち砕くッ!」

 

「その傷でも来るってのか?やるねぇ。さぁ、来いよ」

 

**********

 

「ここまでが、お前の記憶にない、失われた過去。なぁ?アーサー」

 

「エミリア・・・」

 

 ぐるぐると回る。脳みそが溶けてしまう。消え去ってしまう。俺が。いや、僕が?

 

「まぁあのあと、やってきた傭兵によって救われ、聖堂協会へと連れていかれた。それからは、分かるだろう?」

 

「そうだな。切嗣に、助けられた。それから、彼を目指し、そして」

 

「それからエミリアは、生まれた偽聖杯をぶっ壊し、事なきを得たわけだ。そのあとは知らん。俺は壊され、一時的に意識を失った。まぁ、無理矢理やっちまったから魔力がなくなっちまっただけだったんだがな」

 

 それから俺は聖堂協会を逃げ出し、時計塔へ行った。蟲じじいのおかげで、そこへ行った。いや、正確には蟲じじいから逃げ出したと言った方が合っているのか。

 

 変な実験をされそうになったからな。恐らく、桜がされていたことと同じだろう。

 

 俺の失われた記憶。なるほどな。

 

「それで終わりなのか?俺の物語は」

 

「俺が知っている限りでは、終わりだ。それから先はお前自身が知っているだろ?」

 

 アヴェンジャーは、椅子から下りてキリツグに近づいていった。そして、鼻先があたるかあたらないかというところで、静止した。

 

 キリツグはそれに対し、微動だにしていない。

 

「さて、だ」

 

 アヴェンジャーが切り出した。

 

「どうする?お前はただの人間じゃない。お前は英霊でありながら受肉した。さらに言うならば、この聖杯戦争におけるセイバーの一人だ。お前には二つの選択肢がある」

 

「なんだよ」

 

 アヴェンジャーは人差し指を立てた。

 

「ひとつは、このままただの人間の振りを続けて、この聖杯戦争を戦い抜くこと。ま、そうなればお前はどうなるかわからない。英霊として認識され、座に帰るのか、それとも人間として認識されるのか。分かるのは、聖杯戦争が終わった後だ」

 

「・・・・・・」

 

 さらにアヴェンジャーは中指をたてる。

 

「ふたつめは、俺たちの側につくことだ。きっとお前は、考えているはずだ。自分のせいで、これが起こった、と。お前のせいじゃないんだが、まぁお前がいることもこの変化の原因だ。・・・お前の考えていることと、俺たちが考えていることは、遠からず近からず、という感じなんだが」

 

 そう言い切ったアヴェンジャーは離れていき、背後にある扉を開いた。

 

「話はこれで終わりだ。この扉の先に娘はいる。さぁ、連れていけ。そしてキリツグ、お前の返答待っているぞ。お前がキリツグとして生きるのか、それともアーサーとして死ぬのか」

 

 そして、アヴェンジャーは霊体化していった。

 

**********

 

 俺は桜を背負い、夜の道を歩いていた。

 

「結局アイツは、桜をどうしたかったんだ?」

 

「・・・今のお前は、それどころではないと思うがな」

 

 アーチャーの言ったことは的を射ていた。俺の心のなかは、荒んでいる。

 

「考えるさ。考えなきゃならない。本当のことを言うと、こっちにきて少しの時に、気付いてたんだよ。自分が、違うってな。だが、俺がどういうものだったのかは知らなかった」

 

「自分と向き合わなくてはならないな。それは、私も同じだが」

 

「アーチャー?」

 

 アーチャーがどこか遠くを見つめている。恐らくこの視線の先には・・・、いや止めておこう。

 

「私は私のやるべきことが出来れば、それでいい。お前が何をしようと関係ない。むしろ、あの男の計画に乗ることは、好都合かもしれないな。まぁ、凛には非難されると思うが」

 

「お前なんかに理解されてたまるか、贋作者。だが、そうだな。お前の言うとおりだ。俺は、決めたぞ」

 

 キリツグは桜を背負い、衛宮邸へ急ぐ。

 

**********

 

「ほらよ、欠片だ」

 

 礼拝堂にアヴェンジャーは立っていた。彼は、手に持っていたナニかを投げる。

 

「何故逃がした。そのまま連れてくればよかろうに」

 

「関係ないさ。それにあの個体は酷く汚れている。埋め込まれた欠片だけを取り除けば、純度は足り得ている」

 

「気が変わったのか?ふん。あの男の形をとっているだけある。ただの偽善者よ」

 

「俺は善者になったつもりはない。計画の遂行にも障害はない。これで解決だ。後は、サーヴァントの魔力だけ」

 

「あぁ。聖杯戦争のはじまりだ」

 

**********

 

「ただいまー」

 

 キリツグは衛宮邸の玄関を開いた。

 

「キリツグ!・・・桜!」

 

 居間の扉から、凛が飛び出してきた。

 

「桜・・・は、大丈夫なの?」

 

「あぁ、気を失っているだけだ」

 

「よかっ・・・た」

 

 そう呟くと、凛はまるで糸が切れた人形のように気を失った。

 

「お、おい」

 

「ずっと寝ていないようでしたから」

 

 セイバーが後に続いて現れた。

「よかったです。無事で」

「まぁな。それより、なんか足りない気がするんだが」

 

「?」

 

 セイバーはあからさまに疑問符を浮かべた。

 

「士郎は、どこだ?」

 

 



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#19 差異

 長い間の非更新、申し訳ありませんでした。大学の方が忙しくなり、このサイトへ来ることすら忘れていたほど、多忙な日々を過ごしていました。
 
 今は大分落ち着いているので、最終回、そして次回作についても考察中でございます。

 それでは皆様、ラストまでよければ、お付き合いください。


 ここは、どこだ。

 

 辺りは暗く、見回してもなにも見えない。いや、これは違う。まるで、自分の眼球が、その機能を停止しているかのような感覚。

 

 元々見えない。見ようとしないだけなのか。

 

 しかし、声は聞こえる。優しく、気高く、品のある声だ。俺は、この声を知っている。

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ、参上した。マスター、指示を」

 

 聞いたことのある声。そこから察せられる場景。経験したことのある、はずだ。だが、何かがおかしい。

 

「これより我が剣はあなたと共にあり、あなたの運命は私と共にある。契約はここに完了した」

 

 見えてくるのは、金色の髪をもつ騎士。あの蔵であった、一コマなのだろう。しかし、おかしい。

 

 いない。

 

 彼がいない。

 

 彼?彼とは誰だ?

 

「悪いが、これが本当の道筋だ」

 

 誰だ!?

 

 別の声が響く。頭のなかに反響する。

 

「本当はお前が当事者となるはずだった。そして、戦いを経験し、お前は英雄になるはずだった」

 

 何を言っている!姿を見せろ!

 

 俺は見えない目を声のする方向へと向ける。しかし、その声は四方から響いていた。

 

「見ようとしないのは、お前だ、衛宮士郎。いいか?衛宮士郎とは、どういうものだ?」

 

 俺、とは。

 

「お前にしか分からない。だからこそ、運命から目を背けるな。お前の行く末を見続けろ。たとえ、どんな未来なのであっても」

 

 何、を。

 

 意識が遠くなる。響く声も小さくなり、次第に聞こえなくなっていく。

 

 その最中、思い浮かんだのはアーチャーの投影した双剣だった。

 

----------

 

「っかは!」

 

 急に苦しくなって、目を覚ます。

 

 ん?目を覚ます?どういうことだ?俺はいつ、目を覚ますような状況へと、陥った?

 

「たしか、ランサーと一緒にキリツグの所へ向かっていって、それから」

 

 俺はまるで、中世のヨーロッパにタイムスリップしたかのような状態になっていた。豪華絢爛な家具。俺のみすぼらしい服では、些か場違いだ。

 

「おはよう、お兄ちゃん」

 

 不意に、声をかけられた。覚えのある声だ。

 

「イリヤ」

 

「具合はどう?」

 

 そうだ。思い出した。

 

「ああ、大丈夫。昨日はありがとう、イリヤ」

 

 俺は昨晩、確かにキリツグの元へと向かっていた。しかし、その最中に問題が起きた。

 

「勝手に死んでもらっちゃあ困るの。お兄ちゃんは、私が殺すんだから」

 

「アハハ・・・・・・」

 

 影の大群だ。無数の黒い塊が襲ってきたのである。あのランサーと言えど、あの数ではどうしようもない。その時俺は、イリヤに救われた。いや、あれは救われたというのか?

 

「あの、ランサーは」

 

「さぁ?」

 

「さぁって・・・・・・」

 

「バーサーカーが何か吹っ飛ばしちゃってたのは覚えてるけど」

 

 何やってるんだランサーは。英雄の名が泣くぞ。とは言え、バーサーカーも狂化しているとは言え、名前の通った英雄。ヘラクレスだ。勝ち目がないと言われたら、もしかしたら、そうなのかもしれないが。

 

「俺は、どれくらいここにいたんだ?」

 

「丸1日寝てたわ。それほど重症でもないのに。どんな夢を見ていたのかしらね」

 

 そう言って、イリヤは不適な笑みを浮かべた。

 

 夢か。確かに何か重要なものを見ていたような。そんな気がするが、何故か思い出せない。

 

「あ、お兄ちゃん。お腹すいてない?」

 

「ん?あぁ、そう言えば」

 

 確かに空腹だった。丸1日寝ていたのなら、腹が減っていてもおかしくはない。

 

「下に夕飯ができているのよ。一緒に食べましょ」

 

 そう言われるがまま、俺はイリヤに促され、下の階へと降りていった。

 

----------

 

「ったく。どこ探してもいねぇ。何やってんだよ、士郎とランサーは!」

 

 俺は、次の日の夜になっても士郎を探し続けていた。

 

「あなたの仲間は、拐われてばっかりね」

 

「そう言えばそうだが、今回ばかりはそうと決まったわけでは・・・」

 

「でもあなたの慌てようから察するに、あなたも、そう感じているのでしょう?」

 

 キャスターから鋭い突っ込みを入れられる。

 

 まぁ、確かにそうなんだが。

 

「それに、マスター。あなた、どこか変わった?」

 

「は?何が?」

 

「いえ。何かが違うというか。何かを決めたような顔をしているというか」

 

 高度な魔術を使える人間は、こうも鋭いのか、と突っ込みを入れたくなる。まぁ、だからこそ英霊に昇華されたのか。

 

「ま、そうかもな。お前にゃ、辛い思いをさせるかもしれない」

 

「ふふ、そんなものは生前に経験済みよ」

 

「そりゃすごいな」

 

 そんな会話を続けているうちに、ある場所に着いた。そこは、俺がこの町に来て初めて踏み入れた土地。

 

「アインツベルンの森か。なるほどな」

 

「結界ね。なるほど、そういうこと」

 

 キャスターも何かを理解したような顔だ。

 

「じゃあ大丈夫だ。帰ろう」

 

「いいの?マスター」

 

 キャスターが不思議そうな顔をする。

 

「アイツなら大丈夫。大丈夫。・・・多分だけど。アヴェンジャーに捕まってないなら、いい」

 

「そう。マスター」

 

「んあ?なん・・・っ!?」

 

 キャスターから声をかけられたので、振り向こうとした瞬間だった。とてつもない魔力が、伝わってきた。遠くから伝わっているようだが、それでもこの大きさだ。

 

「これは」

 

「そう。起動させたのね、聖杯を」

 

「起動!?聖杯を!?何故、今!」

 

 魔力が分かるものだけにしか分からないこの感じ。願望器足りうる聖杯のはずなのに、なのに。

 

「この禍々しい魔力はなんだ。・・・・・・そうか。アヴェンジャーの言ってたことは、ほとんど合ってたわけだ。なるほど、偽物か」

 

 偽物。確かにそういっていた。

 

「偽物?それは、いったいどういう」

 

「悪いけど聞かないでくれ。そんなことよりも、聖杯を誰かが起動させたのだとしたら、俺は、行動を起こさないとならない」

 

「行動?」

 

 キャスターの訝しげな顔が目にはいる。それもそのはずだろう。だが、それでもやらないといけない。

 

「復讐だ。俺を弄んだ連中への、な」

 

「そう。せいぜい頑張りなさい。私はあなたのサーヴァント。あなたがおかしくならない限り、どこまでもついていくわ」

 

「・・・・・・」

 

 ありがとう、キャスター。

 

 まずは魔力の中心へ。始めるのはそれからだ。

 

----------

 

「これは!?」

 

 同時刻、衛宮邸。凛も、膨大な魔力量に気付いていた。

 

「なに?何が起こったの!アーチャー!」

 

「ふむ、どこかの阿呆が始めたようだな」

 

 霊体化を解いたアーチャーが言った。

 

「始めた?!まさか、だけど、もしかして聖杯を起動したっていうの?」

 

「まさにその通りだ、凛」

 

 焦りを露にする凛。しかし、起動してしまったものはしょうがないのだ。いや、されてしまったと言うべきか。

 

「でもおかしくない?恐らくだけど、まだ誰も敗退していない、はず。なのに、どうして聖杯は起動しているの?」

 

「・・・キリツグとアヴェンジャーの話を聞いた」

 

 アーチャーはゆっくり話始めた。

 

「こんかい現界した聖杯は、これまでの聖杯戦争で使用された聖杯ではないらしい」

 

「と言うと、遠坂も、間桐も、アインつベルンも関わっていないということ?」

 

「ああ。アヴェンジャーが言うには、第四次よりも前に行われようとした、擬似的な聖杯戦争」

 

「に、偽物なら、聖杯としての能力は」

 

「それは大丈夫だろう。長い間、破壊されず、何かの中に保存されていたと言っていた。何かが何なのかは、教えてくれなかったが。大聖杯から切り離された存在だといっても、聖杯は聖杯だ。機能は変わらん」

 

 少しの間、沈黙が流れる。

 

 凛は悩んだ。早くこの戦争を終わらせないと、まずい。ただでさえイレギュラーなのだ。もしこの事が協会にバレたら、どうなるか。

 

「でも、アヴェンジャーは、どうしてキリツグにそんな話をしたのかしら。アヴェンジャーの目的が、偽聖杯を使って復讐することなら、キリツグはきっと邪魔するわよね」

 

「・・・さてな。そこまでは知らん。アヴェンジャーの気まぐれだろう」

 

 その時凛は見逃していたが、アーチャーはおかしな表情をしていた。板挟み、だからだろう。

 

「リン・・・・・」

 

 居間の襖が急にあいた。

 

「セイバー」

 

 現れたのはセイバーだった。そう言えば、先程から姿が見えなかったが、どこにいっていたのだろう

 

「先程の魔力波は、恐らく」

 

「ええ。聖杯が起動したわ」

 

「私は、士郎を、キリツグを探しに行きたいです」

 

 セイバーの表情から読み取れるのは、深い悲しみ。士郎を拐われたことに対するものだろうか。

 

「大丈夫よ、セイバー。キリツグなら、何とかしてくれる、はず」

 

 その時だった。庭の方から、自然に発せられるとは思えない音が響いた。

 

「キリツグたちが、帰ってきたのかしら」

 

 凛たちは縁側から庭へと出る。そこには思った通り、キリツグとキャスターの姿が。しかし、士郎の姿はない。

 

「キリツグ?士郎は見つけたの?」

 

「・・・・・・」

 

 キリツグは口を閉じたままだ。凛はキリツグの変化に気付いた。それでも、普通に言葉を紡ぐ。

 

「そう言えば、聖杯が起動したの。あなたたちも気付いていたわよね?」

 

「・・・・・・」

 

 まだ話そうとしない。流石の凛も、堪忍袋の緒が切れ始めたようだった。

 

「あんたねぇ!こっちが話しかけているのに、だんまりってなによ!」

 

「なあ、凛」

 

 唐突に口を開くキリツグ。その声色はどこか、凄味を帯びていた。

 

「俺、始めようと思うんだ」

 

「はじ、める?何を」

 

「戦争を」

 

 次の瞬間、キャスターが魔弾を放ってきた。

 

「きゃっ!?」

 

「凛!!」

 

 アーチャーは凛を防ぐ形で、魔弾を弾いた。

 

「キリツグ、何があった」

 

「腹は決めてたんだよ。こうなる運命だって知ってたからな」

 

 キリツグとアーチャーの視線が交わる。

 

「止めてください!マスター!」

 

 セイバーがその間に割ってはいった。

 

「邪魔だ、セイバー」

 

「何を考えているのですか!我々は同盟を!」

 

「元々敵同士だろ」

 

「しかし!」

 

「あー、もう、いいや。お前、いらねぇ。キャスター!!」

 

 ボソボソと何かを呟いたキリツグは、キャスターを呼んだ。そして、キャスターに何かを言っていた。

 

 次の瞬間、キャスターが急に間合いを攻めて、懐の短刀を取りだし、セイバーに突き立てた。

 

 突然の事と、マスターの乱心により、自らも乱れていたセイバーには、反応できなかった。

 

破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)

 

 自らの決別の証である宝具を、セイバーの心臓に突き立てる。そして、キリツグとセイバーの契約は破られた。

 

「くっ!?」

 

「なぜ!キリツグ!」

 

 キリツグの冷ややかな目が、アーチャーを除く二人を突き刺す。

 

「これは復讐なんだよ。復讐。そう。復讐なんだ」

 

 キリツグはそう、自分に言い聞かせているようだった。

 

「アーチャー」

 

 キリツグは、アーチャーを呼んだ。

 

「お前も、俺と来い。お前の悲願を叶える、手助けをしてやるよ」

 

「何がお前をそうさせた。あの過去か?」

 

「まぁ、俺にもいろいろと考えるところがあるんだよ。キャスター、アーチャーにも契約破りを」

 

 キャスターは了承し、アーチャーにゆっくり近づく。

 

「アーチャー!応戦しなさい!今は!戦わないと!」

 

 しかし、アーチャーは動かない。そして次に、口を開いた。

 

「悪いな、凛」

 

 キャスターはアーチャーにも、契約破りを突き立てた。



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#20 終わりの形

「あぁ、分かった。お前は、それでいいのだな?」

 

 ロンドン、時計塔。

 

 ロード・エルメロイⅡ世、もといウェイバー・ベルベットは険しい表情で電話をしていた。

 

「私が行ってもいい。今回は、お前には扱いきれないだろう。私の、失敗だった」

 

 部屋を整理していた時に見つけた、古いゲームを眺めながら言う。

 

「分かった。今までよくやった。お前は一人前の魔術師になった。・・・あぁ、ではな」

 

 ウェイバーは電話を切った。悲しみをはらんだ険しい表情。ゲームを眺めながら、呟く。

 

「ライダー。私は、私の道を行く」

 

 そう言って、ウェイバーはコートを手にして、それを羽織った。そして、ブーツの音を響かせ、部屋を後にした。

 

----------

 

「っく、いった・・・」

 

 凛は自分で自分に治療を施していた。

 

 キリツグが裏切ってから、まだ一時間しか経っていない。しかし、凛たちにとってこの一時間はとても長い一時間だった。

 

「リン。まずは士郎を探しに行きましょう」

 

 セイバーがそう提案する。

 

 凛もそう考えていた。しかし、行動しかねていた。この状況は明らかに不利だ。

 

 今回の聖杯戦争の陣営は、力の偏りが過ぎている。

 

 先程まで同盟を組んでいた凛とキリツグだったが、キリツグの一方的な拒絶によって破却された。それにより、陣営はこうなる。

 

 まずは私たち。セイバーだけ。もちろんセイバーは聖杯戦争において最優のサーヴァントだが、数には勝てない。

 

 次はキリツグの陣営。私のサーヴァントだったアーチャーと、キャスター。キリツグがセイバーとの契約を切ったのには、少し疑問が残る。もし、この陣営にセイバーがいれば、恐らく今回の聖杯戦争では最強となるだろう。

 

 キリツグにも、考えがあるのだろうか?

 

 これは可能性だが、キリツグとアヴェンジャーが手を組んだ可能性がある。アーチャーの言った事が本当なら、彼らは一度顔をあわせて、対等に話をしていたはずだ。その中で、何かがあったのならば、アーチャーの裏切りも説明がつく。

 

 きっと何かがある。アーチャーが、それにキリツグがこんなことするわけがない。 

 

 凛は半ば希望のようなことを思い続けついた。

 

 アヴェンジャーも陣営として数えた方がいいだろう。アヴェンジャーの泥に、飲まれたライダー。これにキリツグの陣営が加わると・・・。考えたくない。

 

 最後はイリヤとバーサーカーの陣営。これは、数には数えないで大丈夫だろう。危険がないわけではない。むしろそういうくくりで考えるならば、危険度は高い。しかし彼女らは、どこか違う気がする。私のように聖杯を勝ち取ることが悲願なのだろうか。願いはなく。

 

 陣営が不明なのは、ランサーと、キリツグたちが会ったとされるギルガメッシュだ。もしかしたら、この二人が組んでいる可能性がある。そうなると、イリヤの陣営を除く全てが二人以上のサーヴァントを保持しているということになる。

 

 そう考えると、この戦争はおかしい。

 

「セイバー」

 

 提案を、口にする。

 

「なんでしょう」

 

「私と、再契約しましょう」

 

----------

 

「美味しかったよ、ありがとうイリヤ」

 

「うん。お粗末様」

 

 イリヤと豪勢な食事を終えた。この屋敷に見合った食事だったが、俺にもこれを作れるだろうか。

 

 そんなことを考えながら、少し黙っているとイリヤが声をかけた。

 

「シロウは、これからどうするの?」

 

 表情からも、声色からも何を考えているのか読めない。

 

「どうって?」

 

「聖杯戦争よ。多分だけど、さっき聖杯が起動したわ。私なしにどうやって起動させたのかは、分からないけど、確かに起動した」

 

「起動・・・。どうなるんだ」

 

「そうね。誰かのお願いがかなう、かしら」

 

 イリヤが椅子から降り、歩きだした。

 

「お庭へ行きましょう。セラ、リズ、お茶を運んでくれるかしら?」

 

 イリヤに促されるままに、歩きだした。

 

 

 

 庭はきれいなところだった。生命力に溢れているというか、この屋敷に似合う庭だった。

 

「切嗣は、どうやって死んだの?」

 

 切嗣、と言われどちらなのかと悩んだが、彼女がキリツグのことをお兄ちゃんとよんでいたのを思い出して、自分の父親のことだと合点がいった。

 

「安らかに、いったよ」

 

「そう・・・」

 

 一度、静寂が流れる。

 

 イリヤの父親。切嗣に娘がいたことなんて、知るよしもなかった。更に言えば、これほど恨まれていることも。何をしたのか、気になった。

 

「じいさ・・・いや、切嗣はいったい何をしたんだ?」

 

「私を見捨てたのよ。アイツとお母様がいなくなって、私の生活は一変した。お母様が死んだのだって、アイツのせいだと聞いたわ。お爺様に」

 

 切嗣に家族がいたことすら知らなかったし、その人が死んでいたってのは尚更だった。

 

「・・・・・・それでも」

 

 少し黙ったあと、反論する。

 

「切嗣はきっとイリヤを救おうとしたはずだ。あの人は俺の正義の味方だった。俺の目標だった。そんなことするはすがない、なんてことは言い切れないだろうけど、俺は切嗣を信じるよ」

 

 イリヤが少し驚いたような顔をした。そして、口を開く。

 

「でも、それでも、私は私のやりたいことをやる。士郎に邪魔なんかさせないわ」

 

 意地でも切嗣を悪役に仕立てあげたいのか。それとも、そうしなければ自分は何をしてきたのか、という後悔に似たものを感じるからなのか。

 

 それにしてもセイバーにしても、こいつにしても切嗣は思われているな。 

 

 その時士郎は気付けなかった。背後から迫る金色の絶対王を。

 

「なるほど、ここがアインツベルンの城とやらか。・・・む?既に目当てのモノが出てきているではないか」

 

「!?」

 

 士郎は声の主のことは知らなかったが、これがどのような存在か、瞬時に理解した。

 

 あれはまずい。

 

 イリヤはバーサーカーの霊体化をとく。

 

 あれは恐らく英霊。まだあったことはないが、恐らく英雄王ギルガメッシュ。今回最大の敵だ。

 

「金ピカ!」

 

 そんなギルガメッシュを金ピカ呼ばわりするイリヤはさておき、非常にまずい状況だった。

 

「さて、我はそこの人形を手に入れなければならぬ。とく渡すがよい」

 

「何を言ってるんだ!」

 

 人形?何を言ってる?まさか、この男にお人形遊びなんていう趣味が・・・、あるとは思えないが。

 

「アインツベルンも人形遊びが過ぎたな。フン。気味が悪い。すぐに終わらせてやる」

 

 ギルガメッシュは左手をポケットに突っ込み、ゆっくりと右手を天に掲げる。

 

 何を、する気だ。

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)

 

 そう囁くと、彼の背後から無数の武器が現れ始めた。

 

「我の宝物庫にあるのは、全ての原点たる武器。我の宝、味わえ」

 

 次の瞬間、その無数の武器が文字通り飛んできた。

 

「っく!バーサーカー!」

 

 イリヤはすぐにバーサーカーを呼んだ。

 

「邪魔だ!筋肉ダルマ!」

 

 ギルガメッシュはバーサーカーを凪ぎ払おうとする。しかし、バーサーカーも名のある英雄だ。

 

 バーサーカーは飛んできた武器を凪ぎ払った。

 

「フン」

 

 ギルガメッシュは攻撃の手を弱めない。寧ろ強くなる。バーサーカーが武器を凪ぎ払うと、倍の武器を放つ。これでは埒があかない。

 

 だが、終わりは唐突に訪れた。

 

天の鎖(エルキドゥ)よ」

 

 異空間だろうか?そこから鎖が現れる。それがバーサーカーを捕らえる。

 

「神をも捕らえる天の鎖よ。動けぬだろう。なぁ、ヘラクレス」

 

 その言葉に呼応したように、バーサーカーが猛々しい声をあげた。

 

「■■■■■■■■■■■!!!」

 

「さあ、消えろ」

 

 ギルガメッシュは、これまでで最大数の武器を放とうとしていた。

 

「いや・・・いやぁ!バーサーカー!!」

 

「ダメだ!イリヤ!」

 

 バーサーカーの元へと行こうとするイリヤを抱き止め、後ずさる。

 

 そして、ギルガメッシュは武器を放った。

 

 武器がバーサーカーを襲う。防ぐ暇も、動く暇さえも与えず、武器の応酬が続く。

 

 そして、武器の雨がやむ頃には、バーサーカーは動かなくなっていた。

 

「バー・・・サーカー」

 

 イリヤがその場にへたりこむ。

 

 イリヤを守らないと。考える前に体が動いていた。士郎は双剣をトレースし、ギルガメッシュのもとへと走っていた。

 

「うぉおぉぉおおおお!!!」

 

「邪魔だ、贋作者」

 

 ギルガメッシュは士郎に対し蹴りを放っていた。士郎はそれなら持ちこたえられると考えたが、そうはならなかった。双剣で防いだはずの蹴りは、その双剣を砕き、士郎を後ろの瓦礫へと吹き飛ばしていた。

 

「っかは・・・!!」

 

 士郎の意識はかすれつつあった。それでもイリヤを守るため、動こうとする。しかし、体は動かない。

 

 だめだ。

 

 くそっ・・・。

 

「いやぁ・・・いやだよぉ。死にたく、ないよぉ」

 

 泣き崩れるイリヤ。ギルガメッシュはイリヤのそばまで来ていた。

 

「喚くな人形。お前の心臓と、器は有効に活用してやる」

 

 ギルガメッシュの腕が振り上げられ、イリヤを貫こうとしていた。

 

 だめだ。誰か!イリヤ、を!

 

 

 

「ギルガメッシュゥゥゥゥゥ!!!!」

 

 

 

 イリヤの命が終わろうとしていた刹那、響き渡る声と共に、男が走ってくるのが見えた。

 

 あれは・・・まさか。

 

「来たかぁっ!!騎士王!!」

 

「キリ・・ツグ」

 

 二人目の正義の味方が、現れた。

 

 ギルガメッシュはイリヤを突飛ばした。そして、先程までのライダースーツ姿から、金色の鎧を纏う騎士へと変貌を遂げた。

 

 そして、異空間から一本の剣を取りだした。それを向かってくるキリツグに振る。

 

 ブォン!

 

 しかし、ギルガメッシュの攻撃は空振りに終わった。キリツグは間一髪のところでそれを避けたのだ。避けたキリツグは、飛ばされているイリヤを追った。

 

「なに!?」

 

 ギルガメッシュはあからさまに悔しそうな顔をしている。

 

 そんな中、キリツグはイリヤを抱き止めた。

 

「お兄、ちゃん」

 

「大丈夫か?怪我はないか?」

 

 イリヤは目に涙をため、キリツグを見上げる。

 

「どうして、ここに?」

 

「約束、だからだ」

 

「約束?」

 

 イリヤは不思議そうにキリツグを見た。

 

「言ったろ?必ず救うってさ」

 

 そう言うと、キリツグはイリヤを抱え士郎の元へとやって来た。そして、無言で士郎に渡す。

 

 そしてゆっくり振り返り、ギルガメッシュを睨んだ。 

 

「フン、無駄なことを」 

 

「言ったよな?俺の大切な人間を傷つけるな、と」 

 

 その言葉と共にキリツグはギルガメッシュのもとへ走る。その最中、キリツグはどこかで見たような剣を出現させた。

 

 あれは、投影? 

 

「はぁっっ!!」

 

 キリツグはギルガメッシュへと剣を振る。ギルガメッシュも対抗し、剣を振り抜いた。

 

「フン!」 

 

 二人は剣をつばぜり合った。

 

「思い出したのか?貴様は何者なのか」

 

「思い出したわけじゃない。ただ、聞かされただけさ」

 

 ギルガメッシュが剣を振り切った。キリツグはそれを防ぎきり、間合いを取る。

 

「俺が誰かなんて関係ない。アーサー王でも、キリツグでも。やるべきことができたんだ。だから、あんたのしようとしていることを止める」

 

「フハ・・・フハハハハ!よい。よいぞ!我を前にしても物怖じせぬその心意気!益々お前が欲しくなったぞ」

 

「俺は人間を捨てて英霊として、戦ってやる。キャスター!」

 

 キリツグは叫んだ。すると、キリツグたちから少し離れた位置に、キャスターが現れた。

 

「士郎たちを安全なところへ!」

 

「ええ、わかったわ」

 

 そう言うと、キャスターが近づいてきて囁いた。

 

「無茶なことをしたものね、坊や。でも、怪我は、ないみたい、ね?」

 

「え?ああ、そうみたいだ」

 

 おかしい。確かに意識を失いそうになるくらいの怪我は負ったはずだ。だが、なぜ?

 

「とりあえず、あのお城の頂上へ。あなたたちも見えていた方がいいでしょう」 

 

----------

 

 士郎に聞こえただろうか?ちょっと啖呵を切ったら、口が滑ってしまった。だが、俺がこれからする事を見れば、鈍感な士郎でも分かってしまうだろう。

 

「認識が、己を決める、か。個を持たないアンリマユが、よく言ったもんだ」

 

「さぁ、見せてみろ。我を楽しませてくれるのか?」

 

 ギルガメッシュは胸を張り、ふんぞり返っている。

 

 こいつは、ホントに王様の中の王様だな。俺も生前はこんなんだったのか?仲間に裏切られたってのも納得がいくよ。ってか、まだ生きてるのに、生前ってのもおかしいか。

 

「悪いが、俺はアーサー王としての自分は覚えてない。全くな。だから本来の力を出せるか分からないし、もしかしたらあんたの眼鏡に叶う人間じゃあないかもしれない。だが、しかしだ。アヴェンジャーは言っていた。お前の認識で、変わる、と」

 

 キリツグは、体の中心に力を込めた。

 

「俺は英霊になる。認めるよ、俺は英霊なんだ。人間、キリツグ・E・ペンドラゴンじゃない。英霊、アーサー・ペンドラゴンだ!」

 

 次の瞬間、キリツグの足下が急に輝きだした。目も眩んでしまうような輝きを、ギルガメッシュはそらすことなくいる。

 

「あれは、英霊召喚の魔方陣なの?いや、でも、まさか、マスター、貴方!」

 

 キャスターが溢したのを、士郎は見逃さなかった。

 

「どういうことだ?キャスター」

 

 しかし、キャスターはなにも言わない。言えないのか、言いたくないのか。士郎は、二人の方に向き直った。

 

「くそ。やはり、すでに人間として認識された俺じゃあ、役不足なのかもな。だったら」

 

 キリツグは、懐から1枚のカードを取りだした。タロットカードのような大きさで、表には中世の騎士が描かれている。

 

「これは、ダメだって言われてたんだけどな。ごめんミスタウェイバ」

 

 キリツグは魔方陣へと、そのカードを置いた。

 

夢幻召喚(インストール)

 

 そして-----、辺りが光であふれた。

 

 

 

 

 

「フン」

 

「あれは!?」

 

「マスター・・・」

 

「お兄ちゃん・・・」

 

 

 光が晴れ、キリツグの姿が露になった。

 

 見慣れたシルエット。青い肌着に、銀色の鎧。あれじゃあまるで・・・。

 

 

「セイバーじゃないか!!」

 

 士郎は叫ぶ。

 

 キリツグは自分の姿をまじまじと見た。

 

「この姿になっても、記憶は戻らないか。しかし、このカード、俺の体に馴染みすぎている。これは、もう戻れないかもしれないな」

 

 凛が1度、俺がこの姿になったと言っていた。自分の意思でなったわけじゃなかったが、その時は戻ることができた。

 

「もとより、そのつもりだ。この世界に、未練はない。俺は、サーヴァントセイバー」

 

 キリツグは聖剣を構える。

 

「さあ、いくぞ英雄王。武器の貯蔵は十分か?」

 

「ハッ!!」

 

 二人は一気に間合いを詰めた。

 

----------

 

 セイバーと凛は暗い夜道を走っていた。

 

「人が誰もいない。おかしい。暗いとはいえ、まだ人がそとにいてもおかしくない時間だ」

 

「恐らくキャスターでしょうね。人払いをするなんて、やっぱり、キリツグには何か考えがあるんだわ」

 

 その時、アインツベルンの城の方向で、一筋の光が降り注いでいるのが見えた。

 

「あれは?・・・っく!?」

 

 セイバーが急に足を止めた。

 

「どうしたのセイバー!?」

 

「いえ、急に力が抜けて」

 

「魔力供給は十分なはずよ。でも・・・え?これって」

 

 凛はセイバーを見て驚いた。

 

「貴方のステータスが、下がってる。なんで?」

 

 なんと、セイバーの能力が低下していたのだ。

 

 凛には覚えがあった。あの光。もしや。

 

「前にもこんなことが、あれは確か、キャスターと戦っていた最中。鎧を維持できなくなって」

 

「まさか、キリツグ。・・・急がないと。行くわよ!セイバー」

 

 その時だった。目の前に、大きな黒い塊が出現した。

 

「な!?これは」

 

「よう、お二人さん」

 

 人をからかうような声が、辺りに響く。

 

「おまえは、アヴェンジャー!」

 

 黒い塊から影を引き連れて、アヴェンジャーが姿を現した。その影の中には、ライダーの姿もある。

 

「おせっかいを言うようだが、あそこには行かない方がいいぜ?特にセイバー、あんたはな?」

 

「なんだと?」

 

 アヴェンジャーが意味深なことを口にした。もしかして、キリツグがセイバーと同じ姿になったことと関係があるんじゃ。

 

「セイバー、あんたは喰われるぜ?本物に。いやぁ、まさかあそこまで、人間の体で再現するとは。尊敬するぜ、さすが"俺たち"だ」

 

 そう言って、影たちを整列させた。

 

「計画はずいぶん進んでる。セイバー、ここでおまえをあの聖杯へと送れば、完遂へと近づく」

 

「何を考えている!?」

 

 アヴェンジャーはゆっくり話し出した。

 

「あの聖杯はちとイレギュラーでね。大聖杯と繋がっていない聖杯なんだ。見方を変えれば、あれもひとつの大聖杯なんだよ。汚染された聖杯から産み出された、全く新しい形の聖杯。それと、俺にはマスターがいないの、わかるよな?そうだ、俺のマスターは聖杯そのものなんだよ。それもそのはずだ。何せ、あれはこの世すべての悪(アンリマユ)の塊だ。俺は常にあれと、直結している」 

 

 影がゆっくりと近づく。力を失いつつあるセイバーだけでは、おそらく!

 

「そして俺は天の杯(ヘブンズフィール)ならぬ、魔の杯(デモンズフィール)を完成させ、この世に悪をばらまくんだ。自分達で作り上げた悪意からしっぺ返しを食らわせられる。皮肉な話だよ、な!だから、大人しく、あの聖杯に帰れ」

 

「っく!アヴェンジャー!」

 

 影に飲まれたライダーがセイバーに襲いかかる。

 

 ここでセイバーが倒れたら、どうしようも!

 

 その時、セイバーの前に人影が現れた。

 

「やめて!ライダー!」

 

 その人影に阻まれ、ライダーは攻撃を止めた。

 

「さ、桜・・・。あなた、なぜここに!」

 

「ごめんなさい、姉さん。だけど、私、なにもしてなんからいられないの!もう、弱いままの自分は嫌なの!」

 

「さ、桜ぁ、はや、速い」

 

 そして遅れて慎二が姿を見せた。

 

「し、慎二!あんた、桜を見張ってなさいって言ってたでしょ!」

 

「しょうがないだろ!これが桜の意思なんだから!」

 

 凛は桜を見る。迷いのない真っ直ぐな瞳。

 

「やめて、ライダー。私と戦いましょう。影と!」

 

 ライダーは、明らかに動揺していた。意思を失ったはずなのに、ライダーは迷っている。

 

「ラ・・・・サク、ラ」

 

 いける。元に戻せる。これなら!

 

 凛は奇跡を見いだした。これなら、まだ勝機はある。勝てなくても、ライダーを元に戻せれば、逃げ仰せることは可能だ。

 

 しかし、その瞬間だった。

 

「ッチ。しょうがねぇか。ライダー、令呪において命ずる、自害しろ」 

 

 慎二から奪った令呪を、アヴェンジャーは使用した。

 

「っえ?」

 

 ぶしゃぁぁぁあ。

 

 ライダーは自分の持っていた武器を自分の喉に突き立てた。

 

「いやぁぁぁぁ!!ライダァァァア、!!」



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#21 王の庭

「はぁっ!!」

 

 キリツグは剣を振った。

 

「フン!」

 

 ギルガメッシュは表情一つ変えず、剣を受けきる。

 

 キリツグがセイバーと同じ姿になってから、どれくらいたっただろう。恐らくまだ数分しかたっていない。だが、それ以上の時間がたっているような気がしてならなかった。

 

 二人の剣を追う。

 

 一撃。

 

 二撃。

 

 そして三撃と。

 

 これが英霊の、戦いなのか?人の出る幕でないことは、はっきりわかる。更に言えば、これまでの戦闘との比ではない。

 

 そんな戦いに、キリツグが関与している。

 

 彼はなんなんだ?思えば、はじめからだ。彼はどうしてここにいる?俺たちが巻き込んだのか?それとも、俺たちを巻き込んだのか?

 

 彼について、知らないことが多すぎる。1度、遠坂がいたときに少しだけ話していたが、それもあたりさわりのない、普通の話だった。

 

 そりゃあ、人は誰しも嘘をつく。しかし、これには限度がある。このことは話すべきだったんだ。

 

 彼は、英霊なのか?

 

「・・・や」

 

 なぜ黙っていた?どこにそんな必要がある?

 

「ぼ・・・・や」

 

 彼は俺に嘘をついていたんだ。どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、ドウシテ!!

 

「ぼうや!!」

 

「はっ!?」

 

 キャスターに声をかけられて、ふっと我にかえる。

 

 俺はいったいなにを?

 

「大丈夫?一人でブツブツ言っていたけど」

 

「ああ。大丈夫だ。少し、疲れただけ」

 

 キャスターが、それにイリヤが心配の眼差しを送る。俺はどうしてしまったんだ?まるで、何かが俺の中に入ってきたみたいな、そんな感覚だった。

 

 士郎は、二人の戦闘に目をやった。 

 

----------

 

「我が財よ!」

 

 無数の宝具が飛んでくる。俺はそれを全て叩ききった。それでも、攻撃の手が弱まることはない。

 

「あんたの倉庫は、四次元ポケットかよ。どれだけ入ってんだ?!」

 

「どこまでも、だ。この世の財の全てがここに詰まっているわけだからな」

 

 正直、勝算はなかった。イリヤを救うために割り込んだはいいものの、このままでは自分が危ない。

 

「そんなに入ってんなら、少しくらい俺にくれたっていいだろ?」

 

「フン!戯れ言を!これは全て、我のものだ!」

 

「我が儘か!」

 

 そんな会話を続けながらでも、戦闘は続いていた。いや、俺からしたら続けざるを得なかった。

 

 ここで攻撃の手を緩めれば、確実にやられる。野生の感が、そう伝えていた。

 

 やむ終えないかもしれない。この状態で出来るかどうか分からないが、やってみるしかない。

 

「やった場合、魔力はどこから消費されるのか。気にしたら負け、か?」

 

「何をブツブツ・・・」

 

 ギルガメッシュが剣を構え、特攻してきた。

 

「言っている!」

 

「うぉっ!!」

 

 キリツグはそれをなんとかかわし、出来るだけ距離を取る。

 

 それを見たギルガメッシュが、なにかに感ずいたのか怪訝そうな目を向けた。

 

「何をしようとしている?」

 

「何って、あんたを倒すんだよ、王様」

 

「はっ!それこそ戯れ言だ。我は我にしか倒すことはできない!」  

 

 会話を続ける。

 

「戯れ言なのは分かってるさ。あんたは強い。とてつもなく、だ。だが、それでも、俺はあんたを倒す」

 

「やって見せろ、騎士王!!」

 

 二人は距離を一気に詰める。キリツグは下から、ギルガメッシュは上から剣を振った。

 

 ガキィィィイイィン!!!

 

 重い金属音が響き、およそ人間のものとは思えないほどの衝撃が辺りに伝わる。

 

 二人は拮抗状態だ。二人の足元には衝撃によって出来たクレーターが、彼らの異常さを物語っていた。

 

「っく!」

 

 キリツグが膝をついてしまった。

 

「どうした?騎士王」

 

「なんでもない、さ!」

 

 キリツグは剣を振り切った。今度はギルガメッシュ側が距離を取った。

 

「あんたも、本気を出せよ!悪いが、その程度じゃ、俺は倒せないぞ。その慢心が、あんたを殺す!」

 

「はっ!慢心せずして何が王か!だがまあよい。我が乖離剣(エア)の錆になるか?」

 

 そう言ったギルガメッシュが、異次元空間、もとい彼の宝物庫から、一本の剣を取り出した。

 

 いや、あれは、なんだ?

 

 あれをなんと形容したらいいのかわからない。剣?槍?歪な色を放ちながら、螺旋回転するソレを見て思った。

 

「あれは、やばいな」

 

 キリツグは無意識にそう呟いていた。およそ勝機という勝機が、見いだせない。

 

「さあ、いくぞ。騎士王!」

 

 ギルガメッシュは乖離剣を頭上に掲げる。

 

 空は割れ、大気はその剣の道を作り出す。

 

「やってやるさ。俺は騎士王様だ!」

 

 キリツグは鎧を纏わせるために使う魔力を全て剣に集中した。すると、キリツグの服装は元のものに戻る。それに呼応して、キリツグの剣は、とてつもない輝きを放ち始めた。

 

 二人の世界が作り出された。天国と地獄を彷彿とさせるそれは、この世の終わりを見せているかのようだった。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)!」

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」

 

 

 剣撃が放たれる。

 

 ゴオォォォォオォ!!!

 

 この世のものとは思えないほどの轟音が響き渡る。

 

 二つの波動は、そして、ぶつかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 カッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 爆発、だろうか。辺り一面が真っ白に映る。

 

 先程のものとは比べ物にならない衝撃がやってきた。士郎たちは、キャスターの結界によって、なんとか身を防いでいた。

 

 衝撃による砂煙が晴れる。

 

「くっ・・・そ・・・」

 

 見えてきた光景は、右腕を庇い方膝をつくキリツグと仁王立ちしているギルガメッシュだった。

 

「フン、他愛ない」

 

 キリツグが押し負けた。その結果だけを残し、キリツグは気を失った。

 

----------

 

「王よ、あなたには人の心が分からない」

 

 円卓のある騎士が、騎士王アーサー・ペンドラゴンに告げ、円卓を去っていった。

 

 王は常に孤独だった。選定の剣を引き抜いたあの時から、王は、アルトリウスは孤独となったのだ。

 

 王は、異常だった。そもそも、前提として彼は違ったのだ。人間として育てられず、ただ王であるために育てられた。

 

 生まれながらにして化け物。人と竜の間に出来た異端児。その上、彼の目にはブリテンの平和のみしか存在しない。かの王、魔竜ボーディガーンすらも凌駕する怪物だ。

 

 キャメロット城が笑顔に溢れていても、彼は苦悩していた。それを眺めるのは、師マーリン。

 

 選定の剣を引き抜くとき、彼は言った。

 

「君がこの剣を引き抜いた瞬間、君は君ではなくなるよ。そして、きっと、君はむごたらしい最後を向かえる、と」

 

 彼はそれでも剣を抜いた。

 

「俺は理想の王としてあるべきだ。このブリテンを導くことこそ、俺の悲願なのだ。たとえ自分が化け物となろうとも、王であることを望む」

 

 そして。

 

 そして。

 

 そして後に彼が、そして彼の息子が命を落とすカムランの丘を目の前にし、輩を排するため足を進めていた最中、一筋の光が、王を包んだ。そして王は光の粒となって消えていく。

 

 それを見ていたのは、すべてのブリテンの民。すべての人間が王の奇跡だと、そう理解した。ただ一人、塔に幽閉された魔術師を除いて。

 

「なるほど。君は、君の運命は、変貌してしまったようだね。どうやらこの世界の過去で何かがあったらしい。君という存在が消えてしまった。これが良かったのか、悪かったのか。・・・いや、どうやら後者のようだ。この世界には、すでに終わりが訪れた。王よ、あなたという終わりを失ったこの世界は、終わってしまったようだ。恐らく、この世界の可能性は消え、新たな世界が生まれる。いや、どうやら私の予言は合っていたようだね。これが、君の、アーサー王としての最後。君は終わることも、始めることも出来ぬまま、君の世界は消えてなくなる。これが、君のむごたらしい最後。あぁ、悲しい。私の記憶も、消えてなくなるのか。中々に楽しい世界であったのに。最後に、一人の友人として、この言葉を送る。アルトリウス、よく、お休み」

 

 その瞬間、その世界は消えてなくなった。

 

---------

 

「そうか、なるほど。俺は、そうだったのか」

 

 少しの静寂のあと、キリツグは目を覚ました。どこか悲しそうな、いや晴々しそうな顔をして。

 

「騎士王。貴様、まさか」

 

 ギルガメッシュの表情が高揚する。

 

 キリツグはすっくと立ち上がった。ギルガメッシュに押し負ける前とはどこか、違っている。

 

「思い出した。全てというわけではないが、我が繁栄と衰退。あぁ、そうか。俺は、まだ終わっていなかった」 

 

「面白い・・・面白いぞ!騎士王ォォォオオオ!!」

 

 ギルガメッシュが乖離剣を振る。その瞬間、剣から暴風が巻き起こった。

 

 しかしキリツグは焦ることなく、その一撃を凪ぎ払う。

 

「俺は、やり直すべきなのか?前に1度セイバーに言った。過去を変えることは、その時代に生きる総ての人間を否定することだと。だが、これでは」

 

「王であったことを否定するのか!?」

 

「違う!」

 

 キリツグは咆哮した。

 

「これは俺じゃない。俺の垣間見た運命は、彼女の運命だ!俺が、押し付け、行使させた!俺が、たどるべき運命を!だから・・・」

 

 キリツグは聖剣を地面に突き刺す。そこから魔方陣が形成される。

 

「俺は、彼女を!」

 

 王は叫ぶ。宝具の名を。

 

王の夢見た円卓の偶像(ロードオブキャメロット)!」

 

 辺りが光に包まれる。しかしこれまでの光とは違う。この暖かな光は。

 

「これは・・・」

 

 ギルガメッシュは驚いていた。まさかここまでとは。しかしそれ以上に高揚していた。この戦いに。自分と同位置で戦う人間が現れたことに。

 

 かつて戦った征服王を思い出すギルガメッシュ。

 

「フハ・・・・・・」

 

 知らぬ間に笑みがこぼれる。

 

「固有結界・・・!?」

 

 キャスターが呟く。

 

「俺の見た夢。それは、人間として、ただ純粋にブリテンを救いたかった!これは、その、夢の形!」

 

 キリツグの背後、士郎たちがいる場所にはイリヤのいた城ではない、別の城が形成されていた。

 

 そして、そこから一人の騎士が現れる。

 

 城の上から眺める士郎は、目を凝らした。

 

「あれは?」

 

 騎士はゆっくりと、キリツグの元へと行く。キリツグはゆっくりとその人物を見た。

 

「よく来てくれた」

 

 キリツグはゆっくりと微笑む。

 

「ガウェイン卿」

 

「王よ、また貴方と巡り会えた。今度こそ、この剣を貴方に捧げる!」

 

「頼もしいぞ、ガウェイン!」

 

 現れたのは円卓に属する太陽の騎士、ガウェイン。

 

「その剣、エクスカリバーの姉妹剣か。それも我が財!来るがいい!」

 

 ギルガメッシュはもう一度、あの攻撃を仕掛けようとしている。

 

「しかし、私は貴方の夢。サーヴァントとなり得た私とは別の存在。そう思うと、些か悪い気がします」

 

「何を言うかガウェイン卿。お前が別の存在だとしても、俺はお前を求めたんだ。お前らを、な。旧友とまたこうして共に戦えること、誇りに思う」

 

 ガウェインは不思議な顔をし、そしてすぐに微笑んだ。

 

「ん?何が可笑しいんだ?」

 

「いえ。貴方は変わったようだ。今の貴方ならば、恐らく・・・いえ、なんでもありません」

 

 ガウェインはそう言って自らの剣を引き抜いた。

 

「旧友との再会に花を咲かせているところ悪いが!いくぞ!騎士王!」

 

 ギルガメッシュが地獄を振るう。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)!!」

 

「いくぞ!ガウェイン卿」

 

「はい!」

 

 キリツグとガウェインも剣を構える。迫る一撃から城を守るように立つ。

 

約束された(エクス)・・・」

 

転輪する(エクスカリバー)・・・」

 

 キリツグは考えていた。自分の成すべきことを。アヴェンジャーから人としての過去を告げられ、さらには王としての過去を思い出した。この戦いが終われば、俺は。

 

 この場所に立つことさえも、おこがましいのではないだろうか。この世界のブリテンの未来を作ったのは俺じゃない。キャメロット城を守ることは、あってはならないのでは?

 

 本来なら、ガウェインは俺のことを知らない。だからこそ、これは偶像なのだ。俺の夢見た偶像の形。言い替えてしまえば、ただの妄想だ。

 

 彼は、キリツグは苦悩している。

 

勝利の剣(カリバー)!」

 

勝利の剣(ガラティーン)!」

 

 3つの攻撃がぶつかり合った。

 

----------

 

「ライ・・・ダー」

 

 桜は落胆し、膝をついた。

 

 アヴェンジャーの令呪により、自分で自分の首を突き刺したライダー。

 

「か・・・は、さ、さくら」

 

 ライダーは息も絶え絶えの状態だ。恐らく、すぐ消滅してしまうだろう。

 

 桜とライダーの側に、慎二は駆け寄った。

 

「ライダー・・・くそっ・・・僕が、不甲斐ないばかりに」

 

「慎二・・・貴方は変わった。今の貴方ならば、桜を任せられる」

 

「うるさいぞ!当たり前じゃないか。桜は僕の妹なんだから。僕は、ライダー、お前と戦いたかった」

 

 慎二がそんなことを言うなんて。凛は素直に感心していた。一月前の彼ならそんなことは言わなかった。しかし、彼は変わった。キリツグと出会い、彼に救われてから。

 

 ライダーは慎二の言葉を聞き、少しずつ消滅していく。そんな中、桜の方を向いた。

 

「桜、貴方はもう少し自分を出すべきです。そうでもしなければ、彼は振り向いてはくれません、よ」

 

「ライダー」

 

 涙を流しながら、桜は聞き入る。

 

「化け物として扱われてきた私には、ここでの生活は輝かしいものだった。私を呼び出してくれたことに感謝します。本当に楽しかった。あぁ、それと、キリツグにもお礼を。彼には、とてもよくしてもらった」

 

 体の半分はもう、光となっている。彼女は、聖杯に帰るのだ。

 

「ライダー!」

 

 慎二の慟哭とともに、ライダーは消えた。桜の腕に確かな温もりを残して、聖杯へと帰っていった。

 

 静かな、時間が流れる。

 

 その中で、慎二は沸々と煮える怒りを抑えられなくなっていた。

 

「アヴェン・・・ジャァァアア!!!」

 

 慎二が吠える。それでもアヴェンジャーはニヤニヤと嘲笑っていた。

 

「ははっ!たかが英霊が一体消えただけだろ?何をそんなに怒ってぅごほっっぅ!!」

 

 アヴェンジャーが後ろへぶっ飛んだ。

 

 凛はその状況に、目を疑った。慎二が右手に傷を負いながら、アヴェンジャーに振り抜いていたのだ。

 

「くっ・・・お前!どこにそんな力が」

 

「くそ爺のやってたことと同じだ。僕は、桜と同じ痛みを受けた!この身に、蟲の力を住まわせてな!」

 

「あんた・・・慎二!なんてことを!」

 

 凛は慎二に叫ぶ。しかし、慎二は後悔した表情を浮かべていなかった。

 

「僕は、弱かった。間恫の家に生まれながらも、魔術回路を持たない役立たずだった。たが、それが理由じゃなかったんだ。僕は、強くなる努力をしていなかった!僕は知ったんだ!強くなる方法を!衛宮を、遠坂を、キリツグさんを、そして桜を見て!」

 

「だからと言って、蟲を体に入れるなんて・・・。そんなことをして、強くなったとでも・・・」 

 

「わかってる!」

 

 慎二は食いぎみに答えた。

 

「例え魔術回路が発現したからといって、いきなり強くなるわけじゃない。だが、僕は、ライダーと一緒に戦いたかったんだ。だから、無理をしてでも強くならなくちゃいけなかった!それが、以前の僕との決別の証なんだ!」

 

 そうだ。以前の慎二ならば、こんなことは愚か、ライダーのために涙を流すことはしなかった。それどころか、誰かのために戦うなんてこと、あり得なかった。

 

 この男は、学校の人間を殺そうとしたんだぞ?だが、彼の言葉に嘘は見えない。

 

「さあ来い!アヴェンジャー。たとえセイバーが役にたたなくとも、僕がお前を倒す!」

 

 決意。

 

 慎二の表情からはそれが、見てとれた。

 

 その時だった。

 

「よく言った!坊主!」

 

 その言葉と共に、後方から槍が飛んできた。

 

 その槍は、アヴェンジャーが産み出した影を突き刺し、投擲者の元へと戻る。

 

「お前、随分と変わったな。なんていうか、魂が」

 

「ラ、ランサー?!」

 

 赤い槍を肩に携え、青い槍兵が須賀田を現した。

 

「あんた、今までどこに。それに、士郎はどこへ?!」

 

「うるせぇな、その話はやめろ。思い出すだけでむしゃくしゃする。あの狂戦士、次に会ったらただじゃおかねぇぞ」

 

 きまりの悪そうな顔とも、悔しそうな顔ともとれるような表情を浮かべ、その槍をアヴェンジャーに向けた。

 

「はっ!やるぞ坊主!俺は今、凄く苛ついてんだ。てめぇの戦いだろうが、勝手に助太刀するぜ」

 

「足手まといにはなるなよ!犬っころが」

 

「てめぇ後で穴だらけにしてやるからな」

 

----------

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 固有結界が消えた。あっという間の出来事だった。魔力切れだろうか。キリツグの作り出した心象風景は、霞のように消え去ったのである。

 

「なるほど。確かに、強い」

 

 全てがもとに戻ったあと、ギルガメッシュは右肩を庇いながら話す。

 

「久方ぶりに我を楽しませるか、騎士王」

 

「そう、か?俺は今にも倒れそうだがな」

 

 全くその通りだった。ギルガメッシュの負傷状態と比較すると、明らかにキリツグの方が酷い。

 

 それもそのはずである。彼は、英霊化したとはいえ、彼は元は人間だ。人間の体から英霊となったため、英霊と比べると明らかに少ない。

 

「フハ・・・フハハ!この場で貴様を殺すのは惜しい。幸い時間はまだある。あの聖杯が出来上がるまで、な。それまで、我はお前を待とう。どうやら、まだ真に強者となったわけではないらしい」

 

「くっ・・・分かるのか」

 

 その通り。彼はまだ完全ではない。半分は英霊と化したのである。所謂、デミサーヴァントというやつだ。

 

「それまで、死んでくれるなよ。騎士王」

 

「英雄王」

 

 ギルガメッシュはそう言うと、静かに霊体化していった。

 

「アイツ、目的忘れてないか?」

 

 そんなことを呟いていると、背後で何らかの音がした。

 

 士郎たちだ。

 

「キ、キリツグ?」

 

「ん?あぁ・・・」

 

 士郎は俺の姿を見て、明らかに動揺していた。

 

 それもそのはずだ。俺が、セイバーと同じ姿をして、あの英雄と戦ったのだから。

 

「その、格好は」

 

 士郎は恐る恐る聞いた。イリヤもそれを見守る。キャスターは半ば分かったような顔をして、見ていた。

 

「見ての通りだ。どうやら、これが俺らしい」

 

 士郎は、それを聞いてあまり納得していないような顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。

 

「無事でよかった。それに、ありがとう。俺たちを助けてくれて」

 

「・・・・・・」

 

 その時、士郎の後ろに隠れていたイリヤがキリツグの元へと飛び出した。

 

「うぉっ。どうした、イリヤ」

 

 イリヤは答えない。だが、キリツグの服に顔を埋めて、涙を流しているのは分かった。

 

「あり、がとう。キリ、ツグ。・・うっ、グスン」

 

「約束、だからな」

 

 キリツグはイリヤを優しく抱き止める。

 

 まるで親子のようだ。士郎はそう考えていた。キャスターは、優しく微笑む。

 

「ねぇキリツグ?」

 

「ん?」

 

「また、今度、たい焼きたべよ?今度は私が買ってあげる!」

 

「・・・・・・」

 

 天真爛漫なイリヤだ。俺はそれに対し押し黙った。

 

 これからやろうとしていることが終われば、俺は。半ば決めかかっていた決意が、少し揺らぐ。ふと目頭が熱くなり、イリヤから顔を背けた。

 

「どうしたの?キリツグ」

 

「・・・いや、なんでもない。そうだな。また一緒に買い食いしよう。士郎、イリヤをお前の家へ連れ帰ってやってくれ」

 

 キリツグは揺らぎかけていたものをもう一度確固たるものにする。

 

「ああ。分かったよ。キリツグは?」

 

「俺には、やることがある」

 

 声を低くしてそう言った。

 

「それが終わったら、帰ってくるんだよな?」

 

 士郎の言葉に、なんて言い返したらいいか困った。実を言うと、俺はあまり人と接することが得意ではなかった。幼少期を聖堂協会で過ごし、これといって人と接することをしなかった。時計塔でも、主に師匠としか話さなかったし。

 

「ああ。もちろん、その通りだ」

 

 俺は、嘘をついた。

 

「キャスター、行こう」

 

「ええ」

 

 キリツグはキャスターに魔力を分けてもらい、ゆっくりとその場を後にする。

 

 その際、一度も後ろを振り向かなかった。ここで振り向いたら、決意がまた揺らいでしまうと思ったからだ。

 

「いいの?マスター」

 

 キャスターが問う。

 

「ああ、いいんだよ。これが俺の決断だ。さぁ行こう、大空洞へ」

 

 キリツグは、歩みを進める。それを止められるものは、おそらくいない。

 

----------

 

「これでいい。まさかこんなときに役に立つとはなあ。やはりすぐに物を捨てるのはよくない」

 

 暗い暗い場所で、アヴェンジャーが言った。

 

「うん。ちゃんと足止めは出来てるようだな。よし」

 

 アヴェンジャーは、ここにいるはずがない。今、ランサーたちと戦いを繰り広げているはず。

 

「生きている人間を使うのは忍びない。だからお前を使う。エコ精神万歳だ。これでこそリサイクル」

 

 目の前にある水晶体を、撫でながら言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、また俺のために動いてくれ、エミリア」

 

 



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#22 偽物と偽物

 大変長らくお待たせしました。いや、待っていた人はいないかもしれないけれども、それでも申し訳ございませんでした。大学の授業の関係で、更新ができない状態でした。それが割りと一段落したので、これからちょくちょく更新出来ればと思います。

あ、あと。

更新するまでの間に、FGOのマシュが、宝具を真名解放したようで、それ見て思ったんですが、私が作ったオリジナル宝具にかすってません?オブ、がないだけというか。

私も型月脳になってきたかな?


 月は曇に隠れて、輝きを失っていた。ここ最近は雲ひとつない天気が続いていたのに、まるで自分の気持ちを代弁しているかのようだった。

 

 あのあと、ギルガメッシュとの戦闘を終えたキリツグは、なにも言わずどこかへ行ってしまった。

 

 俺は、何もできなかった。イリヤを守ることも、キリツグと共に戦うことも、何も。これじゃあ切嗣に顔向け出来ない。

 

「くそっ・・・!!」 

 

 士郎は、壁に拳を放った。拳からは血すが流れる。

 

 痛い。そう、痛いんだ。キリツグもイリヤも傷ついた。

 

「うっ・・・」 

 

「お嬢様!」

 

 布団に寝かせていたイリヤが目を覚ました。それを庇うように、従者のセラが駆け寄るが、士郎の方が少し早かった。

 

「大丈夫か、イリヤ!?」

 

 セラはどこか悔しそうな顔をして元の体勢に戻った。

 

「うん。ありがとう、シロウ」

 

 そう言ったイリヤは、辺りをキョロキョロ見回した。

 

「どうした?」

 

「バーサーカーは・・・」

 

 イリヤはバーサーカーを探しているようだった。

 

 あの戦闘の最中、バーサーカーは消滅してしまった。だから、もう。

 

「イリヤ、バーサーカーは・・・」

 

「分かってる、分かってるわ。私は、負けたのね。そう。あーあ、お祖父様に叱られてしまうわ。そうでしょう?セラ、リズ」

 

「それは・・・」

 

「・・・」

 

 セラは何も言えなくなり、リーゼリットは何も言わなかった。

 

「もしかしたら、私は廃棄されてしまうのかもしれないわね。聖杯を持ち帰ることができなかったのだもの。あーあ、失敗しちゃった」

 

 茶化すように呟くイリヤ。しかし、彼女の唇は、小刻みに震えていた。

 

「大丈夫だ。イリヤ」

 

「え?」

 

 イリヤは俺がいきなり言い出したので、目を丸くした。

 

「俺が、なんとかする。きっと救ってやるさ」

 

 そう言って、士郎は立ち上がり、部屋を後にした。

 

 そうだ。くよくよしていても仕方がない。俺はなんのために毎日鍛練をしてきたんだ?ただ強くなるためじゃない。こういうことがあっても、動じない心を作るためだったはずだ。

 

 士郎は屋外へと出る。

 

 微かな魔力を感じ、その方向を見る。

 

「あっちか・・・」

 

 恐らく、その方向で誰かが戦っている。幸い、この家にはセラとリズがいてくれている。二人とも戦闘能力は高い。だからこそ、ここは任せ、その魔力の根元へと向かおうとしていた。しかし、その時だった。

 

「!?」

 

 一本の矢?がものすごいスピードでこちらへ向かってくるではないか。

 

「くっ!同調開始」

 

 士郎はすぐに、夫婦剣を投影し、その攻撃をいなした。

 

「アーチャー!」

 

 強襲者の正体の名前を叫ぶ。

 

「ふん。外れたか」

 

「いきなりなにをするんだ!」

 

 アーチャーは衛宮邸の屋根から、地面へと跳躍した。それから、士郎を一瞥し、口を開く。

 

「今さら何をいう。貴様も気づいていたのだろう?衛宮士郎」

 

 そう言って、アーチャーはニヤリと笑った。

 

「何を言っている!?遠坂たちはどうした!一緒じゃ・・・」

 

 そう伝えている最中、アーチャーは双剣を構え間合いを詰めた。そして、切りかかってくる。

 

「私は話し合いに来たのではない。貴様の信念。そのものを潰しに来たのだ」

 

「何を・・・」

 

 アーチャーがどうしてこんなことをするのかは分からない。しかし、彼が自分を本気で殺しに来ていることは事実だった。

 

「来い」

 

「・・・やってやる。アーチャー、お前のことは前から気に入らなかったんだ」

 

 にやりと笑うアーチャー。

 

「フン。それはお互い様というものだ。さぁ衛宮士郎、理想を抱いて溺死しろ」

 

----------

 

「はぁ!」

 

 ランサーの槍が、影をなぎ倒していく。慎二も蟲を使って倒している。

 

「くっ、これじゃあきりがないわね」

 

「リン、私は大丈夫です。何故か、力が戻った。今なら行けます」

 

 先程まで不調だったセイバーもどうやら力を取り戻したらしい。

 

「やっちゃいなさいセイバー!ちょうど私の宝石も尽きかけたところだったわ。まったく、宝石って高いんだからね!」

 

 とは言ったものの、凜はセイバーの不調に対し、疑問を抱いていた。

 

 この状態はライダーと戦闘を行った時と同じだ。いや、それ以上に力を失っていた。士郎から聞いた話では戦闘を行えないほどに力を失ってはいない。

 

 それに、あのときのキリツグ。もし彼のあの状態と関係性があるのなら、キリツグは・・・。

 

 考えているうちに、ひとつの結論に行きつく。いや、しかしだ。それはあり得ない話。英霊に魔力を供給するのは当たり前だが、その逆は。英霊から魔力を奪う、なんてことあるのか?

 

 偉大な魔術師でさえも危ういだろう。しかし、彼が人間じゃあなかったら?セイバーから魔力を、いや、存在をも吸収してしまうような、あり得ない存在だとしたら。

 

 彼については、知らないことが多すぎる。前に聞いた情報だって、嘘みたいな話ばかりだった。

 

「さっぱり分からないわね、まったく」

 

「リン!危ない!」

 

 セイバーが私に向かって叫ぶ。嫌な予感がして振り向くと、そこには無数の影が忍び寄っていた。

 

「くっ!宝石は、もう!」

 

「はぁ!」

 

 万事休すかと思われた瞬間、赤い槍が、その影たちを全て突き刺していた。

 

「大丈夫か!嬢ちゃん」

 

「助かったわ、ランサー。・・・ランサー!危ない!」

 

 ランサーの投擲した槍が凜を救ったのもつかの間、ランサーの背後には黒い腕が迫っていた。

 

「なっ!?」

 

「ランサー!」

 

 ランサーは影に取り込まれようとしていた。慎二は救おうと駆け寄るが、ランサーが制止させる。

 

「やめとけ、坊主。こいつぁ英霊にとって毒そのものだ。ただの人間が触れれば、精神を保っていられないだろう。・・・ってめぇ。気配なんて感じなかったぞ」

 

「当たり前だ。俺たちは、何でもない。何もない。言うなれば、無。厨二みたいな発想だが、そうなんだから仕方がない。悪いが、俺たちになってもらうぞ」

 

「くそ・・・。へへっ、仕方ねぇか。こんな終わり方、格好つかねぇんだが」

 

 そう呟くと、ランサーは宙に何かを描く。

 

「!?・・・これは」

 

「てめぇが親玉だろ?てめぇを封じれば、コイツらは動けねぇ。てめぇをぶっ倒しゃあ、こいつらも消滅する。・・・セイバー、俺がルーンでこいつの動きを止めているうちに、撃て」

 

「し、しかし!ランサー!」

 

「俺の意識もすぐになくなっちまう。その前に、一思いにやれ。こいつらは無尽蔵に湧き続ける。関係ねぇやつらを巻き込むのは、俺の道理に反する。だから、撃て!」

 

 セイバーは、動きを止める。そして、聖剣を強く握り締めた。

 

「あなたに敬意を!リン、宝具を使います」

 

「ええ。ランサー!ちょっとかっこよかったわよ!」

 

「てめぇみたいな小娘に、そんなこと言われても嬉しかねぇよ!10年たったら出直してきな!」

 

 セイバーが、聖剣に力を込める。

 

 目も眩むような光が、辺りに広がっていく。

 

「行くぞランサー!約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!」

 

「・・・ックソ!」

 

 槍兵と悪に、光が届く。言うなれば、浄化の光。辺り一面の毒を洗い流す。

 

「はぁ・・・キリツグ、てめぇと戦うことを楽しみにしていたんだが、仕方ねぇな。また、また次の機会があれば、今度こそ・・」

 

「ランサー・・・怖くないのか?」

 

 消滅を間近に控えた二人の会話。

 

「馬鹿かてめぇは。俺はケルトの戦士だぜ?これほどのこと、屁でもねぇ。そう言えば、俺が最後に恐怖したのは確か、お師匠様と・・・」

 

「ふは・・・そうか。そうだったな。お前は、そうだった。ありがとう、ランサー」

 

 悪が礼を言った。ランサーは、そいつの目を見据え、首をかしげた。

 

「何がありがとう、だ。てめぇは今から消えるんたぜ?・・・いや」

 

 ランサーは訝しげな表情を浮かべる。

 

「お前の間違いは2つだ、ランサー。消える瞬間にそれに気付くとはな。これもあの神父のお陰か。それに、こんな形にはなったが、最後にお前と戦えてよかったよ、ランサー」

 

 アヴェンジャーは意味深なことを口にした。

 

 言峰とグルだったことには驚いた。しかし、俺の違和感はそんなことじゃない。あの男ならやりかねない。だが、この差異は・・・。

 

「だが、今回(・・)も失敗」

 

「てめぇ!まさか!」

 

 ランサーは悪と共に消える瞬間に、気付いてしまったのだ。

 

「はは!アイツがまた同じ道を辿るのか。それは、アイツ次第だな。しかし、今回の戦争は、少し」

 

 そして、二人は、光の中へ消えていった。

 

----------

 

「・・・・・・」

 

「どうした、アヴェンジャー」

 

 薄暗い空間で、神父は、復讐者に問う。

 

「いや、俺がやられた」

 

「お前が送った使い魔か?」

 

「まぁな」

 

 そうアヴェンジャーが答えると、神父は何も言わなかった。

 

「だが一人英霊が聖杯に帰ったぞ。後は、霊格の高さから考えて、セイバーが相応しいだろう」

 

 そして一呼吸置いて、アヴェンジャーは口を開く。

 

「それか、ギルガメッシュ、あんただろうな」

 

「その汚い口を閉じろ、雑種」

 

 あろうことか、アヴェンジャーはギルガメッシュに喧嘩を売っていた。

 

 二人の視線が混じり合う。

 

「怖い怖い。さすがは人類最古の英雄王。俺のような悪には容赦なしか」

 

「・・・・・・」

 

 それ以降、ギルガメッシュはなにも言わず、霊体化して、その場を後にした。

 

「おかしいな」

 

 言峰は異変に気付いていた。ギルガメッシュの。これまでのギルガメッシュとは違う。何か、いや、どこかが。

 

 異変の原因を挙げるとすれば、あの男、ペンドラゴンの子孫か?しかし、あの英雄が、あれに感化されるとは思えない。

 

「何があった、ギルガメッシュ」

 

 そう言って、言峰は結晶化された女を見上げた。

 

 憐れなものだ。このような姿になっても、生きることを強要させられている。いや、これで生きているとは言えないか。

 

 その時、言峰は背後から発せられる異質な魔力に気付いた。すぐに振り向くが、姿はない。しかし、魔力は以前として残っている。むしろ、大きくなる一方だ。

 

 近づいてきている。そう考えた言峰は間合いを取った。

 

「おうおう、やっとたどり着いたか」

 

 アヴェンジャーは魔力の方向を見ることなく、その存在が何者なのかを理解しているようだった。

 

「何か知っているのか?」

 

「アンタも知っているやつさ」

 

「何を知ったような口を」

 

 暗闇から、声が届いた。

 

 ふむ、なるほどそうか。いや、しかし。

 

 言峰は、その異質な存在が何なのか分かったようだ。しかし、それでも、なぜそれがこうなったのか、それの解決には至っていなかった。

 

 その時、暗闇から魔力の玉が発射された。

 

「くっ・・・」

 

「こんなもんじゃないだろうが、神父さま。キャスター、あれが、核か?」

 

「そうね。恐らくあれが・・・?いえ、あれは、人間?」

 

「人間?」

 

 現れたのはあの男。キリツグの名を語った異端児である。

 

 キリツグはサーヴァントとボソボソと何かを話し合っている。

 

「お前ら、ただの人間を聖杯の器に据えたのか?よくそんなこと・・・」

 

「ハッハ・・・」

 

 笑ったのはアヴェンジャーだった。

 

 言峰は言葉を発さなかった。この場は、アヴェンジャーに任せることにしたようだった。

 

「悪い悪い、そう言えば俺、お前に嘘をついていたんだよ、キリツグ?」

 

----------

 

「はぁ・・・はぁはぁ」

 

「どうした?この程度か、衛宮士郎」

 

 士郎は方膝をつき、アーチャーにひざまづく形でいた。

 

「くそっ・・・」

 

 しかし、一番驚いていたのはアーチャーであった。何故ならば、士郎の強さが自分が経験したものよりも遥かに上であったからだ。

 

 セイバーとの稽古?いや、これは間違いなくあの男の仕業か。何をした?

 

「トレース・オン!」

 

 士郎は双剣を投影する。そしてそのまま、アーチャーに切りかかった。

 

「フン!」

 

 アーチャーは、それを軽く往なす。

 

 しかし、だ。それでも自分に衛宮士郎が勝利することなど、あり得ないことだった。遥かに強くなったとしても、実力も経験も自分のほうがまだまだ勝っていると考えていたからだ。

 

 それについては、士郎自身も気付いていた。いや、気付かされていた。セイバーとの稽古と、キリツグから受けた身体強化の魔術をもってしても、互角にすらなっていない。

 

 この男の覚悟を身をもって感じていた。いや、感じさせられていた。この男の体は、これほどに巨大だっただろうか?今はひどく高い壁に見えて仕方なかった。

 

 その時だった。

 

 ドガァァァアアァァアンッッッ!!

 

 大きな音と共に、無数の刀剣が降り注いだのである。

 

「くそ・・・熾天覆う七つの円環(ローアイアス)!」

 

 アーチャーが投影した、7枚の光の盾が、アーチャーと士郎を刀剣から救った。

 

「偽物同士の殺し合いとは、見物だと思ったが、何をしている。貴様ら、それが本気か?まさかそうだとは言わんよなぁ?贋作者(フェイカー)ども」

 

 金色の王が姿を現したのだ。

 

「何をしに来た、英雄王」

 

「黙れ贋作者、誰が口を開いていいと言ったのだ。しかしまあいい。そうだな、我はこの聖杯戦争を・・・」

 

 ヤツの宝物庫から無数の武器が姿を表す。

 

「終わらせに来た」



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#23 金色の王

どんな批評でも、励みになります。
出来れば、感想お願いします。

クライマックスに近いです。

英雄王のキャラが不安定です。


 言わずと知れた英雄王は、久方ぶりに悩むという行動をしていた。聖杯戦争も終盤。王の出番ももうすぐである。

 

 しかし、だ。

 

 それでも彼は悩んでいた。本来の目的と、新たに生まれた願い。その境目で。

 

 悩みの種は、あの本物の騎士王だ。自らの全力を、打ち砕いた。あれほど高揚したのはいつぶりだろうか。

 

 英雄王としての悩みではなく、ギルガメッシュとしての悩み。久しぶりの感覚に、少しワクワクしている自分もいた。

 

 我を対等に見ている。それだけでも不敬なはずだが、しかし・・・。ヤツはアイツ(・・・)に似ている。

 

「ふん・・・」

 

 あの大空洞から抜け、今は新都にいた。もう少し先へ行けば、征服王と戦ったあの橋がある。

 

 思い出すことは、ほとんどしない。だが、かの王のことは思い出してもいいだろう。それに、ヤツ。アーサー王。今思い出すのは、あのときの会話。

 

 乖離剣を打ち砕かれ、帰路についていたとき。ヤツは傷も癒えていない体で、我を追いかけてきた。

 

----------

 

「どうした、騎士王。まだやるのか?」

 

「いや、英雄王。戦闘は終わった。あくまでもこれは後日譚だよ」

 

 ボロボロになった体を、サーヴァントに支えさせながら、近づいてきた。

 

「あんた、この闘いをどう見る?」

 

「何?」

 

 この男は、わけの分からない事を聞いてきた。

 

「この闘いだ。この聖杯戦争。今までのは含めないで、今回だけ」

 

「・・・何を言わせたい」

 

「いや、言わせたいわけじゃあない。聞きたいんだよ。お前の言葉を。英雄王の金言を」

 

 気付いていた、のだろうか?ではいつから?この闘いが始まってから?いや、それはあり得ない。言峰によれば、この男は元々参加するつもりはなかった。それか、先程?自分との闘いのときか?

 

 いや、どちらにしても、こいつはこの聖杯戦争の異常性(・・・)に気付いた、のだろう。

 

「この闘いには、意味がない」

 

「・・・・・・」

 

 英雄王の言葉を、騎士王は黙って聞いた。

 

「理由は言わずとも分かっているのだろう。聖杯戦争とは、7騎の英霊が殺し合い、聖杯を顕現させる。しかし、今回は、大幅に違う。いや、そもそもの前提が違う

 

「英霊の召喚に、意味はない、と言いたいのか?」

 

 騎士王が口を開いた。

 

「その通りだ。我は、泥を浴びたお陰で前回から顕現できている。しかし、今回の英霊たちは、根本的なものが違うのだ」  

 

「根本的?」

 

「・・・貴様と因縁がある、あの悪。ヤツに聞けば分かるだろうが、貴様は、分かっているのだろう?」

 

 騎士王は表情を変えない。否、変えられないのだろう。すでに、答えに行き着いているからだ。

 

「今回の英霊は、あのセイバーとアーチャーを除けば、全てが偽物だ」

 

「なっ!?」

 

 声を発したのは、騎士王を支えていた女狐だった。

 

「それは、どういう意味よ!?私たちが偽物?そんな、馬鹿な」

 

「・・・・・・」

 

 騎士王は表情を変えなかった。

 

「マスター、あなたは知っていたの?」

 

 女狐は騎士王に問う。

 

「思い付いたときは、まだ推論だった。その可能性もないことはない。この聖杯戦争自体、早すぎたからな。誰かが気を急いたのか、分からないが」

 

「いつ確信に至った?」

 

 今度は英雄王が問う。

 

「アヴェンジャーと話したときだ。アイツがこの聖杯戦争を偽物、と言ったときに、あぁ、やはりそうか、とね。だけどそんときは自分のことで精一杯だった」

 

 それに、と騎士王は話を繋げる。

 

「あのとき、アヴェンジャーが桜を拐う理由が見つからなかった。だから焦った。あの地獄から救ったのに、なぜ?とね。まぁ、結果を言えば、あの地獄から救えてはいなかったということなんだろう?」

 

「その事も分かっていたのか、貴様は」

 

「いや、これは完全に推測。キャスターの宝具であの爺との繋がりを断ち切ったあと、あの子に触れても、違和感は無くならなかった。そのときはあの蟲に浸されていたからだと思って、疑問に思わなかったけど、アヴェンジャーの元から救いだしたあと、その違和感が無くなっていた。つまり、あの子の中に、何かがあったということなんだろう」

 

「・・・そうだな。言峰は、あの娘を聖杯の器にするつもりだったようだが、アヴェンジャーは娘の中から、そうさせる原因だけを抜き取り、持ち帰った。その後、だ。ヤツが泥の中から女を出したのは」

 

「・・・・・・」

 

 騎士王の顔が険しくなる。聞きたかったのはこれか。

 

「取り出したのは、本物の聖杯の欠片。恐らく、前回セイバーが壊した聖杯の欠片を間桐の爺が回収していたのだろう。それを、あの娘に植え付けた。あの娘を器とするために」

 

「なる・・・ほどな。そうか、だからか。あの違和感は、アヴェンジャーと対峙した時に感じた嫌悪感に似ていた」

 

 騎士王は背後にある木にもたれ掛かり、顔を手でおおった。

 

「よかった。俺の選択は間違っていなかったわけだ。」

 

 騎士王は沈黙する。キャスターも黙っている。

 

 何も言えないのか、何も言わないのか。どちらかは分からないが、それでも目の前の男の表情は、晴れやかだった。

 

「泥の中から出した女ってのは・・・、いや、そうだな。もし、俺の予想が当たっているとするなら、あの人の、肉体、か?」

 

 あの人?あの女は、この男の知り合いか?

 

「それは貴様が確かめるといい」

 

 そう言って、英雄王は歩みを再び進める。

 

「そうか。ありがとう、英雄王」

 

 騎士王は、もたれ掛かっている木を背に、そのまま腰を落ち着けた。

 

「たわけ。王が無闇に礼を述べるな。底が知れるぞ」

 

 英雄王は騎士王に忠告した。それでも、騎士王は反論する。

 

「王じゃないさ。どんなに、頑張っても、俺は王にはななれない。なることができない。一度、諦めてしまったからな」

 

「ふん・・・戯れ言を」

 

 そう言って、英雄王は歩みを進めた。騎士王を背に黄金の甲冑に、月の光を纏わせながら。

 

「ヤツめ・・・。この戦争に勝利するつもりだな。分かっているのか?その意味を・・・」

 

 体を霊体化させながらそんなことを思っていた。

----------

 所変わって、大空洞。

 

「ただの人間じゃない。エミリア、か」

 

「ご名答。どうやら気付いていたか」

 

 悪意と神父、それに騎士王と魔術師が対峙する。

 

「ギルガメッシュが口添えしたのか?」

 

 神父がそう言った。

 

「自分でたどり着いた答えだ。それと、この聖杯戦争の仕組みも、な」

 

「ほう、しかし・・・」

 

 神父は騎士王を上から下まで見た。

 

「お前は、人間であることを捨てたな?」

 

「関係ない」

 

 騎士王からは、キリツグであった頃の感じが発せられていなかった。人間らしさを失い、英霊のそれを感じさせていた。

 

「ギルガメッシュと闘ったのか。命知らずなのは知っていたが、どんな魔術を使った?」

 

「・・・・・・」

 

 騎士王は口を閉じた。それについて、これ以上は話さないという意思表示だった。

 

「どうするつもりだ?お前、この器を破壊できるのか?」

 

「破壊はしないさ。俺はこの聖杯戦争を完遂させる」

 

 悪意の問いに、騎士王が答えた。

 

「・・・お前は、何をするつもりだ?」

 

「そうだな。正義の味方ごっこだよ」

 

 そう言って、騎士王は騎士王そのものに姿をかえる。見まごうことなき騎士の王。聖剣を、刃を向けた。

 

「お前だけを倒しても、聖杯だけを破壊しても、この戦争は止まらない。地脈に流れ出たこの世全ての悪(アンリマユ)を消し去らない限り、この戦争は消え去らない。そうだろ?」

 

「地脈の件についても分かってたか。だから聖杯を完成させて、その上でぶっ壊すってわけか?」

 

 騎士王は目を細めた。

 

「なるほど。だが、お前の思い通りになるかな?」

 

 そう言ったアヴェンジャーの周りから、泥があふれ出でた。その中から、ナニかがあふれる。

 

「さあさあ。お前の兄弟たちだ。恐らく、世界で一番弱く、手強い。そういうやつらだ」

 

「まさか、コイツら一体一体が英霊なの?」

 

 キャスターが呟く。

 

「英霊の偽物だ。だが、気を抜くなよ、キャスター。そして・・・」

 

 言葉を置き、騎士王はまた呟く。

 

「やるぞ、バーサーカー」

 

 そう、騎士王は呟く。今、騎士王が率いる3人目のサーヴァントのクラスを。

 

 呟くと同時に、霊体化していた狂戦士が姿を現した。

 

「■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 狂戦士とされた英雄は、咆哮する。目の前の敵に向かって。

 

「貴様、3体目のサーヴァントを従えているのか。しかも、それがあのバーサーカーとは。馬鹿げている。死を選ぶような物だぞ」

 

「俺は特別なんだよ。なんてったって、かの有名な騎士王様だからな」  

 

「それでは回答になっていない。そもそも、お前は、その令呪を、どうやって手に入れた?(・・・・・・・・・・・)

 

 騎士王は目を細めた。その眼で、神父を見やる。

 

「そこにいるキャスターが契約破りを宝具としているのはしっている。しかしだ。恐らく、そこにいるキャスターではその令呪に耐えることができないだろう」

 

「そうだな。だから、俺が手ずから奪ってやったまでだ」

 

 なに?

 

 今度は神父が怪訝そうな顔をした。

 

 確かに宝具を使わず、令呪を奪った例は存在する。しかし、それも令呪のある腕を切り落とすという、強行策を取ったから出来たことのはずだ。

 

 しかし、イリヤスフィールの場合は違う。あの娘の令呪は、体全体に達している。となると・・・。

 

「殺したのか?あの娘を」

 

「馬鹿言うな。なんで救うと約束した相手を殺すんだよ」

 

 そう言って、騎士王は自分の腕を露にした。

 

「それは・・・」

 

 確かに、令呪がもうひとつ存在する。セイバーとの契約を破棄したことは分かっていた。ゆえに、この男の腕に存在する令呪は1つのはず。見えるのは両の手の甲に1つずつ。

 

 さらに、だ。仮に令呪を奪えたとしても、あの膨大な魔力量に耐えることが出来ないだろう。

 

「まぁ、裏技だ。さっきの闘いで、あのカードの本来の使い方は理解できた。だからだよ」

 

 なにがだから、だ。全くわからない。この男は、一体?何を。

 

「流石は異端児。気味の悪い」

 

「そっくりそのまま返してやるよ。行くぜ、バーサーカー。凪ぎ払え。キャスターは援護。俺は、エミリアを救う」

 

 2騎の、いや、3騎の英霊が黒い英霊の大群に向かっていった。

 

「おもしれぇ。神父、お前は下がってな」

 

 2つの陣営が、ぶつかる!

 

----------

 

「貴様、英雄王!」

 

 対峙するのは金色と鈍色たち。

 

 英雄王ギルガメッシュは二人を卑下するような目で眺めていた。

 

「お前たちがだらだらとやっているから、手を出してしまったではないか」

 

 なぜだ?なぜ攻撃が来ない。

 

 先程の初撃。確かに最高の一撃だった。しかし、二撃目が来ない。英霊王は二人を眺めているだけだった。

 

「何をしに来た」

 

「それは先程言ったはずだ。終わらせるのだよ、この茶番を」

 

 そう言うと、英霊王は衛宮邸内の庭へ足を下ろした。

 

「この場でどちらかが消えるのも一興であったが、しかし、やはり我が手ずから行うのがよかろうて」

 

 しかし。

 

 しかし、だ。そう言っているのに、彼は攻撃してこない。どちらかといえば、アーチャーの方を敵視している気がする。

 

「だが」  

 

 英雄王が言葉を発し、そこで切る。そして次を語った。

 

「この戦争ほど我の気分を害する物はない。故に!」

 

 英雄王が右手を上げる。するとどこかの空間から、一本の剣が現れた。

 

「消えろ!贋作者!」

 

 それを、アーチャーに向かって投擲した。

 

 ガンッッ!!

 

 アーチャーはそれを自らの夫婦剣で砕く。

 

「なんだ・・・??」

 

 士郎は思わず口から溢してしまった。

 

 ギルガメッシュは自分たちを攻撃していない。アーチャー1人を攻撃している。それが疑問でしかなかった。現れた時のヤツは、俺たち2人を目の敵にしているように見えたからだ。

 

「フン・・・」

 

 ギルガメッシュの背後にはまだ、多くの武器が存在していた。

 

「下がっていろ雑種」

 

 明らかに俺の方を見て言っていた。  

  

 確信した。こいつは、俺を敵と認識していない。いや、敵にすらされていない、のか?それはそれで、なかなか来るものがあるな。

 

「俺の味方をするのか・・・?!」

 

「勘違いするなよ雑種」

 

 アーチャーの方を睨みながら此方に向けて言葉を発した。確かに、声色のそれが味方にするものではない。

 

「我は我の目的のために、必要なことをするだけだ。そう。この戦争の今後のために」

 

「英雄王ともあろうものが、そのような小僧に肩入れするのか。さすがは王様だな」

 

 アーチャーが皮肉っぽくギルガメッシュに告げる。それを聞いたギルガメッシュは、興味なさそうに冷ややかな目で口を開く。

 

「笑わせるな贋作者。我は我のしたいことをするだけだ。何度と言わせるな」

 

 ギルガメッシュは背後に控えている宝具たちへと意識をこめる。

 その宝具一つ一つが、有名な刀剣などの武器だ。もしくはその原点。その一つ一つをあろうことかギルガメッシュは、自らの腕のように使役していた。

 

 汗一つかかずに、それを、発射する。

 

「くっ!?」

 

 アーチャーは夫婦剣でそれをいなし、砕き、かわす。

 

「どうした?贋作者」

 

 アーチャーは間一髪でそれをこなす。必要最小限の動きでそれを成している。それは、この状況の均衡を保っていることに他ならなかった。

 しかし、アーチャーの動きも徐々に鈍くなる。英霊とはいえ、疲労することはある。それとは反対に、ギルガメッシュの攻撃の手は緩められることはない。

 

「ここは・・・退くしかないようだな」

 

 アーチャーはそう告げる。そう告げたアーチャーに向かってギルガメッシュは未だに冷ややかな目を向けていた。

 

「よい。許す。今はその時ではない。今すぐ退いて、騎士王に伝えろ。我はこちら側についた、とな」

 

 アーチャーは訝しげな表情を浮かべ、そのまま霊体化していった。それを見逃すギルガメッシュ。

 いや、まて。今、なんと言った。

 

「おま、え?今、なんて」

 

 士郎があたふたしているなか、ギルガメッシュは纏っていた鎧を解き、ライダースーツの姿になった。

 

「だから、言っているだろうが、たわけ。勘違いするな、と!我はこちら側につくと言っただけだ。味方になるとは言っていない!」

 

 いや、それは言っていることと同義なのでは?とは言わない。ギルガメッシュの顔は完全にキレていたからだ。

 ギルガメッシュはこちらの方に向き直ると、そのまま直進する。何かをされる?そう思ったが、ギルガメッシュはそのまま歩いていって、家の方へ向かっていった。

 

「お、おい!どこにいくんだ!」

 

「・・・・・・」

 

 その問いには答えず、そのまま進み、あろうことか土足で家に上がり込んでいった。

 

「お、お前!待てよ!」

 

 士郎はそのあとを急いで追った。

 

----------

 

 士郎はギルガメッシュに「靴だけは脱いでくれないか」とだけ言った。それに対し、ギルガメッシュは「ふん・・・」とだけ言って、靴を脱いで士郎に向かって投げた。

 そして、今に至っている。とりあえず、煎茶を出し時間が流れていた。

 

 そんな均衡を破ったのは、存在を忘れられていたあの子だった。

 

 襖が開く。

 

「シロー、大きな音がしたけど、どうした・・・」

 

「ム?」

 

 空気が凍りつく。少し前まで、殺すだの殺されるだののやり取りをしていたのに。こんな状況で。

 眠っていたはずのイリヤが、襖を開いて立っていたのだ。背後には二人のメイドがいた。

 

「キ、キンピカ!!」

 

「アインツベルンの人形か。ここにいたのか」

 

 また、ギルガメッシュをキンピカ呼ばわりしたのはさておいて、だ。この状況、一体どうしたものか。

 

 深い夜が続くなか、士郎は一人、頭を抱えていた。

 

----------

 

 黄金の王は夢を見る。

 

 

 かつて共に戦い、倒れた泥人形の夢。

 

 

 神より造られた人形。天の鎖。

 

 

 英雄の王は夢を語る。

 

 

 二回目の生を受けた、この現代の戦場で。

 

 

 存在するはずのない騎士王に。 

 

 

 最古の王は夢を叶える。

 

 

 見て、語り、叶える。

 

 

 この偽りを、壊すために。

 



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#24 黒になれ/なる

「・・・・・・」

 

 暗い洞窟内で2つの陣営が向かい合っていた。

 片方は敗北の色が

見える。片膝をつく刺青の男と、うつ伏せている神父。神父の周りには赤い水溜まりができている。神父は既に、絶命しているようだった。

 

「何故だ、キリツグ!何故、お前は勝利している!?何故、何故!」

 

 刺青の男、アンリマユは叫び出す。

 

「お前は俺だろ!何故、俺と戦って勝利できる!?いいのか?この勝利の意味は・・・」

 

「分かってるよ、(アンリマユ)。この結末は、予想も予測もされていない。なにせ、これは終わりを意味しているからだ」

 

 既に人間であることを諦めた騎士王は、淡々と喋り続ける。

 

「だったら何故」

 

「うっせえな。もうもどれないんだから、しょうがないだろうが」

 

 血に染まった聖なる剣をアンリマユに突き立てる。

 

「・・・ッカハ!」

 

 突き刺した所から、泥があふれでる。黒く、黒く、真っ黒な泥。血の代わりにそれが出ているように見える。その泥は、まるで元からそうであったかのように騎士王の体にまとわりついた。

 

「個が、全に勝るわけがない・・・!俺がお前の中に帰る?ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな!元は、この俺だ!」

 

「知るかそんなもん。誰がそれを決めたんだよ」

 

 騎士王は突き刺した剣を捻り、さらに強く差し込む。

 

「くそがぁぁぁ!!偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)!」

 

 アンリマユのもつ宝具が発動する。これは、自らの傷を、相手に写すというものだ。しかし・・・。

 

「何故だ・・・。何故発動しない」

 

 騎士王は平然としていた。

 もし本当に宝具が発動しているなら、痛いなんてものではない。死ぬ。ソレ以外の感情は思い浮かばれないはずだ。

 

「ハハハ。発動しているよ。発動してる。だけど、だけどな」

 

 ヘラヘラと笑いながら、剣を持つ掌へ無意識に力が込められる。

 騎士王は口から血を吐きながら、続けた。

 

「もっと痛いことがあるんだよ。俺には」

 

 そう呟く騎士王を眺める魔女と狂戦士だった。魔女の表情はどこか寂しげで、狂戦士は静かに変わりゆく騎士王を見据えていた。

 何かに気付いたのか、騎士王を睨み付けていたアンリマユの口角がつり上がっていく。

 

「は、ははは。ハハハはは、は、は、はははは!!そうか、そうかそうかそうか。あいわかった!お前は、お前は既に敗北していたんだったな!俺たちが、この世全ての悪(アンリマユ)が!勝利することなんてありえない!」

 

 まるで悪魔のような表情を浮かべながら、ゲラゲラと笑い出す。

 

「だが覚えておけよ、騎士王。俺は、終わらねえ。俺は、消える訳じゃねえ。お前の中に帰るだけだ。お前が主導権を握れるという保証もねえ。最大のギャンブル。お前は、それを分かった上で、だからこそこの俺を聖剣で殺したんだろう。やっぱりお前は人間だよ。人間以外にはなりきれない。騎士王なんかって呼ばれてはいるが、ただの人間だ!その体で、どこまで戦えるかな?キリツグ・・・」

 

 消滅していく体にはお構いなしに、捨て台詞を吐くアンリマユ。つり上がった口角は戻らない。 

 

 そして、アンリマユは本当に消滅した。

 

「くっ・・・!?」

 

 アンリマユの消滅のすぐあと、騎士王の体に変化が訪れた。肌は徐々に浅黒くなり、あるはずのない刺青も。さらに、持っている聖剣さえも輝きを失い、黒くいびつな光を放ち始めた。

 

「マスター」

 

 心配そうに声をかける魔女。つらそうにその魔女を見返す騎士王。しかし、瞳から光は消えていなかった。

 

「大、丈夫。大丈夫、なはずだ。大丈夫じゃなきゃ、全部が無駄、に・・なるからな」

 

 心臓の鼓動が早くなる。早く早く。血が全身に巡り、心臓に戻る。人間として当たり前の現象の速度が急激に上がっていく。

 目の前が黒くなる。まるで全てから否定されているみたいに、虚構へと反転する。

 ああ、そうか。

 これが、これ・・・が。

 

「マス、ター?」

 

 人間ですら、騎士王ですらなくなってしまったソレ(・・)は目を見開いた。

 

 そして微笑みを浮かべ、口を開く。

 

「全部、てめぇの自業自得だ。キリツグ(・・・・)

 

 

----------

 

 数日前。とある公園のベンチ。夜。

 

「・・・・・・」

 

 黒いスーツに身を包んだイギリス人が、タバコをふかしながら座っていた。

 キリツグ・E・ペンドラゴンその人である。

 

 アーチャーと共に間桐桜を救いだして、少しだけ時間をもらい、1人物思いに耽っていた。とはいえ、少し先にアーチャーと桜はいるので、何かすればバレるのは目に見えていた。

 

「くそっ・・・」

 

 アンリマユに、自分の真実を聞かされた。出生?と言ってもいいのか分からないが、それと同じような内容。俺が、アーサー・ペンドラゴン?笑わせるな。

 確かにあの内容だと、エミリアに俺は、アーサーと名付けられた。だが、騎士王ではない。そう信じたかった。だったら俺は誰だ。キリツグという名と、E、エミヤというミドルネームも、全て衛宮切嗣から勝手にもらった名前だ。

 

「俺は、誰でもない、んだよな」

 

 言っても仕方がなかった。

 変えようのない事実だから。俺が泥のなかから生まれた非人間で、不完全な英雄。

 

 ふざけるな。

 

「ふざけるな・・・」

 

 心で思ったことを無意識に呟いてしまった。

 

「だから、師匠は、俺をここに寄越したのか?俺を、終わらせるために?そんな・・」

 

 疑心暗鬼。

 冬木市に着いた頃と、心情はうってかわっている。これでも我慢強い方だと思うが。

 

 全ての人間が、黒く見えてくる。 

 それでも、

 

『馬鹿弟子が。違うと言っているだろう。何を聞いていた』

 

『何って!何も教えてくれないじゃないですか!』

 

『ならば盗め!受け身になるな』 

 

 でも、それでも、師匠は、師匠だった。

 時計塔での日々が思い浮かぶ。監禁されていた聖堂教会でも、それ以前の失われた記憶の事でもない。彼と、時計塔へ通うみんなの姿。

 

 あそこに、俺の人生はある。だから、だからこそ。

 

 俺を人間として扱ってくれた場所。俺を拾い、救い上げてくれた、数少ない人間のいる場所。彼らが何をしようが、俺は、彼らの味方だった。今さら裏切られても、信用しなくなることなんてなかった。

 

「あとで、電話をしよう。ミスタ・ウェイバ、出てくれるかな?」

 

 そういえば、ルヴィアに勝たせてやれなかったな。いつも本気になってしまう。

 ルヴィアには、言わない方がいいか。彼女はきっと、俺を救いに来る。

 

 師匠が出てくれなくても、掛け続けよう。もしかしたらこれが、最後になるかもしれないから。だからこそ、俺がこれからやろうとしていることの全てを彼には話そう。

 

 キリツグは決意する。

 

 まずは、騎士王になる。アーサー王に。それから・・・。

 

 決意を新に、立ち上がる。そしてそのままアーチャーたちのいる方向に向かった。

 

 急ごう。遅くなると、凛がうるさそうだからな。

 

----------

 

「なんだ?」

 

 衛宮士郎は奇妙な感覚に襲われた。この状況こそ奇妙だが、それとは別の煩わしくない感覚に。

 体の中の毒が洗われたかのような感覚だ。

 

 英雄王とイリヤたちは俺にはお構いなしに論争を繰り広げていた。まぁ、イリヤが一方的にギャーギャー言っているだけだが。

 

 その英雄王が味方になった?本人は違うと言っているが、それでも心強いことには変わらない。

 

「そういえば、ギルガメッシュ。さっき騎士王がどうの、って言ってたような気がしたんだけど、一体とういうことだ?」

 

 ギルガメッシュは「ふん」と鼻で笑い、続けた。

 

「言葉通りの意味だ。我はこちら側の陣営につく、とな。雑種の脳はそこまで役立たずなのか?」

 

「うるさいな!・・・で、騎士王ってのは、セイバーのことだろ?でもなんで」

 

 その言葉を聞いたギルガメッシュは不思議そうな顔をして、すぐにニヤリと口角を上げた。

 

「そうか、やつめ。伝えていなかったわけか。なるほど、ともあれ伝えたところで、どうにかなる問題でもないわけだが」

 

「伝える?いったいなんのことだ」  

 

 士郎からしたら、本当に初耳の情報だった。そもそも、桜の一件以来、キリツグとはあまり関わっていなかったのだ。

 

「我から伝えるのも野暮というものだが、仕方ない。時間が時間だ。よかろう。我手ずから教鞭を取るとしよう」

 

「あ、ああ。よろしく頼む」

 

 妙に乗り気なギルガメッシュは不審だが、それこそ時間が時間だ。

 

「ほれ人形。喚いてないで座って聞いていろ」

 

「イリヤは、人形じゃなーいー!!イリヤはイリヤスフィール・フォン・アインツベルンなんだから!」

 

 やっぱり、先が思いやられる。

 

----------

 

「そんな・・・。セイバーが偽物で、キリツグが本物?でもキリツグはただの人間で・・・」

 

「正確には元騎士王、だ。それに、もし我の予想が正しければ今ごろは泥にまみれているはずだ」

 

 淡々と喋り続けるギルガメッシュは、一切表情を変えなかったが、そう話しているときだけ、不愉快そうに見えた。

 

「それは、分かった。だけど、なんでそれが俺たちの側に着くことになるんだ?」

 

 そう問われたギルガメッシュは、その双眸を俺に向けた。

 

「もし聖杯を手に入れることが目的なら、わざわざこっちに着く必要はないはずだ。むしろ、その、敵になったキリツグと一緒になれば、勝利は・・・」

 

「なればこそだ!」

 

 ギルガメッシュが一喝した。ボーッとしていたイリヤも、若干腰が引けていた。

 

「あんなものに躰を浸しおって・・・。万全な状態の貴様だからこそ、潰しがいがあったのだ!」

 

 ギルガメッシュは、本当に悔しがっていた。

 

「よって、我手づから罰を与えよう、とな」

 

「・・・分かった。お前がキリツグと戦いたいのは。それでもだ。お前はイリヤに手を出した。すぐに信用なんて・・・」

 

 悔しそうな顔をすぐに戻し、冷淡な瞳をこちらへ向けた。

 

「信用とは・・・。ククッ・・・。笑わせてくれるな贋作者(フェイカー)。そんなもの、はじめから存在せぬわ。我はただ、成すべくして為すのみよ」

 

 やっぱり、こいつは信用できない。いつ、裏切るか。イリヤを襲うか・・・。

 

 その時だった。一通り事情を話終えたとき、玄関の開く音が聞こえた。

 

----------

 

「中にいた人間は、暗示をかけて山を降りてもらったわ、マスター」

 

「あぁ」

 

 人の気配が失われた柳洞寺に、黒ずくめの男と、魔女の姿があった。

 魔女は男にたいして、不信感を抱いているようだった。その目がそれを物語っている。

 

 あなたは、いったいどちらなの?マスター。

 

 キャスターは、そう問いたかった。あの一件があってから少したっているが、姿の変化以外に変わったところが驚くほどなかったのだ。

 

 人間のキリツグ?反英雄のアンリマユ?それとも・・・。

 

「ん・・・」

 

 瞬間、感知用に展開した結界が反応した。

 

「キリツグ・・・」

 

 どうやら赤い外套の弓兵が、帰ってきたようだった。

 

「どうしたアーチャー。やけに帰ってくるのが早いじゃないか」

 

 アーチャーの目が、キリツグを見据える。彼もキリツグの変化に気付いているようだ。

 

「・・・いや。どうやらあちら側にかの英雄王がついたようなのでね。逃げ帰ってきたところだ」

 

「アーチャーにしては、やけに素直に答えるじゃないか。しかし、そうか。ギルガメッシュ、やはりそう来るか」

 

 キリツグは顔色一つ変えず、淡々と述べた。

 

「そちらは、ふむ。手筈通りに進んだようだな」

 

「そう見えるか?」

 

「違うのか?」

 

 アーチャーに問われたキリツグは押し黙った。

 

「・・・まぁ、深くは追及しないさ。私は私のために弓を射るだけだからな。しかし、だ。なぜここにあの狂戦士がいる?」

 

 アーチャーは話題を変え、あの時消滅したはずのバーサーカーに目をやった。

 

「あの神父にもそう言われたよ。そんなにおかしいか?」

 

「当たり前だろう。あのセイバーとの契約を破棄し、代わりにキャスターに私の契約を奪わせた。そこまではこれまでと変わらない。むしろ以前より、お前が消費する魔力も減ったはずだ。方法は問わないとしても、あのバーサーカーとも契約したとなると・・・」

 

 キリツグはまだ表情を変えない。

 

「裏技だ」

 

 そう言って、キリツグは懐から数枚のカードを取り出した。

 

「それ、私が前に言った・・・」

 

「これは、英霊そのものを封印した魔術符だ」

 

 その言葉を聞いたキャスターは驚きの顔を浮かべ、口を開いた。

 

「まって!英霊ですって?!そんなこと、ありえないわ!」

 

 そう。ありえない。

 

 本来なら聖杯戦争という大規模な魔術を用いて召喚される存在だ。一体一体が世界を揺るがす存在であり、それが同時に7騎存在しているこの戦争も、本当のことを言えばあってはならない。

 

 しかし。

 

 しかしだ。このカードは、その英霊を封じている。正確に言えば英霊そのものの魔力の型だ。

 

「だが、これは存在している。出典はわからないけどな。聖堂教会で封印されていたのを、まぁ、抜け出したときの騒ぎの中で、かっぱらってきたわけだが・・・」

 

 キリツグはその中でも、騎士、セイバーの絵が描かれたカードを選んだ。

 

「奇しくも、このカードを本来の使い方で使うときに必要なキーは、英霊召喚の際の詞だ。まぁ、今回は短縮するけど・・・」

 

 カードに、自身の魔力を流し込む。

 

 その魔力に反応し、カード内の魔力が逆流する。

 

 その魔力が、カード保持者の体にまとわりついた。

 

 そして・・・。

 

夢幻召喚(インストール)ーーーー」

 

 起動キーとともに、キリツグの体が光に包まれる。

 

「これは・・・」

 

「途方もない、魔力」

 

 アーチャーとキャスターは固唾を飲んで見守る。

 

 光が晴れたころには、騎士の甲冑を纏うキリツグが現れていた。

 

「裏技だろ?このカードを使えば、英霊の、力を使えるってわけだ」

 

「確かに裏技だな。そうかなるほど。そのキャスターのカードを使って、契約破りを模したわけか」

 

「模したわけじゃない。それそのものを使ったんだ」

 

 話を聞いていたキャスターは、突然分かったような表情をした。

 

「だから、あの時いきなり私の魔力が急激に下がったのね」

 

「やっぱり影響があったのか。それはすまなかったなキャスター」

 

「一時的なら大丈夫よ。けれど、ずっとそのカードで私になり続けられたら・・・」

 

「どちらかが、存在を吸われる、な。それもそのはずだ。これは、その英霊そのものと言ってもいい。このカードの英霊がお前だったってのは、完全に偶然なわけだが・・・」

 

 とてつもない確率だがな。アーチャーは人知れず思った。

 

「英霊となった私でも無理よ。神代の魔術師ならばなんとかなるかもしれないけど。なんだか嫉妬しちゃうわね。それを作り上げた魔術師に。そう・・・でも・・・」

 

 キャスターはそこまで言って、口をつぐんだ。

 

 キャスターは気づいていた。彼は先ほどの英雄王との戦いでもこのカードを使っていたのだろう。しかし、その時の姿形と、今では、明らかに違っている。姿形もそうだが、そもそもの核さえも。

 

「どうした?キャスター」

 

「・・・いえ。なんでもないわ。それより、これからどうするの?山門を下らせたのはいいけど」

 

 彼は考えるそぶりを見せず、はじめから決まっていたかのように言う。

 

「そうだな。とりあえず、聖杯を顕現させる。この聖杯戦争を完遂する」

 

----------

 

4.

 今回の聖杯戦争は、明らかに異端であった。そもそも、暗殺者のクラスである英霊は召喚されなかった。その代わりに、復讐者のクラスの反英雄が召喚された。

 

 さらに、この聖杯は、器があればどのような時にでも顕現が可能である。魔力のあるなしに関係なくだ。

 

 それは、この偽聖杯が別の方法で魔力を供給されているからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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#EX1 あの日の前

 ロンドン。

 

 時計塔内。

 

 黙々と魔術の鍛練に励む少年が一人。

 

「ふぁー・・・。眠・・・」

 

 励んでいるわけではなかった。

 

「ったく・・・。お師匠のやつ、一体どこに行ったんだよ」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、師匠から言い渡された課題に取り組む。

 

 少年が鍛練を行う部屋は暗く、本で埋め尽くされていた。物置小屋と言っても過言ではないほど、埃っぽい。それでもそれは気にならないらしく、鍛練だけは続けた。

 

「魔術回路ってのは、そんなに大事なのかねぇ」

 

 言い渡された課題は、魔術回路の開閉。普段開きっぱなしの回路を自分の力で操作する鍛練だ。本来なら、初歩中の初歩なのだが、彼はそれができていなかった。何せ今まで、魔術のことは知ってはいるものの、使おうとは思ってこなかったからだ。

 

「あー・・・面倒くさい」

  

 思っていることが、口から出てしまう。

 

 彼の才能は、ないわけではない。寧ろ、大きな可能性を秘めている。だからこその鍛練なのだが、その本人がやる気にそれほどやる気になっていないのだから意味がない。

 

「別に、こんなことしなくても、あの人には近づけると思うんだけどなぁ」

 

 あの人。彼を救いだした、彼にとっての英雄(ヒーロー)

 

 彼が、なんやかんや言いながらも鍛練をやめようとしないのは、そこにあった。

 

 あの人のようになりたい。そう願うからこそ、嫌々ながらも続けている。彼自信、少なくとも自分の力になることを理解していたからだ。

 

「やめた」

 

 やめた。

 

「あー。自主練だ自主練」

 

 そう言うと、のそのそとたちあがり、部屋のすみにある仰々しい箱を取り出した。そして、首からぶら下げてあるこれまた仰々しい鍵を手に取り、仰々しくその箱を開いた。

 

「・・・」

 

 箱が開かれる。

 中には、7枚のカード。彼はそれを、綺麗に横並びにした。

 

「よし。今日こそ、このカードを・・・」

 

 そう言うと、剣を持った騎士の柄が描かれているカードに手をかざす。

 

 そして、微量な魔力を込める。余談だが、この時点で課題の目的である魔力のコントロールは完璧に出来ていた。

 

「セイバー・・・、剣の霊、女の子、見えない剣・・・」

 

 カードに記憶されている霊体の情報を読み取る。

 

「ホントにこれは誰なんだ?女の子で剣を持った有名な霊で・・・ふむ・・」

 

 歴史上、女性騎士はそれほど多くない。故に彼は悩んでいた。自分が持っているカードで、誰が型どられているか分かっていないのがこのカードだけだったからだ。

 

 

「だが、まぁ、わかったところでって感じなんだけどな」

 

 そんな独り言を言いつつ、カードに魔力を込め続ける。

 

 セイバーのカードに魔力を込めていると、不思議な感じがする。知らないはずなんだけど、知ってるような。デジャヴみたいな感覚だ。もしかしたら、その反対のジャメビュなのかもしれないけれど。

 

 ガチャ・・・。

 

 その時、不意に背後にある扉が開いた。

 

「!?」

 

 咄嗟に振り向き、距離をとる。ゆっくりと開かれる扉から目を離さずに、床に並べているカードを拾っていく。

 

 ギィー・・・。

 

 ゆっくりと、開く。部屋はランタン1個で照らされているため、薄暗い。ゆえに、その扉を開いた犯人を見定めることは難題であった。

 

 しかし。

 

「ケホッ・・・ケホッ・・・。なんですの!?この埃っぽい部屋は!本当に人がいるんですの!?」

 

 声から察するに女性。さらに、その幼さから少女であることが容易に想像できた。

 

「そのへんにいるはずだ。・・・バカ弟子、出てこい」

 

「お師匠!?」

 

 その少女の声の次に、師匠の声がしたので驚いて声を出してしまった。

 

「なんだ。いるじゃあないか」

 

「いるならすぐに出てきてくださいまし」

 

「だ・・・」

 

 誰だ、と言おうとした瞬間、黒い影が目の前に現れた。金色の髪の毛がファサ・・・と舞う。

 

「でないと、貴方の力量を計れないでしょう!」

 

 ガハッ・・・!

 

 視界がおかしくなる。上が下で、下が上で。要するに俺は今、ぶん投げられていた。

 

「おうふっ!?」

 

 そのまま床に叩きつけられ、俺は盛大に腰を打った。

 

「いっつ・・・」

 

「あらあら、貧弱ですこと」

 

 頭上で声が響き、恐る恐る目を開く。

 

「それで、ミスタ・ウェイバの弟子なのですの?」

 

 綺麗な縦ロール。小綺麗な青いドレスを身に纏い、不敵な笑みを浮かべていた。薄暗いため、余計に雰囲気が増す。

 

「私はルヴィアリゼッタ・エーデルフェルト。よろしくですわ?兄弟子さん?」

 

 青い悪魔。見上げるだけの俺は、身震いがしてならなかった。

 

----------

 

 エルメロイ教室。魔術協会の総本山、時計塔の中に存在する教室だ。ロード・エルメロイⅡ世が責任者を務めている。

 元々は、先代のロード・エルメロイ、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの教室だったが、ケイネスの死後まったく見向きもされなくなったので、ウェイバー・ベルベットが受け継いだ。

 

 その教室に所属した時計塔のOB生たちは、いずれも典位以上の位階を取得している。さらには、そのうち数名が時計塔の歴史上でも数えるほどしかいない「王冠」の位階に至るのではないかとされているため、Ⅱ世が教え子たちを集めれば時計塔の勢力図が変わるとまで言われている。

 

 しかし、彼、キリツグ・E・ペンドラゴンには関係のない話だった。そもそも彼は時計塔に所属している魔術師ではなかった。身寄りのないところをウェイバーに拾われただけのことであり、もしかしたらこの場所に、彼はいなかったのかもしれない。

 

 彼は元々、聖堂教会にて保護されていた。否、保護と言う名の監視、もしくは研究。

 彼は奇跡の体現である。産み出された生命であるのだ。封印指定の人形使いのような、人間のコピーではない。完全な新たな生命だった。それに目をつけた聖堂教会と魔術協会は、手に入れるために相当な激闘を繰り広げたようだが、それは今は置いておくことにする。

 

 激闘の末、キリツグの身は聖堂教会に移され、幼少期をそこで過ごすことになる。しかし、ある事件が起きることによって、事態は急転した。何者かによる襲撃だった。その最中、キリツグはそこから逃げ出すことに成功する。彼が逃げ出す中で意趣返しとして、封印されていたカードを持ち出したことは、また別の話。

 

 故に、正式に時計塔に所属することはできなかった。その存在が多方面に露見すれば、恐らく彼はまたあの場所に逆戻りだ。

 

 しかしまぁ、実際、エルメロイ教室の中での彼の存在は、隠されていない。表向きは存在するはずのない空席、万年幽霊部員、ゴーストなどと称されている。裏では、普通に生徒と親交を持っていた。しかし、それも片手で数えられるほどしかいない。

 

 後に彼の近親者とされる者が所属することになるが、今は関係のないことだ。

 

「それで、どうしたんです?そのガキ」

 

「ガ・・・っ!?」

 

 ルヴィアはあからさまに悔しそうな表情を浮かべた。それを横目で見ながら、キリツグは続ける。

 

「託児所でも始めるつもりですかい?先生には、保父さんなんて似合わないと思うんですけど」

 

 最大限の嫌みを述べる。しかしエルメロイⅡ世であるところのウェイバーは眉ひとつ動かさず、口を開いた。

 

「エーデルフェルト家の御当主に頼まれてな。少しの間、ここで預かることになった」

 

 ほんとに託児所みたいなことやってんじゃん。と思ったことは内緒だ。 

 

「それで、なんで俺を探してたんすか?」

 

 半ばその理由を理解しつつ、半分別のことを期待しつつ、ウェイバーの言葉に耳を傾ける。 

 

「頼んだぞ、バカ弟子」

 

 やっぱりそうくるよねー。

 

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 キリツグがルヴィアと初めて出会ったのが、ルヴィアが12歳のころだった。彼は多分15歳くらいだったと思う。幼い頃の記憶もなく、その幼い頃を知っている近親者がいるわけでもないため、彼の正確な年齢は分からなかった。

 

 その初めて出会った年を境に、毎年やって来るようになった。そして、ルヴィアが時計塔に所属するようになると、当然のようにエルメロイ教室に所属した。

 

 その中でも、キリツグがルヴィアの世話係りになるのが決まっていた。というより、無理矢理決めつけられていた。

 

 毎年、毎回のようにやって来ては、キリツグに決闘を挑むのがルヴィアの癖だ。いや癖というのか?そうしてしまう、と言っているのだからそうかもしれない。

 

 結果を言えば、全ての戦闘においてキリツグが圧勝していた。だからこそ、毎年キリツグに挑んでいるのだが。

 

 彼女は肉体派であるが、それ以上に彼は強かった。ただの人間にはない、凄みがあった。技術があった。それは、普通ではなかった。

 

「また・・・負けた・・・」

 

 今年で17になるルヴィアは、悲嘆し膝をついた。俯いた額からは汗が滴り落ち、トレーニング場の床に小さな染みをつくった。

 

「悪いけど、お前は俺に勝てないよ。もともと魔術が得意ってわけじゃなかったからな。だからこそ、肉体改造に勤しんだわけだが・・・」

 

 キリツグはルヴィアをちらりと見る。初めて会ってから凡そ5年だ。ルヴィアも大きくなった。あのときガキだったヤツは、綺麗な女性になっていた。

 

 身長も伸びて、スタイルもよくなった。2つの実もたわわに実った。ふむ。悪くない。悪くない、けど。

 

「お前だもんなぁ・・・」

 

「何をぶつぶつ言っているのですか」

 

 床を向いていた顔をキリツグの方に向けた。あからさまに悔しそうな顔だ。

 

「別にー。でもまぁ、最初よりはよくなったよ」

 

「最初はあなたを引っくり返しましたわ!」

 

「ばーか。あれはノーカンだよ」

 

 キリツグは手をヒラヒラと振り、トレーニング場をあとにしようとした。しかし。

 

「・・・」

 

 気配がした。熱気。勝利を望む拳だ。

 

 キリツグは振り返らずにそれをかわす。意図せずして通り過ぎるルヴィアの足を、キリツグは掴んだ。

 

「!?」

 

 そのまま、ルヴィアの体をふわりと浮かせ自由を奪った。そして、彼女を床に叩きつけ、首をつかみ更に自由を奪う。

 

「うくっ・・・」

 

「それはいけねぇなぁ。その行いは、騎士道に反するものだ。だが、今の気迫はなかなかよかった」

 

 首をつかんでいる手を弛め、キリツグは彼女を見下げるようにその場に立った。

 

 彼女に対し、手を差し伸べる。ルヴィアはその手をつかみ、自身も体勢を立て直した。

 

「また明日、頼みますわ」

 

「ん?あー・・・」

 

 キリツグは微妙そうな顔をした。頭をかき、ばつが悪そうにしている。

 

「?」

 

「実は、これから行かなきゃならんところがあるんだよ」

 

----------

 

「いつ帰ってくるんですの?」

 

 空港の待ち合い広場に、ルヴィアは彼とともにいた。彼はそれほど大きくないキャリーバッグを片手に、腕時計を眺めた。

 

「さあな。お師匠曰く、お前が終わりだと思ったら、だとよ」

 

「・・・・・・」

 

 ルヴィアは俯いて、口を閉じた。

 

 ルヴィアにとって彼は、兄のような存在だった。過ごしていた年月は短かったけれど、とても充実していたのである。

 

「どうしたんだよ。大丈夫か?」

 

 彼がルヴィアの顔を覗きこむ。自分がどんな表情をしているか悟られないように、覗きこまれる瞬間、くるりと後ろを向いた。

 

「別に、なんでもないですわ!精々鍛練を怠らないことね!私は日々進化しているのですから」

 

「ああ」

 

 ルヴィアには彼の表情は見えないが、声色でわかる。彼は今笑顔で返事をしてくれた。最大限の愛情をルヴィアに向けている。

 

 ルヴィアにとってそれは堪らなく嬉しいものであった。

 

「勝ち逃げなんて許さないから・・・!!」

 

 そう言って、ルヴィアは走り去った。

 

「あ、おい!」

  

 彼の言葉を背に受けながら、そのまま振り返らなかった。この表情を、彼に見られたくなかった。

 

「ハァ・・・ハァハァ・・・」  

 

 足を止めたのは、空港を出てすぐのところだった。そのまま、大空を見上げる。

 

「キリツグ・・・待っていますわ。あなたを永劫・・・」

 

 ルヴィアの言葉は、空の青さに溶けてしまう。少ししてから、彼が乗っているであろう飛行機か飛んでいった。

 

 飛んでいった先を見て、一抹の不安を感じながら祈る。彼の平穏無事な帰国を。

 

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3.

 

 聖杯戦争とは、広義には、あらゆる願いを叶えるとされる万能の願望機・聖杯の所有をめぐり一定のルールを設けて争いを繰り広げるものであるとされている。

 

 ただし狭義として日本の冬木で行われているとされる、サーヴァントを従えた代理戦争のことをいった。

 

 曰く、聖杯を巡る争いであれば聖杯戦争と呼ぶらしく、ここでは冬木で行われる7騎のサーヴァントとマスターによる争いを聖杯戦争と呼ぶことにする。

 

 前述でも記した通り、本来正規の聖杯戦争ではマスターの1人1人がサーヴァントを召喚し、聖杯を巡るものである。

 

 サーヴァントはクラス分けがされており、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーとされる。

 

 ルール上、1人に対し1騎とされているが中には例外もある。サーヴァント自身がサーヴァントを召喚することも然りである。また、1人が多くのサーヴァントを召喚することもあり得る。それが、可能ならばの話ではあるのだが。

 

 その点で言うなら、今回の第5次聖杯戦争の参加者は、その例外に当てはまるだろう。

 

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『カハハ』

 

 

『どうやら物語もいよいよ佳境に差し掛かってるみたいだな』

 

 

『どいつもこいつも頑張ってるみたいじゃねぇか』

 

 

『カハハ』

 

 

『本来ならこのオレ(・・)が出ていなきゃならねぇわけなんだが、ちと、登場するには早かったのさ』

 

 

『だからこそ』

 

 

『だからこそなんたが』

 

 

『俺ァ悲しいよ、凄く凄く』

 

 

『まぁ、俺ァ高みの見物をしてなきゃいけねぇみたいだから、1つだけこの言葉を送るぜ?』

 

 

『ーーーー俺ァ必ず、帰ってくる』

 

 

 

 

 



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#25 待ち受ける脅威

「どうしてアナタがいるのかしら」

 

 遠坂は、ライダースーツを着ている男に問う。男は、さも興味なさそうに答えた。

 

「貴様には関係ない、小娘」

 

「大いに関係あるわよ!アーチャーに言われて帰ってきてみれば、こんな状況になっているなんて!まさかとは思ったわよ。本当にアンタがここにいるなんて」

 

「フン」

 

 ライダースーツの男は遠坂をちらりと見て、すぐに別の対象へと視線を移した。そしてそのまま、ニヤリと笑って、口を開く。

 

「ようセイバー」

 

「・・・アーチャー」

 

 前戦争のアーチャー、ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべたまま、立ち上がりセイバーの元へと近づいた。

 

「お前がまだ、ここにいるとはな。騎士王のヤツがお前との契約を絶ったのは知っていたが、まだここに未練があるのか?」

 

「だまれ。貴様には関係ない。事と次第によっては、この場で貴様を切るぞ!アーチャー!」

 

 セイバーは鎧を纏い、目に見えない剣を構える。それにギルガメッシュは、まったく動じなかった。

 

「フン。今のお前ごときに、この我を切り伏せることが出来るものか」

 

「やってみるか?英雄王」

 

「まあ待てって!セイバーも、挑発に乗るな」

 

 まずい状況だと判断した士郎は、これ以上悪化する前に、二人を止めた。しかし、そんなことで止まる二人でもなく。

 

「黙れ贋作者、これは我のすべきこととは別のことだ。贋作がこの場に2つもある状況が我慢ならん」

 

「止めないで下さいシロウ。英雄王の言う通りだ。貴方には関係のないこと!」

 

「俺たちはキリツグを止めるんだろ!?こんなところていがみ合っていても意味ないじゃないか!」

 

 それにこの場所でドンパチ始められるのは、そういうこと以前に困る、と士郎は続けた。

 

「しかし・・・!!」

 

「そうよ、セイバー。キリツグを止めるためには、不服だけど、コイツの力が必要だわ」

 

「・・・クッ!」

 

 セイバーあからさまに悔しそうな表情を浮かべ、剣を消し、鎧を消した。

 

「フン・・・、止めるなどという甘い考えでは先は見えたようなものだ」

 

 それを見たギルガメッシュ意味深な言葉を残し、その場で霊体化した。

 

「はぁ・・・」

 

 あからさまなため息をつく士郎。遠坂が呆れたように、口を開く。

 

「ため息をつきたい気持ちは分かるけど、衛宮くん。ため息をつくと、幸せが逃げるわよ?」

 

「分かってるけど、つかずにはいられないというか」

 

「そんなことしてる暇はないってこと。とにかく!どうしてこんな状況になったか、説明してもらわないと」

 

「あぁ。実は、さっき・・・・・・」

 

----------

 

 遠坂たちが衛宮邸へ到着する少し前、遠坂を含む4人は消えていった影のいたところを眺めていた。

 

「影は消えたようね」

 

「ハイ。ランサー、ありがとうございます」

 

「そんなこと言ったらアイツ、礼を言うくらいならやるべきことをやれ!ってどやされるわよ」

 

「・・・そうですね」

 

 ランサーが体を張って、勝機を見出だしてくれた。格好のつく勝利とは言えなかったけど、それでも勝利は勝利だ。

 

 しかし。

 

 しかし妙な点がある。ランサーたちが消える瞬間、二人が何かを言っていたこと。その後のランサーの表情。

 

 まだ何かある。凛にはそう思えて仕方がなかった。しかしそれでもこの場はもう転がることはなく、戦いのあとの静けさが流れていた。

 

「とりあえず、士郎を探しにいきましょう」

 

「わかりました」

 

 凛はそう言って、後ろを振り向いた。

 

「慎二、それに桜」

 

「なんだよ・・・」

 

 不機嫌そうに応じる慎二。それもそのはずだ。ともに戦った仲間が消えた。そうならざるを得ない。そうするしかないのだ。もう戻っては来ないのだから。

 

 代わって桜は、応じることなく空を見つめていた。

 

「あなたたちは帰っていなさい。この先、あなたたちは足手まといになるわ」

 

 凛の瞳を見つめる慎二。先程の表情とはうって変わって、真面目な表情になる。

 

「大丈夫なのかよ?遠坂」

 

「当たり前でしょ。それより、桜を頼むわよ。またこんなことがあったら承知しないから」

 

「今回ばかりは礼を言ってほしいね」

 

「そうね、ありがとう。・・・早く帰りなさい」

 

 くるりと振り向いて、先程光の柱が見えたような気がする方面を眺める。確かあっちはイリヤ、というかアインツベルンの城がある方向だ。

 

 士郎だけではなく、恐らくキリツグもいるだろう。凛はそう予想していた。あの光は、きっと・・・。

 

「じゃあ、いきましょう。セイバー」

 

「ええ」

 

----------

 

「これは・・・」

 

 アインツベルンの城に来てみれば、もぬけの殻。そもそも、対人の魔力感知符が作動していなかった。何者かに壊された後だったのである。

 

 庭に出てみれば、穴ぼこだらけだった。明らかにここで戦闘が行われている。

 

「何かがあったことは分かったわ。だけど、どこに行ったの?」

 

「戦闘が行われてから、少し時間がたっているようです。しかし、この感覚は・・・」

 

 セイバーが訝しげな表情を浮かべる。

 

 懐かしいような感覚だ。生前、に感じたことのあるような感覚。

 

 いや、待て。何をいっている?

 

 私は。

 

 私は、何故死んだと錯覚した(・・・・・・・・・・)?私は死んでいない。死んでいるはずがない。しかし。しかし、どうしてだ。何故私は霊体化できるのだ?

 

 何故今まで気付かなかった?これまでは全く違和感を感じていなかった。しかし、これは。

 

「どうしたの?セイバー」

 

「・・・いえ。しかしどうしましょう。すでにここにはいないようですが」

 

「そうね・・・。」

 

 

 

 

 



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